チャチな光の道化師 (ぱち太郎)
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第一幕 道化となる少年

前世の記憶。

創作物によくあるソレは生まれた時、もしくはその数年後に思い出し、その後の主人公の助けとなる物だ。

少なくとも、とある少年が知る限りではそういう作品が多かった。

だからこそ、ボロボロになって地面に倒れている少年は言いたい。

 

……走馬灯で思い出しても、意味ないって。

 

 

……さて、死に行く時に何だが、これまでの人生を思い返してみよう。

脳内で流れる走馬灯に内心で苦笑した少年は、死にかけている自身の身の上を振り返ることにする。

前世はなんて事のないゲーム好きの学生。今世は魔法使いの両親を持つファンタジー世界生まれの平凡な子供だった。

両親が魔法を教えてくれない事にしびれを切らし、独学で試行錯誤している魔法にあこがれを持った子供と言っても良い。

 

そんな少年が死にかけているのは、ある理由からだった。

 

事の始まりは両親がモンスターに襲われて命を落としたという知らせを聞いた事だ。

優秀な魔法使いだった少年の両親が商隊を護衛中モンスターの大群に襲われ、命と引き換えに商隊を逃がしたのだという。

それを聞いた少年は門番の静止も振り切って外に出ると、近くにいたモンスターに八つ当たりのように殴りかかった。

相手は何の変哲もないスライム。対して強くも無い、というか最弱と言って良い一匹の魔物。

けれど体の出来上がっていない、それまでロクに訓練もしたことのない少年の攻撃が当たるわけもない。そして身体が出来上がって無いからこそ、相手の攻撃は致命的だった。

流体のプルルンとしたボディーで地面を弾いたスライムの体当たり。それを何発か受けた少年の身体はあっという間に追い込まれ、瀕死の状態へと陥ったのだ。

 

実際トドメは刺さっていた。

この流れる走馬灯がその証明のはずだと、少年は薄れる意識の中で思う。

 

 ……しかしソレにしては妙に長い。もう思い出すことも無いのに、いまだ死んでいないとはどういうわけだろうか。

 まるでまだ死んでいないみたいだ。と、少年が考えていると、目の前にいたスライムが何かしらの魔法を受けて吹き飛んでいくのが見えた。

 続いて聞こえてくる、走っているらしき足音。

「おい! 生きておるか? 生きておるな!?」

 おそらくは老人だろう。聞こえて来た声からそう判断した少年は自分に呼び掛けた老人が、自分を担ぎ上げる事を感じ取る。

 

 ……助かった?

 多分正解だろうという疑問。しかし、少年が知覚できたのはそこまでだった。

 緊張の糸が切れた事で精神を支えていたモノが消え、少年の意識が暗転する。

 

 気絶した少年の眼からは一筋の涙が流れていた。

 

 

 その後、街に連れられた少年は自分を助けた老人。マスターライラスから事の顛末をベッドの上で聞かされた。

何でも子供が街の外に出たと聞いて連れ戻しに行ったら、ちょうどトドメを刺される場面に遭遇したらしい。

 咄嗟に回復魔法を放ってトドメが入る前に治療しようとしたらしいが、本当にギリギリのタイミングだったという。

 

 ……あの走馬灯はそういう事だったのか。

 ライラスに散々叱られ、街の大人達にも叱られた少年は、前世の記憶に混乱しつつも自分が生きていることに安堵し、同時にもう帰ってこない親の死を実感した。

 

 ……頭の中がゴチャゴチャしてる。気持ちがまるで落ち着かない。

 家族仲の良かった少年は、親の死に泣いた。

 だがいつまでも泣いているわけにはいかない。しかし自分の他に誰もいない家にいる気にもなれなかった少年は、町の広場に出かけベンチに腰を下ろしていた。

 

 見慣れた街の景色。だがその光景を見ていた少年は、ある小さな疑問がチラつく事に気が付いた。

 ……自分は、この街の事を知っている?

 そう、少年が生きているこの街は。いや、この街だけではなく、この世界そのものが前世で言う所の『ドラゴンクエスト8』の世界に酷似していたのだ。

 全てが同じというわけではない。この街もゲームよりずっと大きい街だ。が、大まかな街の作りはほぼそのまま。

 自分が死にかけた時、相手にしていたスライムも前世で見覚えのあるあのデザインのスライムだ。

 本当にゲームの世界に生きている可能性が高い。

「……なんということだ」

 自分がゲームの舞台となった世界に生きている事に驚いた少年は、思わず自分の名前を口の中で『もごもご』と呟いた。

 

 ドルマゲス。

 

 それが少年の名前である。

 そして自身の名を確認した少年、ドルマゲスはその綴りを確認して考え込む。

 

……この名前、エグくない?

 ドルマゲス。かっこわるくはない。けれど自分の名前にするには何かが間違っている気がする。

 ……死んだ親が付けてくれたに文句を言いたくはないが、もう少し何かなかったのだろうか? もっとかっこいい名前があるだろう……ディオとかゼクスとか。

 それにこの名前は何かが引っかかる。

「そう、どこかで聞いた覚えが……ハッ! そうか、ドラクエ8の『悲しいなあ』が口癖の男か!」

 見た目もポジションもピエロな割に、驚くほど悪役が堂に入っていたあのドルマゲスである。

 

 ……まさか同姓同名とは。怖いな。

 ドルマゲスは思わず窓ガラスに映る自分の顔を見た。

 自分の顔立ちは子供ながらに厳つめ。将来悪人顔になるであろう兆候が見て取れなくもない。

 少なくとも将来イケメンになることはないだろう。

 ドルマゲスは泣いた。

 

 そしてドルマゲスは自分の住んでいる街の名前がトラペッタであることを思い、結論を出す。

「つまりはドルマゲスじゃないか……」

 未来の中ボス。一言でいえば砂になって死ぬ男である。声といいオチといい、まるでDIOの様だ……! などと悦に浸る余裕はない。バッドエンド確定キャラなのだ。

 ドルマゲスは再び泣いた。

 地面に縋りつくように、悔しさにむせび泣いたのだった。

 

 

 一方、トラペッタの広場の一角でドルマゲスを見つけたライラスは、両親の葬儀を終えた子供。地面に膝をついて涙するドルマゲス姿を見て重いため息をついていた。

 ……痛々しくて見てられんな。

 先日両親を亡くした事があの子の心に深い傷を残したのだろう。

 ライラスは苦々しい感情を抑えきれず、苛立たしげにこぶしを握り締める。

 長く生きてきたがこういう光景は何度見ても慣れる事が無い。

 ライラスはドルマゲスの両親の知人であり、彼らの事をよく知っていた。それもあって、嘆き悲しむ少年の姿に死んだ二人の事を連想してしまっていた。

「あの子はこれから一人暮らしになるんじゃろうなぁ」

 以前彼の父親と飲みに出かけた時『ウチの息子はどうにも魔法が向いていないみたいで……』と寂しそうに愚痴っていた。そんな故人の言葉を思い出し、ライラスは『あの子にとって尊敬できる両親が、だからこそあの子の重しになるのでは?』と懸念する。

「世知辛いのお」

 賢者の血を引き、ずば抜けた魔法の腕を持っていても、こういう時にできることは無い。

 自分の無力を痛感したライラスは口惜しい気持ちで空を見る。

 

 子供があんなにも泣いているというのに、トラペッタの空は憎らしいほど青かった。

 

 

 それから数日後。ドルマゲスは自分の持つ原作知識に恐々としながらトラペッタの街を散策し、一つの事に気が付いた。

 この世界のすべてがゲームと同じではないという事だ。

 

 最初に気が付いた通り街の規模と人口はゲームのそれよりもずっと多いし、先日のスライムとの戦いから言ってターン性バトルなんてものは存在しない。

「……そのくせ見た目はゲームのまま、か」

 前世の三次元なビジュアルはこの世界では奇異に映るだろう。

 今のドルマゲスはとてもきれいな鳥山デザインだった。

 

「それにしても。これからどうするべきか……」

 両親の蓄えたお金はまだいくらか残っている。が、どれだけ節約しても二年と持たない金額だ。

 現在ドルマゲスは12歳。特技と言えばチャチな光の魔法をちょろっと出すくらいのもの。

 ……大人の手伝いをしていけば生きていけるだろうか?

 そう考えるドルマゲスの胸中は不安に満ちていた。

「けどなあ……私は魔法使いになりたいんだよなあ」

 今までも薄々勘づいていた。そして前世の知識、ドラクエ8の知識がある今はハッキリと分かる。

 自分には魔法の才能が無い。

 

 両親に憧れ独学で覚えた唯一使える光の魔法。おそらくは明かり呪文である『レミーラ』がやっとの才能だ。レミーラそのものは無詠唱で使う事は出来る。が、出来てそれだけ。

 同年代の他の子どもにはメラやバギを使える者もいる。が、ドルマゲスにはそれらの魔法に対する適正が決定的に欠けていた。

「くそぉっ……!」

 憧れた両親の背を追う事は不可能と言っても良い。

 その事実を理解したドルマゲスは悔しさに唇をかみしめた。

 

 ……だが、望みが無いわけではない。

 賢者の子孫であるマスターライラスに弟子入りすれば才能が無くても魔法を使えるようになる可能性はある。実際原作のドルマゲスもそういう風にしていた。

 原作では最終的に家出し、ヤバ過ぎる杖を盗んで洗脳されて帰った挙句、師匠殺しをやらかしていたが……そうならないよう気を付けていれば原作のような悲劇も起こらないだろう。

「そうと決まれば、話は早い」

 決意を新たにしたドルマゲスはライラスの元へと弟子入りする事を決意する。

 

 しかしライラスと言えば頑固ジジイで有名な男。普通に頼んでも断られる可能性が高い。

「ならば策を弄してでも、この望みを貫いて見せる……!」

 なんとなくテンションを上げたドルマゲスはトラペッタの街を走りだす。

 

 

 そして土下座を敢行した。

 

 

 一方ドルマゲスに土下座をされたライラスは困惑とストレスに頭痛を覚えていた。

 家の扉をノックされたので出て見たら、そこに土下座があったのだ。

 加えて言うと『こんな子供に土下座させるなんて、なんて老人なの!?』とでも言いたげな世間からの白い眼がライラスに突き刺さる。

 

 ……わしが一体何をしたというんじゃ。

 扉を開けたらそこは完全アウェイだった。などと意味不明な文句が頭をよぎるが、とりあえずは目の前の土下座を片付けなくてはいけない。

 と、そこでライラスは目の前にいる土下座が先日に見たドルマゲスであることに気が付いた。

 この前命助けたんじゃが? と恨み言を言いたくなるが、同時にドルマゲスが何故自分の元に来たのかをライラスは理解する。

 

「私を、弟子にしてください」

 ドルマゲスの告げた言葉を聞いてライラスは『やはりか……』と眉をひそめた。

……同情はするし気持ちも分かる。だが。

「わしは弟子は取らん」

 それがライラスの主義だった。しかしそう返してもドルマゲスは微動だにしない。

「そこを何とかお願いします!」

 とただ淡々と言い続けていた。

 12歳の子供に家の前で土下座をさせている状況に居心地の悪さを感じたライラスは、

「とりあえず頭を上げんか」

 と告げてみるがドルマゲスは土下座を崩そうとしない。

 それどころか土下座を聞きつけた街の人ばかりが集まって来る。

 

 視線が痛い。

「と、とにかく話は中で聞く。さあ入るがいい」

 若干焦ったライラスがドルマゲスを促す。が、それでも土下座は動こうとしなかった。

 街の人のひそひそ声がライラスの耳に聞こえてくる。

 ……聞こえる声でヒソヒソするんじゃぁないわいっ。

 何故こんな事に。そう内心で嘆いたが、土下座に翻弄されている現実は変えようが無い。

 

 やがて深い、それはもう深いため息をついたライラスは渋々といった体で頷きを作った。

「……弟子入りを認める」

 小声で告げたその言葉にドルマゲスがガバッっと反応する。

「本当ですか!」

「ああ、本当じゃ。弟子にしてやろう。だからとりあえずその土下座をやめい」

 そう言ったライラスは心なしか疲れた雰囲気を醸し出していた。

 

 するとそれを聞いたドルマゲスは元気良く立ち上がり、集まった街の人に見える様こぶしを突き上げる。

「言質を取ったぞー!」

 内心で『コレがポッターを取ったグリフィンドールの気持ちか!』とテンションを上げたドルマゲスは、集まった街の人々に向けて笑顔を振りまいた。

 それを受けた街の人々も深くうなずいたり『頑張れよ』と応援したり、『よかったねえ。頑張んなよ』や『オレも聞いたぜあの爺さんが弟子入りを許可したの!』とドルマゲスの背中を押すような発言をする。

 

 そして誰が始めたのかあたりに拍手が響き渡り、照れくさそうなドルマゲスが『皆さん!ご協力、本当にありがとう!』と言った所でライラスは気が付いた。

 

 ……このガキャア、ワシを嵌めおったな!?

 この瞬間、ライラスはドルマゲスの修業内容をベリーハードにする事を決意する。

 

 とりあえずは町内ダッシュで良いだろう。

 

 ドルマゲスのカオスな弟子入り生活が今、始まろうとしていた。

 



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第二幕 師匠となる老人

マスターライラスの元にドルマゲスが弟子入りして一年。

 日々修業、という名の家事手伝いを行っていたドルマゲスは、弟子入り前に比べて大きく成長した家事スキルを手に入れていた。

 

「ふむ。原作の自分がグレた理由が分かる気がするな」

 魔法使い見習いとして弟子入りしたのに、この一年ランニングと筋トレと家事手伝いしかやっていないのだ。

 戦士みならいがやるような修業と、介護職的なお爺ちゃんの手伝いしかしていない。

 独学で覚えたレミーラの制御訓練は続けているが、ドルマゲスの日常にそれ以外の魔法要素は皆無だった。

 

 ……とはいえレミーラ以外の魔法に適性が無いのではな。

 どうしようもない。という事はドルマゲス本人にも分かっている。

 何せこっそり他の大人に頼み込むことで、各種の攻撃魔法を一通り習い、自分にもできるか試してみたのだ。

 その結果はどの呪文も発動の兆候さえ見せない。という散々なもので、その辺りの事には渋々ながら諦めがついていた。

「まあ、おかげでレミーラの制御だけは異常に上手くなった。……良しとするしかあるまい」

 どうしようもなくなり、現実逃避をするかのようにひたむきに取り組んだチャチな光の制御訓練。無詠唱で放たれるドルマゲスのレミーラは試行錯誤の末、様々な色に変える事が出来る様改良が加えられていた。

 前世の花火をイメージしたそれは遠隔操作による光量調整で本当の花火の様に鮮やかな色どりを放つことができる。

 といっても遠隔操作に苦戦中のため、娯楽として使用するにはどうにも不安定。

 ドルマゲスはその辺りの欠点を克服すべく、日々遠隔操作のトレーニング。そして光の形状変化の修業にいそしんでいた。

「魔貫光殺砲……!」

 

 修業に……いそしんでいた。

 

 

「ほお、なかなかのものだな」

 トラペッタの元凄腕占い師、ルイネロは酒場に向かう道すがら、街の片隅で魔法の修業をするドルマゲスを見つけ、その技量に感嘆の声を漏らしていた。

 『まかんこーさっぽー』とやらの掛け声と共にドルマゲスの指先から放たれた二つのレミーラ。その一つは円を描いて突き進み、その中心をもう一つのレミーラが直線軌道で突き抜けていた。二つのレミーラの速度を完璧にコントロールする事によって織りなされるその技は、明かり魔法とは思えないほど攻撃的で見た目の完成度も高い。

 実際の威力は皆無だが、実戦で使ってもハッタリくらいにはなるだろう。

 

「たしか名前はドルマゲスだったか……?」

 時々酒場で一緒になる賢者の末裔。ライラスの弟子だったはずだ。

 使える魔法は明かり魔法であるレミーラ一つだけ。ちまたでは両親の才を全く継いでいない、ライラスに弟子入りしても成長の見られない落ちこぼれという噂を聞く事もある少年だった。

 しかしこうして必死に努力するドルマゲスの姿を見たルイネロは、噂をする人々の様に見下そうという気持ちにはなれなかった。

 

 一つの魔法の行使にあれほど真剣になれる者を他に見た事が無い。

 少なくとも何の才能も無いというのは間違いではないだろうか。

 そんな事を考えたルイネロの視線の先には『気円斬……!』と声を上げ、頭上に巨大なレミーラを生み出すドルマゲスの姿が映っていた。

 

 

 一方街の片隅で延々とドラゴンボールネタを繰り広げていたドルマゲスは、

「……ひらめいた!」

 と声を上げていた。

 ドラゴンボールの太陽拳がいわゆる『まぶしい光』である事に気付き、同時に『これならば自分にもできる!』と確信したのだ。

 ようは全身で、最大光量のレミーラを放てばいい。そう考えたドルマゲスはポーズを取って、全身でレミーラを、しかも無詠唱で発動する。

 

 その時だった。

「これドルマゲス! 貴様わしが頼んだ買い物はどうした!」

「……あ」

 何処にいたのか。いつのまにかライラスがドルマゲスの前に現れ、説教をしようと声を上げる。

 師匠であるご老体に向けて、ドルマゲスのまぶしい光が炸裂した。

 

 

「……で、何しとったんじゃ」

 それから数分後。強烈な光に目を焼かれたライラスは未だにシバシバする目を擦りながらドルマゲスに問いかけていた。

 イラついた口調で問われ居心地の悪いドルマゲスはポツリ、ポツリとレミーラ無詠唱ドカンの内容を話し出す。

 その内容を聞いたライラスはドルマゲスが魔法の制御にずば抜けた才を持つ事に気付き、同時にその才能がいわゆる死にスキルである事を理解して頭を抱え込んだ。

 

 ……なんと歪な原石か。

 いくら魔法の制御が上手くとも使える魔法が明かり魔法オンリーではただの明かり男でしかない。

 その才能の片寄り具合にもったいなさを感じるライラスの目の前で、ドルマゲスは器用にもレミーラの色を変え、形を変えて簡単な劇を披露してみせた。

 

 ……旅芸人に向いとる。

 

 魔法の師であるライラスでさえ、そう思わされる光景だった。

 と、そこまで考えたライラスはドルマゲスのスペックに疑問を覚える。

 才能が無い。という事は分かってたが、それがどういった形で才能が無いのか、一体何が問題なのかは不理解なのだ。

 今のレミーラを見る限り全くの才能が無いわけでもないだろう。何かしらの手は打てるのかもしれない。

 

 ……うーむ。弟子状態をやめさせようと、雑用をフリまくっておった弊害がこんな所で表れるとは。

 そもそも弟子を持たない主義。しかも入門時に町ぐるみでハメられたライラスは、ドルマゲスにあまり良い感情を持ってはいなかった。

 しかし最初はともかくこの一年、ドルマゲスは真摯に雑用をこなしていた。

 その事実を踏まえ、そろそろ弟子として認めてやるか。と心を入れ替えたライラスは、ドルマゲスにこっそりと『つよさ』の確認呪文を行使する。

 この呪文は相応の適性が無いと使えない、いわば神官の使う経験値チェックのようなものだ。

 だが神官のそれよりもより深く相手の情報を読み取るソレを使ったライラスは、ドルマゲスの持つスキルカテゴリ、つまり精霊の祝福を受けた才能の内容を見て驚愕した。

 

 人が持つスキルカテゴリは普通は5つ。ドルマゲスのスキルもその例に漏れず5つのスキルを所持している。

 その内容は『格闘』、『杖』、『短剣』、『旅芸人』、そして『魔法知識』だった。

 

 ……どういう事じゃ?

 ドルマゲスのスキルを見たライラスは首をかしげる。

 『格闘』は分かる。種族が人間なら大抵の者が加護を受けているからだ。しかし残りのスキル内容が問題だった。

 内容を見る限りロクに呪文を覚えない。あえていうならMPを増やすことがメインの『杖』。

 どちらかというと盗賊や暗殺者寄りの技能である『短剣』

 おまけに、納得はできるが魔法使いの弟子としてはどうなんだ?と言いたくなる『旅芸人』がドルマゲスのスキルだった。

 

 ……そして何より、問題なのは最後の一つじゃ。

 そこには『魔法知識』という、ライラスですら知らないスキル名が表示されていたのだ。

「これはまた、妙な事になっておるのぉ」

 この魔法知識だが、どうやら今は加護が封印状態にあるらしい。キッカケが無ければ死ぬまで解放されずに終わる。そういう類のものに見える。

 ……精霊の加護がなぜこのような事になっているかは分からんが。これは一度詳しく調べる必要があるのう。

 

 そう結論付けたライラスは、窺うようにこちらを見るドルマゲスを見てある事を告げる。

「ドルマゲスよ。今更ながら教えておこう。貴様には『格闘』と『短剣』と『杖』。そして『旅芸人』の適正加護があるな。うむ、どれも魔法を覚えることは無さそうじゃ」

「ぅえ!?」

 賢者の子孫にして高齢の知恵者、弟子の希望を打ち砕きに行く男、ライラス。

 彼は先程食らったまぶしい光の事を地味に根に持っていた。

 

 

 その後涙目になったドルマゲスを見て『しもうた、言い過ぎたか!』と焦ったライラスは、ドルマゲスに『魔法知識』という不思議なスキルがある事を説明し、どうにかフォローに成功していた。

「それでは、そのスキルが解放されれば私にも魔法が使えるのですね!」

 と、キラキラした瞳で言うドルマゲスに、ライラスはその適正加護が封印状態である事を告げて釘を刺す。

 しかしそれを聞いたドルマゲスは何の問題も無いとばかりにフッとニヒルに笑っていた。

「師よ。そういうものはレベルを上げる事で解放されるのがお約束ですよ」

 

 ドルマゲスはゲーム脳だった。

 

「……なにをいっておるんじゃ。まるで意味が分からんぞ!?」

 混乱するライラスをよそにドルマゲスは勢いよく走り出す。

「ま、待てドルマゲス。貴様、どこに行くつもりじゃ!」

 色々な意味を込めて聞いたその質問にドルマゲスはとてもいい笑顔で言い切った。

「外です!」

 我が道を行く男、ドルマゲス13歳。

 彼はレベルを上げるため、街の外へと駆けていく。

 あっという間に街を飛び出したドルマゲスを見送る事になったライラスは、静かになった路地で一言、ポツリと呟きを作る。

「胃薬買ってこよう」

 

ドルマゲスを弟子と認めたライラス。その苦悩の日々はまだ始まったばかりだった。

 

 

 一方、自分のスキルを知ったドルマゲスはその日を境にトラペッタの外へと出て、スライムと戦う日々を繰り返すようになっていた。

「太陽拳!」

 と言いつつまぶしい光を放ち、スライムの視界を潰したドルマゲスは、今日も勢いに任せてスライムに殴りかかる。

 繰り出した拳が運よく急所に当たったらしい。スライムは倒れ、後には少数のゴールドが残されていた。

「ようやく、レベルアップか」

 家事手伝いとレミーラの操作制御の修業。その合間を縫って、トラぺッタの周りに出るスライムを倒し続けていたドルマゲスの脳内で、レベルが上がった証であるファンファーレが鳴り響く。

 

 今のドルマゲスのレベルは3。

 この世界のレベルアップの概念は倒した敵の魔力や生命力を取り込み、己の器を満たすと言うモノだ。その考え方で行けば、ドルマゲスの生命力は以前よりも上がっていると言える。

 レベルアップ後に身体を動かしたドルマゲスは、自身の動きが以前より良くなっていることを実感し、ニンマリと笑みを作っていた。

 精霊の加護であるスキルを解放するスキルポイントも7まで溜まっている。

 本来なら『魔法知識』にポイントを振りたい所だが、封印されてるとなるとそうもいかないだろう。

 もちろんこのスキルポイントを貯めておくと言うのも一つの手だ。

 しかしこのスキルポイントをここで活用すれば今後のレベルアップは楽になる。

 そう考えたドルマゲスはこのスキルポイントを使う事に決め、『格闘』、『短剣』、『杖』、『旅芸人』のどれにスキルを割り振るべきか頭を悩ませていた。

 

 とりあえず武器が無いので『短剣』は除外。

 原作ドルマゲスが道化師の格好をしていた事を考えると『旅芸人』が。後々魔法を使えるようになる……はずであることを考えれば『杖』が。今現在素手で戦っている事を考えると『格闘』が魅力的だ。

「とはいえ魔法を使えない今のままでは『杖』のスキルは意義が薄いな」

 余談ではあるがライラスの魔法で自分のスキルを見る事が出来るようになったドルマゲスは基本杖を使った物理攻撃であると知り、不貞腐れていた。

 今現在、装備できる物がない事を考えれば、『杖』スキルも『短剣』と同様無い物ねだりだと言える。

 

 残ったのは『旅芸人』と『格闘』の二つ。

 しばらく悩んだドルマゲスは一つ頷いて結論を出す。

「ならばいっそ両方を取る!」

 こうしてトラペッタの街に、『素手で戦う旅芸人』ドルマゲスが爆誕した。

 

 

「見て下さい師匠! 先程スキルポイントの割り振りによって『火ふき芸』と『石つぶて』を覚えましたよ! この火を吹く際の爽快感が素晴らしい! そう思いませんか!」

 トラペッタにあるライラスの自宅。そこで嬉々としてそう報告するドルマゲスを見たライラスは自分の弟子がまるで魔法使いの弟子をしていない事に頭を痛めつつ、『家の中で火を吹くんじゃない』とたしなめていた。

 ……ワシ、一応賢者の子孫として魔法の研究に打ち込んでいるんじゃがなあ。

 しかしこの弟子、どう見ても色物である。

 どうしてこうなった。と嘆くライラスの前でドルマゲスは狂喜乱舞し火を吹いていた。

……将来『おれは人間をやめるぞ!師匠ョーッ!』とか言わんじゃろうな。

 無いとは言い切れないのがこの弟子のとんでもない、もとい恐ろしい所だった。

 

 しかし頭の痛いライラスとは対照的に、ドルマゲスは『火ふき芸』を使えるようになった事が相当嬉しいらしい。

 魔法というよりもブレスに近い技だが今まで明かり魔法しか使えなかったドルマゲスにとっては大躍進。曲芸とはいえ『火を出す』という事が出来たのは相当にうれしかったのだろう。

 注意したにもかかわらず家の中でチロチロと小さな火を吹くドルマゲス。その姿にライラスはこっそりと微笑みをつくる。

 

 そしてドルマゲスを家から叩きだした。

 

「何をするのですか師匠! 人が気持ちよく火を吹いていたというのに!」

 問題発言しかしないドルマゲスにライラスは額に青筋を浮かべる。

「放火魔みたいな事を抜かすな! それと火を吹きながら話すんじゃないわい!」

 とりあえずこのバカを家に入れたくない。

 ポーズを取って文句を言うドルマゲスを怒鳴りつけたライラスは、その後延々と説教を敢行。

 騒ぎ始めた師弟をトラペッタの住民たちは『またか……』と手慣れた様子でスルーするのだった。

 




・独自設定について。
 ドルマゲスのスキル設定は『魔法知識』を転生特典に近い個人専用スキルとし、後のスキルをドラクエ9を参考に設定してあります。
 スキルという概念については、万人に与えられる精霊の加護。と考え『加護の開放による技能の刷り込み』がスキルポイントの割り振りである。という事にしました。


 またレベルアップの概念を生命力の器を満たす。という解釈にし、レベル99、いわゆるカンストになった状態を『生命力の器が満たされた状態』という設定にしています。
 ちなみに生命力は体力(HP)と精神(MP)の両方をひとまとめにしたものという設定です。
 また各種の種は器そのものに干渉する、後付パーツのようなものとして捉えていこうと思います。


一応ドルマゲスがレベルアップで覚える特技、各種スキルで覚える技などはまとめてあるので、霧の良い所まで書いたらそのあたりの設定を『幕間 育成の攻略情報』として投稿する予定です。




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第三幕 決闘者となる少年①

ドルマゲスが火ふき芸を習得して数カ月。

特技を覚えたその日こそ機嫌の良かったドルマゲスだがその翌日街にいた子供がメラを使う所に居合わせた事でそのテンションをすっかりどん底にまで落としていた。

 

「クッ、なんということだ……!」

火ふき芸とメラの間にある大きな差を前にドルマゲスは歯噛みする。

ドルマゲスの感じた差は数にすればたった二つ。だがその二つの差は彼にとって非常に大きなものだった。

 

まず一つ目。それはちゃんとした魔法かどうかという点だ。

これは魔法使いを目指すドルマゲスにとって『魔法か否か』という点はとても大切な事だ。

スキルポイントで覚えた火ふき芸が所詮は特技であることを思えば、本物の魔法を見てしまったドルマゲスがショックを受けるのも無理の無いことだと言えた。

 

そして二つ目の差。それは習得した『火ふき芸』がメラと違い威力が上がらないという点だった。

人間というのはその性質上、息を吐ききれば隙ができる生き物だ。戦闘中ならば息切れしてしまう事だってある。

そんな人間に対し、火ふき芸という技は相性が悪かった。

息を吐いた後、隙を作らないようにするため、使用時に思いっきり息を吐けないと言う欠点を抱えていたのだ。

そのためどうしてもブレスの勢いが下がり。威力が小さくなってしまう。

それは火ふき芸の威力が上がらない最大の理由だった。

 

無警戒な状態で思いっきり息を吸い込み、ドンと吹ければ威力も上がるのだろうが……。

「戦闘中にそれを行えるのかと言えば……論外だろう」

ソロでレベリングを行っているドルマゲスにとって周囲の警戒を怠る事は即、死につながる行為だ。

無警戒にブレスを吐こうとして不意打ちを受ければ、それこそ致命的な隙ができるだろう。

それは周りに頼れないソロの戦闘において、絶対にやってはいけない事だった。

 

だがそこまで考えてドルマゲスは気づく。

確かに警戒をわざと怠るというのはソロの戦闘ではタブーだ。だがそういった問題点は、仲間がいれば解決するのではないだろうか。

……これは、意外といい考えなんじゃあないか?

そう直感したドルマゲスは口元に笑みを作り、しかし引きつらせる。

「待てよ。誰を連れて行けばいいのだ……?」

 

 

転生者ドルマゲス、十三歳。

 

彼には……友達がいなかった。

 

 

「……」

鈍い汗が止まらない。ドルマゲスは最近の自分を顧みて内心かなり焦っていた。

……よくよく考えれば最近ちゃんと喋った相手はあの爺さん(師匠)くらいではないか?

我がことながら『コイツ大丈夫か?』と心配になるレベルである。

 

そしてそれ以上にドルマゲスがヤバイと感じたのは、ドラクエ名物『数の暴力』に会ってしまった時、今のドルマゲスでは太刀打ちできない事だった。

……前世の記憶は忘れた部分も多いが、それでもハッキリと覚えているぞ。

序盤、低レベルの状態でレベリングをしている時に起きる、自分パーティーの倍以上の敵が出現する絶望感。まるでいびる様に細かいダメージを刻まれ、なすすべもなく全滅するあの無力感。

それは真昼のスライム、それも多くて三匹の相手ばかりしていたドルマゲスをゾッとさせるには十分すぎる記憶だった。

なにせ今のドルマゲスにとってはスライム三匹の相手をするだけでも結構キツイのだ。

距離感と位置取り、そして流動する攻防への対処。それに必要とされる気力、体力の消耗は例えスライムが相手でもバカにできるものではない。

レベルの低い今はなおの事だ。

スライム以上に強い敵。例えばドラキーが八匹以上現れたら余裕で死ねる自信がある。

 

自身の死の予感に身を震わせたドルマゲスはよりいっそうのチキンプレイを心に誓った。

基本方針はタイマン。多対一はなるべく避ける。

そう心に決めていた。

そんな事を思うくらいなら戦わなければいいだけなのだが、彼にとっての戦闘は既に日常の一部。生活習慣の一つとして組み込まれている。

後戻りという概念はドルマゲスの思考に一欠片も無い。

だがチキンプレイを決めたドルマゲスはそこである事に気が付いた。

「……いや、待て。ここは仲間を探す理由がまた一つ増えたらしいな。という結論にたどり着くべきところではないのか……?」

 

思考の盲点。

ドルマゲスは、ボッチの習性が染みついていた。

しかしボッチの罠。ソロ思考の盲点に気が付いたドルマゲスの切り替えは早い。

「……まあ的確な答えは出たのだ。良しとしよう」

そう言い切ったドルマゲスは、仲間を増やすという難題をクリアするため街にいる人々を観察する事から始めていく。

 

……そうだな。仲間にするならばモンスターとの殺し合いがOKな同年代の子供が望ましいところか。

だがそんなキチガイじみた都合の良い人間はいない。

この街にはドルマゲスと同い年の子供で戦い方を学んでいる者もいる。だがわざわざモンスターと戦うような訓練(本番)をしようという子供はいない様だった。

 

そもそも大人が止める。

 

同年代の子供をスライム狩りに誘うのは不可能だろう。

そう考え諦めたドルマゲスは『年上で。なおかつ戦えそうな町の人』を探して、行きかう人の波に再度視線を向けたのだった。

 

 

そうしてどれくらいの時間がたっただろう。

行きかう人々を見続けていたドルマゲスは、前世との齟齬を思いしみじみと息を吐いた。

「……それにしても、こうして見ると感慨深いものがあるな」

ゲームでしか知らない世界。画面越しにしか知らなかった場所だが、こうして見るとここはゲームよりもずっと大きな街だった。

そして何より人が多い。もちろんグラフィックの使い回しなど存在しない、顔や体格に個人差のある鳥山デザインの人々がだ。

 

……まさかこんなドラクエ世界を拝めるとは。

非常にメタな感想だが、それはドルマゲスの偽らざる本心だった。

 

しかしドルマゲスが考えたのはそれだけではない。これでも仲間候補となる人物についても考えている。

ドルマゲスが目を付けたのは街を歩いているどこかで見たような格好の戦士や魔法使い、その他の様々な職業。それも戦闘職の人々だった。

この世界に『転職システム』があるかどうかは謎だが、少なくともお馴染みの職業は存在するらしい。

街の大人に聞いてみた所、そういう武装した面々は商隊の護衛や町の人々からの依頼、近隣に現れるモンスターの討伐で生計を立てているのだという。

専用の酒場などで雇う事も出来る彼等は、ひっくるめて『冒険者』と呼ばれていた。

 

……まさかドラクエ8の世界で冒険者なんて単語を聞くことになるとは思わなかったがな。

思わず顔をひきつらせたドルマゲスだったが、よくよく考えればこの『冒険者』という単語はドルマゲスにも聞き覚えがある言葉だった。

ドルマゲスが生まれて13年、この世界での人生で幾度となく聞いてきた覚えがある。

 

死んだ両親がその冒険者だったからだ。

 

その事に苦みを感じながらも、ドルマゲスは冒険者について理解した。

「つまり戦士や僧侶といったドラクエ職業にプラスして『冒険者』という職業が付くということか……」

よくよく考えればⅨやⅩがそうだった気もする。

この世界における『職業』というものに思い込みがあった事をドルマゲスは自覚した。

 

……しかし、妙にややこしいな。

もう少し何とかならなかったのか。と顔をしかめたドルマゲスだった。

 

だが道筋は見えた。

「まあいい。とにかく『冒険者』だ。今の私が行くべきは冒険者を雇う事の出来る場所。『酒場』というやつだろうな」

おそらくはドラクエで言う所の『ルイーダの酒場』に近い存在だろう。

聞くところによると大きな街には大抵あるらしい。

原作のドラクエ8には見られなかった施設だが、よくよく考えるとあの作品は王様が魔物に。姫様が馬になる話だ。

自分の様に魔物によって身内の不幸が訪れた者もこの世界には多い。王様が魔物というのはこの世界ではかなりデリケートな問題だ。

金で雇った仲間を魔物との旅につき合わせるというのは無理があるため、主人公は『冒険者』を雇う酒場に寄り付かなかった。というより寄りつけなかったのだろう

「そういえば原作ではトラペッタに入ったトロデ王が魔物と思われて追い出されていたな……」

つまりはこの街である。

この街で冒険者を雇うなど最初から無理な話だった。

 

とは言えそれらは全てドルマゲスがトロデーンの城から杖を盗み出そうとした結果引き起こされた事態だ。

そのルートでは砂になってしまうと知っているドルマゲスには杖を盗み出そうという気はこれっぽっちも無い。

全てはありえたかもしれない未来の話だ。

「……フッ、行くとするか」

原作知識を振り払うように、ドルマゲスは酒場へと歩きだす。

この世界にルイーダがいるとは考えづらい。冒険者を雇える酒場、と言っても『ルイーダの酒場』ではないだろう。

「この場合、この手の酒場は何て呼べばいいんだろうな」

そんな事をポツリとつぶやいたドルマゲスは、街の人から聞いた『酒場』を目指して人ごみの中へと消えていく。

 

今も明かり魔法、レミーラの修業はかかしていない。

……現に簡単な着色も可能なくらいレベルは上がっている。サポート専用としてならある程度の働きは出来るという自信がある。

 

決して寄生する気はない。自分をメンバーに入れるパーティーがあるならば、必ず役に立って見せる。

そんな思いで酒場へ向かうドルマゲス。

目的地に着いたのはそれから数分後の事だった

 

 

ドルマゲスがたどり着いた『酒場』の場所は街の外れ、裏門とでもいうべき南門の近くだった。ドルマゲスの師匠であるライラスの家からほど近い位置である。

「まさかこんな所にあったとはな。意外と近いじゃぁないか」

表通りに面していない事。そして依頼をする機会が無かったことからこれまで来る機会の無かったドルマゲスは、思いのほか近くにあった事に驚きの声を漏らす。

 

見た目は地味な宿屋風。しかし人の気配が活気として伝わってくる。

おそらくは所属している冒険者が宿泊、飲食をするのだろう。

扉越しでも賑わっているのが理解できる。

そんな酒場の扉をくぐったドルマゲスは、周囲を観察しながらゆっくりとカウンターへ進んで行く。

カウンターにいるのはマスコットの様に鎮座する一匹のスライムと数人の店員だ。

取りしきっているのはどうやら若い女性のようで、その女性の指示で周りの店員たちが動いている。

 

そしてカウンターへと手をかけたドルマゲスは、女主人と思われる女性に話しかけた。

「すみません。頼みたいことがあるのですが」

それは優しく、人の心にスルリと入り、安心させるような声音だった。

話しかけられた女主人が意外そうな顔でドルマゲスを見て。そして気を取り直したように微笑みを見せる。

「ようこそ坊や。ここはルイーダの酒場、トラペッタ支店。旅人たちが仲間を求めて集まる出会いと別れの酒場よ」

予想もしなかった女主人の発言に、ドルマゲスはポーカーフェイスを装ったまま絶句した。

 

……まさかルイーダの酒場(支店)とは。

支店があるという事は本店もあるはず。おそらくはそこにこの世界の『ルイーダ』がいるのだろう。

ドルマゲスは前世の知識にあるルイーダの姿。つまりドラクエ9に出ていたルイーダを思い出す。

 

……流石にあのビジュアルがそのままこの世界にいるとは考えづらいが……だが、いたとしてもおかしくは無いのだろうか。

ドランゴやゲレゲレ、ピエールなどと同じカテゴリの、ナンバリングという釘りの枠を超えた存在だと考えれば分からなくはない。同姓同名、同じ見た目の同種族というパターンだ。

それを人間でやられるのは怖い。という点を無視すれば納得できなくもない。

 

この世界のルイーダを実際に見て、その見た目がイメージと違った時は、世襲制とでも思う事にすればいいのだ。

 

……違う見た目の方が安心できるだろうがな。

そう考えたドルマゲスはそこでルイーダについて考えるのをやめた。

自身の目的を果たすため、本題に入るのだ。

「トラペッタの周囲で魔物を狩るための仲間を探しているのだが……誰か適当な人物はいないだろうか?」

そう告げたドルマゲスの瞳には、何があっても目的を達してみせるという強い意志が宿っていた。

 

 

一方カウンターに詰め寄ったドルマゲスに対し、周囲の冒険者たちの反応は淡白なモノだった。

せいぜいが『また依頼人が来たのか』程度のもの。ドルマゲスが仲間を求めてここに来たなどとは欠片も考えていない者ばかりで、中には子供の経済力を考え『大した仕事にはならないだろう』と露骨に無視する連中さえいた。

だが少年の、ドルマゲスの要求は彼らの予想を違えていく。

 

仲間を探している。

 

そう言ったドルマゲスの声は騒がしい酒場の中で不思議とよく通り、一瞬の沈黙を呼び起こしていた。

何人かの物は『改めて』と言った感でドルマゲスに再び、しかし今度は品定めをするような視線を送る。

そして周囲の冒険者は一人、また一人とドルマゲスへの興味を失っていった。

 

当然だ。

命がけのやり取りの中で、自分の背中を子供に任せようと考える者はいない。

声が通っていたのでつい見てしまった。それが冒険者たちにとっての現実だ。

中にはドルマゲスを見下し、嘲笑う者もいた。

 

そんな中、髪を後ろに結んだある男の武闘家はドルマゲスの姿に懐古の情を覚えていた。

テーブル席に座り酒を片手に持つ男は、少し前に亡くなったある一組の夫婦を思い出す。

それは優秀な魔法使いとして冒険者をやっていたドルマゲスの両親だった。

 

……こうして見ると所々に面影がある。二人を思い出すな。

男の脳裏には攻撃呪文で敵を撃ち、時には牽制することで仲間を守り、戦い続けていた二人の姿があった。

今にして思えば何度となく助けられた恩人とも呼べる二人だ。

「噂では賢者、マスターライラスに弟子入りしたと言うが……」

同時に魔法の成長は明かり魔法、レミーラの扱いが上手くなった事以外皆無だとも聞いていた。

「明かりの扱いが上手くなってもどうしようもないだろうに……」

だからだろうか。自棄になったのか、ドルマゲスが最近スライム狩りに手を出していると男は小耳にはさんでいた。

ドルマゲスの歳を考えれば無謀とも言える大博打だ。普通なら早死にする生き方だろう。

だからこそ、男は思う。

 

あの二人の恩に報いるためにも、ココは自分が止めるべきだろう。と。

 

……噂じゃライラスの爺さんではスライム狩りを止められないという話だしな。

聞くところによるとつい先日、ご近所の面々に言われたライラスがドルマゲスのスライム狩りを止めようとしたらしい。が、その時のドルマゲスはレミーラで裸の女性を空中に投影。鼻血を出した師匠を尻目に、『これが「お色気の術」ドルマゲススペシャルだ……。ククク、悲しいなあ師匠……!こんな所で鼻血を流すとはァ!』と凄く良い笑顔で言い放って逃げだし、スライム狩りの後でキツイ折檻を食らったのだという。

 

無論どこまでが本当か分からないし、そもそもレミーラで裸の女性を出した、などという意味不明な情報は冗談としか思えない。しかし最近トラペッタの街では弟子の皮を被った問題児にライラスが手を焼かされている光景が頻繁にみられるようになっているのも確かだった。

ライラスがドルマゲスを扱いきれていないというのは間違いないだろう。

 

そう考えた男は『子供のおいたを叱るのが大人の役目か』と考え、席を立とうとテーブルに手を着き、そして思いとどまった。

ドルマゲスの要望を聞いた酒場の女主人が『無理だ』と突っぱね、その理由を説明し始めたからだ。

 

君のような子供に背中を預けて命を懸ける人間はいない。

 

そう説明する女主人の言葉に酒場にいた者達の多くが内心で深く頷いた。

……俺の出る幕ではないか。

そう考えた男は、後で二人の墓参りにでも行くか。と哀悼の念に浸りながら酒の入ったグラスを傾ける。

 

だが、問題はそこからだった。

 

「何……!?」

男は自分の見た光景に思わず手に持ったグラスをテーブルに置く。

男の目に映る現実が、それほど予想を超え、そして常識を超えていたからだ。

 

酒場にいた一匹のスライム。

周囲の人間が誘えないと理解したドルマゲスは、あろうことかスライム狩りにそのスライムを誘っていたのだ。

誘われたスライムは『ピキー!?』と驚愕の表情を浮かべている。

……バカな!? 一体何を考えているのだ!?

武闘家の男を含め、酒場の冒険者たちは驚きで言葉を失ってしまう。

 

そして不幸にもその場で真っ先に我に返ったのは、先ほどドルマゲスを見下し、嘲笑っていた者達だった。

二十歳そこそこの戦士とその取り巻きの盗賊。

どちらも男、特に戦士は態度の悪さから女にモテないと評判の男だった。

戦士はわざわざドルマゲスの隣まで行くと、ドンッと勢いよくテーブルを叩きつけ指をさす。

「おおい、ガキィ。もう少し考えて物を喋った方が良いぜぇ~。スライムって種族はザコ中のザコ。クズの代名詞なんだからよぉ。ククク、なんだったら俺様がボディーガードでもしてやろうか? ボディーガード料として三十万ゴールド払ってもらうがなぁ! ギャハハハハハハハ!」

 

しかし笑われたドルマゲスは何でもないように首を振る。

「悪いが仲間を探しているんです。寄生する気はこれっぽっちも無いのでボディーガードは要りません。私は……自分自身を鍛えたいのですよ」

そう感慨深げに言ったドルマゲスだったが、連中の反応は不機嫌そのものだった。

「オイオイオイ。テメエ、どうやら自分がこの街で才能の無いバカだと思われてるのを知らねえらしいなぁ~。ククク、仲間だぁ? 無能と知れ渡っているお前に背中預けようなんてバカはいねーんだよ! ……ハッ、ま、どうせそれでスライムを仲間にって腹だろうがなぁ……使えるわけねーだろそんなクズ! クソガキィ、もう少し物を考えてから発言しな!」

大人げない暴言の連続。周囲が眉をひそめるようなその発言を聞いたドルマゲスは、しかしあくまで冷静だった。

「それは分かりませんよ。そのスライムがどうなるかなんてことは誰にも、そう、誰にもわかる事ではない」

その言葉を聞いたスライムは驚いたようにドルマゲスを見る。

 

だがその冷静な態度が、スライムを庇うような言い方が戦士の苛立ちを加速させた。

「ハッ、クズはクズどうし庇いあいか? 笑わせてくれるぜ。……ああ、そういやテメエ、ちっと前に死んだ魔法使い共のガキだったか。そうかい、俺様に突っかかってマナーの悪さを注意して来る、あのうざい夫婦のガキかぁ。いい機会だから言っとくぜ、テメエの両親はなあ、死んで当然のカス共だったってよぉ!!」

 

余りにも心無い言葉。そのセリフに酒場の空気が凍り付く。

話を聞いていた周囲の冒険者の中には殺気立つものまで現れていた。

それは酒を片手に二人の死を悼んでいた武闘家の男も同じである。

しかし誰より速く動いたのは、両親をバカにされ、自身と仲間として誘ったスライムをクズ呼ばわりされたドルマゲスだった。

 

ドルマゲスは懐から未開封のトランプを。

誰も開封していない証であるセキュリティーシールの付いた箱を取り出すと、聞いた誰もが凍り付くような声で言い切った。

 

「おい、決闘《ヂュエル》しろよ」

 

そう言ってトランプを突きつけたドルマゲスの姿には、誰もが息をのむような凄みとも言えるオーラがある。

息をのむ周囲の冒険者たち。そして無意識に冷や汗を流すガラの悪い戦士。

 

 

 

今、トラペッタの街で奇妙な決闘が……始まろうとしていた!

 



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第四幕 決闘者となる少年②

誤字脱字のご指摘、ありがとうございます。

リアルが忙しく感想への返信ができない作者ですが、どうかご容赦ください。




決闘。

 

ガラの悪い戦士にそう宣言して喧嘩を売ったドルマゲス。

そんなドルマゲスの背中を、戦士にカス呼ばわりされた酒場のスライムは驚きと疑問を持って見つめていた。

思い出すのは先程の『スライムはカス』という戦士の発言を否定したドルマゲスの言葉だ。

 

……あれはうれしかったなぁ。でも、この人間の子、どうしてかばってくれたんだろう。

 

同族に対する戦闘。スライム狩りに誘われた時は、『ああ、この人間はボクを利用しようとしているんだな』と思い。ついでに言うと『メダパニでも受けたのかな? え……違うの!?』といった形で、スライムは少しの恐怖と嫌悪感をドルマゲスに対し抱いていた。

 

もし参加しても、どうせ囮にされるのがオチだろう。

もしかしたら他のスライムと一緒に自分を倒し経験値を手に入れるかもしれない。

そんな考えがスライムの中に渦巻いていた。

戦いを生業とする者の、スライムの扱いは得てしてそんなものなのだ。

 

だからスライムはガラの悪い戦士が自分をカス呼ばわりした時も『そんなものだよね』と思い、黙り込んだ。悲しいという気持ちと自分の弱さに対する無力感はある。だが『何かを言い返そう』なんて考えはこれっぽっちも生まれなかった。

 

なのにこの子供は自分を庇い、こんなにもガラの悪い大人に向かって言い返したのだ。

「……だけど」

子供が大人に勝てるはずがないよ。

自分を庇ってくれた子供がこの戦士に敗北し、笑われて、見下される。

そんな未来を想像したスライムは何故だが無性に嫌な気持ちになっていた。

 

しかし不安を抱えたスライムの前で、ガラの悪い戦士に喧嘩を売った少年。ドルマゲスは大人達を相手に決闘のルールを説明する。

「貴様らには私と変則ルールのポーカーで勝負してもらう」

凄くやる気である。

 

そんなドルマゲスに対し、ポーカーと聞いた戦士は『特殊ルール』という言葉に警戒と不満の色を露わにしていた。

そんな大人達ににドルマゲスは言う。

「このポーカーでは、全てのイカサマが認められる」

 

その場の空気が、凍り付いた。

 

 

……全てのイカサマが認められる!?

そのあんまりな内容にスライムはプルプルと身体を震わせた。

衝撃を受けた酒場の面々もドルマゲスの言葉を待っている。

ドルマゲスは言った。

「ただし、ゲームが終わる前にイカサマが見破られればその時点でバレた方、つまりイカサマを見抜かれた者の敗北となる」

 

……そうか、つまりイカサマのペナルティーをはっきりさせたんだ!

スライムは、ドルマゲスのルールになるほどと頷いた。

ゲームの勝敗とは別にイカサマを見破るかどうかを勝敗に噛ませる。

イカサマ防止策としては中々に良さそうなルールだと思えた。

 

「でも、ほんとうに大丈夫なの……?」

一見すると効果的かもしれない。が、このルールは相手の腕が良い場合、イカサマに気付けないままやられてしまう危険性をはらんでいる。

不安はぬぐいきれなかった。

 

だがそんなスライムの心配を知らないドルマゲスは、淡々と説明を続けていく。

「お互いのチップ……つまりライフとなるコインはそれぞれ12個。ゲーム参加料に一枚。交換に一枚、そして勝負のために一枚使うため、1ゲームに最低三枚のコインがいる」

 

……つまりコイン12枚をお互いに削り合い、ゼロになった方が負けなんだね。

スライムはそう理解する。

 

「そしてこれらのコインを全て失った時ゲームは決着。負けた方は相手に謝罪する。というのがこのゲームの基本ルールだ」

そう締めくくったドルマゲスの説明。

 

それ聞いたスライムは少しだけ安心を取り戻した。

この特殊ポーカーは、あくまでコインの奪い合い。賭けるモノも『謝罪』だけ。

最初こそイカサマ云々で不安を覚えたが、最後まで聞けば賭けの上限が決まった。しかもお金を駆けないルールである。

「これならきっとヒドイ事にはならないね」

スライムは嬉しそうに呟いた。

 

しかし『よかった、お金をかけるわけじゃないんだ!』と安心したスライムの前でドルマゲスはキッパリと言い放つ。

「そして最後に一つ、このゲームにおいて何より重要なルールを説明しよう。それは……この勝負に置いて、お互いのプレイヤーは『賭けるモノの上限を持たない』という点だ」

 

説明を聞いたスライムの顔から。感情と表情が抜け落ちた。

 

 

酒場のスライムが固まってしまうようなドルマゲスの発言。だが固まったのはスライムだけではない。

「「「「「「 ……!? 」」」」」」」

酒場の面々が衝撃に顔を歪めていく。

ライフであるコインは12枚。しかし賭けるモノの上限が無い。これの意味するところは一つである。

 

つまり賭けるコインの枚数を提示する時、追加で何を賭けようとかまわないということ。

 

それに気付き、酒場にいた誰もがドルマゲスに注目した。

酒場の空気が、たった13歳の子供を中心にして回り始めていく。

そんな中、ドルマゲスの両親を知る武闘家の男の胸中は『やめてくれ……!』の一念で現状を憂いていた。

 

先程ドルマゲスの話した特殊ルールは、コイン以外のどんなものでも……大げさな話を言えば『命』ですら賭けて良いというものだ。

 

もちろん勝敗はあくまでコインの枚数によって決まるので、賭けるモノについてはそれはプレイヤーの選択次第。

何事も無く終わらせるならば、コインだけを賭ければ良い話ではあった。

実際に『コイン以上の物を追加で賭ける時』はプレイヤーのどちらかが『勝ち負け以上の何か』を欲した時という事になるだろう。

 

……だがこのルール。このままだと本当の決闘になるぞっ!

流石にカードで命を賭けるような者はいないだろう。

だが、簡単に大金を賭ける事が可能なこのルール。このガラの悪い戦士は間違いなく金を賭けて来る。

 

武闘家が見るに、それはあまりにも危険な事だった。

 

……止めるべきだろうか。

武闘家は悩む。

だが両親を侮辱されたドルマゲスの怒りは正当なモノだ。しかも感情は完全にヒートアップしている。

あの激高具合では、今ここで止めても『また』がある可能性は限りなく高いだろう。

 

結局のところ、武闘家にできるのはただ見ている事だけだった。

 

 

 

一方ドルマゲスからポーカー勝負を挑まれたガラの悪い二人組の一人。男の戦士は、口のニヤつきを手で隠し、内心で歓声を上げていた。

 

……カモがネギしょって来たぜーっ!

戦士がそう考えた理由は非常にシンプル。この男にとってのポーカーとはイカサマのしやすい『楽に勝てる勝負』だったからだ。

 

真面目にルール通り戦うなんてバカのやる事。要は何をしようと勝てばいい。

イカサマというやつは、バレなきゃあイカサマではないのだ。

 

それがこの男達にとってのポーカー。

そのせい、と言うのもなんだが、戦士本人も仲間の盗賊もイカサマのテクニックは一流の域に達していた。

少なくともこんな十数歳かそこらの子供に負けるなんてありえない。

戦士の胸中はそういう自信に満ち溢れていた。

無論『イカサマを見破られれば即敗北」というルールは枷となる。

だがそれをふまえた上で、戦士の男は笑っていた。

 

……上限無し。いいじゃぁねえか。このガキの親は稼いでた。死んでそう経ってねえから、遺産もそこそあるだろう。

全部を奪っちまうと周りが煩いだろうが、こっちにも面子があるし。

そう、五分の一くらいなら奪ったって問題ねぇよな~。

 

そうなった時目の前の子供はどんな顔をするだろうか。と考えた戦士は『ククク』と意地汚い笑い声を上げ、相棒の盗賊を見た。

盗賊の方はただ頷くのみ。だが頷いたのならば問題は無い。向こうも理解しているのだ。

 

一見良さそうなルールだが、この決闘方法は完璧ではない、と。

 

……その穴をついて、絶望のどん底に叩き込んでやるぜ。

そう心に決めた戦士は肩をすくめてわざとらしく話し出す。

「おいおいお~い。このカスが、な~に熱くなってルール語ってんだぁ~? オレはその決闘とやらを『受けても良い』なんて一言だって喋ってねぇじゃあねーか」

 

戦士の言葉に酒場がざわつくが、ドルマゲスは何もしゃべらない。

そんなドルマゲスに戦士は盗賊を指さして高らかに言い放った。

「どーしても受けて欲しいってんならこっちの条件を一つ、飲んでもらうぜ~? その条件ってのはなぁ。……カードのディーラーを、コイツにやらせる事だぁ!!」

 

そう、戦士の出した条件とはカードのディーラーの指名。

そして指名されたのは、戦士の仲間の盗賊。

 

イカサマをする気だという事をまるで隠そうとしない条件だ。

その条件を聞いて真っ先に異を唱えたのは、あの武闘家の男だった。

 

 

……これはマズイ。非常に、マズイ!

そう考えて焦る武闘家は戦士に向けて食って掛かる。

「その条件待った! いいか、子供相手なんだぞ!? そんな条件を出すなんて何を考えているんだ!」

そう叫ぶ武闘家は気が付いていた。

この戦士が張った巧妙な罠。ルールの穴を着いた要求の『裏』。

 

……そう。ドルマゲスの言った特殊ルールには『イカサマを見破られた方の負け』としかない。つまりディーラーのイカサマを防ぎようがないのだ。

イカサマ部分を盗賊が担当するならば、戦士は普通にポーカーをするだけで良い。

 

普通に考えればドルマゲスの勝てる確率はゼロ。

 

だが、当の戦士はどこ吹く風。武闘家を相手にしようとはしなかった。

「ならばドルマゲス! 君だ! 今ならまだ間に合う、ルールを取り消すのだ! そもそもこんな勝負、やるべきではない! ……これは、自殺行為だ!」

叫び声に近い武闘家の懇願が酒場に響く。

 

その言葉で戦士の仕掛けた罠に気が付いたのだろう。酒場の客たちに騒々しさが広がっていく。

しかしそんな状況にもかかわらず、ドルマゲスは武闘家に笑いかけた。

 

「武闘家さん、心配してくれてありがとうございます。でも安心してください。『イカサマはアリ』と言ったのには理由があります。僕にとっての賭けはポーカーとは別の所にあるんです」

 

武闘家に敬意を払い、そう答えたドルマゲスは、戦士たちに向け『ディーラーのイカサマがばれた時は交代で』と条件を付ける。

これを否定すれば流石に逃げられると考えたのか、戦士の返事は了解の意を告げるものだった。

 

……そうか、ディーラーも含めた『二人のイカサマを見破れるかどうか』に賭けるつもりか。

武闘家はドルマゲスが二対一の勝負に挑むのだと理解した。

「しかし、しかしそれでも君が不利な事は変わらないじゃないか……!」

見破れなければカモ撃ちにされる。そう考えた武闘家にドルマゲスは平然と言う。

「武闘家さん。あなたの言う事はもっともです。ですが、こういった連中には『イカサマをするな』と言っても無駄だと僕は思うんです。それならばイカサマをアリにして、それを見破れるかに賭けた方が可能性がある……。 そうは思いませんか?」

「……ぬっ!」

子供の浅知恵と言っても良い、行き当たりばったりな言葉だ。しかしその内容は真っ向から否定のしにくい正論でもあった。

 

思わず言葉に詰まった武闘家を無視し、戦士の男がドルマゲスに喋る。

「それじゃあ早速はじめようや。……だがなぁ、生憎ポーカーは俺様の最も得意とするギャンブル。勝てるとは思わねぇ方が良いぜぇ?」

「……このルールではオープンザゲームの代わりに『決闘《デュエル》』と、そう言ってもらう」

会話のドッヂボール。

それぞれが言いたい事を言った二人は、テーブルに座り向かい合う。

 

「「決闘《デュエル》!!!」」

 

決闘のポーカーが幕を開けた。

 

 

先攻後攻のコイントス。

 

それによって決まった親は、表を当てた戦士だった。

戦士は先行側として、参加料のコインを一枚払う。

ドルマゲスもそれに合わせ、自分のコインを一枚手に取り支払った。

 

ポーカーは配られた五枚のカードを一度だけ、好きな枚数を交換して、相手よりいい役を揃えようとするゲームだ。

参加料を払った事によって、それぞれの手に五枚のカードが配られる。

 

「それじゃ、俺様は二枚チェンジするぜぇ」

そう言った戦士はチェンジ料としてコインを一枚払い、カードを二枚取り換えた。

「ガキィ、こういうのは最初が肝心。よーく考えて勝負した方が良いぜぇ」

地味なプレッシャーをかけていく戦士。それを無視したドルマゲスはチェンジ料を支払う。

「三枚チェンジだ」

そして渡された三枚のカード。その内容を確認したドルマゲスは、相手の戦士を睨み付けた。

 

「おーおー、怖い怖い。その面、さては何かいいカードを揃えやがったな? なら、ここは様子見でコインを一枚だけ賭けるぜぇ」

親の宣言。

ドルマゲスはその気になればここで『レイズ』と言い、さらに賭けるモノを追加する事が出来る。

だがドルマゲスは相手に合わせて賭ける『コール』を宣言。

親の賭ける枚数に合わせ、子であるドルマゲスはコインを一枚手に取って払う。

互いが払ったコインは三枚。この特殊ルールにおける最も小さい賭け。勝った方が六枚のコインを懐に入れる事となる勝負が成立した。

 

「よし……勝負だガキィ!」

お互いが手札を公開した。

 

ドルマゲスの手札は……。

「8と9のツーペア……!」

子供とは思えない気迫と共に、ドルマゲスが役を宣言する。

そこには赤一色のツーペアが並んでいた。

 

だが……。

「残念だったなぁ、ツーペア。ジャックとクイーン。俺様の勝ちだ」

同じ強さの役、ツーペア。しかしカードの強さで差が付き、戦士が勝利する。

勝利した戦士は笑いをかみ殺した。

「あーぶない危ない。もうちょっとで負けるとこだったぜぇ」

そう言った戦士は『で~は……』と、自分の腕を振り上げ。ドルマゲスと賭けたコインとの間に、まるで仕切りを作るように振り下ろす。

「クククククク」

袖が汚れるかもしれない、などとは微塵も考えず。戦士は腕全体を使ってコインを引き寄せる。

 

ドルマゲスのライフコイン。残り9枚。

 

 

だがドルマゲスは『ゼロじゃないなら安いもの』とでも言うように、あくまで冷静に次のゲームを促した。

「ネクストゲームだ」

「ネクストゲームじゃなく、ラストゲームになるかもなぁ?クククク」

そう言って笑った戦士は、脳内で勝利を確信していた。

 

……楽勝! ディーラーの仲間にイカサマをやらせているが、このガキはソレを見抜けてもいない!

勝ちだ! 勝ちだぜ、このゲーム!

見てろ~、このゲームでテメーの財産、取れるだけブン捕ってやるぜ!

 

すでに戦士の頭の中には、勝利の青写真が出来上がっていた。

 

 

だが勝利を確信した戦士とは裏腹に、イカサマ担当の盗賊は奇妙な違和感を覚えていた。

 

……何かがおかしい。

だがそれが何かが分からない。

自分のイカサマは完璧だった。と、盗賊は先程のゲームを評価した。

 

調子はすこぶる快調だ。衣服に潜ませたトランプによるカードのすり替えはもちろん、カードを切ったように見せるイカサマシャッフルにもミスは無い。

指先の感覚も完璧。どこにどのカードがあるのかも完全に把握できている。

先程の勝負だって盗賊がコントロールした通りの、8と9、JとQの勝負だった。

 

……なら、この違和感は何だ? 

何を見落としている?

そう考えた盗賊は思わずドルマゲスを見る。すると、盗賊の視線に気が付いたドルマゲスは微かに笑い、いかにも『イカサマやってません』と言いたげな体で、両腕の服の袖を肘までまくり上げた。

いわゆる『袖にカード隠してないよ』アピールである。

 

だがその行為が盗賊の疑念を加速させた。

……相手はこちらの視線の意味に、正確に気付いている。

『イカサマを疑われた』と思わなければあんなアピールはしないはずだ。

証拠は無い。しかし自分の完璧なテクニックに何か異物のようなものを混ぜられたという確信が盗賊にはあった。

……イカサマをしたとは思えない。あるとすれば下準備だ。

盗賊は、意を決して発言した。

 

「おい子供。まさか、……イカサマをしようとしているのか?」

この場で離すのは初。それはドルマゲスが初めて聞く盗賊の声だった。

だがドルマゲスに答える気配は無い。盗賊への返答は沈黙である。

しかしそれは盗賊にとって予想の出来た反応だった。

 

……そうだろうな。この質問への答えは『沈黙』。それが正しい答えだ。

向こうにとっては手の内をバラす必要が無い。

 

だから盗賊は戦士に向けて、確認するように目配せした。

 

 

一方、盗賊からのアイコンタクトを受け取った戦士は、盗賊の慎重さに少し呆れの感情を抱いていた。

盗賊の言いたいことは分かる。

何か違和感を察知したので、『イカサマを仕掛けてくるかもしれない』と警告したいのだろう。

 

……だがよぉ、このガキはそんなそぶりは欠片も見せなかったぜ?

慎重すぎる。一体何をビビってるんだ?

そんな不満が戦士の中で渦巻いていた。

 

……大体ノリが悪ぃんだよな。コイツはよぉ。

自分がさっき散々カス呼ばわりした時もこの盗賊は沈黙を保っていた。

そのことに『クソ良い子ちゃんが。オレより弱い上に空気も読めねえのか』と内心で盗賊を罵倒した戦士は、ゲームの参加料としてコインを放り投げる。

 

……アイツにはこのガキの遺産をふんだくる事は言えねえな。

今までやって来た野良ポーカーとは違う。子供の人生をぶち壊すような賭けだ。良い子ちゃんの相方にその事を話せば、向こうはこちらを裏切るだろう。

そう判断した戦士の男は『この盗賊とのコンビはここまでだな。分け前はやらん』と冷静に仲間を切って捨てる。

 

しかしそんな事を知らない盗賊はこちらが勝てるカードを手元へと配る。

手札はキングのスリーカード。戦士は指でさり気なく合図を送り、もう一枚キングを要求する。

「一枚チェンジだ……ん?」

だが、いい気になっていた戦士は目の前の子供。ドルマゲスの行動に疑問を持たされていた

 

既にお互いの場にカードは配られている。なのにドルマゲスは腕を組んだまま、一切動こうとしないのだ。

業を煮やした戦士は指摘する。

「どうしたクソガキィ、早くそのカードを見てチェンジするか降りるか、決断しねえか」

 

それに対する返事はアッサリしたものだった。

 

「カードは……このままでいい」

「えっ!?」

「ピギッ!?」

「なにっ!?」

ドルマゲスの言葉に武闘家が、スライムが、そして盗賊が驚きの声を上げた。

 

同様に驚き、口をあんぐりと開けた戦士は、確認するようにもう一度問う。

「あっと、その、今なんて言ったんだ? オイ。 聞き間違いだよなぁ? このままで良いと聞こえたが……」

「言葉通りだ。……このままでいい。この五枚のカードで勝負する」

 

ドルマゲスの言葉には一切の揺らぎが見られない。一切の迷いがないのだと、誰もが理解した。

それが戦士の神経を逆なでする。

戦士がテーブルを叩いた音が、やけに大きく酒場の中に響いた。

「分かっている! 俺様が聞いているのは、テメエはそのカードを見ていないだろうという事だ!」

「……このままでいい」

「なっ……ふざけるなよ! 答えろ! テメエはそのカードをめくってもいないのに、なぜ勝負できる……!」

しかし、返答は沈黙。

「答えろと言っていんだよだクソガキ!」

戦士の罵声にもドルマゲスは動じていなかった。

 

流れが変わりだしている。

 

周囲がそう感じ始めたその時、ドルマゲスは手元のコインを押し出した。

そして高らかに宣言する。

「先程払った参加料を除く残りのコイン、8枚全てを今、ここで賭ける!」

それは、まさか。とでも言うべき、残りコインの全賭け。

もしここで負ければゲームが決着するという。そういう賭けだった。

 

ドルマゲスは覚悟と決意のこもった瞳で戦士を見据えて言う。

「決闘者にとって最大の敵は己の心に潜む『恐怖』という魔物に他ならない。私は今ここで、その恐怖に勝つ! ここからは、ずっと私のターンだ……!」

それは決死の覚悟を込めたような、熱のある言葉だった。

 

しかしドルマゲスの言葉を聞いた戦士は、相手の大胆さを見て、逆に気持ちを落ち着かせていた。

「なぁるほどなぁ」

……このガキ、あまりの緊張感に頭がおかしくなったな?

やはりカスはカス。

 

そう確信した戦士は、カードを配る時に指示した盗賊へのサインを思い出し、その内容にほくそ笑む。

 

……コイツのカードはブタだ。

カードを見もしないという普通では考え付かない大胆な行動だったので一瞬焦ったが、なんてことはない。

これまでの発言は全て、自分の手札が何か知らない。という特殊な状況だからできたもの。

ブラフだ……!

 

つまりこの勝負は安パイ。敗北など万に一つもあり得ない。

「ククク」

……この俺様にハッタリなどかましやがって。降りるとでも思っているのか? このマヌケが!

そう考えて笑った戦士はこの賭けに乗ることを決めた。

 

「フッ、良いだろう」

……だが、このままじゃあ済まさねえ。

盗賊からチェンジしたカードを受け取った戦士、手札に揃った4枚のキングを見て、掛け金のつり上げを敢行する。

「俺様も同じ数、8枚でコールだ。しかしさらに! 先程手に入れた6個のコインをレイズする! 全部だ! 計15個!」

全賭け。そう、ドルマゲスに対抗する全賭けである。

 

その手持ちのコイン全てを押し出す行為に、思わず武闘家が絶叫した。

「な、何だとぉ!? オイ、ちょっと待て! ドルマゲスはすでに手持ちのコイン、8枚全部を賭けている。今そんな上乗せをされても、……もうこいつには賭けるチップが無い!」

「無いだってぇ? この勝負は賭けるモノの上限無しってぇルールじゃねえか。チップの代わりに賭けるものはあるだろうがよぉ」

「な、なにを賭けさせるつもりだ……?」

武闘家の質問。

それに答える代わりとして、戦士は自分のふくろからメモとペンを取り出し、ドルマゲスに差し出した。

「ま、ちょっとした証明のために一筆書いてくれりゃあ良いのさ。ソイツで大体の事は解決できる」

「だから何の事だと言っているのだ!」

業を煮やした武闘家の言葉に、戦士は気持ちよさそうな顔で笑い、言った。

「フフフ、死んだこのガキの両親が残した遺産。その五分の一をここで賭けてもらうんだよ」

 

この瞬間。

何の変哲も無いコインの価値が、ドルマゲスの両親が残した遺産、5分の1の価値にハネ上がった。

 

 

「なんという、なんという事だっ……!」

そんな状況を前にした武闘家の男は、目の前で繰り広げられる吊り上がりを信じられない気持ちで見つめていた。

……まさかここまで無茶な要求をしてくるとは! この戦士、確か名前を『サム』とか言ったか? くっ、なんて強欲な奴だ!

武闘家は思わず歯噛みする。

 

しかしそんな相手の要求をドルマゲスは受け入れていた。

「遺産の5分の1を私に賭けさせる。ということは貴様がそれだけの金をこのゲームに賭けるという事だな?」

ドルマゲスの問いに、戦士は不適に頷いた。

 

決定である。もう後戻りは許されない。

 

酒場の面々の胸中に『今、コイン一枚の価値はどれくらいなんだ? そしてこの勝負はどうなるんだ?』という緊張と疑問が渦巻き始める。

しかし、知人の子を見守る立場の武闘家は、自身が戦っているわけでもないのに不安とプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。

 

 

一方、遺産5分の1勝負を吹っ掛けた戦士はテンションがノリにノッていた。

隣ではカードを配り終えた盗賊が信じられないものを見るような目でこっちを見ているが、そんな事はどうでも良い。

どうせコイツとは今日ココでオサラバ。

今は目の前のガキが恐怖に震えればそれで良いのだ。

 

……さーあビビるぞぉ! どんどん自信を失うぞ……! 

その冷静な態度が崩れていくのが見える。

イカサマの準備をしていたかもしれない。という話だったがこのプレッシャーの中、果たしてソレができるか? この俺様に見破られずによぉ。 

この俺様にハッタリなぞかましやがって。そのポーカーフェイスをゲドゲドの恐怖面に変えてから敗北させねえと気が済まねえぜ。

 

そう考えた戦士は、外から見てもタダでは済まさない。という感情がモロバレな、クズっぷりに溢れた表情だった。

しかしその戦士のテンションをドルマゲスの一言が断ちにいく。

 

「良いだろう。私の両親の財産を賭けよう」

あくまで冷静な声音。そしてその言葉に戦士は動揺した。

「ぬぇっ……ハッ!?」

……ありえねえ!

 

戦士はまじまじとドルマゲスを見る。

……いくらヒートアップしてもここまで吹っ掛けられたら普通は冷静になる。いや、それどころかゾッとするはずだ。

なのにこのガキは一切の迷いもなく出した……! 両親を侮辱された事にキレて、この勝負を挑んできたガキが! 一切の迷いも無く、両親の遺産を賭けやがった!

 

「ど、ドルマゲス! それは君の両親が君のために残したものなんだぞ……!」

諫めようとする武闘家の声も震えている。

しかし言われたドルマゲスはあくまでで余裕の態度を崩さなかった。

 

……チイ。こうなるとここまでトントン拍子に来ていた事が不安になっちまう。

まさかとは思うが、もしかしたらイカサマに絶対の自信があるのかもしれない。

戦士の警戒心が急激に増していく。

 

そんな中、両親の遺産を賭けたドルマゲスは、

「勝手すぎるかな」

と困ったように言うと、カードを一枚だけ手に取り札を確認。そして確認した絵柄を下に向けて、ひらり、ひらりとカードの絵柄が周りに見えるよう、ゆっくりとひっくり返しはじめた。

 

……何だこいつは。何をやっているんだ……!?

見えた絵柄はスペードの7。だがこのゲーム、ポーカーにおいて一枚の絵柄が分かったとしても何かが変わるなどという事はありえない。

しかし、残りの4枚を確認するそぶりも無い。

なのに何度も何度も、伏せては返してを繰り返している。

 

ドルマゲスはただハートの3をクルクルと返していた。

 

そして戦士は驚愕する。

「……ん? ハートの3? ……ハートの3だと!? バカな!! そのカードはさっきまでスペードの7だったはずだ……!」

 

するとドルマゲスは、まるで本性を現すかのように、邪悪な笑みを浮かべて見せた。

「あえて言おう。ここからはずっと私のターンだ。とな」

そしてハートの3を伏せたドルマゲスは、再びカードの表を見せる。

そこには最初と同じ、スペードの7が描かれていた。

「なにーぃ!? 」

変化した!? バカな……変わった!

戦士は焦ったようにカードをガン見する。だが指摘を受けたドルマゲスは『見せるのはここまで』とでも言うように、手に持ったカードをテーブルに伏せ、次のカードへと指を置いた。

それは『何かした』という事を堂々とアピールする事に他ならない。

 

戦士は堂々とイカサマをされていた。

 

戦士の中で焦りが募る。

「おいクソガキ! 今何をしたんだ!」

「何をしたって? ふむ。何を言っているのか、よく分からないな……」

「今絵柄がっ……とっとっと、とぅっ!」

『絵柄が変わっただろう。このイカサマ野郎!』と、そう言いかけた戦士は自分の指摘が的外れな事に気付き、続く言葉を引っ込める。

 

そう、この特殊ルールのポーカーでは、イカサマの正体を見抜かない限りどんなイカサマも許されてしまうのだ。

自分がイカサマをされると思っていなかった戦士は、ショックを立て直そうと深呼吸を繰り返す。

 

……確かに俺たちは、カスカードをヤツの手札に送った!

賢者のような聖人だろうと、どんな分野の天才だろうと、配られたカードをコントロールするなんてことは絶対にできねえ!

という事はコイツ、コイツまさか、俺様が気づかぬ方法でカードのすり替えを……!

そうとしか考えられない。でなければこんな事が起こるはずがない。

 

焦りを隠せない戦士に向けて、ドルマゲスは肩をすくめてニヤリと笑う。

「そうだな。せっかくだ。ここからは貴様の質問にYESかNOで答えるとしよう。嘘偽りなくな」

「くっ、この野郎……!」

……バカにしてやがるぜ。さっきまで見下していたカスにバカにされるこの感覚。屈辱ったらねえぜ……!

 

しかし遺産の5分の1。その金額がいくらになるかは、賭けさせた戦士にもわからない。

賭けたものの大きさが『このまま勝負して本当に大丈夫だろうか』という不安、プレッシャーとなって戦士の心に食らいつく。

 

 

……い、いや、大丈夫だ。

イカサマを見抜けばその時点で俺様の勝利は確定する。

見抜けばいい! このガキのイカサマを見抜いてやればいいんだ……!

見てろ。テメエのイカサマを見破ってそこのガキびいきな武闘家に『サムの勝ちデース』とでも言わせてやる!

 

戦士が選択したのはイカサマの看破。果て無く続く破滅へのロード。

その視線はカードを取ろうとするドルマゲスの指先に注がれる.

 

 

 

ドルマゲスが、次のカードを確認した。

 

 

 

 

 




……やるぜ! このクソガキのイカサマで、ヤツの場のカードを全て変えられたら、こっちのイカサマが全部水の泡になっちまう!
その前にイカサマを見破るんだ! 今ここで負けたら、俺様の財布と人生はどうなる? だが、野郎のブタカードはあと4枚残ってる。ここを耐えれば、このガキにだって勝てるんだ!


……次回「戦士(社会的に)死す」。 デュエルスタンバイ!



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第五幕 決闘者となる少年③

イカサマを見抜くことにゲームの比重が移った事を誰もが理解していたのだろう。

決闘観戦者達のテンションは決闘者達を追いかけるように白熱する。

しかしその決闘を間近で見ていた戦士の仲間、盗賊の男は自分のしたことに深い後悔を感じていた。

 

……とんでもない事に手を貸してしまった。

まさか子供から金を、それも遺産を奪おうとするなどとは思わなかった盗賊は、外道に落ちた戦士を見て失望と苦悩にさいなまれる。

 

盗賊から見た戦士はレベル・ステータスが数段上の、しかし頼れる仲間だった。

だからこそこれまで組んできたし、野良ポーカーの安いルートでイカサマもやってきたのだ。

……しかし今日のコレは許容できん。

盗賊が仕掛けたイカサマは完璧に決まっている。普通ならドルマゲスに勝ち目のない勝負なのだ。

 

現状妙な事になってはいるが、本来なら許されないゲームだと盗賊は感じていた。

……謝罪しなくては。

許してもらえるかは分からない。しかし謝らなくてはいけないだろう。

 

同時に盗賊は思う。

……このまま戦士が勝つようなことがあればこの戦士を自分の手でどうにかしよう。

返り討ちに合う確率は高い。だが、もうこうなっては仕方がない。

 

「運命が決まるまであと少し、か」

そう呟いた盗賊は、懐のアサシンダガーを思い起こし静かに覚悟を決めていた。

 

 

そんな盗賊を置いて、酒場の中は盛り上がりを見せる。

緊迫するテーブル。そして周囲を取り囲む観客。

その中心で良くも悪くも覚悟を決めた戦士は、ドルマゲスがカードを手に取った様を穴が開くほど見つめていた。

 

……カードを見た! 確認しやがったぞ!

戦士はドルマゲスのイカサマを見破るため全神経を集中。

ステータスにモノを言わせた観察眼で、相手の動きを補足する。

 

……しかし、まだ確認しただけだ。何かをした様子は無い。

よ、よ~し。だったら先手を打ってやるぜ。このガキにこれ以上好き勝手させてたまるか!

そう考えた戦士は、プレッシャーをかけるためドルマゲスへと話しかける。

 

「クソガキ。まさか今からイカサマをする気じゃねえよなぁ……?」

注意して見てるぞ。という意を含ませた戦士の言葉。それに対して少しだけカードを伏せたドルマゲスは簡潔な答えを述べた」

「I DO、I DO、I DO、いる、いる」

「何ッ!?」

イカサマをしている。だと……!?

 

盗賊はその答えに驚愕する。

……もうしている? いや、おかしなことは起こって無い。まだ何も起きてはいない。そのはずだ……!

しかしこのガキは今、イカサマをしているとぬかしやがった!

……いや、騙されるな。先程『質問には正直に答える』などとと言ってはいたが、所詮はガキの戯言。

……大体このガキは『YESかNOで答える』と言っておきながら『I DO、いる』と答えたんだぞ? 嘘をついているとしか思えねぇ……!

 

しかし戦士の勘は目の前の子供が真実を述べていると警鐘を鳴らしていた。

 

『そんなわけない』という思いと、『もしかしたら』と考えてしまう勘の警告。

戦士は完全に翻弄されていた。

だが戦士の決断は早かった。戦士は自らの勘に従い『ドルマゲスがイカサマをした』という事にして動き出す。

「イカサマを……クソガキ、テメエ、カードに何か細工したな!」

「NO、NO、NO、NO 、NO……NO!」

「いっ!?」

細工ではないのか……?

とりあえずの思い付きを言って速攻で切って落とされた戦士。しかし、よくよく考えれば『カードへの細工をする機会は無い』ということは戦士にも理解する事が出来た。

 

このゲームのディーラーは盗賊なのだ。

どのカードが配られるか分からない状況でカードに細工するやつがいるわけがない。

 

戦士の息が荒くなっていく。

「イカサマをしているのは分かってんだ! 言え! どんなイカサマをしやがったんだ!」

正直に答えると言ったドルマゲスの言葉に飛びつくように、戦士は指をさして怒鳴り散らす。

それは『大声で言えばビビッて喋るかもしれない」と無意識に考えた行動。

しかしドルマゲスの反応はシンプルだった。

「……。…………」

片肘を突いたまま黙するのみ。

 

戦士は思わず歯噛みした。

……反応なしだ! クソ、完璧にポーカーフェイスしてやがる。そうか、嘘はつかないと言っても必ず答えるとは限らないのか……あたりまえだ……! 

 

もはやその動揺は隠せない。そんな戦士にドルマゲスは語る。

「どうやら気が散っている様だな。しかしほら、よく言うだろ?『バレなきゃあ、イカサマじゃないんだぜ』とな」

「バレねえならイカサマじゃねえだと……? くっ、くきく~ぅ! よくもぬけぬけとと聞いたようなセリフを……! 誰に向かって言ってやがる! さあ、カードを引けクソガキィ! テメエの面歪ませて全財産奪い取ってやるぅ!」

「……フッ。さて、続けようか」

 

コインの枚数を見れば買っているのは戦士。だが場の流れは完全に逆転しきっていた。

ドルマゲスは二枚目を裏返し、その絵柄を戦士に見せる。

カードの絵柄はハートの4。

先程のカードがハートの3だった事を考えれば未だ役は無いという事になる。

 

しかし戦士の内心は優れなかった。

……同じ絵柄のカード! それも連番かよ……!

戦士の持つキングのフォアカードより強い役に、ストレートフラッシュというものがある。

それは同じ絵柄の連番が5つ揃う事によって成立する役。

盗賊のイカサマは完璧なはず。それなのに戦士より強い役が揃うなど、普通はありえない事だ。しかしハートの3と4が揃った事で、その可能性が生まれ始めている。

 

……もし5、6、7と連続で出たら。いや、1、2、5という事もあるっ……。

そんな不安を戦士はぬぐえないでいた。

絵柄の分かっていないカードは残り3枚。

ドルマゲスが2枚目をテーブルに置き、3枚目のカードに手を置いて引く。

 

戦士は脂汗を流しながらその様子を見守っていた。

……暴いてやる。暴いてやるぅ~! イカサマを~ぉ、暴いてやるぅう!!

一挙一動に集中する。

 

……指先でつまんで引いたぁ! カードの絵柄はスペードの4だ! このままならストレートフラッシュは無い……!

そして最初と同じように『ひっくり返しては伏せて』を繰り返し始めたぞ……。

 

これをイカサマの兆候と考えた戦士はひたすらカードを追いかける。

 

……しかしまだカードの絵柄は変化していない。以前カスカードだ。

カードは以前そのまま。もう一度伏せて、ひっくり返す……おかしなところは無い。絵柄はまだスペードの4のはず。

 

だがそれは『はず」という淡い可能性だった。

 

……しかし変わったぁ!? 

ハートの5だ……!

「なにーぃ!? 違うカードだぁ……!!」

次の瞬間、戦士はスペードがない事に衝撃を受けていた。

 

酒場が歓声に包まれる。

しかしそんな周りの観客とは違い、戦士の心は衝撃に包まれていた。

「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」

もはやその呼吸は息苦しさを帯び始めている。

 

……分からない~ぃ、イカサマが分からない……!

このガキが手に取ったカードは最後の最後まで何かされた様子は無かった。

それなのに変化した。

……何故なんだ! 何故なんだよ~ぉ!!

 

人が変わったような戦士。そんな相手に対し、ドルマゲスは指をさして啖呵を切る。

「やっつけてやるぜ!……えーと なんだっけ」

よくよく考えればガラの悪い連中は名乗ってすらいなかった。

 

「や、やかましい! そ、その袖をまくったことが怪しい! その袖をまくった時からイカサマを始めたぁ! ぇー、どけぇ! テメエの座席と周りを調べさせてもらう!」

戦士に慌てた声でそう言われ、ドルマゲスは『やれやれ』とでも言いたげな顔で席を立つ。

戦士がドルマゲスの座っていた席。そして周囲を確認し、困惑する。

息使いが荒い。

「く、くそ~、分からんっ。分からんが……その袖まくりがイカサマの正体だ! そうだろう!」

「NO、NO、NO、NO」

「ぅえっ!」

完全に神頼み。そんな当てずっぽうの指摘をドルマゲスは撥ね付ける。

『流石にそれは無理がある』誰もが心の中でそうツッコんでいると、戦士は『ならば』と机の方、ドルマゲスの座っていた座席の周りに手を向けた。

「イカサマをしているのは、このへんだな!」

「NO、NO、NO、NO」

「周りの誰かをイカサマに使っているな!?」

「NO、NO、NO、NO」

指摘への返答は全てが『NO』。焦りに耐えられなくなった戦士は両手でテーブルを叩きつけた。

「仕込んだろ! クソガキィ……!」

「YES、YES、YES、YES、YES」

……ぬぅあ、チックショ~っ!

一度言えば済む事をこれみよがしに連呼。しかもイカサマを認めるその内容に、戦士の顔が苛立ち歪む。

……うぁあぁぁ俺は、俺は確実に仕込みを決めたんだ。俺は相手のカードをカスまみれのブタにしたんだぞぉ。しかし、何で仕込みと違うカードが来るんだぁ……!

 

どことなく老けたような印象へと変わっていく戦士。

そんな戦士に驚きながらも、ドルマゲスは手加減しなかった。

「さあ、そろそろ確認は良いだろう。早く座れよ」

「い、良いだろう。テメーみたいなガキが、俺様に勝てるわけがねえぜ……」

そう答えた戦士はひたすら自分に言い聞かせる。

 

……俺の手札は強いんだ。負けるはずがない。精神力だって。百戦錬磨の無敵だ……!

イカサマの達人は、人生の達人だ! これしきでダメージを受けてたまるか……!

……いくらさっきのイカサマがあったとしても……残り全部をオレに気付かれづすり替える事が出来るのか?

ズバリ、できるわけがねぇっ!

……まだやれる。きっとイカサマも見抜けるはずだぜ!

 

現実逃避気味にそう考える戦士に、しかしドルマゲスは言った。

 

 

「……ああ、そうそう。そういえば私のレイズの権利が、まだ済んでいなかったな」

 

 

「……ぇぇ?」

戦士の身体が、拒絶するようにビクリと跳ねた。

周囲の人々も驚きの声を上げる。

そして『嘘だろ!?』と言いたげに、戦士がイヤイヤ問いかけた。

「ルㇽㇽㇽㇽ、レイズだとぉ!? もう賭けるものはなっ……」

しかし最後まで言わせない。

戦士の言葉を遮るように、ドルマゲスは二重線を引いて訂正したメモを突きつけた。

それは先程ドルマゲスが書いた『遺産の五分の一を賭ける』という証明書。

自分が書かせた、しかし訂正されたそのメモを前に、戦士の心は読むことを拒絶する。

 

しかしドルマゲスが声に出して言った。

「レイズするのは……両親から受け継いだ財産。全てだ!」

「なぁに~~ぃ!?」

戦士にとってはまさに絶望のレイズ……!

戦士の絶叫が酒場の中で響き渡る。

 

そんな中、事態を見守っていた武闘家酷く狼狽してドルマゲスを見た。

「全財産だと!! ドルマゲス、それは君の両親が残した全てじゃないか!」 

しかし『全てを賭ける』と言ったドルマゲスはあくまで落ち着いている。 

「私は両親の尊厳を守るためにこの決闘を仕掛けました。だから両親は自分達の残した遺産全てを賭けられても私に文句は言わないはずです。だが、名も知らぬ決闘者よ。貴様にもこのレイズに見合ったものを賭けてもらうぞ……!」

しかし戦士の精神は既に決闘できる状態ではない。

「あぁ、ぁぁぁぁぁ……っ!」

動揺でバランスを崩し、椅子から転げ落ちた戦士は『自分が勝つビジョン』というものを完全に見失っていた。

 

「フハッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ……!」

戦士の呼吸が苦しく繰り返される。

周りの人々はドルマゲスの勝利を予感し、手に汗握って成り行きを見守っていた。

「さあ賭けると! 今ここで! ハッキリ言葉に出して言ってもらおう! 今すぐに!」

「うぅぅぅわぁぁあぁぁぁぁ……!」

戦士はかつてないほど追い込まれている。

 

今の戦士にあるのは、なけなしのプライドだけ。汗だくになりながら立ち上がった戦士は、内心で自分を叱咤した。

 

……いぃへへへへへ。言ってやるぅ~……言ってやるぞー!

きぃぃいひひひひひ。言ってやるー! 俺様が負けるはずがねえんだ! 受けてやるぅ! コールしてやるぅ~~!!

コール……コール……コール、コール、コール、コォォォォォォル……!

……コールと言うぞーぉぉぉお~……!

まるで助走をするように心の中で『コール」を連呼した戦士は、心を決めて口を開く。

「……コー……」

しかし言葉が続かない。

それでも引けない荒くれ戦士は、何とかして『コール』の一言を絞り出そうとさらに必死になっていった。

「ぐっ、ぬ、うぅっ。コココ、コココ……ゴホッ! ぅあっ、あぉ、ふぐぅっ……お、お……あ~ぉ~、ココッコ……」

……だ、ダメだ~っ。恐ろしい、声が……でない! ビビっちまって、声が出ない……!

 

戦士は自身の心が悲鳴を上げていると理解した。

「コ、コ、コ……」

息が、息ができない……!

しかしなんとか言葉を絞り出そうと戦士は息を吐き続ける……。

 

だが無理なモノはどうしても無理。

やがて酸欠状態に突入した戦士はゆっくりとその意識を暗転させた。

 

 

そんな戦士の変化に真っ先に反応したのは武闘家の男だった。

武闘家はこの展開に驚きを隠せず、声を震わせる。

「この男、白目をむいているぞ……! 立ったまま、気を失っている!」

……最初とは大きな違いだ。まさかこんな結末が待っていたとは。

武闘家はドルマゲスの実力に末恐ろしさを感じ背筋を震わせた。

 

そんな戦士の様子を見て、ドルマゲスは静かに目を閉じる。

「あまりの緊張で気を失ったな……。心の中でこいつは賭けを降りた。負けを認めたから、意識を失ったというわけか」

そし言い終えたドルマゲスは、ホッと一息つき、勝利に胸をなでおろした。

 

決着がついた事は誰の目にも明らか。

決闘の勝者はドルマゲス。戦士は決闘の続行不可による反則負けである。

 

そんな中、『もうカードを確認しても良いだろう』と判断した盗賊は、戦士のカードを裏返すと周りの目に見えるように広げて確認した。

その手札を見た武闘家が恐ろしげに声を上げる。

「ふぉ、フォアカード……! コイツの手はキングのフォアカードだ! ドルマゲス、君の手は何だったんだ!?」

そう聞いたドルマゲスはただ肩をすくめて座っていた椅子にもたれかかる。

今更自分で見る気は無いらしい。

 

そう判断した盗賊は先程と同じようにカードを確認し、動揺しながらも『やはり……』と、納得の声を漏らす。

そしてその呟きを掻き消すように周囲が驚きの声を上げた。

「「「「配られていたのは、ブタだーーーー!!!」」」」

そう、手札の内容は役無しのブタ。

 

ドルマゲスは最初から勝ち目のないゲームをしていたのだった。

 

「ど、ドルマゲス、君は、ブタのカードにあそこまで賭けたのか!?」

武闘家はそう言いつつ、ある事に気付く。

 

……いや、だが先程のハートの3、4、5が、ドルマゲスがイカサマで入れ替えたカードが無い!? 

先程ドルマゲスが確認したカードのあった場所。そこにあるのはスペードとダイヤとクローバー。しかも7、9、2とバラバラのカードだった。

 

……これは一体どういう事だ? まさか、ドルマゲスはカードをさらに入れ替えて元に戻したのか? ……しかし何のために!?

疑問の付きない武闘家は『ハートのカードはどこにいったのか』と、ドルマゲスに聞いてみる。

その答えをこの酒場で聞いた者が忘れることは無いだろう。

ドルマゲスは満足そうに言い切った。

「最強決闘者の決闘は全て必然。ドローカードさえもデュエリストが創造する……つまりはそういう事ですよ」

「待てドルマゲス!? 何のことだ! まるで意味がわからんぞ!」

それは酒場にいた者達、ほぼ全員の意見が一致する。

 

例外は一人と一匹。

カードを配った盗賊と、角度が良かったためドルマゲスのやった事が見えていたスライムだけだった。

 

 

盗賊は思う。

……やはり自分のイカサマは完ぺきだった。

場に裏返されたカードはすべて自分がコントロールしたそのままの状態。配ったはずのカードは実際に配られていた状態だ。

 

つまりさきほど現れたハートのカードは、『ドルマゲスが書き換えた事で作られた手札』だったのだと盗賊は確信する。

すり替えた様子は無かった。ならばそれが真実なのだ。

そう考えた盗賊が思い出したのは、最初のツーペア勝負。

……あの時自分は違和感を感じたが……今思えばそれはマークの違いだったのだろう。

と、盗賊は思い返す。

赤一色だったあの手札は本来スペードが1枚、つまり黒のカードが混じっているはずの手札だったのだ。

……数字が変わって無かったので気づけなかったな。

あの時、この子供は『カードの書き換え』とやらが周囲の人間。そして相手の戦士に気付かれるかどうか試していたのだろう。

そしてこの場にいる誰もが気づかなかった。

 

「そうか。あの時点で勝敗は決していたのか……」

ドルマゲスにとっての賭けとは『最初のツーペアがおかしいと思われるかどうか』その一点だったのだ。

 

……しかし、カードの書き換えとは。まったく、とんでもないヤツがいたもんだ。

真の決闘者とやらが何か分からないが、『真の』と言うくらいだ。似たようなことを何度かやって来たのだろうか? 

少なくとも自分が知る『イカサマ』という概念をブッチギリで超絶した存在であるという事は疑いようが無い。

 

……もし許してもらえたら部下にでもなるか。……なんて、無理に決まってるな。

謝ったらオサラバ。それが取るべき行動だろう。

……しかし『子供に謝る』というのはどうにも勝手が難しい。

ドルマゲスの苛烈とも言える実行力と胆力。そこに確かなカリスマを見た盗賊は、居心地の悪さに頭をかきながら謝るタイミングをうかがっていた。

 

 

一方、背丈の低さが幸いしドルマゲスかカードを書き換える場面を目撃することのできたスライムは、ドルマゲスにある種の恐怖。そして畏怖を覚えていた。

魔物とは魔力に近しい存在だ。

このスライムはその中でも魔力の動きに敏感な個体だったため、良くも悪くもドルマゲスの特異性がハッキリと理解できていた。

今回使われたトリックの種はスライムにもなじみのある魔力の動きが目立っていた。

 

……きっと、あの人間の子供が使ったのはレミーラの魔法だよ。

明かり魔法。そんな魔法がどうしてこんな結果を引き起こしたのかスライムには分からない。

ただ確かな事は、ドルマゲスがレミーラを無詠唱で使い、カードの書き換えと言うイカサマを行ったという事だった。

 

スライムは見慣れたはずの呪文にある種の底知れなさを感じ、プルリと体を震わせる。

スライムにとってのドルマゲスは、確かに賢者の末裔の弟子だった。

 

 

そんな一人と一匹を置いて、場の興奮は続いていく。

その中心にいたドルマゲスは大人達に頭を撫でられ、もみくちゃにされながらも、今回の手ごたえに十二分すぎるほどの満足感を得ていた。

 

酒場で笑うドルマゲスは、先ほどの使ったレミーラトリックを思い出す。

 

スライムの見抜けなかったレミーラの使い方。それはドルマゲスの記憶にある『テレビ画面』などの仕組み、『光の三原色』を応用したものだった。

『赤・青・緑・の三色を決められた明るさで組み合わせれば、この世のすべての色を表現する事が出来る』

それが、『光の三原色』の内容である。

この原理は光を作り出すレミーラと相性が良く、光量を調節する事でかなりの応用が効くという事実をドルマゲスは見つけていた。

 

光の無い状態である黒の再現は不可能だが、それ以外の色に関しては訓練次第でかなり自由自在になる。

そう考えたドルマゲスはこれまで光の芸で小金を稼ぎ、裸の女性を師匠に見せる事で、その技能を向上。日々訓練を重ねていたのだ。

 

……とはいえ、今日の勝負は流石にヒヤヒヤさせられたよ。

今回の決闘で使ったレミーラ。その行使にドルマゲスはミリ単位のコントロール精度を要求されていた。

 

まず部屋の明るさに合わせてレミーラの光量を調整。

相手に見抜かれないようカードを書き換えるため、元の絵柄を薄い光で覆い、そこからさらに新しい光の膜で上書き。ある程度白くなったところで、それらしい色が出るようレミーラを重ねていく。

それがカード上書きの理屈だった。

その作業をできる限りの早さでこなす事を強いられていたのだ。

疲弊するのはある意味当然とも言える。

 

もちろんドルマゲスには自信があった。

それどころか勝負前には『手札のカード全てを一度に上書きできる』という思い込みすらあった。

しかし、実際にやってみるとコントロールは難しく、1枚1枚慎重に行うのがやっと。と言う有様。おまけにこの疲れ具合である。

ドルマゲスはその事について自分の過信を猛省した。

 

……まだ、訓練が足りなかったな。

手札を振るオープンすれば確実に負けていた。その事が本当に恐ろしい。

ドルマゲスから見た先程の決闘は首の皮一枚。ギリギリの勝負だった。

 

……しかしプレッシャーをかけるためにジョジョネタを使ったのだが……まさか本当にブタだったとは。

配られていた札の内容を思い、ドルマゲスは深い息を吐く。

知っていたらさぞかしゾッとしただろう。

レミーラのコントロールをミスした可能性だってある。

 

……カードを確認しないのは正解だったか。

その事を『良かった』と思うドルマゲスの前で、気絶した戦士に水がかけられる。

 

誰がかけたのかは分からないが、戦士は気絶から覚醒するしかないらしい。

戸惑うように首を振って起き上がった戦士は、自分の敗北を悟り、その顔色を豹変させていた。

 

 

気絶から目が覚めた戦士の様子を武闘家の男は冷めた目で見つめていた。

 

自業自得だな……サムよ。

何故か頭の中で『サムの負けデース』という言葉が聞こえて来る。

しかしその幻聴を無視した武闘家は戦士の状態に注目した。

 

……汗だくで土気色だ。眼差しもどこを見ているのか、虚ろな様子。

……無理もあるまい。

よりによって自慢のイカサマ中に反撃を喰らい、見下していた子供にイカサマで上をいかれたのだ。

イカサマ師としての自信と誇りが崩れ散ったのだろう。最初に合ったガラの悪い迫力も消し飛んでいる。

……さぞショックだろうな。

 

しかし同情はしない。というよりはできない。

子供から大金を巻き上げようとした戦士は、もうギャンブルの神様に見放されていたのだろう。

そう考えた武闘家の前で、戦士に追い打ちがかけられる。

 

賭けの勝者。ドルマゲスが戦士に話しかけていた。

 

 

子供の形をした絶望。

戦士にとってのドルマゲスは、そうとしか言えない存在になっていた。

「さてと、後は君の支払いだけだな」

そう切り出したドルマゲスを前に、戦士は嫌な予感を全身で感じていた。

 

……ドギーィ!?

戦士の心が再び悲鳴を上げる。

脂汗と冷や汗がセットになって止まらない。

「ゆ、許してくれ! 両親の尊厳は取り戻しただろう! あなた様がカスだっていう評判もこれでサッパリ消え去るじゃぁねえか!」

いつの間にか『カス』や『クソガキ』というドルマゲスの呼び方が『あなた様』に変化している。

「ゆ、許して。ね、ね、ね!」

土下座姿勢で懇願する戦士は、縋りつくように繰り返していた。

しかし現実は無慈悲。

「許すか許さないか、正直に答えさせてもらうとしよう。NO、NO、NO、NO 、NO……NO!」

「ヒエぇ~ぇぇぇ……!」

この時、酒場の人々は『良いリアクションするなあ』と戦士の事をちょっとだけ褒めた。

 

だが『許さん!』と言われた戦士は、賭けの負け分を思い出し、絶望に震えてドルマゲスから後さずる。

「こ、これで許してくれえぇぇぇえ!」

そう言って自分の財布を投げた戦士は悲鳴を上げながら酒場から逃げていく。

 

その姿は誰がどう見ても敗北者だった。

 

 

そうして外へと逃げていく戦士。

そんな戦士を見た武闘家の男が『いいのか?』とドルマゲスに聞くと、ドルマゲスは肩をすくめて戦士の財布を軽く振った。

「これ以上を求めたらあなたに止められそうですし。……両親にも悪いかもしれませんしね」

そう言って笑うドルマゲスに、武闘家はただただ苦笑を返す。

ドルマゲスの両親を知る武闘家は呆れたように、死んだ二人の性格を思い出していた。

 

……あの二人なら追いかけて心を折りに行っただろうな。

そういう意味で見れば、ドルマゲスは二人の血を色濃く引いているのかもしれない。

……この子の中の両親には美しいままでいてもらおう。

財布の中身を確認し『おお、6000ゴールドも入っている!』と盛り上がったドルマゲスを見て、武闘家はそんな感想を抱いたのだった。

 

そんな時だった。

 

ドルマゲスの手にポン! と、もう一つ財布が乗せられる。

武闘家とドルマゲス。そして酒場の面々がその財布を出した人物、盗賊の方を見る。

が、盗賊は既に出口の方へと歩きだしていた。

「すまなかったな」

振り返らずにそう言って去っていく盗賊と、困惑するドルマゲス。

武闘家はそんなドルマゲスにただ一言。

「受け取ってやれ」

と口にした。

 

その一言で踏ん切りがついたのだろう。一度頷き、2つの財布を懐に入れたドルマゲスは、やり切ったような顔で酒場を後にする。

 

 

主役達のいなくなった酒場にはただ、決闘の余韻だけが残されていた。

 

 

 

……しかし凄い子だったわね。

ドルマゲスが去っていった直後。閉じた扉に目を向けていた酒場の女主人は、先程まで行われていた決闘を思い返し、ドルマゲスの可能性について考えていた。

 

……魔法の才能は無い。という話だったけど、勝負強さは天性の者があるわね。先程の大勝負の様子から見て自分の技量と訓練の密度を支えにして戦うタイプかしら。

身体の出来上がって無い子供でありながら、底の見えないポテンシャルがある事をハッキリと感じさせる。そういう子供だった。

 

……由緒あるこの酒場を決闘場にしたのはどうかと思うけど。まあ、私も楽しんでいたし、良しとしましょ。

しかしそう考えた女主人は『でも』と付け加え、言葉を漏らす。

 

「あの子、仲間を探しに来たんじゃなかったっけ……?」

決闘して満足して帰ったけど、それで良かったのだろうか?

 

 

女主人のその疑問は至極もっともなものだった。

 

 

その頃、街を歩いていたドルマゲスは、背後からついてくる一匹の魔物に気付きその足を止めていた。

振り返れば酒場にいたスライムがそこにいる。

周りの後期の視線を気にしながらも、自分の意思で突いてきた様だった。

 

スライムはなかまになりたそうにこちらをみている。

 

その事を見て取ったドルマゲスはスライムの方へと歩み寄る。

しかし、そんなドルマゲスを見たスライムは慌てた様子で後さずっていた。

 

「プルプル……。ぼく、わるいスライムじゃないよ……。わるいスライムじゃないよ……!」

必死のアピールである。

スライムは戦士を敗北のプレッシャーだけで気絶させたドルマゲスに、実はものすごく怯えていた。

本能的な恐怖とも呼ぶべき感情を前に、目の前の子供を敵に回したくないと心底感じていたのだ。

 

そんなスライムを見てドルマゲスは混乱する。

……バカな!? 自分が何をした? 

そうドルマゲスは自問するがそれらしい答えはまるで出ない。

おかしなことは何もなかった。怯えられる理由は無いはずなのだ。

 

……しかしまあ、分からないなら仕方ないか。

気にしてもしょうがない。

そう考えたドルマゲスは幼稚園の先生が園児にそうするように、膝を折ってスライムと目線を近づけた。

威圧感を与えないための動作である。

そんなドルマゲスの気遣いに気付いたスライムは驚き、意を決してドルマゲスの方へ歩み寄る。

 

そして名前を聞かれたスライムは、おっかなびっくりしながらも『スラぼう』と自分の名前を口にしたのだった。

 

 

 




『スラぼう』
由緒正しき? 仲間スライムの名前。テリ1などの最初の仲間の名前としても登場。
ドラクエ8ではリストラ状態だったのでここで登場してもらいました。
しゃくねつ、マダンテ、まぶしいひかり……過去作から持ってこれそうな特技に夢が広がります。



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第六幕 友人となる少女

夕方のトラペッタ。

壁に囲まれた街並みが夕日を遮るのか、ドルマゲスの位置からは太陽が隠れている。

しかしそんな事はお構いなし。

スラぼうの加入によってソロ状態から脱したドルマゲスは上機嫌でライラスの元へと向かっていた。

新しい仲間が増え、ついでに喧嘩を売って来た戦士を返り討ちにして大儲け。おまけにディーラーをやっていた盗賊からもゴールドを渡されたのだ。

ドルマゲスのテンションは高く、懐は温かかった。

 

ライラスの家へと突入したドルマゲスは嬉しそうにライラスを呼ぶ。

「師匠ー! 生きてますか……!」

その様子は『魔物を連れ込んだ事』そして『まずするのが生死の確認である』という事を除けば、とても子供らしい姿だった。

 

 

一方ドルマゲスがライラスの家に突入した時、家主であるライラスは自分の部屋でいくつかの資料を漁っている最中だった。

それもこれも、唯一の弟子、ドルマゲスの素質を改造……いや、魔改造する為だ。

 

なにせ相手が相手。レミーラ以外の才能が欠片も無いと言って良いドルマゲスなのだ。

敵性の無い人間でも魔法を使えるようにする研究は、難航の一途を辿っていた。

 

……こんなんどうせいっちゅうんじゃい。

ドルマゲスの『魔法使いになりたい』という夢をどうにかするための研究に手を付けていたライラスは、弟子のピーキーすぎる性能にかつてない壁を感じ、ため息をつく。

 

……体内の魔力を操作する才能はある。

それは間違いないだろう。本人も努力を重ねており、『お色気の術』とやらを自分に繰り出す程度には実力を上げている。

「まだ13歳のはずじゃが、一体どこであんなことを覚えたのか」

けしからん、いいぞもっとやれ……! 

「……おっと、いかんいかん」

先日のソレを思い出したライラスは鼻の下が伸びていた。

煩悩を振り払うように首を振ったライラスは、再びドルマゲスについて考える。

 

……あのバカ弟子。一般的に『かしこさ』と呼ばれる素質が低いというわけではないんじゃがのう。

ただ単純に呪文との相性が悪い。相性のいい呪文がまるで無い。

「その現実を前にさてどうするか。ああ、そういえば、あのおかしなスキルもなんとかせにゃならんのう」

ドルマゲスがスキルを一つ封印された状態である事を思い出し、ライラスは頭をかいた。

これを何とかすれば他の部分が改善する可能性も高い。が、何とかすると言ってもどうすればいいかはサッパリ分からない。

詳しく調べようとしても、こちらの解析を受け付けないのだ。

 

……目下の目標はこのスキルシステムについての研究じゃな。

素質を開花させるにはまずそのあたりから始めるのが妥当だろう。

とはいえスキルの封印が解けても何も変わらない事だって考えられる。ライラスは後天的にスキルを獲得する方法が無いか、無くてもそういった効果を持つ薬か魔導書が作れないかと考えを飛躍させた。

「スキルの種……いや、アレはまた別者じゃしなぁ。しかしアプローチの一つとしては有りだとも……?」

 

そうして悩むライラスの元へ、ドルマゲスが勇んで駆けてくる。

「師匠、師匠! みて下さい。私にも仲間ができましたよ……!」

「まったく、ドアくらい静かに開けんか……」

そう言って資料から目を話し、ドルマゲスとその仲間、スラぼうを確認したライラスは、一息置いて固まった。

 

……スライム狩りに精を出していた弟子が、スライムを連れとる!

 

正に意味不明。

とにかく今はこのスライムが何なのかを聞くべきだろう。

しかしライラスの口から出た疑問はそれ以前の話だった。

 

「ドルマゲスよ……おぬし、人間の友達はおるのか?」

ドルマゲスはただ沈黙を保つと、ライラスからすばやく目を逸らした。

そんなドルマゲスにライラスは続ける。

「ドルマゲスよ……最近世間では30歳を過ぎても童貞な者を『魔法使い』と呼ぶそうじゃな」

「どういう意味ですか師匠ぉー!?」

もちろんそのまんまの意味である。

……こいつ、彼女とかできるんじゃろうか?

『お色気の術』とかやっている時点でかなり望み薄な気はする。

師匠ライラスはその事実を前にそっと目をつむるのだった。

 

 

さて、一方そんなこんなでライラスと知り合ったスラぼうは、体操座りとしけこんだドルマゲスをよそに仲間になったいきさつ、つまり酒場での出来事をライラスに話していた。

「なるほどのぅ……」

ドルマゲスが巻き上げたゴールドの額。それを知ったライラスが末恐ろしいナマモノを見る目で弟子に視線を向けた。

 

……気持ちはわかるよ。

スラぼうとしては苦笑するのみだ。

スラボウの話を聞いていたライラスは、ドルマゲスが決闘を売った所で首を傾げ、カードの書き換え辺りで完全に頭を抱えていた。『下手をすればカジノからポーカーが消えるかもしれんっ』と苦心するライラスを見たスラぼうは、『ああ、普段から苦労してるんだろうなあ』と、悲しい事実にアタリを付ける。

 

ちなみにその当人であるドルマゲスは、いつの間にか体操座りから復活しており、今は心肺機能とやらを上げるためのトレーニングとして、深い呼吸を繰り返している。

どうやら肺の空気を一滴残らず吐き出すのがポイントらしいのだが、呼吸音が煩い。

気になったスラぼうが聞いたところ『火ふき芸の威力を上げるためのトレーニング』だというが……ドルマゲスは一体どこにむかっているのだろうか。

本人曰く『最低でも火炎の息と同等の威力を出せるようになりたい』との事だが、そこまでいくと『芸』とは呼べないはずだ。

どう考えても殺し技である。

 

だがそのトレーンニングはライラスの『ええい、うっさいんじゃあ!』のひと吠えで中断。『会話の邪魔になるから』という理由でライラスがドルマゲスを外に叩きだし、静かなお家が完成する。

そんな中、外へと飛び出したドルマゲスを見たスラぼうは、何となく激しい炎を繰り出すドルマゲスを想像しようとし。……それがたやすく出来る事に衝撃を受けていた。

 

……これじゃあ本当にモンスターだよ!

モンスタードルマゲス。妙にしっくりくるが彼は今の所人間である。

……うん。ちゃんと人間として接しないとね。

モンスターであるスラぼうにそう決心させるドルマゲスは明らかに変人の一種だった。

 

 

一方ライラスによって街へと放たれたドルマゲスは、ポーカーの臨時収入を持って防具の店へと訪れていた。

物色するのはスラぼうの防具。

あのサイズのモンスターでも身に着ける事が出来そうな、頭に付ける防具達だ。

ドラクエ世界の防具は大抵モシャスの派生呪文(秘伝)が組み込まれており、装備する前の見た目を『そのまま』に防具を装備する事が出来る。

その恩恵を受けているドルマゲスは『グラフィックの使い回しェ……』と思いながら、装備の棚を漁りだした。

 

……できれば呪文が組み込まれていない者が欲しいんだがな。

でないとスライム狩りの乱戦時にスラぼうを狩りかねない。

そんな身も蓋も無い事を考えながら防具を物色するドルマゲスは『呪文がない事を理由に値切りが効けばなお良し!』などと考えていた。

 

寒気を覚えた店の主人が不思議そうな顔で辺りを見回すが知った事ではない。

今日は酒場でかなりの時間をかけた。ポーカー勝負に興じたせいで日課であるスライム狩りもまだできていないのだ。

ドルマゲスは早急に防具を手に入れ、スラぼうと一緒に夜の狩りへ繰り出そうなどと考えていた。

 

しかしいい防具はなかなか見つからない。

少しづつ面倒になって来る。

「……いっそ店の店員に聞くか」

そう考えたドルマゲスは素早く決心を固めると、意気揚々と『呪文の無い不良品が欲しい!』と店の主人に宣言したのだった。

 

 

数分後。防具屋を叩きだされた少年を見てトラペッタの街の人は驚きの声を上げ、心配しながらその少年の無事を確かめる。

そしてその少年がドルマゲスだと知った人々は、次の瞬間、何事も無かったかのようにそれぞれのやる事へと戻っていった。

 

 

しかしそんな慣れた様子の、非情とも言える街の人達の中に、一人だけ例外がいた。

それはとある理由により今やすっかり落ちぶれたこの街の有名人。

最近ではすっかり酒浸りとなった占い師ルイネロの娘、ユリマだった。

ユリマの目の前には地面に横たわったまま『今日はよく叩きだされる日だな……。まあそういう日もあるか』と独白するドルマゲスがいる。

 

……これ、なんだろう?

客観的に見て、近寄りがたい物体である。

10歳にもなっていない幼いユリマは近くの木の枝を拾い、おそるおそるドルマゲスをつつくのだった。

「フハハハハハハハ……!」

どうやら木の枝が脇の下に入ったらしい。

結果として脇をくすぐられたドルマゲスが街角に倒れたまま笑い出す。

 

「……お~」

幼い子の完成は独特である。

何がツボに入ったのか、なんとなく気に入ったらしいユリマはドルマゲスの肩をペチペチと叩き始めた。

当然ドルマゲスも黙ってはいない。

タイミングを見計らってガバッと起きたドルマゲスは目を見開いて、ユリマを睨み付けた。

「おい娘。一体何をする……!」

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」

ユリマの反応は顕著だった。

「娘ぇ! 貴様、何故そのネタをっ! ハッ、まさか転生者、転生者なのか!?」

もちろんユリマは転生者ではない。急に起動したドルマゲスに驚いただけである。

だが混乱したドルマゲスはユリマと一緒になって騒ぎ出す。

 

その騒ぎを聞きつけたトラペッタの人々は驚いた様子で様子を見に駆け寄り、その元凶がドルマゲスだと知って、何事も無かったかのようにそれぞれのやる事へと戻っていった。

 

 

しかし、無関心な周囲と違い『この娘、前世でネットを見ているな……!!』と検討外れな勘違いをしたドルマゲスは幼いユリマに根掘り葉掘り質問し、真実を聞き出そうとする。

「娘よ……さては隠している事があるな? ……例えばそう、前世の記憶があるとか」

例えばもクソも思いっきり本題だった。

そんな聞きたいこと丸出しの質問に、ユリマはよく分からないと首を振る。

だがドルマゲスは諦めない。穏やかな声音で両手を広げ、危害を加える気が無いとアピールしたドルマゲスは再び質問を繰り返した。

「娘よ……安心するといい。話すと楽になる事だってあるのだ。もちろんここで聞いた事は秘密にすることを約束しよう。さあ、このドルマゲスが君の秘密を聞こうではないか……!」

 

変態である。

 

しかし『秘密』の部分に思う所があったのか。少しの間うつむいたユリマは、とうとう真実を語りだした。

「……あのね、ユリマ、近所のおばちゃんたちが話してるの聞いたの。……ユリマ、お父さんのほんとうの子供じゃないんだって……」

「ゑ……?」

予想外の展開。重すぎる真実……!

ほんとうの家族じゃない。という事がよほど気になっていたのだろう。ユリマは涙目になった目を服の袖で拭っている。

「ユリマね……きっと拾われた子なんだ……」

ドルマゲスの全身には、鈍い汗が滝のように流れてく。

「……あるぇ?」

今、ドルマゲスの良心にかつてない危機が迫っていた……!

 

 

……このままではマズイ!

フリーズしかけた頭でそう判断したドルマゲスは、顔を真っ赤にして泣くのを我慢するユリマにうろたえつつ、とにかく状況を整理しようと頭を再起動させた。

 

……この子供は転生者ではない。……多分きっとメイビーそうだ……!

そんなことよりも困ったのはこの子の複雑な家庭問題である。

ほんとうの親子じゃない。などという重い話が来るとは思っていなかったドルマゲスは、再びこの話題に触れれば傷口に塩を塗り込む事になりかねないと判断。

とにかく目の前の子供をあやそうと、できそうな事を考える。

 

結局ドルマゲスが選んだのは、慣れ親しんだレミーラの光を見せる事だった。

「……ひっく、グスッ。……ふぇ?」

ドルマゲスの手から溢れ出る色とりどりの光。それはポーカー勝負の時と同様に光の三原色を利用したドルマゲスのオリジナル。

ユリマにとっては初めて見る、幻想的な光景だ。

気を取られたユリマの泣きそうになる気持ちが、自然と横道に逸れていく。

 

……ぬぅえいっ!

内心で13歳とは思えない声を上げたドルマゲスは、レミーラをさらに精密操作。

色とりどりだった光を白一色に減らす事で負担を減らし、前世の子供向けアニメーションを劣化して再現。

某ネコとネズミの鬼ごっこをベースに簡単な即興劇を創り上げる。

 

「……うわぁ!」

ネコとネズミの配役は ドラキーとスライムに変更してあるが、おおむねやることは前世のソレと変わりない。道や家屋の壁を跳ねて逃げるスライムを、鬼役のドラキーが空中から狙い、時たま軽く小突き合う寸劇だ。

日の落ていく今の時間帯はレミーラの光を徐々に際立たせ、ユリマの興味を引いて行った。

 

鬼ごっこという単純な構図は子供に受けやすい。

いつの間にか、ユリマは泣く事も忘れて光の鬼ごっこに釘付けになる。そしてそんなユリマのリアクションに引き寄せられるように、気付けば街の人々まで観客となっていた。

 

……ククク。計画通り……!

「色が白一色な事に目をつむれば、我ながら悪くない出来栄えではないか」

ニヤリと笑ったドルマゲスは自身のレミーラ操作術を自画自賛する。

まさか客が増えるとは思っていなかったものの、当初の目的である『泣かせない』という点はコレで完全クリアである。

 

……しかしこの観客の中に、よく見ると幸せそうなカップルがいるな。

ガッデムカップル。

ライラスに『童貞で30を過ぎたら魔法使い』というネタを振られた事も影響していたのだろう。

ついイラッと来たドルマゲスはレミーラを操作し、カップルの方へ突っ込ませた。

しかし悲しいかな。所詮は明かり魔法のレミーラ。

攻撃力の無い光の突撃はちょっとしたアトラクションしかならず、カップルが余計にくっつくという結果を引き起こしてしまう。

光の突撃にざわついた周囲もソレに攻撃力が無いと分かり、演出の一つだと勘違い。

次は何をするのかとドルマゲスに注目する始末だ。

 

彼女を抱き寄せた彼氏の男が親指を立ててドルマゲスにグーサインを示す。

「ぬおぉぉ……!」

小声でドルマゲスは歯ぎしりするが、傍から見ると魔法の制御に気合を入れているようにしか見えない。

観客の中から聞こえて来た『頑張れー』の声に、ドルマゲスは挫けそうになり、そして気が付いた。

 

……待てよ? この寸劇、一体いつ止めればいいのだ?

魔力出しっぱなしの状態に遠隔操作。加えてアクションの再現を継続し続ける現状はドルマゲスにとって結構辛い。

この後、夜のスライム狩りに出ようと考えていたドルマゲスにとって、今の状況は非常によろしくないものだった。

しかし観客は未だに増えていく途中。

果たして彼は演目の終了を許そうとしない観客の間をかいくぐり、自身の自由を取り戻し、日課であるスライム狩り用のMPを確保する事が出来るのか……?

 

 

 

……無理では?

「ぬあぁっ!? そうこうしているうちに残りのMPが半分以下に……!」

MPの回復には十分な休養が不可欠。少なくとも半日はおとなしく休まなければならない。

ドルマゲスの日課は今、かつてない危機に立たされていた。

 

 

それからしばらくの間レミーラ操作を続けたドルマゲスは、日の暮れた街でトリとして彩鮮やかな花火もどきを打ち上げた。

湧きあがる歓声と拍手を受けたドルマゲスはその場で一礼して魔法をお開きにする。

拍手を撃つ観客の中には家で騒ぎを聞きつけたライラスとスラぼうも混じっていた。

 

ライラスは『いつお色気の術が飛び出すか……!』と身構えていた肩の力を抜き、スラぼうは周りから称賛され、拍手を受けるドルマゲスを見てコニコと微笑んでいる。

特にスラぼうは上機嫌だった。

 

……すごいや!

おそらくやれる事をやり切ったのだろう。演目を終えたドルマゲスは力尽きたのか街中に倒れ込んで『終わった……終わった……』と壊れたように繰り返している。

その前には気を利かせたライラスが置いた籠があり、観客だった住人達が次々と小銭を入れていた。

 

傍から見ると道端に寝転がる浮浪者にお金を恵んでいる光景だが、そのお金はドルマゲスが手にすべき正当な報酬である。

「今夜はちょっと豪勢な夕食にしようかのう……しかしこの男、やはり芸人にむいとる」

そう言って苦笑するライラスも弟子の成長を喜んでいるようだった。

「それにしても……ずいぶん稼いだようじゃなあ」

籠一杯のゴールドを見たライラスは感慨深げに呟いたのだった。

 

 

ライラスが感心するよそで、そもそも籠の存在に気が付いていないドルマゲスは、MPが0となったステータスに意気消沈しながら、ゆっくりと気を取り直し、起き上がろうとしていた。

今のドルマゲスにとって気がかりなのは『ユリマが泣いていないか』というその一点のみ。

しかしドルマゲスの中にあった不安は駆け寄ったユリマを見て霧散する。

起き上がったドルマゲスの横では、ユリマ満面の笑みを浮かべていた。

「……どうやらお気に召したらしいな。気は晴れたか」

ユリマにそう聞けば元気な声が帰って来た。

「すごかったよ! とってもおもしろかった!」

この様子なら大丈夫だろう。

そう判断したドルマゲスはゆっくりとユリマに語り掛ける。

「良いか娘よ。家族に血のつながりは関係ない。そうでなければ結婚などと言う制度は存在できんからな。ああ、需要なのは自分がどう思うか。そう、大切なのはノリとテンションなのだ。分かるな? 娘よ……」

今の理屈だと『結婚=ノリとテンションの産物』になるのだが本人も聞いている方もその事に気が付いてはいない。

『よくわかんないけど自分次第って事かな?』と考えたユリマは『大切なのはノリとテンション!』という言葉に力強く頷いた。

「うん! ありがとーおにーちゃん!」

どうやらもう大丈夫そうだ。

そう判断したドルマゲスはバレないようにそっと疲れた息を吐く。

……ふむ。途中から何を言ってるのか分からなくなったが……まあ何とかなったようだな。

安定のドルマゲスである。

 

そんな子供たちの会話を見守っていたライラスは目元を指でも見ながら疲れた声でスラぼうに話しかけた。

「なあスラぼうや。ワシの弟子が今、良い事を言う流れで全部ブン投げた気がするんじゃが……。いや、なんかよく分からんが丸く収まったみたいではあるんじゃがな……? なーんで今ので収まるんじゃろう……」

「ライラスさん。大切なのはノリとテンションだよ……!」

「やはり納得がいかん……!」

 

ユリマに何となく大切なことを伝えたような感じのドルマゲス。

これを解決したと言って良いのか。それともなんとなく誤魔化したと言うべきなのか。

複雑そうな面持ちで悩むライラスを見たスラぼうは、『もうどっちでも良いんじゃないかな』と結論をブン投げる。

 

そんな何とも言えない空気の中、上機嫌のユリマはドルマゲスに微笑んだ。

「そうだおにいちゃん! ユリマと友達になってよ!」

心温まる光景。

ドルマゲスはユリマの提案に驚き、そして頬をかきながら頷いた。

そんなドルマゲスに手を振ったユリマは、続けざまに付け加える。

「ずっと友達だよ! 結婚式には読んであげるからね!」

「……。」

お分かりだろうか。ドルマゲスは今、幼女から言外に恋愛対象外と宣言されたのだ。

ヒクつく笑顔と浮かぶ青筋。器用に仕事をする表情筋の全てがドルマゲスの心情を物語っていた。

 

そんなドルマゲスを見たライラスは呟く。

「魔法使い待ったナシ……!」

恋が始まる前に終了した男。ドルマゲス13歳。

この日の出来事をキッカケとし、街の大きなイベントでレミーラの演出に駆り出されるようになることを本人はまだ知らない。

場合によっては結婚式の演出まで頼まれることを、この時のドルマゲスは『まだ』……知らないのだ。

 

 

 

その日のドルマゲスの夕食は、いつもよりずうっっっと豪勢な内容だった。

 

 




というわけで繰り返しネタ(天丼)多めの回でした。
ネタとしては境界線上のホライゾンやニンジャスレイヤー、トムとジェリーを入れています。
また原作プレイ済みの方はご存知かと思いますがドラクエ8のカジノにはポーカーがありません。
……何故なんでしょうね(ニッコリ)


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第七幕 仲間となるスライム

前回の投稿以降、お気に入り登録が増えて非常に驚いております。
読者の皆さん。このようなヒャッハー系の小説を読んで下さり本当にありがとうございます。

基本感想の返信はしない方針ですが、書いてくれたコメントはちゃんと目を通しております。
応援の言葉、凄くうれしいです。

本当にありがとうございました。





ドルマゲスがユリマ(幼女)に恋愛対象外だと宣言されて2日。

一日をストレス解消と言う名の戦闘訓練に費やしたドルマゲスは、この日、師匠であるライラスからスラぼうの防具を渡され、ようやくパーティーでの戦闘ができると喜んでいた。

 

……フハハハハ! 俺達の戦いはこれからだ……!

打ち切り漫画も書くやという心の声。しかし待ちに待ったソロ卒業なので、あながち間違いではない。自ら進んで微妙なライン、キワキワへと攻め込んでいくドルマゲスは、スラぼうと組んでトラペッタの外、東の森へと繰り出していた。

 

木々の影が濃い森の中を立ち回る一人と一匹は、モンスターに奇襲をかけ、とまどう相手に攻撃を当てていく。

 

『くしざしツインズ』。

それが今ドルマゲス達の戦っているモンスターの名前だった。

赤と緑。二個揃いのピーマンが脳天横を串に貫かれ、ひとまとめにされたそのモンスターは、『もうトドメ刺さってんじゃねえか!』とか『脳天を串刺しならおとなしく死んどけ!』などと言いたくなる外見がデフォ。

しかしその見た目だけで言えば凄く生命力の強そうな相手を、ドルマゲス達は寄せ付けない。

 

「……これでトドメだ!」

初撃がキレイに決まった事もあり、結局は終始圧倒した戦闘だった。

結局反撃らしい反撃も出来ないまま、敵のくしざしツインズはドルマゲスの素手攻撃に沈んでいく。

「……お? 銅の剣を落としたか」

まさか刺さっていたとでもいうのだろうか。

不思議な現象に首をかしげたドルマゲスは『今のメンツに装備できるヤツはおらんのだがなあ……』と不満をこぼしながらも、敵が落としたアイテムを拾いふくろに入れる。

序盤の街、トラペッタ周辺で手に入る武器としては十分な性能を誇る銅の剣だが、このメンツにかかれば袋のこやし。

使われる機会は無さそうだった。

 

そんな銅の剣を袋にしまい込んだドルマゲスは、思いついたようにスラぼうに確認の声をかける。

「それで、初の戦闘だったわけだが……。どうだったかなスラぼうよ」

ドルマゲスの視線の先にはライラスによってモシャスを封印調整された『かわのぼうし』を被るスラぼうの姿。

「うーん。まだ最初だからはっきりとは言えないけど……これはひどい。だよ」

呆れる声でそう答えたスラぼうは、肩をすくめたドルマゲスに苦笑する。

スラぼうが思い出していたのは、先程のくしざしツインズが受けた最初の一撃についてだった。

 

 

時は戻り。くしざしツインズとの戦闘に入る少し前。

たまたま見つけたくしざしツインズに気付かれないよう草陰に隠れていたスラぼうは、『レミーラで注意を引く。気を取られているうちに不意打ちするぞ』とドルマゲスに耳打ちされて、身構えていた。

宣言したとおりレミーラを発動するドルマゲス。

その呪文の行使が無詠唱な事に気付き、スラぼうは今更ながら感心する。

 

しかし、問題はそこからだった。

 

くしざしツインズの近く。木々の影が重なった、周りより少し暗い場所。

レミーラの光が目立ちやすいソコに、ドルマゲスはゆらりとした光を出現させていた。

ギリギリくしざしツインズの視界に入る。そんな位置に放たれた光は、さながら釣りに使う疑似餌のように、獲物がかかるのを待っている。

位置が良かったのだろう。

光に気付いたくしざしツインズは、そのよく分からない光に警戒しながら。しかし興味を惹かれて近づいていった。

 

それにあわせてゆっくりと形を変えていくレミーラの光。

やがて色が付き、しっかりと見えるようになったソレは、敵と同じモンスター、くしざしツインズの形を取っていた。

 

……いったい何がおきるんだろう。

レミーラの映像、技術そのものは流石のドルマゲスクオリティーだった。

色は薄く、輪郭もボヤけているが、確かにくしざしツインズだ。そうハッキリと分かる映像をドルマゲスは生み出していた。

しかしタネが分からなければ幽霊が現れたと見て取れる光景だ。

本物のくしざしツインズは明らかにビビっている。

 

……どうなるかは分からないけど。ロクな事は起きないだろうなあ。

そう達観したスラぼうは、レミーラで作られたくしざしツインズが本物を指さし、次に虚像である自分の事を指さす様子を冷めた目線でながめていた。

気分はさながらお化け屋敷の仕掛け人。それも無理やり巻き込まれたバイト君である。

そんなスラぼうをよそに、特に危害を加えられたわけではない本物は、偽物(多分幽霊か何かだと思っている)が一体何を伝えようとしているのか。そして次に何が来るのかと身構えて……。

 

ドルマゲスが仕掛けた背後からの不意打ちをもろに喰らっていた。

戸惑うドルマゲスに仕方なくスラぼうも続く。

後はご存知の通りの展開が続くのだった。

 

 

「……うん。ゲスの極みだよね」

先程の洗練された手口を思い、スラぼうは呆れの声を上げた。

ドルマゲスと言う名前を真ゲスと改名してもいいくらいの清々しい外道っぷりである。

絶対にろくな死にかたしないだろう。

その言葉を聞いたドルマゲスは、

「クックック、心理フェイズは基本なのだよ……」

などと悦に浸っている。

 

まさに外道。

 

楽して敵を倒すために最大限の工夫をするこの男の横で、スラぼうは状況を理解しきれないまま倒されたくしざしツインズに同情した。

……というかさっきの幽霊のアクション、もしかしなくてもアレだよね。『お前もこうなるんだぜ!』的なアクションだよね……?

 

ナナメにぶっ飛んだ方向へ手が込んでいる。

しかしこの手の込み方は何かが間違っている。

今更ながら『キチガイのパーティーに入っちゃったなあ……』とため息をついたスライムはやれやれと体を震わせた。

 

しかし一息つくには早いらしい。

見ればこちらに気付いたスライムの一団が、戦意を隠そうともせずに近づいてくる。

……今の見られたのかなあ。

だとしたら自分もドルマゲスの一味扱いかもしれない。

パーティーを組んでいるから間違いではないがどうにも納得しきれない事実である。

しかし、そんなスラぼうの気持ちをよそに、本格的な連戦が始まろうとしていた。

 

 

とびかかって来た3匹のスライム。

そのスライム達を相手に素手スキルの『いしつぶて』を繰り出したドルマゲスは、スラぼうとそれ以外のスライムとの見分けがついている事に驚きの感情を覚えていた。

 

どうやらパーティーメンバー同士ならお互いの位置や存在がなんとなく理解できるらしい。

「わざわざ皮の帽子を用意してもらう必要は無かったかもしれんな……」

スライムを殴りつけたドルマゲスは、スラぼうが野生のスライムを一匹沈めた横でそんな感想を漏らす。

残りは一匹。片付くのに時間はかからない。

決着までの時間はいつもよりもずっと早かった。

 

 

その後、相手を倒し終えたドルマゲスは自分がレベルアップした事に気付き、嬉々としてスキルポイントを割り振っていた。

「ふむ。素手スキルはあと2ポイントで『かまいたち』が習得できるようだな」

これにはドルマゲスもにっこり。

 

周囲を警戒しながら、上機嫌で脳内メニューを操作する。

「……そういえばスラぼう。モンスターにもスキルポイントはあるのか?」

ドルマゲスがそう聞くと、スラぼうは不思議そうに体を傾げる。

「スキルポイントってなに?」

 

まずはそこかららしかった。

しかし説明しようにも上手い言葉が出なかったドルマゲスは、少しの間考え込んでポンっと手を叩き結論を出した。

「後で師匠にでも相談するか」

困った時の大師匠ライえもん。彼ならきっと何とかしてくれるはずだとドルマゲスは一人納得する。

ドラクエ10やモンスターズではスライムにもスキルがあったはずだ。

もしスキルが合ったらお得だとドルマゲスは一人頷いていた。

 

しかしそんなドルマゲスとは打って変わり、スラぼうは非常に不安そうな様子だった。

「ねえドルマゲス……アレって……もしかしなくてもヤバイ相手じゃない?」

そう言ってある一点を見つめるスラぼうは、声音からして明らかに尻込みをしている。

スラぼうに言われて同じ方向を見たドルマゲスも、その先にあったモノに表情をひきつらせた。

一人と一匹が見たのは、森から少し離れた丘の上。

 

 

 

デカいプリンが跳ねていた。

 

 

 

スライムプティング。

それがドルマゲス達の見つけたモンスターの名称だ。

2メートルはあるだろう黄色い巨体。そしてその上に乗っているカラメルソースとクリームとサクランボ。

あくまでそう見える外見、というだけだが、正直どう見てもデザートである。

簡潔に言えば巨大プリンだった。

しかし見た目だけなら微笑ましくなるようなモンスターだが、それが跳ねて動いているとなれば威圧感は一押しである。

 

つまり何が言いたいかというと……。

 

「近寄りがたい……」

スライムプティングを見たドルマゲスは、眉をしかめて言いきった。

ドルマゲスはあくまで13歳。身長も年相応の大きさだ。スライムであるスラぼうの大きさは当然、それよりもさらに小さい。

サイズ的に言えば、小学生がプレハブ小屋に挑むようなもの。

あんな巨体に挑むのは心理的にかなりの抵抗があった。

 

……記憶が確かならあのモンスターは3DS版のぽっと出モンスターでありながら、見た目にそぐわぬ初見殺しだったはず。

スライムを30体倒すと出て来る。という緩い出現条件にそぐわない、序盤の敵としては異様な強さを誇る相手だったはずだ。

 

今現在のドルマゲスのレベルは8。スラぼうのレベルは3。

正直スライムプティングの相手をするには心もとない実力である。

素手で戦うドルマゲスの攻撃力は高いわけではないし、スラぼうのレベルを考えたら無茶をするべき時期ではない。

「……倒せたら一気にレベルを上げれそうなものだがな」

しかし今は我慢。

自分にそう言い聞かせたドルマゲスは、切り替えようと息を吐き……。

 

 

……スライムプティングと目が合った。

 

 

「……あ、気付かれた」

以外を感じて思わず口から言葉が漏れる。

「……って、なにふつうにしてるのさ! ドルマゲス、逃げようよ!」

スラぼうに急かされて正気に戻ったドルマゲスは、つい他人事のように感じた一因。見た目だけは脅威度の低いスライムプティングが、こちらに向けて飛び跳ねている事に気付き、顔色を変えた。

こちらに気付いたスライムプティングは結構なスピードで近づいてくる。

重量を感じさせる地面の音。

スラぼうと同じスライムだとは思えない、規則正しいバウンド音が絶望感をかき立てる。

 

トラペッタの門はすぐそこだ。……だが。

……ちいっ! 思ったより早い……!

ドルマゲス達も必死に走っているが、体格差はそのまま速度の差につながっていた。

「これは……、ギリギリ追いつかれるか」

舌打ちをしたドルマゲスはレミーラを使い、目くらましを試みた。

 

連続して突き出したドルマゲスの手から無数の光の玉が現れ、がスライムプティングの周りを取り囲む。

「……魔空包囲弾」

ピッコロさんをリスペクトし、訓練を重ねた無数の光弾。

実質は凄くよくコントロールされたレミーラ。

ドルマゲスの手によって完璧にコントロールされたソレは、スライムプティングの目前へと殺到し破裂した。

「よしっ!」

弾けたレミーラが、『まぶしい光』となってスライムプティングの眼を潰し、動きを止める。

その光景を確認したドルマゲスは走りながらガッツポーズを決めて大声で叫んだ。

 

「ここだー! 喰らうがいい……! 我が奥義をな!」

その言葉を聞いたスライムプティングは咄嗟に身構え、攻撃を受ける事を覚悟した。

しかしドルマゲスは逃げ続けている。

 

……スライム系のモンスターは頭が良い。おそらくは言葉を理解しているだろうと思ったが。どうやらアタリだったようだな。

「だが……やはり大きいというのは、それだけで脅威として成立するらしいな」

目くらましの影響が残っているせいで攻撃が来なくても警戒は解けないのだろう。

周囲を振り払うようにその場で暴れはじめたスライムプティング。

その巨体が跳ねた衝撃でえぐれた地面を見てドルマゲスはスライムプティングに対する警戒レベルを引き上げた。

 

……まともに喰らえば即、会心の一撃になるな。

子供の身体はそこまで頑丈と言うわけでもない。もし戦っていたら敗色濃厚だっただろう。

「だがこのままでは終わらん……!」

新たに現れた超えるべき壁。

ドルマゲスは混乱して暴れるスライムプティングを、倒すべき敵として認識した。

「イメージするのは常に最強の自分……! 覚悟しておくがいいこのスイーツ(笑)よ……!」

スラぼうを鍛え上げた暁には、堂々と正面から挑み。そして必ず倒す。

ハッキリとした目標を前に、ドルマゲスの闘志は燃え上がっていた。

 

 

しかし気合を入れたドルマゲスとは裏腹に。スラぼうは『怯える自分』が心を占めている事に気が付いていた。

最弱の種族、スライム。

その事を自覚し、コンプレックスを持っているスラぼうには、同じ種族の圧倒的格上。

スライムプティングと戦って勝つイメージが持てていない。

 

「……どうしてスライムに生まれちゃったかなあ」

トラペッタに逃げ戻り、ドルマゲスとのパーティーを一時解散したスラぼうは、自分の寝床があるルイーダの酒場へと項垂れながら戻っていた。

跳ねて進む足取りは重く、スラぼうの気は晴れない。

 

下を向いていて気付かなかったのだろう。そんなスラぼうの頭上から不意を撃つような形で、意外そうな声がかけられた。

「なんだ。気が重そうだな」

「……え?」

驚いたスラぼうが顔を上げると、以前冒険者ギルドで見た男が。

ポーカー勝負の時にディーラーだった、あの盗賊が立っていた。

 

 

一方、驚きを隠せないスラぼうと同じように、声をかけた側である盗賊の方も、スラぼうに話しかけた自分に驚いていた。

……なにやってんだかな。俺は。

目の前のスライムは、自信は無いが多分ルイーダの酒場にいたスライムだろう。

あの『決闘者』とかいう子供のパーティーに入ったらしいと、冒険者の間で噂になっていた、ルイーダの酒場のマスコットだ。

 

……この様子じゃ上手い事いってないみたいだがな。

肩に背負った鞄をかけなおした盗賊は、いかにも『凹んでます』と言った空気のスラぼうを見て、そう結論を出していた。

落ち込んでいる事を隠そうとしていないところが良くも悪くもスライムらしい。

事情を知る者が見れば上手くいかなかったとアピールしているようなものだった。

 

……しかし。ここからどう話すべきか。

声をかけたはいいものの、特に考えた行動ではない。

そんな二の句が継げないでいる盗賊の葛藤に気付かないスラぼうは、顔見知りである盗賊にポツリ、ポツリと弱音をこぼし始めたのだった。

 

 

「なるほど。……弱い種族で自信が無い、と」

話しかけた手前、下手に切り上げる事も出来なかった盗賊は、盗賊はトラペッタの広場にあるベンチに腰掛け、スラぼうの話を簡単にまとめて確認した。

……このスライムの精神が不安定な事に、あの子供は気づいてはいないのだろうな。

先程と遠目に見たドルマゲスを思い出した盗賊は、傍目に見て分かりやすいくらいに戦意を高ぶらせていたドルマゲスの姿を思い出し、頭をかいた。

「……アレはアレで隠そうとしないよな。内面」

小さな声でドルマゲスの事をそう評価した盗賊は、『え?』と聞いたスラぼうに、こっちの話だと首を振る。

 

……俺がなんとかするべきなのかねぇ。

柄じゃないんだがな。と唸りつつ、盗賊はスラぼうに何を言おうかと考えていた。

何匹も見てきたわけではないが盗賊にとってのスライムというのは純粋で子供っぽい。感情の揺れ動きがダイレクトに現れる種族だ。

そして純粋だからこそ、物事をありのままに見る傾向が強いし、人の話に突っ込んで聞く事にためらいが無い。

それはつまり下手な嘘や誤魔化しを驚くほどアッサリ見破る事が多いという事だ。

 

盗賊は以前このスライムに『人生は甘くない』とこれ見よがしに語った冒険者が、『どう甘くないの?』と聞かれ言葉に詰まった様子を見た事がある。

下手な慰めを言えば逆効果どころか、こちらに飛び火しかねないだろう。

 

……下手な慰めの言葉を言う必要も無いか。

そこで盗賊はただ淡々と事実を告げる事にした。

「レベルアップしていけば体のスペックは向上する。経験を積めば、対応力が上がっていくも。世の中には特殊な種もあるし、種族的な弱さいくらでもフォローが効くだろう」

「でも、……ぼくはドルマゲスみたいに、強くなれる気がしないよ」

「あー……なら自分がどうなりたいか。ちゃんとイメージする事だ」

「……イメージ?」

「ああ、自分がどうなれるのか。そしてどうなりたいのか考えるといい。自然と覚悟ができていく。そこに向かって進めば今よりはましになるしな」

その言葉にスラぼうは、ドルマゲスが『イメージするのは常に最強の自分……!』とテンションを上げていた事を思い出した。

 

「盗賊さんにもなりたいイメージがあるの?」

口を突いて出たスラぼうの言葉に盗賊は苦笑した。

「伝説の盗賊を超える。それがオレの夢だ。……ここでは回り道をしたがな」

そう言って苦笑する盗賊は、イカサマをしていた自分を思い返している様だった。

スラぼうは盗賊の言葉の最後の部分に引っ掛かりを覚えて、身体を傾げてみせる。

「ここでは?」

それはまるでこの街からいなくなるとでも言うような単語だ。

答えるかどうか迷った盗賊は、観念したように手に持った荷物を掲げて見せた。

「……実は、今からその街を出ようと思ってな」

「え、じゃあどこにいくの?」

「風の噂でメダル王の城という場所に『異世界につながる扉がある』という噂を聞いた。とりあえずはそこに忍び込むだろうな」

「そっかー」

残念そうなスラぼうは、『じゃあこれだけ教えてよ』と盗賊の名前を質問する。

その言葉に驚いた盗賊は、ベンチを立ちあがって簡潔に答えを述べた。

 

「バコタ……盗賊バコタだ」

そう言ってスラぼうを一瞥したバコタは門の方へと歩き出す。

「ありがとう! またね!」

無邪気な声で礼を言い『()()』と告げたスラぼうに、盗賊バコタは振り返らないまま手を上げた。

「……縁があったらな」

そう言ってトラペッタの街を出たバコタの口元には、わずかに笑みが浮かんでいた。

 

そんなバコタがキレ気味に飛び跳ねるスライムプティングに気付き、浮かべた笑みをへの字に引き下げるまであと3秒。

『カッコつけて別れたのにこのまますごすご帰れるか』と言う理由で引き返すことを諦め、『しのびばしり』を全力で使うハメになるまで、あと十数秒ということを……この時のバコタは()()知らなかった。

 

 

そんなバコタの危険を知らず、幾分か気を取り直したスラぼうは、ルイーダの酒場へと向かっていた。

……なりたいじぶんかぁ。

思い浮かばないソレに頭を悩ませたスラぼうは、一日中やっているルイーダの酒場の扉をくぐり、店の中へと入り込む。

 

するとそんなスラぼうを迎えたのは聞き覚えのある声だった。

「おお、遅かったの。待っておったぞい」

「……え?」

今日は良く声をかけられる日だなあ。と驚いたスラぼうを待っていたのは、ドルマゲスの師匠であるライラスのものだった。

ビールを飲み、ツマミをほおばるライラスは、片手を上げてスラぼうに笑いかける。

 

弟子に対する態度より数倍は甘かった。

そんな意外な人物の登場に、思わずスラぼうは疑問の声を上げる。

「えーっと。なにかあったのライラスさん。……はっ!? もしかして冒険者に?」

「いやいや、違うわい。実はあのバカ弟子に頼まれて、お前さんの事を調べに来たんじゃよ」

そう言って笑うライラスは、肩をすくめて追加のつまみを注文した。

 

……意味が分からないよ?

疑問に?を浮かべながら、ライラスから席にあった味噌マヨキャベツをもらったスラぼう。そんな状況を分かっていないスラぼうに『食いながらでいいぞい』と笑ったライラスは、呪文を唱えてスラぼうのステータスを確認する。

「おお、やはり魔物にもスキルはあるんじゃな」

そう言って満足そうに頷いたライラスに、キャベツを飲み込んだスラぼうは聞いた。

「それドルマゲスも言ってたけど、スキルってなに?」

「ああ、あのバカ説明しとらんのか。なに、ようは精霊の加護の一種じゃよ……と言ってもそれだけでは分からんかの?」

スラぼうがよく分かっていないと気が付いたライラスは、『レベルアップをキッカケに、ある手順を踏むと使えるようになる能力や呪文の事じゃよ』と説明を付け加えた。

「精霊の加護と言うのはこの世界に生きる生き物全てに適応されておる。とある古文書にはかつてはモンスターの神官がおったという記述もあるしのう。そう考えるとモンスターがスキルを使わないのは、スキルの存在を確認する機会が無いのが原因なんじゃろうが。ワシが思うには……」

「……?」

 

しかしスラぼうは会話に付いて行けていない。

 

だがビールを煽るライラスはその事に気が付いていなかった。

「……つまり冒険者として登録する、と言うのは一種の魔法儀式でのう。我々人間はコレによってスキルの存在を自覚し、スキルポイントの操作ができるようになるんじゃ。つまり台帳の正体が儀式書の束というわけじゃな。各地の城なんかでも自分の所の兵士に似たような事はしとるじゃろうが……コレどっから流れて来るんじゃろうなぁ。作るのがアホほど面倒じゃから、金を出せば買える。という類の品ではないはずじゃが……。もちろん今ワシがやったような、別のやり方も無くはないがの」

 

ライラスオンステージ……!

話の内容をかろうじて『この店にある冒険者の台帳がすごい。作るのがたいへん』と理解したスラぼうは、冷や汗をかきながら相槌を打った。

「……つくれるの?」

適当にいってみた言葉だが、対処としては正解だったらしい。

「まあそりゃあ、作れんことは無いぞ? ワシにもな。ただし契約関係の魔法を仕込むとなれば、一月仕事になるじゃろうな。手順も面倒じゃし、正直やりたい仕事ではないわい」

と言って、いい気分でビールを煽ったライラスは、『アレ? 何の話じゃったっけ?』と不思議そうに首をかしげていた。

 

完全に酔っ払いである。

 

「えーっと、それでぼくのスキルってなに?」

「おお! そうじゃったそうじゃった。スキルの話じゃったな」

スラぼうに言われて本題を思い出したライラスは、紙とペンを取り出してスラぼうのスキルを書き出してみせる。

「補助回復の【スラフォース】、物理攻撃の【スラップラー】、そして何でこんなもんがあるんじゃか分からんが……【ブーメラン】。この三つがお前さんのスキルじゃな。今のお前さんのスキルポイントは3。どうやら技を一つ習得できるようじゃが……まあ自分で考えてみるんじゃな」

そう言って酒に戻ったライラスは、運ばれてきた野菜のガーリック炒めに手を付け、ビールの追加を注文する。

完全に飲みの体勢に入っていた。

 

 

酒を浴びるように飲みはじめたライラス。それを横目に『この人、明日ぜったいに二日酔いになるよ』と呆れたスラぼうは、ライラスの言ったスキルについて頭を悩まていた。

 

……よくわからなかった。

どうやらスキルポイントとやらを使う事で使える技が増えるようだが、『どうやってスキルポイントを使うのか』の説明はナシ。ライラスは長い口上を全て、スキルの成り立ちと考察に使っていた。

「まあ。技がふえるのは良いことだと思うけどね」

だが自分い自信を取り戻せていないスラぼうは『新技が増えるよ!』という思わぬ急展開に混乱する。

 

「いきなりすぎるよね」

と言って、目を閉じ。ひとしきり悩んだスラぼうは『よし!』と言って、ある事を決める。

「とにかく今日はもう寝て、のこりは明日かんがえよう!」

……ドルマゲスに相談したらなにかいい答えが出るかもしれないしね!

しかし、そう考えて寝床へ向かったスラぼうは『でも……』と続けて動きを止めた。

 

……どうなりたいかは、自分で考えないとダメかなぁ。

補助か攻撃か、ブーメラン。どれを選ぶのか、という答えはなかなか出そうにない。

結局その日のスラぼうは遅くまで寝付けないのだった。

 

 

翌日の朝。

「スラぼうくーん。あーそーぼー!」

という子供らしい台詞を、オカルト染みた声音で告げたドルマゲスがルイーダの酒場にと訪れていた。

その声に目を覚ましたスラぼうは、あくびをしながら毛布を敷き詰めた籠から出る。

そんなスラぼうをよそにドルマゲスに気付いた酒場の冒険者たちが『ゲェッ! 決闘者っ!? 決闘者ナンデ!?』、『ヒエッ! アレが闇のガチ勢……!』、さらには『おい見ろよ。必然ヤロウだぜ……』などと各自粗様々な反応を見せる。

 

ドルマゲスの言った『あーそーぼー!』の内容が重たいナニカを賭けた遊びの範疇外のシロモノと察したのだろう。

修羅道の住人としか思えないそのキチガイ染みた発言に、ドルマゲスに近い位置にいた冒険者たちがその場から一歩後さずり。またトランプでポーカーに興じていた者達は、決闘を挑まれないようあわててカードをしまい、素知らぬ顔で口笛を吹く。

 

そんな周りを気に留めないドルマゲスは、しかし酒場のテーブルに突っ伏して呻く一人の老人に気付き、首をかしげて質問した。

「おや師匠。ずいぶんとスタイリッシュ朝を迎えている様ですが。……ははあ、もしかしてオールナイトですか?」

斜め上へとカットビング発言だが、オールナイトなのは間違ってはいない。

ドルマゲスが見つけたのは昨日、あれからずうっと飲み続けていたライラスの姿だった。

どう見ても二日酔いダウナーなライラスは、力のない声でドルマゲスに苦言をていする。

「ど、ドルマゲス。貴様、師に向かってなんちゅう言い方を……」

だが、その声にはまるで力が無い。

賢者の末裔ライラス。トラペッタの顔役でもある彼は、今、頭が痛くて無気力だった。

 

その後、フラフラと立ち上がったライラスは酒場のトイレへと吸い込まれるように消えていく。

そんな師弟のやりとりに気付いたスラぼうは、眠気に欠伸を噛み殺し、ドルマゲスに挨拶して一応聞いた。

「昨日はずうっと一人で飲んでたけど……ライラスさんって飲み友達少ないの?」

ライラスと付き合いのないスラぼうは、普段ライラスが他の酒場でルイネロたちと飲んでいる事を知らないのだろう。

それを悟ったドルマゲスは、ライラスの事をよく知る者として、一応のフォローを話し出す。

「いやいや。ちゃんと師匠にも友達はいるぞ?」

「へー、どんな人?」

スラぼうのその質問に、ドルマゲスはフッと笑って端的に述べた。

「胃薬だ」

「……んぇ?」

『お友達は?』と聞いて『胃薬』と返ってくる不思議。その意外な展開に、スラぼうの思考は停止する。

「ああ、酷いと思うのは分かるよ。私も胃薬というチョイスはどうかと思う。日々友達を食い物にしているわけだからな……。だが安心すると良い。師匠は人間の大人達にも友人はいる」

そこまで聞いてからかわれたと気が付いたスラぼうは、朝から深々とため息をついた。

「酷いのはドルマゲスの師匠に対するあつかいだとおもう……」

朝からとんでもないネタをぶっこんできたドルマゲスに対しスラぼうは、そしてさり気なく会話を聞いていた周りの冒険者たちは同じことを思い浮かべた。

 

……きっと、ライラスは胃薬が常備薬なんだろう。

 

魔物と人間が心を一つにする奇跡。

しかし、『こういうのは時と場合が大切』という教訓を得たものは、この場には誰一人として存在しなかった……。

 

 

 




【盗賊バコタ】
ドラクエ4に出て来た盗賊の男。中ボス。
トルネコやライアンがゲスト出演するなら、こっちから送っても良いだろ。と言う理由で登場。スラぼうのメンターとして、助言をするポジションに。
4ではなにげにHPが1000越えしてるので、一種の天才だろうと思います。
ヤムチャにクリリンを足した様な顔ですが……。


というわけでファンタジーの王道。人と魔物の心が一つにエンドでした。

今回スラぼうのスキルに話が及びましたが、内容・詳細の設定に関しては、作中で詳しく述べるのではなく、設定と言う形で1話使って投稿しようと考えています。

次回でトラペッタでの話が一区切りつきそうなので、次々回にドルマゲスとスラぼうの習得可能特技、スキル構成などを載せる予定です。
気になる方は次々回までお待ちください。


※追伸
活動報告に手を出し始めました。
といってもどこの誰とも知れない作者の日常に興味のある方は相違ないと思われます。

そこで内容としては、この作品を書くまでに悩んだ連載候補などの設定・あらすじをメインとする予定です。
「I Can Fly」する赤帽子や、バグった森崎、内容がカオスすぎて、もしくはまじめすぎて投稿を断念した作品・考察などを載せていきます。
興味のある方は覗いてみて下さい。







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第八幕 観光客となる一行

酒場のトイレへと消えたライラスをネタにすることで師弟の絆、その強さを見せつけたドルマゲス。

そんなドルマゲスに先日聞いたスキルの話をしたスラぼうは『どのスキルを取るのかはちょっと考えさせてほしいんだ』と申し訳なく思いながら頼み込んだ。

それを聞いて、『ソレはかまわないが……』とアッサリ承諾したドルマゲスは、スラぼうの事を見ながら首を傾げてみせる。

「ブーメラン……持てるのか?」

スライムという種族には手が存在しない。

 

ドルマゲスの言葉は誰もが思う当然の疑問だった。

 

その言葉に興味が湧いたのだろう。こっそり聞き耳を立てていた冒険者の一人がものは試しとスラぼうにブーメランを手渡した。

慣れない得物であるブーメランを体でヘディングしたスラぼうは、しばらく悩んでからピトッと身体にくっつける。

『おお、くっついた……!』『くっつくもんなのか……!』

と周りが騒ぐ中、キッっと前を見据えたスラぼうは、背中にくっつけたブーメランを身体ごと回転させ勢いをつけて投げ放つ。

撃ち出されたブーメランは、空中に綺麗な弧を描いてスラぼうの元へと戻っていった。

 

「おお!」

「すげえ!」

「投げれるもんなんだな……!」

この世界では非常に珍しい光景に、拍手と一緒に賛辞の言葉が飛びかった。

その中の何人かは『でもこれって芸を仕込まれた魔物みたいだよね』と、着実に芸人パーティーとしての進化が進むドルマゲスの一行に謎の期待感を膨らませる。

ドルマゲスのパーティーがドルマゲス一座と化すのは、きっとそう遠くない未来だろう。

彼らはそんな事を考えていた。

 

とはいえブーメランは人間の武器。酒場の中には魔物が自分達の武器を使う事を良しと考えない者もいる。

酒場の中に拍手をしないでしかめっ面をした冒険者の姿を見つけたドルマゲスとスラぼうは、二人そろって『ブーメランを極めていくのはいらぬ軋轢を生むかもしれない』と考えていた。

もっともドルマゲスの方はその後に『まあバレなければ罪ではないだろう。クックック、せいぜいモンスター相手に有効活用させてもらおうか』などと考えていたが……少なくともスラぼうの方は『ブーメラン使いとして腕を上げる自分』という未来は、そういった軋轢を生んでまで『なりたい』とは思えないようだった。

「これはちょっとちがうのかな……」

スラぼうはそう呟いて、元の持ち主へとブーメランを返す。

ブーメランがダメならば、残る選択肢は補助回復の【スラフォース】と物理攻撃の【スラップラー】だ。

おそらくスラぼうの気質を考えれば補助回復が性に合っているだろう。

しかし『なりたい自分』という考え方をしていたスラぼうは、『それで本当にいいのだろうか』と迷っていた。

 

 

一方、スラぼうがブーメランを貸してくれた冒険者に礼を言う横で、ドルマゲスは酒場の店主である女主人に話しかけていた。

その内容を聞いた女店主は頭が痛そうに苦笑する。

「スライムプティング? ああ、また出たのね……」

顔をしかめた所を見ると、厄介には思っているらしい。

 

……もしかしたら、先を越されて倒されるかもしれんな。

そう懸念したドルマゲスはダメもとで女店主に切り出した。

「できれば自分達で倒したいので、なるべく手を出さないで欲しいのですが……やはり無理でしょうか?」

警護に慣れていないようにも見える光景だ。

言いにくそうにそう頼むドルマゲスの言葉に女店主は苦笑した。

「まあ大丈夫なんじゃない? 討伐依頼を出す物好きもいないし。ほとんどの人は放置するでしょう。わざわざ頼まなくてもね」

「放置する? 門の近くにいるのに?」

「だってこの街にはもう一つ門があるじゃない。わざわざあのモンスターの相手をしようなんて物好き、そうはいないわよ」

「……そういうことか」

確かにこの街には西門がある。

この近辺に出るのは比較的弱いモンスターばかりだ。わざわざ南門を出てスライムプティングと戦うより、西門から行った方が安全なのだろう。

「その上、スライムプティングは一度討伐してもまた出て来るのよね。あなたのお師匠さんいわく、この世界には魔力の淀みが集まりやすいポイント? があるらしくてね。そのポイントの一つであるあの辺りは、ああいう特殊なのが生まれやすいらしいのよ」

「生まれる?」

「ええ。モンスターにはあたしたちと同じように両親がいる個体と、自然に溜まった魔力から生まれて来るヤツとの二種類がいるって話よ。で、スライムプティングは後者ってわけ……」

「……なるほど」

 

もしかしたら突然変異なのかもしれんな。

『スライム=全てのモンスターの原点』という話を思い出したドルマゲスは、そういった突然変異に通常の進化合わさって多様なモンスターが生まれるのかもしれないと考察を巡らせる。

 

……モンスターは倒したら光……というか魔力と生命力の欠片になって世界に溶ける。

以前気になってライラスに聞いたドルマゲスは、その欠片の一部、人が取り込んでも問題ない純粋な部分が経験値となって器を満たすと教えられていた。

「それが本当かどうかは知らんが、吸収されなかった経験値……倒したスライムの残滓がその魔力だまりに集り、同種のスライムプティングを出現させるのかもしれんな」

少なくともスライムを30匹倒したらスライムプティングが出現するというゲームのルールはこの世界においても適用されている可能性が高い。

雑魚敵を倒していたらある日突然スライムプティングに喧嘩を売られる世界ともなれば、交易商はさぞ大変なことだろう。

倒しても湧いて出るならなおさらだ。

 

「……そう考えると確かに、スライムプティングの討伐依頼を出す物好きなど、いるはずもないか」

わざわざ討伐依頼に金を出すくらいなら西門から行く方が良い。

……スライムプティングと戦うのは、見た目に騙された被害者か、経験値目当ての冒険者。それか打倒スライムプティングを掲げた自分のような者くらいか。

しかしドルマゲスの同類は少数派だろう。

獲物を取られる可能性は低い。そしてもし取られたとしても、時がたてばまた出現する。

その事に気が付いたドルマゲスは、『ならば良し』と満足そうに頷いた。

 

自分はともかく、スラぼうについては命を賭ける覚悟ができているか分からない。

無理に博打に巻き込むくらいなら、地力をつけてタイマンを張り、正面からスライムプティングに打ち勝とう。というのがドルマゲスの考えだった。

目指すはタイマン勝利。

そしてそのための下準備である。

 

……ならば小遣い稼ぎでもするとしよう。

どうせレベルアップを目指すのだ。道草で稼げるならそれも良いと、ドルマゲスはカウンター横、備え付けのボードに張られた依頼書の紙を覗いていく。

普通は家の手伝いやおつかいなどで小遣いをもらう年齢なのだが、ドルマゲスの頭の中では小遣い稼ぎ=おつかい=戦闘の方程式が成り立っていた。

「商人による依頼が意外と少ないのだな」

護衛の依頼が多いのだろうと予測していたドルマゲスは、むしろ商人がやりそうな荷運びの依頼が多い事に驚きの声を上げる。

外で取れるアレを取ってこいだの、あの町に売ってるコレを買って来てくれだの、どう見てもおつかいとしか思えない依頼がほとんどなのだ。

「まあ交易するのも命がけだからねえ。皆が皆ルーラを使えたらいいんだけど、ああいう呪文は繊細な魔力のコントロールが必要だからねえ。よほどの才能か、努力がいる。結局世界を回れるヤツってのは少ないもんなのさ」

女店主の言葉から察するに、物流とモンスターの関係は悪い意味で根深いらしかった。

 

……いや、それも当然か。

特定条件を満たすと出て来るスライムプティングのようなイレギュラーはもちろん、そも原作にあったスカウトモンスターがヤバイ。

ゲーム時代はただの特殊な敵キャラで済んだが、ようはその種族生え抜きの使い手である。

それが群れを離れて各地に、それも場合によっては道の真ん中に陣取り、一匹で独自に修行を続けているのだ。

もちろん人が通ったら襲うだろう。

これはもう物流の邪魔でしかない。

 

通常の雑魚モンスターですら街の一般人にとっては恐怖の対象になり得るのだ。

トラペッタの住人の中には一度も街の外に出た事がないものもいるだろう。

そういう奴に限って「西にトロデーンという城があるらしい」とか物知り顔で言うんだよな。と、ドルマゲスは苦笑した。

 

「……そういえばトロデーン。まだ茨に覆われていないのだったか?」

正史ではあの白と城下町を破壊しつくすのはドルマゲス。つまり自分のはずだ。

それが無いとなると今はマトモなトロデーンのはず。

 

「行くべきだな」

ドルマゲスは即決した。

一応あそこには大図書館的なモノもあったはず。面白そうな本があるのなら探して見るのも良い。

……無事なトロデーンと言うのも見てみたいしな。

と、ミーハー根性を全開にしたドルマゲスは、トイレから崩れ落ちるように現れたライラスに目を付けた。

 

……タイミングが良い。コレが年長者のたしなみか。

都合の良い事は全部年の功にする勢いでドルマゲスは詰め寄った。

「師匠! トロデーンに行きましょう! あそこには大図書館があったはず! これはもう観光に行くしかありません!」

「……でかい声を出すな」

ドルマゲスの声が頭に響くライラスは、弱々しい声で釘を刺しす。

なお二日酔いに大声でしゃべった場合、会話が成り立つ可能性は非常に低い。

「……で、なにがなんじゃって?」

どうやら今回のライラスもその例に漏れないようだった。

 

その後ライラスに、『あー、今日は二日酔いで無理じゃから、明日……いや明後日くらいなら行ってもええぞ。ただし移動が面倒じゃからルーラで行くぞい。……だからでかい声出すな』との許可を頂いたドルマゲスは、勝利の雄たけびを上げてブチ切れたライラスにバシルーラで飛ばされた。

 

二日酔いという最悪のコンディションにもかかわらず、一瞬でバシルーラを発動。

精密な魔力操作が必要なバシルーラを即座に成立させ、ドルマゲスを酒場の外に怪我無く放りだすその手腕に、事態を見守っていた冒険者たちが小さく驚きの声を上げる。

二日酔いでも賢者。実力者には変わりない。

スラぼうは、倒れるように椅子に座り、テーブルに突っ伏したライラスが『マスター、何か酔い覚ましになる物を』と、力なく注文する姿を見て『……コレで二日酔いじゃなければかっこいいんだけど』と、何とも言えない感想を抱くのだった。

 

 

その頃、ライラスのバシルーラによって酒場の外へと飛ばされたドルマゲスは、『バシルーラと言えば敵を戦線離脱させる呪文。弟子を敵扱いとはなんという師だ……参考にしよう!』と、ぶっ飛んだ発言をかましていた。

その言葉に近くにいた同年代くらいの子供が信じられない物を見るような目で見て来たが、ドルマゲスは気にしない。

情けはあっても容赦はしない。

それがドルマゲスが好き勝手やらかす中で自然と確立された、彼らの師弟関係のルールだった。

 

「まああの師匠の事だ。今日は二日酔いでダウン。本人が言うように明日に準備、明後日に出発。という線が濃厚だろう。……フハハ、この二日のマージンでレベルを上げなければな」

そして力を付けた暁にはスライムプティングを討つ。

無論二日ぽっちでそれができる域に達するとは思えないが、レベリングは積み重ねが大事なのだ。

そのうち勝つ。

それがドルマゲスのグダグダな、しかし確実性のある計画だった。

 

そんなドルマゲスに律儀にこちらを追いかけてきたスラぼうが合流する。

「で、きょうはなにをするの?」

「フッ、愚問だな。もちろん戦闘だ。レベル上げなきゃあならんからな。……ただし南門は昨日のスイーツ野郎がいるかもしれん。西門から出るぞ」

スラぼうの質問にドルマゲスは笑って返事をする。

「……そのあくらつな笑顔。やめたほうがいいんじゃない……?」

「……悪辣?」

おかしい。親しみの持てる笑顔を繰り出したはずが、どうしてそうなった。

ドルマゲスの頭に疑問符が浮かぶ。

 

きっとキャラの差なのだろう。

これが主人公(※)ならばカッコイイ扱いだった事は、ドルマゲスにも容易に想像がつく。

その後うっぷんを晴らすようにレベル上げに走ったドルマゲスは二日かけてレベルを8から9に上げ、格闘スキルにポイントを割り振る事で『かまいたち』を習得。

スラぼうもレベルを3から5へと成長させる。

 

しかし未だに成長の方向性が決めきれないスラぼうは、スキルポイントを割り振れない。

そんなスラぼうの悩みをそのままに、トロデーンへ旅立つ日はやってくるのだった。

 

 

 

 

そして出立日。

ドルマゲスとライラス。そして若干気後れ気味なスラぼうの、二人と一匹のパーティーは、ライラスの『ルーラ』でトロデーン城に飛ぼうとしていた。

「ほんとにボクもいっていいの?」

「大丈夫だ。問題ない」

申し訳なさそうなスラぼうにドルマゲスは自信をもって断言する。

そんなコンビを横目にライラスは確認の声を上げた。

「二人とも準備はええな。今からルーラを使うぞい」

その言葉にドルマゲスとスラぼうは揃って打頷きを作る。

その様子を見たライラスは、さらりとルーラを発動し、メンバーを空へと飛翔させるのだった。

 

……おお、コレがルーラか。

ライラスいわく指定位置に向けオートで高速飛翔する呪文らしいが、こうして実際に飛ぶと非常に速い。そして怖い。

おそらく高所恐怖症の人は使えない呪文だろう。

横を見ればスラぼうの表情が分かりやすく引きつっている。

風圧や横G、遠心力はある程度呪文の効果によって抑えられているが、それが逆に下の景色を見る余裕を生んでいた。

同じ大陸内、比較的短い移動距離とはいえ普通に怖い。高度が高すぎる事がよく分かる。

かなりの速度が出ているのだろう。あっという間にトロデーンの城が近づいてくる。

すぐにでも到着しそうだった。

 

……というか急激に地面が近づいてくるこの光景は、どう考えてもタマヒュン案件……!

本能がヤバイと叫ぶ中、急激な減速によって制動がかけられる。

そして次の瞬間、ドルマゲス達はトロデーンの門前へふわりと降り立ち……そしてライラスに抗議した。

 

「やってくれましたな師匠! ルーラが即席ジェットコースターだと何故先に教えてくれなかったのですか! この仕打ち……非常に遺憾であると言わざるを得ないっ!」

「そうだよ! さいしょに教えてくれたっていいじゃないか!」

ドルマゲスとスラぼうが喚く中、ライラスは勝ち誇った笑みを浮かべている。

「何を言う。ワシは『余計な戦闘を避け、移動時間を短縮するためにルーラを使う』と事前に言っておき、お主らの賛同を得たたはずじゃ。納得した事に文句を言われてもの~」

そういけしゃあしゃあと喋るライラスと、『おのれ、外道だぞ師匠!』と、抗議の声を上げるドルマゲスは当然の様にトロデーンの中へと、煽りあいながら歩き出す。

その様子を見るスラぼうは『師弟って似るもんだなあ……性格の悪い所が』と、諦め交じりにタメ息を吐き、二人の後をついていくのだった。

 

 

 

 

トロデーン。

城塞都市とでも言うべき、城と都市が一体化した街。

ドラクエ8本編では呪われた状態がデフォという大変な場所は、しかし本編と無関係の今、結構な賑わいを見せていた。

 

「ほう、交易商が来ておる様じゃな」

ライラスの言う通りトロデーンの噴水前では即席の店が複数作られており、即興の市場が出来上がっている。

一部ではオークションが開かれており、貴重な品や一品しか持ち込めなかった商品が競売にかけられていた。

他所の大陸から来た商隊なのだろう。

競りにかけられている武器防具は、共にこの辺りでは見ない品ばかりだった。

主に防具類を中心に売っているようだが、中には『バトルアックス』や『ホーリーランス』など強力な物も売っていた。

 

ドルマゲスはその中でもとある剣に目を止め、驚きの声を上げる。

「……あれは!」

氷をかたどった片刃の曲刀。

それはドラクエ8における店売り最強装備。『吹雪の剣』だった。

 

……まさかこんなものにお目にかかるとは。

主人公補正によるチート武器収集が無いドルマゲスにとって、氷の剣がここにあるという事は非常に驚くべき事だ。

なにせ主人公の最強武器候補に名乗りを上げるような性能の武器なのだ。

序盤の舞台、つまりあまり強いモンスターのいないこの地方に不釣り合いと言っても良い剣がまさか交易品としてオークションに出されるという展開は、流石のドルマゲスも予想できない事だった。

 

とはいえドルマゲスに剣の才能は無い。

完全素手ゴロ仕様の魔法使い志望に剣は不必要だった。

……どちらかと言うと今競り落とされた『ルーンスタッフ』の方が気になるな。

そんな事を考えていたドルマゲスに、ライラスが振り返り声をかける。

「何じゃドルマゲス。気になるなら見ていくか?」

「いえ、私は素手に生きる男なので。……まあ杖は気になりますが」

「ふむ……まあ、オークションに出ておる杖は今競り落とされた一本だけじゃからなあ。交易商の店にもそれらしい物は無い、か」

「ついでに言うと防具類も気になると言えば、気になりますね。とはいえそういった品は兵士や冒険者の方々が買い求めているようですが……」

見た所かなり混んでいる。

「あの列とも言えない集団に混ざっても、体格差で弾かれかねないでしょう」

そもそも、それほど規模の大きな商隊ではない。

押しかけているものの中には野次馬も多いみようではあるが、売れ残るかどうかは微妙な線だった。

「まあ落ち着いた時に見に来ればええじゃろう。もし売れ残りに良い物があれば買うとええ」

「……師よ。そこは普通『買ってもええぞ』と言う流れでは?」

「ドルマゲスよ。お主最近、ルイーダの酒場で大人から大金を巻き上げたそうじゃな」

「チィッ、耳の早い師匠だ」

「金のあるやつは自腹を切れという事じゃ」

言いあう二人はそのまま城の中へと進んでいく。

師弟は観光中も平常運転だった。

 

 

一方、後ろをついて跳ねるスラぼうは広間の一角に漂う異様な雰囲気に気を取られていた。

オークションでは『吹雪の剣』の競売が始まっており、最初の提示額を置き去りにして矢継ぎ早に剣の値段が上がっていく様子が見て取れた。

真剣な顔で値段を叫ぶ競売の参加者。そして黙したまま何かを見定めようとするガラの悪い男達。

それらは吹雪の剣の価値を知らないスラボウにとって、何が何だかわからない光景だった。

 

……そんなに凄い剣なのかな?

キレイな刀身だとは思うけど。と、ぼんやりした感想を抱いたスラぼうに、先を行くドルマゲスが声をかける。

「おい、行くぞスラぼう」

「あ、うん。ごめんごめん!」

……そんな事より今は観光が大事だ。

見ればドルマゲスが屋台で買った『くんせいにく』を手にこちらを呼んでいる。

ライラスが一つ。ドルマゲスが二つ持ったくんせいにく。

ドルマゲスが持つうちの一つはおそらくはスラぼうの分だろう。

『二個とも食っていいか?』と、良い笑顔で聞いてきたドルマゲスの方へ、スラぼうは慌てて跳ねていくのだった。

 

 

そしてドルマゲス達が去った十数分後。

とうとう『吹雪の剣』の競売が終了する。

競り落としたのはこの街の小金持ち。戦闘とは縁のない、しかし武器を集めるのが趣味の男だった。

「ふふふ、こんかいのオークション。一目見た時からこの剣だけは欲しかったのだ! これで私の武器防具コレクションがふえる……」

その発言からはコレクターであることが容易に窺い知れる。

男は競り落とせなかった周囲の嫉妬と羨望の入り混じった視線を鼻高々で受け、競売の成果を手に取った。

戦闘と縁のない男が『吹雪の剣』を手に入れた事で、憤慨する剣士達の視線が男に集中する。

 

実用品を求める者とコレクターとの確執。これもまた競売でよく見られる光景と言えた。

 

しかしそんな剣士達の一人。

年若い、しかしどことなく裏の気配を漂わせた青年は、殺気に近い感情をこめて男を睨みつけていた。

 

……ふざけるなよ。

青年は口に出さず罵声を繰り返す。

剣士が使うというのならば納得もしよう。例え弱くても将来に期待すれば納得は出来る。

しかし、よりにもよってコレクター。

それも明らかに戦闘から縁遠い一般人に、自分の求めていた武器が持っていかれる。

それはその青年剣士にとって何よりも我慢できない事だった。

 

……譲ってもらえるように頼むべきだろうか?

しかし忌々し気にその男を睨む剣士の前で、そのコレクターは嬉しそうに小躍りをしている。

よほど欲しかったのだろう。

いくら頼んでも譲ってはもらえないことは容易に想像がついた。

 

そしてコレクターの男が勝ち誇った声を上げる。

 

「ねんがん の『吹雪の剣(アイスソード)』をてにいれたぞ!」

 

ソレを聞いた青年剣士は速やかに今後の方針を決断した。

選ぶべき選択肢は一つ。

 

……殺してでもうばいとる。

 

周りを見れば、青年と似たような結論に至ったあらくれや商人の姿が見えた。

彼らは静かに。しかし確認するように頷き合う。

 

 

トロデーンの街に、カオスの気配が忍び寄っていた。

 

 

 




もうすぐ一章が終わると思ったらナチュラルに三章の内容を書いていた。
何を言ってるか分からないと思うがオレにもよく分からない……。

今回でプティング倒して「次からは二章でリーザス村だよ!」の予定だったのにどうしてこうなったし……。

プロット自体は何とか整えたので、これからも少しづつ書いていく予定です。
キャラ設定の公開は大分先になりそう……期待してたらごめんなさい。






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第九幕 合流者となる子供達

噴水広場で悪意に満ちた思想のやり取りが行われていた頃、そうとは知らないドルマゲス達は城の中に入り、場内にあるという宿屋へと向かっていた。

活気あふれる城内にドルマゲスは感嘆の声を漏らす。

「ほう、これが無事だった頃のトロデーン……」

第一印象は、豪華な城、といった所だろうか。

外も中も品が良い。

前世のゲーム知識が残っているとはいえ、リアル仕様の拡大版。しかもダンジョン化していない城内となると、ドルマゲスにとってもほぼ初見と言って良い場所だ。

完全にお上りさんとなったドルマゲスは、品のある場内の作りに目を引かれキョロキョロと周囲に目を走らせていく。

ゲームで見覚えのある場所はモンスターが出ない代わりに人が行き来し、前世でよくはぐれメタルを探していた場所はただの食堂になっていた。

 

……いや、どちらかと言えば、『まだ』食堂のまま。と言うべきなのかもしれんな。

まあ自分にやらかす気が無い以上、未来永劫この城が茨で覆われることは無いはずだ。今後とも食堂のままと言うのがある意味正解だろう。

ドルマゲスが『ゲームのはぐれメタルは美味かった』と、感慨に浸って歩いていると、今度は武器屋と防具屋が目に止まる。

ゲーム序盤の主人公は『兵士の剣』を始めとした初期装備だったので、武器屋や防具屋の商品はどうせ大した物じゃないだろう。と思っていたドルマゲスだが、よくよく考えればこの辺りは序盤の終わり、もしくは中盤と言ってもいい時期に訪れるフィールドだ。

実際に見てみると『はがねのつるぎ』や『鉄の盾』などそこそこの武具が売っていた。

「なるほどな」

……そういえば原作におけるゼシカの兄。サーベルトは、はがねのつるぎを装備していた。

案外この城から流れたモノ物を使用していたのかもしれんな。

 

ところでふと気付けばスラぼうがいない。。

「さっきまで一緒にいたはずだが。はて……」

『どこに行ったのか』と首をかしげるドルマゲス。

 

だがその疑問もすぐに氷解する。

見れば少し離れた所で何やら困っている様子のスラぼうがいる。

「ふむ。なかなか面白い事になっているな」

その現状を認識したドルマゲスはニンマリと笑い、スラボウの方へと小走りで向かう。

 

ドルマゲスに気付いたスラぼうが何か言いたそうな顔をしたが、何も言わないのでたいした事ではないだろう。

ドルマゲスはつとめて上機嫌だった。

 

 

 

そうやってドルマゲスが動き出した頃。

その近くにある宿屋ではライラスが受付を済ませていた。

「……高いのう」

宿屋の店主が言う一拍の値段はトラペッタの三倍だ。

おまけにサービスの内容は似たようなもの。大した値段じゃないとはいえ、ぼったくられている気分にもなる。

 

……まあ言ってもしょうがないのう。

周囲に出るモンスターが危険なほど、安全な休憩所というものの貴重性は上がっていく。

噂に聞く世界宿屋協会とやらが、その辺りの事を考えて値段設定しているのだろう。

「では二泊泊三日で、部屋を一つ頼む。二人と一匹でな」

そう言って財布を出したライラスは、部屋の位置を教えておこうと、近くにいるであろうドルマゲス達を呼び出した。

どちらもそれほど離れた距離にいるわけではないだろう。少し大きな声を出せば、1人と一匹はすぐさま宿屋へやって来るはずだ。

それぞれの名前を呼べば予想通りに、いつもの面々が戻ってくる。

 

しかし、その面々と一緒にこちらにやって来る影がある。

 

どうやら皮の帽子を被ったスラぼうが、ポンポンと跳ねながら三人人の子供に追いかけられているみたいだった。

「……そのうちの一人はドルマゲスか? 何しとんじゃアイツは……」

まあ問題?なのは残りの二人だ。不詳の弟子は置いておくとしよう。

スラぼうを追いかけているのは男の子と女の子が一人づつ。

身なりの良い服を着た女の子が主導になって、男の子を連れ回しているようにも見える。

追いかけられるスラぼうはなんとも微妙な、それでいて不思議そうな顔でとにかく跳ねているようだった。

……後ろから見たら軽くホラーじゃろうなぁ。

皮の帽子の後頭部が跳ねまわる光景を頭に浮かべ、『なんちゃって生首』という単語を思い浮かべたライラスは若干ウンザリする。

 

まあなんにせよスラぼうがミニトラブルに巻き込まれた。といった感じなのだろう。

 

……問題を起こすならドルマゲスだと思ったがのう。

まさかスラぼうの方にトラブルとは、世の中分からないものである。

とはいえ流石はスラぼう。

トラブルと言っても子供に追いかけられて困っている程度の事。可愛らしいものだと笑う事が出来るレベルである。

今の所ウケもいいらしく、キャッキャウフフと笑う子供たちは、楽しそうにスラぼうの後を走っていた。

 

その中にドルマゲスが混じっている事が疑問だが、まあいつもの奇行だろう。

そんな状況を理解したライラスは、端的に結論を口にした。

「……子供が増えたか」

ワシ、どちらかというと子供は苦手なんじゃがなあ……。

『何しても許されると思っとる者も多いし』と、ライラスは顔をしかめた。

 

しかし世の中にはしっかりとした子供もいる。『相手の人格を視る前に結論を出すのは早計じゃな』と、苦手意識を振り払う。

しかし不安はぬぐえない。

無意識にドルマゲスを子供カテゴリから外しているライラスは、しかしだからこそ、そのドルマゲスと子供たちがさり気なく談笑しているのを見て口を横にした。

 

ライラスの中でなんとなく、嫌な予感が膨れ上がっていく。

弟子に知り合いが、もしかしたら友人が増えたかもしれないワンシーンなのにこの漠然とした不安は何なのだろう。

警戒心に突き動かされ、ライラスは服のポケットに入れた小さな容器を、無意識に指で弄ぶ。

 

 

 

その容器には『胃薬』と書かれたラベル。

それは一種の防衛本能だった。

 

 

その頃、ドルマゲスを含めた3人の子供たちに追いかけられるスラぼうは、混乱の極みにあった。

元々の状況でさえ、よく知らない子供たちが楽しそうに追いかけてくる。しかし捕まえる気はないようで、スラぼうがスピードを緩めれば子供たちも歩調を緩め、ペースを上げれ合わせて走る。というものだったのだ。

そこにドルマゲスが加わるとか性質の悪い冗談にも程がある。

特に何かをしてくるわけではないが、ドルマゲスだけ妙に威圧感があって全力で逃げたくなるのだ。

……ふだんをみてるからかな。

仲間なのに『厄介』と言う意識が根付いている。

 

とはいえ城内、それも街の中だ。モンスターの全力軌道はいらぬ混乱を生みかねないため、全速力で逃げるわけにはいかないだろう。

スラぼうとしては『どうしてこうなった』と言うしかない。

 

……ホントなんでこうなったんだっけ。

と、過去に意識を飛ばしたスラぼうは、つい先ほどの出来事を思い出す。

こうなったキッカケは、武器屋をはじめとしたいくつかの店を冷やかし始めたドルマゲスの後を追いかけようとした時だった。

 

 

その時のスラぼうはドルマゲスが『なるほどな』と言うのを聞いて、とりあえず距離を取っていた。

なにせあのドルマゲスが『なるほどな』などと言い出したのである。

この言葉を言いだした時のドルマゲスは、何かしら鋭い事を考えているか、ぶっとんだ奇行を計画しているかのどちらかだ。

まだ付き合いの浅いスラぼうだが、トロデーンに来ることが決まってからの2日間だけで『いしつぶて』を手裏剣の様になげる特訓をその辺の魔物に向けて行ったり、『ウィンガーディアム・レディオーサ』と言いながら、覚えたばかりの『かまいたち』をぶっぱなして『くしざしツインズ』を刻みピーマンにする姿を目撃している。

とりあえず警戒して距離を取る。という選択は誰がどう見ても、至極まっとうな行動だった。

 

だが不用意に距離を取ったのは不味かったらしい。

咄嗟に後ろに下がったスラぼうは、ちょうど近くを歩いていた子供たちの前に。

道を遮るように飛び出していた。

 

……あっちゃあ。コレはマズイや。

そう思うや否や、人の迷惑になるのを良しとしないスラぼうは、『ごめんなさいっ』と謝って、壁際に跳ねる事でその場から退いた。

そうして『これで邪魔になることはないよね』と一息ついたのだが……そんなスラぼうの頭上に小さな影が差す。

自分の体にかかる小さな影。それに気付いたスラぼうが視線を上げると、目をキラキラさせた女の子。そしてその後ろで、これまた興味津々な様子の男の子がスラぼうをのぞき込んでいた。

 

スラぼうは反射的に距離を取った。

今まで『ルイーダの酒場』で多くの冒険者たちを見てきた過去、そして短いながらも『賢者ライラス』や『問題児ドルマゲス』といった突き抜けた存在と一緒にいた経験がスラぼうに距離を取らせたのだ。

 

……この子たち、なんなんだ!?

スラぼうの持つ魔物としての勘。

ソレがガンガンと警鐘を鳴らし、目の前の二人がタダ者ではないと告げている。

 

とはいえ、おそらく悪い人ではないのだろう。

魔物の勘と言っても、別に危険を察知したわけではない。

しかしこの子供たちからはドルマゲスに負けず劣らず常人離れした、しかし方向性の違うナニカがあるとスラぼうは確信した。

 

実はスラぼうの感じ取ったソレは、俗に勇気やカリスマと呼ばれる尊いモノなのだが、普段接してるドルマゲスがアレなせいで、どうしてもプラスの方面に発想がいかないらしい。

おまけに警戒しながら左右にぴょこぴょこ飛び跳ねるスラぼうの姿は知らず知らずのうちに、女の子の心に会心の一撃を叩き込んでいく。

「ねえ、あなたお名前は?」

女の子はやさしく、しかしワクワクした様子でにっこりとスラぼうに質問した。

一目で上質な品と分かるドレスとティアラ。身なりが良く品のある女の子だ。間違ってもドルマゲスの様な『よく分からないけど外道』みたいな存在になることは無いだろう。

 

……いい意味でとくべつなのかな?

スラぼうは自分の勘と現実を合わせて考え、そう結論を出す。

少なくとも人格面に問題があるとは思えなかった。

 

しかし本当に問題なのは、ソコではない。

数秒遅れでその女の子の後ろから飛んできた『姫様! ミーティア姫! いくら人に慣れたスライムとはいえモンスター、ペットの犬猫では御座いません! 不用意に近づいてはいけませんぞ!』という小柄な中年男性の発言にスラぼうは思わず動きを止めるのだった。

 

しかいそんなスラぼうの動揺に周りは気づかない。

「あら、大丈夫よ大臣? だってこんなに可愛いんですもの! ねえ、エイトもそう思うでしょう?」

と女の子の方は何でもないように笑い、エイトと呼ばれた少年に同意を求めている始末。

だがスラぼうからすれば発言もシチュエーションも全然大丈夫ではなかった。

 

……姫様? えっHIMESAMA!?

自分に話しかけた女の子がこの城の姫。ミーティア姫だと知ったスラぼうは混乱した。

そして残されたわずかな正気の部分で『まさかこっちの子も王族……?』と、エイトと呼ばれた少年を見る。

すると視線だけスラぼうの言いたい事を察したらしく、エイトは『違う違う』と首を横に振った。

エイトは身振り手振りを交え、自分は姫様と仲が良いだけの一般人だと自己紹介も交えて説明する。

それはさり気ない、しかし魔物相手でも問題にしないほどの圧倒的コミュ力。

妙な話しやすさを感じスラぼうは思う。

 

そんなコミュ力を使いながら『自分は一般人』とかいう奴がいるだろうか? と。

そもそも姫様と仲が良いであろう事実。

そして一緒にさり気なく紹介された妙に貫禄のある『トーポ』とかいう謎のネズミ。

これらの情報から判断される答えはどう考えても『逸般人』一択だった。

 

……だ、誰か……。

スラぼうは心の中で助けを呼んだ。

 

だからだろうか。

 

まるでタイミングを計ったかのように、スラぼうに転機が訪れる。

「おーい、ドルマゲス! スラぼう! 部屋が決まったから荷物を置きに行くぞい!」

そこそこ大きなライラスの声。

その言葉に反応したスラぼうは、今が潮目とばかりに『ま、またの機会に!』と言い残し、踵を返して宿屋へと跳ねた。

 

……ありがとうライラスさん! 最高のタイミングだよ!

心の中で感謝を述べるスラぼう。そんなスラぼうの背を追うように、子供たちの声が聞こえてくる。

 

「まあ! あの子、スラぼうって名前なのね!」

嬉しそうなミーティア姫。その声は先ほどの場所から離れたにも関わらず、すぐ後ろから聞こえていた。

スラぼうにとってその事が指し示す真実は一つ。

この城の姫様が自分の後に付いてきているという事だった。

 

……なんてことしたんだライラスさん! 救いがないよ!

とっさに後ろへ振り向イタスラぼうは、先ほどミーティアに声をかけていた大臣の姿を、血眼になって探し出す。

あの大臣に小言を言わせてその隙ににげる。それがスラぼうのパーフェクトプランだった。

しかしそこまでして見つけた大臣は、先程の場所でやれやれと首を振っており、その場から一切動く気配が無い様だった。

お目付け役とはなんだったのか。

ささやかな疑問と共にパーフェクトプランは崩壊する。

しかもショックを受けたスラぼうの目に更なる追い打ちが飛び込んでくる。

 

 

それは自分を追いかける面々に混じろうとする……ドルマゲスだった。

 

 

なお余談ではあるが……その時、ドルマゲスは上機嫌だった。

スラぼうの釣り上げた二人の子供がどう見ても原作主人公とヒロインの、エイトとミーティアだったからだ。

主人公とヒロインがいるならば、原作中ボスとしては自己紹介をしないわけにいかないだろう。

という謎の理論がドルマゲスを突き動かす。

スラぼうが敵を見るような顔でこちらを見て来るが、もはや手慣れたものである。

 

自然な体を装ったドルマゲスは声のトーンに気を遣いながら、コミュ力の高そうな原作主人公に話しかけていた。

 

 

一方スラぼうの思考は哲学の中にあった。

……味方ってなんだっけ。

それは古今東西、多くの者を悩ませてきた非常に難しい問題だった。

しかしそんな疑問を抱くスラぼうの後ろで、ドルマゲスはミーティアの後ろを走っていたエイトと言う少年に挨拶と自己紹介をしはじめている。

 

……あ、ミーティア姫も参加しはじめちゃった。

おまけによく知る道化師の声で『ここで会ったのも何かの縁。友達になろうじゃないか』とかいう発言が聞こえてきたので結論を言うとドルマゲスは敵だ。

相手が王族だというのに物怖じしないところが恐ろしい。

スラぼうは一刻も早くライラスの元に着こうと結構本気で飛び跳ねるのだった。

 

 

スラぼうが本気になりかけたその頃。

トロデーンにある図書室。もはや図書館と言っても良い規模のそこで、先ほどの競売で『吹雪の剣』に目をつけていた青年剣士、商人、あらくれの三人がヒソヒソと話し合っていた。

周囲に人気の無い机で地理関係の本を出し、傍目には移動ルートについて打ち合わせて見える様カモフラージュがされている。

だが彼等の会話内容は『あの吹雪の剣をどうやってコレクターから奪うか』というものだった。

 

「手っ取り早く殺れねえってのが面倒だな」

「ええ、ここはこの近辺で特に治安が良い場所です。しかも賄賂が効きません。下手な事をすれば即座に兵士が飛んで来るでしょう」

あらくれの言葉に商人も頷きを作る。

最初こそ強盗を計画しかけた三人だったが、トロデーンの治安の良さに躓き計画を断念。

何か別の手は無いかと考えていた。

 

しかしこういった場合、急に良案が出ることは少ない。

行き詰った空気。

その空気を切り裂くように青年剣士の質問が飛んだ。

「噂が確かならばあのコレクターの男は人を呼んでお披露するのだろう?」

商人が集めた情報を思い出しながら青年剣士は確認し、自分の考えを端的に告げる。

「偶然を装えばいい」

迷いなく言い切った青年剣士の目には、より強い武器を追い求めようという妄執が宿っていた。

 

……伝説の武器『シャドーブレイク』、そして『クロウアンドレア』を手にする事は出来なかった。しかし、あの吹雪の剣は必ずオレの物にして見せる。

青年剣士は過去を振り切るようにそう誓い、事故死を装った暗殺計画を立てていく。

 

静かな図書室の中で、三人の悪巧みは確実に段階を進めていた。

 

 

 

その頃、ドルマゲスと一緒にやってきた礼儀たたしい子供達が、城預かりの孤児と王族の姫であると知ったライラスは胃薬の蓋を開けていた。

確かに責任感のある、ライラスの目から見ても十分すぎるほどよくできた子供達である。

しかしその面倒を一時期的にでも見るという事は、その分何かあった時の責任はライラスが追うという事だ。

妙な事になったとしか言いようがない。

なおドルマゲスがコッソリと『師よ……風の噂で聞いたのですがこの孤児だという子供、どうにもとある国の王族の血を引いている様でして……。ああ、真偽のほどですか? そうですねえ……魔法使いになる、という私の夢を賭けても問題ないくらいには真実です。もっとも本人に教えるには時期尚早ですが……』などと言い出したのでライラスの胃はストレスでマッハ。

手に持った胃薬が頼りなく感じてしょうがない。

 

……ええい、ままよ! こうなれば流れに身を任せるまでじゃ!

 

と、仕方なく自分にベホマをかけたライラスは、臨戦態勢も書くやと言うメンタルで新しく加わった顔ぶれの面倒を見る事となるのだった。

 

 

 

 




登場人物紹介

トルネコの冒険3より『謎の剣士』。
テリーじゃないほうの謎の剣士。
この作品では青年剣士として使っています。

トルネコ3の作中では伝説の武器(店売り)を求めて旅をしており、最終的にはトルネコの息子であるポポロの最強装備(しかし牙である)を探すようになる人物。

いや、剣探せよ。
と思ったのでこの作品では剣狙い(店売り)の小悪党として登場させました。



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