白龍皇の尻尾 ―VANISHING TAIL― (鍋やん!)
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プロローグ

拙い文章ですが大目に見て頂けると嬉しいです。


「急げ!止まるな!」

夜が更け山の動物たちが深い眠りにつく頃、それを遮るように、男の叫び声にも似た大声と、十数人分の乱れた足音が響いていた。ここはフィオーレ王国にそびえる山の中。つい先ほど、その麓にある集落が襲われていた。彼らはそれを行った張本人、盗賊ギルドと呼ばれる連中だ。いつも通りであるならば、ここまで慌ただしくなるということはありえない。仕事を終えた後は、集落に火を放ち、住人ごと焼き払うのが、彼らの常套手段だ。こうする事で追っ手の注意を引きつけ、自分達は夜の闇に紛れて確実に逃げきることができる。しかし、今の彼らがやっている事は、あまりにも不自然だ。大声や足音を響き渡らせ、全速力で走っている。これでは眠りについた動物達がパニックを起こしてしまったり、下手をすると夜行性の肉食獣に気づかれてしまったりするかもしれない。そんな当たり前な事も理解できない程に、彼らは冷静さを失っている。

 

なぜか?

 

トラブルが発生したからだ。

食料やわずかにあった金目の物を奪い、火を放ったところまでは良かった。あとは夜の闇に紛れながら、アジトを目指すだけだった。だが、彼らの命運はそこで尽きた。突如として数十にも及ぶ火の玉が遥か上空から降り注いできたのだ。それらはまるで意思を持っているかの様に盗賊達だけに命中した。今まで自分よりも弱い者達を襲って来た彼らにとって、そんな物に太刀打ちできるはずもなく、多くの仲間が火の玉の餌食になった。辛うじて逃れた者、火の玉の直撃を受けてもなんとか動けた者は、一目散に山の中へと逃げ出した。それが冒頭の状況を生み出したのだ。しかし、その時間も長くは続かなかった。彼らの目前に翼の生えた人間が降りて来たからだ。その翼は生物的な物ではなかった。背中から白い翼角が伸び、風切り羽は青くガラスの様に透き通っている。顔はよく見えず、男か女か判別できなかったが、その様は月明かりによく似合っていて、あまりの美しさに声を漏らす者もいたかもしれない。ただ、それはこの非常事態でなかったらの話だ。目の前の人物が火の玉を放った元凶である事は誰が見ても明らかだった。そして彼らの中にある確信が生まれた。

 

「あいつは魔導士だ。」と。

 

この世界には数多くの魔法が存在する。魔法には大きく分けて二種類あり、覚えて身につける「能力(アビリティ)系」と道具を使う「所持(ホルダー)系」に分類される。そのどちらかは判らないが、どちらにしろ、目の前の人物が魔導士で、自分達に対して攻撃を仕掛けて来たということに変わりはない。彼らは自分達が出せる限りの殺意を視線に込め、魔導士に向けた。その視線を受け取った魔導士はようやく口を開いた。

 

「やっと追いついたぞ、盗賊ども」

 

若い男の声だった。口ぶりから考えるに、住人の救出でもしていたのだろうか。だがそんなことを気にしている場合ではない。全員が彼の目的を悟ってしまった。「俺達を捕まえに来たのだ」と。そんな盗賊達の胸中を余所に、魔導士の男は手に取った依頼書を見ながら質問する。

 

「集落ばかりを狙う盗賊ギルドというのはお前らの事で間違いないな?」

 

怖気づいているのを悟られまいと先頭に立っている男が声を荒げて答える。

 

「だったらなんだよ!」

 

それを肯定と取った魔導士の男は戦闘態勢に入る。

 

「お前らを捕らえる」

 

そう言い終えると同時に、彼は翼を大きく広げた。その気迫に盗賊達は怯んでしまうが、彼らの中の誰かが声を上げた。

 

「ビビってんじゃねぇ!相手はたった一人だ!俺達に手ぇ出したこと後悔させてやろうぜ!」

 

その言葉で士気が一気に上がり、「おおー!」という雄叫びと共に、一斉に魔導士に向かってそれぞれが持つ魔法を繰り出した。一斉に放たれた魔法の弾幕は、様々な軌跡を描きながら一人の男の下へと向かう。男には全く動く気配がなかったが、異変は起きていた。男の周囲を、数え切れない程のルーンが二本の輪を作り、高速で回転していた。恐らく魔法を発動しているのだろう。男は静かに魔法の名を詠んだ。

 

「《バギ》」

 

途端に木の高さ程の竜巻が発生した。その風で、男へと向かっていたあらゆる魔法弾がかき消されてしまった。盗賊達は一時言葉は失ってしまったが、勢いを失うことはなく、次の魔法へと移ろうとした。しかし、突然、体から力が抜けてしまった。

 

「ぐっ……うぅ……なんだこれは?」

 

「テメェ……何……しやがった!?」

 

盗賊達がそれぞれ男に問いかけるも、彼はそれに答える事はなかった。しかし、その代わりと言うべきか、翼の輝きが増しているように感じられた。それを見て誰かが思い出したのか、自らの知識を確認するかの様に話し始めた。

 

「光の文字に力を減らす能力……?聞いたことがあるぞ。あいつぁ白龍皇だ!」

 

それを聞いた他の者達は、全身から血の気が引くのを感じた。白龍皇と言えば大陸中にその名を轟かせる程の人物だ。彼は光の文字を浮かび上がらせ、あらゆる属性の魔法を操り、近接格闘にも秀で、大きな翼で空を舞うその様から、荒々しい龍に例えられ、いつしか白龍皇と呼ばれる様になった妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士である。だが、彼の噂に不思議なものが一つあった。相対した者の魔力を半減させるというのだ。それは放たれた魔法だけに留まらず、体内に蓄えられた魔力でさえも半減していくという、本当であれば恐ろしい魔法だ。この話を初めて聞く者は必ずこう思うだろう。「そんなもの作り話だ」と。しかし、この話が本当であったら今の状況も納得が行く。始めは火の魔法、次に風、そして力の減少。これだけの材料でも充分理解できた。噂は本当だったのだと。そして、その噂の白龍皇から最終勧告が告げられる。

 

「降伏するなら今の内だぞ?武器を捨てろ。そしたら擦り傷程度にしてやるよ。」

 

だが、彼らにとって唯一の救いの道を

 

「へっ!誰がするかよそんなもん!おいテメェら!奴を倒しゃあ俺らの名が上がるってもんだ!ブッ殺せぇぇぇ!」

 

無視してしまった。もう彼らに救いはない。

 

「そう、か……。まあ俺にとってはそっちの方が都合がいい。普通に眠らせる事もできるが、俺はそこまで優しくないんでなぁぁぁ!!」

 

ここに来て初めて白龍皇に憤怒の色が浮かんだ。今までただひたすらに押し殺して来たのだ。この件の調査で幾つも灰にされた集落を見てきた。それに黒焦げになった亡骸も。つい先程の集落もそうだ。白龍皇の迅速な対処の賜物で、死者こそ出なかったものの、住人達は全てを奪われ絶望していた。その様子がかつての自分と重なってしまった。そのとき湧き出てきた怒りを今まで取っておいたのだ。奴らに全てぶつけるために。白龍皇は一気に飛び上がった。そして風の魔法を使ったときの様に体の周りを光の文字が回転する。しかし、数だけは違った。風の魔法のときは二本だったのに対し、今回は四本の輪が回っている。それはつまり、威力が上がっている事を表している。準備が整ったのか、光の文字が霧散し、代わりに巨大な雷雲が発生した。美しかった月も今は姿を消してしまい、僅かであるが稲光が見える。しかしこれだけの雷雲がありながら、雨粒が一滴も落ちてこないのはあまりにも異様に感じられる。それはまるで白龍皇の怒りが空に投影されているようだった。

 

「おいおい!ありゃやばくねぇか!?」

 

盗賊達はその光景を前に身動き一つできなかった。

白龍皇がそんなことを気にする筈もなく、盗賊達に向けた最初で最後の一撃を放った。

 

「《ライデイン》!」

 

雷雲から盗賊の人数分の雷が放たれた。盗賊達が最後に見たのは、その稲光だけだった。雷雲が消え、月夜が戻ったときには、既に盗賊達の意識は刈り取られていた。いくら激情に身を任せていたとはいえ、さすがに依頼内容を忘れてしまうほど彼は馬鹿ではない。その後、かなり遅れて来た評議院の強行検束部隊に全員まとめて引き渡した。既に日も昇りかけていたので彼はすぐに翼を展開し、直接ギルドへと向かった。怒りの余韻を残さないように、飛びながら心を落ち着ける。それが終わる頃、丁度ギルドに到着した。俺の帰る場所、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に。二時間は経っただろうか。向こうを出たあたりで恐らく五時になっていたから、今は七時頃だろう。もうギルドも開いている頃だ。

 

「帰ったぞ」

 

彼はドアを開けたが、そこにいたのはギルドマスターであるマカロフ・ドレアーと看板娘のミラジェーン・ストラウス、通称ミラだけだった。

 

「む?おお!お前か!よく帰ったのう!」

 

「あら!おかえり!」

 

マスターは朝だというのにもう片手に酒瓶を持っている。普通なら注意するべきなんだろうが、このギルドでは酒樽のまま飲み干す女魔導士がいるのでなんとも思わない。感覚が鈍ってしまっているようだ。ミラは料理の仕込みを終えたのか、カウンター席に掛けている。

 

「みんなはまだ来ないのか?マスター?」

 

賑やかなギルドしか知らないので少し寂しく感じる。

 

「もうそろそろ来る頃じゃろう。それより依頼はどうじゃった?」

 

端から見れば至って普通の質問だろうが、彼にとっては少し意味が変わってくる。マスターは心配していたのだ。今回の依頼は、彼のトラウマを刺激するのに充分だったから。滅多に取り乱すことがない彼が、激情に身を任せたのがその証拠だ。だが彼はトラウマに押し潰される程弱くはない。少しずつ乗り越えつつあるのだ。

 

「大丈夫だよマスター。中途半端な鍛練はしてないから。」

 

「うむ、そうか!」

 

少し複雑そうだが嬉しそうだ。マスターはギルドのみんなを我が子同然に想っている。彼との年齢差を考えると祖父ような気もするが、細かいことは気にしない。家族であることに変わりはないから。

 

「その様子だと朝ごはん食べてないでしょ?よかったら作るわよ?」

 

「いや、また今度お願いするよ。家でひと眠りしてくる。」

 

ミラの料理はどれも非常に美味いが、徹夜での仕事だったため睡魔が襲ってきている。こんな状態で食べても折角の料理を味わうことができないため、一先ず家に帰って寝ることにした。

 

「そう?じゃあ後でね!」

 

「ああ、後で。マスターも後でな!」

 

「おう!ゆっくり休め!」

 

ギルドを出て、彼は帰路につく。

 

彼の名はヴァーリ・ルシファー。白龍皇と呼ばれる妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の男候補の一人だ。




小説というものを初めて書いたので、おかしな点が多々あると思いますが、ご指摘頂けると有り難いです。今後もよろしくお願いします。


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原作前:翼を持つ少年
光溢れる町


まだまだ拙い部分が多いですが、頑張って続けてみます。


妖精の尻尾(フェアリーテイル)の白龍皇と呼ばれる魔導士、ヴァーリ・ルシファー。彼のことを知るには、少し時を遡らなければならない。

 

10年前

 

X774年。フィオーレ王国の南部にセレドット山という山岳地帯がある。山とは言ってもなだらかな物で、かつては気軽に訪れる者も多かった。山岳地帯と聞いて火山を連想する者が多いが、この山は活火山ではない。代わりに黄金色の光が噴き出している。この地に住む人々は、これを光の河と呼んだ。

 

頂上には、ダーマ神殿があり、それを守るかの様に山腹部にセレドの町がある。ダーマ神殿に行くにはこの町を通らなければならない。

 

この町を見てみると、特殊な環境なのだとすぐにわかる。町の真ん中を光の河が通っているのだから。また、この光が人体に悪影響を及ぼすこともわかるだろう。

 

構造は比較的シンプルな方だろう。光の河を挟み、東側が商業地域、鎧や武器屋、魔法屋をはじめとして、食品売り場、酒場、宿などが立ち並んでいる。西側はほとんどが住宅である。それに加え施療院が一軒ある程度だ。

 

町の構造自体はよくあるものだ。水は命の源であるから、その周辺に人が集まり、町を造るのは、必然と言える。ただし、この町の場合は水の代わりに光が流れている。たったそれだけの違いで町の景色は神秘的なものへと変わっていた。

 

だが、神秘的なのは、景色だけではなかった。病が治るのだ。万病に効くわけではなかったが、大抵の病は治ってしまった。その中には、魔導士にとって致命的とも言える病もあった。魔力欠乏症である。これは、体内の魔力を大量に消費することで、全身の筋力が低下するというものである。軽度のものであれば運動機能に制限が出るだけで済むが、重度のものは、身体が全く動かせなくなったり、発熱などの症状が出たり、最悪の場合死に至るというケースもあった。それさえも、光の河の効果で完治してしまったのだ。

 

この光の正体はなんなのか?

 

それは、高濃度のエーテルナノである。地底深くから噴き出し、セレドット山を潤しているのだ。だからこの地に住む者は病を患うことはない。因みに、東洋ではこれを龍脈呼んでいる。

 

この事実を知る者は少ないが、効き目は確かなため、一種のパワースポットとして、観光客に人気だった。ただし、なぜかダーマ神殿だけは、いかなる理由があろうとも、町の住人以外の立ち入りを禁じていた。

 

光の河を目的に足を運ぶ者が多いが、この町に来た者はもう1つ珍しいものを見ることができる。背中から白い翼角を伸ばし、青いガラスのような羽を広げ飛び回る少年の姿を。

 

この少年、ヴァーリ・ルシファー。8歳。光の河の効果でセレドット山の領域内では無制限に翼を使えるため、町内限定で配達の仕事をしている。基本は手紙だが、大きな荷物や料理の出前にも積極的に取り組む、元気溢れる普通の少年である。

 

「おーい!ヴァーリー!遊ぼーぜー!」

 

いつものように配達の仕事を終え、帰路に就こうとしたところに、子供達が集まって来た。みんなヴァーリの遊び仲間だ。その中のリーダー格の少年が誘って来た。いつも鬼ごっこかかくれんぼが多いから、今回もそのどちらかだろう。いつもは誘いに乗るのだが、今回は断った。

 

「ごめん!今日調合の勉強があるんだ!」

 

「そうかぁ……。わかった!じゃあまた今度な!」

 

不定期ではあるが、ヴァーリはよく町の大人達から、調合、鍛冶、建築など、あらゆる職人の技を教わっている。将来必要になるからと勧められ、彼はそれを快く承諾した日から数年経過していた。

 

彼は翼を出現させ、子供達に手を振りながらセレド唯一の調合師の下へ飛んで行った。

 

「バイバーイ!」

 

子供達もヴァーリに手を振り返し、彼の飛ぶ後ろ姿を見続けていた。

 

「いいなーヴァーリにいちゃん……。ぼくもおそらとびたーい!」

 

子供達の中で最年少の男の子が空を飛ぶヴァーリを羨ましそうに見てそう呟いた。他の子達も同じような視線を向けている。言葉にしていないだけで、みんな同じ気持ちのようだ。だが、最年長のリーダー格の少年はすぐに気をとりなおし

 

「大丈夫!みんなすぐに使えるようになるさ!それより早く始めようぜ!」

 

そう言ってみんなの気を遊びの方に向けさせた。

 

この町では不可解な事が1つある。住人は魔法を使えないのだ。それは子供に限らず、大人であってもだ。現在だけではない彼らの先祖全員が魔法を使う事が出来なかった。エーテルナノが豊富な土地で育っているにも関わらず。だが、ヴァーリだけは魔法を使う事が出来た。

 

その答えと向き合う時が迫っている事を、この時のヴァーリは知る由もなかった。




ご意見お待ちしてます。


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転機

数日前

 

とある古城の中。

 

「あの役立たずどもめ!」

 

そう怒鳴るのは仮面を付けた男。

 

「これではいつまで経ってもあの方は復活なされぬ……。」

 

男はある塔の建設が進んでいないことに苛立っていた。各地から人を攫って来て奴隷として働かせているが、それでもなかなか進んでいなかった。

 

「ですが奴隷の補充にも限りがあります。やりすぎれば政府に気付かれかねません。それに、完成予定は10年先ではありませんか。奴隷達に喝を入れれば間に合うでしょう。」

 

赤紫色のローブを来た男が宥めるも、あまり効果はなさそうだ。彼らはある黒魔導士を復活させようとしているのだ。そのためには、その塔の完成が必要不可欠なのである。しかし、完成予定を早めるには、あまりにも無理があった。

 

ローブの男は何かを思い出したのか、唐突に話題を変えた。

 

「そういえば、フィオーレ王国の南部にセレドットと言う山があるのをご存知ですか?」

 

「それがなんだと言うのだ!」

 

男はまだ苛ついているようだ。だが、次の言葉でそれは消え失せた。

 

「そこに流れる光の河ですが、どうやら高密度のエーテルナノ、つまり大量の魔力で出来ているようなのです。それを奪うというのはいかがでしょう?」

 

「我々の悲願を達成するために大量の魔力は必要になるが、それは塔が完成した後の話ではないか。今その光の河とやらを奪ってどうする?」

 

「塔の完成後に魔力を集めれば、さらに多くの時間が必要になります。ですから今の内に魔力を集めておけば、より早く悲願が成就するでしょう。塔の完成を早めることは難しいですが、悲願の成就を早めることは可能だと私は考えているのです。」

 

「……うむ、そうであったな!我は目先の事に囚われていたようだ。では直ちにセレドットに向かえ!そこに住む者等は全て浄化してしまえ!」

 

「ほっほっほっほ。かしこまりました。」

 

「「全てはゼレフの為に。」」

 

 

 

 

 

 

そして現在

 

壺や何かわからない薬品の入った瓶が、そこら中に置いてあるという、調合に使う部屋としては典型的な部屋の中で、ヴァーリは目の前に置かれた壺と、手に持った分厚い本を何度も交互に睨んでいた。

 

「えーっと?この葉っぱが3枚と、これとこれでいいんですか?」

 

「そうじゃ!そうじゃ!あとは磨り潰すだけでええぞい。」

 

馬鹿デカイ帽子をかぶった老婆がその質問に答えた。こちらもまた調合師として典型的だった。

 

この世界では、道具を使う調合の他に、己の魔力を使う調合(又の名を錬金)も存在している。彼はその前者に挑んでいるのだ。

 

ヴァーリは知識が増えることが好きなのか、物覚えが非常に早い。8歳でありながら、大抵のことはできるようになった。老婆が彼の成長の早さに感心していると

 

「出来たー!」

 

ヴァーリの作業が完了した。

 

「うむうむ、どくけし草の作り方も覚えられたようじゃの。」

 

「やったー!やくそうの作り方もまんげつ草の作り方も覚えたし、どくけし草の作り方も覚えた!これなら旅に出ても大丈夫だな!」

 

ヴァーリの夢は冒険に出ることだ。セレドの町も好きだが、広い世界を見てみたいのだ。

 

「そうじゃの。薬の作り方を覚えておけば旅もだいぶ楽になるじゃろう。」

 

「あとは魔法が覚えられたらなぁ……。(エーラ)だけじゃ不安だし……。」

 

外には猛獣や盗賊など危険なものが数多くある。それには戦う術が必要になるだろう。だが、ヴァーリは武器を作ることはできても、その使い方までは習っていないのだ。それに魔法も(エーラ)しか使うことができない。

 

「ふぉっふぉっふぉっ!それなら立ち寄った町で覚えればよい。お前は物覚えが早いからのぅ。」

 

「うん、ありがとう!気が楽になったよ!それに薬の作り方もお婆さんに教えてもらったしね!」

 

「そうじゃな。……お前には必要なくなるかもしれぬが……。」

 

「え?何か言った?」

 

「いや、なんでもないわい。儂ぁ寝るぞ。少しばかり疲れた。その辺の道具は好きに使ってよいぞ。いろいろ試してみなさい。何か新しい薬が生まれるかもしれん。」

 

「わかった!おやすみなさい!」

 

老婆は寝室に向かい、ヴァーリは鞄から一冊の本を取り出しパラパラとめくり始めた。その本には「錬金」と書いてあった。彼は独学で勉強していたのだ。

 

「今日は何を作ってみようかなぁー……。魔法の小瓶かぁ。これにしよ!」

 

そう言い、彼は作業に取り掛かかろうとした途端……

 

ドォォォォン!!!

 

身体の芯にまで響く程の爆音が外から聞こえてきた。窓から覗いてみると、町の入り口付近の建物に火の手が上がっていた。その近くには赤紫色のローブを着た人、その両隣には人型の馬のような生物と、剣と盾をもった獣人がいた。さらにその後ろには、20体の魔導兵士がいた。彼らが犯人であるということは、爆発の瞬間を見ていないヴァーリにもすぐに検討がついた。

 

あまりの出来事に動けないでいると、調合師の老婆がその見かけからは想像もできない程の早さで起きてきた。そして、先ほどのヴァーリと同じように窓の外を見て、目を見開いていた。

 

「まさか、ありえん!結界が破壊されたというのか?」

 

この町の周囲には、賊の浸入を防ぐ結界がある。並大抵の魔導士には壊せない程の強度を誇っていたが、どうやら奴らは並大抵の魔導士ではないらしい。そう悟った老婆は

 

「こうしてはおれん!ヴァーリよ、今すぐダーマ神殿に向かうのじゃ!神官様にこのことを伝えてくれい!」

 

その指示にヴァーリはすぐに頷いた。

 

「わかった!お婆さん、気をつけて!」

 

そう言うや否や、彼は裏口から出て、建物の影から影へ渡りながら、ダーマ神殿に向かった。

 




自分なりの解釈がありますが、不自然な所があればご意見ください。


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聖火

長くなったので分割しますが、もしかしたらまとめるかもしれません。


ダーマ神殿

 

かつてこの神殿では転職と言う、職業を自由に変えることができる儀式を行っていた。そのため、多くの人が訪れていた。剣士になりたい者、商人になりたい者、芸術家になりたい者、魔導士になりたい者。目的は様々だった。しかし、転職したからと言ってすぐに一流になれる訳ではない。職業を変えた者は、皆一から始めるのだ。それに、転職する前の職業に関する知識は、対価としてダーマの力の根源、『聖火』に捧げられていた。それでも、新たな道を望む者は、次から次へと訪れていた。

 

だが、約400年前。突然ダーマの聖火は消えてしまった。今では形式的な参拝にしか使われていない。

 

「大変です神官様!」

 

そこに町の緊急事態を伝えにヴァーリが飛び込んできた。

 

「どうしたのだ、そんなに慌てて。もしや先ほどの……?」

 

どうやら山頂に位置するこの神殿にも聞こえていたようだ。

 

「はい!変な奴らがたくさんいて、いきなり襲ってきて、町が燃えてて……!!」

 

「落ち着くのだヴァーリよ。して、其奴らはどのような格好をしておった?」

 

あまりの事に冷静さを失ってしまっているヴァーリを宥めながら襲撃者の特徴を聞いた。なんとか落ち着いたヴァーリは順を追って説明しようとした。

 

「えっと……赤紫のローブを着た人が……」

 

そこまで言ったところで神官の様子は一変した。

 

「まさか……教団が攻めて来たというのか……?ならば目的は光の河か!?」

 

これは神官の独り言だったのだが、自分に問いかけられたのだと思ったヴァーリは恐る恐る答えた。

 

「あの、よくわからないけど何人か河の方に向かってました。」

 

それを聞いて神官の推測は確信に変わった。

 

「10年は先の事と思ったが、まさかこんなに早く攻めて来るとは!」

 

教団の目的は、魔法界の歴史上最も凶悪とされる黒魔導士、ゼレフの復活だ。その為に多くの村を襲い、村人は奴隷として攫い、ある塔を建設しているという事を掴んでいた。

 

その塔の名は、楽園の塔。一度死んだ者を蘇らせるという禁忌の魔法。これを発動するには、膨大な魔力を消費するため、いつかこの地が標的にされると神官は警戒していたのだ。しかし、神官はミスを犯した。教団が襲撃して来るのは塔の完成後だと読んでいたが、その読みが外れてしまったのだ。

 

「おのれ教団め……!否、この事態は私の責任だな……。こうなってしまっては打つ手は一つしかない。ヴァーリよ、お前に託したい物がある。ついて来なさい。」

 

どこか諦めのような表情を見せながらも、ヴァーリについて来るように促す。普段は見せることはない神官の様子に何も追及できなかったヴァーリは指示に従い共に走って行った。

 

 

 

しばらく走った後、神殿の最深部と思われる部屋についた。途中いくつもの隠し扉を通っており、この部屋が地下に位置していることから、かなり重要な場所なのだろうとヴァーリは推測していた。部屋の中央を見てみると、青い炎を灯した祭壇がある事に気付いた。それと同時に神官は話し始める。

 

「これはダーマの聖火。かつて転職の儀式を行う際に使っていた物だ。ヴァーリ、祭壇の正面に跪きなさい。この中にお前に託す物がある。」

 

「え……?どういうこと?ダーマの聖火は400年前に消えたんじゃ……。」

 

「その話は嘘だ。ここに400年の間隠してきたのだ。この地に伝わるたった1つの魔法をお前に託すためにな……。まさかこのような形になるとは思わなんだが」

 

そこまで言ったところで

 

ドォォン!!!

 

と上の階から聞こえてきた。

 

「奴らめ、もうここまで来たか!!すまぬヴァーリよ、全てを語る時間はないようだ。私は外で奴らを足止めする!その間にお前は聖火より魔法を授かるのだ!!」

 

そう言い残し、神官は壁飾り用の剣を引き抜き部屋から出て行ってしまった。追及する暇も理解する暇も与えられなかったヴァーリは、おとなしく神官の言う通りに、祭壇の前で跪き静かに目を閉じた。

 

 

 

 

一方その頃

 

 

 

 

セレドット山道の麓で、ある男が燃え盛る町を見上げていた。

 

「なんだあれは?」

 

男は無意識のうちに声を漏らした。

無理もないだろう。観光地として有名な町で火事が起こっているのだから。それも普通の火事ではない。明らかに人為的に起こされた火事だった。

 

その事を悟った男は町の方へ歩きだした。




続きはすぐ投稿します。

ご意見頂けるとありがたいです。


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最強の男

壁に飾ってあった剣を手に、神官は爆音の発生源へと足早に向かっていた。

 

神官の頭の中は教団の対策を怠った後悔と、ヴァーリに全てを伝えられなかった罪悪感でいっぱいになっていた。

 

しかし、これから襲撃者と戦うのだ。

そう自分に言い聞かせ、雑念を振り払う。

 

そうしている内に、神官は襲撃者と思われる人物と鉢合わせた。その人物はヴァーリの証言と同じく、赤紫色のローブを纏い、身の丈以上の大鎌を携えていた。以前から神官が手に入れた情報に寄れば、この男の名は『ゲマ』。教団の幹部クラスの人物だ。

 

「おや?まだ生き残りがいましたか。」

 

大鎌の切っ先から血が滴っていた。よく見てみると辺り一面血の海が広がっていた。ゲマの発言から、もうこの神殿に残っているのは神官とヴァーリだけということになる。

 

なんとしてもヴァーリだけは守らねば。

 

「はぁああああっ!」

 

そう決意を新たに、目の前の下手人に斬りかかった。

 

 

 

 

 

「まったく……ゲマ様はいったいどこへ行かれたのだ?」

 

未だに火の勢いが治まることのない町の中で、光の河の|魔水晶≪ラクリマ≫化と、住民の|浄化≪殺戮≫を終えたゲマの部下の一人、一本角の鬼のような姿をした怪物『ゴンズ』は、いつの間にかいなくなっていた主を探していた。

 

「ゲマ様なら今頃ダーマ神殿にいるだろう。前々からあの異端者どもの神殿を潰したがっていたからな。」

 

するとそこにもう一人の部下である馬型の獣人『ジャミ』が戻ってきた。この者は魔水晶(ラクリマ)を一部の魔導兵士に本拠地へ運ぶよう指示した後、町に生き残りがいないか確認してきたところだ。

 

「またゲマ様の悪い癖が……。」

 

「嘆いている暇はないぞゴンズ。ゲマ様の方もとっくに片付いているだろう。報告に行くぞ。」

 

ジャミは神殿の方へと歩き出す。ゴンズもそれに続く。

 

町中の建物はまだ激しく燃え上がっている。それに加え、住民達の亡骸も辺りに転がっていた。

 

「この程度の奴らではまだまだ暴れ足りんわ!」

 

「確かに、魔法が使えないとは聞いていたが、手応えもない、つまらん戦いだったな。」

 

2人とも余程物足りなかったのか、ゴンズが不満を口にしたのを皮切りに互いに愚痴り合いが始まろうとしていた。

 

「そんなに暴れ足りねぇってんなら……」

 

その場にいる2人ではない誰かの声が背後から聞こえてきた。

 

自然と歩みが止まる。

 

 

 

――ゲマ様か?――

 

 

 

 

いや違う

 

 

 

 

その声色とはかけ離れている

 

 

 

 

――では生き残りか?――

 

 

 

 

それも違うだろう

 

 

 

 

町中くまなく調べた

 

 

 

 

生存者はいない

 

 

 

 

――であればこの声は誰だ?――

 

 

 

 

――気配を全く感じなかった。否、感じることができなかった――

 

 

 

 

無意識のうちに感じることを拒否していたのだ

 

 

 

 

――ありえない――

 

 

 

 

気迫が

 

 

 

 

魔力が

 

 

 

 

あまりにも強すぎた

 

 

 

 

2人はどちらからともなく振り返った。

 

そこにはマントを羽織った大男が佇んでいた。

 

「俺が相手してやるよ」

 

2人が最後に聞いた言葉はそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知識が流れ込んでくる。

 

数えきれない程の見たことのない文字が濁流のように押し寄せ、頭に詰め込まれていく。

 

吐き出してしまいそうな程の情報量だ。

 

頭も軋んでいるかのように痛い。

 

だが、それ程の情報量の中にあったものは、魔法の知識だった。

 

この地に伝わるたった1つの魔法。

 

その名は呪文(クロスワード)

 

無数にある文字を様々な形に組み合わせ、多種多様な事象を引き起こすことができる魔法。

 

発動の瞬間、その文字が光となって浮かび上がり、2本の輪を作る。

 

それが交差し、まるで世界に読み込ませるように回転するという特徴がある。

 

――この力があれば町を救える!――

 

そう思った束の間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァーリの身体は宙を舞っていた。

 

「ぐはっ!」

 

そのまま壁に叩きつけられ、肺の中にある空気が全て出ていく。

 

悲鳴をあげる身体に鞭を打ち、這い蹲りながらも祭壇の方を見てみると、そこにあったのは瓦礫のみであった。

 

その犯人はすぐに解った。

 

「ほっほっほっほ。異教徒の祭壇……こんな所にありましたか。」

 

赤紫のローブの男。先程ヴァーリが窓越しに見た男だった。その男は祭壇があった場所からヴァーリの方に視線を移した。

 

「おやおや、あれだけ浄化したというのに、まだ生き残りがいましたか?ですが、あなたで最後のようですね。」

 

「さい……ご?」

 

なんとか絞り出したその声を拾ったローブの男、ゲマは目いっぱい口角を上げ、その紺碧の顔色と相まって、不気味な笑顔を作り上げる。

 

「ほっほっほっほ。ええ、その通り、町の者達もこの上にいた者達も1人残らず浄化させていただきました。貴方達の言葉で言うならば、殺したという事ですよ。」

 

「みんな……殺したの?」

 

「ほっほっほっほ。さぞ悲しい事でしょう。ですがご安心を。すぐに送ってあげますから。」

 

いまだ血脂がこびり付いている大鎌を出現させる。

 

そしてショックのあまり震えているヴァーリへと、歩き始めた。

 

カツン……カツン……

 

とヴァーリによく聞こえるように足音を響かせる。

 

恐怖、慟哭、悲鳴、人間達の見せるそれらの感情、表情が、ゲマにとっては至上の悦びになるのだ。

 

故に、その欲を満たそうと、恐怖を煽るようにゆっくりと歩みを進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、今回はゲマの思い通りにならなかった。

 

ヴァーリがすっくと立ち上がり、つい先ほど覚えたばかりの魔法を発動させる。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 

火球、氷塊、突風、稲妻……雄叫びと共にあらゆる魔法が、無造作に放たれる。

 

予想外の事が起こったゲマはすかさず飛び退いた。

 

何発か命中してはいるものの決定打にはならず、たちまち魔力切れを起こしてしまう。

 

「ほう……魔法が使えましたか?ここの者たちは魔法を使えないと聞いていましたが……ですがその様子ではもう撃てないでしょう?」

 

ゲマは今度こそとどめを刺そうと、再びヴァーリの前に立つ。

 

そして大鎌を大きく振りかぶった。

 

対してヴァーリは一度に大量の魔力を消費したせいで、軽度の魔力欠乏症を起こしてしまっている。

 

筋力が低下して、身体が全く言うことを聞かない上に、意識も薄れかけている。

 

「その命……ゼレフに捧げなさい。」

 

ヴァーリの首元を目掛け、大鎌がブレて見えるほどの速度で一閃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガッシャアアアアアン!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガキ相手にそんなもん向けてんじゃねぇ……」

 

突如現れた男によって、大鎌の切っ先は阻まれていた。

 

否、それどころか柄だけをわずかに残し、粉々に砕け散っていた。

 

「おやおや、新手ですか……」

 

「この下衆が……!!!」

 

このような状況になっても調子を崩すことのないゲマと、それを睨み付ける男。

 

町の惨状を見せ付けられたこの男の怒りは怒髪天を衝く勢いだ。

 

それこそ、その身から溢れる魔力の奔流だけでゲマを消す飛ばしそうな程に。

 

「貴方がここにいるということは、私の部下達を倒したのですね?」

 

「………………。」

 

男はゲマの問いに答えることなく、魔力を発し続ける。

 

「……仕方ありません。ここは引くとしましょうか。ほっほっほ。」

 

そう言い残し、ゲマの姿は次第に霞んでいき、やがて気配も無くなった。

 

男は荒ぶる魔力を鎮め、後ろで既に意識を失っている少年に目を向ける。

 

「すまねぇ……」

 

男は独り呟くと少年を抱え、更地になってしまった神殿を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この男、ギルダーツ・クライヴ。

 

フィオーレ王国で1、2を争う魔導士ギルド、妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の男。

 

この男の存在が、ヴァーリ・ルシファーの今後の人生に大きな影響をもたらすことになる。




次回以降から時代が飛び飛びになります。


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伝説はここから始まった

 この国のどこかに深く暗い森があった。そこは獰猛な獣が蔓延り、人はおろか並みの動物さえも近づこうとはしない。それも最近になってより危険度を増している。手練れの魔導士ですら、踏み入った者は誰一人として帰ってくることはないような状態だ。そのため、この周辺には誰も寄り付くことはなくなった。

 

 今その森は夜の闇を味方につけ、より一層危険なものとなっている。更に月明かりも星明かりも無く、まさに闇そのものと言ってもいい。その中心にかなり昔の物と見て取れる城がひっそりと佇んでいた。所々ヒビが入っていたり、欠けていたりするが、不思議と内装には埃や蜘蛛の巣一つなく生活感に溢れている。廊下も森のような暗さはなく、壁に掛けられた燭台にチラチラと明かりが灯っていた。それは各部屋も同様に微かな光が漏れている。しかし、その中に一際強い光を放っている一室があった。

 

「ほう…………これはまた見事な魔水晶(ラクリマ)だ!」

 

 黒魔術教団の神官、アーロックは感嘆の声を漏らした。その顔は仮面に覆われており、表情を知ることはできないが、上機嫌であることは容易に理解できる。これを持ってくるためになかなかの労力を費やしたのだ。ゲマとしても機嫌が良くなってもらわなければ困る。

 

「お気に召したようで何より。さて、私は少し休ませて頂くとしましょう」

 

「うむ、ご苦労だったな」

 

 こちらに一瞥もくれず生返事を返す。それほど満足のいく物だったということなのだろう。それ以上言葉を投げかけることもなくゲマは部屋を後にする。ようやくあの煩い神官を黙らせることができた。良くもあれで教団の長が務まっていると常々思う。そもそも、自身が立てた作戦の本当の目的は我慢強さを欠片も持ち合わせていないアーロックのガス抜きをさせ、気を紛らすための物だったのだ。ただし、あの魔水晶(ラクリマ)に何の価値もないわけではない。ゲマの真の目的のために必要な物だ。もう少し耐えれば悲願を達成することができる。そのためにもまだこの教団を潰すわけにはいかない。隠れ蓑として十分に役立って貰わなければ……。黙考し廊下を歩くゲマであったが、その絵面はかなり不気味だ。赤紫の法衣を身に纏い、同じ色のフードを深く被っている。それが爪先まで隠してしまって歩いているようには到底見えない。肩の動きしか伝わって来ず、まるで蛇がぬるぬると這っているようだ。その調子で自室に向かっていたが、突然その蛇のような更新を止め、その膝を石畳に着けた。

 

「ぐっふ!あの坊やなかなかやりますね……」

 

 魔水晶(ラクリマ)に視線を奪われていたアーロックには気づくことはなかったが、ゲマの脇腹辺りは小さいがとても濃く炭化していた。この傷はダーマ神殿で殺し損ねた少年、ヴァーリの放った魔法に因るものだ。まだまだ未熟だがそれでも威力のある魔法だった。今後の成長次第では、あの邪魔に入った魔導士、ギルダーツをも凌ぐ魔導士になるだろう。そう考えると密かに鳴りを潜めていた好戦意識が水を得た魚のように生き生きとしだす。それを糧にぬらりと立ち上がる。

 

「ほっほっほっほ。次に会う時が楽しみです」

 

 いやらしい笑みをを零してそしてまた歩き出す。いずれ自らの脅威になり得る少年との再戦を誓って……

 

 

********************

 

 ゲマ率いる舞台による襲撃から数日が経過した。かつて光の町と呼ばれたこの場所も、今はただの炭の山に成り果てている。光の河も、底の見えない崖になってしまっている。もはや生物の気配すら感じることができない。ここからさらに登った、セレドット山の頂には大小2つの人影があった。1人はこの町における唯一の生き残り、ヴァーリ。そしてもう1人は町の異変に気付き、間一髪ヴァーリを救った男、ギルダーツである。その眼前には、ヴァーリを除くこの町の住民全ての名前が刻まれた墓石が静かに佇んでいた。この場には葬儀を執り行う神父の姿はなく、2人はただ目を閉じ追悼の意を奉げている。その沈黙を破ったのはギルダーツだった。

 

「お前さん、これからどうするんだ?」

 

 そう聞く彼は既に開かれた目で墓石の名前をなぞっていた。どれも知らない名前だ。どんな顔をしていたのか、どんな声だったか、男か女か、子供か老人か……名前しか解らない彼らに助けることができなかった謝罪をしながら、隣にいる少年の答えを待つ。彼は墓石に載る彼らを知っている。だからこそ聞いておかなければならない。なにより彼のために。町で普通に暮らしていた少年が、1日と経たずに全てを奪われたのだ。彼の人生はガラリと変わってしまうことだろう。その変化は彼の精神を確実に不安定にさせる。だから標が必要だ。己を見失わないためにこれからどうするのか、どうしたいのかを自らの口で言わせなければならない。

 

「僕……皆からいろんな事を教わったんだ。調合から魔法まで……。たぶんみんなこうなることが分かってたんだと思う。」

 

 この一件でヴァーリは悟ってしまった。町の人たちはいつかこのような日が来ることを見越していたのだと。恐らく皆が魔法を使えなかったのもそれに関係していたのだとヴァーリは予測していた。つまりこんな少年に託さなければならない理由があると言うことだ。それはまだ検討も付かないが、今のヴァーリにとってはそんなことどうでも良かった。肝心なのは皆から託された力をどう使うかだ。本来幾年月もの時を費やし、身に着けるべき魔法をほんの僅かな時間で叩き込まれたのだ。途中で邪魔が入ったため一部の呪文は霞みが掛かったように不明瞭なものがあるが、制御もできないヴァーリにとっては救いだったかもしれない。しかし、それでも覚えた呪文の数は一般の魔導士が覚える魔法より遥かに多い。それを制御するためにヴァーリが描いたビジョンは1つだった。

 

「……僕を貴方のギルドに入れて下さい!この力を何に使ったらいいかまだわからないけど……僕はもうこんな大きな墓石は作りたくないから!!」

 

 それがヴァーリの答えだった。。皆に与えられるだけ与えられて何も恩返し出来なかった自分が情けなかった。見るも無残な亡骸を運ぶだけの自分がやるせなかった。巨大な石に皆の名前を一人一人刻んでいくのが虚しかった。ただただ無力だった自分が許せなかった。8歳の少年が受けるにはあまりに大きな試練だったが、8歳の少年が持つにはあまりに強い心だった。ギルダーツは安心した。この少年は決して道を踏み外すことはないと。幼い少年にとってかなり酷な質問ではあっただろうが、どうしても聞いておかなければならなかった。道を踏み外すかも知れないとも思ったが、それは杞憂に終わった。決意を固めた少年の答えに自然と頬が緩み、気づけばヴァーリの頭に手を置いていた。

 

「歓迎するぞ坊主。来いよ、俺たちの我が家(ギルド)に!」

 

 

********************

 

 

 

――フィオーレ王国。

――人口1700万の永世中立国。

――そこは魔法の世界。

――魔法は普通に売り買いされ人々の生活に根付いていた。

――そしてその魔法を駆使して生業とする者共がいる。

――人々は彼らを魔導士と呼んだ。

――魔導士たちは様々なギルドに属し依頼に応じて仕事をする。

――そのギルド国内に多数。

――そしてとある町にとある魔導士ギルドがある。

――かつて、否、後々に至るまで数々の伝説を生み出したギルド。

――その名は妖精の尻尾(フェアリーテイル)

――これより10年の後、このギルドは最強の時代を迎えることとなる。

――火を吹く男。

――星霊と共に戦う女。

――氷を造る男。

――あらゆる武具を駆使する女。

――それぞれが一騎当千の魔導士と呼ぶにふさわしい者共であった。

――その中に白龍皇と呼ばれる者がいた。

――その者の空を自由自在に舞い、多彩で強力な技を操る姿はまさに龍であった。

 

 そう謳われる人物は現在、グッと拳を握り、その瞳に赤々と燃えるような怒りを宿していた。

 

「ただで済むと思うなよ……ナツ・ドラグニル!」

 

その眼下には夥しい数の瓦礫の山が広がっていた。



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