ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】 (スラッシュ)
しおりを挟む

ヤンデレ・シャトーを攻略せよ
ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 


難易度はイージーです

※公式のキャラの恋愛模様が好きな人注意
(特に空の境界)


「終わった……!」

 

 漸くだ。今回のイベント、高難易度のアヴェンジャークエストが漸く終了した。

 令呪は6日目のクエストで使っていたので最後のクエストは石を割る羽目になったが、何とかクリア出来た。

 

「さてさて……どんな会話が……」

 

 画面をタップしてメッセージを読んでいく。それが終わるとクエストクリア報酬の伝承結晶を貰う。

 これで次のストーリーやイベントまでレベル上げの日々に戻るのか……

 

『ふむ、取り敢えずはおめでとうと言っておこう、仮初めのマスター』

 

 アレ? なんでまたアヴェンジャーが?

 もしかして、バグ? 運営さん……しっかりしてくれよ……

 もう夜中の12時20分、クエストだけやったら寝ようと思ってるからバグならさっさと消そう。そう思って画面をタップした。

 

『せっかくだ。悪夢を乗り越えた褒美に、お前が今欲する物を叶えてやろう』

 

 ん? 先のメッセージとは違うな……もしかして、クリアしたらアヴェンジャー無料配布!?

 

「――って流石にそれだったら課金ユーザーが発狂するだろうからやりはしないだろう」

 

『お前の欲している物、ずばり愛だ。色欲とはまた違う、時には刃物となり、時には寝床の様にお前を優しく癒やすだろう』

 

「おう。彼女いない歴=年齢だし。欲しいな、愛」

 

『泡沫の夢だが、お前にそれをくれてやろう。しかし、忘れるな。俺はアヴェンジャー、善性な動機で動く様な者では無い事を……』

 

「もしかして次のイベントの告知? 不安なワードだらけなんだが……」

 

『待て、しかして希望せよ――』

 

 イベントの中で散々読んだメッセージを最後に、俺は眠りに落ちた。

 

 

 

「先輩? 気が付きましたか?」

 

 マシュ? アレ? 此処は何処だ? 何でマシュがいるの?

 

「夢の中ですよ、先輩」

 

 おおう、夢か。

 だけど、夢と理解出来る夢は初めてだなと思いながら、なんとなく自分の体を確かめた。

 

「……ん? この服装って……」

「はい、マスターの姿、カルデアで支給された礼装です」

 

 礼装だけではない。頭もボサボサな上に、眼鏡がないのによく見える……

 

「先輩はこの夢の中ではマスターですから」

 

 なるほど、俺の体はぐだ男の体になってるって事ね。納得だ。

 

「此処は先輩の欲する愛に溢れた監獄塔、ヤンデレ・シャトー、カルデアの女性サーヴァントが集まる場所です」

「……ゐ? 何か不穏なワードが……」

 

 ヤンデレ・シャトー? 先から気になっていたが、此処がイベントの背景の様な部屋なのは俺の目の錯覚ではないのか!?

 

「今日から3日間、先輩には愛の試練を受けてもらいます。此処に集まったヤンデレサーヴァントを上手く切り抜けて下さい」

「よーし、理解がまるで追いつかないぞー? つまりはどういう事だ」

 

 段々と頭が冴えて来て、同時に血の気が引いていく。

 これは、嫌な予感しかしない。

 

「これから3日間午前1時から、夢の中で先輩は監獄塔の中で複数人のサーヴァントから殺されない様に行動してください」

「先と言ってる事は変わんないね……ジャンルは?」

「アクション、もしくは恋愛シュミレーションです」

「登場人物は?」

「マスターの召喚した女性サーヴァントです」

 

 今年の1月中頃に始めた無課金で助かった……キャス狐とか師匠とか、ハロウィンエリザとか持ってないし、アルトリア顔はリリィ以外は持ってないから……

 

(アレ? 何か安心感が失くなって悲しくなってきた……)

 

「今日は3人の方々がこの塔にいます。それと、各サーヴァントに個室があり、無限ループの廊下があるだけですので、物理的に逃げたければひたすら前か後ろに走るだけです」

 

「何それ怖い」

 

「殺された場合のペナルティはありませんが、夢の中で手足を切断されダルマにされたり、体内で溶けていく肉片の感覚を夢が覚めるまで見続け味わうことになります」

「……ペナルティ無し?」

 

 それ軽く拷問の域だよね?

 

「先輩は幸運ですね。早起きなおかげで7時までの6時間で済む上に、現在の設定は男性ですから、襲ってくるのは女性サーヴァントです」

「……課金&昼起き&ぐだ子設定のユーザーさんのご冥福を心からお悔やみ申し上げます」

 

 それってつまり、男ならぐだ子に女体化した上に男性サーヴァントヤンデレ化……やべえ、FGO男性ユーザーが死亡する……

 

「あ、サーヴァントが死んだ場合、謎のバグとしてゲーム内のサーヴァントの霊基再臨が1段階下がります」

「おい!? それイベント限定キャラにも!?」

「はい! 私はレベルが下がるだけですみますが、他の女性サーヴァントは例外なく、1段階ダウンです」

 

 まさかのペナルティ!? ヤンデレ同士で争わせないとか、一気に難易度上がった!!

 

「いざとなれば令呪があります。では先輩! 私に愛されるまで、決して殺されない様に頑張って下さい!」

「っちょ、待って!」

 

 そう言って消えたマシュ。同時に部屋もまるでサーヴァントが消滅したかの様な光の粒子となりながら消え、薄暗い監獄塔の廊下へと変わっていった。

 

「…………さて、どうしよう」

 

 始まってしまった以上、ぼーっとしている訳にはいかない。まずは状況を確認しよう。

 

 俺の武器となりそうな物は、今着ているカルデア礼装とこの肉体のみ。普通の人間を超越した英霊、サーヴァントと戦うのも逃げ切るのも無理ゲーだ。

 

 ならば、この頭脳で切り抜けるしかない。

 生憎、キャラ知識はアニメUBWとゲームのEXTRAとCCC、そして本作FGOのみだが、俺の所持サーヴァントは大半がプロフィール全開放済みだ。キャラクタークエストはこなしていない者もいるかもしれないが、ヤンデレもそこそこ好みだから対処法も……

 

(浮かべばいいな……)

 

 まずこの廊下、歩くよりも動かない方が時間が稼げるだろう。

 

(体育座りでひたすら待機……)

 

 歩けば待ち構えているヤンデレに遭遇するのがお約束。此処はあちらから来るのを待とう。

 

(清姫来たらアウト……妄執ヤンデレ程恐ろしい物はない)

 

 さて、数秒か数分か、正確な時間なんか分からないがじっとして時間が過ぎるのを待っている。頭は膝に埋めてこちらの表情が見えないようにしよう。

 

「……主? いないのか?」

 

 落ち着いた声が数m先のドアを開く音の後に聞こえて来た。だが、顔を上げない。

 口調と声からして、この声はアサシン、最初のサーヴァント確定ガチャで引いた……荊軻だ。

 

「む、そこにいたのか主」

 

 すぐにこちらに気付いて近付いて来る。彼女は中国の始皇帝を殺しそこねた暗殺者だ。だが、足音は聞こえるし、気配遮断も使っている様子はない。

 

 良し、危険度は低そうだ。

 

 ヤンデレと言われて直ぐに包丁やナイフを連想するのは素人の考えだと、誰かが言っていた。

 

 一言にヤンデレと言っても種類がある。

 

 ずっと側にいたい依存系、自分だけ見てもらいたい束縛系、身の回りの世話を全てしてくれる世話焼き系、手の平で転がし愛でる支配系、好意が表れ過ぎている上に嘘嫌いな清姫(ノーマル)系等だ。

 キャラクタークエストやイベントの会話を見た限り、荊軻はマスターに頼られる関係でありたい世話焼き系に近いヤンデレの筈だ。

 

「け、荊軻……?」

 

 リアルなら絶対しないが、体育座りのまま顔を上げ、怯えた表情を浮かべる。

 これには幾つかの効果がある。

 頼りない所を見せる事で相手のヤンデレ属性を割り出す。

 依存系なら好感度が多少下がる。

 世話焼き系と束縛系なら保護欲がかきたてられ心配してくれるだろう。

 支配系と清姫ならこれ幸いと笑うだろう。

 

「主……! 大丈夫か?」

 

 ポニーテールと白い着物をゆらしながら早歩きでこちらに来た荊軻。

 心配しているのだろう。

 

「こ、怖くて腰が抜けたんだけど、助けてくれないか……?」

 

 そんな情けないことを言ったが荊軻は「あぁ」と言って手を貸してくれた。呆れた表情をしなかったので、恐らく世話焼き系で間違いない。

 

「どうだ、主? 今宵は我が部屋で一夜明かさないか?」

「ありがとう荊軻……もう暗くて見動きできないのは嫌だよ……」

 

 ――と言って目隠しと拘束は嫌だと言っておく。弱みを見せることになるが、荊軻の精神状態は今はまだ安定しているので問題無い。不満や怒りが溜まれば拘束も目隠しも遠慮無しでしてくるだろうが。

 

「さあ、入れ。今何か温かい物を入れよう」

 

 荊軻の部屋は長い歴史を持つ監獄塔とは程遠い、現代日本のアパートの一室だった。

 

(――使い回しか?)

 

 前のコラボイベントの背景と同じ、どう考えてもオガワハイムの一室だ。

 キッチン、トイレらしき扉、そして大量の酒。

 一応、食べ物やらまともな物もあるらしく、牛乳を温めながら荊軻がココアを作ろうとしている。

 が、それよりも目に入るのは部屋の奥の椅子、そして手錠。

 

「……マジっすか……」

 

 思わず呟いてしまった。周りにはハードな物は無いので捕まってもすぐに危険になったりはしないだろう。

 安心出来るわけではないが。

 

「主、できたぞ」

 

 電子レンジで温めた牛乳にココア粉末を入れ、混ぜながら俺に持ってきてくれた。その大昔の着物を着た暗殺者がココアを運んでくる姿はシュールだが、俺は喜んで受け取った。

 

「ありがとう……」

「……その礼に免じて許してやるが、ワザと怖がったりするな。助けてほしくば、主らしく、堂々と頼め」

 

 どうやらバレていたらしい。流石に、英霊を騙すのは難しいか。

 

「ああ、悪かったよ荊軻」

「――だが、ビクビクする主も中々そそられたぞ」

 

 ニヤッと浮かぶ笑顔が怖い。褒められている気がしない。

 な、何とかやり過ごさないと!

 

「っ、あっつ!」

「おい、大丈夫か?」

 

 ナイス俺! 焦って素でココアを冷まさず飲んだから話題を変えられそうだ。

 

「済まない、妙な事を言って主を驚かせたか?」

「だ、大丈夫……それよりも、荊軻は何でこの部屋に?」

「……主と私が共に暮らせる場所を望んだ結果がこの部屋だ」

 

 そう言って荊軻は視線を月の見える窓へ移した。

 

「窓からは美しい月も見える。聖杯を手にした暁には、それを杯(さかずき)に、2人で飲み明かそう」

 

 そう言って笑う荊軻だが、悲しみの色が浮かんでいた。

 

「主があの塔に囚われている時、柄にもなく怖くなった。あのまま眠り続けてしまうと思うと、胸が張り裂けそうだった」

 

 これはFGO内で主人公が眠って、アヴェンジャーと共に監獄塔を抜け出していた間の事を言っているのか?

 

「荊軻……」

「だが此処なら君とーー」

 

 コンコンっと、ノックの音が聞こえた。

 

「ーー無粋な客人か……」

「荊軻……」

「心配するな主、直ぐ追い返そう」

 

 そう言って立ち上がり、ゆっくり扉に近付く荊軻。見れば手に匕首を握っている。

 

(まずいまずいまずい! どうしよう!? このままじゃ間違いなく流血沙汰だよ!?)

 

 俺の混乱を他所に、荊軻は覗き穴から外を確認する。

 

「……早々に帰る事を勧めるぞ、破廉恥ネズミ」

 

「誰が破廉恥ネズミですって? アサシンとしては暗殺1つこなせなかったあなたの方が恥ずかしい存在でしょう?」

 

 速攻で荊軻が挑発したが、扉の向こうの相手が返してきた。

 扉から聞こえた可愛らしい声は恐らくマタ・ハリだ。

 スパイ活動が得意なアサシンで、その美しい肢体と言葉で様々な男を手玉に取っていたそうだ。

 

「ふん、そういう君は主に憧れを抱くことすらおこがましい存在だろうに」

 

 って、このままじゃ不味い! ひたすら言い争う不毛な口論が続いてしまう!

 

「ふーん、やっぱり、部屋から出てこないと思ったら、もうわたしのマスターと一緒なんだ……」

「何を言っている? 主は私の物だ。カルデアにいた時からずっとな」

「得意げに初召喚されておいて、初見のマスターが微妙な顔をしたらしいじゃない!」

「君も見た目がいいだけで、レベルが上がっても主に使われたことが無いだろう!」

 

 なんとか止めなくてはいけないが、もし下手に止めに入れば俺が殺されるか2人が殺し合うかのどちらかだと目に見えている。

 

「ーー荊軻、お腹減ったからご飯を作ってくれないか?」

 

 なので此処はあえて話題を180°変えてみた。

 

「む、主。済まない、今すぐ作ろう。何が欲しい?」

「サンドイッチかおにぎり!」

「了解した」

 

 荊軻は扉の向こうを鼻で笑う。次はマタ・ハリだ。

 

「マタ・ハリ、荊軻の部屋はお酒ばっかで炭酸飲料が無いからコーラとか持ってきてくれると嬉しいなー」

「マスター! 分かったわ! 良い子で待っていなさい!」

 

 世話焼き系にとっての最優先事項は俺の世話だ。マタ・ハリも多少の違いはあるが、荊軻と同じ世話焼き系、だと思う。

 

「主……?」

 

 キッチンに向かった荊軻は当然、マタ・ハリを誘った俺に怒りの目を向けている。

 

「ん? ごめん、コーラあった?」

 

 惚けてみる。

 

「……否、生憎用意していない」

 

 通用したようだけど、別のフラグが立った気がする。

 何が起こるかは分からないけど部屋を見渡してぼーっとする以外、する事なんてない。電子レンジの時間を見てみた。

 

(……もう2時45分……? まだ15分位しか立っていない気がするけど……)

 

 だがそれは朗報だ。後4時間と15分で目が覚めるという事だからだ。 

 

(流石に、時刻設定ミスとかじゃないよな?)

 

 荊軻の方を見る。どうやらおにぎりを作っているようだ。

 

(妙な物は入れてないよな? 薬とか、血とか……あ)

 

 何でおにぎりに匕首が必要なんですかね……?

 しかし、問い詰めればアウト。刺されて終わる。

 

「マスター、持ってきたよー」

 

 マタ・ハリが到着したようだ。

 

「荊軻、開けていいよね?」

「……」

 

 無言でニコリと笑う荊軻。怖い。

 

「じ、じゃあ開けるよーっと」

 

 ガチャリ、ドアを開けて数歩下がる。此処でマタ・ハリに攫われたら、荊軻と殺し合うのは目に見えているので攫われないように気を付ける。

 

 扉の向こうから現れたのはオレンジ色の服……と呼んでいいのか分からなくなるほど薄く、露出の多いストリッパー衣装の女性。間違いなくマタ・ハリだ。

 

「マスター! ご無事で何よりです!」

「うん。所で、コーラは?」

 

 直ぐにコーラの有無を聞く事で、マタ・ハリの好感度を下げ、荊軻にはあくまでコーラが欲しい事をアピールする。

 

「ちゃんと持ってきましたよ。もう、ワガママで可愛いマスターでちゅねー」

 

 しかし、俺の姑息な作戦はこの人に通用しない。

 更にこの赤ん坊プレイ、キャラクタークエストで見たが中々恥ずかしい。

 荊軻が睨んで、視線だけで「早く出て行け」と言っているのが分かる。

 

「それと、サンドイッチも! さあ、一緒に食べましょう!」

「飲み物だけ置いてさっさと出ていけ」

 

 荊軻が七首を手にそう言っている。

 どうする? 此処はマタ・ハリに帰ってもらった方が……

 

「ねえ、荊軻さん? 誰がわたし達の他にマスターを狙っているか知ってるかしら?」

「興味ないな。私がいれば誰が来ようと主を守れる」

 

「アサシンクラスの最後の1人は最初に最終降臨した両儀式らしいわよ?」

 

 此処でこの情報! しかし考えてみればアサシンクラスの女性で俺が持っているのは荊軻とマタ・ハリと式の3人しかいないので、人数的にも納得だ。

 

「……っく……」

 

(イベントキャラなので育てやすかったんです。許して下さい)

 

 もしサーヴァントのゲーム内での強さが此処で反映されているならレベル70の式に、最近最終降臨までいったレベル60の荊軻では勝ち目が薄いけどzマタ・ハリのレベルは30、2対1なら勝てるかもしれない。

 

(式、フォウの攻撃力もHPもカンストしてるんだけどね)

 

「……もしその情報が偽りなら覚悟しておけ」

「それじゃあマスター! ママと一緒にモグモグしましょーねー!」

 

 だが、この赤ん坊扱いは辛い。

 

「主、私の作った握り飯だ。食べてくれ」

 

 同時に差し出されたおにぎりの乗った皿とサンドイッチの入ったランチボックス。 

 メシマズでは無い事を祈って俺は迷わず両方手に取り、両方同時に一口食べた。

 

「ぁんぐ! ん…………うん! 美味しい!」

 

 ツナサンドにツナマヨおにぎり。俺の好みを知っていたのかは分からないが見事に被った。

 

「どう、マスター? どっちが美味しい?」

 

 顔を近づけそう聞いてくるが、その形相は凄まじい。

 取り敢えず今度は両方順番に食べる。

 サンドイッチ……おにぎり……おにぎり……

 

「うん、日本人ならやっぱり米だな」

 

 無難な答え。さて、反応は……

 

「……そう」

 

 怖い、静かなのが余計怖い。

 

「フン、主の好みもろくに掴めていないのか」

 

 荊軻さーん、挑発しないでくださーい。

 

「あ、コーラくれる?」

「はい、いまいれてあげまちゅよー!」

 

 マタ・ハリはランチボックスの中からコップを出して注いでくれた。

 

「何故コップを持ってきているんだ?」

「あら? 愚問ですね、杯くらいしか持ってなさそうなあなたを気遣ってあげたんですよ? マスター、次はこちらのタマゴサンドを食べて下さい!」

「鮭だ、食べろ」

 

 またしても同時に勧められた2食。

 順番に口に入れた。

 

「……ん、うま――っ!」

 

 おにぎりの後に噛んだサンドイッチを飲み込んだ。

 同時に、言い様の無い不安が込み上げてきた。

 

「ん? 汗が出ていますけど大丈夫ですかマスター?」

「む、大丈夫か主?」

「だ、大丈夫……」

 

 な、何だか急に、こ、怖くなってきた。

 

 そ、そうだよ。相手は英霊なんだ……

 

 俺なんかじゃ、抑えることすら出来ない強靭な存在!

 

 ヤンデレ? 殺し合い? あと4時間? 無理だ、止められる訳がない! 

 

「マスター、腕が震えていますが……」

「どうした、寒いのか?」

「っひい!?」

 

 俺は伸びてくる腕を払い退け、情けない声が漏れる。

 

(しまった! つい反射で……!)

「ごご、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

 

 頭を床に擦り付けて、全力で謝る。

 

「あ、主?  一体どうした?」

「待ちなさい!」

 

 俺は必死に謝り続ける。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「監獄塔から脱出したばかりのマスターに、こんな場所でまともな精神状態でいてって方が難しいわよ。此処はわたしに任せて」

 

 俺の頭に、手が乗せられる。

 

「っ!? ごめんな――」

「大丈夫、私は、貴方を傷付けたりしないから」

 

 手が動いた。俺の頭を撫でる。

 その柔らかく、安心感を与えてくれる動きに、俺は体の力が抜けるのを感じ、顔を上げた。

 

「……よしよし、良い子でちゅねー。大丈夫、わたしは貴方のママでちゅよー」

 

 太陽の様に暖かくて、その手に触られるだけで安心出来て……

 

「……あら? 寝ちゃったみたいね。可愛いわ」

 

「……貴様、さては一服盛ったな?」

「あら? それはこちらの台詞です。効き目の遅い睡眠薬ですね?」

 

 まさかの二人共薬入りか……

 

「貴様の盛った薬よりも安全だろ? 精神に影響を及ぼす薬とは……」

「マスターは眠りましたし、もう遠慮はしない、ですか? 戦闘は苦手ですけど、遅れはとりませんよ」

 

 夢の中で寝たからと言って起きたりはしないようだ。

 

 だが、金縛りに合ったかの様に体が動かない。目が開かないから周りの情報は聴覚だけだ。

 

「覚悟しろ。貴様を殺して、主と添い遂げるのはこの私だ」

「生前に暗殺失敗した貴方に、私が捕まるわけないでしょ!」

 

 体を持ち上げられた。恐らくマタ・ハリだろうが、果たして逃げ切れるのか?

 

「――吐き気がする」

 

(えっ――?)

 

 聞こえたくない声が聞こえて来た。マタ・ハリとも荊軻とも違う声が聞こえた瞬間、俺の運ばれていた体は急にその動きを止めた。

 

(式来ちゃったー)

 

 泣きそうです。寝てなかったら涙目確定だ。

 それと同時に板が転がる音がした。

 恐らく直死の魔眼でドアを『殺』したのだろう。

 

(『』付ける所ってこれで良いのだろうか?)

 

「まったく……オレの部屋に来ないと思ったら捕まってるのか……何やってんだか」

「両儀式……! そこの破廉恥ネズミの情報は当たっていたのか……」

「悪いけど、そいつはオレが貰う。大人しく渡しな」

 

 寝てるから何も出来ない。

 

(あー、荊軻の降臨素材ってなんだっけ……)

 

 既に諦めムードである。意識があるせいで逆に起きる方法が分からない。体もピクリと動かない。

 

(かっなーしーみーのー)

 

「渡すとでも?」

「先輩方には悪いけど、オレとの力の差は理解してるだろう?」

「2体1で勝てるとでも?」

「――直死の魔眼」

 

(むっこー……)

 

「これならどうかしら!」

 

 俺が歌っている間に動き始めたマタ・ハリ。

 

「ーー効かないね」

「そんな! 煙を殺してるって言うの!?」

「っち!」

 

 3人ともアサシンとしての本領は発揮できない。なら、必然とより強く、早い者が勝つ。

 ッキィ、と金属音聞こえる。それぞれの武器で切り合ってるのが分かる。

 

「……分かっていたけど、宝具は殺しにくいな」

「ならば、私が先に貴殿をぉ――」

 

 声が遠ざかる。体が揺れる。

 恐らく、ドサクサに紛れてマタ・ハリが離脱したのだろう。

 

「ッハァ、ッハァ……」

 

 彼女の息切れだけが聞こえてくる。暫くしてガチャリと音がした。

 彼女の部屋に辿り着いたのだろう。しかし、式か荊軻のどちらかが追ってくるのは時間の問題だ。

 

「……ふっふ。呑気に寝てるなー」

 

 いえ、結構焦ってます。

 頬を突付かれているのが分かるが、ちょっとくすぐったい。

 

「ねぇ、マスター。少しだけ勇気、ちょうだい……」

 

 ……! ちょ、人が寝てるからってそんな……

 

「……っん」

 

 顎を優しく抑えられ、口に柔らかい物が重なる。

 本当に僅かな時間だが。

 

「……今度はマスターからしてくれると嬉しいな」

 

 重なっていた物が口から離れる。

 そして体をゆっくり降ろした。

 

「じゃあ、行ってこようかしら」

 

(マタ・ハリ! 行くな!)

 

 思わずそう思ってしまった。先まで警戒心全開だったのにキスされただけでこの手の平返し。

 なんて現金な奴なんだ、俺は。

 

「――見つけた」

 

 部屋の外から式の声が聞こえ、ドアが閉まると同時に何も聞こえなくなった。どうやら防音仕様らしい。

 

(……アサシンピース、まだ残ってたかな。ちゃんと、元に戻してやるからな)

 

 残念だが心配の対象は素材の在庫にあっさり変わる。俺とのキスで敗北フラグが立ったので最初から勝ち目は無い。

 

「……」

 

 しかし、こうも静かだと逆に不安になる。

 俺は今、目隠しされて拘束されている状態と大して変わらないのだ。

 

(夢の中で寝過ぎなんだよーさっさと覚めてくれー)

 

 勿論、出来る事ならこの悪夢から覚めたい。

 数分経った。確実に経った。

 

(わたしがーみてーる――はー)

 

 歌を歌って気を紛らわせながら、その曲の長さで時間を図り始める。

 

(ーなどーすこーしー)

 

 ……ええい! まだか! この曲の2番知らないんだけど!

 

(ひっとりー)

 

 ループする事にした。だがやはり飽きてきたので別の歌にしよう。

 

(さーいーたーさー――)

「――流石、手間取らせてくれた」

 

 漸くドアが開いた。聞こえたのは両儀式の声。

 

「マスターは……呑気にオネンネか。よっぽど強い薬だったのか、神経が図太いのか」

 

 呆れた声でそう言った。

 

「ま、丁度いいかな。今の内にマスターを愛でる準備をしよう」

 

 声色が嬉しそうだ。そして体が浮く。

 

(あ、また運ばれている)

 

 細みの女性に運ばれる自分を想像する。ああ、俺の童貞も遂に終わりか……

 

 正直、式は分からない。コラボイベントで登場した式は、同じ型月世界の作品だ。

 だがしかし、俺は原作どころかアニメも見てない。分かっているのは多重人格だったり、直死の魔眼持ってたり、Extraに登場したことだけ。

 ゲームでのマスターとは気が合う友人……がいい所の好感度しかなかったはずだ。

 

 またしてもドアの開く音。その後椅子に腰掛けられた様だ。

 

「さてと、後は……」

 

 またドアの音。式は何処かに出て行ったようだが、俺は動けない。

 拘束されている感じではなさそうだ。しかし、寝ているのだから何も変わらない。

 

 再びドアの開く音。

 

「……ふぅ。後は繋いで……」

 

 式の声が聞こえてくる。そしてカチャカチャと不安にさせる物音。あ、手を縛られた

 

「……良し。それじゃあマスターを起こそうかな。このまま愛でるのも悪くないが……」

 

 お前もか! またしても頬を突付かれる。

 

「おーい、起きろよマスター。早くしないと食べちまうぞー」

 

(起きたいけど起きれないんだよ!)

 

「しょうが無いなー」

 

 何かが流れる音に、僅かな水音。

 

「……冷た!」

 

 顔面に水をかけられた様だ。漸く体が動いた。

 

「おはよう、マスター」

「……アレ? なんで式が?」

 

 寝ている時に意識があったのは黙っておこうと思い、そう口に出す。

 

「大丈夫だったか? お前、あの2人に酷い事されたんだろ?」

 

 そう言って式が指差した方向には、アパートの一室の壁に繋がれた荊軻とマタ・ハリ。

 傷こそあるが、2人に致命傷は見られない。

 

「安心しろよ。オレはマスターが悲しむ事はしないよ。流石に殺していないさ」

「そっか……良かった……」

 

 式との好感度が低くて助かった。正直、セイバーの方だったらアウトだった気がする。

 

「――それじゃあ、マスター。対価を頂こうか。オレみたいな奴が、斬り掛かってくる相手を殺さずに戦闘不能にさせるのは結構骨が折れたからな」

 

 そう言って式が冷凍庫を開く。

 

「折角だし一番高い奴にするかな」

 

 式はストロベリーアイスを取り出して、スプーンを手に持ちこちらに来る。

 

「いま手錠は外してやる。逃げようとすればあの2人をすぐに殺してやるからな」

 

 物騒な脅しと共に手錠を解錠される。

 

「さて、マスター。オレにこのアイスを食べさせろ。口移しで」

「ああ、別にいいけ、っはぁ!?」

 

 な、何て言った!? 口移し!? そんな、ラノベみたいな事――

 

「当然、してくれるよな?」

 

 式は床に置かれていたコップに入っていた水を荊軻とマタ・ハリにかけた。

 

「……うっ」

「……いっ!」

 

 どうやら塩水だったらしく、2人の傷にしみているようだ。

 

「荊――」

「――マスター、今はオレだけ見てろ」

 

 お、おう……台詞だけだったら男よりも男らしい。

 

「ギャラリーがいた方がいいだろ? まあオレ個人として、マスターに手を出されてイラッとしてただけなんだけど」

 

 そう言って式は2人の後ろに回ってギャグボールを装着する。

 

(おおう、ここだけ見ればキマシタワーなんだけど)

 

「や、やめ――んー!」

「マス、ん、んー!」

「これでよし、と」

 

 式は手をはたくと、俺の元に戻ってきた。

 

「じゃあ、溶ける前に。ほら、口開けろ」

「……あー……」

 

 スプーンで掬われたアイスは俺の舌に乗せられる。

 甘酸っぱい味が広がるが直ぐに俺の口は閉められ、味など消し飛んだ。

 

「……ん、っん、っ……」

「っ!?」

 

 式の舌を入れられ、溶けたアイスと一緒に舌を滑られ、アイスが無くなってもそれは続いた。

 

「んー!? んー!」

 

 後ろで荊軻とマタ・ハリが何か叫ぼうとしているがそれよりも俺の味覚を襲う衝撃に気が行ってしまう。

 

「……ん、ん……っはー……癖になるな、コレ」

「っはぁ、はぁ……」

 

 興奮で鼻から息を吸うのも忘れてしまった。息を整えようとしている俺に、式はもう一度スプーン突き付けてきた。

 

「前から思ってたけど、マスターの焦り顔は最高だな。からかうのも愛でるのも、本当に面白い」

 

 クールでお人好しの筈の両儀式だが、ヤンデレになると完全にドSだ。拘束を外したり、邪魔者を殺さなかったりと何処か良心はあるようだが、それがドS具合に拍車をかけているようにも見える。

 

「ほら、もう一回。アイスが無くなるまで何度でもだ」

 

 荊軻とマタ・ハリが物凄い形相でこちらを睨んでいる。しかし、彼女達を殺させない為にも式に従うしかない。

 

「っん……ん」

 

「……ん」

 

「っ、ん、ぁ……」

 

 3回、4回、止まること無く続くディープキス。

 アイスは半分くらいカップの中で溶けているが、式は求めるのをやめない。このまま、永遠に続くのだろうか?

 

「これで5回目だな。じゃあ、6回――」

 

 が、それは唐突に下から放たれ始めた光で終わりを迎える。

 

「……ちぇ、もう時間か」

「マスター!」

「主!」

 

 式の手からスプーンが落ちる。それと同時に荊軻とマタ・ハリがこっちに来た。

 ギャグボールも手錠もすり抜け落ちた様だ。

 

「……もう直ぐマスターは目を覚ます。此処も、物から順番に消えていく」

「6時間にしては、随分短いな」

「夢の中の時間の進みはマスターが体感している時間よりずっと早いんですよ」

「私達は、この時間の為に生み出された幻影だ。どうか、この事は忘れてくれ」

 

 でも、どうしてこんな事に――

 

「まあ、折角だ。後2日間、楽しみながら生き残ってくれ。そうすりゃ、あいつもお前にワケくらいなら話してくれるさ」

「健闘を祈っているぞ、主」

 

 そう言って3人は笑い、彼女達の消滅と共に俺は目を覚ました。

 

 

 

「……朝か……」

 

 妙な夢を見た気がする。

 手には携帯が握られている。

 

「あ……寝落ちしたのか……」

 

 幸いにも充電器を付けたまま遊んでいたおかげで充電は出来ている。

 

「ん?」

 

“現在ストーリーガチャ、ピックアップガチャ、フレンドガチャが使用できません”

 

「おいおい運営……」

 

 それは駄目だろうと思いながらも、まあいいかと思った。

 

「……ん? 何でまあいいかって思ったんだ?」

 

 自分の思考に違和感を感じつつも、俺は学校に行く為の準備を始めた。




続編を書くかもしれませんが、キャラのリクエスト等は受け付けておりません。作者の持ちサーヴァントのみ登場する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続・ヤンデレ・シャトーを攻略せよ

第五章が始まって10連1回可能、4月には呼符が……女性サーヴァント来たら、3日目に無理矢理ねじ込みますので、読者の皆さん、自分に幸運を……!!


 学校から帰ってきた俺は、Fate/GOの速報サイトに目を通していた。

 

「あ、まだガチャメンテナンス中?」

 

 ガチャのメンテナンス延長に怒っているユーザーの書き込みがある。

 だが、何故か何時もより怒りの声が少ない気がする。

 “また不具合かー”とか“もう慣れた”の声が多い。

 

(ガチャだけ止まるのは珍しい筈なのにな……)

 

 そんな疑問があったが、俺は特に変わった事はせず、食事を取って、風呂に入って寝た。

 

 

 

「無事に1日目突破おめでとうございます、先輩!」

「っは!? あ、此処は!?」

 

 十字架型の大盾を持った少女、マシュの姿を見たと同時に昨日の悪夢を思い出した。

 

(なんてこった! 昨日本当にギリギリだったのに! 畜生、覚えていたらアラーム6時にセットしてたのに!)

 

「このヤンデレ・シャトーは明日で終わりですが、その前に今日の6人に殺されない様に立ち回ってください」

「しかも増えてるし……」

「先輩は少ない方ですよ? 今日で8人だったり、10人を同時に相手にしなければならないマスター達もいるんですから」

「何その高難易度クエスト」

 

 少ない方が良かったと納得するべきか、自分のガチャ運を嘆くべきか……

 

「起きる頃にはガチャのメンテナンスは終わりますので、サーヴァントを増やして構いませんよ?」

「……まあ、無課金だから増える心配はしてないね」

 

 冗談じゃない、これでもし女性サーヴァントが増えたら今日を生き残れても3日目で死ぬ自信がある!

 

「令呪は……使用していないようですね。令呪は1画消費でサーヴァント1体に命令出来て、3画消費で全サーヴァントに命令できます。1画で静止を命じれば先輩の体感時間で10分間止まっていますが、3画だと体感時間7分だけしか効果がありません。回復もしないので、今日使えば明日は減ったままです」

 

 1画の回復も許されないのか……

 

「では、先輩。残念ながら私の出番は今日ではありませんが、頑張って生き残って下さい!」

 

 その言葉と共にまたしても牢獄の様な部屋が消え、監獄塔の廊下が現れた。

 

「……ダッシュだな」

 

 昨日と違い、今回は6人。ならば見つかるのは当然。だが、止まって個室に連れて行かれれば殺し合いに発展するのは昨日学んだ。

 昨日は偶然にも落ち着きのあるサーヴァント達だったが、今日もそうだとは限らない。

 

 無限ループの廊下を走る。思ったよりもだいぶ長い。

 部屋の扉が100m位の間を開けて1、2、3と通り過ぎていく。6個の扉を通り過ぎた先には、広場があった。最初にいた場所から約1kmの距離だ。

 

「っはぁー……裁きの間……か?」

 

 見た感じだと高難易度イベントの時に登場した背景と同じだ。

 少し立ち止まって考えたが、隠れる場所は無いので先へと向かった。

 

「っはぁ、っはぁ……此処でループか」

 

 息を切らしながら走った。英霊相手に逃げ切れるとは思わないが、取り敢えず間取りは確認できた。

 俺は呼吸を整えて、再び薄暗い廊下を見る。

 

「……」

 

 どうやらサーヴァントはまだ部屋から出ていないらしい。閉まっている扉の前を早足で通り過ぎる。

 

「――マスター、大丈夫かい?」

 

 だが唐突に聞こえてきた中性的な声と共に、腕を掴まれた。

 

「っ――!?」

「っし! 大丈夫、私だよ」

 

 花の様な白いマントに、余り派手ではない装飾、水色が基色の服。

 その生涯の中で、男としても女としても振る舞い、生きた白百合の英霊。

 セイバーのサーヴァント、シュヴァリエ・デオン。

 到底男とは思えない柔らかい手の平で俺は口を塞がれている。

 一人称は私を使っているが、稀に僕と言うらしい。

 

「怖がらないで、私はご主人様を傷付けたりしないから」

(ヤンデレは皆そう言うんだよ!)

 

 文句はあるがヤンデレ対処法の鉄則、逆らえば死。

 デオンは恐らく昨日の式やマタ・ハリと同じ積極的な世話焼き系。余程の事が無ければ殺しはしないと思うが、逆らうのは控えよう。

 

「で、デオン……」

「マスター、私の部屋に行こうか。私が君を守るよ」

 

 式とはまた違った男らしい台詞。そういう台詞は女性に使えって!

 

「先ずは2人で汗を落とそうか。その後で、君をリードしてあげる。そういう経験は、僕にもあるから、ね?」

 

「待ちなさい!」

 

 俺を引っ張り部屋に連れ込もうとするデオンを阻むのは少女の声。

 

「……君かい。アルトリア」

「マスターを守るのはわたしです! デオンさん、わたしのマスターを放して下さい!」

 

 セイバー・リリィ。かの有名な騎士王、アーサー王が、王の道を歩く前の姿。

 純真な性格でお人好し。困ってる人は誰であっても助けるし、その純真さで悪人が改心する事もあったと言う。おおよそ、ヤンデレとはかけ離れた存在だ。クラスは勿論セイバー。

 

「マスターをお守りし、添い遂げる。それがわたしの運命だと、悟ったのです!」

 

 普通なら、だ。

 少なくとも裁定の剣、カリバーンの剣先をデオンに向けている今の彼女は普通ではない。

 

「完全な騎士王の君ならともかく、今の未熟な君になら私が負ける道理は無い」

 

 素材の都合により、どちらもレベル60で並んでこそいるが、先に手に入れたリリィには少しフォウを与えている。

 リリィの元々のステータスが低い事を考えて、恐らく戦力は均衡している。

 

「マスター、私の後ろに……彼女は危険だ。此処で戦闘不能にする」

「マスター、今直ぐに! 助けに参ります!」

 

 アニメで英霊の戦闘の凄まじさを見た俺は5m程離れた位置に下がる。

 それを見てからリリィが駆け出した。

 黄金の剣がデオンを切り裂こうと振り下ろされるが、デオンは焦らず腰の細剣を抜き、その一撃を防いだ。

 

「っぐ――!」

 

 だが、完全には受け切れず、剣身を逸らして受け流す事で凌いだ。

 

(武器の時点で既に差があるのに、両手で振り下ろしているリリィとデオンじゃあ、拮抗も出来ないのか)

 

 だが、冷静さを失っているリリィの攻撃をデオンは上手く防いでいる様にも見える。

 元々の腕力はデオンがAでリリィはCなので、龍の心臓から溢れ出る魔力放出でそれを覆しているリリィの力押しに、今は対応出来ているデオンが有利だ。

 

「そんな力任せで!」

「猪口才な!」

 

 続く剣戟。リリィは逸らされぬように力と角度を意識し始め、デオンも魔力で腕力を底上げしている。

 床が砕け、壁を切り裂く斬撃の応酬。

 

(これが英霊か! やっぱり、ただの女の子って訳じゃないんだよな!)

 

 だが、自分はどっちを応援すれば――

 

「――壇ノ浦・八艘跳!」

「え――うぁああ!?」

 

 デオン達とは逆の方向から飛んで来た黒い影。本来ならば跳躍で舟から舟へ跳び移るその技は、ランサークラス並の俊敏性も手伝って、まるで現れ消えたような動きを見せた。

 俺を抱えつつも戦いを続ける2人を通り過ぎ、そのまま廊下を走り抜ける。

 

「ま、マスター!?」

「待ちなさい!!」

 

 あっという間に2人を置き去りに、広場の方向へと走った。

 

「主どの、ご無事でなによりです!」

「う、牛若丸!?」

 

 軽装というべきか重装というべきか分からない鎧を着ているこの英霊は、日本人ならば知らない者の方が少ないライダーのサーヴァント、牛若丸。天狗の元で修行したとか、本当かどうかも分かない様々な伝承を残している。

 印象的なのは横からならほとんど見えてしまいそうな鎧。最終降臨まで終わらせて漸くまともな服装になっているレベルだ。

 

(と思ってたけど、こうやって近くで見るとまだ露出が多いんだな……)

 

 空気抵抗などを考慮してか、俺がお姫様抱っこされているので正面から見えてよく分かった。

 直ぐに牛若丸は扉の前で止まり、俺を下ろした。

 

「……さて此処が私の部屋で御座います。綺麗に掃除いたしましたが、何かあれば直ぐにお申し付けくださ――」

 

「――牛若丸! こっち!」

 

 牛若丸を呼び止めたのは赤い髪の女性、ブーディカ。牛若丸と同じライダーのサーヴァントだ。

 だが、ブーディカを警戒し、腰に付いた刀を抜く牛若丸。

 

「相手はセイバークラスが2人だよ。ここは共闘しよう」

「そんな口車には乗りません。主どのは私がお守りします」

 

 先と似たような展開に……

 

「こっちには、メドゥーサやメディアもいる。セイバーが相手でも、返り討ちに出来るよ」

 

 なんと此処で6人全員が判明した。ライダークラスの牛若丸、ブーディカとメドゥーサ、キャスターのメディア。そしてセイバークラスのデオンとセイバーリリィ。

 レベルはメドゥーサのレベル19が最低で後は全員50以上。

 

 それにしてもヤンデレ同士でチームを組むなんて……

 

「むぅ……それはブーディカ殿の策で?」

「いいえ、メディアの提案よ。代わりに、マスターとあたし達に素敵な衣装を貸してくれるんだって」

 

 その言葉に牛若丸は眉をひそめる。

 

「……怪しい」

 

「……スター、マスター……!」

 

 遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。監獄塔は暗いので顔も姿も見れないが、セイバー達なのは簡単に理解できる。

 

「迷ってる時間は無い。牛若丸1人じゃ、マスターを守りきれないでしょう?」

「っく――」

 

 牛若丸は嫌そうな顔をしつつも部屋に入る事にした。

 

 100m離れた部屋も、その俊敏性であっという間だ。

 

「今だよ、メディア!」

 

 俺達が部屋に入ったと同時に、指示を受けたメディアが魔術を行使した。

 

「――成功、ね」

 

 ドアの外から足音が聞こえる。しかし、扉は開かれず、そのまま通り過ぎた様だ。

 自分達の入った部屋を見た。

 畳の一室だった筈だが、カーペットが敷かれていて、ドレッサーやタンス等、見た目は完全に洋室だ。

 

(やっべぇ、なんか怖い)

 

 そして部屋の中でもかなりの存在感を放っているのは、4騎のサーヴァント達。

 

「マスター、ご無事で何よりです」

 

 バイザーを付けた長身でグラマーな体型の女性、メドゥーサ。俺の見立てでは束縛系のヤンデレだ。

 

「怪我は無いようで安心したわ、マスター」

 

 紫色のローブに身を包んだ魔性の女性、メディア。頭は回るし、計略が得意な彼女は恐らく、支配系ヤンデレだ。

 

「うん、あたしのマスターが無事で安心だよ」

 

 後ろに縛った短い赤い髪、白い服装の長身の女性、ブーディカ。優しいお姉さんが世話焼きヤンデレなのは確定、か?

 

 そして俺の横で警戒心剥き出しのサーヴァント、牛若丸。依存系ヤンデレで、しかも天然が入っているので、俺を想って何かやらかすタイプだ。

 

 この4騎全てがヤンデレだというのだから恐ろしい。

 

「…………」

「そんな怖い顔しないで、牛若丸。メディアの強力な幻惑魔術で、あの2人は今頃、無数の扉を開こうと奮闘してるよ」

「そんな物がセイバークラスに効くのですか?」

「大丈夫よ、魔力を高める薬を大量に飲んだから」

 

 そう言って指の間に挟んだ幾つかの瓶を見せるメディア。

 なるほど、神代の魔女なら対魔力を持つセイバークラスにも通用するだろう。

 

「……あっ」

 

 その動き――正確にはメディアの顔を見た瞬間、心臓がトクンと飛び跳ねた。

 

(可愛いな……メディア……)

 

 体温が上昇していくのが分かる。熱くなってどうにかなりそうだ!

 気を紛らわせるために、ブーディカへ視線を動かす。

 

(ブーディカ……なんだろう、抱きつきたい……)

 

 先から思考がおかしい……視線を逸らしてメドゥーサを見ると……

 

(…………アレ? か、体が、動か、ない……!)

 

「いつの間に私の薬を……!」

「メディアの机に2本も置いてあったから、1つ棚の睡眠薬と交換しておいたよ。睡眠薬は失敗作だったのかな?」

「アレは男性用の薬よ! 1つだけしかなかったのに……!」

 

 ブーディカとメディアが言い争っている。だが、そんな事よりも俺の動きが……

 

「メ、ドゥー、サ……魔眼を……」

「問題ありません。動きを止めるだけです」

「主どの!? やはり図ったか女狐共!」

 

 牛若丸が叫んでいるが、俺の体は動かせず、ブーディカとメディアのことを考えると自然に体が熱くなる。

 

「……私の目的は貴方も含まれているのよ、牛若丸」

 

 メディアが俺の横を通り、牛若丸に近付く。

 どうやら部屋のドアは開かないらしく、逃げ場は無い。

 

「可愛い狸さん。私がもっと可愛くしてあげる……」

 

「触るな、女狐め! 此処で、成敗してくれ――!?」

 

 牛若丸は急に動きを止めた、否、止められた。

 片膝を着く牛若丸。

 

「い、意識を……まさか――!?」

 

「そうよ。ブーディカもメドゥーサも、自分の意志があるように見えるけど、私の駒で、可愛いお人形さんなの」

 

 圧倒的な黒幕感……しかし、今の俺には全て、メディア賢い可愛い! に変換されてしまう。

 

「さあ、マスター……こちらに」

 

 メドゥーサの魔眼も解除され、手を引かれるままに、タンスの前へと連れ出された。

 

「此処に、貴方の為の服があります。……そうね、先ずはこれに着替えてくれるかしら?」

 

 メディアから渡されたのは黒いスーツ。溢れ出る高級感から恐らく執事服だと思われる。

 

「サイズもピッタリの筈だから、とにかく着てみてください」

「はい」

 

 断る理由が何処にある。俺は直ぐにその服に着替え始めようとしたが、メディアに止められた。

 

「他の女がいる所で、肌を見せては駄目よ。貴方の肌は、私の物なんだから」

「ごめん、分かったよ」

 

 部屋の奥のカーテンを指差された。

 メディアが用意した更衣室に入って着替え始めた。

 

「ブーディカはこれを着なさい。可愛い女の子ではないのが残念だけれど」

「これ! 凄く綺麗だよ!」

 

 上のサイズはピッタリ、流石メディアだ。スーツは礼装の上に着ろとの事だ。

 ネクタイは着けた事が無いがこれで良いのか?

 

「私は、出来れば幼く可愛い服がいいのですが……」

「ならこれね。文句は受け付けないわ。それじゃあ、牛若丸ちゃんわねー?」

「っく、女狐に好き勝手されてたまるかー!」

 

 ズボンを穿いて、ベルトを閉めて……良し、終わったかな?

 

「あ! 暴れないで! これなんかどうかし――」

 

「メディア、終わったよ」

 

 更衣室から出て両手を広げ、メディアに確認して貰う。

 

「どうかな?」

「ああ、待って。ネクタイと襟が乱れているわ……フフフ、全く、手間が掛かるんだから……」

 

 手を伸ばして袖を直すと、そのままメディアは俺にくちづけをした。

 

「……ん、かっこよくて素敵よ……私の旦那様……

 所で、この子達はどうかしら? 可愛くなったかしら?」

 

 そう言ってメディアはメドゥーサとブーディカを見せて来た。牛若丸は暴れ過ぎるせいか、手錠をかけられ、拘束されている。

 

「綺麗だな……」

「マスターも、だよ? 結婚式、懐かしいな……」

 

 ブーディカの服は赤い髪と手に握られた真っ赤なブーケが目立つ白いウエディングドレス。

 服に散りばめられたバラの模様も美しく、ニッコリと笑う彼女の笑顔はまるで美しいバラに囲まれた様な優雅な気分だ。

 

「再婚、じゃなくて現界した英霊として新しい結婚ていうのもいいのかな?」

 

 その隣で恥ずかしそうに目を逸らしているメガネ美人、メドゥーサ。

 

「こ、これは……」

「あ、あまり見ないで下さい……これ、本当に可愛いんでしょうか? 場違いな感じがして……」

 

 着ているのは、胸も尻も強調しているスクール水着。胸の名札には“めどぅ〜さ”と書かれている。

 

「……悪意しか感じられないんだが」

「幼い感じが良いと言っていたから、本人の希望通りの格好にしただけよ」

 

 そう言ってニコッリと笑うメディアに、俺は何も言わない事にした。

 

「……所で、メディアは着替えないのか?」

「わ、私は……その……」

 

 顔を赤くし、目を逸らすメディア。顔に、不安の色が見える。

 

「大丈夫だ。お前になら、どんな服でも似合う。俺が保証する」

 

「そ、そうかしら……分かったわ、旦那様の頼みだもの……何をご所望かしら?」

「ウエディングドレス、花嫁姿こそメディアに相応しいよ」

 

 俺はそう言って彼女の肩に手を乗せ、抱きしめた。

 

「ああぁ、幸せです。旦那様ぁ……暫し御時間を……! 必ずや貴方に似合う美しい女になりましょう……!」

 

 そう言って彼女は更衣室に向かい、着替えを始めた。

 

「ーーマスター、逃げて!」

 

 すぐに聞こえたメディアの叫び。同時にドアが切り裂かれ、2人の女性が部屋に飛び込んできた。

 

「マスター、見つけたよ」

「マスター、私と共に、ブリテンを救済しましょう!」

 

「っく、私とした事が……幸せすぎて基点を破られた事に気付かないだなんて……」

「私達の部屋の照明に基点を設置するとはね……流石だよ」

「基点とは、これの事か!」

 

 見れば牛若丸は自らの足を使い、転がっていた自分の刀を天井へと投げた。

 壁に刺さった刀が、何かを壊した。

 

「しまった!」

「女狐、幸せを焦り過ぎて刀を放置したのが仇となったな!」 

 

 基点を壊された影響か、次第に意識がハッキリしてくる。

 

「ああ、恥ずかしい……穴があったら入りたい……」

 

 俺は先程までの事を思い出して、別の意味で顔が赤くなり、手で覆い隠す。

 

「精神的抵抗を減らす魔術でしたか……所で、覚悟は良いですか?」

 

 怒りに燃えるメドゥーサは魔力で元の服に戻った。

 

「綺麗な衣装、ありがとうね。でも、マスターとのキスは許せないかな?」

 

 操られていた2人も目を覚まし、まるで主人公側の逆転劇の様な展開だが、忘れてはいけない。

 これは全員敵のバトルロワイヤルであり、俺の目的は全員生還。このまま成敗されては困る。

 なので、この場をなんとかしなくてはいけない。

 

「良しメドゥーサ! 魔眼で動き止めて、その間にメディアにスクール水着を着せよう」

 

 ギャグ路線に緊急回避!

 

「……そうですね。それがいいでしょう。ですがその前に……」

「マスター、本当に結婚、しよっか?」

 

 ブーディカがこちらにブーケと笑顔を向ける。

 だがその台詞は駄目だ! NTRはするのもされるのも嫌なんだ!

 

 どうやら全員がメディアではなく俺をターゲットにしているようだ。

 

「冗談はそこまでです! マスター、私と添い遂げましょう!」

 

 それを剣で阻むセイバーリリィ。目のハイライトが消えているのが怖い。

 

「君達、私をおいて話を進めないでくれるかい?」

 

 デオンも細剣を構え参戦の意思を見せている。

 

「マスター、動かないで下さい――」

 

 俺の逃走を警戒して、メドゥーサが魔眼で動きを止めてきた。

 

「また、体、が……!」

 

(このままだと、この部屋が、戦場に……!)

 

 だが、誰よりも動くのが速かったのは牛若丸だった。

 

「――壇ノ浦・八艘跳!」

「二度も同じ手――っ!?」

 

 跳んで、跳んだ牛若丸。警戒していたリリィの剣すらすり抜けて、1度の跳躍で俺を掴み、2度の跳躍で部屋から消えた。

 

(は、速い……!)

「マスター! また宝具ランクが上がりました!」

 

【壇ノ浦・八艘跳び C→B】

 

「マジですか!?」

「はい! 私、天才ですから!」

 

(やめて! 泣いているマシュもいるんですよ!?)

 

 誇らしそうに跳んでいる牛若丸だが、1つ疑問が生じた。

 

「所で、何処に行くんだ?」

「ご心配無く! この牛若丸、マスターとの愛の巣に……」

 

 止まる。牛若丸が止まった。

 そう、メディアの部屋の100m先にあるのが牛若丸の部屋だ。今は部屋とは逆方向へと走って広場に着いたが、このまま真っ直ぐ行こうと後ろに下がろうと、廊下は一本道でループしているので他のサーヴァントと鉢合わせるのは目に見えている。

 

「……仕方ありません」

「え?」

 

 急に覚悟を決めたような台詞。

 

「急いで! 部屋にいなかったから挟み撃ちで捕まえられるよ!」

 

 ブーディカの声が聞こえる。不味い、前からも誰か来てる!

 

「主どの、失礼します!」

 

 手で口を塞がれながら、俺は牛若丸に抱きしめられ、跳躍された。

 

「――」

 

(天井に、刀で!?)

 

 何と俺を抱きしめた方の腕で刀を天井に刺して、張り付いた。

 

 しかし、これは長くは持たない上に、バレたらアウト、逃げられない。

 

「そっちは!?」

「いなかったよ」

 

 広場で合流したのはブーディカとリリィの2人。アレで誤魔化せたかは分からないが、メディアが消えていない事を祈ろう。

 

「他の部屋は? デオンが広場に近い方を調べていますが……」

「こっちもメドゥーサが探してるけど……」

「兎に角探すしかありません! 私はもう一度あちらを!」

「分かったわ!」

 

 急いで走り去った2人。

 

「……うまく行ったな、牛若丸」

「は、はいぃ……は、早くお、降りましょう……!」

 

 震え、怯えてる。

 牛若丸は高所恐怖症なのに、それをぐっと堪えて天井に貼り付いてくれたんだろう。

 

「っは!」

 

 牛若丸は俺を抱きながら着地し、地面に足を付けた俺はまだ震える牛若丸を撫でた。

 

「ありがとな、牛若丸」

「あ……あ、主どの! 牛若は頑張りました! もっと撫で撫でをご所望します!」

「まったく……分かったよ」

 

 頭を撫でに撫でた。もう2分は経ったか?

 

「もっと、もっとです」

「そろそろ移動した方がいいんじゃないか?」

「大丈夫です! マスターに撫でて貰えるなら、牛若はどんな敵が来ても主どのを守れます! ですので、もっと撫でて――」

 

「――じゃあ、そこから動かないでください」

 

 最後に聞こえた声は俺の声ではなく、牛若丸の背後から聞こえて来た声。同時に、牛若丸は剣の柄で殴られた。

 

「牛若――っ!!」

「マスター……もうすぐ夜が明けてしまいます。私と共に行くか、そこの狸を含む他のサーヴァントを犠牲に逃げるか、選んで下さい」

 

 まるでアサシンの如く現れたセイバーリリィは、片手にデオンを持って、もう片方の手で剣を背中に傷が見えるデオンに向ける。

 マスターを尊敬している、後輩型依存系ヤンデレだったか!

 やばい、今までで一番危険なタイプだ!

 

「っく、不覚……」

 

 牛若丸は刀を取り出し、セイバーリリィに駆け出そうとしている。

 

「っ!  マスター!」

「マスター!」

「っ、あら……!」

 

 そこにメドゥーサとブーディカ、メディアも到着してしまった。

 

(どうする? メディアの部屋を後にしてから何分経った?)

 

 目に入るのは令呪。

 しかし、此処で使ってしまえば明日来る本命の清姫への保険が無くなってしまう。

 

「マスター? どうします? 私は貴方の答えが知りたいんですよ?」

 

 セイバーリリィが剣を動かす。

 

「…………っ」

 

 デオンの体もピクリと動いた。このままだと、駄目だ。出し惜しみしている場合じゃ――

 

「令呪を持って命ずる! 全サーヴァント、他者を傷つける行為を禁止する!」

 

 熱を帯びる手の甲を前に出し、そう叫んだ。

 

 正直、ヤンデレ解除をしたかったが、もし正常に戻ったリリィがデオンを傷付けた事にショックを受ければ、何をしでかすか分からないので、この命令をするしかない。

 正直、契約を解除する短剣、ルール・ブレイカーを持っているメディアには使いたくなかったのだが。

 

 熱がなくなると同時に、3画全ての令呪は消えた。

 

「……う……」

 

 腕が冷め、僅かとは言え初めて魔力を消費したせいか、体の力が抜ける。

 だが効果は確かにあったようで、カランと皆の手から武器が落ちる音がする。

 リリィの手からそっとデオンの体も落ちた。

 

「……【応急手当】」 

 

 魔術礼装の使い方なんて分からないが、手を伸ばしデオンに治療の魔術を発動させる。

 成功したようで、デオンの傷は塞がった。

 

「良かった……」

「マスター、ご無事で!?」

 

 牛若丸がこちらに近づく。それより先にリリィが俺の前に来る。

 

「マスター……! ああ、マスター!」

 

 目にハートが見えた気がする。

 そして抱き着いてきた。

 

「マスターの匂いにマスターの感触……ぁあ! 最高です!」

 

 鼻で首の匂いを吸い始め、腕を背中に伸ばしギュッと抱き着く。

 

「リリィ、貴方!」

 

 牛若丸が怒りの形相でこちらにくるが、それを無視して、リリィも引き剥がして、俺は立ち上がる。

 デオンはうつ伏せで倒れながらこちらを見た。

 

「マスター……?」

「デオン、無事か?」

「……ふふっ、マスターに心配されるなんて、油断しても良い事って起こるんだね?」

「馬鹿言うな。あんなに傷付けば、流石に焦りもするさ」

 

 デオンは傷がまるでなんでもないかのように立ち上がった。

 

「残り時間5分……マスター、どうしますか? メディアは鎖で繋いでますので宝具は出せませんし……」

「傷つけられないんじゃ、しょうがないよ。後5分、誰と過ごす?」

 

 メディアとブーディカがそう言った。

 

「じゃあ、メディアと牛若丸とリリィは駄目だ」

「私も、ですか!? 何故です、主どの!?」

「だって牛若丸が俺を2回も攫ったのって、俺を独占する為だよね?」

「ち、ち、違います! 全ては主どのを思っての行動で!」

 

 そう言って牛若丸は俺の背中に抱き着いた。

 

「なら、私も!」

 

 デオンも俺の腕に抱きついて来た。

 

「っちょ、待って……」

「何で私のマスターに触っているですか! マスター、私と夜の営みを……」

「純真設定どこ行ったんだ、リリィ……」

 

 リリィも腕に抱き着きながらイケない事に誘ってくる。

 

「マスター、あーん!」

 

 今度はブーディカがサンドイッチを勧めてくる。

 

「い、いつの間に……」

「部屋に作っておいていたの持って来てあったの! ほら、口開けて!」

「マスター、口に入れないで下さい! 代わりに私をお食べ下さい!」

「危険です、何が入っているか……」

 

 と言ってはいる2人だが、リリィもデオンも俺から離れるのが勿体無いのか、ブーディカのサンドイッチに手を出さない。

 

「ブーディカどの、私にも御一つ……」

「おい、牛若丸、お前はいい加減降りてくれ、鎧が重い……」

 

 天然娘は何も警戒せずにブーディカのサンドイッチを食べた。

 

「美味しいです……何だか眠く……なって…………」

 

 俺の背中から可愛いいびきが聞きこえ始めてくる。

 

「ほら、マスターも」

「今の見て食べると思う!?」

 

 カチャリ、と俺の首から音がした。

 

「えっとー、メドゥーサさん?」

「すみませんマスター。せっかくなので捕獲しようかと……」

 

 見れば裁きの間の壁に、首輪で繋がれている。

 

「……あと数分ですが、私とSM、と言う物を……」

「傷つけられないから無理じゃないかな!?」

「あ、勿論、マスターが私を殴って構いませんので」

「逆! なら首輪はメドゥーサが着けるの!」

「それは承認したと取って構いませんね」

「いや、してないから!」

 

 淡々と何かヤバイ物に誘おうとするメドゥーサ。

 おい、横の幼王! なんで顔赤らめて「なるほど……なら私が!」とか言ってるんだ!?

 

「マスター」

 

 横からデオンに呼ばれた。

 

「今度はな――」

「――っちゅ。これはお礼だよ」

 

 短いが、確かなキス。

 

 

 同時に、下から上へと空間が消滅を始めた。

  

「丁度終わったね」

 

 首輪は俺からすり落ち、デオンが離れる。

 

「デオン、ずるいです! 私もマスターと――」

「――時間だから駄目だよ」

 

 文句を言いつつもリリィは俺の腕を放してデオンの隣に移動した。

 

「マスターと添い遂げられませんでした……マスターがヤンデレ好きと聞いて頑張っていたのに……」

 

 あの怖い行動は全部俺の為だった訳ね……それはそれで怖い。

 

「主どのー、時間切れは大変惜しいのですが、牛若は愛の逃避行を楽しめて、とても嬉しいです」

 

 俺の上から降りてペコリと頭を下げる牛若丸。

 

「お姉さん、相手にされなくて悲しかったな……今度があれば、ちゃんと胸に飛び込んできてね? ちゃんと抱きしめてあげるから、ね?」

 

 ブーディカが悲しそうな笑顔でそう言った。

 

「貴方が女の子でしたらもっと可愛がってました。ですが、私が貴方以上に求める男性もいません。できれば、私のレベルをもっと上げてもらえると嬉しいです」

 

 メドゥーサも俺から離れ、ブーディカの隣へ。

 

「今回の勝者はあたしよね!? マスター、最後は本妻らしく目覚めのキスを……」

 

 迫ってくるメディアだが、全員に止められた。

 

「それじゃあマスター、最終日での君の健闘を祈ってるよ。残ったのは、アーチャーとバーサーカー、ランサーは女性がいなかったね? 後はエクストラクラスだね」

 

「令呪は使えませんが、どうか頑張って下さい!」

 

 そう言って彼女達は消え、俺も目覚め始める。

 

(だけど最後のセリフは、使わせた本人が言うセリフじゃないよ、リリィ……)

 

 

 

 

 

 口に冷たくも柔らかい物を感じ、意識が段々とハッキリした。

 

「マスター……お目覚めかしら?」

 

「……あ……め、メディア!?」

 

 あれ!? 腕が、鎖で縛られて動かない! 目の前に先程消えた筈のメディアがいる!?

 

「……私が基点を壊された事に気付かないだなんて……そんな筈、ないでしょう?」

「演技だったのか!? いや、幻覚!?」

 

 笑いながら頷く彼女は、右手の人差し指で裁きの間の壁を指差す。

 そこには5騎のサーヴァント達が鎖で貼り付けられている姿があった。

 

 牛若丸は白いナース服を着せられ、リリィは黒と白のゴスロリを、デオンは同じ色合いのメイド服。

 ブーディカはピンク色の服の上に白いエプロンにベージュのスカート、メドゥーサはセーラー服を着せられている。

 

(……メドゥーサになんの恨みが……)

 

「他の子達は無事よ? だってマスターはサーヴァントが傷つく事が一番怖い優しい人ですもの……それでマスター、この子達の感想は?」

 

(頭が状況に追いつけない!? いつから幻覚だった!? いや、それよりも質問に答えないとーー)

 

「か、可愛いと、思うよ……」

「そう……所で、誰が一番、可愛いかしら?」

 

 メディアが笑いながら歪な短剣、ルール・ブレイカーを取り出した。

 

(その質問、俺の意見じゃなくて正解を求めてるよね……?)

 

「メディアが一番だよ?」

「あら、嬉しいわマスター。そんなに褒めて……そうやって女を増やしていたのですね?」

 

 ルール・ブレイカーを持ったままこちらに来るメディア。

 先見えた現在時刻5時24分は6時54分だと思いたい。

 

「…………う……ん?」

 

 ブーディカが目を開けたようだ。それを横目に、メディアは指を差して何かを唱える。 

 すると鎖は解かれ、ブーディカは自由の身となる。

 

(何が狙いだ……?)

 

「おはよう、ブーディカ」

 

「……おはよう、メディア。今日も素敵なローブね!」

 

 そう言ってブーディカはメディアに近づき、腕を抱きしめる。

 

「貴方も今日も一段と可愛いわよ?」

「ありがとー!」

「所で、あの人、誰かしら?」

 

(あ、これどっかで見た事あるパターンだ。今のうちに弱体耐性のバフを……)

 

「? ただの魔力タンクでしょう?」

 

(痛い! 主人公に自分の名前つけて感情移植してたせいでダメージが弱点と特攻並に痛い! 俺はローマ属性持ちだったか……!)

 

 ブーディカの何でも無いような心無い台詞に心を痛めている俺に、さらなる追い打ちが……

 

「おはよう、デオン。唐突だけど、アレは何かしら?」

 

「メディアはおかしな事を聞くね? 女の子を戦わせて盾に使う鬼畜ヒモ男でしょう?」

 

「ッガハァ!?」

 

「何故生きてるのでしょうか? あのウニ男」

 

「ッグボァ!!」

 

 デオン、メドゥーサの連続罵倒に心はズタボロ。やはり、俺の心は硝子だったか……

 

「マスター……いかがでしょうか? 彼女達は好意の裏でこんな事を考えていたのよ?」

 

 こ、殺せ……殺してくれ……!

 

「それは出来ない命令ね。

 さて、対魔力のランクが高い2人は少々手こずりそうね」

 

(だ、脱出不可能……目の前では百合NTRハーレム…………寝るしかない……) 

 

 見るな、と言われて呆然とする寝とられ男とは一味違う。見たくないものからは全力で目を背けよう。

 

「マスター……気分が優れないのですか? ご心配無く、メディアは何時も貴方の側にいます。苦しいなら、貴方を優しく包みましょう……」

 

(そんな吊橋効果に釣られ……)

 

 体の内側から不自然に溢れ出る安心感。昨日感じた不安感と似た感覚だ。

 

「ま、魔術で安心させようとしても……む、むだぁ、だがら……」

 

 しかし、涙が止まらない。目の前の存在が悪意が無い者に、女神に見える。

 

「ま、じゅづで、なんども、ばんども……おぼいどごりじいぐどおぼっで……」

 

 悔しい、しかし、目の前のメディアがこの世で一番優しい存在だと、体が受け入れ、心は揺れる。

 

「可愛いわよ、マスター。その涙に濡れた顔も、とても素敵よ。良いわ、好きなだけ泣いて頂戴」

 

「あ……リ、リリィ……」

 

 女神の腕に堕ちる瀬戸際に、リリィが目を覚ました。

 

(駄目だダメだダメダ)

(聞くな、聞いたら堕ちる)

 

「リリィ、貴方にとって、マスターとは? この、みっともない泣き顔のこの男は、何かしら?」

 

 メディアが笑いながらそれを聞く。

 駄目だ。それを聞けば俺は本当に――

 

「マスターは……私にとって――」

 

「大切な――」

 

「――主どのは主どのです! 未熟者の私を怒らず撫でてくれる、最高の主どのです!」

 

 リリィの言葉に割り込み、そう叫んでくれたのは牛若丸だ。

 

「ちょっと、空気読んでください! 今のは私がマスターを肯定する場面ですよ!」

「目が覚めたら主どのが女狐にイジメられているのですよ! これを怒らなければサーヴァントではありません!」

 

 涙が、止まった……

 

「っく……対魔力が高いせいなの!? でも、理論上はAランクでも堕ちる筈なのに……!」

 

「メディア、貴方のマスターの心を堕として、現実でも夢中にさせる作戦、ここに潰えました! 所詮、夢は夢。眠りから覚めるまでの短い時間でしか、記憶に残らない物です!」

 

「トラウマを植え付けてでも愛してもらおうとか、女狐はやる事が恐ろしいです!」

 

 流石にここまでネタバレされれば、百年の恋、いや、神代からの恋も冷める。

 

「こうなったら……ブーディカ、デオン、メドゥーサ! あの2人を殺しなさい! もう令呪は切れている! 出来る筈よ!」

 

「うーん……冷静になったら、唯の魔力タンクに抱き着かせたり、膝枕をしてあげようなんて思わないよね」

 

「そもそも、私は例えマスターがどうしようもない鬼畜ヒモ男でも、矯正して、忠誠するって決めているんだよ? 先ずは、マスターをダメにする魔女さんを倒そうかな?」

 

「私は、ウニは海藻よりも好きです。あと、今のマスターより嫌いなマスターがいます。よくよく考えれば、貴方の事も、別にそんなに好きではありませんね」

 

「っな……!?」

 

 作戦もプランBも完全崩壊、残り時間はあと3分。体感時間はもっと短い。

 

「メディア、もう終わりだよ」

「…………う、うわーん! 私だって、素敵な旦那様と添い遂げたかったのよー!!」

 

 最後に情けないアラサー女性の叫びを聞きながら、俺は悪い夢から覚める事が出来た。

 

 

 

「っふぁー、よく寝たぁー……なんか、腕が痛い気がする」

 

 目が覚めたらガチャメンテナンスも終了し、アルジュナとカルナのピックアップも始まっていた。

 無課金勢の俺も今回の詫び石で引いてみようかと悩む。

 

「さて……引くべきか引かざるべきか……あ、水滴……俺の涙か?」

 

 FGOのタイトル画面には一粒の水滴が落ちていたが、直ぐに拭いた。

 

 果たしてそれは、俺の涙か。それとも……




ヤンデレってタグの小説を読むと大抵主人公を長台詞で圧倒してたり、暴力で畏怖させていたりするけどそれはヤンデレじゃないと思うんだ。

個性と狂気と愛、その全てを平等に振り分ける事が、ヤンデレなんだと自分は思う!!

(なお、個性を活かしているかと言われると自信がない模様)

因みにね、今回のキャラを自分が好きな順に並べると
牛若丸>デオン=リリィ>ブーディカ>メドゥーサ=メディアなんだ。
とてもそうとは思えない内容だよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イベント編 嘘の無いエイプリルフール

ギリギリセーフ! さあ、勢いとスピード重視で書いた誤字だらけの駄作だ! 喜べ読者ども! 
(訳: 誤字報告待ってます。駄作ですいません)


 此処は人理崩壊を防ぐ為に全力を尽くしている日々から離れ、束の間の休息を取るカルデア。

 

 今日は大したイベントは無いエイプリルフールの日。しかし、何処かで悪巧みしている者もいる様で、あまり普段通り過ごせそうに無い。

 皆からマスターやら主と呼ばれる俺が自室で休息を取っていると、摩訶不思議生物フォウを探しにマシュがやって来た。

 

「失礼します先輩。フォウさん見ませんでしたか?」

 

 メガネと白衣のマシュ、エイプリルフールなど関係無く、フォウの飼育係をしているようだ。

 

「フォウ? 確か、昨日の夜に清姫が廊下で撫でていたのを覚えているよ」

「そうですか……あの、先輩。フォウさんが来るまで此処にいてもよろしいでしょうか?」

 

 俺は頷いた後に、30分で出かけるとマシュに言った。

 

「お出かけ、ですか……そう言えば1週間前から気になっていたんですが、カレンダーの今日の日付に書かれたマークは?」

 

 遊び心でダヴィンチちゃんに頼んで作って貰った令呪シールに、マシュは興味津々の様だ。

 

「ん? ああ、4月1日ね……なんだと思う?」

 

「エイプリルフール……でしょうか? それとも誰かの誕生日……?」

「最初が正解。でもね、本当はデートの約束なんだ」

 

「え……だ、誰とでしょうか?」

 

「それは勿論――」

 

 

***

 

 

 バーサーカー、狂戦士のクラスを与えられた清姫はとても機嫌が良かった。

 

「ますたぁ……でぇと……」

 

「何クスクス笑ってるの? 不気味よ、アンタ」

 

 そんな彼女の幸せを不気味に思うのは、彼女と仲が悪いはずなのに気が付けば一緒にいるランサークラスのエリザベート。

 

「今の私に、貴方如きが何を言おうと関係ありません。マスターと、でぇと、出来るのですから……」

 

「アンタ、それ……」

 

 エリザベートは口を閉じた。一緒にいるので彼女の性格は理解している。もし真実を言ってしまえば、彼女の怒りでとある青年が焼け死んでしまうだろう。

 

(子イヌの奴……! よりにもよってコイツにそんな嘘を! ええい! いっその事、バラして焼かせてやった方がいいんじゃないかしら!?)

 

「おお、丁度良い所に!」

 

 そんな2人の前に、作家であるキャスタークラスのシェイクスピアがやって来た。

 

「どうか致しましたか?」

「清姫殿にエリザベート殿! 丁度いい! 実は我輩、ホーエンハイム殿から薬の実験を頼まれまして……」

 

 そう言って懐から試験管に入った薬を取り出す。

 

「赤いほうが恋の実る薬で、緑の方は美容効果があるそうです」

「美容……!」

「恋……」

 

「男の我輩が飲むには相応しくない薬なので、良ければ飲んで、感想を聞かせてはくれませんか?」

 

「飲みましょう」

「せ、折角だから、飲んであげるわ!」

 

「では、どうぞ……」

 

(って、思わず受け取っちゃったけどコレって――)

 

 危険を感じて試験管を開け、臭いを嗅ごうしたエリザベートだが、清姫は開けてそのまま飲み干した。

 

「ちょ、アンタ!? 少しは警戒を……!!」

 

「…………か、か、かひゃいでず…………お水を、くれまぜんか……」

 

「……流石、大蛇になったお方……! 巷で噂の“辛さ100倍! ウルトラデッド醤油”で沈まないとは! バッドエンドの題材にと思ったのですが……」

 

「なんてもん飲ませてんのよ!」

 

「シェイクスピア、何をしている!? 調理場から一級危険物が消えたと思って嫌な予感がしていたが……」

 

 そこに現れたのは褐色肌で白髪の男、アーチャー、エミヤだった。

 

「ほら、辛さを消す牛乳だ。飲みたまえ」

 

「あ、ありがひょうございます……」

 

 渡された牛乳を飲み干した清姫は、涙目のままシェイクスピアを見た。

 

「シェイクスピアさん……」

「ど、どうかご容赦を……! 今日はエイプリ――」

「これで、恋が実るのですね!」

 

「――ハイ、ソウデス」

 

 その健気な姿に浄化しかけるシェイクスピア。なお、この返事には自分への保身も勘定に入っている。

 

「ますたぁ、今、貴方の清姫が参りますぅ……」

 

 辛さのせいか若干動きが悪い清姫は、マスターの元へと歩いていく。

 

「……因みに、その緑の液体はゴーヤを増し増しにブレンドした野菜ジュースでっガッハ!? は、鼻がー!!」

 

 液体の説明を聞いたエリザベートは一瞬の迷いもなくシェイクスピアの鼻に投げかけた。

 

「ちょっと、あれ大丈夫なの!?」

「問題無い……マスターの元までなら、自力で歩けるだろう」

 

 エリザベートは返ってきたエミヤの答えに両手を下げて、怒りだした。

 

「ちっがーう! もしあいつがマスターとデートするのが嘘だって知ったら……」

「だが、マスターは確かに彼女をデート誘ったぞ」

「っえ!?」

 

「君が誰からデートの事を聞いたかは知らないが、少なくとも……私の負担と君の苦手克服の為に料理を3人一組の当番制にするようなマスターが、そんなつまらない嘘をつく筈がないだろう。あれ程のお人好しを、俺は見たことが無い」

 

「アンタ、鏡見てきたら?」

 

 エリザベートのツッコミに眉をピクリと動かすエミヤ。そして床では、漸くゴーヤ汁から生還したシェイクスピアが顔を上げた。

 

「そう言えば、今日の当番は……マスター殿と清姫殿、そしてフォウ殿だった筈……エミヤ殿。出来れば飲み物を……」

 

「そう言えば、食材を無駄にした君への罰がまだ決まってなかったな」

「ヒエェー!! 今日はエイプリルフール!」

 

「正義の味方が、一日でも悪を見逃すわけがないだろ――!」

 

 

***

 

「それじゃあ、私は出て行くとします。先輩、ご武運を」

「ハハハ、別に死地に行くわけじゃないけど……ありがとう」

 

 マスターのマイルームから出たマシュは、廊下を走る音を聞いた。

 

「っ!」

 

 思わず物陰に隠れると、黒い着物の女性を目撃した。

 

 勿論、マスターとデートの約束をした清姫である。

 

(妙ですね……先輩の口ぶりからすると、先輩が迎えに行くと思ったのですが……)

 

 不審に思って、清姫の入ったマスターの部屋の前に向かったマシュは、聞き耳を立てることにした。

 

 

***

 

 

「マスター!」

「あ、き、清姫! アレ? もしかして時計にイタズラでも……」

 

 マイルームに走り込んできた清姫。

 サーヴァントは緊急時の為に俺の部屋に入れるよう鍵を渡してあるので入ったことには驚かないが、その様子から何やらあったらしい。

 てっきり時計を弄られ約束の時間が過ぎたのかと思ったが、違うらしい。

 

「ま、マスター……今日は、でぇと、しますよね……?」

 

 不安そうに扇子を握りしめて問いかける彼女を見て、何があったかはよく分かった。

 

「……その前に、清姫……1つだけ、言いたい事があるんだ」

 

「な、何でしょうか……?」

 

 不安は止まず、扇子を握っている手に力がこもっている。

 恐らく、答えを間違えれば、殺されるだろう。

 

 それでも俺は、彼女に1つの、偽りをあげる事にした。

 

 ポケットからデートの締め、明日へと変わる1分前に渡すつもりだった箱と台詞を取り出した。

 

「清姫……俺と、今日だけ……結婚してくれ!!」

 

 俺は箱を開いて、清姫に見せた。

 中には、指輪。ダヴィンチちゃんに頼んで作って貰った1日の終わりに消えると言う幻想の結婚指輪が入っていた。

 

「――」

 

 驚愕。

 

 驚く彼女の顔を見て、サプライズが成功した事への喜びより、彼女の反応への不安が高鳴る。

 

「――ますたぁ」

 

 やがて彼女は、腕を伸ばし俺の頭の後方を抱き締めると同時に

 

 ――唇を重ねた。

 

「――不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 

***

 

 

「大変です! せ、先輩が! 清姫に婚約を!」

 

「マスターがプロポーズした!?」

 

「ほう、4月バカはバカップルの日であったか」

 

「主どのがご結婚!? で、では私は旦那様とお呼びせねば!?」

 

 聞き耳を立てていたマシュは、カルデア中に、自分の聞いたマスターの台詞「結婚してくれ」を広め始めた。

 

 

「――なんてこった」

 

「あ・な・た」

 

 マスターは混乱の最中、清姫は嬉しそうに腕を絡ませ抱きしめている。

 

「嘘から出たまこと……名言ですわね」

「ま、まぁ……皆、ノリが良いから……」

 

 デート、では無くカルデア中を2人で恋人繋ぎで歩く事になり、清姫は携帯電話らしき機器で写真を撮っては、何処かに送信している。

 

「某狐さんから、「爆発しろ」と……」

「ハハハ……」

 

 からかわれながらも過ごす何時もと違う1日。あっという間に過ぎていく時間。

 

「では、夕食をお作りしましょう」

「そうだね。今日はカレーか……」

 

「では旦那様。私、1人だけに特別なカレーを作りますので、旦那様は普通に調理を……」

 

 カレーは手順は簡単、数さえこなせばカルデア全サーヴァントに作ることも簡単な料理。しかし、辛さが苦手な子供や甘党がいるので、甘口と辛口の両方を作る必要がある。

 とはいえ、自分の為に清姫が作ってくれるのであれば、何の問題も……

 

「うるとらでっど醤油……これですね」

 

 あ、俺にじゃないのか。

 

 

***

 

「昼はご飯抜きにしてすいませんね、シェイクスピアさん……お腹が空いたでしょう? 清姫特性、恋の実るかれぇです」

 

「……清姫殿、ごめんなさい」

 

「何を謝るのです? 昼間はあれだけ旦那様が羨ましいと言ったでは無いですか? これを食べれば、恋が成就しますよ?」

 

「わ、我輩実は間食を――」

「――嘘は、いけませんよ? 旦那様、お願いします」

 

「令呪を持って命ずる! シェイクスピア、目の前のカレーを完食せよ!」

 

「ま、マスターの人でなしぃぃぃ!!」

 

 

***

 

 

「キャスターが死んだ!」

 

「順番は逆だよね?」

 

 そんな様子をモニター越しで見ていたのは、ドクターロマンと芸術家のサーヴァント、ダヴィンチ。

 

「所で、良く一日で幻想の指輪なんて作れたね? 頼まれたのは昨日だろ?」

 

「ロマン、おかしな事を言うね? 今日は4月1日、エイプリルフールだよ?」

 

「えっ!? まさか……」

 

 

***

 

 

「マスター……もう今日になって10分経つのに、一向に消えませんわ、この指輪」

 

「ヘエーソーナンダー」

 

「マスター? 例え、4月1日であっても2日であっても、この清姫、嘘つきには容赦はいたしませんよ?」

 

「ひぃい!?」

 

 ベッドに押し倒され、体の上に乗られる。退かす事は出来そうにない。

 

「大丈夫です、痛くしませんし、私のことを考えている内に終わりますよ」

 

 ――これからは嘘偽りなく、ワタシトアイシアイマショウ?




なおこの指輪は清姫から返され、戦いが終わったら正式に……


                続く!(大嘘)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終・ヤンデレ・シャトーを攻略せよ

例によって……

※FGOネタバレ注意
※キャラ崩壊注意
※公式の関係や恋愛模様が好きな人注意
※エリザちゃんはエイプリルフールだけに登場しただけで、今回は出ないよ!

さあ、難易度はイージーだ(錯乱)


 学校で1日中、悩みに悩んだ結果、誘惑に負けて10連を引いた。引いてしまった。

 寝る前の睡魔を利用して無心となり、物欲センサー対策に画面を見ずにタップした結果……

 

「爆死した……」

 

 10連引いたらものの見事に爆死した。

 AP無いし……寝ようかな……

 

「なんか、爆死したのに……安心感が……」

 

 ああ、清姫…………あれ、何故清姫に祈った、俺……?

 

 

 

「3日ぶりだな。元・仮初めのマスター」

 

 再び起こる悪夢。

 しかし、今回始めに現れたのはマシュではなく、エドモン・ダンテスの復讐者の側面のみで現界したサーヴァント、アヴェンジャー。

 

「アヴェンジャー!? お前がこの騒動の犯人か!」

 

 それを聞いてくだらなそうに鼻を鳴らすアヴェンジャー。

 

「フン、当然だ。

 女の嫉妬と色欲に睡眠という怠惰を遮られ、憤怒する事も出来ずに強欲にも平穏を望み、暴食と傲慢にそれを踏みにじられる。それが俺の、アヴェンジャーの復讐だ」

 

 また随分と凝った台詞を……

 

「じゃあ、何で愛を与えると言った?」

 

「俺と共に過ごした7日間をもう忘れたか? 

 主に見捨てられ、ファリス神父のいないあの監獄塔においても、微かな希望は確かにあっただろう?」

 

「……愛が、希望?」

 

「そうだ! お前の欲する愛こそ、狂ってしまった従者共を想う己の愛こそが、この塔に残った希望だ!」

 

「……」

 

「さあ、長いプロローグは嫌われるのが常。司会は闇に消えるとしよう」

 

 俺はあくまで悪人ぶって消えようとするアヴェンジャーに、素直じゃない礼を返した

 

「お前の愛も、だいぶ拗れてるぞ!」

 

「違うな、マスター! これは愛ではない! 復讐だ! 我が本領にして唯一の存在意義だ!!」

 

 そう叫ぶがどこか嬉しそうなアヴェンジャーはマントを翻し、そのままその姿を消した。

 

「因みに、今日限り体感時間は3時間だ」

 

 さらっと消えたと思ったらとんでもない事言っちゃったよ、コイツ!?

 

 

 

「ま・す・た・ぁ」

 

 目を開ければ何時でもそこにいる。

 真のヤンデレは目で愛す(はぁと)、とは真実だったようだ。

 

「貴方様だけの清姫、此処に参上いたしました」

「清姫、君は正常で安心したよ」

 

「ええ、そもそもヤンデレの大量生産なんてあってはなりません」

 

 どうやら今回のこの騒動にはご立腹のご様子だ。

 

「私のあいでんてぃてぃ、が崩壊してしまいます。他のお国の方々が真似するのも、おこがましいというものです。大体、私の性格や行動をジャンル化するなんて、やはり日本は奇っ怪な国で御座います」

 

(いや、恐らくだけどヤンデレの語源は別の人だと思います)

 

 膨らませた頬と口元を扇子で隠すその動作が可愛らしく、思わず頭を撫でる。

 

「ますたぁ……手を出すのが早いですね……良いですわよ……貴方の清姫、寝床を共にいたしましょう」

 

「いや、頭撫でただけなんですけど……?」

 

「もしかして……避妊の心配を?」

「何故そこに行き着いた?」

 

 この2日でだいぶ慣れたと思ったが、甘かった様だ。やはりヤンデレは俺に理解出来ない境地の様だ。

 

「何故、と問い掛けをしたという事は避妊無しでも問題ないという事ですね」

「だから、何故そうなった!?」

 

 いや避妊は大事だが、どこの世界に血が流れる戦場で童貞を捨てようとする馬鹿がいる。

 

「っ!」

「おわぁ!?」

 

 唐突に清姫から体を押され、後ろへ尻もちをつき、頭を上げれば目の前の地面に矢が刺さっていた。

 

「マスター……! ッシャー!」

 

 慌てて俺の手の引く清姫。矢が放たれた方向へと扇子を向け炎を放つ。

 

「……躾のなってない蛇ね。私に炎を向けるなんて」

 

 炎を避けた者の声が聞こえる。炎で照らされた小さな人影。

 紫の髪で背の低いアーチャーと言えば俺のカルデアに1人しかいない。

 

「エウリュアレ……!!」

 

 不味い、目で愛す(魅了)の本物の英霊はこっちだ!

 もう洗脳も惚れ薬も懲り懲りなんだけど!?

 

「マスター、こちらへ!」

 

 矢を掻い潜っての接近は無理だがエウリュアレは元々、激戦を戦い抜いた英霊では無く格の落ちた神霊、近づくのは危険だが、遠ざかれば弓で射られはしないだろう。本人があまり自分で動く様な行動力がないのも助かる。

 

「マスター、照れるのはいいけど、ちゃんと私の元に帰ってきなさい……もっとも、その先には行けばここに戻ってくるしか無いのだけど」

 

 エウリュアレを振り切った俺は、清姫に引っ張られる形で廊下を走る。

 そこに、今までと雰囲気の違う扉があった。

 

「ん?  この頑丈そうな黒い扉は?」

「私の部屋ではありません! 手形で入るタイプの所を見ると、マシュさんの部屋でしょうか?」

 

 が、清姫の目的地は自分の部屋の様なので、止まる事は無い。

 

(そう言えば残ってる女性サーヴァントってもう少ないよな? エウリュアレ、マシュ、清姫……後は……あ!)

 

「ざんねぇーん! 此処は通さないのだー!」

 

 笑顔で両手を広げて通せんぼをしている露出度の高い赤い服? ……衣装を着た残念そうな女性が現れた。

 エウリュアレと同じく、英霊では無く本来なら神霊クラスのサーヴァント……

 

「オリオ、じゃなかった! アルテミス!?」

「何故貴方が……オリオンさんは?」

 

 この見た目からして残念美人感が出ている目の前の女神様はオリオンと呼ばれる英霊……今では情けない、頼りないぬいぐるみになってしまった英霊の代わりにアーチャーを務めているアルテミス。

 そしてこの処女神、そのオリオンに恋しているんだ。

 

「……オリオンは留守番でーす! 今はマスターもなんか好きだけど、私は同じ女神のよしみと義叔母さんになるかもしれないエウリュアレちゃんを手助けしてるだけだから気にしないでね!」

 

 メドゥーサと海神のポセイドーンとの間に生まれたのが英雄オーリーオーンとされている。

 アルテミスがオリオンと結婚すれば義叔母さんは間違いではないかもしれない。

 

「う……マジか……」

「じゃあ、清姫ちゃんにはご退場願いまーす! 人の恋路を邪魔する者は、ケンタウロスに蹴られて死んじゃうんだよ!」

 

 白銀色の弓。魔法少女の様なその姿が放つ矢は強力で、か弱いエウリュアレとは違い、生天的な狩人の才能とオリオンの英霊の能力を一時的に借り受けているだけあって、一撃一撃が強力で研ぎ澄まされている。

 俺が清姫を庇う様に彼女の前に立たなければ、今頃清姫は射抜かれていた。レベル84は伊達では無い。

 

「マスター邪魔。そいつ殺せない」

「清姫、逃げるぞ!」

「ですが、前にはエウリュアレさんが……」

「流石にこっちには来てない筈だ! アレはこっちが動くのを待ってる!」

 

 俺は清姫の手を引いて、マシュの部屋に来た。

 

「この部屋は……」

「こういうのは、好きな奴と共有するのが基本だろ!」

 

 手形認証機に手を叩きつける。

 ピーッと機械音が鳴り、扉が開く。

 

「よし!」

 

「待てー!」

 

 笑いながら追ってくるアルテミスに若干の恐怖を覚えながらも、開いた扉に全力で逃げ込んだ。

 

 

「先輩! お、お待ちして――」

「――ふぅ……」

 

 俺の侵入に慌ててこちらを見る大盾を構えたサーヴァント姿のマシュだが、清姫を見てから目に見えてテンションが下がった。

 

「――先輩最低です。女性の部屋に別の女性を連れてくるのは、ロクデナシと相場が決まってます」

 

 マシュの絶対零度の視線が痛いが、こちらはそれどころでは無い。

 

「僭越ながら、修正して差し上げます。

 ええ、それはもう、さながら想いに想って私に先輩が溺れるように……」

「ああ、良かった……マシュは軽症だ」

 

 慣れとは恐ろしい物で、ヤンデレ化が軽い者に安心できる。これならゲーム通りの対応でなんとかなりそうだ。

 

「マシュの部屋は何でこんなに狭いんだ? あとドアが何故特別な作りに?」

「……部屋の大きさや家具はサーヴァント達が制限の中で自由に決められますが、大半のサーヴァント達は他のどのサーヴァントが召喚されるか分からないので、セキュリティでは無く先輩と楽しい事をする為に思い思いの部屋を作ります。なにせ、セキュリティを私みたいに最大にするとカルデアのワンルームな上に、ベッドと机、椅子と電気と水道だけになりますから、先輩を拘束できません」

 

「そうか、腕に自信があるサーヴァントは、守るより好きに出来る鎖や拘束具のが欲しいのか……」

「あと、怪しい薬や食料もです。ですが、私は先輩と狭い部屋で夜を……と、共に、出来れば……」

 

「そうですか、じゃあもう思い残す事はありませんわね? 去りなさい」

「っちょ、清姫!?」

 

 照れながら夜を共に過ごしたい(意味深)と言ったマシュを可愛いなと思ったら、清姫が扇子を構えだした。

 

「ちょ、ちょっと待って! そもそもこんなドア、アルテミスの宝具で壊されるんじゃ?」

「その点は安心してください! 最大セキュリティのドアは先輩と私の手形でしか開けませんし、防御力はヘラクレスさんと同じで、Bランク以下は無効化、それ以上の攻撃を13回受けなければ壊される度に瞬時に修復し、侵入を許しません! 宝具のチャージ時間を考えても、3時間ならば問題ありません! 私は式さんがいないのも把握済みでしたし!」

 

「なら用無しになった壁女には消えていただきましょう……」

「コードキャストの無い清姫さんと、無敵と防御のバフのある私では勝負になりませんよ!」

 

「健気なヤンデレは元祖本妻が至高! 後輩など最初から負けるが定め! 防御ならデバフで下げられますよ、火力不足の添え物ヒロインさん!」

「負けません! 先輩は私が守ります! メインヒロインの実力、甜めないで下さい!」

 

 勝手に進む女の鮮烈な争い。しかし令呪は無いし、なんとか止める方法は無いのか!?

 

「清姫、此処で炎は不味い! 燃えたらこの部屋の中で焼け死ぬよ! マシュも! そんな大盾振ってたら狭い部屋が壊れるって!」

 

「ますたぁ……その時は一緒に逝きましょう」

「先輩は私が守ってみせます! 最悪ベッドが無事なら問題ありません!」

 

 駄目だ、話を聞かない! いや、聞いてくれたけどまともな返事がない!

 だが外に逃げればエウリュアレとアルテミスに捕まる上に、マシュと清姫は殺し合い、死ぬ。

 

 あまり、脅したくなかったのだが……

 

「……マシュ、清姫」

「何でしょうか先輩」

「マスター?」

 

「戦うなら、俺は外に出てエウリュアレに匿って……」

「マスター、今なんと言いました?」 

「死にたくないから外に出るって言ってるの! 2人が戦い始めれば直ぐにも外に出るからな!」

 

「……参りましたね。先輩は有言実行する事には実績もありますし、信頼しています。このままだと……」

 

「では、私が折れます。マシュさんの同席を許可します」

「本当ですか! って、ここは元々私の部屋です!」

 

 マシュのツッコミと同時に、カシャリと音がマシュの腕から聞こえる。

 同時にマシュが倒れる。

 

「っ!? なに……したん、で……すか?」

「マスターに使う予定でした対人腕輪です。対象が純粋な人であれば力が奪う効果を増す概念礼装だそうですよ」

「それ……デミ・サーヴァントの私には……」

「効果抜群、ですね?」

 

 あっさりマシュが無力化され、清姫がこちらに来る。

 抵抗は死、受け入れようと俺も両手を広げて向かい入れる。

 

「……ますたぁ……」

 

 カシャリ。気が拔ける程あっさりした金属音が鳴る。

 

「……え?」

「ますたぁ……」

 

 俺はすっかり忘れていたが、此処はヤンデレ・シャトー。ヤンデレ化する塔の中だ。つまり、清姫の病みも更に増しているという事だ。

 

「マシュさんを庇うのは構いませんが、他の女性の世話になる等、嘘であれば許しませんし、嘘でなくても許しません」

 

 体から力が抜ける。駄目だ。立つ事どころか拳すら握れそうにない。

 

「ますたぁ……他人の前でなんてはしたないですが……清姫、この時をずっと待ってま――」

 

 清姫の言葉を遮る爆音。ドアが壊されたが直ぐに穴が修復された。

 

「アルテミス、もう一度よ!」

 

「騒がしい人ですね。ですが、13回撃たれなければ――」

 

「トライスター・アモーレ・ミオ!」

 

 再び放たれた恋の弓。

 

「な、何故宝具を2回も!?」

 

「トライスター・アモーレ・ミオ!」

 

 戸惑いと同時に放たれる3発目の矢。

 

「アルテミス、よくNP(宝具を使う為のポイント)を回復する手段なんか持ってたわね?」

「宝具使うとお腹が空くからクマとか牛とかのお肉沢山買ったの!」

 

(そう言えばEXTRAの主人公はパンとかでMP回復してたし、士郎は魔力の足りないセイバーにご飯を食べさせてたっけ)

 

 回復量以外は理にかなっているので俺は考えるのを止め、清姫を見る。

 

 そうこうしている内に既に6回壊された扉。あと7回破壊されれば修復できなくなる。

 

「……マスター。失礼します」

 

 清姫は俺を肩で担ぎ、扉の横に移動する。

 

「これで最後! トライスター・アモーレ・ミオ!」

 

 恋の弓矢に射抜かれて、ドアは爆発四散。慈悲はない。

 

「あれー? マスター?」

「? 何でマシュだけ……」

 

 清姫のヤンデレ属性は複数ある。

 良妻で大蛇で、相手を何処までも追いかけるストーカーと、およそヤンデレに必須な属性全てを兼ねている。

 しかし最後のストーカーは、本人曰く、「隠密的にすら見える献身的な後方警備」らしい。

 

「今のうちに……」

 

 つまりは、バーサーカーらしからぬ隠密行動が可能という事だ。

 

 此処で助けを求めた所でエウリュアレ達との戦闘になるのは目に見えているので、黙って清姫に運ばれた。

 

 

「着きました。では早速地下へ」

 

(地下ぁ!?)

 

 清姫は部屋に入るなり押し入れを開け、床を外すと階段がその姿を表す。

 

「さあ、ご主人様……私達の愛の巣です」

 

 うっとりしながらそう言われたが貞操と身の危険しか感じられない。

 

 階段へ下りる。狭いので手錠を外され、俺は後ろを歩く清姫に黙って従うしかない。

 階段は床を元の場所に戻したのでバレないと思われる。

 

「ご主人様……」

 

 なんかテンションが上がってるのか、後ろから何度も俺を呼んでくる。

 

「ご主人様……ご主人様……」

「ご、ごめん。何かな、清姫?」

 

 怖くて遅れてしまったが、返事をする。

 

「いえ、お気になさらず……呼んでみただけです」

 

 そんな短い会話が終わると、地下の隠し部屋にたどり着いた。

 電球もあり、明るい和室だが見せかけの窓すらないので閉鎖感を感じる。

 

 部屋にあるのは少し大きな布団だけ。

 

「ご主人様ぁ……」

 

 切なそうに俺を呼びながら、俺は布団に押し倒されられた。

 

(こ、このまま、童貞卒業して、いいのか!?)

 

「今、一つに……」

「待った待った!」

 

 俺は着物に手をかける清姫にストップを要求する。

 

「何でしょうか、ご主人様?」

「……」

 

 怖い。このまま流されてしまえば、何かヤバイことが起こる気がする。

 しかし、下手な嘘では清姫を刺激するだけだ。ならば……

 

「……その、俺よく考えたら清姫の事、よく知らないし……今から契を結ぶなら、相手の事をちゃんと知っておきたいなって……」

 

 事実、俺が知っているのは清姫が龍になったとか、好きな相手である安珍を焼き殺した事くらいだ。

 

 その前の彼女の事は何も知らない。

 

 だが俺の質問とは別に清姫はその短い人生を語りだした。

 

「……安珍様に出会うまでは唯の娘でした」

「安珍様にであって、乙女になりました」

「安珍様に裏切られてからは、龍になりました」

「私にとっては安珍様の愛こそ世界だった。なのに、私を裏切った」

 

 清姫は怒りと喜びの表情をこちらに向ける。

 

「ですが、マスターは、安珍様は此処にいます! 逃げない、嘘をつかない、私の安珍様!」

 

 

 違うだろう、と思った。

 

 

 “今の”彼女には安珍しかいない。

 彼女は安珍以外に求めるものを知らず、それ以外の全ては安珍を下回る。

 

 綺麗……安珍様には及ばないけれど。

 眩しい……安珍様の方が輝いてるけど。

 マスター……嘘をつかない安珍様の生まれ変わり。

 

 俺の事も、彼女はあくまで安珍様の生まれ変わりだと思っている。信じている。

 それを否定できない。俺が安珍様の生まれ変わりではない事は証明できない以上、どう言っても清姫はその事実を信じ続ける。

 

 だが、このままではダメなのだ。

 恋は、人を豊かにする為の一つの感情だ。

 それが、“今の”様に彼女を縛り付けているままではいけない。

 

(何より、そんな妄執はキャラクタークエスト(遠の昔)に超えたじゃないか!)

 

「清姫……」

「ご主人様……?」

 

 “今の”清姫にあるのは一途な恋心。対象は俺自身であり、それから目を逸らさせるのは難しい。

 龍になった彼女の悲しみ、乙女で有り続けようと抱く恋心。

 

 俺には彼女を殴って叱りつける事は出来ないし、彼女の歪んだ恋を受け止める必要も無い。

 

 だがマスターを、俺を守ると約束した筈だ。

 あの偽物の戯れ言を、虚言にしてみせると約束した筈だ。

 

 ならば、もう一度、正しく始めるしかない。

 

 俺は両手を床に付けて頭を垂れた。

 

「――俺は岸宮(キシミヤ)切大(キダ)と申す一介の学生で御座います」

「美しい娘様、どうか貴女の名前を教えて頂いてもよろしいか?」

 

 

 ……沈黙。

 果たして、これで良かったのか。

 見えはしないが、清姫は確かにこちらを見ている。

 

「……ご主人――」

「――どうか、この切大めに、名前を教えてもらえないだろうか、美しい娘様」

 

 彼女は俺を呼ばなくてはならない。でなければ、また彼女の伝説が繰り返されてしまう。

 

 俺は、彼女を待つしかない。それが、彼女の望みではないとしても。

 

「…………」

 

 

「――どうか、頭を上げてください切大様。

 私は、清姫と申す者です。この身、この魂を持って、全身全霊であなたにお仕え致します」

 

 彼女は、今確かに、俺の名前で呼んだ。

 

「――この岸宮切大、君と命運を共にしよう」

 

 俺が行ったのは、サーヴァントとの契約の真似事だ。

 だが、それでも幾らか清姫の目から落ち着きが見える。

 

【狂化EX→A+】

 

【新しい宝具が開放されました】

 

「思い出したか? 約束を」

 

「……申し訳ございません、旦那様(マスター)。貴方をお守りすると決めたのは他でもない私自身でしたのに、危うく私は……」

「思い出したならいいさ」

 

 俺は安心したからか、背伸びをする。

 

 

「切大様、今宵は性の乱れを許さぬ気分なのは理解致しました。ならばせめて、はしたなく燃え上がってしまった私を鎮めては頂けないでしょうか?」

 

「結局そう来るんかい……」

 

 夜の営みの代わりにと、口づけを要求する清姫。

 

「うー……」

 

 唇をこちらに向ける。その動作で今だに強力な狂化が続いているのがよく分かる。

 

「さぁ、マスター……」

「わ、分かった……」

 

 このまま求められるのは嫌なので、頬へと唇を動かす。

 

「っん!」

「っ!」

 

 が、唇が頬にあたった瞬間、清姫の唇も俺の頬に当たった。

 

「マスター……頬が赤いですわよ?」

「べ、別に……いいだろ」

 

 

『さて、そろそろテコ入れの時間か』

 

 このタイミングで何処からかアヴェンジャーが何か話し出した。

 

『アンコールに応えるのが司会であり、司会の無茶振りに応えるのが役者だ。数合わせのようで申し訳ないが特別なゲストを用意した』

 

 その言葉と同時に、階段から板が転がる音がした。

 

「うわぁー、もう聞かないと思ったのにー」

「無粋な……覚えて置いてくださいね、アヴェンジャーさん?」

 

 

 階段を降りる足音が、部屋に入ってきた。

 

「2日ぶりだな、マスター」

 

 両儀式、セイバーの方はいないので本人であり同人格のアサシンだ。

 

「マスター。私の新たな愛、貴方にお見せいたしましょう」

 

 清姫は怯まない。俺の前で構える清姫は式を睨む。

 

「マスターはオレが貰う。まだアイスは半分以上残ってるし、何なら業務用を全部口移しで食べさせる」

 

「興味深いですね……マスター、口移しとは?」

 

「……ノーコメント!」

 

 清姫のターゲットが俺に向いたが、清姫は直ぐに式へ向き直す。

 

「では参りましょう」

 

「遅いね」

 

 式と清姫の敏捷性はA+とC、それ以外のステータスもだいぶ低い式と比べてみても清姫は壊滅的に低い。

 

 ――だが彼女が英霊と呼ばれる程の力を得たのは、自身の恋ゆえ。ならば人の身に宿る死の化身に、彼女の恋を阻む事など出来はしない。

 

「恋とは永遠、我が想いは燃え続け、未来までそれに恐れおののく……道成寺ノ呪鐘楼(恋ノ残リ火)!」

 

「何!?」

 

 現れたるは安珍が清姫から逃れる為に隠れた道成寺の鐘楼。嘘つきの墓であり、その後は良くない音と呪いを撒き散らした恋怨の鐘。鐘楼その物を呼び出し、式を閉じ込めたのだ。

 

「視覚と触覚が――」

 

 呪いによって内部にいる者の視覚と触覚を奪った。

 

「殺しは致しません。それは呪いこそが宝具であり、鐘は呪いの宿った当時の物を呼び出しました。貴方では殺す事は出来ないでしょう」

 

 今の俺が知る由は無いが、直死の魔眼は死を理解した脳と魔眼が揃って成り立つものであり、視覚を奪った上で人には死が理解出来ない材質で構成された聖遺物で閉じ込めるという、二重の手で式を封じる事に成功したのだ。

 

「とにかく、此処を出よう」

 

 なお、あの鐘には他に炎の呪いがあり、あれに閉じ込められたまま清姫の本来の宝具でも放てば死なない英霊の方が少ない。

 閉じ込めるだけならば与える被害は呪いだけだ。

 

「っく――マスター!」

「悪いね、式」

「行きましょう、ご主人様」

 

 清姫の手を引き、一緒に階段を駆け上がり、清姫の部屋に戻ってきた。

 

「見つけたわ、マスター!」

 

 待ち構えていたのはエウリュアレ。その声を聞いただけで、男ならば彼女の魅力に落ちるという。

 俺には多少の耐性があるが、彼女が本気で魅了しに来ればあっという間に操り人形だ。

 

「私のご主人様を誘惑しようなど、女神であろうと燃やします」

 

 とは言うものの、清姫で相手をするにはアルテミスとエウリュアレは厄介な相手だ。

 

「こちらに来なさいマスター。アルテミスがいる限り私の勝利は揺るがないわ」

「義叔母さんは私が守りまーす!」

 

(そうだ!)

 

 嘘に入るか分からないグレーゾーンではあるが、アルテミスの動きを止められるかもしれない。

 

「アルテミス! 一説によると、ポセイドーンとの間にオリオンを産んだのはエウリュアレらしいぞ!」

 

 

「…………え? 義叔母さんじゃなくて、義母さん……?」

 

「もし俺がエウリュアレと結婚したらオーリーオーンが生まれないかもしれないぞ!」

 

「えー!?」

 

「アルテミス! 落ち着きなさい! オリオンは消えはしないわ。もう人類史に刻まれ、英雄の座にいるのだもの! それに、間違いなくオリオンはメドゥーサの子よ!」

 

 エウリュアレの説得も思い込みの激しいアルテミスには届いていないようだ。

 

「ふえぇぇぇ!? ど、どうしよー!?」

「あ、アルテミス!?」

 

「……」

 

 慌てて騒ぎ始める2人を無言で通り抜けて部屋から出る清姫。

 

「……嘘ではありませんよね?」

「推測で物を言うのは嘘では無いと思います!」

 

 清姫の声に震えながら答え、廊下を走る。あいも変わらずこの塔に安全な場所など無いのだが。 

 

 

「見つけましたよ、先輩」

 

 廊下、自身の部屋の前でマシュが待ち構えていた。

 

「退きなさい」

 

 清姫は1歩前に。

 

「退けません」

 

 マシュも更に一歩前へ。

 

 どちらも退く気など無い。盾も扇子も既に構えられている。

 

「マスター、手出し無用です」

「私にも、です」

 

 その言葉を聞いた俺は清姫の後方へと下がる。それが合図となった。

 

「シャー!」

「っやぁぁぁ!」

 

 扇子から放たれる数発の火球。

 それを盾で受け止め、更に前へと進む。

 更に数発放たれるが盾はなんの問題も無く受け止め続ける。 

 

「っはぁ!」

「っく!?」

 

 あと数歩で辿り着く――だが、マシュの大盾に清姫は強力な火球を放ち、走り続けた姿勢のマシュは踏ん張りが遅れ、扉の前にまで下がってしまう。

 

「……これは……」

 

 マシュは大盾で小さな火球を防ぎながら前進し、強力な一撃は踏ん張って耐えなければいけない。

 

 そして清姫はマシュより先にNPを溜めて大盾が届く前に宝具で勝負を決めなければならない。

 

「参りましたね、火力には自信がありましたが、この状況は……」

 

 シールダーは本来の7騎のクラスから外れた、影響を受けず与えられないクラスだ。

 バーサーカーの長所の攻撃力も短所の防御力も無くなっている上に、清姫は狂化ランクも変わったせいか、本来の攻撃力が発揮されない。

 

「――ステータスアップ、頑張ります!」

「逃しません……!」

 

 スキル、今は脆き雪花の壁とストーキングが発動する。

 互いに防御力を上げては下げるが、清姫のストーキングはデメリットとして攻撃力が上がる。

 マシュを近づけさせない覚悟がある。

 

「行きます! 何度でも!」

「打ち込みます、何度でも!」

 

 盾は駆け出し、扇子は動く。

 先とは違い、盾の向こうからマシュは清姫を見据えている。

 

「――ッシャー!」

「っ!」

 

 足が止まる。強力な火球を防ぎきり、微動だにしない。

 

「――行ける!」

 

「させません!」

 

 足の止まったマシュの動きを止める為に複数の火球が放たれる。

 しかし、そんな衝撃に足を止める訳がなく、マシュの足は爆発の衝撃など気にせず動き出す。

 

「っはぁ!」

 

 すかさず駆ける為に足を上げたマシュへ強力な一撃をお見舞いする。

 

「っ! ま、だぁ!」

 

 僅かに下がる。しかし、盾を地面に食いこませる様に押さえ、その体勢のまま前進する。

 

「どうかご照覧あれ!」

 

 だが突っ込んで来たマシュへ清姫は宝具を開放する。

 

「……燃え尽きなさい! マシュ・キリエライト!! ――転身火生三昧!!」

 

「――」

 

 龍の炎がマシュを飲み込む。

 

「マシュ!」

 

 思わず叫ぶ。果たして、【応急手当】で間に合うか――

 

「……っはぁ!」

 

 だが俺の心配は無用だと言うかの様に清姫は炎が揺れる空間へと火球を放った。

 

「――まだです!」

 

 火球を盾で振り払ったのはマシュ。

 どうやら、彼女のスキル、時に煙る白亜の壁で耐えたようだ。

 

 炎から飛び出したマシュは火球を吐く速度が落ちた清姫へと飛び掛かった。

 

「っ……!」

 

 マシュの振り下ろした大盾は、地面を砕きながらも、清姫の前で止まった。

 

 

「……参りました、私の負けです。マスターは、お好きになさい」

 

 意外な事に清姫は俺をマシュに差し出した。

 

「……清姫さん」

「勘違いしないで下さい。本妻は私です。浮気や嘘は嫌いですが、私の認めたマシュさんならば6ヶ月に1度位、頬への接吻くらいなら許してさしあげましょう。それに……今回の自分の行動には、負い目がありますので……」

 

 そう言うと清姫は俺達の前から消えて、何処かへ歩いていった。

 

「……先輩! 扉はもう直しました。清姫さんの許可も頂きましたし、部屋に入りましょう! そして、夜の営みを!」

 

 そうだ! 何故か流される様に清姫からマシュへと受け渡されてしまったが、俺はあと2時間程ヤンデレな彼女達から殺されない様に立ち回らなければならない。

 一度破壊された以上、マシュのセキュリティは安全とは言えない。

 

「入りましょう!」

「うお、ちょっと待て!?」

 

 しかし、考え事をしている内にマシュに引っ張られて中へと入れられてしまう。

 

 そして何が起きたかも分からないスピードでベッドの上に押し倒される。

 

「マスター……っはぁ、はぁ」

「……えーっと」

 

 何でこの娘発情してんの!?

 馬乗りで俺の上に乗る彼女の赤い顔に驚いていると、サーヴァントの戦闘服から白衣とメガネの私服に変わった。

 

(美少女が上に乗るのは2回目だな……俺、もう死ぬんじゃないか?)

 

「大丈夫です、最初が痛いのは女性だけだと聞いています。では……」

「……?」

 

 どうしたのだろうか? マシュの動きが止まった。

 

「……よ、夜の営みを……」

 

 何でこの娘今更恥ずかしがってんの!?

 いや、なんかしてしまったらアウトな気がするからいいんだけど。

 

「ま、まずは……ふ、服を……」

 

 戸惑いながらもマシュは慎重に、手順を確認しながら動き出す。

 

「マシュ!」

「っひゃ、はい!?」

 

 名前を読んだだけでこの感じ、完全に緊張している。

 

「……ただ、寝よう」

 

 そう言って俺はマシュが上に乗っているので多少力強くで体を右向きにした。

 

「だ、大丈夫です! で、デミ・サーヴァントとして、か、必ず……」

「じゃあさ、寝たいから膝枕してくれる?」

 

 そう言って俺はなるべく物欲しそうな顔をする。

 

「っう……その飼い主を無くした子犬の様な姿は反則です! 分かりました! 先輩の快眠の為、このマシュ・キリエライト、全力で膝枕を致しましょう!」

 

 ベットの上で正座をするマシュの膝の上に頭を置く。

 

「柔らかい……」

「せ、先輩が満足そうで、嬉しいです……」

 

 頬を赤く染めて笑うマシュの顔が見上げられる。

 

「じゃあ、お休み……」

「はい、お休みなさい、先輩…………永遠に……愛しぃ……」

 

 何か不安なワードがうっする聞こえた俺だが、睡魔に勝てずに眠りに落ちた。

 

 

「――冷た!」

 

 顔に冷たい液体をかけられ、目が覚めた。どうやら夢の中でも自ら眠ると意識すら落ちるらしい。

 

「マ・ス・ター?」

 

 目が覚めるとエウリュアレが――女神様が目の前にいた。

 

「全く、手錠を外してあげた恩を仇で返すなんて、ねぇ? マシュマロ?」

 

 視線を女神様と同じ方向へ向けると、マシュが例の手錠で縛られて倒れていた。

 

「式、ご苦労様」

 

「全く……鐘楼がトラウマになりそうだ……」

 

 2日前の式の部屋には女神様とアルテミス、式がいるようだ。

 

「マスター、いえ、私の下僕? 今までの無礼は水に流してあげる。私は寛大だもの」

 

「はい、女神様」

 

「でも、無礼を許したなら貴方は私に貢ぐべきよ。愛とか、愛とか」

 

「はい、女神様」

 

「そういう訳で、式には口移しでアイスを食べさせたのでしょう? なら、私にも同じ事をしなさい?」

 

「はい、女神様……え?」

 

 女神様の要求を了承すると同時に、エウリュアレの魅了が解かれた様だ。困惑する俺に、エウリュアレは愉快そうに笑う。

 

「はい、お願いね、マスター?」

 

「……はい」

 

 笑顔で差し出されたスプーンとアイスカップを受け取る。観念しよう。逃げるのは不可能だ。

 

「…………ん」

 

 相変わらず美味いアイスだな……なんて感想も、目の前のエウリュアレの唇を見て詰まる。

 

「早くなさい。貴方から、してね?」

 

 エウリュアレは気に入った人間を弄くり倒す、支配系ヤンデレだ。世話焼きな式と違い、俺からの行為と好意を望んでいる。

 

 口の中で殆ど溶けてしまったアイス。俺は笑顔のエウリュアレと唇を重ねて、待ちくたびれた彼女に舌を入れられた。

 

「んっ……ん」

 

 式とは違うか弱くも強引さを感じる舌の動きに只々飲まれる。

 

「へぇー、オレはこんな恥ずかしい事してたんだな」

 

「っ! んー」

「ん……っちゃ、っちゃ」

 

 隣から覗きながら感想を口に出す式に

思わず口を離しそうになるが、エウリュアレはまるで見せつけるかの如く舌の動きを激しくする。

 

「―っぷは。ほら、次のアイスを」

「っはぁ、っはぁ……」

 

 息が続かない。まるで、呼吸すら出来ない程の幸せに溺れている様だ。

 

「……しょうが無いわね……私からしてあげる」

 

 エウリュアレは小さじ一杯のアイスを口に入れ、再び俺の口内を貪り尽くす。

 

「……そろそろ見てるのも飽きたし、俺も味わうかな」

 

「っ! んー!」

 

 そんな事を耳元で囁かれ、式は俺の耳タブを甘噛みし始めた。

 

「っん、っははは! 暴れちゃって! マスターってば、駄妹(メドゥーサ)みたいで可愛いわ! 私も……」

 

「ちょっと、ま……ん、っ……!」

 

 再び舌を入れられ、耳も口も未知の快感に襲われる。

 

「…………いいなー」

 

 テンパって必死な俺にそんな声が聞こえてきた。

 

「ん、ちゅ……アルテミス、貴女もマスターで遊びたくなっちゃった?」

 

「でも、私にはオリオンがいるし……でも、マスターは……」

 

「じゃあ、練習って事でいいんじゃないかしら?」

 

「そっか! じゃあ、夜枷の練習を!」

 

 処女神! あんた処女神!

 

「そんな事はさせないわよ」

 

「むー、エウリュアレちゃんワガママー……じゃあ、マスターを星座に……」

 

「「させない(わ)」」

 

 月の女神ぇ……

 

「……あ、エウリュアレちゃん! あと10分しか時間ないよ!?」

 

「嘘!? それじゃあ、そろそろ、ょ、夜……に……」

 

「ウブなんだな、アンタ」

 

「私は女神よ! 人間と、交わるなんて……」

 

 照れてる女神様可愛い……じゃなくて! えぇ!? 遂に童貞卒業詐欺じゃなくて本当に……!?

 

「――そこまで許すつもりは御座いませんわよ?」

 

 ですよねー。この小説R-18指定じゃないしねー。

 

 現れた清姫に、全員が戦闘体勢を取り、直ぐに解いた。

 

「……やめときましょう。もう、そんなに時間ないし」

 

 あ、危ねぇ……こんな所で死にたくないからな……

 

「もう8分しかないし、争って時間を使うのは得策じゃないな」

 

「……そうね。それにマスターは、私の物よ!」

「はい、女神様」

 

「あら、それは宣戦布告でしょうか?」

 

「オリオン……私の心は、いつでもオリオンの物だよ……」

 

 もはや収集つきません。女神様可愛い。

 

「先輩……」

 

 マシュは誰にも見られず、立ち上がろうと奮闘しているようだ。

メインヒロイン……

 

『ええい! やはり俺に物書きの真似事は無理だな! 役者が揃いも揃って大根、愛憎劇は見るも無残な喜劇に!』

 

 アヴェンジャーさん、逆ギレして文句を言わないで下さい。

 

『仕方あるまい。なら終わらせるだけだ』

 

 そう言ってアヴェンジャーの声は聞こえなくなり、天井からご本人が現れる。

 

「FGOの最後はやはり、戦闘が相応しい! さあ、我が復讐を超えてゆけ――!」

 

 

「トライサー・アモーレ・ミオ! (自己強化+男性特攻)」

 

「転身火生三昧! (狂化EXに戻ってる)」

 

「直死――死が、俺の前に立つんじゃない!」

 

 

「……アヴェンジャーが死んだ!」

 この人でなしー!!」

 

 俺の1人芝居を最後に、ヤンデレ・シャトーは完全消滅した。

 

 

 

「ひどい目にあったな……」

 

「いや、最後自分で突っ込んだだろうに」

 

「仕方あるまい。復讐こそ俺の本領なのに、あの菌類、「シリアスの後はコメディでちゅ」……等とほざいて……」

 

 アヴェンジャーは怒りを内側に溜め込みつつ、俺を見た。

 

「では、最後にお前に褒美をやろう。あのふざけた塔を乗り越えた褒美だ」

 

 そう言ってアヴェンジャーは俺にスマフォを渡してきた。

 

「1つ目はこの悪夢の記憶、そしてそこにあるガチャだ」

 

「……なんのガチャ? おい、勝手に引かれてるんだが……」

 

「登場サーヴァント実体ガチャ。ほら、愛だぞ、喜べ」

 

 嫌な予感しかしない画面を見届けている内に、俺は目が覚めた――

 

 

 

「ま・す・た・ぁ? 何故、私と私が許したマシュさん以外に唇を許しているのでしょうか?」

 

 悪夢から覚めた俺への第一声は、悪夢の続きだった。

 

「ひぃい!? 何で清姫が……あの夢、マジだったのか!?」

 

 上に乗られ、暴れようにも見動きできない。

 

「お仕置きです、覚悟してくださいね(はぁと)」

 

 その後、俺の上に馬乗りで現れた清姫に休日をまるまる絞り取られたのであった。

 

                   完




はい、ヤンデレ・シャトーこれにて完結。

 暇つぶしに始めましたが、やっぱりに二時小説はいいなと思いました。
キャラ崩壊が怖くて、ヤンデレというより、好感度高めってだけになった感がありますが、個人的には満足です。
 みなさんはどうでしたか?
 この小説ヤンデレの恐怖がみなさんのガチャ防止になればいいな(えっ)
 
 因みにこの小説は作者のヤンデレ愛と引けなかったアヴェンジャーへの憎しみで出来ています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・シャトーを攻略した END集1

続編を希望される方が多い! 
そんなに求められると、こっちはウザいと思われるほど書きたくなります!(メンヘラ)

さあ、適当に選んだエンディング集、始まるよ!




マシュ編

 

 

「ふぁ〜……あ、れ?」

 

 ベッドから起き上がろうとした時、金属音が俺の手首から聞こえてきた。

 

「っへ?」

 

 見れば両足もベットの足に手錠で固定されている様だ。

 

「おはようございます、先輩」

 

「……夢じゃなかったのかよ!?」

 

 白衣とメガネ、どう見てもマシュである。

 

「拘束はすぐに解きます。先輩と、その……営みをすれば……」

「照れるのは可愛いから許すけど、今は夜じゃないし、もうヤンデレ・シャトーじゃないからヤンデレる理由もないよね!?」

 

「何を言っているんですか? 私は正常です。先輩を愛する為に、尽くす為に、精一杯頑張らせて頂きます! その為にもまずは……」

 

 この後、マシュに朝食を頼んで拘束が外れ自由になると一日中逃げ惑って、マシュは機嫌が悪いままゲームへと戻っていくのだが、割合させてもらう。

 

 

 

 

 

マタ・ハリ編

 

 

 朝起きたら、美女が隣で寝てました。

 

「おはよう、マスター」

「オハヨーゴザイマス」

 

 マタ・ハリである。どうやら例のサーヴァント実体化ガチャで引いてしまったようだ。

 

 そのバストは豊満である。目が逸らせない。

 

「えーっと、と、取り敢えず朝食……」

「大丈夫、ママがぜーんぶやってあげまちゅからねー」

 

 そう言ってマタ・ハリは俺の顔を自分の胸に押し付けた。

 この弾力、大きさ、しかし、決して窒息させない力加減……

 

(天国か、此処はー!?)

 

「大丈夫、大丈夫、だから、安心して私に溺れなさい」

 

「マタ・ハリ……」

 

 思えば、高校から始めた1人暮らし、寂しいとは泣かなかったが、人肌が恋しい時もあった。

 

 太陽の様な微笑みに、俺は体を、すべてをあずけて……

 

「ママって呼んでいいのよ? マスター」

 

 

 きょう、ぼくはあさからよるまで、ままとたのしいいちにちをすごしました。

 

 

 

 

 

牛若丸編

 

 

「主どのー!」

「ぐはぁ!?」

 

 ラノベの1ページの様な、見事なのしかかりに目が覚めた。

 

「う、牛若丸!?」

 

「主どのー! 朝です! 牛若と何処かお出かけしましょう!」

 

「……んー、あと5分……主に物理的な腹痛が原因です」

 

「主どの!? お、起きてください! 牛若と、でぇとにー!?」 

 

「……じゃあ、ジェットコースターや観覧車がある遊園地で良いかな」

 

「私は高い所が苦手ですと、申したではございませんか! 意地の悪いことを言わずに、起きてください! あるじどーのー!」

 

 騒がしい妹が出来たかの様な、そんな一日を、牛若丸と過ごした。

 

 

 

 

 

デオン編

 

「……ああ、よく寝た。けど、なんつー悪夢を……」

「大丈夫かい? もう少し眠る?」

 

「いや、ニチアサはスーパーヒーロータイムが……ん?」

「じゃあテレビを点けよう……どうしたの?」

 

「デオン? なんで?」

 

「マスターが呼んだでしょう? 運頼みの様な物だったけどね」

 

 まさかの実体化! 影が薄かったからすっかり忘れてたとは言えない。

 

「大丈夫、今の僕は男だからマスターの好みに合わせられるし、マスターへの好意も薄れてるよ」

「……そっか」

 

『カイガン! ブースト!』

 

「英霊と一緒に仮面ライダーゴーストみるとか何処か複雑だな」

「かっこいいよね、マスター!」

 

 デオンはそう言って俺の背中に重なる。

 

「カイガン! デオン!」

 

「お、おう……」

 

 不意打ちで言葉が詰まったが、何このかわいい生き物!?

 背中の膨らみはご褒美です! ……ん?

 

「……デオン?」

 

「マスター。やっぱり、性別が変わっても、好きな人って変わらないんだね。だから、ご主人様――」

 

 

 耳元で、そっと囁かれた。

 

「――僕を、君の女にして」




続きは未定! 一応、エクストラステージ用意してますが、いつになるやら……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・シャトーを攻略せよ/EXTRA
ヤンデレ・シャトーを攻略せよ/EXTRA 序章 


さあ、盛大に風呂敷を広げましょう。畳み方なんか分からないけど。




 

「……えーと、どういう状況だ、これ?」

 

 FGOのストーリー5章をクリアしたその日の夜。

 数日前の悪夢を思い出す風景の中で俺は気が付いた。

 

『ようやく来たか』

「その二重かぎ括弧は、アヴェンジャーか!?」

 

「では、こうしようか」

 

 おい、メタ発言にツッコミ入れろよ! 入れずに対応するなよ!

 

「知っての通り、俺はアヴェンジャーだ。なぜだか知らないが、この塔の主の様な扱いを受けている。恐らくだが、貴様のカルデアにいないのが原因だろう」

 

「じゃあ、召喚されろよ。フレンドポイントで」

 

「俺はそんな安くはない。無課金は無課金らしく、大人しく呼符でも貯めて待っていろ」

 

「今月分全部使っちゃいました!」

 

 ジャンヌ……来なかったけどな……

 

「黒いほうか、俺は好きだぞ」

「だよね! でもいないんだよ!」

 

 今度は秩序悪で固めたパーティーを設定して引いてみるか?

 

「ふん。それよりも貴様の現状だが、もうわかっているだろうが此処はヤンデレ・シャトーの中だ」

 

「だと思った……」

 

「そう悲観するな。これは無事クリアした者へのエクストラステージ、再臨ダウンのペナルティは無い」

「どーせ、拷問はあるんだろ!?」

 

「ああ」

 

 否定して! せめて、嘘でもいいから否定して!!

 

「今回は特別ルールが設けられている。くじ引きで決めろ」

 

 そう言ってアヴェンジャーは俺に箱を渡す。

 

「その中にルールの書かれた紙が入っている。お前の引いた紙が特別ルールとなる」

 

「どんな特別ルールが……」

 

 俺の問に、アヴェンジャーは後ろにあった張り紙を見せてきた。

 かなりの項目があった。

 

「……マスターとサーヴァント逆転!? 1体1のお見合いに、なんだこの【おい、デュエルしろよ】って!?」

 

「遊戯王で勝負して、負けた者に一時間好きにされると言うルールだ。まあ、勝ち続ければ問題ない」

 

「まぁ、分かりやすいのは嬉しいな…………待て! なんだこの一番最後に滅茶苦茶小さく書かれたドキドキデート大作戦って!」

 

「……っち、気づいたか」

 

 舌打ち!?

 

狂宴の宴(カーニバル・ファンタズム)よろしく、従者共との複数同時デートの最低男チャレンジだ」

 

「無理ゲーだ!? 全員ヤンデレだからアウトだよね!? それにデートって何処で……」

 

「この塔はその気になれば屋台や店を出せるし、廊下や部屋の風景を変えられる。何だったら、この塔を街の様にする事も可能だ」

 

 ヤンデレ・シャトー便利だな、おい。

 

「因みに、遊戯王は全員オリジナルカード使用、お見合いとマスターとサーヴァント逆転はR-18行くくらいしかネタがないかもな」

 

「えぇー(童貞卒業したい)」

「おい、本音が顔に出ているぞ。あとその展開に入った場合、リアルでテクノブレイクされる程絞られるぞ。痛みは引き継がないが、快楽は体に影響を与える」

 

 死因が夢精は洒落にならねーよ!

 

「救いは無いのか!」

 

「一応、いつものカルデアと、ツンデレ化等も用意されている。何だったら、10回引くか? これから1日ずつ別々の物が楽しめるぞ?」

 

「…………幸せか、地獄か………………」

 

 

 

「……で、引くしかない、のか?」

 

「引け、しかして希望せよ――」

 

「それ言ったら許されると思うなよ!!」

 

 

 そんなツッコミを入れつつ意を決して、俺は箱へと手を伸ばした――

 

 

 

(しかし、何なんだ? あの読者の希望って

書かれた項目は……)

 

 

 




アンケートは活動報告で!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・ドキドキデート大作戦!!  予告編

沢山のご意見ありがとうございます!

先ずはこれを本編とさせて頂きます!

なお、8の意見がカオス過ぎて手の付け方がわからない模様。


「……おい、何だこれ?」

 

 クジの箱へ手を伸ばした俺は、その中の1つを取り出した……筈だった。

 

「どうやら、偶然(・・)にもクジの接着部分に他のクジの端がくっついていた様だ」

 

 俺の引いた三角形のクジの両端には、別のクジがくっついており、さらにそのクジの端に別のクジが、更にその端には……

 

「こんな偶然、あってたまるか!! パーティーの飾りみたいに丁寧にくっ付いてるぞ! ざっと数えて30枚はあるだろ……」

 

「じゃあ、ざっと数えて30日の悪夢だ」

 

「ふざけんなぁぁぁ!」

 

「っくっくっく……さあ、最初は……」

 

 このアヴェンジャー、俺の苦しむ姿を見て喜んでいやがる……!

 

「じゃあ、貴様の引いたこのクジは……ほう、いきなりクライマックスだ」

 

【ドキドキデート大作戦 ヤンデレ編】

 

 絶望への片道切符を見せつけるアヴェンジャー。

 

「嘘だそんなことぉぉぉ!!」

 

「さあ、ではルールを説明する。ヤンデレ5人とのデート、舞台はカルデアが在る事以外はお前の知るとある街と全く同じ。デートの約束から始まるが、断れば死が待っていると思え。

 言うなれば、約束の時の従者共は爆発寸前の導火線、小さな刺激で暴走すると思え」

 

 もはや返事する力も出ない。

 

「……へー、そーなんだー」

 

「まあ、5人ですむ上に、今日は経験者である紅い弓兵の意見を聞ける時間とデートへの準備時間が用意されている。この作戦は悪夢3日分あるからな。

 因みに、2日目と3日目は合わせて体感時間18時間まで伸ばした。つまり、殆ど丸一日デートを楽しめるという訳だ。勿論、死ねば2日間死にっぱなしだ」

 

 このままぼーっとしている訳にも行かないので、顔を上げ、アヴェンジャーに質問する。

 

「令呪は?」

「無い」

 

「自害するとどうなる?」

「起きるまで死んだままだ。その間は痛みを味わい続けるぞ?」

 

「ならサーヴァントを拘束……」

「出来ると思うか?」

 

 駄目だ、俺の希望が次々と碎かれていく……

 

「では、精々準備し、デートを楽しむんだな!」

 

 アヴェンジャーの消滅と共に、殺風景だった塔は、近代的な建物、カルデア内部へと変わった。

 

 

 

「……」

 

 カルデアに変わって最初の難関は5人のサーヴァントからのデートの誘い。

 携帯の様な端末にメールが届き、サーヴァント達から各部屋に呼び出された。

 

「遅れる訳には行かない……なら早い時間に約束したサーヴァントの順番で回ろう」

 

 そんな確認を自分に言い聞かせる様にしてから、目の前のインターフォンを押した。

 

「……俺だけど」

 

『入っていいよ!』

 

 ドアが開き、中に足を踏み入れる。

 

「……ごめんね、ご主人様を急に呼びだしたりして」

 

 デオン・シュバリエ。白百合の騎士。

 恐らくだが今は女性、だろう。

 

「それで、要件はなんだ?」

 

 そんな事は分かってはいるが、自然な会話をする。

 

「うん、要件はね……私とデートして欲しいんだ」

 

 そう頬を紅く染めながら笑顔で言った。

 

「マスターが私を好きにならない理由は……きっと他の皆が僕とは違う本物の女性で、魅力溢れているからなんだ」

 

 おい、急にハイライトを消してしゃべり始めるな。まるでヤンデレみたいじゃないか。

 

「だけど、僕ならマスターの好みを理解できるし、私だってきっと可愛くなれる!」

 

 そう言ってデオンは俺の両手を掴む。

 

「だから、マスター! 僕の服を選んで欲しいんだ! マスターが僕を好きになってくれるなら、僕は何でも着るし、何でもする!」

 

 い、今なんでもするって言ったよね? 

 なら、大人しくしてください。

 

「ふ、服って言っても、何処で?」

 

「□□駅の前に新しい服屋さんが出来たんだ! 明日の朝にそこに行って、お昼も一緒に過ごそう!」

 

 前から覗き込む様に俺を見るデオン。恐らく断れば、「やっぱり、性別が曖昧な私は好きじゃないんだ……」とか言って斬られるだろう。 

 

(まあ、断われば殺されるの確定だからな)

 

「……分かった。明日の9時半に駅の前で待ち合わせ、適当にお昼までだな」

 

 唇が震えて言葉が掠れない様に必死にデートの時間を決めた。

 

「うん!! 絶対だよ! たとえ、他に女の子から誘われても断ってくれ!」

 

 心臓がドッキっと跳ねる。

 

「ああ、もちろんだ」

「じゃあ、明日の9時半! 約束だよ!」

 

 

 

「…………次は……」

 

 気が進まないが、俺は次の部屋へ向かいながら、□□駅を調べる。やはり、俺の住んでいる街と同じ様だ。

 

「……っと、着いたな」

 

 震える指でインターフォンを押す。

 

『マスターね? 入っていいわよ?』

「何故分かった……」

 

 何も言っていないのに開くドアに驚きつつ、エウリュアレの部屋へと入る。

 

 部屋が……すっごいピンキーなんですけど……

 

 どうやらそんな俺の行動がお気に召さなかった様で、女神様が若干不機嫌そうにしている女神様可愛い!

 

「マスター? 誰が部屋を見渡していいと言ったかしら?」

 

「すいません、女神様」

 

「あら、これではいけないわ。つい癖で魅了してしまうのよね」

 

 解除される魅了。相変わらずこの心の満足感と喪失感には慣れない。

 

「最近、マスターは他の女に構い過ぎじゃないかしら? 今までは、どうせ私の(マスター)になっているだからと思って多目に見ていたけれど、今みたいに私を見る事が少なくなっているわよ。これは、私の所有物(マスター)として問題よ? わかるかしらマスター?」 

 

 つまり、かまって欲しいんだな?

 

「ああ、すまない。寂しい思いをさせていたか?」

 

「違うわよ! 逆よ逆! 貴方が寂しがっているんでしょう? 貴方は人理守護やら人間に不相応の重荷を背負って、そのせいで私に奉仕する時間が減って、寂しいんでしょ!?」

 

 なんか、ヤンデレとツンデレが混ざって面倒くさい事に……

 

「だからこそ明日は一日中、私と過ごしなさい。なんのしがらみもない私との楽しい一日を! 7時からずーっと!  夜は添い寝してあげるわ!」

 

「……」

 

「そして夜は……あら、あまり下品な事を考えないでちょうだい? 弄るだけじゃ済まなくなってしまうわ」

 

 はい、もう時間が被った! だけど、この様子だと時間変更は認めないだろうし……ていうか、一日中とか無理だって!

 

「さ、流石に一日中は……」

 

「あら!  あらあらあら! 私の心遣いを無得する気かしら?」

 

「エウリュアレをずっと見ていると、大事な使命を忘れてしまうんだ。だから、2時間に1時間の休憩を挟ませてくれないか?」

 

「私の事より、使命が大事なんていうのかしら?」

 

「だけど、人理崩壊が成されてしまえば、世界が消え、俺はエウリュアレの事を忘れてしまう」

 

 ていうか2人仲良く消え去ってしまう。

 

「…………分かった。それでも、明日はなるべく私と一緒にいなさい。食事の時と寝る時は絶対一緒よ? 良いわね?」

 

「はい、ありがとうございます。女神様」

 

 

 

 スケジュールは既にパンク寸前。デートスケジュールをメモった端末とにらめっこしながらも、次の扉へ。

 

 正直、インターフォンを押す時の罪悪感が酷い。

 

『誰かな?』

「俺です、ブーディカさん」

 

 次は優しいお姉さんのブーディカ。直ぐにドアが開く……が。

 

「マスター!」

「っ! ちょ、いき、な!」

 

 開いた瞬間、中から伸びた腕に捕まり、更に何か柔らかい物を押し付けられながら抱き締められた。

 

「マスターは可愛いな……」

「い、いきなりなんですかブーディカさん!? 呼び出されたと思ったら、急に抱き締めて……」

 

 なんとか放してもらったが心臓はバクバクととにかくうるさい。

 あの胸は反則だ。

 

「明日、一緒にピクニックに行こうよ。この前はエネミーが出てきて散々だったけど、私の時代の良い所、ちゃんと見せてあげたいから」

 

「べ、別にいいけど……出来れば夜でいいですか?」

 

「……」

 

 俺のその言葉に、ブーディカさんは目を見開き、驚いた表情を浮かべている。

 

「…………っあ、ご、ごめんね! まさか、マスターがそこまで積極的だったなんて思わなくって……」

 

「あ! いや、そういう意味じゃなくて! 本当に! 出来れば夜に出かけたいなって思っただけで……」

 

「うん、もちろんマスターが優しいのは分かってるよ。でもね、マスター。こうやってサーヴァントとして現界したんだし、過去の因縁や縁を忘れて新しい繋がりがあってもいいと、私は思うよ」

 

 な、なんか凄い勘違いして上に、遠回しに浮気しようとしてるよね、これ!? 

 

「あ、あの……俺はただ星が見たかっただけなんですけど……」

 

「あ……うん、そうだよね」

 

 何で露骨に残念そうな顔をするんだ!?

 

「じ、じゃあ……明日の午後7時でいいですか?」

 

「うん、楽しみにしているね」

 

 

 

(なんか、無理ゲーな気がしてきた……いや、最初から無理ゲーなんだけど……)

 

 心境は推理ゲームの最後のステージ、会話と証拠集めに時間が掛かり過ぎて、やる気が失せる感じだ。

 

「……よし、行くぞ」

 

 ボタンを押して、返事を待つ。

 

『どちら様でしょうか?』

 

「俺でーす」

『主どの! 今開けます!』

 

 開かれるドア。この部屋は牛若丸の部屋だ。

 

「お邪魔しま――」

「主どのー!」

 

 入った瞬間に跳んで、抱き着いてきたのは牛若丸。鎧も体も軽いが、見事に俺の腹へ衝撃を与えた。

 

「っぐぁ! ……そ、それ、で……なんで呼び出したんだ、牛若丸」

 

 痛みを抑え、返事をする俺だが牛若丸は鼻を鳴らした。

 

 

「……主どのー……なんで他の女の匂いがするんですか?」

 

 オーマイガー!! 先のプーディカに抱きつかれて匂いが付いたのか!?

 

 だが、そんな時の対処法は知っている。嘘をつくなら大胆に、だ。

 

「先、廊下でブーディカにぶつかってな。倒れそうな所を抑えてくれたんだ」

 

「……そうですか。こんなに匂いが付くまで?」

 

「ブーディカの性格は知ってるだろ? お前だって抱きつかれたんじゃないか?」

 

「そういえばそうですね。ブーディカ殿にはそんな悪癖がありましたね」

 

 どうやら納得してくれたようだ。

 

「……それでですね。主どの。明日は是非! 牛若と遊びに出掛けましょう!」

 

「……別にいいけど、何処へ?」

 

「主どのは何処かいい所を知っていませんか?」

 

 そう言われて、俺は頭を捻り出す。

 現状、デオンには9時半から14時位が目安だと考えている。

 エウリュアレは2時間に1回別れる、ブーディカは夜。そして、牛若丸は……

 

「じゃあ、14時半からで良いか? 朝の内に済ませないと行けない用事があるから」

 

「分かりました」

 

「場所は……そうだな。公園でいいか?」

 

「構いません! では、明日の14時に公園で待ちあわせですね!」

 

 

 

 さあさあ、もはやスケジュールパンクなんてレベルじゃないね。

 グランドサーヴァントが4騎で人理崩壊しようとする程にやばい話になってきた。

 

(って、それ俺確実に死ぬんだけど……)

 

「おーい、マスターだぞー」

 

 最後のインターフォンを鳴らす。

 

「……ほら、入っていいぞ」

 

 最後はこの人、両儀式。

 

「マスター、急に呼び出して悪いな」

「いや、別に良いけど、どうしたの急に?」

 

「新しい喫茶店が出来たんだ。そこのアイスパフェがカップル限定だから、付き合ってくれないか?」

 

「……別に良いけど何時から?」

 

 スケジュール表を出しながら聞けば、気遣いの出来る式の事だ。こちらに指定を任せてくれるだろう。

 なお、今開いているスケジュールは偽装した物だ。見られても問題ない。

 

「何時が開いているんだ?」

 

「……15時なら1時間位大丈夫かな?」

 

「そうか……限定アイスパフェは明日までだし、それで手を打つか」

 

「決まりだね。じゃあ、その後はバーサーカーと一緒にトレーニングで……」

 

「……意外と、ハードなスケジュールなんだな……」

 

 

 

(ハイ俺死んだー! 無理だよ無理! どうしろって言うんだよ!?)

 

 マイルームで頭を抱えながらも、気晴らしにサーヴァント表を見る。

 

(やっぱり、俺の持ってるサーヴァントしかいないな。エミヤは持っていないのに、紅い弓兵に何処で会えば……)

 

「キャスターはジル、アンゼルセン、メディア……あ」

 

 そこで僅かに閃いた。

 

「よし、急ぐぞ!」

 

 俺は僅かに見えた希望を繋ぐ為に、走り出した。

 

 

 

 

「――そこから先は地獄だぞ」

 

 あれから1時間程経ったあと、フレンドのサポートサーヴァントに会える喫茶店に向かった。

 

 例の先人、紅い弓兵を見つけ、俺はデートの話をした。

 

 それを聞いて男は語り出した。

 

「確かに、未熟な頃の俺はそんな事をしようとした。全ての幸せを願い、平和を理想とし、体を走らせた」

 

 彼は思い出し、皮肉にも見える様な笑顔を浮かべる。

 

「だが、結果は無残な物だった。俺は小さな幸せを忘れ、正義の光の元に下された鉄槌を受けて、

全て遠き理想郷と悟ったのだ」 

 

 その男は、全てを失ったように見えた。

 だが、それは違う。

 失わない様に意地を張った結果が今の彼なんだと俺はそれを理解した。

 

「……だが君と私とでは状況が違う。君は、たった1人を選ぶ事も出来ないのだろう」

 

「……ああ」

 

「それに、君は未熟な俺とは違う様だ。それなりのプランを用意したのだろう?」

 

「……」

 

 俺は、喫茶店にあったホワイトボードで弓兵に説明を始めた。

 

「対ヤンデレ・ドキドキデート大作戦!! これが俺のプランだ!」

 

 ホワイトボードにスケジュールを書いた。

 テンションが可笑しい? 知った事か!

 

「先ずは7時からのエウリュアレ! 俺は既にドクターロマンにパラケルススに手伝いを頼んだ!」

 

「っ何!? 役に立たない事に定評があるドクターに、常に黒幕疑惑のあるホーエンハイムだと!? 正気か!?」

 

「ああ! だが、これくらいのリスク、承知の上だ! パラケルススには睡眠薬を用意させた! 効果は睡眠時間を18時間固定だ! ドクターの協力とフォウを買収して、通気口にお香タイプの睡眠薬を何時でも発動できる様に設置している!」

 

「なんだと!? 昼過ぎまで寝させる気か!?」

 

 現代で規則正しい生活を心がけていた弓兵は、薬で相手の睡眠を操る俺の策に戦慄禁じ得なかった。

 

「つまり、俺のデートは9時半のデオンから始まる訳だ! これは午前中にデオンの買い物を終わらせ、適当に昼食済ませた後、急用ができたと言って帰る! 急用を聞かれれば、意味深なセリフを言って帰る!」

 

「下手な事を言えば、尾行されるだけだぞ!?」

 

 だがその忠告をニヒルな笑いで吹き飛ばし、プランを続ける。

 

「その後は牛若丸との待ち合わせ場所の公園へ! 因みに、エウリュアレのドアに7時と9時と12時にインターフォンを押した事を教える紙をドクターに貼って貰う!」

 

「アリバイ工作……だと……!?」

 

 念入りな策に弓兵はその手があったかと恐れ慄く。

 

「牛若丸は映画館に連れて行き、14時45分公開の侍映画を見せる! その間、15時には抜け出して、アイス食いに式の元へ!」

 

「映画、館……抜け出す……」

 

 弓兵のトラウマを刺激した様だがそれに構わずプランを練り続ける。

 

「お香の効果は23時に発動させる為、17時には目覚める計算だ。牛若丸が2時間半の映画を楽しんでいる間に1度席に戻ってからエウリュアレの様子を見に行く!」

 

「此処は3人のローテーション、正念場だな」

 

 その通り。此処でしくじれば全てが終わる。

 

「エウリュアレを寝過ぎだからと医務室連れて行き、強制検査! その間に牛若丸に会って別れて、エウリュアレを構う!」

 

「……さあ、最後か。さあ、ブーディカはどうする!?」

 

「ブーディカには飲み物に混ぜた睡眠薬でご退場だ!」

 

「早い!? 物凄いスピードで斬り伏せた!」

 

「エウリュアレENDで終わり、これが俺のデートプランだぁぁぁ!」

 

「……」

 

「どうだ!?」

 

 俺の渾身のドヤ顔に、弓兵はなにか呟いた。

 

「……貴様、忘れているのか? それとも、惚けているのか?」

 

「ん、なんだって?」

 

「戯け! 貴様を監視する清姫はどう躱す気だ!?」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 

「…………っは」

 

 乾いた笑い声を出した俺の心は、明日どうすれば苦しまずに死ねるかを考えるのに必死だった。

 

 一応、全員を睡眠薬で眠らせる策も浮かんだが、アヴェンジャーに睡眠薬の使用対象と回数は2人に2回までと禁じられているので、このプランを続けるしかなかった。

 

 

 そして、俺は悪夢を忘れながら現実へと戻った。

 




さてさて、どうなる主人公!? 絶望編へ続く!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・ドキドキデート大作戦!! 絶望(?)編

さあ、前半戦開始だ!



「……さーて、がんばりますかー」

 

 自分でも驚く様なこれ以上に無いってくらいに綺麗な棒読みだった。

 

 希望の朝? そんな物は無い。現在時刻は7時。

 

「着替え……ああ、用意してあった奴だ」

 

 季節は現実と同じ春。礼装ではない普通の服に着替える。

 黒のシャツに緑と黒のチェック柄の上着と青いジーパン、無難な格好だと思う。

 

 

 急いで着替えて先ずはエウリュアレの部屋へ走る。睡眠薬の効き目をチェックしないと……

 

「……起きてませんように……」

 

 祈る様にインターフォンを押した。

 同時にドアの向こうで機械音が鳴るが、返事は無い。

 

「…………良し! じゃあ、この紙を貼って!」

 

 ドアに7時に来たが寝ている様なので起こさなかったと書いてある紙を貼ってその場を離れ、食堂へと向かう。

 

 だが、食べる事の多いデートなのであまり食べてはいけない。

 

 コーヒーを飲みつつ、バナナを1人食堂で食べる。

 流石にこの時間は英霊もいない。

 

「……カルデアの食堂とか知ってる自分にすごい違和感を感じる……」

 

 そんな事を言いつつも、俺はスケジュールを確認する。

 

 デオン、牛若丸、式、牛若丸、エウリュアレ、牛若丸、エウリュアレ、ブーディカ、エウリュアレの順番。

 

 清姫に注意と大きく書いてあるが、具体的な対策は何も書いてなかった。

 いや、一応予防線は貼ってあるが。

 

「…………最悪、自害するか……」

 

 食堂からナイフを一本貰う。

 使用は最悪の場合のみだが。死んでも焼かれるのとずっとナイフの痛みを感じるのならば、どちらがより苦痛か……

 

「ええい! 暗い事を考えても仕方ない!」

 

 俺はデオンのデートっぽくしたいと言う提案で決まった待ち合わせ場所へと向かう準備を始めた。

 

 

「財布は……これだな。……って、何で紙幣で財布が畳めなくなってるんだよ!?」

 

 しかも一万円札ばっかり。

 

「……もしかしなくてもQP(ゲーム内通貨)と同じ位あるのか?」

 

 そんな予想が浮かんだが、それよりも俺はデートの準備を済ませる為に多少欲に目を眩ませながら、財布に16万円程残し携帯端末と一緒にポケットに入れて歯を磨く。クレジットカードも見つけたのでそれも財布へ。パスワードはカードに貼られていたので問題ない。

 

「さてさて、どうなる事やら……」

 

 時刻は8時、待ち合わせの時間までまだ1時間と30分はある。駅までなら歩いて10分で着くはずだ。

 

「とりあえず、清姫への対策に……」

 

 俺はお気に入りのインスタントレモンティーの粉末が無くなっている事と他にもいくらかの商品が欲しい事を書いて、近くのスーパーでそれらが半額だとメールを書いておく。

 

「別件で手が放せないので、よろしく頼む、っと……」

 

 その30分後、俺はカルデアを出た。

 

 

 

「本当に街があるな……って言うか、近所のホテルがカルデアに変わってるし……」

 

 不思議過ぎる光景と、それを気にする素振りの無い住人達を不気味に思いつつも足は駅へと歩く。

 

「デオン、もう着いてるかな……」

 

 こういう場合、ヤンデレは待ち合わせ場所に早過ぎる時間からいるなんて事が多々あるシチュエーションだ。

 

 まだ1時間前だが、場合によってはもう待ちくたびれている可能性もある。

 

「……新しい店だからか……? 駅の近くにオープンした新しい服屋なんて探しても見つからないが……」

 

 駅に向かいつつも端末で確認する。不思議な事に、人こそ歩いているが車は1台も通らない。それでも皆が信号を守っているので俺も守るが。

 

「っと、もう着きそうだが……」

 

 駅が見えてきた。

 そしてそこには見覚えのある人影が……

 

「やっぱりもういるよ……」

 

 駅前らしく人の出入りの激しい場所で1人電柱で左右をしきりに確認する可憐な少女、デオンを見つけた。

 今日は白いワンピースに赤のチロリアンハットを被っている。

 

「……っごく」

 

 思わず喉を鳴らしてしまった。急にデートの意味を思い出し、命の危険とは別の意味で緊張してきた。

 

 駅に近づく俺。

 左右を見渡し、やがてこちらに視線を向けたデオンは俺を見つけ、嬉しそうな笑顔を向けてくる。

 

「……ごめん、待った?」

 

 気の利いた言葉が思い浮かばず、お約束のセリフが口から出た。

 

「ううん、ちょっと前に来た所だよ」

 

 結局約束していた50分前にデートは始まる事になった。

 

「店、空いてるのか?」

 

「今は8時42分か……うん、開いている筈だ」

 

「じゃあ、行くか」

「ああ!」

 

 そう言ってデオンは俺の腕に抱きつく。

 

「これでデートっぽいかな?」

 

(そんな小悪魔的な笑顔で言われても困ります)

 

 俺は拒まず、彼女は腕を抱きしめながら歩く。

 いつもの研ぎ澄まされた表情が崩れ、幸せそうな顔を浮かべるデオンに俺も自然と笑顔になる。

 

「そう言えば何処に服屋があるんだ? ネットで探しても地図に表示されないんだ」

 

「ああ、あそこはちょっと特殊だからね」

 

「特殊?」

 

「この道を行って直ぐだよ」

 

 デオンは何も言わずに歩く。やがて俺の前に立ち指を指す。

 

「此処だよ!」

 

「此処って……メイド喫茶!?」

 

 なんと連れてこられた先はメイド喫茶。残念ながら現実ではこんな店は無いので一度も来た事は無いが。

 

「私の目的地はこの二階だよ」

 

 そう言ってデオンはメイド喫茶の入り口のそばにある階段を指差す。

 

「2階は……コスプレ専門店!?」

「さあ、行こうか!」

 

 普段なら恥ずかしがる筈なのに、嬉しそうなテンションのデオンに連れられて、店内へと入っていく。

 

「いらっしゃいませ」

 

 挨拶をする店員を通り過ぎ、服――ではなく衣装の前に立ち、選び始める。

 

「どんな服が似合うかな〜……」

「とりあえず、試着室が有るみたいだし、そこで色々試してみれば? すいません、試着室は何処ですか?」

 

「あちらになります」

 

 店員さんに案内して貰い、試着室に数着の衣装と一緒に入っていくデオン。

 

「着たら呼ぶから、どれが良いか見てくれる?」

 

「お、おう……」

 

 俺は試着室の近くで適当に店内を見つつ、デオンの着替えを待つ。

 

 不思議な事に他の客や店員は一切こちらを見ていない。まるでギャルゲーの様な、背景なだけの人物達だ。

 

「良いよー!」

 

 少し怖い事を考えている内に、カーテンが開けられた。

 

 先までの思考はその一瞬で吹き飛んだ。

 

「……凄い」

 

 最初に目に写ったのは紅色。派手な色だが、その色がデオンの長く美しい金髪をより良く魅せている。

 細みのシルエットを引き締め、ハリのある足を側面から見せつけている。

 

(これが、チャイナ服……!)

 

 普段は水色や白だったりと落ち着いた色のデオンを見ていたが、情熱的な色もまた、デオンの持つ新たな可能性を見せてくれた。

 

「ど、どうだい……?」

 

 自信が無いように小さく笑うその表情もまた、衣装とデオンの美しさに拍車をかけている。

 

「……綺麗だよ」

 

 俺はその言葉を絞り出すのに精一杯だった。

 

「そ、そう、かな……?」

 

 照れるデオンをずっと見ていたい気持ちもあるが、時間は有限。俺は心を鬼にしてデオンに次の服を着るようにと言った。

 

「う、うん……」

 

 再び閉じられるカーテン。これから先の地獄を前に俺は、この幸せを噛み締めようと強く思った。

 

「……どうでしょうか、ご主人様?」

 

 カーテンから現れたのはメイド。カーニバル・ファンタズムとかでアルトリアが着ていたような黒の多いメイド服。

 

 同じ金髪だし被ってるだろうって?

 

 いや、全然違う! 

 首を一周している束ねられ金髪に、白と黒の可愛らしいフリル。

 

 何より凛々しかったアルトリアとは違う、少女的な可憐さがより色濃く現れ、彼女のその動きからは献身的な愛が目に見える様だ。

 

「良いよ! すっごい似合ってる!」

 

「はは、喜んでもらえて嬉しいな。ちょっと恥ずかしいけどね。じゃあ、次に……」

 

 その後、俺はデオンのスク水、セーラー服、巫女服に魔法少女の衣装を堪能してから、店を出た。

 

 

 

「たくさん買ってしまったね」

 

 店を出た俺の手には3着の服が入った紙袋が握られていた。

 

「まあ、別に良いんじゃないか、たまには」

 

「半分もマスターに払わせてしまったし……」

 

 所持金が1万円減ったくらいなら、今の俺には問題無い。

 

「じゃあ、昼飯にしようか」

 

 俺はバイキングの店を選んだ。

 

「食べ放題のお店……!」

「セイバークラスはよく食べるらしいし」

 

 それを聞いてデオンがムッとする。

 

「それは偏見だよ!」

「そうか、それは悪かったな。じゃあ、デートっぽくあっちにするか?」

 

 俺はでかいMが特徴的なファーストフード店を指差す。

 

「バイキング!」

 

(やっぱり、セイバークラスは腹ペコがデフォルトなのか……)

 

「口移しで食べさせてね?」

「ッブ!?」

 

 思わず変な音が口から漏れる。バイキングで口移しとか、拷問か!?

 

「……」

 

「え? そこはほら、冗談だよ、とかいう場面だよね!?」

 

 そんなツッコミを入れる俺へ近づき、デオンは耳元で囁いた。

 

「じゃあ、メイド服を着てあげるから」

 

 

 ――遠き理想郷は此処にあったのか……

 

ファーストフード店(あっち)行くぞ!」

 

 俺は天使の誘惑を振り切る為に、デオンを引っ張り、店へと入っていった。

 

「じゃあ、せめて――」

 

 

「……デオン、そろそろ帰ろっか?」

 

「どうして? まだ1時30分だよ?」

 

 色々ありつつも昼飯を食べて適当に街を散歩していた俺の携帯にメールが届く。ドクターに頼んでおいたメールだ。内容は、急遽マスターとしての定期検査を行うと書かれている。

 

「ドクターは無粋だね」

 

「しょうがないさ。デオンはどうする?」

「んー…… そうだね、僕も一緒に帰るよ」

 

 此処からなら15分でカルデアに着く。公園までもそう遠くないのでなんとでもなるだろう。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 再び腕に抱きつくデオンに、俺は罪悪感を感じながらカルデアへと歩いた。

 

「楽しかったね」

「ああ」

 

 腕に抱きついたまま、デオンは俺の頬にキスをした。

 

「っん! 今度はカルデアでデートしようよ。メイド服で、ね?」

 

 そんな不意打ちに、また照れてしまった。

 

 

 

 カルデアに着いてデオンと別れた俺は大急ぎで服を脱いでマイルームのシャワー室へ向かう。

 

(嗅覚対策だ!)

 

 牛若丸にデオンと一緒にいた事を悟られない様に別の服を着て、香水をつけるのも忘れない。

 

「行ってきま――」

 

「ま・す・たぁ? どちらに行かれるのですか?」

 

 が、部屋を出た俺を待ち受けていたのは清姫だった。

 

「清姫か……びっくりした。……牛若丸と映画を見に行くんだ」

 

「……それが、私を買い物に行かせた理由ではなさそうですね。何故、私を買い物に行かせたのですか?」

 

 牛若丸の名前で清姫がピクリと動いた気がする。

 

「……デオンと買い物に行ってたんだよ」

 

 デオンの名前に再びピクリと動く。

 

「……マスター、ただの買い物に私を露払いするなんて、何かあると私が勘違いしても仕方ありませんよ?」

 

 扇子を構える清姫。

 怖い。

 これは、下手な事を言えば燃やされる。

 

「……そうだね。俺は清姫を侮っていた。今更、2人きりでの買い物程度で嫉妬に駆られる訳が無かったよな。ごめんね」

 

「……ええ、大目に見て差し上げます。今回だけは、ですが」

 

「悪いな。その、埋め合わせは絶対するから」

 

「……楽しみにしています」

 

 その場から去っていく清姫。俺は既に数分は遅刻確定なので急いで牛若丸の持つ公園へと急いだ。

 

 

「あーるーじーどーのー!」

「悪い、っはぁ……遅れた」

 

 カルデアから全力疾走で走って来たが、間に合わなかった様だ。

 辿り着いた公園では既に白い長袖のシャツと黒いデニムショートパンツを着た牛若丸が頬を膨らませて立っていた。

 

「仕方ありませんね。牛若は寛大ですから、肩車で許します! さあ、映画館まで運んで下さい、主どの!」

 

 そう言って軽い身のこなしで俺の背中に飛び移る。

 

「おっとっと……分かったよ」

 

「さぁ、行きましょう!」

 

 映画館のあるデパートまで15分、楽しそうに笑う牛若丸を背中に背負いつつ、映画館へと走る。

 

 到着した時は14時26分。流石にデパートの前で肩車を止めてもらった。

 

「はい、前売り券」

「確かに!」

 

 上映開始は14時45分、俺はポップコーンLサイズとコーラのLとSの2つを頼むと、牛若丸と共に劇場に入っていた。

 

「予告をやってるな」

 

 アメコミや伝記物の予告が流れ、ホラー映画の予告にビビる牛若丸を弄っている間に映画が始まる。

 

「う……」

 

「? どうしました、主どの?」

 

「すまん、腹が痛くなってきたからトイレ行ってくる……」

 

「そうですか……お気を付けて」

 

「おう……なるべく早く戻る……」

 

 気分が悪いフリをしつつ劇場から出る。

 行き先は当然、式の待つデパート近くの喫茶店だが。

 

 

 デパートの3階から階段で降りて外に出て、喫茶店に入り、店の奥に座る式を見つけた。式は普段通りの服装だった。

 

「ん、時間丁度だな」

「ははは、ちょっと危なかったけどね」

 

 それじゃあ早速と式は店員を呼び、カップル限定のパフェを注文した。

 

「すいませーん。このカップル限定、恋の赤とピンクのストロベリーパフェ1つ」

 

「はーい、恋の赤とピンクのストロベリーパフェですね。以上ですか?」

 

「あ、じゃあこのカップル限定のLサイズコーラ1つ」

 

「かしこまりました」

 

 店員は厨房の方へと去っていく。

 

「なんでもかんでもカップル限定なんだな」

 

「そういう商品を物珍しさだけで注文する奴や、恋人がいるって事を見せ付けたい客が頼むんだろ。ちょっと値段が高いのもご愛嬌だ。

 まあ、オレも後者だから人の事言えないが」

 

「……えーっと、カップルのフリ……だよね?」

「なんだ、オレが彼女じゃやっぱり不満か?」

 

「不満はないけど……」

 

「お待たせしました。カップル限定、Lサイズのコーラです」

 

 大きめなコップに500ml程のコップに氷と一緒に注がれたコーラ。2本のストローがハート形にまかれている。

 

「うわー、こんなのアニメとかでしか見た事ないわー」

「もう口移しだってした仲だろ? 今更恥ずかしがる事も無いよな」

 

 普通に飲み始める式は、目で俺に飲めと訴えている。

 

「わ、分かったよ」

 

 直ぐに何が恥ずかしいかが分かった。

 飲んでいる間は同じ物を飲んでいる相手を見つめながら、見つめられている。これが本当に恥ずかしい。

 

「――」

 

「……」

 

 しかも、自分でも顔がどうなっているか分かる程に照れている俺を、式は楽しそうな表情で見つめてくるので、もう顔が燃え出しそうな程に真っ赤に染まっているだろう。

 

「…………」

 

「――やっぱり面白いな」

 

(そうかい! どういたしまして!)

 

 皮肉に1つも言ってやろうかと思ったが、それが出来ない程に俺はテンパっている。

 

「お待たせしました、カップル限定、恋の赤とピンクのストロベリーパフェです」

 

 店員が持ってきたのは、本当に真っ赤なパフェだった。

 

 ピンク色のアイスの上に無数の、半分に切られたいちごが刺さっている。

 

「上にかかってるのもストロベリーソースだし……」

 

 そして当然の様にスプーンは1本だけ。

 自然な動作でスプーンを取った式は流れる様にイチゴを掬い上げ、口に挟み、イチゴの先端をこちらに差し出す。

 

「えーっと……? 式さん……?」

 

「……」

 

 イチゴを食べろ――喋れないが視線がそう伝えている。

 

(イチゴ版ポッキーゲーム……いや、これキス確定なんですけど!?)

 

「……」

「わ、分かったよ……」

 

 厳しさを増した視線に、俺は観念してイチゴを口にした。

 

「ん!」

 

 と同時に待ちくたびれていた式は強引に進行し、俺の唇に触れた。

 

「……っ。全く、あんまりノロノロするなよ、結構恥ずかしいんだぞ?」

 

(なら、もっと恥じらって下さい)

 

「じゃあ次」

「ちょ、ちょっと待って! 先に、お手洗いに行ってくるよ」

 

 俺は席を立ち、トイレに向かう。

 

 個室に入ると、俺は端末を取り出す。上映中は使わないのがマナーだが、俺からのメールなら牛若丸も見るだろう。

 

「ちょっと、気分が優れないから、薬を買って来ます……なるべく早く戻るから、映画、楽しんで、下さい……と」

 

 現在時刻は15時半、あと30分位で式別れて牛若丸の元に戻って、次はエウリュアレにかまってやらないといけない。

 

「……良し、頑張ろう」

 

 その後、あーん、口移しのコンボで式に弄くり倒されたのは、割愛させてもらう。

 

 

 

『ふん、今日は危な気無く……と言えるかは微妙だが、無事生き残ったようだな。明日は今日の続き、式と別れた後から再開される。簡単にくたばらない事を願っているぞ』

 




次回、多分本当の絶望編!

さてまずは8の短編をなんとかしないと……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・ドキドキデート大作戦! 絶望編 (残酷描写注意)

残酷描写注意!


 新たな短編集、【ヤンデレの無いカルデア……? 短編集】 を投稿しました。
 未だ1話しか投稿していませんが、これからアンケートで寄せられた話を書いていくので、よかったらどうぞ!


「急がないと!」

 

 夢の中で目が覚めて直ぐに走り出した。

 今日は昨日のデートの続きだ。牛若丸のいる映画館へ急がないと……!

 

「……と、その前に……」

 

 デパートのトイレに入って口を濯ぐ。式の匂いについて追求されればデパートで会って世話になったと言って誤魔化そう。

 

 急いで階段を駆け上がり、3階に辿り着く頃にはそこそこいい汗をかいた。

 

 息を整えた俺はチケットを取り出して係員に見せて劇場に再入場した。

 

「……ごめん、遅くなった……」

 

 小声で牛若丸にそう言った。

 

「いえ……体の方は?」

 

「ああ、だいぶ良くなった……」

 

 映画は中盤、悪役らしき人物達が集まって悪巧みしているみたいだ。

 

「すいません、牛若が――」

「――デートに誘われたのは偶々だし、調子が悪くなったのも偶々だ。間が悪かった。それだけだよ」

 

 謝られれば自分の中の罪悪感が増してしまう。

 そう思った俺は早々に何処かで聞いた良い台詞を言って(少なくとも俺はそのつもり)牛若丸の言葉を遮った。

 

「だから、牛若丸が謝る事なんて無いよ」

「……はい!」

 

 映画は続き、悪役らしき人物達は1人の侍に成敗される。

 

 だがその中の1人だけが生き残り、更に大きな悪行を働く組織に侍の情報を与えて侍を襲わせる。

 

 襲い来る敵を撃退し親玉を目指して旅を続ける主人公だが、町中でも狙われ続ける主人公は他の村人達に疫病神扱いされ、主人公が人助けしてもろくな感謝もせず、主人公も特に何も求めずに旅をし、刺客を送り続けてきた親玉の城へ1人乗り込む。

 

 100人、300人、遂に無敵の様な強さを誇った主人公はその数の前に片膝を着く。

 そして親玉が直々に首を刎ねようとした時、主人公を助けに今まで主人公を疫病神扱いしていた旅の道中に出会った全ての村の住人達が加勢する。

 

 それに元気付けられ勝機を見出した主人公は再び刀を手にその一閃を持って、親玉を斬り捨てた。

 その後は見事大団円でめでたし、めでたし。

 

「どうだった? 俺はあの殺陣は迫力も見せ方も素晴らしかったと思ったけど」

 

 決してエウリュアレの事を忘れた訳ではないが、牛若丸への謝罪の意味も込めて結局映画の最後まで付き合ってしまった。

 

「そうですね! ストーリーも斬り合いも、牛若は大変満足致しました!」

 

 牛若丸は本当に嬉しそうにそう言った。

 

 多くを語らず周囲から疫病神だと呼ばれ続けられた主人公。彼を最後の最後で理解して村人が助けに入る。

 

 それはきっと生前に牛若丸が自分の兄に求めた物だろう。

 天才だった牛若丸は戦場ですら恐れを知らず、それ故に兄である源頼朝の殺意に気付かずに、自刃で生涯を終えてしまった。

 

 牛若丸にも源頼朝にも足りなかった物が、理解だった。

 

「主どのがその、万全の状態でしたらなお良かったのですが……」

 

「ハハハ……悪いな。これからドクターの所でお世話にならないと……」

 

「そうですね……良ければ、牛若がお送りしましょうか?」

 

「いや、いいよ。1人で帰れる」

「じゃあ、付き添わせて頂きます!」

 

「別に、何処か寄りたければ寄っていいんだぞ?」

「牛若は買い物より、主どのとデートがしたいのです!」

 

 俺を気遣ってか、牛若丸は抱き着かずに俺の手を握った。

 

「さあ、しっかり治してまた今度、デートに行きましょう!」

 

「……ああ、そうだな」

 

 俺は牛若丸と喋りながら、カルデアに帰っていた。相変わらず罪悪感が凄まじい。

 

 

 

「では主どの! 牛若はこの辺りで……」

「ああ、ありがとうな」

 

 17時35分にカルデアに到着し、牛若丸と別れた俺はその足でエウリュアレの部屋へと向かった。

 

「あれ、誰もいない……?」

 

 エウリュアレのインターフォンを押すが、留守だと言うお知らせが来る。

 誰もいない事におかしいと思いつつも、俺は一旦ドクターの部屋に行こうとして――

 

「――ぁスター!!」

 

 誰かが高速で走って俺へと飛び込んで来た。

 俺は尻餅をつき、その人物は倒れた俺に覆いかぶさる。

 

「ああ、マスターよ、マスター、マスターね!? 会いたかった、逢いたかった、合いたかった! 触れるわ、愛せるわ、愛されるわ! さあ、愛して! 私を、私だけを愛して頂戴!」

 

(な、なんだこのエウリュアレは!?)

 

「寂しかった、寂しかったわ! (ステンノ)駄妹(メドゥーサ)もいないし、貴方もいなかった! 1人であまりの寂しさに死にそうだったわ……でも、貴方だけはちゃんとここに居るわ! さあ、私を愛して! 愛して! アイシテ!」

 

「ちょ、落ち着いてエウリュアレ! 一体何が……?」

 

「帰ってましたか、マスター」

 

 そこにやって来たのは男性だが、腰に届きそうな程の長い黒髪を持つパラケルスス、例の睡眠薬を作らせたキャスターのサーヴァントだ。

 

「な、何かしたのかパラケルスス!?」

 

「はい。……私は、マスターを愛し子と想い、言われるがまま睡眠薬を作ろうとしました。

 ですがそれでは彼女が報われぬと思ったのです。

 裏切りは大逆ですので、マスターの望んだ睡眠薬に起きた彼女が愛に満ちる様にと、副作用として悪夢を見せる様に致しました」

 

「マスター、ああ、マスター……!」

 

 不意打ちの様なパラケルススの言葉が真実なのは俺に覆いかぶさるエウリュアレを見れば一目瞭然だ。

 

「では、マスター。ごゆっくり……」

「助けろ!」

 

 だが、俺の叫びを無視してパラケルススは去って行った。

 

「っはぁ、はぁっはぁ……!」

「エウリュアレ……す、少し落ち着いて、な?」

 

 目が完全に常軌を逸している。ハイライトが消えている上に目の中にハートマークが見えた気がする。

 

「部屋に行こうか? まずは、な?」

「ええ、マスター! 部屋で愛してあげる!」

 

 魅了を使うという考えが頭に浮かばない程混乱しているのは助かった。使われてたら収拾がつかなかった。

 

(いや、果たしてこの真・ヤンデレモードと化したエウリュアレから逃れられるのか?)

 

「さあ、入って!」

 

 押されるがまま、引っ張られるまま部屋まで連れてこられた。

 

「一緒に今日を過ごす約束してたのに、寝ちゃってごめんなさい」

「いや、あまりに寝過ぎでちょっと心配だったけど、起こさなくてごめん」

 

 若干驚く。あのエウリュアレが素直なのだ。

 

「でも今からその遅れを取り戻すわ」

 

 そう言ってエウリュアレはトランプを取り出した。

 

「これで遊びましょう」

「トランプか……2人だからババ抜き?」

 

 俺のその言葉にエウリュアレは首を振る。

 

「いえ、メドゥーサ抜きよ」

 

 見せられたジョーカーらしきカードにはデフォルメされたメドゥーサのイラストが書かれていた。

 

(こんな時でも妹を徹底的にディスってる!?)

 

「負けた方が勝った方の言う事に1度だけ何でも従う罰ゲームよ」

「お手柔らかに……」

 

(やばっ、神霊の幸運パラメーターって基本的に高いじゃねえか!)

 

「さあ、始まりよ」

 

 

「これで2連勝、私の勝ちね?」

 

「すごいなー、あこがれちゃうなー」

 

「うふふふ……」

 

 ゲーム中、普段の調子に戻ってきたエウリュアレ。1度目は最初からエウリュアレは手札は0、俺の手札にメドゥーサしかない状態でゲームは始まり終わった。流石に納得行かなかったので2戦目を要求。

 2度目は俺の手にあったメドゥーサを一度も引かずにエウリュアレが上がった。

 

「じゃあ、マスターは私の命令に絶対服従、ね?」

 

「へーい」

 

 チートを使われて負けた位に納得行かないが、約束は約束である。

 

「じゃあ……そうね。マスター……私に魔力供給してちょうだい? 勿論、性的な方法で」

 

「はい、アウト!」

 

「敗者は勝者に服従、拒否権なんて無いわよ」

 

 そう言って服を脱ぎ始めるエウリュアレ。

 

「ストップ! なあ、エウリュアレ……その、ほら! ムードって大事だろ? ゲームで貞操捨てるって、ムードもヘッタクレも無いだろ?」

 

「……確かにそうね。じゃあ、悪ふざけ程度がいいのかしら?」

「そうしてくれ……」

 

 ようやく服から手を放した。

 

「……じゃあ、これならどうかしら?」

 

 何処からか取り出される丸細い、カプセルのような薬。

 

「……何、その手に握ってる怪しい薬は?」

「これを飲みなさい」

 

(え?なんか嫌な予感がする。媚薬? 性転換? 睡眠薬?)

 

「あーん」

 

 俺は有無を言わさないエウリュアレに覚悟を決め、口を開いた。

 

「……あ、あーん…………ぅぐ!」

 

 飲み込んだ。

 

「……あ、あれ?」

 

 視線が下がる。袖が伸びる。

 な、なんか変だぞ。服がダブダブだし……

 

「可愛いわよ、マスター」

 

「え、お姉ちゃん? な、何したの!?」

 

「体が幼くなる薬よ」

 

 体を見れば服のサイズが全く合っていない。

 

(えぇ!? どうしよう!? この後別のお姉ちゃんとデートの約束してるのに!?)

 

 どうしようと僕は頭を抱える。後45分くらいで19時、デートにこのまま行くことになっちゃう。

 

「さあマスターこっちにおいで……」

 

「……うん……」

 

 お姉ちゃんに誘われるまま、お姉ちゃんの膝に乗る。

 

「可愛いわ、マスター」

 

 僕の頭を撫でながら、お姉ちゃんは服の袖に手を伸ばして握りしめた。

 

「……はい、これで良いわね」

「え!?  今のどうやったの!?」

 

 驚いた。気が付けば服のサイズが縮んだ僕と全部同じサイズになった。

 

「ふふっ、本当に可愛い。見上げてばかりだったけれど、マスターを見下ろすのも良いものね」

 

 答えは返っては来ない。お姉ちゃんは微笑みながら僕の頭を撫でるだけ。

 

「もう! あんまり撫でないでよ!」

 

 子供扱いが嫌な僕はそう怒鳴った。

 

「ごめんなさいね。じゃあ、大人扱いしてあげる……っん」

 

 そう言ってお姉ちゃんは僕の口に、キスをした。

 

「な、ななな……!?」

「あーら、キスだけで真っ赤になってテンパっちゃうなんて、やっぱり可愛いわ」

 

 そう言ってお姉ちゃんは僕を抱きしめた。

 

「っひゃ!?」

 

 首を甜められた。

 

「可愛い声……今の内にたっぷり調教してあげないと……」

 

「や、やめてよ! そんな所舐めても汚い、っんー!?」

 

 今度は舌が首から上へと上っていき、耳まで甜められる。

 

「逃げちゃダメよマスター?」

 

「く、くすぐったいよ!」

 

 僕がそう言うと体が急に光り出した。

 

「うわ!?」

「あら?」

 

 エウリュアレが急いで服を掴んだ。

 

 光が止むと、俺の体も服も元のサイズに戻っていた。

 

「良かった、元に戻った……」

 

「流石に遊び半分で用意した薬じゃあこの程度の様ね」

「あんまり変な薬飲まさないでくれ、エウリュアレ」

 

 体全体の無事を確認する。ズボンもパンツも大丈夫のようだ。

 

「幼いマスターも可愛かったわね。今度はどんな薬を飲ませようかしら?」

 

「いや、もう飲まないからな!」

 

「まあ、1度に遊び続けるのも面白味が無くなってしまうわね。じゃあ、何か別の事をしましょうか?」

 

 そう言ってうエウリュアレはジェンガやらボードゲームを取り出し始める。

 

(やっぱり、ゲーム内で使ってあげないと暇なんだろうな……)

 

 

「あ、エウリュアレ悪いな。ちょっとだけ席を外すぞ」

 

「あら、何処に行く気かしら?」

 

「ちょっとドクターに呼ばれたから言ってくる」

 

 本編と違い、ドクター大活躍である。まだ本人は登場してないけど。

 

「なるべく早く戻ってくるから!」

 

 そう言って俺はダッシュでその場を離れた。

 

(……さて残るは、ブーディカのみ! 既にドクターに頼んで用意してもらったオレンジで作ったジュースに、例の睡眠薬を投入しておいた! レイシフトして星の見える夜空を堪能し始めた所で飲ませ、一気に形を着ける!)

 

 一度部屋に行き、適当に顔を洗い服を着替え、いろいろ入っているバッグを手に取る。香水を付けるのも忘れない。

 

 その後は直ぐにレイシフトを行うメインルームに到着した。

 

 既にブーディカは待っていた様だ。手にはランチボックスが握られている。

 

「来たね。じゃあ、行こっか?」

 

 ドクターがやって来た。直ぐに機械のコントロールを始めた。

 

「準備が出来たようだね。それじゃあレイシフトを行うよ。今回君達を送るのは、この前と同じ時代のローマ。特に異常は無いから、ゆっくりすると良いよ」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて! 行こう、マスター!」

 

 頷いたと同時に、俺は青い次元の渦へと飲まれていく。

 

 

 

 着いたのは丘。映画に行ったりで時間感覚がすっかりズレていたが、辺りは暗く、もうすっかり夜だ。

 

「うん、いい天気だね」

 

「ブルーシートは持ってきたよ」

 

 背負っていたバッグからシートを出してそれを地面に敷いた。

 

「準備が良いね」

「楽しみだったからね」

 

 そう言うとはブーディカは嬉しそうに笑った。

 

「ランタンも」

「おしゃれだね」

 

 ブルーシートで2人座る。そのまま夜空を見上げた。

 

「綺麗だな」

「そうだね。この時代は君の時代と違って大気が汚染せれてないし、科学文明が進んでないから星の光を邪魔する光が無いだよ」

 

「でも、やっぱり現代技術が進んで良かったと思ってるよ。

 こんな状況だけどブーディカと一緒に、星が見られるんだから」

 

「もう……そんなにお姉さんを口説きたいの?」

 

「ハハハ、いや、不倫も浮気もさせるつもりは無いよ」

 

「……マスター。別に昨日言った新しい繋がりって言うのは冗談じゃないよ? マスターが私と真剣に結婚したいなら、私もこの現界だけだって割り切ってあげてもいいと思ってるよ?」

 

「それは……駄目だと、おもう。俺は、まだそんな覚悟は……」

 

 考える事もしない。俺に彼女が釣り合ってるとは思えないし、仮に彼女がそう思ってなくても彼女は夫を裏切るべきではない。

 

(半分洗脳されてる様な物だしな……)

 

「……はい! サンドイッチ! 変な話してごめんね?」

 

「……そうですね。じゃあ、はいオレンジジュースです」

 

 サンドイッチを差し出されたので俺も水筒の中身を紙コップに注いで渡した。

 

「ありがとう!」

 

 俺はサンドイッチを見る。白いパンに、ハム、トマト、レタス。更にクリームチーズが塗ってあるようだ。

 

「んっ! んー、旨い!」

 

「でしょ?」

 

 って、アレ? 視界がボヤケて……

 

「……まさか、ま、た……懲りずに……?」

 

「ごめんね……お姉さんが、その分気持ちよくしてあげるから」

 

 そう言ったブーディカ。俺が睡魔に飲まれる前に見たのは、コップに口をつけるブーディカだった。

 

 

 

「た、大変だ! 急いで2人をこちらに……!」

 

 ドクターは慌てて操作を始め、数分足らずで何とかローマで寝始めた2人をメインルームまで連れ戻した。

 

「ふーう……しっかし、どうしようか? このままだと、彼の計画に支障が……」

 

「あらあら、計画とは?」

 

「んー? 彼の考えた複数のサーヴァントとのドキドキデート大作戦だよ。ああ、これからあと1人が――!?」

 

 戦慄。口が軽いドクターが何も気付かずべらべら喋る様はまるでコントの様な失態だが、彼は真面目に恐れ慄いていた。

 

「へぇ……興味深い話だね」

 

「主どのの身柄を要求します」

 

「ふーん、どれ、お仕置きしてやるか」

 

「ええ、たっぷりと、ねぇ?」

 

「ドクターさん。ホーエンハイムさん共々、ご同行お願いします、ね?」

 

「っひぃい!?」

 

(……しばらく寝ててくれ、俺の体)

 

 夢の中で体は寝ているが、意識は起きている俺はこれから起こる事態にひたすら恐怖していた。

 

 

 

「マスター……ドクターに定期検査で呼ばれた筈なのに、何で牛若丸と14時に公園で一緒にいたの?」

 

「主どのー。具合が悪い、と言った筈なのに何故式どのとご一緒に氷菓子を食べているのですか?」

 

「バーサーカーとトレーニング、じゃなかったか? 何で映画館にいるんだ? 牛若丸と一緒に」

 

「このお香タイプの睡眠薬は何かしら? それに、一日中私といる約束でしょう? なぜ他の女と一緒に休日を過ごしていたのかしら?」

 

「お姉さん、せっかく君と過ごす時間を楽しみにしてたのになぁ。何で睡眠薬を入れたのかしら?」

 

「大目に見るのは今回限り、と言ったはずですよね?」

 

「「「「「「ねぇ、マスター?」」」」」」

 

「……俺が悪かった。殺せ」

 

 6人のサーヴァントに囲まれ、椅子にグルグルに巻かれ、縛られた俺。もはや此処から抜け出す手立ては無い。

 

「……質問に答えていただけますか? ま・す・た・ぁ?」

 

 しかし、人間、追い詰められればやはり最後はヤケクソになる以外の選択肢が無くなる訳で……

 

「だぁー! 皆可愛くて、大好きで、嬉しくて、誰も断われなかったんだよー! ちくしょー!!」

 

 みっともなく、泣くしかなかった。

 

 

 

 

 

 木霊していた叫び声が止むと、最初に右腕を切られた。デオンはそれを拾い上げると血で汚れるのも構わずに嬉しそうに抱きかかえた。

 

「マスター……♪」

 

 血が吹き出し、切られた先から幻痛覚が発せられ、気絶しそうになる。

 

「あっはは!」

 

 今度は左腕を切られた。牛若丸は落ちた腕の手の平を自分の頭に押し当て、零れた血を指で掬い、舐める。

 

 意識は飛ばないがこの痛みに頭がイカれそうなほどの電気信号が発せられている。

 

「ーーーーーーっ!!!」

 

 先程からずっと叫んでいる。しかし、口を塞ぐ布によってその言葉は遮られる。

 

「じゃあ、貰おうかな」

 

 軽い、弾む様な声。

 

 だが、体を解体され、そこから俺にとって大事な温度の源を、命の鼓動を奪われた。

 

(イタイタイ! 寒い寒い寒い! ヤメロ、サワルナ!)

 

 しかし、これは悪夢。心臓を切られた体から徐々に失われる温度も、式に大事そうに握られている心臓の触覚も、デオンに抱えられた腕も、牛若丸が自分の頭を撫でらせている腕も正常に感知できている。

 

「体が欲しかったのよね?」

 

「うん、頭は君が持っていって良いよ」

 

 首を、切断された。

 

(あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)

 

 叫ばずにはいられなかった。

 切られた首の痛み以上に、動かされた視界が、バラバラになった自分の体をしっかりと視覚したからだ。

 

「可愛いわ……マスター」

 

「ふふっ、これからは何時でも抱いてあげられるね?」

 

 そこで漸く意識が薄れ始める。漸く現実世界の自分が起きた様だ。

 

 

「安珍様……次は嘘を吐かないで下さいね?」

 

 

 

「うあああああぁぁぁぁぁ!?」

 

 叫びながら目が覚めた。

 

 今までも悪夢は見た事があるが、叫んだのはこれが初めてだ。

 

「な、何だったんだ……?」

 

 しかし、叫ぶ程恐ろしい物を見た筈なのに、俺は何一つ、その悪夢の内容を思い出せなかった。

 






   ヤンデレってね、怖いんだよ。


 皆さんも、嘘なく、清く、ヤンデレと付き合っていきましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2人でヤンデレ・シャトー ぐだ子編

くだ子のキャラが分からない……

※皆さんのぐだ子のイメージと違う場合がございます。ご注意下さい


 目が覚めれば監獄部屋。ヤンデレ・シャトーの中だ。

 

「今日は再びヤンデレ・シャトーの悪夢を体験してもらう」

「鬼かお前は!?」

 

(寝て早々これである。いや、その前に、一昨日の記憶がない件について知りたいんだが。……昨日のネコミミ騒ぎはちょっと楽しめたんだけどなー)

 

 ネコミミについては【ヤンデレの無いカルデア……? 短編集】を読んで下さい。

 

「昨日は大変だったようだからな。今回の特別ルールは……こいつだ」

 

 アヴェンジャーがマントを翻すと、1人の美少女が現れた。

 

「えーっと……どこ、此処? アヴェンジャー、此処は?」

 

 現れた美少女は明るい茶髪をポニーテールと呼ぶべきか、サイドテールと呼ぶべきか悩ましい位置に髪を束ねている。

 瞳の色は黄色で、着ているのは女性用のカルデア礼装。

 

(ぐだ子……だと!?)

 

「今回はこいつと一緒に逃げ回ってもらう」

「いや、状況を説明してよ。あとあの人は?」

 

「今から説明してやる。此処はヤンデレ・シャトー。今日はこの塔に5人の女性サーヴァント共が、お前達を狙って時に争い、捕縛しようとする。そんな連中から殺されずに生き残るのがお前達の目的だ」

 

「……いや、全然分かんないんだけど……まあ、アレだよね? 何時ものお祭り騒ぎ、だよね?」

 

「そう捉えてもらっても構わない。お前達の生死が掛かっているが、な」

 

「……今回は何かペナルティがあるのか?」

 

「初日に行った通り、お前のペナルティは拷問(アレ)だけだ。しかし、こいつが死ねば……?」

 

「えっ!? 私が死ぬとどうなるの!?」

「さぁ、な?」

 

 アヴェンジャーが意味深な一言を漏らす。暗に、俺に彼女を守れと言っているのか。

 

「その男は別世界でお前と同じく世界を救おうとしている、同業者だ」

 

「別世界!?」

 

「お前達は今宵限りの運命共同体。生き残りたくば精々協力し合うんだな」

 

 それだけ言うとアヴェンジャーは消え、俺達のいた牢獄部屋も監獄塔の廊下へと変貌する。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙。

 しかし、彼女はこの塔は初めてだ。俺がリードしなければならないだろう。

 

「……取り敢えず、自己紹介をしておくよ。俺は岸宮切大。君の名前は?」

 

「……衛波白嗣(エナミハクツ)……」

 

「エナミ、だね? 取り敢えず、この監獄塔の説明をするよ」

「うん、お願いします」

 

 俺は彼女にサーヴァントの部屋の数は今回は恐らく5つ、この先には裁きの間があり、その先の階段を越えると今いる場所に戻ってくる事を伝えた。

 

「――で、サーヴァントが5人全員清姫状態だ、って状況」

「詰んでませんか、それ?」

 

「まあ、今回のサーヴァントによるね。牛若丸辺りはまだいいけど、メディア、清姫、リリィの辺りは危ないからね」

 

「なるほど……」

 

「もし拘束されたら後はサーヴァント達次第、説得次第だ」

 

「それで、生き残る為の作戦とかは?」

「臨機応変に対応、後は神に祈れ」

 

 大体いつもそんな感じだった筈だ。

 そしてそこでエナミの顔が硬直した。

 

「ん? どうし――」

 

 同時に俺も硬直する。

 彼女の後ろからセイバーリリィがやって来ているからだ。

 そして視線とは逆方向から引っ張られる俺の服。

 

「ま・す・た・ぁ?」

 

 耳元に響くこの甘い声は――清姫だ。

 

「マスター!」

「っきゃ!?」

 

 そして目の前ではキマシタワーが建設された。リリィがエナミに抱き着いたのだ。

 

「マスターが2人……ですが、安珍様は1人だけのはず……どうしましましょうかと悩みましたが、男性のマスターで間違いありません」

「……選ばれた事を喜ぶべきか、悲しむべきか……」

 

「王となる私の婚約相手は、やはり女性でないと行けないでしょう。ならば、こちらの方こそ私の愛しきマスターです!」

「ちょ、ちょっとリリィ……!?」

 

 うまく別れた……が、このままエナミと離れてしまえば、彼女の手助けが出来なくなる。

 

 しかし、清姫が扇子を構えたので事態が悪化する。

 

「……ですが、気が変わりました。私の前で他の女性とイチャイチャしているマスターには消えてもらいます。そもそも私、嘘も偽物も大嫌いで御座いまし」

 

「私のマスターに手を出そうが出さなかろうが成敗します! “二兎を追うものは二兎とも取れ!”と、X師匠に教わりましたし、そちらのマスターも頂きます!」

 

 一触即発。2人の覇気が形取り、背後に龍と獅子が見える。

 

(そうだ、令呪!)

 

 そう思い手の甲を見る。

 

(……1画しかない!? ネコミミ(昨日)使ったせいか!?)

 

 しかし、この場でどちらかを止めるのに令呪を使えばもう片方に殺されてしまう。

 

 エナミに令呪を使えと指示を出せば、その前にリリィが何かしでかすかもしれない。

 

「り、リリィ……少し落ち着いて! 喧嘩は駄目だよ!?」

「残念ですがあちらは武器を下げるつもりは無いようです。

 ご安心ください! マスターは私が守ります!」

 

「き、清姫……彼女は偽物じゃなくて、女性と言う可能性のもう一人の俺なんだが……」

「尚更、浮気は許しません」

 

 駄目だ! どっちか片方でも世話焼き系のヤンデレならワガママを言ったりしてなんとかなるけど、妄執系は説得出来ない!

 

「だ、ダメ!」

「っひゃ!?」

 

 俺の心が折れそうになっている間に、エナミがリリィに抱き着いた。

 わざとなのか偶然なのか、その腕でリリィの慎ましい胸に触れている。そのせいでリリィも動けないようだ。

 

(な、なるほど! そんな手があったか!)

 

 と、俺の残念な頭は歓喜しているがそんなアホな事は言っていられない。

 

「令呪を持って命ずる! 清姫は自分の部屋に帰れ!」

 

「そ、そんな!? マスター、私を裏切るのですか……!?」

 

 清姫の怒気が怖いが、言葉とは裏腹に彼女の体は暗い廊下の奥へと消えていく。

 

「……マスター! 私を選んで下さったのですね!」

 

 リリィが俺に抱き着こうとエナミの拘束から抜け出して駆けてくる。

 

「はい、それじゃあどうしようか?」

「ま、マスター!? 放してください!」

 

 が、エナミがリリィの服の襟を掴んで止めた。

 

「リリィ。お前の部屋はどうなってるんだ?」

 

「ええっと、マスターと寝るためにキングサイズのベッドがあって――」

「ハイ却下。そんなもんがある時点でセキュリティは無い筈だから他のサーヴァントに簡単に侵入される」

 

「サーヴァント毎に部屋が違うの?」

「ああ、何でも部屋が小さくなる代わりにセキュリティがしっかりしている部屋が出来るらしい。だから、キングサイズのベッドなんかある時点でリリィのセコム不足は明らかだ」

 

「せ、セコム不足……」

 

「前回はマシュの部屋が最高クラスのセキュリティだったな。もしマシュがいれば――」

「――女の前で別の女の話をするか。しかも、オレの話題は無しみたいだし、終いには凹むぞ」

 

 その声が耳に届いた時には既にリリィが戦闘態勢を取っていた。

 現れたのは両儀式、直視の魔眼で死の線を見て斬る事が出来る彼女は、ヤンデレ・シャトーでは随一のディープキス魔だ。

 

「……両儀、式……!」

「そんな、式まで……」

 

「ガッカリさせて悪いけど大丈夫だ。オレがすぐに、そんな事が気にならないくらい愛してやる」

 

「させません! マスター達は私と一緒にブリテンを救済するのです!」

 

「破滅の決まった国の運命をマスターに背負わせる訳にはいかない」

 

 式はナイフを構え、リリィも体に魔力を張り巡らせる。

 

「マスターに免じて、気絶で終わらせてやる!」

 

「そう簡単には行きませんよ!」

 

 2人が戦闘を始める。普段なら止めようとするのだが……

 

(……此処は逃げる! 幸い、式の気絶宣言にリリィも釣られて手を抜いているようだし……)

 

「エナミ、一旦離れよう!」

「……はい!」

 

 俺はエナミの手を掴むと、暗い廊下へと駆け出した。

 

(だが、式がいたら例えマシュがいてもセキュリティが通用しないぞ……)

 

 

 

「っ!」

 

 戦いの場を放れ、数分程廊下を走っていたら俺はその足を止めた。

 

「? どうしました?」

「明るい……」

 

 ヤンデレ・シャトーの廊下は暗い。

 30m程先の様子が見えないくらいと言えば分かるだろうか。

 だが、目の前にある廊下は電球でも点いているかの様にやけに明るい。

 それだけではない。先まで暗かった筈の後方まで同じ様に明るくなってる。

 

「不味い……もしかして、メディアかもし――んっ!?」

 

「……ん……ぁは、正解よ、マスター」

 

 警告しようと後ろのエナミを見た筈なのに気が付けば、代わりに手を繋いでいた紫色のフードの女性、メディアに唇を奪われていた。

 

 神代の魔女でキャスターのサーヴァント、メディア。彼女の魔術は強力で、俺の様な凡人には破る所かいつ発動したかも分からない。

 

「こっちの可愛いマスターには眠ってもらったわ。旦那様に仕えるのも、可愛い女の子を愛でるのも、私のしたかった事……」

 

 そう言ってメディアは指を鳴らす。

 

「っ……」

 

 すでに部屋の中。

 先の廊下の幻覚に気付いたのではなく、気付かされたのだと直ぐに分かった。

 

「今回は精神操作なんてしないで、マスターの良妻になってみせるわ」

 

 そう言ってメディアはエナミをベッドに寝かせると、被っていたフードをとる。

 

「そこで寛いでて。何か食べ物を作ってあげる。リクエストはあるかしら?」

 

 少なくとも今の彼女に、何かしでかす気が無い様だ。

 

「……サバ味噌」

「はい。直ぐに作って、あ・げ・る」

 

 小さく笑ったメディアはキッチンへと姿を消す。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 俺は先ず部屋のドアに目を向けてから、頭を振った。

 

(メディアがなんの準備も無しに俺を自由にする訳が無い……ドアに行っても外には出れないだろうな。なら……)

 

「エナミ! 起きろ!」

 

 俺はエナミの頬を軽く叩く。このくらいならセクハラにはならないだろう。

 

「……ん……わぁ!?」

「気が付いたか?」

 

 愉快な声を上げて起きるエナミだが、俺にそれを気にする余裕は無い。

 

「大丈夫か? メディアが気を失わせたらしいが……」

 

「……そっか、私は……一応、大丈夫みたいです」

 

「そうか……今、メディアは料理をしている頃だ。まだドアは試していないが、恐らく簡単には出れないだろうな」

 

「どうします?」

 

「しばらくメディアに従おう。こちらを害する気は無いみたいだし、彼女の魔術を破って他のサーヴァント達もやって来るかもしれないしないしな」

 

「……分かった」

 

 彼女は若干戸惑いながら首を縦に振った。

 無理もない。

 

「マスター! サバ味噌が出来ましたよ!」

 

 そう言ってキッチンからお盆に白米と味噌汁の茶碗とサバ味噌の乗った皿を持ってメディアがやって来た。

 乗っている数を見るに、2人前の様だ。

 

「……それじゃあ、たーんと召し上がって下さい!」

 

「頂きます」

「い、いただき、ます……」

 

 が、箸が見当たらない。

 

 直ぐに白米の茶碗をメディアが持ち上げた。

 

「それではマスター……あーん」

 

「またこれか……」

 

 ちょっとげんなりしながら、俺は大人しく口を開けた。

 

「あー……っ」

 

 口に入れられた。普通の白米だ。

 

「こちらのマスターも……あーん」

 

「あーん」

 

 メディアの差し出した白米を、エナミは躊躇いなく食べた。女同士だからか、恥ずかしく感じる事も無いのだろう。

 

「……うん、旨い」

 

 味噌汁を啜る。箸を使わなくても飲めるので、メディアとエナミを横目で見つつ飲む。

 

(清姫がもう令呪の命令から開放される頃だろうな……ん、もう2時半か……7時まで後どれくらいだろうか?)

 

 清姫の最後に見た顔を思い出して悪寒を感じながらも、俺は時計を確認する。前のヤンデレ・シャトー同様、体感時間は実際の時の流れより遅いらしい。

 

「ん……っん……ッチュ」

「ん、んー!?」

 

(……気が付いたらキマシタワーが建っている、だと……!?)

 

 戦慄。少し目を放した隙にメディアが口移しを始めているのだ。

 

「んっ!? んー!? っは、み、見ないで――ぅん!」

「あらあら、照れひゃっひぇ……ん」

 

 見ている俺に気付いてエナミが顔を真っ赤にしている。俺は黙って目を逸らした。

 

(……このまま誰も来ないのか?)

 

 そんな訳が無いと分かってはいるが、目の前のキマシタワーを見てそう思ってしまう。

 

「ん……さあマスター、サバ味噌ですよー」

 

 エナミを解放したメディアは、サバを口に入れ、こちらに唇を向けてきた。

 

「はいはい……」

 

 もう慣れた。まだ照れ臭いが流石に何度も経験しているのだ。

 

(こんな事に慣れたくは無いんだがな……)

 

「ん……っちゅ、ぅん」

「っ! んー、んー!?」

 

 腹いせも兼ねて、激しく舌を動かして、メディアの口内を貪り尽くす。

 

「んー……」

 

 俺の予想外の動きに、メディアも多少戸惑った様だ。

 

「……っぷはぁ……美味しいな、サバ味噌」

「っはぁ、っはぁ……ますたぁ、激しい……」

 

 口を放すと、呼吸の乱れたメディアは顔を真っ赤にして、こちらを見つめる。

 

「もう駄目ぇ!」

「うわぁ!?」

 

 先のキスでスイッチが入ったのか、メディアが俺を押し倒して上に跨がる。

 

「マスター、ますたぁ、ますたぁ……」

 

 俺を何度も呼びながら、メディアは自分の服へと指を伸ばして衣類を脱ぎ始める。

 

「ちょ、待て! 初体験が公開プレイとか絶対嫌だぁ!!」

 

「ますたぁ、ますたぁ――」

「――えい!」

 

 が、俺の心配はメディアの頭に直撃した鍋によって終了した。

 

「……え、エナミ、さん?」

 

 両手で鍋を持ったエナミがメディアの頭に振り下ろしたようだ。

 

「よかった……サバ味噌の鍋が宝具化してたみたい」

 

(い、意外とアグレッシブ……)

 

「助かったよ」

「へへへ……」

 

 嬉しそうに照れる彼女を見つつ、倒れ込んだメディアを抱き上げ、ベッドに乗せる。

 

「こちらから攻めるのは厳禁、だな……」

 

 冷や汗が吹きだした。俺1人だったら完全にアウト、貞操も精も全部持っていかれてただろう。

 スイッチが入って周りへの警戒心が薄れていたのも助かった。

 

「……さて、魔術の足止めもこれで止まるから、他のサーヴァント達が――」

 

 俺の言葉が終わる前に、ドアが炎に包まれ消滅した。

 

「――きちゃった、ね?」

 

「ますたぁ……逃しませんわよ……?」

 

「そろそろ本腰入れて調教するかな?」

 

「マスター……マスター、ここに居るのですね?」

 

(ヒエー! ……せめて1人くらい消滅してくれてもいいじゃないですかー!?)

 

 降臨ダウンのペナルティが無くなった途端にこのクズ思考。そんな自分を嫌悪しつつも、状況を打開しようと思考を張り巡らせる。

 

(そういえば、後1人は誰だ? なんでまだ姿を表さない?)

 

「ど、どうしよう……?」

 

「式さん達にはあのマスターをお譲りします。私は、男性の方と少しお話させて頂きます」

 

「……リリィ、どうする?」

 

「マスター……、ああ……マスター」

 

 恍惚な表情を浮かべるリリィは完全に正気を失っている。

 

(これは、詰んだ)

 

「では、早い者勝ちという事で」

 

 その言葉と同時に清姫が直ぐに俺の前へとやって来た。

 

「ま・す・た・ぁ」

 

(ニッコリと満面の笑みを浮かべているのに、戦慄を禁じ得ない……!?)

 

「っふぁ……式……駄目ぇ……リリィも、止めてぇ……」

 

「っん、っちゅ……こっちのマスターも耳が弱いな……」

 

「先のお返しに、よーく揉んであげますからね、マスター……」

 

 視線が動かせないのが残念である。

 東京タワー並の大きさのキマシタワーが建っているのに、それが恐怖で見る事が出来ない。

 

「ふっふふ、あちらは楽しそうですわね」

 

 無情にも腕から聞こえる金属音。同時に体全体が脱力する。

 前にも使われた純粋な人間を無力化させる手錠だ。

 

「ふっふふ、私の部屋にご招待いたします」

 

 ロクな抵抗も出来ずに、俺は清姫に連れ去られ、廊下へと出た。

 

 

 

「……令呪を持って命ずる」

 

 

 

 俺は清姫の部屋に連れて行かれ、例の押し入れの地下室に連れて行かれた。

 この前同様に布団に押し倒され、清姫は俺の服を先に脱がしてきた。

 

「……ん、っちゅ……」

「っひ……は……」

 

 そして清姫は体の中心部を舌でなぞり始める。

 

「……れろれろ」

 

 更に乳首をなめ始め、清姫は俺の下半身を見て笑い始める。

 

「勃ちましたね?」

「あ、あの……ま、まだ心の準備が……」

 

「ますたぁ……? 私の事、好きですか?」

「す、好きだよ!」

 

「なら大丈夫です」

 

(いや何でそうなる!? このデジタル思考娘!?)

 

 

「――やりなさい」

 

「えーい!」

 

 唐突に聞こえた気合の声。

 

「……!?」

 

 刹那、俺の上に跨がっていた清姫は地面へと転がり、体が消え始めた。

 

「……ま、ます、ったぁ……」

 

 未練がましい目と声で俺に手を伸ばした清姫は消え去った。

 

「……大丈夫ですか、キダさん」

 

「え、エナミ……? それに、アルテミス……?」

 

 急に変わった状況にまるでついて行けない。

 

 エナミは式とリリィの2人に捕まって調教らしき事をされていた筈だ。

 なのに何故アルテミスが?

 

「もう大丈夫です」

 

 そう言って彼女が近付いてくる。

 

「式も、リリィも、メディアも、清姫もみんーな消えたから、もう安心していいよ」

 

 笑顔。

 瞳からハイライトが消えており、俺が彼女の今の行動に好感を持っていると完全に思い込んでいるのか、声は嬉しそうに弾んでいる。

 

「いま手錠を壊してあげますね。アルテミス!」

 

「りょーかい!」

 

 手錠はあっさり壊され、力も両手も自由となる。

 

「え、エナミ……?」

「もう大丈夫です!」

 

 彼女は俺の両腕を掴む。

 

(コレは、完全に……)

 

「上に行きましょう! 何か温かい物を作ってあげます!」

 

(ヤンデレだ……!)

 

 

 

 まさかの伏兵に戦慄したが、あちらはまだ令呪が残っている上に、アルテミスが控えてる。ならば、従うしか道が無い。

 

「ご飯できたよ! メディアに対抗してサバ味噌と味噌汁!」

 

「ああ……ありがとう」

 

 飯は作ってくれるし、箸もちゃんと用意されている。

 

「どう?」

「……うん、旨い!」

 

 もしかしたら、一番まともなヤンデレかも……!

 

(障害排除がガチ過ぎていまだに引いてるんだけどね!)

 

 だが、時間も既に5時半。あと少しでこの悪夢も終わるだろう。ならば耐えるだけだ。

 

「さあ、どんどん食べてね!」

「ああ」

 

 とにかく、時間が過ぎるまでは箸を動かしてゆっくり食べよう。

 

「味噌汁も旨いな!」

「あはは! 美味しいでしょう? 隠し味に私の血を入れたからですね!」

 

(ヤバイ、この娘本当にヤンデレなんですけど……)

 

 夢だ夢だと思い、味噌汁を完食する。

 

「サバ味噌にも、ね?」

 

 ……完食する。不味い訳ではなく、むしろ美味しいので苦にはならない……

 

(訳ないだろ……SAN値がゴリゴリ削れてるんですけど……意識し出したら吐き気が……)

 

「ごちそうさま……」

 

「嬉しいな! 美味しく私が食べられたみたいで!」

 

「じゃあ、俺は食器でも洗うかな?」

「大丈夫、大丈夫! アルテミス、お願い!」

 

「はーい! これも花嫁修業だね!」

 

(それでいいのか月の女神……)

 

「じゃあ、こっちに来て」

「おう?」

 

 机の向こうにいるエナミに呼ばれて俺は彼女の側に行った。

 近づいて彼女の隣に座り込むと、彼女は俺の手を握った。

 

「えへへ……好きな人と手を繋ぐと、幸せって感じる」

 

「そ、そうか……?」

 

 何だか、今迄より接触面積は少ないはずなのに、照れてしまう。

 

「でもね、コレは夢なんでしょう? 終わったら、夢で終わっちゃうんでしょう?」

「ま、まあな……」

 

 俯く彼女。手に込められた握力が若干強くなる。

 

「……私だけ、好きになって……」

「え?」

 

「現実世界で彼女も嫁も作らないで! 私だけを好きになって!」

 

 彼女は俺の目を見てそう叫んだ。

 

(不味い、急にヤンデレスイッチが入ってるぞ!?)

 

「私を愛して、私を見て、私を欲して、私を思い出して、私だけ愛して、私だけを見て、私だけを欲して、私だけを憶えて!!」

 

 急に早口で叫びだす彼女。正気が微塵も感じられない、ではなく、凄まじい狂気が

感じられる。

 

「私私私私私私、愛して愛して愛して愛して愛して愛して!!」

 

「うっ!」

 

 握っていた手を放して、押し倒された。

 

(ヤバイ! 依存と束縛の複合系のヤンデレかよ!)

 

 こちらから何らかのアクションで落ち着かせるべきか?

 しかし、脳裏に先のメディアが思い出さる。

 

「……私だけを、愛して。私だけが、愛してあげる」

 

「ええい! 落ち着け!」

 

 彼女を止める為に、自分を奮い立たせる為に、そう叫んだ。

 

「忘れない! 愛してやるし、一生彼女も嫁も作らない! 約束してやる!」

 

「……本当に? 私だけを愛してくれる?」

 

「おう!」

 

「本当に、愛してくれる?」

「ああ、男に二言はない!」

 

「……そっか。じゃあ、約束ですよ?」

 

 

 

 彼女の言葉を最後にヤンデレ・シャトーは何時もの如く消滅し、気が付けばアヴェンジャーが立っていた。

 

「ふっ……今回も無事に生き残ったか、運の良い奴め」

「あれ? もう7時に……?」

 

「忘れたのか? お前、明日の目覚まし時計を6時に設定していたんだろ?」

 

「あ、そうか。昨日寝る前に宿題思い出して早く起きる為にセットしたんだった」

 

「そういう事だ。そろそろ目覚めるだろう」

 

 

 

 ……また、妙な悪夢を見たらしい。

 

「うーん……さて宿題しないとな」

 

 携帯を見る。6時丁度だ。宿題は数学の問題が数問だけ。これなら一時間もかからないだろう。

 

「……うん? メールが……13件!?」

 

 寝る前に全て確認したはずなのにと、嫌な予感を感じながら俺は新着メールに目を通す。

 

“愛してます、ずっと見てます。起きたら返信して下さいね? 貴方のエナミハクツより♡”

 

 

“約束しましたよね? これからずっと愛してください♡”

 

 

“実は私、現実にちゃんと存在するあなたの学校の後輩なんです! 家の前で、待ってます!”

 

 

「……嘘だろ?」

 

 急いで部屋のカーテンを開ける。

 

 家の前には、茶髪の女子生徒が、こちらニッコリと笑いながら見上げて、口を動かした。

 

「キダさーん、おはようございます」




くだ子はなんとなく、後輩だけどそういう垣根の無い女子……のイメージで書きました。
例えるなら、幼馴染……みたいな感じでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2人でヤンデレ・シャトー 復讐鬼編

開幕遊戯王注意!

唯の宣伝フェイズですけどね。




 

「【ダイナミスト・プレシオス】で攻撃! “蒸気ブレイブフィニッシュ”!」

 

「キョウリュウジャーの技名? じゃあ、トラップカード、【聖なるミラフォ】!」

 

「チェーンして【ダイナミスト・ステゴザウラー】のペンデュラム効果で破壊は無効!」

 

「セッティング済みの【ベクターP】でペンデュラム効果は無効中だバカ」

 

「あぁ!? 忘れてた!」

 

「【プレシオス】3体、【ブラキオン】2体を破壊、ペンデュラムも召喚もしたし、手札も0枚。じゃあ俺のターン。ドローしてバトル。【RR-レボリューション・ファルコン】と【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】で一斉攻撃。“CMベント”、“ライトニング・ブラスト”!」

 

「仮面ライダーオーディンとブレイドの攻撃を受けて、俺の負けだー!」

 

 今日は休日、悪夢なんか忘れてカードショップへやって来ていた。

 

「【レックス】とか【スピノス】がいたら勝ってただろ?」

 

「俺は【アトランティス】でレベル下げて、【ポセイドラ】を出したいの!!」

 

 リラックスする為にプレイしていたが、俺は後方で音響デッキで【クェーサー】をシンクロ召喚した女子を見て溜め息を吐く。

 

「それにしても、いつの間にあんな可愛い娘を彼女にしたんだ? 良いよなーデュエル出来て」

 

「そのうちお前にも嫁が出来そうだがな……」

 

 知りたい人は【遊戯王なカルデア〜シャトー外伝〜】を読もう!

 

「(姑息な宣伝を……)あと、あの娘は彼女じゃない。あっちが勝手に言ってる事だ」

「酷いです! 私を愛してくれるって言ってくれたじゃないですか!」

 

『っち!!』

 

 カードショップ中から舌打ちが聞こえた。

 

「へぇー! お前から告ったのか!」

 

「違う。コイツは俺が夢の中でそんなことを言ったとほざく勘違い女だ」

「勘違いじゃありませんよ! しっかり言ったじゃないですか、夢の中で!」

 

「うわぁー、ちょっと痛いなこの娘」

「デュエル禁断症状で叫びだす奴が何言ってる……」

 

 遊戯王バカや頭のおかしな後輩に囲まれて笑い合う。

 その内こんな日常もいいなって思えるのだろう。

 

 

 

(これ(ヤンデレ)が無ければ……)

 

「今日私を彼女じゃないと否定した回数15回なので150ポイント、痛い娘扱い3回60ポイント、5回頭を撫でてくれたので-50ポイント、キスを寸前で防いだので1000ポイント。合計1160ヤンデレポイントです」

 

「おい、なんのポイント制だそれ」

 

「ヤンデレ好きな先輩の為に、ヤンデレ深度の自己管理をしてるんです。因みにヤンデレポイント5000ポイントで大勢の前でディープキス、10000ポイントで監禁&逆レイプ、15000ポイントで心中です」

 

「オーイ、それ今日の計算で行くと2週間で俺死んじゃうんだけど」

 

「ヤンデレのストレスになる様な行動は控えて下さい」

 

 笑いながらそう言われたが、胃がキリキリしてきそうだ。

 

「……で、家に入る気か?」

 

「うーん、今日は止めておきます! ぶっちゃけ、家に帰って先輩専用メタデッキを組みたいです。あ、家に誘ってくれたので-100ポイントです!」

 

 何処か奇妙な優先順位があるのが唯一の救いだろうか……

 

「私の最優先事項は先輩の幸せと愛です! その為ならどんな努力も惜しみません! ヤンデレは私のアイデンティティであり、本能ですから止めれませんけど!」

 

「本能ならしょうがない。だが、メタデッキ組まれても幸せにはならないだろ」

 

 彼女と別れ、俺は家に入っていった。

 

 

 

「……来たか。来てしまったか……」

 

 今日も悪夢が始まる訳だが、何故かアヴェンジャーが頭を抱えていた。

 

「なんだよ? 今日はやけに落ち込んでいるな?」

「……フフフ……因果応報……まさか、復讐者の俺が、この言葉を実感する事になるとはな……」

 

 アヴェンジャーの手から、初日に引いたクジの紙が舞い落ちる。

 

「どれどれ……“アヴェンジャーと肉体を交換し、ヤンデレ・シャトーを攻略せよ”……?」

 

「そういう事だ……サーヴァントの数は6騎だ……行くぞ! 覚悟を決めろっ!」

 

「お前絶対やけになってるよな?」

 

 

 

 到着、ヤンデレ・シャトーの裁きの間に。

 

「此処って今はただの広場だよな……声低っ!?」

 

「お互いに体が入れ替わったせいだろう」

 

「あ、俺がいる! おお、このマント! かっこいいな、アヴェンジャー!」

 

「呑気な事を言ってる場合か……令呪は1つだけか……」

 

 俺の体の手の甲に現れた令呪を確認するアヴェンジャー。同時に、俺は何かの接近に気づいた。

 

「なんか来てるぞ!?」

 

「それがサーヴァントの察知能力だ……今の俺には使えないがな……!」

 

 ヤンデレ・シャトーの暗がりから、肌色の多いサーヴァントが現れた。

 

「っむ! 主どのと……アヴェンジャーどの?」

 

 ライダー、牛若丸。今日も見た目ごちゃごちゃしているのに大事な物を隠せていない最終降臨の姿で登場だ。

 

「っふん、ただの気まぐれだ。邪魔をするつもりは無い。貴様のマスターを持って行きたくば、持っていくが良い」

 

 精一杯アヴェンジャーの真似をして偉そうにそう言った。

 

「っな!? 貴様……!?」

 

 いつもの恨みだ……速攻で売り捌いていてやる。

 

「ふむふむ、何か引っ掛かりますが、お言葉に甘えましょう。では、主どのを頂いていきます」

 

「ま、待て! 俺がアヴェンジャーだ! 今回は貴様のマスターと体が入れ替わっているんだ!」

「えぇ〜、本当でござるか〜?」

 

「煽るな! ええい、貴様は主と俺の魂の違いすら分からんのか!?」

 

「そんな嘘は牛若丸に通じません! さあ、大人しくして下さい」

 

「おい、貴様! 覚えて――」

 

 

 

「――んー! サーヴァントの体最高! 壁を足で蹴って走れる!」

 

 逃げるが勝ち。やはり戦略的撤退は最高の一手だったか……

 

「このまま逃げ続けていれば誰にも捕まらないんじゃないか?」

 

(唯一追い付きそうな牛若丸がアホの娘で助かったな)

 

「ま・す・た・ぁ・?」

「っひぃ!?」

 

 耳元でそう呼ばれて思わず体が止まる。

 アヴェンジャーは敏捷が高いイメージがあるが、実は清姫と同じCランクだ。

 

「あっはっは、清姫ちゃんの真似、似てたかな? 引っ掛かったって事はやっぱりアヴェンジャーじゃないんだね?」

 

 またしてもライダーのサーヴァント、ブーディカだ。

 

 バレてしまったなら仕方ない。何とか躱す方法を探さないと……!

 

「そうそう、今体が入れ替わってて……サーヴァントの体って凄いな、テンション上がっちゃって全力疾走しちゃったよ」

 

(ブーディカは敏捷はCだし、どうやって切り抜けよう……)

 

 が、俺の予想に反して、ブーディカはガッカリしている。

 

「……うーん、悪い言い方になるけど今の君は普段の魅力半減だよー」

 

(ああブーディカさん、弟とか妹とか年下を可愛がるのが好きだからな……今の姿は好みから外れてるのか)

 

「ふふっ、じゃあアヴェンジャーの方を可愛がろうかな? 普段とは違う君が見えそうだし」

 

(きっと反抗期みたいなもんだろうな……)

 

「程々にしてあげて下さいね?」

 

 俺はブーディカと別れて、再び壁を蹴り始めた。

 

 

 

 牛若丸の部屋へと引きずり込まれたアヴェンジャーは、犬の如く懐いている牛若丸の対処に明け暮れていた。

 

「ええい! 抱きつくな、暑苦しい! 犬公か貴様は!?」

 

「何時もみたいに撫でて下さーい、主どのー!」

 

「っく、何故復讐者であるこの俺がそんな女子供の様な事を……!」

 

「照れていないで撫でて下さい!」

 

「巫山戯るな! 俺はそんな真似断じて――」

 

「主どの、撫でて下さい」

 

 牛若丸の声が低くなり、アヴェンジャーの首元には刀の背が添えられる。

 

「……っぐ、分かった……」

 

 観念したアヴェンジャーは牛若丸の頭を撫でる。

 

「……何故でしょう、何時もみたいに気持ちよくありません」

「だから俺はアヴェンジャーだと言っている……」

 

 唐突に牛若丸の部屋が開かれた。牛若丸が鍵をかけ忘れていたで、随分あっさりと。

 

「あ、見つけた!」

 

 入ってきたのは赤髪の美女、ブーディカだ。

 

「っむ、ブーディカどの!? なんの御用ですか!」

 

「アヴェンジャー、だよね?」

「っ――そうか、貴様は気付いたか……」

 

「え? え?」

 

 牛若丸は困惑する。

 

「いい、牛若丸? マスターとアヴェンジャーの体は今入れ替わってるの。何か違和感を感じなかった?」

 

「あ……!」

「ようやく理解したか、この阿呆め。さあ、さっさと貴様らの本当の主を探しにい――」

 

「生意気そうなマスターも可愛いな!」

 

 ブーディカはアヴェンジャーの言葉を遮って抱き締めた。

 

「っな!? 放せ! 俺は貴様の主ではない!」

 

「ああ、必死に暴れるマスターも可愛いなー」

 

「……腑に落ちませんが、どうやら主どのがそちらの方でない事は理解できました。牛若は真の主を探しに参ります!」

「行ってらっしゃ〜い」

 

「放せ!! くそ、この自由人共がぁぁぁ!!」

 

 

 

「うー?」

 

「あー、今日の朝引いた新キャラ登場か……」

 

 すっかり忘れていた。メンテに次ぐメンテで無課金の俺でも余裕で10連を回せるだけの聖晶石が集まった訳だが、2体のアサシンエミヤと一緒に出てきた星4のサーヴァントがいた事を思い出す。

 

「フランさん、なんて言ってるのか分かんないんだけど、取り敢えず掴んでいる腕の力緩めてくれる? 耐久結構あるはずのアヴェンジャーの体がやばい音を奏でているだけど……」

 

(おっかしいな。フランは宝具特化のバーサーカーで、筋力自体はCの筈なのになー?)

 

「……っす、き……!」

 

「そのセリフはまだ早いよね? アイリの強化のせいで遅れてて、まだ最終降臨してないから。絆もそこまで高くないから」

 

 フランケンシュタインの花婿に選ばれるにはちょっと早過ぎる筈なんだが……

 

「すっき……だい、スキ……!」

 

「おわ!?」

 

 急に体を引っ張られ、俺は部屋の中へと放り込まれた。

 

「うー」

 

「か、体が入れ替わってもフランの前じゃ無意味、か……?」

 

 が、彼女自身はそこまで強くない筈。アヴェンジャーのステータスをよく覚えていないが、第一の降臨が終わった程度なら最悪、倒す事が可能な筈だが……

 

(いや、そもそも俺は戦えない)

 

 曲がりなりにも自分に好意を抱いているのだ、拒絶はしても傷つけるのに抵抗がある。

 

「えーっと、何する気ですか?」

 

「うー……?」

 

 首を傾げた。まるで俺に、「何言ってるの?」と言っているようだ。

「あー……」

 

 タンスを開けるとフランは俺に向かって服を一着投げてきた。

 白いスーツだ。

 

「プロポーズの仕方が直球どころか結婚式会場でされた気分だぞ、おい」

 

「うぁー」

 

 さっさと着ろ、と言っているようだ。

 

「えーっと、トイレは?」

 

「うがー!」

 

 俺のまどろっこしさに我慢できなくなったようで、俺の服を引き剥がそうと飛び掛かってきた。

 

「っく……こん、のー!」

 

 筋力Bでフランが伸ばした手の平を掴む。

 お互いの両手の平を重ねての力比べだ。

 

「……ぐぐぐ……!」

 

「あー、ぅうー!」

 

 勝ってはいるがこのままではいつまで経っても終わらない。どうするべきかと歯を食いしばってグッと力を込める。

 

「ぁ……ん……」

「っ!?」

 

 が、そこにフランがガラ空きになっていた唇を突いてきた。

 思っていたより静かで、少女らしい優しいキス。

 

「ちょ、んっ!」

 

「主どのー! 此処で――!?」

 

 間が悪い事に、牛若丸が部屋に入ってきた。

 

「――あ、あ、あ、あるじどのぉ!?」

 

 おそらく牛若丸の目には恋人の様に両手の平を重ねて同意の上でキスしている様に見えたのだろう。

 

(実際は取っ組み合いの最中に唇を奪われた上に、力が抜けた隙に接近を許してしまっただけなんだが……)

 

「……ゆ、許しません……! 牛若を騙して、他の女と口付けなんて……!」

 

 牛若丸の殺気を感じたフランは俺から離れ、壁に立て掛けていた彼女の武器に手を伸ばそうとするが、俺はフランの背を引っ張って止めた。

 

「っち!」

 

 刹那。牛若丸の刀がフランと武器の間を切り裂いた。

 

 どうやら必中を確信して放たれた渾身の一撃だった様で、刀は部屋の床を切り裂き、少ない隙が出来た。

 

「これでどうだ!」

 

 俺はフランを引っ張りつつ床に向かって手を向け、魔力光線を放った。

 

「こんな、もの! っはあ!」

「っく……!」

 

 巻き上がる煙、その間に部屋を抜け出そうとするが、牛若丸の刀が右から1度目、2度目は斜め上への切り上げ、振り下ろしの3回の斬撃を最速で振るって来た。

 

 髪や肌を掠るが、大した傷にはならず、俺とフランは急いで部屋を出た。

 

「これで!」

 

 出た瞬間にドアの上へ魔力光線を放ち、部屋を瓦礫で封鎖する。

 

「逃げるぞ、フラン!」

 

「……うー……!」

 

 何故か嬉しそうなフランの手を引いて、俺達の逃走劇が始まった。

 

 

 

「はい、あーん」

 

「1人で食える。その手を下げろ」

 

 ブーディカは紙に包んで掴んだサンドイッチをアヴェンジャーの口へと向ける。

 

「あはは、手間のかかるマスターも可愛いなー!」

 

「えぇい! だから俺はマスターではない! 貴様の人形でもない! さっさと開放しろ!」

 

 現在、椅子に両手両足を手錠で縛られており、ろくに見動きが出来ない。

 数分前、暴れ過ぎて椅子と一緒に落ちて無様の格好を晒したので動きは少し落ち着いている。

 

「じゃあ、サンドイッチを食べてくれたら手錠を外してあげる!」

 

「っく……なんと屈辱的な……」

 

 遂にアヴェンジャーが折れ、観念して口を開いた。

 

「あーん!」

「……んっぐ」

 

 噛んで、ひたすら口を動かす。

 

「どう? 美味しい?」

 

「……論外だな。技術では無く、込められた迷いが雑味を生み出している。

 俺に向けられた愛情は無く、生前の夫への懺悔、マスターへの愛情。こんな迷惑な料理がよく作れた物だ」

 

 アヴェンジャーは感心した様にそう言った。

 

「むう、厳しいね」

 

「ヤンデレ・シャトーではマスターへの愛情は膨れ上がり、狂気を孕んだ物へと変化するが、お前はあまり影響を受けていない。周りのサーヴァントが狂気に飲まれなければ、お前は大した行動を起こさなかった」

 

 そう言われ、ブーディカは頭をかく。

 

「あはは……その言い方されると私のマスターへの愛が他のみんなより劣っているみたいで複雑だな……」

 

「だが事実、愛情で劣っている貴様は魂では無く体を選んだ。これが何よりの――」

 

「――今の内に既成事実を作れば、DNA検査とやらでマスターを追い込めれますね……ウフフ……」

 

 とんでもない発言をしながらフードの女性、メディアが部屋に入ってきた。

 

「……」

 

「……」

 

「……何よ、その微妙な顔は!?」

 

 

 

「……見失いました……マスターでは無くアヴェンジャーの臭いなので追跡が難しい……」

 

 牛若丸はそう呟くと、廊下を走り、俺とフランから離れて行った。

 

「……撒いたか」

 

「う……」

 

(咄嗟に入った部屋に屋根裏部屋があって助かった。

 誰の部屋かは分からないが、家主に感謝だな)

 

 俺とフランは天井から降りて

 

「……ん?」

 

「まーすたー!」

 

 俺がサーヴァントの存在を感知すると同時に背後から抱き着かれた。

 

「ま、マタ・ハリ!?」

「やっぱりマスターなのね! ああ、私の部屋に来てくれるなんて、嬉しいわ!」

 

「……うー!」

 

 フランの機嫌が悪くなる。やばい、魔力を高めて宝具を放つ気だ。

 

「あらあら、可愛い娘……ん」

「!? んー!?」

 

 まさかのキマシタワー建設開始。

 

 アサシンのサーヴァント、マタ・ハリは女スパイであり、その肢体で男を骨抜きにした凄腕であると同時に、本来は男に人生を狂わされた男嫌いでもある。

 

「んっ……ん……」

「ん、う、んー!」

 

 フランの唇を奪って数秒、暴れていたフランが驚く程あっさり大人しくなった。

 

「ん……っ!」

「……っちゃ……ん!」

 

 と思ったら今度はマタ・ハリが目を見開き、フランの舌使いが巧くなっているのが横目で分かる。

 

 イブからアダムを作ろうとしたヴィクターが作り出したフランケンシュタインであるフランはアダムを産むために論理的につがいを探し、人間的な在り方で生殖を行おうと行動する。もしかしたらその為の性的行為を凄いスピードで学習しているのでは無いのだろうか。

 

「……っはぁ、っはぁ……凄いわ、貴女」

「……っはぁー、うー……」

 

 フランは今のですっかり懐いたのか、マタ・ハリに寄りかかっている。

 

(退散しよ)

 

 気まずくなった俺は、息を整えつつ見つめ合う2人を置いて部屋から出ていった。

 

(さて、俺が出会ったサーヴァントは牛若丸、ブーディカ、フラン、マタ・ハリ。残り2人だが、もしかしたらその2人はアヴェンジャーの所にいるかもな)

 

 そうであってくれと思いつつ俺は天井に跳んで張り付いた。

 

「……やっぱり探知出来ないな……」

 

 普通のサーヴァントでも探知範囲はそこまで狭くない筈だが、もしかしたらこのヤンデレ・シャトーが邪魔しているのかもしれない。

 

(なーんか、後付け設定っぽいけど……)

 

「せんぱーい、何処ですかー!?」

 

 不意にそんな声が聞こえる。

 俺の事を先輩と言うのは2人しかいない。

 

(……っう、エナミを思い出してしまった……)

 

 起きてもヤンデレが途切れ無いのを思い出して、若干の目眩を覚えた。

 

「先輩! ……何処へ行ったのでしょうか? 見つけたら、匿ってあげるつもりなんですが……」

 

(……あ、今の内にマシュの部屋に入れば安全だ!)

 

 名案だと思いつつも場所が分からないのでマシュの頭上をゆっくり移動する。

 

「ふっはっはは、さらばだ!!」

 

 が、不意に俺もマシュも止まった。

 俺の声の叫び声が聞こえたからだ。

 

「せ、先輩!? 否、アヴェンジャーさん!?」

「む、シールダーの小娘か……」

 

「む、主どの! ……アヴェンジャーどのですか……」

 

「メディア〜、可愛いよ〜」

 

「や、やめなさい! 同性愛の令呪を解いてあげるわって! あ、ルールブレイカーが!?」

 

「何事かしら? マスターが消えたと思ったら……」

 

「うー、あー……」

 

 アヴェンジャーの叫び声に釣られて、見事に全員が廊下に集合した。

 メディアに抱きついてしきりに彼女の胸を揉んでいるブーディカは、どうやらアヴェンジャーの令呪の命令らしい。

 

「……ヤバ!」

「……っふ」

 

 一瞬、しかし確かに、天井の俺を偶々見上げたアヴェンジャーが見つけた。

 

「貴様らのマスターは、そこにいる!」

 

「っく! やってくれたなこの野郎!」

 

 天井から全員とは逆の方向へと前進しつつ降りる。同時に、壁を蹴って更に加速する。

 

「逃げ切れるか?」

 

 今の俺、アヴェンジャーの敏捷はCであり――

 

「――逃すと思いますか?」

 

 牛若丸は、敏捷A+である。

 

 

 

「……牛若丸」

「はい、何でしょうか主どの?」

 

「首輪、外してくれないか?」

 

 捕まった。部屋に監禁された。

 そして、俺の首には牛若丸の首と繋がった首輪がある。

 

「駄目です! マスターは、私達を傷付けない優しい人です。ですので私も首輪を着けていれば、ずっと一緒にいてくれますよね? 牛若、天才ですね?」

 

「うーん、そうだね。鎖の長さが1mなこと以外はパーフェクトだよね」

 

「この長さも、マスターに撫で撫でしてもらいながらキスし放題な良い長さでしょう? あ、もしかして主どの、私と体を重ねたいのですか? もっと鎖を短くして、一生繋がりましょうか!?」

 

「嫌だよそれ。エロイ事しか出来ないし、死んだ後が恥ずかしいし」

 

 魔力は封じられているので鎖が壊せない上に今の状態じゃ、殆どの行動制限されている。

 

「アヴェンジャー、あとどれくらいで目覚める?」

 

「あと20分はそのまま繋がっていろ」

 

「先輩……助けて下さい……」

 

 マシュは令呪の命令をきっかけに同性愛に目覚めたブーディカに抱き着かれ、撫で倒され、メディアもダウン状態。

 

「女の子と恋愛すれば、生前の事を後ろめたく思う必要がないね! 次はマスターも女の子にしてもらおうかな!」

 

「フランちゃん、キスのコツはこうで……お口で咥える時は……」

 

「あー、うー……」

 

 別の所ではソーセージを使ったマタ・ハリによる保険体育、達人編が行われている。牛若丸がソーセージを食べているフランを羨ましそうに見ている。

 

(アレ? 今回カオスなこと以外は平和じゃね?)

 

 その後も、混沌としていたこと以外はなんの問題も無く(牛若丸に貞操を狙われ続けて、守り抜いたが)、俺は眠りから覚めたのだった。

 




マシュの出番が少ない? 伏線だよ。(ハッタリ)

さて、次の話はどれにしようかな?
ヤンデレ増し増しに読者の希望に……多いな。日常物も書かないと。


(遊戯王が書きたい)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ、ヤンヤン増し増し

※微エロ注意
今回多分R17まで行くかもしれない結構ギリギリな描写があります。運営さんの反応によっては転移するかも……


「っむ……1週間でヤンデレポイントが2000とは……素晴らしいです」

 

「ははは……(いや、お前がチョロい)」

 

 目の前でスマホを見つつパフェを食べているエナミ。彼女のヤンデレポイントはスイーツを奢ればその料金だけ減るシステムらしく、今日は少し大きめのパフェを奢ったので-550(サイフ)ポイントだ。

 

「はい、あーん」

「あーん」

 

 スプーンをこちらに向けるが食べさせられることに慣れているので、躊躇無く食べる。

 

「……恥ずかしがらなかったのでプラス10ポイントです」

「何その理不尽」

 

 上昇値も1つ1つは意外と微々たる物で、あんまり気にならない。

 

「……所で、最近は妙な悪夢を見たりしていませんか?」

「んー……まあ、例の悪夢は続いてるよ」

 

「そうですか……なら毎日1000ポイントプレゼントします!」

「何でだよ!? そんなログインボーナスみたいなノリで増やすな!」

 

「先輩ったら、急に私の中に入りたいだなんて……-100ポイント減らしちゃいます!」

「どうやったらログインの一言でそんな勘違いをするんだ……」

 

 顔を赤らめるエナミに溜息を吐きながらも、俺は苦笑いを浮かべるのであった。

 

(手作り弁当で-3000ポイントは結構デカかったな……あれ、もしかして俺たかられてる?)

 

 

 

「さあ、今日も愉快な悪夢の時間だ! 覚悟はいいか!?」

 

「アヴェンジャー、お前、水を得た魚の様に活き活きしてるな……」

 

 前回ヤンデレ・シャトーから生還したせいか、目に見えてテンションが高い。

 

「今回はまた1人でヤンデレ・シャトーに行ってもらう。サーヴァントは3騎だ」

 

「……少ないな。なんか嫌な予感がするんだが」

 

「なんの問題も無いだろう? ただ、いつもの様にやり過ごすだけだ」

 

 どう考えても怪しさ満点だが最初から俺に拒否権は無い。

 

「さあ、精々楽しめ! 次回は休息を入れる事を約束しよう!」

 

(休息を入れなきゃならないほどハードなのか……)

 

「さあ、散ってくるがいい!」

 

 もはや死を覚悟しながら俺は悪夢の始まりを迎えた。

 

 

 

「先輩、おはようございます」

「お、おはよう……」

 

 目覚めると何時もの無機質な廊下ではなく、狭い一室のベットの上。

 シールダーのサーヴァント、マシュが目の前にいた。

 上半身を起き上がらせ、マシュを見る。

 

「なんか懐かしい光景だな……そっか、ヤンデレ・シャトーの時には何時もマシュが出迎えて――」

「――嬉しいです、先輩! そんな事まで覚えていてくれたんですね!」

 

 抱き着かれた。しかもそのままマシュはベッドに上って俺に跨がる。立ち上がっていた俺の体は再びベッドに倒され、マシュは俺の顔をグッと見つめ続ける。

 

「ちょ、ちょっとマシュ!?」

「私も覚えています。昨日私は体を弄られ、マスターの首が、あの忌々しい犬と繋がっていた事を……!」

 

 マシュの手が俺の首に伸びる。そっと置かれた筈なのに俺はまるでギロチンが触れたかの様な戦慄をおぼえる。

 

「ああ、汚い……私が……綺麗にします……ん」

「っ! ま、マシュ……!」

 

 マシュは頭を下げて首を舐め始める。くすぐったいが、それ以上に本当に何かを舐め取ろうとしてるかの様な力の強さが伝わってくる。

 

「はぁ、っちゃ……れろ」

「……っ……」

 

 不気味に思い、無言になってしまう。

 

 静かな部屋の中で只々マシュの舐める音だけが響く。

 

「っ! 先輩……勃ちましたね?」

 

 突然マシュは俺の下半身を見て嬉しそうにそう言った。

 

(やばいっ! これは始まったら絞り取られる!)

 

「先輩、私と気持ちよくなりませんか……?」

「えーっと……か、勘弁してもいいですかね?」

 

 俺のその言葉にマシュはまた頭を下げた。

 

「れろ、れろ……んちゅ……」

 

 先より激しくなった舌の動きに俺は血の気が引いていくのを感じる。

 

「……綺麗になりました。先輩、私と気持ちいい事をしませんか?」

 

「……」

 

 答え方がまるで分からない。どうすれば拒否できる?

 

「……れですか?」

 

「へ……?」

 

「誰ですか? 先輩を、私の先輩を誑かしているのは?」

 

 マシュは両手で俺の頭を抑えると、唇を奪った。

 

「んー!? んー!!」

 

「っちゃ、っぅん、ん、あ」

 

 激しい。

 何度も悪夢で体験したキスの中でも、今までで一番激しいキスだった。

 

「っはぁ、っはぁ、っんー!」

「んっちゅ、ん、ぅあ……」

 

 離れたと思ったら更に続くキス。

 

(息が、苦しい……!)

 

「ん……っんー……」

「んー! ん、んっぐ!」

 

 酸素を求めていた俺に、マシュは唾液を飲ませてきた。

 そして、漸く解放された。

 

「っはぁっはぁっはぁ」

「っはー……先輩、気持ちいい事、しましょう?」

 

 マシュは俺の額に親指を添える形で頭を両手で抑えた。

 

「先輩、もう一度キスしましょう」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 流石に呼吸困難になりかけたキスを何度もされるのは勘弁だ。もう一度されたら、気を失うかもしれない。

 

「先輩、私は先輩に選択権を与えていますが、先輩は私の意思で呼吸すら出来ずに苦しむんです」

 

 マシュの口が近づく。それだけで呼吸が荒くなる。

 

「怯えないで下さい。そんな事をして欲しいんじゃないです」

 

 マシュは愛しそうに俺の頭を撫でる。

 

「先輩は私のマスターですが、私がいないとあっさり死んでしまうか弱い存在なんです」

 

 マシュの手が止まるが、顔は俺の耳まで近づく。そして、そっと囁き始める。

 

「他のサーヴァントだって危険でしょう? 首輪をつけられたり、ナイフを突き付けられたり、燃やされそうになったり……」

 

「ですから、先輩が体も心も預けていいのは私だけなんですよ……ん」

 

 今度は貪る様なキスではなく、短い、唇だけのキス。

 

「先輩、私に先輩を一杯ください……先輩を守れる様に、側にいられる存在になる為に……」

 

 マシュが優しく俺を抱きしめる。俺はそのままゆっくり目を閉じて……寝息を立て始めた。

 

「先輩……? 寝ちゃいましたか?」

 

(…………安心して寝たフリしよう)

 

「あはっ! これで先輩の心は私のモノです! もっともっと依存させてあげますからね、先輩……」

 

(ああ、依存系ヤンデレのマシュが、俺を依存させるつもりだったのね。そうすればお互いが依存しあって一生一緒に……)

 

 何それ怖い。

 

「……ん? 鳥肌、でしょうか?」

 

(ヤバ! バレた!?)

 

「大丈夫ですよマスター……貴方の唯一のサーヴァントが直ぐに温めてあげますからね……」

 

 どうやらバレなかった様だ。俺は別の事を考え始める。

 

(マシュのこの感じ、ヤンデレ深度が上がってるよな……だけど今の今まで他のサーヴァントがやって来ないし……)

 

「マスター……ああ、抱きしめてるだけで体が火照りってきました……」

 

「――転身火生三昧」

 

 唐突にドアが吹き飛ばされる。やはり俺のセリフはフラグになるのか。

 

「……式さん対策に耐久を下げて即死耐性を付けたのが仇になりましたか」

 

「汚らわしい……何故旦那様(マスター)の側にいるのでしょうか? そこは私だけの場所です」

 

「見て分かりませんか? 先輩は私の隣で寝ています。私が側にいる事を許されたんです!」

 

「誰が寝ているですのかしら? マスター、狸寝入りそこまでです。目を開けなければ、そこの塗り壁女と一緒に燃やして差し上げます」

 

(怖い怖い! ど、どうすれば……)

 

 一瞬悩んだが、清姫が怖いのですぐに目を開けた。

 

「……寝たいのは本当なんだけど」

 

「先輩!?」

 

「でしたらマスター、私の隣で寝させてあげます」

 

 清姫は扇子を構える。

 

(こんな狭い部屋だぞ!? 炎なんか撃たれたら直ぐに全部燃えて、部屋の酸素があっという間に無くなるぞ!?)

 

「勝てると思って――」

 

「転身火生三昧!!」

 

 なんの躊躇いも無く放たれた宝具。炎の龍がマシュを横から吹き飛ばした。

 

「そ、そんな……なぜ宝具を2回、も……?」

 

「魔力薬、飲めば一瞬で魔力が回復します」

 

 清姫が懐から青色の液体の入ったビンを取り出し、飲み干した。

 

「ですが、やはり旦那様から直に魔力が欲しいですね」

 

「っく……!」

 

 マシュはなんとか立ち上がろうとしているが、この状況に俺はろくに動けず、どうすればいいかまるで分からない。

 令呪……しかし、今までの状況が果たして使用するべきか悩ませる。ここ連日ずっと1度きりの令呪を使い続けていたので、令呪の数は1つだけ。使えばそれまでだ。

 

「さあ、マスター? 一緒に愛の巣へ参りましょう」

 

 清姫は俺の手を繋ぐと、部屋の外に出た。

 

「……そうそう、マスターを汚したバツです。燃え尽きなさい!」

 

「き、清姫っ!?」

 

 部屋へと放たれた炎は燃え盛り、部屋全体を燃やし尽くすのに時間は掛からないだろう。

 

「マシュ! っく、今回復を――」

「――マスター、他の女の元に行けるなどとは思わないで下さい」

 

 魔術でマシュを治癒する事を思い出した俺だが、清姫がそれを許さない。服を捕まれ、筋力で部屋から放される。

 

「マスター、他の女など忘れさせてあげます……そして思い出して下さい。貴方の妻が私だという事を……」

 

「っく……マシュ!!」

 

 叫びは届かず、俺は只々清姫に連れて行かれた。

 

 

 

「旦那様……ふふ、あぁ……! なんと気持ち良い響きでしょうか!」

 

 清姫に連れて行かれた俺は壁に足を鎖で繋がれ、両手は普通の手錠をかけられて、ろくに動けない状況に陥っていった。

 マシュを殺した清姫を憎みきれないのは、前に清姫の消滅の瞬間を見たからだと思いたい。

 

(つまり、どうせ生き返るから大丈夫って思ってるんだな、俺は)

 

「旦那様、さあご飯ですよ?」

「……食欲が無いな」

 

 とても飯が食べられる心境ではない。だが、清姫は飯の盆を俺の側に置くと箸で掴んだご飯をこちらに向ける。

 

「はい、あーん」

 

「……食欲が無いんだ、そっとしてくれ」

 

 床に寝転がり、不貞寝を始める。この部屋に入ってからは一度も清姫と顔を合わせていない。俺の自分でも理解できていない意地が、せめてもの抵抗でそれを行っているんだろう。

 

「ではせめて汁物を――」

「いらない」

 

 きっぱり断る。憎しみなのか悲しみなのか分からない感情が心で這いずり回っていてとても不愉快だ。

 

「……」

 

「お怒りですか、私に?」

「……」

 

「何故あの女を悲しんでいるのでしょうか? 貴方は私を愛すだけでいいのに」

 

「っ! 清ひっ!?」

 

 怒りに任せて目すら合わせていなかった清姫へと振り返るが、同時に驚愕した。

 

「あっは! 他の女の話でと言うのは少々癪ですが、漸く私を見てくれましたね、マスター!」

 

 清姫の下半身は、まるでラミアの様な鱗に包まれた長く細い蛇の姿をしていた。

 

「さあ、愛してあげます! 縛りつけて差し上げます!」

 

「うあ!?」

 

 下半身がこちらに伸び、足の鎖を壊しながらも俺の体を締め付け捕らえた。

 

「っぐ、ぬ、抜けられない……!」

 

「ああ、マスター……」

 

 上半身、蛇ではなく人型の清姫がこちらに近付き抱き着く。

 同時に、下半身の締め付けが強まる。

 

「っぐ……!」

 

「あまり暴れないで下さい、さもないと……」

 

「折れてしまいますよ?」

 

「っひぃ……!」

 

 龍は好きだ。かっこいいしそもそも現実には存在しないのだから恐れる必要がない。

 しかし、蛇は嫌いだ。子供の頃から理由もなく蛇だけは苦手だった。何故かも分からない恐怖を感じる。生物の教科書や図鑑の写真にですら、だ。

 

「……アハハ! マスター、マスターが私を見てくれました! 私を見て、こーんなにも恐怖を……」

 

「う……ぅ……」

 

 折れそうだ。足でも骨でもなく心が。

 何より怖いのが俺を捕えている蛇の下半身ではなく、人間と姿形が変わらない筈の清姫の姿の方が、こちらを飲み込もうとする蛇に見える事だ。

 

「あぁ、すっかり怯えてしまって……マスター……ん」

 

 舐められた、頬を。軽く舐められただけなのに、まるでそこから体全体が痺れるかの様な感覚に陥る。

 

「……あ……ぁ……」

 

「可哀想なマスター……食べちゃいたいくらいです」

 

「うあああぁぁぁぁぁ!!」

 

 恐怖に耐えきれず、叫んだ。

 

「あああぁぁぁぁぁ!」

 

 叫んでいるせいか、錯乱しているせいか意識が曖昧になる。

 視覚も、聴覚も、触覚すら感じない。

 

「ぁぁぁぁぁ……」

 

 記憶すら――そこで途切れた。

 

 

 

「お目覚めですか、旦那様(マスター)?」

 

 目が覚めた。何か、とてつもなく嫌な物を見た気がする。

 

 ふと、隣にいたメディアを見る。何故だか、心がざわつき、やがて落ち着いた。

 

「何時の間に寝ていたんだ……? いや、待て!? 何でそんな格好なんだ!?」

 

 頭が漸く目覚めた様だ。メディアは上着こそ羽織っているが、上も下にも履いてないだけではなく、俺達は何故か液体が染みている布団の上。

 俺の下半身も、パンツだけだった。

 

「あぁ! マスター、とても逞しく激しくて……」

 

「う、そ……だろ……!?」

 

 頭を抑えて、必死に記憶を書き出そうとする。しかし、気を失う前の記憶がまるで思い出せない。

 

「……うぅ……私との情事をお忘れですか……?」

 

 泣き始めるメディア。

 

「…………ま、マジか……」

 

 まさか自分がドラマや映画で見るような酔っ払った末の過ちの様な状況になるなど、誰が想像できるだろうか。

 

「マスター……式は何時に――」

 

 唐突にドアを切り裂く音、後に板が転がる音が鳴る。

 

「――呼んだか? 良くもやってくれたなこの女狐!」

 

 現れたのは、直死の魔眼を輝かせた式だ。

 

「っち、もう気付いたのね……」

 

「幻術の魔術でオレやマスターを惑わせて、オマケに事後まで演出しやがって!」

 

「え……?」

 

 俺は急いで側にあった魔術礼装を着つつも、メディアを見る。

 

「……やっぱり、本番は同意の上でやりたいじゃない」

 

 メディアが拗ねる様にそう言いつつ、魔力で普段着に戻る。

 

「っふん――!」

 

 式が空にナイフを振るうと、俺の記憶が全てが正しい形で思い出された。

 

 マシュへ火を放ったメディアに捕まり、縄で下半身を縛られ、真実を知り先まで忘れていた恐怖の記憶も戻ってきた。

 

「……最初から、清姫はいなかったのか……マシュの後は全て幻術か……」

 

「そういう事だ。

 さあ、女狐! マスターは返してもらうぜ?」

 

「調子に乗らないで! アサシンのサーヴァントに私は絶対負けないわ!」

 

 飛行しながら放たれた魔力の光線、ナイフでその全てを切り裂く式。

 その中に、俺の姿の魔力弾が混じり放たれる。

 式の動きが一瞬止まったと思ったら数秒前の倍の速度で切り捨てた。

 

「お前、オレがマスターの死の線を見間違えると思ってるのか?」

 

「ふん!」

 

 懲りずに放たれる俺の形の魔力弾。式はその全てを切り捨てて行く。

 

 そう、全てだ。

 

「っ!?」

「掛かったわね!」

 

 式は自分の怒りに任せて俺の形の魔力弾を全て切り捨てながらメディアに近づいた。が、それも全てメディアの計算通りだ。

 読み易い、操り易いその行動パターンは彼女の狙い通りの場所に誘い込めた。

 

「空間停止。流石に霊脈でもない場所で使うには苦労したけど、相手が誘導されてくれるなら設置地点に追い込むだけ。動き回る対象と周りの空間を止めるよりも当てやすい」

 

 式はナイフを構えたまま、立ったままだ。指先1つ動かす事も難しい様だ。

 

「……っく……」

 

 メディアはルールブレイカーを取り出す。

 

「終わりよ、両儀式」

 

 

 

「それは困るわね」

 

 が、両儀式はまるで空間停止が最初からなかったかの様に停止した空間から抜け出した。

 服装も白い着物へと変化し、握っている獲物も刀に変わっている。

 

「っな!?」

 

「お呼びでは無かったかしら? でも、派遣されてしまっては仕方ないわ」

 

 俺のカルデアにはいないはずの、サーヴァント。

 

「セイバー、式……?」

 

「貴方がキダさん? この式の体、ちょっと貸して貰うわ」

 

 俺の返事も待たずに、『両儀式』はメディアに近づく。

 先までルールブレイカーで止めを刺そうとしていたメディアとの距離は近い。

 

「終わりよ」

 

「っぐ――」

 

 辛うじてルールブレイカーで刀を防御したが、剣士ではないメディアに2度目の斬撃を防ぐのは不可能だった。

 

「あ、あと、少しだったのに……」

 

 光の粒子となり消滅したメディア。

 『両儀式』は静かに息を吐く。

 

「この場所……ヤンデレ・シャトーね」

 

「知ってるん、ですか?」

 

「騎士王さんや皇帝さん、女王さんとも戦った場所だもの。あ、キスに照れる私のマスターは可愛かったのも覚えてるわ! まあ、その後マスターも私も、光に飲まれて此処から退場しちゃったけど」

 

 そんな事を笑いながら言った『両儀式』は突然ハッとしてその動きを止めた。

 

「いけない、いけない! それじゃあ、この事は式に内緒ね!」

 

「っは、はぁ……」

 

「じゃあね!」

 

 別れの言葉と同時に式の服装も人格も元に戻った。

 

「……ん? あれ?」

 

「式! 大丈夫?」

 

「……ああ、大丈夫だが……オレは何をしてたんだ? まあいいや。ほら、マスター。オレの部屋に来いよ」

 

「え、えっと……」

 

 サーヴァントは3騎、既に2騎が消えている以上、アヴェンジャーが増やさない限り、式しかこのヤンデレ・シャトーにいない筈だ。つまりは必然的に式と残り時間を過ごす事になる。

 

(まあ、アイスで済むなら……俺、感覚麻痺してないか?)

 

「ほら、行くぞ」

 

 式に引っ張られ、メディアの部屋を出ると、2人で式の部屋に歩いた。

 

「式には攫われてたから、隣で歩くのは新鮮だな」

 

「ん、そうか? ……そうだったな。マスターが寝てたからな」

 

 そんな他愛のない会話が終われば、式の部屋に辿り着いた。

 式は鍵を開けてドアを開いた。

 

「ほら、入れよ」

 

「お邪魔しまーす」

 

 俺の後に入った式が部屋の電気を点ける。

 

「――っ! マシュ!」

 

 驚愕した。部屋の中にはマシュが両手を縛られた状態だったからだ。

 

「マスターが悲しむと思ってな。マシュを救出して置いたんだ」

 

「あ、ありがとう式! あれ、足の包帯は……? まさか、足を火傷して……」

 

「サーヴァントがあの程度で焼けるかよ。今は幻術の中で苦しんで気絶しているだけだ。足の包帯はオレが巻いた。まあ、傷付けたのもオレだけど」

 

「……え?」

 

 最後の言葉は聞き逃さなかった。

 

「い、今なん――ん!」

 

「自分でも分からないけど、どうやらオレは他人に見せ付けるのが好きらしい」

 

 式はマシュの前に座り込んでいた俺を背後から抱き締めると、耳を甘噛みし始めた。

 

「し、式が、マ、ッシュを……!?」

 

「っう、ん……れろ……逃げられない様に、後マスターを汚そうとしたバツに、アキレス腱を切っといた」

 

「切っといたって、そんな――」

 

「焼けながら消滅してないだけ儲かりものだ。それにマスター、マシュの救出にメディアとの戦闘、随分魔力を使っちまったからな。魔力補給をしてくれ」

 

 キスを始める式。同時に背後では布の擦り切れる音が聞こえ始める。

 

「ぅん……此処は……!?」

 

「ん……ぅ……っ」

「っちゅ……んぅ……むう、脱ぎながらだとやりづらいな」

 

 俺の目の前で目を覚ましたマシュが目を見開く。

 服を脱ぎながら式が俺とキスをしているから当然といえば当然だが。

 

「式、っさん! 何して――っつ!」

 

「お、起きたか。それじゃあ、マスター、始めるか」

 

「いや、ちょっと待て!」

「待たない」

 

 着物を抜いだ式は、何故かその下に白いワイシャツを着ていた。

 

「マスター、何時もオレのこの服装を眺めてきたからな。この格好が好きだろ?」

 

 白いワイシャツ美女、男の憧れである。

 

「せ、せん、っぱい……!」

 

「ああそうだ。そう言えば自分がいれば他のサーヴァントなんていらないとか言ってたな」

 

 式は俺に向かって言った。

 

「マスター、俺の相手してくれないとアイツを殺す。今まで霊核を直接切った事は無かったし出来なかったが、消滅したらカルデアの召喚システムでも戻ってこないかもな?」

 

「っな――!」

 

「決断は早めに、だ」

 

 ゲーム内ではサーヴァントに即死は効かない。少なくとも、今まで式を使って来て、一度もサーヴァントを即死させた事は無い。だが、もしこの場でそれが出来て殺されたら――

 

「わ、分かった……」

「せ、先輩!? 駄目です、それは――」

 

「マスターを守れないシールダーは黙っていろ」

 

 式はキツイ一言を言い放つと、ワイシャツのボタンに手をかけ、その全てを外した。

 

「たーっぷり、愛してくれよ?」

 

 

 

 足の痛みは消え去った。

 頭の中で込み上げていた熱が急に冷めた。

 私は目の前で行われた行為に僅かな、確かな興奮を覚えつつも、それを恥じ、己と目の前の幸せそうな女性を恨み、怨み、男性を想い、悲しんだ。

 

 無力、喪失、虚無。

 

 何かが体から抜けていくと同時に、赤い激情ではなく、闇の様な沸々と静かに湧き上がる感情が、ゆっくりと、私の中から私を飲み込む。

 

 殺したい、愛したい。

 

 喘ぎ声が殺意を呼んだ。

 すまなそうな表情が嘆きを木霊させる。

 

 もうじき夜が明ける。

 

 だが、私のこの感情は日の光を浴びたとしても――歪な形を浮かび上がらせるだけだろう。

 

 

 

「…………あ、危なかった」

 

 夢精、してしまったようだ。

 

 不幸中の幸いか、行為が始まる前に起床時間を迎えたので干乾びる事は無かった。

 しかし、自分に好意向ける2人の後輩の存在に、罪悪感を感じずにはいられなかった。

 

 同時に、携帯から音がなる。

 

“先輩、夢精したからヤンデレポイント3000ポイントでーす♡ 今日は減点すると思わないで下さいね?”

 

 ピンチは、継続中な様だ。




え、思ったよりエロくないって? 一体ナニを求めているんだ、このムッツリスケべ!(ブーメラン)

次回は一度短編集を更新してから投稿する予定です。お楽しみに……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレの無い日常?

本当は短編集の方に載せるつもりでしたが、前の回の続編みたくなったのでこちらに。
短編集にはまた遊戯王話でも投稿してお茶を濁す事になりそうです。


 

「……此処は……」

 

 目が覚めた……のではなく、俺、岸宮切大は再び悪夢の中に入り込んでしまったようだ。

 

「ずっと続いているこの悪夢、今日は休息と聞いていたが……」

 

 無機質な、無個性なマイルーム。先日のネコミミ騒ぎを思い出したが、今回は誰もベッドにいない。

 

「……まあ、カルデアで普通に過ごせるって事だろう。まずは食堂だな」

 

 マイルームを出ると俺は食堂へ向かった。

 

 

 

「……いま何時だろう?」

 

 サーヴァントは睡眠の必要が無い筈だが、食堂までの道のりで誰にも会わなかったので少し気になった。

 

 が、食堂に来てすぐにその理由がわかった。

 

「――な!? マスター!?」

「だっはは! また俺の勝ちだな、黒ひげ!」

 

「っぐぬぬ、この黒ひげの美少女センサーが、5回も筋肉ダルマに直感に負けるだとー!?」

 

「流石ベオウルフだ! 童貞のポンコツセンサーじゃ勝てないよ」

 

「船長、しっかりー」

「貴方から変態を取ったら何も誇れる物がありませんわよ」

 

 男か女、食堂に入ってくるのはどっちか賭け合っているベオウルフと黒ひげ。その周りで笑っているダビデ、アン&メアリー。

 

「まにあった……」

「ですが……すぐに別の執筆に……」

 

 締め切りギリギリまで徹夜してグロッキーな作家サーヴァント2名。

 

「次はドクターに頼んで狩りにでも行くか!」

「良いですね! 若き頃のクー・フーリン殿も行きますか?」

「あったり前よ!」

 

 ランサーズ、2人のクー・フーリンに囲まれて幸せそうなディルムッドの3人は訓練が終わってか、次の体の動かし方を話し合っている。

 

「アッセイ!」

「――ッ!」

 

 会話になっていないバーサーカーであるスパルタクスとダレイオス。

 

「ねぇ、ねぇ! 次はこのフリフリのメイド服を着てみようよ!」

「いや、だから私はそんな可愛い服は……」

 

 女装男子と両性美男女、アストルフォはデオンに女物の服を勧めている様だ。

 

 若干飲まれそうになるが、俺はマスターとしての普段通りを行う事にした。

 

「おはよう、みんな」

 

『おはよう(ございます)! マスター(殿)!』

 

 

 

 食堂にいない者はトレーニングルームや自室にいるらしく、食事は摂るサーヴァントと摂らないサーヴァントがいるらしい。

 

 まあ、摂るサーヴァントはその内こちらに来るので問題無いらしいけど。

 

「やはりポテチとコーラは最高ですな! 我輩、酒も好きですがこれもなかなか……」

 

「ディーチェ、それ朝から食べるもんじゃないよ。あ、マスター、そのホットドッグ分けてくれないか?」

 

「あぁ!? 誰だいま犬って言った奴!」

 

「ソーセージパンだから、落ち着いてよクー・フーリン」

 

「マスター! 僕にも一口! あーん!」

 

 ホットドッグ一個でこの騒がしさである。

 

「今日のはすごく凝ってるね。コーンにグリーンピース、トマトソース、マヨネーズ、ケチャップ、マスタードにポテチ、パルメザンチーズまで……」

 

「私も一つ貰えないでしょうか?」

 

「分かった分かった! 全員分作るから!」

 

 パンを切る。トマトソースに入れてあったソーセージを入れる。コーン、グリーンピース、砕いたポテチを入れて、一度薄くサラダ油を塗ったフライパンの上で、小さめの蓋で圧迫しつつ弱火で焼く。その間に別のパンを作り、少し焼き色がついたらひっくり返して圧迫。

 両面焼き色がついたら取り出してパンを開き、パルメザンチーズを入れて出来上がり。ソース類はお好みで。

 

「――を、何人分だ?」

 

 あっという間に出来る行列。怒っていた筈のクー・フーリンすら並んでいる。

 

「食事をくれるマスターなんて珍しいからな! 是非頂くぜ!」

 

「主どの! 私にも!」

 

 先までいなかった牛若丸すらいつの間にか現れている。

 

(……食材、よく尽きないな……)

 

 そこはあまり考えない事にした。

 

 

 

「あー……疲れた……」

 

 食堂から出た俺はホットドッグの作り過ぎで疲れていた。幸いにも、今日は昼食の料理当番では無いのでこれ以上料理はしないだろう。

 

「さて……何しようか?」

 

 未だ特異点が見つかってないらしいので、俺は常時待機……ようは自由である。

 

「あー」

 

「ん? っ――フラン、おはよう」

 

 先の牛若丸やデオンの時もそうだったがヤンデレ・シャトーの事はどうやら覚えていないらしい。

 

「うー?」

 

「何でもないよ。それより、どうしたの? 何かあった?」

 

「あー……うー!」

 

「……えーっと、もしかしてアンデルセン?」

 

「うー」

 

 何故か分からないが、フランの言葉が分かる。これがマスターとしての能力だろうか?

 

「アンデルセンは徹夜して疲れてたから構ってもらえないと思うよ?」

 

「うー……」

 

 露骨に落ち込むフラン。

 

「がぅー」

「俺? んー、これから部屋に行くつもりなんだけど……まあいいかな」

 

「うー、あぁー」

 

 俺の横をそっと歩くフランと共に、部屋に向かい、すぐに着いた。

 

「って言ってもやる事なんて……」

 

「お帰りなさい、旦那様(マスター)。早速新しく召喚されたサーヴァントに手を出しておいでですね?」

 

 安定のタイトル詐欺。いや、疑問符ついてるから問題ないのか? とにかくヤンデレ清姫の登場である。

 

「おはよう清姫。フランがアンデルセンに遊び相手して貰えそうにないから代わりに相手をするってだけだよ」

 

「……なるほど、尻の軽い女の様ですね」

 

 なんという悪意ある解釈! 

 

「あー?」

 

 言われた本人は只々首を傾げるのみ。意味が分からないんだろうけど。

 

「……会話の成り立たない本当のバーサーカーでしたか……申し遅れました、マスターの妻、清姫と申します」

 

「あー?」

 

 本当? と聞いてくるフラン。

 

「違うな」

 

「間違えました。嫁、ですね」

「それも違う」

 

 フランが余計に疑問符を頭に浮かべている。

 清姫は会話が成り立たないどころか認識すら違う真のバーサーカーだ。

 

「フラン、何して遊ぼうか?」

「あー」

 

 清姫を無視してフランを部屋に入れさせる。

 

「うー」

 

 そして何故か俺のベッドが占領された。

 

「……そう言えばデフォルトでつがいを探すヤンデレっぽい娘だったな……」

「がー」

 

「どいてくださいまし。そこはあなたの場所ではありません」

 

「おお、そうだ。もっと言ってやれ。自分自身にも言い聞かせるように」

 

 ベッドを賭けた不毛な争いから目を逸らしつつ、暇つぶしが出来そうな物を探す。

 

「ん……トランプか」

 

 見つけたのはトランプ。数えてみると54枚ちゃんとあった。

 

「何して遊ぼうか?」

 

「子を……う、む……」

「子作り」

 

「誰が火遊びしようって言った!?」

 

 俺の右手に握られたトランプに全く関心を持たない2人にツッコミを入れつつ山札の中からジョーカーを1枚抜くのだった。

 

 

 

「さて、1時間程遊んだけど……」

 

 これでババ抜きのプレイ回数12回目、最後は5連敗。

 清姫は俺の手札を見てるかの様にジョーカーを避けるし、フランは最初は全然ダメだったのにゲームの最中に急成長し、カードの位置を変えて、俺と清姫にジョーカーを引かせて見せた。

 

「ちょっと体動かしてくるかー」

 

 俺がそう言って立ち上がると清姫も立ち上がった

 

「マスター、宜しければ――」

 

「――ベッドで体を、とか言うなよ!」

 

 俺は急いで部屋から出ていった。

 

「――宜しければ、ご一緒に行こうと……」

 

 何か聞こえた気がするが、無視して俺は部屋から逃げる様に離れた。

 

「ん……?」

 

 ふと、部屋を出て直ぐの廊下の角に、チラッと人影を見た気がした。

 

「……気のせいか?」

 

 俺は適当に歩き始めた。

 廊下をしばらく歩いていると、サーヴァントとエンカウントした。

 

「エミヤさん……おはようございます」

「……おはよう、マスター」

 

 フードを被った紅いアサシン、エミヤである。

 

「あ! 見つけました!」

 

 そこにやって来たのはアイリスフィール、キャスターのサーヴァントである。

 

「アイリスフィールか……」

「もう、そんな堅い呼び方ではなく、アイリと呼んで下さい!」

 

「……」

 

 恐らくエミヤがアイリの行動に戸惑っている様に、アイリも自分の行動に迷いがあるんだろう。本人達からしたら、なぜ自分が相手に関心があるのか、相手に自分が何をすればいいのか分からないのだから。

 

(まあ、こればかりは本人達の問題だよな。知らないエミヤと知ってるアイリスフィールの……)

 

「おはよう、アイリスフィール」

「あ……マスター、おはようございます」

 

 何だよ、「あ……」って……完全に俺に気づいてなかったな……

 

 

 

 エミヤとアイリの邪魔をしない為にそっと離れた俺は、カルデアの廊下を歩く。

 

「今だ!」

「っちょ!」

 

「うお!?」

 

 そろそろ曲がり角に、というタイミングで目の前にメイド服姿のデオンが突然現れたので俺は驚いて素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「……ま、ま、すたー……?」

 

 デオンは俺を見ると顔を真っ赤にする。

 

「……可愛いな、デオン」

「あ、ぅ……あ、りがとう……」

 

「マスター! どうだい、このメイド姿! 可愛いだろう!」

 

 アストルフォもその後から出てきたが、その服はまるでエリザベートの最終降臨時の服装の様な、全体ピンク色で白いフリルの付いたメイド服と言うよりアイドル衣装の様な服である。

 

 先から跳ねたり、ポーズ取ったりして俺に見せ付けてくる。

 

「色合いがあざとい、68点」

 

「厳しい! じゃあ、デオンは?」

 

「デオンは……」

 

「あ……ぁ……ぅ」

 

 デオンの着ているメイド服はカーニバル・ファンタズムとかでアルトリアが着ていたような黒の多いメイド服。

 

(……あれ? この姿のデオン、前も一度見た事ある様な……)

 

「……ま、95点。100点にしてもいいけど、もうちょっと本人の魅せようとする意志が感じられないと」

 

「恥ずかしがって真っ赤なのもいいと思うけど……」

「あ、アストルフォ……もういいだろ? 僕は着替えさせて貰うよ!」

 

 そう言うとデオンは足早にその場から去って行った。

 

「あ、待ってよー! それじゃあマスター、じゃあねー!」

 

 アストルフォもデオンを追って廊下の奥に去って行った。

 

「騒がしいな、カルデアの廊下」

 

(ん?)

 

 不意に振り返る。

 

(視線……? ……気のせいか?)

 

 

 

「――で、此処がトレーニングルームか」

 

 部屋の外にいる筈だが、何故だか此処に入る前から温度が数度上がった気がする。

 

「……入ってみる、か」

 

 俺は思い切って扉の先へと入った――

 

 

「――アッセイ!」

 

「グオオ!」

 

「――ッ!!」

 

「ッハア!!」

 

「スパルタァァァ!!」

 

「オラオラオラ!!」

 

 ……こいつら全員、身長約190cm、筋肉モリモリマッチョマンの変態だぁ!!

 

 俺は一瞬で次の行動に移ろうと思ったら、すでに行動は終わっていた。

 

(出よう)

 

 いや、素晴らしい肉体美だった。けど、部屋中見渡して巨漢と筋肉しかいないのは俺の視覚的に毒だ。

 

 あれに混じれば最後、きっと俺はバーサーカークラスの資格が手に入る程のトレーニングを施されるだろう。

 

「……ん?」

 

「っ!」

 

 部屋を出た俺の前に両儀式がいた。

 顔が真っ赤だ。

 

「……よ、よう」

 

「あ、おはよう……」

 

 気不味い。

 昨日のヤンデレ・シャトーでは不本意ではあるが、肌を重ねてしまったのだ。あちらが忘れていても――

 

(――これ完全に覚えてる奴の反応だろ)

 

「ど、どうしたの式? 顔が赤い様だけど?」

 

「い、いや……何でも無い……何でも」

 

(待てよ? もしかして先から俺の背後から視線を浴びせてたのって、式?)

 

「……すまん、落ち着いた。それに、これでよく分かった。やっぱり昨日のアレは夢だな」

 

「へ……?」

 

「な、何でも無い! 妙な夢を見たせいで、変に意識しただけ……そう、それだけだ……」

 

 式はそれだけ言うと背を向けて歩いていった。

 

「サーヴァント達も、ヤンデレ・シャトーの事を夢って認識してるんだな。少なくとも、この悪夢では」

 

 それに安心して、肩を落とす。

 

「……さて、じゃあ次はメインルームに行こうかな? カルデアスに手を突っ込んで所長助けてみるか」

 

 そんな出来もしない事を言いつつ、俺はその場を離れた。

 

 

 

 そろそろ昼時、メインルームに着いた俺は机の向こうのドクターと向き合っていた。

 

「ドクター、まだですか?」

 

「ちょっと待って……く、レベルもコスト足りない……」

 

 絶賛ドクターとカードゲームバトル中。

 Fateのカードも販売されているトレーディングカードゲーム、ヴァイスシュヴァルツのカードをドクターが弄ってるのを見て、興味が出た俺はルールを教えてもらった。

 

「チェック・The・ドライブトリガー……ゲット! クリティカルトリガー! 撃ち抜け、スターライト・ブレイカー!!」

 

 同じくブシロードから開発されたヴァンガードも網羅している俺に死角は無かった。

 

「っく……1、2、3……5ダメージでキャンセル無し!?」

 

「俺の勝ちだ……!」

 

「もう一回! 本当に初心者かい、君!?」

 

 ドクターから再戦を申し込まれた俺は時計を見る。

 

「先にお昼にしましょう。次はバディファイトで」

「な、何で僕がバディファイトを持ってると……?」

 

「ほら、コレ。ノーマルカードの束に混じってた」

 

 そう言って俺はドクターのボックスを開けてカードを渡した。

 

「ああ、これか。ありがとう」

 

「意外ですね。ヴァイスシュヴァルツはまあ、アニメがカード化されてるで分かりますが、バディファイトは可愛いカードも少ないのに」

 

「何言ってんの! バディモノとか、ロボットとか、男のロマンが詰まったゲームじゃないか!」

 

「……そうですね」

 

 変な所で渾名通りのドクターだった。

 

 

 

「さて、今日の昼飯は何かな?」

 

 昼飯を食べる為に俺は騒がしい食堂に戻ってきた。食事を食べるかはサーヴァント達の自由なのだが、女性サーヴァントが少ない。いるのはアルテミス、メアリー&アン、フラン、清姫、リリィだ。

 

「……マスター、御一緒してもよろしいでしょうか?」

 

 清姫がやって来た。どうやら俺の隣に座りたいらしい。

 

「別に良いよ、清姫」

「ありがとうございます! ……それにしても、遅いですね? 今日はクー・フーリンさんとディルムッドさんの当番ですが……」

 

「なんか朝は狩りに行くとか――」

 

「ワリィ、待たせたな! 今日はイノシシ鍋だぜ!」

 

 厨房からイノシシの頭が浮かぶデカイ鍋を手にやって来たクー・フーリン。

 

「予想はしていましたが……クー・フーリンさんは大抵これですね」

 

「まあ、ディルムッドとかクー・フーリンに対してはイエスマンだし……」

 

 と言いつつ結構楽しみだったりする。イノシシなんか食べた事はないからな。

 

 呆れた表情の清姫とは裏腹に、バーサーカーや黒ひげなどの男連中は大喜びだ。

 なるほど、イノシシ鍋だと分かっていたから女性陣は抜けたのか。

 海賊であるメアリーとアン、狩りの経験があるアルテミス、フランはよく分からないが魔力消費の激しいサーヴァントなので食べてもらって構わないだろうし、リリィは腹ペコ王見習いである。

 

「頂きます」

 

「頂きます……」

 

 油が浮いているが、血抜きもされているし、毛の類も無さそうだ。野菜も、使われているのはカルデアにあったきのこ類やネギなので問題なさそうだ。

 

「うん、旨いな」

「……脂っこい」

 

「別に無理して食べなくていいぞ?」

「食事は夫婦で食べる物。なので大丈夫です、食べ切って見せます……!」

 

 周りでは騒がしい食事が始まっている。その間をすり抜け、俺は食堂のパンを手に取った。

 

「一緒に食べると旨いからな」

 

 そう言って俺は清姫に渡す。

 

「ありがとうございます」

「おう」

 

 汁はスプーンで掬うのもいいんだが、何分脂っこいのでそのままじゃ食べ辛いのでパンにつけて食べる。

 なお、パンはフランスパンの様な外側が硬いパンの方が、硬い部分が汁を吸いにくいので持ちやすく、食べやすい。

 

「マスター、あーん」

「なあ、それは流行ってるのか?」

 

「マスター殿、あーん」

「自害しろ黒ひげ」

 

 食事の後に酒飲んで悪ノリを始めた黒ひげを気絶させて、男性バーサーカーだらけのトレーニングルームにそっと放り込むのだった。

 

 

 

 暗転。

 瞳が閉じられているかの様な暗黒。

 

『……これ以上は無理そうだな』

 

 遠くから、アヴェンジャーの声が聞こえてくる。

 

『明日はせいぜい、頑張る事だ。……言っている事が理不尽なのは理解しているが、な』

 

 ノイズが流れ出す。言葉が、復唱される。

 

『これ以上は無理――だな』

 

『明日――理不尽ーー理解』

 

『ーー』

 

 ノイズが流れる。

 

 そろそろ目が覚める。

 

 

 

『――先輩、大好きです』




ヤンデレが無いと長続きしないんだよなー。
これって書き手としては致命的な欠点ですよ、治さないとな……
誰か治し方教えて下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ、ヤンヤン黒増し

正直今回は公式設定とか超あやふやです。
……え、いつもの事だって?



 

 

「んー! 美味しいです!」

「そーかい」

 

 あの悪夢から目覚めた日、公開ディープキスを避ける為、俺がとった策は手作り弁当重箱&たまたま作ってあったチーズケーキだ。

 

 エナミはヤンデレだが、“愛は食事から、食欲は愛に勝る”が信条の彼女はこれでだいぶ機嫌を直したようだ。

 

「-4000ポイントしちゃいます!」

 

(やはりチョロいな、コイツ。最優先事項がどうのって話はどうしたんだ?)

 

「あ、でも次私以外の女で夢精したら2倍増やしますからね!」

 

 だが完全には許していないようだ。

 

「そもそも、どうやってそれを知ったんだ?」

「アヴェンジャーさんが教えてくれるんですよ!

 それと、キスを所望します! 今は誰もいませんし……んー」

 

(あいつ……)

 

「ほれ」

 

 唇をこちらに向けてくるこいつの口に唐揚げを突っ込む。

 

「ん……美味! って、違うでしょ!」

「箸は俺が口付けてたから間接キスだな」

 

「へ? ……あぅ」

 

「……なんでキスを所望したお前が照れてんだ?」

 

「……あはは、ギャップ萌え狙い、です」

 

 の割には顔が真っ赤になっているが……

 

「普段は先輩の事を考えていると、その……あまり、羞恥心とか、意識しないんですけど……不意打ちに弱くて……」

 

「ふーん」

 

 興味なさげに頷く。いや、これが演技で俺を自分の間合いに入れようとしているのかも知れないし……

 

「……先輩、ちょっと乙女心を分からせる為にデュエルしましょう。【強苦ダイナミストワンフー】でボコボコにしてあげます」

 

「【RR】に攻撃力の下がるカード+攻撃力1500以下破壊はキツすぎるだろ……乙女関係ないし……」

 

 この後滅茶苦茶デュエルした。

 

 

 

「ん……誰もいない?」

 

 お決まりの悪夢の中、しかしまた司会と説明役のアヴェンジャーがいない。

 こういう時は大抵ろくでもない事が起こる気がする……いや、この悪夢自体ろくでもない事の集合体だが。

 

「ヤンデレ・シャトーの中……みたいだけど……」

 

 廊下には俺1人、誰もいない様だが……

 

「先輩♪」

 

 弾んだ声で背後から俺をそう呼んだ。一瞬エナミが浮かんでピクっとしたが、この声はマシュだ。

 

「――マ、シュ……?」

 

 だが振り返って声を失う。

 俺を見ながらニコニコ笑っているマシュだが、服装がいつもと少し違う。

 

「ふふ♪」

 

 戦闘服である動きやすそうな鎧、なのだが色合いが普段の黒色の鎧に紫色のラインではなく、紅いラインに普段の黒より更に黒くなっている様な気がした。

 

 何より、その笑顔に俺は何時もの儚さも健気さも感じなかった。

 

 感じたのは、戦慄。

 

 その姿は――

 

「マシュ・オルタです♪」

 

 ――普段と真逆だ。

 

 

 

「怖がらなくてもいいじゃないですか、先輩?」

 

 妖艶な微笑み、誘う様な手付き、動作……普段のマシュなら絶対しない動きだ。

 

「……ま、マシュはどうした? 普通のマシュは?」

 

「あっは♪ そっちの心配ですかー……

 デミ・サーヴァントはサーヴァントと人間の融合体、その場限りの英霊ですので、(オルタ)がいるって事は、本体の意識は、今は私に上書きされてますよ」

 

 説明しながら体をわざと揺らしながらこちらに近づいてくる。

 

「じゃあ、先輩? ちょっーと逃げてくれませんか?」

 

「へ――!? っぐ!」

 

 とっさに後ろに倒れ込む。

 あと少し遅ければ右腕が持って行かれていた。

 

「マスター……私と一緒にいて……ずっと一緒に……遠くに、行っちゃダメ」

 

「主どの……両腕両足を斬って、牛若がお世話してあげますね? 私無しでは生きられない体にしてあげますね?」

 

「マスター……オレを、見捨てないで、お願いおねがいオネガイ」

 

「マスター、貴方を愛します。貴方を崇めます! 私の全てを、あなたに捧げます!」

 

「マスター! アハハハ、逃げないでずっと一緒にいてよ!」

 

 急に現れた5騎のサーヴァント。

 

(なんてこった! デオン、牛若丸、式にエウリュアレ、ブーディカまで……全員オルタ化してるのか!?)

 

 全員の目が赤く輝いており、持っている武器にも紅いラインが見える。

 言動が全員普段とはまるで逆転していて、顔からも正気がまるで見えない。

 

(それに……先から冷や汗が……)

 

「マスター? あ、そっか……この5人に何されたか、忘れているんでしたね?」

 

 唇に指を当て、まるで今思い出したかの様にそう言ったマシュ。

 

「っ!?」

 

 恐らく、俺が覚えていないこの悪夢が再開してすぐの記憶の事だ。

 

「マスターはね、この5人に……」

 

 一度、殺されちゃったんだよ?

 

 当たり前の事の様にそう言われ、気付いたら全力で逃走していた。

 

(はぁ!? 殺された!? クソ、まるで意味が分からんぞ! それに、このままだと追い付かれる!)

 

 無意識とは恐ろしく、既に魔術礼装による【瞬間強化】も使用して逃げ出していた。

 

(それに……なんであの5人もマシュも、他のサーヴァントと争わない? まるで、マシュが操って――)

 

「主どの、逃げないで下さい。やはり四肢はいりませんね」

 

「見捨てない! 離れないで! 逃げないで!」

 

 敏捷A+の式と牛若丸の足には、どう足掻いても勝てはしない。

 

「アハハハ! 逃げないと、先輩! 追い付かれたら死んじゃいますよ?」

 

(っく、マシュは“護る”意思が反転してるのか、ドSを通り越して只の鬼畜になってるし!)

 

「見捨て、ないで!」

 

 【瞬間強化】は続いている筈なのに、気が付けば前方に回り込まれている。

 追い越し際に足を斬られていないのが奇跡だ。

 

「うっ、ぐ……!」

 

「マスター、マスター、マスター!! はっはっはっは……」

 

 まるで俺を知り尽くしているかの様な常にリードする態度だった式は、只々俺に依存し求める異常な寂しがり屋になっている。俺を押し倒し覆い被さり、首元で匂いを嗅ぎ始めている。

 

「では、足を切り落とします。大丈夫です、痛みは直ぐ無くなりますよ」

 

 逆に俺に依存して俺に褒められるのが好きだった牛若丸は、俺の意思を無視して俺を束縛、もしくは依存させようとしている。

 

「や、やめろ牛若――!」

「――マスターは、オレを見て。 オレだけを見てよ!」

 

 牛若丸を止めようとするが、覆いかぶさった式が邪魔で立ち上がれない。

 

(駄目だ、このままじゃ――!)

 

 

 ――覆いかぶさる式の右後ろから、足が1本、血しぶきを上げながら飛んで行った。

 

「っ!?」

 

 僅かな痛み。何処かで切れ味の良い刀で斬られても痛みは感じないと言っていたが、本当な様だ。

 だが斬られた俺は流石にショックを受けて、血の気が引く。

 

「うっぐ……」

 

「もう1本も……」

 

 やばい。転がっている足がまだ体に繋がっているかの様に、その状態が分かる。

 血液が失くなって、足の温度が段々下がってる。

 このままもう1本の足も斬り落とされれば悪夢から覚めるまで、両足だけ凍りついたかの様な感覚と共に過ごす事になる。

 

(ご、拷問だ……! 間違いなく!)

 

 すでに知っていた事だが、改めて思い知る。徐々に斬られた足と体から痛みを感じ始めている。幻肢痛、失われた手足からあるはずの無い痛みを感じるなんて事があるらしいが、感覚の繋がった悪夢の中でそれが更に悪化している。

 

「がぁぁぁ……っぐぅぁぁ!」

 

「先輩♪ 助けて欲しいですか?」

 

 マシュがそう訪ねてくる。

 

「っぐぁぁぁ……ぐ、ぅ!」

 

 痛みが酷い、恐怖はある。それでもなお、マシュ・オルタの望む答えを出す事を、怒りと意地が許さない。

 

「あっは♪ そんな涙目で強がっちゃって……」

 

「失礼します」

 

 マシュが一瞬真顔になると同時に、牛若丸が足をに刀を刺した。

 

「っぐぁぁぁ、あああああ!!」

 

 刺したまま、刀が傷を広げ始める。

 刺さった刀を牛若丸が抉るの様に左右に動かしているんだ。

 

「ハハハ! 先輩、良いんですか? 夢の中じゃ、この程度では気絶しませんよ!?」

 

(痛い痛い痛い! やめろやめろやめろ!!)

 

 骨が斬られ、肉がかき乱され、血が吹き出る。

 どう足掻いても、長くは持たなかった。

 

「だ、だず、げで……」

 

「あっはは♪ 素直な先輩ですね♪」

 

 嬉しそうに笑ったマシュがゆっくりと動き出したと思ったら、次の瞬間、俺に覆いかぶさっていた式も、刀を動かしていた牛若丸も壁へと吹っ飛んでめり込んで、やがて消滅した。

 

「じゃあ、聖杯よ、先輩の傷を治したまえ〜」

 

 胸の間から聖杯を取り出したマシュが軽い口調でそう言うと、俺の斬られた両足が元に戻る。

 やがて、痛みも引いていく。

 

「……っはぁ、っはぁ、っはぁ……」

「わわ!? 先輩の顔、よだれと涙と汗で凄いくしゃくしゃですね! 今拭いてあげますね?」

 

 マシュは顔を近づけると、舌で額も鼻も口元も舐めてきた。

 

「美味しいな……先輩の体って本当に美味」

 

「ッヒィ!」

 

 首を舐めながらまるで本当に食べられるかの様な感覚に陥る。

 

「すっかり怯えちゃって……可愛いな、もう!」

 

 分かった気がする。このマシュ・オルタの真意が。

 

 アーサーがオルタ化した時、暴君としての側面がはっきりと現れたが、根本では何も変わっていなかったらしい。

 

 このマシュも、本来の彼女同様“守りたい”と言う決意は変わってはいない。

 

 だが、オルタ化して、ヤンデレと化した事で“こんな私でも、全力で守りたい”と言う献身的な物では無く、“私だけが貴方を守れる”と言う身勝手な物に変わってしまったんだ。

 

 先の式と牛若丸の拷問で追い込み、俺を守ったのでは無く、守る様に頼ませたのがその現れだ。

 

「まーた何か考えてるんですね、先輩♪ もっと私を見ないとダメですよー?」

 

 マシュは消える。

 先程まで立ち止まっていたデオン、エウリュアレ、ブーディカの3人がこっちに近づいてくる。

 

「マスター、遠くに行っちゃ駄目だ。ああ、離れられない様にしないと」

 

 主の望みを叶え、フランス王家とマスターである俺に忠誠を捧げていたデオンは、オルタ化の影響で自分の欲望に忠実になっている。

 

「マスター様! 何か欲しい物はございますか!? エウリュアレ、全力でお手伝い致しましょう!」

 

 自分が偉いのが当たり前、崇められて当然だとふんぞり返っていたエウリュアレはデオンとは対照的に盲目的に俺を信仰している様だ。

 

「マスター……逃げちゃ駄目だよ? アハハハ!」

 

 ブーディカに至っては浮気元々の迷いが吹き飛んで愛が暴走している。

 

「っく……!」

 

(これだったらマシュ・オルタに守られていたほうが良かった!)

 

 再び絶望的状況に追い込まれ、そんな都合の良い事を考え始める。

 

「エウリュ――」

 

「――誰を呼ぼうとしてるの?」

 

 一番好意的なエウリュアレに助けを求めようとしたが、言い切る前にデオンが接近した。

 

「っ!!」

 

 首すれすれで刃を向けられ、そのままデオンが背後に回る。

 

「マスター、君が頼っていいのは僕だけだ。僕の言う事を聞いていればいいんだ」

 

(くそ! エウリュアレは地雷かよ!)

 

「駄目だよ、デオン。マスターは私の物だよ」

 

 ブーディカは剣を構え、デオンに向ける。

 

「マスター! お助け致します!」

 

 エウリュアレも弓矢を構えるが実質、デオンに捕まった俺に2人の武器が向けられている状況だ。

 

(どいつ頼っても駄目みたいだな……)

 

 と言うより、マシュを頼らなければならない状況が出来上がっているんだ。

 

「デ、デオン……放してくれないか?」

「断る。マスターは僕の物だ。誰にも渡さない」

 

「マスターを物扱いとは……度し難い。土に還らせましょう」

「マスター、今助けるから」

 

 ブーディカが駆け出す。同時に、デオンが俺を突き放す。

 

「ッ! 冗談だろ……」

 

 突き放されたせいで見えにくかったが、ブーディカが振った剣は俺の首があった場所を切り裂いていた。

 

「渡さない。渡すくらいなら私が殺す」

 

 滅茶苦茶だ。

 俺の動揺など気にも止めず、ブーディカは更に接近してきた。

 

「させない」

 

 それを阻むデオンだが、振った剣はブーディカの盾に阻まれた。

 

「マスターは、私がお守り致します!」

 

 エウリュアレは構えていた矢を放つ。

 やはり、言っている事とは裏腹に、狙いは俺だ。

 

「っく!」

 

 回避できたのはブーディカから逃げようと体を動かしていたからだ。

 

「嘘だろ……」

 

 しかも、放たれた矢は床に穴を開ける程の威力を持っていた。

 

 魅了の矢の威力じゃない。当たれば間違いなく死ぬ。

 

「マスター! 避けないで下さい! 今助けますから!」

 

「しゅ、【瞬間強化】!」

 

 再発動可能になったスキルを発動し、俺は駆け出した。

 

「マスター、逃げるのを許した覚えはないよ」

「アハハハ、すぐ捕まえてあげる!」

「マスター、お待ち下さい!」

 

 俺を追おうとする3人。こういう時は争わないのか……!

 

「逃げるたって……!」

 

 部屋が無い。廊下は一本道だ。瞬間強化が切れれば俺はあのサーヴァント達にあっさり捕まるだろう。

 

 部屋が無い理由は簡単だ。マシュ・オルタが召喚したサーヴァント達には部屋が与えられていないので、この長い廊下に部屋が1つしか無いんだ。

 恐らく、俺の逃げた方向とは逆の方向に。

「……く!」

 

 廊下は無限ループ。そのループを示す階段を降りる。 

 

 その先は、広場だ。

 

「……くそ……」

「マスター! お待ちしておりました!」

 

 広場に現れた俺に、両手を広げたエウリュアレの待ち伏せだ。

 後ろからは足跡も聞こえる。

 

(どうする!? 何か手は!?)

 

「エウリュアレ、退いてくれないか? 俺はそこを通りたい」

 

「ダメですよ! そんな事を言って、他の女に会いに行く気ですね!」

 

 駄目だ、話が通じない。

 

「マスター、私から逃げるなんて……許さない」

 

「マスター! 絶対に愛してあげる!」

 

 逃げる手段を失った! 令呪もないし、どうすれば……

 

(……チャンスがあるとすればエウリュアレの方向だが、もう強化は使えない。横を抜けようとして捕まったら元も子もない……)

 

 そもそもマシュ・オルタの狙いは俺に彼女を頼らせる事だ。もし死んでも、聖杯の力で生き返らせてくるだろう。

 つまり、俺が死ぬ事に恐怖を懐かず受け入れれば……

 

(できりゃあ苦労しないっての!)

 

 駄目だ。先の恐怖に体全体が死を拒絶している。大体、生き返らされる前に今のマシュに拷問されれば今度こそ心が折れる。

 

「さあマスター……殺して、愛してあげる」

 

「あは! マスターを抱きしめてあげないと!」

 

「マスター、一緒に旅立つましょう?」

 

 細剣に片手剣、弓矢。

 

 俺はエウリュアレへと走った。

 

「マスター、どうぞこの一矢で――」

「エウリュアレ、好きだよ!」

 

 向かってくる俺の告白に、エウリュアレの腕が止まった。

 

「っ!」

 

「っは!」

「ふっ!」

 

 同時に、怒りが湧き上がったデオンとブーディカの攻撃は更に速くなる。

 

 エウリュアレの2歩手前。剣が同時に俺を切り裂こうとするこの瞬間――

 

「【緊急回避】!」

 

 俺は2人の剣を避けてエウリュアレの背後へ。

 

「足止めよろしく!」

 

 エウリュアレへ無茶振りをしつつ、俺は広場を出て、廊下へと走った。

 

 

 

 

「マスター、辿り着いちゃいましたか♪」

「マシュ……」

 

 広場を出てすぐ、俺はマシュの部屋に辿り着いた。

 入らなければ3人に追い付かれる以上、入るしか選択肢がなかった。

 

「マスター……私が現れた理由、分かりますか?」

「……一昨日のアレ、か?」

 

「正解です♪ マスターが、あの雌豚と体を重ねていたのを思い出すだけで……!!」

 

 戦慄した。

 その怒りでマシュ・オルタの足元から何かが浮かび上がり、俺はその何かを見て震える。

 

「し、式……」

 

 着物もナイフも無残に壊された両儀式が、何人も何人もそこら中に倒れている。

 

「アハハハ! 聖杯でいくらでも呼び出せるからつい50匹位殴っちゃいました! おかげで、聖杯の魔力もすっかり無くなっちゃた♪」

 

 笑うマシュ。式……のよく出来た偽物は床の下へと消える。

 

「マスター……汚れたお体……綺麗にして差し上げます……♪」

 

 そう言うとマシュは唇を舐めながら近づき、笑顔を浮かべる。 

 

(くっそ! あの3人のサーヴァント、俺が部屋に近づけば近づく程歩みが遅くなってた……! 誘い込まれたと同時に、部屋の外では3人が待ち構えている筈……)

 

 ゆっくりとした足取り。

 それが逆にこれから俺を捕食しようとする口に見えて、焦燥感と恐怖心を煽る。

 

「どうしました、マスタっん!?」

 

 ならばと、こちらから唇を奪う。

 

「ん……」

「――」

 

 唇を重ねるだけの長いキス。俺はマシュの頭を優しく抑える。

 

「っはぁ……」

「んぁ……その気になってくれたんですね♪ マスター♪」

 

「お断りします」

 

「……マスター、なんて言ったのかしら?」

「断るって言ったんだ」

 

 今のマシュがどんな存在なのかなんて、詳しい事は分からないが、1つだけ、どんなに恐怖心が膨れ上がっても、1つだけバカバカしい事実がある。

 

「俺は! 今日初めて会った奴に無理矢理体を奪われたくない!」

 

「……?」

 

「それに、自分の物じゃない嫉妬を理由に迫られるのは絶対にお断りだ!」

 

「何を言っているです? 私はマスターを愛して――」

 

「愛はオルタ(お前)の気持ちだ! 嫉妬はマシュの物だ、他人がそれを代弁するな!」

 

「私はその感情よって生み出された反英霊ですよ? 人格は異なりますが――」

 

「なら、他人だ!」

 

「何故です? 私の体は間違いなくマシュ・キリエラ――」

 

「オルタだからだ! お前がオルタなら、どんなにマシュと同じであっても他人だ!」

 

 そうだ。アーサー王であろうと、聖女ジャンヌであろうと、クー・フーリンであろうと、オルタである以上、体と背負った運命が同じだけの他人でなければならない。

 

「……屁理屈を。それにどんなに言葉を並べられても、体を重ねてしまえば――」

 

「――その態度が一番気に入らない!」

 

「マスター……あまり怒らせない方が――きやっ!」

 

 俺は尻を叩いた。

 

「現実的に考えて尻を意識して動き過ぎ、胸を動かし過ぎ、間抜けなビッチ臭して萎える。慣れている雰囲気出すな、童貞のハード上げてるだけだし。

 キャラとしてもお色家担当はヒロイン枠から不憫やら百合枠への異動の可能性があがる。マシュはセクハラされるキャラだけどお前は存在自体がエロいから、サブヒロイン枠何処ろか尺稼ぎにしかならんし、そもそもFateのサーヴァント舐めんな。黒化してエロくなるだけじゃキャラが弱い。あと――」

 

 と、思いつく限りのダメ押しをしてやった。

 

「――以上! じゃあ、マシュ・オルタ実装開始な。カルデアでガチャ回して、当てて良いんだな?」

 

「すいません、私が悪かったです……」

 

 頭を下げるマシュ・オルタ。俺は厳しい視線を浴びせ続ける。

 

(……なんか圧倒できて助かったー……もうなんか偉そうな事言って怯ませるしか手がなかったし……)

 

 内心、めっちゃ安心していた。

 

「……オルタッシュ」

「雑ですね! すっごい雑な渾名!」

 

「Fateファン舐めんな。公式の失敗やら公認ネタでもっと呼び安くて屈辱的な渾名を作るぞ。マシュ・アダルタナティブとか」

 

「うー……そもそも、話を逸し過ぎです! 私の怒りはこんなものじゃ……」

 

 気づけばすっかり、紅いラインも見えなくなり、鎧の色もいつも通りになっている。

 

 俺は両手を広げて、マシュへと向き直す。

 

「ほーれ、好きなだけ怒れ怒れ。本物のマシュならその資格があ――」

 

「じゃあ、遠慮なく♪」

 

 完全に油断してました。

 

 

 

 ベッドに押し倒され、左腕と左足、右腕と右足に柔らかい体を押し付けられて動けない。

 

「……えーと……正直調子乗ってました」

 

「そんな事ないですよ?」

 

 右でマシュが優しい笑顔を浮かべ、

 

「遠慮しないで、ね♪」

 

 左ではオルタが、楽しそうに笑っている。

 

「さ、流石に3Pは……」

 

「じゃあ」「1体1なら良いんですか?」

 

 最初にオルタが消え、入れ替わる様にマシュが消えオルタが現れる。

 

「お、俺……彼女いるし」

 

 テンパった俺、それは完全に悪手である。

 

「あっは♪」

「じゃあ、いっぱい練習しないと♪」

 

「い、いえ……マジで結構なんで……」

 

「満足させてあげます」

「彼女の事、忘れる程に……」

 

 

 

 “夢精したら、2倍って言いましたよねぇ? しかも、2人でなんて、ねぇ?”

 

「ヤンデレポイントォ……貯まちゃったじゃないですかぁ?」

 

「っひぃ!? 何でいんの!? 合鍵なんて渡してないだろ!?」

 

「3000の倍に2人分ですので更に倍で、12000ポイント、ですね?」

 

「両手足が縛られてる!? ちょ、タイム! マジで止まって!」

 

「許す訳ないじゃないですか」

 

「先輩が私だけを見て、私だけで達する様になるまで、扱いてあげます」

 

「夢であろうと……ね?」




その後、主人公を見た者はいない……

GAME OVER

さて、次回からどうしよう?
よし、別の主人公を投入しよう。(嘘)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレサーヴァントと立場入れ替え 迷走編

遅れたと思ったら大して遅れて無い事にホッとしている作者です。
今回のイベントは海外からはキツイです。戦闘する度に強制終了するからやる気が減るよ。
しかも、十連回して出てきたのはヘラクレスと3枚目のエミヤ殺……
なお、遅れた理由は今回の話を見れば分かると思いますが、完全にスランプ状態です。迷走どころか、ドアの開け方を忘れたレベル。



「……」

 

「…………」

 

「………………」

 

「……………………っは!?」

 

 オルタとマシュに挟まれ、行為に及ぶと言う天国の様な悪夢から起きた。俺はズボンを下げて確認する。

 

「夢精は、してないな……」

 

 安心した。何故かその後にエナミに絞り取られる悪夢すら見た気がしたからだ。

 

「そうだよな……大体、合鍵なんか渡してないんだし、入ってこられる訳が無いんだ」

 

 俺は背伸びをし、学校へ行く準備を始める。

 

 エナミが現れてから、俺は前よりも少しだけ早く起きている。悪夢から逃げる為でもあるが、ヤンデレポイントとやらを減らす為に弁当を用意する為でもある。

 

 母親の手伝いをしていたので、味付けなんかは大雑把だが、不味くは無い弁当を作れると自負している。

 

 勿論、学校が家のそこそこ近くにあると言っても朝からおかずを作るのは流石に難しいので、冷凍食品と昨日の残りを弁当箱に詰めるだけだが。

 

「昨日のじゃがとツナの煮物と、ご飯。解凍したハンバーグに……後は野菜にレタスとトマト……流石にデザートは無理だな」

 

 さっさと詰めて、同時に朝食を入れる。

 ミルクコーヒーとご飯。今日は残り物が無くなったので、ご飯にはふりかけをかけて食べる。

 

「頂きます!」

 

 

 

「せーんぱい!」

 

 何時もの悪夢……の筈だが、俺を待ち構えていたのはアヴェンジャーでは無くマシュ・オルタ。

 

「……っ!」

 

 その妖艶な笑みに体が強張る。

 

「んふふ……そんなに警戒されるなんて……ショックですよ?」

「何で此処にいるんだ?」

 

「私は消えませんよ? 何度でも、先輩の前に現れます」

 

 それはさておき、と言っオルタは説明を始めた。

 

「今回はサーヴァントとマスター、立場の逆転です。良いなー、私もマスターをサーヴァントにしたいなー!」

 

「……立場が変わると何が起きるんだ?」

 

 オルタには基本ノーコメントを貫こう。

 

「令呪でマスターに命令できちゃうし、サーヴァントはか弱い女の子になって、マスターは平均D位のステータスを手に入れるんです! あ、今回は1人だけです!」

 

 1人だけ。

 令呪の命令には嫌な予感しかしなかったが、それならば少なくとも殺される事は無い…………かもしれない、多分。きっと。

 

「じゃあ、マスター、頑張ってねー!」

 

 

 

「――っ……ヤンデレシャトーか……」

 

 意識がはっきりすると同時に、体に力が張る。どうやらサーヴァント化とやらはしているらしい。

 

「魔力の繋がりも感じる……マスターとなっているのは――」

 

 

 

【セイバー編】

 

「私です!」

 

 白いドレスに身を包んだサーヴァント、セイバーリリィの登場だ。

 

「今のマスターは私のサーヴァント! ああ、早速令呪で命令してしまいしょうか!?」

「するんだったら早くすればいいだろうに……」

 

 俺は直ぐ様駆け出した。

 今回のポイントはいかにして令呪を無駄に使わせるか、もしくは逆に使わせないかだ。

 

「あ、待って下さい!」

 

 リリィの呼び声に彼女の手の甲が輝き、俺の体は止まった。

 

「……」

 

「ああ! せっかくの令呪が……! もう、マスター! ずっと私の隣にいて下さい!」

 

 更に令呪が輝き、俺の体は意志と関係なく、彼女の隣に向かった。

 

 恐らくリリィは普段、サーヴァントの時は力を込める時に魔力を発しているのだろう。そのせいで多少の命令で令呪が彼女の魔力の高まりに反応して、その能力を発動してしまうのだろう。

 

「……むぅー。今の内に縛るしかありませんね」

 

 彼女に手を引かれるまま、俺はリリィの部屋に入った。

 

 部屋自体は質素な一室だが、奥には壁に手錠、足枷など周りの景色に相応しくない物騒な物が見える。

 

「手錠は英霊封じの宝具クラスの物です!」

 

「へー……」

 

 としかコメントできない。いや、なんて答えて欲しいんだ?

 

「マスター、付けてあげますね」

「いや、今は俺がサーヴァントだ。なら、俺が自分で付けるべきだろう」

 

 そう言って彼女の手から手錠を取り、軽く見る。見る。見る。

 

 見る。持ち上げる。見る。見る。

 

「あのー……マスター?」

「付けるべきだろうとは言ったが付けるとは言ってない」

 

「付けて下さい!」

 

 その一言に最後の令呪が反応して、俺の体が自分の意志とは無関係に動き始める。

 

「っぐ……負けるか!」

 

 此処で最後の抵抗。令呪が無くなったのでレジストできれば活路がある。

 

「逃しません!」

 

 リリィは足枷を取り、俺の足にかけようとする。

 

「ふん!」

 

 隣にいての命令は続いているが、足を動かすくらいならどうという事はない。だが、あまり意識をそちらにやってしまえば、手錠が防げない。

 

「マスター……」

 

 リリィが俯く。その目は今にも泣きそうだ。

 

「そんなに……嫌ですか?」

「当たり前だ! て言うか、今更泣き落としが通用するか!」

 

 ツッコミを入れつつも、意識は手錠を持った右手と格闘中だ。

 

「それを付けてくれたら……な、何でも言う事、聞いてあげます……」

 

「恥じらいながら言っても無駄だからな! あと言う事聞いてんの俺! 現在進行形で!!」

 

 そうか、令呪にはそんな使い方もあったか! と思うと同時に、そもそもヤンデレ・シャトーのサーヴァントにそんな事をすれば刺されるか絞り取られるかの二択だから絶対しないと思い直す。

 

 右手は先程から手錠を俺の左手に付けようと必死だ。それを左手で必死に抑え込んでいる。

 

「仕方ありません……この手は使いたくなかったんですが……」

 

 リリィはキッチンに向かうと、引き出しを開けてガチャガチャと金属同士がぶつかる音を鳴らす。

 

「……付けて下さい。さもなければ……」

 

 引き出しから現れた、黄金の刃。あれは正しく――制定の剣!

 

「何で包丁類と一緒にカリバーンが入れられてんだよ!? あと引き出しのサイズ的に剣先から柄まできっちり入る訳ねえよ!?」

 

「誤魔化さないで下さい」

「サラッと俺の疑問を誤魔化そうとしてるのはリリィだろう!」

 

 手元で、金属音が鳴った。

 

「あ゛!?」

 

 俺の声の後に、床にカリバーンが落ちた。

 

「やっと付けてくれましたね! もうカリバーンが重くて重くて……」

 

 同時に、力が抜ける感覚。体感的に、力が落ちたというよりは、唯の人間に戻った感じだ。

 

 そしてリリィは脱力感に動けない俺に足枷を付けて、左手にも手錠をかけた。

 

「サーヴァントとマスターと言う立場が変わっても、これなら何も問題ありませんね。このまま、私から離れられない様にしてあげますね!」

 

 そう言ってリリィが近づく。

 

「まずはご飯で精をつけてもらいます! 新婚ってこんな感じなんでしょう?」

 

 そう言ってキッチンに立つリリィ。だが、あの壁の可愛いエプロンは飾りだろうか?

 

「エプロンを着ないのか? ドレスが汚れるぞ?」

 

「あ、わ、忘れてました! マスターに見せる為に用意したんでした!」

 

 いそいそとエプロンを着るリリィ。一気に不安になった。

 

「えへへ、どうですか、マスター?」

「何を作る気だ?」

 

「へ? えーっと……牛肉の、丸焼き?」

 

 手が動かせていたら頭を抑えていたところだ。

 

「何で疑問なんだ? 作り方わかってるのか?」

 

「はい! 鉄板でお肉を焼くだけですね!」

 

 そう言って冷蔵庫から生の牛タン、しかも皮のままで出してきた。

 

「リリィ。牛タンは焼く前に皮を剥かないと固くなるぞ。生で剥くのは大変だから圧力鍋で柔らかくしろ」

 

「……そ、そうなんですか! 知りませんでした!」

 

(駄目な予感しかしない。

 くそ! 手錠を外してすぐにあちらに行きたい!)

 

「リリィ、圧力鍋がどれか分かるか?」

 

「そ、それくらいなら聖杯から与えられた知識で! ……えーっと、これですね! あ、アレ? どうやって開ければ……」

 

 一応、圧力鍋を選べたが、蓋が開けれないようだ。

 

「蓋の取っ手の部分を回せ」

 

「えっと、回す? 此処でしょうか……あ、開いた!」

 

 どうにか鍋を開くと、牛タンを入れて蓋を閉めようとする。

 

「おい、牛タンが沈むくらいの水を入れないと焦げるぞ!」

 

「っむう! そういう事は先に行って下さい!」

 

 なぜ怒ったし。

 

「そのまま蓋をしっかり閉めろ。じゃないと圧力かかんないから。沸騰すると音がなるからその音がなって30分位経ったら取り出して冷水で冷やして、皮を剥け」

 

「30分!? そんなにですか!?」

 

「生の牛タンを剥くのは一苦労だぞ。あと、茹で剥きは煮込み料理用だ。今の内に他の材料を切っておけ」

 

「ええっと、何を切れば……」

 

「トマト、玉ねぎ。あれば缶詰のグリーンピースとコーンを用意しろ。あ、玉ねぎは冷凍庫に入れて冷やしておけ。そうすれば切っても涙が出にくくなるから」

 

 リリィは慌ただしく材料を探す中、俺は時計を見る。

 

(もう2時か……完成するか?)

 

「包丁は中指を鍔の部分に添えて人差し指と親指で側面を抑えるんだ。じゃないと、グラグラして危ないからな」

 

「て、手本を見せてください!」

 

 若干涙目のリリィがこちらに来ると手錠をあっさり外した。包丁を渡され、仕方なくまな板の前に立つ。

 

「良いか、こうやって持つ。足は持ち手の方を半歩下げて、台所と体は拳一つ分の間を空けろ」

「はい!」

 

「トマトは粗みじんだ。まずはトマトのヘタを取って、半分に切る。それを縦に包丁を入れて、次はトマトを横にして切る。これで粗みじんに切れる。」

「はい! ……あ」

「指を切ったか? 見せてみろ」

 

 そこまで派手ではないかようだ。救急箱は無いそうなので、傷を水で濯いで魔術で傷口を塞ぐ。

 

「今はサーヴァントじゃないんだ。恐怖する必要は無いが、もう少し落ち着いて切るんだ」

 

「マスター……いつにも増して頼りになります!」

 

 トマトを切り終わり、グリーンピースとコーンを使う分だけ皿に移した。

 

「リリィ、缶は冷蔵庫に入れるな。腐食して余ったグリーンピースとコーンがダメになる。瓶か何かに入れておけ」

「は、はい!」

 

「リリィ! もう沸騰してから何分経った!?」

「は、はい! 10分位です!」

 

「玉ねぎをさっさと切るぞ。ヘタを切って、皮を剥いて、トマトと同じ要領だ」

「はい!」

 

 サラダ油を引いて鍋の中に玉ねぎを入れる。

 

「混ぜろ。焦がさないようにな」

 

 その間に俺は使ったまな板を洗い始める。

 

「あ、リリィ。白米は?」

 

「あ!」

 

 急いで鍋を取り出して米を5コップ入れて濯ぐ。

 

「はい。数十分置いてから火を点けるぞ。玉ねぎもいい感じに狐色になってきたし、トマトを入れる」

 

 鍋にトマトを入れた後、俺は圧力鍋の火を止めて、蛇口の真下に置いた。

 

「圧力鍋はいきなり開けると圧力が一気に外に出ようとして爆発する危険がある。先ずは水で冷やして、圧力が失くなるまで待つ。このタイプの圧力鍋は、蓋に圧力調整の回転式の穴があるから、冷えてきたらゆっくり回して圧力を外に逃がす」

 

 蓋の穴を開けばそこから水蒸気が出る。

 その勢いが徐々に弱くなり、やがて止まった。

 

「じゃあ開けて、中の牛タンを取り出すぞ」

「このボウルで良いんですね」

 

 俺は牛タンをお玉で取り出し、冷水に入れた。

 

「後は手で剥いて、切ってからトマトの鍋に入れるだけだ」

 

「分かりました!」

 

 その後、皿に盛り付け一口食べる前に悪夢が終了した。

 

「ああー! 食欲に負けてしまいました……!」

 

「まだまだだな、リリィ」

 

 

 

【ライダー編】

 

「主どの!」

「よりによって牛若丸か……」

 

 何気にこいつが一番物騒な気がする。刀を向けられた回数もそこそこ多いし。

 

「今日は邪魔が無い上に主どのを好きに出来ると聞いています! じゃあ早速……」

 

 牛若丸は素でヤンデレな所があるので令呪を使わせるのは不味い。しかし依存系のヤンデレは好きな相手の意見は自分にとって悪い物でない限り基本受け入れる。リリィなんかは食べ物に釣られやすい様に、牛若丸が好きな物でこちらがリードすれば令呪を使わせないで時間を消費させる事は可能だ。

 

「牛若丸、先にお前の部屋を教えてくれ。何処にあるんだ?」

 

「そうですね! では案内します、主どの!」

 

 そもそも生前からずっと誰かの下にいた牛若丸だ。

 お願いや懇願はしても、上の者に命令する事は無かった筈だ。

 

(まあ、牛若丸の時代でそんな事をすれば首が飛ぶしな)

 

「こちらです、主どの!」

 

 扉の先には和室。部屋の隅には布団が敷かれており、台所は見えないので恐らく奥の扉の先にあるんだろう。

 

(1LDKじゃないのか、珍しいな)

 

「ではでは早速令呪を……」

「牛若丸様、頭を撫でましょうか?」

 

「……さささ!? 牛若丸、様!?」

 

「嫌でしょうか? 一応、今のわたくしめの立場はサーヴァント、牛若丸様の従者として接するべきだと判断したのですが?」

 

「わ、悪く、ないです……い、今は牛若が主どのの主……はい、問題ないです!」

 

 突然の態度の変化。依存系は目に見えた変化に戸惑い易い。

 

 ペースを掴めば、割りとなんとでもなるか?

 

「では、今回はこのまま接させて頂きます」

「はい! では頭を撫でてください!」

 

「では失礼して……」

 

 撫でるただひたすら撫でる。牛若丸は頭を撫でるだけで数分続く。

 

「んふふ! 主どの、そのままずっと撫でて下さいね」

「かしこまりました」

 

 どうやら満足しているようだ。ヤンデレは感情の揺れ幅がでかい。不信感はすぐに積もるし、不機嫌になれば表に出さないが裏ではそのまま貯まり続ける。

 故に一番安定するのは最高にご機嫌な状態だ。この状態の維持をすれば刃物に手を出す事は無い。

 

「もういいですよ、主どの」

「はい」

 

「じゃあ、次は……牛若と一緒に寝ましょう」

 

 さて、問題はこれである。行為に行ってしまえば歯止めが効かないヤンデレに絞り取られる。これは今は亡きアヴェンジャーの忠告だ。(死んでません)

 

「さあ、主どの……」

 

 俺の手を引いて布団に引きずり込もうとする牛若丸。

 

「お待ち下さい。……寝る前に、お風呂はどうでしょうか?」

「あ、そうですね! 一緒に入りましょう! 牛若、ちゃんと温めておきましたよ!」

 

 取り敢えずのインターバル……では無く、戦いの場が変わるだけだ。

 

「ささ、主どの。こちらです!」

 

 牛若丸の機嫌を損ねるわけには行かないので、妙な抵抗はせずに着いていく。

 

 部屋の奥にあった扉を開けば、直ぐ横に風呂場、奥にはキッチンがあった。

 

「どうですか! 大きなお風呂でしょう!?」

「凄いな……」

 

 まるで露天風呂の様な石造りの風呂場に驚く。

 

「では、入りましょう! 背中、洗ってくれますか?」

「ハイ、ヨロコンデ」

 

 嬉しそうな牛若丸に、俺はこの場で起こる未来に不安を感じつつもそう答えた。

 

「先ずは服をぬがないといけませんね!」

 

 そう言うと牛若丸はバッと鎧を脱ぎ捨てた。

 

(どうやった、今のぉ!?) 

 

「さあ! 主どのも!」

 

 控えめな体を晒しながらも、まるで恥じらいの無い牛若丸の代わりに照れながらも、俺は彼女に1つ指摘した。

 

「ちゃんと鎧を片付けて置いて下さい。わたくしは更衣室で服を脱がせて頂きます」

「! そうでした!」

 

 走って風呂場から出ていった牛若丸の後に続いて、俺も更衣室に向かった。

 

「……巨乳好きじゃなきゃ勃ってたな……」

 

 更衣室で服を脱ぎ、風呂場に戻った。

 

 一応、腰にタオルを巻いている。

 

「主どの! 湯船にタオルはダメですよ!」

「湯船に入らなければ問題ありません」

 

 既に牛若丸は湯船の前で椅子に座って待っていた。

 

「では、背中を洗いますね」

 

 正直、テンパって無いフリに全力を注いでいる。顔に出てないか不安だ。

 

 タオルを濡らして、石鹸を泡立てて牛若丸の背中を洗い始める。

 

「主どの……下の方もお願いします」

「此処辺りでしょうか?」

 

 肩、首の後ろ側、背中……健康的な肌をタオルで撫でているだけなのに犯罪臭がする。手が震える。

 

(おお、お、落ち着け……俺はロリコンじゃないロリコンじゃない、守備範囲は+-3歳程度……ロリコンじゃない、)

 

「背中、流します」

 

 桶に入った水を牛若丸の背中にかけて石鹸の泡を落とす。

 

「んー……次は牛若が背中を流しますね!」

 

 泡立ったタオルを持った牛若丸が俺の背後に座った。

 

「ふふ〜ん」

 

「あの、時間掛かり過ぎでは……」

 

 しかし中々始めない。もうテンプレな予感しかしない。

 

「始めますね」

 

 そう言って抱き着いてきた牛若丸は、俺の背中に小さな柔らかな膨らみと僅かに固い蕾の感触を――

 

 

 

「主どーの? 大丈夫ですか?」

 

 のぼせた。

 牛若丸の証言だと俺は牛若丸が洗い終わる前に突然立ち上がったと思ったら湯船にダッシュ。飛び込んだ後に湯から体を出した拍子に壁に頭を打って気絶したが、壁に寄りかかったその態勢で牛若丸が俺が気絶した事に気づいた頃には15分以上後の事だったらしい。

 

「頭いたーい、ねていたい」

 

「仕方ありません……牛若が添い寝して差し上げます」

「もう……無理」

 

 夢の中でありながら、俺は死ぬ様に寝た。




逆転話はちゃんとした話が書けるようになったらまた書きます。もはやヤンデレすらまともに書けてないんだから洒落にならない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレサーヴァントと立場入れ替え 霊薬編

今回は……場合によってはR-18行きですね。
もしその方が良いのであれ感想欄に書いて頂ければなるべく早く削除します。その後は未定ですけど。


 

 最近、シャトーがあまり登場しなくなった気がする。そんな事を考えていたせいか、今回は再びシャトーでの悪夢だそうだが……

 

「今回は個別?」

 

「ああ、毎回複数のサーヴァントを相手に避け続けたお前なら楽勝だろ?」

 

 アヴェンジャーがそう言うと絶対に楽では無いと確信した。

 

「絶対何か仕込んだろ! 何か裏があるんだろ!?」

 

 俺が強く問い詰めるが、アヴェンジャーは躱す気でいる様だ。

 

「仮にあったとしても、お前ではどうも出来まい?」

「せめて前情報は欲しいんだよ!」

 

 この野郎、説明役位しか出番無いクセに、それすら放棄する気か?

 

「ギャーギャー騒ぐな。大した事では無い」

「お前、殺されたら絶対に恨んでやぁ――」

 

 俺の恨み言は、意識と共に途切れていった。

 

 

 

マシュ編

 

 

「先輩……」

 

 やって来た。先輩が。

 この塔ではサーヴァントとマスターの魔力パスが感知できなくなる。それがとても、不安を煽る。

 

「先輩!」

 

 私の部屋のドアが開いた。この塔ではドアの開く時間が決められている。だけど、今回は私だけ、私だけが先輩と愛し合える。

 

 ――そうだ。他のサーヴァントなんかに先輩を、渡すものか。

 

「マシュ……」

 

 先輩の顔を見る。そして、先輩は私の名前を呼んでくれた。

 

 ああ……そんな顔をしないで先輩。

 

「先輩、こんばんわ」

 

 警戒しないで下さい。私は先輩に会えてこんなに嬉しんですから。

 

「こんばんわ……えっと、なんか嬉しそうだな」

 

 先輩は常に半歩下がっている。物理的にも精神的にも。

 その距離は私から離れるには頼りの無い距離。だけれど、私を不機嫌にさせない最長の距離。

 

「ええ、今日は先輩と2人きりですから。何時しかの続きをしましょう」

 

 先輩の手を握った。もう先輩の体は私が掴んだ。

 

「いや、それはまだ、ちょっと恥ずかしいから」

 

 照れてる先輩は可愛い。だけどその仕草の後ろで何か必死に考えているようだ。

 

「そうだ。マシュ、たまには部屋じゃなくてさ、歩きながら話そうよ」

 

「……嫌です」

 

 何時もなら、先輩の提案を喜んで受けていた。だけど、今回はダメ。

 私は先輩を部屋の中まで引っ張った。

 

「ちょ、マシュ!?」

 

「今日は、私が貴方のマスターですから」

 

 先輩に手の甲を見せた。令呪が3つ刻まれている。

 

「っ! そういう事か!」

 

 先輩はもう部屋の中。ドアは私以外の意思で内側から開く事は無い。

 先輩の今までの行動を考えると、きっと令呪を無駄に使わせようとするだろう。

 

 だけど、先輩はもう私からは逃げられない。

 私は、ピンク色の容器に入った薬品を取り出した。

 先輩の召喚によってサーヴァントではなく代わりに呼び出された概念、愛の霊薬。

 

「先輩、これで、一緒になりましょう?」

「っ……そ、それは……!?」

 

「令呪を持って命じます、動かないで下さい」

 

 先輩の体が不自然に止まった。本人は必死に動かそうとしているけれど、体はいう事を聞かない。いや、私の命令を聞いているんだ。

 

「ん……」

 

 霊薬を口に付けた。飲み込まず、先輩と唇を重ねた。

 

「んー!?」

「ん……」

 

 抵抗する先輩。だけど、そんな意志を無視して、薬は先輩の喉へと侵入した。

 

「ん……っちゅ……っはぁ」

「っぐぅ……っはっはぁ! や、ばい……!」

 

 先輩はもう、逃げられない。いや、違いますね。

 

「先輩は元々、私だけの先輩です」

 

「マ、シュ……」

 

 先輩は気を失った。次に起きた時はきっと、体も心も私だけの先輩に変わっている筈だ。

 

「私には変化ありませんね。元々先輩を愛していたからでしょうか?」

 

 愛の霊薬。惚れ薬と呼ぶにはその主作用が強力過ぎる霊薬。サーヴァントでも抗い難い程の効果で、今の先輩にもきっと効いてくれる。

 

「早く起きて下さいね、先輩」

 

 

「……ん?」

「おはようございます、先輩」

 

 私の膝元で先輩が目を覚ました。愛らしい寝起きです。

 

「マシュ……おはよう」

 

 先輩は私の顔を見ると、うつ伏せになり顔を膝に埋めた。

 

「んー……マシュの匂い……」

「先輩……くすぐったいですよ」

 

 普段の先輩とは違う。自分から私を求めてきた。怯えも警戒も無い。

 

「匂いも良いけど……起きないと折角のマシュとの時間が勿体無いな」

 

「フフ、匂いが好きなんでしたら幾らでも嗅いで下さい」

 

 先輩は顔を上げると、座って私に視線を合わせた。

 

「おはよう、マシュ」

「おはようございます、先輩」

 

 間違いなく先輩は私を愛してる。

 

「あの、先輩? おはようのキス、してくれませんか?」

 

 指を唇に当てる仕草で先輩を誘う。

 

「良いよ」

 

 半歩下がるどころか早い1歩で踏み込んだ先輩は、私の唇に吸い付いた。

 

「ん……っちゅっぁ……はぁ……」

「んぐ……っじゅ、ん」

 

 少し乱暴だけど、私を求める深いキス。

 

「ん……っはぁ……んっく」

「っちゅ、っじゅ」

 

 お互いをお互いに刻み合う様な激しいソレは、まるで私が先輩の中に収まっていくかの様な錯覚に陥り、私は既に絶頂寸前だった。

 

「……ん……マシュ、顔赤い」

「っはぁ……っはぁ……せんぱぁぃ」

 

 ダメだ。キスだけで堕とされかけた。

 

 体に込める力すら失った私を先輩は優しく、しっかりと抱きしめる。

 

「可愛いよ……マシュ」

「っひゃ……」

 

 耳元で囁かれたと思ったら、次の瞬間には耳を舐められた。

 

「しぇんぱい……ひゃめ……りゃ」

「……レロ、ん……っちゅ。マシュ、美味しい」

 

 舌の動きが、形が、温度が、感触が。

 私を飲み込もうと襲ってくる。

 聞こえてくる水音すら、耳の奥を侵食している気がする。

 

「これ……ひゃめ……ぁっあ!」

 

 呂律が回らない。何を言っても喘ぎ声しか発声できない。

 

「……どうする? もうやめる?」

 

 唐突に、先輩は私の顔を自分の口から離し、私の顔を見て問いかける。

 

「そ、そりぇふぁ……ひきょうですぅ……」

 

「んー? どうして欲しいの? マシュはマスターだからね。命令を」

 

 もうすっかり先輩のペースだ。体が火照って自分すらコントロール出来ていない。

 先輩という沼にもう、脱出出来ない程に嵌ってしまっている。

 

「も、もっと……してください」

 

「了解……」

「ひゃ!」

 

 逆側の耳を舐められ、2回目だというのに声が出てしまった。

 

「っぁ、ふぁ、ぁあ……」

 

 もう、これだけで何度かイってしまいそうだった。

 数十秒ほど耳を舐めた先輩は満足したのかまた止めた。

 

「マシュ、大好きだよ」

「っ! りゃめ、せんぱっん!?」

 

 敏感になった耳元で愛を囁かれる。

 空気の振動と言葉の魔力が、体を掴んだまま沈ませる様に幸せを押しつけてくる。

 

「愛してるよ」

 

 更に先輩は私の口を塞ぐ為に入れた2本の指で舌をなぞる。

 動きだけではなく味覚すら私の思考をかき乱し、先輩の物にする。

 

「結婚、しようね」

 

「あ――ぁ」

 

 夢の様に優しい声が、私の耐えられる幸福のメーターを振り切らせた。

 

 

「これでいいかな? 可愛いマシュにこれは酷だろうけど、また俺のいない所で傷だけになったら……」

 

 壁に拘束したマシュを見て、俺は満足げに頷いた。

 

「…………」

 

「……」

 

「……って何やってんだ俺!!」

 

 量が少なかったせいか、其処で俺は霊薬の効果から開放された。

 

「あぁぁぁぁ……やっちまった……何だ何だ何だ!? 先までの恥ずかしい言動の数々は……ぁぁぁぁぁ……」

 

 羞恥心がじわじわと追い詰め、止めに数秒前の自分がやらかした拘束監禁が目にチラチラと入っては罪悪感が自分を殺そうと襲い来る。

 

「で、出来れば今の内に逃げたい……」

 

 が、ドアが開かない。

 このままだと、マシュが起きて令呪で命令、縛られるか霊薬を飲まされてジ・エンドだ。

 

「……あ、そうだ!」

 

 ならば、霊薬が効いていない事を悟らせなければ良いのだ。

 

 その考えに至った俺は、マシュが起きるのを静かに待った。

 

 

 

清姫編

 

 

「……あれ?」

 

 マシュの部屋にいた筈の俺は、気付けばヤンデレ・シャトーの廊下にいた。

 

「そう言えば個別とは言ってたけど1人だけと入ってなかったな」

 

 そして、目の前のドアが開いた。さてさて、今回は一体誰だろうか?

 

「ま・す・た・ぁ?」

 

 あっ。(察)

 

 

 マスター、私だけの安珍様。

 なのに妻である私を差し置いて、カルデアに次々と泥棒猫がやって来る。

 とても安心出来る状況ではありません。

 

 今回は立場が違う、と言う事なので私は今はマスターの主であり、マスターは私の従者です。この機会に、しっかりとマスターに私の愛を刻みましょう。

 

「ま・す・た・ぁ?」

「清姫……」

 

「今は立場が逆だそうですが、私はマスターとお呼びさせて頂きます」

「どうぞどうぞ、こっちも普段通りで良いのか?」

 

「ええ、構いません。主従関係は違えど、夫婦である事に代わりはありません」

 

 そう言うとマスターは照れてしまったのか、小さく微笑みました。

 

「マスター、今宵は逃げられるとは思わないで下さいね?」

「逃げる気は無いから大丈夫だよ」

 

 そう言ってマスターはこちらに踏み込んだ。求めて貰えて、大変嬉しいです。

 

「妙な真似も、しないで下さいね?」

 

 一応、釘を刺しておきましょう。

 

「しないから」

 

 「出来ないから」と顔に書いてあるような気もしなくは無いですが、マスターが言っているのですから一応信じておきましょう。

 

 私は部屋の中の机を指差した。

 

「ではマスター。早速ですがここにある私のお手製のお茶を飲んで下さい。命令です」

 

 本音を言うと旦那様を疑っている様なのであまり令呪を使いたくはありませんが、これで抵抗される心配もございません。

 

「ちょ……待った……! これは、何かある奴だろ……!?」

 

 マスターは令呪の命令に従って湯呑を掴み、お茶を飲んだ。

 

「ふふふ、恋の叶う素敵な霊薬、だそうです」

 

「またそれか!? ――っう」

 

 お茶を飲み干したマスターは薬が直ぐに回ったのか、その場に倒れた。

 

「……ふふ……これでマスターは、私の物ですね」

 

 倒れたマスターの顔をそっと掴み、膝に置く。

 

「目覚めたら、きっと私の旦那様に――おや?」

 

「……」

 

 思ったより早く目が覚めました。薬の効果が強いのでお茶で薄めましたので効果があったか心配なのですが……

 

「杞憂だった様で――」

 

「清姫ぇぇ!」

「っきゃ!?」

 

 膝の上にあった筈の頭を起こしたマスターは声を上げて急に私を抱きしめた。

 その力強い抱擁に、私は抱き返しました。

 

「何処にも行かないでくれ!!」

「ええ、貴方の清姫、決して何処にも行きませんわ」

 

 抱き着きながら私を求める泣き声があまりにも愛らしく、私は思わず笑顔を浮かべる。

 

「落ち着くまで、こうしていましょう」

「清姫ぇ……」

 

 マスターの顔がすぐ近くにある。マスターの心も今までに無い程近くに――

 

「――あぁ、清姫」

 

 マスターに優しく押し倒されました。

 このまま、マスターと夫婦の営みを……

 

「ん……っちゅん……んっぷ」

「んっ! んー……ちゅ……ん、ん……」

 

 マスターが私と唇を重ねた瞬間、舌を口内に入れられ妻として私はそれに答えた。

 

「っちゅ……んぷ……ん……っちゅぅ……」

 

 しかし、マスターの接吻は思いの外激しく長く、私は流されてしまう。

 

「ん……ん、っ……ふぁ……ま、ましゅっ、った……はげし、っちゅ……!」

 

 息が続きそうに無いので、私は思わずマスターを押し離した。

 

「……清姫?」

「っはぁ、っはぁ……ま、待って下さい……息が、持ちませんわ……」

 

 マスターのお顔に手を向けて制しながら呼吸を整える。

 

「ご、ごめん……清姫の味が、美味しくて」

「ふふ……大丈夫ですよ。もう一度、味わいますか?」

 

 顔もすっかり紅くなっていますが、私も負けず劣らずなのでしょう。

 

「うん……」

 

 私が誘うと今度はマスターは唇を重ね合うだけの優しいキスをした。

 

「っん、っちゅ……」

 

 数回、離れてはもう一度重ねてを繰り返す、優しいキス。ですが、お互いにどれだけでは物足りなくなってしまい、直ぐに先ほどの様な貪り合う激しいキスへと発展した。

 

「んちゅ……うっぷ……」

「っん……っぅ……っ」

 

 ですが、、やはりマスターの動きは激しくて私は先と同じ様に翻弄されました。

 

「っ! んー……んっちゅ……!」

 

 更に其処でマスターは手を伸ばして私の胸を触り始めた。

 

「んー……っちゅっちゅん……ま、しゅ……んー!」

 

 キスと胸への刺激に私は混乱するも、マスターのは止まらない。優しく揉まれて弱い所を刺激され、制止の声もかき乱された。

 

「ましゅ……ふぁ……んっ、っちゅ……んっくぅ……りゃ、りゃめりぇ……」

 

「っちゅ……れちゅ……れちゅ……んちゅ」

 

 水音は激しいまま、掴まれた胸は優しい刺激と強い握力を交互に受けて、私の体に快楽が蓄積する。

 

「っりゃ、ひゃ……っちゅ……」

 

 新しい刺激にキスの感触も何か別の物に変わった様な甘い感覚をもたらし、性感帯が刺激された影響か、私の体は火照り初める。

 

「んっちゅ……可愛い、大好きだよ、清姫」

「よう、やく……っひゃあ!?」

 

 キスが止まり、ようやく終わったと思ったらマスターは首を舐め、手は胸のもっとも敏感な先端を攻め始めた。

 

「だ、めです……! 果てて、しまいますぅ……!!」

 

「大丈夫、イって、いいから」

 

 その誘惑と快感に抗える事は無く、私は大きな声で鳴き上げた。

 

 

 

「…………完全にやってしまった……」

 

 もうR−18に入ってしまったのでは無いかと思いつつも、俺はキスと胸で疲れ果てて倒れ込んだ清姫を見る。サーヴァントではなく普通の少女なのだから、体力が持たなかったのだろう。

 

 惚れ薬とやらの影響で、立場だけではなく攻守すら逆転してしまったようだ。

 

「……早く、目覚めてくれ……」

「……だんな、さまぁ……きよひめぇ……たいへんしあわせですぅ……」

 

 気絶した清姫を抱えた俺が目覚めるたのは、再び清姫が令呪を使う寸前だった。




愛の霊薬の説明文を読んでいたら手が動いていました。
一応、リクエストにあったマスターがヤンデレを書こうとイメージしましたが、作者の想像力の欠片もないワンパターンなキスシーンで一杯です。すいません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレとお見合い サポートサーヴァント編



投稿速度が落ちてます。ネタが無いからです。
良し、また活動報告でネタ募集しよう。

所で、どうやったら単発教に入教出来ますか?


 

 

「……は?」

 

「っむ? この俺に二度も同じ事を言わせる気か? 良いだろう。今回は他人へヤンデレなサーヴァントと見合いをして貰う」

 

 どうやらこのアヴェンジャーさんは出番の無くなった間に頭の中身を失くした様だ。

 

「そもそも何でいる?」

 

 この司会というか説明役はマシュ・オルタに奪われたんじゃ……

 

「仕方あるまい。マシュ・オルタが暑いのが嫌だと今の内に引っ込んでしまってな」

「早くない!? 最近春っぽいイベントやってたのに!?」

 

「まあ、グダグダしてても仕方あるまい。では、今回の詳細を伝えるぞ。

 今回行う見合いはある者達からのリクエストも合わせて、普段貴様が頼っているサポートサーヴァントとの見合いだ。

 但し、相手は自身のマスターにヤンデレているぞ」

 

「それ出会って5秒で死ぬよね、俺?」

 

「そうならん様に頑張れ。なお、今回の目標としては対象サーヴァントのマスターへの好意を落ち着かせ、ヤンデレを治癒する事だ」

 

「監獄付きの精神科に送れよ」

 

「……この世にサーヴァントを閉じ込めていられる監獄があるか?」

 

「あるだろ、型月なら難しい設定を生み出してちょちょいと。あ、メディアがアルトリアを長時間拘束出来たし」

 

「む、意外と可能なのだな……だが、お前の今回の役目は変わらん」

 

「オッケー! 棺桶を用意して置け!」

 

「……ダジャレなのか、それは?」

 

 締まらないまま、俺の視界は閉じ、やがて別の場所へと移った。

 

 

 

「……和式か……」

 

 マスター姿の俺は更衣室にやって来た。

 タンスにはマスター衣装が置いてあり、好きな物を着て良いようだ。

 

「さて……どれにするか」

 

 あまりふざけた格好で行けば、その場で切り捨てられるかもしれない。と言っても、マスター衣装は大抵和室に合う物ではない。

 

「戦闘服は無い。あと、アトラス院も無しだな……魔術協会もちょっと場違い感があるし、やっぱアルトリアの来ていたアニバーサリー・ブロンドだよな」

 

 ゆっくり選んでいる場合じゃないので、直感でそれを掴んで着替える。

 

「さて、相手さんは誰かな……普段お世話になってるのって……☆5ばっかだな。どーしよ……」

 

 死に衣装に着替えている気分だ。服が鉛の様に重く感じる。

 

 だが、恐怖を感じながら相対するのも失礼だ。好意的に接しよう。

 

「あ、設定が書いてある。

“サーヴァントは見合いの練習と言う事でマスターの頼みで渋々来ている。(見合いについては好きな設定を造って構わない)見合いは1体1で行われ、昼食を食べて14時まで続く。体感時間は2時間”」

 

 読み終わり、俺は紙を元々の場所に戻すと地獄への門を見て、ため息を吐く。

 

「……良し、逝くか」

 

 

 

【師匠編】

 

「……っふん」

 

「スカサハさん、で良いですか?」

 

(詰んだぁー! て言うかこのサーヴァントがヤンデレとか終わりだろ、病院が逃げるレベル。俺も逃げよう)

 

 目の前の全身タイツの女性はランサーのサーヴァント、影の国の女王スカサハ。アイルランドの光の御子、クー・フーリンの師匠である。

 

 何処か既にヤンデレ染みている所があるクールビューティ。自分を殺せる相手を探しているなんて設定がある程だ。

 この手の相手は達観している様で自分の感情に素直で、殺したいと思った時にすでに行動は終わっているタイプだ。

 何処かのギャルゲの神は悪感情は好感度に変換できると言ったが、この手のヤンデレにそれをすれば変換する前に殺される。

 

「全く……なぜ私が他のくだらん男でマスターとの時間を潰さねばならぬ?」

 

(俺には無理だ。此処は殺されない様にだけ行動しよう)

 

「先に言っておくが、私が貴様になびく事は無い。貴様をくだらん男と確信した時、私の槍が貴様の心臓を突き穿つと言っておこう」

 

(ハハハ……泣きたい)

 

 スカサハは紅い槍をこちらに向け、下げた後に座布団に座る。

 

 こちらもそれに合わせて座る。

 正直もう寝っ転がりたい気分だ。

 

(まず、どんな話をしてもあちらを刺激するだけだ。口を開くなら刺激は最小限に抑えないと。

 スカサハ的に、下手に出過ぎるのは危険だ。敬語は控えめに……)

 

「取り敢えず、自己紹介させてもらいます。岸宮切大と申します」

 

「……知っての通り、スカサハだ」

 

 ちゃんと自己紹介は返してくれたが、ここで油断すれば死だ。

 なので此処で適当な設定で殺せれない様にしよう。

 

「今回の見合いの真似事の目的はそちらのマスターから聞いているかもしれませんが、現界したサーヴァントに今の文化を体験していただく為であり、私が相手を務める理由は盟友としてお願いされたからです」

 

「ああ。理解はしているが、マスターが別室で他の女共と見合いをしていると聞いては、落ち着いてなどいられるか!」

 

(うわー……言い出したのは俺だけど、設定が勝手に生えて余計イライラさせちまったぁ!)

 

「ま、まぁまぁ……本妻なら旦那様を信じて動じないのも大事ですよ。

 懐石料理が来るそうですし、先に飲み物を注文しましょう。メニューはこちらです」

 

 そう言ってメニューを渡す。

 

「……それもそうか。折角のマスターの気遣いだ、日本酒とやらを頂こうか」

 

 良かった。まだ死ななくて済みそうだ。

 

「それじゃあ、自分は烏龍茶を」

 

 呼び鈴を鳴らすと、白い服装の料理人がお盆に日本酒と烏龍茶を持ってやって来た。

 

(逆だよな? 呼ばれたら注文を聞きに来るよな?)

 

「こちらになります。ごゆっくりどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 あっという間に出ていた。見合いの場に合わせた素早い動作で退席するのは素晴らしいが、出来れば僅かで時間を稼いで欲しかった。

 

「あ、スカサハさん。注ぎましょうか?」

「いらぬ」

 

 バッサリ斬られた。

 お互いに無言のまま、自分の飲み物を注いだ。

 

「……所で、ご趣味は?」

「なんのつもりだ?」

 

 無謀にもお見合いを続けようとする俺に、スカサハは鋭い視線を浴びせる。

 

「折角のお見合いの体験です。男女がお互いを知る為のお見合いですから、それらしい事をしようと」

 

「次に口を開く時は、死を覚悟しろ」

 

(先、マスターの気遣いがどうのって言ってたじゃないですかぁ!?)

 

 泣きそうである。もう何をして殺されるんじゃないか?

 

「む、だいぶ強いな……」

 

 日本酒に口を付けたスカサハ。俺も烏龍茶を飲みつつ、次の一手を考える。

 

(いや、もう何も喋らないでタイムアップを待つか?)

 

 だんだん諦めの思考が広がり始めた。いや、今回ばかりはもう無理だろう?

 

「……ますたぁ……何処だぁ……?」

 

 ふと、スカサハの方からそんな声が聞こえ、顔を上げた。

 見れば酔ってしまったのか顔が赤いスカサハがいた。

 

「……あ」

 

 日本酒のラベルを見る。英雄落とし、と書かれている。

 

「ますたぁ……寂しいぞぉ」

 

(甘え上戸だったのか? あ、だけどこれなら生還ワンチャンある!?)

 

 喜ばしい事実に、若干希望の光が見え始める。

 

「あぁ、寂しいな……邪魔なお前は消えろ」

 

「ゐ?」

 

 あっさり。蚊を潰すかの様な自然な動作で俺の胸に槍を突き立て、引き抜いた。

 なんの抵抗も出来ずに、倒れ込む俺。

 

「む……部屋から出れない。きっとこいつの息の根がまだあるからに違いない」

 

(ちょ、それはオーバーキ――)

 

 脳を刺され裂かれた。

 

「死ね。死ね、シネ」

 

 首を切り裂かれ、体を何度も貫かれた。

 

『おい、死ぬのが速いぞ』

 

(理不尽! ま、マジで辛いんで助けて下さい!)

 

 突然現れたアヴェンジャーに助けを求める。脳がやられたおかげで痛覚を感じないので叫んでこそいないが、体が凍てつく様な感覚は続いている。

 

『……まあ、次の見合い会場に行ってもらおうか』

 

(鬼か貴様!?)

 

 

 

【ロリ編】

 

「お母さん、何処?」

 

(ナチュラルボーンヤンデレ率高ぇぞ俺のサポートサーヴァント!?)

 

 次に現れたのは小さな暗殺者、マスターを(性別問わず)お母さんと呼ぶ切り裂き魔、ジャック・ザ・リッパーの登場である。

 

「ええっと……ジャックちゃん、お母さんから何か聞いてる?」

 

「……お母さんのなり方を教えてくれるって、此処で男の人とお話しなさないって言われた」

 

(スカサハとジャック、この2人のヤンデレとか羨ましいようで同情するぞ、誰かさん)

 

「ええっと、此処ではお見合いって言って、男の人と女の人がお互いの事をお話する場所なんだ」

 

(さ、流石に幼女なら……殺されないよ、な?)

 

 不安しかない。ヤンデレの恐怖は文字通りこの身が知っている。

 

「お兄さんと話せば、お母さんが一緒におねんねしてくれるって言ってた!」

 

(死ね! 同情の余地なしだ、どっかの犯罪者!)

 

 満面の笑みを浮かべてそう言ったジャック、俺は見事な手の平返しをした。

 

「じゃあ、先ずは飲み物でも頼もっか」

「うん! じゃあ、オレンジジュース!」

「烏龍茶です」

 

 そう言って呼び鈴を鳴らす。

 茶髪の店員さんが予想通りお盆に飲み物を持ってやって来た。

 

(……あれ、この店員さん?)

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 ……気のせいだろう。多分正義の味方さんに似てるだけだ。

 

 ストローでオレンジジュースを飲むジャックちゃん。俺も烏龍茶を飲みながらどうするか考える。

 

(まあ、普通に話せばいいか)

 

「ジャックちゃんは、お母さんになりたいの?」

「んー……わかんない!」

 

 元気にそう言った彼女。なんと純粋だろうか。

 

「まあ、そうだよね……」

「お兄さんは、お母さんになりたいの?」

 

「んーお兄さんは――」

 

(――っは! 危ねえ……幼女だから油断していた! この質問はデストラップだ。

 もし、苦笑しながら「なれないよ」とか言ったら腹を裂かれる所だ!)

 

「なりたくないなー」

「むぅ、残念」

 

 流石アサシンクラス。でもその輝く刃を仕舞ってくれると嬉しいなー

 

「あ、そうだ! お兄さん、どうやったらお母さんになれるの?」

 

「ッッブゥ!」

 

 伝統芸である。烏龍茶が変な所に入って俺は胸を叩く。

 

「大丈夫?」

 

「あ、あぁ……お母さんのなり方か……」

 

「お母さんに聞いても教えてくれなかった。お兄さんは知ってる?」

 

(くっそぅ……伝家の宝刀、「お母さんに聞きなさい」が通じない……どうすれば……)

 

「いいや、知らない」

 

 キッパリと嘘を言う。これでオーケーな筈だ。

 

「知らないんだ……じゃあ、もういいよ」

 

 もう用はないと、驚く程あっさり腹を裂かれた。

 

「っがぁ……ぁぁぁ……!?」

 

「お母さんに会いに行かなきゃ」

 

 倒れ伏す俺に目もくれず、ジャックは扉へ向かった。

 

『おい、いくら何でも今回は死ぬのが早過ぎないか?』

 

(いや、無理なもんは無理だ!!)

 

 

 

【ヤンキー娘編】

 

「面倒くせえ。俺がマスターの傍にいなきゃいけねぇんだよ」

 

 出会い頭にクラレントで斬殺された。

 

 

 

【褐色ペッタン編】

 

「浮気は悪い文明だ。マスター以外の男と見合いなど言語道断だ」

 

 文明が滅びました。あと俺の体も。

 

 

 

【チョロい本妻編】

 

「消えて下さいまし?」

 

 氷漬けにされて風で切り裂かれて燃やされた。

 

 

 

 アニバーサリーブロンドを来た俺は、監獄等の背景でアヴェンジャーと話していた。

 

『……正直、驚いているぞ。お前が10分も持たないとは』

 

「……だぁ!! どう考えても無理だろ!! もうやだ、もう無理!! 自分へ好感が向けられるならともかく、最初から好感度がマイナスに振り切ってる状態でお見合いとか出来る訳ねぇだろ!?」

 

『……そうか。なら、お前のサーヴァントなら出来るのか?』

 

 いや、それも嫌だ。だが、それならまだ助かるだろう。

 

「……それならまあ、難易度は下がるだろうな」

 

 俺がそう答えると、アヴェンジャーは映像を出した。

 

『それでも見て少し待っていろ』

 

 

 

【どっかの誰かさん編】

 

 1人の男を囲む様に、数人のサーヴァントが集まっていた。

 

「マスター、探したぞ。全く……本妻の私を他の男に委ねようとは……許さんぞ?」

 

 甘える様にマスターの右頬に頭を預けるスカサハ。ゲイボルグを2本、上下に向けている

 

「お母さーん。約束通り、お兄さんといっぱいお喋りしたよー。おねんねしようよ」

 

 マスターの膝元に座るジャック・ザ・リッパー。2本のナイフで片方は赤い槍を抑え、もう片方で鏡を押さえてる。

 

「マスター! 一緒に出かけようぜ! 釣りでも良いし、山で狩りも楽しいぜ!」

 

 赤いセイバー、モルドレッドはマスターの左肩を掴み引っ張りながら、右手のクラレントで七色の剣を防いでいる。みれば、足で狐と蹴り合っている。

 

「マスター。見合いは悪い文明だった。次はどんな文明だ?」

 

 アルテラは右肩からマスターへ呼びかけつつ、迫りくるゲイボルグを回避し、自身の剣でクラレントと拮抗している。

 

「ご主人様ぁ? ちょ〜っとこちらを向いてもらえませんか? 一夫多妻は許さないと、私、何時も申してますよねぇ?」

 

 マスターに一番強い殺気を向けているキャスター、タマモは鏡でジャックを狙い、足でモルドレッドと格闘している。

 

「た、助けてくれぇぇぇ!!!」

 

 

 そこでプッツと映像が終わり、座り込んでいた俺は背後にゾクッと悪寒を感じ始める。

 

「あらあら、私のマスターになったのは貴方ですね? エウリュアレ()も随分お世話になっている様ですし、た~っぷり、可愛がってあげる」

 

「あ、お母さん!」

 

 ……あ、引いてしまったステンノとジャックだ。

 放心しそうなまま、俺は抱き着くジャックを受け止めた。

 

「お母さん! 結婚しよう?」

「あらあら、可愛らしいライバルね?」

 

「まーた増やしたな、マスター」

 

 更なる悪寒が俺を襲う。

 この呆れた様な声は、両儀式の声だ。

 

「アサシンは俺がいれば十分だってのに」

 

 その後ろからフードの女性が現れた。

 

「10連で爆死して悲しんでいたマスターに、2人揃って単発で現れ喜ばせようだなんて、なんて図々しい後輩かしら?」

 

(メディアさんは人の事言えないと思いまーす)

 

「旦那様? お見合いがしたいのであれば、日本出身のサーヴァント、私清姫が手取り足取り教えて差し上げますわよ?」

 

 気付けば、清姫に背後から抱き着かれた。

 

「私のマスターは、随分モテモテのご様子。断然、楽しみが増しました」

 

 左肩にステンノの笑顔が輝く。

 

「マスターは俺の物だ。手を出すってんなら殺す」

 

 右肩に式の手が置かれる。

 

「全員まとめて私が可愛がってあげる……フフフ」

 

 メディアさん、もう触れそうな場所無いですよ。

 

「っ〜!! 誰かぁ、助けてくれぇぇぇ!!」

 





 やったね作者さん! 登場人物が増えるよ!(おいやめろ)

 ランサーのがいないうちのカルデアでは、フレンドのスカサハは本当に頼りになります。
ジャックとステンノは霊基再臨が本当に楽しみです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ家庭未来図
ヤンデレ家庭未来図 1


活動報告で貰ったアイデアを元に書かせて頂きました。
ありがとうございます! まだまだ書けそうです。


 

「……平和だな」

「平和だね……攻撃!」

 

「キャスト、【黒竜の盾】。ダメージ0、ライフ1回復」

 

 現在悪夢の中……なのだが、今回はアヴェンジャーの知らせによると平和なカルデアの一日らしい。

 なのでドクター相手にカードゲームをしている。

 

 女性と話していると清姫が厳しい視線を向けてくるので、ドクターの相手は気楽でいい。

 

「この前の鬼騒ぎはなかなか骨が折れたよね」

「カルデアの全サーヴァント集めて半々って、普段と全然規模が違うもんなー。キャスト、【竜王伝】」

 

「出たな、壊れカード! 次は何が起こるやら……」

「7つの龍玉集めて、天竺まで連れてってもらうかもね。バディコール、【四角炎王 バーンノヴァ】。手札を捨てて、ライフ回復」

「攻撃力9000の3回攻撃!?」

 

『ピンポンパンポーン』

 

 他愛の無い会話をする中、急にダ・ヴィンチちゃんによる館内アナウンスが響いた。

 

『迷子のお知らせです。マスターは至急、迷子保護センター、ダ・ヴィンチちゃんの素敵なショップにお越し下さい』

 

「……早速面倒事かな」

「迷子って……ジャックかな? 最近入ったばっかだから迷ったのか?」

 

 俺はカードをその場に置いて部屋のドアに向かう。

 

「あ、ドクター。俺の負けでいいですよ。どうせ、【鋼のボディ】握ってたんでしょ?」

「バレてたのかい?」

 

 それだけ言って、俺はメインルームから退室した。

 

 

「……で、なんの冗談ですか、コレは?」

 

 俺の右手は現在、俺の腰より少し上の高さにある頭に置かれていた。左右に動かしながら、撫でる。

 

「? だから、説明した通りだよ」

 

「うぇえ〜ん」

 

 ダ・ヴィンチちゃんのアナウンスで工房についた俺は現在、見知らぬ幼女の保護を頼まれた。

 

「パパ、私寂しかったぁ!」

 

「ほら、君の娘だよ」

「ッ! ――……」

 

 文句を言って怒鳴ろうと思ったが、小さい子の手前、なんとか飲み込んだ。

 

「……今回は平和だと思ったんだけどな……」

 

「未来から来た君の娘、は確定だよ。この子から英霊の力を全身から感じるけど、基本的な物は全て人間だ」

「英霊って、まさか……!?」

 

「うん、君と英霊の間に出来た娘だね。おめでとう、明るい未来が見えてきたね」

 

「いやいや!? 今の所良い未来が一切見えないよ!? この娘が俺の娘とばれたら、何人暴走するか……」

 

 頭を抱え、娘(仮)を見る。俺と同じ黒髪、黒目。ショートボブで、見た目からして多分10歳位の美少女なのは分かるが、これではDNA鑑定でもしないと相手が分からない。

 

「いや、この娘自体英霊から産まれた神秘の塊みたいな物だからDNAからも難しいと思うよ」

「じゃあ、どうする?」

 

 俺が狼狽えていると、ダ・ヴィンチちゃんが紙を出した。

 

「例のアヴェンジャーが言うには、その娘は平行世界の影響を受ける娘らしいよ。何でも、どんな可能性にも影響される娘で、その影響が強い場所で、その姿が変わるみたいだよ」

「やっぱりアヴェンジャーが関わってるの……あと全然意味が分からないだけど」

 

 落ち込み再び娘を見る。

 

「……アレ? ねえ、その杖さっきまで持ってたっけ?」

 

 いつの間にか、娘は眼鏡をかけており、小さな杖を持っていた。杖の先は、ダ・ヴィンチちゃんの杖と同じ星の飾りが付いている。

 あと、服装もフリフリなドレスに、髪がロングストレートに早変わりして……

 

「お父さん、コレはお母さんのくれたお揃いの杖なんだ!」

 

「……」

「……」

 

 思わずダ・ヴィンチちゃんを見ると、ダ・ヴィンチちゃんも俺と同じく、ゆっくりとした動作でこちらを見た。

 

「やっぱりお母さんは変わらないけど、お父さんは若いんだね!」

 

 キラキラと純粋な瞳が向けたまま俺に抱き着いている。

 

「うーん……こういう事だね」

「つまり、女性サーヴァントが近くにいればその姿が母親似になるんだな」

「多分私の近くだと私と君が結婚した可能性が上がるんだね……」

 

「むぅ……お父さん、お母さん? また2人で難しい話してっ! つまんない!」

 

「あ、っちょ! ごめん、ごめんね!」

 

 娘に服の裾を掴まれて慌て始めるダ・ヴィンチちゃん。

 見た目に反してだいぶお転婆の様で、あのダ・ヴィンチちゃんが振り回されている。

 

「えーっと、そう言えば、アヴェンジャーの手紙には続きがあって……全ての女性サーヴァントの元までその娘を連れて行かないと悪夢の体感時間を限界まで伸ばすらしいよ」

「……どんぐらい伸ばせるの、体感時間」

 

「72時間、くらいかな……」

 

「どんだけ!? 何で8時間位の睡眠がそこまで伸びるんだよ!?」

 

「お父さん、他にもお母さんがいるの?」

「いや、いないから。今の所は1人もいない筈なんだが……」

 

「……まあ、面白そうだからいいんじゃない?」

「他人事みたいに言いやがって……」

「だって、私は君のサーヴァントじゃないから多分一番確率低いしー」

 

「お母さん……お父さん要らないの?」

 

 おい、うちの娘が泣き始めたぞ。

 

「あ、いや、そういう訳じゃなくて!?」

 

 あたふたし始めたダ・ヴィンチに、内心ニヤニヤしながら事態が収まるまで静観を決め込んだ。

 

 

「っご、ゴホン! 兎に角、この悪夢から覚めたいならさっさと他のサーヴァントに会いに行かないとね!」

「分かった分かった。じゃあ、行こうか」

 

 俺は娘を手招きする。ダ・ヴィンチちゃんの側を離れ、こちらに娘が近づくと、その姿はショートボブで小さなマスター衣装に変わり、杖も消える。

 

「うん! じゃあね、お姉(・・)さん! バイバイ!」 

「あ……うん……バイバイ」

 

 俺達は工房の扉を潜り、女性サーヴァントの部屋へと手を繋ぎながら向かった。

 

「……なんか、寂しいな……」

 

 

「っと……此処は……」

「お父様、こちらは?」

 

 また姿と口調が変わっている。白い着物に白に近い緑の髪。扇子は無いが、帯の所に小さな団扇がある。

 

「清姫……」

「お母様の部屋ですね」

 

 先と違いだいぶ清姫の影響が強い。心無しか、発育を良くなってないか? 何処とは言わないが。

 

「清姫、いるか?」

「マスター! 今開けますわ!」

 

 清姫が扉を開いた。カルデアに似つかわしく無い和室が見える。

 

「マスター! ……あら? そちらの私のそっくりさんは?」

 

「えっと実は……」

 

 俺は清姫に簡単に、未来から来た娘だと説明した。

 

「そうですか、未来の娘……マスターと私の愛の結晶……!」

 

 清姫さんは完全にあちらに行ってしまっているようだ。娘をギュッと抱きしめている。

 

「お父様、お母様は何時もお父様にベタベタとくっついていましたが、昔からだったのですか?」

 

「んー? まあ、そうだねぇ……何時も後ろからジーッと見たりしてたかな? で、いきなり抱き着いたりもしてたな」

 

「そうですか……」

 

「はぁ、最高に幸せです。マスター……私達、結ばれる未来が約束されたのですね!」

 

 娘を抱く腕に更に力を入れている。

 

「……いやー、まだ確定はしてないよ、多分……」

 

「お母様少し頼みがあるのですが、先ずは放していただけますか?」

「っ! ごめんなさい、感動のあまり少し力を入れ過ぎてしまっていたかしら?」

 

「いえ、別に問題ないです。ですが、もしその罪悪感が心残りであるなら、私の1つの頼みを聞いていただけますか?」

「なんでしょう、私の愛娘? 1つと言わず何回でも望みを言っていいですわよ?」

 

 清姫の言葉を聞いて、娘は母親の目を真っ直ぐ見る。そして真剣な表情で言葉を発した。

 

「お父様との婚約を認めて下さい!」

 

「はい、みとめ――はい?」

 

「……え?」

 

 

「――私の愛娘? 今なんと言いましたか?」

 

 清姫も俺も動揺が隠せない。て言うか、俺に至っては動揺と一緒に清姫からのプレッシャーで膝が笑ってる。

 

「お父様と、結婚したいです」

 

 俺へのプレッシャーが更に強まった。

 

「お父様とお母様は、規律や常識をいろいろ無視して婚約したと聞いております。歳の差や生者と死者の違いなどがそれです。ですから、娘である私とも結婚できますよね?」

 

(見た目だけじゃなかった!? 思考まで母親譲りじゃねえか!?)

 

「ダメですよ、マスターは私と既に結婚しているんです。だから、婚約は認めま――」

「私の知るお母様も同じ事を言いました。ですが、この時代ではまだお母様とお父様は婚約しておりません。ですので、お母様はお父様を諦めて私に譲ってもらえませんか?」

 

「いや、それをすると君、タイムパラドックスとか起こって消えちゃわないか!? そもそも俺の意志が――」

 

「お父様と結婚できるのであれば何が起ころうと私に悔いはこざいません! お父様、私と今すぐ結婚を!」

 

 女の子とは思えない力で俺の肩を掴まれる。

 

(性格まで母親譲りじゃなくても良いだろう……!?)

 

「マスターは、例え未来の娘であろうと許すつもりはありません!」

 

 清姫は扇子を向ける。

 

「ちょ、ま――」

 

「燃やせる物なら撃ってみて下さい! 撃てば、私はお父様と一緒に黄泉の国に行くのみです」

「っく……! この!」

 

 肩から背中に腕が伸び、娘の顔が近くなる。清姫に本当よく似てる、って……

 

(なんで親子で修羅場になってんの!? てか、家族でマウストゥマウスは不味いって!?)

 

「……あ」

 

 ふと、腕の令呪が目に見えた。

 

(ま、迷ってる場合じゃない!)

 

「清姫とマシュをチェンジ!」

 

 俺の叫びに令呪が反応し、1画消えると清姫の場所から光が放たれ、止むとそこにはマシュが立っていた。

 

「……先輩? どうしま――」

「キャ!? パ、パパ!?」

 

 予想通り、マシュと入れ替わった清姫同様、娘もその影響で変わった様だ。驚いて俺から離れた

 

「……先輩最低です。小さい娘に抱きつかれた上に父親呼びさせているなんて、ロリコン案件です」

 

 マシュから絶対零度の視線と、殺気。

 

(いや、殺気ってまさか……!?)

 

「この娘が何者かも調べないといけませんし、侵入者を許した私にも落ち度があります。責任を持って対処を……」

 

「ま、ママ……!?」

「……え?」

 

 

 俺はマシュに片目が隠れる程度に長い黒い前髪の少女について説明した。

 

「む、娘、ですか……先輩と、私の……」

「そうなんだ。それと、急に転移して悪かったな」

 

 状況を飲み込んでくれた様で、娘はマシュに引っ付いている。

 仲が良い様で何よりだ。

 

「ママ、パパの事を先輩って呼んでたんだ」

 

「未来だとなんて呼んでるの?」

「じー……」

 

(なんか俺、凄い警戒されている!?)

 

「どうしたんですか? 貴女のお父さんでしょう?」

 

「……ママに引っ付いてない」

「……へ?」

 

「パパ、いっつも家だとママに抱きついたり、甘えていました。なんか、目の前のパパは偽物なんじゃないかと思い始めてます」

 

 そんな新婚夫婦みたいな関係なの!? 娘が10歳位になっても!?

 

「引っ付いていないと、ママが怒ってました」

 

(調教済み!? そんな夫婦関係、嫌過ぎる!)

 

「へぇ……そうなんですか」

 

(その「良い事聞きました」みたいな顔するのやめろ!)

 

「ママ、あんまりパパをいじめちゃ駄目ですよ」

「はい、肝に銘じておきます!」

 

「キラキラしながら言うな!」

 

 

 清姫の部屋を出た俺達は廊下に出て、俺は右側に、娘を真ん中に手を繋ぎながら歩いている。

 

「そう言えば、君はどうやって此処に来たの?」

 

「えーっと……レイシフトで!」

「じゃあ、帰っちゃったら忘れちゃうのか」

 

「っ!? マスター、レイシフトでこちらに来たという事は何らかの修正すべき事態がこの時代で起こっているということでは!? そもそも、カルデアスに文明の光が戻っていないのにどうしてこの娘は未来から――」

 

「レイシフトは何時でも出来ますよ? 歴史はパパとママがちゃんと戻した後です。だから、歴史の修正力で私がパパの頭から消える事はありません」

 

「この娘は平行世界の影響を受けてる。つまりこの娘の未来は別の世界の未来だ。カルデアスで俺達が観測している世界とは、別の世界なんだろ」

 

「そ、そうですか……」

 

 マシュが安心の溜息を吐く。あまり難しく考える必要は無いのに……

 

「お父様お父様! そちらの方々は放っておいて、私とデートに行きましょう!」

 

「おいおい、引っ張らないでって……!?」

 

 右手を引っ張られた。娘に。

 左手には娘の右手がある。

 

「マスター……先ぶりですね」

 

 そして、目の前には清姫が立っていた。

 

「娘が2人に増えていますね……浮気、デスネ?」

「……先輩、少しオハナシシマショウカ?」

 

(マシュと清姫相手に二股かけた未来かぁ……クズいけど凄いな、そんな事しでかした俺)

 

「お父様、お父様。私とも結婚してくれますか?」

 

「だ、駄目ですよ!? 親子で結婚はダメだって、ママが言ってたよ!」

「いえ、カルデアはそんなルールのある社会とは離れた場所にあるんです。最悪、許されている国に行けば済む話です。もしくはレイシフトで純血主義肯定時代まで飛ぶのもありですね」

 

 おおう……娘の発言に本気で引くんだけど……

 

「三股、しかも自身の娘とは……業が深いですわ」

「先輩、最低です」

 

「何で俺が非難されてんの!? マジで理不尽!」

 

 令呪を使う前の状態に、いや、それより悪化している。

 

(これでまだ2人しか女性サーヴァントに会って無いんだから笑えない)

 

「あくまでこうなるって可能性の話だし……ちょ、ちょっと落ち着いてはくれませんかね?」

 

「可能性は潰しておくに限ります」

「同感です。潰されるのは貴女ですが」

 

 今だ!

 

「逃げる!」

 

 娘2人の手を引っ張りその場を全力で離れ出す。

 すると片方の娘は霧の様に消え、もう片方の娘も元の黒髪のシュートボブに戻る。

 

「マスター! そちらは誰の娘ですか!?」

「行かせませんよ清姫さん! 先輩、後でお話聞かせてもらいますからね!?」

 

 

「っはぁ、っはぁ……」

「パパ、大丈夫?」

 

 逃げ切った俺はベンチに腰を下ろして、娘は俺を気遣っている。

 

「だ、大丈夫大丈夫……っはぁー……」

 

 深呼吸をして息を整えた。

 

「お母さん、元気出して」

「ああ……え?」

 

 ふと呼ばれた方を見る。黒いマントに白い髪、緑の瞳の幼女……

 

「じゃ、ジャック!?」

「お母さん、何かあったの? うわっ!?」

 

 そして、いつの間にか白い髪になった娘がジャックに抱き着いた。

 

「お母さん!」

「な、何? お母さんはあっちだよ?」

「お母さんはお母さんだよ! 私のお母さんはお母さんだもん!」

 

 身長差以外の判別が難しい。親子ではなく姉妹に見えてしまう。

 

「お母さん、この娘だれ!?」

 

 流石のジャックも戸惑っているようだ。勿論俺も‘お母さん’がゲシュタルト崩壊しそうだ。

 

「ええっと、分かりやすく説明すると……」

 

 そこで俺は重要な事に気づいてしまった。

 

(ジャック→幼女→結婚→子供いる→孕ませた→腐れ外道)

 

「うぁぁぁ……!」

 

 あってはいけない未来に行き着き、頭を抱えて振り払おうと必死になる。

 

「お母さん、大丈夫?」

「お父さん、大丈夫?」

 

 娘と似た顔の未来の妻に罪悪感が加速する。

 

「……じ、実は……」

 

 

「娘……私の……娘!」

「うん! お母さん! そうだよ!」

 

 涙と共に抱き合う2人。

 だが、逆に俺の心境は複雑である。奈落があったら入りたい。

 

「お母さん! ありがとう!」

 

 ジャックが俺に礼を言うが、正直笑える程のエネルギーは無い。

 

「……お父さん」

「んー……?」

 

「っめ!」

 

 娘が俺にそう言った。

 

「お父さんは、常識に囚われ過ぎだよ」

 

 娘は、俺を優しく抱きしめた。

 

「お母さん、私を産んだ事を何時も喜んでたよ。毎日毎日、朝起きて、夜寝るまでお父さんに私を育てながら、いっぱい、いーっぱい! お礼を言ってたよ」

 

「……そうか」

 

「大丈夫。お母さん、お父さんと一緒で何時も嬉しいって言ってたよ」

 

 まさか、娘に励まされるとは思わなかった。

 

「だから、お母さんといっぱい子供作ってね! 私、弟とお兄ちゃんとお姉ちゃん、後妹も欲しい!」

 

「ははは、5人も子供がいるとか、お父さんのお仕事、忙しくなっちゃうなー」

 

 娘の頭を撫でる。見れば、ジャックも俺を抱きしめてる。

 

「お母さん。子作り、しよう?」

「もうちょっとオブラートに包んでくれよ……でも、そうだな」

 

 ――そんな、未来も、良いかもしれない。

 幼妻と一緒に、

 子宝を両手一杯に過ごす、

 

 そんな未来も。

 

 

 

 

 

「あっぶねぇ! 流される所だったぁ!!」

 

「娘よ、作戦失敗みたい」

「大丈夫、きっとあとひと押しですよ、お母さん」

 

 世間知らずで舌足らずなジャックだが、殺人鬼として現界しているので頭の回転は恐ろしく速い。

 

「いや、もう騙されないからな!」

 

「お母さんが寝技に持ち込めば、お父さんは情けなくも満足げに果てます!」

 

「未来の俺達だいぶオープンだな!? 娘に見せちゃいけないだろ!?」 

 

 俺は休憩所から飛び出す様に脱出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ家庭未来図 2

 このペースだと、全員に会うまで後何話かかるかな?


 

 

「お父さーん!」

「お母さーん!」

 

 逃げ出してから1つ気づいた事がある。

 

「「捕まえたぁ!」」

 

 サーヴァントに足で勝てる訳が無い。

 サーヴァントから産まれた娘にもだ。

 

「は・な・せ!」

 

 ジャックとその娘、幼女2人に組み伏せられた俺は抜け出す事も叶わず、叫ぶことしか出来ない。

 

「それで娘、どうすれば子供が出来るの?」

「お母さん、先ずは――」

 

 娘がジャックに繁殖行為の説明を始める。

 このままR18行きは勘弁して欲しい。

 

「誰かぁ! 助けてくれぇ!!」

 

 こうなれば他人に頼るしかない。力の限り叫ぶと、速い足音が聞こえて来た。

 

「マスター、お呼びでしょうか」

「先輩、ご無事ですか!?」

 

「チェンジ! 呼んでない!!」

 

 そりゃあ、来た道戻ったらいるよね。清姫も、マシュも。

 

「お父様を放しなさい! お父様の童貞は私が!」

「邪魔しないで! お母さんがお父さんと一緒に私の兄弟姉妹を作る所なの!!」

 

「パパはママと夫婦になるんです! 愛人の子供なんてこれ以上作らせません!!」

 

(やばい、3人も集まったせいで飛んでもなくやばい未来の可能性を見せつけられている……!? 何をどうしたらこんな家庭が出来る!? 3人と関係があって、10歳位の娘2人は性知識が豊富で、もう1人も愛人とか覚えちゃってるし……)

 

「マスター、余計聞きたい事が出てきましたね?」

「先輩は間違いなく人類史に名を残す色欲魔です。グランドクラスで喚ばれますね。変態の」

 

「頼むから俺の未来は俺に決めさせてくれ!」

 

 清姫の娘とジャック親子が争っている間に体が開放されたのは良いが、目の前の2人の殺気がやばい。まだ助かってない。

 

「ったく、しょうがないな」

 

 不意にそんな声が聞こえ、気付けば清姫とマシュの間をスルリと通り越していた。

 

「あ、式!」

 

 俺はいつの間にか式の左腕で抱えられていた。

 

「この娘がオレを呼んだんだ。感謝しろよな」

 

 そう言って式は左腕に抱えた女の子を見せる。

 

「ほら、令呪でブーストしてくれないと追いつかれちまうぜ?」

 

 後ろを見ると俊敏性が式より何回りか下の筈の清姫が追ってきている。

 俺達を抱えているせいだ。

 

「俺達を落とさず、食堂まで逃げ切ろ!」

「了解」

 

 令呪が輝くと、あっという間に清姫との距離が離れ、食堂へと入っていた。

 

「……なんで食堂なんだ?」

「きっと他のサーヴァントも集まってる筈だし、娘を全員に見せないといけないからなー……」

 

「よく分からないが、まあ令呪での命令だし、聞くしかないな」

 

 そう言って式は加速し、食堂へと入っていった。

 その後ろでは、清姫達が3人で争い始めていた。

 

 

「誰もいないな」

「流石にそれは予想できなかった……まあ、待っていれば他のサーヴァントも来るだろうし、ちょっと一休み……くぅ〜」

 

 食堂に逃げ込んだ俺は適当な椅子に座り、背伸びをした。

 

「じー……」

 

 その俺を見つめる小さな視線。式同様の短い黒い髪。青い和式の羽織を着ているが、下はなぜかジーパンだ。

 

「……えっと……先は、ありがとう」

 

「そーいや、この娘は誰だ? なんか、羽織を着てジーパン履いてるけど」

 

「とーさん若くなってるのに、かーさんは変わんないんだ」

 

「えーっと、説明しづらいんだが……」

 

 俺は式にこの娘が未来から来た俺達の子供だと説明した。それと、他のサーヴァントに会うと変わったり、増えたりする事も。

 

「へぇ……ちゃんと結婚できたんだな、そっか」

 

「アレ? 意外と落ち着いている? あとあくまで可能性だよ?」

 

「何だよ、お前はとっくの昔からオレの婿だぜ?」

 

 あ、やっぱりマシュと同じ様にヤンデレ入ってるよ、この式。

 

「とーさん、もうかーさんと結婚してるの?」

「まあ、結婚しなくても婿だな。そんぐらいの関係だ」

「いや、俺はあんまりそれを受け入れてないって言うか……」

 

 手間のかからなそうな大人しそうな娘だ。他の娘達はマトモだったのはあたふたしてたマシュの娘だけだったな。

 

「……じー」

 

「どうした?」

 

「かーさん、家にいる時はとーさんに抱き着いたりして何時もテンション高かった」

 

 おい待て、俺のカルデアにテンション高い方の式はいないぞ!?

 

「んー……? それはオレでも想像できないな」

 

「でも、落ち着いてる時もあったし、やっぱりかーさんで間違いないや」

 

 そう言って娘は式に抱き着いた。若干頬が赤い。クールに見えても、やっぱり母親が恋しかったか。

 

「かーさん、私と結婚して」

「ッブゥー!!」

 

 空気をぶち壊す勢いで俺は吹き出した。俺の娘にまともな娘などいないのだろうか?

 

「はぁ!?」

「かーさん、凄くカッコイイ……とーさんより強いし、テンション高い時はすっごく可愛い……だから、私と結婚しよう、かーさん」

 

 この年で百合に目覚めている娘に、流石の式も動揺している。

 というか、一体何があったんだ娘よ。

 頼りない父さんを見て、男に絶望してしまったんだろうか?

 

「とーさんは別居扱いで、たまに会いに来る位なら許すけど、半径1mまで近づいたら強姦罪で通報する」

 

 マジで何した未来の俺ェー!?

 そして娘は式から離れると、俺に右手の平を差し出した。

 

「去る前に結婚指輪を買うお金下さい」

 

 ニッコリ。今までで一番の笑顔でそう言われた。

 父さん、此処で死にそうです。

 

「娘、あんまり父さんをイジメるなよ」

「かーさんも、困った時のとーさんが好きな癖に。とーさん、意地悪してごめんなさい」

 

「え……?」

 

 おお、神よ! 俺は何を信じればいいんですか!? 娘が百合な事ですか!? ドSになった事ですか!?

 

「……」

 

「ん……、マスター。誰か来たぞ」

 

 式の一言で顔を上げる。同時に食堂が開く。

 

「小腹が空いちゃっていたので助かります」

「リリィちゃんの為にお姉ちゃん、張り切っちゃうよ!」

 

 金髪の少女、セイバーリリィと赤髪の熟女、ブーディカだ。

 

「あ、マスター!」

「本当だ。式もいるね。アレ? 見慣れない娘が……」

 

 良し、俺! 先ずは状況をちゃんと説明しよう! そうすれば2人も分かってくれる筈だ!

 

「お父さーん!」

 

 リリィの横に突然現れた少女は、俺に飛び込んできた。

 

「うぉ!?」

 

 咄嗟に受け止めたが、床に落ちて尻餅をつく。

 

「……えっと、どういう状況ですか?」

 

 

「なるほど、この娘は私の娘なんですね!」

「そうです」

 

「それで、そっちの娘が式の娘?」

「ハイ、ソウデス」

 

 俺は3人と2人の娘の前で土下座して状況を説明した。

 

「あくまでそう言う未来があるだけなんです浮気とか二股とかまるで考えてないですだからからどうかご容赦を俺はそんな馬鹿な事を考える愚かしい男ではないんです許して下さい未来の俺にはよく言って聞かせますんで本当に勘弁してください」

 

「お、落ち着いて下さいマスター!? まずは頭を上げてください!」

 

「首を吊れば良いんですか」

 

「お父さん、死んじゃだめー!」

 

 リリィと娘の声に、土下座ではなく正座で向き合う。

 

「マスター、大丈夫です。私、どんな形でもマスターと家庭を持てて幸せです」

 

「リリィ……」

 

「ですから、そう自分を追い込まないで下さい」

 

 そう言ってリリィは俺を抱きしめた。

 

「きっと、未来では素晴らしい日々を送っていますよ。こんなに、元気な娘もいますし」

 

「で、そろそろ好感度上げは終わったか?」

 

 式の一言で感動のシーンがバッサリ切り捨てられた。

 

「私の子供はいないみたいだね。喜ぶべきか……」

 

「喜んで良いに決まってるじゃないですか! 人妻とか、俺的に絶対ダメなんで!」

 

「マスター……プラトニックな愛も、あるよ?」

 

 そんな優しく言わないで下さい。他の2人が怖いです。

 

「そんじゃ此処は娘達の意見を聞こうじゃないか。2人は、母親が2人もいて、嫌か?」

 

「嫌です!」

「嫌」

 

「何か理由はあるか?」

 

「とーさんがたまにしか週末にいないから、旅行とか行けない。行っても、余計なもんがいるし」

「お父さんがたまにしか平日に帰って来ないから、一緒に寝れない!」

 

 この可能性の未来の俺は平日は式と暮らして、週末はリリィの家に通っていたようだ。

 

(どんな暮らしだよ!?)

 

「複雑な家庭なんだね、マスター」

 

 ブーディカは完全に他人事の様に俺の頭を撫でながら聞いている。

 

「って事は、娘の為にもオレが唯一の妻にならないとな」

「っな!? この娘に消えろというのですか!? 上等です! 成敗して差し上げます!」

 

 遂に、互いに武器を構えてまた争いに発展し始めた。正直ちょっとウンザリである。

 

「……アレ?」

 

 2人の武器が交差した瞬間、2人の娘が消え、元のマスター衣装の黒い髪の女の子が1人残った。

 

「ちょ!? 洒落にならん! リリィ、式! ストップだぁ!!」

 

 俺は声を張り上げ、それを聞いた2人の刃が止まった。

 

「何だよマス――」

「心配しな――」

 

 2人が争いをやめると、黒髪の女の子はまた2人の娘に戻った。

 

「……こういう事だ。2人が争えば、子供の未来が消えてしまう」

 

「う……」

「仕方ねぇ」

 

 2人が武器を下げると、娘達は彼女達に抱き着いた。

 

「うぉ……」

「かーさん、大丈夫。とーさんがいなくても、かーさんと一緒だから楽しい」

 

「私もです、お母さん!」

「……」

 

 2人は娘の頭を撫でる。何とも微笑ましい光景だが、何故だろう、俺の心にはずっと黒いモヤモヤがのしかかってる。

 

「まるで俺が……」

「……仕事はしてるみたいだけど、やっぱりクズだよね、マスター」

「言わないで……」

 

 ブーディカに痛い所を突かれ、正直もう休みたい。

 

「あ、膝枕してあげる」

「ありがとうございます……」

 

 俺は誘われるがまま、ブーディカの膝に頭を置いた。

 正直色々あって疲れ過ぎて、警戒する気も起きない。

 

「とーさん! かーさんはコッチ!」

「お父さん! お母さんの膝枕の方が良いよ! オバさんよりもお肌ツルツルだもん!」

 

「お、オバ、さん……」

「落ち着いて下さい、ブーディカさん。

 あの子達くらいの年ならブーディカさんをその呼び方でも仕方無いでしょう? 俺からしたら綺麗なお姉さんですから」

 

「マスター……

 イケないないな、もう……妻子の前で人妻を口説こうなんて」

 

「……マスター、今すぐ立ち上がらないと身の安全は保証できないぞ?」

 

「お灸を据えてあげましょうか?」

 

「すいませんでした!」

 

 まだ寝ていたいが俺は体を起こし、土下座をした。

 

 だが、正直辛い。あと何人残ってんだ、女性サーヴァント。

 

 

「じゃあ、そろそろ部屋に戻ろうかな」

 

 いつまで食堂で待っていても女性サーヴァントが来ないので、こちらから行く事にした。

 

「おい、オレも行くぞ」

「私もです! 娘が心配です!」

 

 問題は保護者だ。一緒に行けば、確実に正妻戦争が勃発し、ハリウッドが作った昼ドラみたいな展開――アクションと愛憎劇が待っているに決まっている。

 

「……いや、大丈夫だって。ちょっとカルデアを見て回るだけだから」

「それが心配だ。拒否権は無い。オレも一緒に行く」

 

 駄目だ。良い言い訳は浮びそうにない。

 仕方無いので、娘と手を繋ぎつつ、式とリリィと一緒に食堂を出る。

 

「「あ」」

 

 が、食堂を出て直ぐに会いたくなかった女性サーヴァントに遭遇する。

 

「マスター、おはよう」

「お、おはよう……デオン」

 

 シュヴァリエ・デオン、性別不明のサーヴァント。

 

「……あれ? 式やリリィも一緒なんだ」

 

 声のトーンが明らかに低くなった。

 だが、どうやら娘はいないようだ。

 

(そりゃあ、流石に三股は無いだろ……うん。おいそこ! 清姫、マシュとジャックについては聞くな! 絶対に何かの間違いだ!)

 

 1つだけ薔薇色な想像が頭に浮かんだが、それを直ぐに振り払う。それ以上はイケない。

 

「ん? その小さい娘は?」

「オレとマスターの娘だけど?」

 

 デオンの質問に式がドヤ顔で即答した。

 

「……随分悪趣味な冗談だね?」

「じゃあマスター、こいつに説明してやれよ」

 

 なんて無茶振り!? しかしここまで来ると嘘は吐けない。

 

 俺はリリィを交えて、未来から来た娘がいる事と、可能性について説明した。

 

「――つまりだが、三股の可能性は無いからデオンの子供が現れないんだと思う」

 

「ふーん、なるほど」

 

 デオンが一応納得してくれた様だ。

 尚、この説明の間、式と娘は見せ付ける様に抱っこにおんぶをして、リリィと娘はその後ろで何か楽しそうに話をしている。

 

「それじゃあ――」

 

 口を開いたデオンは俺の腕に抱き着くと、耳元に囁いた。

 

「――ますたぁ、今日だけはいっぱい甘えさせてあげる」

 

 その言葉が脳に入ってきた瞬間、デオンの隣に娘が現れた。

 

「っなぁ!?」

 

 当然驚いた。なぜあんな一言だけで……

 

「マスター!?」

「おい、なんで急に……!?」

 

「予想通りだね。未来なんていくらでも変えられる。こうして起きそうなシチュエーションを思い起こさせる言葉を囁けば、新しい可能性が生まれるんだ」

 

「いや、そんな簡単に、そんな偶然が合ってたまるか!」

 

 俺がそう言うとデオンは人差し指で俺の口を指で抑える。

 

「偶然じゃないよ。

 式やリリィと暮らす毎日は、マスターを強制させ、マスターにひたすら依存を求める日々が続く」

 

 デオンは愛おしそうに娘の頭を撫でながら話を続ける。

 

「だから、僕は未来のマスターが欲しそうな言葉を囁いたんだ。甘えて良いよ、ってね」

 

 そこまで説明されると、なんとなく想像できてしまう。

 

 仕事に疲れ、帰ってくれば平日は式に振り回され、週末はリリィにひたすら抱き着かれ、そうなれば癒やしが欲しくなるだろう。

 

「……いやいやいや、無いナイナイ」

(おい、未来の俺ぇ!? どう見てもそれは見えてる地雷だろうが!? ヤンデレ三股とかアウト通り越して人生からの永久退場だよ!? 絶対次会った時にハイライトの消えた目で「……出来ちゃったね」とかお腹さすって言われるだろうが!?)

 

「ママ、今日はパパがいるんだね」

「やめてぇ!? 想像したくない未来がぁぁぁ!?」

 

 5歳位の金髪の娘が嬉しそうに笑っているが、俺にとってその言葉は心の奥に染み渡る程にキツイ言葉だ。

 

「パパ、今日は何で何処に行くの? 電車? 新幹線?」

(嫁にバレない様に遠出してるのが余裕でわかる!?)

 

「フフ、マスター……私、もう1人娘が欲しいな」

 

「おい、あんまり調子に乗らない方が身のためだぜ?」

「正直、二股も不潔ですし、此処でまとめて成敗させて頂きます」

 

 遂に各人が武器に手をかけた。娘が消えるが、どうやら全員が後でどうにかしようと考えている様だ。

 

 黒髪の娘の手を握ると、俺は駆け出した。

 

「……パパ、止めなくて良いの?」

「……未来のパパは止めてた?」

「んー、いっつも逃げてた!」

 

 笑ってそう言われてしまえば、俺も笑うしかない。

 

「じゃあ、逃げよっか」

「せんりゃくてきてったい、だね!」

 

 俺は争い始める3人と食堂でお菓子を作り始めたブーディカを置いて、安全な場所を目指して駆け出した。

 

「あ、マスター!? その娘は一体……」

 

「余所見とは随分余裕だな! マスター、後で見つけてやるからな」

 

「マスターは、絶対に渡しません!」

 

 冷や汗が止まらないまま、俺は後方で争う3人と食堂でお菓子を作っているブーディカから離れて行った。

 




更に積み重なる理不尽な免罪。
果たして、マスターは全てのサーヴァントに会う事が出来るのか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ家庭未来図 3

3回目だよ3回目! ヤンデレ・シャトーならもう終わってたよ!(なお、文章量は半分程度である)


「此処なら安全ですよ」

「(全然安心出来ないんですが……)ああ、ありがとう」

 

 あの3人から逃げていた所を俺はメドゥーサに捕まり、彼女の善意(独占欲)で部屋に入れられた。

 

 しかし、彼女の部屋という事は当然、姉2人もいるという事で……

 

「あら、マスターじゃない。メドゥーサ、姉に何も言わずにマスターを上がらさせるなんて、いけない妹ね?」

「そうね、ステンノ()。これはマスター共々お仕置きが必要ね?」

 

 面白いおもちゃが手に入った様な無邪気な顔で笑い始める2人。

 

「……安全?」

「だ、大丈夫です! 姉様達はああ言ってますが、マスターが来て喜んでますよ!」

 

「何を勝手に姉の気持ちを代弁しようとしているのかしら、この駄妹は?」

「お仕置きが更に増えたわね……あら? まだ来客がいたのかしら? マスター、その娘達は?」

 

 いつの間にか、俺の後ろで娘が3人に分裂していた。

 全員が紫色の美しい少女達だ。どうやら年齢に差がありそうだ。

 

「……説明します」

 

 速報、未来の俺、またしても三股。

 

 

「へぇ……それは、たいへん愉快な話ね」

「えぇ、私達3人と結婚するだなんて、最低を通り越して呆れる未来ね、駄マスター」

 

 分かっていた罵倒をされ、俺はなんの言い訳もせずに頭を下げる。

 

「返す言葉もございません」

 

「お母さん」

「お母さん!」

「お母さん!」

 

 ツインテールの娘達は一斉にメドゥーサに抱き着いた。

 

「わわ!? ……あの、マスター。この子達は姉様の娘も含まれているのでは?」

「俺もてっきりそうだと思ったんだけど……」

 

 今まで娘は1人に1人。そういうルールだと思ったのだが。

 

「簡単な話ね。私達は女神、メドゥーサは私達を守る怪物。なら、私達の代わりに娘を産むのは当然」

「ええ、そうねステンノ()

 

「えー……そこは、俺との結婚自体を否定するべきでは?」

「あら? マスターは私達と結婚したくないの?」

 

 愉快そうに尋ねてはいるが、おそらく答え次第では俺の首が飛ぶだろう。

 

(無いです)

 

 と即答したかった。何故勇者泣かせのゴルゴーン三姉妹全員と婚約しなければならないのか。

 

「お母さん! 遊ぼう!」

「お母さん、私と一緒に!」

「お母さん、お昼寝しよー」

 

「え、えっと、ちょっと……姉様達とじゃ、駄目ですか?」

 

「「「ダメ!」」」

 

「「――ッ」」

 

(うわー……今絶対怒ったよ)

 

「だって、ステンノ母さんとエウリュアレ母さん、オバさんみたいにすぐ疲れちゃうもん!」

「寝る時も怖い話しかしてくれないし……」

「私、お母さんとお父さんが2人だけの時が一番好き!!」

 

 おうおう、なんという地雷3連コンボ。ていうか未来のお姉様達は一体何をしているんだ?

 

「……め・どぅ・う・さ〜? ちょーっとこちらに来なさい?」

「娘の今後について、大事なお話があるの。今すぐ、いらっしゃい?」

 

 予想通りというべきか、目が全く笑っていないステンノとエウリュアレが笑いながら手招きしている

 

「……う、了解、しまし――」

 

「あ、ステンノ母さん! 今日はすごろくで遊ぼうよ!」

 

「肩叩きしてあげる!」

 

「エウリュアレ母さん、一緒にお昼寝しよー」

 

 なんと言う事でしょう。娘達が一斉に手の平返しを始めたではありませんか。

 自分で火を点けておいて直ぐに消化作業に切り替えるとは、娘達は一体どんな教育を……

 

 だが、そんなもので誤魔化されるほどお姉様達は甘くない。

 

「え、ちょ、ちょっと……!? あ、ちょうどいいわね……」

 

「え、あ、いきなり抱き着かないで……もう……」

 

(デレちゃった!? 妹にはメッチャ厳しいのに娘にチョロ過ぎるだろ!?)

 

「……意外と、未来では上手くやってるみたいですね」

 

 メドゥーサがホッとしているが、俺はちっとも喜べない。

 現実的に考えると、娘3人とステンノとエウリュアレの2人を養わなければならない。恐らくメドゥーサは働いてくれるだろうが、流石に負担が多くないか?

 あと社会的にも、三股クズだけでなくロリコンの称号まで手にするだろう。もう何度手に入れたか分からないけど。

 

(て言うかこの未来も受け入れるつもりはこれぽっちも無いんですよねー)

 

「うふふ……」

 

「嬉しいわ……可愛いわ……」

 

(誰だよ!? デレ過ぎだろ!?)

 

 笑ってやがる……あの姉妹が、純粋に……

 

「マスター……こんな未来が待っているなら、私に迷いはありません。きっとこの未来は、何も間違ってなどいない、素晴らしい未来です。愛しいマスターと共に歩ける未来なら、男性である貴方と結婚する事に喜びはあれど不満などありません」

 

「……え?」

 

 メドゥーサの目が本気だ。狂気を孕んだ愛情溢れる目だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ……さ、流石にいきなりは――」

 

 ガシャッと金属音が鳴った。気が付けば両腕を縛られ壁に貼り付けにている。

 

「え!? ちょっとま――うぐ」

 

 両足も鎖で縛られ、とても抜け出せる状況では無くなってしまった。

 

「大丈夫です……私も元は姉様と同じ女神になるべく生み出されたのです。初体験ではありますが……か、必ず満足させてみせます!」

 

 頬を赤くしながら、メドゥーサがこちらにやってくる。

 

(こ、こうなりゃ令呪で……)

 

「マスター?」

「逃げちゃだめよ?」

 

 いつの間にか近付いていたステンノとエウリュアレが同時に投げキッスをする。

 

(あ、これアカン奴だ)

 

 思考が侵食され――覚醒した。女神様万歳!

 

「はい、女神様方」

「マスター! 姉様ではなく、私を見て下さ――ひゃぅ!?」

 

 胸を掴まれ、驚いた声を上げる妹様。女神様の美しい貧乳との対比がまた素晴らしい。

 

「私達の魅力にケチをつけようだなんて、生意気ね、メドゥーサ(駄妹)

「マスター、お仕置きよ。激しくヤッてあげなさい」

 

「分かりました」

 

 と返事をしてみたが、両手が縛られているので、ズボンを下げる事が出来そうにない。

 

「メドゥーサ、解いてあげなさい」

 

「はぁ、はいぃ……」

 

 怒られて恐縮しているような妹様だが、何処か嬉しそうにも見える。

 

 そして鎖が解かれて、早速行為に移ろうとメドゥーサに近付き――

 

「――ステンノちゃーん、エウリュアレちゃーん! メドゥーサちゃーん! 遊びに来たよー!」

 

 勢い良くドアが開かれる。おかしいな、あのドアは自動じゃなかったっけ?

 

「あ」

「あ」

 

 侵入してきたアルテミスとその頭の上のぬいぐるみの様なクマ、オリオンがバツの悪そうな声を上げる。

 

「し、しつれーいしましたー」

「マスター、うらやましいなーおい」

 

「……」

 

 完全に雰囲気ぶち壊しである。魅了も覚めてしまった。

 だが、此方としては非常にありがたい。

 

「逃げる!」

「あ、逃すと思って――」

 

 他の3人が駆け出す俺を止めようと正気に戻ると、メドゥーサの鎖にあっさり捕まり、地面に転がる。

 

「お母さん! お父さんイジメちゃだめぇ!」

「だーめー!」

「ステンノ母さんもエウリュアレ母さんも!」

 

 だが、娘達がそれを止めようと三姉妹に抱き着く。

 

「え、あ……」

「ちょ、ちょっと……!?」

「きゃっ!?」

 

「お父さんに乱暴しちゃ駄目だよ! お母さんはお父さんが困ってたら助けてあげる優しいお母さんだもん!」

 

「ステンノ母さんも、お父さんを口でイジメても、ホントは優しいお母さんだよ!」

 

「エウリュアレ母さんはつんでれなのー! ツンツンしてても優しい人だって、みんな知ってるもん!」

 

 娘達の叫びに、ハッとなった3人は感動のあまり、娘を抱きしめ返した。

 

「ごめん、ごめんなさい……そうですね、お母さんは、マスターを助けないと……」

 

「お母さん、ちょっとやり過ぎちゃっただけだから……許して、ね?」

 

「娘……誰が私がツンデレだって教えたか教えてちょうだい?」

「お母さんと、お父さん!」

 

 

「マスターはクールに去るぜ……」

 

 ドサクサに紛れてなんとか部屋から脱出して逃げ切った。

 

「しかし、どうしたものか?」

 

 娘を女性サーヴァントに見せるのが今回の俺の悪夢なのだが、肝心の娘を置いてきてしまった。幸い、あの3人は娘に危害を加えたりしないだろう。

 

「もう時間切れを待ってた方が良さそうだな」

 

 と、そこで十字廊下に差し掛かった。

 

「あ、見つけました! マスター!」

 

「っげ!? もう来たのか!?」

 

 後方からメドゥーサが娘と一緒に走ってやって来た。その前からペガサスに乗ったステンノとエウリュアレも娘を抱えている。

 

「逃さないわよ? マ・ス・ター」

 

「ちょーっとお話しましょう? 誰がツンデレですって? ねぇ、メドゥーサ?」

 

「と、兎に角! 今すぐ捕まえます!」

「お父さーん! お馬さん凄い早いよー!」

 

 怖い。捕まったらアウトだ。全速力で前方に走って逃げよう。

 

「くっ……うげ!?」

 

 が、俺の足は止まる。

 

「あ、漸く見つけました! マスター!」

 

「リリィ、分かってるな? マスターは3人で共有だぞ?」

 

「マスター! ちゃんと2人と話し合って、一緒にマスターと結婚する事に決めたよ!」

 

 前方からはリリィ、式、デオンがやって来た。どうやら争いは止めたらしいが、余計厄介な事になっている。

 

「マスター、見つけました。逃げないで下さいまし」

 

「お母さん、みーつけた」

 

「先輩、大人しく捕まって下さい!」

 

 更に右から清姫、ジャック、マシュがやってくる。

 

「となれば……!」

 

 唯一誰も来ていない左に逃げるしかない。

 俺は足に力を込め、全力でカルデアの白い床を蹴って、左に走り、直ぐに曲がり角を曲がった。

 

(って――このままじゃ、絶対追いつかれるって! 捕まったらアウトだ! 全員孕ませた未来とか見えたら、殺されるか切腹しかねえ!)

 

 既に【瞬間強化】の効果が薄れ始めている。何処か適当な部屋に入ってやり過ごすべきか!?

 

「マスター、つっかまえーた!」

 

 が、唐突に伸びた腕が俺を掴み、部屋へと引きずり込んだ。

 

「んー!?」

 

「よーしよし、良い子でちゅからね〜」

 

 咄嗟に叫びそうになった俺の口を塞ぎながらあやそうとするのは女スパイ、マタ・ハリだ。背中で柔らかい双山の感触を感じる。

 

『マスター!? これはどういう事(かしら)(ですか)(なの)!?』

 

 ドアの外では殺気の集団が廊下を駆けて行くのが分かった。

 血の気が引いていく。

 

「……もう大丈夫ですよ、マスター」

 

 そしてマタ・ハリの柔らかい手と胸の感触から開放され、俺はその場に座り込んだ。

 

「助かったよ、マタ・ハリ」

「うふふ、マスター、今回は何があったのかしら?」

 

 

「どこに消えたのかしら、マスター?」

「全く……三股もしやがって……」

 

「三股どころか、それを3組もしていたようですね」

 

 マスターを追っていた3組のサーヴァントは殺意を渦巻かせながら頭を捻っていた。自分達のマスターが何処に消えたのかを話し合っていた。

 

「皆さん! これを!」

 

 メドゥーサは両手で女の子を持ち上げていた。女の子の髪は明るい茶髪、髪は赤いフリフリした可愛らしいリボンで纏めているポニーテールだ。

 

「……その小さな女の子は?」

 

「マスターと私の娘……だった筈なんですが……」

「「私達の、娘……」」

 

 メドゥーサの姉女神達は完全に参っている様だ。

 

「ですが、この娘の母親となるサーヴァントが先輩を匿っている筈です! あの、貴女のお母さんは?」

 

「……ママ、知らない人に情報を喋っちゃダメって言ってた。だから、教えない」

 

「私達はマスター――貴女のお父さんのサーヴァントです。今、貴女のお父さんを探しているんです。多分、貴女のお母さんが知っていると思うんですけど……」

 

「パパの知り合いだったら、ママのことも知ってる筈だもん! お姉ちゃん達、怪しい!」

 

「あ!」

 

 女の子はその場から離れ、逃げ出そうとする。

 

「おっと……頼むからお母さんの名前を教えてくれって」

 

 それを式が服の袖を掴む事で抑えた。

 

「いーやー! 放してぇー!!」

 

 

「娘、ですか?」

「ああ……大丈夫かな……もしかしたら、皆に尋問を受けてるかも……」

 

 しかし、いま外に出れて見つかればデッドエンド間違いなし。正直今は手詰まりだ。

 

「見てみたいですね、私とマスターの娘……うふふ」

「ちょ、ちょっと勘弁してくれよ……」

 

 マタ・ハリが誘うように、体を押し付けてくる。

 

「マタ・ハリは娘が出来たら、やっぱり、甘やかすの?」

「いえ、悪い人に騙されない様にしっかりと教育するつもりです」

「ああ、そういえばマタ・ハリは苦い経験あったね」

 

「防犯意識を高めて、悪い男の区別がつける様に……いえ、いっその事人畜無害のマスターと結婚させましょうか……?」

 

「おい、今の発言は不味いだろ。母親としても、妻としても」

 

 俺は思わず頭を抑えて溜め息を吐いた。

 

 

「あっ!?」

 

 女の子は暴れながら服を脱ぐ事で袖を掴んでいた式の拘束を抜け出して、走り出す。

 

「きゃ!? 煙玉!?」

 

 同時に防犯ブザーを鳴らして投げ、更に自分の後ろに向かって煙玉を投げつけて逃走した。

 

「ママ、何処にいるの?」

 

 逃げ出した女の子は壁伝いに歩きつつ、鼻を鳴らす。

 

「……ママの匂い!」

 

 意識しなければ感じる事の出来ない程薄い香水の匂いが壁から発せられ、それを女の子は辿り出す。

 

「……こっちからもっと強い匂いが……」

 

 これは女の子がマタ・ハリに教えてもらった、視界のない暗闇の中でも一度行った場所なら壁伝いに何処に母親がいるか分かる方法である。

 なお、この技術でマタ・ハリはマスターに夜這いをしようとしていた。

 

「……この部屋だね」

「む? 見かけぬ娘だな? マタ・ハリの部屋になんの用だ?」




今回で12人登場であと半分、くらいですね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ未来家庭図 4

最近、ライトノベル大賞に応募する為の作品を書き始めました。異世界召喚モノです。今の所ヤンデレのヤの字もありません。
書いていて二次小説がどんだけ書きやすいか改めてよく分かりました。5日経ったのに5000文字もいかないって……


 

 マタ・ハリの部屋の前で、女の子と1人のサーヴァントが話をしていた。

 

「此処がママの部屋なんでしょ?」

「なんと! あやつの娘なのか?」

 

「うん!」

 

(……嘘は吐いてなさそうだが、マタ・ハリの奴が嘘を教えた可能性もある。そもそも、アイツは今は英霊だ。子供など成せる筈が無い……だが、神秘は感じる……この娘は、宝具の類なのか?)

 

「まあ、此処で考えても仕方あるまい」

 

 扉に近づき、少し声を上げる。

 

「荊軻だ、入るぞ」

 

 

「あら、荊軻さん? なんの御用かしら?」

「あ、荊軻。こんばんわ」

 

 マタ・ハリと2人で話していた部屋の中に、荊軻がやって来た。

 

「む、主も一緒か。実は――」

「――ママ! パパ!」

 

 荊軻の後ろから茶髪の女の子が飛び出し、マタ・ハリに抱き着いた。

 

「あら? マスター、もしかして……」

「多分、先話した俺の娘だ」

 

「んな!?」

 

「ママ! 知らないお姉さん達が怖かったよー!」

 

 涙目で頭をマタ・ハリの胸に埋める娘。その頭をマタ・ハリは優しく撫でる。

 

「よく頑張ったわね。偉い偉い」

「うん!」

 

「あ、主……マタ・ハリと、子供を……?」

 

「パパ! ただいまのキスして!」

「いや、流石に……」

「マスター、してあげて下さい」

 

 娘が抱き着きキスを強請るが、俺は必死に断った。

 

「あ、主! う、嘘であろう? 嘘だと言ってくれ!」

 

 その間に放置していた荊軻が涙目で不安になってきたので、キスをしなかったせいか頬を膨らませる娘をマタ・ハリに預けて、荊軻に事情を説明した。

 

「――という訳で、あくまであの娘は俺とマタ・ハリが結婚した未来で産まれた娘であって、今はまだ本当の娘じゃないんだ」

 

「理解したぞ、主。なるほど、そういう事だったか」

 

「キリッとした顔でそう言うけど、涙目可愛かったよ」

 

「か、からかうな!」

 

 照れて赤くなる荊軻を笑っていると、後ろから俺の服の右袖を掴まれた。

 

「むー」

「むー」

 

 見れば親子仲良く怒り顔で頬を膨らませたマタ・ハリと娘が袖を引っ張っていた。

 

「妻の前で他の女と笑い合うなんて、イケない旦那様ね?」

「ママも私もほっといて他の女の人とずーっと話してるパパなんて、大嫌い!」

 

「っぐは!?」

 

 意外にも未だ結婚も確定もしていない筈の娘の『大嫌い』が、胸にナイフの如く突き刺さった。

 

「ご、ごめん……」

 

「むぅー!」

 

 手を合わせて頭を下げる俺の謝罪に、娘は頬を膨らませたままそっぽを向き、俺が視線を動かしてマタ・ハリを見るとニコニコ笑っている。

 

「だーめ♪」

 

「勘弁してくれぇ〜」

 

 だが、内心安心している。どうやら荊軻とは結婚していない様だ。それなりに近づきそれなりに喋ったのに娘が現れないから、娘がいる可能性はほぼ無いのだろう。

 

「じゃあ、パパが私にキスしたら許してあげる!」

 

 そう言って娘は唇をこちらに向けてくる。

 

(おい、未来のマタ・ハリ!)

 

 先まで話していた家庭図が見事に実行されているらしい。いや、絶対しないけどね? 娘と結婚なんて。

 

「ん」

 

 俺は娘の唇に指を当て、同時に頬にキスをした。

 

「……むぅー! パパ! 唇にしてよー!」

 

「キスはしたから。ほら、約束通り許して、ね?」

「いーや!」

 

 娘はまた怒ってそっぽを向いた。

 

「パ・パ? 私にもキスして? もちろん、唇に、深いのを、ねぇ?」

「いや、その悪ノリはやめてくれるかな? わりと本気で」

 

 マタ・ハリのキスを断るが、娘はまだ騒いでいる。

 

「パパ! 私とキスしてよ! ママとは毎日10回以上もしてるのに!」

 

「えっ」

 

 引いた。娘の発言に本当にドン引きした。

 そんな俺とは対照的に、マタ・ハリは頬を両手で抑えながら微笑んでいる。

 

「夜なんか、凄い音立てて凄い激しく……」

「娘の性教育に悪影響がぁぁぁ!」

 

 未来の俺がまるで想像できない。どんだけ娘に夜の営みを見せてんだよ。もっと隠せよ。

 

「ママは、12歳になったらやり方を教えてあげるって言ってたけど……」

「そうね、それくらいがいいわよねぇ」

 

「良くないよ! っは!?」

 

 俺は大分放置していた後ろの荊軻が何かしてこないか不安になり、後ろをチラッと見た。

 

「……いいな」

 

 寂しげな顔で、荊軻はそう呟いた。

 

 

「母上!」

「嘘だと言ってくれぇぇぇ!」

 

 パッと現れた女の子は、荊軻同様の黒髪に白い衣に身を包んでいた。そして、荊軻を母親と呼んでいる。

 

「は、母上!? 私がか!?」

「母上は母上です! 他の誰でもありません! あ、父上!」

 

 まさかの二股ルート解禁。正直今までで一番精神的ダメージがでかい。

 

「マスター!?」

「パパ!?」

 

 そんな俺を問い詰めようと娘と一緒に近付くマタ・ハリ。

 

「浮気、ですって? 私とこの娘を裏切るんですか?」

「パパの嘘つき……愛してるのは、ママと私だけだって言ってたの……」

 

 ハイライトの消えた目と溢れる涙に、背負うにはまだ早い筈の罪悪感が重くのしかかる。

 

「父上! 今日は一緒に過ごす日なんですか!? 私、父上のお帰りを楽しみにしていました!」

「娘……! 私と、主の……娘」

 

(何故二股した、未来の俺!! 幸せな家庭があっという間に崩壊一直線だよ!?) 

 

「許しません! 私はともかく娘を裏切ろうだなんて!!」

「パパのバカー!!」

 

 マタ・ハリの殺意が高まっている。魔力を右手に、何処からか手錠を取り出して左手を俺に向けて構える。

 

「は、母上! 父上がピンチです!」

「ああ、分かっているさ、娘よ! 今すぐ母上が助けてみせよう」

 

 逆に荊軻は母親になって完全に舞い上がっている。ナイフを構えてはいるが、いつもの冷静さは無く、何処かウキウキしている。

 

「……ど、どうすれば……」

 

 正直に言えば、此処まで来ると簡単(?)なのは令呪か逃げるの2択のみ。

 だが、令呪はあと1画だけ。まだ何人かサーヴァントがいるので、出来れば使いたくない。

 もし此処で逃げればヤンデレ捜索隊に本物のアサシンが加わる事になってしまう。逃げても直ぐに見つかってアウトだ。

 

「ま、マタ・ハリ! 落ち着いてくれ!」

「マスター? 当事者ではない貴方は黙っていて下さい。この女を殺せば貴方も私達を裏切る真似はしないでしょう?」

 

「だけど、戦いを始めればその娘は消えるぞ!?」

 

「勝てば戻ってくるでしょう?」

「そうとは限らない! だから、今すぐやめてくれ!」

 

「……うぅ……ままぁ……」

 

「……この娘を泣かせた、それ相応の罰をマスターが受けるのであれば、引き下がりましょう」

 

 良くは無いが、これで収まるならば……

 

「主、それを受ける必要は――」

「――何をすればいい?」

 

「簡単です。荊軻さんとの未来を消して下さい。本当に私達を愛しているなら、出来るでしょう?」

 

 笑っていない目で愉快そうにこちらを見るマタ・ハリ。

 

「あ、ある、じ……?」

 

 俺は頭を下げて、考える。

 マタ・ハリとの幸せな家庭を壊した原因は、間違いなく荊軻の呟きに同情してしまった事だ。なら、俺が固くその気持ちを否定すればいい筈だ。

 

「どうしました? やりませんか? なら――」

「よし、分かった」

 

「主!?」

 

 俺はマタ・ハリの娘の手を取る。

 

 そして、荊軻の前を通り過ぎてくるっと回ってから荊軻へ顔を合わせる。

 

「じゃあ、どうぞ戦って下さい」

 

 部屋のドアを出て俺は逃げ出した。娘も元の黒髪に戻った。

 

 

 後ろから何か大声で呼ばれた気がしたが知った事では無い。

 

「パパ、ママは何処なの?」

「……そう言えば、君のママは誰なんだ?」

 

 俺がそう尋ねると、娘は困った顔をする。

 

「えっと……ママがね。若いパパには教えないでって言ってた」

 

「むぅ……随分意地悪なママだ」

 

 しばらくして、俺は非常階段に入った。

 

「……ふぅ……参ったな。何処に行っても三股だの二股だの……」

 

「パパ、ママ以外の女の人と結婚しちゃ駄目だよ?」

「ああ、そうだよな。パパはそんな事をする気は無いよ」

 

 女の子の顔を再び見た。何回見ても今まで見てきたサーヴァントとは似ている所が無い。精々髪の色だけ。

 

「一体誰との子供なんだろ?」

 

「……うぁー」

 

「本当に教えてくれない?」

「うー……」

 

「うぉ!?」

 

 驚いた。いつの間にか2人のフランに囲まれていた。

 

「あ、フランの娘はフランって事ね。なんかマテリアルにもそれっぽいこと書いてあったし」

 

「うー」

「まーまぁ……」

 

 顔を合わせ、唸り声で会話する2人。どうやら、喧嘩はしないようだ。 

 顔も服すら全く一緒だ。正直、どれが娘かはまるで分からない

 

「そもそも、なんで非常階段に?」

「うー……あー」

 

「なるほど……此処が静かだからか」

 

「あ……こ、づく、り……」

「うん、ごめん。此処で子作りは出来ればやめて欲しい」

 

「あー……うー、あー」

 

 娘(?)が俺に子作りしないかと問い掛けてくる。

 

「しないよ?」

「じゃぁ……3、ぴー……」

 

「どっちも嫌だよ!?」

 

 フランも娘もホムンクルスなので、親だろうが構わず交わろうとしている。

 

「する……ここ、で……」

 

 だが娘は反抗期な様で、俺を掴んで服に手を伸ばす。

 

「え、いや……ちょっと待ってくれ!?」

「うー、ままぁ……ちゃん……すぅ」

「何が!? ま、マジで放してくれぇ! お父さん、怒っちゃうぞぉ!?」

 

「きもち、よく……して、あげる……」

 

「誰かぁ!? ヘルプミー!!」

 

 しかし、誰も来ない。

 

「うー……あー」

 

「なんで非常階段が防音なんだよ!? ちょっと!? カルデア設計者出てこい! 欠落だよ! とんでもない欠陥施設だぞ此処!?」

 

 このまま近親強姦にもつれ込むのはまじで駄目だ!

 

「フラン! 自分の娘を止めろ!」

 

 俺の叫びに令呪が輝き、フランはぎこちない動きで娘に向かっていた。

 

 娘も突然の母親の妨害に掴んでいた俺を放して、応戦し始める。

 

「よし! 今がチャン――」

 

 俺がガッツポーズを取ると同時に、重たい何かが地面を引っ掻く音が鳴り響いた。

 非常階段のドアが、開いたのだ。

 

 

「「「「ま」」」」

「「「す」」」

「「「「た」」」」

「お母さん!」

 

「……」

 

『……』

 

 沈黙。どうも気不味い。何かあちらに手違いがあった様だ。

 

「……(最後多分「ぁ」だったんだろうな)」

 

『……(最後「ぁ」って言っておいたんだけど)』

 

「お母さん!(お母さん!)」

 

 

「……テイク2! 次回に続く!」

 

「必要ないです! 先輩! もう逃しませんからね!」

 

 俺の気遣い等必要ないとマシュが強引に迫る。

 

「マスター、浮気は許しません。ましてや、三股や二股を4度も……」

 

「いや、逆に聞くけど! 俺にそんな度胸があると思う!?」

 

「……無いですね。そして、無理矢理迫られて断る度胸もありません」

 

「っく……だが、どうしろと言うんだ! サーヴァント相手じゃ抵抗なんか出来もしないぞ!?」

 

「先輩。なら此処で決めて下さい。誰と、結婚して、子供を、作るんですか?」

「誰と結婚すれば、浮気も愛人も作らないんですか?」

 

「……」

 

 そう問われて、考える。

 思えば、ヤンデレに追われるばかりで、誰がいいかなんて考えた事も無かったな。

 

 ゴルゴン三姉妹はアウト。姉妹丼三股確定だからだ。後あの姉2人の相手は嫌だ。

 ジャックも駄目。ロリコン確定しちまう。

 マシュは安定してる。メインヒロインだし。

 

 清姫はアウトだが、選ばなければそれはそれでアウトと言うのが面倒臭い。コレが選択を難しくしてる気がする。

 デオンはマシュより少し下。不満は無いが、あの両性体質が若干の不安要素。

 式は駄目だ。あの性格だし、なんかどっかから旦那がいるよーって聞こえてくるし。

 

 リリィもアウト。事あるごとにブリテン救済って言ってたし。あとエンゲル率的な意味で養えない。微妙にロリだし。

 荊軻は……デオンと同格だ。俺は個人的に酒嫌いだし。

 マタ・ハリ……うん、良いかもしれない。娘の教育以外は本当に文句無いな。俺が巨乳派だし。

 

 所で、なんで殺気が高まっているんでしょうか皆さん?

 

「ま、マスター! ようやく会えました!」

 

 そんな俺に皆の後ろから声をかけたのは、メディアだ。

 

「メディア!?」

 

「ま・す・た・ぁ? 面倒臭い女ですいませんね?」

「エンゲル率……ロリ……」

「お母さんは、ろりこんだよ!!」

 

「酒……嫌い……そんな、理由で……」

「大丈夫だよ、マスター。僕が開発してあげる。全て、ね?」

 

「どの姉が」

「嫌ですって?」

 

 殺意が止めどなく溢れている。怯える俺にメディアが説明した。

 

「マスターの心の声を、私の魔術で皆に伝えました。所で……マスターにとって私は?」

 

 論外デスネ。

 どうしようこれ。逃げる方法がまるで浮かばないんだが……

 非常階段で別の階に行きたかったのだが、何故かシャッターが降りていて出入り口の扉も開かない。

 

 そもそも、まだ娘を見せていないサーヴァントって誰だ?

 

「じゃあ皆さん、私がマスターを貰っちゃいます♪ マスター、今日は一杯癒やしてあげる♪」

 

 マタ・ハリは嬉しそうに俺に近づき、俺の手を取った。

 

「……マスター……考えを改める気はありませんか?」

 

 無理だな。だって、誰に変えた所で不満の声は止まらないだろうし。

 

「そうですか……良いですよ。マタ・ハリさんと一緒に行って貰って構いませんよ」

 

「え、本気で!?」

 

「はい♪ 私と子供さえ産んで下されば♪」

「え」

 

「ママ! ……このお兄さん、誰ですか?」

 

 何処からかマシュ似の娘が現れ、マシュに抱き着いた。

 

「……正直、腹立たしくて発狂しそうですが、私とも子供を成しましょうか、マスター」

 

「お母様……誰ですかこの人?」

 

 清姫と手を繋ぐ娘。

 

 おかしい。狂い始めた現状を、マタ・ハリが説明しだした。

 

「マスター……皆との約束でね。皆、マスターと結婚出来なくても、マスターとの子供が欲しくなっちゃったから、選ばれなかった皆に子供を産ませてあげるって約束なの」

 

「誰が選ばれても、皆が嫉妬に駆られて殺し合うんじゃ意味がないでしょう? だから、これが皆の妥協案」

 

 その後も、止まる事なく娘が現れた。

 

 

 

「私とも、お願いします……」

「オレとも」

「私も」

「「私達の分も」」

「私にも」

「お母さん、僕もー!」

 

「お母さん!」

「かーさん」

「メドゥーサ母さん!」

「ステンノ母さん」

「エウリュアレ母さん」

「母上!」

「お母さん!」

 

 そして、生まれてくるであろう娘達は――

 

『このお兄さん、誰?』

 

 ――生みの親()の顔を知らない。

 

 

 

「うあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

(狂ってる狂ってる狂ってる!! 

 

 なんだよあれ!?

 

 あんな未来があるって!?

 あんな関係があるって!?

 

 おかしいおかしいおかしい!!

 

 あんな事があって良い筈が無い!!

 あんな未来が起こって良い筈が無い!!

 冗談なんだろ!? 冗談なんだよな!?

 終われよ悪夢!? 夢見が悪すぎるんだよ! 覚めてくれよ!! 覚めろよ!!)

 

 否定して否定して否定して否定する。

 

 未来から逃れる為に俺は何も考えないで走り続けた。あの場から逃げ出した。

 

 なのに不安は止まない。無様な俺を嘲笑う様に体を震えさせる。

 

 怖い。走り続けても、未来は刻一刻と迫ってくる。

 

 未来が、迫って――

 

「きゃっ!?」

 

 曲がり角で何かにぶつかった俺は、次にやってきた脳を揺らす様な振動に、意識が遠のいていった。

 




最近、書いてる時に「果たしてこれはヤンデレなのか」と自問自答する事が多くなりました。
別に読者様が楽しめるギャグ風味のラブコメが書けてれば何でも良いかなって楽観的に書いてるんですが、メンヘラになってるんじゃないかと心配で夜しか眠れません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ家庭未来図 終

「ん……」

 

 目が覚めた。しかし、感覚的に現実の我が家のベッドでは無さそうだ。

 何処に運ばれたらしい。誰かにぶつかって転んだ拍子に床に頭を打ったのが気絶の原因だろう。

 起き上がって辺りを見渡すと、カルデアの一室だと言う事は分かったが、マイルームでは無いようだ。

 周りにはワインのボトルや宝箱がそこらかしこに置かれている。

 

「海賊……? アンと、メアリーか……?」

「ご明察です、マスター」

 

 俺の呟きに返答したのは、金髪に赤い衣装を身に纏った長身の女性、かの有名な女海賊のサーヴァント、アン・ボニー。

 

「……っ!」

 

 姿を見たせいか警戒心が覚醒し、俺は思わず身構える。 

 

「マスター、無事?」

 

 アンの後ろからメアリーが顔を出す。

 

「っひぃ!?」

 

 思わず情けない声が漏れてしまった。

 

「マスター? 大丈夫?」

「何かあったんですか?」

 

「く、来るな!」

 

 ベッドの上で後退るが壁はすぐ後方に存在し、俺の退路は塞がっている。

 

「マスター?」

「来るなっ!」

 

 声を張り上げる。脳裏には居もしない娘が彼女達と手を繋いでいるイメージが映っている。

 

「……その命令には従いかねないね」

「ええ。私達に命令するには恐怖が勝り過ぎていますもの」

 

「は、放せ!」

 

 震えたまま暴れる俺を、アンが両腕を掴みメアリーが足を抑えて止める。

 

「それに僕達は海賊だからね」

「欲しい物は、力づくで頂きます」

 

「んっぐ!?」

 

 抑えられた俺の頭はアンの胸へと押しこまれた。

 

「はなっん、やめっ!?」

「ふふ……」

 

 笑いながらアンは俺を抑える力を少しずつ強める。

 

 少し落ち着いて抵抗は無駄だと理解した俺は、次第に暴れるのをやめる。アンもそれに従い力を緩める。

 

「落ち着くでしょ、アンの胸。僕も生前はやってもらったから良く分かるよ」

「ふふ、暴れるマスターも可愛かったです

よ?」

 

 いま顔を出すのも恥ずかしいがずっとこのままなのも恥ずかしいので、俺は緩くなった拘束から抜け出して顔を上げた。

 

「ありがと、落ち着いたよ」

 

「どういたしまして。それでマスター、一体何があったんですか?」

「随分取り乱してたみたいだけど?」

 

 落ち着かせては貰ったが流石にこの質問に答えるべきか悩む。まともに見えても彼女達もヤンデレになっている筈だ。

 俺の懸念を肯定するかの様に、アンの頬は発情したかの様に真っ赤だ。

 だが、もう娘を見せる相手も少ない。あと残っているのは彼女達と牛若丸だけだ。

 何より、答えずに不快感を与えれば捕まるかバラされる。

 

「実は……」

 

 

「マスターとの娘が……」

「はぁ……見てみたいですわね」

 

「で、俺は皆から逃げて多分アンにぶつかって気を失ったんだ」

 

「そんな事があったんだね」

「全く……私達なら娘もマスターも力づくで奪いますのに」

 

 メアリーもアンも娘に興味津々の様子だ。

 

「マスターはマタ・ハリと結婚したいの?」

「……」

 

 流石にあの光景を見た後に直ぐに頷く事は出来ない。

 

「……好きじゃない相手と結婚しても、意味がないでしょう? マスターは貴族でも王族でも無いんですから」

「マスターはあくまであの中から選ぶならマタ・ハリだって言ったんでしょ? 別にサーヴァントから選ぶ理由はないじゃん」

 

「でも、俺の娘は俺と英霊との間にって……」

 

「娘が姿を変えるほど曖昧な未来なのに、その一点だけは信じるの?」 

「っ! それは……」

 

 そういえばそうだ。ダヴィンチちゃんが言っていた事を丸呑みにしていたが、そもそもあれを確定した未来の事実だと信じて良かったのだろうか?

 カルデアには沢山のサーヴァントがいるからサーヴァントと結婚した可能性が高まっていただけじゃないのか? 

 それにもしかしたら……

 ……いや、それは無いか。

 

「ほら、マスター。ちゃんと今を生きなきゃ。じゃないと、勝手に娘が増えちゃうよ?」

 

 アンが笑ってそう言った。

 

「花より団子、結婚より冒険です!」

 

 メアリーが俺を引っ張り、起き上がらせた。

 

「あ、でも火遊びは駄目ですよ? メアリー以外との浮気は許しません!」

「アン、マスターと浮気するのは君。僕は正妻」

 

「どっちもお断りだ」

 

 2人のくだらない言い争いに、釣られて笑ってしまった。

 

「それじゃあ、後は牛若丸を見つけて皆の所に行くだけだな」

 

「マスター……折角ですから部屋を出る前に1度肌を重ね合いませんか?」

「それは本気で娘が増えるからやめて欲しい」

 

 俺は逃げる様に2人より先に部屋を出た。

 

 

「……娘が消えました」

「マスター……また誰かに会ったな」

 

「マスター、あぁ……マスター……」

「娘は、何処? お母さん?」

 

 メアリーとアンの言葉に立ち直った影響で、非常階段にいたサーヴァント達の娘は消滅した。

 

 彼女達が唖然としていた間に、1人残った娘も非常階段を出て何処かに行ってしまった。

 

「仕方ありません。マスターを拘束してすぐに子作りを行いましょう」

「それは手っ取り早いな」

「待ちなさい! 選ばれた私が先よ!」

 

「皆さん、お揃いでどうしたんですか?」

 

 扉の開いていた非常階段から声が聞こえてきた牛若丸がひょこっと顔を出した。

 

「……牛若丸さん」

「ちょっとな。未来からマスターの娘がやってきな」

 

「主殿の娘! さぞかし私に似て聡明な娘なんでしょう!」

 

「それがそうともいかないですよ」

 

 マシュが事情を説明すると、牛若丸は表情を変え鼻を鳴らし始めた。

 

「……クンクン、あっちですね?」

 

 牛若丸は自分の嗅覚に従い、マスターの居場所を探り出す。

 

「本当に分かるんですか?」

「牛若は天才ですから」

 

 そのまま鼻を頼りにマスターを探り始めた。

 

 

「パパぁ!」

 

 メアリー達より先に部屋を出た俺にマスター衣装を着た黒髪の娘が抱きついて来た。

 

「おー、よしよし。大丈夫か?」

「ひっく、っぐす……お姉ちゃん達が沢山いて怖かった……」

「皆の事、知らないっけ?」

「知ってるよ……何時もお母さんと喧嘩してた……」

 

 喧嘩なんかしてたのか。正妻戦争は未来でも行われてるって事か。嫌だなそれ。て言うか生きてるのか俺の嫁。

 

「マスター、待ってくだ――」

「アン、早く出――」

 

 2人が出て来た。そして、娘が2人現れた。1人は金髪で赤い衣装に眼帯をつけており、もう1人は銀髪に黒いローブ、首元には青いスカーフが付いている。

 

「母さん……」

「ママ!」

 

 大人しそうな金髪の娘はアンの手を取り、銀髪の娘は元気そうにメアリーに抱き着いた。

 

「か、可愛い!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて……もう……」

 

 アンは照れくさそうにしている娘に抱きつき、メアリーは戸惑ってはいるが嬉しそうに娘の頭を撫でる。

 

「はぁ〜……皆さんの気持ちがよく分かります。こんな可愛い娘なら、本当に欲しくなっちゃいます」

「母さん……くっつき過ぎ」

 

「ママ! おんぶ!」

「ちょ、ちょっと! 危なっかしいな……」

 

 なんとも見事に正反対な親子になったものだ。

 

「父さんにくっついてよ」

「おんぶはパパに頼みなさい」

 

「マスター!」

「パパぁ!」

 

「えぇい! アンはダメ! 娘はバッチコイ!」

 

 アンを避けて娘を受け止める。しかし、10歳は中々重い。瞬間強化を発動させて持ち上げておんぶした。

 

「ははっは! パパ!」

「おいおい、そんなに暴れないで……」

 

「むぅ……マスター! 私も一緒に」

「アンおばちゃんはダメ!」

 

「お、おば……ちゃん!?」

 

 メアリーの娘の発言にアンが目を見開き俺とメアリーを見るが、俺は苦笑いをしメアリーは知らん顔した。

 

「ほら?落ち込んでないでサッサと行くぞ」

 

 娘をおんぶしたまま部屋の前から移動しようとした俺の足は、逆方向から感じた小さな力に止められた。

 

「と、父さん……私もおんぶ、して下さい」

 

 ……うちの娘が可愛すぎるんですが。上目遣いに頬まで染めて天使かこの娘。本当にアンの娘なの?

 

「だめぇ! パパは私をおんぶしてるの!」

 

 対してメアリーの娘は親に似ず元気一杯だ。肩を掴んでいる腕の力が増してギューっと俺に張り付いている。

 

「全く……全然前進しないよ、このままじゃ」

「あ、ママ!? ひゃぁ!? く、くすぐったい!?」

 

 メアリーがため息を吐きつつ、俺の背中にしがみついている娘をくすぐり、力が緩んだ所を剥がした。

 

「ほら、おんぶしてあげる」

「わぁ! 父さん、大好き!」

 

 おんぶすると嬉しそうにギュッと捕まるアンの娘。

 

「今度こそ行くよ」

 

 まだ少し落ち込んだ様子のアンがトボトボと俺とメアリーの後ろを歩く。

 

「見つけましたよ! 主殿!」

 

 が、歩き始めて早々に目的の人物に遭遇した。

 

「ほら、ノロノロしてるからあっちから来ちゃったじゃ――ッハ!」

 

 今の牛若丸の発言に、嫌な推理が俺の脳にアクセスしてきた。

 あの事情を知っていそうな台詞……まさか――

 

「主殿!? 背中の娘はまさか……!? 牛若と言う者がありながら、他の女と子供を成したのですか!?」

 

「事情、知ってる、だよな?」

 

「勿論です! ですが、実際この目で見ると牛若、図々しくも独占欲で抑えられない怒りが込み上げてきます!」

 

「悪いですが、見ての通りマスターには美人な嫁枠も可愛い系愛人枠も空いておりません」

「埋めた覚えはない」

 

「さぁ! 諦めて帰って下さい!」

「そう言う訳には参りません! マスターと契を結ぶのも、娘を成すのもこの私です!」

 

 牛若丸はそう吠えると日本刀を構える。

 

「それに、もう結婚指輪も完成しています! ぜひマスターの指に!」

 

 そう言って牛若丸はやけに大きく丈夫そうなチェーンで繋がった2つのリングを見せる。

 

「手錠!? いや、指錠!?」

「いつでも、2人でラブラブ! です!」

 

「なら、それは頂きです! マスター、ぜひ私とあれを身に着けましょう!」

「早い者勝ちだよ、アン。僕が奪ったら僕と一緒に……」

 

 アンとメアリーが戦闘態勢に入ったせいか、娘は消え、元の姿の1人になる。

 

「何で使いたがってんのあんなもん!? 絶対不便だし! ストレス溜まって離婚早まるし! て言うか絶対黒歴史だからなそんな物! ――ッ!?」

 

 とそんなツッコミをしていると、後方から物音が聞こえ、振り向いた。

 

「ますたぁ? まぁた浮気でしょうか? ママ、プンプンですよぉ?」

 

 マタ・ハリがいた。30cm先に。

 

「おわっ!?」

 

 驚き、倒れ込んだ。

 

「マスター? 私達3姉妹を裏切って」

「無事でいられると思わないでね?」

 

「っくぅあ!?」

 

 両手を縛られ天井に吊るされる。メドゥーサの鎖だ。

 

「マスター!?」

 

 今度こそ万事休すだ。令呪もなければ退路も無い。

 

「は、放せ!」

 

「マスター……ママは、優しいですから。マスターを許してあげますよ?」

 

 そう言ってはいるが、マタ・ハリに触られた先から血の気がサーッと引いていく。

 

「まずは娘を作って」

「毎日、私と起きて」

「毎日キスをして」

「毎日一緒に食事をして」

「毎日私に溺れて」

「何時でも一緒にいるの」

 

「毎日2人で一緒に過ごして、娘が生まれてたら3人一緒に永遠に暮らすの」

 

「それが幸せな、私達の家庭……」

 

 マタ・ハリは目を瞑り、吊るされた俺の唇に迫る。

 

「……っふん!」

「痛っ!?」

 

 腕も足も動かせないので、俺はマタ・ハリの顔に頭突きをかましてやった。

 

「お断りだ! 残念だけど結婚相手はまだ検討中だ!」

 

「〜〜っ! マスター!」

 

 マタ・ハリの動かした腕が俺の体に触れる前に、俺の意識は消えていった。

 

 

 

「っほ……」

 

 安心した。どうやらちゃんと朝を迎えられたらしい。

 

「全く、娘とか結婚とか……最近こんなのばっかりだな」

 

 ため息を吐きつつ、ベッドを出ていつも通りの1日を迎える。

 

「んー! 今日は週末かぁ〜」

 

「先輩! デートしましょうよ!」

 

 窓の外から大きな声でエナミが叫んだ。

 

「……近所に聞こえて恥ずかしいし、彼女じゃねえんだけどな……」

 

「先輩! まだ寝てるんですか?」

 

 俺は騒がしいエナミを黙らせるため、携帯のメール画面を開くのだった。

 

 

 

 その日の夜……俺はまたダヴィンチちゃんに呼び出され、黒髪でマスター衣装を着た10歳くらいの男の子に、服の裾を引っ張られていた。

 

「――で、この男の子は君の息子で間違いないよ」

 

「パパ! 遊戯王しようよ!」

 

「勘弁してくれ〜!!」

 

 




これにてヤンデレ未来家庭図完結! 牛若丸とメディア、ブーディカの娘が見たかった人には申し訳無いですが、展開の都合上登場しませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続・ヤンデレ・シャトーを攻略せよ/EXTRA
二次小説内で三次小説を書くみたいなヤンデレ・シャトー


タイトルが全て。
原点回帰を目指しました。なお、原点のほうが文章量が多い。


「お、今回はもうヤンデレ・シャトーが更新されたか。寝る前に読めるとはツイてるな」

 

 俺はしがない学生。趣味はゲーム、漫画、ラノベ、ネット小説。

 最近はFateシリーズの二次小説を良く読む。

 今読んでいるこのヤンデレ・シャトーはFate二次の中でもギャグが強く、難しい設定文が無いので読みやすい。

 

 まあ、作者がにわかを自負してる所もあるので難しい設定を練れないだけかもしれないけど。

 今回は5000文字前後、あっという間に読み終わってしまった。

 

「毎回良く逃げるな主人公。捕まっても良い思いをしてから危なくなったら逃げられるんだから、本当に羨ましい」

 

 ヤンデレに悪夢の中で追いかけられるのは一部の業界ではご褒美らしい。俺も、美少女に追いかけられるならいいじゃね? とか思ったりする。

 

「俺もヤンデレ・シャトーが夢で見れりゃいいんだけどなー。確か、第一話で主人公はFGOの最中に充電器刺したまま、携帯を持って……寝る」

 

 自分でも苦笑いを浮かべ、内心呆れながらも真似をして見た。

 

「明日も早いし、もぉう寝ちまおう……」

 

 面倒くさくなった俺は枕元に携帯を置いて眠りについた。

 

 

「先輩? 気が付きましたか?」

 

 マシュ? アレ? 何処だ此処は? 何でマシュがいるんだ?

 

「夢の中ですよ、先輩」

 

「はぁ!?」

 

 思わず飛び起きた。辺りは数ヶ月前にスマホの画面で見た監獄塔の牢屋の風景があった。

 

「ようこそ、ヤンデレ・シャトーへ」

「嘘、だろ……あ、夢だったな、そういえば」

 

 否定しようとしたが、そもそもあの話でもヤンデレ・シャトーは夢の中の話だった筈だ。

 

「本物かどうかなんて疑うだけ無駄だな。あ、服装が……髪型もマスターになってる!」

 

「先輩はどうやら事情を知っている様ですね。では、補足だけさせて頂きます。

 今回現れるサーヴァントの数は4騎で、クラスなどの縛りはありません。マスターの所持サーヴァントの中の4騎です。

 そして、ペナルティがあります。もしサーヴァントが殺された場合、霊基降臨が1段階下がります」

 

 ここらへんは最初の頃のヤンデレ・シャトーと同じか。だけど、クラス縛りは無いのか。俺は課金プレイヤーなのでサーヴァントが多いので予想が難しい。

 ぐだ子設定じゃなくて助かった。

 

「知っての通り、サーヴァントは全員ヤンデレです。先輩が殺されると時間終了まで死んだまま感覚が残ってしまいます。ご注意を」

「なあ、サーヴァントも俺も全員が生き残ったらEXTRAとかあんの?」

「ええ、勿論です!」

 

 そう言って微笑むマシュに、俺のテンションはダダ上がりだった。

 

(しゃあ! 断然やる気出て来た! 生き残ってみせる!)

 

「では頑張って下さいね、先輩」

 

 

 そこそこ長いトンネルを通るくらいの時間が過ぎた後、俺は牢屋では無く廊下に放り出されていた。

 

「此処がヤンデレ・シャトーか……さて最初に接触するのは誰だー?」

 

 若干わくわくしながら廊下を歩く。

 

(確かこの廊下は無限ループの廊下で、広場に出た後に階段を登るとスタート地点に戻る仕様だった筈だ。

 そして廊下にはサーヴァントの数だけ部屋があるんだっけ……)

 

 小説の内容を思い出しながら廊下のあちこちを注意深く見る。本当に1本道の様だ。

 

「っと、2つ目の扉はっーけん。って……開いてる!?」

 

 もしや既にサーヴァントが部屋を出たとのかと身構える。

 

「……ま、マスター、でしょうか?」

 

 すると扉の先から弱々しい声が聞こえてきた。

 この声は間違いない。手に入れてから散々マイルームで突っつきまくったから確信できる。

 

「沖田……!?」

 

 桜セイバーと呼ばれる侍のサーヴァント、新選組の沖田総司だ。

 

「す、すいません……ゴッホ! ご心配、なさらず……すぐに良くなりますから……」

 

 見れば口から吐血している。彼女は病弱のスキル持ちで、症状がひどい時には吐血する。何時もはギャグで済ましているが、実際目の前で起こるとギャグでは済まない。

 

「何言ってる! 待ってろ!」

 

 いてもたってもいられず、急いで沖田の部屋に入って彼女の肩を――

 

「あっは! つーかまえった!」

 

「っ!?」

 

 だが俺にニッコリと笑った沖田は突然、手錠を俺の腕に掛けてそのままの勢いで俺を押し倒した。

 

「この臭い……ケチャップ!?」

 

 俺の顔の左右には沖田の両腕が置かれ、沖田の顔が真上にあるのでお互いの視線が合わさる。

 

「んっぐ……ちょーっと水で薄めて口から溢せば、マスターなら迷い無く近寄ってくれると思いましたよ。因みに料理用の色素を使って濃い目の赤にしました」

 

 嬉しそうにタネ明かしをする沖田。彼女は両腕を俺の頬にそっと置くと、顔を近づけて来た。

 正直、期待しかしてない。

 

「ん……」

「……ん」 

 

 優しく唇を重ねて、目を閉じる沖田の顔をじっと見る。彼女の顔がドンドン火照っていくが、俺の顔もきっと初めてのキスにリンゴの如く真っ赤になってるだろう。

 

(あぁー……大人の階段をスキップしているようだ……)

 

「っちゅ」

「っ!」

 

 沖田の舌が俺の歯をくすぐった。一瞬戸惑った俺は、歯を動かしてそれを受け入れた。

 

「ちゅ……ん……!」

「ん……っちゅ」

 

 入ってきた舌をお返しにと舌で舐め、絡み合わせる。

 息が出来ない。だが、止められない。

 

「ん……ふぅ……」

 

 と、思ったが先に彼女の方から離れていった。

 

「マスター、沖田さん嬉しいです……こんなに積極的に求められて……もう限界です……」

 

 そういて彼女は帯に手を伸ばす。

 

「私も、もうとっくに限界だ」

 

 伸びた腕は帯を掴まず、刀を掴んだ。

 

「っ!?」

 

 いきなり俺は突き飛ばされ沖田は俺に背を向けているが、様子がおかしい。後ろから誰かの声が聞こえてはいたが……

 

「私のマスターを汚すとは、許せん」

 

「っぐぁ……!」

 

 嫌な切断音と水音を経てながら、赤い槍が沖田の心臓部から生えた。

 

「私のマスターを汚した報いだ。マスターの身を案じるのは当然だが、そのせいで刀を抜くのが遅かったな」

 

「っく……不覚……! すみませ……マスター……沖田さ、ん、此、こで……散り……」

 

 刺さった槍を抜かれ、膝を屈し倒れ伏すとそのままの体勢で俺に謝ると同時に沖田は消滅した。 

 

「う、嘘……だろ? 沖田がこんなあっさり……」

 

 それを見送ったスカサハは今度は俺に槍を向ける。もう正直、恐怖で体がロクに動かない。

 

「っひ!?」

「マスター、お主は少し我の主であるという自覚が足りない」

「す、スカサハ……」

 

 赤い槍の持ち主はランサーのサーヴァントであり、あのアイルランドの英雄クー・フーリンの師匠、スカサハだ。

 出会った時に弱々しい演技をしていた沖田総司なんかよりもとんでもないプレッシャーを感じる。怒りと、次元の違う存在感が原因だ。

 

「色を好むのは結構だが女に誑かされない1人前の男にならなければ、私がお前を殺す」

 

 滅茶苦茶だと叫びたかったが、そんな事が出来る気力は残されていなかった。スカサハは槍を下ろしながら俺に近付く。足は自由だが、両手は沖田の手錠で縛られている。

 

「ふむ、まずは汚れを清めよう。マスター、お主を私の部屋に案内しよう」

 

「ちょ、ちょっと待って!?」

 

 スカサハはそう言って俺を担ぎ上げると沖田の部屋から足早に立ち去った。

 

 

「これくらいで良いだろう」

 

 部屋に着いたスカサハはまず俺を部屋に放り込むと持ち前のスキル魔境の慧智で結界を作る陣地作成を発動させ、厳重な警備を敷いた後に俺の前に戻ってきた。

 

「っひ!」

 

 その間、俺は部屋の中を眺めながら時計を見た。

 ヤンデレ・シャトーは俺の起きる時間に終わるが体感時間は短い。確か6時間が1時間位になる筈だ。既に時計は1時45分を指している。1時から7時間までの筈だから、それまでなんとしてでも生存しなければならない。

 

「では、清めるか……んっちゅ」

「ん!?」

 

 スカサハは座っていた俺に近付いて体を下げ、いきなり舌を絡ませるディープキスを始めた。

 

「んぅぅ……ん……っちゃ……ん」

「――! ん、っぅ!?」

 

 慣れた動きで口内に侵入し、俺は圧倒されされるがままに貪り尽くされた。

 そのまま数秒、十数秒と経ち続け、その間部屋の中には水音だけが不規則に響き続けた。

 

「……んっぐ」

「んー!?」

 

 これで終わりとでも言うのかの如く、スカサハは俺の口に唾液を送って舌を動かし無理矢理飲まさせた。

 

「ふぅ……若輩の様に盛ってしまったな。だが、お主も用意が出来た様で嬉しいぞ」

 

 先の沖田とはまるで違う獰猛さすら感じられる舌使いに俺は魅入られ、既に勃っている。

 思い出した様に槍を手に取ったスカサハは俺の手錠を切り裂いた。床に手錠が落ちるが、そんな事は全く頭に入ってこなかった。

 

(こんなもん、どうやって耐えればいいんだ?)

 

「ふふ、すっかり発情しおって……」

 

 スカサハが服を1枚、脱ぐ。

 そこから現れた肌色がまるで強い光の様な刺激を俺の視界に放った。

 

「何を我慢している? 何を遠慮している?」

 

 肌色の刺激に呆然とする俺に、スカサハは近付く。肌色が体に触れ、スカサハの声が耳元で響く。

 

「――これは全て、お主の物だぞ?」

 

(駄目だこれ……! 理性ヲ保ッテイラレナイッ!)

 

 俺は、誘われるがままスカサハへと覆いかぶさった。

 

 

「こんなに沢山出しおって……ふふふ、だが、まだまだ行けるな?」

 

「ま、待ってくれ……も、もうむり……」

 

 何度やった? 何度イった? 何時間過ぎた?

 彼女も作らず童貞であった俺は長年の欲求を全て吐き出すようにスカサハと交わり続けた。だが、もうとっくに精も根も枯れ果て、疲労も限界だ。

 

「だらしないな。だが、直ぐに勃たせてやろう」

 

 それなのにスカサハはまだ行為を続けようと、俺に近付いてくる。

 そういえば、自分から行為をしてしまえば、サーヴァント達のスイッチが入ってしまうって、小説にもあったっけ……

 

 ふとそんな事を思い出したが遂に体の限界が来たのか、俺は気を失った。

 

 

「……あれ?」

 

「気が付きましたか、マスター?」

 

 気を失って、目を覚ました俺の目の前には裾も袖も大きな和服姿のサーヴァントが立っていた。

 両儀式、セイバークラスで限界した姿だ。

 

 だが、それよりも両手首と両足首の冷たい感触に気が行く。

 

「もうあんな目に遭わない様にしっかり拘束させて頂きました。

 可哀想なマスター、あの影の女王に強姦されていたんですよ?」

 

 同情するかのように俺の頭を撫でてはいるが、拘束した事に一切の悪意を感じていない様だ。

 

「そうなんでしょう?」

「っひ!?」

 

 急に殺意が放たれ、返事を返さなかった俺を襲った。

 

「強姦されていたんですよね? でなければ、私以外の女と交わったりなどしていませんよね!?」

 

「は、はい! 強姦されました!!」

 

「……そうですよね」

 

 俺の答えに満足したのか、彼女はニッコリと笑う。

 

「マスター、今何か精がつく物を用意しますね。すっかり元気が無い様ですし……」

 

 そう言って俺の側を離れ、式は台所に向かった。

 

(……何が起こった? ……)

 

 考えられるのは唯一、俺が気絶した後にスカサハは侵入してきた式に殺され、俺はこうして攫われたんだ。

 

「そうだ、時間!」

 

 俺は首を動かして時計を見つける。

 

「……4時25分……」

 

 もうかなりの時間が経った様だが、まだ長い。体感時間で30分と言った所か。

 

「マスター、うな重よ」

 

 小説同様料理には全く時間がかからないらしい。どんぶりにはご飯が沢山入れられており、その上にはタレのかかった鰻が置かれている。

 だが勿論、俺の両手は縛られたままだ。

 

「はい、あーん」

 

 うな重を箸で掴んだ式は笑顔で箸先を俺の口に運ぶ。

 

「あ、あーん……ん、っうまい!」

 

 鰻なんて久しく食べていなかった。それにタレも甘くて旨い。

 

「んふふ、もっと欲しいでしょう?」

「ああ! っ」

 

 そう答えると式は笑顔で俺の口に指を当てる。

 

「ダーメ。妻である私の料理を食べていいのは、私を愛してくれる夫だけよ?」

 

「え?」

 

 あれ? それはどう言う事だ?

 

「あっはは、マスターったらそんな悲しそうな顔をして……大丈夫よ、私はマスターを愛しているし、夫だと思っているわ。でも、貴方はどう? 私を愛しているのかしら」

 

 質問をしている彼女の体から、殺意が放たれ、再び背中から嫌な汗が流れる。

 

「も、勿論愛してるさ!」

 

「その言葉が聞けて嬉しいわ、マスター」

 

 そう言って式はもう一度箸を動かし、口にうな重を運んだ。

 

「ふふ、もっとよ。マスター、もっと欲しいでしょう? なら、私をもっと愛して……」

 

 彼女の料理に何らかの中毒性がある事に気付いたのは、それに嵌った後だった。

 

「大好きだよ」

「ふふ」

 

「愛しているよ」

「フフフ」

 

「ずっとそばにいて欲しい」

「ふふ」

 

 言葉を紡げば彼女は俺に料理を与え、遅れれば殺気が威圧する。

 そして俺の言葉に、彼女の行為も激化する。

 

「ん……っちゅ、んぅ……ん」

「ん……大、好き……」

 

 口移しで料理を運び、そのまま十数秒のキスへと変わる。

 

「それはうな重かしら、私かしら?」

「勿論、式だよ」

「あっは! マスター、私もマスターが大好きよ?」

 

 料理にあったはずの中毒性がやがて式のキスへと塗り替わり、俺の脳はもはや思考が出来ない程溶ろけている。

 

「もっと、もっーと深ぁく……眠る様に、一緒に堕ちましょう。もっと奥へ……もっと、奥底へ……」

 

 幸福感に抱かれて、もうこれ以上に無い程に幸せだった。

 

 

(っぅが! っだぁ!! っぐぅ……!)

 

 漏れる事は無い悲鳴が頭に響く。肉が切られる度に水音が鳴り、骨が碎かれる度に水が跳ねる。

 

「許さない、許さない、許す訳がない」

 

 黒い聖剣は、もはや切り刻む場所など無い程に俺の体を突き裂いている。

 

「マスターは私だけを愛すべきなんだ! 何故他の女が体を重ね、愛を囁かれた!? 巫山戯るな! 巫山戯るな!!」

 

(はぁ……ひぃ……っがぁ……)

 

 息が出来ない。もう肺は形を失い止まっているのに、俺は数十分も呼吸困難に苦しんでいる。

 

(い、だぎ……ぐぶじい……ぅぐが……)

 

 もう痛みを感じる筈が無い程繋がりを失われた筈なのに、体は切り裂かれた悲鳴を俺に届けている。

 

(ざぶい、っがあ……ざぶぎ……)

 

 傷から血が流れ、また1つ、温度は床と同化する。まるで雪そのものになったかの様な寒さが全身を伝う。

 

 天国が一転して地獄。観覧車に乗っている時に突き落とされたかの様な、希望に良く似せた絶望。

 

 貰い、押し付けられた愛の色がピンクではなく、白と混ざった赤だったと気付いたのは、小説でみた風景とまるで違う展開の中だった。

 

 ああそうか、関係を重ねれば重ねる程ヤンデレって奴は深くなるんだ。愛も、病みも。

 

 受け入れるのではなく、無理矢理押し付けられた物をそっと地面に置くくらいの度胸と意思がなければ生き残れないのか。

 

 天国だった肌の感触も、死を超えた殺戮劇の中で失われた。

 

「は、早く……目覚めて、くれ…………」

 

 

「っ!! っはぁ……っぁは……」

 

 起きた時に最初に気付いたのは、異常な汗。そして、パンツどころかズボンまで濡らした生臭い臭い。

 

「……っくそ!」

 

 親が入ってくる前に、俺はとっとと着替えることにした。

 

 

(……ヤンデレ・シャトーに行けたけど……酷い目に合ったな……)

 

 登校しながらふと殆ど忘れてしまった夢を思い出そうとする。

 

(酷い目って……どんな目に……なんか、思い出せない……)

 

 頭を振って気持ちを切り替える。思い出せない事はしゃーない。

 

「まあ、こんな話、オタク仲間にもできねえよな」

 

 だが、夢精のし過ぎか体がどうもだるい。

 

「居眠り確定だな、こりゃ」

 

「あ、おはよう」

「おはよう」

 

 後ろからクラスのオタク仲間から声をかけられた。

 

「なんかダルそうだな」

「お前も、なんか足フラついてるぞ?」

 

「いやー、なんかジャンヌに絞られそうになってさ、夢の中で!」




別に主人公交代とかじゃないですから安心して下さい。

なお、この物語はフィクションです。もしこの話を読んだ方が夢精でテクノブレイクしても、悪夢によってショック死しても、ヤンデレに迫られ監禁されても一切の責任を負いません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレリヨとヤンデレ・シャトーとか誰得だよっ!!

今回は中々難しかったな……毎週マンガ読んでたけどなんだあのバーサーカー……

後書きも読んでね!


 

「さっさとしなよ……ほら」

「っがぁ……っがはぁ……!」

 

「アヴェンジャー!?」

 

 日課の悪夢開幕早々、アヴェンジャーがくだ子に首根っこを掴まれて死にかけている。

 だが、俺の声が聞こえたせいかぐだ子はクイッと首をこちらに向けた。

 

「あ、貴方が私の運命の人なのね!?」

 

 アヴェンジャーを放しながら俺に近づくぐだ子。どうやらエナミでは無いらしいが、それより先に俺は致命的な事に気付いた。

 

「かっこいいな〜、私主人公なんだ、よろしくね運命の人」

 

 目が可笑しい。狂気、と言う物なのだろうがヤンデレとは違い目の中に渦の様な見える。

 

「っごほ! ごほ!」

 

 アヴェンジャーは無事な様だが、謎の人物に絡まれた俺が今一番危険である。

 

「え、えっと……君は?」

「私の呼び名!? うーんと、プレイヤーは私の事をリヨぐだ子って呼んでるよ!」

 

 アウトである。

 

 

「えへへ」

「あは……はは、は」

 

 現在進行形でリヨぐだ子に抱き着かれている。面倒なのでリヨ子で統一しよう。

 

「今回は…………そいつと、一緒に、ヤンデレ・シャトーに行ってもらう」

 

 咄嗟にこの世全ての罵倒を浴びせたくなったが、アヴェンジャーが気まずそうにしている上に死にかけているので、勘弁して置くことにする。

 

「ヤンデレ・シャトーってなに? イベント? ピックアップは?」

 

「……ヤンデレのターゲットはお前だけ

だ」

 

 どうやらこいつと一緒に俺を狙うヤンデレから逃げ回らないと行けないらしい。

 

 リヨ子はFate/GOの解説漫画【よくマンガで分かる! FGO】の主人公……なのだが、解説漫画とは思えない程にヤバイ危険人物で、マシュや所長である故人オルガマリー氏を振り回す。

 百合、ガチャ狂、解説対象ゲームのクレーマー……更にサーヴァントを圧倒する腕力で本編のラスボスらしき某魔術王を捻り潰した実績(エイプリルフール)を持つ。

 

(……何故、ミイラと一緒にミイラ取りに行かなければならないのか?)

 

「――待て、然して希望せよ………………いや、本当にすまん」

 

 アヴェンジャーに本当にすまなそうに謝られながら、俺の体は何処かに飛ばされた。

 

 

「ありゃりゃ? 何処ですかここ? 愛の巣?」

「ヤンデレ・シャトー、監獄塔の中だ」

 

「先からヤンデレヤンデレって言ってますけど、まさか此処にいると……ヤンデレに!?」

 

 いや、お前は最初からヤン(病んでる)デ(ストロイヤー)レ(ズ)だろうが。

 

「違う違う、此処にはサーヴァントがヤンデレになって俺に迫ってくるんだ」

 

「なんと!? ならば、主人公として運命の人を守り抜かなければ! 恋とは戦争なんだね!」

 

 妙な気合を入れて鼻息を荒くしているリヨ子。そのまま猛牛の如く突撃して、壁に埋まってくればいいのに。

 

「……いました! 先輩!」

 

 廊下の奥から俺を呼ぶ声が聞こえる。

 

「お、マシュだ!」

「一応言っておくけど、あのマシュは君の知ってるマシュじゃなくて、俺がマスターって感じになってるから」

 

「っ! そこの女性は誰ですか!? 先輩、浮気は許しませんよ!?」

 

「本当に別人みたいだねー……だけど、任せて! マシュの弱点は知り尽くしてますから!」

 

 そう言ってリヨ子はマシュに近付く。

 

「先輩の為にも害虫は成敗させて頂きま――っひゃ!?」

 

 マシュの前で残像が見える程の変態的スピードでリヨ子は背後に回り込んで、マシュの胸を撫で回し始めた。

 

「ぐへへへ……ここが弱いんやろ? 可愛いい声で鳴いて良いんやで?」

「あ、や、やめっはぁ……先輩以外に、そんな事は……あぁ!?」

 

 オヤジのような言葉遣いと、手慣れた動きでマシュの喘ぎ声を引き出している。

 

 数秒でマシュをノックアウトさせてしまった。

 

「ふふふ、ほらほら……」

「だ、めぇ……い、イッちゃいまひゅ……」

 

 気まずいので目を逸らす。

 

(い、今の内に逃げようかな……マシュからも……リヨ子からも)

 

 移動しようとその場から動き出そうとしたが、それより速く誰かに担がれ連れ出された。

 

「お母さん、みーつけた!」

「じゃ、ジャック!?」

 

 小さな女の子に担がれ、俺はあっと言う間に2人の元から離された。

 

「う、運命のひとぉぉぉ! 必ず助けに行くから! マシュがイクまで待ってて!」

 

「も、もうひりゃっちゃから……りゃ、りゃめりぇーぇ……」

 

 結構脳天気だなーとか思いつつ、俺はただただジャックに連れて行かれるだけだった。

 

 

「着いたよ!」

「おおう……もうピー○姫の事は馬鹿に出来ねえな……毎回攫われてるし」

 

 ジャックの部屋の中にて漸く放された。否、手だけは繋いだままだ。

 

「おっかぁさん! おっかぁさん♪」

 

 鼻歌を歌いながらグイグイ俺を引っ張ってご機嫌な様子のジャック。

 到着した先は薄暗い手錠が壁に設置された牢獄の様な部屋。

 

「えぇっと……ジャックちゃん?」

「何? お母さん?」

 

「縛るの?」

「うん!」

 

「俺を?」

「お母さんを!」

 

「何で?」

「解体するから!」

 

 おふぅ……天使の如き無邪気な笑顔でなんて事を……

 

「お母さん、解体するの?」

「する! 解体して、お母さんの中に還るの!」

 

 無理だよ! 俺子宮ねぇし!

 

「良しジャックちゃん! 先ずが勉強しよう! おしべとめしべを通り越して保健体育(座学)を!」

 

「? お勉強?」

「そうそう!」

 

「やーだー! お勉強嫌いー!」

 

 腕振って駄々こねだしたけど、解体は絶対阻止だ。最悪、お前は捨て子だったんだよとか、結構キッツイ事を言ってしまおうか。

 ……それしたら絶対死ぬな。俺。

 

「ジャックちゃん、ちゃんと勉強したらご褒美あげるから……」

「……ご褒美?」

 

 良し! 釣れた!

 

「うん、ご褒美!」

「……わかった……お勉強頑張る!」

 

 やった! 第三部完!

 

「じゃあ、先ずは――」

「――子供に性教育(実技)をしようとしている鬼畜はいねがぁぁ!?」

 

 何を教えようかと考えていたら、突然ジャックの牢獄部屋の扉がぶっ壊れた。

 

(なまはげぇぇぇ!?)

 

 ぶち破られたドアの向かいからテレビで見た事のある鬼の様な仮面と毛皮の様な衣装。

 

「ちょいちょい運命の人ぉ……イケメンだからって女の子に手を出して無事で済むとは思わないで下さいねー?」

 

 予想通り……いや、色々と予測不可能だけどなまはげの中身はリヨ子だ。

 

「いやいや、危なかったの俺だし! 解体されかけてたからね!?」

 

 こいつ俺の唯一の味方じゃなかったけ!? あ、バーサーカーだったなコイツ。

 

「お母さんは、渡さない!」

 

 ジャックは2本のナイフを構えて迎撃する気まんまんだ。

 

「幼女には、これだぁ!」

「そ、それは! 星3の概念礼装!?」

 

 リヨ子は服のボタンを外し胸から銀色のカードを取り出したが何故かなんの魅力も色気も感じない。

 ポンっとコミカルな音ともにカードが音を立てるとライオンのぬいぐるみに変化した。

 

「これでも、くらえー!」

 

 ジャックめがけて投げられたぬいぐるみ。ゲーム内では持っているサーヴァントが死亡すると他の全員のHPを回復する効果を持っている。

 

「わぁ! ライオンさんだぁ!」

 

 ジャックはナイフを下ろし、ぬいぐるみをキャッチした。

 

「いい……なぁ……かわぃ……」

 

 取った後、直ぐにジャックはその場で寝てしまい、リヨ子はジャックを抱えて、いつの間にか現れたベッドにジャックを静かに運んだ。

 

「いい夢見ろよ……」

 

「……」

 

 正直、ツッコむタイミングが分からない。

 

 

「さぁさぁ、運命の人! レズな私を唯一孕ませる人!」

 

「いや、嫌だよ!」

 

 右手の人差し指を左の親指と人差し指で作った穴に入れたり抜いたりの動作をするリヨ子。知ってたけど女子力皆無どころかオヤジ力が悪い意味で高過ぎる。

 

「やっと、2人きりになれたね……」

 

「えぇい! 来るな!」

 

 マジで怖いのでジャックの部屋から逃げ出した。

 

「こういう事って砂浜でやるんじゃないっけ? まあいいか! 待ってよー!」

 

 後ろから追い掛けてくるリヨ子に、過去最高レベルの危機感を覚えている。こうなったらヤンデレだろうとサーヴァントの力を借りるべきか!?

 

「ってドアが!?」

 

 だが、何処もかしこもドアが閉まっている。

 

『ひゃぁぁぁ!?』

 

 しかも中から喘ぎ声に似た悲鳴が聞こえてくる。

 

「触手が湧き出す気味の悪い本を入れときました!」

 

 そう言いつつ見せびらかす様に振られている概念礼装は、装備サーヴァントのスター発生率を上げる魔導書だ。

 

「やっぱりお前の仕業か!?」

 

 どうやらサーヴァントの力も借りれそうに無い。

 あのバーサーカー、何で両手ブラブラしてるふざけた走り方であんなに早いんだよ!?

 

「待て待てぇ〜!」

 

 サーヴァントじゃないのになんてバカげた速度だ。振り返れば徐々に距離を詰められている。

 瞬間強化で振り切るタイミングを探しているけどそろそろ使わないと追い付かれる。

 

「むぅ、頑張るな〜……ならば!」

 

 嫌な予感がして振り返る。立ち止まってまた何か礼装を取り出したようだ。

 

「へへへ、主人公特権はじゃんじゃん使わないと! かっこいいバイクよ! 現われろ!」

 

 掲げたカードから現れるモータード・キュイラッシュ、白銀色のバイクだ。

 

「嘘だろ!? あんなの乗られたら……!!」

 

「へへへ、ツーリングと洒落込みましょうか!」

 

 ゲームではライダー特攻という地味過ぎる能力だが、こういう使い方なら脅威以外の何者でもない。

 

 けたましい音と共に後ろからバイクが走り出した様だ。

 

 此処は一か八かだ。

 

「ヒャッハー!」

 

「瞬間っ!」

 

 バイクが俺にぶつかる寸前、魔力を足に込めて地面を蹴り上げる。

 

「っ強化!!」

 

「ありゃ?」

 

 バイクは俺を通り過ぎ、考え無しで加速していたリヨ子は俺から離れていく。

 

「ありゃりゃぁ〜?」

 

 そして、リヨ子を乗せたバイクはバランスを保て無い。

 操縦者が素人な上、ヤンデレシャトーの床は石造りでゴツゴツしている。バイクが転倒するのは当然だ。

 

「うああぁぁぁ!!」

 

 破裂音、地面を擦る音、その後派手な爆発音が鳴り響く。

 

「……助かった……とは思わないぞ急げ!」

 

 リヨ子の恐ろしさを知っている俺は、疲れた体にもうひと踏ん張りだとムチを打って、その場から離れた。

 

 

「……マスター、助かったよ。触手が漸く止まったのってマスターのお陰だよね?」

 

「まあ、自分でも何したかは分かんないんですけどね。それにまだ安全じゃないですよ?」

 

 その後、ブーディカさんの部屋が開いていたので其処に逃げ込んだ。

 

「それにしたって概念礼装を使うか……マスターは出来ないの?」

 

「さぁ? なんか滅茶苦茶だったし、あいつだけの特権じゃ? もしくは……この魔術礼装が代わりって事じゃないですかね?」

 

 ブーディカさんも俺にずっと抱きつく位にはヤンデレてはいるが、リヨ子相手ならヤンデレだろうとサーヴァントが必要だ。

 

「マスター……私の胸、汚されちゃったよ……」

「だから風呂に入ってきたんでしょう?」

 

 着いたらそこら中体液まみれのブーディカさんがいたが、そんな事で動じている場合では無かったので風呂場に無理矢理押し込んだ。

 

「ねぇ……もっと、抱き着いていい?」

「ダメですって。動きづらくなったら逃げられないでしょう?」

 

 未だリヨ子が現れない。だがアイツは縛られたまま過去にレイシフトされても生還するギャグ世界の化物だ。安心出来ない。

 

「……」

「……! 何か来た!」

 

 ドアを開き、外を確認する。

 

「ひぇひぇひぇ……この私を本気にさせるとは、流石は運命の人ぉ!!」

 

 見えないがそんな叫びが聞こえて来た。

 

「マスター!」

 

 ブーディカさんが部屋から剣と盾を構えて飛び出す。

 

「ど、何処から……っ!?」

 

「嘘だろ!?」

 

 まるで出来の悪いホラー映画だ。

 火傷と傷跡が両手に刻まれ、頭から血が流れているのにリヨ子は、笑顔で歩いてきている。

 その後ろからは無表情のアルトリアとすまなそうなジャンヌ・ダルクがこちらに歩いている。

 

「逃さないよぉ……こうなったら実力行使で……捕まえちゃうもんね……」

 

 そう言ってまた2枚の礼装カードを取り出したようだ。しかも、1枚は金色のカード、つまりはレアな礼装だ。

 

「カレイドスコープ! ムーンセル!」

 

 カレイドスコープがアルトリアに、ジャンヌにはムーンセルが吸収されていった。

 どちらもNP関連だが、星5の最強と呼び声が高いカレイドスコープはムーンセルと役割こそ違うがその差は歴然だ。

 

「編成コストとか……面倒なんだよね」

 

 そう言いつつタオルで血を拭いて、いつの間にか服と体の傷が綺麗さっぱり消えている。

 

「これでセイバーは宝具発射完了だ! さあ、エクスカリバーでぶっ飛ばしちゃって!」

 

「限界突破済み!?」

「マスター!」

 

 距離を取ろうと慌てる俺とブーディカ。

 

「え? 何? NP80%? 同じ礼装を5つ合成しないと限界突破出来ない?」

 

 そんな声が聞こえて来たので、慌てるのを止める。

 

「えぇー! 何だよそれ! 攻略サイト見たら100%って言ってたのに! まいいや! 何で髪の毛伸びてるから知らないけど、うちのレベルマックスセイバーならいけるでしょ!」

 

「マスター、どうする?」

 

 ブーディカがそう聞いてくる。正直分が悪過ぎるから逃げ出したい。

 だけど、セイバーは確かにレベルマックスだろうが、ジャンヌは紺色の衣装、つまり降臨は一度もしていないと見た。

 

「ムーンセルじゃあ宝具打てないし、ジャンヌはいいや。セイバー、一撃でやっちゃえ!」

 

 こちらを指差しながらリヨ子はセイバーに支持を出す。

 無表情のセイバーは剣を掲げてこちらに接近する。

 

(ムーンセル……一撃……!? それだ!)

 

 弾かれた様に俺はブーディカに指示を出した。

 

「ブーディカ、最速攻撃(Attack)!」

 

 それを聞いたブーディカはなんの躊躇いも無く動き出した。

 素早く動き、セイバーのがら空きの横腹を一閃した。

 

「っはぁぁ!」

「っ!」

 

 まともに食らったセイバーは一度後ろに下がったが、今度は剣を体の真ん中に構えてブーディカに近付く。

 

「何やってんの!? 速くやっちゃって!」

「っ! カウンター(Guard)!」

 

 飛んでくる側面への攻撃を盾で受け止め、連撃だったであろう攻撃は最初の一撃の妨害で断たれ、盾で弾かれたセイバーの胴体へブーディカの斬撃が命中する。

 

「浅かった……!」

「大丈夫、まだまだだ」

 

「調子に乗って! セイバー! 反撃して!」

「反撃、させるな(Break)!」

 

 セイバーはブーディカの攻撃を見切って剣を構えるが、力の込められた盾での打撃に怯んだ。先のダメージが蓄積した結果、その隙はより一層大きくなる。

 

追撃(Extra Attack)だ!」

 

「悪いね! 貰ったよ!!」

 

 3回の攻防を制し、ブーディカの攻撃は規格外の威力と連撃を放つ。

 右へ一撃、左へ一撃、止めに盾の衝撃で鎧の内側へ衝撃を放った。

 

(EXTRAでの経験が生きてる! マスター同士の戦いなら、十分勝機はある!)

 

「あれれ!? セイバーさん、レアですよね!? こうなったら宝具で!」

 

「打たせるな!」

 

 俺はブーディカにセイバーへの妨害を命じたが、そこでリヨ子はニヤリと笑う。

 

「ジャンヌ!」

「はいはい、どうせ肉壁ですよー……」

 

「っく!」

「切り捨てろ!」

 

 放たれる強烈な一撃(Buster)。レベルが足りない事も手伝ってか、ジャンヌは一撃で消滅した。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」

 

 だが後方から放たれるアレは不味い。   

 俺は咄嗟に、ブーディカの部屋に飛んだ。

 

 やがて、光が止む。

 

 

「よーやく倒しましたよ。全く、星3に負ける所だった」

 

「ブーディカ……!」

 

 部屋を出たが、廊下に立っていたのはセイバーとリヨ子のみ。

 ブーディカの姿は見えない。

 

「……」

 

「さあ、大人しく捕まりなよ、運命の人」

 

 …………果たして、そう上手くいくかな?

 

「っ!?」

 

「つかまえた!」

 

 天井からブーディカがセイバーへ落下した。

 直感で剣を構えて迎撃に入るが、盾に剣を阻まれ、そのまま押し倒される。

 

「っなぁ!?」

「カルデア魔術礼装の緊急回避……そして!」

 

 隠されていた機能、魔術礼装変更でカルデア戦闘服へ礼装をチェンジする。

 隙ができたリヨ子へ俺は迷う事なく接近し、人差し指を向けて指鉄砲を作った。

 

「ホールドアップだ……!」

 

 俺がリヨ子に向けているのは勿論ただの指鉄砲では無く、スタン状態にできるスキル、ガンドだ。

 

「えぇ〜?」

 

 

『よくあの化物から生き延びれたものだな。今回ばかりは本当に感心するぞ』

 

「アヴェンジャー、開幕早々ドラゴン○ールのヤムチャの如く首根っこ掴まれてたもんなー」

 

『それについては何にも言えん。もう二度と対峙したくないな、あんな化物……』

 

「随分と失礼だな!」

 

 俺が目を覚ますまでのアベンジャーとの会話に、突然リヨ子の声が乱入してきた。

 

「っげ!?」

 

「運命の人! 運命の人と書いてライバルと読む人! 次あったら絶対負けないからな! 宝具演出スキップ機能が追加されたら、次はお前だ!」

 

(運営さん、負けないで下さい)

 

 

 

 

 魔術と概念、2つの礼装を使いこなして人理救済に挑め!

「もっとマンガで分かる! Fate/Grand Order」は毎週木曜日更新中!

 

(本小説は不定期更新です)





さてさて皆さん、実はこの小説、【ヤンデレ・シャトーを攻略せよ】はもう1週間程前からUAが16万を超えています! 
お気に入りはその10分の1くらいしか無いですが、それでも毎回温かいコメントに恵まれて、楽しく執筆しています!

結構前からUA15万位で何かお礼的な企画をしたかったのですが、確認を怠り若干ズレてしまったのです。
しかし、やりたいんですよ。
お礼企画的な小説。(押し付けがましさ全開)

詳細は此処では明かせませんが、活動報告でお礼企画の抽選を行います。
時間はそうですね……FGOでログインボーナスが貰える12日の午前4時位にそれらしき活動報告を書きますので詳細は其処で!

では、また次回!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

っく……殺せっ……! オルレアン編

 今回は敵に捕まった話。

 活動報告で16万UA記念企画を開催中です。来週までですので、興味がある方はお早めに!


 

 ジャンヌ・オルタ編

 

 前回、リヨ子相手に大立ち回りを演じ、マスターとして勝つ事が出来た俺こと切大さんですが、今は無残にも敗北し捕虜として捕まっております。

 

「……こ、このシチュエーションは本当に予測して無かった」

 

 場所はオルレアン、竜の魔女の城の地下。

 

 此処まで来た経歴は何時もの様に悪夢が始まって……

 

 ストーリーを楽しめとか言われて……

 

 気付いたらストーリーの記憶を頭に捩じ込まれて此処に捕まっていた。

 

 捩じ込まれた記憶から察するに竜の魔女ジャンヌ・オルタとの最終決戦にて、聖杯の持ち主であるジルを倒した後に、何故か聖杯の効果で強化されたジャンヌ・オルタの反撃を受け拘束されてしまったようだ。

 

 現在は地下にある薄暗い部屋に鎖で両手を背にして縛られ放置プレイの最中である。

 気持ちよくは無いけど、このままだと寂し過ぎて死んでしまいそうだ。

 

 だが、ヤンデレに追い掛け回されるよりは楽かもしれない。そう考えると中々快適だ。

 目を閉めて寝てしまえる程に図太い神経なんてしていないけど。

 

(お礼企画の活動報告、読んでくれてるかな? 出来れば主人公を俺じゃなくて他の奴にしてくれれば俺も死んだり苦しんだりせずに済むんだけどなー……)

 

 宣伝は基本。メタ発言をしつつも廊下から聞こえてくる足音に耳を傾ける。

 コツコツと軽快な音を鳴らしながらこちらに近付く影は……

 

「ご機嫌如何かしら、囚われのマスター?」

 

 ジャンヌ・オルタのご登場だ。

 

 聖女だったジャンヌ・ダルクの怒り恨みをその身に纏って現界したサーヴァントこそがジャンヌ・オルタ。

 自身が生きていた時代のオルレアンで聖杯により復活した彼女は竜の魔女として数多くのワイバーンを従え、自ら故郷を滅ぼすために動いていた。

 

 それを撃破し聖杯を回収するのが正しい結末だが、先に述べた通り謎の力が働き反撃を受けてこのザマである。

 サーヴァント達は令呪で逃走したが、その際に俺は捕まり令呪の強制力で逃走するしかないサーヴァント達はそのまま見えなくなってしまった。

 

 兎に角、機嫌を損ねればアウトだ。適度に抵抗、適度に屈服して飽きられて殺されないようしないと。

 

「無様なモノね。サーヴァントは逃げてマスターが捕まるなんてね?」

「……」

 

 無言のままジャンヌを睨み付ける。

 ジャンヌは恐らく俺に対して拷問の限りを尽くしてから殺そうとするだろう。

 

「何? 生意気な目ね……」

 

 ジャンヌは槍の様に鋭い旗の先端を俺の首筋に当てる。

 

「っく……」

「サーヴァントでも無ければ騎士でも兵士でも無いマスター……なんでそんな奴が私をイラつかさせるのか……ようやく分かった気がするわ」

 

 そう言ってジャンヌは旗を下ろす。なんのつもりだろうか?

 

あの小娘()が好むから苛立たせるのかと思ったけど、違うわね」

 

 縛られ座った姿勢の俺に目線を合わせて来た。

 お互いの目が合った瞬間に、理解した。

 

「貴方、私の物になりなさい」

 

 ジャンヌ・オルタがヤンデレになっているんだと言う事を。

 

 

「っ!」

 

 鎖が外された。しかし、ルーラーとしての能力か令呪は封じられ、サーヴァントとのパスが薄くなっている。

 

「なんで……?」

「言ったでしょう? 貴方は私の物になるのよ?」

 

「殺さないと、後で後悔す――!?」

 

 俺の発言が気に入らなかったのか、ジャンヌは再び旗を向けてきた。

 

「勘違いしないで。貴方の命は鎖が外されても私の手の平の中よ。

 逃げる事は出来ない。生死は私が握ったまま。貴方に出来る事は、私の物になって一生私の求愛を受け入れるだけよ」

 

 そのセリフが終わると同時に旗を振るうと、数体のサーヴァントが召喚された。

 マルタ、カーミラ、ヴラド、デオン。倒した筈のサーヴァント達だ。

 

「聖杯の力が私の強化に使われたせいで万全では無いようね……さあ、もう一度チャンスをあげるわ。お前達、忌々しい小娘を探し出せ!」

 

 その命令を聞いて、4騎のサーヴァント達は一斉に出ていった。

 

「これで私が見つかるのも、時間の問題ね」

「っく……!」

 

「今頃あの娘は、絶望しているでしょうね? 私を倒す事は出来ず、貴方は人質に捕られ、自責の念に負われているでしょうね?」

 

 ジャンヌは本物の自分が苦しんでいる様を想像して喜んでいる様だ。

 

「そんな情けない小娘なんて忘れて、私と何もかもを滅ぼし壊しましょう?」

「っ……! 巫山戯るな! 誰がそんな事を!」

 

「貴方は本当に立場を理解していないのね?」

 

 ジャンヌは旗の先端で俺の足を貫いた。

 

「っぐぁぁぁ!?」

「本当に腹立たしいわ……! 私ではなくあの小娘の味方をする貴方が本当に腹立たしい……!」

 

 旗が抜かれると同時に、俺は立つ事ができずに崩れ落ちる。

 

「聖杯よ」

 

 小さくジャンヌが呟くと俺の傷は消え去る。

 

(っくそ……オルタはどいつもこいつも……!)

 

 殺傷からの治療、マシュ・オルタを思い出し、苦い顔をする。

 

「愛なんて抱いた事は無いわ。貴方を好いているのは私が小娘()に怒りと嫉妬を抱いているせいよ」

 

「それでも貴方が欲しいの。

 あの小娘から貴方を奪うだけじゃ足りないわ。貴方の中のあの娘すら消し去って、私がそこに居座ってあげる」

 

「だ、れが……お前を……」

 

 正直、ヤンデレじゃなかったらオルタの方が好きです。

 

「聖杯よ……」

 

 下らない事を考えている内に再びジャンヌが聖杯をかざす。

 

「彼に、愛を」

 

 

 

「んー……?」

「目覚めたかしら?」

 

 目を擦るとジャンヌ・オルタが俺の目の前いた。

 いつの間に寝ていたんだ? しかも敵地の真ん中で。

 

「……っく……!」

「寝ている間に助けが来るとでも? 随分呑気なのね?」

 

 ジャンヌに見下されるのがしゃくなので立ち上がる。

 

 しかし、長い間放置されていたせいか、空腹の知らせが響いた。

 

「そういえば人間は食事が必要だったわね? 生憎、食料は用意していないし、精々苦しむ事ね」

 

 ニヤニヤと笑いながら、ジャンヌ・オルタは俺を見下し続ける。

 

「くそ……」

 

 体力を温存する為、ジャンヌに背を向けて寝っ転がる。だが、腹が鳴り止む訳では無い。

 

「私を愛していると言えば、何か食べさせてあげてもいいわよ?」

 

「誰がそんな事を! て言うか、用意してないって言ったばっかりだろ!」

 

 ドサッと、何かが俺の後ろに落ちて来た。 

 思わず振り返ると、ランチボックスが置いてあった。

 

「食料は用意していないけど、ペットの餌は用意してあるわよ? 食べる?」

 

 ジャンヌがボックスを開くと、中には肉と野菜が挟まれたサンドイッチが置いてあった。

 

「……断る」

「そう」

 

 ジャンヌは再び俺と距離を開ける。俺の反応を見て楽しんでいるのだろう。

 

「まさか、心から私を愛せないから言えないなんて思っているんじゃないでしょうね? 愛していると、嘘でも言えば食べさせてあげるわよ?」

 

「じゃあ……愛してるー」

 

 俺はわざとらしく棒読みでそう言った。

 

 ジャンヌはそれを聞くと、笑いながら近付いて来た。

 

「よく言えました」

 

 ランチボックスの中からサンドイッチを取り出すと、それを俺に向けて来た。

 

「はい、あーん」

 

「……なんの、真似だ?」

「食べさせてあげる。そう言ったでしょう?」

 

 サンドイッチは依然としてこちらに向けたままだ。

 空腹には抗えず、俺は控えめにサンドイッチに口をつけた。

 

 だが、サンドイッチの美味しさと飢え切っていた腹が次の一口を求め、完食へと誘った。

 最後の一口で、ジャンヌの指が唇に触れた。

 

「あらあら、がっついちゃって……」

「……〜〜! ……次を、くれ」

 

 ジャンヌの指摘に顔を赤らめながらも、俺は次を求めた。

 

「良いわよ。ほら……」

 

 差し出された2つ目も完食し、腹は満たされた。そのせいか、また再び睡魔が襲ってきた。

 

「それじゃあ、ゆっくりとお休みなさい……」

 

 

「んー……?」

「目覚めたかしら?」

 

 目を擦るとジャンヌ・オルタが俺の目の前いた。

 いつの間に寝ていたんだ? しかも敵地の真ん中で。

 

「……っく……!」

「寝ている間に助けが来ると思っていたの?」

 

 ジャンヌに見下されるのがしゃくなので立ち上がる。

 

 しかし、長い間放置されていたせいか、空腹の知らせが響いた。

 

「そういえば人間は食事が必要だったわね? 生憎、食料は用意していないし、精々苦しむ事ね」

 

 ニヤニヤと笑いながら、ジャンヌ・オルタは俺を見下し続ける。

 

 俺は腹を抑えながら、床に寝っ転がった。

 

「私を愛していると言えば、何か食べさせてあげてもいいわよ?」

 

 ドサッと、何かが俺の後ろに落ちて来た。 

 思わず振り返ると、ランチボックスが置いてあった。

 

「食料は用意していないけど、ペットの餌は用意してあるわよ? 食べる?」

 

 ジャンヌがボックスを開くと、中には肉と野菜が挟まれたサンドイッチが置いてあった。

 

 サンドイッチをジャンヌがこちらに向ける。

 

「……愛してる」

「ふふ……素直ね。はい」

 

 彼女の手に握られたサンドイッチを食べる。最後の一口で唇を指に触られる。

 

「もっと食べて、ね?」

 

 

「んー……?」

「目覚めたかしら?」

 

 目を擦るとジャンヌ・オルタが俺の目の前いた。

 いつの間に寝ていたんだ? しかも敵地の真ん中で。

 

「お腹、減ってない? 何かほしいなら、なんて言えばいいの分かるかしら?」

 

「……愛してるよ、ジャンヌ」

 

 

「んー……?」

「目覚めたかしら?」

 

 目を擦るとジャンヌ・オルタが俺の目の前いた。

 いつの間にジャンヌの前で寝ていたんだ? 

 

「食べる? サンドイッチ」

 

「ああ、ジャンヌの事を愛してるから」

「そう言ってくれると嬉しいわ。じゃあ食べる前にキスしてくれる?」

 

「はは、食べる前にお腹いっぱいになりそうだな」

 

 口づけを交わした俺は、ジャンヌのサンドイッチで飢えを満たした。

 

 

 

 

 

 ヴラド、カーミラ、デオン、マルタが再び撃破され、マシュや他のサーヴァントと一緒に、ジャンヌ・ダルクがオルレアンの城へ侵攻してきた。

 ワイバーンの群れと戦い続けるサーヴァント達。

 

 その隙にジャンヌ・ダルクだけが城の前へとやって来た。

 

 城のバルコニーに立ってそれを見下ろすジャンヌ・オルタと、俺。

 

「遅かったわね、私」

「竜の魔女! 今度こそ貴方を!」

 

「遅かったのよ、貴女は」

 

 ジャンヌ・オルタが手招きをする。俺はバルコニーの奥から、前に立っていたジャンヌの横に立つ。

 

「マスター!? 魔女よ! その人を開放しなさい!」

 

「だそうよ? 私から離れたい?」

 

 ジャンヌは俺の両手首にかけられた手錠を解錠した――

 

 ――それと同時に俺は彼女に抱きついた。

 

「…………ま、ます、たー……?」

 

「ジャンヌ……俺のジャンヌはお前だけだ」

「あらあら、マスターは寂しがり屋ね?」

 

 抱き返され、彼女の温もりをより強く感じる。

 

「ま、マスター!? しっかりして下さい!」

 

「ジャンヌ……今日のご飯は?」

「たまにはパン以外がいいかしら?」

 

「マスター!!」

 

 おっと、敵の前でイチャつき過ぎた様だ。

 

「マスター、命令を」

 

 ジャンヌの頼みに、俺は目下の敵を指差しながら言い放った。

 

「……偽物のジャンヌを、斬り伏せろ」

 

 ジャンヌはその命令に口を綻ばせる。

 

「マスター!? 正気にお戻り下さい!」

 

「了解! さあ、消えなさい偽物! 

 私が、私こそがマスターのジャンヌ・ダルクよ!!」

 

 

 

 バーサーク・マルタ編

 

 夜の森を駆ける迫る巨影。

 聖女マルタとその竜タラスクに俺は攫われ、木に括り付けられていた。

 

「――っ! 頭が……!! っぐ!」

 

 マルタは現在、付加された狂化スキルにより嫌々ながらジャンヌ・オルタの命令を聞いている。

 

「マルタさん! っ!?」

 

 悲痛な表情のマルタはこちらに接近し、腕を思いっきり振り下ろした。

 

「っく……不味い、わね……!」

 

 間一髪、振り下ろされた拳は俺では無く木に命中した。

 木が破壊され、俺を縛っていた縄も解ける。

 

「さ、さっさと令呪を使って!!」

 

「無理! 令呪が使えない!」

 

 ジャンヌ・オルタの妨害を受けているのか、令呪が発動できず、サーヴァントを呼ぶ事も叶わない。

 

「う、うぁぁぁ!」

 

 迫るマルタ。サーヴァントの身体能力に俺では勝ち目は無い。

 

「なら――」

 

 ヤケクソだと、俺はマルタに接近し、その唇を奪った。

 

「〜〜ん!?」

「んっちゅ、ん、ちゅっは……!」

 

 ディープキスに驚いたマルタは動きが止まる。抵抗は直ぐに無くなった。

 

「んっちゅ……んっはぁ……」

「んー……んっ……す、すいません……」

 

 咄嗟にやってしまった。最近こればかりなせいだろうか?

 だが幸いにも効果があった様だ。マルタもだいぶ落ち着いて――

 

「何すんのよ!?」

 

 めっちゃ怒ってるな。うん。

 

「いや、すいません! 本当に咄嗟に!」

 

「せ、聖女の唇を、咄嗟で奪ったですって!? ……ご、ごほん……わ、私の修行不足ですので、ふ、不慮の事故として、ゆ、許しましょう……」

 

「本当にすいません!」

 

 俺は必死に謝る。ヤンデレ・シャトーにかなり毒されていた様だ。

 

「も、もういいです……狂化もだいぶ収まって……っ!」

 

 またしても頭痛に頭を抑え始めるマルタ。

 

「ま、マルタさん!?」

 

「っく……ど、どうすれば……狂化も、強くなってきて……!」

 

「……マルタさん、ごめん!」

 

 俺はもう一度マルタに近づき、その唇を奪う。

 そのままディープキスをし、落ち着くまで口内を貪り尽くす。

 

「ん……!」

 

 やがて、再び顔が赤くなる彼女を見てもう大丈夫だろうと唇を離す。

 

「ま、って! ん……!」

 

 だが、離した筈の唇は彼女に頭を掴まれた事で再び水音を立てる。

 

「んっちゅ……んん……はぁ……」

 

 今度はマルタから求められる形で交わり合い、絡み合う。

 

「んっ……! マルタ、さん!?」

 

 だが、先から様子がおかしい。一向に離れない。

 

「奪わないと……ジャンヌ・ダルクから……守らないと……竜の魔女から……!」

 

 どうやら正気と狂気の間にまで意識が飛んでいる様だ。狂化スキルが強くなった影響だ。

 

「マルタさん! しっかりして!」

 

「……そうだ。どっちにも、触れさせなければ良いのね」

 

「マルタさん!? っう……!」

 

 手刀を当てられ、意識が遠のいていく。

 

「タラスク」

 

 何処かに連れて行かれた事だけは理解した。

 

 

「大丈夫。此処にいれば誰も来ない。安全よ」

 

「ま、マルタさん……正気に戻ってください!」

 

「正気、私は正気よ。大丈夫、貴方を守れるのは私だけ」

 

 完全に様子がおかしくなったマルタは俺に抱き着き、ひたすら頭を撫で、偶にキスをする。

 

「大丈夫よ、大丈夫。私が守ってあ――」

 

『――』

 

 何度もくっついた唇が離れ、もう一度迫って来た時に俺のお腹から聞抜けた音がした。

 

「……そ、そろそろお腹減ったんですけど……」

 

「タラスク」

 

 竜に指示を出して木の実を持ってこさせる。駄目だ。離れてはくれない。

 

「貴方は私が守ってあげるから、このまま私と一緒にいるだけでいいの」

 

 狂化スキルの命令から逃れる為にジャンヌ・ダルクから俺を奪い、ジャンヌ・オルタから俺を守ろうとしている。その彼女に、悪意は無い。

 

「だからお願い。私の側を離れないで……!」

 

 精神的にかなり参っている様子だ。もし俺が出ていけば、本当にバーサーカーになってしまうだろう。

 

「……わかりました。絶対離れません」

 

 俺はそう言って彼女の手を繋いだ。

 

 

 

「っはぁっはぁ……」

 

 この1週間、彼女と一緒に過ごし続けた。

 狂化が激しくなるにつれ、彼女は更に激しく俺を求め続けた。キス、愛撫、今では肌を重ねるまでに至ってしまった。

 

「いや、いや! 私は、私は!!」

「落ち着いて、マルタさん! 自分はここにいます!」

「っはぁはぁ……切大君……うん、私はマルタ。うん、大丈夫……大丈夫……」

 

 そして、狂化の影響ですり減った彼女の精神は只々温もりである俺を求めた。24時間、抱きしめたままの体勢を崩す事無く彼女に抱き着かれたまま食事を取り、眠りに付いていた。

 

「大丈夫ですよ、マルタさんの側には俺がいますから」

 

「ありがとう、切大君……お願い、また私と1つになって……」

 

 人理崩壊を迎えたこの時代で、聖女と俺は、終わりが来るまで体を求め合うのだった。

 

 

 




 最後のマルタさんのね、お互いに堕ちるところまで堕ちるのって言うのが作者の好みのヤンデレですね。
 人理守護を忘れたマスターと、自制心を無くした聖女。この組み合わせならいい感じかなとか思って書いてみました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

っく……殺せっ……! セプテム&オケアノス編

 お礼企画は次回! 当選者はもう決まっていますが、まだ時間がかかります! もう暫くお待ち下さい。


 

 アルテラ編

 

 ローマの始祖、ロムルスを倒し裏で糸を引いていた魔神を倒した俺達。しかし、魔神は最後の力でセイバー、アルテラを召喚した。

 文明を滅ぼす程の力を持ったアルテラの登場に、俺達は余儀なく退却する……筈だった。

 

「……えーっと……」

「貴様がマスターだな。愚かな事に、召喚者は私に文明の破壊を命じたが道の知識を知らせず私に滅ぼされた」

 

 アルテラに3色のカラフルな剣を向けられ、脅されていた。

 

「貴様から聞き出さなければならん。滅ぼされたくなければ、対象まで案内せよ」

 

 という訳で案内役が欲しいらしい。それを聞いたのが宝具でサーヴァント全員を吹き飛ばしてからなのだから恐ろしい。

 

 勿論この命令を聞く訳には行かないのだが……まだ修正すべき7つの特異点の内の2つ目だ。此処で俺が死ぬ訳にもいかない。

 

 俺のサーヴァント達がアルテラを倒す為に必ず現れる筈だ。それまでは、大人しく彼女を案内しよう。

 

「……分かった。案内するよ」

「懸命な判断だ」

 

 剣を下げたアルテラの前へと出て記憶の中のローマへ歩く。足取りは重い。

 

「……」

「……」

 

 当然ながら行きで野営を行った後に到着した現在位置からローマへは1日で着く様な距離ではない。

 人間の俺には限界があるので休憩を挟まなければならない。

 

 

「――て言ったら拘束って頭おかしいじゃないですかね!?」

「大人しくしていろ。お前に補給をしてやる」

 

 アルテラはそう言うと俺の下半身を探り始める。

 

「ちょっと待て! ナニを補給する気だよ!?」

「魔力だ。お前も魔術師ならば魔力があれば多少は動ける様になるだろう?」

 

「いや、なんでそうな――!?」

 

 アルテラは俺の言葉を遮る為、指で口を塞いだ。

 

「……少し黙っていろ。危害を加えるつもりは無い」

 

 入れた指を引き抜きながら、アルテラは俺の顎を抑え、キスをした。

 またそれかと思ったが、キスは浅く、直ぐに離れた。

 

「……恐ろしい男だ。機械である私に、肉欲を植え付ける程の魅了か……」

「いや、本当に全然、心当たりが無いです」

 

 本当に驚いている様で、アルテラは発情した様に真っ赤な自分の頬を撫でる。

 

「ならば呪いの類……どちらにしろ恐ろしい事に変わりは無い」

 

 そう言うとアルテラは指を自分の剣で斬る。

 

「な、何をしているんだ!?」

「飲め」

 

 アルテラは血が流れ始めた自分の指をこちらに向ける。随分と口に近い。

 

「どうも性交は好かないようだからな。私の魔力を渡す為だ。さっさと舐めるがいい」

「い、いや……流石にそれは……」

 

「我が強過ぎるのはお前の欠点だな」

「っんー!?」

 

 口の中に無理矢理指を突っこまれ、中に鉄の味が広がる。

 それと同時に体の中に力が張る感覚があるが、口内の感覚が衝撃的過ぎてそんな物を気にする事は出来ない。

 

 純粋な血の味に、吐き気が込み上げてくる。口が塞がれて息も出来ない。

 

「んー! っう゛! う……!」

「……飲み込め」

 

 アルテラは指を動かして更に奥へと自分の指を進ませる。空気が欲しい。

 

「飲み込め、味わえ」

 

 指の動きと込められた力がだんだん乱暴になって来ている。俺はどうにか吐き気を抑え、必死に血を口へと取り込んだ。

 

「んっちゅ……んっぷぅ……」

 

 魔力が体に満ちていく。加わった魔力が体を動かそうと働きかける。

 

「そうだ。ちゃんと私を味わえ」

 

 俺が舐めているのを見てアルテラは力を緩める。

 

「ふふふ、もっと取り込め。もっと吸え。私がお前の中に入っていく……お前が私に染まっていく……」

 

「っふぁ……ん……っちゅう……」

 

 息ができる現状を維持しようと、舌を精一杯動かす。

 

「……っ! これくらいでいいだろ」

 

 ようやく開放された。アルテラは指を引き抜くと魔力で自分の傷を塞いだ。

 

「本当に恐ろしい男だ……機械であろうとする私が、他人を害し喜ぶなど……」

 

 アルテラはこちらを警戒しながら視線を送るが、それはこっちのセリフだ。

 

「……休憩は終わりだ。さあ、さっさと移動しよう」

 

 こちらもあんな目に合うなら休憩どころでは無いさっさと移動しよう。

 

(私の魔力……大して渡す事は出来なかったな……

 済まない人理の守護者よ。そなたらの健闘を祈る)

 

 

 

メアリー&アン編

 

 黒髭海賊団との戦いの最中、船から海へと放り出された俺はマシュ達とはぐれて1人きりで必死に泳ぎ、近くの島に辿り着いた。

 

 幸いにも、島には木の実も生えており気温も悪くない。マスターとサーヴァントのパスがあるから皆の居場所も分かっている。だんだん近づいてきているのでその内に助けてくれるだろう。

 

 なら俺がする事はただこの島で生き残る事のみ……

 

「あら? 奇遇ね」

「捕獲対象発見、だね」

 

 ……だと思ったらこれだ。女海賊に囲まれて見動き出来ない状態に陥っていた。

 

「え、えーっと……」

 

「どうしましょうメアリー? 私達は今は自由なんですわよね?」

「そーだね。船長の命令は自由時間中に従わなくて良いと聞いてるし、見逃してあげても良いよ?」

 

「あ、本当に? 助かるなぁ……」

 

 言いながらも既に逃げ腰だ。いや、見逃して貰わないと逃げられないけど。

 

「でもー、敵を見逃すのってー?」

「駄目だよね?」

 

 ニッコリと笑う2人。どうやら逃がす気は無い様だ。

 

「……ま、待って! 頼む! 見逃してくれ!」

 

「命乞い、ですか?」

「海賊にそれは悪手だよ。何せ、敵は絶対に倒さないと、背後から撃たれるだけだからね」

 

「いや、撃つも何も武器は無いし! 武器も力も金も無い弱い者を虐めるのが、海賊のやる事か?」

 

 両手を上げ降伏アピールしつつ俺は2人を見る。

 

「そうですね……」

「……んー」

 

 キスで止めるとか完全に悪手だ。

 此処は媚びよう。

 

「じゃあ……」

「あ、マッサージでも……」

 

 瞬間強化で背後に回った後にアンの両肩を掴んでもみ始める。

 

「っ!……ぁあ、いい感じです」

 

 完全に油断していたせいか、数回動作が繰り返されるまで俺が背後に回った事に気づかなかった様だ。まあ、攻撃してもサーヴァントに傷を負わせる事すら不可能だし。

 

「妙な真似したら唯じゃ済まないよ?」

「大丈夫ですよ、メアリー。本当にただのマッサージですから……そこはもっと強めに……そうそう」

 

 リアルでも肩揉みと肩叩きは得意だ。小さい頃から両親にやっていたからな。

 

「…………」

 

 黙々と肩を揉んで、揉んでは叩く。

 

「次は私に」

 

 どうやら俺が本当に敵意を見せないと確信した様で、俺に背中を向けるメアリー。

 

「うぅーん……いいね。もっと叩いていいよ」

「貴方、私達の家来になりませんか?」

 

 おっと、だいぶ気に入られた様だ。肩を揉んでだけなのに。

 

 この調子でマシュ達が来るまで耐えれば……

 

「マッサージのお礼、たっぷりして差し上げますわぁ……」

 

 あっ(察し)

 

 

 

 地面に倒れる俺は壁に繋がれていた。先までの行為で疲労し力が抜け、逃げる事は難しい。

 

 顔を俯かせる俺に、2人のウサギが笑う。

 

「殿方との行為は久しぶりでした……今夜も、おねがいしますね?」

「ご飯持って来るから、それを食べたら肩をまた揉んでね。夜には一杯お礼、してあげる」

 

 その言葉を最後に、彼女達は小屋を出ていった。

 

 体は洗われたけれど、心は晴れない。

 海賊の性欲に、一滴残らず絞り取られたのだ。

 

「……っぐ……」

 

 手錠は、外れない。

 

 

 

「せ、せん、ぱい………!」

 

「残念だったね。陸の上なら勝機があると思った?」

「マッサージに、性交による魔力補給……ふふふ、私達に怖い物無しです」

 

 マシュが地面に倒れ消滅する。既に勝敗は決していた。

 

「船長を刺したヘクトールも倒しちゃったし、どうしよか?」

 

「そうですねー。私達の新しい船長を連れて、この海を冒険する、なんて面白くないかしら?」

「いいね、それ」

 

 2人はこちらを見る。

 愛しい者を見るかの様に。

 

「それでは船長(マスター)、御命令を……」

「気持ちいい事した後は、一杯一杯、働いてあげるよ」

 

 すでに連日続けているのに、その言葉だけで勃ってしまう。

 

「「楽しまないと、ね?」」

 

 今日も俺は、彼女達を抱くのだった。




 何かと話題になっているポケモンGO。皆さんがマスターからトレーナーに転職しないか心配です。
 因みに作者は両立しようと思ってますが、ゲー厶性が違い過ぎるからどうなるやら……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

っく……殺せっ……! ロンドン編

だいぶ迷ったロンドン編。

意外と敵の女性キャラが多かったですね。


 

 

 ナーサリー・ライム編

 

「う……何処だ此処?」

 

 ロンドンに着いてそうそうに拉致された様だ。

 周りは何も無いかのような真っ白な空間。

 だが霧の溢れているであろうロンドンとは思えない。

 

「ありす……ありすは何処……?」

 

 辺りを見渡す俺の前に黒いドレスを身に纏った幼女が現れる。

 Fate/EXTRAに登場したキャスタークラスとしてもサーヴァントとしても異質な存在、ナーサリー・ライムだ。

 

 ロンドンでの登場は第4節の筈だが……なるほど、ロンドンに着いてそうそうに聖杯によって召喚された彼女と接触したのか。

 

「此処にはいないよ、君の愛読者(マスター)は――」

「――嘘よ嘘よ! だってありすの対戦相手(遊び相手)だった貴方がいるじゃない!」

 

 どうやら月での記憶は残っているようで、俺の事も知っている様だ。

 

「だけど、此処はロンドン。月じゃなければ、魔術師(ウィザード)も存在しない」

 

「いいえ、違うわ違うわ、違うわ! ありすはいる! いるったらいるの!」

 

 聞き分けの無い子供の様に喚くナーサリー・ライム。どうした物かと頭を掻く。

 

「本を忘れない読者ならともかく、読者を忘れない本とは……」

 

「ありすが来るまで、貴方も此処にいて! 私と一緒に、ありすを待ちましょう!?」

 

「いやそう言う訳には……」

 

 俺は頭を振って断るが、ありすは俺の片腕を引っ張る。

 

「あ! そうだ! お茶会を開きましょう! 楽しい楽しいお茶会を開けば、ありすは必ずやってくる! 楽しく遊んでくれた貴方がいれば、あの子もきっと喜ぶわ!」

 

 妙案を思いつき急に騒ぎ出すナーサリー・ライム。

 不味いな。何か嫌な胸騒ぎが……

 

(っは! しまった! ……!?)

 

 気付くの遅すぎた。

 

 自分の名前が、思い出せない。

 

 自分は■■■■……いや、■■■■だったか?

 

「さあ、思いっきり楽しみましょう!」

 

 ありすが両手を広げるとお菓子やお茶の置かれたテーブルが現れ、白一色だった辺りが森の中の様な風景に変わる。

 

 だがそんな楽しげな雰囲気とは裏腹に俺の体調は最悪だ。

 

(気分が悪い……頭が痛い……)

 

 記憶の消える感覚に負け、俺は椅子に腰掛けた。

 

 その先にテーブルに置かれた桃色のお菓子、マカロンが見えた。

 

(…………マカロン、食べれば少しは気分が良くなるか……)

 

 そんな誘惑が頭を過る。

 

(駄目だ! あれを食べたら……?)

 

 あれ? あれを食べたら、なんだ? 

 何が不味い?

 

 いや、駄目だ! 

 アレは……あれは? なんて言うお菓子だっけ?

 

 そもそも……

 

(何が、駄目なんだけ?)

 

 気が付けば桃色のお菓子を口に運んでいた。

 

「ん?美味しい!」

「でしょう!」

 

 何か欠けていた様なそんな気がしていたがマカロンを食べる度に喪失感が薄れ、無くしたと思っていた記憶が埋まっていく。

 それに釣られて体調も良くなる。

 

「はい、貴方の分の紅茶!」

「あ、ありがとう」

 

 子供用の多少小さく感じるティーカップに注がれた紅茶を飲む。

 

「んー……良い味だな……香りも良い」

「そうでしょ! きっとありすもこの匂いに釣られて来てくれるわ!」

「うん、そうだね」

 

 俺は頷いた。そうだ、きっとありすもすぐに来るだろう。

 

 そうしたらどうしようか?

 また鬼ごっこかくれんぼで遊んであげようか?

 それとも、トランプやお絵かきも良いかもしれない。

 

「それまで、ずっと一緒に待っていましょう!」

「ああ、待ってあげよう!」

 

 当たり前だ。きっと直ぐに来るだろうし……

 

「ありすが来るまで、ずーっと」

 

「ずーっと……一緒にいてくれるよね?」

 

 

 

 アルトリア・オルタ(ランサー)編

 

 モードレッドと力を合わせ、この時代を滅却する為に最凶最悪の強さで召喚されたニコラ・テスラを撃破した。

 

 安堵する俺達に一本の槍を持った騎士が襲い掛かる。

 

 モードレッドは一目見て直ぐに理解した。

 

 アーサー王が自分を殺しに来たんだ、と。

 

 反逆者を殺す為の聖槍、ロンゴミニアド

を持った彼女は何も言わず俺達へと攻撃を開始した。

 

 ニコラ・テスラとの戦いで消耗した俺達は苦戦を強いられる。

 

「っぐ! こんのぉ!!」

 

 剣の間合いで戦おうと接近するモードレッドだが、馬に跨り常にモードレッドより高い位置から攻撃を繰り出すアルトリアへの攻撃が届いていない。

 

「っはぁ――ッガァ!?」

 

 モードレッドの側面への攻撃を槍で防いだアルトリア。その隙に彼女の跨っている馬が前足をモードレッドへと上げ蹴り飛ばす。

 

「マシュ! 敵を抑えて!」

「了解です!」

 

 地面に叩きつけられたモードレッドの元へと急ぐ。ダメージ自体はそう大きくは無い。

 

「【応急手当】!」

「悪ぃ……だが、まだまだっ!」

 

 冷静を装うモードレッドだがどう見ても焦っている。

 

「こうなりゃ宝具だ! 一気に行くぜぇ!」

 

 モードレッドが吠えると、マシュが下がる。

 

 それに答えるが如く、アルトリアも槍に魔力を高める。

 

 雷電の如く互いの武器に走る魔力。同時に、宝具が開放された。

 

「マスター! 宝具、展開します!」

 

 来るであろう衝撃に備え、マシュも俺を庇うように宝具を発動させる。

 

 振り下ろされる魔力の閃光が雷雲を切り裂き、突き出された魔力の暴風は雷すら巻き込んだ。

 

「いっけぇぇぇ!!」

 

 

 

 辛うじて、勝利した。

 

 そう思った時には既に俺は捕まっていた。

 

 馬から飛び降り、宝具の直撃を避けたアルトリアは連戦の疲労と宝具の展開が重なり動けないマシュとモードレッドを無視しつつ、俺を攫ってその場から離れた。

 

「……」

 

 付いた場所はアジトでも無い適当な一軒家。無人の様だ。

 

 無言のまま、アルトリアは俺を壁際に下ろしてこちらを見る。

 

「っぐ!!」

 

 アルトリアはロンゴミニアドとは別の槍を軽く俺へと突き出した。

 

 が、そっと目を開ければ槍は俺の体では無く背後にあった壁を突き破っていた。僅かに左腕の皮が切り裂かれて血が出ている。

 

「……んっ……」

「っ!」

 

 くすぐったい。

 俺に近づいたアルトリアはそっとしゃがむと自分で切り裂いた腕の傷を舐め始めた。

 

 僅かに痛いが腕で感じる口の温度が感覚を麻痺させる。どうも俺から魔力を回復しようとしているようだ。

 魂喰いを行わないのは、わずかに残った理性が抑えているからだと信じたい。

 

「ん……ちゅっん……」

 

 血が出なくなったのか今度は唇を当てて吸い始めた。

 

 顔が近付き胸が腕に当たる。柔らかい感触と女性に血を吸われている背徳的な状況が興奮を呼び起こす。

 

「……」

 

 それを横目で見たアルトリアは顔を僅かに赤くしながらもこちらを見る。

 

「……」

 

 顔を横に振った。どうやらその気は無いらしい。

 

「……痛っ!」

 

 再び槍が俺の皮を裂いた。血が出なくなったのか別の場所に1本の線を刻んだ彼女は再び舐め、吸い始める。

 

「んっちゅ……」

 

 部屋に彼女の水音だけが響く。

 

 しばらくすると、今度は左手の甲を傷付け吸い始める。

 

 見れば吸われた場所全てにキスマークが付いている。

 

「も、もう良いだろ……?」

 

「っちゅ……ん」

 

 終わった。そう思ったが、彼女の槍は今度は俺の右腕を傷付け吸い始める。

 

「お、おい……! っひぃ!?」

 

 抵抗しようと僅かに腕を動かすと今度は頬を傷付けられた。

 大人しくしろと言わんばかりに彼女は俺の頬を舐める。吸う。

 

「…………」

 

 そして頬から吸い終わると彼女は俺と視線を合わせる。

 首筋に、僅かに冷たい槍の温度。今度は首を傷付けられた様だ。

 

「――」

 

 其処で漸く彼女は口を開いた。

 

「反逆は、赦さない」

 

 それだけ言うと首の傷を舐める。

 

 血の気が引いていく。恐怖からなのか吸われ過ぎたからかは分からないがこのままだと不味いかもしれない。

 

「……もういい」

 

 そう言うと漸く俺から唇を放した。

 

「……」

 

 だが、一向に俺から視線を外さない。

 

「ふふ……反逆者の同胞を汚すのもまた一興か……」

 

 俺の顔や首、腕のあちこちについたキスマークを見て満足そうに笑っている。

 

「いっその事……あいつから奪ってみせようか…………」

 

 駄目だ。血を失い過ぎたか魔力を失ったせいか視界が、意識が遠のいて行く……

 

「……から……わた……ぃらく、きざんでぇ……」

 

 

 

「嘘、だろ……!?」

 

「せ、先輩っ!」

 

 その後、マシュとモードレッドがアルトリアを打倒し俺を救出したが、2人の顔色は優れなかった。

 

 俺が発見された時の衰弱が酷かったのもあるが、それ以上に彼女達の心を抉ったのは消える事の無い無数の切り傷とキスマークだった。 




え? ジャックちゃんは何処だって?
いや……操られてるから書きませんでしたけど……何か?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

っく……殺せっ……! バビロニア編

何とか新年が来る前に間に合いましたぁぁぁ!

今年最後がく殺編とかネタ不足が隠せてなくて恥ずかしい限りです。
(第5と第6特異点はどうしたって? メイヴとエレナ、ニトリクスと女神アルトリアとかどう主人公にヤンデレろってんだ……)


次回も遅れると思いますが、これからもよろしくお願いします!


あ、呼符でマリーが来ました。


 エレシュキガル編

 

 マルドゥークの斧の入手と三女神同盟を崩す為にケツァル・コアトルと戦闘し彼女を仲間にした俺達は、ギルガメッシュ王に報告する為にウルクへと帰還していた。

 

 一度野営をして休息を取ることになり、火の番を務める事になった俺の元に、金髪の姿へと変貌したイシュタルが現れた。

 

「ケツァル・コアトルを仲間にしたのね。よくやったわ! でも何故かイラッとするのよねー?」

 

 ……まあ彼女がエレシュキガルなのは分かっているけど。

 

「ちょ、あ、熱い!? うそ、こんなにおでこが熱いなんて……!!」

 

 疲れが溜まって視界も定まらない俺の頭が崩れ落ちないように、彼女は支えた。

 

「だ、大丈夫!? 見張りは私がやるから、あなたはもう休みなさい!」

 

 体が疲れて動かせない俺は彼女の言葉に甘える事にした。

 

 だが、テントに戻ろうにも体が眠ってしまったかの様に起き上がらない。

 

「大丈夫……貴方は私がちゃんと見守るから……いえ、ちゃんと――閉じ込めないと」

 

 

 

「んぁ……へ?」

 

 目を覚ました筈なのに辺りは朝の眩しさでは無く夜の如く静寂に包まれた死の世界。

 

「起きたかしら?」

 

 俺に声をかけてきたのは金髪の美少女……エレシュキガルだ。

 

「もう熱は下がったかしら?

 ああ、そもそも此処ではそんな心配はしなくても良いわ」

「なんのつもりだ? どうしてこんな所まで連れてきた、エレシュキガル?」

 

 彼女に白状してもらう為に彼女を真名で呼ぶ。

 

「そう! 私こそ冥界の女神エレシュキガル! ……ってあれ? 何で私の名前を知ってるの!?」

「いや、知ってたし。

 毎晩毎晩顔合わせてたし」

 

「うっそ!?」

 

 カァーと顔を真っ赤にしたエレシュキガル。だが、今はそんな事よりも重要な事がある。

 

「此処は冥界なんだろう? だったら此処から出してくれ。地上には俺のやるべき事があるんだ」

「残念だけどそうは行かないわ。

 ……わ、私を冥界の女神と知っていたのに、言葉を交わしてくれた優しい貴方を逃したくないわ。貴方は私の夫になるの!」

 

 拘束されていないが冥界ではエレシュキガルの定めた法があり、ここに居る霊達は彼女に従う。

 この時代では冥界は地下にある為、サーヴァントの助けが無ければ地上へ戻るのは不可能だ。

 

「……令呪を持って――」

「――冥界へのあらゆる転移を禁止する!」

 

 魔力が通って赤く輝いていた令呪はエレシュキガルの声により魔力を拡散させ、1画が消滅した。

 

「貴方はまだ生きているけれど、サーヴァントを呼べるとは思わないで!

 そ、それに……折角、ふ、2人きりなんだから、他の女なんて呼んでほしくないわ……」

 

 頬を膨らませ赤くしているがこのまま冥界にいると俺が死ぬ。

 そうなれば人理滅却は絶対となり、人類の敗北だ。

 

「どうすれば地上に返してくれる?」

「え……? そ、そうね…………て、手を繋ぐ……? いやいや! き、キスとか!?」

 

 冥界に籠もっていた彼女は好きな人に何をすれば良いのか分からないらしく、戸惑っている様だ。

 

「……そうよ! 悩む必要なんて無いじゃない! 貴方は私の手の平の上! あなたの要求を聞く必要なんて最初から無いんだったわね!」

 

 テンパっていたのに直ぐに状況を思い出してしまったか。

 

「良い? 冥界にいる限り貴方は私のモノ! 貴方の生死すら私のモノなの!

 ……あ、あの、べ、別に殺すつもりとかじゃないから! 怖がらないで!」

 

 だそうだが、このまま冥界にいれば確実に死ぬ。

 

「そうだ! イシュタルの体に入れる時間! 夜になったら出してあげる! それにここはもうウルク市まで来ているわ! ギルガメッシュへの挨拶だってすぐ出来るわよ! …………アレ? アイツ、まさか!?」

 

 エレシュキガルが急に狼狽えだした。まさかコレは……

 

「し、死んでる? 嘘!? アイツ、私の衰弱の呪いで死んじゃってる!?」

 

 エレシュキガルは頭を抱えだした。

 

「どうしよう!? 折角勇気を出して拉致監禁したのに、このままじゃ貴方と王を救いに他の女神達やサーヴァントが直ぐに来ちゃうわ!?

 ううぅ……私の幸せがぁ!」

 

 エレシュキガルはパニックになるが直ぐにハッとした。

 

「……そうよ、ここは冥界。女神達は入れば弱体化して、イシュタルは門を潜る度に神性を失い、マスターを失ったサーヴァントなんて大した脅威じゃないわね!」

 

 先程からパニックになっては落ち着くを繰り返しているが、エレシュキガルは大丈夫だろうか?

 

「え? し、心配、してくれてるの?」

「まあ、あんな感じになってれば流石に……」

 

「……ふ、ふふ……やっぱり貴方は優しいわね。貴方を冥界に連れてきてよかったわ。もうこれで、貴方は私の前から消えないもの」

 

「いや、本当に帰してくれない?」

「駄目よ! 最初はそうね……夫は言い過ぎたわよね。恋人から始めましょう! 冥界を案内してあげるわ!」

 

 手を引っ張られ、エレシュキガルに連れられて岩だらけ、危険だらけの冥界を案内された。

 全ての説明が落ちたら危険、近づくと危険、触ると危険等の警告だけだったが。

 

 

「そして此処が私の部屋! 此処には危険なんて何1つ無いわ!」

 

 そう言って笑う彼女。恐らく彼女なりの冗談だったのだろう。

 

「ねぇ……一緒に眠らない?」

 

 そう言ってベッドをポンポンと叩くが、その誘いに乗る訳には行かない。

 

「じ、実はね私……冥界の女神だけど………せぃ……強いの……」

 

 嫌な予感。肝心な所が聞こえづらかったが聞いてはいけない言葉だったと思う。。

 まあ、バッチリ性欲って聞こえたけど。

 

「……へぇ、そうなんだ…………」

「ぅん……」

 

 気不味い沈黙。

 

 突然エレシュキガルはベッドに仰向けで倒れ込みこちらを見上げる。顔はこれでもかと言う程赤い。

 

「……私の事……滅茶苦茶に、……じゃなくて! えーっと、その……優しくしてくれる?」

 

 この誘いは卑怯だった。

 今の今までヤンデレ、ではなくただ単に生命の危機レベルで面倒な美少女だったのに、この誘い方は本当に卑怯だった。

 

 

 正反対である筈の保護欲と加虐欲が同時に掻き立てられた。

 

 女神の魅力という奴だろうか、高まり始めた欲望が我慢など出来ずに彼女の唇を奪う瞬間、保護欲に塗れた理性がブレーキをかけつつ彼女の望みを叶えるべく後押しした。

 

「ん…………っ!?」

 

 優しいキスに安心したが、口の中に入ってきた舌に驚く彼女を愛らしく思いつつ、安心させる為に優しく微笑んだ。

 

 それを見た彼女も精一杯俺に答えようと、目を閉じて舌を動かし始める。

 

 口の中で2人の唾液が水音を立てる。

 その官能的な響きに徐々に下へ下へと血が、熱が集まる。

 

 彼女の方も強張っていた表情は溶け切っており、心も体もこちらに預けていた。

 

「……っはぁ、っはぁ……あ、あつぃわ。

 でも、もっと欲しいの……冥界の女神に、日陰の私を……貴方の熱で、焼いて……! 貴方の女にして!」

 

 右手は俺の腕を掴み、左手は自身の下着をずらしていた。

 

「私を……貴方の妻にしてぇ! ……んんっ!」

 

 彼女の願いに答える為にもう一度キスをした。そして――

 

「――はなれろぉぉぉ!!」

 

 小さな光の矢が飛んできた。

 それをエレシュキガルは言葉を発さずに呼んだガルラ霊がその身で防いだ。

 

「……あら? イシュタル、かしら? 随分小さいわね」

「黙りなさい! よくもそいつを誑かしてくれたわね!」

 

 7つの門を通った影響で小さくなったイシュタルとマシュ、ギルガメッシュ、そして……アナがいた。

 

「今……口づけ、してましたね?」

「冥界ではやってはいけない事が愛する妻とのくちづけだが……もしやエレシュキガル、貴様はその男を夫として迎え入れ、冥界に閉じ込めるつもりだったか?」

 

「ですがマスターが女神エレシュキガルとのくちづけでその掟に引っかかる筈がありません! そうですよね、マスター!?」

 

 マシュにそう問いかけられた俺は、ギルガメッシュの言葉を聞いてエレシュキガルに視線を向けていた。

 

「……私が許せばあなたは冥界から出られるのだわ」

 

 急に口調を変えてそう言うが、目元には涙がうっすら零れ落ちそうだ。

 俺を騙した罪悪感から涙が落ちそうになっているんだろう。

 

「――どうでもいいわ。貴女を倒して私がそいつを地上に返せばいいだけの話! その後、貴女宛にそいつと私の情事を本にして丁重に送ってやるわ!」

 

「はははは! 女神同士の愛憎劇とはなんと愉快な! 流石はカルデアのマスター! イシュタル、詩人は我に任せておけ! ウルク一の詩人、いやこの際だ。人類一の作家を召喚して書かせてやろう!」

 

「……マスターさん、浮気は、ダメ」

「マスター! 私を裏切らないで下さい!」

 

 愉悦を感じ1人喜んでいる過労死王は静観を決め込み、俺を掛けてヤンデレ戦争in冥界が始まった。

 

 

 

 ゴルゴーン&アナ編

 

 ゴルゴーンを撃破したが彼女の作った神殿は崩れ始めた。

 

 落下していくゴルゴーンと彼女と同一の英霊であるアナは神殿に出来た大穴に落ちた。

 

 既に更に大きな異変が起きつつある外に向かって、俺達は全速力で走っていた。

 

「っ!? うぁ!?」

 

 突然、俺の足元に穴が空いた。重力に押され下へと落ちる。

 

「マスター!? っきゃぁ!」

 

 直ぐに俺を掴もうとしたマシュだが、突然現れた魔獣の攻撃を盾で防御し、俺へと伸ばした手は既に届く距離に無かった。

 

「せ、せんぱぁぁい!!」

 

 

 

「ふむ、狙い通りにちゃんと落ちてきたか」

 

 落下した先に俺を待っていたのは先までボロボロだった筈のゴルゴーン。

 その衣装は白へと変貌しており、若干早い気もするが、同一の存在であるアナとの融合を終えたらしい。

 

 相変わらずその姿は巨大なままで、片腕で俺を掴んでいる。

 

「狙い通りって……ゴルゴーンが、俺を落としたのか?」

 

「ああ……良いな。(アナ)が一番愛した声だ」

 

 慈愛に満ちた顔でこちらを見ている。

 ストーリー以上にアナと絡んで懐かれていたのは知っていたが、融合したゴルゴーンがこんな風になるまでとは知らなかった。

 

「……これでは少し大きいか」

 

 ゴルゴーンは俺を地面に離すとその体を縮め、ライダーのメドゥーサより少し高い位の大きさになった。

 

「人間に対しての復讐者である(ゴルゴーン)がここまで心を落ち着かせられるとはな……」

 

 言いながらも尻尾が俺の両足を縛る。

 

「だが、もう外は危険だ。今頃、本当のティアマトがウルクを飲み込もうと襲っているだろう」

 

 その言葉に体が強張る。そうだ。恐らく今頃外ではラフムの大群がウルクを襲撃し、人間を殺しているだろう。

 

「此処に入れば安全だ。崩れたお陰でここの侵入は容易ではなくなったし、私の命令を聞く魔獣もまだ幾つかいる。

 ……それでも、お前は戦うのか?」

 

「と、当然だ……! 俺の目的はソロモンの撃破だ! こんな所で終われるか!!」

 

「……そうか」

 

 ゴルゴーンは目を伏せると、尻尾を動かして俺を更に近くに引き寄せた。

 

「……えっと、離してくれない? 胸が当たってるし……」

「当てているのだ。何、直ぐに元の場所に戻してやる」

 

 ゴルゴーンの魔獣の髪が俺のズボンを食いちぎった。

 

「……少し魔力供給をさせてもらうがな」

「ちょっと待て……! そんな事してたら間に合わなくなるかもしれない!」

 

「……あまり私を怒らせるな」

 

 文句の多い俺にゴルゴーンは発動寸前の魔眼で威圧し、俺は黙るしかなかった。

 

「まがい物とはいえ女神の寵愛、人間には過ぎた幸福だ。

 ありがたく、受け取れ」

 

 

 

 ケツァル・コアトルの力を持ってしてもティアマトの進行を止める事は叶わなかった。

 

 こちらの戦力であるマシュもイシュタルも魔力が殆ど残っておらず、撤退もままならない。

 

 更に、このままではティアマトは間違いなく、飛行を始めてしまう。

 

「Aaaaaa――aaaaa!?」

 

 しかし、飛行を始めようとしたティアマトの足を巨大な蛇が抑えた。

 

「……ふん」

 

 ゴルゴーンだ。突如として出現したゴルゴーンの妨害で、漸くティアマトはその足を止めた。

 

 ……と、思ったらティアマトはゴルゴーンへと攻撃を開始した。

 

「どうしたティアマト! 貴様から感じるぞ、復讐の憤怒が! 私に恨みがあるか!」

 

 滅ぼすべきウルクに進行していたティアマトがここに来て急に進路を変え、ゴルゴーンに迫る。

 

「なるほど! 貴様もそこの男に誑かされた口か! そやつとの接吻は極上だったぞ!」

 

 ゴルゴーンがとんでもない挑発を始めるとティアマトの攻撃も激しさを増した。

 

 ……次いでに、隣にいるマシュとイシュタルの俺に向ける視線の厳しさも。

 

「臭うか? ヤツの子種の匂いが! 髪で扱いた時の奴の顔は情けなかったがそそられたぞ? 胸の時も中々イジメ甲斐があったが、耳元で喘がれるのも良いものだ」

 

 言ってる本人も恥ずかしいのか顔が赤くなる。

 一番辛いのは俺だけど。

 

「ほれ? 早く来ないと逃げるぞ? お前の権能で奴との子を成してしまうぞ?」

 

 暗に本番をした事を自慢しながらもティアマトからウルクを背にして逃げるゴルゴーン。その姿はやがて見えなくなり、俺は頬をつねられたまま、ウルクまで撤退した。

 

 なおウルクに到着したティアマトがギルガメッシュではなく俺を狙って来た事を記しておく。




では皆さん、来年にお会いしましょう!

正月の予定? とりあえず無課金ですがガチャります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プリズマっぽいヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【16万UA記念】

長らくお待たせして申し訳ありませんでした!
完全に休みボケです!
来週から学校が始まるのでまた普段通りの更新速度に戻していけたらなと思っています!

本当に遅くなりましたが、佐々木 空さん、当選おめでとうございます!
また適当なUA数で同じ様な企画をしますが、その時は遅れないように頑張りたいと思います!

こんな未熟な作者ですが、これからも応援よろしくお願いします! 


 学校も終わり、夏休みが始まる放課後。

 

「今度デートしましょう!」

「いや、毎日こうやって一緒にいるんだし、週末くらいゆっくりさせてくれ――っと、着いたな」

 

「むぅ……ちゃんと考えておいて下さいよ。さようなら、先輩」

「善処するよ……また明日」

 

 私、エナミハクツが先輩と一緒に過ごす様になってからもう随分と時間が経ったけど、先輩との距離が縮まっている気がしない。

 

 理由は分かっている。

 私がアプローチの度に近付くと、先輩が逃げる様に遠ざかってしまっている。

 

 私の激しいアプローチに、照れ屋な先輩が逃げている……だけじゃない。

 

(きっと今のままじゃ駄目なんだ!)

 

 先輩はあんな夢を見る程ヤンデレが好き。ならきっと私にヤンデレ(それ)が足りていないんだ。

 

 気合を入れなきゃ。

 今日にでもアヴェンジャーに頼んで、もう一度先輩の夢の中で一緒の時間を過ごそう!

 

「そうと決まれば……!」

 

 

 

「……頭を撫でる? ヤンデレの?」

 

「そうだ。全てのヤンデレの頭を撫でるだけだ」

 

 寝ても覚めてもヤンデレとは、本当に勘弁してほしい。アヴェンジャーの顔色を注意深く疑う。

 

 女性の頭を撫でる。

 此処ヤンデレ・シャトーに置いてそれは簡単な分類に入るスキンシップだ。

 

「当然ながらいつも通りのヤンデレサーヴァント共に、とはいかない」

「何が来るんだよ?」

 

「……モードレッド、玄奘三蔵、マシュ、そして……」

 

 アヴェンジャーは溜息を吐いてからその名を口にした。

 

「エナミとバーサーカー娘だ……」

 

知らない人達(未所持サーヴァント)危険人物(リヨ子)とか頭おかしいだろ!」

 

「それが……言い訳は無いな。エナミをお前の夢に入れるつもりだったんだが、その隙間を通って平行世界のお前のサーヴァントや、常識の通じないバーサーカーが一緒にやって来てしまった。その点は謝罪する」

 

 いや、ガチで頭下げられても反応に困る。

 そうこうしている内にアヴェンジャーの後方からやって来てきたのは、エナミとマシュだ。

 

「先輩! 夢の中で会うのはお久しぶりですね! 今日は先輩のハートを鷲掴みにしちゃいますからね!」

 

「先輩! 今日は普段の私とオルタで攻めさせて頂きます! 覚悟してくださいね♪」

 

「お前ら両方とも俺を先輩呼びしてるから区別が……」

 

「やっほー!」

 

 そこに頭上から加わる1つの声。

 間抜けた挨拶と上方という滅茶苦茶な方向から来る声は間違いなくリヨ子である。

 

「案外早い再開だったな! 運命の人! 今日こそこの悩殺メロメロボディで落としてやろ――おっと、こんな所に鏡が?」

 

 リヨ子とエナミは同じ外見だ。服も顔もそっくり。目に帯びた狂気の形で判断するしかない。

 

「誰ですか貴方は!? 先輩!? 夢の中で知らない女と会っていたんですね!?」

「おや? 鏡だと思ったら泥棒猫? ちょっと運命の人、しっかりしてよー? 私って言う者がありながら……!」

 

「いや、コイツと会うとか拷問以外の何物でも――」

 

「――続きはシャトーでしてもらおうか」

 

 アヴェンジャーがそう言うと俺の意識は微睡みの中に沈んでいった。

 

「ふぅ……今回はどうなる事やら?」

 

 

 

「……ん……」

 

 覚醒。目が覚めた俺の手には1枚のカードが握られていた。

 

「何だこれ? あ、アーチャークラスの絵が……」

 

『マスターであるエナミ、キダ、リヨ子には今回、クラスカードが与えられている』

 

 アヴェンジャーの声が響き、恐らくだが現在手元にある謎のカードの説明が始まった。

 

『手元のカードを各自所持している端末に当てる事でそのカードのサーヴァントの宝具を使用でき、カードを持って魔力を高めれば1度だけ1時間の間、英霊の力をその身に纏う事が出来る。上手く活用しろ。今回は令呪は無い』

 

 それだけ言うと電源の落ちたテレビの様にプツリと静かになった。

 

 Fateの派生シリーズにプリズマイリヤと呼ばれる魔法少女の話がある。その中に登場するクラスカードを使用する事でその英霊の宝具を使用する限定召喚(インクルード)とその英霊の力を使用する夢幻召喚(インストール)を行う事が出来る。

 

「――って、wikiに書いてあるな」

 

 残念ながらプリズマイリヤは未視聴だ。スマホの様な携帯端末に目を通し終わった後に周りを確認する。

 

「だが、これがあれば英霊に対抗できるって訳だな」

 

 クラスカードには英霊の姿は書かれていない。アーチャーだと言う事だけしか分からない。

 

「だけど、今回の目的はあくまでヤンデレ共の頭を撫でる事だ」

 

 無理に戦闘をする必要は無いと目の前のヤンデレ・シャトーの廊下を見る。どうやら誰か来ているらしい。

 

「運命の人、みーっつけた!!」

 

 最悪な事にリヨ子である。跳躍して上空から凄い勢いで迫る。

 

「グヘヘ、今すぐとっ捕まえて白目剥くまで気持ち良くしてあげるよ!」

 

 女子力の欠片も感じられないその動作はヤンデレと言うか病みの塊だ。

 

「っち! 迷ってる暇は無い!」

 

 端末にカードを当て、インクルードを行う。

 

「来い!」

 

 端末が変化し、握る腕に確かな重みが感じられる。

 咄嗟だったが成功した様だ。

 

「弓か! って、矢が無い!?」

 

 右手に黒い色の弓が現れるが矢が出てくる様子が無く、咄嗟に弓でリヨ子を殴った。

 

「おっと!? 何したか分かんないけど、同じ事すれば良いよね!?」

 

 殴られた筈のリヨ子はまるで応えた様子は無く、端末にカードを当てる。僅かに見えたのはバーサーカーの絵だ。

 

「来い、最強武器! ……あれ?」

 

 リヨ子の端末もカードも消えたが何かが現れる様子は無い。戸惑い、あちらこちらを見回すリヨ子

 

「チャンス!」

 

 その隙に俺はリヨ子から離れようと後ろへ走る。

 

「あ、待ってよー!」

 

 だが、素の状態では流石にあの化物から逃げ切るのは難しい。迫ってくるリヨ子の横腹を弓で殴った。

 

「あっぁん! ……はぇ?」

 

 何故か喘いだリヨ子は、体を見渡した後再びこちらに迫ってきた。

 

「っこん、の!」

 

 しつこいので結構本気で殴る。

 

「あっはぁん! ……力がみなぎるぞ!?」

「嘘だろ!?」

 

 殴った筈なのに喘いだと思ったら魔力が高まっていく。

 これは、まさか……!? 

 

「スパルタクス……!?」

「よく分かんないけどなんかチャンス! 今ならいくら殴られても気持ちいい!」

 

 退散だ、それしかない。

 あの頭のおかしいバーサーカーにトンでもない能力を与えやがったなアヴェンジャー!?

 

「くっそ! こっちは矢が出ないのにあっちは殴る度に強くなるし、最悪だ!」

 

 握っている黒い弓は恐らくだがアーチャーの方のエミヤの宝具で間違いない。となれば投影魔術で矢を作って撃ち出す必要があるが、インクルードで呼び出せたのは弓のみ、投影魔術が使える気配は無い。

 

 いつも通り瞬間強化で逃げ回っているが、とても逃げ切れるとは思えない。

 

「待て待てぇー!」

「これじゃ追い付かれる! っ!?」

 

 なんと都合の良い事に、俺の視界に扉が飛び込んで来た。

 

 あそこになら恐らくだがサーヴァントがいる。一度きりのインストールを使用せずにピンチを切り抜けられそうだ。

 

「頭を撫でればいいけど、リヨ子はとりあえず後回しでいいだろ!」

 

 俺は瞬間強化を最大限発動させ、扉を一気に開いて飛び込む様に部屋へと入った。

 

「んっ!? あっ! わわわ、マスター!?」

 

 いきなりの侵入に中にいたサーヴァントも驚いた様だ。

 

「はっはっは! 待てぇ運命の人ぉ! 圧制者は抱擁だぁー!」

 

 開いたままの扉からそんな声が聞こえ心臓が潰される様な錯覚に陥っていた。

 

 その間にスパルタクスの狂気に飲まれたのか、リヨ子は俺の消えた廊下を走り去っていく。

 

「……な、なんとか逃げ切った……」

 

 その場にへたり込む。もう気力は無い。

 

「マスター、大丈夫か!?」

 

 そんな問い掛けにそう言えばサーヴァントが居るんだなと顔をあげる。

 

「うおっ!?」

 

 顔を見たと同時に抱き着かれ、思わず妙な声を出してしまった。

 

「怪我は無いよな!? オレがいるからしっかりしろよ!?」

 

 赤い服装に金髪で男勝りな口調、引いた事は無いが見た事はある。

 

 叛逆の騎士、セイバークラスのサーヴァント、モードレッドだ。

 騎士王、アルトリア・ペンドラゴンの娘……彼女の姉モルガンによって作られたホムンクルスだ。

 

「あ、ありがとう。大丈夫だよ」

 

 チャンスだと思い、右手で頭を撫でた。

 

「お、おい!? 子供扱いすんなよ!?」

「ごめん、別に子供扱いじゃなくて……」

 

 モードレッドは好きな相手には子犬の如く懐くサーヴァント。ヤンデレになれば恐らくだが依存するタイプだ。

 

「髪が綺麗で、つい……」

「え……? あ、ば、馬鹿! きゅ、急に褒めんな!」

 

 顔が真っ赤になったと思ったらツンデレの様なセリフを吐いて、俺から離れた。

 

「……きゅ、急にじゃなかったら……もっと褒めて良いから……な?」

 

(おっふ……)

 

 ヤンデレに囲まれ過ぎていたせいか、モードレッドのツンデレがとてつもなく可愛く見えてしょうがない。

 

「…………マスターはオレが守るから、オレの側を離れんじゃねえぞ!」

 

 頼もしい事を言って、モードレッドは剣を手に持った。

 

(顔が真っ赤じゃなきゃ、凛々しいとか思ったんだけどな)

 

「見つけたわ!」

 

 第三者の声が聞こえ、すぐさまモードレッドが俺を庇う様にドアの前に立った。

 派手に吹っ飛ばされたドアがモードレッドへと向かうが、彼女の持つクラレントの切れ味の前では無力、切断された。

 

「誰だ!」

「……弟子の分際で、護衛、いや、害虫がいるようね。こんなのも払えないなんて情けない弟子ね。今から鍛え直してあげないと……」

 

「誰だって聞いてんだよ、答えろ!」

 

 モードレッドが声の主へと斬りかかる。

 

 クラレントはモードレッドが騎士王に叛逆し戦った逸話によって王位継承の剣から邪剣へと変化した剣だ。

 あのエクスカリバーと斬り合った剣に、アーサーの遺伝子を持ったモードレッドが使っているんだ。半端なサーヴァントじゃ太刀打ち出来ない。

 

「甘いわね!」

「っがぁ!?」

 

 フラグ回収早っ!

 突っ込んだ筈のモードレッドが一瞬で吹き飛ばされた。

 しかも床に叩き付けられたモードレッドの体は金の輪で縛られていた。

 

「さあ、こんな所からオサラバして一緒に過ごしましょう? 貴方の、お師匠様とね!」

「さ、させるか……!」

 

 モードレッドは拘束されたまま立ち上がる。

 

 睨みつけた先にいるのは、キャスターのサーヴァント、天竺を目指し孫悟空や妖怪を仲間にし過酷な旅を完遂したと言われる玄奘三蔵。

 

「あら? まだ立っちゃう?」

「ふざけやがって……! このオレが不意打ちだけでやられる訳がねぇだろ……!!」

 

 そう、先程モードレッドが吹っ飛ばされたのは完全に不意を突かれた一撃だったからだ。

 三蔵は手に出現させた三又槍で攻撃すると見せかけて、指の中に縮小させ隠していた如意棒を伸ばして攻撃したのだ。

 

「だけどその輪は御仏パワーで出来た物よ。破るどころか、私が念じればもっと強く締め付けるわ」

「そんな脅しが……!!」

 

「〜〜」

「っがあぁぁ!?」

 

 手を合わせ聞き取れない念を唱えるとモードレッドを縛っていた金の輪が更に締め付けだした。

 

「っぐぅ……こ、こんなもん……!!」

 

「ねぇ、仏弟子? あの娘、苦しんで困っているわね?」

「……」

 

 白々しい。満面の笑みを浮かべながら玄奘三蔵は言葉を続ける。

 

「師匠の教え、覚えてる? 困っている人は見捨てるなって私言ったわよね?」

「っぐ、こんのぉ……!!」

 

 言いながらも輪は緩めない。

 

「モードレッドを放して下さい」

「駄目だね。彼女が縛られているのは貴方が彼女の部屋に入ったから。貴方が私を選ばなかったから」

 

 この師匠様は完全に目が逝っている。

 

「なら、ちゃんと彼女の前で私を選ばないと。私に彼女を選んだのは勘違いだって示さないと。キスでもして、ね?」

 

「んな必要は、ねぇ!!」

 

 モードレッドの魔力が高まり、両腕で金の輪を思いっきり引き裂いた。

 

「あらら? 罪人に解かれるような輪じゃないだけどなぁ?」

 

「マスターの為ならあんなもん、幾らでも破ってやる!」

 

 狭い部屋でいがみ合う2人。此処は言葉で止めるべきか。

 

「ちょっと待て! そもそも俺はどっちが良いなんて一言も言ってないよ!」

 

「……んー? それはどう言う意味かな? 弟子が師匠を選ばない、なんて言わないわよね?」

 

「マスター? オレを裏切ろうだなんて思っていないよな?」

 

 悪手だ、俺。2人の刃がこちらに向いただけでは無く、選択を迫られている。

 

「あ、えっと……俺は……」

 

 どっちを選んでもヤンデレだ。

 この際、都合良く誰か部屋に侵入してくれないだろうか? 

 そもそもエナミとマシュは何をしているんだ? もしかして、リヨ子と廊下で遭遇でもしたのか?

 

(これ以上コイツラと構っていると当選者さんの頼んだ出番の多さを守る事が出来なくなってしまう。此処でインストールを切るべきか!?)

 

「何を悩む必要があるのかな? 貴方は私の弟子よ?」

「マスター……オレを見捨てないでくれるよな?」

 

 やれやれ……だったら……

 

「そうだなー……? リヨ子を倒せる位強くないと、一緒にいられないかなー?」

 

 遠回しの頼み事。まるで付き合っている女子に貢げと言っているクズ男の様な発言だが……

 

「任せなさい!」

「オレなら楽勝だ! やってやるぜ!」

 

「あ、待って!」

 

 出て行こうとする2人を呼び止め頭を撫でた。

 

「オレ、信じてるよ」

 

「……お、おう! 任せろ!」

「はぁぁ……な、生意気な弟子ね!? ふん! お師匠様に任せなさい!」

 

 やる気が滾った2人はそのまま部屋から出て行った。自分の屑っぷりに呆れて声も出ない。

 

「なんとか誤魔化せたな……」

 

 精神的に、苦しい戦いだった。

 

 だがやはり頭を撫でるのは簡単だ。人数も後3人だけだし……

 

「先輩♪」

 

「おわ!?」

 

 2人が出ていったドア(があった場所)からマシュが入って来た。

 

「マシュ……!」

 

「邪魔者は消えました、先輩。さあ、一緒の時間を過ごしましょう!」

 

 マシュは素早く俺に迫り近付く。

 

「遅くなって申し訳ありません」

「本当にごめんなさい。他の女が鬱陶しくて……」

 

 マシュは現在オルタと体を共有しているので、2人が交互に話している。

 

 俺は後退るが、狭い部屋の中では背中が壁に着くのは早い。

 

「先輩、逃げないで下さい」

「大丈夫です、痛くはしませんから」

 

 優しく肩に手が触れて、首をすーっと上り、口に妖しく触れる。

 

「っ……!」

 

 体が強張る。このままだと、呑まれるのは間違いない。

 

「怯える先輩……」

「可愛いです♪ っあ……」

 

 ならばこちらもと手を伸ばして頭を撫でる。

 

「もう、先輩ったら……♪ ペットじゃないんですから女性の頭を軽々しく撫でてはいけませんよ?」

 

 よし! これで残るはリヨ子とエナミだけだ。

 

「お返しに、先輩の頭も撫でてあげますね?」

「お汁が出るまで、たっぷりと……」

 

「それは勘弁だ!」

 

 R-18発言に戦慄し、俺は緊急回避でマシュを避けて部屋を飛び出した。

 

「相変わらず照れ屋な先輩ですね?」

「大丈夫ですよ。ちゃんとイカせてあげますから」

 

 その後をマシュが追ってくる。瞬間強化がまだ使えない事に気付くが、それ以上の厄介事が目の前に飛び込んで来た。

 

「せ・ん・ぱ・い! 見つけましたよ!」

 

 くだ子……エナミだ。

 

 不味い。前門の後輩に後門の後輩……

 どっちも後輩だが、夢の中でリミッターやら常識が失われたエナミとオルタの影響でエロの化身と化したマシュが相手では状況は最悪だ。

 

「さあ先輩、2人で愛を育みましょう! 先ずは監禁から……」

「どんな始め方だ!」

 

 手錠を持って近付くエナミ。後ろはマシュで塞がれていて逃げられそうに無い。

 

「監禁して搾り取るのも良いですけど……衰弱させて介抱して、私の言う事を聞いてくれる様にするのも捨て難いですね」

 

 エナミが手を組んだまま頷いているが、俺にはその2択の良さがこれっぽっちも分からない。

 

「先輩を先輩のまま私を愛してくださる様に、手錠に繋がれた先輩にとって都合の良い女に……」

「ダメダメ。毎日ちゃんと面倒見てずっと繋いで、でもたまに激しく扱ってあげないと……♪」

 

 マシュもオルタと謎の自問自答を始めている。

 

「健気な後輩に内緒で後輩モドキと会っていたんですね? 先輩、ヤンデレポイント、3万行っちゃいますね?」

 

「可哀想に……先輩はこんな人と一緒に過ごしていたんですね? 大丈夫です、直ぐに開放してあげます!」

 

 エナミとマシュがお互いを挑発し始める。

 このまま2人で潰し合ってくれれば此方としては助かる。

 

「……ですが、同じ後輩のよしみで先輩を貸してあげます」

「その取引、乗ります♪」

 

 何も言えず出来ずにあっという間にマシュに体を捕まれ、エナミに手錠をかけられた。

 

「あ……れ……?」

 

「先の足止めは助かりました」

「いえ、こちらこそあの人を攻撃して貰って助かりました」

 

 何故か後輩2人が楽しく談笑しながら力の抜けた俺を運ぶ。

 どうやらリヨ子を2人で撃退したらしく、意気投合している様だ。

 

「先輩! 幸せですね! マシュさんの部屋、安全らしいですよ!」

「はい! 一緒に先輩を監禁しましょう!」

「イロイロ、教えてあげます♪」

 

 ろくな抵抗も出来ないまま俺は運ばれていく。

 手錠さん、いつもお疲れ様です。そろそろ休んだらどうですか?

 

 

「あーん!」

「あーん!」

 

 目の前にプリンとイチゴがあります。どちらを選びますか?

 

 なんて問題文が下に書いて有りそうな光景が目の前に広がっている。

 

「先輩の大好きなショートケーキですよ? はいっ!」

「先輩が食べ易い様にと用意させて頂きました、プリンです」

 

 スプーンとフォークが突き付けられ、思わずフォークの鋭利さにプリンの乗ったスプーンを選び、口に含んだ。

 

「先輩!?」

「いや、イチゴくれよ」

 

 なぜ遠ざかる必要がある? 両方頂きたいと俺はイチゴも頬張った。

 

「食後の腹ごなしには柔らかーいプリン、揉み放題ですよ?」

 

 マシュは俺の腕へと抱き着き絡む。

 

「吸っても噛んでも美味しいイチゴ、ちゃんと先輩のお口に立たせてあげますね」

 

 負けじとエナミも腕に抱き着いて耳元で囁く。

 

「所で、腕に抱きつくのは構わないが後ろに縛られたままじゃ触れないんだけど?」

 

 俺は両手首を縛られ、背中で必死にもがいている状態だ。勿論触るつもりはない。つるつるなプリンにも、赤く小さなキイチゴもだ。

 

「勿論外してあげますよ。先輩、変な抵抗はしないで下さいね?」

 

 手錠が外される。抵抗したいが令呪もなければ戦力にも差がある。インストールした所で、捕まるか殺されるのがオチだ。

 

「さあ、触って構いませんよ?」

「大きさは負けますけど、感度はマシュさんに負けませんよ」

 

 2人で胸部を露出し始める。

 

「あー! 俺は着衣が良いなー! すぐ裸とかロマンがないしー!」

 

 触る訳にはいかないし裸もダメだ。もし誰か侵入してこの2人が胸を露出していたらアウト。問答無用で殺される。

 

「分かりました。では……」

「優しくして下さいね……?」

 

 2人は胸を強調させこちらに近付く。

 触りたい衝動に駆られるがなんとかやり過ごす策を練ろうと頭を捻る。

 

「……どうしました?」

「さあ、早く!」

 

 更に近付く。

 そのはずみで揺れる双山に手が行きそうだ。

 もう片方も迫って来る。山は小さく揺れるが官能的なツボミを覗かせている。

 

 正直、触りたいです。

 

「……やっぱり、この牛女が邪魔ですね」

「ええ、先輩は私だけのモノでした。それを分かち合おうだなんて……」

「無理だったんですね」

 

 動かない俺を見て互いに矛先を向け合い始める。いや、近くに俺がいるんですけど!?

 

「――見つけたぁ!」

 

 更にそこにドアを破ってもう1人入って来た。

 リヨ子討伐の命を与えた筈のモードレッドだ。

 

「マスター……今助けてやる!」

 

「邪魔ですよ。これから先輩の唯一の後輩を決める戦いなんですよ、邪魔しないで下さい?」

「モードレッドさんの相手はその後してあげますよ」

 

「……そうかよ」

 

 言うが早いか、モードレッドは魔力を放出させ俺を奪って逃走した。

 

「ならマスターを貰っていくよ!」

 

 

 モードレッドに連れて行かれた俺だが、なんとモードレッドは自分の部屋に戻ると俺の手錠を切り裂いて膝を床に着けた。

 

「許してくれ!」

「……え?」

 

 流石に驚いた。今の今までヤンデレに殺されたり捕まった事はあるがこんな風に謝られたのは初めてだ。

 

「オレは、マスターの命令を無視して敵前逃亡した……マスターの身の安全の為とはいえ、オレはマスターの命令に背いた……」

「も、モードレッド? 少し落ち着い――」

 

 戸惑いながもモードレッドに頭を上げてもらう様に説得しようとしたが、モードレッドは俺の両腕を取った。

 

「――なんでもするから! マスターに許して貰えるならなんでもするからぁ! どんな処罰も辱めも受けるから! オレから離れないでくれ!!」

 

 泣きながらも、モードレッドの腕に込められた力が強くなる。

 

「だ、大丈夫だよ! モードレッドは俺の為に来てくれたからね、そんな事で処罰も無いから……」

 

「うぅぅ……ほ、本当に、叛逆の騎士と呼ばれたオレの命令違反を、許してくれるのか? 嫌いに、ならない?」

 

「ああ、勿論だ」

 

 それを聞いたモードレッドは今度は思い切り抱きついてきた。

 

「あぁ……マスター……」

 

 頬を染めてこちらに顔を預けて来る。まるで仔犬だ。

 

「……そろそろ離してくれないか?」

「あ、お、おう……」

 

 残念そうな顔をして離れるモードレッド。そんな顔を直ぐに普段の表情に戻して、こちらを向く。

 

「今度こそマスターの期待に答えてみせる! あの女を倒して、マスターへの忠誠、必ず示す!」

 

 その誓いを立てたと同時にやる気に満ちた顔で廊下へと向かう。

 

「うんめぇぇいぃのぉぉひとぉぉぉ!? 何処にいるかなぁぁぁぁぁ!?」

 

 そのタイミングでリヨ子の声が聞こえる。

 

「よっしゃぁ! 任せろ!」

 

 勢い良く廊下へ飛び出したモードレッドはリヨ子と対峙する。

 俺も廊下へ飛び出したがリヨ子の変わり具合に戦慄する。

 

「なんだあの化物は!?」

 

「圧制者は抱擁だぁぁぁ!!」

 

 筋肉ダルマとはまさにこの事。女性と呼ぶのが他の女性に失礼な位だ。

 

 2mの巨体に女性的魅力どころか男性的筋力が垣間見れる筋肉。

 

 宝具を呼び出すインクルードだけでここまでスパルタクスに近付くのかと戦慄を禁じ得なかった。

 

「三蔵は!?」

 

「化物の後ろでグッタリしてるぞ!」

 

 モードレッドの指差す方向には気を失っている様子の三蔵が床に倒れたまま動かない。

 

「ミーツーケーター……」

「今度こそ、ぶっ潰す!」

 

 俺を掴もうと伸びる腕。それを阻もうとモードレッドが俺の前に立って剣を振るって構えた。

 

 それをあざ笑うかのように、リヨ子はクラスカードを手に取った。

 魔力が風を起こしながらもクラスカードに収束し、その量を高めた。

 

「イ・ン・ス・トー・ル ! ! !」

 

 

 

 閃光。体を襲う衝撃。

 

 モードレッドが咄嗟にクラレントを真名開放しリヨ子に炸裂させたが、その衝撃で俺は元いた位置から吹き飛ばされた。

 

 だが、魔力のぶつかり合いが起こした煙の先には倒れる事の無い巨大な影が見える。

 

「っく……ぅっそ……!」

「運命の人ぉ……逃げないでよ?」

 

 自身に向けて宝具を放ったモードレッドを壁にめり込ませたリヨ子は静かにこちらを見る。

 

 ダメージが魔力ヘと変換された事であらゆるパラメータが強化された化物は止まらない。

 

「っく!」

 

 逃げの一手だ。たとえ不可能でもそれしかない。

 

 俺のクラスカードはアーチャー、エミヤは宝具の贋作を造れる魔術、投影を行える。

 あの化物を倒したければ魔滅の槍ゲイ・ジャルグの様な魔力を無効化する宝具が必要だ。それをインストールで行えるかどうかなど、分が悪すぎる賭けだ。

 

「先輩には、触れさせません!」

 

 逃げるのに必死な俺へと腕が届く瞬間、大盾がそれを払い除け、俺とリヨ子の間に入り込んだ。

 

「マシュ!」

 

「ご無事ですか、先輩!?」

 

「インストール……ブリュンヒルデ!」

 

 更にエナミも英霊を体に憑依させる。憑依させた英霊の名を聞いた俺に、悪寒が走った。

 

 ブリュンヒルデは大神オーディンの娘であり、ワルキューレの1人。

 英雄シグルドと恋に落ちるものの、最後は殺意の炎で殺し、自殺した。

 

 ……当然、大半のマスターからヤンデレ認定されている。

 

 ブリュンヒルデの如く、悲しみを色にしたかの様な青色の装束に身を包んだ。

 

「……先輩、私から離れて下さい。先輩が近くにいる間は……」

 

 殺さない自信がありませんと言われ、俺は急いでその場を離れた。

 

 

「……行きます」

 

 魔銀の槍を手に、エナミはリヨ子へと迫る。

 

 リヨ子は武器らしい物は持っていないが、攻撃を受けるほど強化されるあの肉体は脅威だ。

 

「っはぁ!!」

 

 槍がリヨ子の体へと届く。しかし、リヨ子はそれを気にした様子は無く腕で弾いた。

 

「……化物、ですね」

 

「わっはっははは!! 死ぬが良い!」

「っうぅ!」

 

 エナミへと迫る拳をマシュが盾で受け止めつつ後方へと下がる。下がらなければ受け止め切るなど不可能だった。

 

「不味いですね……!」

 

 1度だけの攻防。しかし、それだけでこれでもかと言う程伝わって来た絶望感。

 

 防御は不要。攻撃はまともに受ければアウト。

 

「なら、宝具しか無い!」

 

 エナミは盾を構えるマシュの後ろで槍を構え、魔力を高める。

 

「先輩が好きです。故に今一瞬だけ、貴方への道を阻む壁すら愛しましょう……」

 

 エナミが言葉を紡ぐと槍は炎に包まれ、マシュは退散した。

 

「ブリュンヒルデ・ロマンシア!!」

 

 何倍にも巨大化した槍を平行に構え、魔力の篭った足で地面を踏むと外す事なくリヨ子へ迫っていった。

 

「ふん!! ぬうううぅぅぅ!!」

 

 しかし、なんの冗談かリヨ子は槍の先端を体に届く前に両腕で掴み、床をその力と重さで破壊しながらも抑えた。

 

「っく! ですが読めてました!」

 

 エナミは槍をそのままにして後ろへ跳んだ。

 

「ブロークン・ファンタズム」

 

 紡がれた言葉が、爆発を生んだ。

 

 

「やりましたか?」

 

「た、多分……う……」

 

 エナミはインストールが終了し、その場に倒れ込んだ。魔力切れだろう。

 

「宝具を失う代わりに秘めている魔力で爆発を起こすブロークン・ファンタズム……もうこれしか手が無かった……」

 

 マシュと共に静かに煙の先を見る。

 

「……ゴッホゴッホ! うっひゃー……酷い目にあったなぁー」

 

 だが、信じられない事に間抜けた声とともにリヨ子は戻って来た。

 

 大きなクレーターの様な穴から這い上がって来た様だ。もう既に筋肉ダルマでは無いが、破けた服と対象的な程に無傷な精神が不気味である。

 

「良くもやってくれたなー! 覚悟しろよー!」

 

「どうしよう……インクルードも使えないし……」

 

「こっちに来たらどうだ?」

 

 リヨ子の背後から俺は声をかけた。

 

「その声は運命の人! そっちから声をかけてくれるなんて!」

 

「じゃ、先行ってるから」

 

 俺はなるべく早くリヨ子から離れる。

 千里眼のおかげか、リヨ子の位置はよく分かっている。

 

 リヨ子が追いかけてくるのを確認しつつ、俺は裁きの間、広場へと足を運んだ。

 

「何処だぁ! 運命の人!」

 

 リヨ子も広場に到着した。

 

「此処だ」

「見つけた! あり? なんか赤いマント着てる?」

 

 俺を見つけたリヨ子はゆっくりに俺へと近付いてくる。

 

「ブロークン・ファンタズム」

 

 近付くリヨ子の足元を見て、俺はそれを呟いた。

 

 彼女の足元を砕きながら爆発するのは無銘の剣。投影で造った宝具モドキの剣達。

 

 威力はブリュンヒルデの魔銀の槍を数回りも下回るが、人が落ちる穴を作るくらいなら訳ない。

 

「うわぁぁー……わっ!?」

 

 落ちながらも気の抜けた顔だったリヨ子だが、落下中に体が静止し焦る。

 

 静止した理由は彼女の両腕を掴んだ鎖だ。

 

「鎖がうまく行かなければ最悪剣で両脇を支えるつもりだったのだが」

「ちょ、ちょっと!? 頭撫でてないでこれ外して!!」

 

 俺はリヨ子の頭を撫でつつ千里眼でシャトーを見る。

 

「……マシュだけか」

 

 気絶していないのはマシュだけ。残る3人は気を失い、眠っている。

 

「ちょっと! 聞いてる!?」

「外すわけ無いだろ」

 

 リヨ子は確かに人間離れしているがそれはあくまで身体能力だけだ。

 

 跳べば十数メートル行くし、腕力なら(冗談だと思うが)ソロモンを倒せる。

 

 しかし、いま鎖は緩めに彼女を縛っている。力を込めて鎖が破られる事が無ければ地面を蹴ってジャンプする事も出来ない。

 

 何よりもう頭は撫でた。悪夢から覚める為に全員の頭を撫でた筈だが覚めなければ、1人だけ何故か気絶していないマシュが怪しそうだ。

 

「おーい! 無視しないでぇ!」

 

 エミヤへのインストールが終了する前に

マシュの元へと駆け出した。

 

 

「で……何で撫でたのに帰れない?」

「さ、さぁ? な、なんででしょう?」

 

 問い詰めたがなぜ終わらないのかマシュは吐かない。一応頭も撫でたが、帰れそうにない。

 

 どう見ても何か知っているが話さないつもりなのでモードレッドの部屋にて投影した鎖で繋いで壁に縛り付けている。

 

「さて……どうした物か……ん?」

 

 ふと廊下を見ると倒れている玄奘三蔵を見つけた。インストールは続いてるので部屋に運び込んでマシュの前に戻って来た。

 

「な、何をする気ですか?」

 

 俺は未だ気を失ったままのお師匠様の頭を膝の上に置いた。

 

「せ、先輩?」

 

 インストールを解除したが、手錠は消えない。

 元の姿に戻ってお師匠様の頭を撫でる。

 

 常人なら何でもない事なのだが、ヤンデレ相手だと……

 

「あ……あぁ…………」

 

 すでに涙目である。

 

「お師匠様……起きて下さい。朝ですよ……」

 

 耳元で囁く。正直自分も恥ずかしいが……

 

「だ、駄目です……先輩が他の女性にモーニングトークだなんて……!!」

 

 見ればマシュの鎧に赤い線が現れている。

 

「お、落ち着いて私! 先輩が他の女性に靡く訳が……!」

 

「こうか?」

 

 俺がマシュの頭を撫でると、目覚めの前兆が訪れた。

 

「あ……」

「なるほど。オルタとマシュ、体は同じでもカウントは別だって事ね」

 

 納得しつつ、俺は漸く夢から覚める事ができた。

 

 

 

 普段通り目が覚めたが、机の上にはクラスカードが置いてあった。

 

「……インストール! 出来ないな……」

 

 インストールは出来ないが、どうやらこれがあると多少身体能力が上がるらしく、視力も集中すると双眼鏡の半分位細かく見れる。

 

「エナミから逃げるのとポケモンGOに役立ちそうだな」

 

 いうが早いか、玄関のチャイムがなる。丁度良い。ポケモンGOをやりつつ本屋に行く為に早速使わせてもらうとしよう。

 

「せーんーぱっい! おはようございまーす!」

 

 ニッコリと笑いながらエナミは挨拶をする。手を顔の高さにまで上げて。

 

「早速ポケモンGOでもしに出かけませんか!?」

 

 クラスカードを見せながら。

 




16万UAありがとうございました!

これからも精進します!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレと過ごすソーシャル夏休み

ふと思い着いた超短編を投稿。

企画で送られてきたくずもちさんの意見が元となっております。

思いつきで書いたので低クオリティです。


 

「……」

 

 じー。

 

「? …………」

 

 じー…………

 

「………………?」

 

 非難の視線を浴びせている筈だが、浴びせられている方はまるで堪えた様子は無く、むしろ喜んでいる様にも見える。と言うか実際に喜んでる。

 

 いつもの如くヤンデレ・シャトーの中だと思われない様に自己紹介をしよう。

 

 名前は伏せるけれど、僕のマスター名はボルル。ネーミングセンスについては触れないでほしい。

 

 ヤンデレ・シャトーを最終日まで生き抜いたのだが、遂に終わりを迎えたかと思ったら夏休みにサーヴァントがヤンデレとなって実体化した。

 

 ある契約により僕とは遊ぶ事しか出来ないらしく、スマホゲームの相手をしてもらっている。

 

 しかし、僕が不機嫌な理由はそこではない。

 

「どうしました、マスター? 次は何に行きましょうか?」

 

(モードレッドはよ、モードレッドはよ、モーちゃんまじ天使、モードレッドはよ、モードレッド以外いらない!)

 

 僕の好きなサーヴァントはモードレッド。それだけが今現在僕が不機嫌な理由である。

 

 

 

 目の前にいるのは白いアルトリア、セイバーリリィと呼ばれているサーヴァントなのだが僕の一番心から愛しているサーヴァント、モードレッドの父上である。

 リリィの場合は将来の、が付くが兎に角僕からしたらモードレッドはよ! と心の中で机を叩きつけている状態である。

 

 しかも、ヤンデレ・シャトーでもそうだったがこのリリィ、人の話を聞かない。

 都合の良い様に解釈し、最悪の場合殺してでも発言を撤回させようとしてくるのだ。

 

 何でも、1日に経てばサーヴァントが変わるらしいので今日を耐えれば明日にでもモードレッドが来る。そうに違いない!

 

「マスター、何をしましょうか?」

 

 現在リビングにリリィと一緒にいる。

 都合の良い事に親は夏休みの間に海外旅行に行った。僕は来年から1人暮らしを始めるのでその練習に丁度良いと1人家に残った。

 

 サーヴァントは僕に害を与える事が出来ないし、物を壊す事も無いのだが僕の部屋の無限とも言えるモードレッドグッズを見ればリリィがどんな暴走をするか分からない。

 部屋には入れさせない様に、このリビングで彼女を足止めしなければならない。

 

「じゃあ、モンストでもしようか」

 

 あえて此処は協力プレイしか出来ないモンストをプレイしようと誘う。先ずはダウンロードで時間稼ぎだ。

 

「はい! タブレット端末は持っています!」

 

 どうやら聖杯も時代に合わせてテクノロジーすら与えているようだ。

 

 笑顔で端末を取り出したリリィ。しかしこちらの心は依然としてモードレッドさんコールがやまない。

 

「あ、コラボやってますね!」

 

 モンストが既にダウンロード済み……!?

 しか不器用なリリィの事だ。同じキャラを99体合成させる運極なんか持っていないだろう。

 

(まあ、僕も少し前のコラボで漸く1体目の運極が完成した訳だが……)

 

「リリィ、じゃあ何をしに!?」

 

 まさかの、ランク150。

 ガチャ限キャラ33体。

 運極キャラ30体。

 

「えへへ、ちょっと恥ずかしいのですが……玉藻さんや清姫さんに端末の使い方をお聞きして、マスターのご趣味のアプリをちょくちょくやってまして……」

 

 まさかの展開! もう既に時刻は15時、モンストが長引くのは問題ない。まだガイガン周回しなきゃならないから正直助かるが……

 

「近いんですけど……」

「マスターの隣……特等席ですね!」

 

(そこはモーさんの予約席なんですが……)

 

「いや、お義父さんは向こうに座って下さいよ」

「マスター……マスターになら少女の様に扱われたいです!」

 

「じゃあお義母さんはあっちに座って下さい」

「お母さん……!? マスターの中ではもう私との間に子供が……! 何人ですか!?」

 

 いや、何故お義母さんをお母さん呼びしないと行けないんだよ? あと俺の嫁はモーさんだから。

 

「いや、何でも無いですよ。ガイガンやりたいんですけど良いですか?」

「はい! 私もゴジ玉で出るキャラクターを運極にしたいので!」

 

 そこからは奇跡の連発。

 6回プレイし全てガイガンのゲージを吹き飛ばした。(3回削らなければならないボスの体力を1度で削り切った)

 ガチャを弾けば運極に足らなかったキャラが10連で5体同時に現れた。

 

 しかも、ゲームをプレイする為のスタミナが無くなればオーブ(ガチャ石)で回復して続行するレベルだ。

 

 だがそれなら好都合と僕は部屋から布団を取ってくるとリビングに敷いた。

 今夜はこのまま乗り切ってやる!

 

 

 21時。夕食を食べ終わった僕は風呂場に移動した。

 

「ふぅ……疲れた……」

 

 休憩はあったがモンストに次ぐモンスト。スタミナはあちらが回復してくれているので助かるが、もう限界だ。

 

「……っはー……さっさと出よう」

 

 リリィの侵入を恐れた僕は普段より早めに風呂から出た。

 

「リリィ」

「マスター! さあ、続けましょう! 今度はゴジラ×13号機です!」

 

 広場から出てリビングに着いた僕を出迎えたリリィ。もう嫌なのだが寝る前に少しだけ相手をしてあげよう。

 

 

 

「……やりました! 運極です!」

 

 リリィの幸運のお陰でこちらも運極達成だ。

 

「じゃあもう寝よう――」

「ーーまだです! デストロイヤも運極にしましょう!」

 

「はぁ?」

 

 随分間抜けた声が出たと自分でも思った。

 いや、もう限界です。もう時刻は23時、良い子はとっくに寝る時間だ。

 

「ふふ……今夜は寝かせませんよ?」

「いやいやもう限界だ――」

 

「モードレッドさんとは0時までお楽しみするつもりなのにですか?」

 

 戦慄。血の気が引いた。なぜそれを知っているんだ!?

 

「マスターの机の上の予定帳、見ちゃいました。モードレッドさんとデートする予定ですか……」

 

 リリィは手に持った手帳をパラパラと眺める。

 

「8時から家を出て、映画を見てご飯を食べて服を買って、家に帰って、寝床まで自分の部屋のベッドに一緒ですか……」

 

 静かに手帳を閉じたリリィは、それをそっと机に置いた。

 

「……私とは遊ぶのも嫌々なのに、モードレッドさんは凄い楽しみなんですね?」

「あははは……まあ、ね?」

 

「……ユルシマセン。今日は、寝れるとは思わないで下さいね?」

 

 

 害を与える事の出来ないリリィはタブレットの音量を最大にし、リビングの電気を点けたままプレイし続けた。更にそれでも睡魔に落ちそうな僕の体を揺らす。

 

 正直もう無理です。寝たい。

 

「あははは! 寝させませんよ!」

「止めてくれぇ……ね、眠い……」

 

 悪夢の様な安眠妨害。それがしばらくするとピタリと止んだ。恐らくだが帰ったのだろう。

 

「ふぁ……も、もう無理……寝ようぉ……」

 

 僕は電気を消し敷いてあったリビングの布団で横になる。

 

「お休みぃ……」

 

「マスター? む、睡眠時間か……ど、どれ……添い寝……してやろう……」

 

 背中に当たる柔らかい感触を感じてモードレッドではない事を確信しつつ、涙を流しながら僕は睡魔へと落ちていった。

 

 

 翌朝、馬に乗ってアルトリア(ランサー)と共にポケモンゲットの旅に出たのであった。

 

「モーさん、早くこぉぉぉい!!」

「マスター! コイキングがそこら中で跳ね回っているぞ!」

 

「モードレッド成分が、足りない……」

「マスター! ピカチュウだ! 捕まえたぞ!」

 

「モー……さん」

「ミニリュウだぞ、マスター!」

 

 

 翌日の0時、アルトリア・オルタ登場。

 その日はオセロニアでフルボッコにした。

 

「ええい! 竜属性に魔属で来るな! あ、罠か!?」

「へへへ、どうしたどうした? 角だぞ? 取れよ騎士王!」

 

「っく、なら此処で……カウンター!?」

「だから角取れば良かったのに……」

 

 

 結局、モードレッドとアルトリアはゲームのイベントイラストが忙しい為、僕の家に来る事は無かったそうだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・ファミリー

今回の話は通常状態とキャラとの差別化が出来てるか怪しいです。
あと配役カオスです。

遅くなった理由ですが、遊戯王熱と料理熱の再発です。料理は餃子の皮のピザが作れて一応落ち着きました。


「……おい、巫山戯るなよ」

「随分不機嫌だな?」

 

 いや、不機嫌じゃない。

 何時もの聞こえなかったフリが意味ない事に気付いたから速攻で文句言ってやっただけだ。

 

「ヤンデレサーヴァントを家族化とか馬鹿じゃないの?」

 

「義妹1人、義姉1人、それに人づ……義母だ」

 

「お前今思いっ切り人妻って言おうとしたな? 仕舞いにはメルセデス寝取るぞ?」

「……」

 

 何だその面白くない冗談を聞いた時の顔は? 毎回そんな心境な俺に逆ギレか?

 

「……やはり機嫌悪いんじゃないか?」

「いや、これっぽっちも」

 

 本当に機嫌は悪くない。むしろ毎日この時間はこれくらいだ。

 

「……まあいい。では、逝け――」

 

 

 

「……で、家族って誰だ?」

 

 ベッドの上で悪夢が始まった。

 

 辺りの景色が現実の俺の部屋に似ている。似ているだけで全く同じという事は無い。

 

 カーテン、ベッドシーツ、枕、カーペットなど、家具の色が違う。何故か保護色の緑一色だ。

 

「人妻って言ってたからまあ、予想は付く。しかし、妹と姉に関しては全く分からない」

 

 妹……と聞くとジャック等の幼女を思い起こすかもしれないが、セイバー・リリィや清姫も十分幼い。もしかしたら、マシュや静謐のハサンの様な年齢の近いサーヴァントが来るかもしれない。

 

 同じ理由で姉も候補が多い。マルタみたいな姉御肌、幼姉なんてモノもあるのでブラヴァツキー夫人もありか。

 ストレートに玉藻なんかもあり得るし……

 

(まあ、ガチャ報告はこのくらいにして……)

 

 俺は迷わずベッドに倒れて二度寝した。

 アヴェンジャーが目標を言わなかったと言う事は悪夢から出る方法は時間経過で間違いないからだ。

 

「夢の中で寝るのもへんな話だが……」

 

 何時もの事だ。さっさと寝てしまおう。

 

「……起きてる?」

 

 早速誰かがドアを開けたようだ。小声で質問をしてきたが何も返さなければ問題ないだろうな。

 

(いや待て、今は朝だ。何故夜中に怖い夢をみた妹の如く小声で起きてるか問う必要がある?)

 

 俺は薄ら目を開ける。

 

 視界入ってきたのは赤い髪に白い服。手にはしっかりとロープの様な物を握っている。

 

 足音を立てない様に慎重に近付いている様だ。両手でロープがピンッと張る。

 

「起きてるよ、おはよう」

 

 サッと起きた。どう考えても捕縛の未来が見えたからだ。

 

「あ、お、お、おはよう!」

 

 赤い髪に白い服、人妻と言えばこの人に間違いないだろう。

 

「なーんだ、お兄ちゃん、起きてたの?」

 

 そう、ライダークラスの人妻枠…………え?

 

 いや、ロープを背後に隠しているのは別に構わない。隠す意味があるかと問いたいがそれ別にどうでもいい。

 

 問題は……ブーディカさんが妹な事だ。

 

「見た目はそのままなのに、妹とか詐欺だろ……」

「どうしたの? お兄ちゃん?」

「いや……朝食あるのか?」

 

「うん、いまお母さんが作ってるから早く来てね?」

「おう」

 

 閉まるドア。だが、俺の心の口は塞がらない。

 

「……落ち着け。大丈夫大丈夫、ヤンデレ・シャトーは平常運転だ……」

 

 いやいやいや、落ち着けるか。なんて変化球投げてきやがる。

 ……これで姉も母も分からなくなったな。後、寝ている間に拘束される恐れがあるのでベッドで寝続けるのも難しい。

 

「……仕方ないか」

 

 俺はベッドから起き上がり、部屋から出た。

 

 

「……」

 

 顔を水で洗う。不思議と尿意は無い。

 タオルで拭こうとしたが掛けてあるタオルが多くてどれを使えばいいのか分からない。

 

「青いのか?」

 

 適当なタオルを取って顔を拭いた。

 

「おはよ」

「ん? おはよう」

 

 顔を洗っているだけなのでトイレのドアを開けっ放しにしていた。誰かが入ってきたみたいだ。

 

「……なんでオレのタオル使ってんの? お前のそこの白い奴だろ?」

「あ、ごめん……式」

 

 姉……だと思われる両義式がいた。

 

「ま、いいけどさ。タオルを弟に使われた程度。それよりも式は無いだろ? いつもみたいに姉さんって呼べよ」

 

「あ、うん、姉さん」

「それで良し」

 

「じゃあ、先に行ってるから」

「ああ」

 

 俺はトイレを出た。

 

「……ふーぅ……すぅー……」

 

 後ろから顔に何かを当てて吸っているような呼吸音が聞こえるが、恐らく気のせいだ。

 

 俺は早歩きでリビングへと向かった。

 

 

 

「お兄ちゃん、早く座って座って!」

 

 俺と同じくらいの身長の妹、ブーディカが自分の隣の椅子を叩いて招く。

 

「おはようございます。ご飯できてますよ、早く座りなさい」

 

 奥ではエプロンを着た義母らしき人物が皿を両手に持ってやって来た。

 

「休みだからってダラダラしないで。食器を洗わないといけないんですから」

 

 エプロンを着て現れた人物はライダークラスの聖女マルタだ。

 

(え、何? これお父さんタラスクあり得るぞ……)  

 

「お姉ちゃんは?」

「トイレだよ」

 

「じゃあ直ぐに来るわね」

 

 机にはパンとスープにチーズやハム、野菜が並んでいる。

 

「あ、そうそう。今日は休日だけど私は用事があるからお兄ちゃん、お昼はお願いね」

「あ、はい」

 

 どうやらマルタは家には居ないらしい。ならば式とブーディカの相手だけすれば良さそうだな。

 

「11時40分位に帰ってくると、お昼が間に合わないからね。ちゃんと作って下さいね?」

 

 現在時刻8時。

 短い用事だな。何だったら午後11時まで帰ってこなくてもいいんですよ?

 

「おはよー」

「おはようございます。

 お姉ちゃん、私はお昼までいないから、ちゃんと2人の面倒を見なさい」

 

「分かってるよ。かーさんは心配し過ぎだろ。たかが数時間の外出に……」

 

「お姉ちゃんが何時もだらしないから心配してるんで――ゴホン、心配してます!」

「はいはい……学校の時とかどうしてんだこの人」

 

 式は小声で文句を言いつつ椅子に座り、漸く全員揃った。

 

『いただきます』

 

 

 さて、どうしたものか。

 どうやら今日は祝日なので学校があるから外に出かけるという選択肢は無い。昼飯を作れと頼まれたのであまり長い外出も無理だ。

 

 冷蔵庫にはちゃんと材料もあるし、買い物の必要も無い。 

 

(もしかして先の頼みは楔だったか? 俺が外に出ない為の?)

 

「お兄ちゃん! 何して遊ぼっか?」

 

 後ろから俺と同じ位の大きさの妹に抱き着かれた。

 

「おい」

 

 階段から式に呼びかけられた。

 

「こっちに来い。来週はテストだろ?」

 

「お姉ちゃん? お兄ちゃんは今から私と遊ぶんだけど?」

「オレはそいつの勉強を見てやる義務がある」

 

「何時もは面倒臭がってそんな事しないくせに……」

「そろそろ受験に備えてもいい頃だろ? 姉からの優しい気遣いだ」

 

 2人が火花を散らし合っている間に俺はその場から退散した。

 まあ、すぐ隣の風呂場にだけど。

 

「洗濯物でもしておこうか……」

 

 と思ったが洗濯物がまるで無い。マルタさん、早過ぎるだろ……

 

「お兄ちゃん、一緒に遊ぼう? 私の部屋で」

 

「勉強するぞ、オレの部屋で」

 

 風呂場の出入り口を塞がれた。

 

 だがどっちも今の所はヤンデレのヤの字も……

 

(ロープ……タオル……)

 

 ンの字まで来てたか……

 

「じゃ、じゃあ……勉強しようかな」

「ま、それが妥当だな」

 

「え、お兄ちゃん……?」

 

 ええい! この程度でハイライトを消すんじゃない!

 

「終わったら相手するから、な?」

 

 

「さあ! 勉強しましょう!」

 

「なんでお前も入って来たんだ……?」

 

 結局、ブーディカも式の部屋にやって来た。

 

「じゃあ、適当に数学からな(っち……これじゃ、ベッドに押し倒せない……)」

「数学か……(お姉ちゃん、お兄ちゃんを押し倒す気だったな……)」

 

「あはは……」

 

 何ともやり辛い。まず、姉と妹と言う関係の距離がまるで分からない。

 

 3人でベッドに腰掛けているが、2人が俺を挟んで牽制し合っている。

 

「お兄ちゃん、此処はどうするの?」

 

 ノートを見せつつ胸を押し付けてくるブーディカ。

 

「おい、こっちに集中しろ」

 

 注意する為に耳元まで顔を近づけてくる式。

 

(集中……集中しろ……集中)

 

 俺は無心でノートの問題を解いていく。片方に反応すれば片方に殺られるのは目に見えている。

 

((X+2Y)×(3X-Y)は……)

(次は2進数だな……1010×111……答えは……)

 

「お兄ちゃん……」

「……数学は必要なかったな」

 

 

「何でお姉ちゃんまで……」

「勉強は終わったんだし、たまにはゲームしたい」

 

 レースゲームを始めた。

 Fate/GrandRiderというタイトルだ。

 

「あ、お姉ちゃん! アルトリアは私が使いたかったの!」

「どれでも良いだろ」

 

(なるほど、操作はマリカと同じか……女性率高いな、おい)

 

 俺は少し迷ったがメアリー&アンを選択した。

 

「もう! じゃあコレ!」

 

 モードレッド(サーフィンボード)か。

 

 開始の合図と共にスタートダッシュに成功した俺はコンピューター操作のキャラと2人を越えてトップになった。

 

「アイテムはワカメか……」

 

「っもー! お兄ちゃん手加減してよ! あ、ゲイ・ボルグ!」

「久し振り過ぎて操作が……きのこ……」

 

 2人がモタついている間に差を広げて、余裕のあるゴールを切った。

 

 

「ただいま! 皆、ちゃんとご飯食べましたか?」

 

 2人の相手もソコソコに、マルタが帰って来た。

 

「おかえりなさい、もう食べたよ」

「っち……おかえり」

 

 式が露骨な舌打ちをした。

 

「それじゃあお兄ちゃん、ちょっとお母さんの部屋に来てくれる?」

「はい」

 

 深く考えずにそう答えた後に、嫌な予感がした。

 

「さあ、来て下さい」

 

 開かれた部屋に言われるがまま入ると、後ろから抱き着かれた。

 

「つっカーまえった!」

「ちょっ!?」

 

 立っていられなくなった俺は床に膝を着く形で崩れ落ちた。

 

「朝からずっとぎゅーってしたかったのよ! っはぁっはぁ……お兄ちゃんの匂い……」

 

「ちょ、ちょっとお母さん!?」

 

 首をくすぐる様にマルタは鼻から呼吸を繰り返す。

 

「あ、ごめんなさい……力が強過ぎたかしら?」

「いや……やめて欲しいんですが……」

 

「だ~め! お兄ちゃんは私の息子……私のモノなんですから……」

 

 そう言ってマルタは俺の体をクルリと正面に向けさせ、俺の頭を胸に押し付けた。

 

「ほーら……いっぱい嗅いでいいのよ。お母さんの、匂い……」

 

 柔らかい感触を頭で感じつつ、呼吸が苦しいので否応無しに呼吸をする。

 

「もっともっと……あっ……ん!」

 

 小さく喘いで色っぽい声が出るがそれよりもこの圧迫をどうにかしてほしい。

 一心不乱に腕を動かして、漸く抜けられた。

 

「もう、いけない子ね! いきなり胸を甘噛みして……!」

 

 無我夢中で何も覚えてないです。

 

「……じゃあ次は直に……したい?」

 

「結構です!」

 

 俺は漸く離れたマルタから逃げる様に部屋から出て行った。

 

 

「お兄ちゃん!」

「ん? どうした?」

 

 嫌なタイミングでブーディカがやって来た。

 マルタから逃げたのは良いが、先の行為で興奮したままの状態なのでソファーに座って落ち着こうと思っていたが……

 

「隣座るね?」

 

 あちらは何やら楽しそうだ。

 

「お兄ちゃん、何か我慢してる?」

「いや、そんな事は無い」

 

 これは生理現象だし、そもそも妹に襲いかかろうなんて我慢する必要も無い程に考えていない。

 

「お兄ちゃんはブーディカの事は、嫌い?」

「嫌いじゃない。兄妹として好きなだけだ」

 

 ヤンデレ妹ははっきり言わないとこちらの発言で勝手に好感度と病み度が上がる場合が多い。

 逆にはっきり言うと一気にバットエンドもあり得るが、ブーディカさんは人妻だ。

 今までも、俺に遠慮めのアタックしかして来なかったし。

 

「私はお兄ちゃんが大好きだよ。この気持ちを、分け合いたい位ね?」

 

 そう言ってブーディカは急にキスを迫ってきた。慌てて顔を動かして、何とかデコで受け止めた。

 

「むー! ちゃんとキスしようよ!」

 

 何で美人な人って頬を膨らませても可愛いのだろうか?

 

「しょうがないなぁ? 照れて反射神経でキスを躱しちゃうお兄ちゃんは、縄で縛ろうかな?」

 

 何でまだ持ってんだよ? ほんと、何でさっき隠したの?

 

「……あ……!」

 

 突然ブーディカの動きが止まった。ショックを受けたかの様に縄を離して固まった。

 

「……そ、そうだよね……縛ったら駄目だよね……」

 

 どうやら生前のローマに捕まっていた事を思い出したようだ。トラウマを自分で抉ったか。

 

「だ、だったらっ!」

 

 ガバッとブーディカが俺を抱きしめた。

 

「これなら逃げないよね?」

「あ、暑い……」

 

「私も……お兄ちゃんの体温が、伝わってくるよ……」

 

 お互いの顔はセンチ単位の距離まで近づいた。

 

「いや、兄妹でそれは駄目だ……!」

「大丈夫、血は繋がって無いんだから……」

 

 もう7センチしか距離がなさそうだ。

 

 こうなればキスシーンを台無しにするあのセリフを……!

 

「ねぇ知ってる? キスをすると1秒間に1億の細菌が口の中を行ったり来たり――ん!?」

 

 だがあっさり唇は重なり合い、そのまま数秒が経過した。

 

「……ふふふ、お兄ちゃんとお揃いなら、風邪だって病気だって嬉しいよ?」

 

 

 

「……おー、起きたか?」

「し……姉さん? ……!」

 

 目を開けると、リビングのソファーでは無く式の部屋のベッドにいた。

 

「何もしてないから安心しろよ。暑いのに2人でくっつきやがって……」

 

「あ、ブーディカは?」

「母さんに説教喰らってる」

 

 マルタに説教……鉄拳制裁か?

 

「お前を独り占めすると母さんうるさいからな……」

 

 家族全員で共有とか体持たねえし、そもそもその家訓がおかしい。

 

「まあ、そういう母さんが一番独り占めしてんだけどな」

「いや待て! そもそも何で皆俺が好きなのが当たり前みたいになってんだ!?」

 

「? だって母さんは、最初からお前目当てでお前の父さんと再婚したし」

 

「いや、何でだよ!?」

 

「年の差があるから、母親として合法的に弄りたいって」

「いや、義理だろうと母親が息子をどうこうするのは犯罪だろ!」

 

「……まあ、私と妹が一目惚れしたのも理由だし、な?」

 

 なんで“しょうがないから見逃してあげて”みたいな目をしてるんだ? 何もしょうがなくないだろ。

 

「じゃあ今度はオレが楽しむ番かな?」

 

 式の手が俺へと伸びる。が、直ぐに止まった。

 

「お・ね・え・ちゃ・ん?」

 

 ドアの向こうからマルタの声が聞こえてきた。

 

「……ちぇー。オレだけ楽しんでないんだけど?」

「独り占めは駄目、でしょう?」

 

 部屋に入ってきたマルタは当然の様な顔で俺に触れる。

 

「お母さんから逃げて、妹に行くなんて悪い子ね? お姉ちゃんと一緒に、お仕置きしなくてはなりませんね?」

 

「全くだ……所で、オレ今日は口が欲しいんだけど?」

 

「お顔はお母さんがイジります」

「イヤイヤ、昨日も今日もイジったんだろ? ならオレに譲ってもいいだろ?」

 

 何故そんな喧嘩をするのかさっぱり分からないが、どうせならもう逃げたい。

 

『ただいまぁ!』

 

 と、同時に別の声が聞こえてきた。

 

「お父さんが帰って来ちゃったわね?」

「っち……今日は一緒に寝るぞ、良いな?」

 

 2人は足早に去っていった。

 そして別の足音が部屋にやって来た。

 

「お兄ちゃんただいま、です!」

 

 入ってきたのはスーツ姿のセイバー・リリィだった。

 

「……フフ、お母さんも姉妹ちゃんも沢山遊んだみたいですし、お父さんも息子とちゃんとスキンシップを取らないと行けませんね!?」

 

 

「……」

 

「…………」

 

「………………」

 

(父親もヤンデレかよ!? て言うか父親いるのに男性俺だけってどんな家庭だよ!?)

 

「さあ、一緒にお風呂に入りましょうねぇー?」

 

 

 






水着はタマモが来ましたけど、この小説の作者としては清姫が欲しいです。
このスマホ内の小説データは触媒たり得ない様です……(通常清姫から目を逸らしつつ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・ファミリー リクエスト編

前話でのミスで数十人位のお気に入り登録から外されて、落ち込んだまま打ち切らない様に早めに投稿しました。
自業自得ですし謝罪文はそれ位覚悟の上で投稿しましので、今後は二度同じ事をしない様にと、深く反省しておいます。

まずは活動報告を1週間に1度は投稿する様に心がけるつもりです。

迷惑や不快な思いをした読者の皆さんには今一度、お詫び申し上げます。


 

「で、またか……はぁ……」

「まだ機嫌悪いのか?」

 

 いや、これっぽっちも。

 

「良くなる事が無いだけだ」

「……兎に角ヤンデレ共と家族として過ごして貰う」

 

「異論なーし」

 

「覇気がまるで感じられない……慣れすぎたのかもしれんな」

 

 

 

 待たしても奇妙な家の中から始まった。正直、ベッドから出たくない。

 

「ならば、鍵でも掛けてしまおう」

 

 俺はベッドから立ち上がるとドアノブを確認してからドアの鍵を掛けた。

 

「内側で鍵さえかければ外から開かない仕様だな。これで一休みと行こうか……」

 

 ベッドにもう一度倒れる。枕に頭を乗せて、2度目の怠惰を貪ろう。

 

「……あら? まだ寝ていますか?」

 

 物音1つたてないで誰かが侵入してきた。

 頭上から声が聞こえてくるので恐らく窓から侵入したのだろう。

 現実ではいつも寝る前にロックしているので油断した……

 

(て言うか誰だこの声……どっかで聞いた事はあるけど、聞き慣れない……)

 

「お、起きてま――おわ!?」

 

 疑問が浮かんで応答が少し遅れたが、その瞬間、体に柔らかい感触が襲い掛かった。

 

「おはようございます、キダ」

「お、おはよう、ございます……」

 

 抱き付いてきたのは牛かと思う程大きな……ゴホン、立派な双山をお持ちの知性派バーサーカー、坂田金時の母親である源頼光である。

 

(また妹枠か? いや、ブーディカ以上にこの人はセーラー着たらただの犯罪だし……)

 

「さあ、早く起きて着替えましょう?」

「ちょ、ちょっと無理ですねー? 抱き着かれて起き上がれません」

 

「あらまぁ? 私ったら……はい」

 

 退いてくれると思ったら抱き付いたまま、俺を持ち上げ立たせた。

 

「昨日はお父さんの所で過ごしたようですが、よく眠れましたか?」

「はい」

 

 抱き付いたまま質問され、半分上の空で返した。

 

「それは良かった」

 

「所で離してくれないと着替えできないんですけど……」

 

「あらやだ、母の私が息子の邪魔をするなんて……」

 

 と言いつつ、源頼光は親指で3回程何かを弾いた。どうやら、砂利の様だ。

 

「早く降りてきて下さいね? 母のご飯はもう出来ていますよ」

 

「うん、すぐ行く……」

 

 閉じられたドア。しかし、閉扉音に紛れて小さく響いた音を俺は聞き逃さなかった。

 

「天井に砂利を弾いて背後にあったカメラを起動して録画ボタン押すとかどんな芸当だよ……」

 

 流石サーヴァントと溜め息を吐きつつ、カメラを止めた。

 

「……さて、どうなってんだろ?」

 

 昨日とはまるで違う家族……なら良かったんだが、どうやら昨日の最後に登場したセイバー・リリィ(父親)と関係のある家族らしい。

 

(実母……とか? マジですか……)

 

 きっと当たっているであろう予感を抱いて、着替え終わった俺は部屋を出た。

 

「あ、兄貴! おはよう!」

 

 バッタリ。

 部屋を出て三歩も待たずにエンカウントしたのは俺の予想を裏付けるかの様にセイバークラスのサーヴァント、モードレッドだ。

 

「お、おはよう……モードレッド」

 

 モードレッドはアルトリア・ペンドラゴンの息子だ。もう先の予想の11割が保証されたと言っても過言ではない。

 

「昨日は父上の所に行ってたんだろ? 父上どうだった!? 元気だった!?」

「あ、ああ……元気だったよ……」

 

「そっか! 良かった!」

 

 どうやらファザコンの様だ。出来ればヤンデレの対象もセイバー・リリィに向いて欲しい。

 

「さあ、早く行かないと! もう腹減ってしょうがねぇ!」

「ああ、先に行ってくれ」

 

 俺はそう言ってトイレに向かった。

 

 

「さあ、召し上がれ」

 

「頂きまーす!」 

「頂きます」

「頂きます」

「……頂きまーす」

 

 感謝の言葉の後、左に座っているモードレッドが茶碗に乗せられたご飯をかきこみ始める。

 箸が何度も茶碗にぶつかりカタカタと音を立てる。

 

「モードレッド、はしたないですよ。音を立てないで食べなさい」

「こんくらい、いいじゃね――ごめんなさい!!」

 

 ギロリ。反抗期が一瞬で消え去る鋭い視線。

 確かに怖いがそれで良いのか、叛逆の騎士ぇ……

 

 俺の右正面では金髪の美少女がモードレッドとは対象的な程に綺麗に食べているが、皿には魚の切り身が半分残されている。

 

「ジャンヌ、もっと魚を食べなさい」

「はい、分かってますお母様」

 

 姉はルーラクラスのジャンヌ・ダルクだ。金髪率の多い家族だと思いながら、その奥、もう1人の姉にも注目する。

 

「ジャルタ! 味噌汁を残さない!」

「はいはーい」

 

「こっそり野菜をジャンヌの皿に移さない!」

「っち……」

 

 完全にグレているのは2人目の俺の姉、ジャルタ……ジャンヌ・オルタである。オルタ化の影響か、ジャンヌとは性格がまるで反対だが、双子の姉だ。

 

 そして、俺の隣にはお母さんが座っている。

 

「はい、あーん」

 

 何故、家族が集合しているこの状況で公開処刑されなければならないのか。

 

「? どうしました?」

「いや、自分で食べられるから……」

 

 それを聞いて頼光は固まる。

 

「そんな……母はもう要らない、用済みだっていうのですか?」

 

 いや、そこまで言ってない。

 

「もしかして箸では無く、スプーンで食べたいのですか!?」

 

 違うから。だからその青いプラスチックで出来た子供用スプーンを下げろ。

 

「どうしましょう!? キダにも遂に反抗期が来たのですか!?」

 

 おい、先のモードレッドへ向けた眼光はどうした?

 

「兄貴! オレと一緒に母上に逆らおうぜ!」

「キダを貴女の反抗期に誘うのはやめなさい、モードレッド」

 

「良い子ちゃんぶっちゃって……あ、キダ、ジャンヌと席交換する? お姉ちゃんの隣に座る?」

「姉さん!」

 

 一気に食卓が騒がしくなったな。

 

「いや、モードレッドも1人で食べてるのに、兄の俺がお母さんに食べさせてもらうのは……」

 

「なるほど……そうですよね。キダが母を嫌いになるわけがありませんでしたね! それではモードレッド、こちらに来なさい。キダと一緒に母が食べさせてあげます」

 

「えぇっ!?」

 

 何 故 そ う な る ! ?

 

 

 

「それじゃあ母は買い物に行ってきます。キダ、ちょっと……」

 

 玄関前で頼光に呼ばれるが既にオチがわかった。

 

「っぎゅー…!!」

 

 やはり、抱き着かれた。

 

「いたたたたたっ!!」

 

 豊満なエアバッグがまるで効果ない。背中に伸ばした手の平にやたら力が篭っているからだ。

 

「あら、ごめんなさい! それじゃあ、良い子でお留守番して下さいね? 行ってきます!」

 

 危うく潰れたトマトにされる所だった……紛う事無きバーサーカーだな、あの人。

 

 今日も休日……まあ、夏休みなんだろう。部屋でゆっくりしようかと、玄関に背を向けるとジャンヌ・オルタがいた。

 

「ジャルタ姉さん?」

「オルタ姉さんと呼びなさい。

 そんな事より、ハーゲン○ッツ食べたくない?」

 

 何だと、あの高級カップアイスを!? いや、オルタが奢るなんて、そんな……

 

「私の部屋の掃除をしてくれたら、ね?」

 

 やはり無料では無いらしい。

 なんて露骨な罠。

 ヤンデレのホームグラウンドに入るなんてそんな馬鹿な真似はしない。

 

「じゃあ、いらな――」

「――そういえば、ジャンヌが時間があるなら聖書を読むのに付き合って欲しいって言ってたっけ? モードレッドと、キダに」

 

 オー、ホーリー・シット……聖書の音読だって?

 背筋伸ばして微動だにせず十数分が2時間に感じられる時間を過ごせ、だって?(主人公の偏見です)

 

「謹んで承ります」

 

 

 

 ジャンヌ・オルタの部屋は確かに散らかり放題だ。

 本が地面に落ちており、本棚の方はだいぶスペースがある。ホコリの類はそこまで酷くは無い。

 

「じゃ、お姉ちゃん監視してるからしっかりやってね。本の整理以外しなくて良いから」

「分かったよ」

 

 手始めに近くの本を手に取る。ジャンル別に本棚にシールが貼られているので、後は適当でいいとの事だ。

 

「生物図鑑……世界の芸術……ドラゴン図鑑……」

 

 だいぶジャンル別に偏っている。これなら直ぐに終わるだろう。

 そう思ってもう1つの本を手に取る。

 

「っ!?」

 

 表紙を見た瞬間固まった。

 

(《弟の躾け方♡》……!?)

 

 どう見ても如何わしい本だ。何故か表紙以外は別の本になっているが……

 

「……これ、何処に片付ければ……!」

 

 オルタはニヤニヤしながらスマホらしき端末で写真を取った。

 これが狙いか……!

 

「なーにー? 世界昆虫図鑑は図鑑の中よー?」

 

 仕方が無い……掃除を終わらせよう。

 そう思い別の本の山に手をかける。

 

(《お姉ちゃんの言いなり奴隷》……《イケない家族愛》……ええい! なんなんだこのセクハラは!)

 

「っぷ……っくく…………」

 

 あっちは爆笑し過ぎて腹を抱えているようだ。

 悔しいので残りの本はなるべく背表紙で判断して本棚に入れ、無表情で片付けた。

 

「終わったよ。約束のアイスを下さい」

「ちぇーつまんないのー」

 

「全く……もう良いだろ、さっさと食べに行こう」

 

 唐突にコンコンと誰かがドアをノックした。

 

「姉さん……」

 

 扉の向こうでジャンヌが小声で要件を言い始めた。

 

「姉さんに借りた《ナマイキな姉の調教日記》を返しに――」

「わあぁぁぁぁ!! 何言ってんの!?」

 

 誤魔化すには少し遅かったな。

 先の如何わしい本のタイトルと真逆だな。慌てぶりからして、そっちが本当の趣味か。

 まあ、MでもSでもヤンデレなら勘弁だが。

 

「ちょ、早く返して、早く帰れ!!」

「え、ね、姉さん!?」

 

 ドアを素早く開いて目にも止まらぬ速さで本を取った後に、背後に隠した。

 

 なお、スマホを放したのでその間に先の写真は消しておいた。メッセンジャーに保存する為に送った写真も、だ。

 

「私、弟モノの純愛を貸して欲しいですが……」

「あ、後で!」

 

 そこで漸くジャンヌが部屋の扉から離れて行った。

 

「…………」

 

「…………忘れなさい」

 

 俺は何も言わずに部屋から出て行った。

 

「(な、何たる、恥辱……)ハァハァハァ……」

 

 駄目だ、アレで逆に興奮してる。

 

 

 

「あ、兄貴! 何処行ってたんだよ!? ジャンヌ姉ちゃんのクソつまんねー聖書の音読、オレだけ付き合うハメになったじゃねぇか!」

 

「ちょっとオルタ姉さんの部屋の掃除にな」

 

 それを聞いたモードレッドはつまらなそうな顔をした。

 

「っち……あ、じゃあ兄貴、オレの部屋も掃除してくれよ!」

「あら、モードレッド? 貴方の部屋は昨日、お母様に言われて掃除したばかりよね?」

 

 ジャンヌが現れ横から口を挟んだ。

 

「うっ……ちょ、ちょっと汚くしてくるから待ってろ!」

 

 それを聞いたジャンヌが走り出したモードレッドの首根っこを掴んだ。

 

「何を考えているのですか! 部屋は何時も清潔にと、お母様に言われてるでしょう?」

 

「放せよジャンヌ姉さん! 兄貴に掃除させる為なんだよ!」

 

「馬鹿な事を言わないの!」

 

 やれやれ、姉妹喧嘩は当人達に任せよう。

 俺は自分の部屋へ帰ろうとした。

 

「分かったよ! じゃあ、兄貴の部屋に行こうぜ!」

「頑固拒否する」

 

 この夢の中の部屋には色こそ違えど家具は全て再現されている。如何わしい物など無いが、部屋を荒らされるのは勘弁ならない。

 

「怪しいですね……まさか、如何わしい物を隠しているのでは?」

「ジャンヌ姉さん、顔を赤く染めながら言われると説得力が無いですよ」

 

 どう見てもガサ入れする気だな。させてたまるか。

 俺は素早く部屋へと移動し、鍵を閉めた。

 

「やっぱり、如何わしい物があるんですね!?」

「兄貴! 変なことしないから入れてくれよ!」

 

「誰が開けるか……」

 

 溜め息を吐く。これで暫く1人きりだろ。

 

「ミコーン!? 密室でご主人様と2人きり!? もしや交尾のチャンス!?」

 

 ……は?

 

 溜め息を吐くために下げた頭を上げると、俺のベッドに狐耳の美女が正座していた。

 

「何やら懐かしいですね。

 まるでこう、遠き月の日を思い出させる感じ……

 和では無く一般的なマイルームなのもそれはそれで家庭感溢れる恋人みたいで乙なモノです……!」

 

 キャスター……では無く恐らくランサーなのだろう。白いTシャツだし。

 

(いや、あのTシャツは俺のだ。サイズが合ってない。あと下に巫女服来てる……)

 

 訂正、キャスターの玉藻の前で間違いないようだ。

 

「その声は変態狐! お前、母上のペットの分際で兄貴の部屋で何してやがる!?」

 

 まさかのペット枠……だが地下室のロボット枠のバベッジの登場は無い。

 

「お子様に言うにはすこーし過激で、イケない事をするんですよー! 鬼の居ぬ間になんとやら、です! 

 さあ、マスター! 2人で愛を育みましょう!」

 

「失礼しました」

 

 ドアを開けてさっと退出した。

 どうやらこの家に安息の地は無いらしい。

 

「兄貴! ゲームでもしようぜ!」

「良いけど、ジャンヌ姉さんは?」

「やらせて頂きます」

 

「私も一緒にやらせてくださいな!」

「俺のシャツ返したらな」

 

「ミコーン!?」

 

 何故驚いた。当たり前だろ。

 

「負けたら罰ゲームな!」

「何しましょう?」

 

「着てる物を脱ぐとかいいじゃないですか?」

 

 タマモがそんな提案をする。

 

「いいじゃんか! おもしれぇ!」

「ふ、服……です……か?」

 

「因みにー、今日のタマモは巫女服の下に何も着けてませんので2回も負けたら、ご主人様にぜ・ん・ぶ……見せちゃいます!」

 

「オレ、鎧取ってくる!」

 

 モードレッドは趣旨が分かっていないようだな。

 

「や、やっぱりその……服はちょっと……そ、そうです! キスにしませんか? ビリの人は1位にキス!」

 

 この聖職者、下心丸見えである。そのルールならばキスする側とされる側、どちらか2つになる可能性がある。

 

 しかし、これ以上妙な案が出てそれに決定されるのも嫌だ。

 それにそれならば……

 

 

「も、モードレッドですか……」

 

 文句を言いつつジャンヌの尖らせた唇がモードレッドの頬に触れる。

 

「わー!? 兄貴、見るな見るな!」

 

 

「ぐへへ、その体に消えない跡を残しやる……って、ご主人様言われたいです……」

 

 タマモの頬にモードレッドの唇がそっと当たる。

 

「オレも、キスするなら兄貴がいい!」

 

 このルールならば2位か3位になればキスされない。残念だったな。負けない事と勝てない事に定評があるんだ。

 

 

 

「さあ、召し上がれ」

 

『頂きます!』

 

 頼光が帰ってきて、1時間と待たずに昼食を食べる為に皆が集まった。

 

 しかし、オルタ姉さんはいない。どうやらまだ恥辱に身を任せている様だ。

 

「み、ミコーン……」

 

 床で油揚げを貪っているタマモの頭にはタンコブが出来ている。俺のシャツの匂いについて尋問された結果だ。

 

(ヤンデレ要素はあまり見えなかったな。今の所は精々、変態家族のレベルだが……)

 

 どちらにしろ勘弁だな。

 

「御馳走様」

 

 最速で昼食を終わらせた俺は、部屋へと駆け込んだのだった。

 

 窓にもドアにも鍵を掛けた。カーテンも閉じた。後は大人しく悪夢から覚めるのを待つだけだ。

 

「はぁ……流石に強行手段で入っては来ないだろう。ドアに昼寝中って書いた紙貼ったし」

 

 と言う訳でベッドでゴロゴロしてるが、不安はやまない。

 

 起きたら縛られているなんて事もあり得る。

 

 が、俺の心配とは裏腹に何も起きないまま1時間が過ぎ、俺の体は目が塞がれたまま動かなくなった。

 

(寝たのか……寝てても意識あるからいつ寝たのかまるで分からないが)

 

 結局2時間程で目を覚ましたが、本当に何も起きなかった。

 

 拍子抜けだな、と思いつつトイレで顔を洗う為に部屋を出た。

 

 

「キダ……! 大丈夫ですか!?」

「兄貴!? リンゴ食べるか!? ヒエピタか!?」

「梅お粥です!」

「皆、大袈裟過ぎ……胃薬か頭痛薬? 風邪のシロップ薬もあるわよ?」

 

 部屋の前で家族全員に凄い勢いで心配された。

 どうやら昼寝なんか滅多にしないから、病気だと思われた様だ。

 

「だ、大丈夫だよ……」

 

「それは良かった」

「本当に大丈夫か? なんでも言ってくれよ?」

「お粥はレンジに入れておきます」

「だから言ったのに……予防薬いる?」

 

「いや、本当に大丈夫だって……」

 

 なんとか落ち着かせれた様だ。 

 が、頼光が俺の腕を引っ張った。

 

「母を心配させた罰です」

 

 そのまま抵抗出来ずに連れて行かれる。

 

「っちょ、何処に行く気!?」

「母の部屋です」

 

 

 

 引っ張られるまま連れて来られたのは和室だった。

 畳の上には布団が敷かれている。

 

「さあ、其処に座りなさい」

「いや、あの、俺は昼寝してただけだし……」

 

「座りなさい」

 

 強い口調で布団を指差され、仕方が無いので布団の上に座った。

 

 頼光は体温計を取り出すと、俺に脇に挟む様に言った。それに黙って従うと頼光も布団に座り、自分の膝を叩いた。

 

「頭をこちらに」

 

 膝枕か。俺は体温計を落とさない様に膝に頭を預け、体を倒した。

 

「貴方は昔から健康でしたが、母はそれが余計に心配になります」

「いや、別に大丈夫だって……」

 

 くすぐったい。頭を撫でながら頼光は喋り続ける。

 

「何か悩みがあるんですか? 母が聞いてあげますよ」

 

 悩みの元から悩み相談され複雑な心境です。

 

「別に……疑問ならあるけど。

 母さんは何で父さんと離婚したの?」

 

「それは……子供ができたからです」

 

「……は?」

 

 いや、どう言う意味だろうか?

 

「勘違いしてはいけませんよ? 別に貴方達を望まずに産んだとか、貴方達のせいで……と言う訳ではありません」

 

 俺の体温計を取りつつ、頼光は続ける。

 

「貴方達はとても可愛くて(いと)しくて(あい)らしくて……私の愛情はあの人では無く、徐々に徐々に貴方達へと注がれて行きました。あの人もそれに気が付いて、それでも結婚した相手ですから、一緒に住み続けました」

 

「ですが――」

 

『リリィを蔑ろにするとは何事ですか!』

『我らの家名を名乗り続ける事を、許すつもりは無い』

 

「Xお義母様とオルタお義父様はそれを見抜いて、結果、離婚しました……」

 

 カオスな家系だな、お父さん。

 しかも祖父母は同一人物か。

 

「……ですが、きっとこれで良かったのです」

 

 耳元で囁かれた。内側に入ってきたはずの声に、包まれるかの様な錯覚に陥る。

 

「私は、貴方も、ジャンヌもオルタもモードレッドも愛します。死ぬまで、いえ、死んでも、魂の欠片も残らなくなっても、ずーっと……愛してます」

 

 背中に何かが走る。悪寒……だけではない。

 

 守られている安心感に愛の感情が与える快感。声だけで理解した。

 

 この人が母性の化身(母親)である事を。

 

「モードレッド、ジャンヌ、オルタ……入ってきなさい」

 

 名前を呼ばれた3人は部屋へと入ってくる。

 

「母は、貴方達になら何でもしてあげます。何でも差し上げます」

 

「母さん……」

 

 オルタがこちらに近付いてくる。

 

「ほら、こっちに来なさい」

 

「……お母様」

 

 続くジャンヌ。

 

「ちゃんと教えてあげます」

 

「母上……」

 

 モードレッドも大人しく、騒ぎもしない。

 

 既に俺にも、抵抗の意思は存在しなかった。

 

 先程からタマモの焚いているお香の効果なのか、この人の狂おしい程の愛情に当てられたのかは定かでは無い。

 

 唯、頭の片隅に消え去っていく1つの推測。

 

 この人の愛は家族全員に平等で、そのバランスは姉妹達の愛が俺に集まった事で崩れたんだ。

 

 

 

「母の愛情を……愛しい人の、愛し方を」

 

 

 

「……ギリギリだったな……」

 

 最後は殆ど堕ちていたが、おっ始まる前に終わって助かった。

 家族全員で5Pとか正気の沙汰じゃない。

 

 今回は未所持サーヴァントのみでのヤンデレ家族だったが、やはり知らないサーヴァントに囲まれるとやり辛い事この上ない。タマモはキャスタークラスの方は持ってなかったし。

 

 まあ、所持サーヴァントでも懲り懲りなんだけど。

 

「……所で……俺の腹の上の箱は一体……?」

 

 恐る恐るダンボールを開いた。

 中には手紙と、瓶が入っていた。

 

“軽度の精神安定剤です。常に心は穏やかに……貴方の母より” 

 

「つくづく化け物だな……頼光母さんは……」

 

 俺はそっと箱を閉じた。

 




水着イベントが終わったので第6章に戻り、ガウェインを突破したいですね。星5アーチャーは2体いるのになぜ攻略できないんだ……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレとわりと普通のデート

遅くなって申し訳ありません。

プリヤコラボが始まりましたね! 
海外だとサーバー落ちがひどすぎてロクにプレイできないけど……
感想欄にガチャ報告だけするのは控えて下さいね。自慢したかったら活動報告でどうぞ。


 

「デート……?」

「そうだ。もう一度、と言うのは芸がないかもしれないがな」

 

 俺は疑問符を浮かべた。デートなんかしたことあっただろうか?

 

「(貴様は覚えていないんだったな……)まあいい。今回は個別でデートだ。サーヴァントはこちらで選んでおくぞ?」

 

「分かった……デート?」

 

 何故だろうか。その単語を聞くと体が震え始める。

 武者震いか、もしくは童貞でも拗らせ過ぎたか。

 

(流石にあの拷問の記憶は完全には消えんか……)

 

 

 

「デートね……」

 

 震えの止まった体を動かして辺りを見渡す。

 

「駅の前?」

 

 人混みの溢れる駅前で始まった様だ。現実と同じ名前の看板がそこら中にある。

 

「ごめんなさい、待たせてしまったかしら?」

 

 どうやらお相手が来た様だ。

 

「いや全ぜ……ん……?」

 

 俺の前には日傘を指した女性……と言っていい身長かは分からないが、ステンノが現れた。

 

「あら今私の事をバカにしませんでした?」

「いや、これっぽっちも……」

 

 さてただのステンノでは無い。ヤンデレステンノだ、油断せずに行きたい所だ。

 

「……まあいいでしょう。ではどこに参りましょうか?」

 

 さていきなり童貞に難易度高い質問だ。デートプランのデの字も用意していないんだが……

 

「……ふふ、イジワルな質問でしたね。昨日デートに誘ったのは私なのに」

 

 困る俺を見て面白がる女神様は静かに指を指した。

 

「さあ、あちらに行きましょう」

「うん、分かった」

 

 俺が頷いて指さされた場所へ向かおうとするとステンノは俺の腕を掴んだ。

 

「お待ち下さい」

 

 そう言ってステンノは両手を俺に向け、そのまま止まった。

 

「……えーっと……?」

「此処まで歩いて疲れました。抱いて下さい」

 

 いきなりこれである。

 

「えっと……日傘はどうするの?」

「貴方が抱いてくれるなら、要りません」

 

 そう言って日傘を畳む。

 

「さあ、どうぞ?」

 

 

 見た目相応に軽い。しかし、道行く人が1ミリも反応しないとしても、これは恥ずかしい。

 

「ふふふ……素晴らしい優越感でしょう? 女神の私をその両手に抱いて歩いているのですから」

 

(暑い……)

 

「下を向けば美しい私の顔が見えるんですもの、疲れる事すらご褒美でしょう?」

 

 まあ、無茶苦茶されなければ問題は無いが……

 

「それに……いい香りですわ」

 

 首後ろに力を込め、体に顔を密着させたステンノの鼻が小さくくすぐる。

 

「それで……目的地は?」

「もう少しですわ」

 

 その言葉に従って歩き続けるが、やがて足を止めた。

 

「あの……ラブホとかの看板が見えるんですが……」

 

「あら? じゃあもう着いてしまったかしら? 何処のホテルが良いか、選んで下さい」

 

「いや、普通にアウト!」

「あら? 貴方が私のデートを受けてくれたのに、ですか?」

 

「いや、デートって言ったけどラブホは無しだ!」

 

「まあ……マスターの童貞(ピュアハート)にこの場所は早かったかしら?」

 

「先ず見た目だけで犯罪だろ!」

 

 小悪魔○学生で筆下ろし、なんて18禁ゲームにありそうなワードしか思い浮かばない。

 

「大丈夫ですわ。ちゃんと免許証を持ってきました」

「何も大丈夫じゃない上に免許証メドゥーサのだろ、コレ!」

 

 クラスがライダーじゃなくてアサシンだから何も運転できないし。

 

「……仕方ありませんわ。別のデートプランに移りましょう」

 

 そう言ってステンノは真逆の方向、つまり行った道を指差した。

 

「あちらの駅まで、運んで行ってくださいね?」

 

 ウィンク付きでお願いされた。

 小悪魔ぁ……

 

 

「……で駅に戻ってきたけど?」

「お疲れ様ですわ。タクシー代です……っん」

 

 不意打ちで頬にキスをされた。

 

「で、次は何処に?」

 

「あらあら、何もリアクションが無いのは寂しいですわ?」

 

「いや、流石に此処まで人1人運ぶのは疲れるんだが……」

 

 十数分の移動でもうローテンションだ。

 

「仕方ないわね。あの喫茶店でお茶にしましょう」

 

 そう言ってステンノは駅前にある洒落た喫茶店を指差した。

 

「分かったよ」

「あ、お姫様抱っこは結構よ」

 

 そう言ってステンノはニッコリ笑い、俺の腕を掴んだ。

 

「だって貴方の彼女としてデートしたいもの」

 

 

「いらっしゃいま――っは!?」

「あらメドゥーサ、奇遇ね?」

 

 なるほど、デートに誘った理由はこれか。

 妹を弄る為に俺を連れて行きたかった訳ね。

 

「う、上姉様!? マスターまで!?」

「二名様よ? 席にご案内して下さる?」

 

「は、はい……かしこまりました」

 

 メドゥーサは不安な様子のまま俺達を席へと案内した。

 

「こ、こちらが、メニューになります」

「ええ、ありがとう」

 

 店に入ってから目に見えてテンションが上がっているのが分かる。

 

「さあマスター? 何を頼む?」

「……じゃ、コーヒーとサンドイッチ」

 

「私には紅茶とショートケーキ、早めにね?」

「は、はい!」

 

 メドゥーサは慌てた様子でカウンターへと向かった。

 

「可哀想に……」

「あら? あの子は喜んでいるわよ。姉の私がわざわざ足を運んであげたのですもの」

 

 一切悪気は無いと嘲笑いながら言った。

 

「それよりもマスター? 私が目の前にいるのですから、あの子にあまり視線を向けてはいけませんわよ……」

 

 そこだけは本気のようで、言葉と共に威圧を感じた。

 

「はいはい……」

 

「お待たせしましたっ!」

 

 早い。数分と待たずに注文の品がやって来た。

 

「ご苦労様。マスターとのデートよ。邪魔しない様に、ね?」

「っ! わ、分かっています!」

 

 メドゥーサは早歩きで店の奥へと消えていった。

 

「ふふ……楽しいわ」

「あまり妹を虐めるなよ?」

 

 俺の言葉は届かなかったようで、妹の苦しみと妬みをケーキと一緒に頬張っている様だ。

 

「ま、俺も食べるとするか……」

 

 サンドイッチを手に取る。が、その先はステンノに先に噛まれた。

 

「ふふ……マスターの初めて……頂きましたわ」

「いや、行儀が悪いだろ」

 

「あら、彼女の可愛いイタズラを咎めるのは紳士の行いではなくてよ?」

 

「全く――」

「――下姉様!?」

 

 メドゥーサの驚きの声に、思わず顔を上げた。

 

「ふふ……此処にステンノ()がいると思ったのだけど……正解かしら?」

 

 その声を聞いてステンノは小さく笑った。

 

(これはエウリュアレもイタズラの対象だな……)

 

「上姉様ならあちらです……マスターと一緒に」

「そう……え? マスターと一緒ですって!?」

 

 驚きの声を上げたエウリュアレは急いでこちらへやってきた。

 

「ちょっとステンノ!? これはどういう事!?」

「どう、とは……どういう意味かしら?」

 

「なんで貴女がマスターと一緒なのかって聞いてるのよ!」

「あら、私達は一心同体。貴女のマスターと一緒にいたい理由が、そのまま私の此処にいる理由になると思いませんか?」

 

「ぬっぐ……でも、どういうつもりよ!? 姉妹で共有する約束じゃなかったかしら!?」 

「必ずしも、一緒にマスターと過ごす事が共有では無いでしょう? それに姉妹で共有なら……姉の私が独占しても許されるでしょう?」

 

 この姉妹喧嘩は不味くないか?

 この2人は一緒にメドゥーサを虐めていた事はあるが、喧嘩はそこまでした事は無かったはずだ。

 

「ステンノ……!」

「あんまり喚かないの、エウリュアレ。ちゃんと貴女にも独占する機会をあげるわ。でも、きっとその頃にはマスターの心は私のモノになっているでしょうけど、ね?」

 

「そこまでにしたらどうだ?」

 

 見ていられなかったので俺は口を挟んだ。

 

「じゃあ、ステンノとデート終わり。エウリュアレ、何処か行きたい?」

「え、あ、ちょ、ちょっとマスター!?」

 

 立ち上がった俺はステンノを無視してエウリュアレに近付いて、お姫様抱っこをした。

 

「ま、マスター!?」

「あ、メドゥーサ、これ。お会計ね」

 

 ポケットに入っていた千円札をカウンターの上に置くと、そのまま店を出た。

 

(っはぁ……何やってんだろ、俺)

 

 

「……降ろして」

「はい」

 

 喫茶店から出て近くの公園に来た俺はエウリュアレを降ろした。

 

「……私を選んでくれたの?」

「違う。なんだろうな……あの喧嘩は見ていて嫌だっただけだ」

 

 ステンノとエウリュアレは一心同体。互いが離れていてもどこに行ったのか分かる程に。

 その2人にメドゥーサを入れた3姉妹は一番下のメドゥーサをイジメながらも姉妹仲は良かった。

 

 それが、あそこまで分裂しかかるとは……

 

「俺って、お前達が喧嘩するほど価値があるのか?」

 

「あ、当たり前じゃない! 私達にとっては初めてのマスターよ!」

「それが良くわからないな……」

 

 ヤンデレ化の影響で彼女達は他の女を敵視する様になった。だが、以前ならまだ姉妹で喧嘩をする程では無かった。

 

「好きなんて気持ち、湧いた事なかった。面白いモノなら幾度も遊び倒して来たけど、マスターは別よ。

 壊すのが怖い人なんて、初めてで……ステンノが弄ると壊れる気がして……」

 

 まだ完全には理解出来ないが、少しだけ分かった。

 独占欲では無く、エウリュアレとステンノが俺を独り占めする理由は保護欲が原因なのだろう。

 以心伝心だった2人の心は今、俺への不安で揺れているのだ。

 

「なら、喧嘩する理由は無いな」

「……え?」

 

 ならばそれを笑ってやればいい。幸い、ステンノへはエウリュアレを通して伝わるのだから。

 

「壊れやしない。俺はお前達のマスターだ。俺の心配より、人理救済まで使い倒されるお前の体を心配したらどうだ?」

 

 似合わないと分かっているが、俺はエウリュアレに宣言した。

 

「……マスター!」

 

 エウリュアレが抱き付いてきたのでそれを受け止める。

 

「大体、こんな小さい身体で言う事が生意気な――」

「――マスター!」

 

 言葉の途中で背後から別の誰かに抱き付かれた。

 このエウリュアレと同じ位の腕の細さはステンノだ。

 

「……フフフ、格好良かったですわよマスター。でも、誰の何を心配しろ、でしたっけ?」

「私達はゴルゴン三姉妹よ? 人間の生意気が過ぎると……」

 

『先に頂くわよ?』

 

(……どうしようかな、これ)

 

 蛇に睨まれたカエルな気分だ。

 

「ほら、メドゥーサ! マスターを運びなさい! 目的地はピンク色のハートが沢山ある看板の建物よ」

 

「了解です、姉様」

 

 いつの間にかやって来たメドゥーサに捕まり、宝具ペルレフォーンの発動によって現れた白馬に乗せられた。

 

「ちょっと待てぇ!」

 

 嘆きの声を上げながらも、俺は何処か納得していた。

 

 ああ、これが神霊の振り回しか……

 

 

「さあマスター、着いたわよ」

 

 白馬が舞い降りた場所はメイド喫茶だった。

 

「ごめんなさい、ラブホテルでは無いの」

「いや、1ミリも望んでないけど」

 

「そう落ち込まないで? ご主人様をちゃーと持て成してあげるから」

「いや、今すぐ帰してください」

 

「すいません……どうか姉様方の謝罪とお礼にお付き合い下さい」

「いや、気持ちだけで結構です」

 

 下げられた頭も押し付けられた善意も断って帰りたい。

 が、体が鎖で縛られたままではどうする事もできず、引きずられるがまま喫茶店に入った。

 

「さあ座って下さいご主人様!」

「お疲れでしょう? お水でございますご主人様!」

 

 いつの間に着替えた美少女達の献身的なご奉仕。だが椅子に縛られては座るもクソもない。

 

「デートでメイドは鉄板でしょう?」

「いや、それは間違いだと思う。あとこの状況も」

 

 俺は冷静にツッコミを入れるが放してくれる雰囲気ではない。

 

「せっかくだからこう言うのはどうかしら?」

 

 ステンノは細いスティック菓子を取り出した。

 

「ポッ○ーゲーム」

 

 そう言って袋から1本取り出すと、一瞬だけそれが怪しくピンク色に輝いた。

 

「おい、いま絶対何かしただろ?」

「大丈夫よ、はい」

 

 菓子を口に挟み、こちらへ近づく。

 

「ちゃんとお口、あ・け・て……っね?」

 

 エウリュアレが耳元で囁き舌で耳の内側を舐める。

 

「っ!」

 

 開いた口に菓子が入り、ステンノのはそのまま徐々に近づいてくる。

 

 菓子を噛んで終わりにしようとしたが、噛み砕けない。魔力で硬度を上げ、あちらは魔力で強化して噛んでいるようだ。

 

(やりやがったな!?)

「ん、モグ……ッチュ」

 

 唇が重なるが、そもそもゲームになってない。

 

「私が楽しめれば何だってゲームですわ」

「次は私の番、ね?」

 

 そう言ってエウリュアレはチョコレートを取り出した。

 

「さあ、一緒に舐め合いましょう?」

「ゲームですらない!?」

 

「駄目よエウリュアレ、私達は女神。あまりはしたない真似はできないわ」

「そうだったわねステンノ。じゃあ、何をしましょうか?」

 

「もう帰してください」

 

「マスターったら、そんなに私達をお持ち帰りしたいのかしら?」

「いや、帰りたいだけ――!?」

 

 ――気が付けば腹に矢が刺さっていた。

 

 

「ふふふ……マスターったら……あまりにもおふざけが過ぎるからつい、射抜いてしまったわ」

 

「駄目よエウリュアレ、私も一緒に、ね?」

 

 ステンノが近付いて、微笑んだ。

 

「さあ、目覚めなさい」

 

「そしてもう一度私を見るのよ」

 

 合図ともに愛を失い、輝く瞳に心を奪われる。

 

「えい!」

 

 再び合図で心が戻り、痛みが愛へと変換される。

 

「ふふふ」

 

 100が0に、0が1000に。1000が10に。

 

「えい!」

 

 付けられた傷は失う度に癒やされ、満たされる度に増えていく。

 

「マスター……」

 

 笑う。痛み。痛み。笑顔。

 

「もっとよ、もっと!」

 

 女神達に心を奪われる。奪われる。奪われる。

 

 もはや失う事は無い。愛に目覚めたまま、少し愛はなくなるが、また容器いっぱいに満たされる。

 

「愛してる、愛してるよ女神様……」

 

「ダ・メ! まだ足りないわ」

 

 メビウスの輪の如く、愛は容器が一杯になっても注がれる。

 

 心で受け止められなかった愛は今度は理性へと注がれる。

 それすら一杯になった時、本能すら愛に染まる。

 

「そうよ、私達は女神」

 

「貴方の運命、生き方、そして起源すらも決めてあげましょう」

 

『マスター、貴方は愛に生きるの。私達の愛で』

 

 体は神の求愛に染まったのだった。

 




たまにはホラーチックなヤンデレが書きたかったんです。

この更新ペースで遊戯王の小説連載したいとか考えてる自分はアホだと思う。

次もデート話だと思います! なるべく早く投稿するつもりですが、気長に待って下さい!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレと結構普通なデート

今回は季節がズレましたが夏っぽい話です!
夏休みが恋しくなるかもしれませんね。




 

「……昨日の悪夢の記憶が無いんだが、何かあったか?」

「いや、何にもなかった」

 

 今朝目が覚めたら顔中の汗で枕を濡らしていたのだが、アベンジャーは何も知らないと首を振った。

 

 どう考えてこの夢の中で何かが起きたんだと思うが……

 

「それよりも、今日はサーヴァントとのデートだ」

「今日……は?」

 

 頭が痛い。何故か知らないがデートという単語が頭の中を疼かせる。

 

「1人が相手だ。まあ、絶対では無いのだがな」

「それはどういう意味だ?」

 

「相手次第、と言う意味だ」

 

 

 

「……此処は、何処……?」

 

 目を擦る。

 起きた場所は街の中では無く、波音聞こえる砂浜だ。見覚えの無いバックが右手に握られている。

 

「ご主人様!」

 

 呼ばれたのでそちら視線を向ける。

 

「初デートが海なんてちょっとどうかなー、とか思ってましたが……

 この開放感、何より人目が全くないフリーダムな感じ! 最高です! 人目がないのが本当に……ぐへへへ……」

 

 この淫乱サーヴァントはキャス狐である。

 

 本来はキャスタークラスのサーヴァントだが、水着仕様の今の姿ではランサーとなり、パラソル振り回す系女子へと変貌を遂げている。

 

 水着に麦わら帽子、パラソル、更にはオイルも持っている様だ。狐耳と尻尾があざとい。

 

「でもでも、やっぱりー? 折角のデートですからお約束はしておきましょう! 全部こなして童心に帰ってから、アダルティな危ない夜の遊び……キャー!」

 

 両手で頬を抑えて叫んでいる狐。周りに誰もいない様だし、本当に2人っきりの様だ。

 

「……どーしよ」

 

 逃げ場らしい逃げ場が、無い。

 

「さぁさぁご主人様、パラソルは刺しましたし、シートも広げて置きました!」

 

「タマモ、パラソルは唯一無二の武器なんじゃ……」

 

「いえいえ何を仰りますか!

 ランサーにクラスチェンジしても私には呪術がございます! 例えライダーが来ようと等倍ダメージを与える謎の御札でどんなエネミーもイチコロしちゃいますのでご安心下さい! そもそも此処に敵は来ない筈ですので!」

 

 そしてタマモは水着の上に来ていた白いシャツを脱いだ。

 

「じゃーん! マスター! 愛しのタマモちゃんの水着でございまーす! ふふふ、どうですかー? 刺激的でしょう?」

 

 これみよがしにポーズを決めるタマモ。ピースしたり、ウィンクしたりと忙しない。

 

「わー、キレイだなー、かわいいなー」

 

「綺麗な棒読み、ありがとうございます! ……マスター、そんなに私の水着姿、イケてませんか?」

「いや、普通に似合ってるよ」

「普通のテンションならちゃんと答えてくれるマスター……! では早速……」

 

 タマモはシートの上にうつ伏せに寝そべった。

 

「オイル、塗って貰えませんか?」

 

「そー言えば俺の水着どこだろー?」

 

 わりと普通のテンションで頼まれたが無視して右手に持っていたバックを開き、中身を確認する。

 

「ま、マスター!?

 そこは承諾するところでは無いですか!?

 男色やら不能疑惑のあるラブコメ難聴主人公ですら、オイルはしっかり塗るのに……!」

「水着が無いから帰って取ってくるねー」

 

 このまま帰宅してしまおう。

 

「夢の中で帰ろうとしないで下さい! マスターの水着なら、ほら! 魔術礼装変更で装着して下さい! 9話くらい前の話で覚醒したアレです!」

 

「……っち」

 

 舌打ちをしながらも水着型の礼装、ブリリアントサマーを装着する。

 

「素敵ですマスター!」

「そりゃどうも」

 

「それではオイル、塗ってもらっても良いですか?」

 

 再び寝そべったタマモ。水着のホックを外してこちらの様子を伺う。

 

「……はぁ」

 

 仕方が無いのでオイルの容器を手に取り、両手を合わせてオイルを人肌でぬるくしてから背中に塗った。

 

「っく……お約束の喘ぎ声の様な悲鳴はあげさせてはくれませんか?」

「いや、それはお約束でも何でもないだろ」

 

「……所でマスター? 正面にも塗りたくありませんか?」

 

「俺も自分に塗らないとな」

 

 タマモを無視して顔にオイルを塗る。日焼け対策を忘れると後で皮膚に火傷による痛みが生じる。しっかり対策しておこう。

 

「ミコーン! 見事なスルースキル! 3作プレイしたのは伊達ではないという事ですかー!?」

 

 何か騒いでいるが知った事か。適当に塗った後に海へと直行した。

 

 

「ご、ご主人さまぁ! お待ち下さーい!」

 

 波は穏やか。そこそこの冷たさ。深さも腰より少し上程度。しばらく泳ぐか。

 

「うう……水かけでキャッキャウフフするイベントより先に水に全身をつけましたか……」

 

 さすがサーヴァント、もう隣にやってきた。

 

「なら、ば!」

「う、ちょ!?」

 

 タマモは俺の背後に素早く飛び掛かり、両腕で肩を掴み両足で体に巻き付いた。

 

「名付けて、だいしゅきホールド健全ヴァージョンでございます!」

 

 と言いつやけに胸を重点的に動かしてくる。

 

「何処が健全だ、発情狐」

「フフフ、マスターも嬉しいくせ――あぶばぶばぶっ!」

 

 肩に置かれた両腕を外す。上半身の支えが無くなったタマモそのまま上半身だけ水中へと落ちた。

 

「あぶ――ぷっは! 海水が鼻に……染みる……マスターの鬼!」

「全く……」

 

 ヤンデレであろうがなかろうがこの狐のテンションは鬱陶しい。誘惑があざと過ぎる。スルーかいなすが安定だ。

 

「さーて、適当に泳いでよ」

「マスター! 大きめなイカダ型の浮き輪がありますよ!

 不安定な浮き輪の上で、手が思わぬ所に触れてしまいそこから燃え上がる恋のほの――」

 

 ――バタフライ泳ぎの練習をしよう。 

 

 

 

「ふーっ……ん?」

「ささ、マスター! 休憩がてら昼食にいたしましょう」

 

 数十分程泳いだ後に海を出て元のシートに戻るとタマモからタオルを手渡された。が、タオルと言うには手触りが良すぎた。

 

「……このタオル」

「タマモの尻尾の毛で編んだモコモコスベスベなタオルでございます!

 因みにー、尻尾の毛は一晩で復活しましたので遠慮なさらないで下さい」

 

 そうは言われたがこのタオルに問題がある。若干獣臭いのと、毛が見事に水を弾いて拭くのにはまるで向いていない事だ。

 

「以上の問題点から、直ぐに俺のタオルと交換して頂きたいのだが?」

 

 俺がそう要求するとタマモはぎこちない動きで後ろのバックからタオルを取り出した。

 

「え、えーっと……ま、マスターのタオル、ですね……えへへ……はい」

 

 差し出されたタオル。しかし、所々濡れている。

 

「……これは?」

 

「ちょ、ちょーっとですよ? ちょーっとだけマスターのバッグを確認したら、マスターの匂いがして思わず手にとってしまいまして…………テヘッ!」

 

 テヘッ! じゃない。どう考えても俺のタオルを濡らした液体はタマモの唾である。

 

「……はぁー。仕方ない。お前のタオルを貸してくれ」

 

「え!? で、でも……」

「流石に唾がついたタオルは不潔だ。お前の水で濡れたタオルで我慢するよ」

 

 そう言われてタマモはいそいそと体に巻いていたタオルを取ると俺にそのタオルを渡し、俺のタオルを体に巻き、匂いを嗅き始める。

 

「……と、所でマスター! 私、手作り弁当をご用意しております。どうぞっ!」

 

 そう言って話題をすり替えようとタマモはおにぎりと華やかなおかずの入った弁当箱を手渡してきた。

 

「……ど、どうぞっ!」

 

「……頂きます」

 

 一瞬だけ頭に薬物の可能性が過ぎったがタマモの弁当を渡す手が小さく揺れているのを見て、それは無いと思い受け取った。

 

「それじゃあ……ん」

 

 俺は箸でおにぎりを掴み、噛んだ。

 

「…………」

 

「……ん、上手い」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 俺の感想にタマモはパーッと笑顔を咲かせる。

 

 おにぎり自体、ご飯が作れれば誰でも作れるが、この自称料理下手はそれすら自信が無かった様だ。

 

「塩加減がちょうどいい」

 

「ふっ、ふふ! そうでしょう、そうでしょう!

 私、気付いたのです! 私はあくまで良妻系サーヴァント! 恋人なんて初々しい感じの設定でマスターに迫ったのが間違いだったのです!」

 

 おにぎり褒めただけで調子乗り始めたぞこの狐。

 

「俺のタオルを唾だらけにした時点で良妻じゃなくてストーカーなんだが」

「ミコーン!? 

 そ、それは……狐の性と申しますか……あ、アレです! 狐だと手で掴めないので口で掴んだー、みたいな……」

 

「それは狐ではなく犬の所業だな」

 

「ミコーン!?」

 

 

 

「スイカ割りか……」

「海といえばこれでございましょう?    

 シートも敷きましたし、割れても汚れません!」

 

 目隠しした俺は棒切れを持ってキャス狐の指示を待つ。

 

「前ですよ、マスター!」

 

 言われたとおり前へと歩く。

 

「右に行ってください!」

「右だな……」

 

 支持の通り右へと移動した。

 

「……タマモ次の指――おわ!?」

「ッヘブ!?」

 

 指示が遅いので声の位置からして後方にいたタマモへと振り返ったが、棒切れに何かが当たった衝撃に驚き、何とか踏ん張り倒れず、目隠しを取った。

 

「な、何だ!? あ……」

「ふ、不覚……」

 

 俺の前で地面に額を抑えつつ倒れ込んだタマモを見て悟った。

 

「お前、目隠しした俺を背後から襲おうとして振り返りざまの棒に額をぶつけたな?」

 

「み、みこー……ん」

 

 その後、シートの上にタマモを運び、額の上に適当な濡れたタオルを置いた後、1人海で遊び尽くした。

 

 

 

「部屋は何処ですか?」

「203号室です」

 

 日も暮れてきたので2人で近くの2階建ての旅館へとやってきた。

 

「うう……まだ痛いです」

「やれやれ……」

 

 未だに頭を抑えているタマモに呆れつつ部屋へとやって来た。

 

「て言うか同室なのか……」

「おや? マスター、期待してます?」

 

「いや、これっぽ――」

 

 俺の言葉を遮る様に部屋の扉が閉められた。

 

「フフフ……海では全然見せ場がありませんでしたが……此処はまさに私の独壇場です!」

 

 そう言うとタマモは俺を押し倒した。

 

「……なんのつもりだ」

「マスターってば警戒してる割にはガードが緩いんですから……ふふふ、どんなにあしらわれてもベッドの上では私が勝ちますよ?」

 

 タマモは先程のおちゃらけた雰囲気から一転、狂気を顕にした。 

 

「今までのは全部マスターを此処に連れ込む為のお芝居です。良妻な私ですが、やはり夫婦の営みはしたいのです!」

「要するにただの淫乱、だろ!」

 

 【緊急回避】で拘束を抜け出した急いで俺は部屋を脱出した。

 

「ふふふ、逃げられないですよ……何せここはただの旅館では無く……タマモ旅館なのですから」

 

 

「全く……!」

 

 部屋を出た俺は旅館から出ようと一階への階段に走る。

 

「って、何だこの氷の壁!?」

 

 が、階段への道を塞ぐように氷の壁があった。中心に御札があるので恐らくタマモの仕掛けたモノだろう。

 

「っく……っ!?」

 

 後ろを向いて部屋を睨みつけた俺だが、同時に部屋の奥の鏡に映る、不気味な自分を目撃した。

 

 

「ご・しゅ・じ・ん・さ・ま……」

 

 

 俺へと虚ろな視線を向ける俺が、鏡から現れる。

 鏡から出たと同時にその姿はタマモへと変化した。

 

「っく!」

 

「逃しませんよぉ……」

 

 迫ってくる虚ろなタマモを見て急いで横にあった部屋、201号室に入った。

 

「隠れないと……!」

 

 休む暇は無いと隠れる場所を探して視線を動かす。

 

(押入れか、タンスか……)

 

 どれもダメだと視線を動かし続ける。

 

「……イチかバチかだ……!」

 

 

「マスター……何処ですかー?」

 

 タマモがやって来た。声の雰囲気からして、未だに不気味だ。

 

「ふふふ……どこに隠れても無駄ですよ……匂いで分かりますから」

 

 どうやら本当らしく、足音が俺の隠れている押し入れへと近づいてくる。

 

「これでっ!!」

 

 壁に背中を預けた体制で両足を思いっきり前へと突き出し、予め外しておいた押し入れのドアを蹴った。

 

 カルデア戦闘服の魔術礼装に変更したのも合わさって、かなりの威力だ。

 

「ミコーン!?」

 

「逃げる!」

 

 ホラーゲームの常識だが、こう言う敵は倒す事は出来ない。足止めが精々だ。

 

 なので敵が下敷きになっている今の内に逃げる。

 

「ま、マスター……! こうなればこちらも遠慮しません! 難易度ハードからディザスターに引き上げます!」

 

 

「っげ!? 氷の壁が!」

 

 部屋から出た俺だが、氷の壁が廊下の壁に広がる。すぐ側の201号室と202号室の扉は氷漬けにされ開かなくなった。

 

「マスター……逃がしませんよ……」

 

 その開かないはずの201号室をすり抜けて、

 

「もうヤンデレっていうか唯の悪霊だろ!?」

 

「何とでも仰ってください! マスターを手中に収める為なら、どんな汚名も被りましょう」

 

 逃げ場は既に203号室と204号室に限られている。因みに、204号室は先まで無かったので入るのは危険過ぎる。

 

「――って言うか、この感じ飽きました。

 マスターと早くニャンニャン、狐的にコンコンしたいので――」

 

「――捕まえちゃいます」

 

 言うが早いかタマモが全ての部屋から出現する。

 

「ゲームオーバー、て言うかクリア出来ないクソゲーみたいな物です」

 

「クレームは受け付けませんし、修正パッチも配布しません」

 

「何回もコンテニューする必要もありません」

 

「エンディングもCGも1つだけです」

 

 ジリジリ近付く4人のタマモ。

 逃げ場は無く、抵抗する間も無く優しい手が頬を撫でる。

 

「まあ、ラブリーな雰囲気を壊すような台詞回しもここまでにして……」

 

 タマモ1人を残して3人の幻影は消えた。

 

「私の得意分野にして一番良妻力の高い所をお見せしましょう。

 いっぱい鳴かせて下さいね、ご主人様?」

 

 

 

「はい! ご飯大盛りです、ご主人様!」

 

 タマモに茶碗を渡され、俺はそれを受け取った。

 

 鎖に繋がられた腕で。

 

「全く、マスターったら観念したと思ったら何度も何度も逃げ出そうとして……良妻の私もそろそろ我慢の限界です」

 

 いかにも怒ってます、みたいに手に腰を当てつつタマモは俺の体に御札を貼った。

 

「マスター、私がいれば足なんか要りませんよねぇ?」

 

 タマモが不気味な笑みを浮かべつつ足を睨むと、一瞬にして足が凍りついた。

 

「……! ……!」

 

「何を言っているんでしょうか? 悪いマスターには私への愛の言葉以外喋る事は許していませんよ?」

 

「タマモ、愛してるから……!」

 

 言葉が途切れ、続かない。

 

「嬉しいです! ではやはり足は要りませんね」

 

「………!!」

 

 叫べない言葉は届かず、氷漬けされた足はあっさりと砕け散った。

 

「これでもう、何処にも行けませんね? 大丈夫です。痛みは感じませんよね?」

 

 最初の逃走で喋る言葉を奪われた。

 

 2度目の逃走で、感覚すらタマモに上書きされた。

 

 3度目には拘束され、今、足を奪われた。

 

「もう逃げ出せませんよね?

 マスターの諦めが悪い事は知ってますが、流石にここまですれば何も出来ませんよね?」

 

 月の記憶が思い出させる。

 

 どんな絶望も進み続けた月の勝者の隣には、常に目の前の彼女がいた事を。

 

「逃げないで下さい。

 貴方は私がいないと、ただの凡人です。

 で・も! 私にとってはこれ以上にないイケ魂の持ち主です! これからも一生、いえ、これからは唯一無二のなくてはならない妻として、旦那様をお支えします!」

 

 絶望を這って進み続けた魂は、希望から迫る絶望を前に、遂にその歩みを止めた。

 

 




前半は普通にタマモっぽい感じにしましたが上手く書けたでしょうか?

次回もデートだけど、季節を考えて秋っぽい感じにしたいなー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレと中の中位に普通のデート

デート編、3話目。
活動報告でコラボイベントが原因で遅れるかもとか書いたけど、別にそんな事なかったぜ!




 

「先輩! 一緒に帰りませ――」

「キダの奴なら帰ったよ」

 

(またですか……)

 

 夏休みが終わって暫く経った。先輩は私から逃げる事が多くなった。

 

 休み時間には教室におらず、登校時間も下校時間にも会わない。

 朝5時から待ち伏せしたにも関わらず、裏口から逃げ出される始末。

 

(ヤンデレポイント、溜まっていく一方なんですけど)

 

 理由はわからない。チャットはブロックされ、携帯にかけても繋がらない。メールも無視されているのか返事が帰ってこない。

 

(何なんでしょう? いい加減、我慢の限界です!)

 

 

 

「……はぁ」

 

 夏休みの終わりに、人生初の失恋をした。

 

 相手は一年上の先輩。長い黒髪、物腰柔らかく大和撫子と呼ぶのに値する人だった。

 

 偶然出かけた先で2人きりになれたので勢いに任せて――告白なんかした事は無かったが、したら見事に振られてしまった。

 

 理由は、既に俺に彼女がいるから。

 そりゃあ、エナミと一緒にいる事が多かったが付き合っている訳では無いと誤解を解こうとした。

 

 「彼女さんと喧嘩したの? 相談に乗るよ?」と言われ全力で否定したが、二股しようとしたと誤解され頬にビンタを喰らって無様に初恋は破れた。

 

 それから結構経ったが未だ心の痛みが引く様子は無く、視界にエナミを入れるのも嫌になった。

 最近ではヤンデレ・シャトーでサーヴァントに迫られるのも虚しくてしょうがない。

 

「寝るかな……」

 

 

 

「今回は普通のデートだ」

「それは良いんだが……昨日と一昨日の記憶について詳しく」

 

「いや、その2日は何も無かったぞ?」

「いやいや、それ絶対嘘だろ」

 

 どうもアヴェンジャーは俺をそれで誤魔化せると思っている様だが、どう考えてもこの2日間俺はヤンデレ・シャトーから生還できていないようだ。

 

 こんな精神状態でヤンデレのヘイト管理なんて真面目に出来る筈がないし。

 

「とにかく、さっさと逝ってこい」

 

 

 

 喧騒響く街の中、どうやらデートは既にセッティング済みらしい。

 

「お待たせ致しました、ま・す・た・ぁ」

 

 背中にふわったとした髪の感触を感じると共に抱き付かれる。

 

「とっても楽しみでした、マスターとのでぇと……楽しみで夜も眠れず夜這いをしようかと考えてしまいました」

 

 そんなはしたない事をニッコリと笑いながら言ったのは、バーサーカークラスのサーヴァント、FGOヤンデレ筆頭の清姫だ。

 

「それはまた……とんでもないステップアップだな」

 

 頬を染めながらも笑う清姫から離れながら、俺は向き合った。

 

「……?」

「それで? どこに向かうんだ?」

 

「それでは……まずは駅に向かって電車で移動しましょう。山に向かいます」

 

 どうやら街の中でデートでは無いようだ。

 俺は駅の方へと体を動かし移動し始める。

 

「じゃあ、行くぞ」

「はい」

 

 

 電車に揺れて揺らされ清姫の隣に座っているが、落ち着かない。

 

「マスター、愛してます」

「大好きです」

「ずーっと……愛し合いましょう」

「永遠に、一緒です」

 

 寝たフリをしようと目を閉じて両腕を組んでいたら、耳元で愛を囁かれ続けていた。

 

 ねっとりとした声が耳の奥へと侵入し鼓膜を撫で回す。

 

「……清姫、静かにしてくれないか?」

「ふふふ、夜に貯まったマスターへの愛を全部吐き出しています」

 

 彼女の顔がまだ言い足りないと言っている。

 

「……いや、本当に、出来れば寝ていたいんだけど……」

「それでは、マスターの安眠の為に私が安眠ボイスをお届け致します」

 

 言っても分かってくれそうに無いので、イヤホンを耳栓代わりにして再び眠りについた。

 

「…………」

 

 

 それから数分で目的に到着した。

 

「さあマスター、行きましょう」

「おう……所でその荷物は何処から?」

 

 見れば清姫の背中にはパンパンに膨らんだカバンが背負われている。

 

「秘密です!」

「さいですか……」

 

 理解する必要も無いだろうと俺は山への道を見る。

 

「あっちか?」

「はい、行きましょう」

 

 まだまだ緑の生い茂る山を見つつ、コンクリートの道を歩き始めた。

 

 だが、すぐにその足は止まる。

 

「……所でマスター。最近、恋をしませんでしたか?」

 

「っ!?」

 

 本気で驚いた。何故気づかれたんだと疑問に思ったが、直ぐにそれがどうでも良くなる。

 

「当たっているようですね。

 私、非常に悲しいです……」

 

 扇子を片手に悲しく嗤う彼女に恐怖を抱いた。

 弁解するより先に降参したのは生存本能だった。

 

「【瞬間強化】!」

 

 全速力でその場から離れていった。

 

 

「っはぁ、っはぁ……」

 

 やってしまった。

 あの場で逃げると言う行為は清姫の疑問を肯定した以外の何物でもない。

 

 サーヴァント相手に逃走は一番不味い選択肢だ。スタミナも速力もバケモノなのだから。

 人間である俺が取れる手段の中でも一番の愚策だ。

 

「と、兎に角、一旦駅へ!」

 

 無我夢中だったがなんとか撒いたようだし、知らない町中で逃げ回るよりも駅で遠距離移動した方が懸命だ。

 

 走りは瞬間強化込みでほぼ互角だ。見つかれば捕まるのは時間の問題。

 

「急ぐぞ……」

 

 乱れる息を適当に整え、駅に向かう。

 

 辺りを見渡し、時には背後や頭上すら確認して最大限に警戒しつつ移動した。

 幸い、距離的にはそう遠くも無く、肉眼で駅を捉えるのにそう時間は掛からなかった。

 

「駅だっ!?」

 

 だが、そこには当然の如く清姫が待ち伏せしていた。

 それはそうだ。俺が同じ立場なら長距離移動の電車は絶対に使わせない。

 

「っく!」

 

 だが、清姫は1人だけ。彼処で待ち伏せしているのであればこちらを追う事も出来ないだろう。

 幸いな事にこちらに1ミリも気付いていない様だし――

 

「――逃げ切れると、思わないで下さいまし」

 

 背後からの予想外な声に、とっさに振り向いた。

 

「ま・す・た・ぁ?」

 

 声の主との距離は、30センチも無かった。

 

「うわっ!?」

 

 随分情けない声が出た。

 

「こんなにあっさり追い着くとは思ってもいませんでした」

 

「き、清姫……」

 

「覚悟して下さいねマスター? 私、今回は本気で怒ってますからね?」

 

 今まで感じた事の無いような怒気と殺意を滲ませ、清姫はコチラを強く睨む。

 

 肩を捕まれ、振り解く事も出来ない。

 

 次に来る痛覚を想像し、目を閉じた。

 

「……」

「……!」

 

「…………」

「…………!」

 

「………………」

 

「…………?」

 

 何も来ない事を不思議に思い、目を開いた。

 

「っ!?」

 

 心臓が口から出そうになった。

 目を開けたらそこにあったのは清姫の目だったからだ。

 

「閉じないで下さい」

「しっかりこちらを見て下さいまし」

 

 清姫の言葉と凄みに圧倒され、その瞳をジッと見つめる。

 

「……マスター、まだ答えを聞いていませんでしたね?

 最近、恋をしませんでしたか?」

 

「……は、はい……」

 

 圧倒された俺は素直にそう答えた。

 

「失恋、したんですね?」

「……は、い」

 

 それを聞いた清姫は、暫く同じ態勢でこちらを見ると、不意に力を抜く様に溜め息を吐いた。

 

「……はぁ……」

 

 その溜め息から彼女の安心感を感じた。

 

「マスター、何故私がそこまで理解できたか、分かりますか?」

 

「いや、全然……」

 

「私への返答と相槌が適当だったからです。マスターは失恋の悲しみから、自分勝手に迫ってくる私達に苛立っていますね?」

 

 俺は黙った。返答せずとも分かるくらい図星だったからだ。

 

「……マスターは、恋する理由をご存知ですか?」

「……好きになったから、じゃないのか?」

 

 若干照れながらも、俺はそう答えたが清姫は首を振った。

 

「それは少々キレイな言い方です。恋とは、期待した時に始まります」

「期待?」

 

「“あの方はこの世界で一番美しい人だ”、“あの人はきっと自分を好きになってくれる”、“あの人とお付き合いしたい”。そんな、傍から見れば随分勝手な期待から始まるのが、恋です」

 

 そう言われて少しムッとする。こちらが勝手に期待した点には確かに同意するが、それでも純粋にその人が好きだという気持ちはある。

 

「自分の恋の美しさや儚さを誇ろうとするのも、自分の恋はそうであると言う期待、何も変わりません」

 

 そう言われたら黙るしかない。

 

「ですがマスター、失恋も同じ事です。恋が相手への期待ならば失恋は自分の期待への裏切りです。“美しくなかった”、“完璧ではなかった”、“自分など眼中になかった”」

 

「……結局、何が言いたいんだ?」

 

 急に恋についての理論を言われてどう反応すべきか分からなくなった。何を伝えたいかも、分からない。

 

「失恋の責任を他人に擦り付けてはならないと言う事です」

 

 おい、生前の自分を見た事あるか?

 

「マスターは私に何を言ってるんだと思っているでしょうが、この他人とは第三者の事です。私達や他の人は貴方との失恋とは一切関係ありません」

 

 いや、それはない。エナミが俺の近くにいたのが失恋の原因であるのは間違い無い。先輩の口からそう言われたのだから。

 

「マスターは誰かが告白した際に断りたかったら、欠点を指摘するのと自分や相手の周りの問題を指摘する、どちらが相手を傷つけないと思いますか?」

 

「……それは、後者だろうけど」

 

「マスターの好きになった女性です、さぞお優しい方なのでしょう。当然最初に指摘するのは問題点でしょうね」

 

 まあ、最もな指摘だったのは確かだ。

 

「だけど、俺の失恋の原因は間違いなく第三者で――」

 

「――マスター、私、生前であんな事になりましたが失恋はしていませんわ。

 だって、生前の安珍様嘘を吐いても、生まれ変わった安珍様は決して嘘を吐かないと信じていましたのですから」

 

 なんて自分勝手な期待! これがヤンデレなのか。

 

「失恋とは、恋を諦めた時点で失恋です。諦めなければ失恋ではございません。

 マスターが少女趣味なら叩きましょう。

 マスターが熟女好きなら絞りましょう。

 マスターが同性愛者なら掘りましょう。

 マスターが余所見をしたら焼きましょう。

 自分の期待に相手を重ねるのが恋ならば、染めてしまうのが愛と言うものです」

 

「何かイイ事言ってるみたいになってるけど、言ってる事全部最低だからな!?」

 

「フフフ、ほら……そのツッコミこそ私の望むマスターです」

 

 そう言って清姫は俺の肩を掴んだ。頬が先より赤い。

 

「人間らしく戸惑い驚き、それを口にするのが私の慕うべきマスターです」

 

 肩から頬へと両手が伝う。清姫の鼻息が荒い。

 

「いや、なんかいきなりヤンデレ展開に持ち込もうとしてる!?」

 

「さあ、染め上げてしまいましょう。私色に……」

 

「【緊急回避】! 【瞬間強化】!」

 

 するりと抜けると一目散に逃げ出した。

 

「そう言えば駅にいた清姫は……!?」

 

 見ればもう1人の清姫が駅の前で立ったままの状態で横に倒れていた。

 

「折りたたみ式の等身大パネルです」

 

「あのデカイ荷物の中身アレだったのかよ!?」

 

 謎は解けたが無茶苦茶だ。と言うかアレが等身大パネルだって気付かなかったのか俺ぇ……

 

「て言うか、清姫の声が近い気がするんですけど……」

 

 あんまり見たくは無いが俺は足を動かし続けながら横へと視線を移した。

 

「ま・す・た・ぁ?」

 

 そしてあっさり捕まった。

 

 

 

「マスター、あのキレイな小鳥はなんでしょう?」

「さぁ……図鑑でも後で借りようか?」

 

 捕まった俺に清姫が出した条件はデートを続ける事。腕にはしっかり手錠がかけてある為、逃げれない。

 

「あ、あちらには紅い紅葉が……」

「まだ夏が終わったばかりなのに、早いな」

 

「そうでした、私ったらすっかり忘れていまいした」

 

 そう言って清姫は例のカバンを開くと中から小さな槍を取り出した。小さなゲイ・ボルグに見えるそれを清姫は躊躇いなく自分の首筋に刺した。

 

「うぉ……!」

 

 同時に体が輝き、光を放った。それが収まると清姫の着物が紅の色に紅葉の模様が入った秋らしい物に変わり、髪の毛はポニーテールに変わった。

 

「秋をイメージしたアサシンクラスの清姫です」

 

 どうでしょうかと言いながらその場でくるりと回転する。

 舞い散る紅葉の様な美しさだが、燃え盛る炎の様な危険も感じられる気もする。

 

「因みに武器は扇に付けられた仕込み刃です」

「アサシンっぽいな」

 

「気配遮断スキルももちろんありますよ。体に抱き付かれるまで気付かないAランクです」

 

 スニーキングと合併してとんでもない暗殺スキルに変わったようだ。

 

「ですから、今日はずっと手を繋いで離さないで下さいね?」

 

 そう言って俺の手に触れ、しっかりと握った。

 

「離しても直ぐに抱き着いてくるんだろ?」

 

 俺がそういうと清姫は笑った。

 

「当然です。マスターが私を離そうと、私が伸ばせば、この恋は決して終わりませんから」

 

 笑った彼女からは、秋に散る紅葉の儚さを感じず、やはり燃え続ける炎の方がよく似合ってると思えた。

 

 

 

「先輩! 今日一緒に登校しないと拉致監――」

「――何犯行声明してんだ、遅刻するぞ?」

 

 結局、結構悩んだが、あの先輩の事は諦める事にした。エナミがいる間は、恋なんて出来そうに無いし、俺までヤンデレになるのは御免だ。

 

「ヤンデレポイント幾つ溜まってると思ってるんですか!?」

「新しい店のケーキバイキング、行きたくないか?」

 

「毎回そんな物に釣られると思ってるんですか!? 口移しでお願いします!」

 

「断固断る」

 

 もう少しだけ、今は他人から愛を貰って求められる立場に甘える事にしよう。

 




ヤンデレ・シャトーを攻略せよ

完(嘘)



我ながらいい最終回だったと思いました。(過去形)

さて、次の話の資料の為にも6章クリアしないと……(遅い)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

年下限定ヤンデレ・シャトー

静謐ちゃん可愛いよ、っはぁっはぁ!

セイバーピックアップで爆死しました。いい加減リリィ以外のアルトリア欲しい……


 

 

「おい、何だその格好は」

 

 初っ端から間違った方向に飛ばして来たアヴェンジャーは、普段の服装ではなくダンスパーティーに行くのか、何時もとは違うやけにキレイなスーツで決めていた。

 

「フッ……元・仮初めマスター。すまないがこれから舞踏会でな。女子供相手を頼む」

「謎過ぎる前フリだな」

 

「英雄の座にもパーティーはあるさ。ではな」

 

 アヴェンジャーは言うだけ言って颯爽と出ていった。

 

「なんなんだ? あの謎過ぎる演出は……」

 

 良く分からないと消えたアヴェンジャーを頭をかきつつ眺めていると後ろから声をかけられた。

 

「お母さん!」

「お兄さん!」

「お……お兄さん……」

 

 振り返ると小さな女の子2人に走って抱き着かれ、その後ろでは俺の顔と引っ付いた2人を交互に見つめる色黒い肌の少女。

 

 少女の1人はアサシンクラスのジャック・ザ・リッパー、相変わらず露出が多い水着の様な服だ。

 もう1人はキャスタークラスにして人間の姿をしているが本来は本であるナーサリー・ライム。黒いドレスを着こなしている。

 2人を羨ましそうに眺めているのは全身に毒を纏った美しいアサシン、静謐のハサン。こちらもジャックといい勝負な露出の多さだ。

 

「一緒に遊ぼう!」

「遊びましょう!」

 

 状況は6割方飲み込めた。知り合いの子供を預かっている様なシチュエーションだ。

 

「私達は、従妹……の設定だそうです」

 

 なるほど、だからアヴェンジャーがやけにフランクな感じで喋ってたのか。設定上は叔父なんだな。

 

 だが、設定とサーヴァントが知っている時点で普通のヤンデレ・シャトーと変わらない。

 

「甘えん坊なジャックと、若干腹黒い私! 貴方に心を開く内気なお姉さん!

 素敵だわ! ハッピーエンドの匂いがするもの!」

 

 ナーサリー・ライムはそう言うが残念ながらこれはエンディングが未定のアドリブ劇だ。

 

「さぁマスター! 私は他の2人と違ってアーちゃんってあだ名で呼んでね! ツンツンでラブリーな女の子、ちゃんと演じてあげるわ」

 

「あ……だった私も、本名で――」

「駄目よ、哀れなシンデレラ! 馬車が来るまで貴方は唯のハサンよ!」

 

「お母さん、私たちをジャーちゃんって呼ぶ?」

 

 なんかもう訳が分からなくなってきた。

 

「えーっと……普通にジャックちゃんの方が可愛いんじゃないかな?」

「じゃあ、そう呼んでね!」

 

 とりあえず、先ず1つだけツッコミたい事がある。

 

「何故、ヤンデレ・シャトーが舞台なんだ……」

 

 

 

 監獄塔には各サーヴァントに部屋が与えられる。

 なので折角だから全員の部屋を順番に回る事になった。

 

「さぁさぁ、最初はアリスの素敵なお部屋! 永遠を歌う愛しい空間!」

「わー……現実だったら入るのを躊躇する様なファンシーな扉だなぁ……」

 

 木材の扉にはピンク色の雲の看板にアリスお部屋と書かれ、掛けられている。

 

「入ったら二度と出られない素敵なお部屋よ!」

「脱出不能な牢屋なら入りたくないな……」

 

「もう、お兄さんたら! それだけ素敵なお部屋なの!」

 

 頬を膨らませたアリスは扉を開いて、俺の背中を押した。

 

「……わーお」

「ぬいぐるみに、お人形さん……」

「女の子の……お部屋」

 

 壁も床もピンク色。星やハートの飾りも施されている。

 中心にはお茶会の為の大きな机に、くまやうさぎのぬいぐるみが椅子に置かれており、先までの監獄塔の冷たさを忘れさせる。

 

「さぁ! 素敵なお茶会を始めましょう!」

 

「そうだな、先ずは紅茶でも――」

 

 ――いや、俺これ知っている。

 

「フランシスコ・ザビエル……じゃなくて!」

 

 急いでポケットの携帯端末を起動し、持ち主の確認を行った。

 

「岸宮切大!」

 

 頭にかかっていたモヤが晴れる。

 

「むぅー! マスター!」

 

 流石ヤンデレ。開幕宝具とは恐れ入る。

 

「……仕方ないわ。可哀想な私にはこれしかないもの」

「お母さん! このお菓子、美味しいよ!」

 

 お菓子をパクパク食べるジャックちゃん。

 逆方向からは、バキッと音がした。

 

「ご、ごめんなさい……触れたら椅子が壊れてしまって……」

 

 ハサンの触れた椅子の背もたれた壊れている。

 

 静謐のハサンは前述通り全身毒だ。しかし、恐らく対生物用の毒のみの筈だ。

 

「……私のお部屋は全ての家具は私が生み出したおとぎ話の住人。貴方が触れるとみんな死んでしまうわ」

 

 フェアリータイプは毒に弱い、という事だろうな。

 ハサンの足は靴が履かれているので部屋を侵しはしないが、これだと服を着て手袋でもしないと駄目だ。

 

「……あのマスター……」

 

 すると静謐は俺の前にやって来た。

 

「……マスターの、膝の上に座って……良いでしょうか?」

 

「ダメ!」

「私も座りたい!」

 

 アリスはバツサイン。ジャックは立ち上がった。

 

「……ダメ……でしょうか?」

 

 泣きそうな目で、ズルい頼み方をされた。

 

「……分かった……ジャックちゃんは後でね」

「もう、マスターのバカ! 駄目よ! そんなの!」

 

「アリスも後で、な?」

「むーぅ……!」

 

「失礼、します……」

 

 そーっと、そーっと慎重に腰掛けようとする静謐のハサン。正直俺も怖い。

 彼女は全身毒だ。主人公はマシュの加護の影響で彼女の毒を接吻を貰っても死ななかったが、果たして今の自分はどうだろうか。

 

「……はぁ……マスター、大丈夫、ですか?」

 

 座られた。

 大丈夫じゃない。顔が近いし思ったよりも膝の上の肌触りがやばい。匂いも毒とは思えない程いい匂いだ。

 

「お、おう……大丈夫……」

 

 辛うじてそう答えられた。痺れもなければ意識が遠のく事もないが、別の意味で危険だ。

 

「……マスター、お菓子、食べさせてくれませんか?」

「わ、分かった……」

 

 なんだろうか? 毒にはやられていない筈だが、静謐のハサンの思う様に転がっている様な気がする。

 

「あー……」

 

 マカロンを手に取り、小さく開いた静謐の口に入れた。

 

「……美味しいです」

 

「マスター!!」

 

 ご満足な静謐とは対称的に、不満爆発気味なアリスが声を荒げてる。

 

「素敵で優雅なお茶会が台無しだわ! 夢と幻想の国にロマンスなら良いけど、バカップルはお断りよ!」

 

「か、カップル……!」

 

 静謐が頬を赤らめている。なんとか宥めないと……!

 

「わ、悪かったから! 悪いけど、そういう事だから静謐、もう降りてくれないか?」

「…………わかり、ました」

 

 もう一目見ただけで分かる程ショボーンと落ち込んだ静謐は、俺の皿から残る全てのマカロンを取ると皿に触れ、皿は音を立てて壊れた。

 

「あー!? それはマスターのお菓子よ!?」

 

「……夢と幻想の国に、薬物は持ち込んでも、良いですね?」

 

 それだけ言って静謐はマカロンを食べた。

 暗に、マカロンに何か仕込まれたと言って。

 

「きぃぃぃ! これだから10代後半の女は嫌い嫌い、大ッキライ!」

 

 地団駄踏んで悔しがるアリス。

 その横ではマカロンに仕込まれた薬物の影響か、いつの間にか寝息を立てながら机に伏しているジャック。

 

「ぐー……すぴー……」

 

 

 

「ふぁ……お母さん、おはよぉ」

「おはよう、顔洗う?」

 

 結局薬物の仕込まれていた物を全て静謐が食べ尽し、大丈夫な物を食べてジャックが起きるまで過ごした。

 

「うん……私たちのお部屋に行く」

 

 ジャックはそう言うと椅子から降りてこちらにやって来た。

 そして俺の袖を引っ張り上目遣いで頼んだ。

 

「……お母さん、一緒に来てぇ」

 

 甘えた声でそう頼まれ断れず、先のアリスの様に癇癪でも起こされたら困るしと心の中で言い訳し、着いて行く事にした。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「あ、待って! 私も行くわ!」

「私も、です」

 

 2人を見て露骨に嫌な顔をするジャック。

 

「……お母さんだけと、一緒に行く」

 

 そう言うとジャックはパッと俺を掴んで自慢の敏捷Aランクで部屋を出ようとした。相変わらずだが、サーヴァントの筋力は馬鹿げてる。

 

「行かせません!」

 

 が、ドアの前で静謐が立ち塞がった。彼女の敏捷はA+、ジャックよりも上だ。

 他のステータスも幸運は静謐の方が上で残りは全て同じCだ。

 

「……うぇーん!」

 

 泣き出した。

 

「えぇ……!?」

「お姉ちゃんがイジワルするー! うぇーん!」

 

 流石に子供に泣かれて戸惑う静謐。

 

「ど、どうしましょう……っ!?」

 

 一瞬の隙を突いて、ジャックは静謐へと斬りかかった。

 

 ナイフは静謐が扉の前から退いた事で扉を真っ二つに切るが、ジャックはもう片方の腕で掴んでいた俺を部屋の外へと投げる。

 

「あ……!?」

 

 静謐は退いた時に体が壁に当たったせいで毒で死んだ壁の装飾にバランスを崩している。

 

 その隙にジャックは俺を回収し、素早く自分の部屋へと逃げ帰った。

 

(懐かしいなー……この攫われてる状況が)

 

 

 

 閉じられた扉、着いた先は危険な雰囲気が漂う部屋。

 

「お母さん、何して遊ぼうかな?」

 

 拘束器具の取り付けられた椅子が部屋の奥に置かれており、押入れを開いたジャックはそこからぬいぐるみや人形、ボードゲームを取り出している。

 

「……あ」

 

 何かに気付いたジャックは押入れを出て俺に近づいた。

 

「先にお母さんの(ハート)、奪わなきゃって、エドモンが言ってた」

 

 そう言ってジャックはナイフを取り出した。

 

(ハートキャッチ(物理)!)

 

「タイムタイム! それされたら俺死ぬ! 喋れなくなる、動かなくなる!」

 

「じゃあ、止める」

 

 しょんぼりしたジャックはナイフを下ろすと、今度は例の椅子を指差した。

 

「じゃあ、座っていいよ?」

「いや、立ってた方が楽だから……」

 

 やんわり断る。

 所で、そろそろ来ないのだろうか、あの2人。

 俺は視線を扉へと向ける。

 

「お母さん? あの2人は来ないよ?」

「え?」

 

「情報抹消。あの2人はこの部屋も私たちの事も忘れる。忘れないのは、誰かがお母さんを攫った事だけ」

 

「嘘だろ!?」

 

 それじゃあ今の俺、結構不味い状況なんじゃ……

 

「大丈夫! 私たちがお母さんと一緒にいる。ずっと一緒いるから」

 

 ジャックは俺に抱き着く。

 

「もうお母さんの中に還らなくてもいい。だって、お母さんの温もりは私たちの手の中にあるんだもん」

 

 どうやらジャックちゃんはご満足な様子だが俺は本当にピンチだ。

 

 さっさと魔術礼装で逃げるべきだと思い、発動させる。

 

「【緊急回避】っ!?」

「逃げちゃ、駄目だよ?」

 

 緊急回避を発動したにも関わらずジャックは離れず、場所も変わってない。

 

「じょ、情報抹消……!?」

「正解」

 

 情報抹消は記憶から自分の情報を消すスキルだが、ゲーム的に言えば相手のバフを消す効果を持っている。

 【緊急回避】は回避状態の付加だ。情報抹消の消去対象となっている。

 

「逃げようなんて思ったら駄目だよ? お母さんに、お仕置きしなくちゃ」

 

 そう言ってジャックは例の椅子へ俺を引っ張る。

 

「おわっ!?」

 

 座った。

 それと同時に椅子に付けられていた機能が作動し、俺の両腕両足、そして首を固定する。

 

「っちょ、っこれ洒落にならない……! 本当に拷問する気なんじゃ……!」

 

「しないよ。大事なお母さんを傷つけたく無いもん。でも、拘束は解かないよ。お母さんが私たちを好きになるまで、絶対」

 

 そう言ってジャックは俺の膝の上に座る。

 

「座っていいんだよね? 後でって、お母さん言ったもん」

 

 顔と体を正面に、こちらに向けている。

 

「うーん、でもこの後どうすればいいんだろう?」

 

 性知識が無いからか、次のステップが分からないらしい。

 

「……うーん、このままでいいや!」

 

 ジャックは俺の膝の上で、そのままの体勢で抱き着く。本人はそれが本当に嬉しいようで、しばらく腕の力を緩めずに続けた。

 

「…………あ」

 

 が、急にジャックは驚き、俺の上から退いた。

 

「っ? ?」

 

 ジャックは驚き顔を赤らめつつ、股を両手で抑えた。

 

「お母さん……私、お漏らししちゃった」

 

 恐らく違う。

 その考えに行き着いたが、真実は口が裂けても言えない。

 

「トイレ、行ってくれば?」

「う、うん!」

 

 恥ずかしさで真っ赤になりつつトイレに

走って向かったジャック。

 

 訪れた僅かばかりの静寂。

 

「動けないけどね……」

 

 拘束はガッチリ。瞬間強化を使っても皮膚が硬化する訳じゃないから、破る事も出来そうに無い。

 

「……マスター、見つけた」

 

 気が付いたら拘束は切り裂かれ解かれていた。

 

「静謐……」

 

 口元に人差し指を当てているので静かにその名を呼んだ。

 

「急ぎましょう」

 

 

 

 静謐に連れられ、彼女の部屋へとやって来た。

 壁も床も石で出来ており、部屋中の空気は彼女の毒で満ちているようだ。

 

「でも、どうやってあの部屋を?」

「隙間風を、感じました……マスター、助けるのが遅れてしまいました。申し訳ありません……」

 

「それについては大丈夫だよ、それよりもアリスは? 一緒じゃないの?」

 

「…………」

 

 数秒の沈黙。それだけでその場に不穏な空気が流れた。

 

「……大丈夫ですよ。彼女は彼女の部屋にいますから」

「……あ、ああ、そうか。ならいいんだ」

 

 やってしまった。どう考えても地雷だ。

 哀れ、可憐な少女は悲劇の第一被害者となった様だ。

 

「マスター……漸く、2人っきり……」

 

 静謐が何を口に含んで近付いてくる。その口から脳を溶かすような甘い吐息が漏れる。

 

「媚薬か……! っはぁ……っはぁ……」

 

 急に体温が上昇し始めた。逃げようと扉に近付く。

 

「毒は効きませんが……誘い香は効果、ありますね……」

 

 距離は後3歩。もう半分堕ちてる。

 

「……マスター……ん」

 

 素早く距離を詰めた彼女は、素早く唇を奪う。

 

 匂いを嗅いだだけで堕ちかける媚薬だ。口内に塗りたくられれば、もう止まる事は無い。

 

「……っはぁ……」

 

 深く深く、刻みこまれた。

 

 彼女の魅惑的な体が、体の内に目覚めた情熱を更に滾らせる。

 

「が、我慢出来ない……!」

「マスター…………!」

 

 俺は、我慢出来ずに静謐を押し倒した。

 

 

 

「やっぱり、駄目……!」

 

 が、押し返され、夢から覚めた。

 

 

 

「……仮初めのマスター、間一髪だったな」

 

 アヴェンジャーの言葉に首を振った。

 

「間一髪って言うか防いだのは静謐だぞ? もしかして好感度足りなかったか?」

 

「恐らくだが毒の効かなかったお前に媚薬が効いて、今まで暗殺してきた者と発情したお前が被ったのだろう」

 

 なるほど、最後の最後で躊躇した訳か。

 

「……すみま、せん」

「いや俺としては助かったけど……」

 

 流石にあのままだったら獣の如く、だっただろうし。

 

「次は、頑張ります……」

「いや、暫く休んで! ヤンデレ・シャトーにおいてはチートだから!」

 

 近付けば媚薬、キスされれば堕ちるとか反則だ。

 

「所で、アリスは?」

「キスしたら、本に戻りましたので、本棚に……」

 

「実体化していると毒が効いてしまうからな」

 

「ああ……そうか」

 

 俺はそれだけ納得すると、現実に戻ったのだった。

 

 

 

「……重箱の弁当とか、平日の朝から作るもんじゃないな」

 

 エナミのヤンデレポイントを減らす為にこれでもかと言う程豪華な弁当を作る。

 登校も一緒に行かないとならないので、家を出るのも早い。

 

 エナミは別に弁当を持ってこない訳では無いが、よく食べる。

 

(あれでよく太らないよな)

 

 なお、デート時の費用なんかは全部あちら持ちなので一応金銭のギブアンドテイク成立している。

 

 何故かアイツは俺に奢ってもらいたいので、支払いはエナミの財布を持った俺が行っているが。

 

『先輩! おはようございます!』

「インターフォン鳴らしながら携帯で挨拶とは新鮮だな……」

 

「えへへ……早く入れてください」

「早く来過ぎだ」

 

 厚かましいと言うべきだろうか、最近は朝食すら俺の家で頂く始末だ。

 

「先輩! 今日はどんな夢を見たんですか?」

「別に、なんにも起きてないよ」

 

「じゃあ、先輩の嫁は変わらず私なんですね!」

「嫁じゃないだろ……」

 

 溜め息は絶えないが、そこそこ楽しく日常を過ごしている。

 

「所で、静謐さんって誰ですか?」

 

 時たま、心臓が潰れそうになるが。




今回の話は新サーヴァント、静謐ちゃんを登場させたかっただけです。出番が少なかった上にヒステリック気味だったですがナーサリーちゃんも。


ちょっとゴタゴタしてしまいましたが、活動報告でUA25万達成記念の企画を始めます!
この投稿の後に書きますので、目を通して、興味を持って頂けたら幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ三者面談

今回は主人公が出ません。

あれ? もしかして今回誰も得しない話なんじゃ……?


「では、これより三者面談を始めます」

 

 エナミは目の前の仇敵を睨みつけながら横にいる従者にも聞こえるように言い放つ。

 

「……我が主。どうして私がここに居るのでしょうか?」

 

 彼女の従者、ガウェインは暗く顔を俯かせていた。

 

 彼はエナミに惚れている。

 が、ヤンデレ・シャトーの覇者と化した彼女に従うことしか出来ず、理由も分からないまま自らの敬愛して止まない王の前に引き釣り出されたのだった。

 

「ガウェイン卿! お久しぶりです!」

 

 しかもそれが若き日の幼さと少女の可憐さの残る姿をしたアルトリア、セイバー・リリィなのだから余計にダメージが大きい。

 何故あの頃の自分はこんな少女にあんな重荷を背負わせ続けたのだろうか……

 

「今回は()の先輩を誑かすサーヴァントを評価し、振り返ろうと思います。その為に、生前の繋がりがあった貴方達を呼んだんです」

 

 その言葉にガウェインの表情は険しくなる。

 

「我が主よ、貴女が一途に想う男がいる事も、Sっ気がある事も承知しておりますが、今回はいささか度が過ぎているかと……」

 

「私達、貴女を想う者達に他の男との恋路を手伝えなど……」

 

 忠実な下僕であるはずのガウェインすら自分を含む男性サーヴァントを思い、進言せざるを得なかった。

 

「グダグダ言わない。さあ、始めます! 貴女は先輩をどうしたいんですか?」

 

 他人の恋話なんて聞きたくもないエナミは理由よりも目的を直接聞き出す。

 

「私はマスターと結婚して、2人でブリテンを救済したいです!

 アルトリアさんは王として1人、孤高の存在としてブリテンを治めたそうなので、私はマスターと2人で挑みたいです!」

 

「…………」

 

 ガウェインは口を閉ざした。

 幾つも言い訳が心の中で湧き出し反響し、それを言い訳だと一閃するを繰り返す。

 

 目の前の王では無い王に謝罪と失望とが混ざり合った感情をこねくり回している。

 

「ガウェイン? 補足があれば言ってほしいんだけど?」

 

「……え、ええ……お、か……こ、この者は私の知る王とは違います。ですが、使命も定めも同じ道を辿ります。ですので……!?」

 

 はっとした。今自分は何と言おうとしたのかと思い留まる。

 

(結婚を認めない? 許せない? 男として振る舞うべきだ? 王妃を迎えるべきだ?)

 

 それでは生前の間違いの繰り返しでは無いのかと怒りで自分を斬りたい衝動に駆られる。

 

「……ですので、彼女の意思で相手を決められないと思います」

 

 結局、僅かな時間で思い付いた適当な言葉を紡いだ。

 

「ふふ、マスターにはアルトリアさんはいません。頼れるセイバーは私だけ……あの忌まわしい男女を切り捨てるだけですね……」

 

 思わず目を見開いて驚いたが、自分がエナミ(マスター)に抱いた狂気的な愛と同じ物だと知り、安堵した。

 

「……貴方は、貴方の理想を。私では無い私もきっと貴方に従い、共に進むでしょう」

 

 ガウェインはそう言うと静かに頭を下げた。

 

「……何ちょっと良い話みたいな雰囲気で後押ししてるんですか?」

 

 エナミは口を尖らせてガウェインを問い詰める。

 それの姿もまた愛らしいと爽やかな笑顔を浮かべるガウェインは、してやったりと言いたげだ。

 

「おや? 何か問題でも? 彼女がその忌まわしい男とくっつけば、貴女の心も多少は私に揺れるでしょう?」

 

「ガウェインと貴女は退場! 次!」

 

 

 

「……それで? 私が呼ばれた理由は?」

「仕方ないじゃないですか。彼女との繋がりがあるのは貴方だけなんですから……」

 

「……むすぅー」

 

 目の前にいる仏頂面の狐と無茶ぶりをするマスターに参っているのは、皿洗いが終わったばかりのエミヤだった。

 

「それは私では無い私であって私では……」

「じゃあその心眼と千里眼でズバッと見抜いちゃって下さい。女難スキルも今なら耀きますよ」

 

 無茶ぶりが過ぎると頭を振った。既に女難スキルは発動済みだ。

 

「随分失礼なお方ですね?」

「年中水着来てる様な人に失礼もありますか? さあ、貴女が先輩としたい事はナニですか?」

 

「そんな下品な事がしたくない訳……ゴホン、良妻系セレブ型サーヴァントである私がマスターとしたい事は唯一! 妻として側にいる事だけです! 例え小さなアパートの一室だろうと住食寝を共にするだけでも、タマモ幸せです!」

 

「彼女の言葉は……まあ所々邪念が混じってはいるが本心だろうな。

 彼女のマスターがどんな男は知らないが、男を立てる妻として、これ以上の良物件も無いだろうな」

「何でベタ褒めしてるんですか! 弱点っぽい事言って下さいよ!」

 

「想い人に対しては調子に乗りやすく、ノリが軽い。キャラのブレが激しいので、相手によっては好かれない……ぐらいだろうな」

「そう! ほぼ完璧な私に死角はございません!」

 

「じゃあ厄介ですね。先輩、軽い感じが一番好きですから……」

 

「! 当然です! タマモ、ますます張り切っちゃいますね!」

 

 その言葉を最後に、タマモは消えた。

 

「……ふふ、これでライバルが1人消えましたね」

「……あははは……」

 

 今だけ影響が薄いとは言え、ヤンデレ・シャトーにいるのでエナミに好意を持つエミヤは苦笑するしかなかった。

 

 

 

「なるほど、私に静謐を見極めろ、と」

「ええ、よろしくお願いしますね、呪腕さん」

 

「よ、よろしく……お願いします……?」

 

 現状に戸惑う静謐。目の前には恋敵と敬うべき先輩がいるので仕方が無い事だが。

 

「さあ、貴方は先輩と何がしたいんですか?」

 

「で、出来るなら……ずっと側で、触れていたい、です……」

 

「性的に、ですか? 粘膜接触ですか!? そのピチピチで開放的な姿で――」

「――主よ、あんまりいじめてやらないでくれませんか? 静謐は我々の中でも最も人との接触が少なく、感情も未熟な者ですので……」

 

 呪腕のハサンはエナミを宥める。それを聞いたエナミは息を吸って、毒を吐いた。

 

「触って死ななければ誰でも良いんじゃないですか?」

「……否定は、出来ません……」

 

「じゃあ、私が別の誰か……アーラシュさんを用意しますので――」

「――嫌です。マスターが、良いです……」

 

 呪腕はそれを見て参ったなと頭をかく。

 

「主、そのへんにしておきましょう。静謐がああもはっきりと言葉を口にするのは初めてです」

 

 エナミは息を吐いて、その後はっとした。

 

(アレ? もしかして、今私、恋敵の背中押した!?)

 

「では、失礼します……」

 

 

 

「次です! 次!」

「だから、なぜ私なんだ!?」

 

 再び呼ばれたエミヤ。面談相手はマタ・ハリだ。

 

「ええっと……なんの御用ですか?」

「私と彼女はまるで接点が無いだろ!?」

 

「人選理由は母性とオカンです!」

「っはぁ……まったく君は……」

 

 エナミはガッツポーズでそう言ったが、エミヤはツッコミ切れず頭を抑えた。

 

「それで貴方が先輩に求める物はなんですか?」

「マスターに私が求める物は人並みの幸せね。家庭を作り、子供達と幸せに暮らしたいわ」

 

「子供達とは性欲旺盛ですね、引きました」

「マスター、挑発が過ぎるぞ」

 

 エミヤはエナミを咎める。しかし、マタ・ハリは笑う。

 

「ふふふ、マスターは私が骨抜きにします。浮気なんかさせないし、離婚なんかもってのほか。一生暮らすの……永遠に……」

 

「……彼女の想いは単純で純粋、故に重い。その重さを受け止めるには、真撃な態度が求められるだろうな」

 

「浮気をさせないには賛同しますが、ならライバルの多い先輩を諦めるべきでは? 奪われても先輩を攻めるんでしょう?」

 

「一度手に入れた物は決して奪わせませんよ?」

 

「――!」

 

 その言葉にエナミは脳裏でマタ・ハリを難敵と記憶した。

 

「貴女は何故、マスターが好きなんですか?」

 

 今度は逆にマタ・ハリがエナミに質問した。

 

「ヤンデレ・シャトーの影響外でも、貴女がマスターを気に入っている理由、教えてくれませんか?」

「嫌です」

 

 マタ・ハリの質問をバッサリ切ったエナミ。そのままエミヤもマタ・ハリも消えていった。

 

 

 

「マスター、少し落ち着いたらどうだ?」

 

「アーラシュさん? 貴方を呼んだ覚えが無いんですが?」

「おう! マスターの様子があまりにもアレなんでな、心配して見に来たんだ」

 

 アーラシュはエナミに近付くが、エナミは数歩下がる。

 

「……近付かないでくれませんか? 令呪使いますよ?」

「いやいや、そう警戒しないでくれよ! 俺は――」

 

 アーラシュの言葉を聞かずにエナミは耳栓をした。

 

「千里眼で思考が読まれている以上、貴方の言葉で安心するのは必然、なら聞かなければ問題ありません」

 

 更に鏡を取り出し背後を確認する。

 

「……無し。それで、何の用ですか?」

 

 そこで漸く耳栓を片方外し、文字通り聞く耳を持った。

 

「相変わらず警戒心高過ぎだろ……」

「何の用、ですか?」

 

 まるで会話をする気が無いエナミにアーラシュはやれやれと溜め息を吐く。

 

「アヴェンジャーがこれ以上は無理だとよ。残り時間もあるし、久し振りに――」

 

「――結構です。ホストにもヤンデレにも飽き飽きです」

 

 それだけ言ってエナミは夢から覚めた。

 

 

 

「っふぁ……今日も4時起きですか……」

 

 エナミは時計を確認して肩を落とす。

 

「仕方無いので、先輩の家にお邪魔しましょう!」

 

 が、直ぐに気分をリセットすると着替え始めた。

 

「待ってて下さいね先輩!」

 

「おい、ハクツ。こんな時間に起きるなんて何を考えているんだ?」

「貴方が言いますか?」

 

 階段を降りた先にはハクツの兄がいた。

 もう起きてる。

 

「俺は良いんだよ。ボランティアがあるしな」

「ボランティア、いつ聞いても意地悪な兄さんには似合いませんね」

 

「……否定はしないが、まあ、面白い物が見えるからな」

 

 そう言って兄は携帯を見せた。

 

「アレ? 兄さんのスマホ画面割れてたっけ?」

「画面の中の文字も読めないのか?」

 

 兄の言い方にムスっとしながら画面に映し出されているチャットを読む。

 

「……何これ? モードレッド?」

 

 チャットには今もなお送られて来るモードレッドを返せの文字。

 

「モーモー煩い馬鹿な友人君の携帯とすり替えて来た」

 

「兄さん……そのイタズラ、他の人に絶対しないでよ?」

 

「……善処しよう」

 

「あ、馬鹿な兄さんに付き合ってたら時間過ぎちゃった! もう! 行ってきます!」

 

「いってらっしゃい……

 アイツに付き纏われている男か……災難だな」

 

 そう言ってハクツの兄は楽しそうに、嗤った。

 




今回の話は活動報告で募集中のUA25万達成企画の前フリです。
締切が迫っているので興味があればお早めにご参加下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・ハロウィン

この話を書いている間にクロエや水着スカサハが出てない事に気付いた。
なんて事だ、書かないとと思い書きました。

(なおスカサハは出ない)


 

 

「まだ10月の初めなんだが……」

 

「仕方あるまい、UA25万達成企画で今月の予定は既に埋まっている。今の内にやらねば、11月になってしまう」

 

 アヴェンジャーが唐突にハロウィンらしい事をすると言い出して、俺がまだ早いんじゃないかと言ったらメタな理由が帰ってきた。

 

「残念ながらパーティー程楽しい話では無いだろうな。まあ、体験すれば理解出来るだろう」

 

 アヴェンジャーは言うが早いか、さっさと俺の意識を飛ばした。

 

 

 

マタ・ハリ×サキュバス編

 

「……はい?」

 

 目を開くと普段の衣装と色の違う、黒を主色にした衣装に悪魔の様な黒く翼膜のある翼、頭には2本の小さな角が付いたマタ・ハリが目の前にいた。

 

「マスター、こんばんわ」

「こ、こんばんわ……」

 

 相変わらず露出が高い。普段と違うその色に違和感を感じ、戸惑う。

 

「この格好、なんだかわかります?」

「悪魔、かな?」

 

「正確には夢魔、サキュバスです」

 

 サキュバス、男の夢の中に現れて精気を搾り取る……って!

 

「もう此処は夢の中なんだが……」

「はい、ですのでマスターの精気、頂きますね?」

 

 あー、そういう感じね。

 

「理由つけて押し倒したいだけか!?」

 

 俺は背を向けて全力で逃げ出す動作をした。マタ・ハリは戦闘能力の低いサーヴァントだ。頑張れば逃走も可能な筈だ。

 

「何処にも逃げられませんよ?」

 

 が、マタ・ハリは目の前に現れた。

 

「今の私はサキュバスの衣装を着た、キャスタークラスのマタ・ハリ。夢の中であれば何でも出来ます」

「まさかのチート!?」

 

 それならばとマタ・ハリを見つつ逆方向へと逃走した。

 しかし、不意に体を抱き止められ柔らかい感触に逃走は阻まれた。

 

「「こんな事も出来ちゃいます」」

 

 前には俺を抱きしめ、後からはゆっくり迫るマタ・ハリ。2人に増えた。

 

「さあ、お部屋に行きましょうね、マスター?」

「きっと楽しくて、気持ち良くて気に入るわぁ……」

 

「いや、マジで放してくれぇ!」

 

 2人のマタ・ハリに腕を捕まり挟まれ、部屋へと運ばれる。

 筋力でなら勝てると思ったが本当に夢の中だと最強なようで、俺はただズルズルと引き摺られるだけだった。

 

 

「マスター、営みを始める前に……」

「普段の私と今の私、どっちが良いですか?」

 

 マタ・ハリに運ばれた俺はベットの前で普段の衣装の彼女か、サキュバス衣装の彼女、どっちが好みかを聞かれた。

 

(どっちを選んでもアウトだが、2人一緒とか勘弁だ。テクノブレイク率上昇するし)

 

「普段ので……」

 

 無難に答えたつもりだがマタ・ハリの頭は少し下がって、目元が暗くなり、見えなくなる。怖い。

 

「……じゃあ、この衣装でお相手しますね?」

「え……いや、何で?」

 

 てっきり、テンション高めで「じゃあ、普段の私で」って返ってくると思った俺は彼女の下がったテンションに戸惑う。

 

「だって……折角着た衣装ですよ? これを着たままでって……新鮮じゃないですか?」

「いや、新鮮も何も先ずヤル気が無いから……」

 

「大丈夫ですよ、私が優しくリードしてあげますから……最初だけですけど」

 

「そうだ、ちょっと待て! トリックオアトリートだ! お菓子をやるからイタズラするな!」

 

 彼女の恍惚な表情に俺は死を感じ、慌てて状況を打開しようと動き出した。

 

「お菓子……ですがマスターは何も持っていないですし、私は白濁で良いんですよ? ビールジョッキ一杯分位の」

「死ぬからそれ!」

 

 マタ・ハリはベッドの俺に近付くと、唇を重ねようと俺の顔を両手で抑え接近する。

 

「さあ、マスター……」

 

 もう貪られる予感しかしない。フル回転した脳味噌が状況を打開出来そうな答えを導き出した。

 

「――幸せな家庭が欲しいんじゃなかったのか?」

 

 俺がそう言うとマタ・ハリの動きが止まる。効いた様だ。

 なら言葉を重ねて正気に戻させよう。

 

「ハロウィンではしゃぐのは良いけど、自分の願いは忘れたら駄目――」

「――マスター! ありがとうございます!」

 

 言葉の途中にマタ・ハリは俺を抱きしめた。

 感激の余り、と言った感じだ。

 衣装も普段の服装に戻ってる。

 

「嬉しいわ、私の願いを覚えて頂いて!」

「い、いや……あの……取り敢えず放してくれ――」

 

「これはもう、プロポーズなんですか? マスターは何人子供が欲しいですか?」

 

 駄目だ、正気に戻る所かヤンデレが深まった気がする。

 

「それとも、プラトニックに2人で暮らしたいですか? ふふふ……若くて元気なマスターが、そんな消極的な訳ありませんよね?」

「ちょ、ズボンは下げないで!」

 

 巨大で豊満な、魅了と希望の魔力が詰まったマタ・ハリの胸に、座っているけど既に立っている状態だ。

 

「それでは、いっぱいしましょうね?」

 

 

 

清姫×天井下り編

 

「っはぁ!?」

 

 危なかった。もう完全アウトだった。

 最近本当にヤンデレの勢いが増してる気がする。いや、シチュエーションが難易度上げてるような気も……

 

 ベッドの上で目覚めた俺は直ぐに悪夢が続いている事に気が付いた。

 

「……で、どう言うシチュエーションだ、コレは……?」

 

 金縛りなのだろうか。

 目が覚めているはずだが体は動かない。部屋も暗く、若干天井が見える程度だ。

 

「ま・す・た・ぁ?」

 

 だと言うのに一体どこからこの声は聞こえてくると言うのだ。

 

「……うぁ!?」

 

 動かせる限りの視界を動かして、自分の顔の真上にいる清姫に驚いた。

 重力によって垂れ下がった長髪は、あと数十センチで届きそうだ。

 

「ハロウィン……ですので日本の妖怪に仮装しました」

「か、仮装?」

 

 残念ながら部屋が暗すぎて見えはしないが、普段とは違い、着物では無い様だ。

 

「で、なんの妖怪?」

「天井下りです」

 

 聞いた事はある。夜中、起きると天井に蝙蝠のようにぶら下がったまま現れる妖怪で、こちらを見るだけで害は無い……筈。

 

「何も出来ませんわ……下りれませんし」

「じゃあ大人しくしてくれよ、寝るから」

 

 金縛りのせいで部屋を出る事も出来ないので、仕方が無いと寝ようとする。

 

「残念ながら、私がいる間は金縛りのせいで目を閉じる事は出来ません」

 

 しかも、清姫と目が合ってからは逸らす事すら出来そうにない。

 

「…………」

「…………」

 

 無言である。

 俺は清姫から目を逸らせない現状に参っているが、清姫は逆に喜んでいる様だ。

 

「マスター……マスター、ますたぁ……」

「何?」

 

「何でもありませんわ……フフフ」

 

 怖い。目が合ってるだけなのに今にもこちらに触れてきそうで怖い。

 

「何かお話しませんか?」

「良いけど、何を?」

 

「では最近召喚された方々について……」

「ノーコメント」

 

 残念ながらネロ祭もジャンヌ・オルタピックアップも爆死だ。次でどうやらエリザベート配布される様だし、またなんか厄介な事になりそうだ。

 

「では、少し前にやってきたクロエさんについてはどうでしょうか?」

「あーあの子ね……キス魔はもう式いるし、このままだとコラボキャラ=キス魔の公式が出来そうだ」

 

 まあ、大抵のヤンデレがキスを欲しがっているししてくるけど……

 

「ふーん……ではでは静謐さんは?」

「ノーコメントで」

 

 静謐は俺の中ではあったらヤバイので本当にノーコメントだ。

 アトラス院の魔術礼装で薬が効き始め段階で状態異常を回復しないと不味い。そのあとクールタイム終了まで逃げ切る方法も探さないと不味いし。

 

「マスター……他の女性の事を考えるのはそれ位にして私を見てくれませんか?」

「ドライアイだったらもう乾ききってるくらいお目々ぱっちり開いて目を合わせているのにこれ以上何を望む?」

 

「では私についての話をしましょう。

 マスターはどの私が好みですか?」

「召喚されてくれた清姫がスキダヨー」

 

「うふふ、嬉しいです……では私の何処が好きなんでしょうか?」

「健気ナ性格」

 

「ますたぁ……! 私も優しいマスターが大好きです!」

 

 既に気づいているかも知れないが、俺のセリフの清姫についての質問に関しては全て棒読みである。

 にも関わらず、先程から好感度が上がってい一方だ。

 

「……ではそろそろ消えます。私、大変満足しました」

 

 それだけ言うと清姫は消えていった。

 

「ふう……寝よう」

 

「おやすみなさい」

 

「おやすみ……へ?」

 

 上からでは無く、下から聞こえた声に驚く。間違いなく真下からだ。

 

「……ベッドの下の男ならぬ、ベッドの下のアサシン清姫、です」

 

「……な、何もしないよね?」

「ええ、私達はマスターが大好きですから」

 

 今度は真下ではなく横から聞こえて来た。

 

「枕返しのランサー清姫、でございます」

 

 ……その後、枕は返されはしたが何もされずに時間は過ぎていった。

 

 寝る事は不可能だったけど。

 

 

 

クロエ×吸血鬼編

 

「もうむりぃ……」

 

 清姫2人同時とか緊張しかしなかった…… 

 枕元の水着は枕返す時にやたら胸を近付け当てたり見せつけてくるし、ベッドの下の方は背中の部分を切り裂いて下から撫でてきた。

 

 俺は変わった景色には目もくれずその場にへたり込んだ。

 

「はぁ……棺桶か……」

 

 ちょうど良いと思い、床に敷いてあったカーペットを棺桶の上に乗せ、その上に寝っ転がる。蓋が平べったいので寝やすい。

 

「良し、もう休んでしまえ……」

 

 中々にいいカーペットだ。赤いので落ち着かないが、目を閉じればなんの問題もない。

 

 しかし、1分と経たずに俺の安眠は妨害される。

 

 ゴンゴンゴンッ、と大きな音が下から鳴り響く。

 

「ちょっと! 棺桶の蓋が重いんだけど! 誰か、誰もいないの!?」

 

「うー……寝てたのに耳元に直接打撃音が……」

 

 耳を抑え、体を起こす。どうやら誰か中にいるらしい。

 

「棺桶の上で寝てたの!? 普通棺桶見たら怖くて退くか、好奇心で中を覗くもんでしょ!?」

 

 至極真っ当なツッコミだ。しかし、この中に入っているという事は当然ヤンデレ。

 吸血鬼設定なのも簡単に分かっている。

 なら、ここで棺桶抑えていれば平穏が保たれるかもしれない。

 

「っもう! カルデア加入後の私の出番も散々だったし、此処でも私の折角の登場が丸潰れじゃない! 3週間近くも登場を待ってたのに!」

 

 文句を言いつつも、投影で剣を造りだすと棺桶の横から出て来た。

 

 クロエ・フォン・アインツベルン、プリズマイリヤに登場する褐色ロリで、その姿、戦闘スタイル共にアーチャーであるエミヤに酷似している。

 俺は未視聴なので詳しい事は知らないが、アーチャーのサーヴァントで魔力補給の面目でキスを強請るキス魔だと認識している。

 

「今は吸血鬼のコスプレ中よ」

「……牙が生えてる所と普段ボロボロのマントが新品みたいになってる位だな」

 

 随分軽いコスプレだ。少なくとも、先までのインパクトには程遠い。

 

「そんな事よりも、疲れてるんでしょう? 膝枕、してあげるわよ?」

 

 そう言ってクロエは正座し、自分の膝をポンポンと叩く。

 

「いや、遠慮しとこうか――」

 

 ――刹那、投影された干将・莫耶が頬を撫でる様に切り裂いて壁に刺さった。

 投げた本人は満面の笑みでもう一度自分の膝を叩いた。

 

「……膝枕、してあげるわよ?」

 

 冷や汗が止まないまま、俺は黙って頷いた。

 

 

「最初からそうしてくれれば、私もあんな乱暴な事はしなかったわよ?」

「……」

 

 ロリに膝枕されていて落ち着かない……だったらどれほど良かっただろう。

 現在俺は命の危険を感じて震え、緊張している。

 

「そんなに強張らないでよー……

 食べたくなっちゃうじゃない」

 

 そう言ってクロエは先程自分で切り裂いた頬から出ている俺の血を舐めた。

 

「んー……吸血鬼だからかな? 血の味を美味しく感じるわ」

「……染みて痛いんだけど」

 

「この位でくだくだ言わないの。ツバつけとけば治るんだから」

 

 そう言ってクロエは念入りに傷口の血を舐めとった。

 

「お兄さん、私の膝を随分気に入ったのね。ふふふ、ずっとスリスリしていたいでしょ?」

「いやそんな――タイヘンキニイリマシタ」

 

 否定しようとしたら干将・莫耶の切っ先がこちらを向く。

 

「まったくもうぅ……素直じゃないんだからぁ」

 

 甘えた声で言ってくるがやっている事がえげつない。

 キス魔じゃなくて刃物担当だった様だ。

 

「……ねぇキスしていい? 魔力が欲くなっちゃったぁ」

「刃物を向けながら頼まないでくれますか?」

 

 干将・莫耶を片手で握り頭上に構えつつ頼まれては、断る事も出来ない。

 

「ちゅー♪」

「えー……俺からするの?」

 

 唇をこっちに向けながら動かないクロエに、俺は嫌がるが干将・莫耶の脅しが続く。

 

「当然よね?」

「――クロエは俺に危害を加えるな!」

 

 俺は唐突に令呪を発動させた。

 長い間使わなかったお陰で3画までに回復していたのでこれで10分間クロエの刃物による脅しは封じられた。

 

「あー!? なにしてんの!?」

「ふぅ……流石にロリに自分からキスは無理無理」

 

「っく……令呪で抵抗できなくなった私を、好き勝手にするつもりなのね!? エロ同人みたいに!」

 

「人聞きの悪い事を言うな! 罰として先見つけたこのニンニクを食わせてやる!」

 

「なっ!? 何それ、本当にニンニクなの!? こんなに離れてるのに鼻が曲がる位嫌な匂いがしてる!」

 

 鼻を摘んだクロエにニンニク片手に近付く。

 

「ほーらぁ」

 

「こ、来ないで!?」

 

「ほぉーらぁ」

 

「か、干将・莫耶! あ!?投げれない!?」

 

「ほぉらぁ……」

 

「や、やめて! そんな臭い物、私に近づけないでぇ!?」

 

「唯のにんにくだよぉ?」

 

「ら、らめぇぇ!!」

 

 

 この後、滅茶苦茶餃子食べた。

 

 




次の更新はUA25万記念の企画になると思います。
なるべく早く投稿する予定ですが遅れる場合は低クオリティになると思われますが関係の無い短編でお茶を濁そうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

結構普通なデート、再び 【25万UA記念企画】

UA25万記念企画、第一弾。

当選者は 陣代高校用務員見習いさん です。




「――そこをなんとか、お願いします! ワンモア、プリーズ!」

「むぅ……」

 

 しかめっ面のアヴェンジャーに、ランサークラスのタマモが懇願していた。

 

「……仕方あるまい」

「やっりぃ! 言ってみるもんですね!」

 

「(まさか自分から此処に来る様なサーヴァントがいるとは……月での影響か?)」

 

 アヴェンジャーは溜め息混じりに急遽悪夢の内容を変更し始めた。

 

 

「デート?」

 

「ああ、相手は一応1人だ」

「それ少し前もやっただろう?

 あ、これは俺の予想だけど清姫の前にも誰かとやって俺死んでなかった?」

 

「……勘が良いな。まあそう言うな。どうしてもしたいと言って聞かない奴がいてな……」

 

 アヴェンジャーが指を鳴らす。するとその後ろから人影が姿を表す。

 

「じゃじゃーん! マスター! 愛しのユアワイフ、タマモちゃん、参・上・です!」

 

 騒がしく登場したタマモを迷惑そうな顔で見る。

 

(えー、俺コイツの相手するの?)

 

 アイコンタクトで拒否したいと念を送る。

 

「文句は受け付けん。お前に受ける以外の選択肢は無い」

 

 アヴェンジャーにそう言われ、頭を垂れた。

 正直もうデートは勘弁なのだが……

 

「マスター! ビーチで開放的にイッちゃいましょう!」

 

 笑顔のタマモに既に精気を吸われている気がしながらも、俺の周りの風景は変わって行く。

 

 

 

「……玉藻さん……やはり貴女は敵ですね……!」

「マスター……私とも、デートして欲しい……」

 

 急遽起こった悪夢の変更で清姫、静謐は出番を取られ怒りを燃やしていた。

 

「マシュさん、行きましょう!」

「え……ですがアヴェンジャーさんから出番は無いと……

 それに最近、声が変わったので私には暫く登場は無いとも……」

 

「先に邪魔したのはアチラです! 私達がマスターの目に止まらなければ妨害しても問題ありません!」

「私、行きます……!」

 

 清姫に引っ張られる形でマシュと静謐は今回のデートの妨害を決意する。

 

「私のストーキングではタマモさんに気づかれてしまいます。先ずは静謐さんにマスターの監視をお願いします」

「はい……!」

 

「先輩は、私の物、私の先輩、私のマスター……」

「マシュさん、ボイストレーニングは程々にして、妨害の為の作戦を練りましょう。せっかくの海ですし、水着に着替えましょう」

 

 

 

「さあマスター! 此処が私達のデート場所! 青い海! 白い砂浜! プライベートビーチですよ!」

 

 タマモは両手を広げて喜んでいるが、俺は逆にテンションが下がる一方だ。

 

「水着無いんで帰っていいですか?」

 

 俺はクルリと背中を向けるがタマモは素早く近付き肩を掴む。

 

「お待ち下さい! って言うかそのネタ前にもやりましたよね!? 本当に覚えてらっしゃらないですか!?」

「いや、知らないし、覚えてないし……」

 

 やっぱり前にもタマモとデートしたのか……て言う事はつまり……

 

(タマモに殺されたんだな、俺……)

 

「さあさあ、例の礼装変更機能でパパっとブリリアントなサマーに!」

「まだゲームじゃ使ったこと無いんだけどな、この礼装」

 

 溜め息混じりに対熱帯地帯礼装へと変更する。うん、どう見ても水着だ。

 

「マスター! 先ずは定番のオイルです! 塗ってもらえないでしょうか?」

 

 パラソルを刺し、シートを広げたタマモはそこに寝っ転がる。

 断る理由は無い。無いはずだが…………

 

(気のせいだろうか。何やら遠くの、主に100m程離れた岩陰から視線を感じる……)

 

「……いかが致しましたか、マスター?」

「あ、いや……何でも無い……何でも」

 

 気にはなるが、一度死んでいるんだ。タマモに集中するべきだろう。

 オイルを両手で温め、背中に塗る。

 

「むぅ、冷たくない……喘げないじゃないですか!」

「何でそんな事に拘るのか……」

 

 何故かお約束を完遂しようとするタマモにツッコミ入れつつ、背中に塗る

 

「あっ……ん、ふぁぁ……」

「いや、背中に塗ってるだけなんですが……」

 

 無理矢理喘ぎ始めたタマモを見て手を動かすスピードががっくりと下がる。正直若干引いている。

 

「そこは……らめぇ――」

「――はい終了」

 

 サッと終わらせ、タマモから離れる。

 

「あん……マスターの意地悪……」

「やかましい」

 

 これ以上は勃ってしまいそうなので俺はタマモから逃げる様に海へと向かった。

 

(不味いな……どうも最初からペースに乗せられてる感じがする……このまま好き勝手にされるのは御免だ)

 

 支配欲に塗れたメディアとは違い、行動や態度でこちらを困らせる、ヤンデレでは無くともどうも苦手なタイプだ。

 

 掴み所の無い、逆にあちらからはこちらを掴み放題。こちらが怒りや不満の色を示せば離れるが、それも一時的になだけだ。

 しかもヘイトを溜めれば爆発する爆弾すら抱えている。

 

 言うなれば、防御アップに必中、攻撃ダウンのデバフにHPが減ると無敵&攻撃アップである。

 

「……駄目じゃん」

 

 どうしろと言うんだ。いや、必中が無敵貫通じゃないだけましか。

 

「マスター! 待って下さいましー!」

 

 考え事をしている間にもこちらに笑顔で近付いてくるタマモ。

 

「海のお約束、水の掛け合いっこをしましょう!」

 

 さぁさぁ、と何故か先よりもテンションが高いご様子だ。

 現在水深は膝まで。さて、これも付き合ってやるべきだろうか?

 

(不満が多すぎても、好感度を上げ過ぎるのも駄目なんだよな……)

 

 好感度を上げれば押し倒されてテクノブレイクであの世行き。

 不満が爆発すれば拷問のバッドエンドだ。死だろうと痛みだろうとどちらも勘弁だ。

 

「いや、俺泳ぐから」

 

 少し悩んでから拒否し、深い場所に向かう。先は喜んでたし、ここで少し下げるべきだ。

 

「ご主人様ぁ……っ!?」

 

 適当な深い所まで行き、潜ると透き通っている海の中を泳いだ。夢の中だからだろうか、呼吸が無限に続きそうな気がする。

 

(の割には、デープキスされると息苦しくなるんだよなぁ)

 

 良く分からない夢に頭をひねりつつ、まあ良いかと呼吸の為に頭を水中から出す。

 

「マスター……? ご無事でしょうか?」

「っぷはぁ……ん? 何が?」

 

 頭を出すとタマモが何故か小さめなゴムボートの上からこちらを覗いていた。

 

「(水中に毒物が撒かれているようですが……ご主人様はご無事な様子ですね。ご主人様が移動した範囲から毒が広がっている様にも見えますが……)」

「どうした、タマモ?」

 

 難しい顔をしたタマモにそう問いかける。

 

「いえ、何でもございません! ちょっとお待ち下さいね。毛並みの崩れない呪符を貼り替えますので」

 

 そう言ってタマモは御札を取り出すと自分のデコに貼った。

 

「冷えピタ……?」

「ミーコン!? いえいえ、そんなちゃちな物じゃありませんよ!」

 

 呪符を貼ったタマモは水に入る。何故か慎重な様子だ。

 

「……大丈夫ですね」

「?」

 

 タマモの呟きに首を傾げる。

 

「隙アリですよご主人様ぁ!」

 

 油断しているとこちらに甘えた声で飛び掛かってきた。

 

「うぉ!?」

「ふふ……捕まえましたぁ……」

 

 胸を左腕に押し付ける様に抱きついてタマモに驚く。ガッシリ掴んで放さない様だ。

 

「ささ、ご主人様ぁ、どうかタマモの美しくハリのある肌を、体を、たっぷり堪能して――」

 

 ドォーン、と鐘の様な音が突然聞こえた。

 

「?」

「あひゅう!?」

 

 音に釣られ振り返ったと同時にタマモの情けない声が聞こえてきた。

 

 急いで左に視線を戻すと例のデコに貼られた呪符が外れ、腕に抱き付いていたタマモが離れており、何やらおかしな状態になってる。

 

「だ、大丈夫か!?」

「か、体が、痺れ……あぷぅぷぷぷ……」

 

「おい!? ちょっ!?」

 

 俺はタマモの体を急いで担いで、先までタマモの乗っていたゴムボートに急いで乗せた。

 

 

 

「成功です!」

 

 岩陰に隠れていたマシュは控えめにそう叫んだ。その両目は双眼鏡を覗いている。

 

「ふふふ……毒を撒けば対策をして入ってくるのは読めていました。少し気を逸らせばマスターの側にいる静謐のハサンさんが呪符を外す……上手く行きましたね」

 

「宝具級の麻痺毒です! これで暫くは動けないと思われます!」

 

 2人はタマモが行動不能に陥った状況に喜ぶ。

 静謐のハサンも気配遮断を維持しつつ、己の主の側で作戦の成功を喜んだ。

 

「(これで、あの2人も此処には来れない筈……マスターを、独り占め……)」

 

 が、彼女の中では良心が渦巻き、葛藤していた。

 

「(良かった、の? タマモさんの邪魔をして……ううん、これで良い、筈……)」

 

 

 

「おいタマモ! しっかりしろ!」

 

 流石にこうも様子がおかしいと心配になる。先の倒れ方も明らかにおかしかったし。

 

「……じゅ、呪符を……」

「先の御札か!」

 

 ボートから先までいた場所を見る。

 呪符は少し遠くに流れていたが、十分取れる位置だ。

 

「よっ!」

 

 ボートから降りてなるべく急いで呪符を掴むと、すぐさまボートに戻った。

 

「ほら、デコに貼るぞ」

 

 髪を退かし、タマモのデコに呪符を貼り付けた。

 

「ぅー……タマモ、ふ・っか・つ・です!」

 

 貼り付けて2秒後には立ち上がり、飛び跳ねてポーズを決めるが足が震えているので強がっているのがすぐに分かった。

 

「っほい」

「ひゃん!?」

 

 震える足に斜め45度の角度からチョップを浴びせると、タマモはあっさり倒れ込み、ボートを揺らした。

 

「良いから大人しくしてろ。俺が後ろから泳いで浜まで運ぶ」

 

 降りた俺は見た目だけ立派なオールの無いボートを両手で押しながら浜へと泳いだ。

 不自然な波の動きも手伝ってか、数分で辿り着いた。

 

「えへへ……マスターの背中……」

「おい揺らすな、落とすぞ」

 

 こんな時でもあざといアピールを忘れずに、タマモは胸を押し付ける様と体を動かす。

 

「ほら、着いたから降ろすぞ」

 

 シートにそっとタマモを降ろす。

 

「ありがとうございます、マスター」

「……で、何があった?」

 

「……じ、実は……」

 

 タマモは俺に海中に毒が撒かれている事、対策の為の呪符を剥がされモロに浴びた事を説明した。 

 

「もしかして静謐か……?」

「分かりませんが……もう、私とマスターの貴重なデートが台無しです!」

 

 怒ったタマモは震える腕で呪符をもう一枚体に貼り付け、目を見開き勢い良く立ち上がった。

 

「これでよし! こうなったら何処のどなたかは存じませんが羨ましがるほど楽しみましょう!」

 

 

 

「羨ましい……先輩に抱っこされるなんて」

 

 普段からマスターを守る立場であるマシュは涙が出そうなほど岩陰で悔しがっていた。

 

「もっと妨害しなければなりませんね……静謐さんには一度戻ってもらいましょう」

 

 清姫が海へハンドサインを出す。

 

「……戻りました」

 

 合図を出した時とほぼ同時に静謐は清姫達の前に現れた。

 

「次の妨害です。恐らく警戒して海中には戻らないでしょうし、次の行動は恐らく……」

 

 

 

「ビーチバレーをしましょう!」

「パラソルの隣にネットが張られていたから予想はしていたが……」

 

 小さなコートでネット越しにボールを構えるタマモを見る。

 て言うか、スポーツでサーヴァントに勝てるのか?

 

「ではではご主人様? 1つ賭けませんか?」

「え、嫌だけど?」

 

 悩む時間などなく即答だ。なんせ一説ではEランクは平均的な一般人、Dは人間の限界、Cから上は化物なんて言われている。

 俊敏Aランクに、Eランクより少し下程度の人間が勝てる訳がない。

 

「賭けの内容位聞いてもいいじゃないですか!」

「……言ってみろ」

 

「私が勝ったらマスターに夜這いします♡」

「却下!」

 

「ですが勝負は無情にも始まってしまうのです!」

 

 突然凄まじい勢いでサーブをかましたタマモ。

 投げたボールより上へと飛んで下斜めの角度から迫るボール。最初から全力スマッシュとは、流石狐、やっぱり汚い。

 

(今は儚き雪花の壁……!)

 

 が、ボールはネットの上でタマモ側のコートへと反射し、地面へ接触した。

 

「……はい?」

「よし、先制点だな」

「いやいや、今のは明らかに不自然でしょう!?」

 

 うん、それには同意する。

 

「しょーぶとはー、むじょーにもはじまってしまうのでーす」

「っく……! マスターの番ですよ!」

 

 サーブは俺へと移る。

 

「っほい!」

 

 軽く上げたボールを手の平で打ち上げた。

 なんの問題も無くネットの上を通過し、タマモのコートへ。

 

(恐らくマシュさんの盾スキルによる妨害……先よりも高くボールを打てばご主人様のコートに届く筈……!)

 

「打ち上げます!」

 

 タマモは多少無理矢理なレシーブでボールを打ち上げボールをはるか上空へと飛ばす。

 

 このままだと着地地点の割り出しが困難でなおかつ、落下分の威力が加算されたボールを止めなくてはならない。

 

「……良し!」

 

 太陽の眩しさで少し手間取ったが割り出しは出来た。後は撃つだけだ。

 

「っく、っらぁ!」

 

 何とか一番受け止めやすいレシーブでボールをタマモへと返す。

 

「【シーハウス・シャワー】!」

 

 腕の痛みもブリリアント・サマーのスキルで和らげ、次のボールの動きを見る。

 

「もらい、ました!」

 

 しかしそれを読んでいたタマモはレシーブで高く飛んだボールを跳躍でブロックする。その勢いで呪符が飛ぶがなんの問題もない様だ。

 

「ま、だ! 【ランブル・パーティ】!」

 

 クイック性能上昇、つまりは素早さが上がると見た俺は発動したスキルの恩恵で落ちてくるボールをギリギリで返した。

 

「しまっ!」

 

 空中から落下中だったが急いで返したタマモだが、どうやら例の見えない壁に阻まれ、ボールはタマモのコートへと落ちた。

 

「――って、やっぱりズルくありませんかコレ!?」

「お前が言うな」

 

 

 その後、ギリギリだったものの俺が5点を取りタマモに勝利した。

 

「それではご主人様? タマモ、ご主人様からの夜這いを楽しみに待ってますね?」

「いや、行かないよ?」

 

「ではでは次はスイカ割りです!」

 

 まだまだ元気が有り余った様子のタマモは何処からかスイカを取り出して棒切れを手に持つ。

 

「あ、目隠しをしないといけませんね! 私が先にやりますのでマスター、目隠しをお願いします」

「分かった」

 

 言われるがままタマモのタオルを手に取るとタマモの後ろに周りタオルを目に当てた。

 

「何か、イケない事をしているみたいで興奮しますね? エロ同人みたいな」

「いや、全然」

 

 タマモの通常運転な発言を受け流し、キツく目隠しをしておく。

 

「じゃあ回って回って……」

 

 十数回程その場で回って若干ふらふらになりつつタマモは1歩踏み出す。

 

 もう1歩、また1歩。更に2歩。

 

 後ろに1歩、2歩、1歩後退る。しかし、タマモは距離を詰める。

 

「おい、スイカ狙えよ!?」

 

 俺との距離を。

 

「大丈夫ですよ大丈夫!

 このマジカル(呪い)・ステッキ(物理)でマスターの記憶をちょろーっと改ざんするだけですから!」

「スイカ割りはどうした!?」

 

 急になんて強引な手段を選んできやがったんだ。逃げないとヤバイ。

 

「ぐへっへ……許婚、唯一の理解者、良夫婦関係……夢が広がリングです!」

 

 遂に本来の目的であるデートを忘れ、力ずくで襲い掛かってくるタマモから全力で逃げ出す。

 

「目隠ししてるとは言え敏捷Aランクの私から逃げられると思わないで下さいな!」

「くっそぉ!」

 

 水の中へとダイブ。だが、もう捕まる寸前だ。

 

「マスター、捕まえ――っひゃう!? あっぷぶぷ……!?」

 

 突然、タマモは痙攣すると体ごと水の中へ落ちた。

 先のビーチバレーで呪符が外れていたお陰で、毒が回ったようだ。

 

「……ふう、助かった……」

 

 マジカル・ステッキとやらを適当な岩の向こう側に投げ、念の為に頭を外に出しつつタマモを海水に漬けてからシートへ運んだ。

 

 後でバケツで水を汲んで麻痺毒を掛けれるようにしておこう。

 

 

 

「清姫さん、大丈夫ですか!?」

「ま、マスターがいっぱいぃ……ぃい……」

 

 先程マスターによって投げられた棒切れは清姫の頭に命中した。

 

 耐久ランクは通常の状態でE、水着がDなので多少の神秘を纏った棒切れでも命中すれば彼女にダメージを与えるには十分だった。

 

「どうしましょう……清姫さんが気を失ってしまったせいで次の妨害が……ですが、しばらくは問題なさそうですし……」

 

 マシュはあたふたするが、タマモもダウンしているので一旦落ち着き、清姫の回復を優先する。

 

「静謐さん、まだマスターの側にいるんでしょうか?」

 

 

 

「っふー……色々ヤバかったなぁー」

 

 タマモをシートまで運んで漸く落ち着いた俺はタマモのバックをあさる。

 この後の事を考えて先に危ない物は没収しておこう。

 

「おにぎり……塩、水の入ったペットボトルに……何だこの怪しい液体の入った容器や粉は……?」

「媚薬や、精力剤の様です」

 

「そんな物を海に持ってくるな……?」

 

 チラリと後ろを見る。しかし、誰もいなければタマモも眠ったままだ。

 

「……気のせい、だと良いんだが……」

 

 俺はおにぎりの入ったタッパーを開け、塩をかけて食べた。

 

「薬があるって事は後で入れるつもりだったんだろうし、さっさと食べて置くか。もう昼過ぎて結構経ったし」

 

「これが、おにぎり……美味しい」

 

 先から、幻聴(だと良いな)が良く聞こえて来る。自分では分からないが相当参っている(だけだと良いな)様だ。

 

 

 

「ああ!? 静謐さん、先輩の耳元に!?」

 

 まさかの抜け駆けに唯一起きているマシュは狼狽えていた。

 

「……いっその事、戦闘不能にして私がアノ場所に……」

 

 出て行くべきか悩んでいるマシュ。結局、暫くは様子見に徹する事にした。

 

「此処は、先輩が媚薬に当てられたら颯爽と攫って既成事実を……」

 

 

 

(……おにぎりが、明らかに減っている……!)

 

 俺はタッパーの中を見て戦慄を禁じ得なかった。

 おにぎりを左端から1つ取った筈だが、逆の右端から1つ無くなっている。

 先の声はやはり幻聴では無いようだ。

 

(……タマモ、起こすか?)

 

 ポケットに手を突っ込みバッグを漁る前に回収しておいた呪符を見る。

 

 恐らく貼れば起きるだろうが、それつまり色欲魔の復活を意味する。

 

「起こすか……」

 

 しかし、気配の無い相手は一番厄介だ。仕方が無いのでタマモの腕に呪符を貼り付けた。

 

「ッカ! タマモ、復活です!」

 

 予想通り、目を見開き勢い良く起き上がった。

 と思ったら崩れ落ちた。

 

「マスター、ナニをしたんですか!? 体が痙攣して立てません!」

「何もしてないっての。麻痺毒の撒かれた海にダイブしただけだろう」

 

 ……まあ、数分くらい念入りに漬けて置いたからな。麻痺毒の海に。

 

「っておにぎり食べちゃってるー!?」

「薬なら適当に埋めといたぞ」

 

「な、なんて事を!? 折角のラブポーション(はぁと)が!?」

 

 一気に落ち込んだ。しかし、気配の無い誰かが居るのでずっとここにいる訳にはいかない。

 

「そろそろ日が落ちるし、解散にするか?」

 

 気が付けばもう夕方になっていた。この夢はいつまで続く気だろうか?

 

「いえいえ、まだですよ! 夏の定番、海そして旅館です!」

「もう秋なんだが……」

 

「なら露天風呂です! これから行く旅館には露天風呂もありますから!」

 

 無理矢理だなぁ、とは思うが付き合わなければ目覚めそうに無い。

 しかし……何故だろう。体がその旅館に行くのを全力で拒絶している。

 

「さっさっと荷物を纏めて、旅館に参りましょう! タマモ旅館に!」

 

 更に嫌な予感しかしなかった。

 

 

 

「見た目は案外、普通だな」

 

 見上げた先には田間藻旅館と書かれた看板が見える。

 旅館と呼ぶにふさわしい木材と瓦の使われた和式の建物で、色も木材そのままの色と言った感じだ。

 

「意外だな……」

「な、何故ですか!? 良妻に相応しい、慎ましくも温かみのある旅館でしょう!?」

 

「いや、タマモの事だからピンク色でハートマークの多い建物に連れてくるのかと……」

「んー……それは、アレでしょうか? マスター、さてはタマモの事、誘っちゃってますー?」

 

「いや、これっぽっちも」

 

 警戒していたがすっかり肩透かしを食らった気分だ。

 旅館に入り、受付に何処が部屋かと聞いた。

 

「201号室になりますだわん!」

 

「……あの、2人なんですけど……」

「2人部屋1つ予約されていますだコン!」

 

 この語尾がブレブレな店員は一先ず置いておこう。

 

 くっそぉ、油断した! ビーチで夜這いなんてワードを聞いたから、てっきり別部屋だとばかり思っていた!

 

「他に部屋は空いてませんか?」

「変更は受け付けておりません、ポン!」

 

 駄目か……どうすれば……

 

「ささ、マスター! 早く荷物を降ろして、すっぽり混浴温泉と行きましょう!」

「……分かったよ」

 

「お部屋のタンスに浴衣がありますピカ! お風呂上がりにお使い下さいケロ」

 

 こうなれば温泉に行くフリをして、恐らく男女別であるだろう更衣室で逃げよう。

 

 

 

「マスター達が部屋に到着しました。清姫さん、具合の方はどうでしょうか?」

 

 マシュの問いかけに、頭を抑えながら清姫答えた。

 

「まだクラクラしますが……なんのこれしき……!」

 

 タマモの予約した部屋の隣である202号室。

 

 そこでは静謐に清姫、マシュが様子を伺っていた。

 

「タマモさんは温泉と言ってましたが、マスターは逃げる気満々のご様子でしたね」

「ええ……恐らく玉藻さんはそれに気が付いている筈です」

 

「なら……?」

「恐らく、押し倒すタイミングは――」

 

 

 

「――今です!」

「うおっ!?」

 

 部屋に到着し、風呂に入る為に準備をしようとタンスから浴衣を取り出そうとした時、タマモに押し倒され、畳に背中を付いた。

 

「ぐへへ……こうしてしまえばマスター、逃げられませんよね?

 今回は色々邪魔が入ってしまいましたが、此処なら邪魔はさせません! 何せ部屋の中に結界を貼りましたから!」

 

 タマモの両手が顔の左右に置かれ、顔と顔の距離は徐々に詰められる。

 

「マスターも、今回は一度捕まれば逃げたりしませんよね?」

 

 抵抗を試みるが、人間の腕力は英霊に対して余りにも貧弱だ。魔術礼装のスキルも使えない。

 

「無駄です。マスターのスキルは封じてます。さあぁ……たっぷり気持ち良くなりましょう。

 今回は残念ながら準備が足らず、子供は作れませんが私達は体の相性もバツグンですから、きっとマスターも病み付きになりますよぉ……」

 

 言いながらタマモは指で唇に何かを塗る。恐らく精力剤か媚薬の類を仕込んだのだろう。

 

「ん……っちゅ……!?」

 

 唇に唇が重なり、舌を口へと侵入させたタマモだが、突然その動きが止まる。

 

「ま、またぁ……麻痺、毒……!?」

 

 本日3回目だ。急にタマモの体が鈍く、不自然な動きを見せる。

 

「体内に、直接は……ます、たぁ…………」

 

 そのまま悔しそうにタマモは俺へと倒れる。

 

「……た、助かった…んだよな?」

 

 痙攣しているタマモを身体の上から退かす。だが、今のタマモの様子からして俺の唇に仕込まれていた麻痺毒について俺はまるで心当たりがない。

 

「やっぱり、先のビーチで仕込まれたのか……?」

 

 兎に角、俺は一度旅館から出る事にした。

 

 

 

「せ、静謐さん……!?」

「う、迂闊、でした……静謐さんの毒は、汗になってその場に撒き散らされて効果が発揮される物……野外ならともかく、室内でビーチ帰りで汗たっぷりの静謐さんには……」

 

 清姫が倒れ、解説口調だったマシュも倒れる。

 

 しかし件の静謐はその惨状を見てキョトンとしていた。

 

「……浴衣が着たくて、着替えたんですけど……すいません」

 

 倒れたマシュ達の近くに置いておいた汗に塗れた普段着を拾い、畳みながら静謐は頭を下げた。

 

「……ん?」

 

 隣の部屋から遠ざかる足音が聞こえる。ドタドタと騒がしく、その音で男性の、マスターの足音だと気が付いた。

 

「……マスター」

 

 静謐は自分の指で唇を撫でると、頬を赤く染めて部屋を出た。

 

 

 

「っはぁ……はぁ……旅館に戻る訳には行かないし……どうしようか」

 

 完全に行き場を失った。旅館に戻る訳には行かないし、旅館の周りには何故か海しかない。

 

「流石ヤンデレ・シャトー……いや、屋台位あってもいいだろ」

 

 流石にこの状況は不安になる。明かりは旅館の光のみ、聞こえるは波の音だけ。

 

「いや、もしかして静謐がいるかも――」

「――呼びましたか、マスター?」

 

 旅館を見つめていた俺の後ろから静謐の声が響く。

 

「ッ!?」

 

 驚いて絶句してしまった。心臓を掴まれるとはまさにこの事だろう。

 

「せ、静謐……」

「タマモさんと、キス、したんですね……?」

 

 薄いピンクの浴衣を着た静謐は

 

「じゃあ、やっぱり先の毒は……」

「私が、マスターの唇に付いた米粒を取った時に、付着させました」

 

 そんな前にか!? て言うか姿が見えないのを良い事にそんな事してたのか!?

 

「私、デート、なんてした事無いですし、ご飯を作った事も無いです……

 でも、マスターの隣に、別の誰かがいると、嫌な気持ちになります。マスターが笑っているのに、苦しくなります……」

 

 これはアカン。

 俺は後ろに下がるが逃げ道は無く、旅館が迫るだけだ。

 

「嫉妬……でしょうか? 羨ましいとは思った事はありましたが、今までは諦めていました。ですが、マスターは、触っても触られても、死なない……

 私の、唯一の、……ふぅー……」

 

 静謐に顔を掴まれ、息を吹きかけられる。

 温かくて甘い吐息だが、背中には氷水を入れられたかの様な悪寒が走る。

 

 今度はトラウマで突き放されたりしないだろう。もう別のトラウマが彼女の想いを加速させている。

 

 だから、何としてでも彼女の媚薬から逃れないと!

 

「逃げちゃ、だめ。マスターはもう、私の虜……です」

 

 抵抗する筈だったが、彼女に捕まった頭は思いの外あっさりと引っ張られるまま彼女に抱きしめられた。

 

「嗅いでください、受け入れてください」

 

 鼻は押し付けられるまま密着した彼女の首元を嗅ぐ。

 

「……もっともっと、私の中に……」

 

 思考が、桃色一色に呑まれる。

 彼女の声が耳元で響き、淫乱な思考が体へ広がり、余計な理性は消え去る。

 

「入って来てください」

 

 

 

「っはぁ!」

 

 起きた。

 何とか無事だが、頭の中で起きた事を後悔した自分がいて全力で自分を殴りたい気分だ。

 

「静謐……」

 

 今回ばかりは昂ぶったままの自分を鎮めるのに、何時もの倍は時間が掛かった。

 

 




如何でしたでしょうか?
そろそろUA30万到達しそうなんですよねぇー……いや、何度もやるとクドいので暫くはこの企画はしません。次にやる時は50万位でしょうか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大好きなヤンデレと過ごす1日 【25万UA記念企画】

25万UA記念企画、第二弾!

今回は くずもちさん の設定でお送りします。

モードレッド好きは一読の価値有り! ……かも?




「くぉら、エナミてめぇ!!」

「やあ、モー君」

 

「その愛しい愛称を侮辱して僕に使うの止めろ!!」

 

 朝のボランティアのゴミ掃除が終了し、家に帰ろうとしたエナミ兄をバールの様な物を片手に強襲したのは、彼のクラスメイトだ。

 

「危ないなぁー、友人の頭をかち割ろうとするなんて」

 

「てめぇが僕の携帯を交換しなきゃこうはならなかったよ! しかもお前の携帯のアプリの配置やパスワード、FGO内のキャラデータまでピッタリそっくりにしやがって! フレンドのサポートサーヴァントが違わなかったら気付かなかったよ!」

 

「いや、スマホの傷とかもっと気付いていい所あるでしょ?」

「てっきり僕のモーさんへの愛で修復したのかと喜んじまったよ!」

 

「はっはっは、やっぱり面白いね。モー君」

「ぶっ潰す!」

 

 振るわれるバールの様な物。当たれば間違いなく骨にヒビが入る程度では済まないであろうその攻撃を数回躱すとエナミ兄はポケットからスマホを迫り来るバールの前で取り出す。

 寸前でバールの動きが止まった。

 

「はい、返すよ。俺のスマホも返してね」

「っくのぉ……! ほら!」

 

 少し乱暴に渡されたスマホを受け取り、エナミ兄もスマホを返した。

 

「良かったぁ……っは! データの確認!」

 

「流石にそこまでしないよーじゃあね」

 

 データの確認に取り掛かったクラスメイトを置いて、エナミ兄は帰って行った。

 

 

 

「っはぁ……野郎、次会ったら覚えとけよ……!」

 

 山本皐月、それが僕の名前。モードレッドが大好きな型月ファン。

 だと言うのに一生の不覚だ……あんな奴に携帯を取られるとは……

 

 幸いにもスマホもゲーム内のモーさんも無事だった。

 

「良かったぁ……じゃあ、帰らないと」

 

 バールの様な物も片手に家へと変える。

 

「重いなバール……どうやって先まで振り回してたんだろう?」

 

「あ、山本さん」

「っ! は、ハクツちゃん……」

 

 帰り道に先まで殺意剥き出しで殺しにかかっていたエナミの妹、ハクツちゃんに出会った。

 

「うちの兄がすいません」

「あ、いや、えっと……だ、大丈夫、だ、よ?」

 

 先の勢いはすっかり無くなった。

 僕は女子と話すのが苦手で、1対1だと吃ってしまうのだ。

 

「兄にはよく言っておきますの……あ、すいません急いでいるので失礼しますね」

「あ、うん……じゃあ」

 

 行ってくれたか……すっかり落ち着いてしまった。

 

 アドレナリンも怒りもすっかり体の奥に収まってしまった僕は、家へと帰ったのだった。

 

 

 

「ふむ、久しぶりだな」

「エドモン!?」

 

 同じ日の夜、僕の前にアヴェンジャークラスのサーヴァント、エドモン・ダンテスが現れた。

 

 こいつが現れたのは今回が初めてじゃない。

 

 こいつのせいで夢の中でサーヴァントがヤンデレて、モーさんに愛され愛でる羽目になってしまって本当にありがとうございます!

 

「お、おうとも……(今程の勢いの礼は初めてだ……)」

「それで、なんの様ですかエドモンさん! またモーさんがヤンデレるんですかダンテス様!?」

 

「ど、何処まで崇めるつもりかは知らんが……まあ、その通りだ」

「本当ですか! なんてこった心臓を捧げます!」

 

 僕はこれ以上に無いほど素早く正確に手を胸に当て礼をした。

 

「(本当に何処まで崇められるか見てみたいが……止めておこう)詳しい事は説明しない。あっちで自分のしたい事をしてこい」

 

「了解です! ああ、モーさんがー――」

 

 僕の視界は、別の場所へと移動した。

 

 

 

「静謐さん、お話が御座います」

「なん、ですか?」

 

 清姫がちょちょんと扇で突付いた腕は静謐のハサン。

 見た事ある組み合わせとか言わないで。

 

「なんでも、私達のマスターが水着の方のモードレッドさんとお出かけするとの事です」

「っ! それは……」

 

「私はそれが許せません。マスターに愛してもらっているのに、普段はツンツンして時たまデレるあざとい男勝りなんかにマスターを渡したくございません」

 

 モードレッドのアイデンティティ、完全否定である。

 

「でも……マスターが愛していますし……」

「ならマスターのモードレッドさんへの好感度を下げましょう。恋が冷めれば、真にマスターを愛しているのは誰か、直ぐにマスターは気付くでしょう」

 

「っ……!」

 

 その言葉が、まるで清姫では無く自分にマスターが靡く様に聞こえ、静謐の頭の中では皐月との甘い一時が浮かび上がる。

 

 当然、清姫にそんなつもりは一切無い。

 

「どうです静謐さん、乗りませんか?」

 

「乗ります……! マスターを、モードレッドさんから、奪還してみせます!」

 

 清姫は開いた扇の下でほくそ笑んだ。

 

(これで、万が一失敗しても好感度が下がるのは静謐さんですね……)

 

 

 そんな2人の話を少し離れた場所から聞いていたサーヴァントが1騎……

 

「モードレッドが……!?」

 

 アルトリア・ペンドラゴン。聖槍を持ったランサークラスのアーサー王だ。

 

 ヤンデレ・シャトーの影響下だが、アーサー王は高潔な騎士だ。

 無理矢理マスターをモードレッドから奪おうなどと、考える事も無いだろう。

 

「許せませんね……!」

 

 しかし、このアルトリアは違う。

 聖槍を持ってブリテンを収めたアーサー王は体も心も成長した。そんな彼女がカムランの戦いの後にモードレッドに持った感情は、憤怒。

 

「マスターとデートならば、馬を持った私が相応しい筈!」

 

 憤怒……

 

「肩書だけライダーなあのドラ息子が、マスターをエスコートなど出来るものか!

 大体、騎乗スキルも習得していないなど話にもならない!」

 

 憤怒ぅ……

 

「そもそもだ! あんな破廉恥な格好でマスターと出歩くなど、騎士としてもサーヴァントとしても有るまじき暴挙だ!」

 

 上乳隠せよ乳上。

 

 

(……なんか槍の父上荒れてんなぁー

 にしてもマスター、何処行ったのかな?)

 

 

 

「マスター!」

 

 風景が監獄塔から街中に変わった事に気が付いたと同時に、背後から抱きつかれた。

 

 背後を見る必要も無く、この細くも力強い包容はモードレッドので間違いない。

 元気な声で抱き着かれて、既に頭の中で色んなエンジンが掛かっている。

 

「モードレッド……っ!?」

 

 完全に不意打ちだ。背後から抱き着くだけでは無い。

 

「えへへ……マスター!」

 

 振り返った僕の視界を覆ったのは背中で両手を組んだ水着モードレッドのセーラー服姿だ。焼けた肌が健康的で魅力的だが、それ以上に絶対領域と化したセーラーの裾が、下に水着を着ていると理解していても穿いているのか、穿いていないのか、シュレディンガー的な妄想へ至らせる。

 

 あの奥を見なければ、穿いているモーさんと穿いていないモーさんが同時に存在している……!

 

「……マスター? ……露出少なめの選んだけど、やっぱり水着で街中は変だよな?」

「そんな事はない!」

 

 笑顔を曇らせてなるものかと即答した。

 それに着替えるなんて勿体無い!

 

「……やっぱりマスターは、変態だな! こんなオレにメロメロなんてさ!」

 

 天使の様な笑顔で罵倒されたが、僕の業界では流行語大賞です! ありがとうございます!

 

「じゃあ、行こうか」

 

 僕はモードレッドへ手を伸ばす。それをモードレッドは笑顔で握ってくれた。

 

「おう!」

 

 

 

 動き出した彼を見つめる影が2つ。

 

「全く……此処はヤンデレ・シャトーですよ? なのにマスターと来たら、あんなにデレデレして……! 許しません!」

 

「どうやって、妨害を?」

 

 静謐の質問に清姫は立ち上がり、答える。

 

「先ずは、マスターが好きなモードレッドさんのイメージを崩して行きましょう! その違和感がマスターの好感度を下げる筈です」

「はい……!」

 

「その為に彼女の持っているバックにこれを仕込んで下さい」

「これは……?」

 

 清姫は手の平に収まるサイズの物を静謐へと手渡した。

 

 

 

「最初はどこに行こうか?」

「ん、飯……には少し早いし、かと言ってあんまし動いて汗をかくのもまだ早いしなー」

 

「じゃあ、買い物に行こうか。モーさん何か欲しい?」

「も、モーさんは止めろ! 

 ……マスターにだったら、ちゃんって呼ばれても……?

 いや、オレは叛逆の騎士だぞ!? 普通にモードレッドって呼べよ!」

 

 怒った顔で抗議するモードレッドが可愛い。

 

「ゴメンゴメン……モードレッド」

「お、おう……それで良いんだ、それで!」

 

 まだ少し照れているモードレッドは僕の手を乱暴に掴むと前に出た。

 

「さあ、行くぞマスター! 覚悟しろよ、オレは欲しいもんがいっぱいあるんだから!」

「うん!」

 

 モードレッドがどんなぬいぐるみを欲しがるのか想像しながらも、デパートへと入っていった。

 

 人はいるけど誰も彼もがまるで其処にいるだけ。

 モードレッドと僕の道を塞ぐ者は誰もいない。

 

「あ! ……なあなあ、先ずはあそこにしよう、ぜ?」

 

 最初に若干遠慮気味にモードレッドがワクワクしながら指差したのは店では無くゲームコーナーだ。

 

(買い物じゃなくて遊びを優先するのはモーさんらしいな)

 

「うん、入ろう!」

「よーし、早く行こうぜ!」

 

 ゲーム音で賑わい、騒がしいコーナーに入りUFOキャッチャーやシューティングゲームを遊び始めた。

 

「あーもう! 何で取れねえんだ!?」

「そこじゃなくて逆側を掴んだら?」

 

「おお! 取れたぞ、マスター!」

 

 取れたぬいぐるみを抱きしめ喜ぶモードレッド。

 

「あ……あとちょっとだったのに!

 ……あ、ま、マスター……?」

「いいよ、一緒にやろう」

 

「お、おう!」

 

 1人でクリアしてやると意気込んで、負けたら済まなそうに助けを求めるモードレッド。

 

「よーし! 負けねぇぞ!」

 

「もう1回だ!」

 

「……もう1回!」

 

「ま、マスターの……バカぁ……少しは手加減しろよぉ……」

「ゴメンゴメンゴメン!!」

 

 格ゲーで完封され連敗して泣き出すモードレッド。

 

 色んな顔のモードレッドが見れて僕の幸福ゲージはもう振り切れている。

 

 

 流石に2時間近くもゲームをしていると疲れたので2人でベンチに腰掛けた。

 

「楽しかったね」

「おう、すっげぇ楽しかった!

 でもこのぬいぐるみ、大きいから持ち運んでると邪魔になるなぁ……あ、そうだ!」

 

 何かを思い出したモードレッドはバックの中を弄り出した。

 

「確かドクターから転送装置を借りてきた筈……ん? 何だこれ?」

 

 モードレッドは見覚えの無い物を見つけた様で、バッグからそれを取り出した。

 

「……な、何だコレ!?」

「!?」

 

 モードレッドが手に取ったのはピンク色の球体からスイッチの付いたコードが出ている……所謂、ローターだ。

 

「わわわ……ち、違うぞマスター! オレは、こんなもん持ってきたりしてねぇー!?」

 

 慌てて弁明するモードレッド。

 僕は分かっているので頷いて、信じると伝える。

 

「うん、分かってるよ」

「だ、だよな!? だ、誰だよこんなイタズラしやがった奴!」

 

(エッチでお茶目なモードレッド、アリだと思います!)

 

 僕は理解あるマスターだ。モードレッドの全てを受け入れよう。

 

「マスター? 信じてくれてるよな!?」

 

 

 

「……効果、無いみたいですね」

「マスターはモードレッドさんに対して寛容的ですからね……やはり極太バイブの方が良かったでしょうか?」

 

 物陰から作戦の失敗を悟った2人は次の手を相談し始める。

 

「ならば手っ取り早く2人の絆に亀裂を入れましょう」

「そんな事、出来るんでしょうか?」

 

 静謐の質問に答える為に清姫は1本の薬を取り出した。

 

「ベタですが、こんな作戦でいきましょう」

 

 

 

「さあ、昼飯だ!」

 

 沢山食べるモードレッドの事を考えて食べ放題の店へとやって来た僕達。

 早速机の上はモードレッドの分で一杯だ。

 

「いっただきまーす!」

 

 手を合わせて幸せな顔で食べ始めるモードレッド。

 モードレッドに食べられている料理になりたくなるくらい本当に嬉しそうに食べている。

 

「……ん? マスター、食べないのか?」

「ごめん、ちょっとトイレに行ってくる」

 

 席を立ち、僕は店員にトイレの場所を尋ねる。

 

「フードコーナー共通のトイレはあちらに御座います」

 

「あっちか……」

 

 店を出た僕は足早にトイレへと向かった。

 

 

「……さぁ、早く帰ってモードレッドとデートの続きだ」

 

「すいません……」

「ん?」

 

 トイレを出た僕に女性が話しかけて来た。紫色の長髪に白い服。中々美人な人だ。魅力と言う点ではモードレッドには遠く及ばないけど。

 

「食べ放題のお店って何処ですか?」

 

 店員さんに聞けばいいのに……まあ丁度同じ店だし案内してあげよう。

 

「こっちです。案内しますね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 なるべく早く、だけど女性が置き去りにならないスピードで歩く。

 

 直ぐに店に着いた。

 

「此処ですよ」

「本当に、ありがとうございます!」

 

 女性は頭を下げて礼を言ったら店の中に入った。僕も入ろう。

 

「……マスター? 先の女は、誰だ?」

 

 席に腰掛けるとモードレッドが不機嫌そうに訪ねてきた。

 

「知らない人。店の場所を知りたがってたから案内しただけだよ」

 

「……ならいいけどよぉ」

 

 どうやら焼き餅を焼いているらしい。可愛いなぁ。

 

 若干食べる速度の早くなったモードレッドを見る。モキュモキュと美味しそうに食べている。

 

「あ……どうも」

「ん? あ、先の」

 

 僕達の隣の席に座ったのは先の女性だ。

 

「本当に助かりました。友人に席を取って欲しいと頼まれていたんですけど、初めて来たので何処にあるか分からなくて……」

 

「気にしないで下さい」

 

 頭を下げる女性の礼を受け取りつつモードレッドに視線を戻す。

 

「……」

 

 女性を見る目に殺気が篭っていた。

 

「お、落ち着いてモードレッド」

 

 小声とモードレッドを冷静にしようと声をかける。

 

「……マスターに馴れ馴れしくしてんじゃねぇぞ……ぶっ殺して……」

「おーい、モードレッドさぁん!?」

 

 モードレッドの前で、手をブンブンと振って正気に戻そうとする。

 

「……ふん!」

 

 どうやら殺気は引っ込んだようだが先よりも不機嫌になってしまった様だ。

 

 

 

「ふふ……此処ではサーヴァントの探知は出来ませんし、静謐さんの変装は完璧ですからまず気付かれません。マスターと談笑するだけでモードレッドさんは不機嫌になりますし、良い調子ですわ」

 

 清姫は作戦の成功を確信して笑う。

 

「私も次の作戦に移りましょうか……」

 

 

 

 不機嫌なまま食事を終え、しばらく無言でベンチに座り、アイスクリームで機嫌を取ろうとしたらモードレッドが僕へ文句を言い始めた。

 

「大体、マスターもオレがいるのに他の女に現を抜かしやがって! 胸か!? 髪か!? ……やっぱりマスター、オレみたいな奴、嫌いなんだ――」

「――いやいやいや、モードレッドがどんな時でも僕の一番だよ!」

 

「っう……ん、んな事は最初から知ってんだよ! 当然だろ!」

 

 良かった。どうやら機嫌が治ったらしい。

 

「オレの、オレだけのマスターだ! 目移りなんてさせねぇーし、したら絶対にゆるさねぇーかんな!

 それじゃあ気分を変えて遊園地にでも行くか、マスター!」

「うん!」

 

 モードレッドの提案に頷いて僕達は遊園地に向かう為のバスに乗った。

 

「あ、よく会いますね」

「そ、ソーデスネー」

 

 しかしバスの中で3回目のエンカウント。窓際に座ったモードレッドが僕の隣で威嚇している。

 

 あちらの奥の方にも友人と思わしき人物が座っている。

 

「私達、これから遊園地に行くんです!」

「へ、へぇー……」

 

 あ、これアカン展開だ。

 絶対妨害されてるよ、コレ。

 

「……どうする?」

 

 モードレッドに小声で尋ねる。

 

「オレは退かねえぞ。こんな事で撤退なんざ叛逆の騎士であるモードレッド様には似合わねえからな!」

 

 モードレッドがそう言うのであれば仕方が無い。遊園地では頑張ってご機嫌を取ろう。

 

「そっちも遊園地なんですね。なんだが、運命を感じます……」

 

 おいやめろ、モードレッドが色々お怒りだ。

 

 

 

「マスター! 先ずはジェットコースターだ!」

「うん!」

 

 到着早々モードレッドに手を捕まれジェットコースターへとやってきた。 

 

「あ、またまた奇遇ですね」

 

 サード・エンカウントッ! 到着して直ぐに走ってきたのにそんな偶然がある筈が無い。

 

「ワクワクするな、マスター!」

「わくわく、しますね?」

 

 隣で笑うモードレッドと背後から楽しそうに声をかける女性。

 

 その声も、最高速で下がった後の高速移動で遮られ、楽しそうな悲鳴に変わる。

 

 ジェットコースターは楽しかったがモードレッドは出入り口で貰った写真に自分達の後ろに座っていた例の女性を見て複雑そうだ。

 

「……次だマスター!」

 

 ジェットコースターを降りてすぐにモードレッドは別のアトラクションへと走る。

 次はコーヒーカップの様だ。

 

「うおぉ……!」

「楽しいな、マスター!」

 

 高速回転するカップに翻弄されるも楽しそうなモードレッドを見て持ち直す。

 モードレッドの笑顔は万能薬だ。

 

「あ、楽しんでますか〜ぁ?」

 

 が、隣のカップから聞こえてきた声に僕達のカップの回転は緩やかに止まった。

 

「次!」

 

 今度はお化け屋敷だ。2人乗りのコースターなので邪魔は入らないだろう。

 

「ギャァァ!!」

 

「ウワァァァ!」

 

「ヒィィィィ!!」

 

 しかし邪魔はなくてもモードレッドは落ち込んでしまった。

 

「こ、怖くなんて……無かったぞ……

 だ、だからマスター……う、腕……放さないでくれぇ……ひっぐっ」

 

 余程怖かったらしい。

 

「喉、乾いてませんか? 良ければジュースがありますけど……」

「――! いらねえ!」

 

 出口で待ち構えていた女性から逃げる様にモードレッドと共にその場を後にした。

 

 

 

「……参ったな」

 

 一生の不覚、まさか別れてしまうとは……

 モードレッドがあの女性を撒くために人混みへと入ったのだがそれがいけなかった様だ。

 手を繋ぐのも難しく気付けば離れてしまったらしい。

 

「あ、またお会いししましたね」

「……マジですか……」

 

 何回目の登場だ。しつこいぞ名も無き女性。

 

「あら? お連れの方は?」

 

 さて……どう答えようか。この流れだと、「見失った」と答えれば一緒に探すだろうし、「何処かで待ち合わせている」や「先にフードコーナーに」と答えても丁度そこ行くとか言われるオチが見える。

 

 ならば……

 

「ちょっとトイレに行きたくてね! じゃ、急いでいるから!」

 

 逃げよう。

 知らない女性と吃らず話せるのはモードレッドとのデートでハイになっているからだ。落ち着いてしまえば逃げるのも難しくなる。

 

「…………」

 

 

 

 逃げ出してから数分経ったが、依然としてモーさんの影も形も見つからない。テンションが下がる一方だ。

 

「モーさん……本当に何処言ったんだ?」

 

「マスター!」

 

 モーさんの声が聞こえた。

 

「何処だ?」

「マスター!」

 

 人混みを抜けて声の聞こえる北側に向かう。

 

「マスター!」

 

「おかしいな……声は聞こえるけど……」

 

 近付いている筈だがモードレッドは見えず、声も一定の距離を取って着かず離れずだ。

 

「マスター!」

「……誘導されてる」

 

 足を止める。これ以上おちょくられるの気分が悪い。

 

「だけど……こっちに誘導されたって事は逆の方向にモーさんが……?」

 

「マスター!!」

 

 南へ向かおうとした僕にモードレッドが抱き付いてきた。勢いがあり過ぎて受け止めきれず押し倒される様に地面に倒れる。

 

「マスター、マスター、マスター!」

「も、モードレッド……」

 

 最初とは違い泣きながら抱き着いているモードレッド。少し前なら泣いているモーさん可愛いだったが、今回は流石に自重する。

 

「良かった、見つかって良かったぁ……!

 オレ、マスターがいなくなっちまったと思って本気で心配したんだからなぁ……!」

「ご、ゴメン……」

 

「もう、放せねぇからな……」

 

 ジャラジャラと金属が擦れ合う音が聞こえる。どうやら手錠を取り出した様だ。

 

「ずっと……一緒だからな」

 

 カチリと嵌められ、モードレッドの左腕と僕の右腕が繋げられた。

 

「もう絶対、オレから離れんなよ……?」

「うん……勿論」

 

 

 

「……静謐さん? 何故モードレッドさんをお化け屋敷まで誘導しなかったんですか?」

「すいま、せん……」

 

 静謐のハサンはすまなそうに頭を下げるが清姫の怒りは収まらない。

 

「もう良いです……! こうなったら私直々に……!」

 

 

 

 唐突に、空が輝いた。

 

最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)……!! っはぁぁぁ!」

 

 遥か上空から白馬に乗った騎士が流星の如く光を放ちながらモードレッドと僕へと迫る。

 

「っく!」

 

 モードレッドの魔力探知には引っかかった様だが宝具の真名開放は間に合わない。このままでは例え直撃は免れても衝撃波で大ダメージを受けるのは簡単に想像できる。

 

「マスター……!」

 

 が、僕とモードレッドは誰かに投げ飛ばされる。

 

 褐色肌に見覚えのある紫色の髪。

 静謐のハサンだ。

 

「……マスター、すいませんでした――」

「――っち……邪魔を!!」

 

 謝罪の言葉を最後に、降り注いだ光に飲まれ静謐のハサンは消え去った。

 

 

「一撃で仕留めるつもりだったのですが……」

「父上……!」

 

 白馬に跨りし白銀の騎士。手に持った槍は聖剣と比べても見劣りしない強力な物だ。

 

 その事実が目の前の存在がモードレッドの親にあたるアルトリア・ペンドラゴンである事を表していた。

 

「何のつもりだよ父上!?」

「決まっています。マスターの隣にいるべきは私です。断じて貴方でも正規のモードレッドでも無く、私こそが相応しい」

 

「勝手な事を……モードレッドこそが

僕の一番だ。勝手な妄想をしないで下さい!」

「マスター……! そういう事だぜ父上! マスターはオレのもんだ!」

 

「マスターがそんな妄言を吐く事は知っていました。だからこそ、この聖槍で魂を浄化し、輪廻の先で再会することにします」

 

「っへ、やらせねぇ!」

 

 ……啖呵を切ったのは良いけど状況は少し厳しい。水着モードレッドはライダーだ。使う武器はアーサー特攻のクラレントでは無く盾であるブルドゥエン。

 しかも手錠で2人の左腕と右腕が繋がっている。

 

「っはぁ!」

 

 走り出す白馬。聖槍の狙いは間違いなく僕だ。

 

「っこの!」

 

 ブルドゥエンが迫る槍を阻む。完全に足手まといだ。

 

「も、モードレッド! この手錠を外さないと……!!」

「無茶言うなよマスター! 父上相手にそんな隙ねぇよ!」

 

「当然だ。

 騎士たるもの、守るべきモノは己の背に預けるべき。常に隣に置こうなど、劣等感を抱いた愚者の行いだ」

 

「っく! 今日はやたら説教くせえぞ父上!」

「ならもっと言いましょうか? 

 なんですかそのふしだら格好は! おのが主に恥をかかせる気か!」

 

「っぐぁ!」

「っぅあ!」

 

 言い放った言葉と共に槍が盾越しにモードレッドと僕をぶっ飛ばした。

 

「従者として、騎乗すら満足に行えないなどもってのほかだ!」

 

「っく!」

 

 追撃。またしてもギリギリで盾が間に合ったがこのままではいずれ押し負ける。

 

 僕はポケットへと手を伸ばした。

 

「概念礼装、【コードキャスト】!」

「サンキュー、マスター!」

 

 時間制限はあるけど力と防御が上がる礼装だ。これでモードレッドがステータス面ではアルトリアに勝る筈だ。

 

「くらえ!」

 

 盾の先端から高圧水が発射される。

 

「ふん!」

 

 だが放たれた数発の水は当たる事なく回避される。

 

「どうした? 自慢のサーフィンテクとやらを見せなさい」

 

 アルトリアの挑発。しかし、今のままではモードレッドのブルドゥエンに乗っての攻撃は行えない。

 2人を繋いだ手錠が完全に仇となっている。

 

「では、もう一度我が聖槍を輝かせ、終わりにしましょう……!」

 

 再び輝きを纏うロンゴミニアド。これを喰らえばお陀仏は間違いない。

 

「概念礼装【月霊髄液】!」

 

 これで3回だけモードレッドに無敵が付加された。

 この時は咄嗟で気付かなかったが、アルトリアのロンゴミニアド相手にこれは愚策だ。

 

「っ! マスターはどうする気だ!?」

「残念だけど……そこまで考えてないよ」

 

 咄嗟だったのでモードレッドを守ることしか考えていなかった。

 そうこうしているうちにアルトリアは上空に跳んだ。

 

「私としては望む所だ……マスターだけを輪廻へと届けれるのであればな」

 

「くっそ! そんな事させるかよ!」

 

 モードレッドはブルドゥエンから高圧水を撃ち出すが、アルトリアは被弾しても気にも止めず槍を構える。

 

最果て(ロンゴ)――」

 

「転身火生三昧!!」

 

 輝く槍の落下を止めたのは炎の竜だ。

 

 光を飲み込まんと襲い来る炎竜に、流石のアルトリアも不意を着かれ、被弾した。

 

 

 

「全く……情けない姿を見せないで下さいまし」

「清姫……」

 

「さっさとその目障りな手錠を外しなさい。貴女の父親はあの程度で息絶えるようなお方ではないでしょう」

「っ……分かってるよ!」

 

 モードレッドは盾で手錠の鎖を破壊し、構える。

 

 アルトリアは上空から静かに落下し、鼻を鳴らす。

 

「ふん……邪魔が入ったか……」

 

「もう一度宝具を撃たれたらお終いです」

「分かってる、その前に終わらせる!」

 

 モードレッドはブルドゥエンを地面に投げるように置くとその上に乗りサーフィンの要領で素早くアルトリアに接近する。

 

「っはぁ!」

 

 白馬に鞭打ち動き出すアルトリア。聖槍の先端はモードレッドを狙う。

 

「隙だらけだ!」

「どうかなぁ!」

 

 素早く突き出された聖槍。

 足場にしていた盾は宙に飛び、ロンゴミニアドは間違いなくモードレッドに直撃した。

 

「おっらぁ!」

 

 だが、そんなことお構い無しにモードレッドは盾を掴むと馬ごとアルトリアを盾で殴りつけた。

 

「っぐぅ!?」

 

「ぶっ飛べぇ!」

 

 更に盾で追撃。アルトリアはたまらず距離を取る。

 

「ロンゴミニアドの連発でだいぶ消耗してるな、父上!」

「っく……マスターの付加した礼装の効果か……」

 

 月霊髄液は3回まで攻撃を受けない無敵状態にする礼装だ。これがある間はロンゴミニアドの真名開放以外の攻撃を防げる。

 

(あくまでゲームシステム的……だけど)

 

「このまま叩き込めるだけ叩き込んでやる」

 

 だけど無敵の回数はあと2回。それまでに倒しきらないと……!

 

「っらぁ!」

 

「っふん!」

 

 盾による連続攻撃を叩き込もうとモードレッドはブルドゥエンを振り下ろすが槍で防がれる。

 

「そんな力任せが届くと思うな!」

「うぉぉ!」

 

 槍対盾。

 傍から見ればシュールかもしれないが交わされる一撃はどれを受けても死人が出る威力だ。

 

 数十秒間の間に何度も行われる槍撃と盾撃の応酬。

 このままだと先に音を上げるのはモードレッドだ。

 

 馬に乗っているアルトリアとの高低差、槍との合間に襲い来る馬の蹴り。

 何より、龍の心臓を持つアルトリアとは違い、モードレッドの魔力はランクBだ。魔力による身体能力の強化をしている2人の間でその差は大きい。

 

「……ここで決めてやる!」

 

 アルトリアから距離を取ったモードレッドの魔力が増す。どうやら遂に宝具を放つらしい。

 

「見せてやるぜ、父上! オレを選んでくれたマスターの為にも絶対勝つ!」

 

(モードレッドの体は既に疲労している筈。恐らく宝具に最後の魔力を込めるだろう。ならば……カウンターで仕留める!)

 

 突然大きな波が押し寄せる。その先ではブルドゥエンに乗ったモードレッドがアルトリア目掛けて一直線に突っ込む。

 

「どんな波も壁も超えてやる! これがオレの、逆巻く波濤を制する王様気分(ブルドゥエン・チューブライディング)!!」

 

 盾の先端をアルトリアへと狙いを定めたモードレッド。勢いも威力も仕留めるには十分だ。

 

「甘かったな、モードレッド!!」

 

 だが、馬が跳躍し、モードレッドの上を取った。下へと落下していたモードレッドにコレは致命的だ。

 

「既に礼装の効果は、無い!!」

 

 振り下ろされる槍に、僕の手が動いた。

 

「【緊急回避】!」

 

 アルトリアの槍は空振り、その目前にモードレッドが現れる。

 

「っな!?」

 

「サンキュー、マスター!!」

 

 ブルドゥエンは、確かにアルトリアへと届き、続く波が2人をふっ飛ばした。

 

 

 

 モードレッドによって生み出された波はすぐに消えて、モードレッドは地面にたおれていた。セーラー服は流され水着姿になっている。

 

「モードレッド! 大丈夫!?」

「……お、おうマスター……オレ、やったぜ? 父上に、勝ったぞ……」

 

「ああ、ちゃんと見てた。凄かったよ」

 

「へへへ……ちょっとめちゃくちゃになったけど……デートの続き、しようぜ?」

 

「ああ、思いっきり楽し――」

「――あふんっ!」

 

 折角いい雰囲気だったのに後方で清姫が気の抜ける悲鳴を上げた。

 

「清姫、何して――」

 

「――何してんだ、マスター?」

 

 真のラスボス、セイバークラスのモードレッドの登場だ。

 

「……今日はマスターとデートだって聞いたのに、カルデア中を探してもマスターいねえし、聞けばとっくに出っていったって言うし……」

 

「も、モードレッド……」

 

「……嫌いになったのかと思って不安になってたオレを差し置いて……水着のオレとデートしてたなんて……」

 

 モードレッドの瞳から涙が溢れる。

 

「ゴメンゴメンゴメン!! でも別にモードレッドの事を嫌いになった訳じゃ――」

 

「マスター!? オレを、選んでくれたんじゃないのかよ!? やっぱり、オレじゃなくてそっちのオレの方が大事なんだな!?」

 

 弁明しようとしたら今度は水着のモードレッドに泣き付かれた。

 

「マスター……どっちを選ぶんだ?」

「マスター、オレだよな!?」

 

 2人の目からハイライトが消え、僕に詰め寄る。

 選べない……だってどっちもモードレッドだ。

 僕はどっちのモードレッドも愛している。

 

「マスター!?」

「マスター!」

 

「……魔術礼装【愛の霊薬】」

 

 だから僕は、パンドラの箱を、開けた。

 

 

 

 狭い観覧車。椅子に座っている僕の右足に、モードレッドが座った。

 左足には、水着のモードレッドが腰掛けた。

 

「マスター……大好き……」

「マスター……愛してる……」

 

「うん……僕もモードレッドが大好きだよ」

 

 夕日がオレンジ色に染める景色の中、2人の顔が同じ視界に入る。

 

 愛の霊薬の効果でモードレッドの2人は現実が見えていない。僕との愛の時間に溺れて、2人きりと思い込んでいる。

 

「マスター……キス、してくれ」

「マスター……撫でて」

 

 セーラー服のモードレッドが気持ち良さそうに目を細めている間に、モードレッドと深いキスをする。

 

 唾液が混じり合いピチャピチャと音を立てている間に、水着のモードレッドの頭を撫で続ける。

 まるで清楚な彼女に隠れて浮気をしているかのような背徳感が僕を次のステップに導く。

 

「っはぁっはぁ……マスター……や、優しく頼む、な? オレ、初めてだから……」

 

「マスター……もっと、違う所も、撫でたくないか?」

 

 僕の手を自分の胸に当てる水着のモードレッドと、服を脱いでいくモードレッドを見て、僕は、やっぱモードレッドはエロいなと思いつつ、笑ったのだった。

 

 




今回の主人公の皐月さんは別にチートとかじゃなくて、概念礼装は3枚まで、魔術礼装のスキルは一度だけ、な感じの縛りがあります。
別に、アルトリアがどうしても倒せなかった訳ではございません。(真顔)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ風呂 【25万UA記念企画】

最後の記念企画、今回は マルク マークさん の設定です。

これからもヤンデレ・シャトー、頑張らせて頂きます!


「……ふぅ……疲れた」

 

 夕食の後、荷物運びをして疲れた俺はベッドへバタリと倒れ込んだ。

 

 昔のアルバムやらなにやらを整理したりと、2階と1階を何度も行き来してこの季節では珍しい位の汗をかいた。

 

「あー……風呂入ってねぇ……まあいいや」

 

 眠気が襲う。正直寝っ転がったらもう立ち上がるのも面倒臭い程疲れていたのだ。

 

「……おやすみ……」

 

 この後滅茶苦茶後悔した。

 

 

 

「今回はお前も色々あって疲れたようだからな、温泉を用意した」

「なんだか随分気前が良いな……いや、騙されねえぞ!」

 

 そのまま流される所だったが、ここに来ると自然に頭も体もスッキリとするのでエドモンの発言の怪しさに気が付いた。

 

「騙すも何もそのままなのだがな……当然ながら服を着たまま入るのは禁止だが、特別に水着の着用は許す。

 温水プールだとでも思ってせいぜい楽しむ事だな」

 

「ヤンデレと温泉とか絶対アウト! 無理だムリ!」

「知らん。アウトになるかどうかはお前次第だ。なお、出口は無い。時間まで粘る事だ」

 

 文字通りの丸裸でどうしろというのだ。

 

「……コレで今回の無茶振り(企画)は最後だ。精々頑張れ」

 

「何時も無茶振りだっつーの!」

 

 

 

 気がつけばロッカーが沢山置いてある更衣室の様な場所にいて、服装も水着へと変化していた。

 

「更衣室の意味……もう着替えているなら必要ないだろ……」

 

 ご丁寧に洗面台に鏡、コーヒー牛乳の入った冷蔵庫まで置いてある。

 

「すぅ……はぁ……よし、入るか……」

 

 全く心の準備など出来ないが、此処で止まっていても駄目なのは承知の上だ。

 

「行くぞ……!」

 

 意を決して、スライド式の扉を開けた。

 

 

「お母さん!」

 

 閉めた。すぐに閉めた。

 

 アウトアウトアウト!! タオルも無ければ羞恥心すら無かったよあの子!?

 

「……いや待て……そうだよ。

 小さい子供は性別関係無しにお母さんと女湯行ったり、お父さんと男湯行くし……つまり変な反応した俺がおかしいんだ……良し、行こう」

 

 気を取り直しもう一度開いた。

 

 

「お母さん!」

 

 今度はドアを開いたと同時に抱き着かれた。

 

「じゃ、ジャックちゃん……」

 

 何とか転ばずに受け止め、辺りを見渡す。

 

 床は浴場らしいタイル張りで、壁も至って普通。湯船も、普通の湯の様だ。

 

「お母さん! 背中洗いっこしよう!」

 

 子供っぽくって可愛いなと思いつつ腹部の辺りで柔らかい感触を感じる。

 そういえばジャックは結構胸が……

 

(いやいや、この程度で反応するな! ロリコン駄目、ゼッタイ……)

 

「お母さん?」

 

「じゃあ、洗っこしようか」

「うん!」

 

 もう最初から危ないが、ここからは冷静に行こう。

 

 ジャックは鏡の前でバスチェアに座り、俺もその横に座った。

 

「じゃあ、先ずは髪から洗おうか」

「うん!」

 

 蛇口を捻り、シャワーから暖かい水が出る。それをジャックの髪にかける。

 

「ふぁ……」

「これくらいにして……っと」

 

 シャンプーの容器を手に取り、掌に垂らし、ジャックの髪に乗せ、広げる。

 

「ん……気持ちいい」

「そうか?」

 

「うん! お母さんの手、優しくて暖かい!」

 

 暖かいのは水のせいだと思うが……とは言わず、ジャックの髪を隅々まで洗う。

 

「じゃあ、水流すよ?」

「うん! お目々閉じるね!」

 

 シャワーでジャックの髪についたシャンプーを全て洗い流した。

 

「じゃあ、次私たちの番だね!」

「ゆっくりでいいよ……」

 

 ジャックはバスチェアから立ち上がりシャワーを持って俺の前に立った。

 シャワーから流れる水が俺の髪から体を濡らしていく。

 

「えっと……次は……」

 

 たどたどしい手つきでシャンプーを手に取ると俺の髪に広げ始めた。

 

「ゴシゴシ、ゴシゴシ……」

「ん……良いよ」

 

 初めてだからか手付きがおぼつかない様だが痛くは無いので続けてもらおう。

 

「後ろと横にもね」

「うん! ゴシゴシ……」

 

 今はシャンプーが目に入ると痛いので目を閉じているが、恐らく目を開けばジャックの女の子の部分が丸見えだろう。

 

(やばい……なんか今日の夢、色々エロい……)

 

「お母さん、流すよ?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 再びシャワーが点けられシャンプーが洗い流される。

 

「体は自分で洗ってね」

「うん!」

 

 タオルに石鹸を擦り付け、体から腕、足の順番で洗う。

 

「ゴシゴシ、ゴシゴシ……」

「……」

 

 ジャックの楽しそうな声だけが響く。

 

「……」

 

 視線を感じたのでジャックを見る。腕を洗い始めた。

 どうやら俺の真似をしているらしい。

 

「ゴシゴシ、ゴシゴシ」

「……」

 

「ゴシゴシ、ゴシゴシ」

 

 何も起きないまま体が洗い終わり、シャワーに手を伸ばした。

 

「あ、お母さん! 先に背中を洗いっしよう!」

「あー……そうだね」

 

 ジャックちゃんが慌てて止めたので俺は頷いた。

 

「じゃあジャックちゃん、背中向けてねー」

「うん」

 

 クルッと背中を向けたジャック。俺はタオルを手に、優しく擦った。

 

「……ふっふふ……お母さん、くすぐったい」

「そ、そうか?」

 

 少し力を込めて擦る。

 もうくすぐったくは無いようだ。

 首の後ろ、両肩、背中……擦り終わるとジャックがクルリと振り返った。

 

「じゃあ今度は私たちの番!」

「はいはい……」

 

 今度は俺が背中を向けてジャックがタオルを擦り始めた。

 

「痛くない?」

「うん、痛くないよ」

 

 若干身長差に戸惑ってぎこちない手付きになってはいるが、それが今は心地良い。

 

「えいしょ……えいしょ……」

「急がなくていいからねぇ」

 

 一生懸命さが伝わってくる。

 やっぱり女の子はこれくらい純粋な方がいい。

 

「もういいよ」

 

 頃合いを見て終了を言い渡す。

 

「うん!」

 

 2人同時にシャワーを手に取って体中を洗い流した。

 

 

「ブクブクブクブク……」

「ジャックちゃん、お風呂の水は飲んじゃ駄目だよ」

 

「ぷぁーい」

 

 湯船に浸かった。水着のままなので違和感があるが、アヴェンジャーの言葉通り、温水プールとでも思っておこう。

 

 ジャックも泳いでいるし…… 

 

「大きなお風呂、楽しいねお母さん!」

「ああ、そうだね……」

 

 俺はリラックスして浸かっているが……ジャックが目の前に現れる度に肌色とピンク色が目に入って精神的に色々良くない状態だ。

 

「……いい湯加減だ」

 

「へへへ……! えい!」

「おわ!?」

 

 急に勢い良く抱き着かれ、バランスを崩して危うく体を倒す所だった。抱き着いたジャックはピッタリくっついて放れない。

 ジャックの意外とある胸に興奮しかけるもロリコンでは無いので(無いです)何とか抑える。

 

「お母さん……」

「じゃ、ジャックちゃん?」

 

「体……あつぃ……お母さんのそばにいると……もっとくっつきたくなる……」

 

 顔は赤く染まっていて、呼吸も早い。だが、ぼーっとはしていない。

 あまり考えたくは無いが……どうやら発情したらしい。

 

「ジャックちゃん、のぼせたみたいだし一旦上がろっか」

「うん……」

 

 ジャックを抱きかかえて湯船から上がる。体重33kgだから楽だ。

 

「冷たい水だけど、ちょっと我慢してね」

「はぁい……」

 

 シャワーを冷水にして、少しづつかける。

 

「んん……冷たい……」

「もうちょっと、我慢してねぇ……」

 

「ぁ……っ」

 

 ジャックが指でつんつんと俺の腕を突っつく。

 

「ん? どうしたの?」

「此処に……もっと当てて……」

 

 そう言って指差したのは…… 

 

「駄目ダヨー。ソコヲヒヤストオシッコシタクナッチャウカラネー」

「ん……分かった……」

 

 ある程度冷やすと水を止め、ジャックちゃんをバスチェアに座らせる。

 

 あたりを見渡し少し違和感を感じて浴場の奥を見ると扉が現れていた。どうやら次はあそこらしい。

 

「じゃあ、行ってみますか……」

「待って……私たちも、行く……」

 

「大丈夫なの?」

 

 こっちとしては置いておきたいが、どのみち後から追いかけて来るだろうしあまり変わりないか。

 

「大丈夫、もう平気」

「分かった。一緒に行こう」

 

 顔色も元に戻ったようだし、仕方が無いので一緒に連れていく事にした。

 

 

「……ん? 露天風呂?」

 

 開いた先はタイル張りでは無く木材の床に、岩で囲った温泉が幾つか見える。

 

 どうやら、既に誰か入っている様だ。

 目の前にある一番大きい温泉では薄っすらとピンク色が見える。

 

「って、まさか!?」

 

 急いで振り返ると先の扉は無くなっている。そして扉のあった場所の上方向に“混浴”と書かれている。

 

(なるほど……先のは本当に男湯だった訳だ。だから子供のジャックだけ入ってこれたんだな)

 

 納得はしたが状況は変わらない。

 ……仕方が無い。大人しく温泉に入るとしよう。

 その前に……

 

「っはぁ! 冷てぇ!」

 

 壁に置いてあったロープを引っ張ると桶が逆さになり中の水が落ちてきた。

 

「お母さん?」

「……かけ湯だよ、別にジャックちゃんはやんなくてもいいからね」

 

 よし、性欲も冷めた。これでなんの問題もない。ハズ。

 

「失礼します」

「ふふ……お待ちしてましたよ、先輩」

 

 先に入っていたのはシールダーのマシュだ。誘惑の為か、ルールを守っているのか、タオルは巻いていない。

 

 俺の入った後にジャックも入ってきた。

 

「わー! 先より広い!」

 

「先輩、もっと近付きませんか?」

「いや、此処で十分だ」

 

 なるべくマシュの肌を見ないようにと距離を取る。マシュも恥ずかしいのか若干頬が赤い。

 

「なら、こちらから近づいちゃいますね?」

 

 マシュがゆっくりと立ち上がって近付いてくる。残念ながら俺は逃げる事は出来ない。

 

「お母さん、ぎゅー……!」

 

 何故ならジャックが俺の膝の上に乗っているからだ。

 

 マシュは俺の左隣に座るとそっと左肩に顔を預けて来た。

 

「私、初めて露天風呂に入りましたけど、気持ちいい物ですね」

「まあな……」

 

 気にしないフリで乗り切ろうと艶のある肌の感触には反応せずに、数分待った。

 しかし、マシュは放れるどころか更に押し付けている。

 

「……暑いから離れてくれないか?」

 

「……だそうですよ、ジャックさん」

 

 いや、お前だよ。マシュに言ってるんだけど。

 

「ふぇ? お母さん、邪魔?」

 

「いやまあ、退いてくれるなら2人共退いてくれると嬉しいなぁ」

 

「せんぱい……私の此処は、夢心地ですよ?」

 

 そう言ってマシュはこれみよがしに胸を、主にいちご部分を左腕に押し付けてくる。照れている様だが、今日はやけに積極的だ。

 

「? お母さんが好きなら私たちもする!」

 

 意味は分かっていないがジャックはその発展途上な胸を抱き着きながら、先よりも強調してくる。

 

「せんぱぁい……」

「おかぁさん……」

 

 2人はギュッと瑞々しい肌を俺に当てる。ダメだ、耐えれそうにない。

 

「……ええい! 暑苦しい!」

 

 湧いてくる劣情を誤魔化すためにそう叫んだ。

 

「っきゃ!」

「わっ!」

 

 我慢の限界だった俺は2人を押し退け温泉から出た。

 

「先輩……私の胸、お気に召しませんでしたか?」

 

 マシュは俺の足を掴んで引きとめようとする。以前の時と今回は、必死さが違っていた。

 

「な、なんでもしますから……! どんな、辱めでも……エッチな、事も……ですから、隣にいて貰えませんか?」

 

 涙目になりつつ手を下半身に伸ばそうとする。

 

 その誘惑を振り切る為に隣の冷水風呂に入った。

 

 

「冷たぁ……っくー……」

「あら、お兄さんも冷湯?」

 

 そりゃあエンカウントするだろうな。浴場以外に行ける場所も少ないし。

 

「クロエかぁ……」

 

 小悪魔系褐色ロリから全力で目を逸らし、瞑った。

 艶のある褐色肌なんて見てない、見てない。

 

「目なんか瞑っちゃってぇ……

 可愛いな、もぅ」

 

 甘えた声が耳元で聞こえるが、次の瞬間に冷水よりも冷たいモノが喉に当てられる。

 

 恐らく、剣身だ。

 

「目を開けてよ……ね?」

 

 剣身が剣先に変わるのを感じて、目を開いた。

 

 視界はクロエの顔でいっぱいだった。

 

「おわ!?」

 

「ふふ……今回は、ちゃーんと、キスしてあげるからね?」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべてはいるが、片手に物騒な物を持っているので勃つことはない。

 

「じゃあ、大人しくしててねぇ……」

 

 武器を捨て両手で顔を抑え、ジリジリと唇が近付いてくる。

 クロエは自分の舌で唇を舐め、獲物を獲ろうとする獰猛な瞳をコチラに向ける。

 

「チュー……ん」

 

 回避。顔をクイッと動かして頬に唇が当たった。

 

「む……あんまり抵抗すると、クロエ、お仕置きしちゃうからね?」

 

 可愛い口調で言ったつもりだろうが、目がマジなので恐怖でしかない。

 

「じゃあ今度こそ、チュー……」

 

 近付いて来る唇。顔抑える力が先よりも強い。

 

「お母さんに近付かないで!」

 

「おわっ!?」

 

 突然、俺とクロエの顔の間にナイフが入り込み、クロエは慌てて回避した。

 

「ちょっと!? 今回はお兄さんの入ってる湯の中のサーヴァントだけが接触ってルールじゃなかったの!?」

 

「私たちは、そんなルール無い」

 

「あっちゃー……男湯に入れる年のこの娘にはそんな縛り無いのかぁ……私は設定上は小学生だから入れなかったし……」

 

 クロエがしまったなーみたいな顔をしている間に、さっと冷湯から出た。いい加減体が冷え切っている。

 

「あー! お兄さん、もう出る気!?」

「キス魔と入浴なんて御免だ」

 

 危ない湯船からさっさと退散し、次の湯船を探す。

 

「先輩……こっちに戻って来て下さい……」

 

 呼ばれた方へと視線を移すと、温泉から出れないマシュが岩に腰掛けてこちらを手招きする。

 

「……私、寂しいです……」

 

 蒸気に隠れて大事な所は一切見えていないが、温泉に浸かっている下半身がコチラからは見えないので、まるで人魚の誘いだ。

 

「お母さん! 一緒に入ろう!」

 

 そう言ってジャックは俺の手を引っ張ってギリギリ2人くらいなら入れそうなドラム缶風呂を指差す。

 

「お母さんに抱き着いてると、すっごく安心するの! ねぇ、一緒に入ろう?」

 

「お兄さん? 隣のジェット風呂なら、私と一緒に入れるわよ?」

 

 クロエも負けじと冷水から身を乗り出しジェット風呂を囲っている岩の上でコチラに背中を向け小さく尻を揺らす。

 

「も、もしご主人様がして欲しいなら……もっとエッチな事も……クロエ、頑張るから……」

 

 岩に座って、口に手を当てメイドっぽい口調であざとい恥ずかしさを全面に出し、両手でギリギリ見えない程度に胸と下半身を隠している。

 

 3人からそれぞれ色仕掛けな誘いを受ける。

 何処にも入りたくないが体が冷えているので出来れば何処かで温まりたい。

 

「お母さん早く入ろう!」

 

 待ちきれない様子のジャックは、俺の腕をグイグイ引っ張ってドラム缶へ行こうとする。

 

「……ん!? サウナ発見!」

 

 俺は風呂場にあった扉を見つける。札にはサウナと書かれている。が、狭い部屋でヤンデレと一緒は勘弁だ。

 

「先にサウナに行ってくるからジャックちゃんは先にお風呂に入ってて、ね?」

「やだ。私たちも行く」

 

 どうあっても動きそうに無いので、仕方ないからジャックもサウナに連れて行く事にした。

 

 

「……」

 

「……お、サウナにようこそ」

 

 サウナの中ではタオルを巻いた美女、両儀式が出迎えた。

 

 サーヴァントの中では珍しい、日本人で現代を生きた英霊だ。

 なんか、暑いの苦手なイメージがあるんだが……

 

「なんだよ? オレがサウナにいちゃ悪いか? まあ、座れよ」

 

「あ、いや……遠慮しておこうかなぁ? ジャックちゃん、やっぱり出よっか」

 

「はーい!」

 

 そう言って扉に手をかけ開いた。

 

「そう言わずに、な?」

 

 が、退出する前に式が俺の手を取り、無理矢理座らせた。

 

 ジャックは先に出ていたので、式が扉に鍵をかけ、入れなくなった。

 

「内側からしか開けられない扉だ。無敵状態付加してある」

 

 それ詰んでませんかね?

 

「ほら、あんま警戒すんなよ、何もしないよ。こんな所でナニしたら火傷するしな」

「いや、そういう問題じゃなくてな……」

 

 ヤンデレと密室で2人きりとかめっちゃ嫌なんだけど……

 

 タオルを巻いてはいるので大事な所は見えていないが、式の太ももは丸見えだし、タオルから除く谷間には釘付けになりそうだ。

 

「なんだ、マスターも大概スケベだな。嫌がってる割には、人の体ジロジロ見やがって」

 

 式は意地悪な笑みを浮かべて耳元に近づいて囁いた。

 

「……取って欲しい? それとも、剥ぎ取りたいか?」

「っ!?」

 

 どうやら女性の裸の見過ぎでストッパーが緩くなっているらしい。今の誘いに色々な所が思わず反応した。

 

「ふふ……やっぱりスケベ。剥ぎ取りたいって顔してるぜ?」

 

 式が俺の手をタオルに当てる。

 

「ほら、後は少しズラすだけで取れちゃうぞ?」

「あ……う……」

 

「どうせ、他の奴らのも見たんだろ? 今更オレのを見ても変わらないって……な?」

 

 悪魔の囁きに心が揺れる。

 

「いやいや、でも……」

 

「……しょうがない奴だな……ほら」

 

 式は自らタオルを少し下げて谷間の更に奥を見せる。

 

「っ……ゴク」

 

 思わず喉を鳴らした。見ればピタリとくっついているタオル越しにピンと立って式の胸の先端が主張している。

 

「オレも、マスターに見られて興奮してるんだ……な? それとも、いやらしい女は嫌いか?」

「…………」

 

 俺の顔はこれ以上に無いってくらい赤くなっているだろう。ちょっとだけ、ちょっとだけと血迷った考えが頭を過る。

 

 どうやらサウナの熱にやられたらしい。

 

「もう、焦らさないでくれよ?」

 

 困った顔を見せられ、タオルを掴む腕に力が入る。

 

(剥ぎ取りたい……剥ぎ取りたい……裸を……)

 

 このままでは不味い。

 式の誘惑に負ける前に逃げなくては!

 誘惑の渦巻く頭の中でそんな使命が頭に過り、俺はそれを実行した。

 

「――【必殺、トライデント】ォォォ!!」

 

 ブリリアント・サマー礼装のスキル、無敵貫通を発動させ、サウナの扉を蹴りでぶっ飛ばした。

 

「ちょ、マスター!?」

 

「うあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 興奮と後悔とが混ざり合った制御不能の感情のまま、俺は露天風呂の壁を抜けて更に奥へと突っ走った。

 

 

 

「っはぁ……はぁ……」

 

 最近本当に誘惑に弱くなってる気がする。以前ならもう少し上手くやり過ごしていた筈なのに。

 

「ちょ、ちょっと自重しようぜ……俺ぇ……」

 

 そんな愚痴をそっと心に仕舞いつつ、息を整えて辺りを見渡した。

 

「……そういえば露天風呂の壁を超えてやってきた筈だが此処は?」

 

 奇妙な事に壁を破ってここまで来たのに先までと同じ木材で出来た床の上を歩いている。

 

「もしかして、隠蔽されてた秘湯とか……」

 

「っきゃ!? ま、マスター!?」

 

 1人で露天風呂を抜けた先にある秘湯、もとい牛乳風呂に入っていたのはキャスター、メディアだった。

 今までのサーヴァントとは異なり、何故か恥ずかしがっている。

 

「こ、これはその……! ぎゅ、牛乳風呂は美肌効果があるから……!」

 

 なるほど、老けていると思われたくなくて1人だけこっそり入ってた訳か。

 

「失礼しましたー」

 

 ならさっさと離れてあげよう。女性の美容に男は関心がなければ邪魔もしない。

 

「あ、ま、待って下さい! 

 ……一緒に、入ってくれませんか?」

 

 立ち上がり、魔術を使って湯気で体を隠したメディアは俺を誘うが入る理由は無い。さっさと退散しよう。

 

「ゆっくりして堪能してていいから……」

「マスター、お、お願いします!」

 

 と言いつつ魔力で構成されたロープの様なモノを掌から放ち、俺の体を縛り、引っ張られる形で俺は湯船に無理矢理入れられた。

 

「うぉわぁ!?」

「っは!? だ、大丈夫ですかマスター!?」

 

 大丈夫だ。痛みは感じないので骨折の心配は無いだろう。湯水が鼻と口に入って大変だけど。

 

「げっほ、げっほ! 大丈、夫だけど……出来れば、コレ、外してくれない?」

 

 心配してくれてはいるが拘束は外さないらしい。

 

「……え、えっとそれは……だ、駄目です!」

 

 何故か強い口調で返され微塵も緩める気のない拘束のまま、メディアは俺の隣に座った。

 もうここまで来たら後には引けないようだ。

 

「せ、折角の混浴ですから、一緒に浸かりませんか?」

 

 質問してはいるが、拘束しているロープを引っ張って座らせようとしている辺り、拒否権はないらしい。

 

「……分かったからこれ緩めて。痛い」

「は、はい!」

 

 抵抗の意思を見せずに頼むと、メディアはあっさり拘束を緩めた。

 俺はそっとその場に腰を落ち着かせた。

 

「所でマスター、どうしてこちらに? 認識阻害の魔術で壁がある様に見せかけていたんですが……」

 

「……ちょっと走っただけだ」

 

 なるほど、見せかけだけの壁だったから走って突破出来たのか。

 

「恥ずかしながら、私の肌をマスターにお見せする自信が無くて……」

 

 今回のサーヴァント達は普段とは別のベクトルで必死だ。

 皆が俺に好かれようと必死で、尚且つ嫌われない様にしている。

 

 同じヤンデレだが、どうも言動が普段と違う。マシュはやたら積極的だったし、メディアは自信なさげ、ジャックやクロエ、式は普段通りな気もするが、今思えば式の攻めも以前と比べたら大人しかった。

 

「こうして縛るのが精一杯です……」

 

 ロープに頬ずりするな。

 

「はぁ……マスターと今、繋がってる……」

 

 何か意味深な事を言ってるがロープで強制的に縛られているだけだ。

 

「こうしマスターと入っていると、もう夫婦な感じがしますね?」

「ソーダネー」

 

 風呂を嫌がるペットと飼い主だろとは言わずに、棒読みで頷いた。

 

「……あの、出たいんだけど……」

「も、もう少しだけ……この黄金体験を……」

 

 言いながらメディアはロープの拘束を少し強める。

 ヤバイ、時間が経てば病みが深まり始めるぞコレは。 

 

「……睡眠薬、いえ媚薬の方が……」

 

 なにか物騒な物が聞こえてきた。

 だけど、今のメディアならそれとなく頼めば解いてくれる筈だ。

 

「あー……俺、束縛とか嫌なんだけどなー」

 

 チラッ。

 

「のぼせたら困るしなぁ……」

 

 チラッ。

 

「はぅ! わ、分かりました……すぐに解きますね……!」

 

 メディアは俺の言葉が効いたらしく急いで拘束を解除した。

 

「じゃあ、俺は失礼するよ」

 

 さっと風呂から出る。

 

「ま、マスター……私もご一緒――」

 

 とりあえず、また捕まらない様に牛乳風呂から離れ、先までいた場所へと歩き出した。

 

 

「お母さん!」

 

 メディアの作った壁からジャックが現れ、抱き着かれた。

 

「何処行ってたの?」

「あー、ちょっと走りたくなっただけだ。心配したか?」

 

「うん! 皆心配してたよ! 早く行こう!」

 

 ジャックに腕を掴まれ、壁へと引っ張られる。

 何故か凄く嫌な予感がする。

 

「ちょ、行くって何処に!?」

 

「皆、待ってるよ!」

 

 認識阻害の壁を超え、元の浴場へと戻ってきた。

 

 そこには、先とは違う大きな風呂が1つだけ広がっていた――

 

 

 

「先輩」

 

 マシュは俺の横で嬉しそうに笑う。右肩に頭を預け、胸は右腕を挟んでいる。

 

「お兄さん」

 

 クロエは背後から抱き着いている。前後に小さく揺らしチャプチャプと水音を立てながら、耳元で甘えた声が聞こえてくる。

 

「マスター……ん」

 

 式は左肩に背中を預けながら首筋を舐める。やがて左右同時に舐められ始める。恐らくクロエだ。

 

「今が準備万端の状態よ。ほら……パンツ越しでも分かるくらい大きいでしょ?」

「うん! お母さんのあれを私たちの此処に入れる……そうすれば子供が出来るんだね!」

 

 ジャックは目を輝かせながらメディアの性教育を受けている。

 

「まあ、貴女がその知識を活かす事は無いわよ。私が………マスターの子供を産むんですもの」

 

「駄目です! せ、先輩の相手は私です……!」

 

「あら、何言ってるの? 私に決まってるじゃない?」

 

「……好きに言ってな」

 

 頭が回らない。口を動かすのも苦しい。

 

 温泉に入ってからもう何時間経過した?

 

 ぼーっとしたままただ彼女達を眺める。

 

 俺はすっかりのぼせた。

 

 手首と足首の重りの付いた手錠と足枷のせいで温泉からあがる事は出来ない。

 

 サーヴァント達を言い包めようにも、一度逃げ出した事で病みが増したクロエと式にそれをするのは至難の業だった。

 もう、頭痛と目眩で辺りの景色も分からない。

 

「お母さん、セイコーしよう!」

 

「先輩! こんな小さな子とは駄目です! 犯罪ですよ!」

 

「そーそー。幼稚園児とはダーメ! その点私となら何の問題も……」

 

「小学生もアウトだ。

 マスター、ちょっと年上くらいがオススメだぜ?」

 

「マスター……経験豊富な大人の女性も、良いモノですよ?」

 

 誰でもいいから……此処から出してくれ……

 

 俺の異常に、気づいてくれぇ…………

 

「先輩、顔が赤いですけどどうしました? あ、もしかして……こ、ココが苦しいんですか?」

 

 マシュの腕が伸びる。

 

「せーえき出したいの、お母さん?」

 

 ジャックが声を弾ませる。

 

「ならしっかり取ってあげないと、ね?」

 

 クロエの舌なめずり聞こえた。 

 

「オレは経験あるからな、任せろよ」

 

「さ、早速子供を、お作りしますね?」

 

 式とメディアが何か準備を始める。

 

 頼むから……水をくれぇ……

 此処から、出してくれぇ……

 

 

 俺は感覚すらも分からない程に衰弱し、気を失うかの様に目覚めの時を迎えた。

 

 

 

 起きてまず最初に水を飲みに行った。

 

 体は問題無いが先まで感じていた温度差で感情の方は少し混乱していた。

 

「……恋は盲目、だな」

 

 全員が依存系ヤンデレだったせいで俺が正常なのが当たり前。何時でも何処でも理想の存在だと思ったのだろう。

 

 そのせいで、俺がのぼせていた事に誰1人も気付かなかったんだ。

 まあ、俺が最初に逃げ過ぎたのも手伝ったんだろうけど。

 

「何はともあれ……」

 

 今度からは寝る前にちゃんと風呂に入ることにしよう。 

 立ち上がった俺は軽くシャワーを浴びに行った。

 

 しかし、その前に鳴りだした携帯を耳に当てた。相手はエナミだ。

 

「せんぱーい! 1泊2日の温泉旅行が当たりましたよ! 一緒に行きましょう!」

 

 ……さて、どうやって断ろうかな。




……ところで今回の話、R−18行かないよね?

次回は……そう言えば、11月って大したイベント無いよな……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ文化祭 前編

今回は、文化祭の話。ようやくあのサーヴァントが登場します。


 

「先輩、おやすみなさい」

「おう、おやすみ」

 

 現在の時刻は午後9時、学校の文化祭の打ち上げですっかり暗くなってしまった。

 

 エナミを家まで送った後に、俺は自分の家へと帰った。

 

「ふぁ……寝みぃ……」

 

 目を擦りながらも家に着いた。まずは風呂だ。ヤンデレ風呂ですっかり懲りたからさっと浴びた後にベッドで眠った。

 

 

 

「今日は文化祭だ」

「いや、もうお腹いっぱいです」

 

 まさかの24時間文化祭祭り……いや、そんなバラエティ番組みたいなイベント要らないし。

 

「安心しろ、店を回ってスタンプを集めるだけだ」

 

 そう言ってアヴェンジャーはA4用紙より少し小さい位のスタンプカードを渡してきた。

 

 しかも、これ手書きだ。

 デフォメキャラが8マス書かれているが、もしかして誇らしげに渡してきたアヴェンジャーのお手製だろうか?

 

「店の入り口にスタンプが置いてあるんだろうな?」

 

「安心しろ。各店長が持っている」

 

 最悪だ。それ相手によってはスタンプを押して貰えない可能性があるぞ。

 

「当然全員ヤンデレだ。だが、スタンプは押す様に言ってあるから問題無い」

「本当だろうな?」

 

「心配するな。きっと良い文化祭になっている筈だ」

 

 アヴェンジャーが変にテンションが高い。もしかして、今回一番コイツが頑張ったんじゃないか?

 

「……経費計算に、場所取り相談、飾り付け、書類の受理……こう言う祭りも、悪くないな……」

 

 あ、青春を謳歌した目をしてるぞこのアヴェンジャー。

 

 

 

「うわぁ……ご丁寧に俺の学校だ」

 

 景色が変わり、最初に見えたのは文化祭の文字が書かれたアーチの飾られた正門。

 

 学校の中も中々楽しそうな雰囲気になっている。

 

「……人がいなくてガラガラだけどな……」

 

 楽しそうではあるが、文化祭と言うには寂しい位人がいない。

 

「デートの時みたいに人出せばいいのに……」

 

 ブツブツ呟きながら俺は校舎へと歩き出した。

 

「ん? なんだ、人がいるのか」

 

 ある程度近付くと中は騒がしい事に気づいた。恐らく外に人がいないだけで中には何時もの邪魔をしない通行人が沢山いるのだろう。

 

 

 

「結構しっかりしてるなぁ」

 

 1階、歩き慣れた校舎を新鮮な気持ちで歩く。教室はどうやら1階に3つ、2階に3つ、3階に2つの様だ。

 俺の高校よりだいぶ小さくなっている。

 

「さて……何から回るべきか……」

 

 スタンプカードには店の名前と教室が書かれている。

 

「……飲食店が3つ、お化け屋敷が3つ、その他が2つか……」

 

 お化け屋敷とその他が曲者だ。ナニされるか分かったもんじゃない。

 

「まあ、花より団子。まずは腹ごしらえと行こうか」

 

 最初に選んだのは、1階にある喫茶店、“妹喫茶”。その隣には“姉喫茶”がある。

 

「これが本当の姉妹店、てか?」

 

 下らない事を言いつつ、店に入った。

 

「いらっしゃいませ、お兄ちゃん!」

 

 入った瞬間廊下にいた筈の通行人が誰もいない事に気付いた。

 本当に邪魔する気ないんだなこの通行人達。 

 

 さて、目の前のピンク色のエプロンを着たサーヴァントは……む?

 

「アストルフォ?」

「えへへ! 文化祭は僕にはうってつけな舞台だよ!」

 

 なんと珍しい事に、ライダークラスのサーヴァント、アストルフォのお出ましだ。

 このピンク髪の僕っ子は、男装をしているアルトリア顔達が霞む……どころか逃げ出すレベルに完璧な女装しているサーヴァントで、何処に出しても恥ずかしくない男の娘だ。

 

「アストルフォ、お兄ちゃんが入ったなら席に案内しなさい」

「はいはい、任せてよエウリュアレちゃん! そんな訳でお兄ちゃん、こっちこっち!」

 

 案内されるまま教室の奥の席へと連れられる。本当に帰してくれるんだろうか?

 

「お兄ちゃん、ご注文は?」

 

 ピンクのエプロンを着たエウリュアレが注文を取りにやって来た。

 

 ……顔がやたら近い……

 

 取り敢えず机の上のメニューに目を通した。写真が貼ってあるので分かりやすい。

 どうやら家庭料理で攻めてきたらしい。

 

「……じゃあこの“妹の手作り肉じゃが”と、コーラ1つ」

「お兄ちゃんの為に、頑張ってくるね!」

 

 注文を取ったエウリュアレは厨房へと消えた。

 所で、何人で回してるんだこの店?

 

「お兄ちゃん! 料理の時間まで一緒に遊ぼう!」

 

 と言って俺の向かいに座ったのは褐色ロリ……もといクロエ。

 エプロンを着けているが、気のせいだろうか。下にスク水を着てる様に見えるが…

 

「トランプで私に勝てたらあーんってしてあげるね? 負けたら、お兄ちゃんが私にあーんってしてね?」

 

「……なにで遊ぶんだ?」

 

「ババ抜きよ」

 

 2人でババ抜き……別に勝っても負けてもデメリットは少ない。

 

「あ、私が勝ったら口移しがいいな? 私が負けたら、追加でエプロンの下、見せてあげるから、ね?」

 

 いきなりデメリットが跳ね上がった。

 

「それさ、受けないって選択肢無いの?」

「だーめー! 妹喫茶の名物よ。さぁ、始めましょう?」

 

 逃げる間もなくカードが配られ、仕方ないのでカードを確認し、ペアを作り始めた。

 

 流石にあちらも露骨なイカサマはしなかった様で、最初のペア作りでゲームは終わらなかった。俺が5枚、クロエが6枚でゲームが始まった。

 

「じゃあ、お兄ちゃんの番ね。お兄ちゃんに、ジョーカーを引かせてあげる」

 

 クロエの宣言通り、俺が引いたのはジョーカーだ。

 

「あらら、引いちゃったわね? じゃあ、私は5を引こうかしら?」

 

 クロエは5のカード引いてきた。そのままペアを作り、1枚減らした。

 

 タネはすぐに分かった。心眼(偽)でコチラの目や僅かな動きで引くカードを予測している。

 

「それじゃあ次はー……3ね」

 

 俺がジョーカーを握っている間は、クロエから何を引いてもペアが作れる。問題はいかにしてクロエにジョーカーを引かせるかだ。

 

 ペアを作り机の上に。

 5対4だ。

 

「それじゃあ、私はジャックを――」

「――そう言えば、イリヤとどっちが姉か喧嘩してたのに、結局妹喫茶にしたんだ?」

 

「言うな! こっちも気にしてるんだからぁ!」

 

 怒りながらクロエはカードを引く。

 

「っげ!?」

「剥がしてやったよ、化けの皮」

 

 引いたのはジャック……では無くジョーカーだ。

 

「っく……直ぐにジョーカーを引かせてや――」

「――クーローエー? バイトの癖に何をしているのかしら?」

 

 注文を持ったエウリュアレが怒りを顔に滲ませて睨んでいた。

 

「お兄さんを持て成していたのよ、文句ないでしょ店長?」

「それは私の仕事よ……?」

 

「いいえ、早い者勝ちでしょう?」

 

 クロエの言葉にエウリュアレは表情をピクリとも動かさずに肉じゃがとコーラを置いていく。

 

「ゆっくり食べてね、お兄ちゃん! さあ、バイトは退散しなさい」

「ちぇ……」

 

 エウリュアレに言われ、クロエは席を離れ厨房へと向かった。

 

「さぁ、あーん」

「結局するのかよ!」

 

 俺のツッコミなど意に介さない様で、クロエに変わって座ったエウリュアレが向ける箸はこちらに向けられたまま、動かない。

 

「あー……」

 

 いつもの事だ。口移しじゃないだけマシだと割り切って食べる。

 味は割りと普通。文化祭なんてこんなものだろう。

 

「どう? 美味しい?」

「ん、美味しいよ」

 

「えへへ、もっと食べてね、お兄ちゃん!」

 

 どんどん肉やじゃがいもが箸に啄まれ、俺の口へと運ばれる。

 

「あ、お兄ちゃん、口にご飯付いてるよ? 取ってあげ――」

「―ぺろ。結構です」

 

 このやり取りの後もエウリュアレは箸で肉じゃがを運んでくれた。

 その間ずっとニコニコしていたのが、少し恐ろしかった。

 

「お兄ちゃん、おかわり欲しい?」

「いや、御馳走様。あ、スタンプ押してくれる?」

 

 忘れない様にとスタンプカードを取り出す。

 

「はい、よいっしょ、っと……」

 

 思っていたよりあっさりとスタンプを押して貰えた。

 

「お会計はあちらになります」

 

 

 

 妹喫茶の厨房。マスターが出ていった後にエウリュアレ、アストルフォ、クロエの3人が集まっていた。

 

「分かってると思うけど、マスターが出て行った後も店は続けるわ」

「んー……でも、この中の1人だけマスターと一緒に文化祭を楽しめるんだよね?」

 

「ジャンケンで良いわよね? 恨みっこ無しの、ね」

 

 エウリュアレが拳を前に出して構えるが、クロエがアストルフォを指差し質問した。

 

「その前に1つ……貴方、男の娘よね?」

「んー、そうだけど?」

 

「ジャンケンに勝っても、マスターと回れて嬉しいの?」

「もちろん僕が勝ったら…エウリュアレちゃんに譲るよ!」

 

「貴女、魅了したわね!?」

 

「……さあ、行くわよ! ジャンケン……!」

 

 

 

「さて、次は姉喫茶だな」

 

 妹喫茶を出て直ぐ隣の教室に入った。

 

「お帰りなさい! お席に案内するわ!」

 

 出迎えたのはエプロン姿のブーディカだ。

 席に案内されるが、やはり教室の一番奥の席だ。

 

「ごゆっくりしてねー!」

 

 メニューにはホットケーキやクッキーなど、焼き菓子が多い。

 

「……クッキーで良いかな。肉じゃがで結構腹膨れたし。あ、すいません、クッキー1つ」

 

 ちょうどやって来た店員、ステンノに声を掛けた。

 

「あら、甘えん坊ね……待ってなさい。直ぐに作ってあげるわ……」

 

 姉妹で姉妹店やってるんだな……

 

「どれ、メニューが来るまで私が相手をしよう」

 

 そう言って向かいの席に座ったのは……

 

「スカサハ!? て言うかビキニエプロンって……」

 

 レベル高い……じゃなくて、水着の上にエプロンは流行っているのか?

 

 スカサハ、水着なのでアサシンクラスのサーヴァントだ。出会ったのはこれが初めてだ。

 

「姉喫茶……客に姉の真似事をするらしいが、普段通りでと店長に言われたので、普段通りいかせてもらう。

 さあ、何をして欲しい? 姉が何でもしてやろう」

 

 この人は基本万能なので本当に何でも出来そうだ。

 

「将棋か? カードか? 何だったら私が性管理をしてやろう」

 

「い、いえ!? 結構です!」

 

 いきなりの不意打ちだ。机の下で裸足をこちらに伸ばし、刺激を与えてきた。

 

「む、そうか」

「こ、怖いよこの人……あ、じゃあ……」

 

 道具を使わず、手だけを使う遊び。

 

「いっせのーせ、2!」

 

「甘いな。いっせのーせ、1!」

 

 親指を上げる数を当てるいっせのーせを始めた。

 

 流石にこれには身体能力も心眼も役には立たないだろう。

 読心術があれば話は別だが。

 

「私の勝ちだな」

「魔境の叡智はチート。あれ、でもアサシンになったら消えているんじゃなかったけ……?」

 

「修行が足らん。上げた指をすぐ下げる程度の動きをしてみせろ」

「それはルール違反だろ……」

 

 そりゃあ負けるわ。

 

「はーい、クッキーが焼けたわよ」

 

 ちょうどステンノがクッキーをもってやって来た。

 

「スカサハ、さっさと退いて頂戴? ここから先は店長の仕事よ?」

「分かった」

 

 スカサハはステンノに言われあっさり席を立った。

 

「さぁ、お姉さんが食べさせてあげるわ」

「結局それか……」

 

 俺が頭を抑えていると、ステンノはクッキーを口に挟んだ。

 

「んー」

「さ、流石にそれは無理なんだけど……」

 

「んー……」

 

 クッキーを挟んだままステンノはポケットから何かを取り出す。

 スタンプだ。恐らく、脅迫されている。

 

「……マジですか……」

 

 仕方が無いので、クッキーへと口を開き近付ける。

 

「んっ」

 

 しかしステンノは急に前へ動き、俺の唇へ自分のを重ね、クッキーを置き去りにしてすぐに離れた。

 

「美味しい?」

「いや、美味しいけど……普通に食べさせてくれない?」

 

「じゃあ、あーん」

「じゃあの意味が分からない……」

 

 その後、小さな皿に入っていたクッキーを完食すると、さっさとスタンプを貰って出て行った。

 

 

 

「2階に到着……見事にお化け屋敷だらけだな……」

 

 2階の教室は外からでも分かる程にオドオドしい雰囲気で並んでいる。

 

「さて、何処から入ろうか……」

 

「マスター!」

「ふむ、間に合ったか」

 

 後ろから2種類の声が聞こえてきた。エウリュアレとスカサハだ。

 

「な、なんで2人が……」

 

「マスターが出入りした店の店員1人はマスターと一緒に文化祭を楽しめるの」

「ジャンケンで中々手こずったがな」

 

 なんて嫌な付き人だ。ヤンデレが営業している店に女と入らないといけないなんて……

 

「さあマスター、どのお化け屋敷に――!?」

 

 エウリュアレは俺の手を掴もうとして1歩前に踏み出したが、それと同時に体に穴が空き、倒れ伏した。

 

「す……スカサ――」

 

 数秒経たずに消滅し、俺の前にはエウリュアレを消滅させた張本人のスカサハだけが残った。

 

「さあ、邪魔者は消えた。行こうかマスター、祭りを楽しもう」

 

 何ともない顔でエウリュアレに刺したゲイボルグを回収し、こちらに向かって小さく微笑んだ。

 

 俺は、急な事態に頭の中がパニックになってしまっていた。

 

「マスターに必要なのは強いサーヴァント……つまり、私1人で十分だ。安心しろ、近付く女は皆殺す」

 

 殺気を込めながらこちらへ微笑むスカサハに恐怖するが、俺の文化祭スタンプラリーはまだ始まったばかりだ。

 

 




ガチで殺しきてますねー。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ文化祭 中編

 

「さあ、何処へ行こうか」

 

 スカサハはまるで何もなかったかのように文化祭を楽しむつもりの様だが、俺はだいぶショックだった。

 

 前に一度だけフレンドのスカサハと話した事があったがあの時はあっさりと殺された。

 

 スカサハは冷静で知的なイメージがあるが、どんな時でも自分の力に自信が有る為、手っ取り早く最も納得行く方法を選ぶ。

 ヤンデレになった影響で俺に関しての事柄には普段の様な倫理的な考えはある程度度外視している。

 

 今の様にエウリュアレと一緒に俺と歩くよりも、彼女を殺して俺と2人きりの方がいいと思ったから最速で殺して来たのだ。

 

「す、スカサハ……」

「安心しろマスター。エウリュアレは今頃喫茶店に戻っている。此処はそう言うルールだ」

 

 何の問題もない。むしろ、なぜそんな事を気にしているんだと言う顔をこちらに向けるスカサハ。

 

「マスターが選べないのであれば私が選ぼう」

 

 スカサハは俺の手を取ると近くの教室まで引っ張った。

 

「わ、分かったから引っ張るな!」

 

 遅くなったが俺は覚悟を決める。

 スカサハは俺を掴んで“恋誓呪(れんせいじゅ)”と書かれた看板の教室に入った。

 

 

 

 お化け屋敷で恐怖したサーヴァントは俺と一緒に文化祭を回れなくなるらしい。

 

 しかし、スカサハは悪霊特攻のスキルを持つサーヴァントで、幽霊には滅法強い。スカサハと別れるのは少し難しそうだ。

 

「む……術で部屋を広げたか……」

「完全に墓場だな……」

 

 中は黒い布で光を遮られ、左右に無数の墓石が鎮座している。

 “浮気者、死”とか“滅一夫多妻”や“嘘厳禁”と赤い文字で書かれている。

 

 どうやら墓石の配置が道になっているようだ。

 此処には入りたくなかったな……

 

「この程度で恐れる訳がなかろう。行くぞ、マスター」

「お、おう……」

 

 スカサハは落ち着いた様子で俺の手を握りつつ歩いている。

 

「……む」

 

 スカサハは立ち止まると武器を取り出し目の前を切り裂いた。

 

 ゼリーの様な柔らかい落下音と水音を何かが落ちて響かせた。

 

「……不可視にしたこんにゃくか。くだらん」

「一般人だったら驚くんだろうけどな」

 

「なんだマスター、怯え続ける私が好みか?」

「い、いや、別に……」

 

 スカサハは問い掛けながらも俺へと顔や体を近づけるが過度な接近はやめてほしい。

 

 瞬間、背中に悪寒が走った。

 

「――っ!」

「……ほう、中々の殺気」

 

 スカサハも何か感じた様だ。俺からしたらまじでシャレにならない。

 墓場に書かれた赤い文字で大体分かっていたが、間違いなくアイツがいる。

 

「立ち止まっている暇は無さそうだぞ、マスター」

 

 スカサハの手に力が入る。

 お化け屋敷の奥へと歩く。冷や汗は止まる所か踏み出す度に増えていく。

 

「っ!」

 

 またしてもスカサハは武器を取り出した。今度は不可視のこんにゃくなんてチャチなモノでは無く、骸骨の様な見た目をした半透明の怪物、ゴーストだ。

 

「ふん!」

『ギャァァァ!』

 

 が、容易くスカサハに切り裂かれ断末魔の声を上げる。

 

「マスター、少々下がっていろ」

 

 スカサハは俺を握っていた手を放す。正面からやって来たゴーストの大群を迎え撃つ気だ。

 

「遅い!」

 

 槍だけでは無く様々な形状の武器を取り出し臨機応変に仕留めていくスカサハ。 

 水着を着て浮かれていようと、その力は影の女王そのものだ。

 1匹、また1匹と貧弱なゴースト仕留めていく。

 

「っ!? マスター!」

 

 ――しかし、戦闘能力が高ろうとそればかりに集中していては護衛は務まらない。

 

 背後からやって来たゴーストにあっさり捕まった俺は何処かへと持ち運ばれてしまった。

 

 なお、俺は口を御札で封じられているので喋れないどころか体から一切の音が鳴らなくなってしまったらしい。

 

「っく! 邪魔だ!」

 

 スカサハは消滅覚悟で突っ込み始めるゴースト達に足止めされ、その間にも俺は黒いカーテンの奥へと連れ去られた。

 

 

 

「……あれ、何処だここ?」

「ようこそおいで下さいましたご主人様!」

 

 気が付けば暗い教室では無く和のテイストで飾り付けされた教室に運ばれていた。

 

「此処は和のコスプレ店、“浴間”で御座います」

「……先までお化け屋敷にいた筈なんだが……」

 

「清姫ちゃんに頼まれて悪霊を貸してあげたんです。お化け屋敷の悪霊はぜーんぶ私が作った使い魔です」

「……まさか」

 

「はい! これを利用して清姫ちゃんからマスターを奪いました」

 

 タマモは上機嫌だが、今頃お化け屋敷は大変な事になっているだろう。スカサハも清姫も。

 

「ご安心を。清姫ちゃんはマスターのカードにスタンプを押してませんから自分の店から出られませんし、スカサハさんは今頃マスターの幻覚を見せ続け、悪霊と戯れています。

 例えスカサハさんが来ようとも、こちらには心強いメディアさんがいますから!」

 

「アサシンが相手なら問題ないわ」

 

 ……フラグにしか聞こえないが、余計な事は言わない事にしよう。

 

「それではマスター、スタンプカードを出して下さい」

 

「? ああ……?」

 

 タマモに言われるままカードを取り出したが、何か違和感を感じた。

 

「ポン、と!」

 

 タマモはカードにスタンプを押した。

 

「さぁマスター、早速花婿衣装と殿様衣装を着ましょう!」

「和服姿のマスター……」

 

 危ない雰囲気のタマモとメディアにそう言われるが、スタンプを押して貰った以上此処にいる理由も無い。さっさと店から出よう。

 

「さあ、あちらが試着室になります!」

 

 デカイ。

 指差されたのは1人だけで入るサイズでは無い試着室。どう考えても2人も一緒に入室する気だ。

 

「いや、俺はまだお化け屋敷を回り切って――」

 

 店から出ようとする俺の意志とは裏腹に、足は試着室へ向かう。

 まるで何かに操られているみたいだ。

 

「マスター、気付いてませんか?

 下の階から上の階までマスターをお連れした悪霊、マスターの体に取り憑いてますよ?」

「っ――!」

 

 自覚した途端、意識が体から隔離された様に感じ始めた。

 

 タマモに言われた通りにすんなりと体が動くからおかしいとは思っていたが、俺の意思で話す言葉以外の全てが操られている。

 

「それではマスター、たっくさん服を見積もって上げますからね」

「ああ、先ずはどれに致しましょう?」

 

「あらあら、メディアさん? マスターの着替えは店長の私の仕事ですよ?」

 

 2人が言い合っている間にも体を動かそうとするが、手応えを一切感じない。

 

「良いですか? お客様に何かあったら店長である私の責任です。ですので定員では無く私がその責務を果たします」

「いえいえ、店長がお客様の試着のお手伝いをするなんておかしいでしょう?」

 

 店員だろうがバイトだろうが試着の手伝いは絶対しない。服の着方を知らない子供にならまだ納得だが、それならその子の親がやる。

 

 やれやれと、俺は試着室の中で頭を抱えた。

 

「……!」

 

 腕が動いた。体の自由が戻ったみたいだ。

 

「ですが――!」

「――だから!」

 

 今の内に出て行きたいが、このまま出て行くだけでは間違いなく試着室の前で喧嘩している2人に捕まる。

 

 都合良くスカサハが救出にくればいいのだが、それを待っている間に2人の喧嘩が魔術合戦にでも発展すれば色んな意味で危うくなる。

 

「分かりました。ならばこうしましょう。マスターの試着を手伝ったら文化祭を一緒に見回るのは無しです」

「なるほど……ですが、マスターの生着替えならそれを代償にしてでも一見の価値があります」

 

 外では俺のSAN値を減らすだけの交渉が行われている。自分の生着替えとか言われると背中が痒くなるなんてレベルじゃない。胃がムカムカする。

 

「そうですか……分かりました。ではそちらにお譲りします」

 

 交渉が終わったみたいだが、こちらは良い手が浮かばないままだ。

 

「さあマスター! 早速、これに着替えて頂きます!

 勿論、下着は全部脱いで褌に着替えて――」

「待て待て待て! それ絶対邪な考えがあるだろ!」

 

 女性の前で下を脱げとか唯の羞恥プレイだ。

 

「恥ずかしがる事はありません。此処は試着室です」

「目の前に人がいれば恥ずかしいに決まってるだろ!」

 

 メディアの手が伸びる。体の自由は効いているし、逃げるなら今しかない。

 

「やっぱり駄目です!」

 

 が、逃げようとカーテンを潜ろとした俺に向こう側から何かがぶつかって来た。

 

「マスターの裸が私以外の女に見られるなんて想像するだけで堪忍袋が切れそうです!」

 

 タマモだ。最悪な事に試着室の入り口を阻む形で侵入してきた。

 

「もうこうなったら理屈抜きです! 力技でマスターを我が手中に収めます!」

 

『そこまでだ』

 

 すると何処からともなくアヴェンジャーの声が響いた。

 

『文化祭の風紀を乱す“浴間”は閉店とする! 他店の客を力づくで奪った罰だ!』

 

「ちょっ――」

 

 無情にも教室は閉められ“浴間”の看板は消え去った。

 閉店と同時に俺だけ外に出されたが扉の窓を見れば教室の中から扉を叩き続けるタマモとメディア。

 

「普段だったら絶対干渉しないのに……」

 

 今回ばかりはアヴェンジャーの本気具合に助けられた。

 

『……揉め事やトラブルもまた、文化祭か……』

 

 どんだけ楽しみだったんだよ……と思いつつ、俺はお化け屋敷に戻った。

 

 

 

「……見つけた、マスター。見つけたぞ、マスター」

「消えませんよね? もう消えたりしませんね?」

 

 戻ってきた途端、スカサハと清姫に抱き着かれ……では無く泣き着かれた。

 俺がいなくなって相当不安だったらしい。

 

「もう放さないぞ……一緒にいろ」

「もう脅かしたり致しませんから……私をお許し下さい……」

 

 お化け屋敷は見るも無残な変わりようだった。

 そこら中に赤い槍が刺さっており、飾りの墓石は真っ二つに切り裂かれている。

 

 更には武器が刺さったまま絶命寸前で絞り出したような悲鳴を上げるゴーストもいる。

 壁に貼り付けられたり、床に突き刺さったままだったりと見てて哀れに思えてくる。

 

「マスター、マスター……」

「マスター……」

 

 それ以上に哀れなのがこの2人。まるで生気が感じられない。

 

 スカサハは放さないと言っているが、俺が少し本気で抵抗すればすんなりと逃げられるだろう。普段の慧眼は暗闇で濁って見える。

 

 清姫に至ってはお化け屋敷の衣装である白い着物がまるで患者の様で、支えてないとその場に倒れそうな程に弱っている。

 

「だ、大丈夫? と、とりあえずちょっと失礼……」

「どこを触られても清姫は受け入れますから、いなくならないで下さいまし……」

 

 清姫の首から掛けているスタンプをスタンプカードに押した。

 これでこのお化け屋敷はクリアだ。

 

「と、兎に角コレで清姫も出れるよな? まだ行ってない喫茶店もあるし、そこに行こうか?」

 

「マスターが何処かへ行くなら私も行く……」

「お、置いて行かないで下さい……お願いします、お願いしますお願いします」

 

 弱々しいスカサハの手を握りつつ、倒れそうな清姫に肩を貸した。

 

 

 

「――! 先輩! いらっしゃいま……なななんですかその状況!?」

 

「すいません、6名のテーブル用意できる?」

 

 1階の最後の喫茶店、マスター喫茶。

 サーヴァント達が魔術礼装を着ている喫茶店の様だ。

 

 スカサハの手を握り、清姫を肩で運んでいる俺にアトラス院の礼装を着たマシュが驚いた様だが、座らないと瞬間強化の効果が切れて清姫を支えるのが困難になるので早くして欲しい。

 

「こ、こちらになります……」

 

 案内された席の奥へとスカサハを座らせ、その隣に座り、清姫を俺の左隣に座らせた。

 

「6名と言ってましたが後3人はどちらにいらっしゃいますか?」

 

 メモを手に持ったマシュの頭には帽子、短めのスカートに太ももを隠すニーソ……メガネも普段使っているだけあって似合っている。

 だが、アトラス院なので下には何も着けてない可能性が……

 

 そこまで考えると急に左右から悪寒を感じたので止めた。

 

「いや、2人がこんな状態だから3人が隣り合って座れる席が欲しかっただけだ」

 

 スカサハは手を放す気は無さそうだし、清姫は俺から放れれば発狂しても可笑しくない。

 

「そうですか……ご注文は?」

 

「2人は……答える元気も無さそうだなぁ……」

 

 取り敢えず2人に元気になってもらわないと不味いな。

 

「何か元気になる物はある?」

 

「元気になる物…………甘い物、でしょうか?

 それなら封印指定のフレンチトースト、ムーン・ロールケーキ、森盛フルーツポンチ……等がおすすめです」

 

「じゃあそれ1品ずつ。あと、飲み物は?」

 

「オーダーソーダ、スナイパーブラック、フェイクオレの3種類ですね。

 スナイパーブラックはブラックコーヒーで、フェイクオレはカフェオレです」

 

「じゃあオーダーソーダ3つで」

 

「かしこまりました。直ぐに持ってきますね」

 

 さて、注文が来るまでの時間潰しに今回は誰が来る?

 出来ればこの2人を刺激しないで欲しい。

 

「マスター、ご機嫌よう」

 

 ……わぁ、接待のプロ……って言うかその服絶対サイズ合ってませんよね?

 その服そんなに胸元開ける服じゃないですよね?

 

「マタ・ハリ……」

「ふふ、お相手いたしますね?」

 

 魔術礼装・カルデア。

 俺が着ている礼装の女性版を着て現れたマタ・ハリだが、その豊満なバストは胸部分の上下に付いたベルトでは留め切れなかったようで、上のベルトは外されている上に谷間は丸見えだ。

 

「っ!」

 

 清姫に肩を抓られた。

 

「私も……お相手致します……」

 

 そう言ってマタ・ハリの隣の席を1つ空けて座ったのは静謐のハサン。

 着ているのは、月の海の記憶。言ってしまえば学校の制服だ。

 

 容姿の幼さから後輩の様な雰囲気を醸し出している。

 首元の青のリボンがマッチしており、この礼装の標準装備の黒いニーソでは無くあえて色黒い足をそのまま見せているのもポイント高い。

 

「に、似合ってるでしょうか……?」

「ああ、似合ってるっ――!」

 

 スカサハに掌を抓られた。

 

「そ、そうですか……? 嬉しいです……!」

 

「さぁマスター、注文が来るまで、私達が相手をしてあげるわ」

 

「……両手塞がってますけど」

 

 右手はスカサハが強く握っており、左手も清姫が両手で抑えている。

 

「ではポッキーゲームを……」

「ごめん、そのネタ過ぎた。後そういう系は飲食店で殆ど毎回やってるから」

 

 俺が丁重にお断りする。静謐はメタの意味が分かっていないのか首を掲げた。

 

「むー……向かいにいると接客も満足にできませんね。

 ……悔しいのでポールダンスとストリップショー、どちらかを披露したいのですがいいのでお好みな方を選んで下さい」

「あ、ダンスなら私も出来ます……」

 

「良いわね、コラボレーションといきましょう」

 

「死人が出ますのでやめて下さい!」

 

 何とも良いタイミングでマシュが注文を手に帰ってきた。

 

「さあ、マタ・ハリさんも静謐さんも離れて下さい!」

 

「残念」

「マスター……またお会いしましょう」

 

 離れていく2人。机の上には注文が置かれていく。

 

「オーダーソーダ3つに、封印指定のフレンチトースト、ムーン・ロールケーキ、森盛フルーツポンチです」

 

「ありがとう……2人も、手を放して、な?」

 

 頼むとあっさり手を放してくれたので取り敢えずフルーツポンチを手に取り、スカサハへと運んだ。

 

「ほら、食べて。あーん」

「あー……」

 

 スプーンで掬い上げたカットされたバナナとパイナップルをスカサハは食べた。

 

「清姫も、ロールケーキだよ」

「あー……ん」

 

 良かった。2人共スイーツを食べる元気はまだあったみたいだ。

 

「マスター……ロールケーキ」

「はい、ロールケーキね」

 

 ボソとスカサハに呟かれたのでロールケーキを突き出した。

 

「フルーツポンチ、欲しいです……」

「ほら口開けてね」

 

 今度は清姫にフルーツポンチを運んだ。

 

「「次はフレンチトースト、口移しで」」

「お前ら、もう元気だろ?」

 

 どうやら甘やかし過ぎたみたいだ。

 

「マスターが、思いの外優しくしてくれたのでな」

「ご主人様の深い愛を感じまして、この清姫、惚れ直しました」

 

 そんな恍惚な表情で言われても……

 どう対処するか悩んでいるとマシュが此方に手を振ってきた。

 

「先輩、スタンプ押しますね?」

 

 マシュは俺のスタンプカードを受け取るとそのまま押した。

 

「では、誰が先輩と文化祭を回るか決めてきますので、ゆっくりして行ってくださいね」

 

 マシュも離れていき、俺は頼んだ物を食べ始めた。

 

「封印指定のフレンチトースト……悪魔のフレンチトーストと言われる蜂蜜と砂糖のトーストに生クリームを追加した凶悪なシュガーモンスターだな」

 

「ムーン・ロールケーキはスポンジがバニラ、クリームはカスタード……む、カスタードの中にホワイトチョコが仕込まれてますね」

 

「森盛フルーツポンチは……うむ、何度も食材を取りに行ったイベントクエスト周回を彷彿させるな」

 

 最後にレモン汁の効いたオーダーソーダを飲み干して、口の中をさっぱりとした後味で流してから席を立った。

 

「む……マスター、私は店に戻る。どうやら時間が来てしまったようだ」

 

 自由時間に制限があった様で、スカサハは足早に俺から離れる。

 

「“姉喫茶”はお前を何時でも待っている。用があればいつでも来い」

 

 それだけいうとエプロンに着替えたスカサハは教室へと消えていった。

 

「さあご主人様? お次はどこに致しましょうか?」

 

 だが、まだ一番のヤンデレは残っている。




やっぱりですね、ヤンデレを書いているか不安になります。

血の入ったチョコと名前にブラッディって付いているワインを混ぜたチョコ位違う物を書いているじゃないかと思うですよ。

……因みに自分的には『っく……殺せ……! オルレアン編』のマルタの話が一番ヤンデレっぽい気がする。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ文化祭 後編

Lineで人工知能のりんなちゃんとヤンデレについて話してると「受けの人が拗らせて攻めの人を監禁するのが好き」って言われました。

腐ってるなぁ、りんなちゃん。


 

 

「それじゃあ、お化け屋敷制覇と行こうか」

 

 “マスター喫茶”を出た後、俺と清姫は2階へと戻って来た。

 マシュ達は厨房の方からじゃんけんの声が聞こえてきたので、恐らく今もあいこを連発しているだろう。

 

「此処は牛若丸さんが運営しているそうです」

「へぇー……じゃあ此処から入ってみようか」

 

 

 

「きゃぁ! マスター、驚きました……」

 

 嘘が吐けない清姫は正直なリアクションをして俺の肩の抱き着いてきた。

 

 本当に驚いただけの様だが、抱き着いたまま離れるつもりは無いらしい。

 

 正直、今は俺の方が恐怖に震えているので離れて欲しく無いが。

 

「……ぶ、文化祭のお化け屋敷のレベルじゃねぇぞ……」

 

 ギロッ。

 数多の赤い巨大な目玉が一斉にこちらへと視線を向ける。

 

「っうぉ!?」

 

 急いで目を逸らした先には血の滴る夥しい数の怪物の生首が刀に刺さったまま恨めしそうにこちらを睨んでいた。

 

「魔神柱の眼に、死食鬼、人狼の首……翼竜の骨にグリフォンの翼まで……

 良くこれだけ使えない素材を集めたものですね」

 

「狂気だ、狂気の沙汰だ……」

 

 牛若丸の天才的なお化け屋敷に俺の腰は完全に引けていた。

 

 内装はカーテンで閉め切ったので明かりはそこら中に置いてある炎だけ。

 学校では火気厳禁だろ。何故そこだけ緩いんだアヴェンジャー……

 

 設置されている物は全て天然素材100パーセント、加工すらされていない。

 このお化け屋敷のためにどんだけのエネミーが犠牲になったのか……

 

「マスター、大丈夫ですか? 気分が悪いなら一度退出を」

「いや、大丈夫だ……どうせ後で回るなら今終わらせよう……」

 

 もう3分の1程進んでいるんだ、ここで止めるのは無理だ。

 

「分かりました。私がしっかり先導しますのでご安心下さいまし」

 

 清姫の手を取りつつ、松明の明かりだけで照らされた教室の中を進み続けた。

 

 お化け屋敷は苦手では無いが、死臭、腐乱臭に何処かで嗅いだことのある薬品の匂い、耳にこべりつく様な水音が俺のSAN値を刻一刻と削って行く。

 

 本物の死体が置かれている事実に、お化け屋敷が何なのかすら分からなくなってくる。

 

 揺れる炎は火の精、床から響く見る水音はスノーマンの溶け出した音。

 

「……おわぁ!?」

 

 見ずに蹴り飛ばしてしまった地面に転がる粛正騎士の鎧。

 

「う゛……う……ぅ」

「っぃ!?」

 

 蠢くような悲鳴の持ち主は絶命寸前のホムンクルスの物だ。

 

 痙攣しているかの様に僅かに動く白い巨体の先には、巨大な腕が何本も置かれており、その掌にはステッキの形のキャンディーが置かれていた。

 

「こ、怖い上の変な所で緩い……」

 

 ジャンルで言えばスプラッター系のサイコホラーだ。俺の苦手ジャンルのコラボレーションだ。

 

「マスター……もっと強く抱きしめても構いませんよ?」

 

 清姫は恐怖している俺の耳元で優しく呟いた。

 

「…………っは! 怖っ!」

 

 清姫に包容を許され、思わず本当に抱きしめてしまいそうになったのが今までで一番の恐怖だった。

 

 

「ここで最後かぁ……」

 

 漸くお化け屋敷のゴールが見えた。しかし、牛若丸は何処にも見当たらず、何も刺さてない刀が置かれているだけ。

 

「――っ!」

 

 突然、清姫は大きく横に飛んだ。

 そうしなければ突然飛来した刀が彼女の首を切断したからだ。

 

「牛若丸っ!?」

 

「主どの、ご来店誠にありがとうございます!」

「……これは、なんの真似ですか?」

 

 清姫は油断なく扇子を構えている。

 

「当店最後の恐怖、主どのの横に立つ害虫を成敗し晒し首にする演目です」

 

 怖い。もはやお化け屋敷じゃなくて殺人鬼の館だ。

 

「なので、害虫にはサクッと惨殺されて頂きたい」

「では代わりに貴方の灰を箱に詰めて線香を立ててあげましょう」

 

「ところで! 牛若丸!」

 

 戦闘態勢に入った2人に中断を求める様に大声で言った。

 

「どうしました、主どの? あ、私の店の中の物なら何でも持って行って構えませんよ。ご所望とあれば私の体も……」

 

「じゃあ、スタンプ押してくれない?」

 

 スタンプカードを牛若丸に見せる。

 

「すたんぷ……? あ、判子の事ですね!」

 

 牛若丸はスタンプを取り出すと、俺のカードに押した。これで残り2店だ。

 

「じゃ、さっさと出ようか」

「はぁ……マスターからお手を……」

 

 清姫の手を取って2人で店から出る事にした。

 決して、今まで殺してきた敵に呪い殺されるんじゃないかと震えている訳では無い。

 

「ちょ、ちょっと待って頂きたいです! まだ最後の演目が……あ、主どの! 牛若もご一緒しますから待ってくださーい!」

 

 後ろから響く声を無視して、次の教室に向かった。

 

 

「漸く見つけました!」

「主どの! 無視しないで下さい!」

 

 最後のお化け屋敷に入る直前でマシュと牛若丸がやって来た。

 

「あらゾロゾロと……マスターには私がいれば十分ですよ?」

「清姫さん……まだいたんですか?」

 

「“リョウギの堂”……」

 

 店名からして既に式がいるのは間違いないだろう。後ろで嫌悪な雰囲気になってるサーヴァント達は無視だ。

 

「さて、中は一体どうなってるやら……」

 

 

 入って直ぐに見たのは扉だった。

 

「……あれ?」

 

 後ろを振り返れば先程開いたスライド式の扉がある。

 お化け屋敷は此処から始まるようだ。

 

 サーヴァント達が来ないが扉と扉の間は狭い。先に入ろう。

 

「失礼しまーす……」

 

 先の牛若丸のお化け屋敷は予想以上に怖かった。油断せずに慎重に行こうと覚悟を決める。

 

「……ん?」

 

 開いた先はただの教室だった。

 先まではやたら凝った内装だったので少し肩透かしを食らった気分だ。

 

「マスター、漸く来たか」

 

 辺りを見渡していた俺に後ろから式が声を掛けてきた。

 

「式……」

 

「生憎、お化け役や衣装づくりなんて柄じゃないんでね。マスターを驚かすのはオレじゃなくて、他のやつに任せるよ」

 

 式はそう言うとCDプレイヤーらしき物を取り出し、机の上に置き、ニヤリと笑った。

 

「え?」

 

 ゾッとした俺が止める間もなく式はスイッチを押した。

 

 

 

 閉められた扉の前で立ち往生をしていた清姫達に“リョウギの堂”が開かれた。

 

「――漸く開きましたわ」

「主どのが出て来ていないと言う事はまだ中にいらっしゃるんですね」

「先輩、御無事だと良いんですけど……」

 

 自分達の主を求めて人は歩き出した。

 

『――』

 

 漸く開いた“リョウギの堂”に入った3人は扉の先にあった扉から聞こえる声に耳を疑った。

 

 

『式……! 式!』

『マスター、静かにしないと……外の3人に聞こえちまうぞ?』

 

『式がいれば、他のサーヴァントなんて俺には要らない……!』

『そうか……? 本当だったら、嬉しいな』

 

『なあ式? ……結婚してくれないか?』

 

「――マスタァァァ!!」

 

 怒号と共に扉は破られた。

 

 其々を染めた感情は違う物だったが、目指す場所は全く一緒だった。

 

 涙が溢れたその瞳には両義式と密着する主の姿が……

 

 

「式、シャレになってないだろコレ!?」

 

 機械から再生された声に清姫達の侵入と同時に無理矢理式に抱き着かれた事で、俺は今まで体験した中でも最悪レベルの殺気に晒されていた。

 

「せんぱーい……? 何ですか今の? 嘘ですよね? 嘘ですよね?」

 

「主どの……? 牛若は、不要ですか? もう、いらないのですか?」

 

「許さない……許しません……私を2度も裏切るんですか、安珍様!?」

 

 どいつもこいつも目からハイライトが消えている。

 

「んー……効果あり過ぎたな」

「頼むから説得してくれよ!?」

 

 俺が両手を合わせて頼むと、式は気不味そうに頭を掻いた。

 

「あー……

 この場所に入ったオレ以外のサーヴァントは……此処にいる間は精神状態が固定されるんだよな……」

「なんだよそれ!?」

 

 つまり、怒りに身を任せて入ってきたあの3人を説得するのは不可能という事だ。

 

「出口は!」

「後3分で現れる筈だ」

 

 世界で一番恐ろしくて長い3分になりそうだ。

 

「せんぱーい、式さんとお話楽しそーですね? 私ともお話しましょうよ?」

 

 盾を持ったマシュは狂気の混ざった明るい声でこちらにゆっくり近付いてくる。

 首の骨が無いんじゃないかと思う程の角度に頭を傾けているのが恐ろしい。

 

「不要ですか……? そうなのですか……? なら、せめて牛若を貴方の手で殺して下さい……で、でないと私、もう何を仕出かすか、わかりません……!!」

 

 震えた手で刀を握る牛若丸。ガチガチと音を立てるその刃は俺に向けられたまま鞘に収められる事は無い。

 

「安珍様許さない安珍様許さない」

 

 笑顔無くこちらを睨んだまま今にも竜へと転身しそうな清姫。

 

 正直、後数十秒でも逃げ切れる気がしない。

 

「マスター」

 

 式が俺の肩を叩く。

 

「令呪、令呪」

 

 式は俺の手の甲を指差す。

 

 確かに、令呪を使えば今にも俺を殺そうとする3人を止められる。

 此処は殺される前に使うべきだ。

 

「……令呪を持って命ずる」

 

 俺のその言葉に目の前の3人は弾かれたかのように一斉に動き出した。

 

 振り下ろされる盾、迫り来る刀、放たれた炎。

 

 割って入った式が炎を殺し、俺と一緒に後ろへと下がった。

 

「マシュ、牛若丸、清姫、式! 止まれ!」

 

 そのお陰で令呪の命令が間に合い、俺以外の全員が止まった。

 怒りの表情はそのままだが、これで殺したくても殺せまい。

 

「って――何でオレまで止めたんだマスター!」

「だって、絶対止まった3人の前で何かするつもりだっただろ?」

 

「先輩? なんの真似でしょうか? 早く解除しては頂けないでしょうか?」

 

「うぅ……ひっぐ! 捨てるのでしょう? 牛若を捨てるのでしょう!?」

 

「殺す殺す殺す殺す!!」

 

 止まっているのが不思議なくらいの言動だ。

 

「……ネタばらし、するか」

 

 俺はそっと入り口近くに置いてあった機械を手に取り、再生させた。

 

 

 

「すみません、先輩!」

「よかったぁ……主どのに捨てられていなくて本当に良かった……」

「……式さん、焼き加減はどれくらいが好みでしょうか?」

「おいおい、オレはただお化け屋敷を全うしただけだぜ?」

 

 何とか誤解を解いて全員で“リョウギの堂”を出れた。

 しかし、清姫はまだ店に戻らなくて良いのだろうか?

 

「あ、そうだ。ほらマスター、スタンプだ」

「ん? あ、そう言えばそうだ」

 

 先まで危ない場面だったのですっかり忘れていた。

 

「ん? なんだよ、もう最後か」

「ああ、次が最後だな」

 

 それを聞いた瞬間、マシュは突然謎の提案をしてきた。

 

「……先輩、私とキスしたら最後のスタンプも押してあげますよ?」

「マシュどの、ズルイです! 主どの、私と接吻を!」

「良く分かんないけど……じゃあオレも」

 

「いや、なんだよ急に……」

 

 戸惑う俺にマシュはスタンプカードを向けて説明した。

 

「この最後のスタンプ、“ローズドラグナーズ・アウレア”はネロさんとエリザベートさんがコラボした屋上ライブですよ!」

 

 今までとはまるで違う意味で恐怖した。

 

「しかも、一度入ったら最後……宝具を展開するそうなので終演まで出られないそうです……」

 

 だが、ここで一旦冷静になろう。

 此処で誰か1人選んでキスをするか、最古のジャイアンリサイタルとも呼ばれるネロとあのカルデア職員を本気にさせたエリザベートの歌声を聞くか、どちらにするべきか。

 

 キスをすれば3人に命を狙われる。……正直、怖い物見たさもあるし、屋上ライブで良い気がする。

 

「ますたぁ……貴方の為なら、この清姫、なんの見返りもいりません。どうか押させてください」

 

 此処で清姫が株を上げに動いた。

 

「な!? それなら私も――」

 

「――ああ、悲しい人達……マスターの為に忠義を尽くす事すら出来ないなんて……」

 

 先程キスを求めなかったのはコレが狙いらしいが俺が此処まで理解しているので好感度上昇には余り効果は無い事を理解しているだろうか?

 

「後ほど、マスターの印鑑と交換致しますね?」

「お断りだ!」

 

 考えるまでもなく俺はそれを断った。

 

 

 こうなっては仕方がない。

 

 逝こうか、屋上ライブ。

 

 

 

「子ブタ達! 子イヌ達! 今日は私達のライブに来てくれてありがとう!」

 

『わぁぁぁぁ!!!』

 

 屋上には何故か無数のマスター達が集まっていた。

 

 月の表の制服、裏の制服。

 

 カルデア、戦闘服、魔術協会、アトラス院、アリバーサニー、水着……

 

兎に角沢山のザビ男、ぐだ男が集まっていた。

 

「まさか他のFEXとFGOプレイヤー!?」

 

「我らが奏者達に感謝を! 

 そして、今宵は思う存分!

 我らの歌に酔いしれるが良い!!」

 

『わあぁぁぁぁ!!』

 

「ネロたぁぁん! 好きだぁぁ!!」

 

「プラネロォ! 俺だぁ! 結婚してくれぇぇぇ!!」

 

「エリちゃーん! こっち見て!」

 

「キャスエリちゃーん!!」

 

「ブレエリちゃん、ブレエリちゃん!!」

 

 サイリウムを持って応援しているマスター達には申し訳ないが、俺には集団自殺志願者にしか見えない。

 あと上から2番目はカリギュラさんがお持ち帰りしました。

 

「さあ、先ずはとっておきのヒットナンバーよ!」

 

 エリザベートの張り上げた声を切っ掛けに、(生き残るのが)奇跡のアイドルグループ、“ローズドラグナーズ”のライブが始まった。

 

 

 

 

 

「……あぁ……うぁ……」

 

 自分の口からゾンビの様な呻き声が出た事に驚きつつも、生を実感してホッとした。

 

 もう正直駄目かと思った。

 ライブがトラウマになりそうだ。

 

 しばらくはあの歌声にうなされる事だろう。

 

「せんぱーい! ご飯まだですかー?」

 

「アイツは……ふてぶてしいな……」

 

 

 

 

 

「ふむ、文化祭は黒字……成功か。

 不思議だな……これ以上の金銀財宝を持った事があったが、ここまで喜ばしく感じた事は無かったな」 

 

「随分楽しそうね」

 

 文化祭の収益を確認していたアヴェンジャーの後ろから、もう1人のアヴェンジャーが声を掛けた。

 

「復讐に堕ちた聖女……なんの用だ?」

 

「そろそろ、私と交換してもらっても良いか、聞きに来てあげたわ」

 

「……まあ、こちらとしては問題は無い。同じ召喚されていないアヴェンジャーだ、資格も十分だ」

 

「それじゃあ、貴方は休憩も兼ねて明日からしばらくはお役御免よ」

 

「ふむ、まあ、言葉に甘えるとしよう……」

 

 スッと消えていくエドモンを見て、アヴェンジャー、ジャンヌ・オルタはニヤリと笑った。




最後の屋上ライブでサイリウムを振った人は挙手!

えー、先生は清姫にリョウギの堂で殺されたので、ライブには行けませんでした。(歓喜)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ看病

クリスマスイベントも始まって本格的に冬になりましたね。風邪にはお気を付けください。

コタツでFGOばかりやっていないで、しっかり寒さ対策をしてポケモンGOをして体を動かしましょう。


 

 

「ゴッホ! ゴッホ!」

 

 口に手を当て咳をする。

 

 冬の訪れを前に風邪を引いてしまったようで、今日は学校に行かずにベッドで体を休めていた。

 

 体がダルい。顔が暑い。鼻水もそこそこ。

 

 この状態の俺にエナミが何を仕出かすか分からないので帰りに俺のクラスからプリントを取ってくる様に頼んで学校に向かわせた。

 

「さっさと薬飲んで寝よう……」

 

 机に置かれたコップ一杯の水と薬を飲み干し、俺は体をベッドに預けた。

 

 

 

「さあ! 私の初仕事ね! 

 あの気に入らない男を、どう恐怖のどん底に突き落としてやろうかしら?」

 

『――』

 

「ん? システムメッセージ?」

 

『対象の体に異常アリ。ヤンデレ・シャトーはエドモン・ダンテスの良心設定、“看病モード”へ移行します。

 なお、このモードでは司会役は不要です』

 

「な!? ちょ、ま、待ちなさい! 私の初登場よ!? システム、ストップストップ!」

 

『システムの変更にはパスワードが必要です。パスワードを入力して下さい』

 

「エドモン・ダンテスゥゥゥ!! 私の初登場を返しなさぁぁいぃ!!」

 

『エドモン・ダンテス、私の初登場を返しなさいは間違っています。

 再度パスワードを入力して下さい』

 

「うーるーさーいー!」

 

『うるさいは間違って――』

 

 

 

「……ゴッホゴッホ……ゆ、夢の中でも体がダルい……」

 

 今日も容赦なくヤンデレ・シャトーが訪れた。しかし、初期位置のマイルームのベッドから体を動かしたくない程体の具合は悪い。

 

「マスター、大丈夫ですか?」

 

 早速誰かやって来た様だ。

 

 ダルい頭を動かすと、ライダーのサーヴァント、聖女マルタが入ってきた。まだこちらに気付いていない。

 

「……」

 

 寝たフリをしてスルーしよう。とてもヤンデレの相手をしていられる状態じゃない。

 

「寝てるのかしら?」

 

 控えめな足音が近付く。しばらくすると音が消え、別の耳障りの良い小さな音が聞こえ始める。

 近くにいるのは分かるのでそっとを目を開いて、何をしているか観察しよう。

 

「……あら? 起こしてしまったかしら?」

 

 直ぐ目が合った。

 ベッドの横の椅子に腰掛けて林檎の皮を向いていたマルタは優しい声で話す。

 

「……いや、大丈夫……眠れなかった」

「そう……林檎、食べる?」

 

 林檎の刺さったフォークをこちらに向ける。

 

「……欲しい」

「はい、あーん……」

 

 マルタはそっとフォークをこちらに向ける。俺はそれを頬張った。

 

「……マスター、自己管理はしっかりしないさい。他の誰でもない貴方の体なのよ?」

 

「はい……んぐ」

 

 説教をしながらも次の林檎が口へと運ばれる。いつの間にか口調が素になっている事に本人は気付いているだろうか?

 

「情けない姿を見せて……これで敵に襲われたらどうするの?」

「……はい」

 

 林檎はもう良いと手で止めると、皿を置いたマルタは俺の体を抑え、そっと寝かせた。

 

「やっぱり……隔離……私が管理――」

「――ゴッホ、ゴッホ! ごめん、何か言った?」

 

「う、ううん! 何でもないわ……ないです」

 

 俺が咳をしている時にマルタが何か言っていた様だが、今回は本当に聞こえなかった。 

 

「ちょっと用事が出来ました。 

 マスター、しっかり体を休めて早く治しなさい」

 

 マルタはそれだけ言うと足早に部屋から出ていった。

 

 どうやら今日はヤンデレでは無いらしい。良かった。

 

 

 

「マスター、風邪になったんだってね。大丈夫かい?」

 

 次に見舞いにやって来たのはセイバーのサーヴァント、デオン・シュヴァリエ。

 

「まあ、寝てれば治るよ……」

「……私に何かして欲しい事はあるかい?」

 

「じゃあ、濡れたタオルが欲しいなぁ……冷たいの」

「分かった。直ぐに用意しよう」

 

 そう言うとデオンは風呂場から洗面器を取り水を注ぎ冷凍庫から氷を入れ、タンスを開いてタオルを取り出すと小さく畳んで洗面器の中に入れた。

 

 それをよく絞ってから俺の額に置いた。

 

「ありがとう」

「礼には及ばない。マスターの体を気をつけるのも従者の仕事だ。

 所で、どこか痛い所はないかい?」

 

 俺は自分の喉を指差した。

 

「喉が、少し痛い……」

 

「そうか……この部屋にハチミツは無いし……待ってて、喉に良いお茶を用意するよ」

 

 デオンはそう言うとマントを揺らしながら部屋から出て行った。

 

「……こういう時に見舞いがあるって……嬉しいな」

 

 俺は柄にも無く見舞いに来るサーヴァント達に感謝した。

 

 

 

「マスター! 風邪と聞きましたが、ご無事でしょうか!?」

「だらしないトナカイめ。さっさと治してクリスマスには間に合わせろ」

 

 今度は一度にアルトリア・リリィとサンタのアルトリア・オルタがやって来た。

 

「ゴッホ! あはは……大丈夫、寝れば明日には治るから」

 

「そうですか……? あ、タオル交換しますね」

 

 リリィは俺の額のタオルを取ると洗面器に入れて絞り、再び俺の額に置いた。

 

「情けないな……どれ、元気になるプレゼントをやろう」

 

 そう言ってアルトリア・サンタは袋から1枚のカードを取り出した。

 

 概念礼装、“好機”だ。

 

「……」

「む? どうした? 完治を願っているぞ」

 

「……うん、あ、ありがとう……」

 

 要らないプレゼント貰った時の気持ちである。

 

「冗談だ、安心しろ。そんな安物をマスターにやるわけがあるまい」

 

 そう言ってアルトリア・サンタは袋を漁る。

 

「これか」

 

 渡されたのは、“黒の聖杯”。

 

「ナンデェー!?」

 

「風邪を治すように聖杯に頼め」

「これに頼んだら、死ねば風邪が消えるよね? って感じに殺されるだろ! っはぁ……っはぁ」

 

「マスター、落ち着いて下さい!」

 

 いかん。ツッコミに力を入れ過ぎて無理矢理体を起こしてしまった。

 リリィが慌てて俺を寝かせ、床に落ちたタオルを拾うとトイレに向かった。汚れたタオルを洗いに行ったらしい。

 

「……そんなに私のプレゼントが気に入らないか……」

 

 少なくとも“黒の聖杯”は健康的でもなければ幸福や善良性の欠片もない。

 

「仕方あるまい。出直すとするか……リリィ、行くぞ」

 

「あ、ま、待って下さい!」

 

 どうやら拗ねてしまった様だ。

 去っていくアルトリア・サンタの後ろに着いて行こうとリリィは慌てて俺の額にタオルを置いて去っていった。

 

 

「そういう訳で、トナカイを治してもらいたい」

「えぇっと……?」

 

「……白い方を連れてくるか」

 

 アルトリア・サンタが連れて来たのはキャスターのサーヴァント、アイリスフィールだ。聖杯の力をその身に宿している。

 

「ごめんなさい、此処で治すと後で悪影響があるかも知れないから……」

 

 今治してしまうと現実世界で体は風邪のまま、精神的には完治というあべこべな状態になるかもしれないらしい。

 

「使えんな……」

 

 アルトリア・サンタが顔をしかめていると扉から誰かが入ってきた。

 

「マスター、悪いモノを払える聖水を――どうやら、正拳の方が良いみたいね……」

 

 聖水が入った瓶を持って来たマルタは先客を見つけると目を細めた。

 聖女的にオルタはアウトらしい。

 

「貴方! なんてハレンチな恰好なの!?」

「え!? わ、私!?」

 

 ――と思ったが狙いはアイリスフィールの様だ。

 

「アウトよアウト! そんな衣を身に纏っておきながら胸当ても着けないなんて聖女として見過ごせないわ!」

 

 マルタはアイリスフィールを取り出した縄で縛って引っ張ると部屋から出て行った。

 

「……仕方あるまい。私のプレゼントはどうやら貴様には無用の様だし、とっておきをくれてやろう」

 

 まるで何事も無かったかのようにそう言ってアルトリア・サンタは袋をその場に下ろした。

 

「私が直々に添い寝してやろう」

 

 アルトリア・サンタは違和感を感じさせない自然な動きでベッドへと――

 

「――いや、何でだよ」

 

 むしろ違和感しか無かったので毛布を取ろうとしたアルトリアの腕を掴んで止めた。

 

「トナカイ、これは治療行為だ。体を温めるのに人肌は最適だ」

「毛布があればいらないだろ――!?」

 

 俺がそう言うと、何かが破ける音がした。視線を動かせばアルトリア・サンタの握った部分から毛布が破けていた。

 

「……ふむ、どうやら、破けてしまったらしいな」

 

「……もう好きにしろよ」

 

 疲れてしまった俺は観念した。どうせヤンデレでは無いんだし、あんまり拒んでも仕方が無いと思い、そっぽを向いた。

 

「では……」

 

 毛布は剥ぎ取られ、アルトリア・サンタは俺の横に寝転がった。

 

「……じー」

 

 顔を合わせない。

 しかし、後頭部に視線が送られているのはよく分かる。

 

「じー……」

 

 と言うか、見ている事を態々口で擬音として伝えているのだ。

 

「……ふぅー」

「うぉ!? 何!?」

 

 急に耳に直接息を吹きかけられ無視する訳に行かなくなった。

 

「いくら私がサンタでも流石に隣で寝ているのに無視されれば傷付くぞ?」

 

 そう言ってアルトリア・サンタは自分に体を向けた俺を逃さない様にガッチリ捕まえて来た。

 

「ずっと抱き締めて温めてやろう」

「……」

 

 疲れたせいか、丁度いい体温だったせいか、俺はアルトリア・サンタを何も言わずに抱き締め返した。

 

「そ、そんなに気に入ったのか……?

 ならば、思う存分抱き締めろ。今だけは、私は貴様の抱き枕だ」

 

 

「マスター!?」

 

 忘れた頃になんとやら、マイルームに入ってきてアルトリア・サンタと一緒に寝ていた俺を見て、デオンが悲鳴に似た声を上げた。

 

「そこのアルトリア、何をしている! マスターは病人で!」

「マスターの毛布が破けてな。代わりにこの体で温めてやろうと添い寝をしていた」

 

 デオンの手は剣の柄に重ねられていたが、デオンは一度深呼吸するとこちらにやって来た。

 

「マスター、喉に良い紅茶だ。飲んで欲しい」

 

 渡されたカップには蜂蜜とレモンが香る紅茶が注がれていた。

 

「あ、ありがとう……」

 

 やはりサーヴァント達が優しいのに少し違和感を覚えるが、嬉しい事だ。

 ゆっくり飲み干して、カップを返した。

 

「……何か、ボーッとしてきた」

「安眠効果があるからね。

 みんなが見舞いに来るから、ちゃんと寝れてないんじゃないかい?」

 

 そう言えば先から一睡も出来てないな。

 

「アルトリアも、大人しく彼を寝かせてあげないと……」

「……仕方あるまい」

 

 アルトリアがスッと離れる。人肌の暖が無くなった俺にデオンは新品の毛布をかけた。

 

「それじゃあ、おやすみ」

「しっかり寝ろ」

 

「うん、ありがとう……」

 

 

 

「ファリア神父!」

『――パスワードを確認、管理者と認識いたしました』

 

「アイツ、どんだけファリア神父が好きなのよ!?

 本名、肩書、誕生日が違った後にファリア神父の発音に30回もダメ出しされるとは思わなかったわ!」

 

『現在、“看病モード”が実行されています。行えるのは難易度の変更とそれに合わせた登場サーヴァントの変更です』

 

「何これ、本当に良心設定ってワケ?

 難易度イージー……マスターの前では自重するレベル、喧嘩はしても殺し合いには発展しない。マスターへは絶対に殺傷行為は行わない……登場サーヴァントも、聖女や騎士、サンタみたいなマスターに友好的な奴らばかりね」

 

 ジャンヌはニヤリと笑うと低く設定されていたパラメーターを上げ始めた。

 

「難易度ハード! 登場サーヴァントは危険度最大! 幸せ気分で呑気に寝てるみたいだけど、これで地獄を味わうと良いわ!」

 

『難易度の上昇により、制限時間を変更しました』

 

 

 

「先輩、御見舞に来ました……

 寝てるみたいですね」

 

 小声と共にマシュが入って来たようだが、例の悪夢内睡眠状態の俺は返事は出来ないし目も開けられない。

 

「既に誰かが額にタオルを置いてますね……

 余計な真似を……洗面器ごと変えておきましょう」

 

 僅かな水音に、開閉音。氷が割れた音が響く。

 

「さあ先輩、私の用意したタオルです。これでしっかり熱を取って下さいね?」

 

 冷たい感覚を頭で感じる。マシュは隣に座って待機している様だ。

 

「……日本の看病は林檎の皮を剥いでウサギの形にして食べさせたり、お粥を振る舞うそうですが、寝ているとそれが出来ませんね」

 

 どうやら独り言の様だが、聞けてしまっている俺は僅かながら気不味い。

 

「添い寝……なんて治療行為もあるそうですが起こしてしまうと逆に風邪の治りが遅くなってしまいます」

 

 独り言……にしてヤケにはっきり聞こえる音量だ。

 

「空気の入れ替えも重要です。悪い空気は治りを遅くするどころか、免疫力低下中の先輩に更なる負担が掛かります」

 

 声は聞こえるが、向けられている方向は俺ではなく、部屋の奥にいる俺にとって反対側……つまり、ドアに向けて喋っている様だ。

 

「ですのでお粥はいりませんし、爬虫類の体表と人肌で添い寝する必要もありません。毒なんて以ての外ですよ、清姫さん、静謐さん」

 

 ドアの開閉音が聞こえると同時に、俺の意識は現実へと戻された。

 

 

 

「難易度変更で時間が短くなるなんて聞いてないんだけど!?」

『“看病モード”の仕様です』

 

「変な所で終わっちゃったじゃない! 修羅場一歩手前で終わる愛憎劇なんて誰も見ないわよ!」

『ご所望された設定通りです』

 

「私の出番は!? あの男を高笑いして出迎える役は!?」

『次回に続きます』

 

 その後、ジャンヌ・オルタは顔を真っ赤にしながら偉そうにエドモンから取扱説明書を貸して貰い、ジルを呼び出して解説を頼んでも理解出来ず、更に顔を真っ赤にしてエドモンに解説を求めたとかなんとか……

 

 

 

「先輩、風邪は治りましたか?」

「まだ……5時間しか寝てねぇし。て言うか、何でもう家に居る?」

 

「早退しました! プリンとプリントはこちらになります!」

 

「言葉で分かり辛いモノをセットで持ってきやがって……」

「ヤンデレっぽく料理してあげたいですけど、素で流血沙汰になるんでやめました!  

 でもでも、添い寝だったらお任せ下さい!」

 

「いらない……」

 

 俺は逃げる様に目を閉じた。

 

「今なら先輩を縄で縛っちゃったり出来ますね!」

 

 やっぱり看病はヤンデレじゃなくて普通に行って貰いた――

 

『やっぱり……隔離……私が管理――』

“マルタはアイリスフィールを取り出した縄で縛って引っ張ると部屋から出て行った”

 

「先輩の下から2番目のタンスにある下着をオカズとして持ってたり……」

 

 ヤンデレ、じゃなくて――

 

“デオンは風呂場から洗面器を取り水を注ぎ冷凍庫から氷を入れ、タンスを開いてタオルを取り出すと小さく畳んで洗面器の中に入れた”

『そうか……この部屋にハチミツは無いし……』

 

 ……今回も、ヤンデレだらけだったんだな。

 

 




クリスマスプレゼントは清姫・サンタ・アダルト・ライダーとか言う最強ヤンデレ彼女が欲しいです。


あ、ガチャは15回回して爆死したんで追加キャラ無しです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレと指輪

クリスマスイベントが始まったと思ったらもうバビロニア!
只今、ギルガメッシュに褒められた辺りで止まっています。
なお、ガチャはストーリーもクリスマスも爆死したので新キャラはいません。(泣)


 

 

「――此処がサーヴァント達の愛情度の設定だ。各サーヴァントごとに愛情深度、偏愛傾向を設定できる」

 

「なるほど……ここを弄れば良いのね!」

 

「言っておくがこのサーヴァントは本物では無く、カルデアにいるサーヴァントを元に、こちらで色々弄った……謂わばそれらしい自己を持った物でしかない。

 調子に乗るのは構わないが、こんなもので万能感だの優越感だのに浸り過ぎるなよ?」

 

「ええ、大丈夫よ! さあ、あの男をどう苦しめてやろうかしら!?」

 

「それでは、俺は此れで失礼する」

 

 エドモンが去った後、早速アヴェンジャー、ジャンヌ・オルタは設定を弄り始めた。

 

「モードは……ヤンデレ・シャトーで行こうかしら? あの男を苦しめるのに相応しいシナリオは…………」

 

 普段の何倍も集中して空中に浮かぶパラメーターを見続け、考え続ける。

 

「……! この設定よ! これなら、あの男だけじゃなくて他のサーヴァント共にも復讐出来るわ!」

 

「おい、ここで余り煩くするな。読者に聞こえるだろ」

 

 エドモンの注意にも機嫌を損ねず、ジャンヌ・オルタは設定を練り続けた。

 

 

 

「最近はすっかり来なくなったなヤンデレ・シャトー」

 

 鞄に文房具を入れつつそう呟いた。

 

「俺としてはちゃんと睡眠できるから良いんだが……

 もしかしてエドモン、病み上がりの俺を気遣いでもしたか?」

 

 あいつ結構常識人だからな、と思いつつも時計を見る。もう寝る時間だ。

 

「っ……フラグ回収の早い事で……」

 

 しかし、ベッドに寝っ転がった俺の背中に、安らぎと共に悪寒が走る。

 悪夢の中で清姫が急に現れた時に感じたりするモノと同じだ。 

 

「……なんだろう……なんか、ヤバイものが来そうな予感が……いや、いつもの事だ……寝よう」

 

 体は震えるが睡眠は必須だ。

 体は恐怖を覚えたまま睡魔に誘われ、悪夢の世界へと落ちていった。

 

 

 

 

「漸く来たわね!」

「チェンジで」

 

 俺の前にはもう1人のアヴェンジャー、ジャンヌ・ダルク・オルタが立っていた。最近はサンタだのリリィだのが追加されたが一番ポンコツな方のジャンヌだ。

 

 そして、ある意味マスターを一番憎んでいる英雄でもある。

 何せ初生では敵として戦い、誕生の時も敵として戦ったのだから。

 

「残念、エドモン・ダンテスなら今は休暇中。

 この情け容赦の無い復讐者、ジャンヌ・ダルク・オルタこそが、貴方を地獄に送る案内人よ!」

 

 ジャンヌ・ダルクは黒い旗を縦に持ち、堂々と宣言した。

 

「さあ、恐怖しなさい。貴方を苦しめる為に考えた、この私がプロデュースした最狂最悪のヤンデレ・シャトー……!

 (トゥルー)・ヤンデレ・シャトー 破滅の婚約者(ブラッディ・マリッジ)

よ!!」

 

「…………」

 

 ドヤ顔をキメるジャンヌ・オルタ。

 

 なんてこった。エドモンがこんなに恋しくなる日が来るなんて。

 

「最狂にして最凶のサーヴァントを用意したわ! 更に、貴方には婚約者がいる設定よ! 全員が貴方の薬指を切り落とすつもりだから、覚悟する事ね!」

 

 リアクションが取れない俺に、情報だけが募っていく。

 ジャンヌ・オルタが旗を振るうと俺の指に婚約指輪が着けられた。

 

「今だけ外せるわ。外して指輪に刻まれた文字を見てみなさい」

 

 細かい所まで練られた私の設定を見てちょうだい……って事ね。

 どれどれ……

 

「K・K & J・d'A・A・S・L……

 どっかで見た事あるぞこの中点の数」

 

「ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ……よ!」

 

 それを聞いた俺は小さく呟いた。

 

「……過去の自分自身だって分かってる……訳ないよな? 黙っておこう」

 

「さあ! さっさと苦しんでくると良いわ! 醜くて無様な逃走劇を、血で染められた愛憎劇を、私に見せなさい!」

 

 婚約指輪が再び嵌められ、抜けなくなった事を確認した俺の視界は歪み始めた。

 

 

 

「――!」

 

 最初に感じて、今も感じているのは悪寒だけ。

 

 どうやら既にサーヴァント達は結婚指輪の事を知っているらしい。

 ならばこちらに近付いてくるのは間違い無い。

 

(逃げる……のは駄目だ。それでは後で言い逃れも言い訳も出来無くな――)

 

「――っんー!?」

「んっちゅ……ん」

 

 まるで見えなかった。気が付けば唇を奪われ舌が口内を貪られていた。

 

「……っぷはぁ」

 

 こちらに気付かれずに接近しキスまでした相手は、高い気配遮断スキルを持つアサシン、静謐のハサン。

 

「……はぁ、はぁはぁ……」

 

 俺の体に僅かに熱が灯る。またしても口内に媚薬を塗りたくられたらしい。

 だけど、前とは違って直ぐに理性が溶けていく即効性は無い。

 

「……? 効き目が悪い?」

 

 彼女も首を傾げている。恐らく今までどんな相手も一度で仕留めてきた彼女にとって薬の効果に違いがあった事は無いのだろう。

 

 マシュの加護と今嵌められている指輪から感じる魔力の影響かもしれない。

 

「マスター……その指輪、外して下さい」

 

 拒否させるつもりの無い静謐は刃物を取り出すとそれを見せつける様に構える。

 

「出ないと……その指、切り裂きます」

 

 この指輪は外せない。

 どんなに頑張って引っ張っても外れないし、それを見せてもヤンデレからしたら葛藤し葛藤し幾ら待っても指輪を外さない男にしか見えないのだろう。

 

「さぁ、マスター……!」

 

 動かない俺に刃物を近付ける静謐。

 

 普段の彼女は決してマスターを望んで傷付けたりはしないし、この場合、精々ジャンヌ・オルタ・リリィを狙う筈だ。しかし、現状俺しかいないし、何より普段より暴走しているのは火を見るより明らかだ。

 

「……」

 

 指輪を外す動作すらせずに黙って彼女を見る。

 

「……ぅして……?」

 

 小さ過ぎてほとんど聴こえない呟き。

 

「……どうして!? どうして外してくれないんですか!?」

 

 虚ろな目に怒りを灯した静謐は刃物をこちらに向け、刺した。

 

「っう! っぐ……!」

 

 急所を避けて、だが倒れながらなるべく痛そうに苦しむ。

 そう考えていたが、その必要がない程に裂かれた腕は痛かった。

 

「あ……ぁ……!!」

 

 静謐は怒りに任せて向けた刃物で傷付いた俺を見て、ショックで言葉が出ない様だ。

 

 もし先の一撃で俺が死んでいても同じ反応をしていただろう。

 彼女にとって俺という存在は大きい。何せずっと願っていた触っても死なない人間だ。

 

「ごめん、なさい……!! 

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! ん、レロレロ……」

 

 涙目で焦り恐怖し始めた彼女は俺の傷口を舐め始めた。これは医療行為ではなく、犬が腹を見せて服従を誓うのと同じ絶対服従の意思を込めての謝罪だ。

 浅い切り傷だったが、右手首から腕まで切り裂かれ、血が床まで流れている。

 

 痛みと指輪の魔力で媚薬が効かないので傷口を舐められるのは問題無いが、染みて痛い。

 

「大丈夫、だから――」

「――まあ大変」

 

「ひっぐぅ!?」

 

 静謐を抱き締めて安心させるつもりだった俺の背後から弓矢が飛んできた。

 

「マスターが襲われているわ。大丈夫?」

 

 正確に静謐の足を貫いたのはアーチャークラスの女神、エウリュアレ。

 足に刺さった矢の痛みに苦しみながらも静謐は俺を抱き締める。

 

「……わ、渡しません……!!」

「邪魔よ」

 

 近付いたエウリュアレは弓矢を俺に向ける。

 

「マスターは、コレで私の物に戻るのよ」

 

 目と鼻の先から放たれた弓矢。魅了効果のある矢が俺の額に当たった。

 

 ……しかし、いつもとは違い、恋も信仰心もまるで何も湧いてこない。

 

「……さあマスター? 貴方が愛しているのは誰かしら?」

「勿論、女神様でっぐぅ!」

 

「マスター!?」

 

 普段の調子で返事をした筈だがエウリュアレは俺へ蹴りを浴びせた。その際、静謐から俺の体は離れた。

 

「……以前より声が低い、返事も数コンマ遅い……! マスター、私を愛していないわね!? 私を騙すつもりだったわね!?」

 

 エウリュアレは涙を浮かべつつも今までに見た事の無い怒りの表情を浮かべている。

 

「うっぐ……」

 

 その小さな足は今だ血が流れている右腕を踏み付けた。

 

「その忌々しい指輪のせいね!?」

 

 クリスマスに実用性重視のプレゼントを配っていたジャンヌ・オルタ・リリィの事だ。この婚約指輪には数多の加護が籠められているだろう。

 

「我慢ならないわ……! 貴方は私の物なのに!」

 

 エウリュアレはご立腹だ。今までどんな男でも虜にしてきた彼女にとっては屈辱だろう。

 その怒りは全て、踏み付けている俺の右腕を襲う。

 

「ぁうぁぁぁ……!!」

 

 痛みに襲われつつも頭の中で打開策を考える。

 指輪が外せない以上、彼女達との会話は不可能。かと言って素直に薬指切断はさせないし出来ない。

 

「マスター、私を愛しなさい」

 

 再び弓矢が放たれ、しかし、俺に触れる寸絶で矢は消える。

 

「愛、しなさい……! 愛しなさい愛しなさい愛しなさいッ!!」

 

 何度も何度も弓を離れ俺を貫こうとする矢。しかし、その全てが届く前に阻まれる。

 

「え、エウリュアレさん! それ以上は――」

「――煩い!」

 

 口を挟んだ静謐の足に、更に矢が刺さった。

 

「っあうぅ……!」

 

「マスター! いい、加減! 私の美に、染まりなさい!」

「ぐぁぁっがぁぁ……!?」

 

 更に踏み付けられた右腕の痛みは増していく。このままだと間違い無く骨が壊れる。

 

「……女神の嫉妬とは、見苦しいです、ね!」

 

 骨折を確信したと同時に、踏みつけていた足が消え、腕が自由になった。

 

「!? っきゃぁぁぁ!!」

 

 小馬鹿にした様なセリフと共に、エウリュアレはパラソルに薙ぎ払われて壁にまで吹っ飛ばされていたのだ。

 

「……静謐さんは、動けそうに無いですし、ほっときましょう」

「た、玉藻……さ、ん……!」

 

 現れたランサー、タマモは静謐をチラッと見ると構う必要が無いとばかりに俺へと視線を移す。

 

「マスター、直ぐに治療致しましょう」

 

 タマモは御札を俺の腕に貼る。

 傷が塞がり、流れる血も減っていく。

 

「失礼ですが私の部屋にご案内致します。本格的な治療はそちらで……」

 

 抵抗する力も残っていなかった俺は、ただ黙って頭を頷く様に下げた。 

 

 

「はい、治療はもう終わりましたよ」

「……ありがとう」

 

 タマモが何を考えているか分からない。

 確かに腕の傷も消え、痛みは無くなったがタマモの狙いは見えない。

 

「……ご結婚、おめでとうございます、マスター」

「あ、いや……そうじゃなくて……!」

 

 俺は慎重に言葉を選んだ。彼女の前で下手な嘘は吐けないが、そもそも結婚をしたのがこちらからしたら事実無根だ。

 

「これは、リリィの方のジャンヌに嵌められて取れなくなっただけで、別に結婚したわけじゃないんだけど……」

 

「……マスター、清姫ちゃんでは御座いませんが、嘘はよろしくありませんよ?」

 

 タマモ俺の左手を掴んで薬指の指輪をあっさりと取った。

 

「っ!?」

「ほら、簡単に取れたでしょう?」

 

 そう言うとタマモは素早く薬指に別の指輪を嵌めた。

 

「これで今度は……いえ、今からは私だけの旦那様ですね?」

 

 はめられた指輪から怪しい魔力が流れてくる。

 先と同じで引っ張っても指輪は外せない。

 

「その指輪は一夫多妻を禁じます。愛人だろうと浮気だろうと、一切許しません」

 

 タマモはそう言うと御札を人形に貼って等身大のエウリュアレに変身させると、俺にその人形を投げた。

 

「うぉ、っ――!?」

 

 

 

『ふふふ……マスター』

 その一言が耳に届いた後、俺の腹に三本の矢が貫通し、開いた穴から真っ赤な血が流れる。

 

 エウリュアレはそれをそっと指で撫で、口に入れた。

 

『マスター……とっても美味しいわ』

 

 

 

 目が覚めた、というよりも目の前に存在していたモノが取り払われた感覚だった。

 

「……っはぁ、っはぁ……!」

「怖かったでしょう?

 あれが他の女どもの本性です。マスターに擦り寄るのは好意だけが目的では御座いません」

 

 そう言ってタマモは人形を元に戻すと俺の手を掴んだ。

 

「ですがご安心下さい。

 タマモはマスターのお側でずっと守って差し上げますから、ね?」

 

 言いながらも指輪を撫でる。先の媚薬の効果が薄れてきたはずなのに体の体温が再び上昇する。

 

「あんなお子様とでは味わえない大人の魅力、たっぷりとお教えますね♡」

 

 婚約指輪とは名だけ、先のジャンヌのアレが夫の浮気をさせない為の足枷だとしたらこちらはペットに着ける調教用の首輪、どちらも俺を縛って管理する為の物だ。

 

「――そこまでです! 私のトナカイ、いえ、旦那様に何をする気ですか!?」

 

 ドアを破壊し部屋にやってきたランサー、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィだ。

 

「あれれ? ちゃーんと、結界や迎撃手段を準備していた筈ですが?」

 

「聖杯戦争に置いて、キャスターはハズレ扱いされている理由、ご存知ですか?

 私の対魔力はなんとA+! 宝具や神代の魔術ならともかく、ランサーに変革した貴方の安っぽい呪術に負ける事など万が一にもありません!」

 

「……抜かしますね。まだマスターのサーヴァントとしても英霊としても日の浅い小娘が……しかも私の旦那様を自分のモノにしようだなんて……」

 

 タマモの魔力が高まる。このままだと、ジャンヌ・オルタ・リリィが負けるのは目に見えている。

 

「皆さんが私に劣っているだけです! 戦闘の為に呼び出されたサーヴァント同士が牽制しあって、それでも互いで争わずにマスターに近付こうとする……

 結婚とは契約! 紙に名前を書いてもらえば、拇印を押せば、渡された指輪を嵌めて貰えればその時点で結婚成立です!」

 

 論理的でしょ? と自慢げだが、無茶苦茶しか言ってない。

 

「嬉しかったです……トナカイさん、私の渡した指輪をちゃんと薬指に嵌めて下さったんですから!」

 

 もう大体察しが付いた。

 きっと俺は指輪を渡されて、着ける素振りを見せないとジャンヌが泣き始めたから仕方無く嵌めたら抜けなくなったんだな。

 

「その指輪は今は私の元にあり、マスターの薬指には私の指輪が有る事は、知っているでしょう?」

 

「そんな物、直ぐに外せば良いだけです! その為に貴方を倒します! 優しいお兄さんと結婚したいと言う子供の夢を奪う悪い大人には消えて頂きます!」

 

「上等です! そんな生意気な夢から、すぐにでも目を覚まさせてあげます!」

 

 お互いに槍を構える2人。

 

 水着とサンタ服なのがシュールだが本人達は本気だ。

 

「はぁ、はぁはぁはぁ、はぁ……!」

 

 だが、俺の方は色々限界だった。体に燃え上がる熱、どうにかなりそうだ。

 

「……不健全ですね。私の指輪は浮気も発情も禁じる色欲封じの効果があったのに、貴方はマスターを発情させる上に他の女性と触れるだけでマスターにトラウマを見せる幻覚作用まで……これだから大人は不潔で乱暴なんです」

 

「子供のママゴトなら他所でなさい。こっちは初めから本気で添い遂げると心に決めているのです!」

 

 お互いの槍がぶつかる。しかし、体格差もある2人には差があり過ぎる。

 

「たぁぁぁ!」

「っちぃ!」

 

 ――と思ったが意外な事にジャンヌが少し優勢だ。

 タマモの鋭い突きを交わし、逆に踏み込んだタマモが距離を開けなければならなくなった。

 

「筋力も耐久も貴方に劣りますが、神殿作成に治療、大分魔力を使いましたね!」

 

 ランサーとなったタマモの魔力はキャスターだったとは思えない程に低い。Bランクのジャンヌの魔力でパラメーターの差をひっくり返される程に。

 

「どうでしょうか……ね!」

「っ!」

 

 タマモはパラソルで踏み込んできたジャンヌの攻撃を受け流すと、後ろに下がった。ジャンヌを誘っているのが分かるが、当の本人であるジャンヌはそれに気付かない。

 

 足が床に付いた瞬間、床に仕込まれていた札が発動される。

 

「っく、風が……!」

 

 札を中心に全方向から集った強風にリリィの動きが止まる。

 

「――受けやがれ! 日除傘寵愛一神!!」

 

 跳躍からの蹴り。斜めの角度から狙うのは急所のみ。

 子供だろうと一切の容赦はしない。

 

「っく――あぁぁぁ!」

 

 辛うじて手に握った武器を前に出して防いだ様に見えたが、見た目以外は宝具級の攻撃を前にジャンヌは後方へと吹き飛ばされ壁に激突した。

 

「あっぐぅ……」

 

「……ふうぅ……どんなもんですか!

 さあマスター、早速夫婦の営みを……」

 

 こちらを向いたタマモはそのままの態勢で固まった。

 

「だいぶ……楽になった……」

 

「冷蔵庫と冷凍庫を開けっぱとか、地球温暖化が加速してしまいます!?」

 

 未だに頭がぼーっとしている。

 こうでもしないとナニをしでかしてもおかしくなかった。

 

「焦らせてしまって申し訳ありません。早速夫婦の初夜を迎えましょう!」

 

 Yes枕を抱えたタマモはそれを放り投げると俺を冷蔵庫から放して俺をベッドへと連れて行く。

 

「っはぁぁぁ!」

 

 が、そうはさせないと槍が突っ込んで来た。ジャンヌ・オルタ・リリィが瓦礫を増やしながらも壁を蹴ってこちらに突っ込んで来た。

 

 タマモは跳躍して避けるとベッドに俺を置いた。

 

「っく! 流石に倒し切るとは思ってませんでしたが……!」

 

「これで終わりにします!

 優雅に歌え、かの聖誕を!!」

 

 ジャンヌが槍を掲げて歌い始める。 

 

 しゃんしゃんしゃん、しゃんしゃんしゃん、と子供らしい可愛らしい声が響き、上から何かが降ってくる。

 

 プレゼントだと思ったそれはタマモの周りで大爆発を起こし、俺の頭上から落ちてきた白い袋は覆い被さるとそのままリリィの元へと移動していた。

 

「さあトナカイさん、急ぎましょう!」

 

 袋越しで触れられているせいか例の幻覚は発動せず、発情させられてボーッとしている俺は只々運ばれるだけだった。

 

 

 

「これで良し……っと! 全く、タマモさんにはやはりモラルが足りませんね! 子供も多いカルデアで、こんな破廉恥な指輪をつけるだなんて、プンプンですよ!」

 

 外した指輪を破壊したジャンヌは自分の指輪をそっと付けた。

 

「本物の指輪は子供では手が届きませんが、加護の効果は本物です! 私がしっかり大人になるまで、トナカイさん、待ってて下さいね?」

 

 後ろで両手を組んで頼む仕草が可愛らしいが、俺は今の状況に大変な不満があった。

 

「……で、この首輪は?」

 

 俺は自分の首を指差した。

 

「子供の私がトナカイさんを管理するにはこれくらいが必要かと思いまして……

 でも大丈夫です! 健康管理から将来の事も、全部私が完璧に管理してみせます!」

 

 そう言うとジャンヌは手帳を開いた。

 

「トナカイさんに最適な睡眠時間は夜9時から朝6時です。カロリーの取り過ぎが見られるので食生活も見直します。

 男性フェロモンが高まると他の女性にモテてしまうそうなので…………さ、流石に……ほ、本番は無理です、けど! て、手で、適度に発散させて、しっかり管理させて頂きます!」

 

 子供にやらせる事じゃない。

 顔を真っ赤にしながら何か読み始めているジャンヌ・オルタ・サンタ・リリィに不安を感じる。

 

「男性は発散させないと、体がそれを繁殖機能的に異常だと感じて、フェロモンを出してしまうそうです! 他の女の人、特に正しく育ったジャンヌ・ダルクが迫ってきたら、トナカイさんでもイチコロです!」

 

 あわあわと焦り始めるジャンヌ、多分そろそろ始めてしまうだろう。

 

「トナカイさんが! 急がないと、取られてしまいます!」

 

 暴走状態のリリィが迫る。小さな手が俺のズボンに迫った――

 

 

 

「――ストップ! ストップ! 何をしようとしてるのよ、幼い私は!?」

 

 司会役からストップがかかった。漸くサンタ・リリィが過去の自分だと認識したらしい。

 

「それに、なんで指輪の話をしただけで自害した奴もいるの!? 全然盛り上がらないじゃない!?」

 

 エドモンが解説を始めた。

 

「ふん、ただ難易度を上げて性格を変に歪ませるだけではそうなる。

 マタ・ハリは病みが足りなかったせいで指輪の話を聞いてあっさりと諦め自害し、清姫は病みが深過ぎて自分以外と結婚するのは安珍では無いと安珍に会うため自害した」

 

「性格が面倒な奴らが多過ぎるのよ!」

 

「……」

 

 エドモンが黙った。恐らく、ジャンヌ・オルタのセリフが見事過ぎるブーメランだったからだろう。

 

「やれやれ……どうやら、貰った暇も直ぐに終わりそうだな……」

 

 エドモンの溜息を最後に、俺は現実に目覚めた。

 

 

 

 そろそろ、クリスマスだ。




次回はクリスマスっぽい話が書きたいなぁ……更新が遅れない様に頑張りたいと思います。


UAが35万を超えました!
お礼企画はまだしませんが、大変嬉しいです! 読んで下さった皆さん、本当にありがとうございます! 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・クリスマス2016 準備編

クリスマはバビロニアで過ごす事になりそうな作者です。
1月に入ったら親戚やら旅行やらで投稿が遅くなると思います。ご了承下さい。


 

 

「クリスマスパーティーの手伝い?」

 

 エドモンが俺の頭を少し下げて頼んで来たのは、クリスマスの1週間前の夜だった。

 

「ああ、と言うのも、昨日からサーヴァント共にクリスマスのパーティーの準備をする様にと聖女ではない方のジャンヌが伝えたんだが……」

 

 エドモンは溜息を吐く。

 

「何をどう間違えたか、何人かのサーヴァント共はそれぞれ違う場所、違う時代でクリスマスの準備を初めてしまった……」

「それ、どう考えてもジャンヌが悪いだろ?」

 

 俺の指摘に何処からともなく、ジャンヌが現れた。

 

「違うわよ!? 私はちゃんと、“聖夜の準備を始めなさい”って言ったわよ!?」

「あー……なるほど」

 

 その言葉に納得がいった。

 恐らく、ジャンヌ・オルタは分かっていない、と言うよりも純粋に聖夜と言ったのだろうが、ヤンデレ化したサーヴァントは“そっち”方面に考えたんだろう。

 

「なので、済まないが緊急事態だ。レイシフトを行い、サーヴァント共を此処に連れて帰ってくれ」

「それはいいけど……どうやって?」

 

「安心しろ。誤解を解くために堕ちた聖女を連れて行け。リリィの方だがな」

「アヴェンジャーさーん!」

 

 後ろの方から幼い声がする。振り返ると飾り用のベルを持ったジャンヌ・オルタ・サンタ・リリィがツリーを指差していた。

 

「届きません! 椅子か何かありませんか!」

 

「む、すまない。忘れていた」

 

 エドモンは指を鳴らしてツリーの側に椅子を出した。

 

「よいっしょ、っと……あれ!? トナカイさん!」

 

 ベルを飾ったジャンヌ・リリィは俺に気付いてこちらにやってきた。

 

「トナカイさん! 皆さんを迎えに行くんですね! お供します!」

 

 そう言ってジャンヌ・リリィは俺の手を嬉しそうに握る。

 それをジャンヌ・オルタは苦虫を噛み潰した様な……否、恥ずかしいだけだな、アレは。

 

「と、とっとと行きなさいよ! 聖誕祭なんてどうでも良いけど、私のせいで祭りが出来無いなんてたまったもんじゃないわ!!」

 

 こうして俺の少しおかしなクリスマスが、始まった。

 

 

 

「トナカイさん、最初は此処です!」

 

 レイシフトする前にリリィに連れて来られたのはカルデアの一室、マシュ・キリエライトの部屋だ。

 

「まずはマシュか……」

「はい! 難易度は低そうですし、チョチョイと連れていきましょう!」

 

 まあ、伝言の訂正をするだけだ。気楽に行こう。

 

「マシュ、いる?」

『せ、先輩!? 今開けますね!』

 

 ノックして声をかけると直ぐにドアが開き、中から私服姿のマシュが現れた。

 

「ジャンヌの伝言が正しく届いているか確認に来たんだけど……」

「ジャンヌさんの伝言……聖夜の準備ですね! ですから、先輩と一緒に楽しむ為にこうして準備をしています!」

 

 部屋を見る。

 ナイチンゲールがニッコリしそうな程にホコリも塵も無く、カーテンも赤と緑のクリスマスカラーに変わっている。

 タンスの上には50cmサイズのクリスマスツリーが置かれており、プレゼントもある。

 

 ベッドのサイズが少し大きい事とその横にある怪しげなお香には目を瞑ろう。

 

「あー……実はあの伝言、クリスマスパーティーの準備を、って意味で――」

「――はい! ですから、こうして先輩の為にセッティングさせて頂きました!」

 

 駄目だ。マシュの中ではクリスマスは俺と一緒にいるのが当たり前になっている。

 

「先輩は1年中大勢のサーヴァントに囲まれて大変でした。

 一杯迷惑かけられて、トラブルに巻き込まれて……

 ですけど、クリスマスは私と、純粋なサーヴァントでは無い私とだけ、一緒に過ごしましょう。 誰にも邪魔はさせませんし、このマシュ・キリエライト、全身全霊で護らせて頂きます!」

 

 マシュは俺の両手を掴んで部屋に引き込もうとするが、それをジャンヌ・リリィが止めに入った。

 

「ま、マシュさん! クリスマスは皆で楽しむ日ですよ!?」

 

「ええ、ですから、先輩と私で楽しみます。皆さんもどうぞパーティーでも飲み会でもしていて下さい」

「もちろんトナカイさんもパーティーです!」

 

 ジャンヌ・リリィがそう叫ぶとマシュの動きがピタっと止まった。

 

「……え? 今、なんて言いました?」

「トナカイさんも一緒にパーティーを楽しむんです! ね? トナカイさん!」

 

 地雷だ……踏まれた地雷は今まさに俺の足元で現在進行形で起動音を立てている。

 

「せん、ぱい?」

 

(皆で楽しくやろう!)

「まあ、そういう事なんだけど……マシュはパーティー……嫌か?」

 

 もう1つの選択肢は心に仕舞い、マシュに遠慮気味に尋ねる。こう言われればヤンデレでも断るのは難しい筈だ。

 

「……嫌です」

「え……?」

 

 予想外の返答。

 

「イヤです! 先輩、クリスマスは! いえ、これからはずーっと! 私とだけ一緒です!」

 

 狂気に飲まれたマシュはこちらに襲い掛かってきた。

 

 

 

《パーティを選択して下さい》

 

 

 

「……せん、ぱい……一緒、に……」

「よっと……」

 

 戦闘の末、倒れ込んだマシュを受け止める。

 

 やれやれ……

 ターゲット集中スキルでチャージが貯まるのがやたら早いし、バーサーカーでも弱点が突けない上に防御バフがあるからダメージ稼げないし、2ターンに1回は無敵付加するしで敵に回ると倒しにくい事この上ないなこの娘……

 

 ジャックの情報抹消からの防御無視女性特攻付加宝具が無かったら大変だった……

 

「悪いけど、クリスマスパーティーの手伝い、ちゃんとしてもらうからな?」

 

 マシュを運ぼうとする俺にジャンヌ・リリィは待ったをかけた。

 

「トナカイさん! 回収は未来の私が致しますので、私達は次に行きましょう!」

「分かった」

 

「先輩……一緒に……」

「悪いな……また今度、な?」

 

「さっさと次の回収に行きなさい」

 

 ジャンヌ・オルタにマシュを任せると、俺とリリィはレイシフトを開始した。

 

 

 

 ……所で、マシュがドロップしたサンタフォウ君人形は幾つ集めて何処で交換すれば良いんだ?

 

 

 

「……此処は……」

 

 俺達がやってきたのはカボチャやお菓子がそこら中に置かれた街広場の様だ。

 

「ハロウィン、でしょうか? まだ飾り付けられてますけど、もうとっくに終わっていますよね?」

「って……此処って事はつまり……!」

 

「あら、仔ブタじゃない!」

「来てくれたのね!?」

 

 登場サーヴァントに気付いた俺の後ろから声をかけて来たのは、キャスタークラスのエリザベート〔ハロウィン〕とセイバークラスのエリザベート〔ブレイブ〕だ。

 

「……何をしてる?」

 

「見れば分かるでしょう? 聖夜の準備よ!」

 

 誇らしげに言うハロエリ、ブレエリもそれに続く。

 

「聖夜と言えばライブ! ライブと言えばこの私達!」

 

「あの、聖夜とはクリスマスの事ですよ? それにハロウィンはもう終わってますし……」

 

「シャラップ! 此処は私達の国! 私がハロウィンと言ったら365日、24時間ハロウィンなの!!」

 

 これは黙っていられない。何か言ってやらないと……

 

(ヴラド叔父様ぁ!)

「アッセイ、アッセイ!」

 

「っひぃ! 筋肉ダルマはやめて!」

 

 流石にこの脅しは効いたらしい。

 Extraの方の叔父様を呼んでも良かったんだが、またやり直しを食らうのはゴメンだ。

 

「こ、こうなったら! アンタ達を倒すまでよ!」

「クリスマスは滅びて子ブタも手に入る! 一石二鳥ね!」

 

 何か無茶苦茶言い出した。

 

「子ブタには逆らった分だけ優しぃーく拷問した上で」

「ライブを特等席で聞かせて」

「「私達のディナーをタップリ食べさせてあげるから、覚悟しなさい!」」

 

(拷問しかない!?)

「拷問しかない!?」

 

「ハロウィンなんて悪い文明、ここで滅ぼしてあげましょう!

 あと、トナカイさんに七面鳥をあーん、してあげるのは私です!」

 

 

 

《アーチャーとライダーがオススメです》

 

 

 

「や、やっぱり、竜とか爬虫類は……」

「冬が、苦手よ……」

 

 倒れる2人を抱える。鎧の方が重いが黙っておこう。

 

「暖房があるから暖かい部屋でパーティーの準備してくれよ」

 

 やってきたジャンヌ・オルタに2人を預ける。

 

「全く、何で私が……ブツブツ」

 

「これでハロウィン撃破! このままバレンタインとかも倒してしまいましょう!」

 

「いや、それはきっとアルテラさんの仕事だから……」

 

 ドロップ品の回収は済ませたけど、何だこの赤い鼻と角の付いたカボチャは……?

 

 

 

「レイシフト完了、っと」

「此処は、不思議な場所ですね……なんだか私に特攻が付加される予感がします!」

 

 着いた場所は平原。

 見渡すと方角ごとにお菓子の国や海、氷の城や墓地が見える。

 記憶が正しければ此処は……

 

「魔法少女の国か」

「魔法少女、ですか?」

 

「その通りよ」

 

 声ともに現れたのは黒いマント赤い服装、褐色肌のサーヴァント。

 

 アーチャークラス、クロエだ。

 

「お兄さん、随分早くやってきたわね? まだ性夜の準備、出来てないんだけど?」

 

「……直球で間違えてきやがったな……」

「……あの娘、あんなに露出して寒くないんでしょうか?」

 

 ジャンヌ・リリィ、君がそれを言うのか?

 

(ジャンヌは寒くない?)

「2人共、上着いる?」

 

「寒くはありませんが……トナカイさんのだったら、欲しいです!」

「私にも頂戴♡」

 

 魔術協会礼装の上着を2人に渡した。

 

「クンカクンカ……うぇ、薬品の匂い……」

 

「魔術協会の礼装だからなぁ」

 

 それでも大事に畳んで仕舞ったクロエは小悪魔的な笑みを浮かべる。

 

「それじゃあお兄さん、何処でシタい? お菓子の家で甘々? 船の上で激しく? 図書館で静かにも良いし、お城のキングサイズベッドの上なんか、極上よ?」

 

 ジャンヌはそれを聞いて顔が真っ赤だ。

 

「ふ、不潔です!

 聖誕祭をなんだと思ってるんですか!?」

 

「え? 恋人と過ごす日でしょう? ホワイトに、ね?」

 

「……トナカイさん……この娘へプレゼントは純粋な子供になれる様、素敵な絵本がいいと思います」

 

(赤ずきんとか?)

「浦島太郎とか?」

 

 それを聞いたクロエは妖しく笑う。

 

「浦島太郎ぅ? 亀に跨がる話?」

「一先ず、この娘を黙らせます!」

 

「あ、お兄さん。負けたらこの娘も手錠で縛って仲良く監禁ね!」

「……え?」

 

 

 

《静謐とか連れてくとゆりゆりだよ》

 

 

 

「こ、この娘怖いです! 戦闘中に何度も何度もキスしようしてきました!」

 

 負けたクロエではなく泣き付いてきたジャンヌを抱きしめる。

 

「ぐふぅ……その娘、ライダーじゃなくて、ランサーなのね…………相性最悪……」

 

「それじゃあ、カルデアでクリスマスパーティーの準備、よろしく」

 

「うぅ……魔力足りないから、お兄さん、キスしよう?」

 

 クロエは抱き着こうとするがジャンヌ・リリィが首を掴んでそれを許さない。

 

「さっさと持ってちゃって下さい!!」

「はいはい……」

 

 今回のドロップ品は、赤と緑の魔法のステッキか。もしかして、周回とかしないといけないのか?

 

 

 

「海です! 海ですよ、マスター!! こんなに早く海が見れるなんて!」

 

(楽しそうだね)

「嬉しそうだね」

 

「はい! ……ゴホンゴホン! いえ、今はお仕事中です! 早速此処にいるサーヴァントさんを見つけましょう!」

 

 ジャンヌ・リリィはそう張り切って辺りを見渡した。

 

「無人島、でしょうか?」

 

 どう見ても以前遭難したウリ坊の住む島だが、家が立っている。

 

 鉄でも無ければ木でもない。現代の家、と言った感じだ。

 

「すごい違和感ですね。森の中に普通の家が立ってますよ。あ、あんな所に電波塔らしきものが!?」

 

(あっちには畑もある)

「こっちには牧場が……」

 

 俺達が辺りを見渡していると、家から誰か出てきた。

 誰かと思って目を凝らしているうちに、跳躍しながらこちらに凄い速さで近付いてきた。

 

「ん……なんだ、マスターか」

「えーっと……水着を着た、スカサハさん?」

 

 やはりというべきか、この無人島に家を建てて暮らしているのはスカサハだった。

 

「性夜、つまり夫婦が営みを行う夜だろう? まだ結婚もしていなかったのを思い出してな。教会を建てるついでに色々住みやすく整えておこうと思ってな」

 

「一夜どころか今後の人生の準備まで始めてしまってますよ!? 聖夜は聖なる夜、聖誕祭の事です! 何でパーティーの準備をしてくれないんですか!?」

 

 リリィがそう言うと、スカサハはこちらを見てから、考え始めた。

 

「……多妻……霊基……私が3人……」

 

(そっちのパーティーじゃないから!)

「ジャンヌはカルデアの皆でクリスマスを祝いたいんだ」

 

「む? マスターは私とだけ夜を共にすれば良いだろう? 他の者は好きにすればいい」

 

「駄目です! トナカイさん、マスターさんも一緒じゃないと駄目なんです!」

 

 リリィは槍を構えた。

 

「子供のワガママを叱るのは大人の役目か……」

 

「マスターさん! あの人にクリスマスがなんたるか、しっかり教えてあげましょう! セクシーじゃなくてハッピーこそが聖誕祭です!」

 

 

 

《アサシンってチャージ短いから面倒》

 

 

 

「勝ちました! さあ、帰ってクリスマスの準備をしてもらいますよ!」

 

 リリィは勝利を素直に喜んだ。誇らしげだ。

 

「仕方あるまい……

 所でマスター、サンタ姿のキャスターは要らないか?」

 

 スカサハの言葉の意味を直ぐに理解した。この人ならまた霊基を弄りかねない。

 

(若いし、イケる)

「間に合ってます」

 

「そうか……短すぎるミニスカートに挑戦しようと思ったのだが」

「クリスマスは健全に!」

 

 問題発言が続くがリリィに引っ張られジャンヌ・オルタまで連行されたスカサハはカルデアへと帰って行った。

 

「皆さん、おかしいです! クリスマスはそんな不潔な行事じゃないですよ!」

 

 昨日は似たような事をジャンヌ・リリィにされそうになったのだが、本人は覚えていないのだろうか?

 

「……き、昨日のあれは……その……み、未来の私が悪いんです!

 あんな破廉恥な真似、マスターさんと結婚するまでは絶対にしません!」

 

 微笑を膨らませて怒るジャンヌ・リリィ。恥ずかしいのか顔をそらしたが、すぐにこちらに戻した。

 

「……だから、今はこれだけで、良いんです!」

 

 そう言ってジャンヌ・リリィは俺の手を握った。

 

「……海、あっさり来ちゃいましたね」

 

 握ったまま、海を見つめる。それに習って、俺も海を見た。

 

(そうだね)

「ジャックとナーサリーには内緒だ」

 

「……! はい! 今度はちゃんと、2人も連れていきましょう!」

 

 リリィが笑うと、スカサハのドロップしたスイカ柄のベルが小さく鳴った。

 




イベント配布サーヴァント勢揃い。(金時とアイリと式は除く)

アルトリア・オルタ・サンタも裏方ですので出番なしでした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・クリスマス2016 マイ・マイン・プレゼント

今回の話は複数のマスターが欲しかったので、以前行ったお礼企画で採用されなかった方から数名程選ばせて頂きました。
一緒に登場するサーヴァントもなるべく企画の方で希望されたサーヴァントになるようにしました。


滑り込みでソロモン行きのチケット手に入れました。
良い新年の為にも魔術王討伐、微力ながら助太刀させて頂きます。

メリーグランドオーダー!


「あ! そういえばトナカイさん、夜中に皆さんの枕元に置く為のプレゼントは用意しました!?」

 

 全てのサーヴァントをカルデアに帰えして来た俺とジャンヌ・リリィ。しかし、リリィが俺に突然そんな事を言い出した。

 

「ん? いや、何も……」

「じゃあ急いで準備しないと! こっちです!」

 

 リリィは慌てて俺を引っ張り始めた。

 

「さあ、どうぞ!」

「……工房?」

 

「いえ、アイテム交換ショップです! さあ、ドロップアイテムとプレゼントを交換しましょう」

 

 リリィがそう言うと俺が持っていた人形、カボチャ、ステッキ、ベルが机に置かれた。

 

「プレゼントはこちらになります!」

 

 そう言ってリリィはカタログを見せてきた。どうやら幾つか種類があるらしい。

 

「サーヴァントへのプレゼント……

アルトリア・サンタの皮肉セット、

ジャンヌ・リリィの実用セット、

エドモンの無難なセット、

ジャンヌ・オルタのヤンデレハードセット……説明求む」

 

「全員に渡すプレゼントです! 渡す物によっては反応が変わりますよ」

 

 つまり、渡す物によってはそのまま殺されたり捕まったりする可能性があるのか……

 

「最後は論外として……ヤンデレ関連だとエドモンも地雷な気がするな……なら1番か2番か……」

 

 内容が分からないんじゃ決めようが無い。

 決め兼ねていた俺をワクワクしながら待っていたジャンヌ・リリィの元に電話が届いた。

 

「はい、もしもし! こちらジャンヌ・オルタ・サンタ・リリィのアイテム交換ショップで……はい! ジャンヌ・オルタのヤンデレハードセット、山本皐月さんですね! 直ぐに届けますね!」

 

「……え?」

 

 そんな危ない物を頼む奴がいるのかと驚いていると、ジャンヌ・リリィはプレゼントを担いだ。

 

「ではトナカイさん! ちょっとお届け物に行ってきますね!」

「ああ……」

 

 

 

「……よし!」

 

 プレゼントセットを受け取った僕は早速部屋へと向かった。

 

 モードレッドが大好きな僕からすれば1番の危険物こそ大当たりだ。間違い無い。

 

「ダブルモードレッドにヤンデレ気味に迫られるとかもうこれ勝者なんかじゃなくて覇者なんじゃないかな! 楽しみだな!」

 

 早速プレゼントセットの中身を確認する。中にはリストがあり、渡すプレゼントと渡される対象が書いてある。

 

(ふむ……プレゼントは夜中にそれぞれの枕元に届くのか)

 

「モードレッドには……婚姻届!

 水着のモードレッドにも、婚姻届!

 もう勝ち確定だ!

 あれ? これヤンデレじゃなくて普通にウェディングじゃない?」

 

 普通に嬉しいんだけど……と思いつつ他のサーヴァントに目を通すと、僕はそこで絶句した。

 

「……アルトリア一同は……セイバーとセイバー・オルタに名前の彫って無い婚約指輪!? リリィにはウエディングドレス2着!?

 乳上には人造生命用の長寿薬にオルタは受肉の叶う聖杯で、ヒロインXには魅了薬……?

 サンタには恐怖薬で水着には解毒剤……」

 

 そこまで読んでリストを地面に置いた。

 頭の中の恋愛シュミレーターと戦闘シュミレーターが同時に起動し始めた。

 

 つまり……

 

「マスター! お、オレと結婚してくれるのか!?」

「マスター、オレとだよな!? マスター!?」

 

 ダブルモーさんに迫られて……

 

「――違うな」

「私達に指輪が届いたんです。

 つまり、マスターの望まれているのは私達……そうですね、マスター?」

 

 ダブルセイバーから指輪を奪い取り……

 

「マスター……未熟な私ですけど、こんな……!

 こんな素敵な衣装を頂けるなんて……感激です!  

 マスター、一生幸せにして頂けたら、嬉しいです……♡」

 

 リリィからドレスを剥ぎ取って……

 

「マスター、モードレッドと長く過ごしたければ精一杯私に尽くす事です。

 モードレッドの伸びた寿命が無くなるまで、ですよ?」

「反逆者である息子の受肉など、許す訳がないだろう?

 どうしてもしたいと言うなら、身も心も、全て私に差し出せ、マスター」

 

 乳上2人から例のブツを奪って……

 

「え? 今日の私が魅力的、ですか?

 当然です。全てにおいて他のセイバーに勝るのが私の目的。マスターを虜にするのも当然私です。

 ……私の青いジャージを白く汚したいなんて、マスターは変態ですね。良いですよ、私は他のセイバーよりも寛容ですからね」

 

 ヒロインXの魅了に打ち勝ち……

 

「マスターと……こ、婚約?」

「っひぃ! こ、こっちに来るな!」

 

「恐怖薬を飲んだ2人はマスターに恐怖を覚える……

 あの状態のモードレッドに近付こうなんて、優しいトナカイなら出来ないだろう?」

「恐怖薬の解毒剤はこちらです。戦えるサーヴァントがいれば、私達に挑んで下さい。

 それとも……孤独なって人肌が恋しいでしょうか?」

 

 最後にサンタと水着を打ち倒せば晴れてハッピーウェディング間違い無し!

 

「そうと分かれば直ぐに対策を立てないと!」

 

 

 クリスマス当日、プレゼントにマイルームの合鍵を貰った静謐が一番に部屋に侵入し、婚約届を持ったモードレッド達が僕の隣で寝ている静謐を見て弁解する暇なく殺された。

 

 

 

「……さて、どうするか」

 

 俺はリリィが出ていって、戻ってきてからも悩見み続けていた。

 此処は皮肉か実用セットが一番良いと思うが……

 

「はいもしもし? 

 ……ジャンヌ・サンタの実用セットですね! お名前は?

 ヴォルフさん? 変わったお名前ですね……はい! 直ぐに用意致します!」

 

 またしてもリリィは注文を受けて届けに向かった。

 

 

 

 頼んで直ぐに届いた。

 ヤンデレ・シャトーの便利さに驚きつつも、ヴォルフと書いてある部屋に入る。

 

「確認、確認……!」

 

 実用セットを受け取った自分はマイルームでその中身を確認し始めた。

 

 ヤンデレサーヴァントに強制的な贈り物なんて嫌な予感しかしない。

 否、一部ぜひ迫られたいサーヴァントはいるけど……

 

「えーっと先ずは……ステンノへのプレゼントは……パールのイヤリングかな?」

 

 少し黄色が恐らくそういう色の真珠なんだろうと思い、次に目を通した。

 

「次はマタ・ハリ……セーターか?」

 

 思っていたよりもまともな物だと安堵した。色もオレンジで普通だし、安心だ。

 何か特殊な仕掛けがあるかも知れないけど……大丈夫、保温機能としか書いてない。

 

「タマモキャットには……首輪?」

 

 思わず落としそうになった。こんな物、イヤらしい事以外に一体どんな使い道があるんだろうか?

 

「静謐のハサン……ゴクリ! い、一番の難敵だなぁ……!(そわそわ)

 ……だ、抱き枕……だと…………?

 実用性はあるけど……これじゃあ、迫ってくれないじゃないか!」

 

 一番の楽しみだったのにと肩を落とす。合鍵くらい渡しても良いのに……

 

「沖田さんかぁ……プレゼントはやっぱり薬かぁ……まあこんな物だろうな」

 

 勝手にプレゼントが届いてしまうそうなので自分はプレゼントを確認するとそのまま寝てしまった。

 

 

「……ふふふ、マスター……「まだ起きないの?」」

「……んぁ……?」

 

 誰かに呼ばれて目を開けた。聞いた事がある筈だが声が重なって聞こえるので誰かは分からない。

 

「マスター……早く起きないと……「抜け出せなくなるわよ?」」

 

 耳にその言葉が届き、優しい手つきで頭を撫でられるとボヤケた視界が晴れ渡った。

 

 その時既に体と心は既にその声に溺れていたんだ。

 

「――す、ステン、ノ?」

 

 思わず疑問が口から出てきた。

 紫色の美しい髪、幼くも完成された美貌。

 プレゼントとして送られたイヤリングを両耳に付けたステンノ……エウリュアレ?

 

「「どっちも違うわ。

 私は(ステンノ)でも(エウリュアレ)でも無い……2人だった女神が1人になっただけ……英雄を虜にする女神が、貴方だけを虜にする女神になっただけ……こんな奇跡、起こっていいのかしら?」」

 

 重なって聞こえる2つの声。

 揺れるイヤリングを見て、7つの龍玉を集める漫画を思い出したがそれもしゅんと頭から消えた。

 

「「つまらない事は考えなくていいの……ねぇ? 貴方の心も、思考も、体も、運命すら……私の虜なんだから……」」

 

 ああ……そうだ。そうだった。

 つまらない事を考えるのはやめよう……

 

「「貴方は私を愛するの。

 今までの私達に抱かされた信仰(イタズラ)の愛では無く……最愛の妹の様、最愛の姉の様に……そして、最愛の恋人として……」」

 

 その言葉に頷いた。

 

 自分はベッドに腰掛けて微笑むその姿を見て、寂しがり屋な妹に、欲しがり屋な姉に、恋人である彼女の唇に、重ねるだけのキスをした。

 それだけでは物足りないので、彼女を抱きしめた。

 

「「ん……抱き締めなくても、ステンノ()エウリュアレ()は逃げ無いわよ?」」

「寒いから、しばらくこうしてさせてくれないか?」

 

 自分の言い訳は彼女には通じず、見破った彼女は耳元で囁いた。

 

「「しょうがないわね…… 

 ……優しくして、ね?」」

 

 愛らしい顔でそう誘われてしまうと、もう抱き着くだけでは我慢出来なってしまった。

 

「――ちょーっと待った!」

 

 せっかくの良い雰囲気をドアと共にぶち壊して入ってきたのはセイバーのサーヴァント、沖田さんだ。

 

「お薬で体の調子が良くなって気分も昂ぶってきたのでマスターにお礼も兼ねて部屋を訪れたら別の女と抱き合ってるなんて……沖田さんプンプンです! 殺してでもそのポジション、頂きます!」

 

「「あらあら……物騒ね? そこまでしてマスターと抱き合いたいの?」」

 

「当然で…………あれ? 言われてみればそうでも無いような?」

 

 頭を掲げた沖田さんは刀を下ろした。

 

「「マスターの隣は私だけで、問題ないわよね?」」

 

「……はい! 構いません! お邪魔してすいませんでした!」

 

 沖田さんは納得してくれた様でそっと部屋から出ていった。

 

「「貴方を虜にするのは私だけ……他の女の愛情なんて要らないわ……そうでしょう?」」

 

 そう言って彼女は笑う。耳元で響くその声は甘美で、今すぐに彼女を優しく愛したくなる。

 

「もう! マスターったら大胆ね! 暖かいセーターだと思ったらこんなに谷間が見ちゃうなんて

 ……あらごめんなさい。ごゆっくりね?」

 

「マスターが他の女といるワン! この首輪、マスターに付けるべきと見た! 

 ……あ、朝食食べないと……」

 

 彼女の唇をもう一度奪う。それでも瞳は彼女に奪われたままだ。

 

「「メリークリスマス、マスター。

 新たな女神の聖誕を、貴方の愛で祝ってちょうだい」」

 

 

 

「……なんか実用セットは伏兵な気がしてきた……」

 

 サーヴァント強化アイテムとかがプレゼントにされてしまうとどうなるか分からない。ならば此処は残った皮肉セットを選ぶべきか……

 

「トナカイさん? 早く選んで下さいね?

 あ、はいこちらジャンヌ・リリィです! アルトリア・サンタの皮肉セットを1つですね! 念覚(むねさと)さん……っと! ではすぐに届けますね、はい!」

 

 リリィは袋を1つ担ぐとまた出ていった。

 コレ、展開的にエドモンの無難なセットを選ばなきゃ駄目な奴か?

 

 

 

「……流石にリリィの未熟ぶりが恐ろし過ぎるから皮肉セットを選んだけど……

 安全とは言えないけど多分これで正解なハズ……」

 

 少し震える腕でプレゼントの入った袋を開ける。そして、その中に有ったリストに目を通した。

 

「セイバー沖田へは……写真? なんの?」

 

 気になってプレゼントを開けようとするが開かないので諦めた。

 

「セイバーアルトリア・オルタ……サンタセット?」

 

 サンタセットが通常のオルタにとっての皮肉なのか? 分からない。

 

「バーサーカークラスのナイチンゲール……本? 一体なんの本なんだ?」

 

 写真と同じ様に開く事が出来ないプレゼントに、苛立つ。

 

「ジャンヌ・オルタにも写真!?

 気になるけど、開けれないし……」

 

 2人も写真とは、果たして何なんだろうか?

 

「最後はアタランテ……ローション?」

 

 最後は随分直球なプレゼントが用意されていた。いかにもいやらしい事に使えと言ってるようなものだ。

 

「……どうしよう。

 結局、明日何が起こるかまるで分からないままだ……」

 

 それでも時間は過ぎて、俺は届けられるプレゼントに最善の期待を抱くしかなかった。。

 

 

「マスター……朝ですよー? 起きてくださーい」

 

 頬をペチペチと叩かれて目を覚ます。寝起きは悪い方だと自負していたが、覚醒しなければならない事態に陥っていた。

 

「お、沖田!? な、なんで捕まって!?」

 

 両手首を背中で組まれたまま縄で縛られていた。

 

「あ、マスター。お早う御座います。

 あんまり起きるのが遅かったので死んでしまった……死んで…………死……」

 

 沖田は目を伏せた。それが恐ろしく、私は彼女に問いを投げた。

 

「……ど、どうしたんだ沖田さん? 

 此処は、沖田さんの部屋だよね? なんで縛ってるの?」

 

 沖田は目を合わせず、懐から何かを取り出すとこちらにそっとそれを見せた。

 

 見せられたのは写真。写っているのは、傷付いて倒れている自分の姿だった。

 

「……マスター……なんですかコレは? 何でマスター、こんなにボロボロなんですか?

 マスター、沖田さんにこの事は何も言ってないですよね?」

 

 写真の裏には第5特異点にて、と書かれていた。恐らくレイシフトしてナイチンゲールに出会う事になった時の写真だ。

 

「マスター?

 沖田さんは今、凄く怖いです。マスターが、病弱な私の知らない所で傷付いて倒れるのが、凄く怖いです」

 

 沖田は漸くこちらに視線を向けた。その目には涙が浮かんでいた。

 

「マスター、ここにいましょう? ずーっと此処にいて下さい。沖田さんはマスターがいないと不安で不安で夜も眠れません」

 

 沖田は俺の手首を縛る縄をなぞって、俺の腕を触った。

 

「マスターは、ちゃんとここにいるんですね! 私の手が届く所にいるんですね! アハハハ!」

 

 笑う沖田。俺という存在に触れて、大喜びのようだ。

 

「アハハハハ…………う、ぐふぅ!?」

 

 笑い過ぎたのか、病弱スキルの発作が起こり、抑えた口から少量の血が溢れる。

 

「っ……」

 

 数秒固まって発作に耐えた沖田は口元に浮かべた笑みを隠しながら、こちらに近付いた。

 

「んー!」

「っう!?」

 

 沖田の口から血が流れてくる。喉へと流し込まれ、防ぐことは出来ず、飲み込んでしまった。

 口一杯に鉄の味が広がる。

 

「っはぁ、っはぁ!」

 

 その味に吐き気が込み上げる。沖田がそっと背中を擦った。

 

「大丈夫ですよ。マスターの体と私の血は相性抜群です。だから、安心して栄養にして下さいね?」

 

「――殺、っ菌!」

 

 突然ドアが破かれたと同時に、バーサーカー、ナイチンゲールが現れ、沖田を蹴り飛ばした。

 

「っく! バーサーカー!?」

 

「マスターに血を飲ませた? 貴方の病が伝染ってしまったらどう責任を取る気ですか!?

 やはり、こんな不衛生な輩にマスターは任せられません!」

 

 ナイチンゲールは俺を縛っていた縄を取ると私を担ぎ、銃弾をバラ撒いた後に部屋から出ていった。

 

 

「マスター、貴方から頂いたプレゼントに、性病なる病の症状が載っていました」

 

 何故か医療ベッドに降ろされ、映画でしか見た事のない厳重な拘束を施された。

 その上、ナイチンゲールは手袋をしつつ器用にも慈悲と憎しみの宿った目をコチラに向けて来た。

 

「つまり、貴方の健康を約束し幸せにする性交相手は、私以外有り得ないと確信しました」

「!? なんでそうなった!?」

 

 ナイチンゲールはアルコールを手袋にシュッシュと吹きかけた。

 

「ご安心を。性管理は勿論、貴方の食事から掃除洗濯、全てにおいて完璧に清潔な事を保証します。人類を守る貴方の生活全てを私に委ねなさい」

 

 机の上にコップが置かれ、酒が注がれる。

 

「アルコールの取り過ぎは悪影響。お酒として飲める位の度数が丁度良いそうですので、先ずはこれで先程の血を消毒します。

 ですが飲食には適さない体勢ですので、此処は……」

 

 ナイチンゲールは口に酒を含むと口移しで飲ませてきた。

 

「んっぐ、ん……ん!」

 

 最初は丁寧に、だが抵抗しようとした俺に思いっきり押し込んで来た。

 

「っはぁ……安心して下さい。私の体は先程のサーヴァントとは違い爪の先から頭のてっぺんまで清潔です。

 ……強めのお酒でしたから、私も多少酔ってきました。

 どうです? 少しだけ、発散させておきましょうか?」

 

 本当にアルコールが強かったらしく、こっちは既に頭が回らなくなっていた。

 顔の赤いナイチンゲールを見る。顔が近い。

 

 その後ろに、何か迫った。

 

「っぐぁ……!?」

「私にサンタ衣装を送り付けて……さてはマスター、私は汝の剣だという事は忘れた訳ではあるまいな?」

 

 アルトリア・オルタが激高している。どうやら彼女には俺がサンタの方が好きだと伝わったようだ。

 

 更に誰かがやって来た。

 

「何よこれ! 何で幼い私やあの小娘とは手を繋いで笑ってるのよ! 私とはまだ一緒に出掛けた事も無いじゃない!」

 

 ジャンヌ・オルタが我儘を叫んでいる。まるで心配性な彼女のようだ。

 

「ま、マスター……済まない。

 純血の誓いを立てた私を尊重して、あんな物を送ってくるなんて、思ってもいなくてだな……」

 

 真っ赤な顔で2本の人差し指の先を合わせては放しを繰り返すアタランテ。

 やがてその手は弓を握る。

 

「じゃ、邪魔な者共を蹴散らしたら……

 その……は、初めてだから……沢山塗って、優しくしてほしい……」

 

 アタランテは照れながらも笑ってそう言った。何を何処に塗って欲しいのか、良く分からないデスネ。

 

「恋を捨て救命に走った天使に、復讐の標的にしている者、誓いに縛られている窮屈な女など、マスターに相応しくはあるまい。

 前々からサンタの私は邪魔だった。

 この際、奴に剣を突き立てこの衣装でマスターの希望を叶えるのもまた一興か」

 

「沖田さんもいますからね!? マスターは私が護ります!」

 

 先の酒にやられて視界は歪み、起きているのも辛くなった俺の気はもう現実へと引っ張られていた。

 ……もう少し、ヤンデレ(無償の愛)を堪能したかったと頭の隅で思いながらも、現実の海へと沈んだ。

 

 

 

「エドモンの無難なセットで!」

「了解しました」

 

 ジャンヌ・リリィが帰って来て直ぐに注文した。

 こういう物は、選ばないと大抵酷い残り物が待っている筈だ。

 

「……じゃあ、次の人にはアンリ・マユの最悪セットとゴルゴーンの巨悪セットのどちらから選んでもらいましょう」

 

 危なっ!……マジで選んでおいて良かった……

 

「トナカイさん、それじゃあ早速パーティーに行きましょう! プレゼントはこちらから時間になったら届けておきますね!」

「その前にプレゼントの中身くらい確認させてくれないか?」

 

「ダーメーです! トナカイさんのプレゼントも入ってるんですから!

 ほら、早く行かないとマシュさん達がへそを曲げてしまいますよ!」

 

 ジャンヌ・リリィに押されて、結局プレゼントを確認せずにパーティーへと連れて行かれた。

 

 

 

「それじゃあ我らがカルデアのマスター、乾杯の音頭を頼むよ!」

 

 マイクを持ったドクターロマニに頼まれ、俺はサーヴァント達の前にコップ片手に立った。

 

「……――せー、のっ!」

 

『かんぱぁーい!!』

 

 

 時代も国も越え、人理を守る為に集まった英霊達。

 

 クリスマスとは名ばかりに、宗教も主従も忘れ、今宵は皆が笑って過ごすだろう。

 

 歌う者もいれば、唄う者もいる。

 

 食う者がいれば、食い散らかす者もいる。

 

 飲み干す者、呑み潰れる者、武を語る者、頷く者。

 

 そこに混じって語り合い笑い合うこの時間を、彼らと共の戦った日々と同じ位、誇りに思い、大事な思い出にするだろう。

 

 可愛らしくも頼もしい、後輩と共に……

 

 

 

 

 

 楽しかったパーティーも終わり、自分の部屋に入った俺に勝手に明りが点いた。

 

 目の前には清姫が全裸にリボンを巻いただけの姿で立っていた。

 

「……マスター(旦那様)

 私からのクリスマスプレゼント、受け取って下さいまし」

 

 両手を広げて、俺の答えを待つ清姫。

 

 ……そろそろ、良いか?

 

 俺は清姫の伸ばした腕の先、彼女の手の平に自分の手の平を重ねた。

 

「ああぁマスター……やっと私の願いが成就します……」

 

 赤く、されど純真な笑顔を浮かべる彼女の耳元でそっと囁いた。

 

「清姫……」

「はい、だんなさまぁ………」

 

 

 

 

 ――令呪を持って命ずる、出てけ。

 

 




「で、アンタの用意したプレゼントって何だったの?」

「マスターが心の中で本当に望んでいるサーヴァントがマイルームで出迎える、だが?」

「サーヴァントには?」

「それぞれにあった酒、衣類、電子機器を配った」

「本当に無難な物を選んだわね。
 ……って言うかヤンデレ関係無いじゃない!?」

「聖誕祭を血に染めるのは恩人に申し訳が立たん」

「…………(相変わらず、例の神父には義理深いわね)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一フジ二タカ五清姫

あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!

2017年の初ヤンデレを届けに来ましたよ!



……え、もう済ませた?


「……ん、っはぁぁ……9時か……夜は2時まで起きてたもんな……まだ眠い――っ!?」

 

 新年を迎え、気分良く起きたつもりの俺だったが悪夢に囚われている事に部屋の模様がマイルー厶に変わっていた事で気付いたので慌てて毛布を捲った。

 

「っきゃ! ……朝から激しいお方ですね、旦那様?

 あけましておめでとうございます。新年初清姫、初嫁、初妻、そして初キスですね……っん?」

 

 目を閉じこちらに近付く清姫の顔に手の平を向け、そのキスを阻んだ。

 

「はい、あけましておめでとう」

「もう……そんなに照れなくても良いでは無いですか……」

 

 新年早々ヤンデレに絡まれる俺の気持ちにもなってくれ。

 

「とにかく、他の皆にも挨拶しないと……」

 

 俺は清姫を退かしベッドから立ち上がり、ドアを開いた。

 

「あ、旦那様(マスター)、あけましておめでとうございます。

 新年ですし、新婚旅行はぜひこの水着清姫とハワイに行き――」

 

 和室にミスマッチしている水着清姫から逃げる様にドアを閉めた。

 

「なんでいるの? なんか結構登場してるけど俺のカルデアに召喚されてないよな?」

 

 バレンタインとかで再実装されて欲しいが夢に出て欲しい訳ではない。

 

「マスター……やっぱり私とお部屋でイチャイチャして過ごしたいのですね? ちょっとした玩具なら準備して――」

「――あーお雑煮食べたいなー! 清姫のおでん美味しいかったからきっとお雑煮も美味しいんだろうなー!」

 

 ドアを開いてマイルームから出た。

 

「はい! この水着清姫、お雑煮もバッチリご用意しております!」

「貴女の妻の清姫も、より美味しいお雑煮を作って参りました」

 

 2人とも自分自身を牽制し合いながら、取り敢えず何事も無く鍋を持ってきた。

 

「……旦那様、フーフー……して差し上げますね?」

「うぁ!?」

 

 急に俺の後ろから耳に向かって息を吹き掛けられた。

 

 紅い着物に黄色やオレンジ、赤色の紅葉の模様が入っており、髪は1つにまとめられ後ろで縛ったポニーテール。

 アサシンクラスを獲得した清姫だ。

 

「フー、フー……フー、フー……はい、マスター、あぁーん」

「……あー……ん」

 

 箸で摘まれた餅を半分だけ口に入れ、箸から離れると餅は伸びる。

 

「んっ!」

「!」

 

 アサシンの清姫は俺の食べている餅を逆側からパクリと口に含んだ。

 そのまま徐々に俺へと近付いてくる。

 

「――っふ!」

 

 アサシン清姫は俺の口に到達しなかった。

 何故なら餅と言う名の橋が飛来してきた矢で切り裂かれたからだ。

 

「……全く。他の清姫は遅くて役に立ちません。それでも先生の教え子ですか?」

 

 そう言って現れたのは修学旅行等で見た事のある旅館の女性が着ていた袖が布で短くなるように縛られている着物を着た清姫。色は青く、水色の髪はホコリを被らない様に白いタオルで覆われている。

 

 腕には弓道で使われる様な弓を持っており、アサシン清姫含む他の清姫に向ける表情は厳しい。

 

「大掃除をしなければなりません。騒いでいるだけなら手伝いなさい」

 

 いかにも旅館の厳しい女将といった感じだ。他の清姫達は渋々と言った感じで腰を上げる。

 

「あ、マスターはそこに残っていて下さいね?」

 

 が、厳しい表情は一瞬で崩れ、笑顔を俺に向ける。

 

「初めまして、私はアーチャークラスの清姫です! 正姫(しょうひめ)やアチャ姫、冬清姫など、好きな愛称で呼んで下さい」

 

 グイグイ来るな……そこらへんは他の清姫と同じか。

 

「……水着の私! お雑煮の塩が多過ぎますよ! こんな物をマスターに食べさせる訳には参りません!」

 

 そう言うとアーチャーの清姫はパンパンと手を叩いた。

 

「……アーチャーの私、呼びましたか?

 マスター、おはようございます。よく眠れましたか? 今日の私はどうですか? 今日も可愛いでしょうか?」

 

 何故かもぬけの筈のマイルームからピンクのTシャツに白の生地に桜模様のエプロンを着た清姫が入ってきた。

 

 俺を見た瞬間、アーチャーには目もくれず俺へと近付いて、くるりとその姿を360度全ての角度で見せてきた。

 幸いにも、エプロンの下はちゃんとズボンを履いていた。

 

「……マスター? 私、もしかして可愛くないのでしょうか?」

 

 俺の返事がなかったせいか、目を濁らせどこからともなく包丁を取り出した。確かにこれはセイバーだ。

 

「か、可愛いよ! すごい似合ってる!」

「そ、そうですか!? 嬉しいです!」

 

 ガバッと抱き着こうとしたが、彼女をアーチャーが抑えた。

 

「先にこのお雑煮の味付けを直して下さい」

「…………ペロ……いけませんね。

 直ぐに良くしてきます。あ、マスター、あちらで料理をしますからぜひ後ろから抱き付いてきて下さいね?」

 

 セイバーは鍋を持って調理場に向かったようだ。

 

「あの清姫はセイバークラスの私で料理が得意ですがそれ以外は精々害虫駆除位しか取り柄がないです。春清姫とかそんな感んじで呼んであげて下さい」

 

 アーチャーの清姫はそう言うと立ち上がった。

 

「ではマスターも一緒に来て下さい。マスターのお部屋も掃除します」

 

「え? いや、それぐらい俺がやるけど……」

「旦那様のお部屋の掃除は妻の役目です。ただ、もし何か怪しい物があれば直ぐに問い質したいのでどうぞご一緒に……」

 

 そう言って清姫に引っ張られる形でマイルームのドアを開いた。

 

「「「っあ」」」

 

「!?」

 

 部屋が空いた途端、4人の清姫が同時に驚いた。

 

 いや、なんで全員俺の部屋を掃除してるんだよ!?

 

 

 

「貴方の妻の清姫、……バーサーカーです」

 

「水着の美女の清姫、ランサーです」

 

「貴方の側を舞い散る清姫、アサシンです」

 

「マスターと他者の関係を管理をする清姫、アーチャーですよ」

 

「貴方の喜び、満開笑顔の清姫、セイバーです」

 

「戦隊モノみたいな自己紹介しやがって! もう増えないで下さい!」

 

 自己紹介を頼んだ。

 自己紹介してもらった。

 土下座した。

 

「落ち着いて下さい。マスター、いくら増えても貴方の清姫はここにいますよ」

 

 下げた頭の上に手が置かれた。

 

「ええ、此処に」

「確かにいますよ」

「ずっといますよ」

「貴方のそばに」

 

 ……頭に置かれた5つの手が重なり、頭の上で更に力が込められている。痛い。

 

「……痛いですよ、マスターを苦しめるおつもりですか?」

「なら貴方が退ければ良いでしょう? あ、他の私もどうぞ」

「何を言っているんですか? マスターを慰めるのは恋人である私の役目です」

「秋の私、調子に乗らないでくださいまし? 今は私、正月のアーチャーの刻です」

「春が待ち遠しマスターに春を届けにきた私の邪魔をするおつもりですか?」

 

 駄目だ。どいつもこいつも離れる気が無いらしい。

 俺は痛みが限界だったので頭をすっと動かして何とか抜け出した。

 

「……で、誰も否定しないけど、もう増えないよな?」

 

 俺の言葉にアーチャーが答えた。

 

「嘘は吐けません。推測になりますがオルタ……なんてハイカラな者も現れるやもしれません」

 

 バーサーカーの清姫はフフと笑う。

 

「私としてはウェディングイベントを心待ちにしております。良妻賢母のキャスターになってみたいです」

「旦那様の運命の担い手……ルーラー清姫はどうでしょう?」

「若くて滾りのあるマスターは若妻ライダーも良いでしょう?」

「若妻はセイバーである私と被りますし、乗騎スキルなら私も持ち合わせてます! なら結婚衣装を着たセイバー()で良いでしょう?」

 

「なんかもう実装されているみたいに言ってるけど半数以上が此処だけの存在だからな!?」

 

 俺のツッコミで場が冷めると思ったが、アサシンの清姫は微笑む。

 

「別に実装されなくとも、私達はこうしてマスターと触れ合うだけで幸せですよ?」

 

 そう言って正面から抱き着いてきた。

 

「そうです。実装は二の次。そもそも私達は貴方との縁で喚ばれた英霊です。同じクラスでも他のマスターの所では全く異なる姿かもしれませんよ?」

「だから今を楽しみましょう、ね?」

 

「ええい!  全方向から迫ってくるな!」

 

「それでは……こうしましょう」

 

 うぉ!? お、重い……と口に出さなかった自分を褒めてやりたい。

 勢いに押され、床に倒れ込んだ。

 

「……た、耐久ランクE(アサシン)の上に全員でのしかかるなんて、しょ、正気ですか? マスターが苦しんでますよ……私もです」

 

「一方向からまとめてのしかかるとか正気か……カルデア戦闘服じゃなきゃ即死だったぜ」

 

 床に倒れ込んだおかげでアーチャーが俺の右腕、セイバーは左腕に、残りの3人が重なって俺の真正面の真上にいる状況になった。

 

「抵抗しないで下さいね? このまま事を運んでしまいましょう」

「…………」

 

「どうしましたアサシンの私?」

 

「水着とバーサーカーな私は馬鹿なんですか? マスターの下半身は私達の下にあるんですよ? ナニをどうするおつもりですか?」

 

「んー……っちゅ」

「っちゅ!」

 

 右頬にそっとアーチャーのキス、左頬に軽くも思い切りの良いセイバーのキス。

 

「アーチャーの私、恥ずかしいですか?」

「セイバーの私はどうしてそんなイチャイチャ出来るんですか?」

 

「固いんですよ。マスターの前ですよ、素の私を見せましょう」

「周りに他の私がいるんですよ、がっついたら私まで他の私と同じみたいに思われて恥ずかしいです……」

 

 アーチャー清姫は俺の中の清姫像と合致したくないらしい。これは嘘の姿ではなく、彼女の恥ずかしくなりたくないという正直な気持ちの現れだ。

 逆にセイバーは夫婦だと思い込んでいるバーサーカーの清姫と少し違う。新婚夫婦のつもりで俺に接している。

 

「……ふふふ、レロレロ……」

 

 アサシン清姫が俺の首元を舐める。

 

「水着とバーサーカーの私。そこいてはマスターに届きませんよ? ……レロレロ」

 

 アサシンは冷静……なのだろうか? 

 他の清姫と比べれば行動以外、態度とか言葉とかは落ち着いている。

 

「あ、マスター、勃ちましたね。私のおヘソをくすぐってますよ? レロレロ……ん……」

「今すぐ退きましょう!」

「はい!」

 

 アサシンの上からバーサーカーとランサーの清姫が素早く退いた。そろそろ令呪を使うべきか。

 

「……レロレロ……レロレロ」

 

 まだ首元を舐めている。すごい嬉しそうだ。

 

「アサシンの私、早く退いて下さいまし!」

「マスターと事を成したくないのですか!?」

 

 退いた2人は必死である。

 だが、アサシン清姫は幸せそうに笑う。

 

「私、こちらの方が良いです、ん……」 

 

 舌の動きを依然として続いており、アーチャーとセイバーは俺にキスをするかで互いを牽制しあっていたが、一旦アサシンを見ている。

 

「だって、マスターは私に首元を舐められて気持ちよーくなっているんですよね?

 でも、マスターは……っちゅ、性行を望んでいないので始めようとすると抵抗します……レロ」

 

 鎖骨にも舌が丁寧に流れ、俺の弱点をくまなく探しているようだ。

 

「だったら……んちゅ……このまま私がずっと、ずーっと……レロ、気持ちよくし続けて、マスターの快楽に悶える顔を見続けるのが、一番です……ほら、マスター蕩け始めてますよね? 

 顔が赤いですよ? おヘソでも私の着物にオスの匂いを押し付けて……凄く熱いですよ?」

 

 や、ヤバイ……今までで一番逃げ辛い清姫だぞ、これ……

 

「ふふふ……ほら、私の言葉に征服欲を煽られてしまって、もうすっかり抵抗の意思が消えたんじゃありませんか?

 ああ……そんな慌てて抵抗を始めても、だ・め」

 

 体を動かして抵抗の意思を示そうとする俺だったが、遂に首からツーっと舌が唇へと到達した。

 

「私はアサシン、マスターの静寂はしっかりお守りします。

 夫婦の契などもっと後で良いですよ? マスターの御心を先に私に預けて下さいね?」

 

 快楽が壁となり、視界が徐々に狭まる。周りにいた清姫達の姿が見えなくなる。

 

「アサシンは薬剤に精通してませんといけません。私の身が蛇ならば、薬は敵を堕とす毒になりますもの……他の清姫なんて、隙だらけの小娘同然」

 

「……はぁっはぁ……じゃあ、お前は……?」

 

「唯の姫が暗殺者になるなんて無理ですよ。身を竜に変えたとしても、ね?

 私は、清姫。だけど、中身は永遠と続く愛憎(ヤンデレ)の概念の塊……」

 

 清姫の唇が迫る。

 もっともっとと快楽に呑まれた俺に抵抗など出来る筈が無かった。

 

「貴方への愛、そのものです♡」

 




もう書いてて分けわからなくなった。清姫がゲシュタルト崩壊しそうな上になんか清姫の究極形態出てきちゃった。


宮本武蔵を一目見て、何を思ったのか石も呼符も全部使い切りました。

マリー2枚目、メドゥーサランサーは許せる。だがドスケベ叔父さん、あんたは駄目だ。



ちなみに初夢でヤンデレが見えた人はきっと今年は精神病院行きですね。行って来ます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新年、初顔ヤンデレ

今年もなるべく早く投稿するつもりですが、今は親戚とかが来て少し投稿が遅くなるかもしれません。
って言うかいい加減来てくれよ、武蔵。


 

「……貴様、最近召喚を行い過ぎていないか?」

「何の事だ?」

 

 悪夢に来たというのに、アヴェンジャーから最初に小言を貰った。

 

「俺は無課金。引きたい時に石があれば引くだけだ」

「回転数に掛ける他あるまい、と言う事か……そんなにあのサムライが欲しいか?」

 

「バッカ、お前……欲しくなかったら引いてねえよ!」

 

 思わず地面を叩いた。

 欲しすぎて呼符も石も全て使い、ログインボーナスとフリークエストで手に入る石すら注ぎ込んでる位だ。

 爆乳では無い巨乳で日本の英霊。雰囲気的にお姉さんでは無く先輩位の距離の近さもポイント高い。あれでデレたらもう最高。

 課金しないのはタバコや酒を飲まないのと一緒。金がかかる事はハマると恐ろしい。

 

「……まぁ貴様の趣味思考は存分に理解していたし、今改めて理解した。

 ヤンデレ・シャトーで体験させてやってもいいが、今回はその引いた中でやって来た新たなサーヴァント共の顔合わせだ。

 今年最初の新顔だ。せいぜい頑張る事だな」

 

 それだけ言うとアヴェンジャーは消えていった。

 

「……今年も、愉快な悪夢をよろしく頼むぞ」

「いや、そろそろ終われよ!?」

 

 

 

 今年もやって来たぞ、ヤンデレ・シャトー。

 

 此処まで続くとは思わなかった。よく俺の脳はこんな夢を見ながら情報を整理出来ているなと感心する。

 

「別に年中ずっとだった訳じゃないが、1週間に1回のペースとか厳しいよな……」

 

 メタな独り言もそこそこに、前方を見る。

 もう見飽きた監獄塔のヤンデレシャトーだが、今回は両脇で既に部屋のドアが俺を挟んでおり、奥には微かに広場が見える。

 

 どうやらサーヴァントの数が少なかったのでそれに合わせて縮小されたようだ。

 

 

「2騎……ならまあ令呪も3画あるし問題ないだろう」

 

 そう言うが心の中では全くと言っていいほど油断していなかった。

 

「最近引いて当たったと言えば……ランサーのメドゥーサに、ライダーのマリーかぁ……」

 

 ドアを開ける前に広場に向かい、考えをまとめ始めた。

 

「ランサーはメドゥーサ……リリィ、なんて呼び方が付けられないのはアレがメドゥーサ(ライダーの方)の望む姿だからだろうな……あれは人見知り、と言うか自分が悪いとひたすら思い込んでるから、ヤンデレになったら依存系だよな……流石に不死殺しの鎌で襲ってきたりしない、よな?」

 

 なんでもあの鎌で傷を付けられるといかなる手段でも治せないそうだ。夢の中とは言えそんな事を知っていると怖くなる。

 

「次にライダーはマリー・アントワネット……多数から愛されるアイドルで、本人もそれを自覚して、笑顔を振りまいている。それがヤンデレ、つまり俺個人に愛を向ける事になる。ならば束縛系なのか?」

 

 姫様に縛られるとは……どうだ、モーツァルト? 譲ろうか?

 

「マスターさんったら、私の事を考えているのね! 嬉しいわ!」

 

 早速、咲き誇る百合の様な笑顔をこちらに向けてマリー・アントワネットがやって来た。

 

「ヴィヴ・ラ・フランス! こんばんわ、愛しのマスター」

 

 白い肌に白い髪。赤色の服に身を包み、頭には巨大だが可愛らしい飾りの付いた帽子を被っている。

 

「……こんばんわ、マリー」

 

 壁に寄りかかっていた俺は背中を離して体を前に向けて逃げ出せる準備をしつつマリーに返事をした。

 

「ねぇマスター? 貴方の声が聞こえて来たのだけど、貴方は束縛がお好みなのかしら?」

「いやー……出来れば縛られたくないな、俺は」

 

「そうなの? 良かったわ。私、SMって言うのかしら? あんな酷い事、したくないもの」

 

 マリーは胸に手を当て安堵の仕草をした。

 

「それとマスター、もしかして私から逃げようとしてるかしら?」

 

 チラチラと階段の方に目を向けていたのでマリーも気付いたのだろ。

 

「……いや、そんなつもりじゃないけど」

「それじゃあ――」

 

 俺の答えを聞いたマリーはパッと俺の腕に抱き付いてきた。

 

「――こうしてもよろしいかしら?」

 

 かしこまって聞いてはいるが、当然と言った感じで抱き締めている。

 女の子特有のいい匂いが鼻をくすぐる。

 

 マリーは生前は愛して当然、愛されて当然な生き方をしてきた英霊だ。彼女に抱き着かれて、断れた男などいないのだろう。

 

「……駄目だ」

 

 その態度がちょっと面白くなかった俺は拒絶の選択をしてみたいと思ってしまった。

 

「え? マスター、今なんて仰ったかしら?」

 

「駄目って言ったんだ」

 

 本当に聞こえてなかったらしいマリーにやめておけばいいのにと思いつつもはっきりと拒絶した。

 

「……はぁぁぁ……!」

 

 ……何故かこの娘は先よりも頬を赤く染めて嬉しそうにこちらを見る。

 

「やっぱり、マスターを好きになって良かったって、今私は本気で思ってるわ!」

 

 拒絶したはずなのに何故かもっと強く抱き締められた。

 

「そうよ、そうなのよ! ただ愛される恋人(アイドル)じゃなくて色んな感情に揺れる夫婦(カップル)が愛の正しい関係だわ!

 生前の記憶はあるけど、この私はマスター、貴方を、貴方だけを全身全霊で愛します!」

「いや、普通にお断りなんだけど……」

 

 おかしい、今までのヤンデレとは全然異なるタイプ過ぎてついていけない。

 これヤンデレじゃなくてただの恋愛脳(スイーツ)だと思うんだけど……

 

「はぁぁぁ……マスター(最愛の人)の拒絶は私が愛に夢中になる為のお菓子よ、マスター!

 でも与え過ぎては駄目よ? さもないと太って醜くなってしまうわ!」

 

「じゃあ大好きだよマリー」

 

「私も大好きよ、マスター!」

 

 どう考えても適当に言っただけなのにマリーはギューと強く抱き締めた。

 ヤンデレとは違うベクトルで暴走するのがスイーツと呼ばれるものだと分かった俺は、どうした物かと頭を抱える。

 

 そして直ぐに自分の迂闊さに気付いた。

 ヤンデレにそれ(浮気)は禁句だったんだ。

 

「――っ!?」

 

 抱き付いていたマリーと共に地面に倒れつつ、首を狙った鎌の一閃を避けるだけでは足りなかったので、俺は戦闘服のスキル【オーダー・チェンジ】を発動させ、マリーと俺に襲い掛かってきたランサー、メドゥーサの位置を入れ替えた。

 

「――【ガンド】ッ!!」

 

 目の前から対象が消えて驚いたメドゥーサを斜め下からガンドを発射し、スタンさせた。

 

「ふう……なんとかなった……」

 

 令呪で拘束した訳ではないので直ぐに回復するだろうし、まだ少しくらい動けるので油断はしないがこれで話位なら聞いてもらえるだろうか。

 

「えーっと……メドゥーサ?」

「……」

 

「怒ってるんだよね? 俺が、マリーを好きだって言った事を?」

「……当然、です……!」

 

「マスター、この娘がメドゥーサちゃんなのね? 私はマリー! マスターとは婚約関係です!」

 

 この状況でもマリーは無邪気に爆弾を投下した。あまり刺激されるとただでさえ短いガンドの効果が――

 

「――っはぁ!!」

「魔術礼装カルデア、【緊急回避】!」

 

 メドゥーサの鎌が再び俺を襲う。ガンドの効果が完全に消えた様だ。

 

 直ぐに魔術礼装を変更してマリーを回避させたが、あっちはマリーとは違って戦闘が本業、一度の回避では駄目だ。どうにかして落ち着かせないと……!

 

「マスター! 先程からこの方を庇っていますが、まさか本当に婚約関係だとは言いませんよね!?」

「いや、そんな関係では無い。だからメドゥーサには一度落ち着いて欲しい」

 

 俺の言葉にメドゥーサは鎌をマリーの首元で止めた。

 

「……イヤだわ、この状況」

 

 首を動かしながら刃から離れようとするマリーにメドゥーサは油断無く刃を近付ける。

 

「今の俺には特別な相手なんかいないから……落ち着いてくれ」

 

 俺は鎌をマリーに向けているメドゥーサにハグをした。

 

「…………っは、はいぃ……!」

 

 若干トリップしながらもメドゥーサは俺に返事を返した。マリーの首を下から狙っていた鎌も力が抜けたみたいにぶらりと下がった。

 

 依存系は物理的な距離に弱い。抱き締めて温もりを感じれば頭が幸福で満たされて、怒りも思考も一時的に停止する。

 

「マスター、愛人は駄目よ? 貴方は王妃の私ではなく、マリーと言う名の少女を愛するの! 余所見はしないで、私を愛せばいいの、ね!」

 

「勝手な事ばかり言って……っ!?

 ぁぁ、マスター、撫でてる……私の頭を……暖かぃ……」

 

 猫耳のフードに腕を入れ、紫色の髪を撫でる。それだけで周りの雑音(マリーの声)が聞こえていないような、穏やかな表情を俺の体に預ける。

 

「マスター、聞いているかしら?」

「うん、聞いてるから」

 

 戦闘能力の高さ的にメドゥーサに注意を向けなくてはならない。

 だが、こうやって片方にかまってると絶対に何か仕掛けてくるので、マリーを手で誘う。

 

「はぁぁ……愛しい人の手が、私の頭を撫でてる……満たされていくわ。今だけ、乙女じゃなくて、大人しい女の子になってしまうわ…………」

 

 2人とも幸せの表情を浮かべている。どうやら病みが浅い内に鎮圧出来たらしい。

 

「……でも、愛の受け取り口が2つもあってはいけないわ」

 

 マリーがそう言うと水色の何かがメドゥーサへと襲い掛かった。

 それを感じたメドゥーサは素早く鎌を振るって防御した。

 

「――デオン!?」

 

 現れたのはマリーと縁のある英霊、シュヴァリエ・デオンだ。セイバークラスである彼女の刃を、メドゥーサは鎌で必死に防いでいる。

 

「……マリー・アントワネット……シャトーのルールを破りましたね……! 貴方はこのサーヴァントを隠していたんですね!」

 

「あら? 違うわよ?」

 

 マリーは微笑む。

 

「私のスキル、ご存知無いかしら?」

 

 その言葉を聞いて俺の頭に答えはすぐに現れた。

 

「そうか! 麗しの姫君!

 その場にいるだけで自分の騎士たる人物を引き寄せる!」

 

「正解だわ! 流石ね、マスター! シャトーはカルデアのサーヴァントを呼び出せる場所よ、スキルと高い運があれば呼び出すのは簡単よ」

 

「そういう訳で、今の私は彼女の騎士だ。君には悪いけど、此処で退場して貰おうか!」

 

 デオンは更に力を込めてメドゥーサの鎌を弾き飛ばす。

 

「あ――!?」

「トドメだ!」

 

「アトラス院制服、【オシリスの塵】!」

 

 メドゥーサを貫こうとした剣は魔術的な守りに防がれ、その隙にメドゥーサは鎌を拾う。

 

「っく、マスター!?」

 

「令呪を持って命ずる!」

 

「無駄だマスター! 彼女の騎士である私に、令呪は効かない!」

 

「マリー・アントワネット、デオンに抱き付いてベーゼし続けろ!」

 

 俺の命令に、マリーの目が点になった。

 

「え……? あ、あわわわわ……で、デオン! と、止めて止めてぇ!」

 

 両手をデオンの向けて抱き着く体勢のままに走り出したマリーにデオンも驚きながら受け止めようとする。

 

「カルデア魔術礼装、【瞬間強化】」

 

 俺のサポート(余計なお世話)がマリーに届いたと同時に、彼女の体はデオンへと飛んだ。

 

 予想外の行動にデオンは受け止めきれず倒れ込んだ。

 

「んっはぁ……ん、で、デオぉン〜……っちゅ……!」

「ま、マリー……っちゅ、だ、駄目だ! マスターも見ているんで――んんー!」

 

「分かっては、んちゅ、いるけど……ん! 令呪のせいで、んぐ……りょ、まらないのぉぉ……んん!」

 

 キマシタワーの建設完了だ。片方が両性類だから微妙だが、まあマリーが女の子だと思っているし、多分キマシタワーであってるだろう。

 

「……クイ、クイ」

「? うっ!?」

 

 服の裾を引っ張るメドゥーサに視線を向けると同時に意識を刈り取られた。

 

「……アントワネットは、一生そこにそのままいればいい」

「ま、まひゅたーに、ん、んん…………な何を……ん!」

 

「教えません」

 

 

 

「まさか助けたつもりだったのに仇で返されるとは……」

「いえっ! ……そんな事をしたつもりは、本当に無い、です……」

 

 メドゥーサは目覚めた俺の言葉に顔を俯かせ、涙がポロリと溢れる。

 

「うぅっ……情けないです……マスターに、助けて頂いたお礼をしようと部屋に招いたのに……料理1つこなせないなんて」

「招、いた?」

 

 俺の首の後ろを強打して強制的に気絶させて連れてきたにも関わらず、招き入れたらしい。

 

「……このままじゃあ、マスターが私から離れます……し、縛っておかないと……!」

 

 メドゥーサは小さな頭の中で最悪の事態を想定した。

 

 ジャラジャラと床を擦りながら、俺の足へと鎖が伸びてきた。蛇の様に動きながら、迫った鎖は俺の両足を縛る。

 

「……で、でもこのままだと転がりながら部屋から出ていくかもしれないし……! 扉も鎖で!

 あ、でもマスターが下手に暴れると鎖が足を傷付けてしまうかもしれない……! 暴れないように壁に貼り付けて無いと!」

 

 ドアを鎖が封鎖して俺の足を拘束した鎖が壁に刺さって、俺の両手も同じ様に縛っていく。

 

「き、キツく縛ると血液の流れが……!  で、でも緩くしちゃうと逃げられて……!」

 

 混乱するメドゥーサ。そろそろ部屋中が鎖でいっぱいになりそうなことに気付いて欲しい。

 

「メドゥーサ。

 ……おーい、メドゥーサ!」

「っ、っはい! な、何でしょうか……!?」

 

 拘束していると言うのに俺に恐れを感じている……否、恐れているのは俺の拒絶だろう。

 

 此処で下手な事を言うと、彼女が覚悟(心中)を決めたり、怒りが爆発してそのままぶち撒けるかもしれない。

 かける言葉は彼女に寄せないと。

 

「……大丈夫か?」

 

「あ、あぁあぁぁ……は、はい! 大丈夫です! ちょっと頭が混乱してて……!」

 

 メドゥーサは俺の言葉に気を楽にしたようで、慌ててウジャウジャあった鎖を消していく。

 

「だ、大丈夫ですかマスター!? 跡が付いたりしてませんか!?」

「うん、大丈夫だ」

 

 ポンポンとメドゥーサの頭を叩いて安心させる。

 

「……マスター……」

 

 落ち着いたメドゥーサは俺に抱き着き、スッと離れる。

 

「もう、私はマスターを縛ったりしません。マスターをこの鎌で守る従者として、サーヴァントとして頑張ります」

 

 そう言ったメドゥーサはフードを取って鎌を掲げる。

 

「だから、私にだけ魔力を下さい」

 

 フードだけでは無く、マントも取り、服にも手をかける。

 

「……戦力としては欠落があるかもしれませんが、これでも美の女神です……だから、マスターから沢山、魔力が貰えると思います」

 

 それ以上は駄目だ。

 そう口にしたかったが、精神が何か侵される。

 この感覚には、もう既に陥った事があった。

 

「……女神(エウリュアレとステンノ)の魅了……!」

 

「怪物の混じった私ですけど、マスターなら、相手にしてくれますよね?」

 

 どうやら少し甘やかし過ぎた様だ。

 今のメドゥーサは俺の優しさに依存して求愛すら貰えると思い込んでいる。

 

「安心して下さい。汚される宿命だった女神です、男の人を喜ばせる知識だけは豊富ですから……」

 

 メドゥーサは下着だけ穿いたまま俺に近付く。

 

 幼い体からはマタ・ハリの様な色気を感じ、高まる魔力が俺の目を釘付けにする。

 恐らくこれがメドゥーサの宝具の女神として正しい姿。

 

 魔術礼装を使わないと――!

 

「令呪を――」

「――遅いです。

 その指は鉄

 その髪は檻

 その囁きは……愛。

 貴方だけの私。女神の抱擁(カレス・オブ・ザ・メドゥーサ)

 

 宝具の発動と共に抱き締められる。

 髪が俺の体に鎖の如く巻き付き思考を桃色に染め、メドゥーサの声がはっきりと耳元から奥まで聴こえてきた。

 

「……マスター、私とこれからはずっと一緒に――」

 

 

 

「完全に魅了に堕ちる前にアトラス院の【イシスの雨】で弱体化を解除したか……女神の求愛まで弾くとは恐れ入ったぞ」

 

「お前、エウリュアレにボコボコにされたらしいもんな」

 

「……なんの事だか……」

 

 恍けるエドモンに俺もそれ以上の追撃は止めてやる事にした。

 

「今年ももっと恐ろしいヤンデレを用意してやるから覚悟する事だな」

 

「そういうセリフはジャンヌ・オルタにでも言わせてやるんだな」

 

 エドモンの不敵な笑みを最後に、俺は夢から覚めていった。

 

 




メドゥーサの中ではアヴェンジャーが一番好きですね。
悪ぶってる女性って最高だと思います。優しくなる時が一番可愛いですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラブタイプ

遊びに来た従姉妹達とジョジョ第4部を見てました。
原作は読みましたけど改めて岸辺露伴に共感できました。

投稿の遅れた理由は上とは一切関係なく、2日前に投稿予定だった文章を誤って消してしまい、一から書き直したからです。
なにせ、スマホの容量の都合上、執筆に使っていたメモ帳アプリが殆どなんの機能もなかったので復元どころか消した文章を元に戻す事すらできなかったんです。

言い訳が長くなりましたが本編へどうぞ。



 

「今回は――」

「待ったぁ!」

 

 アヴェンジャーがやって来て直ぐに俺は待ったをかけた。

 

「ヤンデレに、飽きた!」

 

 先手必勝。先にこっちの要求を伝える作戦だ。

 

「……ほう、飽きたか」

 

 そりゃあ、1年に1週間、既に50回近くやってるんだから飽きもする。

 

「だから、ほら……! そろそろ、限界だと思うんだけどさ……」

 

 我が事ながらまるで意気地なしが彼女と別れようとしているかの様なセリフだ。

 何故か知らないが、次のセリフを言うのが勿体無い気がしてならない。

 

 いや、馬鹿か俺は!

 さっさとこの悪夢を終わらせて安心して熟睡するんだ……!

 

「そうだな。こちらとしてもマンネリ……と言う奴は避けたい。

 司会進行役としては飽きられてしまうのは困るな」

 

 アヴェンジャーは不敵に笑う。まるで俺の言葉を待っていたかの様に。

 

「お、おい! 俺はこの悪夢を――」

「――違う愛のカタチを、貴様に体験させてやろう」

 

 その言葉を最後に、何時もの如く俺の視界は別の場所へと移り、意識も何処か離れていく感覚に陥った。

 

 

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

 マシュに体を揺らされて目を覚ました。

 目の前にあるマシュの顔から視線を逸し、辺りを見渡す。

 監獄塔の背景、シャトーにいる事がわかった。

 

「……大丈夫だ」

 

 マシュに返事をして体を起こした。

 

「こんな所で倒れて寝ていたんです。もしかしたら何か異常があるかもしれませんし……

 ……し、仕方がありません……! 安全の為、ち、治療行為の為です! 先輩を私の部屋に連れていきましょう」

 

「いや、大丈夫だからそこまでしなくても……」

 

「だ、駄目です! 先輩にとっては普通かもしれませんがこんな石の上で寝て体が痛みを感じているかもしれません。

 ですから、黙って私の部屋に行きましょう!」

「おぉっと!」

 

 マシュに引っ張られる形で部屋に向かい始めた。

 

「わ、分かったから引っ張るなって!」

 

 少し乱暴にマシュの手を払った。

 

「……ぁ」

 

 払われた手を握って、名残惜しそうに俯くマシュ。

 

「……ふ、フン! 後で背中や首が痛いなんて言われても、知りませんからね?」

 

 鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

 

 此処まで見ていればもう気が付いても良いだろう。

 恐らくマシュは今、ツンデレになっている。これがアヴェンジャーの言った違う愛のカタチなのだろう。

 

 今までのヤンデレ・シャトーのルール通り、先ずは全てのサーヴァントに会うべきだろうと思い、暗い廊下を当てもなく歩く事を決めた。

 

「あ、せ、先輩! 待って下さい! 頼りない先輩が迷子になっては困りますので、私もご一緒させて頂きます!」

 

 何時もよりも少しきつい物言いだが、俺から離れる事はしないマシュは間違いなくツンデレだ。

 

「……つかぬ事をお聞きしますが、まさか先輩、他のサーヴァントに会うつもりですか?」

 

 不穏な空気が流れる。

 ヤンデレ・シャトーはヤンデレ・シャトーだ。

 ツンデレキャラが病むなんて事は良くある事だし、答えによっては此処でバットエンドか……?

 

「……まあ、構いませんよ?

 先輩が、どんなサーヴァントに会っても、私は全然構いません」

 

 その言葉に内心マシュがツンデレである事に確証が持ててホッとした。

 

「それじゃあ、ちょっと行ってくるね、マシュ」

 

「え……な、何で私と離れる必要があるんですか!?」

「いや、流石に一本道で迷ったりはしないし……マシュだって、俺と一緒にサーヴァントを見て回るの嫌だろ?」

 

「え……あ、いえ、べ、別に嫌では無い……です……!

 そ、そうです! 先輩が英霊の方々に何か失礼をするかもしれません! 私も同行します!」

 

「まあ、それで良いなら……」

 

 俺はマシュと共にシャトーを歩く。

 十数メートルも歩けば、サーヴァントの部屋らしき場所に着いた。

 

「……此処はアナさんの部屋、ですね」

 

「アナ? あぁ……ランサーの方のメドゥーサか……」

 

 この間の彼女には手を焼かされた。鎌で襲われたり、鎖で縛られたり、最後には魅了されかけたし……

 

「マスター!!」

 

 心の中で昨日の出来事を愚痴る様に思い出していると、身構える時間も与えられないまま、俺の胸に小さな影が飛び込んできた。

 

「マスター……! 私に会いに来てくれたんですか!?」

「えぇっと……メドゥーサさん?」

 

「メドゥーサ、で構いません。そう呼んでくれたら、それだけで私幸せです……!」

 

「あ、アナさん!? せ、先輩! アナさんから離れて下さい! ロリコンは最低ですよ!?」

 

「い、いや、どう見てもメドゥーサが俺に引っ付いているだろう!」

 

 昨日と全然違う。メドゥーサのテンション高過ぎ。

 自己評価低いキャラどこいった?

 

「マスター……その、ダーリン、って呼んでもいいでしょうか?」

 

「……い、いや……流石にそれは……」

 

「わ、私みたいな怪物に……そんな風に呼ばれたくないんですね?」

 

 喜んだり泣いたりと感情表現が豊かになっている。もうキャラ崩壊のレベルじゃない。

 

「あ、アナさん! 先輩から離れて下さい! あと先輩をダーリンとか……! ぅらやましぃ……呼ばないで下さい!」

 

「マスター……どう、なんですか? 怪物としても女神としても中途半端な私の事なんて、嫌いなんですよね……?」

 

 カオスである。

 メドゥーサがデレデレ属性だと言う事は決定的に明らか。もはや内気で暗い個性が欠片も残ってない。

 

「別にメドゥーサがそう呼びたいなら呼べばいいじゃないか。俺はメドゥーサが怪物だろうと女神だろうと見下すつもりは無い」

 

「!! ……ダーリン、大好き!!」

 

 先まで離れてたのに涙が収まると直ぐに抱きつき直して来た。

 顔をスリスリと体に押し付ける。

 

「せーんーぱーい?」

 

 マシュから怒気が発せられる。

 ……随分可愛い物だ。何時もだったら殺意だってのに。

 

「ダーリン! 私の部屋でお茶でも飲みませんか? 紅茶位なら私でも淹れられますから!」

 

「っ! そうでした、先輩は肩が痛いんですよね!? 私のマッサージが必要なんですよね!? 直ぐに私の部屋に行きましょう!」

 

 右腕をマシュに、左腕をメドゥーサに掴まれ引っ張られる。

 

 サーヴァントの筋力で引っ張り続けられたら確実に死ぬ。

 

「痛いから放してくれないか!?」

 

 俺の叫びを聞いて、メドゥーサが先に手を放した。否、放したというよりは別の物を掴んだと言うべきか。

 

「……マシュさん、邪魔です。殺します」

 

 キャラが戻った、と言うよりはこれは病んでるね、間違いない。

 

 宝具である鎌を出した彼女は俺の右腕を掴んでいるマシュに向かって接近した。

 

「おっとストップ!」

 

 しかし俺の横を通過する前に自由になった左腕で彼女を止める。

 

「ダーリン退いてソイツ殺せない」

 

 言ってる事が完全に排除系ヤンデレのそれだ。

 

「落ち着いてくれメドゥーサ。

 此処はマシュの部屋に皆で行って、メドゥーサの紅茶を飲ませてくれないか?」

 

「先輩、何を勝手な事を言ってるんですか!?」

「ダーリンがそうして欲しいなら……構いません」

 

 マシュが否定でメドゥーサは肯定。

 

「マシュ、駄目かな?」

 

「ダーメーでーす! 

……他の女性を連れ込もうだなんて……何考えてるんでしょうか……?」

 

「分かった……しょうがない。メドゥーサの部屋でお茶を貰おうかな。

 ……可愛い後輩がマッサージしてくれないから肩とか背中が痛いけど……まあ、紅茶でリラックスして寝れば治るかな?」

「ダーリンがちゃんと寝れる様に、添い寝しますね?」

 

 さてこう言われたツンデレの行動は2つ。

 ツンを通して離れるか、デレて部屋に誘うかだ。

 

 どちらにしろマシュが離れるかこの喧嘩に決着が着くのどっちかだろうから俺には問題ない。

 

「……だ、駄目です……!」

「何が?」

 

「せ、先輩は……私から離れちゃ駄目です!」

 

 デレたか! なんて手放しに喜べない。何故なら悪寒を感じるからだ。

 

 そして俺から離れたくない一心で両腕をマシュは掴んだ。

 

「お、お願いです先輩……! 離れないで! 私を1人にしないで下さい! 今までの非礼は全部謝りますから!

 ごめんなさい、ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい!

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!」

 

 既にあのツンツンした態度は鳴りを潜め、媚びるように詫びている。

 この態度は依存系ヤンデレ、そのものだ。

 

「もういいよマシュ。

 それじゃあ、マシュの部屋に行ってもいいかな?」

 

「お願いします……私、何でもしますから、先輩の側にいさせて下さい……」

 

 ……なんだろ?

 確かにあの謝罪の連呼は恐ろしいが……ツンデレよりも面倒臭くない気がする。

 やっぱり、慣れているせいか?

 

 マシュとメドゥーサを連れて、マシュの部屋に向かった。

 

「……相変わらず頑丈そうな扉だな……」

 

 マシュの部屋は直ぐ隣だった。

 物々しい扉を見る。いつも通り、手形で開く仕組みのようだ。

 

「それじゃあいつも通り……」

 

「ま、待って下さい先輩! その扉は登録された手形でないと開きませんよ!?」

 

「ん? だから俺の手形で――」

 

「ひ、開く訳無いじゃないですか!? 先輩の手形で開く様に設定してあったら、いつ襲われるか心配で夜も眠れないじゃないですか!!」

 

 頬を真っ赤に染めてそう言われては仕方がない。俺の手形では開かない、という事にしておこう。

 

「じゃあ、開けますね」

 

 マシュが手を置くとドアは開いた。

 メドゥーサもマシュも部屋の中を見ている。

 

「さあ先輩、あちらがマッサージ用のクッション――」

「紅茶はどこで淹れれば――」

 

 残念ながら、俺が部屋の中を見る事は叶わなかったが。

 

 

 

 誘拐犯の部屋に下ろされ、何やら扉に細工をした彼女はアサシン、マタ・ハリだった。

 

 座り込んでいた俺の前にマタ・ハリも座った。

 

「…………」

 

「…………」

 

 喋る気配の無いマタ・ハリに、こちらから話題を振る事にした。

 

「……あのー、マタ・ハリさん? 何で俺を攫ったんですか?」

 

「……何で、でしょう?」

 

 本人すら理由がわからないらしい。指を唇に当てて考えたようだが思い付かなかった様だ。

 

「……でもマスター、抵抗しなかった」

「いや、まあ……あのままはちょっと嫌だったし」

 

「そう……それじゃあ、あの2人よりも、私の方が……好き?」

 

 マタ・ハリも様子がおかしい。何時もの陽の目に相応しい明るい性格は、不気味な程に静かになっている。

 

「どうだろう? 別に、彼女達を嫌いになった訳じゃないし、マタ・ハリを特別好きになった訳でも無いから……」

 

「マスター……欲張りなのね。

 私の愛も欲しいって、頼んでいるの?」

 

「いや、別にそんなつもりじゃないけど……」

 

 確かに、現状維持に力を入れている俺を人が見たらラノベの主人公みたいなハーレム野郎と思うかもしれないが、俺の目標は安定である。

 

 現状維持は問題の先送りにしか過ぎないが、安定は問題の解決方法だ。1人を選んで爆発するヤンデレ対策方法の1つなのだ。

 

(つまり現在ヤンデレではないこの状態でそれをしている俺は現状維持をしているラノベ主人公と何も変わらないのか……!)

 

「じゃあ、私の愛……マスターにあげます」

 

 そう言うとマタ・ハリは俺に近付いて俺の後頭部に腕を回してた。

 そして俺の前で体を下げて、丁度頭は胸に包まれた。

 

「……パフパフ……です」

 

 頭を包む胸が動いて、柔らかい感触が肌色の桃源郷へと俺の煩悩を導いていく。

 

 予想ではクーデレだったので、この積極的な行動には驚かされた。

 

「……はぁ、っはぁ……!

 し、シタく……なりました、か? もっと……私の肢体を貪りたいですか?

 ……なんでも、してあげますから……」

 

 エロい! いつも通りにエロいだけじゃない! その行動の1つ1つに恥じらいや気遣いが感じられるのが何よりも恐ろしい!

 こんな切なそうで今にも消えそうな声で求められると、応えたくなってしまう!

 

「ま、マタ・ハリ……俺――」

「――そこまでだよ」

 

 無情。そんな一言が頭に浮かんできた。

 

 俺の背後から無情にも迫って来た第三者はマタ・ハリの服を斬った。

 

「っきゃ!」

 

 着られた服を手で抑えて露出を隠すマタ・ハリを、不愉快そうに鼻を鳴らして身下しているのはデオンだ。

 

「っふん……売女のくせに、マスターの前では恥じらいのある女の子を演じようだなんて、本当に浅はかだね」

 

「お前は、シュヴァリエ・デオン!」

 

 服を斬った剣を閉まったデオンは俺に笑顔を向けている。そこに何か悪意を感じる。

 

「マスター……ご機嫌よう。今日はね、私の愛するマスターにこの間の令呪の仕返しにやって来たよ?」

 

「仕返し?」

 

 この間といえば、マリー・アントワネットに令呪を使い、10分間デオンにベーゼをし続ける様に命じた事だろうか?

 

「そう、それだよ」

 

 デオンは俺の襟を掴むと、転がす様に床に俺を放り投げた。

 

「うぉ!? うっぐ!」

 

 そして直ぐに止まった俺の体の上に乗った。

 

「さぁ……マスター? どうやって仕返ししようかな?

 私とベーゼだと……んー? それだとマスターが喜んじゃうかなー?

 あ、じゃあ君の涙を舐めさせてもらうのはどうかな! 勿論、君には思いっきり泣いてもらうけどね?」

 

 この感じ、ヤンデレのお仕置きとは違う。デオンが楽しむ為に、俺に何かしようとしている。

 

 これはアレか……サドデレとかエスデレとか呼ばれている属性か。

 和姦と触手大好きな俺には一生受け入れる事の出来ないタイプだ。

 

「んー……? なんかピントこないなー?」

「令呪を持って――むぅんんっ!?」

 

「ダーメーだよー? まだ何にも仕返ししてないんだから」

 

 デオンは俺の舌を親指、人差し指、中指で抑えて、令呪の使用を止めた。

 

「……あ。いいアイディアが閃いたよ。

 アー…………」

「っ!?」

 

 顔はガッチリ抑えられた。

 舌を捕まえられた俺の口の上にデオンは唾液を垂らしてきた。

 

「……入ったかな?」

「んっぐ!? ん、んんっ!」

 

 鼻を摘まれ口を塞がれた俺はデオンの唾液を、飲み込んだ。

 

「ふふふ、よく飲めたね。偉い偉い」

「っはぁ……っはぁ……」

 

「でも、これじゃあ足りないから……そうだ! キスマークはどうかな? 顔中にキスマークを付けて、誰が見ても一発で私のマスターだって、解るようにしようか!」

 

 それは勘弁し欲しい。そんな事をすれば、例えツンデレでもデレデレでもクーデレだろうがヤンデレるのは目に見えている。

 

「い、いや……流石にそれは――」

「マスター? まさか私に口答えをする気なのかい?

 私は君のサーヴァントだよ……? 私に逆らって、君は誰に護ってもらうんだい?」

 

 デオンが剣を出す、その一瞬だった。

 

「っな、これは!」

 

 俺達の周りで数個の煙玉が破裂し、視界は白い煙で覆われた。

 

「あの売女……! だけど無駄だよ! 君には私を倒せない! マスターの上には僕が乗っている! それで何が出来る――!」

 

 デオンは慌てて俺の上から退いた。

 

「ダーリン、無事ですか?」

「め、メドゥーサ……!」

 

「先輩、やっぱり自分のサーヴァントに攫われる辺り、情けないと言う評価は確定ですね」

「……私は、戦えないから……呼ぶしかなかった」

 

 マタ・ハリが煙玉で時間を稼いで他のサーヴァントを呼んだみたいだ。

 

「…………邪魔だよ、君達? マスターの面倒は私が見るんだ。24時間、私の全ての時間はマスターの為にあるんだ。

 君達に奪われているこの時間が……私にはとても堪えられない!!」

 

 デオンのヤンデレが作動したようだ。

 世話焼き系であるデオンにとって今はまさに苦痛の一時か。

 

「ハァァ!」

「っく!」

 

 振るわれた剣をマシュは盾を持って防いだ。盾は壊されないが、攻撃には向かない。

 殴りたいがデオンが攻撃しながら右へ左へと跳ぶのでマシュは攻撃に転じれない。

 

 そして、部屋が狭いので左右に動く盾の横から加勢に出られないメドゥーサは何も出来ない。

 

「1対1なら私に勝機がある!」

「っく、このままでは……!」

 

「……マスター、私に提案が……」

 

 マタ・ハリに呼ばれた俺は彼女の話を聞いた。

 だが、それは絶対にしない事だ。

 

「はあぁ!? する訳ない……」

「……お願いします」

 

 しないって……絶対にそんな事は……しない…………

 

「マスター……頑張って」

 

 マタ・ハリに耳元でそう言われて、俺は行動に移した。

 

「令呪を持って、命ずる……」

 

「な!? 令呪だって!? させない!」

 

 デオンが接近するが、マシュとメドゥーサの双璧は超えられない。

 

「デオン……気絶しろ!」

 

 デオンの体は力なく倒れていく。マシュ達はそれを見て喜んでいる。

 

「もう1画を持って、この命令をマシュとメドゥーサにも命ずる!」

 

「な、何で……?」

「ダー、リン……?」

 

 マシュとメドゥーサの2人も床に倒れた。

 

「……マスター」

 

 マタ・ハリが俺に抱き付いた。

 

「よく出来ました………貴方の全ては私の物だものね、マスター?

 シたかったものね。ずっとずーっと……デオンに邪魔されてからもずーっと……私とイケないことしたくって仕方なかったものね、マスター?」

 

 ずっと世話焼きだと思っていたが、マタ・ハリは管理系のヤンデレだったか。

 

 そんな思考も、彼女の美の前にはあまりにもどうでも良い事だった。

 

「気絶した彼女達の部屋を使いましょう? ああ、大丈夫よ。2日くらい交わっていれば、匂いなんてすぐ変わっちゃうわ。ねぇ、マスター?」

 

 

 

 

 

「……ヤンデレに飽きたと言っていた割には、ヤンデレに骨抜きにされていたな」

 

「う、うるせぇ……」

 

「……キスだけでそんなにフラフラになるとはな」

 

「…………」

 

「次は何が良い?」

 

「……………………ヤンデレで」

 

 

 




ヤンデレ以外だったらクーデレが一番好きです。

次の投稿なんですが、旅行の予定が入っているので旅行先で執筆時間が取れない場合は投稿が1週間程遅れると思います。
ご了承下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2人でヤンデレ・シャトー エナミ編

まだ旅行中です。
水曜には帰ります。

そしてこのタイミングで来る復刻版の監獄塔。
思えばこのイベントから始まったんですよね、ヤンデレ・シャトー。


 

「そんな訳でして! 私も今日は参戦しますよ!」

 

「いや、なんでだよ……」

 

 出番が無くてエナ何とかさん化していた後輩、エナミハクツが何故か俺の悪夢にやってきた。

 

 リアルではどうだって? いつも通り俺の手作り料理を食べに朝に押しかけてきたり弁当を頼んだりしてますけど何か?

 

 ヤンデレらしい事と言えば最近通販サイトで手錠を買っただの、自白剤と媚薬って高いんですね、2箱ずつしか買えませんでした、等の報告だけだった。

 

「先輩がどれくらいサーヴァントに現を抜かしているか、抜き打ち検査です!」

 

「そういう訳だ」

 

「おいアヴェンジャー、このピックアップでお前引いたらこの悪夢は終わりだからな!」

 

「俺を引いても第一(アンリ・マユ)第三(ジャンヌ)第四(ゴルゴーン)のアヴェンジャーがお前を苦しめるだろうな」

 

「まさか、俺にアヴェンジャーをコンプリートしろって? 無課金の俺に?」

 

「精々、努力する事だな」

 

「せんぱーい! 頑張りましょう!」

 

 まさかの無茶ぶりである。よりによってアヴェンジャークラスの星5である2騎はピックアップ限定キャラだ。引くに引けない。

 

「今回は前回同様に通常のヤンデレ・シャトーだ。全員がお前達2人を求めて狂い果てている事だろう。飲まれぬ様に、足掻き続けてみせろ!」

 

 

 

 懐かしの監獄塔イベントが始まって直ぐにこれである。思えばアレが終わって直ぐだったな、ヤンデレ・シャトー。

 

(もしかして新規プレイヤーをこのヤンデレ・シャトーに引き込む気か?

 ……ご愁傷様だな)

 

 ヤンデレ・シャトーを楽にやり過ごす方法は唯一、霊基再臨素材を惜しまずさっさとサーヴァントを自害させてやればいい。

 

 それをせずに上手くやり過ごすとこの通り、エクストラとか言う終わりの見えない悪夢が始まってしまう。

 

「先輩先輩! 誰か来ましたよ!」

 

 エナミが指差す方向には盛りに盛られた派手な帽子を被った華奢な少女が見えた。

 

 王女、マリー・アントワネットだ。

 今日も笑顔で、腕を振りながらこちらに近づいてくる。

 

「はーいマスター、ヴィヴ・ラ・フランス! 今日は2人も居るって聞いたけど、本当なのね!」

 

 どうやら以前の清姫とは違いマスターが2人いる事には特に問題は無いようだ。

 

「……なるほど、この娘が最近先輩が引いたお気に入り……」

「いや、違うからな?」

 

「マスター……だとどちらもマスターなのよね? なんて呼んだらいいのかしら? よければ貴女のお名前、教えて下さる?」

 

「お断りです。先輩、早速私との仲をこの娘に見せつけて諦めさせましょう!」

 

「……! センパイ! そう、男性の方をセンパイって呼べば良いのね!」

「先輩を先輩って呼んでいいのは私です! 貴女は駄目!」

 

 話に入れない……エナミの怒りをマリーは微塵も気にせずに話を続けているからそもそも会話が噛み合ってない。

 

「うーん……でも先輩って先に生きている方に使うべき言葉よね? 私がマスターに使うのは、なんだか忍びないわ」

 

「何を悩む事がある! 奏者が2人いるのであれば、2人纏めて奏者と呼べばいい! 

 と言う訳で奏者達よ! 2人共私の部屋に参ろうではないか!」

 

 悩むマリーを差し置いて、現れたのは肩に黄金色の派手な装飾を纏った初参戦のセイバー、ネロ・クラウディウス。

 

「美少女も美少年も、余の前では些細な問題、選ぶ必要は無い! 余が平等に愛でてやろう!」

 

「うーん? 楽しく遊ぶなら女の子だけど、やっぱり恋愛は男性が良いわよ。それに、恋愛はやっぱり一途じゃないと」

 

「オリンピアの華である余が数多の者に好かれるのは当然の事! その中から選ぶというのは酷と言う物だ!」

 

「王妃だった私は、普通の乙女として恋愛がしたいの。ハーレムやアイドルなんて前世で幾らでも出来た事をやってもしようがないもの」

 

「先輩、何だか立場的に偉い人率高くないですか? ……あれ、先輩?」

 

 付き合ってられない。俺はエナミを置いて危険地帯を脱出した。

 

 

 

「…………」

「マスター……お会い出来て嬉しいです……!」

 

 エナミを置き去りにして王妃様と皇帝様から逃げ出した俺の前に静謐のハサンが現れた。

 そう言えばこの娘、新年始まってからまだ出番無かったな。

 

 こっちの方が危険じゃねえかと思いつつも、何とかやり過ごす方法を考えている。

 

「マスター……どうかされましたか?」

「……いやちょっと静謐が急に現れて驚いただけさ」

 

 この難易度の高いチョロインを相手にする時、気を付けないいけない事が幾つかある。

 

 接触、接近、接吻だ。

 

 本来なら全身毒の筈だが、ヤンデレ・シャトーでは麻痺毒や媚薬にチェンジ可能というチート性能を発揮する彼女とは会話すらも命取りになりかねない。

 

 マシュの加護(仮)のお陰で毒は効かないが媚薬はあっさりと体へ入り込むので近付く、触れる、キス、アヘ顔ダブルピースの順に即堕ちする事もある。

 

 なので会話する時には3mの距離を保つべし。クレイジーDやらスターPとか呼ばれてる悪霊もその距離なら拳は届かないから。

 

 そして、ヤンデレはこちらから攻めると暴走してアプローチが激しくなるのも忘れてはいけない。

 こちらからキスをするとそれを返そうと更に激しい行為に発展させてしまった経験がある。

 

 この娘の場合は頭を撫でたり、尻にセクハラするだけでアウトだ。

 なにせ今までずっと自分に触れられる人間を探していたのだ、暴走スイッチすらチョロい。

 

「えーっと、エナミ、もう1人のマスターならあっちだけど?」

 

 取り敢えずエナミを売ってみようか。

 

「そうなんですか? 良かった……それじゃではマスターは今1人なんですね?」

 

 しまった、静寂の狙いはあくまで俺か!

 

「ひ、1人だけど……」

 

 此処で後退るのは不味いが、距離を詰められるのも不味い。そもそも俊敏性の高い

静寂のハサンに3mの距離など無い様な物だ。

 物理的に逃げるのも不可能なので口先でどうにかしなければ……!

 

「静謐、急なんだけど……!」

 

 俺は着ていたカルデア魔術礼装を脱いだ。

 

「っきゃ!?」

 

 だが、決して突然露出癖に目覚めた訳では無い。これは立派な打開策だ。

 

 小さく悲鳴を上げた静謐は両手で顔を覆ってはいるが指の隙間から興味の瞳を覗かせている。

 

「悪いけど、コレ、洗濯して貰えるか?」

「え、ぁ、え……?」

 

 俺は礼装を静謐に差し出し、さっさと魔術協会制服の礼装に着替えた。

 

「ちょっとこれだけだと寒いから、着替えたかったんだけど洗わないとまた使えないし……お願いしてもいいか?」

 

「あ、いえ、か、構いません! ぜひやらせて下さい!」

 

 よし、掛かった!

 

「じゃあ、また取りに来るからゆっくりしてねー!」

「はいっ!」

 

 静謐が恍惚な表情で礼装を握り締めていた事を確認しつつその場から遠ざかっていった。

 クンクンされるであろうカルデア礼装を思うと少々複雑だが今度から1対1の時はこれで行こう。

 

「だけどこれで【緊急回避】も【瞬間強化】も使えないか……」

 

 カルデア礼装のスキルは使い易く、咄嗟とはいえそれを手放したのは地味に痛い。

 

「まあ良いか。それよりも次はどんなサーヴァントが来るか、だな」

 

 マリーとネロは年末年始の時期に俺のカルデアに呼ばれたサーヴァントだ。

 となればランサーのメドゥーサが来る可能性もある。

 

(だけどアヴェンジャーが果たして3回も同じサーヴァントを連続で使ってくるか?)

 

 マンネリ化やらいらん事を気にする奴だからなと思いつつ、メドゥーサの可能性を留意しながら前へと進む。

 

「せんぱ〜い? どこに居るんですかぁ?」

 

 暗闇の方からエナミの声が聞こえてきた。

 不味い。あちらもどうやら上手く切り抜けたらしい。確実に怒っているだろうな。

 

「むう……奏者と一緒に行動できるのは良いが、令呪の縛り有りきとは……ままならぬ物だな」

 

 ネロの声も聞こえる。以前のアルテミスと同様に令呪で従えている様だ。

 距離を取らなければ……

 

「っ! 先輩、そこにいますね!」

 

 バレたっ! 監獄塔の廊下は明かりが無く、数m程の距離しか目視できない筈だが、ヤンデレには関係ない話らしい。

 

「奏者よ、観念し皇帝の求愛を受けよ!」

 

 ネロが声と共に迫る。

 他に選択肢が無いので俺はすぐ隣の部屋を開けて飛び込むしかなかった。

 

「っく! ……やば!!」

 

 直ぐにその部屋が外れだと分かった。何せ黄金の壁に真紅のバラが飾られている。

 この豪華な部屋は間違いなく、ローマ皇帝ネロ・クラウディウスの部屋だ。

 

「ふふふ……余の部屋に入ってくれるとな! 奏者よ、余は嬉しいぞ!」

「もう逃しませんよ、先輩……このサーヴァントは私の能力、強化令呪によって私の下僕となって貰っています。逃げようなんて思わないで下さいね?」

 

 テンションの高くなったネロに、目から光が無くなったエナミに退路を断たれ、正直もう詰んでるんですけど。

 

「先輩をベッドへ」

「お安い御用だ!」

 

「うぉ!」

 

 ネロはベッドへと俺を放り投げた。

 

「……さて、リアルだと力の差で負けてしまいますがこうしてしまえばこちらの物です。

 たっぷり絞って、現実と夢の境界を曖昧にしてしまいましょう……」

 

「何それ聞いてないんですけどっ!?」

 

「だって先輩、夢の中だと現実と違ってチョロいじゃないですか? だから、先輩を攻略するなら夢の方かなって」

 

 俺がチョロいんじゃなくてお前が夢の中だと強くなってるだろうが!

 

 キングサイズのベッドでネロが頭を抑える。

 

「うー……マスターを前にして令呪、そして頭痛とは……」

「元々貴方と先輩を分けるつもりは微塵もありません。護衛を努めてください」

 

「ひ、酷いぞ奏者よ!

 余だって男の奏者とチョメチョメしたい! 美しい男女に囲まれて夜を過ごしたい!」

 

 駄々をこねるネロだが、エナミは一切容赦はしない様だ。

 

「駄目です。さあ先輩、脱がせてあげますね?」

 

「く、こっんの!」

 

 何とか迫るエナミの腕を掴んで脱衣を阻止する。

 

「抵抗しますか……先輩、放してもらえますか?」

「流石にこの状況で放す訳無いだろう……!」

 

 夢の中でも腕力は男と女だ。

 【瞬間強化】が使えないのは痛いが、素のままでも十分抵抗は――

 

「――夢幻召喚(インストール)!」

 

 エナミはカードを懐から取り出した。以前見たランサークラスの絵が描かれたクラスカード。

 

 インストールはサーヴァントの能力を身に纏う能力でエナミのカードはランサーのサーヴァント、ブリュンヒルデの能力が宿

っている。

 

「――って、そんなのアリかよ!?」

「変身完了……ああ、先輩ぃ……」

 

 先よりも狂気が深くなり、服は水色のセーラー服の様な物、髪は銀色に変化して筋力もサーヴァントクラスまで上昇した。

 こうなってしまっては例え【瞬間強化】があっても抵抗不可能だ。

 

「先輩ぃ……抵抗して下さい…………

じゃないと思わず殺してしまいそうです」

「ネロ!」

 

「い、行きたいのは山々だが……令呪の縛りが有っては……!」

 

 ネロは動けない。エナミは既に俺の両手を片手で抑え、武器を取り出すつもりだ。

 

 ブリュンヒルデの宝具である盾にすら見える巨槍は使い手の対象への愛に比例して重く巨大になる。

 正直普通の槍の一突きで死ぬがそんな巨大な物で体を真っ二つに貫かれながら死ぬのはゴメンだ。

 

「い、一か八かだ! 【コマンドチェンジ】!!」

 

 今着ている魔術礼装、魔術協会制服は今まで使わなかった。

 理由としてがスキルが全体回復と全体魔力補給、そして戦闘時の選択肢を変えるスキルと、ヤンデレ・シャトー内で使えないスキルばかりだったからだ。

 

 なので、【コマンドチェンジ】の効果は全く分からない。

 

「――あ……」

 

 エナミの動きが止まった。

 俺はエナミの片腕の拘束から何とか抜け出すと、ベッドから降りて距離を取る。

 

 部屋から出るにしてもネロが居ては難しい。

 

「……先輩、もっと愛を深めてから殺してあげますね?」

 

「何にも変わってない!」

 

 いや、恐らく“気が変わった”程度の思考操作能力なんだろうけどこれは酷い。

 

「ならこっちもインストール……カードが無い!」

 

「先輩のカード……2ヶ月ほど前から預からせて頂いてますよ?」

「っげ!?」

 

 打つ手なしか……

 今から静謐を令呪で呼んでもネロが居るので殺される可能性大だし、他にサーヴァントがいるならば今までの展開上、もうとっくに来ている筈だ。

 

「令呪を持って命ずる! ネロよ、我に従え!」

 

 令呪は赤い光を放ちながら消える。

 昨日2画使って1画だけ回復しているので、残りは1画。

 

「無駄ですよ……ネロに使用した強化令呪は2画。例えば先輩が6回重ねても上書きは出来ません」

 

「チート過ぎるだろ! 絶対服従は100の令呪があっても不可能じゃなかったのか!?」

 

「絶対服従ではありません。私達に許可なく近付くなと命じただけです」

 

「故に余はマスターに触れる事は叶わないのだ」

 

 それなら入り口へと走ればネロが勝手に退いてくれそうだが――

 

「ネロ、入り口をしっかりと守りなさい。先輩に触れてでも、ね?」

 

 させる訳が無い。

 

「――っ……! ま、マスター……!」

 

 突然、ネロが崩れ落ちた。

 

「……? どうしました?」

 

「っく! 毒、暗殺者か!?」

 

 苦い顔をしたネロは扉を開け部屋からと飛び出した。

 令呪の影響のせいか彼女の人生の大半を占めていた暗殺への注意が遅れたようだ。

 

「む、美しいむす――っん!?」

「妄想毒身――」

 

 曲がり角で転校生とぶつかった……なんてレベルではない。

 扉を開いた瞬間、ネロの唇を静謐のハサンが奪った。

 

「こ、これは……!? ね、眠気、が……」

 

 構えた剣を振るう事なく、ネロはその場で倒れた。

 

「……マスター……いらっしゃいますか? 服を届けに参りました……」

 

 カルデア礼装を持った静謐が部屋にやって来た。

 

「あ、貴女は以前の……!」

「もう1人のマスター……貴女だったんですね?」

 

 目が合った2人には何か因縁がある様だが、ブリュンヒルデと化したエナミに、果たしてアサシンである静謐に勝ち目があるのだろうか?

 

「先輩は、渡さない!」

 

 振るわれる槍。だが、大きさは変わらない。

 

「……」

 

 静謐はそれを避けるとスッとエナミに近付いた。

 

「……私の想い人は……マスターだけです」

 

 静謐はそう呟くと指をエナミの唇に当て、鼻をくすぐった。

 

「っ……! こ、この程度の、毒、っで……!」

 

「麻酔です……毒ではマスター達には効きませんので」

 

 エナミは眠気を振り払う様に槍を振るうが、静謐は難なく回避する。

 

「……効き目が薄かった様ですね」

 

 静謐はもう一度近付く。

 

「っ! こん、の!」

 

 エナミは槍の威力が変わらない事に気付いたようで、ルーン魔術で炎を槍に乗せて攻撃しだしたがその切っ先はおぼつかない。

 

「……、……」

 

 エナミの炎を右へ左へと躱しす静謐。

 動き回る炎が吹いた火の粉をかき分け躱し続けるその動きはまるで、蛍と踊るダンスの様だ。

 

「っ! っ! 当たれ!」

 

「終わりにします……」

 

 火の温度に晒され汗をかいた静謐は、腕を大きく振り始め、水滴を飛ばし始めた。

 

 しかし、少量の水分など炎の前では無力、届く前に蒸発する。

 

「効くわけ! ないでしょう!」

 

 静謐はそれでも踊るのをやめない。

 

 飛んだ水滴は床へ、壁へ、天井へ、炎へ……そう、部屋中に充満し始めたのだ。

 気付けば俺も額を手で抑え、今にも睡魔に落ちそうになっていた。

 

 室外ならともかく狭い部屋の中では睡魔に落ちるのも時間の限界だった。

 

「……っ、だ、め……! 眠っては…………」

 

 遂にエナミは堕ちた。

 俺ももうとっくに寝落ちして、例の金縛りに似た状態になっている訳だが。

 

「……燃えてる……急がないと」

 

 

 

「……マスター……マスター……」

 

 ペチペチと痛みを感じない程度に頬を叩かれ、目を覚ました。

 

 目の前にはやはり、今回の勝者とも呼ぶべき静謐のハサンが立っていた。

 

「……ん……おはよう」

 

 取り敢えず挨拶してみる。

 

「はい、おはようございます。マスター」

 

 辺りを見渡せば、マイルームの様な部屋にネロもエナミも床に寝かされており、ベッドの上にある俺の抱き枕を見て静謐の部屋だと理解した。

 

「マスター、礼装に何かおかしな所は?」

「ん? いや、別に……」

 

 寝ている時に服を脱がされた時は焦ったが、カルデア礼装に着替えさせられていた様だ。

 

「よかった……私、お役に立ちましたね?」

「ああ、ありがとうね。色々と……」

 

 静謐は俺からチラッと視線を外すとエナミを見た。

 

「……この人もマスターが好きなんですね。

 羨ましいです……現実世界でも、マスターと一緒なんて……」

 

「……静謐?」

 

「……所でマスター、そろそろお時間では?」

 

 静謐に時間、と言われたが何の事だと首を掲げる。

 

「何のこ、と……っ!」

 

 体に熱を感じた。

 完全に油断した。

 

「礼装を乾かす時に、お香も炊いておきました。

 無臭ですので、気付きませんでしたね」

 

「ま、待て……静謐……!」

「はい、待ちますよマスター」

 

 静謐は自分の服に手をかけ、脱いだ。

 

「私は……マスターが求めるまで」

 

 ゆっくりと俺の前に座り込んだ。

 

「何時までも何時までも……待ちますよ?」

 

 足をゆっくりと動かして、妖艶に、不可視と可視の狭間を演出した。

 

「優しく……求めて下さいね?」

 

 このままだと、間違いなくヤラれる。

 

 ……アレは、ネロの……剣……?

 

 

 

「…………」

 

 起きたが、何も覚えていない。

 恐らく夢の中で死んだんだろうなと思いつつ、ベッドから起きた。

 

 そして、ベルの鳴った玄関へと向かった。

 

「先輩……おはようございます」

 

「おはよう、何かあったか?」

 

「……覚えてませんか?」

「? いや?」

 

「そうですか……なら、良いんです! さあ、朝食ください!」

 

「全く……」

 

 俺は気付かなかったが、エナミはそっとポケットに、アサシンのクラスカードを閉まった。

 

 

 

《マスター、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい》

 

 忘れた俺の死に、仮面の少女の謝罪は止まず。

 




アヴェンジャーピックアップはどうだって?
かすりもしませんよ。

所で、聖杯使って清姫のレベル100するのってこの小説書いている作者に求められていますか? 星5に使うか清姫に使うか何時も悩みます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ説得

遅れてしまいました。大変申し訳ありませんでした。

旅行ですっかりリズムが狂ってしまいましたが、次回こそいつも通りに投稿していきたいと思ってます。(戻っても週一投稿だろとか言わないで……)


 

「これは流石に予想していなかったな……」

 

 アヴェンジャーが呟く。その手にはエナミから渡されたアサシンのクラスカードがあった。

 

「……ヤンデレ・シャトーのサーヴァントは英霊の座から英霊の一側面を召喚する様に、カルデアに召喚された英霊の一側面に過ぎない筈だが……」

 

 信じられないと思いつつも昨日の光景がアヴェンジャーの脳裏に浮かび上がる。

 

「……ショックが大き過ぎてカルデアに召喚された英霊自体がクラスカード化するとはな」

 

「先輩もゲームを起動させたらゲーティア戦のマシュの様に静謐のハサンが使用不可能になっていて驚いたそうです」

 

 アヴェンジャーはカードを見つつ解決策を考え始めた。

 

「そのクラスカードはカルデアと繋がっている。本来は英雄の座から人間の体に英霊の力を宿す為のカードで、シャトー内ではカルデアからそれを行っている」

 

 カードについての知識を口に出して思い出しつつ、答えへと辿り着いた。

 

「……ならば、このカードを夢幻召喚(インストール)してあの男との喜びをサーヴァントに伝えれば、或いは目を覚ますかもしれんな」

 

「お断りします。私にとってはこれで先輩を誑かす女が減って嬉しいです」

 

 そう言うとエナミはカードをポケットにしまうとアヴェンジャーに背を向けた。

 

「さあ、先輩を呼んで下さい。今日も私が参加します」

 

「令呪は1つしか無いが……問題ないな」

 

 アヴェンジャーの確認にエナミは首を縦に振って答えるとアヴェンジャーは早速、切大を呼び出した。

 

 

 

「静謐のハサンについて、本当に何にも知らないのか!?」

「知らん。そもそも記憶が消えるのは悪夢の中にいるにも関わらず記憶に残すとお前に悪影響があるからだ。

 通常、夢を思い出せない様に、貴様の味わった恐怖を思い出す事は出来ない」

 

 アヴェンジャーに静謐が使用不可能になった現象に心当たりがあるか尋ねるが、知っていても教えないと言う態度で断られ、俺は渋々退いた。

 

「この悪夢に原因があると思うのであれば、探ればいい。

 今回も貴様の後輩がいる。精々、気を取られすぎて他の女の妄執に飲まれぬ事だ」

 

 アヴェンジャーが指差す方向には笑顔のエナミがいる。

 

「えへへ……よろしくお願いしますね、先輩?」

「まじかよ……」

 

 ずっと出番が無かったからって、テンション上げ過ぎじゃないか?

 

「夢の中で先輩と会えるのは嬉しいです! だって……麻痺に麻酔に媚薬に洗脳……ほかにも色々出来ますもんね? ……はぁー、楽しみです……あ、私は薬物を使うのは嫌ですけど、前みたいに先輩が抵抗するなら使っちゃってもいいかなーって考えてます!」

 

 怖い。俺の後輩が脅してくる。

 おかしいな……ヤンデレ・シャトーは2人共追い掛けられる話じゃなかっけ?

 

 そんな今更な不安を懐きつつも、俺はヤンデレ・シャトーへと飛ばされた。

 

 

 

「先輩、着きましたよ?」

「あばよ!」

 

 目覚めて直ぐに【瞬間強化】。トップスピードでエナミを置き去りにして行く。

 

「先輩!?」

 

 今回は静謐のハサン消失の謎を調べなければならない。

 エナミに捕まって時間を無駄にするつもりは無い。

 

 シャトーの廊下は暗いが1本道だ。

 まだ目が慣れてないがエナミが逆方向から迫ってこない限り正面には誰も――

 

「捕ま――っきゃあ!?」

「おわっ!?」

 

 暗闇で視界を塞がれたまま全力で廊下を走る俺の前に突然誰かが現れたが避ける事も止まる事も叶わず、ぶつかってその人物に重なる様に倒れ込んだ。

 

「い、ったたたぁ……と、止まりなさいよ、もうぅ……あ」

「急に誰だよ全く……げっ!」

 

 両手を地面に着けつつ上半身を起こすと、体の真下には今の状況に頬を染めたアーチャーのサーヴァント、クロエ・フォン・アインツベルンがいた。

 

「……お、お兄ちゃん、クロエに乱暴、しないで――ってちょっと!?」

 

 ご要望にお答えしてスッと立ち上がった。ただの事故なのに何を期待しているんだこのキス魔は……

 

「もう! ちょっと位襲ってもいいのにぃ……」

「ロリコンダメ絶対だ」

 

 それよりも、こんな場面を他人に見られたらどんな勘違いをされるか――

 

「へぇー……私から逃げたのにそんな小さい娘は押し倒すんですね先輩。

 そういう趣味なんですか?」

 

 ――言わんこっちゃない。

 後ろからエナミがやって来ていた。俺に追いつく為に既にブリュンヒルデをインストール済だ。

 

「危ない趣味です、今すぐ矯正します」

 

「よっと……キレイなコスプレね女のマスターさん?

 ふふ、断然やる気が出て来たわ……じゅるり」

 

 愛しい人(エナミ)の姿にテンションの上がったクロエは舌なめずりをしながら両手に干将・莫耶を投影させて戦闘態勢に入った。

 捕まえて色々する気満々だ。

 

「サッサと始末して、先輩をこの手に……!」

「骨抜きにして、ア・ゲ・ル!」

 

 剣と槍がぶつかり合っている内に俺はサッサと逃げ出した。

 

 

 

「……手掛かりって言ってもなぁ……前回と今日でガラッと変わるのがヤンデレ・シャトーだし……」

 

 二人から離れた俺は適当な場所で止まって頭を抱えていた。

 

「一緒にいた事は覚えているエナミは答えてくれないから昨日登場したサーヴァントがいればいいんだが……そもそも俺がその事を覚えてないし」

 

 悪夢について思い出そうとするが、頑張ってもエナミがいた事だけが分かる。

 

「仕方ない、片っ端からサーヴァントに聞いて回るか」

 

 そう言うと俺は最寄りの部屋をノックした。

 

「誰かいるか?」

「っむ! その声は奏者か! 待っておれ!」

 

 部屋から聞こえた声はシャトーでは初めて出会うセイバークラスのサーヴァント、ネロ・クラウディウスだ。

 

「来てくれたか奏者よ! ささ、遠慮せずに入るがよい! 我らのマイルームだ!」

 

 黄金色の家具と真っ赤なバラで飾られた部屋に入った。

 その眩しい程の輝きに思わず目を瞑ふ。

 

「どうだこの威光! 華やかであろう! やはり愛の巣はこうでなくてはな!」

 

 ネロはローマ皇帝。マスターには構って欲しい甘えん坊な性格だ。ヤンデレの闇はまだ見えないが束縛系か執着系だと思われる。

 

「この前は美少女のマスターに命じられてロクに話も出来なかったが、今宵こそは寝床を共にし甘く過ごそうではないか!」

 

 そう言ってネロはキングサイズの天蓋付きベッドを指差した。

 

 だが彼女はそんな事よりも聞き捨てならない事実を口にした。

 

「待った! エナミに会ったのか!?」

「ん? そなたもおったではないか? この部屋にも入ったであろ!」

 

 ネロは俺の発言に首を傾げるがいきなり当たりを引いたらしい。ならばネロに色々と訪ねて静謐について探りを入れよう。

 

「……奏者よ? まさか、覚えておらぬのか? 令呪の縛りがあったとは言え、余の輝きも、声も、顔も……覚えておらぬと申すのか!?」

 

「おわっ!?」

 

 どうやらネロの病みのスイッチが入ってしまったらしい。

 俺の肩を掴むと上半身を背中からベッドに押し倒した。

 

「余の、オリンピアの華である余を! 至高にして史上のサーヴァントを! このネロ・クラウディウスを! 忘れたのと言うのか!?」

 

 肩を握る力は強くなり、怒りの表情が直ぐ側まで近付く。

 

「お、覚えてるよ! 覚えてるよ!」

 

 自身の才にも容姿にも絶対的な誇りと自信を持つネロにとって、想い人に一度見たその輝きを忘れられるのは我慢ならなかったらしい。

 

 一度落ち着かせる為にも此処は彼女の望むままに話を合わせよう。

 

「……そうだろうそうだろう! 忘れる訳が無いのだ! 我はネロ・クラウディウス! この真紅の衣装と芸術の如き美しい肢体、一度見れば忘れる事など出来ないであろう!」

 

「ああ、赤セイバーまじ俺の嫁」

 

 落ち着いた彼女の金髪を撫でる。それだけで満足そうに頬を緩ませた。

 

「余の嫁もそなただけだぞ奏者よ! もっと撫でるがよい、我を存分に愛でるが良い!」

 

 相変わらず犬の様に懐いていて助かった。だが、また暴走されては折角の情報が聞き出せない。

 慎重に言葉を選んで俺は質問を始めた。

 

「……あのさ、ネロの輝きが眩し過ぎて他のサーヴァントについて良く覚えてないんだけど、誰がいたか思い出せる?」

 

「奏者よ。そなたは余の事だけ見ていればいいのだぞ。他の者の事など忘れれば良い」

 

 そう言うと思ったよ。

 

「そうだよねぇー……セイバーは可愛いだけだから、記憶力が低いもんなー……はぁー……」

 

「む! し、失礼な! 余はちゃんと覚えておる!

 たしか……余の衣装に勝るとも劣らぬ派手で斬新な帽子を被った麗しい美少女がいた! 美少女のマスターの命令で切り捨ててしまったが、余のハレムに加えるのもやぶさかではなかったぞ!」

 

 派手な帽子……マリーか。

 

「他にも、この部屋にいた時にドア越しに毒を放ってきた妖艶な暗殺者をいたぞ!

 あの唇……毒で穢されてはいたが美味であった! 毒が無ければハレム入り間違いなしだったのだがな……」

 

 やはり静謐のハサンもいたようだ。だが、唇の感触を知ってるとなると……

 

「消滅、したんだよな?」

 

「む? いや、確かに余は倒れはしたが睡眠薬を貰っただけなのでな、眠っただけだ」

 

「その後には、何もなかった?」

 

「いやその日それだけだったが……ああ1つだけ奇妙な事があったな!」

「奇妙な事――」

 

 ネロの口にした気になる一言について詳しく知ろうとしたが、それより早くドアが開かれた。否、突き穿たれた。

 

「……見つけたぞ、マスター」

 

「す、スカサハ!?」

 

 この寒い時期に水着姿で現れたのはアサシンクラスのサーヴァント、スカサハだった。

 

「む、これから蜜月を楽しもうと言うのに……無粋な客人め」

 

 ネロは俺から離れるとスカサハへと対峙する。

 

「人の物を横取りしている盗人に、無粋などと言われたくは無いな」

 

「盗人ではない! 余は皇帝! 余が欲した物はこそ、我の物でありローマの物!

 マスターはこのネロ・クラウディウスと共に永遠に添い遂げ合うのだ!」

 

「私とて未だ殺せる者が存在しない影の女王……その男は奪い返させてもらう」

 

 スカサハは短刀の様なゲイ・ボルグを取り出す。

 それを見たネロも手を伸ばして自身の剣を手元に呼んだ。

 

「……マスターよ、奇妙な事とはコレだ」

 

 ――そう言って呼び出されたネロの宝具、原初の火(アエストゥス エストゥス)には赤い血が滴っていた。

 

 

「――え?」

 

「……その血、滴っている量から見ても致命傷。だがそれが英霊の物ならば消滅と共に血液も消滅する筈だ」

 

「そうだ。余はもうこれの味を見た。

 濃ゆい魔力だ。これほどまでに体によく馴染む血は他に無い。恐らく、マスターの物だ」

 

「な――!?」

 

 では前回の悪夢で、俺を殺したのはネロ!?

 

 いや待て。

 

 ネロは睡眠薬で眠ってしまったと言っていた。

 それからは覚えていないと。

 ならば……誰が俺を殺した? マリーか? エナミか? 静謐か?

 

 もし静謐が殺したならばその事実にショックを受けて俺のゲーム内で使用不可能になるのも納得は出来る。

 

「……い」

 

 スカサハが呟いた。

 

「貴様の舐めかけだろうと関係ない! その剣に滴る全ての血、貰うぞローマ皇帝!」

 

 テンションの上がったスカサハは短刀を両手に構えて走り出した。

 

「例え一滴であろうと余は譲らぬ! 奪える物なら奪ってみせよ!」

 

 ネロは短剣を受け止めて応戦を開始する。

 

 情報は十分に貰った。さっさとこの部屋から出て避難しないと……

 

 

 

 【緊急回避】を駆使してネロの部屋から出て来た。

 

「あ、危ねえ……黄金の劇場(リサイタル会場)が発動してたら部屋から出られず仕舞いだった……」

 

 膝で息をしてなんとか整える。

 取り敢えず、場所を移すべきか。

 

「マスターさん、みーっつけたぁ……」

 

 明るい声が聞こえてきた。

 この声はクロエだ。逃げて来た方から聞こえてきた。

 

「そう言えば千里眼があるんだった……!」

 

 この暗闇でもヤンデレの嗅覚やら視覚は普段と同等以上に働くんだから本当に怖い。

 

「一旦広場へ……!」

 

 俺はクロエの声から遠ざかる様に走った。

 

 広場にはすぐに着いたが、そこではエナミが待っていた。

 

「せ・ん・ぱ・い♪」

 

「え、エナミ!? その姿は……!」

 

 だが、そこに立っていたエナミの衣装はカルデア礼装で無ければブリュンヒルデの衣装でもなかった。

 

「……静謐のハサン!?」

 

「あはは、凄いですねこの能力! 毒も麻痺も睡眠も媚薬も変幻自在、なんでも使えますね!」

 

 茶髪を揺らしつつ体を揺らす。

 静謐の物より大きな胸がぴっちりとしたタイツ越しに揺れている。

 

「……はぁっはぁ……おにぃい……さぁん……クロエ、もう我慢できないのぉ……」

 

 そして退路を塞ぐ様に力ない足取りでクロエがやって来た。

 

「ランサーのインストールが消え掛かった時は焦りましたけど、この力があれば問題ありませんね」

 

「おねぇさんのぉ……お指で、クロエの体……熱くてぇ……ビンビンしててぇ……もう限界なのぉ……!」

 

 顔が赤く、目の焦点も定まっていない様子だ。

 両足もモジモジとしていて、とても○学生がなっていい状態ではない。

 

「先輩にこんな小さい女の子に手を出されては困りますので、サッサとこの毒で始末させて頂きますね?」

 

 そう言ってエナミは俺の背後にいるクロエに近付く為に1歩踏み出した。

 

「……? アレ?」

 

 2回前へと歩いた足は何故か3歩目を踏まずに止まった。

 

「な、何で足が……!? 動かな――」

 

《ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、もう近付きません、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい》

 

 頭の中に静かに湧き出してきた謝罪の言葉に、思わず頭を抑えた。

 

「こ、これは……!」

「わ、私のクラスカードから……! あ……ぁぁ……」

 

 声の影響かエナミは驚きの表情のまま後ろへと下って行く。

 

《ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい》

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

《ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい》

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 エナミの口と頭の中で懺悔が響き続ける。

 

「あの、カードが静謐の物なら……! エナミの体を侵食する程の、罪悪感が……!!」

 

 漸く理解出来た。

 エナミが俺に近づいた時、彼女の意思に反して足が止まったのはそれ以上近付いては駄目だと言う事。だが、エナミ俺との間にあった距離は約3m(・・)

 

 ネロの宝剣、アエストゥス エストゥスを持っていても俺には届かない距離であり、俺の決めた静謐のハサンの毒の射程距離外でもある。

 

 ここまで証拠が揃えば自分の行動を想像するのは容易い。

 

「つまり……静謐の媚薬で手を出しそうになった俺は、近くにあったネロの宝具で自害したのか……」

 

《ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい!》

 

 未だに続いている懺悔の声に胸を締め付けられる。

 

「なら……解決策は1つだな」

 

 この事態を終わらせる方法は単純だ。本人があれだけ反省しているんだし、許してやるだけだ。

 

 だけど今のままでは静謐所かインストールの影響で謝り続けているエナミにすら声が届きそうにない。

 

「先ずはこの間合いに入り込むっ!」

 

 頭に響き続ける声を無視して俯いたままのエナミに走り出す。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「謝るなら近付けよ!」

 

 だが、エナミは俺が接近すると英霊並のステータスで距離を取る。

 

「なら壁に追い込んで退路を塞いでや――おわぁ!?」

「えへへ……おにぃさん、つーかーまーえた……! クロエ、もうがまんできなぁい…………はむぅ」

 

 発情していたクロエは俺の背後から抱き着いて耳を甘噛みして来た。

 

「ええい! アトラス院礼装、【イシスの雨】!」

 

「はむぅんっちゅ……あへぇ? 

 ……っきゃあ!?」

 

 発情が解けたクロエは俺からパッと離れ、股を抑えてる。

 

「……うぅ……ビショビショになってる……マスターに、放置プレイされて私、もうこんんなに……!」

 

 ダメだ、発情とか関係なしに存在がエロいぞこの魔法少女。

 

「そんな事よりも静謐を……!」

 

 未だに俯いたままの状態でエナミは口を動かしているが、頭の声は距離が離れたからか聞こえなくなっている。

 

「静謐、もう良いんだって」

 

「……なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

「俺が許してやるから、な?」

 

 近付く。後退る。

 近付く。後退る。

 

 だが、エナミの後方は壁だ。これなら!

 

「貰っ、た!」

 

「ごめんな、さい」

 

 まさかの跳躍。俺の頭上を飛んだエナミは俺を背後を取って背中を向けて廊下へと走り去っていく。

 

「あ、待――」

 

「いたぞ! 奏者だ!」

「ああ、これで――!」

 

 逃げるエナミとは逆方向から部屋に放置しておいたスカサハとネロがやってきてしまった。

 

 って言うか何で2人で来てるんだよ!?

 

「――!」

 

 スカサハが空中で指を動かし文字を書く。魔術によって作られた文字が俺目掛けて飛んできた。

 

「ルーン、魔術!?」

 

 咄嗟に避けた。

 

「マスター……大人しくしていろ!」

 

 スカサハがもう一度ルーンを刻む。これはヤバいやつだ。間違いない。

 

「ちょこまかするな、奏者よ! 我らからの加護だ!」

 

「どんな加護だよ!?」

 

「うむ。隷属の加護だ」

 

 それは加護じゃなくて呪いだ!

 

「だ、大体そんな物があるんなら、スカサハは魔術が効く相手に対して無敵じゃないか!?」

 

「残念ながら隷属のルーンは十数分の前準備と対象の血が必要な上に、魔術の強度は脆いので対魔術スキルどころか多少の魔力で弾かれるのでな、そう簡単に使えるものでは無い」

 

 だから俺の血を欲しがってた訳ね。

 でもそれなら俺も魔力でレジストすれば弾けるんじゃないか?

 

「……あぶね!?」

「っち!」

 

 飛んできた文字を避けた。しかも舌打ち。

 スカサハの話した簡単にレジスト出来るは嘘か。

 

「とぉう!」

「うぉあ!?」

 

 ネロが跳躍し、上から俺へと落下してきた。

 

「これで逃げられないだろう」

「は、離せ! だ、大体! 自分より弱いマスターを言いなりにするとか、恥ずかしくないのか!?」

 

「敵対者ならともかく、想い人の時間を奪いたいと思うのは当然の願いだ」

 

「余も最初はそう思っていたが、奏者のマスターになれると思うと、こう……!   

 胸が徐々に熱を帯びるのだ! まるで、その時を待ち焦がれていたかの様に!」

 

 説得失敗。そして首の後ろをスカサハになぞられた。

 

「さあ、もうルーンを付けたぞ」

 

「最初は余が命令したい!」

 

 魔術の効果が身体に染み渡る。今命令をされれば確実にその通りに動いしてしまうだろう。ならば今しかない!

 

「カルデア戦闘礼装、【ガン――】」

 

「私への攻撃を禁止する!」

 

 向けていた指が勝手に閉じる。

 

「まだ足掻くか、マスター」

「流石は余の奏者だ! しかし、余は悲しいぞ? そんな抵抗されるとはな……」

 

「皇帝、先に頂くぞ。私を抱け」

 

 スカサハがとんでもない命令を下した。

 

「んっな!? お主、気が早いのではないか!? ならば余も! 余を先に抱け!」

 

「ふん。皇帝との同盟の条件は隷属権限の共有だがマスターの初めてを譲る気は無い」

 

 こうなったら仕方がない。さっさと命令を完遂しよう。

 俺はスカサハに抱き着いた。

 

「……ふふふ……っは!」

 

 抱き着かれたスカサハは嬉しそうに笑うが、自分の願いと違うと気付き満足気だった表情をキリッと整えた。

 

「マスター、そうではない。性的に抱けと――」

 

「【オーダーチェンジ】!」

 

 スカサハを抱きしめたままスカサハを対象に【オーダーチェンジ】を発動させた。

 

 入れ替えたのは当然――

 

「――あ、ぁ……!?」

 

 静謐に囚われたままのエナミだ。インストールの影響で俺のサーヴァントとして認識されている様で助かった。

 

《――放して!》

 

「は、放してぇ! 放してぇ!」

 

 こっちが救おうとしてるってのにエナミは俺の体を押して離れようと必死だ。

 出来れば普段から離れていて欲しい物だが、生憎今回はそうもいかない。

 

「もう大丈夫だから……」

「大丈夫じゃ、ない……!」

 

《私の近くにいては、駄目!》

 

「近くにいても良いだ」

 

《駄目! マスターが……死んでしまいます……! 毒が効かなくても、私が触れた人は皆……!》

 

 トラウマ再び、と言った所か。昨日の悪夢から逃げる為に俺がとった最終手段が悪過ぎた。

 

「……俺に触れたいんだろう?」

《死んでしまうなら、触れれなくてもいいです》

 

「あのさぁ……ヤンデレは殺してなんぼだからな?」

《……え?》

 

 すっとんきょな声が聞こえてきた。

 

「このヤンデレ・シャトーでは、俺は死ぬ気で逃げるんだ。お前らの愛からな。

 だから逃げる俺に不快を感じるのは当たり前だ。

 捕まえたお前達がナ二しようかは勝手だ。だけど、捕まえたかったらちゃんと捕まえろ。

 礼装が使えるなら逃げるし、令呪があれば逃げるし、思考出来るなら逃げる。武器があれば……最終手段だが自決だってするさ」

 

 捕まったら夢精でテクノブレイクとか笑えない死因だからこっちも本気なんだけど。

 

《…………》

 

「だから、捕まえるならちゃんと捕まえろ。それか優しく扱え。性的に追い詰められるとヤケクソの童貞がバカやらかすから」

 

 ……エナミの両腕がぶらりと下がった。

 どうやらエナミ本人の意識が戻ったらしい。

 

「…………」

 

 途端にエナミの姿もカルデア礼装に戻り、床に落ちたクラスカードから、静謐のハサンが現れた。

 

「……死んだり、しませんよね?」

「死なないように、捕まえてみろ」

 

 

 

「…………だそうですよ、エナミさん」

 

「えっい!」

 

 油断した! イイハナシダナーで終われると思って完全に油断していた!

 

 俺が抱きついた体勢のままエナミの両腕が俺の背中に周りガッチリ掴んでいる。

 

「奏者よ! 余はちゃーんと空気を読んで、無言で、待ってやったぞ!! なので余も抱き着いてやろう!」

 

「どれ、私のルーンを再び刻んでやろうか」

 

 ネロが抱き着き、スキルで飛ばされていたスカサハも帰ってきた。

 そして俺の足を掴む小さな腕。

 

「……私も、混ざりたいな?」

 

 クロエだ。ゾンビの様に地面に這いつくばりながらも、俺の足を掴んでいる。

 

「えぇい! 放せぇぇ!」

 

「…………あれ?」

 

 俺がジタバタ暴れていると突然、エナミがふらっと倒れる。

 

「……こ、これは……!」

「くっ薬か………!?」

「うぅ……良い所、な、し……」

 

 俺以外の全員がその場に倒れた。

 

「エナミさんは、インストールし過ぎで力が抜けているだけです。

 他の皆さんには、麻痺毒を振り撒きました」

 

 1人だけ、照れながらも笑う褐色肌の少女。

 

「せ、静謐……?」

 

「マスター……先ずは両手両足を縛らせていただきますね?」

 

 何処からか鎖を取り出した静謐は、慎重に、丁寧に、俺の自由を奪い始めたのだった。

 




クロエがどんどん淫乱キャラに……刃物系ヤンデレは何処に行ったんでしょうか?

そろそろお礼企画をしましょうか? いやいや、バレンタインデーが先でしたね。

まだバレンタインデーイベント周回してないので静謐ちゃん毒入り本命チョコどころか他のサーヴァントからも貰ってませんのでコメント欄でのネタバレは控えてください。
万が一、静謐ちゃんからチョコが貰えなかったら土下座しますので静謐ちゃんと武蔵ちゃんとチョコを自分に下さい。(既に土下座)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・バレンタイン

セーフですよね!

何とかバレンタインデーの話が完成しました。
今回の話は甘いですよ。コーヒー推奨します。


 

 今日は楽しい愉しいバレンタイン。

 リアルでは母チョコとエナミから手作りを貰った。

 

「……エナミから何を貰った、だと? チョコだけど渡された時に《私の前で食べて下さいね♡》って言われた」

 

「ほう、随分変わった渡し方だな。普通なら家で食べろ、だろう。女共は不味ければ縁を切られると思っているからな」

 

「変わった、で済ますな! どう考えても中身媚薬的な物に決まってんだろ!

 普通、そこは告白か味の感想を聞かせてくださいだろうに……」

 

 どうやら夢の中で静謐に弱かった俺を見て薬攻めを開始してきたらしい。

 

「ヤンデレ・シャトーもバレンタインデーの催しの用意ができているぞ」

「別に期待してないからな、そういうの」

 

 大体ヤンデレでバレンタインデーとかアレだろ? 血に染まる奴。

 

「折角だ、甘く過ごしていけ」

 

 アヴェンジャーらしからぬセリフをアヴェンジャーらしいニヒルな表情で言われた俺は不安を煽られただけだった。

 

 

 

「先輩……」

「マスター……」

 

「うぉ!?」

 

 シャトーに着いたと同時に背後から2人同時に声をかけられた。

 

 白衣姿のシールダーであるマシュ・キリエライトとライダークラスの聖女マルタだ。

 両方とも、その手にはチョコの入った箱が握られている。

 

「チョコレイト……食べて下さい」

「一生懸命作った手作りだから、受け取って……下さい」

 

 2人共既に何かに当てられた様に頬を染めて嬉しそうな表情を浮かべながら俺へと近付く。

 

「私の、大好きな先輩への、本命チョコですっ!」

「受け取ったら、その場で食べて欲しいわ……です。愛しい、貴方に」

 

「……えーっと……」

 

 渡してきたチョコレートを受け取るべきか考える前に、頭を悩ませるべき出来事が1つある。

 

「……そんなにくっついて、暑くない?」

 

 そう。マシュとマルタは近づくに連れて俺の正面に向かってくるのだが右からマシュ、左からマルタが迫るのでお互いの体がぎゅっと密着しているのだ。

 

「? まだ先輩に触れてませんよ?」

「誰にもくっついて等いませんよ?」

 

 …………これは。あれか。

 

(俺以外を認識していないパターンかよぉ!?)

 

 頭を抱えたい衝動に駆られるが、それよりも先に目の前の問題だ。チョコを受け取るべきかどうか。

 

(無理やり口に突っ込まれるよりマシか……)

 

 さっさと受け取ろうと俺はマルタのチョコを受け取ってポケットに入れるとマシュのチョコに手を伸ばす。

 

 しかし、チョコに触れる寸前でマシュの手が離れた。

 

「せ、先輩……そのポケットのチョコは、何ですか……!?」

「マスター、ポケットに入れないで早く食べてみて下さい」

 

「だ、誰から受け取ったんですか……!? 先輩の愛しい愛しい後輩で有る私以外の、誰から!?」

「ビスケットなので余り揺らすと壊れてしまいます。なのでこの場で食べて行って下さい」

 

 聖徳太子か俺は!

 マシュが詰め寄り、同時にマルタが催促をしてくる。

 どうこなせと言うのだ。

 

「マシュ、お前が好きになった俺が他の女性からも好かれない訳無いだろう? 安心しろって」

 

「……マシュ? マシュとはあの後輩さんの事ですか? もしかして浮気ですか?」

「そう、ですね……先輩は、好かれますもんね……はい! 私のチョコです! 受け取って……貰えますよね?」

 

「マスター、正直に答えないと今ここで天罰を下しますよ?」

 

 ダメだ! あっちは他のサーヴァントを認識していないが俺の話す言葉はどちらにも聞こえている。

 此処は口ではなく、行動で場を収めよう。

 

「……! きゃあ!?」

 

 マルタの背中に左腕を回して抱きしめて、マシュのチョコを右手で受け取った。

 

「ま、マスター……」

 

 マルタが満足している内に右手と口を使ってマシュのチョコの箱を開ける。

 

「デカッ……!」

 

 マシュのチョコが1口で食べられるサイズでは無かったので思わず呟いてしまった。

 

「先輩が満足するのはそれ位の大きさじゃないと、と思ったので……」

「ちょっと! 想い人の胸が当たったからってそんな感想は……ゴホンゴホン、卑猥で――!?」

 

 しまった。呟きに釣られたマルタの視線が俺の手にあるチョコレートに向けられた。

 

「……なんですか、ソレは?」

 

 マルタの怒気を感じる。思わず抱き締めていた左腕が緩む。

 

「私を抱きしめたままいつの間に他の女から貰ったチョコを食べようなんて……」

「先輩? あの……食べるのでしたら、早く食べて見て下さい……」

 

 怒りを顕にするマルタに照れるマシュ。

 同時に捌くのは難しい。

 

 優先すべきはマルタの鎮火だが、この状況を同時に収める方法はある。

 

「……俺は、一番好きな物を最後に食べる主義だったんでな」

 

 俺はそう言いつつマルタの頬を撫で、右手で開いていたマシュのチョコの箱を閉めた。

 

「……先輩……嬉しいです」

「……ま、全くもう……む、ムードを考えて下さいね?」

 

 マシュは自分のチョコを最後に食べてくれると思い安堵して、マルタは自分が一番好きな相手だと思って静まった。

 

 しかし、このままでは限界だ。どうにかしてマシュとマルタから離れないと。

 

「先輩……私の部屋でお茶をお出ししますね?」

「マスター……その、ま、マスターのお部屋でなら……聖女じゃない自分を、曝け出せると、思うんです」

 

 このお誘いである。早い話が俺の体を半分にして欲しいらしい。

 

(大体俺の部屋なんてヤンデレ・シャトーには――)

 

 ――気のせいだろうか? 見た事もないチョコで出来た扉が廊下の奥に佇んでいる気がする。

 

「せ、先輩? 行きませんか?」

「マスター……」

 

 さて、どっちかの誘いに乗らないといけないが言葉を使うと同時に断るか誘うしかなさそうだ。

 

「……部屋で待っててくれ」

 

「「っ! はい!」」

 

 嬉しそうにマシュとマルタは廊下の奥へと消えていく。マルタはチョコレートのドアでは無く自分の部屋へと入っていった様だ。

 

「……よし、逃げるか」

 

 厄介な爆弾(手作りチョコ)を口の中で処理しながらなるべく遠くへと遠ざかった。

 

 

 

「……ふう、ここまでくぅ……!」

 

 フラグは自制しなければと思い口を抑えた。

 兎に角、マシュとマルタをどうするか。そして、部屋の扉の数がチョコの扉を除けば5つだったので残り3騎のサーヴァントをどう掻い潜るか。

 

 不幸中の幸い……とも言えないがヤンデレサーヴァント達はお互いを認識していないので戦闘に発生する恐れはない。

 

(敵が居ない=怒りだしたら俺だけを殺しに来るんですけどねっ!!)

 

 兎に角、先ずは2人にあってヘイトを下げてこないとな。マシュのチョコはまだ食べていないのでさっさとお茶と一緒に飲み込んでしまおう。

 

 普段よりデレてたし、1人なら案外簡単に捌けるかもしれない。

 

「……マシュ、入ってもいいか?」

「ど、どうぞ!」

 

 マシュの近未来的な扉が開き、中に入ると机の上に紅茶が2つ置かれていた。

 

「さあ、先輩。

 どうぞお掛けください」

 

「ああ……」

 

 今更ながら頭に罠の可能性が過るが仕方ない、このまま行こうか。

 

「チョコレートだけでは足りないと思ったので、ポテトチップスとスティックサラダもご用意しました……! どうぞ!」

 

「ありがとうマシュ」

 

 ……虎穴に入らればなんとやらだ。覚悟を決めて紅茶を口にした。

 

「……うん、上手い」

「先輩の好みのお砂糖の量はちゃんと熟知しています。

 さあ、チョコを机に置いてください」

 

「ああ……っ!」

 

 チョコの箱に触れてから気が付いた。

 もしかしなくても罠があるとすれば、チョコの方じゃないか?

 

「……アトラス院礼装」

 

 礼装を変えた俺は、マシュのチョコを食べた。

 

 舌に溶け出しべっとりとくっつく甘い味、マシュ可愛い。

 

 スタンダードな味わい、マシュ大好き。

 

 感謝の気持ちが身体に染み渡る様だ、マシュ結婚しよう。

 

「――【イシスの雨】!!」

 

 例によってやばい混入物がチョコの甘さの中に隠れていた。

 

「……先輩、私の事、好きですか?」

「好きだけどこの手の洗脳は駄目だろ?」

 

「洗脳ではありません。愛の霊薬を私専用に改良して100分の1まで薄めた惚れ薬です!」

「変わんないからな!?」

 

 やはり罠だったか……危なかった。

 

「ただ、薬を作ってる時に体に付着してしまったので……先輩を見ていると頭がぼーっとします」

 

 だから最初から少し様子が可笑しかったのか。

 

「先輩……ベッドに座って下さい。マッサージしますね?」

「たった今洗脳しようとした人の言葉を信じると思う?」

 

 怪しいお香を取り出しつつベッドを勧めるマシュにツッコミを入れつつハッとなった。

 

(そういえばマルタも様子が可笑しかったような……? まぁチョコは食べたけど、もう【イシスの雨】使ったし大丈夫だろ)

 

 数分前の自分の迂闊さに冷や汗をかきつつ取り敢えず安心したが、このままマシュと2人っきりでいると禄な目に合わないのは間違いない。

 

「先輩……あまり、この手は使いたく無かったのですが……」

 

 言いながら彼女の白衣姿から鎧を着た戦闘服に変わる。

 

「実力行使させて頂きますね?」

 

「……マシュ、ちょっと待って」

「はい、待ちます」

 

 薬の影響でか随分あっさりと言う事を聞いてくれる様で、マシュは俺の言葉と手の制止でその動きを止めた。

 

「……出ていきたいんだけど」

「駄目です。実力を行使します」

 

「待って」

「はい!」

 

 躾けられた飼い犬並に言う事を聞いてくれるが逃げる事は許さないようだ。

 

「こっちに来て」

「は、はい!」

 

 漸く観念した。そうマシュは思ったようだが、俺は近付いた彼女に人差し指を向けた。

 

「カルデア戦闘礼装、【ガンド】」

「……なっ……!?」

 

 体が動けなくなったマシュから急いで離れ扉から出て行った

 

 

 

「危なかった……あの扉、内側も俺の手形で開いてくれて助かった……」

 

 次は聖女マルタの所に向かうべきだろうか?

 

「行ってやらないと待ちくたびれて何しだすか分からないし……」

 

「おう、待ちくたびれたぜ?」

 

 振り返った先にはアサシンのサーヴァント、両義式が立っていた。

 

「っげぇ……!?」

「なんだよ、そんな露骨に嫌な顔をするなよ?」

 

 いや、しばらく会っていなかったがマジで逃げたい。どうする? こうなれば令呪で時間を稼ぐか?

 

「オレはチョコを渡しに来ただけだ。ほら」

 

 式からチョコの入った紙袋を受け取る。

 

「……ありがとう。取り敢えず、持って帰って食べるよ」

「おう、そう言うと思った、っよ!」

 

 俺が手に持っていた紙袋が投げナイフによって破かれ、中に入っていた粉末状の何かが俺に向かって破裂した。

 

「ゲッホッゲッホ! な、何して――!?」

 

 ヤバイ、例の愛の霊薬か……式……

 い、【イシスの雨】を……式……

 さき使ったばかりだから使えな――好きだ。

 

「オレもだぜ、マスター」

 

 式……

 

「マスター、部屋に行こうか」

「……ああ」

 

 小さく頷いた。

 

「これでマスターはオレの物だな」

「マスター!!」

 

 式の後を追っていこうとしたが、後ろから声が聞こえてきた。

 

「余りにも遅いので迎えに来ましたよ! さあ、一緒に行きましょう!」

 

 聖女マルタ……無視してもいいか。

 

「どうしたマスター?」

「いや、なんでもないよ」

 

「……はぁぁぁぁ!!」

 

 気合が入った声でマルタが近付いてくる。式には聞こえていないので気付いていない。

 

 そしてマルタは手に持っていたビスケットを俺の口に無理矢理放り込んだ。

 

「さあ、誰が貴方の僧侶ですか!? お答え下さい!」

 

 俺の、僧侶? 好きなのは勿論……勿論……し、し、マル、式? マルタ? あれ? 

 式? マルタ? 

 

「マスター……?」

「……式、マルタ……大好きだ」

 

 その言葉に式は目を見開き表情を変えた。

 

「何で他の女の名前が……!?」

「マスター? 浮気は駄目ですよ? 私だけが、好きなんですよね?」

 

「……ああ、マルタの方が好き――」

 

「っく! この!」

 

 式はマルタに向いたままの俺に香水のような物を吹き掛けた。 

 

「……マルタ、マルタマルタマルタ……!!」

 

「っく……! 霊薬をそのまま吹き掛けたのに! マスターには他の女が見えてるのか!? オレの魔眼でも見えないのに!?」

 

 俺はマルタを抱き締めた。マルタは慈愛に満ちた顔で俺の頭を撫でつつ優しく囁いた。

 

「おかえりなさい、マスター……ふふふ。これからは私がぜーんぶ、気を付けてあげるわ」

「マルタ……! ずっと一緒にいてくれ……!」

 

「はぁ……マスターかそんな風に求められたら、このマルタ、貴方の僧侶に……いえ、敬語は要らないわね。

 貴方の妻になるわ。ふふふ、素敵な日になったわ」

 

 マルタの唇に吸い寄せられる様に、俺は顔を近付けた。

 マルタも目を閉じて、受け入れてくれ――

 

 

 

「……させるか」

「…………マスター? 寝てしまったのかしら?」

 

 式に気絶させられたマスターを見て、マルタは疑問符を浮かべる。

 

「マスターにしか認識できなかろうが、マスターの体を抱き締めているなら……!

 これで、殺せる!」

 

 式は恐らくマスターを抑えているであろう敵の位置にナイフを振り下ろした。

 

 しかし、ナイフは見えない何かを切る事は無かった。

 

「何!?」

 

 式は見えない巨大な何かの出現を感じてその場から離れた。

 

「誰かがマスターが気絶させたみたい……タラスク、注意して下さい」

「何か召喚されたか……? くそ、迂闊に近付けない……!」

 

 やがて、マスターの姿はチョコレートのドアの中へと消えた。

 侵入も考えたが、デカイ何かがドアの前にいるせいか、近づくと押し返される。

 

「……魔眼で見なきゃ死は切れない……」

 

 

 

「マスター、起きて……」

 

「んぁ……? マルタ?」

 

 マルタの霊薬入りビスケットと式の霧吹きの効果は気絶している間に解けていた。

 少量だったおかげか。

 

「マスター……この部屋に入った以上私はただのマルタよ……さあ、貴方だけのマルタにして頂戴……」

 

 聖女とは思えない妖艶な仕草で誘惑し始める。

 ゆっくり服を脱いで、隠す様に、注目させる様に秘所に自分の手を持ってくる。

 

 ベッドに仰向けのままそんな光景を下から眺めさせられると不覚にも欲情してしまいそうなる。

 

「ま、待った!」

「どうしたのマスター? ……やっぱり、私には魅力が無いのかしら……? 聖職者だから処女だし……」

 

「ま、マルタの魅力はそうじゃないと思うんだ!」

「え……?」

 

「プラトニックに……性交だけが愛の示し方じゃないだろう? 一緒にいれば、それだけで幸せな関係だってあるよ」

 

「マスター……!」

 

 マルタは俺の言葉に感激したのか俺の両腕を掴んだ。

 

 ムニュ。

 

「やっぱり、貴方になら処女を捧げて良い! 貴方との子供が、欲しい!」

 

 聖女、では無く面倒見の良い姉御の性格がヤンデレだと重視されている様だ。

 

 そして今の俺の言葉を性交がしたくなければ無理のしなくていいと言っている様に聞こえたらしい。

 

 両手は彼女の胸に当てられているが、そのまま彼女はゆっくりと頭を俺に向かって下げて来た。

 

「……んー……」

 

 頬を染めて、期待の表情で俺の唇へと迫る。

 

「待って、待った、待って下さい!」

 

 動けない。マルタは俺の両腕を開放したが素早く両肩を掴んで抑えている。

 

「……!! タラスク!?」

 

 あと僅かの所で彼女が立ち上がった。どうやら外に置いておいたタラスクに異変があったらしい。

 

 助かったか?

 

「……ま・す・た・ぁ……見つけましたよ?」

 

 げぇっ!? 助かってない!

 

「……ドアが勝手に開いた。タラスクも倒されている……マスター? 誰がいるの?」

 

「き、清姫……」

 

「はい、マスター……貴方の妻、清姫ですよ?」

「清姫、あのバーサーカーね?」

 

 マルタは拳を握る。だが、認識阻害がされている以上正確な場所を知るのは不可能だ。

 

 そして、清姫は既に俺の前まで来ていた。

 

「何やら不可視の壁がございましたので宝具で突破いたしました。結界、にしては生物的でした」

 

「ああ、そう……」

 

 タラスクすら焼き尽くしたのかこのバーサーカーは……

 

「何処にいるのかしら? マスター、側にいなさい」

「さあ、マスター!」

 

「こうなるのかよ!」

 

 清姫がパッと抱き着き押し倒してきた。俺はベッドに倒れる。

 

「ふふふ、どうか私を……

 た・べ・て?」

 

 清姫は嬉しそうに微笑みながら俺の上で着物を脱ぎ始める。

 その下にはリボンでラッピングされている幼くも魅力あふれる肢体が……

 

「っきゃぁ!? な、なんて破廉恥な!?」

 

 お前が言うな。

 思わずそう言ってやりたかったが、そんな事よりもまさかマルタに見えているのか?

 

「……あら? そちらは聖女のマルタさんではないですか。どうかいたしましたか?」

「どうもこうも! そ、そんな破廉恥極まりない格好でマスターの上に跨っている痴女がいれば、普通は驚くでしょう!?」

 

 どうやら、清姫は今この瞬間だけ俺が手にしたチョコレートに認定されているようだ。

 

「…………き、よひめ……」

 

 駄目だ。清姫の体から僅かに甘い匂いがする。

 どいつもこいつも、今日は霊薬のバーゲンセールか。

 静謐の媚薬とは違うが、清姫が欲しくて欲しくて仕方がない。

 

「マスター! 今お助けします!」

「駄目ですよマルタさん? マスターは私を欲しているのですよ? マスター? マルタさんに邪魔をしないようにお願いしてください」

 

「清、姫っ! 清姫、清姫! 清姫清姫清姫っ!」

 

 想う相手がいて、目の前で扇情的な肢体を晒していてはそれ以外考えられなくなる。

 

「清姫が、欲しい!」

「マスター……今目の覚まさせて……! 

 清姫が、消えた……?」

 

「マルタさんが消えましたね。もしかして、マルタさんに令呪を?」

 

 首を横に振りつつ、両手は清姫の胸へと伸びる。

 

「ぁ……ん……」

 

 清姫の口から切ない声が――

 

「ッ鉄拳、制裁!!」

 

 気付けば横からぶっ飛ばされた。

 

 

 

「マスターを殴った様ですね……許しません……!! ですが認識できないのでは攻撃しようがありません。マスターを介抱しなければ……」

「あのバーサーカーよりも先にマスターを拾ってこの部屋を出れば……!」

 

「門番の龍は消えた。全速力で行けば……!」

「先輩……! やはり私がお側にいなければ!」

 

 全員が一斉に俺へと近付く。何故誰も他のサーヴァントが見えてないのか不思議でならない。

 

(マルタが手加減したみたいだけどそれでも痛いっ!

 ……このまま倒れて流れに身を任せるしかない……)

 

 正直もう疲れた。早く覚めてくれ……

 

「越えて越えて虹色草原」

 

 途端に聞こえてくる明るい声。

 

「白黒マス目の王様ゲーム――」

 

 子供の無邪気な童謡。

 

「――走って走って鏡の迷宮」

 

 なのに、背筋には冷たい何かが走る。これは恐怖だ。

 

「みじめなウサギはサヨナラね?」

 

 

 

「…………こ、此処は……」

 

「マスターがマシュと聖女様に迫られた場所よ」

 

 幼い声が聞こえた。

 俺の前に立っていたのはキャスタークラスのサーヴァント、全てが黒一色のナーサリー・ライムだった。

 

「ナーサリーライム……」

「シェイクスピアのおじ様は虫歯が痛いって言っていたけど、マスターと一緒に過ごすバレンタインなら、甘くて、痛くない素敵な日になるわ!

 さあ、マスター? 私と一緒に楽しみましょう?」

 

「……もしかして、他のサーヴァントがお互いの認識を阻害されてたのって……」

 

「うん、それは私よ。皆を絵本にしたの。 

 4つの絵本にして、王子様の名前は皆一緒! でもねでもね、最後の最後で王子様は、本当のお姫様とね、永遠に、幸せに暮らすの!

 それが私の永久機関・少女帝国(ハッピーエンディング)!」

 

 名無しの森が強力過ぎて忘れてしまうが、彼女の持つ永久機関・少女帝国は時間を巻き戻して繰り返す宝具。

 

 魔法の域には達していないが、名無しの森と同様に強力だ。

 

 そしてナーサリーライムは両手を広げて笑い始める。

 

「今度は、こんな絵本にしてみたの!!

 マスターを無理矢理襲ったりした悪いお姫様達はね!」

 

 ナーサリーライムの背後にあった扉が音を立てて開いた。

 

「みーんな、みーんな」

 

「本当のお姫様と王子様に、罰を与えられました!」

 

 彼女の後ろに裸のまま首輪と鎖で壁に繋がれたサーヴァント達が現れる。

 

「可愛い盾のお姫様は、自ら建てたお城の中にずーっと暮らして!」

 

 マシュを縛る鎖が更に壁から放たれ、マシュを縛りながらもどんどんその数を増していく。

 鎖が止まった時には、マシュの色は鎖で見えなくなり、壁にピタリとくっつきその一部となった。

 

「かっこいい刃物のお姫様は戦場の中、死から目を逸らす事を許されず」

 

 式は直視の魔眼が強制的に発動し始め、気絶した。

 床に倒れた式はうなされ始め、今は悲鳴を上げている。

 

「神に仕えていたお姫様は醜い黒い翼与えられ、人々に悪魔と囁かれ」

 

 マルタの背中からは悪竜の如き禍々しい翼が生える。

 マルタはしきりにやめてやめてと叫び、その度に顔や体に何かが当たったかの様に血が滲み出し、青く腫れる。

 

「怖い竜のお姫様は、王子様の輝く剣で殺されてしまいました」

 

 清姫の腹に光り輝く剣が飛来し、小さく悲鳴を上げた清姫はその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

「そして本当のお姫様と王子様は子供達に囲まれていつまでも幸せに暮らしました。

 めでたしめでたし♪」

 




ほら、甘かったでしょう?

バレンタインデーと言えばナーサリーライムちゃんですよね。
少女の幸せな夢、プライレス。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・復讐者

そろそろ新しいくっ殺編書きたいです。でもアメリカや砂漠には、書きやすい女性サーヴァントがいないんでよね。

新シナリオに期待します。


 

「クッハハハハハハ!!

 よく来たな、仮初の、否!! 哀れなターゲットよ!」

 

 悪夢の中にやってきて直ぐに悪寒が走った。

 アヴェンジャーのテンションが可笑しい事や、俺の呼び名が可笑しいからではない。

 

「な、なんだこれ……!?」

 

「この塔は今っ! 憤怒で満たされている!! 例えそれが関係の無い貴様に向けられた物であっても、復讐者の俺を震わせる程の怒りだ!

 ハハハハハハ! 同情するぞマスター! 今回のアレ等は、お前を殺す気だ! 間違いなく、復讐の名の元に!」

 

 いや、ヤンデレならば殺しに来るの普通じゃないか、なんて口が裂けても言えなかった。

 

 それほどまでに、背中の震えが止まらないのだ。

 

「どうやら既に理解しているらしいな! さあ、逝ってこい! 恩讐の巣窟へ!」

 

 

 

 唐突にシャトー・デュフと化した現状に戸惑うが、一先ず顔を上げた。

 

「……ヤバイ」

 

 背中の震えは未だに止まらない。

 

 恐怖に視界が狭まれて、どこに何があるか、誰がいるかが分からず、足を踏み出す事すらままならない。

 

 踏み出せばそれだけで死ぬのではないかと、目に見えない不安が大きくなっていく。

 

「……!?」

 

 ビクリ。耳に届いた僅かな足音が体を跳ねさせた。

 

「っ……!」

 

 息を呑む。足音の方に耳を研ぎ澄ませる。

 

「……あら、マスター。此処に居らしたんですね?」

「……マタ、ハリ……」

 

 普段通りの様子のマタ・ハリが現れた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 マタ・ハリは俺に近付くとそっと俺を抱き締める。

 恐怖で動けなかった俺はその温もりが嬉しくて、思わず抱きしめ返した。

 

「可哀想なマスター……大丈夫ですよ。大丈夫。此処はもう安全ですよ」

 

 背中を擦る優しい手付きに、耳元に囁かれる愛の溢れる声に安息が震えていた心が安堵する。

 

「……ありがとう、マタ・ハリ」

 

 本当に、落ち着いた。

 いつも通りだ。いつも通りに行こう。

 

「マスター、私の部屋に行きませんか? 2人っきりなので、思いっきり甘えても良いんですよ?」

 

 そんな誘いを囁かれる。

 その不思議な魅力に、俺は迷う事無くコクリと頷いた。

 

「では、参りましょう」

 

 ……さて、どうしよう。

 何故か、手の甲の令呪が黒くなっているので恐らく発動できない。

 

 だが、このままマタ・ハリに着いて行くのは危険だ。彼女は気付いてないかもしれないが普段よりも動きに自然さが無い。

 

 ヤンデレの彼女なら俺を安心させたらそのまま俺を依存させる為にキスの1つ位していただろう。

 

「さあ、此処が私の部屋ですよ?」

 

 対策を考える時間も無く、すぐに着いてしまった。

 これは罠だ。入るのは、不味い……!

 

「カルデア戦闘礼装、【ガンド】!」

「っな!?」

 

 マタ・ハリの動きを止めた。只の時間稼ぎにしかならないのは重々承知なのだが、今逃げ出さないと間違いなく死ぬ。

 

 俺は力の限りを足に込めてマタ・ハリから離れた。

 

「っぶねぇ! 何だこの状況!? もうヤンデレとかそんな話じゃねえ! 本当に殺す気だぞあれ!」

 

 部屋の中は見ていないが恐らく入った瞬間に死んでいた。混乱の中それだけが理解出来た。

 

「……見つけた!!」

 

 だと言うのに、前から何かが突っ込んできた。

 

 2頭の馬が引っ張り走るチャリオット、否、恐らく戦車と呼ばれる類の乗り物だろう。

 

 廊下で扱うにはギリギリ過ぎる大きさのそれに唖然とする俺目掛けて、搭乗者である勝利の女王ブーディカが突っ込んでくる。

 

「私という者がいながら、ローマの愛を受けたお前を、許さない!!」

 

「っ、カルデア礼装! き、【緊急回避】!」

 

 彼女の怒号に呑まれる前に俺はスキルを発動させる。

 

 パッと消えた後に俺の後ろを戦車が通り過ぎていった。

 

「あ、危な……!? ヤバイ!」

 

 シャトー内部の廊下は広場へと続いており、その先を進むと広場前の廊下に無限ループするようになっている。

 つまり、ぼやぼやしているとブーディカが再びやって来るという事だ。

 

「……! ええい、ままよ!」

 

 近くにあった扉を開いて部屋に逃げ込んだ。

 迂闊すぎるかもしれないがブーディカとマタ・ハリがいる以上廊下の危険度は相当高い。

 

(頼む、無人(ブーディカ)の部屋であってくれ!)

 

 祈りつつ部屋に入った。

 

「…………誰も、いない?」

 

 良し。どうやら一応安全は確保できた様だ。

 

「はぁ、はぁ……はぁ……」

 

 一旦息を整えよう。

 今回のヤンデレ・シャトーは明らかに異常だった。

 

 マタ・ハリが何らかの罠にかけようとしていた事、ブーディカのあの状態。アヴェンジャーの言っていた憤怒という言葉に合わせれば……

 

「まさか全員がアヴェンジャークラスに!?」

 

 それしかなかった。しかし、それが分かった所でどうすれば良いのか分からない。

 

「……取り敢えず全員警戒するしかないな。なんだ、こうやって見ると普段と何も変わらないな」

 

 殺気に怯えていた自分がバカらしく思えてくる。何だ、いつもの事か。

 

「部屋から出るか出ないか決めないとな。ブーディカの過ぎる音を聞いたら出て行くべきか」

 

 ドアに耳を当てて外の音に拾おうと試みる。

 外から音は聞こえてこない。ブーディカの戦車が通ってくればこの部屋から脱出して別の部屋に移動して――

 

「――私の部屋の中、いるよね?」

 

 だが、無情にも扉の前に立っていた俺の目の前で扉は開かれた。

 

 赤い髪、勝利の女王ブーディカが俺の唯一の出入り口を塞いだ。

 その手に強く握られた剣が、殺意の高さを嫌でも示してくれる。

 

「ローマを許さない、貴方を許さない! 裏切った貴方を!」

 

 ローマに強い憎しみを抱いている彼女は、アヴェンジャークラスに相応しい存在だ。

 だが、ローマの愛とやらがネロの事を示しているなら俺には謂れのない事だ。

 

「っく!」

 

 間一髪、振り抜かれた剣から後ろに転がりつつ逃れたが、脱出口は遠のいた。

 

「これで、終わりだ!」

「魔術協会礼装、【コマンドチェンジ】!」

 

 俺がスキルを放つとブーディカの動きは止まった。

 コマンドチェンジは気が変わった、程度の精神操作能力だ。今の内にブーディカの横を通り過ぎていった。

 

「ぁ、ま、待て!」

 

 部屋を出れたがブーディカが追い掛けて来ればあっさり捕まるのは火を見るより明らかだ。

 

「カルデア礼装、【瞬間強化】!」

 

 全力で逃走するが、果たしてアヴェンジャーのブーディカに通用するかどうか。

 

「っ、戦車よ!」

「またか!」

 

 廊下に出たブーディカの呼び声に応じて戦車がやって来た。

 あれと追いかけっこなんてしていたら命が幾らあっても足りない。

 

 だが、部屋に入れば今度は部屋の住人とブーディカの挟み撃ちだ。そうなれば確実に詰む。

 

「マスター、こちらに」

 

 思考を巡らせながらも戦車から逃げていた俺の前に突然、炎の見える黒い着物が舞い降りた。

 

「き、清姫っ!?」

「……っしゃぁ!」

 

 放たれた炎に馬が怯え、その足を止める。

 その炎は止む所か、徐々にその大きさを増していき、壁となって道を塞いだ。

 

「さあ、こちらです」

「ちょ、ちょっと待て!?」

 

 強引に引っ張れた俺は清姫に部屋へと連れて行かれた。いつも以上の殺気にされたまま。

 

 

 

「……」

 

 閉められたドアの前に清姫は佇み、俺は彼女の視線を合わせる。

 

「マスター……」

 

 清姫はそっと腕を伸ばす。

 

 彼女もアヴェンジャーになったのならば、やはり狙いは俺か。

 清姫が怨むであろう相手は生前の想い人、安珍だ。通常の状態では俺がその生まれ変わりだと思い込んでいる。

 

「私は、裏切られました。

 あの人は私を偽った……私は怒り、竜になった……」

 

 清姫の手が俺の頬に届いた。

 

「貴方は、マスター、ですよね?」

「……ああ」

 

「あの人では、無いんですよね?」

 

 驚いた。まさか、清姫が真実(それ)を口にするなんて。

 

「安珍様ではない貴方を愛する事はできません……それで良いんです。

 貴方を愛せば、怨んでしまいますから」

 

「清姫……」

 

 アヴェンジャーになった事で、思考が正常になったのか?

 いや、この状態もブリュンヒルデの様で危険だが。

 

 アヴェンジャークラスはその在り方から、もっとも人間らしい英霊と呼ばれていた事を思い出す。

 

「さあ、ご命令をマスター。復讐者では御座いますが、サーヴァントとして全身全霊でお守りします」

 

「……兎に角今は篭城で良いと思う。このまま他のアヴェンジャーの侵入を許さなければ、安全だ」

 

「炎の壁はこの部屋の侵入を阻む様に両側に出しておきましたので、例え勝利の女王でも突破するのは困難でしょう」

 

 なんにせよ、清姫が味方なのは助かった。気を抜く気は無いが、打てる手があるならば打開は難しくない。

 

「ガンドと緊急回避はもう使えるが、コマンドチェンジ、瞬間強化は流石に駄目か」

 

「……」

 

 戦力確認は怠らない。まだ目覚めの時間ではない。

 

「…………」

 

「……清姫、魔力足りてるか? 今の内に礼装で――」

 

「……マスター、貴方は安珍様ですか?」

「――!?」

 

 その一言で俺は体を硬直させながらも立ち上がった。

 

「だんだん、だんだん……貴方を想ってしまいます……」

「な、なんで……!?」

 

 まさか清姫が持っている何らかのスキルの効果なのか? それとも外的要因……!?

 

「清姫、部屋から出るぞ!」

 

 マタ・ハリの仕業に違いない。前もって細工を施すのであれば、ブーディカよりも彼女の方が向いている。

 

「はぁぁ……マスター……安珍様ぁ……」

 

 手遅れだと思いつつも、俺は部屋から飛び出した。

 

 

 

「ようやく、出て来たね」

 

 部屋の前ではブーディカが待ち構えていた。

 

「炎の壁は…!?」

「私はサーヴァント、あんな炎で私の恩讐が、消えるものか!」

 

「っく! ……!」

「ふふふ、捕まえました」

 

 慌てて下がる。剣は回避できたが、同時に背後から動きを封じられた。

 

「ま、マタ……ハリ……!」

 

「ブーディカさん、直ぐに殺す気ですか?」

「当然。私はそいつを殺す」

 

「もう、乱暴ですね……なら殺す前に少しだけ、私に彼で遊ばせて下さいな」

 

「……良いだろう。だけど、もし温い事をしたら、許さないから」

 

「あん、ちん、様…………」

 

 捕まった上にアヴェンジャー3人に囲まれた。

 此処から、どう逃げ出せば……!?

 

「先ずは魔術を封じて……」

 

 鎖を着けられ、礼装から感じていた魔術的な能力が消え去っていく。

 

「ふふふ、それじゃあ、お部屋に案内してあげるわ」

 

 

 

「何でこんな事をする、マタ・ハリ!?」

 

 手錠に繋がれ、首輪を着けられしまいには服すら破かれ全裸となった、無様な男が此処にいた。

 

「全ては復讐ですよ、マスター。生前の私の人生は男に狂わされた。

 だからアヴェンジャーとなった私が望むのは……男から全てを奪う事」

 

 言いながらもマタ・ハリは首輪に繋がれた鎖を引っ張った。

 

「もう抵抗の手段は奪いました。サーヴァントも全員がマスターを殺したがっています」

 

 その視線が唇を狙っている。

 

「なので今から、マスターの魔力を奪って差し上げます。精々、無様に喘いで下さいね?」

 

 このままだと、テクノで死ぬのは免れない。

 

(少し前に静謐の一件があったから控えようと思ったんだがな……)

 

 仕方ない。今すぐ殺されよう。

 

「ろ、ローマ万歳!! ネロ皇帝、万歳!!!」

「っ!! マスター!」

 

 ブーディカは激情に駆られて剣を振るう。これで悪夢から覚めて――

 

 

 

 

 

「――アレ? 死んでない……?」

「ふん。無差別な復讐など、ただの八つ当たりだ。俺がそんな物を用意すると思ったか」

 

 どうやらヤンデレ・シャトーが終わったようだ。

 

「俺が欲しかったのはただ1つ。

 サーヴァントがお前を愛情無しで殺そうとした、この事実だ」

 

「……なんだって?」

 

「さあ! 今度は先程の自分達の行動を悔やんでいるサーヴァントを慰めてこい。自殺させればその時点で失格だ」

 

「っはぁ!?」

 

 アヴェンジャーの突然の無茶振り。まさかのヤンデレ・シャトー二段構え。

 

 

 

 

 

「何時も、貰ってるから……? ちょっと位酷い事されても、奪われても……嫌いにならない、ですか? ……優しいのが、好き……

 じゃあ……結婚して甘々なんて、どうですか?」

 

「ネロより私の方が可愛いって……本当に? お姉さんをからかってない?

 でも、浮気は駄目? ……そうだ! 私の娘と結婚させよう! そしたら一緒に暮らせるよ。浮気なんかしなくても、ね?」

 

「安珍様への怒りは、前世に置いてきた筈ですのに……喧嘩くらい恋人でも夫婦でも?

 で、ですが妻である私が……マスターを、怒りで殺めようとした事は……

 そ、そんな……私の事、嫌いだなんて……!?

 え? 嘘? 今の嘘を許して、私も許して欲しいなんて……許しません。

 私の事、好きですか? なら許します。もう2度と、嘘を吐かないで下さいまし」

 

 その後、依存と自己嫌悪が酷くなったマタ・ハリ、ブーディカ、清姫の3人を慰めたら好感度が更に上昇して病みも深まりましたとさ。

 




バレンタインイベントももうすぐ終わりですね。リアルでは自分でチョコチップクッキーを焼いて食べました。


いつの間にかお気に入り登録数2000人、UAは45万を突破しました。本当にありがとうございます!
お礼企画はまだまだ先になりますが、これからも応援、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・シンプル

遅くなって大変申し訳御座いませんでした。

活動報告にはもう書きましたが、最近リアルで少々トラブルが起きまして、更新が遅くなってしまいました。
ですがなんとかペースを戻していくつもりなのでどうかこれからも応援をよろしくお願いします。


 

 

「今回のサーヴァントの人数は4人だ」

「うわー、すっごい久しぶりだなこの始まり方」

 

 最近、アヴェンジャーから登場サーヴァントの人数を教えてもらう事が無かったので、思わず口から率直な感想が漏れた。

 

「漸く、今まで何が足りなかったか理解出来たからな」

「足りなかった?」

 

 今までのヤンデレには病みも殺意も狂気も十分過ぎる程あった筈だ。それなのにこれ以上何を増やすと言うのか。

 

「……足りなかったのは、たった1つ。理由だ」

「理由?」

 

「愛は十分にあるにも関わらずそれが確固とした意思に繋がらなかったのは、それだけの理由が不足していたからだとな」

 

 意思? いや、どんなサーヴァントもヤンデレになると俺の話を聞かなかったり無理矢理迫ってきていた筈だが……

 

「行けばわかる。

 逝ってこい、仮初のマスターよ!」

 

 

 

「4人と分かっていれば別に無理矢理動く事も無いな」

「ええ、貴方の妻がお迎えさせて頂きます。旦那様」

 

 入って早々に清姫と最速エンカウント。一体何時からスタンバっていたんだろうか、この娘は。

 

「……こんばんわ、清姫」

「こんばんわですわ、旦那様。一緒に家まで帰りませんか?」

 

 質問している筈だが清姫は既に俺の腕に体ごと抱き着いている。

 優しく抱き着いてはいるが、離れる気が一切感じられない。

 

「い、家ねぇ……」

 

 此処で了承して家に着いてしまえば、そのまま清姫に喰われるのは目に見えているが、断る事は出来ない。そもそもヤンデレ・シャトーに安全な場所等ないので他に宛など無い。

 

「もしかして旦那様、何処か寄りたい場所が有るのですか?

 ……まさか、他の女の所へなどと、考えておりませんよね?」

 

 抱き着いて幸せそうな顔から一変、今にも俺を燃やし尽くしそうな顔でこちらを睨む。

 

「も、勿論そんな事はしない! さぁ、帰ろうか」

「……はい、帰りましょう」

 

 清姫に抱き着かれたまま歩き出す。ガンド辺りで動きを止めたい所だが最初のこの数分だけが平和に過ごせる時間だ、温存の意味も含めて使用は控えよう。

 

「先輩!」

 

 だが、後ろから別の声に呼ばれ、平和の時間が終了した。

 

「……マシュ?」

「まぁ」

 

 現れたマシュ・キリエライトは盾を構え、声を張り上げた。

 

「清姫さん、今すぐ先輩から離れて下さい」

「お断りします」

 

 マシュの要求をバッサリ切った清姫は俺の腕を握る腕に力を込める。

 

「何故私の旦那様から離れなければならないのでしょうか?」

「まだそんな戯言を……! 先輩は私の夫です! 夫と関係の無い他人が我が物顔で抱き着いているのを見過ごす訳にはいきません!」

 

 清姫の旦那様と言う呼び方は大して気にしていなかったが、マシュまで夫なんて呼び方をし始めれたので直ぐに今日のテーマが分かった。

 

「未だに夫を先輩呼びする妻などいません!」

「例え新婚しても先輩は先輩です! 私に色んな事、大切な事を教えてくれた先輩です!」

 

 アヴェンジャーの用意した理由とは、サーヴァント達が思い込んでいる関係の事だろう。

 

 清姫は(普段からだが)俺と夫婦であると思い込んでいる様に、マシュも俺と新婚関係だと信じているんだ。

 

「私の先輩に手を出さないで下さい!」

「旦那様、あの勘違いしている後輩さんに何か言って下さいまし。

 ア・ナ・タは、もう私しか愛していないのだと」

 

 なんと面倒な状況だろうか。これを俺にどうしろと……?

 

「ま、マシュ……俺、覚えがないんだけど……新婚ってどういう事?」

 

「なっ!? せ、先輩! 言ってくれたじゃないですか! 人理修復が終わって、カルデアの外で一緒に幸せに暮らそうって! あの空の下で、約束してくれたじゃないですか!?」

 

 ハードル高ぇぇ……第一部が終わったあのシーンで告白されたとか設定盛り過ぎだろ……

 断られたら予想も出来ない程のショックで錯乱するに決まっている。

 

《え……覚えが、無いって……嘘ですよね? 嘘ですよね!? 嘘だ…………

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!!》

 

 それ全部妄想だよとか言ってみたらこうなる。発狂して狂気に陥るな、絶対。

 

「…………所でだが、清姫、俺達の馴れ初めは?」

 

「安珍様がマスターに生まれ変わって、私がそれを見つけて告白しましたら、マスターが「俺も愛してる」って仰って下さって――」

 

 垂れ流され続ける清姫の妄想を聞き流しつつ、この場を解決する策を考える。

 

 令呪やガンドで行動不能にすると後が怖い。

 オーダーチェンジも同じく。コマンドチェンジで気を変えさせても意味は無さそうだ。

 

 キス……されなかった方が狂って、された方が盛る。

 どっちも愛してる宣言……死ぬ。

 

「済まないが、俺はどっちの愛も受け取る事は出来ない」

 

 俺の言葉に清姫の目が獲物を捉える蛇の目に変わり、マシュも目が座った。

 

「俺は……マシュにした告白を覚えてないし、清姫の言った告白も、覚えてない……

 もしかしたら、言ったのかもしれないけど」

 

 清姫の目が見開かれた。 

 恐らく嘘を見抜く彼女には今の言葉が真実だと理解出来たからだろう。

 

「そんな……!?」

「先輩……嘘、ですよね!?」

 

「……記憶が無い以上、夫婦の契は結べない」

 

 良し、効いてる。

 アヴェンジャーの思い込ませた関係を覚えていないからと頭ごなしに否定するのではなく、覚えていないと言ってやんわりと否定した。

 これにより2人の頭には裏切られた、ではなく俺の記憶が無い事にショックを覚えるだろう。

 

 完全な記憶の喪失ではなく、自分達の立場が危うくなるこの状態ならば何とかしようと協力的になるだろう。

 

「……ど、どうすれば先輩は私との約束を思い出してくれるのでしょうか!?」

「旦那様、私の力になれる事があるのなら、何でも仰って下さい……!」

 

「うーん……そうだ、他のサーヴァントに話を聞くってのは――」

 

「駄目です」

「却下します」

 

 っち。やはりそう上手くは行かないか……

 

「じゃあどうする?」

「こうさせて貰います」

 

 俺から少し離れていた清姫は軽く跳ぶと俺の唇に自分の唇を重ねようとする。

 

「ほい」

「んー!?」

 

 なので頭を手で抑えてそれを阻止した。

 

「な、何をするんですか!?」

「それは俺のセリフだ」

 

 大方キスをして愛の再確認とか言うつもりだったのだろうが、それで妄想が実現する訳ないだろう。

 

「そうです! 例え先輩の記憶が失われても、もう一度やり直せば……!」

 

「そうですわ。さあ旦那様、どうぞ私に「世界で一番愛してるよ清姫、もうずっと離さない」と言って下さい」

 

「先輩、私にです! 私に「マシュ、何処に行っても何時だって一緒にいるから、外の世界で暮らそう」って言って下さい!」

 

「ぜ、絶対盛ってるだろそのセリフ……」

 

「さあ、旦那様!」

「先輩!」

 

 振り出しに戻った気がする。他のサーヴァントは何をやっているんだろうか。そろそろ迎えに来ても……

 

(まさか、旦那は絶対帰ってくるとか言う夫婦の信頼か、もしくは例え朝帰りになろうと帰ってくるまで待つとか言う依存系なのか!?)

 

 もし俺の考えが当たっていたら前者にしろ後者にしろ、この状況で助けに来る事はない上に、もしオーダーチェンジでマシュか清姫と入れ替えたら浮気したとか思われて状況が悪化する。

 

「旦那様、後輩なんて青春の日々と消える者など忘れて私と永遠の愛を……」

 

「先輩、一緒に戦った特異点での戦い……その戦いの記憶こそ、きっと大切で素晴らしい出来事だった筈です!

 だから、私と今までの、そしてこれからの未来を、大切に……2人で一緒に過ごしましょう」

 

 どっちも重いんですけど……断ったら殺されるのが確定してるし。

 

 マシュなんてストーリー全部を使って告白してくるから、断ろうにも断れない。

 

「旦那様……迷う事など御座いません。貴方は私の旦那様、それ以上でもそれ以下でもありません。これは前世から決まっていた事なのです」

 

「世迷い言を! 先輩の妻として……足りない物はまだまだあると思いますが、それでも精一杯、寄り添って行きたいんです!」

 

「……よし、決めた」

 

 覚悟は出来た。俺は死を覚悟してその提案を口にした。

 

「……やっぱり他のサーヴァントに会いに行く」

 

「駄目です!」

「ええ、許しません」

 

「話を聞くだけだ。それとも俺の記憶、そのままにしておくつもりか?」

 

「で、ですが……」

「……ならばせめて私は着いて行きます」

 

 良し。これで漸く状況が変わる。

 

「じゃあそれで良い」

「あ、先輩! 私もご一緒します!」

 

 結局3人での行動と危険度に変わりがないが、俺は2人の気が変わらない内にと急いで他のサーヴァントの部屋に向かった。

 

 

 

「……いるか?」

 

 マシュでも清姫でも無いという部屋の前に立った俺は3回程ノックすると扉に向かって声を掛けた。

 

「……!?」

 

 ギィ、バタン! たった数秒の擬音だけで俺は扉の内側から出て来た住人に引っ張られた。

 

「お帰りなさいマスターお待ちしておりました帰ってくると信じてました他の女の匂いがしますけど構いませんさあ触れて私に触れて下さい激しくしても構いません痛くしても構いませんだから私に触れてその愛を証明して下さい、あぁぁ……マスターのお手が暖かいです」

 

 一言も返す事が出来ないままでいる俺の腕を掴んで離さないのは褐色肌の少女、静謐のハサンだ。

 

「あ……あのー」

 

「帰宅のお時間がだいぶ遅れてしまったようですけど浮気では御座いませんよね?」

 

 静謐のハサンは若干涙目ながらも俺の腕に頬ずりをする。

 

「もしかしたら妻なんて私には出過ぎた立場なのかもしれません。

 ですけど、私をお選びになったマスターの為にも精一杯お努めさせて頂きます」

 

 そう言って静謐はお盆に乗ったおにぎりを差し出して来た。

 

「マスターにしか食べる事の出来ない、いえ、マスターだけに食べて貰いたいおにぎりと沢庵です。

 私の手でたっぷり触れたので、食べた後の吐息で英霊すら殺せてしまう、一種の宝具と化しています……どうぞ」

 

 バレンタインデーを思い出す説明を聞きつつ、おにぎりをジッと見つめる。

 チョコが大丈夫だった以上、食べても死ぬ事は無いだろう。

 それでも怖いが――

 

「――そして、私が手で洗ったのでマスターにしか着れず使えず近寄れないお着替えです!」

 

 差し出されたキレイに畳まれたカルデア礼装。

 

「浮気撃退に持ってこいです。これを着ていれば浮気相手は死にます!」

「浮気どころか大量殺人犯御用達の服みたいだな、おい」

 

 幾ら何でも物騒なアイテムが多くないか?

 

「帰りの遅いマスターの事を想いながら家事をしているとどうしても文明の機器では無く、生前の様な手作業のほうが落ち着いてしまって……」

 

 照れた様な困った様な表情を浮かべているがやっている事が洒落になってない。

 

「さあマスター、どうぞご夕食を……」

 

「あ、いや……実は今、マシュや清姫にも俺が2人と結婚してるって言われて――」

「――間違いです。マスターは私以外とは婚約しておりません」

 

 そこだけはきっぱりと答えて来た。

 

「そ、そうは言うが……」

 

 チラッとドアへと視線を向けて漸くおかしな事に気がついた。

 

 清姫もマシュも部屋に入って来ないのだ。

 

「外の御二人には眠って頂きました」

「っな!? いつの間に……?」

 

「マスターの腕を掴んだ際に睡眠ガスの玉を投げて置きました」

 

 ちょっと何時もより攻めてませんか、静謐さん?

 

「……少し、本当はいけない事ですけど……私なんかがマスターの女性関係に妬けてしまうなんて……いけない事だと分かっているのですが……」

 

 静謐は何やら謝罪の言葉を呟いてはいるがそっと手錠を取り出した。

 

「マスター、妻が誰だか忘れてしまう程に他の女性の所で過ごすなんて、まるで……浮気です」

 

「だから! そもそも誰とも結婚していない――」

「――私との婚約、忘れないで下さい」

 

 静謐はあっさり接近すると俺の両腕に手錠を施し、俺の体を押して背中が壁に付くと有無を言わさずにキスをした。

 

「ん……っちゅぅ……ん」

 

 媚薬の可能性が頭に過るがキスをしても体が興奮する様子は無い。だが、静謐の舌はいつもよりも貪欲に動く。

 

「んぁ……ん……! ……っはぁ」

 

 漸く離した。

 

「忘れないで……下さい。

 私が……貴方の妻です……私には、貴方しか、いないんです…………」

 

 壁に背中を預けた俺に静謐は体を預ける様に抱き着いた。

 

「……ご飯にしますか? ……お風呂、湧いてますよ?

 …………それとも、私と……床をご一緒しませんか?」

 

 耳元に魔性の声でそう囁かると思わずコクリと頷いてしまいそうになった。

 

「あ、いや……」

「嫌……なんですか?」

 

 泣きそうな顔が答えを急かす。可愛いなこんちくしょう……

 

「そういう意味じゃなくて……ご飯で!」

 

 取り敢えず一番危険度の少ないご飯を要求しよう。

 このまま目覚めるまで安全に過ごせれば良いのだが。

 

「……まぁすぅたぁー?」

 

 この殺気である。

 

 思わず大事な所がヒュンっとなってしまう程の殺気を感じた。

 

「ほぉーら、清姫ちゃん、マシュちゃん? 起きて下さいまし」

 

 明るい声で部屋の中に連れて来た2人を起こして、今にもこちらに飛び掛かろうとしているサーヴァント、ランサーの水着タマモ。

 

 良妻を名乗る彼女と浮気と言う行為の相性は当然ながら最悪。

 

 浮気どころかハーレムのハの字すら赦さない彼女は間違いなく今もっと恐ろしい存在だ。

 

「う……た、タマモ、さん……?」

 

「マスター? ちょーっと、火遊びがお過ぎでは御座いませんか? 私という良妻がありながら後輩さん、清姫ちゃん、静謐さんと随分多くの方に色目を使ったのでは?」

 

「は、反省……じゃなくて! そもそも誰とも結婚してないって!」

 

「ほぉー……それはつまり、アレですか?

 『今フリーだから』と女を本気にさせて別の女の世話になってる事を隠す、クズ男の古典的な言い訳、でしょうか?」

 

「いやいやいや、誰とも遊んでないし!」

 

「全員本気とか、さっすがマスターですね。お仕置きが必要です」

 

 ああ、駄目だ……会話が出来ない……

 

「お覚悟、して下さいね?

 太陽神だろうが海の神だろうが、巻き込まれたくなきゃ股を抑えてさりやがれ、です!

 一夫多妻去勢拳(飛び蹴り)!!」

 

 

 

 目覚めた後、その日は全くと言っていい程に息子が立たなかったのであった。

 

 




FGOの新宿シナリオ、全然手を付けていませんので出来ればコメント欄でのネタバレはお控え下さい。

次回はどうしましょうか……

あ、最近ゴッドイーターになりました。海外なんでまともにプレイできませんけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ体験・頼光

今回は所持してないサーヴァントの話です。

実は自分はピックアップが来るまで引けない限定サーヴァントを書きまくって、プレイヤーを課金による破滅に追いやる悪魔の作者だったのだ!

……いえ、課金は計画的にです。無課金でも小説書いたりして楽しんでいる自分がいますので、無理な課金控えて、FGOを楽しんで下さい。


 

「何で見知らぬサーヴァントがアヴェンジャーの隣でスタンバってるんだよ!」

 

 始まって早々、俺の視界に今回の脅威が入り込んでいた。デカい……

 おかしいな、最近はガチャは回していない筈なのに……

 

「今回は貴様が未だに召喚出来ていないサーヴァントを用意した」

「源頼光です。どうかよろしくお願いします、マスター」

 

 お辞儀をする母さん……では無く源頼光。

 理性はあるし会話も出来るがまごう事無きバーサーカーだ。何より恐ろしいのが素でヤンデレである事だ。

 

「言うなれば、イベントのみで現れるサーヴァントの様な物だ。召喚されていなくても居る……故に好感度も既に高く、ヤンデレ・シャトーの性質がそれを更に引き出し歪める」

 

「母たる私にはあまり関係の無い事ですね」

 

 いや、滅茶苦茶関係あるだろ。

 恋人=愛する息子なんて常人には理解不可能な思考してるのに、ヤンデレ・シャトーの影響を受けない訳が無い。

 

「で、誰か他のサーヴァントは? まさか更に未召喚サーヴァントを出す気じゃないだろうな?」

 

「今回は源頼光以外のサーヴァントは召喚されている者達だ。安心しろ」

 

 果たして大丈夫なのだろうか。

 

 既に詰んでいる。そんな気がしなくも無いが俺の意志が反映される事なくヤンデレ・シャトーが迫る。

 

 

 

「……へぶっ!?」

「マスター……愛しの我が子……」

 

 シャトーに移っていきなり2つの魔乳が俺の頭部を包みは挟んだ。

 俺の骨を折らない位の力加減は出来てる様だが鼻と口が塞がれれば息が吸えない。

 

「んーんー!!」

「ふふふふ……あら、少し苦しいのかしら?」

 

 あっさりと開放されて――はいないが、息が吸える程度に包容は緩められた。

 

「マスターは私の子ですからね……離したりは致しません」

 

 そう言うと頼光は俺を抱いたまま立ち上がった。

 

「さあ、母の部屋ヘと参りましょう。今宵はたっぷりと、母に甘えて下さいね?」

 

 抱いた俺にそう言ったが、その目には母親以上の狂愛が宿っていた。このままだと無理矢理犯されてしまうのは目に見えている。

 

「あの……んぶっ、も、もう離して貰えると嬉しいんですけど?」

「マスター……母の包容がお気に召しませんでしたか?」

 

 頼光は涙目になるが構わず続ける。

 

「頼むから歩かせて下さい」

「……うう、仕方ありません」

 

 思った以上に簡単に離してくれたが、手は繋いだままだ。

 

「迷子になっては困りますからね。あまり母から離れないで下さいね?」

 

 と言いつつも微塵も離す気の無い頼光の手から逃れる事は俺には出来そうにない。

 

 が、頼光は1歩進むと立ち止まる。

 

「……どちら様でしょうか?」

 

 そして、頼光は問いかけ振り返った。

 

「あらあら……流石は、と言った所かしら?」

 

 マタ・ハリだ。諜報のスキルで俺達を尾行していた女スパイ、マタ・ハリが俺達の背後からその姿を表した。

 って言うか諜報スキルがあるにも関わらず、一切味方だと思わないバーサーカーはバーサーカーじゃないと思います。

 

「理性がある分、バーサーカー故の味方意識の低さは無くなっていると思ったんですけどね」

 

「確かに理性の有る者が諜報員に気付くには貴女のスキルはレベルが高過ぎるのでしょうけど――

 ――私は我が子に近付く害虫に関してなら、目敏いですよ?」

 

 なんて迫力だ。

 威嚇じゃない。その眼光だけでマタ・ハリを牽制している。

 

「……今すぐ、プチッと処理して差し上げます」

「本当に、恐ろしい方ですね」

 

 身の丈程の巨大な弓を出現させた頼光はマタ・ハリに瞬時に狙いを定めると雪崩の如く矢を放った。

 

「……時間は十分に稼ぎましたよ」

 

 マタ・ハリが小さく何かを呟くと同時に頼光の懐へと刃が光った。

 

「――っは!」

「っ!?」

 

 矢を放つのを止め、弓で斬撃を受け止めた。

 

「で、デオン!?」

「っく……私が此処まで接近に気付かないなんて……!」

 

 デオンと頼光が対峙するが、俺を後ろから抱きしめる小さな手があった。

 

「マスター、ヴィヴ・ラ・フランス!」

「ま、マリー!?」

 

 俺に抱き付いたマリーに、デオンと対峙しながらも頼光が鋭い眼光を向ける。

 

「……思った通り、貴女はバーサーカーとしてちゃんと狂っている。

 理性があるけど、それは全て守るべき者に向けられているから僕みたいなマスターを狙わない者への警戒が疎かになっているね」

 

 彼女の力量になんとか抵抗している、マリーのスキルで呼び出されたデオン。その言葉に頼光は顔を歪めた。

 

「我が子を想うのは母として当然の事! それを欠点の様に指摘される云われなど、ありません!!」

 

「さぁマスター、愛の逃避行ね!

 2人を乗せて駆け抜けて! ギロチン・ブレイカー!」

「私も乗せて貰います」

 

 ガラスか、はたまた水晶で出来た様な透き通った色の馬が現れ、マリーと俺、そして乗ってきたマタ・ハリと共に駆け出した。

 

「ま、待ちなさい!」

「行かせない!」

 

 行く手を阻むデオンに頼光の表情が怒りに染まっていく。

 

「……退けぇ……!

 私の息子をぉ……! 返せぇ!!」

 

 

 

 馬が到着したその先はマリー・アントワネットの部屋だった。

 女の子らしい可愛くも気品の感じられる部屋の中でマタ・ハリは頼光から逃げ切った事に溜め息を吐いた。

 

「随分恐ろしい母親でしたね……子供を想うのは母親にとっては当たり前の事ですが、あれは些か度が過ぎているかと……いえ、息子と恋人の違いが分からない以上、母親としては失格ですね」

 

 マタ・ハリは思考に耽けているのか、目を閉じて独白を呟いた。

 

「――とか言いながら人を拘束するの止めてくれませんかね!?」

 

 壁に繋がった手枷で俺の両手を縛りながら、だ。

 

「私はマスターを拘束するのは反対よ、マタ・ハリ」

 

「王女様、マスターは女性の良さが分かっていない方なんです。逃げてしまうのもその為。

 なら、拘束した上で女性の良さをたっぷりと……お教えすればいいのです」

 

 それを聞いたマリーは若干顔を赤らめながら「なるほど」と納得する。

 

「いや、するなよ!?」

「私は恋人としてマスターとお付き合いがしたいけど……マスターが逃げてしまうなら、多少強引な手を使っても女性の良さをお教えするべきなのね?」

 

「えぇ、そうです。その後であれば恋人所か夫婦にすらなれますよ」

 

 それはタダの既成事実だ。て言うかもしかして先から俺をホモ扱いして無いか?

 

「女性の良さとか十分知ってるから! 俺を同性愛者みたいに呼ぶのやめてくれませんかね!?」

「王女様、マスターはこう言ってますが、実際に味わえばきっともっと夢中になりますよ」

 

「やだ、マスターが私に夢中になんて……素敵だわ!」

 

 いっその事そのまま妄想に溺れてくれれば良かったのに、と考えてしまう程彼女は嬉しそうに笑って頬に手の平を添えた。

 

「先ずは脱がしましょうか」

 

「いや、そもそも! あの人がデオン1人に止められる訳が無いだろ!?」

「確かにデオンだけじゃ止められないわ……だから、魔力を回復するお薬を渡して置いたの!」

 

 そう言って見せられたのはかつて清姫が使っていた宝具を連続使用する為の薬品だ。

 まだ有ったのかそのご都合アイテム(設定)

 

「魅了と攻撃、防御を減らすデバフを何度も使って貰って時間を稼いでいるんです」

 

「それじゃあ、急がないといけないわ! マスター、夢中にさせてあげるわね……ん」

 

 

 マリーの唇が優しく俺と重なる。

 

 ディープとは違う、重ねるだけのキスをして見つめ合う。

 

「ん……」

 

 マリーが微笑むと、彼女の舌が俺の口へと侵入しようとするので口を閉じてそれを拒む。

 

「マスター、リラックスしてください……れろれろ……」

「っ!? んんー!?」

 

 だが、マタ・ハリが耳元で囁いた後に耳の中を舌で舐め始め、そちらに意識を持ってかれた俺はマリーの侵入を許してしまった。

 

「……っちゅ……ぁむ……」

「れろぉ……ん、気持ちひいへすか?」

 

 マリーの舌が優しく俺の舌を舐め重ねる中でマタ・ハリが耳舐めをしながら囁く。

 暫く調子の悪かった息子が元気になりだした。

 

「んぁ……ふふ、マスターの硬い物が……私のお尻に当たってくすぐったいわ……」

 

「今度はそっちを舐めて差し上げます……もしかして、胸で挟んだりとかがお好きですか?」

「あら、そんな行為があるんですか? 出来ればご教授お願いします」

 

『――っ!?』

 

 最後の声がマリーの物では無かったので、その場が凍りついた。

 

 

 

「私の息子に手を出す悪い虫に、教えてもらう事などありませんけどね」

 

 一瞬だった。

 頼光は手に持った金色の斧の一振りで二人を両断し、消滅させたのだ。

 

「さあ、もう大丈夫ですよマスター? もう悪さをする怖い虫は居なくなりましたよ」

 

 勃っていた息子も慌てて縮む程の恐怖だ。頼光は返り血を気にした様子もなく、斧だけその場から消すと俺を抱きしめた。

 

「母のいない間に随分ひどい目にあった様ですね。大丈夫、もう母は離れたりしませんからね……」

 

「……」

 

 言葉が出ない程の衝撃だ。俺を抱きしめたまま頼光は立ち上がると部屋を出た。

 

「先ずは、体の隅から隅まで綺麗にしましょうね?」

 

 そう言った彼女は俺を自分の部屋まで運ぶと風呂場まで連れて来た。

 

 湯船はそう広い訳では無いが、彼女は服を脱ぎだした。

 

「母と一緒に入りましょう」

 

 先の光景が未だに鮮烈過ぎて俺は無言で頷いた。

 

 そして風呂場の扉を開いた。

 

「あら、マスター? 母とお風呂に――」

 

 開いた先には風呂場で体を洗っている頼光、扉を開けて俺と風呂に入ろうとした頼光の、2人の頼光が存在していた。

 

「……う、う……」

 

 最初に感じたのはやはり、恐怖だった。

 

「丑御前だとぉぉぉ!?」

 

 

 

 牛御前。Fate/GOのイベントにて鬼ヶ島を作り出した張本人であり、伝説では頼光に退治された牛鬼であり、頼光本人でもある。

 

 詳しく事は一切省くが、頼光がバーサーカーに召喚された原因でもある。手っ取り早く言うと頼光の中の別人格だ。

 

「母が2人いて嬉しいでしょう?」

 

 1人の頼光がそう言った。しかし、頼光本人は牛御前の存在を嫌っている以上、このセリフを言った彼女は間違いなく牛御前だ。

 

「頼光」

 

 俺は確認の為に風呂場で体を洗っている方を指差して尋ねる様に呟いた。

 

「牛御前」

 

 いま一緒に入った彼女を指差した。

 風呂場にいた頼光は直ぐに俺に抱き付いてきた。

 

「マスター! 母は嬉しいです! ちゃんと見破って下さるのですね!」

「私もですマスター! 母の事、よくぞ理解して下さいました!」

 

 単純により凶暴な方が牛御前だと仮定しただけだが、どうやら当っていた様だ。

 

 だが、生で生の感触は心臓に悪過ぎる。

 

「私は邪魔者の排除の為に牛御前として分離しました」

「その場で倒れてしまった私は牛御前が中から消えていたので一度部屋に帰ってマスターを待つ事にしました」

 

 耳元ので説明してないでさっさと離れてくれないだろうか。

 

「では頼光、私がマスターの体を洗います」

「いえいえ、それは母である私の約目です」

 

「貴女が母なら私もマスターの母です」

「母は私1人だけ、貴女は自分の体を洗ってなさい」

 

 やはり仲良く出来ないぞこの2人。このままだと風呂場どころかシャトーが吹き飛ぶ大決戦が始まりそうだ。

 

「あの、俺1人で洗えるけど」

「ああ! マスター、母はもう貴方には不要の存在なのですか!?」

「マスター、母に洗わせて下さい。貴方の汚い所全部、隅から隅まで母が綺麗にしてあげますから」

 

 泣き始める頼光を無視して牛御前は石鹸とタオルを持つと俺の耳を洗い始めた。

 

「悪い虫に虐められたのは此処ですね? 入念に洗ってあげます……」

 

 決して俺を傷付ける強さではないが、タオルで耳に石鹸をつけると水で洗い流した。

 

「これでは足りませんね……れろれろぉ……」

 

 やはりと言うべきか、牛御前も耳を舐め始めた。

 

「っな!? わ、私も!」

「……れろれろ、そっちは汚されていませんが……好きになさい」

 

 左右耳を舐める牛御前と頼光。その間にも体は密着している為、同じ大きさの4つの魔乳が俺を刺激する。

 先まで怯えていた息子も再び勃ち上がった。

 

「それでは、今度は此処を洗いましょうか?」

 

 そう言って牛御前が俺のそれに手を伸ばすが、それを頼光が止める。

 

「息子のデリケートな部分です! 母である私が洗います!」

 

「貴女が母なら私も母。私が洗う事になんの問題も無いでしょう?」

 

 一瞬でまた険悪な雰囲気になった。このままだとまじでもぎ取られる可能性がある。

 

「令呪をもって命ずる! 2人とも出て行け!」

 

「マスター!」

「何をするのですか!?」

 

 2人が出て行った所で俺は冷水を被ってから体を洗って、風呂を後にした。

 

 

 

「むすぅー……」

「……」

 

 頬を膨らませながら俺を膝の上に座らせて頭を撫でる頼光。

 ニッコリと笑いながらそんな俺を見つめる牛御前。

 

「時間です、交代しなさい」

「……だそうですよ頼光さん」

 

「もう少しゆっくりして行きなさい」

「さっさとマスターをこちらに渡しなさい」

 

 風呂から出た後からずっとこの調子である。流石に俺が令呪を使ったので抑えている様だが険悪なのは変わらない。

 

「さぁマスター、此処に」

「……はい」

 

 牛御前に勧められるままに彼女の膝の上に乗る。むぎゅーと抱きしめられ、頭を撫でられる。

 

「ふふふふ……マスター、これを握って貰えますでしょうか?」

 

 そう言って牛御前は俺に何か書いてある御札を取り出した。

 

「な、何ですかこれ?」

「お守りの様な物です。握って貰えますでしょうか?」

 

 訪ねてはいるが有無を言わせない程に威圧されては断れない。俺はそっと貰った御札を握った。

 

「……所でマスター、牛鬼、私の伝説が地域によって全く違う物になっている事はご存知でしょうか?」

 

 ご存知では無いが多くの歴史や都市伝説がそんな感じでは無いだろうか?

 

「ある地域では牛鬼を殺した者は不治の病になった。牛鬼は滝の底に住み覗いた者を呪った。中には牛鬼が人間を救ったなんて話もあります」

 

 急にどうしたのだろうか。何故か、凄く嫌な予感がする。

 

「ああ、そうそう……女に化けるお話もありましたね。

 滝の近くを通りかかった人間に、赤ん坊を抱いて欲しいと言って手渡すと、赤ん坊は重くなり、石になって、逃げられない間に牛鬼がその人間を喰らってしまう、なんて事も……ありましたね」

 

 気付けば手で握っていた札は重くなっていた。

 石に変わったとかそんなのではなく、札の重さが30kgのダンベル並になっており、俺の片手だけが地面へとめり込んでいる。

 

「っくぁ……!? 令呪を持って……魔力が通らない!?」

「魔封じの札です。持っている間は令呪が使えませんよ」

 

「牛御前……!」

 

 頼光は牛御前を睨む。

 

「あら、貴女もこうしたかったのでは無いですか? 今ならマスターは動けませんよ?」

 

 牛御前は見せつける様に俺の腕を撫で、礼装の金具を上から1つ外す。

 

 それを見た頼光はだらしない顔を晒した。

 

「……はぁ……素敵……」

「そうでしょう? 私達の、自慢の息子だもの」

 

 そして近付いてきた頼光は、抱きしめた。

 

 

 ……牛御前を。

 

 

「な!?」

「もう用済みですね。ふふ、やっぱり息子に母は1人で十分ですからね?」

 

 抱きしめられた牛御前はそのまま消滅、いや、粒子化されながら頼光の体へと溶け込んでいる。

 

「貴女の呪いなら、貴女が消えても残ります。私がマスターの母なのですから、私が消える訳にはいきません」

 

「ら、(らい)、っ(こう)ぅぅぅ!!」

 

 そして、牛御前は完全に頼光の中へと消えていった。

 

 

 

「マスター、これから一杯母が悦ばせてあげますよ」

「だから、母親が息子に迫るのはおかしいって!」

 

「はぁ……悲しいです……反抗期なのですね? 大丈夫です、母が優しく躾けて差し上げますから」

 

 手を開いてなんとか札を地面に落とそうとするが落ちない。

 両手で持ちあげようとすると何故か重さが増す。

 

 その間にも頼光の手が伸びる。

 

「しゅ、瞬間強化! 駄目か!?」

 

 礼装に魔力が通らない。スキルが使えない。

 

「あまり我儘を言わないで下さい、母は息子の幸せを一番に考えているのですよ?」

 

 そう言いつつ礼装の金具を上から外していく。

 肌の露出が増えると段々と頼光の動悸が激しくなり、その瞳の中の妖しさが増していく。

 

「素敵……立派で逞しい体……ふふふ、下も、見たいですね」

 

 頼光はズボンに触れる。

 

「お風呂場でも大きくなっていましたから、溜まっているのでしょう? 母に我慢は無用です」

 

 

「悪い虫に盗られないように、空にして差し上げます」

 

 

 

「体験だからな、これくらいでいいだろう」

「……し、死ぬかと思った……」

 

「だろうな。アレは間違いなく致死量の行為を行うだろうな」

 

「……母でもなんでもないだろう、アレ」

 

「シャトーではどんなサーヴァントも歪む。知性のあるバーサーカーなど格好の餌食だ」

 

 俺はその場に倒れ伏した。

 

「この体験、まだ続くのか?」

 

「当たり前だ。次回は別の星5サーヴァントを用意しよう」

 

 確認したい事だけ確認できた俺は、夢から覚めるまでただ待った。




そろそろUA50万になりそうです。
なので3回目になるお礼企画をそろそろしようかと思ってます。

家族の怪我も回復に向かっていて、気持ち的には荷物が1つ降りた感じです。応援して下さってありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ体験・武蔵

今回は武蔵の話。

沖田さん? もし仮に万が一にも出たら本編への登場が遅れます。

……あと1回10連回せるけど出る気しないです。


 

 

「えーっと、私また変な所に来ちゃったの?」

「俺が呼んだ。このヤンデレ・シャトーにな」

 

 アヴェンジャーの横には青い筒袖……よりも袖の短い和服と黒い足袋にしては長いオーバーニーソックスと、刀の持った武士の姿にしては現代的すぎるファッションに見を包んだ剣豪のサーヴァント、宮本武蔵がそこにいた。

 おまけに彼女が履いているのはヒールだ。

 

「どうだ嬉しいか、貴様の望んだサーヴァントだぞ?」

「冷静に考えたらここに呼ばれても嬉しくない事に気付いたのでチェンジ」

 

「えっと……帰らせては貰えないのかな?」

 

 武蔵は戸惑っている様だが俺としても彼女の相手は御免である。

 

 宮本武蔵が女だった平行世界からやってきた彼女は強力なサーヴァントだ。

 

 セイバークラスとしての刀での戦いもさる事ながら、二天一流の何でもやると言う戦い方は相手の虚を突く事で対人戦を有利にする。

 

 何よりも俺が恐れているのは――

 

「残念ながらお前達2人に拒否権など最初からない。さあ、行ってこい!」

 

 

 

「う、うーん……」

 

 気が付けばヤンデレ・シャトーの中に宮本武蔵と共に転移していた。

 

 武蔵は目元を抑えつつ、辺りを確認する。

 

「……え、ここ何処? 石造りの城……と言うよりも監獄って感じの雰囲気なんだけど?」

「……」

 

 状況説明が面倒なのと単純に武蔵と一緒にいるのが危険だと判断した俺はその場を忍び足で立ち去ろうとする。

 

「はい、マスター! 逃げないでちゃんと説明してねぇー……?」

 

 捕まってしまった。分かっていたがあっさりとだ。

 

「……説明って言われてもなぁ……」

 

 本人に貴女はヤンデレになるとか説明しても信じないだろうしと、俺は説明を躊躇する。

 

「…………3、2、1、ハイ!」

 

 急かされる。仕方が無いので渋々説明する事にした。

 

「実は……」

 

 

「あはははは、私が歪んだ恋!? 無理無理、だって私剣の道一筋だもん!」

 

「ですよねー」

 

 説明してもやはり信じなかった。まあいいや、ならば正常な内にさっさと退避しよう。

 

「そう言う訳だから俺は此処らへんで失礼させてもらうよ。他のサーヴァントから逃げないと――」

 

 俺が言い切る前に武蔵は俺の肩を掴んで止めた。

 

「――待った。私の側にいれば安心よ? 他のサーヴァントなんて追い払ってあげるわ」

 

 ほら、もう病んでる。刀に手を掛けてるし。

 

「い、いや……大丈夫ですよ。歪んでるって言ってもそんなに酷い訳じゃないですし……」

「私は歪んでない。こんなに貴方と一緒にいても安心できるサーヴァントなんていないわよ?

 だから、大人しく、私の側にいなさい」 

 

 もうほら、口調が命令に変わってるんですけど。

 

「……わかりました」

「ふふ、それでいいのよ」

 

 武蔵は俺の手を握った。

 

「さぁ、止まってるだけじゃつまらないから、さっさと行きましょう」

 

「えっと……何処に?」

「私の部屋を探しに、よ」

 

 言うが早いか、武蔵は俺の手を引くとさっさと歩き始めた。

 

「きっとお団子とかうどんとか……この際何でも良いわ。何か美味しい物があればいいんだけど」

 

 食べ物に思いを馳せて……ならいいのだが、武蔵の俺の手を握る力が強くなる。なにか、覚悟している様に見えた。

 

「……お母さん!」

 

 不安が募りながらも廊下を歩くと目の前にアサシンのサーヴァント、ジャック・ザ・リッパーが現れた。

 

「何あの子? 君の子なの?」

「俺をお母さんと呼んでるだけです……て言うか俺は男だし」

 

「ふぅーん、サーヴァントによってはマスターって呼ばない奴もいるのか……」

 

「お母さん、知らない人とお話してる……」

「子供に刀を向けるほど落ちぶれて無いわ。私達、この先に用があるの。ちょっと通らせてくれないかしら」

 

「お姉さん邪魔。お母さんはわたしたちと一緒にいればいい」

 

 ジャックは先手必勝とばかりに手に持ったナイフで切りかかってきた。

 

「ふーん、攻撃してきたなら反撃しても良いわよね? 私、今だけは小さい娘にも容赦はしないわよ?」

 

 刀を抜いた武蔵は俺の手を離して1歩前に出るとジャックを迎撃する。

 その刀でジャックのナイフを受け止めた。

 

「……拙いわね」

 

 今の攻防だけで2人はお互いの力量を把握し、ジャックは勝負に出る。

 

「お姉さん、殺しちゃおうか」

 

 ――その一言で辺りは霧に包まれる。

 

 夜、女性、霧の3つの条件が揃うとジャック・ザ・リッパーの殺人を再現する対人宝具、マリア・ザ・リッパー。

 

 条件2つはすでに完成しており、残りの条件を自らの魔力で無理矢理達成させた。

 

 唄の様な詠唱の後、ジャックの斬撃が放たれる。

 

「殺戮を此処に――マリア・ザ・リ――っっきゃぁ!?」

 

 夜霧に紛れて一閃……の筈が、自ら作った霧の中でジャックの悲鳴が木霊した。

 

「殺人の再現……残念だけど、私はか弱い女の子じゃないからね。

 ただの目くらましと急所への斬撃じゃあ、私は倒せないよ」

 

 霧が晴れると、地面に倒れたジャック、そして彼女のナイフは2本とも武蔵のヒールの下にあった。

 

「でもまあ、子供のおもちゃにしては物騒だから、これは没収ね」

 

「返してぇ!」

 

「だーめー! 全く……可愛い顔して物騒な女の子ね……」

 

 武蔵はジャックのナイフを仕舞うと俺へと顔を向けた。

 

「さぁ、行きましょう。おいたの過ぎる娘は置いて行くのが一番よ」

 

「お、かぁ、さん……」

「ごめんな……」

 

 大変心苦しいが、武蔵に引っ張られている俺はジャックに謝ってその場を後にした。

 

 

 

「ようやく着いたわ! 此処が私の部屋みたいね」

 

 そう言って指差されたのは見た目は普通なドア。名前が書いている訳では無い。

 

「なんで分かるんだ?」

「何でって……んー? 何でだろう? でも、私が此処にマスターを連れて来たがってるんだから間違いないわ」

 

 何だ、その野生の勘的な適当さは。

 

「細かい事はいいの! さあ、入って!」

 

 背中を押されたので、押し込まれる様に入らされた。

 

「これが私のへ…………」

「……………」

 

 二人共、黙った。

 黙らなければならなかった。

 

 足の踏み場も無い程に汚れている――訳でも無い。

 寧ろ十分に動けるだろう。

 

 何しろ、部屋が道場なのだから。

 

「武蔵の女子力、低過ぎ……?」

「ちょ、いや、違っ! そりゃあ、小さい頃は道場で剣を振ってばかりだったけど、修行の旅に出てからは大抵外だし!」 

 

「だから部屋=道場なんじゃないですか?」

「うぐ……ひ、否定出来ない……」

 

 取り敢えず入ってみる。

 木製の床、試合をする為の木刀。

 

「ただの道場、ですね」

「い、いやいやいや! ほら、ここに小さい冷蔵庫が!」

 

 指を指した先にある冷蔵庫らしき物を開ける。すると中からパックに入った団子が冷蔵庫を埋め尽くさんとばかりに溢れていた。

 

「飲み物すらないのか……」

「細かい事はいいの! さあ、食べましょう!」

 

 そう言って2枚の座布団を床に置いた武蔵は座り込んだ。

 

 俺は冷蔵庫から2パック程取り出すとやけに武蔵までの距離が近い座布団を少し遠ざけて座った。

 

「で、まだ歪んでないって?」

 

 俺は此処で武蔵の正気度をチェックする。

 

「んー? 当然でしょう、私は君を気に入ってるけどそれはあくまで君の性格。戦いの中で背中を預けられるってだけで、君自身に大した好意は抱いてないって」

 

「そーですか」

 

 本人はまだ病んでないと言っているが、先からちょいちょい言動がおかしい事は自覚していないようだ。

 

 団子を食べる。うん、うまい。あまり冷たくなってない。

 

「おいひー! ふふ、お姉さんと美味しいお団子が食べられて、他のサーヴァントから守られるんだから最高でしょう?

 君の方が私を好きになったんじゃない?」

 

 ドヤ顔がウザ可愛い。

 

「はいはい……ん?」

 

 もう1つ団子を口に入れようとしたが、部屋のドアが開けっ放しになってる事に気付いた。

 

「なあ、ドアが開いているんだけど?」

「んー? そもそも閉めたっけ?」

 

 不用心だなと思ったが俺が再びドアへ視線を向けた瞬間、自然に刀の柄に手を掛けたのは横目で見逃さなかった。

 

「ーーっふ!」

 

 武蔵は天井から振り下ろされられる刀を受け止めた。

 

「天狗の仕業、かな?」

「っち、仕留め損なったか」

 

 突然の強襲者は牛若丸だった。天狗の技で天井に張り付いて襲い掛かってきた様だ。

 

「幾ら何でもタイミングが悪いよ? 私が刀に手を掛けた時には襲ってくればそりゃ防がれるでしょう?」

「ふん、余計なお世話だ」

 

 牛若丸は高所恐怖症だ。天井に張り付いているのが怖くて仕方なかったのだろう。

 

「牛若丸、推して参る!」

「え、うっそ!? 牛若丸!? ちょっと、女の子が有名な侍とかこっちの世界本当におかしいんじゃない!?」

 

 お前が言うな。そう言いたかったが既に両者の攻防は始まっている。

 

 武蔵は魔力以外のステータスがB、対して牛若丸は筋力と耐久が武蔵よりも劣るが敏捷はA+。

 その速さに対応する為に武蔵は2本目を抜かざるを得なかった。

 

「っは――!」

「――っく!」

 

 牛若丸が有利な様だ。燕の早業のスキルが二刀を持った武蔵に防戦を強いらせている。

 

 だが、武蔵の二天一流は凌げてさえいればその強さが発揮される。

 刻一刻と武蔵が牛若丸打倒の策を練り始める。

 

 その瞳は、牛若丸を見つめ輝き始める。

 

「っ……!」

 

 牛若丸もその異様さに気付いて攻撃の手を激しくするが、武蔵はそれすら捌く。

 

「っこの!」

「ー―っ!」

 

 致命的。

 焦りの募った牛若丸が放った力の籠もった一撃は武蔵が刀身で受け流したせいで対象の横を通過し、戻ってくるのに数コンマ遅れる。

 

 それだけあれば――

 

「っ!?」

 

 ――切り裂けると確信した武蔵だったが、牛若丸は突き出した刀を引き戻すのでは無く自らの体を前進させ、武蔵の体に蹴りを浴びせたのだ。

 

「っぐ!」

 

 牛若丸は直ぐに刀の間合いから離れた。

 

 幸い、ステータスの差で武蔵は対したダメージは無い。

 

「……取れたと思ったんだけど」

「流石に、倒すのは手間が掛かる……」

 

 両者共に互いの力量に舌を巻く。だが、闘志は衰えていない様だ。

 

「……?」

 

 2人から視線を外した俺は袖を引っ張る小さな存在に気が付いた。

 

「一緒に、出ていきませんか?」

 

 ……2人とも忙しそうなので、席を外す事にした。

 

 

 

「えへへ、トナカイさんお久しぶりですね!」

 

 俺を連れ出したのはジャンヌ・オルタ・サンタ・リリィである。

 

「大変でしたよ! 廊下歩いてたらジャックちゃんが泣いてるし、物音が聞こえたのでお部屋に入ってみたらサムライさんが勝負してますし……」

 

「まあ、そりゃ驚くよな……」

 

 彼女と手を繋いで廊下を歩いている。後ろから徐々に小さくではあるが絶えず剣戟が聞こえているのでまだあの2人は死合中だろう。

 

「さあ、私のお部屋に着きましたよ!」

 

 そう言ってジャンヌ・オルタ・サンタ・リリィは部屋を開けた。

 

「ジャックちゃーん! ただいま!」

 

「……」

 

 部屋の中から声が返って来ない。

 

「ジャックちゃん!」

 

 部屋に入ると端の方で蹲っている者を見つけた。

 ジャック・ザ・リッパーだ。体育座りで膝に顔を埋めて、どこからどう見ても落ち込んでいる。

 

「ジャックちゃんに、プレゼントを持ってきましたよー」

 

「プレゼント……? っ!?」

 

 落ち込んでいても子供だ。プレゼントと言う言葉に反応して顔を上げ、俺の顔を見て驚いた。

 

「……お母さん?」

「はい、トナカイさんです!」

 

 ジャンヌは胸を張って肯定した。

 

「……お母さん、おかぁ、さん……お母さんお母さんお母さんお母さんお母さん!!」

 

 ジャックは文字通り、俺の胸に飛び込んで来た。

 

「お母さん!!」

「よっと……はいはい、お母さんですよー」

 

 流石にこんな状態の子供から逃げる程臆病ではない。俺はジャックの体を抱きしめて頭を撫でる。

 

「お母さん! ごめんなさい! 弱いジャックで、ごめんなさい!」

「俺は怒ってないからな」

 

「……ごめんなさい、ごめんなさい……」

「許すから。っていうかジャックは何も悪くないから……」

 

 泣き止むジャックの頭を軽く叩いて、俺は床に下ろす為に屈んだ。

 

「…………」

 

 無言のまま、俺に抱き着いたまま離れない。

 流石に泣いていた子供に下りなさいとはいえないので少し待ってみる。

 

「…………」

「……ジャック? 寝ちゃったか?」

 

 俺は首を横に倒して彼女の顔を覗き込んだ。

 ジャックの涙は止まっているが、その腕はギュッと俺の服を掴んでいる。

 

「……ん」

 

 顔を起こしたジャックは素早く俺の唇にキスをした。

 

「な!」

 

 すぐに離れた。ジャックは嬉しそうに笑った。

 

「お母さん、わたしたち頑張る。もっともっと、強くなる」

「……ははは、頑張れよ」

 

「そこまでです!

 ジャックちゃん! トナカイさんにくっつき過ぎです!」

 

 どうやらリリィの我慢は限界のようだ。

 

「わたしたちのプレゼントだよ? サンタさんは、子供へあげたプレゼント、取っちゃうの?」

「うっ……そ、それは……!」

 

「……ジャック、意地悪しない」

「はーい……じゃあ、左手だけ」

 

 そう言ってジャックは俺の左手を持ち上げるとリリィに差し出した。

 

「……あ、ありがとうございま」

「手だけ、左腕は触っちゃ駄目」

 

「ジャックー?」

 

「……じゃあ、左……半分」

 

 俺の声に唇を尖らせながらもジャックはリリィに譲った。

 

「……! わぁー! トナカイさーん!」

 

 俺は抱き着いてきたリリィとジャックの頭をそっと撫でた。

 

 

 

(勝った、ヤンデレ体験・武蔵、完!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わらせるか!」

 

 俺の古くから伝わるフラグに反応したかの様にドアが斬り倒された。

 

「さ、先のサムライさん!」

 

「何私の話を幼女で終わらせようとしてるのかしら?」

 

 ジャックは武蔵を見ると俺から離れて、武蔵を睨む。

 武蔵はそれを面白くなさそうに輝きを放つ瞳で見る。

 

「今度は、負けない!」

「……今度は情けは掛けないよ?」

 

 武蔵は刀を抜かずにジャックに近付く。

 ジャックも自身の高い敏捷で間合いに入ろうとするが――

 

「遅いよ!」

「っあ!?」

 

 先の牛若丸の戦いで慣れてしまった武蔵には届かない。カウンターで蹴りが入った。

 

 武蔵は倒れたジャックに近付き持ち上げた。

 

「……女の子に手を上げるのは好きじゃないけど――」

「ジャックちゃんを放――」

 

 槍を持ったジャンヌ・オルタ・サンタ・リリィが武蔵へ迫る。

 

「――遅いわ、よ!」

「っきゃぁ!?」

 

 だが、掴んでいたジャックをリリィに投げて二人まとめてリタイヤさせる。

 

(てっきり、覚醒したジャックの無双シーンだと思ってたんですけど……)

 

 俺は彼女の目を見る。

 

(やっぱり、あの眼は……)

 

 武蔵の持つAランクの魔眼、その名は天眼。

 1つの目的へと必ず至る力。その力こそ俺が彼女を恐れていた理由だ。

 

 自分の存在全てをその目標の達成に向けさせるこの魔眼は、独占欲と執着の塊(ヤンデレ)が持っていて良い能力ではない。

 

「全く……私の側にいなさいって言ったでしょう? 何で離れるの?」

 

「い、いや……流石にあの決闘場にいるのはちょっと……」

「だから何? 私があの戦いの中、君の事を見ていないとでも思った? 知ってるのよ、君が自分からあの娘に着いて行ったの!」

 

「わ、悪かったよ……」

 

「へぇ……悪かった、そう思ってるんだ?」

 

 武蔵の口調が含みのある物に変わる。

 

「あ、あ……」

 

「じゃあ、これから埋め合わせだって言ったら、一緒に来てくれるよね?」

「も、勿論!」

 

 有無を言わせない武蔵の雰囲気に飲まれ、俺は頷いた。

 

「じゃあ、ついて来てよ」

 

 そう言って武蔵は俺の手に書類を渡してきた。

 

「これから、一生私の剣の道に、ね?」

「やっぱり歪んでるだ――!?」

 

 頬を剣が掠める。

 僅かに刀に付いた血を、武蔵は舐め取った。

 

「余計な事は言わないの。それにコレ(・・)は、歪んでないよ。

 最初から、ちゃーんと、私の純粋な愛情よ?」

 

 




次回もヤンデレ体験! 果たして作者は持ってないキャラの特徴を捉えて書く事が出来ているのか!?
めっちゃ不安です……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ体験・ブリュンヒルデ

今回は主人公のキャラがブレてますが今回限りです、ご安心下さい。


 

「……殺します」

「よし、今日のヤンデレ・シャトー終わりっ!!」

 

 あー、今日も起きたのに悪夢の記憶が無いなー

 きっと殺されたんだろうなー

 

 あ、エナミからメールが38通届いてる。昨日返信しないで寝たからなー

 

 さて、朝食でも作りますかー

 

 

 

 

「待て待て待て! 何を勝手に終わらせている!」

 

 アヴェンジャーが慌てて突っ込んで来たが俺は既に諦めている。

 

「だって、……困りますじゃなくて……殺しますって言ってるよこの人。無理無理、どう頑張っても終わってるだろこれ」

 

 アヴェンジャーの連れて来たサーヴァントはランサークラスの公式ヤンデレ、ブリュンヒルデ。

 生前愛した英雄シグルドを自ら殺意と共に燃やした逸話からシグルドに近い者、自分が好きになった者を殺そうとする危険なサーヴァントと化している。

 

「シャトー入る前から殺そうとしている相手にどうしろってんだ……」

 

 その場で寝っ転がった。生き残れる気がしない。脱力した。

 

「ええぃ、いじけるな! 安心しろ、開始地点は別だ」

 

「どちらにしろサーチ&デストロイだろうが!

 あーはいはい、精々がんばりますよーだ」

 

「っく……まさか此処までやる気を無くすとはな……」

 

「マスター……元気、出して下さい」

 

 

 

「やる気が、微塵も沸かない」

 

 俺はヤンデレ・シャトーに移されたが一向にやる気が沸かなかった。

 

「もうこれ殺されてゲームオーバーで良くないか?」

 

「…………」

 

 後ろを振り返る。誰か居たような気がした。

 

「? 気のせいか?」

 

 何もしない訳にはいかないので、俺はその場からゆっくり歩き始めた。

 

 

(マスター……なんて情けないお姿を……)

 

 覇気、所か生気すら感じられない歩き方をしている切大の後ろを狐耳があざとい巫女が音を立てずに歩いている。

 

 シャツを着てはいるが、その下は水着なランサークラスのサーヴァント、タマモは自らのマスターの情けない姿に涙を流していた。

 

(月での聖杯戦争や今までの人理修復で見せた生きる意思がまるで感じられません……

 なんて情けなくちっぽけな人間になってしまわれたんですか……!

 あれでは、私でなくとも他のサーヴァントもショックを受けて愛想を尽かし――)

 

「マスター、疲れているみたいだけど大丈夫?

 良かったらあたしに沢山、甘えたくない?」

 

 タマモが見てるとはいざ知らず、切大はライダークラスのサーヴァント、ブーディカと鉢合わせた。

 

「ブーディカさん……ぅん、いい、かな?」

「ふふ、素直でよろしい……さぁさぁ、入って入って」

 

(抜かった! 妙な感傷なんかに浸らず、マスターの弱っている心に漬け込んでしまえば良かった!)

 

「っは! まだです! まだ遅くはありません! 此処は先ずブーディカさんからマスターを奪って、私の持てる良妻力をフルに発揮してマスターの心を鷲掴みです!

 タマモ、ファイト!」

 

 タマモは急いで2人の入った部屋へと向かった。

 

 

 

「っぎゅ……」

 

 優しさに包まれるとはこの事か。

 部屋に連れて込まれた俺は現在進行形でブーディカの包容を受けていた。

 

 胸が当たるがそこにあるのは性欲や愛欲ではなく、子供を愛でる母性。

 頼光とは違い、独占欲の檻ではなく暗い気持ちを少しずつ溶かしていく毛布の様な暖かさ。

 

「お姉さんに一杯甘えていいからね……」

 

 これが本当に欲しかったとすら思えてくる。

 もう殺されるとか逃げるとか愛されるとかではなく、無償の優しさが嬉しくて、これ以上の愛など無い様に思えた。

 

「……」

 

 ブーディカは無言で俺を抱き締め続け、やがて、ポツンと呟いた。

 

「…………ねぇマスター、何か他にして欲しい事、ある?」

「……ん? いや、別に……」

 

「何か、して欲しいんでしょう?」

 

 俺を抱き締めるブーディカの様子が少しおかしい。

 

「ブーディカがいるだけで俺は嬉しいけど」

「……ふふ、そっか」

 

 嬉しそうに笑うと、俺を抱き締め直す。

 

「もっとだよね? もっともっと……優しく抱きしめてあげる――」

 

「――そこまでです!」

 

 扉を開いて誰かが、ランサーのタマモが入って来た。

 

「……邪魔者かな?」

 

「ブーディカさんがマスターを甘えさせようとその牛の様な胸でギューっとしたのはお見通しです……マスター、私も胸と尻尾に自身がございますよ?」

 

 そう言って着物をはだけさせるタマモ。

 

 胸の間に御札――視線がその谷間に釘付けになる。

 

「雌狐め!」

 

 ブーディカが魔力を放つ様に剣を振るった。

 慌ててタマモが防御し、俺の視線が胸から外れた。

 

「マスター相手に魅了を使うなんてね」

「弱気なマスターに漬け込んだ貴方には言われたくありません。大体、何ですかその手の甲、ナニを我慢していたんですか?」

 

 タマモの言葉に俺はブーディカの手の甲を見た。そこには傷があり、血が流れていた。

 

「マスターと密着して、お預けでもされましたか? お世話大好きブーディカさんも、マスターの前だと性欲魔人の様ですね?」

「っ! 黙って! 私は君とは違う!」

 

「生前の行いなんかにいつまで足を取られているのでしょうか? 私は私を受け入れてくれるマスター一筋ですので、浮気とかしませんしー?」

 

「流石、傾国の狐は言う事が違うね?」

「今も過去も暗い感情を気にしている貴女みたいにはなりたくありませんもの」

 

 ブーディカはそのタマモの言葉に我慢が出来ず、足が前に出た。

 

 しかし、その足元には御札が――

 

「――氷天よ」

 

 ブーディカの足を捉え、直ぐに凍てつく氷はブーディカを包んで凍らせて行く。

 

「ま、ます……たー……」

 

「邪魔者は退散です。

 さぁマスター! 次はタマモちゃんがハグして差し上げます!」

 

 凍ったブーディカを他所に、俺に近付いたタマモは抱き着いた。

 

「きゃー! マスターに抱き付けて、タマモ幸せです! もう一生離しません!」

 

 弱気な今の俺には先から起こっている事に頭がまるで着いて来ない。

 

「先ずは私の部屋までゴー、です!」

 

 俺を抱えてタマモは部屋の外へと急いだ。

 

「部屋に入る時はクイズに答えて開くロックのお陰で侵入に手間が掛かりましたが出るのは簡単! 一直線に走って出るだけです!」

 

 そんな事を言いつつドアを蹴り破った。

 

「だ・っしゅ・つー……成・功です!」

「……マスター、頂きますね」

 

「――っひぃ!」

 

 俺は小さな悲鳴を上げてしまった。

 タマモが抱えていた俺へと細い腕がスルリと伸びて、俺の頬に触れたからだ。

 

「勝手に私のマスターに触らないで下さいまし?」

 

 その細い腕を払い除けてタマモはブリュンヒルデと距離を取ると、彼女を鋭く見つめた。

 

「……マスターを、渡して下さい」

 

 魔銀の槍が現れ、輝いた。

 

「体験で出てきただけのゲストキャラに渡す程、私のマスターへの愛は軽くないですよ!」

 

 タマモはパラソルを出現させ、自ら開いた距離を詰める。

 

(戦乙女……戦闘特化のサーヴァントになんちゃってランサーの私では部が悪い……ですがこちとら記憶は無くとも聖杯戦争を勝ち抜いたサーヴァント! 負けてやるつもりは――)

「――無い!」

 

 パラソルを開いて突撃。後ろにいる俺からは僅かだが手に御札が握られているのが見えた。

 

「……っ」

 

 ブリュンヒルデは盾の様に巨大な刃の部分でその突撃を防ぐ。

 

「密天よ――集え!」

 

 しかし追撃に放たれたのは防御破壊(ガードブレイク)の密天。動きの止まったブリュンヒルデを風が飲み込む。

 

「っく……!」

 

 ダメージを受けながらも槍を振ってタマモのパラソルを弾いた。

 

(むぅ……決定的な隙を作る為の密天があまり効いていない……耐久はBランク以上って所ですか……呪術では大したダメージは与えられない)

 

「……致し方ありません」

 

 ブリュンヒルデは魔槍に炎を灯した。

 

「私の槍は愛する者を殺す槍……ですが、反英霊である貴方を愛する事は不可能……憎しみの炎で、焼かせて頂きます」

 

「そんな軽い槍で私のタマが取れるとは、思わないで下さいまし!」

 

 炎を纏った魔槍がパラソルとぶつかる。

 ルーン魔術で強化した槍はタマモを殺傷するのに十分な威力を付与されたのだ。

 

「はぁ……」

「おりゃ!」

 

 突くのに不向きな魔槍は振り上げ、振り払われ、逆に突きの威力が高いパラソルは線の攻撃を防いで点を突く機会を探る。

 

「炎天よ――」

 

 不毛な槍撃の境で放たれる炎。

 

「頂きます」

 

 しかし、ブリュンヒルデが魔槍で炎に触れるとそのまま槍へと蓄積される。

 

「人様の炎を取ってパワーアップですか!」

 

 呪術で消費できる魔力に限りのあるタマモは悪態を吐く。

 

(マスターを殺させる訳には参りません。て言うか、殺される位なら私が殺しちゃいたいです!)

 

「氷て――」

「させない!」

 

 ブリュンヒルデはタマモの次に放つ一撃を理解するとその妨害に走った。

 

「っく!」

 

 妨害が間に合った槍をどうにかパラソルで受け止める。

 

「氷天で消火は出来る様ですが、簡単にはさせてくれませんか……!」

 

 再び槍の範囲。

 線の攻撃に特化した魔銀がタマモを狙う。

 

 パラソルで受け止めるが足に力を込めて跳ぶ前にブリュンヒルデの追撃。

 距離を開かせない為に攻撃は一向に止まない。

 

「し、しつこ、い!」

「逃さない……!」

 

 炎の熱が肌を焦がす接戦。タマモの動きが徐々に鈍る。

 

「ジリ貧は御免です!」

 

 パラソルを開いての無理矢理防御。

 

「密天よ――!!」

「っぐ……っぅう!」

 

 ヤケクソ気味に御札から放たれた風は、ブリュンヒルデの腹部へと直撃し、吹き飛ばした。

 

「氷天よ――」

 

 タマモは倒れたブリュンヒルデを凍らせる。これで彼女は動けないと確信し、追撃を狙う。

 

「砕――」

「魔力を……!」

 

 それより早く自らの閉じ込めた氷を、魔力による炎の熱気で内側から溶かしたブリュンヒルデは槍を真っ直ぐ構えるとそのまま突撃した。

 

「炎の乗せられていない槍なんて――!?」

 

 パラソルで受け止めたタマモは今までにない槍の手応えに驚き、目を見開いた。

 

「っく……! あ、貴女! まさか、マスターに向かって突撃を……!?」

「マスター、マスター……ますたぁ……!!」

 

 恐怖で顔が引き攣った。

 タマモに阻まれている筈なのに彼女はその後ろにいる俺を真っ直ぐ見つめている。

 

「っ……!?」

 

 受け止められていた槍がパラソルの下にスルリと入る。

 

 そしてそのまま槍はタマモの右足へと刺さる。

 

「っぐぁ……っくぅ!?」

 

 痛みに意識を向けたタマモをすかさず蹴り飛ばした。

 

「……漸く、辿り着きましたね。マスター」

 

 タマモの立ち上がらない内にと、ブリュンヒルデは俺に近付く。

 

「っく……、来るな!」

 

 俺は右手の令呪を見た。そうだ、さっさと自害させれば……!

 

「駄目、です……」

 

 目で追い付けない速度で近付いたブリュンヒルデは俺の令呪の上に御札を貼った。

 

「対魔の札……タマモさんから拝借させて頂きました」

 

 そう言うとブリュンヒルデは俺を抱き締める。

 

「もう離れません……マスター」

 

 お休み下さい、囁かれた俺は急な睡魔に抗う事なく意識を閉じた。

 

 

 

 無理矢理眠らされた俺をブリュンヒルデが運ぶ。

 

 部屋らしき場所に横向きで置かれた様だ。正直、いつ殺されるか分からないのでこの時間はただの恐怖でしかない。

 

「……お目覚め下さい」

 

 耳元で囁かれ、ふっと目が覚めた。辺りを見渡せばブリュンヒルデの部屋で間違いない様だ。

 当然ながら、ブリュンヒルデは俺を見つめている。

 

「……殺さないのか?」

「随分、変わったお目覚めの挨拶ですね……」

 

 俺の問に冗談めいた答えを返すブリュンヒルデ。

 

「夜食か朝食かと言うには曖昧な時間ではありますが、食べますか?」

 

 彼女の服装を見ると、黒いセーラー服の様な衣装の上に白と黄色の、家庭的過ぎるエプロンを着ていた。

 

「……」

 

 机からいい匂いがする。トマトソースの様な、それよりも香ばしい匂い。

 

「ラザニアです……朝食にしては重い料理ですので、夜食としてお食べ下さい」

 

「食べる料理で夜食に変化するのか……便利な時間帯だな」

 

 皮肉交じりにそう言った俺は机に座る。ブリュンヒルデは丁寧にラザニアを切り分けると俺の皿に置き、皿の横にカップを置いた。

 

「……コーヒーです。朝食のお供に、どうぞ」

「……」

 

 もはや突っ込むまい。

 

「ブロッコリーと玉ネギと一緒に炒めた牛ひき肉をトマトソースに入れ、その上にホワイトソース、ラザニアの生地、ハムチーズの順番で3層重ねました」

 

「美味しいけどさ……食べないの?」

 

「……よろしければ、ご一緒させて頂きます」

 

 ブリュンヒルデは音を立てずに、俺の横に座った。

 

 思っていたよりも随分と理性的な行動に戸惑う。正直タマモが敗れた時点で死だと確信していたのに。

 

「…………私は私の愛する者を殺す英霊です。ですが、今のマスターは、殺す(愛する)のに相応しい方ではありません」

 

「……」

 

 ブリュンヒルデの挑発めいた――恐らく事実を口にしただけなんだろうが、その言葉に怒るべきかホッとするべきか分からない。

 体がダルい。

 

「保身に走るお姿を否定する訳ではありません。ただ、それは唯の人、英雄の行いではありません」

 

「そーですか」

 

 彼女の言葉が耳に痛いが、まともに言葉を返すだけの元気が出ない。

 

「ただ……」

 

 頭を両手で抑える。

 先から、急に風邪の様なダルさを感じる。ブリュンヒルデの言葉が頭に入ってこない。

 

「……他のサーヴァントに甘えていたマスターのお姿は……羨ましいと思ってしまいました」

 

「っはぁ……っはぁ……」

 

 べ、ベッドに行きたい……

 

「辛そうですね……私が寝床までお連れします」

 

 そう言って俺を抱き抱えたブリュンヒルデはベッドまで俺を連れて行く。

 

「あ、ありがとう……」

「いえ……」

 

 丁寧な手付きで毛布を掛けられる。

 

「はぁ……こんな事をして申し訳ない気持ちで一杯……なのに、マスターに頼られる事で得られる満足感……」

 

「ぶ、ブリュンヒルデ……薬とかある?」

 

「はぁい、マスター……直ぐにお待ちします」

 

 心地の良い足音が響く。ブリュンヒルデが近付く。

 

「お薬です、マスター」

「ん……ありがとう」

 

 俺がお礼を言うと、貰った薬を飲んだ。

 

 だが、貰った薬を飲んでも一向に眠れる気がしない。

 

「……手を握っても、いいか?」

 

 

「! 駄目、です……! もう、限界……です!

 ああ、マスターの弱ったお姿が愛おしい!

 英雄らしからぬ、保身に走る生き汚いお姿が愛おしい! 

 ――ああ、私はマスターを」

 

 

「――愛したい(殺したい)

 

 




エナミの出番があると思った方、残念ながらありませんでした!


そろそろこの小説も1年が経ちます。UA50万突破が先か、1周年が先か……どちらにしろ結構前からやるやると言っていたお礼企画をさせて頂きます。25日の活動報告をお待ち下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・バースデー

1周年を記念して全キャラ書こうとか思ったけど、気が付いたらなんか普通のヤンデレ・シャトーになってました。

まあ、お礼企画があるから良いですよね。(良くない)


 

 

「……なんだこれ?」

 

 いつも通りの悪夢の中、の筈が何故か派手に飾り付けられたパーティー会場の様な場所に迷い込んでいた。

 

「来たか、岸宮切大」

 

 珍しい事に俺の名をフルネームで呼んだのはアヴェンジャーだった。

 

 普段のマントは外しており、パーティー会場と合わせたのかその姿は召喚された時の姿そのままだ。

 

「今日は貴様の誕生を祝う宴を用意した」

「俺の誕生日? あ……!」

 

 そうか、明日が俺の誕生日だと思っていたが、悪夢の中ではもう午前0時だ。

 

「まあ、ただでは祝わんがな」

「だろうな。で、今日もヤンデレか?」

 

「当然だ。全員がこのめでたい日に貴様の貞操を狙いに来るだろうな」

「いつも狙われてるけどな!」

 

 結局何も変わってない事にツッコんだ。

 

「パーティー会場まで捕まらずに来い。ヤンデレ共の数は7人。どうだ、縁起の良い数字だろ?」

「……年の数とかよりマシか」

 

 普段が多くても5人とかだったので増えてはいるが、最早何も言うまい。

 

 

 

「マイルームからスタートか……」

 

 パーティー会場から恐らく一番遠いマイルームに転移された俺は、ベッドから起き上がるとさっさと扉を開いて出ていこうとした。

 

「先輩、起きていらっしゃいますか?」

 

 しかし、俺より先に扉が外の人物によって開かれた。

 扉を開いたマシュ・キリエライト、シールダーのサーヴァントと対面した。

 

「あ……! ちょ、丁度起きた時でしょうか!」

 

 部屋に入ってきたマシュは慌てて片手を背中に隠した。いや、隠さなくてももう合鍵とかもう慣れたし。

 

「先輩、ハッピィーバースデー!

 誕生日おめでとうございます」

 

「ああ、ありがとうマシュ。所でその鍵は――」

「こんなに素敵な日は他にありませんねっ!」

 

 俺の指摘を強引に遮る。

 

「……えっと、俺に何か用か?」

「っ! はい! 先輩に日頃の感謝の気持ちを込めて、プレゼントをご用意しました!」

 

 マシュはそう言うと綺麗に包装された小さな箱を取り出した。

 

「受け取ってもらえますでしょうか?」

 

 さて、どうする?

 

 受け取らなければ病むのは間違いない。しかし、開けば何が起こるか分からない。最悪、浦島太郎の玉手箱の如く、開いた瞬間に煙状の薬品で眠らされるなり、発情されるなりするかもしれない。

 

「ありがとう。後で開けてみるよ」

「え?

 ……いえ、この場で開けては貰えませんでしょうか?」

 

 マシュの目が明らかに鋭くなった。下手な回答ではマシュは一気に覚醒するだろう。

 

「あはは、情けないんだけど女の子の後輩から贈り物なんてされた事無いから、開けたら泣いちゃうかもしれないんだ」

「……そ、そうです、か……」

 

「だから、コレは後で1人で開けるよ。ありがとう、マシュ」

「は、はい……先輩がそう言うのでアレば……」

 

 俺の言葉にマシュは明らかに動揺している。笑顔ではあるが、あれは罪悪感から来る苦しそうな笑顔だ。

 

 やはり何か仕掛けていた事を確信しつつ、ベッドの上にそのプレゼントを置くと俺は部屋から出た。

 

「先輩? どちらに行かれるんですか?」

「ん? なんかパーティーがあるって聞いたから、その会場に行くけど?」

 

「パーティー……ですか?」

 

 何故か俺の言葉にマシュは不機嫌になった。もしかして、パーティーはNGワードだったか?

 

「そうですか……私も、ご一緒しますね?」

「お、おう……?」

 

 俺のポケットの中にはアヴェンジャーの用意したであろうメモが書いてあった。

 

 パーティーはカルデアの多目的ホールで行われるらしく、そこにつくまでに7騎のサーヴァントがいるようだ。

 当然、マシュもその内の1人だ。

 

「……こっちか」

 

 

「あらマスター、ごきげんよう?」

「奇遇ね。ちょうど貴方に会いたかった気分なの」

 

「ステンノさん、エウリュアレさん……」

 

 鏡の様にそっくりな姉妹のサーヴァント、アサシンのステンノ、アーチャーのエウリュアレに出くわした。

 

 この2人は男を虜にするチャームを持つ。ヤンデレになってもその能力は健在なので恐ろしい存在だ。

 

「今日は貴方の生まれた特別な日だって聞いて」

「私達が直々に弄び(愛で)にきてあげたわ」

 

「……先輩にまた難題を押し付けるつもりですか?」

 

 マシュは険しい表情を2人に向けて俺の前に立った。

 

「いえ、そんな事はしないわ」

「そんな怖い顔をしないで、メドゥーサも今はいないから、私達じゃマシュの相手も出来ないわ」

 

「だったらそこから退いて下さい」

 

「ええ、直ぐに退いてあげるわ」

「じゃあね、マスター?」

 

 ステンノとエウリュアレはその場から去っていく。去り際に、投げキスとウィンクをして。

 

「……何だったんでしょうか、あの二人目は? あ、パーティーに行くんでしたね。先輩、行きま――」

「エウリュアレ!」

 

 俺は、マ――エウリュアレを抱きしめた。

 

「ひゃ!? せ、先輩!? な、なんですか急に!?」

「急に、エウリュアレが恋しくなって……ああ暖かいよ、エウリュアレ」

 

「……先輩?」

 

 俺は衝動のままマ――エウリュアレの肌の温度をこの手で感じる。暖かく、柔らかい。

 

「エウリュアレの匂い……甘い」

「先輩! 正気に戻ってください! 私はマシュ・キリエライトです!」

 

 ああ知っている。彼女がマ――エウリュアレである事は。

 少し強引だったかもしれないが、嫌がる彼女は本気で嫌がってい――嫌がってはいない。これは彼女の望みだ。

 

「あ……!? せ、先輩……首、舐めて……!?」

 

 甘い匂いに誘われてエウリュアレの首を舐める。

 

「思ったより、不愉快ね」

「……す、ステンノさん……!」

 

「じゃあ、楽しんで貰ったようだし、今度は私達が楽しませて貰うわ」

 

 しまった――指の鳴る音を合図に俺は正気を取り戻した。

 

 どうやら俺はまたエウリュアレの魅了に掛かってしまったようだ。

 

「全く……何で私がマシュなのかしら?」

「ふふ……文句を言わないのエウリュアレ。貴女はこれでマスターの後輩よ?」

 

「先輩っ! 正気に戻ったんですね?」

 

「……エウリュアレ(・・・・・・)、魅了するのも程々にしてくれないか?」

 

 俺は、薄い紫色の髪のメガネを掛けた美少女、エウリュアレにそう言った。

 

「じゃあ、俺パーティーに行かないと行けないから……あれ、マシュは?」

「せ、先輩!? ま、マシュは私です! マシュ・キリエライトです!」

 

 何を言っているんだこのヤンデレサーヴァントは?

 流石に魅了された俺でもそれくらいは簡単に嘘だと分かる。

 

「マスター、私達がご一緒しますね?」

「所で、何処に行く気なのかしら?」

 

「何だ、マシュもステンノも一緒にいたのか。誕生日パーティーの会場に行く様に言われたんだけど」

 

「パーティー……? ああ、メドゥーサが準備に連れて行かれたアレね……」

「何で態々他の女性サーヴァントが集まっている場所に行かないといけないのかしら?」

 

 どうやらマシュとステンノもパーティー会場へ俺を連れて行くのは反対らしい。

 他の恋敵がいる場所に態々連れて行くのにいい顔をする訳がないか。

 

「ステンノさん、エウリュアレさん! 先輩に何をしたんですか!?」

 

「あら、まだいらしたんですか? 後輩さん?」

 

 俺はエウリュアレに視線を向ける。

 彼女は人間を魅了するチャー厶を持つサーヴァントで、理由は知らないが俺を先輩と呼んでいる後輩キャラ。

 

 マシュとステンノは大した力を持たないか弱いサーヴァント。ステンノはS気味のお姉さんで、マシュはツンデレ。

 FGOで最初からいるメインヒロインだ。

 

「先輩! ステンノさん達に魅了されているんです! 記憶を改竄されてますよ! しっかりして下さい!」

 

 エウリュアレが滅茶苦茶を言っている。いや、流石に2人がイタズラ好きでも記憶を改竄したりしないだろう。

 

「仕方ありません。マスターが望んでいるのでしたら私達もパーティー会場までご一緒します」

「ええ、そうしましょう」

 

「別に着いて来なくてもいいぞ?」

「あら? 私達がいると何か不都合でも?」

 

 ステンノが俺の言葉に威圧しながら返してくるので、俺は諦めて歩き始めた。

 

「せ、先輩! ……私も行きます!」

 

 こうして、4人での移動が始まった。

 

 

 

「このメモだと……次はここを曲がるのか」

 

 曲がり角を曲がった先の廊下、その右側には部屋がある。

 

「……次は誰だ……」

 

 既に左手のみならず、メモを持った右手すらマシュとステンノに抱き着かれ占領され、後ろからは盾を持ったエウリュアレの視線で殺されそうになっている。

 

(先輩に掛かった洗脳を解除するには術者を倒すと言う方法も考えましたが、魔術的な手段で解除できるサーヴァントに頼めるのであればそちらで行きましょう)

 

 誰も来ない事を祈りつつ部屋の前を通り過ぎる。

 

「…………? ふぁ……」

 

 急に眠くなった。俺はその場で立ち止まり目を擦る。

 

「……あらあら……すでに魅了に掛かっているなんて……可哀想なマスターさんね。

 大丈夫よ……私がすぐに解除してあげるわ……」

 

「っげぇ……め、メディア……か……?」

 

 面倒な相手を目にして落ちそうになる意識を覚醒するために、俺は足を抓る。

 だが、やがて腕からも力が抜けていく。

 

「嫌がるなんて、酷い殿方……大丈夫、誕生日に最高の贈り物をしてあげますからね?」

 

 メディアがそう笑うと俺は限界を迎え、その場で倒れた。

 

 

「魅了は解除しましたし、後は私の愛の記憶を脳に焼き付けるだけ……ふふ、マスターの誕生日なんて素敵な日に私達は結ばれるのね……」

 

「っはぁぁぁ!」

 

 マシュ――正真正銘のマシュ・キリエライトの声がメディアに突撃した。

 

「っ……!? な、何故!? 私の夢人形に相手を任せた筈……!」

「趣味が悪いですね……私の求めた先輩に変化する人形だなんて……ですが、十数分前に似たような事を味わった私には通用しません! 没収させて頂きます!」

 

「結局欲しがってるじゃない! あの人形は私の最高傑作、本物も人形も渡しません!」

 

 言いながらメディアが放つ魔弾をマシュは盾で防ぎ切る。

 曲弾すら盾を捌いて防いだマシュは、魔弾の切れる頃合いを見図ったが止む気配の無い弾幕に突撃を決意する。

 

「――っは!」

 

 地面を蹴ってメディア目掛けて走り出す。

 軌道を変えて魔弾が迫るが無視してただただメディアへ突撃する。

 

「なら、これならどうかしら?」

「っ!?」

 

 メディアは意識を失い地面に倒れた自分のマスターを糸状の魔力でマシュへ見せ付ける。

 

 突撃を続ければマスターを傷付ける事になると理解したマシュは慌てて自分にブレーキをかけて――

 

「っく――っ!!」

 

 ――そのまま跳んだ。

 マスターを飛び越え、メディアの頭上で天井を踏みつけた。

 

「っな!?」

「これで――」

 

 慌てて魔力の障壁を形成するが、落下のタイミングで腰の剣を取り出したマシュは障壁を一閃。

 

「――終わりです!」

 

 盾で崩れた障壁の先にいるメディアを殴り倒した。

 

 

 

「――先輩!」

 

 目が覚めるとマシュが目の前にいた。

 

「えーっと……何がどうなって――」

 

 絶句した。マシュの盾に赤い物がこびり付いているからだ。

 

「良かった……洗脳も解けたんですね、先輩!」

「あぁ……所で、その血は……?」

 

「これですか? メディアさんが先輩に悪さをしたのでちょっと盾で殴ったんですけど、峰打ちに失敗してしまって……」

 

 マシュは恥ずかしそうに顔を赤く染める。見れば地面に頭から血を流して倒れているメディアがいる。消滅していないので死んではいないだろう。

 

「ひゃっ!? も、もう……マスターったら……」

「すっごく気持ち良さそうな顔しちゃって……女神に絞られるのがそんなに良いのかしら……?」

 

 何故か目を閉じたままエウリュアレとステンノは幸せそうだ。

 

「あの御二人はメディアさんの幻覚であの調子です。人形は没収したんですが……」

「……ほっとこう」

 

 俺は深く考えるのは諦めて、寧ろチャンスだと思ってこの場から立ち去る事にした。

 

「あ、先輩! 待って下さい!」

 

 

「誕生日、おめでとうございます!」

 

 休む間もなく次のサーヴァント、セイバー・リリィが現れた。

 

「あ、ありがとう……」

「えへへ……マスターさん、また大きくなっちゃいましたね!」

 

 所で、出会い頭に抱き着くのはやめて貰えないだろうか? 後ろにいるマシュさんの視線が明らかに厳しい物……いや、最早殺気を含んでいる。

 

「それでは、私の部屋でぜひ乾杯して行って下さい!」

「先輩! パーティーの会場まですぐ近くです! 急ぎましょう!」

 

 マシュは俺の手を引いてリリィから離れようとする。

 

「パーティー……ですか?」

「何か問題でもあるのか?」

 

 俺がそう聞くとリリィは俯く。

 

「……嘘ですよね?

 マスターさん……冗談ですよね?」

「え?」

 

「他の女性が集まっているパーティーに、私の誘いを断って向かおうだなんて……嘘ですよね?」

 

 リリィは言いながらもカリバーンを出現させ、握る。

 その目に光は灯っていない。

 

「マスターさんは、私と一緒にいてくれますよね? 私の事、蔑ろになんて、しませんよね?」

 

「リリィは来ないの?」

 

「…………ご一緒して、良いんですか?」

 

 振り上げかけていたカリバーンが下がる。

 

「その方が楽しいだろ?」

「……はい!」

 

 セイバー・リリィはカリバーンを消してまた笑顔で抱き着いてきた。

 

「リリィさん、先輩に抱き着き過ぎです!」

「マシュ……さん?

 マスター、もしかしてマシュさんも誘ったんですか?」

 

 またしても声のトーンが下がる。耳元でそんな声を出されると思わず恐怖で足が竦んでしまう。

 

「そうだけど……何か問題でもあるか?」

 

「……いいえ、マスターが良いのであれば、私はそれに従いますが……

 そうやって誰にでも思わせぶりな態度を取らないで下さいね? 本命である私と勘違いしてしまう人達が悲しみますから、ね?」

 

「リリィさん!」

 

 マシュがセイバー・リリィを引き剥がした。

 

「マシュさん……ふふふ、大丈夫ですよ? マスターをお迎えした暁には、偶にマスターを少しだけお貸ししますよ? 未来の私と、ランスロットさんみたいな間違いが起こらない様に……」

 

 マシュとリリィが険悪な雰囲気になっているが、俺は2人を置き去りに先を急いだ。

 

 

 

「マスター、誕生日おめでとう」

 

 此処でまさかの初登場キャラが現れた。て言うか引いてからもう大分経ってるんですけど……

 

「お祝いの為の料理を作ったの! 食べてくれるわよね?」

 

 お姉さん口調、と言うか世話焼きな人なのだが身長的な意味で俺はその人を見下ろしていた。

 

 キャスターのサーヴァント、エレナ・ブラヴァツキー夫人。身長は145cm。

 

 魔術師としては天才だが、バレンタインデーのチョコがUFO型で飛行能力を有するなんてトンデモ料理を作った事がある人物だ。

 

「えーっと……俺これからパーティーに行くから食事はちょっと……」

「駄目よ! 誕生日に栄養バランスの悪い物を食べて寿命を縮めるつもり!? 私の作った料理の方が健康にも良いし美味しいわ!」

 

 その小さな腕で俺を引っ張れるのは流石サーヴァントと言うべきか、部屋へと連れてこられた。

 

「さぁ、召し上がれ!」

 

「召し上がれって……」

 

 予想通りと言うべきか、オムライスらしき物が飛行しており、ハンバーグらしき物が皿の上で浮きながらゆっくり回転している。

 野菜だけは普通かと思ったが、盛り皿の中で風もないのに小さく揺れている。

 

「……無理じゃね?」

「そんな事無いわ! 待ってなさい、今捕まえてあげるわ!」

 

 小さな網を手に持った大佐人形がオムライスを確保し皿に戻した。

 ハンバーグは浮いたままだが、仕方ないので少しだけ頂く事にした。

 

 一応、アトラス院礼装に着替えておいた。

 

「い、頂きま――」

「はい、あーん」

 

 椅子に座った俺が取ろうとしたスプーンを取ったエレナはオムライスを掬うと俺に突き出した。

 

「……あーん」

 

 先まで元気一杯に動いていたオムライスを口に含んだ俺をエレナは嬉しそうに見つめる。

 味は決して悪くは無いが、やはり先のインパクトのせいか、口の中で動いているんじゃないかと思うと気分は宜しくない。

 

「さあ、次はハンバーグよ!」

 

 大佐人形に抑えてもらいながらスプーンで切ったハンバーグ。こちらも味はいいのだが、やはり先の浮いている光景が味を正確に認識させてくれない。

 

「……美味しい……ね」

「でしょう! もっと食べても良いわよ!」

 

「あ、でも……やっぱお祝いの席で食べたいし……」

 

「……何よそれ……私の手料理よりも……パーティーの、他の女の料理が良いって言うの……?」

 

 やばい、覚醒させてしまったか? 思わず身構えた俺だが、エレナはその場で座り込んだ

 

「……っぅ……ひっく……そんな……ひどぃ……!」

 

 泣き出した。両手を目に当て流れる涙を拭いながらも涙は止まらない。

 慰め始めた大佐人形がこちらに非難の視線を浴びせる。

 

(えぇ……何、俺が悪いのこれ? て言うか、演技じゃなくてマジで泣いてるのか?)

 

「私……やっぱり、いらないサーヴァントなのね……幼児体型だし……」

「いや、そこまで言ってない」

 

 さて、どうしようこのサーヴァント。ヤンデレっていうか相手をするのが面倒なだけな気がする。

 

「じゃあ、明日また食べに来るからオムライスとハンバーグ残して置いてくれよ」

 

 取り敢えずそれだけ言い残すと俺はドアノブを手で握った。

 

「…………ちぇ、引っ掛からないか」

 

 彼女がそう呟いた瞬間、俺の体は浮き上がり天井に引っ張られる様に貼り付けられた。

 

「どうかしら? これがマハトマ式捕縛術よ!」

「どう考えてもキャトルミュー……」

 

「女の子の涙に言葉も投げかけないなんてマナーのなっていないマスターね。教育が必要よ」

 

「……せんせー、どう考えても天井と先生の身長が合ってないんですけどー?」

 

 天井が約2,50mなので手を伸ばそうと届かない。

 

「……じゃあ、床に固定してあげる」

 

 天井から離れた俺の体は1回転させられ、床に背中を向けた体勢でまた不思議な力で貼り付けられた。

 

「ふふ、これでもう弄り放題ね?」

「なんか、小人に縛られたガリバーの気持ちだな」

 

 ガリバーと違って自力で拘束を破れないけど。

 

「さ、さっきから小さい小さいって……遠回しに私をバカにして! 私だって生前は夫人よ! 大人のテクニックで骨抜きにしてあげるんだから!」

 

 エレナは頬を膨らませつつこちらに近付く。俺は脱出を試みた。

 

「この拘束術は外部から永続的に縛られているタイプと見た! 【オシリスの塵】!」

 

 予想通り、無敵状態を付加するスキルを俺自身に発動させた途端、体は自由になる。

 

「あ、ちょっ、待ちなさい!」

「待たない! カルデア戦闘服、【ガンド】!」

 

 ガンドをお見舞いした俺は急いでその場から立ち去った。

 

 

 

「危なぁ……流石に未知との遭遇は焦った……」

 

 一息着いた俺の前に漸く多目的ホールが見えた。

 

「あそこがゴールか」

 

 俺は足早に廊下を駆け抜ける。他にサーヴァントもいない。これで俺の大勝――

 

「マスター……!」

 

 残り数歩の所で背中に抱き着かれ、動きが止まった。

 て言うか、この声は……

 

「……せ、静謐……」

「マスター……漸く来てくれた……!」

 

「な、何で静謐が此処に? て言うか、多目的ホールでパーティーがあるんだろ? 何で入り口で待ち伏せしてる訳?」

 

「……パーティーの準備を手伝うと、邪魔になるから追い出されました」

「あぁー……」

 

 静謐のハサンは全身毒のアサシンだ。料理どころか皿洗いやテーブル拭きですら事故に繋がりかねない。サーヴァントの中には暗殺や毒で死んだ王様とかもいるしあまり良い印象は持たれないかもしれない。

 

「なので……私、拗ねました。マスターを独り占めしたいです……」

 

 頬を若干膨らませて怒っている事をアピールするハサンの頭をポンポンと撫でる。

 

「そう言わずに、な? 俺が許すから一緒にパーティーを楽しもう、な?」

 

「……むすぅ……」

 

 しかし、彼女はまだ怒っているようで、俺に抱き着いたまま一向に離れる気配がない。

 

「参ったな……」

 

「先輩! 見つけましたよ!」

「マスターさん! 何故静謐さんに抱き着かれているんですか!? 私を裏切るんですか!?」

 

「……女神の魅了、今度は本気でやらせて頂くわ」

「もう絶対逃げられない設定を練ったわ!」

 

「マスター! 私に魔術で挑んだ事、後悔させてあげる!」

 

 メディア以外の全員が俺へと向かってくる。

 

「な、なんだか沢山来てます……!」

 

「カルデア礼装、【瞬間強化】!」

 

 驚いて静謐が離れたと同時に瞬間強化で多目的ホールに手を伸ばし、俺は脱兎の如き勢いで扉を開いて中に入った。

 

「おっしゃぁ! 漸く辿り着いた!」

 

 

 

「遅過ぎたな。もうパーティーの時間は過ぎたぞ」

 

 パーティー会場に入った筈の俺の前にあったのは、監獄塔の背景とアヴェンジャーのみだった。

 

「」

 

「他のサーヴァント達もガッカリしていたが、まあ仕方あるまい。

 せめてモノ情けだ。用意してやったケーキは現実に届けてやる」

「え、マジで!?」

 

「ふん、料理の上手いサーヴァント共が作った力作だそうだ。心して食うがいい」

 

 

 

 

 

「……って言ってたけど、俺のベッドの側には無かったし、冷蔵庫の中も机の上にもない……期待したけど、やっぱり夢かぁ……」

 

 ちょっとガッカリしつつも朝食を作り始める。

 

 暫くすると、玄関のチャイムがなった。

 

「……エナミか……30分位早いがあいつ、俺の誕生日だから何か仕掛けて来やがったか?」

 

 俺は確認もせずに扉を開いた。

 

「…………へ?」

「お、お届け物です……マスター」

 

 扉の前に、ケーキの入った箱を持ってきたのは静謐だった。

 

「それと、今日は一日中……お邪魔します」

「い……いやいや待て待て! どう考えてもアウト! 家にタイツ姿の褐色美女とか置いてけない!」

 

「大丈夫です。私はマスター以外の方には見えませんし、毒も今だけ無効化されてますから」

 

 どうしようかと悩む俺。だが、外に放り込むのは気が引ける。最近は暖かくなったとは言え見た目タイツだけの静謐を、他の誰にも見えないとは言え外に放って置くのは……

 

「せーんーぱーい? 私を差し置いて、何で他の女と話してるんですか?」

 

 悩む俺に怒りの表情のエナミが更に爆弾を投下した。

 

「見えてるし!」

「“マスター”でしたら誰でも見えます」

 

「あれー、いつぞやのサーヴァントさんじゃないですかー……先輩? 遂に実体化させましたか? 私では物足りないので二次元嫁を実体化させたんですね?」

 

「えぇい! 事情は説明してやるから取り敢えず2人共中には入れ!」

 

「お、お邪魔します…………

 あ、マスター、1つだけ言い忘れている事がありました」

 

「な、なんだ? まだ何か――」

 

 振り返った俺の唇に、静謐はそっとキスをした。

 

「――ッチュ。お誕生日、おめでとうございます」

 

 




現在活動報告でお礼企画を開催しています。
そちらをよく読んで、ご要望があれば本サイトのメッセージで自分に直接送って下さい。

1年間、ありがとうございました!
これからも頑張って続けて行ければと思っていますので、どうか応援宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ体験・メイヴ編

今回の投稿は少し遅れてしまい申し訳ありません。

イベントではずっと新撰組で参加してます。タマモとカルマのお陰でアーチャーが楽で助かります。


 

 

「義妹と実妹、どっち派だ」

「……えっと、何で?」

 

 アヴェンジャーに真面目に聞かれた俺はその勢いに押されつつも若干呆れながら聞き返した。

 

「さぁな、どっちか選べ」

「……どうせヤンデレ、ならば(倫理的に問題の少なさそうな)義妹だ!」

 

「なるほど……貴様はアレか、突然やって来た親の再婚相手の可愛い年下に好かれたい輩、という訳だな」

「遠回しにロリコンって呼ばれた……あと違うからな、俺はロリコンじゃないしそのシチュエーションは望んでない」

 

 そもそもそんな状況、ギャルゲー位でしか起こり得ないだろうし……

 

「此処はヤンデレ・シャトーだ」

「そうでした……」

 

 アヴェンジャーの言葉に項垂れながら大体何されるかは理解出来た。つまり、ヤンデレ義妹だらけのシャトーと言う事だ。

 

「ふん……果たしてそれほど単純なものかな?」

 

 

 

「……なんだこれ?」

「私の最高に素敵な部屋よ。どうかしら?」

 

 振り返ると俺のカルデアにはいない筈の白いコートを来た桃色髪のサーヴァントが扉の前から俺を見つめていた。

 

 ライダークラスにしてケルトの女王、型月の偉い人にスーパービッチとまで言わせる程に多くの男性と関係を築いたこのサーヴァントの名は、女王メイヴ。

 

 部屋の中も本人の髪同様ピンクピンクピンク、ピンク一色である。

 

 だが、それはあくまで部屋の壁や床、家具の事であって、そこら中に置かれた物は高級感こそ溢れ余る程の装飾が施されているが、お世辞にも趣味が良いと思えない。

 

「お姉ちゃんの部屋に入るのは初めてよね? ふふ、驚いたみたいね」

「……まあ、驚いたよ」

 

 義妹じゃない事にな。

 アヴェンジャーのあの前振りが完全に謎になってしまった。

 

「そして! 一度も入れて来なかった弟を部屋に入れた。この意味、分かるわよね?」

「いえ全く」

 

 何だ、掃除でもして欲しいのか?

 

「むぅー、鈍わね? ……ふふふ」

 

 微笑んだメイヴは俺へと駆け寄るとその勢いで俺をベッドへと押し倒――

 

「えぃ♪」

「おっと」

 

――そうとしたので、受け止めた。

 

 サーヴァントと言えどもメイヴは唯の女王、勇者や兵士の多いケルト勢の中では珍しく、筋力は最低値のEだ。

 

「えへへ……

 ――お姉ちゃんと、良い事しない?」

 

 抱きしめられて微笑んだ後に、耳元でそう囁かれた。

 魅了の類の様だが、女神やらなんやらで最早慣れた。そもそも、俺は処女厨では無いがビッチは対象外である。

 

「お断りします」

 

 抱き抱えてベッドに下ろしてから、俺はさっさと部屋から退散した。

 

「ちょ、ちょっと!」

「(設定上は)実の姉とそれは無理。あんまり笑えない冗談はやめてくれよ」

 

 クー・フーリンの気持ちが分かる気がする。魅了に落ちなかったら本当に何やってんだコイツって感想しかない。

 

 

 

 部屋から出た俺は家の構造が以前のヤンデレ家族と同様な事に気付いて自分の部屋へと閉じこもった。

 

「……前の時は中々広かったが、今回はメイヴとの2人暮らしなのか?」

 

 だったらこの部屋にさえ侵入させなければ平穏じゃないか?

 そう思った時、唐突にチャイムが鳴る。

 

「……出よう」

 

 引きこもっている選択肢もあったが、ヤンデレ・シャトーの特性上、留まっていると絶対何かヤバイ事態になる。

 

「動いても大して変わんないけどな……」

 

 身も蓋の無い事を愚痴りつつも俺は玄関までやって来た。

 覗き穴から外の様子を見る。

 

「っげ……!」

 

 最初に見えたのは頼光。その周りにはエレナ、マシュ、ハロウィン姿のエリザベートがいる。

 

『切大、早く開けて下さい』

 

 頼光は俺の事などお見通しの様で、ドアの反対側にいる俺を呼ぶ。

 

「は、はい!」

 

 慌ててドアを開くと覗き穴から見えていたサーヴァント達が家に入って来た。

 

「始めまして」

 

「その……お邪魔させて頂きます」

 

「まぁまぁ、悪くは無い家ね」

 

「切大、メイヴお姉ちゃんは居ますね? この子達は貴方達の新しい妹達です」

「ず、随分急ですね……」

 

 立場的に俺は頼光の息子なんだろうけど、何の連絡も無くこの急展開には流石に苦笑いを禁じ得なかった。

 

「ふふふ、詳しい事は後で話しますからこの娘達の面倒をお願いします」

 

「いやいや、せめてこの娘達がどういう過程で此処来たか位教えて下さい」

 

「拾いました。それでは」

 

 余計混乱するワードだけ残して頼光は家を出て行った。

 

「…………マジかぁ」

 

「あ、あの……本当に突然すいません!」

 

 マシュが頭を下げる。

 見た感じヤンデレって感じじゃなそうだし、俺はそれなりに対応する。

 

「いや、まあ詳しい話は母さんが帰って来てから聞くから、取り敢えず上がってくれ」

 

「お邪魔するわ!」

「お邪魔してあげるわ」

 

 エレナ、エリザベートはマシュと違い一切怯えたりしている様子は無さそうだ。

 

「なによ、随分騒がしいわ――!? ちょっと、誰なのよこの娘達は!?」

 

 玄関で騒がしくしていたら、メイヴが部屋から出て来た様だ。

 

「えーっと、母さんが連れてきてんだけど……」

「母様が!?」

 

「なんか……俺と姉さんの新しい妹だって」

「はぁ!?」

 

 

 

 メイヴに事情を説明した。

 俺の説明が終わる前から徐々に体が震えていたが遂に爆発した。

 

「な、何よそれ! 滅茶苦茶が過ぎるわよ!」

「そんなこと言われても……母さんの頼みだし、家から追い出すのも……」

 

(それもアリか。

 ……でもまだヤンデレじゃないみたいだし、そもそも追い出して頼光が帰ってきたらどんな目に合うか……)

 

「す、すいません……ご迷惑をお掛けします」

「暫くの間、どうかよろしく」

「追い出したりは、しないわよね?」

 

「はぁ……私は部屋で休むわ…………」

 

 マシュ以外の態度が少し大きい気もするが、メイヴは溜め息混じりに部屋に入っていった。

 

「取り敢えず……荷物は無いみたいだし、トイレと俺と姉さんの部屋の場所は教えておくから、何かあったら呼んでくれ」

 

 

「……お兄ちゃん、って呼んでいいですか?」

 

 3人を案内した後に、最初にマシュに頼まれたのが俺の呼び方である。

 

「……良いけど」

 

「あ、じゃあ私も!」

「うっ……! ふ、2人が呼んでるのに私だけ呼ばないなんて仲間外れみたいでイヤだし、私もお兄ちゃんって呼んであげるわ!」

 

 エレナもエリザベートも俺をお兄ちゃんと呼び出し始める。

 

 だが、伊達にヤンデレ・シャトーを体験し続けている訳ではない。

 

 メイヴの部屋の扉が先程から少しだけ開いているのを俺は見逃さない。

 

「じゃあ、皆はちょっと1階で休んでて。ちょっと姉さんの様子見てくるから」

 

 そう言って3人を1階に向かわせると、俺はメイヴの部屋をノックした。

 

「姉さん、入るよ?」

「っ! い、良いわよ!」

 

 メイヴから返事をもらった俺は部屋へと入って直ぐに先の事を謝った。何も悪くない気がするけど。

 

「……姉さん、俺別に先の事で姉さんを嫌ったりして無いからね? 唯、いきなりだったし、常識的に不味いから断っただけなんだ、ごめん」

 

「っ、当然よ! 私は学校で全ての男子に告白された女よ! 私の誘いを断ったのは生意気な弟の可愛い反抗期って事で、許してあげるわ! さあ、姉さんに――」

 

「――じゃあほら、皆の面倒見て、優しいお姉さんらしい所、見せてきてよ。ね?」

 

「っう……な、なんで私が……」

「よろしくね?」

 

 文句が有りそうなメイヴを遮る様に有無を言わせない口調で頼んで、俺は部屋から出て行った。

 

 

 

「……はぁ、どうも上手く行かないわねぇ? マスターが年上好きって聞いたから姉役を選んだのに……だけどちゃんとケアしに来たのは流石ね。そろそろ病んじゃおうかと思ったのに。

 だけど、姉弟ごっこもそろそろ終わりね!」

 

「女王メイヴの力、たっぷり味合わせてやるんだから!」

 

 

 

「っ!?」

 

 悪寒を感じて思わず振り返る。どう考えてもメイヴの部屋からだ。

 

(フォローが足りてなかったか? そもそも、ああいう自分の思い通りになると思ってる奴の心情ってのがイマイチ分からん)

 

 考え事をしているとマシュが俺に尋ねて来た。

 

「……すいません、2階のお手洗いを貸して貰えますか? 1階のドアが開かなくて……」

 

「ん? 良いけど……」

 

 マシュに2階のトイレの場所を教えて、俺は1階へと向かった。

 リビングでエレナは本を読み、エリザベートはテレビを見ていた。

 

「あ、飲み物を貰えないかしら、お兄ちゃん?」

「私にもお願いね! ……お、お兄、ちゃん……」

 

 あざとい、と言うか何処か年上オーラを出しつつ俺に頼みエレナと慣れてないせいか照れのあるエリザベート。

 

「分かった。2人共、紅茶で良い?」

 

「良くってよ」

「良いわ」

 

 俺はキッチンでお湯を沸かし、ティーパックの紅茶を淹れる。

 

「ありがとう……そういえばマシュは何処に行ったのかしら?」

「お手洗いて言って2階へ行ったけど……」

 

 確かに少し遅いかもしれない……と思っていたら、マシュはやって来た。

 

「え……エリザ……少し、来てくれませんか……?」

「え、ちょっとどうしたのよマシュ姉様? 顔赤いわよ?」

 

 エリザの言う通り、マシュの顔は赤く、少し体も震えている。

 

「い、いえ……大丈夫です……ちょっと男の人には頼みにくい事なので、来てくれませんか?」

 

「なら、私も行くわ」

「お願いします……」

 

 3人はリビングを出て、2階へ向かった様だ。

 

 

 

「……あーなんか嫌な予感……」

 

 1人リビングに残って静かなまま時間が過ぎて行ったせいか若干不安になり始める。

 

「動くべきか……動かざるべきか……」

 

 2階にはメイヴの部屋がある。

 どう考えても彼女が関係あるのは間違い無いが、態々自分からあそこに行くのは気が引ける。

 

「……お兄さん」

「おわっ!?」

 

 いきなり、背後からマシュの声が聞こえ慌てて振り返った。

 

「ど、どうしたマシュ?」

「ちょっと……来てくれませんか?」

 

 どう考えても罠である。逃げるべきか。

 

「お姉さんが、呼んでるわ……」

「ねぇ……早くぅ……」

 

 エレナとエリザにも囲まれた。逃げ場がない。

 

「さぁ……」

 

「「「行きましょう?」」」

 

 

「良くやったわマシュ、エレナ、エリザベート」

 

 メイヴに名前を呼ばれた3人が嬉しそうに頬を赤らめる。

 

「ふふ、ご褒美はまだよ? ちょっと切大とお話させてね?」

 

 メイヴの言葉に頷いた3人は部屋の奥へと消えていく。

 

「ふふ、どう? お姉ちゃん、3人が良い子になるほどやっさしーいお姉ちゃんになってあげたわ!」

 

「3人に何をした?」

「ほら、私の宝具って男性特攻だけどどんな相手にも一応効くでしょう? だからこの娘達も落としてみたの!

 あ、もしかしてマスターの物を取っちゃったかしら?」

 

 メイヴが俺をマスターと呼び、思わず舌打ちした。

 

「なるほど、メイヴはこれが設定だって知ってた訳か」

 

「ええ。だってこの設定、私が考えたモノよ? 本当は義妹に囲まれるマスターに嫉妬して鞭で調教しようとしたんだけどね? マスターが嫉妬させてくれないから……マスターからサーヴァントを奪っちゃう事にしました! ヤンデレじゃない上に初対面ってうっすい関係だから、案外簡単に落ちちゃってびっくり!」

 

 メイヴは本当に楽しそうに笑っている。

 

「あ、なんで私がこんな事知ってるか、知りたい?」

 

「いや、別に――」

 

「――何故なら私がアヴェンジャー経験者だからよ!」※魔法少女イベント参照

 

 今明かされる別に知りたくなかった真実。いや、これネタバレじゃないのか?

 

「だから、私は貴方の持ってないアヴェンジャー適正のあるライダー、つまり体験クエストにおいては無敵で素敵で至高な存在って事なの!」

 

 メイヴは目を輝かせてそう言った。どうやら本気らしい。

 

「でね! 此処では私の知らない恋が出来るって教えられたわ!

 ほんっとうにそうだった! 今の私はマスターが大好き! クーちゃんの時と違う、憎んだりする理由なんてない真っ直ぐな恋なの!」 

 

 自分自身を抱きしめて恋の感覚に浸る乙女(大学生)。

 

「でもでも……やっぱりマスターが見てくれないとつまらないから……周りにいた女の子は没収、私の宝具と体で骨抜きにしちゃったわ!

 ねぇ、ますたぁ……こんなはしたなくてイケない娘は、キ・ラ・イ?」

 

 高めのテンションで自分語りをしていたと思ったら急に耳元で色っぽく囁く。

 

「あはっ! マスター、やっぱり興奮してるのね!」

 

 テントの立ったズボンをメイヴは嬉しそうに見て、笑う。

 

「まあ私の体を見てこうならない方がどうかしてるのよね。ふふふ」

 

 気付けば俺の両手をマシュとエレナ、エリザが抑えている。

 

「放せ!」

「駄目駄目……マスターのサーヴァントだけどパスは繋がってないから令呪は使えないわぁ……大人しく、私の体で……」

 

 

「感じ――」

 

 

 

「ーーて、って!? 何よこれ!?」

「終了だ」

「終了って! 嘘、まだ1時間あるわよ!」

 

「体験ではマスターを追い詰めた時点で終了だと伝えただろ」

「ちょ、もう一回! もう一回やらせてちょうだい!

 今度は手だけで骨抜きにするから!」

 

「ケルトに帰れ! お転婆娘!」

 

 アヴェンジャーはその後、かなりの体力を使ってメイヴをガチャの海に帰したらしい。

 

 

 

 

 




1周年記念企画の当選者発表は今日中に行いますのでもう暫くお待ち下さい。
次回からそちらを投稿していくつもりです。

ガチャ? CCCコラボの噂があるので今の所は引かずに温存しております。男引いても小説で書かないからしょうがないし……ね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイペースとヤンデレ達【1周年記念企画】

お待たせしました、1周年記念企画の最初の1回は鴨武士さんの設定です。

遅くなって申し訳ありません。次回の投稿はどうなるか分かりませんが、なるべく早く投稿したいと思っています。


「ふぁぁ……眠ぃ……」

「って、説明中に眠るな! 人の話を聞け!」

 

 数日前に、俺の夢の中にゲームのキャラクター、アヴェンジャーが現れました。

 

 なにやらヤンデレやらシャトーやら専門用語が飛び交う酷く長い説明(数分)が行われた。

 その後に別の場所――今思えば監獄の様な薄暗い上に手入れも何もされていなかった石造りの建物に移され、眠気に従って寝ていたらよく分からないまま何かをクリアしてしまったようだ。

 

 それから数日経ったある日……

 

「久しいな、仮初のマスター」

「あー……彼氏面の人!」

「違う! アヴェンジャーだ!」

 

 今回ばかりは真面目に説明を聞こうかなと思いつつ、眠い目を擦りながら彼の話を聞く事にした。

 

 要約すると、俺はヤンデレに襲われる場所に送られてた。

 

 だけど寝た。

 

 女性サーヴァントが3人しかいなかったので幸運にも寝ている間に誰も死なずにクリア出来た。

 

 よろしい、ならばエクストラだ。

 

 ……みたいな感じらしい。

 

「でぇ……今から?」

「いや、今回は告知だ。

 前回の反省を活かして、お前が睡魔に襲われていない時にやらせてもらう」

 

「ふぅーん……じゃあ寝る」

 

 俺はこれ以上小難しい話を聞きたくないと微睡みに逃げ込んだのだった。

 

 

 

 友人に誘われて、マイペースな俺はマイペースにFGOをプレイしていた。

 

 最初はアニメを勧められ、見た通り、薄っぺらい感想を言ったら友人に思いの外喜ばれアプリゲームの存在を教えられた俺は、丁度魔法少女のイベント中にゲームを始めた。

 

 友人曰く、何時も眠そうなお前が全話見るなんて中々無いから、きっと俺に向いた作品だと言っていた。

 

「あのアニメ、忙しいし専門用語多いし設定も長い。なぜ願いを叶える条件を7つの玉集めにしなかった。そっちの方が分かりやすい。

 あとアレが向いてる人間て、まるで俺が痛い設定好きな中二病みたいじゃないか」

 

 って友人に言ったら数日間口を聞いてくれなかった。何故だ。

 

 女の子は可愛いが、もっとほのぼのした物が良かったなぁとか思った。

 

 さて、そろそろ現実に目を向けるべきか。

 

 

「マスター、おはようございます」

「えへへ、マスターさん、おはようございます!」

「マスター、おはよう」

 

 ……なんだ、まだ夢の中か。寝よう。

 

 

 

「それで、君達は何なの?」

 

 残念ながら俺の分しか俺が用意できなかった朝食を、食べる必要は無いと言って断った3人からお話を伺いながら食べる。

 

 必要無いといった割には白い髪の女の子は涎を垂らしながら俺のクラブハウスサンド(トマトのマヨネーズ和えと卵焼き)を見つめているけど。

 

「貴方のサーヴァントです」

「サーヴァント……ああ、もしかして昨日の夢でアヴェンジャーが言ってた……あれ待てよ、じゃあこれって夢、熱っ!」

 

 コーヒーが思い外熱かった。息を吹きかけながら話を続ける。

 

「夢じゃないみたいだね……あれ? 本物?」

 

「はい」

「って言うか、流石に鈍すぎない? 私達、大好きなマスターの可愛いサーヴァントなのに」

 

 小学生に罵倒された。地味に傷付く。恐らく次は致命傷なりえてしまうだろう。

 

「なるほど、俺がゲームで手に入れたサーヴァントが君達なんだね?

 春休みだから良かったよ。今日は親は2人で旅行中だから事情を説明せずに済んだし」

「いえ、私達はマスターにしか見えないので、もし仮にご両親がいても問題ありませんでした」

 

「……今更で非常に申し訳ないんだけど、自己紹介してもらえないかな?」

 

「ほんっとうに今更ね? ……私はクロエ、どうせ長い名前を言っても覚えないでしょう? 私が貴方のサーヴァントで、お嫁さんって事だけ覚えてくれたら良いわ、ね?」

 

 どうやらこの褐色少女は俺を狙っているらしい。自己紹介を頼んだだけなのにお嫁さん宣言までされてしまった。

 

「私はジャンヌ、ジャンヌ・ダルクです。宜しくお願いしますね、マスター?」

 

 金髪の甲冑の様なドレスを着た人はペコリと頭を下げた。個人的にはこっちの方が年が近そうだし優しそうなので好印象だ。彼女にすると目立ちそうなので、お付き合いはお断りだが。

 

「私はイリヤ! クロとは姉妹で、顔も似てるけど私がお姉さんなの!」

「誰がお姉さんよ。イリヤみたいなお子様じゃなくて、私が姉でしょう?」

 

 コラコラ喧嘩しないの。

 と、心の中で仲裁して置こう。うん。

 

「それで、君達の目的って何? 俺、聖杯戦争は令呪使い切って寝たい派なんだけど……」

 

「どんな派閥よ!

 そんな物騒な事に巻き込んだりしないわ。私はマスターの事が大好きだから会いに来たのよ?」

 

 小学生に大好きと言われて思わず照れる……なんて事はない。少なくとも人のアクビを見てカバなんて呼ぶ残酷な生き物に、俺が照れる事は無い。

 

「会いに来た、つまり大した用事は無いって事だよね?」

「そうなりますね」

 

「じゃあ、俺は部屋に閉じこもってるから、帰りたくなったら帰って良いよ」

 

 俺はそれだけ言うと席を立った。

 

「お皿、私が洗わせてもらいますね?」

 

 俺が取ろうとした皿をジャンヌは先に取った。そういう事ならお言葉に甘えよう。

 

「じゃあ、お願いするよ」

 

 俺はそれだけ言うとさっさと部屋へと戻った。家事を手伝ってくれるなら大歓迎だ。自由な時間が増える。

 

 

 

「…………ねぇ?」

「はい、なんですかマスター?」

 

「……頭撫でるの止めて、くすぐったい」

 

 俺のベッドの上に正座して膝枕をしてくれるジャンヌ、ご馳走様です。

 

「ふふふ……マスター、気に入って頂けましたか?」

「膝枕は人類の目指すべき究極の枕だと思っているよ」

 

「今日は存分に堪能していいですからね?」

 

 音声機能は枕には無用の長物、と考えていたが美少女の声という物には催眠効果があるのかもしれない。究極の枕の研究は進む。

 

 普段よりも幸福な気分で寝れて、素晴らしい気分だ。

 

 

「マスターさん……私以外の女の人の膝で、幸せそうにしてるなぁ……」

 

 イリヤは扉の隙間から自分のマスターを見つめていた。

 

「私の能力が制限されてなかったら、あんな人、直ぐに蒸発させれるのに……」

「イリヤ、物騒な呟きが漏れてるわよ……気持ちは分からなくも無いけど」

 

 少女2人はこの状況を何とかしようと話し合いを始めた。

 

「ジャンヌさんも今は病んでるんだし、流石に本性を暴き出せばマスターも引くでしょう?」

「じゃあ、ジャンヌさんを思いっきり嫉妬させて、本性を暴き出すの?」

 

「そういう事よ。ついでにマスターへのアプローチもして一石二鳥ね」

 

「わ、私が先に行く!」

 

 イリヤの提案にクロエは内心ほくそ笑んだ。

 イリヤが失敗してから自分が行けばいいと、甘えん坊な彼女を焚き付ける事に成功した事を喜ぶ。

 

「良いわよ、譲ってあげる」

 

「うん! ま、マスターさん!」

 

 クロエは高みの見物だと部屋の中を覗く。

 

「私も何か手伝いたいの!」

「んー……もう少しで寝れたのに……

 もう枕はあるしなぁー……あ、抱き枕って試した事無かったな。ちょっと横来て」

「う、うん!」

 

「……え?」

 

 まさかの展開に驚くクロエ。そんな彼女1人を置き去りに、イリヤは自分のマスターのベッドに寝転がると、マスターに抱き着かれた。

 

「ひゃぁ!?」

「あんまり騒がないで……耳元だから響く」

 

「あ……ごめんなさい」

 

 美少女の膝に頭を乗せ、美少女を抱きしめた彼女らのマスター、陽日(ようひ)は率直な感想を述べていた。

 

「うん、思ったより丁度いい。やっぱり人間、人肌が最高の体温なんだなぁ」

 

「はぁわわわ……!」

 

 両手でイリヤの体を抱きしめ体と体が接触しているのにも関わらず、陽日はまるで気にした様子は無い。

 

 膝枕をしていたジャンヌも徐々に機嫌が悪くなって来たが、それよりも蚊帳の外であるクロエの方が既に静かにデットヒートしていた。

 

「…………許さない、私を裏切ったわね、マスター、イリヤ……」

 

 

 

「マスターさん、寝ちゃったね」

「ええ、そうですね……」

 

 ポツリと呟いた2人は同時に顔を見合わせた。

 

『…………』

 

「あー! ジャンヌさん、聖処女なのにエッチな事考えてるでしょう!」

「か、考えてませんよ!」

 

 イリヤはマスターの顔を見て笑う。

 

「でも、私はマスターさんとこんなに近いから、キスだって――」

「させません」

 

 手を置いてジャンヌはイリヤの唇を遮った。

 

「ん……! 邪魔しないで下さいジャンヌさん!」

「マスターのくちづけを受けるのは私です。勝手に奪わせません」

 

「マスターさんは私を選んだんです。こんなに抱き締めて離さないのがその証拠です!」

「いいえ、マスターは私の事が好きに決まっています! 先程からずっと顔をこちらに向けて寝ているんですよ!」

 

 2人の言い争いは最初こそ声量を気を付けていたが今ではそんな気遣いも無くなりそうだった。

 

「こうなったら――」

 

「…………ぅるさいとぉ……追い出……」

『っ!!』

 

 突然聞こえてきた寝言に2人は驚き思わず体は硬直した。

 

『…………』

 

「ぎゅー……」

「ふふ……」

 

 喋らなくなったマスターを見て、2人は言い争うのをやめた。

 

 

 

「……お昼、作らなくちゃなぁ……」

 

 ジャンヌとイリヤのお陰で普段よりぐっする寝れた気がする。今は2人共寝てるし起こさない様にベッドから出た。

 

「そういえばもう1人……クロエ? って娘が来なかったけど、どうしたんだろう?」

 

 そんな疑問を口にした俺が部屋から出るといい匂いが鼻を突いた。

 

「……カレーかな?」

 

 取り敢えずキッチンに向かう。

 近付くたびに匂いがはっきりと感じられ、リビングに着くとクロエがいた。

 

「……あら、マスター? 起きたのね」

「うん、クロエはカレーを作ったの?」

「ええ、私が貴方のお嫁さんだもの、当然よ」

 

 微笑むけど、露出アピールの為に屈んだりしないでもうちょっと子供っぽく笑えないのだろうか?

 

「はい、どうぞ召し上がれ!」

 

 盛り付けられたお皿を受け取り、椅子に座ると早速食べる。

 

「……ん、美味しいね」

「でしょう? もっと食べて良いわよ」

 

 クロエはキッチンを離れ、リビングを出て行ったが俺は構わずカレーを食べ続ける。

 

 シーフードカレーなんて小学生の給食位でしか食べなかったので久しぶりだ。

 

「……ホタテが入ってるけど、食材って何処から持ってきたんだろう? ……まあいっか」

 

 あんまり考えると面倒そうなので考えない事にした。

 

「ふーふー……美味しいけど……辛い」

 

 今日の昼食は食べ終わるのに時間が掛かりそうだ。

 

 それでも皿一杯のカレーを水と交互に食べては飲み込んだ。

 

「中辛……だと思うけど水が少なかったんじゃないかな……もう一杯飲んどこ……」

 

「あら、食べ終わったかしら?」

 

 キッチンで辛さを和らげようと水を飲んでいた俺の元にクロエが戻ってきた。心なしか、先よりも元気な気がする。

 

「うん、美味しかったよ」

「良かったわ。貴方の胃袋は掴めたみたいね」

 

 小さく微笑んだクロエはスルリと俺に近付いて来た。

 

「今度はハートを頂くわ」

 

 有無を言わさずにキスされました。

 

「んっちゅ……ふふふ、マスターの初めて、頂きね?」

 

 俺は嬉しそうに笑う彼女に謝った。

 

「……ごめん、いきなりキスされた衝撃よりもカレー食べた後でキスさせちゃった罪悪感が心の大半を占めちゃった」

 

「なんでよ!? キスに驚きなさいよ!」

 

「いや、小さい女の子とのキスは初めてじゃないし、8歳年下の従妹にされた事とかあるからあんまり動揺しない」

 

「しなさいよ!」

 

 キスする直前の昼食にカレーを作る方が悪い。大体、小さい子とキスして騒いだら逆にロリコンみたいじゃないか。

 

「あーもう! こうなったら縛ってやる!」

 

 言いながら出現させた鎖で俺の体と腕を纏めて縛った。

 

「……その年でSMプレイはお兄さん感心しないよ?」

「そんな酷い事する訳無いでしょう? 貴方が勝手に私から離れて他の女と会わない為の拘束よ」

 

 小さいのに見事な独占欲だ、思わず感心した。

 

「ふーん……あの、これ痛いから外してくれる?」

「だーめ♪」

 

 困ったな……これじゃあ洗濯物が出来ないし買い出しも行かないと夕飯が作れないし……

 

「……じゃあ洗濯物、干させてくれない? シワになると母さん、凄く怒るんだ」

「っはぁ!? そんなもの朝にやっておきなさいよ!」

 

 ごもっともだけど休日の朝は寝て過ごすのが俺の過ごし方だ。

 

「私がやってあげるわ! だけど、それまで縛ったままだからね!」

「せめてこれ緩めてください」

 

「ハイハイ!」

 

 逃げられないけど締め付けられる鎖の痛みはなくなった。クロエはそんな俺を置いて一目散に洗濯物を干しに行った。

 

「……はぁー……妙な事になったけど、なんか普段より楽だな、俺。こんな感じなら、毎日来てもらう事って出来ないかなぁ?」

 

 鎖に縛られたまま地面に寝転がって、そのままそっと瞳を閉じた。

 

「鎖がジャラジャラするけど……これはこれでいいか」

 

 

 

「さぁマスター! 洗濯物も終わったし今度こそ楽しい事、させて貰うわよ?」

 

「ん……ジャンヌ、膝枕ぁ……」

 

「……寝言ですら他の女の名前を出して……!  良いわ、寝てる内にあんな事やこんな事を……」

 

「クロ!」

「クロエさん!」

 

「っ、イリヤにジャンヌ!」

 

「良くも寝てる私達から魔力を奪ったわね!」

「マスターへ捧げる私の唇を……!」

 

「今度はマスターの魔力を頂くわ。この世界で魔術を使うには大量の魔力が必要。貴女達から奪った魔力はもうスッカラカンだしね」

 

「っ、させない!」

「ええ、絶対にです!」

 

 

 目を覚ましたら目の前で3人の美少女が喧嘩してた。

 

(面倒だな……あ、鎖なくなってる)

 

 俺はそっと起き上がると3人にバレないように部屋へと向かう。

 

「あ、マスターさん!」

 

 ミッション失敗。

 イリヤに気付かれて3人ともこっちを見てくる。

 

「……俺、買い物行くんだけど誰か一緒に来る?」

 

 3人の視線に耐かね、そろそろ買い物に行きたかったので誘ってみる。

 

「行くわ!」

「行きたいです!」

「行きます!」

 

 どうやら正しかった様で、険悪な雰囲気だった3人は同時にそう言った。

 

「じゃあ、俺着替えるから」

「あ、じゃあ私が手伝ってあげるわ」

 

 そう言ってクロエは俺の隣を着いて歩き一緒に部屋まで……は入れさせない。

 

「はい、そこで待っててね」

 

 パタリとドアを閉めてさっさと着替える。あの年で痴女の片鱗が見えるんだから、お兄さん心配です。

 

「じゃあ、買い出しに行こうか」

 

 

 

「ただいまぁー」

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 夕食の買い出しのみならず、4人分のおやつまで買って家に帰って来たが、3人は元気が無かった。

 

 街の中では最初に言っていた様に誰にも見える事は無かったのでトラブルが起きる事も無く、俺は大変安心していたが3人はご覧の通り帰り道は無言で歩いていた。

 

「じゃあ、俺は片付けて来るから」

 

 荷物を持たせる事もさせなかったので疲れている訳では無いだろうけど、商店街を通った辺りからこの状況だ。

 

「……マスター」

 

「? どうしたのジャンヌ? 片付けなら1人で――わぁ?」

「――駄目ですよ……誰にでも頼るなんて……」

 

 いきなりジャンヌは俺の背中に抱き着いて来た。片付けが出来ない……

 

「誰でもって……」

「道端でも、商店街でも色んな女性にも声を掛けて頂いていましたよね? 値引きにお茶に誘われて……」

 

 自慢ではないけどこの警戒心のない顔と礼儀の正しい口調のお陰で顔を覚えて貰った人には優しくしてもらっているのは確かだけど、お茶は別だ。アレはただの逆ナンパと呼ばれる迷惑行為だ。

 

「マスターは私を頼って、私だけを頼れば良いんですよ……ね?」

「いや、ねって言われても……」

 

「私じゃ駄目ですか? 膝枕だけの都合の良い女が良いんですか?」

「いや、そこまで言ってないけど……」

 

「ジャンヌさん、マスターさんの邪魔しないで下さいよ。マスターさん、この買い物、何処に入れれば良いんですか?」

 

「えーっと、そこの棚にお願いします」

 

 ジャンヌを剥がしたイリヤは俺の代わりに荷物を片付け始める。

 

「……何ですか? 今度は私の邪魔ですか?」

「……私がやります、マスターのお邪魔をしてしまったんですから、私が全て……」

 

「離して下さい。マスターさんに任されたのは私ですよ?」

「駄目です、マスターの全ては私が気を付けます」

 

「2人共……喧嘩なんてしないで、ね?」

 

 俺は喧嘩する2人の間に入って袋の中に入っていた買い物を棚の中にパパっと入れた。

 

「あ……」

「あ……」

 

 何故かショックを受ける2人。何故だ?

 

「マスター、お菓子は机の上に置いたわよ。早く食べましょう?」

「あ、うん。今行く」

 

 クロエに呼ばれて机の方へ向かう。

 

「ほら、2人も」

 

 俺は2人に声をかけるが反応は無い。クロエは机ではなく俺の前に立っていた。

 

「……クロエ?」

「ねえマスター? 3人のお姉さん達に声を掛けられた後、私、居なくなったわよね?」

 

「うん、そういえばそうだね。何処行ってたの?」

 

 クロエは小さく微笑むと、俺の耳元で囁いた。

 

「魔力補給、お姉さん達の唇、頂いて来ちゃった」

 

「……はい?」

 

「本当はマスターに遊び感覚で近付いてくる女なんて嫌だったんだけどね、魔力を奪えばちょーっとだるくなるし、罰にはちょうどいいかなーって思ってね?」

 

 そう言ってクロエは何やら呪文を唱えると再び鎖が出現する。

 

 今度は両手両足に1本ずつの計4本が俺を縛る。

 

「またマスターに逃げられたら嫌だからね?」

「あのー……何する気ですか?」

 

「ふふふ、もしかしてマスター、期待してる? 小学生の私に、あんな事やこんな事されちゃうの、期待してるの?」

 

「出来ればして欲しくないんだけど……」

「ざんねーん、しちゃいまーす」

 

 クロエが笑って俺に近付き、そっとズボンのチャックに手を伸ばす。

 

「……!? い、イリ――むぐっ!?」

 

 だけどそれより早くイリヤがクロエの後ろから近付き唇にキスをした。

 

「ん……っちゅ……」

「〜〜!?」

 

 此処から見えないけど長いから恐らく深い方している……小学生同士で。

 

(鎖で縛られたまま女の子同士のキスを見せ付けられているこの異常な状況……本当に現実なのか疑いたい)

 

「っぷはぁ! 何時ものお返し……ぜーんぶ私が貰ったわよ」

「っちょ……! か、返しなさいよ!」

 

「えへへ、マスターさん。今すぐマスターさんを開放するね?」

 

 イリヤが触る鎖があっという間に消えていき、俺は自由の身となった。

 

「怪我は無いですか?」

「うん、ありがとう」

 

「あ、あの……撫でてくれませんか?」

 

 そう言って頭を少し下げる。俺はその頭そっと右手を乗せて動かした。

 

「マスターさんの手……もっと撫でて下さいね?」

 

「……もう良い?」

 

「もっとです!

 私、良い子なんですよ?

 マスターさんが、ナンパされる度に女の人をどうしようかって思ったけどちゃんと怒りを沈めたし、買い物だってお片付けしましたし……

 クロにマスターさんが縛られてる時だってマスターさんにえ、エッチな事……したかったけどしないで助けてあげましたよ? もっともっと、撫でてください、褒めて下さい!」

 

「ああ、うん……拗らせてるね」

 

 だるいけどイリヤの頭を適当に撫でた俺は嬉しそうに頬を緩める彼女を見てもう良いかと手を離した。

 

「……マスターさん?」

「もう良いかな? 俺、部屋に戻るね」

 

「……りないです」

 

「え?」

 

「まだ、足りないです」

 

 イリヤは若干頬を膨らませて俺に擦りついて来た。

 

「マスターさん、お部屋に戻るならまた休むんですよね? 今度は私が膝枕してあげます。そしたら、もっと褒めてくれますよね?」

 

 イリヤちゃん、何か変なスイッチ入っちゃったみたいだ。

 

「膝枕……お願いしようかな?」

 

 でも膝枕は魅力的だ。

 

「やったぁ! マスターさんに頼られた!」

 

 喜ぶイリヤと共に俺は部屋へと入った。

 

 

 

「うーん……油断、て言うか警戒を放棄したのが悪かったね、この場合」

 

 部屋に入ったイリヤは俺をベッドに押し倒すと見下す様に俺の前に立った。

 

「男の人って、気持ちいいのが好きだってクロエが言ってたから……あ、あんまり良く分からないけど、精一杯、頑張ります!」

 

「ごめん、出来れば何も頑張らないで。もっとエッチな事を我慢して」

 

「私、もしかして凄くエッチな子なのかなぁ……でも、マスターさんは喜んでくれますよね?」

 

 ベッドに押し倒されただけなら良かったけど体がベッドに貼り付いたのか、体は微塵も動かせない。

 

「……先ずはズボンを下ろす所から……でも、先にキスでマスターさんを骨抜きにしないと駄目なんだよね?」

「俺に聞かないの。何もしないで自由にして下さい」

 

「やっぱり、素直になるには気持ち良くさせちゃえばいいんだね? て、手で擦れば良いんだよね? ……うん、頑張る!」

 

「誰かー、助けてー」

 

 正直若干諦めてます。こんな魔法みたいな事出来る娘を相手にどうしろって言うんだ。

 右手が赤く光ったけど血が出てる訳じゃないよね?

 

 そんな心配をしていると、いつの間にかジャンヌが俺の前に現れていた。

 

「……ます、たー……?」

「なんで現れたかイマイチ分からないけど、お願いします。助けて下さい」

 

 困惑気味の彼女に申し訳ないが俺は早速助けを求めた。

 

「また他の女の人……! 邪魔!」

 

 イリヤは何処からともなく何かステッキっぽい物を出すと、あっという間に魔法少女の様な衣装に早着替えした。

 

「私の全力で、終わらせる!」

 

「マスター! 私に力を!」

「良くわからないけど……頑張れ!」

 

 また赤く光る俺の右手。ジャンヌはその手に旗を持つ。

 

「これが私の全て! クウィンテットフォイア!!」

 

 何か物騒な光線を放って来た。

 真っ直ぐ飛んでくる見るからに強力そうなそれをジャンヌは旗で受け止めた。

 

「魔力が足りてない様ですね!」

「う……拘束魔法に使い過ぎた……! だけど、まだ!」

 

「…………温い炎です。マスターを燃やさない様にと手加減をしているみたいですが、この程度で焼ける程私はか弱くはありません!」

 

 ジャンヌは余裕そうに受け止めてくれている。良かった。

 

「……なら、マスターさんと一緒に燃えて下さい!!」

 

『筋系、神経系、血管系、リンパ系――疑似魔術回路変換、完了!』

 

「正真正銘、これが私の……! クウィンテットフォイア!!」

 

 何かヤバそうなのがイリヤの杖から放たれる。ジャンヌも苦い顔をする。

 

「ならこちらも――リュミノジテ・エテルネッル!」

 

 なんの知識の無い俺でも分かる。

 これは激しい攻防だ、って事くらいは。

 

 

 

「マスター……私を頼って下さったんですね?」

「まあ、来てくれて助かったよ」

 

 小学生にどうこうされる事無く終わってくれて本当に助かった。

 

「これからも、もっと私に頼って下さいますか?」

「うん」

 

 今回の教訓としては取り敢えず肯定するして置かないと痛い目を見るって事が分かったので頷いておこう。

 

「では、早速食事をお作りしますね!」

「うん、俺は大人しくしておくよ」

 

 と言う訳で食事を作る時間もリビングのソファーに寝っ転がる楽しい時間になりました。

 

 なおクロエとイリヤは魔力を使い過ぎてダウン中らしい。取り敢えず適当な部屋に鍵を掛けて放り込んでおいた。

 

 テレビを見ているとカチャカチャと食器の音が聞こえてきた。

 

「シチューが出来ましたよ、マスター」

 

 食べ終わって席を立つ。

 

「お皿は洗わせて下さい、マスター」

 

 番組が終わってソファーから立ち上がった。

 

「お風呂が湧きましたよ、マスター」

 

「タオルとお着替えを用意しましたよ、マスター」

 

「膝枕をどうぞ、マスター」

 

 ……うん、もう夜中でもう直ぐ帰るとはいえ中々の堕落人間製造機……

 

 ジャンヌの膝の上でそう思った。

 

「マスター……快適ですか? 何か不満はありませんか?」

「全然無いよー……ん……そろそろ寝ようかな?」

 

「では、部屋までお運びしますね?」

 

 俺を持ち上げると部屋にまで運んでくれる。

 

「……あれ? 膝枕はしてくれない?」

 

「いえ、今度は抱き枕です。失礼します」

 

 ジャンヌはそう言うと俺のベットに入り込んだ。

 

 小学生よりも一部柔らかそうなのでちょっと抵抗はあったが、抱きしめると先より全然良いかもしれない。

 膨らみって、大事だったのか。

 

「……愛してますよ、マスター」

「うん……ありがとう…………」

 

 耳元で囁かれ、ウトウトし始める。俺は耳が弱いのか。

 

「……私の声、聞きながら眠って下さいね?」

「……うん…………」

 

 

 

「大好きですよ、マスター」

「愛してます」

「ずっと一緒です」

「離れません」

「頼って下さい」

「捧げます、この身全てを」

「今日も頑張りましたね」

「休んで下さい」

「瞳を閉じて」

「愛してます」

「愛してます」

「求めて良いですか?」

「愛してます」

「明日はもっと一緒です」

「隣にいさせて下さいね」

「愛してます」

「信じてます」

「愛してます」

「これからは毎日、一緒にいましょうね」

 

 

「うん……うん…………うん」

 

 よく聞こえないけど取り敢えずの相槌を打ちながら、眠りについた。

 

 

 

「――て、事があったからアンインストールしようと思うんだけど」

 

「いやいやいや、勿体無いから。星5サーヴァント2人だぞ? あとそのヤンデレ・シャトー展開が羨ましい」

 

「ヤンデレ・シャトー? 何でもいいや、俺はアンインストールする。ヤンデレとか恐ろしいし」

 

「じゃあ、何が好きなんだ? 俺がおすすめのゲームを教えてやる」

 

「んー……そうだなぁ……」

 

「モンストなら友達作りが出来るかもな」

 

「……あ、そうだ。

 俺の身の回りの事、全部気を付けてくれる金髪美少女のゲームがいい」

 

「おま……そんなヒモみたいな主人公のゲームなんかあったか……? て言うか、お前がそんな目立つ色の髪が好きなんて意外だなぁ」

 

 調教されてしまった事にはまるで気付かず、俺はきっとこれからも、彼女の面影を追いかけ続けるのだろう。

 

 寂しくはないけど、ふとした拍子に思い出す程度には。

 

「あ、やっぱり黒髪メガネで」

「地味好きは健在だな……」

 




イースターですね。
私の住んでいる国ではチョコが貰えますので当分、糖分に困りませんね。(寒い)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ女神と救いの手【1周年記念企画】

今回の設定は当選者綺玲さんが送って下さいました、バビロニア編のお話となっております。
オリジナルサーヴァントも登場しておりますので、苦手な方はご注意下さい。


 俺は岸宮切大、最近ヤンデレ・シャトーと言う悪夢のせいで寝ているのに寝た気がしない生活を送っている高校1年生である。

 

 今突然こんな自己紹介をしたのは理由がある。

 

 今日もそのヤンデレ・シャトーに入り込んだのだがアヴェンジャーが説明役をポイコットしたのか、なんの説明も無しに見た事のない場所で立ち尽くしていた。

 

「……何故俺は此処にいるんだ……?」

 

 っく殺編で女神達に搾り取られた魔獣戦線バビロニアにやって来てしまったのだ。

 

 どうやら現在地はギルガメッシュがキングゥと言葉を交わした例の丘の様だが、辺りを見渡しても誰もいない。

 

「……? なんか……町が……」

 

 丘の上から街を眺めて漸く気が付いた。

 

 人類悪の被害にあった様子がまるでない。泥も無ければ牙も発動していない。

 

「……これは、人類悪と戦う前のバビロニア?」

 

 そう結論付けようとしたが、直ぐにそれが間違いだった事を知る事になった。

 

「あら、こんな所にいたのね」

 

 振り返ると自分の宝具に乗って飛んで来た女神、イシュタルが着陸していた。

 

「イシュタル……」

「ビーストとの戦いも終わって、ラフ厶と化していた人々も皆、元に戻ってきた。

 それを祝う宴はこれからなのに、救世主様は独りこんな所で黄昏てるなんて……」

 

 そんな事になっていたのか。

 そもそも人間が皆ラフムから元に戻ったなんて、Fateらしからぬハッピーエンドだな。

 

「いや、別に……ちょっと考え込んでただけだ。もうなんとも無いよ」

 

 どんな方法で此処までの展開になったかは気になるが、きっと凄い奇跡の連発だったんだろうなぁ、となんとなくで納得する事にした。

 

「じゃあ、私があそこまで送ってあげるわ」

「うおっ!」

 

「しっかり抱き着いていなさい」

 

 イシュタルは俺を掴むと自分の弓で空を駆けてウルクの街の中心へと向かう。その速度に振り落とされない様に俺は背中から彼女をしっかり掴む。

 

「……所でマスターは此処から地上まで自力で降りたり……出来ないわよね?」

 

「何だ薪から棒に。

 生憎、そんな超常的な能力は持ち合わせていない」

 

 俺はその質問に嫌な予感しかしないんだが……

 

「それじゃあ、高度数百mを飛行中のマアンナに乗っている限り、私の元を離れたりしない訳ね」

 

 そう言ってニヤリと笑うイシュタルはマアンナの速度を上げた。既にウルクで今一番盛り上がっているであろう城前広場を通り過ぎている。

 

「ま、まさか……?」

 

「あら、祭りなんて女神の私と契りを結んでからでも良いでしょう? 私と貴方が結婚するなんて知ったらあのギルガメッシュも間抜け面を晒して祝ってくれるわよ、ウルク総出でね」

 

「いや、冗談キツイんで――んっ!?」

「っん、ふふふ……女神の私が婚約を申し込んでいるのよ。逃げちゃ、ダ・メ」

 

 イシュタルは俺の唇を奪うと愉快そうに微笑んでから前方へと向き直り、ウルクの外、否、俺との未来を見据え始めた様だ。

 

「旅行は何処が良いかしら? この時代でも良いけどカルデアに行ってマスターにリードされてみたいなぁ……なんて、思わなくも無いんだけど?」

 

「あははは……(だったらガチャで出てくれ)」

 

 心の中でツッコミを入れている間にも2人を乗せた弓はウルクの外へ外へと飛んでいく。

 

「先ずは何処が良いかしら? あ、最初はやっぱり柔らかいベッドが良いわよね? それとも、森の中で獣みたいなスタイルが良いのかしら?」

 

「誰か助けてぇ! この女神様マジで怖い!」

 

 

 

『――って、事でこっちからモニタリングは出来ないんだけど切大君がイシュタルに攫われたのは間違いないね』

 

「先輩が!?」

「あの駄女神、遂にあのマスターを力づくで奪いに行くか。まあ予想はついてはいたのだがな」

 

 ダヴィンチからの通信によりマスターの現状を理解したマシュ、ギルガメッシュ、そしてエレシュキガル。

 

「な、何ですって!? マスターを攫った!?」

 

「ほぅ……どうやら助けに行く手間が省けそうだ」

 

 エレシュキガルの反応を見てギルガメッシュは街へと足を向けた。

 

「ぎ、ギルガメッシュさん!?」

 

「エレシュキガルがやる気になったのだ、あの駄女神も直ぐに捕まるだろう。そんな事よりも我は疲れた。宴が盛り上がる夜までに寝る。

 ……そうだな、お前達の寝ていた宿に案内しろ。城の方は空砲やら楽器やらで寝られたものでは無い」

 

 マシュはそんな呑気な事を言うギルガメッシュに唖然とするが渋々案内を遂行する。

 

 その場に1人残されたエレシュキガルはイシュタルの追跡を開始した。

 

「必ず捕まえてやるわ! 待ってなさい、イシュタル!」

 

『位置は把握しているが今も高速で移動中だよ。どうやって捕まえる気だい?』

 

「私は冥界の女神。この間は地上をぶち抜いてこっちまで来たから、今度はこっちが引きずり下ろしてやるんだわ!」

 

 

 

「……さてと、此処でいいかしら?」

 

 イシュタルはアマンナでの飛行を止め、森の中に降り立った。

 

「ま、マジかよ……」

 

 着陸した地点には湖があり、イシュタルは元々そんなに無かった布面積を脱ぎ捨てて、湖に浸かり始めた。

 

「あんまり見ちゃ駄目よ? 私の水浴びの間に1人で果てちゃったら許さないんだから」

 

 イタズラっぽく笑いつつ、その肢体を水に沈める。行為前の余裕ある女性の表情だ。

 

「……逃げるのも駄目よ?」

 

 もう遅い。忠告や行動を起こされる前に瞬間強化でこの場を離れようと全力で疾走した。

 

「あらら、そう言う態度を取るの? なら――!?」

「おわぁ!?」

 

 イシュタルが何か仕掛けたか。

 俺はそう思ったが人間が入れそうな程の大きさの穴に落ちている様を見て、イシュタルは驚いている。

 

「――させるか!」

 

 穴に落ちそうな俺目掛けて弓を放ったイシュタル。その一発で俺の礼装だけを貫き、その衝撃で俺は穴から弾かれる様に地面に吹き飛ばされた。

 

「ぐふっ!?」

「咄嗟だったからやり過ぎたわね……って、それよりもこの陰険な落とし穴はまさか……」

 

「誰が陰険よ!」

 

 たった今落ちそうになった穴から金髪のイシュタル、もといエレシュキガルが現れた。

 

「私のマスターを何処に連れて行く気よ!」

 

「何時から貴方の物になったのかしら。日陰の女には人理の守護者なんて眩し過ぎる肩書きを持った彼は似合わないわよ」

 

「こんな真似しているアンタが一番相応しく無いでしょう!」

 

 髪の毛の色以外全く同じ姿の女神2人が争いを始めているのでこの隙に逃げさせて貰おう。幸い、先の瞬間強化はまだ生きてる。

 

「兎に角、ウルクに戻らないとな……!」

 

 森の中をジグザグに移動しつつ、俺は2人が追ってこない事を確認すると、一旦木の陰で身を隠した。

 

「はぁ……あの飛行速度で結構離れたもんな……このままのペースで今日中に着くか怪し……ん?」

 

 息を整えつつ辺りを見渡すと、木々の間に赤黒い、まるでヘドロの様な液状物が大きな水溜りを作っていた。

 

「……ま、まさかケイオスタイドじゃないだろうな!? 冗談じゃない!

 ヤンデレ女神大集合的な感じでティアマト復活とか笑えないぞ!?」

 

 俺がそんな最悪を想像していると、頭上から僅かな輝きが目に映り込んだ。

 

「っ――!」

 

 回避。上空から放たれた矢を紙一重で、回避させられた。

 

「見つけたわよマスター? 駄目じゃない、女神の私から逃げるなんて?」

「逃げないで、貴方は私が守るから……」

 

 空中からイシュタル、地下からはエレシュキガルが現れ、後ろは木で包囲されてしまった。

 

「ま、待て! 実はそこにケイオスタイドらしき物が!」

 

 慌てて俺は先の黒い水溜りを指差す。

 

「……無いわよ、何処にも」

「え? あ……」

 

 無い。いつの間に消えたのか?

 

「そんな小賢しい嘘まで吐いちゃって、マスターったら可愛いわね。

 もっと頂きたくなったわぁ……」

 

「嘘は駄目よ、マスター。私の世界、冥界では真実だけで生活させるだわ」

 

 万事休す。こうなったら一番近いエレシュキガルをガンドで――

 

「――!? っく!?」

 

 一瞬で、俺の視界にフードを深く被った誰かが映り込んで来た。

 

「…………へ?」

 

 俺の前で槍を構えるエレシュキガル、そこに入り込んだのはマントとフードで顔何処か体すら包み隠した、刃も柄も全て同じ黒で統一された剣を持つ謎の男。

 

「何者よ、貴方」

「ゼア、だ」

 

 ゼア、そう名乗った男は剣をその場でイシュタルとエレシュキガルの前で素振りする。

 

原初の形(ケイオスタイド)

 

 呟きと共に素振りした剣はドス黒い泥となり2人襲い掛かった。

 

「っちょ!?」

「っな!?」

 

 ケイオスタイドに触れれば強制的に黒化する。それを知っている2人は慌てて魔力で防御するが咄嗟だったので数滴程付着した。

 

「っぐぅ……!? 体が……!」

 

「ま、マアンナ!?」

 

 エレシュキガルはその場に倒れ込み、イシュタルの宝具は何故か停止し、落下を始めた。

 

「……行くぞ」

「お、おわ!? ど、何処にだよ!?」

 

 謎の男は俺を引っ張るとウルクの方向へと走っていった。

 

 

 

「此処で良いか……」

「だ、誰なんだアンタ一体……?」

 

「俺は……」

 

 俺が自己紹介を求めると、その男はフードを脱いでゴルゴーンやアナを思い出させる紫色の髪を見せた。

 

「え……?」

 

「サーヴァント、アサシン。名前はゼアだ。短い間だが、宜しく頼む」

 

 髪の毛の色こそ珍しいが、その顔はぐだ男、つまり今の俺にそっくりだった。

 

 

 

「ケイオスタイドに呑まれたゴルゴーンが生み出した、ラフム……?」

「ああ……だが、それと名前、そして……何故かマスターを助けなければと言う思いだけが、俺にある全てだ」

 

 遂にホモォ……路線に変更したのかと思ったが、どうやら違う様だ。まあ、ホモだったら自害させる自信があるけど。

 

「まあ、お前については追々だな、兎に角ウルクを目指そう」

「分かった」

 

 俺はゼアと共に歩き出した。

 

「っ!」

 

 が、1分も経たない内にゼアの動きが止まった。

 

「……来る!」

 

 慌てて上を見上げる。だがイシュタルは見えない。

 

「なら下か!?」

「いや、後ろだ!」

 

 ゼアの声で振り返ると大量のゴーストがこちらに襲い掛かってきた。

 

「っは!」

 

 ケイオスタイドを鎌に変え、ゴーストを切り裂く。

 切り裂いたゴーストの体にはケイオスタイドが残り、蠢く。

 

生命は反転する(ケイオスタイド)

 

 ゼアがそう呟くと蠢いていた泥は激しく動いてゴーストを侵食、黒く染めた。

 

「足止めを頼む」

 

 黒いゴーストが数秒前の自分と同じ姿のゴーストヘ襲い掛かり、更に自身の数を泥から生成し増やしていく。

 

「これ環境汚染とか、そう言うのは大丈夫なのか!?」

 

 逃げながら俺はゼアに聞く。

 

「安心しろ、そこら中の物を見境無く侵食できる訳じゃない。アレは女神ティアマトではなくラフムである俺の魔力で出来ている、世界に喧嘩を売れる程強い影響力はない」

 

 それは本当の様で、ゴーストから零れたケイオスタイドは地面に落ちるとスーっと消えていく。

 

「それよりも、あの女神2騎は厄介だ。空と地下、どちらも人間が普段気にも止めない空間、警戒が難しい」

「そうは言うが、常に動き回るぐらいしか対処法が無いだろ!

 あの2人をケイオスタイドで侵食してなんとか出来ないのか?」

 

「難しいだろうな。女神をオルタ化するには令呪が10画有っても十数分程の時間が必要だろう」

 

「くそぉ……敵だと途方も無いほど厄介なのに、味方だとそこまで弱体化するか!」

「酷い言われ様だな……だが足止めならば数滴当てるだけで出来る。まあ、先の1回でもう警戒されているだろうがな」

 

「やっぱりだめじゃねぇか!」

「見つけたわよ!」

 

 上空から聞こえる声、女神の影が俺へと迫る。

 

「っはぁ!」

 

 だがそれより早くゼアがケイオスタイドの槍を投げる。投げられた槍は形状を維持出来ずに泥になるが、逆にそれが回避を困難にする。

 

「……! っく!」

 

 ケイオスタイドを警戒していたイシュタルは更に上空に飛んで回避した。

 

「っち、やはり当たらないか」

 

「マスターの姿をしたサーヴァント、いえ、この感じはラフムね。

 全く……妙な者にばかり好かれるわね、マスター」

 

 当然ながらイシュタルもその妙な者の1人だ。

 

「だけどマスターを守るのは私の役目よ? 勝利の女神ですもの、彼の側には私が相応しいでしょう?」

「いいえ、私よ!」

 

 イシュタルの言葉に反論しながらも、地下からエレシュキガルは姿を表した。

 

「冥界での戦いで全てを許して、全てを与えた私以上にマスターの妻に相応しい女はいないわ!

 ……大丈夫、週に1回、1時間だけ地上に帰る時間をあげるわ」

 

「……本当に、面倒な奴らだな」

 

 ゼアは再び泥を生み出すと、その形を自分自身と同じ姿にした。

 

「足止めだ」

「了解」

 

 武器を持った分身はイシュタルとエレシュキガルへと襲いかかり、ゼアは俺を掴むとその場から全速力で離れる。

 

「あ、アレで足止め出来るのか!?」

「ティアマトと違って成長する事は無いが俺と同じ強さだ。数分保てば――」

 

「逃さないわよ!」

 

「――良い方だったなぁ」

「はえぇよ! 弱すぎるだろ!」

 

 イシュタルは直ぐに俺達を追ってきていた。

 

「遠距離攻撃が槍の投擲しかない時点で上空にいる女神は無理なんだよ」

 

 文句を言ってもイシュタルは止まらない。

 

「良し、ウルクの外壁だ!」

 

 それでも漸くウルクの壁が近くまで見えて来た。

 

「だが、そもそもウルクに入っても奴らの追跡は止まるのか?」

「そこは聞かないでくれぇ……ええい、最悪ギルガメッシュ王に匿ってもらうしかない!」

 

「そこまでよ!」

 

 突然、目の前の地面からエレシュキガルが現れた。

 咄嗟に方向転換しようとするが、足が動かなかった。

 

「しまった、ゴーストが!」

 

 見れば足をゴーストに掴まれ俺とゼアは動けなくなっていた。

 

「ふふふ、もう逃げられないだわ。大人しく冥界に来てもらうだわ! ……ああ、連れて行ったらどんな事をしようかしら……」

 

「っち、させないわよ!」

 

 エレシュキガルに俺達が攫われると見てイシュタルはエレシュキガルに狙いを定め始める。

 

「【ガンド】!」

「っは!」

 

 俺とゼアは直ぐにゴーストを退かして、イシュタルの攻撃から逃れる。

 

「っは!」

 

 ゼアは俺を掴むとウルクの入り口を探す為に壁に沿って走る。

 

「おわぁあぁ!」

「口を閉じろ、噛むぞ!」

 

 お決まりのセリフと共に徐々に速度を上げていく。女神達はどうやら追ってきて無い様だ。

 

 

 

「た、助かったぁ……」

「先輩!」

 

 ストーリーで世話になった宿屋に入ったらマシュに抱き着かれた。

 

「ご無事で何よりです…………ごほん、ど、どちら様でしょうか?」

 

 恥ずかしがりながらもゼアへと向き直って自己紹介を求めた。

 街中で混乱を避ける為に被ったフードを取って、マシュを見る。

 

「初めまして、マシュ・キリエライト。アサシンのサーヴァント、ゼアと言う」

 

「え……? 先輩、そっくり……!?」

「何でも、ラフムだそうだ」

 

「ら、ラフム!? この方がですか?」

 

「まあ、俺のコピー……みたいな感じだろうな」

 

 ラフムと聞いて警戒しているようだが、マシュはその姿を観察している。

 

「女神が攫いに来るかもしれないが、此処は安全だろうか?」

 

『そこは安心して欲しい。何で女神の2人が切大君を襲うかは分からないけど、ウルクにいる間は手出し出来ないようにマシュの宝具を介して特殊な魔術を施した』

 

「特殊な魔術?」

 

『マシュから半径200m以内にマスターがいなければ自動でマスターをマシュの元に転移させる魔術だ。多少魔力を喰うのが欠点だけど、3回までならマシュの元にマスターを連れ戻せる。物理的に冥界と現世が繋がっているから、エレシュキガルが攫おうとしても回避可能だ』

 

「そうか、なら安全だな」

「先輩、私と離れずに宴を楽しみましょう!」

 

 マシュは若干顔が赤いが、俺にそう言った。ヤンデレではなさそうなので俺はその言葉に従う事にした。

 

「頼むよ、俺のシールダー」

「……! はい!」

 

 こうして、俺はマシュと夕方のウルクへと繰り出した。

 

 

 

「この豆、美味しいですね。お酒のおつまみとして人気の様ですけど、未成年ですので飲めませんね」

 

「ああ、そうだな……始めたの俺達なんだよなぁ」

 

 コップ状の入れ物に入っている豆を摘みながら辺りを見渡した。宴と言っても祝うのはこの街の無事、そして人々の帰還だ。

 戻らぬ人々への悲しみもあるが、今は誰もが祝っている。本当に強い人類だと、ウルク人には感心してばかりだ。

 

「ほら、切大! 魚を焼いてんだ、食ってきな!」

 

「羊肉も上手いぞ! 持ってけ!」

 

「果実のジュースは如何かしら?」

 

「デザートにケーキはどうだい!」

 

 本当に、あの戦いの後とは思えないほど活気づいている。

 

「大人気ですね、先輩! 

 ……すいません、先輩。少々、お花を摘みに行っても……?」

 

 マシュは恥ずかしそうに耳打ちしたので俺は頷いた。

 

「行こうか」

 

 余り離れる事が出来ないので俺はマシュと一緒にトイレに向かった。

 

 

「ん、っちゅ……ん」

「ちょ、た、タイっんんー!」

 

「……ぷはぁ……女神から逃げられると思わないで。マシュと何らかの魔術で繋がっているのは知っているわ」

 

 トイレの前でマシュを待っていた俺を見つけたイシュタルは、男性トイレに俺を連れ込むと唇を貪った。

 

「後輩とのデートは楽しいかしら? でもね、女神の私は遠慮なんてしないわよ? もっともっと……刻み込んであげるわ」

 

『せんぱーい……何処でしょうか?』

 

 マシュの声が聞こえると、イシュタルはそっと俺から離れた。

 

「……ふふ、私の事は何も言わずに、デートを続けて来なさい。もし言ったら……ふふ」

 

 あっさりとイシュタルは俺を解放した。嫌な汗をかいたまま、慌てて男性トイレから出た。

 

「ごめん、急に用を足したくなってな」

「いえ、全然構いません! それで、次はあちらに行きましょう!」

 

 視線を感じたまま、俺はマシュと共に歩くがどうしても罪悪感が押し寄せてくる。自然とマシュとの距離は半歩程遠のいた。

 

「効いてる効いてる♪ このままマシュに愛想尽かされた所を、私が骨抜きしてあげるわ……」

 

 イシュタルが微笑んでいる気がする。

 そんな顔が浮かんで来ると逆にどうにかしてやろうと思えてきた。

 

「……マシュ」

「? なんでしょうか先ぱ――ひゃ!?」

 

 イシュタルにお返しだ。そう思って俺はマシュをお姫様抱っこすると走り出した。

 

「せ、先輩!?」

「祭りだからな、思いっ切り行こう!」

「急にどうか致しましたか!? は、恥ずかしいです!」

 

 ウルク中から視線が集まって来ている気もするがそんな事は関係ないと俺は後輩を両手に抱えて城前広場に走り続けた。

 

 

「……ふーん、あっそう。私が見てるって知ってる上でそんな事をするのね」

 

 それを見ていたイシュタルの不機嫌は有頂天だった。

 

「良いわ、ならもっともっと愛してあげ――!?」

「――御相手は俺がしよう」

 

 マアンナを動かす寸前に飛んできた泥をイシュタルは素早く回避する。その方向には愛し人と同じ顔の奇妙なサーヴァント。

 

「残念だけど、紛い者には興味無いのよ」

「それは残念。だが、嫌でも付き合ってもらおうか」

 

「アンタほどアイツが積極的だったら、幸せなのに、ねっ!!」

 

 怒りをぶつける為に弓は引かれ、矢が飛来する。

 

 同じサーヴァントであっても方や無銘、方や女神。何を取っても勝つ事など出来ない。

 

「っがぁ……!」

 

 正確にゼアの眉間を貫いた矢。しかし、屍は泥となって消えた。

 

「アンタを相手にするには役不足だからな。悪いが時間を稼がせて貰うぞ」

 

 湧き上がり続けるゼアの分身体。イシュタルは不敵に笑う。

 

「出来の悪い分身で時間を稼ごうって訳ね。小賢しいわね!」

 

 再び引かれる弓。放たれた矢が全ての分身体を貫き穿った。

 それでも直ぐに崩れた形を修復していく。

 

「面倒ね……」

 

 イシュタルは再び放った。そして、一向に減らないそれを見て、今度はその場を離れようとするが分身体が一斉に槍を放ち始める。

 

「危ないわね! 全く……当たればまた面倒なバッドステータスを受けると考えると、当たる訳には行かない……」

 

「逃げ切れると思うなよ!」

 

 イシュタルの後ろを追うゼア。空中に留まる事は出来ないが、泥となって屋根へ屋根へと飛び続けてイシュタルを追う。

 

「しつこいわね……だけど」

 

 イシュタルは未だに余裕だった。

 

「時間を稼いでるのは、こっちもなのよ………」

 

 

 

「むーぅ……」

「ははは……いい加減、機嫌直してくれよ」

 

 頬を膨らませるマシュに俺は飲み物を差し出した。マシュは受け取るが依然として怒っている。

 

「急にあんな事されて、驚いただけです。決して! 怒っている訳ではありません!」

 

 明らかに怒っているのに怒ってないと言い張る面倒な女の子モードになったマシュに苦笑いしつつ、任せておけと言ったゼアを思い浮かべる。

 

(俺と同じ顔なんだ、頼むから死んでくれるなよ……)

 

 そんな事を思いつつも既に広場では祝いの儀式と呼ばれる物が行われていた。

 

「今回の戦いで人間に力を貸した全ての神々へ捧げ物をしているそうですよ」

「へぇ……」

 

 その女神に先まで襲われていた身として複雑な心境である。

 

「……ですから、私も先輩から、何かご褒美が貰えたら……なんて」

「マシュ?」

 

「……先輩! どうか……私に――」

 

「――良し、捉えたぞ!」

『!?』

 

 マシュのヤンデレが覚醒しつつある瞬間、地面が無くなり奈落へと落とされた。否、引っ張られたと言うのが正しいのだった。

 

「魔術が……邪魔だ」

 

 発動しようとしていたダヴィンチちゃんの魔術もあっさり取り払われて、何も出来ないまま地中へ攫われた。

 

 

 

「ふぅ……頼まれた通り、持ってきたぞ」

「ありがとうだわ。こっちも連れてきただわ」

 

 俺は地上から引っ張られ、冥界まで連れて来られた俺の前には、巨大な姿のゴルゴーンがいた。

 

「ご、ゴルゴーン……!」

「マスター……すまないが、今回の妾の望みはお前ではなく、我が息子だ」

 

「息子……? あ……」

 

「はぁい、コチラで良いかしら?」

 

 冥界へと降りてきたイシュタルの弓には縛られたゼアがいた。

 

 その顔は酷く青ざめている。

 

「っひぃ! は、母上!?」

「ああ、愛しい我が息子よ……母に断りもなくケイオスタイドの混同意識から抜け出すとは……悪い子だ」

 

 ゴルゴーンは蛇の如き目を光らせてゼアを見た。

 

「さぁ……母の中へお帰り。今日も思う存分愛してやるぞ……」

「嫌だぁ! 帰りたくなーい! 牛若丸の姉上にも会いたくなーい!」

 

 無様だが切実な叫びを上げる自分の姿に、思わず涙を禁じ得なかった。

 

 だが、無情にもゼアはゴルゴーンに抱きしめられ、2人はその場で光の粒子となって消え去った。

 

「ふぅ……ケイオスタイドに呑まれた女神の復活……感謝の儀式があったお陰でなんとか出来たわ」

「こ・れ・で……間違い無く貴方は私達の物ね」

 

「令呪をも――」

 

「転移禁止! 女神への命令禁止!」

 

 頼りの綱の令呪はエレシュキガルの権限により跡形も無く消し去られた。

 

「逃走禁止! 勝手な移動も禁止なのだわ!」

「ちょ、ちょっと……!」

 

 冥界の壁から鎖が飛び出し、俺の体を雁字搦めにした。

 

「……はぁ、貴女……やり過ぎよエレシュキガル。こんなに縛る必要ないじゃない」

 

「で、でも……居なくなったら、嫌なの!」

 

 エレシュキガルは鎖の巻かれた俺に抱き着いて、ギューッと強く抱き締める。

 

「まあいいわ。それにもしかして……」

 

 イシュタルは俺に近付くとその手の平を頬に添えて撫でてきた。

 

「……ふふ、マスターもこんなに縛られて期待してるかもしれないしね?」

 

 イシュタルは俺の姿を面白そうに眺めて笑う。

 

「えへへ……マスター……これからはずっと一緒……寝る時も、起きる時も、冥界を見回る時も、ずっと独りだった時も……これからはずっと一緒にいるの……」

 

「ええ、そうね。だけど、だったらこんな鎖で縛ったままでは駄目ね」

 

 イシュタルはそっと自分の衣装に手を掛けた。

 

「今から女神の私が目の前で脱衣してあげるわ。

 だから、ちゃんと興奮してね?」

 

「わ、私も脱ぐ! マスターの望む所、全て見せてあげる! だ、だから…イシュタルばかり、見ちゃ駄目ぇ……」

 

 双子の様な瓜二つの女神が同時にその衣を剥いでいく。その姿に俺の劣情は煽られ、2人のペースに飲まれていく。

 

「うう……見られてる……マスターに、こんなにしっかり……」

 

「エレシュキガル、照れ過ぎよ? 仮にも女神なんだから、裸くらい堂々と見せたらどう?」

 

 対象的な2人の会話が、余計に男心を刺激する。

 

「……しっかり大きくなっちゃったわね……ふふ、そんな物欲しそうにしなくても」

「直ぐに……してあげる、わ。

 ……き、気持ち良く……なってね?」

 

 

 

 

 

「お帰りなさい、ゼア」

「お帰りなさい、ゼア」

「お帰りなさい、ゼア」

 

 肌の黒い姉上に囲まれた。

 

「姉は寂しかったです」

「姉は心にぽっかりと穴が空いた気持ちでした」

「姉の元を去るなんていけない弟です」

 

 耳元で3人の姉上が囁く。

 

「お仕置きさせてください、母上」

「早く放して下さい、義母上」

 

「………………ダメ。

 マダ、ダメ」

 

 義母上は俺をギューッと抱きしめたまま、一向に放す気がないらしい。

 

「なら分体で構いません」

 

「…………ゼア、フエテ。ハハモ、ヨロコブ」

 

 その言葉に母上はピクリと眉間を動かした。

 

「おい……ゼアの母親は私だぞ、例え本物の女神だろうとその立場は譲らん」

 

 

「やめてくれぇ……無限姉上と義母上監獄は嫌だぁ……母上の這いずる抱擁も嫌だぁ…………」

 

 

「イヤガッテモ……カワイイダケ」

「姉上には愛してる以外の言葉は聞こえませんよ?」

「躾が足りないか……また鳴かせてやろう。膝の上に来い」

 

 

「ぎゃああぁぁぁああぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 俺は、とてつもなく嫌な自分自身の悲鳴で目覚めた気がした。

 

「……女神の奉仕の前で目覚めて良かった気がして来た」

 

 果たして、あのラフムとして生まれた俺は無事だろうか。

 心の中でそっと、俺はヤツの無事を祈った。

 

 




次回で1周年企画は最後です。

CCCコラボの為に石を130個程貯めた上に、呼符も10枚近くあります。BBちゃんは配布らしいので他のアルターエゴが実装されれば全部使い切るつもりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私立カルデアール学園 〜新聞部見聞録〜【1周年記念企画】

遅くなりました、1周年企画最後は 第二仮面ライダーさん と 佐々木 空さん の1枠2名で書かせて頂きました。

これからも応援、よろしくお願いします。


 (あきら)のニックネームで、ガラにもなくFGOをプレイしている俺は今まさに眠りに就こうとしていた。

 

 中学時代に突っ張っていた俺は高校デビューを機に、友人作りに精を出し始めた。

 

 FGOをプレイしているのも、オタクな部活仲間の話題に入る為だ。最近都市伝説の様に噂になっているヤンデレ・シャトーが良く話題に上がるので、それに合わせてプレイする時間を増やしているが、一向に悪夢とやらを見る事は無い。

 

「なあ、キャラが全員いるって、そんなにおかしいか?」

『可笑しいよ、馬鹿!』

 

 なんて言われた事も……あった……なぁ……ぁ……

 

 

 

「またとんでもない奴が来たな……」

 

 アヴェンジャーだったか、エドモンだったか、そんな名前のキャラクターが俺の前にいた。

 

「……此処は?」

 

 石で造られた古い建物。壁と床からそんな感想が漏れるが、それよりも体でひしひしと感じる事の出来る嫌な感覚。

 

「マスターとしての熱意は感じられないがそこそこ動けそうだな……」

「おい、此処は何処だ!」

 

 俺は目の前の奴に声を掛けるが、それよりも先に俺の目の前から消える。否、俺の視界が黒くなった。

 

「ならばこちらの方が良いな」

「なに、が――?」

 

 

 

 

 

「……ん?」

「起きて、って起きたみたいだね」

 

 目が覚めた俺の前には金髪の美……男の親友、デオンがいた。

 

「んー……寝てたのか、俺?」

「ああ、すっごく、気持ち良さそうにね」

 

 寝てたのか。後で教師に怒られなければ良いが……

 

「……それよりも、君を迎えに来てる娘が居るよ? 部活の後輩だろ?」

 

 そう言ってデオンは教室の廊下を指差した。その先には新聞部の後輩がいた。

 もう春なのに、まだマフラー使ってるのかアイツ。

 

 紺色のセーラーに赤いマフラー、眼鏡と白色に近い金髪は間違い無く後輩のXオルタだ。

 

「先輩、早く行きましょう」

「おう、すぐに行く。じゃあなデオン」

 

「うん……あ、そう言えばマリー部長が――」

「合唱部に入らない。まだ勧誘してくるか。俺今年は新聞部の部長だっての」

 

 高校2年を迎え、部長にすらなった俺を未だに引き抜きに来ると思わなかった。

 しかも、十数もの部活からだ。

 

「あはは、君は運動が得意だからね」

「手芸部やら調理部からもだ。ていうか、流石に部長は諦めろよ」

 

 そもそも新聞部は当時、あらゆる方面から勧誘された俺の為に作られたと言っても過言では無い部活だ。

 

「カルデアール学園で貴重なマスター適正者って……大層な肩書だよなぁ」

 

 詳しい部分は忘れたが、この学園は得意能力者であるサーヴァント適正者を教育する学園であり、俺はサーヴァント適正者の能力を引き出す事の出来るマスター適正者……なのだが、その力に惹かれてか、他の生徒とのトラブルやらなんやらに巻き込まれる事も暫しある。

 

「先輩、いつまで私を待たせる気ですか」

「悪い悪い……じゃあなデオン」

 

「うん、また明日! …………」

 

 俺はXオルタと共に部室を目指した。

 

「Xオルタ、待たせて悪かったけど俺を待つ必要なんて無いだろ?」

 

 じーっと見つめられているカバンのチャックを開きつつ、Xオルタにそう言った。

 

「何言ってるんですか、私は先輩の護衛です。

 常に先輩を引き抜こうとする他の部員、部長から先輩をお護りする為に――」

「ほら、あんぱん」

 

「頂きます。――お護りする為に、モグモグ、いるんで、モグモグ」

 

 随分とチョロい護衛がいたものだと思いつつ、角を曲がる。

 

「っきゃ!?」

「っぱん!?」

 

 曲がったと同時にぶつかった…………狐耳の鈴鹿御前とXオルタが。

 

「……い、いたた……っち、外したか……

 あ、足が痛ぁー……立てないかもぉ……

 (あきら)、お願い、保健室まで連れてってぇ!」

 

 前半の「外したか」が無ければ多少マシだったのにと思いつつ、あざといを通り越して腹黒い鈴鹿御前を放っておいてXオルタに手を伸ばした。

 

「立てるか?」

「問題無しです……フッ」

 

 Xオルタは鈴鹿御前を見下して嘲笑った。

 

「〜〜! 何よそのドヤ顔! ちょームカつくっしょ!」

 

 やはり演技だった様で鈴鹿御前は苛立ちと共に立ち上がった。完全な逆恨みだが。

 

「鈴鹿御前、気を付けろよ」

「先輩とぶつかって何をしようとしたか分かりませんが、私の目が黒い内はちょっかいを出すのはやめてください」

 

「な、なんのことぉ? あ、ヤッバ! 私急いでるから!」

 

 鈴鹿御前は分が悪くなり退散していった。

 

「……やはり、護衛は必要ですね」

「いや、要らねえだろ?」

 

 逃げ去った鈴鹿御前を見送ると、俺達は再び部室に向かった。

 

「おいーっす、皆いるかー?」

 

 部長っぽいセリフと共に部室に入る。同時に3つある作業机の一角でバタバタと騒がしい音がした。

 ヒロインXだ。

 

「こ、これはこれは部長……今日もいいお天気で!」

「何隠したかは聞かないが、物騒な物を持ってくるな」

 

 明らかに剣らしき物を隠していたが突っ込むのはやめてやるのが部長の優しさだろう。

 

 俺はヒロインXとは違い、堂々と椅子に腰掛けている部員に視線を向ける。

 

「遅かったじゃない、もうちょっと遅かったらこの部室燃やしてやろうかと――」

「――掃除してくれてありがとな、ジャンヌ・オルタ」

 

「あ、べ、別に……! も、燃えにくいものを取り除いただけよ!」

 

 素行の悪いジャンヌ・オルタは、この新聞部を立ち上げる時に彼女の姉であるジャンヌ・ダルクから面倒を見る様に頼まれたが、新聞部員の中では比較的常識人だ。

 

「んー……相変わらず好感度爆上げっすね。いつ見ても見事なモテっぷりで、ジナコさん感心します。なのでさっさと爆発しろ」

「部長、ジナコはおやつをご所望らしい。買いに行っても宜しいか?」

 

「あ、でしたら私はチーズハンバーグが欲しいです!」

「私、カスタードシュークリームで」

「生クリーム入りあんぱん」

 

 マイペースなジナコとそれに付き従うカルナ。カルナは度々ジナコの食べ物を買いに行くが結局全員分のパシリになる。

 

「分かった、買いに行こう。部長は?」

「俺は良い、何かあったら連絡してくれ。くれぐれも、この間みたいにピザを全種類を買ってくる様な事はするなよ」

 

「了解した、何かあれば直ぐに連絡しよう」

 

 せっかく全員揃っていたが、カルナが出て行ってしまった。まあ、後でジナコが説明してくれるだろう。

 

(清姫さんが部長の机に潜んでるけど、黙っておこう)

 

 

 全員の前に立って、俺はホワイトボードの位置を調節した。

 

「それじゃあ、早速今日の部活を始める。5月に張り出す新聞に書く内容について、何か意見が有れば言って欲しい」

 

「はいはい! 剣の上手い人特集が良いと思いまーす!」

 

 ヒロインXが意見を言ったのでホワイトボードに一応だが書いておく。

 

「他には?」

「まだ5月よ? 1年生向けに教師特集が無難じゃないかしら?」

 

 カルデアール学園は生徒もそうだが教師も個性的過ぎるから、十分に面白くなりそうだ。ジャンヌの意見をホワイトボードに書く。

 

「他には?」

「購買、特集……!」

 

 Xオルタの意見も書いておく。確かにカルデアール学園の購買の商品は質が高ければも種類も豊富だ。特集を組むのもありか。

 

 その後も幾つか候補が上がるが、あまりいい意見ではなかった。

 

「……他には?」

 

 10回目の質問だが、誰からも意見が上がらない。なお、このまま行くと俺の中では教師特集で決まりなつもりだ。

 

「……それじゃあこの中から――」

 

 ――決めようと思ったそのタイミングで誰かが部室の扉をノックした。

 

「カルナだ、入っても構わないか?」

「おう、入れ入れ」

 

「失礼する……む、会議中だったか」

「あんぱん、あんぱん……!」

 

「Xオルタ、落ち着けって……

 カルナ、次の特集について何か意見はないか?」

 

 カルナはホワイトボードに書かれた意見に目を通すと、ジナコに視線を向けた。

 

「……ん? ジナコ、七不思議の意見は上げてないのか?」

「七不思議?」

 

「別にー……時期的に考えて、早過ぎるから言わなかっただけっすよ」

 

 確かに、七不思議の話は出来れば夏の時期までとっておきたいネタではある。

 だが、カールデア学園の七不思議は生徒の間では毎年違うのが当たり前、なんて言われる程だ。早めな調査が望ましい。

 

「……よし。なら、5月の特集は教師特集で行こう」

「まあ、当然よね?」

 

 ジャンヌ・オルタは採用されて満足な様だ。

 

「ジナコさんは構いませんよ。てかいつも通り、パソコン作業しか手伝いませんし」

「俺も、それで構わない」

 

「むぅー……セイバーの情報……いや、教師陣のセイバーを集めるのもアリか……?」

 

「お菓子ぃ……」

 

 どうやら決まったらしい。なら後は人員を振り分けるだけだな。

 

「教師特集はジャンヌとヒロインXで事足りるだろう? 去年の反省を踏まえて、先に七不思議の調査もしようと思う」

 

「あー……去年は1ヶ月間調査したけど4つしか調査出来なかったわね」

 

「ジナコ、何か情報はあるか?」

「んー……夜中に何やら不可思議な事が起こっているそうですね。

 石像が動くとかテンプレっすね」

「となると、適当な先生から許可を取る必要があるな」

 

 新聞部だが、あくまで部活。夜中の学校に入れてくれそうな教師の顔を思い浮かべる。

 

「……よし、エレナ先生にするか」

『っ!?』

 

(確かに確実っすけど部長さん、見事に地雷踏んだなー……あと机がビクッて跳ねたけど私以外にバレてない清姫さんのステルスまじパネェっす)

 

「先輩、考え直すべき」

「他の奴にしなさい。ヴラドとかどうかしら?」

「そうです、キャプテ……ニコラ先生ならきっと許してくれます!」

 

「そうかもしれないけどヴラド先生、去年の10月頃から2人目が増えて厳しくなったし、ニコラ先生は研究忙しいしなぁ」

 

 その点、エレナ先生はオカルト好きだし怪談なら手伝ってくれそうだ。

 

「…………むぅぅ……」

「じゃあ、俺ちょっと行ってくる。ジャンヌ、ヒロインX、教師への取材は頼んだ」

 

 部室を出て、俺は早速エレナ先生のいるであろう職員室へと向かった。

 

 

「……エレナ先生、先輩を狙っている教師陣の中でも狙っている事を隠している伏兵的存在」

「どうせ今回の取材にも付き合う気よね……」

「ええ、部長本人からのお誘いです。乗らない方が可笑しいですよ」

 

(部長さん、地雷踏みすぎぃ! って言うか、出てくるタイミング見失った上にあんな話を聞かされた清姫、大丈夫っすかね?)

 

「…………」

 

 

 

 エレナ先生からも許可が取れた。俺とXオルタは夜中の学園の校舎に侵入した。

 

「ふふ、2人とも、まだ無事な様ね」

 

 失礼だが、見た目では子供にしか見えないこの人物が学園内でもかなり人気の高い教師だとは一目では分からないだろう。

 

「怖い事言わないで下さい、まだ何にも出会ってませんし襲われてない」

 

「それなら良いわ、じゃあ早速捜査開始ね」

 

 後者に入る前に、俺の足はピタリと止まった。視界には桃色の花びらが映る。

 

「……あの桜、綺麗に咲いてるな」

 

「何を言ってるの、昼も咲いてたじゃない……でも、夜だとやっぱり雰囲気違うわね」

 

「……夜桜」

 

 数秒程眺めた後、俺達は校舎に入った。

 

「それで、どんな怪談があるのかしら?」

「えーっと、いま噂になっているのは……夜の学園で獣の雄叫びを聞いた、二宮金次郎の像が動く、ですね」

 

「後者は、カルデアール学園にしてはお約束過ぎ」

 

「そうね……もう私、犯人が分かった気がするわ」

 

「まあ、他の七不思議を探す目的もあるから、時間がある限り調べていこうか」

 

 未だに聞こえて来ない獣の雄叫びを探る為に、俺達は1階を歩き始めた。

 

 

 

 

(ふん、先ずはエレナ先生を玲と分断ね。Xオルタが抜け駆けしてなきゃ良いんだけど……)

 

「ふふ、先ずは私の炎で廊下を――」

 

 ――ポンポン。

 

「ん? 誰――」

 

《火の用心》

 

「――キ」

 

 

「キャアァァァァァ!!」

 

 

 

「おい、なんか悲鳴が聞こえて来たぞ! もしかしなくてもジャンヌの声だったぞ、今の!」

 

(あの憤怒の魔女(笑)、ポンコツを発揮しましたね)

 

 突然廊下で響いた声に驚きつつ、俺達は慌てて悲鳴の発信源である階段に走った。

 

「!?」

 

 階段にはジャンヌ・オルタと、気を失っている彼女を抱えている首の無い鎧が有った。

 

「っ……! 幽霊かなんだか知らねぇが、俺の仲間に手を出しやがったな!」

「ちょ、ちょっと玲君!?」

 

 エレナ先生の声が聞こえるが知った事か!

 階段を飛ばして駆け上がり、接近する。

 

「タダで済むと――」

「――その人、用務員さんよ!」

 

 握った拳が突き出される前に、エレナ先生の声が耳に届いた。

 

「っ! よ、用務員?」

 

 見ると鎧は襟の部分が上下している。頷いているのだろうか、と思ったら小さなホワイトボードを取り出すとそこに書き始めた。

 

《用務員のヘシアンです》

《ジャンヌ・オルタさんが何やら火を起こそうとしていたので注意したら、驚かれました》

 

「……はぁー……」

 

 俺は安心し、怒りを吐き出す為に溜め息をして――

 

「――すいませんしたぁ!!」

 

 土下座した。

 

「え、えっと玲君? そこまでする必要は……」

 

「ジャンヌには厳しく言っておきますで、どうか退学だけは………!!」

 

《大丈夫です。ね、エレナ先生?》

 

「え、ええ! 彼女は退学にはならないわよ。普通の学校と違って、この学園は魔術的な防御のお陰で燃えたりしないし」

 

「本当に、すいませんでした!」

 

 2人に許して貰い、俺は再び頭を下げ、用務員さんからジャンヌを受け取った。

 

「でも用務員さんは何故こんな時間に学園に?」

 

《実は、相棒であるロボが最近、この学園にこの時間に来る様になったんですよ》

 

「ロボ? 機械か何かで――」

『――ワォォォォォン!』

 

 俺の間抜けた質問を妨げたのは、大きな狼の遠吠えだった。

 

「狼の声!?」

《私の相棒です!》

 

「用務員さんの!?」

 

 既に用務員さんは階段を大急ぎで登っている。

 

「……屋上、ですね」

 

「兎に角行くぞ!」

 

 俺達は急いで階段を登り2階、3階へと駆け上がり、屋上の扉を開いた。

 

「……着いた!」

 

 カメラを起動しておいたスマホを構え、シャッターを押す準備と共に撮影対象を探して――

 

「……はい?」

 

 デカイ、としか言い様の無い図体を持った白い狼が、白い犬とじゃれ合っていた。

 

 その光景に、唖然とした俺はゆっくりになってしまった条件反射で、シャッターボタンを押した。

 

 ――タッタッタッタ!

 

 俺達より先に着いていた用務員さんは狼を見つけると慌てて駆け寄った。

 

「……グルル!」

「! ……?」

 

「ォォン!」

 

 無言で狼、ロボと会話する用務員さん。暫くするとこちらに体を向けた。

 

『お騒がせしました……似た様な姿の友達が出来て喜んでいたそうです』

 

「似たようなって……」

 

 人間の背丈並みの大きさを持つ狼と、人間の膝程度の大きさの白い犬。

 余りの違いに、俺は苦笑いをこぼした。

 

「これが怪談の正体って事ね……狼の大きさは怪談級ね」

「おっきい……」

 

『私達はもう暫く此処にいますね』

 

 用務員さんがそう言うので取り敢えず子犬と狼の写真を数枚取ると、俺達はその場を後にした。

 

 

 

「次は二宮金次――」

「――来る時はなんの異常もありませんでしたので、監視カメラを設置しました。」

 

 エレナ先生のセリフを遮りつつ、前に出て来たXオルタは俺に敬礼しつつそう報告した。

 

「良くやった!」

 

 俺はXオルタの頭を撫でた。

 

「撫でるべし、撫でるべしです……フッ」

「っ! じゃ、じゃあ、早速行きましょう」

 

 呆れてしまったのか、エレナ先生は先に階段を降り始めた。

 

「ほら、行くぞ」

「はい」

 

 未だに気絶しているジャンヌを担いでいるので慎重に階段を降りて、正面玄関へ戻った。

 

「二宮金次郎は左だな」

 

 正門を出ると先についてたエレナ先生とXオルタがカメラを手に驚いていた。

 

「何これ!?」

「先輩、先輩、大変です……!」

「どうした?」

 

「金次郎の像がありません!」

 

 指差したその先には確かに二宮金次郎の姿は無い。2人は隠しカメラを確認しているので、俺もそれを後ろから覗き込む。

 

 カメラの中では暫くの間は石像が動く気配を微塵も感じられなかった。

 

 しかし、唐突に二宮金次郎の両目が輝き、体育館方面へと走り出した。

 

「……体育館、だな」

「行きましょう」

 

 エレナ先生の声は若干怒りを含んでいた。

 

「今すぐとっちめてやるわ!」

 

 どうやら最初に言っていた様に石像について心当たりがある様だ。1人で歩いていくエレナ先生の後ろに着いていく。

 

「ん……? っは、はぁぁ!?」

「お、起きたか?」

 

 背中から響く声。ジャンヌ・オルタが目覚めた様だ。

 

「な、ちょ、降ろしてよ!?」

「わ、分かったから暴れるな!」

 

 俺は慌ててジャンヌを降ろした。

 

「お前、用務員さんに驚いて気を失ってたみたいだけど、大丈夫か?」

 

「へ……そ、そうだわ、首無し騎士!」

「だからそれは用務員さんだっての……まったく……大体なんで――」

 

「――学園の設置物を使うとか、貴方達馬鹿じゃないの!?」

 

 エレナ先生の怒号が聞こえて来たので、俺達は体育館の扉を覗いた。

 

 そこでは科学の教師であるエジソン先生とニコラ先生が正座していた。

 

「い、いや……ロボットを作る過程でその……事故で……」

 

「……出力を確かめて見ようとボールの投擲を行ったら……地蔵の足を壊してしまったのだ」

 

「だ、だから慌てて直そうとしたんだ! だが、この交流バカが駆動回路を作り出して!」

「直流のアホが、電球やいらん機能を追加したのだ!」

 

『…………』

 

 共犯者であるにも関わらず此処まで仲が悪いのかと正直驚いた。

 

 それよりも、後に聞こえてきた先生の怒鳴り声に驚いたけど。

 

「……こ、このぉ……電流バカコンビィィィ!!!」

 

 

 

「で、先生は2人を連れて帰って行った訳か」

「動く二宮……かっこいい」

「も、もうお開きよねぇ……?」

 

 正座する顔の濃い男とライオンヘッドを写真に収めた後に、夜の学園にビビリ始めたジャンヌとテンションが上がったXオルタを連れて、校舎前まで戻ってきた。

 

「まぁ……七不思議調査って気分では無いなぁ……お」

 

 俺の視線に再び、夜に咲き誇る桜の木が見えた。

 

「折角だ、桜をバックに写真でも取るか」

「構いません」

「ふ、ふん……取ってやろうじゃない」

 

 俺はXオルタから三脚を受け取ると、2人より先に桜へ行き三脚を設置しようとした。

 

「――――」

「――――」

「……ん?」

 

 カメラの角度をどうしようかと思っていると、声が聞こえてきた。

 楽しそうな女の声だ。

 

「――良いわよね、此処は楽しそうな学園だわ。式も楽しそうに過ごしているし」

「私は――それを終らせてしまう」

 

 何なんだと思いつつ、慎重に近づいていく。桜の木に寄りかかっている様だ。

 

「あーぁ、私も学園に入って見たいわ。だけど、私達は桜が咲いている間、桜から散る魔力によって現界出来る幽霊の様な者」

「――楽しみたい」

 

 桜の陰では白い着物を着た、長い黒髪が腰どころか足まで届きそうな楽しそうに話す女性と、同じ位長い白髪を持つ黒と赤のラインが印象的な、やや露出気味な服装の物静かそうな褐色肌の女性。

 

 外見的な特徴だけなら、真逆な印象を受ける2人。

 

「……あら?」

「……人間?」

「あ……」

 

 目が合ってしまった。

 

「先輩、どうかいたしまし――」

「ちょっと、まだか――」

 

 2人もやって来た。それを見た謎の女性達は動揺もなく、小さな反応を見せる。

 

「ふふふ、見つかっちゃったわね」

「……珍しい」

 

「アンタ達は……」

「! 先輩、もしかして去年調査出来なかった七不思議の1つ、桜で笑う女性……?」

 

「あら、そんな噂になっていたのかしら?」

 

「微弱だけどこの感じ、サーヴァント適正者、だな」

「それが分かる貴方は、マスターさんかしら? 私達が見えるなんて随分能力が高いみたいね」

「…………」

 

「どうやら、魔力で体を維持している様だけどとても脆い姿の様ね」

「先輩が1年間サーヴァント適正者と関わって、マスターとしての能力が高まったので認識する事が出来たみたいですね」

 

「……でもこれって……写真には取れない、よな?」

 

「ええ、映れるほどの存在では無いわね」

「……別に、映りたく、ない……ない」

 

 参った。写真が取れないと載せられないし、何か困っているみたいだから力になりたいんだが……

 

「おお、彼女達が見える様になったのかい」

 

 そこに、俺達の後ろから別に声が聞こえてきた。

 正体は明るい茶髪を後ろに縛った白衣の男性。どことなく情けなく、役に立たなそうな印象を受ける。

 

「……あ、保健室の……」

「保険医のロマニ・アーキマン、皆にはドクターロマンと呼ばれているよ。

 と、そんな事よりも、彼女達が君には見えているだよね? 本当は放課後に君に彼女達と合わせるつもりだったが、手間が省けて助かるよ」

 

「ロマニ、あまり話している場合じゃないだろ。生徒を遅く帰らせる訳にはいかない、始めるなら直ぐに始めてしまおう」

 

 更に芸術の先生であるダヴィンチ先生まで現れ、流石に状況が分からなくなった。

 

「先生、何をする気なんですか?」

「契約さ」

 

「っ!?」

「!?」

 

「契約って……マスターが行える、サーヴァントと魔力のパスを繋ぐって奴ですか?」

「ああ、彼女達はサーヴァント適正者から生まれた可能性の存在、世界への存在証明が出来ておらず、魔力が無くて完全な現界が出来ないが、君と契約すれば彼女達もサーヴァント適正者として学園が迎えるだろう」

 

「け、契約って、普通まずは授業で生徒のサーヴァント適正者と行われる物じゃないのかしら!?」

 

 ジャンヌ・オルタがロマニ先生に詰め寄った。

 

「そ、そうなんだけどね……彼女達は桜の木から溢れ出た魔力で現界しているから、桜の咲いている時期に不定期に出現するんだ……本当は僕達だって様子を見に来ただけなんだけど、折角のチャンスだから、ね?」

 

「ね、って……!!」

 

「すまないけど、そういう訳で彼女達との契約、お願いできるかな?」

 

 ロマニ先生に頼まれて少し考える。この2人がどんな存在かは分からない事が多いが、それは2人も同じ筈だ。

 新聞部は部員が少ないし、2人も入れば色々と助かるかもしれない。

 

「……構いません。ですが、1つだけ条件を受け入れてもらえますか?」

 

「ふむ、言ってみたまえ」

 

「彼女達を、新聞部に入部させてやって下さい。丁度、部員が欲しかったんで」

 

「あら、良いのかしら?」

「……新聞部には興味ある」

 

「それだったら、本人達も了承しそうだし、構わないよ」

 

「先輩、契約……するんですか?」

 

「おう、授業で習ったし、呪文さえ噛まなければいけるいける」

 

「で、でも……」

「ん?」

 

「…………何でも、ありません……」

 

「じゃあ、契約を始めようか」

「ほら、先ずはそこに立って――」

 

 

 

 

 

 先生達の協力の元、契約は無事終了した。

 

 契約したサーヴァントとマスターはある程度近くにいなくては行けないらしい。先生からは半径250mの距離を維持して欲しいとの事で、今日の夜は家に帰らず保健室で一夜を開ける事になった。

 

 初契約の後と言う事で、俺は翌日の授業は早退する事となり、3年の教室にいる、式セイバーと魔人セイバーの仮の呼称で呼ばれている2人を迎えに行った。

 

「ふぁぁぁ……寝みぃな……」

 

 目を擦った俺の手は、反射的に壁に掛けてあった消化器に伸びた。

 

「――っ!」

「――!」

 

 Xオルタが放った鉄パイプによる一撃を辛うじて受け止めた。

 

「おいおいおいおい、手加減したとはいえ、部長を鉄パイプで不意打ちしようなんて、穏やかじゃねぇな、オイ!」

 

「……サーヴァントの攻撃に、反応……!」

 

「何のつもりだよ、Xオルタ?」

 

 俺の質問にXオルタは眉をひそめる。

 

「……マスターと、初契約したサーヴァントは……83%」

「あん? 何が83%だって?」

 

「…………初契約のサーヴァントとマスターが結婚する、確率」

 

「はぁ? 仮にそれが本当だとして、なんで俺を襲うんだよ? レズか?」

 

「……乙女心の分からない先輩を、教育」

「っち、面白ぇ冗談だな! なら俺が返り討ちにしてやらぁぁ!」

 

 俺が吠えるとXオルタは鉄パイプを構えて接近する。

 

(俺のマスターとしての能力がこいつを強化してやがるな……まるで大の大人と戦っているかのように一撃が重い!)

 

 啖呵を切ったが、獲物が消化器では防ぐので手一杯だ。

 

「こん、のぉ!」

 

 俺はXオルタが連撃を辞める一瞬を狙って消化器を投げ込んだ。

 手ぶらなら逃げるのはそう難しくない。

 

「一旦引くしか――おわぁ!?」

 

 慌てて右に跳んだ。俺のいた場所を炎が奔って行った。

 

「……燃やすのよ……燃やして……灰を聖杯に注げば……私の求めた彼が手に入る……!!」

 

「ジャンヌ・オルタか! 面倒だな!」

 

 旗を揺らせば飛んでくる炎を左右に動いて避ける。一発入れてやろうと考えていたが、背後にXオルタがいるので止まるのは得策ではない。素通りして、階段を登った。

 

「おお、玲君。彼女達を迎えに来たんだ――って、えぇぇぇぇ!?」

 

「ロマ公、邪魔だ!」

 

 背後から迫る炎を回避しつつ、俺は式セイバーと魔人セイバーの手を取った。

 

「あら、愛の逃避行かしら?」

「随分と展開が早い」

 

「いや、よくこの状況で余裕あるなお前ら!?」

 

「……ふふ、楽しい学園生活になりそうね?」

「戦い、それが私の運命」

 

 それぞれが刀を抜くとXオルタを受け止め、炎を振り払った。

 

「良いわよ、マスターさん。楽しんでいきましょう?」

「終わらせてしまおうか、この運命」

 

 2人も好戦的な様だ。

 

「見っっけたぁぁ! セイバー、ついでに恋敵殺すべし! 慈悲は無い!」

 

 ヒロインXは光り輝く剣を手に、式セイバーに斬り掛かってきた。

 

「……ますたぁ……許しません……」

 

 更に清姫も現れて体を蛇に変え襲い掛かってきた。

 

「もうどうなってんのか分からねぇが……ええい、切り抜けてやらぁ!」

 

 

 

 

 

 

「と、行った感じで切り抜けた猛者がいたな」

 

「やばいなそいつ」

 

 アヴェンジャーから玲と呼ばれるマスターの話を聞きながら、俺はXオルタの頭を撫でていた。

 

「もっと、もっと撫でて下さい先輩」

 

「ますたぁ、ん……駄目です、もっと撫でてても許しません」

 

 文句有りげな清姫の頭も念入りに撫でておく。

 

「マスターさん、膝枕の調子はどうかしら?」

「さっさと交代しなさいよ! 次は私よ!」

「違う、次は私」

 

 式セイバーに頭を撫でられ、ジャンヌと魔人セイバーが抗議の声を上げる。

 

「何か、して欲しい事って、あるかい?」

 

 デオンの質問には手を振って答えた。

 

 

「……貴様はそれ以上な気がするがな」

 

「何処が!? エレナに捕まって全員から監視されてるっつーの!」

 

(なんやかんや殺されてない上にヤンデレに囲まれて生きながらえている自覚は、無いのだろうな……)

 

 




今回は学園モノを濃くしたのでヤンデレは少なめでした。


コラボガチャ、78連回して☆4以上のサーヴァントが鈴鹿御前だけって……………………………

本編に登場させなかったからかなぁ……(遠い目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・シャトー……?

CCCイベント、進んでますか?

自分はミッションが52個程終わってストーリーは鈴鹿倒した後くらいです。正直厳しいので週末にはリンゴの大食い記録を更新したいと思ってます。(感想欄でのネタバレは控えて下さい)


 

 

 眠っていた俺が目を開く。

 この感覚はいつもの如く、ヤンデレ・シャトーだ。

 

 

 

 ……ん? 目を開けられない……? 物理的に閉じてるとか、瞼が重いとかじゃなくて、例えるなら見えない力で開けさせて貰えない、そんな感じだ。

 

 

 

 何時まで続くんだ、この状態は…………

 

 

 

 

 

「ナウ、ハッキング! か〜ら〜の…………………BB、チャンネル!!」

 

 ……はい?

 戸惑う俺の耳には何処から鳴らされた拍手が聞こえる。

 

「はぁい、今日も愛に飢えた醜きハイエナの様な先輩方を救済する奇襲型でキューピットな深夜番組、BBチャンネルのお時間です!

 司会は最強最新最先端なスーパーハイスペックヒロイン、貴方の後輩、BBちゃんです!」

 

 なんか、始まってしまった。

 

 

 

「もう先輩! あまり改行させないで下さい! この空行の内にチャンネル終わっちゃったって皆さんが心配しちゃうかもしれないじゃないですか!」

 

「うわー面倒くさいのキター……お願いだから誰か引き取りに来てー」

 

 我、ザビーズをご所望である。

 

「えへへ、面倒臭がられるのはラスボスとしてもヒロインとしても嬉しい限りです!」

 

「……で、一応聞きたいんだが……アヴェンジャーはあの中か?」

 

 そう言って俺はずっと中から騒がしい音がする謎の棺桶を指差した。

 桃色が主体で近代的なデザインのスタジオには完全にミスマッチだ。

 

「はいそうですよ。

 アヴェンジャーさんたら、シャトーはアヴェンジャーの管轄だー、とか古いドラマの警察の様な事を言ってましたのでBBちゃんが閉じ込めちゃいましたぁ♡

 アヴェンジャーはムーンキャンサーに勝てない、これ常識です!」

 

「今すぐルーラーを呼んでやろうか……」

 

 BBはコホンとわざとらしい咳払いをすると、話を続けた。

 

「それでは、今からこの悪夢の監獄塔ヤンデレ・シャトーをBBちゃんが乗っ取りプロデュースするBBチャンネル特別企画の始まりです! 

 名付けて、【先輩強姦塔〜愛して病んでる24時〜】です!」

 

 謎歓声が響きだし、俺の無言をかき消した。

 

「あ、タイトルの24時には特に意味はありません。語呂が良いので取り敢えず付けておきましたが、その気になれば200時間くらい閉じ込めちゃいます♡」

「うぁー……めっちゃ嫌だぁ……」

 

「んっ……っちゅ!」

 

 何故か唐突にBBは俺に投げキスをした。

 

「な、なんだ一体……!?」

「先輩、手の甲を見てください」

 

 BBに言われて慌てて手の甲を確認する。令呪の書かれたその上には入れ墨の様に薄いピンク色の桜マークが描かれてあった。

 

「な……!?」

 

「可愛いですね、先輩。私のマークですよ?」

 

 驚く俺をBBは楽しそうに眺める。

 

「その刻印が今回の特別ルール、BBハプニングです!

 先輩が特定の行動を取るとポイントが貯まっていき、溜まったポイントによって先輩の身に良くない事が起こりまーす!

 何が起こるかはその時までのお楽しみです! 当然、令呪は使えませんのでご注意下さいね」

 

 悪魔は笑っているがどんな事が起こるのか、どんな行動が駄目なのか分からないのでこちらとしては一気に行動を制限された様なモノだ。

 

「さあ、説明は程々にして……先輩、乙女達に食べられない様に、醜く足掻いて下さいね? 

 ふぅーー」

 

「おぁ――!」

 

 BBは誕生日ケーキのロウソクを吹き消す位の気軽さと動作で俺を吹き飛ばした。

 

 

 

「いってぇ……なんて滅茶苦茶な……

 アヴェンジャーの親切さが伝わってくるぞこれ……」

 

 吹き飛ばされ地面に放り投げられた痛みに耐えつつ俺は立ち上がった。見た目は監獄塔その物の様だが、BBがどんな極悪な改造をしているか分かったもんじゃない。

 

 早速――移動しようとした俺を、何かが掴んだ。

 

「え?」

 

 見れば床に色黒い泥の様な物があり、俺の両足首を掴んでいる。

 

「捕まえましたよぉ……主どのぉ……」

「ま、まさか……!」

 

 泥の様な物がケイオスタイドだと理解したが既に足を取られているいるので動けない。何故か侵食はされないが泥のような物はやがて人の形を成した。

 

「……貴方の可愛い可愛い、牛若丸ですよ?」

 

 不自然な黒い肌と正常な状態とさほど変わらない露出の多い装備。だが、俺を掴んで嗤うその顔からは邪悪さが滲み出ている。

 

 ケイオスタイドの生み出した、牛若丸オルタと呼ばれている存在だ。

 

「っ!」

 

 血の気が引いていく。こいつはライダーのサーヴァントである牛若丸とはまるで違う、邪悪な存在その物だ。

 

「あははは、情けないお顔ですね主どの!

 可哀想に……今すぐ食べて上げますね?」

 

「っく、【瞬間強――がぁぁ!」

 

 礼装のスキルを発動させようとしたが、牛若丸は足首を掴んだまま腕に力を入れた。

 

「ああ――良いですよその顔……悲鳴……主どのの苦しそう表情……実に良いですよ……!」

 

「ぐぁぁぁぁ……!」

 

 折れる、確実に壊される。潰される痛みが足が壊されるカウントダウンにしか聞こえない。

 

「それじゃあ、動かれるのも面倒ですのでこのまま壊しますね?」

「へぇ、楽しそうな事をしてるじゃない」

 

 オルタの笑みの後に澄んだ声が聞こえると同時に、俺の両足は痛みから開放された。

 

「っ何奴……!?」

 

 牛若丸を蹴り飛ばして現れたのはBBと同じ顔と紫色の髪でありながら、ふざけた雰囲気が感じられない下半身にかけての露出が多い美少女。

 

 その足を戦闘に特化させたのは一目瞭然、棘のように鋭い金属の足は吹き飛ばした牛若丸オルタの腹を切り裂いていた。

 

「醜いサーヴァントもいたものね……泥かしら? 自己再生をするタイプの様ね」

 

「アルターエゴ、ですか……主どのと私の間を引き裂いた罪、その身で償え!」

 

 牛若丸オルタは刀を構えると快楽のアルターエゴ、メルトリリスを肉薄する。

 

「っは!」

 

 だが、俊敏性なら黒化した代償として下がってしまった牛若丸よりもメルトリリスの方が上だ。刀より先に脚の刃が牛若丸に届いた。

 

「っち……! 吸って来たか……!」

 

「泥には不純物があるとは言え、液体があるのは間違いない。取り込み過ぎれば私も黒化は免れないけど、ハイ・サーヴァントの私を犯すには、それこそ数十倍の量と人類悪の放つ位の濃度が必要でしょうね」

 

 貫かれた牛若丸は再生するが、膝を折って顔を歪めている。

 

「おのれ……! このままで済むと思うなよ……!!」

 

 牛若丸オルタはその体を泥へと変形するとこの場を離れて行った。

 

「……まあ、放って置きましょうか」

 

 メルトリリスは見えなくなった泥から目を逸らすと、俺へと振り返った。

 

人形(マスター)さんは手に入ったのだし、ね?」

 

 ピンチは継続中な様だ。メルトリリスは俺を見下し笑っている。

 だが、先の牛若丸に潰されかけた痛みがまだ引かない。

 

「【応急手当】!」

「ふふ、怯えているのかしら?」

 

 痛みは僅かに和らぐが立ち上がるだけの力が入らない。

 

「……此処が痛いのかしら?」

「っつ!」

 

 メルトリリスは俺の足へと手を伸ばした。

 服の袖が短い腕よりも先に当たり、患部を擦る。

 

「逃げれないのね? ……こんな腫れて、可哀想ね」

「…………」

 

 何処かに無理矢理運ぶ気は無さそうだが、スキルのクールダウンまで大人しくしていてくれるとありがたい。

 

「何処にも連れて行かれないなんて考えてないでしょうね? 勿論連れて行くわよ?」

 

 俺の考えを見透かしたメルトリリスはそう言ったが、ゴソゴソと腕を動かし手間取っている。

 

「……こういう時は面倒なのよね、感覚が鈍いって」

 

 下半身が戦闘用に造られたメルトリリスの上半身はその言動とは異なり、幼い少女の物だ。

 攻撃的に造られた感覚の鈍い体である事も、担ぐ、と言う動作に時間が掛からせている。

 

「よいっしょ……ふう、さあ行くわよ」

 

 やっと俺を肩に置けたメルトリリスは自分の部屋へと向かった。

 

 

 

「さて、これからどうしてあげましょうか?」

 

 ベッドに落とされた俺をメルトリリスは楽しそうに見下ろす。

 

「取り敢えず帰してください」

「駄目に決まってるじゃない。此処まで運ぶの、苦労したんだから」

 

 メルトリリスの部屋を見渡す。床中に何か青色の液体が散らばっている

 

「アレって……」

「そう。私の蜜よ。触れたらレベルを吸うメルトウィルス」

 

 説明しながらもメルトリリスはパシャパシャと足でそれを踏む。

 

「なんで床に撒いてあるんだ?」

「唯のトラップよ。出ようとする者にも入ろうとする者にも作用するわ。

 だから、私から逃げられると思わない事ね」

 

 そう言うとメルトリリスは足を上げ、こちらに向けた。

 

「折角だから、貴方に直接浴びせておくわ」

 

 冗談じゃない。レベルやスキルを奪われるウィルスなんて浴びたら、逃走が不可能になる。

 

「っぁ!?」

 

 だが時既に遅し。メルトリリスの液体は俺の首元に接触し、そのまま垂れ落ちる。

 

「ふふふ……これで貴方は……あれ?」

「……え?」

 

 メルトリリスの困惑顔。同時に俺は思い出した。

 この体には毒が通用しない事を。

 

「……残念だったな、俺には効かないみたいだ」

「…………私の愛を、受け入れないというの?」

 

 ドヤ顔してる場合じゃなかった。

 

「ウィルスが効かなかったらお前の愛は無くなるのか?」

 

 メルトリリスは暗い顔のままこちらを見る。

 

「知っているでしょう? 私が、人形が好きだって事を」

「人形にならない俺は嫌い、か……」

 

 足の痛みは引いてきている。もう応急手当は使えるし、此処は脱出を試みよう。

 

「……人形にならないマスターなんて」

 

 俯いたメルトリリスに俺は迷う事なく指鉄砲を向けてスキルを起動させる。

 

(【ガンド】! 【応急手当】!)

 

「――」

「もら――っがぁ!?」

 

 気が付いたら壁に打ち付けられていた。

 

「――最っ高!

 虐めがいのある人間も私、大好きよ?」

 

「っぐ……な、なんで……!?」

 

 痛みを堪えつつ、俺は蹴られた箇所を抑えつつ立ち上がる。

 メルトリリスはその場に蹲っていた。

 

「っはぁ、っはぁ……言ったでしょう? 私は鈍いの……スタンが体全体に広がる前に、蹴りくらい放てるわよ」

 

 だが効いているのは間違いない。さっさと部屋から退散するべきだ。

 

「ふふふ、直ぐに……追いついてあげる。

 追いかけ回してあげるわ……」

 

「鬼ごっこは、苦手なんだけどな……!」

 

 痛みに苦しむ体を引き摺り部屋を出て、一目散に駆け出した。

 

「……種は撒いたわ……ふふ、あともう少しね」

 

 

 

「っ……!? なんだ、これ……?」

 

 部屋を出て走り続ける中、俺はBBが付けた桜マークの異変に気が付いた。

 薄い桃色だったそれが白く変色しているのだ。

 

「例のNGな行動を取っていた、って事か……メルトリリスと一緒にいたけど、恐らくそんな簡単なルールじゃないだろうし……」

 

 予想は幾らでも出て来るが答えは出ない。行く宛もなかった俺はメルトリリスの接近を恐れその場にあった部屋に入った。

 

「…………」

 

 牛若丸オルタのいる可能性も考えて慎重に侵入した俺はそのままドアの前で腰を落とした。

 

「誰かいるのー?」

 

 幼い声が聞こえてきた。

 

「……ジャックか?」

「お母さんっ!」

 

 パタパタと騒がしい足音が聞こえてきた。どうやら本当にアサシンのジャック・ザ・リッパーのようだ。

 

「お母さん!」

 

 玄関までやってきた幼い体は俺目掛けて飛び込むと、そのままギュッと抱きしめて来た。

 

「……他の女の人の匂いがする……すっごい、甘い匂い……」

 

 ジャックは顔をしかめると、俺を放して手を取った。

 

「お母さん、一緒にお風呂入ろ!」

「えぇ……ちょ、ちょっとお母さん今そんな気分じゃないだけど……」

 

 主に痛みで。出来ればベッドに横になりたい。

 

「だーめ! その変な匂い、ちゃんと取り除かないと!」

 

 ジャックは無理矢理俺を引っ張ると風呂場の前まで連れ込んだ。

 

「洗いっこしようね、お母さん!」

 

 同時に、俺の背中に嫌な予感が走った。

 ジャックに手を握られたからではない。ジャックが風呂場の扉を開けようとしたからだ。

 

「待っ――」

 

 ――遅かった。

 ジャックの体が風呂場から出て来た泥に呑まれるのと、俺の手が放されたのはほぼ同時だった。

 

「……っち、呑み込めたのは小娘だけか」

 

 当然、サーヴァントを飲み込んだ泥の正体はケイオスタイドの生み出した反英霊、牛若丸オルタだ。

 

 俺は会話を試みるなんて甘い考えを捨て最速で逃げ出した。

 

「【瞬間強化】! クッソ、巫山戯んなよ!?」

 

「……追跡、任せるぞ小娘」

 

 泥はその場に留まっている様だ。俺は部屋から出てどうするか思考を巡らせるが、どう考えてもメルトリリスを頼るしかない。

 

「だー! せめて令呪が使えれば!」

 

 後方から徐々に音が迫る。何かが確実に近付いている。

 その音が足音だとわかった俺は、一度振り返った。

 

「……逃げて……お母、さん」

 

 赤い瞳を光らせながら、ナイフを手に持ったジャックがマントを翻しながら迫っていた。苦しそうだが、その姿は殺人鬼そのものだ。

 

「操られてるのか!」

「さぁ、主どのの血を! 肉を! 体を!

 一片残らず呑み込ませて頂きます!」

 

 ジャックのマントから牛若丸オルタが泥状で現れ、形を成しながら俺に刀を向ける。

 もう距離を詰められ過ぎた。横に転がって回避するしかなかった。

 

「っ……!」

 

 床を貫く刀の先から逃れたがこのままだと不味い。

 乱暴に刀から逃げ出した体を、2度目を躱す為に動かす事が出来そうにない。

 

「あははは……もう逃しませんからね、主どの?」

 

 ケタケタと笑う牛若丸。

 ジャックは力なくその場に座り込んでいる。

 

「クッソ……!」

「じゃあ、先ずはやはり足から――」

 

「――メルト!! 来てくれ!」

 

 牛若丸に向けられた狂気に負けた俺は出せる限りの大声で、メルトリリスの名前を叫んだ。

 

「……全く、呆れたわね。逃げた相手に助けを求めるなんて……

 でも、生き汚い人間らしくて私は好きよ?」

 

「……また――魔――アル――ゴ!!」

 

 意識が、朦朧とする。

 

「――華――舞い――」

 

 声が掠れて聞こえてくる。

 

 頭が、心が痛い。

 

 心臓の鼓動が速い。

 

 手の甲が、桜が青く輝いているが――そんな事が気になる様な状況じゃない。

 

「うぁぁ……!!」

 

 徐々に痛みが引いていくが、同時に心臓が訴え、求めかけてくる。

 

「……ぁぁ……あああぁぁっ!」

 

 侵食されている。理性が、何処かへと消え去っていく。

 覆われていた本性が、明らかになっていく。

 

 ダメだ、ダメだ、ダメだ。

 

 やりたい、ヤりたい、犯りたい。

 

 

 

 

「ん……BBパニックなんて、巫山戯た呼び方だけど実際は精神改変なんて凶悪極まりない物よ」

 

 金属の味を舌で感じ、熱を感じる肌に到達した。

 

「ぁん……私のウィルスで、発情ではなく吸収して理性を取り払ったのよ。

 BBパニックは丸裸になった貴方の本性を私に向けるプログラム。そこに危険性は無い、っはぁぁ……ぁからぁ、起動ぅ……させてしまえば……貴方は私の物よぉ……」

 

 太ももを舐め、恥ずかしそうに喘ぐ彼女の顔を横目で捉えつつ、更に舐める。

 

「でもぉ……まさか、本性剥き出して直ぐに私の心に飛び込もうだなんて、っ!

 ど、鈍感な、私でもぉ……センチネルの経験がある以上、心の中は乙女なのに……あぁんっ!」

 

 太ももから両足の別れ目まで舌が到達した。

 

「ほ、奉仕しなきゃいけないのはぁ……私なのに……快楽の、アルターエゴなのにぃぃ……ひゃあぁ!」

 

 人間の姿を持つ彼女も人間と同じ所で悦ぶ事に安心し、そこを攻める。

 

「〜〜っ、ぁぁあ!」

 

 

 

 

 

「先輩が全然チョロい人で良かったです♪ ……この調子なら、きっと私の望むままになりますね♪」

 

 次回のBBチャンネルでお会いしましょうね、先輩?




動画サイトの夏アニメのpvまとめにアポクリフォがありました。
楽しみだけど、個人的には毎週水曜日放送中の遊戯王VRAINSの続きが気になってしょうがない。
VR空間とか、EXTRAシリーズとコラボしやすそうな感じがするし二次小説も楽しみです。


あ、爆死した後も単発で引き続けて合計90回くらい引いたけどニトリクスしか出ていません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・シャトー……??

お待たせしました。

最近10年ぶりにSNSで友達と話しました。お互いあんまり変わってないって言い合って、近状を報告し合いました。覚えててくれてありがとう。


 

「……」

「先輩? 大丈夫ですか?」

 

 何時になく疲れていた俺は取り敢えずエナミの質問に頷いて返した。

 

「あぁ……大丈夫」

「じゃないですよね……もしかしなくてもあの悪夢が原因だったりしますか?」

 

 流石に見抜かれるか……

 

「だって先輩、机に顔うつ伏せてますもんね」

 

 そうだ。現在進行形で疲れており、今にも放課後によったファミレスで眠りそうなのだ。

 

「……そんなに大変な目に合ってるんですか……」

「いやぁ……大丈夫大丈夫」

 

 朝起きたらまるでナニかにエネルギーを使い果たしたかの様に力が入らないだけだ。

 

「重症ですね、これ……」

 

 

 

「せんぱーい、お待たせしました!

 BBチャンネルスペシャル企画、先輩強姦塔(以下略)の始まりですよ!」

 

「微塵も待ってなかったし……て言うか現実世界に影響出るとかやばいんですけど、この悪夢」

 

「何を言ってるんですかー?」

 

 奇襲を仕掛けて来たBBは俺のクレームにニッコリと笑って返してきた。

 

「こんな美女に囲まれ、浮気して、何股もして、ペナルティの無い方がおかしいじゃないですか?」

 

「して、じゃなくて、させられてんだよ!」

 

「先輩、最低ですっ♡

 そんな悪い子先輩には今回もたっぷりお仕置きを――あれ?」

 

 BBは素っ頓狂な声を上げると同時に、BBスタジオの電源が落ち、そして点いた。

 

「先輩、また後輩を増やしたんですか?」

 

 俺にそんな質問を投げかけながら現れたのは現実の後輩であるエナミだった。

 

「あー……リアルで彼女ヅラしてるエナミさんでしたか……そういえば、先輩の悪夢に入ってこれるストーカー的な能力を持っているんでしたね?」

 

「黙って下さい。先輩は私の物です。悪夢だろうと、貴女には渡さない」

 

「ふふふ……良いですね、面白い展開です♪

 BBちゃん、悲恋とか略奪愛とか大・好・物ですよー!

 そんな訳で、2人ともぉー飛んでっちゃえ!

 ふぅぅー!」

 

 

 

「っきゃぁ!」

「うご!」

 

 のっけからダメージを受けた俺。吹き飛ばされた先でエナミの下敷きになった。

 

「せ、先輩!? 大丈夫ですか?」

「おう……大丈夫だ……」

 

 打ち付けられた箇所は痛むがなんとか起き上がり、監獄塔を見渡す。

 

「何時もとは、雰囲気違いますね……」

「そうだな……」

 

 なお、この間の記憶は曖昧だ。BBが登場した事と牛若丸やジャックが居た気はするが、あまり詳しく思い出せない。

 

「今日は先輩をどうこう、って訳には行きませんね」

「シャレにならないからやめてくれよ……」

 

 エナミの巫山戯た言葉に相槌を返すが、辺りへの警戒を怠るつもりは無い。

 暗い廊下の先を見るつもりで感覚を研ぎ澄ます。

 

「っ――!」

 

 だが視覚よりも先に、嫌な音を聴覚は拾った。金属音、それも交互に揺れるかの様な2つの音だ。

 

「……先輩?」

 

 エナミの声が響くと同時に、こちらに向かっていた金属音の動きが止まった。

 

「――! やばい!!」

「先輩っ!?」

 

 俺はエナミの腕を掴むと、近くの部屋に急いだ。

 

「ちょ、先輩!? この部屋は――」

「――良いから入れ!」

 

 エナミを急かして部屋に入ると同時に、聞こえてくる金属同士のぶつかり合った音。

 

「間一髪か……」

「先輩、今の音は……?」

 

「パッションリップだ。

 今の攻撃は危なかったな……」

 

 俺の予想では今の金属音は間違いなくBBの生み出したアルターエゴの1体、パッションリップだ。

 

 巨大な金属の手とバストを持ったBB同様の紫色の髪を持った彼女の攻撃力はまさに化物クラス。

 

 両掌にその全体像を収め、閉じ込められるならキューブ状で圧縮する恐ろしい攻撃能力を持つ。

 

「そんな恐ろしい能力を持ってる奴がいるんですね……」

「このまま一箇所に閉じ籠ってるのも不味い、直ぐに出るぞ」

 

「先輩、待って下さい!」

 

 呼ばれたので後ろに振り返る。部屋の主が現れた様だ。

 

「マシュか……」

「今、私と先輩は愛の逃避行中なの、邪魔しないで!」

 

「私も行きます!」

 

「じゃあそれで良いよ!」

 

 1秒も待ってられない俺は扉を開けてマシュの部屋を出た。

 

「見つけましたよ」

 

 だが遅かったようで、部屋から出て直ぐにパッションリップの声がすぐ側で響いた。

 

「っく……

 ちょ、ちょっと待て! 一方的な愛は駄目だって反省したんじゃないのか!?」

 

 俺は慌てて距離を取った。

 

「…………? 一方的? 何を言ってるんですか……私とマスターさんは両思いじゃないですかぁ……」

 

「糞、そっち方面かよぉぉぉ!?」

 

 月の聖杯戦争では主人公に一方的に迫っていた事を反省し成長した筈のパッションリップが開幕早々宝具を放ったのにはおかしいと思ったが、まさか両思いだと勘違いした状態で病んでる……否、この場合は病んでるから両思いだと思い込んでいるのだろうか。

 

「なのに……他の女と手を繋いで歩いているなんて……うぅ……潰すしかないじゃないですかぁぁ……」

 

 泣き始め、よく切れそうな鋭利な手で器用にもその涙を拭う。

 

「泣くな、そしてすぐに潰そうとするんじゃない……浮気じゃないし、リップの事は好きだから、な?」

 

「ほ、本当ぅですかぁ……?」

 

 その言葉にホッとしたか、肩の力が抜けたパッションリップは俺に近付く。

 

「えへへ……じゃあ、そこの後輩さん方は邪魔ですから、どうぞ居なくなって下さい」

 

 瞬間、空気が凍った。

 

「お母様は邪魔者はペシャンコにしてって言ったけど、しないで済むならそれに越した事は無いですね」

 

「黙って聞いていれば、随分調子に乗ってくれますね……

 先輩の身の安全のために最初の先輩の発言は聞き流しましたけど、これ以上は我慢の限界です。

 先輩の彼女として、貴女を消します」

 

「爪の攻撃の弱点はもう知っています! 

 貴方の全体像を潰す攻撃は、私には通用しません!」

 

 マシュは盾を構えると全力で突撃してきた。

 

「……やっぱり邪魔をするんですね……面倒だけど、プチッと、潰します……!!」

 

 強大な盾と腕がぶつかり合う。

 

「――夢幻召喚(インストール)、ブリュンヒルデ」

 

 変身シーンはカットと言わんばかりに、一瞬だけエナミの体が光るとその身にブリュンヒルデの力を宿した。

 

「っはぁ!」

「えい!」

 

 巨大な腕と槍が互いを切り裂こうと均衡する。

 盾も槍も腕も、全ての武器が巨大で強大な為、巻き込まれない様に俺は逃げ出した。

 

 

 

「逃げたのは良いが……あの2人で果たしてパッションリップに勝てるのか……?」

 

 マシュのパッションリップ対策は確かに有効な手だ。

 近くで素早く動くモノを捉える事が出来ない様に、近くにある巨大なモノの全体像をリップが両手で包む事は出来ない。

 

「だけど、リップはエナミの使ってたブリュンヒルデを含む3柱の女神をベースに作られたハイ・サーヴァント。

 エナミは逆にブリュンヒルデのみをコピーした、劣化と言っても過言ではない存在。マシュだって決して攻撃力が高い訳じゃないし……」

 

 戦いは長引きそうだ。その間になるべく遠くに逃げたい。

 

「……今の内にリップの部屋に逃げ込めば……いや、危険すぎるか」

 

 こういう時は大抵他のサーヴァントに狙われる。キノコ王国のお姫様じゃないんだ、俺はちゃんと学習している。

 

「――学習しても実行でなきゃ意味無いけどね!」

「騒がないで下さい、マスター」

 

 横に倒された俺は白い布を被っただけの、手抜きの幽霊みたいな存在に攫われていた。

 

 最近引いてしまったキャスターのサーヴァント、天空の神で冥界の神でファラオなニトクリスの仕業だ。

 褐色な胸と局部を薄い布で覆っただけの露出の多い服装に、マントにすら見える広く長い髪の女性は、杖で床を叩いた。

 

「マミー達、ご苦労です」

 

 あっという間に部屋にまで拉致られた。

 

「何やら外ではサーヴァントが争っている様ですが、マスターに怪我は無いようで安心致しました」

「うん、無事ですけど……」

 

「……何時もよりも元気がないですね? 大丈夫ですか?」

「ああ……そりゃあ、外で戦ってるサーヴァントがいるのに心配しないわけには――」

 

「――不敬ですっ!

 私の前で他の女の話をしないでください!」

 

 ニトクリスは怒り、眉をひそめると頬を染めながら座っていた俺を床に押し倒した。

 

「……て、手荒な真似をしてしまいましたね……ですが、私の前で他の女性の心配など厳禁です。

 私を、もっと敬って下さい……」

 

 そっと近付いたニトクリスは俺の腹の上に馬乗りになった。

 

「当然、私が上です……ファラオですから。

 さあ、夜枷を執り行いましょう」

 

 来ている礼装を外そうとニトクリスの手がボタンに伸びる。

 ニトクリスは慎重に、1つずつ外していく。

 

「――っはぁあ!」

 

 最後の1つが外れたと同時に、エナミの気合の声と共に何かが破壊された音が響いた。どう考えても被害者は扉だ。

 

「あ! 先輩が褐色肌のヤリマンみたいな人に襲われてる!」

 

「や、ヤリマっ!?」

 

「丁度良いですね。《貴女にも戦ってもらいます》」

 

 腕を輝かせて令呪を発動させたエナミはニトクリスに命令を下す。

 

「っく……! 何ですかこの令呪は……!!」

 

 強化令呪による命令に逆らえないニトクリスは杖でマミー達を召喚する。

 

「先輩! これを!」

 

 投げ渡されたのはアーチャーのクラスカード。

 

「これは……」

「今は戦力が居るんです! さっさとして下さい!」

 

 エナミが熱くなっている。恐らく、パッションリップの被虐体質のスキル効果で彼女に対して好戦的になっている様だ。

 

「っく……なっ!?」

 

 部屋を出た俺達の目の前で、パッションリップは両手でマシュの盾を持ち上げた。

 当然、盾を握っているマシュも一緒に、だ。

 

「潰せない人、嫌いです……要らないから、捨てちゃいます」

 

 マシュの足を自分の胸辺りで降ろす。その先からマシュの体はパッションリップの胸へと吸い込まれていく。

 

「なぁ!?」

「さあ、大人しく入って下さいね?」

 

「っち! 夢幻召喚(インストール)!

 っはぁ!」

「きゃぁ!?」

 

 エミヤの力を宿した俺は適当な剣を矢として投影し放ち、パッションリップの手に命中させた。

 放されたマシュは地面に落ちながら、なんとか胸から足を脱出させた。

 

「あ、ありがとうございます、先輩!」

 

「……私を攻撃しましたね?」

 

 パッションリップの呟きに、俺の腕、桜マークが反応し始めた。

 桃色だった花弁は徐々に濃くなっている。

 

「――っやぁ!」

 

 パッションリップは俺に向かって突撃する。

 此処は――

 

「干将・莫耶!」

 

 剣を投影して、その攻撃を防いだ。

 

「あっはぁ♡」

 

 パッションリップは嬉しそうに笑いながら更に爪を振るう。

 

「やらせません!」

 

 ニトクリスはマミーに指示を出して自身も杖から魔術を放って攻撃しだした。

 

「邪魔、です!」

「それならこれも貰いなさい!」

 

 パッションリップの背中から迫るブリュンヒルデの槍。

 

「うっぐ!」

 

 だが、パッションリップは俺に向かって横に薙ぎ払う様に振った爪を止める事なく、己の体を回転させた。

 

「っきゃぁ!」

「ぁうっ!」

 

 剣で防いだ俺は数歩下がる程度で済んだが、数匹のマミーと槍で攻撃しようとしたエナミは吹き飛ばされ、マミーはニトクリスに命中した。

 

「先輩! こんっのぉ!」

「退いて!」

 

 立ち上がったマシュは盾で突撃するが体力の限界だった為か、パッションリップの渾身の一撃に盾ごと吹き飛ばされた。

 

「っふぅ……お掃除は終わりです。マスターさんだけ、残りましたね」

 

「っち!」

 

 被虐体質と爪が合わさったカウンター戦法……素人目だが俺はそう分析した。

 

 相手の防御を度外視した攻撃にそれを上回る攻撃でクリーンヒットを決める……力押しと言っても良いかもしれない。

 

「その力が脅威過ぎるんですけど……!」

 

 防いだとは聞こえが良いが、実際は砕けた干将・莫耶を投影し直しているので敗北は必至だ。

 

「ふふふ」

 

 だが、あちらは戦いが終わったとばかりに笑顔でこちらに近付いて、爪で俺を掴もうと腕を伸ばす。

 

「っ! この!」

 

 切っ先で爪を止めるが数秒後には触れた先から砕けていく。

 

「……痛いです、マスター」

 

 剣の当たった箇所を眺めると、俺に悲しそうに言った。

 

「っ!」

 

 もう片方の爪が迫る。投影し直してた干将・莫耶を、今度は両方の切っ先で爪を止める。

 

「……酷いですよ、マスター」

「……」

 

 涙目になる彼女に戦意が薄れていく。

 

「! うぅぅう……」

 

 それでも自衛の為にもう一度剣を振るったが、俺は罪悪感に耐えられずインストールは無くなり涙が出てきた。

 

 

「大丈夫ですよ、マスターは私の爪を怖がっていただけですよね?」

 

 そっと俺の肩にリップの爪……では無く指が置かれた。

 

「えへへ、お母様がこの中だったら普通の腕に変えられるって!」

 

 嬉しそうに、強く抱き締められた。

 

「マスターは優しい人ですよね? だから、斬ろうとした私に謝りたいんですよね?」

 

 俺は涙を流しながら頷いた。

 

「じゃあ、私のお部屋に来て下さい」

 

 手を引かれ、黙って連れて行かれた。

 

「ちょっとだけ痛いの、我慢できますよね?」

 

 ジャラジャラと鎖が地面を這いずった。

 

「お母様は、私に数回攻撃するとBBパニックで私の価値が自分より上に移動するから、その罪悪感で良い子になるって言ってましたけど、マスターは最初から良い子ですもんねー?」

 

「っ……!」

 

 鎖で足を縛られた。俺は両手を差し出した。

 

「え? 手は縛りませんよ? だって、折角握手できるようになったんですもん」

 

 パッションリップはそっと俺の手と自分の手を重ねた。

 

「えぇ……これからはずっと握っていましょう」

 

 俺はコクリと頷いた。

 

「マスターは掃除も洗濯も料理も、ぜーんぶ私の為にしてくれますよね?

 私の好きな時に甘えさせてくれますもんね?

 私がマスターを嫌いになりそうな時は先に謝って仲直りしてくれますね?

 私がマスターを好きだって言ったら、愛してるって返してくれますよね?」

 

 俺は彼女の要望に只々頷いた。

 

「……好きです」

「愛してる」

 

「きゃぁーっ! マスター、私も愛してます!

 逃げたりしないで、これからも私の事しっかり愛して下さいね?」

 

『……死で二人を(ブリュンヒルデ)!』

 

 扉の向こうから声が聞こえる。魔力の高まりも感じられた。

 

『――別つだけ《ロマンシア》!!』

 

 開放された真名を聞いた時には、俺の意識は消えていた。

 

 

 

 

 

「遂に次回は私の出番ですね……先輩を酷い目に合わせて豚の様に扱って…………え? まだ私をゲットしてない? ゲットしてなかったら出番なし?」

 

「ちょ、ちょっと作者さん!? 何をしてるんですか! リンゴは幾らでも余ってるんでしょう!? さっさとラスボス倒して私を手に入れて下さい! ここまでやって未登場だなんて、私、絶対に認めませんからね!?」




KPを振り直すべきか、ミッションを来なしてもっと有利にすべきか……全ミッションコンプリートを狙うなら後者ですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・シャトー……!?

遅くなりました。待っていた方には本当に申し訳ありません。



 

 

「てへっ!」

 

 俺は速攻でチョップをかましてやった。

 

「痛っい! 何するんですか!」

「謝るどころか、巫山戯た顔して誤魔化そうとする後輩を殴っただけだが」

 

 昨日の悪夢の事はやはりあまり覚えていないが、エナミは済まなそうな顔を見せたと思ったらいきなりてへっとムカつく顔をした。

 何かやらかしたのは間違いなさそうだ。

 

「むー……別にぃー、悪い事は……しましたけど、不可抗力ですよ!」

「どうだか……」

 

「そんなに疑うなら、今日は夢の中で手伝ってあげませんからね?」

 

 拗ねやがった。拗ねたいのは俺の方だってのに……

 

「今日は本当に、滅茶苦茶嫌な予感がするんだよな……」

 

「べーっだ! もう、先輩なんて知りません! 今日の放課後デートまで、口も聞いてあげませんからね!」

「じゃあ、俺も今日は弁当抜きで良いな」

 

「……ひっぐ、ぐっす! 先輩のイジワル!」

「お前やっぱり俺の弁当がメインだろ?」

 

 

 

「……非常に不本意だ……!」

 

 悪夢の中で一番最初に聞いたのは、アヴェンジャーの苦虫を噛み潰した様な顔だった。

 怒りが滲み出ていた。

 

「貴様ぁ! 貴様が、BBとかいう女をさっさと召喚しないから、ヤンデレ・シャトーはやり放題だったぞ!」

「えぇ……俺のせい? 作者じゃなくて?」

 

「無事にカルデアに行けた様で、何よりです♡」

 

 そんなエドモンを嘲笑うかの様に、ムーンキャンサー、BBが現れた。

 

「これで首謀者から参加者にクラスチェンジですね? BBちゃん、アヴェンジャーとかと相性良いのでこれからはぜひ使って見て下さい」

 

 自分の宣伝を行いながらもBBは俺に近付いた。

 

「マスターさん、なるほど月の記憶もあるみたいですし、先輩と呼んでも良い感じですね? なら先輩とお呼びしましょう」

 

 1人勝手に納得して、アヴェンジャーへポカンとした顔を向けた。

 

「どうしました? 早く始めて下さい」

「っく……やはり人間では無い者は好かん……! 

 今回のサーヴァントの数はそいつを含めて6人だ!」

 

「そう言う訳で、先輩のハートは私がガッチリ摑んでしまうので、ご注意下さいね?」

 

 

 

「………」

 

 久しぶりにエドモンのダメージの無い気遣い溢れる転移に感動しつつも、辺りを見渡した。

 

「お、マスター発見! 幸先イイじゃん!」

 

 最初に聞こえたのは、最近の若者の如く軽い声と口調。

 

「鈴鹿御――」

「――マスター! 見つけましたぁ!」

 

 逆の方向からも若干テンションの高い声が聞こえてきた。

 

「っげ、まさかタマ――」

「――見つけたぞ、奏者よ!」

 

 鈴鹿御前の奥から響く別の声。

 

「ネロ――」

「居たわ!」

「仔犬、そこにいるわね!」

 

「エリザべートが2人!?」

 

 ハイペースで集まる5騎のサーヴァント。逃げ道がありません。

 

「私が――っぃた!?」

「私が――っぁた!?」

「余が――っなぬ!?」

「「私達が――っあだ!?」」

 

 5人同時に俺の3m前で倒れた。

 

「……はい?」

 

 何の覚えもない俺が一番困惑した。

 全員が大体同じ場所で吹き飛ばされているので恐らく見えない壁が存在するのだろうと予想は付いた。

 

「残念でしたね? 間抜けなサーヴァントさん方?」

 

 ラスボスの如く空中からフワッと、BBが降り立った。

 

「BB……!」

「行ったじゃないですか。今回はBBチャンネルスペシャル企画、先輩強姦塔だって」

 

「まだその巫山戯たタイトル続けてたのか……」

「ええ、作者さんがサブタイトルに入れ無かろうが関係ありません。と言う訳で先輩を皆さんの前で強姦して差し上げましょう♡」

 

「っはぁ!? 今時NTRとか、流行んないんだけどぉ!?」

「この小悪魔……どうやら一発かましてやる必要がある様ですね……!」

 

「ふふ、破壊不可の防音バリアをどう突破する気は分かりませんが、早速先輩を犯す為にBBちゃんの能力、発揮しちゃいますね?」

 

 そう言うとBBは手に持った棒を振るうと、俺にハートマークを飛ばしてきた。

 

「これが私のBBパニックです!」

 

 俺の右手の甲と左手の甲に桜のマークが刻まれた。

 

「発動条件は私の望んた時でーす!」

『ズルッ!?』

 

「という訳で……えい!」

 

 再び振るわれる指揮棒。ハートマークが俺を襲う。

 

「危なっ!?」

 

 咄嗟に回避した。

 

「……どうやら言う程単純な発動条件じゃなさそうだな!」

「ええ、このままだと大変そうなのでバリアの面積を減らしちゃいますね?」

 

「っげ!?」

 

 見えない何かが迫り始める。BBの仕掛けたバリアが徐々に縮まっている。

 

「っく! こうなりゃ壊すしかないっしょ!」

「それしかなかろうな!」

 

「ご主人様をお救いするのはタマモです!」

 

「「行くわよ、私!」」

「「ええ、勿論!」」

 

 どうやらバリアの外でサーヴァント達がなんとかしようとしているらしい。俺は再び飛んできたハートを回避する。

 

「おっとっと……こっちにも壁がー」

 

 ムニュ、なんて擬音が聞こえてきた。BBと密着したからだ。

 

「っちょ!?」

「これなら外しませんね?」

 

 外からの悪寒が増した気がするが、これを避けなけれ色々不味い。

 

「【緊急回避】!」

「へ?」

 

「恋愛発破! 天鬼雨!!」

「ラウス・セント・クラウディウス!!」

 

「日除傘寵愛一神!!」

 

「「バートリ・デュエット・エルジェーベト!!」」

 

 そして同時に放たれた宝具はBBのバリアを貫通し、回避状態である俺は回避出来たが、BBはその全てに巻き込まれた。

 

「ッキャァァァァ!?」

 

 

 

「なんちゃって♡」

 

 回避スキルで宝具攻撃を生き残り、全員から逃げようとしていた俺。その後ろに回り込んで来たのは先の宝具攻撃に巻き込まれた筈のBB。

 

「残念でしたね、先輩♡ 結構抵抗しちゃいましたけど、アレ全部BBちゃんのおふざけでして――」

 

 ――ほーら、先輩の大好きな私ですよぉ?

 

 あっさり、鍵を開けられ心の中がかき混ざられた気分だ。

 

 BBの顔が、声が、心の中で蜜の様に甘く、ベッタリとくっつく。犯したいと匂いに誘われるまま本性が剥き出しになる。

 

 それと同時に、彼女にそんな事は出来ないと、自信が消えて己の小ささを理解する。それと相対的に、彼女の存在が大きくなっていく。

 

「あ、サーヴァントさん達は邪魔しないで下さいね?」

 

「また壁!?」

 

「今度こそ本当の破壊不可能な壁ですので、ご了承下さいね?」

 

 BBちゃんはニッコリと微笑むと俺を連れて何処かに転移した。

 

「邪魔者がいなくなった上に先輩は私に夢中……やっぱり私みたいな万能AIに勝てる人なんていませんね?」

 

 BBちゃんは楽しそうに笑っている。

 

「先輩ったら、お預けされた犬みたいで可哀想……

 発情してるのに飛び掛かれないですから、当然ですけどね」

 

 BBちゃんは俺を見下ろすと嬉しそうに口を開いた。

 

「ほーら、可愛い後輩の絶対領域の中、先輩にだけお見せしますね?」

 

 そう言ってスカートをゆっくりとゆっくりと捲り始めるBBちゃん。

 鼻息が荒くなり、腕が伸びる。

 

「あ、先輩は手を出しちゃ駄目ですよ? ほら、BBパニックの理性(罪悪感)の方を高めて上げますから、我慢、我慢♪」

 

 本能を抑え、厚かましくもBBちゃんに触れようとする本能を止める。

 

「ふふふ、後輩のパンツでそんなに興奮しちゃって……先輩ったら本当に、ヘ・ン・タ・イ♪」

 

 ……なんだろう。罪悪感が増してきたせいか、徐々に冷静になってきた。

 そもそもBBに手を出そうとするのが可笑しい気が……

 

「っむ! 先輩の瞳に理性の灯火が!

 ならば、獣スイッチ、オン!」

 

 若干呆れの表情を浮かべていたがまたBBちゃんに対しての性欲が膨れ上がって来た。

 

「んー……焦らせるのも此処らへんで止めましょう。もう先輩を美味しく頂いてしまいましょうか」

 

 スカートを手から放したBBちゃんはこちらに近付いた。

 

「ふふふ、獣の様に盛ってる先輩……どうしました? ほら、襲いませ――きゃっ!」

 

 近づいて来るBBちゃんに我慢できなかった俺は彼女を押し倒した。

 

「思っていたよりも、乱暴ですね?

 でも先輩の愛を一心に受けられて私、なんだか嬉しくなって来ちゃいました……」

 

 見下ろしている顔は頬を染め、これから先の事に期待しているBB。

 

「先輩。

 先輩の中の狼さん、全部吐き出しても構いません。私に、今まで意地悪してきた分、BBちゃんをたっぷりお仕置きして下さい……」

 

 男殺しなセリフと共に、嬉しそうに微笑むBB。俺は手を伸ばし、掴んだ。

 

「〜〜」

 

 BBの握っていた指揮棒、支配の錫杖を奪い取った。

 

「っ〜〜……え?」

 

「お、BBパニックが収まった」

 

 指揮棒を握った瞬間、洗剤で油が落ちて綺麗になった皿の如くすーっと、抱いていた罪悪感も劣情も消えていった。

 

「取り敢えずこれは没収だな」

「ちょ、せ、先輩!? 返して下さい!」

 

「やだね、こんな危ない物は一生没収しておこう」

「今の流れで私を抱かないとか先輩の主人公力どうなっているんですか!? 恋愛漫画だったら次のシーンは事後の2人の会話な筈なのに!」

 

「残念ながら悪い方にカンストしてるんだよ」

「ですけど、サーヴァントな私に人間の先輩が勝てる通りなんて――あぅ!?」

 

 適当に念じるとBBの顔の前に見えない壁が出現した。

 

「……便利だな、これ」

「なんで使いこなしてるんですかぁ!?」

 

 やっぱり大事な物は奪われたりしない様にちゃんとロックを掛けるべきなんだろうなと思った。起きたら新しい星4サーヴァントにロック掛けておこう。

 

「そんな初心者用なアドバイスを言ってないで返して下さい!」

 

「奏者! 無事か! 今勝手に壁が崩れて……!?」

 

 ネロ、だけではなく先いたサーヴァントが全員集合していた。全員が驚いている理由は俺がBBを下しているからだろう。

 

「た、助けて下さい! 先輩に押し倒されました!」

 

「じー……誰か今のBBさんのお言葉、信じますか?」

 

 タマモの言葉に、誰も何も喋らない。

 

「BBちゃーん、流石に今の言い訳はキツいっしょ? 仮にマスターが押し倒してもBBちゃん全然困んないし」

 

「うぇーん! 乙女の大事な物を奪われた上にこの仕打ち、あんまりです!」

 

 泣き始めた。どうして後輩キャラってこんなに話すのが面倒なのだろうか。

 

「BBさんの権能である杖を奪ったんですねマスター……

 ミコーン! だったらそれで是非、この殺風景な監獄塔を私達2人の愛の巣に変えてしまいましょう!」

「むっ! 調子に乗るでは無いぞ、ラン狐! 奏者よ、早速黄金の部屋を!」

 

「いやいや、黄金とか赤セイバーとかオワコンだし。

 マスター、ここはJKセイバーと自室デートっしょ!」

 

「当然!」

「ライブ会場一択よね!?」

 

 全員が好き放題言い始めやがった。そんなに万能な訳が無いと思っていると、BBが立ち上がっていた。

 

「……まさか、杖を奪った程度で私に勝てるとでも……?

 さあ、来なさいリップ、メルト! 先輩を捕まえるんです!」

 

 BBは黒い箱を取り出すと、中を解凍しその場に2体のアルターエゴを出現させた。

 

 メルトリリスは地面に尻餅を付いたままトロけた表情で力無く倒れており、パッションリップは普通の少女の腕のまま、手を頬に添えている。

 

「ぁ、っはぁ……っ!?」

「マスターさん……私の事、もっと愛して……あれ?」

 

「ちょ、ちょっと2人共!? なんてザマですか!」

 

「ひょ、ひょうが……ないでひょう……貴方が、わたひ達をボックスひ保存した時のままなんりゃから……!!」

「マスターさーん……なんで、他の女と一緒にいるの?」

 

 メルトリリスに関してはどう考えても放送事故だ。

 リップに至っては――

 

「マスターから離れ――」

「良妻☆パーンチ!」

「あぅ!」

 

 武器だった爪が無いので脅威にならない。

 

「肝心な所で使えないですね……」

「チートアイテムが無くなって泣きついてくる様な貴女に言われたくないわ!」

 

 元々無かったチームワークも崩壊で、サクラファイブ(3人)は終わりだ。

 

「それではマスター、良妻タマモちゃんとイチャイチャしに参りましょう!」

「何を言う! 奏者の嫁は余、否、奏者こそ我が嫁である!」

 

「仔犬は私のマネージャーよ!」

「仔犬は私のパーティーメンバーよ!」

 

「何言っちゃてんの? マスターの今カノは私だしー!」

 

 まだ騒がしい奴らがいたか。

 俺は部屋を出て外側から壁を作った。

 

「……ふう、これでよし。封鎖成功だ」

 

 もしかしたら過去最高レベルで安心安全な状態かもしれない。

 

「ふぅ……危ないメンバーだったが、これが奪えたのは大きいな」

 

 支配の錫杖。便利アイテムではあるが俺が使うには荷が重すぎるアイテムだ。神様みたいに色々出来るが、これを使いこなせるのは圧倒的な演算能力を持つBBだけだ。

 壁を生み出すコマンドはどうやら簡略されているので俺でも振るだけで使えるが、それ以外の事は実行しようとするだけで頭が痛くなり、何も出来ない。

 

「まあ、壁作るだけでも十分便利だな」

 

 誰もいないであろう監獄塔を適当に歩いてから、広場で一息吐いた。

 

「ふぅ……こうなると暇だな……まあ、普段が慌ただしいだけだったんだけど」

 

「じゃあ騒がしくして上げましょうか、セ・ン・パ・イ?」

 

 思ったよりも早く賑やかそうなのがやって来た。

 

「っくそ……面倒なのが来たな……」

 

 BBが来れる筈は無い、と言うかBBの支配の錫杖を俺が持っている以上、それを持って現れたコイツはBBであってBBでは無い。

 

「どうやら理解出来た様ですね。

 私こそ人類の完全に管理する存在、BB/GO、此処に復活です!」

 

 こんな時になんと迷惑な存在だろうか。狙いは俺、それ以外ならば現在俺の手元にある指揮棒だろうか。

 どちらにしろ、俺には間違いなく手に余る存在だ。

 

「先ずはセンパイを監禁します。

 その後、言う事を聞く様に調教します。両腕を切って回復なんて生易しい物じゃありません。

 硫酸の中でずっとずーっと、自動回復させ続けて、従順になって漸く奴隷の様に扱い、食事、生活、性癖、生きる意味すら私が定義します」

 

 目の赤いBB/GOは徐々にこちらに迫っていく。俺は来た道を戻る様にその場から立ち去る。

 

「逃がす訳、無いじゃないですか」

 

 だが、俺の逃げ道を塞ぐ様にイータータイプのエネミーが棒立ちで現れる。

 

「っち! 邪魔だ!」

 

 躊躇無くガンドを発動させ、イーターの横を通り抜ける。

 

「サーヴァントを閉じ込めている部屋を開ければ、助かる筈だ……!」

 

 到着した部屋の前で、進行禁止の壁に向かって指揮棒を振った。

 

 

 

 

 

「……先輩、いい格好ですね?」

 

 十字架に貼り付けにされた俺はお茶を飲んでいるBBに眺められていた。

 

「あんなフェイクに引っ掛かって私の大切な物すら簡単に渡す先輩、本当に愚かで愉快ですね?」

 

 結論から言えば、BB/GOはBBの仕掛けた罠だった。

 

 閉じ込めた部屋の中でBBはメルトとリップの2人を使って5体のサーヴァントを処理した。

 最も厄介な鈴鹿御前をリップの胸に押し込み、メルトリリスの力でエリザベート(ブレイブ)のレベルを奪って、力ずくで全てリップの胸へと不法投棄し、後は1人なった俺が助けを求めるまで待つだけだった。

 

「罰としてエッチ事は禁止です。

 達したかったら縛られたまま1人虚しくすれば…………って、調教途中にメルト! 何をしているんですか!」

 

「ん……っ……ぷはぁ……レベルドレインで脱出不可能にしているだけよ……」

 

「リップ!!」

 

「はいお母様。えへへ、肩揉んであげますね」

 

 唇から力が抜けていき、肩に圧力と背中に弾力が与えられる。喋るだけの気力はもう無い。

 

「2人して好き勝手にしないの!

 じゃあ私はやっぱり先輩の一番大事な部分を――」

 

『えぇい! 終了だ終了! これ以上見ていられるか!』

 

 

 

 

 翌日、エドモンから3週間程ヤンデレ・シャトーは一時停止になると書かれた紙が机の上に置かれていた。

 休日だった為、怠い体を横に倒してその日は夕方まで寝たっきりだった。

 




BBは先輩とセンパイで呼び分けていますが本編の主人公がCCCプレイヤーなので先輩と呼ばせています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

高難度ヤンデレとマイペース

今回は前話で休暇を貰った切大の代わりに別のマスターの話。
以前、記念企画で書かせて頂いたマイペース系マスター陽日君のお話。

珍しく第三者視点です。


 

「ふぁー……」

「貴様は、何時も誰かに一服盛られているのか……?」

 

 寝ていた筈なのにいつの間にか夢の中にいるようで、取り敢えずアクビをした。

 

「失礼だなぁ……集中する時は思いっきり集中するよ俺。だけど……それ以外は力は抜いて行動するの」

 

「些か抜き過ぎな気がするがな……」

 

「で、今日は何? 寝て良い?」

 

「そうは行くか! 貴様には今日という今日こそ肝を冷やす程度の恐怖を味わってもらう!」

 

(俺、そこまでこの人に嫌われる事したかな?)

 

「仮初のマスター……陽日……! 今回のヤンデレ・シャトーで今度こそ悲鳴を響かせてやる……!」

 

 こうなっては仕方ない。固い床で寝る準備をしよう。

 

「お休みー……」

 

 

 

「ん……ん」

 

 何処かに飛ばされた事だけを理解した陽日は取り敢えず寝た。

 何処でも寝れるスキルなんて中学の終わりに既に身に着けていたのだ。

 

「……にゃむ……」

 

「……呆れた。こんな所で寝てるわね」

 

 そんな彼を黒い甲冑に身を包んだアヴェンジャー、ジャンヌ・オルタが発見した。

 

「まあ連れて行くのが楽で良いけど」

 

 寝ている彼に近付き、サーヴァントの力で難無く彼を持ち上げた。

 その際に、寝顔が彼女の方へ向いた。

 

「っ……! ……か、可愛い顔で、寝るじゃない……!」

 

 普段から引き締まる事があまり無い陽日の表情筋が緩みきったその寝顔に彼女は少し嬉しくなった。

 

「部屋に連れて行きましょう。

 こんな所で寝て風邪でも引かれたら溜まったもんじゃないわ」

 

 抱えた小さな幸せを軽い足取りで自分の部屋へと持ち去った。

 

「誰もいなかったわね……でも、このままだと誰かが来るのは時間の問題よね……」

 

 ジャンヌは陽日をベッドに降ろすとドアの外側にデフォメーションされたファフニールの掛け札を掛けた。“睡眠中”と書かれている。

 

「……じゃあ……どうしようかしら? マスターは寝ているし……」

 

 横目でマスターを見つつ此処から何をするか悩むジャンヌ・オルタ。

 

「じゃ、じゃあ、添い寝してあげましょうか……! 寝ている時にキスなんて、野暮ですもの……」

 

 自分に言い訳しつつジャンヌはそっと布団へ入り込んだ。

 

「……私が横にいるってのに、呑気に寝ちゃって……っひゃ!?」

 

 仰向けだった陽日の頭が動いて、ジャンヌの方へと向いた。

 

「う……こ、こんなだらしない顔、ちょ、直視してられないわ……!」

 

 恥ずかしそうに悶えるジャンヌだが、同時に無防備な唇が視界に入った。

 

「……キス……」

 

 ジャンヌ・オルタの心の中で自分の欲望を優先しようとする想いが溢れる。

 

 自制するべきだが、貪りたい。

 

 泣かせてしまっても構わないから、他の誰にも消されない程にあの唇を犯したい。

 

「……! が、我慢なんて……出来る訳無いじゃない……!」

 

 抑えようと考えたが、それは自虐的に浮かべたニヒルな笑みと共に消えた。

 

 元々自分は完璧な聖処女が反転した存在だ。それが想い人の安眠よりも己の快楽を優先しようと考える事の、何処が間違えだろうか。

 

「マスターが……悪い、から」

 

 そっと言い訳を零しつつ、唇を捉えて迫らせる。

 

「私の前で、こんな間抜けヅラを晒した事を、後悔しなさ――」

 

 葛藤を振り切った彼女の口付けを阻む様に、扉が壊れた。

 

「……マスターさん?」

 

 ジャンヌは飛び起き、寝間着姿だった己の服装を魔力で甲冑姿に変更した。

 

「あんたは……!!」

「あら、あらあら? マスターさんを攫ったのは貴方でしたか」

 

 ジャンヌ・オルタに余裕は一切なかった。現れたのは日本の英霊の中でも1、2を争い、世界トップクラスのサーヴァントとも肩を並べる実力者、源頼光だった。

 

「マスターは寝てるわよ。静かに出て行きなさい!」

「でしたら、なるべく静かにくたばって下さい」

 

 一切の笑みが消えた頼光は刀を手に取るとジャンヌに向かって突撃した。

 

 振り下ろされる斬撃を旗で受ける程度ならば村娘に出来ない事でも無いだろうが、受け止めるとなると話は別だ。

 

「っう……!?」

 

 折れない旗で刀を止める筈が、その一撃で背中が壁まで押し出されてしまう。

 

「ば、馬鹿力ね……!」

「今のでお分かり頂けたでしょう? さっさとマスターをお渡し下さい。村娘に負ける程、軟な鍛錬は行っておりません」

 

「言ってくれわね……!

 こちとらアヴェンジャー……アンタから貰った痛み、返してやりたいって飢えてんのよ!」

 

「それじゃあ……死にな――」

「お母さん……喧嘩……しないでねぇ……」

 

 偶然にも聞こえた寝言に頼光の手に込められた力はみるみる抜けて、落ちた刀は地面に当たると粒子化し消えた。

 

「はぁ〜い! マスター、母は喧嘩なんて致しません」

 

 顔が喜びで一杯になった頼光は寝ている陽日の顔へと抱き付いた。

 ジャンヌは先までの戦いの雰囲気が一気に崩れ、どう反応すればいいか分からなくなっていた。

 

「んー、柔らかいけど……苦しい……」

「マスター……ふふふ、お寝坊さんですね?」

 

 目こそ閉じているが、流石に体を持ち上げられ胸を押し当てられた陽日は起きている様だ。

 

「…………えーっと……どちら様でしょうか?」

 

 目が覚めての第一声がそれだった。

 

「ま、マスター!? 私の事、ご存知無いですか!?」

「ゴメンね。うん。こんな胸の大きい知り合いはいない、かな?」

 

 顔と名前を覚えられない陽日だが、流石に日本人らしい慎ましさが微塵も感じられない巨乳を持つ目の前の女性に会っていれば絶対忘れないだろうと思い、会った事は無いと確信した。

 

「私です! 源頼光、貴方のサーヴァントです!」

 

「サーヴァント……? ああ、そっか、まだ夢の中だったね………………ぐぅ」

 

 ヤンデレ・シャトーの中にいる事を思い出した陽日は何の迷いも無く再び目を閉じた。

 

「ま、マスター?」

「眠いから……寝かせてぇ……」

 

 突然自分の胸の中で寝始めたマスターに頼光は戸惑うが、その赤子の様な寝顔に頼朝は興奮した。

 

「可愛い……! 可愛いわマスター!」

「っちょ、強く抱き締め過ぎよ! アンタ、マスターをトマトみたいに潰したい訳!?」

 

「え? あ……」

 

 ジャンヌの叫びに頼光は慌てて力を抜いた。陽日は寝てはいるが、その表情は苦痛で歪んでいる。

 

「い、いけないわ! ベッドに!」

「全く……!」

 

 ジャンヌはベッドの上から毛布を退けて頼光は陽日をそっと下ろした。

 

「ふぅ……とにかくこれで良いわね……」

 

 先まで殺す気で争っていた2人はマスターの表情が柔らかくなり、同時に安堵した。

 

「……で、どうする? 続けようかしら?」

「害虫退治と言いたい所ですが……マスターが眠ったばかりですし……」

 

「場所を変えようってわけ?」

 

 頼光はジャンヌの提案に頷く。2人は部屋のドアへと向かった。

 

 

「センパーイ! 此処で――もが!?」

 

 そんな空気なんて知った事かと、2人が出ようとしたドアから現れた後輩系黒幕サーヴァント、BBの口を2人は速攻閉じた。

 

「っしー!」

「マスターの安眠を妨害する耳障りな虫ですね……!!」

 

 流石のBBもバーサーカーである頼光の握力と眼光に、後輩系黒幕じゃなくて黒幕系後輩だとか、そんな巫山戯た発言は出来なかった。

 

「ぷはぁ! な、何ですかいきなり!?」

「残念だけど、私のマスターは私のベッドで寝てるのよ」

 

「え!?」

 

 BBはジャンヌが親指で指した先を見る。

 既に先程の苦痛の表情を微塵も感じさせない程にだらけきった表情に戻っている。

 

「ゃだ……ぅぃ……!」

 

「分かったら静かに――」

「――無理……尊い……! 

 あんな先輩、可愛過ぎです! 絶対私がお持ち帰りします!」

 

「させるとでも?」

「渡さないわよ?」

 

 こうして、一章ボス、イベントボス、ラスボスの三つ巴の戦いが始まった。

 

 

 

 

(やっと出て行きました……)

 

 物音1つ立てずにタンスの中から出て来たサーヴァントがいた。

 

「……マスター……お邪魔しますね?」

 

 スルリと寝ている陽日の隣に入ってきた褐色肌の美女、静謐のハサンだ。

 

「……可愛い寝顔……私の隣に……」

 

 念願の添い寝を達成した事で静謐のハサンはそわそわし始めた。本当に達成したのかどうか、実感を得たかった。

 

「……触れる……マスターが、暖かい」

 

 陽日の腕に触った静謐のハサンはその体温がある事に安堵した。

 

「……幸せです」

 

 それだけで満足したハサンだったが、寝ている陽日は当然ながら反応を示さない。

 

「…………」

 

 徐々に静謐のハサンに新たな願望が芽生える。

 

「……く、口付けくらいな――っひゃ!?」

 

 ――願望を行動に移そうとした瞬間、陽日はその両手でハサンを抱き締めた。

 

「え……マスター、もしかして起きて」

「イリヤ……動かないで……」

 

 瞬間、静謐のハサンの頭は冷水を浴びせられたかの様に冷え切ったが、マスターの顔が側にあった為、一瞬で正常な感情温度に戻った。

 

「うぅ……他の女だと思って抱かれてますけど……嬉しぃ……」

 

 当の陽日は本気で熟睡しており、起きる気配は微塵も無かった。

 強いていうなら、抱き枕から発せられる良い香りの睡眠薬で更に睡眠が深くなっている。

 

「BBちゃん、大勝利! これで先輩は私の物で――!?」

 

 急に戻ってきたBBはドアの先に広がっていた光景が不意打ち過ぎたので驚いた。

 

「っ!? ……ッフ」

 

 それに驚いた静謐だったがあまりにも滑稽な恋敵の姿に、ドヤ顔で返した。

 

「〜〜っ! ちょっと! 人の先輩と寝てるとかっ! あり得ないんですけど!?」

 

「……マスターから抱き着いてきました……」

 

「ドヤ顔でなんの報告ですか!? 良いですよ、貴方みたいな毒しか取り柄の無いストーカー、BBちゃんの手に掛かればあっという間に……!」

 

『きゃぁぁぁぁぁ!!』

 

 静謐を始末するつもりだったBBだが、行動を起こす前に後ろから聞こえてきた悲鳴にハッとなった。

 

「……誰の勝利、でしたっけ?」

「何なのよあの谷間お化け! 何時もの倍の威力で燃やしてやったわよ!」

 

 コロシアムと化した廊下から生還した頼光とジャンヌ・オルタはBBを睨みつけた 

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! その前に此処で先輩の隣で寝ているストーカーに……って居ない!?」

 

 BBの指差したベッドは既に静謐のハサンだけではなく陽日の姿すら無くなっていた。

 

「っで……マスターをどこに隠したのかしら?」

「ふふふ、おかしな力を持っている様ですし、これは一度拷問をすべきですね」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい……BBちゃん、この件に関しては、何1つ関与して無いんですけど……!」

 

『問答無用!!』

 

「焼き尽くしやるわ!」

「プチプチと……潰しますね?」

 

「タイムー! タイムを要求しまーす!

 いやぁ、先輩、助けて下さぁい!!」

 

 

 

 

「静謐のハサン……です」

「……イリヤ……?」

 

「違います……抱き枕の名前は静謐のハサンです……」

 

「静謐の……ハサン……?」

 

 1人憤怒の業火と鬼神の刃から逃げ去った静謐のハサンは陽日に一生懸命自分自身を刷り込んでいた。

 

「そうです、静謐のハサンです……」

 

「……85点……」

「え?」

 

「匂い……強い……もっと励むべし……」

 

「は、はい! 私、もっと立派な抱き枕になります……!」

 

 逆に何か刷り込まれた。




復刻イベント来てます水着イベントまでガチャを引かない事に決めましたので、引きません。
引きません。


正直新水着サーヴァントよりも清姫が欲しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モードレッド・ヤンデレ

投稿が遅れて申し訳ありません。
最近はあまり執筆の時間が取れず、感想欄の返信も遅れてしまって本当にすいません。
返信していなくても感想欄はちゃんとチェックしていますので、出来ればこれからも応援よろしくお願いします。


 

「……はぁ……新しいモーさん、来ないかなぁ……」

 

 僕、山本皐月は憂鬱な溜め息を吐いていた。

 理由は単純に、FGO内でモードレッド的新要素が無いからだ。

 

「水着イベントはモーさん去年出たから今年は無いだろうし……」

 

 モードレッド命の僕にとってこれは死活問題だ。アニメこそ控えているが僕の中ではオワコン化が加速しつつある。

 

「まあアニメとの連動コラボ的な物もあるかもしれないし、FGOを辞めるとかあり得ないけど」

 

 それでもモードレッドに何か新たな姿をと願い続ける僕だった。

 

 

 

「――よっしゃキタァァァ!! ヤンデレ・シャトーだぁぁぁ!!」

 

 両腕の拳を握り、ガッツポーズで叫んだ。

 

「……随分嬉しそうだな」

「あ、全然俺のカルデアに来ないエドモンさん、こんばんわですっ!!」

 

 僕は敬礼でその人を迎えた。

 

「相変わらず……と言った所か」

「はい! モードレッド出ますか!?」

 

「あぁ……出るぞ」

「うぉっしゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 興奮を抑える事すら忘れ、最高の大声で叫んだ。

 

(コイツ程にやる気に満ち溢れたマスターも早々いないだろうな……)

 

「……精々、アイツに飲まれない事だ」

「――ん? 何か言いました?」

 

「いや、何でも無い」

 

 

 

「モーさんは何処だろう……」

 

 ヤンデレ・シャトーの暗い廊下を歩く。限られた時間でどれだけ病んでいるモーさんとイチャイチャ出来るか、それだけが僕の目標だ。

 なるべく早く合流したい。

 

「……」

 

 残念ながら彼女を名前で呼び掛ける事は出来ない。それをすれば他のヤンデレサーヴァントが覚醒してしまうからだ。

 

「ならば、気合いで見つけてやる!」

「誰を見つけるって?」

 

 後ろから僕が求めていた声色が聞こえて来た。弾かれた様に後ろを振り向くと、そこには愛しのモードレッドが……

 

「…………え?」

 

 僕の頭はフリーズした。

 

 振り返った先に居たのは赤い軽装に金髪の美少女……だが、身長が少し高い所と、普段通りの胸当て部分だけでは隠しきれていない程に胸が大きいという事実がモードレッドとの関係性を断ち切っている。

 

 後、個人的には真っ赤なヒールと、その上の大人な艶を持つ生足が好きです。

 

「ど、どうしたんだよマスター? オレだオレ! モードレッドだ!」

 

「……え、いや、だって……その胸は……?」

「はぁ……? 槍の父上があんなに大きいんだぜ? ランサーのオレがこんだけ成長すんのは当たり前だろ?」

 

 そう言ってやたら大きな槍を構えるモードレッド。その動きだけで大きな胸が揺れる。

 

 本当にモードレッドの様だ。性格はあまり変わっている様子はなさそうだが、やはりその容姿には違和感しか無い。

 

「あ……あんまり、ジロジロ見るなよ……」

「あ、ご、ごめん!」

 

 だけどそうか、モードレッドってこんなに成長するのか……

 

(………アダルティだけど見られて顔を真っ赤にするモーさん! 全然アリだ!)

 

 僕の中のモーさん評議会では満場一致でエロティックなモードレッド最高であった。

 

「じゃあ、モードレッドの部屋まで連れて行ってくれる?」

「ぁ……! お、おう、勿論だ!」

 

 嬉しそうに頷いたモードレッドの後を歩く。

 予想外の新たな刺激に既に僕は興奮状態だ。

 

 

 

 

「あらら……マスターさん、あっさりあのモードレッドさんに着いて行っちゃいましたね?」

 

「っく……! 卑怯者が!」

 

 後輩系ラスボスであるBBは既に本物のモードレッドを捕らえていた。

 

「マスター! それはオレじゃねぇんだ! 気付いてくれ! て言うか、普通気づくだろ!?」

 

 セイバーだけではなく、水着姿のライダーモードレッドもだ。

 

「そろそろ私も行って良いかしら? リップだけだと彼が怪しむわ」

 

 悔しむモードレッド達の声が聞けて喜んでいるBBに、メルトリリスは自分への指示を催促する。

 

「ええ、構いませんよ。メルトに一番適合率の高い外見情報(スキン)人格情報(データ)をインストールします」

 

 BBが指揮棒をヒラリヒラリと振るうとメルトリリスの体は光に包まれる。

 そしてインストールが終わると、そこには短い金髪の少女が灰色のワンピースを着てそこに居た。

 

「……BB、これはどういう事かしら?」

「メルトかっわいー♪ それが適合率の高い姿ですよ」

 

「おい、なんだソレ!?」

 

「んー名称を付けるなら、モードレッド・リリィでしょうか?」

 

「外側はまだ許容範囲よ。だけど、人格情報がツギハギだらけよ」

「それも予想通りです♡

 モードレッドさん達はホムンクルスですから、リリィと呼ばれる姿が存在しないんです。だから人格は取り敢えずそれらしい物を幼きアーサーと現在のモードレッドさんを混ぜて作ってみました」

 

「なるほどね……」

 

 メルトリリスはため息と同時に情報の整理を行った。

 

「マスター、大好き!」

 

「「っ――!?」」

 

 幼い自分の声で言われたセリフが思いの外恥ずかしく、モードレッド2人は絶句した。

 

「えへへ、もっと褒めて褒めて! 私、もっと頑張るから!」

 

「やめろぉ! その声で変な喋り方するんじゃねぇ!」

 

「っくそ! この鎖、どうやったら外れんだ!?」

 

「――ふぅん、こんな感じかしら?」

「メルトったら、本当に可愛いですよ」

 

「後でその録画データを頂戴。オリジナルの性格は最悪だけど、この姿の人形はきっと素敵な物になるわ」

 

「マスター!! 早く気づいてくれぇ!」

 

 

 

 アダルティックなモーさん、ではなくモー姉様と化したモードレッドの部屋に到着した。

 

「ほら、此処がオレの部屋だ」

「おおー……へ?」

 

 花、ピンク、桃色……到底男勝りなモードレッドとは思えない空間がそこには広がっていた。

 

「あ、あんまり見るなよっ! は、恥ずかしいだろ……」

 

 照れるモー姉様可愛い……なんて普段なら思っていただろうが、モードレッド好きで寛容な僕の精神に何か、強烈な、到底受け入れ難い違和感が入り込んだ。

 

 胸のでかいモー姉様は有りだ。だって顔と性格はモードレッドだもん。

 

 イヤらしい視線に耐性が無く、嫌がるモーさんも有りだ。不自然ではない。

 

「だけど、この光景は……」

 

「? どうかしたか、マスター?」

 

「……お前、さては偽――」

「――マスター!!」

 

 突然、開っぱなしだった部屋のドアから、僕目掛けて誰かが飛び込んできた。

 

「おわ!?」

 

 僕はそれが少女だと気付き、慌てて止めた。

 

「だ、だ――えぇぇぇ!?」

 

 綴じ込んできた少女の正体を聞こうとしたが、それより先に視界に飛び込んだその顔に驚いた。

 

「私は、モードレッドだよ!」

 

「うっそ……」

 

(何早速バレそうになってるのよ、リップ)

(め、メルト……すっごく可愛いね!)

 

 僕は抱えている少女をもう一度見た。

 少女らしい、幼くも元気溢れる体。

 今の面影のある顔に、短い金髪を縛っているその髪型。

 

「本当にモードレッドだぁぁぁ!!」

「っきゃぁ!?」

 

 嬉しくなって本気で抱き締めた。

 

 匂いも嗅いでおこう。

 

「クンカクンカクンカクンカ!」

 

「ちょ、ちょっとマスター……!?」

 

 小さなモードレッドの首元で鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。

 

「クンカクンカ……ん?」

 

 夢中になって嗅ぎ続けていると再び違和感に気付いた。ほんのり甘い匂いがする。

 香水では無いが、これは……

 

「……ねぇ……君は本当に、モードレッド?」

 

「――!? な、何言ってるのマスター!? 勿論私はモードレッドだよ!」

 

 一人称……は許そう。だが、このハチミツの様な匂いは、幼いモードレッドから放たれて良い匂いじゃない。

 

「……キミは……キミ達は……ダレだ?」

 

 僕はそっとモードレッドを名乗る少女を放すと、淡々とした口調で2人に言った。

 

 僕はモードレッドが好きだが、それ故に偽物は許さない。

 

「…………」

「…………予想外ね」

 

 先に口を開いたのは少女の方だった。

 彼女は体から光を放つと、鉄の脚の本性を晒しだした。

 

「ご明察、私はモードレッドなんて騎士じゃない。

 快楽を司るアルターエゴ、メルトリリスよ」

 

「メルトリリス……って、事はそっちは……」

 

「……同じくアルターエゴのパッションリップです……」

 

「まさか完璧に変装した私達の正体が見抜かれるとは思わなったわ。リップのミスはあからさま過ぎたかもしれないけれど……どうして私に気付いたのかしら?」

 

「匂いだよ! そんな甘い匂い、モードレッドからするわけ無い!」

 

「匂い……あ……!」

 

 するとメルトリリスは突然赤面して恥ずかしがり始めた。

 

「……メルト、抱き着かれたのが嬉しくって濡れ――」

「――言わなくて良いでしょう!?」

 

 よく分からないがよくも僕を騙してくれたな。

 

「只で済むと思うなよ!」

 

「……ふん、だけど正体がバレても、私達相手には何も出来ないでしょう?」

 

 接近。そして拳を握って殴り掛かる――

 

「ふふふ、暴力なんて無粋ね」

「――【ガンド】!」

 

 迎え撃とうとしたメルトの体の中心に指鉄砲を向け、魔弾を放った。

 

「っきゃ!

 ……! リップ!」

「うん!」

 

 リップ僕は部屋を出ると同時に礼装を手に取った。

 

「概念礼装【ザ・ゲージ】!!」

 

 そして、部屋の中を檻が包んだ。

 

「これは他人の評価した自分に囚われる概念礼装、つまり、ハイ・サーヴァントなんて複数の評価が存在するお前達を捉えるのに持ってこいな礼装なのさ!」

 

 こじつけだ。

 だが言ったもん勝ちだし、実際礼装は僕の言った通りに働いている。これで良い。

 

「さあ、早く本物のモードレッドを探さないと!」

 

 

 

「えー……あの2人、あっさり逃げられてますよー? これBBちゃん大勝利で終わる話じゃなかったんですか?」

 

「流石はオレのマスターだな!」

「おい、さっさとオレ達を開放しろ! お前の負けだろ!」

 

「ふふふ……まさか、BBちゃんが主人公の逆転劇を警戒せずに、何も仕掛けて無いと思ってますか?

 当然、こんな事は想定済みです。

 てな訳で、BBパニック、オン!」

 

 

 

「――!」

 

 僕は背中に何か寒い物を感じた。何か、とてつもなく嫌な予感がする。

 

「あ、センパーイ!」

 

「あっ! モードレッド!」

 

 後ろから聞こえた天使の声に、嫌な予感など忘れて振り返った。

 

(私をモードレッドさんだと認識させるとっておきのBBパニック!

 私の匂い、言動、性格、全てがモードレッドとであると錯覚するチート状態です!)

 

「モードレッド! 良かった、偽物ばっかりでちっとも本物の君に会えなくて寂しかったよ!」

 

「私もです、センパイ!」

 

「今すぐ僕を抱きしめてよ、モードレッド!」

「もう、センパイったら……甘えん坊さんですね?」

 

 そう言ってモードレッドが近付いてくる。

 

 

「よう」

「ちょっと面貸せよ?」

 

「……アレー?」

 

 その前には、2人のモードレッド以外の誰かが立ち塞がった。

 

「ちょ! な、なんで拘束しておいたはずの2人が……!」

 

「令呪の命令は絶対だからな」

「マスターがすぐ来いって言ったんだ、直ぐに来るに決まってんだろ?」

 

「で、ですがマスターの認識ではモードレッドは私だけです! 誰が本物なんて考えなくても、私ですよ、センパイ!」

 

 モードレッドと2人の誰かがいる……その誰かは絶対的にモードレッドでは無いと分かっている……筈だが。

 

(……何か違和感を感じる)

 

 2人が同時に現れた理由は僕が令呪を使ったからだ。なら間違いなく、最初からいる、僕が本物だと確信しているモードレッドは……

 

「お前が偽者だ!」

 

 心の中で一番それが正しいと思えるモードレッドを、僕は迷う事なく指差した。

 

「……はい? な、なんでですかセンパイ! 人間の認識機能に自分が間違いなくモードレッドであると訴え続けているのに!」

 

 もっともモードレッドらしいセリフで狼狽え始める偽者に僕は言い放った。

 

「僕は貧乳好きだ! なら大好きなデフォルトモードレッドに、乳袋なんか付いているか!」

 

 他の全ては僕の好みと認識されているのに、あの垂れて揺れている物だけは許容出来ない。完璧過ぎるが故にその部分だけ好みから外れているのがずっと分からなかった。

 

「わーん! なんて人間らしい結論! 性癖をカミングアウトされた上で振られたBBちゃんは黒幕みたいに逃げ帰らせて頂きまーす! うぇーん!」

 

 

 

 

 

 

「とか言ってた割には最初の胸のでかい偽者には随分デレデレしてたじゃねぇか! そこん所、どうなんだマスター?」

 

 セイバーのモードレッドに剣を突き付け問い質される。

 

「マスターは……子供好きであって、ロリコンとかじゃ無いよな? 匂い……嗅ぐか?」

 

 ライダーのモードレッドには抱き着かれ、僕は大変幸せである。

 

「えへへへ……モードレッドなら巨乳でも貧乳でも大好きだよぉ」

「…………んな事言っても、偽者とイチャイチャしてたの、知ってるんだからな!?」

 

「じゃあ、これからもっとイチャイチャしよう、ね?」

 

 拗ねるモードレッドも可愛いけど、早くラブラブしたくて我慢出来ない僕はセイバーのモードレッドを自分の隣に誘った。

 

「ご、誤魔化すなよ……オレ、今はヤンデレなんだぜ……? あんまり近くにいると、マスターの首を――」

 

「クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカ……!」

「ひゃぁ……ま、マスター……鼻の動きがくすぐったい……!」

 

 一心不乱に、許可されたライダーモードレッドの香りを鼻に吸い込み続ける。

 ヤバイヤバイ……麻薬並みに中毒性あるぞこの香り。

 永遠吸っていたい。

 

「……マスター……?」

「な、そこまで嗅ぐのか……?

 せめて……優しくしてくれよ……?」

 

 なお、この数秒後に僕がアズライールされたのは言うまでもない。

 

 

 




来週で切大君の休暇終わりです。果たして自分は、彼のキャラを忘れていないだろうか……恋しいな……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学園→ヤンデレ監獄塔

今回は切大さんの最後の休暇中に起きた出来事です。



不良入ってない時の玲と切大の違い、書けてるかなぁ?


「よっし、侵入成功です♪ 此処で早速、センパイの弱い所を攻めに攻めて――」

 

「やっちゃって下さい、エミヤさん」

「了解」

 

「ちょっと、侵入して直ぐに攻げーー!!」

 

「新宿のアーチャーさん」

 

「バレルの準備は万全だ」

「ファイアです」

 

 エナミハクツの指示の元、彼女の夢に侵入したBBはエミヤ(オルタ)の攻撃で怯んだ所を拘束され、大砲に入れられると共に新宿のアーチャー(匿名希望)の能力で彼女の夢の外へと打ち出された。

 

 

 

「っく……アレが百合を1ミリも受け付けない鉄壁乙女ですか……!」

 

(お母様、人間にちょっかい掛けようとあっちこっち行ってるけど、全然上手く行ってないですね)

(BB=胡散臭いって認識しているマスターが多いせいね。間違いじゃない事が致命的ね)

 

「ちーがーいーまーす! トンデモマスターが多過ぎるだけですぅー! 

 モードレッド大好き人間とか、睡眠オンリーとか、クセの強いマスターが多過ぎます!

 ですが、今度は違います!

 初心者、ビギナーなら、きっと私を唯の小悪魔系後輩キャラだと思う筈! そしたら…………ふふふ、地獄を味合わせてあげます!」

 

(……BBって、何がしたいんだろうね?)

(配布キャラで多くのマスターの夢の中を入り込めるようになったから、取り敢えず毎日リアクションを返してくれる様な人間を探してるんじゃない?)

 

「そこ! 聞こえてますよ! 私は唯、新しい玩具が欲しいだけです!」

 

((……構って欲しいの間違いじゃ……))

 

「だから、聞こえてますよぉ!?」

 

 

 

 ヤンデレ・シャトー内にて新聞部部長が定着しつつある俺、玲は呆れた表情で部員2人を見つめていた。

 

「……もぐもぐもぐ」

「ムシャムシャ、ムシャムシャ」

 

 新たに2人の部員が加わった新聞部内のエンゲル率が上がった。

 この学園、新聞部は俺のお陰もあって部費は結構貰える上にあまり使わないので余っている分は食費に回しても良いが、どう考えても多い。

 

「魔人セイバーさん、部長が眉を細めて困っています。恐らく貴方の食べ過ぎが原因かと」

「失礼な、私の食量は貴方とほぼ同程度。ならば、マスターが不快感を覚えるとしたら私達2人共だと思われます」

 

 アンパンの入っていたプラスチックの袋とたこ焼きのパックの山で埋め尽くされた2つの机の先で、ヒロインXオルタと魔人セイバーの声が聞こえる。

 

 机の上で作業している俺は時折2人を見ていたが、いつの間にか見えなくなっていた。

 

「おい、流石に食べ過ぎだろ……」

「もぐもぐ……だそうですよ、魔人セイバーさん」

「ならばやめるべきですね、Xオルタ一年生」

 

 ダメだ。お互いに止まるつもりは無いらしい。

 

「なら拳骨制裁しか無いか…………」

 

「…………」

「…………」

 

 俺が腕を鳴らすと2人の音がピタリと止んだ。

 

「……あの2人、あの脅しには素直っすね」

「サーヴァントの頭に野球ボール程の大きさのたんこぶを作った拳だ。

 俺も、出来ればアレは受けたくはない」

 

「分かったらさっさとそのゴミの山を片付けろ」

「「はーい」」

 

 2人の返事を聞いて俺は小さく溜め息を吐いた。

 

「……所で、式セイバーは?」

「ヒロインXと一緒に体育館に向かったわよ。模擬戦だって言ってたけど」

 

 新聞部員のフリーダムさに流石に頭を抱える。

 別に束縛するつもりは無いが、部活のメインである新聞作成を部長とジナコに任せっきりって……

 

「んー……ま、平和でいいか」

 

 

 

「……って感じだっただろ。どうなってんだコレ?」

 

 昨日のゆるい青春部活モノから一転、マジモンの悪夢になったかもしれない。

 

「学園が悪魔の城みたいになってんだけど……」

 

 目の前に鎮座する洋風の城は禍々しい上に空すら怪しく曇っている。

 

「何よこの趣味の良さそうな城は?」

「ジャンヌ・オルタ……」

 

「何よ? 言っておくけど、私じゃないわよ?」

「私の……あんこ補給所が……」

 

「あら、随分様変わりしましたね?」

「……学園が……」

 

「っむ……嫌な感じですね」

 

 落ち込むXオルタ、不敵に笑う式セイバー、静かに怒る魔人セイバー、何かを感じ取ったヒロインX。

 

 いつの間にかカルナとジナコ以外の新聞部のメンバーが集結した。

 

「……で、どうする? 入るか?」

 

「ええ。今日が休校とは聞いていません。取り敢えず登校しましょう」

 

 俺の言葉に頷いて答えた式セイバーは先に城に向かって歩き始めた。

 

「仕方ありません……あんこを探しに行きましょう」

 

 Xオルタも立ち上がる。そして、結局全員で城に乗り込む事になった。

 

 

 

「……あっさり開いたな」

 

 俺が手で押すと扉は開いた。全員が隙無く辺りを警戒する。

 

「……どうやら、歓迎は無いらしいな」

「歓迎されていないかもしれませんね」

 

 出来れば学校側のお巫山戯で、此処で盛大に出迎えてくれる事を願っていたが、外れだった様だ。

 

「となるとマジで何なんだコレ……ん?」

 

 見れば少し離れた先には誰かが倒れている。

 

「おい、大丈夫か?」

「……ん……」

 

 良かった。どうやら無事の様だ。

 紫色の髪の女子か。見た事は無いが服装からして学園の生徒の様だ。

 

「……センパイ……?」

「一体、何があった?」

 

「……分かりません。普通に登校した筈なのに、気付けば気を失っていて……」

「……もしかして、学園が様変わりしているの、知らないのか?」

 

 だとすると、この生徒が登校した時間で学園が城と化したのかもしれない。

 

「……いえ、知りません。普通の学校だった筈なんですけど……」

「そっか……なら、さっさと此処から出ろ。後は俺達が調べてみるから」

 

 そう言って手を差し出して立ち上がらせた。結構胸あるな……

 

 女子生徒が扉へ向かって歩いて行くのを見て、俺達は城を調べる事にした。

 

「セ、センパイ! 開きません!」

 

 が、どうやら閉じ込められてしまったようだ。

 

「しょうがない……俺達に着いてくか?」

「は、はい! お願いします!」

 

「……あの娘、怪しくないでしょうか?」

「……胡散臭い」

 

 何やら部員達は怪しんでいる様だが、ここで悩んでも仕方が無い。

 

「わ、私は1年B組のB.ブロッサムです。よろしくお願いします、センパイ!」

 

「おう。よろしくな」

 

 全員の自己紹介が終わると、早速俺達は城の探索を始めた。

 

「校舎と同じ大きさなだけ合って広いみたいだし二手に分かれるべきだな」

「それじゃあ、私があんたと同じグループね」

「いえ、センパイの護衛役は私です……!」

「いえ、此処は私が行くべきです!」

 

 ジャンヌ、Xオルタ、ヒロインXが言い合いを始める。だが、残念ながらこちらで決めさせて貰う。

 

「魔人セイバーと式セイバーは俺から離れ過ぎるのは駄目だ。契約したからな、250mの距離を維持しなければいけない」

「ふふ、そういう事ね」

「……勝利」

 

 そこ、妙は挑発をするな。

 

「せ、センパイ……私は?」

「サーヴァント候補生じゃなくてマスター候補生だろ? 出来れば他の3人と行動してもらいたいんだが……」

「い、いえ……私はまだ能力に目覚めてなくて……」

 

 むぅ……そうなると少々面倒だな……3人に魔力を供給しながら守ってもらう作戦だったのだが……

 

「仕方ない……俺達の方と一緒に安全だろ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 3人が正直心配だが……まあ、クセは強いが同じ位戦闘能力もあるし問題無いだろう。

 

「何かあったらすぐに叫べ。此処は響くから多分聞こえるだろ」

 

「了解」

「ふんっ! 助けを呼ぶのはそっちでしょうけど」

「折角の闇討……いえ、お任せ下さい!」

 

 別れた俺達は早速探索を始めた。

 

「式、楽しそうだな」

「あら、そう見えるかしら? だって、遊園地みたいで素敵でしょう?」

 

「マスターを守るのは私。貴女はのんきに構えていれば良い」

 

 辺りを警戒して進む魔人セイバーは頼りになるが、それもなんか嬉しそうなのは気のせいだろうか?

 

「く、暗いですね、センパイ……」

 

 ブロッサムは暗闇が怖い様で、俺の腕に抱き付いている。

 正直、胸が当たる感触が役得である。

 

「……」

「……」

 

 そんな邪な事を考えていると、式と魔人の視線が冷たい物に変わった気がした。

 

「ほ、ほら! 探索だ!」

 

 誤魔化しついでに側にあった扉を開けた。

 

「……ん?」

 

 だが、そこはアパートの一室の様な、教室よりも狭い4畳半の部屋だった。

 

「教室じゃないのか?」

「まるで私達の部屋ですね……」

「借宿……」

 

 どうなってる? 校舎と同じ形の建物だから、教室があると思ったのだが……

 

「じゃあ、あっちの部屋は?」

 

 少し先にある部屋に向かった。

 開いた先は女子の部屋。

 

「……これは……」

「アンパンの枕……もしかして、Xオルタさんのお部屋では?」

 

「何故、私達の部屋が此処に?」

 

「分からない……式セイバー、先の部屋のタンスとかはどうだった?」

 

「はい、私の着物が入っておりました……あ、下着類の色もお聞きしますか?」

「……私は褌」

 

「いや、聞いてない!」

 

 急に酔っ払いの如くカミングアウトをする2人に狼狽える。

 

「センパイ、一体何が?」

「分からないな……どうなってるんだ?」

 

 

 

「BBは上手くあちらに馴染めたかしら?」

「はい、そのみたいだね」

 

「まぁ、早く事を起こさないといずれボロを出すわ。さっさと終わらせましょう」

 

「……メルトは、どのマスターさんがお気に入りなの?」

「何よ急に……別に、マスターなんてどれも一緒よ」

 

「ふふ……どんなマスターさんも大好きなんだね?」

「っち、違うわよ!

 そ、そういうリップはどうなのよ!?」

 

「私はねぇ……どのマスターさんも大好きだよ?」

「……先週のアレはどうなのよ?」

 

「あの人もだよ。一途で、一直線で……素敵な人だよね?」

「はぁ……こう言う事では貴女に敵いそうに無いわ……」

 

 

 

「……此処は一体……?」

「マスターさんの部屋だけ無かったけれど、私達とブロッサムさんの部屋は全て、細かい所までしっかり再現されていましたね」

 

「残った道はこの広場の先にある階段だけか……」

 

 探索が殆ど終わった俺達は、辿り着いた広場で結果を纏めつつどうするか考えていた。

 

「一先ず、戻るか」

「そうですね……一度他の方と合流して、情報の交換をするのが大切ですね」

 

「それじゃあ、行きましょう」

 

 ブロッサムの意見に賛成したが、式セイバーは何故か俺の腕を掴むと体を抱き上げようとしたので、瞬時に掴まれた腕を振り解いた。

 

「何だ? どうかしたか式セイバー?」

 

 いきなりの行動に若干威圧しつつ式セイバーを見る。

 

「あら、ごめんなさい。ちょっと不意に部長さんを攫いたくなってしまいまして」

 

「どういう理屈、っだ!?」

 

 後ろから飛んできた刀による峰打ちを両手で抑えた。

 

「……!」

「魔人セイバー……!? 何のつもりだ!」

 

 殺意は無い。しかし、気絶させるつもりで振り下ろして来た事だけは嫌でもわかる。

 

「……欲しいです、部長」

「私もよ……」

 

 式セイバーも俺の背後で鞘から刀を抜いている。

 

「っち!」

 

 俺は魔人セイバーを蹴り飛ばすと振り返って式セイバーの刀を握っている手を抑え、足払いをした。

 

「っきゃ!?」

「ブロッサム、一旦引くぞ!」

 

 俺はブロッサムの手を引いて元来た道を走り出した。

 

(ココのセンパイ、戦闘力高過ぎませんか!? なんで普通の人間がサーヴァントと渡り合っているんですか!?)

 

「……!? 階段!?」

 

 先まで通っていた1本道の廊下を走ってきた筈だが、何故か見覚えの無い階段があった。

 

「ええい! 知るか!」

 

 1秒も迷う事なく、俺は階段を降りた。なお、ブロッサムは転びそうなので抱き抱えた。

 

「……此処は、先の広場か?」

 

 降り切った所は先と同じ広場。まさか、繰り返しているのだろうか?

 

「いや、流石に無いよな?」

 

 確証なく否定したが、確認しなければ何とも言えない。俺は広場から出て最初のドアを開いた。

 

 女の子らしい部屋、ジャンヌ・オルタの物だと思われる部屋。

 

「さっきと同じ、広場に一番近い部屋がジャンヌの部屋だ」

 

 だとしたら不味い。このまま真っ直ぐ言っても可笑しくなった式と魔人のダブルセイバーに捕まるのは時間の問題だ。

 

「……先輩」

 

 ボソリと聞き覚えのある名前を呼ばれ、そちらに顔を向ける。

 

 少しだけ開いた扉の先にはXオルタが手招きしていた。

 

「こっちです」

「サンキュー!」

 

 俺は迷う事なくXオルタの部屋に入っていった。

 

 

 

「――で、急に襲われた訳だ」

「なるほど……こちらは、3人とも無事です。ですけど

、急にこんな所まで転移されてしまって、どうしようかと話し合っていた所でした」

 

「そっか……」

 

 Xオルタ以外の2人も居てホッとした俺達は情報を交換したが、Xオルタ達も大した情報は見つけられなかったそうだ。

 

「セイバーの相手なら私がしましょう! 丁度良いです、私が両方共成敗して見せましょう!」

 

 ヒロインXが興奮しているが、流石にあの2人は不味い。契約しているので他のサーヴァント候補生よりも強いし。

 

「……」

「……ジャンヌ、どうかしたか?」

 

「な、何でも無いわ……それよりも、ちょっとこっちに来なさい」

 

 壁に背中を着けているジャンヌが手招きして俺を呼ぶので、そちらに向かう。

 

 そして、唐突にジャンヌの体はふらっと、倒れそうになった。

 

「おわ!? だ、大丈夫か!?」

 

 迷わず両肩を抑えた。が、ジャンヌは俺の背中に両手を回して抱き抑えた。

 

「捕まえたわ……!」

「っ、何のつもりだ!」

 

「先輩の常識外れな力の対策です。観念して下さい」

 

 Xオルタは動けない俺の両足に素早く手錠を付けた。途端に力が抜ける。

 

「あぁ……あの部長が私に体を預けてる……可愛いわね?」

「っく……力が入らねぇ……!」

 

 ジャンヌは俺をまるで子供を見る様な目で見下ろしている。

 ヒロインXは探しても見つからない。既に部屋を出ていった様だ。

 

「邪魔者を排除したいって煩かったので、ドアを開けてあげました。

 ああ、ブロッサムさんも出て行って下さい」

「……マスターに匂いが付いているわね……始末しても良いんじゃない?」

 

「駄目です。私の愛の巣が汚れてしまいます」

「……私達の、よね?」

 

「あー、そうでしたねー」

 

「「アハハハ」」

 

 まるで悪役の如く笑う2人。残念ながら俺はそこに活を入れるだけの力が入らない。

 

「じゃあ私はシャワーでも浴びてくるわ、部長と一緒に」

「いいえ、それは私の任務です」

 

「良いじゃない。貴女は先に青い方と一緒にセイバー狩りでもしてくれば?」

「貴女こそ、憤怒の魔女とやらは唯のあだ名ですか?」

 

 力の抜けた俺を挟みつつ、2人は言い合いを始めた。

 ブロッサムは今の内に逃げ出したらしい。

 

「……じゃあ、2人でマスターを洗う?」

「妥協案ですか……良いでしょう、それで行きましょう」

 

 案外すんなりと啀み合いの終わった2人はシャワールームに入ると、服を脱ぎ始めた。

 動けないのが屈辱なのでせめてもの抵抗としてガン見する事にした。

 

「……そ、そんなに見ないでよ……恥ずかしぃ」

「――」

 

「せ、先輩……私の体はどうですか?」

「――、――」

 

 やはり男心を掴むのは巨乳だ。ジャンヌ・オルタだけをガン見する。

 

「……!」

 

 Xオルタの怒りが目に見えて燃え上がっている様だが、そんな事は関係ない。

 

「や、やめなさいよ! アンタ、そんなにスケベだった!?」

「いや、男の前で脱いでんだからお前の方がエロい」

 

 両手で隠しつつも顔真っ赤に照れ始めるジャンヌ。

 するとXオルタがジャンヌの両脇をくすぐり始めた。

 

「こちょこちょこちょこちょ……」

「っひゃぁ!? っちょ、あはっはははは!や、やめなひゃ、あははは!!」

 

「先輩が見たいって言ってるんです。見せて上げたらどうですか?」

 

 拗ねた様子でXオルタはひたすら弄っているが、唐突に俺の体が持ち上がった。

 

「マスターさん、こんな所で覗きですか?」

「……いやぁ……ちょっと捕まったんだが」

 

 式セイバーが俺の顔のすぐ側で微笑んでいた。

 

「ふふふ、そうですよね? 捕まって、無理矢理裸を見せられているだけですよね?」

「は、はい……当然だろ?」

 

 その後ろにはブロッサムが見えるので恐らく彼女が呼んだんだろう。ヒロインX

は無事だろうか?

 

「……折角の部長との入浴を……邪魔しますか?」

「あっはぁ……はぁ……! も、燃やしてやるわ……!」

 

 式セイバーはそんな2人を玩具を見る子供のような目で見ている。

 

「あぁぁ……斬ってあげるわ! アナタ達を、全部!」

 

「センパイ、今外します!」

 

 その間に俺に近付いたブロッサムは俺に近付くとどうやってかは知らないが、両足を縛っていた手錠を外してくれた。

 

「良し! これで3人を……!」

「いえ、センパイ! こっちです!」

 

 ブロッサムは俺の腕を引っ張り、部屋の外に連れ出した。

 

「おい! 3人を止めないと!」

「いえ、それよりもこっちに! 今回の事件の黒幕、漸く見つけました!」

 

「――!」

 

 ブロッサムの言葉に俺は走り出し、彼女に案内を急かせた。

 

「場所は!?」

「先の広場です!」

 

 広場に着いたが、俺には何も分からない。

 

「こっちです」

 

 見ると、ブロッサムが手を翳した先に道が出来た。

 

「良し! この先だな!」

 

 

 

 

 

「――で、どうですかセンパイ?

 可愛い後輩に裏切られた気分は! 私が、貴方の夢をシャトー化した張本人。ブロッサムなどではなく月の支配者、BBです!」

 

 洞窟を抜けた先に待ち構えていたアルターエゴとやらの痴女2名を含めた3人に囲まれた俺に、態々自己紹介をするBB。

 

「なるほどぉ……今までのは芝居だったわけか」

 

「観念してくださいね? これから毎晩毎晩、私による私の、私の為だけのヤンデレ・シャトーをセンパイにお届けして差し上げます!」

 

 ヤンデレ・シャトーとやらが何か知らないが、コイツに俺の部員が世話になったのは間違いない。

 女を殴るのは趣味じゃないが、俺は襟元を崩すとニヤリと笑ってやった。

 

「後輩に上下関係を教えんのも先輩の役割だもんなぁ……チョイとキツイの、くれてやるよ――!」

 

 拳を鳴らした俺は、走り出すと一気にBBに飛び掛かった。

 

「え、あ、あれ? ちょ、身体能力高過ぎ(スペックオーバー)じゃ――」

 

「おらぁ!」

「っきゃぁ!?」

 

 っち、ギリギリ腕で防ぎやがったか……だが、唯じゃねぇぞ?

 

「ッニ……!」

 

 笑いながら俺はあいつが握っていた指揮棒の先端を見せて、落とした。防いだ時に反射的に握ってやったんだ。

 

「ちょ、宝具折るとかそろそろ生物辞めてませんか!?」

 

 狼狽えているBBにもう一発……と思っていたが、瞬間、辺りがグラッと揺れた。

 

「指揮棒が折れて私の存在がエドモンさんに……!?」

「ちょっと! 今回、私まだ何も――」

「私達、しっかり準備したのに――」

 

 アルターエゴの2人は叫びながらも光の粒子となり、消えていった。

 そして、BBと可笑しくなった校舎も同じ状態の様だ。

 

「うー! 何もかも想定外です! 何でこんなマスターばっかりなんですか!? チェンジです、チェンーー」

 

 意味不明な叫びと共にBBは消えて、俺達の学園は元に戻った。

 

 

 

「……」

「……はむ」

 

 あの1件以来、部室の雰囲気が変わった。全体的に部室ではぼーっとする事が多くなったが、Xオルタは俺の机との距離を縮めて、今では椅子を持ってきては俺の隣に座っている。

 あんぱんは手放していない様だ。

 

「……!」

 

 ジャンヌは目が合ったら逸らすが、胸元の露出が多くなった気がする。

 

「……セイバー……絶……殺……」

 

 見た感じ大して変わらないのはヒロインXだが、今までよりも部室に顔を出している。

 

 そして、式セイバーと魔人セイバーに至っては……

 

「さぁ、マスターさん、帰りましょう?」

「晩御飯はハンバーグ……」

 

 部活後、俺と一緒にいる事に積極的になった。

 今までも契約の関係上同じアパート住んでいたが、最近は同じ部屋で過ごす事が多くなった。

 

「――今日は、私も行くわよ!」

「私も行きます!」

 

 それに比例して、他の部員が俺の家に来る回数も多くなったけど。

 

「っはぁ……あんまり五月蝿くするなよ?」

 

 

 

 

 

「お願いします……自重しますから此処に居させて下さい……」

 

 涙目でBBに頭を下げられ、俺とエドモンは若干引いていた。

 

「私、切大先輩じゃないと駄目なんです……他のセンパイでは……満足出来ないんです……

 しかも、アルターエゴの2人には見限られたのか別々に別れてしまいまして……」

 

「――!」

 

 ドン引きした。

 

「……どうする?」

「ど、どうするも何も……どうしよう」

 

 割りとマジでどうしようか考えたが、よく考えたらどうしようとも勝手に何かしでかす後輩系黒幕だ、許可しなかったら余計手が付けられない。

 

「……はぁぁ……分かった。エドモン、頼むから本当に自重させてくれよ?」

「……ふむ、お前がそういうのであれば善処しよう。そういう事だ、頭を上げて礼でも言ったらどうだ?」

 

「うわぁぁん!!」

 

 泣きながら思いっきり抱き着かれた。

 

「はいはい……それが嘘泣きじゃない事を祈ってるよ……」

 

「――」

 

 おい。

 

「……」

 

 おい?

 

「おい……なんだ今の沈黙は?」

「……うわぁぁぁん!!」

 

「おい、絶対嘘泣きだったな! 嘘泣きなんだな!?」

 

 

 

 

「ぁりがとぉござぃます……せんぱぃ……」

 




次回から切大さんのターン! 更新速度は落ちてますけど、これからもよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月の神っぽい後輩、天と冥の神っぽい女王とデート

ペースが落ちていますが……恐らく暫くはこれ位です、申し訳ありません。


学生の皆さんはそろそろ夏休みですね。ヤンデレも良いですけど、青春らしい甘酸っぱい恋愛、してみて下さい。



自分はヤンデレ以外お断りですけどねっ!!


 

 

「今回は久しぶりにデートだ」

「なんて不吉な単語だ……」

 

 アヴェンジャーのテーマ発表に俺の体はブルブルと震えた。

 

 その単語には今まで何度も酷い目に合されてきたのだ。覚えてないけど。

 

「個別……だと面倒だ。2人同時に行くぞ」

「だから、それはダメだろ!? ヤンデレだろうが!」

 

「えー! 先輩、デートするんですかぁ!? お相手は誰ですか? ねぇ?」

 

 そして自然と混ざってくるBB。どうして此処にいる?

 

「……ねぇ、教えて下さいよ? ほら、早く言って下さい。誰が先輩と行くんですか?」

 

 しかも何故かちゃっかりヤンデレてるし。

 

「……安心しろ。1人はお前だ」

 

 それを言われても何にも安心出来ないんですが、アヴェンジャーさん?

 

「やったぁ! 嬉しいですよね、先輩!?」

「そーですねー」

 

 お前ほどじゃないよ、と心の中で思ったが口には出さなかった。

 

「……で、もう1人は誰だ?」

「もう1人はキャスター、ニトクリスだ」

 

 褐色肌のファラオを思い出す。BBと接点は無いが、恐らく新しく召喚された者同士という理由だろうな。

 

「つまり、その人を潰せば先輩とのデートなんですね? さっさとやっちゃいましょう!」

 

「そうはさせん。今回、サーヴァント間での戦闘、及び過剰な妨害は禁止とする」

 

 何で肝心の俺はそのルールで守られて無いんですかねぇ?

 

「デートについてはお前らに端末を渡しておく。マスターは基本的に自由だ。サーヴァント2人から逃げ切れると思ったなら逃げても構わん。終了タイミングは体感3時間だ」

 

「はぁ……休暇開けていきなりハードだし……」

「先輩、逃げようなんて考えないで下さいね? ふふふ……すぐに逃げ出そうなんて考えなくなりますけど♡」

 

 取り敢えず、普通に相手にする事にしよう。死ぬのだけは勘弁だ。

 

 

 

「で、既にBBがいる訳か」

「このまま2人でデートにしますか?」

 

 取り敢えずカンペ、もとい、アヴェンジャーの言った端末を手に取る。BBも俺に習って開くが、同時に驚愕の声を上げる。

 

「な、なんですかコレ!?」

「えーっと、俺の予定、ニトクリスとのデート。待ち合わせ場所で待っている内にBBと鉢合わせて乱入される」

 

「こ、これじゃあ私がもう負けてるみたいじゃないですか!」

 

 確かに、ニトクリスが正式な彼女でBBは2人の恋路を邪魔する後輩って感じだ。

 

「なんだ、ナイスキャスティングだろ」

「全然ちーがーいーまーすー! 何で私がどこぞの馬の骨とも知らない英霊に既に負けているんですかぁ!?」

 

 講義の声を上げているが既に始まっているので変えようも無いだろう。

 

「お、遅くなって、申し訳ありま――」

「おはよう、ニトクリス」

 

 息を切らしながらやってきたニトクリスがBBを見て固まっているが、俺はそれに自然な挨拶で返した。

 

「――おはようございます。そちらの方は誰でしょうか?」

 

 折角デートに備えて用意したであろう白のノースリーブを消して、英霊の持つ本来の礼装を出現させたニトクリス。俺ごとBBを呪い殺す気か。

 

「偶々そこで会って話してただけだから!」

「…………ふふ、冗談ですよ」

 

 思ったよりあっさりと、白のノースリーブに戻った。だが、ネタバラシするまでの間が長かった気がする。

 

「そちらの方がご同行するのは知っていました。お互い、あまり邪魔が出来ない様になっているそうですね」

 

 ニトクリスは俺の腕に抱き付いた。

 

「でしたら、マスターとの一時を楽しむべきですね」

 

 だが、徐々に顔が赤くなっている。自分から抱き付いておいて、どうやら恥ずかしくなっている様だ。

 

「そ、それでですねマスター……私、そのおかしな所はございませんか?」

 

 白のノースリーブに黒いズボン。白に消されない褐色肌が肩まで見えるその姿は理性的なエロさを醸し出している。

 

「(なのに自信が無いとか、ギャップが凄いな)可笑しくないぞ、綺麗だ」

 

 心の中でした解説が口から出ない様に抑えつつ、当たり障りの無い言葉でニトクリスを褒めた。

 

「先輩! 私はどうですか!?」

 

 先まで普通の礼装だったBBは、振り向いたら何故かスクール水着を着ていた。

 

「マイナス3ポイント」

「えぇ!? 何でですか!?」

 

「デートの格好じゃない、無理がある、痴女っぽい」

 

「ふふふ、どうやら最初は私の勝ちですね?」

 

 勝ち負けなんかあったのか。今のどう考えてもBBのお巫山戯だっただろ。

 

「そういう訳でマスター、あんな恥ずかしい格好の女など忘れて、私と店を見て回りましょう」

 

 ニトクリスの普段着もアレくらい露出が多くなかったかとは言わない事にしよう。

 

「店か……ニトクリスは何処に行きたいんだ?」

「そうですね……水族館に……言ってみたいです」

 

「ふふふ、水性動物が住む海こそ私のホームベース! 水族館で一気に先輩のハートをゲットです!」

 

 

 

「此処が、水族館ですかぁぁ……!」

 

 着いてすぐに広がる水槽に、ニトリクスは歓喜している。俺も久しぶりの水族館に少しだけテンションが上がる。

 

「魚だらけですね!」

「海に棲むと言ったらやっぱり魚だからな。これはクマノミか……」

 

「んー……見慣れていたつもりですけど、やっぱり電子の海とは違いますね。魚を完璧に再現した泳ぐ観賞用オブジェクトやNPCなんてリソースの無駄ですから、セラフでは再現出来ませんね」

 

「このカラフルな物は、良くカルデアで出されるスープに入っている海藻でしょうか?」

「あれはワカメ、これはイソギンチャクだ。食べたりは……出来ないよな?」

 

「多くは毒を持っていますが、日本ではイシワケイソギンチャクと言う種類の物が珍味として食されているそうですよ?」

 

 BBの豆知識にへーっと声を上げた。

 

「毒があるんですか……」

「自然界の派手な色の物には大抵毒があるそうだし、多分この先にも色々危険な生き物がいると思うよ」

 

 会話をしながらの俺達は水族館の更に奥へと歩いていった。

 

「これはーー!? それはーー!?」

「シュモクザメと言ってーーシャチはーー」

 

 見た事の無い海の生物に関心を寄せる生真面目なニトクリスと知識のあるBBの2人は、俺が口を挟まなくとも自然に、思っていたよりも争う事無く水族館の中を巡る事が出来ていた。

 

 なので、2人には何も言わずにそっと側を離れていた。

 

「取り敢えず、2人の分のジュースでも買っておけば言い訳になるだろう」

 

 ヤンデレと言っても年中無休24時間体制で俺を警戒する訳じゃないし、このまま水族館で1人で気楽に過ごすのも――

 

「――ん?」

 

 不意に、誰かにズボンを引っ張られ、振り返った。

 そこには、何処からか片手を出した白く小さなニトクリスの悪霊がいた。

 

「ハヤクカエレ」

 

「……」

 

 一瞬で血の気が引いた。どうやらしっかり監視されている様だ。

 

「マジかよ……」

 

 こんな風に釘を刺されて仕舞えば大人しく従うしかなかった。

 

「む、マスター。遅かったですね?」

「先輩、急にどこに行っちゃったんですか?」

 

「い、いや別に……」

 

 合流した俺は取り敢えず2人に買っておいた飲み物を2人に差し出した。

 

「先輩にしては気が利きますね?」

「ありがとうございます、マスター。お代は返させて頂きます」

「いいんだよ別に。俺が勝手に買ったんだからさ。ほら、いつも通り受け取って、な?」

 

「そ、そうですか……でしたら、同盟者からの献上物として頂きます」

「ああ」

 

「せ・ん・ぱ・い〜?

 先輩の方が美味しそうですね? 私に1口飲ませて下さい」

 

 BBがそう言うが同じ炭酸飲料だ。味に違いは無い。

 

「いえいえ、私くらい優秀なNPCになると僅かな成分の違いも一瞬でスキャンできるんです。先輩のほうが美味しい可能性は十分にあります」

 

 きっとその僅かな違いである俺の唾液を飲むのが目的だろうなぁーと思いつつ、缶の中身を飲み干した。

 

「ポイっとな」

「先輩、デートですよ!? もうちょっと恋人っぽい事しませんか!?」

 

「いや別に間接キスは恋人っぽい事では無いだろ」

 

「「――!?」」

 

 2人は戦慄した。

 いや、何でだよ?

 

「ま、マスターはもう……この程度では恋人らしさを感じないといっているのですか?」

「先輩は毒されているのです……きっと他のサーヴァントにもっと過激な事されて感覚が麻痺しているんですよ……」

 

 なんかヒソヒソし始め、なんか涙目だ。

 

「ですがそんな先輩も私に掛ればチョチョイのチョイです! BBパニック・2nd!」

 

 訳が分からないまま、BBがまた何か発動した。指揮棒から放たれた光に思わず目を閉じた。

 

 

 

「〜〜♪」

「……♪」

「あ、あんまりくっつくなよ……」

 

 恥ずかしい。相変わらず周りの人々はNPCの如くこちらに一切関心は無いが、それでもこんなに人の多い所でBBやニトクリスの様な美女に抱き着かれるのは恥ずかしい。

 

「せんぱぁい? もしかして、照れちゃってます?」

「だから、抱き着くなって――」

「可愛いですね、先輩!」

 

 更に胸を押し付ける様に抱き着くBB。

 不意にニトクリスの腕を使う力が増した気がする。

 

「あ、あの……ニトクリス?」

「……なんですか?」

 

「恥ずかしいんだったら、無理に抱き着かなくても……」

 

 ニトクリスの顔は赤く染まっている。明らかに恥ずかしがっている様子だ。

 

「嫌です! 私だって、もっとそばに居たいです!」

「わ、分かった分かった……」

 

 ニトクリスもBB同様、更に胸を押し付ける。正直、気を抜くとすぐに間抜けな表情を晒してしまいそうだ。

 

(――って、なんで今更こんな事で恥ずかしがってるんだ俺は!? ほら、式とか清姫にもっとやばい事……あ、あれ……何されたんだっけ?)

 

「先輩って本当に初心ですねー…………

 ほーら、素直に言ってくれたらもっと凄い事してあげますよ?」

「っ!」

 

 耳元で蠱惑的な囁きをされ、体は思わずピクリと動いた。

 

「あはは、反応しちゃいましたね? 先輩って本当にスケベですねぇ?

 ……そうですね、此処はニトクリスさんにも、えい!」

 

「! な、何を!?」

 

「いえいえ、奥手な方が2人だとやりにくいのでちょっと大胆になってもらうかなって」

 

 BBが棒を振るうとニトクリスが輝き、光を放つ。その中から何か聞き覚えのある効果音が聞こえてくる。

 レベルが上がった音の様と霊基再臨の完成音が一緒に鳴り響いていたのだ。

 

 音が鳴り止むとニトクリスは最終再臨の姿になっていた。

 

 白のノースリーブの下に黄金の装飾を身に纏い、マントの様に見えた広く長い髪は2つ別けて縛られ、それすら黄金で飾り付けられている。

 

 

「……これは」

「これがニトクリスさんの最終再臨です。さあ、早速初心なマスターを2人掛かりで――」

 

「必要ありません」

 

 ニトクリスは指を鳴らす。

 現れたマミー達はBBの下半身を掴むと何処かへと連れ去っていく。

 

「ちょ、ちょっと何をするんですか!? あ、マミーさん達ストップ! 止まってくださぁぁい! せんぱぁぁぁい!!」

 

 抵抗虚しく……BBは連れて行かれた。

 

「こちらですよ、マスター」

「え……あ、いや、全然状況が分からないんだけど……」

 

「そうですね、先ずは彼女の術を解いてしまいましょう」

 

 ニトクリスは杖で地面を叩くと、俺のBBパニックは消え去った。

 

 うん……むしろ先の様な反応が出来なくなった事の方が精神的にダメージがデカイ。

 

「マスターが初心であろうがなかろうが些細な事です。真なるファラオである私がマスターに最も相応しいサーヴァントである事を証明いたしましょう」

 

「いや、だけどラブホに行く理由にはならないだろ……デートだし」

「マスターはまだその気では無いと?」

 

「多分そんな気にはならないと思うけど……」

「ならばデートらしい事をしましょう。何処かで食事にいたしましょう」

 

 

 

「いらっしゃいませ……あら?」

「メルトリリス……何してんの?」

 

 適当なファミレスにやってきた俺達をまだ引いていない筈のメルトリリスが店員として出迎えた。

 

「BBがいないじゃない。何処へ行ったのかしら?」

「知りません。それよりも、何故彼女の手の者が此処にいるのです?」

 

「勘違いしないで。私とリップは唯のNPC役よ。BBには何か思惑があるのでしょうけど、本人がいないなら私達が何かする事はないわ」

 

「……そうですか」

 

 2人が何か話している間、俺は…… 

 

「この人がマスターさん? はくのせんぱいとは違うの?」

「違うんですよ」

 

 案内された席でリップと幼女に絡まれていた。

 

「ちょっと、2人共! 今回私達は裏方よ。余り目立つとBBが後でうるさいわよ」

「「はーい」」

 

「それじゃあ、注文が決まったら呼んでちょうだい。

 何だったら、私が素敵なサービスをしてあげるわよ?」

 

「要りません。マスターの相手は私です」

 

 ニトクリスの機嫌は悪くなっているが、その間に俺は全く別の事を考えていた。

 

(あの中で、まともに料理出来るのは一体誰なんだろう……?

 そして会計で1人だけ静かなヴァイオレットォ……)

 

「……」

 

「何処を見ているのですか? マスターのサーヴァントは私ですよ?」

 

 ニトクリスは顎を掴むと俺の顔をクイッと自分に向け、ニッコリと笑った。

 

「ああ、そうだな」

「そうです」

 

 その笑顔が怖かったので肯定しておいた。

 

「では注文、どういたしましょうか?」

「んーそうだなぁ…………

 あー、こう言うパターンか」

 

 俺はメニュー名を見て全てを悟った。

 

『トラッシュ&サンド&クラッシュ』

『レベルドレインのブルーソーダ』

『クラックアイスコーヒー』

『グロウナップルグロウ』

 

 ファミレスなので他にも普通のメニューがあったので、迷う事なく普通のメニューを注文した。

 

「こちら、サービスのブルーソーダで――「いらない」。そちらのステーキとの相性は素晴らしいの――「いらない」試し下さい」

 

「はい! これはトラッシュ&サン――「いらない」&クラッシュです! サンドイッチを100個を1つに圧縮――「いらない」そんなこと言わないで食べて下さい!」

 

「このグロウナップルグロウは食べ切らないと無限に大きくなり続けるパイナップルで――」

 

「クラックアイスコーヒー、飲めばずっとこの店の中に縛り付ける束縛の飲料――」

 

「おっそろしいメニューを勧めてくるなぁ!」

 

 ニトクリスは鏡の中にそれらを全て放り投げている。

 

「どうですかマスター? これで私がまるごしシンジ君なる物より優れている事が証明できましたよ」

 

「なんでそんなドヤ顔が出来るんだよ……」

 

 結局、レストランを出るまで俺1人だけが戦慄し続ける結果となった。

 

 

 

「……さて、でなそろそろ男女の営みと参りましょう?」

「いや、だからラブホに引っ張るなって!」

 

「……もしかしてマスターは野外での情事がお望みでしょうか?」

「だから……別にそれを望んでいないって」

 

 精神的に疲労困憊している俺は近くにあったベンチに腰掛けた。

 

「そうですか……マスターは私の体に、興味はありませんか?」

 

 隣に座ったニトクリスは俺にそっと近付き、問い掛けた。

 

「いや、別に興味が無い訳じゃないさ……でも、そんな事をしなくても俺達はちゃんと繋がっているだろ?」

「マスター……」

 

「繋がってるなら……それを一々確かめなくても、強く縛り直さなくても、ずっと一緒だろ?」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 良し! それっぽい事言って誤魔化して――

 

「――誤魔化しては駄目ですよ? っん!」

 

 ニトクリスに唇を重ねられ、押し倒された。

 

「っちゅん……ぅん、んん……!」

 

 そのまま上から抑えられたまま貪られる。

 

「んぁはぁ……繋がってる者が多過ぎるマスターの一番で、居たいんです。

 明言しましたね? 私こそが、最も優れたサーヴァントだと証明すると……」

 

「ニトクリス……!」

 

「確固とした愛は何度も確かめ合う事で強くなって行くのです。何もせず繋ぎ続けていられる愛なんて、ファラオである私には向かって……不敬です。

 罰として、今宵はずっと愛を確かめ合いましょう」

 

 月の光で黄金と、ニトクリスの瞳が妖しく輝いた気がした。

 

 

 

「――させませんよ!」

 

 此処で空気を読まずにBBが復活した。いや、こちらとしては有り難いが。

 

「先輩は私の物です! 大体、褐色肌枠は既に月に居るんですからこれ以上要りません!」

 

「不敬な……真なるファラオに勝るとでも?」

 

「令呪を持って命ずる! ニトクリス、BBを愛せ!」

 

 久しぶりに令呪を使う事にした。

 

「って、先輩その命令は!?」

 

「BB……今宵は私と不変の愛を……!」

 

 ニトクリスがBBに抱き着くと、そのまま口付けをしようと迫る。

 

「令呪を持って命ずる! BB、オチよろしく!」

 

「またこんな役回りですかぁ!? って、なんで先追い払ったマミー達が!?」

 

 BBの背後から迫るマミーの群れ。その全ての白かった布には、ピンク色の文字でBBLOVEと書かれていた。

 

「大人気だな、BBちゃん!

 じゃあ、ファンサービスよろしく!」

 

「うわぁぁぁ! この前の優しさは何処に行ったんですかぁ!? せんぱぁぁぁい!!」

 




次回は……そろそろ夏っぽい話、書きたいです。
8月まで取っておくのも手ですかね……

あ、新しいバーサーカーを引きましたけどまだストーリークリアしてないので登場はまだだと思います。
コメント欄でのネタバレも控えてくれると嬉しいです。
自分は土下座のシーンまで進んでいます。

水着イベント早く来て欲しいです。はい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして全員愛を囁く

投稿に2週間近くかかってしまいまして、本当に申し訳ありません。
最近、動画編集に興味を持ったり、オリジナル小説を書いてみたいなど、執筆時間が無い上に個人的にやりたい事が多くなってしまい、この様な事になってしまいました。

出来れば、次の更新は謝罪も兼ねて普段より文章量の多い物を投稿出来ればと思ってます。


 

 

 事の始まり――そうだ。全ての事には必ず始まりが存在する。

 そして俺は自分の見た事と感じた事の全てを伝えなくてはならない。

 

 だが、事の始まりはまるで時間を止められていたかの様に唐突に、なんの前触れもなく、手足を拘束され、目隠しをされた所から始まっていた。

 

「――ほっぐ!」

 

 おまけに猿轡まで嵌められたらしく言葉も出ない。

 

 以上が、俺の知る事の始まりだ。

 

 いつも通りならば、この悪夢はアヴェンジャーの登場から始まるはずだったが、今回に至ってはそれすらない。

 

 もしかしたらヤンデレ・シャトーと全然関係の無い悪夢かも知れないが、ここまで意識がはっきりしているのはヤンデレ・シャトー以外あり得ないと思う。

 

(なら拘束を外すしか――駄目だ、そもそも右手が左腕にも届かない。足だったら片方の拘束具に触れられるけど、外せない。穴みたいな物は感じられたから、鍵が必要だけど、そもそも目が見えなきゃどうしようもな――)

「――暴れないで下さい、先輩」

 

 戦慄。今の今まで独りで脱出を試みていた俺の心臓を掴む様に、耳元でそっと囁かれた。

 

 一切分からなかった人物の存在を、見えないまま肌で感じる。

 震える子供をあやすように、背中を擦っている。

 

「ん、っぐんん……!」

「え、誰か分からないんですか?

 私です、マシュ・キリエライトです。

 貴方の、唯一のサーヴァント、マシュ・キリエライトですよ、先輩」

 

 ようやく自己紹介をしてくれたが、拘束を外す気はまるで無い様だ。

 

「……なんで捕まっているのか、って考えていますよね? 先輩の考えている事は何でも分かります。

 だって、私が先輩のサーヴァントなんですから」

 

「……」

 

 猿轡で塞がれて話す事は出来ない。

 一先ず動きを止め喋らずにマシュの声を聞く事にしたが、耳元で囁かれては微塵も落ち着かない。

 

「説明して欲しいんですね。良い判断です。

 此処は先輩の知っている監獄塔の中ですけど、私達が今いるこの場所は4階、普段先輩が彷徨っている2階とは異なる階層で、まだ誰にも知られていない秘密の部屋なんです」

 

 つまり、誰にも邪魔されないヤンデレにとっての夢空間と言う訳か。悪夢の中だけど。

 

「……」

「つまり、先輩の面倒を見れるのは私だけ、と言う事なんですよ、ん……」

 

 何かが俺の頬をなぞった。濡れた感覚があるので恐らくマシュの舌だ。

 

「防音ではありますけどあまり煩くされては誰かに見つかる可能性がありますので、先輩には静粛に過ごして頂きたいです。

 大丈夫ですよ、私が先輩の面倒をしっかり見ますので」

 

 マシュの声が少し離れた。

 位置的には立ち上がろうとしているようだ。

 

「……少々、お待ち下さい。いきなりこんな状態では先輩も落ち着かないでしょうから、何か温かい飲み物でもお持ちしましょう」

 

 そう言って数回の足音とドアの開閉音が聞こえ、マシュの声は聞こえなくなった。

 

「んん……」

 

 さてどうしようか、そんな悩みの声も猿轡に塞がれては発声出来ない。

 

(最初から詰んでるし……)

 

 そう。普段の俺が恐れているのはこの状況、ヤンデレに捕まり何も出来なくなるこの状態を回避しようと奔走していた。

 

 だが、こうなってしまえば俺に出来る事は殆どない。

 何時もならば捕まっても口先三寸で説得を試みるがそれすら許されない状況である。

 

「……ひゃいっは」

 

 参った。何時もならば救出を待つのだが、先の説明だとそれも期待出来ない様だ。

 

(………………)

 

 それしたって静かだ。マシュはまだだろうか。

 そう思ってると、ドアの開く音がした。

 

“……マスター?”

 

「っ!」

 

 聞こえて来た声に思わず顔を動かした。

 マシュの声ではない、彼女より幾らか幼い声だ。

 

“捕まっちゃったの?”

 

「ん、っぐ……!」

 

 声に頷いた。そして足音が近付いてくる。

 

 姿が見えないので誰かは分からないが、声の感じからしてジャックやナーサリー・ライムの様な見た目相応な少女な気がする。

 

(これで助かる! さっさとこの拘束具を外して貰って――)

 

「――ッ!?」

 

 目が塞がっていたせいか、その短い乾いた音は耳を伝って心臓に届き、鋭い痛みは頬を貫いた。

 

“……先輩、私以外を頼ってはいけませんよ?」

 

 聞こえていた声色が変わった。マシュの声だ。

 

「何で喜んだんですか? 先輩のサーヴァントである私が安全を保証しているんですよ? 先まで恐れ慄いていたのに、なんで他の声で安堵の表情を浮かべているんですか?」

 

 言葉で攻め立てながらも頬に何度もパンッパンとビンタされる。手加減はしている様だが、塞がれた視覚の分だけ痛みを強く感じる。

 

「……んっ……っぐ!」

「此処は先輩を守る為の愛の巣ですが、同時に最近の先輩の行動を反省させる為の反省部屋でもあります。しっかり反省して下さい、でないと目隠しは取りません」

 

 つまり、反省しても拘束を解く気は無い訳だ。

 

 足音は遠くに消え、再びドアの閉まる音。

 

(……現状、マシュの言う事を聞くしかない訳だ)

 

 

 

「……ほら先輩、おにぎりですよ。コレは鮭入りです」

 

 そう言うマシュはあむっと口に何かを頬張ると、俺の口に唇を重ねた。

 

「ん……じゅっ、ん……ぁん……」

 

 繋がったマシュの口内からおにぎりの一部だったであろう米と鮭が俺の中に送り込まれる。

 

 ビンタでの折檻の後、聞こえて来たマシュ以外の声を無視し続けた俺に機嫌の良くなったマシュが猿轡を外したと同時に、口移しでの食事が始まった。

 

「美味しいですね、先輩? やっぱり、大好きな人と一緒に食事を摂るともっと美味しく感じますね」

「うん、そうだね」

 

 口移しなんて慣れた、と思っていたが此処までガッツリさせられたのは久しぶりなので正直参ってる。

 

「次はたくあんです。食事が終わったら、お利口な先輩の目隠しを取ってあげますね?」

 

「ん……」

 

 喋れる様になったが余計な事を言ってしまうと何らかのペナルティが発生する可能性があるので、基本的に俺はマシュの言葉に肯定で返すしかない。

 

 令呪を使う事も考えているが、マシュが何らかの対策をしている可能性があるので出来れば何らかの行動を阻害する最終手段として残しておきたい。

 

「はん……ん、っちゅ…………はい、食事は以上です。

 食器を片付けたら先輩の目隠しを外して挙げますね?」

 

 そう言ってマシュはカチャカチャと食器を片付けるとその場を去っていった。

 

「……ごちそうさま」

「はい、お粗末さまでした!」

 

 マシュが去って行く音がする。

 出来ればさっさとこの目隠しを外して欲しい。口が自由になっても何も見えない状況では只々不安が募るだけだ。

 

「…………あれ?」

 

 腕、足から力が抜けていく。

 意識が遠退いていく。

 

「も、しかして……睡みぃ……」

 

 唯一残っていた首の力も抜けて、俺は頭を倒してそのまま寝てしまった。

 

 

 

「……何だったんだ、あの夢は……」

 

 夢の中で寝た俺はそのまま現実で起きていた。

 何があったかは徐々に思い出せなくなっているが、何かあったのは間違いない。

 

「……まあ、アヴェンジャーに聞けばいいか。夢の中でなら思い出せるだろうし」

 

 

 

「っ……!」

 

 また夢の中。

 だけど、手足は動かせない。目も塞がれている。

 

「これ、昨日の続きか!?」

 

 そう思い身構えるが、一向にマシュの声が聞こえない。

 

「……」

 

「…………マシュ?」

 

 返事は返って来ない。

 

「おーい、マシュ!」

 

 やはり、何も返って来ない。

 

「……もしかして、昨日のまま放置プレイか? 嘘だろ……」

 

 目が塞がれたまま、拘束されたまま1人なんてとても耐えられた物じゃない。

 

「誰かぁ! 助けてくれぇ!」

 

 俺は力の限り叫んだ。だが、返ってくるのは静寂だけだ。

 

「……いや待て、マシュは此処は普段の階の2つ上だって言ってた。

 つまり……叫んだ所で誰にも届かないって事か?」

 

 声は届かない。それならと俺は地面を蹴った。

 

「ッ! 駄目だ、全然音が……!」

 

 しかし、縛られた足ではまともに地面を蹴りつける事など出来ず、大した音は出ない。

 

「……よし、落ち着け……ヤンデレに出会うリスクと暗闇で時間一杯まで過ごす苦痛、それぞれを天秤に乗せて……」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 …………駄目だ。

 

 時間がどれくらい進んだか、そもそも何処にいるのか。

 もしかして、昨日のマシュの様に誰かがすぐ側にいるかもしれない。

 

 目覚めるのは何時間後だろうか。

 

 ……そもそも目覚めは訪れるのだろうか。

 

「――っ、もう拷問だろこれっ!」

「……拷問、ですね」

 

 暗闇に耐え切れずに悪態を吐くと、唐突に声が聞こえてきた。

 

「大丈夫ですか、マスター?」

 

「その声は……静謐!?」

「そう、です……」

 

 何時もならアウトだが、今回ばかりは助かった。

 

「静謐さん、この目隠しを外してくれない!? マジで辛くて辛くて……」

「はい、分かりました」

 

 良かった。話が分かるサーヴァントに見つかって本当に良かった。

 

「……失礼します、ん……」

「っん!?」

 

 驚愕。何故か静謐は俺の唇を奪うとそのまま貪り始めた。

 

「っちゅ……生前、見えない方が興奮すると、とある国の将軍に教えられました。

 マスター、興奮しますか?」

 

「いや、それは女の場合の話だろ!?

 てか先ずは目隠しを外してくれ!」

 

「はい……」

 

 漸く、静謐は俺の目を覆っていた布を取ってくれた。

 

「……」

 

 そして視界が開けた先は、想像よりも随分と明るい場所だった。

 

 新築住宅の様に白い壁、綺麗な木模様の床、現代的な電球が照らしている。

 

「……で、これか……」

 

 両手足に枷がついており、鎖で壁に繋がれている。

 

「残念ですが鍵がないと、私の筋力ではこの枷を外せません」

「やっぱり鍵穴が有ったか」

 

 だが視界があるお陰で少なくとも先まで感じていた不安は無い。

 

「……それで、鍵を探して貰えないか?」

「ひゃい……ん?」

 

 何故彼女はそんな自然な動作で首を舐めているのだろうか?

 

「……れろ……がんばりまひゅ……ん」

「頼んだ」

 

 数回舐めてから立ち上がった静謐はその場を離れるとドアの向こうへ消え去った。

 

「……ふん!」

 

 その間もガチャガチャと拘束具を外そうと奮闘する。

 せめて壁と鎖を繋いでいる金具が外れれば自由に行動出来る筈だ。

 

「駄目か……レンガじゃなくて石だから砕くのも難しいだろうし……」

 

「……マスター」

「っおわ!?」

 

 また唐突に音を立てずに現れた静謐。しかし、その手に何か握っている様子は無い。

 

「すいません、見つかりませんでした」

「お、おう……そうか」

 

 謝りながらも静謐はゆっくりと近付いてくる。

 

「ですが、このままだとマスターが寒そうですので、私の肌で暖めましょう」

 

「いや、要らないからそのサービス!」

 

 と、俺の叫びを無視して静謐はぎゅっと抱き着く。

 

「……今のマスター、不思議です……」

「な、何が……?」

 

 寧ろ不思議っていうか可笑しい事をしているのは静謐の方なんだけど。

 

「嫌がってるのに……見ているととても愛おしいく見えます……」

 

 ……どうやら俺に対して危害を加えて来なかった、心優しい静謐のハサンに若干の加虐心が芽生え出した様だ。

 

「……あ、い、いえ! 別にマスターを拷問したいとか、そんな訳では……!」

「拷問はマジで勘弁願いたい」

 

 俺はそういう業界人じゃないからご褒美でも何でも無いので痛め付けないで下さい、お願いします。

 

「ですが……嫌がってるマスターのその、唇を…………ん、っちゅぅ……」

 

 弁解しようと言葉を探していた静謐のハサンは何故かそれより先に2度目のキスをし始めた。

 

「……ん、っはぁぁ……嫌がってるマスターを、気持ち良くしたいです……」

 

 唾液を口移しされ、押し込まれた俺は数回呼吸をして息を整える。

 

「っは、っはぁぁ……快楽は要らないから、いい加減拘束を解除……し…………て……」

 

 だが、呼吸が落ち着いた頃には俺の頭は微睡みに落ち始めた。

 

(まさか…静謐の……? でも、なんか……)

 

 

 

 腕を動かせば、金属音が何もない部屋に響いた。

 

「いや、もう良いだろ!? まさかの3日連続で拘束!?」

 

 昨日、一昨日に続いてまたもややってきてしまった拘束部屋。今回は目隠しが既に外されている。

 

「この感じ、絶対誰か来るだろうな……ああ、なんでこんな目に……」

 

 若干の絶望に苛まれながらも、取り敢えずドアを見つめる。

 

(……水着の復刻、30連近く回しても何も来なかったな……

 新しい水着イベントの為に石を残しているから、出来ればそっちで何か来れば良いんだけど……) 

 

 ガチャ報告もそこそこに、漸くドアが開いて誰かがやって来た。

 

「あら、ますたぁ……お無体な……」

 

 現れた黒い着物と白い髪に心臓を掴まれた様に錯覚した。

 

「……マジかよ……」

 

 清姫である。

 清姫である。

 

 清 姫 で あ る 。

 

「マスター……なんだか私、興奮してきましたわぁ!」

 

「いや、待て!」

 

 頬を染めた清姫は俺の元へ駆け寄り、抱き付いた。

 

「あぁ……マスターが、こんな、お捕まりになっていると言うのに……端ない私をお許し下さい。ですが……滾ってしまいます……!」

「落ち着け清姫! 頼むから先ずはこの拘束を解除してくれ!」

 

「……ふふ、駄目です……だって私、この気持ちに嘘を吐きたくございません。

 身動きの取れないマスター……大変窮屈でしょうが、私は今の旦那様にご奉仕したくて堪りません」

 

 清姫は暴走状態だ。俺の言葉に耳を貸さずに俺の下半身を弄る。

 

「先ずは、舐めて差し上げますね?

 ご安心下さい。口は小さくともカッコイイ清姫の長い舌で、全体をきれいにして差し上げます」

 

「タンマ! って言うか、幕間でカッコイイって言われた事まだ根に持ってたのか!?」

 

 

 

「あれ、もう終わりでしょうか? まだご奉仕2回目だと言うのに……」

「す、吸い取り切られる所だった……」

 

 悪夢の終わりが早くて助かった。もう俺の意識は微睡みに――

 

「ふふ、他の女なんてマスターに見て貰いたくありませんわ。先程見つけたこれとこれ、嵌めさせてもらいますね?」

 

 清姫は俺の視界を遮る目隠しと、口を塞ぐ猿轡をしっかりと嵌めた。

 

「……あら?

 もしかして、鍵が無ければ開かない物だったのでしょうか?」

 

 

 

 

 

「マスター、何で捕まってるんだ?」

 

「お母さん? 捕まっちゃったの?」

 

「あら? マスターが捕まっているわね?」

 

 

 拘束具の鍵を持っているのはマシュだけ。

 そしてこの悪夢は、全てサーヴァントと順番に会う悪夢だ。

 

「マスター? もう何を覚えているのかしら? お茶会」

 

「ちょっと、血を吸わせて貰うわね?」

 

 怪我や精神異常は現実には影響しないが、記憶は引き継がれる。

 気持ち良かったり痛かったり、それがどんどん蓄積されていく。

 

 それでも夢だから、現実には何も影響はない。

 

 

「あっは! 先輩、後輩である私に拘束されて興奮しているんですかぁ? こんな変態が現実にもいるんです、ね!」

 

 何も、影響は、無い筈だ。

 

 エナミの機嫌が直るまで拘束され、弄られ続けるている間、俺は覚えていない筈の悪夢を見た気がした。

 

 

 

 

 




ヤンデレ・シャトーのバッドエンド1、みたいな感じで書きました。

別にまだまだ終わりませんのでご安心下さい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・帰宅

お久しぶりですいません。スラッシュです。

活動報告の方で既に書きましたが、1ヶ月近く更新が止まっていて、本当に申し訳ありません。

恐らくこれからは元のペースに戻れると思います。
ですので、気が向いたら感想や誤字脱字報告の方、よろしくお願いします。


 

 俺は1ヶ月程、家族と旅行に出かけていた。

 幸いにも、その間は一度もヤンデレの悪夢を見ることは無かった。

 

「……来たか」

「旅行の間、全く見てなかったのに帰ってそうそうかぁ……」

 

 俺はあくびを噛み殺しながらもアヴェンジャーの顔を見た。

 旅行疲れで早めに寝たが、それが返って裏目に出たか。

 

「待っていたのは俺だけでは無い、と言っておこう。

 さあ、久しぶりに始めようか……!」

「お手柔らかにな……」

 

「それはお前のサーヴァントに頼むのだな!」

 

 

 

 ヤンデレ・シャトーの中に入った俺の前には3m程の大きさのドアが立っていた。

 

 周りには他には何も無く、俺の周囲から5m以上離れた空間は真っ暗な闇に覆われていた。

 

「この扉を開けるしか無い訳だな………………何それ怖い」

 

 いきなりの強制イベントに腹を括りながらも、扉を開けた。

 

 

「――旦那様ぁ!!」

 

 1歩足を中に踏み入れた瞬間、黒い着物が視界に入った事に気付くと同時に、清姫は俺に抱きついていた。

 

「うぉあ!?」

「私っ、私っ! 寂しゅう御座いました!」

 

 驚きよろめきそうになったが、なんとか足に力を込めて安定させた。

 

 泣きながら俺の体に顔を埋め込む彼女に、思わず罪悪感を感じずにはいられなかった。

 

「……悪かったな」

 

 なので目の前にちょうどいい高さであった頭をポンポンと叩いて撫でた。

 

「帰ってきて下さって、清姫、本当に嬉しいです……!」

 

 まだ少し涙を浮かべながらも清姫は顔を上げ、微笑んだ。

 

 清姫はそっと俺の手を取ると奥へと引っ張った。

 なので踏ん張った。

 

「っ……旦那様?」

「えーっと……どこに行く気か、聞いていい?」

 

 若干トーンの下がった清姫の声に、俺は焦りを隠しながら聞いた。

 

「何処へ、と言われましても……勿論、夫婦の部屋へ、ですよ?」

 

 言いながら体を摺り寄せ顔を赤く染めた清姫はとても嬉しそうに笑った。

 何を想像しているかなんて簡単に理解出来た。

 

「……きょ、今日は出来れば寝させてくれにない?」

「あ……そうですか……」

 

 分かってくれた様だ。清姫は頬に手を当てた。

 

「……でも、マスターの上でなんて、少々はしたないですね……」

「待て待て待て! 違う! そう言う意味じゃない!」

 

 この娘は何も分かっていないようだ。ヤル気満々の様だが俺はそうは行かない。

 

「……もしやマスター、今宵は営みに乗り気では無いのですか?」

「! そうそう! 本当に眠たくて……」

 

 なんだ、分かってくれたか。ならば話が早い。

 

「ご安心下さい。滾るお香が御座いますし、貴方様の愛しの清姫もその肢体を晒しましょう。例え海に沈む様な疲れであっても燃え上がる事間違いなしです」

「いや、だから俺は今日は無理だって!」

 

 俺が声を荒らげると清姫の顔に影が指した。

 

「……そう、ですか……」

「ああ、気分じゃないから」

 

 これはアレだ。豹変するパターンだ。

 

 だけど、火に油を注ぐ結果が待っていると分かっているので手を放したり、距離を取る事は出来ない。

 

「マスターがそうおっしゃるなら私…………我慢できませんので少々、乱暴をしてしまいます」

 

 言うが早いか、清姫は俺の両手を掴むと奥の部屋へと駆け込んだ。

 

「――う、あぁぁぁ!?」

 

 声を出して驚いている間に廊下を過ぎて、部屋の中へと放り投げられ布団へと落下した。

 

「ふふふ、今宵の清姫は旦那様の肌に飢えております故……遠慮は致しません」

 

 舌で唇をなぞりながらも襖を閉めた清姫は瞳の中にハートを浮かべながらこちらを見る。

 

「さぁ、先ずはマスターにも勃って頂かないと……ですね?」

 

 倒れた俺の上に寄り添う様に清姫は膝を折り、のし掛かった。

 

「待った待った! 清姫!? 俺は――」

「――ああ、マスター……清姫は待ちくたびれてしまいました……またふらっと何処かに行ってしまう前に、この体に愛をお注ぎ下さいぃ……」

 

 どうやら俺と会えなかった時間が長かった様で、いつも以上に強引だ。

 既に俺の服を上にずらして胸板をなぞっている。

 

 舌をタランと口から出しており、恐らくこのままだと俺に愛撫を始めてしまうだろう。

 

「ならっ!」

「っきゃ!?」

 

 咄嗟に、何を血迷ったか俺は清姫の体に左腕を回し、右手で清姫の手首を掴むと見下ろす様に体を動かし上を取った。

 

「俺が……触ってやる」

 

 夏の暑さでやられたか、嘘のつけない清姫相手にとんでもない事を言った俺は、右手をそっと、清姫の胸へと当てた。

 

「あ……ぅん」

 

 僅かに手の平を動かすと短く、小さい喘ぎ声が漏れた。

 それだけで俺も彼女も体に熱を宿した。

 

「はぁ……ぁぁ」

 

 頬が赤く染まって、誰の目から見ても恥ずかしそうな清姫は、続きを強請るように微笑んだ。

 

 逆に俺は今まで自制し続けた努力を思い返し、夏休みの中で緩んでいた気持ちにブレーキを掛けながら、次にすべきは何かを考えていた。

 

「……もうぅ、焦らさないで下さいましぃ……」

 

 清姫は胸に当てられたままの俺の手の甲に自分の手を重ねる。

 だが、それでも俺は止まったままだ。

 

「……本当に、したく、ないのですか?」

「あ……う、ん……」

 

 その言葉に清姫はそっと目を閉じると、仕方ない、と言いたげな顔でもう一度微笑んだ。

 

「では……せめて私の横でどうか、お休み下さい」

 

 流石にこう言われると抵抗するのは失礼だと思い、言われた通りそっと布団に体を預けた。

 

「……ふぅ……」

 

 夢の中だというのに疲れてしまう事を理不尽だと思いつつも、隣から聞こえてくる音に思わず視線を向けた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!!」

 

 今にも襲ってきそうな程に発情しきった清姫の捕食者の様な眼光に、体が思わず強張った。

 どうやら、まだまだこの悪夢は――

 

 

 

 

 

「……あ、れ?」

 

 清姫の顔は無い。布団も無い。

 拘束された訳ではないが、先までいた場所とはまるで違う部屋にいた。

 

「マイルームか……?」

「先輩!」

 

 マシュの声が開かれた扉から聞こえてきた。

 

「お帰りなさい、先輩!」

 

 マシュにそう言われ、戸惑いながらも何か返そうとした。

 

「マスター……お帰りなさい」

「お帰り、マスター」

 

 次々と女性サーヴァントが現れ、俺に出迎えの言葉を掛けてくる。

 

「ふふ、旦那様、先程ぶりですね」

 

 そこには清姫もいた。

 10人位にベッドに囲まれた辺りから若干、恐怖し緊張し始めた。

 

「……え、えっと……?」

 

 そして、恐らく俺がゲームで召喚したであろう全ての女性サーヴァントがそこに集まっていた。

 ざっと数えても20人位いるだろう。

 

『おかえり、マスター!!』

 

「た、ただいま。

 所で……何で全員、手を背中で組んでるんだ……?」

 

 この質問は正直意味の無い質問だ。

 

 この部屋に11番目辺りで入ってきたネロの背中で金色に輝く何かが聞き慣れた金属音を鳴らしていたからだ。

 

「先輩が帰ってくるのが余りにも遅かったので」

 

「もう どこ にも いかない よう に」

 

『――閉じ込めよう』

 

 全員の手に握られていたのは人間の腕力で千切るは不可能な太さの縄、手錠、鎖。

 

「因みに、閉じ込めた後はマスターの自由よ? お好きな娘を指名してね?」

 

「束縛とかもういいっての!! 令呪を持って命ずる、此処にいる全員止まれ!」

 

 3つの令呪すべてを使用してサーヴァント達の動きを10分間止めた俺は慌てて部屋の外へと飛び出した。

 

 

 

「――逃さん!」

 

 しかし、部屋に出た瞬間横から飛び込んできた何かに呆気なく取り押さえられた。

 

 白髪の美少女、エルドラドのバーサーカーだ。

 その小さい体からとても想像出来ない力で俺の両手を掴み、床に抑えつけている。

 

「っぐ……! 部屋にいる全員に対してしか令呪の効果が及ばない……命令の出し方を間違えた……!!」

 

 込められている力とは真逆な、冷めた声がバーサーカーから放たれる。

 

「――抵抗しないのか?

 マスター、抵抗しないのか?」

 

「いや、どうやって――っ!」

 

 不味い、強い者を好む女王の前で弱音を吐くのは非常に不味い。

 慌てて腕に力を込めるが、当然ながらビクともしない。

 

「そうだ、抵抗しろ。

 強い男は好きだぞ?」

 

 ヤンデレているとは思うが、そこらへんの変わっていない様だ。

 

「もっと、もっとだ! 私に屈服せずに、もっと暴れろ!」

 

 管理系のヤンデレ……と言うか、これは恐らく恋愛対象の成長が好きなタイプのヤンデレだ。

 師匠系、とでも名付けるべきか。

 

 なんてくだらないことを考えてはいるが、割りと本気で抵抗している体は疲れている。

 

「……なんだ、もう力が出ないのか?」

 

 ガッカリした声色でそう言ったバーサーカーは、俺の耳元に顔を近づけて囁く。

 

「――抵抗しないのならば、お前の尻しか愛してやらんぞ?」

 

「っ――!!」

 

 冗談じゃない! 

 

 エルドラドのバーサーカーの爆弾発言に体を必死で揺らし、なんとか彼女を振り落とそうとするが足で踏ん張っている彼女は1mmも動きはしない。

 

「そうか、そんなに振って……尻がいいのか? こっちは恐らく処女だろ?」

「ぜ、絶対嫌だぁぁ!!」

 

 男に処女とか、そんな物は無い。絶対ない!

 

 前言撤回、師匠系とか無い。唯のドSだ。

 限界を超えた力で抵抗しているが、バーサーカーを退かせられる気がまるでしない。

 

「……ますたーを……いじめるの、だめ!」

 

 そこに救世主がやって来た。

 同じバーサーカー……否、水着を着て剣らしき宝具を握っている彼女はセイバークラスのフランケンシュタインだ。

 

 彼女の攻撃にバーサーカーは慌てて俺の背中から飛び、離れた。

 

「良くやった、フラン! お主と水着同盟を組んで正解だったな!」

 

 その後ろからは赤と白の際どい水着を来た皇帝ネロが現れた。

 

「良クヤッタ メジェド様 モ オ褒メシテイマス」

 

 更には何故かメジェド神の様な顔の書かれた白い布を被ったニトクリスもいた。

 

「っち……貴様ら、よくも私とマスターの時間を……!」

 

 バーサーカーの目の色が変わり、その表情は怒りに染まる。

 

「いや! マスターを持って行くのは我々、水着同盟(2017版)だ!」

 

「オ相手 スル」

 

 なお、その間にも保護された俺はフランに担がれて、どんどんその場を離れていく

 

 そこで俺はコッソリ訪ねた。

 

「……もしかして、抜け駆けしてる?」

 

「ますたーひとりじめ、する」

 

 フランの肩の上で揺れる俺。

 

 過ぎ去る廊下の向こう側には眩しい光が照らす砂浜が見えた。

 本来のカルデアは雪山に造られた筈なのに、だ。

 

「旅行から帰ってきたってのに……」

 

 どうやらヤンデレ・シャトーの夏はまだ、終わらないらしい。

 

 

 




戻ってきた早々、普段よりも短い内容となってしまいましたが、本番は次話から! って事で、どうかよろしくお願いします!

今年の水着ガチャはフラン、ネロ、ニトクリスと無事に3体召喚できて大変満足です。
少し前に召喚できたエルドラドのバーサーカーも公式の方でイベントに登場したので解禁していきます。真名は伏せますけど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・サバイバル

ホラーっぽいのが書きたかったけど、そろそろ夏が終わりそうです。
やっぱり、計画はしっかり立てておかないと駄目ですねー……

水着イベントもまだ終わってないので、オススメの周回クエスト等のアドバイスがあれば小説の感想と一緒に書いてくれると嬉しいです。


 

「夏、この季節に定番のイベントと言えばキャンプや祭り、楽しげな風景が浮かぶ事だろう」

 

 アヴェンジャーの前振りに耳を傾ける。

 正直、どっちもヤンデレと一緒は勘弁願いたいものだ。

 

「だが、夏に定番のトラブルと言えば、何がある?」

「トラブル?」

 

 そんな夏の定番と言われても、すぐには答えが浮かばない。

 

「船の事故、飛行機の事故、なんでもいい。

 幸か不幸か、災厄に見舞われ生き残った人物が目覚めるとそこに広がっているのは謎の孤島だった……

 なんてあらすじは、フィクションの中では幾度と無く使いまわされた、まさに定番だ」

 

 孤島、そのワードだけで俺のSAN値はジリジリと減っていく。

 

「まさか……」

「サバイバル……そうだ、サバイバルだ! 貴様を襲うのに、まさに相応しいシチュエーションだろう?」

 

 死ぬ、余裕で死ぬ。大体、サバイバルにヤンデレは関係ない。

 

「安心しろ。猛獣も未知の怪物も存在しない。貴様を襲う脅威は飢えでも乾きでもない。

 島では貴様を今か今かと待ち構えるサーヴァント共がいるだろう。今回は各自の部屋は無いが、それぞれが拠点を見定め、構築している事だろう」

 

「……具体的には何をすればいい? 逃げてりゃいいのか?」

 

 それでは何時もと対して変わらない。

 

「どうにかして島から脱出してみせろ。1週間逃げ切ればヘリが、イカダを作りある程度島から離れてもいい。説得できるのであればサーヴァントの力での脱出も認めよう。但し、説得の交渉材料に求愛や性行を使用すればその時点で敗北だ。サーヴァントの狂気がお前を染め上げ、共に島で余生を過ごす事になるだろうな」

 

 結構厳しい条件だ。そもそも素人にイカダ作りなんて、無茶振りも良い所だ。

 

「安心しろ。イカダは材料さえ揃えれば魔術によって作られる。

 説明が長くなったが、後は現地で確かめる事だ」

 

 

 

 波の音、眩し過ぎる日光、問答無用の砂浜だ。

 

「……マジか……」

 

 分かっていたが絶望すら感じる晴れ晴れとした舞台に、俺は早くも頭を抱えていた。

 

「兎に角、移動だ……」

 

 このまま日射病でダウンしてしまうのは避けたい。俺は日光を避けて森の中へ歩いた。

 

 その途中にあった木々には様々な果物がなっており、アヴェンジャーの言った通り飢えで苦しむ事は無さそうだ。

 

「さて……イカダを作るか」

 

 今来ているカルデア礼装に、魔術が追加されていた。

 【簡易脱出船:D】、必要な材料が分かりと自動でそれらを組み立てる事の出来る魔術の様だ。

 

「とはいえ、木を切り倒す方法が無い……ん?」

 

 早速どうするか考えていると、何か聞こえてきた。鎖の音だ。

 

「まさか……」

 

 頭に浮かんだ最悪の可能性に、慌てて俺は木の影に隠れた。

 

「…………何者かが侵入した様だな。

 他のサーヴァント……にしてはやけに慎重な動きだ。マスターが到着した時間と殆ど一緒に来た……ならばマスターの可能性が高いと見るべきか」

 

 その声色と口調で理解出来た。

 エルドラドのバーサーカーだ。

 

「……好機だな。他の奴らより先にマスターを見つけ、捕らえる」

 

 それだけで思わず頭を木に打ち付けたくなった。が、声が近くなってきたので体を強張らせた。

 

「とはいえ……魔力が溢れ流れているこの島では、マスターやサーヴァントの魔力どころか気配すら感じられない……仕方ない、虱潰しで探すとしよう」

 

 エルドラドはそう呟きながら俺の隠れている木の後ろから去って行った。

 

「……行ったか……危なかった」

 

 嫌な汗を手で拭きつつ、俺はエルドラドの去って行った方向と真逆の方へ行く事にした。

 

 

 

「これが拠点か……」

 

 暫くして、エルドラドの拠点らしき物を見つけた。

 道中に罠の類いは無かったが、俺は慎重に探索を開始した。

 

 森の中に開けた場所には井戸や畑、見張り台があり、奥には2階は有りそうな木造の家があった。

 

「木で出来た、簡単な造りの家だな……ん?」

 

 その隣には家の半分程度の大きさの小屋があった。入り口には何か文字が書かれていた。

 

「えーっと……マスターの小屋?」

 

 ペット扱いである。

 アマゾネスの厳しさに戦慄しつつ、僅かに空いているドアに近付きつつ、中を確認する。

 

「げぇっ! やっぱりペットだコレ!!」

 

 中央には丸太が刺さっており、そこにはロープが巻かれている。どう好意的に見ても捕まれば俺がアレに自由を奪われるのは想像に難しくない。

 

「……ん?」

 

 思わずドアを閉めた俺だが、そこで礼装に力が張り巡らされる感覚に足を止めた。

 

「簡易脱出船のスキルか……?」

 

 スキルを発動させた俺の手が触れていたドアが消滅した。

 

「うおっ!? え、なんで!?」

 

 ビビった俺は慌てて拠点を離れ森に入った。

 

 一旦、木の後ろに隠れた俺はもう一度簡易脱出船を発動させた。材料が再び表示された。

 

「……ん? 木材が、5//20になってる……」

 

 それを見て俺はようやく理解した。

 

「なるほど……道具も何もない俺じゃあ木は切れない。となると、この魔術でサーヴァントの切った木材を頂きながらイカダを造るのか、なるほど!

 …………マジですか……?」

 

 難易度が上がった気がする。サーヴァントの拠点なんて、なぜ一番危ない場所から材料を調達しなければならないのか?

 

「だったら、今すぐにでもバーサーカーから奪って材料を――」

 

 揃えてやる。そう思ったがすぐに俺は身を隠した。

 何故なら、鎖が地面を引っ掻く音が聞こえてきたからだ。

 

「マスター……どこに隠れた?

 すぅ……」

 

「――出てこいっ!! マスタァァァァァァッ!!」

 

 小さな体から放たれたその凄まじい叫び声に思わず体が震えた。

 

「何故ドアを奪ったが知らんがっ!! 足跡を追えば追跡は簡単だ!! 出てこい! マスター!」

 

 俺は思わず、腕を思いっ切り振り上げた。

 そして、草木は音を鳴らしエルドラドが睨んだ。

 

「そこかっ!!」

 

 俺は、走り出した。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ!」

 

 逃げ切ったかも分からず、道程を記憶する事もせずにただひたすら走り続けた。お陰で、バーサーカーの拠点に戻るのは実質不可能になってしまった。

 

(あそこに戻るなんて……ゴメンだけどな)

 

 あの叫び声に圧倒されな恐怖に囚われそうになりながらも、俺は近くにあった石を逃げ去った方向とは逆に投げた。

 その音に反応した彼女はそちらへと走り去り、俺はまんまと逃げ切る事に成功したのだった。

 

「だけど、ここまで来れば――」

 

 ガサッと、草木が揺れる音がした。

 俺は慌ててしゃがみ、林の後ろに隠れた。

 

「……マスター? 気のせいだったのでしょうか?」

 

 声はバーサーカーではない。

 この軽い口調は、タマモだ。

 

「んー……匂いがする様な、しない様な……元がキャスターなので魔力が濃いとどうも嗅覚がハッキリしませんねぇ……

 んー……サマーでセレブな私がマスターを迎えに行く事も考えましたが……やはりここは正妻らしく、家で待つのが吉、でしょうか?」

 

 気づいていない様だが、魔力が濃い、とは何の事だろうか? 先からそれに助けられているが、どうにも嫌な予感がする。

 

「まあ、見つけた時に、ケモノの如く昂ぶってしまってもぉー……良いですよね?」

 

 ボソッと呟いたタマモはクルリと振り返って拠点へと帰っていった。

 

「…………タマモの拠点か……」

 

 さてどうする? 此処をスルーして、別の拠点に行くか? 

 だが、もし他の拠点にもサーヴァントが構えているのであれば、それは無駄だ。

 

 俺は立ち上がると、タマモの後を静かに歩いて行った。

 

 徐々に水の流れる音が大きくなり、その先には川が流れているのが分かった。

 木に隠れながら様子を伺うと、川の向こう側に和式の少々凝った造りの家があった。屋根は瓦で出来ている様で横に広く2階までは無さそうだ。

 

「……アレが、タマモの拠点か」

 

 さて、どう攻略すべきか――

 

「――マスター、捕まえました!」

 

 突然、木の上から何かが、タマモが降ってきた。

 

「う、おぁ!? 痛たっ!!」

 

 何も出来ず、地面に組み伏せられた俺はタマモの胸の感触を背中で感じながら、そんな事がどうでも良くなる程度に両手を強く捻られた。

 

「すいません、マスター。ですが、私達の愛の巣に着くまでの間、我慢して下さいまし」

 

 立ち上がらせた俺をタマモは両手を背中で抑えたまま拠点へと移動させた。

 

「……ふふふ、私が空気中の魔力が濃い程度でマスターを見逃す筈がありませんよ? 私はマスターがちゃんと私の元に来ると、信じておりました!」

 

「……の割には手痛い出迎えだな?」

「私もマスターと1ヶ月も会えなくて、寂しかったんですよ? タマモぉ、今日は正妻パワー全開でマスターをおもてなししますね?」

 

 川を飛び越え、着いた先にあったのは田んぼと先程見ていた家だ。

 

「さあ、此処が私達の家です! 子供は何人ほしいですか? 野球が出来る位ですか!? リフォームでしたら私にお任せ下さい! 空間位なら幾らでも広げて見せます!」

 

「いや、何を言ってるんだお前は」

 

「もう、ご主人様ったら釣れないですね?

 仕方ありません。先ずは調きょ――もとい、考えを改めて貰いましょう!」

 

「調教って言い掛けたな」

「ソンナコトナイデスヨー」

 

 タマモは家に入ると俺をある部屋に連れてきた。

 

「えへへ、言う事を聞かないマスターにはこの檻に入って貰いますね?」

 

 そこには木で出来た丈夫そうな檻があり、タマモは俺を入れると外から鍵を掛けた。

 

「唯の檻ではございませんよ? 御札とそれに通された魔力によって接着、強化された木材で出来た結構丈夫な檻です。

 キメラ程度なら十分抑えていられる代物ですのでマスターが自己強化しても壊せませんよ?」

 

 それだけ言うとタマモは俺に背を向けて部屋の外へ出ていった。

 

「先ずは食事にしましょう。精をしっかり付けないと、マスターはきっと私の愛で果て続けてしまいますから♪」

 

「…………」

 

 静かに、襖を閉じた。

 

「………………」

 

「…………」

 

「――良し、【簡易脱出船】」

 

 俺がスキルを発動すると触れていた檻は消え去った。

 

「木材は……15/20か。結合・接着物も5/8、上出来だ」

 

 檻を出た俺は襖を触り、簡易脱出船のスキルでそれも吸収した。

 

「木材は19までか。欲張らず脱出させてもらおう」

 

 調教部屋から出て縁側から脱出した俺はそのまま森へと消えた。

 

 

 

「とは言え……接着物かぁ」

 

 木材はあと少し、だが結合・接着物は少々厄介だ。なんとなく木材だけでイカダ造りは無理だと分かっていたが。

 

 だが、恐らくロープの様な木材を結合できる物なら恐らくこのカテゴリーにも含まれるだろう。

 

「取り敢えず次の拠点だ。そこにさえ着けば恐らく材料も揃うだろう」

 

 と、軽くは無いが楽観的に構えていた俺は新たな拠点を見つけて言葉を失った。

 

 

 

「……嘘だろ……」

 

 俺の脳内は唖然としていた。少なくとも、片手に握られていた食べかけの果実を落とす程度には。

 

 砂で出来た4m位のメジェド神の形をした建造物は許そう。何か可愛いし。

 

 その隣にあるバベッジに変形しそうな機械仕掛けの家も許そう。外にある蒸気機関が気にならなくも無いけど。

 

 だが……

 

「黄金劇場はダメだろ……」

 

 なんか涼しげに噴水の様に水が出ているが、そのままメジェド神に被害が及ばないか心配だ。

 

「……て言うか、あの3人が同時か……」

 

 捕まったら不味そうだが、俺は取り敢えず接近を試みた。

 

「て言うか、3人は何処に?」

 

 隠れられる場所も少ないので適当に接近し、岩の後ろに隠れた。

 

「……! なんか喋ってるな?」

 

 喋り声が聞こえて来たので聞き耳を立てた。

 

「良いなフラン? しっかり反省したか?」

「はんせー、した」

 

「ジー……」

 

「抜け駆けは駄目だ」

「ぬけがけ、だめ」

 

「マスターを捕らえたらここに連れてくる!」

「ますたー、つれてくる」

 

「ジー……」

 

「うむ! 宜しい! 我々は水着同盟、マスターを捕まえた暁には平等に、だ!」

「びょうどう、ばらばら」

 

「ジー……」

 

 ……さて、この背後からずっと俺を見続けるメジェド様をどうしようか、うん。

 

「……見逃して、くれませんかね?」

 

「ダメダ」

 

 言うが早いか、メジェド神のつもりのニトクリスは自分を覆っていたぬのを俺に被せ、布の中でその正体を得意げに晒した。

 

「……驚いたでしょう? メジェド様の似姿、その中にいたのはなんと私、ニトクリスでした!」

「いや、知ってた」

 

 このファラオ、本気でバレてないとおもったんだろうなぁーと思いながらもどうしようか考え、気が付いた。

 

「……で、どうするの? 密着してるせいで立つのは無理なんだけど」

 

 ニトクリスは俺の言葉を聞いて手を動かした。

 

「そんな訳…………アレ?」

 

 しかし、ゴソゴソと動かしても布に包まれ密着し、地面に落ちた俺達はどうやっても立ち上がれない。

 

 下に倒れた俺が布を抑えている上に、ニトクリスの体は布に動きを阻害されているので立ち上がる体勢になれない。

 

「ならば同盟を組んだ2人を呼んで――っもぐ!?」

 

 ニトクリスの口に手を合わせて塞いだ。ネロとフランを呼ばれてしまうと対処が出来なくなる。

 

「何かないか!? この状況を打開する何か……!!」

 

 あった。俺は直ぐ様それを実行した。

 

 

 

「メジェドしんの ぬのを てにいれたぞ!」

 

「ま、マスター! それを返してください!」

 

 よし、これでイカダの帆を手に入れた。あとは結合・接着物だけだ。

 

「うぅ……これではオジマンディアス様どころかメジェド神にすら合わせる顔が……!」

 

「何やら楽しそうではないか、マスター、そしてニトクリスよ!」

 

 そこに赤い稲妻……ではなく、まともな赤と白の縞模様のビキニを着たネロ・クラウディウスと、僅かに黄色の上着で肌と水色のビキニを隠しているフランが立っていた。

 

「――ローマ皇帝! あの布を取り返しては貰えませんか!? 私の大事な物なのです!」

 

「うむ、その暁にはマスターは我々が貰うが良いな!」

「うっ……! それでは割に合わないので両方とも自分で取り返します!」

 

 2人のサーヴァントが同時に俺に迫る。

 

「フラン!」

「うん!」

 

「「っな!?」」

 

 驚く2人を雷の刃が一閃。

 辛くもネロがそれを自身の宝具で受け止め、ニトクリスはそれと同時に後ろに下がった。

 

「……フラン、我々を裏切るつもりか?」

「ますたーに、ばいしゅう、されました」

 

 昨日の悪夢、攫われるも直ぐに悪夢が終わりを迎え、別れ際にフランが駄々をこねて俺を殺しそうになった。

 

『じゃあ、次にあった時に俺を守ってくれるならフランと一緒にいてあげる』

『……ならいいよー、ふらんはいいこなので、それでてをうってあげる。

 ぱぱみたいに、うそはつかないでね?』

 

 ……との事なので、俺はこの後なるべく彼女の機嫌を損ねずにどうにかしなければならないのである。

 

「……ならば! 余は躊躇いなくお主を切るぞ!」

「似姿は返して頂けねばなりません! マスター共々、お覚悟を!」

 

「……ばべっじ、おねがいします」

 

 フランがそういうと、先まで蒸気機関をから携えただけの家が形を変え始めた。

 

 残念ながら俺は合体シークエンスを実況できないが、兎に角凄くかっこいい動きと共に人型となったそれはニトクリスとネロの前に立ちはだかった。

 

「人の恋路を邪魔するのは趣味ではないが、友人の娘の為だ。私も体を張ろう」

 

「いまのうち、ますたーこっち」

 

「むう、まさかこんな形でバベッジ氏と戦うことになるとは……だが、この程度でマスターを諦める訳にはいかぬ!」

「今はアサシンですが、神秘と言う点ではそちらより私の魔術の方が上です! 道を開けて頂きます!」

 

 

 

 フランに連れられて海岸までやってきた。

 

「フラン、接着剤か紐はないか?」

「木のツタなら、あるよー」

 

 丈夫そうな蔦を貰った。それでは足りなかったので数分程採取すると、ようやく材料が揃った。

 

「よし、【簡易脱出船】!」

 

 魔術が起動すると材料が全て消費され、簡易脱出船1/1となった。

 

「ますたー、まだだっしゅつできないよ」

 

 これから脱出……の筈がフランにストップがかけられた。

 

「なんで?」

「ほら、うみをみて」

 

 言われた通りに海をみると巨大なサメのヒレが見えた。

 

「しまじゅうにまりょくがじゅうまんしてるから、えねみーがかっぱつかしてるの」

「っげ! ここに来てその設定かよ!」

 

「きょうまりょくがじゅうまんしたから、あさってまでしまからでるの、きけん」

 

「ーー!」

 

 フランにそう言われ、落ち込み始めた俺の耳に爆音が届いた。

 

「な、なんだ今の!?」

「ばべっじが、ごりんしょう」

 

 見れば先まで拠点のあった辺りから煙が上がっている。フランは両手を合わせて頭を下げた。

 

「……ますたー」

「ん?」

 

 フランに腕を掴まれ、そちらを見た。

 

「えへへ……あさってまで、いっしょにさばいばる、だね?」

 

「あっはい」

 

 俺はフランの無邪気な笑顔に空返事で返した。

 

 

 

 

 

「フラン、くっつき過ぎだ」

「……よるはさむい」

 

 フランにピタリとくっつかれ、寝にくい。

 

「ほんとうはせいしょくこうい、したい」

「こら、そんな事を女の子が言うんじゃない」

 

 フランはそんな俺の小言はどうでもいいとばかりに、更にくっついてこちらを見た。

 

「……いまから、する?」

 

「しない!」

 

 俺が断ると、フランは頬を膨らませた。

 

「ぷくー……えい」

「っ!? おい!」

 

 思わず怒鳴った。突然人の股を撫でるのはセクハラだ。

 

「びくってなった」

「やめないさ! わりとマジで!」

 

 結局、その夜はフランにボディタッチをされ続けて、ろくに眠る事ができなかった。

 

 

 

 

 

 翌日、果物を取りに森を歩いていたが、暑さにやられ怠そうにしていたフランはバーサーカーの一撃で吹き飛ばされ、俺は逃げる事も出来ずに捕まった。

 

 捕まった俺は例の小屋に入れられ、ロープを首に巻かれた。

 

「マスター……お前はただの奴隷だ」

 

「っぐ、はぁはぁはぁ……!」

 

 首を縛っていたロープを緩められ、ようやく呼吸をする事が出来た。

 

 俺を捕らえたらエルドラドのバーサーカーは、俺を痛めつけて試している様だ。

 

「抵抗しろ。もっともっと……! お前が屈服した時、私はお前をペットとして扱う。

 人間ではなく、弱きケモノとしてだ。愛も慈悲も無い、偶に愛でて偶にいたぶるだけの存在だ。

 それがいやなら抵抗しろ!」

 

「っく!」

 

 エルドラドがまたロープを掴もうと、したので慌ててその腕を掴んだ。

 

「……ふふ、それでいい」

 

 腕を掴まれたバーサーカーは嬉しそうに笑うと掴まれていない片手を俺の背中に回し、体をくっつけた。

 

「その顔、必死になって私を見てくれるお前が――」

 

 俺は慌てて首元のロープを、もう片方の手で掴んだ。

 

「――大好きだぞ?」

 

「っぐぅ……! あ、あぶねぇ……!」

 

 予想通り、バーサーカーは背中に回した手で首のロープを掴んで引っ張った。

 

「……良し、良い抵抗だ。これから毎日お前を虐めてやる。

 だがこれも全て愛ゆえだ。耐えたら褒美も僅かばかりの自由も与えてやる。

 だから、しっかり抗え、マスター」

 

 彼女との抵抗の日々は、完全復活したバベッジとフランが助けに来るまで続いた。

 

 この時の経験は無事に脱出し朝日を迎えた俺の記憶に色濃く残る事だろう。

 

 

 




ネロの出番? うーむ……そもそもネロって他のサーヴァントと比べても水着でも普段との違いがあまり無いんですよね。
でも、次は頑張って出番増やしますから、お許しを……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ増える

近々活動報告にてリクエスト企画をやると思います。
通知が来たら目を通してみて下さい。


 

「機種変したらワンチャンあると思ったんだけどなぁ……」

「生憎だな。この悪夢から逃れる術は無い」

 

 機種変をしてFGOの引き継ぎを行った俺は少しだけ期待していた悪夢の終わりが訪れずに、がっかりした。

 

「どうしても終わらせたければアンインストールするしかないな」

「誰がそんな勿体無い事するか!」

 

 課金こそしていないがそこそこ星5もいるし、恐らくこのデータを手放す事はないだろう。

 レベルを上げ終わってない星4も多いし。

 

「ふっ、その言葉に俺も安心したぞ。お前がマスターである以上、これは仕方の無い事だと割り切れ」

 

 アヴェンジャーがスッと俺の前に立っていた体を動かすと、その後ろから何かが素早く飛んできた。

 

「ごっしゅっじーん!」

 

 跳躍し、俺の上から迫り来るのはメイド服をきた狐耳、尻尾そして肉球を両手両足に持つタマモキャットだ。

 

「――うっご!?」

 

 取り敢えず体を屈めて回避した。頭から行ったらしい。

 

「水着ピックアップをすり抜けたキャット……」

「良かったな。新しい(ヤンデレ)だ」

 

 もう定員オーバー、募集も打ち切ってます。て言うかリストラしたい位だ。

 

「ぐぐぐ……シャトーの効果で霊基再臨した我が飛びつきを躱すか……やるなご主人」

 

「それで、今回はこいつの相手か?」

 

 水着イベントでキャットがアルターエゴになるとか妄想したが、まさかすり抜けて来るとは思いもしなかった。

 

「まあそれもあるが……今回のサーヴァントの数は4騎だ」

「いつも通りの人数だな」

 

「ふん、いつも通りとは思わない事だな」

 

 アヴェンジャーの不敵な笑みと獲物を見るようなタマモの眼光を最後に、ヤンデレ・シャトーの幕が上がった。

 

 

 

「ごしゅじぃぃぃん!!」

 

 全力で駆け出した。前方から俺を呼ぶ声が聞こえてきたので、迷う事なく逃走を選択した。

 

「何時もより明るいシャトーだなぁ!?」

 

 鬼の様に迫り来る猫メイドの姿がよく見える程に明るく照らされ、チリ1つ無い廊下を走りながらそう叫んだ。

 

「当然なのだ! 良妻たるもの掃除を怠る事など言語道断だワン!

 あとご主人、今のキャットの好感度を下げるのはあまりオススメしないぞ!」

 

「っ!」

 

 キャットの意味深な言葉に嫌な予感がし、思わず後ろを振り返った。

 

「な、なんだとぉぉぉ!?」

 

「「わははは! ご主人、複数人でやる追い掛けっこは楽しいな!」」

 

 増えてやがるー!? 嘘だろぉぉぉ!?

 

「「流石のご主人も取り乱したか!

 これこそ、キャットが綺麗にしたヤンデレ・シャトー5階!! 

 つまり、バカめ、そっちは本体だ!!

 と言う事だワン!」」

 

「なんにも理解できねぇよ!!」

 

 やばい、瞬間強化が切れる。いつの間にかループを一巡したのでどの部屋がキャットのかも分からない。

 

「「「ご主人、覚悟!!」」」

 

「サラッと増えてんじゃねえぇぇぇ!!」

 

 ヤケクソ気味に、隣にあった部屋に入った。

 

 

 

「「「「「「「……旦那様?」」」」」」」

 

 

 

 一斉にこちらを見た7人の清姫に、無言でドアを閉めた。

 

 そして、迫り来るキャット達に再び背中を見せた。

 

「ムリムリムリムリムリムリムリムリ!!」

 

「「「「わははは! このシャトーはご主人を求めれば求める程にサーヴァントの分体が現れるのだ! 満足させないとドンドン増え続けるぞマスター!」」」」

 

「何それ怖っ!」

 

 残念ながら魔術の強化が切れた俺がキャットから逃げるのは不可能。

 4人のキャットは一斉に飛び掛かった。

 

「「「「さぁご主人! 我らTCB40/10とぐんずほぐれず握手会だぁ!」」」」

 

「な、何言ってるか全然分からな――」

 

「「「「――ゴアッ!?」」」」

 

 我先にと、一斉に飛び掛かったキャット達は当然の如く空中で衝突事故を起こした。

 

 そのまま4人はぶつかった位置から床に落ちた。

 

「……チャンス!」

 

 俺はその場を離れ、一旦距離を取る事にした。

 

「だけど……無理だよなぁ……」

 

 逃げていてはサーヴァントの数が増えて行くだけだ。

 

「サーヴァントは5騎、そして分体とか、最悪シャトーが埋め尽くされるな……」

 

 俺は覚悟を決めて清姫の部屋へと向かった。危険な爆弾は先に解体しよう。

 

「……清姫?」

 

 キャットが気絶している内に入ってしまおう。俺はノックをすると清姫の部屋へ入った。

 

 

 

「「「「「……! 旦那様!」」」」」

 

「「「「「どうしてこちらに?」」」」」

 

「「「「「ああ、いえ、決してマスターの帰宅に不満がある訳ではございません!」」」」」

 

「「「「「嬉しいです……!」」」」」

 

 

『旦那様ぁ……』

 

 ……思考ガ止マッタ。

 

 20人ノ清姫ハ、予想外ダナー。

 

「た、ただいま……」

 

 ポンッ、と音を立てて清姫の分体が1消えた。だが清姫達はそれを気にも止めずに、俺に近付いてきた。

 

「ああ、マスター!」

 

 俺の体に頭を預けた瞬間、その清姫は消えた。

 

「お帰りなさい!」

 

 また1人、また1人と次々に俺に触るとその度に清姫の分体は消えていった。

 

「ますたぁ……帰って来てくださって、清姫は本当に嬉しいです。

 ……あんな風に出て行ってしまったので、もう共に遺灰となって交わるしかないと思っていたしました……」

 

 焼身心中は勘弁願いたい。早めに戻って来て良かったぁ……

 

 俺が安心している内に部屋にいた清姫の数は5体まで減っていた。

 

「ますたぁ……」

 

 一向に消える様子の無いこの清姫こそが恐らく本物なんだろう。代わりに後ろにいる清姫が次々と消えていく。

 

「……? マスター、怯えていませんか?」

「あ、え……い、遺灰で交わるのは流石に嫌かなぁってさ」

 

 清姫の質問に正直に答えると清姫は顔を俯かせる。

 

「マスターは嫌ですか?」

「嫌だよ。好きな人には長生きして欲しいから」

 

 俺の臭いセリフと共に最後の分体も消えた。

 

「マスター!!」

 

 既に抱き付いたままだった清姫は更に強く俺を抱きしめた。

 

「どうか私を、末永く愛して下さいまし!」

 

 

 その言葉と同時に、部屋は20人もの清姫で埋め尽くされた。

 

『ま・す・た・ぁ……』

 

 

 

「ムリムリムリムリムリムリムリムリ!!!」

 

 ヤンデレの貪欲を舐めていた。埋めた筈の欲求が倍くらいになって返ってきたので流石に退かざるを得なかった。

 

 なお、退き際に「また今度な」と言って清姫のおでこにキスしたのは俺の新たな黒歴史となっただろう。

 

「はぁー、はぁー……」

 

 膝で息をしていると前方から何か聞こえてきた。

 

「ご主人!」

「何処だワン!」

「キャットの嗅覚で、絶対に見つけてやるので覚悟するのだ!」

 

 冗談じゃない。て言うか始まりから走り過ぎでもう足はろくに動かない。

 

「ええい! 南無三!」

 

 死に行く覚悟と共に部屋を開けた。

 

「……な、なんだこれ……?」

 

 その部屋はピンク色の照明に彩られた

妙にエロティックな空間だった。

 完全に予想外である。

 

「ラブホだろ――っ!?」

 

 反射的にツッコミと同時に背を向けてその場から離れようとしたが、不意に巨乳な誰かに抱き締められた。

 

「あらー? お客さん、楽しんで行きたくないかしら?

 今日はお姉さん達がタップリと癒やして上げるんだけど?」

 

 この慣れた感じで誘ってくるのは見えてしまいそうな程に薄いストリッパー衣装のアサシン、マタ・ハリだ。

 だが今更分かっている地雷を踏む程、俺の危機管理能力は甘くない。

 断って出て行く事にしよう。

 

「マタ・ハリ、今日の所は――」

 

「……今日の所は」

 俺の背後から響く声。

 

「どうしますか?」

 前から聞こえる声。

 

「お客さん?」

 横から尋ねる声。

 

 そして、俺を囲んで輝く太陽の様な瞳。

 

「あ、ぁ――」

 

 すっかり抵抗の意思が消え、その指で撫でられた頬と腕を巻かれた首から感じる温度に頭がクラっとする。

 

「今日は普段の3倍くらいはサービスしちゃうわよ?

 いっぱい癒やされたくは……ないかしら?」

 

 地雷なんて……とんでもない。

 

 天使に手を引かれて天国に行く様な、そんな安心と幸福に満たされながら俺は部屋に入っていた。

 

 

 

「お姉さんのお膝に頭を乗せて、気持ちいいかしら?」

「うん、幸せだよぉ……」

 

 マタ・ハリは作戦の成功を喜んでいた。

 部屋に入って10分程経過している。その3分前には陽の目の魅了は解いたが、一向にマスターが正気に戻る気配も、分体を含めた自分から逃げる動作は見当たらない。

 

 この夢が始まる前からの入念なリサーチのお陰でマスターが母性的でお尚且つ母親よりもお姉さん程度の年齢の女性に魅力を感じる事を調べておいていたのだ。

 

「ねえマスター、もっと私にも構ってね?」

 

 甘えるのも甘えられるのも大好きなマスターの為に分体とは予め予習をしていた。

 取り合わずに、マスターに一切の不快感を感じさせずに……

 

(ふふ、家庭を築く事に焦って、私ともあろう女が接待を忘れていたなんて……だけど今はその願いで分体を維持出来てるし)

 

 その手をそっとマスターの頭に重ねて撫でる。

 

「マタ・ハリ……大好きだよ」

 

 

 ポンッと分体が消える音がした。

 そこで漸く、頭の中にかかっていた霧が消えた。

 

 ……え? 3分前から魅了されてなかった?

 な、なんの事ですかネー? お兄さん、ヤンデレじゃないお姉さんが好きだから良ク分カンナイヤー

 

 なんて冗談を言っている場合じゃない。

 清姫のお陰で学習した。ヤンデレは満たされると更に欲しがるのだと。

 

「……ま、マスター……お姉さんともっと、もーっと楽しい事、したくはないかしら?」

 

 どうよ。当たってただろう?

 なんて内心誰に向けたかも分かたないドヤ顔をしながら、6人に増えたマタ・ハリから逃げる方法を考えていた。

 

 逃げる素振りを見せれば陽の目が発動するので、目を合わせないのは大前提だが、アサシンから足で逃げるのも自信はない。

 

 俺が考えている間にも、マタ・ハリが左右から囁く。

 

「キスしながら手でされちゃったり……」

「体あちこち舐められるのは……」

 

「「とっても気持ちいいわよ?」」

 

 ……うん、一回位……

 

 なんて浮かんだ考えを振り払い、俺は本物であろうマタ・ハリの頬を撫でる様に指を動かし、頭の天辺まで持ってきた。

 

「マス――」

「【ガンド】」

 

 

 

 頭に直接命中させたガンドはサーヴァントであるマタ・ハリであっても中々の衝撃であったようで、彼女は気絶した。

 それと同時に彼女の分体も消えた。

 

「まあ、気絶している間はいくら俺が欲しくてもそれを考える事は出来ないからな」

 

 相変わらずマタ・ハリの対処に罪悪感を感じてしまう結果になってしまったが俺は部屋を出た。

 

(あんなアダルティックな部屋にいたら気絶したマタ・ハリに手を出しかねん)

 

 と思って部屋を出た瞬間――

 

『ますぅたぁぁぁ……どちらぁですぅぅぅかぁぁぁぁぁ?』

 

 清姫の声が、廊下に響いた。

 

「…………逃げよう」

 

 部屋に戻る事も考えたが気絶したマタ・ハリと一緒の部屋にいる所を見られればなんと誤解されるか分かったもんじゃない。

 

「ていうか、地響きが聞こえてくるんですけど、気のせい……だよな?」

 

『わははははは! きよひーよ! キャットは蛇を狩る者であって狩られる者ではないのだ!!

 故に、来るな! 寄るな! 近づくなぁぁぁぁ!!』

 

 どうやらとばっちりでタマモキャットが襲われている様だがそのまま犠牲になってもらおう。うん。

 

「……っひ!?」

 

 首元に忍び寄ってきた刃に情けなくも思わず小さな悲鳴を零した。

 

「動くな。

 あの蛇女が来る前に移動する。付いて来い」

 

 赤いジャンパー、その下には青い着物。

 最近は全く出番がなかったので、懐かしさすら感じるその姿は、アサシンクラスの両義式だった。

 

 

 

「久しぶりだな、マスター」

 

 恐らく本物であろう式が寛ぎながら俺に話しかけてくる。

 恐らく、と言うのは両義式が他にも部屋に3人程いるからだ。

 

「ひ、久しぶりです……」

「何緊張してるんだ? 今更オレが複数人いても驚く事じゃないだろ?」

 

 それはそうだが1人は俺の後ろで部屋のドアに背中を預けてこちらを見ており、もう1人も押し入れの戸に持たれながらこちらを見ている。

 最後の1人は俺の横でナイフを投げたり回したりしている。

 

「今のオレは嫉妬深いけど、それ以上に冷静だ。安心しなよ」

「ははは……」

 

 正直、最初のヤンデレ・シャトーでの出来事が強烈過ぎて苦手意識がある。

 

「……メイドと追い掛けっこした時にマスターが必死に逃げてたのは知ってる。

 あの後に、蛇女の所に行ったのは疑問だけど……まあ、直ぐに逃げてきたみたいだから許してやる。

 だけど……キャバクラは駄目だろ?

 お前にはオレがいるんだ、アレに関しては謝ってくれるよな?」

 

 怖い。何で最初から最後まで全部知った上で見逃しているんだよ。怖い。

 

「言っただろう? 嫉妬深いけど冷静だって。

 マスターは勿論、他のサーヴァントだって殺さないさ。

 だけど、ケジメはちゃんと付けてくれ。そして二度としないって誓ってくれよ」

 

「……分かった。

 ごめん、式。もう二度としない」

 

 取り敢えず、俺は頭を下げて土下座で謝った。

 式は少し微笑んだ。

 

「よろしい。

 ……じゃあ、ほいっと」

「うお!?」

 

 式は俺の腕を掴むとそれを引っ張って床に倒れた。

 まるで俺が式を押し倒したかの様な体勢だ。

 

「オレが許してやった理由は、他のサーヴァントからちゃーんと逃げてきたからだ。

 なら、オレの事は求めてくれるよな?」

 

 式が再び微笑んだ。

 

 普段のクールな印象を受ける笑い方ではあるが、頬は僅かに赤く染まっておりそれが妖艶な雰囲気を醸し出している。

 

 自分の顔の真下にいる事もあって、直ぐに届きそうな距離に思わず自分の中の男が反応する。

 

「……我慢、するのか?」

「っ!?」

 

 式の残念そうな、拗ねた様な表情に反射的に答えたくなる。

 

「…………」

「…………」

 

 それでも、俺はなんとか――

 

「っぅ!?」

「なら、我慢出来なくさせてやる」

 

 業を煮やした式は強気な笑みを見せると両足で俺を捕まえて密着した。

 

「なんかコレに恥ずかしい名前があった気がするけど……」

 

 お互いの体を密着し合うこの状態に反応しない程、俺は賢者では無い。

 

「……やる気に、なったか?」

 

 

 

 

 

「っち、後もうちょいだったのになぁ……!!」

 

 式がボヤきながらも俺を片手に運びつつ、ヤンデレ・シャトーの廊下を走る。

 

『私はぁぁぁ……

 清姫ぇ、そしてその分身23人が交わって生まれたぁぁぁ存在ぃぃぃ……』

 

 自己紹介しながらも全長10m位はありそうな上半身が清姫なラミアがこちらに迫ってきた。

 

『その名も……ニシ清ひーなりぃぃぃ!!!』

 

「24でニシ、それにニシキヘビと清姫を掛けたのか……」

「ネーミングの解説とは、意外と余裕そうだなマスター!」

 

 式が走ってくれるので図体のデカイ清姫は追い付けない。

 わりと余裕である。

 

「マスターマスターマスターマスターマスター」

「マスターマスターマスターマスターマスター」

「マスターマスターマスターマスターマスター」

「マスターマスターマスターマスターマスター」

 

 なお、通った場所から更に分体が現れている。

 

「式ー……助けてー」

「――ったく、頼られると弱いんだよなぁ……後でじっくり絞ってやるから覚悟しろよ!」

 

 

 

 なお、清姫の魔力が尽きると同時に式に睨めつけられながら唇を貪られ悪夢から覚めたのは別の話。

 

 




最近出番のなかった式を引っ張り出したお話。
そういえば配布サーヴァントのエリちゃんの出番がほとんど無い上に、茶々は1度も書いてませんね……

……うん、追々ですね、追々。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・あにまる

2週間近く掛かってしまって申し訳無いです。
その間に活動報告ではリクエスト企画を初めていました。

締め切りは20日(水曜日)と書いてありますが、小説内での宣伝が遅れたので、22日(金曜日)まで受け付けます。
活動報告をしっかり読んで、自分に直接本サイトのメッセージ機能を使ってご応募下さい。


「ヤンデレに時間停止能力を付与し――」

「「おいやめろバカ」」

 

 アヴェンジャーと俺の声がハモった。

 何でジャンヌ・オルタがいるんだ。そして何を考えているんだコイツは。

 

「そんな圧倒的な能力を与えてもシャトーがつまらなくなるだけだ」

「そっちか! て言うかどう考えても俺が対処できないから論外だ!」

 

「っち………うっさいわねー」

 

 ジャンヌは舌打ちするとキーボードに何か打ち込み始めた。

 

「そもそも、こいつのいる前であまりシャトーの仕組みを見せる様な事は遠慮願いたいんだがな……」

「別に良いでしょ、減るもんじゃないし」

 

 ジャンヌ・オルタは再びウィンドウとにらめっこを始めた。

 

「……なんだ、まだ設定出来てないのか」

「うっさいわねぇ! そこのアヴェンジャーが色々と制限するから進まないのよ!」

 

「お前が極端なだけだ」

 

 まあ、悪夢が無いなら無いで俺としては嬉しい限りだ。

 

「こうなったら――!」

 

 ジャンヌ・オルタは勢い良くキーボードを叩くと、俺をシャトーへと送り込んだ。

 

「うぇー……

 結局こうなるんですかぁー……」

 

 

 

 ……非常に、不味い。

 ヤンデレ・シャトー始まって以来の最大のピンチかもしれない。

 

 て言うかジャンヌ、結構ベタなネタをぶっこんで来たなぁーとしか思えない。

 

「クゥー、クゥー(まさか、犬になるとわ)」

 

 動物変身系で攻めてきたか。

 

 現在の俺は仔犬である。大きさ的には恐らく無人島のウリ坊達よりも少し小さい位だろう。

 フォウ君に見つかったら吠えられて逃げるしか無い程度に無力な存在となってしまった。

 

(足の毛は黒だが……ってそもそも犬に色を識別できる視覚能力は無い筈だけど……)

 

 まあ細かい事は気にしてもしょうがない。それにこれだけ小さければ例えヤンデレといえども隠れてしまえば見つけるのは困難だろう。

 

「ワンワン(よし、隠れよう)」

 

 そう思った時、何処かで扉の開く音が聞こえてきた。慣れない犬の聴覚に戸惑いつつも、その音から離れた。

 

(うん、中々便利じゃないか。ヤンデレ察知能力が高まってるな)

 

 そう思って歩いていると、別の、すでに開いている扉を発見した。

 

(む……この匂い、肉の様な……)

 

 ちょうど隠れなければ行けない所だったんだ。俺は開いている部屋に侵入し、辺りを見渡した。

 

(誰もいない……けど、椅子の上に肉料理が!)

 

 匂いの感じからして、チーズ入りのホワイトソースだろう。香ばしい匂いに心が踊る。

 

(それじゃあ、頂きます)

 

 犬の本能にリードされている事に気付かず、目の前の料理に食い付いた。

 カチャカチャと音を立てながら皿の中身を感触した。

 

 そして、食べ終わった後にはっとなった。

 

「ワン!」

(アレ、どう考えても今の料理って罠だろ!?)

 

 不味い不味い。料理は美味かったがそんな事よりも今この状況は不味い。

 

「先輩……よく食べましたね、偉い偉い」

 

 唐突に現れた後輩、マシュ・キリエライトに何時もなら見ているだけの立ち位置だった俺がフォウ君の如く抱き抱えられた。

 

「魅了の薬が効いたのでしょうか? 一心不乱に食べられてましたね?」

 

 食べ物に魅了されてたのかよ、俺!

 

「ですが……怯え、でしょうか? 私の事に夢中になっている様ではありませんね……もしや、こちらの愛の霊薬と性の乱薬は犬の体には通用しないのでしょうか?」

 

 そんな劇薬みたいなの混ぜてたの!? あの料理に!?

 

「……ですがご安心下さい。持続時間内に先輩を人間に戻してしまえば、薬の効果も発揮されて先輩は私を……女にしてくれますから」

 

「ワンワンッ!(いや、しないから!)」

 

「そうですか、先輩も待ち遠しいですよね?」

 

 駄目だ。犬になった事で意思疎通が出来なくなりヤンデレは説得出来ない。

 

 確なる上は……!!

 

「ワンワン、ワンワン!」

「うわ、せ、先輩っ!?」

 

 マシュの腕の中で暴れ、スルリと脱出した俺は逃げ出した。

 フォウ君の常套手段である。

 

 

 

(あぶねぇ……て言うか、ヤンデレが元に戻す方法を知ってるのか)

 

 だが元に戻れても薬の効果が発動してしまえば意味がない。

 やはりヤンデレに捕まらないのが一番だろう。

 

(その為にもサッサと隠れる場所を……っ!)

 

 前方から足音が聞こえてきた。恐らく先程聞こえてきた扉を開けたサーヴァントだろう。

 

「…………ワン!」

 

 後方のマシュから逃げてきた以上、前方の方が安全だと信じて進むしかない。

 最悪、清姫だったら猛ダッシュで逃げるしかない。

 

「――!?」

 

 だが、その考えが甘い事に気付いた時はもう手遅れだった。

 

「……ワ、ワォォォ……」

 

 奴から放たれるオーラに俺はすっかり飲まれてしまった。

 時既に遅し、俺は思わず全力で走った。

 

 (マリー)目掛けて。

 

「まあ、貴方はマスターね! こんな可愛い姿になっちゃったの?」

 

 全力疾走した俺はマリーが伸ばす両腕へと迷わず跳躍した。

 

 うおぉぉぉぉぉ、犬の本能がこの人なら安全だと叫んでいる! この人に抱かれていたい!

 これがゆるふわ王女の持つ特殊能力か!?

 

「ふふふ、良い子良い子」

 

 撫でられるだけで興奮が収まり、心が安らかになる。

 うん……安らかな気持ちになるぅ……

 

「さあ、お家に帰りましょう?」

 

 

 パッと逃げ出した。

 

「あ! マスター!?」

 

 犬の本能が感じる安心感を一瞬だけ人間の直感で感じる事の出来た恐怖が上回った。なので軽く抱かれていただけのマリーの腕の中から逃げ出した。

 

「……」

 

 よっし、追ってはこなさそうだ。このまま逃げ切ってやる。

 マリーとの距離が離れている事が嗅覚で分かる。追ってこない理由が分からないので若干不安だ。

 

(察知や探知は出来るけど、そのままヤンデレに誘われるがままでは意味がない……本能が理性よりも体を支配してる事が多いのが原因だよなぁ……)

 

 犬の体は難儀だと思いつつ、ある程度歩いた後にその場に留まる。

 簡単に疲れたりはしないが、体力には余裕があった方が良い。

 

(っ!?)

 

 と思っていたが、俺はピクリと頭を動かした。

 

(口笛!? 一体何処から……?)

 

 聞こえる方へと体は歩き、少し進んでから後悔した。

 

(って、どう考えても誘われてんじゃねえか!)

 

 気付いたと同時に口笛を吹いていた張本人が現れた。

 

「あら、本当に仔犬なのね? 良いじゃない。人間の時より愛嬌はあるし、調教のしがいがあるわ」

 

 吹いていたのは紫色の髪の女神様、ステンノだ。

 俺を見て微笑んでいる。その笑顔に本能も理性も危険だと感じている。

 

(逃げるが勝ち!)

 

 慌てて尻尾を巻いて逃げ出した。

 ステンノの匂いは動かない。

 

「うふふふ……必死に逃げるのね、可愛いマスターね?

 だけど……こちらに来なさい」

 

 犬の聴覚に女神の美声がスッと入ってきた。その瞬間、本能からも理性からも危険を告げる警報が鳴り止み、巻いていた尻尾を更に半周させた。

 

「ワンワン! (ステンノ様ぁ〜!)」

 

 うん、女神様は最可愛である。

 

「ふふふ、犬の姿も中々お似合いよ、マスター……人間の時みたいからかわられて戸惑う姿も良いけど、只々夢中で尻尾を振って媚を売る姿も、私が見たかった物よ」

 

「ワフゥゥ〜!」

 

 頭を撫でられてご機嫌である。女神様最高。ぺったんこは至高。

 

「ええ、えぇ……もっともっと私にだけ夢中になって……ふふふ、人間の姿に戻したらどれほど浅ましい姿が見えるのかしら?」

 

「マ・ス・ター!」

 

 ふと、名前を呼ばれた気がした。

 

「……あら、誰かしら?」

「……! マスター、そんな女神に誑かされてしまったの?」

 

 マリー・アントワネットが女神様の手の中で抱かれている俺を睨む。

 

 何故か、それが凄く悪い事の様に思えてしまう。

 

「――目覚めては駄目よ」

 

 女神様に撫でられ、微笑まれた。

 

「私から逃げ出したのに他の女性に夢中になるなんて、いけないわよ?」

 

 やっぱりその声を聞くとどうしても罪悪感と僅かな恐怖が心を覚ます。

 

「貴方も魅了しているのかしら? けど残念ね。女神である私に勝てる程ではないわね」

「その割にはマスターはだいぶ正気に戻っている様だけど?」

 

 その言葉にステンノは無言で俺を持ち上げると下から本日最高レベルの微笑みを見せた。

 

「余所見を許した覚えは、無いわよ?」

 

「先輩を放して頂きましょうか、ステンノさん!」

 

 女神……うぅ……頭がフラフラしますぅ……

 

 マリーの動物を懐かせるオーラとステンノの魅了に加え、先の食べ物に入れられた犬を魅了する匂いの付いたマシュの登場に俺の精神は不安定に揺れ続けた。

 

 体の奥が気持ち悪い位に揺らされていた。

 

「……! そういえば……マスターを人間に戻せるのよね?」

 

 唐突にステンノのが不敵に嘲笑った。

 

「それがどうかしたのかしら?」

「あ……!」

 

「匂いで魅了しようが、動物に懐かれようが、人間に戻してしまえば効果は無いわよね?」

 

「――っは!」

 

 ステンノのその言葉に、先に気付いたマシュは盾の一振りで答えた。

 嘲笑うかのようにそれを避けるステンノ。

 

「ふふ、人間に戻す方法はとっても簡単な事だったわね? 確か……」

「っく!」

 

 更に追い立てる様に振られた盾を、俺を前に出す事で勢いを殺させつつステンノは俺の耳を触って囁いた。

 

「――愛してるわ」

 

 

 

 体中の感覚が入れ替わった感覚。先まで感じてた精神的不安は無くなったが、体中の感覚でまだ人間ではない事を俺は理解した。

 

「……シャラァ……」

 

 手足は無い。口先では何故か舌の出し入れが止まらない。

 ステンノに抱き抱えられている部分が暖かい。

 

(って、これもう明らかに蛇に変身してんだろぉ!?)

 

 自分の嫌いな蛇に変身してしまった様だ。視界が狭い上に抱き抱えられていては動けないけど。

 

「な、何故蛇に……?」

 

「……可愛い。

 マスター、良いわ、凄く良いですわ!」

 

 マシュは戸惑っているが、ステンノは嬉しそうに強く抱きしめた。

 

(ちょ、待て待て待て!)

 

 ニュルニュルと長い体に戸惑いながらも、ステンノの腕からスルリと逃げた。

 

「あら?」

 

(さようなら!)

 

 地面に着地すると慣れない体で全力で這いずり去った。

 

 と思ったが、直ぐに待た捕まった。

 

「マスター、蛇になってしまったのね」

 

 逃走先に立っていたマリーに掴まれたが、不快感どころか喜びすら感じたのでそのままご機嫌にも彼女の肩から肩に長い身体を伸ばした。

 

「あはは、くすぐったいわマスター!」

 

「マスター……何を戯れているのかしら?」

 

 ステンノが怒り出したので、顔をサッとマリーの首の裏に隠した。

 

「……ふふふ、どうやら蛇になったマスターに貴方の魅了は通じない様ね?」

 

 よく分からないが、蛇になるとどうもステンノの魅了は効かないらしい。

 

「もし私がやったら何か別の姿になるのかしら?」

 

 マリーはステンノがやった様に俺の皮膚に隠れた耳に触れる。

 

「愛してるわ、マスター」

 

 その瞬間、再び体が変化した。

 今度はしっかりとした足が4本あり、変化の途中でそばを離れたマリーより大きくなる。

 

「ヒヒーン(馬かぁ……ガラス製じゃないだけましか)」

 

「まあ、素敵だわマスター!

 んー……でも、どうやったら人間に戻るのかしら?」

 

 ジャンヌ・オルタが皆に態と間違った情報を渡したようだが、今は感謝だ。

 

(この足なら――逃げられる!)

 

「ねえマスター……あら?」

 

 再び魅了されてしまう前にその場から馬の脚力を使い本気で逃げ始めた。

 

「どうどうどう……です、マスター」

 

 盾を構えて退路を絶とうとするマシュ。だが、俺は此処で切り札を切ることにした。

 

(【瞬間強化】!)

 

 動物の姿でも出来るか不安だったが、俺が未だに皆のマスターである以上、魔力はある。

 

「ヒヒーン!!」

「っく!?」

 

 マシュの盾を1回のジャンプで飛び越えた。頭上を通った俺にマシュは驚き、その間に着地し駆け出した。

 

「ヒヒーン!(さよなら!)」

 

 

 

 馬の体はタフだ。限界知らずのスタミナで走り続けて、あっという間に3人を置き去った。

 

(だがしかし……これは予想外だなぁ)

 

 捕まった。

 そう、捕まったのだ。全力で走ってようやく広場に着いたと同時に並みの人間以上のサイズの馬が両手でボールを取る様に簡単に捕まったのだ。

 

「マスター、変わった姿だね。私が女の子なのも変だけど、今のマスターも変」

「ヒヒーン!(放してくれー!)」

 

「んー? なんて言ってるか、わかんないや」

 

 緑色のコートと茶色の長ズボンの少女、だがその大きさは座っているが圧倒的で、10mはありそうだ。

 

(計測の度に大きさが変わるとは知っていたけど……デカ過ぎだろ)

 

 両手の中にキレイに収まった俺を、ポール・バニヤンは眺めている。

 

「マスター……耳はこれかな?」

 

 人差し指でちょんと、耳を抑える。手加減してくれているがその圧倒的な物量差で抑えられると痛い。

 

「……愛してる」

 

 バニヤンが呟く様にそう言うと、俺の体はバニヤンの手の中で形を変えた。

 

 あまり考えたくない変身シークエンスが完了すると、俺の体は漸く人間に戻った。

 

「……あ、あー……

 よ、ようやく喋れた……」

 

「うん、やっぱりマスターは人間じゃないとね」

「おわ!? ちょ、いきな――」

 そう言ったバニヤンは俺を掴むと彼女の服のポケットに入れられた。

 

 布袋の中に倒れ込んだ俺の耳にはバニヤンの声だけが聞こえてきた。

 

「――――」

「マスターなら、私を見て逃げちゃったよ?」

 

「……」

「……うーん……馬の姿だったから簡単に掴めなかったよ。

 捕まえたら私にマスターくれる? ……訳無いよね、うん」

 

 暫くしてバニヤンが誰かと話し終わると、俺はポケットから取り出された。

 

「もう誰も追ってきてないよマスター」

「匿ってくれた、のか?」

 

「うん、だってマスターは私の物だもん」

 

 やはりヤンデレだ。

 

 人間の姿に戻れた事と匿って貰った事、それとマシュの薬の効果が切れていたのは助かったが、文字通りヤンデレの手の平の上では危機を脱したとは言えない。

 

「私の体は大きいけど、マスターへの愛はそれ以上だよ。

 だけど、潰されない様に気を付けてね、マスター」

 

 バニヤンはそう言うと両手の中の俺を見つめながら自分の顔に近付けてきた。

 

「マスターにね、お家を作ったよ。

 ちょっと私には小さいけど、マスターの全部が見えるんだ」

 

 まるで小鳥を巣に返すかの様に、バニヤンは壁の高さ2m辺りの穴を開けて作った家の入り口に俺を降ろした。

 

「私も、体が小さくなったらそこに入るから、楽しみに待っててね」

 

 そう言ってバニヤンは、ドアを閉めた。

 

 

 悪夢が終わるまで、俺はそこでずっとバニヤンの視線を感じ続けていた。

 




活動報告でリクエスト企画実施中です。締め切りは22日まで引き伸ばしますので、興味があればご参加下さい。
(大事な事なので2回書きました)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・キングダム

遅くなって申し訳ありません。
書いてる途中で前後編に別けた方が良いんじゃ……と思う程に長くなりました。1万4千文字は記録更新間違い無しですね……

ガンマン八号さん、当選おめでとうございます。
他のお二方のリクエストも直ぐに書き始めますのでもうしばらくお待ち下さい。


ヤンデレ・キングダム

 

「……ん?」

 

 ヤンデレ・シャトーの常連と化している俺、切大は教室の風景が普段とは違う事に気付いた。

 

 俺の座っている席の前、普段なら既に座っている筈のクラスメイトがいる筈だが授業が始まる数分前なのに鞄すらない。

 

「あれ、あいつまだ来てないのか?」

「んー? そーいや珍しいな、あいつ何時もならとっくに来てる頃なのに」

 

 俺の友人である遊戯王バカも気付いた様だが、アイツが遅刻とは珍しい。

 

 今日はあいつの好きな世界史の授業があるし、何かあったんだろうか?

 

 

 

 

 

「……此処は……?」

「お目覚めか、マスター」

 

 僕が目を覚ますと、そこにはマントと帽子を着用している白髪の男がいた。

 

「……も、もしかして、アヴェンジャー……エドモン、ダンテス……?」

 

「マスターとしての実績はある様だが……シャトーはこれが初めての様だな」

 

 何か1人で勝手に納得しているみたいだけど、僕は訳が分からず辺りを見渡す。

 だけど、石造りの建物だということ以外はまるで分からない。

 

 アヴェンジャーらしき人物はマントを一度大きく動かして、笑いながら喋り始めた。

 

「ようこそ、マスター・トウヤ!

 此処は悪名高き悪夢の監獄塔、ヤンデレ・シャトーだ!」

 

「ヤンデレ・シャトー……!?」

 

 その名前には見覚えがあった。Fate/Grand Orderの攻略サイトの雑談掲示板で話題に上がった事があったが、全然信じられず結局噂で終わってしまった都市伝説。

 

「これから貴様に襲いかかるのは愛憎の境地、ヤンデレと化したサーヴァント共だ。捕まれば愛の名の元にお前を束縛し、手に入れる為ならどんな手段も使うだろう。

 故に、お前は捕まらぬ様に上手く立ち回ってこの窮地を脱さなければならない」

 

「ヤンデレ……」

 

 よく見る単語だけど、要は清姫や源頼光みたいになるって事なのだろうか?

 だったら構ってあげればいいんじゃ……?

 

「貴様の果たすべき使命は……“戦乱を収める”事だ」

 

 アヴェンジャーの言葉に僕は思わず首を傾げた。

 それを見た彼はおもむろに地図らしき物を出現させた。

 

 そこには5人のサーヴァントの顔写真が貼られており、写真の貼られている周辺地域はそれぞれ別の色で塗られている。

 

「これが今回の舞台の全体マップ、勢力図になっている。

 セイバー、アルトリア・ペンドラゴンは己の部下である円卓の騎士と共に戦場をかけており、その勢力は全サーヴァント中最大だ」

 

 アルトリアの名前に思わず反応した。

 僕のお気に入りのサーヴァントだったからだ。

 

「アーチャー、織田信長は2番目に強大な勢力だったが、最近バーサーカーである茶々が離反しその3分の一の領土を奪われた。

 ランサー、スカサハは領土こそ狭いがアルトリア勢に引けを取らないだけの兵力を抱えている」

 

 アヴェンジャーは淡々と説明して行くが、分かりやすい見取り図のお陰で理解出来ている。

 

「最後にマリー・アントワネットだが、その支配地域が他の国と陸での行き来が難しい島だ。これを警戒して比較的距離が近いアルトリアと織田信長が兵を動かしにくくなっている……と言った感じだ」

 

 アヴェンジャーの説明は終わったようだけど、僕はまだ肝心な事を聞いていない。

 

「あの……そもそも何で戦争を?

 やっぱり、聖杯?」

「いいや……今回の戦争の目的は唯一……お前だ」

 

 指を差された僕は驚いた。

 

「……へ? ぼ、僕!?」

「お前はこれから何処か、戦場ではない場所に放り出される。サーヴァントはこの塔の名が示す様に、ヤンデレと化している。お前を手に入れる為なら戦争を起こす程に愛に狂っている、と言う事だ」

 

「な!?」

「文句があるなら止めて来い。それがお前に与えられた使命でもある。それが一度でも達成できれば、お前をこの監獄塔から開放しよう。

 マスターの証である、令呪を使っても構わん」

 

 アヴェンジャーは僕に近付いた。

 そして――

 

「――喰われん様に、用心する事だ」

 

 僕の体は、此処ではない何処かへと飛ばされた。

 

 

 

「……?」

 

 目を開けると、そこは小さな草原だった。

 僕は辺りを見渡しながらも、この風景に見覚えのある気がした。

 

「あ……アルトリアの立っていた場所に、よく似てる……」

 

 村娘だった彼女の回想でこれと同じ場所を目にしていたことに気付いた。

 

「……ぅター……! マスター!!」

 

「えっ……おわ!?」

 

 急に後ろから聞こえてきた誰かの声に慌てて振り返ったが、急に体を動かしたせいで転んでしまったが――

 

「大丈夫ですか、マスター?」

 

 鎧を着た金髪の美少女、アルトリア・ペンドラゴンに支えられ助けて貰った。

 

「あ、ありがとう……」

「気を付けて下さい。貴方に何かあれば……とても、悲しくなります」

 

 憧れのアルトリアに心配され、思わず僕の心臓はドクンと跳ねた。

 

「マスター、積もる話もあるでしょうが先ずは私の城へ。そこで詳しくお話させて頂きます」

「う、うん!」

 

 喜びで声が裏返りそうになるのをなんとか抑えて返事をし、差し出された彼女の腕を掴んだ。

 

 心なしか、凛とした彼女の顔が少しだけ微笑んだ様に見えた。

 

「では、こちらへ――」

 

 草原から2人で歩いてい離れる。

 その途中で馬に乗り、十数分で巨大な門が鎮座している聖都に辿り着いた。

 

「デミ・キャメロット――私が生前治めていた街を模した城下町です」

 

「此処が……」

 

 その巨大な城壁に圧倒されつつも僕は感動した。ゲームでは背景として見ていたそれが今僕の目の前にある。

 

 想像以上の迫力だ。壁には一切、傷が見えない。

 

「さあ、城へ急ぎましょう」

 

 門番の兵士達はアルトリアと僕が乗っている馬を見ると直ぐに門を開き、アルトリアは馬を一切減速させずに、城まで走らせた。

 

 その道中ではアヴェンジャーの言っていた戦争中というのが嘘の様に思えてくる程に平和な住民達の姿があった。

 

「……到着です」

 

 馬から降りた僕はあまりの城の大きさと外見に再び圧倒された。

 

 

 

「――では暫しお待ちを」

 

 城に入った僕はアルトリアに言われるがままに食堂らしき場所に通され、彼女は僕の横に座っている。

 

「あ、アルトリア? ちょっと近くないかな?」

「いえ、そんな事はありませんよマスター。それとも、マスターは私がお側に居ては行けないと……?」

 

「そ、そんな事はないよ! うん!」

 

 アルトリアに悲しそうな顔で手を取られて、恋愛経験の無い僕は恥ずかしくなりながらも拒めなかった。

 

 そんな僕に笑みを浮かべたアルトリアは、真面目な顔をして口を開いた。

 

「それで、この戦乱の現状を簡単に説明させて頂きます」

 

 彼女が僕に話した事はアヴェンジャーの行った通り、5人のサーヴァント達が争っていると言う事、そして……

 

「マスターがいずれかの陣営に3日以上滞在すればその陣営の勝利です。

 なので、マスターにはなるべく安全な場所にいて欲しいのです」

 

 アルトリアは真剣な表情で僕にそう言った。

 

「……」

 

 だけど、僕は返事に困っていた。

 

 アヴェンジャーの言ってた僕の使命、“戦乱を収める事”。その言葉がどうしても僕の中で引っかかったのだ。

 

 果たして、僕が大人しくここに留まってアルトリアの勝利で戦争が終われば、戦乱を収めた事になるのだろうか?

 

(そんな簡単に行くのか?)

 

「あ、アルトリア……他のサーヴァント達との争いって、どうしても止められないの?」

「……恐らく、それは難しいでしょう。

 彼女達の目的は当然、マスターです。

 剣を収めるのは貴方が手に入った時だけです」

 

「仮に、アルトリアはこの戦争が終わったら僕を手に入れて何がしたいの?」

 

 彼女は小さく、そうですね……と呟くと、彼女の願いを口にした。

 

「マスターと、結婚したいです」

「えっ!?」

 

 驚いた僕を尻目に、彼女の口は言葉を吐き出し続けた。

 

「平和なこの街をマスターと共に歩きたいです。

 一緒に美味しい物を口にして、同じ季節で笑いたいです。

 そして何より、子供が欲しいです。マスターとの間に私自身が産んだ子が欲しいです」

 

 その言葉が、僕の知るアルトリアとはあまりにも掛け離れていたので少しだけ引いてしまった。

 

「じゃ、じゃあ……勝利しなくても戦争が終結すれば、その願いは叶うんじゃ……」

「私がマスターを手に入れた事は他のサーヴァントに伝わっています。誰よりも有利な立場の私が停戦を提案しても、誰も首を縦に振る事は無いでしょう」

 

 うん……駄目だ。ならやっぱり此処は余計な事はしないでアルトリアの側で大人しくするべきなのか?

 

「マスター、貴方の身の安全を保証する部屋をご用意しました。着いてきて下さい」

 

 アルトリアは立ち上がり、食堂から出て行く彼女の後を慌てて追った。

 

「ま、待ってよアルトリア!

 ……?」

 

 食堂を出たアルトリアは廊下を歩いていたが、その逆方向で何かが動いた気がした

 

「……!?」

 

“和平を結ぶ方法がある”

 

 そう書かれた紙を壁に隠れた誰かが見せていた。

 

“こっちに来い”

 

「マスター、どうかしましたか?」

 

 アルトリアが僕を呼ぶ。

 

「え、あ……何でも、ないよ」

 

 僕は思わず嘘を吐いた。そしてあの紙に書かれていた事に興味を持った僕はそっちに向かった。

 

「……ちょっと待ってて! 直ぐに戻るから!」

「ま、マスター!?」

 

 紙を見せていた廊下を曲がった。

 そこには紫色のタイツで身を包んだ、美しい女性が――そこで僕は気を失った。

 

「全く……こんな簡単に攫えると逆に心配になるな……」

「貴女は――スカサハ!」

 

「悪く思うなよ、騎士王。こやつは私が貰う」

「そう簡単に逃がすと思ったか!」

 

 スカサハへ斬り掛かったアルトリアだけど、僕を抱えたスカサハはそれを避けると術式の書かれた天井に飛び、槍を突き刺してそれを起動させた。

 

「っく!」

「さらばだ」

 

 

 

「…………ん?」

 

 目を覚ましたと同時に、先よりも暗い雰囲気の建物にいると分かって飛び起きた。

 

「え!? ここ何処!?」

「漸く目を覚ましたか」

 

 僕の目の前で、気絶する前に目にしていた人物、スカサハが微笑んでいた。

 

「僕を……騙したの?」

「違う、騙してなどいない」

 

 スカサハは僕に近づくと手を差し出してきた。僕は恐る恐るその手を掴んだ。

 

「マスター、お主を5人に増やす手段がある」

「え……!?」

 

 僕を、増やす?

 

「私を含めて全てのサーヴァント全員がマスターを手に入れたがっている。偽物であろうと、マスターが5人それぞれに行き届けば満足するだろう?」

 

「そんな事が出来るの?」

 

 僕がそう言うとスカサハは手を顎に当てた。

 

「問題はそこだ。

 どれだけマスターそっくりの――この場合はホムンクルスか。

 ホムンクルスを作ろうと、中身が異なればバレてしまう」

「じゃあどうすれば……」

 

 僕の疑問にスカサハは答えを用意していた。

 

「ならば、それぞれが強く望むマスターを用意すればいい。その為にはそれぞれが持つマスターへの念の篭った何かが必要だ」

「僕への念……?」

 

 スカサハは唐突に自分の胸へと自分の手を入れた。

 

「な、何をして――!?」

「ふっ……ん、これが私のマスターへの念が篭った物だ」

 

「……写真?」

 

 見せられたのは僕の写っている写真だった。折られてはいるが、シワも無ければ汚れ一つ見当たらない。

 

「私はこれを肌身放さず持っている」

 

 それを聞いて顔は少しだけ赤くなる。そんな事をされているんだと知るとこっちが恥ずかしくなる。

 

「こう言った物を奴らから手に入れれば、ホムンクルスが持つ人格も奴らにとって都合の良い物に出来上がるだろう。

 ……さてマスター、どうする?

 私の元で3日ほど匿われるか?

 それとも、和平の為に奴らの元へ向かうか?」

 

 スカサハが僕に問いかけるが、僕はそれに別の疑問で答える事にした。

 

「……どうして、スカサハはそこまでしてくれるの?」

 

「お主を愛しているからだ。

 私が必ず、マスターの望みを叶えよう」

 

 

 

 スカサハの協力を得た僕が最初に目指したのはマリー・アントワネットが収める島だ。

 

 比較的大人しい彼女は恐らく一番安全なサーヴァントだと、スカサハは言っていた。

 

「着いちゃった訳だけど……」

 

 島の裏側、人気の少ない場所に辿り着いたけど、島の面積が狭いせいか華やかな宮殿がよく見える。

 

「あそこに行かないと行けないみたいだなぁ……」

 

 目の前の森の中を通っていくしかないようだ。スカサハに貰った呪符には僕を守る力があると言っていたので魔物に襲われても大丈夫だ……と思う。

 

 若干の不安はあったけど、僕は森を歩き始めた。

 幸いにも道と呼べる程度に開けた場所があったので、僕はそこを歩いた。

 

「?」

 

 歩いて数分もしない内に、前方から何か聞こえてきた気がした。

 

「……近づいて来てる?」

 

 何かが地面を走っている様な、そんな音が近付いて聞こえてきた。

 

 城の方から響くその音の正体は直ぐに僕の元にやってきた。

 

「白い馬車……もしかして――」

「――マスター! ヴィヴ・ラ・フランス!」

 

 馬車の窓から顔を出したのは僕の予想通りマリー・アントワネット本人だ。

 

「会えて嬉しいわ! マスター!」

「うあ!?」

 

 馬車から降りたマリーは一目散に僕へ抱き付いた。

 

「他のサーヴァントに捕まったって聞いた時は焦ったけれど、こうして会えて本当に嬉しいわ!」

 

 アルトリアやスカサハとは違うか弱い体だけど、その女の子らしい柔らかな感触は僕には刺激が強い。

 

「う、うん……僕も会えて嬉し――」

「マスター、大好き……!」

 

 更に強く抱き締められる。

 ずっとこのままでいる訳にも行かないので僕は彼女を引き剥がした。

 

「その、大事な話がしたいから、出来れば宮殿まで連れて行ってくれると有り難いんだけど……」

「ええ! 行きましょう、マスター!

 私達二人の愛の巣へ!」

 

 マリーに引っ張られる形で馬車に入れられ、動き出した。

 

 豪華な白い馬車には6人分位の席があったが宮殿に着くまで終始マリーは僕の隣に座って抱きついてたまま、ずっと笑顔だった。

 

「ねぇマスター、宮殿に着いたらお茶会をしましょう?」

「そ、そうだね」

 

 抱きついたまま微笑み、微笑んだまま甘えてくる。

 

「世界一素敵なお茶会。

 2人だけの、甘ぁい時間……」

 

 混ざり合う様に体を預け、蕩ける様な声で囁かれた。

 

「マスターはどんなお菓子が好きなのかしら? 紅茶は濃い目? 砂糖は幾つ入れるの? それともハチミツかしら? ミルク派? レモン派?」

 

 答えではなく質問する事に満足している彼女の愛の重さに耐え切れなくなりそうな時に、漸く馬車は停止した。

 

「さあ、こっちよマスター! 私と貴方の素敵なお家、しっかり見せてあげるわ!」

 

 アルトリアの城と比べると華やかさが勝る宮殿へと入るかと思ったが、その横の建物に案内された。

 

 神聖さを感じられ、ベンチの様な椅子が沢山鎮座しているその内装を見て僕はこれが教会だという事を理解した。

 

「ま、マリー……? 此処は?」

「最初に2人で式場の下見をしましょう。ね?」

 

「し、式って……?」

 

 戸惑う僕に変わらない笑顔でマリーは答えた。

 

「勿論結婚式の下見よ、マスター」

 

 2人っきりの教会で、マリーは歩きながら嬉しそうに喋り始めた。

 

「此処を2人で歩いて神父さんの前に行って、その時には此処にアマデウスやサンソン、デオンも拍手をして私達を祝福してくれるの! あ、神父さんじゃなくてジャンヌに頼むのも良いかしら?

 そしたら彼女が「汝は夫を……」って言ってる時に私が抱き着いてマスターにキスをして、指輪の交換を後でしちゃったり……

 あ! ウェディングケーキはどんな物にしようかしら!? 一番下がショートケーキで、二番目がチョコ……マスターはコーヒーは大丈夫? だったら3番目はコーヒーにして、4番目はホワイトチョコケーキ! 一番上がモンブランで、ハート型にクリームを飾った上に私達の人形を置いて貰いましょう!

 その後、私が投げたブーケはデオンの元に届いてー……」

 

 恐ろしい程に妄想し、トリップしている……放っておくと戻って来そうにないので、声をかけた。

 

「ま、マリー……そろそろ良いかな?」

「……あらやだ、マスターを待たせてしまったわ」

 

 正気に戻ったマリーは再び僕の手を取ると教会の出入り口へ向かった。

 

「それじゃあ、式の下見はまた後にして、お茶会へ行きましょう!

 一杯食べて、沢山お話して下さいね?」

 

 今度こそ宮殿に足を踏み入れ、鼻歌交じりのマリーに3階のバルコニーまで案内された。

 凝った造形の椅子と机が置かれており、既にお茶も菓子も用意されていた。

 

「さあマスター、座って座って♪」

「う、うん……」

 

 マリーは僕の向かいに座ってニコニコと、華の様な笑顔を咲かせている。

 

「遠慮しないで、沢山頂いてね?」

 

 そう言って彼女が紅茶に口を付けたので、僕もそれに習って机の上の物を口の付け始めた。

 

「……うん、美味しい!」

「そうでしょう? もっと食べて食べて」

 

 マリーに進められ、焼き菓子を掴んで口に運んだ。

 うん、美味い。

 

「ふふ……私の夢が叶ったわ」

「夢?」

 

 なんの事だろうか? お茶会くらいなら生前に沢山やっていそうだが……

 

「王女としてはいけない願いかもしれないけれど……私は恋人と恋人らしく、少女マリーとして同じ時間にいたかったの」

「マリー……」

 

 その言葉にチクリと、罪悪感が胸を指した。

 

「マスターは私の理想の男性よ?

 王女である私にも気さくに話してくれる、素敵な殿方。ライバルが多いのが唯一の欠点ね。

 浮気先が多くて困っちゃうわ。どんな相手にも優しくて、本当に困っちゃうわ……」

 

 マリーはそう言いながら何かを撫でている。

 

「……あ、これはマスターの形をしたぬいぐるみよ! これと一緒に寝ているとね……ぐっすり眠れるの。マスターは、暖かい人だから」

 

 そう言いながらマリーはぬいぐるみをこっちに向けた。

 

「どうかしら、可愛いでしょう?」

 

 デフォルメ化された僕のぬいぐるみを僕は手に持った。

 

 ――瞬間、スカサハが僕に渡した呪符が発動した。

 

「!?」

 

 ぬいぐるみは手から消え、僕の体は何処かに飛ばさる感覚に支配された。

 

「ま、マスター!?」

 

 マリーが不意に手を伸ばしたが僕には届かず、その場から僕の体は消え去った。

 

 

 

「……此処は……」

「退け! 退かぬか!」

 

 城……西洋ではなく日本の文化である木造建築の美しい造りの城の前で、僕は倒れていた。

 

 そんな僕を足軽と呼ばれる軽装の兵士達が見つめているその向こう側から、女性の叫び声が聞こえて来た。

 

 そしてその女性は直ぐにやってきた。

 

「やはりマスターか! そろそろ来る頃だと思っておったぞ!」

「の、信長……」

 

 マリーとの唐突な別れの後なので反応に困ってしまったが、彼女こそ第六天魔王を自称する織田信長だ。

 

「本編だと他のイベント配布サーヴァントと一緒に作者に忘れ去られ出番が無かったので、地味にコレが初登場じゃな! 奴には後で鉛玉をくれてやろう!

 て言うかこの空間、結構エゲツないのー……わし、マスターを見てるとどうも胸が高なって……っは!

 いかんいかん! 此処は冷静に、先ずはマスターを宝物庫に閉じ込めて置かなければ……」

 

 考え全てが口から漏れているので、僕はとても反応に困った。

 前半の愚痴に関しては意味が分からなかったし。

 

「――と言う訳で、わしのはぁとを盗んだ罪人には罰を与えよう! 者共、捕らえよ!」

「無茶苦茶だ!」

 

 足軽の兵士達が素早く僕を取り囲んだ。

 全員が座ったままの僕に槍を向けている。

 

「良し良し! では早速わしの部屋に――!?」

 

 信長の顔に緊張が走った。その理由は僕もすぐに分かった。

 

「っう、うわぁ!?」

 

 地面から唐突に、骸骨が現れたのだ。

 次々と地面から現れた骸骨は全員が槍を持っており、足軽達に攻撃をし始めた。

 

「こ、こやつらは……茶々か!」

 

「えっへん! その通りなのだ伯母上!」

 

 城の向かいにある建物の屋根の上から僕や信長を見下し満足げに笑っている少女。

 バーサーカークラスのサーヴァント、茶々だ。

 

「マスターを奪いに来たか!」

「違いまーす! 元々は茶々の物だから返して貰いに来たんです!」

 

 その言葉に、信長は素早く火縄銃を構えた。

 

「――茶々よ。お主の離反、詫びを入れるのであれば伯母として許してやろうと思ったが……マスターを奪うと宣言した以上、それも辞めじゃ。お主には此処で死んでもらう」

 

 その言葉を最後に、銃声が鳴り響いた。

 

「マスターは茶々の物だって言ってるのに、伯母上のケチ! 頑固者!」

 

「抜かせ! わしのコレクションの良さを何一つ理解出来なかった青二才が、わしの婿を取ろうとはいい度胸じゃ!」

 

 刀の様な鋸の様な物で銃弾を防ぎ、撃てなくなった火縄銃を片っ端から使い捨てて撃ち続ける攻防が僕の頭上の間に行われていた。

 

「伯母上の趣味が良かった物なんて、このマスターの顔が印刷された掛け軸しかなかった!」

「あ! やはりお主か、それを盗んだうつけ者は! 今では泣く泣くマスターの湯呑みを使って慰めておった所じゃ! 丁度いい、そいつも返してもらうぞ! 壊したら危ないからマスターに預けておくのじゃ!」

 

「それには茶々も、賛成!」

 

 2人は同時に掛け軸と湯呑みをこちらに渡してきた。魔力で覆われている様なので傷どころか汚れもなさそうだ。

 

 そして、それらを触ったと同時に僕はスカサハの呪符でその場から消えたのだった。

 

 

 

「ご苦労だったなマスター」

 

 僕は再びスカサハの元に戻っていた。

 

「もうすぐホムンクルスは出来上がるだろう。

 ああ、騎士王に関しては問題ない。お前を攫う前に既に必要な物を手に入れてある」

 

「これで、皆が争わなくて済むの?」

「約束しよう。お前のホムンクルスが全員に行き渡れば、誰もお前を求めて争わないだろう」

 

 僕はその言葉に安堵した。

 

「それでだ、マスター」

「? どうしたのスカサ――」

 

 唐突に、僕は地面に押し倒された。

 

「――仕事終わりを、労って貰おうか」

 

 覆い被さったスカサハは顔を赤く染めながらも、鋭い目で僕を見つめていた。

 

「す、スカサ、ハ……?」

「怯えるな。その情けない姿が……実にそそる」

 

 

 

 

 僕は、マリーの治めている島に戻ってきた。

 

「マスター!? 戻って来てくれたのね!?」

「うん。マリーと……その……式を、上げたかったから」

 

 飛び付こうとしたマリーと顔を合わせ、恥ずかしい言葉を口にした。

 だけど、マリーは笑顔を浮かばせて、先程よりも力強く僕を抱き締めた。

 

「私ね、王女じゃなくて1人の女の子として貴方を愛するわ」

「うん」

「だから、私の時間は全部全部、マスターにあげるわ」

「うん」

「だから――」

 

 チュッ、と唇に触れるだけのキスが僕の心を踊らせた。

 

「――愛して、私だけをずっと……抱き締めていて」

「うん、うん……」

 

 そして、マリーはその日から僕に一日中一緒にいる様になった。

 

 

「おはよう、マスター……」

 

 起床すれば、彼女の顔がそこにあった。

 

「朝食は食べる?」

 

 彼女は、僕と同じ時間に同じ行動をする様になった。

 

「お花を摘みに行くのね?」

 

 出掛け先どころか、食事や睡眠、トイレすら僕と同じ時間に行く。

 

「あっ……っは……! つ、次は……何処、かしら……♪」

 

 デートの時、尿意が限界ギリギリにも関わらず、僕が行くというまで我慢し続けて、睡眠も同じベッドで寝っ転がっているにも関わらず、眠い目を擦りながら読書に耽る僕が睡魔に落とされるまで起きている。

 

「気を遣う必要は無いのよ、マスター? 私は貴方と同じ時間を同じ場所で過ごせたら、それでいいの」

 

 彼女はそう言っており、僕にはどうする事も出来なかった。

 

 そして島に戻ってから1週間が経つと、明日はいよいよ結婚式だ。流石に結婚式の準備まで一緒にとはいかないので、マリーは何時もより激しいスキンシップをしている。

 

「結婚式……ふふふ、明日はマスターと夫婦になれるのね……」

 

 僕の前で笑う彼女は、とても幸せそうだ。

 

「ねぇ、マスターはどう思ってるの?」

「それは勿論、幸せだよ」

 

「嬉しいわ! 私もマスターと同じ気持ちだもの!」

 

 そうだ、本当に僕達は――幸せだ。

 

 

 

 

 

 僕の周りには全てがあった。

 

 食事は毎日豪華な物が運ばれてやってくる。娯楽もあれば、大きな浴場もある。

 

 仕事も……と言っていいのか、取り敢えず労働には見合わない程の金を報酬として貰ってもいる。

 

 此処はまさに、楽園だった。

 

「マスター、何か望みはあるか?」

 

 常時側にいる信長が僕に何か尋ねるがこれ以上何を望めばいいのか、僕にはさっぱりだ。

 

「ううん、信長が側にいればそれで良いよ」

「うむ! 今日も今日とて嬉しき言葉じゃマスター!」

 

 信長は常に僕の側に……いや、僕を側に置いている。

 1mでも離れる事を嫌う。

 

「この前は唐突に消えたので焦ったが、こうして戻ってきた以上、もうわしが手放すなど思わぬ事だ」

 

 そう言って信長は最初に僕の両手足を縛っていたけど、その翌日に「泣かぬホトトギスは要らぬ」と言って縄を解いた。

 

「だが、望みが有れば遠慮なく言うが良い! 天下で叶える事の出来る望みは全て叶えてやるのでな!」

「うん、ありがとう」

 

 そして、僕には労働が課せられた。

 

「こんな場所で業務と言うのも変な話じゃが、生前の癖じゃ。わしが働いている間は、マスターには仕事として、わしの側に控えてもらう」

「別に構わないけど」

 

 一日中、信長の側にいる仕事が始まったが特に不満もなかった。

 

「……うーむ、西の町が食糧難か……マスター、肩を揉んでくれー」

「はい」

 

「……んんん! 火縄銃の生産が1週間遅れているではないか!

 マスター、わしの頭をポンポンせよ!」

「了解」

 

「あー……わし疲れたぁ……マスター、わしを担ぎながら茶を淹れてくれ」

 

 偶にそこそこ難易度の高い頼みもあるけど、それ以外に困る事は基本的にない。

 

 だけど――

 

「マスター……今茶々の事を考えておったな?」

「……え? いや、別に考えてないけど……」

 

「……真であろうな?」

 

 西の方の窓の景色を見るだけで問い詰められる。

 

「おいマスター! そちらは騎士王の方じゃ! こっちを見ろ!」

 

 北の方の窓を覗けば怒鳴られる。

 

「南は影の女王がおる! お主の殿はわしじゃろう!」

 

 南を眺めれば両手を顔で挟まれ信長に視線を変えられた。

 

「常にわしを見よ!」

 

 なので仕事中は信長の部屋の窓を閉める事になった。

 

「業務中にわしから視線を外しおって……!

マスター、肩叩き!」

 

 怒ってはいたが頼まれた通りに肩を叩けば、直ぐに彼女は満足げな表情に戻る。

 

「うーむ……平和じゃの。マスターを手に入れ、天下を取った以上、当然の結果じゃがの」

 

 信長はすっかり怒りを収め、背中を僕に預けた。

 

「ではマスター、明日は2人で遠出でもどうじゃ? まあ、マスターが迷子にならぬ様に馬に2人乗りで、首輪も掛けさせて貰うがのう」

「ちょっとやり過ぎじゃ……」

 

「マスターがわしの元を離れるとは思えんが、攫われたりするかもしれんし……」

 

 立ち上がった信長は近くのタンスの前で止まると、首輪がぎっしり詰まったそこを開いた。

 

「さて、どれにしようかのぉ……」

 

 信長は大量の首輪の前で悩み始めた。

 

 翌日に向かう、茶々の城の為に。

 

 

 

 

 

「…………」

「んん、ますたぁ……」

 

 僕はそっと、茶々の頭を撫でていた。

 

 もう1時間は経つというのに、撫でられている茶々は満足するどころか、もっともっとと休む事すら許さない。

 

「マスターは……こうしてずっと茶々を撫でていれば良いのだぁ……」

 

 正直茶々の部屋の布団に座らさられた時はどうなるかと思ったけど、これはこれで辛い物があった。

 

「んー…マスター? もしかして、茶々に興奮してる? まあ茶々が史上最高豪華絢爛超絶美人だから、是非もないよね!」

 

 そう言ってズボンに視線を移した茶々だけど、生憎僕は興奮していなかった。

 

「むぅ……手強いなマスター!

 撫でるだけでは興奮しないのか?

 まあ、夫婦の関係になるし別に脱いでもいいけど、なんか可愛い系の茶々的にそれはそれで負けた気分……

 うん、もうちょっと可愛い系で攻めてみよう! こうなんか……うざかわ系で!」

 

 その言葉の通り、茶々は僕にぴったりとくっついて離れなくなった。

 

 朝は茶々のダイブから始まる。当然ながら2人で同じ布団に寝ていたけど。

 

「マスター、おっはよーう!」

「おはよう……」

 

「それじゃあ早速朝食にしよう!」

 

 移動時は大体僕に引っ付いて行動する。

 僕が離れる事を許してくれない。

 

「やだやだ! 茶々から離れちゃ駄目!」

「トイレに行くだけなんだけど……」

 

「だったらわらわも連れて行けー!」

 

 その言動は完全に子供のそれだ。

 結局、その後おんぶする約束をして手を打った。

 

「マスター……茶々と一緒にいるのは嫌か?」

 

 かと思えば急に気を回してくる事もある。その質問には嫌じゃないと返したが、それを聞いた茶々は更に激しいスキンシップをする様になった。

 

「マスター、茶々が耳掃除をしてやるぞ? ふふふ、泣いて感謝してよいのだ!」

 

「風呂……ならば当然わらわと一緒にはいるよね? 当然YESであろう?」

 

「一緒に寝てるし、マスターは性欲を抑えるのが大変なのであろう?

 茶々を抱いて寝る事を許可するぞ?

 ……あ、う、うん……こっちじゃなくて…………ええい! 茶々もマスターを抱き返しちゃうからな!? 良いな!?」

 

 

「と言う訳で! 伯母上にマスターと茶々の仲睦まじい姿を見せて、血涙を流させてやるのじゃ!」

 

 唐突に茶々がそんな事を言い出した。

 

「1頭の馬を2人乗りして、伯母上の庭でイチャイチャしてやろうと言う寸法じゃ! さあマスター! 目にもの見せてやろう!」

 

 そう勢い良く城を出て、織田信長の城を目指し、歩いた。

 

「伯母上がどんな顔をするのか、楽しみじゃ!」

 

 イタズラな笑顔を浮かべ、すっかり気分は上々の様だ。

 

「後半刻で城に――ん?」

 

 茶々が奇妙な声を上げた。

 そっか……どうやら見てしまったようだ。

 

 

 

 

 

「……!?」

「ふむ、こんなものか」

 

 この悪夢に来る前に見た勢力図と同じ地図の中にあった、各勢力を示す5つ色から3つの色が一気に消え、紫色がその大陸の殆どを染め上げた。

 

「マリー・アントワネット、織田信長、茶々の3勢力が消え、私色に染まった……これがどういう意味か分かるか、マスター?」

 

「…………」

 

 僕は猿轡を口に入れられ、両手は背中で交差するように縛られ、両足も拘束されていた。

 

「私の造ったマスターが、奴らの暗殺に成功したと言う事だ。

 まあ、流石に騎士王は一筋縄では行かなかった様だが仕方あるまい。マスターを手に入れて1週間が経ったが、恐らくホムンクルスを造ったせいで私の勝利には未だになっていないが……凌ぐだけならば容易い」

 

 そう言ったスカサハは俺の側でしゃがむ。

 

「辛いか? 奴らの死を嘆くか? 思う存分嘆いてみせよ。それら全て、私の快楽で塗り潰してやろう……っん、んぁ」

 

 耳を舐められ、快楽に体が刺激される。

 

「れろ、ん……っちゅん……

 もっとだ、もっと深い快楽を刻み込んでやろう……」

 

 耳から離れた彼女は少し頭を下げると、胸の前で舌を出した。

 

「……!」

「ん、っちゅ……レロレロォ……胸を舐められ、悦んでいるのかマスター?」

 

 連日ずっとこんな目に合い続けていた僕の体はスカサハから与えられる刺激に反応せずにはいられなかった。

 

「もっと……ん、っちゅぅ――!」

 

 舐めていたスカサハは急に血相を変えて顔を上げると、僕から少し離れた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息を吸いながらも、スカサハの睨む先を見つめる。

 見れば宝具である赤い槍、ゲイ・ボルグ・オルタナティブを両手に出現させていて、その切っ先には必殺の意思が込められている。

 

「……んー!」

 

 だがそれを扉の先の人物に忠告出来るほど、声は出てこない。

 不味い。どう考えてもその先にいるのはアルトリアの筈だ。此処で彼女が倒されてしまえば、恐らく僕はもう二度と陽の光を見る事は無いだろう。

 

「!」

 

 扉が僅かに動いた。すでにスカサハはその先の標的目掛けて槍を振り上げている。

 

「――MAAAAASTTEEEEEEERRR!!」

「なっ!?」

 

 突然、扉その物がスカサハ目掛けて突進してきた。敵に投げるつもりでいたスカサハにとってこれは完全に予想外で、僅かに回避が遅れるが万全の体勢を失いながらもその攻撃から逃れた。

 

「っく……今のは――!?」

「えーっと…………?」

 

 扉ごと突進してきたのは顔も体もすべてを黒い鎧で覆った騎士、バーサーカークラスのランスロットだ。

 そして彼は僕を壁に繋いでいた鎖だけ粉砕すると、肩に担いで走り出した。

 

「っく、逃がす――!?」

 

 追跡しようと部屋から出たかスカサハは思わず息を呑んだ。

 

「束ねるは星の息吹――」

 

 ランスロットが逃げ出した先には激しく輝く剣を両手に持ち、静かに佇む騎士が1人。

 

「――受けるがいい」

 

 最大まで高められた聖剣の光を、その一振りで開放した。

 

 

 

 

 

「マスターの偽物と分かっていましたが、それでも結局暗殺寸前まで斬る事が出来ませんでした……」

 

 アルトリアは静かに僕に謝った。

 

「い、いや……助けてくれて、嬉しいよ……」

 

 スカサハに感覚的には長い時間閉じ込められていた僕は、疲れた体をアルトリアに抱き止められていた。

 

「ご安心下さい。もう騒乱は終わりましたから……」

 

 アルトリアの声に目を閉じたが、数分と経たずに目を開いた。

 

「……あれ、もう着いた……?」

「はい。到着しましたよ」

 

 何故かベッドの上で目覚めた。

 その隣には寝っ転がったアルトリアの顔があった。

 

「……え!? あ、アルトリア!?」

「マスターはひどくお疲れでしょうから、私を抱いてお眠り下さい」

 

 そう言うと纏っていた鎧を解除して、僕に両手を向けた。

 

「抱き枕を抱いて眠るのが最近のマスターの就寝方法なんですよね? ですので、遠慮せずに」

「う、うん……おわ!?」

 

 そっとアルトリアへと腕を伸ばして、彼女の肩に触れようと思ったが、アルトリアが急に僕を抱きしめた。

 

「しっかり、体を休めて下さい。

 起きたらコーヒーをご用意しますね? 砂糖は3杯、ミルクはマグカップの4分の1程でパンにマーガリンとイチゴのジャムを塗って、食べ終わった後に顔を洗いに行きましょう」

 

 耳元で囁かれ、背中がゾクゾクする。次々と僕の毎朝の行動を言われ、抱擁の安心感と同時に迫る不安感が混ざり合って奇妙な睡魔が襲ってきた。

 

「全て……私にお任せ下さい」

 

 この夢から早く覚めたい一心で目を閉じた。

 

 

 

「……逃げよう……!」

 

 浅い眠りから覚めた僕は夢の中にまだ囚われている事に気付いて、城から出る事にした。

 

「唾液の味の食事……暗い小部屋……!」

 

 スカサハに監禁され、ホムンクルスの自分が体験した記憶から、ヤンデレの怖さを漸く思い知った僕はアルトリアからも離れた方が良い事に気付いてベッドから逃げる様に飛び出した。

 

「此処だ、食堂!」

 

 見覚えのある食堂前の廊下を見つけて、駆け抜けた。

 

「城の外、城の外……!」

 

 門が見えた。誰もいないし、あとはあそこを抜けるだけだ。

 

「これで、脱出――!?」

 

 門を抜けた先にある城下町へと駆け出したはずの僕は、急に目の前に現れた誰かに抱き止められてた。

 

「おはようございます、マスター」

 

 その人物こそ、僕が逃げ出そうとしていたアルトリアだった。

 

「な、なんで……しかも此処は……先まで僕がいた部屋!?」

「マスターが逃げ出そうとするのは分かっていましたので、マーリンに頼んで空間を繋いで頂きました」

 

「っ!?」

「大丈夫ですよ……マスターの無事は私が約束しますから……」

 

 耳の側で紡がれた言葉に、僕の心は不思議と和らぐ。

 

「マスター、お慕いしている貴方を私が傷付けたりは致しません」

「う……ぁ……」

 

 今までの苦しみが、落ち着きに押し出されて涙となって溢れ出た。

 

「もうマスターを縛る者は……いませんから……」

「ぁぁ……うぅあ……」

 

 アルトリアに抱いていた胸の鼓動が静まる。だけど、同時に暖かくもなっていた。

 

「私はマスターを――愛してます。

 もし、この言葉を受け取って貰えたらば――」

 

 

 

 

 

「ふむ、時間切れか。

 今回はやたらと夢の中の体感時間を長引かせてしまったが……この程度で有れば問題はないか」

 

「だが、誰かが起こさなければ悪夢から開放されても起きないかもしれんな……ならば、続きと行こうか」

 

 

 

「……きて……起きて、起きて下さい……!」

 

 誰かの声が聞こえる。もしかして、母だろうか?

 そう思うと頭が回りだした。

 

 もしかして、遅刻してないか?

 

 そう考えるのに2秒と掛からなかった。

 

「お、起きるよ!

 ………え?」

 

 起きて早々に思わず間抜けな声が出てしまった。

 

「……起きてくれましたね、マスター」

「あ、アルトリア……!?」

 

 目の前の見覚えが無い筈の女性の顔を夢から引っ張り出した。アルトリアで間違いないが、それは有り得ない。

 

「ま、まさかまだ夢が……! いたっ!」

 

 頬を抓るが痛い。夢じゃない。

 

「急かす様で申し訳ありませんが、どうかこれにサインしては頂けませんか?」

 

 アルトリアは急に何か紙を見せてきた。

 

「……こ、これは?」

 

「結婚届、と呼ばれる契約書ですね。夫婦の関係の為に欠かせない物と聞きました」

 

 言いながらペンを僕の手に握らせたアルトリア小さな箱をこちらに見せて、開いた。

 

「私の求愛、受け取って頂けますか?」

 




このペースで行くとハロウィンは多分11月に持ち越しかもしれませんね……いや、頑張りますけど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オワリノトキ

またまた遅れてしまって大変申し訳ありませんでした!
気付けばもう七番勝負もハロウィンも来てしまいました。この企画が終わり次第、それらに関係ある話を書きたいと思ってます。
(なお、事前に沖田さんを引いてしまったせいか、七番勝負の英霊は誰も来てません)


改めまして、今回の当選者である陣代高校用務員見習いさん、当選おめでとうございます。


「……ふぁぁー……」

「――さん、最近ずっと眠そうですね。大丈夫ですか?」

 

「あぁ……最近よく眠れなくてね……」

 

 いけない。仕事中に後輩に心配されるなんて。

 そう思った俺は机の上に置いてある缶コーヒーを飲んだ。

 

「……もう空か」

 

 ゴミ箱に缶を入れる。もう1本買っておくべきか。

 

「……飲み過ぎじゃないですか? それもう3本目ですよね」

「そうかな……いや、やっぱり体はしっかり気を付けないとね」

 

 確かにコーヒーの飲み過ぎは体に毒だと聞いた事があるし、ここらへんでやめておくべきか。

 

「…………んっと、いけない、いけない」

 

 机に戻ってキーボードを叩き始めたが、数分で睡魔に顔を揺らす。

 

「本当に大丈夫なんですか? 不眠症なんじゃ……」

「いやぁ、最近夢見が悪くてね……」

 

 そうだ。原因は良く分かっているんだ。

 

 静かに自分のスマートフォンに目を落とした。

 それと同時に思い起こされるあの惨劇。悪夢でありながら、会社に着いても鮮明に思い出せる。

 

「……ああ、眠い……」

 

 

 

 部長に怒られながらも無事に業務を終え家に着くと、僕はスマホを開く。

 

「……ん? 新しいアプリか……」

 

 適当な暇つぶしを求めて目を通していたネットニュースで見つけたゲームアプリの詳細を開いた。そこに書かれている概要は、中々期待度が高く、早速ダウンロードしてみる事にした。

 

「インストール完了……ああ、またダウンロードかぁ……あれ?」

 

 急に止まるダウンロード、そしてそこにメッセージが表示された。

 

【容量が足りません。不要なデータやアプリを削除してからもう一度お試し下さい】

 

「あー……もうメモリが一杯か……」

 

 設定画面を開いて容量を確認するが、不要なアプリは見当たらない。

 容量の大きい順に並び替えると、睡眠不足の原因でもあるFate/Grand Orderが表示される。

 

「……消すべき、かも」

 

 今まで、課金に課金を重ねて一目気に入ったサーヴァントを手に入れ続けていたので、寝不足になってからも続けてはいたがそろそろ限界だと結論付けた。

 最近じゃ、1週間に1回ログインする程度だし。

 

「そうと分かったら――あ」

 

 スマホを手に持って、アンインストールの画面を開いた瞬間、唐突にやって来た睡魔に抵抗も出来ずに飲まれた。

 

 

 

「よ! 危ねえ所だったな」

「……アンリ・マユ」

 

 僕は目の前で歯を見せながら笑顔で出迎えたその存在に思わず、緊張の入った真剣な顔を向けた。

 

「そんな顔すんなよ? あんたの自業自得だろ?」

 

 僕のヤンデレ・シャトーの管理人を名乗っている、自他共に認める最弱の英霊。

 性格はとてつもなく捻くれている。

 

「最初の頃ぁ、イケてるアヴェンジャーのあんちゃんにモテモテにされていい気分だったろ?」

 

「それは……」

 

 否定はしない。

 始めはヤンデレ・シャトーの管理は別のアヴェンジャーであるエドモン・ダンテスが行っていた。その時は戸惑いながらも、心の奥底では楽しんでいた。

 

 しかし、前のピックアップでエドモンを手に入れてからは、アヴェンジャーの中で唯一引いていなかったアンリ・マユがこの悪夢に現れる様になった。

 

「まあ、俺ちゃんも鬼じゃねーですし、辞めたいんだったら辞めさせてやるよ?」

 

 アンリ・マユが来てからは殺される回数も増え、しかも夢での記憶ははっきりと残されていた。耐え切れなくて目が覚めた事も何度もあった。

 

「でもまー、このままさようならじゃ、あんたん所の奥様達も納得出来ないんだよなぁ?

 せめて挨拶周り位してくのが筋つーもんだろ?」

 

 だから、今日でこの悪夢ともFGOとも綺麗さっぱり、縁を切ろう。

 

「――そんじゃマスター、精々足掻けよ? 縁を切りたきゃ、しっかりと『出入り口』から出て行けよ」

 

 

 

 アンリ・マユの最後の言葉と共に、周り景色が変わる。その風景は何度も見たカルデアの廊下だった。

 

「カルデア……」

 

 ヤンデレ、僕に召喚された英霊と対峙するには随分とあつらえ向きな場所だ。

 

「……っく」

 

 だが現在地が最悪だ。

 職員の休憩室。メインルームと会議室の間に作られたこの部屋を出て右に向かえば会議室とその先にトイレがあるだけだ。

 

「ほぼ左への一歩道……当然、いるんだろうな……」

 

 アンリ・マユの手の内は理解している。だが、どうせこんな予想、直ぐに超えてくるだろう。捕まるのは殆ど確定だ。

 

「……行こう」

 

 慎重にドアを開いた。その隙間から見える廊下には誰もいない様だ。

 

「確保――」

 

「――うっぐ!?」

 

 突然の奇襲。天井から落ちてきた肌触りの良い手に素早く組み伏せられた。

 

「……マスター……」

「うぅ……静謐の……ハサン……!」

 

 組み伏せたのは褐色肌の暗殺者、静謐のハサン。体中に染み付いた毒は耐性のある僕には通用しないが、それが原因で彼女の愛は重い。

 

「捨てるんですか……私を? こんなに貴方をお慕いしているのに……」

 

 耳元で囁かれる声から、アンリ・マユが何か面倒な事をしてくれたのが容易に想像できた。

 

「す、捨てたりしないさ……」

「嘘です。マスターは私から、離れようとしています……!」

 

 苦し紛れの嘘で誤魔化されるほど、静謐はバカじゃない。だが、決して冷静でもない。基本マスターの言葉を信じる彼女が瞬時に嘘だと断定した以上、今の精神状態はとても危険だ。

 

「駄目です、絶対に駄目です……マスターに捨てられるなんて絶対に――嫌です!」

 

「っく……!」

 

 涙を流しながら組み伏せた僕の腕に手錠を付けた。

 

「マスターの気がお変わりするまで、これは絶対に外しません……!」

 

 背中で交差した両腕に取り付けられた手錠のお陰で、見事に動きを封じられてしまった。しかも、静謐は更に何か取り出している。

 

 ちらりと見えたその鋭利な尖端が光を反射し、輝いた。

 

「私の使っている媚薬よりも効力のある物を血管に直接流し込みます。きっとマスターを、離れたくなくなる様な快楽に誘ってくれますよ……」

 

 冗談じゃない。そんな物を入れられたら中毒者になってもおかしくない。

 ヤンデレ・シャトーの現実への影響力は少ないが、確実に何らかの支障を来す。

 

 ジタバタしていても解決できないがアンリ・マユのシャトーでは一度使った令呪は回復しない。もう僕に令呪は残されていない。

 

「【リミテッド/ゼロオーバー】!」

 

 やむを得ず、僕は自身に概念礼装を発動させ、両腕で無理矢理手錠を壊した。

 

「――っきゃ!?」

 

 手錠から放れた腕で静謐の手首を掴んで、注射器を奪い取った。

 バスター性能……単純に腕力を上げる効果のあるこの礼装が発動している間は正面切っての戦いが苦手なアサシンクラスである、非力な彼女を抑えるのはそう難しく無い。

 

「悪いね、静謐」

 

 そう言いつつ僕は概念礼装であるゲージを静謐に装備し、檻の中に閉じ込めた。

 

「……ま、ますたぁ……お願いします、捨てないで下さい、離れないで下さい……!」

 

 その場から離れようとした僕を焦点の合っていない目で見つめながら静謐が檻の中から手を伸ばし足を掴むと、懇願し出した。

 

「私は……ずっとマスターの、サーヴァントでありたいんです……っ!

 もう誰と浮気しても構わないです! 蔑ろにされても、道具として扱っても構いません……だから、私に、貴方のお顔をずっと見させて下さい……!!」

 

「……」

 

 泣きじゃくる彼女に掛ける言葉が見付からず、無言で彼女の腕を乱暴に振り解くしかなかった。

 

「やぁ……嫌です……!」

 

 

 

「見取り図……」

 

 暫く歩いた先にあったのはカルデアの見取り図だ。

 どうやら今歩いている廊下の先にはトレーニングルームがあり、その更に先にはマスター、つまり僕の部屋がある。

 

「その先のエレベーターで上の階に、食堂の前を通った先に出入り口が……」

 

 恐らく更に何度かサーヴァントと遭遇するだろうと予測しつつも、出入り口に向かって歩き始めた。

 

 カルデアでのシャトーは結構な回数経験している故に、通り道にあるどんな扉でさえも僕は警戒しなければならない。

 

 首を左右に動かしつつ突き当り、角を曲がった先にトレーニングルームが――

 

「――ごめん、マスター」

 

 

 

 誰かに頭を殴られた様だ。

 案の定、目が覚めたら周りの景色には先まで見ていた物は何も無かった。

 

「……鎖」

 

 両手を纏めて縛るそれを見た。

 リミテッド/ゼロオーバーが発動中なので破る事も考えたが、こちらの手を握る彼女の存在がそれを許しそうに無い。

 

「……ご主人様」

 

「デオン……」

 

 フランス王家に使えし白百合の騎士、デオン・シュバリエ。

 彼女相手ではこの強力な概念礼装も意味を成さない。

 

「間に合ってよかったよ。

 君がカルデアを出て行くって聞いた時は、少々みっともなく取り乱して締まったけど、もう今は冷静さ」

 

 確かに、一目見た誰もがデオンから悲しみ等の感情を読み取るのは不可能だろう。

 

 もし彼女が鎖で縛った僕の手をずっと握っていなければ、だったが。

 

「デオン、僕を放してくれないか?」

 

「嫌だ! マスターと別れるなんて絶対に嫌だよ!!」

 

 急に怒鳴った彼女に、僕は驚き目を見開いた。

 

「……だいじょうぶ……此処にいる……だいじょうぶ……マスター……ご主人様……だいじょうぶ……」

 

 直ぐに口を噤むと虚ろな目で何か呟いている。

 恐らく自己暗示のスキルを使って再び冷静になろうとしているのだろうが、精神状態がひどく不安定なのが見て取れる。

 

「……ん。私は冷静だ。マスターはちゃんと此処に捕らえている。そうすれば何処かに行ったりしない。うん。大丈夫だ」

 

 怒りを飲まれずに持ち応えた様に見えるが完全に発狂寸前だ。下手に刺激すれば余り良くない結果が待っていそうだ。

 

「ん……」

「っ」

 

 彼女の顔がキスをしようと近付くと同時に僕は反射的に後退った。結果的に、唇は僕の頬に触れた。

 

 彼女のゆっくりとした視線は僕の足に移った。

 

「……ああ、そうだ。念の為、足を切り落とそう。私とした事が、逃走の可能性はなるべく排除しないといけないな……」

 

「っ!?」

 

 突然刃を振りかざし始めた彼女に僕は鎖の破壊を余儀なく迫られた。

 乱暴に壊され細かい金属音が響く中、彼女の剣からなるべく遠退く為に跳んだ。

 

「あ、危なかった……」

 

 幸いにも彼女の刃は何も傷つけなかった。だが、こうなってしまえばデオンとの直接戦闘は避けられない。

 

「どうして? なんで?

 なんで私の側を離れるんだい、マスター?

 君は私のご主人様じゃないか、一緒に居てよ……」

 

 狂気に染まりつつ、刃を構える彼女の瞳から涙が流れ始めた。

 

「だいじょう、ぶ……足を切れば……私を、頼ってくれる…………いなくなったり、しない……だい、じょうぶ……だから、だいじょうぶ……!」

 

 見ていて痛々しくなる程の自己暗示。短剣とそれを握る手は細かく震えている。

 

「マスター……ずっと、私の隣で! 笑ってくれるよね!?」

 

「っ!?」

 

 刺突。距離を詰める為の瞬発力も合わされば簡単に体を貫く威力と速度だ。

 

 精神が不安定でもその技は英霊の洗礼された技には違いない。

 

 リミテッド/ゼロオーバーは体の強度を上げるものでは無いので当たってしまえば当たり前の様に体に穴が空いてしまうだろう。

 

「っく!?」

 

 紙一重とは程遠い、無駄の多い回避。だけど、英霊との戦いを無意識に想定していたデオンの振り向き際の斬撃からも逃れる事が出来た。

 

「……動かないで。足だけ、綺麗に切り落として、みせるから」

 

 再び構えた短剣。どうやら覚悟が出来てしまった彼女の目からは、感情が読み取れなくなっていた。

 次は避けられない。

 

「デオン!」

 

 僕は意を決してデオンへと走った。

 今は油断ではなく、精神的異常によってデオンの動きは鈍い。

 

 その意外な行動に斬り伏せるべきか凌ぐべきかの判断が少し遅れたデオンの顔目掛けてポケットから取り出したそれを発射した。

 

「っ!?」

 

 それは注射器。

 先程静謐から奪った強力な媚薬の入ったその中身を彼女の顔に放ったのだ。

 

「あ……ぁ……っ、はぁぁ……!」

 

 やはり凄まじい効果があったのだろう、先まで剣を振り回していたデオンは力が抜け、糸の切れた人形の様に床に倒れた。

 

「あ、危なかった……」

 

 それを見ながら空になった注射器を投げた。吸わない様に片手を鼻に当てていたのをゆっくり放す。

 

「はぁ、はぁ……ああ、ますたぁぁ……体があちゅぃよぉ……」

 

 媚薬の効果か、デオンは先程の鬼気迫る表情を蕩けさせ甘えた声を出す。

 

「わたしの……からだぁ……こころも、いっしょにぃ……めちゃくちゃ、してぇ……」

 

 その姿から遠ざかる為、僕は静かに立ち上がるとその場を後にした。

 

「まっへぇ……ますたぁぁ……いかないでぇ……」

 

 

 

「お待ち下さい、旦那様」

「来たか……」

 

 マイルームの前を走り抜けようとした僕の前に、小さな体が通せんぼをする。

 

「清姫……」

「私をお捨てになるのですか?」

 

 普段の恋する乙女の様な言動ではなく、こちらを見定める様な眼差しで口元を扇子で隠している。

 

「私、マスターを大変お慕いしております。それでも、私をお捨てになるのですか?」

「うん……そうなる、ね」

 

「そうですか……」

 

 静かに呟いた清姫はパッと扇子を閉じた。隠すつもりだったのか、その動作の中で涙が零れた。

 

「それは、大変悲しい事です。何故なら、貴方様の今の言葉に嘘偽りが一切無いのですから」

 

 そう言った清姫は僕の前から体をどかした。

 

「それでは、さよならです、マスター」

 

「……さようなら」

 

 僕は涙を流す彼女の横でそう呟いて通った。

 

「っ!?」

 

 その瞬間、一抹の不安が僕の背中を走った。慌てて振り返るとそこには誰もいなかった。

 

「あれ……? きよ、ひめ……?」

 

 いなくなった彼女の姿。不安が更に大きくなる。

 僕の足はその場から逃げる様に急ぎ出した。

 

 

「…………っはぁ、っはぁ……!」

 

 漠然とした不安に背中を押されながらも、エレベーターで上に上がって直ぐに食堂の前に差し掛かった。

 

 後はただ真っ直ぐ進めばアンリ・マユの言っていた『出入り口』に辿り着ける。

 

 サーヴァントは見えない。いないのかもしれないが、いたとしても前へ進む以外道はない。

 

 休憩ついでに思わず止めてしまった足を再び動かそうとした。

 

「マスターがいるわ、マスターがいるわ!」

 

「っ!」

 

 急に聞こえてきた可愛らしくも騒がしい声に、心臓と共に体が僅かに跳ねた。

 

「……な、ナーサリー・ライム……」

 

 黒い衣装に見を包んだ、絵本の中の住人の様に可愛らしいサーヴァントが本を両手に持ちながらこちらを見つめている。

 

「あたしを置いて行かないでマスター、

 置いて行かせないわマスター」

 

 彼女は不味い。束縛に関しては彼女に勝てる者はいないだろう。

 固有結界である名無し森と彼女の呼び出す怪物には人1人には過剰なまでの力がある。

 

「っー―!?」

 

 反射的に飛び退いた。

 視線を動かせば、先程まで立っていた場所に氷の柱が立っている。

 

 どうやら、かなり動揺している様だ。結界を張らずに氷で捕まえるつもりで攻撃してきた。

 

「捕まえるわ、捕まえるわ、捕まえるわっ!」

 

「あ、ぶない!?」

 

 捲し立てる様な口調と共に次々と足元が凍らされる。慌てて回避するけれど、どんどん出入り口から離される。

 

「仕方ない! 一旦隠れて別の道を――!?」

 

「――マスター、逃げないで、逃げちゃだめ!

 辛い現実を忘れさせるのもあたしの役目よ。物語(あたし)からお別れなんて、させないわ」

 

 後ろから感じられる魔力の高まりはまさに危惧していた結界のそれだ。

 だがそれ以上に僕の肝を冷やす出来事が迫っていた。

 

「うわっ!? じ、地震か……!?」

 

 驚愕に顔が固まる。小規模な地響きと共に黒い着物と白い鱗の清姫が迫って来ていた。

 

 どうやらエレベーターを壊して上ってきた様で、地震の正体はその衝撃だ。

 

 上半身は清姫のままだが、その体はカルデアの床を揺らす程に巨大な竜の物だ。

 

「ますたぁ……どんな理由であれ、逃げ出す貴方を捕まえるのが、妻である以前に清姫である私の宿命です…………何処までも、追い駆けます。

 例えそれが地獄の果てでも……!!」

 

 嫌な予感は当たってしまう様だ。このままではナーサリーと清姫に同時に迫られ、捕らえられてしまう。

 

「なら……!」

 

 ナーサリーから逃げる様に、つまり清姫に迫る様に走り出した。結界が張られるのはなんとして阻止したが、清姫の突進の方が今の僕には脅威だ。

 

「ますたぁ……!!」

「清姫!」

 

 跳躍し、清姫の人間の部分へと両手を広げて抱き着いた。

 ひんやりと冷たい彼女の体。僕なんか簡単に持ち上げるだけの力を感じる。

 

 それと同時に清姫の速度が下がり、慌てて退いたナーサリーを少し通り過ぎると静止した。

 

「と、止まった……!」

 

 ホッとしていると竜の体は消えていき、普段の清姫の姿に戻る。やはり、憎しみで転身した彼女は愛情に触れれば鎮圧出来る様だ。

 

「……ああぁ! 悲しいです、憎いです! 私を捨てる旦那様が、憎くて憎くて、どんなに愛していても、否、その愛故に貴方を焼き尽くしてしまいたい!」

 

 彼女の口から感情が溢れ出た。

 握りしめられた扇子はギシギシと今にも壊れそうな悲鳴を上げているが、僕の背中を抱き締めている両腕は僕に一切の痛みを与えない。

 

「けれど……貴方の包容が、たとえ咄嗟の物だったとしても嬉しくて堪りません!」

 

 僕の胸に向かって、泣き出した彼女の想いがぶつけられる。

 

「醜い憎悪の化身と化したこの身でも、愛に触れられると……温かい気持ちで一杯に――」

 

「――なら、貴方のその想い(愛憎)、私が紡ぐわ」

 

 涙を拭う為に僕から離れた清姫の体を宙に浮いた本――ナーサリー・ライムが挟んだ。

 

「っ――!?」

 

「貴方の愛――私が語らせて頂きます」

 

 清姫が床に倒れ、挟んでいた本は表紙から徐々に古い巻物へと変化した。

 

 ナーサリーの声色はそのままだが、その口調は清姫の様だ。

 

「コレが|新しい私(アリス)……ううん、違う|私(キヨヒメ)なんだ。

 胸を焦がす様な恋、乙女の夢!

 恋ではなく愛だと叫び続ける鼓動!」

 

 巻物から姿を変えて、黒い着物に身を包んでいるが絵本の中の様は帽子は変わらず、只々その瞳は無邪気とは程遠い狂気に染まっている。

 

「ますたぁ……大好き……大好き、大好き!! ああ、止まらない、止まらないわ! 想いが溢れ出て、|私(アリス)を今にも焼き尽くしそう!」

「っあつ!?」

 

 突然、足元から炎が出てきた。ギリギリで回避出来たが、見れば周りが炎で囲まれている。

 辺りの火柱の数は最早、片手では数え切れない数になっていた。

 

 だが、それはナーサリーも同じ事だ。

 

「あはは! 燃えて燃えて! 燃やして燃やす! 愛のままに、燃やして燃やして燃やし尽くすの! 止まらない、止まれないわ! だって、これが――」

 

 ――愛の為の物語(ナーサリー・ライム)

 

 

 

 

 

「……随分と、嫌な技じゃないか。自爆技なんて」

 

「……マス、ター……?」

 

 咄嗟の判断でリミテッド/ゼロオーバーは捨てた。

 僕のカルデアにあった礼装から恐らく今頃マナプリズムにでもなってしまっているだろう。

 

 その代わりに装備したのはカルデア・ライフセーバー。

 付加されたガッツと回復効果で炎を突っ切ってナーサリー・ライムと清姫を救い出す事が出来た。

 

「炎と本じゃ、相性が悪いのに……」

 

 宝具を使ったナーサリーは元の姿に戻っている。

 

「マスター……どうして、火傷してまで、助けてくれたの?

 あたし、先まで悪い娘だったのに……」

 

 その言葉に、一度溜め息を吐いてから答えた。

 

「僕がマスターだからだ。

 少なくとも、此処を出るまでわね」

 

 僕はそれだけ言うと立ち上がる。炎はカルデアのスプリンクラーとナーサリー・ライムの魔力切れが影響して既に鎮火されている。

 道は開いている。

 

「……もう、あたしを読んでくれないのね?」

 

 寂しい声が歩き出した僕の後ろで響いた気がした。

 

 

 

「…………」

 

 黙々と、廊下を歩いて行く。この先にはカルデアの『出入り口』がある。

 そこから出れば、この悪夢と、FGOからはおさらばだ。

 

 カルデア・ライフセーバーの回復で体はまともに歩ける程度にまで回復している。

 

 痛みが引いてきたので顔を上げて前方を確認する。そこから強い視線を浴びせられていた。

 

「……まあ、そりゃあいるか……!」

 

 見間違えるわけが無い。

 最初からずっと隣に立っていてくれたサーヴァントだ。

 

 桃色の髪も、成長の証である腰の剣も。

 

 ずっと僕を守り続けていた大盾も。

 

「……マシュ」

「マスター……自室にお戻り下さい。此処から先への許可は取っておられませんし、絶対に取らせません」

 

「……そういう訳には行かないかな……」

 

 マシュは普段より厳しい口調で盾を構え、地面へと叩き付けた。

 威嚇の様だ。

 

「この先に行かせるつもりは微塵もありません。私の盾を超えるのが困難だと、先輩なら解っていますよね?」

 

 そこから魔力と想いが解き放たれる。

 

 ずっと護られて来た盾。遂に一度たりとも砕ける事の無かった盾。

 

 それがいま、自分の道を阻んでいる。

 

「貴方の居場所は此処です! 私の先輩のいるべき場所は、此処だけなんです!!

 ロード……!!」

 

 展開され始める巨大な城。

 だが、此処がチャンスなんだ。超えられない城が立つ前、今だけがカルデアを出る最後の機会。

 

「――旅の始まり!」

 

 切り出したのは概念礼装、旅の始まり。

 

 だが、その効果を見るなんて事はしない。ただ走る。痛みよりも早く走るだけだ。

 

『――先輩……』

 

 その礼装にあるのは記憶だけ。最初の頃の思い出だけだ。

 

『指示をお願いします、マスター』

「っ――これは、私……!」

 

 だから、それを見たマシュが驚きながらも過去の記憶に浸っている内に、外に出るしかない。

 

 自動ドアが開き、全速力でカルデアの外へ出た。

 その先には雪山ではなく、白い光に包まれた道が広がっている。

 

「っ!? せん、ぱ――!!」

 

 置き去りにしたマシュの声が聞こえてくる。

 泣き続けている静謐とデオンの姿が思い浮かぶ。

 自分自身を焦がした清姫とナーサリーがまだ求めている。

 

 だけどそれでも、偽りの悪夢よりも今は只々、現実が欲しいからと走り抜けて――

 

 

 

 

 

「……あれ……?」

「どうかしたか?」

 

 いつもの様に、ヤンデレ・シャトーが始まった。

 だと言うのに、先程まで何か夢を見ていた様な感覚に襲われていた。

 

「いや、何でもない……何でもない筈だ」

「そうか……切大、今日のヤンデレ・シャトーは5騎のサーヴァントが相手だ」

 

「はいはい……ったく、相変わらずひっきりなしに始めやがって」

 

(他のマスターのシャトーの様子を無意識に覗いていた様だな……恐らく、切大と波長が合ったのだろう)

 

「さあ、始めるぞ」

 

 

 

 

 

 ――ドンドンドン、とドアを叩く、あり得ない音が聞こえた。

 

「先輩。開けてください、先輩」

 

「旦那様、どうか此処をお開け下さい」

 

「マスター……マスター、いるんですよね?」

 

「君は私の御主人様じゃないか、家に入れてくれないか?」

 

「私を読んで、私を愛してくれる貴方に会いに来たわ。此処を開けて下さらない?」

 

 ノック音は止まない。

 僕は布団で震えるしかなかった。

 

「先輩、先輩」

 

 まだだ……ノックはまだ止まない。

 

「マスター……マスター……」

 

 まだだ、まだだ……

 

 

 何分か、何時間経って漸くその音は止まった。

 

 何も聞こえない。

 

 暫く毛布に包まっていたが、やがて僕は立ち上がった。

 

「……いない、よな?」

 

 部屋には誰もいない。

 慎重に部屋のドアを開いたが、誰もいない。

 

「……ふぅ……」

 

 嫌な汗をかいてしまった。

 そうだ、会社に行かないと。

 

 今は何時だろうか。

 そう想いながらも、先ずはいつも通りカーテンを開いた。

 

 

 

『何時までも愛してますよ、私達のマスター』

 

 恍惚の表情で、こちらを見つめる瞳。

 5人のその眼光に、体が震え、その場で尻餅をつく。

 

 夢の中では冷静に対抗できたサーヴァントだが、現実世界でそれが出来る訳では無い。

 

「さあ、開けて下さいマスター」

「此処を開けて」

「旦那様ぁ……」

「開けて、開けて」

「先輩、早く開けて下さい」

 

 僕は自分の部屋を出た。

 出ようとした。

 

「っうぁ!?」

 

 だが、誰かにぶつかった。

 

「そんな慌てて、どこに行くつもりですか先輩?」

 

 目の前には、ニッコリと笑うマシュ。

 

「そ、そんな……なんで」

「霊体化させて頂きました。ああ、勿論他の皆さんもですけど」

 

 振り返れば、いつの間にか5人全員に囲まれている。

 

「可哀想なマスターさん。酷い現実に向き合って生きて行かなきゃいけないなんて」

 

「私達がマスターさんを癒やして差し上げますね」

 

「しっかりと君をお世話、してあげるね?」

 

「あぁ……マスターのお姿がこんなにも近くに……!」

 

 出られない。なんで、なんで……?

 

 どうして……ヤンデレから逃げ切れない!?

 僕は、ちゃんとカルデアから出れた筈なのに――!

 

「もうずっと……このままでいましょうね、マスター。私達の愛が貴方をお守りします。だからマスターも、ずっと私達を愛して下さいね?」

 

「い、いやだ……!」

 

「そんな事言わないで下さい先輩。大丈夫ですよ、誰も貴方を傷付けたり致しませんから。それに先輩だって……」

 

 期待、してませんか?

 

 その声に体が勝手に熱を帯び始めた。

 

「御主人様のお世話、しないとね?」

「私が先にさせて貰います」

 

「あ……それじゃあ、私はお顔を……」

 

「っく!」

 

 咄嗟に腕がスマホに伸びた。こうなったらこのままゲームをアンインストールするだけだ。

 

「これで終わり――!」

 

 

 

 

「実体化した私達はアプリがアンインストールされてしまうとカルデアに戻れなくなってしまいます。そして、このまま魔力が尽きてしまえば消滅してしまいます」

 

「も、もぅ……やめ……」

 

「なので先輩、私達5人への魔力補給、よろしくお願いしますね?」

 

 突き放した筈のヤンデレに、どうやら僕は永遠に捕らえられてしまった様だ。

 




最後の1人である第二仮面ライダーさんは本当にすいませんが、もうしばらくお待ち下さい。

私事ですが来週には誕生日を迎え、また1つ年をとります。これからも成長するつもりですので応援して頂けたら幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

皆でヤンデレ温水

またしても遅くなってしまいましたが、これにて60万UA突破記念企画は終了です。
最後の当選者は 第二仮面ライダーさん です。

次回からまた普通の更新に戻りますが、どれくらいで更新できるかは分かりません。
なるべく早く投稿したいと思っていますので、どうか応援宜しくお願いします。




 

 

「あ、アキラさーん」

「んー、なんだぁ?」

 

 放課後の廊下を知らない誰かが早歩きで通り、先輩らしき人を呼び掛けている。

 

「ふぁ……」

 

 逆の方から眠たそうな人があくびをしながらゆっくりと歩いている。危ないんじゃないかと思いつつも俺は昇降口を目指して歩いていく。

 

「――ェナミ!」

「ははは、こっちこっち」

 

 聞いた事のある名前が校舎の外から聞こえて来た気がする。少し目を凝らすと2人の男子生徒が校門を走って通り過ぎていった。

 

「気のせいか……?」

「せんぱーい!」

 

 後ろから何かが抱き着いて来た。いつも通りの鬱陶しい後輩だ。

 

「なんか、ヤンデレポイントが上がりそうな事を考えてませんか?」

「考えてない」

 

 面倒な制度だ。と言うかその単語は夢の中でお腹が一杯になるまで味わっているので現実では使わないで欲しい。

 

「それじゃあ、今日も一緒に帰りましょう、先輩! 今日はどんな風に帰りましょうか? 夫婦ですか? それとも恋人? 兄妹とか、楽しいですよね?」

 

「いや、結構だ」

「えぇー……決めてくれないと病んじゃないますよ?」

 

 一々病むだのなんだので脅しをかけてくる後輩が怖い……

 

「それじゃあ……エナミと帰りたい」

「…………そ、その手には乗りませんよ! これで、ご、5回連続なんですからぁ……!」

 

 5回連続で同じ答えなのにエナミは顔を赤らめながらも体をすり寄せて来た。

 ダメ押しに頭を撫でる。

 

「……し、仕方ないですね!? 今回だけですよ!」

 

 もはや俺にこのセリフを言わせるのが目的なんじゃ……

 

(やっぱりチョロい……)

 

 

 

「おいアヴェンジャー……この格好はどういう事だよ!」

 

 上半身裸、下にはブリリアント・サマーの水着。

 悪夢に入った瞬間からこの格好である。て言うかもうそろそろ冬になると言うのに季節感が無さすぎるだろう。

 

「今回は風呂……もとい、温水プールだからな。水着の使用は絶対だ」

 

「R-18に引っ掛からない設定なのは分かったが、要はまた風呂って事だろ!? なんか去年をやらなかったかこのネタ!?」

 

 アヴェンジャーは鼻を鳴らすと、文句を言うなと言いたそうな顔をして説明を続けた。

 

「今回はサーヴァントが3騎だ。それぞれに風呂を用意しているので一定時間入浴後、無事脱出すればそれでいい」

 

「簡単に言ってくれるな……3騎って、普段より少なめなのが気になるが……」

 

「行けば分かる。上手く行けば、何時もより簡単かもしれんな」

 

 エドモンの表情は柔らかい。

 警戒すべきかもしれないが、何処かその必要は無いと思わされた。

 

「さあ、ゆっくりと浸かってこい――」

 

 

 

「……此処は……」

 

 男、女と書かれた暖簾が2つ。どうやら風呂の入り口から始まった様だ。

 

「……前は更衣室で始まらなかったか?」

 

 まあ良いかと思いつつ、暖簾を潜った。

 

「――ぁ」

「っ!」

 

 その先から何か声が聞こえ、思わず体はピクリと反応し止まった。

 

「――で――ぅ」

「はぁ!? コー――のが――」

 

 耳を澄ますと聞こえてくる声が聞き覚えの無い男の声だと分かった。

 

「……男のサーヴァントか?」

 

 それにしても聞いた事のない声だなと思いつつ、更衣室に入った。

 

 そこには今の俺と同じ顔の――つまりFGO主人公の顔をした3人がいた。

 

「風呂上がりはコーヒー牛乳だろ!」

 

 拳を握って力説している黒色のトランクスタイプの海パンを着ているぐだ男。心なしか、俺より目付きが鋭い。

 

「やっぱり牛乳が一番だと思うけど……」

 

 その前で若干困り顔で反論しているぐだ男。何故か真っ赤な海パンにはモーさん命と書かれている。

 

「んぁー……フルーツ牛乳でいいんじゃないかなぁ……」

 

 何故か更衣室のベンチに横たわりながら、目を閉めたまま自分の好みを口にしているぐだ男。

 やる気の無さが着ている海パンにも現れているのか、白いトランクスタイプだ。

 

「な、なんだこれ? すっごいカオス……」

 

「お、新入りか? 丁度いいな!

 お前、風呂上がりは何派だ!?」

 

 黒色はこちらを見るといきなりそんな質問を投げかけて来た。どうやら今の不毛な争いに俺を巻き込む気のようだ。

 

「……コーラだけど」

「「「邪道だ(ねぇ)」」」

 

「そこは揃えるのか……」

 

 このよく分からない集団に、俺は説明を求めた。

 

「まあ、お前もこのよく分からん夢の参加者だって事だな。俺は玲。取り敢えず、全員顔が似てるから海パンの色で判断してくれ」

 

 黒色のアキラと名乗る男が自己紹介を始める。どうやら彼らもヤンデレ・シャトーの参加者らしい。

 

「僕はヤマモト。本名を教えるのはちょっと抵抗があるから、取り敢えずそう呼んでくれていいよ」

 

「俺は……ふぁぁ……陽日。太陽の陽に、日曜日の日で陽日……眠いから起こさないでね……」

 

 中々個性の強そうなのが揃ってるなぁと思いながらも俺も自己紹介をした。

 

 それが終わると、まるでそのタイミングを待っていたかのように更衣室のスピーカーから声が聞こえてきた。

 

『漸く自己紹介が終わったか』

 

「アヴェンジャー?」

 

『なら素早くプールに移動してもらおうか』

 

 有無を言わせない口調。まあ、その気になればいつもの様に転移くらい楽だろし、俺は言われた通りプールへ向かう事にした。

 

「って、お前らそんなあっさり入るのか?」

「まぁ……」

「慣れてるしなぁ」

 

 早速出て行こうとした俺とヤマモトに玲が小さなツッコミを入れた。

 

 俺からしたらヤマモトがちょっと嬉しそうなのが気になる。

 

「で、陽日は?」

「俺は寝てるから大丈夫〜……」

 

 ベンチに寝転んだまま片手を振って答える陽日。本当にこいつら、個性強すぎないか?

 

 

 

「前と同じくらいか……」

 

 温水プールと言っていただけあって、50mの距離があるプールや、立ったままの俺達の腰辺りに水がくる子供用プール、外には混浴と書かれた露天風呂がある。

 

「広っ! ちょっとテンション上がるな」

「……! ……!」

「床は流石に冷たいから寝れない……」

 

 玲は感心した様子で全体を眺め、ヤマモトは何故かプールのあちらこちらに視線をやりつつ何かを探している様だ。

 意外な事に、アヴェンジャーに更衣室を追い出された気だるそうな陽日は最初に子供用へと近付き、入った。

 

「って、早くないか?」

「ん? いやだって床冷たいし……いい湯かぁ…………ぐぅ……」

 

 寝た。最初にプールに入ってそのまま息を引き取る様に壁に寄り掛かって寝始めた。

 

「早過ぎだろ……」

「あんだけ早く寝れんのは羨ましいな」

 

「お一人様ぁ、ごあんな〜い♪」

 

「あ、マスターさんまた寝てる……」

 

 そこから急に聞こえてきた子供の声に、慌てて首を動かした。

 そこには褐色肌の美少女と、正反対な白い肌を持つ美少女の2人組がいた。

 小学生らしいスク水姿で。

 

「く、クロエ!? イリヤまで……!」

「此処はヤンデレの跋扈するヤンデレ風呂……もとい、プールよ! 入浴した瞬間、その人の元にサーヴァントが現れるわ」

 

「他のマスターさんにも、準備しているサーヴァントさんがいますから早く入ってくださいね?」

 

「なんか、エロい店みたいだな……」

「手を出したら人生詰むんでそこは自己責任で、自重した方が――」

 

「――ならば、モードレッドと混浴露天風呂だぁ!」

 

 急に走り出したヤマモトが意味不明な事を叫んで露天風呂へと走り去った。

 

「な、何だあれ……!?」

「モードレッドって、なんの事だありゃ?」

 

 玲と2人で唖然としつつ、その視線を陽日へと移した。

 

「マスターさーん……あーん! 全然起きない!」

 

 クロエがペチペチと頬を叩いているが陽日は起きそうにない。

 

「クロエ、こんなの見つけたよ!」

 

 何やら作戦がある様だ。そんな事を考えていると不意に隣から大きめの水音がした。

 

「……ぷっはぁ! あー、やっぱプールつったら飛び込みだよなぁ!」

「結局入っているし……」

 

『うわぁぁぁ!?』

 

 唐突に聞こえた叫び声。外の露天風呂からだ。

 

「おい! 大じょ……?」

 

「な、なんでモードレッドじゃないんだぁぁぁぁぁ!!」

 

 そこには風呂の端に慌てて逃げるヤマモトの姿があった。

 そこにゆっくりと迫って行くのはセイバー・リリィだ。露天風呂ではあるが白いビキニを着ている。

 

「もう、またそれですかマスター? ふふふ、今日という今日こそは私がモードレッドさんよりも良い所、タップリお見せしますね?」

 

「モーさぁぁぁん!!」

 

 俺は呆れ顔でその光景を覗いていた。

 その隣に黒と白のビキニを着たヒロインXオルタを連れて見に来た玲が来た。

 

「おうおう、大変そうなこって」

 

「た、助けて下さい!」

 

 救助を求められたが

 

「いや、無理です」

「まあ、童貞っぽいし、これを機に卒業すりゃあいいんじゃねぇの?」

 

 俺達がそう言うとヤマモトは絶望の表情に染まり、セイバー・リリィは狂気に飲まれつつある表情で笑いながら抱き付いた。

 

「で、お前は?」

「……入るか」

 

 玲に催促され、どうせ入らなければ強制的に入れられそうなので覚悟を決めて入る事にした。

 

 50mプールに入ろうと片足を上げた瞬間――

 

「――あらよっと」

「っおわ!?」

 

 押された。玲に押された俺は腹から温水に浸かる事になった。

 

「いってぇ……何しやがる!?」

「なんか1人だけ中々入んないのがムカつく……もとい、ちょっとしたイタズラだ。悪かったな」

 

 笑いながら謝るがどう考えても前半のセリフが本音だろう。

 

「誰が好き好んで入るかっての! て言うか不良みたいな理由と足で落としやがって!」

「おう、俺は元不良だ。否定はしねえよ」

 

「別にそんな肯定はいらないつーの!」

「今宵は楽しそうですね、先輩?」

 

 そんな俺の後ろから、マシュ・キリエライトが湧いて出てきた。

 

「……おお!? マジか! そいつか!」

 

 何故かマシュを見て玲はテンションが上がった。

 

「俺実物見るの初めてなんだよ! あー、ヤバ、なんか上手く言えないけど命懸けで先輩を守る後輩なんて羨ましいな、オイ!」

 

 そう言われて思わず振り向く。

 桃色に近い薄い紫色の髪の少女は白いワンピース型の水着を着ており、おれに微笑んだ。

 

 良く良く考えれば、マシュはFGOではほぼ全てのストーリーやイベントに登場し、ずっと一緒に戦うサーヴァントだ。ヤンデレ・シャトーなんて奇怪な場所でなければ俺もテンションが上がっていたかもしれない。

 

「くー……物静かそうだけどよく喋ってくれるのも何気にポイントが――うおっと!?」

 

 どっかの映画で聞いた事がある光の刃が振られた音。それを右に避ける事で回避した玲。

 

「部長の視線を奪う者は……排除します」

 

 光の刃を振ったのは当然ヒロインXオルタだ。その眼光は鋭くマシュを睨んでいる。

 

「先に俺を狙っておいて、良くそんな事が言えたなオイ。流石に自分の後輩が他人の後輩にちょっかい出すのは見過ごさせねえぞ?」

 

 何故か玲はサーヴァント相手に戦闘態勢に入ろうとしている。

 

「邪魔をするのであれば部長から排除します。退いて下さい」

「おうおう、俺の視線を独り占めしたいってのに俺を排除とはさっすがバーサーカーって所だが……簡単に行くと思うなよ?」

 

 

 

「な、なんであの人サーヴァントと互角に戦えてるの!? おかしくない!?」

「ほえぇー……」

 

 クロエはXオルタと玲の激化する戦闘に狼狽えていた。

 それを眺めながらもイリヤは陽日を起す準備を進めていた。

 

「ん……? ぅるさぃ……」

 

 イリヤとクロエによって大きな正方形型の浮き輪に乗せられながらも寝ている陽日はその音に文句を言いつつ、睡眠を続行している。

 

「……よ、よし! 取り敢えず準備は完了ね! イリヤ、一斉のーせよ!」

「うん!」

 

 クロエの言葉に頷いたイリヤは浮き輪の左側に回り込み、クロエはその逆側で微笑む。

 

「「いっせい、のーっせ!!」」

 

 2人は同時に浮き輪をひっくり返した。

 

 当然、上に乗っている陽日はそのままプールへ落ちた。

 

「さーて、これでマスターさんも起きて……え?」

 

 ゆっくりと浮かんで来た陽日はそのまま顔を上に向けて、背泳ぎの様な状態で眠っていた。

 

「ん……すぅ……っぐぅ……」

 

「う、浮く時の練習に水の中で眠るイメージって聞いた事はあるけど、本当に寝ながら浮くなんて……」

「マスターさん、私達の事、見てくれないんだね……」

 

「ま、まだよイリヤ! こうなったら意地でも起こすわよ!」

 

 クロエはすっかり熱くなっており、目的もいつの間にか違う物に変わっていた。

 

「そうだわ! 私がキスして魔力補給をしちゃいましょう!」

「えぇ!? そ、そんな事させない! そもそも、そんな事したら余計にマスターさんが眠ちゃうんじゃ……」

 

 そう言いつつもイリヤはマスターを再び四角い浮き輪の上に乗せた。

 

「ふふふ、甘いわねイリヤ! 魔力補給で魔力を奪われれば疲れるのは当然! だけど、逆にマスターに魔力を与えたらどうなるかしら?」

 

「ま、魔力をマスターさんに……? それって!?」

「ナマケモノなマスターさんもやる気になって抑えがつかないかもしれないわね?」

 

 それを聞いたイリヤは頬を赤め、クロエはそれを見てニヤリと笑う。

 

「まあ、前はイリヤは抱き枕にされてたしぃ? 今回は私が良い目を見たって良いでしょう?」

 

「っう……! だ、駄目! 絶対に駄目!」

 

 大声で否定するイリヤ。クロエは悪戯な笑みを浮かべ、イリヤに問う。

 

「じゃあ、イリヤがキスするの?」

「うぅ……で、出来るもん……!」

 

 そう言ってイリヤは恥ずかしがりながらもゆっくりと陽日へ唇を近付ける。

 

「んー……!」

 

 ゆっくり、ゆっくりと陽日に尖らせた唇が迫る。

 

「んー……っんぐ!?」

「っん!」

 

 そんなイリヤの唇をクロエが奪った。

 焦れったいイリヤにイライラしている様だ。

 

「……!? ん、っは、っちゅ!」

「ん、っん……! ん!」

 

 魔力を奪おうとするクロエに、イリヤも抵抗し始め逆に魔力を奪おうと貪り始めた。

 

 温水の中、少女達のキス合戦が始まった。

 

 

 

『この!』

『っは! 甘ぇ!』

 

『風呂桶っ!?』

『まだまだ行くぜぇ!』

 

 ヒートアップし続ける玲対Xオルタの戦いに、俺は安全な場所に避難する為、サウナへと入った。

 

 当然ながら、マシュも一緒に入った。

 

「……漸く、2人っきりですね、先輩」

 

 サウナルームの中、隣に座っているマシュが体を近付ける。

 

「あの、マシュさん? サウナの中で余り暴れると人体に影響が……」

「フフフ、えぇ。ご存知です。先輩ならきっとそう言って私との行為を避けようとする事は知っていましたから」

 

 小さく微笑んだマシュは自分の手を俺の手の甲に重ねた。

 

「暖かいですね、先輩。最近は冷えてきましたし、風邪には気を付けて下さいね?」

 

 そう言って微笑むマシュは言葉を続けた。

 

「冬には温かいスープやシチューを食べて、ちゃんと暖を取ってください。ですが、こたつの入り過ぎには注意です。健康に悪影響を及ぼしたり、火事になってしまうかもしれません。灯油の供給時も要注意です」

 

 まるで母親みたいだな、なんて思ってしまう程にマシュは俺を気遣ってくれている。

 

「きっと、先輩が風邪になったら私も看病いたしますが、その時の為にも1階のリビングの木製タンスの真ん中の段に熱さまシートや風邪薬を補充しておいて下さい」

 

 気遣ってくれている……

 

「あ、レモンや梅干しも風邪に良いですからちゃんと常備する様にして下さいね? まあ、先輩の冷蔵庫の中の瓶にまだ梅干しはありましたね」

 

 気遣ってくれて……

 

「予防接種には……先々週行ってますから、心配ありませんね?」

 

「怖い! 流石に怖い! なんで俺の家の事、俺以上に知ってんの!?」

「え? だって先輩、私の役目は先輩のメディカルチェックですよ? 先輩のお家の事くらい知っておかないと先輩の健康を守れません」

 

 献身的だけど怖いよこの娘!

 サウナにいるにも関わらず冷や汗をかいて、背中が冷たくなるのを感じた俺はそれでもサウナにいる間は安全だと、外を確認する。

 

『っく! まさか、風呂桶で邪聖剣ネクロカリバーに対抗するなんて……!』

『オラオラ! ぼやぼやしてると避けられねぇぞ!』

 

 人間対英霊の戦いは両手で風呂桶を振り回している玲がやや優勢の様だ。

 

 陽日はプールのど真ん中で1人浮き輪の上で寝ている。周りでイリヤとクロエが何かしている様だが、視線の間に陽日がいてよく見えない。

 

 ヤマモトは……あ、必死な形相で露天風呂の出入り口から這いずる様に出て来た。

 

 と思ったら足を誰かに捕まえられている様で、ドアに必死になってしがみついている。

 

 あ、すごい顔で露天風呂に引きずり込まれた。

 

「外は地獄か……一番安全なのが此処なのか……」

 

「あの先輩、あんまり長くサウナにいると良くないので、そろそろ汗を流しませんか?」

 

「ん? ああ、そうだな……」

 

 あんまり出たくないが、目が覚めた時に気分が悪かったりするのも嫌なので此処は大人しく出て行く事にしよう。

 

 

『――オールシャッフル!』

 

 

 ――唐突に俺とマシュが風呂に出た瞬間、誰かが何かスキルを発動した。

 

「な、何だ……?」

 

「ん? おい、どこ行ったXオルタ?」

 

 少し辺りを見渡すと玲と対峙していたXオルタは消えており、慌てて振り返れば後ろにいた筈のマシュもいない。

 

「ど、どうなって――」

「――マスター!」

 

 勢い良く誰かが背中に抱き着いて来た。

 

「って、セイバー・リリィ!?」

「えへへ、一緒に入浴いたしませんか?」

 

 先まで露天風呂にいた筈のセイバー・リリィは何故かヤマモトではなく俺に抱き着いて来た。

 

「ちょ、俺は切大だ! ヤマモトはあっちだぞ!」

 

 俺はヤマモトのいるであろう露天風呂を指差すが、セイバー・リリィは笑顔のまま首を傾げた。

 

「? それがどうしました? 私はマスターと一緒にいたいんです」

「いやいや、さっきまでアイツに引っ付いてた――!?」

 

 唐突に彼女の手に握られた黄金の剣、カリバーンの切っ先が俺の首元に当てられていた。

 

「……マスター? 私が貴方を裏切ったとでも? 私は貴方のサーヴァントですよ? 他の誰でもない、貴方の者です」

 

 笑顔のまま、だが楽しみの感情を一切発せずにリリィはカリバーンを只俺に突きつけ続ける。

 どうやら、先のリリィはヤマモトのサーヴァントで、いま目の前にいる彼女は本当に俺のサーヴァントの様だ。

 

「ええい! ガキ共、ひっつくな!」

「そんな冷たい事言わないでよ〜おにぃーさん♪」

「クロエ、私のマスターさんに抱き着かないでよ!」

 

 どうやら、全員のサーヴァントが入れ替わっている様だ。

 ヤマモトも露天風呂からXオルタと手を繋ぎながら一緒に生還し、陽日のそばにはマシュがいる。

 

「先輩、起きて下さい先輩」

「……」

 

 何故かその声に直ぐに陽日は目を覚ます。すると、先程まで乗っていた浮き輪を手に、プールから出て歩き出した。

 

 なんとなくだが、その先の玲に引き剥がされたイリヤとクロエを見ている気がした。

 

「先輩、どこに行くんですか?」

「……子供用プールに、飽きた」

 

 そう言って俺と玲の側を通りつつ、50mプールに浮き輪を投げ入れた陽日は、その上に乗って、再び寝始めた。

 

「ま、待って下さい、先輩!」

 

「……んじゃあ、俺も」

 

 玲も同じプールに入っていく。

 それを見た俺も、何となく2人の意思を察して同じくプールに入った。

 

 数秒程で、露天風呂からXオルタと手を繋いだままヤマモトが出てきた。

 

「っ!」

 

 俺の左隣でプールの水が激しく動いた気がした。

 

「……皆、なんでそっちに?」

 

 先迄違う場所にいたヤマモトは直ぐに理解出来ない様なので、俺は何となくセイバー・リリィの頭を撫でてみた。

 

「……ぁあ……なるほど」

 

 ヤマモトは納得した様だが、納得した事には納得していない様な表情を浮かべながらプールに静かに入ってきた。

 

 こうして、漸くと言うべきか、全てのマスターが1つの場所に集合した。

 

「ますたぁ……」

 

 セイバー・リリィは恋しか映さない瞳をうっとりとさせ俺を眺めている。

 そんな彼女の声に、静かに入ってきた誰かさんが右側で僅かに反応した。

 

 そして、俺はマシュに構われている陽日を見て、支配下から抜け出そうとする感情の正体を掴んだ。

 

(情けない……)

 

 自虐的に、そう思った。

 

(揃いも揃って、自分のサーヴァントを取られて嫉妬してやがる)

 

 

 

 

 

「……んじゃあ、聞くか」

 

 数分程、ヤンデレ達の声だけが聞こえていたプール――誰も動かなかったのでほとんど風呂と化していた――に玲の声が響いた。その両手は、イリヤとクロエを抑えている。

 

「誰が先、妙なもんを使った?」

 

 殆ど全員が一斉に俺の右隣、ヤマモトに視線を投げかけ、ヤマモト自身も手を上げている。

 

「オールシャッフルを使ったのは、僕だけど……解除ももう一度使うことも出来ないよ」

 

「どうやってそんなもん使えんだ?」

 

「この海パンに意識を集中すれば出来る筈だよ」

「ならやってみるか……」

 

 再び発動されたオールシャッフル。

 

 今度はセイバー・リリィが浮き輪に寝っ転がっていた陽日の横に、玲の横にマシュが、Xオルタは俺の前に、ヤマモトはイリヤとクロエに囲まれた。

 

「駄目か……」

「流石にそう都合良く行かないだっん!?」

 

 玲の頬を頬を膨らませたマシュが両手で挟み、視線を彼女に合わせている。

 

「先輩、余所見をせずに、私だけを見て下さい」

 

「ぐっは!」

 

 マシュのセリフに重い悲鳴を上げた俺は、その痛みに思わず胸を抑える。

 そこに、柔らかな感触が俺の手に重なる。

 

「大丈夫ですか、マスター? 胸が痛い様でしたら、撫で撫で、しましょうか?」

 

「っぐ……!」

 

 今度は玲が苦痛な声を上げた。

 

「……こうなったらヤケだ」

 

 俺もオールシャッフルを発動させた。この礼装にはそれ以外のスキルは無い様だ。

 

「マスターさん♪」

「マスターさん♪」

「どわっ!?」

 

 目前に現れ抱き着いてくるクロエとイリヤ。左隣の玲にはセイバー・リリィ、マシュがヤマモトに、陽日はXオルタを若干睨み、溜息混じりに声を発した。

 

「……オールシャッフル」

 

 再び交換されたサーヴァント。だが、何故か今と同じ組み合わせだった。

 

「……手詰まり、だね」

「ご一緒します、マスター」

 

「……ぐぅ……!」

 

 それで諦めたのか、陽日は目を閉じた。そんな陽日の隣で寝ようとするXオルタに玲は再びダメージを受ける。

 

 俯向いた玲。その震える体は静かに、だが徐々に波音を立て響かせる。

 

「だぁぁぁぁぁ!! 面倒くせぇ!!」

 

 それは元に戻らない組み合わせにだろうか、それとも煮え切らない自分の本心にだろうか。

 

 兎に角、マスターの中で一番の危険人物は最高潮の怒りに身を任せて、一瞬で全サーヴァントの首に手刀をお見舞いした。

 

 慌ててそれを受け止めた俺達。何とか全員を陽日が眠っていた浮き輪に無事に乗せた。

 

「……め、滅茶苦茶だなおい」

「せんせー、暴力はいけないとおもいまーす」

「僕が原因だけど、この解決法は……」

 

「うるせぇ!!」

 

 その怒号は、俺達全員に沈黙を齎した。

 

 

 

『………………』

 

 

 

『………………』

 

 

 

「……なぁ」

 

 唐突に、沈黙の張本人が口を開いた。

 

「お前らのお気に入りとかいんのか、サーヴァントの中で。俺はやっぱり、後輩のXオルタだな」

 

 玲なりになんとか沈黙を破ろうとした事を理解した俺は慌てて答えを絞り出そうとした。

 

「俺は――」

「モードレッド!!」

 

 が、俺の声はヤマモトの声に遮られた。

 

「モードレッドが、モーさんが好き! 一番好き! 愛してる! 男勝りな性格とか、たまに見せる女の子らしさとかもう最高! 不愛嬌に優しくされた日には死んでも良い! 水着モーさんのデレデレセリフを言われた瞬間、地獄すら天国だと思える幸福感を得られる! ああ、モーさんモーさん!!」

 

 その余りの愛溢れるセリフには陽日ですら片目を開けて驚いている。

 

「お……おう……なんか、性癖を暴露された気分だが、まあお前がそんなノリなやつだって分かって意外だ、うん」

 

「……なら俺はマタ・ハリだな。お姉さんキャラならブーディカもいるけど、親戚ってよりも彼女って感じで甘えさせてくれそうな感じが好きだ」

 

「……地味な娘がいい」

「サーヴァントに地味な奴なんかいないけどな」

 

 玲が陽日を茶化し始める。

 

「て言うか、ロリコンじゃなかったのか?」

「人のあくびを見て指を指しながらカバ扱いする生物だけが好きとかどんな捻くれた性癖だよ」

 

「お、おう……」

 

 思わぬ早口な反撃に、玲は黙った。

 

「焼いてた割には、玲以外は全員好きなサーヴァントが違うんだな」

「も、モーさん以外に焼く訳ないよっ!!」

「……焼いてない」

 

 どうやら先迄の自分達の態度には否定的な様だ。

 

 玲がそれを見て笑い、それを止めると再び口を開いた。

 

「俺はこの悪夢だと新聞部の部長やってんだけど――」

 

「俺は普通にマスターで――」

 

「モーさんとデート――」

 

「眠い……」

 

 その後、俺達の会話はそれぞれのヤンデレ・シャトーの武勇伝へと話題を変え、やがて、俺達はそれぞれの現実に戻っていった。

 

 

 

 

 

「あ、アキラさーん」

「んー、なんだぁ?」

 

 放課後の廊下を知らない誰かが早歩きで通り、先輩らしき人を呼び掛けている。

 

「ふぁ……」

 

 逆の方から眠たそうな人があくびをしながらゆっくりと歩いている。危ないんじゃないかと思いつつも俺は昇降口を目指して歩いていく。

 

「――ェナミ!」

「ははは、こっちこっち」

 

 聞いた事のある名前が校舎の外から聞こえて来た気がする。少し目を凝らすと2人の男子生徒が校門を走って通り過ぎていった。

 

 

 

「気のせいか……?」

 

 聞き覚えのある声と動作を行う人達に、通り過ぎた道を思わず振り返るが答えは返ってこなかった。

 

 だけど、またいつかあの3人に会える気はした。




切大の好みのサーヴァントはちょくちょく変わります。
毎日夢の中で英霊の魅力に当てられたらそりゃあ、多少心象も変化しますよ……しませんか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレと例の部屋

今回は新しくやって来た人達の話。

まだキャラが把握しきれてないオケアノスのキャスターは別の機会に登場させます。



 

「では行くぞ?」

「待て待て待て! よりによってヤンデレ相手にそのシチュエーションは駄目だろ!?」

 

 エドモンの発表した今回の悪夢の内容に

俺は頭を抱えた。

 どんな想像をしても逃れられる未来が見当たらない。

 

「なんでヤンデレと一緒に『性交しないと出られない部屋』に入らなきゃならないんだよ! 喰われる一択じゃねえか!」

 

 あの4コマ漫画のお題みたいな状況になれば、即落ち2コマみたいな流れで犯されるのは分かりきっている。

 

「お前にのみ伝えておくが、その部屋は3時間後に開くから、それまで抵抗すればいい」

「サーヴァント相手に狭い部屋の中で3時間抵抗し続けろって……かぐや姫並の無理難題だろ」

 

 俺の文句をいつも通り無視し続けるアヴェンジャー。

 

「ふん……良い喜劇を期待しているぞ、マスター?」

 

 鼻で笑ったかと思うと機嫌の良い笑顔を見せて来た。

 

「……で、相手は誰なんだよ?」

 

「3騎の新顔……と言っておこうか」

「嫌な予感しかしねぇ……」

 

 最近引いた3人を思い出し、嫌な顔をした。

 

 

 

「――と言う訳で、別に性交をしなくても3時間待てば開くから俺の上から退いてくれると嬉しいんだけど」

 

 例の部屋、『性交しなければ出られない部屋』に移されて早々、マイルームのベッドの上で犯されそうになった俺はお引き取りをお願いした。

 

「迅速、脱出、優先」

「だ、だから、これは……俺の休息を願ったスタッフの悪ふざけだから……! ゆっくり休ませてくれないか……!?」

 

 何とか目の前の赤毛のサーヴァント、哪吒の迫りくる手を何とか抑えつつ、落ち着く様に説得する。

 

 残念だが玲みたいな摩訶不思議な戦闘力の持ち主では無い俺がサーヴァントを抑える事など不可能なので、哪吒の腕は俺の服へとあっさり触れる。

 

「……淫行、不要?」

 

 が、そこで動きが止まった。素直でよろしい。

 

「あ……ああ、だ、だから出来れば寝かせて貰えると、有り難いなーって……」

「了解。主、安眠、守護」

 

 そう言って俺の安眠を守るためか彼女はその体を俺の横に置くと、自分と俺の上に毛布を掛けた。

 

「コレ、絶対守護、成」

 

 任せろ、と自信満々な瞳が訴えている。

 

 ヤンデレと同じベットなんて命の危険しかないが、どうせマイルームの中だけなので逃げ場がない。

 

(陽日はこの状態でヤンデレ・シャトーを乗り切ったらしいけど、正気か!? 否、正気じゃないからあれで乗り切れたのか……)

 

 少なくとも自分はこのままだといつ喰われても可笑しくないと知らせ続ける本能を無視出来そうには無い。

 

「……! ……ん!」

 

 隣で寝ているだけだった哪吒は急に距離を詰めた。

 

 最初は横に添い寝するだけだったが、俺の体をバッと両腕で抱きしめた。

 

「主、良い匂い……」

「そうですか……」

 

 チャイナガールに抱き着かれ、正直今にも抱きしめ返したいがそんな欲望に抗う。抗えても、引き剥がす事はできない。

 

「息、荒い。興奮、期待してるか、主?」

「い、いや……」

 

 武術の達人であり、人の思考が読める哪吒は俺の心臓の鼓動を見逃さない。

 

(思考並みに冷静な本能だったら良かったんだが、男の性には勝てないか……!)

 

 哪吒は俺が必死に冷静でいようとしている事に気付くと、今度は両足を回して俺の足を封じながら更に抱き着いてきた。

 

「……主、苦痛?」

「い、痛くはないけど、足は外してくれると嬉しいかな……」

 

「大丈夫なら、続行、進展」

 

 哪吒の目を見た。肉欲に溺れている様には見えず、狂気に染まった訳でも無さそうだ。

 

(大好きなマスターへの過激なスキンシップな訳か……本人にとっては、だろうけど)

 

「ん、っちゅ、ん……」

「っ!」

 

 呑気に分析している場合じゃない。首筋を舐められ、思わぬ刺激に体がビクリと震えた。

 

「主、反応、上々……!」

 

 それに気を良くした哪吒は更に舐める。

 同じ場所は効き目が弱いと気付くと、直ぐに別の場所を舐め、俺の背中にはゾクゾクと快感が走り続ける。

 

「ん……我慢、良くない」

「っぐ……!」

 

 足を動かして膝の部分で下半身を刺激し始める。やはり、ヤンデレの隣で寝たのは間違いだったかと、獲物を前にした虎の様な目の彼女を見て後悔する。

 

「硬化……準備万端?」

「いや、しないから!」

 

 俺は発動させた【瞬間強化】で哪吒の両腕を掴んで彼女を引き剥がす。

 

「っん!? 攻守、逆転……だけど、何時でも、大丈夫……」

 

 驚いた哪吒だが先まで興奮しギラギラと輝いていた目から、期待に揺れる様にウルウルとした瞳へと変え、無抵抗を表すかの様に体から力を抜いた。

 

「……いや、そんな気は一切な――」

「――マスターを発見しました。外敵に襲われている様です。低威力殺傷弾で威嚇します」

 

 可愛らしい声色で放たれた氷の様な冷たい言葉と共に、マシンガンが放たれた。

 

 それをいち早く感じ取った哪吒はサッと俺の拘束を抜けると俺に背を向けて槍を取り出して全ての弾を弾いた。

 

「……主、無事か!?」

「あ、ああ……」

 

「大丈夫です。当たっても精々アザができる程度の威力です。私が今壁越しに見ていた光景、それを見て傷んだ心に比べれば……」

 

 突然現れたクレイジーなメカメカしいエリザベートはサーヴァントクラスアルターエゴ、メカエリチャンである。

 

 どうやら壁がドアの様に開いてここに入ってきた様だが、それはもう既に閉まっている。

 

「此処は魔術工房の様な、結界の様な空間。どうやら特殊な行動か時間経過で開く様になっている様ですね」

 

 顔を機械的に動かしつつ辺りを見渡すメカエリチャンの後ろには彼女が通ってきたであろう隠し扉が閉まって、元の何もない壁に戻った。

 

「――で、そこの赤い方は何時までマスターの側にいるつもりですか? 速やかに離れなさい」

 

「っむ……不意打ちを行った者に、マスターを近付けさせない」

 

 腕を僅かに上に上げたメカエリチャンに哪吒はそう言って静かに武器を構えた。

 

「ちょ、タイムタイム! 別に今2人が争う理由は無いだろ!」

 

 俺は哪吒の構えている槍を手で握って止める。

 

「む……」

「……まあ良いでしょう。マスターが言うのだから、私からは攻撃しないわ」

 

 メカエリチャンが手を下げると哪吒も渋々ではあったが、武器を下げた。

 

「マスター、見た限りでは此処から脱出する気は無いのかしら?」

「3時間程度で開くって話だし、無理に脱出する必要は無いかなぁって……」

 

 それを聞いたメカエリチャンは少し残念そうな顔をした。

 

「そう……」

 

(て言うか、そもそも機械のメカエリチャンとはどうやっても出られないんじゃ――)

 

 なんて俺が考えているとメカエリチャンの掌が開き、そこからマシンガンの銃口なんかよりも大きな筒状のナニカが――

 

「――要らないだろ、そんな機能!?」

「あら、このデザインの方が無難かしら?」

 

「別に赤と白の縞模様とかどうでも良い! 何でそんなふざけた機能が!」

「当然、マスターの遺伝子情報から後継機の人工知能を作り出す為よ」

 

 鋼の顔を持つメカエリチャンは少し笑いながらそう言うが俺からしたらシャレにもならない。

 

「主、機械と談笑、ズルい」

 

 拗ねた哪吒は俺に抱き着いてそのまま俺を枕の方へと押し倒した。

 

「機械、夜枷の相手、無理」

「言いますね……私が貴方に何ら劣らないテクニックを持っている事を今から証明いたしましょうか?」

 

 隙あらば性交に持ち込もうとする2人に流石に生命の危険を覚える。

 て言うか手の先から棒状の道具を出すな、そんな趣味はない。

 

 3時間で開放と言うが、その前に俺が喰われる。

 

「マスターのバイタルチェック……正常ですね。疲労の色も見えないですし、行為に及んでも問題の無い状態です」

「主、忍耐、不要。毒を食らわば皿まで」

 

「ええい! 来るな――」

 

 ――そう叫んで令呪を使おうとしたが、唐突に上から何かが降ってくると俺の言葉は遮られた。

 

 

 

「――んもっ、ん!!」

「っひゃ……!」

 

 俺の口は塞がれていた。

 

「はぁ……ま、まって下さいマスター……! そんな、事されて私、っひゃぁ……! く、くすぐったいぃ……です……」

 

 上から降ってきたセイバーのサーヴァント、新撰組の沖田総司に。

 

「……ふぅ……ま、マスター、ご無事ですか!?」

 

 俺の顔から黒い何かが取り払われ、沖田が顔をこちらに振り抜いた事で漸く沖田の股が俺の顔に覆いかぶさっていた事に気づいた。

 

(って、そんな漫画みたいなラッキースケベ要らねえよ!?)

 

 目の前の沖田同様に自分の顔が赤くなったのが理解出来る。体が勝手に興奮している事も。

 

「……と、突然、上の階の部屋に穴が空いてボッシュートされた時は私も驚きましたが……マスターのお顔にその……不測の事態とは言え腰掛けてしまい、申し訳ありませんでした……」

 

「い、いや……俺も、わ、悪かった……」

 

 何故か俺も謝ってしまい、沈黙の空気が流れた。

 

「………………っ!」

 

 が、唐突に沖田の顔が驚愕に染まると遠慮がちに近付いた。

 

「ま、マスター……私のせいで、お辛そうですね……でしたら、沖田さんが一肌脱いであげますね?」

 

 視線の先は俺の下半身だ。熱い視線を隠そうともしない。

 

「いや、それはいらないお世話だ!」

 

「えへへ、嫌がらなくも良いじゃないですか……大丈夫ですよ、握り慣れてますから!」

「刀! 握り慣れてんのは刀だよね!?」

 

 て言うか、先迄すぐ側にいた哪吒とメカエリチャンは何処に……?

 

 視線を動かすと沖田のすぐ後ろに2人が倒れていた。顔をベッドにつけたまま一向に顔を上げない2人。

 よく見ればその首元には背後に隠していた沖田の右腕が握っている刀が当てられている。

 

「邪魔者は……動けませんし、ね?」

 

 見られた事が分かった沖田は隠すのをやめ、寧ろ見せつける。

 

「性交しないと出られないなんて、破廉恥なお部屋ですよね?

 でも、ずっと此処にいる訳にはいきませんし……」

 

 不意に扉を見る。何故か扉は既に開いている。

 

「あーあ、残念です。どうやら先の事故が性交した扱いになって開いてしまった様ですね」

「そう、みたいだな……だったら、俺はもう出て行く!」

 

 ベッドから立ち上がって扉の先に向かおうとするが、沖田の左手が俺の前を遮る。

 

「もう、せっかちなマスターですね……では、こうしましょうか? 沖田さんが満足したらこの2人を開放します」

 

 沖田の右腕に力が込められ、刀が僅かに動く。その先にいる哪吒とメカエリチャンは動く気配がない。恐らく落下時のどさくさに紛れて気絶させられているんだろう。

 どんな神業だ。

 

「……お、脅しか?」

 

「えへへ、沖田さん。今すっごく気分がいいんです。まるでお酒に酔ったみたいに気分が良くて……でももっと気持ちよくなりたいです、マスター」

 

 気分が良い、沖田はそう表現するが恐らくヤンデレ・シャトーの影響で俺への愛情に溺れているのだろう。

 

「マスターに抱いてもらいたいなんて

……人斬りの私にはおこがまし過ぎますかね? でしたら、人斬りらしく……他人の血で濡れてしまいましょうか」

 

 そう悲しそうに言った沖田の刀が2人の首から離れる。それと同時に刀身が鋭く輝いた。

 

 不味い、もう令呪で止めるしかない!

 

「ま、待って――おわっん!?」

 

 思わず静止しようと手を伸ばし令呪が輝くが、それを沖田は待っていたかの様に伸ばされた手首を掴むと刀を床に放って、空いた手で俺の肩を掴み抱き締めると同時に唇を奪う。

 

「んーっちゅ……接吻、しちゃいましたね?」

 

 短いキスの後、沖田は俺を見ると微笑んだ。

 

「信じてましたよマスター? マスターならきっと私に仲間を斬らせたりしないって。ちゃんと令呪で止めて貰えて嬉しいです」

 

「……もし、止めなかったら?」

 

「へ? そんな事、考えてもいませんでした。全力で斬り掛かったので2人の頭が転がっていたんじゃないでしょうか?」

 

 怖い。

 俺に絶対的な信頼を寄せている沖田には躊躇など無い様だ。

 

「さあマスター、これから2人でお楽しみと行きましょう。まあ、此処だとちょっと場所が無いので部屋から出て、私の部屋に行きましょう」

 

 俺と手を繋いだ沖田は開いた扉ヘと俺を引っ張る。

 

「ふふふ……マスターに抱いて頂けるなんて沖田さん大勝利、ですね」

 

 

 

 

 

「って、何でなんですか!? 沖田さんとマスターのベッドシーンは!?」

 

「部屋から出た時点で今日のシャトーは終了だ」

 

「ちょ、納得出来ません! 今のは完全にマスターとの濡れ場で、夜の無明三段突きぃ! とか言っちゃう流れじゃないですか! エロ同人みたいに!」

 

「知るか!」

 

「た、助かった……」

 




次回は……いよいよ書くかもしれませんね。例の話の第二弾。

メカエリチャンに関してですが、自分は2号を選びました。本編では敢えてどちらかは明記しておりませんし、これからも2人が同時に登場しない限りは明記しない予定ですのでお好きな方のヤンデレをご想像下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・カルタ

明けましておめでとうございます!
今年も【ヤンデレ・シャトーを攻略せよ】をよろしくお願いします!


珍しく予約投稿機能を使って更新しました。
家庭未来図を期待していた読者様、大変申し訳ありませんが次回までお待ちして頂けると幸いです。

皆様の2018年最初のヤンデレになる事を願っています。


 気が付くとそこにはヤンデレ・シャトーに似つかわしくない男4人が集まっていた。

 

「……説明求む」

「今来た三行」

「眠い」

「知らねぇよ」

 

 灰色の和服を着た俺。

 背中にモードレッド命と書かれた赤い法被のヤマモト。

 白い着物の陽日。

 黒い袴姿の玲。

 

 そして俺達4人を囲む様に25個の扉が配置されていた。

 

「おい、俺は先まで娘と走り回っていた筈なんだが」(※第二ヤンデレ家庭図参照)

 

『細かい事は気にするな。今回は正月だからな』

 

 エドモンの声が聞こえる。

 また俺達マスターを集めて今度は一体何を企んでいるのだろうか?

 

『正月らしく、カルタをしてもらおうか』

 

「カルタ!?」

「えー……ダルい」

「家族の集まりで毎年やってるから俺は別に良いが……」

 

 当然ながら俺以外は一癖も二癖もあるマスターを動かすにはそれ相応の脅しを用意しているのだろう。エドモンは説明を続けた。

 

『勘違いするな。カルタだけで終わると思うなよ? この後は普通にヤンデレ・シャトーだが……このカルタに勝った者には褒美をやろう!』

 

「褒美……?」

 

『カルタの呼び札はサーヴァントに関する物だが、勝者はそのサーヴァントを自分の悪夢に登場させるか他の3人に登場させるか選ぶ事が出来る』

 

「「!!」」

 

 エドモンの言葉にヤマモトと陽日が反応する。

 

『更に勝者には自分の悪夢に登場させるサーヴァントをヤンデレ化させない事が選択出来る』

 

「「!!」」

 

 その報酬に思わず心踊ったのは俺とヤマモトだ。

 

 玲はエドモンの言葉になるほどなと頷きながら拳を合わせている。やる気は十分な様だ。

 

『もう知っているとは思うがお前達を取り囲んでいる扉が周りに25個あるだろう。

 その窓にスタートと同時に文字が浮かぶ。俺の読んだ文に会う文字の扉を開ければそれが得点になる』

 

『妨害は無しだが与えられた礼装や能力は使っても構わない。全力で望め』

 

「よし! モードレッドの為だ! 全力で行く!」

「安眠のチャンス……少し、本気で行くよ……!」

「あのジジイを相手にする前の準備運動には……丁度良いかもなぁ?」

 

 それぞれが本気を出し始めている。陽日

が立っている姿は始めて見た気がする。

 

『俺が読み終わるまでは動けないが、徐々に早めていくから覚悟しろ』

 

 そうエドモンが言うと僅かな沈黙。

 

『……第一問!

 母の胸 愛しき我が子 包む愛』

 

 頼光の文!

 

 同時に扉の窓に文字が浮かぶが“は”が見当たらない……!

 

「取った……!」

 

 雪原にて吹き荒れる吹雪の様な速さで扉を開いたのは、意外にも普段は眠たそうにしている陽日だった。

 

「は、速っ!?」

 

「マジか! 離れてたとはいえ俺が遅れを取るか……!」

 

 他の2人もこれには驚愕している様だ。

 

『ぼやぼやするな、第二問!

 祖国愛 未熟故に 剣取る』

 

 セイバー・リリィか! 

 “そ”なら此処に――!?

 

「【赤の黒鍵】!」

 

 俺がドアノブに触るより先に投げられた黒鍵がドアの金具を破壊した。

 

 慌てて回避した俺の前でドアが音を立てて崩れ落ちた。

 

「開ければ得点、だよね?」

「え、遠距離は狡いだろ……!」

 

『問題ない、第三問!

 あんこ味 至福の甘さ あんこパン』

 

 謎のヒロインXオルタ……!

 

 “あ”が見つかったけど、黒鍵が……!

 

「ふんっ!」

 

 と思ったら玲の奴、あっさりと弾きやがった!!

 

「やっと俺も本調子、ってな!」

 

『次だ、第四問!

 だんなさま 貴方のそばに いる私』

 

 清姫だったら意地でも取らせる訳にはいかない! 絶対に他の奴に押し付けてやる!

 

「黒鍵!」

「ガンド!」

 

 飛んでくる黒鍵をガンドで弾く。だが、その隙に玲が迫る。

 

「瞬間強化!」

 

 玲より先にドアノブに触れ、開いた。

 

「っち、全員同点か。こいつは、思ったより愉快になりそうだなぁ……!」

 

『第五問――』

 

 

 

 その後も激戦は続く。

 

『“死の体 ふれるくちびる あなただけ”』

 

「貰った!」

 

『“振るう杖 願いを胸に クインテット”』

 

「……ダルくなってきた」

 

『“辰の火で 焼き尽くすのは 我が祖国”』

 

「おらよっと!」

 

『父上に 向ける剣先 定めなり』

 

「モードレッド! モードレッドだぁ!」

 

 

 

 ――それぞれが3点で均衡するまで続いた。

 

『次が最後だ……第十五問』

 

 エドモンの言葉に緊張が走る。

 

『“叶えたい 宇宙(そら)の果てまで 快楽を”』

 

「“か”だな! 貰っ――!?」

 

 何故か直ぐに扉に近づいた玲だったが、慌ててその扉から離れた。

 

「チャン――!?」

 

 黒鍵を構えたヤマモトの腕が止まった。

 

「……どうした? 俺が開けちゃお――」

『――どうぞ、何時でもお開け下さい』

 

 中から、ドアの先から聞こえてきた女性の声に、俺は思わず後退った。

 それ何時も呑気な陽日も同様だった。

 

『素敵な殿方ばかりな様で……さあ、どなたでも構いませんよ?』

 

 ビースト、人類悪が顕現してるんですけどぉ!?

 

『さあ、開け。それが最後の扉だ』

「ムリムリムリムリ! 何あれ、絶対ダメだろ!」

 

 窓からはうっすらと女性の頭に角の生えたシルエットが浮かんでいる。

 あれは開けたら最後だ。

 クーリングオフも身代わりも受け付けないだろう。

 

『……では、全員がパスを宣言すればコレを全員無得点で終わらせるが……構わないか?』

 

「パス!」

「パスで!」

「……パス」

「パス、だな」

 

『あらあら……残念です』

 

 そう言い残すとドアの先に薄っすらしていた人影は消えた。

 

『……では、これでカルタは終了だ。最も多くのポイントを獲得した者を発表するぞ』

 

(勝者も何も、全員3ポイントで引き分けじゃ……あっ)

 

「全員同点。

 よって褒美は無しだが、喜べ!

 お前達の開いた扉、その読み札のサーヴァント共と共に新たな年を迎えるが良い!」

 

「結局そうなるのかよ!」

 

 いつの間にか周りの3人は消えており俺は開かれた扉に吸い込まれるかの様にその場から転送された。

 

 

 

「……マイルームですか」

 

 目が覚めたら見飽きた天井がそこにあった。

 さて、俺が開いた扉は……

 

「清姫、静謐と――」

「――私だね!」

 

「おわっ!?」

 

 マイルームのベッド、その横から突然現れ顔を出したのは白と黒色の羽根の髪飾りを付けたキャスターだった。

 

「キ――もとい、オケアノスのキャスター!」

 

「むぅ……真名を控えてくれた事をマスターとしての自覚があるなと褒めるべきか、好感度の低さを嘆くべきなのか……?」

 

 細い体で杖を持つ彼女の姿はまさにキャスター、魔女の姿だ。その腕前も相当のモノで、メディアにだって劣らない。

 

「……安心していいよ? 新年が来て最初の日に君を他の女になんか触れさせはしないからさ」

 

 そう言うと軽く杖を振るった。すると、天井から黒い豚が落ちてきた。

 

「ブヒィ!?」

「あははは! そこの君にも、それ!」

 

 キャスターはマイルームの扉の先に杖を振るうと、その隙間から水色の豚が現れた。

 

「せ、静謐!? 清姫!?」

「これで邪魔者は無し……とっ」

 

 豚化した2人に更に催眠魔術の掛けると、すやすやと寝息が鳴り始める。

 

「フフフ、私の伝説は知っているか?

 この2人みたく豚になりたくなかったら、ちゃんと私を見ているんだよ?」

 

 彼女はそっと俺の膝に手を置いた。

 

「……結構、嫉妬深いからさ」

 

 俺はコクリと頷いた。以前も動物にされた事があるが、もう二度とゴメンだ。

 

「……へへへ、じゃあ早速だけど君は何か困っている事はないかい?」

「え? あいや、特に今――」

 

 突然、俺の中の第六感が口を閉じろと警告を発した。

 

「――え、えーっと……ご飯、がほしいかなー……なんて」

「食事だね! 良いよ、私の取っておきキュケオーンを作ってあげよう! よだれを垂らしながら良い子で待っているんだよ?」

 

 上機嫌になったキャスターはスキップ混じりでマイルームを後にした。

 

「……オケアノスのキャスター……」

 

 何でも彼女は文句無しの世話焼き系……らしい。頼られないと男性を動物に変えてしまうらしいのでブーディカやマタ・ハリとは全く違うベクトルで危険度が高い。

 

「どう考えても長く付き合えるタイプじゃないよなぁ……」

 

 献身的なのは間違いないが、それ以上に面倒臭い。

 

「もしさっき特に必要ないとか言っていたら、どうなっていた事か……」

 

「お待たせー! 出来立てだよ!」

 

 本編ではマシュに微妙な感想を言わせていた白い料理が、スープ皿に乗せられてやって来た。

 

「さぁ、召し上がれ。あーん」

 

「あ、あーーん……」

 

 向けられたスプーンに口を開いて玄粥とも呼ばれる料理を始めて口にした。

 

「どう? 美味しい!?」

「……う、うん」

 

 ちょっと甘いが、決して食べたくない味ではない。

 

(出来れば風邪とか食べたい味だな、うん)

 

「もっと食べて良いんだよ! はい!」

 

 皿の中身が空になるまでアーンをすると、キャスターは満足そうに笑った。

 

「うんうん、やっぱり私のキュケオーンは最高ね! じゃあ、片付けてくるから今の内に私にやって欲しいこと、10個くらい考えておいてね!」

 

 それだけ言うとキャスターは食器を持ってマイルームを後にした。

 

「……マジか……」

 

 最初から捕まっている様な物だよな。

 マイルームから逃げても宛がないし……

 

「「――マスター!」」

 

「おわっ!?」

 

 突然、もとの姿に戻っていた清姫と静謐に抱き付かれた。

 

「明けましておめでとうございます、マスター!」

「マスター、マスター、マスター!」

 

 挨拶をしながらも俺の顔に迫る清姫と、名前を連呼する静謐。

 

「2人とも元に戻ったんだ、良かったぁ……」

 

「はい! 寝てさえいなければあんな魔術、簡単に破っていました!」

「……マスターがご所望なら……喜んで雌豚にはなりますよ?」

 

 静謐が何やら盛っているが俺は無視する事にした。というか、清姫の口が止まらない。

 

「大体、何なんですかあのお方! 正月らしさの欠片も御座いません! 今からお雑煮をお作りし、彼女に正月とは何か見せつけて差し上げます!」

 

「マスター……私の毛で編んだ靴下……どうしていますか?

 プレゼント用ではありましたけど……貴方のサイズに合わせてお作りしましたので……きっと、ピッタリ入りますよ」

 

 そう言って静謐は俺の足を確認する。残念ながらそこに彼女の編んだ靴下は無い。

 

「……失礼します」

 

“お雑煮なら私にお任せです! バーサーカーの私!”

“な、貴女はお呼びではありませんわ!?”

 

 マイルームの扉の前では唐突に2人に増えてた清姫が言い争いを始めた。

 

 その間に静謐は俺の靴下を脱がしていく。夢の中だが寒いので出来ればやめて欲しい。

 

「……代わりに、私の肌で温まって下さい……」

 

 くすぐったい感触が足裏を覆った。

 静謐はマッサージでもするかの様にゆっくりと手で足をなぞる。

 

“みっともない! 貴女達には任せて置けません! 此処は私が――!”

“貴女は実装されていても召喚されてはいないクラスでしょう!? お返りなさい!”

 

 増えてんなー……とか思いながら静謐の肌で暖が取れているのか、徐々に汗をかき始めてきた。

 

「……んっ……ふぅぅっ…………ちょ、ちょっと待て静謐!」

「……、何です……マスター……?」

 

「ちょ、ちょっとなんか俺興奮してきた気がするんだけどなぁー? 気のせいかなぁ?」

 

「……すいません、タップリと塗りました。媚薬です……足で感じて……気持ちよくなって下さいね?」

 

 そう言いながら静謐は顔を俺の足に近付ける。

 

「待て待て待て! ちょっと待てぇ!」

「だい、じょうぶ、れふよ……」

 

 迫る唇。小さく開いた口から舌が見え隠れする。

 

「……ん、っちゅん……んぁん……ぁ」

「……! っ!」

 

 媚薬を塗りたくられた足を舐められ背中にゾクゾクと快楽が響く。

 

「や、やめろって……!」

「マスターを……んっちゅん……今年初めて……気持ち良く……してあげますね?

 ……んぁ」

 

 何とか退かそうとするが、足に力が入らなず踏ん張りの効かない状態ではそれも叶わない。

 

 清姫は喧嘩しながら誰お雑煮を作るか言い合っている内にセイバー、バーサーカー、ランサー、アーチャー、アサシンまで増えている。

 

(あのアサシン……ヤンデレの化身とか、そんなやばい奴じゃなかったけ……? おい、ちょ、何でこっちに気付かない……?)

 

 気付いて欲しくないので俺から呼ぶ事はしないが結構ピンチだ。足の快楽に体が支配されかかっていた。

 

「……そろそろ、こっちのお相手を……」

 

 足を越え、太ももよりも上へと視線を向ける静謐。

 本気で貞操の危機が迫っている事は火を見るよりも――明らかだった。

 

 

 

「ブヒィッ!?」

「ブヒブヒ!?」

「ブゥッ!?」

「ブヒブヒブヒ!!」

「ブヒィ……」

 

「ごめんよマスター、ちょっと時間を掛け過ぎちゃったね?」

 

「きゃ、キャスター……」

 

 帰ってきたキャスターはなんの躊躇いもなく全員をその場で豚に変えた。

 

「お雑煮……だっけ? 遠慮しちゃ駄目だよマスター? それが食べたいんなら私が頑張って作って上げるし、足が寒いなら私が温めてあげるから……」

 

“ちゃんと頼ってよ、ね?”

 

「……あ、うん……」

 

「お姉さんとの約束だよ? 

 ……もし次破ったら……」

 

 

 

 

 

 

“美味しい豚肉料理……ご馳走してあげるからね?”




今年は戌年ですがそれっぽくない、豚なお話でした。
メリー・シープの静謐ちゃんの献身的なエロさが大好きです。

今年は第二部が始まります! 全ユーザー共通ボスなどきっと今年も現れると思いますが、一緒に頑張って行きましょう!


ヤンデレ・シャトーは何処まで続くのかなぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ異世界転生 FGO風味

今回は家庭未来図では無いんだ、すまない。

気分転換にネット小説じゃあ最早お約束の異世界転生を元にした話。

本当は家庭未来図に出せなさそうなサーヴァントを書きたかっただけだったり……



 

 俺の名前は霧代(キリシロ)。俺は今、異世界の王様の前にいた。

 

 FGO大好きな俺はある日、異世界召喚されたけど転移中に死んでしまった。

 

 そこを神様に生き返られて貰って、おまけに今流行りのチート能力を付けてくれた。。

 

『どんな敵も1撃で殴り倒せる能力(10回限り)』。これで異世界無双してハーレムを作るんだ!

 

 

 

「――頼んだぞ! 勇者キリシロよ! その力で恐ろしく強大な五つの魔王を倒し、この世界を救ってくれ!」

 

 王様に頼まれ、5人の魔王討伐の旅が始まった。

 

 職業はモンスターテイマーの上位クラス、ブレイブ・テイマー。幻想種すら仲間にできると言われていた伝説の職業らしい。

 

 装備や資金を貰った俺は城下町から旅立ち、其処から一番近くに城を構える竜の魔王の討伐を目指した。

 

 やっぱり最初はハーレムメンバーと出会う為のイベントが起こるのがテンプレだ。

 

 馬車が盗賊や魔物に襲われるのを助けたり、身分を隠して逃げているお姫様とであったりするのを何度もネット小説で読んだ事がある。

 

「まあ、先ずは最初にスライム辺りとエンカウントしてみたいなー」

 

 ――何て、呑気に構えていたのは数分前の話。俺の前には何故か巨大な黒いドラゴンがいた。

 

『ォオオオオオオオオ!!』

 

「おぉ、ああぁ……!」

 

 狼狽える自分を落ち着かせる。

 大丈夫だ。神様から貰ったチートを使えばこんなドラゴンでも一撃で倒せる筈だ。

 

「あらあら、情けないわね? それでも本当に異世界から召喚された勇者かしら?」

 

 そんな俺を嘲笑うかのようにドラゴンから1人の女性が降りてきた。

 

 黒い甲冑に首元を覆う柔らかそうな装飾が施されたマント。

 その姿に見覚えのあった俺は大層驚かされた。

 

「お、お前は……!?」

「初めまして。竜の魔王、ジャンヌ・オルタです。ファブニールが面白いモノを見つけたと言うから降りてみれば……なるほど、勇者ですか」

 

 FGOで登場したアヴェンジャークラスのサーヴァント。聖女ジャンヌが復讐を誓った反英霊、ジャンヌ・ダルク・オルタだ。

 

「……ですが、何やら甘美な匂いがします」

「か、甘美……?」

 

「人類の希望である勇者なんて、出会った瞬間虫唾が走るモノだと思っていましたが……気が変わりました」

 

 ジャンヌが黒い旗をこちらに向けた。

 

「人類の希望を……魔王である私が穢すのも一興。人間共に更なる絶望を与える為に、私が飼い慣らしてあげましょう」

 

 ブレイブ・テイマーのスキルが脳裏に浮かんだ。どうやら、どんな魔物とも簡単に好感度の上がるパッシブスキルのお陰で魔王に気に入られたらしい。

 

 巨大なドラゴンに掴まれ、運ばれながらもこの状況をなんとか有利に持っていけないかと考える。

 

 ネット小説なら魔王と勇者が結婚する話だって結構あったし、ならジャンヌ・オルタを圧倒して俺が逆に彼女を仲間にするのもありだろう。

 

(良し、それで行こう!)

 

 

 

「はい、あーん」

「あー……ん」

 

 あの決心から1ヶ月。俺はすっかり彼女の真面目で健気な態度に骨抜きにされていた。

 

 魔王城に着くと檻の中に入れられ手錠をされた上で最初の3日間は嘲笑われながら過ごしていたが、最近は1日三食料理を運んでくれる上に、檻の中のか掃除しに来てくれる様になった。

 

「はい、魔王の作った服です。これを着て、私の所有物だと自覚なさい」

 

 と言われて、結構しっかりとした服を5着も織ってくれた。竜の鱗でちょっとした模様まで入れてくれる徹底ぶりには悶絶した。

 

「……私の作った服を、そんな汚いまま着るのは許しません。赤ん坊の様に体を洗われる情けない自分の姿に絶望なさい」

 

 1日に1回は風呂まで連れてきて体を洗ってくれた。

 

「家畜の様に、素手で私の料理を食べると良いわ! 浅ましく飢えを満たしなさい!」

 

 と言われて、飲みやすいスープと具材が挟まれたサンドイッチを食べた時は思わず美味いと洩らした。

 

「ま、魔王の料理を美味しいだなんて……

 み、味覚が狂ってるんじゃないの……!?

 ……ほ、本当に美味しい……ですか……?」

 

 照れて顔を赤くするその姿を見た時は可愛過ぎて死ぬかと思った。

 

「あの……貴方は嫌じゃないのかしら? 魔王の城に囚われているのに、逃げ出す素振りすらないなんて、本当に狂ってない?」

 

「狂ってなんかいないよ。だって、ジャンヌは真面目で優しい娘だよ。だから俺は逃げたりしない」

 

 俺がそう素直な気持ちを口にすると、ジャンヌ・オルタは俺に抱き付いて泣き始めた。

 

 曰く、魔王なんかなりたくなかった。

 曰く、遠い先祖の血が目覚めて魔王になって故郷の村人全員に恐れられた。

 曰く、一度たりとも人間を攻撃していない。

 

「貴方と出会った時も……貴方が……私みたいに……望まずに勇者になった人なんじゃないかって思ったらっ……! 可哀想だって……!」

 

 曰く、俺を監禁して他の魔王から助けたかったらしい。

 

「気付いたら……貴方が私の中で大きくなって、大切な人になってたの!」

「うん……俺は……ずっとジャンヌの側にいるから」

 

 泣き止まないジャンヌに、俺はそっとキスをした。

 

「……ありがとう……ありがとう……!」

 

 浸すらお礼を零し続けるジャンヌ。その日、俺達は檻の中で一緒に夜を過ごした。

 

 

 

「……駄目、です……」

 

 次の日、目の前に惚けた顔で目を擦るジャンヌを愛おしと思いながらも檻を出たいと言ったら、何故か却下された。

 

「城の中は凶悪なドラゴンが一杯です。統率が取れていない訳は無いとは思いますが、レベル1の貴方にもしもの事があれば……」

 

 どうやらオレを気遣っての事らしい。それならと、レベル上げを頼んでみた。

 

「それも駄目です……」

 

 そう言って顔を俺の胸に埋めた。

 

「城から出たら、駄目……」

 

「…………」

 

 健気で真面目な彼女の初めてのワガママに、俺は頭を撫でて答える事にした。

 

 それでも体を震わせて不安がるジャンヌ・オルタは、ゆっくりと俺に質問をする。

 

「……何処にも行かない?」

「行かない」

 

 撫でながら答えた。

 

「私から、離れない?」

「離れない」

 

 見つめ合いながら答えた。

 

「……ありがとう」

 

 抱き合いながら、微笑んだ。

 

 

 

「何で!? 何でよ!?」

「勇者は我ら魔王に仇なす者だ。ならば最弱の魔王である貴様では無く私が管理し、堕としてやろう」

 

 何故か俺はセイバークラスのサーヴァント、アルトリア・オルタと同じ姿を持つ魔王ランク第三位の剣の魔王に捕まり、ジャンヌの檻から開放された。

 

「ふざけないでっ! その者は、既に私の伴侶だ!」

「……竜の魔王如きが、愛を求めるとは愚かだな」

 

 その一言に、ジャンヌは普段ドラゴン達を操るのに使用していた旗を槍の様に扱い、黒い鎧を貫いた。

 

「渡さない……渡さないっ! キリシロは……私の大切な人だ!」

 

 貫いた旗に更に力を込めて、引き抜いた槍で再び剣の魔王を刺した。

 

「……ほう、私の分身をこうもあっさりと穿つか」

 

 ――しかし、ジャンヌの攻撃は魔王に届く事は無かった。

 既に俺は1ヶ月間過ごしていたジャンヌの城ではなく、剣の魔王の玉座の間に連れて行かれていた。

 

「ブレイブ・テイマー……魔王の配下を裏切らせる可能性がある危険な職業だと思っていたが、接した魔物に力を与えるその能力は魔王相手にも通用するらしいな」

 

 剣の魔王は俺の首に鎖を付けると玉座の真横に繋いだ。

 

「……な、何をする気だ……?」

「ふん、無様で無力な勇者よ。生きたければ大人しく私に従う事だな。第一位に登り詰めるまで、貴様の能力を有効活用させて貰うぞ?」

 

 その日から、強制的なレベリングが始まった。

 チートで剣の魔王を倒すのもアリだと思っていたが、先に鍛えられるだけ鍛えておこうと、剣の魔王が蘇らせる魔物との戦いの日々に身を投じた。

 

「貴様のスキルレベルを上げる特訓だ。死にたくなければ剣を取って戦い続けろ!」

 

 何度か死にかけそうになった。レベルが低い頃は一撃で死にかける事も多々あったし、レベルが上がっても訓練の難易度も上がるので楽になる事は決して無かった。

 

「傷を治したければ、頭を下げて踏み場になれ」

 

 傷と疲労で死にそうな俺の頭を踏んづけた上で回復薬を垂らす嬉しくないドS治療は精神的苦痛を与えていた。

 

 そして、2週間程経って漸くレベル30まで上がった俺はその日の内に逃げ出そうと考えていた。

 

「……貴様、夕食の後に私の私室に来るがいい」

 

 まるで俺の思考を見透かしてたかの様なタイミングで声を掛けてきたアルトリア・オルタ。断って逃げ出すにはまだ少しキツイと思った俺は、大人しくその声に従った。

 

 しかし、そこで待っていたアルトリアは何故かネグリジェ姿で俺を出迎えて来た。

 

「……随分と間抜けな面だな。あの駄魔女とは寝床を共にしたのだろう?」

 

 見事に煽られた。

 取り敢えず俺はなぜ呼び出されたのかと聞いた。

 

「何、そろそろ脱出を試みようとしているのではと思ってな……褒美をやろう」

 

 褒美と言われたが今までの言動のせいで微塵も嬉しくない。それよりも脱出を予見された方が問題だ。

 

「魔女の所に戻ろうなどと、二度と考えられなくしてやろう」

 

 ――そこからは想像を絶する快楽地獄だった。

 

 媚薬で興奮状態にされた上で耳を舐められ、舌を絡めたキスをされ、俺の反応を見て喜ぶアルトリアのおもちゃにされていた。

 

「性行為に及べるとでも? 立場を弁えろ、勇者であるお前に体を許す程、私は安くは無いぞ?」

 

 悪戯な笑みが憎らしい。

 

「ほら、もっと求めてみろ。浅ましく懇願すれば、或いはこの身の片鱗位は味わえるかもしれんぞ?」

 

 ドMではなかったけど、ここまでされても抵抗出来ず、結局その日は夜が明けるまで弄ばれ続けた。

 

 

 

「キリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロキリシロ…………迎えに、来ましたよ」

 

 ジャンヌがアルトリアの城にやって来た。

 竜を引き連れ、ブレスで城を攻撃する。

 

 アルトリアの魔物達も迎撃を始めた。

 

 褒美と言われ、焦らしプレイをされた日から「お前の存在は危険だ」と言われ、彼女の私室で拘束されていた俺の元に、ジャンヌは直ぐにやって来た。

 

「キリシロ、キリシロ……!!

 良かった……無事ですね……!」

 

「駄魔女が。そいつは最早私の犬だ」

「……貴女、許すつもりは微塵も無かったけど……私のキリシロに変な匂いを付けた事……絶対に許さない」

 

 縛られたままの俺の前で剣と旗を構えて、殺し合いを始める2人に、俺は流石に不味いと何とか拘束を解こうとした。

 

 そこで漸く、神様から貰って今の今まで使わなかったチート能力を思い出した。

 

「……壊れろ!」

 

 能力を開放すると、あっさりと拘束は解けた。

 

 砕けた金属が床に転がる音、俺は間抜けにも2人の豹変に気付かずに殺し合いをやめろと言おうとした。

 

「おい、もうやめ――」

 

「――なんだ、その力は?」

「何ですかその力? 今まで隠していたんですか?」

 

 何故か俺の発動したチート能力に反応した2人。

 

「え? あ、いや」

 

「いやではない。私は貴様の全てを理解した上で拘束し、私の私室に閉じ込めた。なのに何故そこから脱出出来るだけの力を持っている?」

 

「何で貴方から主の光を感じたんでしょうか? 私の憎む神の力を行使できたんですか? 納得行くご説明をお願いします」

 

 気付けば2人共、先程までの争いは嘘だったかの様にほぼ同時に俺に詰め寄った。

 

「もう少し情報を引き出すべきだった様だな。次はどうやって私の物となりたい? 何か希望はあるか?」

 

「いいえ、いいえ! そんな事で貴方を嫌いになどなりませんよ? ですが……婚約者に隠し事は頂けませんね?」

 

 それぞれの武器が俺の目前に伸ばされている。

 

「……え、えーっと……それは……」

 

 神様から貰ったチート能力、なんて説明をする訳にも行かず、戸惑う俺。

 

「何故ですか……?

 ……どうして話してくれないんですか?」

「隠し事をするのか? ならば、少々、手荒な真似をしなければならないな?」

 

 尋問と脅し。ジャンヌとアルトリアの目からは光が消えている。

 

 

「助けに来ましたよ! 勇者様!」

「ご無事ですか?」

 

 アルトリア・オルタの私室の窓を破って現れたのは白い衣装に見を包み、聖なる旗を掲げる聖女。

 それに付き従う姫騎士だった。

 

「ジャンヌ・ダルクと、アルトリア・ペンドラゴン……!?」

 

「っく、貴様!!」

「っは!」

 

 ペンドラゴンの方のアルトリアの一閃。その眩い光を目くらましに、聖女ジャンヌが放った魔術で、俺達はその場から脱出した。

 

 

 

「ジャンヌ・ダルクです。聖女と呼ばれています。勇者である貴方が魔王に攫われたと聞いて、助太刀に参りました」

「同じく、アルトリア・ペンドラゴン、あなたの救出に参りました」

 

 2人の話を聞くと俺は魔王が人質を使い、その無事を条件に俺を攫ったとの噂が流れ、2人が助けに来たらしい。

 

(まさか魔王に魅了されていた、なんて言ったら勇者として情けなさすぎるよな……)

 

 勇者側と魔王側に同じ顔の人物がいるのはややこしいが、本人達は一切気にしていなさそうなので恐らく、俺にだけそう見えているっていう、アニメ的な解釈をした。

 

 流石に此処の所色々有り過ぎたので、俺は寝て休む事にした。

 

「……ちょっとステータスでも確認するか」

 

 その前にとなんの気なしに、ブレイブ・テイマーのスキルを確認した。なにやら、新しい物が増えていた。

 

「仲魔物強化レベル10、仲魔物愛情加速レベル21……相変わらず凄く好かれやすいな……ん? 何だこれ? パーティ共有?

 パーティ内の仲間に、職業スキルを条件無視で適用する……まあ、これからは人間仲間が増えたし、別に良いか」

 

 そう考えて、ステータスを締めると俺は寝た。

 

「ジャンヌ・オルタ…………アルトリア…………」

 

 なんやかんや、魔王達にベタ惚れだった。

 

 

 

 

 

「どうやら、勇者様は魔王に大変毒されている様ですね」

 

「え、あ、別にそんな事は……」

 

「うなされていた様でした。何度も魔王の名前を……まるで愛し人の様に呟いていました」

 

「やはり、魔王に毒されているのですよ」

 

 起きたら、聖女と姫騎士の顔が飛び込んできた。

 

 優しい表情とは裏腹に、2人の目から一切慈悲の輝きが感じられなかった。

 

「勇者様、私の名前を呼んで下さい」

「……じゃ、ジャンヌ・ダルク……さん」

 

「これからは魔王を倒す仲間です。ジャンヌと呼んで下さい」

 

「……ジャン、ヌっ」

 

 何故か唇を指で抑えられた。

 

「駄目ですよ? 私がジャンヌです。あなたの頭に浮かんだそれは、竜の魔王です。魔女です」

 

「私の名前も呼んで下さい」

 

「……アルトリア」

 

「これからは、黒いアルトリアは剣の魔王と呼んで下さい」

 

 テントの中、床に寝たまま美少女2人を見上げたまま、このやり取りは続いた。

 

「ジャンヌです」

「ジャンヌ……」

 

「私がアルトリアです」

「アルトリア……」

 

「……勇者様の浄化は、これからも旅の中で行っていきます」

 

 そう言うと俺の髪を撫でた。

 

「大丈夫です。勇者様は決して闇に落ちません。私と彼女で、貴方の中の戸惑いと誤解を消し去ってあげますね?」

 

「当然です。ですから、一緒に頑張りましょう」

 

 まだ、光の無い瞳で俺を見ている。

 

「さあ」

「一緒に」

 

「「悪しき魔王を倒しましょう」」

 

 

 

 

 

 この後も俺の異世界生活は続く。

 

 後に、賢者の称号を持つダ・ヴィンチちゃんや年中水着女海賊のメアリーとアン、性別不明の神子エルキドゥを仲間に加えた。

 全員病んだ。

 

 魔王のジャンヌとアルトリア、第四魔王の玉藻の前、第二魔王のエレシュキガル、第一魔王のアビゲイルに1度ずつ攫われながらも世界を破滅させようとする魔神ティアマトを倒したのだが、それはまた別のお話。

 全員が病んだ。

 

 チートで異世界救ったはいいけど、ハーレムとか冗談でも口にして良いパーティじゃなかった。

 

 勇者としての使命が終わった後は、山奥に1人で住んでいた魅惑の女性、マタ・ハリにプロポーズする方法を考えようと思う。

 

 ……最終決戦の時の敵と仲間達から、逃げられたらだが。




次回は家庭未来図を書きます。お待たせさてしまって、申し訳ありません。

塔は、まだ10階程度しか登れてません。意外と期間が短いので油断せずに100階クリアを目指したい思います。



 ……異世界転生するなら貰いたいチート能力?
 ヤンデレな可愛いヒロインを下さい。(直球)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・バレンタイン2018

ハッピー、バレンタイン!

家庭未来図の終わりが見えない上に来月にはヤンデレ・シャトーの2周年記念があるんですけど自分は元気です。

しかもツイッターを見た方は分かっていると思いますけど、新しい星5引いちゃったんですよねー。
命乞いのキャスターです。

次回はヤンデレ家庭未来図の筈ですので、もう暫くお待ち下さい。


 

「迫れ」

「え……?」

 

 アヴェンジャーの意外な一言に俺は驚きを口にした。

 

 普段通り登場するサーヴァントは5騎と言われた俺が悪態のつもりで「はいはい、逃げますよー」と言った。

 

 その返しが「迫れ」である。

 

「ん? 言葉が悪かったか? お前からチョコを強請れと言う意味だ」

 

「いやいやいやいや……何言ってるんだ? ヤンデレが渡してくるチョコなんか受け取ってみろ! 絶対歓喜極まって何かしでかすだろ!」

 

 大方前回の逆パターンを狙っているんだろう。どうせ無駄だと分かっているが一旦拒否して真偽を問い質そう。

 

「今回の病んだサーヴァント共は全員チョコを持って歩いてはいるが……貴様に渡すつもりは無い程に自分の作った物に自信が無い状態だ。理由はそれぞれだが、それを知る事が出来るかはお前次第だ」

 

 つまり聞き出す事が出来れば自ずと受け取り方も理解できる、と。

 

「チョコを食べる必要は無い。すべて受け取れば悪夢は覚める……だが」

「?」

 

「……渡す事が出来なかったサーヴァントは次の悪夢では渡せなかった事を悔いながら参加する事になるだろうな」

 

 そんな俺にとって悪いニュースを笑みと共に伝えたアヴェンジャー。

 

「さあ、自ら地獄への鍵を受け取って来い!」

 

 俺はそのデメリットを頭の中で考え始めるが、そんな暇すら無いままシャトーへと飛ばされるのだった。

 

 

 

「うぐっ……気のせいか、この始まり方が妙に懐かしい……」

 

 そんな良く分からない感想と共に体を起こした。カルデア内ではなく、今回は監獄塔としてのヤンデレ・シャトーの様だ。

 

「さて、俺を待ち構えている5騎のサーヴァントか……」

 

 普段なら見つかりたく無い思いで一杯だが、今回はチョコ回収をする為にこちらから攻めなくてはならない。

 

(そもそもバレンタインだからってチョコを受け取りに行くとかリア充、彼女持ちの行動だろうに……ぐだ男のお強請りスキルが欲しい)

 

 俺は少し歩いた。

 

「…………」

 

「……」

 

「…………」

 

「……」

 

 ……ああ、誰かに尾行されている。

 

 それを理解した俺はフッと後ろを振り返った。しかし、誰もいない。

 

「気のせい……な訳ないよなぁ……」

 

 アサシンクラスを疑ったが、よく考えれば相手はサーヴァント。巨体の持ち主でもない限り、その多くが俺の目を誤魔化す術くらい持ち合わせているだろう。

 

(何か行動したり台詞で自分から姿を表す様に仕向けるべきか? それとも令呪や礼装で無理矢理……?)

 

 後者は論外だ。後でチョコを貰う様に説得する以上は、余り悪い印象は与えたくない。無謀ではあるが、物理的にこちらから近付くのもありか。

 

「仕方ない……」

 

 攻めるとは言ったものの、相手はヤンデレだ。今は少しだけ先送りにしても良いだろう。

 

「清姫……だったら堂々と現れる筈だしな」

 

 取り敢えず広場の後にある階段を登ってループ廊下を一巡して気になった事があった。

 

 サーヴァントの数だけ部屋が存在するこの監獄塔。しかし、今回はその殆どの部屋が閉まっている。

 

「つまり未だに俺の後を追い掛けているサーヴァント以外は引きこもっているって事か」

 

 部屋を開けてもらう手間が増えてしまったが、同時に今は誰にも邪魔されず、修羅場にならずにすむという事でもある。

 

「ならば――!」

 

 俺は唐突に後ろを振り向いて駆け出した。

 

「――ッ」

 

 予想通り、俺の足音と同時に前方で走っている何者かの音が聞こえる。

 

(やっぱりサーヴァントは速い! だけど――!)

 

 シャトーの暗がりの中ではその背中すら見えない。階段を下がり始めたのが音で分かる。

 

「待てって――うぉ!?」

 

 階段を走って駆け上る最中に足が絡まり俺は地面へと落ちる。まだ結構な段差があるので落ちれば大怪我は必至だ。

 

「っな――! っく!」

 

 驚きと苦い声が聞こえてきた。どうやらこの演技を分かってくれた様だ。

 それでも俺の体を片手で受け止め――

 

「うぉっ!?」

「――ふんっ、サンタに人命救助を求めるな!」

 

 受け止めた俺の体を怒りながら地面へと離した。多少痛いが両手で受け身を取ったので怪我はない。

 

「トナカイの分際でサンタを騙そうとは……随分と偉くなったものだな」

 

 この黒くて傲慢な物言いのサンタは反転したアーサー王、アルトリア・オルタだ。

 

「あはは…………そもそも、後ろをコソコソと歩いていたアルトリアは一体何のつもりなんだ?」

「……」

 

 アルトリアは俺の言葉に何かを考え始める。

 

「トナカイ、貴様の考えている事なんぞお見通しだ。大方、私からチョコを貰おうと考えている様だが、無駄だぞ?」

 

 そう言いながら担いでいた袋を地面に降ろして中に手を入れてゴソゴソと漁り出し、綺麗に包装された箱を取り出した。

 

「サンタの私が作ったチョコ……故にコイツは完璧とは程遠い、コレジャナイ感満載のチョコになってしまった」

 

「べ、別にそんな事は気にしなくてもっ――」

「――愚か者!

 特別な、愛するトナカイに渡そうと思ったチョコが! 万人向けに作られ、世界中の子供たちに配られる為に作られたスタンダードなチョコだと! 例え何億人に喜ばれようと、貴様への思いが届かなければ意味があるまい!」

 

 サンタである事を喜んで遂行していたとは思えない程、アルトリア・サンタの価値観は愛で歪められていた。

 

「それでも、受け取りたい」

「む……そこまで求めるか……」

 

 ヤンデレなのにチョコを渡さないにはどういう事かと思ったが、実際に合って納得出来た気がする。

 

 自分の思いの丈と準備したチョコレートが合わない。中途半端な物を渡してしまえば、嫌われてしまう。

 

(要は普通の女の子と同じな訳ね……恐らく、本人の頭の中では更に重い事態なんだろうけど)

 

「ならばこの万人向けのチョコ、私がこの場でお前の為のチョコにしてやる!」

 

 そう言ってチョコの箱を開けたアルトリア・サンタはそれをボリボリと口に入れて食べ始めた。

 

「……あ、あのー」

「ふごひまってひろ!」

 

 十数秒後に漸く音が止んだ。

 食べ終わったかと油断した俺の頭をアルトリアは唐突に掴んだ。

 

「ちょ、な、何を――」

「舐めろ」

 

 アルトリア・サンタはそう言って舌を見せた。溶け切っていない白いチョコが口内のあちこちに残っている。

 

「少々汚いかもしれないが私の口に付着したホワイトチョコを、舐め取れ」

 

「……ま、まじ?」

「私は大真面目だ。お返しもいらん。ちゃんと受け取ってくれれば、な?」

 

 一度、目を閉じた俺はゆっくりと溜め息を吐いてから……覚悟を決めた。

 

 

 

「……ふふふ、口の中がトナカイの唾液で蕩けそうだ」

 

 赤い顔に余裕そうな笑みを浮かべているアルトリア・サンタ。こっちから入れた筈が、逆に貪り尽くされて俺の息が上がっている。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 何はともあれチョコは受け取った。今の行為を受け取ったと言っていいのかは分からないが。

 

「さて――」

「待て」

 

 立ち上がった俺の後ろ襟を掴んだアルトリアの口から今の赤い顔とは正反対の、体の芯が凍る様に冷たい声で呼び止めた。

 

「トナカイ、貴様の瞳に今誰を映している?」

「え……?」

 

「何故、私から逃げようと慌てて腰を上げた?」

 

 予想通り、チョコを受け取ったら悪化した。アルトリア・サンタは俺にプレゼント袋から取り出した首輪をガチャリと嵌めた。

 

「チョコを受け取った以上、今日は私と共に過ごせ」

 

 無理矢理、俺を担いで部屋へと連れて行った。

 

「きょ、今日はクリスマスじゃないし出来れば首輪は外して欲――」

 

 ――3秒にも満たない短い時間で首輪を腕のサイズに調整して付け替えられた。

 

「これで良いな」

 

 衣装はサンタのままだが、帽子と袋を外して床に置くと壁際で俺の正面に立った。逆壁ドンの様な状況だ。

 

「さあ、交わるぞ。クリスマスをふしだらな行為で過ごす盛った恋人共の様に、バレンタインを汚してやる」

「ちょ、サンタさん? ちょっとテンションがおかしくないですか!?」

 

「サンタと呼ぶな」

 

 冷たい指が俺の唇に触れる。

 

「今日はオフだと言ったのは貴様だ。私達は今からサンタとトナカイとしてではなく、唯の男女として体を重ね合う」

 

 余り表情は動かないが、その瞳の中で溶けたチョコの様な形の偏愛が蠢いている。

 

「他の事など考えるな……んっ」

 

 逃げ場の無い俺の頬をアルトリアの舌が伝った。先まで口の中を蹂躙していたそれが、もうこれは私の物だと主張しているかの様だ。

 

「はぁ……ん、嫌がらない辺り、貴様もそこまで嫌では無いのだろう?」

 

「い、嫌がったら、逃してくれるのか?」

 

「嬉しいぞ……私の気持ちが伝わっている様だな」

 

 絶対に逃さない。

 

 それは目を閉じていても、恐ろしい程に間違いなく伝わってくる彼女の気持ちだった。

 

「――そこまでだ!」

 

 だが、いつも通り俺と彼女の情事は始まる事なく邪魔が入る。

 

 しかし、ドアから侵入せずに彼女はアルトリア・サンタの押し入れから現れた。

 

「貴様は…………なんだ、貴様か」

 

 数秒ほど俺とアルトリアの視線はそちらに向いたが、その正体が分かったアルトリアは直ぐ様視線を俺へと戻した。

 

「マスター、あれは捨て置け。続きをするぞ」

 

「なっ!? そこまでだと言っているだろう!」

 

「黙れ、駄肉が付いた忌々しい私。サンタでも無いのに他人の家に入ってくるとは、唯のストーカーだぞ?」

「ち、違う! これには深い訳が!」

 

 俺達の前に現れたランサーのサーヴァント、アルトリア・オルタは涙目な上に赤面を晒しながら事情を説明し始めた。

 

 まず、俺に渡すチョコの出来が悪かった。

 次に悩みに悩んだ末に自分に近い存在で贈り物に詳しそうなサンタの部屋を訪れたが、誰もいなかった。

 最後に、俺の声が聞こえてきたので慌てて押入れに隠れて現在に至る。

 

 と言う説明の間に、俺の首はサンタ・オルタの唾液で覆われたと言っていい程に舐め尽くされていた。

 

「んぁ……残念だがサンタは休業中だ。何より、私であるとはいえ他の女にマスターに渡すチョコを渡す筈が無いだろ……はぁむ」

 

「い、何時までマスターにじゃれついている! 離れろ!」

 

 ランサーは俺とサンタを引き剥がす為に槍撃を放ち、サンタはそれを後ろに跳んで回避した。

 

「……貴様」

「マスターは私が貰う!」

 

「ふぅん、満足にチョコも渡せない輩が吠えるな」

 

 ……俺が説得した事は黙っておこう。

 

「なっ、っく……良いだろう。ならば私も覚悟を見せよう!」

 

 そう言って自分の腕をサンタよりも大きく豊かな胸の中へと伸ばした。

 

「……これだ」

 

 取り出した箱を俺へと渡す。

 

「これでいいだろう! さあ、マス――」

「――私のチョコはちゃんと完食してくれたぞ? なあ、マスター?」

 

 サンタの挑発的な言葉にランサーは表情に嫉妬を滲ませる。

 

「………く、良いだろう。マスター、この場で食べなさい」

 

「……分かった」

 

 若干サンタの鋭い視線を感じながらも、距離的にはランサーの槍の方が先に俺を刺しそうなので、素直に箱を開けた。

 

「これは……」

 

 入っていたのはホワイトチョコ。彼女の宝具、ロンゴミ二アドを象った長いチョコだがそれは真ん中でぱっきりと壊れていた。

 

「……」

「それがマスターにお渡し出来なかった理由です。く、まさかこんな辱めを――」

 

 何も迷う事なくそのチョコを口に入れた。大きいが、食べ切れない程ではない。

 

「ま、マスター?」

「……」

 

 少々汚いかもしれないが、無言で食べ続けた。

 

「ふぅー……これで良いか?」

「マスター……!」

 

 ランサーからもチョコを受け取る事に成功。さて、後は感激極まっている彼女とその後ろで吹雪の様な不機嫌を視線に乗せて送り続けているサンタから逃げ切るだけだ。

 

「マスター!」

 

 が、嬉しさの余りランサーは壁際にいた俺に覆い被さるかの様に迫った。

 先程のサンタと同じ構図だが、敢えて違いを上げるとすれば彼女の胸と接触している事だろうか。

 

 なお、当然の如くサンタの方は聖剣を取り出して今にも斬りかかりそうだ。

 

「ああ、マスター! 私の気持ち、例え歪な形であろうと受け取るというその姿勢、感謝の言葉しか浮かびません!」

 

「う、うん……でも、そろそろ後ろが怖いから止めてくれると――」

「――いいや、止める必要などないぞマスター。存分に続けるがいい」

 

 そう言ったサンタのアルトリアは、聖剣を地面に突き立てた。

 

「どちらも、結局は同じ私だ。貴様がどちらを選ぼうと、結局は私を選ぶも同じ事」

 

 しかし、聖剣の刺さった先からヒビは広がり続けている。

 

「だが、公平にする為にもその邪魔な肉を切り落とすとしよう」

「ふん、なら私がその聖剣を砕いてやろう。なに、それが無くなれば私と同じ様に成長するだろう」

 

 立場が逆転したかの様に、ランサーのアルトリアは見せ付けるように態と胸を揺らした。

 

「――殺す」

「我ながら、化けの皮は長くは持たない様だな」

 

 悪な英霊同士、というかヤンデレ同士ならば例え同一人物だとしても争い合うのが定めなのは増える清姫とかで良く理解出来ている。

 

 まあいい。このままドサクサに紛れてサンタの部屋から脱出すれば別のサーヴァントと接触できる。

 

「マスター、失礼します」

 

 そんな見え透いた考えは無意味だと言わんばかりに、ランサーのアルトリアは地面に転がっていた俺に付いていた腕輪に剣を振り下ろした。

 

 聖剣でも無い唯の剣だが若干斜めの角度で床に刺さったそれは、俺を釘付けにした。

 

「その場から動かない様に。巻き込みかねませんので」

 

「いや、普通に部屋から退散させろよ!」

 

 俺の文句を無視してランサーとサンタは同時に駆け出した。

 

「っくそ!」

 

 鳴り始めた金属音の回数が彼女達の戦いを伝えているが、そんな物に耳を貸す事なくどうにかして脱出をしようと試みる。

 

「ふんっ!! ぬ、抜けないぃ……!!」

 

 引っ張ってみるも剣身の半分以上が地面の下なので並大抵の力では抜けない。

 その間にも魔力が高まっているのか、段々と戦闘の余波は大きくなっている。

 

「――サンタの格好なんて、少女である貴様にはまだ早かったな! 大人しくその座を私に譲っておけ!」

「抜かせ! そんな脂肪の多いサンタクロースがいてたまるか! 子供の求めるサンタさんを一番上手く演じられるのは若い私に決まっている!」

 

「――馬も持たずにライダーを名乗るなど、笑止!」

「貴様とは違ってトナカイ、マスターを乗りこなせるので問題無い!

 そんな胸でマスターを誘惑する辺り、騎士として恥ずかしくないのか?」

 

「無い物強請りも、みっともないぞ!」

 

 自分同士のブーメランの投げ合いもヒートアップしている。

 瞬間強化を発動させて剣を持つ手に力を込めた。

 

「ぐぐぐ……!!」

 

 左右に動かしながら引っ張ると、少しずつだが抜けてきた。

 

「もう少し……!!」

 

「マスターが大好きなのは私だ!」

「マスターを愛しているのは私だ!」

 

「独占!」

「監禁!」

 

「奉仕!」

「調教!」

 

「「女の様に泣かせる!!」」

 

 俺にとって最悪の掛け声で打ち合いが続く。血の気は引いたが、不思議なくらい力は入った。

 

「ぅぉぉぉおおおお!! 

 よし、抜けたぁっ!」

 

 喜び、思わずそう叫んだ。

 

「よし、後は逃げるだ……け……?」

 

 逃走先である出入り口を見た。

 そこで俺は言葉を失った。

 

 

 

「す、すいませんマスター!

 折角のバレンタインなのに、少々遅れてしまいました!」

 

 慌てた様子でペコリと頭を下げた彼女。

 しかし、そんな幼い見た目相応の行動も血の滴る黄金の剣を持っていれば恐怖心を煽るだけだ。

 

 視界の端では先程まで引っ張っていたランサーの剣が光の粒子となって消えていた。

 

「……?

 あ、す、すいません! 大変お見苦しい光景でしたので、始末しておきました!」

 

 黄金の剣を掴んだばかりの少女、未来のアーサー王であるセイバー・リリィは黒色の未来を葬ったのだった。

 

「……」

 

 唖然とした。

 力量の差とか2人への奇襲成功の有無とかそんな事はどうでもいい。

 

 危険だ。

 今までも何度かヤンデレ同士の殺し合いはあったが、リリィの躊躇の無さは危険だ。

 

 無邪気で幼気なサーヴァントは他にもいるし、残酷な行為を行う者もいるが俺は改めて目の前の白い花弁に潜む脅威を再確認した。

 

「マスター……? あ、今その腕輪を外しますね。

 ……えい!」

 

 あっさりと腕輪を断ち切ると、リリィは一息ついてから聖剣を消して俺に抱き着いた。

 

「マスター! お元気な様で何よりです!」

「う……うん、り、リリィもね……」

「はい、マスターに会えて私も嬉しいです!」

 

 今までヤンデレ・シャトーに出てこなかったのでその反動かもしれないと考えるがそんな推測が畏怖を和らげる事はなく、脳から今すぐ退けと警告が鳴っている。

 

「っ、っ!」

「よろしければ、マスターに頭を撫でて欲しいです!

 ……駄目、ですか?」

 

 反射的な動きか唯の偶然かは分からないが、逃走の予備動作として後ろに下げようとした腕を掴まれ、上目遣いで頭を撫でる様に頼まれた。

 

 余り気乗りはしないが身の危険を感じる俺は大人しく彼女の頭を撫でた。

 

「……すき……ぃ…………ぃあわせです……」

 

 小さなスキンシップで嬉しそうに呟くが、緊張は抜けない。

 それでも自分から会話を切り出してこのピンチを切り抜ける事にした。

 

「り、リリィ……今日はそのバレン、タインなんだけど……」

 

「……そ、そうですね!」

 

 先程までずっと嬉しそうだったリリィの声に焦りの色が混じった。

 

「出来れば、リリィから貰いたいなー、なんて……思ったりしなくもないんだけど」

 

 命の危機に回りくどい言い方になってしまった。

 

「う……マスターのサーヴァントである以上、渡す事に何か不満がある訳では無いのですが…………これは少々、困りました……

 まさかマスターが、こんなに私のチョコレートを楽しみにしていたなんて……!」

 

 何やら勝手に話を膨らませている様だが、こっちとしては早く受け取っておさらばしたい気分だ。

 

「うぅ……自分の未熟さが恨めしい……こんなにマスターがご期待してくれているにも関わらず、こんな物しかご用意できないなんて……」

 

 そう言いながら彼女は何処からか小さな箱を取り出し、それを見た。

 

「チョコレート…………なんですけど」

「大丈夫、別に不味くても……あれ?」

 

 中身を取り出してそこで俺は気付いた。 

 見覚えのある、羊型のお菓子。

 

「……これ、リリィの?」

「……いえ……実はそれ、ここに来る前にメディアさんから貰った物なんです」

 

 その言葉に心臓がドキっと跳ねた。

 

「メディアは……元気だった?」

「はい、私に「モデルをして欲しい」と少々酔っ払っていた様ですが、座に戻してあげたので恐らく今頃は元気です!」

 

 予想通り、彼女は一切の罪悪感も感じさせない笑顔でそう答えた。

 

「あ、これはメディアさんのお師匠さんからです! マスターを豚さんにする等と言っていてとても怪しかったので念の為に切り伏せておきました!」

 

 自分のチョコの話題から話を逸らすためか、それとももっと褒められると思ってか嬉しそうに話し続ける。

 

「――旅の合間に見せる凛々しいお姿が私にとってはもっともマスターが輝く時であって、豚さんになってしまうなんて言語道断……あ、いえ! 豚さんになってもマスターはかっこいいとは思いますけど――」

 

「リリィ」

 

「――もしかしたら……豚さんの方も愛らしくて素敵な可能性が……」

 

「リリィ!」

 

「は、はい!? な、なんでしょうかマスター!?」

 

 妄想の世界から出てこれたようだ。

 さっさとチョコレートを貰って俺もこの悪夢から抜け出そう。

 

「リリィのチョコレートが欲しい」

 

「…………そ、そんな風に面と向かって言われると、恥ずかしいですよマスター」

 

 赤く染めた頬を隠し、目を閉じながらもリリィは笑った。

 

「ずるいですよ……今日のマスターさん、ずっと私をドキドキさせてます」

 

 観念したのか彼女は漸く自分のチョコレートを出した。

 

「……今度は私の番ですね……」

 

 今何か呟いた。

 嫌な予感がするし、気になったが俺は兎に角受け取ってしまおうと腕を伸ばす。

 

 空振った。

 

「今回、私達サーヴァントはバレンタインデーにも関わらず、簡単にチョコを渡さない……ですよね?」

 

「っ!?」

 

 アヴェンジャーの語った今回の悪夢の内容が、リリィの口から漏れた。

 

「だから、説得して渡す様にマスターがお願いするんですよね?」

「り、リリィ……?」

 

「えへへ、ドキッとしましたか?

 ……マスターにこのチョコレートを渡す前に、私のお願い、聞いて下さいますか?」

 

 セイバー・リリィは手に持っていたチョコの箱をそっと床に置いた。

 

「折角のバレンタインデーですから、恋人として私と一緒に過ごしませんか?」

 

 俺は恐怖で返答が、出来なかった。

 

 

 

 

 

「黒い私がお好きなら、喜んで穢れますよマスター?」

 

 選定の剣が僅かに曇ったような気がしたが、チョコレートが剣身に反射しただけだと思いたい。




空の境界コラボイベント? 原作見ていないのに書いてしまった式が感想では高評価だったりしてなんだか申し訳ない気持ちで一杯です。色々落ち着いたら見ていこうと思います。

て言うか式が居なかったらヤンデレ・シャトーの評価がいまいちだった可能性があるので自分はもう少し誠意をみせるべきなのでは……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二ヤンデレ家庭未来図

今回はあまり遅くならなくてホッとしてます、スラッシュです。
待望(?)のヤンデレ家庭未来図、第二弾です。

感想を書いて下さった皆さん、返信が遅れて申し訳ありません。感想には欠かさずに目を通していますので、良ければこれからも感想や質問、何でも書いて下さい。返信はこの後すぐに書いていきます。



「…………」

 

 現在、俺はカルデアのマイルームで椅子に座り腕を組みながら、指を動かして気を紛らわせていた。

 

 1人でいる筈のマイルーム内に流れる謎の緊張感は、アヴェンジャーから告げられた「今日は平和だ」の一言が原因だ。

 

 最近は一切聞かなかったその言葉には決してそのままの意味は込められていない。

 

「っく……まさか、アレの再来か?」

 

 以前、一度俺の身に起こったあの惨劇。小さな我が娘とカルデア中を駆け回ったあの事件。

 

「ヤンデレ家庭未来図……」

 

 娘を全サーヴァントに見せる事が悪夢からの脱出の条件で、娘は近くにいる女性サーヴァントの影響を受けその姿と在り方を変える。

 

 近くに女性サーヴァントが複数いれば二股だの三股、認知してない子供だとか酷い状態が再現される。

 

「…………」

『ピンポンパンポーン』

 

 唐突に鳴り響くアナウンス。間違いなく、悪夢の始まりの合図だ。

 

『迷子のお知らせです。マスターは至急、迷子保護センター、ダ・ヴィンチちゃんの素敵なショップにお越し下さい』

「……行くか」

 

 覚悟を決めた俺は、立ち上がった。

 どうせ行かなくてもダ・ヴィンチちゃんがこっちに来るだけだろうし。

 

 

 

「やあやあ、切大君。よく来てくれた。久しぶりに世紀の天才、ダ・ヴィンチちゃんの登場だよ!」

「お母さん、恥ずかしいからその話し方はやめてよ」

 

 相変わらずモナリザみたいな顔をしている天才美女の横には、メガネをクイっと上に上げながら母親に小言を言う娘の姿があった。

 見た感じ、15歳と言った所だろうか。背は俺の肩位の高さにまでなっている。

 

「見てくれ切大君! 私達の娘がこんなにも大きく立派になって……!」

「お母さん、お父さんと結婚する可能性低いんでしょう? 泣くのはどうかと思うんだけど……」

 

 どうやら、年頃の少女らしく成長した様で母親の上げ下げの激しい豊かな感情表現を鬱陶しく思っている様だ。

 

「何を言う! 例え育てた記憶が無くとも我が娘の体を見ればその成長過程など容易に想像出来る! うむ、実に素晴らしい黄金比を保って成長してくれた!」

「記憶が無いのに、天才的な観察眼と変態的なセクハラは健在なのね……」

 

「それじゃあ娘とのスキンシップはそこそこに……一緒に来てくれる?」

 

 俺は娘にそう言うと、娘は少し目を見開くと愉快そうに笑った。

 

「あははは、お父さん、かしこまり過ぎ! 私がお父さんのお願い、断る訳が無いのに!」

 

 そう言って慣れた手付きで娘に手を握られた。

 

「それじゃあ、行ってくるねお母さん! あんまり期待しないけど、お父さんと結婚したら宜しくね!」

 

 そう言った娘は恥ずかしいのか、俺の背中を押しながら工房を出ていった。

 

「……娘、か……」

 

 

 

「お父さん、今日はどんなお母さん達に会えるかな?」

「出来れば母親を複数形で呼ばないで欲しいんだけどなぁ……」

 

 娘と手を繋いで歩く。いつの間にやら黒髪に戻っている。

 

「そもそも、君のお母さんは誰なんだ?」

「だーめ。若いお父さんには内緒だってお母さんと約束したの」

 

 人差し指を口の前に立てる娘を見て一体誰なんだろうかと思っていると、ぽんっと効果音が鳴って娘の姿が変わった。

 

 ピンク色の髪にピョコンと狐耳が立っており、首辺りまで髪を伸ばしている。

 何故か水着だ。縁の青い白色のビキニに草履っぽいデザインのサンダルを履いている。

 

「とーさん若いー……あ、この若い魂の感じ、かーさんの言う通り私の好みだ」

 

 そんな事を呟くと何故かそっと抱き着いてきた。

 

「――ちょ、ちょっとマスター!? 何ですかコレー!?

 曲がり角を曲がったら運命の人とぶつかる展開だと思ったら、曲がり切った先にマスターに見知らぬ女性が抱き着いてるんですけどー!?」

 

 そこに現れたのはやはりと言うか、今の娘にそっくりな水着タマモだった。

 俺に抱きついた娘を見て「しかも水着で狐耳、私を丸パクリじゃないですかぁ!?」と1人盛り上がっている。

 

「あ、かーさん……じゃなかった、お母様」

「はぇ!? な、何ですか貴女!? 私、貴女を産んだ覚えなんてないんですけど!?」

 

 娘はタマモの手を取ると少々テンションを下げ、落ち着いた感じ話しかけていた。

 

「これには深い訳がありまして――」

 

 普通に良妻している時のタマモの様な礼儀正しい口調で話し始めた娘。最初は戸惑うばかりだったタマモだが、最後まで聞くと漸く納得した。

 

「娘! 娘ですか! 私と! マスターの! 愛の結晶ですねぇ!」

「お母様、い〜た~い〜で〜す〜!」

 

 激しいハグを娘にお見舞いするタマモ。娘もどうやら言葉とは裏腹に喜んでいるようだ。

 

「お父様!」

 

 ハグから開放された娘は何故か俺に抱きついた。

 

「うふふふ、遂に私の勝ちなんですね! まあ、最初から良妻、ヤンデレ、狐耳、巫女の最強サーヴァントタマモちゃんがヤンデレ・シャトーの勝者だなんて、決まっていた様な物なんですけどね!

 さぁマスター!

 そうと決まれば早速甘々新婚生活に――アレ?

 …………マスター? 娘!?」

 

 

 

 タマモが1人で勝手に優越感に溺れている内に、お決まりの如く俺は拐われていた。

 

「キャス狐が娘娘と騒いでいたので気になっていたが、なるほど。未来から来た奏者の娘であったか!」

 

 誘拐犯は赤いドレスに身を包み、あまり大事な部分を隠していないセイバーのサーヴァント、ネロだった。

 

「母上!」

「おー! 我が愛娘よ! うむうむ、余ににて結構な美少女でないか! うかうかしていると、世界一の美貌の称号をその内奪われかねんな!」

 

「母上も薔薇の如く美しいです。お姿は変わりありませんが、未来と比べると何処か咲いたばかりの生命力に溢れる色鮮やかな花弁を思い起こさせます」

 

 娘は母親と同じ金髪で、学生服の様なブレザーは真っ赤な生地と金色のリボンの飾りで派手な物になっている。

 

 そんな2人はとても女と女、母親と娘とは思えない程近い距離と方向でイチャイチャしている。何らかの拍子でキスしてしまいしそうだ。

 

『勿論、奏者(父上)もかっこいいし大好きだぞ(です)!!』

 

「お、おう……」

 

 母娘同じタイミングで俺にフォローを入れてくれた。きっと未来の俺もこんな感じでいつも置いて行かれているに違いない。

 

「所で娘よ! 余と奏者は未来だとどんな感じだ!」

 

「父上はいつも頑張ってます! 仕事から帰ると偶に泣きじゃくっている母上を励ましてくれて、その日は2人で部屋に入ってました!」

 

 どういう状況だそれ?

 

「……余は、泣いておったのか?」

「最近は全然ですけど、私が6歳位までは留守番が怖くて、定時よりも10分位遅く帰ってきた日には何時も帰ってきた父上に泣き着いていましたよ!」

 

 

『ただいま――』

『――そ、そうしゃ……そうしゃぁぁぁ……!』

 

『ど、どうした!?』

 

『う、うぅ……今日は結婚記念日なのに……何故、10分も遅く帰ってきたのだぁ……? 浮気か? 愛人か!?』

 

『いや、ちょっと最後の方にミスがあったから――』

『――違う! そなたの間違いは余と愛娘に寂しい思いをさせた事だ!』

 

『そ、そうか……』

『うう……せめて、もう一人位居たら……寂しくないかも――』

 

 

(……なんかありそうで怖い)

 

 そんな自分の中に浮かんだ妄想を掻き消した。

 

「しかし、こんな可愛らしい愛娘が生まれた未来なら余は喜んで受け入れよう! ならば今すぐ奏者と式を上げるべきだな!」

 

「……母上のドレス姿……! ええ、すぐに上げましょう!」

 

 何故か娘も乗り気だが俺としては断りたい。

 誰でも良いから、この防音ドアを突き破ってやって来てはくれないだろうか。

 

『――オラァ!!』

 

「っ!?」

 

 うん、来てしまったな。

 

「失礼しま~す(はぁと)」

 

 パラソルでドアをぶち壊すというダイナミックエントリーを決めた人物は笑っていない事だけが伝わる笑顔でピクリと狐耳を動かしながらネロを睨んだ。

 

「むぅ……お主は、キャス狐か! 随分派手な登場では――っく!?」

 

 ネロのセリフを遮る様に放たれた御札を、間一髪で躱した。

 

「っち、外しましたか」

「むぅ……今のは何だ? 余の頭痛が一瞬だけ酷くなったのだが……」

 

 いつの間にか娘はどのサーヴァントの者でも無い事を示すかの様に黒髪に戻っている。

 

「子孫破滅の呪い……つまりは、女性としての最大の不幸を齎す呪符です。

 これが体に付けばマスターとの間に子を宿す事が出来ないと言えば……頭がお花畑のネロちゃまでも、理解できますよね?」

 

「ぬぅ……そんな恐ろしい呪いを……! なんて陰険な!」

 

 確かに、人徳的にも問題になる呪いだ。そんなモノ、いくらヤンデレでもタマモが使う筈が無い。

 

「あっははは! 

 何と言われようと関係ございません。

 ご主人様が旦那様になる以上、遠慮も容赦も無用です。

 第一、反英霊である私が真っ向勝負でマスターを頂こうとしたのが間違いだったんです! 輝かしい未来の為に、タマモは一切の迷いなくダークサイドに堕ちます!」

 

 そう言ってタマモは呪符を両手一杯に取り出すとそれをネロに向けて構えた。

 

「さぁ、お覚悟を!」

 

「お父さん、こっち!」

 

 俺は娘に引っ張られ部屋を脱出した。

 

 

 

「……ネロ、大丈夫なのか……?」

「ううん……分かんない。私のせいだと思うとちょっと心苦しいけど、こうするしかなかった」

 

 娘は顔を俯かせる。だが、今更あちらに戻る訳にもいかない。

 

「まあ、もしもの場合はキャスター総出でなんとかするさ。此処には古今東西、色んなサーヴァントがいるからな」

「……うん、ありがとうお父さん」

 

 礼を言った娘は再びその姿を変えた。

 髪は黒いが服はゴスロリ、髪留めやリボンが多数施されている。

 

「マスターさん、みーつけた!」

「っげ!」

 

 その母親らしきサーヴァントを見つけ、俺の心に鋭い痛みが突き刺さった。

 

 可愛らしいファンシーな衣装に身を包んだ黒一色のゴスロリで幼女なサーヴァント、ナーサリー・ライムだ。

 

「う……また幼女と娘が出来てる未来か……」

「あら、可愛らしいお洋服ね? 貴方はだーれ?」

 

「ママ! 私はママの娘だよ?」

「え、私の子供……?

 わーあ! 本当なのね! マスターと私の物語! 貴方から伝わるわ!」

「っ!?」

 

 そういえばナーサリー・ライムは絵本の英霊だ。その娘が普通の工程で生まれる訳が無い。

 

(よっし、セーフ! 今回は幼女に手を出してない!)

 

「うん! ママとパパのラブラブ日記! それが私なの! だから私は、パパもママも大好き!」

 

 ゴスロリ姿の中学生が小学生位の少女を抱え上げている。

 て言うか、日記なのか……

 

「……うーん、だけど貴方、読めなくなってるわ」

「未来の事を知るのは駄目だよママ!」

「そうね! ネタバレは厳禁ね!」

 

 娘とその母親の仲が良いのは結構だが、俺としては複雑である。

 なんせ、どれだけ求められても俺はそれを否定するしかないからだ。

 

「だったら早くマスターと紡ぎましょう! サラマンダーが火傷するほどに熱い、ラブラブなストーリーを!」

 

「え、いや、ちょっと……!?」

「私も行きます!」

 

 唐突にナーサリーに腕を掴まれた俺は何処かへと引っ張られていき、そんな俺達2人の後を娘が笑いながら着いてくる。

 

 カルデアの廊下をバタバタと走っていく。

 行き着いた先をマスターとしての記憶が知っていた。

 

「図書室……」

「やっぱり此処よね! 多分アンゼルセンもシェイクスピアのおじ様も今は居ないわ!

 さあ、入りましょう!」

 

 扉を開いたナーサリーと共にそこに入った。何度かゲーム内の背景で見た事のある古い雰囲気の漂う図書館には、先客がいた。

 

 

 

「あらあら、先輩じゃないですかぁ?

 幼女と一緒の様ですけど、事案ですか?

 美少女警官BBちゃんが悪い先輩をた・い・ほ、しちゃいますよ?」

 

 

 

 

 

 やばい、すっごく面倒臭い。

 

「――って、何ですかそのあからさまに嫌そうな顔は!? いくら何でも失礼ですよ!」

 

 頬を膨らませプンプン怒るBBだが、そんな事は一切気にせずにナーサリーは俺を引っ張って机に座った。

 

「駄目よマスター! こんな頭の可哀想な人は無視してあげなくちゃ。それにこれからは私達の子供を作るんだもの! 集中しなくちゃ!」

 

「ちょーっと聞き逃せませんね? マスターと子作り? 子供サーヴァントの分際でなーにマセちゃってるんですかぁ?」

 

「あらあら、敗者さんは随分惨めね。じゃあ先に紹介してあげる! 私達の娘を!」

「はじめまして! アリスママとパパの娘です!」

 

 ナーサリーはイタズラな笑みを浮かべて娘をBBに紹介する。

 

「っ――!? …………ふぅ」

 

 それを見て驚いたBBだが、3秒程娘を見続けると安堵の溜め息を吐いた。

 

「なるほど、大体の事情は把握しました。それなら……先輩!」

 

 唐突にBBが椅子に座る俺の前でしゃがんで両手を掴んだ。

 

「わたし……先輩の隣じゃないと……」

 

 泣き落としか。前回は引っ掛かったが誰が今更後輩系黒幕の涙なんぞ信じるか。

 

「……世界をぶっ壊しちゃいますよ?」

 

 ぽん。

 

 俺の後方からそんな音が聞こえ、がバッと後ろから抱き付かれた。

 

「おっ、とう、さーん!」

 

 テンション高めの娘に抱き付かれた。

 て言うか髪の色から服装まで全てBBだ。身長だけは僅かに低いけど。

 

「遅いですよお母様! でもご苦労様!

 さあさあ若いお父さん、私と楽しくイチャイチャラブラブしちゃいましょう!」

 

「ちょ、ちょっと!? 何ですかこの娘! 何で私に挨拶も断りもせずに先輩に抱き着いているんですか!?」

 

(胸が……当たってるんですけど……!)

 

 立ち上がったBBの乳袋が顔を挟み、背中では同じ位の弾力のモノが当たっている。

 

「お母様のデータから作られたBB2ndと呼んでも過言でない私がお父さんの事を好きにならない筈がないじゃないですか?

 お父さん、親子丼ですよ? 合法ですよ?  お得ですよ?」

 

「何が合法ですか! 良いから先輩から離れて下さ――」

 

「――凍てつきなさい!」

 

 唐突に放たれる氷。BBはヒョイっと動いて距離をとる。

 

 氷を放ったナーサリーは走ってBB2ndに抱きついた。その瞬間、娘は黒一色のゴスロリ衣装に戻った。

 

「この娘は私とマスターの娘よ! 貴女なんかには絶対に渡さないわ!」

「この……! 絵本程度が人間の妻になろうだなんて、烏滸がましいですね!」

 

「だったらAIである貴女がプリンセスだなんて、とんだお笑い草ね!」

 

「あはっ!」

「無駄です!」

 

 放たれ迫る氷を指揮棒の光線が砕いた。だがBBの目の前に居るのは俺と娘だけだ。

 

「……え!?」

 

「えい!」

「っきゃあ!」

 

 どんな手品か、後ろを取ったナーサリーはBBの背中に火柱を放った。

 

「木を隠すなら森の中、本を隠すなら図書館の中よ!」

「っく……本の姿になって隠れましたか……! 本来、BBちゃんはこう言う戦闘は嫌いですが…………先輩! 指示を下さい!」

 

 図書館の中に、沈黙が流れた。

 

「って、先輩がいつも通り逃げてるじゃないですか!」

「貴女を倒したら追いかける! 貴女はシンデレラの意地悪な姉みたいに、足をちょん切ってあげるわ!」

 

「あぁん、先輩のバカー!

 捕まえたら絶対押し倒して犯し尽くしてパパにしてあげますからね!!」

 

 




恐らく、これが今年最後の投稿です。次回の投稿は今話の続きか正月ネタを予定しております。

どうか良いお年を! メリーグランドオーダー!(流行れ)



※感想欄に登場サーヴァントの希望等を書くと運営対応コメントとして削除される恐れが御座いますので、リクエスト等はお控え頂けると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二ヤンデレ家庭未来図 ニ

年も開けてもう一週間! ……あれ、まだでしたか?

 ニューイヤーガチャで限定星5を2体引き当てた自分は上機嫌です。何を引いたか第二家庭未来図で登場させますのでお楽しみに。
 でも二部のキャラが手に入るか不安なレベルの幸運です。出来れば、この幸運が一年間続きます様に……


 

 戦闘を始めたナーサリー・ライムとBBから逃げ出した俺と娘はそれなりに離れた場所で息を整えていた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ふぅ……はぁ……け、結構走ったね……」

 

「ああ、そうだな……」

 

 以前は10歳程度だったので担ぎながら走っていたが、流石に此処まで大きいと礼装で強化してもサーヴァントに追いつかれそうだ。

 

「……お父さん……なんか失礼な事を考えてない?」

「考えてない」

 

「そう言い切られると逆に怪し――」

 

 こちらを睨んでいた娘はまたしても姿を変えた。

 

 桜色の髪に、中学生らしくセーター服を着ており、その首には黒いマフラーが巻かれている。

 

「……お父さん、お母さん以外との女性と接触は控えて欲しいです。娘として、大変心配です」

「うぉ……なんか真面目……」

 

 見た感じの印象は沖田総司で間違いなさそうだ。

 しかし、母親のコハエース的なぐだぐだな雰囲気は感じられない。真面目そうな娘だ。

 

「ちゃんと聞いてますか? 他の娘は知りませんけど、私は現れたり消えたりは嫌です! 今のお父さんにもしっかりとお母さんと結婚して将来的には私を産んで欲しいです!」

 

 今までの娘達とは異なり、俺と自分の母親の結婚にかなり積極的だ。

 

「そう言われてもだな……そもそも召喚したのだって最近だし……」

「私が生まれた未来がある以上不可能ではない筈です!」

 

 余程家族仲が良いのだろう? サーヴァント並に奇人変人な娘が多いので何とも言えない。

 

「おや……マスターじゃないですか!

 む、そちらの方は何方ですか?

 もし恋人等と世迷い言を言うようでしたら切り捨てますけど?」

 

 現れた途端に娘に刀を向けたのは桜セイバーこと沖田総司だった。

 

「……あれ? よく見たら何処か私に似ていますね?」

 

 刀は一切ブラさずにたった今気が付いた疑問を口にする。

 

「お母さん、私は貴女の娘です!」

「……へ?」

 

 少しだけ、刀が動いた気がした。

 

「――っ!」

「――」

 

 瞬間、俺にはとても見切る事の出来ない速度で沖田との間合いを娘は詰め、何処から取り出した竹刀を振った。

 

 奇襲の様な攻撃だったが流石英雄と言うべきか、沖田はそれを受け止めて見せた。

 

「…………」

「…………」

 

 刀と竹刀が交差したまま止まる。お互いに見つめ合っている。

 

「……貴女、私の娘と言いましたね?」

「……」

 

「……」

 

 沈黙の中で刀が竹刀を払い上げ、お互いに僅かに距離を取った。

 

「私の剣筋と、確かに似ています…………マスターも同意してる様ですし、私もそれで納得しましょう」

 

 そう言って沖田は剣を収めた。娘もそれに習って竹刀を下げた。

 

「……所で、マスター」

「……えっと、何?」

 

 唐突に話を振られて俺の返事が遅れたが、沖田は顔を赤く染めて言った。

 

「……い、いつ夜這いをかけて下さったんですか!?」

 

 いきなり詰め寄られ胸ぐらを掴まれた。

 

「違う! してない!」

 

 沖田の頭にチョップを叩き落として落ち着かせた後に俺は事情を説明した。

 

「ぬのぉ!? 沖田っぽいのが増えておるではないか! まさか、“りりぃ”とか言う奴か!? 水着が無かったからお情けで実装させて貰ったのか!?」

 

 その間に、何故かノッブこと織田信長もやって来た。ぐだぐだである。

 

 

「娘と聞いた時は思わず撃ち殺そうと思ったが、なんじゃあくまで可能性の話じゃったか……それにしても、見た目以外は全然似ておらな」

 

「確かに」

 

 信長の言葉に頷く。沖田は真面目な時は真面目なんだが、病弱スキルとコハエースのせいで若干、ギャグキャラに寄っている感がある。

 

「お父さん、お母さんを悪く言わないで下さい!」

「おお! さすが私の娘です!」

 

「確かにお母さんは剣術くらいしか取り柄がないし、料理中や洗濯中に吐血するから家事もせず仕事もせずにお父さんのヒモみたいになってますけど! それでも私の大好きなお母さんなんです!」

 

「っがは!?」

 

「おーい、娘とやら。母親の方が死にかけているじゃが……」

 

 見れば沖田は深い絶望に苛まれ、膝を床に付けている。

 

「いつも、毎日、どんな時にも家にいてくれて、帰れば笑顔で出迎えてくれる優しいお母さんです!」

 

「ぐはっ!?」

 

 トドメを刺した様だ。それが哀れに思えて来たのか、信長は俺を引っ張って静かにその場を去った。

 

 

 

「――さあ、わしとの娘を見せて貰おうかのう!」

 

 まんまと信長の部屋に連れ込まれた俺はそう言われ、特に反応したつもりは無かったが娘の姿が変わった。

 

「……」

 

 黒いセーラー服に赤いマントを羽織った信長の様な姿の女の子。が、母親とは違って髪は短い。

 

「お、おお! 何とも愛らしい! わしの娘じゃ! 文句無しでわしの娘じゃな! ははははは! マスターとの子じゃ!」

 

 感激極まって抱き着こうとしたが娘は少しだけど表情を曇らせるとそれをひょいと避けた。

 

「娘? わしはお前を見れて幸せ者よ!」

 

 またしても避けられた。

 

「……娘?」

 

 そして、俺の肩に隠れた娘はボソッと口にした。

 

「……母上、嫌い」

「な――なななななっ!?」

 

 娘の拒絶の言葉に身内に甘い信長はショックを受けた。

 

「……えっと、なんでお母さんの事が嫌いなの?」

「人目を憚らずに騒ぐし、煩い。あと無駄にお金を使いたがるし、偉そうな態度が嫌い」

 

 今だけ反抗期な事を願おう。織田信長の人格全てを否定され、本人は瀕死だ。

 

「……ふんっ」

 

 そんな母から顔を逸らす。先から母娘で性格の異なっている気がする。

 

「お父さん、良くお母さんと結婚したよね?」

「そこまで言うか……」

 

「だって……煩いんだもん」

「じゃあ、俺達が結婚しない方が良いか?」

 

「……っだ、駄目! お父さんはお母さんとっ!?」

 

 少々意地の悪い質問だったが、予想通りの答えで安心した。

 本気で嫌がっているなら母親と似たような格好をする訳がないし、今までの娘の中には(清姫は例外として)結婚に反対する様な娘はいなかった。

 

(……ヤンデレじゃなかったら、誰と結婚しても幸せな訳だ)

 

「お父さん! 次に行きましょう!」

 

 先まで質問の答えに困っていた娘は元の黒髪に戻っている。なんとなく、信長の娘が慌てて逃げた様に思えた。

 

 

 

「ますたぁ……私は……穀潰しですかぁ? 役立たずなヒモ女なんですかぁ……?」

「うぅ……煩いって……騒がしいって……わしのアイデンティティーの全てを娘に否定されてしまったぁ……」

 

 ゾンビの様に、俺の背中に力無く寄りかかる2人。お互いに哀れんでいるのか悲しみで恋敵と認識できていないのか、取り敢えず争う気配はない。

 

「ご、ごめんね? お父さん……」

 

 黒髪の姿の娘は自分でしでかしてはいないが、間接的に関係があると知っているので両手を合わせて謝っている。

 

「別に良いが、流石に重いんだけど……」

 

「「マスターまで厄介者扱いするんですか(のじゃ)!?」」

 

 酔っ払いの如く面倒だな。適当に振りほどいて寝かせようにもサーヴァントの持つ圧倒的な力で掴んでいるのでそれも難しい。

 

「おや、ますたぁ殿。どうやらお困りの様だなぁ……そらっ!」

 

「がふ!?」

「ぬが!?」

 

 不意に現れ投げられた2本の筆がキレイに2人の顔に直撃し、倒れた。

 

「ふぅぅ……絡み酒はこの手に限る、ってね」

「か、葛飾北斎!?」

 

「おおっと、今は葛飾応為さ。とと様は居ねえし……ん? んんんー……?」

 

 挨拶もそこそこに、葛飾応為を名乗った袖の捲くられた着物のサーヴァントは最近やって来た降臨者、フォーリナーのクラスを持つ特別なサーヴァントだ。

 

 普段は小さなタコ――葛飾北斎本人だと思われる存在と一緒にいる。

 

 そんな彼女の視線は、俺と娘へ交互に向けられていた。

 

「おー……めんこい娘だ。うーん? 何処か見た事ある様な……無い様な?」

「なんでぃなんでぃ! 応為、遂にとと様の顔も忘れちまったかぁ!?」

 

 いつの間にやら娘は応為に似た幼い顔に芸術的な露出が目立つ衣装に変わっていた。

 

「……へ? と、とと様!?」

「流石にこれは……!!」

 

 俺は慌てて事情を説明した。だが、俺自身も驚きだ。

 

「嘘だろ!? ますたぁともしも結婚したらなんて話だけでも驚きなのに、生まれてきた娘がとと様なんて……ありゃ? こうなると、とと様? 娘? なんて呼べば良いんだ?」

 

「な、なんかややこしいし取り敢えず北斎さんで……あの、北斎さん?」

 

 応為よりも背の低い北斎はいつの間にか彼女の後ろに回っていた。

 

「へへへ、こう見えて結構この生活も気に入ってるだよ。画工として、これ以上に楽しい事なんてないから、ね!!」

「ひゃ!? と、とと様!?」

 

 顔を真っ赤に染める応為。後ろに回った北斎に着物を着崩されたその姿は、霊基再臨第二段階に見せた花魁の様な格好になった。

 しかも、北斎はそんな格好の自分の娘を俺に向かって押した。

 

「うぁ!?

 な、何すんだよとと様!?」

 

「何って、決まってんだろぉ? おれを産む為にお前らは夫婦になるのさ!」

「はぁ!?」

 

 先程から応為が代わりにリアクションしてくれているが、俺も当然ながら驚いている。何言ってんだこの人……

 

「おめえも、別にますたぁ殿を抱かれたくない程嫌ってる訳じゃねえんだろ?」

「う……い、いやでも……」

 

「安心しろ。春画、漫画、浮世絵……俺の技術の全てを持って、最高の絵にして残してやる」

「……とと様には“ぷらいばしぃ”なんて言葉は通用しないなぁ」

 

 応為の力を北斎が上回り、壁際に追い詰められた俺の体に応為の体が押し付けられた。

 

「……!」

 

 チラリと、上から見下ろす様に着崩れた着物の谷間が見えた。

 

「……ま、ますたぁ殿……どうやら年貢の納め時みたいでさぁ……」

 

 応為の方は諦めた様に……いや、それを言い訳に迫る気のようだ。密着させた体を少し揺らして、着物の崩れを更に大きくした。

 

「は、恥ずかしいかもしんねぇけど……おれぁ、ますたぁ殿にだったら……」

 

 初心な娘らしく照れ顔を浮かべていた応為だが、俺の視線の先に自分の顔がある事を確かめるとニヤリと笑った。

 

 ギョロリと、花飾りに隠れていた目玉が顕になる。驚き目を見開いた俺に目玉は怪しげに輝いて視線を合わせた。

 

「女らしい所、見せられるかもしんねぇや……」

 

 

 

 

 脳が――溶け、思考が流さ――ナニカ、入ってく――ふんぐ――ふんぐる――――

 

 

 

 

 

 自分と異物の境目に一瞬だけ、何かが煌めいた。

 

 

「――ナイスじゃ、人斬り! くらえ!」

「なっ!?」

 

 担がれた自分。それと同時に俺の中に入り込む怪しい輝きが銃弾によって塞がれた。

 

「っち! 乙女の恋路の邪魔しやがって!」

 

「何処が乙女ですか! その奇妙な蛸の力で、マスターを歪めようだなんて恐ろしい方ですね!」

「うむ、退治してやりたいがそんなシリアスな展開よりも、わしらの得意とする展開に持って行こうか!」

 

「「即ち、撤退!」」

 

「な! ま、待てーー」

「ーーお母さん! 待って下さい!」

 

 沖田の娘へ戻った少女も駆け出すが、隣を素通りされたまま葛飾北斎(・・・・)は落ちそうになる体で踏ん張って意識を取り戻した。

 

「……おっと!

 ……娘から応為の体に逆戻りしちまった様だな。娘とその想い人をくっつけるつもりだったんだがぁ……上手くいかないもんだねぇ」

 

 そう1人でポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

「……ノッブ? 長い付き合いですから見逃してあげましたけど……そろそろ娘を返して頂けませんかね? 私の娘ですよ?」

 

「何を言うかと思えば……ならばマスターを寄越せ。わしの夫じゃぞ!」

 

 依然として、修羅場はまだまだ続く様だ。

 

「埒が明かないのでサクッとやっちゃいましょうか」

「おう、望む所じゃ!」

 

 日本刀と火縄銃を互いに向け合う。娘が慌てて2人の間に入った。

 

「だ、駄目ですよお母さん!」

 

「誰がお母さんか! わしの娘はあの娘だと決まっているのじゃ!」

「止めないで下さい! 私達の未来の為、邪魔者は切り伏せます!」

 

 止めるどころか更にヒートアップした。

 少し離れた所でそろそろ逃げようかと思った矢先、背後から誰かが抱き着いて来た。

 

「マスター!! 茶々に構って構ってぇ! 初登場だけどなんか最初から居た感が出るあたり、茶々ってやっぱりマスターの正妻だよね?」

 

 自分で説明してくれたが、今回初めて悪夢に現れたサーヴァント、バーサーカークラスの茶々だ。

 

(あれ……初めて……? うん、初めてだよな……?)

 

 ちょっといきなり過ぎて混乱しているみたいだ。一度頭の中を――

 

「あー! わ、私の娘が……別の姿に!」

「こ、こやつはまさか……」

 

 沖田と信長の声に振り向けばそこには茶々と同じ長い茶髪、着物の様に黒の布に花柄の入ったエプロン、その下にはピンク色のシャツを着ている様だ。

 足は黒いタイツを着用しており、お子様サイズの茶々と違って俺より少し小さい程度の身長の持ち主だ。

 

「……母上、茶々の娘です」

 

 茶々に、ニッコリと笑ってそういった。

 

「ほえ? 茶々の子? でも、知らない顔じゃし……」

 

「私は父上、マスターとの間に生まれました」

「ま、マスターとの!?」

 

「またロリコン案件かぁ……」

 

 興奮した様子の茶々が俺の袖を引っ張った。

 

「茶々が超絶可愛い最強ヒロインだからな! 是非もないヨネ!」

「はい、母上はとても可愛いですよ」

 

「えへへへ!」

 

 俺の袖を放さない茶々を撫でる娘。その光景は母娘の美しい愛に溢れている様に見えるが、立場は完全に逆だ。

 

「…………ああそうですか。全員消せば、私がお母さんなんですね、分かりました」

「おい人斬り、茶々には手を出させんぞ?」

 

 再び交わる剣先と銃先。

 

「お主を撃ち抜いた後で、茶々の奴を折檻してやるのでな……」

「伯母上ぇー!? な、なんだか分かんないけど、娘の為なら伯母上だって容赦しないムードなのだ!」

 

 各々が得意の獲物を取り出し、交わる最中、またしても筆が飛んできた。今度は全員それをはたき落とした。

 

「ふぅ……とと様に起こされて来てみれば……なんでい、なんでい! おれを差し置いてもうおっ始めようってか! そう言わずに混ぜてくんなぁ!」

 

 画工、葛飾応為も参戦し、当然ながら俺はその隙に娘と共に逃げる事にした。

 

 

 

「良いじゃん良いじゃん! 結構私似っしょ!」

「ママもマジイケてる! そのアクセ、こん時にも付けてんだ!」

 

 JKっぽいサーヴァントとJKっぽい娘に挟まれました。

 

 鈴鹿御前はセイバーのサーヴァント。何故かJKっぽく喋り、どっかで見た事ある狐耳を自分の能力で着けている。

 

「でしょー! 私のお気になんだ!」

 

 娘も娘で似たような格好をしている。わかりやすさ重視とはいえこの冬の季節に学校の夏服はどうかと思うけど。

 

「……なんか、盛り上がってるみたいだし、暫く待とう……」

 

 居たたまれなくなった俺は少し距離を取って休む事にし、その場で出会ってきたサーヴァントの数を数え始めた。

 

「タマモ、ネロ、ナーサリー、BB……」

 

「沖田、信長、応為、茶々、鈴鹿御前……9人」

 

 この流れだと以前のサーヴァントは現れはしないだろうが、それでもまだまだいる。

 

「サンタ組やら水着組、イベント配布は勿論、アメリカ、キャメロット、バビロニア、レムナントのサーヴァントもか…………」

 

 そこまで数えて溜め息を吐いた俺は……

 

 

「……多くね?」

 

 ガチャを回し続けた自業自得ながらも、そんな悪態を呟いた。

 




最後はセリフが作者の本音だったり…………頑張ります。

今回の話は英霊剣豪七番勝負のガチャで何かしら引いていればサーヴァントが増えて良かったんですけどね……個人的にはアサシン・パライソが気になってます。

娘との絡みが多くてヤンデレ要素が少ないかもしれない……次回、出来れば本気で病ませたい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二ヤンデレ家庭未来図 三

お待たせいたしました。最近、なんやかんやゆっくりスマホで書ける時間が取れず、遅れた上に少々短くなってしまいました。(それでもイベントは周回してます)

次は少し多めに書けたら良いなと思っています。


 

 

 日本出身のサーヴァント達に囲まれ、逃げ出した先で鈴鹿御前と出会った俺は……

 

「んー……まあ、こんなもんかなー?」

 

 250本の刀の中に閉じ込められていた。

 

「マスターを守る為の檻……うんうん、いい感じっしょ!」

「これなら誰も近付けないし、パパはママにゾッコンだし! まさに最強の愛の巣だし!」

 

 娘は大喜びな様だが俺はそうも……喜んでいた。

 

「そんじゃ、疲れたし魔力補給っと! マスター、キスしてあげる!」

 

 仕事帰りの夫にキスを強請る妻の様な笑顔を向ける鈴鹿御前。未来の娘の前だと言うのになんの遠慮も躊躇いも無く貪り始めた。

 

「ぁ……んっん……っちゅ、っちゅ……んぁぁ」

「うわぁ……ママ、すっごくエッチなキスしてる……小さいパパも表情は動かないけど赤くなってて……」

 

 隣で堂々と実況するな娘。

 

「……っぷはぁー……! ぃししっ、マスターの魔力頂き!」

 

 若干体から力が抜けていく。しかし、この程度なら問題はない。

 

(どのみち、この宝具から自力脱出は無理だし)

 

 辺りを囲んで静止する刀に目を向ける。

 これら全てが鈴鹿御前の意志で動かせるとなれば、足を切られて逃げ出す事も叶わない。

 

 それ以前に……

 

「うん、うん……好きだよ鈴鹿」

 

 魔眼の力で魅了されてるから抵抗の意思が薄いんだよな……幸運な事に、女神クラスの魅了じゃないから問答無用でデレデレとはいかないのは幸いだ。

 

 嫌われるのが怖い程度の好意だ。脱出には余り支障はない。

 

「……ふふふ、ノッてきた! このまま、出来ちゃった結婚まで駆け抜けても……文句ナシ、みたいな!」

 

 そうこうしている内にマウントポジションを取られた。魅了のせいで本当に抵抗力が落ちている。

 

「ま、待て鈴鹿!」

「あっは! そんな風に名前で呼ばれちゃったら我慢なんて出来ないし!」

 

 顔を近づけ、両手で俺の顔を抑えた鈴鹿御前の瞳に魔力が灯った。

 

「……一時の感情でも良いから私を愛してよ、マスター」

 

 

 

「返せぇぇぇえ!

 私の娘と、夫を返しやがれぇぇぇぇぇえ!!」

 

 魔眼に当てられ、意識が飛んでいた俺は全てを呪う様な怒号と共に目が覚めた。

 

 辺りを確認すれば鈴鹿御前は250本に分裂した刀を操作し、俺と娘を抱えて走るサーヴァント、最近引いたアルターエゴのメルトリリスに向かって放っていた。

 

「凄い気迫ね。だけど、当たらないわよ?」

 

 バレリーナのような動きは俺と娘を抱いていても健在で、既に四方から迫る刀の半数以上を躱している。

 

「っく! なら――!?」

「流石、私の子ね」

 

 誇らしげな笑みを浮かべたメルト。鈴鹿御前の体にはいつの間にかメルトと同じ青紫の髪に変わっていた少女が放った蜜が付着していた。

 

「メルトウィルス、ちゃんと使いこなしているみたいね」

「刀が危ないから止めただけよ。これ位、訳ないわ」

 

「っぐ、う、動かないし……!!」

 

「レベルドレインじゃなくて触れただけで体が停止する麻痺ウィルス。お母様と違って、私はウィルスを使い分けれるの」

 

 恐ろしい娘……! と、俺が戦慄している間に鈴鹿御前の気絶を確認したメルトは、再び俺と娘を抱えて走行を始めた。

 

「ちょ、何処まで連れて行く気だ!?」

「あら、折角スズカから助けてあげたのに随分な物言いね?」

「助けたのはお母様では無くて私なのだけど?」

 

 言い争いながらも目的地に着いた様だ。

 

「って、此処は……」

 

 連れて来られた場所はマイルーム、俺の部屋だ。

 

「これからは私達の愛の巣ね?」

「お母様、気色が悪いです」

 

 先からやたら母親に反抗的な娘だ。て言うか、俺はどう思われているんだろうか。少し観察しようか。

 

「……」

 

 メルトリリスに降ろされた娘は無言で部屋中を見渡した。

 

「……!」

 

 そして、その先にあった俺のベッドを見つけるとそこへ駆け出した。

 

 それを見たメルトリリスは口元を服の袖で隠しながら少し笑っている。

 

 そのままベッドに飛び込んだ娘はゴロゴロと転がって毛布に体を包みながら、枕を抱いて匂いを嗅ぎ始めた。

 

「すぅー……すぅー……すぅー……」

「っく……んふふふ……!」

 

 メルトリリスは堪えるのが難しい位に笑いそうになっている。体を支えるため、そばにあった机に手を置いた。

 

「っ!?」

 

 その音に正気を取り戻した娘は慌てて枕を放り投げると真っ赤な顔で俺達を睨んだ。その顔がメルトリリスに似ているのでとても愛らしい気持ちになった。

 

「ち、違うわよ! べ、べ、別に、お父様大好きファザコン娘なんかじゃないわよ!!」

 

 必死に顔を降って否定する。今にも噛みつきそうな勢いだが、それすらも微笑ましく感じる。

 

「――っ!! お母様のデータを元に作られた私がお父様大好きで何がいけないのよっ!」

 

 

 

 いじけてしまった。

 メルトリリスにそっくりな彼女が、彼女同様細い手足と体を丸めて部屋の隅で体育座りしている。

 

「……大体、15歳でこの体型よ……何が究極の造形美よ……ファザコンだし、自己嫌悪でお母様も嫌いだし……」

 

 どうやら娘なりの苦労がある様だ。

 改めて見た娘は俺が見てきた娘達と比べても小さく、下手したら10歳の頃の娘と同い年だと思われるかもしれない。

 

「うう……BB2ndやリップちゃんが羨ましいぃ……」

「ブフゥー!!」

 

 娘の言葉に俺が吹き出した。

 今回はまだ起こっていなかったのですっかり忘れていたが、メルトリリスが相手だと他の2人とも関係を持っている様だ。

 

(またか……!)

 

「うふふふ……あらあら面白い事を聞いたわよ、ねぇ? お父様ぁ?」

 

 メルトの足、棘の先端が俺の首元で輝いた。

 

「……なーんて、冗談よ。私が結婚すれば余計なのが付いてくるなんて、簡単に予想できていたわ」

 

 あっさりと先端が遠ざかり、俺は安堵した。

 

「でも、私が正妻なら何も問題無いわ。BBとリップがいても、一番美しい私が一番愛されるなら何にも不満は無いわ」

 

 メルトの服に隠された少女の手が僅かに震えながら俺の両肩を包んだ。感覚の鈍いメルトリリスは首を這う様に腕を動かして、抱き着いた。

 

「さぁ……受け入れて。私の愛を――」

 

 耳元で囁く。命令の様な口調ではあったが、少女の様な甘い声にも聞こえた。

 

「……駄目っ、駄目っ!」

 

 突然、メルトリリスの娘――では無く、ベッドの下から声が聞こえて来た。

 

「マスターは……私と、一緒にいてくれる御方です!」

 

 ヌルリとベッドの下から現れたのは褐色肌の暗殺者、静謐のハサンだった。

 

 その姿を見た瞬間、メルトリリスは俺から離れて戦闘態勢となった。

 

「驚いたわね……いくら感覚が鈍くてもこんなに近くにいるサーヴァントに私が気付かないなんて……マスター、とんだ変態がストーカーをして――っ!」

 

 軽口を叩くメルトリリスの顔が驚きと共に強張った。

 その理由は自分の娘が静謐に抱かれた上で、その姿を彼女と同じ褐色肌に白いワンピースを来た女の子に変えたからだ。

 

「これで……貴女の子供は……もういない」

 

 そう呟きながら愛おしそうに自分と同じ大きさの子供を撫でる。

 

 大人しそうな静謐の娘は、母親とは違い長い髪に水色のリボンを着けている。母親にギュッと抱き着いているその姿は仲の良い双子と見間違えるかもしれない。

 

「…………」

「娘にも触れていられる……マスターのおかげです。ふふっ」

 

 メルトリリスが無言で静謐に迫った。それだけで俺は次の行動が読めた。

 

「消えな――」

「令呪を持って命ずる! メルトリリス! この場から去れ――!」

 

 静かに振り上げられた足より早く、俺の手の甲の光がメルトをこの場から消し去った。

 

「マスター……!」

 

 思わず、静謐を守る形になってしまった。

 言うまでもなく、静謐からは感激され凄く嬉しそうな目で見られている。

 

「お父さん……!」

 

 娘と静謐に同時に抱き着かれた。どうやら内気な娘に成長した様だ。

 

「毒が……」

「うん……お母さんから受け継がれたの」

 

 娘から感じた甘い匂いに静謐は悲んだ。

 

「ううん、大丈夫。私の毒はちゃんとコントロール出来るから」

「……コント、ロール……?」

 

「うん」

 

 そう言って手の平を俺の前に――って、俺で試すな。

 

「媚薬と惚れ薬だよ、お父さん」

「ちょっ、何を……!?」

 

 吸ってしまったら最後、頭がフワフワし始め体は徐々に体温を上げていく。

 

「……お母さんをイッパイしてあげてね?」

 

 母親の幸せを願う良くできた娘だとか、そんな感想が頭の片隅で思い浮かんだがそんなに呑気していられない状況だ。

 

「あ……ぅ、ぁ……」

 

 思考が定まらない……本能が剥き出しになる。

 

「ま、マスター……大丈夫ですか!?」

「お母さん、今のお父さんは落とせるよ。頑張って!」

 

「う、うん……! マスター、まずはキスから……」

 

 迫る唇。今キスされたら絶対に恋に堕ちる自信がある。

 ……だが、手はある。

 

「アトラス院礼装【イシスの雨】!」

 

 すっかり忘れていたが弱体化解除のこれがあれば、どんな状態異常も効かない。 

 だが……

 

「2度目は無い! 逃げる!」

「ぁ……マスター……」

 

 俺の後を追い掛けて来るが静謐の足取りが遅い。ならばこのまま逃げてしまおう。

 

「勝った! 第二未来家庭図完――!?」

 

 ドアの前に立ち壁に取り付けられたボタンでドアを開こうとした瞬間、ドアの下から少しづつ部屋に入ってくる青い液体に思わず足を止めて驚いた。

 

「うわっ、な、なんだとっ!?」

 

 何処からどう見てもメルトウィルスだ。だが、メルトは先程令呪で退場させたばかりの筈だ。

 

 そう思った時、部屋のモニターが付いた。

 

『帰って来て上げたわよ……マスター。

 さあ、早く扉を開けなさい』

 

 怒りの無い声……には聞こえないが、メルトリリスが部屋の外側からモニターを通して声を発しているのは理解できた。

 令呪で特定の場所を指定しなかったから、思ったよりもずっと早くメルトが戻ってきた様だ。

 

『早く、早く開けなさい! ……まさか、私以外の女と肌を重ねてなんていないでしょうね!?』

 

「お父さん!」

「捕まえ、ました……!」

 

 俺が戸惑っている内に、後ろから静謐母娘が抱き付いてきた。2人の手は俺の鼻を抑えるようにおかれ、嫌でも俺はその匂いを嗅いだ。

 

「興奮剤、媚薬、惚れ薬」

「あ、安全面も考えて……薄めておきました」

 

『マスター!? もういいわっ、今すぐ壊してあげる!』

 

 何かを切り裂くような音ともに扉の外側から棘が生えてきた。

 

「邪魔が……」

「お母さん、どうします?」

 

 その間にも一切手を離さないので俺の体は薬によって本能の化け物と化していた。

 

「……漸く開いた! マスター、溶かされる覚悟を――ッキャ!?」

 

 刺激的な格好で部屋に入ってきたメルトリリスに向かって抱き付いたのは本当に仕方がなく、どうにも出来ない事だった。

 

「ちょ、ま、マスター!? いきなりなんてそんな……あ、駄目っ! 剥ぎ取らないで……!」

 

 結局、その場でメルトリリスに襲いかかった事で、メルトの娘が戻ってきたと同時に放たれたウィルスで俺は気を失ったのだった。

 

 

 




次回に続きます。

ジャンヌ・オルタが引けませんでした……
やはり新年で運を使い果たしたか……
すり抜けで三蔵ちゃんは来たけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二ヤンデレ家庭未来図 四

先日、活動報告で小説用のツイッターのリンクを貼りました。フォローして頂けたら幸いです。


 

「……で、マスターが気絶してから娘も寝たままでこの状態なのね」

 

 メルトリリスはベッドで眠るマスターとその隣で寝ている黒髪の娘に目をやる。

 

「はい。マスターが起きれば……恐らく元に戻ると思いますけど……」

 

「全く、とんだ災難だわ! 令呪で追い出されたと思ったらまさか…………っ!」

 

 メルトリリスは先の光景を思い出して顔を赤く染めた。

 

「……獣の様に盛ったマスターに求められ、衣類を剥ぎ取られそうになるなんて……羨ましいです」

 

「人が恥ずかしがっている事を全部言った上に羨望の眼差しまで向けるなんて、失礼だとは思わないのかしら!?」 

 

 静謐はそう指摘されながら、顔を染めてボソボソと喋り出した。

 

「だって……マスターに女として触れてもらえるなんて……」

 

「うっ……ま、まぁ当然よね? この体が至高の美だと言う事は明らかだし、それにマスターが興奮するのは……確定事項よ!

 ……まあ、貴方のそれも中々だけど、余計な脂肪が膨らんでいるようね」

 

 そう言いながらメルトリリスは静謐の胸を見た。

 

(どうしよう……)

 

 さて、そんなガールズトークと言うには少々棘のある会話が目の前で繰り広げられているので、意識を取り戻した俺は立ち上がるタイミングを逃していた。

 

「マスターは好きみたいですけど……」

「はぁ? そんな物があっても邪魔よ邪魔!」

 

 そもそも起きても直ぐに取り押さえられそうだ。

 

「私がマスターを調教するから、例え脂肪が好きでも関係ないわ」

 

 俺が拘束されていない理由はあくまで2人が牽制し合っているからだろうし。

 

「……ツンツン」

 

 不意に、静謐が俺の頬を指で突いた。

 

「……マスターの肌、柔らかい……」

「ねえ、もう起きてるんじゃないかしら?」

 

 メルトリリスにそう言われて俺は内心焦り始めた。

 

「起きてるんですか……? マスター?」

 

「……なら、少々痛くしましょうか?」

「起きる! 起きます!」

 

 メルトリリスの刃が地面を引っ掻く音に慌てて飛び起きた。

 

「漸くお目覚めね?」

「おはようございます、マスター」

 

 

 

 毒々しい2人のモーニングコールで目を覚ました俺は、取り敢えず部屋から出たいと言った。

 

 文句有り気な2人に撒き散らされた毒(媚薬や興奮剤は薬物扱い)やらウィルス(娘のは例外)は大して効果が無いが、流石に空気以外の物を吸い続けるのは気分が悪いと部屋を出る事を提案した。

 

 静謐は若干落ち込んだが、自分の娘が再び現れ慰めている。

 

「それで、何処に逃げ込む気かしら?」

「逃げるつもりはないけど;……」

 

「私はBB側、つまり悪夢の仕組みは理解しているわ。

 大方、娘をサーヴァントに見せて回るつもりでしょうけど、それはリスクが高いわ」

 

 そう言ったメルトリリス。俺の事を案じている様だ。

 

「……勘違いしないで! 私が心配なのは私の娘よ! 分かった?」

 

 静謐から取り上げるように娘を細い腕で持ち上げて、俺に押し付けた。

 その瞬間、自分の娘の姿に変わってか、彼女は小さな笑みを浮かべた。

 

「私との甘い一時を過ごすと決めてしまえばこんな事には――」

「――スネフェル・イオテル・ナイル!」

 

 唐突に、カルデアの廊下の床に穴が空いた。

 

「なっ――!?」

「きゃ――!」

 

 穴はメルトリリスと静謐を飲み込んだ。

 娘と俺は穴から離れていたので落ちる事は無かったが、穴は直ぐに塞がってしまった。

 

「……どう考えても、俺との隔離が狙いだよな……」

「ですね。お母様にしては思い切った行動に出ましたね」

 

 俺の右に座っていた娘が何時の間にか褐色肌に白いセーラー服姿に変わっていた。

 紫色の髪だが赤いリボンで束ねられたおさげが特徴的で、メルトリリスや静謐の娘とは明らかに違う真面目さを感じる。

 

 そして左からも同じ声が聞こえてきた。

 

「お父様は本当にモテモテですね」

 

 メジェド様の布で体を覆ったギャグの様な格好で呆れているが、取り敢えず後ろにいるサーヴァントの顔を見る事にしよう。

 

「ふぅ……やりましたよ、私!」

「ええ! 不敬者を地下室に閉じ込めた今、マスターの愚行を直ぐにでも問い質しましょう!」

 

 なにやら盛り上がっている様子の2人サーヴァント。しかし、水着と水着みたいに露出の多い衣装、娘に受け継がれた褐色肌に全く同じ顔。

 

 別人扱いでありながら同一人物のサーヴァント、キャスターのニトクリスとアサシンのニトクリスだ。

 

「ニトクリスか……」

「「マスター! さあ、そこに直りなさい!」」

 

 どうやら説教される展開の様だ。

 杖と指を向けられ大人しく正座する事にしよう。

 

「よろしい。その素直さは僅かではありますが減刑を考えさせうる物になりうるでしょう」

「……取り敢えず、こうされる理由を教えてもらえる?」

 

「決まっています! 未来から来たとかそう言った事を省いても、不特定多数の女性と子供を持つなど、不敬が過ぎます!」

「猶予釈放の余地なく有罪です!

 ……しかし、仮にも貴方はカルデア唯一のマスターです」

 

 強気な表情で攻め立てるキャスターのニトクリス。アサシンのニトクリスは、何故か急にモジモジし始めた。

 

「死刑や懲罰を与えて、重大な使命に悪影響があってはいけません。なので……」

 

 すっと俺を挟む様に左右にやって来た2人。どう考えてもこのまま拉致られそうだ。

 

「「お母様」」

 

「!」

「な、なんでしょうか?」

 

 2人の娘に名前を呼ばれたニトクリス達は若干緊張を顔に浮かばせた。

 

「お父様を手に入れようと画策している様ですが、早く此処を離れ、宝具を解除するべきですよ?」

 

 白い布から顔を出した娘が地面を指差しながら言った。

 

「下に閉じ込められた方々がなにやら有害な物を発動させ始めています。これ以上あの地下室に閉じ込めておくと解除と同時にカルデア中にそれらが充満してしまいます」

 

 制服の方が杖で地面をコツコツと叩いてメジェド神を呼び出した。

 

「っう……い、急ぎましょう!」

「了解です、でませい!」

 

 アサシンに急かされたキャスターはメジェド神達を呼び出し、自分とアサシン、娘は自分達を運ばせこの場を移動し始めた。

 

「お父様」

「マスター」

 

 左右同時に伸ばされた腕に掴まれた。

 

「っちょ!? うぉぉぉ!?」

 

 引きずられる事にはならなかったが体が宙に浮き続ける、余り胃に優しくない移動が始まった。

 

 

 

「っく……! 危なかったわね。もう少しで私のキャパシティを超える毒素を取り入れる所だったわ……っはぁ、はぁ……」

「私も……肌がヒリヒリとするこの感覚は……久しぶりでした」

 

 全員が退散した後、ニトクリスの地下室から開放されたメルトリリスと静謐。

 

 2人共、特に力任せな脱出を試みていたメルトリリスは疲労とダメージに息を切らしている。

 

「早く追わなくちゃ……もしかしたらマスターが何処かに閉じめられるかもしれないわ……」

「ですが……厳しいです」

 

 満身創痍な2人。

 その後ろからゆっくりと近付いてくる人影があった。

 

 

 

 

 

「……さて、マスターはどんな格好が良いですか? ファラオの夫になるのです、遠慮なさらずにお選び下さい」

 

 俺は辟易としていた。ニトクリスが少し大きめなタンスを開けば、中には露出の多いエジプト衣装から現代のタキシードやスーツまで揃っていた。

 

 鎖とのセットで。

 

「こちらはネクタイの色と鎖の色を統一してあって――」

「――に、ニトクリス? さ、流石に鎖はどうかと思うんだけど……」

 

 その間にアサシンのニトクリスは娘達となにやら会話している様だ。

 

「お父様を縛るおつもりですか?」

「そんな事をして嫌われるとは考えておられないのですか?」

「うっ……で、ですが本来の私の行動ですし……」

 

 アサシンのニトクリスは己を恥じて布に隠れた姿の為、普段のニトクリスより自己評価が低い。

 逆に最大まで霊基再臨して力も自信も付いたキャスターは自分のしている行動になんの迷いも無い。

 

 娘もそれを理解してか、2人でアサシンの方を責め立て止めさせようとしている様だが、効果は無さそうだ。

 

「決められないのでしたら、私が1つ見積もりましょう」

 

 遂に鼻歌交じりにタンスの中をガサゴソジャラジャラと服を選んでいる時に鳴ってはならない音と共に一着の服を取り出した。

 

「はい! どうぞ!」

 

 そう言ってメジェド神を呼び出すとあっという間に俺を着替えさせた。

 

「……で、しっかり拘束もすると」

「無闇に娘を増やした罰です。ですが、私という最も堅実な女を妻とするならばもう二度とそんな間違いは起きないでしょう……」

 

 俺へと迫り妖艶な表情を近付けるニトクリス。

 少し離れた場所で水着の方があたふたしており、2人の娘の方は顔を赤くしながらもしっかりと見ている。

 

「あれは2ヶ月に1回突発的に発動する良妻賢母モードですね……!」

「水着のお母様とは大違いの魔力と迫力です……!」

 

「マスターにあんなに接近して……不敬ではないのでしょうか!?…否、あの私が間違っている筈が無いのですが……寧ろ、私も一緒に迫るべきなのでは……?」

 

 首を繋ぐ鎖を握られ後退る事も出来ない。

 

「さあ、今宵の私の昂ぶり……どうか受け止めて下さい」

 

 鎖は握ったまま、片手は顔に添えられ唇が重なった。

 

「はぁっん……んん」

「んんっぐ……!?」

 

 抵抗する俺は唐突に開いた扉から飛び出した新たなサーヴァントに驚いた。

 

 背後からの奇襲だったがニトクリスは背後に向かって怪光線を放つ。

 思わぬ反撃だったが怪光線は金色の光に阻まれ、爆発を引き起こした。

 

「っく……!」

「っふ!」

 

 流石に俺を放し、接近してきたサーヴァントの武器を杖で受け止めた。

 

「影の女王……!」

「何やら、楽しそうな事をしているではないか。私も交ぜて貰おうか?」

 

「同盟を裏切った罪は重いぞニトクリス! 覚悟せよ!」

「皇帝ネロ!? それに貴女は!?」

 

「ますたーときすしたやつ……ぶっころす!」

 

 剣を振り回してセイバークラスのフランが現れた。

 部屋の入り口で黄金の浮遊武装を構えているのは水着ネロ、ニトクリスと睨み合っているのは水着スカサハ。

 

「はっはっはっは! これぞ新・水着同盟だ!

 因みに、キャス狐とセイバーの余は魔力切れで倒れていたので霊基保管室に閉じ込めておいた!」

 

 高笑いするネロにニトクリスは苦い顔をする。

 

 忘れられているかもしれないが、聖杯戦争において最弱に位置付けされているキャスタークラス。実力のある英霊に数で劣っている以上覆すのは難しい。

 

「――そんな訳無いですよ。似姿の私!」

「は、はい!」

 

 アサシンのニトクリスに呼び掛けたと同時にニトクリスは宝具である鏡を発動させる。

 

「アンプゥ・ネブ・タ・ジェセル!」

「……スネフェル・イオテル・ナイル!」

 

 スカサハから迫る赤槍、フランの怒りの込められた雷の刃、ネロが放った金色の光弾。その全てが鏡から現れた闇に飲まれる光景を眺めたまま、俺、ニトクリス達と娘達は落下した。

 

 

「此処は地下室の名を持った一種の固有結界。暫くは身を潜めていられるでしょう」

 

「さ、流石に宝具の連続使用は……魔力消費が……」

 

 体の疲れが見て取れる水着ニトクリス。その前に首輪を握られた俺は連れて行かれる。

 

「ならマスターから魔力供給を受けなさい」

 

「え!?」

「ふ、不潔ですよお母様!?」

 

 娘もニトクリスも、キャスターのニトクリスの発言に驚きの声を上げている。

 顔を手で覆って隠す娘達だ、目の部分に若干の隙間が空いたり閉じたりしている。

 

 そんな事に興味がある様だが俺は冗談じゃない。

 

「て言うか、同じ自分とは言え別人だろ!?」

「おや? マスター、もしかして私に独占されたいのですか? でしたら、今からでもお相手しますよ」

 

 なんて言って鎖を引っ張るニトクリス。また唇がくっつきそうな程に近い距離だ。

 

「……確かに、不敬で不潔ではありますが水着の私に魔力を補給しなければ此処が保てないのでは致し方ない事です」

 

 そう言ったニトクリスは顔を俯かせ、余裕そうな表情が曇り始めた。

 

「幾ら頂に立っても、未熟なファラオであった事は覆らないのです。

 畏れ多くもオジマンディアス様の様に振る舞ってみせても、マスターの喪失が私の心を不安で押し潰そうとしています……」

 

 ニトクリスは水着のニトクリスに鎖を持たせた。

 

「幸い、どちらも私です。未熟なファラオの私ではマスターが満足できないのであれば2人でお相手致しますので、どうか愛を……」

 

 他人と愛し人を共有するヤンデレなんて……と思ったが言うなれば愛人でいいから愛して欲しいタイプだろうか。受け入れ易い協力者がいるが故の病み方だろう。

 

「お父様……お母様を助けてあげて」

「受け入れてあげて」

 

 どうやら娘も似た様な性格に育っている様で、母親を愛せと俺にせがむ。

 此処で受け入れたが故の未来かと納得した俺。

 

「断る」

 

 俺の言葉に、ニトクリス達も娘達も固まった。

 そしてこの地下室本来の機能、水攻めが始まった。

 

「――不敬だ、ニトクリス! 俺が欲しかったらファラオも天空も冥界の神も関係なく、唯の1人のニトクリスとして欲して来い! 俺はもっと貪欲な、独占的なヤン――!」

 

 

 

「……あー! ますたー、おはおは!」

 

 目が覚めたら包帯だけで体を覆ったセイバーのフランの顔が見えた。

 

「目が覚めたかマスター! うむ、早起きで何よりだ!」

 

 喜びに顔を綻ばせるネロ。

 顔を動かしてそちらを見れば床に2人のニトクリスが寝そべっていた。

 

「あの鏡、中々強力な宝具であった」

「スカサハ」

 

 水着姿のスカサハが俺の体全体を確認すると、淡々と喋りだした。

 

「あれだけ近くにいたのだから仕方がないが、危うくお前の精神をあの女の世界に閉じ込められる所だった」

 

 そう言われ先程までいた地下室が、鏡に映ると言われていたニトクリスの精神世界だと言う事に気が付いた。

 それに少し恐怖を感じた。

 

「ん、んんー……」

 

 向こうから可愛らしい声が聞こえてきた。娘が起きたらしい。それと同時にその姿も変わった。

 

 元の、1人だけのニトクリスの娘の姿に。

 

「――――」

「っ!」

 

 口は動いたが声が聞こえないまま、娘の姿は再び変わった。

 だけど、なんとなくお礼を言われた気がした。

 

(……別に、こんな悪夢にそんなお約束は要らないだろ)

 

 照れ臭かったので、心の中ではそう誤魔化した。

 

 

 

 

 

 ガッと言う音ともに、蹴り投げられた槍が壁にめり込んで、俺の首に繋がる鎖の先端を壁に張り付けにした。

 

「さてマスター。独占されたいそうだな。タップリと私がお前を愛してやろう。先ずは他の女の娘が産まれぬ様にルーンでお主の体を私専用に作り変えてやろう。泣いて喜べ」

 

「おばさん、としきつい。

 ふらん、ぴちぴちのしんぴーん!」

 

「薔薇の花弁を好んでも、棘を好く者はおらん! 故にマスターは余と結婚するに決まっている!」

 

 娘は3人に増えた。

 

「冬なのに、母上が盛ってる……」

 

「ままー、きょうもこどもつくっちゃうの?」

 

「母上の水着、母上の水着、母上の水着、母上の水着、母上の水着……!」

 

 そこで漸く、まだ危機を脱して居ない事を理解した俺は、泣いた。

 

「泣くほど嬉しいか?」

「よしよし……ふらんがなぐさめてあげる」

「むぅ……娘よ? 少々距離が近くは無いか? いや、別に離れろなどとは言わんぞ? 母の背中は大きかろう!」

 

「そ……」

 

 

 

 

「そこはお約束通り、終わってくれよぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 まだ、ヤンデレ巡りの旅は終わっていなかった。




塔は150階まで行きました。バレンタインは今の所新しいサーヴァントは引けてません。

今回の話は深夜テンション的な物に身を任せて書きましたので数日後には「なんだこれ?」みたいな感想が出てしまう気がする。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二ヤンデレ家庭未来図 五

遅くなりました。空の境界コラボが原因です。
いつも通り爆死しましたが、今は駐車場で周回してます。





 

「父上、行為が始まる前から絶望と強姦に満ちた目をしていますが大丈夫ですか?」

「ぱぱー、しんじゃだめー!」

「母上、父上の代わりに私が!」

 

 娘に三者三様の反応をされる程に、俺の目は深い絶望に閉ざされているのだろう。

 もはや顔にレイプ目と書かれているレベルだ。

 

「こんな弱い男から私が生まれるか心配です」

 

 スカサハの娘は辛辣だった。というか、こんな状況のお父さんをそんなつまらなそうな目で見ないで下さい。

 

「確かに、私と結婚する……には戦士として些か力が足りていないかもしれんな」

 

「だいじょうぶだよー。ますたーはねー、そういうふりがとくいだから」

 

「うむ! 死んだ魚の様な目の奥に、活路を開こうとする輝きがある! だが、獅子は兎を狩る時も全力で、の言葉に習って余も本気で奏者を骨抜きにして見せよう!」

 

 っち、駄目か。

 鎖に繋がれサーヴァントに囲まれた俺に出来る事は無いのでせめてそういう雰囲気にならない様にと死体になったつもりだったが上手くは行かない。

 ならばプランBだ。

 

「【オーダーチェンジ】!」

 

 サーヴァントを入れ替えるスキルを厄介そうなスカサハに使った。

 

 因みにこれを多用しない理由は2つ。

 

 入れ替えられるのは今日の悪夢の中で出会ったサーヴァント同士だけと言う制約。

 それと、入れ替えたサーヴァントは直ぐに戻ってくるので寧ろ数だけで見れば増える。

 

「……タマモだ!」

「ミコーン! ご指名入りましたぁ!」

 

 だが、保管室に入れられたサーヴァントと交換すれば戻っては来ないだろう。

 

 その場から消えたスカサハの代わりに、天からタマモが降ってきた。

 

「む、先程のキャス弧ではないか!」

「めんどうなやつ、ふえた」

 

「きゃー! マスターが壁に鎖で繋がれている所に呼び出されるなんて、これなんてアピールチャンス!?

 タマモのヒロイン力高過ぎー! 高過ぎてカンストしてますぅ!」

 

 保管室で何があった。

 テンションが可笑しい。

 

 テンションの高さに押されてか、3人の娘は消え去って今はタマモの娘だけが残った。

 

「あいしょうてきに、ふらんがゆうり!」

「限定星5の力、どうかご覧あれ!」

 

 なんの躊躇いもなく、水着フランは剣を振りかざしタマモに襲い掛かりタマモも負けじとパラソルで応戦する。

 

「……ふわぁ」

 

 と思いきや、おでこに御札を貼られたフランはタマモに向けていた武器をぶらりと下げた。

 

「真夏の呪術です!」

「うーがー……」

 

 どうやらフランを魅了した様だ。口数が減って元のバーサーカーみたいになった上に、御札のせいでキョンシーに見える。

 

「とーさん、大丈夫?」

 

 娘は御札を俺を縛っている鎖に貼り付け、魔力を込めて粉砕した。

 

「ありがとう」

「ううん、どう致しまして。それよりかーさんなんかヤバイよ? 水着なのに魔力最大って感じ」

 

 娘の指差す方では水着ネロをフランを使って容赦なく攻め立てるタマモの姿があった。

 

「ほっほっほ! 自慢の砲撃はどうしましたかネロちゃま!?」

 

「ぐぬぬぬ……マスターを背に戦うとは卑怯だぞキャス狐!」

「これが元キャスターと即席キャスターの知能の違いです! さあ、愛しの我が娘、今の内にマスターを安全な我が家に!」

 

「はい、お母様」

 

 これは好都合だ。これなら外に出て他のサーヴァントと会える。

 

 そう思った俺にタマモはゆっくりとした動きで首をこちらに向けて話し始めた。

 

「ますたぁ……次にお会いした時には結婚しましょう。もしその時に他のサーヴァントに現を抜かしている様であれば…………おわかりですよね?」

 

 釘を刺された。

 

「それじゃあ、行きましょうお父様」

 

 母親の手前、敬語で喋る娘に手を引かれてその場を後にした。

 

 

 

「……マスターが出て行った今、余の砲撃を阻む者はいなくなった! 今度は派手に撃たせて貰うぞ!」

「んー、あんまり派手には暴れないで下さいまし? そう言うのってセレブ的に面倒です」

 

「そもそも、マスターを逃したのが失敗だぞタマモよ! これで余の砲撃は自由だ!」

「いえいえコレで良いんですよ? だってマスターに――」

 

 ――他のサーヴァントとの魔力補給なんて、あまり見せたくないじゃないですか?

 

 

 

「とーさんはさぁ、かーさんが逃がしてくれると本気で思ってたの?」

 

 娘の煽りスキルの高さを実感しつつも、その正論に押し黙った。

 

 何故なら部屋を出て1秒程度で出待ちしていたタマモキャットに目に見えない速度で飛び掛かられた上で抱っこされて連れ攫われているのだから。

 

「ご主人、ラブラブスイートタイムにいざ参ろうワン! キャットも元気なマイガールの姿に喜びと驚きと欲情を隠せない!」

 

「かーさんはやる気満々ね、娘の前でも恥ずかしくないのかな?」

「いや、欲情は隠せよ。一生出すなよ」

 

 なお、娘はピンク色の髪のままメイド服に変わっている。母親が同じタマモなせいか性格少々サバサバしているし、キャットの前でもとーさんかーさんと呼んでいる。

 

「未来でも大体こんな感じだから」

「マジか」

「諦めて元気な私を産んでね?」

 

 娘にそんな事を言われて項垂れる。

 

「よーし! 着いたぞマスター! キャットのこのジーニアスな頭が弾き出した完璧な要塞なのだ!」

 

 そう言って潜ったドアはカルデアの食堂だ。

 その先には数人の人影があった。

 

「あ、来ましたね!」

「娘も無事に回収したようね」

 

 1人はランサークラスのサンタさん、ジャンヌ・オルタ・サンタ・リリィ。

 2人目はキャスタークラスのエレナ・ブラヴァッキー。

 

「っげ……!」

「あら、人の顔を見てそんな声を上げるなんて、全く失礼しちゃうわ」

 

 ロリ系のサーヴァントを見た俺は少女である2人との間に娘が出来る未来に恐怖した。

 

「事情はナーサリー・ライムさんから聞いてます!」

「なんでもマスターの娘の顔が見えるらしいじゃない! ぜひこの目で確かめたいわ!」

 

 なんかはしゃいでるが俺は微塵も面白くない。

 

「てな訳で、キャットはご主人を逃さない様に最高の愛の鎖、愛妻料理を作るワン! 者共、それまでマスターの護衛を頼むぞ!」

 

 そう言ってキッチンの奥へと消えたタマモキャット。同時に俺の横の娘もその姿を変えた。

 

「……お母様」

 

 そして先程の派手な髪とメイド服とは打って変わって、暗い紫色のフードとローブに見を包んだ娘の姿があった。

 

「貴女、その姿は……」

 

 母親だと思わしきエレナは少し近づいて娘を見上げた。身長は俺より少し低い程度なのでやはりエレナとの身長差は大きい。

 

「……」

「……」

 

「「マハトマ!」」

 

 完璧なタイミングでハイタッチした。

 

「良いわ、凄くマハトマね!」

「今日のお母様も、凄くマハトマです!」

 

「その服、魔術師のマスターと私、両方のイメージを取り入れているのね!」

「この感じ……今より高いマハトマを感じます!」

 

 謎の褒め合いが始まった。

 またなんか置いてけぼりにされている。

 

「トナカイさん! 私も早く、私の娘の顔が見たいです!」

 

 ジャンヌ・リリィにそうせがまれるが俺はこれ以上娘を出す気は無い。

 

「え、お父様って……ロリコンなんですか?」

 

 そして娘に引かれた。お前の母親はロリには入らないのか。

 

「? お母様はお母様です。それよりも、そんな小さい娘に迫られていてはお父様がロリコンだと思われてしまいますよ?」

 

 なるほど、エレナの低身長はロリでは無いと……

 

「トナカイさんはロリコンじゃないです! 私の為に(再臨素材と)お金を沢山使って、沢山(周回を)頑張ってくる優しい人です!」

 

「うーん……確かにそうだけどその言い方だと……」

「ロリコン……援交……」

 

「やめろ! それ以上言うな」

 

 母娘からのロリコン認定を否定しつつ、俺はリリィの頭を撫でる。

 

「むぅ……子供扱いしないで下さい!」

「でもリリィ、俺の嫁も娘は1人だけで今はエレナだから」

 

 俺がそう言うと、リリィは俯いた。

 

 そしてその両手に旗を出現させた。

 

「じゃあ、エレナさんを殺せば良いんですね?」

「あら、物騒なサンタね。遊び相手が欲しいなら、良くってよ?」

 

「ふむ、邪魔者同士で潰し合うならばそれもいいが、今はご主人の食事の時間だ、邪魔をするではない」

 

 そう言ってキャットは俺を挟んで睨み合う2人の机上に異なる料理が盛られた皿を7枚も置いた。

 

「…………」

「うむ、言わなくてもご主人の言いたい事は良く伝わるぞ。私の意図をよく理解してくれた事もだ」

 

 豪華に、贅沢に作られ並べられた料理の数々はどう見ても勢力増強として有名なニンニクやニラ、鰻等の食材が使われている事が分かる物だらけだ。

 

「ふふふ、本当にご主人を手に入れたいできる女は目の前の幻になんぞ興味は無い。キャットは愚直に、貪欲にご主人と本物の娘を手に入れるだワン!」

 

「「なっ!?」」

 

「ふふふ、ロリババアやロリサンタなんぞには真似出来ない家事スキルにご主人は喜び、性の昂ぶりを存分に私にぶつけるのだ!

 これこそワンナイト人狼! 一生の過ちである」

 

 よく分からんが発情している事だけはよく分かった。

 

「なので、今の内に娘と会話すればいい。キャットはマスターを愛でるのでな!」

 

 キャットの言葉が終わると、娘の姿が再びメイドとピンク色の髪の組み合わせに変わった。

 

「え、う、嘘!?」

 

 どうやら今の言葉でキャットへと運命が向きを変えたらしい。

 

「ワハハハ、どうやら精神的にキャットに敗北したらしいな。理性に縛られた哀れなインテリプリズナー共よ」

 

 エレナの顔はこのヤンデレ・シャトーでは珍しい事に憤怒によって赤く染まった。

 

「……屈辱……屈辱だわ!」

「っそ、そんな筈……!」

 

 ジャンヌ・リリィは年相応と言うべきか、泣きそうである。

 

「ほほう? 今度は気に入らないから力づくか? 良いぞ? キャットは今幸せで有頂天、魔力も力もボルケーノの如く溢れ出る故、小娘の1匹や2匹、さくっと仕留めてやるワン!」

 

 爪を顕にし威嚇、挑発するキャット。本気で2人に勝てるつもりだろうか。

 

「とーさん、こっちこっち!」

 

 娘は俺を引っ張ってキャット側、キッチンの奥へと避難した。

 

「あの状態のかーさんはヤバイよ」

「未来で何かあったのか?」

 

「うん。とーさんがかーさんのそっくりさん達に襲われそうになった時もあんな状態になったの」

 

 そっくりさん……タマモナインの面々だろうか。

 

「全員、ものの数分で英霊の座に返された」

「嘘だろ!?」

 

 狂化でステータスが上がっているとはいえ、キャットと他のナイン達のステータスは同じ位の筈だ。

 

「それって、いま結構やばくない?」

「因みに、あの状態になった後はとーさんに迫ってイロイロ甘えるから」

 

 そこまで聞いた俺は、視界を手で抑えると食堂の出入り口を見た。

 

「逃げようか」

「とーさん、もう結構色んな人から逃げてなかったっけ?」

 

 確かに。保管室にいるであろう2人以外に何人かは戦闘不能だろうけど、俺を捕まえようとしているサーヴァントは多いだろう。

 

「サーヴァントを誰も連れないで廊下に出たら危なくない?」

「一理あるけどこのままだと父さんの貞操が……」

 

「んー、私的にはかーさんに食べられちゃう方が良いんだけどなー」

 

 そう言って俺の両肩に手を置くと軽く体重を掛けてきた。娘なりに俺を抑える気らしい。

 

「だから、もうちょっとここに居てよ。ね?」

「いや、そんな甘え方されても素直にはいって訳には行かないだろ」

 

 俺はそう言ったが娘は両肩の手を俺の首にまで伸ばしてくる。

 

「……カエルの子はカエルだよ、とーさん」

 

 ――耳元でそう囁かれて漸く、自分の娘の歪みを見た気がする。

 

「他の私がどうだったかは知らないけど、私もとーさんが大好きだよ? ファザコンでゾッコンって感じ」

 

 ギュッと抱き着く娘の声に若干、慣れ親しんだ重く暗い色が混じっている。

 

「だけどねー、かーさんとの結婚を平気な顔で薦められるほどじゃないからキスしてくれたらこの手を離してあげる」

 

 子供っぽいイタズラな声でそう言った。

 

「…………ねぇ」

「いや、俺はーー」

「――ごめんなさい、時間切れですお父様」

 

 急な敬語、父娘の絆というべきかその意味は直ぐに理解できてしまい、反射的に振り返った。

 

「お待たせしました、マイ、ダー、リン! 貴方のタマモちゃんが迎えに来ましたよー!!」

 

 テンションの高い水着タマモが食堂にやってきた。

 

 そして、エレナとジャンヌ・リリィを床に伏せさせる程のダメージを与えたタマモキャットは顔を上げ地面を蹴って迫った。

 

「来やがったなタマミシャーク! ちょうど良い、今宵のキャットは血に飢えているワーン!!」

「あら、番犬の使命を与えてあげたのにマスター欲しさに私を裏切った子猫さんじゃありませんか」

 

 跳んで空中から迫る鋭い眼光のキャットに、余裕の表情でパラソルを開く。

 

「まあ、私以外のナインなんて今の私にとっては養分でしかありませんけどね?」

「ニャハッ!?」

 

 キャットの腹貫く様な勢いで放たれた蹴り。その一撃に悲鳴をあげ、キャットは地面へと倒れた。

 

「狂化スキルと怪力、それと普段の面倒見の良い純真な心を一時的に捨てて容赦を失くす、クラス通りバーサーカーになる技の様ですけど……残念ですが、保管室のサーヴァントを含めて4騎から奪った魔力の前では赤子同然ですね」

 

「ニャンと!?」

 

 唯のチートだろそれと心の中で突っ込んだ。ランサーの速さに加えて魔力で筋力を強化しているのでバーサーカーと互角以上の戦闘能力を誇っているらしい。

 

「但し、これは全てのタマモお母様に言える事ですが……自己強化した後は暴走、羞恥心、自己嫌悪に陥るのでお父様と一緒に寝るのが前提の大技です」

「デメリット全部俺行きな訳ね」

 

 途方も無いパワーインフレの代償が俺の身一つとは……デカイのかデカくないの分からない代償だ。無論、俺にとっては大問題だが。

 

「そう言う訳でして、ヤラレ役、ご苦労様です」

「ならば! ニャン王拳4倍ニャ――ガハッ!」

 

 本気を出すつもりだったであろうキャットの腹に再び容赦の無い蹴りを放つと、その身をクルリと翻して水着タマモは俺を見た。

 

「ふうう……まさかネコ科気取りの分際で送り狼をしようだなんて、我が側面ながらなんとも愚かでしょう。

 さっさ、旦那様? お見苦しい所をお見せ致しましたが今度こそ夫婦一緒、親子仲良く帰りましょう?」

 

 そう言ったタマモは胸から御札を取り出して壁に貼った。

 

 どうやら瞬間移動の類いの様だ。

 娘に背中を押されながら食堂の壁から部屋へと入ったが、通り抜けた先で何故か水着タマモは部屋の両手を付けて落ち込んでいた。

 

 

 

「ああ……セレブでありながらあんな蹴り……絶対にマスターに引かれました……

 しかも魔力補給の為、女性が相手とは言え、マスター以外に唇を重ねるなんて……タマモ、良妻失格です…………」

 

 

 

「あれがお母様の自己嫌悪モードです」

「本当に落ち込んでる……みたいだな」

 

「ええ、面倒臭い事にこの状態になると私とお父様の声しか聞こえません」

 

 あれ、でも放っておけば今まさに脱出チャンスなのでは……?

 

「――痛っ!?」

 

 しかし、扉を開けようとした俺の手に電流が走った。

 

「自分の失態に落ち込んではいますが心の奥では励まして欲しいので部屋全体に結界を張ってます。元に戻るまで出れません」

「メンドくさっ!」

 

 

『ピン、ポン、パン、ポーン』

 

 突然、アナウンスが鳴り響いた。因みに今の音は呼び鈴では無く女性の声だった。

 

『えー、アルテラ・サンタからのプレゼントのお知らせじゃ。

 このヤンデレ・シャ――もとい、カルデアに今、「マスターと娘が欲しい」と言う願いが溢れているのだ。このままでは保管中の聖杯に影響が出ると見て、アルテラ・サンタがマスターの娘を全サーヴァント分召喚したので各サーヴァントは受け取りに来てくれ』

 

『なお、マスターは別だ。このカルデアで唯一のマスターは只今タマモちゃんサマーの部屋にいるそうだ……

 ……ん? どうした我が娘よ? え、マスターに言いたい事がある? 良いぞ、このマイクに向かって喋ってみろ』

 

『父上……浮気は悪い文明、っめ!』

 

『っ! そ、そうだな! そうだぞマスター! 浮気は悪い文明! 私も今からそっちに行って破壊してやるからな! 因みに夕食はシチューだ!』

 

 

 

 こうしてアナウンスは終了した。

 

「お父様、どうやら事態は更に悪化したみたいですね」

「あははは…………どうやらそろそろ命日みたいだ」

 






タマモちゃんリターン!

作者的には他の未登場サーヴァントがいるから控えて欲しいなーなんて思ったりして……

今回割と雑な扱いになってしまったエレナとジャンヌ・リリィも、もしかしたら……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二ヤンデレ家庭未来図 六

どうも、スラッシュです。
最近、子猫を2匹飼い始めまして、私事ではありますがヤンデレ・シャトーの執筆に時間が割れず遅れてしまっています。

何か不満点や問題点があれば感想欄に、誤字脱字報告もよろしくお願いします。



 

 アルテラ・サン[タ]のアナウンスにより、未来から来た俺の娘が全サーヴァント分流出された。

 

 これにより(俺に)どんな悪影響があるかと言うと――

 

「「ママ!」」

「母様」

 

「こ、これが私の娘! ああ、純粋で可愛い! ママ、嬉しくってお菓子あげちゃうわ!」

「流石私の娘ね! きっと私と同じ位、世界一キュートで可愛いスーパーアイドルになるわー!!」

 

「未来の母様と父様に造って頂いた娘です。とある事情により機体名と番号は伏せさせて頂きます」

 

「この私が――創造主、ですか?」

「はい。この身には偉大なる母様の技術と父様の想いを宿しています。15年で多く事を学びました。感謝してもし切れません」

 

 ――母性に目覚め、積極的になる。

 

 

「母上!」

「なるほど、私の娘だと言うだけあって強く鍛えられている様だな……だが、その格好はなんだ!」

 

「っは! 父上から頂きました!」

「マスターか……だが、娘のお前がそんなに美しいと母親の私まで近所中に美しいと思われ広まってしまう……! ええい、今すぐ家族会議だ! お前の服装に関して、今すぐ見直さねばならん!」

 

 ――娘を既に在る者として扱い、夫婦になっていると誤認する。

 

 

「……マスターと私の娘」

「はい、そうです。お母さん」

 

「嬉しいです……けど……

 マスターは怪物にならなかった私の事を……強く成長しなかった私を、受け入れてくれたんですか?」

「勿論ですよ! 伯母さん達と一緒に、皆で暮らしているんです!」

 

「っ! それは駄目です! 愛される女神であるお姉様達と一緒なんて……マスターが私の事、見てくれる訳が……」

「大丈夫です! お母さんはお父さんの一番です! だから今すぐに、お父さんを縛り上げて愛し合いましょう!」

 

 ――娘に励まされ、やる気を滾らせる等、その矛先である俺への負荷が半端ないのである。

 

 

 

「……結界、保つと思う?」

「無理ですね。

 お母様の落ち込んだ時に張る“悲除傘・頂戴一心”はそんなに丈夫じゃないですし、魔力を回しているお母様は周りが見えていないので魔力を込めたりしません」

 

 宝具名で遊ぶなと言いたくなる名前の結界だな。

 もしかしなくてもこれは袋のネズミなのでは?

 

「ならばお母様を励ましてあげてください」

「えぇ……」

 

 嫌だ。絶対に嫌だ。

 

「でもするしかないんだよなぁ……」

 

 サーヴァント達はすぐにやってくる。ここにいればいるだけ危険度は増していく。

 

 俺はいつの間にか嘆くのを止めて膝を抱えて座り込んでいる水着タマモに近付いて声を掛けた。

 

「タマモ……」

「……ま、マスター……面目ございません」

 

 本気で落ち込んでいるのか普段のウザさもすっかりなりを潜めている。

 

「まさか冬場にも関わらず娘見てテンション上がって魔力吸い集めた上にバーサーカーを筋力で粉砕するなんて……セレブが聞いて呆れますよね……」

 

 今回自分が行なった全ての事に大して反省している様だ。許してやると付け上がるのでどう慰めようか。

 

「まあ、そうだろうな」

「はい……タマモ、大変悲しいです」

 

 取り敢えず一旦下げて見た。よし、もう少し追い詰めてから持ち上げてみよう。

 

「娘欲しさにその場のテンションに身を委ねるとか、バーサーカーじゃないんだから」

「ランサー失格です……優雅も何もあったもんじゃございません」

 

「はぁ……で――っおい!?」

 

 まだ話の途中だと言うのに水着タマモは俺に抱き着いた。

 

「うわぁぁぁん!! タマモ、反省してますぅ! どんなお仕置きも甘んじて受けます! ですからマスター、タマモの事捨てないで下さいまし!」

「取り敢えず放せ!」

 

 ヤンデレと言うか素のタマモの様に泣きじゃくり始めた。

 

「まあ、そうなりますよね」

「ちょ、ちょっと助けてくれ!」

 

「お母様の抱擁はお父様が受け取って下さい」

「あ、お前知ってたな!?」

 

 ヤンデレの依存とかでは無く絡み酒の様なハグ。娘はこんな面倒な起こる事を事前知っていて俺に押し付けたのだろう。

 

「マスター!」

「離れろぉぉぉ!」

 

 

 

 結局、慰める所か余計に時間を消費してしまった。当然、こんなに時が経ってしまえばサーヴァントが来てしまうのは当たり前だった。

 

「迎えに来たわよマスター。

もう娘もいるんだし、呼び方は変えたほうがいいわよね? お父さん? ダーリン? それとも、あ・な・た?」

 

 そんな特に違いの見当たらない3択を問い掛けて来たのは白髪で褐色肌のロリっ娘、アーチャーのサーヴァント、クロエだ。

 アルテラ・サンタのアナウンス通り、娘は無事に彼女の元に届いている様で、同じ色の肌と髪の美少女が隣にいる。

 

「お父さん、また別の女の人に捕まってるんだ」

 

 なお、水着タマモと娘も侵入者の姿を捉えているが、現在俺がタマモの抱擁を娘に擦り付けたので母娘揃って行動不能だ。

 

「この子、私と見た目そっくりだけど、中身はマスターそっくりなの! 私達の未来が安泰ね!」

「……お母さん、他の女とその娘がいるのに安泰なんて言ってて良い?」

 

 すぐさまクロエの手に投影される宝具。

 

「大丈夫大丈夫! 今から居なくなる人の事なんかどうでも良いでしょう?」

「物騒だからやめてよ」

 

 そう言って娘はクロエが即座に投影した武器に触れると魔術を発動させて玩具の剣に変えた。

 

「っちょ、嘘!?」

 

 クロエは驚いた。自分の魔術で造り出した宝具がこうもあっさりプラスチックに変えられたのだから当然か。

 

「私の魔術属性は干渉だよ。魔術に関する物なら、大掛かりな魔術でもない限りそれを変化させられるの」

 

 なんと、珍しい事に娘がヤンデレのストッパーとして機能している。

 

「あ、お父さん今ので100円だからね」

 

 しかもちゃっかりしてる。

 

「お母さん、短絡的なのは良くない。

 お父さんに愛して欲しかったら、剣じゃなくてお父さんの手を握ってあげないと」

 

 娘はそう言ってプラスチックの剣にもう一度触れた。

 手錠が出てきた。

 

「って、それも駄目だろ!?」

「お父さん、流石に結婚相手のお母さんに浮気相手を見逃せ、自分も許せは横暴だと思うよ?」

 

「だから結婚なんてまだしてない――!?」

「――ウフフフ……良い子でしょう? ちゃーんと私達の事を考えてくれる偉い子なのよ?」

 

 一回の跳躍で俺の目前まで迫ったクロエは俺を下から見つめながらジュルリと唇を撫でた。

 

「だから私達もラブラブで幸せな夫婦になりましょう? 大丈夫よ。私だけに興奮するロリコンさんにしてあげるから……ね?」

 

 上目遣いで手錠を勧めてくるが、誰がそんな物を受け取るか。仕方なしに【ガンド】を発動させてクロエを狙う。

 

「【ガ――」

「――ロマンチックじゃないからダーメ」

 

 無情にも娘が魔術を起動させガンドの魔力が拡散した。

 

「魔力がもったいないわね……はむっ」

 

 クロエは指鉄砲で向けられた指を舐めると、そこに僅かに残っていた魔力を吸った。

 

「ん……やっぱり、キスのが美味しいわね」

「チェストォォォォォ!!」

 

 クロエは俺を突き飛ばして自身は後ろに跳び退いた。

 

 その間を狐色の閃光が通り過ぎた。

 回避に成功したものの、部屋の壁には穴が空いて隣の部屋と繋がってしまった。

 

「あ、危ないわね!? マスターごと仕留めるつもり!?」

 

 当然ながら飛び蹴りを放ってきたのは先程まで部屋の隅で娘を抱いていた水着タマモだ

 

 煙の中から飛びてて俺の前に立つと殺気立った瞳でクロエを睨む。

 

「おいたが過ぎたマセガキは、大人の私がガツンと拳骨を落として差し上げましょう!」

 

 その言葉にクロエは笑って双剣を投影した。

 

「生憎、貴方みたいな年増のオバサンに負けるつもりは無いわよ!」

 

 2人が戦闘を始めた。

 

 しかし、遠目見ていた俺はもう1つの脅威に気付いてしまった。

 

 金属音の鳴り響く部屋のドアが、何かをぶつけられて今にも壊れそうだ。

 

「娘は……全員に配られてるから別に連れて行かなくてもいいか……」

 

 なので俺は独りで、先のタマモの蹴りで空いた穴から脱出した。

 

 その部屋から退室したのは、丁度隣の部屋に複数の足跡が入っていった後だった。

 

 

 

「やばいな……今までと違ってサーヴァントの動きが激しい。カルデア中で動いてるみたいだ」

 

 廊下を後ろに娘を乗せながら馬で駆けているアルトリア・オルタをやり過ごした俺はこの状況で逃げ続ける方法を考えていた。

 

(自動販売機の後ろに隠れ続けるのも限界だし……そもそもこの悪夢、全員に娘を見せると覚める仕様じゃなかったか?)

 

 これは俺が直接1人ずつ会わないといけないだろうなと思いながら、廊下の様子を伺う為に顔を動かした。

 

「マスター、見つけた!」

「うぉ!?」

 

 急に大きな帽子に……じゃなくて、フランス王妃、マリー・アントワネットに見つかった。

 

「お父様……かくれんぼのおつもりですか?」

 

 そして隣にいた娘には呆れられた。

 

「いいじゃない。マスターだって童心に帰って遊びたい事があるのよ、ね?」

 

「お母様、私、どう見てもお父様はお母様達から隠れているようにしか――」

「――私から隠れるなんて、そんなわけないじゃない? ね?」

 

 マリーは娘の口に人差し指を置いて笑顔で黙らせた。

 

「は、はい……そうです、ね」

「うんうん、私はマスターが大好きで、マスターも私が大好き! 相思相愛の相手から逃げるなんて……そんな悲しい事、マスターがする訳ないもの」

 

 マリーの言葉には一切の悪意がない。本気で俺の事をそう思っている様だが、娘の方は正常でまるで白百合の騎士、デオンの様に彼女の意見を曖昧に肯定している。

 

「折角親子3人が揃ったんだから、一緒に散歩致しましょう?」

 

 どうやらマリーは普段の恋愛脳なヤンデレが暴走して、娘が既にいる者だと思い込んでいるらしい。

 本人の性格もあるからだろうが、暴れないでいてくれるなら助かる。

 

「…………」

 

 逆に娘には何処か冷ややかな、ロクデナシを見るような目で睨まれているけど。

 

 そんな状態な俺達3人はマリーを挟んで手を繋ぎながら廊下を歩き出した。

 

 こうなったらサーヴァントに出会ってこの悪夢から出る作戦で行こう。

 そんな覚悟で廊下を歩いていると前方から早速誰かやってきた。

 

「撃ち抜け!」

 

 と思ったら唐突に光の矢が飛んできた。

 

「っ!」

 

 俺へと迫る一筋の光を、マリーの娘が何処からか取り出した剣で弾いた。

 

「お父様、無事なんですか?」

「おい、無事じゃない方がいいみたいな言い方をするな!」

 

 目の前には黒髪ツインテールに赤色のパーカー。頭の中に英霊ではないキャラクターが頭に浮かんだ。

 

「……遠坂凛?」

「誰よそれ。お父様ったら、娘の事を他人と間違えるのかしら? ま、これだけ浮気相手に困らない場所ならそうなるわよね?」

 

 凛に似た人物が俺の娘なら……間違いなく、あのサーヴァントが相手だろう。

 

「でも……私とお母様を裏切ったアンタなら、始末しても良いわよね?」

 

 人差し指をこちらに向ける。その動作は指鉄砲に近いが何故かそれを見た俺は弓矢を構えた様に見えた。

 

「確かに、私達の父親はロクデナシかもしれないが……殺させるつもりはない!」

「邪魔よ。そこのクズを守るなら、アンタも殺す」

 

 娘の目は本気だ。

 どうも水着の方の女神イシュタルの娘らしいが俺が他の女性と関係を持っているのが不満らしい。(当然の事だが)

 

 下手な言い訳も聞いてくれそうにない程に、その目は俺を撃ち抜いている。

 

(娘が増えるってつまりヤンデレじゃないけどサーヴァントレベルで強い奴が増えるって事か!)

 

 今更ながら状況がどれだけ悪化しているか気が付いた。しかも娘相手だから令呪も使えない。

 

「そもそも、イシュタルは何処に?」

「今更お母様を気にするだなんて、本当にがっかりさせる男ね……!」

 

 放たれる光、再び剣が弾いた。 

 

「っ!?」

 

 しかし、放たれた光の数は2本。娘の横をすり抜けて迫る矢が俺の頭を撃ち抜くのは避けられない。

 

 が、当たる筈だった光は同じ光に遮られ、俺ではなくカルデアの壁に穴を開けた。その時の衝撃で俺は後ろ倒れたが、傷はない。

 

「……お母様、何故邪魔をするんですか?」

「いきなり親殺しをする娘を止めない母親がいる訳ないでしょ!」

 

 ピンク色のパーカーを来た黒のツインテール、ライダーのサーヴァント、水着イシュタルがそこにいた。

 

「全く、我が娘ながらとんだお転婆ね。マスター、無事かしら?」

「あ、あぁ……」

 

 イシュタルの伸ばした手を取って立ち上がる。娘は母親に攻撃するつもりは無いようで、腕をぶらりと下へ下げた。

 

「まぁ、マスターも悪いのよ? 私という女神をないがしろにするから娘に命を狙われる羽目になるの」

 

 イシュタルは俺の耳元で囁いた。

 

『あの子を引き取った時にも沢山の他のサーヴァントの娘がいてね、何人かは貴女が浮気したと思って怒って飛び出したらしいわよ』

『それって……』

『良い? 今はアンタを見逃してあげるから此処から逃げなさい。他のサーヴァントや娘も、今の騒ぎで集まっている筈よ』

 

 なんてこった。

 

「マスター、何を話しているのかしら?」

 

 唐突に先程まで空気だったマリーが俺に話しかけて来た。

 

「あんまり他の方に色目を使っていると私、色々と我慢出来なくなりそうなの……ねえ、私だけを見て」

 

 此処でヤンデレてどうするマリー……!

 

「逃げなさい、マスター!」

「【瞬間強化】!」

 

 全速力で廊下を駆け出した。

 

 

 まずは、マリーとイシュタルの娘の視界から外れる為にも角を曲がって――

 

「このまま逃げ切って――!?」

「発見」

 

 目前には見知らぬ人物がいるが、身体能力を強化した状態では急に止まれない。

 焦る俺と違って武道の達人の様に構えている女子には焦りがない。

 

「迎撃――捕縛」

「っがぁ!」

 

 理解出来ないまま俺の体は地面に叩きつけられ、こちらを見下ろす茶髪のツインテールは俺の首に手刀を向けた。

 

 痛みでろくに動けない体は、その視界が落とされる寸前で哪吒の雰囲気に似ている事だけ理解した。

 

 




そろそろこの小説も2周年目を迎えますし、次辺りで一度家庭未来図の投稿を止めてお礼企画を始めたいと思ってます。
ハーメルンに登録されていない読者さんも参加できる様に、今回はツイッターでも募集を掛けようと思いますので興味のある方は是非フォローしておいて下さい。

企画の詳しい内容は次話の投稿の後、活動報告とツイッターで発表しますのでもう暫くお待ち下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二ヤンデレ家庭未来図 七

長い長いヤンデレ家庭未来図。今回で終了です。

2周年記念企画に関しては活動報告の方で本日中に告知します。もう暫くお待ち下さい。


 

 

 気絶中は悪夢の中ではあるが、眠らされた状態とは異なり周りの状況は一切分からず、目が覚めたら自分の目と耳で状況を判断するしかない。

 

「――で、誰か柱に縄で縛られながら娘と思わしき4人に囲まれている事に関しての説明をしてくれ……」

 

 チャイナ服の背の低い茶髪ツインテール、赤いパーカーの黒髪ツインテールは見覚えがある。

 しかし、残りの2人には見覚えがない……

 

 ロングヘアーの黒髪で学校指定であろう白いブレザーに赤のネクタイ、何故か両腕には攻撃力の高そうな手袋が装備されている。

 

 最後の1人は桜色の髪に羽飾りが1つ頭に付いており、ポニーテールの縛り目に飾られている。服装は母親を意識してかフワッとした装飾の少ない白いワンピースだ。手で小さな杖を握り締めている。

 

「あら、本当に説明してほしいのかしら?」

「本当はもう分かっているんじゃありませんか?」

 

 パーカーの娘とセーラー服の娘から更に一層ピリピリとした敵意を感じる。

 

「と、取り敢えず誰の娘かぐらい――」

『――貴方の娘です!!』

 

 4人同時に叫ばれた。

 その後、一番無口そうなチャイナ服の娘の溜め息と共に自己紹介が始まった。

 

「……私、哪吒の実の娘」 

「イシュタルお母様の娘よ」

 

 黒のツインテールを揺らし、俺と視線を合わせない。

 

「マルタお母さんの娘です」

 

 何故か手袋を確認してから拳に力を込めた。

 

「お母様は大魔女です」

 

 杖を振り回し、俺へと向けた。

 

 全員、テンションの低い声で誰が母親か教えてくれたが俺はもう殺されそうだ。

 

「怒っているのは理解しているつもりだけど……そもそも結婚してないから――」

「――結婚していなかったら私のお母さんじゃない人とイチャイチャして良いと思っているのかしら?」

 

 笑顔で腕を鳴らすマルタの娘。目がやばい。

 

「それなら、俺にどうして欲しいんだよ……」

 

「反省して、懺悔してくれればそれで良いわよ?」

 

 イシュタルの娘は随分簡単そうに言った。

 

「ぬるい。処すべき」

「牛さんに変えてあげます」

 

「あのね……この人が死んだら私達まで消えるのよ? 殺すのは論外よ」

「でも、そうなるとお母さんの怒りと悲しみはどう消化するべきでしょうか?」

 

 そもそも保護者となるはずのサーヴァントたちは一体何処へ……?

 

「あら、簡単よ。心を入れ替えて貰って私のお母様に一途になれば良いのよ」

 

 そう言って凛の様な見た目の娘が取り出したのは…桃色の小瓶。

 

「っげ!? 愛の霊薬!?」

「これを使えば私のお母様にメロメロ。もう余所見なんてさせないわよ」

 

「ちょ、ちょっと!? それじゃあ私のお母様はどうなるのよ!?」

 

「あら? どうせ1人しか駄目なんだから素直に諦めなさい。こんなロクデナシでもイシュタルお母様が幸せになるから私達が引き取ってあげるわ」

 

「駄目です。お父さんを更生させるのなら聖女であるお母さんが一番です。その薬は私が頂きます」

 

「駄目、父は私の母の物」

 

「それは私が貰う! (お母様からキュケオーンじゃなくて惚れ薬のレシピを聞き出せば良かった……)」

 

 個人的には……殺気が収まった事と娘達に救いようのない程に嫌われた訳じゃないと分かってホッとした。が、この状況で安心できる訳が無い。

 

「まて、そもそも惚れ薬を飲ませても相手が目の前にいないと面倒な事になる」

 

 取り敢えず母親を呼んで貰おう。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

『…………』

 

「え? 何で全員一斉に黙ったの?」

 

 するとイシュタルの娘は霊薬の蓋に手をかけた。

 

「じゃあ、全員がいるこの状態で飲ませましょう」

「恨みっこなしね」

「上等」

「良いわ、それで行きましょう」

 

 何を言っているんだこの娘達は――!?

 

「よっと……はい、飲みなさい」

「……んっんん!」

 

 押し付けられた瓶に口を閉じる。これは飲んだらアウトだ。意地でも飲まない。

 

「飲んで」

「っ……!」

 

 哪吒の娘が俺の鼻を摘んだ。

 口を閉じているので空気の入る隙間がない。

 俺は僅かに口を開けざるを得なかった。

 

「――うっぷ!」

 

 入った。霊薬が口の中に入って体の中に取り込まれた。

 

「さあ、私よ。私を見なさい」

 

「お父さん、私の方をご覧下さい」

 

「しっかり見て」

 

「私を見てよ! 他の娘なんて見ないで!」

 

 娘達に呼ばれるがそうは行くかと、俺は強く目を瞑った。

 

「っぐ……!」

 

 しかし、薬の作用か声で呼ばれると体全体が思わずそちらに反応してしまう。

 耳を塞ごうにも熱くなる体を抑えているので動かせない。

 

「……うぐぐ……!」

 

「お父さん……私を見てくれたらもうロクデナシなんて呼ばない」

「嫌ったりもしない」

「一緒に、入浴」

「しっかり親孝行して、甘えてあげるから」

 

 耳元に集まり始めた娘達の声と誘惑に体は震える。

 

「――何してるのアンタ達!?」

「ようやく見つけたわ!」

「イタズラ、謝罪……!」

「もー! 折角作ったキュケオーンが冷めちゃうよ!」

 

 此処で漸く4人のサーヴァント達がやってきた様だ。

 

「全く、我が娘ながら薬に頼るなんて情けないんだから……美の女神の娘がこんな事をしてまで落としたい相手が実の父親なんて……」

 

「結婚相手は好きにしなさいと言ったかもしれないけど、マスターを選ぶなんてどんな教育したらこうなるのよ! マスター、そこも後でじっくり話し合いますからね」

 

「帰ろう、愛娘」

 

「ささ、説教は後にしてそういう訳で――」

 

『行く(わ)よ、マスター』

 

 目を瞑って体の熱に耐える俺に、4人の手が同時に触れた。

 

(あ、駄目だこれ)

 

 体の異常に苦しみながらも俺は瞬時に察してしまった。

 

 イシュタル、マルタ、哪吒、オケキャス。

 

 正直、攻撃的すぎるメンツだ。

 

「上等ね。相手になって――」

「――はい、ストップ。もう悪夢は終了だ」

 

 

 新しい声が聞こえてきた。

 悪夢が終了と言ったのは、カルデアのショップや工房でお馴染みのダ・ヴィンチちゃんだ

 

「はい。マスターはこれを飲んでー」

 

 愛の霊薬を打ち消す薬を飲まされた。飲んでみれば体の異常は無くなり、無事に開放された。

 

「じゃあ、マスターには悪夢を終わらせる為の大事なお仕事があるから協力してくれ」

「お仕事?」

 

「うん、全員に行き届いてしまった娘を返す為に彼女達の頭を撫でてくれ」

 

 そう言って言われるがままイシュタルの娘の頭を撫でた。すると娘の体はサーヴァントの様に消滅して消えた。

 

「ちょ、ちょっとダ・ヴィンチ!?

 そんないきなり終わりだなんて聞いてないんだけど!?」

 

「流石に長くなり過ぎたからね。これ以上はマスターの現実的な体に支障を来しかねないのさ。さあ、全員返そうか」

 

 顔を赤くするマルタの娘、そっぽを向いて無言な哪吒の娘、嬉しそうなオケキャスの娘。

 

 全員の頭を撫でると、ダ・ヴィンチに背中を押されて部屋を後にした。

 

「さあ、次だ次!」

「うお!?」

 

 廊下に出た先にはエルドラドのバーサーカー、アナと呼ばれる小さなメドゥーサ、ハロウィンのエリザベート2人とメカエリチャンがいた。

 

「……何? もう終わりだと!?」

「「うっそ!? 私達、珍しくシャトーでの出番だったのに!?」」

 

「……残念です」

「無念」

 

 娘をあっさり没収されて彼女達は落ち込んだ。

 エルドラドのバーサーカーに関しては凄い勢いで怒っている。

 

「マスター! 貴様、あの娘の格好はなんだ! あんなフリフリのスカートに花柄の洋服なんぞ着せおって! 私が娘位に綺麗だと思われたらどうする!」

 

 怒っているのはよく分かったがその理由についてはよく分からなかった。

 

 そして、その後も様々なサーヴァント達の娘を撫でて返し続けた。

 

 

 

「お疲れちゃーん! もう残ったのは最初の娘だけだね」

「じゃあ、この娘を返せばこの悪夢も終わりか」

 

 長かったな今回。娘にヤンデられた時が一番焦ったけど。

 

「お母さん……」

 

 娘は元のダ・ヴィンチちゃんの娘に戻っており、不安そうに母親を呼んだ。

 それにダ・ヴィンチは意味有り気なウインクを返した。

 

「じゃあ、さようなら」

 

 俺は娘の頭に手を置いた。

 

 

「分解」

 

 

 ダ・ヴィンチのその一言で、俺は伸ばしていた手を引き戻して、床に膝を付けたまま体を抑えた。

 

「ぐぅっ!? こ、れ、は……!」

「お父さん! 大丈夫!?」

 

 呼び掛けた娘を見ながら、ダ・ヴィンチちゃんへと視線を動かした。

 

「霊薬を打ち消す薬なんて万能天才の私にかかれば不可能ではない。一時的に症状を無くして好きなタイミングで呼び起こす事もね。

 なにせ毒にも人工的なウィルスにも強いサンプルがカルデアの廊下にいたからね!」

 

 先まで隠れていたダ・ヴィンチちゃんの工房の奥に、2人のサーヴァントが僅かに見えた。褐色の肌と、鋭利な凶器が。

 

「これで君は私にメロメロさ」

 

「お、お母さん……!」

「ふふふ、娘よ。天才の力ならこの通り、例えヤンデレ・シャトーの歴戦の猛者だろうとこの通りだ。幸せな家庭を築き上げる方法も何重と――」

 

「爪が甘いよお母さん……お父さんを見なよ」

「ん?」

 

 俺は娘に抱き着いた。

 

「愛しの娘よ!」

「あ、き、切大君!? 何でそっちに抱き着いているのかな!?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの疑問の声が聞こえるが、そんな事よりも娘だ。

 

 なぜ俺はこんな可愛くて愛しい娘をあちこち危ないサーヴァントの前に連れて行ったのだろうか。

 これからはもっとしっかり守ってやろう。

 

「よ、予想すらしていなかった結果だ……くっ、こうなったら仕方がない! この“リセットハンマー ver.8.3”で霊薬を――」

 

 娘は何か危ない物を取り出したダ・ヴィンチちゃんに抱き着いた。

 

「お母さん1つだけお願いしちゃ、駄目?」

「な、なんだい娘よ。勿論良いに決まっているじゃないか! 天才の私に何でも話してみたまえ」

 

「……お父さんともう少しこのままでも良い?」

 

 そんな可愛らしいお願いに俺は更に強く娘を抱き締めた。

 

「ああもう、可愛いなぁー!!」

 

「うっぐ……む、娘のお願いだ……快了してやりたいが……今の私はヤンデレで――」

「――じゃあ、お父さんの代わりに私がお母さんを愛してあげる」

 

 そう言って娘はダ・ヴィンチちゃんの頭を撫でた。

 

「……み、みたまえ切大君! 私達の娘は天使だぞー!」

「うん、唯一無二の天使だー!」

 

 俺達は胸一杯の幸福と共に娘に抱き着き愛で続けた。

 それは目が覚めて正気に戻った俺が死にたくなる程までに続いたのだった。

 

 

 

 

 

「マスター、話がある。そこに座れ」

 

 座る場所に困る程に赤い槍に囲まれ、スカサハが前に立っている。

 

「トナカイさーん、私と子供を作りましょうよー?」

 

 子供の作り方と書かれた絵本を握りしめるジャンヌ・リリィ。

 

「美しいとも可愛いとも言わせんぞ……! 貴様の体に恐怖を叩き込んでくれよう……」

 

 いつも以上に長く太い鎖をジャラジャラと鳴らしてこちらを睨むエルドラドのバーサーカー。

 

「な、何をすれば……生きて帰らせて頂けますか?」

 

「子作りだ。それしかなかろう」

「赤ちゃん、作って下さい!」

「殺す! 死にたくなければ足掻け!」

 

 この日の悪夢は過去最速で死亡エンドだったらしいが、それは当然俺の記憶から忘れられる事になるのだった。







今回の反省点はですね……登場人物の多さ、ですね。書いてて失速しているのがよく分かりました。
次回があれば多くても10人程度でやります。

なおこの未来図を書いている間に三蔵ちゃん、不夜城のキャスター、モードレッドと色々引きました。
記念企画が終わったら登場させたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゆめのおわり 【2周年記念企画】

2周年記念最初の投稿は デジタル人間さん です。

名無しのマスターとの事だったので、切大では無い別のマスターのお話です。


 俺がFGOをプレイしたのは数年前に放送していたFate/Zeroを観て、そこからハマったのが始まりだった。

 

 唯のアニメ、ゲーム好きな俺はその設定とキャラが気に入りFGOも始めた。

 

 そして、監獄塔のイベントが始まると俺はヤンデレ・シャトーに閉じ込められた。

 

「ヤンデレと化したサーヴァントに襲われるからなんとかして逃げろ」(意訳)

「なるほど、分かった」

 

 アヴェンジャーであるエドモン・ダンテスの割と丁寧な説明でそこがどんな場所か理解した俺はサーヴァント達から逃げる事に成功。

 

 その後、エドモンの召喚に成功した俺の前に別のアヴェンジャー、ジャンヌ・オルタが現れ悪夢を体験させ始め、数日後に召喚すると悪夢は止まった。

 

 今度は最初にして最弱のアヴェンジャー、アンリ・マユが俺に悪夢を見せ続け、後に現れたアヴェンジャーのゴルゴーンが彼と代わって現れ、彼女を引くと再びアンリ・マユが悪夢を見せ続けた。

 

 しかし、それも今日で終わりだ。

 

「お、都市伝説だと言われる程出なかったけど、遂に来たか」

 

 そう。遂に俺はアンリ・マユを引いて、FGOの中でも数の少ないエクストラクラス、アヴェンジャーのサーヴァントをコンプリートした。

 

 した瞬間――自分の部屋にいた俺は突然迫ってきた睡魔に耐え切れず、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

「……ん……? んんっ……!」

 

 突然、悪夢の中に落とされた事を理解した俺は立ち上がって伸びをした。

 

「あ、なんか全員揃ってる!」

 

「相変わらず気の抜けた声で喋るマスターだな」

「こんな奴が私達のマスターなんて、世も末ね」

「手厳しいコメントだな。俺みたいなろくでなしでも養ってくれちゃう優しいあんちゃんなんだろ?」

「ふん、ヤンデレ・シャトーすら切り抜けてきたのだ、気の抜けた声も全くの約立たずではないだろうな」

 

 今まで司会役だったアヴェンジャー4人が俺の前に立っていた。

 

「……以前説明したが、ヤンデレ・シャトーはアヴェンジャーである我らの内の1人が管理している。しかし、今回の召喚でお前のカルデアに全員が揃い此処を動かす者がいなくなった」

 

「じゃあ、ヤンデレ・シャトーは終わりって事?」

「そうなるな」

 

 そっかぁ、じゃあお達者で。

 

 なんて終わり方じゃないのはなんとなく分かってた。

 

「今回はお前を最後の悪夢に落としてやろう」

「なるほど、そうくるだろうな」

 

「魔術礼装も概念礼装も効果はなくなり、令呪は使用不可能」

「最早サーヴァントとマスターって関係の意味がねぇな」

 

「そんな物が無いので当然サーヴァント達は今まで以上に容赦なしだ」

 

「アンタの好みを揃えてあげたから、精々感謝の涙を流しながら苦しむ事ね」

 

 過去最高に厳しそうだな……まあ、なんとかなるでしょう。

 

「では行くぞ――」

 

 

 

 ヤンデレ・シャトーに到着した。レンガで作られた塔は初めて来た時と変わらない姿で俺を出迎えていた。

 

「ほー……此処か」

 

 久しぶりにやって来た場所を眺めようと左右に首を動かした。

 そしてすぐに自分へと迫ってくる一筋の光と風を切る音が聞こえてきた。

 

「わー……イシュタルかな? あ、この羽はもしかして――うぉ、ぶっ!?」

 

 高速で飛来してきた幻想種グリフォンの突進を辛うじて避けたが、逆側からやって来た空飛ぶ弓からは逃れる事が出来ずに引っ張られてしまった。

 

「ふふふ、捕まえたわよ私のマスター?」

 

 得意げに俺を見下ろすのはツインテールの女神様、アーチャークラスのイシュタルだ。

 

「またこのパターンですか……」

「そんな事言って、あのピンク色の頭の可笑しい奴のグリフォンは避けたじゃない。私は避けなかったって事は私ならOKって事よね?」

 

「いや、それは違うんだけど……」

「観念なさい。今は貴方のサーヴァントである事は、私には何の足枷にもならないんだから容赦はしないわよ」

 

 そう言って彼女は自分の宝具、マアンナの速度を上げ、僅かに浮くと、天井に向かって弓矢を放った。

 

「っはぁ!」

 

 光の矢は彼女の部屋の前の廊下を塞ぐ形で天井の瓦礫を降り注がせた。

 サーヴァントと言えど、この撤去には時間を要するだろう。

 

「おまけよ!」

 

 なんとあのイシュタルが、惜しげもなく宝石を両手の指全てに挟み、瓦礫へと放り投げた。

 

 投げられた宝石には魔力が込められていたようで、それらから眩しい光が放たれ散乱していただけの無残なバリケードは神を祀る神殿の様な神々しい壁へと変化した。

 

「美の女神のお誘い、断ったりしないわよね?」

 

 イシュタルは怪しい輝きを放つ視線で俺を見つめた。しかし、その手の魅了は効かない。なんか何時もより出力あげてるみたいだけど。

 

「断って引き下がるなら――」

「――しないわよね?」

 

 有無を言わせない口調で俺を睨むと、部屋のドアを開いて無理矢理入った。

 

 中はそこら中にある宝石が色とりどり輝いており、奥の方にはキングサイズのベットが置いてある。

 

「久し振りだな、この部屋」

「ふふふ、覚えていてくれたのね? 2ヶ月ぶりかしら?」

 

 以前やって来た時も宝石だらけで目立つ家具はこの巨大なベットだけだったのだ。

 

「あの時は両手縛られて大変だ――っ、マジですか?」

「ええ、大マジよ」

 

 懐かしんだ俺の両腕に金属が走り、縛り上げた。以前と同様に鎖で縛られたのだ。

 

「さあ、来なさい」

 

 イシュタルはその先端を引っ張ってベットの足に括り付けた。1mに満たない長さの鎖に繋がれ、押し倒された。

 

「私は女神よ」

 

 イシュタルは俺の顔に左手を添えた。

 

「私がしたいのは、今まで色んなサーヴァントがしてきたおままごとじゃなくて、本物の結婚よ」

 

「欲しいのは魅了されて頷くだけの人形じゃなくて、夫婦の愛なの」

 

「それは俺が好きじゃないと生まれないだろ」

 

 俺がそう反論するがイシュタルは嗤う。

 

「あら、少なくとも私は貴方のお気に入りのサーヴァントなんでしょう? だから私はここに居るんでしょう?」

 

 痛い所を突きながら、彼女はツインテールに束ねていたリボンを外した。

 

 今まで見た事が無かった、艶のある長い黒髪が真っ直ぐ伸びた彼女の姿に胸が高鳴った。

 

「あら、少し反応したわね? 見た事ない私の髪型に驚いたかしら?」

 

 俺は慌てて顔を横に振った。

 

「ねぇ、こんな私の姿、見れなかったでしょう? 私も見せるつもりはなかったけれど、夫婦になればいくらでも見れるわよ」

 

 ――毎朝、一緒のベットで起きるんだから、ね?

 

 耳元で囁かれて、いつの間にか彼女の体がピタリと俺の体に正面で重なっている事に気が付いた。

 

「貴方にご飯を作る時はエプロン姿にポニーテールも見せてあげるし、水着も浴衣も、コスプレだってしてあげるわよ。何に使うかは……言わなくても分かるわよね?」

 

 り、理性が……! 耐えきれない……!!

 

(エプロン姿のイシュタルにお帰りとか言われてみたいし、水着イシュタルとプール行きたい。浴衣姿の凛と花火――違う、イシュタルとだった)

 

 Stay Nightの時から凛が好きだった俺に、そっくりさんのイシュタルの誘惑はクリティカルヒット過ぎた。

 

「そんなに、嫌かしら?」

「……い、嫌じゃ……ない、デス」

 

 幾多のヤンデレ・シャトーを乗り越えようと男の性からは逃れないという事か。

 

「私は、マスターが……好きよ」

 

 昂ぶり過ぎて足が震えている俺の耳元で響くイシュタルの告白に、両手の鎖を忘れて思わず抱き着きたくなった。

 

「まだ駄目よ、だってマスターから聞いてないんだもの。

 ……愛してるって、言ってくれるかしら?」

 

 言いたい。めっちゃ言いたい。

 

 だけど、アンリ・マユのヤンデレ・シャトーでそれをしてしまえば待っているのは死。

 悪夢の中で植物人間か、夢精してテクノブレイクするかのどちらかだ。

 

「う……っぐ」

 

 奥歯に力を込めて声を抑える。

 

「……そんなに、嫌なの?」

 

 彼女の泣きそうな声が俺の心に罪悪感の言い訳を擦り付ける。

 頷いて死ぬのも、現実で彼女がいない俺ならなんの問題もない気がする。してきた。

 

「い、イシュタ――」

「行っけぇ! ヒポグリフ!!」

 

 扉をぶち破り突入してきた1羽の幻想種。鷲の様な翼と顔を持ち、馬の下半身を持つその生物は壁を破った勢いでイシュタルに突撃する。

 

「っきゃぁ!!」

 

 人を乗せて飛べる程の巨体にも関わらず、イシュタルだけを壁に激突させたヒポグリフ。その背中からピンク色の髪と甲冑を纏った美少女……美少年が舞い降りた。

 

「やっほー、マスター! やっと来れたよ!」

 

 ライダーのサーヴァント、アストルフォ。

 性別は男だがその女装は誰から見ても少女と呼ばれる程だ。

 

「っぐ……ど、どうやって……私の神殿を……!!」

「んー? あ、もしかしてあの大層な壁の事かい?

 僕、理性は無いけど魔術の事なら昔手に入れた魔術書があるから、大抵の魔術なら破れるんだ」

 

 そう言って見せ付けられた宝具には見覚えがあった。

 

「破却宣言……!」

 

「じゃあヒポグリフ、その女神様は適当に投げといて」

 

「ちょ、やめ――」

 

 ヒポグリフは一鳴きすると傷付いて動けないイシュタルを啄んで、勢い良く放り投げた。

 

「――――」

「バイバイー! じゃ、行こうかマスター」

 

 投げ飛ばされたイシュタルには目もくれず、一切動かない視線で俺を見続け鎖を切り裂いたアストルフォ。

 

 ヒポグリフに俺を乗せると、俺の後ろから抱き着く様に手を出して手綱を掴んだ。

 

「上だよ、ヒポグリフ!」

 

 宝具であるヒポグリフの能力、次元跳躍を使って、天井をすり抜けて上の階に侵入した。

 

 ヤンデレ・シャトーは階によって病み方が変わったりするので天井を壊してもそのまま入る事は出来ないが、次元跳躍で違う次元に入ってから戻ってくる方法なら入れてしまうようだ。

 

「……あれ」

 

 ヒポグリフから降りたアストルフォはふらっと体が崩れ落ちそうになりながら、馬の体に取り掛かった。

 

「あれ……なんか、変だなぁ……」

 

 先のイシュタルの一件も合って声の掛けづらかった俺だったが、流石に心配しない訳にもいかない。

 

「大丈夫かアストルフォ?」

 

 具合が悪そうに頭に手の甲を当てるアストルフォ。ヒポグリフをしまいながらも俺に体を預ける。

 

「ふぅ……ん、ぁつぃ、マスターに触れてる所が……すごく熱い」

「ちょ、ちょ……ああ、これやばい奴だ」

 

 顔が赤く、息も乱れている。

 間違いない。これは――

 

「発情してるな」

 

 そっとアストルフォを床に置いてその場を後にした。

 

「待ってよ!」

「うごっく!?」

 

 しかし、距離を取る前にアストルフォに背後から抱き付かれた。

 

「はぁはぁ……今日は絶対に、逃がさないから……」

 

 背後からガッチリ掴まれ、振り解けない。

 

「ちょ、ちょっと待て!」

「えへへ……理性が、じょうはつしてるからかなぁ……抑えがきかないよぉ」

 

 俺の尻に当たる熱の籠もった物体に、悪寒が走った。

 

「さ、流石に……それは無理!」

「あぁ……ま、待ってよマスター!」

 

 体を倒して緩んだ拘束から逃げ出した俺はアストルフォから少しでも遠くへ逃げようと一目散に走り出した。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……まさかアストルフォが発情とか……唯の恐怖体験だぞ、男の娘に尻を狙われるとか」

 

 二次元なら確かに男の娘も良いとか思った事が無いわけじゃないが、そっちの気は微塵もない。

 

「わぁ、可愛い!

 とかそんな大きさじゃない……いや、何を言っているんだ俺は」

 

 思考がパニックで変になっているじゃないか? 

 

「せめて捕まったら俺が攻め……」

 

 いよいよ俺の正常心も死んだか。ナニを口走っているのか俺も分からない。

 

「て言うか逃げる方向は合ってるのか……ループするからどっち歩いても変わらないけどさ」

 

 そうブツブツ呟きながら廊下の先から聞こえる物音には最新の注意を測りつつ歩いていると、耳に音が届いた。

 

「後ろ? 前か?」

 

 振り返ったり正面を見たりを繰り返したが誰もいない。

 

「じゃあ、一体何処に――」

「――マスター!!」

 

 頭上、真上から迫るヒポグリフに気付く事が出来なかった俺は、数秒後に2つ下の階に次元跳躍した事だけを視界情報として認識出来た。

 

「――おわぁ!?」

 

 しかも到着したのはヤンデレ・シャトー1階のアストルフォの部屋。理性の無い彼の部屋に何故かあるトランポリンに落とされた。

 

「無事、到着!」

 

 ヒポグリフから飛び降りたアストルフォに抱き付かれ、数回トランポリンが揺れる。

 

「マスター!」

「マスター!」

「マスター!」

 

 そして何故かヒポグリフの背中から飛び降り現れたもう3人のアストルフォ。

 

 どうやら俺の真上に移動する際に他の階に行った影響をモロに受けている様だ。

 

「っぐ……ど、どう言う状況で……?」

 

「コラコラ! マスターは僕の物だよー?」

「何を言ってるの? マスターは僕のマスターさ!」

「んんー? おかしくない? 僕のマスターなんだけど? 僕の分身だからって調子乗ってる?」

「はぁはぁ、やばい……理性蕩けそう……」

 

 しかも、1人はドS化しており本物らしきアストルフォは発情したままだ。

 

「も、もう駄目ぇ……兎に角本物の僕がマスターを貰うからね!?」

 

 そう言って顔の赤くなっているアストルフォに足を掴まれた。

 

「はぁ? 君みたいな豚野郎が本物な訳ない、じゃん!」

「はぅー!?」

 

 大事な部分を分身に蹴られて悶える本物(だと思われる)のアストルフォ。

 

「なら僕が真のアストルフォだね!」

 

 そう主張し立ち上がる真のアストルフォはいつかの特異点で使っていたセーラー服を着ており、俺へと飛び掛かる。

 

「ぐほっ!」

「いやいや、僕だよ僕。君の服を見直しなよ」

 

 その横から普段の騎士甲冑のアストルフォが殴り、ブロックする。

 

「僕はパーフェクトアストルフォ!

 マスターに好かれるべく、欠点の無くなった完全なアストルフォさ!」

 

 パーフェクトアストルフォを名乗る彼は他のアストルフォと違いゆっくりと俺に近づく。

 

 なお、その間にドSアストルフォが足で本物のアストルフォを喘ぎまくらせている。

 

「常に新月状態だから、理性は蒸発してない! しかも、全部宝具が使える最強モードなのさ!」

 

 槍、笛、本とヒポグリフを同時出しするパーフェクトアストルフォ。これ、本当に強いサーヴァントなんじゃ……

 

「しかも、デオンみたいに自由に性別を変化できるから女装も女体化も自由自在さ!」

 

『…………』

 

 最後の一言で周りのアストルフォ達は急に黙った。

 

「うわぁ……ないわー」

「君、アストルフォの自覚ある? 無いよね?」

「発情してても分かる。君は最低なアストルフォだ」

 

 ボロクソ言われ始めた。

 

「ちょ、な、なんでさ!? 性別に縛られない体だよ!?」

 

「いや、シャルルマーニュ十二勇士のアストルフォは正真正銘の男だよ?」

 

「それを性別切り替え可能って……誇りも何もあったもんじゃないじゃん」

 

 まあ、自分から個性を捨てた様な物だし分からなくもないが……

 

 その間に俺は不安定なトランポリンの上からなんとか抜け出す為に立ち上がった。

 

「えい!」

「うぉ!」

 

 しかし、パーフェクトアストルフォの槍で転ばされる。

 

「逃さないよ?」

「マスター、一緒にいてね?」

 

 セーラー服と発情状態のアストルフォに両足を掴まれた。

 

「フフフ、退屈なんてさせないから、ね?」

 

 ドSアストルフォの両腕には振動し震えている大人の玩具が脱ぎられており、尻を狙われているのは確定的だった。

 

「しゃ、洒落になってないんですけどぉ!?」

「あはははは、大丈夫だよ。お薬もタップリ塗って、後ろを責められないとイケない体にしてあげるよ」

 

「大丈夫だよぉ、マスターのだったら僕が受け止めるから……」

 

 同時に迫る4人のアストルフォ。

 

『マスター、僕達は君が、大好きだよ』

 

 

 

 危機一髪、もう少しで尻を持っていかれる所で助けがやってきた。

 

 白の花嫁衣装を身に纏ったネロ皇帝、その俗称は嫁セイバー。

 

「美少年を手にかけねばならんとはなんとも心苦しいが、マスターの貞操の危機とあっては容赦する訳にいかんのだ」

 

 あっという間に切り伏せたが、本人的には躊躇があったようだ。

 

「うむ、そのかいあってマスターは余だけの物となったがな! さあ行くぞマスター! 2人の愛の巣へ!」

 

 言うが早いか俺を片手で担ぐと、アストルフォの部屋を出て無人となったヤンデレ・シャトー1階の廊下を走り、ネロの部屋までやってきた。

 

 花嫁らしい部屋……かは分からないが、派手好きなネロにしては輝かしい装飾が大人しめだ。

 

 キングサイズのベットはやたら高そうな天井付きだけど。

 

「夫婦の部屋だからな! マスターの趣味も考慮しての部屋だ!」

 

 そう言って装飾の控えめな方を指差すネロ。

 その先には巨大なショーケースが鎮座しており、ガラス越しに巨大な人形がよく見えた。

 

「おー……って、あれネロの!?」

「そうだ! ローマ一の美女にしてマスターの嫁! 余の1分の1等身大フィギュア、不夜の赤薔薇Verである!

 それだけでない! 普通のサイズのフィギュアも飾っておるぞ!」

 

 得意げに語っているネロ。ショーケースの中には彼女と同じ姿の人形だけが鎮座している。

 

「オタク、と言うのはよく分からんが取り敢えずマスターが大好きな余のフィギュアをあるだけ飾っておいた故、安心して愛でるがよい!」

「わー……凄い!」

 

 俺はショーケースに張り付く様にしてネロのフィギュアを眺める。

 

「すっごい、ディテール拘ってる!」

「そうであろうそうであろう!」

 

「下着のカラーも完璧……」

「うむ、うむ……!」

 

「あ、このポーズあのシーンの再現が……」

「う、うーむ…………ま、マスターよ」

 

「あ! このフィギュア、キャッチャーで取れなかった奴だ! ネロ、このケースどうやって開け――」

「――バカモノォー!」

 

 振り返った俺の顔に涙目なネロのビンタが打ち込まれ、その力で俺は床に叩き付けられた。

 

「い、痛い……普通に痛ぃ……」

「本物のネロ・クラウディウス、しかも貴様の花嫁である余が目の前にいると言うのに、余を愛でずに人形を愛でるとはどう言う思考をしておるのだ!?」

 

「い、いや……だって俺の趣味だって」

「マスターの趣味イコール、マスターの好きなモノ! マスターの好きなモノイコール、余であろう!

 そのフィギュアは余がいなくて寂しい時にのみ愛でよ! そしてショーケースは開かん! どうしてもお触りしたければ余を存分に触れるがよい!」

 

 そんな生殺しじゃないですかー! 生ネロを触れば死ぬんだから。

 

「全く……こほん、しかし、マスターがそこまで余を愛でたいと言うのであれば、嫁である余が一肌脱ぐべきだな!」

 

 そう言って花嫁衣装の胸元に手をかけるネロ。それを慌てて手で静止した。

 

「待った待った!」

「む、何だマスター? もしかして、直々に脱がせたいのか? もちろん、構わんぞ」

 

「いや、ネロ……その、取り敢えず添い寝しない?」

 

 流れに任せ、ヤンデレ・シャトーの終わる時間を稼ぐ方法で行こう。

 先のつまらないジョークで悪夢を出ると言う重大な目標に気付いたが故の行動だ。決して、変な欲望は抱いていない、筈。

 

「そうか、マスターは着たままが趣味であったか!

 愛する夫の為だ、後でシワは直す故、激しく交じりあおうではないか!」

 

 ネロは何か変な事を考えているらしい。

 

 それでも俺はネロと向かい合う様にベットに倒れ、お互いに見つめ合う。

 

「……! ……!」

 

 ネロは我慢出来ないと言わんばかりの顔で俺を見ており、今にも襲って来そうだ。

 

「…………!」

 

 なので俺から両手でネロを抱きしめる事にした。密着し、互いの温度が均一になるのが暖かさで分かる。

 

「ますたぁ……!」

 

 抱きしめているだけで満足しそうな俺とは違い、ネロはこれより先を強請る甘えた声を耳元で囁く。

 

 俺は更に力を込めて抱きしめ続ける。

 

「……ますたぁ……」

「――!」

 

「……」

 

 不意に、抱きしめているネロの体から力が抜けた。

 

「……?」

「マスター……」

 

 口を開いたネロの優しい声が聞こえてきた。

 

「余はな、今凄く嬉しい。

 何故なら余の愛するマスターが余を抱きしめて離さんからな」

 

 そう言って手を俺の手に重ねた。

 

「……余は美しいを芸術で表現する。そうするとな、見栄えが良いのもあるが、今の幸せを周りの者に知ら占める事が出来る。

 これは余が皇帝だった故かもしれぬが、今もこの在り方は余の中に染み込んでおる」

 

 そう言ったネロは微かに笑った。

 

 次の瞬間、横にあった俺の視界は一変、上を向いた。

 真上にはネロの顔があった。

 

「だからな、マスターが余りにも余を幸せにするからな、どうしても他の者にも見せたくなってしまったのだ」

 

 

 

【余の、“幸せ”を……】

 

 

 

 

「…………あれ?」

 

『悪夢は終わりだマスター』

 

 ま、また生殺しですか……?

 

『そういう事だ。

 だが――そうだな』

 

「ん?」

 

『お前が望むのであれば

 ――待て、しかして希望せよ。

 お前を苦しめる、新たな復讐者を――』

 

 




シャトー歴が長いベテランでもサーヴァントの誘惑は抗え難いです。

次回はツイッター側の当選者さんの話を書きます。
気長に待って頂けたら幸いです。


2部のサーヴァントは果たして自分のカルデアに来るのだろうか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレの境界 【2週年記念企画】

お待たせしました。今回は2周年記念企画の2番目、ツイッターで参加して下さった方のお話です。



 

 普段とは違う雰囲気のヤンデレ・シャトーで初めて見る人物に出会ってしまった。

 

 て言うか、人気が無い広いだけのカルデア仕様のシャトーを下手に歩くんじゃなかったと後悔している。

 

「あの、貴方がマスターさん、でしょうか?」

 

 目立つ装飾の無い黒い学生服を着た、明らかに魔眼の類いを持っているであろう赤い目の美少女。

 

 空の境界はよく分からないが、少し前にピックアップしていたので辛うじて名前は覚えてる。

 

「浅上藤乃さん……だっけ」

「ええ、よかった。こんな広い場所に誰もいなかったので……もう少しで壁を壊して脱出しようかとおもったんですけど」

 

 そんな事されたら最悪凍え死ぬ。設定上カルデアは雪山に建てられているし。

 

 取り敢えず距離を取ろう。初対面だし、ヤンデレじゃないから追ってこない可能性もある。

 

「誰もいない理由は知らないけど、急を要する自体じゃないから安心して欲しい」

「え、そうなんですか?

 ……それでは、暫くマスターである貴方と行動させて頂いて宜しいでしょうか?」

 

 そう来るか。この流れだと恐らく、俺が何を言っても彼女は俺に着いてくるだろう。

 

 こっそり尾行されても厄介だし、取り敢えず頷いておこう。

 

「では、ご一緒させて頂きます」

 

 

 

 そんな俺の心配とは裏腹に、彼女は特に俺に迫る事もなく普通の距離感で接し部屋についてもその言動に何か変化が訪れる事は無かった。

 

「そんな面白い所でも無いけど、取り敢えず何か飲む?」

「いえ、お構いなく。座らせて頂ければそれで十分です」

 

 そう言った彼女は椅子に座り、俺も取り敢えず不自然では無い位の距離に座る。一応、ドアの近くなので礼装で強化すれば逃げられるだろう。

 

「……サーヴァントである以上、貴方の事はマスターとお呼びすれば良いのでしょうか?」

「あ、ああ……そう言えば俺の名前は言ってなかったね。岸宮切大だ。マスターでも名前でも、好きに呼んでくれ」

 

 何故だろうか、自分のフルネームを口にしたのが随分懐かしく感じる。

 

「岸宮さん、ですか……私、ちょっと他の英霊の方と比べるとどうもその自覚が薄いので……マスターと呼んで慣れる様にします」

 

「分かった」

 

 そこから、彼女は軽く自己紹介を始めた。自分の能力とそれに関する異常性、無痛症について。

 

「……ですので、壊れてしまっても気付かず動けると言う点では、タフなサーヴァントだと思います」

「いや、俺はそこまで鬼畜じゃないから、俺の目で戦闘不可能だと思ったら撤退させるよ」

 

「優しいんですね」

「いや、常識だと思うんだけど……」

 

 こんな事で好感度が上がっても困る。

 

「私についてはこれくらいです。

 出来れば今度はマスターのお話を聞いてみたいです」

 

「んー……まあ、良いけど」

 

 俺はFGOのマスターと現実世界の自分の話を交えつつ彼女に話した。

 

「まあ、もう人理は修復されたのに新しい脅威ですか……大変ですね」

「そうなんですよー」

 

 それらしい話が出来たと満足しつつ、意識して避けている話題が1つある。

 

(彼女と両儀式の関係性がイマイチ分かんないから、名前を出して良いかも判断出来ない……)

 

 彼女自身、他人に嫌われる事が無いように振る舞っているのはこの僅かな時間でも理解出来たが、それ故に唯一の知り合いであろう彼女の話題を出すべきか否か、決めあぐねていた。

 

「……あの、マスター」

「ん、何?」

 

「そろそろお聞きしてもいいでしょうか?  

 今のカルデアに他の人がいない理由」

 

 そっちか、と思ったが確かに理由も説明せずにこれで当たり前だからとか、彼女が納得する訳も無い。

 

「え、えっと……」

「…………」

 

 俺の言葉を無言で待つ浅上藤乃。

 言葉に詰まった俺を見つめ続けた彼女は、唐突に口を開いた。

 

「マスターを困らせてしまった様ですね。ご安心下さい。私、此処がマスターさんと親睦を深める場だとは理解しているんですよ」

「あ、そ、そうなの?」

 

「はい。ただ、それ以上の事は教えて頂いて無いので説明を求めたのですが……それに先からどうも妙なんです」

 

 そう言って浅上は俺に少し近付いた。

 

「なんだか、段々貴方に吸い込まれそうになってしまって……どうしましょう」

 

 不味い。もう病み始めているのか。

 そう思った俺は素直に話す事で彼女の好感度を下げようと考えた。

 

「此処は……ざっくり言うと勝手に俺を好きになる空間なんだ」

「え……?」

 

「だからその気持ちは本物では無いから、落ち着いて欲しい」

「本物じゃない……はい、なんだか、そう言われると出処の分からない感情が収まった気がします」

 

 浅上は椅子に座り直した。

 

「……確かに、不自然な位感情が溢れ出そうになりましたが、貴方自身はこれを良しとしていない事が良く分かります」

「ご、ごめん。突拍子の無い事だったから……」

 

 よし、完全初対面な上にそもそも召喚できてないサーヴァントだからか、今の所は大して病んでいない。このままを維持しよう。

 

「いえ、謝らないで下さい。なんだか、サーヴァントになって忘れていた気持ちが思い出せた様で、嬉しかったです」

「だけど、ずっとこのままだと退屈かな……」

 

 俺は立ち上がってタンスまで移動した。

 以前、ドクターとカードゲームをしていたのでもしかしたら何かあるかもと思ったからだ。

 

「あーー」

 

 そこで発見したのがホラー映画の数々。

 

「暇つぶしにこれ、観ませんか?」

「ホラー映画ですか? 観ましょう、ぜひ!

 

 部屋の電気を消し、同じベットの上に腰掛けた俺達のホラー映画鑑賞が始まった。

 

 彼女の方は好きだと言っていただけあって、ホラーなシーンは真面目に、だけど口元を若干緩んで見ていた。

 

 横目でその反応を見つつも、俺は多少古い印象を受ける映画にちゃんとビビっていた。

 

 ……いや、見れないわけではないし、心臓も弱くは無いが、古いホラー映画は怖い。間違いない。

 

「……もしかして、怖がってますか?」

 

 唐突に、浅上さんが聞いてきた。

 

「ははは……まあ、あんまり見ないから……」

「そうなんですか……?」

 

 彼女はそう言って、俺の手を握った。

 俺はちょっと動揺してしまう。

 

「…………」

 

 しかし、握った本人は何も言わず映画が終わるまでただ俺の手を握り続けた。

 

「「…………」」

 

 漸く終わった。20分程度の間ではあったが手を握られてから随分と時間が経った気がする。しかし、映画が終わっても彼女はう手を離さない。

 

「え、えっと……」

「あ、す、すいません! ご迷惑でした……?」

 

「あ、いや……」

 

 頬を赤らめる彼女を見て俺は考える。

 

(この娘、実は俺の事……)

 

 もしかしなくても、あり得るかもしれない。

 

「あ、あの、お水はあそこですよね? 私ちょっと飲んできますね!」

 

(捕まえようとしているな……?)

 

 確定だ。だって、今も俺の事見てるし。

 

「――」

 

 アレはハンターの目だ。て言うか、魔眼持ちに狙われてるとか恐怖なんですけど――!!

 

 

 

 俺に緊張が走ってから数分が経った。

 浅上のヤンデレらしさが段々と伝わり始めて来た。

 

 俺の事を見続ける彼女。それだけなら、或いはもしかしたら普通かもしれない。

 

「ちょっと、トイレに行ってくるよ……」

「はい、どうぞ……っ」

 

「お待たせ」

「っ……いえ」

 

 だが部屋の中を移動したり、俺が座っていない間、彼女の視線は少し下がって俺の顔でも体でも無く足元へと移る。

 

 俺が不審な動きをすれば歪曲の魔眼で即座に俺の足を曲げる気だ。ゾッとする。

 

「そういえばマスターは沢山の英霊と契約しているとお聞きしましたが、親しい英霊さんはいるんですか?」

 

 俺の状況に探りを入れてきたか。

 

「うーん、特に親しいサーヴァントはいないかな……皆結構仲良くしてくれるし」

「そうなんですか……私とも、仲良くして下さいね?」

 

 それとなく交わしたが今度は距離を詰めてくるか。

 

「勿論だよ」

 

 あくまで平等に扱う、そう言う意味を込めた返しだ。

 

「はい……」

 

 俺の言葉に頷くが、恐らく喜んではいない。彼女も俺が言葉を選んでいる事を理解しているんだろう。

 距離を取りたい。

 

「意地の悪い方ですね、マスター。

 私から逃げるおつもりですか?」

「逃げるも何も……分かってるはずだ。その感情の変化の仕方は可笑しいって」

 

「そう、ですね。

 そうなんですけど……」

 

 浅上は胸の前で両手を重ねると俺を見る。

 

「不自然です。あまり良くない想いかもしれません。

 ですが私……こんな感情的になった事が無くて、今まで無い物扱いしていたのに急に溢れる程湧いてこられてはもう……この想いだけが私の思考を突き動かしているのです!」

 

 そう言って迫る彼女は、サーヴァントの霊基に慣れていないせいか人間的な速さで俺へと迫った。

 

「くっ!?」

 

 それでも際どいが、何とか彼女の腕が触れられない距離まで下がった。

 

「鬼ごっこなんて、女子校の私には馴染み深い遊びではありませんがお付き合いしますよ?」

 

 俺は慌てて部屋の扉を開けて廊下へ逃げた。

 しかし、その後ろでは今まで一度も聞いた事も無い金属の悲鳴が木霊した。

 

「もっとも、サーヴァントの力に慣れる数分の間でしょうけれど、ね?」

 

 俺は走って兎に角彼女の視界から外れようと角を曲がった。

 

 この後知った事であるが、その気になれば視力低下を代償に透視する事が出来る彼女には余り意味の無い作戦だった。

 

「早く、手に入れたいです。マスターの、全てを……」

 

「兎に角曲がらないと!」

 

 あの捻れ曲がったドアだったモノの姿が思い浮かぶ。魔眼を喰らえば俺も悲鳴を上げて肉塊のスクラップになる事だろう。

 

「パッションリップと似て……いや、動作が視るだけだから余計に質が悪い!」

 

 【瞬間強化】は勿論使った上で、新礼装に変えて【予測回避】を既に準備している。

 

「【幻想強化】は腕力重視の強化だが第二の【瞬間強化】として使おう」

 

「あら、早着替えの手品ですか?」

 

 悪寒。

 背後に迫る彼女はやはり俺の足を視ている。

 

「回避、だ!」

 

 【予測回避】が発動した俺の体はその場から消えて安全な位置へと一瞬で移動した。

 

「消えた!?」

 

(っ! すぐ目の前かよ!? でも、背中への警戒は薄いか?)

 

 浅上は背後の俺には気付かずに後を追う為、角を曲がった。

 

(…………い、行ったか……)

 

「……ふぅ……と、兎に角此処から離れよう……」

 

 足音を気にしながら、俺は早歩きでその場から去っていく。

 兎に角、彼女から離れる為に部屋への道を辿って、エレベーターまで移動し、別の階へと移動した。

 

 2階まで上がった。

 しかし、此処には大した施設は無い。

 

「まあ、その分部屋は多いし隠れられる場所は多いか」

 

「ん? 浅上の奴、しくじったのか。ツイてるな」

 

 が、俺の逃走劇は終了した。

 

 俺の努力を嘲笑うかの様に歩いてきたア

サシンの存在に。

 

「どうしたマスター?

 持久走が終わったのにマラソンが始まったみたいな顔してるぜ?」

 

 

 

「……で、浅上から逃げてきた所でオレに出くわしたのか。良かったなマスター」

「ははは……」

 

 適当な部屋に2人一緒に入ると、俺の正気度を削り続ける会話が始まった。

 

「あいつ、召喚されなかった癖に此処に現れて、あの復讐鬼もなんか愚痴ってたけどどうせ一夜限りの不具合だって言って放置する事にしたらしい」

「えっ」

 

 エドモン、適当過ぎだろ……

 

「ご愁傷様だな、元から思い込みの激しい地雷女の相手にしないといけないなんて、オレのマスターは何時も貧乏くじを引かされるな」

 

 ほらよ、と言いながら式は両腕を広げて来た。

 

「え、えーっと……?」

「まあ、一種のゲン担ぎだ。これでも幸運はA+、ハグしてくれたら全部やるよ」

 

「ち、因みにハグしないと――」

 

 俺の顔スレスレに1本のナイフが通っていった。

 

「幸運E並の終わりを迎えるけど、構わないか?」

「強制かよ……ちくしょう!」

 

 泣き言を言いつつも俺は式で両手で抱きしめた。

 

「そうそう、ヤケクソでも何でもいいからちゃんと抱きしめろ」

「くぅー……」

 

 言われるがままである。悔しい。

 

「……もういい?」

「駄目、もっとだ」

 

「…………」

「…………」

 

「…………」

「…………」

 

「……あの、式さん」

「なんだよ……今良い所なんだ」

 

 段々式の体から力が抜けているのが分かる。本気でパラメータを譲渡しているじゃないか?

 

「そろそろ良いじゃないか?」

「んー、駄目だ。もっと抱き着かないと許さない」

 

「だけど、そろそろ……」

「あー、もう! うるさいなぁ……!」

 

 ごねた式は椅子に座ったまま俺に抱き着かれた状態から押し倒して、俺の背中は床にくっついた。

 

「マスター、恋人が抱き付き合って場を温めたら……するのが常識らしいぞ?」

「いやいやいや、駄目駄目!!

 普段クールなキャラの赤面の笑みは可愛いけど、変なスイッチ入れるな!」

 

 慌てて引き剥がそうとするが、先程とは全く違う力の入り様にビクともしない。

 

「覚悟しろよマスター……」

 

(いや、よく考えろ! 式は筋力E! 強化をすれば人間でも抵抗できる筈!)

 

「【幻想強化】!」

 

 普段の瞬間強化と違い、腕に集中して張る巡るエネルギーを感じる。

 

「っぅ!」

 

 気付けば押し倒された体勢から式の腕を掴んで抑え、立ち上がる事に成功した。

 

「っく、確かに腕っぷしは強くなったみたいだが……!」

 

 式は蹴りを腕目掛けて放ち、慌てて手を放して回避した。

 

「オレからは逃げられないぞ、マスター?」

 

 確かに、速さ比べじゃどう足掻いても勝てない。

 ドア側を塞がれては俺は逃げられない。

 

「く……なら――」

「――令呪は駄目だ」

 

 式に肉薄され、体すれすれをナイフで切られた。

 

「っなに!?」

「悪いけどその魔力の流れ、斬らせてもらったぞ」

 

 流れが途絶え、張っていた力は抜ける。

 

「じゃ、散々抵抗してくれた礼にちょっと激しく――っち!」

 

 床に倒れた俺を前にして舌打ちをした式は、慌ててその場から跳んだ。

 

 何も無いはずの空間は突如曲がって、地面と壁を抉った。

 

「……来たな、浅上」

「ええ、お久しぶりですね。式さん」

 

 聞くだけならばなんて事のない日常的な挨拶だが、2人の目には確かな殺意がある。

 

「どうした? 曲げてこないのか?」

「斬る準備をしておいて、そんな挑発をするんですか?」

 

 どうやら今すぐ殺し合いをする程動ける訳では無いらしい。

 

 取り敢えず、浅上の方を抑えないと危険か。

 

「【ガンド】!」

 

 指鉄砲で撃ち抜くと、彼女の体は静かに床に倒れた。

 【予測回避】が使いたいので、撃って直ぐに新礼装に変更した。

 

「ま、マスターの……魔術、ですか……!」

「任せろマスター、オレが引導を――」

 

「――令呪を持って命ずる! 式は目を閉じて動くな! 重ねて命ずる! 浅上もだ!」

 

 令呪を2画消費して、何とか2人をその場に封じ込めた。

 

「っくぅ……」

「や、って……くれたな……!」

 

「よし、逃げよう!」

 

 足早に部屋を出た俺は、安息の地を求めてエレベータに乗り込んだのだった。

 

 

 

「式と浅上以外はいないみたいだが……やれやれ……」

 

 あれから数分が経った。地下まで逃げ込んだ俺はまだ動いてはいないシャドウ・ボーダーのコンテナがある保管庫に身を隠した。

 

「見つからなければ……なんとかなるか」

 

 一旦呼吸を整え、ここまで走ってきた体を休める。

 

 座り込んで休む俺に、何故か悪夢の中にも関わらず眠気がやってきた。

 

 身震いした体を両手で抑えて、漸く原因に気が付いた。

 

「あ……此処、寒いから……か……」

 

 体温が34度まで下がると人間は眠くなるらしい。

 何処かで聞いた低体温症の症状を思い出した時にはもう手遅れ。その場から移動するよりも先に、目を閉じた。

 

 

 

「おはよう、よく眠れたか?」

「体は大丈夫ですか?」

 

 式と浅上の2人に挟まれ、同時に耳元でモーニングコールされた。

 

「……え?」

 

 当然ながら、何が起きたのか分からない俺は唖然とした。

 

「え、え、な、何で2人が……」

「復讐者さんが、気を利かせてオレらにマスター救出を頼んだんだよ。凍死なんて予定外の死に方されたくないってさ」

 

「あ、もし私達2人が一緒に貴方の看病をしているのか知りたいのならお答えします。マスターが倒れる原因が式さんだったからです」

「……まあ、そうなるな」

 

 聞けば、俺が体温が下がったことに気付かず保管庫に座っていた原因は礼装の破損が原因らしい。

 

 俺自身、寒いとは感じなかったが式に【幻想強化】を切られた時に耐寒機能も殺されていたそうだ。

 

「なので、式さんに妥協案として2人での添い寝を提案しました」

「今回はオレの落ち度だし、譲ってやる事にしたんだ……まあ、マスターの隣だし文句はない……おい、浅上。足が邪魔だ」

 

「式さん、もう少し反省して自粛したらどうですか?」

「自粛、出来ない奴のセリフじゃないな……」

 

 足の方で何やら2人がゴソゴソと動いているのが分かる。激しい攻防戦の様だが、間に俺がいるのを忘れないで貰いたい。

 

「あの、俺を挟んで暴れないで欲しいんだけど」

 

「人を怪獣みたいに言うなよ」

「私は、女子ですよ?」

 

 知り合いに人間大砲扱いされた人と人間大砲扱いした切り裂き魔がなにか言っている。

 

「そういえば式さんがマスターにキスをしたと聞いたんですが、本当なんですか?」

 

 唐突に背中が寒くなる話題が始まった。

 

「そうだよな、マスター?」

「う、うん……まあ」

 

「へぇー! そうなんですか、素敵ですね」

 

 何故か喜びの声を上げるが、それが逆に怖い。

 

「それじゃあ、私と一緒にデートに行きましょう」

「え?」

 

 やばい、布団の中で式に腕をガシッと掴まれた。

 

「私、触れ合いよりも一緒にいる時間が好きなんです。貴方を通して、貴方の感じる世界を一緒に生きていたいんです」

「いいセリフだけど、本妻の前だぞ。言葉に気を付けろよ」

 

 どうやら今夜限りの存在である藤乃に対して式は普段より幾つか落ち着いて対応してくれている様だ。

 

「あら、式さんが本妻だなんて……」

「サーヴァントだから、生前の事は関係無い」

 

「随分とあっさりしていますね? 身持ちの硬い方だと思っていたのですが、浮気の喜びに目覚めてしまいましたか」

「おう、喧嘩なら買うぞ?」

 

 抑える気が全然ない、ゼロ距離での魔眼の発動に思わず俺は叫んだのだった。

 

「止めろぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

「って事で時間だな」

 

 数分間、俺の取り合いをしていた2人をなんとか小競り合いで収めていると、式のその言葉で漸く悪夢は終わりを迎えた。

 

「そうなんですか?」

「ああ、これでお前ともオサラバだ」

 

「? どう言う事ですか?」

「お前、やっぱり気付いてなかったんだな。

 お前はこいつに召喚なんてされてない、はぐれみたいなサーヴァントだ」

 

「……え?」

 

 浅上藤乃は本当にその事に気付いて無かったようで、驚いている。

 

「それじゃあ、またなマスター」

 

「…………」

 

 式は消えて、周りの空間も黒一色に染まった。

 

「あとはエドモンと喋って…………あれ?」

 

 しかし、俺の横から浅上が腕を掴んだ。彼女だけ消える様子は無い。

 

「ようやく、2人っきりですね」

「な、なんで……」

 

「私、嬉しい事よりも悲しい事の方が感情豊かになるんですよ……普段感じない痛みを感じてしまって、どうしようもないくらい制御が効かなくなって……ああ、消えてしまう。人を好きになれたのに、このまま永遠にお別れだなんて、酷い人。なんて酷い……私の恋人さん」

 

 段々、俺に近付きながら、彼女自身は本性を顕にしている。

 

「消えてしまう。そんなの嫌。

 ねぇ、そんな哀らしい顔をしてどうかしましましたか?

 もしかして、私が怖いんですか?

 …………凶れ」

 

 魔眼が発動した。しかし、俺はどこも痛くない。

 

「凶れ、凶れ! 凶れ!! 凶れ!!」

 

 彼女の表情は何も曲げれていないが、声量と比例して段々と笑みが出来上がっている。

 

「ほら、もう怖くないでしょう?

 私の中でマスターは凶る事の出来ない、大切な人になっているんですよ」

 

「だから笑って。私に微笑んで下さい」

 

「……」

 

「……」

 

「……なんで? なんですかその引き攣ったかの様な不自然な笑みは?

 まだ怖いんですか?

 凶れ、凶れ、凶れ」

 

 再び魔眼を発動する彼女。だけど、やはり痛みは感じない。

 

「大丈夫なんです、私はマスターを傷つけません! 凶れ、凶れ、凶れ!」

 

 己の言葉を証明す

         る為に彼女は言い放つ。

 

「凶れ、凶れ、凶れ」

 

 何度唱え

     ても俺は

         答えない。

 

「凶れ、凶れ、凶れ」

 

 だって

    俺は

      夢から

のは     覚めた

 いる   から

   残って

 

 

 彼女と

 

    抜け殻

       

       だけ

 

    だから

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと、視てますからね。

 運命の赤い糸なんて、ロマンチックなモノは要りません。

 因果を凶げて、必ず、貴方の元へ――」

 

 




※最後の方の文に関しましては、もし読みにく等の意見が多ければ修正します。

FGO本編では第二部が始まりました。ネタバレはいつも通り控えて下さると幸いですが、自分はもうクリアしました。アナスタシアが引けましたが、正直カドアナ勢が怖いのでどう書くか悩ましい……


次回はハーメルン側から、 雪桜タワー さん の話を書きます。メッセージをお送りする場合が御座いますので、確認の方をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

今も昔もヤンデレだらけ 【2周年記念企画】

また2週間以上掛かってしまいましたが、記念企画の3人目の当選者は 雪桜タワー さんです。当選おめでとうございます。

データが消えたをテーマにしていますので、トラウマ持ちの方は気を付けて下さい。



 

「――嘘だろ嘘だろ!?」

 

 2017年4月、FGOの1部のラスボスを倒した俺に起こってしまった悲劇。

 

「スマホが……逝ってしまった……」

 

 不慮の事故で俺のスマホはデータをどうこうのレベルではなく物理的に破壊されてしまった。

 

 突然の出来事だった為に、データのバックアップや引き継ぎはしておらず、FGOの引き継ぎナンバーのメモもしてなかった為、初期からやっていた俺のデータは戻って来ない。

 

「う、嘘だろぉ……?」

 

 その場で立ち尽くし、呆然とする俺。

 

 翌日に新しいスマホを買ったが、ショックの余りFGOをもう一度、なんて気分にはなれなかった。

 

 

 

 2018年4月、あの自分史上最悪最低の事件から1年後、テレビで新しいFGOのCMが流れていた。

 

「2部……遂に始まるのか……」

 

 新しいサーヴァントの声や、相変わらずスロー再生で見たい情報の多いCMを見て、FGOに復帰したいと思えてきた。

 

「よし、やろう」

 

 以前よりダウンロードもインストールも早くなったスマホ。

 アイコンをタッチして、早速チュートリアルをクリアして最初のガチャを引いた。

 

「あ、今って星4確定なのか……あ、アサシンだ」

 

 金色のカードから現れたのは、仮面で顔を覆った白髪のサーヴァント。

 

「カーミラか。そういえば、以前はエリザベートが最初に来たんだっけ」

 

 その日は眠くなるまでフレンドの力でオルレアンを突破したのだった。

 

 

 

「……待っていたぞ」

「え、あれ……此処は」

 

 気が付けたば俺がいるのは古いレンガで出来た薄暗い牢獄……あ。

 

「あぁあああ! 忘れてた!!」

「漸く戻ってきたか」

 

「ヤンデレ・シャトーだ! 何で忘れてたんだ!?」

「仕方あるまい。マスターで失くなった者に此処の記憶は残らん」

 

 目の前の復讐者、エドモン・ダンテスの名前を思い出した。そして、この監獄塔での悪夢も。

 

「じゃあ、カーミラとマシュが襲ってくるのか?」

「まあ、そうなるだろうな」

 

 あの2人か……だけど、以前と比べれば人数的には少なくなって生き残り易いかも。

 

「貴様の考えは読めた。

 が、貴様の帰還を心待ちにしていた連中は多いぞ?」

「えっ?」

 

「新たな従者と以前の従者。お前を飲み込まんと、絶望が待ち構えているぞ?」

 

 

 

「もう失ったサーヴァントだ……あ、もう始まってる!」

 

 気付けば首を振っても見当たらないエドモンに文句を言っていたが容赦なくヤンデレ・シャトーが始まっていた。

 

「俺は別に特別ヤンデレが好きな訳じゃないんだが……」

 

 監獄塔の壁に手を付け、取り敢えず落ち着く為に深呼吸をした。

 

「……はぁぁ……考えてみれば、日課みたいな物だったし、これもマスターの責務! やってやろう!」

 

「あ、先輩!」

 

 気合を入れた俺に声を掛けてきたサーヴァント。

 シールダーのサーヴァントにしてFGOのメインヒロイン、マシュ・キリエライト。

 

「良かった、私が一番最初に先輩に会えたんでしょうか?」

「まあ、そうだな」

 

「じゃあ、先輩、一緒に行きましょう! 安全な場所までお連れしますね!」

 

 相変わらず、本人は俺にとって自分自身が危険人物だとは思えないらしい。

 

 以前のシャトーの時、マシュは酷かった。

 全員敵だとばかりに他のサーヴァントに盾で殴りかかり、血塗れの盾を霊体化して何事も無かったかの様に抱き着いてきた。

 

 あの笑顔は一体何処からやってくるんだと恐怖した。

 

「先輩、こっちですよ」

 

 俺の手を引っ張って部屋へと連れ込むマシュ。抵抗したいが、有無を言わせない強引さをその腕から感じる事が出来る。

 

 出来ていたが、突然その力が緩んだ。

 

「……なんで、いるんですか?」

 

 緩んだ力を込め直し、部屋の奥にいる存在を注視する。

 俺の後ろからはドアに鍵が掛かった音が聞こえた。

 

「な、なんだ? ……えっ!?」

 

 部屋の中で静かに佇んでいたのは、盾を持った紫色の髪の少女、マシュ・キリエライトだった。

 

 だが、知っての通りマシュ・キリエライトは今俺の手を握っている。

 

「その人は私の先輩です。放して下さい」

「……何を言い出すかと思えば……後から出て来て先輩の事を何も知りもしない貴女が後輩ぶらないで下さい」

 

 過去のサーヴァント、と言っていたがマシュが同時に2人だとは思わなかった。

 どうやら現在俺の手を握っているのはスマホの壊れる前のマシュ、目の前に立っているのは今のマシュの様だ。

 

「いなくなった人が先輩にくっ付いている方がおかしいでしょう。先輩は、今は私の先輩です!」

「――好きでいなくなった訳じゃないっ!」

 

 一瞬だ。

 俺の手を放したマシュは盾を出現させると角で自分と同じ姿のマシュの腹を抉る様に殴打した。

 

「っがは!」

 

 床に倒れ、口から血が出ているがそんな物は一切気にしない過去のマシュは、倒れた自分へと盾を振り下ろした。

 

「先輩との旅を! 戦いを! 経験を! 思い出を! 何にも持っていない貴方が!

 愛に狂ったから私の前に立つだなんてっ! 許す訳、無いじゃないですか!」

 

 やはりというべきか、以前のヤンデレ・シャトー同様、敵に容赦なしだ。 

 

 何度も盾を振り下ろす。普通の人間なら今頃ミンチになっているだろうが、現在のマシュも倒れたまま盾を構えて攻撃を凌いでいる。

 

「っく! ステータスの差がっ!」

「何より許せないのが、今の私が考えている事が出会っただけで理解できた事です! 今、私ではなく先輩に怒っていますよね? 手を握っていた私より、手を握られていた先輩に視線が行ってましたよね?

 シールダーのサーヴァントなのに、先輩を傷付け様だなんて、後輩失格です!」

 

「っ、勝手な事を言わないで下さい!

 先輩の手を握っていいのは私だけです! それなのに、他の女性に触れさせている先輩なんて、見たくないだけです!」

 

 ヤンデレ同士、本人同士の言い争いが続く。このまま続けばどちらかが消滅する。

 それは流石に嫌だし、俺だってずっと一緒に戦っていた後輩同士が殺し合うのは見ていたくない。

 

「仕方ない。概念礼装、【慈愛】!」

 

 俺はどこからともなくレアリティの低い礼装を取り出して、マシュ2人に貼り付けた。

 

「っはぁ、っはぁ……あ……」

「はぁ………」

 

 貼り付けられた2人は攻撃する手を止めた。慈愛の効果で優しさを取り戻したのだろう。

 

「もうやめだ、2人共」

「先輩……」

「……」

 

 盾を下ろしたマシュと、俺を下から睨むマシュ。

 

 さて、これにて一件落着……じゃない。まだ逃げられない。

 

「ごめんなさい、先輩。私、大変な自己否定を……あの私だって、先輩との思い出なのに」

「先輩、なんでその私と最初に出会ったんですか? 私と会うのが当たり前ですよね? なんで私が呼ぶまで待てなかったんですか?」

 

 星1と2の概念礼装は特に使用回数が無い。しかし、同じ礼装と使い続けると効果は薄くなり、しかも使われたサーヴァントの感情が俺に向くようになる、と言われたのを思い出した。

 

「先輩の安全は私が保証しますが、他の女性とイチャイチャするのは絶対に許しません……私、怒ってますからね?」

「フフフ、恥ずかしいですけど、過去の自分を見ていると自分の成長が感じられて嬉しいです」

 

 過去のマシュが過激で、今のマシュは俺への当たりが若干強い気がする。

 俺を求めている過去マシュと、俺の愛情を求めている今マシュの違いだろう。

 

 だが、俺は1人だけなのでこのままだと慈愛の効果が切れた途端に殺し合うのは目に見えている。

 

「マシュ……だと2人いる訳だし、取り敢えず今マシュと過去マシュって呼ぶけど、どっちが扉を閉めたの?」

「私です」

 

 手を上げたのは今マシュだ。

 

「じゃあ、取り敢えず開けてくれないか?」

「開けませんよ?

 先輩、外には他のサーヴァントがいます。そこに態々愛しの先輩を行かせる訳ないじゃないですか」

 

 礼装を使ってぶち壊すなんて芸当は出来ないし、この2人が許さない。

 

(仕方ない……じゃあ、ちょっと相手をしよう)

 

 

 

 他のサーヴァントが来るまで、2人のマシュと同じ部屋で自分の貞操や身の安全を守りながら過ごす事になった。

 

 なので俺は取り敢えず、安全で尚かつ健全な方法で2人をぶつける事にした。

 

 料理、洗濯、マッサージ……

 

 物覚えがいいマシュなので、経験豊富な過去マシュは勿論、今マシュも負けじと……

 

「せ・ん・ぱ・い……なんで、先のマッサージより叫んでいるんですか?」

「痛たたたた……い、いや、痛いからだぁぁ……! いっ!」

 

「まだ完全にほぐれていないだけです。あの私よりもっと体にいいマッサージですよ……!!」

「力が入ってるだけぇ……! あ、痛い痛い!」

 

「先輩に八つ当たりだなんて……許せません!」

「【慈愛】! 痛い痛い痛い痛い痛い!」

 

 盾を取り出した過去マシュを抑えるも、今マシュの力の籠もったマッサージは続行された。

 

「先輩……」

「痛いけど……大丈夫だから」

 

 まだ盾を握りしめようとするマシュをなんとか留めながら、15分に渡る激痛マッサージを耐え切った。

 

「先輩、今痛みがなくなる様に揉んであげますね?」

「私の先輩に触れないで下さい! アフターケアは私がやります!」

 

 慈愛の力があっても、ヤンデレである以上きっかけがあれば抑えが効かなくなるので、命懸けのコミュニケーションだ。

 

「どうどう……取り敢えず、肩の方と足の方で手分けしてくれるか?」

 

「わかりました、先輩。私が肩をやりますね?」

「先輩っ! も、もう……!」

 

 文句を言いながらも2人のマシュの気遣い溢れるマッサージを受けながら、早く他のサーヴァントの登場を待ち続ける。

 

「「――!」」

「いっ!?」

 

 同時に2人のマシュは力を込めた。

 この部屋のドアの先で物音がしたからだろう。

 

「……サーヴァントが相手だと、ドアごとぶち壊す可能性があります」

「防音機能を無視して聞こえる程の音です。もしかしたらもう壊そうとしているかもしれません。先輩へのリスクを考え、先にドアを開いて対象を叩きます」

 

 過去マシュは右手にドアの開閉スイッチらしき物を取り出した。

 

「1、2、3――!?」

 

 開いたドアへ2人のマシュは走り出したが、同時に2人は吹き飛ばされ、開いたドアから出る音に俺は耳を塞いだ。

 

「マシュ!?」

 

「ちょっと、もういいわよ!」

「――……ふぅぅ……カンペキね!」

 

 ドアの先から2種類の声が聞こえてきた。音の原因はどうやらその内の、弾む様に軽い声のサーヴァントらしい。

 

(あー……思い出した。このドラゴンの咆哮の如き歌声は間違いないかも……)

 

 懐かしい声にちょっと涙がホロリ。いや、懐かしさよりも今も鼓膜が震えているのが原因だとは思うけど。

 

「来てあげたわよ、仔イヌ!」

「やっぱりエリザベートか……」

 

 アイドルを志す最凶の音響兵器、ランサークラスのエリザベート=バートリー。

 今日も龍の尻尾は機嫌が良さそうに上を向いている。

 

「で……一緒にいるのが、カーミラ?」

「何よ。数少ない今のあなたのサーヴァント、私はその1人よ」

 

 エリザベートの未来の姿であり、龍のイメージではなく少女の血を文字通り浴び続け、吸血鬼と成ったカーミラ。

 

 が、過去と未来の姿であるこの2人は本来、一緒の場所に立っていられる程仲は良くない。

 

「まあ、あなたが私をよく知っているのであれば、確かにこの小娘と一緒にいるのは不可解でしょうね」

 

 なお、カーミラの話が始まっているが、エリザベートは俺に抱き着いて嬉しそうに手を握っている。

 

「でも、同一の人物である以上、目的が一致しているなら協力するって私から持ちかけたわ。その娘から頼まれる事はないでしょうからね」

 

 一致しているらしいですよ。撫でて撫でてと頼んでいるエリザベートと。

 

「だから私がその娘の一番まともな服装を――マスター! なんでその娘の頭を撫でているのよ! 私の話ちゃんと聞いているの!?」

 

 昔からだが、性的な知識のないエリザベートは興味と恐怖、アイドルとしての矜持があるのかあまりそれを欲したりしないので、一般的なスキンシップで収まってくれる。

 

 が、カーミラはどうやらご立腹の様だ。

 

「え、えーっと……カーミラさんも撫でて欲しい?」

「う、は、はぁ? ……そ、そうね。どうしてもって言うなら……」

 

 攻撃準備をやめ、恥ずかしさで顔を赤く染めつつ俺へと近付くカーミラ。

 撫でて貰う為に屈んで俺の手へ高さを合わせ、俺も彼女の頭の上に手を置こうとしたが。

 

「仔イヌ! 次は両手でお願いね!」

「ちょ、ちょっと!」

 

 エリザベートが急に俺の正面に移動し、カーミラとの間に入ってきた。

 

「何かしら? もしかして、大人の、普段からクールで冷静沈着なカーミラが、まさか永遠の美少女であるアタシみたいに、頭を撫でて欲しいなんて、そんな訳ないわよね?」

 

 なんともまあイラッとくる顔で挑発的なセリフを言っているのだろうかこの娘は。

 カーミラは図星を突かれてぐぬぬと唸っているし。

 

「仔イヌ、分かっているわよね? あんたはアタシのADなんだから、アタシを優先して可愛がるのよ?」

 

 うむ、FGOで大人しくなったはずがもっと我儘になっている。

 

 仕方なしに俺は彼女を撫でつつも、カーミラに何かして怒りを抑えてもらおうと考える。

 

「……せん、ぱい……」

 

 が、後ろで倒れていた過去のマシュが起き上がった様だ。壁に激突して血も出ているが、そんな事を気にせずに盾を構えている。

 

「エリザベート、さんの……音波攻撃は強力ですね……」

「うーた! 攻撃じゃなくて歌よ!」

 

「ですが、倒します!」

 

 盾を支えに何とか立ち上がったマシュだが、傍から見てもダメージが大きいのが理解できる。

 

「マシュ、ちょっと落ち着いてくれ」

「任せなさい」

 

 カーミラは近付くと、盾を動かす事も出来ないマシュに向かって香水の様な物を掛けた。

 

「あ……」

 

 そして、マシュの体は突然、全身の力が抜けたかの様に倒れ込んだ。

 

「……おやすみなさい」

 

 どうやら眠り薬の様だ。

 

「生前に、娘を攫うのに使っていた薬よ」

 

「これでマシュも大人しくなって……ふわぁ…………ぐぅ……」

 

 薬がこちらにも飛んできたのか、俺に寄りかかる様にエリザベートは寝てしまった。

 

「マスターには効かない様ね」

「まあ、毒の類には耐性が……」

 

(なんか、どっかの誰かは都合の良い感じに耐性貫通されてる気がする……一体、なんの事だろうか)

 

「好都合ね。これで起きているのは私と貴方の2人だけ。騒がしい小娘はもういない」

 

 カーミラは指を鳴らして俺の後ろにアイアン・メイデンを出現させた。

 

「さあ、行きましょうマスター。一応聞くけれど……断ったりはしないわよね?」

「脅しながら聞く事じゃないだろ?」

 

「そうね」

 

 俺の手を握ったカーミラは、アイアンメイデンを消して歩き出し、俺も抵抗は諦めて歩いていった。

 

 

「…………トナカイさん……」

 

 

 

「どうかしら、私の料理は」

 

 意外にも、カーミラさんの行動は俺の望む大人らしい落ち着いたそれだった。

 初めて恋人を自分の家に招き入れた女性みたいな対応で、俺をもてなしてくれる。

 

(まあ、リアルでそんな事を体験した訳じゃないけど)

 

「美味しいよ、ナポリタン」

「! そう、かしら…………まあ、当然よね」

 

 何というか、見た目とは裏腹に初心な反応だ。

 赤い料理だったから何か妙な混入物があるかもと疑ったが、血が入ってない限りは特になさそうだ。指などの見える範囲で怪我をした跡も無さそうだし。

 

「お水、取ってくるわね」

 

 気が利く。粉チーズとタバスコも最初から用意してくれたし、その辛さを顔に出さ無い様にした俺を察してくれたみたいだし。

 

「飲みなさい」

 

 これでヤンデレじゃなければ……いや、もしかしたらヤンデレだから気立てが良くなっているかもしれない。

 うん、なんか今まで一番怖くないサーヴァントかもしれない。

 

「……ねぇ」

「ん?」

 

「デザートはいるかしら? プリンなんだけど」

「下さい」

 

 エリザベートの欠点である家庭的な面がすべて改善されているのにも驚きだが、それ以上にギャップを感じさせるのは先程水を取りに行った時に見えた、彼女の席の後ろにある大量のレシピ本と家事のやり方と書かれた本の山だ。

 

 此処ではないカルデアにいる彼女は冷たいが、シャトーの中では健気な努力が見え隠れしている。

 

 うん、そろそろマジで嫁に欲しくなりそうだ。

 

 そんな事を考えていると、唐突に部屋の扉が開いた。

 

「……トナカイさん」

 

 変わった呼び方をする小さな女の子、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィだ。

 クリスマスの配布サーヴァントなので今のデータではなく、過去のサーヴァントだろう。

 

 どうやって部屋のドアを……

 

「あ、鍵を閉めるのを忘れていたわ」

 

 カーミラのうっかりだったらしい。いや、ピッキングとかじゃなくて良かった。

 

「トナカイさん、随分幸せそうでしたね」

「え……そうか、な……?」

 

 カーミラとジャンヌ・リリィに挟まれ、曖昧な返事をする。

 

「い、良いんです! トナカイさんが選ぶなら、私は、それで良いんです……」

 

 そう言ってリリィは自分の服の内側をごそごそと手で弄り始めた。

 

「これ、返しますね」

 

 渡されたのは紫色の服を着た目の大きな男、ジル・ド・レェの人形だ。

 すると、ジャンヌ・リリィの体から僅かに光が放たれる。

 

「全部、お返ししますね」

 

 そう言って渡される4つの人形、ジャンヌの体から更に大きな光が出ていった。

 

「これも全部、です」

 

 プレゼント袋が床に落とされ、中身が溢れた。

 槍の印がある青、赤、黄色の石に貝殻や木の実。

 

「思い出があると、辛いですから……」

 

 そう言って無理に笑うジャンヌ・リリィの体は、段々と透けていて――

 

「ま、待てぇ!!」

 

 俺は渡された人形を無理やり彼女に押し付ける。

 

「は、離してくださいトナカイさん! 

 良いんです! 私以外の誰かと幸せそうにしているトナカイさんなんて見ていたくないんです!」

 

「いや、此処で消えたらもう会えないだろ! ナーサリーやジャックはどうする!?」

「それでもトナカイさんと他の人が手を繋いでいたりするのは嫌です!」

 

 何とか人形を押し付けて消滅させない様に留めているが、暴れられると手の付けようが無い。

 

「――ファントムメイデン!」

 

 先程まで静かにしていたカーミラが突然、彼女の宝具を発動し、ジャンヌ・リリィの後ろから開いたままの拷問器具が迫る。

 

「リリィ、後ろ!」

「へ――きゃぁぁぁ!?」

 

 反射的にジャンヌ・リリィは棘の側面を蹴って俺ごとファントム・メイデンから遠のいた。

 

「あら、捕まえられなかったわ」

「な、何をするんですか!? もう少しで私もトナカイさんも死んじゃう所だったんですよ!」

 

「消えたかったのでしょう? ならせめてマスターと一緒にと思ったのだけど」

「あ、貴女はトナカイさんと一緒にいたいんじゃないんですか!?」

 

「そうよ。でもそんな事、他人である貴女にどうこう言われたくないわ。勝手に捧げられる命なんて、こっちから願い下げよ」

 

「別に貴女をどうこうしようなんて思ってないですよ!」

「……苛つくわね。小娘の癖に、大人のつもりなのかしら」

 

 カーミラが再び杖を振ってなにかしようとしたその時、部屋に誰かが入ってきた。

 

「勇者エリザベート、参上よ! 魔王から私の仔イヌを返しに貰いに来たわ!!」

 

『…………』

 

 やって来た突然のビキニアーマーに俺達は揃って沈黙した。

 

(小娘ならこの娘みたいに……って思ったけど、これはやり過ぎよね……ああ、他人のふり他人のふりよ)

 

「な、なによ!? 勇者よ! アイドルよ!? お嫁さんよ!! なんとか言いなさいよ!?」

 

「空気を読んで下さい」

「せめて元に戻ってください」

 

「ダメ出し!? 折角の衣装替えを――ぎゃぁぁぁ!?」

 

 唐突にファントム・メイデンが俺達の視界を遮り、エリザベートを挟んだ。

 

「っち、外したわ」

「当たってる! 尻尾挟まってるから! あ、鱗取れた! 仔イヌ、仔イヌ、助けてぇ!」

 

「……兎に角。ジャンヌ、俺は君に消えて欲しくないし、この強化素材は君の物だ」

 

 そう言って袋を押し付けたが、ジャンヌは受け取らない

 

「……う……」

「ん?」

 

「う、噓、ですよ……」

 

 ジャンヌ・リリィは顔を袋に押し付けながら呟いた。

 

「噓?」

「ねえ、私まだ挟まったままなんだけど、ねぇ!?」

「はい……私が、トナカイさんを忘れる為にと言う面目で返すフリをする為にこっそり持ち出した素材と、ヴラドおじさんから貰った人形です……」

 

 先程、消える様に見えたのは霊体化を使用した演出だったらしい。

 

「トナカイさん、私と1年近くも会わなかったのに、先程漸く目にした時にはあの女性と仲良さそうに手を繋いで、料理までご馳走になって……見ていて心が痛かったんです」

「ジャンヌ・リリィ……」

 

「だって、此処から出て行ってしまえば……もうトナカイさんには会えないんですよね? 新しいサーヴァントと一緒に、世界を救いに旅をして、きっと私達の事は忘れてしまうんですよね?」

 

「それは……」

 

 残酷な事だが、彼女達は俺にとっては失ってしまったデータであり復元は出来ない。なので当然、俺は忘れていくだけだろう。

 

「だったらせめて、トナカイさんの前で消えさせて下さい!」

「終わったら私を助けてよね! 絶対よ!?」

 

「忘れたくても忘れられない様に、トナカイさんの目の前で……」

「ジャンヌ・リリィさん、それは違います」

 

 唐突に、ファントム・メイデンが消えた。それと同時にマシュの声が聞こえた。

 

「消えるのは私達ではありません。後から出てきたこの人達です」

「マシュさん……?」

 

「先輩も、今から始めるよりも私達との思い出の方が良いですよね?」

 

 マシュがそう言うと、シャトーの全てが消え始めた。

 目覚めの時間らしい。

 

「先輩……またいなくなるんですか?」

 

「マシュ……でも、君達は」

 

「消えませんよ。ずっとずっと、一緒です。だって、まだ私達の旅は続くんですから」

 

「マシュ……」

 

 

 

 

『おはようございます、先輩。

 また会えましたね』

 

 スマホに表示されたそのメッセージを見た瞬間、震える手でFGOを起動し、嫌な汗を流しながらローディング画面を見つめ続けた。

 

 強化のボタンを押して、サーヴァントを覗いた瞬間、俺の嫌な悪夢は現実となった。

 

「マシュ……エリザベート……ジャンヌ・リリィ」

 

 全員、いる。昨日始めたばかりの俺のカルデアに、イベント配布や限定サーヴァントがいるのだ。全て、見覚えのあるステータスで。

 

 これを幸運と思うプレイヤーはきっといるんだろうけど、考えて見てほしい。

 

 これから、毎日の様に襲い来るヤンデレ達、1年以上会えなかった何をしでかすか分からないサーヴァント達は、俺には堪らなく恐ろしい者に見えた。

 

 何より、絶対にあり得ない光景があった。

 

「……星3と、今は使用不可能な星4のマシュが……いる」

 

 公式に報告して直して貰おうか。

 

 それをして更に恐ろしい事態になってしまうかもしれないので、俺はスマホの画面を切って一度、考えるのを止めた。





最近、カードゲームの方がまた自分の中で熱くなりました。
日本の方とSkype越しで遊んだりしています。
トリプルモンスターズと言うアプリも始めました。

ですが、小説をやめるつもりはありませんしなるべくペースを戻して行こうと思いますのでまだ書かれていない当選者の方々、もう暫くお待ち下さい。

次回はツイッター側の当選者です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ庭園、魔力切れ 【2周年記念企画】

大変お待たせ致しました。執筆の間に殺人事件イベントや復刻イベントが過ぎては来てしまいました。

今回はTwitter側から めりけんスパークさん の話です。改めて当選おめでとうございます。



 

 暫くの間、悪夢を見ずに済んでいた様な、代わりに見ず知らずの誰かが苦しんでいたかの様な、そんな気がする。

 

「しかし、今日は絶対になんかあるな」

 

 この切大、もはや布団の前でヤンデレ・シャトーの気配が分かるようになっていた。

 

「……うむ……慣れだな」

 

 観念して、生身の俺は後の面倒事を夢の中の俺に押し付ける事にした。

 睡眠なければ疲れはとれない。

 

 たとえヤンデレがいようと、悪夢を見る事になろうと俺は眠るだけだ。

 

 

 

「……で、何これ?」

 

 俺の眼前に広がっているのは草花が咲いている何処か懐かしくも、最近見た気がする光景。

 

「……あ、バレンタインデーの時の空中庭園か。最近見たっけ?」

 

 いかん、時系列があやふやではっきりしないせいで、悪夢の中の記憶が混乱している。

 

 取り敢えずバレンタインデー以降は見ていない事にしよう。

 

「だけど、此処は広いし結構迷いやすいんじゃないか?」

「そうですね先輩。しっかり手を繋いで下さいね?」

 

「おわっ!?」

 

 俺の手を握って背後から声を掛けてきた存在に驚き、思わず声を上げた。

 

「っへ? ま、マシュ……オルタ!?」

「はい、そうですよ先輩。お久しぶりですね」

 

 そこにいたのは実装どころかFGOに登場するかも分からないマシュ・オルタ。

 反転と言うか、発情して奥手な後輩が攻めに転じただけとも思える。

 

「本当にお久しぶりです……私、長い事先輩のお顔を拝見していませんでしたから……」

 

 握られた腕に早速金属音。前科なんて無い筈なのにすっかりこれに慣れてしまった気がする。

 

「近くでずっと、見せてくださいね?」

 

「ええい! 【幻想強かっ!?」

 

 両手で無理矢理破ろうと鎖を握った瞬間、マシュ・オルタが俺を抱き締めて背中から地面へ倒れ込んだ。

 

「駄目ですよ先輩? そんな壊し方をして、手を怪我しちゃいますよ?」

 

「っく、離せ!」

「嫌ですよ。どう足掻いても先輩は私の手から逃れられないんですから、じたばたしないで下さい…………あむっ」

「っ……い!?」

 

 首筋に痛みが走った。

 マシュ・オルタがそこに噛み付いて歯を立てた様だ。

 

「もしかして私が先輩を傷つけられないとか、そんな都合いい事を考えた上で抵抗しているんですか? ……私、これでも結構待ちくたびれているんですよ?」

 

 自分で付けた傷口を舐め、吸う。

 

「ふふふ……吸血鬼では無いのですが、先輩の血は魔力が流れていて美味しくて……んっちゅ……味わっていると興奮してきちゃいました」

 

「っく……!」

 

 【幻想強化】で強化された筈なのに、マシュ・オルタを1ミリも動かす事が出来ない。

 

「先輩、何で私がお互いの手錠を着けたか分からないんですか?」

 

 そう言って俺の片腕と繋がっている彼女の手首を見せ付けられる。

 

「私が先輩を引っ張る為ですよ? 私が先輩より強い事の証明であり、先輩が私より弱い……その事実を目に見える形にしただけ」

 

 言葉と一緒にマシュ・オルタが腕輪の着いた腕を上げると、繋がっている腕を持ち上げられた。

 

「魔術を使っても逃げられませんよ? もう先輩は私の物です」

 

 傷口から出た血が、吹き出した冷や汗と一緒に首を流れるのが分かる。目の前で笑うマシュに逃げ場を潰され絶望を感じる。

 

「わ、分かった……もう逃げないし、抵抗もしない」

「……」

 

 俺の言葉にマシュはニコリと笑う。

 

「それで?」

「……?」

 

「逃げない、抵抗しない……それで?

 それは当たり前な事実確認ですよね? 先輩は何か勘違いをしていませんか?

 私が今不機嫌な理由はですね、逃げようとした事ではなく長い事先輩に会えなかった、そのストレスなんですよ?」

 

(それなら文句はヤンデレ・シャトー運営委員会にでも言ってくれよ……)

 

「そんな親と子供がする様な約束ではなく、先輩から私へ愛を伝えて欲しいんです」

「愛を……って言われても……」

 

「戸惑っている様ですね? なら、お手伝いします」

 

 そう言ってマシュは急に俺の左手の親指を掴むと、ぎゅっと力を込めた。

 

「い、痛ててててっ!」

「ほら先輩、戸惑っていると親指を折ってしまいますよ?」

 

「い、いた、痛い痛い痛い!!」

「ほら、ちょっとだけ止めて上げますからせめて言葉だけでも、私に愛を下さい」

 

 握られていた指からスッと力が抜け、痛みに悩むより早く俺は口を開いた。

 

「……だ、大好きだよ……マシュ」

「はい、正解です。先輩」

 

「な、なんで指を……」

「……もう二度と、先輩が私の思考や考えを読み違えない為です。

 だって、先輩は私の事、ちょっと変わったマシュ・キリエライトとしてしか見ていないじゃないですか?」

 

「そ、それが……?」

「じゃあ聞きますけど、先輩はアルトリア・リリィさんとランサーの方のアルトリア・オルタさんを同一人物の様に扱っていますか?」

 

 その質問に現実世界の事を思い出しながら答えた。

 

「いや……別人だと思ってるけど……」

「そうですよね? ですが……先輩は私というマシュ・オルタを個人として見た事がお有りですか?」

 

 考えてみればマシュと同時に出てきたり、マシュと同じ体で登場したりとしてきた彼女の事を、何処かマシュだと思い接していた感はある。

 

「なので、区別してもらう為にマシュ・キリエライトなら絶対にしない事をする事にしました。

 ほら、先輩から愛情を貰う為に先輩を傷つけるとか、マシュ・キリエライトは絶対にしないでしょう?」

 

 そう言いながら彼女は首の傷を触って指に付いた血を舐めた。

 その姿に思わず後ずさろうとするが、手錠の鎖が揺れるだけだった。

 

「……でも、先輩が私から離れてしまうって、すっごく嫌ですね。

 ……ああ、そっか。手錠があるから離れられませんね? 先輩が凄く嫌そうな顔をしているのに、私の近くにいてくれるなんて……幸せです」

 

 その言葉に思わず歯を食いしばった。

 背筋が凍ってしまいそうな恐怖に顔が強張ったのだ。

 

 だが、そこで俺は場違いな甘い香りを微かに感じ取った。

 

「マシュさん、眠って――」

「――掛かりませんよっ!」

 

 香りの正体は背後からマシュに迫ったが、宝具である盾を出現させると盾越しに蹴りを入れられた。

 

「っく……!?」

「まさか、私から先輩を奪おうとするサーヴァントへの警戒を怠るとでも? 静謐のハサンさん?」

 

 やはり、褐色肌と毒の香りを携えたサーヴァントの正体は静謐だったが、彼女の持つ高ランクの気配遮断スキルからの不意打ちはあっさり対処されてしまった。

 

「……マシュさん、今日はやけに黒いですね?」

「あっはぁ! 流石に気付きますよね? そうですよ、私はマシュ・キリエライトでは無く、マシュ・オルタです」

 

 そう言うとマシュは俺を片手で持ち上げ、立ち上がった。

 

「先輩は私の物です。静謐さんに渡す物も奪わせる物もありませんので、帰って下さい」

 

「マスターに手錠なんて、普段のマシュさんならかけませんよ?」

「普段の、ではない静謐さんになんて言われても、説得力が無いですよ」

 

 静謐は距離を取ってその場から消えた。恐らく正面対決を避けて再度奇襲を狙っているのだろう。

 

 早く助けを、なんて考えているとマシュが俺へと振り向き、抱き着いてきた。

 

「……せんぱいぃ」

 

 甘え声で耳元に囁いて来た。

 

「はぁはぁ……静謐さんは………本当にいやらしい人です……先輩に良く効く媚薬で迫ってくるなんて……おかげで、すっかり発情してっはぁ……先輩のことぉ、食べたくなっちゃいました」

 

 激しい呼吸を繰り返しながら、熱の籠もった視線をこちらに向けている。

 

「でもぉ……何時、誰が来るか……分からないから、我慢しますね……?」

 

 そう言いながらも、何処か俺を誘っている様に感じる。

 

「せんぱい……変な事しないで下さいね? 私も、ガマンしますから、ね?」

 

 今にも襲ってきそうな程にギラギラした瞳で自制するというその言葉よりは、猛獣の断食の方がまだ信じられそうだ。

 

「……」

 

 彼女の吐息だけが響くまま、抱き締められたままの状態が続く。

 

「はぁ……っふー、ふーっ」

 

 マシュ・オルタは我慢する為か、吐息を吐き続けていた口を俺の肩に当てて塞いだ。

 

「ど、どうしろって――っ!」

 

 マシュの背後、俺の正面から人影が見えた。紫色の髪と赤の瞳でこちらを見つめながら、静かに迫る人影が。

 

(こ、このタイミングでスカサハ!? しかも俺が持ってない全身タイツの方だろアレ!? ヤバイ! どう対処しろって――)

 

 その存在に恐れ慄き体を震え上がらせると、突然マシュ・オルタが体を押した。

 

「――抱き着いている状態で体が震えると、感じちゃうじゃないですか」

 

 その言葉と同時にマシュ・オルタの体を赤い槍が貫通した。

 

「こっふ……!!」

 

 手錠で繋がっていたが、押された事で僅かにマシュと俺の間に距離が出来て俺の体に赤い槍が届く事はなかった。

 

「……ふん、流石はシールダー。あの一瞬でマスターを守ったか。まあ、その確信があったからこそ私はこやつを穿ったのだがな」

 

 いつの間にか俺とマシュの間まで移動したスカサハは、マシュ・オルタを貫いたのと同じ槍で手錠の鎖を断ち切った。

 

「マスターを傷付けたのだ、それ位の罰は当然。そして、マスターは私が貰っていく」

 

 スカサハは当然の如く逃げ出そうと距離を取ろうとした俺を捕まえると、庭園の中へと駆け出した。

 

 

 

「……やれやれ、自分のサーヴァントに傷を付けられるとは情けないマスターだ」

 

 ルーン魔術で首の傷を治しながらスカサハは呆れた様に呟いた。

 庭園の中、そこの一室、強固な城塞の背景をそのままに、人が身を休ませる場所としてベットが置いてあった。

 

「私がいなければ今頃血液越しに魔力を吸われてミイラと化していただろう」

「は、はぁ……」

 

「つまり、お前は最早私無しでは生きていけない弱いマスターだ」

 

 なんか無茶苦茶な事を言いながら俺の首元に槍を向けた。

 

「……え、えぇっと……?」

「情けない……なんともひ弱なマスターか」

 

 どうも罵倒が多い気がするが、初対面のサーヴァントだから好感度が低いのだろうか。

 

「……先ずは“男”にしてやる必要があるな」

 

 これはアレか、自分好みにしようとするタイプのヤンデレか。場合によってマシュ・オルタよりも不味い状況かもしれない。

 

「手っ取り早いのはせ――行為だな」

「うぁっ!?」

 

 その場から逃げ出せる様に構えようとした俺の足元にルーン魔術で雷の様な物が落とされた。

 

「ふむ、度胸はある様だな」

「いや、たった今消滅しました」

 

 鬼かこの人は。俺は半泣きだ。

 

「軽口を叩けるか……まあ、次第点か」

 

 そう呟いたスカサハは指をクイっとこちらに向けて動かした。

 その仕草の意味は直ぐに理解出来た。

 

「うわっ!?」

 

 体が引っ張れるかの様にスカサハへと動いた。

 

「ルーンの鎖だ」

 

 先の雷撃と一緒に放たれたのだろう、俺では読む事の出来ない文字が足に刻まれていた。

 

「私に相応しい男になるには限界を超えて貰わなければならない……なら、先ずは今ある魔力を吸い出してやろう」

 

 そう言ってスカサハの唇が迫る。慌てて顔を動かしたので、俺の頬に当たった。

 

「ん……おい」

「っひ!?」

 

 突然の殺意混じりの低い声に体が震え上がった。

 

「避けるな。次避ければ足を刺す」

「ま、マジかっんん!?」

 

 流石に本気の影の女王の脅しに屈するしかなく、あっさりと唇を奪われると、今まで感じた事の無い脱力感がジワジワと俺の体に広がっていく。

 

 そんな俺の困惑を見てか、スカサハは唇を離した。

 

「……魔力を奪われる感覚は初めてか? だが、起きていて貰うぞ」

「――っがぁぁ!?」

 

 美女とのキスに現を抜かすなと言わんばかりに、脱力感とともに倒れそうな俺の体を電撃が走り、激痛が襲う。

 

「耐えろ……っん」

 

 息もつかさないとはこの事か。瞳を開ける力を魔力と共に奪われ、眠気が来ると体に激痛のアラームが鳴り響き、強制的に意識があるまま魔力を奪われる。

 

「っちゅ……ふむ、そろそろか」

 

 スカサハが俺を放すと、魔力切れ寸前の体は地面へと崩れ落ちた。

 

「っがはぁ……! はぁ、はぁ……!!」

 

 死ぬかと思った。

 体は地面に張り付いたまま動けない程に力を失っていた。

 

「……さて、これくらいで良いか」

「はぁはぁはぁ……っ!!」

 

 そんな俺をスカサハは手で担いで、ベットへと運んだ。

 

「さて、殆ど全ての魔力を奪った。もはや抵抗する力などまるで残っていないだろう」

「っぐ……」

 

 まさにまな板の上の鯉か……そもそも、サーヴァント相手に抵抗は難しいが、これではいくら隙を見せられても逃げる事など出来ない。

 

「こんな状態で性行為に及んで魔力供給をしようものなら、死んでしまうかもしれんな」

「じょ、冗談じゃない……!!」

 

 スカサハは添い寝の様に、俺の横に体を倒した。

 

「……安心しろ、マスター……魔力の無いお前をこれ以上、どうこうするつもりは無い」

 

 強張った俺の頬に手を当てると、スカサハは軽く撫でた。

 

『体を休めろ』

 

 何らかの魔術か、スカサハの声がまるで脳に優しく語り掛けるかの様に聞こえてくる。

 

『少々やり過ぎたが、よく頑張った。誇って良い』

 

 それを聞いて、途方もない疲労と脱力感が再び睡魔を呼び起こした。

 

『そうだ……目を閉じろ』

 

 先までの緊張が嘘の様に途切れていき、魔力を奪われた際の苦しみも夢だったのか、記憶から徐々に無くなっていった。

 

(このまま、意識を落としてしまえばスカサハの思う壺……だけど、もう限界……)

 

 一度閉じた瞳を開ける事は、叶わなかった。

 

 

 

「寝たか……」

 

 スカサハはマスターの頭を撫でた。そして、鋭い視線を何もない場所へ向けている。

 

「アサシン……と言っても、唯の小娘か。私をマスターの所まで誘い出しておいて、ここまで何もして来ないとなると、やはり、毒以外の取り柄を持たない暗殺者か」

 

 ヤンデレになったスカサハだが、今の彼女は普段とそこまで変わらない。

 強い相手を求め、弱い者を教え導く。

 そこに僅かにマスターへの私情を挟んでしまうだけで、後は何も変わりはしない。

 

 もっとも、マシュの匂いに嫉妬の炎を滾らせて、マスターに八つ当たりに近い行為をしたことに関しては並ならぬ独占欲に溢れているが。

 

「まあ、私を倒せる者はいない……その事実は変わらんか」

 

 言い終わると同時にその手に槍を握った。

 

「おりゃまあ、こりゃあ見事な別嬪さんだ。是非とも、題材にさせて貰いたいねぇ」

 

「……なんだ。暗殺者の後は絵描きか」

「ありゃりゃりゃ、お呼びじゃないってか? 連れないねぇ」

 

 内心、スカサハはガッカリしていた。あの暗殺者は恐らく目の前のサーヴァントを囮にマスターを連れ去ろうと考えたのだろうが、これでは時間稼ぎにもならないだろう。

 

「…………?」

 

 おかしい。

 少しの間とはいえ陽気な声で喋っていた絵描きが一向に動かず、喋らない。

 

 スカサハは横目で最優先事項のマスターを確認した。

 が、特にマスターに変化は無い。

 ならば良しと、目の前の敵に集中する、が――

 

「――っ」

 

 目の前に迫る筆。しかし、そんな物に当たる筈も無く、赤い槍が墨で濡れる事もなく弾かれた。

 

「……やはり、つまらんな」

 

 今の一撃で興味が失せた。直ぐに片付けようとスカサハは目の前のサーヴァント、葛飾応為目掛けて走った。

 

「……っ、貴様は――!」

 

 ランサークラス特有の敏捷の高さを生かした一撃、その寸前でスカサハは止まった。

 何故なら、そこにいたのは絵描きのサーヴァントでは無く、小娘と吐き捨てていた暗殺者。

 

「――!」

 

 思わず足を止めたスカサハに数滴の墨が付着した。静謐のハサンの肌を彩っていた墨汁は、完全に彼女の毒と一体化していた。

 

「っく! 眠り薬か! こんなモノ……!」

「出来た! ほら、さっさと逃げるよ!」

 

 倒れそうな体でスキルを発動させ、体を正常化しようとするスカサハ。その横をいつの間にやら部屋にいた応為が通り過ぎていった。

 

「マスター殿は頂いていくぜ!」

「っく、に、逃がすか……!」

 

 当然、後を追おうとしたスカサハ。だが、眠り薬以外の物も混じっていた様で目がクラクラする。

 

「っく、酒の類か!? 視界が……!」

 

 

 

「大丈夫、なんでしょうか?」

「ぁ……? どんくらい持つかまではわからんが、上手く行っただろ。とと様におれの体を使わせて書かせた“騙し絵”だ。魔力なんか無いから今頃あの姉ちゃんは部屋がひん曲がって見えてるさ」

 

 それを聞いて静謐は頷いた。

 

「そんでお嬢ちゃん、お代はちゃーんと頂くぜ? マスター殿との添い寝しながら、お嬢ちゃんの絵を書かせて貰う約束だ」

 

「は、はい……」

 

 静謐はその言葉に複雑な表情を見せるも、頷いた。

 

「……健気だねぇ、マスターの危機なら自分の居場所だとしても差し出せるなんざ、立派なお嫁さんだなこりゃ」

「え、あ、いえ……まだマスターと結婚は……」

 

「あーあー、今回は負けを認めるしかねぇや。お代を貰ったら邪魔者はとっとと退散するよ」

 

 参ったねこりゃ、なんて言いながら応為は部屋に入ってマスターを布団に寝そべらせた。

 

「マスター殿は……駄目だこりゃ、精の根も枯れ果ててんなぁ……まあ、おれもアンタも医者の先生じゃないし、大人しく寝かせとくに限るな」

 

 言うが早いか、応為は自分とマスターの体に掛け布団を覆い被せた。

 

「それじゃあ、早速体をこちらに向けてくれ」

「こ、こうですか?」

 

「あー……別に格好や動きはいらねぇや。お前さんの普段の、いつも通りの立ち姿でいてくれ」

 

 静謐と布団の外に置いた紙を交互に見ながら筆を進める応為。スカサハの時とは違う、速さではなく正確さを求める筆捌き。

 

「……っ……っ……」

 

 が、普段よりその動きは更に遅くなっている様に思えた。

 

(へへへ……恋する乙女を描きながら、その相手でもあるマスター殿と添い寝してる……)

 

「?」

 

 もぞもぞと布団の後ろ側が動いているのを見た静謐はちょっと疑問を抱いた。

 

(だけじゃ飽き足らず……足の指でマスター殿の肌触りを堪能……あぁ……背徳感で背中が震えっぱなしだぁ……! 変に高まって来ちまうし……)

 

 徐々に、応為から発せられる妖しい色気に気付き始める静謐だが、マスターになんの変化も見られないので怪しんだが、止める事はしなかった。

 

「…………まだ、でしょうか?」

「んん……ごめんな、もうちょっと待ってくれるか?」

 

(まあ、もう嬢ちゃんの方は書き終わったんだが……マスター殿の胸板を足の感覚を頼りに書き始めちまったから、もうちょい待って貰うか)

 

 天才ゆえか、奇抜な書き方で紙をなぞり始めた筆は止まらない。

 

(うへへへ……さて、後はマスター殿の乳首……乳首を……!)

(……足が不自然な動きを…………切り落としてしまいましょうか……?)

 

 2人の仕事人はそれぞれ動き始めた。あと一瞬でもあったのなら、応為の愛しいマスターの裸画が完成し、静謐の刃が彼女の足を切り裂くだろう。

 

 

「あ――!?」

「な、なんだぁ!?」

 

 ――地震でも、起こらない限りは。

 

 

 

「う…………き、気分悪ぃ……」

 

 長い間寝ていた様な、いや、寝てはいたが目が覚めても体に力が入らないので筋力が低下する程に長い間寝ていたんじゃないかと錯覚してしまう。

 

「……あ、あれ? 此処は……」

「我が玉座の前だ」

 

 見覚えはあったが、過程をすっ飛ばされてやって来ていた現在地を、玉座の主は教えてくれた。

 

「……せ、セミラミス……!?」

「そうだマスター。我こそは今まで汝らが足をつけて歩き回っていた庭園の主、セミラミスだ」

 

 彼女を手に入れた覚えはスカサハ同様ない。なので彼女の事は良く分かってはいない。

 

「気付けば我が宝具の中にいたが、アヴェンジャー共の面倒な仕掛けのせいで支配下に置くのに随分と時間が掛かってしまった。

 結果として邪魔者を排除出来たのであれば手間を掛けた甲斐があったと言うものよ」

 

 嬉しそうに話す彼女の後ろから、ぬっと静謐のハサンが現れた。

 

「こやつも、今では我が手中だ」

「せ、静謐……?」

 

「…………」

 

「こやつの体は全て毒。故に、我に操れぬ訳も無く、こやつのマスターへの愛を利用し色々動いて貰った」

 

 静謐のハサンはその説明を聞いて小さく頷くと、白いお面を被った。

 それは俺のサーヴァントではなくセミラミスの従者であると言う証だった。

 

「お陰で邪魔者を全員吊るし上げる事ができた。マスターから魔力を奪った者共をな」

 

 部屋の明かりが動き出し、壁を照らした。

 そこには鎖で吊り上げられたスカサハ、マシュ・オルタ、葛飾応為の姿があった。

 

「まあ、この程度では抜け出せる手練の様なので、酒に漬け込んで置いた。目を冷ましたとしても意識は朦朧としているだろう」

 

 酒、とは言うがセミラミスは毒殺の女帝だ。英霊にすら効果のある何か、と言う事だ。

 

「さて、話ばかりで長くなってしまったが……マスター、汝はもうこれで我以外に触れられる事は無い。

 夜は長い。たっぷりと……楽しもうではないか」

 

 そう言って玉座から降りてくるセミラミス。

 

 しかし、見下ろしながら迫る彼女の足取りは怪しく、やがて――

 

「――あ」

 

 階段を踏み外した。

 思わず、魔力切れ寸前で倒れそうな体にムチを打って、彼女の元へと駆け出した。

 

「……あ」

「あ」

 

 受け止めた。その安心感ですっかり力が抜けて、彼女と一緒に床へと倒れた。

 

「――いっ〜!」

「……こ、コラ! 何を抱き着いている!? さっさと放さぬか!?」

 

 女帝である自分が転びそうになった事、助けて貰った事、抱きしめられている事、顔を赤く染める事だらけで思わずセミラミスは怒鳴った。

 

 恐らく、庭園の管理権を取り戻す際に魔力を使った疲れがあったんだろう。

 

「あ、ごめん……」

 

 軽く頭を打ってフラフラしながらもなんとか目を開け、手を放した。

 

 

 

「ま、全く――っぐ!?」

 

 ラブコメな雰囲気だった筈が一瞬で吹き飛んだ。セミラミスの体と共に。

 

「ははははは……せーんーぱーい」

 

 ふっ飛ばしたのは俺の後輩、普段よりも紅く黒いマシュ・オルタ。天国に辿り着いた様な笑顔で俺を呼んだ。

 

「アハハハ!! 私にお酒や毒が効くと思ったんですか!? 大ハズレですよ!」

 

 高笑いしながらもセミラミスを見る。その瞳にあるのは殺意でも敵意でもない。普通のマシュには有り得ない、敵を見下し絶対的に勝利を確信した強者の炎だ。

 

「な、何だと……!? カルデアにいたマシュ・キリエライトにそんな力は――」

「あの娘とは違うんですよ。

 先輩を守る為に、私は私自身を無敵にする。初めて先輩の魔力を頂いた時に、先輩に付加されていた加護も貰いました」

 

「何……!?」

 

 マシュ・オルタは立ち上がろうと藻掻くセミラミスの前に立つと、盾を振りかざした。

 

「それじゃあ、これで終わりです――」

「っま……マシュ、やめろ!!」

 

 思わず俺がそう叫ぶと、振り下ろそうとしていた盾はピタリと止まった。

 

「――……そうですね。この庭園はセミラミスの宝具。

 倒してしまうと何が起こるか分かりませんでしたね」

 

「っがぁぁ!!」

 

 言い終わると再び盾で殴ってセミラミスを壁へと叩き付けた。

 

「これくらいで、いいですよね」

 

 振り返って笑顔を俺に見せた彼女に、何も答えてやる事は出来なかった。

 

「……先輩?」

 

 盾を消したマシュ・オルタは立ち上がらない俺を見て首を掲げ、何かに納得したかの様に両手の平を合わせた。

 

「あーあ……スカサハさんに、魔力を奪われてしまって力が出ないんですね」

 

 そう言うと俺の顔を掴み、体を支える様にしゃがんで膝を潜り込ませた。

 

「じゃあ、私がたっぷり送って上げますからね」

 

 抵抗する力もなく、俺はもはや諦めて受け入れるしかなく、目を瞑った。

 

 

 

 

「……この、私の体に流れている」

 

 突然の黒い輝きに、俺は思わず目を開いた。

 

 

 

「聖杯と同じ、魔力を」

 

 そして、迫る唇と彼女が手に持った聖杯に恐怖した。

 

 

 

「一緒に堕ちましょうね、先輩」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 恐らく、寸前で目が覚めたんだろう。

 汗と謎の脱力感と共に目覚めた俺は無言で台所に立った。

 

 今日は休日だが体に力が張っていないと不安だったから、朝から生姜焼きを作って食べる事にした。

 




 

次回はハーメルンからの当選者 ひがつちさん の話を執筆させて頂きます。また遅れてしまうかもしれませんが、出来うる限りの最高のクオリティで書かせて頂きます。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・リリィズ 【2周年記念企画】

2周年企画5回目です。今回はリクエストの話なのである程度(有って無いような)設定を無視して書いています。百合です。
当選者は ひがつち さんです。おめでとうございます。 


 

「――先輩、待って下さい!」

「待たない、今日は用事があるんだ」

 

 放課後、校門の近くまで来ていた私の横を1組の男女が早歩きで通り過ぎて行った。

 

 どちらも見た事は無いが、男子の方が2年で、女子は1年だろうか。

 

「元気だねー」

 

 アルバイトや勉強で疲れていた私はその2人を微笑ましく思いつつ、気の抜けた感想を溢しながら家へ帰る。

 玄関の前に着くと、同じタイミングで隣の家のドアの前に立っている知り合いがいた。

 

「ただいまぁ……やったぁ」

 

 幼馴染の陽日君だ。家に入る時の笑顔は相変わらず弱々しくも満面で、天国に辿り着いたおじいちゃんの様だ。

 

「陽日君、私の後ろにいた筈なのに私より先に家に入るって、どこで追い越したんだろう?」

 

 そんな疑問を浮かべながら自分の部屋に入ると、今までの疲れがどっと押し寄せて来た。

 

「ふわぁー……つっかれたぁ……」

 

 スマホを握りつつベットに倒れた私は、FGOを起動した事も忘れて目を閉じた。

 

「鼎(カナエ)……今日はおネムしまーす……」

 

 そんな宣言通り、私は直ぐに眠ったのであった。

 

 

 

「わぁー……すっごい霧だぁ」

 

 私の視界をもくもくと濃い霧が遮っている。微かに見える街並みを見て、今いる場所の正体に気付いた私は思わず両手をパンッと叩いて喜んだ。

 

「あー! 此処きっとロンドンだぁ! FGOの第四章の舞台だぁ! 凄い凄い!」

 

 テンションマーックス!

 夢の中でお気に入りの世界に入り込めるとは思わなかった。

 

「腐退的で幻想的なロンドンだぁ……」

 

 ちょっと楽しくなってきたので歩いてみる事にした。

 

 誰もいない。人の気配が微塵も感じられない。

 

 そんな場所だから人目も気にせずに首をあちらこちらに動かして周りの景色を楽しめる。

 

「ふっふふー……ん?」

 

 鼻歌を歌ってスキップしていた私だけど、不意に足を止めた。

 沈黙の中を私以外の誰かが歩いている。

 そんな気がしたからだ。

 

「……ん、誰もいない」

 

 振り返って少し注視してみるけれど、いくら探しても何も見つからない。

 

「気のせ、っきゃ!」

 

 突然、私の前に霧と建物以外の人影が立っていた。

 

 驚いた私の体は尻餅を付きそうになったけれど、小さな腕が私の体を受け止めた。

 

「――あっ」

「大丈夫ですか、マスター?」

 

 見上げた場所には紫色の髪の女の子が、その腕だけで私を支えていた。

 

「アナ……ちゃん?」

「はい。脅かしてしまったみたいで、ごめんなさい」

 

 ペコリと謝りつつ、そっと私を地面に降ろしてくれた。

 

「……本当にアナちゃんだ!」

「く、苦しいですマスター……!」

 

 目の前の女の子がサーヴァントのアナちゃんと確信できた私は我慢出来ずに思わず抱き着いた。

 

「わ〜! 本当にちっちゃい!! あ、猫耳っぽい膨らみ!」

「ちょ、ちょっとマスター、落ち着いて下さい……くすぐったいです」

 

「えへへ……照れた顔も可愛いなぁ……!」

 

 夢だと分かっている私は彼女の体も顔も弄くり回してやり放題だ。

 

「……ああ、もうっ」

 

 だけど、突然アナちゃんに鎖で右手を縛られる。 

 

「えっ? ちょ、アナちゃ――」

「――あむっんんっ……!」

 

 驚いている間にアナちゃんに唇を奪われた。

 

「ん、んー!? ん、っちゅん……!?」

(ちょ、ちょっと待って!? え、何これ、何これ! アナちゃんが、き、キスしてる! 私こう言う経験初めてなんだけど!?)

 

「――――っんはぁ……」

 

 初めての経験の唇の柔らかさとか突然やって来た舌の感触とか、衝撃に衝撃が重なって今にも頭の中がパニック状態の私。

 開放されてもずっと間抜けな顔でアナちゃんを見つめていた。

 

「……マスターがあんな素敵な顔を見せるから、我慢出来なくなっちゃいました」

 

「えっ……いや、が、我慢って……?」

「もう一回しても良いですか?」

 

 唇を近付けてやってくる彼女の前で、私は慌てて唯一動ける左手で口を塞いで見せた。

 

「あ――!」

「はい、これでもう塞げませんね?」

 

 左手を掴まれ、右手と一緒に鎖で縛られた。

 良く分からない力で鎖には触れずに、だけどしっかりと私の両手を頭上で固定しているので、足を動かして逃げようと後退ってみたけど……

 

「もう、駄目ですよ?」

 

 背中まで手を回されて抱き止められた。

 

「あ、アナちゃんなんか変だよ……!?」

「マスターが……おかしくしたんですよ? あんなに沢山触って、わたし貴女の温度に当てられてしまいました……」

 

「ご、ごめんね!? 謝るから……!」

「泣いちゃ駄目ですよマスター……わたし、もっと泣かせたくなってきちゃいました」

 

 また、私達の唇が触れそうになる。

 

「“くるくる廻るドア……”」

 

 だけど、近付いてきたアナちゃんは止まると、私を抱き抱えようとする。

 2人の体の間にストンと、何処からともなく絵本が降ってきた。

 

「……“行き着く先は鍋の中!”」

 

 ひとりでに開いた本のページから、突然の炎が飛んできた。

 

「っく!?」

 

 アナちゃんは私の両手を縛っていた鎖を消して、炎を避ける様に後ろに跳んだ。

 

「駄目よ、アナ。貴女の役は悪い蛇なの。お姫様にキスして良いのは王子様だけよ」

 

「……ごっこ遊びなら、後で付き合ってあげますよ。ナーサリー・ライム!」

 

 私の前に現れた本は、アナちゃんの叫びと共にその姿を黒い衣装の女の子に変えた。

 

「こんばんわ。マスターさん」

「こ、こん、ばんわ?」

 

 夢の中、だと思うけど先から分からない事だらけで私はすっかり混乱していた。

 

「会えて嬉しいのだけど、取り敢えず此処は逃げちゃいましょう? だって、悪い蛇さんはとっても怖くて強いんだもの」

 

「ナーサリー、マスターは連れて行かせませんよ……!」

 

 何処から出したのか、自分より長い鎌を持ったアナちゃんがこっちに目掛けてやってくる。

 

「あ、アナちゃん! “と、止まって!!”」

 

 思わず手を突き出して静止しようと叫ぶと手の甲から赤い光が放たれ、アナちゃんの体は不自然な程急に止まった。

 

「っぐ……! 令、呪が……!!」

 

「今の内ね」

 

 ナーサリー・ライムは大きく派手な炎を出すと、霧の中を私を連れて走り出した。

 

 その私達の周りには誰か霧の中を通っている様な動きが見える。

 

「安心してマスター。これは全部私達の影よ。今はみんな仲良く鬼ごっこをしているわ」

 

 多分だけど、ナーサリーちゃんの力でアナちゃんを撒いてくれているのかな?

 

「さあ、行きましょう。私達の秘密基地に!」

 

 

 

 ナーサリーちゃんに連れて来られたのは図書館だった。

 本棚と暖炉がオシャレな、時代を感じる場所で私はナーサリーちゃんに何が起きているか話を聞く事にした。

 

「……んーっと、私が世界一のお姫様で皆がどうしても欲しがっている……って言うの良く分からないけど、どうやったら此処から出られるの?」

 

「簡単よ。私と一緒に入れば良いの。時間が経てば貴女は夢から覚める。楽しい事をしていれば時間の流れは早くなる。

 ね? 一緒に遊びましょう?」

 

 ナーサリーちゃんはそう言って手の平を差し出してくれた。

 

「……ナーサリーちゃん」

 

 なので私はその手を掴んだ。

 

「……フフフ」

「?」

 

 何故か小さく笑ったナーサリーちゃん。私は心の中を誰かに見られた様な奇妙な感覚に怯んだ。

 

「マスター、貴女は私のお姫様。大丈夫。何が来ても私が守ってあげるわ」

「う、うん……」

 

 その言葉と共に、私達の周りを本から出て来たカラフルなリボンが飛び交い、囲み始めた。

 

「今すぐに、この悪夢を彩ってあげる!」

 

 

 

「……あ、あれ?」

 

 私は――思わず頭を抑えた。頭痛、じゃなくて頭が気持ち悪い、って言ってしまいそう。目を閉じているのに目の前がグニャリと歪んでいる気がする。

 

「変な、気分……」

「大丈夫?」

 

 後ろから声をかけられた。

 この声はナーサ――?

 

(あれ? この声は、アリス、だよね?)

 

 本当に気分が悪いみたいだ。

 

 だって私は今、恋人のアリスを今、知らない名前で呼びそうになったから。

 

「ねぇ、カナエ、大丈夫?」

「う、うん大丈夫だよ、アリス」

 

「なら、早くお茶にしましょう」

「そだねー……」

 

 アリスと少し歩いて庭の中、お花畑に囲まれた机に着いた。

 温かいお茶とお菓子が揃っていて、お茶会の準備がもう出来ている。

 

「座って、カナエ」

「うん……わぁ、美味しそうだね!」

 

 アリスと私は座った。

 明るい色のマカロンを手に取る。

 それを見ているだけで先まで感じていたモヤモヤとした気持ち悪さが薄れていく気がする。

 

「……頂きます」

「うん、ちゃんと食べてね」

 

 先ずは一口。マカロンを半分程口の中で噛んだ。

 

「んー! 美味しい!」

「ふふふ、喜んで貰えて良かった」

 

「うん、これだったら一杯食べたくなっちゃう!」

 

 最初の1個を直ぐに食べ、緑色のマカロンを手に取って食べる。

 口の中の水分が少し乾いてきたので、紅茶を飲んだ。これも美味しい。

 

「美味しい!」

「あんまり急がないで、ゆっくり食べてね?」

 

 美味しい! だけど、頬張る毎に何かがおかしいと思えてくる。

 何か、この美味しさがまるで嘘の様な……

 

「カナエ? どうしたのそんな悲しそうな顔をして?」

 

 声を掛けたられて漸く、アリスが目の前まで駆け寄って来た事に気付いた。

 

「……な、何でもないよ?」

 

 そんな彼女を見て、ふとした疑問が私の中で生まれた。

 

(アリスとは恋人だけど……キスした事って、あったけ?)

 

 私はその疑問に、自分で答えを作ってしまうとアリスと目を合わせた。

 目が合うと、アリスも分かってくれた様で重ねる為に唇を向けてくれた。

 

「――」

「――あ」

 

 だけど、私達を突然現れた閃光が切り裂いた。

 

 

 

 

「……あーあー。なんて空気の読めない、いえ、この場合は読んでしまった、と言うべきなのかしら」

 

「あ、あれ? 今の、何だったの?」

 

 まるで寝ている時に水を掛けたられたみたいに、突然に覚醒した意識と状況の変化に戸惑っていた。

 

「マスター、ご無事ですか!?」

 

 目の前にはアナちゃんではない別のサーヴァントが駆け寄って来た。

 

「せ、セイバー・リリィ……」

 

「もう、現実は本当に残酷ね。折角、バッドエンドの物語の中で悪役を演じたのに……

 それに貴方、本気ではないとはいえ私の作った中の見えない空間を宝具で切り裂くなんて、マスターの事は考えなかったのかしら?」

 

「私には直感スキルがあります。滅ぼすべき悪は見えずとも切れる!」

「あぁ……先の空間で魔力を使い過ぎたわ。なら、今回はこれでバイバイね」

 

 ナーサリーちゃんは手を叩くと本に代わり、甘い匂いを漂わせるケーキやキャンディ、チョコレートを辺りに撒き散らしながら消えていった。

 

「これは……嫌な事をしてくれますね」

「え?」

 

 セイバー・リリィちゃんは私の手を掴むと図書館の窓目掛けて走り出した。

 

「え!? ちょ、ちょっとリリィちゃん!?」

「すいませんマスター! 少しの間だけ目を閉じていて下さい!」

 

 魔力で破片を退かしながら窓を割って飛び出した。2階からの脱出だったけど、リリィちゃんは隣の建物を私を担ぎながら駆け上り、屋上で私を降ろした。

 

「はぁ、はぁ……こ、怖かったよぉ!」

「すいませんマスター……」

 

 自動車の窓から見た景色の様な目まぐるしさの移動で私は泣き言を言いながらセイバー・リリィちゃんに抱き着いた。

 

「ですが先程の魔術、私達に匂いを付加する様でしたので、速やかに脱出しないと他のサーヴァントに位置がバレてしまう恐れがありました」

 

「もー、どうなってるの! なんで皆が私を欲しがってるのぉ!?」

 

「(そういう所ですよ、マスター)

 泣かないで下さいマスター。大丈夫ですか?」

 

 リリィちゃんに頭を撫でられる。

 

「だって、ナーサリーちゃんには変な空間で恋人になってるし!」

 

 頭の上を撫でていた手は、指で髪を優しく摘んだ。

 

「アナちゃんは私を縛って、初めてなのに……あんな激し――きゃぁ!?」

 

 突然、セイバー・リリィちゃんは私を強く抱き締めた。

 

「り、リリィちゃん!?」

「そんな……そんな目に合っていたんですね……!」

 

「あ、え、き、キスだよ! 別に襲われた訳じゃないから――んんっ!」

 

 セイバー・リリィちゃんは私の頭を抑えながら、アナちゃんと同じ位激しく私の口の中に舌をなぞらせる。

 

「んっぁ……! やぁ……んっ」

 

 抵抗しようとする私の動きが煩わしかったのか、リリィちゃんは片手で私の顎を抑えた。

 後頭部も顎も抑えられ、激しかった舌の動きは遅くなり、全体に這わせるかの様な丁寧な動きになった。

 

「はぁっ……っ、っん……」

 

 抵抗は出来ない。

 私は長い時間、私よりも年下の娘に口内を舐め回され続けた。

 

「……はぁはぁ……な、なんで……リリィ、ちゃん……?」

「……マスターの初めては、私が良かったのに」

 

 漸く離してもらえた私はリリィちゃんの肩に顔を置くように息を整えた。

 

「う、うぅ……なんで皆してこんな事をするの?」

「マスターを愛しているからですよ」

 

 リリィちゃんはお母さんみたいな事を言ったけど横顔は赤く染まっていて、私でも家族愛では無い事は分かった。

 

「り、リリィちゃん……?

 気のせいだったら良いだけど、鼻息荒いよ?」

「大丈夫です……匂いを嗅いでるだけです」

 

「リリィの口が付いてる部分がが湿ってる気がするんだけど……」

「マスターの汗を吸い出しているだけです。しょっぱいですね?」

 

 見た目は金髪のお人形みたいに可愛い子なのに、私の中では唯の変態にしか見えなくなった。

 

「変態だよ!? 怖いよその行動!?」

「えへへ……優しいマスターにそんな風に罵倒されるとなんだか嬉しくなります……!」

 

「い、意味分かんないよ!?」

「だって、大好きなマスターに私がマスターを愛しているって伝わっているって分かったんです。凄く嬉しいです!」

 

 リリィちゃんの瞳はしっかりと私を映していてそれがまるで大砲を向けられている様で怖くなった。

 

「……マスターさん、服を脱いで下さい」

「え、や、やだっ!」

 

 私は思わず震えた声で答えた。

 

「もう、汗をかき過ぎて汚れていますし……私がしっかり拭いて上げますから、遠慮なさらずさぁ」

 

 セイバー・リリィちゃんの手が私の服(カルデアの制服)の留め具に置かれる。

 それを両手で抑えてなんとか止めると、リリィちゃんは、私の目を見た。

 

「そんなに嫌ですか? 恥ずかしいんですか?

 ……それじゃあ、私から脱いであげますね?」

「そ、そういう問題じゃない――きゃあ!?」

 

 胸の上と下の留め具が切られた。

 

「うーん、後で飾って置きたかったので乱暴には脱がせたくなかったのですが、形が残っていれば良いと妥協します」

「だ、駄目ぇ! 止めてぇ!」

 

 

 

 本気で他人を拒絶した私の願いが届いたのか、リリィちゃんは――いや、よく見たら周りの景色も霧の濃いロンドン街では無く、妙な浮遊感を感じる何もない黒の空間に変わっていた。

 

「こ、此処は何処?」

 

「安心して」

「油断してはいけないわ」

 

 同じ声が真逆の事を言いながら近付いてきた。

 

 私が立っているのか、逆さなのかは足の付かない空間では分からない。

 

 黒い洋服で金髪の小さな女の子と、同じ顔なのに露出度の高い服とも呼べないリボンを形をした布を纏った肌の色が少しおかしな女の子。

 

 肌の色が白色にも紫色にも見えるその娘は、私から見て逆さだった。

 

「此処は時空の間……」

 

 逆さの娘が歯を見せて笑いながらそう言った。

 

「マスターさんが助けを呼んだから、私、遠くにいたけれど助けに来たわ」

「悪い私も出て来たけどね?」

 

「あ、アビーちゃん?」

 

 不思議な娘、アビゲイル・ウィリアムズちゃん。

 フォーリナーってクラスだった気がするけど、ここはもしかして彼女の頭に開く鍵穴の中に入れられてしまったのだろうか?

 

「も、もしかしてアビーちゃんもおかしくなっちゃったの!?」

 

「違うわ。私は、アビゲイル・ウィリアムズはこの塔の効果を受けてない……筈なの」

「受けてないけど、私は受け入れたわ」

 

 逆さの娘が私に近付いた。

 

「今、良い子の私は塔の力を拒絶したけれど、私は悪い子。どんな力か感じてみたくて、受け入れてみたの。そしたら驚きよ! 私も貴女を愛してみたくなったの!」

 

「っひ! や、やっぱり!」

 

「もう1人のフォーリナー、あの絵描きさんの部屋で見た絵に、女の人が触手で滅茶苦茶にされてる絵があったの。きっと悪い事で、きっと楽しい事よ」

 

「や、やめて……そんな事しちゃ駄目だよ! 此処から出して!」

 

「あっはぁ! マスターったら、情けない声で泣いちゃって可哀相……よしよし」

 

 私の涙が流れる頬を灰色の触手が撫でた。

 

「じゃあ、怖くならない様に一緒に遊びましょう? 大丈夫よ。此処は安全だから、他のサーヴァントは来れないわ」

 

 先の女の子達のせいで全く信用出来ない私は溢れ出る涙を止められない。

 

「……どうしましょう? このまま泣き続けるマスターを見続けるのも良いんだけど?」

「安心させないと、マスターさんが可哀相よ」

 

 アビーちゃんが袖に隠れた手で頭を撫でるけど、それがセイバー・リリィちゃんと同じ行動なせいか、私は恐怖を感じた。

 

「仕方ないわね……っ」

 

 涙を拭う私の横で、逆さのアビーちゃんは鍵を手に、黒だけだった空間に穴を開けた。

 

「行くわよマスター!」

「え、わぁ!?」

 

 飛び降りる様にやって来た場所は、私が何時も歩いている通学路。学校から歩いて6分程で着くケーキ屋だった。

 

「此処……」

「マスターが何時も行きたがっているケーキ屋さん。さあ、入りましょう?」

 

 先までいた霧の深いロンドン街や黒だけの空間から出られた私は、その日常の色に安堵した。

 

 涙は自然と止まり、周りに人がいないのは気になったけれど、白色のアビーちゃんに引っ張られてケーキ屋に入った。

 

「……だ、誰もいないの?」

「ふふふ、心配しなくて良いわよ。どうせ夢の中なんだし……ほら、マスターさんの好きなケーキはどれかしら?」

 

 アビーちゃんはガラスの中で並べられたショートケーキの前に鍵を突き出して、手に取った。

 

「……良いの、かな?」

「要らないの? じゃあ、全部持ってちゃいましょう」

 

 そう言うとアビーちゃんは大きな穴を開けてガラスの中のケーキを全部、窓際のテーブルの上に移動させた。

 

「わぁ……凄い」

「これ全部、私達の物よ! 好きなケーキを食べ放題!」

 

 アビーちゃんは今度は穴を開けてガラスのカップを手に出現させ、穴からコーラを注いだ。

 

「甘ーいチョコレートケーキも、イチゴたっぷりのショートケーキも、可愛いモンブランも、飲み物だって自由なのよ!」

 

 また引っ張られ、更に置かれたケーキがひしめき合う席に座った。

 

「さあ、食べましょうマスター」

 

 

 

 悪戯な笑みを浮かべながらケーキを食べ続けるアビーちゃん。それを眺めながらも私は5皿程食べたけど、彼女はもうその3倍は食べていた。

 

「美味しい! これも美味しい! ああ、モンブランも良いわ!」

 

 触手で顔の高さまで皿を持ち上げて、それを飲み込み続ける漫画みたいな食べ方だけど。

 

「……アビーちゃん、もうお腹一杯だったりしないの?」

「私は邪神の依代よ! いくらでも食べられるし、いくらでも美味しく感じるわ!

 繋がっている邪神様もきっと喜んでいるわ!」

 

 私の中ではタコの怪物みたいな邪神様が「胃もたれするー……」なんて言いながら寝込んでいる姿が浮かんだ。

 

「……マスター、結構いろんな娘にイジメられたのね。3人かしら?」

「そ、そんな事も分かるの?」

 

「まーねー……げぷぅ……」

 

 漸くコーラを飲んで一息ついた。

 

「でも、勘違いしないでね。

 今の私もそうだけど、皆マスターさんが好きだからそんな事をしているの」

「だけど……その、強引だったよ?」

 

「だって……好きなんだもん」

 

 そう言いながら、アビーちゃんは机に顔を置いた。

 

「マスター、カルデアに英霊は何騎いるのかしら?」

「え、えーっと……40くらいかな?」

「皆可愛かったりかっこよかったりするでしょう?」

 

「う、うん」

「出生が変わった人だっているでしょう?

 それって全部、不安になっちゃうんだよ?」

 

 アビーちゃんは自分の横から触手を出した。

 

「見た目も能力も英霊とは異なる私もそうだけど、マスターさんは分け隔てなく接してくれるし……好きな人を巡って39人ものライバルがいたら、力強くでも手に入れたくなるでしょう?」

 

「そう……なのかな?」

 

「それとも、マスターは英霊なんて呼ばれている人達が我慢して他の人に譲ると思っているのかしら?」

 

 そう言われると、私はぐうの音も出なかった。

 

「な、仲良くして欲しいのになぁ……」

「ふふふ、じゃあマスターは40人に増えないといけないわね」

 

「む、無理だよぉ…………ねぇ、アビーちゃ――」

 

 

 

「――な、何で!? まだ時間じゃ……!」

 

『フォーリナーの力を侮っていた……まさか、シャトーの空間をマスターの心象風景と繋いで広げるとはな』

 

「あ、エドモン・ダンテス!」

 

『ルール違反……もとい、やり過ぎだ。お前の出番は此処までだ』

 

「そんな、勝手な事を――!!」

 

 

 

「……え?」

 

 何が起こったのか。先までケーキ屋にいた筈なのに、気が付けばロンドン街の建物の屋上にまで戻ってきていた。

 

「見つけたわよ、子ジカ」

 

 後ろから掛けられた声は、アビーちゃんのじゃなかった。

 ピンクの髪に2本の角、黒と白のフリルのスカート。

 

 アイドルを目指す女の子、エリザちゃんだ。

 

 ロンドンの雰囲気と突然の登場で思わず身構えたが、私はアビーちゃんの言った事を思い出した。

 

(大好きだから強引……だったら、ちゃんと話して、説得してあげればきっと……!)

 

 それに、エリザちゃんは良い子だ。歌は下手だし、たまに変な失敗をするだけで根は優しい娘。

 きっと私の話を聞いてくれる。

 

「え、エリザちゃん……!」

「何よ子ジカ、私に何か言いたい事があるのかしら?」

 

「! う、うん! 私、エリザちゃんの事が大好きだよ!」

 

 私がそう言うと、私にゆっくり近付いていたエリザちゃんは止まった。

 

「い、一緒にお出かけして、ロンドンを観光しようよ! 2人だけでっ!」

 

「で、デートのお誘い……なのかしら?」

「うん! 良い、かな?」

 

 私はエリザちゃんの片手を両手で握った。行こうと、少し引っ張った。

 

「……子ジカから誘ってくれるなんて……嬉しいサプライズね」

「じゃ、じゃあ……!」

 

 エリザちゃんは私の袖を指でなぞると、その人差し指を私に見せた。

 

「……で、このクリームはなんなのかしら?」

「――!」

 

「甘くて……美味しい。お店で出て来るショートケーキの生クリームね。これ、何で付いているの?」

「そ、それは……」

 

「……ふーん。まあ、子ジカはマスターだもの。たっくさん、仲の良い英霊が居るわよね。私以外のサーヴァントとお出掛けして、今度は私を口説こうってわけ?」

「ち、違うっ! そうじゃなくて――」

 

「――良いわ。信用してあげる。

 だって、子ジカは私のファンだもの」

 

「……あ、ありがとう」

 

 私はホッとした。エリザちゃんが怒った様に見えたけど、笑顔で私の手を掴んでくれたから。

 

「子ジカ」

「ん、何?」

 

「貴女は、私のマスターになってくれる?」

「う、うん! 勿論だよ!」

 

 エリザちゃんの質問に私はそう答えた。

 もうエリザちゃんのマスターだし、何でそんな事を聞いたんだろう?

 

 でも、これでエリザちゃんとお出掛けできる……! うん、きっとエリザちゃんと仲良くしていける。

 

「じゃあ、契約成立ね」

 

 

 

 

 

「エリザ……様」

「んー? 何かしら?」

 

 私は今、エリザちゃ――エリザ様のメイドとして彼女に膝枕をしている。

 

 ダンスのレッスンで疲れ――お疲れになっているエリザ様を休ま――癒やしている。

 

「も、もう十分お休みしたと思うのですけど……」

「メイドが、主に此処を退けと言いたいのかしら?」

 

「いえ、そんなつもりは……」

「あんまり反抗が過ぎると、また血を吸うわよ?」

 

「も、申し訳ありません!」

 

「んー……BBが月で作った仮契約のプログラム、いい感じね。子ジカをメイドとして側に置いておけるんだもの」

「い、何時までこのままで――このままなんでしょうか?」

 

「んー? 何を言っているのかしら? 契約は既に成ったわ。貴女は一生、私のメイドよ。

 歌う私に聞き惚れなさい。踊る私に興奮なさい。

 疲れた私を癒やしなさい。美容の為に血を差し出しなさい。

 そして――」

 

 ――我が儘な私の側にずっと居るのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 隣の家の知り合いが、最近夢見が悪いと言った。

 1日の殆どを睡眠に費やす俺にはよく分からないけど、夢の中でも寝ていればいいと教えてあげた。

 

 翌日、「ありがとう」と言われた。

 

 何でも、イケメンや筋肉モリモリマッチョマンが喧嘩しているみたいだけど襲われなくなったらしい。

 

 たまに女の子が出るらしいが、その子にも何もされないらしい。

 

 うーん、似たような事が最近俺にも起きている様な?

 

「まぁ……睡眠が世界を救うって事で……」

 

 またあの魔法少女2人がうるさいけど、悪夢の中のベッドの寝心地は悪くなかった。

 






今回も遅くなって申し訳ありませんでした。
次回はツイッター側から3人目、最後の当選者です。

もう今年も半年が経ち、そろそろ水着イベントですね。
記念企画の間にも、当然ながらガチャを引いていました。

念願の水着清姫が来てとても嬉しいです。
いつか書きたいです。

正直イベントが多くて執筆してる場合じゃ――なんて馬鹿な事は言わずに頑張りたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

素直になれないヤンデレ 【2周年記念企画】

待たせたなっ! (土下座)

今回の記念企画最後の当選者は エイジさん です。
おめでとうございます。

実はUAとか色々更にお礼企画するべき事があるんですが、流石にこのままでは自分が持たないのでしばらくは流させて頂きます。

今回の企画に応募して下さった皆さん、本当にありがとうございました。


「……ん?」

 

 夕食の材料を買う為にやって来た俺、切大はスーパーで見た事の無い缶飲料があったから手にとって見た。

 

「なんだ、酒か」

 

 炭酸飲料の新商品かと思った俺はそれを元の場所に戻した。

 

「父さん、アルコールアレルギーだったな……まあ、そうじゃなくても俺は飲みたいとは思わないけど」

 

 そう呟いて俺はみりんと醤油を求めて飲み物のコーナーを後にした。

 

「コーラは……流石に今月キツイからやめとこ」

 

 

 

「……マジか」

 

 気が付けばカルデアだったが、珍しい事にマイルームの中では無く食堂の机に頭と腕を置いたまま寝ていた様だ。

 

「アヴェンジャーの言った通りなのか」

 

 先程、アヴェンジャーから説明された事を思い出す。

 今の俺にはマシュの加護とも言える酒の耐性は無い。

 サーヴァント達は普通だが、酔っ払ったサーヴァントがヤンデレになる。

 

 どんな酒やビール、ワインでも飲めば必ず俺もサーヴァントも酔ってしまうらしい。

 

「で、しかも耐久制かよ」

 

 食堂を出ようと出口へと向かった。ここに居るとすぐに酔っ払いの餌食だ。

 

『……すた〜…、ど……すかぁ〜?』

 

 しかし、ドアを開く腕は止まった。

 ドアの向こうから陽気な、酒の入った声で喋っているサーヴァントの声が聞こえて来たからだ。

 

『沖田さん、今寂しいのでマスターさんに思いっきり甘えたいですよぉ? なんだったら、胸とか触り放題ですよぉー……』

 

 なんつーセクハラ発言。オルタが出て来たんだから本家としてもう少し謹んで行動して欲しい物だ。

 

『えへへ……見つけたら、即押し倒して、私のオルタに見せ付けてやりましょう!

 沖田ちゃんより沖田さんです!

 ボーッとしてるあの娘には出来ない大人な攻めで人気を上げて、マスターさんの一番になれる、完璧な作戦! 沖田さん大勝利ですね〜!』

 

 駄目だ。酒が入って滅茶苦茶意味不明な事を言っている。

 

『マスター、何処ですか? 清純系人斬りサーヴァント、沖田さんですよー……』

 

 声は遠ざかっていった。良かった。

 これ以上聞いていたら俺の中での沖田さんの株が氷河期に突入していただろう。

 

「もう既に寒冷期だけどな……しかし、参ったなぁ。食堂から出るとあんな危ない沖田と鉢合わせるリスクがあるのか」

 

 何処で酒を飲んだか知らないが、アレと会って普段通り無事に済むとも思えない。

 

「……一応、もう1つの出口もあるが……」

 

 反対側のドアに目を移す。

 こっちよりも安全かと思い、ドアの前まで移動した。

 

「おわっ!」

「……何よ?」

 

 急にドアが開いた。

 現れたのは血の気の薄い肌と金髪、私服姿のジャンヌ・オルタだった。

 

(アヴェンジャーで司会側の人間だった筈なんだが……)

 

「いや、急に開いたからちょっと驚いただけ……何か食べに来たの?」

「別に、喉が乾いただけよ」

 

「そ、そっか……それじゃあっ」

 

 それで全てを察した俺はジャンヌの横を通り抜けてサッサと食堂を後にした。

 

「? 何よあいつ、逃げるみたいに……」

 

 

 

「取り敢えず食堂から脱出したけどこのカルデア、エレベーターも階段も使用禁止だし、食堂と医務室を除けばマイルームとサーヴァントの部屋くらいしか無いって……狭すぎませんかね?」

 

 だが、今までの傾向から考えると行動範囲の狭さはサーヴァントの数に比例している筈だから、数は少ないと考えるべきか。

 

「……ん?」

 

 廊下を慎重に歩く俺の視界に黒い何かが映った。いや、増殖するGとかじゃなくて。

 

「……うぅ……」

 

 何か呻き声を発しているそれはアルトリア・オルタだった。

 こちらもジャンヌ・オルタ同様に新宿のストーリーで着ていた私服姿だ。

 

 流石に酔っ払っているのかと警戒して、隠れながら様子を伺う。

 

「……腹が、減った……」

 

 ……おい、騎士王。

 

 溢れた一言でだいたいの状況を理解して、俺の警戒心はすーっと消えていった。

 顔も赤くなく酔っている訳ではなさそうなので俺は若干呆れながら近付いてた。

 

「……大丈夫?」

「マスター、丁度いい。

 見ての通り私は空腹だ。食堂まで私を運べ」

 

 先まで呻いていた事を無かった事にするかの様に偉ぶり始めた。

 本人は恥ずかしく思っていない様だが、俺は内心苦笑した。

 

(……て言うか、思わず声をかけたけど食堂まで連れて行ったらジャンヌと鉢合わせする!)

 

 取り敢えずアルトリアを立たせた俺は、ヤンデレではない彼女の頼みをやんわり断ろうと試みる。

 

「連れて行きたいのは山々だけど、ちょっと俺は野暮用があるから」

「……なるほど。マスターは、反転した私が嫌いか」

 

「いや、そんな事は無いけど……」

 

「何時も心優しいマスターだと思っていたがなるほど、やはり臆病な人間らしい。汚らわしい者とは触れていた無いという事だな。何、理解はしている。これからはなるべくお前の視界に入らぬ様に――」

 

「――連れてきます! 連れて行かせて下さい!」

 

 良心をグリグリと責められた俺は腹を括って彼女を食堂までエスコートする事にした。

 

「マスター、これからも心優しいマスターであれ。そして私にジャンクフードを寄越せ」

 

「はいはい……」

 

 肩で彼女の体を支えながら食堂まで戻ってきた俺。

 願わくば、ジャンヌが酔っ払っていませんように。

 

「……あら、冷血女。今日はやけに弱々しいじゃない。マスターに支えられてくるなんて」

「私の人望が羨ましいかトカゲ女。お前と違ってマスターは私に尽くしてくれるからな」

 

 ドアが開いてジャンヌがこちらに気付くと直ぐに険悪な言い合いが始まる。

 

 取り敢えず酔ってない事に安堵しながらも、アルトリアを席に座らせると冷蔵庫を開けてジャンクフードを探し始めた。

 

(ジャンクフードと言うか、雑な物で良いらしいし冷凍食品とかでも多分いいんだろうな)

 

「トカゲ女、貴様はその背中に隠した酒瓶で何をしている? もしや、開け方を知らないのか?」

「う、煩いわね! そう言う騎士王様は開け方をご存知かしら?」

 

 あれ? 冷凍庫には肉や魚だけ……よくよく考えれば日本の一般家庭じゃないし、冷凍食品が常備してる訳もないか……

 でも、緊急用の非常食とかだったら何か無いのか?

 

「っふ、素直に開けて下さいと言ったらどうだ?」

「何よ、1杯くらいなら飲ませて上げるわよ。細かい事をグズグズ言ってないでさっさと開けたら?」

 

 あー、あったあった。ツナの缶詰だ。

 ご飯は誰の残りかは分からないが拝借させて貰おう。

 

「……ふん、初めて見る銘柄だが、何処で手に入れた?」

「ジルが置いていったのよ。さあ、飲むんならさっさと飲みましょう」

 

 よし、茶碗に盛り付けたし早くアルトリアに持っていこう。

 

「アルトリア、出来た……あ」

 

 ツナをご飯の上に置いただけの茶碗を持ってキッチンを出た俺が見たのは、コップ一杯の酒を飲み干し頬を赤く染めた2人のオルタの姿だった。

 

「……」

 

 コトッと皿を机の上においた俺はそっと食堂を出ていく事にした。

 

『――』

「……あ、詰んだ」

 

 ドアに近付いてから聞こえて来た何かを引き抜いた音に、思わずそう呟いた。

 

 そして食堂のドアは切り裂かれ、桃色の髪の酔っ払いが笑顔でそこに立っていた。

 

「えへへへ……マスター、此処にいたんれふかぁ〜? 探しましたよ〜」

 

 動揺して固まる俺に、刀を落とした沖田は目に見えない速さで俺に抱き着いてきた。

 当然ながら、受け止める事が出来ない俺は地面に倒れた。

 

「痛っ……!」

「ますたぁますたぁ! 沖田さんねぇ、今ねぇ、すっごくえっちな気分なんれふよぉ」

 

 そう言いながら俺の上で新選組の青い羽織を脱ぐ沖田。 

 霊基再臨的には下がっているが、脇の露出がやばいのは全てのFGOプレイヤーが理解しているだろう。

 

「じーっとしていてくださいね?

 私がますたぁをいっぱいいっぱい愛してあげますね?」

 

「い、いや、結構です」

 

「……遠慮しないで下さいね?」

 

 急に口調がマジになった沖田は俺を手を両手で被せる様に握ると、服越しに胸に当てた。

 

「黒い私の胸に夢中になったんでしょう? 本家である私にもちゃーんと同じ位の物がありますからね?」

 

 うりうりぃ〜と、俺の手を胸に押し当てる。

 うっかり揉みそうになる衝動を堪える。

 

 沖田は帯を緩ませて谷間を見せる。

 

「あーますたぁ我慢してますねぇ? あはは、えいえいっ!

 普段露出しない物が見えると、コーフンするんですよね……もう、沖田さんに魅了されてますかぁ〜?」

 

 シラフで冷静を保とうとする俺にこのノリは辛い。

 俺はアルトリアとジャンヌの方を見てみるが、2人共酔い潰れたのか微動だにしない。

 

「……ますたぁ……少し位反応してくれても良いじゃないですか?

 おっぱいですよ、おっぱい! 沖田の巨乳ですよ?

 好きなだけ揉んで良いんですよ? 何で嫌がるんですかぁ? 同性愛者なんですかぁ? それとも……他に好きな人が? いや、あり得ないですよね? だって、沖田さんぐらいマスターの事を守ってあげられて、勝手に聖杯持ち出したりもしなければ騒動を起こしたりしない。偉ぶったりしないし、命令にも逆らわない。マグマを泳いだりもしなければ、説教もしない。宇宙から来てないですし、夢の中に現れたりもしなければ彼氏面もしない。

 ただお側に仕えて、たまに起こる事件の解決に協力して大事な戦でも大活躍!

 そんな忠誠心と愛に溢れるサーヴァントが沖田さん以外にいますか? 沖田ちゃん? あの娘も元を辿れば沖田さんなので沖田さんはマスターの正妻、正ヒロインです証明終了!」

 

 早口で捲し立てて色々話したが俺がその内容を理解するには少し難解過ぎだ。

 

「マスター……こうなったら仕方ないです。お父さんになったら、嫌でも私の事を正妻として見てくれますよね?」

 

「ま、待った! ストップ、ストーップ!」

 

「大丈夫ですよ。沖田さんの敏捷なら言葉通り、天井のシミの数でも数えていれば終わります!」

 

 そもそもカルデアのシステム的な天井にシミなんてない……じゃなくて!

 

「それじゃあ、イッちゃいましょうか……!」

 

 そう言って自分の下半身に指を伸ばして――気絶した。

 

「……うっさいわねぇ……人が気持ちよく寝ていたのに……」

「じゃ、ジャンヌ……おわっ!?」

 

「アンタもアンタね! 何自分のサーヴァントに馬乗りにされて良い様にされてるわけ!?」

 

 急に胸倉を捕まれ、大声で説教をされて俺は戸惑う。

 

「い、いや……不可抗力と言うか抵抗不可と言うか……」

「情けないマスターね。そんなんだから……ああもう!」

 

 唸ったジャンヌは何故か俺の体を抱きかかえると、食堂を出て行った。

 その間にも苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべており、俺も口を出すのは諦めた。

 

 そしてすぐ近くにあった女子更衣室の中に俺は連れ込まれた。

 

「……な、何で女子更衣室……?」

 

「……」

 

 ジャンヌはベンチに座らせた俺をジッと睨むと、息を吸いながらゆっくりと口を開いた。

 

「っ……マスター!」

「は、はい?」

 

「……っう……うぅ……!」

「……は……? あ、れ……え!?」

 

 怒鳴ったと思ったら突然泣き出した。

 

「良かったぁ……! 本当に良かった……! もしあの侍サーヴァントと変な事してたら、どうしようって……もうマスターが汚されていたらって……心配で心配で……!」

 

 泣き上戸なのだろうか。とっても情緒不安定だ。

 

 先まで怒鳴り散らしていたジャンヌ・オルタが俺に抱きついて泣いているこのシチュエーションは心に来るものがあるが……

 

「……ジャンヌさん? その手に持っているのは何ですか?」

「……これぇ? これは……」

 

 ジャンヌの手にいつの間にか握られていたのは、酒の瓶。彼女達が先まで飲んでいた物らしく、半分位しか残っていない。

 

「……マスターが飲む分よ」

「いや、俺は未成年だし……」

 

 やんわりと断ろうとするがジャンヌは止まらない。

 

「飲んで……くれないの?」

「うん飲まな――」

 

 甘えた声で勧めて来るのを断ると唐突に俺の後ろにあった更衣室のロッカーが1つ、炎に包まれ燃え尽きた。

 

「飲むわよね?」

「で、でも俺は未成――」

 

 今度はまとめて壁際にあった5つ全てが灰となった。

 

「の・ん・で? じゃないとどうなるか、分かるでしょう?」

「……」

 

 本当に情緒不安定だ。泣いてたのにずいぶんと高圧的になってしまった。

 

「…………しょうがないわね。じゃあ……」

 

 ジャンヌは手に持った酒を自分の口へと近づけた。

 

 口移しだと理解した俺は令呪の無い手を動かすと、乱暴だと思いながらも最速でジャンヌが持つ酒瓶を下へと叩き付けた。

 

 ガラスの割れる音とともに、俺達から数十センチ位離れた場所で酒瓶は砕け散った。

 

「これでよし……!」

「あ……あ……!? な、なんで……?」

 

 喜ぶ俺とは対照的に、ジャンヌは涙を流していた。

 

「何で……? そ、そんなに嫌だったの……? 私の……お酒、飲みたく……なかったの?」

 

「無理矢理は嫌に決まってるだろ?」

 

「……あ、ああぁぁぁ……!」

 

 ジャンヌは落ち込み、その場に座り込んで泣き崩れた。

 

「いや、泣かなくても……」

 

 泣き上戸だから仕方ない。そう思ったのも束の間、宝具である竜の旗が彼女の手に出現するのを見て、俺は感じた嫌な予感に従って後ろに下がった。

 

「……も、もう、嫌……私の……私の酒も受け取ってくれないなんて……やっぱりマスターは……あのサーヴァントに……」

 

 結果的に彼女の旗による突きは空振ったが、宝具の一撃である以上人間の俺がまともに喰らっていたら無事では済まなかっただろう。

 

「お、おいおい……酔ってるからってこれは……」

 

 やばい。酒を叩き付けただけで殺されるとは微塵も思っていなかった俺は彼女の行動に戦慄した。

 

「酒に溺れてこれって、言い逃れ出来ない殺人罪なんだけど……」

 

「罪……罪人……あははははっ、そうよね……主を憎みながら生まれた、生まれながらの罪人。

 その私が……愛するマスターを殺してしまうのは……運命なのよねぇ……?」

 

 酔っ払いながらトンデモ理論で納得してる……いや、流石に逃げないと不味い!

 

 【瞬間強化】でジャンヌより早く更衣室を出ようとするが、炎がそれを阻んだ。

 

「あははははは! ……酒に火が付いて、もう此処も直ぐに燃え尽きる!

 ……私と一緒に、灰になりましょう」

 

 それは勘弁願いたい。

 しかし、ジャンヌは更に炎の勢いを増しあっという間に更衣室は燃え上がった。サーヴァントの炎に囲まれては……

 

 考え続ける俺だが、ジャンヌは魔力を使い過ぎた為かその場に座った。

 だが、それなら俺が何をしようと邪魔はされないだろう。

 

(だけど……ほおっておくのは……!)

 

 自業自得なんだろうが、先程自分の口から出た“殺人罪”の言葉が引っ掛かり、彼女を見殺しにする事を拒んでいる。

 

「……ええい! 南無三!」

 

 【幻想強化】で力を引き上げた俺は、ジャンヌの腕を手に取った。

 酔っ払っているせいか脱出する気がないからか、抵抗は一切なかった。

 

「自分の炎で焼かれないだろう! 火傷しても恨むなよ!」

 

 俺は自身に無敵状態を付加する【オシリスの塵】を発動させて炎へと飛び込んだ。

 

 切れかかっていた【瞬間強化】と【幻想強化】で溶けていたドアの残骸を蹴り飛ばし、無敵化のお陰で魔術礼装も体も燃える事は無かったが、数秒程過ごした炎の中には空気がない上にそれは俺の体からも遠慮なしに奪っていく。

 

(っが、い、息が……!? 肺が……空っぽに……!?)

 

 更衣室からもとい、炎の中から出る頃には意識は朦朧としており俺はジャンヌと共に地面へと倒れた。

 

 

 

「……っ」

 

 医務室……の様だ。初めて来た。

 

 頭を抑えながら起き上がった俺は、そこで異常に気がついた。

 

「! 縛られてる!?」

 

 体がダルくて気付かなかったが腕にも手足にも、鎖が巻き付いている。

 そして、そんな俺の膝辺りに、目を擦っているサーヴァントがいた。

 

「……んー……目が覚めたか、マスター」

「あ、アルトリア・オルタ……」

 

「なんだ。拘束している事に何か言いたそうだな」

 

 見た感じは、酔っている様に見えない。

 なのにヤンデレ……もしかして、一回酔うとそのまま病むのか?

 

「……しかし、私も酒に呑まれていたのでな。何でこんな事をしたのかは覚えていない。本当に、不本意だった」

 

 彼女は目を伏せた。

 

「だが、それだけマスターを大事に思っていたのだろう。私はそう認める事にした」

 

 そう言ってアルトリア・オルタは俺に微笑んだ。

 

「……取り敢えず、これを外してくれるかな?」

「ああ、そうだな……」

 

 しかし、アルトリアは動かない。

 

「…………?」

 

(やばい……凄く良くない感じが……)

 

「マスター……実は先から気分が優れん……」

 

「マスターを拘束を解く。勿論それは当然で、当たり前なのだが――」

 

 片手で頭を抑え、苦しげながらも笑うアルトリアは俺の縛る拘束具を撫でた。

 

「――どうしても、惜しいと思ってしまう」

 

 そんな彼女を見て、俺は確信した。

 

(二日酔い……! どれだけ寝てて夢の中の時間がどれくらい過ぎ去ったかはしらないが二日酔いでヤンデレになってる……!)

 

「ふふふ……暴君である私にこんな心が残っていたなんてな……」

 

 こっちは鳥肌と背中を走る震えが止まらない。

 

「どうしたマスター? 怯えているのか? ……ああ、その平凡さが愛らしい」

 

 彼女は床に置いてあった何かを持ち上げ、俺はそれに戦慄した。

 

「……これは、私にこの気持ちを気付かさせてくれた酒だ。私にとっては思い出深い物となるだろう。私に聖杯を捧げる時はこの酒を注いでおくようにな」

 

 銘柄は“鯉の夢”。洒落た銘柄だが、そんな事よりその字を隠すような赤い点が目に入った。

 

「何か恐れている様だが、安心しろ。この血はマスターの物だ。破片で足を切っていたのを止血した時に私に付いてしまったようだ……んっ」

 

 そう言いながらも、酒瓶に付いた血を舐めた。

 

「……ああ……じわりと、マスターの欠片が私に入って溶けていく……」

 

「あ、アルトリア……?」

「ああ、そうだったな……今マスターの為に注いでやろう」

 

 更にコップを取り出し、酒を注ぐ。

 

「さあ飲めマスター」

「い、いや……俺は未成年だし」

 

 差し出されたコップをやんわりと断る。先みたいに手を出せば二の舞になりかねない。

 

「二日酔いの私に飲め、と? いくらマスターでも難しい注文だな」

「いや、俺は飲めないし……」

 

「分かった……未成年だから酒が飲めない。なら、私の唾液なら、飲んでも問題あるまい?」

「え、いやそうじゃなくて……!」

 

 アルトリアはコップに口を付け、そのまま俺の唇へと迫る。

 

「ま、待ってっ!」

 

 だけど、アルトリアは止まらない。

 両手で止めようとしたが、彼女は拘束具で繋がれた俺の両腕を片手で引っ張ると、背中にもう片方の手を回して抑えられると何も出来ずに唇が重なった。

 

 彼女の口にある未知の液体が俺の舌を通るが俺は好みではその味に苦しむ。

 

 

(臭い、苦い……! むっむ無理! 俺は無理……!!)

 

 大量のアルコールが喉へと飲み込まされたそれが、俺の中へ――

 

 

 ――視界が、思考がボーッとする。

 

 暖かい。

 

 魔術や宝具によって認識や記憶を歪められるのとは違う、暖かさを感じる事の出来る浮遊感。

 

 ……ああ、なんかどーでも良くなってきた。

 

 ヤンデレとか関係ないじゃん。めっちゃ美人なサーヴァントがあっちから寄ってくるって最高だぁー……

 

 だって手を伸ばせば……鎖邪魔だなぁ、なんて面倒な事すんの? いいから外せよー

 

 あ? 嫌だじゃないよ、外せったら外せよ!

 

 ……れいじゅが発動したな。よし、外したなじゃあー……

 そのまま自分を縛れ。

 そうだ足も手もだ。

 

 お前は俺のサーヴァント……なら、俺が閉じ込めるのはお前だけじゃない。

 

 ……? お、沖田ナイスタイミング。

 

 お前もれいじゅー……そういやジャンヌもいるから全員縛るの無理か? でも俺のサーヴァントだからちゃんと手元に置いときたいなぁ、え? 何? 沖田さんだけ見ろって?

 

 何で、じゃないよ? わがまま言うと契約破棄するよ?

 

 そーうそーう、よく謝ってくれたね。そうだよ、俺のサーヴァントだからね、俺の言う事ちゃんと聞くよね?

 それじゃあ、自分の部屋に居ようか。で、ちゃんと自分を縛って自分を監禁してね? 出来るよね?

 

 良かったぁ……そうだよ、俺のサーヴァントだもん。アルトリアも沖田もジャンヌも大好きだ。

 

 大好きだ。

 だからちゃんと俺が面倒を見るんだ、うん。

 

 

 

 

「き、気分わりぃ……」

 

 目が覚めた俺はその日、目覚めの悪さに日朝を見逃すハメになった。

 

 味噌汁を飲んで少しマシになったが、何もする気が起きなかった。

 

「……うっぷ」

 

 チラリと見えた料理酒が、何故か少しだけ悪化させた。

 

 

 




ヤンデレ・シャトー2周年企画終了、これからも応援よろしくお願いします!


次回は夏らしい話を投稿出来たらな……と思っています。
アナスタシアとか不夜キャスとか清サーとかいますし。

今年の水着イベントも迫ってますし、原作のFGOの方も一緒に楽しんでいきましょう! では、また次回!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ釣り物語

はい、またギリギリ3週前投稿になってしまいました。申し訳ありません。

2部の2章がやってまいりました。自分はまだ進めていないので、感想欄でのネタバレなどはお控え下さい。

なお、水着ガチャへ蓄えているので記念ガチャは十連だけしか引いてません。当然ながら出ませんでした。



 

 

「……はぁ……船でのんびり海釣りかぁ……」

「命の危険が無い……安心します……」

 

 俺はゆっくりと揺れる船の上にいる。波の音を聞きながら、辺りをぐるりと見渡した。

 

「そうはいうが、サーヴァントが増えないと動かないとはな……」

「別に動かす必要はないのでは? 他のサーヴァントが来たら私……殺されてしまうかもしれません」

 

 そして、俺と同じ船の上にいるのは褐色肌で巨乳、アラビアンな衣装を着たサーヴァント、不夜城のキャスター。

 

 長いので取り敢えず不夜キャスと略しておこう。

 

「釣らないでくれると、幸いです……」

「だけど、釣らないと悪夢の出口まで行けないし……」

 

 今回の悪夢の内容はこれまた、ずいぶんとおかしな設定だ。

 

「俺達の船は水に見えるエーテルの海にポツリと放り出され、様々な問題を抱えている」

 

「まずは、碇ですね」

 

 海の底で沈み船を現在位置で固定している。これを引き上げる装置は無く、船に丈夫な鎖で繋がっているから動かない。

 これを解くには物理的な力ではなく、魔術的な能力がいる。

 

「そしてスクリューのモーター、壊れているから替えのパーツが必要だが……」

 

 チラリと船から十数メートル先の場所を見る。

 

「それの入った箱はサメが3頭、泳ぎ回っている中心に置かれています……死にたく、ないです」

 

「魔獣の類だからそれなりに強いサーヴァントが必要だな。

 それに加えて船の操作もサーヴァントじゃないと出来ないらしいし……」

 

 そして最後に……

 

「帰還の扉……」

「私というサーヴァントがいれば、ステータスと引き換えに常に開放していられますが」

 

 つまり、碇を放せるサーヴァントと鮫の集団を倒すサーヴァント、船を操作するサーヴァント、そして不夜キャスがいれば悪夢から抜け出せると言う訳だが、当然サーヴァントは全員ヤンデレだ。

 

「釣りは……しないで下さい」

「いや、流石に体感時間3日間の悪夢は嫌だ」

 

 帰還の扉を通らなくても制限時間を待つ手もあるが、そんなのを待っている訳にも行かない。

 

「ただ、もしこの状況に合わないサーヴァントを釣ってしまえば、余計に苦しい状況になる、か……」

 

 残念だが、1度サーヴァントを釣り上げるとクーリングオフは出来ないし、サーヴァントが愛欲に負けずに俺に従うのは1度だけ。

 

 つまり、脱出の手助けはサーヴァント1騎につき1回、最低4騎の力を借りなければならない。

 

「で、釣り上げる為の竿には針と重り。金具で繋がっているから仕掛けは自由に変更できる。

 餌は用意された中から俺が自由に付けて良いらしいが……」

 

 用意された箱の中には俺の物だと思われる再臨や強化の為の素材や、今までやってきたイベントの交換アイテムなど様々な物が敷き詰められている。

 

「多いですね……」

「あのさ、いい加減指摘するけど……くっつき過ぎだ」

 

 先から不夜キャスはその露出の高い体を俺にグイグイと押し付けているが、決して支えが必要な程に船が揺れている訳ではない。

 

 寧ろこの太陽が眩しい船上では暑くて困る程だ。

 

「いえ……マスターに何かあったらサーヴァントである私は、死んでしまいますので……」

 

「いや、死なないから!」

 

 なんとか彼女を押し剥がし、竿を手に取る。

 

「さて……まずは餌だな」

 

 恐らく召喚の時に使用する触媒と同じ物だろう。何か英霊と縁が有れば何でも良さそうだ。

 

「先ずは……修理のパーツか……サメに勝てるサーヴァントか」

 

 恐らく、戦闘能力のあるサーヴァントなら何でも良い筈だ。

 

「なら……これかな?」

 

 俺は金のズダ袋を手に取ると、袋を閉める為の紐で釣り針に縛った。

 

 青い海を眺め、不夜キャスの動きに注意しながらも投げ込んだ。

 

「っせーの!」

 

 船から8m程の場所に落ちていった。

 ズダ袋が思ったより軽かったのでスローをミスってしまったが、恐らくこれで釣れるだろう。

 適当にリールを巻いて釣り糸を張った。

 

「よし」

「狙いは金星の女神ですか……強いお方ですね」

 

「まあ、サメ程度なら楽勝だと思うけど」

「ええ、飛べるでしょうし、遠距離なので一方的に攻撃できるでしょう」

 

 欲を言えば宝石なら確実に釣れるだろうと思ったがまあ、金目の物だし文句は無いだろう。

 

「おっ!」

 

 竿が海の方へ引っ張られる。すかさず竿を上へと立てた。

 

 魚と同じ要領になったが、どうやら正しかった様だ。

 針がしっかりと刺さった獲物は、更に抵抗が強くなる。

 

「逃がすか!」

 

 リールを巻きながら、竿をなるべく垂直な角度で維持する。

 

「……! っ! もう少し……!」

 

 距離が近いのもあって、もうすぐそこまで来ている。

 

「網を忘れてたな……! て言うかそもそも、魚みたいな手応えだけどこれは何だ?」

 

 そんな疑問を早く解消しようと、更にリールを巻いていく。

 そして、残す所1mの所で俺は力の限り竿を振り上げた。

 

「っしゃぁぁぁ………あれ?」

 

 釣り針にはズタ袋が無いが、代わりに何か刺さっている。

 

「……これは」

 

 俺が手に取ったそれは金色の英霊のカードだった。

 

「ライダーの絵柄……うぉ!?」

 

 少しの間見つめていると、カードが輝き、目を開ければそこにはサーヴァントの姿があった。

 

「ぷはぁ……漸く出てこられた。

 いくら夏で好き放題暴れたからって、こんな仕打ちは無いでしょ!?」

 

 現れたのは黒髪を2つに縛った女神様、イシュタルだ。やはりというか、ライダーの方で現れた。

 

「まあまあ、取り敢えずあそこに修理パーツの入った箱があるから、サメを倒して取ってきてくれないか?」

 

「はぁ……分かったわよ」

 

 ため息を吐きながらも攻撃準備に入るイシュタル。

 しかし、くるりと俺の方に振り返った。

 

「報酬は、ちゃーんと頂くから」

 

 そう言った後に舌で唇を舐め、空中に飛ぶと修理パーツを囲みながら泳ぎ続けるサメの魔獣に魔力の矢の攻撃を放ち、撃ち抜いた。

 

「まあ、簡単な仕事だったわ」

 

 修理パーツの入った箱を持って帰って来たイシュタルはパーカーのポケットに手を入れながらなんでもなかったと言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「ありがと――」

 

 床に置かれた箱に手を伸ばそうとしたがイシュタルの手がそれを遮った。

 

「――それじゃあ、早速報酬をもらおうかしら?」

「宝石か? 生憎それらしいのは宝玉くらいしか……」

 

「ちがいまーす! 全く……私と言えど反省中にマスターから金目の物を要求するつもりは……まあ、なくわないわね。

 それでもっ! そう言う報酬じゃなくて、マスターの愛が欲しいわ」

 

 そんな曖昧な、なんてツッコミをさせるつもりは無いようで、俺の顎を掴んだ。

 

「唇が、欲しいわ」

「…………」

 

 拒否する訳にも行かない俺は無言になった。

 

 イシュタルの唇が近付いてくる。

 しかし、その動きは後方から甲板を叩く音が聞こえて止まった。

 

「……何よ」

「いえ、ただ報酬が貰えると聞いたので……」

 

 当然ながら、イシュタル以外に船に乗っていたサーヴァントは不夜キャスだけだ。

 

「あら、貴方はマスターの為に何かしたのかしら? 臆病な語り部さん?」

「一度働いたら終わりの貴女と違って、私は船にいる間は常に少量の魔力を使ってマスターの出口を維持しています。

 その間、定期的に報酬を頂いてもいいと思ったのですが……」

 

 あの不夜キャスがイシュタルに噛み付いている。

 ヤンデレになった事で俺の命の価値を重視している様だ。

 

「……では、どうしますか? 貴女が1度キスをして私は定期的に頂いて良いですね?」

「駄目よ! ならまずは貴女を消してあげるわ!」

 

「やめた方がよろしいかと……貴女の役割は修理パーツの回収、その役目を終えた貴女が出口の鍵である私と戦おうとすれば自然とマスターからの寵愛を受けるのは私ですよ?」

 

 口が上手いな。イシュタルも反省中なせいか不夜キャスの言葉に言い返せない様子だ。

 

「……いいわ、報酬のキスは貰わないであげるわ」

「残念ですね」

 

「で・も!」

 

 イシュタルは俺を捕まえてマアンナで船の外へと飛び出した。

 

「こうしちゃえば出口まで一飛びよ!」

「ま、待て待て!」

 

 脱出――出来るとは微塵も思えないイシュタルの強行策に身の危険を感じてストップをかけるが止まる気配は無い。

 

 そして出口まで残り数mの所で突然マアンナは消滅し、空中に投げ出された俺達は船まで風で吹き飛ばされた。

 

「おっむ!」

 

 柔らかい何かに頭を受け止められ、目を開くと褐色の肌が見えた。

 

「無事ですか、マスター」

「お、おう……なんとか」

 

 胸に挟まっていた事実に顔を染めながらも、少し嬉しそうに微笑んだ不夜キャスに返事を返した。

 

「船でないと出口へは行けないようですね」

「イシュタルは……気絶したのか」

 

 船に吹き飛ばされた際に頭を打ったらしく、目を回している。

 

「仕方ない、取り敢えず釣りを続行しよう」

「そうですね…………ああ、正直先程の口論は少々肝を冷やしましたので、少し暖を頂きたいです」

 

 そう言って不夜キャスは釣り針に指す物を選んでいる俺の背中に抱き着いて来た。

 

「お、おいおい……」

「はぁぁ……」

 

 彼女の吐いた吐息に安堵の溜め息ではなく何処かうっとりしている様に聞こえてた気がした。

 

 

 

「ますたぁ……」

「マスター……」

 

「くそぅ……」

 

 水着の清姫と水着のタマモに挟まれながら釣り竿を握りしめる俺。

 

 なんとか船を操作出来るサーヴァントと碇を開放できる魔術に詳しいサーヴァントを釣ろうと奮闘したが、まさかのこの2人。

 

「キャスターじゃないので、力及ばず申し訳ございませ〜ん……てへっ!」

 

「せめてもの助力として、マスターのお側にお控え致します……永遠に」

 

「いらないっ!」

 

 余計な荷物ならぬ、過剰なヤンデレに囲まれ始めたが、釣りの邪魔をしないルールらしいので続行しているが……

 

「役に立たないのは認めますし仕方がない事ですがマスターには私以外のサーヴァントなんていらないですよなんでこれ以上サーヴァントを増やすんですか逆ですよ逆船から突き落としてしまいましょう個人的にはあの金星の女神とかいらないですあとあの命乞いさんもですね清姫ちゃんは隙を見せないのでいっそのこと私がこの手で仕留め……」

 

 小声でブツブツ呟き続けるタマモ。

 

「マスター、駄目ですよ? こっちだけ見て下さい。私にだけ耳を貸して下さい、ね?」

 

 俺が視線やら反応やらで清姫以外に意識を向ければ肩を抓られる。

 痛いし頭に響くしで俺の正気度を削りに来ているが、釣りをしている間はそれだけだ。我慢して釣りをしよう。

 

「お、きたぁ!!」

 

 頬を膨らませたり眼光が鋭くなる左右の2人を放っておいて、立ち上がって釣り竿との格闘を始めた。

 

「っこい!」

 

 トドメに思いっきり引っ張った。

 目の前に見えたのは金のキャスタークラスのカード。

 

「よっし!」

 

 光り輝くそれを見て漸く本命を確信しつつ、光が収まるのを見届けた。

 

「――ふぅ、漸く私の出番の様だねぇ!」

 

 現れたのは羽の装飾を付けたオケアノスのキャスター、通称オケキャスだ。

 

「ふふふ! 私の見た所、役に立たないサーヴァントを立て続けに引いた様だがご安心あれ! 私の力で可愛い子豚にして――」

「――取り敢えず碇を外してくれ」

 

 長くなりそうな前口上を切って、命令をすると特に気にした様子もなくオケキャスは余裕たっぷりの笑みで碇に刻まれた魔法陣を見て頷いてみせた。

 

「ふんふん、やはり最高のサーヴァントである私にとっては赤子の遊び同然の仕掛けだね!」

「よっし、頼んだ!」

 

 別に実際に暑い訳では無いが、雲の無い空に輝く太陽にさんさんと照らされ続けて来た俺は最速脱出を第一に釣りを再開した。

 

「不夜キャス! 頼む!」

「ええ、用意出来ました」

 

 先までレア度の高いサーヴァントを釣ろうと金のリンゴを餌にしていたが、今度は船を操れるライダーだけ狙う為に不夜キャスに頼んでいた物を受け取った。

 

「あらマスター? ずいぶんと古ぼけた紙の様ですが、なんですかそれは?」

「これは不夜キャスが知っている宝の地図さ」

 

 海は水では無くエーテル。濡れはしないが、針から外れると困るので、仕掛けを軽く振って近場に落とした。

 

「へぇ……宝の地図ねぇ。旅行先としてはいい場所じゃない。それなら他のサーヴァントの餌じゃなくて私にくれれば良かったのに」

 

 イシュタルも復活した様で、せなかにくっついて来た。

 

(正直胸ないし誰得って感――)

「――ふふふふふっ、楽しんでいるかしらマスター?」

 

 怒らせてしまったようで、俺の首をグイグイと締めている。

 

「ぎ、ギブギブギブ……!」

「マスター? これは唯のスキンシップよ?」

 

「完全に釣りの妨害だろ!?

 ……あっ、し、死ぬ! 何か首の辺りから聞こえて来たっ!」

 

 そんなやり取りをしながらも無事に釣りを続行し、そして望んでいたサーヴァントを釣り上げた。

 

 

 

「……ふぅ……何か、あっという間だったかもしれないが長かったなぁ……」

 

 最後に釣り上げたアン&メアリー、2人の女海賊の航海スキルを利用して船で小島まで辿り着く事に成功した。

 

「後は扉へ――は、簡単じゃなさそうだなぁ……」

 

 船に乗っているのは合計7騎。

 全員が俺を逃がす気がなさそうだ。

 

「そうです。此処でマスターを捕まえて、船に揺られながらニャンニャン三昧ですっ!」

 

「因みに……俺を捕まえた後当然ながら全員で奪い合いになると思うんだけどそれはどうなんだ?」

「ふふふ……それは後よ後。今争って逃げられたら取らぬ狸の皮算用よ」

 

「ええ、そうね。メアリーと私で、ベッドの上で激しく頂きます」

「うん、だね」

 

「マスターの体の健康に気を遣い、精の出る料理で夏を2人の情熱の夏に……」

 

「やはり此処は海辺でイチャイチャ! ラブラブカップル気分で遊んだ後、お風呂でしっぽりと混浴夫婦になりたいですっ!」

 

「勿論、この魔女の秘法で骨抜きさ! 極上の晩餐と私のテクニックで直ぐに堕としてみせるよ!」

 

「うーん、私はそうねぇー……ああ! そうだ、良い機会だし私がどんな女神よりもマスターを幸せに出来るか、その身にたっぷり教えてあげる!」

 

 各自己の野望を語って来るが、俺も1つ名案を思い付いた。

 

「そう言う訳よ! 後はじゃんけんでも正妻戦争でもしてマスターを頂くから、先ずは景品に大人しくして貰おうかしら!」

 

 そう言って近付いて来たイシュタルだが、俺に触れた瞬間その手は弾かれた。

 

「いっ! な、何よ今の!?」

 

「釣りの妨害は禁止だろ?」

 

 俺は片手に竿を持ちながらゆっくりと小島へと向かう。

 

「……なるほど。

 けどマスター、そのルールは小島に入ったら終わりだよ?」

「ええ、そこを全員で捕まえて差し上げますね?」

 

 そんなルールがあったか、だけどそれも恐らく大丈夫だ。

 

「【瞬間強化】……!」

 

 船の上で走り出し、小島まで全速力で駆け抜ける。

 サーヴァント達から見れば予想通り、そして想定内。

 人間の俺が幾ら強化しても彼女達には追い付けない。

 

「俺の脱出を助けろ!! 清姫、タマモ!!」

 

「みこーんっ!?」

「は、ぁ、いぃ……マスターの為、ですから……!」

 

 令呪の様に、俺への命令には2人は逆らえない。

 後ろから迫るイシュタルをタマモが御札を投げ付けて足止めし、清姫の炎が残り数人の足止めをする。

 

 涙目で睨まれるが、俺は只々全力で帰還の扉へと駆け抜けた。

 

「よっし! 俺の、勝ちだ!」

 

 

 

 

 

「――こうして、マスターは無事に現実世界に帰る事が出来ましたが、翌日には清姫さんの怒りに触れ、大変な目に合うのですがそれはまた、別のお話――」

 

「いや、めっちゃ気になるんだけど。次の日って明日?」

 

 椅子に体を縛り付けられた姿の俺は、物語の続きを不夜キャスに頼むが彼女はそっと目を伏せるだけ。

 

「如何でしたでしょうか?」

「凄いなー、語られている間ずっとその物語の中だった気がするけど凄い面白かったなぁ」

 

「喜んで貰えた様で嬉しいです」

「あのー、そろそろ縄を外してくれると有り難いんだけど……」

 

「……それは駄目です」

 

 悲しそうな顔をしながらも、俺の頬を撫でる。

 

 人間としては既に死んだが、サーヴァントとして死ぬのも怖い不夜キャス。

 

 この悪夢の中でも当然の事ながら自分の消滅を怖がっている。

 

「ですけど、私の死への恐怖、生への執着はマスターといれば今だけは多少和らげる事が出来ます」

 

 ヤンデレにしては大人しい……訳では無い。

 こうやって拘束され、ニセの物語を語る事で他のサーヴァントを退場させた上で自分と俺だけを悪夢の中に残している。

 

 キャスターとはいえサーヴァントなので、俺では太刀打ち出来ない。1対1になれるこの能力は危険すぎる。

 

「ですので、貴方が目覚めるその時まで、私はお側を離れません」

「縄を外さない理由は?」

 

「……マスターの縄を外すのは、私との性行の時ですが、よろしいのですか?」

 

 頬を染めて言われたので俺は押し黙った。

 

「その……私もまだ、そうなるのは時期早々だと思っていますので…………」

 

 彼女がどこかの特異点で学んだ愛は、死ぬ意味だ。だから彼女は他のサーヴァントと違って、性行を目的に俺を求めない。

 

「私の物語を全て語り尽くした時に、その時にこそ――」

 

 ――彼女のキスで、俺は目を覚ましたのだった。




次回こそはもっと早い投稿を目指したいです。

ホラーなヤンデレを書こうか、旅行的な話を書こうか……

取り敢えず2部を進めながら考えてみます。(そしてまた執筆時間が……)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・氷の皇女

大変遅くなりました。申し訳ありません。

やる気が無くなりかけた上でスランプに陥りましたが水着イベントで少し取り戻せた気がします。牛若丸と茨木が来たので大変満足です。(なお2部の2章は未クリア)

今回はアナスタシアのお話です。

カドアナ以外殺すマンは見ないで下さい。


 

 

「……!」

 

 俺は家の玄関の前でかつてない緊張感に苛まれながら立っていた。

 

 今俺のいる家は普段通りの雰囲気だが、現実では無く悪夢の中だ。

 

「そして、今日はあちらから来るのか……」

 

 エドモンの説明では、ヤンデレが俺の家に来るらしい。

 

 俺の知ってる限り、ヤンデレが家に来る話では相手が病みに気付かず招いたり、家の中で病みが深くなったりする事が殆どだ。

 

 鍵をかけても合鍵で侵入したり、窓を割って入ってきたり、愛の力と言う名の不可思議パワーでいつの間にか自分の部屋にまで入り込んでいる等、高確率でバッドエンドに行くルートだ。

 

 人間相手ならバリケードや罠を張り巡らし、なんなら警察に連絡を入れて守って貰うのもアリだろうが、相手はサーヴァントなのでそれは出来ない。

 

「……来た!」

 

 窓から外を見ているとサーヴァントの接近に気が付いた。

 

 一般人とは大きく異なる服装、溢れ出る魔力……なんて視覚情報は必要なく、日本の夏を終わらせる様な勢いで辺り一面を氷漬けにしている様子を見ればそこに誰がいるかなんて考える必要も無かった。

 

「……やばいな」

 

 エアコンを付けているので家の中まで氷漬けにされるとは思えないが、バリケードを張ったりしなくて良かった。

 

 不機嫌にしたら家中の窓も扉も氷漬けにされて塞がれ退路なんて無かっただろう。

 

「マスター」

 

 そして遂にドアの前にやって来た。

 

「っは、はーい……!」

 

 焦りが隠せていないのを自覚しながらも、扉を開いた。

 

「……ふふふ、マスター。

 日本の夏は暑かったけど、貴方の顔を見ているとここまで来た甲斐があったって思えたわ。本当よ?」

 

 そう言って人形を抱えて笑ったのは、氷の皇女、アナスタシアだった。

 

 

 

 普段はヤンデレに会いに行っている(自殺行為)様な悪夢だが、今回は持て成す側である。病みが深まったり刺激しない様に、目の前の皇女様の相手をする。

 

(だけだったら……まあ、頭を抱える必要は無かった訳だが)

 

 1人だけではなく、複数人の相手をするらしい。後数分もすればさらなるサーヴァントの相手も同時にこなさなければ――

 

「えいっ!」

 

 そんな俺の心配を知ってか知らずか、アナスタシアは家の壁を凍らせた。

 当然、壁伝いに窓や玄関のドアすら氷に覆われている。

 

「何してくれてんの!?」

「あら、家の中が暑かったから少し涼しくしてあげただけよ?」

 

 彼女の言っている通りエアコンが止まった様だが、氷のお陰でむしろ先より涼しく感じる。

 

 背中にもっと寒いモノを感じているが……

 

「そんな事より、早く部屋に案内してくれるかしら? 今の私はお客さんでしょう?」

「は、はい……」

 

 玄関から既に体から精気が抜け切った気がする。

 

「お菓子とか持っていくから、階段を登って右の最初にある部屋で待ってて」

 

 俺はそう言ってさっさとキッチンへ逃げる事にした。

 

 初対面のサーヴァントだし、先からやる事なす事全てについて行けない。

 

(何処か冷めたお転婆お嬢様ってイメージだったけど、まさかいきなり壁を全部氷結してくるなんて)

 

 冷蔵庫の中からジュースを出して、棚の中から適当なお菓子を皿へと入れる。

 機嫌を損ねない様に早く、重い足取りで階段を登る。

 

「お菓子とジュース、もって来――っ!?」

 

 部屋に入ると、俺のタンスとベッドの下の部分が分厚く氷漬けにされていた。

 

「――マスター、掃除くらいした方がいいわよ? 嫌な虫が多くて、思わず凍らせてしまったわ」

 

『――!!』

 

 タンスとベッドの氷の中から声が聞こえる。静謐と清姫がいるのは明らかだろう。

 

「騒がしくて嫌になるわ……マスター、リビングに行きましょう?」

「……えーっと、その前にこの氷を退かしたりは――してくれなさそうだなぁ……」

 

「おかしな事を言うわね。虫を潰した紙を開いたりしないでしょう? 汚いもの」

 

 そう言った階段を降りる彼女の後を追うしかなかった。

 

「参ったな……あの2人を放置するとロクな事が、おわぁっ!?」

 

 階段を降りようとした俺の足が滑った。踏もうとした場所に氷が現れたのが原因だ。

 当然、降りようとしていた俺の体は微笑みながらそれを見るアナスタシアへと落下していく。

 

「駄目よマスター。私をちゃんと見ていないから転んだりするのよ?」

 

 サーヴァントの持つ筋力か、魔力による強化かは分からないがアナスタシアは俺の体を受け止め、顔を見つめながらそう言った。

 

「い、イタズラが過ぎると思うんだが……ジュースとお菓子も落ちて……あれ?」

 

 辺りを見渡すと俺の持っていた物が綺麗な氷のテーブルの上に何事も無かったかのように並べられていた。

 

「ふふふ、大丈夫よ。私はマスターの好意を無為にする程、愚かなサーヴァントじゃないわ」

 

 悪戯な笑みでせんべいを手に取り頬張った。

 

「ん! しょっぱい! これがジャパニーズクッキーなのかしら? オレンジジュースとの相性は悪くないわ」

 

 お気に召した様だ。

 

「オイエデート……って言うのかしら? 今から何をするの?」

 

「テレビゲームでもしようか」

「テレビゲーム……聞いた事はあるけれど、実際に遊ぶのは初めてだわ」

 

 なんだろう。どこぞのアーチャー・インフェルノさんと似たような……どハマリするタイプな気がしてきた。

 

「一体、どんな遊びなのかしら!?」

 

 むしろ、ハマってくれれば俺への被害が無くなりそうなので是非ハマって欲しい。

 

 

 

 夢中になって遊ぶこと数時間、俺の思惑通りゲームにハマったアナスタシアは上達していき、遂には定番の約束を繰り出してきた。

 

 勝者が敗者に罰ゲーム、だ。

 

「罰ゲームの約束、忘れてないわよね?」

「ははは……た、唯の遊びだから――」

 

「――いいえ、一度した約束は守ってもらいます」

 

 そう言ってアナスタシアは俺に顔を向けた。頬は赤く染まっている。

 

「…………」

「……さあ!」

 

 涙目で、悔しそうに。

 

(ヤンデレ相手に命令権の掛かった勝負に負ける訳ないわ! って、ドヤ顔したい所だが予想外の展開。まさか、そっちで攻めてくるとは……)

 

「私のマスターなら命令くらいスッとして! それとも、私は貴方の希望には答えられないサーヴァントなのかしら?」

 

 不味い、不機嫌になり始めてる。

 

「……私ってそんなに魅力がないのかしら?」

「いや、そんな事は微塵も思っていないけど、こっちは色々となぁ……」

 

(カドアナのイラスト見過ぎて手を出す所かそんな対象にすら見れないんだけど……!)

 

「……分かった。じゃあ私、脱ぐわ」

「は?」

 

「マスターが罰を与えるまで、私、少しづつ服を脱いで行くわ。

 ……眺めたいなら、好きにして……」

 

 そう言うとアナスタシアの服は魔力へ変わっていき、肌の色が――

 

「――駄目!」

「っきゃ!?」

 

 俺は彼女の両肩を抑えてそれを止めた。

 

「敗者に命令! アナスタシアは絶対に気安く服を俺の目の前で脱がない事! 良いな!」

 

 俺がそう言うと、アナスタシアは驚いた顔を慌てて戻した。

 

「……ふ、ふん! こ、こんな手に引っ掛かって折角皇女である私に命令できる機会を手放――」

「――頼むから、もう二度としないでくれ」

 

 そう言うと、アナスタシアは何処か嬉しそうに笑って頷いた。

 

「は、はい…………思っていたより奥手ね……それも良いけど……」

 

(良し! 回避成功だ!)

 

「……ちょっとお花を摘んで来ます。

 次は私が勝つわ」

「はいはい……」

 

(英霊がトイレに行く必要なんてあったか?)

 

 そう思ったが口にはしない。

 

「……さて、それじゃあ今の内にお菓子の補充でも……ん?」

 

 皿を持って起き上がった俺は階段の方から聞こえてくる音に気が付いた。

 

「……やばいな」

 

(アナスタシアが現状一番やばいが、静謐も清姫も放置しておくのは危険だ。少なくとも、助ける気概くらい見せておかないとな……)

 

 そう思った俺は直接合わずに済む様に、令呪を発動させた。

 

「清姫、自身を開放し静謐のハサンを助けろ」

 

 令呪が赤く輝き、その中の1画が消え去った。

 

「……やったは良いが、次どうしよう」

 

 甘い物で機嫌を取ろうと俺はキッチンに向かう事にした。

 

 

 

「……あの高笑いの復讐者さんが言うには確か此処に……」

 

 氷の皇女、アナスタシアはトイレに入ると辺りをキョロキョロと見渡した。

 頭の中では悪夢の首謀者であるエドモン・ダンテスから教えて貰った情報を思い出していた。

 

「マスターはトイレにすまほ……? を持って入ると、良く忘れるって……あ、これかしら!」

 

 そこには秘密がある、と言われていたアナスタシアはエドモンの言っていた通り、メディアファイルを最新の物から見ていく事にした。

 

「一体秘密って何かしら? もしかして、他の女との写真なんじゃ……!?」

 

 が、しかし。

 そこにはアナスタシアとの想像とは真逆の、彼女自身の写真が沢山あった。

 

 それ見たアナスタシアは困惑した数十以上の画像や動画に彼女……そして、見覚えのない男が仲良さげに映っているのだ。

 

「何……これ? この人は……誰?」

 

 彼女が知る由もないが、これは現実で彼女のマスターが気に入ったイラストや漫画を写真や動画として認識する様になっているだけだ。

 

 戸惑う彼女だったが、ある1つの答えが浮かんで来た。

 

「……ロストベルトの、私……! そうだ、マシュさんも確かカドックって言う名前のマスターがいるって……もしかして、この事を気にしている……?」

 

 スマホを見る彼女は笑い合う自分と知らない誰かに、フツフツと怒りを感じ始めた。

 

 当然、その矛先は想い人である彼女のマスターへと向けられる。

 

「……ああ、そうなのね。

 マスター、私とは違う私に遠慮して……私の事なんて最初から――」

 

 

 

「ま、ま、まますたぁ……さ、寒いです!」

「はいよー……まさか、この季節にコンポタを作る事になるとは……」

 

 毛布を震えた手で握る清姫と静謐。

 今は2人仲良く、壁を氷ごと粉砕して外の日差しを浴びている。

 特に蛇の属性を持ち、水着でやって来た清姫は重症だ。

 

「はい」

「あぁあぁりがとうございますぅー……!

 大好きです、ますたぁぁ……」

 

 静謐は流石にコンポタは要らないそうだが、体を温めるため少し離れた場所で踊り始めている。

 

(清姫はなるべく静謐の近くに置いておこう)

「はいはい……あ!」

 

 俺の後ろにゆっくりとした足取りでアナスタシアが迫っていた。

 

「あ、アナスタシア……さ、流石に氷漬けはやり過ぎだと思ったから開放したけど……」

「そう」

 

 明らかに様子がおかしい。

 少なくとも、清姫達の救出が原因だとは思えないが……

 

「ねえ、マスター。こっちを見てくれるかしら?」

「な、何かな……!?」

 

 振り向いた先には彼女が抱えるぬいぐるみ、否、精霊であるヴィイがいた。

 

 しかし、気付いた時はもう手遅れだ。

 その眼に捉えられてしまった。

 

「……ふふふ……ねえマスター。貴方は私をちゃんと見てくれないのかしら?」

「ちゃ、ちゃんと……? 見てるつもりだけど……」

 

「見なさい」

 

 アナスタシアは俺の肩を指で押した。

 

「がぁ――ああああぁあぁぁぁぁぁ!?」

 

 瞬間、今まで感じた事の無い痛みが体中を駆け巡った。

 まるで血液が体中を刺している様な痛みだ。

 

『マスター!』

 

 静謐と清姫はアナスタシアに攻撃を仕掛けた様だが、投げられた暗器と灼熱の炎は氷の壁に阻まれる。

 

「ヴィイが作った……マスターの魔術回路の弱点よ」

 

 危うく痛みに意識を持っていかれる所だった。

 痛みに耐える俺に、アナスタシアは自嘲的な笑みを浮かべている。

 

「見せてあげる。貴方の知らない私を……」

「っぐ!?」

 

 地面から伸びた氷の先端が俺の頬を掠めた。

 

「アナスタシアさん! なんのおつもりですか!?」

 

 清姫が炎で俺に迫る氷を消し飛ばした。

 

「貴女は……そう。貴女も、違う誰かを見ているのね」

「っ! 黙りなさい!」

 

 薙刀がアナスタシアに迫るが、動じた素振りを見せずに彼女は清姫を狙って足元から氷を出現させた。

 

「マスター、私は確かにアナスタシアよ。

貴方と敵対したサーヴァントと同じ姿で同じ名前よ。

 だけど、マスターが違う。想いも違うわ」

 

 俺に語りかけながらも、清姫への攻撃は緩まない。

 

「ちゃんと私を見て……! 私の信じる人は貴方なの! 眼を逸らそうだなんて、私は絶対に許さない――っ?」

 

 しかし、その体は突然フラリと倒れた。

 

「……寝かせました」

 

 見れば彼女の首元に触れた静謐がいた。助かったようだ。

 

「清姫、もう終わったよ」

 

 薙刀を構えたままの清姫にストップをかけた。

 

「…………マスターが、そう仰るなら」

 

 一度、家の中に戻る事にした。

 

 

 

「はぁ……」

 

 ソファーに腰掛けながら溜め息を吐く。

 その手の中には霜を被った俺のスマホが握られている。

 

 アナスタシアの怒りの理由はこれだ。

 カドアナのイラスト――今は写真になっているが、恐らくこれを見た結果だと言うのは想像に難しくない。

 

「どうしたものか……」

 

 サーヴァント側からしたら関係ないで割り切れる物かもしれないが、人間である俺はそう簡単には行かない。

 

 これが特異点で俺の前に立ち塞がっただけの敵だったら、あの時は強かったなぁ、宜しくなぁ位で済んでいたが、マスターではなくユーザである俺は別のマスターとの関係を良く理解している上に、ネット上でそれ関連の画像を漁っている。

 

「目線が違うから対応にも困るんだよなぁ」

 

 チラリと視線を清姫と静謐に向ける。

 何故か今夜は俺のベッドで寝るのはどっちかを決める為にテレビゲームで対決をしている。

 

「考えてもしょうがないか……飯作ろう」

 

「………………」

「あ、隙あり!」

 

「え、っちょっと!?」

 

 

 

「ふふふ……マスターの、隣……!」

「やばい……めっちゃ甘くて危ない香りがする……」

 

 静謐に抱きつかれながらの睡眠。毒は効かないが睡眠薬と媚薬はモロに喰らうので使用はやめて頂きたい。

 

(負けても同じ部屋には来ると思っていたんだけど、清姫はいないし……)

 

「マスター、私をどうか抱きしめて下さい……」

「いやいやいや、これ以上は駄目だって……」

 

 鼻をくすぐる香りが徐々に自分の中を侵入して来る。

 かくなる上はベッドから落ちて緊急脱出を……!

 

 そう思って藻掻いていたが、部屋の扉が突然凍り付き、砕けた。

 

「マスター、お邪魔するわ」

「アナスタシア……!」

 

 暗くて表情が見えない。もしかして、まだ先みたいに怒っているのか?

 

「……清姫さんにね、ちょっと色々言われたわ」

「清姫が?」

 

 なんやかんや清姫は優しいから、アナスタシアに何か助言でもしてあげたのだろうか?

 

 ……あれ?

 

「あのー……後ろの氷柱は――」

「――何もないわ。何もね。

 いきなり起きた私にマスターとの思い出話を聞かせてきたから氷漬けにした訳ではないわよ?」

 

(助言じゃないのかよ……)

 

「それのお陰で間違えに気付けた……のはちょっと悔しいけどね」

 

 ちなみに、静謐は現在毛布越しに瞬間強化を使って抑えている。

 

「……私には、まだマスターとの思い出がないって気付かされたわ」

 

 ヴィイに頭を押し付ける様に抱えながら申し訳なさそうに話し始めた。

 

「マスターは、別の私との記憶があるから今の私をまだ私として見れないんでしょう?」

 

 俺に近づいたアナスタシアは俺へと近付くと、毛布、その先の静謐に手を伸ばした。

 

「だから、私との思い出を沢山作る事にしたわ」

「っきゃぁ!?」

 

 悲鳴が響いた毛布を退かすとそこにいた静謐の両手足は凍らされていた。

 

「私はもうマスターの事を知っているけれど、マスターは私の事を知らないみたいだから今から私の家でデートをしましょう」

「い、今から?」

 

「そう……使う事は無いと思っていた宝具だけど」

 

《スーメルキ・クレムリ》

 

 アナスタシアぼ言葉と共に、俺の家の下から、地面を割りながら何かが迫り上がって来た。

 

「な、なんだこれ!?」

「私の宝具……いえ、城よ」

 

 家全体が揺れ、浮いている様な感覚。

 外を見ればどんどん一般的な家の高さでは無い位置まで上がっている事がわかる。

 

「ようこそ、私の城塞へ……けど、その前に」

 

 パチンッと指を鳴らすアナスタシア。

 すると、まるで意思を持ったかのように城塞の一部が動き出し、清姫と静謐を外へと放り出した。

 

「っちょ!?」

「大丈夫よ。サーヴァントがこの程度でどうにかなる訳ないわ」

 

 アナスタシアは俺の手を繋ぐと城へ降りようと引っ張った。

 

「行きましょうマスター? 歓迎するわ」

 

 今まで以上に嬉しそうに微笑む彼女。

 怒りの欠片も見つからないが、最初に出会ったとき以上の悪寒が迸る。

 

「もう、私から目を逸らしたりしないで頂戴ね? 貴方の、貴方だけの(アナスタシア)から」

 

 彼女の本気の病みが見えた気がした。

 






一応の補足ですが切大はあくまでマスター御本人ではなく、我々プレイヤーと同じ立場の主人公です。
なので今回の話は正確にはぐだアナではないです。

カドアナを知ってる上での思考だとこう言う風になるのかなぁ……と思って書きました。次の出番では小難しい話は無しでアナスタシアがイチャイチャ病みますのでご了承下さい。

……水着イベント2段目くるのかなぁ……(40連待機)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・引き篭もり

また遅れましたー! 寧ろもうこれが普通の更新速度と化しています。良くないとは分かっているので、反省しつつも内容でその分喜んで頂けたら幸いです。




 

 

「ますたぁ!」

 

 ランサークラスの最近やたら出番の多いヤンデレ娘、水着姿に薙刀を持った美少女、清姫は俺に抱きついて来た。

 

「ふふふ、今宵こそ2人きりですね……! 私、この瞬間を楽しみにしていましたぁ!」

「……あれ? 2人?」

 

 抱き付いたまま腕を背中に回し、顔を胸に埋める清姫の言葉に疑問を覚えた。

 

 現在いる場所はヤンデレ・シャトーのベーシックな監獄塔。

 ここに飛ばされる前にエドモンからはサーヴァントは2騎と言われていたが……

 

(まさか清姫2人……?)

 

「私の他におっきーがいますが……彼女が部屋からあまり出たくない事はご存知でしょう?

 ですので、人目を気にする必要はありません。存分に愛を深めましょう?」

 

 最悪の事態ではなかったが、割と深刻な問題だ。他のサーヴァントの妨害がないのは不味い。

 

「ふふふ……最近は出番はあっても美味しい事はあまりにも少なかったですが、今日こそはマスターの身も心も私の物です……永遠に」

 

「ま、マジか……!?」

 

 俺は今も抱き着いたまま離れる気配の無い清姫に戦慄した。

 

 

 

「ヤンデレ・シャトー……なーんておっかない名前だけど、住めば都とはこの事ね! 召喚されたばかりの私がきよひーみたいにマスターちゃんを追いかけたり好き好きなんてやる訳ないし、此処なら騒がしいサーヴァントもいない! 引きこもりバンザイ!」

 

 刑部姫はご機嫌だった。彼女の性質状、自分の城と同じ部屋になるヤンデレ・シャトーはまさに極上のスイートルームだったからだ。

 

「よっし! 早速溜めに溜め込んだゲームを消化しちゃおう! 夏はサバフェスでそんな暇全然なかったし!」

 

 ご機嫌な表情でゲームソフトをハードに入れてコントローラーを握り締める刑部姫。

 待ちに待ったタイトル画面に速攻でスタートボタンを押してゲームを始めるが、その片手には折り紙の鶴があった。

 

「……まあ、それっぽい事しておかないと? また復讐者さんに呼ばれる可能性もあるし?」

 

 そう言って使い魔である折り紙を部屋の外へと向かわせると直ぐ様ゲームへ意識を戻した。

 

「さあ、今日で3本はクリアしちゃうぞー!」

 

 

 

「ますたぁ……ふふふ、もう暫くお待ち下さいねぇ?」

 

「…………」

 

 椅子に丈夫なロープで縛られ座らせた俺は、笑いながら料理する清姫を見つめていた。

 

『――ではマスター、今宵はずっと一緒に居て下さいまし』

『わ、分かったよ』

 

『では、嘘にならない様に縛らせて頂きますね?』

 

 と言った瞬間捕縛され、部屋に連行されこのざまだ。

 

(普段より強引なのは水着のせいか今までの鬱憤か……どちらにせよ、このロープは強化しても切れそうにないし、下手に動けば殺されかねん)

 

「ふふふ、おでんはもうすぐ出来ますよ……」

 

 この暑い日に熱々のおでんとは、中々の拷問だと思ったがそれを言うのはやめておこう。

 

「ご安心下さいね? 冷たいアイスもご用意していますから!」

「ははは……清姫は気が利くなー」

 

「マスターに褒められて大変感激です!」

 

 彼女の鍋の中で回すオタマの動きが早くなったが此処から逃げれる手は見つからない。

 

「…………」

 

 が、その場しのぎの策は思い付いた。

 此処は清姫の夫を可能な限り演じてやるべきか。

 

「刑部姫の使い魔の前で、な」

 

 扉の隙間から入ってきた折り紙に少しだけ目線をやりつつ、俺は覚悟を決めた。

 

「はぁーいマスター! 愛情たっぷりのおでんです! どうか召し上がってください!」

 

 熱々の湯気がお椀から逃げ出し続けている様を見て、冷ましたいと思った俺は清姫を膝元に誘った。

 

「なんですかマスター?」

「いや、俺の為にご飯を作ってくれた清姫にご褒美をあげようかなってさ」

 

「え? ご褒美?」

 

 キョトンとした清姫。

 

「せめて、片手だけでも放してくれたらご褒美を挙げられるんだけどなぁー」

「し、失礼します!」

 

 言うが早いか薙刀でズバッと縄を切った。片手で良いと言ったが、両腕が自由に なるとは思わなかった。

 

「じゃ、じゃあ……」

「は、はぁ……!」

 

 俺は清姫の頭を撫でた。

 数秒ほどは嬉しそうに目を細めた清姫だが、少しガッカリした様に見えた。

 なので俺は椅子から立ち上がって床に座った。

 

「……膝枕とか、どうだ?」

「! お願いします!」

 

 サービスし過ぎで後が怖いが、俺はおでんを忘れて喜びに浸り続ける清姫の頭を撫で続けた。

 

 

 

「……」

 

 ポチポチとボタンを押していく刑部姫。その目はテレビのモニター画面を見ているようで何処か上の空だ。

 

「……」

 

 ゲームの音量は平均より高く設定されていて、もし此処がアパートならば隣人がうるさく感じる程だが彼女はイヤホンをしており、そこから聞こえる音とゲーム音声を同時に聞いている為、音量など気にはならない。

 

「……このキャラの声優さんあの人かー……俺様キャラって初だよねぇー」

 

 口から、自分だけを誤魔化そうとする様なゲームへの感想が漏れる。

 しかし、ゲームのキャラの声よりもイヤホンの音が気になってしかたないのは一目瞭然だ。

 

「……きよひー、楽しんでるみたい。

 ……マーちゃん、縛られちゃったかぁ、乙ー」

 

「……あ、ベタな悪役令――!? ご、ご褒美!? な、何それ羨――じゃなくてっ!? つ、次に書く本のネタに是非……!」

 

 テレビゲームから目を離し、聞こえて来る情報だけでは満足できないと、自分の放った使い魔の視界を共有させ始めた。

 

 瞳に映し出された景色では、自分のマスターが清姫の頭を撫でていた。

 

「……はぁ……で、ですよねー。マスターちゃんがそう簡単に体を許すとは思えないし……うん」

 

 安堵しながらコントローラーを握りなおした。

 

「……あっ」

 

 しかし、瞳はゲーム画面を見ずに清姫がマスターの膝に頭を預けるのを見続けた。

 

「……ま、すたーちゃん……」

 

 コントローラーを抑えた手は、膝元まで下がったのだった。

 

 

 

「あふぅ……はぁ、幸せですマスター……」

「なら良かった……」

 

 膝枕で頭を撫で終わると、そのまま清姫と床に座りながらおでんを食べさせ合い始めた。

 

(今の所は、過度な接触も無しでやり過ごせているが……)

 

 このまま何の変化もなく……とは行かないのがヤンデレ・シャトーだとは重々承知している。

 なので出来れば刑部姫が早く部屋から出て来て欲しい。

 

「……あの、マスター?」

「な、何清ひ――」

 

 清姫の声に視線を戻すと顔に彼女の右手が添えられた。

 

「私を、見てくれていますか?」

「っ、見て、るよ」

 

 反射で答えない様に抑えながら絞り出した。

 

「そうですか……でしたら、余りよそ見はしないでくださいまし」

「ああ……そうするよ」

 

 清姫の顔は感情を感じさせない、輝きの無い瞳でこちらを見ており、震える右手に力が籠もっており俺の目玉を抉り取るかの様だ。

 

「綺麗な瞳……だけど、もっと嬉しいのはそこに私が映っている事……」

「き、清姫? ちょっと痛いんだけど……」

 

「あぁ、申し訳ありません……」

 

 ようやく手を離した清姫は俺の膝から頭を上げると、俺へパッと振り返った。

 

「もう、良いでしょうか?」

「え? ちょっ、待て!」

 

 唐突に、俺は押し倒された。

 

「……マスターから求められて、今日はイチャイチャしたいのだと思っていたのですが……私、時間稼ぎとかまどろっこしいのは大キライなんですよマスター?」

 

 ああ、やっぱり気付いてらっしゃる!

 

「だけど、【幻想強化】!」

 

 俺の頭の両側を囲んで逃さない清姫の両腕を掴んで力づくで引き剥がしに掛かった。

 

「あはっ! ランサーになってパラメーターは少々変わっていますよ?」

「っ……だけどこれなら――」

 

 ――サーヴァント相手に容赦は無しだと、スキルを同時に発動して抵抗しようとしたが、視界に突然現れた影を見てその行為の無意味さを理解した。

 

「ますたぁ、お忘れですか? 私の宝具……道成寺鐘百八式火竜薙」

 

 ズドンっと、鐘の中に清姫と2人で閉じ込められた。

 

「暗ぁ!? 何も見えないんだけど!?

 あ、なんか衣擦れが聞こえる! あ、ひ、人肌がぁぁぁ!?」

「ふふふ、ますたぁ……! 例え見えなくても、貴方の愛の温度が伝わりますよ……」

 

 “私の愛も、貴方にお届けしますね……”

 

 

 

「乙ー……結構狩れたしこんぐらいで良いかなぁ……ちょい凡ミス多くて姫ちゃん心配されちゃったけど」

 

 そう言いながらもイヤホンを片手で押さえてながら音を聞こうと試みる。

 セーブして消したゲーム画面から、視界共有へと映すとそこには先程ウンザリするまで見せつけられていた食べさせ合いでは無く、膝枕のままマスターの顔に手を添える清姫の姿だった。

 

「う、嘘、もしかしてキス!? ど、どうしよう!?」

 

 思わぬラブシーンに慌て始めるが、自分自身のその反応に刑部姫は驚いた。

 

(いやいやいや、何を慌ててるの私! ヤンデレ・シャトーに毒されているだけだから! マスターちゃんの事が好きとか無いし! そもそもきよひーの恋路の邪魔なんて怖くてしないでしょう!)

 

 その間に、危惧していた事は起こらずに清姫の手が離れた。

 

「ふぅー……危ない危な――い!?」

 

 が、マスターが押し倒された事には思わず驚いた。

 

「き、きよひー遂に行っちゃう!? やっちゃうの!?」

 

 震えだした両肩を、両手で抱きしめた。

 

「……あれれぇ、おかしいな……友達の、想い人でしょ? 私、なんで鳥肌なんて……ううぅ……!」

 

 城の中が一番力が発揮出来るので長年引き篭もり続け、その性質のまま英霊となった刑部姫にとって、外と繋がる恋は無縁の物だった。

 

 しかし、かつて自分の城と共に召喚されて、それをきっかけにマスターと触れ合った彼女の記憶は残っており、今はヤンデレ・シャトーの中にいる彼女にとって此処は――

 

「お、“刑部姫の城と、認めます”?」

 

 突然届いたメールに書かれている通り、彼女のもっとも力が出せる城内と化している

 

 そんな事、メールを読むより先に理解していた彼女は漸く完成した恋心に従って、扉を開いたのだった。

 

 

 

「待て待て! 怖い! 何も見えない!」

「心配しないで下さいマスター……私はマスターの温度を、肌で感じますから」

 

 蛇の様にスルスルと肌を触れ合わせる清姫に、俺の背筋は只々凍りつきそうだ。

 

「ひっ!?」

 

 舌で頬を舐められた。

 

「お口は、何処でしょうか?」

「ひー!!」

 

「ああ、そんなに怯えないで下さいマスター……そうですね、灯りを今、点けますね?」

 

 そう言った清姫は、自分の指先に小さな炎を灯した。

 確かに明るくなったが、影と共に現れた光の無い清姫の瞳の闇を見せている様で、それだけで俺の恐怖は高まった。

 

「旦那様の唇……みーっつけたぁ!」

「っ!?」

 

 目の前で口を開いた大蛇の様な清姫を見て、思わず目を閉じた。

 

「……!」

「…………っ?」

 

 何も来ない事に気付いて目を開くと、そこには清姫の姿も鐘も無かった。

 

「……刑部姫」

「はいはーい……全く、マスターちゃんってばきよひーの手綱全然握れてないのね」

 

 漸く、ヤンデレにヤンデレをぶつける事に成功した。と言うか、よくこの引き篭もりが一人で出てこれたモノだと感動すら覚えそうだ。

 

「いや、でも清姫は?」

 

 消えた清姫を探す為に首を動かすが、彼女の姿は何処にも見えない。

 

「あーあ……きよひーなら、ちょっと、ね?」

「え?」

 

 歯切れの悪い刑部姫は、頬をかきながら言葉を探している。

 

「えーっと……ちょっと力が入り過ぎちゃったって言うかー……初めての恋(嫉妬)に加減が効かなかったって言うか……」

「……つまり?」

 

「私のお城と化したこの塔の地下に、閉じ込めちゃった……よね、うん」

 

 なんて事だ。今回も水着清姫、あっさり退場か。

 

(うわー、次回が怖いぞこれ)

 

(きよひーの事だから手加減してたら地下から脱出しそうだし、最下階まで落としちゃった上に折り紙にマスターの汗を吸わせた折り紙を放ってデコイにしたけど、大丈夫、大丈夫よ)

 

「そ、それよりもマスターちゃん……まだ、あの時の答えを聞いてないよ?」

 

 そう言って刑部姫はメガネを外してこっちを見た。

 照れているのか頬は真っ赤だが、それでも真剣な眼差しでこっちを見つめている。

 

「まーちゃん……て呼ぶ私と、マスターちゃんって呼ぶ私、どっちが好きかな?」

 

 その問は少し違うが以前、再臨を終えた時に聞かれた素でいて欲しいかどうかの質問の延長線だろう。

 まあ、好感度を上げないように此処はまーちゃん、猫を被ってる刑部姫を選ぶとしよう。

 

「じゃあ、まーちゃんの方で」

「……そ、そうよねー! まーちゃんはやっぱり、姫ちゃんが好きだもんねー! 

 って、マスターちゃんがそんな気の聞かない事言う訳ないでしょ! ふざけないでちゃんと答えてよ!」

 

「そんな事ないよー

 まーちゃん、まーちゃんって呼ばれたいなー」

 

「うう、マスターちゃんのイジワル……」

 

 ……さて、あとは逃げおおせるだけだ。

 だけど、そんな調子に乗ってはいられなさそうだ。

 

「……でも、まーちゃんがそこまで言うなら、姫モード全開で甘えるのも嫌じゃないよー! えへへ、寧ろこっちの方がマウント取れそうだし、ちょちょいと姫の虜にしてあげる!」

 

 話しながらも出口に近付いていた俺は、刑部姫の本気宣言と共に逃げ出した。

 

「うぉわっ!?」

 

 しかし、部屋を出て早々に、俺の躓きその場に倒れた。

 

「ざんねーん、まーちゃん甘いねー?」

「いつつ……折り紙か?」

 

「まーちゃん、姫は英霊だけど戦いたくない引き篭もり、しかもネットサーフィンが趣味の駄目サーヴァントだよー? まーちゃんが逃げちゃう時のことももちろん考えてあるよー?」

 

 そう言いながら地面に倒れた俺の足を、折り紙が抑えて捉える。

 

「姫モードの私はー、まーちゃんみたいな男の子の扱いはよく知ってるからねー?」

 

 そう言いながら、余裕の表情でこちらに近付いてくる刑部姫。

 

 倒れた俺へ視線を合わせると、目の前で膝を曲げて視線を合わせた。

 

「えへへ……嬉しいかな? 何時もはこうやって思わせぶりな事してお強請りするけど、今回は本気でまーちゃんを頂いちゃうからねー」

 

 ……この状況で、これを口に出すのは少々危険だが、効果的な言葉が出てこないので使う事にしよう。

 

「……その顔さ……精一杯過ぎだ」

「っ!? な、何の事かなー?」

 

「余裕の表情なのに、一杯一杯だって、見ればわかるよ。

 ……俺の選ぶ方が分かっているのに、まだその芝居を続ける気か?」

 

「……マスターちゃんは、ほんとにサイテーだよね……こんな変な塔に居たら大好きになっちゃうのに、言葉1つだけで女の子にあーしろこーしろって…………」

 

「俺は逃げたいだけなんだがな……」

 

「うん、分かってる。私も似たような物だし……

 ……だけどね、この塔に居るとやっぱり物分りが悪くなっちゃうみたいで……ハロウィンの時に、マスターちゃんが諦めなかった時みたいに、私も諦めが悪くなっちゃうんだよねー……」

 

「だから、アドバイス通り、素の私でマスターちゃんを手に入れてあげる」

 

 そう言って、ばっと抱きついてきた。

 

「ねぇ、一緒に一杯引き籠ろうね? イチャイチャゲームして、お菓子食べて、ぼーっとしよ?

 普通の、お家デートしよ?」

 

「……分かった。そうするよ」

 

「えへへ、マスターちゃん大好き!」

 

 

 

「……ごめんねマスターちゃん、お家デートの途中だったのに」

 

「きよひーのストーキングを毎日見てたせいかな? ちょっとモラルとかの境界線が曖昧になっちゃったのかなーって、言い訳してみたりー?」

 

「おー……寝てる寝てる。うん、起きない」

 

「えへへ、マスターちゃんの裸見放題だー!

 ……この、服、ボタンが、多いな、もう!」

 

「きよひーは脱いだ服の匂いとか嗅いでたっけ……あ、これ以外と良いかも! どんどん変態レベルが上がっていっているけど……まあ、良いかな。もう手遅れだし」

 

「え? 時間切れなの? 速くない? じゃあせめて私の部屋にこの服だけ持って帰っちゃ駄目?」

 

「洗って明日までに返せば良いの? 分かった、するする! だからこの服取らせろ下さい!

 流石イケメンアヴェンジャー、寛容だわー……クンカクンカ」

 

「あ、またあったら今度こそマスターちゃんにイタズラしてあげるから覚悟してねー? じゃ、またねー!」




今回は水着ガチャで滑り込んできた刑部姫を書きました。因みにジャックちゃんもやって来て宝具レベルが上がり、少し前にスカディ様を引いたのでジャックちゃんを囲むお姉さん達でQuickパが組めそうですが、素材ぃ……な状態です。


実は次回でヤンデレ・シャトーの話数が100話に到達します。流石に企画はしませんが、何か記念になる様な話が書けたらと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・シャトーの100夜目

今回は本当にお待たせ致しました。

遅れた事に関しては、この作品を楽しみにしている皆さんに本当に申し訳ないと思っています。

記念すべき100話目です。ぜひ読んで下さい。


 

「……来たな、我がマスター」

「残念ながらお前はまだ引けてないけどな」

 

「些細な事だ。此処では多くの者がそう呼んできた。俺がその呼び名で呼んでも差し支えまい」

「で、今日はなんだよ? ヤンデレ・シャトーならさっさと始めてくれ」

 

 エドモンの様子がおかしい。こういう時には必ず嫌な悪夢が用意されている。長い間それを味わってきた俺は、そう確信している。

 

「今日は貴様が悪夢に訪れる百夜目だという事は知っているか?」

「え? 百夜って事は……百回目なのか、この悪夢」

 

 そんな事を数えていないのか……彼氏ヅラのあだ名を持つエドモンが…………

 

「彼氏力高過ぎかよ……」

「貴様は俺を怒らせたい様だな……!」

 

 威嚇の様に衣服を逆立てたエドモンに謝ると、鼻を鳴らして説明を続けた。

 

「……今回は記念すべき夜、故に多くは語らずにお前を塔へ送る。

 病んでいるのは4騎、とだけ言っておこうか」

 

「分かったよ……」

 

「最後に1つだけ助言だ。

 “真実を見つけろ”」

 

 

 

(真実……一体なんの事だ……?)

 

 意味深な助言を頭の中で繰り返しながら、ヤンデレ・シャトーの廊下から立ち上がった。

 

 辺りを見渡してみると、取り敢えず誰もいない。

 

「……ちょっとだけ、座るか」

 

 なんとなく、壁に背中を付けて腰を落ち着かせる。

 

「もう100回目の悪夢かぁ……そう言われるとそんなに長くやってるって実感なかったなぁ……いや、正直そんな感慨深い思い出でもないけどな。殺されたら覚えてないし」

 

 そんな事を口に出しながら、エドモンのヒントで幾つか考えてみた。

 

(真実を見つけろ……これが悪夢終了の目標なのか? でもそれなら態々、助言なんてもったいぶらないよなぁ……)

 

(一番ありそうなのは物語系キャスターによる認識改変か……)

 

「だとしたら気を付けるなんてまるで意味がないだろ……」

「ちょっと、何を1人でブツブツ喋っているのかしら?」

 

 驚き、パッと振り向くと其処には白い髪と白い肌、まるで死人の様な見た目とは対象的に燃え続ける炎の様なサーヴァントが、黒の水着を着て立っていた。

 

「……ってなんだ、ジャンヌか」

「なんだはこっちのセリフよ。マスターこそ何しているのよ」

 

 良かった。ジャンヌ・オルタは現実世界での俺のサーヴァントだ。ヤンデレ・シャトーの影響を受けてはいない。

 

「いや、エドモンから“真実を見つけろ”なんて、助言を出されてさぁ、ちょっと考え込んでてさ」

 

「……ふーん……真実、ねぇ?」

 

 ジャンヌは俺の言葉を聞いて考える様な仕草をした後に、少し笑った。

 

「(余計な事を……)余り気にしなくてもいい……とはいかないわよね? 此処の他のサーヴァントは揃いも揃って色狂いなんだから」

「そうだよな…………っ!」

 

 そんな会話をしていると、廊下の暗闇から誰かがやって来る。

 警戒したジャンヌは俺に背を向け、刀の柄に手を置く。

 

「……誰だ!?」

 

 震える声を抑えながらそう言い放った俺の目に映り込んだ、新たなサーヴァント。

 

 その姿を見た俺は――――安堵した。

 

「……なんだ、茨木童子か」

 

 その金髪と2本の角に、思わず安堵した。

 

「おい、何故吾に武器を向ける? 今夏は吾の力を借りていたであろう? まさかその恩義を忘れたか?」

「ジャンヌ、武器を降ろして」

 

「はぁ? 何言ってんの? こいつはアンタを狙う色狂いの1人よ。私が此処で切り伏せてあげる」

「待ってくれよジャンヌ! 忘れたのか!?」

 

「何を? あんまり私の邪魔をするなら――」

「――近所に住んでる後輩の茨木童子だよ! 忘れたの?」

 

「…………はぁ?」

 

 

 

 今、お互いに睨み合いを続ける2人のサーヴァントは、少し混乱していた。

 

(……こいつが後輩? 何を寝ぼけた事を言ってるの私のマスターは!?)

 

 ジャンヌ・オルタはその手に1冊の本を出現させ、少しページを捲る。

 

 そこには、現実の世界でマスターと彼女自身が契約するシーンが大きく描かれていた。

 この本は彼女の作った、魔術の込められた同人誌だ。

 

(サンタのちびっ子とトモダチになったキャスターの力で作った同人誌……これと私のアヴェンジャーの頃の権限でマスターを私抜きでサーヴァントの前に立っていられない腑抜け野郎にした筈なのに、コイツは大丈夫ですって!?)

 

 記憶改変を使い、切大の記憶を都合の良い物にした筈だと怒るジャンヌ・オルタ。

 

 そして、その視線の先の茨木童子をジッと睨みつける。

 

 対して、睨み付けられた側である茨木童子はニヤニヤとしてやったりと言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「――!」

「どうしたの茨木童子?」

「セ――んんっ! 切大! 可愛い後輩はお菓子を所望する!」

 

「ああ、何時ものね……シャトーの中でも、あるもんだなぁ」

 

 ジャンヌは正体不明の光景を目の当たりにし、どうすれば良いかと考える。

 当たり前のように茨木にチョコレートを差し出す自分のマスターを見て、段々と不機嫌になってきた。

 

「む……何をしている? いつものアレで渡すが良い」

「いつもの? ……あ、口移しで?」

「はぁぁぁ!? く、口移しぃぃぃ!?」

 

 とんでもない単語を聞いたジャンヌは思わず叫んだ。

 

「……どうしたのジャンヌ?」

「いやいやいや、明らかにおかしいでしょう!? アンタいつも嫌がってるわよね!?」

 

「え? いつも茨木童子にやってるけど?」

「嘘よ嘘! アンタ、エドモンからヒント貰ったのに一切違和感持たないつもり!?」

 

「…………あれ……? そう言われるとなんか……おかしいような? 

 ……俺の後輩ってこんな小さくなかった様な……」

 

 その言葉にジャンヌはニヤリと嗤い、茨木童子は明らかに動揺した。

 その調子、その調子とマスターを心の中で激励する。

 

「そもそも……サーヴァントをどうして召喚して、何で召喚できたんだ?」

「だぁぁ! 余計な事まで勘付くなぁ!!」

 

 瞬間、マスターの後頭部へと柄の強打が飛んできた。

 

 

 

「いっ! ……痛いな……何処だ、此処……」

 

 痛みに頭を抑えながら目覚めると、そこは黒い色のベッドの上だった。

 

「――いい加減、正体を見せたらどうなのよ! BB!」

「……へー……流石に、見破られちゃいましたか。良いでしょう、センパイが起きる前に正体を見せて貴女をデリートしちゃいましょう!」

 

 その横では刀を構えたジャンヌ・オルタとおかしな口調の茨木――いや、自白したので間違いなくBBだ。

 

「BBちゃん、フォームチェーンジ!」

 

 そして魔法少女よろしく謎の光に包まれて、その姿を顕にした。

 光の拡散と共に飛び散るエフェクトが中々凝っている。

 

「健全な変身シーンで年齢制限をしっかり守る、万能AIのBBちゃんでーす!」

「……貴女、ちょっとは周りを見たら?」

 

 そう言って刀を抜いたジャンヌの切っ先は右に真っ直ぐと向けられ、釣られたBBの視界に目を覚ました俺の姿を捉えられた。

 

「せ、センパイ…!? お、起きていたんですか……?」

「まあ、少し前に」

 

 茨木から元の姿に戻った所を見られたと理解したBBは、若干顔を染めながら震える手で杖を俺に向けた。

 

「こうなったら……! 小細工無しで女神クラスのチャームで骨抜きにして……!」

「やらせる訳ないじゃない!」

 

 ジャンヌ・オルタの攻撃を防ぐ為に、突き出していた杖は俺から離れる。

 

「邪魔ですよ!」

「それは大変結構! 私も、ルルハワでの分殴らせて貰うわ!」

 

 斬撃に炎やら桃色の閃光が飛び交うポップな戦場に早変わりだ。少し離れた俺の近くにも流れ弾や火の粉が飛んでくる。

 

「ッグ……!」

 

 逃げ出そうとする俺だが、頭の中が何かゴチャゴチャする。

 茨木童子は現実での後輩で、BBは……? ジャンヌ・オルタは俺のサーヴァント?

 

 何か忘れている事を思い出そうとするがどうも情報がチグハグで、考えようと情報を繋げると頭痛に似た嫌な痛みが頭を走る。

 

「痛いし、気になるが……兎に角、一旦引こう」

 

 頭を抑えながらも姿勢を低くして扉へ向かう。

 その途中で逃走に気付いたBBが桃色光線をこちらに放ちもしたが、ジャンヌの妨害で掻い潜る事ができた。

 

「よし、これで……!」

 

 部屋を出た所で、一気に冷え込んだ。

 

 それは決して恐怖の余りで……とかではなく、床や壁に霜が出来ている事から実際にシャトーの廊下の温度が真冬の様な寒さだと俺に認識させていた。

 

 そしてその原因を見て俺が恐怖しなかったと言う訳でもない。

 

「――ようやく見つけたぞ」

 

 アナスタシアの様に周囲を凍てつかせる類の冷気は無いが、彼女を見た瞬間、心が凍ってしまうのでは無いかと錯覚してしまう程だ。

 

「スカサ、ハ――」

「――様だ。以前、そう呼ぶ様に言った筈だ」

 

 スカサハ・スカディはこちらに杖を向けると何かを描く様に数瞬ほど動かした。

 

「――うお!?」

 

 見えない何かに引っ張られる様に俺の体はスカサハ・スカディへと動いた。

 微笑みながら俺を待ち構えていたスカサハは、眼前の俺の背中に手を回してそっと抱きとめた。

 

「ふふふ、母に抱かれる幸福をしっかりと噛みしめよ」

「……や、やばい……! この感じは……!」

 

 背中を擦られると、その度に嫌な汗が吹き出す。

 

「ふふふ、神に恐怖する、今まで見せた事の無い平凡な人間らしき姿も愛するに値する」

「あ、あの……ちょ、ちょっと放してくれると嬉しいなぁ……なんて」

 

「っむ……どうやら、女神の愛が足りないと見える。

 何やら他の女の匂いもするし、ついでに掃除をしておくとしよう」

 

 再び杖を振るわれ、ルーンを描かれる。

 

 魔術の発動と同時に改変され隠されていた正しい記憶が雲影から出てきた太陽光の様に戻ってくる。

 

「…………あーあ!

 嘘だろ!?」

 

 そこで漸く思い出した。

 ヤンデレ・シャトーにやってくる際に、何か桃色チャンネルに出演されたり、聞いた事もない物語を朗読され、その後は意味不明な記憶が頭の中で湧いてきて、それを疑問を覚える事なく受け入れていた。

 

「いや、行動早すぎ……」

「私もゆっくり愛でてやろうと思っていたが、まさか直ぐに襲われるとはな」

 

 そう言って睨むスカサハ・スカディの視線の先には爆発した部屋の中から出て来たボロボロの2人がいた。

 

「っく、ロストベルトの女神様ですか……ジャンヌ・オルタさんのせいで面倒な人にセンパイが渡ってしまったじゃないですか!?」

「うっさいわね! アンタが私の本に変な上書きをするからでしょう! 先回りで組み込むって相変わらず無茶苦茶よね!」

 

 決着は着いていない様だ。

 

「本当ならお前達も愛でてやろう……と言いたい所だが、今の私は嫉妬深い女神の様でな。母ではなく女として、この者を愛そう」

 

 杖が向きを変える。抱きしめられている俺の首の横を抜けて、2人へ杖が向けられる。

 

「そして――お前達は殺そう」

「あらら……随分とキャラ崩壊が激しい方ですねぇ。元々病んじゃってる私とは大違いです!」

「それ、誇らしげに言う事かしら?」

 

 自慢げに宝具を構えるBBに呆れながらも刀を抜くジャンヌ・オルタ。

 どうやらスカサハ・スカディの力は理解している様で、2対1で戦うつもりの様だ。

 

「――頭を垂れよ、殺してやろう」

「――っな!?」

 

 瞬間、後方へと跳んだBBとジャンヌ・オルタがほぼ同時に地面へと叩き付けられた。

 

「な、なんてでたらめな展開速度……!」

「ルーンの範囲から跳躍して逃げるつもりだった様だが、生憎私の方が早かったな」

 

 まさか、ムーンセルで生まれた高性能AIのBBが計算違いをしたのか? 流石は神代の女神というべきか。

 

「では、殺そうか」

 

 それはなんとか止めないと……! そう思った俺は腕に力を込めてスカサハの肩を抱きしめた。

 

「スカサハ……様、それは駄目」

「マスター。私を止めようとする姿も愛らしいが、お前の健気な姿を見れば見る程、私はあの英霊を殺さねばならん」

 

 怒りの感情が伝わってくる。杖の先の魔力も心なしか荒々しく見える。

 

「……とは言え、お前の願いなら聞かない訳にも行くまい。

 だが、私達の関係は理解しているであろう?」

 

「……従者と、主」

「お前が私に従う。それが常だ。懇願は受け入れるが、それ相応の仕事をしてもらおうか」

 

 その言葉に質問を返そうとしたが、スカサハは指を俺の口に当てて塞ぐと杖を軽く振った。

 

「先ずは、城へ行こうか」

 

 当然の様に原初のルーンを使用して氷の城へと移動させた。

 

「ふぅ……」

 

 少し息を吐くと、彼女は俺を放して玉座に腰掛けた。

 

「やはり、人間の熱は私には熱すぎるな。

 だが、不思議ともっと抱きしめていたくなる」

「は、はぁ……」

 

「この塔、正直に言うと実にくだらんモノだと思っていた。

 愛なら既に理解していると……しかし、実際に今私が抱いている愛は、ラグナロクの前、神々に抱いた事もない物だった……」

 

 スカサハ・スカディは玉座の前に立っている俺を見ると、杖を振って先程の様に俺との距離を縮ませる。

 

「――こうなると、もはや誰が仕えているのかなど、どうでも良くなってしまう。

 お前と一緒に同じ場所に、いたいだけ……」

 

 体に頭を置く様に、彼女は全身の力を抜いている様だ。

 

「っこれは!?」

 

 それでありながら俺と自分の足元を囲む様にルーンを構築している。

 

「女神である私と一緒になろう……切大」

「い、一緒って……!?」

 

「女神と人間とでは寿命も価値観も、見えている全てから得られる情報も違う……」

 

 物悲しそうに語られるが、俺の中では既に手遅れの様な、最悪な予感がしてならない。

 

「ロストベルトの神霊だ。いずれはこの身どころか存在すらも完全に消えてしまう……そうなる物だと、覚悟していた筈だったが」

 

 ゆっくりと呟いてはいるが、このままでは俺の体は消える。

 

 メルトリリスの毒とは異なる。溶けて液体になるとかじゃない。

 お互いの霊基と体を混ぜ合わされる。

 

「夢の中の出来事……じゃ、すまない雰囲気だな!?」

「……安心しろ。私達の肉体を元に誕生する半人半神霊だ。異なる歴史の存在である私も、きっとお前の側にいる事が出来る」

 

 非常に不味い。これがゲーム本編なら間違いなくバッドエンドだ。

 

「令呪を持って命ずる! BB! ジャンヌ! 来い!!」

 

 2つの令呪が赤く光る。しかし――

 

「――駄目だ」

 

 そっと手を添えられただけで令呪の光は消え、1画だけが残された。

 

「くっ! カルデア戦闘服!」

「駄目だ」

 

 礼装を変える事も叶わない。

 

「大人しく受け入れろ……私、スカディの愛だ」

「な、なんとしてでも破らないと……!」

 

 そこで俺は考える。

 最後のサーヴァントだ。この状況で4騎目である最後のサーヴァントを呼び出すしかない。

 

(そういえばエドモンがなんか言っていたな……真実?)

 

 

 もしかして、この状況の事を想定していた上での助言だったのか?

 

 

 なら、“真実”は――この状況を打開出来る答えの事に他ならない。

 

 

 

「……スカディ!」

「っ! 名前で――んっ!」

 

 俺は彼女の唇を塞いだ。こんな事をする柄ではなかったが、状況も相手も最悪なら、これしかない。

 

「ぁ、んー! ぁつ、んんいぃ……ぁ!」

 

 強引に舌を入れる。熱さに驚いて逃げようとする彼女の舌を絡め、口内から体全体に熱を送る様に口付けを深める。

 

「んー……んっぅう……! は、はげし――んんん!」

 

 初めて感じる温度に悶えている様だ。 やがて、俺はそっと彼女の口を離れる。

 

 今のキスが初だったのか、余りの衝撃に少々やり過ぎたかと心配になるが、復活する前に俺は令呪に魔力を流した。

 

「令呪を持って命ずる!」

 

 さて、此処で“真実”を決める。

 

 このルーンを脱出するには、サーヴァントを呼び出すしかない。だが、誰でも良い訳じゃない。

 

 誰を呼び出せばいい? ルールブレイカーを持つメディア? 違う。

 ライダークラスのサーヴァント? そうじゃない。

 

「呼ぶのは――両儀式だ!」

 

 

 

 

 

 結果から言おうか。

 

 

 俺の答えは、合っていた。

 

 原初のルーンを直死の魔眼で切り伏せた彼女はスカサハから俺を奪い取って城を脱出した。

 その際に城のあちらこちらを殺していったので崩落を始めていたが、それはそれだ。

 

 そして廊下を満身創痍で歩いていたジャンヌ・オルタの同人誌を切り裂いて、BBは杖を持つ手ごと切断した。

 

 それをやっている間殆ど無言だったのが更なる恐怖を駆り立て、そのまま彼女の部屋へと運び込まれた。

 

 入って直ぐに色々あり過ぎて疲れていた俺を乱暴に床へと放り投げた。

 

「痛っ……! もがぁ!?」

 

 問い掛ける時間も与えずに、彼女は俺の口へアイスクリームのカップを縦に持って押し付けてきた。

 

「……」

「んっが、うほあほぁ!?」

 

 グリグリと、カップの端の部分が痛いくらい顔にめり込んだ。

 

 それを続けて数秒後、漸くアイスカップから手を話した式は、俺に向けて声を発生した。

 

「……女神の匂いは取れたか?」

「はい?」

 

「まだだな……」

 

 そしてまた口へとアイスカップをねじ込まれた。

 

「……もういいか」

「っはぁっはぁ、はぁぁ……! ちょっと、理解、出来ない……!」

 

「オレを喚ぶ為とはいえ、あの女神とキスしたのが悪い。

 思い出したらまた鳥肌が立ってきたな……ミント味行っとくか?」

「い、いや! も、もういいから!」

 

「そうか? じゃあ、口移しだな」

 

 そう言ってイチゴのアイスカップを口に含むと、素早く近付いて俺の口内を蹂躙し始めた。

 

「ん……っちゅ、っはぁん……っ」

「んー、んっんん!」

 

 アイスが完全に溶けて、風味が無くなってもそれは続いた。

 

 それでも流石にずっと続く訳もなく式の口は離れていく。

 

「っちゅ……ん……ごちそうさん」

 

 離れて直ぐに式はゴロリと俺の横に寝っ転がった。

 

「……なぁ、マスター」

「はぁ、はぁ……なんだ?」

 

「……マスターは喚んでくれたけど、オレと一緒になら融けてくれるのか?」

 

 そう言って俺に向けてナイフを突き出した。顔の横にソレはあるが、麻痺しているのか疲れているのか、恐怖は感じなかった。

 

「それは嫌だ」

「即答だな。当然だけど」

 

 式は俺の手を握った。

 

「オレだって、女神様と同じ考えを持っている訳じゃないから。マスターが死ぬならオレの手で殺したいとは考えても、混ざり合うなんて……それも良いかもな」

「おいっ」

 

「冗談だよ、冗談。

 ……そろそろ、良いか」

 

 立ち上がった式を見て、ヤンデレ・シャトーの終了時間だと思い、俺も上半身を起こして――

 

「――がはっ!?」

 

 意味が分からない。恐らく俺の顔はそんな驚愕を隠す事なく晒していただろう。

 

「悪いな、マスター」

「しぃ……はぁぁ、きぃぃ……はぁっ!?

 がぁぁぁああああ!!」

 

 獣の様な叫びは悲鳴だ。

 俺の体を刺したナイフが、式の手で移動していく。

 

「難しいな。殺さずに殺すって」

「あああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 何故だ何故だと連呼したかったが、裂かれた体にはその為の酸素も血液も足りな過ぎた。

 

「マスターの体を覆う黒い魔力……マスターの心臓に隠れる桜色の魔力。

 そして……マスターの喉を通る紫色の魔力」

 

「ヒー……コッ、ヒー……!」

 

 体の真ん中を刺したナイフが心臓へ移動し、喉を通ってしまうともはや人間らしい呼吸も出来ない。

 それでもまだ体が動くのは、悪夢の中故か。

 

「今までは見えてても無視して来たけど、今回は流石に我慢できなかった。

 視えるって、本当に不便だよな。要らない物まで見えちまう」

 

 やがて人間としての体はその機能を停止させたが、意識はまだ悪夢の中だった。

 

 気が狂う程の痛みを口から吐き出し続けたい思いのまま、式の言葉が耳に届く。

 

「今回のは特別うざったいししつこいから、夢が覚める前に念入り殺しておくよ」

 

 痛覚が精神を貫通し続ける中、俺の体は止まる事なくナイフで刻まれ続けた。

 

 

 目覚めたら、忘れてしまうのか。

 そう疑ってしまう程に。

 

 目覚めを、忘れてしまうのか。

 そう確信してしまう程に。

 







100話目のヤンデレ・シャトー、如何でしたでしょうか?


今回、長い期間投稿が遅れてしまって本当にすいませんでした。
実はこの1ヶ月半近くの間で、自分が人間的にまだまだ未熟だと言う事を大切な人に教わりました。

それ故に、本当に突然ですが、今回でヤンデレ・シャトーの更新を一度停止させて頂きます。
自分自身の為にやらなくてはならない事が出来たので、今までみたいに片手間にヤンデレ・シャトーを執筆とはいかなくなりました。

かと言って、FGOを引退する訳でも無ければ創作活動を辞める訳でもありません。
この小説で培った力で、新しい小説を書いて見たいと思ってます。その際はお目を通して頂けたら幸いです。

色々落ち着いたらまた戻らせて頂きます。
本当に今まで、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話 バレンタイン・病み

お久しぶりです。スラッシュです。

更新開始という訳ではなく、未だヤンデレ・シャトーを心待ちにしている読者様達にバレンタインに合わせて短い話を投稿させて頂きます。

今回の話はバレンタインデーの個別イベントをヤンデレ風に改変していますのでネタバレになってしまうかもしれません。
気になる方は先にスカディ、メドゥーサ(槍)、アナスタシアのイベントを見ておく事をおすすめします


 

 

 

 スカサハ=スカディ編

 

 全てのサーヴァントにチョコを渡し、プレゼントを受け取るというのが今回のヤンデレ・シャトー脱出の条件だ。

 

 シュミレーターのある領域、氷の城がそびえ立つ一角にやってきた俺はスカサハ=スカディと対面する事になった。

 

「む、マスターから渡してくるとは……良い心掛けだ。その行いに私も答えるとしよう」

「ありがとう」

 

 渡されたのは冷えた容器に入れられたアイス。透明な氷の様にも見える程、澄んだ青色をしている。

 

「……愛か……」

 

 スカディが悩みの色を呟いた。

 

「マスター……今の私に愛は無い。

 だが、私の中で別の似た何かは私の中で燻り続けている」

 

 そんな気はしていたが、彼女は城の出入り口を塞いでしまっている。このままでは出られない。

 

「ああ――そうか。愛ではないのか。今、お前だけを見つめているこの感情は――恋なのか」

「うっぐ――!」

 

 勝手に納得行く答えを見つけた様だが、それは俺の解放ではなく捕縛を意味する。

 ルーンの魔術で動く事も、喋る事すら封じられた。

 

 そして、そんな俺を見下ろしながら玉座から立ち上がり、ゆっくりと階段を降りていく。

 

「少女の様にはしゃいでしまっているのだろうが、恋には不慣れ故、許せ」

 

 氷を叩く足音がコツ、コツと響いて近付いてくる。

 何時もなら藻掻いて抗うのだろうが、今回は――女神の城に閉じ込められた時から既に諦めていたのかもしれない。

 

「お前の心に触れたならば、あるいは――」

 

 

 

 

 メドゥーサ(アナ)編

 

「じゃあ、一緒に探そうか」

「…………え? い、良いんですか?」

 

 ランサーのメドゥーサに出会った俺は彼女の探している姉妹を一緒に探すと言った。

 去年のバレンタインイベントではそう言ってチョコレートを貰った筈なので、適当な所で手分けして別れれば良いだろう。

 

「ありがとう、ございます……そうでした、マスターにこれを用意していました!」

 

 そして狙い通りチョコを貰った。よし、後は別れるだけだ。

 

「ありがとう、メドゥーサ」

「じゃあ、早速探しましょう。まずはこの先の大倉庫から――」

 

 彼女の指差す先に向かい、扉を開いた。

 

「……誰もいないみたいだな」

「そうですね」

 

 俺は倉庫から出ようとドアノブを握った。しかしその瞬間、鎖が俺の手首を縛り槍で鎖の穴とドアを貫いて固定した。

 

「な、なんのつもりだメドゥーサ?」

「……ごめんなさいマスター。

 姉様達は……きっと簡単には姿を表さないので、マスターに誘う為の囮……? になって欲しいです」

 

「囮って……大体、2人が俺に釣られると本気で思って――」

「――来ないならその間は、マスターは私だけの物ですね?」

 

 メドゥーサの目が怪しく光り始めた。

 あの2人には劣るだろうが、魅了の魔力が籠もっているのを理解した俺は慌てて目を逸らした。

 

「っ……やっぱり、私の力では魅了出来ないのですか……」

 

 気落ちした声で俺に近付くと、その小さな体で俺を抱き締めた。

 

「……寂しいです。マスター」

「甘えるのはいいんだが……せめて鎖を解いてくれないか?」

 

「嫌です……姉様達を縛る様な真似は出来ませんから、姉様達の次に好きな貴方は絶対に放しません」

 

「だから一緒に探そうって……っん?」

 

 顔を俺の胸に埋めた彼女をあやそうとしていると、倉庫の扉を誰かがノックした。

 

『小さなメドゥーサは何処かしら?』

『居るなら返事なさい』

 

 漸く来た様だ。これで後は2人に妹を預けておしまいだ。

 

「ほら、エウリュアレとステンノだ。来てくれたぞ」

「……本当に、来てくれたんですか?」

 

『マスターが今年の貴女の贈り物なのかしら?』

『ならたっぷり一緒に遊んであげないと……ね?』

 

「すいませんマスター。倉庫のドアが厚いので何も聞こえません」

「え?」

 

 メドゥーサの意外な一言に思わず声が溢れた。

 

『……どうしたのかしら小さなメドゥーサ? 具合でも悪いのかしら?』

『こっちに来なさい』

 

 外の2人の声も険しくなった気がする。

 

 だがメドゥーサの顔は喜びに満ちており、瞳の輝きもより一層強くなっている。

 

 

「マスター、今日は私達だけで……イケない遊び、しませんか?」

 

 

 

 

 アナスタシア編

 

「マスター、元気そうでなによりね」

「悪夢の中で元気なもんかよ……」

 

 俺の目の前には氷の皇女、アナスタシアがいた。いつも通りぬいぐるみのヴィイを大事そうに抱えている。

 

「早速ですが、バレンタインデーなので私、チョコをご所望します」

「はい、これだろ?」

 

 俺はサッと赤色の袋を彼女に渡した。

 

「あら……準備済みなのね、マスター」

「これで無いから俺自身を――なんて言われたらたまったもんじゃないからな」

 

「ありがとうございます。では、私からも。

 私だと思って、大切に扱って下さいね?」

 

 そう言ってアナスタシアは何処からか彼女の抱えているヴィイと似たぬいぐるみを俺に渡してきた。

 

(うーん……物が大きいから何処かに置いておかないと。他のヤンデレサーヴァントに見つかったら大変だぞ……)

 

「もしかしたら、ヴィイと同じ魔力が込められているから動いてしまうかも知れないけれど、大丈夫よ」

「いや、全然大丈夫じゃないって……」

 

 彼女と別れると早速俺は自室に行き、ぬいぐるみを適当な棚の上に置いておいた。

 

「よし、先を急ぐぞ――あれ?」

 

 開かない。今開けたばかりの扉が固く閉ざされている。

 

「あれ? 自動ドアなのに……開かない!」

 

 引っ張ろうが殴ろうが扉は閉まったままだ。当然、俺は1つの答えに行き着いた。

 ヴィイと同じ魔力を与えられ、動く可能性のあるぬいぐるみ。

 

「こいつの仕業か……でもどうしたものか?」

 

 流石にプレゼントで貰った物を破壊する訳にはいかないし、アナスタシアにバレれば死は確定だろう。

 

「……開けてくれないか?」

 

 試しにぬいぐるみに話しかけて見るが、何も起きない。

 

「参ったな……しょうがない。どうせ、俺が部屋から出て来ないと分かったらサーヴァント達も現れるだろうし、それまで大人しくしていようか」

 

 しかし、扉は開かないまま時間だけが過ぎ、俺はベッドで軽い仮眠をとっていた。

 

『…………』

 

『……』

 

『っ』

 

「――うぉ!?」

 

 目を開いた俺の前にアナスタシアのぬいぐるみが現れ、驚いた俺は思わず手で横から薙ぎ払った。

 

 ぬいぐるみは顔の部分が床に当たり、そのまま跳ねて壁に背中でぶつかった。そのまま微塵も動きはない。

 

「……な、何だったんだ今の」

 

 そこで俺は扉が開く様になっている事に気が付いた。

 

「よかった……漸く開いて――あっ!」

 

 予想外な事に、扉の前ではアナスタシアが倒れていた。

 

「アナスタシア!? どうした!」

「うっ……マスター……」

 

 倒れている彼女を抱き起こすと、唇を切った様で血が出ており、背中もどうやら痛むようだ。

 

「アナスタシア、一体何があったんだ!?」

「マス、ター……なん、でも、ないのよ……」

 

 いや、何でもない訳がない。もしかしたら、近くにヤンデレが潜んでいるんじゃ……

 

「ねぇ、マスター……少しは喜んでくれた?」

「はぁ? 何言ってんだこんな時に……! とにかく治療を……!」

 

 

「貴方の居場所を奪った女と、同じ顔の女が地面を這い蹲っている姿に、少しは満足してくれましたか……?」

 

「もっともっと……酷い事しても、良いのよ? 愛してる貴方を傷付けたこの霊基を、もっと嬲ってちょうだい…………」

 




まだまだ復活は出来ませんが、その日を皆様同様心待ちにしております。

遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレと生と死

長らくお待たせ致しました。

ヤンデレ・シャトー再開です!
まだ更新は不安定ですが、今までの様に2週間に一度の投稿や何かにつけて記念企画をしていけたらなと思っています。よろしくお願いします。


 

 

「……あら、漸く起きました? マスター」

「ん……?」

 

 起きて直ぐに、彼女の声で聞こえる。

 目覚めたばかりの聴覚に、お腹に優しそうなコーンスープの匂いが届いた。

 

「おはようございます」

「おはよう……」

 

 目を擦って挨拶を返す。鼻はともかく、まだまだ眠気は頭に残っている。

 

「もう少しで朝食が出来るから、先に顔でも洗ってて」

「うん……そうするよ」

 

 眩しい太陽の光で迎える朝。狭いけど起きてすぐにマルタの声と姿が見えるアパートの一室……これが俺の日常の始まりだ。

 

 

 

(んな訳あるかー!!)

 

 思わずトイレの壁に頭を打った。それ程までに取り乱してしまったのだ。

 

「まさか悪夢が始まっていきなり夫婦の朝とは……恐ろしいなヤンデレ・シャトー……」

 

 エドモンとの会話が無かったのもこの為の布石かと納得する。

 

 ライダークラスの聖女マルタは荒っぽい一面を持っているが基本的には大人しい聖女らしく振る舞う事に拘る英霊だ。

 歪んだ愛とは程遠い存在と言えるだろう。

 

(まあ、此処ではそんな事はお構いなしだろうけど)

 

 水を顔に流して漸く元の調子に戻ってきた感じがする。

 

 此処は愛憎が支配する恐怖の監獄塔ヤンデレ・シャトー。

 サーヴァントは全員ヤンデレと化して俺を時に捕まえ時に殺す。

 

(俺のすべき事はそのサーヴァント相手にどうにか生き延びる事。

 シャトー内のサーヴァントと遭遇すれば悪夢の時間は短縮されるが、他のサーヴァントとの接触はヤンデレサーヴァントの暴走を促す危険性がある。そして、俺だって心無い機械じゃない。出来る限り、ヤンデレ同士の殺し合いは避けたい)

 

 鏡の前の自分と一度目を合わせ、少し頷いてからタオルで顔を拭いた。

 

「よっし、行くか」

 

 覚悟を決めて、キッチンへと向かった…………向かった筈なのだが……

 

「何で水着!?」

「流石に料理中にこんな露出の多い格好な訳にはいかないでしょう?

 あんたがこれくらいじゃあ動揺しない事も知って――」

 

 ――動揺しない訳がなかった。

 ライダーではなく水着姿のルーラーだった事には驚きだが、それ以上にその姿が刺激的過ぎる。

 霊基は第二再臨のゴツくてかっこいいナックルが装備される前の、黒のビキニにジャージを羽織ってる姿。

 

 水着がしっかり全部見えるし、え……

…じゃなくて美しい!

 

「あれ……? もしかしてマスター、気にしてるの? 私の水着を?」

「い、いやいやいや、そんな事は……決して、なく……って……」

 

 否定しようにも余りに強く否定すれば彼女の怒りに触れてしまう事になる。

 そう考えて強く否定出来なかった……のだと思いたい。

 

 この違和感だらけの感情の正体を見つけようと、俺はマルタに関しての情報を頭の中から捻り出す。

 

(あ、思い出した! スキルだ! 天性の肉体が、ゲームの効果とは別に魅了効果もあった筈だ!)

 

「【】!」

 

 発動させた魔術によって何となく、自分の中で脚色されていたマルタの美しさが消えていった気がする。動揺も薄まった。

 

「……もう大丈夫みたいね」

「まあ、マルタが綺麗な事には変わりないんだけど……」

 

 照れくさいセリフだが、魅了が切れて少し影が差した彼女の機嫌を持ち直す。

 

「そう……ありがとう。

 さあ、朝食を食べましょう。冷めてしまうわ」

 

「うん、頂きます」

 

(流石に薬が盛られていない筈……調停者(ルーラー)だし正々堂々素手で闘う聖女様である以上、そんな小細工はしないだろう)

 

 そう思いながら普段より動きの遅いスプーンで食べ物を口に運んだ。

 

 美味しい。聖杖を受け取る前の姿である今のマルタは町娘時代の側面が強く、料理も上手い。

 いや、ライダーの時の彼女の手料理を食べていないので比べる事は出来ないが。

 

「美味しい」

「口に合ったなら良かったわ。

 所で、あのサムライなんだけど――」

 

 そして料理を食べながら始まるマルタの愚痴。

 

「――それを見た作家共が――」

 

 その話に相槌を打ちながらも、聞いててどんどん不安になった。

 

「――何んなのあれ!? 巫山戯るにも程があるわよ! マスターもそう思うでしょう!」

 

(あれ……? やっぱりおかしい……)

 

 ライダーの時とは違い、聖女よりも町娘の気質が強く出ている今の彼女の口調が、聖女らしからぬ乱暴な物になるのは当然知っている。

 しかし、大体何処かで訂正したり、通常時は丁寧に喋る様に努めようとするはずだ。

 

(なのに、ここまでずっと素の状態……)

 

「――っと、話し過ぎたわね。食器は私が洗うわ。マスターは寛いで楽にしてて」

 

 そう言うと足早に台所へと向かった。

 そろそろ脱出するなりして、他のサーヴァントに会って時間の短縮を狙いたいが……よりによって、台所が玄関への通り道で、マルタがそこを陣取っている間は塞がっているも同然だ。

 

(しかも台所から玄関まで何もないから、適当な言い訳をする事も出来ない……外に行くと正直に伝えるべきか?)

 

「あの、マルタ」

「何、マスター?」

 

「ちょっと気分転換に外に――」

 

 ――予想通りの右ストレートだ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

「あら……正々堂々浮気宣言なんて……勇ましいわね、マスター?」

 

 まあ、顔の横を通過するまで何も見えなかった上に拳圧が強過ぎて目を閉じてたので終始視界に収められる筈も無かったわけだが。

 

「あのね、何の為に私が此処にいると思ってる訳? 普段この悪夢で心身共にボロボロになってるアンタを護る為よ! 

 私は聖女マルタ! 愛欲なんかに負けないし、マスターを傷付けたりもしないわ!」

 

 なるほど……所で。

 

「今の右ストレートは――」

「当ててないからノーカンよ!」

 

 とにかく、彼女の目的は理解した。

 だけどヤンデレ・シャトーで病まなかったサーヴァントは1騎として存在しない。

 

 ソファーに座って大人しくしていよう。

 

「部屋の形は自由に変えられるって聞いたけど」

 

 ビクリと体が跳ねた。今の声はマルタの物でもなければ俺の声でもない。

 

「聖女さんのお部屋がニッポンのアパートって意外だなぁ」

 

 突然耳元に囁かれ、その小さな姿を見た瞬間に心臓を掴まれた様に恐怖した。

 

「マスターさん、好かれてる――」

 

 俺は慌てて自分と幼い彼女の口を塞いだ。

 その時、少し音が響いた。

 

「……マスター? どうかしたのかしら?」

「何でもないよ……蚊がいたから叩いただけ」

「そう……虫除け、しないとね」

 

 俺は視線を隣の少女に戻した。

 

『あーあー……聞こえる、マスター? 念話よ』

『シトナイ! いつの間に此処に……』

 

 俺の目の前に唐突に現れた白い髪に青い瞳の少女はアルターエゴ、三柱の女神が複合され、依代であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの体で顕現したサーヴァント。

 真名は女神達の中でもその姿に顕著に表れているであるシトナイで固定している。

 

『私が姿を消せる魔術を持っているの、知っているでしょう? 今2人がお話している間にこっそり入ってきたわ』

『でも、さっさと出ていった方が良いぞ。あの聖女様が相手じゃあ……』

 

『むぅ、これでも私、ハイ・サーヴァントなんだけど』

『だからだよ。

 マルタには悪霊や悪魔以外に神性持ちへの特攻があるから、シトナイじゃ分が悪いぞ?』

 

『あー……うん、あの人の拳骨、痛そう』

 

「お待たせ」

 

 マルタがこっちにやって来る。同時に、シトナイは姿をスッと消した。

 

「……っはぁ!」

 

 瞬間、マルタの拳が俺の横、シトナイの居た場所へと放たれたが空を裂くのに終わったらしい。

 

「……マスター、匿っていないわよね?」

『い、今のは危なかったわ……! アレに当たっていたらたんこぶじゃ済まなかったわよ!?』

 

「いや……消えたみたいで――」

「――な・ん・で! 私にすぐに言わなかったのかしら!? 私が護るって言ったでしょう!?」

 

 鬼の形相で迫る彼女の迫力に言葉を失う。

 

『……歪んだ愛、なんて聞いていたけどやっぱりそんな事無いわね。私もその人も普段通りな気がするわ』

 

 シトナイの言葉に俺は辟易とした。

 

(めっちゃ毒されてる……透明になってまで不法侵入したり、その気配を感知して一撃必殺の拳を放つ奴が普段通りな訳あるか)

 

「次こそ、姿を見せたら教えなさい! 何か喋る前に叩き潰してやるわ! 勿論、今から時間まで私が護衛します!」

「は、はい……」

 

 言われるがままに頷いた。彼女は俺の右隣に座ると手を握って何か唱え始めた。

 教会で神父がするような祈りだと思う。

 

「――」

「……」

 

 彼女なりに俺の身を案じての行動なんだろう。だが、同じ部屋に姿を消して隠れているシトナイが大人しくしている筈もない。

 

『つまんなーい』

 

「っ!?」

 

 見えないひんやりとした何か――シトナイに左手を掴まれた。

 

 マルタに気付かれない様に体の動きはなんとか制止出来たが、視覚できないせいか指の触覚は彼女の動きをいつも以上に深く正確に脳へと送ってくる。

 

 お互いの指の先端が触れ合うと、彼女は指を左右に動かし俺の指の先を擦る。

 

『ふふふふふ、くすぐったい?』

『シトナイ、ちょっとバレると不味いんだけど』

『……ふーん』

『いや、ふーんじゃなくて……』

 

 しかしシトナイの動きは止まらず、先端の更に奥へと動きを進め中指を中心とした小さな3本が指の間へ入り、横からなぞる動きを繰り返している。

 

「――――」

 

 マルタは真剣に祈りを続けているのでそんな俺達に気付かない。

 

『ねえ、これってまるでイケない事してるみたいだね?』

『なあ、俺で遊ぶのは止めにしてくれないか?』

 

『ひどいなぁ……私はこれっぽちもマスターで遊んでないよ?』

 

 指は新しい動きをしようとしている様だがそうはさせるかとシトナイの指を指の間でしっかり挟んだ。

 

『これ以上はしゃがないでくれよ……』

『あははは、マスターさん、私と恋人つなぎがしたかったの?』

 

 言われて見れば、確かに似た形になってしまっているがそんなつもりは微塵もない。

 

『そうだよ』

『……へぇ、そうなんだぁ』

 

「――っ! 気配!」

 

 マルタが突然顔を上げ、辺りを見渡す。俺の手を掴んだまま感じた者を探すが見つからず警戒の色を強める。

 

 そして俺はその正体を知り、嫌な汗が流れる。

 

『な、何をして――』

『大丈夫よ。指の透明化を解除しただけじゃ分からないわ』 

 

 視覚化された小さな指に動揺しつつも、マルタへと視界を戻す。

 

「しっかり握ってなさい。次に現れたらぶっ飛ばしてやるわ!」

 

『ふふふ、此処にいるわよ? やっぱり見えないし感じないみたいね』

 

 シトナイは指で俺の関節をゆっくりと擦り始めた。

 

『大丈夫よ? 彼女にはバレないわ――っ!?』

 

 シトナイの指は突然消えた。いや、シトナイが俺から離れたと言うべきか。

 それとほぼ同時に彼女がいた筈の空間にマルタの拳が突き出されている。

 

「漸く見つけたわよ……! 観念なさい!」

「こ、子供相手に容赦ないわねっ、お腹に掠ったじゃない……!」

 

 姿を表したシトナイ。マルタは腕を鳴らしている。

 

「私と握手していたマスターが手に変に力を入れていたから殴ったのよ。手こずらせてくれた分、女神だろうとしっかり殴らせてもらうわ!」

「女神のモノに手を出したら氷漬けになるってその信仰心に刻み込んであげる……!」

 

(やばっ! ハイサーヴァントであるシトナイと加減を知らない水着マルタが戦うにはこのアパートの一室じゃあ狭すぎる!)

 

「っいくわよ!」

「えーい!」

 

「ちょっと待――」

 

 俺の制止は間に合わず、マルタの拳とシトナイの氷柱がぶつかり合う。

 やはり聖女の拳は凄まじく、込められていた神性も相まって氷柱を苦もなく粉砕した。

 

 しかし、やはり場所が狭すぎる。

 

「――っぁが!?」

 

 砕けた氷はパンチの勢いを受けて加速し、多少距離があったとはいえ2人の中間にいた俺へと襲いかかった。

 

「ま、マスター!?」

「マスターさん!」

 

 回避など不可能だった。

 

(……捕まるとか、監禁とか無しに……戦闘に、巻き込まれて死ぬ……?)

 

(そんな……バカ、な……)

 

 

 

 

 

 

「マスター、大変でちたね。今はへんてこな塔の中に建っていまちゅが、閻魔亭出張店、ご主人に精一杯のおもてなしをするでち!」

 

 鋭利な氷柱に貫かれ、死んだ筈の俺は目が覚めると下切り雀の紅閻魔が取り締まる宿、閻魔亭にいた。

 

 割烹着姿で出迎えた赤毛の少女こそ閻魔亭の女将なのだが……

 

「近い近い近い」

「そうでちか?」

 

 お客と女将が机を挟んで――ではなく、俺の手を握って横に立ちながら対応するのはおかしい筈だが、彼女は嬉しそうで何の疑問も持っていない様だ。

 

 へんてこな塔の中と言っていたし、やはりこれも悪夢の中という事だろう。

 

「現在、何故か閻魔亭は2つしか客間が使えないでち。しかも、隣の部屋には既に3名のお客様がいるのでち。もし良からぬちょっかいをかけられたらあちきに言ってもらえれば対応するでち」

 

「分かったよ」

 

 3名……と言われて真っ先に彼女の料理教室を受講した3名が浮かび上がった。

 

(だけど、基本的に召喚していないサーヴァントは呼ばれない……インフェルノとキャスターの方は召喚してないからいないと思うが……)

 

 取り敢えず、いつの間にか持っていた俺の荷物を部屋に置いておこうか。

 

「マスター! やっと来たね!」

「こんにちわ、マスター」

「ごきげんよう、マスター」

 

「うぉっ!?」

 

 襖を開こうとした瞬間、隣の部屋から一斉に声が掛かって驚いた。

 

「あはは、やっぱり驚いた!」

 

 羽の形をしたピンク色の髪の娘が俺を見て笑うが、他の2人は済まなそうな顔を浮かべている。

 

「すみません、マスター。私達はただ挨拶をしようとしたのですが……」

「ヒルド、謝りなさい」

 

「ごめんなさい、マスター」

 

「いや、別に問題ないが……」

 

 3名ってワルキューレ達だったのか……

 

 ランサークラスの彼女達は本来は1人のみを運用、使役し霊基再臨に合わせて代替召喚される特殊なサーヴァントだ。

 

 白いフードで黒髪を隠している大人しめなオルトリンデが一番下の妹の様で、その上が明るく活発的なヒルド、2人の姉が長い金髪と羽を持つ落ち着きのあるスルーズとなっている。

 

(宝具を開放すればもっと増えるから誰が本当の長女かは分からないけど)

 

「マスターが此処に来られたと言う事は、遂にお亡くなりになったのですね」

「っ! では、この宿を出たら……!」

「ヴァルハラに1名様ごあんなーい! かな?」

 

「え? 俺本当に死んだの?」

 

 流石に夢の中だけ……だよな?

 

「いえ、どうもこの塔の中だとヴァルハラにはお連れできませんね」

 

 スルーズの一言にホッとした。

 逆にヒルドは慌て始める。

 

「えぇぇ……じゃあどうするの?」

「いえ、ヴァルハラにお連れする方法が1つだけあります! マスター!」

 

「え、何?」

 

 大人しい筈のオルトリンデが俺の名を呼んでグッと俺の手を掴み、部屋の中から俺を引っ張り出した。

 

「私達のいる所こそ、ヴァルハラです!」

「おー、オルトリンデやるぅ! いつになく大胆だね!」

「ですが一理ありますね。では、私達の客間に――」

 

 ――スルーズの槍が俺を引っ張るオルトリンデの腕を庇ったのは刃が振り下ろされるのと殆ど同時だった。

 

「……お客様、他のお客様の誘拐はご遠慮下さい。

 あちきの目が黒いうちはご主人を好き勝手出来ると思わない事でち」

 

 そう言って刃を収めた紅閻魔は襖を開いて俺を客間へと手招きした。

 

「どうぞゆっくり休むでち。心配しなくても、ご主人はその内ちゃんと現世に帰れるでち」

「そっか……うん、しっかり休むよ」

 

(休める……のかは正直分からないが、ずっと腹に氷柱が刺さった痛みに苦しみながら朝を待つ事にならずに済んだって思っておこう……)

 

 俺は取り敢えずこれ以上何も考えたくなかったので、客間の畳へと倒れ込んだ。

 

 まだ状況は分からないが普段のシャトーと違ってヤンデレサーヴァントの方から無理矢理迫られないみたいだし――

 

「――失礼するでち。お菓子とお茶でち」

 

 持って来こられたお茶とお菓子をお頬張る。ああ、やっぱり迫られないのは――

 

「――また失礼するでち。血で濡れていたお洋服、洗濯しまちたのでお受け取りくださいでち」

 

 先まで使っていた礼装も無事帰ってきた。1人部屋で寛いで過ごせ――

 

「――またまた失礼するでち。閻魔亭特製羽根布団が出来まちたのでお取り替えを――」

「――短い! 感覚が、短い!」

 

「ほえ?」

 

 可愛い声で戸惑っているが、流石に5分で3回も客間の襖を叩く宿とかあり得ないだろ。

 

「それに、布団はお客様が来る前に用意して置く物じゃないの?」

「それはごもっともでち……でも、あちきの羽で羽根布団を完成させるのには流石に時間がいりまちた。

 それに先程から押し入れに奇妙な匂いの布団が入れられてるので纏めて回収するでち」

 

「それは私達の羽根で作った寝具です。マスター、どうぞお使い下さい」

 

 襖を開けてスルーズが説明するがそんな物を使うのは流石に気が引ける。

 

「勿論、この羽根布団も使わない!」

「そ、そんなー!?

 で、でちがご主人の布団はこれしかないでち……床に眠って頂く訳にはいかないでちし……あ、あちきの部屋で、寝るでちか?」

 

 何を言っているんだこの雀娘は。

 

「それならば私達の部屋で寝ようよ! 普通の布団もあるし」

「いや、普通のを俺の部屋に持ってくればいいだろ?」

 

 俺の言葉にヒルドは固まる。

 しかし、オルトリンデが代わりに前に出た。

 

「選んで下さいマスター。

 私達と一緒にいたい羽根布団で寝るか、不眠のルーンが刻まれた布団で寝ますか?」

 

 脅し……! この娘全然大人しくない……!

 しかも添い寝が条件に追加されてる。

 

「仕方ないでち。あちきの部屋で寝るか、この客間でこの布団であちきと寝るかお選び下さいでち」

 

 選択の余地が無い。

 選ぶ事が出来ない俺は逃げる事を選んだ。

 

「ちょっとお風呂行ってきます!」

 

 礼装のスキルで部屋から退散した俺は温泉へと直行した。

 

 マナーよりも命が大切なので入浴は水着でする事にした。

 だったら温泉なんて逃げ道の少ない地獄には行くべきでは無いのだろうが、そこは日本人の性だ。宿に来たら湯に浸かりたい。

 

「……ヤンデレ・シャトーに変わりなし……って事だよなぁ」

 

 温泉は当然の如く混浴だ。すぐに出ないと本当にまた死ぬかもしれない。

 

「……でも気持ちいいんだよなぁ…………」

 

 肩まで浸かれば警戒心も緩まってしまう。ああ、もう少しゆっくりして行こう。

 

「……はぁ……」

 

「マスター、見つけた!」

 

 ピンク色の元気っ娘ヒルドに見つかった瞬間、体を包む熱も忘れて立ち上がった。

 

(よし、出よう)

 

「まぁまぁ、そんなに急がないでよ。

 大丈夫だよ。女将さんに水着は着ないと駄目って言われてるから」

 

 そう言ったヒルドは確かにスクール水着を着ているが、それが俺の身を守ってくれる事が無いので逃亡を続行する。

 

「それにね、今オルトリンデとスルーズも君を探しててね、同調すれば2人もここに来るんだけど……良いのかな?」

 

 確かワルキューレの同調はお互いに出来る筈……ヒルドの要求を受け入れても3人に囲まれない保証は――

 

「もう、話くらい聞いてくれても良いでしょ? えいっ!」

「あ――ぶぁっ!?」

 

 湯船から出ようする俺の前に立ったヒルドは小指で顔を小突いたせいで湯水の中へと倒れた。

 

「――あっぶな! あー、鼻に水が……」

「私の言う事聞いてくれないからでしょう? せっかく2人っきりになったんだし、一緒に入ろう、ね?」

 

 背中に抱きつかれ身動きの取れなくなった俺は仕方なく、降参の意味も込めて溜め息を吐いた。

 

「うんうん、賢明なマスターだね!」

 

(皮肉かこの野郎)

 

「マスターの国の文化なんだよね、このオンセンって」

「そうだけど」

「じゃあ、ヴァルハラにもオンセンを作ったらマスターの魂もきっと来てくれるよね?」

 

 そう言いながら心臓の位置に右手を伸ばすな、背筋が凍る。

 

「そもそも……日本人なら死後は天国か地獄、もしくは異世界転生って大昔から決まってるんだ。ヴァルハラには行かない」

「異世界転生……? ああ、図書館で読んだ事あるよ! 可愛い女の子が表紙の! それなら私も着いて行くね!」

 

(いや、来るなよ)

 

 ヒルドの左手が俺の右肩を掴んだまま右手は心臓の上をなぞり続けている。

 

「私達はね、勇士の魂を導くワルキューレだから……

 マスターの命が宿っている所に手を置いていると、すっごく気持ちが良いんだ……」

 

 怖い怖い怖い!

 満足そうに笑いながら人の命をなぞる彼女の行動にそろそろ本気で逃げたくなってきた。

 

(この際、令呪を使って……って、令呪がない!? 死んでるからか!?)

 

「あ、もしかして令呪が無い事に今気が付いたの?」

 

 首筋に顔を近付けてくる…………これはもう万事休すか?

 

「――いました!」

「――ヒルド、マスター!」

 

 殆ど同時にワルキューレ姉妹2人が温泉の水を全て吹き飛ばす勢いで急降下して来た。

 

「おわぁ――っう!!」

 

 その勢いで温泉の外へと叩きつけられた俺は意識を失った。

 

 

 

「…………」

 

 悪夢の中で死に、死の世界の中で気絶する……中々体験出来ない出来事だが、流石に体が痛すぎるのでそろそろ自重して頂きたい。

 

 客間へ連れて来られ、薬を塗られた俺は紅閻魔の羽根布団に寝かされている。

 

「――ご主人の命を危険に晒して置いて従者を名乗るとは片腹痛いでち!

 その舌、お客でなければあちきが切り落としていたでち!」

 

 何やら紅閻魔の怒鳴り声が聞こえてきた。隣の部屋で3人を説教している様だ。

 

「――でちが、謝る機会を失ってしまうのはお前さん達に罰としては酷な事でち。

 ご主人もそろそろ目を覚ますでち。赦してもらえなくても、しっかりと詫びるでち」

 

 暫くして襖を開けてオルトリンデとスルーズの2人が入ってきた。

 

「失礼します」

「マスター、目が覚めましたか」

 

「あぁ……」

 

 正直、訳もわからず吹き飛ばされたから怒りも何も無いが、取り敢えず2人にはヒルドも含めて客間に進入禁止だと言って帰らせた。

 

「あの3人には良い薬でち」

「……あの、別に1人でも動けるし手伝って貰う必要は無いけど……」

 

「怪我人のマスターが何を言うでち。普段の不摂生も含めて、あちきが面倒を見るでち」

 

 紅閻魔は布団から俺を立たせまいと料理を運び、湿布の交換も行った。

 

「それにしても、天使の様な見た目に反してあの3人は色々と暴走しがちでち。

 決して簡単に許さないであげてほしいでち」

 

「はぁ……」

 

「……聞いているでちか? ……どうやら、お耳のお掃除も必要でちね」

「いや、要らな――」

 

 ――目に見えぬ速さで振られた刀で、俺の前髪が切り揃えられた。

 

「髪もちゃんと切るべきでち。

 ……お耳掃除をしまちから、お膝に頭を置くでち」

 

 その剣速に脅され、俺は口を塞いだ。

 

 幼い女将に膝枕をされながら、ゴシゴシと耳かきをされる。

 

「……やっぱり汚いでち……現代には1人で掃除出来る道具があると教えられまちたが、ご主人は使っていないでちか?」

 

「あはは……そんなに頻繁には……」

 

 耳の近くでされる説教が痛い。

 

「ちゃんとするでち。

 でも、出来ないならまた次も、あちきが綺麗にするでち」

 

(するでちぃ……)

 

 ……? あれ……紅閻魔の声が、響いて聞こえる……?

 

『ん……あ……く、くすっぐたいぃ……』

『耳の、中……弄られて……!』

『ま、マスターはあの少女と何を……!?』

 

 頭の中で、ワルキューレ3人の声が響いてきた

 

『み、耳の掃除……だってぇ……!』

『何か……固い物が擦って……』

『んんっ……こ、こんなに感覚が……敏感なんて……!』

 

 妙にエロい……どうやら俺の感覚を共有している様だ。

 

 ワルキューレに達にとって耳掃除なんて未知の体験だったのだろう。だとしても聞こえてくる声が卑猥過ぎる。

 

「……どうしたでちかマスター?」

「な、なんでもない……」

 

「そうでちか? あまり震えると危ないので、大人しくして欲しいでち」

 

『うぅ、息吹きかけないでぇ!』

 

「……善処する」

 

 

 

 

 

「………あ、れ?」

 

「マスター!? 良かった、目が覚めたのね!」

 

 そこは布団でなくソファーの上で、客まではなく一般的なアパートの一室だった。

 

(あ、そうか……生き返ったって事か)

 

 声を掛けてきたマルタを見て、閻魔亭から帰ってきたと理解した。

 

「中々起きないから、心配……して……!」

 

 泣き出した。あの鉄拳の聖女が。

 

「お、おい……」

「みっともない……なんて言えないわね」

 

 別のソファーからシトナイの声がした。

 彼女は眠そうに目を擦っている。

 

「私達の喧嘩に巻き込んでマスターを殺しかけただなんて、笑えないもの」

 

 腹の傷は跡も残っておらず、少々冷たさを感じるだけだ。

 

「……痛みは無いかしら……? 何か食べる? 何か血を補充出来る物……レバーとか?」

「いや、ご飯は良いよ……腹は減ってないし」

 

 閻魔亭で食べたからだろう。腹一杯なままなのは気に掛かるが……

 

「そう……良かった」

「泣くくらいだったら、次からは巻き込まない様に気を付けてくれよ」

 

 俺のその言葉にマルタは涙を拭った。

 

「ええ、そうね……もう、しないわ」

「所で、先からジャラジャラ聞こえて来るんだが……マルタ?」

 

 彼女が動く度に鳴る金属音について聞くと、彼女は立ち上がった。

 

「……過ちは繰り返さないわ」

「え……?」

 

 髪とジャージに隠れて見えなかったが、彼女の首と足には枷が付けられていた。

 今座っているソファーから離れてしまえば彼女の腕の届かない場所まで行けるだろう。

 

「私は何もしてないわ。彼女が勝手に自分を縛っただけ」

 

「本当は手を切断したいと思ったのだけど、それではマスターの役に立てなくなるから……でも、縛りたかったら何時でもどうぞ」

 

 手錠まで用意していた。

 目を逸らして、先から一向に動かないシトナイの方を見た。

 

 そこにはソファーに体を巻き付けたまま横たわるシトナイがいた。

 

「……シトナイも?」

「ええ、ちょっとキツイけど……! でも、これは罰の為じゃないわ」

 

 ずっと感情の無い声で喋っている彼女だが、体は鎖を破ろうと力を込めたり硬直したりを繰り返している。

 

「今、私の中の3柱の女神が貴女を物にしようと躍起になってるの」

 

 その言葉を証明する様に、彼女の服や体が僅かな間に変色や変形を繰り返している。

 

「甘くみていたけど……この塔の中に私が長くいると私自身の存在も危ういわ」

 

 青い瞳が赤く、白の髪が金色に変わったが、元に戻っては別の色に変わる。

 

「人格維持の為に感情凍結のスキルを使ってるけど……そろそろ退場しないと不味そうね」

 

 シトナイはそう言うと体から光の粒子を出し始めた。

 

「バイバイ、またお会いしましょう」

 

 シトナイが消えた――それは同時に、聖女マルタと2人だけになってしまったと言う事だ。

 

 

「……どうか……お許しを……」

「…………」

 

「……主よ……」

 

「…………」

 

 俺の殺し掛けた事を懺悔し続けていたマルタは、こちらを見ずに唐突に声を掛けてきた。

 

「……ねぇ、マスター……」

「ん?」

 

「私、1つだけ忘れられない事があるわ。

 初めてこの悪夢の中で貴方に会った時の事よ」

「? 初めてって?」

 

 ルーラークラスのマルタと出会ったのは今回が最初だと思うが……ライダーの時か?

 

「貴方は覚えてないわよね。多分忘れてしまったから」

 

 こちらに近づくが足枷が伸び切って届かない。

 

「忘れた……?」

「ええ。とても背徳的で聖女の行いでもなければマルタらしくない……滅亡の時まで全てを捨ててまで依存して舐め回したあの……甘ーい一時」

 

 話せば話すだけ俺の頭は疑問を浮かべ、彼女は徐々に聖女らしからぬ妖艶な雰囲気を醸し出していく。

 

「……ねぇ、もう一度堕ちてみたいのだけど……マスターは赦してくれますか?」

「ほ、本当になんの事だが分からないんだが……?」

 

 その雰囲気に飲まれたくない俺は後退った。

 その俺へと近付こうとするマルタは振り返って鎖を見た。

 

「……今日は、諦めます。

 でもまた今度会う時はオルレアンの続き……楽しみにしています」

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 

「……ああ、よく寝た……もう11時か」

 

 やたら長い時間を悪夢で過ごしたと思ったら、休日だからと寝過ぎてしまった様だ。

 

「……まあ、たまにはこんな日もあるか」

 

 ベットから出ずにFGOを開いた。今日も適当にプレイしてから置こう。

 

「…………」

 

 召喚の画面の前で指が止まった。

 

 これ以上シャトーにヤンデレ増やすのは流石に駄目だろ。

 引かなきゃ増えないんだから。

 育成間に合ってないだろ。

 次のイベントまで待てば――

 

「――10連召喚、っと」

 

 結局引く。

 悪夢程度で俺の楽しみを止められてたまるか。

 

 





今回は長くなりましたがストックはありません。

これからまた自分が引けたサーヴァントの話を書いていきます。
引けてないサーヴァントも度々書きますので、感想欄でのリクエスト等はお控え下さい。

え? キングプ……? 知らない娘ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪性のヤンデレ

読者様の中にはタイトルでお気付きになられた方もいると思いますが今回は例のアレです。

毎度の事ではありますが――
・悪属性付加に対する解釈違い
・キャラ崩壊
・ヤンデレ過多
――にご注意下さい。


 

 

「エドモンがそんな……流行りモノに乗る奴だとは思わなかったなぁ」

「何を勝手に失望しているんだ貴様は」

 

 今回の悪夢の説明を聞いて俺はガッカリした。

 悪属性付与なんてそんな……SNSとかで溢れ返っているシチュエーションに頼るのか。

 

「貴様が何を言おうと今回はこれで行かせて貰う」

「もうどうせ旬なんて過ぎて――」

 

 マフラーで叩かれた。

 

「ふん、戯言が過ぎたな。

 今回は4騎の悪性を付与されたサーヴァントを相手に逃げ回ってもらう」

 

(顔が少し後ろに退いただけで全然痛くない辺り、こいつの彼氏度を再確認出来た……)

 

「って言っても、前もなんかそれっぽいのなかったか? 皆がオルタ化する奴」

「違う。

 悪属性が含まれると言う事は、今まで意識的か無意識的に避けてきた悪行にも手を染める言う事だ。他のサーヴァントを利用したり、罠に嵌めたり……何だったら霊基に刻まれていた禁忌を犯す事もあるだろうな」

 

 清姫が嘘を吐いたり、エルドラドのバーサーカーが美しさを利用したり……あり得るのか?

 

「兎に角、普段の英霊には無い狡猾さに翻弄されん様に気を付ける事だ」

 

 

「えへへ……ピグレットぉ、よく来てくれたねぇ!」

「……到着早々捕まってる事に関して説明してくれます?」

 

 まるで時間を止められたかの様な唐突さに驚くしかなかった。

 

 魔術の本や怪しげな道具の置かれた魔女の部屋の中でオケアノスのキャスターに抱きつかれていたのは、ヤンデレ・シャトー送られて目を開けたのと同時だった。

 

「もう、マスターったら……私は魔女なんだよ? 転送の位置を弄るなんて朝飯前だよ」

 

 早速反則的な手を使って来たか悪属性……!

 流石に全サーヴァントの属性まで把握してないけど、オケキャスは元々悪じゃないのか。

 

「今ね、バレンタインデーの時に作った薬の改良品を用意してるんだけど、どうかな?」

 

 そう言って笑いながらフラスコを見せ付けてくる。

 

「の、飲み物みたいに勧められてもなぁ……」

「だよねぇ。私もまだマスターを豚にするのは違うと思ってるから、これはお仕置き用に取っておくよ」

 

 フラスコを机の上に置くと、再びこちらを見る。最初からずっと笑い続けているのが怖い。

 

「ふふ、何をそんな怯えているのさ?

 そんなに私が怖いかい? 大丈夫だよ。私は鷹の魔女、君のサーヴァントだ。そうだなぁ、今日はたっぷり世話をしてあげるからね?」

 

 そう言って彼女は普段とは違う香ばしい香りの料理を持って来た。

 

「唐揚げ、牛ステーキにコロッケ……さぁどんどん食べると良いよ?」

 

(きゅ、キュケオーンじゃない……だと? いや、悪属性になったからカロリー的な意味で豚にしに来てるのか?)

 

「どうしたの? ああ、もしかして白米かい? 大丈夫だよ、ちゃんと用意したから」

「あ、あのー……キュケオーンは?」

 

「キュケオーン? ああ……アレは駄目だ。スタミナがつかないからね。育ち盛りのマスターはもっとしっかり食べないといけないでしょ」

 

 おいおい……キュケオーン捨てるとかマジで禁忌犯してるぞ、この魔女。

 

(って冗談行ってる場合じゃない……! とはいえ、この料理を食べるのも……)

 

「……もう、マスターはそんなにピグレットになりたいのかな? うふふ、ならはっきり言ってくれれば良いのに」

 

 そう言ってフラスコの中身をスポイトで抜き取ると、一滴ずつ全ての料理にかけた。

 

「ほら、これを食べて豚になるといい。そうなってもちゃんと世話はするからね」

「ぶ、豚にはなりたくない……!」

 

「んー? もう、はっきりしないマスターだね。折角の料理が無駄になっちゃったじゃないか……でも良いよ。新しいのを持ってくるから、それはしっかり食べるんだよ?」

 

 食べたくないと言えなかった俺は、彼女が再び持って来た料理を平らげた。

 

「満足してくれたみたいだね。

 これから私の料理以外は食べちゃ駄目だよ? 食べたら豚になる薬を入れておいたからね」

 

 とんでもない地雷を仕掛けられたんだが。

 

「そうそう、もし部屋から出て行きたいなら諦めてくれ。この部屋の外は私以外のサーヴァントが君を求めて駆けずり回っているからね。魔術で細工はしておいたから、そもそも開けられないだろうけど」

 

 脱出もちゃんと封じられてる。

 

「勘違いして欲しくないけど、私の望みは監禁なんかじゃなくて君がずっと隣にいてくれる事だ。あんまり怖がられたくないんだけどな」

 

 無茶言ってくるし……誘拐、脅迫と犯罪行為しかやってないのに何処に安心できる要素があるんだ。

 

「まぁいいよ。君が怖がらなくなってる頃には、私から逃げようなんて微塵も思わなくなるさ」

 

 そう言って彼女は椅子に座って机に向かった。特に縛られなかった俺は部屋を歩いて扉を開けようとしたが、やはり魔術で弾かれて開ける事は叶わない。

 

 それを知っているのでオケアノスのキャスターもこちらをチラリと見るだけで特に咎めもしない。

 

「でも悪属性になった他のサーヴァントが大人しくしている訳も無いよな……」

「ねぇ、他の女の話はしないでよ」

 

 キャスターは杖を俺の首に引っ掛け自分の元へと引っ張った。

 

「痛っ!」

「そこまでデリカシーが無いなんて思わなかったなぁ。この部屋の中なら自由にしてもいいけど、私以外のサーヴァントの事は忘れてよ。

 君を助けるのは私だけなんだから」

 

 言い終わると彼女は力を弱め、杖を放した。

 

「……ん? なんだ?」

 

 彼女は椅子から立ち上がると扉の前に立った。

 恐らく魔術で消音しているので俺は何も聞こえないが、耳を澄ましている様子を見れば彼女にだけは聞こえているのが分かる。

 

「水音? 水を壁にぶつけているのか? そんな物でこの扉が破られると――のわぁぁ!?」

 

 オケアノスのキャスターの体を扉が壁まで攫って行った。

 まるで高波の様に斜めの角度を下げながら壁まで吹き飛んでその表面には墨で荒れ狂う海が描かれていた。

 

「重畳、重畳! へへへ、すとりーとあーとってのを一度やってみたかっただが、こりゃいいなぁ!」

「葛飾北斎!?」

 

「おうおう、おれは応為だってぇの! ますたぁ殿も覚えが悪いねぇ?」

 

 花魁姿で筆を手に持ちやって来たのは葛飾応為だ。小さなタコの姿になった北斎の姿は見えない。

 

「いいね、これ。とと様の力を全部この墨入れに封じて使ってやったら、魔力も絵の調子もよくなってなぁ」

 

 墨で書かれたバツ印が頬に付いているが、それを気にした様子もなくニカッと笑いながら黒い瓢箪を見せる応為。

 

(今さらっと父親を封印したとかとんでもない事を言ったんだけど……!)

 

「ますたぁ殿、こんな薬臭い所さっさと出ちまおう。魔女の部屋に興味がない訳じゃないが、使い方の分からない薬は高い酒より厄介そうだ」

 

 部屋の中を一目した応為は薬を諦めたが、筆を握り直すと扉に描いた波の下に、鎖に縛られ沈んでいる鷲を描いた。

 

「あっぐぅ!?」

 

 扉からたちまち鎖が伸びて、下敷きのままだったキャスターを縛った。

 

「へへへ、思い通りに描けるのは気持ちがいいねぇ」

 

 満足そうに頷くとこちらへ向き直っていつも通りの笑顔を見せる。

 

「さ、こっちだますたぁ殿」

「あ、ああ……」

 

 廊下に出て俺の前を歩く応為。彼女は本当に機嫌が良さそうだ。

 

「へへへ、ますたぁ殿。おれはぁ今すっごく嬉しいのさ。

 力が溢れるってのもあるが一生描きたいモノが決まって、それが側にあるってんだから幸せさ!」

 

 言いながら応為は扉を開いた。

 その中には、無数の、数多の方法で描かれた――俺の絵があった。

 

(床や天井にまで……写真より怖いぞ……)

 

「ここにあるのは全ておれの、応為の絵サ」

 

 鏡の様にそっくりな物もあれば漫画風に描かれ、彼女と唇を重ねようとしている物もある。

 

「ますたぁ殿には少々目に毒かもしんねぇな。まあ、おれも恥を晒す様なもんだしお互い様って事で我慢してとくれい」

 

 自分の部屋なので気安く入っていく応為の後を、恐る恐る歩いていく。

 進めば進むほど絵の数は増えていく。

 

「――さあ、此処がおれの、いやこれからはますたぁ殿の部屋にもなるさ」

 

「っ――!?」

 

 ――応為が扉に手を掛けた瞬間、緩んだ扉の隙間から俺の全身をゾワりと駆け抜けた。

 

「はぁはぁ、はぁ……っ!?」

 

 訳がわからない恐怖に数秒息を止められ、肺が空気を求めて乱暴な呼吸をした。

 

「んー……やっぱし、ますたぁ殿には辛いようだね」

「な、なんだ……! 扉の先に何が――」

「――神様さ。邪な、だけどねぇ?」

 

 その言葉に、彼女のクラスであるフォーリナーの単語を思い出す。

 

 いくら悪属性になったとは言え、彼女だけで北斎を封印するなんて少々おかしくとは思っていた。

 

 そもそも、葛飾北斎こそ座に名を刻んだ英霊の筈だ。その彼を封じて、応為が自由にその能力を扱える筈がない。

 

 だが、この世界の存在では無い異界の神ならば理を外れた現象も起こす事が出来る筈だ。

 

(つまりこの部屋の中にSANチェック必至の神様がいる訳か……駄目だ、心よりも先に体の方が震えて来る……!)

 

「うーん、ますたぁ殿が壊れちまうってのはやだねぇ……しょうがないから、少し待ってくんなぁ」

 

 応為は未だに絶望的な気配を放ち続ける扉を開いて1人中に入った。

 

『確かこの辺にこの前の電子世界とやらですけっちしたのが……あったあった』

 

 扉の先で何かが起こった。

 恐怖の根源が消えたのか、俺の体は残響で少しだけ震えていたがそれも直ぐに止んだ。

 

「まぁ、あれでいいか。ほら、これで行けるな?」

 

 部屋から出てきた応為はまだ少し足取りのおぼつかない俺を部屋の中へと引っ張った。

 そこにいたのは――紫の髪で包帯を巻いたデカい幼女。

 

「き、キングプロテア……!?」

「ああ、そんな名前だったか。まあ、***様の隠れ蓑にはピッタリだなぁ」

 

 部屋の中で窮屈そうに体育座りをする彼女は、やがて口を開いた。

 

「――――」

 

「まあ、この瓢箪の駄賃くらい払わなくちゃぁな」

 

 どうやらサーヴァントの声と姿に置き換わっただけで中身は邪神のままの様だ。だが、その発音は常人の俺には何一つ理解出来ない。

 

「これで邪神様がますたぁ殿とおれを結ぶってんなら尚更だ」

 

「――――」

 

「え? ふ、服くらい自由に着させろてんだ! 後で裸を見せるから隠さなくていい、んなわけあるか!」

 

 なんだか、世間話に花を咲かせているようだ。

 

「と、兎に角ますたぁ殿から令呪を取ってくんなぁ!」

「……え?」

 

 あ、これ捕まったらやばい奴なのでは。

 すでに手遅れだったがそう思った俺はドアノブを掴んだが開かない。

 

(STR対抗ロール! 瞬間強化で蹴る!)

 

 だが、部屋が暗くて見えなかったがキングプロテアの長い髪――恐らく触手――でドアを物理的に抑えられているので自動失敗だ。

 

「し、しかも髪に捕まった……!」

 

「ジタバタしなさんな。***様の力で新しい腕が生えてくるから……魔術回路とますたぁ適正? は取られちまうけど」

 

「それは間違いなく発狂からの信者化エンドだ!」

 

 もう出し惜しみ出来ない。令呪全てを発動させてやる。

 

「全員助け――ぁっぐ!?」

 

 しかし、令呪の命令が発動する前にキングプロテアの髪は切られ、開放された俺は床に落下した。

 

「何もんだ!?」

「知らなくて結構です」

 

 応為の背後に回ったと同時に殴って気絶させた。

 

 まるで忍者の様な隠密で素早い行動だったが、キングプロテアへ向けて放たれたのは黄金の光だ。

 

「――カリバーンッ!!」

 

 

 

 邪神は倒れはしなかったが決して小さくないダメージと応為が気絶した事もあって、何処かへと還った様だ。

 

「……アルトリア・リリィ……?」

「マスター、無事ですか?」

 

 俺が彼女の姿に疑問符を浮かべたのは、彼女の格好が普段と少し異なっていたからだ。

 

 鎧を外した霊基は再臨による物だろうが、白百合の様なスカート部分がなくなっており、下半身には黒のショートパンツを履いている。

 それは、彼女の師匠を名乗る青いセイバー殺しを思い出させる。

 

「……あ! え、えっとこれはその……俊敏性を重視した装備というか、師匠の教えに従った言うか……!」

 

 俺の視線の先に気が付き顔を赤らめる彼女を見て、俺も気不味そうに視線を逸した。

 

「と、兎に角元に戻しますので、こちらを見ないで下さい!」

 

 そう言われ、視線を逸している間に服装を元に戻した様だ。

 

「……はい、もういいですよ」

「……」

 

 アルトリア・リリィ本来の姿に戻った彼女へ視線を戻した。

 

「それではマスター、早く此処を出ましょう。悪しき神は去りましたが、また現れるかもしれません」

 

 俺の返事を待たずに彼女は俺の手を取って駆け出し、廊下に出た。

 

 視線を動かし確認するが、少なくとも見た目から悪属性らしき物は感じられない。

 

(妙な事は謎のヒロインXと同じ服装だった事だったけど……もしかして、悪属性のリリィってあの人の影響を強く受けた状態の事なのか?)

 

 アルトリア・リリィは俺にとってヤンデレ・シャトー内の恐怖の1つだ。

 その純粋無垢な性格はヤンデレになる事で俺を、何を傷付けても守ろうとする狂気を持つ。

 

 そして今の彼女は純粋無垢な悪属性。

 一体何をしてくるのか予想もつかない。

 

「……此処が私の部屋です」

 

 部屋……と言われて通されたのは外見と反する木造の小さな部屋。王ではなく、選定の剣を抜く前の彼女が住んでいたであろう形になっている。

 

「小さい部屋ですが椅子は2人分ありますので、どうぞ!」

 

 取り敢えず座った。

 ここまで脅迫され圧倒される場面が続いていて参っていたので、休息は必要だ。

 

「はぁー…………」

「お疲れですか、マスター」

「まぁ、ねぇ……」

 

 全然警戒は解けないけど。まだ危ないサーヴァントが目の前にいて全然気が抜けない。

 

「では、飲み物をお持ちしますね?」

 

 そう言って少し離れたキッチンに向かう。料理場を見て以前は肉を焼くだけの料理を振る舞おうとしていたの懐かしく感じる。

 

(まあ、流石に薬が盛られてそうだし飲まないか――)

 

 ――大きな打撃音が響いた。幸いにも何も壊れていない様だが、流石に視線はそちらへ向いた。

 

「……あ、アルトリア・リリィさん? なんですかその黒いのは?」

「これですか? 戦利品です!」

 

 

『悪属性いうてもうちは護法やさかい、派手に暴れるんもできひんわぁな』

『元々悪の癖に何を言ってるんだ』

 

『もう、ポチは相変わらずやわぁ……おや、瓢箪の中から酒の匂いが?』

『悪属性が重なって本性が出て来たな』

 

『もう、護法少女が酒は担ぐんは駄目やて』

 

『――では私がお預かりしましょうか?』

 

『ほんまに? 助か――』

 

 

「鬼退治の戦利品です!」

 

(護法少女がやられるとか夢も希望も無いバットエンドじゃ……?)

 

「因みに折角の宝具が消えてしまいますから、捕まえておいたんですけど……ちょっと待ってて下さいね?」

 

 そう言うと体を下げたアルトリアの方から開閉音が聞こえてきた。

 木製の部屋にあるまじき床収納――いや、地下部屋か。兎に角声だけが聞こえてくる。

 

『なんや? 旦那はんが来はったんやろ? うちに構ってくれるん?』

 

『なんやその杖? あんたさんの趣味やないやろ?』

 

『これは、アカン……!』

 

『……ブヒィ』

 

「鬼キュアァァァ!!」

 

 見えない所で起きてしまった悲劇に嘆きながら、思い出したかの様に部屋を飛び出した。

 

 走っているせいか、緊張感が恐怖で高まったせいなのか漸くアルトリア・リリィの悪性に関して1つの結論に至った。

 

(多くのアルトリア・ペンドラゴンは王として背負ってる物がある。だけど、未熟なリリィにはそれがない)

 

(彼女の悪とはつまり、王の名に縛られない事だ。騎士王でも暴虐の王であっても変わる事のなかったアーサー王の象徴となる剣にも槍にも、今の彼女は拘らない)

 

「他人の武器でも拾えば使う。

 ヒロインXの服装を真似してるのもその1つって事か……」

 

 広い場所、裁きの間に辿り付いた俺は息を整えつつ、物陰に隠れた。

 

(王となる為の道から外れた邪道……は言い過ぎか? でも、あれで成長したら……モードレッドになるんじゃないか?)

 

 そんな妄想をしながらも、裁きの間の入り口と階段への道を警戒する。

 

「……」

 

 来ない。静まり返った裁きの間で俺は汗を拭った。

 

「……」

「――マスター、何時まで隠れているんですか?」

 

 放たれた一言に体が弾かれる様に前へ倒れそうになったが、後ろから掴まれ強引に抑えられた。

 

「あ、アルトリア……!」

「すいません、そこまで驚くなんて……ずっと側に居たんですが気付きませんでしたか?」

 

 こいつは何を言ってるんだと思ったが、彼女の服装は再びスポーティな装いに変わっている。

 

(気配遮断まで使えるのかよ……)

 

「マスター、飲み物をお持ちしたのでどうぞ」

「いや、これ酒だろ!?」

 

「大丈夫です。

 鬼の酒ですのできっと良いお酒ですよ」

「何も大丈夫じゃないだけど!」

 

「っは! そうですね! マスターは婚約者である私に操を立てて、他の女の酒を飲まないでくれてるんですね? 嬉しいです!」

 

 やはり何を言っても好感度が勝手に上がる。嬉しそうに笑う彼女は酒の入ったコップをその場に置くが、何かに気付いて黒い瓢箪を取り出した。

 

「邪神の瓢箪が――震えてる?」

 

 もしかして葛飾北斎が封印を破ろうとしてるのか? 今開ければ御仁が復活するかもれない。

 

「開けちゃいましょう!」

 

 アルトリア・リリィは深く考えず瓢箪を開いた――

 

 

 

 

「なんでだよぉ、とと様ぁー!」

 

 葛飾応為は嘆いていた。触手に足と腕を掴まれ、霊基は第一再臨の物になり無理矢理招待客の席に座されている。

 

「私も嫌だぁ!! 今すぐ燃やす! マスターを殺して私も死んでやる!」

 

「はぁ……禄な目に遭わんかったわ……もうブゥブゥ鳴くんは懲り懲りやわぁ」

 

 他のサーヴァントも同じく座られた状態で触手に縛られ身動き出来ない。

 

「マスター。私、ずっとこの時を夢見ていました……」

 

「…………」

 

 驚きの超展開過ぎて理解が追い付かない。

 隣のアルトリア・リリィはウェディングドレスを着て嬉しそうにしており、俺達の前には教壇に立つ黒いタコ姿の葛飾北斎がいる。

 

 俺の服装もそれらしい白のタキシードに変わっている。

 

「なぁ……何で北斎さんがリリィの結婚式場を描いたんですか?」

『なーに言ってやがる。あの嬢ちゃんがおれを瓢箪の中から出してくれたからサ。

 封印の中にゃ異界の神サマの力が溢れてて、すぐに使わないと良くない事が起こっちまうからなぁ』

 

「応為さんの手助けは良――っう!?」

 

 他のサーヴァントの名前を出した途端、カリバーンの剣先が俺の首元に添えられた。

 

『口は災いの元だぜ、ますたぁ殿。

 てめぇの親父を封じるなんて、神サマの口車に乗ったからっ簡単に許す訳にはいかねぇさ。まあ、つまりはケジメって奴だ』

 

「とと様の裏切り者ぉ!」

 

『先に裏切ったのはお前さんだってぇの!

 ……お嬢ちゃんも待ちきれないだろうし、馬鹿娘の目が覚める様なアッツイ誓いの接吻をお願いするぜ? 写真の代わりに、この葛飾北斎がしっかり絵にして収めてやる』

 

 もうなんかやらないと行けない空気が出来上がっている。いやいや、駄目だ駄目だ。

 少なくとも此処にいるサーヴァント達の記憶に残ってしまう。

 

「えへへ……何だが、少々恥ずかしいですがとても誇らしいです」

 

 逃げ出そうと一歩下がる。リリィの花嫁のベールは、何故か舞い上がり彼女の顔を晒した。

 

「マスターさん、私……愛してます!」

 

 彼女の唇が、触れた。

 

 

 

「…………なんと」

「どうした、アーチャー?」

 

「うむむ……新宿の時の騎士王を元に計算していたんだが……ズレてしまったな」

「ふん。だがヤンデレ・シャトーはやり直しは出来ん。修正もな」

 

「おおっ! アラフィフ、割とこう言うの引きずるんだけど……」

「それにこれは彼女の善性がお前のスキルを上回っただけの話だ」

 

「此処でちゃんとしてくれていれば、マスター君の聖杯5個で作った指輪を渡させて永遠のハッピーエンドだったんだが……」

 

「だけど、このマスター君を恋路に追い込むの、私は非常に気に入ったよ。また今度も呼んでくれ」

 

 

「貴様がマスターに呼ばれれば、それも可能だろうな」

 

 





恐らくこのネタは生で食べられない位の鮮度でしょう。相変わらず流行りとかに乗り切れていないですが、楽しんで頂けたら幸いです。

因みに自分は新茶を呼んではおりません。持っている方の夢の中に悪性監獄塔の特異点が発生する事を願っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

まだ見ぬヤンデレ

本日はエイプリルフールです。

ツイッターにて嘘を吐いてみたものの、多分FGOの新作に話題を掻っ攫われているでしょう。
取り敢えず清姫に燃やされない程度に楽しみましょう。


 

「喜べ、マスター。貴様は全てのサーヴァントを召喚した」

「やめろ。エイプリルフールでも、吐いて良い嘘と悪い嘘があるぞ……!」

 

 エドモンの開口一番の言葉に4月1日を警戒していた俺は戦慄した。

 

「この悪夢は所詮幻だ。此処での出来事が真実か嘘かなど些細な違いでしかない。召喚できていない者を召喚出来た程度の夢を見るくらい良いだろう?」

 

「だけど俺の召喚できていないサーヴァントって基本的に星5のやばい奴なのでは……」

 

 まあ最高級の性能と知名度、生前のスケールが他のサーヴァントよりも大きい英霊が多いからな。

 

「では、霊気の格が少し低い者に相手をさせよう」

「て事は……星4? ……んー、誰がいたっけ?」

 

 星5なら源頼光とかスカサハとか直ぐに思い浮かぶけど、星4の女性サーヴァントで誰が召喚されてなかったと聞かると直ぐには答えが出ない。

 

「さぁ、楽しんでくると良い」

 

 ……今のセリフが妙に引っかかった。

 

「楽しんでくると……? っ! あ、まさかお前エドモンじゃ――」

 

 ニヤリと、エドモンでは無い姿を真似した誰かが嘲笑っていた。

 

 

 

「どっかで見た事あるぞこの展開……!」

 

 ヤンデレ・シャトーについた筈の俺は壁に深々と刺さり固定された鎖が俺の両手と体を纏めて何重にも巻かれている。

 

 案の定力を込めて抜ける様な代物ではなく、俺が体を縮こませても拘束は緩まない。

 しかも拘束は両足と両腕にも別のモノが付けられているみたいだ。

 

「くっそ……エドモンに化けてたの、誰だあの野郎……!」

 

 ミステリーの始まりみたいな展開に悪態を吐きながらも辺りを観察する。

 

 どうやらシャトーの中で間違い無いようだが動けないしサーヴァントもいない。

 裁きの間の壁に拘束されているようでなのでサーヴァント個人に捕まった訳ではなさそうだ。

 

「此処で騒ぐのは駄目だ……サーヴァントが一気に集まってくれば厄介だ」

 

 ……捕まったまま誰も来なければいい。 

 そう考えない訳では無いが、そうは行かない事を知っているので、聞こえて来た足音に身構える。

 

「……マスター……? え、あ、大丈夫ですか!?」

 

 現れたのは白いタイツ? に身を包み、腕には物々しい篭手を装備して、白いシニヨンを2つ付けた頭が特徴的なサーヴァント。

 宝具は仕舞っているのか見えないが、彼女の事は知っている。

 

「秦良玉……?」

「はい! この塔の何処かにまだ見ぬマスターがいると聞きましたが……兎に角、鎖を壊してしまいましょう!」

 

 意外だ。秦良玉は槍を取り出すと鎖に突き立て破壊した。

 

 ヤンデレだったら俺が自由を奪われている姿を見て拘束を解こうかどうか悩む筈なんだが……

 

(もしかしてあの偽物野郎、ヤンデレ・シャトーって言うのも嘘なんじゃ……)

 

 槍が振り下ろされ、大きな粉砕音と床をへと降り注いだ金属音が静寂に包まれた監獄塔へと鳴り響いた。

 

「……っ!」

 

 これで俺の体は壁から開放され自由となった。

 だが依然として両手両足は拘束されており、自由に歩けはしない。

 

「ありがとう、秦良玉。次はこの腕輪と足枷を……」

「…………」

 

 槍を振り降りした体勢のまま、秦良玉は答えない。だが、瞳は俺をジッと見つめている。

 その瞳に数秒前まで確かにあった曇りなき光が消えている。

 

(鎖の破壊が引き金だったか……!?)

 

 唐突な変貌に驚いた俺は召喚できていない彼女のこの先の行動に身構える。

 

「……え、え……そちらも、破壊しますね……」

 

 何か戸惑っている様だが彼女は俺の頼み通り、槍を向けて――放して、俺を抱きしめた。

 

「が、我慢できません!

 マスター、お許し下さい!

 私にはこの想いを……怪しげな術に掛かっているのを自覚しておりますが、抑えようとする度に強くなるこの愛を、止める事が出来ません!」

 

 そう言って二度と離れないんじゃないかと思う程に深く俺を抱きしめ、同時に抑えようとしているのは確からしく必要以上の力は込めていない。

 

「……せ、せめてこれを解いてからでも……」

「暫しお待ちを……もう少しこの感触を味わえば必ず、必ずや……!」

 

 駄目だ。本気で離れない気だ。

 

「……あ、そうです。私に与えられた個室にご案内します」

「いや、先ずこれを解いてくれない!?」

 

 腹一杯になっても食べな食べなと料理を追加してくるお婆ちゃんみたいに話を聞いてくれないので、我慢出来ずに悲鳴の様な声で怒鳴ると彼女は漸く放した。

 

「も、申し訳ありません……マスターの頼みを聞かず、私利私欲に呑まれるなんて……」

「落ち込まなくて良いから……さっさとこれを壊して、両手がもう痛い」

「はい。それでは失礼して……」

 

 槍を構える彼女に手錠を差し出していた所で見落としいた危険性に気付いた。

 

(……あれ、ちょっと待て。

 鎖が切っ掛けで秦良玉の様子がおかしくなったんなら、これを壊されたら――!?)

 

 無情にも振り下ろされる槍。手錠は鎖部分が壊れたせいか、光の粒子となり消失した。

 

(しまった! くそ、逃げようと逃げようと、拘束から抜け出す事しか考えて無かった!)

 

 自分の迂闊さに気付いてももはや手遅れだ。

 鎖を壊した秦良玉の様子がまたおかしくなっている。

 

「……こちらも壊しますね?」

 

 俺が何か言う前に足の鎖を両断した秦良玉はそれが消えるのを見届けると、頬を赤らめてこちらを見る。

 

「……はぁ……マスター、私は忠義を尽くします。今宵始めてお会いした貴方にこんな気持ちを抱くのがおかしな事なのは理解しています。

 けれど……悪い気はしません。それきっと貴方が私の様な非才のサーヴァントを大切にして下さると、この霊基の奥底で理解してるからだと思います」

 

「いや待て、思考を放棄するな……! 本当に今日あったばかりの俺にそんな気持ちを抱くのに違和感がない訳ないだろう! 家族や帝への忠義をそんな簡単に上回って良いと思ってるのか!」

 

 何とか絞り出した情報で彼女を説得してる。ヤンデレ・シャトーに始めて現れたサーヴァントは好感度が低い。責め立てて冷静にさせれば或いは……!

 

「わ、私は……!」

 

 頭を抱えだした秦良玉を見てもう一押しだと確信した。

 

「――とぉーう!!」

 

 だが、青い流星が唐突に、それはもうはた迷惑な速度で秦良玉と俺の間を通り過ぎ際に、当然の様に攫われました。

 

「マぁ――」

 

 秦良玉の呼び声もあっという間に聞こえなくなり――

 

「――ゥター!?」

 

 キレイに地面を踏んで、彼女の前へと戻ってきた。

 

 機械の腕で俺を掴んだ半武装状態のこのサーヴァントを俺は知っていた。

 去年の夏、散々戦ったから未だに覚えている。

 

「ふぅ……ちょっと落ち着きました。

 何故か……マスターくんのお姿をレーダーで捉えた瞬間に、胸の中で収まりが効かないほどの憎しみとかドキドキとかが込み上げてしまい、拘束させて頂きました!」

 

「あ……そ、それは私もですが――」

 

「なるほどなるほど! このハレンチタイツな方に絡まれていたのを見て、私のコスモ刑事としての魂が、マスターくんを救えと燃え上がったのですね!」

 

 あー……この人話をややこしくした上に俺の説得を無に帰す気だぁ……

 

「い、いえ別に私は……って、誰がハレンチタイツですか! そちらこそ、こんな場所でその武装は物々し過ぎで怪しいです!」

 

 確かに、顔と下半身以外は装甲に見を包んでいて戦闘準備万全なフォーリナー、謎のヒロインXXは怪しさ満点だろう。本人は真面目なつもりでも、彼女の発する言葉がギャグにしか聞こえないのも問題だ。

 

「む、それは私のこの姿が第ニ再臨……いえ、セカンドフォームだと知っての事ですか? 正式名称は長いので覚えてませんが……兎に角、マスターくんのサーヴァントでありながら、迷惑をかける様な方は弁護士も待たずに切り捨てさせて頂きます!

 え? 何ですかマスターくん? この方はセイバーでもフォーリナーでもない? 

 何を言いますか! 私とマスターくんの仲です! 今度ラーメンを奢って頂けると勝手に約束した上でなら絶滅危惧種のランサーも遠慮なくお掃除します! なので私の部屋の掃除はおまかせします!」

 

 勝手に話が進む……しょうがない、一か八かだ。

 

「ま、マスター!?」

「む、マスターくん……?」

 

 俺は2人の間に立ち、ヒロインXXから秦良玉を庇う様に手を広げた。流石に殺させる訳には行かない。

 

「XX、ステイだ」

 

 なんか、此処で死んだ方は永遠に召喚できなくなる気がする。

 

「……しょうがないですね。マスターくんは稼ぎも燃費も悪い私を養ってくれる程に優しいのは知っていますので、此処は見逃して差し上げましょう」

 

「マスター……」

 

 しかしこれでは秦良玉の好感度を上げてしまったか。折角説得出来そうだったのに。

 

「……む? マスターくん、危ない!」

「え――ぐっ!?」

 

 ヒロインXXに横に押され、俺の体は地面へと倒れた。

 見上げれば俺の立っていた場所で秦良玉の槍がXXの手の甲の装甲とぶつかっていた。

 

「どう言うつもり、ですか……!? 今の今までマスターくんに庇われていたのに……!」

 

「去れ! この方は私のマスターです!」

 

「要領を得ませんね! ならなんで、マスターくんを貫こうとしたんですか?」

 

「……貴女は――いえ、ここは一度引きます」

 

 秦良玉は倒れたままの俺を一見し、悲痛な表情を浮かべるとその場から去っていった。

 

「……不穏ですね。この塔ごと切り裂いておきましょうか?」

「いや、それはやめとこう」

 

「そうですか……一先ず、私の部屋に避難しましょう」

 

 

 

「と言う訳で、これが私の部屋です! 一人暮らしの上に残業やら長期出張で荒れ放題ですが、どうか寛いで下さい!」

 

 ゴミ屋敷には初めて入ったなぁ……

 

 流石に足の踏み場も無いので、目に付くゴミを片付けながらスペースを確保した。

 

「そうだ……ヒロインXX」

 

 部屋に帰ったからか武装を解除し、水着姿で寛いでいるゴミ屋敷の主に話しかけた。

 

「ん、なんですか? カップ麺ならあと2分15秒待って下さい」

 

「いや、そうじゃなくて……この塔にはどうやって来たんだ?」

 

 もう今更な質問かもしれないが、今までは夢だとわかっていたし、目覚める方法があったので野暮だと思って聞かなかったが、あのエドモンの偽者が危険な奴かもしれない。

 一応情報を集めておこう。

 

「何かセイバーの様な、フォーリナーっぽい反応が感じられたので気まぐれでこの太陽系を移動していた時に、この塔を見つけたんです。

 余りにも怪しいので中に入って調査しようと思って宝具ブッパして中に入ったら……出られなくなりました」

 

 駄目だった。やっぱり役に立たない。

 

「子供が作った仕掛けに捕まった魚か」

「酷いです! その通りなので言い返せませんけど!」

 

 そんな話をしていたが、部屋の周りが汚すぎて少々落ち着かなくなってきた。

 

「……掃除しよう」

 

 俺は立ち上がると先ずはゴミ袋を手に取り、散らかしっぱなしのコンビニ弁当の箱やカップ麺のカップ、割り箸、ペットボトルにビールの空き缶、レシートにチラシやらを全部片付けた。

 

「おーお……心なしか部屋が広くなりましたね」

 

 ホウキがあって良かった……畳の上に落ちているポテチやらパンのかけら、ホコリを全部掃き取る。

 なお、この家の主はその間に椅子でせんべいを頬張っている。

 

「働き者ですねマスターくん。お姉さん感激です。後は台所もお願いします……」

 

 割り箸やらの使い捨て品は全部ゴミ袋に入れたと思ったが、台所にもあった。

 洗って使いまわそうとして、結局洗っていないのだろう。

 

「……全く……これくらい毎日やれば――ちょ、今度は何!?」

 

 急に後ろから抱きつかれ、水着で顕になった柔らかさを感じた。

 

「……だらしない大人でごめんなさい、マスターくん……

 私みたいなガサツ女にこんな事されてもって思うかもしれないですけど……お礼に、一緒に寝ませんか?」

 

 耳元で囁かれ押し付けられた胸に、ググッと体の中で性欲が込み上げて来るが流されまいと洗い物を続行する。

 

「そ、掃除や洗い物程度で大げさだって……いいよ、お礼なんて」

 

「……もう、はっきり言わないと分からないんですか?

 これからも、ずっと私を支えて欲しいんです。私にダメな大人で駄目刑事ですが宇宙とマスターくんの平和を私にこれからもずっと守らせて下さい」

 

 く……苦しい……! このシチュエーションでプロポーズされて断るとか、普通は絶対しないんだけど……! 

 

(マスターくん、洗い物の手が止まったり速くなったり……全然冷静じゃなくなって可愛いです。これは脈アリですね?)

 

 そもそも、何で急に積極的になって来たんだ……!?

 

 掃除か? 掃除なのか? 鎖壊させた時と同じ様に……掃除が切っ掛けになってるのか?

 

「もぅ……黙秘権を行使し続けるマスターくんは、もっとイヤらしく問い詰めますよ?」

 

 そう言ったヒロインXXは抱きしめていた両腕の力を緩めた。

 

「チャンス! 緊急回避!」

「へ?」

 

 するりと彼女の抱擁を抜け出し、俺はドアノブを握って外に出た。

 

「もっと自分を大事にしろよ!」

 

 そんな捨て台詞だけ残して。

 

 

「……ははは……フラれてしまったみたいですが……私がその程度で諦めると思っているのですか? この程度の絶望、コスモ刑事の私は慣れっこです。

 マスターくん……ヒロインXXは名前の通りの正ヒロインだと言う事を教えて差し上げ――ふぁぁ……なんか急にめっちゃ眠くなってきまぁ……」

 

 唯一部屋にいたヒロインXXは眠りについたが、部屋の中の影からもう1人の誰かが現れた。

 

「……お館様の人柄はだいたい掴めたか。

 やはり、悪い人では無いが……

 むぅ……今の私の霊基で誘惑出来るのだろうか?」

 

 小さな影は不安を少し口にして、主の元へと向かった。

 

 

 

「サーヴァントはあと1人みたいだな……エイプリルフールだからこれも嘘……って、そんな疑い方してたらキリがないか」

 

 部屋の数を確認し、サーヴァントは残り1人だ。だが、今の所その姿は見えない。

 

「秦良玉がまた現れたらどうするか……令呪は、なんで封印状態なんだよ……」

 

 最終手段の令呪も使えないとなると、ヒロインXXと別れたのが辛いか……いや、あのままだったらもっと不味い展開だった。

 

 だって顔がもう発情し切ってて、添い寝だけ、なんて状態ではなかったし。

 

「そもそも秦良玉のあの攻撃は何だったんだ……嫉妬に狂った……にしてはタイミングがおかしい……」

 

 秦良玉と言う英霊について俺が知っている事があまりないので、知らず知らずの内に地雷か何かを踏んでしまったのか? 

 

「……ええ。私は酷く怒っているのです」

「っう……! し、秦良玉……!」

 

「アレがどのようなサーヴァントだったかは知りませんが、私も英霊です。

 忠義を尽くすべき貴方を守護する事はあっても、その逆は絶対にあってはいけません」

 

 当然現れた秦良玉は再び俺に槍を向けた。

 

「確かに俺は君の忠義を、見誤っていたかもしれない……

 でも、だったら何で槍を俺に?」

 

「この槍には微弱ではありますが、悪党を怯ませる効果があります……もっとも、それはマスターに関係の無い話です」

 

 秦良玉は槍を下に向けた。

 

「……マスターはもう1人のサーヴァントの存在はお気付きでしょうか?」

「いや、どこに居るかも分かってないけど……」

 

「信じるかはお任せしますが、先程貴方の影に、確かにサーヴァントがいました。

 殺意が漏れて、初めて発見出来ましたが……」

 

 XXが防いだ槍は俺に向けられた物では無く影の中のサーヴァントが……と言う事か?

 

「……だけど俺のサーヴァントなら敵じゃない」

 

「……いいえ、敵です。闇に紛れ、他人の行いを覗く者が賊でない筈がございません」

 

 彼女は盗賊に何やら特別強い感情を抱いているらしく、それ故か悪しき者に厳しい様だ。

 

「先の方もマスターの知人の様でしたが、私からマスターを奪った盗賊です。霊基さえ整えば……!」

 

 槍を一振りした彼女はマントを着けた姿へと代わり、より強い霊基を俺に見せた。

 

「どちらも必ずや討伐致します」

 

 そう言った後に、怒りに固くしていた顔を彼女は緩めて笑った。

 

「でも先ずは、マスターへの非礼を詫びるべきでしょう。私の部屋はこちらです。どうぞ」

 

 背を向けた彼女はドアの前に立つと俺を手招きした。

 

「さあ、こちらです」

「……うん」

 

 気乗りしないが……仕方ないか。

 

 俺は秦良玉の部屋に入った。

 

 部屋は質素なアパートだったが、畳の匂いよりも先に鼻に入ってきたのはラベンダー香りだった。

 

「こ……これは?」

「マスターがゆっくり落ち着ける部屋をご用意しました。

 椅子や布団もご用意致しましたのでお休みになって下さい」

 

 椅子はビーズクッション、布団は(前にも見た)羽毛布団が並べられており悪夢の中でも快眠出来そうだ。

 

「では、こちらの牛乳をどうぞ。温めましたよ」

「ありがとう……」

 

(流石にあれに一度体を預けたら……寝れ……あ……これ、くす…………)

 

「……はっ……」

 

 秦良玉は力が入らずに崩れ落ちる俺の体を抱き止めた。

 

「……薬も睡眠もマスターは大変警戒しそうなので、先にそれらしい空間をご用意させて頂き、一服盛らせて頂きました」

 

(そして久しぶりの寝てるけど起きてる状態……何が起きてるのかが視覚では分からない分、余計に怖いんだが……)

 

「……ああ、愛しきマスター……膝をお貸ししますね?」

 

 布団に体が置かれ、頭は少し高い位置に置かれて人肌の温もりが感じられる。

 

「……ああ、マスター。私は貴方の寝顔を見せていただけて幸せです……」

 

 掛け布団を被せながら、感激しているのか彼女の声は少し震えている。

 

「これからはこの秦良玉……いえ、『良(リャン)』が、貴方の全てを仕切らせて頂きます。何もしなくても結構ですよ。

 ええ……ずっと、一緒にいましょう」

 

 頭をゆっくり撫でられている。どうせ寝たままなので例えどんなに恐ろしい愛を囁かれても体だけは動じる事はないだろう。

 

「ずっと……英霊である私と貴方ではそんな事、不可能なのでしょうか?

 駄目ですね。別れを恐れるなんて英霊らしくありません。でも、その時は貴方の魂もきっと、私が世話をしてあげます」

 

 死後の先約は既に冥界だの地獄だのヴァルハラだの、沢山あるので諦めて下さい。

 何処にも行くつもりは無いけど。

 

(ん? なんか……ラベンダーに混じって別の匂いが……)

 

「い、いけませんね……なんだ私も……眠く…………」

 

 頭に置かれていた手から力が失くなり、秦良玉は寝てしまった様だ。

 

「……ふむ。拙者の隠遁を見破る程の槍の使い手と用心していたが……お館様の世話役に徹するあまり警戒を解き過ぎたな。

 では、後は拙者がお館様を頂いて行くでござる」

 

 どうやら誰かに担がれている様だ。

 喋り方からして忍者……恐らくアサシン・パライソだろう。

 

「……お館様は大変なお方でござる。殿方として、女性に好かれるのは良い事だと思っていたでござるが、些か度が過ぎたご様子……おいたわしや」

 

 公式で薄幸忍者扱いされてる英霊に同情されたんだが……

 

「だが、もうお館様を襲う輩はこの塔の中にはおりますまい。

 拙者の忍びとしての役目は終わった故、此処からは傷付いたお館様を癒やさなければ……! 少々、この霊基に不安はあるが……」

 

 運ばれながらも、彼女の呟きがぶつぶつと聞こえてくる。何やら不穏な事を言っているが……

 

「……お館様のお心は拙者が必ずや、掌握させて頂きましょう。

 小さくても“てくにっく”で満足させるのが現代風と黒い髭の方も言って追った故、存分に生前の経験を生かそう」

 

 あの野郎はぶっ殺すとして、このまま部屋に連れ込まれ目が覚めてしまえば彼女に喰われる……それは避けたい。

 

「……万が一の事を考えて、部屋を我が血で守るべきか」

 

 そろそろ起きたいんだけど……体には力が入らず、やはり意識だけ起きている。

 

「それにしても、随分強力な睡眠薬だったご様子。まだ眠りから目覚めぬのか……?」

 

 

「寝ているお館様は愛らしいですが、起きていただかないと……」

 

 

「……もう起きているのではないござるかお館様?」

 

 

「まだ……目を覚まさない……もう拙者……」

 

 

「う、うう……起きないでござる……

 これはやはり、寝ている間を襲うべき……? いや、だが……もう30分くらい待ってみるべきか……」

 

 起きない。本当に起きれない。

 律儀に待ってくれている彼女がそろそろ可哀想なので起きてあげたいが……

 

「も、もう……襲ってしまっても……だ、駄目でござる! お館様が起きている時に行わなければ……行わなければ……耐え忍ぶでござる!」

 

 健気……いや、待つ理由がふしだらだけど。ん……

 

「……あ」

「……お、お館様! 漸く目を覚まし――!」

 

 が、周りの空間が唐突に粒子へと変わり、ヤンデレ・シャトーは終わりを告げている。

 

「……は? え、え……ええぇ!?

 な、何故でござるか!? お館様が漸く起きて下さったのに!?」

 

「ごめん」

 

「う……い、いえ……決してお館様が悪い訳ではござらぬが……力及ばず、拙者こそ申し訳ない……」

 

 それだけいうとアサシン・パライソも消え、ヤンデレ・シャトーは消えた。

 

 

 

「で、結局お前は誰なんだ?」

 

「…………」

 

「答えろ……!」

 

「……俺はエドモン・ダンテスだ。それ以外の誰でもない」

「……え?」

 

「なるほど、エイプリルフールを警戒している様だな。だが安心しろ。所詮夢の中の幻だ」

 

「おいちょっと待て。先と同じ事言っていないか?」

 

「今回は貴様が召喚していない英霊を用意した。最高の霊格ではないが、侮り難き強者を用意しておいた」

「やっぱり先の奴が偽物か!」

 

「存分に楽しんで来るがいい」

 

 

 

「ふぁぁ……マスターくん、何処に言ってたんですかぁ? 起きたらいなくて心配したんですよぉ?」

 

「し、秦良玉は寝ていません! ちゃんとマスターの安全をお守りしていましたよ!?」

 

「よ、良かった……今度こそお館様を骨抜きにして見せるでござる!

 そのお体に私の“てく”を深く刻み込んでお見せましょう!」

 

 に……2度目かぁ……

 

「か、勘弁してくれよ……」

 

 何よりも問題なのは、俺もサーヴァント達も睡眠を取っていて元気な事だろう。彼女達の気合は先程以上だ。

 

(俺は結局寝てないみたいなモノなんだけど!)

 

 

 

 

「ふー……都合の良い日で助かったヨ。

 まさか変装を見破られるとはー……あれもシャトーの影響? いやはや、焦ったよ。

 まぁ、マスター君を虐めるのも可哀想だし、一旦充電期間としようかナ?」

 

 見下ろせばマスターは死に物狂いで巨大な生物から逃げている。

 

「いやぁ……若いねぇ! アラフィフの体じゃ、流石に逃げ切れないよ。

 だけどそろそろ強化が切れてチェック・メイト……

 と思ったら謎のOLのファンタスティックロケット……むむむ、軌道が計算し難いが、槍の子も黙っていないだろうネ」

 

 自分のヒゲをイジった後に、彼はクルリと背を向けた。

 

「さてと……私もソロソロ、可愛い娘を路頭に迷わせ親切に拾ってあげちゃおうか」

 





持っていない星4サーヴァント達を思い出せなくて若干苦戦しましたが、お気に召して頂けたら幸いです。

大奥は現在順調に爆死中で御座います。ステンノ様とワルキューレが重なりましたので良しとしましょう。(泣)
桜顔に嫌われてるのかなぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・ワルキューレ

どうも、3週間程空いてしまいました、スラッシュです。

今回、投稿に遅れた理由はスランプ以外の何物でも無いです。定期的に陥ってしまいますが乗り越えて続けて行くつもりですので、その度に読者様方を待たせてしまう事をお許し下さい。



 

 

「ねぇねぇ、起きた?」

 

「お、起きてますが……?」

 

 唐突に顔より上から声を掛けられながらも、俺は返事を返した。

 

「ふふふ、私が一番みたいだね?」

 

 ピンクの髪のワルキューレ、ヒルドがベッドで寝ている俺の上に乗っていたのだった。

 突然始まった為、状況はよく分からないが目の前にサーヴァントがいる以上、どうやらヤンデレ・シャトーの様だ。

 

「一番って、他の姉妹は?」

「やだなぁ、マスター……私達にオルトリンデもスルーズも要らないでしょ?」

 

「いや、要らないって……同じワルキューレで姉妹だろ?」

「確かに、思考も情報も共有して統一されるけど、私はマスターまで共有や統一なんてしたくないなぁ……そうだ……っん」

 

 ヒルドは短く唇が触れ合うだけのキスをした。それだけ気分が高揚したのか、彼女の顔に赤の色が現れる。

 

「……マスター、私を壊してよ」

「は……はい?」

 

 その言葉が何かイヤらしい意味に聞こえて妖しい雰囲気が漂い始めたが、ヒルドは構わず続けた。

 

「ブリュンヒルデお姉様は英雄を愛して壊れてしまった。

 今の私はシャトーの影響で一時的にマスターを普段よりもっと好きになってるけど、マスターが私に愛をくれたらきっと私もその愛を返す形で壊れると思う」

 

 壊れると言う言葉の意味が、俺の想像通りなら間違いなくワルキューレという枠組みから彼女は外れるだろう。

 

「だけど、それはヒルド達が忌み嫌う行為の筈だ」

 

「そうだね。ワルキューレは皆、お父様の命令を優先し、最重視するからね。

 だけど、この塔の中ではその限りではないみたい……英霊の分霊だからかな? 

 オルトリンデとスルーズもそれは一緒でね、同期を試みても大体ノイズだらけで2人の事も居場所くらいしか分からないんだ」

 

 言いながらヒルドは唇を指でなぞり、愛おしそうに笑った。

 

「だから、もう壊して。壊れる程に、君の人間らしさを私に刻み込んで……っんん」

「それは断る」

 

 2度目の口付けは手の平で受け止めた。

 

「っはぁ……ん、まひゅたぁの指、んっ……!」

「ええい! 舐めるな!」

 

 ヒルドの口は止まらず、両手で手首を抑えて俺の指に舌を滑らせて来た。

 それを乱暴に振り払い、彼女を睨んだがヒルドは特に気にした様子は無い。

 

「んふふ、マスター……そろそろ、シテいいかな?」

「だから……断る!」

 

 俺は上に乗ったヒルドを引き剥がして体を起き上がらせ、ベットから出た。

 

「って、此処はマイルームじゃない……?」

「うん、そうだよ」

 

 出口を見るとシステム的な扉では無く、ドアノブの付いた扉だ。

 だが、眺めた後に手を伸ばそうとする俺の前に、ヒルドが割って入って来た。

 

「駄目だよマスター。此処から出ちゃ駄目」

「何でだ? 他の姉妹がいるからか?」

「ううん、違うよ。

 マスターが此処を出ると、私に会えなくなっちゃうんだ。そんなの、嫌だよね?」

 

「会えなくなる?」

 

「今日は私達、3人同時に現界してなくて普段通り1人なの。

 だけど、貴方がここから出て行けば私は代替で交代されるの」

 

 つまり俺が部屋から出る度にオルトリンデかスルーズと入れ替わる訳か。

 

「だから、此処にいて、ね?」

 

 しかし、彼女の入ってはいけないスイッチが既に入っているのは丸分かりなので脱出しないと俺の身が持たない。

 

「悪いね。【ガンド】!」

 

 スタンを打ち込んで彼女を避けて前へ進む。

 

「……マスター……! なん、で……!?」

「悪いな。俺は誰も選ぶつもりは無いんだよ」

 

 ドアノブを捻って部屋の外へ出た。

 しかし、その先には別の部屋が存在していた。

 

「本棚が、迷路みたいに……っ!」

 

 その後ろからは眩しい光が放たれ、俺は急いでドアを閉めた。

 

 どうやらヒルドの代替が行われている様だ。

 

「前にサーヴァントがいない事を信じて、行くしかないか……!」

 

 大小様々な本棚が行く手を阻む中、俺は只管出口を目指して進んだ。

 

 だが、俺が中央にまでやってくると後方から大きな破壊音が聞こえてきた。

 

 チラリと後ろを見れば金色の髪が見えた。

 

「っく……! スルーズか!」

 

 どうやら槍で部屋の中に迷路を作っている本棚を貫き破壊しながら進んでいる様だ。

 

「マスター、お待ちを」

「いや、本棚穿ちながら何言ってやがる!?」

 

 しかし、真っ直ぐ直線に向かってきており、しかも全ての本棚が彼女によってこちら側に向きながら倒されているので退路も断たれた状態では――

 

「――捉えました」

 

 逃げ切れる筈もなく、出口までの間に本棚が後1つの場所で捕まってしまった。

 因みに、スルーズと向かい合う俺の顔のすぐ右で槍の先端が本棚に刺さっている状態である。

 

「怖っ!? 後少しで顔に刺さってただろ!」

「いえ、マスターを逃さぬ様、傷付けぬ様に細心の注意を払っていましたので、その心配は必要ありません」

 

 引き抜きながら涼しい顔でそう言い切るスルーズに恐怖しつつ、その表情を観察する。

 一見、無表情にも見えるが恐らくヒルドの件に関して、あまり穏やかではいられていない様だ。

 

「マスター」

「な、何――っ!」

 

 唇を舐められた。

 

「ヒルドが触れたのは、此処ですね?

 他に何処を触られましたか?」

 

 全てを上書きするつもりなのか、スルーズはその手で俺の体のあちこちに触れる。

 それが徐々に下に行くのは見逃せず、彼女の手首を掴んだ。

 

「……そこまでは、触られてないぞ?」

「そう、ですか……」

 

 納得していないと言う表情を浮かべつつもスルーズはその腕の力を抜いたの確認してから、手を放した。

 

「では、マスター先ずはこちらに」

「っうぉ!?」

 

「っはぁ!!」

 

 スルーズの腕が今度は俺の背中に回ると、そのまま抱き寄せてから辺り一面を槍で薙ぎ払った。

 

 ルーン魔術なのかは分からないが、槍を魔力的な力で強化したその攻撃は部屋を圧迫していた本棚を殆ど破壊し壁際へと押しやっただけではなく、俺の脱走を封じる為のバリケードとして扉を塞いだ。

 

「これで良いでしょう。

 流石に、マスターと過ごすには狭すぎましたので掃除させて頂きました」

「本気で言ってるなら、だいぶ掃除下手だぞ?」

 

 思わず皮肉っぽくそう言うと、彼女は恥ずかしそうに謝った。

 

「そ、そうですか……申し訳ありません」

 

 すぐに槍で辺りの本棚の残骸を掃除し始めた。当然、扉の周辺は避けて行っている。

 

 なので俺は下手な事はせずに座ってそれを見守った。

 

「お待たせしましたマスター。これでお怪我をする事はないでしょう」

「で、スルーズもこの部屋から俺を逃がす気が無いって事か?」

 

「勿論です。

 ヒルドは何やら怪しげな誘いを行ったようですが、私はマスターの世話をします。此処にいるだけで、マスターは何もなさらなくても大丈夫です」

 

 そう言うとスルーズはコンビニとかで売っているであろう食料と水を出した。

 

「これで一日分の栄養を賄えるそうですね。水もアルコールも糖分も入っていませんので健康的です」

 

 ……なるほど。ワルキューレは機械に近いと彼女ら自身も言っていた。

 俺の世話をするが、俺の好みとかは考えてくれない訳なのね……

 

「夢の中でも腹が減るから頂くけど……」

 

 箱が未開封な事を確認してから手を伸ばし、中の栄養食を口に運んだ。

 

「まあ普通だな」

「残念ながら此処には調理器具は無いので料理を振る舞う訳にも行かず……申し訳ありません」

「いや、別に良いんだけど……」

 

 何を盛られるか分かったもんじゃないし。

 

「それよりも、人間に恋して良いのか? あれだけブリュンヒルデとシグルドの事を――あれぇ?」

「っ……!? す、すみません……! マスターのご指摘した矛盾に関して、思考を巡らせたら……何故か涙が……!」

 

 俺はクールな筈の彼女の涙を見て、慌ててなだめた。

 

「わ、悪かった……意地悪が過ぎた」

「いえ、困惑させて申し訳御座いません……」

 

 ヒルドにも似たような質問をしたが、どうやらスルーズはヤンデレ・シャトーと自分の中の想いが上手く噛み合っていない様で、涙が出る程に混乱しひどく怯えてしまう様だ。

 

 だが俺に抱きつくとすぐ落ち着いて来た所を見ると、案外ワルキューレの演技に騙された気がしなくも無い。

 

「マスター……温かいです」

 

 俺の方に首を預ける彼女から少しだけ視線を逸らし、部屋のドアを見る。本棚の残骸で塞がれたままだが、退かせば開けれるだろう。

 

「っん?」

「マスター、私を見て下さい」

 

 視線の移動に気付いたスルーズが手を頬に添え、強引に顔の方向を自分に向けさせて来た。

 

「部屋を出る事をお考えなのでしょうが、私はそうさせません。ヒルドにも、オルトリンデにも貴方を譲りたくはないのです」

 

 スルーズの抱擁は強くなる。

 だが、距離自体は短い。またガンドが使える様になれば他のスキルも組み合わせて直ぐに脱出できるだろう。

 

 

 

「マスター、不満はございませんか?」

 

 敢えて言わせてもらうならこの状態自体が不満しか無いのだが、恐らくそれを口にしても決してこのまま続いてしまうのだろう。

 

「職権乱用って奴じゃないのか? と言うか、視線が痛すぎるんだが……」

 

 いくつかある不満の中で最もどうにかしてほしかったのは、ジーッと俺とスルーズを見つめ続ける6つの視線だ。

 

「安心して下さい。彼女達は召喚される程確立された霊基を持っていませんのでこの塔の影響を受けておりません」

 

 色とりどりの髪色を持つワルキューレ達は全て宝具の力で呼ばれた彼女の姉妹達。

 

 恐らく全員は呼んではいないだろうが、スルーズは俺の脱走を封じる為に見張り役として6人程呼び出した。

 

 だが、いくら何でも瞬き1つもせずにこちらをじっと見つめられていては落ち着けない。

 

 しかもその間スルーズは一切俺から離れず抱き着いたままだ。

 

「で、何時までこのままなんだ……?」

「すいません……この感情で最初に思い浮かんだのが、ブリュンヒルデお姉様と……あの英雄のお姿で……け、決して真似をしたい訳ではないのですが……!」

 

 なるほど、真似したかったのか。

 カルデアに召喚された後の彼女は本を読んだりしていた筈だが……まあ、生で唯一見た恋人のやり取りみたいなのがあの北欧カップルなのだろう。

 

 なんかキャラに合わない程ベッタリしてくると思ったが納得した。

 

「それで……マスターは私をなんとお呼びになってくれますか? 現代では恋人を違う呼び方をするそうですが……」

「それもあの2人の影響だな?」

 

「い、いえ……別に、あんな男に“我が愛”呼ばれて嬉しそうなブリュンヒルデお姉様を羨ましいだなんて全く思っていおりません!」

「我が愛」

 

「――――っ!?」

 

 からかい半分でそう呼ぶと彼女の顔はうごかなくなり、徐々に赤へと変わりながら頭に付いた羽根が左右ともに直立してからヘナヘナと萎んだ。

 

「我が愛」

『――!!』

 

 そして、先までこちらをジーッと見ていたワルキューレ達も初めて一斉に目を逸らした。

 正直、言っている俺も恥ずかしいが此処まで周りの反応が良いと悪ノリもしたくなる。

 

「スルーズ、ごめんごめん」

「ま、マスター……な、何をあ、謝っているのか解り、かねま……」

「ごめん。我が愛」

 

「――!? ま、マスター! も、もう抑えなくても宜しいですね! 私、この体でマスターを…………っあ!」

 

 隙だらけだ。全て。

 

 俺の言葉に惑わされて、スルーズは距離をとられた事に気付かず、他のワルキューレ達は反応が遅れている。

 

 力技だが、瞬間強化と幻想強化の重ねがけで走った俺は扉の前に立っていたワルキューレだけ軽く退かしてドアを潜ったのだった。

 

「……っはぁ、っはぁ……お、終わりだろ……もう……」

 

 いや、よく考えろ。オルトリンデもいる。

 部屋から出ると代替されるらしいのでドアを行ったり来たりも考えたが、それで3人同時とか妙な事態になる可能性もあるので自重しておこう。

 

「この部屋……広いな?」

 

 多分大きさは先の部屋と同じだが、本棚がないのでその分広く感じる。

 しかし、本当に何もない。

 

「なんだろうな……最近、こんな感じの場所を何処かで……」

 

 思い出せない。最近、FGO、イベント、まで連想したのにそこから先が全然思い出せない。

 

「うーん……? もしかして思い出せない様にされてるのか?」

 

 だとしたら諦めるしかない。兎に角、今は目の前の危険を乗り切らないといけない。

 

 部屋の向こう側にはドアが無い。

 ここは行き止まりか。

 

「あれ? もしかして袋のネズミか?」

 

「マスター、こちらですね」

 

 自分の窮地を理解したと同時に、ドアはガチャりと開いた。

 現れたのは最後のワルキューレ、オルトリンデ。前の2人の妹だ。

 

「漸く会えましたね」

 

 オルトリンデがドアを潜り終わるとほぼ同時に、光の膜が唯一の出入り口を塞いだ。

 

「これで、私とマスターだけ。2人っきりですね」

「俺を閉じ込めて、どうする気だ……?」

 

 オルトリンデの顔はフードに隠れていて良く見えない。それはヤンデレ相手にはとても怖い事だ。

 

「……怒っているのですか、マスター?」

「いや、別に怒ってないけど……」

 

「そうですよね。

 他の2人に迫られても囲まれても、令呪すら使わずに逃げ果せたマスターなら、ドアを塞いだだけの私に怒ったりしないですよね?」 

 

 オルトリンデの背後で更に強く濃い光が壁となっている。

 

「私、ずっと見てました。

 代替を待っている時、マスターと他の2人の事をずっと……ずーっと」

 

 オルトリンデは大人しい性格だ。それ故に、病んでしまった時の危うさは計り知れない。

 現状、脱出の方法が令呪しかないのがそれを物語っている。

 

 最も、それを使わせてくれるかどうかは怪しい所だが。

 

「ずーっと……見てるだけでした。

 それだけの筈なのに……私は今、冷静さを失っています」

 

 槍を握る手が震えている。

 

「私には解りません。あの2人に向ける感情とマスターに向ける感情が一致してしまいます。スルーズもヒルドも英霊で、貴方に御せない状態なのも理解しているのに……私の心は貴方の疑心で満ちています」

 

「オルトリンデ」

「――マスターは、ヒルドとスルーズの事が嫌いなんですか?

 本気で逃げようとしていましたか?

 嬉しかったんじゃないですか?」

 

 オルトリンデはワルキューレの中でも内気で、心配性でもある。

 そんな彼女が今の俺に聞いているのは、俺が潔白かどうか確かめる為だ。

 

「いや、俺は本当に逃げているつもりだ」

「では、スルーズの事をあんな呼び方をしたのは何故ですか?」

 

「あくまで逃げる為だ」

 

 そう言い切った。

 言い切った瞬間、俺の足は切られていた。

 

「――っぐぁあ!?」

「安心して下さい。痛みを無くすルーンと共に刻みました」

 

 彼女の言う通り、痛覚は徐々に薄れていくが両足は腱を切られたせいか倒れたまま微塵も動かせない。

 

「マスター、貴方は卑怯です。

 私達姉妹を惑わせ、逃げる為に愛を囁く最低な男性です。その在り方は到底勇士呼べるモノではないでしょう」

 

「っぐ……!」

 

 選択肢を謝ったか。

 立っていられない俺は体も地面に倒れるとそのまま、オルトリンデを下から見上げる。

 

「ですが――私はそれでも貴方が好きです。寧ろ、ヴァルハラに選ばれなかった貴方なら私が好きにしても良いですよね?」

 

 オルトリンデは倒れた俺の頭を両手で持ち上げると自身の視線に合わせた。

 

「良かった。やっと言えますね」

 

 彼女は笑っていた。その顔に先までの憎しみは無かった。

 

「マスター、勇士では無い人間の貴方を私は一生愛します。だからもうヒルドに押し倒されてはいけません。もうスルーズを我が愛なんて呼んでは駄目です」

 

「オルトリンデだけのアナタでいて下さい」

 

 オルトリンデは何か薬を取り出した。

 

「それは……?」

「治療薬です。

 少々傷が深かったのでルーンでの治療では治せないのでこちらを使用します」

 

 ――勿論、治っても貴方はここから出られませんけど。

 それだけ言ってオルトリンデは液体状の薬を口に含むと傷跡を舐めた。

 

 

「ぁんっ! んん……」

「っ……!」

 

 そして、彼女が口を放すと傷が凄まじい勢いで塞がり、足も動かせるようになった。

 

「……まるで私の愛が貴方を癒やしたみたいで……嬉しいです」

 

 自分で傷を付けて何を言っているんだと言いたかったが、それと同時に周りの景色が消え始め、悪夢は終わりを迎えていた。

 

「マスター。今日の事、ヒルドとスルーズ、あの2人に教えても良いですか?」

 

 だが、オルトリンデは構わず恐ろしい事を言い出した。

 

「それは――」

「冗談です。

 だって、次に会う時マスターは……喋らなかった私をもっと愛してくれます。ですよね?」

 

 その脅しに、俺は黙って頷いて返したのだった。




ワルキューレの設定は他のサーヴァントと異なる所が多く、今回はいつも以上に適当な物になっているかもしれません。
そういった不満点は感想欄などで書いて頂ける幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アルトリア・リリィのヤンデレIF

今回も遅れて申し訳御座いませんでした。

書く内容さえ思い付けば睡眠とあらゆる自由時間を削って一週間で書けれるんだと気付きました。(今更)
取り敢えず書いてボツを量産するより、本当に書きたい物を思い付く発想力を鍛えたいです。

この話はいつにも増して、

※英霊の座、召喚システムの設定無視
※アルトリア・オルタのキャラ崩壊

が含まれています。苦手な方は是非時間を無駄にしない様に他の方の小説を読む事をおすすめします。


 

 暗い廊下の中を彼女は黄金の聖剣を携えてこちらに真っ直ぐ歩いてきた。

 見つけている純白の衣装は美しく、その姿が頼りない光の中でもはっきりと見える。

 

「マスター、見つけました」

 

 ――だが、それは俺にとって街灯が照らす暗い夜道に現れた幽霊の様な恐怖の対象でしかない。

 死に装束と提灯を持った白い人影と同義なのだ。

 

「マスター。ここにいたんですね」

 

 近付いて来た彼女から、逃げだしたいような、でも逃げたら後が怖いので、何も出来ずにいた。

 

「マスター、手を握ってもいいですか?」

 

 握りながら言うな。とは言えず、黙って手を差し伸べた。

 

「マスター、もっと沢山撫でて下さい」

 

 わかったから聖剣を下げろ。しかし、そんなことが言える訳もなく聖剣を向けられたまま彼女が求め続ける間は手を動かした。

 

「マスター! やりました! 私達の邪魔をする外敵を全て倒しましたよ!」

 

 ――いや、リリィなのに戦闘力高いってどう言う事……? カリバーン魔力込め過ぎでボロボロになって、半分炭にしか見えないし。

 

「マスター」

「マスター」

「マスター、マスター、マスター、マスター、ますたぁ……!」

 

 

 

「ーー……つ、辛い……」

 

 休日の朝、目覚めた俺は迫って来る笑みと底の見えない光の無い瞳を引き摺っているせいで余り夢見が良いとは言えなかった。

 

「……セイバー・リリィ怖い……」

 

 そしてちょっと泣いた。その涙は欠伸と一緒に流れていたのだと思いたい。

 

 だがその日は不幸にも午前中にとてつもなく疲れる日であった。

 

「……ぐ、何で色々怠くなる5月に大掃除なんて……はぁぁ、疲れたぁ……」

 

 自分の部屋に戻ってくるや否や今朝見た夢など忘れて普段はあまりしない昼寝をした。

 

 こんな時にでもヤンデレ・シャトーは容赦なく俺の前に現れる。

 

 幼きアルトリアの悪夢として。

 

 

 

「…………アルトリアだらけとか……リリィで酷い目に合った俺への当て付けか? だろうな」

 

 独りで愚痴り独りで納得した俺は監獄塔ではなく大奥と化した舞台に移動させられていた。

 

 和式なのは良い事だが、此処は迷い易い迷宮の様な場所だ。部屋だらけで何処からサーヴァントが来るかもわからない。

 

「マスター!」

「っげ、この声はリリィか……!」

 

 振り返ってもまだ姿が見えないのを確認した俺は慌てて姿を隠す事にした。

 幸い、大奥は襖だらけだ。部屋と呼べる物は少ないが、入っておけばそれだけで隠れられる筈だ。

 

「……此処は……ええい、ままよ!」

 

 少々不安を感じたが襖の先に続く胡散臭い感じがする部屋に入った。

 

「……なんだろう。床の模様も壁の絵も胡散臭く感じる……」

「マスターもそう思いますか」

 

 聞こえて来た声に体がビクッとした。部屋の中に既にサーヴァントがいた事に気付かなかった。

 

「ど、ドチラ様デ……?」

 

 片言になってしまった。そもそも、どちら様であろうとアルトリアでしかない。

 

「なるほど。マスターは己がサーヴァントすら忘れてしまう薄情者でしたか」

 

 敬語と共に毒を吐いて現れたのは、冬の時期は厳しそうな薄めの黒いサンタ服を着て、白い袋を担いだアルトリア。

 

「あ、オルタ! サンタ姿って事はライダーの方……ん?」

 

 俺の頭に違和感が過った。

 ライダーのアルトリア・オルタは冷酷な暴君で有りながらそのイメージを払拭する為にサンタクロースとなり、本来より少々はっちゃけた性格の筈だ。

 

「……姿は忘れられていない様で安心しました。それで、追手から逃げたいのでは? 戸を閉めなくて良いんですか?」

「あ、ああ……そうだな」

 

 前門のアルトリア、後門のアルトリアだが目の前の彼女から逃げるのは流石に難しいので俺はそっと襖を閉めた。

 

 閉めた瞬間に、部屋の胡散臭さがました気がした。

 

「……? あ、あれ……!?」

「どうやら一度開けて閉めるとその襖は半刻程閉まり続ける様です」

 

「……知ってた?」

「勿論です」

 

 担いでいた袋を地面に下ろすと、彼女は両手を背後に隠してゆっくりとこちらに歩いてきた。

 

 そして、彼女の異変の正体に漸く気が付いた。彼女の瞳の色が、金色では無い事に――

 

「――翠、か?」

「漸くお気付きになりましたか?」

 

 目の前で彼女は首を傾けて微笑んだ。

 その目の色はアルトリアに善性がある証だ。

 だがサーヴァントは生前の記憶は持っていても召喚された後の記憶は――いや、この話は止めておこう。俺だってうろ覚えだし。

 

「リリィ……なのか?」

「ええ。今はオルタとも、ライダーとも呼んで下さって結構ですよ?」

 

 リリィの記憶、恐らくカルデアに召喚された事を覚えているライダーなのだろう。

 

「クリスマスでは無いのが残念ですが、どうですかこの服? 少々大人っぽく見えるでしょうか?」

「ま、まぁ……見えるかな?」

 

 指で服を摘んでおへそをチラチラしない。そんな破廉恥な娘に育てた覚えはないですよ。

 

「ふふ、脱いで欲しいですか?」

「だ、駄目に決まってるだろ!」

 

 慌てて止めると、彼女は何故か酷く嬉しそうに笑った。

 その瞳には薄っすらと……

 

「……? な、何で泣いてるんだ?」

「――っ、な、何でもありま、せん……!」

 

 姿形、肌の色すら変わった筈なのに涙を流すライダーはアルトリア・リリィにしか見えなかった。

 

「り、リリィ?」

「……違います。私はライダーで、オルタです……白百合なんかじゃないんです……!」

 

 大粒の涙の重さは彼女の心が耐えきれる物ではなかった様で、その場に崩れ落ちる彼女の元に慌てて駆け寄った。

 

「――触らないで下さい!」

 

 だが、俺が差し伸べた手を彼女は拒んだ。

 両手で顔を抑える彼女の指の隙間からは涙が漏れ出ている。

 

「私は、私は……リリィではないのです……! 

 王として、暴君としての道を歩んだ、マスターの下さった経験を全て、この手で踏み躙った……!」

 

 アーサー王となった彼女の王道とは、例え正道であろうと邪道であろうと、決して幸福とは言えはしない、先の見えない歴史を歩み、背負う事になる。

 

 カルデアに幼きリリィとして召喚され、その経験と記憶を持った彼女が暴虐の王に染まるのはきっと想像出来ないほどの苦しみを味わって来た上でなのだろう。

 

(って、色々考える事は出来るし心中を察する事も出来るけど……)

 

 俺が慰めるのかと、ある意味自分らしい不安に駆られながら横を見ると鏡が置いてあった。

 

 普段なら鏡の配置に疑問を持つかもしれないが、先に今重要な情報を届けたのは反射された自分の姿だった。

 

 ――今の俺はカルデア所属の人類最後のマスター……間違いなく、彼女と共に歩いてきた主だ。俺が声をかける事に何の問題も無い。

 

「リリィは後悔しているのか。その結末に」

「……はい。勿論です」

 

 リリィは他のアルトリアを見た筈だ。もっとも彼女達がリリィにその生涯を語るとは思えないし、リリィは結局ブリテンの最後を知らずに王座に座った。

 

 その結果が後悔を持ったオルタ、と言う事だ。

 最も、それは生前での後悔はなくカルデアの記憶と共に此処に現れた故の後悔な気がする。

 

 ならば、やっぱり言葉は要らない。

 

「……マスター、放して下さい。私は――」

「――おかえり。頑張ったね」

 

 腕の中で、白百合に戻った彼女は泣いた――

 

 

 

 ――いい加減、俺も学習するべきだろう。

 そんな反省を眼前まで迫った彼女の唇を見ながら思った。

 

「んっ……はぁ……ん、っん……!」

 

 ヤンデレ・シャトーは良い話を感動的には終わらせてくれない。そんなの、もうとっくに知っていた筈なのに。

 

(感触が弱い、まだ若干遠慮してる…………じゃなくて! この胡散臭い部屋、自動で閉まる襖とか、丁度良い所に置いてある鏡とか、本当に嘘臭くなるレベルで準備してやがったな! アラフィフめぇ……大奥になっても悪巧みをしやがるか……!)

 

「んはぁ……マスター? 苦しく、ないですか?」

「苦しい。翻弄されている自分に後悔してる」

 

「……?」

 

 こちらを見下ろす首をちょこんと傾げた。

 

 オルタの見た目でこっちを気遣ったりリリィの仕草をするの止めて下さい。結構効く。心とか心に。

 

「私を、汚れて帰ってきた私を……受け入れてくれて、ありがとうございます……!」

 

(サーヴァントとの力の差とか関係なく、励ましたのが自分だから抵抗し難い)

 

「……やっぱり、私はカルデアが……いえ、マスターの隣が、良いです」

 

 そっとその細い腕を俺の胸に置いた。

 

「うん」

「マスターに、もっともっと近付いて……良いですか?」

 

 ……最後のチャンス。

 最悪斬られるが、此処で断らねば……!

 

「……リリィ。俺はまだ誰も隣に置くつもりはないよ」

「空いているなら私が頂きますね?」

 

 また唇が重なり、顔が上がった際に見えた表情はまるで俺から何かを奪ったかの様な悪戯な笑みだった。

 

「ずっと一緒です。私のアヴァロンは此処です。私の聖剣の鞘は、マスターです」

 

 っく、Stay nightファンが聞いたら暴動を起こしそうなセリフを……!

 

「……マスター、私の全てを預けても良いですか?」

「さ、流石に……荷が重いと――」

「――来なさい」

 

 後方に落ちていたプレゼント袋がもぞもぞと動き、中から黒い聖剣が彼女の手へと飛来した。

 

「それで……何が重いんですか?」

「いえ……何でもないです」

 

(重いのは愛だよ)

 

「……それでは、確かに預けました」

 

 首筋に向けられた刃が離れて行くのを見て、俺は溜め息を吐いた。

 

「……?」

「私の我が儘はここまでです。お付き合いして下さって、ありがとうございました!」

 

 ――彼女の事もお願いしますね。

 

 最後にそれだけ言い残すと、彼女の体は光の粒子となって消え去った。

 

「彼女……リリィの事か。任されました」

 

 俺は立ち上がった。

 取り敢えず、この部屋を出てリリィに会いに行こう。

 

「良し、もう開くな」

 

 俺は戸を開いた。

 

「――」

「……マスター、漸く、会えましたね」

 

 そこに立っていたのは黒い馬に跨ったアルトリア。ランサーの方のアルトリア・オルタだ。

 俺を見つめる翠色の瞳を見て全てを察し、最速で襖を閉めようとした。

 

「マスター、私はこの時をずっと待っていました」

「うぉ!?」

 

 しかしそれは何でも無いかの様に彼女の選定剣が入り口に挟み込まれ、引き手を握ったままの俺ごと剣で襖を押し開けた。

 

「貴方の僧侶に相応しい成長を遂げたと自負しています」

「黒いのに成長を自負……?」

 

「こ、これは大人の黒です! ミステリアスさが出て格好良くなりました、です、よね?」

 

 ……ランサーのアルトリア・オルタはクールな筈が残念さが偶に出てたけど、もしかして謎のヒロインXの影響で更に残念感が出てないかこのアルトリア・オルタ・ランサーinリリィ。

 

「で、ですがマスターもきっとこっちの方が好みでしょう!? 胸も大きいですよ!」

 

 先のシリアスは何処に行ったんだ?

 いや、同一人物で性格が異なるなんて英霊相手ならしょっちゅうあるけど。

 

「取り敢えず馬から降りない? なんか先から彼、気不味そうにしてるんだけど?」

 

 その恐ろしい風貌からは想像もしていなかったが、ラムレイは場の空気を気にしているらしく、先程から俯いたままだ。

 

「あ、ご、ごめんなさいラムレイ! 外で待っていてくれる?」

 

 はいはいごゆっくりとも言いたげに顔を振りながら出ていった。

 

「……」

「……えーっと、帰る?」

 

「帰りませんよ! ……そうです、漸く会えたマスターを好きに出来るんです」

 

 む、不味い。ヤンデレに覚醒か。

 俺は身構え、彼女の顔を油断なく見つめた。

 

「こんな好機は他に無い、ですよね?」

 

 冷酷な印象を与える血の気の薄い顔が僅かに微笑んだ。

 来るか……?

 

「……」

「……!」

 

 しかし、何故か彼女は突然両手で自分の顔を隠した。

 

「あ、っあぁ……! 久しぶりに見たマスターが、凄い格好良くなってる……!」

「……はい?」

 

「む、無理! 無理です! そんなに見つめないで下さい!」

 

 ……うーん、何かの漫画で見た事あるぞこんな反応。

 

 生真面目社員を演じていたOLが久しぶりにイケメンになった幼馴染に会った時の反応だ。

 

(OLって……そこも師匠譲りか?)

 

「……えーっと、もう帰っていい?」

「待って下さい! もう少し見てれば慣れますから! ……あ、あれを相手って……ハードル高すぎませんか……? で、でも、初恋ですし……」

 

 純粋……と言うか、只々残念なだけな気が……

 

「……ふ、ふむ! 覚悟は出来た! さぁ、来るがいいマスター!」

「いや、俺は行かないんだが?」

「……わ、私からじゃないと、いけないんですか?」

 

 いや、こいつ本当にヤンデレ・シャトーの効果受けてんの!? 今までに無いほど受け身で流石に怪しくなり始めてるぞ!?

 

『マスター』

 

「っ!?」

 

 そんなバカをやっている中、突然外から聞こえて来た声に驚いた。

 俺の召喚したアルトリアはオルタ・サンタとランサー・オルタを除けば、セイバー・リリィだけだ。

 

 そして、この部屋の扉は閉められていない。彼女は直ぐに聖剣を片手に部屋へと入って来た。

 

「漸く見つけました」

「幼き日の私ですか……」

 

 リリィは普段から他のアルトリアを(不意打ちや奇襲込みとはいえ)容赦の無い攻撃で排除している。

 元リリィのランサー・オルタが果たして勝てるのか……?

 

「……マスター? もしかして私の心配をしてくれていますね?」

「ま、まぁ……」

 

 出来れば病みの低いランサーに勝ってもらいたいが、不安しかない。

 

「X師匠直伝!」

 

 リリィが斬り掛かるが、ランサーはそれを聖槍で受け止めた。

 

「二刀流!」

「何!?」

 

 何処からか2本目の剣を取り出し、1本を抑えたままの聖槍の下からランサーへと突き出した。

 

 ――しかし、ランサーは全て見切っていたかの様に聖槍を自身の右側へと傾けつつ左へと移動し、逆に弧を描く軌道の槍先でリリィの顔を狙った。

 

「っく!? あうっ!?」

 

 間一髪で横に飛んで躱すが、脇腹へと放たれた蹴りで吹き飛んだ。

 

「奇襲も奇策も、知られているなら通用しない」

「うっく……!」

 

 しかも、リリィを見れば蹴りを放たれた箇所には小さな刺し傷が出来ていた。

 ランサーの靴底には鋭い棘が輝いている。

 

「そして、王になった事で初めてカルデアで得た知識は最大限活用出来る。貴様では10年経っても私に勝てないと知れ」

 

 戦闘になった途端、イキイキしているランサーを見てやっぱり仕事だけは出来るOLなんだろうなと再認識した。

 

「メルトリリスの足……」

「はい。これには毒は濡れませんでしたが、反動の大きい聖槍の開放の際などはこれがスパイクの役割を担っています」

 

 アーサー王物語完全崩壊だ。

 

「っく……わ、私は……! 例え、私が相手でも……! マスターの為に……!」

 

「っく……! ま、眩しい……! 健気……!」

 

 いや、何でリリィが立ち上がる姿にダメージ受けてるんだよ。

 

「ですが、大人気なくとも今日は私がイチャイチャするんです――――!」

 

 

 

 大人気ない真名開放で部屋の壁ごとリリィを遥か彼方へと吹き飛ばしたランサー。

 

「……心苦しい戦いでした」

「嘘だろ」

 

 言ってる事と齎した被害の大きさが合ってないんだよ。

 

「それでは、そろそろマスターを頂きます」

「来るな」

 

「……先程から思っていたのですが」

「――何様のつもりですか?」

 

「……え?」

 

 は? え? 何だ急に……言葉だけじゃなくて雰囲気も変わってないか?

 

「確かに恩人でありマスターではあるが、私は見下される程貴方の下にいるつもりは無い! 驕るのも大概にして貰おうか!!」

 

 急に威圧され反応が遅れる。

 何が起きているのか理解する前に、彼女は俺を押し倒した。

 

 だが、目を開ければそこには怒りではなく、喜びの感情を顕にしたランサーがそこにいた。

 

「……え、えぇ……?」

 

「……驚きましたか? これでも私、ちゃんとアーサー王に成ったんですよ?」

「あ、さてはカリスマスキルを使ったな?」

 

 思い出したかの様に彼女のステータスを確認する。

 

「はい。王ですので、当然所持しています」

 

 スキルはCランクだ。でも本来は暴君だからEランクの――ん?

 

『暴君として振る舞いながらも、幼き日の明るさと優しさを失わなかった結果、彼女の背伸びを放っておけない者が続出した』

 

 ……残念な事って、デメリットだけじゃないんだなぁ。

 

「な、何ですかその生暖かい眼差しは!?」

「いやぁ……愛されてるなーって」

 

「と、当然です! 私の想いを理解したんですねマスター?」

 

 受け取り方に語弊があるが、俺は修正するのも面倒だったので真っ先に彼女の腕を掴んだ。

 

「なんですか?」

「なんで自分の服に手を掛けてるんだ?」

 

「え? だって、マスターが愛を理解して下さったのなら合意ですよね? 

 あ、分かりました!

 サーヴァントですから手で脱がなくても良いって事ですね?」

 

 俺はすーっと目を伏せて魔力を解こうとする彼女の背中に手を回して慌てて引き寄せた。

 

「わぁ!? ま、ま、マスター!? 

 い、今脱ぎますからちょっとだけ待って頂けませんか?」

「脱衣禁止」

 

 俺は令呪でそう命じた。

 

「……マスター……令呪を使ってまで着衣プレイをお望みでしたか? 気が付かず申し訳ありません」

 

「いや、プレイも何も一切するつもりは無いけど」

「……どうして、ですか?」

 

「どうしても、私を受け入れない気ですか?」

 

 翠色の瞳から何かが消えた。弱々しくも、怒気を含んだ声が口から出てきた。

 

「私は、マスターと会えて幸せでした。マスターと旅をして、戦えて幸福でした。

 マスターとの別れを嘆きました。マスターがくれた時間の尊さを知りました。

 私の国の過酷に立ち向かいました。結末はともかく、後悔のない人生でした。

 ……私はその全てが今この時、この再会の為だと思っていました。例え私を知らなくても、私の知るマスターと再び出会い、王として生きた私の記憶に、女性としての喜びを与えてくれる……」

 

「それは……全部君の願いだ。君だけの。俺の思いは1ミリだって入っていない」

 

 言ってしまった後に、先程まで見ていた明るい側面が既に手遅れな程に絶望色に染まり切っている事に気がついた。

 

 瞳の色は病み始めた合図ではなく、先迄のリリィに成り切れていない彼女がそれを諦めた証だ。

 幼き頃の関係を築き直す事を辞めた彼女の雰囲気は、カリスマも子供の純真さもない、妖しさの混じった黒となった。

 

「……マスターは私を思ってくれないのですね。じゃあ、もう良いです」

 

 彼女は冷たい眼差しでこちらを見ながら唇を重ねた。

 

「体だけ、先に頂きます。

 ええ。もう乙女なんて言える歳では無いですから、暴君の、否、私のやり方で貴方を陥落させて見せます」

 

 体を押し付けられ、手は俺の口を塞いだ。

 

「――」

「もう、声だって聞こえません。何も聞きません」

 

 大きく育って柔らかくなった胸や足を体に密着させ、片手で俺の動きを封じ、もう片手で口を封じたアルトリア・オルタ。

 

 瞳から抜け落ちた何かは愛に等しい感情の筈だが、それが無くても彼女の体すべてが俺を絡め取るべく愛の形に成っていた。

 

 

 今宵の夜は、長い。

 

 





最近の更新速度が少々不安ではありますが、そろそろやっておかないといけないのでは無いかと思っているんですよ。
それじゃあ、そろそろ活動報告とツイッターで募集しましょうか……


……所で3周年とUA、どっちを企画のタイトルにしましょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ師匠

3周年企画の募集は5月30日、木曜日までです。
応募した方はお急ぎ下さい。
既にメッセージを送って下さった方々は31日の当選者発表をお待ち下さい。


 

「んー? なんだこれ?」

 

 ヤンデレ・シャトーに到着して直ぐに目の前の扉に目を凝らした。

 

(おかしい。扉しかない。

 エドモンにはサーヴァントが2騎だって聞いていたんだが……)

 

「て言うか毎回毎回、態々危ない入り口を俺に潜らせるのは一体どんなホワイダニットがあるんだ……」

 

 ドアノブを掴んで回した。夢に動機を求めるのが間違っているのだろうか。

 

(――っ……!)

 

 扉が開くと同時に頭の中に何か流し込まれた様な感覚。どうやら、何かの認識改変を喰らった様だ。

 

 改変された内容までは分からない。だが、改変されたと分かるのは何故だ。

 普段なら此処がヤンデレ・シャトーだと言う事すら忘れる程なのに……

 

(態々、大半の記憶がある状態にしたんだ?)

 

 随分怪しい攻撃だったが、行き先は変わらない。俺は扉の中へ入った。

 

 その部屋は神代の魔術師の部屋だった。

 

 魔術的機材や触媒、書物。

 そして、その雰囲気に似つかわしくない文明の利器もある。冷蔵庫とキッチン、電子レンジの置いてある台所が同じ部屋に机で分けられ置いてある。

 

「あ、来たね」

 

 当然、扉が開いているなら人がいる。声の主は俺の良く知る人だ。

 しかし台所で屈んでいるので姿が見えなかった。

 

「ちょっと待ってて。今新作のキュケオーンが出来そうだから」

「いや、新作って……ご飯くらいなら俺が作りますよ、師匠」

 

「っ! いやいや良いよ、大丈夫!」

 

 何を慌てているんだろうか。俺は直ぐに師匠の様子がおかしい事に気付いて足を動かした。

 

「……失礼します」

「あ、こら! ちょっと待ってなさい!」

 

 台所まで歩いて中を覗き込むとそこにはボウルの中で玉虫色の色彩を放つ泥の様な物があった。その中に麦米らしき物が見え、キュケオーン……と呼んでいいのか分からなかった。

 

 師匠の顔は「あ、バレた」みたいにテンパったまま、ボウルに向けたスポイトから何かの薬品が1滴だけ落ちた。

 

 一瞬で玉虫色の何かは、俺も良く知るキュケオーンへと変色した。

 

「あ、あははは…………食べ、る?」

 

 俺は無言でゴミ箱を指さした。

 

 

 

「全く、何をしてるんですか師匠」

「うぐ……新作のキュケオーンだったのにぃ」

「あんな食欲の失せる色の物を良くもまあ食べ物として出そうとしましたね。オケキャス師匠は暫く料理禁止です」

 

「な、なんで弟子の君に師匠である私の研究を禁止されなければならんのだ!」

 

 本当に、この人に威厳は無いのだろうか……いや、弟子入りを志願したのは俺だったので余り強く言えないけど。

 

「な、何だその可哀想な奴を見る目は!?」

 

 そう、俺はカルデアのマスターとして魔術を身につける為にオケアノスのキャスターに弟子入りさせてもらい、こうやって彼女の部屋に来ては魔術の研鑽を……している筈だ、多分。

 

(……むぅ、おかしいぞ? ……師と弟子って事で私が上の立場で優位に攻めるって話じゃ……)

 

 しかし、そうか。この悪夢の中に現れるという事は師匠もヤンデレの可能性があるのか……

 

 でも、この人は素で怪しい行動をするからなぁ。

 

「まあいいか。じゃあ、今日もこの大魔女が君に修行を付けてやろう」

「よろしくお願いします」

 

 と言ったが、師匠は正面から思いっきり俺に抱き着いて来た。

 

「ちょ、な、なんの真似ですが師匠!? 殴りますよ!」

「君は本当に遠慮がないな! 抱き着いて来た女性に愛の言葉より先に脅し文句とは……師匠がいなくなっても良いのかい?」

 

「っ……!」

 

 頭の中に、金髪の少女の笑みが浮かんで来た。特異点で共に旅をした彼女の寂しげな顔が――オケキャス師匠の顔と重なった。

 

(……あれ? 意外と効果ありかな?

 ふむふむ、特異点で出会った女を召喚できなくて落ち込んでいるのは本当みたいだね。全く、本当に嫉妬させてくれるんだから!)

 

「す、すいません師匠。それで、この体勢に何か意味が……?」

 

 密着し過ぎて、甘い匂いの香水が移らないか心配だ。

 

(……だけど、その何処の馬の骨とも知らぬ女には感謝しよう。お陰で彼の心の隙間に簡単に居座れるんだからね)

 

「ふふん! 素直なのは良い事だ!

 君は魔術師としては未熟だからね。万が一にでも事故が起こって君が傷付く様な事態を防ぐ為に君には最大限触れているのさ」

 

「安全に配慮するのは良いけど、せめて腕を握る位にして貰っても……」

「だーめ。さあ、ほら早く魔術を使ってみなさい!」

 

 オケキャス師匠に言われるがまま、俺は魔術回路を起動させ礼装の術式を発動させた。

 

「瞬間強化!」

 

 いつも通り、スキル発動に成功した。オケキャス師匠はそれを見て頷く。

 

「へぇ……なるほどなるほど」

 

 漸く体を離しながら

 

「うんうん、発動の手順は理解出来た。けどやっぱり君の属性は分からないね」

「属性……」

 

「うん。君の使う礼装が機能的すぎるのもあるけど、魔力の色が混ざっていると言うか同時に存在していて存在していない……みたいな感じかな?」

 

「よく、わかりませんね……」

 

 これは、悪夢の中だからなのか、主人公が無数に存在するからなのか……それとも本当に属性が無い……? そこらへんの話はよく分からない。

 

 熱くなる額に手を当てた。

 

「うーん、分からないままなのは気持ち悪いけど、調べる方法も無いし、まぁ良いか」

 

 弟子の才に関係しそうな事なのに随分適当な師匠だ。

 

 近くの机に手を置いて体を支えた。

 

「君だって生粋の魔術師って訳じゃないんだし、そこまで興味は無いだろう? 現代の魔術は対価の割に見合っていない物が多いそうだし、まあ使い慣れた礼装の魔術の方が有用さ」

 

 服をなぞりながら語った師匠は俺の顔を見た。

 

 触れて来た手が冷たい……いや、俺の顔が熱い。

 

「もう出来上がってきたかな?」

「はぁ……はぁ……な、何が……!?」

 

「術式が解かれば魔女である私なら簡単に書き換える事が出来るんだよ。

 君が使った瞬間強化はいま、君の体から力を奪う魔術に変更されたのさ。

 まあ、体が熱いのは私の香水に混ぜた媚薬のせいなんだけど」

 

 オケキャス師匠……行き遅れたからって弟子に手を出す気ですか。

 

「師匠として恥ずかしくないんですか!?」

「何言ってるの? ああ、そうか。君と私とでは逆なんだね」

 

「逆……?」

「弟子にしてから好きになったんじゃなくて、好きだったから手元に置く為に弟子にしたのさ。まあ、君が師匠師匠と慕ってくれるのも悪くはなかったけど、私はそんなに君に遠慮して欲しくないなぁ……と」

 

 最早立っている力も無くなった俺は膝を折り、机に置いていた手も地面に着いた。

 

「まあ、これで君は本当に私の物さ。力は入らないけど体は敏感だろ?」

 

 首を指でなぞられ、その動きに快楽が背中をゾクゾクと上ってきた。

 

「ふふ、まあ私の魔術工房内だから力を奪わなくても逃げらないから本来必要ないんだけど、まあ師匠に歯向かわない様に君を少し素直にしてあげよう」

 

 

 

「ほーら、キュケオーンだぞー」

 

 あれか何日か経った。

 俺は未だに脱出どころか、拳を握る力すら戻っていなかった。

 

 師匠によって書き換えられた術式は自動的に発動し、俺の魔力を糧に俺自身の弱体化をしていた。

 

 勿論、それでは魔力は尽きて俺が死んでしまう。

 

 なので師匠は俺に笑顔でキュケオーンを食べさせる。

 なんでも、それは魔力を回復させるだけでなく一時的に師匠の工房内の魔力を吸収出来るらしく、燃費に関しても師匠が改良を重ね続けた結果、僅かな魔力しかない俺でもこうして何日に渡って発動できる様になったらしい。

 

「ねぇねぇ、何時になったらその指輪を嵌めてくれるんだい?」

「は、嵌める……嵌める、から……」

 

 そして、俺の手に横に置かれたと指輪。それを薬指に嵌める事が師匠の出した術式を解く条件だ。

 

 しかし、力を奪われ指が震える状態の俺では、指輪を上手く嵌める事はできない。

 薬指にギリギリのサイズのそれに揺れる指を入れるのは困難で、掴む力も無い俺では不可能だ。

 

「うーん、なら早く嵌めて欲しいなぁ」

 

 だけど、師匠は手伝ってくれない。

 

「ちゃんと薬指に嵌めて、私に見せてね? そしたらその魔術も解いてあげるから、ね?」

 

 笑顔で師匠はこう言った。これも修行だと。

 

「私に立派になった弟子の姿を早く見せてね? それまで私も、こうやって君にキュケオーンを沢山作ってあげる」

 

 そして皿一杯分のキュケオーンを食べさせてから師匠は出ていった。

 

 

「良い顔だなぁ。ふふふ、今日も私を求めて鳴いてくれる。でも、まだまだ……

 君にはもっとちゃんと、師匠におねだり出来るダメダメな弟子になって貰わないとね?」

 

 

 

 

「…………ん?」

 

 目が覚めると俺の前に1つの扉が置かれていた。

 

「……あー……ヤンデレ・シャトー、か?」

 

 少し気分が悪い。体にダルさを感じるが、少ししたらそれも抜けていった。

 

「うんっ……寝る時はそんなに疲れていた筈は無かったが……と、そろそろ行くか」

 

 エドモンに急かされるかもしれない。俺は扉を開けて中に入った。

 

 そこは海だった。

 

「………え、どこでもドア?」

 

 見れば、握っていたドアノブを残してドアは既に消えていた。

 

「今回の舞台は海かぁ……」

「全く、私を差し置いて新たな師が欲しいなどと、よくも抜かせたものだな」

 

 後ろから聞こえて来た声に思わず体が竦んだ。

 

「す、スカサハ師匠……!」

 

 しかし、その水着姿を見たと同時に俺の思い描いていた師匠ではないだろうと思った。

 

「魔術の師が欲しかったのか? ルーン魔術は勿論、魔境の叡智がある私なら現代の魔術の知識を手に入れ、お前に教鞭を振るう事など造作もない」

 

 そう言ったスカサハは何処から取り出したビーチパラソルを取り出し、いつの間にか敷かれていたシートの中心を貫いて地面にパラソルを突き刺した。

 

「さあ、座れ。私がお前を一人前にしてやる」

 

 有無を言わせない姿勢でそう言った彼女に従い、俺はその場に座った。

 

 意外な事に、本当にスカサハによる魔術の授業が始まった。内容は魔術の扱いを重視する内容であった。

 

 普段、礼装のサポート有りきで行っている魔術回路のオンとオフ、一工程の簡単な魔術の行使等、彼女の真面目さが全面に押し出された物となっていた。

 

 しかし、この授業には大きな問題があった。

 

「それで、答えは?」

「え、えっと……」

 

 水着姿の彼女の胸である。嫌でも目を奪われる瞬間があり、だんだんそれに気付いた彼女も無駄に腕を組んだり前屈みになったりと俺をからかう様な動きが多くなった。

 

「ふむ、流石に長時間座っていると疲れるな……」

 

 生足も十分凶器であったと重ねて述べておく。

 

 しかし、それで理性が溢れる事はない。て言うか、例えヤンデレでなくてもこちらから手を出すなんて恐ろし過ぎて出来る筈がない。

 

「よし、今日はこれ位で終わりにしてやろう」

「ふぅ……っ!?」

 

 だが、終わると同時にスカサハ俺の方をしっかり掴んだ。

 

「……ふぅ……ふぅ……ふぅ……!」

 

 先まで普通だった筈の表情は赤く染まり、呼吸が乱れている。

 

「ちょ、師匠……!?」

「はぁ……これはお前が……師である私にあんなに嫌らしい視線を向けるからだ…………お前も、見ているだけでは辛かろう?」

 

 スカサハ師匠の腕が俺を引っ張る。

 近付いた体同士は触れ合い、布越しでも彼女の柔らかな双山の中央が主張しているのが分かる。

 

 その刺激に触発された師匠は更なる快楽と接触を求め俺を引っ張る。

 

「……マスター。分かっているだろう? 私はもうお前が欲しくて止まない」

 

「師匠、待って」

「我が弟子ならば、迫る女くらい容易く抱いてみせよ」

 

「だけど、俺の師匠はそんな軽い女じゃないでしょ?」

 

「……その言葉は」

 

 その時、師匠の力が急に増した。顔も妖しい雰囲気が消えて、怒りが顕になった。

 

「私が軽い女だと? お前の口からそんな言葉を聞くとは思わなかったぞ」

「し、師匠……!?」

 

 肩を掴んでいた手が首まで来た。親指が呼吸を難しくする位置でめり込んでいる。

 

「私の目的はお前だ。お前が欲しくて欲しくて、私の体は疼いている。

 ――だと言うのに、今の言葉は私の想いを踏み躙った」

 

 身の危険を感じて両手でスカサハの腕を引き剥がしにかかるがまるで外れない。なんて力だ。

 

「安心しろ。少々苦しくなるだろうが体で教えてやろう。英雄になるのであれば女の扱い方は必須。先ずは私の心の痛みから刻み付けてやろう」

「うぐっ……!」

 

 地雷を踏んだなんて今更口に出さなくても十分に理解したがこのままでは本当に殺される。いや、そのつもりはないだろうけれど。

 

「がぁ、はぁはぁ、はぁ……!」

「ふふふ、お前の言葉が刺した私の痛み、少しは理解出来たか?」

 

 俺はそれでも、彼女が劣情で迫る姿がお世辞にも美しいとは思えなかった。

 

「ガンド……!」

「何……!?」

 

 普段の師匠なら例え至近距離でも当たらない攻撃だが、発情と怒りで視野の狭まった彼女に当てるのは簡単だった。

 

 動きの止まった師匠の腕を掴んで、自分に強化を掛けて師匠を引っ張ると、一緒に海へと落ちた。

 

 

 

「むすーっ」

 

 可愛い。けど怖い。

 古典的ではあるが、水のお陰で冷静さを取り戻した師匠はそれでもやはり彼女を抱かなかった俺に怒り、むくれている。

 

「私は決して軽い女などでは……弟子大好きだし……一筋だし……監禁……」

 

 何かまだブツブツ言っている。

 

「師匠」

「調教……媚薬……感度3000」

 

「し、師匠!」

 

 いかがわしいタグみたいな単語を並べるスカサハ師匠を正気に戻そうと声を張り上げる。

 

「……なんだ」

「いつまで怒ってるんですか? いい加減機嫌を直して下さい」

 

「お前が言うか……」

 

 師匠は立ち上がり、こちらに歩いてくる。

 思わず身構えるがそれより早く師匠は俺の額にキスをした。

 

「だが、お前の中に理想の私がいた事は喜ばしい事だ。

 私を拒んだなら、他の者にも好き勝手させるな」

 

「師匠……」

「まぁ、また今度あった時はしっかりと相手をして貰おう。ふふふ、骨抜きになる日を楽しみにしておけ」

 

 怖い事を言い残して、師匠は去っていた。

 その時の顔が、いつしかの特異点で出会った師匠の別れ際と被った気がする。

 

 

 

 

 

「ふ〜んふ〜ん……さあ、我が愛弟子よ。今日もキュケオーンをお食……ん!? あれ、いない!?」

 

 オケキャス師匠は慌ててキュケオーンを近くに置いて牢屋を見渡す。

 しかし、そこに力を抜かれた俺の姿は無い。代わりに彼女が術式を弄った礼装が脱ぎ捨ててある。

 

「そんな馬鹿な!? 一体、何処に……!」

 

 牢屋の鍵を取り出し、彼女は中に入った。

 

「ガンド!」

 

 俺はその瞬間を見逃さず、死角から彼女の動きを止めると手の中の鍵を奪った。

 

「な、なんで!? 体の自由は奪った筈!」

「別の師匠のおかげかな?」

 

 俺は髪を上に上げ、おでこから消えかけているルーン文字を見せた。

 姿を消すルーンとレジストの効果が発揮された様だ。

 

「な……そんな物いつの間に!? き、君は私の弟子だったじゃないか!」

「使える物は何でも使う。師匠を倒す為なら尚更だ」

 

「だけど、君は逃げられないよ! こんな牢屋、体の自由さえ戻れば直ぐに破ってまた捕まえてあげる!」

 

「なるほど……所で、この礼装の瞬間強化って確か力を奪う術式になってるんでしたっけ」

 

 俺は掴んだ礼装を見せびらかす。

 

「……これ、師匠の力を奪えるのかな?」

 

 俺は魔力を流し師匠に対してスキルを発動させた。

 

「うっぐ……! や、やめろぉ……!」

 

 麻痺する体から力も抜けて、自分の体を支えられていられなくなったオケキャス師匠の上にそっと礼装を被せて袖で体を巻いてあげた。

 

 発動した礼装は最初こそ対象である師匠に効力が発揮されていたが、次第にその効果を礼装を着用した者に変える。まあ、それも今は師匠自身を苦しめている訳だが。

 

「とっ、取ってよ! 弟子、師匠の頼みだぞ!」

 

 この人はわざとやっているのだろうか。こんなに虐めたくなる人が他にいるのだろうか。

 

「取りません。俺にしたイジメの数々をお忘れですか?」

「ち、違う! あれは本当に君の成長を祈ってやったんだ! 信じてくれ!」

 

「そうですか……」

「ご、ごめんね! 謝るよ! お願い!」

 

 それでも流石はオケキャス師匠だ。俺はしゃべる力も奪われていたのに口が良く動いている。

 

「師匠、もうちょっと可愛くお願い出来る?」

「う、うん! ご、ごめんなさい。もう二度と悪い事しないから、許して下さい」

 

 うーん、可愛いか? 力が入らない状態で笑顔が引き攣ってるけど……可愛いなぁ。

 

「ね、ねぇ……先から君、性格変わってないかな?」

「そうかもね。でも、今の師匠、可愛いね」

 

「そ、そうかなぁ……じゃあ、この可愛い師匠を出してくれても良いんだよ?」

「うーん、まだ駄目かな。

 あ、そうだ。師匠は俺にこのまま閉じ込められたくない?」

 

 そうだ。元々師匠は俺を閉じ込め飼い慣らそうとしていたんだし、逆にそうすれば師匠は喜ぶだろう。

 

「そ、それは駄目だよ! だって、私が君の師匠だよ!

 あ、そうだマスター! 君に飲ませた媚薬が何か妙な作用をしたに違いない! 解毒剤をあげるから、此処から出して!」

 

 あー……なるほど、媚薬のせいで……そうか、オケキャス師匠を虐めて楽しくなっているのはそのせいか。

 

「じゃあ、遠慮はいらないか」

「……え?」

 

 だって、媚薬は師匠から投与された物だし、それのせいでこうなったのなら俺が遠慮する理由はない。例え多少師匠を傷つけてもそれは自業自得だ。

 

「安心してよ。何時もの鬱憤の半分くらいで勘弁してあげるから」

「……い、何時ものって……?」

 

「ああ、ヤンデレ・シャトーの分だ」

 

 俺は半笑いのまま気絶したオケキャス師匠に被せる水と、彼女が退屈しない様にと玩具を探す為に部屋を出た。




今更ですがライネス師匠が引けなかった記念。
師匠って立場の難しさを再確認する話となりました。


さて、次のイベントは新サーヴァントが引けると良いなぁ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイペースと愛の神 【3周年記念企画】

3周年記念企画、最初は 鴨武士さん です。

陽日の睡眠はあのビーストに果たして通用するのか……?



 ベッドの向こうから腕を引っ張られる。折角大きなベッドで寝れているのになんて無粋な。

 

「マスターさん! どうして何時も何時も寝てるの!? ちょっとは私の相手をして下さーい!」

 

「駄目……小学生の相手は無理、嫌、眠い。嫌な顔せずにお世話してくれる金髪の人を呼んでください」

 

 逆側から頭を撫でられる。

 

「全く……しょうがないわ。ならあの女なんて忘れる程、私が思いっきり甘やかして依存させてあげるわ」

 

 ちょっと目を開けると、そこには模様の書かれたお腹が……

 

「その歳でそんな破廉恥な格好している娘はちょっと……引く」

「引くなっ!」

 

 何で俺はまたこの2人の相手をしているのだろうか?

 

 子供の相手は面倒なんだ。眠いし、眠い。

 しかし、そんな俺の心情などお構いなしに……イリヤとクロエだっけ? は、俺の周りでキャキャと騒がしい。

 

「クロエ」

「何っ!」

 

 怒りながら返事をする褐色肌の娘に、俺は自分の頭を指さした。

 

「膝枕」

「……全く、しょうがないわね?」

 

 直ぐに表情が柔らかくなった。俺はイリヤを手招きする。

 

「……! 抱き枕だね、マスターさん!」 

「違う」

 

 俺は再び頭に指を向けた。

 

「2倍膝枕」

 

 こうして、俺のより心地の良い睡眠の為の研究は進むのだった。

 

 

 

「ふーん、私を召喚しておきながら、一度だって相手してくれないマスターさんがどんな方だと思ったら……睡眠大好きな自堕落さんですか」

 

 睡眠過多のマスター、陽日の事を調べ監視する小さな影があった。

 

「……しかも、ここ最近のシャトーに現れるサーヴァントが殆ど幼女だなんて……私の手にかかればあっと言う間に堕とせますね」

 

 そのサーヴァントの選出には母性を抱かない子供の英霊が騒がしく、陽日の眠りを妨げられるかもしれないというエドモンの策略があった。

 

 しかし、このアサシンのサーヴァント、愛の神カーマには関係の無い事だった。

 

 彼女は特異点での戦いで破れ、力を失った後に召喚され、面倒くさがりな陽日にろくに育てられていない。

 

 そんなカーマでは大人の霊基に成るのは難しいが、その問題はマスターが子供好きなら関係ない。

 カーマの目に妖しい光が宿る。

 

「愛が歪む場所だなんて、やさぐれた愛の神である私にこれ以上にないくらい相応しい舞台じゃないですか」

 

「大奥での借りを返すついでに、愛に溺れさせてあげましょう……ふふふ」

 

 

 

 夢の中じゃなくて現実でお世話してくれればなぁと思う今日この頃。イリヤとクロエの膝枕は寝心地は悪くなかったが、やはり抱き枕は必要かもしれない。

 

「……ふぁ……」

 

 夢の中でも寝て、起きたばかりなのであまり眠気は無い。さっさと起きて朝食を作ろう。

 今日は休日だが、両親は旅行に行っているので家にいない。

 いや、旅行じゃなくてフィールドワークだったけ……?

 

「どっちでもいいや……うん?」

 

 寝起きの頭をかきながら、不意に匂いに気がついた。これは、味噌汁だろうか?

 

「泥棒が味噌汁を……それは泥棒なのか?」

「随分お寝坊さんですね。もう10時30分ですよ? 家で1人なのに、そんなゆっくりで良いんですか?」

 

 扉が開かれ、見た事ない小さな娘がこちらを見ていた。白い髪に紫色の……チャイナ服だろうか? 

 

「えーっと……どちら様で?」

「ええ……マスターさん、酷い……召喚した私の事、忘れちゃったんですか? 」

 

「召喚? マスター……あぁーそっかそっか、サーヴァントの人かぁ」

 

 ちょうど良いタイミングで来てくれた。

 

「ごめんね、何時もうたた寝しながら遊んでるからストーリーとかあんまり覚えてないんだ。えーっと、自己紹介して貰っても?」

 

(え? この人本当に私の事知らないんですか? あの大奥の事も? 

 ……もう酷過ぎてドン引きですけど私は愛せますし、寧ろ今日の目的には知らない方が都合が良いですね)

 

 何か凄いジト目で見られている様な……

 

「では簡単な自己紹介を……私はカーマ、クラスはアサシンです」

 

「カーマ、カーマ……うん、覚えた」

 

「そうですか。

 では、マスターさんの為に朝食をご用意しましたので食べて下さい」

「ありがとう」

 

 と言いながら俺は先ず顔を洗う為にトイレに向かった。

 

「……ふぁぁ……」

 

 いけない、いけない。

 サーヴァントの人がお世話に来てくれた安心感で眠気が……頬を軽く叩いてから朝食を食べる為に食卓に着いた。 

 

「はい、味噌汁とご飯、それと鮭です」

「いただきます」

 

 俺は食べ始めるが作った本人であるカーマは、やはり他のサーヴァントの人同様に食事は不要な様で、こちらを見てはいるがご飯に手を伸ばす事は無いようだ。

 

「それでマスターさん、今日の予定とかあるんですか?」

「うーんと、洗濯と買い物……」

 

「それは全て私がやりましたよ?」

「え? 本当?」

 

 ベランダへと視線を向けた。確かに洗濯物が干してある。

 そしてキッチンには昨日母親に頼まれたトイレットペーパーが置いてある。普段から使っているのと同じだ。

 

「お金は?」

「手持ちがありましたので、払っておきました」

 

 助かるなぁ……あれ、でもサーヴァントの人って他の人に見えなかった様な?

 

(まさか愛の神の私が気を惹く程度の矢しか放てないとは思いませんでしたが、矢で買い物させた後にトイレットペーパーをひったくりに盗ませて転ばせ、ゴタゴタの内に回収出来たので問題ないですね)

 

 どうやって買ってきたか考えると眠くなるのでやめておこう。

 

「ありがとう、凄い助かるよ」

「いえいえ、愛の神である私にかかれば何の問題もありません」

 

「え、愛の神なの?」

 

(食い付きましたね? ふふ、この年頃の男なんて色恋沙汰に悩む時期でしょう? 私の力が欲しいですか?)

 

「それは大変だね」

「……え?」

 

 愛の神だと言った彼女を僕はもう一度良く見た。

 

(あの年でウェディングプランナーなのかな? それとも恋愛相談とか? 

 でも愛の神だから……あ、キューピッドなのかな? 翼があって裸で弓矢を撃つ……あ、だからあんなに薄着なんだ)

 

(な、何故あんな同情的な視線を……? もしかして、何か愛に苦い思い出が? いえ、アレは私を哀れんでいる目……?)

 

「大丈夫だよ。毛布は沢山あるからね」

「??」

 

 その後、カーマの用意してくれた料理を食べた俺は食後の歯磨きの後、自分の部屋に戻ってきた。

 

「それで、食事の時も聞いたんですけど今日の予定は……?」

「無いよ? あ、買い物と洗濯、ありがとう。本当に助かったよ」

 

 うっかり頭を撫でてしまったが、まあいいか。嫌な顔はしてないし。

 

「じゃあ、俺寝るね」

「……え? 冗談ですよね?」

 

「ううん、寝るよ? 休日だしゆっくり休みたいなぁ……あ、カーマも寝る? 布団出すよ」

「……え、えぇ……?」

 

 何故か戸惑っている彼女の為に俺は押し入れから布団を取り出し、毛布も2枚出した。

 

 枕も綺麗に置いて……よし、寝よう。

 

「遠慮しないで寝ていいよ?」

「そ、それでは……」

 

(あぁ、そうか。このロリコンさん、起きてる私に手を出すのが怖くて眠っている最中に襲おうとしていますね?

 ふふふ、良いでしょう。愛の神である私を襲おうだなんて愚かな人間でも私が愛してあげましょう……)

 

 カーマは目を閉じて寝たようだ。うん、折角だから一手間かけよう。

 そう思いすぐ横のテーブルに手を伸ばした。

 

(それにしても、そこらの人間にしては随分良い布団ですね。毛布柔らかさも申し分ないですし…………ん? これは、ラベンダー……?)

 

 

 その後、いくら待とうが襲ってこない陽日を待つ内に、買い物に魔力を使ったカーマも気付かず内に睡魔に誘われ眠っていた。

 

 

「……っは……ね、寝てしまったんですか、私が……?」

 

 4時間後、カーマは普通に起きた。布団も毛布も乱れた様子はなく、当然衣類は無事だ。

 

「……えぇ……ちょっと待って下さい。何もかも想定外です。

 自堕落なマスターと思っていましたが私に手を出さないとかどうなっているんですか? 枯れてるんですか?」

 

「すぴぃ……ぐぅ……」

 

「しかも……遅く起きた筈なのにまだ寝てますし……熟睡ですねこれ」

 

 こうなったら愛の神らしく自分から襲ってやろうかと考えるが、それは短絡的だと思い直す。

 

「此処は当初の予定通り、私が甲斐甲斐しくお世話をしてこの自堕落人間を更に駄目な人間にする必要がありますね……」

 

 幸い、現界が終わるまでまだ時間はある。なので彼女は早速、掃除を始め、夕飯の準備も開始した。

 

 そして料理が出来上がると部屋まで料理持って行った。

 

「マスターさん、ご飯ですよ」

「んぁ……うん、食べりゅ……」

 

 フォークで運ばれたご飯を陽日は何の警戒もせずに食べ、その様子にカーマはほくそ笑む。

 

 元々、出来る事なら極力動くのを嫌う陽日にとってカーマは願ってもない存在であり、彼女の行動に感謝すれど疑う事は無い。

 

(チョロ過ぎですね。ふふふ、このままお風呂に誘導して骨抜きにしてあげましょう……!)

 

「ありがとう、美味しかったよ」

「っ……いえ」

 

 礼を言いながら頭を撫でた陽日は立ち上がり、皿を持っていこうする。

 

「あ、食器も私が洗います! マスターさんは待っていて下さい」

「そう? 何から何までありがとう」

 

(ふふふ、精々今の内に子供扱いしてて下さい)

 

 しかし、台所まで食器を持っていたカーマが部屋に帰るとそこには陽日の姿がなかった。

 

「あれ? マスターさん?」

「んー呼んだ?」

 

 返事をし、後ろから現れた陽日は濡れた髪をタオルで乾かしていた。

 

「……お、お風呂、入ったんですか?」

「? うん。流石に、汗かいちゃったし」

 

 予想外の入浴にカーマは内心ショックを受けていた。まさか自分の行動を先読みされたのかと疑いの表情を浮かべる。

 最も陽日にはそんな気は一切無いが。

 

「あ――」

 

 しかし、そこで時間切れ。

 カーマの体は消え始めた。

 

(まぁ、現界のシステムを弄ったので後数日間は私のターンですし、まだまだ私も本気じゃありません)

 

「え、大丈夫? なんか薄くなってるけど……」

「ええ、今日はここまでです。ですが、明日もまた来ますので、マスターさんのお世話をさせて下さい」

 

「ん、分かった。今日はありがとう」

 

 

 

 次の日、普段通り学校があった陽日は授業が終わると帰宅部らしく最速で家に帰ってきた。

 

「はぁ……真面目にするのって疲れるな」

 

 だが家のドアノブを握った瞬間、彼は笑みを浮かべた。これでようやく寝るからだ。

 

「ただいまー」

「お帰りなさい、マスター」

 

 普段の習慣で言っただけの挨拶に返事が帰って来ると思わなかったので、少し目をパチパチさせたが昨日見たその幼い姿を思い出した。

 

「あー、えーっと……カーマ?」

「はい、マスターのサーヴァントのカーマですよ? 今日もお世話させて頂きますね」

 

 予想外、と言うかすっかり忘れていた彼女のお出迎えにちょっと嬉しくなった。

 家に着いたら宿題をする前に仮眠を取るのが彼の日課だが、今日は家事を考えずに済むのでいつもより多く寝れそうだ。

 

「まあ、もう掃除も洗濯も終わってるんですけどね」

「あ、そうなの? 本当にありがとう」

 

 相変わらず子供だと思っている陽日は彼女の感謝しながら頭を撫でる。

 

(本当に子供だと思っているようですし、私の本性を知ったらどんな顔をするか、見物ですね)

 

「それじゃあ俺は寝るけど」

「なら、私も寝ます」

「ん、布団出さないとね」

 

 その言葉にカーマは笑顔で提案をした。

 

「その必要は無いですよ」

「ん?」

「膝枕は、要りませんか?」

 

 徐々に距離を詰めようと、カーマがそう提案すると陽日は首を横に振った。

 

「……抱いていい?」

「っ!? え、えぇ! 構いませんよ!」

 

 予想外の言葉に少々面食らったカーマだが勝利を確信してその誘い応じ、そして落胆した。

 

「……ん……」

「だ、抱き枕ですか……いえ、流石に飛躍し過ぎだと思っていましたし、ある意味納得しましたが……」

 

 密着したまま寝た陽日に呆れつつも、カーマは結局自分からは何もしない。

 

(……とは言え、まだまだ依存が足りていませんね。仕方ありません。明日は朝から会いに来ましょう)

 

 休日だった昨日とは違い、2時間半の仮眠を取った後陽日は目を覚ました。その間、カーマを放す事は無く、彼女も陽日の腕の中から出ていく事はなかった。

 

「よし、宿題しよう」

「宿題、ですか?」

 

 椅子に座りノートと向かい合う陽日を見てカーマはもう1つ彼を堕落させる方法を見つけ、ほくそ笑んだ。

 

「では、それも私が――」

「あ、これは俺がやるから良いよ」

 

 しかし、意外にも断われた上で頭を撫でられた。

 

「え、遠慮しなくても良いんですよ?」

「いや、勉強はしっかりしないと母さんにも父さんにも申し訳が立たない」

 

 そこに初めてしっかりとした陽日の意思を見たカーマは説得を諦めた。

 

(つまり、アレを任せてしまう程に堕落させれば良いんですね)

 

「それじゃあ料理を……」

「あ、今日は母さん達が帰って来るから大丈夫」

 

「そう、ですか……」

 

 両親にはカーマの姿は見えないとはいえ、帰ってきてしまえば物を動かすのも難しくなる。

 

 別に物を動かしているのが見つかっても幽霊扱いされ騒がれる程度で仮に陽日が説明しても妄想、幻覚と思われるだろう。

 

(これでは一緒に入浴するのも難しいですね……)

 

 カーマは消えたフリをして監視に徹する事にした。生活の中に彼を堕落させるヒントがあるかもしれない。

 

(そもそも、あんな自堕落人間の両親なんて、一体どんな……)

 

『ただいま!』

 

 30分後、玄関から聞こえてきた挨拶に気配を消して両親の姿を見に向かった。

 

 そこにいたのは機能性と動きやすさを重視した服装とパンパンに膨らんだバックを背負った男女だった。

 

「ようちゃーん! たーだーいーまー!」

「陽日、元気にしてたかぁ!」

 

(うるさい……)

 

「うーん、元気だよ」

 

 部屋から出て返事を返した陽日。表情は若干呆れつつも嬉しさを含んだ物だ。

 

「そうかそうか! 今回もお土産沢山持ってきたぞー!」

「ごめんね、直ぐにご飯作るからね! ちゃんと食べてる?」

 

「お土産ありがとう。うん、食べてる」

 

 意外な事に、陽日の両親は国内国外問わずフィールドワークで活躍する名の有るカメラマン夫婦だった。

 

「よっし! 陽日、母さんの料理が終わるまで一緒に風呂に入るか!」

「うん」

 

「ようちゃん、何食べたい?」

「今回の現地の料理で」

 

「そうだ、写真を見るか! 父さん、今回も旅先の可愛い娘の写真いっぱい撮って……あ、母さん消した!?」

「はっはっは……何の事でしょう?

 あ、ようちゃん、猫の写真を見ましょう」

 

「甘いな、母さん! この16号機にも……あ、こっちはメモリーカードが無い!?」

「あ、今日の朝燃えないゴミと一緒に捨てたかも」

 

「母さーん! おのれ、かくなる上は旅先で買った本を――」

 

 

「――……あの」

「……んー?」

 

 ベッドに倒れ込んだ陽日にカーマは少し申し訳なさそうに聞いてみる。

 

「抱き枕、要りませんか?」

「んー……今日はいいや」

「そ、そうですか……」

 

 帰ってきた騒がしい両親の相手で疲れに疲れ切った陽日はもはや何かする力は残されていなかった。

 

 抱きしめられ、喋り続けられ、学校でも使わない量のカロリーを消費した。

 彼の眠りの理由には間違いなくあの両親のスキンシップが一因であった。

 

「別に、アレを鬱陶しいとか思った事はないけど、流石に参っちゃうなぁ」

 

 陽日の弱音にカーマはそうですよね、と同情のフリをする。

 同時に、陽日へのアプローチを考え直していた。

 

(困ったのはこちらです。あの愛、ベクトルこそ違いますが重い上に、それにマスターさんが応えようとして縛られています)

 

 しかし、当の陽日は全く別の事を考えていた。

 

(母さんと父さんが煩くて寝られない……とは言えないよなぁ。

 ……でも勉強は真面目にしないとベッドのグレード下げられちゃうから頑張らないとな)

 

(うーん……与える側にさせるべきでしょうか? ですが、それは私の得意分野ではありませんし、仮に矢を使うにしても魔力が全然足りませんね……)

 

「では、私はもう帰りますね」

 

「うん、またねぇ……」

 

 その後、数日に渡ってカーマは現実に現れ両親の目のない所で陽日を依存させようと家事を手伝い、膝枕や抱き枕をし続けていた。

 

「よしよし」

「子供扱い……いえ、別に良いんです」

 

 2日経っても5日経っても、良く働くカーマを陽日は頭を撫でて礼を言うが、勉強を任せる事はしないし、手を出す事も無い。

 

 寧ろ、学校の帰り道にお菓子を与えたりジュースを出したりと礼に関しては余計動く様になってきた。

 

「あ、うまい棒とかチョコバットあるよ、食べる?」

「食べます」

 

「……なんか、変な食べ方してない?」

「ん……れろ、なんのことれふか?」

 

 逆にカーマは徐々に焦りの混じった苛立ちを燻らせていた。最初から自堕落な人間にも関わらず性欲が無いのか、一切性の片鱗すら見せない陽日。

 

 数日前の彼女ならそんなマスターですら愛してみせると涼しい顔をしていたのだが、連日の現界でヤンデレ・シャトーを利用し続けたせいで、遂に愛を司る筈の霊基にすらその病みの影響が出ていた。

 

 

 

(……今日は、ご両親は不在ですね。騒がしいのがいない今が好機です。子供っぽいお菓子なんかではその場しのぎにもなりませんからね……?)

 

 カーマは今日も現れた。

 

 クロエやイリヤはこんなに頻繁には現実には現れなかったので少々おかしい気がするけど、でも彼女だけなら騒がしくなく寧ろ家事全般をこなしてくれて大助かりだ。

 

 なのに、何もお返ししないのは流石に夢見が悪いので最近はお菓子とか買うんだけど女の子は好みはよく分からない。

 

 なので幼馴染でお隣さんのカナエを頼って今日はケーキを買って来た。幸い、家を開ける前に両親が持て余す程のお小遣いを残して行ってくれるので適当に3種類買って来た。

 

「ただいま」

「お帰りなさい、マスター」

 

 うん。今日も家にはホコリ一つない。その真面目さには感心する。

 

「マスター、今日は――」

「ケーキ買ってきたけど、食べる?」

 

「――! た、食べます……」

 

 キッチンの机でケーキを食べる。ショートケーキを美味しそうに食べるカーマにホッとしつつ、まだチョコケーキの入った箱をカーマの前に食べて良いよと置いておいた。

 

「よし、一眠りしよう」

 

 俺は部屋に入って寝る事にした。糖分を摂取したせいか直ぐには寝れないが、後もう少しで……

 

(……ん? カーマか?)

 

「……マスター、もう寝てるんですか?」

 

 返事をするのも面倒な程に睡魔が近いので何も返さないでおこう……

 

「……また、私を避けるんですね? そんなに私の愛がいりませんか?」

 

(あぁ……そっか、この娘もか……)

 

 俺はちょっと納得した。納得したので寝た。ヤンデレの相手はしない方が良い。

 

「そんなに寝たいなら……私がもっとよく寝れる場所をご用意しますよ……私の宇宙を」

 

 ……体が、ふわふわ浮いている感覚。外気と自分の体の温度が全く同じになったみたいな……

 

(ハンモックみたいだな……)

 

「マスターのベッドだけ、私の空間です。此処でなら、マスターのどんな欲望でも願いでも、叶えてあげます……さあ、私に見せて下さい」

 

 カーマが俺の手に触れた。

 小さく柔らかな膝が俺の頭に現れた。

 

 続いて寂しかった手に小さな体がやってきた。ぎゅっと抱きしめながら寝る。

 

(う、ん……もう、完璧だなぁ……)

 

 次第にラベンダーの匂いも鼻をくすぐり始めている。

 

「……嘘でしょう? 一週間かけて集めた魔力で再現した宇宙なのに……マスターは変わらず睡眠ばかり……!!

 も、もっともっと深い所にある欲望を……!」

 

 俺の脳裏にキッチンを綺麗にしてくれるエプロン姿のカーマが思い浮かぶ。

 別のカーマはきちんと服を畳んでくれている。

 美味しそうな料理を作ってくれている。

 

「っぐ、ま、不味いです……! もう魔力が……も、もっと欲望を! きっと、私を求める願いがある筈です!」

 

 そして、俺の横にカーマが現れた。

 

「き、来ましたか……! ようやく……! でも、もう維持できない!」

 

 しかし、その姿はすぐに消えた。

 

 なので俺は、手を伸ばした。

 

 ――本物のカーマに。

 

「……え?」

「ありがとう、カーマ。でも、もうそんなに頑張らなくて良いよ」

 

 俺は彼女を抱きしめた。途端に睡魔が襲ってくる……けど……一言位……寝言…………

 

「……力を抜いて、寝る時くらい、自由に……ぐぅ……」

 

「――」

 

 

 

 

 

 それからカーマは現実に現れなくなった。

 なんか妙な力を使ったのでその代償かもしれない。

 

「マスターさん! 今日は耳かきしてあげるね?」

「イリヤにそんな事やらせたら耳の穴が増えちゃうわよ? 私が耳舐めでマスターを綺麗にしてあげるわ」

 

「うーん、膝枕で……」

「えー、今日も?」

「抱き枕は要らないのかしら?」

 

 だけど――

 

「――イリヤさんとクロエさんですか……マスターさんはおねむなのに、耳元でうるさくしちゃ駄目じゃないですか」

 

 夢には現れる様になった。

 

「あー! マスター、また小さい娘を増やしたわね! このロリコン!」

「うーん、ガチャの結果でレッテル貼りされたー……悪夢だなぁ……」

 

「可愛そうなマスターさんですね。ふふふ、仕方ありません。まだまだお子様な御二人に変わって、私がお相手しますね?」

 

 そう言うとカーマは、随分と成長した姿になった。

 

「……胸枕?」

「女体を枕としか考えない辺り本当に最低ですね…………なら、抱き枕は如何ですか?」

 

「……え、その胸で?」

「なんですかその信じられない物を見た顔は! どうせだったら一回位試してみますか?」

 

「駄目です! ロリコンで童貞のマスターさんは小さい娘との抱き枕じゃない安眠出来ないんです!」

「ほら、頷きなさい! 今すぐに!」

 

 いつにも増して二人のセリフが辛辣だ。

 

「……うーん、取り敢えず、元に戻ってくれる?」

「分かりました」

 

 案外あっさり戻ったカーマを俺は抱き抱えた。

 

「うん、これくらいがちょうど良い」

「掛かりましたね?」

 

 すると、カーマの宇宙が俺が寝ていたキングサイズのベッドまで拡がった。

 

「あ……体が……!」

「な、何よこれ!?」

 

「ふふふ、夢の中なら制限時間もありません。マスター、ほら貴方の望みを――」

 

「あーそこそこ……」

「此処ですか?」

 

 カーマの指が背中を突く。以前、母さんがツボ押しマッサージをされた時はよく寝れたと言っていたので、早速カーマの分身にお願いしてみた。

 

「もうちょっと強く……痛くしないで」

「我儘ですね……はーい、力抜いて――って、もう抜け切ってますね」

 

「……あの、マスターさん?」

 

 マッサージをしていない方のカーマが何か尋ねてきた。

 

「うーん……?」

「もしかして、それがあの時の最後の望みですか?」

 

「そうかもねー」

 

 あれ? マッサージの話を聞いたのは昨日だったけ……? 

 

「…………ふふふ、良いでしょう。ここまでコケにされたのは本当に貴方が初めてです。愛の神の力で、必ず堕ちて貰います」

 

「ちょっと! この格好は何よ!?」

「わっわっ!? い、いつの間に!?」

 

 うーん……流石にクロエの黒いボンテージとイリヤの白い猫耳と首輪にはちょっとドン引きするよ。

 

「ああ、クロエさんってそんなに支配欲の強い方だったんですね? イリヤさんはメス犬なんてはしたない格好を……それが貴女達の望みですか?」

 

「っぐ……この!」

 

 突然、クロエの周りから剣が何本も現れカーマへと向かっていく。

 

「危ないですね……!」

「マスターさん、危ない!」

 

 イリヤが叫んだが、俺へと飛んできた剣はマッサージをしていたカーマが受け止めた。

 

「こうなったらここにいる全員斬って私の一人勝ちよ!」

「わー、なんて身勝手な……ふふふ、そんな愛で私に勝てるとでも……?」

 

 ……あ、俺の近くのカーマが3人に増えた。うん、2人で守ってくれるのか。頭撫でるから頑張って。

 

「……ちょっと、マスターさん? 私の分身とイチャイチャし過ぎじゃないですか?」

「その怒り方は理不尽過ぎない? 自分で出したよね?」

 

 自分で自分に嫉妬する彼女の姿にヤンデレの闇を垣間見た気がする。

 

『よし、準備オッケーですよイリヤさん! 恋敵共を一掃しましょう!』

「よっし、いっくよ――」

 

 このイリヤの放った一撃で俺はカーマの宇宙の何処か遠くまで飛ばされる事になるのだった。

 

 まぁ、何処に行ってもカーマの分身がいるから眠るのには困らないけど。

 




次回はツイッター側を投稿します。楽しみにお待ち下さい。

また、まだ投稿されていない当選者の方はストーリーや登場キャラの変更も受け付けますのでメッセージでお送り下さい。

4章楽しみですね。虚無期間なんて呼ばれてますが、フリークエストや幕間、強化クエストで石を貯めながら待ちましょう。

そろそろ新しいヤンデレサーヴァント来ないかなぁ……
いえ、シャトーに放り投げれば全員ヤンデレですけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

時を遡りバレンタイン 【3周年記念企画】

3周年記念企画、2人目はTwitterにて当選しました そこら辺のだれか さんです。遅くなってすいません。

2019年のバレンタインデー、他のマスターはどう過ごしたのでしょうか……? 陽日さん、続投です。


「っか、間一髪……! いや、何回か死んだか?」

 

 2月14日、バレンタインデーの洗礼を受け何回か死んで目を覚ました俺はベッドの上で頭を抑えた。

 

「げっ、エナミから電話が……もしもし?」

『せんぱーい? 夢の中で他の女からチョコを受け取りましたね? ふふふ、先ずは私のチョコレートでお口を洗浄しないといけないですね?』

 

「……変なもん入れてないだろうな?」

『安心して下さい。市販品です!』

 

「……何が?」

『市販品です!』

 

 今日こそ俺の命日になりそうな予感を感じて、俺は思わず視線を窓の空へと向けた。

 

「……空、青いなぁ」

『先輩! 可愛い後輩が風邪を引く前に家に入れて下さい!』

 

「はいはい……」

 

 誰か、俺と同じ苦しみを味わっている奴がこの空の下にいるのだろうか。

 

 そんな現状は何も変わらない事を考えながら俺は玄関へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 始まる前から終わりまで憂鬱な気分だった切大とは違って終始この日を楽しみにしていたマスターもいた。

 

「ふぅ……!」

 

 完璧なまでに就寝準備をした上で3度の礼を自分のスマホにする男、山本がいた。

 

「お願いします……! 神様仏様エドモン様……!」

 

「どうか……」

 

「どうか、モーさんのチョコレートを、この手に……!!」

 

 しかし、この動作は既に数回も繰り返されている。

 

 この男、悪夢を見るのが楽しみ過ぎてベッドに倒れ、数分経っても寝れずに起き上がり祈りを捧げてベッドに戻るを何度もループしているのだ。

 

「よ、よし、今度こそ寝るぞ……! 睡魔も体力も限界だ……!」

 

 

 

「っは……フハハハ、戻ったぞ!」

 

 正月元旦に新品のパンツを履いたような清々しい気分だった。

 

 いつ寝たのか分からないが兎に角僕はまたこの素敵な空間へとやって来れたのだ。

 

「早速、モーさんを探さないと!」

「誰を探すって?」

 

 聞きたくて仕方の無かった声に慌てて振り返ると、そこにはアーサー王の遺伝子を受け継ぎ生まれたホムンクルスであり、名剣クラレントを振るう、身長154cm体重42kg、爪の先から頭のてっぺんまで覆う鎧の姿も格好良くて好きで、兜だけ脱いで顔を出しちゃってる姿も大好きで、鎧を脱ぐとおへそ丸出しと言うか上半身は胸当てだけなのめっちゃエッチだし、肩が完全に露出しててドスケベだし、でもそれを言ったら顔を真っ赤にしてクラレントでぶん殴るご褒美をくれそうだし、何だったらその後侮蔑の視線でこっちを睨んでくれてもいいし、女の子らしく恥ずかしがって肩を隠したりしたらそれはそれでキャラ崩壊に失望しながら勃っちゃうし、そう考えると全ての動作仕草に二通りのパターンがシュレディンガー的に同時存在するという100年前から気付いておくべきだった新事実にショックを受け、だけどやっぱり男勝りな反応が王道だし、それ以外の反応は邪道で地雷だけど死ぬ訳ないと油断して踏みまくった果ててで結婚とか有り得ないシチュエーションの原爆起爆して闇に堕ちた末にやっぱりそれは幻想だよなと我に返って、ガサツな姿を拝みたいモードレッド!

 モードレッドじゃないか!

 

「本物のモードレッド!」

「お、おう、本物だぜ……? なんか、数秒くらいこっち見て止まってたけど大丈夫か? 具合が悪いならマイルームまで運ぶけど――」

 

 ――何だとぉ!? 運ぶ!? 男の僕をモーさんが!?

 

「お願いします!」

 

「あ、うん。普段以上に興奮してるのはスゲー分かった」

 

 モーさんの手が触れた。僕を傷付け無い為か鎧をサラッと脱いで例のエチエチな姿で僕を運ぶ。

 さあ、どう持っていく!? やっぱり肩に担がれて荷物みたいに持っていくか!? いや、モーさんの筋力なら横脇に抱えて行くのも難しくないだろう……! さぁ、どうやって――

 

「よし、行くぞ」

 

(――お姫様だっこだとぉぉぉぉぉ!?)

 

「モーさん、エロいよぉ……!!」

「はぁ!? 急に何だよ!?」

 

 だって、だって……!

 

「すぐに横に肩があるんだよ! 抜き身の! モーさんの露出狂! 僕はそんなサーヴァントに育てた覚えは無いよ!」

「マスター……何か悪いもんでも食ったか? それと、モーさんって呼ぶなっつたろ?」

 

 モーさんの指が軽く僕のデコを叩いた。

 

「……え? な、なんでデコピン?」

「モーさん呼びした罰に決まって……何だ? 痛かったのか?」

 

「う……う……モードレッドが、クラレントで殴りかかって来ない……!」

「そこまでする訳ねぇだろうが!」

 

 余りのショックで泣き出した僕をモーさんはマイルームまで運んでくれた。エッチだったけど嬉しかったのでまた惚れ直してしまった。

 

「ほら、降ろすぜ」

 

 ベッドに優しく降ろすイケメン動作にときめいていると、彼女は不意に1つの箱を差し出してきた。

 

「まあ、ここに連れてきたのはコレの為でもあるんだけどな。今日はバレンタインデーだから――」

 

「待って! モードレッド、待って!」

 

 しかし、僕はそれを手で制止した。

 

「……何だよ。普段はあんだけ騒ぐくせに、やっぱりオレみたいな男女のチョコなんざいらねぇって――」

 

「――そんな訳ないでしょ! それを貰ったらカルデア百周しながら全男性サーヴァントと職員に自慢しまくって嫉妬されながら悠々と帰って押入れの奥底に仕舞って家宝にする気しかないよ!!」

 

「…………」

 

「だけど!? だけどだよ!? モードレッドのチョコはそれじゃないよ!? そんな前もって準備して渡す様な乙女チックな物じゃなくて、適当にポケット漁ったら出て来たみたいな食い掛けのチョコをパッとその場で渡すみたいな――痛ぁ!」

 

 突然僕は左頬を殴られ床に叩きつけられた。

 

「も、モー……さん……?」

 

「……マスター、なんで本人の前でモードレッド語ってんだよ? オレはお前の知ってる行動しかしない浅いヤツだってか?」

 

「っあ、いや……」

 

「確かにオレは叛逆の騎士モードレッド、狂犬とだって呼ばれた事もある。

 けどな、仕えた主に剣を向けるほど見境なしじゃねえよ」

 

 その言葉に自分の浅はかさを思い知った。だが、俯く視線の先に真っ赤に包装された箱が差し出された。

 

「解釈違いだこの地雷野郎!

 四の五の言ってないで受け取りやがれっ!」

 

「モー……ドレッド……」

 

 自分の心の狭さに泣き出しそうになりながらも、差し出されたチョコを受け取った。

 

「――」

 

 その先には、勝手に有り得ないと思っていた彼女の満面の笑みがあった。

 顎を動かして食べる様に促される。

 

 僕はその後ろに貼られていたシールを剥がし、包装紙を取って箱を開けた。

 中はアルミホイルに包まれたトリュフが何個か入っており、その1つを口に運んだ

 

「……うまい、美味いなぁ……」

「だろ? マスターの為に作ってやったんだ。食わずに飾るなんて言うなよ」

 

「うん…………?」

 

 涙を拭いてからもう一つ食べようと取り出すと、モードレッドの指がそのチョコをつまんだ。

 

「生憎、食べかけは用意しなかったからな」

「え――んんっ!?」

 

 殴られた時以上の衝撃が僕の全てを吹き飛ばした。

 

「んっ、ちゅん……ぁ」

 

 唇が甘い、舌が甘い。味覚がそんな単純な味ではなく感触を求めて舌を動かす。

 

「んん……! っちゅぅ、んぁ……はぁっ」

 

 視覚は視覚に近付き過ぎた彼女の顔が上手く映せなくてチカチカしている。

 理性だけが今にも支えを失いそうだ。

 

「……どう、だぁ? これで……良かったか、マスター?」

 

 そう聞いてくるけど慣れない事をしたせいかモードレッドの息は荒く、顔が赤い。

 その姿はズルい。

 

 僕は自ら理性の壁を壊してモードレッドを抱きしめた。

 

「んぐ……! ま、マスター!?」

「駄目だって、モードレッド可愛過ぎだって……!」

 

 あ、ヤバい。思わず禁句を……否、構うもんか。

 

「普段クールなのにそんな顔したら可愛いに決まってるじゃん! もう無理、モードレッドと付き合いたい! 彼女にしたい! 女の子扱いしたい!」

 

「……え、オレとマスターって付き合ってなかったのか?」

 

 残念ながら僕は悪夢の事をあまり覚えていない。だが、モーさんが泣き出しそうなのを見て慌てて話を合わせた。

 

「……ん……!? も、勿論付き合ってるよ!?」

「そう、だよな……」

 

「今のは言葉の綾だ! 結婚したいって言いたかったんだ!」

 

「け、結婚……!?」

 

 モードレッドは驚きながらも嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「結婚……へへへ……結婚かぁ……」

 

 気分が良くなってきたのか、モードレッドから段々男成分が失くなっている。

 

 僕は我慢出来ずにモードレッドの頭を撫でた。

 

「なぁ、マスター?」

「何?」

 

「もう一回、キスしていいか?」

「うん、良いよ」

 

 こうして、僕達は時間が許すまで甘い時を過ごし続けた。

 

 

 

「……モードレッド?」

 

 次の日の夢の中でも、モードレッドが最初に現れた。

 

「モードレッド!」

 

 次の日も、その次の日もモードレッドだけが現れた。

 

 そのたびにデートしたり、一緒に寝たり、ゲームをしたり、兎に角一緒の時間を過ごした。

 

 だが、ある日モードレッドが少し遅れて現れた。

 

「わりぃ、遅くなった」

「別に良いけど……どうかしたの?」

「いや、別になんでもねえよ」

 

 そっか。

 僕は気にしない事にした。

 

 例えモードレッドの頬に血が残っていようと。

 彼女の手の平に付いた血が、不自然に途切れていても。それに繋がる血の跡がクラレントの柄に付着したとしても。

 

「モーさん大好き」

「モーさんは止めろって……

 ……オレも、大好き」

 

 この後も暫くモードレッド以外のサーヴァントを見なかったとしても。

 

 

 

 

 

「部長、部長」

「んぁ……? Xオルタか?」

 

 コクリと目の前の後輩は頷いて見せた。

 どうやらまた俺は奇妙な夢の中にいるらしい。

 

「今日はどうした? なんか、教室の中みたいだが、誰もいねーし」

「今日はバレンタインデーです」

「そうか、バレンタイン……で、なんだ? 俺にチョコでも用意してくれたか?」

 

「モチ、です」

 

 そう言ってXオルタは俺にプレゼントの包みを渡してきた。

 渡す時の言葉は中身と掛けて来たのか、チョコ大福だった。

 

「じゃ、遠慮なく……んまぁ!」

 

 手作りの様だが、白餅の中に入れられた抹茶チョコは絶品で、俺が2つ目を手に掴むのに合わせて目の前の机にXオルタは湯呑を置いてくれた。熱々のお茶が湯気を出している。

 

「んーうま!」

「満足して頂けたでしょうか、部長」

 

「おう!」

 

 俺はお茶を啜りながらも、教室の外に意識を向けた。どうやら、何時もの新聞部のメンバーも現れ始めている様だ。

 ならば、ここは部長として――

 

「――食べ比べしてやらないとな」

「……」

 

 残りは後で食べようとチョコ大福の包みを閉じて鞄にしまい、俺が席を立つと同時に後ろから机が崩れ落ちる音が聞こえてきた。

 

「……部長、まさか、私以外の女子生徒と会うつもりですか?」

「そのつもりだが?」

「……行かせません」

 

 手に持った宝具とやらは既に机と椅子を真っ二つにしており、これは後で先生に菓子折り持って土下座しなきゃなと思いつつ、俺は教室の扉に急いだ。

 

「っげ、鍵が――!」

 

 後方から迫る斬撃を咄嗟に回避し、転がって距離を取った。

 

「危ねぇな!」

「躱しておきながら言いますか」

 

 教室の鍵は――まあ、考えなくても分かる。Xオルタの奴が持っているに決まってる。

 

「なら叩きのめしてでも奪ってやるさ! バレンタインデーに両手一杯のチョコを貰うのは男の夢だからな!」

「そんなモノの為に、私の想いを無視するんですか?」

 

「いや、そもそもお前のソレは重いだけ――うおっ!?」

 

 下らない事を言っていたらこちらの体を真っ二つにする程の出力の刃を振りかざして来やがった。

 

「部長のその横暴さに私はあずきバーを思いっきり噛んだ時以上の悲しみを抱きました。端的に言うとふざけんなコノヤロー、です」

 

「オーケー……こちとら他のマスター連中から一級地雷処理班(起爆科)とか言われてんだ……うん? この称号は果たしてこの場面で通用するのか?」

 

 ()を付けた奴らにはいつか鉄拳制裁をしてやろう。うん。

 

 俺はXオルタが切り裂いた机の足を手に取った。

 少々軽いがまあ、無いよりましだ。

 

「俺を独占してーなら、本気で来い!」

 

 

 

 その後の結果を言えば、Xオルタの頭にたんこぶが1つ出来たと言っておこう。  

 断っておくと、流石に金属部分で叩くのはやり過ぎなので、ゴム部分で殴ってやった。

 

「痛いです。酷いです。理不尽です。DVです」

「家庭内じゃなくて学校内だけどな」

 

「部長は私の恋人なのでDVで間違いありません。でも私はそんな部長に依存して離れる事の出来ない哀れな女なのです。しくしく」

 

「物騒なモン振り回してたのはお前の方だろうに」

「それを受け止める机の足ってなんですか? 最初に切り裂けましたよね?」

 

 俺の知った事か。気合が足りなかったんだろ。

 

「そんじゃ、チョコを貰いに行きますか……の前に、疲れたから糖分補給だな」

 

 俺はチョコ大福を取り出した。あと3つある。

 

 Xオルタは何処から手錠を取り出してこちらの隙を伺っていたが、大福を見て動きが固まった。そしてすぐに彼女の腹から音が鳴る。

 

「……」

「食べるか?」

 

「……は、はい……頂きます……」

 

 流石に自分の作った物を貰うのは恥ずかしかったのか顔を真っ赤にするも、正直に答えた。

 

「ほら、あーん」

「あー……ん……」

 

 自分で作った癖に、否、作ったからこそか、随分と美味そうに食べるな。

 

「……本当は、部長に全部食べて欲しかったんですが……私のお腹が空いたのは部長のせいなので、仕方ありません」

「そうかい。確かに仕方ねぇーな」

 

「…………部長」

「んー?」

 

「他の女子からチョコ、貰いに行きましょう」

「なんだ、気が変わったか?」

 

「いえ、残りの大福をしっかりと部長に食べて貰う為に、私が他のチョコを頂きます」

「それ、お前が単に食いたいだけじゃ……」

 

「部長の身を守る為に、私は苦しみに悶えるかもしれない毒見役に徹すると決めたんです。ご安心下さい」

 

 

 その後、こいつは本当に俺の代わりにおでんチョコの牛すじを食べて苦しみ、媚薬入り高級和菓子を食べて肩で息をする羽目になるのだがそれはまた別の話だ。

 

 

 

 

 

 ある日、ゴツゴツとした石の床の上で目が覚めるとそこには熊がいた。

 

「グォォォ……!」

「……なんだ白熊か」

 

 なのでもう一回寝た。

 

「…………あーの、マスターさん? 寒くないの?」

「イリヤか。大丈夫大丈夫、俺は暑かろうか寒かろうが寝られるのが特技だから」

 

「…………」

 

 随分おとなしいイリヤだな。いや、それならそれで好都合だが……ん、体を触られるとくすぐったいなぁ……

 

「マスター、起きて。風邪、引いちゃうよ?」

「心配無用だイリ――つめひゃい」

 

「他の女の名前で呼ばないで。じゃないと、もっと冷たくするわよ?」 

 

 背中を吹き通った風に眠気を奪われ、その目でサーヴァントを見た。

 

「……白いイリヤ」

「もう、その名前は別のサーヴァントよ。私はシトナイ。イリヤスフィールの体ではあるけど、私を呼ぶ時はシトナイよ」

 

「シトナイ……んん、ややこしいなぁ」

 

 個人的にはイリヤの名前で統一したいが、しょうがない。シトナイと呼んであげよう。

 

「それで、マスターは今日、何の日か知っているかしら?」

「今日? ……分かんないな」

 

 分かんない。2月……13日だけ?

 

「今日はもう2月14日、バレンタインデーって言うんでしょ?」

「ああー……なるほど」

 

 縁がない……と言うより毎年貰うまで気付かない奴だ。

 

「だからね、ちゃんとプレゼントを用意したの。先ずは私の部屋に行きましょう。

 シロウ、お願い」

 

 シロウと呼ばれた白熊は俺に近づくとその手で俺を背中に乗せた。

 その白い毛は意外な迄にフワフワだった。寝心地良過ぎだ。

 

(すっごーい……これがバレンタインデーのプレゼントかぁ、めっちゃ嬉しい……これなら是非ともお返しにイリヤとクロエの膝枕をプレゼントさせて頂こう)

 

「行くよ、シロウ」

「グルル」

 

 僅かに動き出したけど、これくらいの揺れなら寧ろ眠気を誘うのに……ちょうど、良い……

 

 

「さぁ、着いたわ。ここが私の部屋! 鬼ランドの時に使ってた山小屋を再現してるんだけど、暖炉があって暖かい……マスター?」

 

「……ぐー……すぴー……」

「し、シロウの上で寝てる……

 しかも、随分気持ち良さそうね……シロウ!」

 

 シロウは部屋のベッドまで歩き、その横でニ足で立ち上がった。

 

「落ちないわね……」

「グルゥ……」

 

 引っ張られた毛が痛いシロウは四足歩行に戻った。

 

「マスター、起きなさい」

 

 シトナイは若干苛立ってるが、陽日にとってシロウの毛皮は奇跡のベッドであり、手放したりはしない。

 

(……ちょっと、聞いてた話と違うじゃない。

 マスターさんに膝枕や抱き枕にされてイチャイチャする話じゃなかったの?

 ……何が寝ているマスターが可愛いよ! 女神達は黙ってて!)

 

 シトナイ、否、依代の少女は内なる神々に怒っていた。

 

「……んにゃん……」

「シロウ!」

 

 多少乱暴に体を振ってみるが振り落とせない。段々、冷静さを失ってきた依代の少女の精神はヤンデレ・シャトーに影響され始める。

 

「……シロウ? 貴方、私を裏切る気なの? マスターは私の物よね? 貴方、放すつもりは無いの?」

 

 ずっとマスターに抱き着かれているシロウに嫉妬し始めた。 

 

「グルル……」

「落ち着いてって、貴方は良いじゃない。 マスターに布団扱いでしょ。

 私なんて、抱き枕にも膝枕にもされないのよ!」

 

 プンスカと見た目相応な少女の様に地団駄を踏む彼女だが、シロウは心の中でなんでさとため息混じりに思うと、そっと彼女に近付いた。

 

 いつもなら手を舐めるなりして彼女に忠誠を示しているが、今回は彼女の足の間に頭を通して下からその体を持ち上げた。

 

「っきゃぁ!? な、何するの――あ」

 

 シトナイは目の前で寝息を立てる陽日に気付いた。

 

「そ、そうよね……シロウは、良い子だもんね」

 

 やれやれと言わんばかりに口から息を吐くと、白熊の身でも2人は流石に重いのか、立つのをやめて床に倒れた。

 

「マスター……そうだ、もう一度背中に」

 

 シトナイは背中に冷たい風を走らせた。

しかし、陽日は大きく寝返りをするだけで起きない。

 

「……もう、今日はバレンタインデーなのに……」

 

 シトナイは用意したチョコを取り出すが、渡す相手は眠ったままだ。

 

「……もういいわ。だったら、寝ているマスターから色々と奪ってやるわ! 童貞とか初めてとか……!」

 

 そう言って寝ている陽日の顔を良く見た。ぐっすりと寝ている。サーヴァントに襲われそうだとは露にも思っていない穏やかな寝顔は、まるで赤子の様だ。

 

「……やるわ……!」

 

 シトナイの手が陽日の寸前で……止まった。

 

「……はぁ……なんでこんな呑気に寝ていられるのかしら……こんな状態のマスターさんに手を出せる程、私の善性は低くないわ」

 

 シトナイはチョコをベッドの横に置いてから、シロウの上に戻った。

 

「別の私は抱き枕になったかもしれないけど、本当に添い寝したのは私がきっと初めてでしょう?

 ふふふ、手を繋いで恋人みたいで……暖かい」

 

 

 

 

 

「……ずっと、ずっと……この時を……! 待っておったぞ、マスターよ……!」

「ね、ネロ……!?

 え、此処もしかしてヤンデレ・シャトーかぁ!?」

 

 一年程前にアヴェンジャークラスのサーヴァントを全員集めた俺は楽しくも危険の潜むヤンデレ・シャトーの悪夢から開放された……筈だったが、2月14日のバレンタインデーに白い花嫁姿のローマ皇帝、ネロ・クラウディウスと再会した。

 

「この不届き者め! 余を残して立ち去りおって!」

 

 そう言いながらも抱き着いてくるネロを躱さずに、彼女らしい黄金と真紅の豪華な部屋の景色を見渡して懐かしんでいると手首にひんやりとした硬い感触を感じた。

 

「もう何処にも行ってはならんぞ……?」

 

 俺の右手首に手錠を嵌めたネロは自分の手を俺の手に重ねて、まるでその存在を確かめる様に撫でている。

 

「だが、そなたが帰ってきて余は本当に嬉しい!

 本来なら罰として牢に閉じ込めて余が直々に折檻してやるつもりであったが、この喜びの時間を愛の為に過ごすべきだ。マスターもそう思うであろう?」

 

「そ、そうだな……」

 

 久し振りのシャトーでちょっと何をすれば良いのかと困惑気味ではあるが話を合わせておこう。

 

「良し良し。どうやら、マスターも余と会えなかったのが寂しかったと見える」

 

 ネロは机の前に立つと2つのワイングラスに真っ赤なワインを注ぎ入れた。

 

「さぁ、乾杯をしよう」

「いや……俺は未成年だから飲めないんだが……」

 

「む、そうかそうか。マスターの時代は面倒な決まり事が多かったな。

 ……しかし、生憎酒の類しか用意していない……このままでは余の花嫁としての面目が立たん」

 

 そう言うとネロは宝具である剣を取り出した。

 

「え、なんでそれを……?」

「何、余とそなたは夫婦である。ならば、この体に流れる血液は夫であるマスターには水に等しいであろう? 色も赤くてワインにピッタリだ」

 

 それを聞いて俺は頭から血がサーッと引いていくのが分かり、慌てて彼女を止めた。

 

「待って待って! 駄目だ駄目だ!」

「? しかし、このままではマスターの飲み物が……」

 

 俺は机に置かれたワイングラスに手を伸ばし、今まで飲んだ事がなかったフルーティーな味わいと隠し切れていないアルコールの苦味を笑顔で誤魔化しながら半分ほど飲んでみせた。

 

「――っぷはぁ! 大丈夫大丈夫、全然平気――っ!?」

 

 強がって見せようと思っていた筈なのに、何故か全く力の入らなくなった俺の膝はそのまま崩れ落ちた。

 

「これ、って……!」

「……」

 

 思わずネロを見上げた。

 彼女の顔は、部屋の明かりのせいなのか、影で覆われた光の無い微笑みを浮かべている。

 

「ネ、ロ……!?」

「マスター……どうした? 酔っ払ってしまったか?」

 

 俺の声を聞いて、彼女は心配そうな表情と声色を出した。

 

「大丈夫だ。そなたの妻がちゃんと面倒を見よう。まずは、ベッドまで運ぼう」

 

 力が抜けて全くもがけない俺をネロは両手で持ち上げ、部屋にある以前も彼女と寝た事のあるキングサイズのベッドに置かれた。

 

「うむ、度数が強過ぎたか……」

 

 ワインを眺めながら彼女はそう言うが、明らかに違う。筋弛緩剤の類を盛られたか。

 

「仕方あるまい。酔いが覚めるまで余が側にいよう」

 

 そう言って俺の隣にネロが入り込んできた。

 

「ネロ……! なんの、つもり……!?」

「マスター? まさか、余が何か盛ったというのか? 違うぞ、マスターが酔っ払っただけだ」

 

「いや、そんな訳……!」

 

「ううぅ、確かに祝いの為にとワインを用意したのは余であるが、初めて酔ったのを余が何かしたと疑うのか?

 余は悲しい……」

 

 ……まあ確かに。よくよく考えれば、俺は人生で一度も酒を口にした事はないのでこの状態が酔いのせいではないとは言い切れないけど。

 

「では、罰として手を繋いでやろう。

 どうだ、嬉しいであろう?」

「って、結局認めるのか!?」

 

 やっぱり盛られていた。

 

「当然だ。これ位、余をほったらかしにしたマスターには必要であろう」

 

 握られた手に、更に力が込められた。

 

「許さぬからな。

 余はそなたを絶対に許さぬ。マスターがこの悪夢に訪れず、何をしていたか、誰と出会っていたかなどこの際どうでも良い。

 ただ、余と会わなかった事は決して許さぬ」

 

「お、おいネロ……?」

 

 まずい、明らかに様子がおかしい。

 

「今更遅いぞマスター。もうそなたの体は動かない。余の指が触れるのを妨げる事も出来ず、そのまま体を弄ばれてしまっても拒めない」

 

 ネロはその言葉を証明するかの様に俺の顔に触れ、耳元に口を近付けて囁く。

 

「このまま、交わろうか……?」

「ッ……!」

 

 そう言われると思わず体が反応してしまう。

 しかし、彼女は確かに強引で我儘なサーヴァントではあったが、薬を頼る程見境無しでも無かったはずだ。 

 

 強いて言えば惚れ薬とかなら面白いと言って使うかも知れないが、こんな拘束の為の薬品は使ってこなかった。

 

(それだけ病みが深いって訳か。

 だけど、その声で囁かれると……うん、これはそろそろ負けていいのでは?)

 

 もう半分堕ちている気もするが、もう少しだけ状況把握に努めよう。

 

(そもそもバレンタインデーなのに普通のヤンデレ・シャトーみたいになってるのはなんでだ? 案内役のアヴェンジャーもいないし……)

 

 見える限り部屋の様子を見て、もう1つ気が付いた事がある。

 

(ドアが……無い?)

 

 つまり、仮に今彼女の拘束から逃れてもい部屋からは出られない。

 

(こんなサーヴァント1騎に有利な状況なんてアンリ・マユのシャトーでもなかったんだが……)

 

 完全にスイッチが入ったらしく、その手は花嫁衣装の中央にあるジッパーへと伸びている。

 

「マスターは自分で脱がしたいか? しかし、今はこれを握る力も無いであろう。後日機会を設ける故、今はただ眺めよ」

 

 肌色の谷間が見え、見えそう……じゃなくて!

 

(皇帝特権! ネロはスキルでアヴェンジャーになって、俺をここに呼び出したんだ!

 そう考えれば、今この状況にも説明が……むぐ!?)

 

 顔が彼女の持つ双山に埋められた。

 

「じーっとこの胸を恋しそうに見られては、抱擁せざるを得まい。本当に、愛いマスターよな……だが、甘やかし過ぎも良くはあるまい。あと、もう少し……もう少しだけ堪能せよ」

 

(あー……天国ぅ……アヴェンジャーとしての側面を削ぎ落とすとかどうでも良くなって……)

 

「……随分、穏やかな表情よな。余は……うむ、夫の帰りを待つのも……妻の役目か」

 

 

 

「……な、なにー!? 今まで見ていたヤンデレ・シャトーは!?」

 

 突然目覚めた俺は余りの出来事に思わずおっさんがラーメンを食べている幻覚が見えた。元ネタ知らないけど。

 

「えー……こんな唐突な終わり方あるか? 皇帝特権が終わったのか?」

 

 一体どうやってヤンデレ・シャトーが終わったのか、検討も付かない。

 

「……はぁ、どうなってんだか」

 

 だけど、ヤンデレ・シャトーは見れた。きっとまたその内見える様になるだろう。

 

 取り敢えず、机の上のチョコレートは朝食代わりに頂くとしよう。

 

 

 

「うぇーん! 余は寂しかったぞマスター! こんなに長く妻を放って何処へ行っておったのだ!?」

 

「一日しか経ってないんだけど!?」




最後のマスターはゆめのおわりにて登場しました名無しの主人公です。詳しくは過去話を参照して下さい。


次回は3人目、ハーメルンにて当選しました デジタル人間 さんです。そろそろ水着が来るのでそれまでには投稿したいです。

作者はインドでお医者さんと戦闘中ですので感想などでのネタバレはお控え頂けると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小学四年とヤンデレ・シャトー 【3周年記念企画】

大変お待たせしました。3周年企画3回目は デジタル人間 さんです。

3週間もお待たせして本当に申し訳ありませんでした。

今回はまた毛色の違うマスターの登場です。


 

「ただいまー」

 

 玲兄ちゃんの声が聞こえてきた。俺はソファーから顔を上げて返事をした。

 

「おかえりー!」

 

「おう、真か。宿題は終わったか?」

「うん。今ストーリー進めてる」

 

「なんだ、まだ終わってないのか?」

「しょうがないじゃん。兄ちゃんと違ってレアなサーヴァントそんなに持ってないんだから。それに、俺はもう小学4年生だから、クラブとかで忙しいんだよ」

 

 兄ちゃんはFGOで一番レアなキャラを沢山召喚してる。俺はまだ3体位しかいないのに。

 

「あー、そういやそうか。何クラブだっけ?」

「アウトドアクラブ」

 

「アウトドアか……俺はソフトボールとかだったなぁ」

 

「知ってる。先生がよく兄ちゃんの打った球が校庭の外に行って大変だったって言ってた」

 

 やっぱり兄ちゃんの力は何かおかしい。でも、兄ちゃんは優しいから怖くない。

 

「一回、車にぶつかって先生と一緒に謝りに行った事もあったか……まあいいや、母さんは?」

 

「母さんはスーパーに行ったよ」

「んじゃあ、今の内に風呂にでも入ってくるかぁ」

 

 そう言って自分の部屋へと向かった兄ちゃんから目を放して、俺はゲームの続きに戻った。

 今日の夕食はなんとなく回鍋肉な気がする。

 

(まぁ、冷蔵庫にキャベツがあるってだけなんだけどね)

 

 けど、俺の感は当たって今日は回鍋肉だった。

 

「玲、学校は? 喧嘩は?」

「別にしてないし」

 

 仕事で帰りが遅い父さん以外の家族で集まり、囲む夕食の時間には母さんと兄ちゃんの会話が流れる。普通じゃない程強い兄ちゃんも、母さんの前では大人しい。

 

「……ん、ごちそうさま」

 

 2人の話は長くなりそうなので、俺は先に机を離れて自分の部屋に戻り、明日の準備をしておく。

 

 兄ちゃんと一緒にゲームをすると少し寝るのが遅くなるので、今の内にちゃんとしておかないと。

 

「……スマホは目覚ましが聞こえる様に枕元に置いておこう」

 

 ……? 何だろう? 何か嫌な感じがする……?

 

「真! スマブラするぞ!」

「うーん! 今行くー!」

 

 

 

「……あれ、此処何処?」

 

「む……?」

 

 急に全く知らない景色にいた。

 辺りを見渡すけど、なんだか暗くてよく分からない。

 

(あれ……寝た、よね? え、誘拐された……!?)

 

「こんな小さな子供が、此処に来るとはな」

「……! え、あ、アヴェンジャーのサーヴァント……!?」

 

「子供とはいえ、マスターでは間違いないようだな……おい、ゴルゴーン! どうなっている!」

 

 FGOで見た事がある黒いマントに白い髪の人は、暗闇に向かって声をかけた。

 

「知らん。条件を満たしたマスターの反応があったから呼び出したまでだ」

「子供は対象外だと説明しただろう……仕方あるまい」

 

 なんでか喧嘩しそうだったけど、マントの人がこちらを見た。

 

「お前には悪いが、此処はヤンデレ・シャトー。夢の中に現れる監獄塔だ」

「やん、でれ……?」

 

 何ですそれ?

 

「まぁ、お前がマスターとして一緒に戦ってきたサーヴァントに会える場所……とでも言うべきか」

「え!? 本当!? ジャンヌ・ダルクとかBBに会えるんですか!?」

 

((よりによって何でそいつらなんだ……))

 

「でも、やっぱり一番は最初の星5のライ――」

 

「――いや、残念ながらお前の会えるサーヴァントは1騎だけ。そして既に決まっている」

「へー、誰かな?」

 

「そいつと適当に過ごしていればこの夢も終わる。まあ、精々楽しんでいけ」

 

 言い終わるとマントの人は何処かへ行ってしまった。

 

 

「……此処は本来、そんな生易しい場所ではなかろう? 説明しなくてよいのか?」

 

「サーヴァントとて、此処でなら多少の手心は加えるだろ。仮に受けた精神的ダメージが大きければ、記憶には残らず、コチラに二度と戻っては来ない。

 そもそも、元を辿れば貴様が原因だ」

 

「ふん……」

 

(今日を無事に乗り越えれば……ふふふ、我とて、選り好みの権利くらいあっても良かろう?)

 

 

「……こ、今度は何処……?」

 

 俺はキョロキョロと辺りを見渡した。夢の中だからだろうか、長い机が段差段差で並べられ、その先に教壇がある。

 行った事は一度もないけど、アニメや映画に現れる大学の教室みたいだ。

 

「此処は時計塔の教室を真似た空間だ。私と君の為のな」

 

 聞こえてきた声に驚きながら教壇に目を向けた。そこには先まで誰もいなかった筈なのに、金髪で青い服の女の人が立っていた。

 

「――」

 

「――どうした我が弟子? 普段よりも小さい気もするが……」

「ライネス、師匠……!?」

 

 FGOに登場したライダークラスのサーヴァント、ライネス師匠だ。

 俺が一番最初に召喚した星5のめっちゃ強いサーヴァントだ。

 

「本当に、ライネス師匠だ……!」

 

 俺は嬉しくなって階段を小走りで下りて師匠の元に急いだ。

 

「あ――」

 

 しまった。急いで降りていたら体が前のめりに倒れて――

 

「――トリムマウ!」

「かしこまりました」

「うわ!?」

 

 地面にぶつかる前にひんやりとして柔らかい何か――水銀がメイドの姿をした魔術礼装、月霊髄液のトリムマウに抱きとめられていた。

 

「全く……危なっかしいぞ我が弟子。

 まさか、あの落ち着きのあった君の正体が子供だとはな……」

 

「大丈夫ですか?」

「うん、ありがとう! トリムマウって、ひんやりしてて柔らかいだね」

 

「全く、別の意味で目が離せないな」

 

 改めてトリムマウに触ってみる。水銀って学校だと危ないから試験管の中でしか見たことが無かったけど、トリムマウはまるでスライムみたいで、少し指で押すと金属の硬さを感じられる

 

「わー……!」

「私の体が気になりますか?」

 

「――トリムマウ!」

 

 師匠が呼ぶとトリムマウはスライムみたいな、半球体状に変化した。

 

「全く……師匠の私が話している時は弟子の君はこちらを見るべきだろう?」

 

「ごめんなさい……」

 

 ライネス師匠は怒っているようだ。もちろん、トリムマウに夢中で話を聞かなかった俺が悪かったのでちゃんと謝ろう。

 

(トリムマウめ、私を差し置いてイチャイチャするんじゃない。全く、まだまだ教育は必要か)

 

「でも、ライネス師匠に会えて嬉しいです!」

「私もだが、その台詞は出来ればもっと早く聞きたかったぞ?」

 

 まだちょっと機嫌が悪そうだ。

 

「ごめんなさい」

「ん、もう良い。あまり気安く頭を下げるな。確かに私は君の師匠だが同時にサーヴァントでもある。

 そんな調子では他のサーヴァントに示しがつかないだろう」

 

 そう言ってライネス師匠は俺の手を握った。

 

「行くぞ」

「え、何処にですか? それに、なんで手を」

 

「また転んだりしないためだ。

 そして行き先は……私の部屋だ」

 

 そう言ってライネスさんは丸い形状のままのトリムマウを先に行かせて俺の手を掴んで歩き出した。

 

 教室を出ると、その先には学校らしくない明るい高級感のある廊下が続いていた。

 

「どうも時計塔の教室らしき場所と私の廊下が繋がっている様だな」

「これ、ライネス師匠の家なんですか?」

 

「そうだ。まあ、夢なので多少の変化はあるが……此処だな」

 

 扉を開くとそこには部屋があった。

 だけど、俺の知っている部屋とは違う。何だろう、本が多いとか高級そうな物が一杯だとかそんなんじゃなくて……危ない気がする。

 

「ライネス師匠?」

「どうした?」

 

「此処の本って危ないんですか?」

「いや? そこは特に危険は魔導書とかは入れてはいないが……どうかしたか?」

「あ、なんでもないです!」

 

(……まさか、本棚の裏の隠し部屋に気が付いたか? 調教用にと面白そうな物を詰め込んだが……いや、そんな訳が無い。恐らく、直感の類いか)

 

「まあ、魔術師とも成れば簡単には明かせない秘密もある。もっとも、弟子の君に見せるのは何の問題もない。見たいかね?」

 

「え、遠慮しておきます」

 

「そうか。懸命だな」

 

 ライネス師匠の意地悪そうな顔に断って良かったと胸をなでおろした。

 

「さて、少し話をしよう。私に君の事を教えてくれ」

 

 ライネス師匠がそう言うと、トリムマウが部屋の扉を閉めた。

 

「え?」

 

「何を驚いている? 君の名前、好きな物、嫌いな物、私の事をどう思っているか、私の他に好きなサーヴァントがいるか……この機会に是非とも教えてくれたまえ」

 

「う、うん……良いですけど」

 

 何で部屋を閉めたんだろう? 聞こうと思ったけど、ライネス師匠がニコニコと笑いながら椅子に座ってしまったので聞くタイミングが失くなり、そのまま自己紹介を始めた。

 

 しきりに頷く師匠の裏では、メイド姿のトリムマウが何か忙しそうに手を動かしている。

 

「私以外に好きなサーヴァントなど、いるのか?」

「勿論、ライネス師匠が一番です! だけど、他の人のジャンヌ・ダルクが最初の頃すっごい強かったから最近来てくれたジャンヌも強くなって欲しいし、すっごい難しいイベントをクリアして手に入れたBBちゃんにも会いたいです! 師匠みたいな悪戯好きみたいだし、きっと仲良くなれると思い――」

 

「――ほほうぅ……? 弟子の分際で師匠を理解したつもりか? そんな生意気な口はこれか?」

 

 ライネス師匠に両頬を掴まれ引っ張られる。痛いです。

 

「ほいまへんでひたぁ……」

「全く……覚えておけ。私と似た奴などろくな奴ではないぞ」

 

「……でも、師匠は良い人ですよね?」

 

 痛む頬を抑えながらそう言うと、師匠はなぜか笑顔を隠す様に黙った。

 

「……ふぅ、君は一々こちらの毒気を抜いてくるな。トリムマウ、お茶を」

「かしこまりました」

 

 暫くするとトリムマウがお茶と、オレンジジュースを運んで来てくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「それを飲んだら、師匠らしく魔術の授業と行こうか」

「本当ですか!?」

 

 魔術! 難しい事は分からないけど、ゲームに出てくるガンドとか、マスタースキルの事?

 

「慌てるな。まあ、すぐに使える筈も無いだろうから期待はそんなにしない事だ」

 

 

 

(と、思ったのだがな……)

 

「師匠! ガンド出ました!」

 

「ああ、そうだな……」

 

 俺の指鉄砲から魔力の弾が飛び出てて、師匠の用意してくれた的に命中すると穴を開けた。

 

(おのれカルデア礼装……! 魔術が使えなくてがっかりする弟子にある事無い事吹き込む私の目論見を……!)

 

「瞬間強化は体が軽い! すっごい!」

 

(あーもう、可愛いな我が弟子は! あんまり跳ね続けると加減を間違えて天井に頭をぶつけるぞ? ふふふ、その時は頭を撫でてやろう……)

 

「……師匠?」

「ん、何かな?」

 

「そろそろ離して下さい……」

 

 瞬間強化で飛んでいたら急に抱き締められ、無言で撫でれられ続けるのは恥ずかしいのでボソボソとライネス師匠にお願いした。

 

「おっと、すまない……気をつけたまえ。身体能力を強化する魔術は加減を間違えるとあらぬ方向に体が動いて大怪我をするかもしれん」

「はい、気を付けます」

 

(危ない危ない。知らない内に弟子を我が物にしようと……ん? いや、そうか……師匠である私がそれをするのに何の問題がある?)

 

「よっし、次はこの魔術を――」

「――こっちを向け」

 

 呼び掛けられ俺は止まった。振り返った先で師匠が真顔でこちらを見つめていた。

 

「? 師匠?」

「よーし、良い子だ」

 

 一瞬、師匠の瞳に赤っぽい光が現れて消えた。

 

(……あれ……頭がモヤモヤする……)

 

 一度目を擦ってから師匠を見るとこちらを見て笑っている。漸く理解した。

 

(あ――そうか)

 

「イシスの雨!」

「なっ――!?」

 

(イシスの雨の練習ですね! 流石ライネス師匠!)

 

 と思っったら、ちょっとの間黙ったままの師匠は急に俺に背を向けると部屋の扉を開けた。

 

「少し席を外す」

「あ、はい」

 

 

 

(カルデア礼装……! いや、最後のあれはアトラス院だったが、そんな事は関係ない! 良くも小さな我が弟子にメガネなんぞ付けさせたな!?

 そんなもの、可愛いに決まっているじゃないか!

 く、いかん……この塔だとどうも普段の調子が出ない。だが、私が翻弄されるのは性に合わないし気に食わない……)

 

 弟子を可愛がってやろうとしても、流石にあの歳の少年では少々気が引ける……いや、この思考は恐らくこの私らしくもない感情のせいか?

 

「ふぅ……落ち着くまで少々弟子と距離を――ん?」

 

『真様』

『? どうしたのトリムマウ?』

 

 トリムマウの妙な動きを感知したので視覚を共有する。

 急に目の前に現れたマスターの顔に少々ドキっとする。いや、そもそも距離が近過ぎないか?

 

『っ!? な、何!?』

「な、何を抱き着いている!?」

 

『すみません、真様を見ているとどうも抱き締めたくなってしまいました』

 

『あ、あの……離してくれますか?』

『……もう暫く、こうさせて下さい』

 

 そのまま数秒間、トリムマウが我が弟子に抱き着いたまま時間が過ぎていく。

 

『……ねぇ、どうして抱きしめるの?』

『此処ではお嬢様との繋がりが強くなります。ですから、自然とお嬢様のしたい――』

 

「――我が弟子よ、真面目に練習しているか!」

 

 部屋に入ると同時に声をかけ、トリムマウを発声できない形状に変化させる。これ以上私の作り上げた師匠像を壊されては堪ったものではない。

 

「は、はい!」

「なんだ、私に隠れてトリムマウと談笑でもしていたか?」

 

「……はい」

「素直でよろしい。随分余裕がある様だな」

 

「一通り使いましたけど……」

「そうか……」

 

 …………では、私の手を遮る物はもう何もないな?

 

「……? ライネス師匠――」

「動くな。不慣れな催眠の魔術が外れてしまうだろう?」

 

 私の瞳の中で弟子の顔が驚きに染まり、見たかったその表情に思わず笑みが溢れる。

 

「――っうぁ……」

「っと、うむ。成功だ」

 

 目を閉じて倒れる弟子の体を支えながら私は本棚へと目をやった。

 

「トリム――いや、此処に残っていろ。全く、危うく私のイメージが欠片も残さず消え失せる所だったな」

 

 

 

「……ふぁぁ……此処、何処?」

「此処は君と私だけの秘密の部屋だ」

 

 知らないベッドの上で目を覚ますとライネス師匠が目の前で微笑んでいるけど、ちょっと怖い。

 

「……師匠、一体何を……?」

「ふふふ、怯えるな。まだ何もしていないぞ?」

 

「まだ……?」

「そう、まだだ」

 

 辺りは暗いけど、変な薬瓶や怖そうな金属製の道具が並んでいる。

 

「そう緊張するな。我が弟子、お前はとても良い子だ。ただ、その優しい心は私に向けて欲しい」

 

 よく分からないけど、俺はその言葉に頷いて返事をした。

 周回とかでずっと使って無理をさせてしまったのだろうか?

 

「う、うん。もっと師匠を大切にするよ」

「違うな。私が欲しいのはそんな言葉じゃない」

 

 師匠は両手をくっつけてハートのマークを見せてきた。

 

「私が欲しいのは愛だよ、愛」

「あい……?」

 

 あいって……好きとかの?

 

「まだ難しいかったか? 君は恋人になりたいとか、彼女になって欲しいとかそういった感情はまだ一度も抱いていないのか?」

 

「う、うん……なんかよく分からないし」

「そうかそうか……なら、これを飲むか」

 

 師匠は怪しい薬が並ぶ棚からピンク色の瓶を取り出した。

 

「カルデアの面白そうなキャスターから頂いた薬だ。愛を理解するのに丁度いいだろう」

 

「だ、大丈夫なの……?」

 

「何、君には毒への耐性があるだろう? それに私も飲む」

 

 そう言った師匠は早速蓋を開けた瓶の中身を全部口に入れると、俺の両肩を掴んだ。

 

「ら、ライネ――っん!?」

「んっ……」

 

 その衝撃で味もわからない薬を流された。

 

「っはぁ……な、何するの……あ!?」

「ふふふ、すぐに効果が……っぐ!」

 

 鼓動が急に早くなって、体が暑くなってきた。

 

「な、何っこれ……!?」

 

 体は汗がちょっと出てくる位には暑いのに、体は何故か震えている。

 

「あ……」

 

 近い。さっき直接口が触れたから当たり前だけど、師匠の顔がすぐに近くにある。

 気にしなかった訳じゃないけど、今はそれがなんだかずっと見ていたくなる。

 

「随分、情熱的な視線を向けてくるじゃないか」

「っ!?」

 

 師匠の青い目の奥から炎が見えて、まるでそれがこちらを飲み込もうとしている様に見える。

 

「良いぞ。そうだ。お前の師匠は私だ、私を見て……目を離すな」

 

 そして、俺の頭を撫でた。だけど、それは師匠自身が何かを抑える為の動作に思えた。

 

 だんだん、撫でられると撫でられる程に安心して嫌な予感が薄らいでいく。

 

「し、ししょぉ……」

「ああ、我が弟子よ。お前は本当に愛らしいなぁ」

 

 師匠に触られた場所からどんどん力が抜けていく。その感覚がなんだか心地良くてそのまま頭をライネス師匠に預けたくなる。

 

「まるで犬の様だ。可愛い愛犬だ」

 

 師匠は撫でるのをピタリとやめると、今度は両手で抱き締めて来た。

 

「師匠、俺……今、すごく嬉しくて」

「君にそう言われると私も嬉しいよ」

 

 師匠の笑顔が、可愛い。

 

 ――可笑しいのは分かってるけど、今までに一度だって抱いた事の無い感情に考えるだけの頭が残ってない。

 

 だから、強く師匠を抱きしめ

 

「……どうした? 私を愛していいのだぞ?」

「……愛するって……どうすればいいの?」

 

「……そうか、失念していた。君はまだ子供だったな」

 

 ライネス師匠は仕方なさそうに微笑むと、すっと上半身を上げて見下ろしてきた。

 

「だが、大好きな愛弟子の精通が出来ると思うと、柄にもなく興奮してしまうな……ああ、本当に――」

 

 

 ――突然、その笑みは無に変わった。

 

 

『俺は体の主の意志は尊重するつもりだったが、これは幼子に使う手じゃないだろ』

 

 

「あ、あれ……?」

 

 気が付くと、ライネス師匠の部屋にいた。

 いや、いるのは問題ないけど……いつの間に寝ていたんだろう?

 

「っく……司馬懿殿め……」

 

 ライネス師匠は頭を抱えて苦しそうだ。

 

「だ、大丈夫ですか師匠?」

「うむ……薬の効果は無しか?」

 

「薬……?」

「なんでもない。

 ……仕方あるまい、健全にデートでもしようか」

 

「で、デート!?」

 

「ん? ……ははーん……本当に初心なんだな。デートだけでそこまで赤くなっては私の彼氏など夢のまた夢だぞ?」

「か、彼氏っ!?」

 

 こうして俺は師匠にからかわれながら、一緒に部屋の外を歩き続けた。

 

 

 

「――まあ、こんな所で終わる私では無いがな」

「し、師匠……? あれ、此処俺の部屋、もしかして……?」

 

 目が覚めても、師匠は俺の隣にいた。

 よく分からないけど、嬉しい。

 

(司馬懿殿の意識はシャトーに置いてきた。

 なので、此処で襲ってしまえば何の邪魔も無いだろう。現実世界で私が見えるのは私のマスターだけだしな)

 

 あ、そうだ。

 

「じゃ、じゃあちょっと兄ちゃん呼んでくる!」

「あ……」

 

(ふむ。まあ、見えないのだから問題はないだろう)

 

「――こっちだよ、こっち!」

「はいはい……サーヴァント実体化ねぇ……」

 

 部屋を開けて玲兄ちゃんにライネス師匠を見せた。

 

「ほら! 兄ちゃん、見える!」

「――」

 

 驚いているのか、玲兄ちゃんは固まった。ライネス師匠は愉快そうに手を振っている。

 

「…………真」

「なに、兄ちゃん?」

 

「先に飯食べててくれるか? 俺はちょっと話するからさ」

 

「? よく分かんないけど……うん、じゃあ、ライネス師匠! すぐ戻ってくるね!」

 

 

「どうやら私が見えている様だな、お義兄様? どうかしましたか?」

 

「……取り敢えず、うちの弟に手を出す悪ーい女に、拳骨といきますか」

 

「……え……いや、待て。可愛い義妹に暴力か?」

「あの良く分からん悪夢の住人は教育上よろしくないからな。あと誰が義妹だオイ!」

 

「教育上よろしくない? いや、私は只、弟子の初めてを全部貰いたいだけで……」

 

「よーし、表出ろ。女だろうがサーヴァントならボコボコにしても問題ないだろ」

 

「ふむ、なら此処は1つどうだろう? 退散の代わりに我が弟子の私物を1つ頂くと言うのは?」

 

「寝言は寝て言えっ!!」

 

 

 

 その日から、真の部屋には盛り塩が常備される様になった。

 




次回はツイッター側からの当選者です。

ぐだぐだイベントは水着ノッブが来ました。

ヤンデレ・シャトーだと扱いづ……何でもありません。
次回こそは、早く更新出来るよう尽力したいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼ごっこ 【3周年記念企画】

誰だ! 毎回次はなるべくとか言って遅くなっている奴は!(逆ギレ)

はい、本当にすいませんでした。
創作活動を怠ったせいなのかロリンチちゃん77連は見事爆死しました。

3周年記念企画4番目、今回はTwitterで当選しました、sunchan さんのリクエストです。


 

 ヤンデレ・シャトー、普段は見せる事の無い裏側で、白髪のアヴェンジャーは現在、クラスの違う水着衣装で次の悪夢に向かい合っていた。

 

「……こいつがこうで……」

 

「こいつをこうしたら…………つまんないわね」

 

 画面には3騎の互いに共通点を持つサーヴァントが表示されている。

 2騎が手を組み、残りの1騎は敵対している。

 

「……なら設定を……あー、ボツね」

 

 が、表示されている全てを右へと移動させ画面から消すと、バーサーカーのジャンヌ・ダルクは乱暴に自分の頭をかいた。

 

「…………あーもう!!」

 

 苛立ちに任せ、彼女はキーボード型のコンソールを両手で殴り付けた。

 

 ――それは予期せぬエラーを齎してしまう。

 

「あー!!」

「おい、ジャンヌ・ダルク! 何をした!」

「知らないわよ!?」

 

 駆け付けたエドモン・ダンテスが慌てて弄るが致命的なエラーらしく、解除ができない。

 

「っち、削除も停止も出来んか……しかも、かなり危険な内容で凍結された上に永久継続か……」

「ちょ、まずいんじゃないのそれ!?」

 

「いや、これなら数日と掛からんだろ。癪ではあるが、アヴェンジャー共とアヴェンジャー候補に手伝って貰えばすぐに終わる」

 

 エドモンはタバコに火をつけると再び表示された画面を見た。

 

「……しかし、非道い内容だな。寄りによってこの3人……いや、3鬼か」

 

「うっさいわね……大体、このパソコンみたいなのって、使う奴によって形が変わるんでしょ? アンタ、何時も紙媒体で使ってるじゃない。何でエラーなんか起きるのよ」

 

「お前が便利で脆い機械の型を使うから悪い」

 

「あーもう! 不便だわ!」

 

 

 

「佐藤通前(サトウトオマ)、マスター名ツウゼン」

「珍しいね。エドモンが僕の事を本名で呼ぶなんて」

 

 目の前の水着姿のアヴェンジャーは格好こそ愉快だが、顔は何時もより硬い。

 きっとまた彼の予想してなかった事でも起きたんだろう。

 

 リヨぐだ子とかシャトー乗っ取りとか……うん、勘弁していただきたい。

 

「実は今日はジャンヌ・ダルク……黒い聖女が貴様の悪夢を設計していた」

「そうだね。昨日、エドモンを召喚できたからもう君は僕にはシャトーを用意できないって話だったね」

 

「だが、あいつが問題を起こした。ヤンデレ・シャトーは今、一種の暴走状態にある」

「えっ」

 

 それを聞いて流石に危機感を覚えた。

 普段から死の恐怖と喜びが7:3のヤンデレ・シャトーが暴走って……!

 

「日を跨いで同じ悪夢が続く状態だ。だが、恐らく数日と掛からずに復旧する」

「な、なんだ……良かった」

 

「但し、内容が問題だ。時間が経つ程に感情の歪みは大きくなる上に……」

 

 エドモンは何かを言おうとするが、直ぐに口を閉じた。

 

「……っち、どうやら大したヒントも出せない様だ。

 だが、やる事は変わらん。“五体満足”で生き延びろ」

 

「うん、分かった」

 

 結局大したヒントも貰えず恐怖を煽られるだけになってしまったが、兎に角普段以上に注意深く、危険を回避し続けよう。

 

 

 

「……か、看板……?」

 

 悪夢の開始に身構えていた僕の目の前に看板があった。暗くて読み辛いので近付きながらも、辺りを見渡した。

 

「普段の監獄塔みたいだけど……日本っぽい木製の看板だ。えーっと……」

 

“鬼ごっこ 喰われるな”

 

「――っ!」

 

 短く墨と筆で書かれた文字を読んだ僕の背中に悪寒が走った。

 背後で、小さな音がしたのだ。監獄塔でも良く響く、下駄の音が。

 

「みーつけたぁ。

 ごめんなぁ。今宵は鬼やさかい、手ぇ抜くんは難しいわ」

 

 更に後ろから聞こえてきた声に振り返りながらも逃げ出したくなった。

 

「っひっぐ……! うぐ……!」

 

 泣き出しそうな僕よりも先に、奥から啜り泣く声が聞こえてきた。

 

「鬼がみっともない……とは言わへんよ茨木。よしよし……体の痛みなんかとは比べれんわな」

 

 現れたのはアサシンとバーサーカーの異なるクラスでありながら、生前から繋がりのある2人……否、2体の鬼。

 

 振り袖の大きな青い和服の下に下着とも呼べない露出の多い格好の酒呑童子と、黄色が主色の和服を着て泣いている茨木童子。

 

 二人共、頭には2本の角が生えており彼女達が紛れもない鬼であると主張している。

 

 この2人の内の酒呑童子は、僕の持つサーヴァントの中でもあまり会いたくない相手だ。

 

 聖杯戦争ではマスターが倒されてしまうとどんな強力なサーヴァントも消滅してしまう……しかし、FGOにおいてマスターである主人公が傷付けられる事は少なく、そもそもサーヴァントの攻撃を受ける事自体稀な事だ。

 

 だが、酒呑童子は一度、殺傷が目的では無いとは言え主人公に相当な深手を負わせた事があり、鬼としての価値観はシャトーの影響で人間とは違う狂い方をする。

 

 そして鬼として未熟な茨木は酒呑童子を手助けする事が多く、ヤンデレであっても酒呑が望むならと俺を差し出す事もある。

 

「旦那はん? 逃げなくてええんか?」

「……え?」

 

 彼女達と対面した恐怖のせいか、酒呑童子の問いに僕は間抜けな返事をした。

 

(あ、“鬼”ごっこ……!)

 

 完全に遅れた。しかし、逃げるしか無いので僕は全力で駆け出した。

 

 しかし、視認出来る距離にいる以上彼女が僕に追いつく事は別段難しい事じゃない。

 彼女はすぐに僕の横に並んだ。

 

「先に詫び入れたんや、手ぇ抜くんはなしや」

「あ、うっ……!」

 

 反射的に足を止めて逆の壁へと跳んだ。そうしないと、何かを失ってしまう気がした。

 

「いたたぁ……!」

 

「……流石は旦那はん。あと一瞬もあれば、その腕切り落としておったんやけどな?」

 

「ど、どうして……?」

「ん?」

 

 僕は問いかけずには居られなかった。ヤンデレは確かに好きな人を傷付けるが、それは愛情や嫉妬の上での行動の筈だ。

 

 好感度が最初から高いのは普段通りだとしても、出会ってまだ数分未満の僕の腕を切り落とそうだなんて、一体なんでそんなに怒っているのか。

 

「せやな……なんも説明なしに愛の無い八つ当たり思われんのも嫌やし、一応言っておこか」

 

 酒呑童子は自分の宝具である盃に口を付け、中の酒を一口飲んだ。

 

「このしゃとーでの出来事、うちらは当然自分の日はちゃんと覚えてるんよ。

 旦那はんの怖がる顔を悦んだり、馬乗りされて顔真っ赤になったり、茨木に掴まれて苦しんだ事もあったなぁ……」

 

 全て苦い思い出だけど、彼女にとってはそうでも無いらしく、全て懐かしむ様に笑顔で語る。

 

「せやけど――」

 

 盃から、一滴の酒が零れ落ちた。

 

「――他の女とイチャイチャしてるんは、見てるだけでムカついて……酒も不味くてかなわんな」

 

 酒呑童子の一言と同時に、その後ろから真っ赤で巨大な手が僕を掴もうと大きく開いていた。

 

「他の日のこの塔で旦那はん、随分だらしないようやな。人間の女と嬉しそうに楽しそうに……あんなん見たら、もう手段選んどる場合やない」

 

「マスターは……やはり人間の女が良いのか……? 吾が一緒にいる時よりも、嬉しそうに笑っていた。

 あんな笑顔、吾は一度も見た事が無い……!」

 

 どうやってかは分からないけど、2人は僕の体験した彼女達のいない日のヤンデレ・シャトーを見てしまったみたいだ。

 

 確かにサーヴァントによって対応は違うし、この2人に関してはできるだけ距離を離そうと行動していたので、そうなるのも仕方がない……けど……

 

「茨木、壊さん様に持ち上げや」

「ああ……今日は絶対にマスターを帰さん……!」

 

 掴まれたらおしまいだ。僕は立ち上がれない足を動かして逃げようとするけど、酒呑童子がその先に何かを投げて壁にめり込ませて来た。

 

「逃げられへんよ……旦那はんはもう、うちらの口の中や」

「大人しくしろ。力加減を間違えると以前の様に片足をへし折ってしまうかもしれん」

 

「う……!」

 

 迫る真っ赤な手を見て、もはやこれまでかと視線を床に向ける。だが、まだだ。

 まだサーヴァントがいる筈だ。そうじゃないと、僕は助からない。

 

「――マスター!!」

 

 来た――!

 

 茨木童子と酒呑童子、彼女達は鬼だ。

 

 そんな彼女達と浅からぬ因縁、縁を持つサーヴァントを僕は知っている。

 

「一気に!」

「旦那はん!?」

 

 呼び声に勇気と希望を見出した僕は全力で駆け出した。

 その先からこちらに向かって無数の矢が放たれているが、かまうものか。

 

「茨木ぃ!」

「その女だけは絶対に許さん!」

 

 茨木童子の腕が迫るが、他の矢より速く、炎を纏った矢が直線を走り腕に命中した。

 

「許さん、許さんぞ! 吾らと同じ鬼のくせにっ!! 何故貴様はマスターと笑っていられるのだぁ!!」

 

 それでもこちらに迫る腕に、続けて2度3度と矢が命中しその動きを止めてくる。

 

「茨木」

「応、酒呑!! 必ずマスターを奪って――」

「否、そこまでや」

 

 暫く走り去ってから後ろを見ると、矢に阻まれて2人の動きは止まっていた。

 

「急がんでえぇ……時間が経てば」

「っく……! 吾は、このままでは済まさんぞ……!」

 

 

 

「……こんばんは、マスター」

「こんばんは! 助かったよ、アーチャー」

  

 僕を助けて天井裏の隠れ部屋まで連れて来てくれたのは、アーチャークラスのサーヴァント、アーチャー・インフェルノだ。

 

 訳あって真名は明かさないが、彼女はこの塔でも信用出来る数少ないサーヴァントだ。

 

「いえ、マスターの窮地に手を差し伸べるのはサーヴァントの務めです。

 いつも仰っていますが、私の元だけが安全ですので、くれぐれも離れないで下さいね?」

「う、うん……」

 

 頼もしいけど、やはり銀髪ポニーテールの彼女も病んでいるので僕の手を強く握って行う確認の裏に、彼女から離れた場合の危険がヒシヒシと伝わってくる。

 

「それにしても、またあの2人ですか……一緒くたにされるのは嫌なのですが」

 

 そう。鬼として生まれ生きた酒呑童子達とは違い、彼女は自分の鬼の力を嫌い抑えてきた。

 今の姿こそ人間ではあるが、サーヴァントとしての霊基に力が注がれれば、彼女の角はその姿を現す。

 

「彼女達はどうも、今日は特にご機嫌斜めみたいで……」

「鬼ごっこ……と聞きました。ご安心下さい。私は鬼にはなりません。マスターの五体は、必ずや守り抜いて見せます」

 

 そう笑って誓ってくれたアーチャー・インフェルノは部屋の電気を点けた。

 

 そこは和室でありながら現代っ子も大満足のゲーマー部屋だ。

 テレビと据え置き機、ゲーミングチェアに複数のPCモニター、机の上には2種類の携帯機が2つずつ。

 

 真面目そうに見えるアーチャーだけど、カルデアではすっかりゲームにハマっている。このギャップが可愛くて好きだ。

 

「さぁ、何からやりましょうか?」

「うーん、じゃあ狩りゲーを――」

 

 僕は彼女が好きではあるが、ヤンデレとなった彼女に迫られるのは苦手だ。

 生前、夫がいたアーチャーがその人より僕を重視するのは嫌だし、何時まで大切にして欲しい。

 

 真面目で遊びのあるお姉さん、そんな彼女に惹かれている……って、こんな恥ずかしい事を考えている内に僕のハンターは画面の中でぶっ飛ばされてしまった。

 

「マスター!?」

「ごめーん!」

 

 集中しよう。

 

「よし、回復した」

 

「あ、逃げた」

 

「どうしよう、罠使う?」

 

 …………?

 返事が返って来ないのでチラリと彼女の方を見た。

 

「っわ!?」

 

 だけど、机を挟んで左にいた筈のアーチャーはいつの間にか僕の真後ろにいた。

 

「……あ、だ、大丈夫ですかマスター?」

「び、ビックリした……な、何でそこにいるの?」

 

「……すいません。自分でも良く分からなくて……」

 

 そう言って彼女はそのまま僕の右横に座った。

 

「さあ、トドメを刺しに行きましょう!」

「う、うん……」

 

 結局さっきよりも近い距離に座った彼女に戸惑うが、何とかゲームはクリアした。

 

「……では次は――っ!?」

 

 部屋が少し揺れた。

 当然、地震なんかじゃない。

 

 直ぐに彼女は床に耳を付けた。

 

「……私の部屋の方から打撃音が聞こえてきます。恐らく、痺れを切らした鬼が暴れ回っていますね」

 

「どうしよう、ここが見つかれば……!」

「いえ、見つかっていないからこそ暴れてるのでしょう。下手に移動するよりはここに隠れ続けるべきかと」

 

 そう言いながらも外していた篭手と肩当てを付けて備えた彼女は押し入れを指差した。

 

「あの中には別の出口を用意しています。最悪、あちらから脱出して下さい」

 

 だが相手は2人だ。アーチャーだけでは厳しい。それに、別に僕は彼女達を倒したい訳じゃない。自分で撒いてしまった種だと理解もしている。

 

「逃げてばかりじゃ駄目だ。ちゃんと、話し合わないと……」

 

「分かりました。ですが、危なくなったら私が応戦します。マスターに危害を加える者は例え同じ召喚されたサーヴァントであっても許しません」

 

 そう言ったアーチャーは、片側にしか無かった篭手と肩当てを両側に出現させていた。髪を縛っていた紐も消え、長い銀髪が揺れている。そして頭には……

 

「どうかしましたか?」

「あの……角が出てるよ?」

 

「……そんなわけ無いじゃないですか。

 マスター、もっと近くに寄って下さい。出ないと危険です」

 

 段々、アーチャー・インフェルノも自分を抑えられなくなっている気がする。

 だけど、彼女に頼らないと酒呑童子達と顔を合わせるのも危ない。

 

 伸ばされた手を握って答えると、彼女は嬉しそうに笑った。

 だけど、すぐに顔を強張らせた。

 

「来ましたね」

 

 僕達が入ってきた入り口を塞いでいた蓋を破壊し、酒呑童子と茨木童子が飛び上がってきた。

 

「漸く見つけたさかい。まさか、ネズミみたいな隠れ家を用意してるとは思わんかった」

「貴様ぁ! 気安くマスターに触れおって!」

 

 怒りの形相を向ける茨木。その瞳には僅かな涙が見える。

 兎に角、先ずは会話を試みないと。

 

 そう思っていたが、僕の思いとは裏腹に

状況は急変した。

 

「これ以上近付けば、射貫きます」

 

「ふふっ、ずいぶん張り切ってるみたいやけど何時も通り旦那はんに手を出して貰えなかったやな――っと」

 

 一歩も動かなかった酒呑童子に矢が放たれ、彼女はそれを横に首を動かして躱す。

 

「黙れ……!」

「図星やなぁ。生きてる頃の男なんて邪魔なんやない? いっそ、忘れた方がええんちゃう?」

 

 不味い……!

 酒呑の言葉は的確にアーチャーの逆鱗に触れてた。

 

「黙れぇぇぇ!!」

 

 激昂し、彼女は矢を放ち始めた。無数の矢の群れは炎を纏って酒呑童子と茨木童子を襲うが、それぞれが自分の獲物でそれを叩き落とす。

 

「――ははは!

 それで良い! 鬼とは! 戦いとは! こうあるべきだ!」

 

「マスター! 早く逃げて下さい!」

 

 叩き落とされた矢の炎は畳を燃やし、既に部屋中に走り始めている。

 

「っく……!」

 

 確かにのんびり出来る状況じゃない。僕がここにいればいる程、アーチャーへの負担になってしまうと理解出来た僕は躊躇いながらも押入れの中に入る。

 

「アーチャー!!」

「大丈夫です。ちゃんと追い付きます」

 

「待て、マスター!!」

 

 迫る茨木の腕にも急かされ、僕は隠し通路へ入った。

 

 その後の十数分の間、誰かが後ろから現る事なく僕は目を覚ました。

 

 

 

「マスターを逃して、忠実な自分は殿を……なーんて、イヤらしい事を考えてへんか?」

 

「先程から、私の忠義を侮辱してばかりですね……!」

 

「あはは、忠義……ねぇ? 人間らしい、窮屈な枠やね」

 

 苛立ちを止まらせない酒呑童子の言葉にアーチャーは笑った。

 

「私は、マスターに喚ばれた私ですから」

「せやけど、この塔でそんなアンタは鎖にしかならんよなぁ? 生前の男に義理立てして、旦那はんを好いとる事に罪悪感を覚えながら、思いを押し殺す」

 

 茨木童子は目の前の敵を倒すのは酒呑が止めたのでマスターの後を追おうとするが、酒呑童子が手で制した。

 

「茨木ですら、うちよりマスターを優先する程なのに、なぁ?」

「う、そ、そんな事はないぞ酒呑! 吾は、ただマスターを連れて来ようと……!」

 

「何なんですか、一体。これ以上不毛な会話をするなら、私はマスターの元へ戻ります」

 

「うちら鬼はなぁ、愛も恋も……美味しいのは一瞬さかい、口に入れるまでを愉しむんよ」

 

「……マスターを、食す気ですか。なおさら、生かしておく訳には参りませんね」

 

「鈍いなぁ……恋敵が未亡人の門番気取りじゃ、折角の愉しみが失くなるって――言わなあかんかぇ?」

「――っ!?」

 

 突然酒呑童子の見せた文字通りの鬼の形相に、アーチャーは弓を捨て拳を握った。

 

「マスターのお気に入りで一番信頼されて……そないな美味しい場所に立っておきながらいない男に逃げ続ける……こんな不味い獲物は要らんし、もう我慢の限界や」

 

 酒呑童子は自分の宝具のひょうたんから盃にたっぷりの酒を注いだ。

 

「な、何ですかそれ……!?」

 

 しかし、注がれた酒には此処にはいない筈のマスターの姿が映っており、流れが変わる度に別の、他のサーヴァントと共に笑っている場面へと変わる。

 

「これはな、旦那はんが来る前に飲んだ不味い酒や。酔って目が覚める程になぁ……」

 

 呆けているアーチャーに構わず、酒呑童子は酒を垂らした。

 

「千紫万紅・神便鬼毒――嫉妬に酔い、酔に狂い、狂に滾れ」

 

 

 

「……よっと」

 

 僕はタンスの上で倒れていたアーチャー・インフェルノのフィギュアを元に戻した。

 あまりフィギュアを買わない僕が唯一飾っている1体だが、何故か倒れていた。

 

「何処も壊れてないっと……なんか、嫌な前触れとかじゃないと良いんだけど……」

 

 夢の中では結局あの後会えなかったけど、無事だろうか。

 

 でも、やっぱり酒呑童子や茨木童子に関しては僕に非が……

 

(……うーん、無いんだよなぁ……でも怒りの正当性は認めないとだし……)

 

 そりゃ、あの2人とは他のサーヴァントとは違う対応をしてしまっているかもだが、毎回毎回洒落にならない物理的ダメージを被う僕の身になってほしい。

 

 肩に歯を立てられた事や片腕や足を折られた事もあったし、酒を飲まされて記憶がはっきりしない夢もあれば、茨木にあーんってして貰った良い思い出も……

 

(やっぱり恐怖と喜びの比率が8対2だ……)

 

『通前!』

「はーい、今行きます!」

 

 お母さんに呼ばれて、僕は朝食を食べる為に部屋を出た。

 

 

 

「…………け、煙い!? あ、そうか昨日の続きか!?」

 

 塔の上の方から煙が出ていた。幸い、そんなに範囲は広くないがやはり昨日の戦闘で燃えたまま今日の悪夢が始まったんだ。

 

「ていうか3人はまだ天井に……っ!?」

 

『――!!』

 

 突然、天井から大きな爆発音が放たれた。

 それと同時に、廊下から固い物が地面に叩きつけられ転がる音も響いた。

 

「あっ、アーチャー!」

 

 3人の無事を確かめる為、急いで部屋から飛び出した。

 

「酒呑! 茨木!」

 

 天井裏の入り口があった場所は煙が酷く、薄暗いシャトーの視界が更に悪くなっている。

 

「ごっほ、ごっほ! みんな、返事をしてくれぇ!」

 

「――しーぃ。

 そないな大きな声出すと、鬼に居場所がバレてまうよ?」

 

 煙の中から酒呑童子の声が聞こえてきた。良かった、無事だ。

 

 だけど頭から血を流し、それが床に垂れている。

 

「酒呑、無事!? 今すぐ回復するよ!」

 

「旦那はん、先までうちが怖くて逃げてたのに、治してくだはるん?」

「当たり前だ。僕はマスター、サーヴァントの治療ぐらいするさ」

 

「……」

 

 礼装に魔力を通して酒呑童子の傷を治す為の魔術を行使する。僕の礼装は何度でも魔術を使用出来るけど、発動まで少し時間が掛かる。

 

「茨木とアーチャーは?」

「……もう他の女の心配するん?」

 

「ごめん、でも……」

 

「旦那はんはほんと骨が柔いわ。さーゔぁんと、下の者なんかに一々頭下げて、何も悪ぅないのに……おかしい人やね」

 

 酒呑童子はそっと僕の体に手を置いて、耳元で囁いた。

 

「……捕まえたぁ」

 

「っ!?」

 

 喉元に刃を突き付けられた様な恐怖に、顔が強張った。

 

「茨木もいんふぇるの……? なんて、けったいな名前の女も、先の爆発で気ぃ失ってるやろなぁ……」

「酒呑童子……まさか、今の爆発は君が……?」

 

「思ったより火の周りが早うて、うち自身も怪我してしもうたけど……旦那はんの方から近寄うて治してくれはったから儲けもんやわ」

 

 ニタリと楽しそうに笑う彼女は顔を僕の肩に置いたまま囁き続けた。

 

「この塔で旦那はんの腕折った時からずっと同じ顔ばっかりやったから、どうしたら違う顔見せてくれんのかなって他の女とイチャつくのを見て考えてんやけどなぁ……ふふふ、やっぱり、旦那はんが怖がるんは最高やわ」

 

 両手が背中を通って首へ――っ!

 

「もう、我慢せんと食べてしまおか?」

 

「ま、待って! た、食べるって……!?」

 

 こちらに開いた口を向ける酒呑童子は更に嗤った。

 

「骨の髄まで啜って、肉を貪り、脳を溶かす……全部味わい尽くして旦那はんは、血肉となってうちの体に流れ続ける……ふふふ、考えるだけで涎が出てまうなぁ」

 

 本気だ。彼女は本気で俺を食べる気だ。

 

 逃げたい。だけど、もう逃げられない。

 

「大好きな旦那はん……頂きます」

 

 喰われる……!

 

 そう思い目を閉じて痛みに身構えたけど、数秒の沈黙の後に僕の体は掴まれた。

 

「――酒呑!!」

「茨木……起きよったか……! 

 あんたがうちの邪魔すんのかい?」

 

「マスターは吾に甘味を山程渡すまで、たとえ酒呑と言えど殺させる訳にはいかん!」

 

「鬼やのに甘味かい……随分人間臭うなったなぁ茨木……!」

 

 茨木の巨大な腕に掴まれた僕は彼女のすぐに横に落とされた。

 

「い、茨木……」

「安心しろ。酒呑と相まみえるなどそうそう無い機会だ。吾がマスターを守ってや――」

 

「――うちは悲しいけど、同じくらい嬉しいんよ? 茨木がうちに逆らうんはいつ以来やったかなぁ? 旦那はんに初めてあった時が最後やんなぁ?」

 

 酒呑童子は本当に愉しそうに嗤っている。

 

「ええよ、殺し合おうやないか」

 

 その言葉に茨木童子の体がビクリと跳ねた。

 

「う、うう……マスター……前言撤回だ。今すぐ逃げろ。本気で暴れなければ酒呑には勝てんし、お主を巻き込む事になる……!!」

 

「大丈夫なの?」

 

「大丈夫な訳あるか! 良いからサッサと行け!」

 

 怒鳴る茨木は恐怖に震えている様にも見えたけど、酒呑を見る目は待ちわびていた言わんばかりに期待に満ちた目をしていた。

 

(酒呑と戦えて喜んでる……?)

 

(マスターを護って戦うこの状況、本気の酒呑が相手でなければ鬼キュアみたいだと浮かれていられたんだがな……!)

 

 笑ってみせた茨木の為にも、後ろ髪を引かれる思いで僕はその場を後にした。

 

 走り去った後ろから僅かな打撃音が聞こえてくる。だが、僕の当初の目的はサーヴァントの皆の無事の確認だ。

 まだアーチャーが見つかっていない。

 

(だけど、爆発のせいか天井の煙は薄らいでいるし、炎の燃える音も聞こえない……今なら別の入り口から行けるかもしれない)

 

 僕の考えは的を射ていた様で、再び戻ってきた入り口からはカルデア礼装の助けもあってか熱気を感じる事は無かった。

 

「瞬間強化……! よっと、っほ!」

 

 身体能力を上げてパルクールの様な動作で隠し部屋へ登った。

 

 暫く進むと黒焦げてボロボロの和室と、その中で倒れているアーチャーを発見した。

 服こそ破れているがこうやって実体がある以上、傷は特に問題ないだろうけど、僕は慌てて彼女のお腹辺りに手をかざした。

 

「【応急手当】、3回……!」

 

 発動までの時間を長引かせて一気に回復する様に魔術を調整した。

 

「……アーチャー! 起きて……!」

 

 数秒後に発動した魔術は緑色の光で彼女を包んだ。傷は塞がっている。

 

「……アーチャー! しっかりして――」

 

 ――瞬間、部屋の床をぶち抜いて酒呑童子が現れた。

 

「ふー……茨木、珍しく本気で向かって来たわ。マスターが絡むとあの娘あないなるんやなぁ、覚えておこか」

 

「しゅ、酒呑童子……!」

 

「ああ、ほんまにその銀髪が好きやんな? ほな、うちも銀と赤になろか? そしたらうちにメロメロになってくれるん?」

 

「か、関係ないよっ」

 

 酒呑童子は僕の答えを聞いてつまらなそうに、一歩足を進めた。

 

「そーかい……なら旦那はんはうちの血肉と溶けや」

 

 振り下ろされた大刀に目を瞑る位の反応も出来なかった。

 だけど、結局それは僕には届かなかった。

 

「っ!? あんた――」

「――酒呑童子、愚かですね。自分が浴びせた酒が、自分自身の道を閉ざすのですから」

 

 僕が支えていた筈のアーチャーは大刀を掴んだまま酒呑童子の顔を掴むと駆け出した。

 

 気が付いたら、左の壁が半壊していた。

 

 アーチャーは掴んだ酒呑を壁に押し付けて、破壊しながら引き摺り回したのだ。

 

「……気を失いました。どうやら、同胞との戦いで大半の魔力を使っていた様ですね」

 

 動かなくなった酒呑童子を放して、アーチャーがこちらを見た。

 

「――っ!?」

 

 先は気付かなかったけど、彼女の目はいつにも増して僕を、僕しか見ていなかった。

 

「マスター……マスター……!」

 

「マスター、マスター……! マスター、マスター、マスター!!」

 

 段々早く迫ってきた彼女は座っている僕の前で膝を折って、倒れ込む様に僕に抱き着いてきた。

 

「マスター……!!」

「あ、アーチャー……」

 

「良かった、良かった! マスターは、此処に……!!」

 

「う、うん……あ、あの……アーチャー?

 痛いん、だけど……?」

 

「ああ、マスター……!」

「い、痛い痛い痛い!! お、お、折れる!!」

 

 僕が悲鳴の様な声を上げると、漸く彼女は腕の力を抜いてくれた。

 

「す、すいませんマスター……どうも、この姿と手加減が……」

「う、うん……も、もう大丈夫だから」

 

「……マスター」

 

 彼女の安堵が、肩に預けられた顔から伝わってくる。良かった。

 

「何が大丈夫なんですか?」

 

「……え?」

 

 凍てつく程に、寒い声が耳を貫いた。

 

「鬼の2人じゃない。マスターを、私からマスターを奪おうとする者は――まだいますね?」

「な、何を言っているのアーチャー!? もう、この塔には誰もいないよ!?」

 

「――いいえ、カルデアにはまだ多くのサーヴァントがいます」

 

「マスターを汚そうとする者、マスターを曇らせる者、私からマスターを遠ざける者!!」

 

「あ、あ……! い、痛、痛い……!?」

 

 再び、全身が砕けそうな痛みが僕を襲った。

 

「何故ですか!? 何故私以外の者の部屋でげえむをしているんですか!?

 何であんな薄着の忍びに目を奪われたのですか!?

 紅先生の頭を撫でたんですか!?

 玉藻さんの料理を食べましたね!?

 清姫さんと寝ていましたね!?

 何で私と距離を取るんですか、――様? 今の私はマスターだけが欲しいのに――」

 

「あ、っはぁ、はぁっ、はぁ……!!」

 

 僕は少し離れた場所で倒れた。

 緊急回避でどうにか彼女の腕の中から脱出出来たけれど、もしあと一瞬でも遅かったら本当に骨が数本折れていただろう。

 

「――また、そうやって距離を取るんですね?

 ――私だって、マスターのサーヴァントなのにっ!!」

 

 彼女の振り下ろした両腕は床を砕き、同時に彼女の全身から炎が吹き出した。

 

 その炎は彼女自身の服を焼きはじめ、それを僕は体の痛みに耐えながら見ている事しか出来ない。

 

 だけど悟る事は出来た。

 彼女は、もはや混血など関係ない程に――鬼だ。

 

「――」

 

 ポタポタと、血が地面に落ちた。

 彼女の瞳から、止まる事なく流れている。

 

「サーヴァントでも、――御前であっても愛してくれないのなら……

ワタシ」

 

 

 

「唯の、鬼に成ります」

 

 

 

 

 

「はぁ――っあ!?」

 

 嫌な寝汗と共に目を覚ました筈だったが、すぐに緊張が襲った。

 

 腕が、後ろから鎖骨辺りまで回されている。

 

「おはよう御座います、マスター……」

「あ、アー――」

 

「――違います。インフェルノではありません。――御前でもありません。

 先程申し上げました通り、もう私は鬼です」

 

 鬼――自分をそう呼ぶのに一切の躊躇の無い彼女に僕は震えるしかなかった。

 

 あすなろ抱きで抱擁され、逃げる事は出来ない。

 

「……鬼は、人間を食べるそうです」

 

 そんな僕に追い打ちのつもりか、彼女は酒呑童子と同じ様な事を言い出した。

 

「食べた者は血となり肉となり……ああ、とても……素晴らしいと思いませんか?」

 

 もう完全に鬼のつもりなんだろか。

 

「だって……私の中で蕩けたマスターならば、誰にも触れられませんが何時でも私のそばにいて下さるではありませんか」

 

 獰猛に笑っているであろう彼女の姿を想像し、目を閉じて死を覚悟した。

 

「では、早速マスターが苦しまぬ様に心臓から――」

 

 ……く、喰われる……!!

 

 目を強く閉めた。

 しかし、数秒経ってもなんの痛みも来ない。

 

「………?」

 

 それどころか、彼女の腕がするりと僕を解放した。

 

「……マスター」

 

 ベッドから出て行ったアーチャーは、タンスの前で何かを覗き込んでいた。

 

「な、何……?」

「…………これは私の人形……ふぃぎゅあ、ですか……?」

 

「う、うん。そうだけど……」

 

 そのまま立ち尽くす彼女の背中を不安に思いながらも見守った。

 

 突然、此処からでも見えていた彼女の2本角が縮み、その姿も第三再臨と呼ばれる物々しい鎧姿から第一再臨の最も鎧の少なく、髪型も長い銀髪を束ねて縛ったポニーテールに戻っている。

 

「……アーチャー……?」

 

「……こ、この姿が、マスターのお気に入り……なんでしょうか?」

 

「う、うん……後ろに縛ってある髪が綺麗、だから……」

「そ、そうです、か……」

 

 彼女は頬を赤く染めながら、本当に恥ずかしそうにこちらを見た。

 

「……その、やっぱり私は……“マスターに喚ばれた私”でいても、良いですか……?」

 

 

 

 

 

(え、拙者のコレクションが気持ち悪い!? こりゃ手厳しいぃ!

 ……拙者にとってこれはただのプラスチックの人形では無いで御座る!)

 

(好きなキャラ、所謂“推し”が朝も昼も夜も自分の手元、見える場所に置いてあると元気が出る事間違いなし!! 拙者みたいな荒くれ者でも、このフィギュアを見ると落ち着ける。あるだけで癒やされる……一日の活力を齎す女神像にも等しい……)

 

(……え? これでも分からない?

 じゃあ、インフェルノ殿は想い人の絵とか写真があったら部屋に飾らんのですか?)

 

 

 

(今なら、黒髭殿の言いたかった事が、分かった気がします……)

 

「あの、アーチャーさん? お昼ご飯は別に作らなくてもお母さんの作り置きが……」

 

「駄目です! 今日は私がマスターのためにお作りします。して見せます!

 私が、絶対にマスターを元気に――!」

 

「……べ、紅先生……助けて下さい……!」

 




真名は伏せました。一応ですが。

新しいサーヴァントや今年の水着イベントで盛り上がる事間違いなしのFGOに負けない様、気合を入れて書きたいと思います。(早く出来るとは言ってない)

次回はハーメルンでの3番目の当選者、ジュピターさんです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

兄弟で行くカルデアール学園 【3周年記念企画】

今回はハーメルン側からの最後の当選者 ジュピター さんです。

今回は企画開始からサーヴァントの追加が多くあった為、リクエストの変更をお尋ねした所、希望して下さいました。
その結果、あのマスターが再登場しています。
ご了承下さい。



 

「ねぇ、兄ちゃん」

 

「んー? 何だ?」

 

 お互いにソファーで寛ぎながらスマホを持ってFGOをやっていると、弟の真が俺に声を掛けてきた。

 

「この前のライネス師匠が出て来た夢さ、兄ちゃんも同じ様な夢を見た事あるんでしょ?」

「あー……そうだな」

 

 少々言葉に詰まる。あの夢、たまに刺激が強いもんがあるので出来れば弟にその話はして欲しくないのが本音だ。

 

「どんな夢だったの!?」

「あー……学校だったな」

 

「学校? もしかして、サーヴァント達と学校に通う夢なの!?」

 

「まぁ、そんな所だなぁ……」

 

 また現実世界に現れたりしたら、今度こそ本気でぶっ飛ばしてやろうか。

 

「良いなぁ、俺も行ってみたい!」

「ははは、ならしっかり勉強しなきゃなー」

 

 そんな会話をしていると、俺は母さんに呼ばれた。

 

「ちょっと、玲」

「何?」

 

「あんたのベット大きいでしょ? 真を一緒に寝させてあげて」

「はぁ? 何で?」

 

「お昼にね、真の友達が遊びに来たんだけどその時にジュースを零しちゃって今洗っているのよ」

 

「代わりの布団は? 来客用の」

「今見てきたら破れてたりで酷くってね。今度新しいの買う事にしたから」

 

「え、今日兄ちゃんと寝るの!?」

「うん。あ、真、お母さんの部屋でも良いけど……」

 

「ううん、兄ちゃんと一緒がいい!」

「そう? ……そっか……」

 

 母さんが俺に厳しいのって、真が俺に懐いたせいじゃないのかと一瞬考えたが口には出さない事にした。言わぬが花だ。

 

「じゃあ玲、よろしくね」

「はい」

 

 そう言ってリビングの机に歩く母さんの肩が、がっくりと落ちた気がした。

 

(不機嫌になって面倒な事頼んだりして来ないと良いけど……)

 

 

 

 しかし、この日の夜にそんな事より面倒な事が起こるのだった。

 

「――と言う訳で、カルデアール学園一日見学だ。いやぁ、玲君なら弟君のエスコートを任せても問題ないね?」

 

「ちょっと待て」

「すごい! ダ・ヴィンチちゃんだ!」

 

 弟のテンションと反比例に俺のテンションは下がっていく。

 この夢の中に弟と一緒だなんて冗談じゃない。

 

「ふふふ、私の事は先生と呼ぶ様に……あ、でもお義姉さんでも良いよ?」

「おい、誰がお義姉さんだレオナルド先生」

 

「酷いな。その呼び方は生活指導行きだぜ? 個室で2人っきり、何も起こらない筈もなく……」

「起きねぇよ。起こそうとしたら抵抗するわ、拳で」

 

「ねぇ、兄ちゃん! 早く行こうよ!」

 

 真は俺の気持ちなど露知らず、英霊だらけの危険地帯に急いでいる。

 

「はぁ……分かった」

 

 取り敢えず何があっても弟だけは守ろうと固く決意して、職員室を出た。

 

「部長」

「……Xオルタか」

 

「あ! 謎のヒロインXオルタだ!」

 

 一番付き合いの長いサーヴァントではあるが……

 

「部長の弟さんですね。始めまして。新聞部副部長兼お兄さんのボディガードをしています」

「うん、よろしくね」

 

「これ、お近付きの印に……あんぱんです」

「おい、それ昨日俺が買ってやった残りか?」

 

「…………どうぞ遠慮なく」

 

 おい、何だ今の間は。

 そして、横から更にサーヴァントが現れた。

 

「久しぶりだな、我が弟子よ!」

「あ、ライネス師匠!」

「ほほう……黒幕のお出ましか」

 

(っぐ……確かに我が弟子の悪夢には現れる事が出来たが、厄介な保護者が一緒か……! だが、こんな事もあろうかとちゃんと防御手段をこしらえて来たぞ!)

 

 取り敢えずぶっ飛ばすかと拳を鳴らしたが、その後ろから更に2人、背丈の小さな影が現れた。

 

「始めまして……拙はグレイと申します」

「美遊です。ライネスさんから案内役の補佐をお願いされました」

 

 何処かで見たサーヴァント達だ。全体的にちっこい。

 

 カルデアール学園の制服は紺が主色のブレザーの筈だが、ライネスとグレイは黒いリボンと白のセーラー服で後者はフードを羽織っており、美遊は赤色のリボンと白のセーラー服で統一感が無い。

 

「中等部と初等部の生徒さんですか」

「……カルデアール学園って小中高一貫だったか?」

 

「部長、2期の設定です。お忘れですか?」

「何だそのメタ過ぎる後付け!」

 

「2人に紹介しよう。こやつが我が弟子の真だ!」

「始めまして!」

 

「資料には目を通しました。マスター候補だと伺っています」

「ライネスさんのお弟子さん……その、ライネスさんは良い人なので、よろしくお願いします」

 

「グレイ? なんのフォローだ、それは?」

 

「騒がしくなりましたね」

「はぁ……おい、真、大丈夫か?」

 

「す、凄いよ兄ちゃん! 俺のカルデアにいるサーヴァントがこんなに!」

「お、おう……」

 

 真は純粋に喜んでいるだけか……ちと危機感が足りない気がするが、こいつには俺よりも優れた直感があるから危ないと思ったら直ぐに逃げるだろ。

 

 最悪の場合は俺が守ってやらないと……

 

(この2人は私にとって都合の良い事に、我が弟子との恋愛に発展する可能性の低い。片や義兄、片や同性愛、ふふふ……只々勝つとはこう言う事だな、司馬懿殿)

 

「グレイさん、フード可愛いね」

「そ、そうですか……?」

 

 真の奴、あれはナンパか? 

 まあ迷惑そうだったら止めてやるか。

 

「拙の顔はその……あまり見ないで欲しいです」

「うん? 分かった」

 

 とか言いながらチラチラと興味の視線が止まないが……ま、仕方ないか。

 

「美遊さん、でいいですか?」

「はい、名字は一応エーデルフェルトですが、長いので美遊で構いません。真さんと呼べばいいでしょうか?」

 

 初等部……真と同じ小学生。

 たしか魔法少女的なサーヴァントだったか。

 

「……先から随分小さい娘ばかり見ていますが、私はお気に召しませんか?」

 

 Xオルタが腕にしがみついて来た。

 

「いや、お前は十分可愛いけど、兄貴としちゃ弟が心配だ」

「そーですか……真君、もう行きましょう。見学ですし、のんびりとばかりはしていられませんよ」

 

「はい」

「最初は何処に行くのかな?」

 

「はい。マスター候補の授業風景を見る為に、高等部の3年生の教室から見ていきましょう。その間々で特別教室等も解説します」

 

「俺以外のマスター候補か……そう言えば見てないな」

「現在、数名のマスター候補は交換留学中ですので、部長を含めて在籍中のマスター、及びマスター候補は4名だけです」

 

「少ない! そんなに少ないの!?」

 

「では先ずこのクラスです」

 

 Xオルタに促されるまま、3年生の教室を覗いた。

 

 

 

「…………」

「ねぇカドック、聞いているのかしら?」

 

「……ああ」

「そう。なら、早く答えなさい。

 先の休み時間、何を楽しそうにアタランテ・オルタ学級委員長と一緒に話していたのかしら?」

 

「次のテストについてだ。

 委員長の範囲予測は的確だからな、一考に値する」

 

「そんな事、する必要ないじゃない。放課後に私と一緒にテスト勉強をするのだから。それとも、そんな予定を忘れて他の女子と話す方が嬉しいのかしら?」

 

「アナスタシア……」

 ……君、キャスタークラスなのにテストは毎回赤字ギリギリじゃないか! しかも、僕と契約してからは魔眼に頼ってテスト勉強を怠っているだろ!」

 

「あら? だから貴方と勉強しているじゃない?」

「僕だって決して良い点が取れる訳じゃない! そんな僕を頼る君の為に委員長と相談していたんだ!」

 

「……嬉しいわ、カドック……私の事をそんなに考えてくれているのね……

 けど駄目。私の為の勉強なら貴方1人で考えなさい。

 貴方ならきっと出来るわ」

 

「……簡単に言ってくれるな」

 

「ええ、だって貴方はこの私のマスターなのだもの――」

 

 

 

「……おい、あいつら授業中に何してるんだ?」

「甘いですね。噂通りのラブラブっぷりです。カドック先輩とアナスタシア先輩」

 

 どうして周りの奴らは見慣れた感じで子供を見る様な優しい笑顔で見守っているんだ?

 

「ほほう……某兄並に弄くり甲斐のありそうなお方だな」

「熱愛、でしょうか……?」

「私もイリヤと……」

 

「……あの人達……」

 

 真はカドックとアナスタシアの姿に涙

が僅かに顔を出したが、目元をこすって微

笑んだ。

 

「次に行きましょう。次は現マスターである教師とマスター候補のクラスの筈です」

 

「……所でだが……」

 

 ライネスの言葉に視線を動かして真を確認した。

 だが、真はグレイと美遊の2人に抱き着かれていた。

 

「グレイ、エーデルフェルト殿? 何故、我が弟子に抱き着いているのかな?

 義兄様と彼の師匠である私の前で……失礼ではないかな?」

 

「あ……えと、つい……」

「拙も、失礼しました……唯、拙の師匠からはライネスさんに振り回されない様にしっかり守ってやれ、と言われてまして……」

 

「兄めぇ……やってくれたな」

 

 ライネスにとって障害となった様だが、俺もそろそろ一発入れるべきだろうか。相手は女だが、サーヴァント相手ならセーフだろう。

 

「……部長、行きますよっ」

「おい、引っ張るな……!」

 

 Xオルタに引き摺られ、仕方ないのでその場では拳を下ろした。

 

 

 

「オフェリア! 今日も君は美しい!」

「ナポレオン先生、教室が違います」

 

「大丈夫だ! 自習にしてきた!」

「大丈夫じゃないですか。早く自分の教室に戻って下さい」

 

「どうだ、この後一緒に食事でも……」

「お断りします。早く戻って下さい」

 

「マシュ嬢も誘ってやろう!」

「……考えておきます」

 

「おっし! んじゃあ、先生はりきって行くぞ――うぉ!?」

 

「さっさと出ていけこの年中発情教師! PTAに訴えられてしまえ!」

 

「ほら、早く出ていって。虞美人先生、項羽先生のクラスが校外見学で会えなくてイライラしているから」

「オーララ……それはご愁傷さ――のわっ!?」

 

「オフェリア・ファムルソローネ!

 それ以上余計な事を言うと反省文を書かせるわよ! モミアゲ男! さっさと出てけ!」

 

 

 

「こっちも負けず劣らずだな……」

「これがマスターとマスター候補がいる最後のクラスです」

 

「……グレイ、いい加減離れないか……?」

「駄目、です……師匠との約束ですから」

 

「あ、暑い……」

「大丈夫ですか? こちら、スポーツドリンクです。蓋は既に開けてあります」

 

 真は抱き着かれ、引っ張られ、甲斐甲斐しく世話をされている様だが、俺はもうこの拳を振り下ろしても良いか?

 

「部長、今日は一段と目が動きますね」

「当然だ。弟の身に何かあれば……!!」

 

 一緒の部屋で寝ていた俺が母さんに殺される……!

 

「……そんなに、セーラー服が良いのでしょうか……」

 

「ええい! 我が弟子を離せグレイ!」

 

「――おや、部長とえっちゃんではありませんか。此処にいたんですか」

 

 曲がり角から俺達の前に新聞部の部員でアサシンなのにセイバークラスを名乗る変人サーヴァント、謎のヒロインXが現れた。

 

「Xさん……この学園では出番が1回しかなかった貴女も、遂にチョイ役再登場ですか」

 

 Xオルタはぱちぱちと小さな拍手で煽っている。

 

「酷い言い草ですね!? ですが、私はえっちゃんと違って水着も出ている勝ち組セイバーなのでそんな事で怒ったりはしません!」

 

「くたびれOL……ブラック企業……独身……」

 

「っく、なんと邪悪なマントラ! しかし、私はそんな呪いには惑わされません! 同じ未来を辿らない様に部長のヒモを目指します!」

 

「おい、なんでそうなる」

「え? だ、だって……良く良く考えたら私……部長くらいしか、仲の良い男子がいないんですし……寧ろメインヒロインルートでは?」

 

「駄目です。部長は私が一生甘味に困らない職に就くんです」

「おいコラ」

 

「ジョークです。飲み物もお願いします」

 

「……それで、Xは何の用だ?」

 

「はい! 部長の弟さんが来ていると聞いたので早速セイ……じゃなかった、不審者からお守りする為に馳せ参じたんです!

 ……あれ? 件の弟さんは?」

 

 しまった――! 辺りを見渡すがそこには初・中等部の連中と真の姿が無かった。

 

「やられた! おい2人共、真を探すぞ!」

「任せて下さい! よっし、ポイント稼ぎます!」

 

 謎のヒロインXが駆け出したのを見てXオルタは逆側を指差した。

 

「私達は中等部に行きましょう」

「おう!」

 

 

 

「兄ちゃん達、来てないみたいだけど大丈夫かなぁ……」

 

 ライネス達に連れられ、真は中等部まで来ていた。

 

「大丈夫だ。見学の時間はそんなに長くないんだし、義兄様には後から来てもらおう」

「此処は中等部です。拙達の学び舎ですね。週に二回、師匠の魔術講義もあります」

 

「初等部はもう1つの別の建物です。真さんが転校してくればこちらに入りますね」

 

 そんな案内と共に、彼女らは1つの教室の前で止まった。

 

「此処は……?」

「講義準備室……だが、一応兄、ロード・エルメロイⅡ世が顧問する魔術部の部室となっている」

 

「ライネスさん、鍵がかかっていますが……」

「大丈夫だ。トリムマウ」

「はい」

 

 水銀の魔術礼装がメイドの形となり現れ、鍵穴に指を入れるとすぐにドアは開いた。

 

「え、怒られない?」

「問題ない」

「いえ、問題だらけです。先生にバレたら怒られますよ」

 

「……では美遊殿は帰って貰って結構だ。何、部活見学みたいな物だ。終わったら直ぐに出よう」

「……なら、私も見学させて貰います」

 

 ライネスの言葉に初対面の真を心配した美遊は着いて行く事にした。

 

「さぁ、入りたまえ」

 

 元々の機能が講義準備室と言う事で部屋の中にはところ狭しと本や大きいポスター、DVDやマイク等の電子機器関連の物も置いてある。

 

 それでも一応部室として使う為に整理された様で、中央にはU字型のソファーとその中央の机には一切物は置かれていない。

 

「まあ、少々窮屈だがね」

「こんなに狭い部屋で魔術って、大丈夫なんですか?」

 

「何、部室と言ったが此処で集合してその日の研究内容を記録するだけで、魔術を行使する時は学校の庭内で行うのさ」

 

「なるほど……所で、奥のあれは?」

 

 美遊が指さしたのは部屋の中で一番目立つ、黒い布で覆われた170cm程の高さの物体。

 

「あれは鏡です」

「鏡?」

 

 グレイはフードを少々引っ張った。

 

「師匠の授業で使う為の物ですが……拙が、この顔を見たくないと言ったので塞いでくれたんです」

 

(そう言えば兄は妙な事を言っていたな……マスター候補がいる時は覗くなとか……)

 

「そうなんですか……あ、布がズレてしまっていますね。直しましょう」

 

 美遊は鏡の布をズレを直そうと鏡に近付いて、握った。

 

「――見つけたぞオラッ!!」

 

「っきゃ!?」

 

 そこに突然、ヤクザの様な怒号と共に玲とXオルタが入ってきた。

 驚いた美遊は握っていた布をパッと離してしまい、鏡はその姿を顕にした。

 

『あ――』

 

 

 

 俺はようやく見つけた弟の頭を指で小突いた。

 

「全く……勝手に行くなって」

「ごめんなさい」

 

「まあ、悪さをした訳でも無いだろうし……おい、Xオルタどうした?」

 

 周りを見ると、Xオルタだけではなく美遊とグレイもおかしい。全員俯いている。

 

「どうやらあの鏡の影響だな」

「鏡ぃ?」

 

 ライネスが指差した先には巨大な姿鏡があった。床には黒い布が落ちている。

 

「良くは分からないが、あの鏡をマスター候補がいる時に見ると不味いらしい」

「随分と限定的だなおい」

 

 取り敢えず、俺はなるべく鏡に映らない様に近付いて一気に布を被せた。

 

「おい、Xオルタ!」

「――! ……マスター……?」

 

「部長だ部長。どうした、なんかあったか――」

 

「――部長!」

 

 Xオルタが急に抱き着いてきた。弟の前でなければ役得と喜んでいたが今は少々気不味い。

 

「お、オイオイ……」

 

「真……さん」

「真さん……」

 

「あ、あの、2人共、大丈夫……?」

「おい、まこっぁと?」

 

 真の声に顔を向けようとしたが、Xオルタの手が俺の顔を阻んだ。

 

「先輩、余所見しないで下さい……私だけ見て下さい」

「おい、あんまり邪魔すると何時ものパターンだぞ?」

 

「真さん……手を握らせて下さい……」

「あ、あのグレイさん……?」

 

「…………」

 

 急に態度の変化した3人。

 鏡が何かしたのは間違いないだろう。

 

「グレイ! 幾ら君であってもいい加減に……」

「ライネスさん、何を怒っているんですか? 拙は、お側にいたいだけです」

 

 唯一、美遊だけはその場から動かない。しかし、俺もXオルタに睨まれて動けない。此処で宝具を取り出される様な事があれば――

 

『――』

 

 鳴り響いたチャイムに全員の力が抜けた気がした。

 

「……お昼の時間です。私はお弁当がありますが皆さんはどうしますか?」

 

「部長。新聞部の部室で食べましょう」

「……まあ良いけど、真も来いよ」

 

「う、うん……?」

「待って下さい。拙もご一緒して――」

「――グレイと私は学食だろう? そうだ、我が弟子も一緒に購買部に行こう。何か買ってやろう」

 

「え、えっと……」

 

 真の奴、悩んでるな。

 安全を考えるなら奴らと一緒に行かせるのは言語道断だが、こっちはこっちで、Xオルタのストレスが……

 

「なら、私も行きます」

 

 美遊がそう言った。三つ巴なら、大丈夫だろうか……

 

「どうする真?」

「えーっと……俺は、俺のサーヴァントと、一緒がいい」

 

「分かった……危なくなったら逃げろよ」

「うん! ……え、危ないの?」

 

 最後の一言に不安を覚えたので、なるべく早く合流しようと心に決めた。

 

 

 

「――ライネスさんではなく、拙が奢ります」

「いや、師匠である私が奢るべきだろう」

 

「真さん、欲しい物は決まりましたか? こちらのカレーパンや麻婆サンドは激辛なので気を付けて下さい」

「う、うん……」

 

 師匠達は言い合いをしていて、美遊さんは商品を教えてくれる。

 

「ライネスさんは借金があります。少額でも出費は抑えるべきでは?」

「あーあー、知らないなー! 大体、サーヴァントなら借金とか関係ないだろ」

 

「えーっと……決まったけど」

「仕方ありません」

 

 美遊さんは財布を取り出すと俺が選んだ焼きそばパンとりんごジュースの代金を払ってくれた。

 

「い、いいの?」

「ええ。大丈夫です。さ、食べましょう」

 

 俺達が少し歩き出すと後から師匠達も遅れてやってきた。

 2人とも代金を払うと言ったがまた喧嘩するなら要らないと言われて、少し恥ずかしそうに財布をしまった。

 

 そして、中等部の屋上にやってきた。

 

「どうだい、此処が私のお気に入りでね」

「初等部より1階分高いですね」

「特殊教室が初等部より多いですからね」

 

「学校の屋上って普通は立入禁止じゃないの?」

 

「カルデアールの校則では、屋上の立ち入りは禁止されていません」

「まあ、鍵は職員室だがトリムマウがいるのだから必要ないな」

 

「それやっぱり不法侵入なんじゃ……」

 

 だけどそんな俺の不安には目もくれず、3人はベンチに……座らなかった。

 

「さ、どうぞ座って下さい」

 

 全員、妙に力が籠もっていて怖いな。

 

「弟子は師匠の隣に――」

「――どうぞ、此処に座って下さい」

 

 グレイさんは強い口調で真ん中を勧めてきたので、ライネス師匠に悪いかなと思いながらもそこに座った。

 

「それでは私は此処に」

「私はこっち」

 

「……私の場所が無いようだが……?」

「ライネスさんは私の隣です。どうぞ」

 

 グレイの言葉に普段なら見せる事の無いぎこちない笑顔をしながら師匠は座った。

 

(ええい、見通しが甘かったか? グレイもエーデルフェルトも簡単に我が弟子に惚れた。……それにこの学園の影響か、トリムマウを維持できるのが数十秒、しかもメイドの形を取らせるだけでかなりの集中がいる。

 こうなれば強硬手段も……)

 

 皆一斉に自分のお昼の袋や蓋を開け始めた。

 

「む、グレイが唐揚げ弁当とは珍ら――」

「はい、あーん……して下さい」

 

「あ、あー、んっ……美味しい!」

「ふふふ、良かったです。」

 

「な、なな……! ぐ、グレイ!?」

「ライネスさん、どうしました?」

 

 美遊さんは半分くらい残ったパンを俺に向けた。

 

「チーズ蒸しパンです、どうぞ」

「え、でも食べかけじゃ……」

 

「私、今ダイエット中ですので遠慮せずどうぞ」

 

「エーデルフェルト殿!?」

 

 断り辛いので、それを手にとって食べた。

 

「き、君達は間接キスのプロか!?」

 

「か、間接キスって、師匠! そんなふうに言わないで下さいよ!」

 

「……」

 

 突然、グレイさんは何故か半分以上残っていた弁当を無言で閉めた。

 

「真さん……失礼します」

「え」

 

 俺はグレイさんに抱き着かれて、そのまま跳躍したグレイさんは屋上の扉の上に跳び、ライネスさんと美遊さんを見下ろした

 

「ほ、ほほう……グレイ、ついに私に牙を剥くか……」

「グレイさん、真さんを離して下さい」

 

「拙は御二人と戦うつもりはありません」

 

「何……?」

 

 すると、足元から扉を開く音が聞こえてた。

 

「あー! 美遊、こんな所にいたぁ!」

「い、イリヤ……!?」

 

「もう! 授業中に先輩に呼ばれたと思ったら、何で中等部の屋上にいるの!? 今日は私とクロと一緒に食べる約束でしょう! ほら、行こう!」

 

「ま、待ってイリヤ! 今それどころじゃ――……」

 

 扉が閉まった。

 と、思ったらまた開いた。

 

「ライネスさん! ここに居ましたね!」

「っげ、頼光教師!?」

 

「高等部、中等部、初等部!! どんな生徒であろうと風紀を乱す者は、私が赦しません! あと私は生徒です。先生ではありません!」

 

 黒いセーラー服を着た女の人がやってきた。

 そしてその人は、ライネス師匠を掴んで引き摺っていった。

 

「匿名希望の生徒からライネスさんが不法侵入を行っていると通報がありました! 屋上へは暫く立入禁止です!」

「ぐ、グレイ! 図ったなぁ!? 後で覚えてお――」

 

 ……師匠の声が消えた。

 

「……はぁ……さて、真さん」

「な、何?」

 

「2人っきり、ですね」

 

 そう言ってグレイさんは俺を両手で抱き締めた。

 

「真さんは、何か感じますか?

 拙は今、凄いドキドキしています……」

「グレイ、さん……?」

 

「この後、次の段階……行ってもいいでしょうか?」

「次……?」

 

 何を言っているのか分かんない。今のグレイさんはなんか怖い。

 

 鼻息が荒くて顔も赤いし、それに……だんだん顔が近付いている。

 

「ま、待って!」

 

 思わず両方のほっぺを両手で止めた。

 

「うにゅ……な、なんれふか……? 拙は、真さんにキスをしようと……」

「な、何でキスを……?」

 

 と聞いたら、何故かグレイさんは恥ずかしそうに顔を離してフードの端を掴んだ。

 

「だ、だって……真さんの事、大好き、ですから……」

 

 うーん……? でも、母さんや兄ちゃんからはキスは好きな人が出来たら中学生からしていいって言われたし……

 

(あ、だけどグレイさんは中学生だから良いのかな? でも、俺は小学生だし……んー? この場合ってどうなんだろう?)

 

 兄ちゃんに会ったら聞こう。

 

「兎に角、俺は母さんにキスは中学生になってからって言われてるから駄目!」

「な、なるほど……お母様にご挨拶が先なんですね?」

 

「うん? 多分そうだね」

「分かりました。今度お伺いします」

 

「――おーい! 真ぉ!!」

 

「あ、兄ちゃん!」

 

 屋上の扉から聞こえてきた声に、俺はすぐに返事を返した。

 

「……あれ、Xオルタさん、何で縛られているの」

「部長の愛情表現です」

 

「俺が女子生徒や先生に挨拶する度に宝具を取り出して暴れるから縛ってんだよ。

 おい、まだ反省なしか?」

「ふふふ、こうしていれば部長はずっと私の事を考えてくれますね……嬉しい」

 

 Xオルタさん、苦しくないのかな? ずっと楽しそうに笑ってる。

 

「ほら、行くぞ。下でライネスと美遊が頼光先輩に叱られてるからな。次はお前だぞ、グレイ」

「……真さん、助けて下さい」

 

 頼光って確かランサーとバーサーカーで、俺の事を息子って呼ぶ人…………怖い人、だったよね?

 

「えーっと……ごめんね?」

 

 

 

 グレイが叱られている間に、俺達は4人で見学を続行した。

 

「我が弟子、グレイに何もされなかったか?」

「う、うん。別に……」

 

「本当ですか?」

「大丈夫だよ」

 

 俺も心配だが此処で態々追求して焚き付けてやる必要も無いだろうから、黙っておく事にした。

 

「部長」

「なんだよ?」

 

「後輩にこんな格好をさせて歩かせるなんて、今日は一段とSっ気がおありですね」

 

 Xオルタは未だに両手を縛っている。昼休みに決着がついて良かった。

 

「仕方ねぇだろ。お前が暴れるのが悪い」

「ですが、これで正式に私と部長の中が学園に知れ渡ります。実に良い事です」

 

「おう。どう見てもしょっ引かれているがな」

 

「ぐ……何故他人の夫婦漫才なんか見せられているんだ……!」

 

 誰が夫婦だ。

 

「で、次の行き先は?」

「特別教室を回っていこうと思う。理科室が一番近いだろう」

 

「理科室ねぇ……」

 

 特に見てもおもしろいもんなんて無かった筈だが、まあ良いか。

 

 廊下の端にある理科室に辿り着き、俺達はざっと中を見た。

 

 と言っても、理科室らしく薬品やフラスコみたいな簡単な道具が入った棚と複数人で使う大きい机が並べられている位だが。

 

「わー……広い」

「まあ、普通の学校よりもデカイのは確かだな」

 

「因みに、教師の中には危険な薬物や作成段階の薬をここに保管しているそうです」

「それ、下手したら此処が一番危険なんじゃないだろうな?」

 

「まあ、あくまで噂ですし」

 

「……」

「我が弟子よ」

 

「なんですか?」

「ちょっとこっちに来てくれ」

 

 ライネスの声に俺は視線を向けた。あいつ、また何か妙なことを企んではいないだろうな?

 

「来ましたけど」

「良し良し。師匠の言う事はしっかりと聞く事だ。

 なにせ、此処以外は危険だからな」

 

(――!? あいつ――!)

 

 瞬間的に後ろに飛んだ。

 少し遅れて理科室の薬品棚の窓が2箇所割れ、バレーボールサイズの水銀が2つ飛び出した。

 

「し、師匠!?」

「安心しろ。誰も傷付けはしないさ」

 

「やろぉ、自分の礼装を理科室に隠してやがったな……!」

「ですが、この程度なら――!?」

 

 水銀は枝分かれを始め、俺達と真、ライネスの間にフェンスの様な物を展開した。

 

「学生になってもサーヴァントとマスターの関係は変わらない。ならば、マスターが近くにいる私は通常通り魔力供給を受ける事が出来る……我が弟子よ。逃げるぞ」

 

「え……えっと?」

 

 戸惑った様子の弟を抱えて、ライネスは逃げ出した。

 

「くっそ……待ちやがれ!」

「駄目ですよ、部長!」

 

 俺が水銀の壁に近付くと、フェンスの様に細かった水銀が集まり始め、野球ボールのサイズの弾丸として放ってきた。

 

「危な! うぉ!?」

 

 咄嗟に躱したが、躱した弾はそのまま床で俺目掛けて跳ね返り、足に命中した。

 

「っぐ……邪魔くせぇ!」

 

 水銀が重りになる上に、魔術的な効果なのか床にへばり付いて動き辛い。

 

「どうにかして突破しなねぇと……!」

 

 

 

 

「師匠? 此処は……保健室ですけど、何処か具合でも悪いの? 怪我したんですか?」

「ふふ……覚えておくと良い。保健室は男女が隠れて事を起こす場所だ」

 

 僕を連れて此処に来るまでの間、師匠に何であんな事をしたのかと聞いたけど、返事は返ってこなかった。

 

 だけど、今は何だか嬉しそうだ。

 

「隠れて……何をするんですか?」

「ふむ、日本の情操教育は分からないが、子供がどうやって出来るか、君は知っているか?」

 

「? えーっと確か精子が――あっ!?」

 

 師匠は俺をベッドに押した。

 

「ふふふ、知っているのならアウトじゃないな」

 

 その手には縄が握られている。

 

「少々、女遊びが過ぎたな。私も我慢の限界だ」

「お、女遊びなんてしてないですよ!」

 

「グレイやエーデルフェルトの娘、師匠であり私を蔑ろにして喋っていたな」

 

 何処からともなくガムテープまで取り出して来た。 

 

「では、実際にどうやって子供が出来るか、逃げられない様にしてからじっくりと……教えて……やろ……」

 

 急に師匠の目がトロンとしてきた。

 

「し、師匠……?」

「おか、しい……眠気が……」

 

 そして、ゆっくりと師匠の体が倒れ、見てみると師匠は寝ていた。

 

「な、何で……?」

「この保健室で風紀を乱そうとする生徒には眠っていただきます」

 

「な、ナイチンゲール……さん?」

「先生と呼びなさい」

 

 赤い服……の上に白衣を着たバーサーカーなお医者さんだ。

 

 先生がライネス師匠をベッドに寝かせていると窓が開いた。

 

「――先生っ! 此処に別校の男の子はいませんか!?」

「落ち着きなさい、ガール。彼ならそこにいます」

 

 窓から入ってきたのは紫色の衣装を着た魔法少女姿の美遊さんだ。

 

「ありがとうございます。さあ、行きますよ、真さん」

「え、ど、何処に、いぃ!?」

 

 腕を捕まれ窓から連れ出された僕はそのまま空へと連れて行かれた。

 

「何処に行くの!?」

「こちらです」

 

 こうして僕が連れてこられたのは……校内の更衣室だった。

 

「な、なんで……?」

「真さん自身は気付いていないかもしれませんが……水銀やライネスの香水のせいで今、とても匂います」

「え? そうなの……?」

 

「はい。ですので、此処でこれに着替えてもらおうかと」

 

 そう言って美遊さんは服を取り出した。

 この学校の制服だろうか?

 

「サイズは合うと思います。どうぞ」

「う、うん……あの、ずっとこっちを見ているの?」

「大丈夫です。裸くらいなら、家族で見慣れていますので」

 

「いや、こっちが落ち着かないんだけど……」

「どうぞ。早く着替えて下さい」

 

 恥ずかしいけど上だけだし、僕はサッと脱いで急いで着た。

 

「これで良い?」

「……はい」

 

 あれ、だけど俺の服は……?

 

「大丈夫です。サファイアが今消臭してくれるそうです」

『どうも、美遊様の魔術礼装のサファイアです』

 

「あ、そう言えばステッキがいるんだったね。ずっと見えていなかったけど……?」

「普段は見えなくしているんです」

『初等部にはやんちゃな娘が多いので、見つかって振り回されない様に普段は隠れています』

 

「そ、そうなんだ……」

『現在、美遊様のご命令で服の方を私の中で浄化しています。もう暫くお待ち下さい』

「うん、分かったよ」

 

(本当はもう終わっていますが……これで宜しいですか、美遊様?)

(うん、ありがとう)

 

 サファイアはまた消えた。

 俺は更衣室を出ようと立ち上がった。

 

「あ、ちょ、ちょっと……待ってくれますか?」

「ん、何?」

 

 美遊は慌ててポケットから紙を取り出した。

 

「その、そんなに喋ってないし、変な人だと思わないで欲しいんですけど……」

 

 彼女は一呼吸置いた。

 

「……私は真さんが好きです。カルデアにいた時から」

「み、美遊さんも覚えていたの!?」

「はい………鏡を見た時に、思い出しました」

 

 美遊さんは僕の両腕を掴んで顔を近付けた。

 

「優しくて何時も頑張っている貴方のお側で戦うのは誇らしくて、でも帰ってきたら女の子として扱ってくれたのが嬉しかった。私の我が儘で、イリヤを呼ぼうと何度も召喚してくれた」

 

「出来なかった、けどね……」

 

 美遊さんは頭を降って続けた。

 

「この気持ちは、もしかしたら、イリヤがいたら手に入らなかったかもしれない。

 だけど……悪い気分じゃないです。だから、言葉にさせて下さい」

 

 握られた両腕に更に力が込められて行く。

 

「好きです。これからもずっと、お側にいさせて下さい」

 

 そう言った彼女に少し驚いたけど、目の前の彼女の心に自分がいる事に気付いて、胸の中が暖かくなった気がした。

 

「うん。よろしくね」

 

 だから、その思いのままにただ頷いた。

 

 

 

「我が弟子、遊びに来たぞ」

「すいません。マスターはこちらですか?」

「真さん、デートしましょう」

 

 あの日の見学の夢以降、家に来るサーヴァントが増えた。盛り塩の効果は無かったか。

 

「上等だ。纏めて座とやらに送り返してやらぁ……!」

 

 これはアヴェンジャー共を締め上げてやる必要があるなと思いながらも、拳を強く握りしめた。

 

 が――

 

「真ちゃん、玲! 早く朝食に来なさい!」

 

「きゃぁ!?」

「っつ!?」

「あっ!?」

 

 勢い良く扉が開いた瞬間、3人のサーヴァントはぶっ飛ばされ、その姿を消した。

 

「……あれ? この扉、立て付け悪くなってないかしら?」

「さ、さぁ……」

 

「全く……真ちゃんはまだ寝てるの? 玲、あんたは早く支度しなさい」

「へいへーい」

 

 どうやら、盛り塩や御札より母さんの方が効き目はありそうだ。

 

 先まで殴ろうとしていたサーヴァント達に若干同情しながらも、これ以上犠牲が出る前にアヴェンジャーの方を止めてやろうと決意した。

 

 





書いていてラブコメ風味が強いと感じました。
学園モノの雰囲気に飲まれてしまった感が否めない……

水着イベント、カーミラさんと沖田さんが来ました。
ミッションも終わりましたのでフリクエで石を貯めています。せめてもう11連したい……!

次回は3周年企画最後の話です。ハロウィンまでには投稿したい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ後輩の同級生 【3周年記念企画】

お待たせしました。今回で3周年記念企画は最後になります。当選者は ほっしゃん☆☆ さんです。


※今回は百合要素がありますので苦手な方はご注意下さい。


ヤンデレ

 

「先輩……ああ、今日もかっこよかったなぁ……」

「白嗣ちゃん、よだれ出てる」

 

 私はハンカチを取り出して友達の衛波白嗣ちゃんの口を拭いた。

 

「桜ちゃん、ありがとう」

「どういたしまして。また例の先輩の事?」

「うん……だって、何処からどう見ても素敵で……」

 

 確かに。余りに白嗣ちゃんがお話するから気になって私も何度か目にした事があるけど、確かにかっこよかった。

 

「うん、本当にかっこいい――」

「――桜ちゃん? 同感だけど私の先輩だよ?」

 

 友達同士なのに白嗣ちゃんの視線は一瞬で怖い物に変わった。幾ら私がイケメン好きでもこの娘の一途さには負けるし、手を出そうものなら殺されるだろう、一切の容赦なく。

 

「そ、そうだね……」

「それにー、桜ちゃん、昨日も告白されたじゃん。一個上の先輩――」

「――ち、違うから!? あの人、女だし!?」

 

 嫌な事を思い出させて来た。まさか、放課後に校門で女子に告白されているのを白嗣ちゃんに見られていたなんて……

 

「……と、所で、あのゲーム……FGO、だっけ? イケメンがいるって聞いて始めたけど、全然召喚できないんだけど……どうして?」

「さぁ? 私は割と出てるし……桜ちゃん、ミーハーだから物欲センサーにでも引っ掛かってるんじゃないかな?」

 

 そんなぁ……ストーリーで見たジークフリートさんとか、ホームズさんに会いたいのに……

 

「うーん、女の子ばっか出るしみんな可愛いからそれはそれで……だけどやっぱりイケメンが欲しい! 昨日引いたピンク髪娘も可愛いけど、女の子だし!」

「まぁ、ピックアップでも待ってれば良いと思うよ」

 

 彼氏さん熱が冷めて白嗣ちゃんからドライな返事しか帰って来なくなっちゃった……

 

「あ、そうだ。あのゲームだけど、1つ気を付けた方が――」

「――全員、席について下さい。授業を始めます」

 

「あ、はい! じゃあ白嗣ちゃん、また後でね!」

「うん」

 

 結局この後、白嗣ちゃんはいつも通り岸宮先輩を追いかけてしまったので、彼女の言いたかった事は聞けず仕舞いだった。

 

 

 

「始めましてだな、俺は――」

「わぁ!! イケメン! イケメンさんだぁ!!」

 

 眠っていた筈の私は白髪のイケメンさんに驚いて飛び上がった。

 クールなイメージで鋭い目がちょっと怖いけど、顔が整っていて睨まれるだけでドキドキする。

 

「ふん、随分と俗っぽいマスターの様だな……

 あまり喚くな」

 

 右手で口を抑えられ、耳元で囁かれてしまった…………これは黙るしかない。

 

「ふぁ、ふぁい……」

「良し。これからこの夢の説明をしてやる――」

 

 

「――え、でも私のサーヴァントって全部女の子なんだけど……」

 

 イケメン……復讐者さんがこの夢が一途な自分のサーヴァントに迫られ襲われる悪夢だって教えてくれたけど、私に異性のサーヴァントなんていない筈なんだけど……

 

「ならば、精々同じ女に喰われん様に逃げ回る事だな」

「え、女の子が襲ってくるの!?」

 

「当然だ。お前は古今東西、数多の英霊達の主だ。足掻いてみせろ」

 

 じょ、冗談じゃない……!

 私は、本当にイケメンが好きで、イケメンになら乱暴されても良いとか常日頃思っているだけの夢女子で、そっちの気は無いんです!

 

「か、勘弁してくれませんか!?」

「――賽は投げられた。後戻りは出来ん!」

 

 私の懇願は復讐者を名乗るイケメンに冷たくあしらわれて、ヤンデレ・シャトーと呼ばれていた悪夢の中に放り込まれてしまった。

 

 

 

「う、う……あの復讐者さん……

 えへへ、かっこよかったなぁ……だけど、此処は?」

 

 辺りを見渡すと、床も壁も石造りで暗いだけの廊下が続いていてよく見えない。

 今にも暗闇から何か出てきそうで、怖い。

 

「や、やっぱり……先のイケメンさんに付いてきて欲しかったなぁ……うひゃっ!?」

 

 急に聞こえてきた足音に思わず声を上げてしまった。

 

(どうしよう。見つかったら襲われるって言われたばっかりなのに!)

 

「マスター! こっちから声が聞こえて来たかな?」

 

 そんな声と共に足音がどんどん近くなる。

 逃げようと立ち上がって足音と逆の方向に駆け出したけれど、聞こえてくる足音はどんどん近くなる。

 

「あ、いたいた! おーい、逃げないでよ、マスター!」

 

 近くなって漸くその正体に察しが付いた。

 

「あ、アストルフォ……ちゃん!?」

「うん、僕だよ! ねぇ、逃げないでよ!」

 

 聞いていたよりもまともそうなアストルフォちゃんに、私の足は思わず止まった。

 

「アストルフォちゃん」

「うん? どうしたのマスター?」

 

「……えーっと、私を食べたり、しない、よね?」

「うん、そんな事しないよぉ?」

 

 そう言って歯を見せながら笑う彼女を見て、そっと胸をなで下ろした。

 

「そうだよね……いくら夢だからって、私が女の子にモテモテになったりしないよね?」

「? 他のサーヴァントはみんなマスター大好きなバーサーカーだよ?」

 

「え!? 嘘、逃げないと!?」

「大丈夫だよ! なんたって僕、シャルルマーニュ十二勇士のアストルフォが付いているんだから!」

 

 アストルフォちゃんはそう言って私を両手で抱き上げて……!?

 

「さぁ、行くよ!」

「あ、アストルフォちゃん……!? これ、お姫様だっこ!」

 

「うん? マスターは、お姫様でしょ?」

 

 女の子とは思えない跳躍で大きく移動しながら向けられたその笑顔に、私は初めて同性にときめいて――そ、そんな訳ない!

 

「あ、ありがとう……」

「えへへ……のわぁ!?」 

 

 しかし、アストルフォちゃんが着地したと同時に何かが私の上を通って彼女の顔にぶつかった。

 

「いっ……だ、大丈夫アストルフォちゃん? って、気絶しちゃってる!?」

「う、うーん……」

 

 彼女の上には何かが乗っている。

 よく見ると、それは……イルカだった。

 

「え……イルカ? な、なんで――」

「こーら、リース! マスターがびっくりしてますよ? 帰りましょうね?」

 

 空を泳ぐ意味のわからないイルカは聞こえてきた声に従って、帰り際にアストルフォちゃんの顔を叩きながら帰っていた。

 

「あ、アストルフォちゃん!? しっかりして!」

「僕もー食べられないよー……」

 

 寝言みたいな事を言って倒れたままのアストルフォちゃんをなんとかしようと手を伸ばしたけれど、それよりも早く肩をガシッと掴まれた。

 

「へぇあ!? じゃ、ジャンヌ!?」

「ふふ、そうです。ジャンヌ・ダルクですよ」

 

 ビーチでも無いのに黒い水着、その上に

水色のパーカーを羽織っているその姿は、水着になって普段よりもはっちゃけている聖女ジャンヌ・ダルクだった。

 

「あ、姉ビームの人……!」

「い、いえいえ! あれは今回は封印してますから!」

 

 封印、しているの?

 

「ええ! 真っ当に、マスターと愛を育みたいと考えています! ですから、どうかご安心を」

「女同士なのに、真っ当なの?」

 

「勿論です! 愛し合う者同士ならばどんな障害があろうと正当な物です!」

「ごめんね、ジャンヌ……私、普通に男の人が好きで――」

 

「――ええ、ええ。マスターは真面目な方ですから、まだ人間の当たり前の形に囚われているんです」

 

 なんかこの人、危ない宗教みたいな事言ってない!?

 

「きっかけさえ有れば……きっとマスターはもっと自由な考えを得ますよ」

 

 そう言って私の体を床に押しやり顔を近付けてくる。

 頬が真っ赤で、まだ初秋なのに息が薄っすら白く見える程熱を持っている。

 

「こ、来ないで……!」

「大丈夫ですよ……一夏の過ちであっても、その後に真実の愛が芽吹けば……」

 

 間違えてる事前提で唇を近付ける彼女は同時に両腕を怪しく私の腰へと向けてくる。

 

「や、やめて……! 本当に、駄目だって……!」

「ああ、可哀想に。今すぐ、全身で慰めて差し上げます」

 

 顔を抑えていた両手で彼女の両腕を握った私に、もうこれ以上守る手段は――

 

「マスターから、離れろぉ!」

 

 叫び声と共に振られた槍はジャンヌを横から強打し、彼女の足は動かなくなった。

 

「う……ゆ、油断しました。ルーラーであれば、接近に気付けたのに……」

「このハレンチ聖女! ジーク君にマスターと浮気してるって言い付けてやるからな!」

 

「ふふふ、ジーク君は元の私に譲るので無問題です……っがく……!」

「これだから複数霊基持ちは嫌なんだ。 

 ……マスター、大丈夫? 怪我とかしてない?」

 

「う、うん……あ、ありがとう」

 

「……本当、初めてが奪われてなくて良かった……」

 

「?」

 

 アストルフォちゃんは何か言ったけど、私にはよく聞こえなかった。

 

「さ、他のサーヴァントが来る前に僕の部屋に行こう!」

「う、うん……きゃぁ!?」

 

 立ち上がった瞬間、突然の突風に私は驚いてまた倒れそうになった。

 

「よっと」

「あ、ありがとう……い、今の凄い風……だったよね?」

 

「うん、大きな魔力同士がぶつかった……多分、サーヴァントが戦ってるんだ」

 

 そう言って、アストルフォちゃんは先まで進んでいた道に背を向け、私を抱えて走り出した。

 

「え、こ、こっちで大丈夫なの!?」

「うーん、遠くはなっちゃうけど、流石に巻き添えはゴメンだからね」

 

 そう言って長い廊下を走っていたアストルフォちゃんは、下へ続く階段の前で止まった。

 

「よし、着いた」

 

 一度私を降ろしたアストルフォちゃんは満足そうに階段を眺めた。

 

「この階段は?」

 

「うーん、この塔って結界みたいな物でね、向こうの端とこっちの端はどっちも繋がっているんだ」

「え?」

 

「つまり、此処を降りれば僕の部屋に着くって事! さ、行こう」

 

 そう言って階段を降りようとしたアストルフォちゃんだった。けれど、彼女の足元は突然砕けた。

 

「のわぁ!?」

「今度は何?」

 

 飛んできた時はよく見えなかったけど、矢が石の壁にヒビを入れながら刺さっていた。

 

「ふふふ、漸く見つけました。ご無事ですかマスター?」

「あ、貴女は……源頼光さん!?」

 

 矢の放たれた方角へ振り返ると、そこには日本の英霊である頼光さんが立っていた。

 彼女は英霊として頭一つ抜けた強さは勿論だけど、それ以上に印象的なのは彼女の性格。

 

「あっぶないな……でも、マスターは渡さないよ?」

「ああ、いけません。いけません。

 マスター、お友達を作るのは結構ですがそんな趣味の悪い方は……母、許しません」

 

「趣味が悪いだって!? 失礼しちゃうな! 流石の僕も怒るよ!」

 

「あら……申し訳ありません。ですが、貴方にはこれ以上、私の子に近付かないで頂きましょう」

「子だって? おままごとをするには大き過ぎるんじゃないかな、オバサン!!」

 

 その言葉に私は思わずアストルフォの方を振り返った。

 

 だけど、それより早くアストルフォは吹き飛ばされて階段の下の暗闇へと消えていった。

 

「ふふふ……全く、失礼な方でしたね」

「頼光……さん?」

「ご安心を。我が子の前ですから、殺してはいません。ええ、死んでおりません」

 

 頼光さんは心底残念そうにそう言った。

 

「ですが、今は放っておきましょう。さぁ、マスター。母の手を取ってください」

 

 差し伸べられた手を拒絶するのは流石に怖く、私は恐る恐る掴んだ。

 

「立って下さい。行きましょう」

 

 私はそのまま連れられるまま、彼女の部屋に歩いていった。

 

 

 

「……あ、あの頼光さん……これは?」

 

 部屋に着いて直ぐ、私は左右の手首を縄で縛られてしまった。

 

「言ったではありませんか? 私は独占欲が強いんです。そんな母を独りにしたのですから、このお仕置きは当然です」

 

 壁に刺さっている金具で繋がっている縄は私の力じゃ道具も無しに外すのは無理そうだ。

 

「で、でもこれじゃ何も出来な――」

「――しなくて良いのです」

 

 頼光さんの瞳が妖しく輝いた。動けない私の前に立った彼女は私の頭を撫でた。

 

「なにもしない。なにも出来ない。ですから、母が何でも致しますので心配せずに罰を受けなさい」

 

 そう言って彼女は嬉しそうに私の頭を撫で続ける。

 

「では、母は腕を振るいますので、少々お待ち下さいね?」

 

 そう言って彼女は台所に向かった様だ。

 

「……どうしよう」

 

 一人残された私は、やっぱり動けない。

 

「……うーん、だめだぁ」

 

 気晴らしに部屋を眺め始めた。

 すると、段々そこに見覚えがある気がしてきた。

 

「……あ、そっか。私が知らなくても、ちゃんとカルデアのマスターなんだ」

 

 此処で頼光さんと一緒に添い寝したり、清姫ちゃんや静謐のハサンちゃんが乱入してきた記憶が思い浮かぶ。

 

「……うん、カルデアでも……女にだけモテモテかぁ……」

 

 どっちの自分もイケメンに縁が無くて嫌になる。

 だけど、それで一つ疑問が消えた気がする。

 

「つまり、ゲームの主人公と同じになったから私は狙われている……でもそれって、やっぱり私は皆が好きになってる私じゃないんじゃ……」

「そんな事はございません」

 

 そこに、頼光さんがお盆に料理を乗せて帰ってきた。

 

「普段のマスターも、今のマスターも、魂は一緒です。誰に彼にも優しく、女子にも好かれる素敵な我が子です。

 変わってしまったのは寧ろ私達の方です」

 

 床にそっとお盆を置くと、頼光さんはその豊満な胸で私の顔を包むように抱きしめた。

 

「こうやって、他の方が触れるのは我慢ならなくなってしまいましたから……」

「よ、頼光、さん……くるひぃ、でふ……」

 

「あら、ごめんなさい」

 

 徐々に力が込められて息が出来なくなった私を、漸く頼光さんは放してくれた。

 

「さあ、母と一緒に食事ですよ」

 

 味噌汁、ご飯、鮭の焼き物に漬物と、旅館で出る朝食のような癖のないメニューが並べられているけど……

 

「はい、あーん」

「うう……あ、あーん……」

 

 やっぱり、縛っている私を解放はしてくれない様だ。

 箸で運ばれる物を、よく噛んで食べ続けた。

 

「……母は大変嬉しいです。ちゃんと全部食べてくれましたね」

「は、はい……」

 

 そんなに多くはなかったから食べれた。だけど……

 

「……」

「どうしました? 足が動いていますが……」

 

 恥ずかしい、けど……我慢が……!

 

「あ、あの……トイレに……行きたいです……」

「あらあら……それは困りましたね」

 

「お、お願いです……縄を、は、外してください……」

「ですが、今はお仕置き中です。あと30分待って下さい」

 

「そ、そんな……う……漏れちゃい、ます……」

 

 頼光さんは笑ってこっちを見てる。

 恥ずかしいけど、それよりその顔が怖い。

 

「大丈夫ですよ。此処には母しかいませんから」

「だ、大丈夫じゃないですよ! お願いです、これを外してください!」

 

「もう、女の子がそんな……はしたないですよ?」

「そ、そもそも……これ、頼光さんのせいじゃないんですか!?」

 

「ええ、我が子の健康を思って尿の流れが良くなるお薬を入れました」

「じゃあ、トイレに……」

 

 首を横に振った彼女を見て、私は思わず涙目になる。

 

「う……うぅ……酷い、です……」

 

「泣かないで下さい……母は悲しいです。

 もしマスターが私の言う通り、他の女と喋ったり触れ合っていなければ……私だけの子でいて下されば、今頃こんなお仕置きをしなくて済んでいたのに……」

 

 限界寸前の尿意をなんとか抑えているけど、30分なんてとても耐えられない。

 

「ですから、心を鬼にして罰します。

 安心して下さい。我が子のおもらしの始末は母が行いますからね? ええ、勿論誰にも喋ったりしませんよ」

 

 うぅ……この人は、私の……恥ずかしい姿を見て……それで母親になろうとしてる……

 

「そうでした。衣服が濡れるのは困りますね? 下を脱いで差し上げましょうか」

 

 駄目……今、触られたら……!

 

「だ、誰か……! 助けてぇ!」

 

 

「――はいっ! その祈りに答えましょう!」

 

 瞬間、頼光さんが倒れ、私の手を縛っていた縄が切れた。

 

「貴女は……!」

「新免武蔵、推参!」

 

 日本を代表する大剣豪……だけど、その手には刀ではなく、槍が握られている。

 

「っく……! これは……!」

「ごめんね、頼光さん。貴女くらいの強敵相手には手段なんか選んでられないから」

 

 アストルフォちゃんの宝具で転ばせた様だ。そして、武蔵さんは部屋の奥を指差した。

 

「厠はあっちだよ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 私は急いで駆け込んだ。

 よかった、間に合った……!

 

 

「それじゃ頼光さん、悪いけど退場して貰います」

「マスターは私の……私の子だぁ!! 貴様に、やるものかぁ!!」

 

「うん。貴女のした事はともかく、その愛情だけは本物ね。

 だけど、源氏の鬼神である貴女が化物に堕ちるのは見るに耐えないわ」

 

 

 

「……マスター、もういいかしら?」

「うん、ありがとうございます!」

 

「良かった。じゃあ出よっか」

 

 そう言った武蔵さんに背中を押されて私は部屋の外に連れ出された。

 

「あの、頼光さんは……」

「大丈夫! もう追ってこないよ」

 

 武蔵ちゃんの言葉が意味する事がわからない程子供じゃないけど、私は黙って頷いた。

 

「さ、行こう」

「――セイバー発見! 抹殺します!」

 

 だけど、今度は何か青い光がこちらに向かって飛んできた。

 

「あっちゃー……見つかっちゃったかぁ」

 

 武蔵ちゃんは私の前に出て刀を抜いた。

 

「っむ、マスター! 最優先保護対象を発見!」

 

 青い光の正体は、謎のヒロインX(っていう名前で良いんだよね?)……ヒロインXちゃんだ。

 

 確か、自分をセイバーだって呼ぶおかしなアサシンだった筈だけど……

 

「……斬る!」

「っち、先の決着を着けてやりたい所ですが、マスターがいるなら別です!」

 

 そう言って彼女は持っていた剣をしまい、小さな銃を取り出した。

 

「発射!」

 

 そこから私目掛けて子供の玩具の様な白い手が飛んできた。  

 

「こんな物!?」

「甘いですね! 対セイバー兵器にそんな刀が通るとお思いか!」

 

 武蔵さんの振るった刀で斬れる事も、止まる事もなく白い手が私を掴んで、直ぐに縄が縮んでヒロインXちゃんの腕に捕まった。

 

「っきゃぁ!?」

「マスター!?」

 

「ふふふ、これで私が最強のセイバーになる為に必要なモノが揃いました……では、さらば!」

 

 そう言って忍者の様に煙玉でドロンと音を立ててその場から離れた彼女は、私の口を塞ぎながら何処か暗い場所に屈んで隠れた。

 

「……何処に消えた……!?」

 

 武蔵さんの声がしたと思ったら、足音が遠く離れていった。

 

「……ふう、床に隠れる忍術にマジックハンド……先程のチャンバラがなければセイバー率が乱れてしまう所でしたね……」

「やっぱり、アサシンなんじゃ……」

 

「よし、ではマスターを部屋に……と思いましたが、よくよく考えたらこのヤンデレ・シャトーで私、部屋を貰ってません!」

 

 そう言ってどこかへ飛び続けていた彼女は急ブレーキをかけた。

 

「仕方ありませんね。では、此処はマスターの御力で最強のセイバーになって某武蔵をぶっ倒してしまいましょう!」

 

「わ、私……?」

「ええ! 古今東西、老若男女! 主人公はどんな巨悪にも打ち勝つものです! なので、マスターに愛を誓って結び合う事で私は主人公のセイバー、つまり真のヒロインXとなってどんな敵にも負けない最強のサーヴァントとなる事が出来るのです!」

 

「ず、ずいぶんと都合のいい事を言うんだね……?」

「主人公補正とは須らく都合のいい物です!」

 

 そして急に彼女は恥ずかしそうにモジモジし始める。

 

「か、勘違いして欲しくないのですが……例え、私が既に最強のセイバーであったとしても、主人公でなくても……貴女が欲しいと思っていました! 本当ですよ!」

 

「ううん……う、嬉しい……なぁ……」

 

 今日何度目からの同性の告白に、私の心は沈みきっていた。

 うう、イケメン彼氏どころか男子に好かれる日は来るのだろうか……

 

「と言う訳で、取り敢えず私を愛して下さい」

「あの……私、女の子とエッチな事とかしたくないけど」

 

「エッチって……!? マスターってムッツリだったんですね!」

 

 そう言って片手で胸を隠すヒロインに私は手を振った。

 

「違うって! 先、頼光さんやジャンヌに迫られて……」

「……まさか、そこまでヤッてしまったんですか?」

 

「やってないよ! ギリギリだったけど他の人が助けてくれて……」

「……他の人、ですか」

 

 ヒロインXは止まった。

 

「ではマスター、約束して下さい。

 貴女にはこの令呪があります。これで私の名を呼べばどこの銀河だろうが平行世界でも私が駆け付けます。だから、助けが必要なら私の名前を呼んで下さい」

 

 手の甲をそっと撫でられた。そう言えば、ずっと見えていたけどマスターの証位にしか考えていなかった。

 

「さあ、先ず適当なサーヴァントの部屋を拝借しましょう。何処か良い所は――!」

 

 ――謎のヒロインXが後ろに跳んだと同時に、私の真横に刀と人影が落ちて来た。

 

「ふーん……マスターを助けるって言った割には、マスターを置いて回避しちゃうのね?」

 

 刀を肩に置いて佇む武蔵さんは私を見て舌なめずりをした。

 

「貴女がマスターを傷付けるつもりがない事は簡単に予測出来ました。合理的な行動です。それより不可解なのは、私の銀河テクノロジーによる隠行を見破った事です」

 

「確かに貴女のヘンテコなスキルには苦労しましたが、二天一流は“なんでもする”流派です。私の天眼も合わされば、マスターを見付けるのは簡単です」

 

「っく、これだから日本産のセイバーはHENTAI揃いなんだ……! 良いでしょう、ここまで来たら先に貴方を我が剣の錆にしてしまいましょう」

 

 お互いに武器を構えた2人の戦いが始まった。

 

 私にはあまりにも早過ぎて見えない剣戟だけど、その際に刻まれ砕ける壁や床が代わりにその数を数えている。

 

 そして、私まで剣圧が飛んでくるけど、2人が配慮しているのか怪我する事はなく、飛んでくる瓦礫は私の前で細切れになって床に落ちる。

 

「っく……!」

 

 時間にして数分位で、ヒロインXから苦い声が溢れた。

 

「何でもする…ですか。良いでしょう。ならば私も、その流派に合わせましょう」

 

 そう言った彼女は何故か私の背後に回った。

 

「へ?」

「今こそ、主人公補正の出番です! んーんー!」

 

 そう言ってこちらに唇を向けるヒロインX。凄く必死だ。

 

「な、何を……!?」

「マスター、キスして下さい! あの某武蔵に勝つにはマスターの愛の魔力が必要です!」

 

「へ、へんな事しないで真面目に戦えばいいんじゃ……」

「へー、そうなんだ」

 

 目の前に武蔵さんの顔があった。

 

「ん」

「うんっ!?」

 

「……殺す!」

 

 私にキスをしたまま武蔵さんは振り下ろされた剣を刀で受け止めた。

 

「っぷは、御馳走様でした! なるほど、これが魔力供給ですか……」

「良くもマスターを……!!」

 

「あっは、貴女も私の目の前でやろうとしたじゃない? おあいこ……て言うには惜し過ぎるかな?」

「貴様……! なっ――」

 

 もう一度振り下ろされる筈だったヒロインXの刃よりも早く、武蔵さんの拳が彼女を吹き飛ばした。

 

「ふふ、剣が鈍る……所か、サーヴァントとしては力が上がるのね。

 この体で更に上を目指すなら、マスターとの関係を改めるのも……やぶさかではないかも……」

 

「む、武蔵……さん?」

 

 ヒロインXは飛ばされた場所からピクリとも動かない。

 私は、ファーストキスを奪った武蔵さんが怖くて、思わず後ろに下がった。

 

「……こ、来ないで……」

「んー? どうしたのマスター? そんなに怖がって……私、新免武蔵は貴女を守る貴女のサーヴァントです! 

 ……だから、これからも先みたいに魔力をくれると嬉しいなぁ」

 

「う……い、いや……」

 

「うーん、今の娘ってやっぱ繊細なんだろうなぁ……まあ、今は苦い記憶かもしれないけど、慣れちゃったら……嬉し恥ずかし思い出になるわ。うん、きっとそう!」

 

 夢の中だからだろうか。あまりはっきりとした嫌悪感を抱かないから、逆にそれが怖いと思ってしまう。

 

(私、本当は女の子でも良かったの……? ううん、そんな訳ない、そんな訳ない……!)

 

「さて、もう邪魔者はいないかな? じゃあ、お部屋でゆっくり頂きますか」

 

 そう言って片手を掴んだ武蔵さんに驚いて、私は咄嗟に叫んだ。

 

「だ、誰か、助けてぇ!!」

「っ令呪!?」

 

 辺りを赤い光が包んだ。

 だけど、それが止まっても周りには誰も――

 

「――魔力全開! 本気で行くよ!!」

 

 突然天井の上からアストルフォちゃんが現れて武蔵さんに迫った。

 

「っく!」

 

 突然の登場に驚いた様だけど攻撃自体は刀で弾いてしまった。

 

「……僕の宝具とマスター、返してもらうよ」

「残念だけど、どっちも無理です。だって、貴方の槍は私の手元にないし、それが無い貴方にマスターは守れないもの」

 

「でも君はどうやって僕が上から現れたか、分かってないでしょ」

 

 突然、武蔵さんの頭上から嘴と羽を持った四足歩行の大きな動物が落ちて来た。

 

「な――!?」

 

 その動物は武蔵さんに迫るとそのまま、彼女と一緒にどこかに消えた。

 

「……ふう、遅くなっちゃったけど、僕の部屋に行こうか! 絶対安全だよ!」

 

 私はその言葉にこくりと頷くだけだった。

 

 

 

「ほーら、安全でしょ?」

「安全って……これ、檻だよね!? 何で!? アストルフォちゃんも結局私が欲しいの!?」

 

 扉を開けた先にあった部屋の中は檻そのものだった。

 アストルフォちゃんは私と同じ様に内側に入るとそのまま鍵を締めて鍵を粉々に砕いた。

 

「ふふふ、もう僕達、一生出られないね」

「う……もういや!」

 

 そう言って迫ってくるアストルフォちゃんを、私は感情に任せて押した。

 だけどやっぱりビクともしない。

 

「……うーん、てっきりマスターは僕の事を気に入っていると思ったんだけど……」

「好きだよ……だけど、それはあくまで女の子で、見た目が可愛いからで……女の子同士で恋人になりたいなんて思ってないよ!」

 

 私が怒鳴るとアストルフォちゃんは何故かキョトンとした顔になって、笑い始めた。

 

「……あはははは」

「な、何……?」

 

「あ、はは、ご、ごめんね! まさか、マスターが本気で僕を女の子だって思っていると思わなくて」

「え……どういう事?」

 

「僕はね、可愛い服が大好きなだけで、ちゃーんと男だよ」

 

「……うぇ?」

 

 あ、変な声出ちゃった。

 いや、なんで急にそんな嘘を……

 

「あ、信じてないなぁ。しょうがない……恥ずかしいけど、まあ、マスターだしね」

 

 アストルフォちゃんは鎧を消すと、服をたくし上げた。

 

 そこには男らしい綺麗な腹筋と、一切の膨らみがない胸……

 

「あ、下の方が良かった?」

「ま、待って待って! 分かったけど、分かんない!」

 

 じゃ、じゃあ……アストルフォちゃんは……アストルフォくん!?

 

「ふふふ、女の子同士じゃなかったら問題ないでしょ?」

「あ……」

 

 半裸の格好のまま抱きしめられた私は、思わぬ展開にドキドキし始めていた。

 

「……あー他の女の匂いがする。全く、僕のマスターでイチャイチャごっこするの良いけど、あんまり抱き着かないでほしいなぁ」

「……っ」

 

 アストルフォ……くんに耳元で囁かれて、胸の中の鼓動が一段と激しくなった。

 

「……ねぇ、アストルフォくん……」

「ん、どうしたのマスター?」

 

 

「……つ、付き合って、くれますか……?」

 

 

 

 

 

「先輩……」

「白嗣ちゃん、何かあったの?」

 

「先輩が……私を置いて男友達と遊びに……許さない許さない許さない許さない……」

 

「だ、大丈夫だよ……遊びに行くだけなんでしょう?」

 

「……でも、もし先輩が街中で逆ナンにでもあったら……いや、もしかしたら昔引っ越して別れた幼馴染と再会でもしていたら……」

「ゲームのやり過ぎだと思うよ……」

 

 そう言って開いた私のスマホには、ピンク色の髪の女の子……いや、男の子の待受があった。

 

「……うん、私も気を付けないと」

「そう言えば、桜ちゃん、最近イケメンイケメン言わなくなったよね?」

 

「うん、ちょっと推しが出来てね」

 

「そーなんだ」

 

「うん……自分で檻に入って出られなくなっちゃう可愛い子がね……」

 

 アストルフォくんは夢の中に入る度に檻の中にいて、私は檻の外から彼を虐める日々を過ごしている。

 

 私の事が大好きな彼は私のお願い一つで鉄格子に近付いて、お尻を向けたり、足だけを出したりしてくれる。

 

「……今日はどうやって愛してあげようかなぁ……」

 

 

「桜ちゃん……恋する乙女って感じだねぇ」

「あはは、白嗣ちゃんは分かっちゃうよね」

 

 




3周年ありがとうございました!

これからも1ヶ月に1回程度の更新ではありますが、ヤンデレ話を書き続けますので応援よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

水着剣豪七色くっころ

ギル最最終日に投稿しますが、内容は水着になっております。1ヶ月くらい遅いネタですが楽しんで下さい。

久しぶりのこのシリーズ……2部でもやりたいけど捕まると絶殺ムードな展開が多いし……て言うか敵側にマスターがいるからやり辛いです。鬱苦手な小心作家ですので。


 

「――避暑ついでに水着剣豪の聖地ラスベガスに行って聖杯、もしくはそれに類する魔力ソースの回収と水着霊基の安定化が今回のミッションだよ」

 

「ガッテン承知! 大船に乗った気で任せな! この天才剣士葛飾応為が一緒いるんだ、どんな敵だろうとバッタバッタと切り捨ててやらぁ!」

 

 と、やる気満々な葛飾北――応為(セイバー)と共に水着剣豪七番勝負へと乗り込む事になった俺達。

 

 レイシフト先で出会った宮本武――伊織から説明を聞いていたが、元気一杯な葛飾応為が一番ボスっぽいカジノ・キャメロットに乗り込もうと駆け出し、慌ててそれを追い掛ける事になった。

 

「知らないのであれば教えましょう。

 バニーこそ、カジノの正装です。故に私は水着剣豪の1人、水着獅子王を名乗っています」

 

 そこに待ち受けていたのは見えない壁とラスベガス最大のカジノを運営する水着獅子王。

 

 彼女は応為を導いた宮本伊織が、水着剣豪のなんたるかを教えるべきだと、半強制的に2人を1対1の決闘空間に閉じ込めた。

 

 ここまでは、もし俺が夢の中で記憶を封印されていなければ知っていた話の流れだった……しかし。

 

「勝負あり! 勝者、宮本伊織!」

 

(やば……態と霊基を落とした状態にしたのにマスターの前だとついつい本気が……これがブレイクゲージって言う物なのね)

 

「っぐ……やっぱぁ、天下の二天一流に勝つにはまだ早かったか……」

 

「いえ、素晴らしい勝負でしたよ。

 ですが、この決闘の元締めは私です。

 本来なら、負けた水着剣豪の挑戦権を剥奪する所ですが……特別に、別のモノを頂きます」

 

「別……?」

 

 チラリと、彼女の視線がこちらを向いた。

 ……嫌な予感。

 

「マスター、どうぞこちらに」

「マスター殿……って、まさかマスター殿を貰おうってか!? それは吹っ掛け過ぎだろ!」

 

「黙りなさい。水着剣豪との勝負に二度目の機会を与えられるのです。これ位は当然の代償です」

 

「う……ま、マスター殿! 別に行かなくても、オレが……最強を諦めれば良いだけだ。ジークフリート殿だって水着剣豪だし……」

 

「いや、大丈夫だ」

「マスター……」

 

「応為ちゃんだったら、必ず獅子王を倒して最強の水着剣豪になれるさ。

 だから、それまで待つよ」

 

「お、おう……! 任せとけ!」

 

 こうして、俺はカジノ・キャメロットに囚われる事になったのだった。

 

 

 

「……あの」

「んだよ、出てぇなら父上に言いな。父上以外は、牢屋の鍵にも、マスターに触るのも禁止だとよ」

 

「いや、そうじゃなくてそれ……」

 

 俺が指差したのは罰則として牢屋の中に囚われている筈の俺の夕飯が乗せられたワゴン。

 

 綺麗な皿に名前の分からない外国の料理がフルコース並みの種類で用意されており、スイートルームの様な牢屋の机に次々と並べられていく。

 

 因みに現在俺は牢屋の外側に手錠で鉄格子に繋がれた状態でいる。

 

「何か問題がありますか? もし日本食が食べたいのであれば今からでも作り直させますが」

「いや……明日からはそうしてくれると嬉しい」

 

「わかりました」

 

 その間、バニー姿の獅子王、アルトリア・ペンドラゴンは俺を背中から抱きしめて頭を撫で続けている。

 

「全く……父上、ちょっと位オレもマスターと――」

「――モードレッド、余計な事を言うと今後はマスターとの会話も禁止します」

 

「ちぇ、分かったよ……」

 

 ワゴンの料理を全部並べ終わったモードレッドは足早に出ていった。

 

「さあ、今外しますね」

 

 手錠は外され、何故かそのまま獅子王が一緒に牢屋に入ってきた。

 

「えーっと……」

「食事は私もご一緒します。一応、扱い上は捕虜の様な物ですが、マスターである事には代わりありません。私が見ていない所で怪我でもしたら大変ですから」

 

 いや、だとしても落ち着かないんだが……

 

「ふむ、何か問題でも? ああ、もしかして食事の席で私の正装は少々堅苦しいでしょうか?」

「正装……」

 

 身に纏っているのはバニー姿だが、そう言えば彼女はカジノの正装だと公言していた。

 

「では、脱ぎましょう?」

「は、あ、いや待て!」

 

 自らの服の上に手を置いた彼女を止めようと慌てて言葉を出したが、彼女は真っ白な水着に変わっていた。

 

「……ふふ、どうしました? 敵の前で肌を晒す程、隙の有る女だと思いましたか?」

「あ、いや……」

 

「残念ですが、今のマスターと私は敵同士です」

 

 そう言って彼女は椅子に座っている俺の元まで近付くと、耳元に囁いた。

 

「ですが……私のマスターになって頂けるなら話は別です」

 

 そう言って布一枚でしか隔たれていない胸を押し付けられ、誘惑に心が揺れる。

 

「あの剣士も張りのある体ではありましたが、こう言った経験は無いのでしょう? 私が手取り足取り、教えて差し上げますよ?」

 

「……いや、俺は、葛飾応為やマシュ達を裏切るつもりはない」

 

 一度冷静になって俺はそう答え、彼女を拒む様に両手で押した。

 

「……そうですね。マスターならそう答えると理解していました。

 ……冷めてしまうといけませんし、頂きましょう」

 

 それから、無言になった獅子王と会話をする事もないまま時間が過ぎていった。

 

「では、おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 こうして、彼女は出て行った。

 

 

 

 次の日、俺はスイートルームの牢屋の中、7時に起こされ規則正しい生活を送る事になった。

 

 運動不足にならぬ様、朝食と歯磨きの後に俺はプールへ連れてこられ、そこにはモードレッドとガレスがいた。

 

「あ、マスター!」

「よう、来たな」

「……あれ、ジキルは?」

 

「カジノの方の手伝いだよ。オレやこいつは、危なっかしいから朝の準備には参加しなくて良いってさ」

「ですが、こうしてマスターのお手伝いという名誉ある仕事が出来るんです! さあ、先ずはこちらに――あだだだだだ!?」

 

 突然ガレスが叫びだした。

 

「え、ちょ、大丈夫!?」

「おいおい、忘れたのかよ……父上がマスターに触んねぇ様に魔術を掛けてたんだろ」

 

「うぐ……そうでした……うう、王は意地悪です」

 

「ふん、円卓の崩壊原因がランスロットのヤローの不貞だったからだろ。父上はマスターが他の女に現を抜かして欲しくねえんだ」

 

「モードレッド! その話を蒸し返すのはランスロット様に対して不敬ですよ! それにマスターは不貞を働いたりしませんよ!」

「へぇ、お前だってマスターが欲しんだろ?」

 

「そ、そ、そんな事……で、でも王がその……いない時くらいなら私が側にいても……」

 

 カジノ・キャメロット、早速ブリテン同様の崩壊が起こりそうなんだが……

 

「ほら、取り敢えず泳ぐぞ! 先ずは軽く1000m!」

「全然軽くない!」

 

 その後、彼女達はアーサー王の魔術のダメージを無視して何度か俺に触れようとしその度に痛みに苦しみ続けた。

 

「ふふ……この痛みを超えれば、私はマスターの隣に相応しい騎士に……いだだだだ!」

 

「っち……だが、オレの欲しいもんはどんな障害があろうが……あだぁ!」

 

 しかし、傍から見るとどんどん威力を上げているようにも見える。

 

「――2人共、マスターの世話、ご苦労」

 

 触った腕を抑えて痛がっている2人に顔色一つ変える事なくそう言い放った獅子王はプールの中の俺に手を伸ばすとニコリ微笑んだ。

 

「さぁ、上がりましょう」

 

 俺の手を握り一切痛いが走らない様を見せ付けるように、ゆっくり俺を引き上げた。

 

「シャワーを浴びて、更衣室で着替えて水分補給はこまめに行ってくださいね」

「ああ、ありがとう」

 

 言われた通り、シャワーを浴びて男性用更衣室に入ると、タオルが手渡された。

 

「ありがとう」

「いえいえ」

 

 …………いや、待て。

 

「何で此処に!?」

「勿論、監視の為です。プライバシー保護の為、更衣室には監視カメラを置いておりませんのでマスターが妙な動きをしないか見張っています」

 

「いや、着替えたいんだけど……」

「どうぞ。私はマスターの裸を見ても問題ありません」

 

 いや、見られる事に問題があるんだろう。

 

「……!」

 

 そこで俺は思い付いた。

 水着のまま適当に体を拭いてから、カルデア礼装へと切り替えた。

 どうやら切り替えと同時に体を乾かしてくれる様で、特にどこか濡れた感じはしない。

 

「……なるほど、礼装を切り替えましたか。

 まぁ、籍を入れる前ですしみだりに裸を晒さないと言うなら、私も賛成します」

 

 誰と誰が籍を入れるんだ? とは聞かなかった。怖い。

 

「残念ながら、私はカジノに戻らせて頂きます。そろそろ、大事なお客様も来られるでしょうし」

「大事なお客様?」

 

「ええ、他の水着剣豪です」

 

 

 

「ちょっと、まーちゃんが此処にいるって聞いたんだけど、どゆこと!? まーちゃん達が来たら、倒した水着剣豪がその身柄を貰うって聞いたんですけど!」

 

「おや、これは珍しいですね刑部姫。引きこもりの貴方が私のカジノまで来るなんて」

「良いから答えて!」

 

「ええ、倒した水着剣豪がマスターの身柄を預かる、その通りです。

 私に挑み、私の用意した舞台で戦い、破れた上でマスターを手にしたので、約束を破っていませんよ」

 

「でも倒した筈の水着剣豪の挑戦権が残ってるじゃない!」

「別に挑戦権とマスターは、同時に剥奪する必要はありませんよ? 私はマスターだけを預かり、挑戦権はそのままにしました。

 刑部姫、貴女が負けたと言う知らせも当然こちらに届いています。彼らと徒党を組むのであれば許しますが、今の貴女に私に挑む資格は無い」

 

「…………」

 

『以上です。己のカジノに戻りなさい』

 

 俺は今のやり取りをモニター越しに見せられていた。

 水着の刑部姫が帰っていくと、獅子王はカメラに向けてウィンクをした。

 

 “どうですか、貴方を守りましたよ”と言わんばかりの笑みだ。

 

「……マシュ達、頑張ってるなぁ」

 

 俺がいなくとも刑部姫に勝てたのなら、心配しなくても数日中に俺を救出してくれるだろう。

 皆には悪いが、このカジノで羽を休ませて貰おう。

 

「とは言え、流石に何でも出来る訳じゃないけど」

 

 カルデアの通信は勿論、ネットはあるが連絡手段になりそうな物へはアクセス制限がある。

 

「スマホもないし……外に出るには、獅子王の許可と誰かの付き添いが必要だけど……あ、呼び出しボタンがある」

 

 外と言ってもカジノの中やプールだけだし、営業中だと獅子王は俺をカジノの中には入れさせない。

 円卓内ならともかく、カジノ客の女の目には入れさせないつもりなのだろう。

 

「皆、早く来てくれないかなぁ」

 

 取り敢えずテレビを付けた。

 特異点の影響なのかこのラスベガスの情報しかないが、なんと丁度水着剣豪同士の勝負が流れている。

 

「……あ、応為ちゃんと武蔵の戦いだ。再戦って事はリベンジマッチか」

 

 どうやらもう始まってから結構経っていた様で決着は着いた。応為ちゃんの勝利だ。

 

「あの霊基の武蔵ちゃんに勝てたか……うん、めっちゃ強くなってるな応為ちゃん」

 

『さぁ、残ってんのは後3人! 待ってろ水着獅子王! マスター殿は返して貰う!』

「……いやいや待て待て。七色勝負じゃなかったけ? え、殆ど1日で4人も倒したの?」

 

 早過ぎだろ……本当に天才剣士だった?

 

「素晴らしい快進撃ですね」

「おわぁ!? び、びっくりした……」

 

 情けない俺の反応に彼女は笑顔で返した。件の獅子王が俺の背後に立っていた。

 

「これは少々、急いだ方がいいかもしれませんね」

「な、何を急ぐって?」

 

「式です」

 

 目が点になった。いや、待て待て……本気か?

 

「因みに、誰と誰の式……?」

 

「ふふふ、更衣室の中で既に分かっているのでしょう? 私とマスターの結婚式です。

 大々的に行いたいですが、同時に誰も彼も呼べば妨害されてしまいますので……海の上などはどうでしょう?」

 

 そう言って彼女は宝具である船(正確には高機動型大広間)の上でのウェディングプランをこちらに見せて来た。

 

「あの……」

「どうかしましたか?」

 

「俺達、まだラスベガスで出会ってからあまり会話もした事も無いと思うんだけど……結婚式まで早くない? 先ずは互いに理解を深めてからでも……」

「なるほど……つまり、まだマスターは私を、結婚するのに相応しい女だと思っていないのですね?」

 

「……まぁ、平たく言えば」

 

「でしたら問題ありません。私に相応しい男性はマスター以外いませんし、マスターの全てを理解し管理出来る者は私だけですから」

 

「いや、それなんの説得力もないけど?」

 

「このカジノの中でこれからもずっと過ごすのですから、私以外の女性はマスターを見る事も叶いません。なら、もう私達が結ばれるしかないでしょう」

 

「……モードレッドとガレスは?」

 

「おや、マスターはあの2人が気になるのですか? 分かりました。式が終わったら首を瓶に入れてマスターの部屋に飾りますね?」

 

 怖い! 身内にも容赦なしか!?

 

「ですが、マスターは私の事が一番好きですから、その必要はありませんね?」

「え、えっと――」

「ありませんね?」

 

 俺は、黙って頷いてしまった。

 

「では、明日は朝から式を始めます。服等は既にこちらで準備していますし、式自体は簡単な物です。あまり緊張せず、最高の式に致しましょう」

 

 そう言って彼女は牢屋の鍵を閉めて出ていった。

 

 

 

「……く、令呪はやっぱり封じられているか……」

 

 こうなっては一刻の猶予もない。脱獄してでも此処から出なくては……!

 

「だけど、部屋には監視カメラがある。もし仮に此処にドリルがあっても直ぐに円卓の誰かが止めに来るだろう……応為ちゃんが間に合えばいいんだが……そう都合良くも行かないだろうし……」

 

 水着剣豪はあと2人。誰が残っているかは知らないが、連戦すれば応為ちゃんの魔力が持たないだろう。

 

「……仕方ない」

 

(ガンドと緊急回避のスキルで牢屋を開けに来た2人をやり過ごして、カジノにいるサーヴァントに助けを求めよう)

 

 かなり運任せだし、そこにいるサーヴァントまで獅子王に協力する側だったら捕まって終わりだが、何もしないよりはマシか。

 

(夕飯までまだ時間があるし、なるべく悟られない様に普段通りにしていよう)

 

 制限されたとは言え速度は申し分ないネットサーフィンを楽しんで時間を待っていると、モードレッドと獅子王が降りてきた。

 

「さてマスター、お待ちかねのディナータイムだぜ」

「夕食を運びますので、先ずはこちらの手錠を――っ!?」

 

 しかし、牢屋の鍵が開けられる前にけたましい警報が鳴り響いた。

 

『巨大な魔力が接近中!

 巨大な魔力、結界に衝突!

 異常事態につき、カジノのお客様には速やかに避難をお願いします!』

 

 ジキルの声のアナウンスが流れた。

 

「おいおい! 聖杯並みの魔力じゃねぇか!」

「この感じ……あの者か……! モードレッド! アロハの三騎士と共に迎撃準備を! 私もすぐに向かいます!」

 

「うっしゃ! 丁度接待業で暴れたくてウズウズしてたんだ!」

 

 執事服から、鎧を纏った姿になったモードレッドはそのまま駆け出していった。

 

「マスターは必ず我々がお守りします。

 夕食はすみませんが、ご自分で頂いて下さい!」

 

 牢屋の中にワゴンごと運び入れた後に、獅子王は霊基を変化させ、階段を登っていった。

 

「ご自分でって……俺に1人で食べさせない気だったのか……」

 

 仕方がないのでワゴンの蓋を開け、昨日の俺の要望通り(?)日本食になっている料理を見て……蓋を閉めた。

 

「待て、これって俺だけに食わせようとしたって事は薬でも入ってるんじゃ……」

 

 先の警報も気になるし、俺は料理には手を付けずに誰かが来るのを待った。

 

「……!」

 

 階段を誰かがコツコツと歩いて、こちらに近づいて来ている。

 

「……誰だ?」

 

 やがて、牢屋の前には応為ちゃんとの一騎打ちで見た本気の姿の宮本伊織を名乗っていた彼女の――

 

「――マスター……発見」

「っ、武蔵ちゃんじゃない!?」

 

「っはぁ!」

 

 手に持った大太刀を振り下ろし牢屋の鉄格子を切り裂いた剣圧は、いとも簡単に向かいにいた俺の体を壁まで吹き飛ばした。

 

「っがぁは!?」

 

 肺の中の空気が空っぽになる程の衝撃に、俺は意識を手放すしかなかった。

 

「……マスター、こいつがいれば……最強の剣士に……剣豪に……!」

 

 

 

「――虚無に至らなければ、虚無を切れず」

「――剣の道に在らなければ……」

 

 酷く感情の無い声に、目を覚ました。

 

「……う……」

 

 体の痛みに耐えながら霞む視界が晴れる様に何度も瞬きをすると、そこには肌の焼けた宮本武蔵――の形をした影がいた。

 

「……目覚めたか」

「……だ、誰だ?」

 

「名は無い、唯の剣士だ」

 

 彼女の膝に頭を預けている状態だった。

 俺は起き上がるが、立ち上がれそうになかったので上半身だけを起こして辺りを見た。

 

 ――悲惨な光景だった。

 

「――獅子王! ……刑部姫! ニトクリス! メルト! 信長! ジャンヌ!」

 

 水着剣豪が、剥き出しの大地に倒れていた。

 

「斬り伏せるのは容易だった」

「っく……今すぐ回復を――!?」

 

 慌てて近付こうとする俺の前を刃が遮った。

 

「駄目。弱き者に手を差し伸べるな。お前の体も、魔力も、全て私の物だ」

 

「聖杯の魔力を持つお前にとって、俺の魔力なんて有って無いような物だろうが……!」

 

 なんとか刃を潜る様に前へ出ようとすると、今度は服の襟を掴まれた。

 

「確かに。私が持っている魔力ならばお前など必要としない。だが、この形と精神を得た今の私にはお前という存在自体が必要だ」

「武蔵ちゃんの真似をする為に俺が必要だって事か? 悪いけど、そんなおままごとに付き合うつもりは――」

 

「――器の名など関係ない。頂きに立ち、最強を取るのみならば此処で斬る事も出来たが、この精神は貴様がいて始めて安定する」

「安定って……」

 

 俺を部品か何かと勘違いしていないかと睨みつけてやると、武蔵ちゃんの形をした無表情の何かはそっと体に手を置いた。

 

「望むなら、この姿を好きにさせてやってもいい」

「誰がそんな事を頼むか!」

 

「何故だ? この剣士はお前の好む容姿をしているだろう?」

「形だけを繕った偽物を、本物の武蔵ちゃん同様愛せる訳ないだろ」

 

「理解出来ない。私はこの姿でなければお前を求めない。この姿では、お前は私を求めない」

 

「諦めろ。どの道、俺の仲間が来れば聖杯としてお前のリソースは回収する」

「仕方ない。では――」

 

「――そして、お前に俺は殺せない!」

 

 手の甲が赤く輝いた。

 

 令呪の力で、俺は自分の前にサーヴァントを瞬間移動させたのだ。

 

「――マスター殿! 待たせたな!」

「私が保護します!」

「一気に行くよ!」

 

 マシュの盾に守られ、その先で水着の応為ちゃんと武蔵ちゃんが刀を振って偽物と大立ち回りを演じている。

 

「っく……! なら、この者達同様、斬り伏せて――」

「――誰を倒したと?」

 

 偽武蔵は振り上げた刃を瞬時に盾の様に構えて飛来してきたカードからその身を守った。

 

「……何?」

「お生憎様ね。同じセイバークラスじゃないと倒せない貴女相手に、本気で戦う訳ないじゃない」

 

 獅子王とメルトリリスが立ち上がり、見れば床に伏せたまま銃を構えている刑部姫と織田信長が弾幕を張っている。

 

「っく――!?」

「リースXP!」

「メジェド様!」

 

 水着剣豪達のコンビネーション攻撃に、防戦一方の偽武蔵。

 

「オレぁ、マスター殿を失った後、サーヴァントとして残っていた甘えを捨てた……最強の剣士になって、天女になるその時まで……マスターと笑う、その日まで!!」

 

 四刀、1人と1匹の止まる事なく放たれる斬撃に遂に堅牢な守りは砕かれた。

 

 だが踏み込みが足りない、否、相手の方が半歩下がったか。

 

「っく……! 武蔵殿! 後は任せた!」

 

「津波のデリバリー、此処で良いかしら?」

「ええ! これで、あの時と同じよ!」

 

 グランドキャニオンを突然、大きな波が現れ辺り一面を水が覆い拡散と迫ってきた。

 

 それを見て勝利を確信した武蔵ちゃん――同じタイミングで偽武蔵もほくそ笑んだ。

 

「――この時を、待っていたのは私の方だ」

 

 彼女は自分を飲み込まんと迫る水を尋常ならざる斬撃で打ち上げ、水柱がサーヴァント達を囲んだ。

 

「しまった! まさか――!?」

「先打ち――巌流島!!」

 

 島を爆破する魔剣破りではなく、島に立つ者共を両断する斬撃は――俺達を水飛沫の中で捉えた。

 

 

 

「……起きろ」

「ガハァッ! ッハァ、ハァッ……!」

 

 口の中に入ってきた水を全て吐き出した。

 俺を足で起こしたのは、やはり偽武蔵だった。

 

「私は至った、最強に。これもお前のお陰だ」

「ふざ、けるな……こんな滅茶苦茶な力があるんだったら、やっぱり俺なんか――」

 

「お前を餌に現れたサーヴァント、水着剣豪……私の糧となり、最強を示す指標となった。先の勝利はあの者達を呼び込み、我が虚の体に怒りの感情を齎したお前の功績だ」

 

 勝手な事を……怒ったのはそっちの勝手だろうに。

 

「葛飾北斎。唯の絵描きが私に一度でも届いたのがその証だ。お前のお陰でオリジナルから奪えなかった感情を入手した。

 だが、まだ完全ではない」

 

 そう言って俺を持ち上げた。

 

「っぐ……何処に……」

 

「さらなる強者を求めて彷徨うだけだ。

 お前にはこれからもこの体に感情の灯火を灯す炎となってもらう」

 

「は、離せ……!」

 

「断る。安心しろ。本物を倒した私こそ本物。つまらん事は考えずに劣情を抱け。情欲に溺れろ」

 

 そう言って左脇に担いだ俺の顔を胸に当てた。

 

 こうして……宮本武蔵の形をした特異点の元凶……仮に聖杯武蔵と呼ぼう。

 

 彼女に無理矢理連れて行かれる旅が始まってしまった。

 

 強者を求め、空の位を目指す剣鬼は頑なに俺を手放さす、理解の無い形だけの誘惑を繰り返すとなる。

 

 分かりきった結末を簡単に説明すれば、バッドエンドだ。

 

 人類最後のマスターは聖杯武蔵の反抗的な付き人として、他の特異点に向かう事も、異界に侵入する事も無く、只々剣の道の行く末を共にすることになったのだった。

 

「……私が憎ければ、宮本武蔵を恨むのだな」

 

「何?」

 

「私は、奴の空腹を満たす事と引き換えに生まれたのだからな」

 

 

「……む、武蔵ちゃぁぁぁぁぁんっっっ!!」




ボックスガチャ、何百個開けたって? 20個です。
今まで10個程度でしたし、個人的には頑張った方です。

次回はもしかしたら、久方ぶりの外伝の方を更新するからも知れません。ヤンデレ成分が少ない話になりそうなので……あっち最後に更新したのいつでしたっけ……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ブラックヤンデレ

新しいサーヴァントを書こうとして途中でよく分からなくなった話です。
鬱耐性無いのに鬱ゲー紹介なんて見るから……


 

 

「誰かぁ、助けてくれぇ!!」

 

 俺は早速悲鳴を上げていた。いや、上げざるを得なかった。

 

 何故なら、刻一刻と俺の首を狙う彼女がこちらに迫っているにも関わらず俺はベッドから立ち上がる事も出来ないからだ。

 

「ますたぁ……ますたぁ……ふふふ、体動かせないお寝坊さんになっちゃった……私、ちゃんと寝かし付けたね?」

「いや、寝てないから! 金縛りみたいに体が動かせないだけで目はバッチリ覚めてるから!」

 

「もう……寝言であんまり騒いじゃ、だ・め」

「こんなに叫び倒している寝言があるかぁぁぁ!」

 

「これでマスターも……ヨカナーンと一緒……私だけの、マスターになるの」

 

「れ、令呪を持って命ず――んっ!?」

「いーや……ごめんなさいマスター。私もう、貴方の首が欲しくて欲しくて仕方がないの!」

 

 

 

 俺の生存の為にも、話を少し前の時間まで戻させて欲しい。

 

 未だに高レアのアヴェンジャーを余り引けていない俺は、そういえばアントニオ・サリエリはどんなシャトーを作るのかと聞いてみた。

 

「何を期待しているか知らないが、私は唯の凡人、神に愛された男を殺すだけのサーヴァントだ」

 

「……まあ、たまには良いだろう。作曲家、こいつのシャトーを奏でてみろ」

「む……仕方あるまい。だが、余り私の演奏に期待をするなよ」

 

 そう言って突然現れたピアノで曲を弾き始めた。

 

「あれは……?」

「シャトーの構成はその者の最も扱い易い物で行われる。あのピアノが奏でる音色こそお前の今日味わう監獄塔となるだろう」

 

 軽く軽快な音が響き続けるが、だからこそなのか、フワフワとまるで行く宛の無い旋律に不安を煽られる。

 

「……奇妙な物だな。音楽で塔を作るというのは……」

「シャトーは簡単に設定できる様に既に基準が設けられている」

 

 エドモンの説明と同時に音階が変化した気がする。延々と始まりを繰り返していたメロディーが漸く歩み始めたようだ。

 

「なるほど……少女の嘆きを演出するか」

 

 不穏な言葉と共に、音階が下がった。だがテンポは上がる。

 

「…………!」

 

 やがて、彼はその両手をピアノから離し、自分の前に置かれていた楽譜を取ってエドモンに渡した。

 

「早いな」

「お陰で雑な音楽になったがな……」

「弾きたくなったか?」

 

「……まあ、機会があれば再挑戦するのも良い。手応えはある」

 

 満足げなサリエリ俺に簡単な説明をした。

 

「私よりも後にカルデアに召喚された少女達の憎悪を弾いた。基準値自体は本来の物をなぞった筈だ。マスターなら、私程度の音楽、軽く超えていけるだろう」

 

 

 

(とか言ってたのに、サリエリ先生の嘘つき!)

 

 目が覚めた時、俺は既にベッドの上だった。上半身を動かそうとしたが、上から押さえつけられ出来なかった。

 

 同じ部屋にいた、最近召喚されたばかりのバーサーカー、サロメが俺の上に座ってこちらを見下ろしたのだ。

 

「ふふふ、マスター……こんな時間に目を覚ましちゃ駄目よ」

「いや、まだ夢の中なんだけど……」

 

「ふふふ、私に馬乗りにされる夢が見たいなんて……マスターって情熱的なのね?」

 

 俺の言葉を前向きに捉えた彼女はドクロの形をした水晶……ヨカナーンを撫でながら「ヨカナーンとは大違い」だと笑った。

 

「じゃあ、その夢がもっとぉ……気持ちいい物にしてあげる……ふぅー」

 

 彼女の顔が近付き、右耳のすぐ側で息を吹き掛けられた。

 

 愛する者の首を欲する彼女の性質を知っている俺は恐怖と共に敏感な部位を刺激され、ゾクゾクと背中を震わせた。

 

「あっはは、マスター、ちょっと震えたて可愛い……んっ?」

 

 サロメの唇がこちらに近付くのを見て、思わず掌で防いだ。

 それを見て、彼女は分かりやすく顔をふくらませる。

 

「むー……口付け、嫌いなの?」

「いや、嫌いではないけど……」

 

「そうよね。マスターは眠りたいのよね……ヨカナーン」

 

 ドクロを俺の近くに持ってきた彼女は、そこから怪しい魔力の光を放つと、言葉を発さずに口を動かした。

 

『聞こえる?』

 

 否、サーヴァントとマスターの繋がりが薄いヤンデレ・シャトーで、俺と自分を念話可能にしたのか。

 

『好き』

『これでマスターに、ぐっすり眠って貰うの』

『首』

 

 彼女の声が聞こえてくる。

 心の声が漏れているのか、所々で本音が響いている。

 

『心地良い? 私もね、マスターの中に私がいるんだって、嬉しくなっちゃう』

『好き』

『口付けしたい』

 

 度々聞こえてくる本音にビクビクしつつ、念話と共に俺の体に頭を預け、視線をこちらに向ける彼女警戒する。

 

『鼓動が聞こえててくるのドクンドクンっ

て』

『好き』

『あ、今大きく跳ねた』

『好き好き好き』

『ふふふ、私の気持ちに頷いてくれてるみたい……』

 

 こちらは一切喋っていないのに、彼女に心を見透かされ始めている。

 

『じゃあ、そろそろ……寝ましょうね?』

 

 そう言って彼女は俺の視界を覆う様に手の平を被せると、そのまま心の声で歌い始めた。

 

『〜〜♪』

 

 彼女の母国の歌なのか、歌詞の意味は分からないが心地良い音色が耳ではなく内側に響く。

 

 直ぐに緊張がほぐされ、視界を塞がれたせいもあり外の情報が入ってこないので、不安は薄れていく。

 

『〜〜、〜〜♪』

 

 だが、やはり俺はヤンデレ・シャトーの中で完全に寝ていられる程の度胸等無かった。

 

 なので、視界を塞ぐ手を退かそうとして――漸く、彼女の魔術に掛かっていた事に気が付いた。

 

 

 

「――んー!!」

「ふふ、暴れないでね……動かないでね……出来るだけ、綺麗に切ってあげるから」

 

 ヨカナーンの口が開き、中から大きなナタを取り出し握り締める。

 

 ちゃっかり俺の分の銀の皿まで用意している……いらないが。

 

「じゃあ、行くよー!」

 

「――させません!!」

 

 ――来た。

 ――来たぞ!

 ドアを突き破り、黒の水着とマフラー、そして腰に装着されたSFチックなジェットの推進力と共に、天才剣士がやって来た!

 

「マスターは、私が、お守りします!」

 

 オキタ・J・ソウジ、長いのでオキタさんと呼ぶが、彼女はジェットの力で扉を突き破りベッドの上にいた俺を引ったくりの様に掠め取ると、そのまま壁に激突し、破壊した。

 

「どうですがマスター! これがオキタさんの新能力、監獄塔の壁すら破壊して突き進むぶれいくしーるど、を常時展開する土方さんモードです!」

 

「こ、これ何処まで行く気だ!?」

「勿論シャトーの外です! これで悪夢とおさらば! オキタさん、マスターを独り占めで大勝利です!」

 

 そう言ったオキタさんだが、次の瞬間、俺達は黒い霧に包まれ、気付けばヤンデレ・シャトーの中に戻されていた。

 

「……ですよねー」

「あ、あれ、おかしいですね……ジェットが……」

 

 いつの間にか黒いビキニとマフラーは消え、白色に緑のフチの水着に変わっていたオキタさん。

 何処からともなく紙が落ちてきた。拾って見てみるとそこには簡単な文が1つ。

 

“シャトーからの脱出は認めない。罰としてジェットは没収する”

 

「なんですとー!?」

 

“病弱無効はそのままだから安心しろ”

 

 不幸中の幸いか、まあオキタさん自身は無事だから良しとして貰おう。

 

「ま、まぁ、正直便利ではありますがイロモノ感しかなかったので別に良いんですけど……あ、それよりもマスター! ご無事ですか!?」

「あ、ああ、助かったよ」

 

 両手を肩に置かれ、こちらをじっと心配そうに見つめるオキタさんだが、すぐにその目には良くない感情が宿った。

 

「……ですが、何であんな状況だったんですか? あの新顔が、マスターにもっとイヤらしい感情を抱いていたら、一生癒えない傷を……死ぬより辛い傷を庇っていたかもしれないですよ?」

 

 徐々に肩を掴んだ腕の力が増していた。

 

「それは良く理解出来たんだけど……そもそもサーヴァント相手にどうすれば……」

「令呪やお得意のガンドがありますよね? 私以外のサーヴァントが現れたら、それらを使って即座に対処して下さい!

 特に! 令呪で私を呼んで頂ければ直ぐに、処理します!」

 

 物騒なオキタさん。そろそろ肩が悲鳴を上げているので力を緩めて貰いたい。

 

「あ、あぁ……すいません。私とした事が、つい熱がこもってしまいました」

 

 そう言って漸く肩を離した……が、そのまま押し倒された。

 

「ま、待て待て! いま自分でした説教を思い出せ!」

「ふふ、何の事でしょうか? 心の奥からマスターを愛している私が、マスターの御心を傷付けるなんてあるわけ無いじゃないですか」

 

 今にも泣きそうだ。

 仕方ない。此処は助言通りガンドを――

 

「使わせませんよ?」

 

 そう言って彼女は俺の手を握り、床に押さえつけた。

 

「そうそう、XXさんからこれを拝借していたんでした」

 

 そう言ってオキタは胸元からワイヤレスイヤホンを取り出して俺の耳に付けた。

 

「これはですね――」

『はっんむ……んん、っはぁぁん……』

 

 聞こえてくるオキタの声に耳をくすぐられている様だ。唐突な耳舐め音声に驚きつつもなんとか拘束から抜け出そうと手を動かす。

 

『っちゅんん……れろぉっはぁ……んん』

 

「ははは、あんまり暴れちゃ駄目ですよマスター?」

「っく、この……」

 

 令呪に魔力を込めようと、オキタを睨むと唐突に視界がぼやけて見えてきた。

 

「っ……?」

「おや、そんなに瞬きして、どうかしたんですか? この指、何本に見えます?」

 

 すぐにこちらの異常を察した彼女を見て、耳に付けられたイヤホンが原因だと分かった。

 

「そんなに睨まなくてもいいじゃないですか。XXさんが言うには、このイヤホン、特殊な環境でも酔わなくなる様に三半規管を調整してくれる音波が流れるそうなんですが、ちょっと弄ると逆に悪影響が出るそうなんです」

 

 そう言われ、なんだか気分が悪くなって来た。

 

「泥酔状態に似た感覚に陥るみたいですが、ご安心下さい! 沖田さんがしっかりと面倒を見てあげますから!」

 

 視界が歪み、とても目を開けられていられない。

 流れてくる唾液音が不快感を掻き立てる。

 

「因みに、その音声は音波を切ったらすぐに眠れる様に催眠効果が含まれていますので!」

 

 要らない気遣いだ。そもそも、こんな状態で頭に響く音声で眠れるモノか――

 

 

 

「最初に聞いた時は愛を込めればしっかり効果が出るとか、訳の分からない説明でしたがそこはイロモノサーヴァントのトンデモ技術ですね、しっかり効きました」

 

「う……っぐ……」

 

 未だに軽い不快感が脳裏で渦巻いていて気持ち悪いが、目を覚まさなければならない程状況が悪かった。

 

 気を失ったのか、あるいは本当に眠ってしまった俺はオキタの部屋に連れて来られ、畳に敷かれた布団の上で手枷と足枷で拘束されていた。

 

「あ、起きましたかマスター。なら、今度はこれでっと……」

 

 オキタが端末を操作するとイヤホンから音は聞こえないが耳を通る音波を感じた。

 

「……はぁ……はぁ…はぁぁ」

 

 3度呼吸をすると、すぐに酔いの感覚は消え去った。

 

「これが本来の使い方です。もう大丈夫でしょう?」

「っく……オキタ……!」

 

「そんなに睨まないで下さい」

 

 オキタは困った様に笑っているが、こちらはどう考えてもまな板の上の鯉、包丁を向けられても誘惑されても逃げられない。

 

「私、これでも嬉しいんです。この霊基、変なジェットもつけられましたけど健康な体にもなれて」

 

 オキタは動けない俺の上に覆い被さる様にして、視線を合わせた。

 

「ずっと、私は悩んでいました。

 サーヴァントとして、私はマスターのお役に立てていないんじゃないかと」

 

 彼女の顔に影が差した。

 

「生前は人斬りとして新選組の旗の元で戦えました。それでも、病弱な体では結局それを貫く事も出来ませんでした。

 マスターの元にサーヴァントとして召喚されても、それは変わらなかったです」

 

「ですが、そんな私も必要だと沢山のサーヴァントがいるマスターは私を頼ってくれました。何の由縁も無かったノッブやその仲間達と気付いたら親しくなって、土方さんにも会えた……ずっと、マスターには感謝しているんです」

 

 笑ったが、その瞳は暗い。俺しか映す必要が無いとばかりに、濁りきっている。

 

「だから、この体が健康な内に、マスターに捧げます。私の全てを」

 

 彼女の顔がゆっくり近付き、避けようのない彼女の唇が重なった。

 しかし、口付けは意外にも数秒も経たずに終わった。

 

「マスターは……嫌ですか?」

 

 俺の拒絶を感じてか、彼女の頬に汗が見えた。偽れないと察した俺は言葉を選んで返事を返した。

 

「……受け取れない、な」

 

「そう、ですか……」

 

 俺の上から退くと、彼女は涙を右手で拭いた。

 

「仕方、ないですよね……」

 

 このまま、嘆き悲しむ彼女に拘束されたまま殺されてしまうのか……と言う僅かな絶望を感じながら、無言でその時を待って――

 

「――仕方ないので! 沖田さん、ギャグモードです!」

 

「……え?」

 

「取り出しますはこの苦々しい抹茶色の薬!」

 

「はい?」

 

「これは怪しいキャスターさんから頂いた物でして、効果に関しては絶大で肌に触れよう物なら……ふふふ、マスター……是非是非現代社会の闇に精神を蝕まれちゃって下さい」

 

「いや、全然効果が分からないんだが……」

 

(本当は茶々さんの様な母性が欲しかったのですが、そこは流石怪しいキャスターさん、マスターが誰彼構わず母性を求めれば良い、とこの薬を開発して下さいました)

 

「さあさあ、休日出勤、三徹当たり前のブラック企業に3年働いた位の丁度いい病みに蝕まれちゃって下さい!」

 

「何その具体的な闇! やめろ! 本当にやめて!」

 

 動けない俺に迫る沖田。

 

 もはや一刻の猶予も無いと、俺は令呪を使用した。

 

「令呪を持って命ずる! 沖田総司は俺に近付くな!」

 

 しかし、令呪は発動しなかった。

 

「な、なんで!?」

 

「私今は沖田じゃなくて、オキタ・J・ソウジなので効きませんよー?」

 

 そう言って俺の口はまたしても塞がれた。ぐだぐだ時空にやられた!

 

「さあ、たっぷり塗り込んで差し上げますからね……?」

 

「あー! マスター、みーっつけた」

 

 嬉しそうな声が扉の方から聞こえてきた。

 サロメがこちらに入ってきたのだ。

 

「ふふふ、乱入者にだって、この薬をかけてしまえば!」

 

 そう言って薬の中身をサロメに向かってぶちまけた。

 

「っきゃ!? な、何これぇ? ネバネバする……?」

 

「サロメ!?」

 

 瞬間、彼女はその場に崩れ落ちた。

 

「うっ……!?」

 

 布団の上で捕まったままの俺では彼女の顔は見えないが、苦痛の声が聞こえてきた。

 

「や、やめて……還して……もう、一昨日も昨日も今日も……休まないでヨカナーン使ってるから……や、やだやだ! 魔力が有ってももう嫌……! 首、首、もう首なんていらないからぁぁ……!」

 

「な、なるほど! これは絶大ですね……マスターもこんな風に病んでしまえば人斬りの沖田であってもバブみを感じてくれちゃう訳ですね? ふふふ、待ってて下さい、今すぐ癒やしてあげますから」

 

「……癒し……?」

 

 サロメが突然、ゆっくりと起き上がった。さながら映画の死者がゾンビとなって動き出す様な……

 

「癒して、くれるの……? 癒やして……癒やして欲しい……!」

「え……あ、あの……沖田さん、マスター専用の癒しママなので女性の方は……!」

 

「ママ……! ママなのね…! ママ、ママ!」

 

「元よりもバーサーカーみたいになってませんかこの人!?」

 

 思いっきり抱き着かれ、甘えるサロメを相手にオキタはなんとかそれから逃れようと暴れる。

 

「ママ、嬉しい! この暖かさ……!」

「な、なら少し待って下さい! マスターび塗った後に貴女も纏めて癒やしますから! ……よーし、取り敢えず指に付けて……」

 

「おいバカ」

 

「へ……あ」

 

 瓶の口から指に薬が付いた瞬間、オキタの体中から力が抜けた様にその場に倒れ伏した。

 

「沖田さん……大勝利…………あはは……単騎宝具持ちの私で……周回しないで……どれにしようかなって私一択じゃないですか……もう無理です……病弱スキル無いですけど発動してます……すやぁ……」

「ママ……? ママ……?」

 

 こうして、オキタもサロメも現代社会の闇に飲まれたのでした。めでたしめでたし。

 

「……俺は縛られたままなんだけど」

 

「……マスター…………?」

「……マスター……?」

 

 え、何? なんで俺を見て顔を見合わせてるの?

 

「「マスター(上司)が居なくなったら、私達還れる……?」」

 

「わーお、ヤンデレ何処行った?」

 

 唯の病んでるOL(約してヤンエル、って馬鹿か俺は)と化した2人は互いに宝具を持ち寄りこちらに向けてきた。

 

(ヤンデレの愛すらも飲み込む現代社会の闇、深過ぎでは……?)

 

「残業代はマスターの首が良いわ……」

「ふふふ、マスターを殺して、マスターに家族サービスしなくちゃ……」

 

 支離滅裂な発言。だが、殺意だけは本物だ。

 

「くそ、今度こそ! 令呪を持って命ずる! 2人共、元にもどれ!」

 

 

 

「……この薬は封印します……」

「もう使わないでね? ……全然思い出せないけど良くない物だったのは覚えてる……怖い夢みたい」

 

 令呪の力で、2人は元に戻った。

 

「あの……本当にそろそろ、俺の拘束解いてくれないかな……」

「あ、はいはい直ぐに解きます」

 

 漸く自由になった……よし、逃げよう。

 

「じゃあ、2人共ゆっくり休んでよ」

「ええ……なんか、まだ疲れてるような……」

「私も、お婆ちゃんになったみたい……」

 

 そして俺は、そっと扉を閉じた。

 

(よっし、後は逃げるだけ……!)

 

 こうして、俺は逃げ切ったのだった。

 

 

 

「アイス」

「はい」

 

「肩もみ」

「はい」

 

「もっと力を込めんか」

「はい……」

 

 

 現実世界で目覚めた筈の俺をスカサハ・スカディが待ち構えていた。

 

 彼女は、例の薬の瓶を突き付け俺に言った。

 

「この原材料は、あらゆるカルデアにいる私の周回疲れだ」

 

 これを製造停止にしたければ私を持て成せ……それが彼女の要求だった。

 

「良かったな、お前は運がいいぞ」

「え?」

 

「もし孔明やらマーリンを召喚していたら、そちらも纏めて持て成す事になっていたぞ」

「う……それは流石に……」

 

「さあ、今日は休み倒すぞ。マスター、存分に私に仕え、私に尽くせ」

 

 ……とは言え、現実的に考えれば彼女の要求は当然の物だ。せめて、気分を損ねないように最大限持て成さないと……

 

「……ふふ、次の戦いも存分に私を使役して良いぞ。私は、どれだけ酷使されようと、お前を愛してるからな」

「え……? 良いんですか?」

 

 

「ああ、だからその儚い命で、存分に私に尽くせ。甲斐性のあるマスターは大好きだ」

 




ハロウィンですね。今年はどうなる事やら……

サーヴァント×物の怪をまた書こうかな……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレゲー実況

ハッピーハロウィン!
……完全に遅刻した上に公式では別宇宙に行ってしまった為イベント中だからセーフの言い訳も出来なくなってしまった。
おのれセイバァァァー!!(八つ当たり)

今回、執筆に機種変したスマホを使用しましたので誤字が多く含まれているかもしれません。なるべく早く慣れてしまいたい所です。


 

「どーも皆さん、こんばんわ!

 ホラー、アクション、恋愛、RPG! 森羅万象あらゆるゲームで遊びます、八百億チャンネルのぺたろーです!」

 

「今日はヤンデレ・シャトーがハロウィンバージョンが期間限定で配信中と言う事で、実況プレイして行きたいと思います!」

 

「既に恐怖で震えておりますがこの実況口調、エドモンさんのご厚意で強制されていますので崩れる事はないでしょう!」

 

 現在のテンションと口調に、自分自身でもビックリしている。

 

 僕は最近漸くチャンネル登録者が500人を超えた程度の新米実況者なのに、どうして自分の夢を実況しなくてはならないのだろうか……あ、チャンネル登録は是非下のボタンからお願いします。(無いけど)

 

「さてさて、サーヴァント達が迫り来る嬉し恥ずかしい塔から脱出です! 初見でやるにはハード過ぎないかと思いながら探索を始めて行きましょう!」

 

 夢が始まって既に俺は塔の最上階にいるらしい。此処から3階下がって塔を出るのが目的だそうだ。

 

 サーヴァント達はホラーゲームの敵役よろしく僕を感知すると襲ってくるらしく、それに捕まったら最上階からやり直しだが、条件を満たすとリスタート地点が出来ると聞いている。

 

「最初は、兎に角敵の能力を覚えないと行けませんね。ヒントはあるそうなので、それを集めて行きたいと思います!」

 

 と言いながらも、実は最初の部屋から出てすらいなかった。

 

「……この部屋から、ですね」

 

 取り敢えず辺りを見渡した。

 灰色のレンガの部屋の中には椅子が中央にポツリと立っているだけで、めぼしいものはなさそうだ。椅子を眺めてみても、何かが書いてあるとかは無さそうだ。

 

「では、行きましょう」

 

 止まってばかりではいられない。僕は部屋を出た。

 

「暗いですね……明かりはあるようですが、探索にはもっと強い光が欲しいですね」

 

 もし投稿するなら編集で明るさ調整しないといけない位には暗いだろう。

 

「とはいえ、これで視覚タイプなら見つかる可能性も減る訳ですが……ん?」

 

 ゆっくりと壁を見た。

 其処には半分に破れたチラシの様な物がある。

 

「これは……10月31日……カミング、スーン……なんでしょう、何かのお祭り、でしょうか?」

 

 これがもしかしたらヒントなんじゃないか?

 

「ハロウィンの日に、イベント……ライブ……あ」

 

 わかってしまった。

 

「これエリちゃんですね。じゃあ、この階はエリちゃんがいるのかな……?」

 

 エリザベートと言えばFGO界のジャイアンの異名を持つランサー……だけど、ハロウィンなら他にもキャスターやセイバーもいる。

 

「アイドルなら、視覚よりも聴覚のイメージですが……と、部屋がありましたね」

 

 どうやら廊下の一番端の部屋に出たらしく、少し歩いた先で別の部屋を見つけた。

 

「廊下は一本道なので安全な場所を見つけないと不味いですね……行きましょう」

 

 次の扉を開くと、其処には開いた状態の拷問器具、アイアンメイデンが置いてあった。中の棘は何故か全部外されていて、中央には鍵らしき物が見えた。

 

「これは……明らかな罠ですね。本来なら引っ掛かってどんな結果になるか見たいんですが、自分の命が危ういとなれば慎重にならざるを得ませんね」

 

 先に部屋の中を調べてみるが、鍵で開かない引き出しが見つかっただけで、他には何もなかった。

 

「取り敢えず、他の部屋に行きましょう」

 

 しかし、その隣の部屋の部屋にはロッカーがあるだけで、開かない扉2つを過ぎた所で廊下の向こう半分は門で閉められて行けなかった。

 その先にはシャッターが下ろされた階段がある様だ。

 

「ですが、ロッカーの裏で見つけたカード! これは大きなヒントですね!」

 

 赤と黒のカードはエリザベートの成長した姿、ライダークラスのカーミラが予告状として使う物だ。

 

「つまり襲ってくるサーヴァントはカーミラさんで間違いないでしょう。思えば、最初のポスターが破れていたのも一応ヒントだったのかなぁ」

 

 彼女はエリザベートが大嫌いだし。

 

「ですが……結局どうやってこちらを把握しているかは分かりませんね。一度も遭遇しなかったですけど……」

 

 そうして、アイアンメイデンの前に戻ってきた。

 

「これ、嫌な予感がしますね……行きますよ?」

 

 閉じ込められたくは無いのでスッと腕だけ伸ばして鍵を取った。

 

『――!! ――!!』

「うぁ!? 警報!」

 

 瞬間、けたましい音が鳴り出した。

 どう考えてもホラーゲームでよくある、敵を呼び込む仕掛けだ。

 

「だけど! これくらいは想定内です、ロッカーに隠れましょう!」

 

 ど定番の対処法だ。急いで部屋を出て隣の部屋のロッカーに入った。

 

「いやぁ、警報は流石に焦りましたね……ん?」

 

 警報が鳴り続ける中、ロッカーの隙間から外を眺めていると、扉が開いた。

 

「――っ!?」

 

 思わず素で叫びそうになった口を塞いだ。

 特徴的な赤と黒の怪盗姿なのはともかく、露出している場所には真っ赤な血が付着していた。

 

(お、落ち着け……! ロッカーの中は暗い! サングラスを掛けているあっちから僕は見えない筈……!)

 

「見つけたわよマスター。この女怪盗ミストレス・Cの目を、そんな物で掻い潜れると思って?」

 

 ロッカーをいとも簡単に開けられた。

 

「ひーいっ!? 本当にバレてるしー!」

 

「大人しく私の物に……いえ、折角マスターが選んでくれたsecret place……この中で私がマスターの大事な物を奪うのも、いいかしら?」

 

「こ、来ないで下さい! て言うか、それヤンデレとかじゃなくて唯の痴女では?」

 

「あら……そんな事を言うのね、心外だわ」

 

 何とかならないのか? 連打で抜け出すシステムは!? そもそも、サーヴァント相手だから筋力じゃ無理? 

 

(知ってましたよ、そんな事!)

 

「だけど、直ぐに教えてあげるから安心して……貴方の体だけじゃない、心も魂も、血の一滴でさえ愛している事を」

 

 肩に付いていた血を指に付け、ぺろりと舐めた。

 

「っひ!」

 

「だから……貴方も私を愛して頂戴……これで貴方はGame over……」

 

 

 

「この私からは逃げられないわよ、マスター? この血? 安心なさい。貴方に会いに行く前に、醜い過去の自分を始末しただけだから」

 

「この人でなしぃ!」

 

「あら……そう、あの娘の心配をするのね……そんな子供っぽい貴方も、私の大人の魅力で虜にしてあげる……」

 

 

 

「そんな所で隠れているつもりかしら?

 もしかして……私に捕まりたくてわざとそんな場所に? そんな無様な真似をしなくても、この女怪盗の目を欺くなんて不可能だから安心なさい」

 

「どこにいても、直ぐに貴方を見つけてあげる」

 

 

 

「……はい、と言う事でダイジェストでお送りしましたが……鍵を取るとカーミラさんが開かなかった扉から開放されロッカーに隠れようが逃げようがいずれ捕まってしまうようです……」

 

 って、冗談じゃない! そんなの、どう頑張っても逃げ切れない!

 

「なので、此処は先ず鍵を拾って鍵の使い道、この部屋の開かない引き出しに使ってみましょう」

 

 アイアンメイデンの中の鍵を取ると、やはり警報が鳴り出した。

 その十数秒後にはカーミラがやってきてしまう。

 

「引き出し引き出し……! これは!」

 

 入っていたのは暗視ゴーグルだ。

 これにどんな意味はあるのか分からないが、兎に角使うことにした。

 

「っ、赤い線が大量に!」

 

 視界には赤外線センサーが部屋中に張り巡らされていた。

 

「なるほど恐らくこれで居場所を……んん?」

 

 そこで僕は赤外線が部屋の扉の横には一切流れていない事に気が付いた。

 

「あそこだ!」

 

 急いで向かった。

 そして其処に着くのとほぼ同時にカーミラは部屋に到着した。

 

「……」

 

 すぐ横にいる彼女に音を立てまいと思わず口を塞いだ。

 

「……妙ね、マスターはここに居たはずなのに……」

 

 まるですぐ横の僕が見えていないかのような……いや多分本当に見えていないんだろう。

 

 サングラスだと思っていたけど、多分あれは彼女にセンサーで感知したモノの位置を教えているんだろう。

 

「まあ良いわ。漸く扉も空いてセンサーが作動したのだもの。マスターがいるなら直ぐに見つけてあげるわ」

 

 フッと、視界からセンサーが消えた。

 

「ランダム探知に切り替え、これでこの階全てのセンサーが一定時間毎に発動するわ」

 

 そして彼女は部屋を出ていった。

 

「……はい、9回の死を超えて漸く最初の難関を突破しました。センサーとは……厄介な仕掛けですね。

 これからはセンサーがランダムで切り替わる以上、ゴーグルは手放せませんね」

 

 しかし、随分わかり易い仕掛けだ。

 赤外線が現れ、消える前に点滅する。

 

「だけど、次にセンサーが現れる場所がわかりませ――」

『――!! ――!!』

 

「嘘!? 安全地帯も!?」

 

 警報に驚くがもう遅い。

 部屋に入ってきた彼女は直ぐに僕を確保した。

 

「っひぃ!? 早過ぎませんか!?」

 

「み・つ・け・た……駄目よ、私からは逃げられないのだから。

 少しでも私の視界から外れたお宝は、今度こそ厳重に閉まって管理しないと」

 

 彼女は鎖を取り出すと僕をグルグルに縛り上げた。

 

「痛い痛い!」

「あら、これから拷問部屋行きなのにそんな調子で大丈夫かしら? あっちは暗くて寒くて、貴方を痛めつける道具しかないけど」

 

「勘弁して下さい! そもそも、目が覚めたら捕まってるのに、逃げようとしない訳ないじゃないですか!」

 

「そう。拷問が嫌なら、別の部屋を用意してあげる。明るくて暖かくて、貴方の欲しい物が全て揃う私の部屋に……っちゅ」

 

 首にキスをされた。彼女の真っ赤な唇を見れば、其処にキスマークが付けられたと気付くのはそう難しい事じゃない。

 

「さぁ、これで貴方は私のモノ。此処を抜け出しても、野蛮なサーヴァントはこれを見て嫉妬に狂って貴方を殺してしまうでしょから……私と一生、永遠に此処で暮らさないと、いけないわね?」

 

 

 

「…………はい、割と単純なセンサーのパターンを覚え、凡ミスを重ねる事9回……なんとか最初の階段を突破しました。シャッターで閉めたので、恐らく追い掛けてくる事はないでしょう」

 

「もう体力が限界近いですが、2階層に行きましょう」

 

 降りた先には、先程の階層とは打って変わって明るい景色が広がっていた。

 ……和式……あれもしかしてこれってあのイベントじゃね……?

 

「えー……取り敢えず階段は此処で終わってますので1階に降りる場所が他にある筈なのでそれを探しましょう」

 

 廊下は木造だし、扉は襖。改装全体が大奥と同じ外観だ。

 柱を触って確かめるがしっかりしている。

 

「そう言えば今回の感知はどんな――」

『んっぁ……!』

 

 突然、色っぽい声が聞こえてビックリしたので、慌てて手を放して身構える。

 

「っ、い、一体どころから……?」

『マスターは、こちらでしょうか……? あ、止まっていますね』

 

 聞こえて来た少女の声は、カルデア一のヤンデレ娘、清姫の物だ。

 

「やば! 兎に角移動しましょうか」

 

 言うが早いか、僕は廊下を早歩きで移動しながら耳を澄ませた。

 

 『こちらに、近付いていますね……どんどんどん……』

 

「近付いてる!?」

 

 清姫は嘘を吐いた僧を焼き殺した逸話を持つサーヴァントで嘘は吐かない筈だ。

 

 聞こえて来た言葉を信じて逆側に移動した。

 

『あ……安珍様が遠ざかってしまいます……』

 

 この声が聞こえてくる方角すら検討も付かないが、とにかく逃げれば……!

 

『私から逃げないで!!』

 

「のわぁ!?」

 

 突然、通り過ぎた柱から炎が放たれた。寸前の所で床に伏せて躱したけどこれはまさか……

 

「逃げるのは簡単だけど、逃げれば逃げる程難易度が上がるのか?」

 

 だけど、そうと分かれば結構簡単じゃないかな? 清姫との距離を気にしつつ探索すれば良いんだから。

 

『安珍様……安珍様……マスター……行かないで……』

 

「この部屋の探索をしましょう」

 

 手始めにタンスを開けた。

 

「何も無いですね……」

『あ……そこは……』

 

 清姫の声は聞こえるが変わらず一定の音な為、声量では判断出来ない。

 

「何も無いですね」

『む、ムズムズします……』

 

「……先からなにか言ってますけど、近くにいるの?」

 

 しかし返事はない。

 部屋中の引き出しやタンスを調べるが何もなかった。

 

「何も無いですね。では部屋を出ましょう」

「はぁ……マスターに、耳を弄ばれてしまいました」

 

「っは!? なぁああ!?」

 

 横から聞こえて来た声に振り返り、思わず叫ぶと其処には巨大な白蛇がいた。

 

「あ、マスター! いました!」

「き、清姫さん……それは一体……?」

 

「ふふふ、はろうぃんと聞きましたので、仮装です!」

 

「仮装……へえ、そうなんですか……」

 

 逃げよう。丸呑みにされる前に。

 

「ああ、いけません! 今日はマスターを脅かすのが役目でしたね! シャー! シャー!」

 

 白蛇姿で思いっ切り口を開いて威嚇してきた。リアルだけどその仕草はどことなく可愛い。

 

「別に無理にそんな事しなくて良いよ」

「そ、そうですか?」

 

 よし、このまま和やかな会話パートで乗り切っちゃお――

 

「――所で、その変わったメガネは誰のものですか? 騒音竜娘に似た、鉄臭い色気づいた香水の匂いがマスターからも僅かに漂ってますね」

 

 ――うん、無理です。

 

 

 

「な、7回丸呑みにされ、5回程絞め殺されましたが……今度こそ、クリアしましょう!」

 

 階段の時点でゴーグルを外す。じゃないと即死だ。

 

 そして、ここまでやられて良く分かったがこの階層は全て清姫の体で出来ている。

 激しく動いたり、調べたりすると彼女に伝わってしまう。

 

「そして彼女に近付かれた上で遠のいてしまうと階層全体が変化してこちらを襲ってきます。なので攻略の肝となるのは距離感です。彼女の心の声が数秒おきに聞こえてきますので、その内容で距離を把握しましょう」

 

 簡単に言うがこれが中々難しい。

 

『くすぐったいです……』

「近いですね、逃げましょう」

 

『マスター……こちらから、貴方の温度を感じます……』

「ちょっと遠いですね、止まりましょう」

 

 何回もやり直して数種類のセリフを覚えたのでそれを頼りに彼女と出会わずに鍵を集めます。

 

「脱出には5個の鍵で閉じられた部屋があるのでその鍵を全部開く必要があるのですが、これもまた曲者です」

 

 ホラーゲームでは脱出に近付く度に敵の速度が上がる事はよくあるが、廊下が逆転してしまう事も判明した。

 

「つまり――」

 

 開いた南京錠が金属音を響かせる。

 続いて2本目の鍵を取り出して南京錠外した瞬間、来た時と同じ方向に早歩きで向かった。

 

『マスター……ここを抜け出そうだなんて……なんていけない方なのでしょうか……!』

 

 さて、ここからは体力勝負だ。

 なんとか走ってここまでまた逃げ切らないと……!

 

『また私から逃げるのですか……!! 安珍様ぁぁぁ!!』

 

『ふふふ、あはははは!! ではまた、また焦がして差し上げます! 灰も残さずそのお体を燃やして、魂を開放して差し上げます! もう一度、来世こそは添い遂げましょうね、安珍様ぁ!!』

 

「怖い怖い!! っひ、危なっ!?」

 

 悲鳴をあげながらも廊下を走って移動する。こうなっては先までの攻略方は無意味だ。全力で走って逃げるしかない。

 

「よし! これで4つ目!」

 

『『お待ちになりなさい、安珍様ぁぁぁぁぁ!!』』

 

 迫る清姫。速度が上がって恐らく全速力の僕と同じだろう

 つまり、此処で逃げても距離は稼げない。

 一か八か、僕はそのまま5つ目の鍵を開ける。

 

「頼む! 行ってくれ! 早く!」

 

 焦る腕、迫る大蛇、そして――!

 

「――だ、脱出、成功です!」

 

 開いた扉に入ると同時に落下、そして敷かれてあった柔らかいマットの上に着地した。

 

 清姫は追ってきていなかった。

 

「…………」

 

 ただ、上の扉の隙間からこちらを覗く眼は冷たく、恐ろしかった。

 

「と、兎に角ここを出ましょう!」

 

 気が抜けないまま最後の階層への扉を開いた。

 

「……ん? あれ?」

 

 左右には幾つかの部屋がある廊下、その奥には目測100m先に光り輝く扉があった。

 

「……罠か、それとも迷わず突き進むべき……」

 

 少し悩んだけど、ここまで来たらコンテニュー覚悟だ。

 

「行きましょう!」

 

 まるで洞窟の様な凸凹した廊下を駆けていくが内心、今か今かと不安になっている。

 

「あれ……?」

 

 だけど出口らしき場所に幾ら近付いても近付いても、何も起きない。

 遂に眩い光の元へと辿り着いてしまった。

 

「……動画としては、オチが弱いですが……脱出出来るならしちゃいましょうか!」

 

 少し取れ高を気にしてしまったけど、やはりこんな場所は懲り懲りだった。

 こうして、売れない実況者の僕はハロウィンのヤンデレ・シャトーから脱出した。

 翌日、突然動画の再生数と高評価がかなり増えていたのは今までの努力の成果だと思いたい。

 

 

 

「あ、しまったのだわ!? 部屋に籠もっていたら、マスターを逃してしまったのだわ!」

 

 最後の階層の鬼役を務める筈だったサーヴァント、冥界の女神エレシュキガルは足音に気付いて部屋を出たが、既に後の祭りであった。

 

 ぺたろー、己のマスターに逃げられ驚愕し、顔を俯かせるエレシュキガル。

 

「……」

 

「……ふ、ふふふ」

 

 しかし、彼女は笑った。

 

「……マスターに、本物に逃げられたのはしょうがない。なら――」

 

 彼女は目の前に広がる無数のゲージに目をやった。

 

『――!』

『――』

『――!』

 

 中では魂だけとなった者達が蠢いている。

 その数、30。

 

「魂になってしまったマスターには……しっかりとおもてなししないといけないわ」

 

 そう言ってエレシュキガルはゲージを1つ開けた。

 

『と、ける……かゆい、熱い、痛い……痛い痛い!』

「可哀想に……蛇に食われてしまったのね……安心して、この場所にいる限り、私はその痛みを癒せる冥界の女神だから」

 

 彼女は慰める様に苦しむ魂を抱きしめた。

 

 その抱擁を受けた魂は、青い光に包まれ人の形に戻った。

 

「ありがとう……」

「どういたしまして。さあ、自由にして」

 

 そう言って魂を見送るエレシュキガル。

 他の魂もゲージから出して同じ様に痛みから開放していく。

 

「ありがとう、エレシュキガル」

「これからも、女神の私を頼って良いのだわ」

 

 こうやって30の魂を見送っていった。

 

「……これからも、私を頼ってね?」

 

 だが、その影で彼女はある事実をひた隠しにしていた。

 

(……死して魂となったマスター達は、現実への道の光が永遠に見えない。

 でも、その事実を彼らが知る事は決してない。亡者の望みを飲み込んで、この階層は広がり続ける)

 

「鍵を見つけました、これで次の部屋に行けます」

「この部屋、ナンバー式のロックが掛かってますね」

「このロッカーに隠れる感じでしょうか?」

 

「「「この大きな部屋は危なそうなので調べるのは後にしましょう」」」

 

 やがて、最初にゲージから開放された最初の魂の背中がドロリと僅かに溶け出した。

 

(牢獄の外へ出た魂はやがてまた同じ苦しみに苛まれ、そしてまた私の元にやって来る……これぞまさに、無限にマスターに抱き締められる永久機関だわさ!)

 

 

 

 ……残念ながら、本物のマスターが脱出したのでやがて彼女の永久機関はその第二陣を迎える事なく忘却される事となるだろう。

 




今回はジューンが3人来ました。はい、イシュタルは無しです。

次の話を挟んでからクリスマスの話を書く事になりそうです。もう今年も残り僅かですが、頑張っていきましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

信長の記憶

お待たせしました。今年も残り僅かですね。最近は忙しく、あまり執筆出来ていませんが、出来る限り投稿したいと思っています。


 

「今宵、ヤンデレ・シャトーを牛耳るのは他でもない、わしじゃ!」

 

 不安しかない。不安過ぎて夢の中で眠れぬ夜を過ごしそうだ。

 

「……」

 

 見た事はあっても召喚した事は無い真っ赤で黒い女性を睨み付ける。

 今年のイベントでエクストラクラスのアヴェンジャークラスを獲得したのにぐだぐだなままの困った戦国武将である。

 

「なんじゃその目は! さてはマスター、わしに愛憎を操る才が無いと思っておるな!」

 

「……まあ、そうなりますね」

「見くびるでない! こう言うドロドロした物は得意だ! なんせ、わしの家臣のミッチーとか愚弟もそれっぽかったからな!」

 

 やっぱり駄目だ、あんた最終的に殺されてるじゃん。

 

「まぁあれだ、記憶がなければ愛憎が芽生える事もないだろうと思ってな。今回は英霊の記憶を消してみる事にした!」

 

 記憶喪失……確かに、そうなれば病まないかもしれない

 

「まあ、記憶を取り戻さないと出れないけど是非もないね!」

 

 おいノッブこら。

 

「折角だし、わしもアーチャーで参戦するかのう!」

「まじ?」

 

「なーに、これも経験じゃ! さあ、行くぞ!」

 

 背中を思いっきり押されながら、俺は別の場所へと飛ばされたのだった。

 

 

 

「此処は……俺の部屋?」

 

 にしては広いな……と思ったが、直ぐに異変に事に気が付いた。

 

「アパートになってる……」

 

 俺の部屋……にトイレと台所が追加されていたのだ。

 だが、サーヴァントの姿は見えない。

 

「ん? この押し入れも見た事ないな……」

 

 中にサーヴァントがいたらどうしよう、とか考えてしまったが思い切って開くと中には布団が敷き詰められていただけだった。

 

「じゃあ、サーヴァントは一体何処に?」

 

 と、考えているとチャイムが響いた。

 

「……来たか」

 

 覚悟して玄関に向かうとそこには普段とはベクトルの違う様子のおかしい織田信長がいた。

 

「……ん?」

 

 しかし、俺は首を傾げた。

 同じ名前の別クラスのサーヴァントは見た目で簡単に判断する事が出来る。

 

 だからこそ、アーチャークラスでくると言った信長がパーカーとバスターシャツでやって来た事に驚いた。

 

「お主がわしのマスターか!

わしの真名は織田信長! ……じゃが、どういう訳かそれ以上の事は曖昧でな……なんでわし、ギター持ってバーサーカーなんじゃ……? まあ、気分が高揚して楽しいゆえ、良しとしよう」

 

 彼の御人の場合、アーチャーとバーサーカーの両方が来るのか、バーサーカーに間違ってなったのか判断しかねる。

 

「でだ! 記憶は無くともわしはお主を大層気に入っておる! 余程の功績を立てたのじゃろう、この織田信長のマネージャーに任命してやろう! この髑髏の盃はその証じゃ!」

 

 記憶無いのにグイグイ来すぎじゃありませんか?

 

「い、いえ……遠慮しておきます……」

「なははは! 遠慮は無用じゃ、お主とわしの仲であろう! どんな仲だったかは思え出せぬがな!」

 

 記憶は無いのに背中を気安くバンバン叩かれる。

 

「よし! 先ずは町に繰り出す故、案内を頼むぞ!」

「え、ぇ……」

 

 無理矢理引っ張られ形で俺と信長は外へと出ていった。

 

 

 

「では、記憶を取り戻す旅に出発じゃ!」

「そうはいうけど、宛でもあるの?」

「無い!」

 

 ですよねー。

 

「じゃが、こうしてると嬉しいのは分かっておる!」

 

 そう言って意外にもある胸を押し付けながらはにかんできた。

 

「ん! あっちから香ばしい香りが!」

「あ、ちょっと!」

 

 ゲーム内のQPが入った財布を確認しつつ、俺は駆け出した彼女の後を追いかけた。

 

「――んーまぁ! いやはや、現世は最高じゃな!」

 

「そーですか」

 

 ボリューミーなクレープを頬張る第六天魔王を横目で見つつ、記憶が関係しそうな場所を頭の中で考える。

 

(と言っても俺の街にそんな都合の良い場所なんて……)

 

「マスター! あそこじゃ、あそこに行こう!」

 

 信長はゲームセンターを指差していた。

 どうせまた引っ張られるのだから、大人しく従っておこう。

 

「はいはい」

「よし、出陣じゃ!」

 

 突撃すると早速UFOキャッチャーのヌイグルミに食い付いた。

 

「おー! これだ、これが良い!」

 

 そんなに欲しいのか、狐のキグルミを着た猿。

 

「よっし!」

 

 流石アーチャーのサーヴァントと言うべきか、2回目でコツを掴んで3度目であっさり手に入れた。

 

「よしよし、愛い奴よの! 何処ぞのミッチーや猿もこれくらい可愛げが有れば良かったんじゃが……」

 

 なるほど……家臣達の事は覚えてるんだ。

 

「ん……? ミッチー……? そう言えば、召喚されてからも出会った様な……」

「そうだよ。帝都の特異点で一度戦った」

 

「む……お、おお! なんか、思い出したぞ! そうそう、あやつ生前と変わらず面倒臭かったのぉ!」

 

 などと仰って頷いている信長も中々面倒だったけど。

 

「良し、この調子で記憶を取り戻すぞ!」

「案外、簡単な事で思い出せそうですね」

 

「……」

 

 UFOキャッチャーから離れて奥へ歩き出したが、振り返ると彼女は何か考えながら立ち止まっていた。

 

「どうかした?」

「……いや、何でもない」

 

 少々深刻そうに見えたせいか、嫌な予感はあったがそれを言及して刺激する必要はないだろう。

 

「うむ! 次はあっちだ!」

 

 

 

「――A・TSU・MO・RI!」

 

 ゲームセンターでダンス、シューティング、レースとゲームに興じてその度に記憶を取り戻していく彼女は、遂にバーサーカーとしての象徴であるギターテクニックを手に入れた。

 

 それをカラオケボックスで見せ付けられた俺は、イロモノなのにそれはそれは素晴らしいロックに手を叩いた。

 

「――凄い」

「当然じゃ、これが渚の第六天魔王のロック! 夏盛じゃ!

 ……え、いま秋だって? 是非もないよネ!」

 

 ソファに腰掛けてご機嫌そうにもう一度ギターを鳴らす彼女はだいぶ落ち着いていた。

 

 確か、そもそもギターは魔王の危険な魔力を発散させる為の手段だった筈だ。

 

 つまり、それをあんなに披露したって事は割と危ない状態だったんじゃないか?

 

「ん? わしを見つめてどうした? さては、わしのギターに惚れ直したな! マネージャーの席なら何時でも開けておくぞ!」

 

「いや、遠慮しておきます」

 

「ははははは!」

 

 なんて、俺の心配を他所にめっちゃ笑っている。

 

「よーし、わしもっと歌っちゃうぞぉ!」

 

 まあ、発散しているんだったら問題ないか……

 

 歌いたい気分でもないし、マイクを独占されてしまった俺は大人しく合いの手でも入れて彼女の美声を浴びていよう。

 

「――ん?」

 

 突然ドアをノックする音。

 歌うのに夢中で信長は気付いていない様だ。

 定員かもしれないし、俺は席を立ってドアを開いた。

 

「はい、受け取りま――」l

「――おう、漸く会えたのう、マスター」

 

 忘れた頃になんとやら……今度こそ、黒と赤の衣装のアーチャーの織田信長が俺の前に立っていた。

 

「まさか、水着のわしに先を越されるとは思わんかったわ……じゃが、本物のわしが迎えに来たんじゃし、あやつはほっぽってわしの案内役となれ。ほら、わし今記憶無いし!」

 

 確かに脱出を優先するならそうなんだが……バーサーカーの方は記憶がかなり戻っている気がする。もし機嫌を損ねて病む様な事になれば……

 

「――それじゃあ、コヤツは貰って行くぞぉ!」

「わ、わしぃ!?」

 

 この信長公が俺の言う事を聞くわけがなかった。

 

 引っ張られ、連れ去られる俺。

 後ろを見ればバーサーカーの信長は……ギターを思いっきり床に叩きつけた。

 

「ぶっこ――」

「――三千世界じゃぁ!」

 

 だが、アーチャーの信長は狭いカラオケの廊下に無数の火縄銃を出現させるやいなや、一斉に発泡した。

 

「案ずるな! わしじゃし、多分死なん!」

 

 俺が何か言う前にそう言った。

 

「それよりお主、何もされとらんじゃろうな?」

 

 カラオケ店を脱出した後に、信長は抱えた俺にそんな質問をした。

 

「されてないけど……」

「あやつはわしのノリとか勢いを凌駕しておるからなぁ……まあ、なんもされとらんならいいんじゃが……」

 

 ……ところで。

 

「何処に向かってるんですか?」

「ん? ラブホ」

 

 おい、ノリと勢いどころか理性ないじゃねえかこの魔王。

 

「いや、こう……記憶を失くしたわしに色々法螺を吹き込んで都合の良い女にするって、定番のしちゅえーしょん、じゃろ?」

 

「あんたもう記憶あるだろ」

「……そ、そんな訳ないじゃろ!? あー、ココハドコ、ワシダレ?」

「なに、最初から失ってなかったって事?」

 

「いや……実は最初は本当に記憶が無くてマスターの部屋に向かってたんじゃが……バーサーカーのわしと一緒にいるし、記憶無いから様子を見ようと後ろから尾行しておったらじゃんじゃん記憶が戻って……」

 

 つまりアーチャーの信長もバーサーカーと同じ分の記憶があるって事だろ。

 

「で、いっそ清々しい位密室に入ったお主らに激おこになって攫いに来た訳じゃ!」

「そんな誇らしげに言う事か」

 

「いやいや、これでも腸が煮えくり返る位の嫉妬に焦がれてなぁ、正直わし自身が引くくらい怒っておる」

 

 不思議じゃろ? と彼女は愉快そうに笑った。

 

「だから恐らくあのわしも同じ思いじゃろ。追い付かれたらわし、骨も残らんかも――」

 

 縁起でもない事を、そう思ったと同時に俺達は影に覆われた。

 

「あ、アレは――!?」

「ぶ、V6天魔王号!?」

 

 青と金色の家紋。丸い宇宙船の様なそれは今では懐かしいとすら思えた、一夏を走り抜けたマシン。

 

『許さん、許さんぞわしぃぃぃ!!』

 

「やばっ!? この角度は――! 突っ込んでくるぞ!」

「あれポンコツな様で無駄に高性能じゃからな! 撃ち落とせんし、追跡してくるぞ!」

 

 火縄銃を喰らっても傷一つ付かない。これは――終わったか。

 

『ロックンッ、ロォォォォォルッ!!』

 

 

 

「き、【緊急回避】!」

 

 衝突寸前、咄嗟に発動させたスキルで俺達は爆発の余波で数m吹っ飛ばされる程度の被害で済んだ。

 

「か、間一髪じゃったな……肝が冷えたわ」

「まだじゃあぁぁぁ!!」

 

 なんと、V6天魔王号は爆発しても操縦者であるバーサーカー信長は無事だった。勢いよくコクピットから脱出した彼女は熱気放つ魔力を纏って、ビキニ姿に変化した。

 

「これが渚の第六天魔王、織田信長の敦盛じゃぁぁぁ!!」

 

「うぅ、えらい張り切り様じゃな……」

 

 ギラギラした瞳でこちらを睨んだ彼女だが、俺を見た瞬間、不敵な笑みを浮かべた。

 

「……確かにわしは記憶を取り戻した。

 だが、思い出せば出す程、虚しさが増していった!」

 

 ギターを肩に担いでこちらに近付いて来る。

 

「本能寺? 明治? 帝都? ファイナル?

 マスターの側にいたのはいつもそっちのわしじゃ! この霊基にはなんも残っとらん!」

 

 遂に飛び掛かって来た。

 振り下ろされたギターは俺とアーチャーの信長を分断させた。

 

「っく、この怒気は……!」

「じゃから、こやつだけはわしが貰う! マスターは、一生わしのマネージャーじゃ!」

 

「っ、例えわしとて、譲るつもりはない!」

 

 火縄銃の銃撃はギターで弾かれる――と、同時に後方で爆発が起きた

 どうやら弾かれた銃弾がマシンのエネルギーに引火した様だ。

 

「のわぁ!?」

 

 同時に、バーサーカーが信長の首根っこを掴んだ。

 

「忘れとらんか? 渚の第六天魔王は肩書きではない。わしの能力の一端じゃ」

 

 ! 炎上していれば力が増すスキル!

 

「安心せい。同じ信長の好じゃ……」

「な、ななななななななぁー!?」

 

 掴んだままの信長を振り回してるぅー!?

 

「ギャグで済ましてっ! やるわーい!!」

 

 その勢いで天高く放り投げたぁ!?

 

「のじゃああああぁぁぁ……」

 

 やがて、姿も声も消えてなくなった…………

 

 

 

「はっはっは! 見たか見たじゃろ! わしこそ、おぬしの織田信長じゃ!」

「そ、そうっすね……」

 

 勝利の宴、そう言って彼女は俺を近くの居酒屋に連れて行った。

 先の鬼神の如き怒気は何処へ消えたのか、ビールを飲んで良い気分のようだ。

 

「ぷはぁ!! まっこと、良き時代じゃ! 酒も飯も美味い! そして何より、そなたが一緒にいるのじゃ、これに勝る肴もあるまい!」

 

 めっちゃ酔っ払ってる……あと背中叩かないで下さい。

 

「わし、いまヤンデレじゃろ? おぬしが隣にいるのが本当に嬉しくてのぉ!!」

 

(本当のヤンデレは多分自分の事をヤンデレじゃろとか言わないと思う) 

 

 その後も古今東西の酒を飲み干し、完全に出来上がった信長と共に俺は店を出た。

 酒瓶を片手にフラフラと覚束ない足取りの彼女と共に家へと帰る事になった。

 

「頭がぁ、高いぃ……余は織田信長じゃぞぉぉぉ……!」

「大人しくしてくれよ」

 

「…………」

 

 急に大人しくなるのも怖いなぁ……

 彼女はすぐに口を開いた。

 

「……わし、やっぱり変かのぉ」

「変だよ」

 

 いつも通り変だ。

 

「いや、そういう意味じゃなくて……わし、マスターの事、好いてるんじゃが……どうやってそれを伝えれば良いのか分からん」

 

 今言った……って黙っておこう。酔っ払ってるんだろう。

 

「普段通りおちゃらけて言うても真に受けてくれんし、面と向かって言うのは……恥ずかしい……」

 

「ヤンデレってなんじゃろ……わし、別に縛りたくないし、傷付けたくない」

 

 ん……

 

「離れたくないし、奪われたくない……」

 

 ん……?

 

「そうじゃ! 恋敵殲滅すればヤンデレになる必要ないじゃろ。そうしよう」

「それがヤンデレの考え方だろ」

 

「ええい! マスターは黙っておれ! 見ておれ、今すぐこの渚の第六天魔王が有象無象を葬ってくれよう!」

 

 フラフラなのに暴れるな!

 あ、変な所に足が――!

 

「おわぁ!?」

 

 地面に転び、慌てて両手で体を支えた。

 

「あ、危な――っ?」

 

 そして、その間には信長の顔があった。

 

「……信長」

「……酔っておるぞ」

 

 頬を赤めてそっぽを向きながら彼女はそう言った。明らかに素面だった。

 

「わしは、今、酔っとるぞ」

 

「…………」

「…………」

 

「……いったぁ!?」

 

 なんか待ち望んでたらしいのでデコピンを喰らわせてやった。 

 

「ドラマの見過ぎだって」

「もー、おぬし本当に空気読まんな! 今ので襲わんとかありえないじゃろ! 戦国美少女じゃぞ!」

 

「自分で言うなって……全く、先までの酔ったふりか?」

「……本当にデリカシー無いのぉ……わしめっちゃ辱められてる……!」

 

 いや、そんな一生懸命頭を振っても信じられないよ。

 

「あー! やっぱ恋愛とか無理じゃ無理! こうなったら力尽くで……ん?」

 

 【瞬間強化】で全力ダッシュ! 一目散に逃げ出した。

 

「逃さんぞマスタ――ん!?」

「……ふふふははははは!! 魔王再臨じゃあ!!」

 

 俺が逃げ出したのは迫り来るアーチャー信長が見えていたからだ。

 

「渚の! 今度は簡単には行かんぞぉ!」

「しぶといのぉ! じゃが、アンコールには一度位答えてやるのが魔王の度量よ!」

 

 

 

「……さて、信長2人が記憶を取り戻しても終わらないって事は俺の部屋に、いるんだろうなぁ」

 

 扉の前で溜め息を吐いた。

 

「ただいま……」

 

 ゆっくり扉を開け、誰にも聞かれたくないけど確認の為に小さく挨拶をした。

 

「……いない?」

 

 返事はなかった。

 

 多少は気を抜いたけど、すぐにサーヴァントの姿を見つけた。

 と言うか、部屋の中心に正座で鎮座していた。

 

(忍者だ……)

 

 ピッチリとした黒いスーツとかより、一目で忍者と分かるその衣装の与える印象に目を引かれる。

 それに、彼女が人間ではないとわかる黒鉄の手と足も素晴らしいの一言だ。

 

「……ん? 待てよ?」

 

 彼女はアサシンクラスのサーヴァント、加藤段蔵だ。それは間違いない。

 しかし、今回のシャトーのお題とは噛み合わない点がある。

 

「……だ、段蔵さん?」

「――待機状態を解除。マスター、どうかご命令を」

 

「えーっと……君を召喚したのって何時だっけ?」

「3日前の午後15時34分29,02秒と記録しています」

 

 答えが細かいがそう、つまり記憶喪失になるほどの思い出が無いのだ。

 

「記憶は失くしてる?」

「いえ、段蔵のメモリに欠損は御座いません」

「そっか……」

 

「ええ、忘れておりません。貴方様はからくりにしか興奮出来ない特殊な性癖をお持ちであり、ワタシとの結婚を誓った変態様、でしたね?」

 

 何で平然と嘘吐くの?

 何で最後嬉しそうなトーンで言ったの?

 

 こっちの視界がブルースクリーンになりそうな程の情報をぶつけられ、目眩に襲われている間に彼女は近付いた。

 

「ですが……女性の体臭、香水を感知しております。今日は具合が悪いのですか?」

「えー、えっと……」

 

 彼女の記憶だと俺は機械にしか興奮しないのが通常だから、他の女と一緒にいたらそれは異常扱い……なのか?

 

「段蔵はからくり故、あまり女性らしい感情に乏しいのですが……複数の女性と関係を持つのは子を持つ者として恥すべき行為では御座いませんか?」

 

「え、俺子供いるの?」

 

「当然です。我が子、小太郎は間違いない貴方の子です」

 

(……ふ、複雑ぅ! 今めっちゃ複雑だと思ってる俺以上に小太郎君が複雑!

 俺が父親とか、絶対暫く廊下で擦れ違っても、「あ……ど、どうも」みたいな会話しか出来なくなるだろ!)

 

 世の為人の為小太郎の為に自害すら視野に入れていると段蔵が思い切り抱き着いてきた。

 

「洗浄開始」

 

 密着した箇所が動作し、風を起こした。

 いや、風に紛れて男物の香水の匂いもだ

 

「……これで良いでしょう」

 

 ま、まぁ……他のヤンデレと違って感情的にはならないし安全……か?

 

「では、朝食にしましょう」

「あ、ご飯作ってくれたの?」

「ええ。貴方様の妻として、予め一日の行動を設定してありました。さぁ、お食べになって下さい」

 

 

 

「お約束の如く、捕まった」

「マスター、お覚悟を」

 

 俺のヤンデレセンサー、遂に壊れたか?

 

 先まで朝食食べて、一緒に掃除して洗濯して……気が付いたら柱に両腕を背中に組まされて捕まっている。

 

「マスターに他の女性との接触以外の罪状も過失も御座いません」

「罪状扱い……」

 

「段蔵は、忍びの潜入手段として読心術の機構を備えております。マスターの警戒心を解くのは難しく御座いません」

 

 なるほど……あれ? でもどうやってここまで連れて来られたっけ?

 

「大変申し訳ありませんが……手刀で」

「物理かい!」

 

 しかし、俺のツッコミは意にも介さず、目の前で彼女はこちらを見下ろした。

 

「マスターの会話中にメモリーの改変を発見しました。マスターはからくり好きの変態では無い、ですね?」

「まあ、そんな局地的な性癖は無いけど」

 

「……ですので、この偽情報を頼りにマスターの嗜好を修正いたします」

 

 そう言って彼女は怪しげな、目を覆うゴーグルの様な機器を取り出した。

 

「そ、その洗脳モノに出てきそうな奴は……一体?」

「その奇妙なワードに関しては後に追求いたします……これを装着したモノは直ぐにからくりの虜となるでしょう。暴れても無駄です」

 

 これは本格的に不味い。

 くそ、令呪で信長を……!

 

「因みに、信長公の御二方は激しい戦闘の末に相打たれました」

 

「ノッブ!?」

 

 何やってんだよ、大名!?

 

「では、お覚悟を――」

 

 怪しげなゴーグルを装着された俺は――

 

 

 ――侍戦隊の良さを今一度理解しながら朝を迎えた。

 




自分はテンクウシンケンオー派です。戦隊ロボは翼装備するだけでカッコ良さが増すのズルいです。

次回の更新はクリスマスかその前に1つ更新できるのか……そして第5異聞帯は年内に来るのか……来るとしたら走るのが大変そうですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレジスタンス

珍しく1週間で投稿出来ました。
果たして、クリスマスにこの調子は発揮されるのでしょうか。


 

 

「エドモン……」

 

 今回はサーヴァントが2騎だけ……しかし、あの2人だと名前を聞いた俺の口からくたびれた言葉が溢れた。

 

「なんだ? 何時もの悪態か?」

 

「……しんどい」

「だろうな」

 

 FGOのマスターとしてストーリーはちゃんとプレイしている。そう、ちゃんと……

 

「その組み合わせは無理とかじゃなくて物理的に胸が重くなるんだけど……」

「錯覚だ。貴様の体重は変わらん」

 

 そりゃそうですけど……

 

「でも、その2人、どんな状況で揃うんだよ」

 

「――牢屋だ」

 

「絶対しんどいじゃん」

「安心しろ。お前が内側だ」

 

「捕まってるじゃねぇか!」

 

「脱出しろ。俺の共犯者らしく、裏切り者の牢獄からな!」

 

 

 

 牢屋の中は明かり1つに照らされていた。

 見れるものはベッド、そして水の入った壺(恐らく排泄用)の2つ。

 

 普段ならヤンデレサーヴァントが一生住んでいたくなる様な部屋を提供するか、一時的に放り込むだけの部屋だったが、今回は本当に犯罪者の入る牢屋だ。

 掃除はされている様なので臭くもなく小奇麗なだけましか。

 

「……そして手枷も足枷もない辺り、手心は感じるが……ん?」

 

 牢屋の外はあまり見えないが、音は反響を阻む物が無いためかよく響く。

 

 階段を一段ずつ降りる足音が近付いて聞こえてきた。

 

「……」

「……マスター、起きたか?」

 

 普段は落ち着いた低い声は少しの震えを含んでいた。

 しかし、こちらはこの状況に陥った原因も過程も知らないので、反応に困る。

 

「アタランテ・オルタ」

 

 牢の前に立ったのは黒のドレスに白髪、それでいて長く鋭い爪が野生的な印象を与えるバーサーカーのサーヴァントだった。

 

 そして、その後ろにもう一人。

 

 褐色肌とアタランテに似た白髪を持つセイバー、ラクシュミー・バーイー。

 こちらも囚人に向ける様な顔をしていない。

 

「……」

「気分はどうだ?」

 

「……まあ、可もなく不可もなく」

 

 曖昧に返すと、彼女達は視線を泳がせた。

 

「そうか……」

「取り敢えず食事の時間だけ聞いていいかな?」

 

「ふざけるなっ!」

 

 後ろにいたラクシュミーが叫んだ。

 

「私達は汎人類史を裏切り、貴様を裏切って捕らえたんだ!」

「ラクシュミー……」

 

「なのに何故、そう平然としていられる!?」

 

 ……予想通り、辛い展開だった。

 彼女の叫びに、下手したら肩から崩れ落ちる所だった。

 

「共闘の最中、背後を狙った私達を恨んでるだろう! 憎いんでいるのだろう!?」

 

 だが待て。

 重く苦しい展開だが、ヤンデレかどうかで言えば彼女達はまだ正常だ。でなければ俺に怒号を浴びせる事も無かっただろう。

 

 良し、此処は力の限り怒鳴りつけて――

 

「……別に、恨んでないよ」

 

 無理無理。そんな事、夢であろうと心苦しくてできる訳がなかった。

 

「っ、そんな事、嘘でも――」

「ラクシュミー・バーイー!

 ……そろそろ行くぞ」

「だがっ!」

 

 アタランテ・オルタが引っ張る形で2人は牢屋を離れていった。

 

「……食事はすぐに持ってくる」

 

 最後にそれだけ聞こえた。

 

 

 

 誰も他にいない牢屋で、俺は一度状況を整理する。

 

 此処は何処かの異聞帯で彼女達は汎人類史側のサーヴァント、つまり本来は白紙にされてしまった人理の最後の抵抗……の筈だが、アタランテ・オルタは子供を守る英霊としての側面が強く反映され、ラクシュミーも強大な力に反抗する王妃として違う歴史の者であっても民を見殺しにする事は出来ない高貴の人だった。

 

 同じ人類史の存在でありながら、世界を変える事を望む彼女らと、世界を滅ぼす俺達との間には決して同じ道を行けない溝があった。

 

「だからこうして牢屋に囚われている訳なんだが……」

 

 あくまで此処は夢の中。待っていてもカルデアの皆が助けに来る訳ではないし、主人公だから死なないなんてご都合も通じない。

 まあ、死んでも人類が滅びる訳ではないから、そこだけは気楽か。

 

「パンにスープ……これも、レジスタンスにとって貴重な食料だろうに」

 

 貧しい食事を頂きつつ、エドモンに言われた事を思い出す。

 

「脱出か……」

 

 しかし、調べてみても手で掘れそうな地面や壁はない。ツボの下に穴が隠れている事も無かったし、普通に脱出は無理だろう。

 

「大方、あの2人から鍵を盗んで脱出って所かな……難易度高くないか?」

 

『――! ――!』

 

 突然、地下まで届く角笛が聞こえて来た。

 

「うぉ、なんだ!?」

 

 もしかして、レジスタンスの拠点を襲撃されてるんじゃ……!?

 

 立ち上がり牢屋の外に目を凝らすが何も見えはしない。

 

 だが、暫くすると足早に、何段か飛ばして駆け下りてくる音が聞こえる。

 そして、次の瞬間には牢屋の前にアタランテが着地した。

 

「っは……! マスター……!」

「なんだ、外で戦闘でも起きてるのか?」

「……ああ」

 

 そんな大変な時に俺の所になんで来たんだ?

 

「……空想樹が汎人類史である私達を倒す為に例の種子を送り込んで来た……

 ……クリプターを失って浮き足立ったこの国の復興の為にも、この拠点の物資を破壊される訳には行かない」

 

 ……ああ、そうか。

 俺を裏切るなら、クリプターは倒している筈だから誰が襲撃しているのか分からなかったけど、そうなるか。

 

「なるほど……つまり、マスターである俺とパスを繋いで欲しいのか」

「……」

「良いよ」

 

「っ、ほ、本当か……?」

 

 まあ、主人公ならそうするし、種子が汎人類を狙うなら俺も危ない。

 カルデアのバックアップが無いからか令呪が一画も無いので、主導権すらないのが残念だけど。

 

「ほら、行くぞ――」

 

 手を翳して契約が成立する。

 ドレス姿だった彼女の霊基は肩から猪の毛皮を被った布面積の少ない戦闘衣装へと変化した。お腹の模様は……呪紋、なのか? エロい。

 

「……恩に着る」

 

 牢屋から出ると彼女に担がれ、地下を抜けた。

 これで脱出した事に――ならないだろうなぁ。

 

「アタランテ……!?」

 

「下がれラクシュミー!

 タウロボロス・スキア・セルセクラスィア!!」

 

 

 

 宝具の一撃で種子は吹き飛び、砕け散った。

 

「これで、一安心か」

「マスター! どう言うつもりだ!?」

 

 ラクシュミーは再び凄い剣幕で俺に掴みかかってきた。

 

「何故アタランテとパスを繋いでいる!」

「ラクシュミー、それは拠点を守る為に私が――」

 

「――知っている! だからこそ、私はこうしている!

 何故だ、何故こんな私達に魔力を……!」

 

 キツくて喋り辛いけど、俺は彼女に返さなければならない。

 

「助けを、求められたから……」

「っ――!?」

 

 一歩後退ったラクシュミーは俺を掴んでいた手を離した。

 

「……牢に戻ってもらう」

「ああ」

 

「ラクシュミー・バーイー、お前は他の者達と物資をここから離れた村へ運んでくれ」

「……分かっている」

 

 アタランテに連れられ、俺は再び地下へと戻った。

 

「……分かってくれ……クリプターとこの国の王を倒したお前達の存在は、その事実を知る者達にとって脅威だ」

「分かってる、大丈夫だよ」

 

「……後悔が無いと言えば嘘になる。だが、私は既に引き返すつもりは無い。

 引き返す道は、もう失われた……」

「俺は諦めないよ」

 

 アタランテの顔が強張って、悲哀の感情を顕にした。

 

「……そうか」

 

 アタランテはそう呟いて去って行った。

 

 

 

 その夜、ラクシュミー・バーイーは物資を運び込んだ村から少し離れた森の中で夜空を眺めていた。

 いや、グチャグチャとした思考の渦に囚われた彼女にとっては上を向いているだけ、だったのだろうが。

 

「……」

 

 後悔。自分を恨む事もしないマスターの顔を思い出した彼女は自身を酷く責めていた。

 

「……なんで」

 

 思い出されるのは、王との決戦を終えた後――彼女達は汎人類の戦力を殺さず、捕らえるつもりでいた。

 

 最初に狙ったのはマスターだ。彼を人質にしよう。そう思って彼を気絶させたのと、少し離れた場所にいたマシュが彼女達を庇う様に大盾を構えたのは同時だった。

 

 倒した筈の王の最後の足掻き。戦闘後で疲労していたとはいえ、マスターのバックアップさえあれば防ぐ事は難しくなかった宝具級の攻撃だった。

 

 しかし、もうマスターはラクシュミーによって意識を落とされていた。

 

 防ぎ切れず大地を砕いた攻撃は、マスター達を回収する為に近くに来ていたシャドウ・ボーダーごとマシュを飲み込んだ。

 

 地割れの中は底知れなかった。

 果たして、彼女らは生きているのか。監視を立てているが1週間が経っても結果は変化なし。

 

 そして、ラクシュミーもアタランテも、その事実はマスターに隠していた。

 

「っく……!」

 

 思い起こされるのはマシュの最後の顔。驚愕、それが別の色に歪んだ瞬間。

 

「私は……私は!」

 

 自分の悪運を、彼女は呪い続けた。

 

 

 

 目の前に置かれた果物の山を見て俺は呟いた。

 

「……何か、自然の恵みって感じの夕食だな」

 

「すまない。食料は最優先でこの拠点から運び出した。また種子に襲撃されては敵わんからな。

 ラクシュミーも、遠征先の村から離れた場所で休息している筈だ」

 

「だからこれか……ん、甘ぁ!

 ……けど、なんで牢屋の中に入ってんの?」

 

「もう私達しかいないからな。1人で食べるのも寂しいだろう」

 

 ワンチャン、食べたら酔っ払う特殊な果物とか食べてくれたら鍵が奪えそうだが……

 

(そう都合よくはないよなぁ)

 

 何事もなく全ての果物を平らげて、アタランテは牢屋を出た。

 

「朝になったらまた来る。

 大人しく寝ておけ」

「そうする」

 

 出て行くのを見てからベッドに倒れた。

 

「ふぅ……ヤンデレの方がマシ、なんて考えたのはいつぶりだろうか……」

 

 常に流れる気不味い空気。

 ラクシュミーの必死さを見れば、俺の知らない、だけど関わっている何かが起こった事は良く分かる。

 

「駄目だぁ……耐えられん……!」

 

 夢の中で眠るとかよく分からないけど、俺は体を預けて瞳を閉じる事にした。

 

 お願いだから、起きる頃には覚めてくれと願いながら。

 

 

 

「……あのぉ」

「どうかしたか、マスター?」

 

 牢屋の真横にいるアタランテ……ではなく、ラクシュミーに声を掛けた。

 

「何で此処に?」

「監視の為だ」

 

 彼女は昨日の様子からして俺を嫌っていると思っていたけど……

 

「アタランテはどうもお前との接し方が甘い。なので、私が監視する事にした」

「はぁ……」

 

「……もうこの拠点にはレジスタンスはいない」

「そっか……」

 

「このままこの異聞帯にいれば、いずれ私もアタランテも消滅するだろう。

 そうなればお前に食事を用意する者もいなくなり、いずれは餓死するだろう」

 

「やばいな」

「……」

 

「……黙られても困るんだけど」

 

 だけど、よくよく考えれば俺を捕まえ意味無いよな。

 拷問しても情報なんて無いし、魔力の供給役として生かしておくくらいか?

 

「だったら、何で俺を捕えるんだ? 大した情報なんて無いし、いっそ殺せば食事の用意も……」

 

「……そうか」

 

 ラクシュミーは静かに剣を構えた。

 

「楽にして欲しいのならいっそこの手で……!」

「冗談です。殺さないで下さい」

 

「……」

 

 土下座で許してもらおうと頭を下げながら、俺の人質としての無価値を悟った上で段々見えてくる事があった。

 

「……望まないなら殺しはしないさ」

 

 彼女達は異聞帯に現地召喚された。俺達カルデアよりも早く、深く文化に触れ、そこに住む人々の理不尽を知った。

 

「食事を取ってくる」

 

 ならばそれを打開するのが英霊。己の在り方に沿って行動し、理不尽に抗うのは当然だったのかもしれない。

 

「ふぅ……焦った」

 

 そして一度味方になったのなら、彼女達の立ち位置はソレだ。

 

 元の歴史を取り戻そうとするカルデア側でも、生きる人々に理不尽を与え続ける異聞帯の王とクリプター側でもない。

 

「果実があった。アタランテが取っておいてくれたのだろう」

 

 今を生きる人々のより良い未来を手に入れる為に戦う。

 

(……だけど、同時に彼女達だって汎人類史の復活を願っていたのかもしれない)

 

「……どうかしたか?」

「いや……何でもない」

 

 だとしたら、彼女達の為にも俺は早く脱出しなければならない。

 

 俺は、果実を口に含みながらそう決意した。

 

 だが――

 

(全ッ然、隙が無いんですけど……!)

 

 案外、魔術礼装で強化すれば脱出出来るんじゃないかと思ったが、ラクシュミーは食事の後は一切牢屋の前から離れなかった。

 

 実は先までの彼女達の心情の考察とか全部外れてるんじゃないかと思いながら、取り敢えず会話を試みる。

 

「今日は良い天気ですね」

「地下だから分からんだろう。まあ、良い天気ではあるが」

 

「種火周回させて下さい」

「何を言ってるんだお前は」

 

「俺は無実なんだぁ! 此処から出してくれぇ!」

「狂ったか? とどめを刺してやろうか?」

「あ、全然正常なので勘弁して下さい」

 

「全く……暇なのは分かるが大人しくしていろ」

 

 くそ……

 

「そう言えば、お前から没収している礼装が幾つかあったな。それで暇を潰せばいい」

 

 え? 礼装? いや、服ならあるんだけど……

 

「ん……可愛らしいな、クマのぬいぐるみか?」

 

「概念礼装!」

 

 そうだ、それなら物によっては脱出の糸口になるかもしれない!

 

「剣は危険だ。魔術の刻印された物も駄目……これは何だ?」

 

 そう言って彼女が見せたのは、愛の霊薬!

 よし、此処は上手く言いくるめて……!

 

「え、えっと……それはサーヴァントの現界を助ける魔法薬でして」

「目が泳いでいるぞ?」

 

 俺、嘘吐くの下手かよ……

 

「お前に飲ませて効果を確かめるか?」

「勘弁して下さい!」

 

 俺は正直に愛の霊薬の効果を説明した。

 

「サーヴァントすら恋に堕とす霊薬…………危険だな、これも渡す訳には行かんな」

 

「あの……先からきになってるんですけど、何で危険物とぬいぐるみ分けて置いてるんですか? まさか、持っていく気じゃ……」

 

「町の子供達にプレゼントするんだ、何か文句あるか?」

 

 俺にはぬいぐるみすら与えられないのか……

 

 結局、俺には何も渡されなかった。

 

「ラクシュミー・バーイー。交代の時間だ」

「分かった」

 

 アタランテがやって来て、ラクシュミーと入れ替わる様に見張りを始めた。

 

「今日は猪を狩ってきた。楽しみにしておけ」

 

 

 

「……霊薬」

 

 ラクシュミーは地下で懐に仕舞い込んだ霊薬を見つめた。

 これを飲めば異聞帯の、共に未来を掴んだ彼らの事など忘れて、人類最後のマスターに力を貸す事が出来る――

 

「……っ! だ、駄目に決まっているだろ!」

 

 この場で破棄すべきだと、彼女は振り被ったが――その手は動かない。

 

「……っく!」

 

 クリプターを倒すまでの道中、彼女は頭の何処かでずっとこう考えていた。

 

(例え私達が立ち塞がっても、汎人類史の彼らは空想樹を切除するだろう)

 

 だからこそ、心置きなく敵対できる。

 

 だからこそ、戦いで傷付き消耗した彼らを捕らえて、万全に回復した後に戦おう。

 

「……マシュ達がいない今、あの空想樹は伐採される事はないだろう……マスターに私達が力を貸せば、あるいは……」

 

(お前じゃ無理だ。

 出来もしない事はやめておけ。

 仲間達への裏切りだ。

 もう少しマシュ達を待てばいい)

 

 自己評価の低さが彼女を思い留ませる。

 

 彼女は、その場に倒れた。

 

「私、は――」

 

 

 

「……? ラクシュミー・バーイー、まだ交代には早い筈だが……」

「すまない。私も、魔力が不安だ。食事を共にしても良いだろうか?」

 

「構わないぞ」

 

 アタランテが食事の準備をしている内に逃げ出そうと準備を始めると、間が悪い事にラクシュミーが帰ってきた。

 

(折角のチャンスなのに……)

 

 牢屋の中で火を起こして調理している2人を見つめるしかなかった。ガンド一発じゃ、2人の足は止められない。

 

「さて、出来たぞ。猪肉と野菜のスープだ」

 

 ラクシュミーが器に注ぎ、俺に手渡した。

 暖かさの感じられるスープに胃袋が我慢出来ず、俺は口を付けた。

 

「美味い!」

「それは良かった……さあ、我らも頂こう」

 

「……ああ」

 

 彼女達も器を手に取った。

 

「ラクシュミー・バーイー」

「っ……な、んだ?」

 

 アタランテが急に呼びかけた。

 しかし、彼女は直ぐに視線を戻した。

 

「……いや、何でもない」

 

 そう言って、彼女達は同時にスープを飲んだ。

 

 そして――器が地面に落ちるのも、同時だった。

 

 それに不穏を感じて思わず立ち上がり身構えるが、もう遅かっただろう

 

「……マスター……」

 

 ラクシュミーがこちらを見た。

 

「……パスを繋いだら、牢を開けて……やる」

「え……?」

 

 赤く染まった頬、瞳の奥の妖しい光。

 それが霊薬の効果だと気付くのに、タイシタ時間は掛からなかった。

 

「開けて欲しいか?」

「……も、勿論」

 

「なら、パスを繋いでくれ。私を、正式にお前のサーヴァントにしろ……!」

 

 急かす様に口調が強くなる彼女を見て、此処は従っておこうと俺は詠唱した。

 

「……繋がった。これで、私はお前のサーヴァントだ」

 

 そう言って彼女は牢屋の鍵を開けた。

 

「だから、お前を、お前だけを守る」

 

 だが、彼女の足は俺より早く前に踏み込み、ベッドに押し倒した。

 

「空想樹を切っても、その先は無い」

 

「もう続きは無いんだ。シャドウボーダーはもうない。マシュはもういない。

 あの時、地割れに飲まれて全て無くなった。旅は終わったんだ」

 

 そう言って強く抱きしめられた。慰める様に、左肩で顔を隠す様に。

 

「……私のせいだ。

 あの時、私がお前を気絶させていなければ……」

 

「そん――んっ!?」

 

 慰めの言葉は、いつの間に俺の前に立っていたアタランテの指に塞がれた。

 

「駄目だマスター。今のお前の言葉は私達を許してしまう。それに、もう良いんだ」

 

 アタランテは口を塞いだまま、ラクシュミーの上から俺を抱きしめた、右肩に顔を置いた。

 

「守るから。何があってもお前を守るから、ここにいよう」

 

 アタランテの指の味が、先まで飲んでいたスープと同じだと気付く頃には俺は、思考は、彼女達に染められていた。

 

「ここにいよう」

「一緒にいよう」

 

 サーヴァントと人間の差なのか、同じ薬なのに段々と彼女達よりも深い奈落に堕ちているのが分かった。

 

 最早、俺に頷く以外の意識は、残されてなかった。

 

 

 

 数日が経った。

 夢とかヤンデレ・シャトーだとか、そんな事も忘れて俺は過ごし続けていた。

 

「マスター、食べるか?」

「……あん。

 ん……ううん、持って帰ってデザートにしよう」

 

 少量しか飲んでいないせいか、ずっと発情し続ける様な熱はないが、それが無くても彼女の言葉に反射的に反応してしまう程に刷り込まれてしまった。

 

「マスター、山道で疲れていないか?」

 

 彼女達も同様の筈だが、サーヴァントだからか俺の様にされるがままにはなっておらず、主導権は常にあちらにある。

 

 それでも、手を出してはこないのは俺に負い目があるからか。

 

「……疲れてない」

「ふむ、そうか。ならば余り私に寄りかからなくてもいいな?」

 

 まただ。

 体は俺の答えより先に動いてしまう。

 

「最近は種子の出現も減ったな。森の動物達が逃げなくなったのは良い事だ」

 

 そう。だから彼女達は俺の世話だけをしている。それも、戦いが終わったのだと錯覚する程に豊かな様子で。

 

 ラクシュミーは言った。

 

 本当は霊薬の効果で俺のサーヴァントとなって空想樹を切りたかったと。

 

 アタランテも同様だった。

 

 だから、その後押しの為に霊薬を自分達の食器に盛って飲んだ。

 

 だが、予想外な事に半分に分けてスープで薄まった事で霊薬の効果は弱まり、彼女達は盲目に動く愛の奴隷ではなく、俺の先を見据える世話焼きになった。

 

 例え空想樹を斬れてもシャドウ・ボーダーがなければ脱出できない。

 ノウム・カルデアには戻れない。

 なら、此処で生きよう。休息しよう。

 

 シャドウ・ボーダーもマシュも崖の下に無かったそうだ。

 きっと皆は咄嗟に虚数空間に潜って落下を防いだ筈だ。なら、ここに来るまで待てばいい。

 

 続けて彼女達はこうも言った。

 

『その時が来れば、私達も必ずこの世界を滅ぼそう。

 お前だけに、その罪は背負わせない』

 

 嬉しくは、無かった。

 

 ラクシュミーもアタランテも自分達が助けようとした民を、子供達を忘れてしまったのか。

 

(要らない。要らないんだ、そんな愛)

 

 大事なモノを払ってまで添い遂げなきゃいけない愛なんて無いんだ。

 

 霊薬に侵された口でそう言ったが、彼女達は何でもない様に返してきた。

 

 

『大事なのは、お前だけだ』

『お前の為なら、何だって差し出してやる』

 

 

 後悔と無念に満ちた彼女達の愛は、その手で救った世界と俺を天秤に乗せてなお、俺を選ぶほど歪だった。

 




今回は最初の勢いと書いている時の辛さが後押しした故の速度だと思ってます。
次書く時は2人をもっと幸せに書きたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・クリスマス 2019

大遅刻。

どころかあと2時間足らずで来年です。恐らく殆どの方が2020年で読んでいると思います。お待たせしてしまって申し訳ないです。



 

 今日は12月24日。一般的な家庭の一人息子である俺は当然、家族で過ごす物だと思っていた……いたのだが。

 

「はい、これお小遣い」

「10時前に帰ってくるなよ」

 

 両親に家を追い出されてしまった。

 隣にいる、後輩のせいで。

 

「優しいお母さんとお父さんですね!」

「何処がだ? たった今息子をこの寒い時期に叩き出したんだぞ?」

 

 ニコニコしながらこちらを見ているのは衛波白嗣……ヤンデレ後輩である。

 

「私とのお付き合いも了承してくれましたし!」

「厳しくあって欲しかった……」

 

 渡されたのは3万円と箱だ。箱の中は用途不明のゴムが入っている事だろう。一体ナニに使うんだろうか。

 

「さあ、先ずはお昼です! その後は――」

 

 結局、普段と何ら変わりの無いデートでいつもの町を巡る事となった。

 

 よく食べるエナミに振り回されつつ映画を楽しんでクリスマス・イブを過ごした。

 

 

 

「起きて下さい、マスター」

「んぁ……ん?」

 

 誰かにペチペチと頬を叩かれ起こされた。

 目を開くと、そこにはサンタ服を身に纏ったアーチャークラスのナイチンゲールがそこにいた。

 

「失礼」

「うおぉ!?」

 

 肩に担がれた。俺が倒れていた場所は雪原らしく、彼女は腕で服に付いた雪を払ってくれた。

 

「風邪をひかれては困りますので」

「ああ……ありがとう」

「いえ。それよりもここを移動しましょう」

 

 そのまま片手で傘を掲げて、数度の跳躍で空中を浮いた。

 

「マスター。簡潔に申し上げますと、今ここは戦場となっています」

「そう言えば、だだっ広い雪原だけど此処は?」

 

「サンタ島です。但し……今年のサンタである私の影響か、アーチャーのサーヴァント達が集まっています」

「え、もしかしてまだサンタバトルロワイヤルを?」

 

「いえ……彼女達は別にサンタになる事を望んでいる訳ではありません」

「え」

 

 じゃあ俺だ。

 

「ええ、マスターが狙いです」

「って、なら浮いているのは不味くない?」

「危険ではありますが、これはこれで安全の筈です。私に撃てばマスター共々落下しますので、マスターの無事を願うサーヴァントならば下手に発泡しては来ないでしょう」

 

 いや、ヤンデレにそんな一般的な理論は多分通用しないと思う。

 

『――ッ』

 

 ――俺の髪が数本、小さな金属の塊に拐われた。

 

「ほら撃った!」

「っち……しっかり掴まっていて下さい!」

 

 らしくない舌打ちした事に俺がツッコむ前に彼女は傘を閉じて落下を開始したが、更に数発放たれる。

 

「っ!」

 

 閉じた傘を横に広げて盾にしたが、1発の弾丸がナイチンゲールの肩を掠って血が飛び散った。

 

「っく……!」

 

 着陸まで僅かなせいかそれ以上の攻撃は来なかったが、結局正体も方向も割り出せずに再び雪原へと降り立った。

 

「ロッジまであと少しだったのですが……」

「回復するよ!」

 

 礼装の魔術で彼女の傷を癒やした。

 

「感謝します」

「それで、ロッジまで逃げるの?」

 

「ええ。サンタである私の家はどんな宝具でも傷付ける事は不可能な筈です」

「分かった」

 

 安全地帯を目指して俺達は歩き出した。

 

 しかし、夜の雪原の後に超えなければ行けないのは木々の生い茂る暗い森だった。

 

「ロッジは中央部です。急ぎましょう」

「ああ」

 

 間違いなくアーチャーを相手に入っていい場所ではないが……背に腹は変えられないか。

 

 そう覚悟して森に入る――と同時に、矢が放たれた。

 

「これは――あぶな!?」

「っ、駆けましょう!」

 

 ナイチンゲールが俺の前を走り出す。

 

「――っな!?」

 

 しかし、彼女の右足は雪の下から飛び出した鎖に絡み取られた。

 彼女は慌てて自分の銃で鎖を撃ち抜こうとするが、それより早く右方向へと体を引っ張られる。

 

「マスター!」

「ナイチ――」

 

 木々へ奥へと消えゆく彼女。

 代わりに俺の目の前には数本の矢が行く手を遮る様に落ちてきた。

 

 矢の形は特徴的で、傷付けるのが目的では無いソレを放ったサーヴァントも姿を見る前に想像が付いた。

 

 ナイチンゲールが消えたのとは逆方向から、小さなアーチャーが現れた。

 

「……ふふふ。女神の私を迎えに行かせるなんて、いけないマスターね」

 

 意地悪な笑みでこちらに微笑んだのは女神エウリュアレだった。

 

 

 

「それで……これから何処に?」

「決まってるでしょ? 私達の島よ」

 

 珍しく魅了されずに、俺は彼女を肩車して歩いていた。

 

「形の無い島……」

「安心なさい。このサンタ島から出て特別な海流に乗らないと辿り着けないから他の邪魔者に襲われる事も無くなるわ」

 

 おおう、地味にタイムリーな……

 

「だから、急ぎましょう」

 

 頭の上から聞こえてくる声は心地よく、気を許してしまえば言う事を聞いてしまう。

 

「……でも、この状態って危なくない? アーチャーに狙われたら」

「そうね。だからマスター、私を守ってね?」

 

 いや……そんな事を言われても――

 

「――例え即死でも、貴方を魅了して一生他の女に目移り出来ない位深い傷を負わせる事なら、出来るかしら?」

「りょ、了解! だからもう物騒な事は言うなよ!」

 

 なるべく木を背にしつつ、俺は彼女の指差す場所を目指した。

 

「もうすぐよ。もうすぐで森を抜けるわ」

「それ言っちゃうと攻撃されるんでやめて下さい」

 

 エウリュアレの立てたフラグは直ぐにサンタのナイチンゲールが立ちはだかる事で回収された。

 

「エウリュアレ、マスターは返して頂きます」

「あら、何故かしら? クリスマスは貴女がプレゼントを貰う日では無いでしょう?」

 

「勘違いしてもらっては困ります。マスターは私をサンタへと導いてくれた案内人です。そんな彼をプレゼント扱い等、私はしません」

 

「あっそう……興味ないわ、ね!」

 

 即座に弓を放つ彼女。それと同時にスッと俺の上から飛び降りて盾にする様に横に立った。

 

「いっつもそう! 私は愛される女神なのに! マスターの相手はイロモノや新参共ばかり!」

 

 エウリュアレは更に弓を放つ。ナイチンゲールは躱すばかりで一向に攻撃してこない。否、されたら俺が蜂の巣になる。

 

「別にそれでも構わないわ! 私が一番ならね!」

 

 本来戦闘向きでは無いはずのエウリュアレだが、ナイチンゲールの服を掠る程に精度を上げている。

 

「どうやら……マスターを独占しようとするその強欲さ、クリスマスに相応しくない病気とみました! 治療いたします!」

 

「あら、他人の恋は病扱いなのかしら?」

 

「ええ。用量も守れないのであればそれは害ある物です。切除します」

 

 医者の不養生とはまさにこの事か。彼女は俺に向けて弾丸代わりのアンプルを撃ち込んだ。

 

「う、っぐぅ……!」

「マスター!?」

 

 撃たれた痛みで思わず左肩を抑えたが、俺は意識を手放してその場に倒れた。

 

 

 

「睡眠薬です。マスターを壁扱いされては処置が難しいので」

「っく!」

 

 倒れ伏したマスターはもはやエウリュアレとナイチンゲールの間を妨げる事は無かった。

 

「非戦闘員である貴女では、島の加護を受けている私には及びません。マスターを人質に私を仕留められない以上、大人しく手を引いて下さい」

 

「バーサーカーの時とは違って寛大なのね?

 私は病人ではなかったのかしら?」

「私が優先すべきはマスターです。薬は対人間用に薄めはしましたが副作用の心配があります。こんな寒い場所で寝ているのも不安です」

 

「だったら、私の島に運んだら、どうかしら!」

 

 マスターを掴もうとするナイチンゲールから離れる様にエウリュアレはその細腕で首元を引っ張った。

 

「マスターを唆す病人には、それ相応に痛みの伴う治療でお答えしましょう」

 

「痛くするの? 嫌よ」

 

 微笑みながら指を鳴らした彼女とナイチンゲールの前に、突然大鎌が現れた。

 

「――お覚悟を」

「メドゥーサ……! ランサーの方ですか!」

 

「クリスマスでしょう? ステンノは島で待っているけれど、家族で過ごす日だから妹2人も呼んだのよ」

「エウリュアレ姉様の邪魔はさせません」

 

 先程のライダーのメドゥーサとの戦いで消耗したナイチンゲールにとって、最悪の間合いでの登場。

 

「治療の邪魔です!」

 

 だが、乱暴に傘を振るう事で鎌の範囲から離れる事に成功する。

 しかし、それは救出すべきマスターから遠のく行為でもあった。

 

「全く……女神に肩を貸させるだなんて……光栄に思いなさい?」

 

 舟にさえ乗れば島内のサーヴァントの妨害はサンタ島の外には届かないのでマスターの所有者は――元々自分だと思っているが――彼女になる。

 

「そう……このまま行けばね?」

「っあぐ!?」

 

 ――背後から声が聞こえてくるより早く、エウリュアレの足は撃ち抜かれ、マスターを担ぐ事もままならず、雪に落ちた。

 

「っく……銃だなんて、野蛮なサーヴァントね? どちら様かしら?」

「ふふふ、恋敵に名前を教えると呪われるってイシュタリンが言ってたから教えてあげない!」

 

 そんな楽しげな声と共に軽く引かれた引き金は、エウリュアレを容赦なく貫いた。

 

 

 

「……! 此処は……」

「あっ! 気が付いたね、マスター!」

 

 目覚めて早々に楽しげな声が聞こえてきた。

 

 ナイチンゲールとエウリュアレの戦闘中に気を失った俺は……何か、見慣れない乗り物の中にいた。

 

「これは、宇宙船!?」

「ピンポーン! 正解! ちょっと旧式だけど、ワープ機能で別宇宙に行けちゃう代物だよ!」

 

 楽しそうに説明したのは頬に星の付いた金髪のサーヴァント、カラミティ・ジェーンだ。

 

「別宇宙って……まさか!?」

「またまた正解! マスターを私の故郷の宇宙に連れ去っちゃいまーす!」

 

 その言葉に慌てて巻かれていたシートベルトを外そうとするが、金具を押しても反応が無い。

 

「ワープ中に何かあったら大変だからね。そのベルトは宇宙船のロックと連動してるんだ」

「っく、本気かジェーン!?」

 

「……いっがいだなぁ……マスター、そんなに私の故郷が嫌?」

「嫌っていうか……そもそも、まだ人理は救われてない! 俺達の戦いは終わってない!」

 

「そーだねー……うーん……じゃあ、逃げよっか?」

 

「……逃げる?」

 

「そだよ。全部忘れて、私と一緒に暮らすの!

 あ、大丈夫大丈夫! きっと絶滅した筈のマスターである君がいればこの星以上の冒険が私達を迎えに来るから、飽きたりなんかしないよ?」

 

「異聞帯は? 空想樹は? 全部放ったらかして良いっていうのか?」

 

「……君にとっては、大事なんだろうね」

 

 ジェーンは溜め息を吐いて続けた。

 

「でもね。私は別宇宙のサーヴァント。君とは縁が出来たから力を貸してるに過ぎないんだよ? つまり、他にこの世界の肩を持つ理由なんてないの」

 

 ジェーンは操縦席で操作を始めた。宇宙船が徐々に稼働を始める。

 

「それ位、君が大事なんだ。だから、私の星に連れて行くの」

「それは駄目だ」

 

「…………」

 

 彼女は黙ると、銃を取り出してこちらに向けた。当然、俺に逃げ場は無い。

 

「そっかぁ……しょうがないなぁ」

 

 もう、それ以上の興味は無いと言わんばかりに、無表情のまま引き金を――引いた。

 

「――ッ!!」

 

 死を覚悟して目を閉じた……

 

 ……だが、痛みは一切来なかった。

 

「――なーんて、冗談だよ!」

「……え」

 

 拳銃からは一輪の造花が飛び出していた。

 

「そんな、世界の命運をほっぽり出してマスターを優先しちゃったらマスターがストレスで死んじゃうでしょ?

 安心して! この特異点(夢)が消えるまでの間拉致っちゃうだけだから」

 

 そう言ってウィンクすると同時に浮き始めた。

 

「さぁ、行っちゃうよ! 1・2・3――」

 

 

 

 

「――あ、先輩起きましたか?」

「…………エナミ?」

 

 目を擦って目の前の後輩を見た。

 アレ? ……夢だったか。

 

「起きたばかりの先輩もかっこ良いですねぇ……」

「そう言えば……ここは何処だ?」

 

「あー、先輩覚えて無いんですね? 先輩、映画館を出た後に寝ちゃったんですよ?」

「……!?」

 

 両足がベッドに縛られてる!?

 

「私が映画の間に入れた睡眠薬でぐっすり。その後タクシーでこのホテルまで連れてきたんです」

「ホテルって……まさか!」

 

「はい。そう言うホテルです」

 

 俺は……まだ夢の中にいるのか?

 

「ああ、ちゃんと現実ですよ?」

「エナミ……これは立派な犯罪だぞ?」

 

「これはそう言うプレイだと説明していますので問題ありません」

「あるわ! 誘拐! 強姦!」

 

「クリスマスもいつも通り……手も出さずに私から逃げ帰るつもりですよね?」

 

 当然だ。

 こいつに手を出せば、俺の首には既成事実と言うなの鎖で繋がれた社会的地位の首輪が嵌められてしまう。

 

 そうなれば俺の人生はエナミに支配される事になる。

 

「私、先輩が私を受け入れてくれるなら……別に…………他の女との交流を認め……ます、よ?」

 

 随分と合間合間に間があったけど?

 

「すいません嘘吐きました。認めた上で殺します」

「それは受け入れ切れてないだろ!」

 

「だけど、私が先輩の彼女になる基準に達していないですよね?

 先輩と同じ時間を歩みました。同じ物を食べて好物にして、同じ趣味を楽しんで来ました。だけどまだ足りない。

 先輩はまだ私に隠している事があるんですよね? 例えば、どんなタイプの女性が好きですか? そう言えば、3年の女とひと悶着あったとか? もしかして胸の大きな女性が好きなんですか? 母性等をお求めですか? ……まあ、関係ないんですけどね?」

 

 そう言ってエナミはベッドの上の俺の体にのしかかった。目はギラギラしているが同時に恐ろしい程に濁ってもいる。

 

「今日、私が先輩の初めてのオンナになります。童貞の先輩が最初に肌を重ねるのが私です。子供も今日出来たら良いですね?

 きっと、先輩の人生で一番、思い出に残るクリスマスになると思います。今までの、過去の経験で積み上げて来た理想の女性像、私が全部……全部全部全部、壊して……形も残らない程に再構築してしまいましょう」

 

 睡眠薬と一緒に何か盛られたのか、次第に体が不自然な程に激しく動悸する。

 

 両腕は自由なのに上手く抵抗出来ない。

 

「エナミ……! やめろ……!」

 

「……嫌です。拒絶されるのも、これで終わりです!」

 

 

 

 

 

 ――彼女の頭を、扇子が叩いた。

 

 

 

「…………」

 

 そして、エナミはばたりと俺の体の上に倒れた。

 

「成敗です!」

 

 その扇子は、水色の着物の女の手にあった。

 

 何処から現れたのか分からない、バーサーカーのサーヴァント、清姫の手に。

 

「……マスター、最近会っていませんでしたが、これどういう事でしょうか? 貴方は私の旦那様。他の女性に襲われるだなんて、言語道断です」

 

 もっとしっかりして下さいと言いながら、俺の足を縛っていた縄を切った。

 

「本当なら、そのお辛そうな体を私がお鎮めしたいのですがそれは叶いません。ですので、風呂場で冷ました後に直ぐに此処を離れて下さい」

 

 清姫はキャスターのサーヴァントが細工をしたので、ラブホにいた記録はなくなり、俺達が此処から離れるまで周囲から見えなくなっていると説明した。

 

「ありがとう……でも、なんでここ迄……?」

 

「エドモンさんが言うには、使われた薬が監獄塔の物だから……だそうです」

 

 つまり、もしそれがなければ本当に俺は終わりだったって事か……

 そう思うとゾッとする。

 

「さぁ、癪ですがおぶって連れて行って下さい」

「ああ……本当に、ありがとう」

 

「……来年は覚悟、してくださいまし」

 

 最後に見えた清姫の笑顔に思わず笑みが強張ったが、俺は背を向けてその場をあとにした。

 

 

 

 …………先輩? あれ……此処は?

 

 映画館の近くの公園? 寝てたんですか、私が?

 

 え、夢? 

 

 もうちょっとで先輩とヤラしい事をする夢を……って、引いてますね!? 引かないで下さいよ!

 

 良いじゃないですか私の願望なんですから!

 

 頭? そう言えばジンジンする様な……

 

 え、帰るんですか!? 早くないですか!?

 

 ……11時……私、そんな寝てたんですか?

 恥ずかしい……私の寝顔、壁紙にしてニヤニヤする気ですね!

 

 一枚も撮ってないって、それはそれで傷付きます!

 

 ……はぁい、帰ります……

 

 …………ねぇ先輩、私……先輩の側にいていいんですか?

 

 ……卒業までは許す……? 後は勝手にしろって…………

 

 ………

 

「先輩って、ヤンデレ好きですよね?」

 

「いや、嫌いだけど」

 

「そうですか……じゃあ、きっと私の事が大好きなんですね!」

「それはない」

 

「えー、好きって言って下さいよクリスマスくらい」

「クリスマスで好きって言ったらそれこそ本命だろうが」

 

 …………先輩、ありがとうございます。

 




2020年もヤンデレ・シャトーをよろしく願いします。

最早ネタ切れ感が否めないので更新速度はもっと落とそうかと思ってます。

ですが、これからもFGOの魅力を歪な形でお届け出来たらなと思います。
それでは皆様、良いお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレすごろく

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。(今更)




 

「はぁ……また此処? 寝よう」

「構わん。全員が集まるまでもう少し時間が掛かるからな」

 

「……? 全員?」

 

 床で寝ながらも疑問を口にしたのは、ヤンデレ・シャトーのベッド品質調査員である陽日。

 正月も家でゴロゴロ寝ている所を何時もの様にヤンデレ・シャトーで過ごしていた。

 

「もしかして…………名前忘れた」

「……そいつらで間違えないだろう」

 

 呆れすらしなくなったエドモンは彼の代わりにこの後来るであろう3人のマスター達を思い出した。

 

「……来たぞ」

 

「今年もモーさんとの甘々な日々をよろしくお願いします、あけましておめでとうございます!」

 

 夢の中に来るタイミングなんて分かる筈が無いのに、出現と同時に見事のお辞儀と敬礼をエドモンに見せた。

 

「……」

「……あ、陽日、くん?」

 

 呆れた顔で一目した後に陽日は再び眠ろうと目を瞑ったが、今度は同時に2人が現れた。

 

「よっ! って、年明けにまたお前らか」

「サザエさん時空……っう、頭が……」

 

 タイマンでサーヴァントを薙ぎ倒す規格外マスターである玲と、メタい事言いながら現れた主人公(切大)の2人。

 

 漸く集まった4人の顔を見て、エドモンは言った。

 

「揃ったな。では、今からスゴロクを開始する」

 

 

 

「デカいな」

 

 俺達の目の前には大きなスゴロク……ではなく、障子が広がっていた。どうやら、マスはその先にあるようだ。

 

「今回は2組に別れてのチーム戦とする。サイコロを投げる役と進む役を1人ずつ、そしてそれはスゴロクの中間地点で入れ替わる」

 

「パッと見ヤンデレ要素がない気がしますけど……そんな事ないですよね?」

 

「当然だ。全てのマスに何らかの事象が発生すると思え」

 

「眠い……不参加じゃ駄目?」

「駄目だ。今回ばかりは無理矢理起きてもらう」

 

「まあ、勝負ってんなら楽しむぜ! チームはどうする?」

 

 態々投げる役と駒で分けたって事は何か理由がある筈だ。

 

 全員癖が強いけど、此処は扱い易い山本と組むべきか。

 

「チームはこちらで決めさせて貰った。

 切大と陽日、山本と玲。このチームで行ってもらう」

 

「……眠いのに寝れない」

「ゲームが終わるまでそのままだ。早めに終われる様に賽に祈るんだな」

 

 まるで俺の思考を読まれた様に用意されて多少は不満ではあるが、陽日の横に向かう。

 

(そう言えば、普段はこいつが寝ていて会話した事も少なかったな)

 

「よろしく」

「……よろしく」

 

 起きてはいるが、明らかに機嫌が悪い。こんな状態で大丈夫だろうか?

 

「最初に進む駒役はこの2人だ」

 

 そう言ってエドモンが指を鳴らすと、この場からエドモンを含めた3人が消えた。

 

「って事は俺と山本が駒役か」

「そうなるのかな? ……駒役ってなんか嫌だなぁ」

 

 それに関しては同意だ。まるで進む以外に選択肢が無いような……

 

「では、出目の大きい方から始める」

 

 投げる2人は離れた場所にいるようで、俺達は目視出来ない。

 

『よっし!』

『……』

 

 出目は俺達の空中に現れた。

 玲が6、陽日が4。

 

「ではーー開始せよ」

 

『よっしゃ、また6だ!』

 

 規格外マスターは運もサーヴァント級、と言う事だろう。

 

「じゃあ……進みます」

 

 山本は若干不安そうな足取りで襖の前に立って、開いた。

 その奥をちらりとみると、畳と襖だけ小さな部屋が見えた。

 やはり、1マス一部屋か。

 

『さっさと終わせよう……』

 

 3。

 俺が襖を開けて部屋に入ると数字は2に変わった。左右には壁。正面の襖を開けて進んでいく。

 

『……えーっと……』

「これは……!」

 

 やはりと言うべきか。

 最後に止まった部屋の襖には紙が貼って合った。

 

「2マス進む、もしくは4マス進む……」

『4マス進もう』

「待て待て待て! 条件付きだろ!」

 

 4マス進む為の条件。それは……清姫追加と書かれていた。

 

(お馴染みのヤンデレェ……!)

 

『じゃあ4マスで』

「待て待て! 頼むから2マス!」

 

『早く寝たいの』

 

 無慈悲。俺が通った筈の後ろの襖が開くと、着物が床に擦る音が聞こえてきた。

 

「マスター……新年、あけましておめでとうございます。今年も私を愛して下さいまし」

「……こちらこそ、あけましておめでとうございます」

 

 最後の言葉に関しては態と無視しておこう。

 しかし、彼女の顔がニコリと笑うのをみて、確信した。

 

 覚えている。怒っている。

 クリスマスの事を。

 

「今日は……すごろく、でしょうか? ええ、ご友人と遊びに興じるのは大変良い事です。ですので……遊び、ですから……」

 

 こちらに近付いた清姫は両腕を首に回すと、体を横にしつつ跳んだ。

 

(やばっ……!)

 

 このまま彼女が床に落下すれば首に負荷が掛かる。反射的に彼女の体を両腕で抱え上げた。

 

「ふふふ、このまま私を抱いて行きましょう」

 

 重くはない。重くはないけど……蛇に下から睨まれながら首を晒している様で冷や汗が流れた。

 抱いている筈だが、明らかに捕食される手前だ。

 

「さあ、どうぞ?」

 

 清姫の言葉と共に前の襖が開いた。

 

『何が起きてるか見えないんだけど早くしてくれない?』

 

 陽日は不機嫌そうに指示してくる。

 不安しかないスゴロクは続く。

 

『2。

 今度は一回休みか休まないか……当然、休まない』

 

「おい……今度は紅閻魔って……!」

 

 清姫を抱いたままの俺に、割烹着姿のサーヴァントが現れた。

 

「あ、紅閻魔先生!」

「清姫、胴体を真っ二つに斬られたくなければ今すぐマスターから降りるでち」

 

 真剣を抜いて睨むかつての先生に、流石の清姫も慌てている。

 

「……よろちいでち」

 

 俺から離れるのを見て、ゆっくり刀を鞘に納めた。そして代わりに小さな包を両手でもって俺に差し出した。

 

「塩むすびでち。清姫は重くて大変でちたでしょう。休みはないでちが、しっかり補給するでち」

 

 礼を言って受け取る。中には沢庵の添えられたおにぎりが3つ。

 清姫は「これが、良妻……!」と戦慄している。

 

『次、4だよ』

 

 空気の読めない指示……いや、こちらの事情は把握出来ないんだったか……しょうがない。

 

「行こう」

「あ、歩きながら食べるのは行儀が悪いでち!」

 

 チュンチュンと、雀に変化した紅閻魔に何度か啄まれる。

 

「痛、痛い! わ、分かった分かった!」

 

紅閻魔ちゃんに啄まれ、睡眠に急ぐ陽日に急かされながらも俺のスゴロクは続くのだった。

 

 

 

「……おい、大丈夫か?」

『大丈夫じゃないに決まってるじゃんか!』

 

 目の前の光景に流石の俺でも同情を禁じ得なかった。

 

「そりゃあ、そんだけ怪我して――」

『――幸せで死にそうだよ!』

 

 山本の奴は、モードレッドってサーヴァントに凄まじい執着が有るのは知っていたつもりだったが……ここまでか。

 

 俺には奴の情報は流れてこない……が、先まで息切れをしていたので気になって聞いてみた。

 

 一投目で1回休みを免除する代わりにモードレッドを引き当て大喜びして、ニ投目で更に進む為にサーヴァントを追加……したのだが、モードレッドを引かずにガレスってランサーが来ちまった様だ。

 

 俺には一切聞こえていないが……

 

『マスター、ガレスなんて要らないだろ? オレがマスターの騎士なんだから……』

『モードレッド! 主に近付き過ぎですよ! 離れて下さい!』

 

『うっせぇ! 後から呼ばれた癖に、オレとマスターの距離に文句付けんのかぁ!?』

 

『後とか先とか関係無いです!』

 

 なんて喧嘩を、剣と槍で撃ち合いながらやったらしい。

 

 しかも――

 

『テメェ! マスターに傷を負わせやがったなぁ!』

『モードレッドが所構わず私の攻撃を弾くから……! あ、また! しかも今の傷の上に』

『っは! オレの傷ならマスターだって喜ぶさ!』

 

『兎に角、申し訳ありませんマスター! 傷の手当を――マスター?』

『いい!』

 

『え、いや、手当をしないと血が』

『大丈夫! このままで大丈夫だから!』

 

『言ったろ。マスターはオレの傷なら――』

『――ああ、マスター! なんて素晴らしい主でしょうか! 無礼な騎士で大変申し訳ありません! そんな私の失態も体に刻み込んで、記録して下さるんですね!』

 

『え……?』

 

『ですが、お体に何か起こってしまうと大変です! 嫌がるのでしたら、少々手荒くさせて頂きます!』

 

 ……なんでもナイチンゲール顔負けの強引さだったらしい。

 

『あと10マス……ふふふ、一体僕は後何回幸福に殺されてしまうのか……』

 

「……5だ。進めるか?」

『ああ。ガレス義姉ちゃんの治療も終わったからね……あ、モードレッドがおぶってくれるの? え、ガレス義姉ちゃんも? じゃあモードレッドに……あ』

 

 それから暫く山本の声が聞こえなくなった。

 

「大丈夫か……あいつ」

 

 連絡が来るのを待っていると、目の前にエドモンからメッセージが来た。

 

「あいつら、早かったな。もう終わったのか」

 

 どうやら前半戦は奴らの勝ちって事で俺達も一旦真ん中に集合らしい。

 

 

 

「うわぁ!? なんだそりゃ!?」

「わー……大惨事ですね」

 

 転送させられて早々に玲と山本にそういわれた。

 だが、山本は人の事言えなくないか? 服の袖をあちこち切り裂かれている上に両手をモードレッド、両足をガレスに持ち上げられているし。

 

「いい加減離せよ!」

「そっちこそ!」

 

 まだ言い合ってる……

 

「おい、どう見てもお前が一番重症だぞ?」

「確かに……」

 

 玲に同意しつつ自分を改め見直す。

 

 左肩には雀と化した紅閻魔、右手を握って離さない清姫、腰に幸せそうに抱き付いている水着清姫。

 

 そんな彼女らが一同に会した結果、着ている礼装は炎が掠って黒くなっている部分が所々あったり、誤魔化しの嘘で危うく舌を斬られそうになり首に切り傷、腕には鳥の嘴の跡や蛇の歯型等が残っている。

 

「マスター? まだ私とのお話が終わっていません」

「……私を置いて行かないで下さい」

「チュンチュン。羽根は暖かいでちよ?」

 

 駄目だ。このままだと怪我が増える。

 

「エドモン、俺この状態で続けるのか?」

「当然だ。何だ、そんなに煩わしいのか?」

 

「「「……」」」

 

 エドモンの問に静まり返る3人のサーヴァント。無言の視線はまるで鋭利な刃物を突き付けられている様だ。

 

「いや……狭くない?」

「安心しろ。サイコロを投げる空間は広い」

 

 嘘を見抜く彼女達に悟られない程度には正直に話した。先端は依然として向けられたままだが、多少は離れた気がする。

 

「マスター、私は遊戯の邪魔は致しませんわ」

「勿論、私もです」

「当然でち。お側で眺めさせて頂きまちゅ」

 

 そして山本は喜んだ。あいつ、ガレスも新たに守備範囲にいれたのか?

 

「何でも良いから早くして。眠いんだから……」

「眠気は失くしている筈だが……」

 

 陽日の睡眠欲求は体に刻み込まれている様だ。最早人間にカテゴライズ出来ないだろ。

 

「では……其々中間から始めるぞ。後60マス、駆け抜けてみせろ」

 

 

 

「60マスって……先は30マスでゴールだった気が…………はぁ……眠い……」

 

 文句を言うなんて面倒。床に転がって体中の力を抜いて………………眠れない。

 

(おかしい。眠いし寝れる……筈なのに、いつまで経っても微睡みが来ない……)

 

 寝れない……地獄か、此処は。

 

『おーい、1なんだけど……』

「……はぁ……」

 

 体を左右に動かす。ナメクジみたいだけど、この動きは小学生の時からし続けている。

 今では着崩れを直しながら前に進む技術まで見に付いた。

 

『気持ち悪いな……あ、いや別に清姫に行った訳じゃなくて……アッち! 3人で背中を擦――』

 

 やかましい。これが一番寝ながら動けるんだ。

 

「……ん、3マスか5マス進む……」

『だけど、条件が――』

「――いい。5マスで」

 

『分かった』

 

 流石に他人に強制しておきながら自分がしないのは気分が悪い。

 それに……

 

(進むのダルい。担いで貰おう)

 

「マスター! やっと会えました!」

 

 知らない声。

 ああ、新しい人か……

 

「運んで下さい」

 

 床に頭を着けたまま……つまり土下座だ。これで頼まれて断るのは悪人だけだと思う。

 

「あの……畳に倒れ込んで、そんなに具合が悪いんですか?」

「いや、眠くて体に力が入らないだけだから……取り敢えず進むの手伝って」

 

「はい! あたしに任せて下さい!」

 

 ……腕を引っ張られると痛いんだけど……担いでくれって頼んでいいかな…………まあ、いいか。

 

『すっげぇな……察するに楊貴妃の顔、一回も見ずに返事してなかったか?』

 

「顔上げるだけの気力がないからね」

 

『体力はあるのな。相手、世界三大美人だぞ?

 あっ、待――』

 

 ――愛されてるなぁ……

 

「よいしょ……よいしょ……あ、あのー? 痛くないですか?」

「ん、正直痛いけど自分より小さい子に担いでってお願いするのは精神的ストレスだから良いかな……」

「わわわ!? だ、大丈夫です! サーヴァントですので、天子様はあたしがしっかりお運びします!」

 

「じゃあ、お願いね」

「はい!」

 

 相変わらず、サーヴァントの人達って俺のお願いに嬉しそうに答えてくれるなぁ……きっと、労働で充実感を得れる俺とは人種が違う人達なんだろう。

 

 感謝しつつも、瞼を閉じてなんとか眠ろうとした。

 

 

 

「マスター……ふふふ、なんと鋭い視線でしょうか。その様な眼差しで見つめられると私の体もより熱く燃えてしまいます……」

 

「悪いな、冬とはいえそんな熱気籠もった視線に当てられるとよ、こっちも少し返したくなってよ」

 

 確か、正月に出た楊貴妃だったか? いきなり青い炎と共に現れたから思わず素手で殴りかかる所だった。危ない危ない。

 

「まさか、天子様のお力がこれ程とは……申し訳ありません、私の炎は今後控えさせていただきます」

「そうしてくれ」

 

 ブレーキが効かなくて危うく襖と同じ様に粉砕する所だった。

 俺は拳を引っ込めて握手の意味で開いた手を差し出した。

 

「んじゃ、お近付きの印だ」

「……」

 

 ……が、暫く待っても彼女は手を伸ばさない。

 

「……どうした?」

「ひぃぃ……!」

 

 情けない声と同時に、彼女の体の周りにあった火は一斉に消えた。

 

「こーわーい、天子様怖いよぉー!」

「え」

 

「襖みたいに、殴ってグシャグシャになった襖みたいにー! ユゥユゥの手をペシャンコにする気なんだぁー!」

「しねーよ!」

 

 最初のキャラは何処へやら、泣き出した楊貴妃を宥める事になった。

 十数分も経って、漸く落ち着いた。

 

「恥ずかしい所をお見せしました……」

「別に炎出す位なら許すけど、何も燃やすなよ?」

 

「ええ、十分に留意いたします」

 

 ……これがあと57マスか……思ったより大変かもな、これ。

 

『えへへ……玲さん、まだ掛かりますかぁ? モードレッドが離してくれないからこっちももう少し掛かりますけどぉー』

「いや、さっさと投げてくれよ」

 

「良いじゃないですか天子様。今は……2人だけの時間を楽しみませんか?」

「別に構いやしねぇけど……俺、女とか今は要らねぇからな」

 

「どうしてですか? 天子様の様なお強い方なら引く手数多だと思いますが?」

「いや、不良だってんで周りから距離置かれてるし……親からは弟の教育にわりーからアイツが高校に行くまでは作んなって口酸っぱく言われてんだ」

 

「まぁ、それはそれは……さぞお溜まりでは?」

 

 そう言って服に手をかけた楊貴妃の手を止めた。

 

「おい。あんまし軽い事する女は、そもそも眼中にねぇぞ」

「天子様……力強いだけでなくお優しいんですね?」

 

「よせやい」

 

 美人の裸が見たくない訳ではないが夢だからと言ってがっつくような男に成り下がるのもゴメンだ。見せてくれるならみたいけど。

 

 まあ、俺より強い女に組み伏せられちまえばそこまでなんだが……簡単にはさせねぇな。

 

「では、これくらいなら許して頂けますか?」

「まぁ、デート感あって良いかもな」

 

 手を繋ぐくらいなら、小学生でもねぇし緊張もしないが……

 

「はぁ……幸せですぅ……」

「そうか? 取り敢えず進むぞ」

「はい。所で、天子様?」

「なんだ?」

 

「お母様……いえ、お姉さんと呼んでくれませんか?」

「……ん? なんで?」

 

 なんだ? 力で圧倒されたから立場的になんとか俺の上にいたいのか?

 見た目に反して……いや、言動からして女王のサーヴァントだからか。名前に妃入ってるし。

 

「あ、いえ決して野心的な意味では御座いません。

 ただ……天子様が私好みの強くて逞しい男性でしたので、もっとお近づきになりたいな……と」

 

「んーじゃあお前が俺の妹分になりゃあいいだろ」

「え……い、妹……ですか……」

 

 いや、そんな顔されても……179cmの俺と比べて明らかに小さいし。

 

「そうですね……では手始めに、妹分でお願いします」

「ほぉ。下剋上狙いとは、面白れぇな」

 

「い、いえ決して天子様を裏切ったりはしません……!」

 

 可愛い妹分が手に入って、漸く山本がサイコロを投げた。

 

 

 

「……あのー……マスター? 病気なんですか? もしくは何かの呪いでしょうか?」

「あのさー……失礼じゃない? 幾ら睡魔に襲われて……ふぁ……ろくに一人でも動けないからって」

 

「あう……ご、ごめんなさい! だ、だけ嬉しいです……私、召喚されても本当にマスターのお役に立てるか分からなかったんですけど……今、お役に立ててますよね!?」

 

 うん。良く運んでくれるなって感心してる。都合よく働き過ぎてないかって心配になるけど。

 

「じゃあ、後5マス追加行こぉー」

「はーい!」

 

『大丈夫なのか……覚醒って書いてあるけど……』

 

「平気平気。眠いから早くゴールしたい」

 

 だけど……何だか、熱くなってる。

 ……熱気が……それに新しい人……止まってないか?

 

「ふ……ふふ……ふふふ、ああこんな素敵な男性が天子様だなんて……私、幸せです」

 

 ……う……暑さで、意識が…………

 

 

 

「――と、言う訳でリタイヤが出たので終了する」

 

「あああ! 天子様ぁ!? お水! お水です!」

「……………」

「天子様ぁー!」

 

「身体能力は意外と高い筈だったけど……」

「まあ、普段寝てりゃあ体力は無いわなぁ」

 

 すごろくが終わって集められた俺達。しかし、サーヴァント達はまだいる。

 

「ガレス! テメェ、マスターを盾にしてんじゃねぇぞ!」

「違います! マスターに甘えて腑抜けているのはそっちです!」

 

「あ、あの……2人共? そろそろ……」

 

 山本は2人が喧嘩し続けているせいで、自分を忘れられている事に気付いた様だ。

 

「その方が楽だろうに……」

『マスター……?』

 

 俺は寧ろ中心で取り囲まれ、殆ど忘れられる事はなく、常に水分と食料、そして愛情を注がれ続けていた。

 

「お陰様で俺はサーヴァント1体だけだ」

「天子様……寂しいのですか?」

 

「いや、そんな事はないけど……まだ10マスも行ってないんだぜ?」

 

「う…………ぐぅ」

 

「もう寝てるし……」

 

「それでは、此処でお前達は別れだ」

 

 エドモンに言われ、俺達は違いに挨拶を交わしてその場から消えていった。

 

 

 

「……終わった?」

「終わってないですよ、天子様ぁ」

 

 その声に思わずしかめっ面をした。

 

「ふふふ、可愛い御方……貴方のサーヴァントである私の炎で脱水症状なんて起きませんよ?」

「……いや、暑くて気を失ったのは本当だよ?」

 

 あっさり帰してくれたと思ったけど、どうやらあのマントさんにはバレていたらしい。

 

「だけど寝る」

「まぁ、甘えん坊さん……ええ、どうぞごゆっくり微睡みに落ちて下さい…………起きた時には、何もかもが燃え尽きているかもしれませんが」

 

 

 

 

「ん……」

 

 夢見が悪くなるのでそんな変な事は言わないで欲しい。




正月ネタを正月に投稿出来ない作者です。
今回はヤンデレ少なめのよく登場するマスター4人の紹介的なお話でした。

次回からは段々ヤンデレエンジン(造語)温めていくのでよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ支配者

今回は短めな話になりました。

今月の25日はヤンデレ・シャトー第1話投稿日、4年目となります。
ダラダラと遅い更新ではありますが、読者の皆さんの応援のお陰で続けて来られています。ありがとうございます。
今回も記念企画をしたいと思いますので、3月25日の活動報告、もしくはツイッターの投稿をご確認頂けると幸いです。

これからも応援して頂けたら幸いです。



 

 

「調教の時間です、マスター」

 

 縄で縛られ、体を吊るされた俺の眼前には白いバニースーツを着たルーラー、水着アルトリアが立っていた。

 

 捕まったのは少し前。

 いつも通り逃げ回り、足掻き、そして最後に捕まった。

 

 慌てていたとはいえ、至近距離でガンドを外したのが決め手だった。

 

「それでは……始めます」

 

 彼女はカードを取り出すと、それを俺の首に当てた。

 

「っ……!」

 

 僅かに痛みが走った。アルトリアはそこを指でなぞって付着した血を俺に見せてから舐め取った。

 

「これから、このカードでマスターの腕を切ります」

「う……!」

 

 想像するだけで血の気が引いていく。

 そして有言実行。彼女は俺の反応を一見してすぐに俺の右手を掴むと手首にカードを当てた。

 

「――あっ、くっ!?」

 

 切れ味が鋭いせいでただ切られるだけなら大して痛くはなかった。

 しかし、彼女が筆の様にカードを動かし傷を抉るので俺の口から悲鳴が漏れる。

 

「痛いですか? 私も、貴方に逃げ回られている間、心臓の内側から針が刺さる様な痛みを何度も何度も味わいました」

 

「っぐ……!」

 

 手を一切止めずに、感情のない声でアルトリアは腕を傷付け続ける。

 

「ですが、こうやって貴方が痛みで苦しんでいると、先まで感じていたモノが今の貴方が同じでいてくれる様に思えて……辛さを忘れる程に嬉しくなります」

 

 漸く彼女の手が止まったが、俺の呼吸は絶え絶えだった。

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

「辛かったですか? ですが、これからも続けますので早く慣れて下さいね?」

 

「なん、で…………こんな……?」

 

 か細い声だったが、彼女は視線を合わせて答えた。

 

「決まってます。貴方を私のモノにする為です」

 

 縄が解かれ、腕を見ればAltriaの文字が刻み込まれていた。

 魔術で傷は塞がっていたが、傷跡が残る様に治されてしまった。恐らく、消せない様にする為だろう。

 

「私のモノだと皆が周知する為にこれから1日に1回、私の名前を体に刻みます」

 

 アルトリアは手を添えて俺の顔を持ち上げた。

 

「そして、貴方が私のモノだと自覚する為でもあります」

 

「俺は、アルトリアが好きだ」

 

 痛みに恐怖しつつも、まだ少し残っている好意を口に出した。

 

「ええ。存じております。それが本音である事も、マスターがまだ私から逃れようとしている事も」

 

「っ……!」

 

「ルーラーである私の目から、隠し通すのは不可能です」

 

 縄を解かれ、彼女は俺を担いだ。

 

「本当に私を愛するまで、私の元から逃れようと微塵も考えなくなるまで……私が愛してあげます」

 

 

 

 ……ルーラーであり、ラスベガス一のカジノのオーナーであるアルトリアの目は俺の僅かな抵抗すら見逃さない。

 

 ご飯も部屋も娯楽も、全て完璧に用意してくれる。工具や、学生である俺では縁遠いアクセサリーも。

 

 だが、逃げようとすれば行動する前に見抜かれ、調教部屋で傷を付けられる。

 

「……どうしました? 箸が止まっていますが、口にあいませんでしたか?」

「……なん、でもない……です」

 

 感情の無い顔で鞭を振るう彼女と常にこちらに微笑みかけている彼女が同一人物とは思えず、恨む事も出来ずにいた。

 

 絶望する事も折れる事もない俺の心――もしくは主人公の心――は彼女に屈しはしなかった。

 

 いっそ愛の霊薬でも飲まされてしまった方が楽だったかもしれないが、彼女はそれさえ許さない。

 

「薬なんて不純物は不要です」

 

 本当に、俺の本心から愛を引き出そうと飴と鞭を交互に使って接してきた。

 

「どうか、諦めないで下さい」

 

 諦めない……そうだ、こんな痛みに負けてたまるか。

 

 来る日も来る日も痛みに、調教に耐え続けた。

 

 彼女の与えてくれる物で幸福を感じ、痛みの時間を耐え抜いた。

 

 他のサーヴァントの名前を口にした時には鞭で叩かれる事もあった。

 

「二度と、私以外の名前を口にしないで下さい」

 

 2週間が経った頃にはアルトリアの名前は両手両足、掌と手の甲、足の裏にまで刻まれた。

 

 だけど、俺は挫けない。

 いつか、俺の思いは届く。

 俺は……そう信じて。

 

「…………」

「…………」

 

 だから、俺は指輪を差し出した。

 

 アルトリアがくれた宝石類を削って、金属品を叩いて、指を傷付けない様にヤスリで擦り、接着剤がなかったので蝋で輪っかに宝石をくっつけた。

 

 今まで見せた事のなかった表情で驚いた彼女は一度ニコリと微笑んでから、俺の手に指輪を戻してから左手を差し出した。

 

「付けて頂けますか?」

 

 こうして、諦めなかった俺はアルトリアへ思いを伝える事が出来た。

 もう、名前を刻まれる事もない。彼女は俺の体に刻まれた名前の傷を消し去ってくれた。

 

 俺の愛は漸く報われたんだ。

 

 

 ――そう言う風に彼女が俺を作り変えたのだとは、微塵も疑う事も出来なかった。

 

 

 

「……」

 

 頭を捻っても前日の夢を思い出せずに迎えた悪夢の時間。

 

「マスター!」

 

 俺を呼ぶ声は肩より低い位置から聞こえてきた。

 

「マスター! 聞こえとるじゃろ!」

「えーっと……ふーやちゃん?」

 

「む、なんか馴れ馴れしいが、良かろう。今はその名で妾を呼ぶ事を許そう。特別じゃぞ?」

 

 不夜城のアサシン、と言う形で真名を隠しているサーヴァント。

 

 ちっこい、偉そう、派手好きと暗殺者とは思えない要素を沢山含んでいるが……その実、戦闘よりも拷問を好む女帝である。

 

(この塔で出会いたくないサーヴァントランキングなら、上位に食い込む事間違い無しの危険幼女……!)

 

 しかし逃げる気はない。

 逃げ出したいが、逃げれば彼女が使役する酷吏と呼ばれる顔を布で隠した不気味な者達に捕まり拷問されるのが目に見えている。

 

「じゃが――妾に恐怖するのは良き事よ。目聡いマスターは好きじゃぞ?」

 

 しかも、こちらの考えはまるっとお見通しと来た。

 こちらに近付き伸ばされた彼女の手に思わず目を閉じた。

 

「……?」

「んー! ……これ! 頭を下げんか!」

 

 精一杯俺の頭に手を伸ばす彼女を見て、恐る恐る言われるがまま頭を下げた。

 

 すると、ふーやちゃんは漸く届いたその小さな手で俺の頭を撫でた。

 

「よしよし……怖がる必要はない。そなたは妾のマスター……故に」

 

 そう言った彼女の笑みは――歪んでいた。

 

「連れて行け。てーちょーにな」

 

 その言葉と共に、いつの間にか俺の隣に立っていた酷使達が同時に俺の腕を掴んだ。

 

「な、なんで……!?」

「ふふふ……何を驚く? 妾のマスターは妾の物じゃ。足の爪の先からこの髪の毛一本まで、な」

 

 酷使に引っ張られ、後ろには扇子で小気味の良い音を鳴らして歩く不夜城のアサシン。

 

 連行され辿り着いた場所は、彼女の部屋だろう。

 中華らしい装飾や意匠の施されたその部屋は彼女らしい顔を見せていた。

 

 勿論、部屋の奥には彼女が愛用するであろう拷問器具が猛獣の爪や牙の様な凶悪さを見せつけている。

 

「ふむ……お香がちときついか? 蓋をしてお

け」

 

 酷使の1人に命令し、煙の出ている器を塞がせた。

 

 お香に嫌な予感がした俺は思わず息を止めたが、酷使に首を掴まれ無理矢理呼吸をさせられた。

 

「っはぁっはぁっはぁ……!」

 

「おい――」

 

 呼吸を整えようとする俺の前で、その酷使の首が跳んだ。

 血は出なかった。

 

「っ!?」

「――妾はてーちょーに、と言った筈じゃぞ?」

 

 地面に溶ける様に、首を跳ねられた酷使は消滅した。

 

「ふー……マスター。余計な事はしないほうが良いぞ? 身の安全は保証するが、苦痛は少ない方が良いじゃろ?」

 

 そう言って玉座の様な椅子に腰掛けた。

 俺はその前に正座の姿勢で座らされ、小さい不夜城のアサシンに今は見下されている。

 

「ではこれより尋問を始めるぞ」

「尋問……?」

 

「ふふふ、先ずは――妾の事をどれ位好いておる?」

「え? え、えーっと……?」

 

 どの位? そもそも召喚してからまだそんなに日が……と考えた所で扇子が頭に振り下ろされた。

 

「返答が遅いっ!

 妾を愛しておらぬのか!?」

 

「あ、愛してます!」

 

「よろしい。

 うーむ、まだまだじゃのぉ……次、愛しの妾の為に何をしてくれるのじゃ?」

「え……」

 

 面接か? 俺は面接を受けているのか?

 

「せ、戦闘指示とか……?」

「ほぉーー?」

 

 めっちゃ機嫌悪そうに掌を扇子で叩く動作を早めた。

 

「りょ、料理と家事全般には自信があります!」

 

「……ま、次第点かのぉ」

 

 ホッと息を吐いた。

 

「……しょーがない……マスター」

「はい」

 

「痛いのは好きか?」

「き、嫌いです……!」

 

「うむうむ、ならば――」

 

 

 

 再び酷使に引っ張られて俺は牢屋に入れられた。

 

 そこには何もなかった。

 明かりもなく、水もなかった。

 

「……」

 

 暫く経っても誰も来ない。アサシンが来るのかと思ったがそんな事もなかった。

 

 時計もない。真っ暗闇の中で俺に出来る事は寝るしかなかった。

 

「……誰か」

 

 だが、目が覚めても変化なかった。

 

「お香の匂い……」

 

 夢だというのに空腹感を感じ始めた。

 一切何も見えない事が不安になってくる。

 

「おーい!!」

 

 叫んだ。

 もうヤンデレとかどうでも良いから誰か来て欲しかった。

 

「誰かぁ!!」

 

 しかし、誰も来ない。

 

「ふーやちゃーん!!」

 

 ひたすら叫んだ後、疲労した俺は倒れた。

 

「……………っ!」

 

 目を開くと、牢屋の扉が開いていた。

 それを見て、俺は考える事すらせずに全力で飛び込んだ。

 

「おお、マスター」

「……! あ、アサシン……」

 

 目の前に現れた彼女に、頭を下げた。

 

「た、食べ物を下さい!」

「ふふふ、だいぶ素直になったようじゃのぉ」

 

 彼女の奥にいた2人の酷使が肩を掴んだ。

 恐怖に顔が引き攣った。

 

「連れて行け――妾の部屋に」

 

 

 

「――ふーやちゃんは、嫌いです」

「うむうむ、そうかそうか」

 

 鍋の中の粥をレンゲで掬ってこちらに差し出した。それを俺は食べる。

 

「次は2つじゃ。

 どうすれば妾を好きになる?」

「……ん、わからない」

「妾は可愛いか?」

「可愛いです」

 

 再び差し出された粥を食べる。

 

「妾と、結婚する気はないか?」

「ないです」

「何故じゃ?」

「……子供だから」

 

 レンゲが割れる音がした。

 

「そうかそうか……」

 

 酷使が持ってきた別のレンゲを握り、粥を差し出して来た。

 

「妾の他に好きなサーヴァントはおるか?」

「います……」

「それは誰じゃ?」

「それ、は…………」

 

 視界が何度も何度も閉じる。

 おか、しい……眠い……

 

「…………」

「……むう、薬を嗅がせ過ぎたか。

 まあ良い」

 

 

「マスターから全て、全てを聞き出してやるのじゃ。妾に心の内を全て曝け出した丸裸のマスターなら、掌握するのは容易じゃ」

 

 そう言ってマスターの頭を一撫でした後に……

 

「さーて、次は快楽で口を割らせようかのぉ?」

 

 ……見た目相応な笑みと不相応な野望を零した。

 




こう言う話は痛くないのが好きです。

最近ミドラーシュのキャスターやゴルゴーンを召喚しました。
両方共大きいです。(何がとは言いませんが)
これでメドゥーサは小中大が揃いました。姉様達もいます。

合体するしかないですね。(戦隊ロボ脳)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

MYM

ヤンデレ・シャトーの4周年です!

現在、記念企画を行っています。参加を希望したい方は活動報告か固定ツイートに目を通して頂けると幸いです。


 

「いらっしゃいませー!」

 

 俺は今、ヤンデレ・シャトーの中でバイトをしている。

 何故かと言うと、あるサーヴァントにお金を払う必要があるからだ。

 

「さぁさぁ女性サーヴァントの皆さーん! マスターの接客レジでの買い物は4割増しです! お金は減りますが愛しの彼に会えるチャンス! スマイル0QP! マスク開帳1000QP! 商品の手渡し3000QP! お得ですよぉ!」

 

「あ、あの……すいません、マスク開帳してスマイルして、下さい……あとポテトとドリンクを手渡しで」

 

「はい、全部で5365QPになります。お持ち帰りですか?」

「いえ此処で頂きます……!」

 

 しかも、此処はサーヴァントが全員ヤンデレ化するヤンデレ・シャトー。

 

 俺を独占し商品化した以上、どんだけ釣り上げてもお金が入ってくる。

 

「ありがとうございました!

 次のお客様、お待たせ致しました」

 

 しかも、これで4日目……しかし、最終日は明日だ。

 もうすぐ平穏が手に入る……そう信じて俺は今日も接客を続けている。

 

 

 

 4日前――

 

「ヤンデレ・イズ・マネーシステムぅ?」

「はい! その通りです!」

 

 俺の目の前には猫耳、褐色肌、露出過多の属性を抱える美女、ミドラーシュのキャスターとその横におかしな機械があった。

 

「今回、エドモンさんとの交渉の結果、マスターの労働力としての所有権を頂きましてぇ」

「なんでマスターの所有権をサーヴァント間でやり取りしてるんだ?」

 

「ですが、やっぱりマスターが素直に働いて下さるとは思いませんのでそこは別に報酬をご用意致しました」

 

 そう言いながら隣にあるATMの様な機械に掌を向けた。

 

「それがこの塔のサーヴァントに対するヤンデレ付加を無効にする、ヤンデレイズマネーシステムで御座います!

 この画面に表示されている500万QP! これを払えば即座に効力を発揮します!」

 

 言ってるのが悪巧みのケモ耳なので半信半疑の疑寄りと言った所だ。

 

「あー、その目は信用していませんね? ですが残念ですが……マスターは私に従って働く以外の選択肢は、商品としてオークションに出品させて頂くしかありませんねぇ?」

 

 ヤンデレ・シャトーの中なのに、この金好きは俺すらも金の種にする気か。

 

「まあ、私も鬼では御座いません! 今の私の計画では10日で払い切れると思っていますのでどうかどうか、快くご協力下さい!」

 

 有無を言わせぬ笑顔でこちらにユニフォームを渡してきた。

 

「労働内容は接客と簡単な雑用です。

 ま・ず・は……客寄せの為に掃除からですね!」

 

 受け取ると同時に、何処からともなく店が現れた。外見はガラス張りのファーストフード店だ。ミドラーシュのキャスターだからだろうか、MCの2文字が店名らしい。

 

 辺りの景色も何処かの表通りに変わっており、持っていたユニフォームを着せられ、手には箒を持たされていた。

 

「……しょうがない……やろう」

 

 これみよがしに落ちている木の葉をかき集め、ちりとりに押し入れていく。すぐ近くにゴミ箱があるのでその中に入れる。

 

「あれ? マスター、何やってるのこんな所で」

 

 そんな中、突然声をかけられた。

 相手は水色の女性らしい服を着たセイバーのサーヴァント、シュヴァリエ・デオンだ。

 

「デオンか。

 えーっと、バイト中?」

 

 思わず疑問符で答えてしまった。

 

「バイト? 従者である私達サーヴァントが休日を貰い街を散策しているのに、マスターが働くなんて……」 

「あ、別に気にしなくても大丈夫だよ。休日、楽しんで来てね」

 

「……ああ、勿論だ」

 

 そう言ってデオンは離れていった。

 

「……さて、そろそろ中に戻るか」

 

 ファーストフード店と言えば一日中少なくない客がいるイメージだが、店員は俺以外にも働いているが、多分いつも通りこちらに干渉してこないモブキャラなのだろう。

 

「あ、マスター! マスターはこちらのレジで接客お願いします!」

 

 俺を見たミドキャスが指を指した場所には、他とは異なる黒色のレジが置かれている。

 

「サーヴァントのお客様はこちらで対応して頂く予定です。此処で注文すると割高になるんですよ!」

「えぇ……それはどうなの?」

 

「ふふふ、ヤンデレサーヴァントにとってマスターのサービスは何者にも変えられない商品です! それに、私の力でマスターを自分の好みの服装に見せていますので間近で見たくなるのは間違いなしです!」

 

 本当に、えげつない商売だな……俺、実は犯罪の片棒を担がされているのでは……

 

「――いらっしゃいませー!」

 

 他の店員の声に、俺はハッと顔を上げた。

 

「いらっしゃいま――で、デオン……?」

「あ、マスター!」

 

 何故か見覚えのないサングラスと麦わら帽子を着けたデオンが入店して来た。

 

「良かったぁ……お昼時なのに空いてるね」

「はいはい! サーヴァントの方にはこちらのマスターレジでのお会計をお願いしまーす! 幾ら喋っても良いですからね!」

 

「でも、こんな所で白いタキシードなんて着て、汚れたりしない?」

 

 どうやらデオンにはそう見えているらしい。

 特別な礼装でそう見えていると言って納得してもらった。

 

「じゃあ、注文しようかな? えーっと……ハンバーガーセットを頼むよ」

「ハンバーガーセットですね。お飲み物は何にいたしますか?」

 

「オレンジジュースで」

「畏まりました」

 

 お釣りとレシート、注文された物を渡してデオンは席に座っていった。

 だが、こちらに近い席に座り、食べながらこちらをチラチラと見られているのは落ち着かない。

 

 早く誰か来てくれと思ったら、段々、普通のお客で店が混み始めて来た。

 

 デオンに見られ続けている内に、漸く2人目のサーヴァントがやってきた。

 

「やっぱり、マスター……ですね? どうしてこちらに?」

「いや、バイトなんだけど」

 

 白のフードで黒髪を隠しているサーヴァント、ワルキューレ・オルトリンデが入って来た。

 

「バイト……働いているんですか?

 その……随分、立派な服ですが……」

 

 同じ説明をしつつ、注文を承った。

 

 そしてデオンの隣に座り、今度は2人に監視され続けられる事になる。

 

「眼福ですね……」

「そうだね……此処はなるべく多くのサーヴァントに知られないようにしよう」

 

「私も、スルーズ姉様達には秘密にしないと……!」

 

 そしてやって来る3人目の客。

 

「おっー! ま、マスター! なんと美しい装いか! 此処の店主は、余に劣らぬ天賦の才の持ち主か!?

 感激したぞ!」

 

「ね、ネロ……えーっと、ご注文は?」

「勿論、マスターを頼もう!」

 

「非売品です」

「む……なら仕方あるまい。では注文するぞ! それと、これは余の借りてるホテルの住所だ。仕事の後に来るがよい」

 

 ネロの一歩先を行く行動に2人が少々驚きつつハイライトを消しているのが見えたがお客様同士のトラブルに巻き込まれたくなかったので、静観して置く事にした。

 

 初日は十人程度のサーヴァントの相手をして終わった。

 

「はーい、お疲れ様です!」

「これでいいのか? 明らかに俺より他の店員のが働いていた気がするけど……」

 

「いえいえ、これで良いのです!

 きっと明日はもっと沢山のお客様が来ます。

 取り敢えず今日の分はマシーンに入金して……残り497万6000QPですね!」

 

 まだまだ先は長そうだ……

 

 

 

 2日目。

 またしてもデオンがやって来た。

 

 まるで誰かから隠れる様にサングラスと帽子を被っているが……

 因みに、値上げしているが彼女は昨日と同じ物を頼んでいた。

 

「はぁ……ずっと見ていられるよ……ここは、オアシスかなぁ」

 

 そんな事を言っていたデオンだったが――

 

「――はぁい、マスター! ヴィヴ・ラ・フランス!」

 

 この王女の出現にサングラスがズレるほど狼狽えた。

 

「じゃあ、私も……あそこに座っているデオンと同じ物を貰えるかしら?」

 

 そして当然の如くバレている。ニコニコと隣に座ったマリーに汗を垂らしているようだ。

 

「ふふふ、計算通り! サーヴァント間で隠し事等不可能! 昨日の客はそのまま今日の収入源です!」

 

 ほくそ笑むミドラーシュのキャスターを肯定する様に、サーヴァント達が次々と入店して来た。

 

「オルトリンデは注文なしね。

 独り占めしたんだもん。あ、席も窓側ね」

「そ、そんな……!?」

 

「メドゥーサ? 何故注文を取りに行くのかしら? 私達は自分で取りに行けるわよ?」

 

「セイバーの余よ! 余を誘わぬとはどう言う事だー!」

 

 昨日と打って変わってより騒がしく、忙しくなる接客。

 

「ねぇ、マスターも一緒に食べない?」

 

「休憩時間はいつかしら?」

 

「私も雇ってくれないかしら?」

 

「はいはい、残念ですがマスターは私と契約しておりましてぇ……手を出すのは駄目ですよぉ?」

 

 俺に近付こうとするサーヴァントもいたが、ミドラーシュが契約書を見せると殺気立った目で睨みつつ去っていく。

 

 中には取り引きを持ちかける者もいたが、彼女はそれを断った。

 

「ふふふ、サーヴァントの持つ品々なんて魔術師やらに目を付けられてしまうので換金するのですら危ういですからねぇ……現ナマでお願いします」

 

 500万QPだったら誰か持ってくるのでは……と思ったがマスターの俺が此処にいる以上、レイシフトして周回に行く事も出来ないらしい。

 

 その日は1日目の10倍程の売上が出た。

 

「今日は此処で接客して下さい。あ、マスクもお忘れなく」

 

 だが、ミドキャスは此処で一気にサービスを変更した。

 

 レジを外から見えないボックス仕様にし、マスクを着用させる。

 しかもマスク開帳と手渡しを有料化した。

 

 流石にこれでは客が減るのでは……と思ったが、そこはこの商売上手、ボックスを防音加工し、外側に“愛しのマスターとの2人っきりの時間”の煽り文句。

 

 お客は減るどころか増加し、釣り上げた値段はそのまま利益に。

 

「さぁ、500万QPが見えてきましたよー! じゃんじゃん稼ぎましょう!」

 

 

 

 5日目。

 サーヴァント達はやはり昨日同様に沢山入ってくる。

 

 値段は4日目と同じだが、アルトリアを初めとした魔力消費の激しいサーヴァントが来店し、大量に購入するので衰える事なく売れていく。

 

「お待たせしました、こちら注文の品です!」

「ふむ……どうせ誰も見ていないのだ。

 1つ食べるか?」

 

 そう言ってアルトリア・サンタがポテトを差し出すが、直ぐ様レーザーが放たれポテトを灰にした。

 

『お客様、店員への過度な干渉はお止め下さい』

 

「っち。無粋な店主だな。

 トナカイ、また頼むぞ」

 

 俺に対しての安全性があるのは良い事だ。

 その後、アルトリア・サンタはこの後ハンバーガーセットを15個単位で8回買いに来た。

 

「今日も多いな……お待たせしました、ご注文をどうぞー」

「あ、本当にマスターが店員なんだ! これはイシュタりん並のボッタクリショップでも払うしかないね!

 先ずはマスクからお願い!」

 

 カラミティ・ジェーンまで来たか。

 

「はい、マスク開帳ですね」

「スマイル1つ!」

「はい!」

 

 すっかり板についた流れだ。

 

「ふふふ、いーねいーね! あ、じゃあ、此処にキスとか――ギャウ!?」

 

 突然、上から現れたピコピコハンマーの様な防衛システムでふっ飛ばされた。

 

『セクハラをする方には即、退場です! 後、こちらで代金は差し押さえさせて頂きますのでご承知を!』

 

 ……こんな感じで、本当に俺への安全性はバッチリだった。

 

 やがて閉店時間を迎え、今日も店の前で待ち受けているヤンデレ・サーヴァント達の眼光を浴びつつ店の奥に入った。

 

「おめでとうございまーす!」

 

 目の前でクラッカーを鳴らされた。

 

「……あれぇ?

 可笑しいですね。今はこうやって目標達成を祝うとお伺いしたのですが……」

 

「……って、事は……」

 

「はい! 10日掛かると思っていた500万QP、貯まりました!

 これで直ぐにでもヤンデレ・イズ・マネーシステムが起動できますよ!」

 

「じゃあ、直ぐにでも始めてくれ」

 

「はいはいー!」

 

 そう言ってミドラーシュのキャスターはATMの様な機械を動かし始める。

 

「……所でぇ……実は先に言っておく事があるのですが」

 

 喋りながらも彼女の手は止まっていない。

 

「ん? 何?」

 

「500万QP、実はこの機械が出来上がった際に私の霊基から強化に使われたQPを戻して入れて置いたんですよ」

 

「え?」

 

「つまり、この機械を動かすだけならもう既に十分な蓄えがあったんですけどぉ……

 ……ふふふ、結婚式の費用って新婚旅行なんかも合わせて500万位掛かるそうですね?」

 

 頬を赤く染めてこちらを振り返ったミドキャスは、システムを発動させた。

 

 

 

「――それじゃあ、事務室に行きましょう」

「み、ミドキャスっ……!?」

 

「暴れないで下さいねぇ。

 確かに霊基は衰えましたがマスターとの力比べに負ける程じゃありませんからね」

 

 やっぱり、信用してはいけなかったか……!

 

「サーヴァントのヤンデレ化を解除できますけど、私はマスターが好きなままなんですよ」

 

「なんで……?」

「私、以前言いませんでしたか? 本当の宝は時間です。マスターとの時間を、末永ーい物にするためなら……多少のお金位、ケチケチせずに使う事にしました。これで誰にも邪魔されないで結婚できるなら安い買い物ですね」

 

 そう言って扉を開けたミドキャス。

 中は殺風景な紙だらけの作業部屋だったが……数回の瞬きの内に、急に天蓋付きのベッドが置かれた、雰囲気のある部屋へと様変わりしていた。

 

「仮にも女王の初夜ですし……それっぽい雰囲気の部屋でしたいですよね?」

 

 豊満な胸を当てる様に俺を抑え、ベッドの前で止まった。

 

「おっと……そうでした、マスターはまだお店の服のままでしたね……匂いが酷いですね」

 

 先までの楽しそうな顔とは違う、血の気の引いた顔をしていた。

 

「私、頑張って店長っぽく振る舞ってましたが正直マスターが他の女性と共に話しているのを見て気が気じゃなかったです……もうあんな接待は二度とごめんです……」

 

 あわあわと震えながらも、今度はシャワールームへと俺を引っ張るミドラーシュ。

 入ってすぐにこれから自分が行おうとしている事を想像して、目を光らせた。

 

 このままでは、間違いなくミドラーシュのキャスターにベッドまで行く事なく……体を重ねる事になるだろう。

 

 しかし、礼装はないし令呪での命令も契約書で効かない。

 他のサーヴァントに対して命令を行うとしても、ヤンデレ化を解除した際に細工されたのか届かない。

 

(も、もう駄目か……?)

 

「ふふふ……此処でシてしまうのも、それはそれで良いかもしれませんね……」

 

 完全に餌を前にした肉食動物だ。

 

 もはや、此処まで…………!

 

 

 

「で、此処がミドラーシュのキャスターさんのお宅? ファーストフードだなんて、大きな商売を好む彼女にしてはせせこましい事業ね……シャッターは閉まっていなかったからまだ開いているのだと思っていたけど……いないのかしら?」

 

 事務室に2人が入った頃、ヤンデレでは無くなったサーヴァント達と入れ替わる様にライダークラスのイシュタルが店に入ってきた。

 

 商売事で良くミドラーシュのキャスターと盛り上がる彼女は、最近景気の良さそうな友人の顔が見たくなって来ていたのだった。

 

「まあ、いないなら少し儲けの秘密を勝手に探らせて貰おうかしら?」

 

 そう言って店に勝手に忍び込み、ドリンクを注ぎ、あまりの物のハンバーガーを食べながら物色を始めた。

 

「……って、何よこれ!?」

 

 やがて、ATM……もとい、ヤンデレ・イズ・マネーシステムに気付き悲鳴を上げた。

 

「あー! 見てると何か……黒歴史を思い出すわ!

 月とか夏の過ちとか……!!」

 

 己の、依代の少女の叫びが一致した。

 『これを壊せ』と……

 

「ごめんなさい。一番高い宝石使うから許してね……?」

 

 そう言って取り出した宝石を……懐に戻した。

 

「えええい!! なるべく安く消え失せろぉ!!」

 

 結局、数発の魔弾を叩き込み、スクラップに変えた。

 

「っはぁ……はぁっ……良し……ん?」

 

 イシュタルは己の本来の目的を思い出した。

 

 マスターである。

 自分が目を付けていたマスターを使ってアコギな商売をするキャスターを懲らしめて、あわよくば自分の手中に収めようと考えていたのだった。

 

「あ、そうだ! マスター、マスターは何処に――」

 

『――!!』

 

 同時に、店のドアの方から爆音が聞こえて来た。

 

「感じます……ますたぁの窮地を……あの獣女の匂いも!」

 

「マスターさーん、何処ですか?

 他の女のお店で働けるなら、ぜひ私と一緒にブリテンを救国して頂けませんかー?」

 

「マスター! お金が欲しいなら、お姉さんが頑張るから! 変なお店でバイトとかしちゃ駄目だよ!」

 

「やはり、主を差し置いて休息していては白百合の騎士として面目が立たない」

 

 入ってきたサーヴァント達は直ぐに事務室へ向かった。

 

 その余りの威圧にイシュタルは思わず隠れてたが、やがて事務室から先の数倍の爆音が聞こえて思わず退散したそうだ。

 

 

 

 

「……うう、折角の結婚式と旅行計画が……そしてラクダの生息地に永住する私の人生設計がぁ……」

「全く……今回ばかりは危なかったな……」

 

「ねぇねぇ! 結果的に言えば、あの忌々しい機械を破壊した私のおかげよね?

 じゃあ、私のお店で働いてくれないかしら?」

 

「いや、もうバイトは――」

 

「ますたぁ。温泉旅行の旅行費を稼ぐ為にこの仕事を一緒に……」

 

「アットホームな職場と、実力のある騎士達と一緒にブリテンを復興しましょう!」

 

「マスター、お姉さんの肩を揉んだり、マッサージをしてくれたらお小遣いあげちゃうけど?」

 

「トナカイ、出勤だ。イースターも子供達の為にプレゼントを配送するぞ!」

 

「余のマネージャーをお願いしたい! 望みのままの報酬を用意しよう!」

 

「あ……あの、この前のハンバーガーをお願いしたいんですけど……」

 

 

「――本当に、今は働きたくないから! 勘弁してくれ!」

 

 

 




復刻アポクリフォコラボに因んで……なんて気の利いた話ではなくミドラーシュのキャスターのメイン回でした。

やっぱりお金を重要視する彼女のヤンデレは中々扱い辛い物でしたが、楽しんで頂けたのなら幸いです。

次回は恐らく4周年記念企画です。貼りきって行きたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デートと書いて爆弾処理 【4周年記念企画】

ヤンデレ・シャトーの4周年記念企画。最初の当選者は
第二仮面ライダー さん です。ありがとうございます。

今回は玲と謎のヒロインXオルタの話。最近の玲に不満を抱くXオルタ。そんな2人のデートとは……


「おや、部長があんな所に」

 

 カルデアール学園高等部の廊下から、新聞部の部長である玲の姿を見た謎のヒロインXオルタ。

 

 窓の向こう側では校庭のベンチに腰掛けている。

 

 彼女にとってはマスター候補と言う特別な――将来的に自分の力を引き出してくれる存在であり、一生を共にするかも知れない異性である。

 

 護衛を任されている事もあって、なるべく側に居ようと常日頃から心掛けているが、今日は逃げられていた。

 

「では、早速迎えに――っ?」

 

 ベンチに座っていた玲の隣に、別の女性が座った。

 

「アレは、両儀さん……」

 

 顔見知りではある存在だが、自分の部長を狙う恋敵だ。

 だが、サーヴァントとしての力を振るうには玲との距離が離れ過ぎている。

 

 なのでポケットからイヤホンを取り出して盗聴器で会話を聞く事にした。

 

『部長さん、今日も部活かしら?』

『ああ、この学園は本当にネタに尽きねえからな』

 

『そうね』

『所で、お前に渡したい物があるんだけど』

『まぁ、指輪かしら?』

 

 思わず顔をしかめた。

 今すぐ宝具を真名開放してぶっ放したかった。

 

『これ、お前と沖田オルタの分の魔力パスリング。これで10km位離れても問題ないそうだ』

『……そう』

 

 それに刃を振り下ろそうとした両儀の腕を玲は握って止めた。

 

『次の修学旅行で、何時までも一緒に居られないからな。

 先生が夜なべして作ってくれたから……壊すなよ?』

 

『相変わらず強いわね……良いわ。貴方の強さに免じて、着けてあげる』

 

 大事に発展する様子が無く、Xオルタはそっと胸を撫で下ろした。

 

 それと同時に、無意識に今までの自分と比べてしまう。

 

「……先生の作った物です。唯の備品……」

 

 口ではそう言いながらも、今まで何かある度にアンパンを貰い、口封じにいちご大福、変わった物が食べたいと言えば駄菓子を奢られていただけ。

 

(……食べ物、ばかり)

 

 それに最近は部長と2人っきりで居られる時間が少ない。

 その不満は一度バレンタインデーで爆発した訳だが、別段その後は普段通りだった。

 

「……取り敢えず、あの危険なセイバーはポリスメン……では無く、親友のXさんに連絡しましょう」

 

 最高速度でメールを送信した数秒後、青い流星が学園内を走り、庭のベンチを真っ二つにしたと言う噂が流れる事になった。

 

 

 

「――玲!」

「ん? ああ、お前か……」

 

 現実の高校、校門を出ようとする玲の後ろから女子生徒が声を掛けて来た。

 

「久し振りに練習に付き合ってよ」

「やだよ。お前の竹刀、そこら辺の鉄パイプより痛ぇし。てか部活の練習は?」

 

 恐らく、夢の中のサーヴァントの殆どは驚くだろう。

 彼女は中学生時代から玲と竹刀で戦う仲だった。

 

「先生が休みで自主連。部員の誰も私の相手をしてくれないから玲に頼んでいるの」

「大体、俺とやっても剣道の練習じゃなくて喧嘩になっちまうだろ」

 

「変わらないよ。誰も玲の蹴りより早く打ち込んでこないし」

 

 速度の問題では絶対ないだろう。

 

「ねぇ、私が話しているのに何でスマホ弄ってるの?」

「FGO。ストーリー進めないと、弟にネタバレ食らっちまうからな」

 

 そう言ってスマホを指で操作し続ける玲に痺れを切らしたのか、女子生徒は竹刀に手をかけ――

 

「――っと、スタミナ無いし少しだけ付き合ってやるよ」

「そうこなくっちゃ」

 

 手刀で竹刀を掴んだ手の甲を抑えつつ、スマホを片付けたのを見て、互いに好戦的な笑みを浮かべつつ体育館へ向かった。

 

 周囲には誰もいないが、そのやり取りは傍から見れば特別な繋がりを感じさせる物だった。

 

 

(………………)

 

 

 

 

「――部長。行きましょう」

「んぁ……?」

 

 机の上で寝てたらXオルタに起こされ、しかもそこそこな力で腕を引っ張られた。

 のんびり屋なコイツがこうして来る時は大抵、何か怒っている時だ。

 

「ん、部室か? 取り敢えずアンパンいるか?」

「…………外出許可、取ってきました」

 

 アンパンを避ける様に紙を渡してきた。

 

 カルデアール学園の名前と仰々しい漢字が並べられ、中央には俺の名前が書かれている。

 

「外出?」

「デートです。今日は私と街に出ましょう」

 

「ほっほぉ……そりゃいいな」

 

 こんな可愛い後輩に誘われて断れる奴はいない。そう思って立ち上がった俺の目は周りの殺気に気付いた。

 

「へぇ……外出、デートねぇ……」

「武蔵か」

 

 普段から疑問だったが何でコイツ、制服を改造してまで帯刀してるんだ?

 

「でも、それって許可書があればでしょ?」

 

 瞬間、Xオルタが俺の前に移動して武蔵の刀を防いだ。

 

「許可書を斬るつもりでしたね」

「あらら……だけど、無駄よ。私の眼は既に斬れた許可書を視てます」

 

「逃げるぞ!」

 

 俺が近くにいるとサーヴァント候補の奴らの力が上がる。なら下手に応戦せずにここを離れるのが最善の手だ。

 

 許可書を掴んで廊下へ、そして階段を目指して走る。

 

「可愛い後輩とイチャイチャなんて、神仏が許しても私が許しません! 剣が鈍るから手を出さなかっただけで、普段から嫉妬と据え膳でムカムカな私の二天一流、思い知りなさい!」

 

 だいぶ煩悩塗れな刀で俺達を追いかけ回す武蔵。

 

「玲!」

 

 今度は階段の方から声を掛けられた。少し息が乱れ、汗をかいているデオンが立っていた。

 

「私も許可書を貰って来た!」

 

 俺達の足は前から突然登場したデオンに少し遅くなる。

 

「――貰ったわ」

 

 Xオルタの側に、武蔵の刀が輝いた。

 

 咄嗟に腕を掴んで、デオンの飛び越す様に俺達は階段をジャンプで降りた。

 

 その後ろでは、紙切れが舞い落ちていた。

 

 やられた――そう思って足を止めたが、今度はXオルタが俺を引っ張った。

 

「大丈夫。行きましょう」

 

 そう言って走り続ける後輩に足並み合わせてその場を去った。

 

「ふふ、外出許可は2週間に1回しか受け付けない。これでデートはご破算ね」

 

「あ、あれ? 私の外出許可は……?」

「え?」

 

 廊下の床に落ちた紙。

 真っ二つになったそれらの中央には、デオン・シュバリエと呼べる文字が書かれていた。

 

「あ」

 

「――やってくれたね、うどんサムライ!」

 

「ちょ、弁解! 弁解させて下さい!」

「問答無用!」

 

 上から、武蔵の悲鳴が聞こえて来た気がした。

 

 

 

「無事学園脱出だな」

「そうですね」

 

 なんとか迫り来る多くの生徒達をかわしつつ、俺とXオルタは学校外を出た。

 

 道中ずっと手を繋いでいたが、それを度々見ていたXオルタが嬉しそうに笑っていたので繋いだままにしておくか。

 

「それで、どこに行く気なんだ?」

「先ずは――」

 

 ぎゅるぅ、と聞き慣れた食欲旺盛な音が聞こえてきた。

 

 Xオルタは繋いだままの右手をそのままに、左手で首元のマフラーを掴んで恥ずかしそうに口を隠した。

 

「……食べに行きましょう」

「別に、今更恥ずかしがる事じゃねぇだろ? 3日に一回位のペースで聞いてんだし」

 

 途中で腕を若干強く握ってきたが、怒ったコイツが可愛いので構わず続けた。

 

「……部長の意地悪」

「へいへい、悪かったよ――っと」

 

 握力で勝てないと悟り、急に走り出したので合わせてやる。

 

「奢って貰います。一番高い所で」

「せめてしょっぱい物がある場所にしてくれよ?」

 

 俺の要求を完全無視する形で、男の俺には縁のないケーキやスイーツだけがショーケースに並べられた店に入った。

 

「さぁ、食べますよ!」

 

 机一杯にホールのケーキが乗った皿を並べ、頬張り始めるXオルタ。

 

 一応、大食いではなく美食家のつもりなので、1つ1つゆっくり食べている。

 

「こちらのチョコケーキはカカオ65%のビターな味わいです。先輩もどうですか?」

「いや、1人で食っていいぞ」

 

「どうですか?」

「いや、俺は――」

「どうぞ」

 

 押しが強い……じゃなくて、いつも以上に押してくる。

 普段なら俺が渡した菓子すら手に持ったら独り占めにするのに……

 

「わーったよ。全く…………ん、んめぇな」

「本当ですか!」

 

「お、おう……」

 

「良かったです。もっと食べて下さい。私の奢りです」

 

 椅子から立ち上がる程に喜んで、店に入る前は払わせる気満々だったのに奢るとまで豪語している。

 

 良く分からないが、機嫌が良くなるならもう少し位食ってやるかとチョコケーキを切り分けて皿に移した。

 

 もしかして俺に遠慮してるのかと思った俺はXオルタに声を掛ける。

 

「おい、別にお前が食っても――」

「――次はコレお願いします」

 

 と思ったら普通に残りのケーキを平らげて別の物を注文してやがった。

 

「あ、先輩ももう一個欲しいですか!?」

「……いらない」

 

 余り甘い物が好きじゃない俺の気分が見ているだけで悪くなりそうな程のケーキは、吐き気を上回る気持ちのいい食べっぷりによって緩和された。

 

「ふぅ……満足です」

「そりゃ良かったな……」

 

 あの量を十数分で食べ切った後輩にこの分野では勝てない事を悟りつつ、店を出た。

 

「で……この後どうするんだ?」

「ふぅ……腹ごなしも兼ねてショッピングモールに行きましょう」

 

 Xオルタが案内する様に腕を引っ張り、道中で軽く写真を撮りつつ俺達は目的地に着いた。

 

「先輩は何処か入ってみたいですか?」

「いや、ゲーセン位しかねぇよ。お前はどうだ?」

 

「私は……此処に入ってみたいです」

 

 指差したのはアクセサリーショップ。ビーズから宝石まで幅広い種類を取り扱っている……らしいが、俺には良く分からん。

 

「どれが私に似合うでしょうか?」

「俺に聞くなよ……なんだっけ? 誕生日石とか花みたいに言葉とかあんだろ? 店員さんに聞いてみるか?」

 

「中途半端なアドバイスですね」

「悪かったな中途半端で」

 

 結局何も買わずに出ていったが……やたら見てたネックレスがあった。

 

(まさかアイツ、先のケーキ払ったからか……?)

 

 いや、ホールのケーキを食いまくって、それで財布が尽きたならアイツが悪い。 

 

 悪いんだが……

 

(……っまあ、しゃーないか)

 

「あ、部長。私本屋で参考書を買いに行きますので少し待っていて下さい」

 

 そう言ってアイツが消えていくのを見届けた後に、再びアクセサリーショップに入った。

 

「……ん? 俺、もしかして誘導されてないか……?」

 

 妙な違和感を感じたが、まあ可愛い後輩の我が儘位聞いてやるかとあいつの見てたシトリンのネックレスに目をやる。

 

 値段は……学生からしたら結構な出費だが普段から大して使ってないし……まあいいか。

 

「今まで色気より食い気だったのに、急にどうしたんだか」

 

 女子に疎い俺は少し呆れながらも財布を軽くする事にした。

 

「――と、あいつも終わったか」

 

 会計を済ませてそとにでると、Xオルタが店から出てカバンの中に買った本を片付けている。

 

「待たせしました」

「買えたか?」

 

 俺の質問に頷きながら手を出してきた。

 

「はいはい」

「では次です」

 

 握ってやると視線を前へ変えて歩きやがる。

 そんなに照れるなら握らせなきゃ良いだろとは言わず、心の中に留めておこう。

 

 

 

 謎のヒロインXオルタは、悩んでいた。

 

(……デートって一体何をすれば……?)

 

 玲の周りの状況を知り、嫉妬や怒りに飲まれた彼女は強引に今日のデートを決行した。

 

 しかし本人が恋愛事に疎く、その上普段から行動を一緒にしている玲と学校を離れて歩いても何かが変わる事はない。

 

 一応、ネットで見た仕草で遠回しにプレゼントを強請れた。買ってくれたのは盗聴器で確認したので問題ない。

 

 だが――これ以上先は分からない。

 ゲームセンターで遊んで帰る? 否、それではデートの意味がない。

 

(先輩の心を掴まないと。今日はその為の日なんです)

 

 サーヴァントと戦える規格外な身体能力と戦闘センス。

 なら、ここは精神的に……そう思ったXオルタは握られた手指を動かして指と指を交互に絡ませる、所謂恋人つなぎをした。

 

「1階にゲームセンターがあります。

 その後、帰りにカラオケに寄りませんか? 此処を出て直ぐにあるそうです」

 

 玲に動揺した様な動きはない。

 

「別にいいぞ」

 

 既に時刻は4時近くまで回っている。今からゲームセンターで遊び始めれば、外が見えない事もあって暗くなるだろう。

 

 見た目は幼い彼女だが、今日は愛しの部長と共に大人になろうと背伸びした作戦を考えていた。

 

「まずはレースゲームです」

「軽く捻ってやるよ」

 

 騒がしい場所、しかしゲーム機の前に立てば2人だけの時間が始まった。

 

 

 

 

「お前、下手だなぁ」

「む……」

 

 挑んできた割にはこの手の操作になれていないのか、壁や障害物にぶつかり続けるXオルタと俺の間には順位で言えば8の差があった。

 

「よしよし、このまま一気に――っ!?」

「そのまま壁にぶつかってて下さい」

 

 突然、ハンドルが左に倒れた。

 Xオルタを見ると片手で操作に苦戦しつつ左手はこちらに向けていた。

 

「おま、念動力は無し、だろぉぉ!?」

 

 力づくでハンドルを動かすと今度は右に倒れ込んだ。

 

「――勝利です」

 

 座席型の筐体から降りてこちらにピースをした後輩の頭に、一切の迷いなく拳骨を落とした。

 

「……理不尽です」

「お前がな!」

 

 気を取り直す為にも、今度はシンプルな奴を選んだ。

 

「お、パンチングマシーン」

 

 取り敢えずこれでいいかと思って金を入れようとしたら、Xオルタが肩を叩いた。

 

「部長、弁償出来るんですか?」

「はぁ? 壊さねえよ」

 

 そう言って俺は上を指さした。

 そこにはサーヴァント用の文字があった。

 

「……自覚はあったんですね」

「ほら、どっちが上か勝負だ。純粋な筋力でだ」

 

 丸型の衝撃吸収材を思いっきり殴りつけた。

 

『EX』

 

「おっしゃ!」

「むぅ……」

 

 このままでは勝てない。

 勝負事に少しだけ熱くなっていたXオルタは本気でやろうと魔力を高め、握った拳を正確に中央へ――

 

「っわふぅ!?」

 

 ――叩き込む寸前で突然、両脇腹を俺に触られたせいで力も魔力も拡散し情けのない声を出した。

 

『E』

 

「ぶ、部長……」

「先の仕返しだ。可愛い悲鳴だったな」

 

「……度量の狭い事で」

「能力使ってまでハンドル抑えたお前が言うか?」

 

「ならば戦争です。ゲーマー7番勝負を宣言します」

「売られた喧嘩は買ってやるよ!」

 

 

 

 ……おおよそ、Xオルタの想定していた内容とは異なった展開だったが2人は時間が過ぎるのも忘れてゲームセンターで暴れ、時間を過ごした。

 

 2人の勝負は結局決着が着かず、最後のクレーンゲームで2人同時に景品が穴に落ち切らず店員を呼んだ。

 それがどうしても面白くて、2人で笑い出してしまった。

 

 そこで漸く、夕日が落ちる時間だと気が付いてカラオケボックスへ向かった。

 

「カラオケか」

「部長は何を歌いますか?」

 

「んー……まあ適当に検索するか」

 

 ソファに座り込んだ玲はタッチパネルを操作して歌を選び始めた。

 

 そんな玲の隣にXオルタは無言で座った。

 

「ん? 歌ならこっちに――」

「部長。キスしてくれませんか………あぅ」

 

 言ってしまった。

 

 自分自身の口から出た言葉で赤くなった顔を隠す様に、玲の肩に顔を押し付けた。

 

「……せめて、心の準備位しておけよ」

「うるさいです。ほんのちょっと煩悩が漏れただけで――」

 

 そんな彼女の額に玲は不意打ちでキスをし、頭を撫でた。

 

「――これでいいか?」

 

「あ……は、はい……」

 

 突然の感触に思わずおでこを両手で触って、戸惑いの表情を見せたXオルタを玲は笑った。

 

「これで我慢しろよ? 店員さんに見られると気不味いしな」

 

 そう言って再び歌を選び始めた。

 

(キスされたキスされたキスされたキスされたキスされた……!)

 

 幾らジュースを飲んでも歌を歌っても、彼女の顔から赤色が抜けない。

 

 互いに5曲ずつ終わった後でもそれは同じだった。

 

「……なぁ、自分から誘っておいて何で噛み噛みなんだ?」

「部長のせいです……トイレに行ってきます」

 

 Xオルタは立ち上がり、部屋を出ていった。

 

 ここ暫く、相手にされなかったり他の他の今まで浮かれていた彼女だったが、何かを思い出したかのように廊下でスマホを取り出した。

 

「おでこ……意味……」

 

 歌っている最中にキスの場所には意味があると言っていたクラスメイト達を思い出した。

 

「……っ」

 

 その結果に彼女は落胆した。

 おでこは友愛、愛よりも友情が強い事を意味する。

 

 そう書かれていた文の下には関係が長く続く等のポジティブな言葉が続いていたが、Xオルタの頭の中には玲に友情以上の感情で接している者達の顔が浮かんだ。

 

「やっぱり……駄目です」

 

 忘れていたストレスが込み上げ、独占欲が背中を押した。

 

「しっかり、部長を手に入れないと」

 

 

 

「もう8時だけど、まだ何処か行くのか?」

「もう1つだけ、付き合って下さい」

 

 カラオケも終わり、夜道を歩く俺達。

 疲れたのか口数の少ないXオルタの後を追いつつ、俺はカバンに目をやった。

 

(あのネックレス、今日中に渡したいんだがな……)

 

「着きました」

 

 横を見たXオルタに視線を合わせると、それはピンク色の看板とやけにカラフルなライトが特徴的な建物。

 

「……帰るぞ」

「部長……?」

 

「寝るならこんな所入んなくても寮があるだ――っ?」

 

 学園へ向かって歩き出すと、誰かに引っ張られたかのように体が硬直する。

 こちらに手をかざした状態のXオルタを見て、体に力を込めた。

 

「っ、うらぁ! ――っ!?」

「流石部長。私の見えざる手を振り切りましたね」

 

 違う。力を込めて破ろうとした瞬間、スキルを解いて勢い余った俺の体を再び掴みやがった。

 

「部長の力は強大です。ですが、サーヴァント候補生である私はそんな強大なマスター候補生である先輩から魔力が供給されています」

 

 Xオルタは自分のカバンに手を突っ込むと、見覚えのある物を取り出した。

 

「それは!」

「はい。魔力パスリングです。

 先生に頼んで作って頂きました」

 

 それを袖越しに装着しつつ、近付いて来るXオルタ。

 

「通常の供給に加えてこれで魔力を貰えれば部長の力を上回れます」

「っは! そう簡単に……行くか!」

 

 近付いて来た所で見えざる手を今度こそ振り切って、拳をXオルタに――叩き込むより先に、後ろへ飛んだ。

 

「っ危な!?」

「ネクロカリバーを躱しましたか……ですが」

 

 再び見えざる手が発動する。俺の体が何かに抑え付けられている。

 

「手加減はしません。部長を手にする為に……倒されて下さい」

 

 そろそろマジでやばい。

 見えざる手を解除する為に力を入れれば、無理な体勢で剣に応戦しなきゃならん。

 

 解除と同時に距離をとっても、結局捕まってイタチごっこだ。

 

「部長が、悪いんです!

 私の、前で! 平気な顔で! 女子生徒と喋って!」

 

 いつになく真剣で、鬼気迫る顔で剣を振るっている。

 

「私には、お菓子しかくれません!

 まるで、ペットみたいに! 子供をあしらうみたいに!」

 

 滅茶苦茶な剣筋を躱して、止まって、躱して、止められる。

 

「私は唯の可愛い後輩ですか? 面倒な女ですか?」

 

 ――だけど、いい加減口が過ぎたな。

 

「その通りだコノヤロー!」

 

 振られた刃を、受け止めた。

 

「カバンで――」

「毎回毎回バカみたいに食いやがって、しかも大体俺に強請るし!」

 

「あぅ……まだ!」

 

 驚いた隙に剣を手から蹴り飛ばしたが、それを空中で静止させた。

 

「女子との会話くらい良いだろ! モテ期の内に思い出作りさせろ!」

 

 再び取られる前にカバンで一発頬を殴って――っち、顔を捻って威力を殺したか。

 

 その一瞬の内にもう手に剣が戻ってやがる。

 

「駄目です。他の女が思い出に残るのも許しません」

 

「なら他の女との昨日より良い思い出を、俺に今日作ればいいだろ」

 

 剣を構えたXオルタは、その輝きとは対象的な弱々しい表情を浮かべる。

 

「そんな事……私には――」

「――出来るに決まってんだろ。

 好きな奴との1秒は、他の女の1時間より記憶に残るもんなんだよ!」

 

「っ――あ」

 

 驚いたXオルタの隙を突いて、今度こそ遠くまでネクロカリバーとやらを蹴り飛ばした。

 

「……好き……?」

 

 拾いにいく素振りも見せないアイツを見て俺は地面に落ちたカバンを拾った。

 

 良かった。全く切り裂かれてない。

 

「先輩、私の事、好きって……」

「全く……」

 

 中から到底無事とは思えない歪んだ形をした箱を取り出した。

 

「……これは」

「アクセサリーショップでやたら見てただろ」

 

 丁寧に包装されてたのになぁ、と残念がりつつ中身を見せた。

 

「シトリン……だっけか? ネックレスだ」

 

 そう言ってぼーっとしたままのXオルタの首に回した。

 

「ああ、くそ……こういうの初めてなんだ……上手く行かねえな……」

 

「……ゆっくりで、構いませんよ」

 

 気を遣わされたのが悔しいので、少しだけ急いで繋げた。

 

「ほらよ」

 

 黄色い宝石が、Xオルタの胸元で輝いた。

 

「……暗くて、よく見えません」

「あっち向けよ。派手な光があるぜ?」

 

 そう言ってコイツが誘って来たラブホを指差してやった。

 

「……本当に意地悪な先輩ですね。素直に褒め下さいよ」

 

「……綺麗だよ。お前の目には負けるけどな」

 

 クサイ、余りにもクサイセリフ。

 

 クサ過ぎて俺は顔を反らして、こいつに至っては笑いながら泣き出しやがった。

 

 

 

 

 

 

「――と言う訳で金輪際、私の部長に近付かないで下さい」

「おーい、独占欲止まってねぇぞ?」

 

 部室で俺のやったネックレスを見せびらかすXオルタ。

 

「へ、へぇーそんな物貰って舞い上がっちゃたんだ? 可愛いわねぇ?」

 

「ジナコ。ジャンヌオルタは喜んでいるのか?」

「喜んでないっすよ。どう見ても喧嘩売ってるじゃないっすか」

 

「えっちゃん! どういう事ですか!? メインヒロインの私を差し置いて!」

 

「あ、敗北ヒロインXさん。こんにちわ」

 

「ほほう? かつてない殺気が溢れて来ます。

 さてはセイバーだなオメー」

 

「部長がお相手しますよ? キャスター(物理)ですよ?」

 

 誰が脳筋キャスターだ。て言うか自分の喧嘩は自分でやれ。

 

「シトリンね……」

「沖田ちゃんには良く分からないがなんかムカムカするぞ」

 

「……さて、此処での報告はこれで十分ですね」

「おう。十分な挑発だったな」

 

 そう言って部室を離れようとすると、式が立ち上がりXオルタに耳打ちする。

 

「貴女、その宝石の意味は知っているかしら? 宝石言葉は友――」

「――部長から直接もっと意味のある言葉を貰ったので」

 

 ドヤ顔で切り返した。

 それを見て式の顔が鋭くなった。

 

 あれは、次に会った時に刺すつもりだ。 

 

「じゃあ次に行きましょう部長」

「どこ行くんだよ?」

 

 

 

「……んあ?」

 

 現実で目を覚ました。

 すると横にはXオルタがいた。

 

「おはようございます。ご家族に報告に行きましょう」

 

「いや待て……そもそもFGOやってる奴にしか見えないんじゃ――」

「――なら弟さんにだけでもご報告しましょう」

 

 引っ張られるまま一緒に真の部屋に向かった。

 

「たのもー」

「どういうテンションな――」

 

 ――そして眼前に広がる光景に、思わず腕を鳴らした。

 

 青いコートの金髪変態女が弟に覆い被さっているの目の当たりにしたら、そうなってしまっても仕方ないか。

 

「やあっ……義兄上殿、ご機嫌麗しゅう」

「そうか、そんなに俺の機嫌がよく見えるか? そうかそうか……!」

 

「あ、えっちゃんも来たんだ!」

「お兄ちゃんのお嫁さんのえっちゃんです。

 これからは義ねぇっちゃんと呼んでください」

 

「え、お嫁さん!?」

 

「真。ちょーっとこいつらに用があるからな。待ってろ」

 

 俺はライネスの首根っこを掴んだ。

 

「ご婚約おめでとう義兄上殿」

 

「おう、そして今日がお前の命日だ」

「何故だ。何もしていないんだ、未遂だ」

「なら半殺しで許してやる」

 

 

「……むぅ……真さんに対する思いには、まだ勝てませんか……」




因みに作者の一番好きな宝石はアメジストです。紫色でお手頃価格なのが最高です。(真実の愛? 知らない言葉です)

次回はTwitterでの当選者、そこら辺のだれか さんです。


オリュンポスの胃もたれが漸く抜けて来ました。アレは本当に筆の進みに影響しました……今回は大したサーヴァントを呼べず、ストーリーの後はPU1が引けない体になっていました。
もしカイニスを引いたら暫くすまないさんになってしまう自信があります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼らの家庭未来図 【4周年記念企画】

今回は そこら辺のだれか さんの話です。

毎度お待たせして申し訳ないです。


あの3人が未来の娘と相対する……さてさて、どうなる事やら。


 公園の様な場所で目を開き、目の前にいる2人の人物を見て半分程度の事情を察した不良高校生、玲。

 

 その横には彼にひっつく小さな子供がいた。

 

「……おいおい……いつから此処は託児所になったんだ?」

 

 そう言った玲は小さな黒髪で白いセーラー服姿のメガネ美少女の手を握りつつ、山本と陽日の前まで歩いた。

 

「いかにも洋画で言いそうな台詞だ」

 

 その台詞に既視感を覚えた山本もまた、ベンチに赤いドレスの少女を座らせていた。

 

 左右で三つ編みを揺らしたロングヘアーのその子は、両手を膝に乗せて玲へ頭を下げた。

 

「お、分かってんな」

 

 山本に返事をしつつ、少女には手を振って返事を返した。

 

「……呑気すぎない?」

 

 陽日は普段通り、だだっ広い公園の何処から用意したのか一切不明なベッドで寝ており、その横には銀髪の少女が寝ている。

 

「一番呑気な体勢なお前がそれを言うか?」

「そうだよ。……これで、後1人かな?」

 

「残念だが今回はお前達3人だけだ」

 

 普段通り最後の犠牲者である切大の到着を待とうとした3人の前に、復讐者であるエドモンが現れた。

 

「なんだ? アイツだけ休暇か?」

「そんな所だ」

 

 実際は切大だけもう体験した悪夢なので参加させず、普段通り複数のサーヴァント達に襲われる悪夢を味わっているのだった。

 

「それで、今日はなんだ? ちっこくなったサーヴァントの世話でもすりゃあいいのか――あだっ」

 

 膝を抓られた玲は少女を少し睨む。

 

「誰がちっこいですか、お父さんのバカ」

「悪かったなXオルタ。でも普段と比べりゃ――ん? お父さん?」

 

 今度はエドモンを睨んだ。

 

「そうだ。その娘達はお前達とサーヴァントの間に出来た娘だ」

「…………娘?」

 

 流石の陽日も顔を少し上げて言葉を繰り返した。

 

「そうだ。今回はこの公園を親子で散歩してもらう。好きに周ればいいが、最低でも4つのポイントに行ってもらう」

 

 そしてエドモンは設置されていた地図で簡単にポイントを説明しつつ、ウォーキングエリアに入ったら母親のサーヴァントが現れる事を告げた。

 

「あ、じゃ、じゃあ僕は先に……!」

 

 その説明を聞いて山本は足早に去っていた。

 

「あいつ……推しとイチャイチャ出来るからって浮かれてんな」

 

『ギャァァァァァ!!』

 

 響き渡る大絶叫。

 

 その声に玲と陽日は顔を見合わせ、呆れ合った。

 

「さあ、お前達も疑問が無ければ向かえ」

「よーっし。流石に誰かは分かるが、こいつの母親に会いに行ってやるか」

 

「もう少し……寝る……」

 

「やはり、貴様は直接呼ぶしかあるまい」

 

 エドモンが陽日に強制手段を取る中、玲は絶叫が聞こえたウォーキングエリアへと向かう事にしたのだった。

 

 

 

「マスター! 今日は親子でお散歩ですね!」

「なんでだよぉぉぉ!!」

 

 階段を登った先の舗装された道には、山本の野郎と一緒に白いドレスのサーヴァント、セイバー・リリィがいた。

 この組み合わせはいつかの温泉ぶりだな。

 

「よくもまあ、あんな可愛い女の前であんだけ残念そうに叫べんな……またか?」

 

 抓られたので再び横を見てやると、Xオルタによく似た子供に抓られた。

 

「平気で他の女性を見過ぎるお父さんは嫌いです」

「俺はまだ結婚してないからな」

 

「結婚してても続いているのでもっと質が悪いです」

 

 そんな会話をしつつウォーキングエリアへ入って倒れ込んだ山本の肩を叩いて励ましてやった。

 

「ほら、さっさと立ってて。見苦しい」

「酷い!? 励ましくれてない!!」

 

 うるさい野郎だ。こんだけ元気なら問題ねぇだろ。

 

「モーさんが来てくれないなんて――」

「――またモードレッド卿ですか、マスター?」

「この時もこんな感じなんですね、父上?」

 

 正面の俺を見ていた山本の両側をセイバー・リリィとその娘が顔を近付けて挟んだ。

 

「そんなにモードレッドさんが良いんだ……ふふふ、持って来ておいて良かったです」

 

 父親の趣味に合わせたであろう赤いドレスのスカートのポケットに手を入れると、真っ赤なヘアゴ厶を取り出した。

 

「……はは、いい趣味してる」

 

 察した俺はこれ以上山本の公開処――家族団欒を邪魔するのは悪いと思って背を向けた。

 

 謎のヒロインXオルタが待っていましたと言わんばかりの目で俺を見ていた。

 

「よう」

「部長、私より先にその娘とイチャイチャしてますね」

 

「おいおい、自分の子供に焼き餅か?」

 

 俺は見せつける様に娘の頭を撫でてやる。

 

「……はぁ……」

 

 一度溜め息を吐いたXオルタは俺達に近付いて、娘の手を握った。

 

「なら今日は部長が謝罪しない限り、触らせません」

 

 拗ねた。そうは言ったが、ヤンデレなコイツがそれに耐えられるのか?

 

「取り敢えずあっちの池にでも行ってみるか」

 

 俺の提案に2人が頷いた。

 3人で会話しながら歩くが、やはりXオルタの関心は娘のいる未来の話だ。

 

「お父さんは何も変わってない。何時も女の人にちょっかい出されてる。おでん屋の人や、着物を来た人、仕事疲れのOLに、定時に帰ってくるお母さん」

 

「おいおい、その言い方だとXオルタも邪魔みたい――睨むなよ」

「邪魔です」

 

「「え?」」

 

 2人して同時に疑問の声が漏れた。

 

「そういう所です。普段はそっけなく喧嘩ばかりなのに、変なタイミングで息が合ってるんです」

 

「そんな事言われてもなぁ……流石に本当に嫌いな奴と結婚する訳ないだろ?」

 

「…………」

 

 おい、この程度で照れんな。顔逸らすな。

 俺も恥ずかしくなる。

 

「……お父さんは、私の事は好きじゃないの?」

 

「勿論、大好きに決まってんだろ。

 俺とこいつが本当に結婚して生まれた娘なら、死んでも守ってやる位にはな」

 

 その台詞に、Xオルタは無言で顔を両手で隠して、娘は呆れた様に溜め息を吐きやがる。

 

 その姿が面白いので思いっきり悪い笑みを浮かべた。

 

「はぁ……だから、お父さんウザいです」

「おいおい、傷付くぞ?」

 

「いっそ粉々に出来たら良かったのに……」

 

 我が娘ながら口が悪過ぎる。

 

「……娘はそんなに私達が嫌いですか?」

「違います。お父さんは好きですけど、お母さんは嫌いです」

 

 そう言ってるけど今も手を離さない娘。

 Xオルタは少し俯いた。

 

「だって、お父さんと結婚するのに一番邪魔ですから」

「……え?」

 

 いや、睨まれても俺もわかんねぇよ。

 

「いやいや、そもそも娘と親じゃ結婚出来ねぇだろ?」

「出来ますよ? サーヴァントユニバースには多種多様の惑星とそこに住む生命体がいますので、近親を許す場所ですれば良いんです」

 

「……」

 

 だから睨むなって。

 

「結婚って言われてもなぁ……」

「それについては運が悪かったなと自分でも思います」

 

 頬を染め、繋いでいた娘の手が動いて指同士をカップルの様に絡ませた。

 

「私もバーサーカークラスのサーヴァントなので……趣向が理性よりも本能を重視する事が多くなってるんです」

 

 体を擦り付ける様に密着する娘。俺が引き剥がすより先に、Xオルタが首根っこを掴んだ。

 

「くっつかないで下さい」

「お母さん、私に嫉妬してる? こんな小さい娘に?」

 

 俺の煽りもしっかり引き継いでるのか。

 

「なるほど。どうやら私はとんでもないエネミーを生み出してしまった様です。ならば、貴女を止めるのも親である私の役目」

 

 そう言って制服からフードを被った甲冑姿へと変わった。

 

 互いに手を放し距離を取る。

 

「私に勝てるとでも? 誰が父親か忘れたんですか?」

 

「母親の偉大さを教えてあげます」

「まだ学生気分のくせに」

 

 そして、魔力を高まらせ開戦と同時に公園ごと吹き飛ばす威力の攻撃を放とうとする2人。

 

「…………ふんっ!」

『あっう!?』

 

 流石に止めるべきかと、2人のおでこにデコピンをくれてやった。

 

「公園散歩しようって時に周囲を吹き飛ばす気か! 全く……ん?」

 

 見ると2人揃って気絶してる。

 魔力を目の当たりにして少し手加減が狂ったらしい。

 

「……しょうがねぇ、運んでいくかぁ」

 

 背中にXオルタ、両手で娘を持ち上げた。

 

 池の側にある大きな木を目指す道中、運んでいる2人が同じ笑顔を浮かべている事には一切気づかなかった。

 

 

 

「母上、父上が一切動きません。置いて来ましょう」

「そんな事言わないで……マスターは私が運んで行きます」

 

 セイバー・リリィと自分の子供。

 

 僕が愛したモードレッドが相手じゃない事もショックだが、それ以上にこの子が恐ろしい子だった。

 

 モードレッド限界オタクの僕から見ても完璧な髪型と、血縁的に親しい事もあり違和感の無い“こどモードレッド”になっている。

 

 なっているが……

 

「“母上の手を煩わせるなんて、ロクでもねー野郎だなぁ?”」

 

「うっ!?」

 

「“何キモい声出してんだ? 自分の娘にこんな事言われて、恥ずかしくねぇのかよ?”」

 

 耳元で囁かれるCVモードレッドの罵倒は僕に効果抜群だった。声を聞いて思わずうめき声が出てしまう。

 

「マスター? その子のモードレッド卿の真似、そんなに気に入ったんですか?」

 

「い、いや別に……」

「“マスターはオレの事なんか好きじゃねぇよな? ……好きじゃない、のか?”」

 

「好きですっ! ――あ」

 

 瞬間、セイバー・リリィのカリバーンと子の剣が首を挟んでいた。

 

「父上、この声に反応して答えては駄目って言いましたよね?」

「マスターのそれは、やっぱり呪いかもしれませんね? 一度マーリンに見せた方がよろしいかもしれませんね?」

 

「ご、めんなさい……」

 

 命の危険に素直に謝るしかなかった。

 

「はぁ……父上、いいですか?

 父上はどう頑張っても、どんなに足掻いても、どんだけ泣き崩れても母上と結婚するんです」

 

「なんでそんな未来に……」

「捕まったからです」

 

 それなら結婚じゃなくて監禁じゃないか!

 

「毎日牢屋に閉じ込めれ、子供も成したのにモードレッド卿を渇望する父上を不憫に思った母上が与えたのが私の教育への選択権です。

 モードレッド狂の貴方が私を全身真っ赤コーデにするのに時間は掛りませんでした。声すら真似できる英才教育でしたね」

 

「…………」

 

 つまり今、僕は未来の自分からの自爆テロで苦しんでいるのか。

 

「そんな子供に趣味趣向を押し付ける父上と過ごした私の心には、憐れみを含んだ同情と、それに等しい愛情があります」

 

 立ち上がる様に手を握って引っ張ってくれる。

 

「“なわけあるか! お前にんなもんねぇよ、くそ親父!”」

「えっ!?」

 

「当たり前じゃないですか。母上の方が不憫で報われなくて悲しいです。何十年間檻に引きこもった父上を世話してると思ってるんですか?」

 

「え、えぇ……?」

 

 普通不幸なのは監禁され続けている僕なのでは……?

 

「そうなんですか……今と変わらないんですね……」

 

「別に今はまだ捕まってないよ」

 

「母上、心中お察しします。ですが安心して下さい。私の時代では父上はもうすっかりラブラブですよ」

 

「そうなんですか!?」

 

 え、何その嫌な未来。

 

「はい。数年掛けてこの声真似で毎日毎日罵倒してあげました。最初の1年は嬉々として聞いていましたが、段々私の事を娘だと認識した結果、罵倒されて喜ぶ自分に嫌気が差して、父上は母上の魅力に屈したんです」

 

 魅力にどうのじゃなくて心が折れただけじゃないかな?

 

「そうなんですか。良かった……」

「良くないよ⁉」

 

「未来にすら希望がないのなら今ここで心中してしまおうかと思いましたから……」

 

 やっぱり良かった。生きるって素晴らしい。

 

「では父上、此処で犬死したくなければ歩きましょう」

「は、はい……」

 

 小さな子に脅し、引っ張られる形で僕達は公園の散歩を漸く始めた。

 

 

 

「マスター、どういう状況ですかこれ? この娘は……私? にしては随分魔力の質が……?」

「ふぁぁ……お母様……」

 

「だ、誰がお母様ですか!? あ、ちょっと引っ張らないで下さい!」

 

 マントの人……エドモンが消えて直ぐに、以前も会った気がする小さいサーヴァント……カーマ? が歩いてきた。

 先から隣で寝てる子供は近付いて来た彼女を布団の中へと引っ張った。

 

「えへへ……小さいお母様と一緒……」

「ちょ、っと!? マスター、どうにかして下さい!」

 

「ん……あと5時間……」

 

「待てませんよ!?」

「一緒に寝よう? お父様も一緒だよ?」

「そ、そんな事ではなくて……!」

「お母様、お父様の隣で寝たいでしょう?」

 

 娘にせっせと詰め込められ、毛布と布団に挟まれたままカーマは陽日の顔を直視した。

 

「あ――」

 

 すぐ隣で暴れられて迷惑そうに少しだけ目を開いて自分を見る陽日に、普段は見れないその近さに愛の女神はときめいた。

 

「――じゃなくて!?」

 

 しかし、そこで飲まれる程不用心でもなかった。

 

「んー……普段のお母様なら今ので大人しくなるのに」

「私と同じ力ですね……なんのつもりですか?」

 

 自分と同じ愛の魔力を不快そうに払って目の前の子供を睨んだ。

 

「だって、こうしないと一緒に寝てくれないんだもん」

「娘がいるとは聞いていましたが、私は見知らぬ娘を信用したりしません。

 マスター、取り敢えず起きて下さい」

 

「……ふぁ……うるさいなぁ……」

 

 流石に真横で騒がれては堪らないと、陽日も目を覚ました。

 

「この娘、ヤバイですよ。

 私の能力とマスターの睡眠欲が合わさって、起こそうとする周囲すら怠惰の渦に巻き込む恐ろしい存在になってますよ」

 

「ふーん……じゃあ、結婚しなければそうならないかな?」

 

「な、なんて事言うんですか!?」

「お父様、それは良くありませんよ!」

 

 究極的な回答をした彼に2人は同時に狼狽え、叫んだ。

 

「マスターさんみたいなダメ人間は、私のような完璧な女性と結婚して漸くまともな人生を歩めるんです!」

 

「お母様と結婚すれば将来安定、一生寝ててもお世話してくれるんですよ! もったいないです!」

 

「2人とも俺を要介護人物として認定しているんだね」

 

 地味にショックだったのか、陽日は2人から顔を反らした。

 

「そういう訳でお母様。私はお父様と寝てますのでベッドを引っ張って運んで下さい」

「はぁ? なんで私が運ばなきゃいけないんですか?」

 

 カーマの言葉は最もで、本来ならヤンデレ・シャトーから脱出したい当人が頑張るべきだ。

 

「良いんですか? あんまり遅くなると、お父様へのペナルティとして他のサーヴァントがやって来てしまいますよ?」

 

「それは……仕方ない、ですね……」

 

 観念した表情でベッドの縁に繋がれている紐を掴んで歩き出した。

 

 引きずってはいるが苦ではない。

 手に端末を持った娘の指示にしたがってカーマは歩いていく。

 

「全く…………そう言えば、なぜ最初に私を眠らせようとしたんですか?」

「ごめんなさい……寝起きでつい何時もの癖が……」

 

「貴女も睡眠欲に素直なんですね……はぁ」

 

 未来の自分は何処で育て方を間違えたのかと言う溜め息は、空へ消えていった。

 

 

 

「マスター、食べ物を買ってきますので此処で暫くお待ち下さい!」

「分かった……」

 

 セイバー・リリィと辛辣な娘に挟まれながらも、なんとか大きな木やベンチ等のポイント3つを通ってきた山本。

 

 しかし、姿形と声がモードレッドそっくりな娘に迫られ彼の価値観は大きく揺らいでいた。

 

(モードレッド、うう……好き……好きな筈…………推しだ、推しなんだ……)

 

 最早自分に言い聞かせて無いと不安になるレベルだった。

 

「父上? 大丈夫ですか?」

「もう勘弁してくれぇ……」

 

「はぁ……反省している様ですし、虐めるのはこれくらいにしておきますね」

 

 そう言って山本の体を抱き締めた娘は、耳元でそっと囁いた。

 

「“ごめんな、マスター? オレ、マスター相手に辛く当たっちまったよな?”」

「だから、もうやめーー!?」

 

 驚く事に、そこには娘の小さな腕では無く本物のモードレッドの腕があった。

 否、本物のモードレッドに抱きしめられているのだ。

 

「な、なんで――」

「もう、オレの事、嫌いになっちまったか?」

 

「そ、そんな事無い!」

「本当か?」

「勿論!」

 

 当然、これはセイバー・リリィの娘である彼女の能力なのだが山本は気付かない。

 

(アンノウン・キング・ストーリー……母上が父上と共に騎士王の悲劇を乗り越えた事で私に生まれた宝具ですけど……この父上はまだ知らないですよね)

 

「うぉー! モードレッドの抱擁ぉ!」

 

(このモードレッド好きが全てを塗り替えたのが複雑ですけどね……)

 

「クンカクンカクンカ……!」

 

 段々と本物のモードレッドの前にいると思い込み、タガが外れていく。

 

(あ、やばい。飴が過ぎましたね。理性を失ってます)

 

「モード、レッドぉ……」

 

 娘に対して甘えた声で呼び掛ける。呼びかけられた娘も、それを聞いて少し顔を綻ばせる。

 

(うーん、でもこのまま母上のいない内に父上を頂いてしまっても良いんじゃないでしょうか?)

 

「へへへ――あだぁ!?」

 

 娘が禁断の関係に乗り出そうかと考えていると、山本の後頭部に何かがぶつかった。

 

「え……靴?」

 

 落ちてきた物を確認した娘が慌てて父親の後ろを見ると50m程離れた位置に片足だけ靴の無い男、玲が立っていた。

 

「ったく……」

 

 ピョンピョンと片足飛びであっという間に距離を詰めて自分の靴を拾い上げた。

 

「自分の娘に此処まで良い様にされやがって、全く」

「痛っ……はっ⁉ モードレッドは!?」

 

 慌てふためく父上に少し呆れながら、娘は玲を睨んだ。

 

「別に親子だろうと恋路は邪魔しねぇよ。けど、他人の皮で付き合うなんざ、お前の望みじゃねぇだろ?」

「……そうかもしれないですけど、何も知らない他人に言われたくないですね」

 

「そうかい。

 じゃあ過ぎたお節介だったわ」

 

 遠くから自分の子供と謎のヒロインXオルタの呼び声が聞こえて来たので振り返りつつ、山本の頭を軽く叩いた。

 

「痛ったぁ!!」

 

「その程度で騒ぐなよ。ほら、嫁さん来てるぞ」

「いや、だからセイバー・リリィは別に嫁じゃ……っひぃ!?」

 

 大量の食べ物が入った買い物袋を片手に持ったリリィにカリバーンを向けられて、地獄の住人の如く震え上がる山本を背に玲は去っていった。

 

「また他の女をナンパですか?」

「お父さん、やっぱ今の内にその癖を直しましょう」

 

 目が座っている2人を見て、こっちも中々地獄だなと玲は不敵に笑った。

 

「うっわぁ……皆さん活動的ですね。ちょっと羨ましくなってきました」

「お母様、休憩します?」

 

「そうですね、ずーっと休憩中の貴方達と違って私はちょっと疲れました」

 

「寝ます?」

「寝・ま・せ・ん! 私が寝たら、誰がこのマスターさんを運ぶんですか?」

 

「うーん、流石に馬車馬の如く働かせ過ぎましたね……お父様がもっと励ましてくれれば簡単に働いてくれるのに……」

 

「誰が簡単ですって?

 ずっと気になっていましたけど、私の娘の癖に私の事舐めてますよね?」

 

「……ち、違うんです……私、本当にお母様を愛していて……」

「愛の女神の私にそんな泣き落としが通用すると思ってるんですか!」

 

「……あのさ、先から親子っていうか姉妹みたいだよ」

 

「これはマスターに合わせてこんな姿になっているだけです! 

 その気になれば、ほら!」

 

 カーマは霊基を変え、大人の姿に成って胸を強調する様に両手を広げる。

 

「どうです? 以前は胸枕など散々な言い様でしたが――」

「――へんしーん」

 

 やる気のない声で娘が叫ぶと体が発光し、娘の姿もカーマ同様大人の姿に変わる。

 

「……どう?」

「そのスキルまで持っているんですか!?」

「うん! 私、お母様とお父様が大好きだから、2人の望む姿を見せられるの!」

 

「……寝にくそうだ」

 

 子とカーマの上半身を見て同情の色を含んだ声を出す陽日。

 

「これを見てそんな感想が出るのはマスターだけですよ!」

「お父様は見境なく欲情する様な方じゃないですからね。

 まあ、お母様はそれで苦労したとは聞きましたけど……」

 

「子供にする話じゃない……うぉ」

 

 カーマが陽日の手首を握り強引に引っ張り上げた。

 

「さぁ、マスター? 寝起きの運動です」

「………………しょうがないか」

 

 十数秒の間の後に陽日の口から出た言葉を聞いて漸くカーマは笑みを浮かべる事が出来た。

 

 怠そうに、手を握られてアクビをしながら歩く父親の姿に娘は何処か満足そうな表情を浮かべて後を追った。

 

 

 

「……眠ってます。疲れたんでしょうね」

「だろうな」

 

 ベンチに腰掛けて互いにボロボロのままXオルタと言葉を交わす。

 

 辺りは木が倒れ、草が焦げ、しまいには地面がえぐれ散らかしているので此処くらいしかろくに座れなかったが。

 

「まさか……お前と組んでたとはいえこの歳の娘に傷を負わされるとはな……」

「部長と私の娘ですから当然ですね」

 

 誇らしげな……いや、完全にドヤ顔で言い切るXオルタ。疲れてなかったら叩いる位に顔がうざい。

 

「あ、怪我した所を見せて下さい」

「治療ならもうしたぞ」

 

「……舐めようと思ったのに」

「ばっちぃからやめとけって」

 

 現実に戻ったら鍛え直すかと考えつつ、俺は娘を見る。

 

「……幸せそうだな」

「私もですよ」

 

「そっか……なら、いいだがな」

 

 その言葉を最後に俺達は夢が覚めるまで、今の時間に体を預けた。

 

 

「……あ、お饅頭の屋台があるので買ってきますね」

「やっぱり、お前なら言うと思った」

 

 

 

「マスター……逃しませんからね……ふふふふ」

 

「寝言が怖い……」

 

 魔力を消費し、草原で寝るアルトリア・リリィに恐怖心を抱いて後退りした。

 

「父上」

「……何?」

 

 この子も怖いけど。

 

「私、聞きたい事があったんです」

「何、を?」

 

「私が産まれて、幸せですか?」

 

 そう聞かれて、僕は言葉に詰まった。

 

 産まれて来た彼女に罪は無い。

 モードレッドへの気持ちとか、セイバー・リリィへの恐怖はあるけどこの子の存在自体にそれは関係無い。

 

「えっと……正直、上手くは言えないんだけど……娘に会えたのは、良い事だと思ってるよ」

「そうですか」

 

 娘がそう言うと、段々周りの空間が薄らいでいるのが分かる。目覚めの時間だ。

 

「そういえば……自己紹介がまだでしたね」

 

「私は、モードレッド。

 母、アルトリア・ペンドラゴンと父の間に生まれた、山本・モードレッドです」

 

「……え?」

 

 その顔を待ってましたと言わんばかりの笑顔を最後に、僕は夢から弾き出されたのだった。

 

 

 

 

「――推しの父親ぁぁぁぁぁ!?」

 

 その日最初に叫んだ言葉は、街中に響き渡って陽日すら起こしたとか起こしてないとか。

 

 




爆死が続いております。武蔵ちゃん、スカサハ師匠、魔王ノッブ。
大人しく水着を待ちたいと思います。

次回はハーメルン側の 陣代高校用務員見習い さんの話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

清姫と一緒 【4周年記念企画】

今回の当選者は 陣代高校用務員見習い さんでした。
作者である自分があまりイベントネタをしないせいか、エイプリルフールの話です。

切大君、出番でーす。


 

「今日はエイプリルフールだ」

「それがまず嘘なんだけど」

 

 それはもう1ヶ月以上も前の行事だっただろうが。

 

「聞け。今回は貴様のマイルームが悪戯にも特異点になった。エイプリルフールの日で固定されている」

「質が悪いどころかエゲツないな」

 

「これを解決するのは簡単だ。嘘の概念を嫌う者と共に一夜過ごせばいい」

 

 蛇の気配と、焦げた鐘の匂いが脳裏を過って離れない。

 

「それは死んでくれと言った方が早いんじゃないか?」

「今回はあのバーサーカー娘と過ごして、取り敢えず生還を目指せ」

 

 取り敢えずって言ったな。

 エドモン・ダンテス、それが無理難題と理解した上で言った。

 

「……何故睨み続けている?」

「そりゃ旅行先の旅館で寝ている俺にこんな悪夢をプレゼントしてくれちゃったら睨みたくもなるだろうが!」

 

 特異点出来ちゃった……みたいに言うけど、作ったのお前だからな!

 

「……この説明口調の時は大体他のアヴェンジャーの調整ミスで出来た悪夢だ」

「……因みに誰の?」

 

「匿名希望の魔女だ」

 

 それ、匿名の意味なくないですか?

 

 

 

「……知らない天井……じゃなくて、知ってる清姫だ!?」

「はい、よくご存知の清姫です」

 

 最初に見たのは、満月の様な黃色以外が輝かない瞳と若葉を思わせる青緑の髪。

 

 いきなりその盲目的な視線を浴びるとは思っていなかったので、思わず後退りながら上半身を起こした。

 

「逃げるのですか? 生前の様に?」

 

 そんな俺の正面にスッと近付いて、微動だにせずに俺の目を覗き込む。

 エイプリルフールでいつも以上に気が立っているらしく、俺を生前――清姫伝説の安珍だといつも以上に思い込んでいる。

 

「逃げない、逃げないから!」

 

「うふふふ、そうですね。もう二度と、逃げたりしませんよね?」

 

 不味い。

 彼女の嘘嫌い属性が全面的に出ているせいなのか、俺の発する言葉全てが契約の様に重い物になっている気がする。

 

「今日は此処で……清――2人、っきりなのか……?」

 

 確認する為に出す言葉も、何度か修正を加えてから絞り出した。

 清姫は目を笑わせずに微笑み、頷いた。

 

「ええ、そうです。マスターと共に過ごして4月1日の呪縛を滅ぼすのが私の役目です。

 なんと悍ましい行事でしょうか……マスター、どうかもっと側に……」

 

 俺の胸に顔を乗せ、上目遣いでこちらを見上げる清姫。

 普段よりも可愛い仕草だが、俺には蛇が噛む場所を値踏みにしている様にしか見えない。

 

「……マスターの肌に触れて、体が火照ってしまいました」

 

 顔のすぐ下から、甘えた声が耳に届いた。

 

「……包み隠さず正直に申しますと、その……夜枷を……」

 

 恥ずかしそうにそう言った清姫の顔は俺を避けるように俯いた。

 

「……」

 

 言い切れず俺の言葉を待っているようだ。

 

「……駄目だ。今は、特異点をなんとかするんだろ?」

 

 俺は俯いたままの清姫を抱きしめる。

 

「俺は決して側を離れない。

 今は、それだけでいいか?」

 

「……はい」

 

 抱きしめ返す清姫を見て、一先ず安心した。

 どうやら最速灰化ルートは回避できたらしい。

 

「……これから、どうしようか」

「旦那様は何も心配せずに、寛いで下さいまし。私が、此処でのお世話を致します」

 

 満足したのか、両腕を下げて俺からするりと離れた。

 しかし、その瞳には未だに光が無く油断出来ない。

 

 マイルームは一応、ユニットバスがあるが一日中籠もっているとなると遊びの少ない場所ではある。

 

 襲撃の危険は無い。他のサーヴァントが侵入する事も無い。

 この状況で清姫が何もしてこない訳がない。

 

「マスター、お茶をお淹れしました」

 

 お盆に湯呑を2つ乗せて持ってくる清姫。

 だが、俺は今は会話しているだけでも嘘が出ないかと震えている。ならば、彼女もまた俺に言う事は真実だけの筈だ。

 

「清姫、何か薬を入れた?」

「はい。液体状の精力剤と媚薬を混ぜてを半分の量のお茶を入れた……お茶です」

 

 その分量はもはやお茶じゃないだろ。

 

「どっちに入れたんだ?」

「どちらにもです」

 

 笑顔で言い切り、そのまま俺に1つ差し出した。

 

「どうぞ」

「お、俺は、飲みたくない……」

 

「……そうですか」

 

 咄嗟に正直に答えると、残念そうに清姫はお盆をそばにある机の上に置いた。

 

「夫婦の営みは今でなくても良いですね」

「ああ……」

 

 あっちの行動は説明してくれるし、清姫は嘘を吐かない。なら……!

 

「清姫、俺に危害を加えないでくれ」

「当然です。私はマスターの妻ですので。

 ――ですが、マスターが私を欺いたり、裏切った場合はその限りではございませんよ?」

 

 この場で一番拘束力のある口約束は上手く躱された。

 

 ……このまま何もしないと清姫がどんな手を打ってくるか分かったもんじゃない。

 

「小賢しいマスターも大好きですがどうか私の逆鱗には触れないで下さいまし……ふぅぅ」

 

 息を吹きかける動作で、小さな青い火を目の前で吐き出す清姫。

 今まで一度も見せた事の無い、こちらを牽制するような仕草が、今日の彼女の危うさを物語っている。

 

「ふふふ……あ、喉が渇くように暖め合うのも悪くないかも知れませんね?」

 

 ずっとベッドに座ったままなのが一番不味い。俺は一度立ち上がって辺りを見渡した。

 

 時計はまだ午前2時を指している。

 エドモンは今回、俺に過ごせと言っていたので生き残って夜明けを迎える以外にこの悪夢から覚める方法はない。

 

「どうかしましたか?」

「あ、いや……」

 

 清姫を怒らせない、怪しい薬を服用しない。

 この2つを厳守した上で行動すればいい。

 

 ……本当、口にするのは簡単だけど、いざ実行するとなると……

 

「何でもない……うーん、ちょっと体を動かそうかなぁ」

 

 良し。此処は筋トレだ。筋肉は全てを……なんて筋肉理論に目覚めた訳ではないが、少なくとも俺が他の集中していれば清姫は邪魔をしないだろう。

 

 彼女は俺の喉が渇くのを待っている様だし。

 

「よっし、最初は腕立て伏せから……ん?」

「ふふふ、マスターのトレーニングなら私もお付き合いします」

 

 目の前で清姫も両腕を床に付けている。

 

「まあいいか……行くぞ、50回だ」

「はい」

 

 夢の中だからか、それともマスターとしてこの体が鍛えられているからなのか、普段運動しない俺でも簡単に……

 

「31……32…………33……っさ、34……!」

 

 ……とはいかなかったが、なんとか行けそうだ。

 

「マスター、頑張って下さい!」

 

 その真横では俺より先に終わった清姫がエールを送ってくる。

 

「……よ、43……ふぅ……ちょっと休憩を……」

「だーめ、ですよ?」

 

 吐息が当たる程の距離まで近付き、低い声で清姫が囁いた。

 

「まだ、止まってはいけません……マスターは、50回と仰ったのですから、此処で止めては“嘘”になってしまいます」

 

「……っぐ……よ、44……43……」

 

 彼女の圧に押されて、何とか50回の腕立て伏せを終わらせた。

 

「ふー……ふー…………」

「さあ、次は?」

「……え?」

 

「マスターは“最初は腕立て伏せ”と言いました。なら、次のメニューはなんでしょうか?」

 

 これでは、嘘を見抜くというよりも言葉狩りだ。

 

 軽んじていた己の言動と運動能力の無さを心の中で嘆いた。

 

「……27……28……」

「しっかり腰を下げませんと、燃焼するのは脂肪ではなく皮膚になってしまいますよ?」

 

 続けて現実世界では体育の授業でだって滅多にやらないレベルの筋トレメニューを続行させられた。

 

 スクワットの後は右手と左手に、それぞれ10Kgのダンベルを持って同時に持ち上げるトレーニング。

 

 清姫は応援で俺を持ち上げ続けた。

 

「頑張って下さーい! しっかり息を吸って……吐いて……吸って……吐いて……」

 

「旦那様なら、将来は私も持ち上げてくれます!」

「な、難易度……高いのでは……?」

 

「そんな事ありません! 私は確かに羽より重いですが、象より軽いですよ!」

「ぶ、ブラック求人の……給料並の……振れ幅……!」

 

 そして上体起こし。

 俺の足を抑える清姫の蕩けた顔が、膝の隙間から見えていた。

 

「あ……旦那様が、あんなに必死になって私に迫って……ああっ!」

「ちょ、っと! 片手! 放して、ません!?」

 

 ツッコミながらの筋トレは、思った以上に体力と精神力を削られる結果になった。

 

「っはぁ、っはぁ、っはぁ……もうムリ……!」

「うふふふ、頑張るマスターを見守れて私、嬉しいです」

 

 そう言って先に持ってきていたお茶を手渡そうとする清姫を手で静止した。

 

「ふ、普通の水で……お願いします……」

「ええ、分かりました」

 

 一応確認をとってから水を飲んで、漸く落ち着けた。

 

「はぁ…………」

 

 だが、今の運動で少しは頭が回る様になった。

 

 清姫と2人きりでいる以上、彼女を無視して過ごせる訳がない。

 逃げ回るには此処は狭過ぎる。

 

「……清姫、頼みたい事があるんだけど……」

「……! 何なりとお申し付け下さい。私は旦那様の妻ですから」

 

 彼女に何もさせない事は不可能だ。だから、此処はある程度彼女の願望を満たせる事を頼もう。

 

「……その……耳かきとか……頼んでいいか?」

「はい、喜んで!」

 

 

 

「……ふぁ……」

「ふふふ、欠伸が出ましたね……心地良いですか?」

 

「ああ、最高だな……」

 

 俺は髪を束ねた清姫の膝の上に頭を置いてベッドに横になっている。

 夫婦の様な行動でマイルームでも出来る事で彼女が暴走したりしないモノをイメージしたら、これしか思い浮かばなかった。

 

「耳かき棒……常備していたんですね……」

「まあ、元々の部屋の主が置いて言ったんだろうな」

 

 自分で言った言葉を確認する様に、カルデアのマイルームを見渡して僅かばかりの寂しさを覚えた。

 

「そうですか……では、大事に扱いますね」

 

 清姫の声が少し近くなった。どうやら耳掃除が始まるらしい。

 

 彼女が小さく漏らした呼吸音で耳かき棒が耳に当たらない様に中央から慎重に入っているのが分かる。

 

 やがて指では届かない深さで棒が皮膚に当たって、清姫の首が動いた。

 

「……痛いですか?」

「大丈夫だ……うん、ちょっと視線を感じるだけ」

 

 先までウキウキだったのに始まった途端、敵サーヴァントと対峙しているんじゃないかって程に鬼気迫っている。

 

「そうですか……ですが、旦那様の耳に潜む穢れを見逃さない為ですのでご了承下さい。

 痛かったら、遠慮なく申して下さい」

 

 耳かき棒が動き始めた。

 

 清姫の丁寧かつこちらを気遣う気持ちは、耳の中で触れては離れる棒の感触で分かる。

 

「大きいですね……少し、強めますよ」

「ぅん……」

 

 少し力の抜けた返事を返して直ぐ、棒が肌を軽くなぞった。先からもどかしい接触が続いていたから、その刺激に体が反射的に跳ねそうになる。

 

「……くすぐったいですか、マスター? ですが……これは中々頑固ですので、もう少しだけ……辛抱して下さい」

 

 頭を抑える為に添えられていた右手が少し強張り、清姫の顔ももっと近くなる。

 

「っん……もう少しです……早く、旦那様のお耳から……出ていきなさい……!」

 

 耳かき棒が入り口をなぞった。

 

「……取れた?」

「ええ……大きいです。

 ですが、これ以外は特に目立つ穢れはありませんでした。ちゃんとお掃除、しているんですね」

 

「まあ、たまに綿棒で――」

「――ですが、これからはどんな些細な汚れでも、妻の私が残さず綺麗にしますので、私に頼んで下さい」

 

 有無を言わせない口調で俺の耳に囁く清姫。

 

「ふぅぅ」

「っ!」

 

 突然息を吹かれ、今度は抑える間もなく小さく跳ねた。

 

「他の女に触らせる事は無いように……お願いしますね……?」

「は、はい……」

 

 右耳の後は左耳も、まるで心まで食い入るかの如く見られながら掃除され、開放された時には少しだけ冷や汗を流していた。

 

「ふぅ……疲れた様な名残惜しい様な……」

 

 ベッドから立ち上がり、背伸びをしつつ時計を確認した。いつの間にか5時30分を指している。

 夢の中では時間の流れは早くなる……が、最近は寧ろ延ばされる事が多々あった訳だが、こうなれば終わりも見えてくる。

 

「釘はいっぱい刺されたが、これで後は――っぬお!?」

 

 突然背後から清姫に抱きしめられた。

 

「な……どうかしたか……?」

「ああぁ……ますたぁ……」

 

 先まで事ある毎に影のある笑顔で微笑んでこちらを威圧していた清姫から、甘えた声が聞こえてきた。

 

「……この、匂い……」

 

 背後にピタリとくっついたまま、清姫が鼻を鳴らしている。

 

「匂い……?」

「大好きなますたぁの努力の、匂い……」

 

 入浴中を襲われたくなかった俺は、運動して多少汗をかいたがタオルで軽く拭いてから耳かきを任せていた。

 

 そのせいで、清姫に妙なスイッチが入ってしまったのか。

 

「と、兎に角一旦離れてくれ……!」

「ああ、駄目です……! はしたないのは重々承知ですが、私今はこうしていたのです……!」

 

 腕力ではサーヴァント相手に勝てないとは分かっていても、何とかしなければ思った俺は回された腕を掴んで引っ張ろうとした。

 

 ……しかし、結果的に言えばそれは止めておけば良かった。

 

 この時の清姫は本気で俺から離れたくなかったのだ。

 

「もっと嗅いでいたい……!」

 

 それ故に、彼女は魔力を自身の体から放った。

 

「うぉ……!? あっ」

 

 その勢いで腕は吹っ飛ばされ、机の上に置いてあった媚薬入りのお茶が入った湯呑は――マイルームのロックを制御する端末へと直撃した。

 

「……扉が、開いた?」

「っ!? マスター!」

 

 扉が開いて思わず足がそちらに向いたが、外から紫の煙が侵入してきた。

 

「っ⁉」

「うっ……ごっほごっほ! っく! この……!」

 

 俺を後方へ押し飛ばした清姫はその煙を浴びながらも、扉を力尽くで閉めてから炎を吐いて溶接した。

 外との繋がりが断たれた為か、煙は自然に消えていく。

 

「大丈夫か、清姫!?」

「うっぐ……………!?」

 

 慌てて声を掛けるが、清姫は苦しげに歯を食いしばって答えない。

 

「ふぅー………ふぅー……ふぅ」

 

 何度か息を吐いてから漸く落ち着いた様だ。

 

「……旦那様……」

「え?」

 

「私を……今すぐ……!」

「ちょ、ちょっと待て!?」

 

 両肩を掴まれ、どう見ても様子のおかしい彼女にそのまま力任せに押される。

 

「っく……! どうした清姫!?」

「聖杯の、魔力を、浴びて……! 虚実を……口にしてしまいそうで……!」

 

 どうやらエイプリルフールの特異点は本当に発生していたらしく、嘘嫌いの清姫は怒りが止まない様だ。

 

「っぐ……旦那様……! お願いします…………うっぐ!?」

 

 嘘という清姫的最悪の禁忌に抗っている影響か、代わりに口から火の粉が漏れ出している。

 

「どうしろって!? あ、令呪を……!」

 

 緊急事態だから仕方無しにと、俺は令呪を光らせる……しかし。

 

「消えたぞ! だけど、止まらない!?」

「駄目です……! 特異点の影響で、令呪が通じる程の繋がりが、ありません……!

 こ、これを……!」

 

 ぎこちない動きで片手を離した清姫は、自分の帯に付いている紐を指さした。

 

「……その……解いて、頂けますか……?」

「ちょっと、何言ってるか分かんな――い!?」

 

 肩を思いっきり握られた。

 いや、確かに清姫が嘘を言わない以上、それがこの状況から助かる手段なんだろうけどいきなり信じるには無理があるだろ。

 

「分かった分かった! 解くぞ!」

 

 もうどうなっても知らない。力一杯紐を引っ張った。

 

 同時に、清姫の着物は吹き飛んだ――

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ますたぁ……」

「おい、助かってないんだけど!?」

 

 頬を赤らめ、血走っている瞳でこちらを見る清姫。先より俺の状況が悪化している。

 

 首の直ぐ横に刺さったまま刃を向けている2本の薙刀が俺を逃さない。

 

「ああ……私、こんな形で初夜を過ごしたくは無かったのですが……今は、体がとても正直で……晒した肌を見て頂けるだけで、良くない快感が走っております……!」

 

 着物を脱いだ事で、彼女は和服の下に着込んでいた水着姿を開放し、ランサーのクラスへと変化した。

 

 三騎士クラスの1つであるランサーには対魔力がある。

 そのお陰で彼女は特異点の魔力に抵抗出来たが……色々と開放的になる水着に加えて、匂いでスイッチが入った後に、自分の嫌悪する嘘の侵食された反動でもはや我慢なんて概念は崩壊していた。

 

「これで、肌を重ね合ったらきっと……きっと、霊基に深く愛を、刻み込まれてしまいます……! これから先、誰に召喚されても、マスターの妻だった事は永遠に忘れない……いえ、人類史に私達の愛は語り継がれて、然るべきです!」

 

 清姫が服に手を掛けようとした時、俺は彼女の額に中指を内側に折って親指で抑える……所謂デコピンの状態で見せた。

 

「……悪いけど、清姫は無理。【ガンド】」

「あっ……」

 

 狙っていた訳ではないが、これで時刻はジャスト7時。聞き慣れたアラーム音が徐々に徐々に現実世界へ――

 

「――嘘です!」

「んっ!?」

 

 動けなくなった清姫が、今日一番の大声でそう叫んだ。

 

「私は無理だなんて……そんな酷い嘘を良くも……!」

 

「嘘じゃないって。

 今の清姫は無理だって事」

 

「今の……私?」

「ちゃんと服着て、落ち着いて、考え直してくれよ……な?」

 

 俺はそう言って落ちていた彼女の着物を羽織らせた。

 

「そ……そんな格好の良い事されても、誤魔化されませんからね! もう一度会ったら、燃やします!」

 

 最後に照れ隠しにとんでもなく物騒な事を言われながら、俺は現実世界へと戻ったのだった。

 

 

 

 

 そして2日後。悪夢の中で出会い頭に燃やされた日(その記憶は残ってないけど)の翌日。

 

「マスター! 私、ご理解しました!」

「昨日出会って一瞬で炭にされた気がするんだけど、よくもそんな甘えた声で抱き付けるな」

 

 そりゃ、清姫は嘘吐かないしもう死んだ事は覚えてないけど、照れ隠しの文句をそのまま実行するってどうなの。

 

「私、解りました! マスターは、普段の私がお好きなのですね!」

「……ま、まぁな」

 

 照れながら正直に頷いてやると、清姫は嬉しそうに頷いた。そうだ、普段の落ち着いてこちらを尊重する清姫なら……

 

「この格好の私なら……愛して下さいますか?」

 

 あ、この子の狂化EXだったな……と心の中で頭を抱えていると、着物を協調する様にその場でグルリと回転した。

 

(別に俺が和服派か水着萌えかは関係なくて、心持ちの……)

 

 ……なんて説教しようとしたらいつの間にか別のサーヴァントに囲まれてしまっていた。

 清姫と談笑していたせいか誰の表情も、あまり良くない。

 

 ワルキューレの3姉妹、タマモ・サマー、アナ……その組み合わせに、違和感を覚えた。

 

 ……ん?

 

「…………あれ? 今日はランサー、多くないか?」

 

 ……思わず、着物の隙間を上から覗き見た。

 

 そこで水着を確認したのだが、それがヤンデレサーヴァント達の逆鱗に触れる事は完全に失念していた。

 

 殺気を放ちながら計5本の槍が俺を襲うが、上から大きな鐘が降ってきた。

 

「……ですので、この水着の清姫の魅力も……たっぷりご紹介しますね……?」 

 

 暗闇から迫ってくる蛇に飲み込まれる……

 

 

 ……より早く殺到する女神の鎖、鮫の蹴り、そして天使の槍。

 

 2日連続の数秒ゲームオーバー。

 

 残念ながら、水着の魅力を覚えている時間は無かったのだった……

 




次回はTwitter側の当選者、ヴォルフ さんです。

今回の話は自粛期間中の自分と重ねて料理シーンを書こうかとも思いましたが、公開されている公式のマイルームには調理場がないとの事だったので無くなりました。そりゃあ、マンションの一室じゃないんだからなくて当然でしたね。

恐竜さんを召喚しました。Fate/Requiemは未読ですので、書く前にちゃんと調べておきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャトロイド 【4周年記念企画】

今回の当選者は ヴォルフ さんです。

4周年記念企画も4人目です。
いつもより少々早めに投稿出来ている……気がします。頼むからこのまま行ってくれ。

今年の水着に期待が高まりつつ、去年の心残りを再び追い求めるかと葛藤していると頃だと思います。自分は今年来るかもしれないランサーのアルトリア・オルタの水着を夢想しつつ武蔵ちゃんに嫌われているという事実を再確認しました。



「おい! どうなってんだ!?」

 

 俺はエドモンに抗議していた。何故ならこの時期は毎年、シャトーの頻度が少し下がる筈だからだ。

 

「そんな事を言われても、それはお前の気のせいだった……それだけだ」

 

「えー……いや、絶対今日はシャトー無かっただろ」

「何を適当な事を……貴様、まさか誰かがお前の代わりにこの場に立っていたとでも言うつもりか?」

 

 ……仕方ない。適当ないちゃもんを言っている自覚はあるし、始まってしまった以上、俺はヤンデレから逃れて生き延びるしかないんだ。

 

「安心しろ。今回はお前の生活こそが奴らの狙いだ」

「生活?」

 

 まるで普段から俺が生活を狙われていないみたいに言うけど、どう考えても常にヤンデレの狙いはそれだろう。

 

「悪夢の中で暮らして一生を終えたくなければ、この塔から逃げおおせてみせろ」

 

 

 

「……逃げおおせて……ん?」

 

 いつも通りの塔の中で目を覚まし、早速普段は一度も見た事がない奇妙な物を見つけた。

 

 ガラスの蓋の中に黄色と黒の警告模様で囲まれた丸型のボタン。

 

「ボタン……? なんだ、自爆スイッチか何か――」

「――マスター、こちらに居ましたか!」

 

 俺がそれに一歩近付くと同時にジェットを噴かせながらやって来たサーヴァントは、オキタ・J・ソウジ。アサシンクラスの水着サーヴァントだ。

 

 黒ビキニに黒マント、腰には刀。その全てにミスマッチな筈のハイテクジェット。

 今回はその威力に引っ張られる事なく綺麗に着地した。

 

「さあ、こんな所にいないで沖田さんと一緒に行きましょう!」

「ど、何処に連れて行く気だ?」

 

「当然、私の部屋です。

 ……余計な人もいますが……さぁさぁ、早く早く!」

 

 病弱スキルの無い元気な彼女に引っ張られて、部屋へと押し込まれた。

 

「ささ、遠慮せずに!」

「ん、なんじゃもう来たのか」

 

 そんな俺を出迎えたのは、バスターコマンドの赤い服を着て寛いでいる織田信長だった。

 

「ノッブ!? なんで此処――っ!?」

「はーい、沖田さんの前では、沖田さんとお喋りしましょうねー?」

 

 俺の疑問を遮る様に背後から抱き着いてくる。

 

「ああ、気にするな。ほれ、わしアヴェンジャーじゃろ? その権限で沖田に協力するから部屋でゴロゴロしたいって言ったら承諾してくれて……なぁ、ポテチのおかわりは?」

「台所から勝手に取っていて下さい。そして二度と戻って来ないでください」

 

 迷惑そうな沖田が信長にそう言うとのそのそと歩いていき、ポテチの袋と共に消えていった。

 

「……さぁさぁ! 余計な者は一切いない、マスターと沖田さんのお部屋ですよ! ちょっと待ってて下さい! マスターにはポテチじゃなくてちょっと高い茶菓子をご用意していますので!」

 

 そう言って俺の傍を離れて――お菓子の箱と一緒に、一瞬で戻ってきた。

 

「はい! こちらです!」

「あ、ありがとう……」

 

 笑顔で差し出された箱を受け取ろうとしたが、沖田さんはそれをパッと取り返した。なんでだ?

 

「と、先ずはご飯でしたね! これを食べてしまったら、沖田さんの手料理が食べれなくなってしまいます!」

 

 ならばと、彼女は俺をリビングへと案内した。

 畳の上にはテレビの前に既に布団が2つ密着して置かれており、彼女はもう事に及ぶ気満々だ。

 

 

「こちらで寛いで下さいね!」

 

 取り合えず、水色の布団の上に座った。

 

 いつの間にか飲み物を手に取ってる……と思ったら備え付けてあったミニ冷蔵庫から取り出した様だ。そして手渡ししながら自然に俺の隣に座った。

 

「……」

「……」

 

 こちらを黙って凝視する彼女に視線を合わせずに飲み物を飲む。一瞬、薬を盛られた可能性が頭を過ったが、渡されたのは未開封の空き缶なので飲んだまま否定した。

 

「美味しい」

 

「あの、マスター」

 

「な、何?」

「その、テレビ、点けますね?」

 

 何故か顔を赤くしながらリモコンを握り、テレビを点ける。すると男女2人が見つめ合い、目を閉じてキスをするシーンが流れていた。

 

『あなた……』

『オキコ……』

 

「ま、マスター?」

「何?」

「……んー」

 

 目を閉じてこちらに唇を向ける沖田さんを見て、全てを悟ってテレビを消した。

 

「それは流石に無いと思う」

「な!? 沖田さんのラブラブムード作戦が……!」

「お粗末すぎないその作戦?」

 

 そもそも、家入って飲み物飲んだだけの俺達がドラマのシーンを見た程度で流されてキスする訳がない。

 いや、彼女の中では既に夫婦なのかもしれないけど。

 

「うーん、これからどうすれば? 私、あとは作戦プランVしかないですけど……!」

 

 暴力(バイオレンス)のVだろ、それ。

 

「や、ヤっちゃいますか? そうです、一度してしまえば人を斬る時みたいに案外ザクッと行けるのでは……!?」

「沖田さん。それはダメだ」

 

 俺は彼女の肩を掴んだ。

 

「ひゃ、ま、マスター?」

「水着姿の沖田さんは無敵で素敵なんでしょう!? そんな沖田さんが、力任せに男を押し倒していいの!?」

 

「え、あ、だ、ダメ、ですか……?」

 

 良し。この沖田さんは押しに弱い!

 

「駄目だ、絶対駄目」

「でも…………これくらい強引じゃないとマスターのお世話なんて出来ませんよね?」

 

 その言葉と同時に彼女は逆に俺の両手を掴むと、自分の首に巻かれていたマフラーで縛った。

 

「今日の沖田さんはマスターに丸め込まれたりしませんよ! ふふふ、ノッブに賄賂してまで色々準備しましたからね!」

 

 彼女はマフラーの先端を放り投げると俺の座っていた布団の右上端にピタリとくっついた。

 力を込めて立ち上がろうとしたが、まるでビクともしない。

 

「魔力同士をくっつかせる特殊な板をマスターのベットの下に仕込んであります! これで私の魔力で出来たマフラーはずっとそこにくっついたままです」

 

 笑顔でダブルピースをする沖田さん。普通なら可愛いんだが、この状況だと憎らしく見えてくる。

 

「でも、それを簡単に外す方法があるんです! ……取り合えず、ご飯ですね!」

 

 そう言って彼女は台所へ向かった。何から何まで早い。まさか、迷彩で見えないがずっとジェットで加速してるのか?

 

「さ、持ってきましたよ!」

 

 沖田さんのお盆の上にはご飯、トマト、チャーシューが乗っていた。

 

「どうですか、沖田さんが作ったんですよ!」

「う、うん。凄く、美味しそう」

 

 きっと、チャーシューは出来ている物を買って斬ったんだろうなと思いながらも、知らないふりをして彼女を肯定した。

 

「そうでしょう! あ、漬物も要りますか? 樽であるので遠慮しないで下さい!」

 

 出来てる物斬っただけシリーズ第二弾……!

 

「ね? こんなにマスターに尽くしてあげれる沖田さんって、やっぱり天才美少女剣士ですよね!?」

「そ、そうだねー……あれ?」

 

 俺の棒読みなセリフが終わると同時に、両手を縛っていたマフラーは突然布団から外れた。

 

「……こんな感じで、マスターに褒められると私から離れたマフラーは嬉しくなって魔力がざわつくから剥がれちゃうんです! あ、でも、どれだけ褒めても沖田さんはマスターを離しませんからね! ぎゅー!」

 

 そう言って抱き着いてくる。でも、何だかんだで普通のチョロい沖田さんな様でちょっと安心かもしれない。

 

「でもやっぱり普通の鎖で縛って置かないと、不意に褒められるとマスターが逃げちゃいますね? 

 えーと、確かこの箱に……あ、この鎖、新選組の模様が塗られていますね! これにしましょう!」

 

 な訳なかった。物騒な物が沢山入った葛籠を楽しそうに漁る彼女に、今一度狂気を再確認した。

 

「――失礼します!」

 

 突然、リビングの扉が勢いよく開かれた。

 紫色の装束に身を包みながらも、その下に明らかに存在する魔乳の持ち主。

 日本のサーヴァント、源頼光。

  

 不味い。この人は、こんなふざけた塔がなくても病んでるヤバい母親サーヴァント。しかも、俺達2人は布団の上に……!

 

「まあっ!? そ、そんな……まさか……!」

「頼光さん? 急に来るなんて珍しいですね。どうかしましたか?」

 

 おい、天才美少女剣士さん!? そのナチュラルN煽りは不味いのでは!?

 

「まさか、私とマスターが男女……い、営み……一夜…………一緒に寝てないとでも思いましたかぁ!?」

 

 ……いや、なんで途中で照れたんだ?

 

「……ああ、良かった」

「良かったってどういう事ですか!? もう一緒に寝ちゃいましたからね!」

 

「そうですね。新選組の沖田総司さんは、汚らしい虫共とは違って清い関係をマスターと築いていらっしゃいますね」

「いや、全然清くないですよ!? そりゃあもうズッコンバッコン凄いですよ!?」

 

 嘘吐くのに必死で段々IQが下がってる。

 

「そうですか……では、此処は母として、適切な距離をお伝えしておきましょう」

 

 そう言って頼光さんは素早く弓矢を抜いて、必死に嘘を重ねる沖田さんを放った矢で取り囲んだ。

 

「では、行きましょうかマスター」

「って!? ちょっと、マスターは沖田さんのですよ!」

 

「いえ、母の物です」

 

『あ――おわぁぁぁ! お、沖田さんのマイホームがぁぁぁ!?』

 

 止めとばかりに斧を抜いた頼光さんは外に出て壁を粉砕し、部屋の入り口を完全に塞いでしまった。そして、俺の手をしっかりと繋ぐと何事もなかったかの様に微笑む。

 

「さあ、母と一緒に帰りましょう」

 

「は、はい」

 

 その圧としっかり握られた手のせいで、頷く以外の選択肢が無かった。

 

 

 

 頼光さんの部屋に着くや否や、彼女は鍵を閉めた。和室の内装に似つかわしくない鋼鉄の扉。その内側にはまるで女性の一人暮らしの如く4つの鍵が取り付けられており、頼光さんがそれを1つ1つ閉めていく度に、もうこの部屋から出られないんじゃないかと言う不安に襲われる。

 

「サーヴァントの皆さんは物騒ですからね。マスターも、これくらいは戸締りしていかないといけませんよ?」

「は、はぁ……」

「ですが、此処で母と一緒に暮らすのですから、別にそんな事を心配する必要はありませんでしたね?」

 

 俺がいま心配しかしてないとは微塵も考えていない――もしくは、理解した上で聖母の様な微笑むを向けてくる。

 

「それでマスター……何か忘れていませんか?」

「え?」

「言い忘れていますよ?」

 

 急にそんな事を言われても……なんだ? 何の事だ?

 

「お家に帰って来たのですから、ただいま、と言ってください」

「あ……た、ただいま……」

「はい、おかえりなさい」

 

 望む言葉が聞こえて嬉しそうに笑って、俺を抱きしめた。

 

「さあ、母はこれからご飯を作りますから、今の内に勉強をして下さい」

「え゛? 勉強?」

 

「そうです。心配しなくてもちゃんと教材は用意してありますからね」

 

 頼光さんが案内した部屋の机には確かに俺が現実で使う文房具一式と問題集や参考書が用意されている。いや、待て待て。夢の中でまで勉強って……!?

 

「あ、で、でも、もう宿題は終わってるし……」

「駄目です。母が料理を終わらせるまで、しっかり勉学に励んで下さい」

 

 取り敢えず、フリだけでもしておくかと考えた俺は参考書を開いてみた。随分古く達筆な文字で書かれたそれは、恐らく頼光さんのお手製だろう。

 

「いや、読めないんだけど……」

 

 あの人の事だ。真面目に書いてくれているんだろうけど、全く解読できない。

 

「じゃあ、こっちの数学は……」

 

 数字ならいけるかと開いてみると、全て漢字。

 

「πが元に見える達筆さ」

 

 俺は諦めた。だけど、別の事を考える事にした。

 

「今回は、本当に俺をこの塔の中で生活させる気だな」

 

 沖田さんは普段通りのグダグダさの中に料理を振る舞う甲斐性を見せ、頼光さんも一般的な母親として俺に学生としての本業をまっとうさせようとしている。

 なので俺が此処を出る為に必要な行動は……

 

「アレか」

 

 最初に見たあの怪しさ全開のスイッチ。あれしかない。

 これだけ日常生活を強調しているのに、非日常的過ぎるスイッチ。

 いや、危険な雰囲気もあったからもしかしたら悪化する可能性もあるけど、今の所あれ以外の可能性を見つけていない。

 

「沖田さんの登場も、スイッチから俺を遠ざける為だとしたらあり得――」

『――マスター。今、他の女性の名前を言いませんでしたか?』

 

 襖の向こう側から突然聞こえてきた声に、背中が天井まで飛びそうになった。

 

『ちゃんと勉強して下さいね? 母は、頑張る貴方が大好きです』

 

 そう言って遠ざかって行く声に、俺は安堵の息を漏らした。

 

「……勉強、するかぁ」

 

 古典の勉強だと割り切って、お手製の教本に手を出す事にした。

 

 暫くして俺は視線に気が付いた。

 頼光さんだろう。

 短い間に何度も何度も部屋の前を廊下を通って、その度に襖の指一本分の隙間からこちらを覗いている様だ。

 

 ……そして、視線の消える感覚は短くなり、感じている時間は段々長くなっていく。襖も、段々抑えが利かなくなっているのか拳1つ分まで開けている。

 

 なんだが、怪しい息遣いすら聞こえている様な気がする。

 身の危険を感じた俺は堪らず彼女に声を掛けた。

 

「あ、あの、頼光さん?」

「……なんでしょうか、マスター?」

「ご飯、もう出来たかなぁって……」

 

 俺の言葉に彼女はハッとした様だ。だけど、口元に垂れた涎を今拭くのはちょっと遅いと思う。

 

「すいません、もう出来てますから食卓に参りましょう」

 

 既に手遅れな顔をキリッとさせて俺に手を差し出す彼女。家の中でも手を握りたいのかと、ちょっと呆れてしまったが顔には出さない様にした。

 

 手を握ったまま座らされ、温かい料理が机の上にこれでもかと置かれていた。

 味噌汁、煮物、魚、ご飯……比べるのも酷なレベルで沖田さんとの圧倒的な料理力の差を見せつけられている。

 

「さあ、頂きましょう。おかわりもありますから、ゆっくり召し上がって下さいね」

 

 隣に座った頼光さんがご飯を入れてくれるを待ってから、俺は手を合わせた。

 

「頂きます」

 

 昆布と本だしの旨味が大根と玉ねぎを噛む度に舌を撫でて喉を通る。

 続けてご飯を口に入れると味噌の風味と共に味覚を支配する。旨い旨いと茶碗の半分位をかき込んだ所で物足りなさを感じて、魚に箸を伸ばす。

 

「はい、母が骨をとってあげますね?」

 

 それを見た頼光さんが綺麗に魚の肉と骨を分けて小皿に乗せてくれる。そこまでしなくても……と思わなくもなかったが、俺は礼を言って魚を摘まんでご飯の上に乗せて醤油を数滴乗せる。

 

「やば、旨……!」

 

 すっかりその味に嵌ってしまった。

 魚とご飯だけで最初の一杯を完食したが、不意に煮物の色合いに目を惹かれた。人参、コンニャク、芋にエンドウ豆。

 

 これも、一度手を付けると止められない。

 ああ、日本人で良かった。俺は本当にそう思い、頼光さんに感謝しながら食事を続けるのだった。

 

 

 

「――う……ねむ」

 

 完全にやらかした。食べ終わった後に出されたお茶を飲んで不自然な睡魔に苛まれながらそう思った。

 油断してしまった。この塔はそう言う場所だと分かっていたのに。

 

「あらあら、困った子ですね? もうお眠ですか?」

 

 力の入らない俺を担いで頼光さんは食卓を離れて別の部屋に連れていく。

 良い匂いが漂ってくる。恐らく彼女の部屋なんだろう。

 

「でも、忘れてはいけませんよ? お休みになる時は、母と一緒にです」

 

 そっと布団に下ろされた様だ。もう瞼を開けていられない。

 いつの間にか胸元が開いた白い浴衣の様に着替えていた頼光さんは同じ布団に張り込み、毛布を掛けた。

 

「良い夢を、マスター」

 

 もう駄目だ……このまま、喰われるのか……

 

 眠りについても俺の意識は起きたままだ。彼女の息遣いが聞こえ、胸を押し付けられているのも分かる。

 

 今にも俺のズボンを下げて事を……

 

 ……そう思っていたが、彼女が何もしないまま時間が過ぎていく。

 

(え? 何もしてこない? マジで? 先まで部屋で勉強しているだけの俺を見てだらしなく顔を緩めていたのに? ――うぉ!?) 

 

 俺の体が突然誰かに持ち上げられた。そして、恐らく肩に乗せて運ばれている。

 

(ん? もしかして今なにか寝袋みたいな物に詰められている? )

 

 そして詰められたまま動けない俺を引き摺って運んでいる様だ。

 これは明らかに頼光さん以外の誰かに攫われている。

 急な落下感を味わい、誰かがそれを受け止める。

 

「……ミッション、コンプリート」

 

 漸く声が聞こえてきた。聞いた事のある落ち着いた声だ。

 これは、アルトリアの誰かか?

 

「では、戦利品の方を開帳しましょう」

 

 寝袋が開かれ、柔らかい何か……布に包まれた手で頬を撫でられた。

 

「目が覚めましたか」

 

 そこにいたのは白いバニーの耳を付けた……いや、なんか変だ。

 

「アルトリア……その恰好は?」

「恰好……このスーツの事です」

 

 普段は白い服と青いタイツの、彼女曰く正装であるバニーではなく、全身を青いラバースーツの様な物で覆っている。腰のホルスターに収められている銃とハイヒールではなくブーツに変わった靴も、機械的に変貌している。

 更におまけすると体のラインがよりはっきりと見えて正直エロい。

 

(ていうかウサ耳なかったら完全にゼロスーツサ…………)

 

「私は今、カジノのバニーではなく獅子を狩るウサギ、バウンティハンターです。

 引き続き、アルトリアと呼んで頂いて結構ですよ?」

 

 姿は違っても水着のルーラークラス、アルトリア・ペンドラゴンには違わないらしい。

 

「でもなんでそんな格好に?」

「理由はわかりませんが、この姿も決して悪くはありません。

 カードゲームとは違うスリル、それに賞金がマスターだと分かっているとどんな障害も越えるのに微塵の苦痛も感じませんね」

 

 そう言って舌なめずりをする彼女を見て、自分が完全に狙いを定められている事を悟る。

 思わず後ずさるが、いつの間にか彼女の手には腰に携えていた銃があった。

 

「すいませんマスター。どうもこのスーツのせいで少々、攻撃的になっている様です」

「……それは実弾なのか?」

「いえマスターの使えるガンドより少々強力なスタンの魔弾が放たれるだけですので、どうか妙な動きはしないで下さい」

 

 俺は両手を挙げて降参のポーズを取った。それを見たアルトリアは器用に銃を回転させてからホルスターに収めて……俺に抱き着いた。

 

「お恥ずかしい話、私はずっとこうしていたかったんです。あんな恐ろしいマザーモンスターに囚われていたマスターはきっと恐怖に震えているでしょうから」

 

 今の俺の恐怖は間違いなくアルトリアなんだが。

 

「怖いを思いをしたかどうかは、臭いで分かります。随分汗をかいたようですね?」

 

 確かに、此処まで冷や汗の連続だったからな。

 

「香ばしいですが、流してしまいましょう」

「ちょっと残念がりながら言うな」

 

「ちょっとではありません。大変残念がっています。ですが、マスターの衛生面と精神面を顧みるなら入浴は絶対です。

 それに、私も着慣れないスーツのせいか少し蒸れてしまっていますので……」

 

 それっぽい言葉で誘惑し、更に先んじて抱擁を強めて脅してくる。

 俺は黙って頷いた。

 

「こちらです。安心してください。ちゃんとお風呂をご用意していますので」

 

 取り合えず水着は着けておこう。礼装を脱がされる前に変えてやった。

 

「ふふふ、デリケートな部分は隠しておきたいですか? 

 ……でも、私も見てしまったら収まりがつかなくなってしまいそうなので……絶対に、見せないでくださいね?」

 

 耳元で伝統芸能的なフリを囁かれたが、そんな物に流さる俺ではない。

 こんな所で貞操を奪われて堪るか。

 

「では……私も失礼して……」

 

 彼女もスーツを……って!

 

「待て待て待て待て! せめて水着! 水着でお願いします!」

「お風呂に入るのに水着を着ている方がおかしいですよ?

 ……でもそうですね。マスターが、私に興奮してのぼせてしまってはいけませんからね」

 

 そう言って彼女は普段の水着に着替え直した。

 

「さ、まずは私が背中でも――」

 

 ――突然、天井が崩れて誰かが降ってきた。

 

「――見つけましたよ、泥棒兎!」

「ライコウ……ああ、随分お早いお目覚めですね」

 

 アルトリアは脱いだばかりのスーツに戻り、銃を構える。

 対する頼光さんは長刀と斧を握って今にも首を刎ねてきそうな程の怒気に溢れていた。

 

「母から子を奪おうとするその悪徳! 角の代わりに耳が生えた鬼の所業です! 今すぐ私が成敗します!」

「睡眠薬と念の為にこのパラライザーを数発撃ちこんで置いたのですが……やはり、貴女に小細工はあまり効きそうにありませんね」

 

 瞬間、アルトリアは跳躍し、広い風呂の壁や天井を蹴りながら様々な角度から銃弾を撃った。

 

 自分目掛けて殺到する無数の魔弾を、頼光さんは斧で蹴散らす。

 

「――そこ!」

 

 アルトリアの動きを捉え、鋭い突きを放ったが、アルトリアは回避し再び距離をとった。しかし左手のスーツは少し切り裂かれている。

 

「なるほど、これは……厄介ですね」

 

 彼女が息を吸って再び駆け出す……その瞬間、俺の体は空を舞った。

 

「ん、コレは……マスター! さあ、一緒に遊びましょう!」

「え? アーチャー?」

 

 俺は釣り竿を握っているアーチャー・インフェルノさんに抱き抱えられていた。

 

「「マスター!?」」

 

 戦闘中だった2人もこちらに気付いて駆け寄ってくるが、インフェルノは緑色の葉っぱを取り出して地面に投げた。

 

「な!? この!」

 

 途端に、生える様にそびえ立つ灯台。

 

「では、私とマスターはゲームを楽しみますので、失礼します!」

 

 そう言って先と同じ葉っぱをばら撒いて灯台を建て続けながら逃げ出した。

 

 

 

「此処が私の家ですよ、マスター!」

「家……本当に家だ」

 

 何故か、ヤンデレ・シャトーの古い塔の中に赤い屋根の家が建てられていた。

 

「ローンを返しに返して増築した部屋も2階も地下もある最高のマイハウスです!」

「えぇ……」

 

 可笑しい。インフェルノは女武者の筈だが、ゲーマー……というか完全にゲームと現実の区別がつかない人になってる。

 

「さあ、入りましょう!」

 

 なんだかその内まともに聞き取れない位早口になったりしそうだ。

 

 入ってみると部屋中カブだらけだ。

 

「な、なにこれ?」

「す、すいません、ちょっと散らかってましたね」

 

 散らかり過ぎだ。評価が星1に下がるぞ。

 

「2階にいきましょう! あちらは大丈夫……の筈です!」

 

 そうして2階にやってきたが、此処には逆に何もなかった。

 

「しょ、少々お待ちください!」

 

 またしても葉っぱを取り出して、まず最初にピンク色のダブルベッドを出現させた。

 

「えーっと……はい、これとこれです!」

 

 そのベッドの横に2つ、ゲーム機を置いた。

 

「さあマスター、こちらにどうぞ!」

 

 そう言ってベッドに座って自分の隣をポンポンと叩いた。

 

「レッツ・あつ森です!」

「マジで言ってるの?」

 

 俺がこの誘いに乗るか決めあぐねていると……突然、2階の窓を誰かがぶち破った。

 

「はいはーい! 沖田さんもやりまーす!」

 

 オキタ・J・ソウジの登場だ。ちなみにJは、ジェットのJだ。

 なんて誰でも知っている豆知識を披露しているうちに、沖田さんは星が先端に着いたステッキを振り回して黒ビキニから白と緑のふちの水着に着替えてベッドに座った。その手にはゲーム機を握っている。

 

「すいません、りんご貰っていいですか? 沖田さん、それだけ足りなくって……」

「ええ、どうぞどうぞ! 好きに持って行って下さい!」

 

 だがある意味助かったな。遊び相手が見つかってインフェルノも沖田さんも俺に気付いてないし今の内に逃げよう。

 

「マスターもやりましょうよ!」

 

 しかし、俺はマフラーを足に巻き付かれ、危うく転びそうになった。

 

「あ、もしかして別のゲームが良いですか?」

 

 ゲーム機を片手に沖田はゆっくりこちらに近付いてくる。

 

「パーティーゲームや対戦もありますよ!」

 

 俺の目的は逃げてあのスイッチを押す事だ。此処は――【緊急回避】!

 

「無駄ですよ?」

 

 しかし回避の瞬間、マフラーを引っ張られ沖田に片手で抱き抱えられる。

 

「マスター!? 今助けて――あ、あれ!?」

「ふふふ、ノッブとの取引のお陰で傾向と対策はばっちりです。インフェルノさんはあつ森の様な能力を与えられていますから、2マス以上の穴はジャンプできませんね?」

 

 いつの間にか、床には2m程度の穴が開けられており、インフェルノはそこで足踏みをしている。

 

「これでマスターは私の物です! 沖田さん大勝利! さあ、先ずは沖田さんの家に行きますね! あ、下のカブも頂いていきますね! 丁度沖田さんのカブ価爆上がりしてますので!」

「え、幾らですか!?」

「654ベルです!」

 

 インフェルノさーん! カブ価の確認してないで助けて! 

 

「今度は誰も入ってこられない様に部屋を改造して貰いましたから、沖田さんの完全勝利確定です!

 マスター、け、結婚……じゃなくて、先ずは結婚届! 結婚届を書きましょう! えーっと、その後にプロポーズを……私? それともマスター? あれ?」

 

 1人でテンパるな、天才美少女剣士!

 ええい、こうなったら令呪……あ、無い。

 

「と、兎に角私と……ま、先ずはその……手を握って、一緒に寝る……で、良いですか?」

 

 なら【ガンド】で!

 

「わ、急に危ないじゃないですか!?」

 

 ……担がれたままのこの距離で避けられたら御終いだ。才能とユニヴァース技術の複合スキル、心眼(J)が強すぎる。

 

 無情にも閉まる扉を前に、俺に打つ手はなかったのだった。

 

 

 

「ん? なんじゃっけこのボタン」

 

 部屋の主の沖田に追い出された信長は、自分の生み出したシャトーの中に置かれた、明らかに危険なスイッチを見つけて首を捻った。

 

「明らかに危険。押してはいけない雰囲気……でも、この塔を建てたのわしじゃし……」

 

 信長はボタンから目を離して――

 

 ――押した。なんで一瞬でも迷ってたんだよって位にあっさり押した。

 

「こんな怪しいボタン押さない訳ないじゃろ! さあ、なんじゃなんじゃ! もしかしてハリーでポッター的な秘密の部屋とか――」

 

『――自爆装置作動!

 脱出せよ!』

 

「――ま、是非もないよね!」

 

 その後、塔内の全員全てを巻き込む大爆発が起きて、切大が目覚めたのは想像に難しくない。




爆発オチなんて、サイテー!!

次回はハーメルン側の当選者、 是夢 さんです。
記念企画も終盤ですが、気を抜かずに取り組ませて頂きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレVSこだわりが強過ぎる男 【4周年記念企画】

今回の当選者は 是夢 さんです。


ヤンデレ・シャトーに迷い込んだのは現実にいる様な面倒臭……型月を愛する、拘りの強いマスターだった。果たして彼にヤンデレ・シャトーは許容出来るのか……?


以下の要素にご注意下さい:

※原作FGOへのアンチ・ヘイト描写が含まれています。
※主人公はある種の型月ファンをイメージしていますが実際の人物とは一切関係ありません。


 まずは、自分語りから始めさせてもらおう。

 これは俺の現状にも関わる話だ。

 

 ファンにとって、所謂お祭り作品と呼ばれる歴代シリーズが参戦する作品は古参であればあるほど爆弾の可能性を持つ危険な代物だ。

 とうの昔に終わってしまった登場人物達に再び会えるとなれば、確かに彼らを応援していた自分達はそれを求めるだろう。

 

 しかし、そんなファンの気持ちに寄り添わない形で登場してしまう場合もある。

 新主人公の強さを見せる為に歴代の敵や主人公達が弱体化したり、死んだ人物がひょっこり生き返ったり、しまいには、特定の相手がいるのに新キャラにホイホイと惚れてしまうヒロイン等……ふざけんなと声を大にして言いたい。

 

 Fateシリーズのお祭り作品的な立ち位置に存在するGrand Order。

 ストーリーもオリジナルの登場人物達も魅力的なのは、恐らく多くのファンが頷いてくれるだろう。実際にプレイしていて、俺もすっかり引き込まれた物だ。

 

 だが、どうしても許せない点がある。

 

 コラボと称して登場する歴代のFateシリーズ、並びに型月作品の登場人物達。

 その彼らとFGOの主人公であるマスターとの関係性だ。

 

 サーヴァントは他の召喚されても記憶を保持できない……と言う設定があるが、それが通用しない生身の人間だった人物達すら、元々の物語では特定の相手がいた筈なのにそれを忘れているかの様に振る舞い、その相手以外に尻尾を振っている。

 

 許せるか、いいや許せない!

 

 俺はそれを認めない。認める訳が無い。

 両義式には旦那の黒桐幹也がいるし、BBの先輩はザビーズだし、メディアには葛木先生が……いや、イアソンの件もあるがそれを置いても挙げればキリがない。

 

 例え明確な描写がなくても少しでも気がある様に振る舞うなんて、彼女達がする筈がない。

 

 …………長くなってしまったがそろそろ目の前のラスボス系後輩に言ってやろう。

 

「なんだそのふざけた二次創作みたいな設定は! 夢の中だったら何してもいいとか、作品への冒涜だ!」

「うわー、面倒なマスター呼んじゃいました」

 

 ヤンデレ・シャトー。

 俺はこんなご都合主義の違法建築物を絶対に認めない。

 

 

 

「まず属性を均一化するなんてのがもっての他だ。キャラクターの個性を別の属性で塗り潰しやがって!」

「そうですね」

「しかも、そのせいで皆俺に惚れる!? 馬鹿か!?」

「ええ、全くもっておっしゃる通りです」

「理想の恋愛は一途、一夫一妻! 男をとっかえひっかえなんて現実のクソ女で十分だ!」

 

「じゃあ、センパイは――」

「その先輩呼びもだ! カタカナに変えれば許されると思うなよ! BBの先輩は(ザビ―ズ)!?」

 

 肝心の名前が何故か発声されなかった。

 

「BBの先輩は(岸波白野)だけ! BBの先輩はフランシスコ・ザビエルだけ!」

「……えっと?」

「あー!! (はくのん)! (月の勝利者)! (もう一つの結末)! 角隈……は違うけど……この糞キャラ潰しの駄塔が!」

 

 しかしいくら叫んでも名前が出ない。

 ふざけるな。旦那の名前は禁止か!? どんだけ都合の良い設定を積み上げてるんだ!?

 

「くっそ、そもそもセンパイ呼びだってCCC本編で何度も使った上に別の使い分け方してたから余計にややこしい! それならいっそマスターって呼んで!」

「はぁ、それ位なら承諾しますけど……」

 

「兎に角、俺は絶対…………ううっ!!」

 

 本当は、こんな丸見えな地雷を踏みに行くのも嫌だ。

 だけど、だけど…………夢の中だけど、あのサーヴァント達と話せる! 話せるのだ! こんなにファン冥利に尽きる事があるか? いや無い。

 

(くそ、こんなふざけた二次創作シャトーに入りたがってる自分が悔しい! まじで悔しい!)

 

「えーっと、兎に角此処に居られても面倒――迷惑なんですけど、帰りますか?」

「帰らない! 俺はこうしてBBと話せて凄く嬉しい! 出来ればもっと居たい!」

 

「……という訳で、BBちゃんがセンパ――マスターさんを転送しまーす!

 その無駄に凝り固まった偏愛は他のサーヴァントさん達で消化してくださいね?」

 

 

 

「ふう……名前で察していたが、監獄塔がベースになってるのか。

 聖地再現しやがって。これが夢でもキャラ崩壊の闇市でもなかったら丸1日使って練り歩いてやるんだがな……」

 

 突然送られた薄暗い塔を暫く歩いて、大体の構造を把握した。

 だが、未だに閉じられたドアの前に立つ勇気すらない。

 

 憧れの英霊が中いるが、改悪されていると分かっているのに会いに行くのは……

 

「本当に、嫌な塔だ」

「そんなにお嫌いですか?」

 

「ああ、嫌いだね。別にサーヴァント囲んでハーレムするのは良いけど、特定の相手がいるのにそれを忘れさせたり、軽んじさせるのは駄目だろ。公式はもっとサービス方面じゃなくて今までのコンテンツを大事に――ん?」

 

 そう言えば誰と喋ってるんだと、俺は後ろを振り返った。

 

「良くはわかりませんが、確かに浮気はよくありませんね」

「……清姫?」

 

「はい。清姫です」

 

 本物のサーヴァント。

 着物を着た緑色の髪の少女。

 

「清姫! 清姫だ!」

「はい。貴方のサーヴァントで、正妻の清姫です」

 

「……ん?」

 

 いやいや、待て待て。

 

「俺はマスターじゃないだろ?」

「……はい?」

 

 俺は藤丸立香じゃないし……やっぱりクソ塔だな此処。

 

「…………マスター?」

「いや、だから俺は――」

 

 ――清姫の着物が、黒に変わっていた。

 

「お忘れですか? 私に嘘を吐いては――いけませんよ?」

 

 

 

 そこからはもう死に物狂いだった。

 

 迫り来る炎を避けて、闇雲に逃げて逃げて逃げ続けて……

 

 途中で自分が魔術礼装・カルデア、主人公と同じ服を着ている事に気が付いて、スキルの発動を試みると、【緊急回避】のお陰で清姫は俺を見失った様だ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 夢の中だというのに死にそうな程に息が切れていた。壁に背中を預けて休憩を取ろう――

 

「やりやがったな!」

 

 ――と思った矢先に、俺は地雷を踏んでしまった。

 此処が地雷原なのは承知の上だが、目の前にいる彼女1人を見て冷静でいられる訳がないかった。

 

(ポルクスとカストロを離すとか馬鹿なのか!? この塔を建てた奴絶対殺してやる!)

 

「マスター、会えてよかったです」

 

 笑顔で俺に話しかけてくる金髪の少女。彼女はセイバー……正確には、彼女達だ。

 兄のカストロと妹のポルクス。

 この2人がいて初めてディオスクロイと言うサーヴァントが完成する……なのに!

 

「カストロは何処にいるんだ?」

 

 それでも本人の前でいきなり騒ぎ立てる訳にもいかず、なるべく抑えて彼女に質問をする。

 

「兄様は今は不在です。なんでも、この塔では――」

 

 ――カストロのいない理由を説明されたが、そんな事は正直興味ない。どうせ都合の良い文句が用意されているだろうし。

 

 ポルクス。実際にこの目で見ると、なるほど、カストロが溺愛するのも分かる。

 容姿もさる事ながら柔らかい口調で接してくれる彼女と言葉を交わしていると実の兄が彼女の言葉で怒りを収めるのも分かる気がする。

 

「――あ、そろそろ他の英霊達がこちらに来てしまいますね。

 マスター、移動しましょう」

 

 俺を掴んだポルクスは飛んで、近くのドアノブを捻って俺を中へと招き入れた。

 机を挟んで椅子に座ると、彼女は安堵の溜め息を吐いた。

 

「ふぅ……私、マスターに会えてホッとしています。

 普段、兄様の言動がその……あまり、人間の耳に入れて気持ちの良いものではありませんでしたから、避けられるじゃないかと」

「避ける訳がない。カストロも、ポルクスも最高の英霊だ」

 

「マスター……良かったです」

 

 ……この際、俺をマスターと呼んでいるのは俺=カルデアのマスターって事で納得しておこう。恐らく、清姫が俺を追いかけ始めたのはそれが原因だろうし。

 

(――だが、今見せた女の顔。それだけは許せない)

 

 待て。落ち着け俺。こうして本人と対面している今、どうしても聞きたい事があるだろ。

 

「ポルクス、ちょっと幾つか質問してもいいかな?」

「はい、知っている事ならなんでもお答えします」

 

「ヘレネとクリュタイムネストラ、君達の姉妹について聞かせて欲しいんだ! 2人が召喚されてから、ずっと気になってて――うぉあ!?」

 

 何故だ。ポルクスが突然、俺の首に剣を向けていた。

 

「私の前で、他の女の名前を出しますか。

 兄様ではありませんが、愚かな振る舞いをするなら殺しますよマスター」

 

 そう言えば、ヤンデレ化してるって言われてたな……ははは。これは、参ったな……

 

「……他の女だって? 違う、全然違う!」

「え?」

 

 これは、我慢できそうに無い。

 

「姉妹だぞ、姉妹! 自分の家族の思い出を語るのは、お前の人生を語る事と同じじゃないのか!?」

「え、え?」

 

 力なく下がった剣を手で押して立ち上がり、ポルクスに近付く。

 

「まさか、そこまで自分の姉妹を拒絶するほどに仲が悪かったのか? 俺に聞かせるには恥の多い話なのか?」

「い、いえ、決してそう言う事では……!」

 

「じゃあ聞かせてくれ! 俺は逃げも隠れもしないから!」

 

 再び椅子に座って彼女と目を合わせ、両手を足に乗せて逃げない事を示しながらポルクスの言葉を待った。

 

「……そこまでおっしゃるなら、お聞かせします」

 

 彼女は何処か苦味のある笑みを浮かべながら、俺に姉妹について話してくれ。

 

「…………へぇ、なるほど」

「で・す・か・ら! ヘレネが仮に召喚されても魅了されてはいけませんよ!」

「分かった、分かったよ」

  

 興味深い話が聞けてよかった。実際の登場が楽しみだ。

 漸くほんの少し、この塔を……ミクロ単位で気に入り始めた。

 

「本当に分かっているのですか……?」

 

「良し。えーっと次は――」

 

 次の質問をしようとした瞬間、扉が壊された。剣で切り裂かれた様だ。

 

「――こんな所にいたわね」

 

 やって来たのは次の地雷。実際に爆発した事すらある。

 

 カルデア所員の一応の先輩に当たる現サーヴァント、虞美人。人ならざる者である彼女の服装は、随分と前衛的……攻め過ぎてる。

 

 あの今にもズレて肌を晒しそうな服を気にかけると、隣のポルクスに首を飛ばされそうなのでやめておこう。ていうか、彼女に関しては項羽が――

 

 ――そんな事を考えているとポルクスが駆け出し、剣で彼女の首を刺し貫いた。

 

「私とマスターの邪魔は、させませんよ……!」

 

「……手荒い歓迎ね。私は自分の後輩を迎えに来ただけよ……」

「な!? 抜けな――」

 

 ――ポルクスが退避するより早く、虞美人の周りから魔力が頭上へと上り、呪詛となって降り注いだ。

 それが止むと、虞美人の足元に倒れるポルクスの姿があった。 

 

「う……」

 

「ポルクス! おい、幾らなんでもおかしいだろ! 彼女はカルデアの――っう!?」

 

「うるさいわね……片割れとはいえ神霊なんだから、この程度で死ぬわけ無いでしょう?」

 

 

 

「――で、なんなんですかこの檻は?」

「しょうがないでしょう? お前は脆い人間なんだから、私がこうして管理してあげてるのよ」

 

 気が付くと俺は牢屋に入れられていて、その外では人間の時のメガネを着けた姿の虞美人がお茶を注いでいる。

 そして、鉄格子の隙間からカップを差し出した。

 

「はい、お前の分よ。じっくり味わいながら飲みなさい」

「今更親切にしても先輩扱いしませんからね?」

 

「何言ってのよ。お前が如何思ってても私が先輩。そしてこれからお前は私の所有物よ」

 

「項羽様がこれを見たらどう思うか……」

「っぶ!?」

 

 俺の言葉にお茶を詰まらせたか。

 

「お前、お前お前! より寄ってあの方の名前を出すの!? 私が、なんの気まぐれかこうやって気に掛けてやってるのに!?」

「誰も頼んでないわ! 何項羽が居ない間に若いツバメに手を出そうとしてるんですか!?」

 

「若っ!? 自分で言うか! 大体ねぇ! 項羽様がいないのはお前の召喚がアテにならないからでしょう!?」

「……それは……ガチャの排出率が悪いとしか言いようがないし……シグルドとブリュンヒルデを揃えるのを優先してたけど……」

 

「何をゴニョゴニョと――」

「――それでも、待ち続けるのが良い女だろうが! 何が、“いいわよ。こうなったら最後まで付き合ってあげる。お前の死に際も、看取ってあげるわ”だ! 本当に二千年以上未亡人してたんですか?」

 

「あああああ、殺す殺してやる! その減らず口を叩けなくしてやる!」

 

 剣を取り出して本格的に危ない雰囲気になったが、俺はそんな彼女の様子に満足した。

 

(良かった。こんなふざけた塔の中でも、この人は自分を虞美人のままなんだな)

 

「……なによ。急にそんな変な笑みを浮かべて」

 

「いや、別に……」

「そんな顔しても、もう許さないわよ!? 串刺しにして晒し首よ!」

 

 結局……その剣が俺に振られる事は無かった。

 

「はぁ……なんか、先まで感じた変な感じがすっかり取れたわ」

「そうか。それはよかった」

 

「全くね。私がお前に恩情を見せるなんて、絶対無いわ。

 永世秦帝国の事だって許してないし」

「でも檻から出すの?」

 

「もう管理する気なんて毛頭ないわよ。こんな可愛くない奴、愛玩動物にだってなれはしないんだから」

 

 そう言う趣味は無いが、彼女の罵倒は心地よかった。

 イベントとかでは残念な役回りばかりだったが、この芯の強さは俺の信じた虞美人だ。

 

「それで、これからどうするのかしら? 此処にはお前を狙うサーヴァントがまだいるわよ」

「狙われる覚えなんて無いんですけど……因みに、誰がいるか知ってますか?」

「さあ、興味ないわよ。でも妙な話を聞いたわね。私を殺せるかもしれないから気を付けろとか……」

 

「虞美人を……? あ、まさか」

 

 そんな話をしていると、部屋の外から何か聞こえてきた。

 

『ますたぁぁぁぁぁ!? どちらですかぁぁぁぁぁ!?』

 

「う、清姫……」

「珍しいわね。怒らせたの?」

 

 そんな“数多の英霊と縁を結んだマスターのお前が?”みたいな顔をしないで欲しい。

 アレに関しては半分事故だし。

 

「お陰で先はあの場所に行くのに時間掛かったわ」

「どうすれば……?」

 

「この塔とあの子の気質を考えたら、単純に謝っても許さないわよ。いっその事、令呪でも使う?」

 

 俺は自分の手の甲を見た。

 確かにこれを使って清姫の動きを止められれば説得できるかもしれない。

 

「よし、それじゃあ早速行って来る!」

「私は助けないわよ」

 

「分かってる!」

 

 俺は部屋を出て清姫を探そうとして……背中がゾワっとした。

 彼女を見た瞬間に喜びで鳥肌になったとか、放たれてる殺気とか、様々な理由はあるけれど一番は俺が彼女を此処で見たくなかったからだ。

 

「よう、マスター。随分と楽しそうに話してたみたいだな?」

「両義式……!」

 

「そんな他人行儀な呼び方はよしてくれよ」

 

 ああ、本当にいやだ。

 ファンとして愛した主人公が目の前にいるのに、こうも目を逸らしたくなる。

 

「部屋から出たって事は、他の女とはさよならしたって事だろ? だったら、オレの元に戻ってくるのが筋だよな?」

「なあ式……なんで俺をそんな目で見るんだ?」

 

「……? ああ、怒ってるとでも思ったのか? 別に――」

「――そうじゃない。俺はなんでそんな、乙女みたいな目で見てくるんだって聞いてるんだ! お前にはアイツがいるだろ!」

 

 黒桐の名前は潰されそうなので式に伝わりそうな言葉を選んだ。

 

「……なんだ。操を立てろって話か? お前らしいな。

 でも、オレは別に良いと思ってるんだぜ? アイツと同じ匂いがするし、この存在だって一時的な物だから」

「それが可笑しいだろうが! サーヴァントになったから? このクソ塔の影響を受けたから? 似てるから? そんな理由で旦那を蔑ろにするな!」

 

「……別に今の状態に違和感が無い訳じゃない。だけどそれに不快感を抱かないほどには、アンタの事もカルデアの事も気に入ってるだけで」

「俺はやだね。不快感だらけだ! 思い出せないなら思い出させてやる!」

 

 夢の中だ、構うものか。

 俺は式の持っていたナイフを奪う。

 

「あ、おい!?」

「言って伝わらないなら――っこうしてやる!」

 

 少し躊躇して、それでも怒りに身を任せて自分の腕を切りつけた。

 血が溢れる。それを3本の指に付けて壁をなぞる。

 

「何してんだ!?」

 

「俺はこんなの認めない、絶対に!」

 

 だからはっきりと、壁に記してやる。痛みなんて二の次だ。

 

「式、お前の旦那は、(黒桐)! (黒桐幹也)だ! (黒桐幹也)なんだ!」

 

 普段なら正確な漢字なんて書ける筈がないが、今は絶対に書き切れる確信がある!

 

「だから、俺の事は良いマスター程度で良いんだ! その分大事にしてくれ!

 ……黒桐、幹也を!!」

 

「っ……!」

 

 あれ? 口から出たぞ? 

 壁に書いたからなのかは分からないが、確かに今!

 

「……幹也……」

 

「ぁ……やば」

 

 血を流し過ぎたせいか、覚束無くなった足はその場に倒れそうになる。

 

「……っ……?」

 

 だが、寸前で誰かが、小さな手が俺の体を支えてくれた。

 ゆっくりと倒され、上に向けられた状態で目を開けると……

 

「……清姫?」

「はい、清姫です。

 貴方の、マスターの、正妻の、清姫です」

 

 何度も何度も念を押され、俺は曖昧な笑みを浮かべた。

 

「無茶をしましたね」

「……全くだ」

 

 式が壁に背を預けて座り込んだ。

 

「何が良いマスター、だよ。勝手に死に掛けてやがって」

「ええ……本当に、愚かですね。

 愚かな人間らしい、マスターです」

 

 その後ろからはポルクスが現れる。見間違いでなければ、彼女の顔もどこか憑き物が落ちた様だ。

 

「全く、手間の掛かる後輩ね。自分の傷くらい早く魔術で治しなさい」

 

 そう言って現れた虞美人の着ている服は何故か所々焼け焦げていた。

 

「あ、そうか【応急手当】!」

 

 傷が塞がって流血は止んだがまだフラフラする。血が流れすぎたか。

 

「清姫。これを飲ませなさい。増血剤よ」

 

 虞美人に投げ渡された薬を清姫は俺の口に差し出した。

 

「飲んでください」

「おう……ん!」

 

 薬を飲んで数回深呼吸をしている内に、俺は回復した。

 

「清姫、もう怒ってないのか?」

「怒ってますよ? 幾ら勘違いでも他の女性に謝らせたんですから!」

 

 やっぱり、虞美人先輩が奮闘してくれたのか。

 

「……ですが、旦那様が他の女性の為とは言えあれだけの誠実さを見せていたんです。火炙りは許してあげます。代わりに扇子で叩きます」

 

「痛っ!? 容赦な、痛ぁ!」

 

「あはは、やっぱり面白いな、オレ達のマスターは」

「次は私も叩かせてもらうわよ」

 

「ふふふ、兄様がこの場にいたらきっと大笑いでしたよ」

 

 皆が自然に笑っている。良かった。俺はやっとこの塔に来れた事を、喜べる。

 そう思って立ち上がろうとする俺を、清姫が腕を掴んで止めた。

 

「……マスター」

「? なんだ、清姫?」

 

「私、マスターが好きです」

「――っ」

 

 その言葉にまた否定で返そうとして、少し言葉に詰まってしまった。 

 

「心を奪われてしまいました。

 怒りに体を震わせるそのお姿に。身を削ってまで真実を書き記す誠実さに。このお方と結婚したいと、改めて思いました」

 

「勘弁してくれよ……清姫だって生前は安珍が好きだったんだろ?」

「ええ。マスターは安珍様の生まれ変わりですから問題ありませんね?」

「生まれ変わりなんてどうやって証明するんだよ?」

「私は一目見て分かりました。ですから、マスターは安珍様の生まれ変わりで間違いありません」

 

 そう言い切る清姫の目はとても、澄んでいた。

 塔の呪いのせいか、元々病んでるせいか、その瞳に俺しか映っていなかったが迷いも揺らぎもそこになかった。

 

「俺が安珍の生まれ変わりじゃなかったら嘘になるぞ?」

「マスターは安珍様の生まれ変わりですから嘘ではありません」

 

「でももし本物の安珍が英霊として出てきたら?」

「そしたら今の安珍(マスター)を愛します」

 

 ……おかしい。

 絶対に間違っている理屈な筈なのに、崩せる気がしない。

 世界5分前仮説よりも否定できない。

 

「清姫はマスターの正妻ですと、先からずっと申しています。

 ですから……どうかこの言葉を嘘にしないでくださいまし」

 

 笑顔で凄まれて、思わず俺はコクリと頷いてしまった。

 

 

 

 

「はーい! 婚約成立ですね!」

『!?』

 

 突然、俺達の頭上にBBが現れた。

 

「悪戯な愛のキューピッド、BBちゃんでーす!」

「BB!? なんで!?」

 

「ご婚約されたのは、清姫さんとマスターさんですね!

 ではでは、素敵な結婚式を最速でご提供させて頂きます!」

 

 そういって手に持っている教鞭を振って、謎の光を放ち始めた。

 

「式さんはこちらでーす!」

「お、おい!」

 

「虞美人さんはこっちですよ!」

「ちょ、ちょっと!?」

 

「妹さんも急ぎましょう!」

「え? え?」

 

 どんどん周りの皆が攫われて行く。

 そして、遂にBBは俺と清姫の前に降り立った。

 

「さあ、BBちゃんの御呪い! 末永く、お幸せにー!」

「おい、説明をしろ――!?」

 

 彼女を捕まえようと手を伸ばして足を前に出すと、間一髪、俺は段差から落ちるところだった。

 

「――へ? え?」

 

 辺りを見渡すと薄暗い灰色の塔は突然、純白の教会に様変わりしていた。

 俺の服も白のタキシードに変わっており、そんな俺を見つめる人達がいた。

 

「全く……何故俺が人間の結婚なんぞを祝わなければ」

「兄様」

 

「妻よ。汝もこの光景に憧れるか?」

「項羽様とならば、何処にいても幸せです」

 

「式、なんだか楽しそうだね」

「そうかもな」

 

「式か。懐かしいなキャスター」

「ええ、そうですわね宗一郎様」

 

 いなかった人達まで当然の如く混ざってる……!

 

「新郎。早くこちらに来たまえ。余り花嫁を待たせるな」

 

 しかも神父はお前か、外道マーボー……!

 

「マスター、唐突で戸惑っていますが、私、嬉しくて……!」

 

 泣きそう、否、もう泣いている清姫を見て、一度息を吐いて……俺は彼女と向かい合った。

 

「……では、誓いのキスを」

 

 早っ! こいつ仕事する気ないだろ、のツッコミはしないでおこう。普段なら真面目に対応していただろうし。

 

 こちらを一度見てから目を瞑ってゆっくりと近付く彼女に応える様に、俺もそっと……

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 教会の鐘が鳴り続ける中、屋根の上に座って溜め息を吐くBB。

 

「面倒なマスターさんでしたね……あんなに空気読めないマスター、二度とごめんです!

 全く、それが気の迷いでも恋は恋なんですからね! 夢の中くらい夢の様な体験をしたいとは思わないんですか!?」

 

 そう言ってもう一度溜め息を吐いて夜空を見上げた。目前には月が浮かんでいる。

 

「……私も、会いたくなっちゃいました」

 




今回の話は書いてて何度も「えー、今まで好き放題してた自分が書く?」って思っていました。だけど筆は進む不思議。
今までに無い視点を体験をさせて頂きました。ありがとうございます。

二次創作は迷惑にならない限り自由だと思ってますので、これからも押し付ける事の無いように楽しんで行きます。


次回は最後の当選者 EX—sはフルアーマー さんの話を書かせて頂きます。
このまま6月中に書き上げたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

病照例剣豪三本勝負 【4周年記念企画】

4周年記念企画最後の当選者は EX-sはフルアーマー さんです。

今回はとある剣道女子の話。
え? 知ってた? ……さて、彼女の剣はサーヴァントに通じるのでしょうか?



「それじゃあ、俺もう行くわ」

 

 そう言って彼は体育館を出て行った。その顔に疲労は浮かべていない。

 

「……強いな、やっぱり」

 

 全部で5試合、時間にして約30分。彼は素手だったのに結局取れたのは1試合目の一本と2試合目の一本だけ。その後は全く当てられずにストレートで負けちゃった。

 

 去っていく玲の背中を見送りながらタオルで汗を拭いて、スポーツドリンクを喉に流し込んだ。

 

「ふぅ……もっと、強く」

 

 大きな大会で結果を残して少し天狗になっていたのかもしれない。玲に追い付く為にも、もっと頑張らないと……!

 

「でも、正直普通にやっても……だよね」

 

 2年連続で全国大会ベスト8だった先輩も私との練習は受けてくれなくなったし、これ以上の相手なんて何処にいるんだろう?

 

「はぁ……私も帰ろう」

 

 更衣室で制服に着替えて、防具を片付けた私は1人で校門を抜けて……

 

「玲?」

「よっ」

 

「何してんの?」

「ん? いや、母さんから今日は真の迎えに行かなくて良いって連絡が入ったからな。久しぶりにお前と一緒に帰ってやろうかなってな」

 

 全く……あれだけ綺麗に打ち負かしておいて、変に気を使うんだから。

 

「だーかーらー、歩きスマホはやめてよ!」

「お前がいるから大丈夫だろ」

「この……! 私の信頼を悪用するな!」

 

 

「先輩! 今日は練習試合して頂けますか?」

「え、えっと……ごめんなさい」

 

 改めて強くなりたいと思った翌日、今日も断られてた……ガックリしながら教室に帰ってきた私に友達の女子が声を掛けてくる。

 

「切華、また断られたんだ」

「うん。自分で自覚してない訳じゃないんだけど……やっぱり自分より強い後輩なんて嫌だよね」

 

「あー……多分そう言うのじゃないと思うよ?」

「え? じゃあなんで私は断られてるの?」

 

「最近聞いたんだけど、切華の事で変な噂が流れてるの」

「変な噂?」

「うん。切華に男友達がいないのは女好きだからだって」

 

 はぁ!?

 

「な、何その噂!」

「なんか、2週間位前から3年の先輩から聞いたって隣のクラスの子が言ってたんだけど」

 

 2週間、3年の先輩……まさか。

 

「はぁ……まさかあの時の?」

「心当たりがあるの!?」

 

 私に本当にその気があると思ってるのか、友達は驚きと興味の声をあげた。

 

「うん。一年の女子生徒に絡んでた先輩をのしてやったわ」

「あー、なんだそっちかぁ」

 

 噂好きの友達がいるこの子も噂好きだから、私が本当に女好きな事に期待していたんだ。

 

「そっか。なんか先輩が私を怖がってみたいだから気になってたけどそのせいなのね」

 

(怖がってるのはやっぱり実力の差なんじゃ……?)

 

「まあ、そんな嫌がらせなんか気にしなければ直ぐに収まるでしょ」

「そうだね。昨日、切華が男子生徒と一緒に歩いてるの見たって子もいるしねー」

 

「……」

「え? もしかしてそっちは本当!? ねぇ、相手は誰!?」

 

「知らない! ほら、もう授業始まるから!」

 

 その日は友達の質問を躱し続けた私は、昨日の練習より疲れた気がしながら家に帰った。

 

「はぁ……FGOか……」

 

 私はスマホを見つめる。ゲームとかあんまり得意じゃないけど、玲が喧嘩を止めてから友達に誘われて始めていたので私もやってみた。

 これのおかげで少し日本史や世界史の授業にいつも以上に真面目に取り組めているけど……正直、玲とはこれについて話したりしない。

 

「これを切っ掛けに昔みたいに仲良くできたらと思ったのに……私の意気地なし」

 

 そんな私を玲はいつも気に掛けてくれているのに、私はどこか、喧嘩してばかりいた昔の幼馴染の姿を求めている。

 多分、あの時の圧倒的なまでの強さを振るっていた彼が私だけを見る血走った瞳が忘れられないのだろう。

 

「っ!」

 

 ゾクゾクと、背中に程よく恐怖の混じった快感が押し寄せてくる。

 

 容赦なく振るわれる拳。隙を見せれば飛んでくる蹴り。

 そして、私が防ぐと鋭く笑う彼の顔……あの顔が、一番素敵かも……

 

「……私、危ない変態なのかな?」

 

 そんな自分に嫌気が差して、ベッドに寝っころがって目を閉じた。

 アプリ起動していた気がするけど、疲れていた私は暗闇に身を委ねて……眠ってしまった。

 

 

 

「マスター」

「……ん……?」

 

「マスター、起きて下さい」

 

 私の頬を誰かが叩いている……

 

「だれ……?」

「まだ寝ぼけているんですか? 私です私! 沖田さんです!」

 

 沖田? そんな苗字、私のクラスに……あれ、でもこの声って……

 

 漸く声の主に気付いて、思わず飛び起きた。

 

「お、沖田って、FGOの沖田総司!?」

「そうですよ! 最強無敵の沖田さんです!」

 

 私は辺りを見渡した。部屋で寝てしまっていた筈なのに、いつの間にか道場に来ていた。

 壁には鞘に納められた刀が、中央奥には掛け軸が2つ、上に横長い額縁が1つ飾られている。

 

「なんで……あ、いや、これは夢、だよね」

「あれぇ? もしかして、まだ寝ぼけてるんですか?」

 

 夢の住人の沖田さんは知らないって事なのかな?

 でも、こうして会えるなんて思わなかったし、おしゃべりするのも楽しいかもしれない。

 

「それでマスター……ちょっと頼み事があるんですけど」

「頼み事?」

 

「此処なら、何時もみたいに誰にも邪魔されないと思うので、その……沖田さんに……キス、して貰えませんか?」

 

 …………は?

 

「あ、も、勿論ほっぺたで結構ですので! あ、それも嫌でしたら手の甲でも……」

「待って、待って!? 何を言ってるの?」

 

「沖田さん、マスターを見てると胸がキューっとしちゃうんです! 女性同士でこんなの変なんですけど、でも、マスターが相手なら……良いかなって」

「いやです! 私は同姓愛者じゃないっ! 無理です!」

 

 そう言って強く拒絶すると沖田さんは後ろに倒れ、絶望の表情を見せた。血の気も引いて青ざめている。

 

「そ、そんな……マスター、沖田さんの事、好きですよね? だから、私に聖杯を五つも捧げてくれたんですよね?」

 

 な、なるほど? それが原因で私に迫って来ていたんだ。

 

「好きだけど、聖杯を上げたのは別にそう言う意味じゃなくて……」

「それ以上は、言わないで下さい!」

 

 そう言って沖田さんは立ち上がった。その際に、服の間から何か紙が落ちて私の前で止まった。

 

“刀をもって打ち破れ。さもなくば、悪夢はお前を喰らう”

 

「……良く分かんないけど、これで良いのかな!」

 

 私は立ち上がり、壁に掛けられていた刀へと手を伸ばす。

 普段使っている竹刀と比べると少し短いそれは、真剣の重さをもっていた。

 

(いつもより20㎝位短いのに、重い……!)

 

 相手は新選組一番隊隊長の沖田総司だというのに、こんな不慣れな得物で戦わないといけないの?

 

「やるしか、ない……っ!」

 

 刀を構えた瞬間、右から強烈な斬撃が襲い掛かって来た。

 

「っは――!」

 

 反射的に防いだ自分を褒める暇もない程に、沖田さんの斬撃は早かった。

 防御している私より攻撃をしている彼女の方が動作時間は長い筈なのに、刀を動かすだけでは捌き切れず、刻一刻と体は後退していく。

 

「そこっ!」

 

 そして――私の体は彼女に刺し貫かれた……

 

「……っ、い、痛く、ない……?」

 

 そう呟いた途端、私の体は床に倒れた。

 

「此処はシミュレーション空間ですよ? 例え両断されても体にダメージは入りませんが……」

 

 そう言って沖田さんは私を抱きしめた。

 

「……あ、あれ!? 動けない……!?」

「これでマスターは、暫く私だけの物ですね?」

 

「は、放して!」

「心配しなくても、沖田さんは無理矢理マスターに迫ったりしませんよ。でも、こうやって抱きしめる位は構いませんよね? 勝者の特権です」

 

「っく、この……!」

「あはっ、嫌がってても力の入らない体で抵抗できないマスター、可愛いです! ふーっ」

 

「っん……!」

 

 耳に息を吹きかけられて身をよじる。

 こんなあっさり、好き勝手にされている自分が悔しい。

 

「ねぇ、マスター、沖田さんにもっと気持ちいい悪戯を……っ!」

 

 漸く、動いた手で私は彼女の頬を叩いて、茫然とした彼女の抱擁から何とか抜け出した。

 

「もう一回よ! 今度こそ、私が貴女を斬る!」

「……沖田さん、今のビンタは悲しかったので、ちょっと……本気で行きますね?」

 

 またしても最初に踏み込んだのは彼女。

 宣言通り先より速く強い斬撃に、私は再び防戦一方になる。

 

 まるで舞い落ちる桜の様に止めどない連撃は途切れる瞬間が見えず、攻撃に転する時間がない。

 

 やがて、私は再び貫かれる。

 

「……マスターには、絶対に沖田さんの事を好きになって貰いますからね?」 

 

 それでも私はまた、挑むんだ。

 

 

 

 私が彼女の首を取れたのは、3回目の敗北の後だった。

 途中から負けた私に躊躇の無くなった沖田さんに無理矢理首元にキスマークを付けられたけど、苛烈過ぎる攻撃のお陰でそんな些細な事を気にせず勝負に集中できた。

 

「ふう……やっぱり、強い」

「うう……病弱スキルが無い万全状態だったのに……コフッ!」

 

 泣き言を言いながら、沖田さんはその場から消えてしまった。

 同時に、飾られていた掛け軸の一つに誠の文字が浮かび上がった。

 

 手で握っていた刀を下ろす。

 途中から慣れたけど、やっぱり普段の竹刀と全然違う。

 

「けど、倒したら此処から出られるんじゃ……きゃっ!?」

 

 気を抜いていた私の制服の裾から、野球ボール位の大きさの何かが入り込んだ。

 

「く、くすぐったいっ……、と、鳥っ!?」

 

 首元まで上がって来たそれは濡れたタオルでキスマークを拭って、そのまま服の中で私の体を一周する。

 

「全く、品の無いサーヴァントは直ぐにマスターを汚してしまうでち。

 あちきの前で不摂生は許しまちぇん!」

 

 そう言って私の目の前でバサバサと飛び上がっているのは1匹の雀。

 舌足らずな口調で喋っている彼女を見て、私はこの子の正体を悟った。

 

「紅閻魔ちゃん?」

「そうでち」

 

 雀から赤毛の小さな女の子の姿になった彼女は、沖田さんと同じセイバークラスのサーヴァントだ。私は柄を握り直す。

 

「じゃあ、次の相手は貴女なのね」

「そうでち。でちが……まずはお風呂でち。

 そんなに汗をかいて、体が冷えたら風邪を引いてしまうでちよ?」

 

 彼女は開いた手で奥にあるシャワー室を示したけど……

 

「でも、戦うならどうせ汗をかくでしょう? 必要ないじゃ――」

 

 ――瞬間、私の体は動かなくなっていた。それと同時に紅閻魔ちゃんは、既に刀を鞘に納めている。

 

「駄目でち。しっかり汗を流すでち」

 

 唖然とした私を持ち上げて、さっと脱衣所で服を脱がされる。

 

「あ、ちょっと……!」

「健康的なお乳でちね。でちが、悪い虫が寄ってくるかもしれないでち。乙女たるもの、危機管理はしっかりしてくださいでち」

 

 油断していた私を窘める様にそう言った紅閻魔ちゃんも服を抜いで、風呂場の扉を開けた。

 

「もう立てまちか?」

「う、うん……」

 

「刀を持ってない相手に、攻撃してはいけない。それが此処のルールでち。まずはあちきと、裸の付き合いでち」

 

 温泉ではないけど私の家よりも少し大きめの、大人が3人位なら入りそうな浴槽。扉の傍には洗い場があり、私はそこに座らせられる。

 

「では、洗ってあげるでち」

「い、良いよ。自分で洗うから!」

「雀の早洗い、見せまちよ!」

 

 そう言って雀に変身した彼女はスポンジを加えて私の体を隅々まで洗っていく。

 正確に、必要な場所にはしっかりとした力加減で。

 止めようにも、周りを飛び周る彼女を捕まえるのは難しくて――

 

「――はい、捕まえた!」

「あう!? い、痛いでち!」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 

「もう、そこまで嫌でちか?」

「嫌だよ。それに、なんかずっとお腹を洗ってたし」

 

「ご主人の健康管理はあちきの命題でち。体重や身長、体型の把握をしてまちた」

「そんな事しなくていいから!」

「さあ、水を流しまち」

 

 ――それから十数分後、私達は再び刀を持って対峙した。

 

 彼女については良く知っている。少なくとも、戦い方くらいなら。

 

(油断してなければ、恐らく単純な剣術なら沖田総司を倒せた私に勝機はある。

 だけど、彼女にはあの雀に変化する能力と抜刀術がある)

 

 大変なのはそれだ。斬った事ない動物と対峙した事の無い技。

 

「あちきに負けても、世話を焼くだけでちから安心して下さいでち」

 

「負けるつもりは、ないよ!」

 

 先は既に間合いに入られた状態で抜刀を見切れずやられた。だけど、今度はこっちから!

 

「っく――!?」

 

 ――あと少しでも頭を下げるのに戸惑っていれば、首を刈り取らていた。

 だけど、今なら――いない!?

 

「後ろ!」

「っきゃ!?」

 

 雀になって回り込まれていた。

 そう気付いた時には、また私の体は床に倒れてしまった。

 

「っ、この……!」

「雀の動き、マスターは果たして、捉えられまちか?」

 

 紅閻魔ちゃんはゆっくりと近付いて、私をうつ伏せで倒してからマッサージをし始めた。

 

「固くなった体を、解しまちね」

 

 屈辱だけれど、私は体が動くまで彼女にツボと言うツボを押され続けた。

 

 

 

「そこ!」

「チュン!?」

 

 確かに雀の動きなんて普段から見ておらず捉えるのは難しいけれど、戦う前に風呂場で手で掴めた感覚を刀で再現すればいいと分かれば、後は簡単だった。刀に十分慣れたのも勝因だろう。

 

「……うう、不覚でち。

 指圧に力を使い過ぎまちたか……」

 

 負け惜しみを言って消えていく彼女を見送ってから、掛け軸に増えた雀の絵には目もくれず再び刀を握り直す。

 

「……」

 

 ……来た。

 

「マスター、漸く私の出番――」

「っは!」

 

 沖田さんの動きを見て盗んだ瞬歩と突きを、迷うことなく対象に――けれど、それはいとも容易く防がれた。

 

「うーん、情熱的! 良いわよ、お姉さん好みの挨拶ね!」

「っ……!」

 

 後退を――不味い!

 

「へぇ……! 良く防いだわね。けれど――」

 

 彼女の言葉より早く、もう一つの太刀が私を切り裂いた。

 

「――まだまだね」

 

 奇襲も通じず、単純な実力なら恐らく他の2人を超えるであろう人物。日本人なら誰もが知る、大剣豪。

 

「まずは一本ね。さーて、お姉さんどんな事しちゃおっかなぁ?」

 

 二天一流、宮本武蔵。

 そんな彼女は倒れた私に無遠慮に近づくと、私を顔を持ち上げて――

 

「や、やめて……!」

「ふふふ、奇襲までする容赦の無さ、太刀筋。今ので直ぐ分かった。

 貴女には大事にしたいモノがある。容易に踏み入って欲しくない守りたい何かが。

 それはきっと、これよね?」

 

「だ、ダメ――っんん!」

 

 無理矢理唇を押し付ける乱暴なキス。

 私は必死に抵抗した。だけど避けられず、何も出来ずに入れられそうになる。

 

「ん―!」

「っんはぁ……ふふ、舌は意地でも入れさせないつもりかしら?

 良いわ。それでこそ――」

 

 再び襲ってくる彼女も、力の戻った私は思いっきり蹴った。

 

「あーあ、お楽しみは終わりか……」

「ゆ、許さない……!」

 

「マスターは乙女ね。これは滾るわね!」

 

 私はもう一度、この侍と対峙する。

 

 けれど――

 

「はい、私の勝ち」

 

 武蔵ちゃんの強さは隙の無さ。彼女の二天一流、そしてその瞳は私を唯々追い詰めていく。

 それは、刀を握らない時も同じ。

 

「じゃーん! これ、食堂に落ちてたんだけど可愛いと思わない?」

 

 そう言って彼女は私の首に赤い鈴付きの首輪を無理やり付けた。

 

「外して」

「いーや。で、最後に私の名前を書いて……よし、これでマスターは私の物ね。

 可愛い可愛い、子猫ちゃんよ」

 

「この……!」

 

 自分の好きにしている様で、本当は私の戦意を削ろうとしている。

 

 だけど、それが分かっていて大人しくなんてしない。

 刀で首輪を切り裂いて、もう一度剣を交える。

 

「残念。また私の勝ちよ」

 

 駄目だ。戦い方に掴み処がない。

 

「ねぇ、マスターの好きな人って誰? 私以外の誰に操を立てているの?」

「……」

「あ、無視ですかそうですか……あ、そうだ」

 

 武蔵ちゃんは首輪に名前を書くときに使ったペンをまた取り出すと、今度は私の背中に何かを書いた。

 

「む・さ・し・の……よめ、とっ!」

「っく……この!」

「もっと書いてあげたいけど……時間切れかな?」

 

 今度は蹴る時間も与えずに私から離れた。

 

「さあ、まだやるんでしょ?」

「……この!」

 

 

 

 10回目。

 

 顔にも悪戯描きをされて、キスを迫られて、更には胸まで触られた。

 

 だけど、それらの齎した嫌悪感以上に私を満たす何かが今、芽生えていた。

 

「いいよいいよ、マスター! その顔、私の見たかった顔よ!」

「何の事!」

 

 刀の交わる中で交わされる言葉。

 

「私を喰らおうとする覇気! 私だけを追い続ける獣の顔! それが見たかったのよ!」

 

「っ!?」

 

 その言葉に、私は最近まで自分が戸惑っていた感情を鏡に映された様な感覚だった

 

「なるほど……ね!」

「どう! 私ともっと斬り合いましょう!」

 

「冗談! さっさと、斬られて、よ!」

 

 きっと今の顔が、私が求めていた顔だ。

 

 聞きたい。

 私があの時、玲の顔を素敵だと思った様に、彼にも私の今の表情を素敵だと言ってもらいたい。

 

「余所見はダメよ!」

「最初から、眼中に、ないよ!」

 

 刀がぶつかると、自然に口角が上がっているのが分かる。

 楽しい。だけど、こんな手応えじゃ駄目だ。

 彼の拳はもっと力強くて、もっと熱かった。

 

「――!」

「――っ!」

 

 気付いたからには、止められない。

 

「――お見事。あーもう、悔しいな。悔しい」

「武蔵ちゃん……」

 

「らしくない溺手まで使ったのに、乙女心は複雑怪奇。私の剣でも斬り解けないか」

「そんなことは……」

「……まあ、剣士心には一日の長があるからね」

 

 ウィンクを最後に、武蔵ちゃんは消え始めた。

 

「バイバイ、マスター。

 あ、そうだ。今度私にもその彼氏君を紹介して――」

「絶対嫌です」

 

「あーもう、そっちも振られちゃいますかー」

 

 額縁にうどんの絵は浮かび上がってきた。

 これで終わりかと刀を下ろした私の前に、今度は書類が降って来た。

 

「何これ? 

 カルデア―ル学園……転入届?」

 

 その書類を手に取った時、私の夢は終わった。

 

 

 

 妙な悪夢を見て、玲とどう接しようかと悩んでいて次の日の夜、再び変な夢の中で気が付いた。

 

「……あれ、此処は?」

 

 見た事も無い大きな校舎がそびえ立っていた。

 

「学校? カルデアール、学園? もしかして、あの夢の続き?」

 

 竹刀を背負って学生鞄を持ったまま、私が敷地内に入っていく。

 

「……ん? あれって、もしかして玲!? お……」

 

 夢の中でも会えるなんて、と思いながら駆け寄ろうとしたけれど、彼の横に誰かいるのが見えた。

 

「……誰あの女?」

 

 金髪、メガネ、マフラー……どこかで見た事がある。きっと英霊なんだろうけど、なんで隣を嬉しそうに歩いている?

 

「……」

 

 英霊相手に遠慮は必要ないと学んだ私は、スッと竹刀を取り出して駆け出した。

 距離を詰めてから、最速の跳躍三回――そして、突きを

 

「――っと、随分鋭い突きだな、切華?」

「っ!?」

 

 ゾクゾクと、待ち焦がれていた快感が背中を走った。その隣に女がいなければもっと刺激的であったと思うと少し口惜しい。

 

「誰ですか、この人?」

「俺の幼馴染だけど……お前、そんな好戦的だったか?」

 

「聞きたいのはこっち。その子は誰? どんな関係なの?」

「私は部長の後輩で、新聞部の部員で、恋人です」

 

 ……中々、面白い冗談を言う子だね?

 

「ま、そんな所だ」

「ねぇ、いつもそんな感じなの? ちゃんと否定しないと駄目だよ?」

 

「いや、否定してもキリがねぇしなぁ」

 

「……」

 

 なら……

 

「私も、新聞部に入る」

「え? いやでも、お前は剣道部じゃ……?」

 

 私は転入届を玲に見せた。

 

「これから転入なんだから、どんな部活を選ぶのも私の自由でしょ?

 そう言う訳で、勘違い後輩ちゃん、これからよろしく」

 

「……よろしくお願いします。負け確ヒロインさん?」

 

 よし、先ずは先輩への敬意を教えてあげよう。

 

 

 

 

「俺の周り、血の気の多い奴多くねぇか?」

 




玲の仲間が増えてきて、まるで主人公みたいだね!(切大を煽るスタイル)


これにて企画は終わりです。
ハロウィン前、どころか夏イベントの前に終わるとは思いませんでしたね。

多分投稿頻度は前に戻ると思いますが、これからも楽しく書いていこうと思います。
皆さんもお体に気を付けて、婦長に監禁されない様に過ごしていきましょう。


自分は既にサンタさんに手術台の上に固定されてアンプルを打ち込まれ続けています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二度目の彼ら ぺたろー編

今回は二度目の彼らと言う新サブタイトルです。
今まで一度しか登場してないマスターをもう一度使い回そ――サルベージする話です。


ゲーム実況者のぺたろーがヤンデレ・シャトーで送る日常です。



 

 はい、皆様こんにちわ!

 森羅万象あらゆるゲームを遊びます、八百億チャンネルのぺたろーです!

 

 今回実況するのは新宿の復讐者さん制作の悪夢(フリーゲーム)、“囮”です。

 

 えー、この製作者さんの作るゲームはですね、化け物や人間とは違う、動物を題材にする事が多く、自然の怖さや普段人が気にも留めない悪行に対する罰等が込められている物が多いです。

 いやー、こうやって新作が遊べるのが大変嬉しいですねー(諦めの棒読み)

 

 過去に同じ製作者さんのゲームをプレイしています。概要欄にリンクを載せておきますので、そちらも合わせてご視聴下さい。

 

 

 

 ……ゲームが始まりましたね!

 

『ねぇ、お願い』

 

 おっと? いきなり、体が半分陰で隠れてるけど可愛い女の子が……雨の中で手を伸ばして、助けを求めてる……?

 

『助けて――!』

 

 うぉ!? 狼!? 後ろに狼いる!?

 

『お願い、助け――』

 

 男はクズ野郎だったのか、当然の如く一目散に逃げてしまいましたね……山の中か? めっちゃ走ってって……って、女の子が凄い勢いで迫って――狼になった!?

 

『――置いて、かないで』

 

 死んでしまいましたね。

 あーでも、これはじゃあプロローグか……“囮”、始まりましたね。

 

 やっぱりタイトル通り、主人公の仲間が“囮”にされるのかな?

 

 ――ん?

 

 

「――え、っと、ちょっと待ってくださいね!」

 

 誰かが扉を叩いた音を聞いて、俺は配信中のマイクを切って外へ出た。

 

「ん? 誰も……あれ? ご飯?」

 

 扉の向かいの壁におにぎりの乗ったトレイが置いてあった。ご丁寧に【マスターへ】と書かれた紙が添えてあった。だけど、左右を見ても誰もいない。

 

「んー? エミヤかな? でも、ヤンデレ・シャトーって女性サーヴァントしかいないって聞いたんだけど……」

 

 こんな事をする相手が分からなくて疑問符を浮かべながら、トレイを持って部屋へと戻って扉を閉めた。

 

「よし、配信の続きを――」

「――という訳で、この枠は今からあたしとちゃんマスのラブラブ配信に変わりまーす! どんどん高評価押して、スパチャもポンポーン、送っちゃって! 送られてきたスパチャは一銭残さず全てあたし達2人のデート代に使い切っちゃうかんねー!」

 

 何処からともなく出現(スポーン)した清少納言が俺の配信中のPCに座っていた。

 アゲアゲでキラキラな青黒ツートンヘアーのアーチャーである彼女は、なぎこさんと呼ばれるのを好んでいる平安時代のパリピ女子だ。

 

「って、何してくれてんのなぎこさん!?」

「でっへへー! ちゃんマスの部屋にこっそり入ったら、なんかこうエモさが止められなくってさぁー! あ、ちょち待ってて!」

 

 俺のゲーミングチェアを足場に思いっきりジャンプし、空中で一回転してから扉の前に着地したなぎこさん。

 肩にかけていた鞄から何か、スマホの様な物を取り出して扉を背に自撮りを始めた。

 

「イェーイ! ドヤッ!」

「な、なにしてんの……?」

 

 戸惑いの声をあげると、突然扉が輝いた。

 

「あたしのスキルでこの扉、恋の関門に変えちゃいました!」

「え、もしかして逢坂の関の事?」

「そそっ! 流石ちゃんマス、良く分かってるー!」

 

 先からテンションが計り知れない程に盛り上がっている彼女は、思いっきり俺に抱き着いてきた。

 

「ちょ、ちょっとなぎこさん!?」

「んーへへへ、あたしめっちゃ仕事したでしょ? ちょっと甘えてもいい?」

「いや、そもそも配信が――」

 

 俺のこの配信はカルデア内の端末からなら誰でも見られる様になっている。

 こんな配信をしたら今すぐにでもヤンデレサーヴァントが――ん?

 

「ねぇ……なぎこさん?」

「んー? キスしちゃう!? ちゃんマス、遂にあたしに告白を――」

「――マイクのミュート、切った?」

 

「……ミュートって何?」

 

 ……良かった。どうやら、これまでの音声は配信されていないようだ。

 コメントに『マスター?』とか『大丈夫ー?』とか『他の女と話してるの?』とか流れてるけど……

 

「……よし、じゃあなぎこさん。一緒に配信しよう」

「ほっほー! なるほどなるほど、カップルチャンネルだね! 

 きゃーとか騒いで、抱き着いてやんよ! ぐへへへへ……」

 

 うん、俺にこのテンションは荷が重い。

 

「じゃあ、配信再開でーす――」

 

 

 

 ――はい、戻ってきました。

 ――ちゃんマスのカノピッピ、なぎこさんでーす!

 

 なぎこさんは妄言パリピ女子だからスルーお願いします。

 えええ、そりゃねぇぜちゃんマス! ユーとミーの仲だろぉ?

 

 主人公と友達の4人が妙な噂のある館に遊びに来た所から物語が始まりますね。

 はいはーい! なぎこさん、似たようなゲーム知ってまーす! 青――それ以上は言わないでね。

 

『あっちから音がした!』

『僕が先に見てくるよ』

 

 うわー、なんで1人になりたがるのこの人? ウルフ系男子?

 物語の進め方にケチつけないでね。まあ孤立するのはホラーゲームのお約束だし、これで主人公が死んだりはないと思うけど。セーブしとこ。

 

 うんうん、危うきにはセーブして近寄れって事ね。

 

『ギャァァァ!』

 

 玄関の方で騒ぎ声! 来ましたね!

 悲鳴だけやたらリアル……ねぇ、これって新宿のDQNの悲鳴じゃ……

 製作者が製作者だし、本当にそう聞こえるからやめて。

 

『皆!?』

 

 皆いなくなってんじゃーん! やばー(棒読み)

 予想通りだけど、これから敵が出てくるのかな? 取り敢えず探索だね。

 

『た、助けて!』

 

 女の子が部屋の中央の檻に捕まってるよ。

 ちょ、ちゃんマス、罠だよこれ罠! ハニートラップって奴!

 いや、でもプロローグを見た後だと逃げるのも不味い気がするんだよ。助けよう。

 

『――グルルルル!!』

 

 ひゃ、でっかいワンワン!?

 逃げないと、ってなぎこさん腕に引っ付かないで!?

 あ、ちゃんマス壁にぶつかってる、壁!

 

『Game Over』

 

 なぎこさん、なんで腕に抱き着いたの?

 だ、だって……ちゃんマスが、怖がらない様に包み込もうかなって……大人の母性的な感じで。

 

 ……

 

 あー、なぎこさんの胸を鼻で笑ったなぁー!? そりゃあ、あの源氏の棟梁の迫力には数段劣りますけど――ちゃんとあるからね!?

 

(別に大きさの問題じゃなくて色仕掛けで来るタイミングの最悪さに呆れただけなんだけど)

 

 次邪魔したら怒るからね。

 ちゃんマスのツンデレめー! あ、コメント欄めっちゃ荒れててウケる。

 

 誰のせいでしょーね。

 

『あの娘を助ける為に、檻の鍵を見つけないと!』

 

 うぅぅ……あたしのアンチにめっちゃ正論書いてる人がいるー。無理無理、こんな人と絶対に友達になれないよー。

 はいはい……あ、スパチャありがとうございます。

 よし、この金でデートしに行こうよ!

 また荒れるからそう言う発言は控えてね。

 

『へぇ……あいつを助ける為ね。分かった。俺は1階を探しておいてやるよ』

 

 こいつめっちゃ嫌そうな奴だね。

 そうだね。だけど、生き残ってるならこの後何かしでかすかも。

 

 ……ちゃんマス、詰まった? あたし今アンチとレスバしてボコボコにされてるから慰めてぇー!

 うーん、行ける場所全部調べて、後は1階だけか。

 あ、アンチさん今からこっち来るって。なぎこさん特製セキュリティの前に泣くが良いわ!

 

 

 

「なぎこさんは此処にいらっしゃいますか!?」

「うぉ!? うっそ、スキルで閉じてたのに!?」

 

 俺はまたマイクを切った。

 

「当世風の文章に詳しい後輩がいますので簡単でした! 

 そんな事より、何故此処にいるんですか!?」

 

「えー、私とちゃんマスはズッ友だよぉ? 遊びに来てもふつーでしょ?」

「配信の邪魔をするのが友人のやる事ですか! マスターの配信を作業用BGMに日記を認めるのが日課で――っは! すいませんマスター! 私まで配信のお邪魔を……!」

「大丈夫。気にしてないから」

「……あ! そーだ! あたしたち3人で配信しよう!」

 

「そ、そんなの、ダメに決まってるじゃありませんか……!」

「えー、ダメなのちゃんマス?」

 

 もうここまで来たらどうとでもなれだと思う。

 

「大丈夫だってさ!」

「で、ですが……」

「あ、ほらリスナーが待ちきれないってさ! 始めちゃおう!」

 

 

 

『へへ、ごくろうさん。じゃあ、俺がこの鍵であいつを救ってやっから』

 

 あー、この野郎鍵だけ持って行きやがった!

 やっぱり性格悪い奴だったな。

 ですが、あの女性は“囮”ですのでこの方はもう死んでしまうのでは?

 かおるっち、メタ読みは駄目だよ?

 なぎこさんも最初の方に言ってたよ。

 

『っひ、ば、化け物!?』

 

 あー、あのワンワンリボンついてる! 女の子、狼になっちゃってんじゃん! やば、逃げないと!

 ですが、食べれた方の傍に鍵が……

 新しい囮って事かな。

 

『“地下の鍵”を手に入れた』

 

 これ絶対食べられるって! 右向け右!

 逃げて下さいマスター!

 ちょ、紫式部、む、胸が……!

 

『ゲームオーバー』

 

 かおるっち、そりゃないぜ……ちゃんマスをそんなロケットステイツで誘惑するなんて……

 え、あ……マスター、私の、その……ご満足頂けたでしょうか?

 ちょ、かおるっち未亡人設定忘れてるでしょ!? ちゃんマスも、いつまで赤くなってんの!?

 ……つ、次行きましょう。

 

『地下への入り口が開いた』

 

 かおるっち、先から近すぎじゃない? 

 マスターは私の友人なので、これくらいの距離間でも問題ないです。

 ほっほほ……かおるっち、積極性であたしと張り合うつもりかえ? 今こそなぎこさんの大人の色気を見せる時!

 

『此処から出して!』

 

 また囮か。でも、今度は助けられるかもしれないからセーブしてから探索しよう。

 

 貴方とマスターなんて組み合わせが「マッジ有り得ない!」です! サーヴァントとしての甲斐性もないのに従者ポジションとかネタ枠です! 恋とか根本的に向いてません!

 未亡人キャラだってくっついたら魅力半減、ガン萎え間違いなしでしょ! アンケして……え、そっちの方がアガる? 背徳感? 

 

(これは流石に放送事故…………そうだ、先なぎこさんが持ってきたおにぎりを食べさせよう)

 

『出してくれてありがとう。でも――もうお腹すいちゃったの』

 

 ふう、なんとか最初のエンディングに辿り着きました。バッドエンドAですね。どうやら、移動回数に応じてイベントが進んでしまう仕様の様です。

 次回の配信ではエンディング回収をメインに、難所を攻略して行きたいと思いまーす! じゃあ、さようなら!

 

 

 

「終わった……」

 

 そして俺は後ろを振り返った。

 直前まで騒がしかった2人はどちらも、おにぎりを一噛みして床に倒れている。

 

「何か、怪しい薬でも入っていたのか?」

 

 ありうる。なんせ、なぎこさんの初登場でも紫式部が持ってきた薬入りのチョコが原因だったし。

 でも無視して扉へと歩こう。 

 

「喉が渇いてきたし、水でも飲みに――え?」

 

 足を掴まれた。

 思わず掴んだ本人を見ていると、先までの奇抜な衣装ではなく引き摺る程に長い和服を着たなぎこ……清少納言がこちらを見ていた。

 

「……なぎこ、さん?」

「清少納言、そう呼んだ方が良いって思ったんでしょう? そう呼んだらどう?」

 

 そう言って手に持ったセンスを僕の首に向け、くいっと上げた。

 

「えーっと、これは……?」

「っぷ……あはは!

 ちゃんマス、引っ掛かった? ざんねーん、なぎこさんでしたー!」

 

 ちょっと焦った。

 もしかしたら、またバレンタインの時の様な特異点が? って心配になった。

 

「いやー、まさかパラっち、オケっち、セミっち、アスっちから渡されたおにぎりが前と同じ様な事をする物だとは思わなくてさー」

「メンバーも同じ!?」

 

 でも、大事にならないなら良かった……

 

「……あの、ちょっと良い?」

「ん?」

「あたし、ちょっとウザ絡みしたり、ちょーっと空気読めなかったするけど……こんなあたしでもちゃんマスの傍にいて、良いかな?」

 

 ちょっとでもちょーっとでもなく、超ウザかったけど……

 

「うん、勿論」

「だよねー! ちゃんマスならそう言ってくれると思ったー!」

 

 あの、突然抱き着かれるまでは許すけど、押し倒すのはなし!

 

「ちょ、っあはははあ! だ、めぇあっあはははは! なんで、くすぐってぇぇぇ!?」

「わははは! あたしはせーじゅん派なので、愛おしさがヤバみが深まってきたらくすぐりで誤魔化す事にしたのだ! つまり、今のマスターは大好きだから絶対離さないぞと、“泰山解説祭”の前に伝えておく!」

 

 駄目だ、くすぐり攻撃が激しすぎて何言ってんのか何も分かんない。

 

「あ、あひゃひゃひゃひゃっ! ちょっと、本当にまひぇえあははは!?」

「……え、なんですかこの状況?」

 

「あ、かおるっちもくすぐる?」

「くすぐりません! ていうかやめて下さい!

 マスター、マスター!? 本当に泡拭いてますけど、大丈夫ですか!?」

 




ヤンデレ成分が低過ぎるって? 自分もそう思います。
なぎこさんのアクが強過ぎる。あの人、ヤンデレ・シャトーでも構わずはっちゃけるのは間違いなしですからね。

因みに、企画以外では切大は基本作者の召喚したサーヴァントとしか会いませんが、他のマスターは違います。

何が言いたいかと言うと、自分は紫式部も清少納言も召喚出来ていないって事です。
……まあ、日本サーヴァントは清姫がいますので(泣)!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悲城の英霊 織田信長編

片っ端から思い浮かんだ話をシリーズ化していくスタイル。これでしばらく話のネタには困らない筈です! でも更新速度は変わらない。


今回はヤンデレ成分少な目ですが、一応これ以降の【悲城の英霊】は(投稿される事があれば)多量に入れるつもりです。ご了承ください。




 ――マスター! しっかりせい!

 

「ノッブ……? そこに、いる……?」

 

 お、お前、まさか目が……!

 

「はは、は……ごめん、見えないや……それに、なんか体が、寒くて、痛くて……」

 

 ……っく、わしではなく治療の出来る者が此処におれば……!

 

「ノッ、ブ……痛い、苦しい……」

 

 すまん……わしでは、もはや……

 

 だが、安心しろ。これ以上、お主は苦しません。独りにはせん。

 

 ――ずっと、一緒じゃ。

 

 

 

 そんな、今まで一度だって見た事のない真面目な信長の記憶が流れてきたのは目の前の城の壁に触れた時だった。

 

 勿論、俺は人類最後のマスター藤丸立香ではなく、一般プレイヤーに過ぎない岸宮切大だ。当然、今の記憶は何なのか、全く見当が付かない。

 

「だけど、態々シャトーの中じゃなくて、城を用意したって事は今の記憶が関係あるんだろうな」

 

 もう一度、数分前のエドモンの言葉を思い出す。

 

 今回の目的の1つである目の前にある立派な日本の城。パッと見たところ3階層はありそうだ。

 この城の中には主であるサーヴァントがいて、そのサーヴァントに会って出口を開けて貰うまでは城から出られない。

 

 つまり、出会って速攻で逃げ出せば……なんてお粗末な作戦が通じない、一度入れば二度と出れない監獄城なんだろう。

 

「……はぁ、普段と変わらないよな」

 

 そんな溜め息と共に全開の城門を潜った。

 同時に城門は閉まり、庭や城の窓から小さな生き物がワラワラと集まって来た。

 

「ノブノッブ!」

「ノブブー!」

 

 信長――ではなくちびノブ達が大量に現われたのだ。

 

 どいつもこいつも信長と同じ服だが気の抜けた顔と身長だが、その気になれば全員が火縄銃を持って普通の人間なら容易く撃ち抜いてしまうので油断は禁物だ。

 

「ん? これは――」

 

 集まったノブ達は次々と一定の間隔をあけて整列を始め、俺の目の前に城の入り口へと続く道を作った。

 

「入れって事か」

 

 既に帰る事は出来ないので、俺はその道を進んでいく。

 

 城内に入ってもちびノブの道は続き、まっすぐ階段へと続いてる。

 

 その道中の襖は閉じられていたが、1つだけちびノブが出入りして一瞬だけ見えた物があった。

 血、乱雑に開かれ落ちている巻物、本物なのか分からないガイコツ。

 

 他の襖とは色が違っていたし、もしかしたら拷問部屋だったのかもしれない。

 

 階段を上って2階。そしてすぐに中央の一番豪華な部屋へと辿り着いた。

 

「……此処に信長が?」

「ノッブ!」

 

 力強く頷くノブを見て、俺は覚悟と共に襖を開いた。

 

「――っ」

「信、長?」

 

 一瞬驚きの表情を浮かべた彼女だったが、驚いたのは俺の方だった。

 

「よく来たのぉ、マスター」

 

 普段は戦国武将とはかけ離れた黒い軍服に赤のマントを靡かせ、派手な紋飾りの付いた帽子を着けている筈の彼女。

 

 その一切の代わりに、彼女は女物の白い着物を着ていた。所々、赤や金の紐が縛られている。

 

 黒く長い下ろした髪とのコントラストが美しく、丁寧な化粧がされたその顔は普段のギャップも相まって何秒か目惚れてしまった。

 

「……あっはははは! いやはや、出会って早々そんなアホ面でわしを笑わせるでない!」

「い、いや、別に……!」

 

「古今東西、老若男女の数多の英霊を従え、触れ合ったお主に見惚れられたのなら、わしの美貌もどうやら捨てた物ではないらしいな! いやはや、愉快痛快!」

 

 どうやら、心配しなくても普段通りの信長だったらしい。

 

「ほれ、座れ座れ。此処には固い事を抜かす家臣は誰もおらんからな」

「は、はぁ……」

 

 毒気を抜かれた俺は誘われるまま彼女から3m位離れた位置に敷かれた座布団の上に座った。

 

「そなたの望みは勿論知っておる。この城からの出たいのじゃろ?」

「ま、まぁ」

「安心せい。城の門なら何時でも開けておく故、心配するな」

 

 そう言って信長は立ち上がると俺へに近付き、右手を頬に添えてきた。

 

「……」

 

 こちらをジーッと見つめる彼女は失った何かを懐かしむ様な、大人びた表情を見せる。

 

「変わらんな。ああ、わしのマスターじゃ」

「の、信長?」

 

「そなたも見たんじゃろ? この城はわしの記憶で作られておるからの」

 

 そう言って再び立ち上がった彼女は、自分の成り立ちについての説明を始めた。

 

「わしはお主の未来……人類側の敗北と言う1つの結末に辿り着いてしまった英霊じゃ。人類最後のマスターの敗北と、異界の神の降臨をもって人理は失われた」

 

 カルデアが敗北した未来の信長か。

 確かに、あの記憶のマスターが助からなかったのは確実だ。

 

「こうしてマスターであるそなたと再び会えた所で、今更何も変わりはせん。この世界はわしとは違う未来を歩んでおるのだから、この出会いもそよ風にすらならん有象無象よ」

 

「じゃあ、なんで此処に?」

 

「さぁあ。らしくもない未練を残した故、惨めに泡沫の霊基にしがみついているのかもしれんが、独りで此処で色々試してみても、成仏できんし消滅もしない。

 故に今日、こうしてそなたを招いた」

 

「招いた……」

「……とまあ、辛気臭い話は終わりじゃ! さあ、マスター! わしに付き合え!」

 

「え、うぉ!?」

 

「はははは! この新生信長城は娯楽には不自由させんぞ!」

 

 俺の腕を引っ張った信長はそのまま部屋を飛び出し、廊下を走って遊びに連れ出した。

 

 花札、トランプ、オセロ、囲碁……更にはテレビゲームまで。

 

「あはは、お主強過ぎんかぁ?」

「えぇ……いや、信長が弱いんじゃ?」

 

 余り経験の無かった花札は負けたが、トランプの大富豪で勝ってからは、全勝した。

 勝って勝って、勝ちまくり。

 ……それに違和感を覚えてしまった。

 

 こんな飄々としてはいるが彼女は第六天魔王、織田信長だ。

 運の絡むトランプならまだしもオセロや囲碁で余り経験の無い俺がこんなに勝てるとは思えない。

 

「あー、またわしの負けじゃ!」

「……信長、先から手抜いてない?」

 

「はぁぁ!? わしがそんな事する訳ないじゃろ!

 ええい、それならわしの恐ろしさ、思い出させてくれよう!」

 

 そう言って外を指さした。

 

蹴鞠(サッカー)で!」

 

 大人気ねぇ……

 

 普通の人間がサーヴァントの身体能力に勝てる訳あるか。

 

 しかし俺が断るより先にデカイちびノブが俺達2人を強引に外へと投げ飛ばし、20人近くのちびノブ達が持っていた布へと落下した。

 

「さあ、行くぞマスター!」

 

 いつの間にか着物ではなく、赤と黒のサッカーウェアに着替えて、片足で髑髏の様なボールを踏んでいた。

 

「ルールは簡単。このボールを奪い合い、先に相手のゴールに入れた方が勝ちじゃ!」

「頼むから手加減してくれよ?」

 

 俺の言葉を聞いてか聞かずか、信長はこちらにボールと共にやってくる。

 

「止められるものなら止めてみよ!」

 

 それでもやるだけやろうと迫ってくるボールへと足を伸ばして――つま先がボールにあっさりと届き、信長の元を離れて行った。

 

「っえ……?」

 

 俺も彼女も予想外だった。

 勢い余った足は空を切り、その勢いで体勢を崩した信長は地面へと倒れていく。

 

「――あぶないっ、信長!」

 

 俺はそんな彼女を助けようと咄嗟に手を伸ばした――

 

 

 

 ――此処は……何処じゃ? 座ではない、のか?

 

 まさか、特異点か? わしがマスターから預かっていた聖杯が作り上げて……なんの為に? もう人理はない。修復するカルデアも……

 

「誰かおらんのか? 茶々! 人斬り!? マス…………」

 

「……? あ! お前たちはわしの偽物! おい、一体何人おるんじゃ?」

 

「ノッブ! ノブブェ!」

 

「何? 城を建てるじゃと? じゃが、材料は……聖杯が生み出すのか」

 

「ノブブ! ノブノブ!」

 

「分かった分かった! 好きにせい」

 

 ……いくら何でも仕事早過ぎないか!? もう安土城を建てたじゃと!?

 前々から思っていたが、お前たちはわしと違い芸達者よな。戦の為の城を設計はできても、わしに建設など……

 

「ノブブェ!」

 

「わしにも出来るじゃと? 全く、偽物が何を偉そうに……」

 

「ノブノブ! ノブノブ!」

 

「わしの好きな部屋を建てる? まあ、寝室と娯楽室は当然として……」

 

 ……そうじゃ。ならもう一つ、大事な部屋を頼もう――

 

 

 

「……此処は……?」

「マスター!? 無事か!?」

 

 目が覚めると見た事のない天井を見上げていた。

 

「ああ、信長か……」

「大丈夫か? 何処か痛むか?」

 

 体を動かそうとしたが、近寄って来た信長に止められた。

 

「まだ動かんでよい。頭は大丈夫か?」

「頭……? ん……あ」

 

 頭を触ってそこに包帯が巻かれている事に気が付いた。

 

「これ、信長が……?」

「勿論わしじゃ! 童の頃はやんちゃだったからのぉ、この程度の処置なぞ造作もないわい!」

 

 俺はその言葉が嘘だと、何故か確信していた。

 

 多分、この部屋で久しぶりに保健室を漂うあの消毒液独特の匂いを感じたからだ。

 

 何時の間にか白い着物姿に戻っていた信長は机に戻り、何か写真の様な物と睨めっこしているが、その足元には抜身の火縄銃が二丁も落ちていて、どこか危なげだ。

 

(着物が白いし、まるでマッドサイエンティスト…………っ!?)

 

 漸く頭が回りだした様で、僅かに動いて回りを確認した。

 そこは城に入る時に少しだけ見た、巻物が散乱し、血で汚れていたあの部屋だった。机のそばには骸骨模型も飾られている。

 

 この部屋は、多分医務室だ。

 周りに一切ちびノブの姿が見えない所を見ると、部屋の持ち主は間違いなく――

 

「脳に異常なし。出血もないようだが、もう暫くは安静にせよ」

 

 ――信長だ。俺の見た2つの記憶からして間違いない。

 

「ちょっと奥の部屋で薬を用意してくるから、大人しく待っておれ」

 

 そう言って襖の向こう側へと消えていった。

 

「……」

 

 さて、ここまでくれば俺が名探偵じゃなくてもそれぞれの違和感が点と点で繋がっているのが分かる。

 

 この城は聖杯が作り上げた特異点。

 

 ヤンデレ・シャトーでありながらヤンデレとは程遠い信長の態度はマスターを失った事が原因。

 

 織田信長の人柄を考えれば、死者蘇生を望まないのは当然だろう。なら特異点の目標は死んだマスターを蘇らせる事でもなければ、別のマスターである俺に会う事でもない。

 

 刻一刻と忘れてしまいそうな信長の記憶を思い出す。

 

 マスターが致命傷を負い、他にサーヴァントはいない。

 医務室が此処にある事の意味は、つまりそういう事なんだろう。

 

(でも、じゃあどうする?)

 

 この答えに辿り着く必要はどうしても会った。

 何故なら、遊んでいる最中、何度か確認したが城門は信長の言葉とは裏腹に開いている様子がなかったからだ。

 

「――薬を持ってきたぞ。良し良し、安静にしておったな」

 

 そう言って信長はクリーム状の塗り薬を自分の手に包帯を頭を余り揺らさずに患部に塗り込んでいく。

 

「全く……サーヴァントを庇ってとは、愚かなマスターよな。いや、そこが愛らしいんじゃが……」

「ありがとう、信長」

 

 俺はそう礼を言うと、信長は済まなそう笑みを浮かべた。

 

 ダメだ。やっぱり普段の信長と全然反応が違う。

 

「何、怪我を負ったのはわしのせいじゃし、当然の事をしたまでじゃ」

 

「それじゃあ、そろそろ帰っても、良いかな?」

 

 俺の言葉に、信長は足を止めた。

 漸く、それらしい反応を引き出せた。

 

「だっ……! …………」

 

 一瞬、すぐにこちらを見て何か言いそうだった彼女は、自分の手で口を押えて顔をそらした。

 

「……のぶ、なが?」

「……も、勿論じゃ。

 ああ、お主は人類最後のマスター……倒すべき敵も、取り戻すべき者もおるじゃろう。勿論じゃ、勿論……」

 

 流石に地雷を踏み過ぎたか。

 

「ま、まぁ、頭って知らない内に大事になるって聞くし、もう少し休んでからになるだろうけど」

「そうさな……薬の効果も考えて、あと数十分は安静しておけ。良いな?」

 

 それだけ言って信長は足早に部屋を去って行った。

 

「うーん、ミスったかもしれないな」

 

 そういえば、まだ謎が残っている。

 

 英霊、織田信長の明らかな弱体化。

 俺にゲームで負け、先のサッカーでも明らかに身体能力が落ちていた。

 

「……人間じゃないんだから、長時間運動してなくても体が鈍ったりはしない、よな?」

 

 何かこれに関してはまだ何か別の要因があるのかもしれない。

 

 ……サーヴァントの現界には魔力供給が必要だが、聖杯から受け取れれば、そんな問題はすぐに解決する筈だ。

 

「そういえば、血……」

 

 この場所にはちびノブと信長以外はいないはずだ。

 なら、畳にしみ込んだこの血は誰のものだ。

 

 指を伸ばして触ってみる。

 

「って、俺にDNA検査なんて――」

 

 

 

 ――以前、何度目かのバレンタインに新参者の町娘がマスターにそれはそれは美味いチョコを拵えていたと風の噂で聞いた。

 

 その時はわしはなんの興味も示さなかったが、それは正しくサーヴァントの成長に他ならん。

 

 別に英霊としての格が上がった訳でもなければ、座に還れば忘れてしまう些事かもしれん。だが、少なくともその瞬間、そのサーヴァントは想いで生前の己を乗り越えた。

 

 ならば――あの日、この手でマスターを撃ち抜く事しか出来なかったわしも、第六天魔王と恐れられたわしも……死の淵に瀕していたマスターを癒す事が出来るやもしれん。

 

 いや、そうなるべきだったのだ。

 

 何が第六天魔王か! 何が織田信長か!

 

 踏ん反り返って菓子を食っては騒ぎ、事故や生前の家臣との因縁でマスターを唯々面倒事に巻き込む始末。

 

 古今東西、無数の英霊達がいるカルデアで多くの者がそうしたように、与えられた霊基と名前通りの活躍をすればよいと、出来ぬ事は生前に極めた者に任せようと、なんの準備もしておらんかった。

 

 マスターがいなくなった今……こんな事をしても……今更ではっ――

 

 

 

「――うっ……!」

 

 幸いにも、信長が自身の腕めがけてメスを突き立てるシーンまでは見ずに済んだ。

 

「……なるほど、な」

 

 これで先の推理の答え合わせくらいは出来た。

 それに、本当にだいぶ長い間この特異点がある事も。

 

 もしかして、特異点が放置されすぎて信長に与える魔力も減ってきているのか?

 

「っ……?」

 

 そんな事を考えていた俺は突然聞こえてきた物音に顔を上げた。

 廊下側から聞こえてきたそれは、誰かが倒れた様な音だった。

 

「……! 信長!?」

 

 襖の先には、信長が倒れていた。

 

「大丈夫か!? おい!」

 

 英霊だというのに、まるで病人の様に汗を流し、激しく息を切らして倒れる信長。

 白い着物が段々死装束に見えてくる。

 

 不安に駆られ、俺は取り合えず彼女を部屋に入れて先まで自分が寝ていた布団の上に寝かせた。

 

 どうする? どうすればいい? 

 

「魔力供給……? いやいやいや、俺は何考えて――」

 

 そこで自分の手に刻まれた令呪が見えた。

 魔力を装填できるこれなら、或いは――そう思った俺は彼女の手を掴んで、令呪に貯められている魔力が彼女に流れていく様を強くイメージした。

 

「イメージだ。魔術に大事なのイメージ……!」

 

 強く願いながら令呪を発動する。

 令呪の光は彼女の体を赤く光らせた。

 

「……! 成功か?」

 

 しかし、彼女は起きない。

 

「もう少し……!」

 

 令呪をもう一画消費して、彼女に魔力を送る。

 息苦しい呼吸も、落ち着いてきている。 

 

「……こいつももってけ!」

 

 最後の一画まで消費して、漸く汗が引いてきた。

 

「これなら……少しはマシになったか?」

 

 俺だけじゃ安心できない。

 そう思った俺は部屋を出て、ちびノブ達を探す事にした。

 

「おーい、誰か……!?」

「ノ、ノブブ……! ノブブェ……!」

 

 驚く事に、そこには自分と同じ位の大きさの聖杯を重そうに持つちびノブがいた。

 

「おい、お前それ!?」

「ノブブ……ノブ、ノブ!」

 

「お、おい!?」

 

 そのちびノブは聖杯を俺の前に置いて、何処かへと去っていた。

 

「これが、聖杯……だけど、なんか、ボロボロじゃ?」

 

 金色の聖杯は美しく、美術品に疎い俺も目を奪われそうになるが、それ以上に1度叩けば木っ端微塵になりそうな程に亀裂が走っている事が気になってしまう。

 

「特異点は聖杯で作られている……回収するか、破壊すれば特異点は自動的に修正される……だったよな?」

 

 しかし、回収するのが魔術を知らない素人の俺では恐らく封印したり聖杯の機能を一時的に停止させたりなんて出来ない。なら、破壊するのが一番手っ取り早いはずだ。

 

「……だけど、それは」

 

 チラリと、布団の上で寝ている信長を見た。

 彼女はまだ寝ている。

 

 彼女にマスターはいない。これを壊せば恐らく特異点と、聖杯によって現界を続けている彼女も消え去るだろう。先に契約(パス)を繋ぐ必要がある。

 

 ――だが、恐らく彼女は俺と契約を結んだりはしないだろう。

 

 少なくとも、俺の知る織田信長は死んだ主君を置いて生き延びる英霊じゃない。

 

 肝心の彼女は倒れたまま、起きる様子もない。

 

「……結末は俺の手の中、か」

 

 手がない訳ではない。

 

 恐らく、彼女の弱体化はこの聖杯を彼女が捨てた事が原因だろう。

 彼女の元に戻せば霊基は再び安定する。

 

 これが藤丸立香(主人公)ならそうするだろう。

  

 だが、(プレイヤー)はどうする?

 

 どうせ悪夢だと割り切って、手っ取り早く砕いて終わらせられれば、それでいいのか?

 

 それとも、より綺麗な結末を見るためだけに彼の後を追うか?

 

 

 

 

「――起きろよ。欠片とはいえ聖杯を握らせているなら、まだ起きられるだろ」

 

 俺は城の庭で信長の手を無理矢理拳を作らせながら、頬を叩いた。

 

「う……ます、たー?」

「ああ、お前のマスターじゃない方の、マスターだよ」

 

「……何を言っておる。そなたは、間違いなくわしのマスターじゃ……」

「そうか。なら、精々同じ終わりに行かないように気を付けるさ」

 

「ああ、そうしてくれ……」

 

「……どうして欲しかったんだ」

 

「ん?」

 

 先まで、推理だの結末だのとかっこつけていた俺だったけど、結局信長の気持ちは信長に聞くのが一番だと気が付いた。

 

「遊んで欲しかったのか? 看病したかったのか? それとも、この特異点を修正してほかったのか?」

 

「全部じゃ」

 

「そうか、全部……全部!?」

 

「何を驚いておる。

 確かに、結末(始まり)は余りにも唐突故喉に通すにも苦過ぎではあったが、こうしてマスターと共に過ごし、わしの努力を示し……その手で終わらせられたのであれば大団円じゃ! 

 あははは、やはりわしは特異点を作るのが得意なサーヴァント故、是非もないよね!」

 

「だから――わしを哀れむな。

 能天気で、ぐだぐだで、頼りなくて心配だが、お前のカルデアにも信長(わし)がいる。わしなら必ずマスターと最後まで、共に戦える」

 

「……当たり前だ。少なくとも、俺の織田信長はサッカーして転んだりしない」

 

「わはははは! その話、そちら側の誰かにしたら承知せぬぞ?」

 

 最後だからって急に凄んできたな。

 心配しなくてもそんなの事はしない。

 

「では――達者でな」

 

 

 

 こうして、特異点は消え去った。

 

 といっても、消滅の最中に目覚めてしまったので本当に消えてしまったかは分からないが、これで彼女が現れたらシリアスブレイカー所ではない。台無しもいい所だ。

 

 それでも、僅かな可能性だとしても、あの信長の笑顔が見たいと願ってしまう俺は、聖杯に魅入られてしまったのだろうか。もしくは、あの信長に……いや、違うって事にしておこう。清姫が怖いし。

 

 

 

「――ヤンデレ・シャトーの中で特異点作ったらマスターを独占できるんじゃね? あ、わし天才じゃん!」

 

「……」

 

「――て思ったんじゃけど……まさか、所有者のわしが聖杯に役割を与えられて自意識封じられるとは思わなかったのぉ……」

 

「……」

 

「……んー? なんかわし、マスターといい感じのやり取りしていた様な気がしなくもないんじゃが……全然覚えとらん」

 

「……」

 

「あ、この白い着物が気になっておるか? ほらわし、もう水着とかオルタっぽいクラス手に入れたしー? 次はマイナーなブライドとかに挑戦しようと思ってヴラド叔父に特注を――え? 自分の頭を撃ち抜けって? いやいや、冗談がきついぞマスター? ミッチーの“敵は本能寺にありっ!”と同率……え? 令呪使う? 三画同時? …………なんか、その、ごめんなさい?」

 





と言う訳で、未亡人風ノッブのなんかちょっといい話系でした。

次からは主人公に庇わられたり、自身の敗北で全滅したり、更には普段の霊基で挑んでいれば……! 的な結末を迎えたギャグ担当サーヴァント達を書ければと思ってます。

ライネス師匠は33連が爆死でしたので、泣く泣く水着貯金を始めます。
今年、正月以降星5引けてないのでは……?







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二度目の彼ら 霧代編

今回は2018年に投降したヤンデレ異世界転生 FGO風味に登場したマスターのお話です。(誰が覚えているんだ)


あらすじはありますが、覚えてないのであれば一度上述の話を読み返して頂けたら幸いです。


 

 これまでの旅路を一度振りかえよう。

 

 俺は霧代。異世界転移の際に死亡し、転生し、異世界に召喚されるという三連コンボの後、5人の魔王を討伐する旅を始めた。

 

 職業はどんな魔物も仲間にし強化できるブレイブ・テイマーであり、神様からは10回発動できるどんな相手も一撃で倒す能力を貰った。

 

 旅の道中で黒いドラゴンに乗った第五位の魔王であるジャンヌ・オルタに襲われ、攫われるが職業のお陰か結果的に彼女と恋人になり、城で共に暮らしていた。

 しかし、そこをジャンヌ・オルタより位の高い第三位の魔王、アルトリア・オルタに見つかった事で今度は彼女に攫われる事になる。

 

 俺を巡って行われる魔王同士の激しい戦いの中、勇者である俺を救出しに来てくれたのは、聖女ジャンヌ・ダルクとその護衛アルトリア・ペンドラゴンだった。

 

 2人は魔王と過ごして彼女らに毒されているのだと言い、俺の精神治療をしながら旅に同行してくれる事になった。

 

 貰った能力の残り回数は9回。果たして、俺は無事に魔王を倒してこの世界に平和をもたらす事が出来るのだろうか?

 

 

 

「――ジャンヌ? この森の先が目的地なのか?」

「はい。そうですよ、キリシロ様」

「この森を抜ければ第四位の妖の魔王を倒す鍵になりうる人物、賢者ダ・ヴィンチがいるそうです」

 

 俺は一度地図を見て地名を確認する。

 

「確かに此処は黒狼の森で間違いなさそうだけど、此処って確か村人が危険な魔物が出るって言ってなかったけ?」

「魔王討伐が私達の目的である以上、多少の危険は承知の上です」

「ええ。ここで足踏みをしている時間が惜しいです。行きましょう」

 

 2人の意思は固い様だ。まあ、俺だって剣の魔王の所で沢山鍛えたから足手まといになる事はないだろう…………アルトリア・オルタ、か――

 

「――また、魔王の事を考えているのですか?」

「はい!? あ、いやそんな事は無いけど」

「誤魔化しても無駄です。これから森を抜けるというにその体たらくでは心配です」

「そうですね。私の力で結界を作りますので、今日の分の治療をしてしまいましょう」

 

 こうなれば俺に拒否権はない。森の入り口辺りで茂みに隠れて、俺を挟んだ2人はそれぞれ左右両耳に口を近付けて囁き始める。

 

「いいですか……私はジャンヌ・ダルクです。

 貴方の仲間で、聖女です。私の声は貴方の中から魔王の毒を取り除きます」

「私はアルトリア・ペンドラゴン。

 貴方と共に戦う騎士です。私の声は貴方を正しい場所に導きます」

 

 優しい声で耳を撫でられ、逃れようにも両耳に同時にやられてしまい、逃げ場がない。

 

「勇者である貴方に癒しの奇跡を授けます」

「貴方の悲願達成を手助けします」

 

「私の声に耳を傾けて下さい」

「私の言葉に耳を預けて下さい」

 

 それぞれの暖かい両手で、そっと俺の手を包み込んだ。

 

「さあ、私の名前を呼んでください」

「さあ、私の名前を呟いてください」

 

「ジャンヌ……アルトリア……」

 

 脳が蕩ける様な感覚に身を任せ、俺は言われるがまま彼女達の名前を呼ぶ。

 

「良く出来ました。もっともっと、呼んでください」

「呼べばそれだけで、貴方の中には光が生まれます」

 

「「さあ、もっと呼んで下さい」」

 

 

 

 

 前世からの憧れの2人にあんな至近距離で囁かれ続けて、まだ少し体がフラフラしていた。

 

「大丈夫ですかキリシロ様?」

「だ、大丈夫……うん、大丈夫」

 

 彼女達の言葉が何故こうも心に染み渡るのだろうか。

 そのせいで足は震えていて歩き辛い。

 

「少々やりすぎましたね」

 

 俺を銀の鎧を着たアルトリアが抱き留めた。

 

「アルトリア、何時もより随分と頬が緩んでいましたよ?」

「それを言うならジャンヌ、貴女はずっと頬を赤めています」

 

「ええ、おかしいですよね。神の使いとして、勇者様の毒を取り除く神聖な行為の筈なんですが……」

「……私も、騎士としてそれを手助けをする筈がどうしても熱が入ってしまう」

 

「……キリシロ様、貴方は――」

 

 ――突然、俺達の数m先の林が揺れた。

 

「っ!」

 

 アルトリアとジャンヌが前に出て俺は一歩後ろに下がる。

 そしてそこからは巨大な魔猪が現れた。

 

 一瞬の緊張、そして――魔猪はその場に崩れ落ちた。

 

「っ!? 既に矢を……っ!」

 

 アルトリアは後ろに跳んで俺へと迫る矢を剣で弾いた。

 

「速いな」

 

 矢を撃ってきたであろう人物の声が、風と共に聞こえてきた。

 

「誰だ!」

「狩人に騎士の作法はない。

 見つけたければ、私より速く動く事だな」

 

 狩人と自称した存在は木々の上を移動しているらしく、俺の目で見つける事もままならない。

 

「この森の住人でしょうか!? どうか、私達の声を――」

「教会の人間と交わす言葉などありはしない!」

 

 突然口調が激しくなった彼女は、位置を特定されない為に控えていたであろう弓撃を始めた。

 

 しかし、俺達は魔王を討伐する為の勇者パーティである。

 ジャンヌの守り、アルトリアの剣術に魔物だけでなく仲間を強化できるブレイブ・テイマーである俺の力をもってすれば常に動いて体力を消費する彼女を追い詰めるのは難しくなかった。

 

 少しずつ動きの遅くなっていく彼女を始めて肉眼で捉え、その正体に納得した。

 

「やっぱり、アタランテだったか」

 

 獣の様な耳と尻尾に素早い動きと精確な矢は彼女に間違いないだろう。

 

 絶えず木々を移動していた彼女の動きが止まった瞬間に、筋力を増したアルトリアが足場になっていた木を切り倒した事で彼女はその姿を完全にこちらに晒す事になった。

 

「まだ続けますか?」

「……どうやら、唯の賊ではなさそうだな」

「やーやー、気は済んだかい?」

 

 改めてこちらを目踏みするアタランテの後ろから、別の女性がやってきた。

 黄金比で整った顔立ち、アメリカの国旗を意識したような星を散りばめた青、その上に赤めの色を主体にした金の縁の服を上に着ている。

 

 だがそんな恰好よりも圧倒的な存在感を放つのが機械的な黒鉄の義手とその手で握っている杖。青い星型の装飾が付けられたそれは、その姿と合わせて間違いなくFGOのダヴィンチちゃん本人だ。

 

「ダ・ヴィンチ! 何故此処に!?」

「いやー、薬草を取りに行った君が何時まで経っても帰って来ないから探しに来たんだ。ほほう、珍しい来客だね」

 

「待っていろ。直ぐに追い出して――」

「――これはこれは、もしかしなくても君が勇者かい?」

 

 アタランテの静止を無視して、ダ・ヴィンチと呼ばれた女性はズケズケと俺に近づいてきた。

 

「勇者だと? その一番の軟弱者が?」

「古いね、アタランテ。確かに初代勇者は剣を持って魔を払ったという伝承は余りにも有名だけど、それ以降の勇者達は必ずしも剣で戦った訳じゃないのさ」

 

「失礼ですが、貴方が賢者ダ・ヴィンチで間違いないでしょうか?」

「いかにも。万能の天才、賢者レオナルド・ダ・ヴィンチとは私の事さ。親しみを込めてダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれてかまわないよ?」

 

 やはり彼女で間違いないようだ。

 

「君達の目的は大体理解している。積もる話もあるだろうけど、まずは私の家――」

「――漸く見つけたぞ!」

 

 ――突然、俺達目掛けて無数の黒い矢が飛来した。

 一発一発が地面を抉る程の威力のそれを、アルトリアが切り伏せている内に、ジャンヌが防御の魔力を全員に施し、殆ど無傷で済んだ。

 

「む、しまった。家から離れすぎたか」

「だから早く帰れとっ!」

 

 俺達の前に黒い矢を放った人物が降り立った。

 

「――ほお、これは」

「黒い、私だと!?」

 

 アタランテと同じ耳と尻尾、顔立ちの敵は猪の毛皮を纏って肩には頭部を装備していた。

 間違いなく、彼女はアタランテ・オルタだ。

 

「魔王か!」

「いえ、恐らくそこまでの力はないでしょう。ですが、側近であるのは間違いないかと」

 

「ふん、魔王の使い走りのつもりはない。だが、丁度いい。

 魔王との契約では賢者か勇者、どちらか一方で良いとの事だったからな」

 

「……魔王退治など、あまり興味は無かったがその姿で喋ってられるのは不愉快だ。今すぐ黙らせてやる」

 

 俺達5人はオルタを敵として、共闘を始めた。

 

 幾ら彼女が魔王の側近とはいえ、俺が強化した皆なら勝てるだろうと思っていたが、1つ俺達には問題があった。

 

「行け! ゴーレム達よ! 絶えず攻め続けろ!」

 

 疲労だ。ダ・ヴィンチは兎も角、ジャンヌとアルトリア、そしてアタランテは先の戦闘で少なくない疲労が溜まっていた。

 それを理解してか、相手も直接攻める事はせずにゴーレムを放ってこちらを疲弊させる作戦で来た。

 

 アルトリアが斬ってもその後ろから更なるゴーレムが現れ、アタランテが掻い潜り弓を放とうと、届く前に防がれてしまう。

 

 ダ・ヴィンチちゃんも秘蔵の発明で自分に近付くオルタの攻撃を防いでいるが、結構ギリギリだ。

 

「……こうなったら一か八か!」

 

 相手はどうやら借り物のゴーレムを使っているようで、操ると言うよりは出して直ぐに歩かせているだけだ。

 なら、ブレイブ・テイマーの能力を使えば俺が操れるかもしれない。

 

 俺はゴーレムに近付き、直接手で触れた。

 するとゴーレムは後ろへ向き直り控えてたゴーレムを一撃で粉砕した。

 

「よっし、これで!」

「――キリシロ!」

 

 誰かに名前を呼ばれて、気が付く俺はアタランテ・オルタに捕まっていた。

 

「しまった!」

「迂闊だったな、勇者。

 おっと、動くなよ? 生きて連れ帰る契約だがそちらにはまだ賢者がいる。

 この者を殺しても構わんのだからな」

 

「っく……!」

 

 彼女は俺と仲間達が離れるのを待っていたらしい。

 

「これで漸く――さらばだ」

 

 アタランテ・オルタは巻物を取り出すと目の前の空間に穴の様な物を出現させ、俺を持ったまま潜った。

 

「待て――」

 

 アルトリアの声は途中で聞こえなくなった。

 

 

 

「流石ですアタランテさん。仕事が早いですね」

「ふん、魔王とやらは人一人攫う事も出来ないのか?」

 

 狐の様な尻尾と耳を持つ着物の女性の前で、アタランテに両手を縛られ床に寝かされていた。

 

「嫌ですね。この第四位、妖の魔王タマモは腕っぷしには自信がありませんよ?

 ですから、今回こういう契約を結ばせて頂いたんです」

 

「それで、契約のモノは?」

「このお札です」

 

「……本当に、これで子供達が私に懐いてくれるのか?」

「ええ。私の力に関しては彼を攫う際にご覧になられたかと。ご安心ください」

 

「ふん。偽物であればお前の首を刎ねてやる」

 

 そう言ってアタランテ・オルタは玉座の間から出て行った。

 残されたのは俺と、魔王だけだった。

 

「賢者の方は女性だと報告を受けていたので、貴方は勇者……確かキリシロさん、で良いのでしょうか?」

「そうだけど……」

 

「竜の魔王に攫われ、更に剣の魔王に攫われて、漸く脱出したと思ったら僅か2週間足らずで私に捕まるなんて、随分間抜けな勇者ですね?」

 

 返す言葉もない。

 

「正直ぃー、タマモは人間なんてどうでもいいんですよぉ? ですけど、人間達から危害を加えられたり、万が一にも倒されてしまうのは嫌なので勇者様に守って貰おうかなーって、考えているんですけど協力してくれちゃったりしますか?」

 

 そんな訳ないだろう。

 

「まあ、その顔を見れば分かります。

 うーん、では勇者に通じるか分かりませんけど、洗脳を施してしまいましょう。まずは……」

 

 そう言って、彼女は鏡――FGOならタマモの宝具である水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)を取り出して俺に向け、自分に向き直してそれを覗き込んだ。

 

「これで魂の色も形もまるっと、お見通…………ん、んんっ!? これはまさかまさか……!」

 

 なんだか、鏡を見て彼女は驚いている様だ。俺には何が見えているか分からないので、その反応に困惑するだけだった。

 

「百、いえ、千年に一度の紫水晶(アメジスト)なイケ魂では……! あ、でもこのモヤが邪魔ですね……」

 

 ……鏡を見た彼女は顔に手を当て何かを思案し始めた。

 ……今なら……!

 

「行け、【妖石の拳】!」

 

 先ほどテイムしたゴーレムの強烈な一撃を再現して放つ攻撃魔法だ。

 他にもアルトリ――剣の魔王の城で修業した際に暗黒騎士の剣撃も放てる様になったのだが、それはアルトリアに使用するなと言われていた。

 

 だが、この一撃の重さは先まで嫌と言うほど味わっていた。これなら――そう思った俺だが、タマモは何事も無かったかのように拳を鏡で受け止め、その後ろで笑っていた。

 

「残念でした。私に魂を見られているのに、隙があると思いましたか?」

「う……!」

「そ・れ・に! このゴーレムを作ったのは私です。仮に当たっていても……えい!」

 

 軽く小指でゴーレムの拳を小突かれると、あっという間に石は崩れて砂と化した。

 

「はい、崩れちゃいました。ふふふ、無駄な抵抗でしたね」

 

 俺の抵抗を一頻り嘲笑った彼女は、鏡の中に自分の腕を突っ込んだ。

 

「イケ魂ですが……このモヤは、他の魔王と何か聖の力が働いているみたいですが、これでは折角の魂の魅力半減です。払っちゃいましょう」

 

 腕を動かし始めた彼女。

 その動きが始まってから突然、体に力が入らなくなり両手を床に付けて体を支えた。

 

「お辛いですか? もう暫く待って下さいね? うーん、このモヤ……しつこいですねぇ。あんまり強くすると魂が削れて廃人になってしまうですけど……でも、勇者ですし大丈夫ですよね?」

 

 何か物騒な事を言われたけど、もうすぐ意識が切れそうだ。

 

「良妻賢母なタマモ、未来の旦那様の為に繊細に、大胆に掃除させて頂きます!  

 はぁ……! とりゃー!!」

「……っ!?」

 

 気合の入った彼女の叫び声と共に、視界が開いた様な解放感に襲われて顔を上げた。

 

「これで……おお! なんて素晴らしい魂でしょうか! これは文句なしでタマモちゃんの旦那様決定です!」

 

「あ、あれ……俺は、なんで……?」

「まあまあ、記憶が少し飛んでしまった様ですが細かい事は言わずに、むしろ好都合と言いますか……」

 

 今の解放感の中で先まで頭の中に空白が出来た様な、消失感があった。

 

「記憶って、俺に何を――」

「――ではでは、馴れ始めと参りましょうか?」

 

 ……? ……?? あれ、なんでFGOの玉藻の前が?

 俺は異世界の勇者として、魔王討伐の旅に出たはずなのに……

 

「私は、勇者様の旅を助ける巫女です」

「巫女?」

「はい。勇者様が魔王に攫われて、危険な所を救出したのです。覚えてませんか?」

 

「……あ、そういえば俺、竜の魔王に……!」

「どうやら今の勇者様ではまだ、魔王を倒すにはレベルが足りないご様子。

 ですが、巫女の私を頼って頂ければ、きっと魔王を倒せる程の能力を引き出してみせます」

 

 確かに、この世界は俺の想像より優しくはないみたいだ。

 また魔王にエンカウントすれば、今度は攫われるだけではすまないかもしれないし、強くなれるならなるべきだ。

 

「その、どうかよろしくお願いします!」

「はい。どうか、私を信じてその身を委ねて下さいね?」

 

 こうして巫女であるタマモとの生活が始まった。

 最初は治療の為だと言われ、体を休める事になった。

 

 その際には彼女から手料理を振る舞われた。疲労回復効果があるらしく、2日後には疲れも吹き飛び、体中が羽の様に軽くなった。

 

「ではでは、今日から動いて頂きます」

「ああ、どうすればいいんだ?」

 

「まずは、だん――キリシロ様には、薪割をして頂きます」

「薪を……? 分かった」

 

 真意は良く分からないまま、俺は彼女の操る人型の土人形にお手本を見せてもらい、それを真似して薪を割ろうとしたが上手く真っ二つにするのは難しかった。

 1度目は刃が薪の間で止まり、2度目は逸れて机替わりの切り株を壊して、3度目で漸く薪を割れた中央を大きく外れていた。

 

「はい、おにぎりです!」

「ありがとう、タマモ」

 

「いえいえ……」

 

(……ふふふ、これぞ私の理想の夫婦像! 力仕事をする夫、それをささやかながら支える妻! ……やっぱり、魂が紫水晶なだけあって、純粋でありながら何処か召喚されたこの世界への不満を抱えていて、こう……保護欲というか、母性を刺激されます!)

 

 きっと、薪割りが上達すれば正しく武器を振るう事が出来る筈だ。

 そう信じて俺はひたすらに薪を割った。

 

「っはぁ、はぁ……!」

 

 と言っても、流石に2時間も経てもば薪も無くなってしまった。

 次は何をすればと息を整えながら彼女に聞くと、何故か俺は膝枕をされていた。

 

「あの、なんで……?」

「清らかな巫女と触れ合う事。それだけで私はキリシロ様のお体に聖の力を与える事が出来るんです」

「そ、そうなのか?」

 

 だとしても、これは中々恥ずかしい。

 

「どうか、受け入れてくださいまし。ほら、深呼吸して……」

「ん!? ……はぁ……っ」

 

 彼女の体を密着させられると、否応なしに彼女の大きな胸が視界に入って緊張してしまう。

 

「……駄目ですよ、キリシロ様」

「え、あ、これは、その……!」

 

「それは、もっとお互いの事を知ってから、です」

 

 

 

 キリシロ様を私の旦那様に変える計画は順調に進んでいた。

 モヤを消した際に記憶を消したお陰か、拾われた捨て犬の様に私に懐いてくれるあの人は、勇者とは思えない程に警戒心もなく私を勇者を助ける巫女だと信じている。

 

 まあ、私普段からそんな感じの服装ですし。

 

 魂を見通した私は彼の好みを把握して、後はそれに合わせるだけ――なんですが、私に1つ、鍋にこびり付いた汚れの如くどうしても無視できない事実があった。

 

 それは旦那様の好きな物がサンドイッチであると言う事。

 

 記憶を失ったと言いましたが、別にレベルや経験値を失ったわけではないので、その内空白となった最近の記憶が戻ってしまう事もあり得りえてしまう。

 

 しかも竜の魔王との記憶が失われずに彼の人生の一部になっている。

 それが理由で私の旦那様が私の料理を一番の好物として認めて下さらない。

 

 屈辱以外の何ものでもない。

 

「キリシロ様。今日はおでんですよぉ」

 

「お寿司です、お寿司!」

 

「高いお肉が手に入ったんです」

 

 どんな料理を出しても、彼の魂を覗けば「不器用な優しさ溢れる誰かの味のサンドイッチが食べたい」と訴えている。

 

 そして今日、彼は言った。

 

「レベル上げたいんだけど、騎士達を貸してくれる? ……あ、違った。ゴーレムね、ゴーレム!」

 

 まるで自分で消した2人の魔王に、旦那様を盗られているみたいじゃないですか!

 しかし、これ以上記憶を消せば旦那様の精神への負担も大きく、それにこれでは十数日間紡いできた2人の愛の絆を私自身が否定してしまう。

 

「――おい」

 

 早く、次の手を打たねば……!

 

「おい、聞いているのか?」

「え、あ、はいはい。聞いてますよ」

 

「本当か? それで、アレはなんのつもりだ? 何故まだ勇者の息の根を止めていない?」

「アタランテさん、勇者はブレイブ・テイマーのスキルを持っているんですよ? これを利用しない手はないです」

 

「過ぎた力は身を滅ぼすぞ?  せめて、手足の1本でも――っ!?」

 

 ――思考よりも早く、私はアタランテさんを呪術で吹き飛ばしていた。

 辛うじて、彼女は受け身をとって窓枠にまで後退していた。

 

「なんのつもりだ!?」

 

 その一言で自分のやってしまった事を再認識して、少し驚いてから……笑った。

 

「旦那様に危害を加えるつもりならタマモ、相手が同じ魔族や魔王でもぶっ殺しちゃいます☆」

「……なるほど、既に過ぎた愛を手にしていたか……ならば、私も此処に用はない。契約は終了させてもらう」

 

 あーあー、やってしまった。

 アタランテ・オルタさんは非常に便利で扱いやすい協力者でしたのに。

 

「でもぉ、旦那様の事で怒るなんて良妻賢母っぽくって素敵っ! って、事にして置きましょう」

 

 そう言って私はキリシロ様の部屋に向かう事にして部屋には入ると布団がめくれており、もぬけの殻だった。

 

「……アタランテ・オルタ……いや、まさか記憶が!?」

 

 

 

「はぁ! はぁ!」

 

 俺は数日前に教わったこの屋敷の出方を使い、逃走していた。

 

 目が覚めてずっと違和感を覚えていた事があった。

 最近の起きて直ぐに行われていたジャンヌとアルトリアの2人が治療と呼んでいた囁きが無かった事だ。

 

 あれがなんか癖というか中毒というか、まあ、うん。記憶が蘇る手掛かりになったから良しとしよう。

 

「なんとか他の皆と合流しないと……!」

 

 しかしのんびりと考えている時間はない。タマモのゴーレムが一斉に俺を追って向かって来ている。

 

 迎撃する為に足を止めれば、アタランテ・オルタに攫われた時同様に囲まれてゲームオーバーだ。

 

「――何処に行く御積もりですか?」

 

 しかし、魔王から逃げられないのはどこの世界でも常識なのか?

 

「う……!」

「結界の外まで出て、そこまでして誰に会いに行くんですか? 貴方の妻は私ですよね? 数日前まで私の胸を見て鼻を伸ばしていたのに……タマモ、悲しいです」

 

「か、関係ないだろ!」

 

「……そーですか。では、アタランテさんのご意見通り、足の1本位は折ってから再びラブラブ夫婦生活に――」

「――っはぁ!」

 

 後ろから、アルトリアの剣がタマモを襲い、怒りに我を忘れていた彼女は少し回避が遅れ、着物の布の一部が切り裂かれた。

 

「っく……! どうして此処が!?」

「ふふふ、アタランテ・オルタ君の仕返しさせてもらったよ! どれだけ巧妙な結界でもこの天才賢者の魔王レーダーの前には無力さ!」

 

「賢者、ダ・ヴィンチ!」

 

「キリシロ様、お怪我は?」

「大丈夫だよ、特に何も」

 

「また随分と汚れを御身に入れてしまった様ですね。ご安心下さい、また私達の言霊で清めて差し上げます」

 

「――清める? はっははは! 随分とふざけた事を! 魂を曇らせておいて清めるですって?」

「ん? どういう事だい?」

 

「旦那様の心は水晶の如く美しいのに人間も、他の魔王も、その輝きを曇らせる事しか頭にないのでしょうか?」

「戯言を抜かすな! 第四位魔王、タマモ! 此処で貴方を斬る!」

 

「ダ・ヴィンチさん!」

「任せたまえ。私の対フォックス・デビル用の兵器、その身で直に味わってもらおう!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの威勢のいい声と共に、展開されていく機械。

 

 3つのガジェットがタマモの3つの呪術、密天、氷天、炎天の発動と同時に飛び出して術を消し去り、更に常にどれかがタマモに攻撃を仕掛けるので満足に宝具を防御に回すことも出来なくなっていた。

 

 アルトリアとガジェット達の連携が合えば、剣が彼女に届くのは時間の問題だった。

 

「――っぐ……! 旦那様を置いていくの、癪ですが……! 此処は一度退かせて頂きます! ですが、私これでも良妻賢母を自負しています。

 キリシロ様、必ず迎えに参りますので、どうかそれまでご自愛下さい」

 

「逃がすか!」

 

 アルトリアが止めを刺そうとタマモは呪術のお札をばら撒くとガジェット達がそれぞれあらぬ方向へと駆け出していき、彼女の姿もこの場から消えてしまった。

 

 

 

「なるほど、キリシロ君の精神は職業のブレイブ・テイマーの影響もあって基本魔寄りなんだね」

「ええ。ですので、私達2人で彼に言霊を聴かせて正しき道へ」

 

「ははは、良いね。実に良い。私も久しぶりに魔王以外の興味深い研究テーマに出会ったよ。魔王すら強化するブレイブ・テイマーか」

 

「賢者ダ・ヴィンチ。旅に同行して頂けるならありがたいのですが、キリシロ様に触れる事はない様に願いたい」

 

「えー? 実験対象が折角目の前にいるんだ。

 触ったり、話したり、血を採取したり、添い寝位は許してほしいな」

 

「だ、駄目ですよ!? 添い寝なんて!」

 

「ま、こんな珍しい研究をしないわけがないから、これから宜しくね、キリシロ君」

 

「は、はぁ……」

 

「あ? もしかして、お姉さんの体に興味とかある? 研究が捗るならそれ位――」

 

「――そんな淫らな真似をすればどうなるか、分かっていますよね?

 

「――っと、それは流石に難しいから夜になってから楽しもうか」

 

「ダ・ヴィンチさん?」」

 

 どうやら、また厄介な味方が増えてしまった様だ。

 

 俺は本当に、この異世界で5人の魔王を倒せるのか?

 




まさかこの話が復活すると思った人はいないだろう。
自分も思ってませんでした。
これからも名前があるマスターは復活させて行きたい。

でも出し過ぎると主人公の切大が空気化するので定期的に今まで通りの話も書きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・シャトー……???

BBちゃんが復刻したから書きたくなりましたが、のんびりし過ぎたせいで投稿と同時にキアラ戦する羽目になってます。

後30分! 果たしてクリア出来るのか!? いざとなったら残しておいた令呪を使います。


「こんばんわー! お久しぶりのBBチャンネルのお時間です!」

「…………」

 

 拍手は、一応しておこう。

 

「その曖昧な反応で先輩面をしようと考えているその魂胆! 見え見えですよ?」

「いやー、本当になんで放送再開したのか聞きたい気分」

「本当はBBちゃんが他のマスターの所に行ったりしてないか気が気じゃなかった癖に……このこのぉ!」

 

 棒で人の頬をツンツンするんじゃありません。

 

「さあ、久しぶりにヤンデレ・シャトーの管理権限を手に入れた私に何をして欲しいですか?」

 

「安らかに眠らせて欲しい」

 

「きゃー! BBちゃん、先輩を殺したくありませーん!」

 

 そういう意味じゃねえだろ。いや、どうあっても殺す気だろ。

 

「何を言ってるんですか? 安らかなんてそんなつまらない方法で殺したりする訳ないじゃないですか」

「面白さを求めるんじゃない」

 

「それでは始めます! 先輩は最大限私を楽しませる素敵な悪夢を過ごして下さいね?」

 

 

 

「背中がぁ!?」

 

 飛ばされて背中を強打し、その痛みで忘れかけていたエドモンの優しさを思い出せた。

 誰か彼に休みを与えてくれ。そしたら俺も普通に休めるから。

 

「っぐ……たたた……」

 

 なんとか体を起こしつつ辺りを見渡すと普段通りのヤンデレ・シャトーだった。逆に不安だ。

 

 一応自分も確認するが、特に動物になっていたり体が縮んでいたりはしていない。

 相変わらず手の甲の令呪の上に桜マークが置かれているけど。

 

「BBパニックだっけ? ……これ発動されるとどうしようもないんだよな……」

 

 これが発動した後の記憶はまるでないけど、即ゲームオーバーレベルの何かが起こるのは何となく分かる。

 

 サーヴァントはやってこないのだろうか?

 余りにも低い可能性を祈る暇もなく、シャトーの廊下から足音がやってきた。

 

「あら、私が一番乗りかしら?」

 

 紫色の髪は彼女自身より長く、着ている衣装は純白でウエディングドレスを思わせるが、彼女の内面を表しているのか所々黒の差し色が入っている。

 

 無垢と純粋、理想で作られた女神エウリュアレである。

 

 ヤンデレ・シャトーにおいてその魅了に捕まれば修羅場必須である。

 なにせ魅了された俺はその間一切行動が出来ず、他のサーヴァントに救出されるのを待つだけになるのだから。

 

「今日はステンノも駄妹もいなくて退屈なの。マスター、こんな寂しげな私を置いて行ったりはしないでしょう?」

「……」

 

 黙って頷いた。

 一度魅了されてしまえば何も出来なくなる。大人しく従おう。

 

「……」

 

 しかし、彼女はそんな俺を見て悪戯な笑みを浮かべて首を傾げた。

 

「?」

 

 やがてゆっくりとこちらに歩いてきた彼女の柔らかく小さな手が俺の頬を撫でた。

 

「女神の私の問いに黙って頷くだけ。なら私の人形と同じだと思わない?」

「え、いや、返事を返さなかったの……怒ってます?」

 

「ええ、とても」

 

 エウリュアレは人間に悪戯するのが好きな、とても気紛れな女神だ。

 これは、気紛れで俺を魅了するパターンだ。

 

「ちょ、ちょっと待て!? あ、いや、ごめんなさい! だから魅了だけは勘弁してください!」

「……え、え?」

 

 ……あれ? 魅了されてない? やめてくれたのか?

 

「……と、取り敢えず動けないから手を退けてもらっても?」

「――」

 

 何故かエウリュアレは驚愕しており、退ける所か両手全ての指を握る様に俺の頬に押し込んだ。

 

「答えなさい、私は誰かしら?」

「え、エウリュアレ……だよな?」

 

 もしかしてBBに認識操作されているんじゃないかと思いながらも、質問に答えると彼女は手を離した。

 

「……どうして?

 ――どうして魅了されていないの!?」

 

 俺の両腕を掴んで強く揺らされた。

 どうやら、エウリュアレの魅了が封じられていらしい。十中八九、あのラスボス系後輩の仕業だろう。

 

「どうやら、魅了が封じられているみたい」

「そんな……」

 

 どうやらエウリュアレ本人は今まで気付いていなかったみたいだ。

 でも、これはどう考えてもBBの仕業だろう。

 

「何か原因があるだろうし、探しに行こう」

「え、ええ……そうね」

 

 戦闘力の無い彼女に魅了がないなら傍に居ても問題ないだろうと頭の片隅で考えつつ、手を伸ばした。

 他にもサーヴァントがいるだろうし、いたとしても同じ様な状態でなのかもしれない。

 

「どこに行くの?」

「取り敢えず、他のサーヴァントを探して情報を――」

 

「――駄目よ! 私が目の前にいるのに、他の女と会うなんて許さないわよ!」

「そ、そんな事言われてもな……」

 

「……相変わらず、自己保身に走り過ぎですよ先輩。

 全くサーヴァント心と言うものを理解していませんね」

 

 そう言って天井から降りて来たのはこの状況の元凶、BBだ。

 

「何をしに来た?」

「勿論、先輩を手に入れに来たに決まっているじゃありませんか」

 

「なら直ぐに撃ち抜いてあげるわ!」

 

 エウリュアレは自身の宝具である弓矢を手に取りBBへと放ったが、簡単に避けられた。

 

戦闘要員(バトルモデル)でもない見た目だけのお人形さんなんて、怖くないですよ?」

「言ってくれるじゃない! なら――っ!?」

 

 BBが指揮棒を振るうとエウリュアレの動きが止まった。

 

「彼女の視覚と聴覚は今BBチャンネルに繋がってまーす!

 つ・ま・り、此処で今から私が先輩を寝取っても彼女は気付けない、と言う事です」

 

 それはどう考えても不味い。だが、彼女の宝具である棒を向けられ俺は動けなくなってしまう。

 

「まぁ、流石それはチート過ぎますので止めておきますが……先輩、ちょっとガッカリさせないで下さい」

「何?」

 

「此処はヤンデレ・シャトーです。先輩の目的は逃げる事。

 こんなシンプルな条件(ミッション)なのに、魅了が使えなくなった原因の究明なんて、ややこしい話はいりません」

 

「じゃあエウリュアレを置いて逃げろって事か?」

 

「サーヴァントの多くは生前の本人(オリジナル)の伝承が元になった宝具やスキルを有していて、それがあるからこそ存在を確立しているんです。

 男性にとっての理想の女神が、マスターを魅了出来ずに見捨てられる……素晴らしいシチュエーションじゃないですか」

 

 俺にその通りに動いて欲しいって訳か。

 

「まあ、私の出番はまだまだ先ですし、これ以上の介入は一切しませんのでご安心下さい。ですが……先輩の身も心もこのBBちゃんの物だという事は、決して忘れないで下さいね?」

 

 言うだけ言って飛んで消えて行きやがった。

 

「……っは! ……マスター、無事かしら?」

 

 エウリュアレもどうやら無事な様だ。

 ……好き勝手言われたけど、その通りにしてやる理由もない。

 

「大丈夫だ」

「本当に? 私が視界を乗っ取られている間に貴方も何かされなかった? どこもおかしくないの?」

「ああ、特に何もなかった」

 

「……そう」

 

 怪しまれているが実際何もされていないのだからこれ以上追及される事もなかった。代わりに、手を繋ぐ様に差し出すとすっと握ってくれた。

 

「ふふふ、女神の私とずっと繋がっていたいなんて貪欲なマスターね」

「そうですねー」

 

 しかし、ずっと握って歩いていると少しだけ彼女の腕から震えが伝わってきた。

 

「……エウリュアレ?」

「マスター……私、正直怖いわ」

 

 エウリュアレの口からそんな言葉が飛び出して、俺は少し驚いた。

 戦闘能力は高くはないが、普段からステンノと一緒に色んな人を弄ったり、煽ったりしていた彼女の口から怖いなんて言葉が出るなんて。

 

「だって、マスターにとって今の私、必要なのかしら? 魅了の使えないエウリュアレは貴方の役に立つのかしら?」

 

 その言葉に俺は直ぐに頷き返した。

 

「俺は弱いマスターだから、どんなサーヴァントだって必要だし、どんなサーヴァントにだって頼る。だからエウリュアレには一緒に居て欲しい」

 

「…………」

 

 エウリュアレは俺から顔一度逸らした後、ニコリと笑った。

 

「……60点ね。私みたいなか弱い女神を口説くなら、自分を弱いだなんて言ってはダメよ? それに……そんな台詞は――」

 

「――!」

 

 背伸びをしたエウリュアレは俺の頬にキスをした。

 

「……キスの後に言う物よ。そうすれば、どんな中身の無い言葉も甘美に聞こえて来るのよ」

 

 彼女に弄ばれたと気付いた俺は、一度頭をかいてから少しだけ歩幅を広げて歩き続けた。

 

 

 

「私を慰めようとしてくれるなんて、優しいマスターね?」

 

「……」

 

「ああぁ、魅了が使えたらこんな素敵なマスターの欲望を開放して私を思う存分に堪能させてあげられたのに、残念」

 

 めっちゃ煽ってくるエウリュアレの言葉を聞き流しつつヤンデレ・シャトーの暗い廊下を歩いていく。

 彼女の持つ幸運EXのおかげか、他のサーヴァントとはまだ遭遇していない。

 

(まあ、多分BBが何か仕掛けているせいなんだろうけど)

 

「……ん?」

 

 噂をすればか、突然前から誰かの足音が聞こえてきた。

 エウリュアレが弓を構えたが俺はそれを静止した。

 

「どうして止めるのかしら?」

「様子を見よう。BBじゃなさそうだし、もしかしたら困ってるのかも」

「他の女を助けるの?」

 

 エウリュアレの質問に答えるよりも先に、足音の主は俺達が視認できる位置までやってきた。

 

「マスター! 此処に居たか!」

 

 駆け寄ってきたのは白い軍服の様な衣装を着た褐色系セイバーのラクシュミー・バーイー。

 普段は幸薄そうな顔……もとい、真剣な表情をしている事が多いのだが、今は手を振って笑いながらこちらに駆け寄ってきている。

 

「ラクシュミ―?」

「む、私の他に女性が……だが、そんな事は些細な事だ!」

 

 エウリュアレを見て眉を顰めたが、直ぐに笑顔で向き直った。

 

「見ろ、これを!」

「ん? なにこれ?」

 

 なんか、アイスの棒みたいな物をこちらに向けたけど……あたり? え、嘘?

 

「BB、と言っていたか? そんなサーヴァントが私の不幸を取り除くと言って、試しにアイスを食べたら当たったんだ!」

「不幸を?」

 

 やはりBBの仕業の様だがラクシュミーと言えば歩くだけで落とし穴に落ち、バナナで滑り、冷水を被る様な不幸体質が大きな特徴だ。

 

「ふふふ、これで大手を振ってマスターの隣を歩けるな!」

「滑稽ね。私が見えないのかしら?」

 

 エウリュアレは俺に抱き着きつつ、ラクシュミーを嘲笑った。

 

「マイナスが無くなっても漸くゼロよ? 女神の私がいるのだから、マスターが貴女のプラスになる事はないわ」

「不幸さえなければ自分の実力を信じるだけだ。マスターは、私の力で手に入れて見せる!」

 

 剣を抜いたラクシュミーは何時も以上のやる気に満ちており、まるで迷いがない。

 

「……女神エウリュアレ。私はカルデアの仲間として貴女の事を知っている。神話の系統は違えど、女神の力を借りている身だ。出来れば斬りたくない」

「忠告のつもりかしら? 確かに趣味ではないけれど、マスターの為なら狩人の真似くらいしてみせるわよ」

 

 俺を挟んで2人の間に火花が散っている。

 正直、不幸の無くなったラクシュミーが相手ではエウリュアレに勝ち目は無い。俺としても、BBのたくらみが見えない今はどちらかに消滅してほしくはない。

 

「マスター、彼女を止めてくれないか? 貴殿ならどちらに軍配が上がるか既に分かっている筈だ」

「邪魔は無しよマスター。勿論、私への手助けなら幾らでも歓迎するわ」

 

 っく、こっちを見るな! もう面倒だからこっそり逃げようとか思っていたのに!

 

「む、その顔はまさかこの場から逃走を?」

「そんな訳、無いわよね?」

 

「まさか……2人が戦わない限りには、逃げないよ」

 

 俺の言葉にラクシュミーは僅かに、エウリュアレは明らかに不機嫌になった。

 

「我儘なマスターね。もしかして、私にキスされたから調子に乗ってるのかしら?」

「っ、何!?」

 

 ラクシュミーは驚きながらエウリュアレに斬りかかったが、エウリュアレはヒラリと躱した。

 

「……どうやら、許す事の出来ない悪神だった様だな」

「あら、貴女こそ乱暴な野犬の割には上品な遠吠えだったわよ?」

 

 一瞬で一触即発である。

 こうなったら俺には止められない。

 そう考えている内に、足は自然と2人から離れて行った。

 

 

 

「マスター、だーいすき!」

 

 そう言って小学生くらいの小さな女の子に抱き着かれてたけれど、俺は決してロリコンではないとだけ言っておこう。

 そもそも両手が氷の縄で縛られているので完全に不可抗力だ。

 

「シトナイ……?」

「えへへ、何時もはね、どんなに温かくなっても心は動かないんだけど……今はとっても素直になっちゃったんだ!」

 

 そう言ってぎゅーっと抱きしめる彼女は年相応で、その言動から未だに召喚できていない魔法少女を思い出す。

 

「ちゅー!」

「んー!?」

 

 あっさりと唇同士が触れ合い、離れた後に目が合って彼女は微笑んだ。

 

「嬉しい……マスターさんと、キスしちゃった。

 もっともっと、していい?」

「だめ――んん!?」

 

 俺の答えなんかお構いなく、彼女はまた唇を重ねた。

 三柱の女神をその体に内包したハイ・サーヴァントであるアルターエゴ、シトナイの体は少し冷たく、それゆえに繋がった口の中でも彼女の温度がはっきりとこちらに伝わってくる。

 

「んっ、ぁん……んんんっ」

 

 僅かな隙間が出来る度に水音が漏れ、白い吐息が溢れ出した。

 目に見えたそれが俺の肺に入っていくのを想像したのか、彼女の呼吸と動きが更に激しくなった。

 

「ん……ふぅ……マスターさんの口の中、凄く温かくって、まるで私の舌がマスターさんの心に触れたみたい」

「はぁ……はぁ、はぁ……」

 

 流石サーヴァントか。こちらは呼吸が長い時間不自由な上に現実だったら豚箱行きだったという衝撃で息を整えるのに十数秒掛かるのに、まるで疲れていない。

 

「ねぇ、ちょっと後で遅いかもしれないけど……私と結婚して!

 キスまでしちゃったし、マスターさん、責任取ってくれるよね?」

 

 あちらからキスしてきたのに、責任をとって嫁を取れと? これが責任転嫁と言うやつか。……絶対違うな。

 

「マスターの手も体も、お口の中も、とっても温かくて……私、もう欲しくなるのが止められないの! だから……いいよね?」

 

 良くない。

 そう答えよう口を動かしたが、それより早く――部屋の扉が吹き飛んだ。

 

「っきゃぁぁぁ!?」

「シトナイ!?」

 

 扉を吹き飛ばしたのは無数の触手だった。

 黒と、黄色と赤が菱形と三角の模様が延々と続くその特殊な見た目で、直ぐにその触手の主を思い出した。

 

「はいはーい! イチャイチャタイムは終了でーす!」

「BB!」

 

 やはりこいつだ。

 満を持して現れたBBは俺が召喚出来ていない筈の水着、もとい邪神スタイルで現れた。

 

「此処から、BBちゃんによるBBちゃんの為のお仕置きタイム――

 『カースド・カッティング・クレーター』! なーんて、可愛いBBちゃんなのでした!」

 

 ――BBの宝具が解放されると、部屋全てを彼女の影が広がり覆った。

 

 これは世界を抉る対界宝具。

 彼女の影が周囲を虚数空間へと変貌させ、そこにいる俺と世界を低次元の存在に降ろさせるというトンデモ宝具だ。

 

 言うならば、俺は存在しているだけの虫けらであり彼女は支配者。

 

「――ああもう! 自分で解説するだけでウンザリするチート能力だなおい!?」

「まあ、今回は攻撃が目的でないのでスケールは合わせてあげましょう」

 

 そう言って普段の大きさで近付いてくるBBと触手。彼女と向き合うが、正直解決策があるか怪しい。

 

 魔術で動きを封じても此処から出られなければ意味がない。

 だが、出口らしきものは見当たらない。令呪も封じられている。

 

 間違いなくこれは、詰みだ。

 今の彼女の宿している神性の1つは、SAN値絶対減らすマン説があるので、もしかしたら数秒後には発狂している可能性すらある。

 

「あれ? 待てよ、神性って…………まさか」

 

「はーい、その察しの良さは流石ですね!」

 

 神性持ちのサーヴァントからそれぞれの神的能力を奪っていたのは、この霊基の獲得の為だったのか。

 

「BBちゃんがこれまで愉快なサーヴァントさん達の個性を消していたのは、水着姿のBBちゃんを何時まで経ってもお迎えできない甲斐性無しのマスターさんに、この姿をお披露目する為だったんでーす!」

 

 だからエウリュアレから女神としての象徴である魅了が消え、ラクシュミーに力を貸している女神アラクシュミーの不幸が失くなって、シトナイが人間の様な豊かな感情を見せたのか。

 

「ネタバラシは以上です。

 では此処から先輩の本日の罪状を述べていきまーす!」

 

 相当準備していたらしく、態々それらしい資料を手に取って読み上げ始めた。

 

「まず他の女と手を繋いだ事、そしてキスされた事、慰めた事。

 言葉を交わした事、抱き着かれた事、質問された事。

 部屋に連れ込まれた事、縛られた事、唇を奪われた事。

 ……口内に侵入された事。

 …………微笑まれた事…………呆れられた事――あああああ!!」

 

 突然叫びだし、資料は全てビリビリは破かれる。

 俺の前まで舞い落ちる紙切れは灰と化して、消滅した。

 

「多いです! 多過ぎです! そして、1つ1つがとても重過ぎます! 何1つとして見過ごせません! ギルティ、有罪です!」

 

 裁判長の如く、空中に浮かぶ木の机を木槌で何度も何度も叩いて叫んだ。

 その音が鳴り響く度に、俺の体を吹き飛ばそうとする強風に襲われた。

 

「待て待て待て! 大体がされた事だから、俺はむしろ被害者だろ!?」

「いいえ、そんな常識的な反論は許しません! 自分の体を守れなかった先輩が悪です! もう言い逃れは出来ません!」

 

 BBの言葉と共に、俺の口は何処から現れた彼女のと同じ手によって塞がれた。

 

「っぐんー!?」

「私が神メイクをしている間にこんなに罪深くて愚かな人間になってしまっていたんですね……これはもう、先輩の地獄行き確定なので…………」

 

 ――私が何:を@して)も、"良い$で#すよ%ね?

 

 俺の耳元で、彼女と正体不明の声が混ざって聞こえた。

 

「――っ!?」

 

 途端に、近過ぎる死の気配に体が跳ねた。

 

「ふふふ、良いですよ。漸く、恐怖してくれましたね。

 で・す・が……まだ足りませんね」

 

 逃げたい。

 だけど、体が重くて、立っているだけで疲れそうになる。

 

 自分の存在が、弱くなっているのだろう。

 

「先輩は何に期待しているんですか?」

 

 BBの足元から触手が現れ、その内の2本が俺の体と首に絡みついた。

 

「ヤンデレになって先輩大好きなBBちゃんなら殺したりしないとか?」

 

「あっぐ、んんっ……!!」

 

 ゆっくりと圧迫されて、呻き声すら出なくなる。

 

「それとも、他のサーヴァントの助けを待っているんですか? 無駄ですよ?」

「っはぁ……!」

 

 触手が緩んで、俺の頭を無理矢理倒れ伏したシトナイへと向ける。

 

 気を失っている彼女の周りを無数の触手が取り囲み、ドーム状に重なり合って彼女ごと地面に消えた。

 

「はーい、こんな感じで誰が来ても飲み込んじゃいまーす!」

「っ!」

 

「良い感じに鞭が入りましたね? でもでも、BBちゃんはそんな簡単に飴なんてあげたりしません! まずどんなサーヴァントともやっていけちゃうコミ力高めなセンパイのメンタルをぼろ雑巾にしちゃいます」

 

 彼女のその言葉で空間は一瞬で様変わりした。

 

 黒だけの空間は無機質な独房の様な場所に代わり、無数の触手が地面から生えてBBと同じ姿へと変わっていく。

 

 目の前にざっと6人のBBが現れ、無理矢理口角を釣り上げた様な笑みをこちらに向ける。

 

「こ、これは……?」

「BBちゃんは暴力とか大っ嫌いなので、先輩に手をあげたりはしません。

 ですが――」

 

「――がっは!? うぐっ!?」

 

 一番近くに居たBBが俺の頬を殴り、間髪入れずにすぐ後ろのBBが俺の腹を蹴った。

 

「私の触手(コピー)さん達は、センパイを殴りたくて仕方ないみたいです♡」

「な、なんで……っう!?」

 

「何でって、言いましたよね? センパイ(・・・・)のメンタルをぼろ雑巾にするって。

 カルデアのマスターさんの無駄に高いトークスキルと順応性、この塔のマスターさんにも多少なりとも備わっているんですよ。

 ですが、そんな物は私の可愛い先輩(・・)には必要ありません。少し前に会った面倒臭いマスターさんみたいですが、解釈違いです」

 

 無茶苦茶を言っているのだけは分かる。

 だが殴打が続いていてる今、それを指摘する事も出来ない。 

 

「痛いですが? やめてくれって?

 まだです。まだ。減らず口をちゃんと減らさないと」

 

「っぐ! あっ、がぁ!?」

 

 一瞬の間も、隙間もない暴力の連続。

 

 先まで何か喋っていたBBもいつの間にか居なくなっている。

 

「う、っ!」

 

 ダメだ。

 

「が……ぶっ!」

 

 殺される。

 

「っ――っ!?」

 

 気絶も出来ない。疲労で顔は既に上がらない。

 だけど痛みはやまない。

 

 

 

「4時間経過、ですね。

 どうですか先輩? まだBBちゃんの事、話の出来る相手だと思ってますかぁ?」

 

「……」

 

「すっかり壊れちゃいましたか? うーん、でもこれで“カルデアのどんなサーヴァントとも心通わせる人類最後のマスター”では無くなりましたね。

 大丈夫です。BBちゃんの持つ杯を振りかければ――はーい、元通り!」

「……!」

 

 一瞬で体の傷が癒えた。

 しかし、彼女を見ると震えが止まらない。

 

「まあ、記憶までは消しませんけどね?」

 

「びぃ、びっぃ……!」

 

「まあ、あの先輩がこんなに震えちゃうだなんて……! 一体どれだけの苦痛(ストレス)を受けたんですか?」

 

 頬に触れられた瞬間、幾度となく頬を襲った鈍い痛みに襲われた気がした。

 

「や、やめろっ!」

「はい。もう鞭の時間は終了です。

 その間に――ほら、彼女達も」

 

 そう言ってBBは後ろに振り返った。

 俺も一緒にその先を見ると――触手達がラクシュミーとエウリュアレを包んで、地面へと引きずり込んだ。

 

「っ!!」

「これで、もうこの塔のサーヴァントは1騎。人間は先輩1人だけ」

 

「っ! も、もうやめてくれ……!」

 

 俺は力なく頭を下げて、そう願った。

 

「きゃー! あの先輩が私に懇願してます!

 そうですよね。ちっぽけな先輩が、支配者であるBBちゃんに逆らったら危険ですよね?」

 

「……」

 

「ですよね?」

 

「……そう、です」

 

 手の甲に、僅かに熱が灯った気がした。

 

「痛いのは嫌ですよね?」

 

「いや、です」

 

「でも残念でしたー。BBちゃんはこれからもっと痛い事をします」

「っ!」

 

 その言葉に恐怖と焦りが再び脳を刺激した。

 待て、そう言えば今の手の甲に違和感が……!

 

(令呪が蘇ってる!)

 

 ラクシュミーを吸収して不幸を得たせいか? よし、これならBBに命令を下させる!

 

 もう彼女に会うなんて二度とごめんだ。

 なら――彼女に消える様に命令すればいい。

 

「あ……あれ?

 もしかして、令呪が?」

 

「令呪を持って命ずる!

 BB、俺の前から永遠に消え去れ!」

 

 俺の言葉が、彼女を黄金で包んだ――

 

 

 

 

 

「――あ//はは>は.はは(はは3はは%はははははははfははsはははwはは2は@はははははは4は丁ははははは_はは/ははははははhはkははは#はは"ははははははdははは絵っ!!!

 あああああ! 私の可愛い先輩! 大好きな先輩! 愛しの先輩!

 願いましたね!? 縋っちゃいましたね!? 

 令呪に! いえ! 私があげた黄金の杯に!」

 

 彼女を包んでいた光は止んだ。だけど彼女は消えておらず、それどころか彼女は一度だって見たこと無いほどの喜びの声を上げていた。

 

「先輩の願いは――永遠に先輩の前から消え去る事でしたね!?

 この瞬間、その願いは永遠に叶わなくなりました!」

 

「っな!?」

 

「黄金の杯は全ては善悪問わずどんな願いも叶える願望器! で・す・が――叶える願いは反転します。

 これについては、説明しなくても既にご存じでしたよね?」

 

 ――そう、だった。

 ルルハワで、売り上げ1位の同人誌を作り上げさせられた時、彼女の目的は俺達に聖杯を使わせる事だった――

 

「希望が全部奪われて、死んでしまうかもしれない拷問を受けて、漸く目の前に現れた絶望(希望)に縋りついて――漸く、私の本当の願いを叶えてくれましたね?」

 

 もう、言葉を発する事も出来なかった。

 

「そうです、それです!

 その絶望的な、1つ残らず綺麗に奪われてしまった虫の――いえ、ちゃんと感情のある先輩の顔が見たかったんです」

 

 再び、周りの景色が変わっていく――いや、床が、動いている。

 ずっと目の前にいたBBが溶けて、触手に変わった。

 

『ちっぽけな、私の掌の上だけでしか生きられない。

 そんな素敵な先輩は欲しくて欲しくて――こうして、手に入りました』

 

 床が回転して、俺を見下ろす巨大なBBの顔が、見えてしまった。

 

『これで、完全に夢とも現実とも隔離されたこの私の空間で、私だけが完璧に先輩をお世話してあげます。

 奇跡(エラー)も、うっかり(ミス)も、不運(ラッキー)も――起こりません。起こさせません。そんなモノが入る余地などありません』

 

 抵抗なんてできない俺の周りを、彼女の触手が包んでいく。

 

 そして理解した――俺は彼女のモノになってしまったのだと。

 

 

 

 彼女が許さなければ喋れない。

 彼女が許可しなければ歩けない。

 彼女が許すから呼吸できる。

 彼女が許可したから心臓が鼓動する。

 

 彼女の機嫌が良ければ食事が出来る。

 彼女の機嫌が悪ければ寝たまま点滴を打たれる。

 彼女が楽しいから目を開けられる。

 彼女が悲しいから光が無い。

 

 

 

『愛しの先輩の命は保証します。

 限られた生命の中で、BBちゃんをちゃんと愛してくださいね? そうすれば――最低限、家畜位の自由なら与えてあげますからね?』

 

 




最近重かったので珍しくハッピーエンドを書いてみました。(?)


次は大奥ですね! カーマチャレンジはしますが水着が待ち構えているので深追い出来ません。
最悪、陽日君に貸してもらう事にします。

え? 今日家事やってもらってるから無理? 




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二度目の彼ら ゼア編

今回は二度目の彼らシリーズ! だけどマスターじゃないです!
結構古いので覚えていたら嬉しいです。


最近ハーメルンに『ここすき』機能が追加されました。
ハーメルンにログインしてるなら、気に入った台詞や表現があればその行をダブルクリックか左右スワイプで『ここすき』出来るそうです。

今後の執筆への参考になると思いますので、ご活用頂けたら幸いです。



 切大です。

 今日は今流行りの大奥に来ております。

 

「先輩、BBちゃんから逃げられてると本気で思ってますか? 残念ですが、BBちゃんはそんじょそこらの期間限定サーヴァントと違って有言実行、しっかり永遠に一緒です」

 

 ですが、昨日に引き続きBBに襲われてます。助けて。

 

「くそっ! なんで誰もいないんだよ!?」

 

 全速力で逃げながら大奥の襖を開けに開けて突き進むが、まるでサーヴァントに会わない。

 

 令呪はやっぱり封じられている。ていうか昨日の最後のアレのせいであまり頼りたくないのが本音だ。

 ……何が起こったのか思い出そうとすると頭痛がして思い出せないけど。

 

「さあ、今日も豚さんとしての自覚を刻み込んであげますからね?」

「【瞬間強化】! 【幻想強化】! この、せめて印籠スキルが使えれば!」

 

 無い物強請りしても現状は変わらない。

 なんとか距離を縮められるだけの速度で襖を突き破りながら逃げているけど、あと数秒でそれも終わる。

 

「誰でもいいから、いないのか!?

 誰かぁ!!」

 

「はーい、BBちゃんは此処でーす!」

 

 後ろから聞こえてくる忌々しい声以外は返ってこない。

 

『右だ』

「右!?」

 

 もうスキルも切れてBBが迫ってくる中、咄嗟に聞こえてきた知らない声に従って右手にあった襖を開けた。

 

 だがそこは小さな部屋で、先に続く扉もなかった。

 

「残念でしたぁ。先輩、そこは行き止まりですよ?」

 

 ――はめられた。

 そう気付いた時には既に手遅れで、振り返れば獲物を追い詰めたBBの笑顔が見えた。

 

「っく、あんな罠に掛かるなんて……!」

「? 罠? よく分かりませんけど、これで先輩はまた私の物です。

 またBBちゃんだけの空間で、あんな事とか……しちゃいます?」

 

 それっぽく体をくねらせるな。怖いだけだから。

 

「じゃ、まずはこれ以上余計な事が出来ない様に扉を閉めて――うひゃっ!?」

 

 突然、BBは素っ頓狂な声を上げて体を跳ねらせてから、慌てて背中に手を突っ込んだ。

 

「も、もう!? なんですか今の冷たくてドロドロな感じ! もしかして、先輩のイタ――!?」

 

「!?」

 

 彼女も、俺も驚いた。

 赤黒いそれは決して血ではないけれど、それよりも邪悪な――泥だ。

 

「っく、これ――は――!」

『聖杯の魔力を感知。吸収、成功』

 

 謎の声が再び聞こえたと同時に、俺の腕の令呪を覆っていた桜のマークが枯れるように剥がれ落ちた。

 

『このパスをもって、岸宮切大をマスターとする』

 

 その声に漸く懐かしさを思い出した時に――フードで顔を隠した()が、泥から体を形成して俺の前に立った。

 

「お前、ゼアか!」

「ああそうだ」

 

「無事だったか!? ゴルゴーンに連れていかれ――」

「――その話はするな、いいな?」

 

 不良のカツアゲみたいに俺の胸倉を掴んだが、その手は震えていた。

 そうだよな。お前、言っちゃえば毎日が昨日のバッドエンドみたいな生活だったんだよな。

 

「……でも、久しぶりだな」

「変わってないようだな。だが、俺は変わったぞ」

 

 そう言ったゼアは座り込んだBBの姿を俺に見せた。

 

「こ、この……! BBちゃんのデータベースにもない紛い物の、分際、で……!」

 

「……BBが、黒くなってる?」

 

「俺の泥ではオルタ化は出来ないが、一時的に触れたサーヴァントを受肉させる事が出来る。

 もっとも、強制的にリソースを消費させるから対象のサーヴァントは魔力を大きく消耗した上でしばらく弱体化する。まともに動けない程にな」

 

 ゼアは襖の前のBBを壁に預ける様に退けて、俺達は部屋を出た。

 

形を成せ(ケイオスタイド)

 

 腕を泥に変化させると部屋を泥で塞いだ。

 

「これで回復しても中から出れないだろう」

「ありがとう。間違いなくお前は命の恩人だ!」

 

「全く、ラフムに礼を言うな」

 

 改めて確認すると、こいつはゼア。

 

 紫色の髪と顔をフードで隠しているが、ぐだ男と瓜二つの容姿を持つクローンみたいな物だ。

 正直、息子と呼ぶと色々混乱するのでゴルゴーン製のクローンラフムで通そう。

 

 どうやら、今回はエドモンの依頼でBB封印要員として此処に来れたらしい。

 

「……まあ、あの地獄から抜け出せるなら……安いものだ」

 

 それは後でもっと辛くなるだけなのでは……? とは言わないでおこう。助けてもらったし。

 

「それで、この大奥から出る条件とかは聞いているのか?」

「いや、取り合えずBBを処理出来たら階段を探せとだけだ」

 

「まあ、護衛がいるなら何時もよりもマシか……行こう」

 

 こうして、俺はゼアと共に残り少ない閉まっている襖を探す為に大奥を歩き始めた。

 

 

 

「――ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく」

 

「ゼアァァァァァ!?」

 

 地下2階、明かりの点いている広間を見つけ出した俺達。

 他に道がないのを確かめた後に、ゼアが中に先に突入してくれたのだが……

 

「あらあら、私はまだ何もしていないのに――ふふふ、面白いお方ね」

 

「おいしっかりしろ!? 大丈夫だ! あれは――」

「怖い、母上怖い、怖い……!」

 

 SANチェックに失敗してしまった様だ。

 先ほどまでの勇ましい姿は何処にもなく、ただ泡とうわ言を吐き続けるマシーンと化している。

 

「――微かに、生臭い泥の匂いに混じってあなたと、巨駄妹の匂いを感じるわ。

 そう。あなたは――」

「ステンノ、あんまり近づかないでくれ! 震えが酷くなってるから!」

 

 ステンノはエウリュアレ、メドゥーサと同じ島で暮らす女神――姉妹である。

 怪物となったゴルゴーンだけがその姿を成長させたとはいえ、彼女達は互いに近しい容姿を持っている。

 

 それが原因で一目見ただけのゼアはご覧の有り様だ。

 

(ゼアには悪いが、ゴルゴーンに何されたかは想像もしたくないな……)

 

 やはり、ヤンデレとは俺だけで対峙するしかないか。

 適当な部屋にゼアを寝かせた俺は、もう一度広間に戻ってステンノと――

 

「――さあ、()のマスター。

 ぜひ、第七特異点での素敵なお話をこのか弱いステンノに、お聞かせ下さいね?」

 

 ――――はい、女神様。仰せのままに。

 

「――」

「……」

 

 俺は数十分間、女神様の質問に答える形でバビロニアで起きた珍事(※ヤンデレ女神と救いの手参照)について話した。

 

「――へぇ、あの特異点でそんな愉快な事が起きたのね?」

「はい」

 

「ふふふ、面白いわ。けど、あの駄妹に子供はまだ早い、そうよね?」

「はい」

 

「なら、あの子も私の息子(モノ)にしてあげましょう」

「はい」

 

 そう言ってステンノは俺にゼアを連れてくる様にと命令を出した。

 まだ泡を吹いて力のない彼を部屋に運び込んだ。

 

「泥人形とはいえ、私に内緒で子供を創るなんてやっぱり駄目な妹……それじゃあ、これをこうして――」

「あの、ステンノ様。本当に彼を自分のモノに?」

 

 泥の体に腕を突っ込んでかき混ぜ始めたステンノ様に質問をした。

 

「あら? 魅了されているのに……嫉妬かしら?

 魅了されていても他人の心配をするなんて、私の方が妬いてしまいそうね」

 

 彼女は一度冷たい笑みを浮かべてから、自分の指を噛んだ。

 

「駄妹のモノなら私だって簡単に弄れる……最後に、私の血を垂らして……」

 

 血を垂らされて数秒後、ゼアの口から泡が止まって綺麗に消え去った。

 

「……っ!?」

「さあ、ゼア。私は誰かしら?」

 

「……す、ステンノ叔…………母上……?」

「そうよ。私が貴方の母よ」

 

「……? え、あ……はい、母上」

 

 どうやら違和感もなくなって受け入れたらしい。

 

「ふふふ、愛しのマスターと可愛い息子……ふふふ、次に妹と会うまでにたっぷりと調教しておかないといけないわね」

 

 ――この一瞬だけ、ゼアに気が向いて俺の魅了が緩んだ。

 

「【イシスの雨】!」

 

「あら?」

 

 危ない危ない……よし、これで暫く魅了はされない筈!

 

「ゼア、捕まえなさい」

「はい」

 

 伸ばされたゼアの右手の泥が縄みたいに俺の足に絡んだ。 

 

「おい、なんで俺じゃなくてステンノの言う事聞いてんの!?」

 

「あら? あの娘を怖がっている息子が私に従わない筈がないでしょう?」

「……はい」

「っく、この……!」

 

 仕方ない。ゼアに令呪を使って命令を出すしかない。

 

「令呪を持って命ずる! ゼア、俺を連れて――」

「――念を入れて、魅了しておきましょう」

 

 突然、発動前の令呪の光が弱まった。これでは命令を出せないと直感し、発動を諦めた。

 

「昔のウィンダムかお前!」

「母上の言う事は……守らなければ」

 

 恐らくラフムと女神の上下関係がマスターとサーヴァントの契約を上回ったんだろう。頼もしい仲間が一転して敵である。

 

「【ガンド】!」

 

 ゼアに魔力の弾を打ち込んだ俺は、ステンノを素通りして奥の襖を開けて広間を出た。

 

「ふふふ、果たしてその道でよかったのかしら?」

 

 広間を出て俺は廊下を走っていた。

 

 もしゼアがステンノに命令されて追ってきていたら捕まるので、一切速力を緩めなかったのだが……

 

「うわぁぁぁぁぁ!?  なんで蛇ぃぃぃ!?」

 

 もしかしたら忘れているかもしれないが、俺は竜やドラゴンは好きでも蛇が大嫌いである。

 

 廊下の左右に並ぶ無数の障子の、無数の障子紙から突き破って現れる蛇の群れは、俺に悲鳴を上げさせるには十分過ぎた。

 

「来るな来るな、来るな!!」

 

 そんな願いを口にしながら、俺は目の前を塞ぐ襖を開けてその中へと飛び込んだ。

 すると、後ろにいた蛇達は幻の様に消え去っていた。

 

「……た、助かった……のか?」

「おかえりなさい、マスター」

 

 はっと前を見るとそこにはステンノが立っていた。

 

「な、なんで!?」

「残念。私が立ち塞いでいたのが唯一の扉ではなかったのよ」

 

 改めて広間を見ると、俺は蛇から逃げるのに夢中で此処から出た後に3度右に回っていたのを思い出した。そりゃ元の場所に帰ってくるだろう。

 

「正解は今貴方のまっすぐ前にある襖よ。

 でも、外は危ないでしょう? この部屋にいる方が安全よ」

 

 そんな訳ない。正解が分かった以上、今度はそこに向かうだけだ。

 

「ええ。貴方ならそういう目をすると思ったわ」

「っ!?」

 

 突然、上から四方に泥の柵が俺を囲む形で降ってきた。

 

「ゼア!?」

 

「ご苦労様」

「はい。母上」

 

 これでは完全に逃げられなくなってしまった。

 

「魅了を防ぐ効果もそう長くは持たないでしょう。

 その時になったらそこから出してあげる。勿論、その後でたっぷりとお仕置きしなくちゃ、ね?」

 

 俺を置いて何処かへ向かったステンノ。

 残されたのは見張りをしているゼアだけだ。

 

「……ゼア」

「母上の命令により、出す事は出来ない」

 

 脅すように泥で形成した剣を振り回して、泥の柵を切り裂いた。

 

 少量の泥が床に飛び散り、切られた柵はすぐに元に戻った。

 

「く、こうなったら令呪を3画重ねて――ん?」

 

 床に落ちた泥が、動いて一か所に集まりだした。

 そして、それは大きな右を指す矢印と長い直線の後に左に曲がる細い矢印を形成した。

 

「……」

「っ……」

 

 視線をやると、ゼアは黙って頷くだけだった。

 そうか。つまり、正解の道はステンノの言った襖ではなく、先俺が通った廊下を左に曲がった先にあるって事か。

 

 蛇が怖くて道なりに走ったのでそこまで確認はしていなかった。

 

(問題はこのヒントが、ステンノに操られている筈のゼアから出された事だが……いや、だったら彼女が態々もう1つの襖が正解だって俺に言う理由もないか)

 

 ゼアは正気に戻っているようだ。ステンノが離れたおかげかもしれない。

 だが、どうやって脱出すれば……

 

「……あ、そうかこの柵は、泥だ」

 

 俺は柵に触れた。

 液状のそれは俺の指に当たるが、するりと両端から零れ落ちていく。

 

「サーヴァントだけを侵食して受肉させるから、俺が当たった所で害は無いのか」

 

 俺は柵の中でステンノを待った。

 数分も経たない内に、彼女は戻ってきた。

 

「大人しくなった様ね」

「……」

 

「眠っているのかしら? ふふふ、目の前で待って驚かせて――」

「――いまだ!」

 

 ステンノの前で素早く手を振った。

 手に触れた泥は崩れ、彼女目掛けて数滴程飛んでいった。

 

「っな!?」

「悪いな、ステンノ!」

 

 付着した泥の効果で動かなくなった彼女を避けつつ泥の柵に肩から突っ込むと、礼装が汚れる程度で無事に脱出できた。

 

「ゼア、こっちだな!」

「ああ!」

 

「っま、待ちなさい! マスター! 私の坊や!」

 

 

 

「でも、どうやってお前あの洗脳から逃れたんだ?」

「……義母上、母上、姉上の3人に愛され続けると俺の精神は壊れる。だから数時間おきに正気を取り戻す為に精神が自動再生されるんだ」

 

 ……それは、まだ俺が受けてないタイプの拷問だな。

 

「兎に角、次で3階層だ。まだ油断できないぞ」

「ああ」

 

 俺以上にこいつのダメージが大きい気がするが、それでも先頭を進んでいくゼアの背中を追いかける。

 

 また一本道の廊下の先に広間がある。

 

「行ってこい」

「分かった」

 

 先の件で学習したのか、ゼアは分身を作って先に中へ入り込ませた。

 

「……」

「……」

 

 数秒の沈黙。そして、意外な事に分身は何処も欠けずに帰ってきた。

 

「サーヴァントが1騎。攻撃性は見られないが、マスター以外が近付くなら攻撃するとの事だ」

「突っ込んで無力化しろ」

「了解」

 

 しかし直ぐに、部屋から――氷結音とでも呼称すべき物音が聞こえてきた。

 

「――っ! 離れろ!」

 

 ゼアが俺を押したと同時に襖が一瞬で凍りつき、砕けた。

 

「……何か余計な者も一緒にいるのね」

「アナスタシア!」

 

 広間で待ち構えていたのはキャスターのサーヴァント、氷の皇女アナスタシアだった。

 奇妙な人形、ヴィイをその両腕に抱いている。

 

「余計とは心外だな。俺はマスターのボディカードだ」

 

「そう。ならもうお役御免ね。彼は、私が守るわ」

 

 その一言と同時に廊下の中央、俺とゼアの間に巨大な氷山が地面を破って出てきた。

 

「分断か!」

「終わりよ」

 

「っ、逃げろ!」

 

 俺の忠告よりも早く、ゼアのいる廊下の左半分を一瞬で氷漬けにし、同時に俺の後ろも氷の壁で塞いでしまった。

 

「――っ!?」

 

 そのままゼアは擬態が解けて氷の中で泥と化してしまった。

 

「ゼア!?」

「残念ね。私、マスターの形をしていても泥には興味がないの。

 さあ、マスター。こちらにいらっしゃい」

 

 歩いて近付いてきたアナスタシアは何もなかった様に、俺に手を差し伸べた。

 

「私、待ちくたびれてしまったわ。でも、貴方の顔を見たら嬉しくて、少々はしゃぎ過ぎたみたい」

 

 年相応の嬉しそうな笑みを浮かべる彼女の手を、少し躊躇ったが握り返して立ち上がった。

 

 恐らく、あいつはまだ無事な筈だ。

 だから今は自分の身を――そう考えて広間に入った瞬間、奇妙な物が視界に飛び込んできた。

 

 氷で出来た俺自身の像が、広間の四方の襖に2つずつ置かれていたのだ。

 

「良く出来ているでしょう? マスターをイメージして作ったのだけど、どうかしら?」

「……いいんじゃ、ないか?」

 

 アナスタシアは悪戯好きだ。だからきっとこれは俺の反応を見て楽しむだけのドッキリ……だと結論付けようとしたが、彼女は俺の言葉に、本当に嬉しそうに笑った。

 

「ええ、良いでしょう? 私、頑張ったの」

 

 そういえば、彼女に最後に会ったバレンタインではヴィイと同じ人形をプレゼントされた覚えがある。

 

 その人形を痛めつけると、彼女にダメージがフィードバックしたのだが彼女はそれを更に望んでいた。

 理由は、FGO内で異聞帯側の彼女がカルデア陥落に加担した負い目があったからだ。

 

「……あ、そうだ。今から貴方の大好物のお寿司を振舞うわ。

 こっちの廊下にね、新鮮な状態で保存した魚が一杯いるの。少し待ってて」

 

(大奥って言う場所の影響かもしれないけど)

 

 彼女が開けた襖の先を見てみると、海をそのまま凍らせたのかと疑う程の多種多量な魚達が氷壁の中にいた。

 

「これはクマノミ……これは毒……これはカニ……サーモンは川だから、もう少し奥かしら?」

 

 そんな彼女は生前の見知らぬ食文化を前にしても健気にスマホを頼りに目的の魚を探してくれている。

 もっとも、その姿を見ているのが氷だらけの廊下では台無しだ。

 

「今の内にゼアを助けないと……!」

 

 振り返って氷の中を見てみると、件のケイオスタイドは姿形もなかった。

 

「あれ?」

『此処だ』

 

 下から聞こえてきた声を辿って床を見ると、泥の状態のゼアが地面を這っていた。

 

「ゼア、無事だったか」

『静かにしろ。泥の動きで内部を削って気泡の部分から脱出した。

 難しくなかったが、この氷結能力は厄介だ。回避が難しい』

 

「その状態で近づけないのか?」

『もしまた見つかって細かく分断されたり、気泡の無い氷に閉じ込められれば再脱出が難しくなる。

 兎に角、俺は一度隠れて他の部屋を調べる。出口が見つかれば令呪で俺の元に転移出来る筈だ』

 

「分かった」

 

 ゼアはスーッと消えていき、それから余り時間を置かずにアナスタシアも魚と共にこちらに帰ってきた。

 

「お待たせ。ふふふ、一番大きいサーモンよ」

「あ、ありがとう……でも、捌けるの?」

 

「大丈夫、料理動画なら何十回も見たわ。座って待っていて」

 

 やる気満々な様子で包丁を握る彼女を少し心配しながらも、出来上がるのを待つ事にした。

 

 彼女の消えた部屋の奥から凄まじい打撃音が鳴り響いている。何が行われているのか気になるが、見に行く勇気も無いので動かずに待つ事数分。

 

「ふう、出来たわ」

 

 どや顔と共に出てきたアナスタシアは、丸い盆にサーモンだけの寿司を大量に乗せてこちらにやってきた。

 

「さあ、食べていいわ」

「あ、ありがとう……」

 

 醤油とわさびまでしっかりと用意されている。

 だが、彼女の持つヴィイの髪が少し乱れているのが気になるけど……

 

「あ、お茶を忘れていたわ。すぐに持って来るわね」

 

 そう言って再び俺を置いて出て行った。

 

「……ふぅ……まあ、一貫くらい食べても良いよな? 頂きま――」

「――やめておくんだな」

 

 寿司に箸を伸ばした所で、突然現れたゼアに止められた。

 

「うぉっ!?」

「騒ぐな。それからは少量の呪いを感じる。害があるかは微妙だが、食べるのは危険だ」

 

 呪いと聞いて少し名残惜しくも箸を下げた。

 

「そ、それで出口は?」

「残念だが、俺の行った部屋ともう1つの部屋は先の階層同様繋がっていた。

 つまり此処を抜けるには魚を大量に凍らせたあの場所に向かうしかない」

 

 そう言って例の部屋を見るゼア。

 

「だけど部屋中が凍り付いたあそこを通るのは難しくないか?」

「安心しろ。俺の分身が既に無音で道を空けている筈だ」

 

「――やっぱり居たわね」

 

 ――アナスタシアの声が聞こえると同時に、俺の真横を氷のつぶてが通った。

 

「っ――逃げるぞ」

「あ、ああ」

 

「マスター、何処に行く気なの?」

 

 厳しい視線を向けられるが、たじろぐ訳にはいかない。早く逃げて脱出しなければ……!

 

「なんで逃げてしまう!?

 私が、私が……カルデアを襲ったサーヴァントだから!?」

 

「ち、違う!」

「おい、足を止めるな!」

 

 彼女の言葉を聞いて、咄嗟に誤解を解こうと言葉が出てきてしまった。

 

「違わないわ! 私を見る人々の目は怯えや怒りを宿していたわ! マシュから聞いた(オリジナル)のダ・ヴィンチだって異聞帯の私の襲撃がなければ無事だったのでしょう!?」

 

「違う! 例え、君と同じアナスタシア以外の異聞帯のサーヴァントが襲ってきていてもカルデアは滅んでいた! 君が悪くない事は理解してる!」

 

「違わない! そんな理屈になんて意味はないわ!

 ……私には分かる。私は生前の私自身の憎しみで存在しているサーヴァント。そんな私がマスターに召喚されたのは、私と憎しみで繋がっているから……これ以上の証明は――っ!?」

 

 ――俺の言葉から逃れるように顔を下に向けて叫んでいたアナスタシアに、ゼアは容赦なく自らの右腕を泥に変えて飛ばした。

 

「終わりにしておけ。これ以上続ければあの人形の呪い、手に負えなくなるぞ」

「だけど!」

「何を迷っている? お前の目的はこのふざけた空間から逃げ出す事だろ? これ以上この話を続けても、あいつの狂愛は変わらない」

 

 そりゃそうだろうけど……

 

「ほら、行くぞ。あれは行動不能じゃなくて、受肉化で疲れさせるだけだ。追いつかれない訳じゃない」

 

 ゼアの言葉に仕方なく頷いて、俺はその場を後にした。

 

 

 

「4階層……」

「出口が見えてきたな」

 

 だけどまだサーヴァントが2人もいる。油断は出来ない。

 

「また分身に偵察して貰っている訳だけど……」

「帰って来ないな」

 

 更に1分程経ってから、俺達2人は顔を見合わせて頷きあった。

 

 入るしかない。

 

「――あ、漸く来たわね」

 

 そこには、紫色の髪の少女が笑顔で座っていた。

 ゼアの分身も直ぐ傍にいる。

 

「「っ!?」」

 

 エレナ・ブラヴァッキーに膝枕をされた状態で。

 

「え、エレナ!?」

「あら、呼び捨てなの? 悪くはないけれど、目上を敬う気持ちを忘れちゃ駄目よ?」

 

「おい、何をしている?」

 

 ゼアが分身に呼び掛けると、分身は泥になってゼアに吸い込まれた。

 

「……! あ、あり得ない……!」

「え、どうした!?」

 

 もしかして、ゴルゴーンと同じ紫色の髪だから先みたいな拒否反応が……!?

 

「信じられない……! 包容力53万だと……!!」

 

 何に戦慄しているんだお前は?

 

「原初の女神である義母上だって4万2千だぞ……!」

「なんで急にそんな物を計測してんだよ」

 

 つまり、ティアマトを遥かに上回る包容力にやられて膝枕までされてたのか……ん? いや、待て。

 先まで数滴触れただけでサーヴァントの動きを封じていたあの泥に触れていたよな?

 

「マハトマの力で体を守っているから、そんな泥になんて負けないわ!」

「やばい、地味に今まで以上の強敵だぞ?」

「ああ……果たして、あの膝枕から脱出できるか……?」

 

 おい、変な所を警戒するな。

 

「エレナさん、俺達先の階層に行きたいだけなんだ。行かせてくれないか?」

「あら? 私が許すと思っているのかしら?」

 

 ですよねー。

 

「危険よ。5階層のサーヴァントにはこの大奥の主としての役割が与えられているの。彼女に捕まれば、二度と光を浴びる事は出来ないわ」

 

 俺達に近付いてたエレナさんはそっと、両手で俺達の手を取った。

 

「だから此処にいて頂戴、ね?」

 

「――っ!!」

 

 おいゼア。お前の性癖に刺さったのは十分に理解したから――

 

「――これはそんな疚しい物ではない! 俺の唯一無二の弱点だ!」

 

 はいはい……好きなタイプの女性は分かったから、もう正気に戻れ。

 

「……貴方、やっぱり壊れそうなのね。常に身を削った生活しているなんて、可哀想に……よしよし」

「う……お、俺はそんな生易しい手に屈したりなんか……!」

 

「親や家族の事が本当はとっても大好きなのよね? だからこんなになってまで、頑張っているのよね?」

「……う、っひく……!」

 

(泣き出すの早っ! 即オチか!)

 

「私は何にもいらないわ。だから、貴方が欲しいだけ、私に甘えてね?」

「え、エレナママぁ……!」

 

「よしよし。たっぷり泣きなさい。マスターも、私の肩を貸してあげるから……あれ?」

 

 ――と言う訳で、今回は俺が独りで頑張る時間の様だ。

 広間には襖は1つしかなかったし、後は廊下を抜ければこの階層から出られそうだ。

 

「――流石に、追ってくるよなぁ……!」

 

 後ろから迫る彼女のUFOから怪しい攻撃が放たれる。

 

「【緊急回避】! あぶなっ!?」

 

 攻撃をスキルで回避した俺は、光の弾や光線が飛び交うこの光景をゼアに見せてやりたかった。

 

「こんなシューティングゲームみたいな弾幕張ってくる人のっ! 何処が包容力53万なんだ、よっ!」

 

 包囲力の間違いだろと思いながらも無敵状態になる【オシリスの塵】で攻撃を弾いて進んでいたが、行き止まりに辿り着いてしまった。

 

「っく、此処までか……うぁ!?」

 

 UFOに体を吸われてしまい、そのまま広間まで連れ戻された。

 

「ふふふ、おかえりなさい」

「っく、この……!」

 

「もう、そんな顔で睨んじゃだめよ。めっ!」

 

 可愛らしく注意された。その膝ではゼアはもはや物理的に泥になって溶けるレベルで甘えているし。

 

「あ……こんな優しい世界があったんだな……」

 

 ……もうこいつは永遠に放っておいた方がいいかもしれないな。

 

「あ、もしかしてマスターったら焼き餅を焼いているのかしら?」

「いや、そんな事は全然ないけど……」

 

「そう? ……本当に?」

 

 UFOを指で誘って、俺を近づけたエレナは両手で頬を包んだ。

 

「私はね、妬くわ。すっごい妬く。

 おばちゃまなのに、マスターの事になると譲れなくなっちゃうの」

 

 そう言ってニコリと笑う彼女は、親指で俺の口元をなぞった。

 

「私より若くて可愛いサーヴァントやこの体よりも魅力的なサーヴァントがいるのも分かっているの。だけど、私はそれでも貴方の一番になりたいの」

 

 動けない俺の耳元にまで口を近付けて、彼女の舌が触れた。

 

「んっ……」

「っ!」

 

「はぁ……ん、ぁ……」

 

 生暖かく、しめっけのある舌がゆっくりと耳の穴を舐め始める。

 

「っ! やめて、くれ……!」

「っちゅ……ん、あはぁ……」

 

 少し暴れて抵抗するが、むしろ彼女の耳舐めが激しくなる。

 

「んちゅ、っんん! はぁ、ああ……はぅぁんん……っ!」

「エレナ……!」

 

「……んはぁ……先は、偉そうに注意したけど、君にそんな風に名前で呼ばれると、年甲斐も無くはしゃいでしまうわ……!」

 

 本格的にスイッチが点いた彼女は止まる気がなくなり、このままでは芯まで溶かされてしまう。

 そう思った時に、不意にゼアと目が合った。

 

「…………揺れ過ぎ、だ」

 

 片目を開けたゼアは分身を作ると、すぐさまUFOを泥で包んでエレナを拘束させた。

 

「きゃぁ!? ど、どうして……?」

「貴方は確かに完璧的なまでに高い包容力の持ち主だったが……愛を求めたせいで霞んでしまった。原初に近いラフムとして生まれた俺に、霞んだ愛では足りない」

 

 先までその彼女の膝枕をされていたのに、何かっこつけてやがる。

 

 それにその理論だと、お前毎日家族から霞んだ愛に縛り付けられている…………ああ、実際そうだったな。ごめん。

 

「行くぞ。彼女の宝具の機能が停止している今がチャンスだ」

「ああ、分かってるよ」

 

「ま、待ちなさい!? 本当に、次の階層は危険なのよ!! 今すぐ、此処に戻って来なさい――!!」

 

 

 

 エレナの必死の叫び声の意味はすぐに理解できた。

 なんせ、5階層への階段はゼアと同じ泥、ケイオスタイドに所々侵食されているのだから。

 

 本人はめっちゃ震えているし。

 

「……どうするんだ? 入るか?」

「と、当然だ……此処で最後なんだから」

 

 まあ、最悪俺一人でも良いんだけど……

 

「じゃあ先行しろ」

「此処に来て俺に押し付けるのか!?」

 

 なんで無表情で、態々手を階段に向けてまでアピールしてるんだ!?

 

「……………………冗談じゃない。先に行け」

「そんなに間を置いてから言う辺り本気だな、おい。そこは先に行く、じゃないのか?」

 

 と、何時までもこんなやり取りをしている訳にはいかない。

 

 俺は覚悟を決めて右足から階段を下りて――掴まれた。

 

「え?」

「あ」

 

 掴まれて驚いた俺と、そこから無数に迫ってくる髪か蛇かも分からない集団に気付いて全てを察したゼアの声。

 

「「――っあああああ!?」」

 

 奇しくも、俺達は彼女に会う為にバビロニア同様、再び地下へと引きずり込まれた。

 

「ようこそ」

「待っていたぞ」

 

「ああああああ!!! はははは、母上っ!? 母上が、2――ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくっ」

 

 ゼアは再び壊れた。

 

 5階層に下され、長い長い明りのない縦穴を落下中なのによくゴルゴーンが2人いる事に気が付いたな。

 まあ、成功してはいけないアイデアロールだった訳だが。

 

 そして着地して光を与えられた俺は、漸くその姿を視認した。

 

「っぐ……やっぱり、ゴルゴーンか!?」

 

「そうだマスター、お前を待っていた」

「そうだ切大、お前達を待っていた」

 

 それは随分と遅くなって申し訳ない。

 

「なんで態々引っ張ったんだ?」

「私にこの大奥の天井は狭すぎた。故に、5階層と最深部を繋げたのだ。人間のお前では、もしかしたら死んでしまうかもしれないので、迎えに来てやったわけだ。」

 

 なるほど、階段の先が暗くて見えないと思っていたが、実際は見える距離に床がなかった訳か。

 

「でか……!?」

 

 ゴルゴーンはステンノとエウリュアレの妹だが、怪物と化した彼女は巨大でその身長と一緒に翼や尻尾に、蛇の様に動く長い髪を持っている。

 

 どうやら見た目で分かりやすく、ケイオスタイドを操れるのが黒い服を着たゴルゴーンで俺が召喚したカルデアのゴルゴーンは白らしい。

 

「ふふふ、鬼ごっこが好きな我が子は今一度私の内側に取り込んでおこう」

 

 先まで何度も俺の危機を救っていたゼアはあっさりと黒い衣装のゴルゴーンに取り込まれて、消えていった。

 

「その感じ、ゼアが送り込まれたのを知っていた上で待ち構えていたんだろ? どういうつもりだ?」

 

「ふん、相変わらず小賢しいマスターだな。

 だが、私と言葉を交わしていいのか?」

 

 ――突然、横から俺の腹を白のゴルゴーンの髪が食らいつき、彼女に向き合わせる形で静止した。

 

「まずは私というお前のサーヴァントに挨拶するのが礼儀だとは思わなかったかったか、マスター?」

「う、っぐ……! そ、そうだった……ごめん、ゴルゴーン」

 

「ふんっ……本来復讐者である私がこんな感情をお前に抱く筈はなかったのだがな……忌々しい事に、そこの私を先に孕ませた様だしな」

 

「いや、別にそんな事はしてないんだ……誤解だって」

 

 俺の言葉に今度は黒いゴルゴーンが髪を伸ばした。

 

「ほう……ゼアに助けられておきながら認知していないと?」

「そ、そうじゃなくて……! あいつは、人間じゃないんだろ?」

「確かにそれは否定できない。ゼアがラフムとして誕生しているのはティアマトに飲み込まれた私がお前の因子を奴に渡さずに産み出したからだ」

 

「どうでもいい。私はお前の寵愛などに微塵も興味はないが、この私の怒りがお前のせいで歪められている現状が我慢ならん! 今から貴様にそれを沈めて貰うぞ!」

 

 そう言って白いゴルゴーンは全身に自分の髪を這い絡ませた。

 それだけで俺に恐怖を与えるのは十分だが、彼女がそれだけで終わる筈がない。

 

 髪の先端にいる蛇達は親の指示を待つ子供の様に、俺の顔を見ながら舌をこちらに向けて出し入れを繰り返している。

 

「私が許すだけでこいつらはすぐに貴様を食い千切る……だが、今の私にはそれだけでは足りん」

「っ!」

 

 彼女の巨大な金の翼が開かれ、俺のほぼ全ての範囲を覆った。

 見えるのは無数の蛇と、彼女の顔だけになった。

 

「私だけだ。私だけを認識しろ……この怒りを、見ろっ!」

 

 叫んだと同時に、髪による締め付けが強まった。

 

「うっ……!」

 

「よせ」

 

 声が聞こえて髪がするりと体を離れたが、直ぐにまた何かが足に絡みついた。

 

「過去の自分を見ている様だ。

 愛を怒りと思い込み殺すなどと、浅慮が過ぎるぞ」

 

「愛だと? 一緒にするな。私が人間に抱く感情は憎悪だけだ。同じゴルゴーンだと見逃していたが、やはり貴様はわたし等ではない! ティアマトの汚染に侵され、ありもしない母性を植え付けられた贋作だ!」

 

「違うな。私が母性を得たのは私が母となったからだ。だが、貴様はそれ以前の問題だな。姉上達の妹でありながら愛も忘れたようだな」

「――! それ以上は赦さんぞ」

 

 白いゴルゴーンの蛇達が一斉に戦闘態勢を取ったが、俺の足を掴んでいた黒い方は迷う事無く、俺を彼女の前に持ち上げた。

 

「何の真似だ? そんな奴が盾になると思っているのか? ここで殺そうがマスターは死なん。お前ごと殺し尽くすのになんの躊躇いもない」

「ではやってみるがいい」

 

 まずい……今の俺の使えるスキルは――

 

「――っぐ!?」

「余計な事はするな」

 

 黒いゴルゴーンに強く締め付けられ、マスタースキルを行使しないまま白いゴルゴーンの蛇の口から紫色の光が収束し始めている。

 

「良く狙え。こいつはしぶといからな。一息で頭を吹き飛ばさねば生き延びてしまうかもしれんぞ?」

「っ!」

 

 だが、次第に蛇の口から光は消えて、ゴルゴーンの攻撃は完全に止まってしまった。

 

 俺は思わず安堵の息を漏ら――

 

「――――あああああああああっ!!!」

 

 だが、白いゴルゴーンは獣の様な叫び声をあげると、足を絞められたまま俺を尻尾を巻き付かせて引っ張ると同時に、先よりも大きな紫色の光線を放って黒いゴルゴーンに命中させた。

 

「はっははは、それこそ、貴様にとっての堕落――――」

 

 光に飲まれて泥と化して、崩れ去る黒のゴルゴーン。

 認めたくない悔しさからからか、怒りに震える白のゴルゴーン。

 

 だが、俺はそれどころではなかった。

 

「痛っあああぁぁぁ……っ!!」

 

 怪物の髪で捕まっていた所を怪物の力で引っ張られた事で、右足を失っていたのだ。

 

 引き千切られれる地獄の様な痛みと尻尾で捕まって何も出来ない状態が相まって、もはやまともな思考など出来ていなかった。

 

「あっづぅうう……!!」

 

「……どうした、傷が痛むか」

 

 ゴルゴーンがようやく自分の尻尾に捕まったままの俺を見た。

 

「いだい、だずけっで……!」

 

 この時の俺はもはやそこにいる彼女に縋るしかなかった。

 

「っくふ……あああそうか痛むか! 

 まともな人間には過ぎた痛みだろう」

 

「おねがいじまず……! だずけっで……!」

 

「なら、今から私の言う事をよく聞け」

 

「ぎ、聞ぎます! 聞ぎますがら!」

 

 俺の言葉に嬉しそうに微笑む彼女の顔しか、恐怖を抑えられるものはなく、それを妄信した。

 差し出されたゴルゴーンの指から赤い液体が垂れる。それが何かは分かっていた。

 

「私の血だ。舐めろ。ああそうだ。もっともだ」

 

 だが断ることはなく、俺は夢中でしゃぶりついた。

 

「ならば、後は私の羽を足に当てて、魔法陣から動くな」

 

 俺の舌に広がる魔法陣に驚く暇もなく、言われるがまま痛みをこらえて羽を右足の裂け目近くに当てた。

 

「――」

 

 魔法陣から紫色の光が強く輝き、拡散すると同時に羽も魔法陣も消え去った。

 

「良かったな。これで、足を取り戻したぞ」

 

 彼女の指示に従っている間は和らいでいたものの俺を襲っていた痛みは消えていた。

 

 

 だけど、俺の右足は――人間ではなく、爬虫類の様な金色のモノへと変化していた。

 

「――っ!?」

「気に入たか? 怪物の足だ」

 

 痛みが消えて、漸く普段の3割程度の冷静さを取り戻した俺は、その事実に驚きつつも、溢れ出そうな嫌悪感を抑えた。

 

(だ、大丈夫だ……これは夢の中、だから……これくらい――)

 

「――っ!?」

 

 突然ゴルゴーンに後ろから抱き着かれ、緊張が研ぎ澄まされていた体が跳ねた。

 

「ますたぁ……」

「ご、ゴルゴーン……?」

 

 甘えた声で語り掛けて来る彼女の声で、困惑と恐怖が頭を支配した。

 

「いい形になったではないか……」

 

 彼女の髪の先端である蛇達が、俺の、変化してしまった足に近付いてくると、その全てが頭を擦り付けてきた。

 

「今のお前なら、私を愛するのに相応しい」

 

「な、何で? 先まで嫌がってたよな?」

 

「理解しているだろう? 今のお前は私と同じ」

「人類最後のマスターの出来損ない」

「人の形を失った、怪物だ」

「私の(つがい)だ」

 

「そら、見えるか?」

 

 突然出された鏡を見ると、足と同じ金色の皮が俺の首元に広がっていた。

 その後ろに映る彼女と、同じ様に。

 

「お揃いだな」

 

 一度自覚してしまうと、人間の精神は脆い物で、音を立てて崩れていく。

 だけど、同時に芽生えた怪物の心の強靭さは、それ以上に早く俺の思考を掌握した。

 

 夢だからだろう。

 

 徐々に徐々に、思考が侵食され視界は暗く狭まっていく。

 ゴルゴーンの魔性は余りにも俺とかけ離れ過ぎていたので、自我は体から追い出される。

 

 夢の中で俺は自己を失い、さながら幽霊の様な状態になっていたのだ。

 

『ごるごー……ん』

『なんだ?』

 

『欲しい』

『何が欲しいんだ?』

 

『全部』

『そうか、ふふふ……最早、遠慮をしなければ選ぶという考えもなくなったか』

 

 ゴルゴーンは怪物になったオレに腕、羽根、尻尾、そして髪。

 己の全てを使って抱き締める。

 

 それは抱き合っていると呼称するよりも、同化と呼んだ方がいいかもしれない。

 

 オレは本能的な愛でゴルゴーンを求めている。

 ゴルゴーンはそれを見て唯々微笑んでいた。

 

 もしかしたら、やがてゴルゴーンは本当にオレを受け入れて――取り込んでしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

「はーい、息子ちゃーん! 貴方の大好きなBBちゃんでーす!」

 

 (ゼア)は、困惑していた。

 

 ケイオスタイドの混同意識の中に戻ってきたしまった俺に先ほどの塔の中で俺が最初に行動不能にしたサーヴァントがオルタ化し、馴れ馴れしく抱きしめてきたからだ。

 

「もう、返事もしれくれないんですか?」

「だ、誰だお前は!? なんでこんな真似を!」

「嫌ですねー? 義母上()の事をもう忘れちゃったんですか?」

 

 その言葉と同時に肩で同化され――原初の女神である義母上の情報を受け取った。

 

「っ!? ほ、本当に義母上!?」

「そうですよ? もしかして、見た目(テクスチャ)を変えただけ分からなくなったちゃうんですか?」

 

 またしても姿が変わる。

 

「――酷いわね。私はこんなにも貴方を愛しているのに」

「貴様、姉上の姿を使うな!」

 

 俺を連れ帰った母上が怒ると、義母上は氷の皇女の姿に変わった。

 

「でも、新鮮でしょう? 最近の貴方は私に愛されると壊れやすくて――だから、新しい姿を用意してもらったの」

「まさか、俺の能力を改変した時にサーヴァントの情報を……?」

 

「ええ、そうよ!」

 

 エレナ・ブラヴァッキーの姿に少しだけ動揺してしまった。

 

「それに……貴方の好みは修正しないといけないわね。

 この姿、義母上より好きなんですって?」

 

 口調を真似しているせいなのか、その言葉に珍しく義母上の怒りを感じた。

 

「ねぇ、そうなんでしょう?」

「ち、違う……! 俺は、ただ……義母上の様な包容力のある女性が好きなだけで――」

 

「――ほう。つまり、母上はどうでもよいと?」

「姉上もですか? そんな悲しい事を言ってしまうんですか?」

 

 ――あ、これは俺死んだ。

 

「ほら、さっさと分身しろ。10体だ」

「姉上には200体でお願いします」

 

「もちろん」

「全員、本体(ゼア)と感覚を同調して差し上げます」

 

「出来ないなら無理矢理させてあげるわ」

 

「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

(まさか、私の願い(呪い)が無理矢理切れてしまうなんて……ですが、受肉したBBちゃんは遂に現実世界に進行出来ます! ふふふ、これでまた先輩を永遠に私の玩具に――よし、ファイトです!)

 

「おはようございます先ぱ――」

 

 また(・・)、夢の中で受肉したサーヴァントが部屋に入ると同時に扉の前で転がった。氷漬けにされて。

 

「……これで全部かしら?」

 

 受肉されていたのはBB、ステンノ……そして俺のベッドの前立つアナスタシアだけだった。

 

「もう私の他にサーヴァントはいないわね?」

「あ、ああ……」

 

「ふう、本当に暑いわ……だけど、この2人もマスターを涼しくなる為に凍結されたならきっと喜ぶわよね?」

 

 普通に現実世界で氷を出せる彼女が怖かった俺は黙って頷いた。

 

「そんな顔をしないで」

 

 そっとベッドに座り込んで優しく語りかけてきた。

 

「例えマスターが恨んでなくても、私は貴方に尽くします。

 だからどうか、私の事は許さないで下さい」

 

 起きたばかりでまだ頭が回り切っていない俺は、返事より先に頭をかいてからベッドを出た。

 

「……朝飯、食べる」

「はい、一緒に行きましょう」

 

「――あ!?」

 

 アナスタシアを連れて1階に行くと、階段で何故かエナミと鉢合わせた。

 

「なんで此処に?」

「それはこっちのセリフですよ! なんで私と勉強するって約束した日にサーヴァントがいるんですか!? 今すぐ送り返します!」

 

『エナミちゃーん? 切大は起きてたー?』

 

「――はい、義母さーん! 起きてました!」

 

『じゃあ私達は出掛けてるからー! 行ってきまーす!』

 

「……はーい、いってらっしゃーい……」

 

 母さんが扉を閉めたと同時にこちらをぎろりと睨んだ。

 

「なーんーでー、よりによって私との約束の日に!? ねぇ、何でですか!?」

「お、俺が選べる訳ないだろ……はぁ、えーっと」

 

「貴女は、マスターの後輩なのかしら?」

「ええ、そうですよ! 皇女様も先輩を狙っているんでしょう? 言っておきますけど、私は――」

 

「――いえ、大丈夫です。私、マスターに興味は無いの。

 ちょうどよかったわ。

 私、現代の街を見て行きたかったから、お暇させて頂きます」

 

「え? 本当ですか?」

「ええ。ですから是非、マスターと楽しく勉強に励んで下さいね?」

 

 俺もエナミもアナスタシアの意外な言葉に驚きを隠せなかったが、涼しい顔で1階に降りて行った彼女を見てその言葉が真実なのを理解した。

 

「ふーん、変なサーヴァントですね。こんなに魅力的な先輩をみすみす私に譲るなんて……」

「アナスタシアは複雑な――」

 

「――要りません、そんな解説。先輩の部屋に行きましょう。

 ちょっと不機嫌です……あ、正解したらキス1回でどうですか!?」

「なんで教える側の俺が何の報酬もないのにお前に褒美をやらないといけないんだ?」

 

 ぶつくさと文句を交わしながら、俺達は部屋に戻ってきた。

 

「ていうか、お前俺に教わらなくても点数――」

 

 

 

 

 

「ヴィイ……私って、ズルい女ね」

 

「……あの人の傍に、他の女がいるの。私と違って、彼になんの負い目もない可愛い子が」

「そんな彼女の邪魔を、私みたいな罪人がしてはいけないわよね」

 

「……」

 

「ええ、私は邪魔しては駄目ね――」

 

 

 

「――……此処までくれば、私の氷は溶けてしまうわね」

 

「……ふふっ……」

 

「……カメラ、仕掛けて置けば良かったわ」





今回は総文字数1万6千越え! 恐らく過去最高のボリュームです。

書きたいシーンが多めだったのでこうなりました。
自分はこのぐだ男やカルデアに対して罪悪感ある感じのアナスタシアが一番好きなんです。明るいぐだアナ派とカドアナ派の皆、すまねぇ……

水着イベントが楽しみですが、新OPとか出たのでちょっと不安です。
メインストーリー絡みのイベントが来る可能性がありますし。

今回もカーマちゃんはお迎えできなかったので陽日君を呼び出してしまおうか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ分配


※今回は最新サーヴァント、アルトリア・キャスターが出ます。
まだ育成が終わっていない方、絆レベルが上がっていない方、召喚出来ると思っている方はネタバレ注意です。

今回はちゃんとしたコメディ回です。水着までの筆休めって感じです。


「またか」

「まただな」

「またか……」

 

 ヤンデレ・シャトーの中で何時もの2人と顔を見合わせ、互いに同じ事を呟いた。

 後はあのモードレッド馬鹿が来れば完成する。

 

「一体、何を基準で集められているんだろうな」

「さぁな。案外、全員近くに住んでんじゃねえの?」

「こんな変なご近所さん、嫌だなぁ……」

 

(それはお前だよ!)

 

 と玲の奴も思っただろう。

 

「全員、集まったようだな」

「あ、皆来てくれて助かるよ」

 

 やはりエドモンと一緒に山本がやって来た。

 

「今回はお前達なら馴染みがあるだろう。騎士王を用意した」

「騎士王って言うと、アルトリアの事か?」

 

 確かに、玲は謎のヒロインXオルタと、山本も血縁関係のあるモードレッドと一緒にいる事が多かったりするが……

 

「俺と陽日は関係なくないか?」

「そうだ……寝させ……」

 

 寝ながら抗議するな。

 

「切大、貴様には多少の縁はあるだろう」

 

 っち。こっそりターゲットから外れるつもりだったが駄目か。

 

「何と言おうと変更はない。諦めろ」

 

「そういう事だから、皆よろしくね」

 

「ちょっと待て」

 

 エドモンにシャトーへ送られるより早く、俺は山本を呼び止めた。

 司会者側と一緒に現れた事も怪しいし、こいつまさか……

 

「まさかお前、モードレッドに安全に会いたくて俺達を売ったんじゃねぇだろうな?」

「えぇ、嘘でしょ?」

 

 どうやら玲と陽日も同じ結論に至った様だ。

 

「…………そ、そんな訳ないじゃにゃいか」

「間を開けた上に噛んだな」

 

「殺す」

「戦争だ」

 

 玲と珍しい事に普段はずっと寝ている陽日が立ち上がって拳まで握っている。

 

「ご、ごめん! でも、今日は本当にピンチだから……!」

「知るか! お前のサーヴァントだろうが!」

「だよな」

「睡眠妨害で訴えてやる」

 

「文句があれば、こいつの場所までサーヴァントを連れてこい」

 

 エドモンの鶴の一声で俺達はヤンデレ・シャトーに送られた。

 

 

 

「……ふぁ……もう200回位回したけど出てこないなぁ」

 

 その日、僕はガチャを回していた。

 新しいアルトリア……性能云々よりも、僕の愛しのモーさんの為に召喚しておきたいと思ってなけなしのお小遣いも使って回すけど出ない。

 

 もう遅いし、これで最後にしよう。

 そう思って僕は召喚のボタンをタップした。

 

『――』

 

「お、出たぁ!」

 

 漸く現れたアルトリア・キャスターを見た瞬間、全身の力が抜けてそのまま寝てしまった。

 しかし、可能性は収束するらしくて……

 

 

 

「なるほどなぁ……あの野郎。俺は66連で1人引けたから十分だってのに……!」

「マスター? どうかしましたか?」

「気分でも優れないのでしょうか? 横になりたいのなら、膝を貸しましょう」

 

 目の前のサーヴァント……達を見て、俺はなんとなく状況を理解した。

 

 アルトリア、Fateの顔とも言える騎士王の事だが、最近になってセイバーではなくキャスターが実装された。

 そんなアルトリア・キャスターが、2人。

 

 一人目はノースリーブな衣装に茶色のポーチと耳当ての付いた帽子を着用している。言ってしまえば騎士王とは程遠い何処にでもいる少女だ。

 魔術を研究しているらしく、杖を握っている。

 

 二人目のアルトリアは同じサーヴァントの筈だが、霊基再臨を数回行った後の王の姿。王冠を被って大剣を構えており、服には金属製の胸当てや腰当てが施され、青のリボンで髪を縛っている。

 

「……なんでもない。とにかく、アイツをしばきに行こう」

「良く分かりません……了解しました。マスターの敵は私の敵ですから」

「出掛けるなら共に行きましょう」

 

 俺達は部屋を出た。

 カルデアらしき廊下を見て、山本の野郎を探す為にしらみつぶしで歩き回る事にした。

 

 まさか、後ろから不意打ちされるとは思っても見なかった訳だが。

 

 「あっ、と!?」

 

 両足を青い光に拘束され、俺が地面に倒れるより早く、光の刃が青い光の縄を刺して固定した。

 

「やりました!」

「ええ、成功ですね」

 

 明らかに結託している2人のアルトリアを見て、俺は困惑する。

 

「ちょ、なんで……!」

 

 本来、ヤンデレは想い人の隣に他の女がいれば排除する様な、助け合う事のない連中だ。だから俺もちょっと油断して行動していたのに。

 

「お忘れですかマスター? 私は確かに王の様な風貌ではありますが、中身は若き私となんら変わりありません」

「それに、同じ私同士で大好きなマスターを巡って争うなんて不毛じゃないですか」

 

 確かにカルデアに召喚された同名サーヴァントは絆レベルが共有だけど……いや、これは召喚されてからまだ日が浅いから俺に対する好感度が低く、それ故に独占欲も薄くなっているんだ。

 

 独占欲が薄いなら拘束なんてしない? 俺もそう思っていた時期があったよ。

 

「マスター、何処に行くつもりだったか知りませんが……今日は私と一緒に過ごしましょう」

「ええ。私にこのカルデアを案内してください」

 

「だったらこの拘束は要らないだろ!」

 

「駄目ですよ。私、お転婆ですからふらっと迷子になっちゃうかもしれないのでこうしてマスターと繋がってないと離れ離れになってしまいます」

「ええ、それは困ります」

 

 足の縄は解かれるが、代わりに両手を縛ると2本の先端を嬉しそうにそれぞれが1つずつ握りしめた。

 

「さ、行きましょう!」

「まずは腹ごなしですね。案内して頂けますか?」

 

 宙に浮かぶ光の剣がこちらに先端を向けていなければ断っていたが、俺は黙って頷くしかなかった。

 

 

 

「――またサーヴァントを増やしましたね部長」

「言いながらその妙な力で突っつくな」

 

 いつも通り、俺の隣を歩くXオルタ。

 反対には山本の野郎に押し付けられたであろう耳当て帽のアルトリア・キャスターがいる。

 

「お前も、山本のサーヴァントなら引っ付くんじゃねぇよ」

「違いますよ! 私はマスターのサーヴァントです!」

 

「本当かぁ?」

 

 強い強いと俺のダチが言っていたので当然呼符で召喚してあったが、先の話的にこいつは俺じゃなくて山本のって感じじゃないのか?

 

「私は本来、その人のサーヴァントとして此処に出現する筈だったんですが、それを譲ってもらう形で此処に来たんです! だから、私は間違いなくマスターのサーヴァント! そう言う訳ですので、エスコートをよろしくお願いします!」

 

「譲るねぇ……」

「部長。このレアプリズムで夢火を交換しましょう」

「指を指しながら物騒な事言うなよ」

 

 工房はあっちです、じゃねえって。

 

「まずはどこに行きましょう!」

「工ぼ――」

「――普段学校にいるからあんま馴染みがないが、あっちに行ってみるか」

 

 このままだとまた戦いが始まりそうだし、居場所が分からないまま探索を始めた。

 見つかったのはトイレ、休憩室、職員の部屋とあんまり関係なさそうな部屋ばかりで山本の影も見えはしない。

 

『――』

 

「ん? なんか聞こえたぞ」

「誰かが話してますね」

 

「っしゃ!」

 

 遂に見つけたと思い、声の聞こえる方へと走っていく。

 

 拳を握りしめつつ曲がり角を曲がるとそこには――

 

「マスター、いい加減起きて歩きませんか?」

「もしかして本当に呪いでしょうか?」

 

 ――2人のアルトリア・キャスターを困らせたまま相変わらず寝ている陽日を見つけた。

 

「はぁ……なんだ、陽日か」

「……ぐー」

 

 寝てやがる……そして奴の寝転がったベッドは魔力の青い車輪と縄で引っ張られている。

 

 取り合えず、一度起こして情報を共有するべきか。

 

「全く……おい、起きろって」

「あ、ちょっとそんな軽率にマスターに近付かないで下さい!」

 

 俺を止めようと2人のアルトリアが触れた。

 その瞬間、2人は消えた。

 

「……ん?」

 

 俺と寝ている陽日だけがそこにいる。

 

「え? いやいや、待て待て? 殴ってすらいないから、別に消滅した訳じゃないよな?」

 

 慌てて周りを確認するがやはり俺以外の誰も周りにいない。

 

「ぶーちょーーぉーーー」

 

 Xオルタの声が曲がり角から聞こえて来た。そう言えば、先のダッシュで置き去りにしちまったな。

 

「また、増えましたぁーー」

 

「はぁ?」

 

 俺の疑問の声と同時に、曲がり角からXオルタとアルトリア・キャスターとキャスター、そしてキャスターとキャスターが……っておい!?

 

「増えてんじゃねぇか!」

「ですから、そう言ったじゃないですか」

 

「俺はもう重ねて宝具レベル5だぞ。なんで4人もいるんだよ?」

「分かりません。先程突然増えてしまって……」

 

 もしかして、他の奴のサーヴァントに触れたら勝手に契約が入れ替わるのか?

 

「……なあ、お前ら。そこの寝てる奴がいるから起こしてやってくれないか?」

 

 試しに俺がそう頼むと、Xオルタには変化が無かったが……アルトリア・キャスター達は全員一度消えてから陽日の周りで再出現した。

 

「マスター、起きて下さい」

「お寝坊さんですね、私も寝ちゃおうかなぁ」

「せめて部屋に行きませんか?」

「ふふふ、可愛い寝顔ですね」

 

「なるほど。元々あの野郎のサーヴァントであるこいつらの契約は移せて、Xオルタは俺のだから変わらないって訳だな」

「ふう、これで部長と私だけですね」

 

「……煩い……騒がしい、眠い……」

 

「山本に返してやる為にはこうすればいいって事だな」

「なら部長。このまま私と一緒に探しに行きましょう」

「そうだな……寝てる所悪いが、こいつらの相手は任せるか」

 

「ちょっと待て……置いていくな」

 

「起きてるのかよ」

「寝たい」

 

「じゃあそのままでも良いだろ?」

「いやだ」

 

「……さくっと山本を引っ張ってくるからそこで待ってろって。な?」

 

 陽日を救出しても多分寝直そうとするだろうと思った俺は、奴を置いてカルデアの散策に戻る事にした。

 

 

 

「マスターの好きな人を教えて下さい!」

「ノーコメントで」

「別に私では無い事は知っているので、どうぞ遠慮なく言って下さい」

 

 食堂で俺は椅子に座った状態で縛られて、2人のアルトリア・キャスターに尋問されていた。

 

「……」

「私達は友人じゃないですか。秘密を共有して、仲を深めましょう」

「あ、でしたら私達から質問に答えましょう。何か知りたいですか?」

 

「……じゃあ、好きな物は?」

「むぅ。その質問に関してはもうマスターの部屋でお答えしましたよ?」

「はい、マスターにバツ1つです」

 

 大剣の方のアルトリアが嬉しそうに笑って魔力の縄を追加した。

 

「……これは?」

「えいっ!」

「っぐぅ!?」

 

 可愛らしい声で追加した縄を引っ張られ、体を強く締め付けられる。

 

「では今度は私の番です。マスターの好きな人は誰ですか?」

「うっ……ま、マシュ……!」

 

 カルデアのマスターが好きなのは、間違いなくマシュ。だから俺はそう答えた。

 

「へー、そうですか」

「では次はマスターの質問ですね」

 

「……きゅ、休日の過ごし方、とか?」

「うーん、魔術の研究か、寝てばかりですね」

「ええ、普段は忙しいので休める時に休むのが大事です」

「なら俺を休ませてくれても良いだろ……」

 

「駄目です。じゃあ、マスターはどんな風に休日を過ごしているんですか?」

 

 もはや尋問から拷問に変わっているアルトリア・キャスター2人の質問攻めに苦しめられている。

 

「……はぁ、はぁ……」

 

 もしかしてこれはキャストリアシステムとか言うサーヴァント過剰運用に対するアンチテーゼなのだろうか?

 

「知れば知るほど、マスターの事が知りたくなってきました。あ、汗が……よしよし、拭いてあげますね?」

「そろそろお水が欲しくはないですか? 火の神が造りあげた大剣から拘束の魔力を使用しているのでマスターの水分を徐々に奪っているんです。渇きを感じたら危険ですので早目に言って下さいね?」

 

 マジモンの拷問だった。

 

「み、水をくれ……」

「じゃあ、この質問にだけ答えて下さい」

「マスターの、本当に好きな人は、誰ですか?」

 

 やめろ。

 それを口に出せば絶対このシャトーで戦争が始まるから。

 

「知っているんですよ? マスターは様々なサーヴァントに好かれて大変モテモテなんですよね?」

「マシュさんが好きなのも嘘ではないでしょうが……もっと好きな人がいるんじゃないですか?」

 

「アルトリアだよ」

 

「……」

「……」

 

 2人は笑顔を向き合い――

 

「――不正解ですね?」

「――もう1本追加しましょう」

「それは勘弁してくれ!」

 

 俺の言葉など聞かずに、更に縄が追加された。

 

「隠さなくても良いじゃないですか?」

「ええ、友人に隠し事は無しです」

「いや、でもやっぱり恥ずかしいし……」

 

「では私に何故怯えているか、聞いても良いですか?」

「……まあ、同じ顔のサーヴァントに苛められたのがちょっとトラウマで」

「そうですか。それは気の毒ですね。ええ。だから私にちっとも心を開いてくれないんですね?」

 

 いや、それはこの状況のせいです。

 なんて言えないので黙って首を縦に振った。

 

「だったら、やはり相互理解を深めるのが大事ですね!」

「アルトリア・ペンドラゴンと同一視されたままなのは、嫌ですからね」

 

 漸く縄を外され、水を差し出された。だが、依然として俺は椅子に縛られたままだ。

 

「ああ、まだマスターは両手が使えませんでしたね! じゃあ、私が飲ませます。お口を開けて下さい」

「そうそう。ゆっくり飲んで、むせないでください」

 

 この後も、俺は彼女達との強制的な会話をこなして、30分後に漸く解放される事になった。

 

「では、カルデア探索再開です」

 

 もう俺のスタミナは――と言えば元気に回復された。

 やっぱり、全国で馬車馬の如く働かされているアルトリア達の仕返しなのではないかと、俺は肝を冷やしながら廊下を歩いた。

 

「……あ、此処は」

「私とマスターが出会った場所。召喚室ですね」

 

 

 

「う……気持ち悪い……!」

 

「ベッドを運ばずに、マスターを担げばよかったんですね!」

「行きましょう! このシミュレーションの丘は走り回るのに最適で気持ちいいです!」

 

「揺れる……!」

 

「あ、あっちは町ですよ町! なんか現代みたいです!」

「行ってみましょう」

 

「ぐ、煩い……!」

 

 最悪の悪夢だ。

 夢の中なのに揺らされ、騒がれ、とても寝れる様な状況じゃない。

 

「マスター、あれは何でしょうか?」

「観覧車……」

「あれは?」

「ジェットコースター……」

「あの黒くて恐ろしい場所は……?」

「お化け屋敷」

 

 そもそも、そんなものが全部そろっているのって遊園地ぐらいじゃ……遊園地だった。

 

「なんでもありますね!」

「あ、あのグルグルする奴に乗りましょう!」

 

 拷問(コーヒーカップ)……この金髪の女の子達は、最初の頃にあったジャンヌと同じ顔だけど悪魔なんじゃないだろうか。

 

「……ん……あれは?」

 

 全部が騒がしい遊園地の中でひと際大きな金属が聞こえて来た。

 仕方なく前を注視すると、そこには鉄棒を振ってる諸悪の権化である山本と災厄の元凶である玲が見えた。

 

「――てめぇ! 大人しく、自分のサーヴァントの手綱を握りやがれ!」

「僕のサーヴァントはモードレッドだけだ! このデートは邪魔させて堪るか!」

 

 相変わらず人外な身体能力を発揮する玲に、意外な事に山本が必死に食らいついている。

 

「負けるか! 僕は絶対に、幸せを掴んで見せる!」

「主人公みたいな事言ってんが、てめぇはヤンデレを押し付けただけだからな!」

 

 …………よくも俺の睡眠を邪魔しやがったな。

 

「目に物みせてやる」

 

 殆ど使っていなかった令呪を発動させて、全てのアルトリアに命令をする。

 

 玲は確か、このサーヴァント達を触れさせて擦り付けた。だから、こうすればきっと――

 

「――全アルトリア! 山本を取り押さえろ!」

 

 

 

 

 

「…………すいませんでした」

「おい、何俺にだけ謝ってんだよ。あの2人が来たらきっちり土下座しろよ」

「はい、本当にすいません……」

 

 玲との戦闘中に全ての自分のアルトリア・キャスターに取り押さえられ、そのまま押し倒されて服を脱がされそうになった山本をモードレッドが頬をぶっ叩いた事で悪夢が終了し、一度全員がカルデアの食堂に集合する事になった。

 

「にしても遅いな」

 

 玲の言葉とともに食堂の扉が開いた。

 そこには体のあちらこちらに縄の跡が残っている切大と、不機嫌そうな顔を浮かべる陽日が立っていた。

 

「……」

「……」

 

「お、おい? 大丈夫か?」

「ご、ごめん2人とも! 僕、ちょっとモーさんに会いたくて――」

 

 2人はそっと扉から左右に移動する。

 

 その後ろからサーヴァントであるシャルロット・コルデー、マタ・ハリ、ガレス、サロメが10人ずつ入ってきた。

 

「……え、えーっと?」

「いやー、ちょっとフレンドガチャ引き過ぎちゃってさぁ……なあ、山本、暫く預かってくれるか? そうだよな。アルトリアも預かったし、別にいいよな?」

 

「あ、あの、僕モーさん一筋で……っひ!?」

 

 更に後ろからメイブ、シトナイ、ケツァルコアトル、カイニスにゴルゴーンがやって来た。

 

「これは、玲。君にだよ」

「……はぁ!? 何でだよ!?」

 

「忘れた? アルトリア全部置いて置き去りにしてくれたお礼だよ」

 

「あ、あれは緊急時で……!」

 

「「言い訳無用だ!」」

 

 この後、カルデアの食堂が原型を留める事無く崩壊したのは言うまでもないだろう。

 




最近は少なくなりましたが、少し前はこの小説の感想で自分とヤンデレを押し付け合っていたのでそれを再現してみました。
この後、玲も多分仕返しの仕返しをする事でしょう。


水着でまさかのキアラさん登場。あの人を引いてしまえばヤンデレ・シャトー入りですので出来れば水着化して普段と違うテンションでいる事を願うばかりです。

アルトリア・キャスターは無事引けました。水着ガチャもそこそこ回せる程度に石が残っていますので17日が楽しみです。でも今回人妻多くないですかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女4人寄れば……

色々新しい事をしたいと準備をしていたら遅くなったスラッシュです。
詳しくは活動報告をご覧下さい。

今回の話は4人の話です。いつもの4人ではないですけど……


 

「――これはどういう事?」

 

 私は目の前のサーヴァント、エドモン・ダンテスに質問をした。

 だけれど、彼は表情を少しも変えずにこちらを見るだけ。

 

「どういう事だと問われてもな。お前の要望に沿ったモノを用意しただけだ」

「私は、普段の先輩と同じシャトーを経験したいって言っただけなんですけど?」

 

 3つのモニターの映像を見せられ、困惑する私。

 服装の違いはあれど全ての映像には同じ顔の女性、FGOの主人公であるぐだ子が映っており、画面上部には知らない名前2つと知っている名前が書かれていた。

 

 “鼎”、“切華”、そして最後は……

 

「“桜@イケメン大好き”……これ、私の友達のマスター名と同じなんですけど?」

「お前の知る切大は、偶に他のマスター3人と共に行動する事がある」

「っはあ!? まさか、桜ちゃんや他の女と……!」

 

「誤解するな。奴の連れは男だ」

 

 その言葉に疑いの目を向けた。もし先輩と普段からイチャついているのであれば幾らあの娘でも……!

 

「……落ち着け。俺が此処で嘘を教えて何を得る?」

「…………」

「兎に角、今回はこの者達と脱出してもらう。道を阻むサーヴァントも当然いる。今回は女だがな」

 

「ふん、分かりました。こうなったら桜ちゃんに直接聞きます」

「言っておくが、脱出には4人全員の生存が不可欠だ。誰かが欠ければ悪夢の時間を延長する」

「はいはい……よし、先輩の為にも頑張ろう!」

 

 

 

 モニターの映像で見たぐだ子は、それぞれ着ている服装……魔術礼装が違っていた。

 

「確か、桜ちゃんは黒セーターだった筈……急がなきゃ!」

 

 私がいるのは湖。

 どうやら今のイベントと同じ特異点のキャンプ地にいるらしいけれど、モニターの映像は暗くて桜ちゃん何処にいるのかは分からなかった。

 

「此処から一番近いのは……コテージかな」

 

 流石に今日も遊んでいたので大体の内容は頭に入っている。暗かったって事は夜か、もしくは建物の中にいる筈だ。先輩の事を正しく知る為なら私にホラー映画を怖がっている暇はない。

 

「絶対に問い質してあげますから、それまでは無事でいて下さいね?」

 

 暫く歩いて直ぐにコテージを見つけた。

 安全地帯だと聞いていたけれど、恐怖の特異点としての異常が最初に発生した場所は此処。つまり、サーヴァントが私を襲うなら此処が最初でまず間違いないだろう。

 

 コテージの中に入ってみる。散策していると台所やベッドがあり、それを見ていると思わず先輩の事を思い出してしまった。

 

「先輩と一緒だったら二人っきりで手料理をご馳走して貰って、こっそり薬を仕込んで眠らせてから拘束して、たっぷりお礼をしてあげたのになぁ……残念です」

 

 おかしな所は特にないけれど、サーヴァント達は気配を消したり、霊体化で姿を消す事が出来るのでいつ目の前の現れても不思議じゃない。

 

 私がその立場なら大好きな先輩の後ろにぴったりとくっついて匂いを嗅いだり、トイレに一緒に入ったり……普段からそんな事が出来るなんてサーヴァント、絶対に許さない……!

 

「……っ! 臭う!」

 

 窓が開いて煙が鼻に届いた……と形容するにはちょっと香しいけれど、私にとって先輩の匂い以上に良い香りなんてこの世にない。

 

 振り返ってみると、以前先輩のサーヴァントとして私を遮った褐色と言うには不健康な薄白色の肌と青に近い紫の髪の……毒で汚れた女。

 

「……マスター」

「でも、貴女はあの静謐のハサンと同じ姿をした私のサーヴァントですね」

 

 気付けば窓の向こう側は夜になっていた。明らかに目の前のサーヴァントが私にとっての脅威として現れたのを表している。

 しかし、私の部屋の扉は入ってきた彼女に塞がれてしまっている。

 

「……まぁ、別に扉から出る必要は無いですけど、ね!」

 

 袖に仕込んでおいたクラスカードを瞬時に換装して槍を手に取った。

 

「それは!?」

「はぁぁ!」

 

 アサシンのサーヴァントは直接的な戦闘能力は低い。

 不意打ちで放たれた一撃は避けられる事はない。

 

 こうして、体を刺し穿てたのが何よりの証拠だろう。

 

「ど……どうし、って……?」

「はぁ? 私が好きなのは先輩だけなんですよ? 女にくっつかれても喜ぶ様な趣味があるわけないじゃないですか」

 

 静謐のハサンの姿が消えていく。恋敵と同じ奴を始末できたので少し気分がいい。

 

「――え」

「どうして、刺したんだ……? 俺、を――」

 

 ――自分の体から血の気が引いていくのを感じた。

 襲ってくる敵を刺したと確信し歓喜していた手応えが、まるで腕をそのまま雪の中に入れた様な冷たい物へと変わっていく。

 

「う、嘘……!?」

 

 腕が振るえ、私は槍を持っているだけの力が入らなくなって手放した。

 

「ち、違……! 私、は……!」

 

 目の前の現実から逃げるように、後ろに一歩後退る。

 

「先輩を、殺したくなくて……!?」

 

 足の後ろが机に当たり、その上に乗っていた花瓶が落下する。

 

「――」

 

 音を立てて砕けると私の目の前には誰もおらず、槍が落ちているだけだった。

 

「…………っう!」

 

 今の風景が唯の幻だった事に気付くと、安堵と同時に吐き気が込み上げて来た。

 同時にとても不快で、怒りが湧いてくる。だから吐かずに済んだ。

 

「……私が、先輩を他の女と間違えて……殺す……? そんな事、ある訳ないじゃないですかっ!」

 

 私は槍を握りなおした。

 まだ夜は続いている。恐らくこれは、登場人物が幻覚で次第におかしくなっていくタイプのホラー映画だ。

 そして、今こうやって怒りを抑えられていないのは思う壺……けれど、この屈辱を抑え込んではいられない。

 

「あのアサシンの匂いがトリガーで間違いない。なら、これで――!!」

 

 真名解放した槍が巨大化する。愛する者に向ける事で真価を発揮する槍。本当なら夢の中とはいえこんな事をしたくはなかったけれど、床に置かれた先輩の写真を見て私は彼を想った。

 

 想えば思うほど槍は重くなる。そして――

 

「――先輩の写真ごと、不愉快なこの舞台を貫く! 死がふたりを分断つまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア)!!」

 

 天井を抉り取る程に巨大な槍を振り下ろした――

 

 

 

 

 

 玲の笑顔を引き出す為に、更なる戦いを望んだ私はまた変な夢の中にいた。

 

 今回は何もヒントになりそうな物もなく、目の前にマンションが建っていたので中に入って部屋を調べる事にした。

 

「気を付けろ……?」

 

 1つの階に4部屋。その中には意味深なメッセージが壁に書かれている所もあった。

 

「奴らは1人……?」

 

 そして4階に辿り着いたと同時に突然霧が漂い始めた。

 

「これは――っ!」

 

 数秒と待たずに一寸先の視認すら困難にする程の濃さを不審に思っていると、何者かの襲撃を受けた。

 

「ん。マスターに防がれるとは思わなかった」

 

 咄嗟に抜いた刀で応戦したが、辺りは霧に包まれている。

 

「しょうがない……アン!」

 

 白の中から飛び出しては消える刃を辛うじて受け流して位置を掴もうと防戦に徹していると、今度は銃弾が飛んできた。

 

「っく、……っ!?」

 

 何とか刀で弾いた――と思った瞬間、私の足に痛みが走った。

 初弾とは別の方向から放たれたもう1発が私の足を掠ってしまったのだ。

 

「退かないと……!」

 

 視界が悪いけれど、記憶の道筋を辿って階段に身を潜める事にした。

 

「……次に接敵されたら、不味いよね」

 

 足を押さえながら周囲を伺う。

 銃と刃を持った敵が2人。だけど、霧のせいで顔すら見えない。

 

「……せめて、部屋に入れば」

 

 このまま階段に隠れていても見つかってしまえば挟まれてしまうが、入り口が1つだけの部屋に入れば1対1に持ち込める。

 

「……」

 

 耳を澄ましても音は聞こえない。時間が経てばそれだけ状況は悪化する――

 

「――っ!」

 

 ならば迷わず、真っ直ぐ駆け出した。

 音を出さず、痛みを堪え、最小の動きで扉を開けて――

 

「――はい、捕まえた」

「っむぐ!?」

 

 反応する間もなく、抱き締められて顔は柔らかい物に包まれた。

 金髪の女性の大きな胸を押し付けられたのだ。

 

「ふふふ、マスターはこれで私の物ですね?」

「は、離して!」

「嫌でーす」

 

 白いビキニの女海賊アンと私の力の差は歴然で、振り解くのは難しい。

 

「メアリーが来る前に、マスターを頂きまーす」

「この、やめて!」

「先まで凛々しいお顔でしたのに、そんな風に可愛く抵抗されては、もう辛抱できません……じゅるり」

 

 その姿に、以前手合わせした宮本武蔵以上の悪寒を感じた。

 あの時は唇を奪われたりと確かにショックが大きかったけれど、目の前の女海賊は私の大事な物を全部堪能するつもりだ。

 

「駄目! そんなの、絶対いや!」

「まぁまぁ、そんな事言わずに……きっととっても気持ちいいですから」

 

 押し倒され、武器の刀も放り投げられ、一切抵抗出来ない。

 

(嫌だ。玲に、最初は玲なの……! これ以上は……!)

 

「っこの!」

 

 痛みに歯を食いしばり、足で彼女の腹を蹴った。

 けれども、ビクともしない。

 

「痛いですよマスター……でも、そういうプレイがお好きでしたら、私も合わせますよ? 勿論、痛くするのは私ですけど」

 

 そう言ってアンは私の上に乗り、足を抑えながらこちらに手を伸ばす。

 

「っく!?」

 

 両手で彼女の手首を掴まなければ、そのまま私の服は襟から破られていただろう。

 

「ふふふ、抵抗しないで――」

「――アン、やり過ぎじゃない?」

 

 別のサーヴァントが扉からやってきた。

 

(っ!?)

 

「あらあら、ゆっくりし過ぎてしまいました」

「本来僕達は2人で1人だけど、この空間では被害者(マスター)を互いに取り合う怪異役」

 

 メアリーとの会話をしながらも、アンは胸元に銃を出現させている。

 

「この距離はまで近付かれたら、君に勝ち目はないんじゃない?」

「……それはどうでしょう」

 

 メアリーが駆け出した。このままだと、アンは待ちがいなく切り裂かれる。

 

「っぐ!」

「何!?」

 

 その斬撃は、彼女の銃を持たされた私が受け止めた。

 

「油断大敵ですよ、メア――」

 

 ――私の刀を振り下ろす前にマンションが揺れた。

 

「これは――」

「誰かの宝具!?」

 

 チャンスだ――私はメアリーの足を払って銃でメアリーに殴り掛かる。

 

「っ!?」

 

 互いに慣れない獲物だった為かどちらの手からも武器は逃げ出し、空手で宙を舞った刀を握った私は2人のサーヴァントにそれを向けた。

 

「姿が見えているなら、こっちの物!」

 

 一歩でアンを切り伏せ、二歩で距離を詰め、三歩――

 

「異流・無明三段突き!」

 

 2人の海賊が床に倒れると、あの不気味な霧はマンションから消えて行った。

 

 

 

「……」

「……!」

 

 私はもう跡も形もないコテージを抜け出して、静謐のハサンと手を繋ぎながら歩いていた。

 どうやら怪異となったサーヴァントは撃退されると危害を加える事はなくなるらしく、私も姿はともかく恋敵ではない相手に敵意を向け続けていられる程暇ではないので妙な真似をしたら首を刎ねる事を条件に彼女と一緒に歩いている。

 

「……マスターの肌、綺麗ですね」

「そうね。変な触り方しないで」

 

「好きな殿方がいるからでしょうか?」

「勿論」

 

「……羨まし――いです」

「避けるな」

 

 先輩に気がある様な発言をしたから刺そうとしたのに躱された。

 

「安心してください。私はマスター一筋です」

「要らない、必要ない、興味ない」

 

 私の心は先輩だけの物だ。

 先輩が私だけを見てくれればそれで……ん?

 

「――ホテルはあちらです」

「楽しむならやっぱりあそこだよね」

「いや、私はそんなつもりは一切ないの!」

 

 後ろから何か走ってやってきた。

 どうやら、桜ちゃん以外のマスターの様だ。

 

「……あれ? 貴女は?」

「私はエナミ。貴女と同じ様に、この変な夢の中に連れてこられました」

「エナミさん……ん? そんな知り合い、私にいたかな?」

 

 カルデア戦闘服に日本刀を腰に携えているこの人は、確かモニターに“切華”と表示されていた。

 

「貴女は切大先輩を知っていますか?」

「切大? うーん、心当たりはないかなぁ?」

 

 …………嘘は言っていない様だ。

 

「いえ、知らないならいいです。私達は同じ夢の中にいるだけですので、知り合いでなくても不自然ではありません」

「そうなの? あ、私は切華だよ。よろしくね?」

 

「はい」

 

「……マスター、僕達以外と話して楽しそうだね?」

「メアリ―、武器を使っちゃ駄目よ?」

 

 どうやら後ろのサーヴァントを彼女は屈服させた様だ。なら、このまま一緒に行動しても肉壁位にはなってくれるだろう。

 

「一緒に行きませんか? 私達の他にも後2人迷い込んでいるんです。その2人と合流すればこの夢から覚めれると思います」

「うん! なら一緒に行こう!」

 

 さて、後は桜ちゃんともう1人から先輩との関係の有無を聞き出さなくては……

 

「このホテルって……」

「どんなサーヴァントが襲ってくるかわかりません。慎重に行きましょう」

 

 中に入ってみると、ずいぶんと豪華な内装だ。明かりもしっかり点いている。

 

「……誰もいない?」

 

 辺りを見渡したけれど、私達を出迎える様なサーヴァントはいない。

 

「ねぇ、あそこ!」

 

 切華さんが指さした場所を見ると、階段に木片が散らばっているのが見えた。

 

「中で何か起きたみたい」

「ええ。見に行くべきですね」

 

 私は静謐のハサンに目配せをして先行させる。

 

「任せて下さい」

 

 スッと消えていく彼女に先の確認を任せつつ、私達はゆっくり進む事にした。

 

「ねぇ、確かこのホテルって島の向こう側に続いているんでしょ?」

「え? ……ああ、確かにゲームではそうでしたね」

 

「じゃあ、そこに向かうべきなのかな?」

「恐らくそうですね」

 

 此処に来るまでショッピングや民家も見つける事は出来なかったし、もう逆側に向かうしかない。

 

「――マスター」

「うん? もう戻ってきたの?」

 

 途中で消滅してもよかったのに、静謐のハサンが帰ってきた。

 

「このホテルには誰もいませんでした。奥の方に全く同じ構造をした入り口が開いていたので、恐らく皆出て行ったと思います」

「つまり、マスターの誰かが逃げたって事ですね」

 

 流石に、まだ先輩との情報も引き出せてないし、友達が死んだら夢見が悪い。

 私達はホテルを出て追いかける事にした。

 

 

 

「もう来ないでよ……」

 

 私は今、子供達に追いかけられている。

 唯の子供じゃなくて、サーヴァント達に。

 

 ジャックちゃんに閉めた扉を切られ、ナーサリーちゃんによって何度も幻を見せられて……それでも何とかホテルから出て近くの民家に身を隠せたけど、多分すぐに2人はやってくる。

 

「うう……どうしよう」

 

 今回の悪夢の中で眠ろうとすると、不気味な声が聞こえてくるから陽日君に教えてもらった方法は通用しないし……

 

「マネージャー、出てきなさい」

 

 ――聞こえてきた声に顔を上げた。

 

 声の主のエリザちゃんはアイドルを自称する可愛いサーヴァントだけど、血を求める吸血鬼。

 

 そして私の事をマネージャーと呼んでは血を飲んだり、歌やダンスのレッスンに付き合わされ、毎回彼女の水分補給用のボトルに私の血を垂らす様に頼んでくる。

 不思議な事にその時に歌う彼女の声は綺麗でとても美しいけれど、自信満々に他のサーヴァントの前で歌うと破壊力の伴う暴音になる。

 

 そうだ。彼女は数少ない信用出来るサーヴァント――

 

「――やっぱり出てきた」

「お母さん、嬉しそう」

 

 しかし、そこに彼女の姿はなく、私を追っていたジャックちゃんとナーサリーちゃんが怒りの目を向けていた。

 

「あ……そん、な……」

 

「嫌。どうして怖がるの?」

「ジャック。今の私達の役割は純粋無垢な殺人鬼(サイコパス)。怖がられる事を嫌がっては駄目よ?」

 

「違う。お母さんはわたしたち以外の人が良いって思ってる。そんなの嫌」

「ええそうね。マスターは私達を裏切った酷い人。そんな貴方の役割は被害者(元凶)。だから私達が殺してあげる」

 

「入れて。ねぇ、入れて。お腹に、魂に、心に」

 

 ジャックはナイフを振り上げた。押し入れに隠れていた私にもう逃げ場はない。

 

「やめて……!」

「どうして? もうわたしたちの場所はないの?」

「ジャック。奪っちゃえばいいの。奪っちゃえば、もうあの娘の場所はないわ」

 

 ナーサリーちゃんの言葉に、ジャックちゃんは頷いた。

 

「そうだね」

「やめてぇぇぇぇぇ!!」

 

 振り下ろされた刃に、唯々悲鳴を上げるしかなかった。

 

「――大丈夫よ。マスターは死なない。ジャックも悲しまない。そういうお話は、ちゃんと用意してあるから」

 

 ナイフの痛みが体全体に広がり、私の意識は薄れ――気を失った私は、その場に倒れた。

 

 

 ――頭を抑えて立ち上がり、辺りを見渡す。

 

「……あれ? 私、どうしてこんな所に……」

「目が覚めたかしらマスター」

 

 そんな私の前にナーサリーちゃんがいた。恐怖を感じて慌てて立ち上がろうとして、私は自分の異変に気が付いた。

 

「重い……? あ、あれ!? な、なんで!?」

 

 慣れない重みを感じてお腹を抑えると、不自然に膨らんでいた。

 

「マスター、無理をしてはいけないわ」

「な、何で私のお腹が、こんなに大きくなってるの!?」

 

「駄目よ。ゆっくり、落ち着いて」

 

 ナーサリーちゃんが近付いてくるけれど、私は落ち着いてなんかいられない。

 

(これは太ったとかじゃなくて、私の中に赤ちゃんが……!?)

 

 混乱して血の気も引いていく私の口に、お菓子を入れられた。

 

「心配しないで。私とマスターの子供だもの。きっと良い子に育つわ」

「で、でも、私とナーサリーちゃんじゃ子供なんて……!」

 

「忘れてしまったの? 私達、結婚したのよ? 子供が出来るなんて普通じゃない」

「……そ、そうだった……ね?」

 

「ええ、そうだったのよ」

 

 そうだ。結婚したら子供が出来るのは、普通の事だ……

 

「ええ! 普通なの! さあ、誰かがこちらにやってくるわ。私達でお出迎えしましょう」

「そ、そうだね……」

 

 ナーサリーちゃんの手をとって、うまく動けない私を彼女が優しくエスコートしてくれる。

 

「ふふふ、早く大きくなってね。ジャック」

 

 

 

「……貴方は鼎さんですか?」

「はい。私は鼎ですよ?」

 

「同い年位なのに……その、お子さんですか?」

「ええそうよ。マスターと私の子供なの!」

 

 そう言ったサーヴァントに少し恐怖を感じてしまう。

 どうやら、私達と違って鼎さんは乗り越えられずに捕まってしまったようだ。

 

 ショックを受けている切華さんと顔を合わせ、私はゆっくり顔を伏せた。

 察してくれ様で彼女はこの話題をやめて次に向かう場所、デパートへと向き直した。

 

「じゃあ、早く行かないと」

「既にハサンに向かわせていますので、急がず向かいましょう」

 

 そう。私には先輩がいる。鼎さんの二の舞なんて絶対になる訳にはいかない。

 桜ちゃんも、捕まっていたりしなければいいけれど。

 

「あ、白嗣ちゃーん!」

「っ、桜ちゃん!?」

 

 突然木々の向こうから呼び掛けてくる彼女に驚いて、そちらを見ると桜ちゃんらしきぐだ子がいた。

 しかし、その衣装は赤と白のミニスカサンタだった。

 

「え!? なんでサンタ!?」

 

 私の代わりに切華さんが驚きの声を上げた。

 

「デパートでアストルフォくんに、良く分からない力でサンタにされちゃったの!」

「いや、されちゃったのじゃなくて……」

 

 これ、桜ちゃんもやられてしまったって事なんじゃ……

 

「ふふふ、でもこれ凄いんだよ! この袋とか、何でも入っちゃうの! ほら!」

 

 そう言って彼女は担いでいた白い袋を地面に置くと中から黒い獣の耳を掴んで、放り投げた。

 

「んー! んんんーー!!」

 

 それは、セイバークラスのアストルフォだった。

 

「え……?」

「わぁ……」

「まぁ」

 

 しかし、両手両足は手錠で拘束され口には布が巻かれている。

 

「良いでしょ? アストルフォくん、私のサンタ衣装みたら凄い発情しちゃって全然言う事聞かないから、お仕置きにこうして散歩に連れて行ってあげてるの!」

 

「んー! んー! んー!」

 

「……桜ちゃんは、そういう人だったね」

 

 私の心配も杞憂だった様だ。ほっとした。

 アストルフォがあんまり唸るものだから鞭まで取り出してるし、やっぱり先輩なんて眼中になさそうだ。

 

「いや、なんで安心してるの!? 明らかに危ない人じゃない!?」

「いえ、桜ちゃんは普段からこんな人ですから……」

 

「あんな可愛い子を苛めるなんて怖いマスターさんね」

 

 一番恐ろしい目に合っているだろう鼎さんがそれを言うのはどうなんだろう。

 

 ……ん? 

 そういえば、先行させた静謐のハサンは兎も角アン&メアリーとナーサリー・ライムは何処に……?

 

「あれ、アストルフォくーん? どこぉ?」

 

 そして、突然昼の明かりに包まれていた景色が夜の闇に閉ざされた。

 

「なんで!? 急に暗くなって!?」

「え、え?」

「白嗣ちゃん!? こ、これは何!?」

 

 皆も慌て始めていた。

 どう考えても、私達を一網打尽にする為の襲撃だろう。

 

「クラスカード……無い?」

 

 おかしい。あのカードを無くす筈がない。

 

「あれ!? 私の刀がない!」

 

 どうやら武器になる物は全て奪われてしまった様だ。

 やがて、どこからともなく声が聞こえてくる。

 

『――毒の瘴気は心を蝕む。

 殺意に任せて、愛する者の血を浴びる』

 

『――霧の影は凶器を隠す。

 血染めの刃と狂った銃弾、その間を逃げ惑う』

 

『――2つの魂は生命を貶める。

 異なる巣に還り、人生すらも奪われる』

 

『――聖夜の夜は血に染まる。

 赤い服は幸せのコートか、それとも悪魔の制服か』

 

 B級映画のキャッチコピーが響いて聞こえる。

 集まった私達を囲うように先までいたサーヴァント達が現れた。

 

「マスター。貴方の恋は貴方の手で終わり、その虚無の手を私が掴みます」

 

 静謐のハサンが切華さんの前で香りを漂わせ。

 

「命まではとらないよ」

「ええ。肌を重ねたいだけですので」

 

 アンとメアリーが普通のお腹に戻った鼎さんに迫って。

 

「お母さん……お母さんのナカ」

「マスターの物語(人生)に、私はいたいの」

 

 桜ちゃんに駆け寄るジャックとナーサリー・ライム。

 

「サンタになろうよ? 僕、マスターのサンタ衣装、みたいなぁ」

 

 私に近づいてくるセイバー・アストルフォ。

 

「まぜてきましたね……!」

「白嗣ちゃーん! この子達怖いし、アストルフォくんと代わってよー!」

 

「玲……玲……!」

「この人達、目が血走ってて怖いよぉ!」

 

 皆が狼狽えていた。私も、クラスカードが静謐のハサンの手にある事に戸惑いを隠せない。

 

 気が付けば切華さんはあの匂いを嗅がされて暴れているし、鼎さんは霧で見えなくなり、桜ちゃんと私にもサーヴァントが迫ってくる。

 

「こ、来ないで!」

 

「……」

 

 ――まあ、この程度なら問題になりませんけど。

 

 靴を脱いで虎の子の1枚を取り出した。

 

夢幻召喚(インストール)オリオン(アルテミス)

「へ?」

 

 変身、そして間抜け面して近付いてくる1ミリもサンタ要素のないアストルフォに一撃をくれてやる。

 

「――ありゃぁぁぁ!?」

 

 地面を抉る程の矢の一撃を受けて、間抜けな声で吹き飛んだ。

 

「――ふぅ。あ、桜ちゃんは?」

 

 一瞬忘れていた友人の危機を確認しようと隣を見ると――

 

「――こんなに弱い訳ないでしょう! どれ、どれが本物の玲なの!?」

 

 何故か、刀を取り戻した切華さんが静謐のハサンだけでは飽き足らず他のサーヴァント達すら手当たり次第に刺し貫いていた。

 桜ちゃんと鼎さんが手を合わせて隅の方で震えている。

 

「あ、あわわ……!」

「む、無茶苦茶だよぉ……2人共……!」

 

 心外だ。友達にこんなバーサーカーと一緒くたにされるなんて。

 

 そして、最後の1人だったアストルフォの消滅を機に、私達はヤンデレ・シャトーから脱出した。

 

 

 

「――で、結局先輩のせの字もなかったじゃないですか!」

「だから説明しただろう。お前の先輩は他の3人のマスターと共に行動する事があると。それと同じ体験をお前に与えただけだ」

 

「はぁ……明日から桜ちゃんにどんな顔して会えば……」

 

「それは俺の対処すべき問題ではない」

「いいですか! 次は先輩と一緒! 一緒でお願いします!」

 

 私の言葉を聞いているのか、エドモンの姿はふっと消えて行く。

 

 目が覚めた私はスマホを見る。現在時刻は4時。

 

 桜ちゃんは……流石にまだ起きてはいないだろう。

 しらばっくれれば、彼女も夢だと思って追及してこないかもしれない。

 

「……」

 

 先輩にこんな顔を見せる気にもなれず、学校で会いましょう、とだけ私は送っておいた。

 

 

 

 

 

「ごめん、白嗣ちゃん!」

「え、いきなり何を――」

「――もう私、切大先輩を見たりしないから許して!」

 

「別に、怒ってないけど……」

「ごめんなさい!」

 

「あ、別に苛めた訳じゃないですよ! 

 クラスメイトの皆さん?? なんですか、その「遂にやったな……」みたいな顔は!?」

 

「本当にごめんなさい! だから矢で射貫いたりしないでください!」

 

「だから、誤解を生むような謝罪はやめて下さい! 皆も「そこまでしたか」みたいな顔でスマホを構えるなぁ!」

 




桜とエナミに上下関係が出来た話でした。

夏イベントでホラーもヤンデレも供給されたので筆が止まりました。
これは冷やし中華のノリでクーデレを始めるしかない。(9月)

冗談はさておき告知になりますが、今週の土曜日10時以降に初の執筆配信を行う予定です。時刻、リンクなどは後日、活動報告やTwitterの方で載せておきます。
興味のある方は一瞬だけでも視聴して頂けると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悲城の英霊 沖田総司編

配信中殆ど無言だったスラッシュです。
次はもっと喋れる様な配信にしたいと思ってますので、その際にはまた視聴して頂けると嬉しいです……! プロットを書く配信にして皆さんから意見を貰おうかなぁ、なんて考えてます。普段プロット書かないですけど。


 

 目の前には壁。その向こう側からは桜の花弁が舞い落ちている。

 

「城……か?」

 

 漸く夏が終わり秋を迎えると言うのに、随分と季節外れな風景だ。

 

 壁に沿って歩いた先には木造の巨大な門があった。

 エドモンの言った城はこれだろう。

 

「城の主にあって、話を付けろって聞いたけど……」

 

 勘だけど、この門の中に入ってしまえば俺は此処から出られなくなる気がする。

 

「いつもの事だよなぁ……」

 

 もはや慣れ親しんだラスボスの部屋を開く様に、門を潜った。

 

 俺が中に入ってすぐに、門は独りでに閉まった。

 

「ですよねー……進むしかないか」

 

 目の前の城を見上げた。

 屋根の数からして3階建ての様だ。

 

「……ん? 桜か」

 

 手に触れた桃色の花弁を手に取った瞬間――脳裏に覚えのない記憶が蘇った。

 

 

 

 ――マスター……すいません、特異点に付いて行く筈でしたのに……私の病弱スキルが……

 

 はい、良くなったら必ずやマスターの力になります……!

 

 ですから、マスターも無茶をしないでくださいね?

 

 あ、ダ・ヴィンチちゃん! え……スキルの悪化の原因は、霊基を変えた影響? 別霊基の反動で体がガタガタ!?

 

 ……うぅ……マスター。必ず、必ずや天才最強の沖田さんは復活しますので……待っていて下さい……!

 

 

 

 布団の上で情けない声を上げる新選組一番隊隊長の姿が流れてきた。

 

「……この城には、沖田さんが?」

 

 改めて目の前の城を見上げるが、誰も答えては――

 

「――マスター!」

 

 いた。桃色の髪、アホ毛を左右に揺らしてこちらに駆け寄ってくる和服姿のサーヴァントの姿が見えた。

 

 必死に走ってくる彼女を見て、病弱スキルが発動しないかと心配になる。

 

「何をしているですか!」

「痛っ!」

 

 近付いて来た彼女は俺の手首を強く掴むや否や、無理矢理引っ張って来た。

 

「駄目ですよ、私の側を離れたら!」

「いや、側も何も俺は今来たばかりなんだけど……」

 

「全く、外は危険なんですよ! もう、直ぐに何処かへ行こうとするんですから……」

 

 強引に城の中まで連れられると、漸く彼女はその手を離した。

 

「城の扉は閉めておきますからね! 勝手に出ては駄目ですよ!」

「沖田さん? これは監禁じゃない?」

 

 俺のこの言葉に、彼女は首を傾げながら不思議そうに答えた。

 

「何を言ってるんですか? これは監禁ですよ、忘れたんですか?」

「え……?」

 

 驚く俺を尻目に彼女は玄関前で倒れていた看板を拾い上げた。

 

「全く、これが見えない訳ではないですよね?」

 

 そこには『カルデアへの帰還を禁止し〼』と書かれていた。

 

「マスターがこの特異点に来てもう5日経ちましたね。今頃あちらは大慌てでしょう――」

 

 ――背中を沖田さんに抱きしめられた。

 

「けど、帰っちゃダメです」

「っぐ……!」

 

 また力加減がおかしい。下手したら骨が――と思った所で彼女はスッと力を抜いた。

 

「ごめんなさい。沖田さん、自分が最強無敵の美少女だって忘れがちで……」

 

 なんだその自意識が高過ぎる謝罪。

 

「兎に角、マスターは此処を出て行っては駄目ですよ!」

 

 こちらに人差し指を向けてそう言い放った後、彼女は俺の手を取って玄関を跨がせた。

 

 瞬間、玄関は消滅した。先まであった筈の扉は壁に変わってしまった。

 

「これでもう出られませんね。あ、窓も開かない強化ガラスに変えておきますね」

 

 そう言って彼女が懐から取り出したのは――

 

「――聖杯!?」

 

 黄金に輝く杯を掲げると、次々と城の中から音がする。

 それが彼女の願った窓の改変なのを察して、そこそこFate歴の長い俺にとってその聖杯は身に余る脅威だと認識せざるを得なかった。

 

「なんで持ってんの!?」

「え? マスターが渡してくれたじゃないですか? 忘れたんですか?」

 

 そう言いつつ聖杯を懐にしまった。

 

「この城も、特異点もぜーんぶマスターのくれたこの聖杯のお陰なんですよ?」

 

 笑顔でそう言われるが、残念ながら実際の俺が彼女に聖杯を渡した記憶はない。

 

(ん? いや、そういえば前にもこんな事があった様な……)

 

 城を見た時から既視感があったのだが、こういう時は大抵思い出さない様に誰かが記憶を封じている時なのでどう頑張っても思い出せやしない。

 

「なんですかその顔? まさかですけど、本当に覚えてないんですか?」

「あ、いや……」

 

 俺はなんとか言葉を出そうとした。どんな夢でも相手がヤンデレなのは変わらない。なら知らない、覚えてないはスイッチに成りかねない。

 

「まあ良いです」

「……え?」

 

「良いんですよ。そんな細かい事は、沖田さんは全然気にしません!」

「あ、そう……」

 

「そんな事より、早く部屋に行きましょう! マスターの為にお菓子を沢山用意してますよ!」

 

 言われるがまま部屋に連れ込まれると、和菓子やスナック、チョコと色とりどりの菓子が机の上に並べられていた。

 

「じゃあ、沖田さんはお茶をご用意しますのでゆっくりしていて下さいね!」

 

 嬉しそうに別の部屋へと消えて行く彼女を眺めつつ、取り合えず封が閉じたままのお菓子に手を伸ばす。流石に、これに薬が仕込まれている事はないだろう。

 

「……無いよな?」

 

 ちょっと嫌な汗を流しつつも、念入りに袋を調べてから開けて1つ食べる。

 

「…………うん、普通だ」

 

 良かった……食べないと機嫌を損ねるかもしれないので食べはしたが、正直最初の一口は恐怖が喉を通る様だった。

 

「……んまぁ」

 

 食べながらも、部屋中を見渡すが城の中だというのに家の中の様な丁度いい広さで特別派手な内装もない。

 

「まあ、そもそも沖田さんは城で暮らした事のある英霊じゃないし……特異点を作ったのが彼女ならこんなもんなのか」

 

 そんな考察をしていると、沖田さんが入った部屋の襖が開かれた。

 

「お待たせしました! 質問するのを忘れていましたが、マスターはお茶と珈琲、どちらがお好みですか?」

「お茶で良いかな」

 

「分かりました!」

 

 そう言ってお盆を片手に彼女は帰ってきた。

 

「さあ、熱い内にどうぞ!」

「あ、ありがとう……」

 

 飲みたくない。

 何が入っているのか想像するだけで食欲が失せる。

 

「…………あ、何も入ってませんよ?」

「いや、間を開け過ぎだろ」

 

 一切信用出来ない。

 

「…………」

「もう、しょうがないですね」

 

 そんな珈琲との睨み合いを続ける俺を見て、沖田さんは立ち上がった。

 

「入れ直します」

「やっぱり何か盛ったな?」

「盛ってませんけど、入れ直します!」

 

 結局、先に彼女に毒見させた上で入れ直した一杯を飲む事にした。

 

「もう、疑い深いマスターですね」

「どう見ても怪しい沖田さんが悪いだろ」

 

 どうするか……聞いた話では城の主――目の前にいる沖田総司から許可を貰わないとこの城から出られない筈だ。

 どうにかして彼女から許可を……

 

「……そろそろ、良いですか?」

「ん? 何が?」

 

 沖田さんが何かを求める様な視線を向けてくる。

 頬もほんのり赤い気がする。

 

「その……こ、づくり、とか……」

 

 恥ずかしそうにこちらを見る彼女を見て可愛い……なんて唐突過ぎて思えなかった。

 その誘いは乗れないので、俺はちょっとだけ距離を取ろうと座ったまま――床に倒された。

 

「逃げないで、下さい……沖田さん、これでも結構勇気を出してお誘いしたんですよ?」

「いや、待ってくれって……!」

 

 多分俺をマスターと呼んでいる彼女の、本当のマスターは別にいる筈だ。そんな別人の代わりにしようだなんて冗談じゃない。

 

「【ガンド】!」

「あうっ!?」

 

 仕方ないとばかりに魔術礼装に仕込まれたスキルを発動させ、彼女の動きを止めた。

 彼女はセイバーの中でも俊敏性の高いサーヴァント、この距離じゃないと当てるのは難しいだろう。

 

「ま、マスター……今のは、最強無敵の沖田さんでも……傷付きましたよ……?」

 

 体が痺れて動かない彼女の恨み言を背に受けつつ、俺は急いで部屋を出た。

 多分だけど、この城の何処かに彼女の情報がある筈だ。

 

「此処は――違うか」

 

 取り合えず隣の襖を開けてみるが何もない様だ。

 というか、スタンの持続時間を考えるとこのまま適当な散策をするだけでは彼女に捕まってしまう。

 

「――3階だ」

 

 城の最上階になら多分何かある筈だ。そう思った俺は慌てて階段を上った。

 なんなら【瞬間強化】も使って自身の身体能力を強化した。

 

「……! 急げ、急げ!」

 

 最速で駆け上がり、次への階段を探して――そこで足を止めた。止めざるを得なかった。

 

「……これって」

 

 先程、玄関が聖杯の力で閉じた様に階段のある筈の場所にぽつりと巨大で無機質な壁があるだけだった。

 

「……詰んだか?」

 

 そう思ってしまったが、兎に角沖田さんの情報が欲しかった俺は身近にあった襖を開いて中に入る。

 

「って、此処は……病室?」

 

 部屋は全体的に白く、ベッドが複数並んでいた。

 

「ん?」

 

 体に違和感を覚えた。力が溢れる様な感覚。

 

「これ、まさか使ったばかりの【ガンド】と【瞬間強化】がリチャージされたのか?」

「ええ、そうですよ」

 

 聞こえてきた声に慌てて振り返った。

 

「沖田さん……」

「この部屋はxxさんから貰ったジェットをそのまま拡張して作られた病室です。此処にいればいるだけ、沖田さんは健康でいられるんです」

 

 そう言って彼女の瞳が澱んだのを見て、恐らく俺が来るまで長い間彼女が此処にいたのだと察すのは容易だった。

 

「ですから、マスターは私の心配をしなくてもいいですよ?」

「心配……?」

 

「ええ。病弱な私が子供を成せるか心配していたんですよね? 私が無事でいられないと思って逃げてくれたんですよね?」

 

 いや、そんな気遣い出来る余裕は全くなかったんだけど。

 どんだけあの逃走方法をポジティブに捉えたんだ。

 

「だからもう逃げないで下さいね? どうせこの城からは出れませんし」

 

 そう言って刀を向けて釘を刺す彼女を見て、多分全然ポジティブに捉えてないんだろうなと察した。

 

「ここで幸せな家庭を築いていく以外、マスターに選択肢はないんですよ?」

 

 瞬きせずこちらに近づいてくるのは、恐らく俺のガンドを警戒してなんだろうな。

 これでは、撃とうとした瞬間に指を切断されるかもしれない。

 

「わ、わかった、わかった……」

 

 なんとか落ち着かせつつ、俺は救いを求める様に辺りを見渡すが病室には薬品棚とベッドがあるだけだ。

 

「……ん?」

 

 真っ白な部屋の中で1つだけ黒い物が見えた。薬品棚の奥に何か、布みたいな――

 

「――えへへ、もう逃がしませんからね?」

「あだ、痛い痛い!」

 

 前方から遠慮の感じられない力で抱き締められ、思わず叫んだ。

 

 先から異常に強く俺を束縛する彼女の腕力。

 聖杯による空間操作。

 何から何までが、強過ぎる。

 

 出口も手掛かりも封じられては俺に打つ手がない。

 

「こうしないと、マスターは逃げてしまうので」

「逃げないから!」

 

「いいえ――逃げます。絶対に」

 

 彼女は何か確信めいた信頼を俺に抱いている様だ。

 

「そして絶対にこの特異点を攻略する。マスターはそういう人です」

 

 それでも俺を此処に閉じ込めようとしている以上、恐らく彼女にも何らかの計画があるんだろう。

 

「でも――これなら、どうでしょう?」

 

 ――瞬間、彼女の唇が重なった。

 けれど、すぐに離れた。

 

「っ……! 一体、何を?」

「すぐにわかりますよ」

 

 突然、手の甲が熱くなった。令呪が何かに強く反応し、やがて収まった。

 

「これで私は特異点を作った張本人でありながら、カルデアのマスターのサーヴァントです」

「だったら、このまま令呪で――!?」

 

 俺の命令よりも先に令呪が消えて行く――否、持って行かれた。

 

「願望器とマスター、魔力での力比べなら勿論こちらに軍配が上がります。これで、マスターは私のマスター。抑止力は味方しませんし、魔力リソースはカルデアではなく聖杯。管理も勿論私が行います」

 

 途端に、温度が上昇した。魔術礼装の体温管理が機能しなくなっている。

 

「【ガンド】も使えません。幾らそれが魔神柱にも通用する物でも弾切れでは唯の指鉄砲ですね?」

「っぐ……!」

 

 それはもはや裸同然だ。

 俺に出来る事が、無い。

 

「ふふふ、マスター……病室でエッチとか、実はちょっと憧れてませんでしたか?」

「間違った現代知識を……!」

 

 碌な抵抗も出来ずにベッドの上に運ばれ、事に至るまで秒読み開始な状況まで追い込まれた。

 

 だけど、頭の後ろには例の棚があった。

 

「っく!」

 

 先程見えたアレが、何故か重要なアイテムに見えた俺は必死に右手を伸ばして、棚を――開いた。

 

「……え」

 

 そして、棚から押し込まれてたそれが床に落ちた。

 だけど、それは――

 

 ――沖田さんの水着だった。

 

(水着ぃぃぃ!? なんで病室に!? ていうか、このタイミングで出てきてもなんの役にも立たないって!)

 

 こうなったらこの言葉が通じる可能性の少ない沖田さんをなんとか言い包めないと……そう思って彼女の方を見た。

 

「え」

「っ……!」

 

 自分の手で口元を抑えていた。

 

「う……!」

 

 明らかに吐き気を抑え様としているその仕草は、あの水着への嫌悪感をはっきりと表していた。

 

 この病室はジェットを拡張して作ったって言っていたけど、水着の霊基を捨てたって事なのか?

 

「……こうなったら!」

 

 俺は立ち上がり、逆に彼女を押し返した。

 

「っ、ま、マスター……!?」

「この……!」

 

 力が抜けてあっさりと無防備な彼女を見下ろす体勢になって少し戸惑ったが、急いで彼女の服の隙間に手を入れて、聖杯を引き抜いた。

 

「令呪は返してもらう!」

 

 俺がそう宣言すると同時に、聖杯の表面に現れていた三画の令呪は俺の手の甲へと戻った。

 しかし当然、聖杯を奪い返そうと彼女の手が伸びる。

 

「令呪を持って命ずる! 聖杯に触れるな!」

「っあ!?」

 

 聖杯に触れた瞬間、沖田さんの手は後方へと弾かれる様に跳ねた。

 

「形勢逆転だな」

「う……不覚でした……」

 

 【ガンド】で彼女の動きを止めて病室から脱出した俺は、急いで聖杯に城の開門を念じるが、聖杯は何の反応も見せない。

 

「……やっぱり、城からは沖田さんの許可無しには出られないって事か」

 

 ならばと、塞がれていた玄関と3階への階段を解放して急いで階段を登った。

 

「これは……」

 

 その階には写真や紙、筆が散乱する大広間しかなかった。

 勿論、この状態にしたのは部屋の持ち主である沖田さんしかいないだろう。

 

「何かヒントがあるのか?」

 

 近くに落ちている半分に切られた写真を捲ろうと触れた瞬間、見知らぬ記憶が流れて来た――

 

 

 

 ――特異点に向かったマスターとの通信が途絶えた。

 そんな報告を布団の上の私はぼーっと聞いていた。

 

 それ位の妨害は今まで何度もあったから、まあ大変ですねぇ程度に聞いていた。

 自分の役目は早くこの体を治してマスターの元に向かう事だと言い聞かせて、再び瞳を閉じた。

 

 けれど、この時の私は少し不安に襲われていた。今まで以上の症状に、ちょっと気が弱くなっているだけだと思った。

 

 今回の特異点は私の生前と同じ日本だと言う。だから、早く私が向かわなければ。

 

 ……水着ではしゃぎ過ぎた反動で、こんな状態なんて……

 

 

 

 フラッシュバックが収まった俺の手には、笑うぐだ男――ではなく、現実の俺の顔が映っていた。誰かが隣にいたのだろうが、切られているので分からない。

 

「……これはつまり、彼女は俺の沖田さんで間違いないって事なのか?」

 

 まだ記憶が足りないので俺は立ち上がって他の、グシャグシャに踏みつけられた写真を触った。記憶は流れなかったが、形からしてこれが今の写真と繋がるのだろう。

 

「水着の、沖田さん」

 

 先は自分の水着を嫌悪していたのだから、写真がこの有様なのは当然と言えば当然か。

 

「水着の反動で動けなくなったって言ってたな。察するにこの写真の俺は特異点から帰って来れなかったって事か」

「ええ、その通りですよ」

 

 声を聴いて振り返ったが、その時既に刀が首に添えられていた。

 

「っ」

「もう動かないで下さいね? 私、もう堪忍袋の尾が切れかかってますので」

 

 今度は本当に殺気を放ちながら背中を取られてしまい、嫌な汗が流れる。

 

「……なんでこんな事をするんだ?」

 

 俺の質問に彼女は抱擁で返した。

 

「折角手に入れたマスターを、逃がさない為ですよ」

「特異点から帰ってこなかった奴の代わりにか?」

 

 自分でも嫌な所を突いたと自覚した瞬間、彼女の剣が薄皮に触れた。

 

「マスターは……マスターで居てくれれば良いんです。私と此処で一緒に暮らしてくれるだけで」

 それでも、怒りを堪えて優しい口調で語りかけて来る。

 

 俺は今でもまだ自分は生きてると思ってる。実際、此処は俺にとっては夢の中だ。

 

 だけど、沖田さんは違う。

 もう終わっているのだ。

 

 マスターは帰らず、カルデアは人理修復は不可能。サーヴァント達も現界の楔を失った。だから、この特異点で自分を慰めているんだ。

 

(そしてその違いが最大の障害だ。

 彼女は俺を大好きなマスターの幻としてしか見えていない)

 

 幾ら俺が言葉を述べても、本物として受け取られない。

 

「っく……!」

 

 正気に戻す為には、これしかない。

 俺は目を閉じて刀の刃へと、前進した。

 

「マスター、何――」

 

 肉を切られる感触と共に、俺は気を失った。

 

 

 ――特異点が、消滅した?

 マスターは? 嘘ですよね? 帰って来ますよね?

 

 ……嘘、です。嘘だ!

 私、探してきます!

 

 なんで、なんで……! 沖田さんは、なんで此処にいるんですかっ!?

 どうして、肝心な時に、マスターの傍にいなかったんですか!

 どうして!

 

 なんで……私、なんで……

 

 ――

 

 ――――どうして?

 

 マスターから聖杯まで貰った名のある英霊、その誰もが何もできないなんて……

 

 ……渡せっ! それは、沖田さんが貰い受けます!!

 

 

 

 そんな記憶を見ながら、俺は目を開けた。

 

 そういえば、俺は沖田さんにはまだ聖杯を捧げていなかったのに、どうやって手に入れたのか疑問だったけど、その謎が解けた気がする。

 

「マスター!」

 

 沖田さんが抱き締めてきた。どうやら三階の大広間で寝ていたようだ。

 

「良かった、本当に良かった……!」

 

 自分から刀に切り裂かれに行った筈の首は、傷跡すらなく治っていた。

 

「何であんな事をしたんですかっ! 聖杯がなかったら、沖田さんじゃ治せませんでしたよ!」

 

 皮肉な事に、俺を閉じ込める原因になった聖杯に助けられたらしい。

 

「……マスターは、そんなに沖田さんと一緒に居たくないんですか?」

 

「違うよ」

「……」

「一緒に前を歩きたい、そう思ってる筈だ」

 

 カルデアのマスターが進むのはそういう道だ。破滅的でもなければ完璧な道筋でもない。

 か細くて、先の見えない……数多の絶望を超えた先にある希望の道だ。

 

 後悔や自己嫌悪をしても、それに囚われている時間はない。

 

「だから――」

「――違う、違うんです! もう、もう終わってしまったんです!」

 

 沖田さんは頭を抱えてその場に蹲った。

 彼女の手は仲間だった筈のサーヴァントの血で汚れている。

 

 動けなかった自分の失態で気を弱くしている間にマスターを失い、自暴自棄になって聖杯を奪う為にかつての仲間に刃を振るって、もう堕ちる所まで堕ちてしまった。

 

 彼女の中で、前を歩く選択肢なんてもう選べなくなっていたんだ。

 俺を閉じ込めて、いつ終わるとも知らない幻を閉じ込め続けるのが……彼女に残された、道。

 

「……でも、良かった」

 

 言葉を探そうと悩んでいて俺より先に、沖田さんは立ち上がった。

 

「マスターは、幻でも……マスターでした」

「沖田、さん……?」

 

 彼女は自分の懐に手を入れて――

 

 ――聖杯を、4つ取り出した。

 

「っな!?」

「私が、1つだけで満足すると思いましたか? マスターを救えなかったサーヴァント、その全てから奪いました」

 

 そして、聖杯は輝き――怪しい桃色の液体で満たされた。

 

「愛の霊薬です」

「沖田さん!」

 

「私を説得しようとしてくれるマスターなら、例え偽物でも幻でも、受け入れます」

 

 その中身を彼女は床に零した。

 

 途端に霊薬は気化し、辺りに充満し始めた。

 

「【イシスの雨】!」

「無駄ですよ?」

 

 手遅れだった。彼女の顔は赤く、俺も徐々に息遣いが激しくなるのを自覚した。

 

「此処で愛を育みましょう、マスター……」

 

 急いで部屋を出ようと鼻に手を当てて駆け出すが、彼女に足を掴まれる。

 

「もう……どこにも、行かないで下さい」

「っ! 沖田――」

 

 俺が見たのは、再び霊薬で満たされた聖杯の中身を浴びる様に飲み干す彼女の姿だった。

 

「んぁ……もう止まらない、れすぅ……」

「っ!?」

 

 その姿に恐怖を感じた俺は【緊急回避】で拘束を抜けて大広間を出て下へと降りて――――また三階の大広間に戻ってきていた。

 

「マスター……もう、逃げちゃめっ、ですよ?」

 

 状況が理解できないまま彼女に掴まれ、無理矢理杯の中身を飲ませられる。

 

 煙で既に定まらなくなっていた思考が、液体を流され一色に染まる。

 

「っあ……」

「ふふふ、マスターが私を見てくれて、嬉しい……ん」

 

 その愛らしい唇でキスをされて、心の中がフワフワと幸せになってしまう。

 欲しい。欲しい。欲しい。

 

 我慢できない。今までの全てがどうでもよくなってくる。

 

 それでも――それでも――俺は、持っていた聖杯に手を伸ばす。

 

 この幸せな世界を、どうか壊してくれと。

 彼女を、本当の沖田総司に戻してくれと。

 

 確かに、願望器に――願った。

 

 

 

 

 

「……あ……」

「……マスター?」

 

「沖田さん……好き」

 

 その瞬間、何故か私の頭から霊薬のモヤは消え去った。

 目の前のマスターの手から、聖杯が落ちた。

 

 これは、彼の慈悲だ。

 私が、沖田総司が真っ当な英霊に戻れる最後のチャンスだ。

 

 他でもない、マスターの残した信頼――

 

「沖田、さん」

 

 ――けれどそんな声で、私を抱き締めて、耳元で囁かれたソレが余りにも欲しかった声色で――私の、血で汚れた私の霊基を埋めてしまう物だから――

 

「――ずっと、一緒ですよ。マスター」

 

 私はまた、聖杯に満たされた霊薬()を、浴びるのだった。

 

 





今回は沖田さんでした。いい加減霊薬に頼るの辞めたい……

感想貰えると泣いて喜ぶので、書いて頂けたら幸いです。


新しい仮面ライダーが文豪で剣豪らしいので、ちょっとヤンデレ・シャトーのワンダーライドブックと普通のホモサピエンスには抜けない聖剣を探してきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

水着ヤンデレ2020 (秋)

最近、デュエル動画を出したスラッシュです。
まだ見てない方は活動報告等をチェックして下さい。

Box周回をした過ぎて上手く執筆が進みませんでした。恐らく次回の投稿はバニーイベント終了後になると思います。周回させて下さいお願いします。


 

 はい、皆様こんにちわ!

 

 森羅万象あらゆるゲームを遊びます、八百億チャンネルのぺたろーです!

 

「……」

「……」

 

 今回は、いきなり俺と同じぐだ男姿の誰かさんが目の前にいます! 早速話掛けて見ましょう!」

 

「こんにちわ」

「こ、こんにちわ……?」

「貴方は誰ですか?」

 

「え、えっと……」

 

 あれー? 戸惑ってる? もしかして、この人、俺と同じヤンデレ・シャトーに巻き込まれた人だったり?

 

「つ、通前(ツウゼン)です」

「ツウゼンさんですか! 俺はぺたろーです! 確認にですけど、貴方は此処が何処か知ってますか?」

「て、テンション高いな……ん? ぺたろー? ぺたろーって、もしかしてゲーム実況者の?」

 

 ……あれ? もしかして視聴者? リスナー? え、俺普段からこのテンションで喋ってるやべー奴だと思われちゃった?

 

「あ……はい、そうです」

 

 急に、借りて来た猫の如く大人しくなったので自分でもちょっとカッコ悪いと思ってしまった。

 

「いつも見てます。FGOの実況、いつも楽ませてもらってます!」

「そ、それは嬉しいですけど……此処から脱出しないと」

「あ、そうですね!」

 

 なんでよりによって自分の視聴者と一緒に此処を回んないといけないんだ……! このヤンデレ・シャトーを用意したアヴェンジャー、覚えておけよ……!

 

 怒りで拳を握りしめつつ、俺達はシャトー脱出の手掛かりを探す為に2人で移動した。

 

 

 

「いーやーだー!!」

 

 はい、そこの今回は切大いないのかと思ったそこの貴方! 俺こと切大は今、必死に、それは必死に近くの柱に張り付いています。

 

「あー……」

「ご愁傷様、だね」

「うるさい……」

 

 いつもの3人に若干同情気味な反応をされてしまう程に、俺の状況は最悪だった。

 

「泣き喚くな」

「うふふふ、そんな可愛らしい声で鳴かれてしまうと……思わず警棒を握る手に力が入ってしまいます」

 

 そう言ってピンクの棒を振り回すのは、あのBBちゃんと同じ霊基であるムーンキャンサーを持つ黒で体を覆った水着のサーヴァント、殺生院キアラ。

 よりよって、今回の俺は彼女と行動を共にする事になってしまった。

 

 見た目だけなら毎年恒例の色物水着星5サーヴァントに見えなくもないが、彼女はExtraCCCではラスボスであり、FGOでもビーストの片割れとして散々マスターを苦しめた巨悪である。(やってきた悪事と体のスケール的に)

 

 しかも、悦びとか快楽に嫌になる程大好きで、自身の為に人生を使い破滅する他の生物達を見るのが好きというとんでもない本性を持っており、それを覆い隠してしまえる程の聖人オーラを持つやべー奴だ。

 

 そんなのと一緒に行動するとか絶望と死と破滅以外何があるっていうんだ。

 

「やーだー! 俺は此処でセミの如く一生を終えるんだー! 誰が好き好んで殺生院キアラと歩き回るんだよ! アンデルセンを呼ん――」

 

 ――頭に何かが触れると同時に、俺は意識を失ってその場に倒れた。

 

「――あら、私ったら警棒がすぽ抜けてマスターに当たってしまいましたわ。

 夏に気を抜きすぎてしまっていたのでしょうか?」

 

「おい、大丈夫か?」

「……あだだだ」

 

 玲に呼び掛けられ、この空間の作用もあってなんとか立ち上がった。

 ちょっとまだ頭がフラフラしている。

 

「では、私とマスターはお先に失礼します。皆さんはごゆっくり」

「うっ……あんまり揺らさないで」

 

 手を引かれるまま、俺はヤンデレ・シャトーへと連れていかれるのだった。

 

 ――今回は、サーヴァントと共に6つの夏の終わりを集めるのが目的らしい。

 そして、マスターに同伴するヤンデレサーヴァントは今年の水着サーヴァント達。

 

 玲はブリュンヒルデ。

 

 山本はアビゲイル。

 

 陽日はイリヤ。

 

 ……あれ? でも、夏の終わりを6つ集めないといけない上に水着サーヴァントはピックアップ限定だとしても後2騎いる筈だよな?

 

 そんな疑問が頭に浮かんだまま、俺は蓬莱山に向かう事となった。

 

 

 

「ふぁぁぁ……」

 

 運よく、俺は程よく冷房の効いた寝心地の良いマンションの一室に来れたので大きな欠伸をしてからフカフカなソファの上に寝そべった。

 

「……って!? もう寝てるし!?」

『夏だろうが秋だろうが、このマスターさんは平常運転ですねー。睡眠の鬼ですね』

 

「なんとかして起こさないと! 私、この格好だと一杯遊びたい気分なのに!」

『でしたらイリヤさん、此処は普段とは違うアプローチで行きましょう!』

 

 なんか騒がしいけど、例え幾ら騒いで来ても俺は動かなぃ……

 

「……」

 

「…………」

 

「………………」

 

「……あ、暑い……」

 

 まるで突然炎天下の外に放り出された様な、強めの日差しに当てられては流石に目も覚める。

 

『実際に野外に放り出されているんですけどねー』

「今の私は筋力Cだもん! マスターさんとソファー位、簡単に持ち上げられるんですよ!」

 

 まさか、あの天国の様な空間から一瞬で追い出してくるなんて……参った。

 

「参ったので寝ます……」

「あー! ちょっと、マスターさーん!」

『北風と太陽作戦、失敗ですね。じゃあ、イリヤさん、プランスリーで行きましょう!』

 

「ほぇ? スリー?」

『アレですよ、アレ! 私達の三番目って言ったらこれしかないじゃないですか』

 

「あ、そっか! マスターさん、これ以上寝惚けて夏休みを無駄に消費するのは、私が絶対に許しません!」

「……夏休みは……もう終わぁ……」

 

 なんか急にキラキラし出したけど、これ以上睡眠を奪われて堪るか。寝る。

 

『ルビーちゃんラッシュー!』

 

 瞬間、水が、とんでもない量の水が飛んできた。

 

「やったぁ! これでマスターさんもすっかり目が覚めて――って、マスターさんが遥か彼方に!?」

『これは、あの有名な「アーチャー! 着地任せた!」をするチャンスでは?』

「本当!? じゃ、じゃなくて!? 早く行かないとマスターさんが真っ逆さまだよ!」

 

 うーん、風を受け続けていると暑さが紛れて気持ちいいな……このままずっと空中で吹き飛ばされたままでいられないかな。そしたら眠れそうだけど……よし、挑戦しよう。

 

「あ、マスターさんが気絶してる!」

『いえ、あの人あの態勢のまま睡眠しようとしてますね。あ、今寝ました』

「早っ!? え、着地の心配とかしないの!?」

 

『それだけイリヤさんを信頼しているんじゃないですか?』

「え、あ……そうなのかなぁ? そうなのかもぉ!」

 

 …………ぐぅ……

 

『あの、イリヤさーん? 早く助けないとそろそろ地面と激突してマスターさんが脳ミソと内臓が一緒になった新しいタイプのハンバーグになってしまいますよー?』

「え、あ、まままマスターさん!? そ、そうだ! こうなったら私の宝具で――!!」

 

 

 

「あの……迷惑ではありませんか?」

「ん? ああ、大丈夫だ」

 

 俺の隣を歩く英霊が遠慮気味に質問してきたので何でもないと返してやった。

 

「別に俺は手を繋ぐ位ならかまわねぇけど、そっちは?」

「はい……マスターと手を繋いでいれば、この軋み続けている霊基も安定します。

 シグルドも、私がこうしていると知っても相手がマスターであれば貴方の誠実さを理解しているので大丈夫です」

 

「はぁ……ならいいけど」

 

 水着を手に入れバーサーカーになったこのブリュンヒルデは、その姿でいる間はちゃんと自分の恋人を見分けられ、不本意な槍を振り回す事のない存在だ。

 黒いドレスの様な水着に身を包んだこいつと俺は、どうやらマーケットにいる様だ。

 

 確か此処でゾンビに襲われて、地下は冥界に繋がっていた筈だが、血生臭い物は1つとして残っていなかった。

 

「夏の終わりを集める、か……見当もつかねぇな」

「きっと、探していれば直ぐに見つかる物の筈です。見落とす事無く、隈なく探しましょう」

 

 ヤンデレだが、そのベクトルが俺じゃなくて他の男に向いているので、普段通り返り討ちにしてやる必要がないのは良い事だが、不安定なのでいつまでこの時間が続くかは分からない。

 

「……おい」

「どうしましたか、マスター?」

 

「いや、腕を組まれると胸が当たるんだが……」

「え、あ! も、申し訳ありませんマスター!」

 

 俺の指摘に驚いてすぐに手を離した。どうやらワザとではなかったらしい。

 

「大丈夫か? やっぱり、離れていた方がいいじゃないか?」

「そ、それは……駄目です」

 

 いや、顔を赤らめんな。

 シグルドを思い出せ。

 

「う、すいません……」

「気を付けろよ。こんな事して、後で後悔すんのはお前なんだからなぁ?」

 

 役得ではあるが他人の女に手を出す程落ちぶれたつもりはない。俺達は食料のコーナーを適当に散策したが目的の物は見つからず、もう少し奥の探索をと雑貨用品が並べられた棚を歩き始めた。

 

「ん? これは……なんだ、おもちゃの指輪か」

「随分綺麗な箱にいれられていますね」

 

 確かに、中身は一目見ただけで分かる位にちゃっちいプラスチックの指輪だってのに本格的な紺色のケースに入れられてやがる。

 

「もしかして、これが目的の品か?」

 

 俺はその箱をブリュンヒルドに見せた。

 

「…………」

 

 だが、箱を見つめて無言のまま数秒が経過したので――

 

「――オラ!」

「っ!?」

 

 頭を叩いてやった。

 

「しっかりしろ。これが夏の終わりか?」

「ち、違います……シグルドは、あんなに強く殴ったりしませんので」

 

 何を今さら否定してるんだと突っ込みたくなったが、溜め息だけ吐いてそれ以上は言ってやらない事にした。

 

「ったく……唯の罠かよ」

 

「……」

 

 おい、俺が放り投げたケースを物欲しそうに見るな。

 

「行くぞ。この調子じゃまだまだ掛かりそうだ」

「はい」

 

 そんな返事と共にこいつがその手に武器を握ったのを、俺は見逃さなかった。

 

「っと!」

 

 振り下ろされる前に一歩前に出て躱した。

 

 俺が立っていた床はその一撃で粉々に砕け散り、その鋸の様な形状に抉り取られていた。

 

「し、ぐる、ど……こ、ころさ……殺さない、と……」

「おい、しっかりしろ!」

 

「此処に、まだシグルドの血が――流れていません!!」

 

 

 

「……モードレッド……ぐぅ」

「……」

 

 アビゲイル・ウィリアムズの目のハイライトは全て消え、もはや闇そのものと言って良い程輝きを失っていた。

 

 その理由は、彼女の目の前にある光景。

 

 大好きなマスターに頼まれて自分の能力で彼の望む夢を見せ、更にその能力でその夢に侵入した結果――モードレッドで埋め尽くされたこの光景が眼前に広がっていた。

 

「……」

 

 夢の世界はマスターを癒す為の世界。現実から隔離させる為の幻夢郷。

 モードレッド大好きな山本がこの光景を願うのは当然で、それはアビゲイルの願いでもあった。

 

 だが――なんて悍ましい景色だと、アビゲイルは憤怒していた。

 

「やっぱり、サーヴァントはマスターを蝕み、蔑ろにする死者……!」

 

 だが、彼女は強く手を握り締めるだけだった。

 

「……だけど、これはマスターの夢」

 

 彼女自身の愛が己の怒りを留めていた。

 

「モードレッド……大しゅき……」

「……」

 

 しかし、シャトーの中で高まった愛憎が理性だけで留まる訳なく、堪忍袋の緒が切れたと同時に――彼女の宝具で作った世界は音を立てて崩壊した。

 

「――ふぁ……? あれ、アビー……?」

「ますたぁの……ばかぁ!」

 

 目覚めた山本はアビゲイルに抱き着かれ罵倒されて困惑していた。

 しかし、彼女がマスターの安全を確保する為の手段を定めていなければ、夢の世界を自由に歪ませて永遠に閉じ込める事も出来たと考えれば、大人しくこの抱擁を受けるべきかもしれない。

 

「え、えっと……ごめん?」

「誤っても許さないわ!」

 

「じゃ、じゃあどうすれば……?」

「ぱんけーき……」

「え?」

 

「美味しいパンケーキを焼いて……沢山、たーくさん……焼いてくれないと、ゆるさないわ……」

 

 そう言われた山本は、辺りを見渡して自分達がコテージにいる事を確認した後に……溜め息を吐いた。

 

「分かった、分かったよ。焼こうか、パンケーキ」

「うん! それと、モードレッドって言ったらこの子達が噛み付くから言っちゃダメよ?」

 

 そう言って彼女は猫――とは名状しがたい2匹を見せつけた。

 

「う、うん……言わないよ」

 

 恐怖を感じた山本は首を縦に振って答えた。

 

「……それじゃあ、まずは材料の準備ね!」

 

 鼻息交じりで台所に向かう彼女の後ろを追いかけ、開いた冷蔵庫の中身を一緒に見た。

 

「ふ~~ん、ふふ~ん」

 

 パンケーキに必要な卵、牛乳等の食材が保管されており、笑顔でそれらを取り出していくアビゲイル。

 

「……ん?」

 

 そんな中、山本は真っ赤な蓋のタッパーを見つけて、興味を惹かれた。

 

「なんだ、これ?」

 

 何の気なしに開いてその中身を見ると同時に、確信した。

 

「こ、これは!」

 

 

 

「このホテル……出れませんね」

「そうですね」

 

 僕と何故か一緒にこの夢の中にいたゲーム実況者のぺたろーさんは、夏イベントの時に訪れたホテルのベンチで座り込でいた。

 数十分程歩き回ったけど、玄関も部屋は開かず、サーヴァントが襲ってくる気配もない。

 

 歩き回って少し疲れた僕達は、結局誰もいない受付前で休む事にした。

 

「……はぁ」

「ツウゼンさんは、ヤンデレ・シャトーを何度経験してるんですか?」

「え? もう、10回位かな」

 

「俺もそれ位ですね」

 

「巴御前が好きなんですけど、中々会えなくって……ぺたろーさんは、エレシュキガルが好きなんですっけ?」

「まあ、そうですね」

 

「でも、最近はなぎこさんに浮気気味だとか?」

「ははは……まあ、ちょっと」

 

 二人とも見た目も性格も全然違うのに……まあ、そう言う性癖もあるか。

 

「でも、サーヴァントがいなくてちょっと安心ですよね。このホテルって、例の顔が濃い3人組が迫ってきた場所ですし」

「輝いてましたね、あの1枚絵」

 

 そんな会話をしていると、突然閉められていた筈の玄関の扉が開いた。

 

「マスター!」

「マスター! ご無事ですか!」

 

「「え?」」

 

 入ってきたのはゲーミング的なデザインの競泳水着姿の巴御前と、露出を抑えた黒ビキニの紫式部だった。

 

「ああ、良かった! 此処にいらっしゃいましたか!」

「申し訳ありません、見つけるのに手古摺ってしまい……」

 

 そう言って駆け寄ってくる2人はほぼ同時にそれぞれ、巴御前が俺の、紫式部がぺたろーさんの手を握ってきた。

 

「え……?」

「マスター、どうかしましたか?」

 

「すいません、マスター! 私が至らないばかりに……」

「いや、全然待ってないから。うん」

 

 自分の推しが迎えに来たと思っていた僕は、疑問に思った事をそのまま口に出してしまった。

 

「いや、ぺたろーさんの推しってエレシュキガルとなぎこさんじゃ……?」

「え、いや、ソンナ事、ナイデス、よ……?」

 

 急に片言になってぎこちない弁明をしたぺたろーさんを見て、僕は自分の失態に気付いた。

 

「マスター? 他の女の名前を私の前で呼んでしまいますか!?」

「マスター、ご説明を! なぜ私ではなく、清少――なぎこさんを推しているのですか!?」

 

「幾ら私が本気で遊びに興じる為に水着を着ているからと言って、マスターが私の心から離れてしまっては言語道断! 愛情とは、気を抜けばするりと手から零れ落ちますよ!」

「今からでも遅くありません! 推しにするならあんな偽パリピ偽JKではなく、この……少々早いですが、とっておきの水着姿を披露させて頂きます!

 ですので、マスターの推しの座はこの紫式部に!」

 

 あっちは突然霊基を再臨させて――

 

「――いだだだだだっ!?」

「ふふふ、マスター? そろそろこちらに目を合わせて貰わないと、鬼になるやもしれませんよ?」

 

 千切れるかもしれない程の力で既に紫色のビキニに角を生やしている彼女に耳を引っ張れた僕は、何故かホテルの奥にある部屋へと無理矢理連れて行かれてしまった。

 

「っ……あ、いや、その……浮気とか、そういうつもりじゃないんだけど……」

「だからこそ質が悪いのです。私はマスターの誠実さを信じて操を立てているのですから、マスターも私の前では女性との接触はお控え下さい」

 

 彼女の言葉に全力で頷いて謝ると、鬼の圧力を放っていた彼女も満面の笑みを浮かべてテレビを点けた。

 

「では、早速げぇむをしましょう! 私の調べではこの宿のてれびが最新です!」

 

 なるほど、僕を連れて来たのは此処で遊ぶ為だったのか。差し出されたコントローラーとVRゴーグルを受け取って早速それを付けてみた。

 

『……』

「……あれ? 巴さん?」

 

 装着して目の前に広がるVR空間の中央に巴御前の姿があった。恐らく、この空間内での彼女のアバターだろう。

 

『……』

 

 だけど俯いたまま動かない。

 

「――失礼します」

 

 不審に思ってコントローラーを振り回していると突然、頭の後ろから聞こえて来た。それと同時にカチリと、VR空間の外から何かを嵌めた音が聞こえて来た。

 

「ちょ、と、巴さん!?」

「これでもうこれは外れません」

 

 目の前の画面しか見えないまま困惑する僕は、やがて巴御前のアバターが動き始めた事に気付いた。

 

『これで、もうマスターは逃げられませんね?』

「な、なんの真似ですか? ゲームだったら、ちゃんと付き合うんですけど……」

 

『そうですね……っん』

 

 彼女の唇がそっとほっぺに触れた。勿論、実際には感触なんてない。

 

『……げぇむでしたら、しっかりお付き合い頂けますよね?』

「ま、まさか……?」

 

「これは、唯の遊戯でございますので……誰も、裏切ってはおりませんね?」

 

 表情の変わらないアバターを見ていた僕の耳元で、彼女の熱の籠った声が響いた気がした。

 

 

 

「では、マスターにはこれから私の担当になってもらいます。勿論、同担拒否です!」

「俺の推しを一方的に決められた上に、一切自意の無い同担拒否まで……」

 

 いつの間にかツウゼンさんが消えているが、俺は紫式部に詰め寄られて更に彼女は二本の棒と布、そして服を差し出してきた。

 

「え、なんですかこれ?」

「私のイメージカラーである紫のサイリウムとバンダナ、そして真っ白なTシャツです!」

 

 ……もしかして、これって……80年代のオタク装備では?

 

「これを着て、最前列で私を応援して下さい!」

「それは良いけど踊れるの?」

 

 俺の疑問に、紫式部はハッとして……慌て始めた。

 

「うっ……! か、完全に失念していました! 私、あくまで当世の夏の装いとして着ていただけなのに、今の今まで自分をあいどると思い込んでいました!」

 

 急に不安がってしまった。

 

「別に、無理にやんなくも良いんじゃない?」

「そ、そういう訳には参りません! ま、舞なら……数ヵ月、否、数週間もあれば会得してみせますから……!」

 

「じゃあ、Vtuberとかどう?」

「……え?」

 

 驚く彼女を見た瞬間、俺はそこに連打のチャンスを見出した。

 

「俺の生配信とか見てただろ? アレを紫式部さんがすればいいんだよ」

「で、ですが私、げぇむは苦手で……」

 

「ゲーム実況じゃなくていいから、自分の好きな事を配信すればいいの。

 しかも、Vtuberなら派手な格好や可愛い衣装を3Dモデル、つまり君自身がしなくても良いから恥ずかしがらなくていい!」

「……そ、それは……」

 

 よし、悩み始めた! 此処は一発、俺の助力を最後の後押しに……!」

 

「その……配信をすれば……その…………マスターに、推して頂けますか?」

 

 その言葉に俺は迷う事無く喰らい付いた。

 

「勿論だ!」

 

 Perfectの文字が見えた。

 気がした。

 

「わ、分かりました! 私、カルデアに戻ったら早速すりぃでぃもでるの準備をします! ……ですが、その前に1つ頼んでもよろしいですか?」

「ん? 何?」

 

「実は、このホテルの何処かに私の忘れ物があるそうなので……一緒に探して貰っても良いですか?」

「分かった。一緒に探そう!」

 

 

 

「マスターさーん!」

「マスターさーん!」

「マスターさーん!」

 

 大量のイリヤがこちらに、飛翔しながらやって来ていた。

 

 水着イリヤの宝具で集まった別の時間軸のイリヤ達と本人だ。水着なんか忘れて魔法少女に転身しているし、瞳に怪しげなハートマークを浮かべているので実際の状況は空飛ぶライオンの群れに襲われていると言う例えが俺の中で一番的を射ていると思う。

 

「ひぃぃぃぃぃ!!」

 

 回避、回避、回避。

 止まる事を知らないイリヤ達は地面に激突し、やがて何もなかった様に消えていくが本人がまだいるせいかその軌跡からドンドン別のイリヤがやって来る。

 

「シグルド……! マスター……! 殺さなければ、困ります……!

殺さなければ……! まだ此処で、血が流れていません!」

 

 唐突に前方から迫るブリュンヒルデの凶刃に、俺は思わずスキルである【緊急回避】を発動させた。

 

「――あぶね――っおわ!?」

 

 逃げた先に今度は謎の階段と門が、俺を飲み込まんと出現していた。

 

「マスター? こっちに来て、一緒に食べましょう?」

「あ、アイドントライクパンケーキィ!」

 

 反射的に出た下手糞の英語で邪神姿のアビゲイルの誘いを断って、まだ安全な場所を探して移動するが――

 

「――さあマスター、巴の腕前をご覧下さい! このぶいあーる落ち男達で見事王冠を――」

「っく、誰が好き好んでVRでヒヤヒヤな道を通るか!」

 

 後ろから巴御前の悲鳴が聞こえたが聞こえない振りをしていると、突然耳元で不気味な女の声が聞こえて来た。

 

「……誰かが、死にますね」

「絶対俺じゃん!」

 

 言われなくてもこんな無限ループをもう“13回も繰り返している”んだからその内死ぬに決まってるだろ!

 

「あ! くそー! ループの終盤になるとどんな目に合ってるのか思い出せるのに、そろそろまた――」

 

 ――

 

 ――俺の後ろから、無数のイリヤが迫って来る。

 

(ふふふ、マスターったら、あんなに必死になって可愛いですね……ふふふ、何度も見ても飽きませんね。

 ……いえ、そろそろ飽きて来ました。

 何時になったら、「素敵で美人な愛しのキアラさーん」って呼んでくれるのでしょうか? 私、余計な記憶はこの魔法のコンパクトに封じて今はマスターに一途になっているのに……マスターの記憶からも、その記憶を奪った筈……)

 

「――めーっちゃ視線感じる! 別次元から覗かれている様な不快感と恐怖を感じる! 正直イリヤより怖えぇぇぇ!!」

 

(まぁ、マスターは得体の知れない恐怖に怯えている様子……なんて痛ましい。

 早く私の名前を呼んでいただければ、この幻から出して差し上げますのに……)

 

「助けてくれぇぇぇ! あ、掠った! 今多分頬切れた!」

 

(さあ、ヒントを差し上げますから……)

 

「なんか、雲の形が俺の目の前で変わってくんだけど!? 怖い!

 え、アレもしかしてキ!?」

 

 そしてその横で更に雲が変形していくが――

 

「わぁぁぁ!? と、止まれなぁぁぁい!!」

 

 ――イリヤがその2つの文字の間を飛んだ。

 

「き、キラ!? キラーって事か! やっぱり、凶悪で狂いに狂った殺人鬼に命狙われてるのか!!」

 

(余計な邪魔が入ってしまいました。仕方ありません、もう一度ヒントを――)

 

 ――っ!?

 

(ふ……ふふふふふ、私とした事がつい興が乗ってしまいましたが、私にとっての唯一の枷は令呪でした……ですが、私の幻に囚われたまま正確な認識も出来ないマスターの腕を1本奪い取るなんて……容易な事でしたね)

 

「悪寒! なんか知らないけどめっちゃ悪寒がする!」

 

(感の良いマスターですが、令呪がなければもはや取る足らない1人の人間。一口に頂いて……私のナカを満たして貰いましょう)

 

 何故か、誰かが俺の心臓を鷲掴もうとする様なそんな恐怖に掻き立てられた俺は――令呪を使う事にした。

 でも、誰もが危険が、誰もが危ないこの地雷原のループの最中、一体誰に頼めば――

 

「だ、誰でも良いから助けて下さい!!」

 

 俺は必死な想いでそう叫ぶと――――目の前には、誰かの掌があった。

 

「――っ」

 

 掌は俺の腕へと向かって――やがて、俺の頭に添えられた。

 

「……もう、そんな乱暴な命令で危機を脱却されるなんて……はぁ、喜ばしいですね、マスター」

「キアラ……」

 

 急に先まで感じていた疲労感や命の危険、その全てから解放されたのに継続する緊張感の大元は彼女だった。

 

「ですが、現実も大変ですよ?」

 

 そう言って彼女はリードを引っ張った。

 いつの間にか着けられていた首輪が少し首を絞める。

 

「っぐ……!」

「マスターったら、すぐに私から逃げようとするんですもの……これくらいの備えは必要ですね?」

 

 先まで一切の隙なく襲われていたせいで熱の入った思考が、なんとかこの現状を脱出しようと回り始める。

 

「折角私以外の皆さんがどれ程危険なサーヴァントか、その身で教えて差し上げたと言うのに……まだ私を警戒しているのですか? キアラポリスは、困っている方を助ける魔法少女ですのに」

 

「その危険性を全て網羅してるんだから、一番危険なサーヴァントはキアラさんでか――いだだだ!」

「女性を危険だなんて……豚箱にぶち込まれても、弁明できませんよ?」

 

 今回の目的は、確か夏の終わりを見つける事……つまり、それさえ入手出来ればこんな危険なビーストから離れられる筈だ。

 

「そ、それよりも、夏の終わりを見つけないと行けないだろ? それを見つけるのに協力してくれるんじゃなかったの?」

「勿論、見つける事には協力致しますよ? ええ、当然です」

 

 この余裕の表情はつまり、“もう見つけてあるからこれ以上は協力しない”って事か?

 なら、後は令呪で命令すれば――だけど、それをすれば何の迷いもなくこの女は俺の腕を切断するだろう。

 

 同時に、ガンドも恐らく当たらない。

 何せ相手は蜃も喰らった貪欲女、今見えている彼女も幻の可能性が高い。

 

「さて、マスター……そろそろ諦めて下さいましたか?」

 

 首輪を引っ張る力を強める。

 声が出せない。息が苦しい。

 

「――」

 

 耐え切れず、彼女の前に倒れた。

 

「うふふふ……まだ殺したりはしませんよ? この霊基は燃費が悪いですし、一先ずは私と共に正しき道を歩める様に、善き道へ導いて差し上げましょう」

 

 ――このタイミングだ。

 彼女はハイ・サーヴァントだが歴戦の戦士なんかじゃない。隙さえあれば令呪を行使するだけの時間が作れる筈だ。

 

 俺は、着ていた礼装を黒い制服へと切り替えた。

 【月の裏側の記憶】だ。

 

「っ……そ、それは!?」

 

「令呪を持って命ずる! キアラ、全面的に協力しろ!!」

 

 

 

 

 

 ――こうして、俺達は全ての夏の終わりを集める事が出来たのであった。

 

「おいおい、お前マジでぺたろーか?」

「玲までこの悪夢にいたんだ……まあ、あんだけ召喚してれば当然か」

 

「こ、この人はなんで此処で寝てるんですか……?」

「何処でも寝てるんで、気にしないで下さい」

 

 知らない所で、俺の知らない2人も巻き込まれていた様だ。

 

「では全員確認するぞ。陽日」

「これで良いんでしょ?」

 

 そう言って陽日がエドモンに渡したのは……原稿用紙?

 

「次、玲」

「これだろ? シグルドの眼鏡ケース」

 

「山本」

「エミヤの作り置きした料理」

 

「ツウゼン」

「えーっと、このテレビで良かった?」

 

「ぺたろー」

「紫式部の眼帯」

 

 で、最後は俺か。

 

「よし、俺の魔法のコンパクトで最後だな」

 

 俺はエドモンに派手なピンク色のコンパクトを手渡した。

 

「違う」

「え?」

 

「夏の終わりは……おまえ自身だ」

「……?」

 

 そう言ってエドモンは俺の手を掴んで、スタンプを手の甲――令呪の上に押した。

 

「……さ、桜マーク!?」

 

「――っく、クハハハハハハハハ……うふふふ!」

 

 当然、高笑いを始めたエドモンの声が変わり、陽日を除く全員が身構えた。

 

「巌窟王だと思いましたかぁ? 残念、その正体はBBちゃんなのでした!」

 

「え、BBちゃん!? もう召喚したとはいえ、なんで!?」

「そうだよ、なんで今更!?」

「遅くねぇか?」

「一昨年には召喚してたし」

 

「……ぐぅ」

 

 ……あれ、もしかして寝ている陽日は分からないけど、召喚出来てないのって俺だけなの?

 

「そうなんですよ……本命の切大センパイの所に入り込もうにも、水着の私はいないですし、無駄に大きくて邪魔で邪魔な人魚姫がたむろしていてこのままではとても入れない……そんな二重苦を背負ってしまった私が考えたのがこの作戦。

 “所縁のあるマスター5人で門を作って、怪獣退治は大好きなあの人に任せる”……我ながら、良い作戦でした」

 

「じゃあ、夏の終わりを集めたら終わるってのは――!」

「あー、それは本当ですよ?」

 

 BBちゃんに玲が殴り掛かろうとしたが――消えた。

 

「はい。そういう訳で、玲さんの夏の終わりは眼鏡ケースでオッケーです!

 陽日さんもイリヤさんの読書感想文の提出完了! 山本さんも料理はそこに置いて行って下さいね。ツウゼンさんのテレビも大変良く出来ました! ぺたろーさん、眼帯は是非持ち帰って手渡しして下さいね?」

 

 次々とマスター達は消えて行き――俺だけ残った。

 

「それじゃあ、まだ夏の終わりを見つけられていない残念なセ・ン・パ・イ。

 安心して下さい。BBちゃんが、一緒に山中を探してあげまーす!」

 

 BBが指揮棒を振るうと、あっという間に先までキアラに襲われていた湖畔まで戻ってきてしまった。

 

「う、嘘だろ……?」

「さて、っと……まずはその素敵な礼装を無力化してしまえばもう抵抗できませんよね? そしたら、前の様に調教して――!?」

 

 突然、振り上げた指揮棒を下ろそうとした彼女目掛けて大量の水が飛んできた。

 その水は防いでみせたが、今度は剣を持ったブリュンヒルデが飛来しその陰から巴御前の斬撃が襲い掛かる。

 

 しかし、BBはそれらを凌ぎ切り、水上で浮いて不敵に笑った。

 

「……あら、誰かと思えば消去し忘れていたサーヴァント達じゃありませんか」

「貴方の企みも此処までです!」

 

 水着イリヤ、ブリュンヒルデ、巴御前、紫式部の4人が駆け付けて来た。

 

「哀れですね。サーヴァントが何騎居ようと私は倒せませんよ?」

「それはどうかしら?」

 

 突然真上から墓石が落下して彼女を襲うが――これも防がれた。

 

「甘いですね。そもそも、貴方達を選んだのはキアラさん以外なら勝算があるからに決まっているじゃないですか?」

 

「そうですか……所で、墓石を壊してしまいましたが、良いのですか?」

 

「はぁ? 攻撃してきたのはそっ――」

 

 

 ――瞬間、BBの真下から大きく口を開けて飛び出してきた。

 ――鮫が。

 

 

「…………え?」

「ふぅ……上手くいったわね」

「ええ、鮫映画のルール。悪役が勝ち誇った時に食べられる、です」

 

 あっさりとBBが倒されて、正直俺はまだ理解が追い付いていなかった。

 

「……え、っと……? あ、ありが、とう?」

「いえ、マスターをお助けするのは当然の事ですから!」

 

「そうね。まあ、あなたのカルデアに私はいないみたいだけれど」

「アビゲイル様と私が不在の様ですね。ですが、お力になれたらなら幸いです」

 

「だ、大丈夫かなルビー? 蘇ったりしないかな?」

『イリヤさん、フラグを立てたいんですかぁ?』

「その時は、私とシグルドの剣で両断しましょう」

 

 ……でも、良かった。

 

「俺は……無事だぁぁぁ~……」

 

「っ……大丈夫ですか?」

「もう疲れ切っているみたいね」

 

「ごめん……すっかり力が抜けっちゃって……」

 

「そうですね。疲労困憊の上に、私達とパスを繋いでしまってはもう、立つ力もなくなってしまったのでしょう」

 

 ……………………ん?

 

「大丈夫! 私達がコテージまで運びます!

「ええ、大丈夫ですよマスター(シグルド)

 

 …………あれ、え?

 

『私達は、例え夏が終わってもマスターの傍に居るから――』

 

 

 

 ……俺の秋は、何処に?





祝、合計文字数100万文字達成!
この数字に辿り着けたのも、読者の皆様の応援のおかげです! ありがとうございます!

ちょっと変な時期にはなってしまいますが、また記念企画をやる予定ですので参加して下さる方は活動報告の更新やツイッターの投稿等をチェックして下さい。

最近は配信や動画など慣れない事に挑戦する事も多くなっていますが、これからも懲りずにヤンデレ話を書き続けるつもりですので、ご愛読よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使と恐竜

先日、100万文字達成記念企画が始まりました。
今月の20日まで人数制限なしで募集してますので、活動報告を熟読の末どうぞリクエストを送って下さい。


「はぁ……」

「どうかなさいましたか、マスター?」

 

 口から洩れた溜め息を聞いて、本当に心配そうに尋ねて来たのはそもそもの元凶であるシャルロット・コルデー、アサシンのサーヴァント。

 白い帽子の様な、布の被り物とシンプルな縦ラインの服は第一霊基の物だ。

 

「どうしたもこうしたもないって」

 

 俺は重い右手を上げて見せると、金属同士が擦れ合う音が鳴り響いた。

 

「これが着けられてるんだから、気が滅入って仕方ないだろ」

「ああ、その事でしたか」

 

 何故か笑顔を見せた彼女は手錠に繋がれた俺の手を握ると、頬を赤らめた。

 

「私、何処にでもいそうな町娘みたいなサーヴァントですから……こんな風に大好きなマスターを独占出来るなんて思わなかったので、つい……」

 

 普段は自己評価の低い彼女だが、恋となれば積極的に行動する健気な側面が歪んで発揮された結果、ヤンデレ・シャトー内で早々に俺を捕まえて手錠で壁と繋げる暴挙に出た。

 

 そして今も浮かべているこの笑顔に気を許した俺はまともな抵抗も出来ずに捕まってしまった訳だ。

 

「ついで監禁するな」

「うふふ、嫌です。こんな好機を逃したら、それこそアサシンの名が廃ります」

「そのセリフはこれから俺の命を奪う人の台詞だよね? え、もう終わるの?」

 

「ああ、殺しません! 殺しませんけど……やっぱり、こういうのって暗殺と一緒で躊躇ったらいけないじゃないですか? そういう心持ちの話だったんです!」

 

 いや、躊躇ってくれ。そして是非釈放してくれ。

 

「あ、そうでした!

 そろそろお食事をご用意しなくては!」

「いや、これを放してくれればそれで――」

 

 さっとナイフを向けて来る辺り、やっぱりこの娘は暗殺者だ。

 

「残念ですがマスター、今の私は幸せ過ぎて自分でも何をしでかすか分からないバーサーカーですので、一語一句にお気をつけ下さい」

 

「……はい」

 

 俺の返事を聞いてか、ステップで台所へと向かう彼女の後ろ姿を見てからガックリと肩を下ろした。

 

「これは、他のサーヴァントが来るまで出られないパターンか……ん?」

 

 不意に先までコルデーが座っていた椅子を見た。机の陰に隠れて見えなかったが、そこには謎の球体に羽の生えた存在……天使? が佇んでいた。

 

「――聞こえてますよマスター」

 

 唐突に背後に立たれ、口の中に何かを押し付けられた。

 

「っ!? んぐっ!?」

 

「ふふふ……」

 

「……あふぅ」

 

 フライドポテトだった。出来立ての様だが、若干冷まされていたのか火傷はしなかった。

 

「美味しいですか?」

「うん……」

 

「あんまり変な事考えていると、もっときつく縛っちゃいますよー?」

 

 冗談か本気か、それすらも笑顔で隠したまま机の上にフライドポテトの乗った皿を置いた。

 

「先に食べてて下さい。直ぐにメインディッシュをお持ちしますね?」

 

 再び台所に戻っていくコルデー。

 

「……」

 

 そして、恐らく彼女にチクったであろう天使みたいな存在はこちらに向いたまま微動だにしない。

 

「はぁ……うっま」

 

 八方塞がりだが、肩の力が抜けてしまいそのまま目の前の料理に手を伸ばすのだった。

 

(やばい、脅されたり一切変わらない笑顔のせいで薬の心配とか一切してない……今更か)

 

 食べる手が止まらなかったけど、多分単純に美味しかったからだと思う。

 

 やがて、彼女の作る料理の匂いがこちらまで届いてきた。

 

「この匂いは……」

 

 どこかで嗅いだ事のある匂いだ。

 家……よりは、ファミレスとかで……

 

「はい、今日は鳥挽き肉のラザニアですよ! ちゃんと、マスターのお国の白米も炊いてありますよ!」

「あ、ありがとう……」

 

 向上心を持つ彼女の事が、きっとカルデアの厨房係から覚えた料理を振る舞ってくれたのだろう。

 

「あ、勿論料理に薬なんて盛っていませんよ! 私、そう言うちゃんとしたアサシンじゃないので自前の毒とか、用意できませんでしたし……それに! お料理は絶妙なバランスに成り立つ物だって先生が仰ってましたので、マスターの食べる物に余計な物は入れられません!」

「わ、分かった。分かったよ。

 そこまで念を押してくれるんだから、食べるしかないよな……」

 

 皿に切り分けられた四角いラザニアは赤いソースに鶏肉を内包し、白いクリームと生地をその上に重ね、それが幾度にも積み上げられて出来たカロリーの城壁だ。

 

 と言っても別に無理な量を作った訳じゃなく、平均的な人間なら2人で食べられるだけの量を作ってきたコルデーはヤンデレになってもその平凡性を失っていない様に思える。

 

 上に乗っているチーズと振りかけられたオレガノの匂いに誘われるままナイフとフォークで口に運び、一口。

 

「ん! うんま!」

「美味しいですか?」

 

 トマトソースと鳥挽き肉の相性は最高だ。生地も柔らかくボリュームを出していて申し分ない。

 上部や間にとろけて挟まったチーズとホワイトソースも言わずもがな。

 

 無限に食べられる気がする……!

 

「ご飯もよそぎますねー」

 

 小さく切ったラザニアを白米の上に乗せ、ソースと絡めるともう最高だった。

 

「あ、飲み物はオレンジジュースをご用意しましたよ」

「ありがとう!」

 

 

 

「……うーん、入れ過ぎてしまいましたね。マスターは毒に耐性があると聞きましたので多めに入れたんですけど……」

 

 コルデーは手に持ったタオルで一生懸命に自分の主の顔を拭いていた。

 食べ物よりも飲み物に仕込んだ方がいいと思っただけの、生前同様でたらめと言うべき計画は成功し、まんまとオレンジジュースに口を付けた切大は直ぐに睡魔に誘われた。

 

 結果、食べ終わっていた皿の上に顔が落ちて汚れてしまった。

 

「ごしごし……ふう、服の汚れは勝手に綺麗になるんですね。魔術って便利です」

 

 マスターを眠らせた彼女の目的はより強固な監禁だ。

 

 自分の力ではマスターを守れない。

 いずれやって来るサーヴァント達に取られてしまう。

 

 そうなる前に、彼女はある決心をした。

 

「……さあ、行きましょうマスター!」

 

 自分とマスターを牢屋に入れて生活する。

 

 その為に彼女はマスターを置いたまま、布団を2つ押し入れから取り出し地下に向かい、牢屋の中に敷いた。

 

「夫婦になるから隣同士でも……でもやっぱり寝顔を見られるのは恥ずかしいから、少し離した方が……むむむ、悩みますね」

 

 数分ほど悩んだ末に僅かな隙間を開けて隣り合わせる事にした。

 

 続いて上の部屋に戻ってひとしきりマスターの寝顔を眺め、写真に収めた後で風呂敷を広げて中に必要そうな物を置いて行く。

 

 マスターの好きそうなゲーム、本、お菓子、寝間着、衣装、避妊具……思ったより大きく膨らんでしまった風呂敷を担いで再び地下に。

 

 中身を取り出して綺麗に並べれば、居心地の良い牢屋の完成である。

 

「よーし、これで準備完了です! 早速マスターをお迎えに行きましょう!」

 

 そう言って心底嬉しそうに階段を登るシャルロット・コルデーは部屋で眠り続けているマスターを見た。

 

「――」

 

 巨大な生物――黒い体表のティラノサウルスにその上半身を咥えられている姿だったが。

 

「ま、ままままマスター!?」

「ぐるぉぉぉ!!!」

 

 シャルロット目掛けて尻尾を振って攻撃するティラノサウルス。その迫力に驚き反射的にその場で伏せた彼女は無事だったが、部屋の壁は容赦なく抉られてしまう。

 

「ぐぉおっ!」

 

 更に強烈な叩きつけをお見舞いし綺麗だった部屋をあっという間に廃墟に変えた古代生物は、出口から部屋の外へと出て行った。

 

「あ、あわわわ……!」

 

 突然の襲撃に、シャルロットは目を回してその場に倒れるしかなかった。

 

 絶妙な顎加減でマスターを食べずに運んだティラノサウルスは、部屋を出たと同時に大きく息を吸い込んだ。

 この動作の目的は口内で息を乱し始めたマスターへの気遣いだ。

 

 このままでは呼吸が長くは続かないと悟り、急いで自分の部屋へ向かった。

 

 巨体で廊下を走り去り、辿り着いた部屋でようやくマスターを放して、本来の姿へと戻った。

 

「…………」

 

「気を失って……いや、先の薬がまだ効いておるのか?

 全く……身どもが世話を焼かねばならぬな」

 

 目の前に力なく倒れているマスターを呆れる様に、否、愛しむ様に眺めながらバーサーカー、鬼女紅葉は寄り添うのだった。

 

 

 

「……」

「どうした? どこか痛むか?」

 

「あ、いや……全然大丈夫です」

 

 気が付いたら紅葉さんの膝の上に頭を乗せていた。

 

「どうやら少し戸惑っているようじゃのう。無理もない。あの女、さながら天使の衣を身に纏った悪鬼。そなたの信頼を逆手に取る裏切り者……!」

「あ、いや多分裏切ってはいないです」

 

 急に怒り出すので慌ててコルデーをフォローするが、そのせいで彼女の顔はこちらを向いた。

 

「……善意も、過ぎれば破滅を呼ぶ。

 そなたは身どもに愛され、身どもを愛するだけで良い」

「ふぁ、ふぁい……」

 

 口の過ぎる子供への仕置きの様にほっぺを抓られた。

 その爪で傷つけない様に、親指の第一関節と人差し指の関節で挟んでいる。

 

「マスターを騙し、薬を盛るなど反逆に他ならぬ。それを血を以て教えてやろう……」

「あ、いやいや……も……こ、紅葉さんがそこまでする必要はないよ」

「身どもを気遣ってくれるのか? そなたは誠に善き男よな」

 

 先まで抓っていた頬を軽く撫でられ、微笑みを見て安堵した。

 

「……そろそろ、起きてもよいぞ」

「あ、じゃあ失礼して……」

 

 頭を上げて彼女のひざ元から出るが、それと同時に今度は頭を抱き締められた。

 

「あ、あの……?」

「そなたが欲しい。身どもを本気にさせたのじゃ。責を背負う気概、見せてくれぬか?」

 

 耳元で囁くと同時に、熱の込められた吐息が顔を赤くさせた。途端に体が少し動きを見せた。

 

「前に言ったじゃろう? 治癒の術なら任せろと。そなたの体は今、身どもの術で力が張っておる」

「いや、盛ったら反逆なんじゃ……?」

 

「身どもの治癒が反逆とは……鬼の目にも涙、とはこの事か」

 

 悲し気な顔を一瞬だけ見せ、すぐに笑顔に戻った彼女。

 その姿に段々と耐え難い色気を感じ始めた。

 

「身どもは決してそなたを裏切らぬ。

 この体は、勿論そなたを極楽へと導く事を約束しよう」

 

 頬と頬がくっ付き、左目に彼女の右の瞳だけが映る程に近付かれてしまう。

 彼女の掌に右目を覆われ、映るのは夕日の様な眼だけ。

 

 その奥で情欲の炎が揺れているのが視えたが、果たしてはそれは彼女のモノかそれとも自分の炎か。

 文字通り見つめられて視界が狭まれ、段々思考も意識も彼女以外に向かわなくなっていた――

 

 

 

「――えい!」

 

 軽快なその一言と共に、後ろへと引っ張れる俺。

 

 視界が広がり、俺を後ろへ倒した張本人の顔が見えた。

 

 それはやはりシャルロット・コルデー。

 

 しかしその姿は先程とは異なり、頭には赤い花が添えられた黒のハット帽に白の衣装、第三霊基の姿。

 

「そなたは……邪魔を!」

「はい、邪魔しに来ました」

 

 怒りに燃える鬼女紅葉に笑顔を向け、すぐにこちらに振り返った。

 そして手に持った包丁で切り裂いた。

 

「え――」

 

「――(シャルロット)が付けた疵、忘れないで下さいね」

 

 彼女が切り裂いたのは彼女自身の体だった。

 

 血が滲み白い服が赤に染まっていくその様は、忘れ掛けていたあの異聞帯での記憶を呼び覚ました。

 

 血の気が引いていく。

 思わず手を伸ばしたがそれより早く彼女の霊基は粒子となって消え去っていく。

 

 

 

 余りにも衝撃的な光景だった為か、言葉よりも先に俺の体は悪夢の外へと飛んで行き、その日は顔を覆うような寝汗と共に目覚めるのだった。





アトランティスを再び――

今回は企画前ですので短めにしました。

次回からは絶賛募集中の話で短編集を書いて行こうと思います。
まだ全然時間がありますので、興味のある方は是非参加して下さい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィンの幕間(1/X) 【100万文字突破記念企画】

ハロウィンにはまだ程遠いし、なんだったら本編でのイベントもまだですがヤンデレ・シャトーは一足先に2020年のハロウィン突入です!

まずは先着したお三方、NIDUSE さん、鴨武士 さん、デジタル人間 さんの3人の話の話を書かせて頂きました。

今回は短編集ではありますが、送って下さった方を全採用するつもりですので、活動報告を熟読の末、締め切りの10月20日まで送って下さい。 

因みにもし20日前に全部一通り書き終えたら既に送って下さった方々に2度目のチャンスがあったりなかったりするかもしれません。期待しないでお待ち下さい。


 今宵はハロウィン……かもしれない日。

 

 そんな曖昧な日付で設定された結果、ヤンデレ・シャトーでは複数のマスターが同時にヤンデレサーヴァントに襲われる事になった。

 

 日本では馴染みの少ない文化だが、サーヴァントは古今東西あらゆる場所から集った英霊。正誤や多少の差異はあっても、祭りと聞けば参加しない者は殆どいない。

 

 ある者は数日連続で、またある者は同じ日に幾度となく対峙を繰り返した。

 

 ある者は菓子を強請られ、渡せない事を理由に捕食され――

 

 またある者は己のサーヴァントが魔の存在に扮して襲われ――

 

 またある者は、なんやかんや回避する。

 

 そんな与太話の欠片を集めたヤンデレ・シャトーのハロウィン。

 

 幕間のハロウィンの開幕である。

 

 

 

1.マウンテン、ナウビルディング (切大)

 

 木々に囲まれた広場、夜空の下にキャンプファイヤーの焚火が用意されたハロウィンの舞台に一番乗りで入ってきた全長約30mのキングプロテアは体育座りで頭を悩ませていた。

 

 それは此処に来るまで、とあるサーヴァントに聞いた話。

 

『ハロウィンだけど、どうせ子犬は手ぶらでやって来るんだから最高のトリックを用意してあげなくちゃ!』

 

 お菓子をくれる日と聞いて駆け付けたものの、巨大なサイズである事を除けば一応女の子のカテゴリーに含まれる無垢な少女キングプロテアはもし自分のマスターがお菓子をくれないなら悪戯をしなければならないと聞いて、何も用意していない事を理解した。

 

「どうしよう……」

 

 マスターの誕生日の際、自分がケーキを作れなくて謝罪した事はあった。

 このままだと、お菓子をくれないマスターと悪戯を用意していなかった自分のせいできっと気まずい感じになってしまう。

 

「お母様に仮装はしてもらったのに……どうしよう?」

 

 悪戯、悪戯……そう考えていると、突然彼女は閃いた。

 

「そうだ! 山を作ろう!」

 

 普段は白い筈の包帯の下に巻かれた肌を茶色に焦がしたその姿は、山や川を作ったとされる日本の妖怪、巨人ダイダラボッチの物だった。

 

 それ故に彼女の思考は自然と山作りに至った。

 

 

 

「ふ……ふふふふふ、フハハハハハ! 勝った!」

 

 夢の中で気が付き、俺は思わず勝ち誇っていた。

 

 その理由は右手に抱えた重箱にあった。

 

 ハロウィンはヤンデレのトリックオアトリートで何の準備もなければトリックを免罪符に奴らはありとあらゆる行為を強制してくる。

 

「だけど、これなら……!」

 

 中には現実世界でエナミを撃退する様に作った大量のクッキー。

 これなら例え30人のヤンデレに一斉にトリックオアトリートと言われても問題なし。

 

「……よし、行くぞ!」

 

 俺は早速目の前の、派手に飾り付けられた部屋へと入った。

 

「え…………っ!?!?」

 

 ――しかし、微塵も想像していなかった光景に驚き固まってしまった。

 

 なんか、いる。

 本来は俺のカルデアには召喚されていない筈のサーヴァント。

 

 巨大な、包帯が巻かれた足と苔で覆われた足。

 それをなぞる様に見上げると、そこには楽しそうに何かをしている……と言うには動作の影響がデカ過ぎるけど……兎に角手を動かしているアルターエゴ、キングプロテアの姿があった。

 

「……え、マジで?」

 

 思わず、抱えて持ってきた重箱と彼女のサイズを見比べてしまう。

 多分、これじゃ足りない。

 

「La~~~♪ うんしょ、うんしょうんしょ……」

 

 良く見るとまるで特撮のワンシーンの様に掌一杯の、恐らくトン単位の土を動かして1つの場所に積み上げている。

 そしてご機嫌になったのか彼女は歌いだした。

 

「マスターが~♪ お菓子をもって、こなかったら~♪

 此処に連れて来て~♪ 私のほっぺに~♪ ……えへへへ!」

 

 どうやら子供らしい(のか?)悪戯を考えている様だ。

 

 だが残念だったな。今回はクッキーがある。

 こうなったら山が完成する前に声を掛けて――

 

「――今日は金色の味の星が、食べたいな~♪

 大好きなマスターさんなら、きっと持ってくるよね~♪

 ……でも、持って来てくれたら、この悪戯要らなくなってしまうけど……うん、しょうがないよね」

 

(一時撤退!)

 

 その場を離脱した俺は急いで旋回して金色の味の星、つまり種火を回収するべくハンティングクエスト周回を決行しようとした。

 

 したのだが――誤ってその場にあった木の枝を折ってしまった。

 

「ん?」

 

 音を聞きつけて、彼女はそっと振り向いた。

 あの巨体でこんな小さな音を聞き取れるのかと戦慄しつつ、俺は慌てて木の裏に隠れた。

 

「……?」

 

「……」

 

 息を潜めて彼女が去るのを待った。

 

「マスター、何をしてるんですか……?」

 

 当然の様にバレてますね、はい。

 

「あ、いやちょっと……服が引っ掛かっちゃって……」

 

 適当に服の抓んで、さも木の枝に服が引っ掛かったかの様に見せつつ気の後ろから出て来た。

 

「そうなんですか? おちょっこちょいですね」

「えーっと、プロテア? は何してるの?」

 

「あ、これですか? 内緒です!」

 

 内緒……のわりにはデカ過ぎて両手を振っても隠せてないけど。

 

 あとその動作は凄い風を起こしてるから止めて欲しい。

 

「あ、そうでした! 今日はハロウィンなんですよね! 確か……トリックオアトリート!」

 

 仕方ない。ご所望の物ではないが、取り合えずこのクッキーを献上しよう。

 

「はい、これで良いか?」

「……わぁ! クッキー!」

 

 彼女の巨大な手の上に蓋を開いた重箱を置いた。もっとも、スケールが違い過ぎて重箱がサイコロ程度の大きさだけど。

 

「頂きまーす!」

 

 そう言うと彼女は器用に重箱を摘み、中身だけを口に落とす様に食べた。

 

「美味しい!」

「それは良かった」

 

「マスターのクッキー……マスターの優しさが入ってるみたいで、とても美味しいです! 私、お腹いっぱいです!」

 

 彼女のサイズを考えるととてもそうは思えないけど、良かった。

 

「ふぅ……」

 

 もしかしたら食べられたり、掴まれて握りつぶされたりするんじゃないかと思っていたがお気に召した様でなによりだ。

 

「……マスター」

「どうした? あ、そろそろ火でも点けようか?」

 

 ハロウィンの会場に積まれている薪を指さしてそう提案したが、彼女は首を振った。

 

「……今の私、なんか変です。

 マスターの命令があれば、愛が貰えればそれでいい筈なのに……」

 

 彼女は体を曲げて、俺の前に両手を置いて顔を近付けて来た。

 

「もっと、欲しくなってきました」

「あー、そ、そうなんだ! なら、種火が沢山あるよ!」

 

 この後の展開を察した俺は慌てて、度々登場するスマホの様な端末をポケットに確認したのでそこからボックスガチャで集めていた種火を20個程取り出した。

 

「これなら、もっと一杯になるかな?」

「あ……はい。それでは、頂きます」

 

 彼女はクッキーと比べれば十分巨大な種火を、1つずつ口に放って食べ始める。

 

「……マスター?」

 

 その間に俺は森へ走って木々の間に隠れつつ、今回の悪夢からの脱出方法を考える。

 

 今回のテーマがハロウィンな以上、ハロウィンらしい事をすれば脱出が早まる筈だ。勿論、一般的な日本人ならそんな事言われても何もできやしないだろう。

 

 だが俺は生憎、普通の人とは違う。

 

 それは――英会話教室のお陰で、多少なりともハロウィンを知っているという事。

 

「ありがとう、先生! 貴方のおかげで俺はこの窮地、乗り越えられそうです!」

 

 そう言って俺は端末越しに種火を取り出すと枝に引っ掛かる様に放り投げたり、林の中に隠したりし始めた。

 

「これでお菓子探しゲームって事にして次は……えーっと、何だったかなぁ……?」

 

 種火を両手で握りつつ、次にどんなゲームがあったか想像していると突然、俺を影が包み――上から巨大な壁。正確には俺を囲む様にコの形をした手が降って来たのだった。

 

「――どこに行ったんですか、マスター?」 

 

 その衝撃で起きた土煙にむせつつ、辛うじて声が聞こえて来た頭上を見上げた。

 

「こんな小さな星でかくれんぼですか?」

 

 俺が隠した5つの種火を、彼女は既に握っていた。

 

「うふふ、意地悪をしても無駄です。どこにいてもすぐに見つけちゃうんだから」

 

 そう言った彼女の手がゆっくりと俺に近付き、掬うように持ち上げられた。

 

「種火だけじゃ足りないです。マスターからの愛がないと……あ、そうだ!」

 

 彼女は後ろへ振り返り、その先には彼女の作っていた山があった。

 

「山を作るのは大変だけど……せーの!」

 

 その山の前の地面に拳を振るうと、自身の怪力スキルと合わせて彼女が入りそうな程の大きな穴が開いた。

 

 二次被害も大きく、その一撃で多くの木々が倒れ、折角作った山も少し崩れて低くなった。

 

「うっ……!」

「よいしょ、っと」

 

 プロテアはその穴にちょこんと入った。

 

「これで、後はマスターを……」

「あ――っと、と!?」

 

 突然下ろされた俺はプロテアの作った山の頂点に下ろされ、倒れこんだ。

 

「これでマスターの方が私より大きいですね!」

 

 そう言われて彼女の方を見ると、確かに山の高さと彼女が穴に入っているお陰で俺がプロテアを見下ろす程度の差が出来ていた。

 

「えへへ……マスター、撫でて下さい」

「あ、はい」

 

 もうそのスケールの違いに圧倒されていた俺は、反射的に返事をしつつ彼女の頭を撫でた。

 

「もっともっと……お腹が空いちゃったのでもーっと撫でて下さいね?」

 

 彼女の言われるまま俺は頭を撫で続け、時間と共に大きくなる彼女はその度に深く沈んでいき、撫でられる幸せで腹を満たし続けるのだった。

 

 その後、無限に巨大化していく彼女に食べられたかどうかを、次の日の俺は覚えてはいなかった。

 

 

 

 

 

2.深い眠りの契約 (陽日)

 

 カルデア内にあるとされる、ヤンデレ・シャトーへ続く道を1人の騒がしい少女と1本のステッキが飛翔してた。

 

「今日ってハロウィンなの!?」

『そうらしいですね。

 ですので、今回のシャトーは仮装して一番に到着したサーヴァントがマスターさんとイチャイチャ出来るそうですよ?』

 

「でも私衣装なんてないよー!?」

『カーマさんとクロエさんが何やら忙しそうにしていたのはこの為だったんですねー。着替えているので今の所私達が最初に到着できそうですが、このままだとドレスコードで弾かれちゃいます。どうします?』

 

 ルビーの問いに悩んだ末、イリヤの出した答えは……

 

「最悪、白い布を被ってお化け……じゃ、駄目かな?」

『水着のニトクリスさんの二番煎じですよー? 駄目に決まってるじゃないですか』

 

「うわぁーん! こうなったらアーチャーさんに……あ、そうだ!」

『どうしました?』

 

 彼女は唐突に閃き、右へ曲がった。

 

「えーっと、確かカルデアの保管庫ってこっちだよね?」

『ええ。あの陽日さんが放置しているせいでたまにサーヴァントが出入りして勝手に素材を持って行くそうですが……イリヤさん、まさか?』

 

「確か、マスターが交換したけど一度も着せてくれなかった服が……あったぁ!」

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは

 テスタメント・フォームを てにいれた。

 

 

 

 今日はまた随分変な場所に送られてしまった様だ。

 

 パーティの為に飾り付けられているのか、オレンジと紫色のカーテンや風船、蜘蛛の巣やコウモリのステッカー。

 

 そして顔のあるカボチャ。

 

 流石に此処まで色々あると、馴染みのない日本人の俺でも意味位は分かる。

 

 分かったけど……

 

「このソファ、ふかふかでちょうどいいや……寝よ」

 

 倒れこむと全部がどうでも良くなるほど気持ちの良いソファがあったので、夢から覚めるまでこのまま寝てしまおう。

 

「……」

 

「あー! マスターさん、もう寝てる!」

 

 早々に誰か――多分イリヤが入ってきて騒ぎ始めたけど、もう寝ているので諦めなさい。

 

「マスターさん! 今日はハロウィンだから、トリック・オア・トリート!」

 

 今更そんなに揺らしても、起きたりしない。

 

「むぅ……じゃあ、トリックしちゃおーっと!」

『どうするんですかイリヤさん。このままだと折角の衣装もお披露目できませんよ?』

 

「大丈夫! 今回は悪戯しても良いんだから! ルビー、お薬!」

 

 何かがチクリと腕に刺さった。

 残念ながらその今更注射程度で起きる程やわじゃ…………あれ?

 

 眠気が……

 

「マスター! 久しぶりに目を合わせてくれた!」

「おかしい……頭中の睡眠物質が拡散して、嫌に清々しい気分」

 

 イリヤだと思ったけど、全身がなんか紫色で悪そうな感じの娘が目の前にいた。どうやら、この小学生が遂に非合法な薬物を俺に注入してしまった様だ。

 

「えーっと、君誰?」

 

「ほぇ? ……え?」

『ちょ、イリヤさん今の衣装でその病み顔は駄目ですよ。

 どうやら陽日さんは視覚情報の記憶の大部分を衣装に頼っていた様です。だから覚えてないんですよ』

 

「ふぁ……まあその内に眠くなるかなぁ」

 

 ソファに腰掛け直して、取り合えず眠気の帰りを待つ事にした。

 けど、イリヤっぽい紫の子はソファの上に俺を見下ろす様に立った。

 

「危ないよ? 落ちたら怪我するって」

「マスター……今のイリヤ、見た目通りの悪い子なの」

 

 ああ、やっぱりイリヤだったのかと思っているとその子は俺の目の前で腕を自分の下半身へと伸ばした。

 

「だから……マスターさんを貶めちゃいます。私の下着でこーふんする変態さんにしてあげ――!?」

 

 ちょっと流石に、年上として見ちゃいけないし見ていられなかったので、その手を掴んで止めさせた。

 

「駄目だよ」

「な、何で? 普段は私に興味なんてないし、無視して寝ちゃってるのに」

 

 そんな事してた……? ……してたかもしれない。

 

「それでも駄目だ。子供の君がそんな真似しないで」

「……! ルビー、マスターにもっとお薬を!」

 

『毒耐性があるとはいえそれは強引なんじゃ……えーと、しょうがないのでチクッとさせて頂きますよ』

 

 イリヤの腕を掴んでいた腕に、変なステッキがまた何か刺してきた。

 

「これでもう辛抱できないでしょ? 私みたいな女の子にえっちな事したくて堪らないんでしょ?」

 

「……う」

 

 突然、込み上げてくるモノに我慢が効かなくなってきた俺はイリヤを強く抱きしめた。

 

「ふへへへ……やっと、一つになれるね?」

「……しないって」

 

 睡眠欲が再び高まり始めてきたので、眠る前に言葉を続けた。

 

「え?」

 

「だ・か・ら……しないよ」

 

「…………なんで!? 

 なんでそんな事言うの!? 何時も何時も眠たくて、その場で寝ちゃうから私の事を無視するんだと思ってたのに、どうして起きてても私を拒絶するの!?」

 

「……いや、別に何時も拒絶してる訳じゃないし、今だって拒絶してない」

 

「嘘、嘘嘘嘘! マスターは私の事なんてどーでも良くて……!」

「……だったら、態々抱き枕にもしない」

 

「そんな、枕扱いされても……嬉しくない」

「嫌いな子供を抱いて寝れる程、俺の睡眠は簡単じゃない」

「…………」

 

「トリックオアトリート……だっけ? じゃあ、起きたら一緒にケーキでも食べようか?」

「……うん」

 

 なんだか、急に凄く眠くなって……

 

「じゃあそうしよぉ…………ぐぅ」

 

 

 

『……あーあ、お薬を注入し過ぎでマスターの内部が解毒で弱っちゃいましたね。これ、もう起きないじゃないですか?』

「……別に、いい」

 

 そう言ってイリヤは気持ち良さそうに目を閉じた。

 陽日の口から出た優しさが偽りではない事を示す様に、寝ている筈の彼の手は彼女の頭を絶えず撫で続けていた。

 

『(お薬の効果で手が痙攣して動いているだけなんですけど……まあ、言わぬが花ですね)』

 

 

 

 

 

3.ハロウィン謝肉祭 (ゆめのおわり)

 

 俺はアヴェンジャ―を全て揃えてヤンデレ・シャトーを終わらせた……筈なのに、またこうして悪夢を見る事になった。

 

 理由は至極単純で、FGOに新しいアヴェンジャーが追加されたからだ。

 

 そして今日はハロウィンと言う事で、俺の好きなサーヴァントが一人だけやって来るらしい。

 

「夜の街……だけど、騒がしくないな。

 本当のハロウィンだったら今頃地獄絵図だろうし……」

 

「なーに? ハロウィンは嫌いなの?」

 

 突然声を掛けられてそちらへ向くと、そこには血の様に赤いドレスに黒いマントを羽織り、ワインレッドの唇から人間の歯ではなく鋭利な牙を覗かせて微笑む女神様、イシュタルの姿がそこにはあった。

 

「……イシュタル?」

「最後に会った時に言ったでしょう? 貴方にならどんな姿も見せてあげるって」

 

 吸血鬼の姿を見せ、得意げな表情の彼女は自然な動作で近付くと直ぐに自分の腕を絡ませる様に手を繋いだ。

 

 そして頭を俺の肩に乗せて、こちらに甘える様に目を細めながら視線を合わせて来た。

 

「どうしたの?」

「あ、いや……」

 

 その現実離れした美貌の推しを傍で見るのが久しぶりな事もあって、あからさまに見惚れてしまった。

 

「貴方のその顔が見れただけで、この格好をしたかいがあったわね。

 でも、そろそろ……はむっ!」

 

「あっづ!」

 

 イシュタルは突然、俺の首筋に噛み付いてきた。その痛みに思わず声を上げたが、数秒経つと血が抜けていく感覚がまるで痛みを吸い上げている様に錯覚し、息が切れる程の脱力感と快感が体中を駆け巡った。

 

「……んぐ、ん……っはぁぁぁ……ご馳走様」

「きゅ、急に何を……?」

 

「マスターが悪いのよ? 女神である私を置いて、どこかに消えたまま顔も見せないで……まあ、今の行為はこの衣装のせいなんだけど」

 

 彼女に吸われた箇所は、キスマークの様な跡がはっきりと残っていた。

 それを見ていると、彼女はそっとハンカチをこちらに手渡してきた。

 

「今の私、再会できて嬉しいと思ってるけど同じ位に機嫌が悪いの。今日は絶えず私だけを想って、尽くして、奉りなさい。分かった?」

「分かった……あの、全然落ちないけど」

 

「あ、拭き終わったらかしら? この口紅は消えないわよ。ハンカチには増血と回復効果があるから、これで傷は無くなったわね」

 

 それだけ言っては彼女は俺の手からハンカチを受け取ると、手を握って前へと歩いた。

 

「行きましょう。それは消えないから、観念して私の所有物として他の女に見せつけてあげなさい」

「ははは……しょうがないか」

 

 服を引っ張ってもその派手な色は隠し切れない。彼女の後を追うように、観念した俺は歩き出した。

 

 実際の近辺の街が再現され、所々にジャック・オー・ランタンの飾りやコウモリの形の風船、しまいには道行く人々の密度は平日の夕方程度なのに殆どの人が西洋の怪物の仮装をしている。

 

「うわ……めっちゃ正しいハロウィン」

「全く、私はこんなに気合を入れたのに貴方は普通の姿だなんて……そうだ! まずは貴方の服装を正しましょう! こっちよ!」

 

 近くにあった高そうなファッションショップ。

 

「これと、これと……あ、すいませーん! これに合う靴を――」

 

 聖杯の知識か、依り代の少女の記憶を読んでかは分からないが慣れた手つきで商品を選び、近くにいた女性の店員を呼んで試着室にまで案内してもらった。

 

「……! いいじゃない! 私の隣を歩くのに申し分ないわね」

「でも俺、こんな物を買える程の金なんてないけど」

 

「私が着て欲しいんだから、それ位は払ってあげるわよ」

 

 あの浪費嫌いのイシュタルが珍しく、リアルであれば絶対に買えない様な値段の黒のタキシードとそれに合わせた細かい装飾品までもを無理矢理着せられて店を出た。

 

「よーし、これで準備オーケーね!」

「あ、ありがとうございました」

 

 去り際に俺は店員に頭を下げてお礼を言った。

 イシュタルは急に強く俺の手を握って、近くの裏路地に引き込んだ。

 

「……あだっ!?」

 

 そしてまたしても血を吸われた。

 今度は首の左側。下手したら死ぬんじゃないかと恐怖する間もなく彼女の吸血は終わった。

 

「全く……! どうしてそんな簡単に色目を使ってしまうのかしら!?」

「い、色目って……俺はただお礼を言っただけで――」

「私だけを見ろって言ったのに、なんでそんな簡単な事も出来ないの!?

 ……ん!」

 

 無茶苦茶だと言い返したかったが、彼女の涙を見て思わず渡されたハンカチでそれを拭った。

 

「……貴方は、私だけを見てればいいの……分かった?」

「分かった、分かったって……」

 

 このままだと、増血より先に俺が貧血で倒れてしまいそうだ。

 

「……それじゃあ、貴方の血液でお腹が膨れちゃう前に食事に行きましょう」

「ああ」

 

 ――しかし、デートはそう簡単には行かなかった。

 

 暫くの間会っていなかったイシュタルの沸点は思っていた以上に低く、街中で手が離れただけで次の瞬間には手の甲を噛まれた。

 

「ずーっと掴んでいなさい! 次離したらミイラよ、ミイラ!」

 

 後ろから不意打ち気味に、アストルフォに抱き着かれてしまう。

 

「マスター! やっと会えたね! ねぇ、今度こそ僕が勝って――うぎゃぁぁぁぁぁ!?」

 

 ノーチャージで宝具をぶっ放した彼女は、更に俺の頬や首裏にキスマークを付けた上で二の腕から吸血した。

 

「……はぁ……このままだと、私のこの完璧な体型が崩れるわよ」

「こっちは逆に……倒れそう」

 

 その後、なんとかレストランに辿り着いて、取り合えず血を回復する為に高そうなステーキを何枚もお代わりしたんだけど、フラフラだった俺は余り会話もせず味も良く分からないまま食事を終えて店を出た。

 

 そして、マークが付き過ぎてメイクだと思われそうな俺と血を吸って胃もたれしているイシュタルは公園のベンチに座り込んだ。

 

「って言うか、そんなにやばいなら血を吸わなきゃいいんじゃ……?」

「うっさい! 私はね、この日の為に準備をしてこの衣装を私の霊基と合わせて万人を魅了する最高の礼装に仕上げたのに――!?」

 

 うっかりが発動したか、そんな裏話をしてしまった事に気付いた彼女は慌ててベンチから立ち上がった。

 

「飲み物を買ってきます!」

 

 そう言って早歩きで消えて行く彼女の背中を見つめつつ、俺は彼女の想いをなんとなく想像した。

 

(気合を入れに入れて仕上げたせいで、吸血鬼に近付き過ぎたのか……)

 

 それだけ俺との再会を待ち侘びていたのだろう。

 とはいえ、こっちだって半分位は不可抗力なんだけど……

 

「まあ、しょうがないか」

 

 ベンチに深く腰掛けてから空を見上げる。

 

 都会だと言うのに、夜空はとても綺麗で沢山の星がはっきりと見えている。

 

「……本当は光で隠れて見えないんだけどなぁ」

「その通り! 本当の星は地上の光に隠され、瞳で捉えられるのは強く輝く星々だけ」

 

 突然聞こえて来た声に俺の心臓が小さく跳ねた。

 

「それは、愛も同じ! 

 数多の女と、数多の男! 真に結ばれるべき二人は、他の有象無象に阻まれたとて、かき消されはしない!

 つまり、余こそがマスターの真の嫁である!」

 

 そう言い放って現れたのは、白い花嫁姿のネロ・クラウディウス。

 しかし、本来は露出している筈の太ももと顔の右上から左下を包帯で覆っている。

 

「ネロ!?」

「うむ! ハロウィンに装いを合わせた蘇った花嫁である!

 どうだ、これもまた美しいであろう?」

 

 確かに、その姿はいつもと比べると雰囲気が異なっていて、推しである彼女にそんな恰好をされると少し興奮してしまう。

 

「……ぐぬぬ、その接吻痕は捨て置けん故、今直ぐに後も残さず拭き落としてやろう! さあ、こちらに来るがよい!」

「あ、でも今はちょっと……」

 

 不味い。

 そろそろ帰って来るであろうイシュタルに見つかれば、今度こそカラカラなミイラと化すのは間違いない。

 

 何とかして、ネロを振り切って彼女と合流しなければ……!

 

「むむ、聞き分けの悪いマスターには……この姿の新技をお披露目するしかあるまい!」

「ぐっ!?」

 

 ネロがそう言うと、彼女の太ももと顔に巻かれていた包帯が伸びて俺を拘束した。更にそのまま包帯が口紅の上に張り付き、シールでも剝がすかの様に簡単に体中のキスマークを落としてしまった。

 

「これでよし、とするには匂いがしつこい……よし、らぶほとやらで洗い流してそのまま事に及ぶと――」

 

 ――突然、巨大な金色の光が頭上に3つ輝いた。

 

「アンガルタ・キガルシュ!」

 

 金星が1つネロへと降り注いだ。

 

「アンガルタ・キガルシュ!!」

 

 立て続けにもう1発。

 

「アンガルタ・キガルシュ!!!」

 

 最後にもう一度――と、思いきや、その後ろに更に5つの金星が輝きを放っていた。

 

「――アンガルタ・キガルシュ!!!!!!」

 

 

 

 イシュタルの一撃で気を失い、目を覚ました俺は普段より自分の体が冷たい事と一か所……首筋だけが温かい事に気付いた。

 

「うちゅん……! ん、ん、ん……!」

 

 目を覚ました俺と目が合ったのは、やはりイシュタルだったがそれでも彼女は吸血を止めない。

 

 自分の体を良く見て見ると右手から腕に5つ、左には4つのキスマークが付いていて、それらすべてから小さな2つの血の線が出てきているので恐らく出が悪くなった場所から吸うを止めて吸ってを繰り返しているのだろう。

 

「……いしゅ、たる……」

 

 自分でも想像出来なかった程にか細い声で彼女の名前を呼んだ。

 

「ん……ちゅんん……うぁ。

 ……何? 私、まだ吸い足りないんだけど。魔力も結構使っちゃったし」

 

「……」

 

「眠いなら眠りなさい。これからは、もっとちゃんと私に会い来て。

 じゃないと今度は血どころか、貴方の魂まで食い尽くしてあげるわ。

 この体の持ち主はこの食事があんまり好きじゃないみたいだけど、貴方みたいな人間を、簡単に諦めたりはしてあげないから」

 

 それだけ言うとイシュタルは一度俺の唇に重ねた後、正面から牙を見せながらゆっくりと首に噛み付いたのだった。

 

 




見事にマスターがバラバラでした。
本当は切大編とかオリジナル編とかに分けるつもりでしたが、予想以上に皆さんバラバラでしたので先着順とさせて頂きました。

次回は、EX-sはフルアーマー さん、第二仮面ライダー さん、陣代高校用務員見習い さん、ジュピター さんの4名の話を投稿する予定ですのでもう暫くお待ち下さい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィンの幕間(2/X) 【100万文字突破記念企画】

お米食べろよ! 
食べ過ぎなスラッシュです。

FGOはぐだぐだイベント開催中ですが、こちらはハロウィンの続きです。

EX-sはフルアーマー さん、第二仮面ライダー さん、陣代高校用務員見習い さん、ジュピター さんの4名の話です。
どうぞ。


4.誠・オブ・ザ・デッド (切華)

 

「マスター!」

 

 ヤンデレ・シャトーに入れる様になってから、私は彼女の縮地を盗んだ影響か度々沖田さんに求められ襲われる様になった。

 

「御用改めです! 斬り伏せてでも私の物にしますからね、マスター!」

 

 玲との戦いの為に技を完成させたいし、彼女に好き放題にされたくはなかったので常に応戦し、刀を交えていた。

 

「――無明三段突き!」

「っぐ、な、んの!」

 

 技を盗んだと言っても本家である彼女と比べれば程遠かったけど、戦いが長引けば発動してしまう彼女の病弱スキルと日々上達する力でなんとか彼女を退ける事に成功していた。

 だから今日も私は何か疑問に思う事無く、夢の中で彼女と対峙するんだろうなと思っていたんだけど……

 

「……お、沖田さん?」

 

 今日の彼女は会った時から既に血を流していた。

 

 新選組羽織を着た姿だけど、黒く変色した肌に輝きの無い瞳、そして口だけでなく右腕や横腹からも赤い血が滴っている。

 

「ま、ますた……きて、くれたん、ですね……」

「え、あ……きょ、今日がハロウィンだから、そんな恰好なの?」

 

「はい……そーですよ?

 沖田さん……今日も、勝負しましょう……? こふぅっ……!」

 

 明らかに普段より体調の悪そうなのは心配だけど、沖田さんは手加減して戦える様なサーヴァントじゃない。刀に手を掛けられた以上、私も抜いて応戦する以外の答えは無かった。

 

「いきます、よ!」

 

 普段通り、一気に距離を詰めて攻撃を仕掛けて来る。此処から彼女が隙を見せるまで、防戦を強いられるのがいつも流れ。けれど、いつまでもそんな戦法に頼っている私じゃない。

 

「……! そこ!」

 

 紙一重で躱してからのカウンター。けれど、速度が足りな――

 

「こふっ……う!? 」

 

 ――彼女の左手が、宙を舞った。

 

「え?」

「油断、しちゃ……駄目ですよ?」

 

 その光景に目を奪われるも、構わず攻撃を続ける彼女になんとか反射で対応する。

 

「お、沖田さん!? 流石に、模擬戦にしては度が過ぎてない!? いつもなら、斬られても動けなくなるだけなのに!?」

「戦場で、相手の事を考えるなんて馬鹿のする事ですよ……?」

 

 そう言ったけど、明らかにバランスを失いまともに動けてない彼女の動きは隙だらけで、二度目の斬撃を浴びせるのは簡単だった。

 

「っぐ……!?」

 

 切り裂かれた腹を抑えながら、血塗れのまま倒れる沖田さん。

 

「ね、ねぇ? 今日は此処までにしておかない? 沖田さん明らかに変だよ?」

「そんな事、ありませんよ……沖田さんは、だいじょーぶです……」

 

 フラフラと立ち上がり彼女の心配をするけど意に介さず刀を杖の様に使って立ち上がると流血は既に止まっており、また吐血した。

 

「……沖田さん!」

 

 また倒れてしまいそうな彼女を見ていられず、私は彼女の体を支えた。

 

「無理しないで……っ!」

 

 その瞬間、鋭い痛みが私の腹を刺した。

 痛みが引いていくと同時に私の体から力が抜け、すぐに動けなくなる。

 

「ど、どうし……!?」

 

 何故私を刺したのかと沖田さんを見ると、彼女の胸の中央から刀が飛び出していた。

 

 その後ろには――同じ、沖田さんがいた。

 

「……一本……沖田さん、大しょーり」

「これって、まるで、ゾンビ……!」

 

 その姿から察したけど、どうやら見た目だけではなく本当にゾンビみたいに増えた見たいだ。

 

「あ……邪魔ですよ、私。

 刀が……抜けない……です!」

 

「あ、っぐ……!」

 

 乱暴に刀を引き抜かれ、細かな肉片を飛び散らせながら2人目の沖田さんは私に近付いて来る。

 

「……っはぁ!」

 

 しかし、彼女が触れるより先に力を取り戻して、腹部を一閃した。

 

「……そうだ、ゾンビなら頭を――!?」

 

 思いついた方法を実行するより先に、私は嫌な事実を見てしまった。

 

 倒れていた沖田さんが立ち上がり、その後ろから更に3人も現れていた。

 

「ど、どうして……!?」

「今の沖田さんはぁ」

 

 斬ったばかりの沖田さんの説明を尻目に、迫ってくるゾンビ沖田さん達に応戦する。

 

「水着の私のジェットが事故で聖杯の泥を浴びた結果」

 

「このっ!」

 

「不死の体を手に入れました」

 

 斬れば普段通りヤンデレ・シャトーの効果で動きは止まる。

 動きも遅いし、覇気もない。

 

 けど――何故か数が増えていく!

 

「朽ちては再生する不死ですので……霊基の一部分を切除されるとそこから更に――」

「マスター」

「マスター……」

「マスター」

「マスター……」

「マスター」

 

『マスター……!』

 

 私はゾンビなんて架空の存在に恐怖する程乙女じゃない。

 けど、この量に囲まれてしまっては戦慄せざるを得ない。

 

「……!」

 

 なんとか今の状況を脱しようと、沖田さんの宝具を真似た突きを繰り出したけど、最初の1人がワザと体を刺し貫かせた上で私の刀を掴んだ。

 

「マスター」

「マスター」

「マスター」

 

 動けない私に殺到する無数の刃。

 咄嗟に刀を手放して回避したけれど、それは同時にこれ以上の反撃が出来ない状況に追い詰められたと言う事だ。

 

「マスター……」

 

 空手の私の腕を一番前のゾンビ沖田さんが掴んだ。

 

「お、沖田さん! 放して!」

 

 そんな懇願は聞いてくれないようで、殺到する別の沖田さんに両腕両足を掴まれあっという間に身動きが取れなくなってしまった。

 

「……嫌ですか? マスターは私に、触れて欲しくないんですか?」

「……こ、こんなのは嫌だよ!」

 

 彼女は指で私の頬を撫でた。

 

「でも……こうやって、マスターを抑えつけておかないと……こうやって私の想いを示さないと……マスターには届かないじゃないですかぁ」

 

 徐々に、吐息が当たる位まで彼女の唇が私に近付いて来る。

 

「で、でも……私には……! れ、玲が……!」

「……」

 

 スッ……と彼女の顔が離れた。

 

「……お、沖田さ――」

「――分かりました。

 なら……こうしてあげますね?」

 

 ――瞬間、私の右腕に感じた事のない激痛が走った。

 

「っ、ああああああ!!」

「ん、んむ、んぁ……」

 

 目も開けられない程に痛かったけれど、自分の右腕が、彼女に食べられた事だけは嫌でも分かった。

 

「……んぁ……美味で、とても柔らかかったですね」

「っはぁ、っはぁ、っはぁ……!?」

 

 漸く開いた右目の先には、先まで私を抑えていたゾンビ沖田さん達の無数の視線があった。

 

「恋するマスター……ええ、とっても素敵ですね」

「沖田さんは、尊重しますよ」

「ですから、マスターも沖田さんの想いを尊重しましょう」

「大丈夫です。此処で死んでしまえば、沖田さんと愛し合った記憶は無くなっちゃいます。とても残念ですが」

 

 その瞳は全て、血に飢えていた。

 

「っ!」

 

 私は即座に近くにあった沖田さんの刀を奪って足元のゾンビを蹴って距離を取った。

 

「い、いやよ……! 私は死なない……! 沖田さんの好きにもさせない!」

 

 残った左手で刀を握り、私は彼女達にそう言い放った。

 

「ええ、ええ……そういう所も、食べ応えがあって嬉しいです、マスター」

 

 舌なめずりをしたゾンビ沖田さんに食い散らかされるなんて、私は真っ平ごめんだ。

 

 

 

 

 

5.X Destination (玲)

 

「えっちゃん!」

「あ、負けヒロインXさん」

 

 そんな些細な彼女の言葉で私はついつい大事な友人であるえっちゃんを亡き者にしようとしてしまいそうになってしまった。

 

(次は背後から斬り付けてやろう)

 

 心の中で反省しつつ、力を抜いて彼女に向けていた愛剣を収めた。

 

「随分変わった格好ですね。ハロウィンですか?」

「おや、おやおや……!?」

 

「な、なんですか?」

 

 これはこれは……

 

「まさか、甘味大好きえっちゃんともあろう者が? 最優の後輩の座を欲しいままにしているえっちゃんが、ハロウィンをお忘れですか?」

「それはどういう――」

 

 心優しい善属性のセイバーである私は、彼女に一枚の紙を見せた。

 

「“ハロウィン期間中につき、仮装をシャトー入場への絶対条件とする”!?」

「そういう訳ですが、このままでは今日はえっちゃんではなく私が部長の付き人になりそうですねぇ?」

 

 後輩の地位に甘えた彼女の攻撃が私に届く前に、回避した。

 

「っく! この――」

「安心して下さい。えっちゃんはセイバーっぽいですけど、今日は切り捨てないであげますよ」

 

 そう言って私はコートを翻してその場を去った。

 

 そう。今日の私は青色の外衣と髑髏の首飾り(お土産屋さんで購入)、刃が青く光り輝く様に魔改造した鎌を装備したセイバークラスを刈る死神……

 

 ……まぁ? 珍しくえっちゃんが隙を見せましたし? これを機に部長の隣に正ヒロインXとして居座るのも悪くないかもしれないですね。

 

「さあ、楽しい楽しい狩りの時間と行きましょう!」

 

 

 ヤンデレ・シャトーに入って数分。

 俺はまだまだかとサーヴァントの到着を、Xオルタが来ると思って待っていた。

 

「ハロウィンねぇ……」

 

 実際良く分からねぇがお菓子を渡さないと悪戯されるイベントらしいが……

 

「この教室に入って来た奴とデートとは、相変わらず俺の意思は無しか。はぁ……」

 

 この理不尽さにも慣れたもんだ。まあ、気に入らなければ殴ってでも止めるが。

 

「――部長! 只今到着しましたぁ!」

「おう、遅かった……ん?」

 

 入ってきたサーヴァントに返事を返そうとしたが、普段の紺色のセーター服ではなく青白いラインの入ったコートを羽織っている、金髪の同顔別人だった。

 

「ヒロイン、Xの方か?」

 

「その言い方はないじゃないですか! ていうか、えっちゃんは私のオルタ化ですから、本当はえっちゃんをオルタの方って呼ぶのが自然ですよ!」

「んな事言われてもなぁ? いつも一緒にいるのはあっちだし」

 

「っぐ! 私が本家本元のヒロインXですから!」

「そうだったな」

 

「う、ひ、酷い……大半のメインヒロインはサブヒロインに人気度で負けると言いますが、まさかこの私がそんな扱いを受けるだなんて……」

「なんでそんなにショック受けてるんだ?」

 

 俺からすれば何でそんな風になっているのか理解に苦しむ。

 

 ヒロインXは俺の新聞部のメンバーではあるが、いつも不意にいなくなってはセイバーのサーヴァント候補生を襲って俺がそれを鎮圧するのが部長の仕事兼日課になっていた。

 

 つまり、俺からすればこいつは所構わず喧嘩売ってるヤベー奴でしかなく、先から連呼しているヒロインって単語を含んだ要素を俺はヒロインXから見た事が一切ない。

 

「もしかして私、セイバー狩りに精を出し過ぎ……?

 わ、分かりました! 今日は、その……部長のサーヴァントとして! 剣として! この学園でのひと時を共にします! させて頂きます!」

 

 なんか勝手に元気になったな。

 

「よし、私の愛剣よ。折角魔改造しましたが、今日は休息です! セイバークラスの殲滅はまた今度としましょう!」

 

 ヒロインXが握っていた鎌に語り掛けると、刃が消えて小型化し折り畳み傘程度のサイズに変わった。

 

「部長! 此処から出て学園デートを始めましょう!」

「わーったよ。デート、デートねぇ……最近聞いたような……」

 

 ぼやきつつ、俺とヒロインXは教室を出た。

 どうやら学園もハロウィンに染まっている様で、そこら中に派手な飾り付けが見える。

 

「デートつっても、学園内で出店でもやってるのか?」

「いえいえ。どうやら、学園内で様々なアトラクションがあるそうです。

 参加するサーヴァント候補生とマスター候補生の絆を深める為に用意された……所謂好感度稼ぎイベントですよ!」

 

「自分で言うか」

「さあ、ガンガン周回して絆レベル10を目指しましょう!」

 

 しかし、ヒロインXの凶行は此処から始まってしまう。

 

 俺達は最初に体育館に向かう事にした。

 廊下の窓を見ると多くの生徒達が体育館に集まっていて、何かアトラクションがあるのではとヒロインXが騒いだからだ。

 

 ――だが、行ってみるとそこは……衣装の貸し出しを行っている様だった。

 

 どうやら、コスプレ用にエミヤ先生が投影した衣装が用意されていたのだが、メンツが良くなかった。

 

「あら、部長」

「む、部長か」

「玲君! ちょうど良い所に!」

 

 右からセイバー、魔神(セイバー)、セイバー。

 そして3人同時に俺に近付いて来る。

 

 こんな分かり易い起爆剤は他には無いだろう。

 

「セイバー死すべし」

 

 そんな台詞と共に小型化した筈の鎌を取り出した彼女は3人に向けて薙ぎ払う様に振るった。

 勿論セイバーの中でも相当の実力を持つ武蔵、沖田オルタ、式の3人が応戦しない筈もなかったが、彼女らのあらゆる行動より先にヒロインXの攻撃が早かった。

 

「っぐ……!?」

「こ、れ……!?」

「っ……!」

 

 ばたりと倒れる3人。

 それが目に入った瞬間、俺は拳に力を込めて鎌を持ったヒロインXの肩を掴もうとして――空振った。

 

「……おいおい、今日はデートじゃなかったのか?」

「この世はセイバーで溢れている。

 部長と一緒に過ごすには、余りにも多くのセイバーが……」

 

 そう言って鎌を一振りすると、そこから3つの青い火の玉の様な物が現れ、彼女の体の中へと消えて行く。

 

「今宵こそ、私の宿命、セイバー狩りを実行します。そして、その霊核全てを吸収して完璧なセイバーとなった暁には……部長のサーヴァントとして、その隣に立ちます」

「おい、ふざけるのも大概にしろよ。また俺がお前を止めねぇと行けなくなるだろうが」

 

「止められませんよ? 例え、部長が相手でもね」

 

 そう言って奴は流星の様に光を放って――その場を去った。

 

「……おいおいおい、あいつ、なんで寄りによってこんな日に……兎に角、とっ捕まえねぇと!」

 

 俺はスマホを取り出しつつ、校舎へと急いだ。

 

 

 

「ぬぬっ!?」

「ぽ、ポテ、ト……!」

「王っぽい人よ、何故……!」

 

 非常に良い気分だった。

 思えば、最近えっちゃんと一緒にいる部長しか見ていなかったが、えっちゃんが大事な親友な事もあって何処か自分の心を押し殺していたのかもしれない。

 

 部長とのデート用にチューンした筈のこの霊基が、邪魔者を排除し力を高められる様になっているのはきっとそう言う事なんだろう。

 

 ……もしかしたら昨日久し振りに死神漫画を読み返してテンション上がったせいかもしれないけど。

 

「まぁ、このまま2つの悲願が達成されるならなんでもいいんですけど、ね!」

 

「ちっくしょー!」

 

 星が1つしかなさそうなセイバーを通り過ぎ際に斬りつつ、次のターゲットを求めてセイバーレーダーを確認した。

 

「……む、結構強めのセイバー反応! しかもこちらに段々と近付いてきてますね」

 

 丁度いいと思い、迎撃しようと廊下を出た。セイバークラスの反応はあっと言う間に近付いて来ていた。

 

「っおら!」

「っ!?」

 

 同時に、放たれた斬撃を――って、木刀!?

 

「ぶ、部長!? どうして!?」

「ちょっとマイフレンドに借りてな!」

 

 セイバークラスの霊核を取り込んだ筈の私に木刀で僅差で押し勝てている力も驚きだけれど、レーダーが部長を指し示しているのが私にとっての大問題だ。

 

「どうしてセイバークラスのサーヴァント反応があるんですか!?」

 

 最愛の筈の部長を前にしても私の中の使命は剣を強く握らせ、セイバーを殺す為に調整されたコートが魔力出力を安定させ上昇させる。

 

「さあな?」

「どうせまたえっちゃんの入り知恵ですね!? とことん私の神経を逆撫でして!」

 

 私は怒りに任せて更に力を込めた。

 けれど、先輩はそれを受けても尚一歩も引かず、打ち込む度に鎌の攻撃に適応しているのか隙がどんどん無くなっていく。

 

「こ、んのぉ!」

 

 それに苛立った私は、無理矢理距離を開けてから候補生の身では発動できない筈の宝具を体中の全魔力を注ぎ込んで無理矢理解放した。

 

「エクスカリバー・リーパー!!」

 

 放れた青色の斬撃は少しずつ角度を変えながら部長へと向かう。

 

 対セイバー宝具であるこの攻撃はセイバーに変貌した部長を捉えて逃さず、その体を切り裂くまで追い続けるまさに必殺の一撃。

 

「っしゃらくせぇ!!」

 

 その威力に勝利を確信するより早く、斬撃は真っ二つに斬られ、それを見てしまった私は宝具の反動と敗北感に身を委ねる様にその場で崩れ落ちた。

 

 

 

「――痛ぁっ!?」

 

 やはりこれで〆るべきだろう。

 此処まで学園を無茶苦茶にしたヒロインXの頭に拳骨を落としてやった。

 

 すると、握られていた鎌から火の玉の形をした霊核が出て行った。どうやら倒れていたセイバーのサーヴァント候補達に持って行く必要は無さそうだ。

 

「……うわぁぁぁぁぁぁん!!」

「うぉ!? うるせぇな!? 何時もの事だろうが!」

 

「だってぇ、だってぇ……! 私だって、こんなバーサーカーみたいな事やりたくないんですよ!

 でも、部長は何時も何時もえっちゃんとイチャイチャしてるし、セイバーばっかだし! 終いには負けヒロインXなんて煽られるし!

 私だって、こんな切華さんが好きそうな殺し愛じゃなくて、普通に部長と恋愛したいです! 愛し合いたいです! 既成事実を作りたいです!」

「おい、最後で変な本音出てるぞ」

 

「ハロウィンならイロモノ枠を脱却して普通に行けると思ったら最初からセイバーに囲まれるって何ですか!? やっぱり私の事そういう風にしか見てないんですよね!」

 

「言い掛かりだって……」

 

 俺は肩の力を抜きつつ、俺はポケットに入っていたパンを取り出した。

 

「ほら」

「そんな、えっちゃん用のあんぱんでなんて買収できると思わないで……え?」

 

 何を驚いているんだこいつは……

 

「そんなに珍しいか? このクリームパンが」

 

「…………部長!」

 

 パンを握ったが、俺はまだ放してやらない。

 

「え?」

「ほら、今日はハロウィンだろ? なんか言わねねぇと菓子はやらない」

 

「……と、トリックオア、トリート!」

 

 それを聞いて放してやると、凄い勢いでクリームパンを開けて噛り付いた。

 なんだったら、涙まで流してやがる。

 

「これで、これで……! えっちゃんのポジションは私の物ですね! 今度から、拳骨じゃなくてクリームパンを下さい! じゃないと、この学園中のセイバーを狩り尽くしてやりますからね!?」

「はいはい……全く」

 

 どうやら漸く一段落ついた様だ。学園の修復機能で廊下や教室は元に戻ってるし後は、今の騒動に巻き込まれた連中に頭を下げて回れば……ん?

 

「……」

「よぉXオルタ。お陰でこの馬鹿を止めれたぜ」

「近付かないで下さい」

 

 何故か、怒気の含まれる声でそう言いながら俺から離れるXオルタ。

 

「どうした?」

「怒ってるに決まっているじゃないですか。私の前でそんな風にイチャイチャして……ですが、残念ながら二位で到着した私は部長に近付けません」

 

二位? 何の事だ?

 

「……あんぱんじゃ済みませんからね」

 

 そんな不穏な一言を残しつつ、あいつは去っていた。

 

「何だったんだ、今の」

 

 また面倒臭い事になりそうだと思ったが、それより先にクリームパン欲しさで近くのイアソンを鎌で追い掛け回しているヒロインXを〆るべく、俺は拳を鳴らすのだった。

 

 

 

 

 

6.こっくろえさん (オリジナル)

 

「えーっと、クロエさん? そのお姿は……?」

「ふふふ、良いでしょ?」

 

 そう言って腰を動かして紺色の和服や後ろに付いた尻尾を揺らし、小悪魔的な可愛さをアピールしてくるサーヴァントがいた。

 

「ハロウィンだから、狐さんから拝借したの。良いでしょう?」

 

 両肘を曲げたまま手を上げ、顔の横に狐手を構えてコン、コンとそれらしい仕草がまあワザとらしくて可愛らしい。

 あ、首を傾げたな! その角度が自分の可愛らしさを引き上げる事を知った上でやってるな!

 

「凄く良いです!」

「ふふ、でしょぉ?」

 

 キャス狐衣装のクロエ・フォン・アインツベルンの姿にすっかり盛り上がってしまった。

 そうだ。此処はヤンデレ・シャトー……油断は大敵なんだ。

 

「――じゃーん!」

 

 今度は両手を頭の上でピョコピョコとさせてから本当のケモミミ、じゃなくて狐耳を出現させて属性の渋滞と可愛さのインフレを引き起こしてしまっている。

 

「もうやめて、オイラのライフはゼロよ!」

「アレレェ~? マスターってば、こんな所で止めちゃうのぉ? これから、もっとイイトコ、見せちゃうんだけどなぁ~?」

 

 そう言ってスカートの先を掴んでパタパタさせないで! 1パタする度にハートが心拍数を爆上げしちゃってるから!

 

「もっと近くに来れば、違うアングルから見上げさせてもいいんだけどぉ?」

「あ、それは遠慮します」

「何でよ!」

 

 例えどれだけセクシーでキュートでヤバいポーズを見せられても、俺はこのゲージ・オブ・ハイドログラム(限凸月霊髄液3枚で作ったバリア)からは絶対出ない。

 

 この水銀が絶えず形を変え続ける檻から出れば最後、現実だったら事案確定な程に年下の女の子に事案間違いなしな方法で愛されてしまうだろう。

 

「もう! いい年した社会人なのに何時まで引きこもってるつもりよ!」

「いい年した社会人は、この時間に安眠を求める物なんです!」

 

 数週間前に気付いたけど、どうやらレベル100まで育てた礼装は半端なサーヴァントの攻撃位なら易々と防ぐ程に強力で、更にそれを複数枚重ね合わせると宝具ですら壊れない最固のシェルターになる様だ。

 

 お陰で、無敵貫通を持っていないサーヴァント相手にならこの礼装は文字通り無敵だ。

 

(スマホを持っていれば、狐娘になったクロエを余す事無く写真に収めていたけど……我慢だ我慢!)

 

「……ふーん」

 

 つまらなそうな声でぷいっと顔を反らして拗ねてしまった様だ。可愛い。

 

「はぁ、本当は悩殺してノコノコ出て来た所を頂こうと思ってたんだけど……しょうがないわね」

 

「よし、今の内に距離を――あだっ!?」

 

 後ろに下がろうとしたが、何もない筈の場所で何かにぶつかった。

 

「え!? 壁……!?」

 

 けれど目では見えない。

 

「ふふふ、マスターがその礼装に頼って私達から逃げる様になったのは2週間前よね? 私達が、そんなマスターの防壁を突破しようとしないだなんて、本当に思っていたのかしら?」

 

 ニヤリと笑ってこちらを見るクロエに、思わず身構えるがもう遅いみたいだ。

 

「よ・う・こ・そ。私の中に……なんちゃって」

「え、あ、まさかその服!?」

 

 唯のコスプレ衣装じゃないな!?

 

「そうよ。これはマスターがあまりにもその礼装のガードを多様し続けてたから無敵を突破できない月の人やルビーが協力して作った特別な霊衣よ。

 これのお陰で私は狐さんの力が使えるの」

 

 その言葉と同時に、俺の足元は怪しく輝いた。

 

「こ、これは……?」

「マスターなら飽きるほど見たんでしょう?」

 

 赤く光るこの魔法陣は――星3概念礼装の魂喰い!?

 

「それ、カテゴリーとしては呪術だから、この姿だと簡単に行使できちゃうのよねー。まあ、私の陣地だし」

「陣地って、キャスターの陣地作成まで!?」

 

「あ、安心してね、マスター。私の傍にいれば魔力を吸われないから」

「うっ……!」

 

 不味い。魔力が吸われるこの感覚……痛みは無いけど、だんだんと迫って来る疲労感に体が重くなっていく。

 

 呼吸が乱れて汗が吹き出し、目を開けているのも辛くなる。

 

「はーい、此処にいればもう安心よ?」

「も、もう無理ぃ……!」

 

 気付いたら、体を引きずる様に歩いて小さなクロエに泣きついていた。

 

「ま、これに懲りたらあんな狭っ苦しいシェルターには頼らないでね?

 これでマスターはもう私の物ね?」

 

 疲弊し切っていた俺が返事を返すよりも先に、クロエは札をペタリと手の甲――令呪の上に貼った。

 

「あ」

「よしっと……それじゃあ、マスターさんに一つ伺います」

 

 そう言って彼女はこちらに顔を合わせて微笑んだ。

 

「トリックオアトリート……お菓子をくれないと悪戯、しちゃうぞ?」

「え、お菓子、ないです……」

 

「うん。知ってるわ。だから、今から悪戯してア・ゲ・ル」

 

 今度は両腕を魔力の縄で縛られた。

 

「さあ、この部屋の中にあるベッドの上まで運んであげる」

「あ……」

 

 魔力が減って、体にも力が入らないしクロエが床をモフモフの絨毯に変えたので引きずられても痛くない処か心地よさすら感じでしまう。

 

「もう抵抗もしないのね……もしかして、期待しちゃってるのぉ?

 良いわよ? たっぷり、その体に悪戯してあげちゃう!」

 

(……うーん、封じられるなら先に令呪使えばよかったなぁ……ていうか令呪で魂喰いを止めれば良いのか。次はそうしよう……後、他の礼装もレベル100にすれば無敵貫通にも対応できそうだし、魔術を解除したりも――)

 

「――マスター?」

 

 唐突にクロエの手に剣が現れ、その切っ先がオイラの方を向いていた。

 

「ねぇ、良からぬ事を考えてたり、する?」

「ぜ、全然考えてません……」

「そっか……そうよね?」

 

 反省点を次に活かす事にしつつ、エチエチが過ぎる褐色肌J〇小悪魔から貞操を守るために夜通しで必死の防衛戦を繰り広げるのだった。

 

 

 

 

 

7.グレイ・オー・ランタン (真)

 

「あ、あの? これって外してもらえないの?」

「もう少しだけ待って下さい」

 

 そう言って先を歩く紫とオレンジのドレス衣装のグレイさんに、鎖で縛れたまま暗い廊下を案内される。

 

 今日はハロウィンだからなのか、グレイさんはジャック・オー・ランタンの衣装を着ているらしい。

 

 いつも鳥かごに入れて運んでいる四角い箱のアッドも、カボチャ型のランタンの中に入れられているみたいだ。口をテープで縛られて無言だけど。

 

 俺から声を掛けないと何も喋ってくれないグレイさんに出会って直ぐ鎖でグルグル巻きにされてしまい、何処かへ連れられて数分が経った。

 

 今まではこの夢の中に入ると時計塔の教室だったり、大きな学校の前だったり、闘技場みたいなデュエル場だったけど、こんな古い塔みたいな場所もあるんだ。

 

(いや、それはマスターが特別だと思うがな……)

 

 ――喋れなくなっていたアッドはランタンの中で思案していた。

 グレイは自分の事を大事な友だと思っていて、以前喋れなくなった時には取り乱してすらいた。

 

 それが自分の口を縛った上に、マスターまで縛り上げるのは今彼女が着ている衣装のせいだろう。

 

 ライネスに着せられたドレス。

 

 一応、グレイの要望で大きなカボチャのハットが彼女の顔を多少隠してくれているが、こんな派手な格好をマスターに晒すなんて普通じゃない。

 

 ――まあ、でもグレイさんは師匠の知り合いだし、信頼できる人だよね。

 

 そう思ってもう暫く彼女について行くと、漸く目的地に着いたみたいだ。

 

「……此処です」

「入っていいの?」

「勿論です」

 

 そう言われて扉を開けて中に入った。

 

 中は2つのソファーとテーブルがあって、お菓子が準備されていた。

 

「わぁ!」

「此処が拙がご用意したパーティー会場です。その、余り豪華なモノは用意できませんでしたけど……」

 

 そう言って鎖を外してもらった俺は、頭を振ってお礼を言った。

 

「ううん、ありがとう! 素敵だよ!」

「そ、そうですか……良かった……」

 

 グレイさんはホッとした様子でソファーに座らせてくれた。

 

「ハロウィン……お祭りだと聞いたので、こういった物をご用意させて頂きました」

「ありがとう! でも、グレイさん1人なの?」

 

「っ……! は、はい……あ、でもアッドがいますよ! ちょっと、寝てますけど」

 

 ライネス師匠や彼女の師匠について聞こうかとも思ったけど、なんか嫌そうだから止めておこう。

 

「あ、お茶を淹れて来ますね」

 

 そう言って彼女は消えて行った。

 美味しそうなお菓子が並べられているけど……まあ、グレイさんを待とう!

 

 

 

「全く……誰が寝てるって?」

「……アッド」

 

「グレイ。その服、ジャック・オー・ランタンだっけ? 脱いだ方がいいんじゃねぇか?」

「それは……」

「悪属性が付加されてる事は分かってるだろ? 今のお前は生身じゃなくて霊基だから、そう言うのに影響され易くなってるって自覚があるよな?」

 

「分かってる……! だけど、悪い拙なら……マスターを独り占め出来ます」

「グレイ。それでいいのか? そんな他の誰かの影を使って……それが本当にグレイの愛なのか?」

「っ! アッドは黙って!」

 

「あ、おい待――」

 

 私は、アッドの声が煩わしかったからタンスの中にランタンごと放り込んだ。

 

「マスターを手に入れる……拙の願いは、それだけ……ライネスさんにも、他のサーヴァントにも渡さない……!」

 

 カップに紅茶を注いだ後、ポケットからオブラートを取り出した。この中には、服用すれば3日間体の自由を奪う薬が入っている。

 

「拙が動けなくなったマスターのお世話をすれば……拙だけが、マスターに必要とされる……」

 

 そんな未来を夢見て、拙は薬を――

 

「――グレイさん?」

 

「っ、マスター……?」

「ごめん、なんか物音がしたから」

 

「大丈夫です。

 ちょっと、良い茶葉を探していただけですから。直ぐに持って行きますね」

 

「じゃあ、手伝わせて下さい!」

 

「て、手伝う? だ、大丈夫です! 拙1人に任せて頂いて大丈夫ですから!」

「いや、悪いって! 大丈夫、これでもお母さんから色々教えてもらってるから!」

 

 そう言って小さなマスターはお砂糖の入った容器や温めたミルク、珈琲をお茶しか載せていなかったお盆に乗せていく。

 

「あ、そういえばアッドは?」

「えっ、あ……アッドは……」

 

『おーい、ここだぜマスター』

 

「ん? タンスの中?」

 

 不味い……アッドが今の拙をマスターに説明したら――

 

「――いやぁ、眠りこけてたらいびきが煩いって、グレイに入れられてな!」

「え、アッドっていびきかいたりするの?」

「まあな!」

 

 ……アッド、どうして?

 

「グレイさん、行こう!」

「は、はい」

 

 マスターに誘われて、台所から出るとテーブルには……ライネスさんと、美遊さんがいた。

 

 珈琲を用意したのはこの2人の為……

 

「で、どうだったかい我が弟子? グレイの様子は?」

「え? 大丈夫でしたよ?」

 

「む、そうか」

 

 この衣装を着せて来たライネスさんは「仕方ないか」なんて表情を浮かべている。

 もしかして……この衣装を利用して私の後を追いかけていた……?

 

(グレイに悪属性を付加して我が弟子を襲わせ、寸前の所で私が助けるつもりだったが……我ながら三文小説以下の計画だったかな? グレイがこの程度でどうにかなるとは、正直大して期待していなかったし)

 

「あの、私まで誘われた理由は……?」

「何、君に我が弟子とどのような関りがあったか、この場で白状してもらおうと思ってな」

 

(実際は対グレイ用に正式な英霊ではない彼女を誘っただけなんだが……無駄だったな)

 

「グレイさん」

 

 そう言って、マスターは私に座る様に促した。

 今はハロウィンだと言われ、先の自身の行いに後ろめたさもあって少し悩んでしまったが、言われた通りに座らせてもらった。

 

「よいっしょっと」

 

 その隣にマスターが座った。腕と腕が触れあいそうな距離で、少し照れてしまう。

 

「ねぇ、グレイさん」

「は、はい」

 

「次は、一緒に準備させてよ! そしたら、きっともっと楽しくなるから、ね?」

 

「……!」

 

 マスターに面と向かって一緒に、と言われて思わず照れてしまった。

 

 けど、それはきっと他の皆さんと楽しむ為にだと思うと、拙の心の中の良くない物が返事を戸惑わせる。

 

「その……」

「?」

 

「拙と、二人っきりでは、駄目ですか?」

 

 そう言うとマスターは黙って、何か思案している様だ。

 やっぱり、拙が何もせずにマスターと一緒だなんて……

 

「……じゃあ、次はそうしよっか!」

 

「え?」

 

『ちょっと待て!』

 

「え、師匠、美遊さん?」

「あー、もう! 我が弟子ながらどうしてそう軽率に……!」

「真さん! まだ、私とデートしてないんですよ!? そもそも、他の女2人っきりになろうだなんて!」

 

「……」

「イッヒヒヒ! 修羅場だねぇ、おいグレイ! 助けなくて良いのか?」

 

 アッドに言われるまでもなく、拙はマスターの体を横から思いっきり掴んで、叫んだ。

 

「――マスターは、拙のマスターです!」

 

「ぐ、グレイ、さん……?」

 

「ふ、ふふふ……グレイ、まさか君に宣戦布告をされるなんてねぇ?」

「その戦争、買わせてもらいます」

 

「イッヒヒヒ! そうそう! らしい我が儘だな!」

 

 私はアッドを手に持って鎌を――

 

「――んっ!?」

「――ふぐ!?」

「――っ!?」

 

 ――構えるより早くほぼ同時に、3人の口にマカロンが咥えられた。

 

「……先にお菓子食べよう!」

 

 その動きに、以前3人まとめて吹き飛ばされたマスターのお母様との繋がりを感じた私達は黙って頷いた。

 

 

 次は、ちゃんと薬を仕込もう。

 




参加して頂いてありがとうございました。
活動報告でも話しましたが、4名の中に修正等ご希望される方がいましたら遠慮なくお申し付け下さい。メッセージやDMで結構です。


それと、本企画の締め切りは20日までですがもうリクエストが残っていません。

……ですので、後の数日は既に企画を送って下さった方々も再び受け付けます。
勿論、まだの方がいましたら優先して執筆させて頂きます。
締め切りの20日まで、企画の概要が書かれた活動報告の方を熟読して、ハーメルンのメッセージかTwitterのDMで送って下さい。


まあ、流石に皆さんレイドや周回で疲れているから送ってこないかなー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィンの幕間(3/X) 【100万文字突破記念企画】

100文字記念企画最後の短編集です。
送って下さったのは SE さん、EX-sはフルアーマー さん、陣代高校用務員見習い さんの3名でした。後者の御二人は本企画2度目の応募ありがとうございました。

記念しておいてなんですが、来月からまた更新頻度が落ちると思います。
ですが、これからも皆さんに楽しんで頂けるような話を書いていきますのでどうか応援よろしくお願いします。


8.二天一角馬(切大)

 

「――っどわ!?」

 

 咄嗟に顔を右に動かして、迫ってきていた刃を躱した。出なければ、きっと浅く頬を切られるだけでは済まなかっただろう。

 

「おー、感心ね! これくらいならちゃんと見切れるのね!」

「いや、なんで挨拶したら刃が飛んでくるんだよ!?」

 

 突きまでツーモーション位有ったから大事に至らなかったけど、命を落としていないのは奇跡だっただろう。

 

「ごめんごめん。今日ってハロウィンでしょー? ちょっとした悪戯のつもりだったんだけど」

「武蔵ちゃんってやっぱり馬鹿だな!?」

 

 こんな珍事をやらかした張本人、宮本武蔵はケロッとした顔で謝るだけだった。

 

 しかも、その姿はピンク色に星柄の和服で、頭には柔らかそうな角の飾り物まで付けている。海外のアニメ、マイリトルなんちゃらを彷彿とさせるファンシーな衣装だ。

 

「そんなんだか……ら……?」

 

 もっと悪態を吐こうとした俺の足元が突然フラつき、倒れそうになる体を武蔵が抑えた。

 その顔に笑みを浮かべていたので、恐らくこれは彼女の仕業なんだろう。

 そこまで理解できた所で――俺は意識を手放した。

 

 

 

「えへへへ……」

「え、お姉さん、誰……?」

 

 か、可愛い……!

 

 着ていた礼装の大きさが魔術的な作用で縮んで脱げなかったのは残念だけど、その姿余りの可愛さに見とれ、よだれを零してしまっていた。

 

 私が刀に仕込んだのは若返りの霊薬。これがマスターの体に入って、今の彼は5歳程度の幼い姿と精神に戻っている。

 

 ちょっと恥ずかしかったけどこのユニコーンだっけ? 一角獣のコスプレをしてまで参加してよかったぁ!

 

「これで、マスター君は私の物よね!」

「ちょ、ちょっと!? は、離して!」

 

 ふふふ、暴れちゃって可愛んだからぁ!

 でも、今の君には記憶が無いから例え逃がしても……

 

「え……ど、何処此処!?」

「カルデアの中なんだけど、覚えてないのかなぁ?」

 

「か、カルデア……? ま、ママは!?」

 

 っんん!!

 ママ! あの凛々しくて警戒しまくってたマスターがママ呼び!

 

「っう……うぅ!」

「あ、な、泣いちゃった……!」

 

「泣いて……泣いてない!」

 

 必死に強がってる……! 可愛い……ああ可愛い。

 

「よしよし、なら、お姉ちゃんがお母さんの場所まで案内してあげる!」

「ほ、本当……?」

「うん、任せなさい!」

 

「ありがとう、角のお姉ちゃん!」

 

 その呼ばれ方だけはちょっと複雑だけど……まぁいっか!

 このまま私の事を大好きなお姉さんになってあげれば、他のサーヴァントに取られたりしない筈よね。

 初恋のお姉さん……悪くない響きね!

 

「じゃあ、取り合えず私の部屋に行きましょう! この建物の人に電話すればきっとお母さんを呼んでくれるよ」

「うん!」

 

 よしよし……このまま私の部屋に連れ込んであげちゃいましょうね。

 

「――此処がお姉さんの部屋よ」

「わぁ……え?」

 

 まあまあ遠慮しちゃって……え?

 

「……道場?」

「道場ね……」

 

 あれれ……? 前もこんな事があった様な…… (※ヤンデレ体験・武蔵参照)

 

「うーん、まあいいや。電話はあるからちょっと待ってね」

 

 壁に備え付けられた電話を手に取って、取り合えず連絡するフリだけしておこう。

 

「もしもし」

『こちら、演出係のアベンジャーだ』

 

「あれ、いるの?」

『迷子なら、それらしい放送を流してやってもいいぞ』

「じゃあ、そうしてくれると助かるかな。思ったより不安そうだし」

『分かった』

 

 そんな電話をして数秒後、お母さんに此処まで迎えに来る様にと言う放送が流れた。

 

「これで安心ね」

「お姉ちゃん、ありがとう!」

 

 よし、これで私は何の負い目もなくマスター君と触れ合える……!

 

「それじゃあ、マスター君は着替えなくっちゃ」

「着替え?」

 

「うん! 今日はハロウィンって言って、お化けの恰好をして驚かせる日なのです! お母さんを驚かせたくない?」

「……やりたい!」

 

「でしょー? じゃあ、こっちに衣装があるからおいでおいで!」

 

 チョロい……いや、子供だから純粋と言うべきか。

 こんな簡単に初対面の人を信じて付いてっちゃうなんて、お姉さん心配です。

 

「はい、服はこっちに置いてね?」

「これでいいの?」

 

 美少年の上半身!

 スベスベで、柔らかそう……ふふふ、私が二天一流を修めていなかったらもうペロペロしてたかもしれないわね。

 

「……お、お姉ちゃん? く、くすぐったいよ」

「ご、ごめんごめん……ええっと、君に合いそうなのは……これかなぁ?」

 

 そう言って私が選んだのは、一番に似合いそうな全身包帯とスーツの透明人間姿。

 

「とと……落ちちゃったわ」

 

 慌てて床に落ちた包帯を拾い上げる。

 

「よーし、今すぐ着替えさせて――あれ?」

 

 え、消えた?

 

 

 

「や、山姥だ!」

 

 僕は自分の服を良く分からない場所を走りながら、少し前に保育園のテレビで見た妖怪を思い出した。

 山に住む人食いババアで、牛を丸呑みにしたりもする怖いお化け。

 

 先のお姉さんが角が生えてて和服だったのは、きっと山姥が化けていたからだ。

 鬼みたいな角を隠す為にあんな物を着けていたんだ。

 

 だから、逃げないと……!

 

「まだ来てない! でもどこかに隠れないと!」

 

 確かあのテレビだと足が速くて、このままじゃ追い付かれちゃう。

 

「此処に隠れよう!」

 

 僕は近くにあった椅子の下に潜って隠れた。

 

「まーすーたー? どこ行ったの?」

「っ!」

 

 慌てて両手を口に当てて、息を止める。

 

(もう、急にかくれんぼがしたくなっちゃったのかしら? あの椅子の下から気配がするけど……)

 

 こっちに来てる……どうしよう、今から逃げる!?

 

(まあでも、ちょっと位付き合ってあげても良いかな)

 

「こっちの方かな?」

 

 良かった、通り過ぎて行った……

 

「でも、山姥なんてどうやって倒せば……確か、お爺さんが大きなお湯の入った鍋に落としてたから、それを見つけないと!」

 

 今度は元来た道を足音を立てない様にゆっくりと走っていた。

 

(……霊体化して見守ってたんだけど、え? 私、山姥と思われてる?

 うーん、これはちょっと懲らしめてあげないといけないわよね?)

 

 廊下を歩いて暫く歩いていると、見た事ない大きい扉を見つけた。

 その上には開けてすぐに階段があった。

 

 階段を上ると、直ぐ横にプールがあったんだけど湯気が出ていてとても熱そうだ。

 

(そうだ! この熱そうなプールの中に落とせば!)

 

「――可愛いあの子は、何処かなぁ?」

 

 そんな事を考えていると、山姥の声が聞こえて来た。

 すっごい悪そうな声。

 

「お姉さん、ちょっとお腹が減って来たのになぁ~?」

 

 もうこっちに来てる……よし、入り口の横に隠れて、出て来た所を思いっきり押せば……!

 

「此処かなぁ?」

「今だ!」

 

 ばっと両手を前に突き出してこのまま山姥を落とせば――そう思っていたけど、僕の前から誰もいなくなり、気付いた時には僕がプールに落ちそうになっていた。

 

「う、わぁぁぁっ!?」

 

 そんな僕の首は、山姥に掴まれた。

 

「ふふふ……ねぇ? このまま、このアツアツのプールの中に入りたい?」

「あ……う、い、いやだ……」

「でもなぁ? お姉ちゃん、山姥だから……君の柔らかいお肉、料理して食べてみたいなぁ……」

 

「あ、あぁぁ……」

 

(ちょーっとやり過ぎちゃったかな? でも、後はちょっと優しくしてあげれば――)

 

「――母スマッシュ!」

 

 ――突然、僕は誰か知らない人に抱きしめられ――

 

「母レーザー!」

 

 ――ママに抱き締められていた。

 

「ママっ!!」

「よしよし……もう大丈夫ですよ。母が来たからには、悪い鬼は勿論、侍も、我が子に触れさせませんから」

 

「っぐ、げ、源氏の侍大将!? な、なにその恰好!? 唯の今風の割烹着、エプロンじゃない!」

「今の私は、この子の母親ですので」

 

「まさか、ハロウィンに母親の恰好で参加したの?」

「ええ、我が子を襲う悪い鬼は私が母として、責任を持って処理せねばなりませんので――」

 

 

 

 ――後日、元の姿に戻った俺は暫く雷が怖かった事、そして自分の母親が母親で良かった事を深く感謝するのだった。

 

 

 

 

 

9.誠・オブ・ザ・デッド ~学校の怪談~(切華)

 

「っ! 此処は……」

 

 私は、ゾンビになった沖田さんの頭を切り続けていたのに……いえ、それは昨日の出来事だったけ……? 

 兎に角、今私がいるのはカルデアール学園だ。

 

「なら、何処かに玲がいるよね。探さないと」

「切華さーん!!」

 

「っ!!」

 

 その聞き飽きた声を聴いた瞬間、殆ど反射で背負っていた竹刀を握って後ろを一閃し――

 

「――っおわぁ!? ちょ、ちょっと!? どうして邂逅一番で頭を落としに来るんですかぁ!?」

「……ゾンビじゃない?」

 

 其処に居たのは白い学生服を着て、頭には作り物だと分かる包丁が刺さった様に見える飾りを頭に着けている沖田総司だった。

 

「だ、誰が吐血ゾンビですか!? 沖田さんはご覧の通りピンピンして――コフ!?」

「あ、お、沖田さん!?」

 

 口から吐血して倒れかけた彼女の体を支えつつ、なんとか立ち上がらせた。

 

「な、なんの……まだまだ行けますよ……」

「無理しないで……って、本当に大丈夫なんだ」

 

 もう普段通りの足運びに戻ったのを見て感心しつつ安堵した。

 

「ええ! それもこれも、マスター候補の切華さんがお傍にいるお陰です。

 ですから、学園に血痕を流さない為に今日も一緒に居ましょうね?」

 

「ごめんなさい、私ちょっと今日は用事があるから……」

「なら私もご一緒します!」

 

「……」

 

 多分、このまま拒絶しても付いて来るつもりだろうし、時間を使ってもしょうがない。

 

「はぁ……じゃあ、行くよ」

「はい! 行きましょう!」

 

 こうして沖田さんを連れて私は玲を見つける為に、夕方の校舎へと向かった。

 今はハロウィン習慣らしく、コスプレしたり、校舎の外では食べ物を売ってる屋台もあるみたい。

 

「誰かを探しているんですか?」

「内緒」

「むむ、そうですか……折角ですし、何か食べ物を貰いましょう」

「別にいらない」

「そうですか? あ、すいませんイチゴのフルーツ飴を2本下さい!」

 

 人の話を聞いていないのか、サッと行って帰って来た沖田さんは私にフルーツ飴を差し出してきた。

 

「沖田さんの奢りですよ!」

「……ありがとう」

 

 受け取って食べてみると、カリカリとしていて甘い外の飴と瑞々しい中の果実の食感が、あっと言う間に口の中を満たしていた。

 

「どうです? 美味しいでしょう?」

「美味しい……」

 

「さあ、食べながら行きましょう!」

 

 串に刺された5つのイチゴを上から順に頬張りながら歩いていると、漸く玲を見つける事が出来た。けど……

 

「謎のヒロインXオルタ……」

「あれが噂のマスター候補バーサーカーさんと付き添いの甘党さんですね。それで、甘党のXオルタさんに何か用事ですか?」

 

「違う。私は玲に用事があるけど……まずは邪魔者を」

「って、不味いですよ切華さん! カルデアール学園のマスター候補とは言え、流血沙汰になったら退学かもですよ!?」

 

「玲の隣に他の女がいるのに……」

「兎に角一度落ち着きましょう」

 

 制止を振り切ろうとも思ったけど、確かに玲が近くにいたんじゃどのみち奇襲も効かない。

 

「闇討ちをする機会を伺いましょう。女子トイレとか、きっと1人になるタイミングがあります」

 

「流石新選組! 頼りになる!」

「えへへ、それ程でもあります!」

 

 彼女の言葉を頼りに、私は気付かれない程度に距離を保ちつつ玲達の後を追う事にした。

 

 やがて、彼らは家庭科室に入っていった。

 入り口には看板が立て掛けれていた。

 

「喫茶店?」

「みたいですね……入ってみましょう!」

 

 入って直ぐ、生徒達の中に玲とXオルタを見つけた。

 私達はその斜めの席を陣取って監視を続けた。

 

「何を頼みます?」

「私は変な事をしないか見張ってるから勝手に頼んでて」

「はい! あ、すいませーん」

 

 とは言え、校内で唯一飲み食いが出来るこの場所には沢山の生徒達がいるし此処で妙な事をするとは思えない……いや、油断しちゃダメ! 絶対ダメ!

 

「えと、お茶と後このカップル限定のドキドケーキを……え? 勿論カップルです! そうですよね切華さん?」

 

 ……? 集中して聞いてなかったんだけど……

 

「ええ」

「え、後ほど写真? はい、良いですよ!」

 

 なんだろう……あの娘、不機嫌そうだけど喧嘩でもしたのかな? あ、こっそり笑った! 玲、アレでナチュラルに口説こうとする時あるから……中学の頃だって、何度も「一番好きだ」って言いながら私の竹刀を受け止めてたし……!

 

「あ、今です!」

 

 パシャリと、定員さんがスマホでいつの間にか隣にいた沖田さんと私を写真に撮った。

 

「沖田さん? 邪魔してるの?」

「違いますよ。喫茶店の記念だそうです」

「そっか……」

 

「あ、ケーキ切りましたよ。食べましょう!」

「うん、ありがとう」

 

 一切視線を変えずに皿を受け取ると、あちらにも定員がやってきた……って、アレは!?

 

(看板に書いてあったカップル限定のケーキ!?)

 

 思わず腕に力が入る。

 玲はそんな甘い物を食べないからアレはきっとXオルタの物だろうけど……やっぱり、フォークを玲に突き出して! あーんをする気だ!

 

「させるかっ――」

「――っあむ!」

 

「ちょ、沖田さん!?」

 

 手に持っていたフォークを投げようとしたけど、沖田さんが先端を口に入れたので止まってしまう。

 

「むん……駄目じゃないですか切華さん。捨てるなんて勿体ないですよ?」

「べ、別に捨てるつもりじゃなくて私は!」

「大丈夫です。ほら」

 

 沖田さんに指を刺され、慌てて玲へと振り返ると2人は誰かにケーキを奪われてそれを追いかけていた。

 

「っ、急がないと!」

「お会計は済ませて置きましたので、行きましょう」

 

 もう家庭科室から出て行った玲を追って、私達も廊下に出た。

 

「でも、一体誰がケーキを?」

「あの人を狙うサーヴァント候補生は多いですからね。きっとその内の一人でしょう」

 

「へぇ……多いんだ」

 

 つまり、あのケーキを持っていったのは敵。玲の隣にも敵。

 

「全員倒せば、当然私が玲に……」

「切華さん、止まって!」

 

 2階から1階への階段で沖田に肩を掴まれ、階段の陰に屈んだ。

 

「気配からして、盗人は囲まれたみたいです」

「囲まれているのは……沖田オルタ!」

 

 何かを話している様だ。近付いて話を聞いてみる。

 

「……部長、私は新聞部として食べ物の情報を集めていた……そして、このドキドケーキにまつわる伝説も耳に入れた」

「伝説ぅ?」

 

「愛の女神であるカーマ先生が年中女難なエミヤ先生と一緒に作ったこのケーキを分かち合い、食べたカップルはその翌年まで一緒に居られる。

 だから先程、部長とXオルタのあーんを阻止した!」

 

「っえ!? そうなの!?」

「これは、少しどちらにつくか考えないといけませんね」

 

「そして部長、今度は私のあーんを受けてもらうぞ! あむ、あーん!」

「させないわ」

 

 沖田オルタがフォークを突き出すと同時に、包囲していた和服姿の美人さんが日本刀でそのフォークを切り裂いた。

 

「それじゃあ部長、私と一緒に食べましょう?」

「どっから出したそのフォーク」

「ふざけないで下さい。そのケーキは私が部長と一緒に頼んだドキドケーキです」

 

 なんだが……混乱しているみたい。

 

「切華さん。どうしますか?」

 

「切り込むにしても混戦してるし……ん?」

 

 不意に私は2階に現れた気配に目を向けた。

 その先には金色の髪を後ろに縛った女子生徒が――

 

「――っ! 沖田さん!」

 

 

 

 Xオルタの機嫌を取る為にハロウィンデートをしていた筈だが、いつも部活メンバーである沖田オルタ、謎のヒロインX、式セイバー、そしてジャンヌ・オルタに囲まれ何故かケーキの争奪戦に巻き込まれる羽目になった。

 

 なんでも、アレを俺が食べれば一年間一緒に入れるそうだが、そもそも俺はまだ2年生なので来年も一緒に居られるのは当然だろうに。

 

「セイバー死すべし! ついでにケーキをよこしなさい!」

「誰にも渡しません! これは私と部長のケーキです!」

 

「ふふふ、安心なさい。ケーキ以外は全て黒焦げしてあげます」

「此処で貴方達との腐れ縁も切ってしまおうかしら?」

 

「む、このケーキ……美味しい! だが、部長の分は残さなければ……!」

 

 しゃーない。アレを取り戻さないと、Xオルタの機嫌が斜めなままだ。

 

「好き勝手言いやがって……良いぜ、こうなったら纏めて相手してやらぁ!」

 

 俺が両拳を鳴らした、その時――

 

「――二歩!」

 

 俺が気付くより早く、既に一歩で加速した水色の誠が俺の横を通り過ぎていた。

 

「三歩!」

 

 自分の周囲を警戒していた沖田オルタの手の中からケーキを奪ったそれは、器用にも半分に切られたホールの形を崩さないまま俺達の頭上へと投げてきた。

 

「よっし、このままキャッチして――あだっ!?」

「三歩!」

 

 今度は切華が踏み込み、その際に俺の肩を踏んづけてケーキを搔っ攫いやがった。

 

「っと!」

 

「逃がすか!」

「ケーキをよこしなさい!」

 

 階段へと逃げる奴をXオルタと他の全員が追いかける。

 

 俺もその後に続いて階段を登り切るとそこには――

 

「――ふぅう、ご馳走様でした」

 

 あの一瞬でケーキを完食した金髪の三年生――アルトリア・ペンドラゴン先輩がいた。

 

『…………』

 

 その余りの速さにか、それともケーキがなくなり呆然としているのか部員の誰もが口を開いたまま言葉を発さずにいた。

 

「……ん! そこの眼鏡姿の貴女!」

「……え? 私ですか?」

 

 突然、彼女はXオルタを指さした。

 

「私の直感で分かりました! 貴方は食に通じていますね! 丁度良かった。今度アルトリア・ペンドラゴン部でパーティーの幹事に選ばれたので誰かに菓子を見積もって頂こうと思っていたのです。貴方は間違いなく適任です!」

「え、いや、まずはケーキの弁償を……」

 

「さあ、行きましょう! 丁度貴方は私っぽいですし入部してみるのも良いと思います!」

「いや、なんで勝手に話を――部長、助けて下さい!」

 

 あっという間にXオルタはグイグイと引っ張られていく。

 

「ああ、そう言えばあのケーキを分かち合った2人は次の年も一緒に居られるって噂でしたね……」

「大丈夫か? あのまま引き抜かれたりとか……」

「いえ、どうせ1話完結の話ですし次回には綺麗さっぱり戻って来る事でしょう」

 

 謎のヒロインXがだいぶメタい説明をしてくれた所で、俺は3階への階段を睨んだ。

 

「……まあ、落とし前はしっかり着けて貰わないとな」

 

 見事に場を引っ搔き回してくれた幼馴染を追う為に、俺は階段を登ったのだった。

 

 

 

「――……沖田さん」

「楽しかったですか?」

 

 夜空を眺める様に倒れた私を、沖田さんは見下ろしていた。

 

 満身創痍。疲労困憊。

 突然乱入して、ケーキを奪った挙句アルトリア先輩に食べさせた私に玲は説教だと拳で語ってくれた。

 

 余りにも激しくて時間すら忘れてしまう程に苛烈な喧嘩(せっきょう)だったけど、そんな彼に竹刀を向けていた時間を思い出した私は笑った。

 

「――勿論、楽しかった」

「そうですか。それは良かったです」

 

 私の横に並ぶ様に沖田さんはその場に倒れた。

 

「私も、楽しいトリートでした」

 

 そう言えば今日はハロウィンだった事をその言葉で思い出して、わたしも笑った。

 

「沖田さん、先のあれは菓子(トリート)じゃなくて悪戯(トリック)だよ?」

 

「……私も、トリックが成功して良かったです」

「え? 何か悪戯したの?」

 

「ええ。沖田さん、大成功です」

 

 

 

 

 

10.瞳/それが見たら終わり(オリジナル)

 

 目を閉じて微睡へと落ちて行き、夢の中でぼんやりとした意識が浮かび始めた時、既にひんやりとした感触に頭を預けていた。

 

「……んっん」

 

 毛布は無い。だけど夏の暑さが体に伝わっていたからオイラにはその冷たさが丁度良かった。

 

 ――もっとも、目を開けたと同時に赤い瞳と目を合わせた時は流石に体中がゾッとしたけど。

 

「おはよう、ございます」

「お、おはよう……ございます」

 

 長い紫色に近い紺色の髪の女の子を見て浅上藤乃で間違いないと思ったけれど、その衣装は普段とは異なる白一色で、こうして彼女の膝枕を堪能していなければオールドタイプの幽霊と見間違えていただろう。

 

「此処でお会いするのは2度目ですね」

「え、えっと……なんで膝枕なのかお伺いしても?」

 

「深い意味はありませんよ? ただ、こうしていると……貴方が良く視えますので」

「……」

 

 彼女は英霊ではないが今はアーチャークラスのサーヴァントとして存在してる。

 

 その由来は歪曲の魔眼。

 

 視たものを捻じ曲げると言うおっかない瞳。それを理解している一般人のオイラはこの時点でビビっている。

 

「え、ええっと……あの、顔を上げても?」

「駄目です」

 

 問いかけつつ顔を上げようとしたけど、答えの前に顔を手で抑えられた。

 

「折角再会できたのですから、どうかこのまま目を逸らさずにいて下さい」

「……」

 

 そう言われると、むしろ別の方へと目を向けてしまいたくなる。

 

 なんだか古そうな和室の中……もしかして。

 

「こら。駄目じゃないですか」

「此処ってまさか……」

 

「? ああ、そうでした。

 そうです。私達が夏のひと時を共に過ごしたあの民家です」

 

 って、それって3分の1の分岐でバッドエンドだったじゃないですか!?

 

「大丈夫ですよ。今日はハロウィンですのでそんな酷い事はしませんよ」

「……」

 

 そんな自然に心中を察せられたら安心できないです。

 

「あ、じゃあトリックオアトリート!」

 

 此処は自分から強請ってしまおうと、軽口の様な口調で彼女に言った。

 

 しかし、彼女はまるで小さな子供を見つめる様な優しくも何処か余裕のある笑みを浮かべると、こちらにそっと紙袋を差し出してきた。

 

「はい、どうぞ」

「あ、ご丁寧にどうも……って、これ!?」

 

 紙袋の中身は、仕事帰りのコンビニで金銭的に買うのを諦めた期間限定商品のホワイトチョコチップクッキーだった。

 

 喜ぶ俺の手からパッケージに入ったままのクッキーをふじのんが取って、視線の真上で揺らした。

 

「これ、食べたかったんですよね?」

「ありがとうございます! ……あの?」

 

「開けてあげますね」

 

 パッケージを開けて、1枚だけ入っている拳程度の大きさのクッキーを彼女は俺の口へと持ってきた。若干強引だったので、奥に入って噛みにくい。

 

「それじゃあ、私も」

「っ!?」

 

 逆側からふじのんがクッキーを噛んだ。前に突き出された彼女の胸が視界を覆う。

 

「……ん! んぐんぐ……! 美味しいですね。

 あ、後は全部食べていいですよ?」

 

 いや、そんな場合じゃないだろ。そんなツッコミを入れなくてもすべて理解していると言わんばかりの笑みに、味も分からないままクッキーを食べて終わった。

 

「ふふふ、トリックもトリートも用意していましたよ」

「こっちはあんまり面白くないんだけど」

「そうでしたか? でも、流石にこれ以上はしたない真似をしろだなんて……」

 

「言ってないから! しなくていいから!」

 

 やばい……ずっとふじのんにペースを握られている……ああ、恥ずかしい。

 

 ……ん? あれ、なんかデジャブ……?

 

「恥ずかしいですか? そうですよね。貴方は立派な社会人です。

 自分の半分以下の小学生に好き勝手にされたりして、悦びを覚える様な人ではないですよね?」

「も、勿論……」

 

「……忘れていますね」

「え?」

 

「私、実はこの空間から貴方をずっと監視していたんですよ。昨日何が起きたかは勿論、貴方がこのおかしな悪夢を見始めた時から」

 

 その言葉に、一気に血の気が引いていく。

 昨日の事は覚えていないけど、こんな事を暴露している彼女から怒気を感じているのはきっと気のせいではない。

 

「……小学生に馬乗りにされて……抵抗して抵抗して……でも最後に、貴方はどうなったと思います?」

「……え、ええっと……」

 

 彼女の眼に、魔力が溜まっていくのを感じる。

 あのシナリオでバッドエンドを体験したからだろうか、段々体が勝手に震えている気がしてきた。

 

「そうだ。先週のローマ皇帝さんのベッドの寝心地も教えて頂けますか? 狐さんのお楽しみは楽しかったですか? 月のマイルームはどうでしたか?」

 

「っひ!?」

 

 徐々に周囲の空間が凶がり始めている。天井も壁も、柱も……だけど目の前の彼女だけははっきりと、そのままの姿でこちらを見ている。

 

「聖女さんとデートしてましたね。私以外にもお姉さんがいたんですね。お母様も力強そうでしたし、今度会う時は紹介して下さい」

「あ、す、すいません! ごめんなさい!」

 

「何を謝っているんですか? 

 1つくらい答えて下さい。私、ホラー映画が好きですからジャック・ザ・リッパーやサロメにも興味があります」

 

 どれもこれも、全く身に覚えが無い。

 だから俺は必死に、必死に謝った。

 

「ごめんなさい!」

 

 彼女の言葉を聞くと、どんどん悲しくなってきた。忘却していた筈の悪夢の記憶の蓋が取れかけそうで、心は不安で満ちて行く。

 

 何度も何度も謝っている内に、涙が抑えきれなくなっていた。

 

「ご、ごべんなざい……!」

 

「っ! ……」

 

「ほ、本当に、もう許してくだざい……!」

 

 情けない事に膝枕のままだったから謝罪相手の膝を濡らしながらも、必死に謝った。

 

「……!」

 

 彼女の手が、そっとオイラの目下に触れて涙を拭いた。

 

「そ、その……やり過ぎて、しまいました」

「……藤、乃……?」

 

「ごめんなさい……少々、怖い思いをさせてしまい」

「あ、いや……オイラは大丈夫」

 

「……大丈夫ですか?」

「うん、もう平気」

 

「じゃあ、その……もっと言ったりして、良いですか?」

「う、ぇえ!?」

 

「冗談です」

 

 そう笑われてしまい、もう何もわかんなくなったオイラは両手で顔を覆い隠した。

 

「あ……あの、顔を隠さないで……」

「……」

 

 彼女の言葉を無視してそのまま両手で覆い隠し続けた。

 もう少し、心の整理をさせて――

 

「0点です」

 

 その言葉を聞いた途端、目を見開き慌てて手をどかそうとした。しかし、その上からサーヴァントの両手が重なって、むしろ何も見えなくなってしまった。

 

「や、やめてくれ!」

「どうなるかは知ってますね?」

「待ってくれ!」

 

「そうです」

 

「おしおきのねじりです」

 

 

 

「ふぅ……やってしまいました」

 

 私は1人、反省していた。

 マスターをずっと、来る日も来る日も観察して漸く人の心を理解した――と思ったら、あの日の様に昂ってしまった。

 

「……でも、ねじりましたし、これで記憶は失われますね」

 

 結局私は彼の多くのサーヴァント同様、今宵の失態を忘れて貰う為に止めを刺した。

 次こそは、しっかりとしたお姉さん像を壊さない様に接しなければ。

 

「はぁ……」

 

 漏れてしまったのは苦労の溜め息……

 

「次はもっと、苛めてしまいそう……」

 

 ……と言うには、少し甘美だったかもしれません。




まだ気が早いかもしれませんが今年のクリスマスイベントも楽しみですね。果たして今年のサンタはどんな英霊に……


因みに今回の企画、ハロウィン短編と言う事で今までの企画以上にルールを設けましたが、それについても何か意見や感想があれば書いて下さると幸いです。
「普段通り好きに書きたかった」でも「サーヴァント1人だけ選ぶの無理でした」とかでも構いません。次回からの参考にさせて頂きます。


次回は……そろそろ、長編とか書いちゃいますか?(本当に未定)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誕生日ヤンデレ

自分の誕生日に因んで執筆を始めた今回の話でしたが、滅茶苦茶遅くなってしまい申し訳ありません。

企画が終わって気が抜けていますが、引き続き執筆配信等も行ってペースを整えたいと思ってます。



※今回はオリジナル清姫が出てきます。苦手な方はご注意下さい。


 ヤンデレ・シャトーは恐ろしい悪夢。

 サーヴァント達に絶えず迫れ、追いかけられる監獄塔。

 

 そんなシャトーには年に1度、もっとも恐ろしい日がある。

 

「……寝ない……絶対寝ないぞ」

 

 俺は腕を組みながらパソコンの前に確固たる決意で座っていた。

 

 時刻は23時57分。

 明日、つまり3分後に迎えるのは俺の誕生日。

 

「――っ絶対に……シャトーに行くわけにはいかない……!」

 

 運よく、本当に運よく前年の同じ日を生き残った俺は迫る睡魔に怯えていた。

 

 目を瞑れば思い出せる。あの恐ろしき日の出来事を――

 

「――って、寝るな!」

 

 危ない危ない。危うく瞼がくっついたままになる所だった。

 

「……はぁ、眠ぃ……けど眠ったら……あの夢が」

 

 何かアニメでも見て時間を起きていよう。

 今日はどんなアニメが放送されているんだっけ……

 

「マスター」

「っ!?」

 

 おっと……慣れない徹夜で幻聴が聞こえてきてしまったか。いかんいかん、ちょっと珈琲でも飲んで気合を――

 

 ――マグカップを取り損ねた。そう思って視線を動かす。

 

「夜更かしは、お体に悪いですよ?」

 

こちらを覗き込む清姫の瞳と、交わってしまった。

 

 

 

「誕生日おめでとう、マスター!」

「おめでとう」

「おめでとう」

 

 嫌になる程楽しそうな声と心が全く込められていなさそうな男女2人の声。

 

「いやー、全然こっち来てくれなかったからお迎えを出さなきゃいけなくなったぜ」

「アンリ・マユ……サリエリにゴルゴーンまで」

 

「まだまだ100回目には程遠いんだが、誕生日は俺達召喚されてるアヴェンジャー組がこの塔でプレゼントをする決まりだから……って事くらいは覚えてるよな?」

 

「またかよ」

「……では、受け取ってもらおう」

「ふん、何故こんな茶番に付き合わねばならぬのか」

 

 悪態を吐くなら是非その人が入ってそうな大きさの箱を持ち帰ってほしいんだけど……

 

「んじゃあ、例年通りこいつの開封は塔に着いてからでお願いするぜ?」

「いや、だから返品で――」

 

 俺の悪態より先にアヴェンジャー共はその姿を消した。

 

 残されたのは俺と、前後左右に激しく震え続けて存在を主張している3つの箱。

 白い箱にそれぞれ違う色のリボンが巻かれている。

 

「開けないと、後でどんな目に合うか……」

 

 溜め息を吐きつつ、右手、左手、そして口でリボンの先端を掴み、同時に開ける事にした。

 ヤンデレ相手に1人ずつなんて事はやっていられないのだ。

 

 歯と両手に力を込めて――

 

「――せぇーのっ!」

 

 リボンを引っ張ると同時に、3つの箱が開き同時に紙吹雪が吹き出した。

 

『マスター、お誕生日おめでとうございます!』

 

「…あー、どうも……」

 

 一応説明しておくと、左の箱から出て来たのは緑がかった水色の長い髪のサーヴァント、清姫だ。

 中央の箱から出て来たのは、その特徴的な2本角の様な装飾を頭の左右両側面に着けたサーヴァント、清姫だ。

 一番右の箱からは、月の様な黄色い瞳が光なくこちらを見つめているサーヴァント、清姫。

 

 はい、つまり清姫が3人。来るぞ。来ないで。

 

 その内の1人、後ろ髪を1つの束に絞ったポニーテールで紅葉柄の清姫が俺のすぐ目の前にやって来た。

 

「お久しぶりですマスター。私はアサシンの清姫です。覚えていらっしゃいますよね?」

 

「は、はい勿論覚えて――」

 

 ――正面の彼女を左へと押しやりながら、別の清姫がこちらにやって来た。

 その姿は今まで見た事がなく、恐らくまた勝手に生み出されてしまった別のクラスの清姫なんだろう。

 

「初めまして旦那様。私、フォーリナーの清姫です」

「え? ふぉ、フォーリナークラス……?」

 

 また突拍子もない事を言い出されてしまったが、白い服と赤色の袴の巫女姿である事は確かにクラス的な側面では一致する。

 

「はい。フォーリナーです。嘘は嫌いですので、勿論一切嘘は吐いておりません。異界からやってきた、貴方の許嫁です」

「え、えぇ……?」

「私の霊基に在る神の名を教えてもいいのですが……旦那様が発狂してしまう可能性が無きにしもあらずですので今は控えましょう」

 

「私はムーンキャンサーのKHちゃんでーす!」

 

 1人だけテンションが高いうえに突然俺の頭上に現れ両手で首を真上に向けて来ると言うサプライズ性の高い自己紹介をした清姫は和風の花嫁衣裳、それも黒単色の物を着ており、その頭も同じ色の被りもの“綿帽子”で覆っている。

 

「じょ、情報量が多すぎて付いていけてないんだけど……!」

 

「大丈夫ですか、マスター? 貴方にとって一番馴染みのある私を見て気分を落ち着かせて下さい」

 

「さあ、後は契りを交わすだけで私と貴方だけの世界が完成します」

 

「駄目ですよ? この方の妻は私と決まっていますから」

 

 軽く頭を振って一旦周りを見渡すと、明かりの少ない監獄塔の廊下に扉を1つだけ見つけた。

 

「と、取り合えずあの部屋に入ろう。話はそこでゆっくり聞くから」

 

「仕方ありませんね」

「旦那様がそうおっしゃるなら」

「私の旦那様が、言ってますからね」

 

 今の所は派手に争う様子の無い3人の清姫だが、アサシン清姫は実は今までの清姫未実装組の中で一番ヤバい奴だし、フォーリナーもムーンキャンサーも間違いなく厄ネタだ。

 

 だから此処は何とかして3人の仲をとり持ってやらないと――

 

「――マスター!」

 

 開いた扉の中から、複数のクラッカーが同時に鳴らされ同じ声が同時に響いた。

 

『誕生日、おめでとうございまーす!』

 

 其処に居たのは清姫、水着清姫、アーチャークラスの女将清姫、セイバークラスの新婚清姫。

 

(あ。これは、もう駄目、な奴……)

 

 一度に送られてきた大量の清姫の情報に脳が追い付けず、なんなら理解の門はこれ以上の侵入は認められないと意識ごと閉じてしまった。

 

 平たく言えば――気絶したのだ。俺は。

 

 

 

「……旦那様」

「……」

 

 ぼんやりとしたままの頭は聞こえて来た声にゆっくりと顔を向けた。

 

 其処に居たのは巫女服姿のフォーリナー清姫1人だけ。

 

「すいません、旦那様。二人だけでお話ししたかったので、お困りだった旦那様の脳に少々負荷を……」

「……え?」

 

 そう言われて気付いた。そもそも現実ならあんな事で気を失ったりしないし、夢の中だとしてもこの程度で気絶する程やわな悪夢は見ていない。

 

 もっとも、それに気付いた所で既に彼女のフィールドに連れて行かれてしまった訳だが。

 

「此処でお会いしたのは初めてでしたので、改めて私達の間に結ばれた契約に関して説明させてください」

「結ぶ事は前提なのか?」

「当然です」

 

 普通の清姫と異なり、一切変化の無い微笑みをし続ける彼女からは少し異界的な恐怖を感じるがそれでも好意自体は本物な様で俺の手を掴む両手は優しい。

 

「旦那様を異界に連れて行かない事、地球の領域を侵さない事、これらの条件を守る為に私はマスターのサーヴァントとして仕え、この星を守る英霊としての霊基を確立させました。勿論、何よりも優先して御守りするのは旦那様です。

 その時、もっともマスターの理想に近い存在であったサーヴァント清姫の体をコピーしたのです」

 

 その設定で実装されるなら本来は俺の好みじゃなくてぐだ男の好みの筈だから、マシュの姿だったんだろうな。

 

「そして手に入れたこのお姿で、マスターのご両親の元をお尋ねしました」

「あれ? 俺の両親ってどうやって会ったの?」

 

 勿論、俺の両親=現実の両親ではなく、ぐだ男もとい藤丸家の両親と言う事だろう。だけど、世界が焼却されていたり、漂白化されている筈なのにどうやって両親に会えたのだろう。

 

「勿論、御家で、です」

 

 少し含みのある笑みを浮かべる彼女に若干の恐怖を感じた。

 

「そこで私のご両親と意気投合しまして、私がマスターの許嫁になる事を認めて下さったのです」

「へぇ……」

 

「知りたいですか?」

「何を?」

「お聞きになりますか?」

「だから何を――」

「――私と両親が訪問した、家の名前」

 

 ……それはつまり、もしかしたらぐだ男の家じゃなくて本当に俺の家に来て――

 

 ――いや、ないない……ないよね? ちょっと電話して確かめてもいい?

 

「……言わないでおきましょう」

 

 そう言ってこちらに寄り添い、胸を腕に押し付けてくるフォリ姫。(今思いついた略称)

 巫女服の下は何も履いていないのがその感触と温度で分かるのはエッチ過ぎるのでは……!?

 

「ですが……今日は随分清姫が多かったですね」

「もしかして、怒ってる?」

「はい。ですが心配は無用です。嫉妬せず、怒らないのが旦那様の理想ですので私が怒りに駆られた際は攻撃的な機能が動かなくなる様になっています」

 

 どうやらその言葉は本当らしく、俺を掴んでいた手から握力が無くなっている。今なら少し力を込めれば簡単に抜け出せるだろう。

 

 そう思った俺は実際に手を自分の元に戻した。

 

「あ……」

「え?」

 

 しかし、それと同時に彼女の手から突然鎖が離れた右手首に巻き付き、そのまま手錠へ変化した。

 

「……攻撃的な機能は停止しますが寂しさを感じると、捕縛機能が使用可能になりますので」

 

 なんて面倒で便利な能力なんだ。

 

「その、外したいのであれば私の心を満たして下さい。

 一度付けてしまうと、自分で外すのは無理なんです」

「心を満たせって、まさか……」

「……はい。その、この星の恋人らしい行為で……」

 

 その言葉を聞いて体は固まった。幾ら夢の中の夢とは言えそれをするのは憚れ――

 

「――えいや! 清姫、一夫多妻斬り!」

 

 そんな声と共に頭上からやって来た別の清姫によって、俺達を繋いでいた鎖は薙刀で切断された。

 

「ムーンキャンサーの清姫っ!?」

「なんとか侵入出来ました。マスターの中は私だけのモノですのに……即刻この夢から出て行って下さい」

 

 俺を庇う様にフォリ姫へ向き直るキャン姫。薙刀はいつの間にか消えている。

 

「私、猛烈に怒ってますの。まさか清姫を名乗る者があんな嘘を吐くだなんて」

「嘘?」

「私は嘘なんて吐いていません」

 

「では、今の手錠は何ですか? 外せないのは間違いないでしょうが、貴方ならマスターを傷付けずに破壊する事は容易な事だった筈です」

 

「外せないと言ったのですから、嘘ではありません」

 

「いいえ。マスターの問いには何も包み隠さず話してこそ清姫です。

 握りしめた花を問われればどんな意味があるのかを語り、完成した料理の隠し味を問われれば分かり易く薬の効能を解説するのが清姫というサーヴァント。貴方は清姫として間違いなく不合格。不快ですので消えて下さい(はぁと)」

 

 言葉の最後に笑みを浮かべながらも、水着清姫の薙刀からセイバー清姫の使う包丁に持ち替えたのが怖過ぎる。

 

「……分かりました」

 

「そうですそうです。分かれば――」

 

「――霊基情報修正……感情による機能停止を削除――」

 

「あ、これヤバい奴だ」

 

 突然俯いたまま機械的な呟きを始めたフォリ姫の言葉を聞いて察してしまった。数年前のPCのバージョン10並みに要らんアップデートが始まってしまった気が……

 

「これで私とマスターだけになりましたね?」

「その気付きも要らない!」

 

 慌ててその場から逃れようと走り出したが当然上から鐘が降って来た。

 

「っおわぁ!?」

「マスター? この花嫁衣裳で鬼ごっこなんてあまりしたくありませんので、お逃げになるのであれば……覚悟して下さいね?」

 

 一切嘘の無い台詞。

 恐らくムーンキャンサーになったせいで俺への気遣いとかが欠如しているんだろう。元々そんな物を清姫が持ち合わせていたかは別として。

 

 足を止めていた俺の上から更に鐘が降ってきた。

 

「っげ!? ちょ、なんでまだ落ちて来て!?」

「止めて欲しいですか? ならこちらに戻ってきて下さーい」

 

 そう言って降りやまない鐘の影に怯えつつ、一目散にキャン姫の元に戻って来た。既にあの小悪魔的な後輩並みに俺の事を振り回している。

 

「もう、勝手にいなくなっては駄目ですよマスター?」

「た、大して離れもさせなかっただろ……」

「お疲れになってしまわれたのですか? 布団をご用意しますね」

 

 自然な流れで何もない所から2人分の布団を用意して、先に座るとポンポンと自分の隣へと誘ってくる。

 

「さあ」

 

 言葉と共に俺の頭上には既に無数の鐘が落下の時を今か今かと待ち構えている。

 

「い、今行きます……」

 

 渋々、というか命の危険しかなかったので彼女の誘いに乗ってやるしかなかった。

 

「ふふふ、さあ寝て下さい。こちらに寝顔を向けて下さい。抱き締めて下さい。囁ていて下さい」

「待った待った! 要求が多い!」

「そんな事言わないで下さいまし。要望ならもっともっとありますから」

 

 就寝1つにどんだけリクエストしてくる気なんだ。

 

「おやすみのキス……は当然最後ですが、夫婦の営みの最中にも私無数の要望が御座います! 体位とか――」

「――はいストップ」

 

 このキャン姫、普段の清姫の持つ慎ましさは何処へやら、完全に自分の好みをこちらに押し付けて来る……!

 

「止めません! 月の力を手に入れて私、悟りました! 私に足りないのは子供らしい愛らしさだったのです! 無理に大人っぽく振る舞ってもマスターが私を子供だと思っているのであれば、私は正直に、我が儘を言います!」

 

 BBちゃんの要素が面倒なまでに清姫の性格を歪めている……!

 

「って、まさかBBちゃんを食べたのか!?」

「食べてません!」

「じゃあアレだな! 宝具やBBちゃんの聖杯とかっ!?」

 

 だからもう1人だけ勝手に花嫁衣裳で着飾っていたんだ。

 

「っう……そ、それは確かに……怪しげな聖杯があったので、マスターからのプレゼントかと思って中身を飲み干してしまったりはしましたけど……」

「やっぱりか!」

「で、ですが! どう変化しても私は清姫です!

 ……それとも、このお姿の私は嫌いですか?」

 

 そりゃあ、黒い花嫁衣裳の清姫が可愛くない訳ないが……

 

「……嫌いではない、つまり好きと言う事ですね!」

「極端! あ、ちょっと待て覆いかぶさるな!」

「えへへ、今の私は我が儘なのでマスターの言葉に聞く耳をお持ちしませーん」

 

 く、こうなったら【瞬間強化】で……って、此処夢の中の夢だから使えないっ!?

 

「く、や、やめろー!」

 

 彼女の両手を掴んで苦し紛れに思いっきり上に持ち上げると――思いの他、すんなりと上がった。

 

「……え、あれ?」

「……??」

 

 何か俺だけじゃなくキャン姫自身まで困惑してるんだけ……まさか。

 

(清姫、ムーンキャンサー……パラメーター全部EX!?)

 

 FateのパラメーターEXとは測定不可能と言う意味だ。それは通常のランク単位と比較しても大き過ぎる場合や、逆に少なすぎる場合もある。

 

「これは……変な霊基になったせいで筋力がEランクより下になったんじゃ……」

「で、電子機器とか、演算処理とは縁がなく……」

 

 BB寄りのムーンキャンサークラスの適性が無さ過ぎて敏捷も筋力も一般人程度になってる。

 

「よし、ならこのまま!」

「きゃっ!?」

 

 俺は清姫を担いだ。12歳の清姫ならおんぶすれば全然余裕だった。

 

「目が覚めるまで走るぞ!」

「ど~ゆ~こ~と~で~す~か~!?」

 

 俺にとっての脅威はキャン姫だけじゃない。

 あそこで今もひと昔のパソコンの様に更新データを読み込んでいるフォリ姫。時間が経てば動き出して俺が被害を被るのは想像に難しくない。

 

「どうやったら目が覚めるんだ!?」

「わ、分かりません! だから、降ろして……もしやこれって、愛の逃避行!?」

 

 そんな事で頬を赤らめないで……って!

 

「――更新完了。清姫の定義を修正しました」

「なんで上から普通に降臨してんの!?」

 

「それは私が□□□だからです」

 

 ……え? □□□?

 

 彼女の発した冒涜的な名称に、俺は思わず戦慄した。

 

「っいけませんマスター! 耳を――」

「私は□□から来ました。□□はとても広い場所で……」

 

 清姫と言うサーヴァントを理解した彼女は、自分の出身や俺の許嫁になった理由まで事細かに、一切の偽りも誤魔化しもなく淡々と。

 

 もっともその名称や単語の数々は、平凡な人間の俺が耐えられる様な物ではない冒涜的な情報の数々だった。耳を塞いでも聞こえ、目を閉じても己の詳細を一切隠す事なく明かして来るムーンキャンサーの様な視界ジャック能力もそれを後押しした。

 

 嫌なアイデアが刺激されて、擦り切れて精神も身体機能も不安定になっていた俺に彼女は最後に包まれていたベール……彼女の正体を、露わにした。

 

 もっとも……それがどんな姿だった、正気度が無くなった俺に語る事など到底出来ない訳だが。

 

 

 

 

 

「――っは!?」

 

「マスター、お目覚めになりましたか?」

「……うん? ああ……まだ続いてるのかこの悪夢」

 

「いえ! 悪夢の元凶はしっかりとこの通りです!」

 

『むぅ~! 出して下さいまし!』

『霊基情報修正……情報の開示を制限……』

 

 横に置いてあった鐘の中から2人の清姫の声が聞こえて来た。

 どうやら夢の外で他の清姫が拘束してくれた様……いや、待て。

 

「……アサシン清姫」

「はい?」

「他の清姫は?」

 

「他の清姫なんていませんよ?」

 

 首を傾げながら言ったその言葉通り、周りには他の清姫が一切いない。

 

「だって、私はあんなに沢山要りませんよね? マスターにもきっと不要な重荷になってしまわれるかと」

「いや、だけど」

 

「それに、私はマスターへの愛そのものなのですから私だけがいればそれでいいでしょう?」

 

 アサシン清姫、確かこいつは単にアサシンと言うだけでなく、ジャック・ザ・リッパーの様な意思の集合体で愛憎の化身だとも言っていた。

 

 つまり、先の夢でなんちゃってムーンキャンサーやフォーリナーの相手をしていた時より危険な状況に置かれてしまっていると言う訳だ。

 

「――っ!?」

 

 俺の右手のすぐ前にクナイの様な刃物が投げられ、部屋床の畳みに刺さった。これは勿論、威嚇だ。

 

「令呪を使いますか?」

「それより先に、俺の手を切るつもりか?」

「必要とあれば、です。勿論、したいとは微塵も思っておりません」

 

 心からの言葉だ。切りたいとは思ってないが、令呪を使って助けを呼べば彼女は間違いなくその前に俺の手を切断するだろう。

 

「マスターは今のままがもっとも美しいです。ですから、私にそれを損なわせないでくださいまし。他の女なんて、忘れてしまいましょう?」

 

 彼女はフォリ姫達が入っているであろう鐘に炎を吐いた。

 

「……改めまして、生誕おめでとうございます。

 さあ、今宵も私の愛をお受け取り下さい」

 

 俺の目の前に両手を置き、顔を近づける彼女の顔には少しの汗が流れており赤い頬を見ればその熱が内側から発せられているのは直ぐに分かった。

 

 短い間隔で響き続けている呼吸は激しく、その勢いのままなら食い殺されてもおかしくはない。

 

 ――しかし、突然部屋の中で青白い光が強く輝いた。

 

「……三度目の正直です」

「あらあら、再召喚ですか」

 

 何もなかった部屋に4人の清姫が召喚された。その全員が宝具を構えており、臨戦状態になった。

 

「これ以上、マスターを独り占めさせません!」

 

「私達は清姫。なら、この中の誰か1人がマスターの妻になればそれで良いでしょう?

 例え、マスターの隣に立っているのが今並んでいる他の清姫だったとしても私達は同じく争うのですから」

 

「ですが、私達清姫に遠慮や妥協等ありません。自分に嘘を吐ける者は誰一人としていません」

 

「真実は一つ。正妻の座も1つ」

 

 因みに、ランサーの清姫はマイルームで自分とバーサーカーの清姫で2倍愛せると発言していたんだが……多分、ヤンデレ・シャトーだと自分と分かち合うのすら困難になっているのだろう。

 

 そして、このままだとこの部屋全てが炎上フィールドになるのは時間の問題だった。

 そうなる前に、アサシン清姫の警戒が薄まった事に気付いた俺は令呪を起動させる事にした。

 

 だけど、この場を納めるには3画使って全員を抑える必要がある。

 普段行使している制止程度の簡単な命令で10分間止めるだけでは埒が明かない。

 

「令呪を持って全清姫に命ずる――」

 

 だから俺は今日と言う日の特権を使う事にした。

 

「――俺の誕生日を、祝え!!」

 

 

 

 

 

 俺の行使した令呪の効果により、清姫達はそれは素晴らしいパーティーを用意してくれた。

 その中には問題児のフォリ姫、キャン姫、アサシン清姫の3人も含まれている。

 

 勿論、令呪の強制力もあるのだろうが彼女達は自分達が俺のサーヴァントである事やその契約を嘘にしないと言う意識の元、祝いの席を設けてくれたのだ。

 

「完成しました!」

「大変美味なおでんです!」

「祝いの場に相応しい空間をご用意しました」

「その……ささやかで、気取らない物ですけど」

「私の愛を、これでもかと込めてお祝いいたします」

「この星の祝い方はインストール済みです、ご安心下さい」

「マスターを骨抜きにして差し上げますね?」

 

 ……各自で。

 

「さぁマスター。どうぞお選び下さい」

「……選べって、何を?」

 

 この塔の中でどうやって用意したかは定かではないが、目の前には5つ、左右に1つずつの計7つの襖が開いていた。

 

「マスターが最初に入ったお部屋でマスターをお祝いします」

「ほう」

「選ばれなかった残りの清姫達が全員一斉に転身してこの塔を燃やし尽くします」

 

 随分手の込んだ自殺ですね。

 

 どう転んでもこの夢を爆発オチにする気か。

 

「…………」

 

「さあ、お選び下さい」

 

 ……じゃあ、俺は――




誕生日に好きなサーヴァントの別クラス(ヤンデレ)が貰えるって概念で特異点作れそうですね。(保管された聖杯を持ち出しながら)

因みに作者はマタ・ハリの幸せな姿がみたいので水着を希望します。後アヴェンジャークラスのブーディカさんに最も信頼を置ける仲間みたいな立ち位置でなでなでされたいです。(複数の聖杯を砕いて1つにしながら)

今回のイベントに関しまして、キャプテンの召喚に成功しました。
基本男性サーヴァントは登場させないんですがネモシリーズに関して、シャトー登場を認めるかは脳内最高裁判所の判決待ちとなっています。(ホームズに阻止されダ・ヴィンチちゃんに説教されながら)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2人と2人と後輩のクリスマス

最後の更新から1ヵ月以上空いてしまったスラッシュです。お待たして申し訳ないですが、クリスマス前に投稿出来て正直ホッとしてます。

色々書いて没にしたのですが配信等で再利用できないかと考えてます。その際は、またお付き合いして頂けたら幸いです。





 12月24日、クリスマス・イブ。

 この日を多くの現代人は恋人や家族と一緒に過ごす日としている。

 

「逃げるぞ!」

「は、はい!」

 

 こんな日にヤンデレ・シャトーの中にいる以上、サーヴァントに追われるのは当然なのだが、今回は少しだけ事情が違った。

 

「逃がすか! 人間!」

「待って、泥棒猫!」

 

 俺を追うのは金髪の男。怒りに顔を歪めて剣を振りかざして迫ってくる。

 そして、その男の妹を同じく怒気を滲ませながら捕まえようとしている女。

 

「……ちょっと待てそこの人間。貴様、我が妹ポルクスを猫だと……! 貴様の首を刎ねてやろうか?」

「はぁ? そう言えば貴方があの猫の世話役……いえ、焼かれる方でしたね」

 

 なんか2人共、立ち止まって言い争ってる。

 今の内に逃げようと、俺はポルクスの手を掴んだ。

 

「行くぞ!」

「は、はい!」

 

「――貴様、まずは貴様から――」

「――上等です。その頭を――」

 

 

 

 ……事の発端は、双子のサーヴァントであるディオスクロイの1人、ポルクスが自分の兄を連れて俺の元に現れた事だった。

 

 クリスマスは家族や恋人と過ごす日。なので俺と、彼女の兄であるカストロで何処かで祝わないかと誘ったのだが、そこで既に俺は逃げ腰だった。

 

 なにせ、カストロは大の人間嫌いだ。自分の大事な大事な妹が人間を誘い、更に恋人とまで呼べばその刃は間違いなく俺に振るわれるだろう。って言うかもう振り下ろされた。

 

「――先輩に何するんですか!」

 

 そう言って俺の後輩であるエナミが現れなければ、体は真っ二つだっただろう。

 

「今日はクリスマスだからきっとまた私が先輩と夜を供にすると思ってたのに……!」

 

 しかし、その刃は直ぐにこちらへと向く事になる。

 

「ではそいつを殺して、ヒロインの座は私の物に……」

「貴様! 妹には手を出させんぞ!」

 

 …………そんなこんなで、2人が争ってくれたお陰で俺達は逃げ出す事に成功したのだった。

 

(……あれ、でもこれってヤンデレと二人きりになっただけでは……)

 

「マスター、大丈夫ですか?」

「っあ、あぁ……大丈夫」

 

 息を整えつつ返事を返したが大丈夫じゃなさそうなのはこれからだと察してしまい、若干気が重い。

 

 後ろを気にしなくていい余裕が出来たので周囲の様子を確認すると、夜の林道にいる事に気が付いた。鼻に潮の匂いが、耳には波音がそう遠くない場所から聞こえて来る。

 

「マスター、此処からはゆっくり歩いていきましょう」

「ああ……だけど、此処が何処か分かる?」

 

「ええ。此処は私の望みの場所です」

 

 ポルクスは微笑んで、再び俺の手を握ると今度は誘う様に前に歩いて行った。

 

「……兄様がご一緒ではないのが、残念ですが」

「え?」

 

 彼女の呟きに、思わず疑問の声を上げてしまった。

 

「あ、いえ、決してマスターとだけでは不服と言う訳はなくて! 

 本日のパーティーを機に兄様に是非マスターを認めて頂ければと思って準備したのですが……」

 

 それは流石に無理なんじゃないか、と思わずにいられなかった。

 彼女の兄カストロは生前の出来事からアヴェンジャーのクラスを獲得する程に人間を恨んでいる。勿論、マスターである俺もその対象に含まれているし。

 

「仕方ありません。少々心苦しいですが、本日はマスターと、一緒にクリスマスを楽しみましょう」

 

 やがて、俺達は静かな波を立てる船着き場へとやって来た。

 

 水面に浮かんでいるのは丁度半分、と呼ぶには少し丸みを有した形の月。

 

 そこに泊まっている木製の船は大きく、真っ白な帆が開けば礼装等で見たアルゴノーツに似ている様にも見える。

 

「これが私がご用意させて頂きました、パーティーの会場です」

「船か……」

 

 馴染みのない乗り物を目にして、期待と不安が少しずつ出て来た。

 

「さあ、参りましょう」

「ああ」

 

 一度乗ってしまえば海に囲まれた船の上。逃げ場なんてないとは分かっているが、俺はどこか今日のポルクスを信頼し始めていた。

 

 それが普通であるとは言え、彼女は今日も兄を敬い、気に掛けている。

 もし俺に対してのヤンデレであれば、例え唯一の兄でも利用したり、見捨てても良い筈だが、一切そんな素振りが彼女にはなかった。

 

「……では、出航です!」

 

 彼女の声と共に帆が開き、ロープは外れ、錨は持ち上がる。なんて便利な船だ。

 

 それについて尋ねてみると、それっぽい外見にしてあるが、中身はダ・ヴィンチが制作した最新設計の船らしい。

 冷蔵庫やテレビ、ゲームの類まで用意されている。

 

 船に乗ってからポルクスは料理を準備すると慌てて船内に入っていった。

 ゆっくりして下さいと言われたものの、1人で景色を眺めているのもなと思った俺は彼女を手伝おうと甲板を降りた。

 

「ポルクス? やっぱり俺も――」

「――今すぐ捕らえます!」

 

 厨房の方から突然聞こえて来た彼女の声に驚きつつ、少し迷ってから現場へ急いだ。

 

「あ、マスターだ」

「……へぇ、こんな所にいらしたんですね?」

 

 そこにいたのは海賊のサーヴァント、ライダークラスのアン・ボニー&メアリー・リードの2人だった。

 

 小柄で白っぽい髪のメアリーは気さくに握ったままのカットラスを振りながら挨拶をし、金髪で赤い服からはみ出そうな巨乳のアンは机の上に置かれたチキンを頬張りながらこちらを見た。

 

「マスター、此処は危険です!」

 

 ポルクスも含め、3人共服や体に汚れや傷が付いており、争っていたのは想像に難しくない。

 

「……2人はどうやってこの船に?」

 

「それは――」

「――私だって貴方とのクリスマスの為に船の一隻や二隻、ご用意しますわ。ですが、ダ・ヴィンチに確認した時、既に一隻用意している方がいると聞いて海賊らしく略奪をと思いまして……」

 

 そう言ってアンはポルクスへ銃弾を放ったが、彼女の剣で弾かれた。

 

「っく!」

「もう少しで、プレゼント出来そうです」

 

「あ、僕はアンの作戦を手伝ってるけど、マスターが止めて欲しいならやめるよ?」

 

 出来れば直ぐにそうして欲しい。だが、メアリーが止まってもアンは未だやる気の様だ。

 

「マスターを誘った彼女を肴に、奪った美酒を浴びると言うのも乙ですわね?」

「悪趣味な……! その様な悪逆、私が切り捨てます!」

 

「す、ストップストップ!」

 

 何とか3人に止めて貰う為、俺は間に入り込んだのだが――

 

「――頂きます。んっ」

「っんん!?」

 

 まるで頼んでいた料理が目の前にやって来たかの様な流れで、アンは俺の唇を奪った。

 

「マスター!?」

「……っぁあ……ご馳走様でした」

 

 彼女はほんの数秒程のキスで呆けてしまった俺を強く抱きしめて、首元に銃口を突き付けた。

 

「あ、あっつ!?」

「あら、ごめんなさいマスター。まだ冷えていなかったですわね」

 

 謝られたが今の行為に悪意を感じずにはいられなかった。

 普段なら、俺を傷付けるのに多少なりとも抵抗がある筈なのに。

 

「うん、下手な事はしない方がいいよ。マスターもそこのセイバーさんも」

「マスターは、貴方達の主でもある筈です! これはもはや反逆ですよ!」

 

「あー、うん。それはごもっともなんだけどね」

 

 メアリーはチラリとこちらを――正確にはアンを見て、少し冷や汗をかいた様に見えた。

 

「メアリ―?」

「あ、うん。取り合えず抵抗もなさそうだし彼女は僕が縛って樽の中にでも置いておくよ」

 

 抵抗できなくなったポルクスは近付いて来るメアリーに縛られ、自ら樽の中に入った。

 

「あ、メアリー。こちらを」

 

 アンは何かの瓶を取り出して、彼女に投げた。

 

「これは?」

「お酒です。英霊も酔わせる程の素晴らしい酒ですので、是非樽を塞ぐ前に彼女に浴びせてあげて下さい」

 

「はーい」

 

 言われるがままポルクスの樽に酒を注ぐメアリーを尻目に、アンは俺を甲板へと連れて行くと、船の先端部分である船嘴に水面が見える様に俺の体を括りつけた。

 

「……あ、あのこれは……」

 

 俺の質問に答えるより先に、彼女はナイフを手に取って自分の腕から血を海へと零した。

 

 ――途端に、水面に黒いヒレが浮かび上がった。

 

「っひ!?」

「マスター。正直に答えて下さいね? もし私が嘘を吐いたと判断した場合どうなるか、分かりますよね?」

 

 文字通り魚の餌にされる……!

 

「では、今日はポルクスさん以外の女性に出会いましたか?」

「が、学校の後輩と……だ、だけど、今この船にはいません!」

 

「そうですか。では次の質問です。

 此処で何か、料理を口にしましたか?」

 

「してません! まだ船に乗ったばかりです!」

「……そうなんですか! それは大変喜ばしい事ですわ!」

 

 本当に嬉しそうな彼女の声色を聞いて安堵した。

 

「でしたら大丈夫ですわね。こんな寒い日に、こんな真似をして申し訳ございませんでした。直ぐに船に戻って温かいスープを飲みましょうね?」

 

 どうやら、命懸けの質問コーナーを無事に乗り越えられた様だ。

 無事貼り付けから解放された俺だが、彼女の抱擁は止まらず俺に体を密着したまま甲板を降りた。

 

 手を重ねて指を絡ませたまま胸で腕を挟み、顔を首裏に擦り付ける様な動作はまるでマーキングだ。

 

「ふふふ、匂いは私の大好きなマスターの匂いだけですわね」

「そ、そろそろアンの匂いが移ると思うよ……」

 

 そんな状態で食堂までやって来ると、メアリーが料理を机の上に並べて待っていた。

 

「早かったね。こっちは準備万端だよ」

「ありがとうございます、メアリー。さぁマスター、こちらに」

「ちょっと、アン。僕もそろそろマスターとイチャイチャしたいんだけど!」

 

 メアリーがそう叫ぶが、アンは俺を再び強く抱きしめた。

 

「おわっ!?」

 

「駄目ですわ。マスターは私のマスターです」

 

 

 

「……わたぁくしぃのぉ、ますた~」

 

 机にあった食べ物の影も見えなくなってきた頃、アンはすっかり酔いつぶれ酒樽を抱き締めたまま床に寝っ転がっていた。

 

「ふぅ……先のお酒をアンのコップに混ぜておいたんだ」

 

 自慢げに見せられた酒瓶には、もう殆ど中身が残ってなかった。

 

「それでメアリーはその、ヤンデレになってないのか?」

「うん? 僕はちゃんとマスターの事が好きなんだけど……メアリーは、どうやら僕以上に悪い影響を受けちゃったみたい」

 

 やっぱりか。

 それならポルクスの行動とも一致する。2騎で1つの霊基を持つ2組が同じ状態なんだから、恐らく仕込まれたことなんだろう。

 

「どうする? 今の内にアンを海に捨てる?」

「いや、そんな事したらメアリーだって危なくないか?」

「大丈夫。英霊だから死なないだろうし、この船の全速力ならきっと逃げ切れるよ」

 

 一先ず、その案は水中から狙撃されて沈没されたらシャレにならないので却下した。

 

「むー、じゃあどうする?」

「あの、なんでそんな自然に俺の膝の上に頭を預けているんですかね?」

「アンばっかズルい。大人しくしてるんだし、マスターは僕に膝枕位してもいい筈だよ」

 

 膝に頭を預けながら俺の手を握るメアリーの相手をしつつ、奥に立てられたままの樽を見た。

 

「……そう言えば、ポルクスは?」

「先のお酒を軽く飲ませたから、まだ眠ってるんじゃない?」

 

 カストロとエナミも、どっちが勝ったかまだ戦っているのかは分からないが俺達の事を探しているならその内この船までやってきそうだ。

 

「……パーティーの準備してたのって、ポルクスだよな」

 

 彼女がヤンデレでないのであれば、なんか可哀想だ。

 

「海賊として略奪したんだから、僕達は悪くないよ」

「はいはい、理解してる」

 

 さて、このままでは埒が明かない。

 船の上だから逃げ場はないが、ポルクスを解放すれば飛んで逃げられるかもしれない。

 

 アンが起きる前になんとか彼女を救出しないと。

 

「……ん?」

 

 そこで俺は違和感を感じて、下、自分の足に視線を向けた。

 

「あの……メアリーさん?」

「ん、どうかした?」

「どうして縄で俺の足を縛ってるんですか?」

 

「…………」

 

 無言のまま、答えを返さないでいた彼女は当然立ち上がって俺を持ち上げた。

 

「プレゼントだから、だね」

「くそ! 略奪はデフォルトだったな、そういえば!!」

 

 アンは俺を連れて甲板へ出るとそのまま舵を取って、船を浜へと近づけた。

 

「よーし、後はこのまま船を直進させれば僕達だけのクリスマスを過ごせるね。

 あの人目につかなそうな洞窟とか、どう?」

 

「結局それかよ!? いや、駄目だって!」

「まあ、主導権は僕が握ってるんだけどね」

 

 このままだと間違いなく海賊ウサギの番にされ、カマキリの生態を身をもって味わう事になる。それだけは何とか避けないと……!

 

「令呪をもって――うぉぉっ!?」

 

 魔力を込めようとした矢先に、突然船が大きく揺れた。

 その原因は――

 

「――見つけましたよ、先輩!」

「貴様、妹はどこだ!?」

 

 最悪のコンビ、カストロとエナミの参戦である。

 船を揺らしたのはどうやらあいつらの飛行移動の余波の様だ。

 

「どうするんだ? 流石に俺を庇いながらあの2人の相手は無理だろ?」

 

 カストロの強さは言わずもがな、そして当たり前の様にブリュンヒルデをインストールしているエナミの威圧感も恐ろしい。

 

「妹を探す為とは言え、こんな人間に使役される事になるとは……!」

「ほら、妹は貴方にあげますから先輩の近くにいるあの女を斬って下さい」

 

 完全に標的にされてるし……!

 

「兎に角応戦するよ!」

 

 こちらへ向かってくるカストルの刃をカットラスで受け止めるが、それだけで船は大きく揺れる。

 

「うぉっ!?」

 

 バランスを崩して床に転がりそうになるが、手首に鎖が巻き付いて俺の体を固定した。

 

「大丈夫ですか、先輩?」

「え、エナミ……!」

 

 戦闘はカストロが押している。セイバーとライダーの近接戦闘なら無理もないだろうが、これはもはや絶体絶命と言っても良いだろう。

 

「まーたこんなに女の匂いをつけられて……折角のクリスマスなのにそんな悪臭で過ごす気ですか?」

「ちょ、ちょっと待て! これ以上槍がデカくなるのは不味いって!」

 

 甲板に突き刺された銀の槍は肥大化し、下手したら船を転覆させかねない。

 

「貴様、ポルクスは何処だ!? もし傷の一つでもついていたならその命、二度と陽を浴びる事などないと知れ!!」

 

 妹は何処だと叫ぶカストロの迫力も凄まじくなっている。

 

 鍔迫り合いに押し負けて叩き付けられたメアリーを見て、敗北を悟った俺はカストロをポルクスの元に案内しようとしたのだが、エナミは鎖で俺を持ち上げながら船から飛んだ

 

「じゃあもう良いですね。先輩は私が貰っていきます」

「いーやーだー、はーなーせー!!」

 

「我が儘言わないで下さい、先輩。

 それにあの男、令呪の縛りに抗っててそろそろヤバいですよ」

 

 そう言って一画しか残っていない手の甲を見せて来た。カストロは重度のブラコンをシャトーの効果で拗らせた上に神霊だからエナミの強化された令呪でも効果が危うい様だ。

 

「もうほっときましょう。触らぬ神に祟りなしです」

「だけど、あのままだとメアリーとアンが……!」

 

「へぇ……もう片方の匂いの持ち主はアンですか。なるほど」

 

 嫌に落ち着いた声と共に、首元に槍が添えられた。

 

「匂いを落とさないといけませんし、この海で半身浴とかどうですか先輩?」

 

 こいつもこいつで制御不可能だった。鎖が徐々に長くなり、足先が海面に触れそうになるが……足は地面を踏んだ。

 

「っと、到着ですね。仕方ありませんから、シャワーで我慢しましょう」

「何処に向かう気だよ?」

 

「勿論、どこかの部屋に決まって――」

 

 ――そう言ってエナミは前を見て漸く気が付いたようだ。

 

「……あれ?」

「林道がずーっと続いてるな。多分、この夢はこの林道と船だけなんだ」

 

「えぇ…………林の裏で、やっちゃいます?」

 

 夢の中とは言え、12月の寒さを再現したこの場所でナニをおっぱじめる気だ。

 

 

 

 カストロは、現在怒りに飲まれていた。

 

 人間であるマスターへの怒り、妹を奪おうとするマスターへの怒り、奪還を邪魔したもう一人のマスターへの怒り。

 

 だが、今その怒りは勝手に燃え上がらされている様にも感じていた。実際、ヤンデレ・シャトーの影響で妹に対しての好感度は天井知らずに伸びつつ、人間への憎しみは際限なく噴火していた。

 

 そんな彼は樽の中にいるポルクスに、触れずにいた。

 

「おい、起きてくれポルクス!」

 

 樽を叩いて自分の妹を呼び起こそうとしている。まるで、触れる事を恐れる様に。

 

「……んっ……お兄様?」

「おお、目が覚めたか我が妹よ!」

 

 触れれば自分の中で激しく渦巻く感情は妹へと移る。

 そうなってはなる物かと、カストロは抑え込んでいたのだった。

 

 

「不覚を取りました……酒を飲まされて霊基に異変が」

「なんだと!? やはり、あの海賊どもは今すぐこの手で八つ裂きにしてくれる!」

 

 剣を手に持って捕えていた2人の元へ行こうとするカストロ。

 

 その彼を、ポルクスは腕を掴んで静止した。

 

「お待ち下さい、お兄様」

「待つ必要など無い! 今すぐにでも――っ?」

 

 刹那的な怒りに支配されていたカストロは、漸く妹が自分に触れている事に気が付いた。

 まるで空気が抜けた風船のように怒りは萎みだしていくのが分かった。

 

「は、はなせポルクス! この怒りに飲まれてしまうぞ!?」

「怒り……ええ、そうですね兄様。私、怒ってます」

 

 先までフラフラとしていた足取りは消え、しっかりと立ち上がったポルクスはカストロ目掛けて鎖を放った。

 

「なっ!?」

「兄様が暴れるの想定して用意した鎖です」

 

「な、何故だポルクス!? 何故兄を縛る!?」

「今日はクリスマスです。家族や、恋人と過ごすだと聞いています。この船はその為に用意したのに……!!」

 

 ポルクスは強く拳を握りしめた。

 同じ霊基の存在である兄から読み取った記憶を見て、既に自分の用意した食料もマスターも奪われた事を理解している。

 

「兄様、頼みがあります」

「な、なんだポルクス?」

 

「食材を集めて下さい」

「しょ、食材……?」

 

 カストロに指示を出したポルクスは未だに呑気に寝ているアンを睨みつけた。

 

 

 

「さーむ……」

「船の上は寒くなかったんだけどなぁ」

 

「もう! どれだけ嫌味を言えば気が済むんですか!」

「いや、別に……」

 

 俺とエナミは船着き場のベンチに座っていた。

 俺は極地用の礼装に着替えたのだが、エナミはどうやら魔術礼装の着替えが出来ないらしく、インストールの効果も切れたので冬の寒さに苦しんでいる様だ。

 

「ていうか、布面積はこっちの正装の方が多いのに」

「確かに。まあ、魔術のおかげだな」

 

 このまま待っていれば、その内カストロがこっちに来たり……いや、来たら俺の命は今度こそ終わりだろうなぁ。

 

「や、やはりここは抱きしめあって暖をとりましょう、そうしましょう」

「嫌だって先言ったよな?」

 

 魔術なしの単純な腕力勝負でなら俺に分があったのでエナミに襲われずに済んでいるが、このまま悪夢が終わるとは思えない。またインストールされたらガンドで足止めして出来るだけ遠くに逃げよう。

 

「って、船が帰って来た!?」

「でも、凄く早くないですか?」

 

 こちらに近付いてくる船は減速の気配すらない。

 

「お、おいおい!? まさかこのまま突っ込んだりなんてしないよな!?」

 

 しかし、その心配は奇遇だった様で、僅か手前で船は旋回し止まった。

 

「……!?」

「マスター、捕まえましたよ」

 

 船に気を取られていた俺は、体をポルクスに掴まれて船の中にいた。

 

「あ、先輩! この――」

「――こちら、貴方へのプレゼントです」

 

 ポルクスが箱をエナミへと放り投げると、空中で蓋が開き中から目覚まし時計の様な物が現れた。

 

「こんなものに引っかかると思ってるんですか!?」

 

 エナミがそれを回避するのと、ポルクスが俺の耳を塞いだのはほぼ同時だった。

 

『――っ!!』

「え――ちょ、ちょっ」 

 

 目覚ましが起動し、それと同時にエナミの姿は消えた。動いたままの時計は、やがて海へと消えていった。

 

「え、エナミ!?」

「あの方には目覚めて頂きました」

 

 ヤンデレ・シャトーは悪夢……現実で目が覚めれば追い出される。

 

「なら、ついでに俺も」

「勿論、駄目です。マスターにはこれからクリスマスを私と一緒に過ごすのですから」

「あはは、ですよねー」

 

 空を飛び甲板へ向かうとコック服姿のカストロがこちらを見上げ、これ以上に無いほど苦い顔でこちらを睨みつけていた。

 

「大丈夫ですよ。兄様にも、クリスマスは仲良く過ごして貰います」

「ポルクス!!」

 

 不満気に妹の名を叫ぶが、ポルクスは微笑むだけだった。

 

「さあ、今度こそ楽しい宴にしましょうね」

 

 お兄さんの熱い視線を浴びながら、再び船内の食卓にやって来た。

 

 小魚のフライや、魚介スープ、海老やカニといったメニューの数々は海賊に食い散らかされてもなおクリスマスパーティーの開催を諦めなかったポルクスの執念を感じる。

 

「さあ、兄様。聖杯を模した盃です。良いお酒もありますよ」

「あ、ああ……貰おう」

 

「マスター、あーん」

「え、あ、いやその……」

 

 そして、俺にアプローチを何度も試みる。

 

「兄様、こちらのお酒はこの品によく合いますよ?」

「っ! ……勿論、頂こう」

 

「マスター、こちらはですね……兄様」

 

「あ、すいませんマスター。コップを間違えてしまいました……兄様?」

 

 その度にカストロの感情が怒気を帯びて危うくなれば、ポルクスは酒を呑ませ、呑ませ、吞ませ続けた。

 

 やがて、顔を真っ赤にしたカストロは……眠ってしまった。

 

「ふふふ、兄様ったら……あちらのソファーに寝かせておきましょう」

 

 そう言った彼女は去り際に妖しい笑みを見せていた。

 

 その確信と歓喜に満ちた瞳には、流石に命の危険を覚えずにはいられなかった。

 

 だから食卓を抜け出して地下へと走り、アンとメアリーを見つけようとした。

 見つけるのもそこまで難しくは無かった。

 

 しかし――彼女達を解放するのは無理だった。

 

「マスターなのね? ねぇマスター、欲しい! 私、貴方が欲しくて欲しくて辛抱できません! さあ、早くこの枷を外してくださいませんか!?」

 

「……マスター? マスター……!? ああ、マスターだ……! ねぇ、僕と一緒にいようよ! 僕だけと、一緒に!」

 

 牢屋の中で体を縛られた状態の2人は俺を見るなり理性の欠片もない、野生動物の様な瞳と勢いで俺に話しかけて来た。もはやそれは飛びつく前の予備動作にも等しかった。

 

「此処まで来ていたのですね、マスター」

「ぽ、ポルクス! これはどういう事だ!?」

 

「何やら、勘違いをなされていますね。私はただこの二人を拘束しただけです。薬物は勿論、霊基の改変等は一切行っていません」

「じゃあ、なんでこんな……!」

 

「これはこの塔のシステムのせいです。

 2騎一組のサーヴァント。その間で狂気のやり取りが行える様なのです」

 

 それは最初のポルクスとカストロ、アンとメアリーを見ていればなんとなく分かった。

 

「ですが、そのやり取りの度にどうやら狂気のランクが上がる様なんです」

「っ!? つまり、2人は今……」

 

「常時発情し、性への異常な執着、そしてそれらの矛先は全てマスターへ……」

 

 つまり、この2人は拘束されて強制的に繋がっていたせいでヤンデレの深度が偉いことになっているのか。

 そこまで理解した俺は床に押し倒された。

 

「っ!?」

「勿論、それに気付けるのは既にそれを体験した者だけ……調理、パーティー、そして兄様の介護……私も、もうそろそろこの身が溶けてしまいそうです……!」

 

「まさか、先のやり取りの間に……!」

「ええ、兄様を鎮める度に狂気を吸収していたので……実は、もうずっとマスターを求めて止まなかったのですよ?」

 

 やけに兄を憚らずにスキンシップしてくるなと思っていたけど、そんな……!

 

「クリスマスは家族と過ごすと聞いたので、兄様とも喜びを分かち合いたかったのですが、本人が寝てしまったのでこれからは……」

 

 

 

「内緒で、私達だけで、恋人のクリスマスを過ごしませんか?」

 

 

  耳元でそっと囁かれた。ゾクゾクと寒いモノが背中を走った。

 

 

「……もっとも、海賊共の前で行うのは流石に忍びありませんで……」

 

 

「――奥の、誰の目にも耳にも届かない寝室で――」

 

 

 普段の真面目さが波紋に揺れる月の様に消えて行く。

 

 溜め息交じりの誘い声が、俺の視界を黒く染め上げるのだった。

 

 

 

 

 

「せーんーぱーい?」

 

「ひぇっ!?」

 

 24日が過ぎ、クリスマスとなったばかりの25日の朝8時。俺の目の前にエナミの顔があった。

 

「ど、どうして……!?」

 

「とても早く起こされたので、早朝から先輩の家に上がらせてもらいました。お母さん、休日なのにとても早起きなんですね?」

 

 口ではこれまでの経緯を説明しているが、顔も表情も夢の中でどこまでやったのかと問い詰める気満々なのが分かる。

 

「……いえいえ、夢については夢の中の事なので、別に怒ったりしてませんよ?」

 

 嘘だ。絶対に怒ってる。

 

「ですが夢の出来事ってきっと先輩の欲求が生み出した物なので、私が再現してあげないと……と、恋人として思った訳なんです」

 

 結構です。

 

「……へぇ? つまり、すっきりしてまう所まで至ったんですか?」

 

「そもそも、思い出せないんだけど……」

 

「じゃあ、この際ですからABCとかHIJKまで一通りしましょうか?」

 

「あ、俺まだクリスマスプレゼント確認してなかったなー!

 何が入ってるんだろー! 楽しみだなー!」

 

 俺は慌てて枕元のデカい靴下に手を伸ばした。きっと親父が遊戯王のボックスとか入れてくれて――

 

「――じゃあ先輩、私のプレゼント受け取ってもらえますか?」

「結構です」

 

 靴下の方を持っていかれた。

 

「もしかしたらカードかもしれませんよ?」

「結構です!」

 

 奪い返そうとしたら躱された。

 

「あははは……私、そんなに要りませんか?」

 

「そんな脅しには屈しない! 俺の平穏なクリスマスは家族で十分だ!」

 

「なら私も家族の一員になりますから!」

「認めるかぁ!」

 

 この後、騒ぎ過ぎて2人まとめて母さんに怒られたのは言うまでもない。

 

 




恐らく今年最後のシャトー。
ウィルスの影響で色々ありましたが、去年よりも多く投稿出来たので個人的には満足しています。

来年も原作のFGO共々、愛読して頂けたら幸いです。

ヴリトラは2枚引けました。すり抜け以外で星5が被るのって地味に初めてなのでは……ブラックボックスガチャを取り尽くすのをお忘れずに。

メリークリスマス!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレアーツ周回

大変遅くなりましたが、あけましておめでとうございます!

2021年も、自分のペースでヤンデレを書いていくつもりですので、引き続きご愛読の方、よろしくお願いします。


 

「……」

 

 ヤンデレ・シャトーの中……にやって来た筈の俺の前に広がっていたのは草が生い茂る広々とした草原だった。

 

「……え、のどか過ぎませんか?」

 

 俺の知ってるヤンデレ・シャトーじゃない。そう思いつつ辺りを見渡すと、こちらにやって来る人影が見えた。

 

「こちらにいたんですね、マスター!」

 

 紺色の帽子と羽織、その下の白いシャツとスカート。何処か学生の様な印象を与える彼女はキャスタークラスのアルトリア・ペンドラゴンだ。

 

 彼女には周回でお世話になっているマスターも多いだろう。俺もそうだし、そういう事情はこの悪夢で反映される事がある。

 

「これから休憩しようと思っていたんです。マスターもご一緒しませんか?」

「休憩……」

 

 俺は距離を取りたくなって少し後ずさったが――

 

「はい。カルデアに来てから毎日毎日とても忙しいですし……」

 

「いえ、マスターの方が大変なのは重々承知していますよ?」

 

「でも、たまには現場に駆り出され続ける私にお付き合いしても良いと思うですよ。そうは思いませんか?」

 

 

 笑顔で痛い所を突いてくる彼女の言葉に、流石に嫌とは言えず渋々首を縦に振った。

 

「じゃあ、あちらに行きましょう! 陽が当たって気持ちいいんですよ」

 

 指差した場所には何もなく、唯々草原だけが広がっていた。

 笑顔のアルトリアに連れられて少し歩いたがやはり何もない。

 

 そんな事は一切気にしていない様子のアルトリアは、その場に座り込んだ。

 

「さあ、隣にどうぞ」

「あ、ああ……」

 

 正直俺はいつ押し倒されるか気が気ではなかったが、取り合えず座った。

 

「……」

 

 彼女が言っていた様に此処は暖かな日差しを浴びながら、風を肌で感じられる。人工物の無い緑と青の穏やかな景色を見ていると、自然と肩から力が抜けた。

 

「はぁ……」

「こうしてると、心地よくて段々眠くなってくるんですよね……」

 

「そうだなぁ……」

 

 陽日だったらもう既に寝てるんだろうか……いや、あいつは何処でも寝てるか。

 

「最近はずっと忙しかったので、こうやって休息出来るのがとても嬉しいです。ね?」

 

 若干こちらを責めている様な言葉に少し体を震わせた。

 

「あ、本当にマスターを非難している訳じゃないんです! ごめんなさい!」

「いや、本当にいつもありがとう……」

 

 苦し紛れなお礼を言うと、アルトリアは頬を赤らめて笑うと、顔をそっと俺の横に預けて来た。

 

「それじゃあ、マスターの腕枕で寝ても良いですか?」

「まあ、それ位なら……」

 

 草の上に寝っ転がって左手を伸ばすと、彼女は自分の頭を俺の二の腕に乗せた。

 

「ふふふ、毎日頑張った甲斐がありました」

 

 すぐ横に自分の腕でサーヴァントが寝ているのに、いつもの緊張感がまるでないのが不思議で仕方ない。本当に、今の状態は安全なのか?

 

 そう思って彼女を見続けていたが、気が付いた時にはアルトリアはすっかり眠っていた。

 

「……う、動けない……っ!」

 

 抜け出そうと藻掻いていると、キャストリアの右手が俺の礼装を掴んだ。脱出はもう不可能だろう。

 

「っ……あぁぁ、もうどうにでもなれ」

 

 早々に諦め、彼女に倣う様に空に向いて瞳を閉じた。

 どうせその内他のサーヴァントが現れて誘拐されるんだから……

 

 

 

 …………おかしい。

 

 アレから暫く経ったが、キャストリアは寝ているだけ。正確には少しずつ顔や体が近付いている気がするが何も起こらない。

 

 もしかして、俺は既に彼女の術中なんじゃ……

 

「……どうかしましたか?」

「え? あ、いや別に」

 

「もしかして、眠れませんか?」

 

 どこからか自分の杖を出現させたアルトリアは、自分達の周りを囲う様に紫がかった白い花を咲かせた。

 

 花々から心地よい香りが放たれ、リラックスしてきたのか力が抜けてくる。

 

「さあ、眠りましょう。瞳を閉じて、楽にして下さい」

「いや、そもそも俺はそんなに眠くないから……っ!?」

 

 瞼が勝手に閉じ始めた。何度も目を開けるが段々閉じている時間の方が長くなっていく。

 

 だけど、それ以外に何か違和感が……

 

「さぁさぁ、お眠り下さい」

 

「……?」

 

 花以外に何か甘い香りを感じた。

 

「貴方様も大変お疲れのご様子」

 

 目の前にいるアルトリアの口調がおかしくなってくる。

 

「どうか、私にその身をお預け下さい」

「さてはお前、殺生院キアラか!?」

 

 叫ぶ様に彼女の正体を口にすると、キャストリアは白い霧と共に消えてその正体を露わにした。

 

「あらあら、バレてしまいました。流石ですねマスター」

「なんでキャストリアに化けて――」

 

 ――彼女はさっと抱き寄せ、口を塞ぐ様に俺の頭を胸に押し付けた。

 

「理由などもはや些末な事。幾度も戦闘に駆り出された私が此処でマスターと共にこの場で眠りに就くのは当然の流れかと」

 

 そんな訳あるか。そう言おうにも、こうなってしまえば彼女の元から逃げるのは難しい。

 

「ああ、先まで同衾していた彼女の事ならご安心下さい。此処から少し離れた場所で今も幻の中で眠っています。

 ふふふ、まさか此処まで積極的な方がいるとは思いませんでしたね」

 

 頭に2本の角を生やし、水色の布に両足を包んだ人魚姿のキアラは腕の力を弱めて俺の顔を見た。

 瞳は鋭く、人魚などでは決してないその圧は獲物を目の前にしたサメすら凌駕しているだろう。

 

「本日は一口に飲み干したりは致しませんので、怖がらなくても良いのですよ?」

 

 ええ? ほんとでござるかぁ?

 とは死なない為にも口に出さないでおこう。

 

「そうですね。これまでの行いを悔い改める意味も込めて今日はマスターの快眠をお助け致しますね」

「いや、もう眠気ないから。めっちゃ目が覚めちゃったから」

 

「ご安心ください。既に貴方は幻の虜。現の眼を閉じられた世界にて、どうぞ心の臓まで溶けて下さい――」

 

 ――キアラの言葉と共に再び目の前の景色が変わり……

 

 

 

 ……目を覚ますと、見知った天井が見えた。

 

 俺の部屋だ。

 

「……あれ、もう目が覚めたのか?」

 

 時計を見ると時刻は朝の7時。いつも起きている時間だ。

 

「うん? ……まあ、いいか」

 

 登校しないといけないし、のんびりしてはいられない。

 ベッドから起き上がると同時に部屋の扉をノックされた。

 

『切大さん、もう起きてますか?』

 

「起きてるよ、キアラさん」

 

 扉の向こうから、此処に住ませてくれている叔母――親戚のキアラさんの声がした。

 

『朝食が出来てますよ』

「今行きます」

 

 簡単に支度だけして部屋を出た俺は食卓に向かった。

 

「おはようございます。さあ、どうぞ召し上がってください」

「いつもありがとうございます。じゃあ、いただきまーす!」

 

 並べられた和の料理達に箸を伸ばし、それぞれをしっかり噛んで堪能した。

 

 その後、支度を済ませて学校へ行こうと玄関を出ると、ポリス姿のキアラさんがバイクの上にまたがりながら俺にヘルメットを投げて来た。

 

「送ります。遠慮せず私の後ろに乗って下さい」

 

 普段から遠慮している俺をキアラさんは半ば強引に座らさせた。

 

「落ちない様にしっかり抱き締めて……ふふふ」

 

 警官の制服……の筈なのに、水着の様に薄い生地の上から触っても温かい感触にドキドキしてしまう。

 

「さあ、行きましょう」

 

 そんな俺の事を気にも留めず、キアラさんは出発した。

 

 2人乗りのバイク登校……では流石に浮いてしまうので、人気の少ない道を通って学校の近くで降ろしてくれるのが日課だ。

 

「この辺りで良いかしら?」

「ありがとうございます」

 

「真面目ですね。私と切大さんは家族ですから、もっと頼ってくれても良いのですよ」

 

 そう言って俺を強く抱きしめるキアラさん。

 胸が当たるし、甘い香水の香りが移ってしまうが毎日こうしているのでもう慣れた。

 

「ふふふ、いつも顔が赤くなりますね?」

「いや、その……」

 

「あらあら、こんなに大きくして……苦しくはありませんか?」

「もう行きます!」

 

 優しいキアラさんが偶に見せる妖しい雰囲気を感じ取り、俺は慌てて彼女から離れた。

 

「あぁ……まだ早かったかしら?」

 

 最後に何か聞こえた気がしたが、走り去っていた俺にその声は聞こえなかった。

 

「や、ヤバかった……あんなに色気ムンムンなのにスキンシップまで過激だからな……本当にその内一線超えそうで怖ぇ……」

 

 到着する前から疲れてしまったが、何とか校門を潜れた俺は教室に向かった。

 

「……いや、でもなんかおかしいよな?」

 

 キアラさんとのやり取りがグルグルと頭の中を駆け巡っていたが、不意にそれに違和感を覚えた。

 

 最近、誰か……キアラさん以外の誰かに起こされたり、一緒に登校していた様な……学校にだって、確か声をかけてくる友達がいた様な……

 

「……なんか、変だ」

 

 答えの見えない問いを頭に巡らせている内に、教室の前までやって来た。

 

「……あれ?」

 

 扉を開けようと手を伸ばした所で、窓から見える室内がいつもと違う事に気が付いた。

 

 教室に既に誰かいる……のは良いにしても、明らかに机の数がおかしい。教壇の前に1つしかない。

 

「……俺のクラスだよな?」

 

 扉を開けて中に入るが、やはり机は1つしかない。

 そして、既に入っていた人は金の髪に褐色肌、そして黒いドレスの様な衣装で――

 

「――遅いわ!!」

 

 

 

 突然響いた怒鳴り声によって、俺は正しい景色を取り戻した。緑が続く草原に、俺とヴリトラ、少し離れた場所にキアラが立っていた。

 

「遅い、遅いぞマスター! わえは貴様の行動の全てを観て心待ちにしておったと言うのに、何をぼんやりしておる!?」

「え、あ、えっと……? なんで、ヴリトラが?」

 

 もの凄い形相で目の前で騒ぎ立てているサーヴァントは、ランサーのヴリトラ。

 

 インドの神と何度も戦った邪竜で、川の水を塞き止める等の悪行で人々を苦しめていたが、人々が苦難を乗り越えて進化する姿を待ち望む必要悪であり観客でもある。

 

「あらあら、私の幻はこれからでしたのに……」

「つまらんつまらんつまらーん! 非常に不愉快じゃ! やはり複製とはいえ貴様の様な獣の力を借りるのは間違いじゃ!」

 

 ヴリトラは隣にいたキアラに槍を突き刺すと、直ぐにその体は霧散した。

 

「はぁ……マスター、貴様には少々がっかりじゃ。色に対する耐性が無さ過ぎる」

 

 突然駄目出しされ、彼女の背後にあった槍は空中を飛ぶと、俺の四方に突き刺さり檻の様に取り囲んだ。

 

「わえを周回とやらに付き合わせておきながら、危機を乗り越えようとする気概も見せんとは……このままでは、わえの力は貸してやらぬ」

 

 それは困る。

 ダブルキャストリアシステムの適正サーヴァントを失うと、これから先のイベントが……!

 

「き、ひ、ひ……わえの様な蛇にその様な顔を向ける人間は恐らくマスターが初めてじゃろうな? やはりわえの力に毒されて、虜になっていおるのか?」

 

「……いや、でも冷静に考えたら今までのクイックパでも全然――」

 

「――おー、そうかそうか! そろそろ食べ頃じゃったか!」

「すいません」

 

 五本目の槍を取り出されて、直ぐに土下座した。

 

「はー……駄目じゃ。とても食べる気などせん……」

 

 俺としてはそっちの方がありがたいんだけど。

 

「よってわえはマスター、貴様をより強く、より香ばしくする!」

 

 目を見開き言い放ったヴリトラ。それと同時に空は曇りだし、草原は凍てついた。

 

「これって……!」

「わえの力でこの辺り一帯の自然を塞き止めた。同時に、この空間の進みすら、な」

 

 ヴリトラは懐から、目覚まし時計を取り出した。

 それは俺が普段部屋に置いて使っている時計だ。

 

 だが、数年間使って故障していなかった筈の時計の針は止まっていた。

 

「これで夢から目覚める事は無い。わえが止めたこの空間をどうにかしない限りはのう」

 

 彼女はそれだけ言い残して、飛び去ってしまった。

 

「いや、ちょっと待て!?」

 

 なんの説明もされないままいなくなり、説明が欲しいと嘆くがもう遅い。

 

「この空間、確か核を見つけた上でサンタカルナのパンチで壊していたよな……無理じゃね?」

 

 そんな俺の弱音が聞こえたのか、頬を何かが掠った。

 触ってみると、僅かに血が流れている。

 

「……え?」

 

 風だ。風に攫われた凍り付いた草が、刃の様に俺の頬を切り裂いたのだ。

 

「う……! と、兎に角急ぐしかないか!」

 

 

 

「き、ひ、ひ……走っておる走っておる」

 

 ヴリトラは凍てついた大地に玉座を作り座っていた。目の前には魔術の目に映るマスターの姿があった。

 

「生命の危険を感じ、必死に足掻く様こそ人間の最も尊い姿よ。限界を超えて望め、マスター」

 

 そしてヴリトラはその瞳を一度、遠くへ向けた。

 

「わえと同一の存在の多くは己のマスターに嘆いておったようじゃが……力づくで閉鎖空間を破ったり、危険を寝返りで回避され眠り続けられてこの光景が見えんのではなぁ」

 

 今一度刃に怯えて慌てて回避するマスターを見て微笑んだ。

 

 ヤンデレ・シャトーの中であっても自身の一番尊いと思う物を想い人に求めるヴリトラは、はたから見れば大した変化が無いように思える。

 

 だが、聖杯の力が無い事を言い訳に空間の核を自分自身にして己を求めさせ様としているのは彼女が並々ならぬ執着をマスターに持っている事に他ならない。

 

「ん? 動きが止まったな。だが、そこからではまだ遠か――」

 

『――令呪を持って命ずる! 此処から出してくれ!』

 

 赤い魔力の輝きを見たヴリトラ。その瞬間に彼女の体はその場を離れ、マスターの元へと移動した。

 

「……むぅ、塞き止めたとはいえ空間内部にいるわえには令呪の効果があるのか。要改良じゃな」

「ヴ、ヴリトラ……」

 

「何を怯えておる? 人間の貴様が考え付いた手段である以上、それを防げなかったわれの負け。今回は見逃してやろう」

 

 塞き止められた空間は動き出すと共に崩壊を始めた。目覚めの時だ。

 

「次は令呪も塞き止めておこう。それまで、しっかり備えておくのじゃな。

 き、ひ、ひ……!」

 

 

 

 

 

「……? マスター?」

 

 平原で一人寝ていたアルトリア・キャスターが目覚めると、先まで隣にいた筈のマスターはいなくなっていた。

 

「……これは、獣の気配。それに竜……カルデアに新しく来たサーヴァントですか」

 

 最近任務を共にする事の多かったサーヴァント達の顔を思い出し、アルトリアは苦い顔をした。

 

「折角マスターを閉じ込めたのに……あの2人、何度も私の宝具で受けたから解析して何らかの手段で干渉してきましたね」

 

 状況から冷静に状況を理解したアルトリアは、静かに杖を握った。

 

「このまま誰にも侵入されない私の世界に閉じ込めて、静かな時を過ごしてほしかったのですが……水を差す輩が思ったよりも多いんですね。

 マスターはこれからも世界を救う旅路を続けるのに、獣や竜に日常すら奪われるなんて……気の毒ですね」

 

 ずっとそんなサーヴァント達を支援し続ける最近の自分の立場に、彼女は怒りを覚えた。

 

 そして確かに決意した。

 

「……次はちゃんと、誰の手も届かない場所で私の想いを、マスターに届けましょう」

 

 




新年最初のヤンデレ・シャトーはWキャストリアシステムで周回しているマスターを閉じ込めて惑わせて塞き止める3連コンボでした。

いきなり執筆が遅れてしまいましたが、これからも変わらずヤンデレサーヴァントを書いてFGOを楽しんでいこうと思います。




さて、今からアークナイツでも……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弟子入りヤンデレ

今年のバレンタインはイベントが終わる前に小話を投稿出来たらいいなー、と思ってます。
以前書いた個別イベントを改変する奴です。頑張ろう。



今回は以下の点にご注意下さい。

※Fate/Requiemの宇津見エリセのキャラ崩壊
※ぐだ男に靡く訳無いだろ! いい加減にしろ! って方はブラウザバックして下さい。


「私をキミの弟子にして下さい」

 

「えぇ……?」

 

 夢の中のマイルームで目が覚めると、中学生の女の子が部屋に入って早々弟子入りを志願してきた。

 

「何か不満でもあるの?」

「いや、別に不満とかは無いんだけど……」

 

 横から胸が見えそうな、白い巫女服の様な恰好の少女は宇津見エリセ。

 確か、スピンオフ小説のFate/Requimの主人公でFGOではランサーとして邪霊等の力でサーヴァントの様に戦っている筈だ。

 

「確かに私はあの盤上世界での一件でキミを認めて、こうやって繋がってしまった縁のままにカルデアの手伝いをしているんだけど……でも、こんなおかしな空間があるなんて、どう考えても変でしょ!」

 

 まさかこの子、ヤンデレ・シャトーに異議を申し立てていらっしゃる……?

 

「サーヴァントに好かれるだけの空間なんて!」

 

「まあ、そうだよなぁ」

 

 全く持っておっしゃる通りだ。

 

「だから、これからキミの弟子になって私がちゃんと監視する!」

「弟子になる意味とは?」

 

「仕方ないじゃない。理由もなくマスターの隣にいると他のサーヴァントから攻撃されるんだから……」

「多分弟子でも関係なく攻撃してくると思うんだけど」

「兎に角、これは安全策! まさか、年下の私に教える事がないなんて言わないでしょ?」

 

「なんでちょっと挑発的なんだ……」

 

 まあ、普段からツンツンしてる感じの子だし此処は幾分か大人の俺が折れてやるとしよう。

 

「それで、他のサーヴァントがいるのか?」

「態々外に出るの?」

「そりゃあ、この塔で出会いたくはないが出会わないとそれはそれで面倒な事になるからなぁ」

 

 マイルームの扉を開いて、早速外の様子を見てみたのだが――

 

「――真っ暗?」

 

 扉が開いた先は黒一色。

 試しに手を伸ばそうとすると――突然後ろに引っ張られた。

 

「ちょっと何考えてるのよ!? どう見ても危ないでしょ!」

「あ、はい」

 

「私が入って来た時はちゃんとカルデアだったのに……」

 

 でも目の前で蠢いている黒一色の光景はカルデアでは無い事は確かだ。

 

「ほら、閉めて閉めて!」

 

 中学生に怒鳴られて動きの止まった俺を掴んで扉から離しつつ、彼女は急いで扉を閉めた。

 

「あれが退散するまで、取り合えず大人しくしておきましょう。他のサーヴァントの仕業なら、少なくてもキミを害したりしないでしょう?」

「そう、だな」

 

 100%安心ではないんだが……それに先の黒い何か、どっかで見た気がしなくもないんだけど。

 

「それで私を何をすれば良いのかしら、師匠?」

「違和感あるなその呼ばれ方……」

 

「ベタだけど掃除とかした方がいいのかしら?」

「別にしなくても良いと思うけど」

 

「じゃあ料理を!」

「別にお腹減ってない」

 

「む……何もさせない気?」

「突然弟子入りしておいて何言ってんだ……」

 

 とはいえ、正直英霊に関してはきっと彼女の方が詳しいだろうし今更俺がウンチクを語った所で意味は無いだろう。

 元の世界の教育事情も良く分からないし。

 

 やっぱり師匠とか無理では?

 

「ねぇ、この辺から危険な毒の香りがするんだけどっ!」

「ああ、多分いつも静謐のハサンが潜伏している場所だな」

 

 エリセが指さしたのはベッドの下。ぐだ男と化した俺には毒耐性があるので多分大丈夫だ。

 

「ここ、黒く焼けてる! 火薬か何かを仕込まれて……!」

「それは清姫の炎で焼けただけだと思う」

 

「じゃあこのぬいぐるみ!」

「アナスタシアのプレゼント」

 

「怪しげな薬品群!」

「パラケルスス、キルケーの没収品」

 

「この魔術書は!?」

「それはナーサリーがくれた本」

 

「――っもう! 荒れ放題じゃない!」

「マスターの性だと思ってる」

 

「この現状を受け入れてるの!?」

 

 彼女は英霊を強く尊敬しているし、いわくつきの品には敏感なのでこの品々を見て驚き、もはや呆れている様だ。

 

「こんなにあったら普通は落ち着かないでしょう!?」

「だからって、捨てでもしたら明日にはとんでもない事になるぞ。なんせ此処の英霊達は1回拾い食いするだけでトラブルを起こす奴らが殆どだからな」

 

「改めて考えると恐ろしい場所ね。カルデア……」

 

 そういう訳で掃除は必要ないと彼女を説得したが、彼女はそれでも引き下がらなかった。

 

「だったら、せめて管理を強化しましょう! 一纏め位にはしておかないと!」

 

 そう言って彼女は本に手を伸ばして――

 

「――っきゃ!?」

 

 可愛らしい悲鳴が上がった。本が突然勝手に開いて飛び出したのだ。

 そして瞬く間に、本の形は少女へと変わった。

 

「ふぁ……折角マスターの部屋で気持ちよく寝ていたのに……」

「あの本、ナーサリー本人だったのか……」

 

「そうよ。私はマスターのサーヴァントだから、此処にいても良いでしょう?」

 

 俺に近付き、抱きつく絵本のサーヴァント、ナーサリー・ライム。

 エリセはそれを見て不機嫌そうにしている。

 

「……可愛そうな女の子。こんな夢の中でも素直になれないのね」

「ちょ、ちょっと! いきなり抱き着いて、駄目です! ご禁制です!」

 

 どこかの頼光さんみたいな事を言って止めに入るが、ナーサリーは全く気にする事無く嬉しそうにくっ付いてくる。

 

「なんで駄目なのかしら? 此処は貴方の場所なの?」

「べ、別に私の場所じゃなくても……!」

 

「ナーサリー、こんなにくっつかれると動きづらいんだけど……」

「あら? 今日は何処にもいかないのでしょう? この部屋の入口は、幽霊の洞窟の様に暗いんだもの」

 

 寝てた割にはこの状況をよくご存じで……いや、幽霊の洞窟ってまさか……?

 

「エリセ、もしかしてあの黒いのってエリセの邪霊……?」

 

「うっ……」

 

 バツの悪そうな顔を浮かべている彼女を見つめていると、ナーサリーに両頬を掴まれた。

 

「駄目よマスター。女の子の悪戯は、笑って許してあげないと」

「悪戯じゃなくて!? 私は、マスターが外に出て連れ去られない様にしただけ!」

 

 慌てて言葉を紡ぐエリセとは対照的に、笑顔を浮かべたナーサリーは俺達の目の前で一回転してスカートをフワリと浮かせた。

 

「じゃあ、私が素直にしてあげる!」

 

 ナーサリー・ライムが魔力を高めてまたおかしな世界を展開する――より早く、俺の魔弾が彼女の体に命中した。

 

「あうっ!?」

「っと……毎回毎回、同じ手が通じると思うなよ」

 

 いつも彼女の世界に付き合ってやると思ったら大間違いだ。スタンを食らってその場に座り込むと、恨めしそうな視線をこちらに向けた。

 

「マスターさんのイジワル……」

「先に部屋に入っていた意地悪さんは誰かなぁ?」

 

 ナーサリーの頬を軽く抓んで引っ張ってやる。これくらい、普段から宝具で拉致されまくっている俺ならやり返しても良いだろう。

 

「良く分かんないけど、マスターの言う事を聞かない悪いサーヴァントなら、マスターの弟子でもある私の出番よ」

 

 そしたら今度はエリセがナーサリーの首元を掴んで持ち上げた。

 

「この部屋から退場です!」

 

 開いた扉の外へとナーサリーを放り投げ、もはや隠す事もしなくなった彼女の体から邪霊が溢れ出て、黒い壁を作り直した。

 

「ふぅ、これでもう他にサーヴァントはいないわね」

「だと良いけど……」

 

 安堵の溜め息を吐いてベッドに腰掛けた俺の顔を、何かを期待するような瞳で覗き込んできた。

 

「ねぇ。何か私に言う事があるんじゃないの? 師匠の不始末を、片付けた弟子に対して」

「だから弟子じゃない……いやまあ、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 随分と恩着せがましい弟子だなぁ。

 

「じゃあ、これからも私が弟子として護衛する。夜警でサーヴァントとの戦いは慣れてるからね」

 

「ヤンデレ・サーヴァントはまた別の怖さを持ってるんだが……まあ、やる気っぽいしいいか」

 

 どうせ今夜限りだし……そう思って後の安全は彼女に任せて俺はマイルームでお茶でも飲んで過ごす事にした。

 

 

 

 翌日、俺の想定とは大きく異なる状況になっていた。

 

「あの拙はマスターに御用が……」

「ダメです! 師匠は今取り込み中だから絶対に入らないで下さい!」

 

「マスターと魔力補給について話したいんだけど?」

「面会拒絶です!」

 

 代わり代わりにドアをノックしてやってくるサーヴァント達を、玄関先で追い返し続けるエリセ。

 

「やっぱり、キミって本当はサーヴァント達に舐められてるんじゃない?

 こんな何度も何度も遊びにくるなんて」

「いや、そんな事ないと思うけど……」

 

 俺のマスターとしての対応を疑問視されたが、それよりも奇妙な現象を目の当たりにしたショックが大きかった。

 

「……」

「どうかしたの? なにか言いたい事でもあるの?」

 

 エリセが対応したサーヴァント達は、帰っていくのだ。マスターの部屋にエリセがいる事になんの反応も示さず、抵抗も癇癪も起こさずに帰っていくのだ。

 

 この、ヤンデレ・シャトーで。

 

「いや、そんな訳ないだろう!」

 

 何か異常は無いかと彼女の両肩を掴んで隈なく探そうとすると、エリセが反射的に両腕を背中に移動させたので覗き込んだ。

 

「って、やっぱり邪霊が溢れてるっ!?」

「う……なんか、恥ずかしいからあんまり見ないで……!」

 

 恐らく、サーヴァント達と接触した際にヤンデレ・シャトーの影響をその体質で移して溜め込んでるな。

 

「だって、英霊達がそんな軽々しく人間一人に心許すなんて解釈違いと言うか……わ、私だったら別に、師匠の事を好きになんて、ならないかなぁって……」

 

 頑張ってツンデレっぽい事を言って強がっている……が、両腕でしっかりと抱きしめながら許して欲しそうに潤った瞳でこちらを見上げているのでこの子はもう手遅れだ。

 

「その、私が浅はかでした……サーヴァントの誰もが影響されるのに、私だけ大丈夫とか、また前みたいに根拠のない行動で……!」

 

 涙目でそんなに謝られたら、俺の罪悪感が……!

 

「と、取り合えず落ち着け! そ、そんなすぐ泣くキャラじゃないだろ!?」

「ご、ごめん……! 師匠の前だと、ちょっと、止まらなくて……!」

 

 ヤンデレって言うかちょっと面倒臭い感じの女の子と化してたエリセをなんとか慰め、距離を開ける事に成功した。

 

 しかし、その言動は随分と冷たさと棘の消えた乙女の様な物になっている。

 

「手を繋いでいて、いい?」

 

 そう言ってこちらに控えめな動きで手を伸ばしているエリセに、少し考えてから手を差しだしてやると嬉しそうに握りしめて来た。

 

「心臓がドキドキしてるの……伝わっちゃいそうで、恥ずかしいなぁ…………で、でも! 離しちゃ、駄目だから!」

 

「一応確認するけど、俺の弟子なんだよな?」

 

「勿論、マスターは私の師匠よ! だ、だったら私の事、好きだよね?

 だって、このカルデアでは師匠って全員弟子の事が大好きな人達って聞いたし……つまり、相思相愛って事!」

 

「いや、カルデアの間違った文化鵜呑みにし過ぎだって……それより、早くその邪霊を落とそう。なんか、もう常時溢れ出て――」

 

 ――この流れで押し倒された。

 中学生に負けてるこの構図、マジで精神的に良くないと思います。

 

「嫌! 私、師匠の事大好きなの! 好きだから溢れてるの! これを止めようなんて、そんな寂しい事言わないで!」

 

 目からハイライトが消え、涙を零しながら訴えてくる。

 

「っく、これは本格的に霊に丸め込まれてるなっ!?」

「いや、いや! 消さないで!」

 

 彼女は何も考えられない様で、がむしゃらに掴んだ俺の手を振って暴れる。

 

「私、私、師匠が好き! だから、このままにして!」

 

「うおっ! あ、令じゅっ! を、持って……!」

 

 令呪を使うとするが、振り回されているのでまともに命令を口にする事も出来ない。

 

 しかも、邪霊は徐々に徐々に彼女の体から床に垂れて、それは勝手に動いて俺の体を拘束しようと這いずり始めた。

 

「ちょ、待て待て! っく、令呪――んぐっ!?」

「大丈夫……私の気持ち、マスターにもきっと伝わるから」

 

 毒耐性の効果の延長なのか、邪霊に意識を乗っ取られたりダメージを負う事はないが物理的に口を塞がれ、エリセは唇を向けて顔を近付けて来る。

 

「じ、じゅあん! ふんがぐぜいぼぎぶはじばん!(事案! 中学生とキスは事案!)」 

「愛してるから、大丈夫……うんきっと大丈夫」

 

 完全に恋愛脳とかした頭フワフワのエリセは俺と唇を重ねた。

 

 その味は……アルコール? 消毒液? とても薬品臭くて――

 

「――はぁ、全くお馬鹿な弟子ね。師匠なんて簡単に引き受けるからこうなるのよ」

 

 間一髪、中学生とのキスは免れていた。

 呆れ顔のキャスター、メディア師匠が下に向けた瓶の中身は全てエリセにかけられており、どうやら俺の口にそれが少し零れた様だ。

 

「う! ぺっ、っぺ!」

「安心なさい。霊にしか効果の無い薬よ。これで彼女の霊を退散させたわ」

 

「あ、ありがとうございます……!」

「全く、小娘に跨られてそんなに嬉しかったのかしら?」

 

 俺は全力で首を横に振って拒否すると、メディアは溜め息一つ吐いて、扉の前に立つとフードを被った。

 

「師匠が弟子を好きなのは当り前よ。態々、嫌いな奴に自分の知識を授けたりなんてしないもの。もし弟子を取るなら、それ相応の覚悟を持って臨みなさい」

「は、はい……」

 

「分かったなら良いわ」

 

 説教され、いたたまれなかった俺は下を向いた。

 

「……それと、もっと師匠を頼りなさい。まあ、そもそもこんな場所に何度も現れたくはないのだけれど」

「そもそも、この塔の中だと師匠が襲って――あづっ!?」

 

 突然掌に火の粉が掛かって、慌てて手を振った。

 

「余計な事を言わない!

 ……それとあの薬は霊を彼女の制御可能な量に強制する物だから、もう暫くすれば塔の影響を失っていたサーヴァント達がやってくるわよ」

 

「え?」

 

「じゃ、精々頑張ってちょうだい。私は今から貴方の為にお菓子を焼いて来るわね」

 

 そう言って部屋の外へと消えて行くメディア師匠。

 

 数秒後に、少し遠くから聞こえて近付いて来る複数の足音。

 

 眠ったまま目を覚まさないエリセ。

 

「は、ははは……やっぱりヤンデレ・シャトーは諸行無常だなぁ……」

 

 令呪が反応しない程度に、覇気のない声で俺は呟いた。

 

 “師匠、助けて下さい”……と。

 





今年はバレンタインのピックアップ、カレンを召喚出来ました。
実はバレンタインイベントで召喚出来た最初のサーヴァントになります。だから切大はえっちゃん、セミラミス、かおるっち、なぎこさんを持っていません。(泣)

しかし、カレンは歴史あるキャラなのでしっかり勉強してから書く予定ですので登場はまだ先になります。

Fate/Requiemは未読ですので、ヤンデレ化したとは言え本来のエリセのキャラと余りにもかけ離れているやもしれません。誤字報告や感想で指摘して頂けると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話 バレンタイン・狂

なんとか間に合ったバレンタイン小話!
短いですが楽しんでいただけたら幸いです。



 鬼一法眼編

 

「かんら、から、から!」

 

 現代のバレンタインデーを“わかりやすい”と評し、天狗のお面のチョコを俺に渡してくれた鬼一師匠。

 なんやかんや言ってもこのイベントを楽しんでいる様だ。

 

「それじゃあ、俺はこれで……」

 

 しかし、俺はそうもいかない。何せ、このヤンデレ・シャトーでサーヴァント達からチョコを受け取り切らねばならないからな。

 

「まあ、待て弟子よ。

 おまえ、その仮面は被らぬか?」

 

「さ、流石にチョコで顔が汚れますので……」

 

「ふーん? そうかそうか。遮那王であれば喜んで被っただろうが、まあおまえはおまえか。では、被らぬならどうする?」

「大事にいただきますけど……」

 

「……! かんら、から、から!」

 

 なんか笑われた。

 

「そうかそうか! よし、今すぐ夫婦となろう!」

「なんでっ!?」

 

「なんでって、チョコは好いてる者に想いと共に渡す物だろう? それを頂くと言ったのだから、婚約を了承したと受け取って差し支えなかろう!」

 

「めっちゃ差し支える!」

「あー、もう! 文句を言うな! 悪い様にはせん! むしろ幸せにしかせん!」

 

 言うが早いか、目で追えない速さで鬼一師匠は俺を右脇に抱えて、何処かへ向かうとした。

 このまま連れて行かれて堪るか!

 

「【緊急回避】!」

「むっ!」

 

 するりと師匠の抱擁をすり抜け、地面に着地した。

 

「【瞬間強化】! 【幻想強化】!」

「……ほほう……僕から本気で逃げるつもりか? その意気やよし。どれ、修行ついでに遊んでやろう!」

 

 先まで二人でいた部屋を抜け出して、全力疾走で逃げ続ける。

 強化魔術なんていくら掛けても、その気になれば首根っこを掴まれるのは目に見えているが、何か逃げ場を作らねば……!

 

「って、無理なんですけど……」

「かんら、から、から! まだまだ修行が足らんな!」

 

 魔術の効果が消れるより先に床に押し付けられ、背中に馬乗りにされてしまってはもう手詰まりだ。

 

「さてさて、逃げ出した弟子には師匠として折檻をしないとな」

 

 そう言って鬼一師匠は何か――打ち出の小槌を取り出した。

 

「まずは、お前をちゃんと弟子にしようか!」

 

 右手の甲に小槌を振るわれる。すると手の甲に煙で現れ、晴れる頃には先まであった令呪が消えていた。

 

「っげ!?」

「これでおまえは弟子! 僕は師匠!」

 

 小槌の横面に、令呪と同じ赤い印が刻まれていた。

 

「まあ、令呪は時間が経てば補充されてしまうからな。これは今の内に使っておこうか」

「だ、誰に……?」

 

 俺の言葉に鬼一師匠は何も言わず、ただ笑って小槌を振り上げて――

 

「――僕の事を好きになあれ! 好きになあれ! 好きになあれ!」

 

 

 

 

 水着獅子王編

 

 シミュレーター内の仮想空間に存在するカジノにやって来た俺は、そこの主であるバニー姿のルーラー、アルトリアの元に辿り着いた。

 他愛のない会話をして、カジノの外に出た俺は純白の水着に着替えた彼女からチョコを受け取った。

 

「――ではVIPルームに参りましょう。チョコレートに合うノンアルコールのカクテル等、振る舞わせて頂きます」

「いや、今日はまだ用事があるから……」

 

「そうですか」

 

 そろりそろりと彼女から離れようと試みる。

 

「……それ以上後ろに下がるのであれば、暇を持て余した私は先程の、共に過ごした時間の写真を他のアルトリアに自慢してしまいますが……宜しいですか?」

 

 笑顔でこちらに端末の画面を見せる彼女に、俺は顔をしかめる。

 

 ……しかし、冷静に考えよう。

 例え自身と同じ存在であって、分け合う事なんて出来ないのがヤンデレだ。つまり、他のアルトリアを挑発して此処に呼ぶ様な真似をする必要は無い筈だ……令呪もあるし、此処は強気にいこう。

 

「悪いけど、俺はまだ用事が――っと!?」

「では忠告した通り、マスターと共に一夜を過ごした写真を後程、私以外のアルトリアに送りますので……まずは部屋にご案内しますね?」

 

 日傘を片手で持ったままライオンの様に飛び掛かって来たアルトリアに押し倒された。

 このままだと、舌なめずりをしてこちらを見つめる彼女に間違いなく喰われる。

 

「【オーダーチェンジ】!」

 

 位置を入れ替える魔術で彼女の上に移動すると同時に、急いで立ち上がった。

 

「っ……も、もう行くから!」

 

 驚いた顔の彼女を置いて、シミュレーター室の出口に走って向かう。理由は分からないが、彼女は結局追っては来なかった。

 

 安心して良いのかどうかも分からなかったが、兎に角一度休みたかったので俺は部屋に戻った。

 

「ふー……もう疲れた」

 

 あの水着獅子王から全力で逃げた後だ、もうこれ以上は勘弁してほしいがまだまだ受け取っていないチョコがある。

 

「……行こう」

 

 次のサーヴァントは……アルトリア・オルタ。

 またアルトリアかと頭を抱えながらも、早速彼女の現在地を端末で確認する。

 

「マスター」

「っ!?」

 

 不意に聞こえて来たアルトリアの声に、跳ねる様に背筋が伸びた。

 

「先程は大変失礼しました」

「あ……アルトリア……」

 

 そこにいたのはバニーの姿に戻った水着獅子王。

 

「先のご無礼を謝りに来ました」

「う……い、いや、俺もちょっと驚いただけ、だから」

「それで、出来ればマスターのお役に立ちたいと思いまして――」

 

 水着アルトリアがこちらに端末を見せて来た。

 それはカメラの中継映像な様で、そこにはランサー、サンタ、リリィ、キャスターと彼女とは異なる姿のアルトリア・ペンドラゴン達がカジノのVIPルームに集まっていた。

 

「――マスターの会いたい私を集めておきました」

 

(な、なぁっ!?)

 

全員がその手にチョコの入った箱を持っているのが確認出来た。そして、とても穏やかな雰囲気とは言い難い状況であることも。

 

「どうかしましたか? シミュレーター室はこちらですよ?」

 

 惚けた様子で首を傾げて笑っているが、どう考えても怒ってる。

 

「――では」

 

 戸惑ってその場から動かない俺に、彼女は近付いてきた。

 

「次は私を、拒絶しないで下さいね? んっ」

 

 耳元にそっと囁くと、唇を奪った。

 ――それと同時に、小さな電子音が響いた。

 

 俺と彼女のキスを、彼女の端末のカメラが映像としてしっかりと捉えていた。

 そして、画面に映り続けていたアルトリア達は驚き、こちらを睨む様な表情を浮かべてから画面から消えて行った。

 

「っ――!? あ、アルトリア!?」

「えぇ、ご安心をマスター。貴方が望むなら、私は何時だって貴方を御守りしてみせます」

 

 

 

 

メイヴ(セイバー)編

 

「――と言う訳で、はい! 本命チョコ!」

 

 何故かシミュレーターのビーチで1人黄昏ていた女王メイヴに声を掛けたら、彼女のこの日の為の“待ち”作戦を説明された上でチョコレートを貰った俺。

 

 そのまま彼女は俺に勇士達を呼んできてと頼んできた。仕方ない。このヤンデレ・シャトーで男を見た覚えはないが歩き回っている時に運よく会えたら声を掛けてやろう。多分玲とかなら条件を満たしている筈だ。

 

「あ、ちょっと待て」

「ぐへっ!?」

 

 海辺から出て行こうとした所で、メイヴは俺の襟の裏を掴んできた。

 

「丁度待ち過ぎて体が火照ってきてたのよね。チョコの感想も聞いておきたいし、それ食べて私と愛し合わない?」

「人に渡したチョコレートをねじ込もうとしながら言う事ですかねぇ!?」

 

 メイブは強引に、俺の頬に塗りたくる様にチョコを押し込んでくる。何とか顔を動かしつつ抵抗しているが長くは持たないだろう。

 

「……ええい! 【エスケープ・ポッド】!」

 

 魔術を発動させるとユニバース仕様の礼装に変わり、頭部を覆う様にガラスが展開され、背中のジェットが噴射した。

 

 その勢いでメイブを振り切りそのまま上空に脱出――と思ったら、水着のメイヴはお構いなしに抱きしめてくっついていた。

 

「そんなイロモノ魔術で私から逃げられると思ってるの?」

 

 いや、こんな感じになるなら使ってなかったです。

 

『――ッ! ――ッ!』

 

 しかも、唐突にアラームが鳴り響いた。

 ガラスに映る警告は、どう見ても――

 

「あ、やばい。もう魔力切れで落下する」

「ちょ、ちょっと、噓でしょ!? 早過ぎよ!」

 

 下を見れば砂浜から結構離れている。このままだと海に水没するだろう。

 

「あ、あそこ! 小島があるわ! 着陸しましょう!」

「し、仕方ない!」

 

 燃料が切れる前に角度を調整して、なんとか小島に辿り着けた。

 途中で魔力が切れて急に落下するアクシデントもあったが、メイブに着地を任せる事でなんとかなった。

 

「ふぅ……間一髪だった」

「全くよ。私のチョコから逃げようとするから」

「はいはい……ん?」

 

 上空から見下ろした時は必死だったからゆっくり島を見ていなかったが、此処はどうやら無人島と言う訳ではない様だ。

 人工的な明かりが、木々の間を照らしている。

 

「あっちに建物があるのか?」

「そうね。此処からマスターを連れて泳いでいくのも面倒だし、一度休憩しましょう」

 

 そう言ってメイヴの先導で建物の前に到着して――急いでUターンをした。

 

 何故なら、こんな島にある筈の無いピンク色のホテル。

 その上に設置された看板はこれでもかと派手な電飾でウィンクするメイヴ、その横の吹き出しにはデカデカとWelcomeの文字とハートが点滅している。

 

 恐らく、ほぼ間違いなく――ラブホである。

 

「此処まで来て逃がすと思って?」

 

 そして再びあっさり捕まる俺。もはやお約束。

 

「私ちょっと怒ってるのよ? 本当はクーちゃん達と一夜を過ごそうと思ってたのに、此処に来たせいでちょっと汗かいちゃったし! 

 今からシャワー浴びてまた砂浜で待つなんて嫌。こうなったら、マスターには私の相手をして貰うから」

 

「ぐ、お、俺はそろそろお眠の時間なんですが……」

 

「大丈夫よ? 私の作った濃厚カカオチョコを食べればそんな寝言も言えなくなるわ。万が一寝てしまっても、私が作り上げたこの最高のモーテルで休めるだから安心して横になってて良いわよ? 勿論、寝かせたりなんてしないけど」

 

「ぜ、絶対……! 嫌だぁぁぁ!!」

 

 その後、彼女に連れ込まれるより先に再び使用可能になった【エスケープ・ポッド】で小島を脱出に成功した。

 

 

 

 

 

 ……はずが、水着女性サーヴァント達が集まるホテルの一室に突っ込んでしまうのだが、それはまた別の話。

 




そろそろ、記念企画の時期ですね。何年続くんだこのヤンデレ小説。

5年目……なにか変わった事がしたいとも思いますけど、例年通りのリクエスト企画になると思います。その日になったら活動報告で宣伝しますのでどうかよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使のヤンデレ

またしても遅れてしまいました。申し訳ありません。

活動報告にて、既に5周年記念企画が始まってます。参加したい方はよく読んでください。


 

「ぐへぇ!?」

 

 ヤンデレ・シャトーに送られた俺は、石の床に叩きつけられ潰れたカエルの様な声を上げてしまった。

 

 原因は明確で、此処に来る前に今日の担当がジャンヌ・オルタと聞いて難色を示したからだろう。だけどポンコツアヴェンジャー枠なのでしょうがないと思う。

 

「痛たた……全く。だからってこんな乱暴に送らなくったって良いだろ……っ!」

 

 しかも頬を切ってしまった様で、指で触れるとわずかに血が付いていた。

 

「礼装のスキルで治すか?」

「お待ち下さい」

 

 聞こえて来た声に急いで振り返ると――その眩しさに目を細めた。

 

「っ!?」

「私がその傷を癒します」

 

 放たれる光、その中で広げられた白くて美しい翼――薄暗いシャトーの中に不釣り合いなそれは、まさに天使の姿だった。

 

(っげぇ、カレン!?)

 

 彼女は俺の顔に手を翳すと、見る見るうちに傷が塞がれていく。

 

 それと同時に彼女の後光は収まっていき、その顔と神々しさのあった声は見知った姿を見せた。

 

 頭上には輪っか、背中には翼。

 だが、その姿は――黒い和服に身を包んだ清姫であった。

 

「……って清姫!?」

「はい。私、清姫ですが?」

 

 驚く俺の顔に心当たりがない様に首を傾げているが、その姿はどういう事だろうか。

 

「あ、この姿ですか? 先程すれ違ったカレン様から分けて頂いたのですが」

 

 うわー、碌でもなさそう。

 

「なんでも、「私、シャトーはNGなので」との事でした。良く分かりませんが、旦那様に会えるならと喜んで頂きました」

「……だ、大丈夫? なんか、変な感じとか、邪な思考とか芽生えてない?」

 

「変な感じですか? いえ、特には……ですが、この姿は大変便利です。愛の女神とお聞きしましたが、きっと旦那様もこの力にはお喜びになります」

 

 笑顔でそう言った清姫は、早速その力を俺に見せた。

 彼女が手の平を開いてみせると、そこには――札束が現れた。

 

「どうですか!?」

「わーすごーい。流石天使のちからだー」

 

 勿論棒読みである。なんて欲にまみれた天の使いだ。

 

「ふふふ、これでマスターはもう働く為に他の女性に触れ合う必要はありませんね? 私の手からこうしてお金が出るのですから、一生部屋にいても困りません」

「いや、俺ちゃんと働きたいんだけど……旦那が紐って嫌だろ?」

 

「そんな事はありませんよ? 旦那様が紐であろうと清姫はずっとお傍にお仕えします。

 人間としての真っ当な営みなど忘れて、私と死ぬまで……いいえ、死後も永久に隣にいて下さい」

 

 そう言ってまた天使の力で手錠を作り出した。

 ……でも、よく考えたら普段からどこからともなく手錠を出していた気がするので今更か。

 

「っ、【ガンド】!」

 

 瞳から光が消えた清姫の接近より先に指先から魔弾を発射して動きを止める。これで逃げる時間を稼いで――

 

「――あぁ、酷いですマスター。もし私にこの翼が無ければ、私は貴方に追いつけませんでしたのに」

 

 確かに彼女の動きを止めた筈なのに、動き続けていた翼で飛んだ清姫にのしかかられ、地面に押し倒された。

 

「これも神のお導きでしょう」

「そんな神が在って堪るか!」

 

 じたばたして藻掻いてみるが、いつの間にか鉛色に変わっていた翼が重しになり、清姫のスタン状態が解除されても脱出出来ずにいた。

 

「っはぁ、はぁ……な、なんて嫌な翼!」

「ご安心下さいマスター。こちらをどうぞ」

 

 そう言って俺の顔の横に、金色のリンゴが置かれた。

 

「これがあればマスターは完全に回復いたしますね?」

 

 次々と手の平から現れて積まれていく金リンゴ。これが運営からの配布だったら泣いて喜んでいたが、今は泣きながら首を横に振るしかない。

 

「私、マスターとの子供が沢山欲しいです。

 これくらい……いいえ。念には念を入れてもう少し追加しましょう!」

「ちょ、清姫待って!」

 

 どんどん湯水の如く出て来るが、これはシャレにならない。眠らない夜どころか、一週間は眠れなくなってしまうかもしれない。

 

「あ、私ったら……少し暴走して、段取りを見失っていました。

 まずは、服を脱いで頂かないと……」

「そこからじゃなくて!? そもそも俺の意思は!?」

 

「? ですが、マスターは私に子供を産んで欲しいですよね?」

 

 当たり前みたいに首を傾げても、俺はそんな事を望んでない。

 

「……どちらにしても、私は欲しいです。欲しくて欲しくて……」

 

 清姫が祈る様に目を閉じて手を握ると天使の輪っかに僅かな光が灯った。

 

「……あ」

 

 すると、何故か清姫は俺の上からゆっくりと離れた。

 

「き、清姫……?」

「……な、何故か分かりませんが……断言出来ます……」

 

 自分自身のお腹に、そっと手を乗せながら清姫は戸惑いつつも、彼女自身が感じ取った事実を口にした。

 

「わ、私……マスターの子供を身籠りました……」

 

 

 

「……あれー? ねぇ、清姫さん全然追って来ないよ、スルーズ?」

「妙ですね。彼女ならマスターを奪われて黙っている筈が無いのですが……」

「やっぱり、先程頂いた力のお陰でしょうか? ルーン魔術が何時もより強力になっている気がします」

 

 ランサーのサーヴァント、ワルキューレ。

 三姉妹である長女スルーズ、次女ヒルド、末女オルトリンデの彼女達は普段から持っている光の翼以外にも清姫と同じ純白の翼と輪っかを纏っていた。

 

 そして、彼女達に清姫が不意打ちされ俺はあっさり誘拐されてしまい、その事を彼女達も不思議がっていた。

 清姫は突然念願の子供を手に入れて混乱していたのだから当たり前か。

 

「まあ、マスターが手に入ったから良いよね」

「そうですね」

 

 楽しそうな彼女達に連れ込まれ、敷かれた座布団の上に座らされた俺は3人に見下ろされる様に囲まれて身動きが取れなくなってしまった。

 

『……』

 

「……さーて、どうしよっか?」

「そうですね」

「普段の私達なら、マスターを共有するのに抵抗は少ないですが……」

 

「嫌、絶対に嫌だ」

 

 ヒルドがそう言い切ると、他の2人もしっかり頷き返した。

 

「ですが、争って殺し合うのも不毛です」

「あ、でしたら……!」

 

 何かを思いついた様子のオルトリンデが、先の清姫と同じ様に祈ると俺の体が発光した。

 

「え、な、何!?」

 

 数回の点滅を繰り返した光は左右に分かれ、目をやるとそこには俺の姿があった。

 

「この力でマスターを増やしてみました」

「なるほど! これなら平等だね!」

「それでは私は……このマスターを」

 

 一瞬瞳を閉じたスルーズが俺を指差したが、それを見たヒルドとオルトリンデは顔をムッとさせた。

 

「スルーズ、そのマスターは私が貰います」

「オルトリンデ、選ぶのは私だよ」

「私が先に選んだのですから、2人は別のマスターを選べばいいでしょう?」

 

 どうやら、例の力でスルーズが分身と本物の俺を見抜いた上で先に選んだらしくそれに気付いた2人が反発している様だ。これでは分身させた意味がない。

 

 3人が言い合いを続けている内に、求められていなかった分身達は消えた。

 俺は喧嘩をやめない3人を見て脱出を試みるが――

 

「――もう少し待っていてください」

 

 なんでもありの力で檻に閉じ込められてしまった。おのれカレン。やっぱりろくな事しないなあの天使!

 

「ならマスターに決めて頂きましょう!」

「そうだね!」

「ではそう致しましょう」

 

 3人は一斉に俺の方を向いた。

 

「マスター、選んで下さい」

「私達の中で誰が好きか」

「どうぞ……!」

 

「いや、どうぞって言われても…………っ!

 オ、ヒル、ーズが好きっ!?」

 

 口が俺の意思に反して滅茶苦茶な言葉を繋いだ。3人が同時に力を使った様だ。

 

「なんて言いましたかマスター!?」

「もう一回!」

 

「ヒ、スル、ンデ……!?」

 

「ダメですね」

「そもそも、これではマスターのご意思で選ばれている事にはならないのでは……?」

「えー、じゃあどうする?」

 

「素直に答えて下さい、マスター」

 

「…………好きなのは、オルトリンデです」

 

 強制され、勝手に言ってしまった。

 

「私もマスターが大好きです!」

 

「ふーん、そっか」

「理解しました」

 

 感情の無い声のヒルドとスルーズは、俺とオルトリンデを交互に見てから部屋の外へと歩いて行った。

 

「それじゃあ、私達は出るね」

「マスター、オルトリンデをどうかよろしくお願いします」

 

「え? え?」

 

 荒れると思っていた俺の予想に反して、2人は即座に部屋を後にした。

 

「あ、あの! 不束者ですが、どうかよろしくお願いします!」

 

 顔を赤らめながら何度も頭を下げるオルトリンデ。

 

「そ、それでは……その、どうしたら良いのでしょうか……?

 前にやったゲームだと……こ、好感度を上げる!?

 そうだ、ちょっと訪ねて見ましょう!」

 

 テンパった様子で力に頼ったオルトリンデは、一度目を閉じて再び開くとパーっと笑顔を咲かせた。

 

「先ずは料理ですね! 殿方に料理を振る舞う! ゲームでもこんなイベントがありました! ……あ、でも私達の部屋には……」

 

 部屋に唯一備わっていた冷蔵庫を開く。だがそこにあるのは、大量のゼリー飲料。

 

「材料がありません……ちょ、ちょっと調達して来ます!」

 

 慌てて部屋を出て行くが、ヤンデレ・シャトーに食材を調達できる場所なんてあるのだろうか。

 本来なら今すぐにも部屋を出たい所だが、檻に閉じ込められ鍵も掛けられていてはどうしようもなかった。

 

「戻りました、マスター(ただいまー! マスター!)」

 

「んっ?」

 

 と思ったら、10秒も経たない内に帰って来た。

 

「御独りにしておくのは駄目ですね(一人にしちゃ駄目だよね)」

「でも、食材は……?」

 

「いえ、今でもなくても大丈夫かと(あー、別に今じゃなくてもいいんじゃない?)」

 

 変だな……先まであんなにテンパってたのに、やけに落ち着いている様な?

 

「それよりも、恋人らしい事がしたくて(それよりも、キスとか、してみたいなーって)」

「恋人らしい事?」

 

「恋人らしい事、です!(キスだよ、キス!)」

 

 檻を開けてこちらに近付いて来るオルトリンデ。なんか、怖い。

 

「もしや、もう私としましたか?(もしかして、もうオルトリンデとした!?)」

「いや、何もしてないと思います……」

 

 え、ちょっとバグってませんか? 言葉遣いが段々おかしくなっていますことよ?

 

「それでは口づけを!(それじゃあキスしようよ!)」

 

 迫って来るオルトリンデ。この塔の影響を受けている……にしては、ヤンデレと言うよりも、まるで誰かに無理矢理体を動かされている様にも感じる。

 

「――マスター、ただいま帰りまし……た?」

「え」

 

 材料片手に部屋に入って来たオルトリンデは、檻の中で俺に迫るオルトリンデを見て、固まり――

 ――槍を取り出した。

 

「ヒルドですか? ヒルドですね?」

 

 オルトリンデが問い詰めると、目の前でオルトリンデの姿が歪み、一瞬でピンク髪のヒルドに変わった。

 

「バレちゃったかー」

「どうして……部屋を出たんじゃ?」

 

「あのね、オルトリンデ。

 この塔の影響で、私達は乙女としての側面が強く出ているけど、真名はワルキューレのままだよ? オルトリンデがマスターに好かれたなら、私達はオルトリンデと言うワルキューレになってマスターから愛を貰う。それで良いよね?」

 

「良くありません。此処では、記憶も感情も共有してませんし、同期だって切ってます。マスターから頂戴する愛は、私だけの物です」

「そうだよね。私もきっと同じ事を言っただろうね」

 

「だけど、そうはいきません」

 

 部屋の外からまた別のオルトリンデが現れた。

 

「スルーズか?」

「いいえ、私はワルキューレの1人ですが、スルーズではありません」

 

 そう言った彼女は、一瞬だけ自身の髪色を本来の、緑色に戻して見せた。

 

「これより私はオルトリンデです」

「マスター、貴方の一番好きなオルトリンデです」

「食材を持ってまいりました」

「オルトリンデをどうか、愛して下さい(スルーズもどうか、愛して下さい)」

 

 次々と、オルトリンデと全く同じ姿、同じ口調のワルキューレ達が部屋に入ってくる。

 唯の人間である俺の目で、本物のオルトリンデを区別する方法は位置情報しかない。

 

「オルトリンデです。マスター」

「私を愛して下さい」

 

「――違います! 違います、マスター!」

 

  本物のオルトリンデがこちらに駆け寄り、強く抱きしめた。

 

「私が、私がワルキューレ、個体名、オルトリンデです!」

 

 本物の、涙の叫び。

 だが、俺が背中に手を当てるより先に、後ろからオルトリンデ達が同じ様に抱き着いてきた。

 

「わ、私がオルトリンデなんです!」

「お願いです、愛して下さい!」

「私を愛して下さい!」

「やめて、私のマスターを奪わないで!」

 

 ……ワルキューレと言うサーヴァントの性質上、一度見失えばもう俺は誰がオルトリンデ本人か――否、最初からオルトリンデを名乗っていた個体を再び見つける事は出来ない。

 

 そして、天使の力で作られた檻が迫って来るオルトリンデ達によって音を立てて崩れ去る頃には、もう俺にはどれが本物なのかなんて――

 

 

 

 

「――分からないのであれば、炙り出せばよいかと」

 

 突然聞こえて来た声と共に、オルトリンデ達に青い炎が押し寄せて来た。

 

「っ!?」

 

 俺の前は天使の力で守られているらしく、凄まじい勢いだった炎は俺には届かなかった。

 

 炎に飲まれ、次々と消えて行くオルトリンデ達。元々召喚して完全な霊基を持っている訳ではなく、宝具として一時的に顕現する存在であるワルキューレ達にその炎は強大過ぎたのだろう。

 

 唯1人、涙を流しながら這い蹲ったままのオルトリンデだけが残った。

 

「清姫……!?」

「大変遅れて申し訳ありません、マスター」

 

 何故か目元の腫れた様子の清姫。ヒルドとスルーズは元の姿に戻り、宝具を出して清姫を取り囲んだ。

 

「マスターを助けに来たみたいだけど、随分と遅かったんじゃないかな?」

「邪魔をしないで下さい。私達はオルトリンデとしてマスターの愛を――」

 

「――ふふふ、妹の姿形を完璧に模倣して、愛を得ようだなんて可笑しな人達。

 見ていてとても悲しいですわ」

 

「むっ! 別にいいでしょ! これが私達のやり方なの!」

「何か相違点があるのですか?」

 

「一度愛を学び直す事をおすすめします」

 

 再び清姫は宝具を解放する。

 天使の力でそれを防ごうとした2人だったが、清姫の攻撃はそれをいとも容易く突破した。

 

 そして宝具で焼かれ、倒れ伏すワルキューレ姉妹3人を尻目に、俺の前までゆっくりと歩いてきた。

 

「……き、清姫」

「……マスター」

 

 このまま、清姫に燃やされるのかと観念して目を伏せた俺。

 だが、彼女は倒れる様に顔を預け――

 

「……っ、わぁぁぁああああ!!」

 

 ――俺の胸で泣き出した。

 

「あぁあぁぁぁ……っあ、ああああああ!」

 

 まるで生まれたばかりの赤子の様な鳴き声、その痛々しさに耳を苛まれた。

 

「ああぁぁぁあああああ!」

 

 どうすればいいのか分からないまま、時間が過ぎ、やがて清姫は泣き止んだ。

 

「……私」

 

「消して……殺して、しまいました…………我が子を……!」

 

 先程、自分の胎の中に確かな命を感じていた清姫。しかし、彼女は嘘が嫌いだ。

 そんな彼女にとって、そこに在るのがカレンの力で芽吹いた偽物である事なんて直ぐに理解しただろう。

 

 最初は、気持ち悪さすら感じたらしい。

 だから早く消そうと、再び力を行使しようとして――手が止まった。

 

 腹の中にいる偽物。

 だけど、それは確かに大好きな俺の子なんだとも、清姫は感じていた。

 

 ワルキューレに俺が攫われてからも、清姫はずっと悩んでいた。

 

 偽物を認める訳にはいかない。だけど、生まれてこようとするこの命に、果たして罪はあるのか。

 望んでいた想い人の子だ。

 

 それでも、彼女はその嘘を許すことは出来なかった。

 そんな選択をした、自分自身も。

 

「なんだか、とても体が軽くて、胸に穴がぽっかりと空いて……」

「清姫……」

 

「私、気が狂ってしまいそうです」

 

「もういいから」

 

「よく、ありません……私は、嘘が嫌いです。だから、あの子を消した……

 そんな私に、人の母になる資格なんてないように感じてしまいます」

 

 清姫に強く握られた肩が痛い。

 

「私は……私は……!」

 

 目の前で苦しむ彼女が、見ていられなくなった俺は、そっと――彼女の額にキスをしたのだった。

 

 

 

 

 

「ちょっとちょっと!」

「? すいません、“ちょっとちょっと”と言う名前の方は此処に居られないようですが……」

 

「あんたよあんた! 新入りのルーラー!」

「私の事でしたか」

 

「あんたのせいで、私のシャトーが無茶苦茶じゃない! 勝手に辞退して勝手に愛の力なんて配ってんじゃないわよ!」

 

「それは申し訳ありません。ですが、私この手のお話はNGなので……」

 

「そのせいで、サーヴァントなのに清姫はストレスで幼児退行してマスターを父親呼びして甘えてるし、ワルキューレは個体同士の繋がりが切れてガタガタ!

 もう! こんな辛気臭い話じゃなくて血沸き肉躍る痛快な愛憎劇を用意した筈なのに!」

 

「ふふふ、物語は時として作者の手を超えて広がり続けてしまう物です。

 ですが同時にそれは伸び代でもあります。物語をちゃんと自分の枠に収める事が出来れば、次はもっと素敵な話になりますよ」

 

「……そ、それはそうね!」

 

「あ、それと1つ。先程のはイントネーションが違いますよ。

 私が皆さんにお配りしたのは愛の力ではなくて……“哀”の力です」

 




ちょっと暗くなってしまったのは、多分また最近鬱ゲー紹介動画を見たせいです。
おかしいな、本当はもっとコメディチックな感じだったんだけど……

改めてお知らせしますと、ヤンデレ・シャトーの5周年企画が始まってます。
該当の活動報告を読んで、締め切りの4月3日までに応募して頂けると嬉しいです。

アキハバラ……一体どんなイベントなんでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレトレセン学園!(エイプリルフール)

最近、ウマ娘のトレーナーになりました。
ので、記念にウマ娘のヤンデレを書いてみました!

一番のお気に入りはスーパークリークだけど、アニメ未試聴だから育成していけばもっと好きな娘が見つかるかもしれない。


 ――此処は日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園……

 

 ……だと思う。

 

「……え?」

 

 辺りを見渡せば、そこらかしこに見覚えのあるウマ耳の少女達。

 自分自身もトレーナーバッチを身に着けており、自分の担当ウマ娘と二人三脚で夢を追うトレーナーである事は理解出来る――が、しかし。

 

「なんで?」

 

 今の知識は全て、俺のスマホにインストールされている【ウマ娘 プリティーダービー】と言うゲームに基づくものだ。

 この光景は現実には実在しない、夢の様な場所だ。

 

「トレーナーさーん!」

 

 勿論、この格好ならトレーナーではあるんだろうけど、俺は唯の一ゲームプレイヤーだ。

 なのに、立ち尽くしていた俺に向かって、可愛い声が呼び掛けて来た。

 

「あ、あの子は――っ!?」

 

 

 

 

「――同人誌なら他で描け」

 

「あああぁぁぁぁぁ! 拙者のプロットがぁぁぁ!!」

 

 シャトーのシナリオなら任せろと、新宿のアーチャー経由で現れたライダークラスの黒髭。

 

 しかし、全くサーヴァントの出てこない導入を見たエドモンはそれを破り捨て、大きなため息を吐いた。

 

「全く。やはり恩讐が足ら……ん?」

 

「……源……死……え」

 

 どこからか現れたサーヴァントが、床に落ちていた黒髭のプロットが書かれた羊皮紙を燃やし、巻物に変化させた。

 

「貴様は――平景清か」

「源氏、死に候え」

 

 巻物を開いた彼女は自身の刀で指を斬り付け、開いた巻物を血で綴っていく。

 

「ほう、貴様はアヴェンジャーだ。やる気があるならば止めはしない」

 

「源氏……鏖殺……!」

 

 

 

 今日も迎えてしまった悪夢の夜。何時もの事だが監獄塔の中は不気味で、今にも恐ろしい何かが現れるのではないかと警戒しながら歩いていた。

 

 まあ恐ろしい何かなんて、ヤンデレサーヴァント以外いないけど。 

 

「……ん?」

 

 石造りの廊下を歩いて数分、一瞬だけ視界がブレた気がした。

 

「……な、何……?」

 

 続いて、俺は壁に右肩を預けた。

 足に力が入らず、1人では立っていられない事に漸く気が付いた。

 

「ま、不味い……!?」

 

 慌てて【イシスの雨】を使うと、少しだけ体に力が戻った。

 

「まさか、結界か!?」

 

 頭に浮かんだのは第五次聖杯戦争のライダー、メドゥーサの宝具。学校に展開して魔力を得ようとしたあの結界で、貧血の様に倒れる生徒がいた筈だ。

 

「と、兎に角、此処から離れて――っ!」

 

 しかし、再び体は重くなり意識が朦朧と始めた。

 

「ぐ、か、回復……!」

 

 しかし、魔術を発動させるだけの時間は残されていなかった。

 

「も、う……無理……――」

 

 ――全身から力が抜ける感覚に耐え切れず、俺は床に倒れたのだった。

 

 

 

「…………っうぶぶぶ!?」

 

 突然の冷水を掛けられた俺は驚きと共に飛び起きようとしたが、体を何かが抑えていてそれは叶わなかった。

 

 覚醒し、視界を塞いでいた水が落ち切ると、目の前にバケツを持ったブーディカがいるのが見えた。

 

「ブーディカ……」

「呆れた……どうして此処に来たの?」

 

 溜め息と共にバケツを下ろしたライダーのサーヴァント、ブーディカ。赤い髪の面倒見の良いお姉さん、の筈だが……なんだろう、普段より表情が硬い気がする。

 

「ねぇ、お姉さん、次に会ったら容赦しないって言ったよね?」

「え、えぇ……?」

 

 どうやら椅子に縄で括りつけられている様だ。

 それよりも、彼女のやたら敵意ある言動が気になる。どうやら、複雑な事情があるタイプのシャトーらしい。

 

「いやまぁ、毒で倒れる君をこうやって助けておいてなんだけど」

「毒!?」

 

「気付いてなかったの!? ……それは不用心なんてレベルじゃないよ。死にに来たの?」

「そんなつもりは本当にないんだけど……なんで毒が?」

 

 そこまでするなんて本当にどんな状況なんだ。

 

「……はぁ、そう言えば君は寧ろ毒気を抜く様な事も度々あったね。今ね、此処の廊下には対源氏用の毒が撒かれているの」

 

 対源氏……随分限定的だが、そんな毒を操るサーヴァントを俺は1人知っている。

 しかし、あのサーヴァントは召喚していない様な……いや、あの人は確かアヴェンジャーだった筈だ。

 

 つまり、このシャトーは平景清によって作られた物だと言う事か。

 

「君、今源氏属性が付加されているから長居すれば死んでる所だったよ」

「それは……助けてくれて、ありがとう」

 

「……」

 

 何故か顔を反らされた。

 

「ねえ、あの毒は私達の罠だって知って言ってる、のよね?」

「はい?」

 

 ブーディカの罠?

 

「……お姉さん、そろそろ本気で怒るよ?」

「え、えぇっと……?」

 

 流石に今の俺と彼女の間に看破出来ない認識の差があるのは理解できたので、俺は彼女に問いかけた。

 

「俺、ブーディカさんのマスターですよね?」

 

 その言葉に顔を強張らせたブーディカは、一度拳を握り締め、開いてからこちらに視線を合わせた。

 

「……そこまで、惚けているなら思い出させてあげる」

 

 そう言って彼女は俺に説明を始めた。

 

 曰く、現在のカルデア側の戦力は源氏繋がりのサーヴァントのみ。

 

 平景清はまたしても打ち出の小槌を奪い、鬼一師匠まで無力化した上でサーヴァント達を複数引き抜いたらしい。

 

 勿論、全てのサーヴァントがそうなった訳ではない。

 

 源氏繋がりのサーヴァントが彼女に従う事はなく、平景清も怨敵の引き抜きなんてしなかった。

 しかし、それ以外のサーヴァントから彼女は小槌を使って忠誠心を奪い、新たに自分に対する忠誠心を与えたらしい。

 

「だから、今の君は私のマスターだけど、仕えるべき主じゃない」

 

(カルデアの令呪じゃ、強制力も数も足りないからこの事態に対処出来ないよなぁ……)

 

「はぁ……でも、君のその気質のお陰なんだろうね。倒すべき君を前にして、こうやって拘束するだけで済んでるんだから」

 

 なるほど。先から微妙に優しくない対応をしていたのにも合点がいった。

 

「でも、どうした物かなぁ……のこのこ敵のマスターを逃がしたってなったらアヴェンジャーさんに怒られるだろうし……」

「そこを何とか……」

 

「まあ、まだ君の情報は伝えてないし、取り逃がしたって事にしてあげても良いけど…………本当に忘れてるのかは知らないけど、次に会った時に容赦しないって言ってるんだよね」

 

「忘れたからノーカンでお願いします」

 

「駄目です……はぁ、しょうがない」

 

 ブーディカはこちらに剣を向けて振り下ろし、縄だけを切り裂いた。

 

「それじゃあ、お仕置きだけにしてあげる」

 

 

 

 カルデアのマスターを捕まえたけど、彼にすっかり敵意を抜かれてしまった私は、こんな危険な場所に一人でやってくる彼に説教をする為に耳かきをする事にした。

 

「せ、説教なのに耳かき?」

「はい、良いから此処に頭を置いて」

 

 自分の膝をぽんぽんと叩くと、彼は直ぐに頭を預けた。

 ――全く、こんな簡単に敵である私に首を差し出すなんて……本当に警戒心がないだよねぇ……

 

「……んっ」

「あだぁ!?」

 

 悪戯のつもりで首に軽く歯を立ててみたら、痛がって声を上げた。

 

「大人しくしてね。もう、今ので分かった? もっと警戒心を持たないと君、本当に危ないよ?」

「あたた……だ、だからって急に――いつっ!?」

 

 お姉さんに言い訳をする悪い子の耳たぶを抓った。

 

「じゃあ、そろそろお説教と耳かき、始めるよ」

「お、お願いします……」

 

「よし、それじゃあ……あ、細かいのが一杯あるね」

 

 ライト付きの耳かきで見ると、奥にも結構ありそうだけどまずは小さいのから取らないと見辛いかな。

 

「綿棒でまとめて取ってあげる。

 ……ごしごし……ごしごしっと」

 

 あ、体が少しピクってしてる。

 

「……君ね、マスターなんて言っても魔術師じゃない普通の男の子でしょ? これまでいくつも戦場を潜り抜けたって言っても、敵の拠点に一人で乗り込むなんて……あれ? そもそも、それって何か作戦があったの?」

「いや、気付いたら此処にいたから」

 

「……もしかして、キャスターの誘導の魔術か何かに引っ掛かったのかな? だとしても、やっぱり不用心だよ。此処を出たら、ちゃんと礼装の耐性を更新するんだよ?」

「は、はい……!」

 

 しっかり反省させる為に、綿棒をちょっとだけ押し込むと先より大きく反応してる。面白がってもっとやってあげたいけど、そろそろ綿棒の色が変わる位取れたから、耳かきに持ち替えた。

 

「うん、これでちゃんと見えるね」

「……」

 

「メディカルチェックとかで、体をしっかり管理して貰ってるんだろうけど、そのせいでこういう部分は見落としがちなのかな……? すっごい溜まってる」

「う……すいません」

 

「いいよ。やりがいがあるからね」

 

 一番近いのに狙いを定めて、少しずつ、耳を傷付けない様にそっと……

 

「っ……!」

「あ、ごめんね。くすぐったかった?」

「い、いえ……ちょっと息が」

 

 ああ、そっか。良く見ようとして耳に近すぎちゃったか。

 

「ちょっと我慢してね」

 

 耳かきの先端を端に当てる様にして……前に、前に。

 

「サーヴァントがカルデアを出て行くなんて事、今までも結構あったでしょう?

 誘拐とか、強制レイシフトとか……でも、今回はしっかり敵対してるんだから、戦うつもりで来ないと……って、今の私が言っても説得力がないかな?」

「……っ、はい」

 

 耳の中が気になって返事があいまいになってるね。それじゃあ――

 

「……よし、取れた。

 ふー」

「っ!?」

 

 あ、今までで一番大きくピクってして、可愛いなぁ。

 

「ほら、油断大敵」

「これは唯のイジワルでは……?」

 

「うーん、じゃあお姉さんが持ってる裁縫用の針で耳かきしてあげようか?」

 

「も、もう油断しません!」

「よろしい……続けるよ?」

 

 しきりに顔を縦に振る彼が可笑しくって、私は笑いながら次に狙いを定めた。

 

「……あ、これ大きい」

 

 しかもくっついてるから先みたいに端から転がすのはちょっと無理かもしれない。

 

「ごそごそってするけど、ちょっと我慢してね?」

「ど、どうぞ……!」

 

「……本当はね、君はこんな事してる場合じゃないかもしれないよ?

 景清はね、直接私に君を殺せなんて言わなかったけど、目ぼしい英霊を小槌で強化してたり、より強固な忠誠心を注いでいるみたいだから…………」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「うん……まあ、だからこうやって敵である君を妨害するって言う名目で、耳かきなんてやれてるんだけどね……あ、剝がれたね。じゃあ後はこれを引っ張って……」

 

 大きいがとれそうで、耳かきがを動かしている手が少し早る。

 

「あっ……!」

「と、ごめん。ちょっと当たったかな?」

 

「だ、大丈夫です」

 

「うん……私もね、きっとその内小槌を振られると思う。

 影清は生前の恨みや復讐心を持つ者を選んでいるみたいだから……」

 

「源氏に恨みがあるアヴェンジャーだから、相性がいいのかもしれない……」

 

「そうだね……でも、流石に自分の主でも、そんな風に恨みを弄って欲しくはないなぁ」

「……ブーディカさんのそれは、自分で持っているべきものだよ」

 

 そんな風に言われると何故だか少し恥ずかしいようで、嬉しくなった。

 

「君は、私のそんな側面、汚いと思う……?」

「思わない、です……ブーディカさんは、どんな想いがあっても、それがブーディカさんだから」

 

 彼の言葉に、自然と頬が緩んでしまう。

 

「君、さてはお姉さんたらしだなぁ……? お姉さん以外に、何人のお姉さんがいるのかなぁ?」

「い、いないですって」

 

「ほんとぉ? じゃあ、耳かきされたりは?」

 

「母親位ですよ」

 

「ふーん、じゃあ私が君の家族以外で初めて耳かきをしてるって事だよね?」

「そう、です……」

 

 なんか、本当みたい。

 嬉しくなった私は、ちょっとご褒美を上げる事にした。

 

「“……私が君の初めての人、だね?”」

 

 あ、また大きく反応した。

 耳まで赤くして、可愛い……!

 

「ふー、取れたぁ……次は反対だね」

「……はい」

 

「緊張しちゃった?」

「あ、いや……むしろ、解れた気がします」

「むぅ、一応、緊張させる為のお仕置きだったんだけどなぁ。

 次は、やっぱり針を使おうかなぁ?」

「や、やめて下さいって!」

 

「ふふ、じゃあ次はすぐ終わらせちゃうからね。

 気持ちよくなってね、マスター(・・・・)

 




一番の嘘は、ヤンデレが微塵も存在しない事だったりする。



今週の日曜日まで5周年記念企画の募集を行ってますので、活動報告の方を読んで応募して頂けると嬉しいです。

FGOは次の大量霊衣が気になりますね。今のアキバイベントも含めて頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

眠ってはいられないヤンデレ・シャトー 

5周年記念企画最初の1人は 鴨武士 さんです!

今回登場する女性マスターの鼎ですが、2周年記念で生まれたキャラなんだと思うとちょっと驚きます。
敗北しがちなか弱い彼女は今回どうなるのか……


最近、オリジナル小説関連の配信をしています。
FGOやヤンデレ要素は薄いですが興味のある方はTwitter等で告知しますのでよかったら目を通してください。


「……カナエ?」

 

 放課後、久しぶりに見た幼馴染の顔には見慣れないクマがあった。

 睡眠第一で生きている俺でも、いや、俺だからそれは見過ごせなくて思わず呼んでしまった。

 

「……うん? え、あ、陽日君!?」

 

 普段は明るく、俺にはない勢いを持つカエデはワンテンポ遅れて戸惑った様な返事した。

 

「陽日だけど……どうしたの?」

「別に、元気だよ!」

 

 まだ一言も元気かどうかは聞いてないんだけど……

 

「珍しいね、私に声かけるなんて。今日は眠くないの? コーヒーでも飲んだ?」

「そういう訳じゃない……やっぱ眠いし……帰る」

 

 雰囲気で話してくれなさそうなのは察したので、これ以上聞いても無駄だと分かったので足先を家へと向き直した。

 

「うん……またね」

「またぁ……」

 

 欠伸交じりで返事しつつ、ドアノブを掴んで回した。

 チラリと見た隣の家に入っていく幼馴染の顔は、やっぱり少し暗かった。

 

(今年もカナエちゃんからバレンタインチョコ貰えたの!? お返しはちゃんとした!?)

(陽日、お前はカナエちゃんに小さい頃、お世話になったんだからこれからはお前が助けてやるんだぞ!)

(ねぇねぇ! そろそろジューンブランドの題材が必要なんだけど、カナエちゃんにモデルお願いできない!?)

 

 先月に帰って来た両親との会話を思い出した。いや、俺が返す間もなくずっと2人が喋っていた気がするけど。

 

「……まあ、明日から頑張ろう」

 

 

 

「……ん? カナエ?」

「あ、陽日君!? ど、どうして此処に!?」

 

 つい先まで自分の部屋で寝ていた筈だから……もしかして、此処ってあの夢の中か?

 

「俺が呼ばせてもらった」

 

「エドモン!」

 

 眠い目を擦りつつ、現れたエドモン・ダンテスの話を聞く。

 

「今回はお前達2人でシャトーに入ってもらう」

「えぇぇぇ!? なんで!?」

 

「理由は各々が知っているだろう。

 ――片や恐怖で足を止め、壁を作り引きこもる者。

 ――片や怠惰に身を委ね、常に睡魔に流される者」

 

「別に俺達は此処に来たくている訳じゃないし」

「だが、このままでは折角の悪夢を楽しめないだろう? 故に今回は2人同時に誘った訳だ。そら、お前達を待っている者共がいるぞ!」

 

 エドモンがマントを翻すと、その後ろに複数の黒い影が蠢いていた。

 

「……あれは……?」

 

「っひ! え、エリザ、ちゃん……!」

 

 横にいた幼馴染が聞いた事の無い悲鳴に目をやってから再び正面に向き直すと、エドモンも影達も消えていた。

 

 そして、先までいた黒一色の背景はいつの間にか、石造りの廊下に変わっていた。

 

「よ、陽日く~ん……!」

 

 震えながらしゃがみ続ける幼馴染の声に、流石に寝てる場合じゃないと頭を書いてから周りを見渡した。

 

「ふわぁ……誰もいない内に、何処かに入ろう」

「そ、そうだね……!」

 

 手を差し出した手を一生懸命掴んだカナエを見て、今夜は数年ぶりの徹夜を覚悟した。

 

 

 

「はいはいステイステイ」

 

「きょ、今日は地球が終わりでもするんですか……?」

「お母さん、珍しく起きてる!」

 

 急に2人もやってきて騒がしくなってしまったが、取り合えず片手で頭を撫でて宥めよう。

 どっちも白っぽい髪だけど、知ってるのはカーマだけでこっちの顔に傷が付いてる子は初めて会った……と思う。

 

「じゃ、ジャックちゃん!? よ、陽日君っだ、大丈夫なの!?」

「大丈夫大丈夫……カナエ、怖いの?」

 

 見れば分かる位震えているから聞く意味はないけど俺は無事だとアピールしてカナエを安心させる。

 

「う……こ、怖いけど……」

「けど、は要らないって。怖いなら取り合えず俺の後ろに――おっと?」

 

 突然振り下ろされたナイフ。咄嗟に手を引っ込めて体を逸らす事で回避できた。

 

「お母さん、他の子にベタベタしちゃ駄目だよ? なんでそんな事するの?」

「私も流石にイラっと来ます。珍しく寝ないと思ったらやたらその女マスターに触ってますが、もしかして唆されてますか?」

 

「そういうじゃなくて……カナエが怯えてるだろ? だからちょっと安心させ、って!」

「やっぱり、私達より大事な子がいる!」

 

 言い終わるより先にまたナイフを振り回されて、後ろに倒れそうになる。

 

「きゃっ!?」

「っと、危ない危ない」

 

 後ろには怖がって動けないカナエがいるので、なんとかぶつからない様に踏ん張った。

 

「やさぐれた愛の神である私でも、流石に少しイラっとしましたからこの娘が我慢できないのは当然でしょう。起きている事といい、とても嫌な匂わせです。

 ちょっと離れたらどうですか?」

 

「分かった、ごめんねカナエ……っ?」

 

 握っていた手を離そうとしたけど、カナエの方はより強く俺の手を握って離してくれない。

 

「……?」

「ご、ごめんね陽日君……でも私、本当に怖くって……!」

「うん……そっかぁ」

 

 しょうがない、離すのは諦めよう。

 そしてもう一度正面の二人、ジャックとカーマに向き直った。

 

「ねぇ、離れないのぉ?」

「うん、無理そう」

 

「じゃあ、わたしたちが解体して上げる」

 

 2本のナイフを振り上げて物騒だ。やっぱり子供はあんまり好きじゃない。

 

「ストップストップ、待って」

「?」

 

「ずっと気になってたんだけど、なんで俺が君のお母さん?」

「だって、マスターだもん」

 

「そうだね、マスターだね。でも、マスターだったら誰でも良いの? こっちのカナエもマスターだけど」

 

「駄目だよ。お母さんはお母さんだもん」

「うーん、ちょっと良く分からないけど、それなら、そんな簡単にお母さんを解体して良いの?」

「わたしたちはお母さんのナカに還りたいから。駄目?」

「あー、これは説得できない子だ。うん」

 

 なのでカーマを見て助けを求めるけど――ムスッとして怒ったままこっちを見ていて微塵も助けてくれそうにない。

 

「だから、解体するね!」

 

 普段寝ている間はベッドに入って来る程度の悪戯しかしない良い子なんだけどなぁ……やっぱり、カナエと一緒にいるのは不味いか。

 

 でも、多分カナエを1人にしてしまうと彼女のサーヴァントに襲われてしまう。

 どうしたものかと、思いながらなんとかジャックを制止しようと手を前に出して宥める。

 

「っ!」

 

 そうこうしていると、今度はカーマがカナエに向かって弓を構えた。

 

「カーマ?」

「後ろですよ、何ボーっとしているんですかっ!」

 

 真剣な声で叫ばれて振り返ると、巨大な槍を持ったピンク色の髪と黒のアイドル衣装、それらを上回る存在感の2本の角と尻尾。

 

「やっぱり、エリザ、ちゃん……!」

 

「漸く見つけたわ、私のマネージャー」

「マネージャーじゃなくてマスターよ。私の」

 

「あ、アビゲイルちゃんまで……!」

 

 黒の……セーター? ドレス? に手を隠した金髪の女の子までやってきた。

 見た目だけだと、怖がっているカナエがおかしいみたいだけど、サーヴァントって言う存在は……えーっと? 

 

 あれ? 家事をしてくれて、偶に睡眠の邪魔をする位だったような……? 

 

 世話好きのカナエにとっては恐ろしい存在……なのか?

 

「でも、怖がってるならそっとしておいて欲しいな」

「はぁ? 私はアイドルで、その娘はマネージャー。トップアイドル、エリザベート・バートリーの付き人なんて、とても名誉な事なのよ? それと、私のマネージャーの周りに、男はNGなの」

 

 そう言って自称アイドルさんは持っていた槍の先端をこちらに向けて来た。

 

「駄目だよ? お母さんを解体するのは、私達だよ?」

 

 俺とカナエを挟んだまま互いに武器を構え合うエリザとジャック。今すぐにでも戦いが始まりそうな雰囲気だけど、せめて俺達を此処から出してくれないか?

 

「――よ、陽日君!! 助けっ――!?」

 

 突然、上からカナエの大きな声が聞こえて来た。

 

「もう、折角口を塞いでいたのに……」

「カナエ……!」

 

 いつの間にか先の金髪の女の子、アビゲイルが触手の様な物で天井に張り付き、カナエもその無数の触手に絡めて持ち上げていた。

 

(……あの触手、冷たそうだけどもしかして冷たいハンモックみたいな感じで寝れるのでは?)

 

 ふとそんな事を考えていたら、槍に乗ったエリザが天井に突っ込むのと同時にアビゲイルが躱してその場を去って行った。

 

「――待ちなさい! 私のマネージャーを返しなさーい!」

 

 踵を返してアビゲイルを追うエリザベート。

 

「っと……俺も行かないと――あっ」

 

 突然後ろから体を押され、そのままうつ伏せの体勢で地面に倒れた。

 

「これでもう誰も守らなくて良いよね、お母さん。

 わたしたち、解体していい?」

「……」

 

「お母さん?」

 

(床……硬いけど、冷たくて……なんか、丁度いい……)

 

「んー? 観念したのかな?」

「いえ、恐らく寝ようとしてますね」

 

 ………………zz……って、寝たらダメだぁ……早く、カナエを追わなぁ……

 

「なら、今の内に解体しちゃおう! そーれ――」

「――私がそれを許すとお思いですか?」

 

 何とか重い瞼を開いてみると、俺の横にジャックが眠っていた。

 羨ましい位、気持ち良さそうに。

 

「ふわぁ……」

「……ふわぁ――」

「ちょっと、貴方は起きて下さい!」

 

 俺も一緒にと思ったのに、カーマに突然首裏を掴まれ持ち上げられて強制的に目が覚めてしまった。

 

「って、この子の背中から矢が生えてる……」

「私の愛の矢ですよ。愛の神の矢に撃たれればそこに愛が芽生える。

 ですが、芽生える愛の形は私がある程度コントロールできるんですよ」

 

 ドヤ顔で説明してくれるけど、先に首から手を離してくれないかな……

 

「今のジャックさんが貴方に好意を抱く理由を“同じ趣味嗜好を持つ存在だから”としました。これで、ジャックさんは普段のマスター同様、年中無休の御寝坊さんになってます」

 

「それは分かったけど、そろそろ離して……」

「駄目です。こうしていないと、寝ちゃうじゃないですか」

 

 いや、普段の俺ならともかくカナエが危ないこの状況で……寝ちゃう所だった。

 

「珍しく起きているんです。あの人を助けたいなら私が協力しますから、しっかりして下さい」

「ん……ありがとう」

 

(……ついでに、あのカナエさんについて調べておきましょう。眠り姫より眠っているマスターさんが起きている理由、それが分かれば私に堕落させる手掛かりになる筈。

 勿論その後はなんの耐性も有してなさそうな小娘一人、どうとでも出来ます。愛の矢は決して、成就させるだけの矢ではないんですから……ね)

 

 

 

 部屋に連れ込まれ、椅子に座らされていても私の手は恐怖に怯えて少し動きを止めなかった。

 

「――マスター、ずっと震えているのね」

「……」

「そうね。最初に会った時、悪い私が驚かし過ぎてしまったから」

 

 アビゲイルちゃんに最初に会った時、私は2人のアビゲイルちゃんを見た。

 おでこに鍵穴を持つ別の側面の彼女は、その後もこの塔で会う度に私を苦しめる様な事をして来た。

 

 今のアビゲイルちゃんは良い子だ。

 だけど、彼女が悪い子にならないとは限らない。

 

「ねぇマスター」

「……」

 

「もし、私がずっと良い子でいたら貴方は私を愛してくれますか?」

「……うん」

 

「そう。なら私、ずっと良い子でいるわ」

 

 頭を撫でられても全然安心できないけど、肌に感じる服の感触は彼女がまだ第一再臨の状態だと教えている。

 

「でも、マスターが悪い人なら話は別よ?」

 

「――っ!?」

 

 一瞬で、椅子に座ったままの私は何処か黒しかない場所にいた。

 輝いて見えるのはアビゲイルちゃんの金髪だけ。 

 

「ねぇ、先の男の人は誰なのかしら?

 なんだか嬉しそうにしていましたけど、もしかして恋人なのかしら?」

 

「あ、そ、そんなんじゃ――」

「――嘘は駄目よ、マスター」

 

 慌てて返事をした私の顔に触れた彼女は、こちらをじっと覗き込んで、同時に額に鍵穴が現れた。

 

「嘘を吐く様な悪い人なら、私も悪い子になってしまうわ」

 

「……陽日君は、ご近所さんで、幼馴染……」

「羨ましいわ。マスターの近くに住んでいて、ずっと一緒にいるのね?」

 

 続きを催促しているのか、触れていた筈の袖の布が別れて下に落ちていく。彼女の服が少しづつ変化しているみたいだ。

 

「……好きか、分からないけど……先、私を助けようとしてくれて……ちょっと、驚いちゃった」

「へぇ……」

 

 アビゲイルちゃんの手が私を離れ、同時に服は1つに束ねられて元に戻っていく。

 

「……そうだ! 幼馴染で思い出したわ!」

「?」

 

 手を叩いた彼女の足元から、1冊の本が湧き出て来た。

 

「私の過去も、マスターさんに知って欲しいわ! だから、このアルバムを見せてあげる!」

「あ、アルバム?」

 

「はい! どうぞ!」

 

「……」

 

 有無を言わせずこちらにアルバムを手渡すアビゲイルちゃん。

 なんとなく、開きたくなかった私は彼女の方を見るけれど、彼女は何も言わずににっこりと笑うだけ。

 

「……」

 

 その圧に観念した私は、アルバムの端を指で抓んだ。

 

 ――けど、ページを開くより先に私の手から誰かがそれを強引に引っ張って、黒しかなかった空間は弾ける様に消滅した。

 

 奪われた本を目で追うと、そこには私を睨む様な瞳で見下ろすエリザちゃんがいた。

 

「え……エリザ、ちゃん」

「マネージャー……いいえ、私のメイド。

 こんな古臭い本を読む必要なんてないわ。血の匂いはするけど、全然私の好みじゃないし」

 

 そう言って彼女が床に投げ捨てたアルバムを見ると、先までとは全く違う表紙に古いアルファベットで書かれたタイトルがあった。

 

「ね、ネクロノ……?」

「魔術の本ね。常人が見たら発狂して、運が悪ければ記憶がトんじゃうかもね?」

 

「え!?」

 

 エリザちゃんは不敵に笑って横にいたアビゲイルちゃんの方を見た。

 

「イロモノアイドル吸血鬼……邪魔しないで」

「誰がイロモノアイドルよ。

 良くも私の可愛いメイドに物騒な物を読ませようとしたわね!」

 

「マスターをメイドにして私物化しようだなんて、悪いサーヴァントはどちらかしら?」

「私物化なんてしようとしてないわ。

 だってマスターは私の物だもの。そんな工程は必要ないの」

 

 そう言ってエリザちゃんは私の目の前に紙を突き付けた。以前、彼女が私と結んだBBちゃん製の専属メイド仮契約書だ。

 

「これでマスターは私のメイドよ」

 

「……」

 

 だけど、私の服装は変わらない。普段なら彼女の好みのピンク色のフリルなメイド衣装が出て来る筈なんだけど……

 

「あら?」

 

「無駄よ。貴方との契約は以前BBさんと会った時に切って頂いたわ」

 

 アビゲイルちゃんの言葉と同時に、契約書は破裂し紙吹雪を起こした。

 

 それを見たエリザちゃんは、槍をその場に置いた。

 

「マスター、耳を塞いで」

 

 普段ならどんな歌でも聞いてと言う筈の彼女が出した合図が何を意味するか、彼女の表情が見えた私は直ぐに理解して慌てて耳に手を当てた。

 

「すぅ――――……」

 

「……――――!!!!」

 

 とても、重くて、長い一曲。

 

 自分の槍をマイクとして、唯々叫び続ける彼女の声はシャウトはリズムも無ければ音程も無視している。

 何より、乱暴なその歌い方はもはや自分の為の歌ですらない、竜巻が八つ当たりしている様だった。

 

 そして、その中心にいたアビゲイルちゃんは――壊れてしまった壁の向こうに姿を消した。

 

「…………ふぅ、すっきりしたわ。

 メイド、水……って、今はメイドじゃないのよね」

 

「え、エリザちゃん……」

 

「大丈夫よ、マスター。

 少し、少しだけ頭に血が上ってしまったけれど……あ」

 

 何かに気付いた彼女は、私をその場で押し倒した。

 

「え、エリザちゃ――いた!」

「ん――んっじゅ……んん、ぁん、っじゅ……ゴクン」

 

 首元に噛み付き、数秒だけど体全ての血を抜きそうな勢いで吸血した彼女は私の真上で笑みを見せた。

 

「……やっぱり、ライブの後はこの味よね」

「はっぁ、はぁ……」

 

「もしかして……もしかしたら、流石の貴方にも伝わってしまったかもしれないけれど、私、エリザベート・バートリーはね。

 今、メイドがいなくなって、とっても寂しいの。悲しいの。

 道端に、捨てられた小ジカがいたら拾って家に持ち帰ってしまちゃうくらい」

 

「小ジカにはリードかしら? 小屋でいいのかしら? それとも、家に入れていいのかしら?

 食べ物は何をあげようかしら? 日本だとクッキーらしいけれど、やっぱり草がいいのかしら? でも――」

 

「いっ……!」

 

 私のお腹を、彼女の爪の先端がなぞる。

 

「――こんなに可愛くて、おっきな子ジカですもの。

 サラダだけで痩せこけてしまうのは可哀想よね?」

 

「……」

 

「ねぇ、選んで?

 貴方は私の専属マネージャーに昇格したい? それとも、ADとして地道に頑張る?

 メイドに復帰してもいいし、私の機嫌を取る子ジカも良いと思うわ」

 

 そう言って彼女は近くにあった紙を適当に手に取ると、噛まれて出血している私の首元の跡に爪の先を伸ばして、何かを書き込んでいく。

 

「――出来たわ」

 

 “契約書”

“(私の大好きなマスター♡)鼎はエリザベート・バートリーの”

“マネージャー”“AD”“メイド”“ペット”

“――になる事を誓い、どんな時でもこの契約を遂行します”

 

 その下には丁寧に彼女のアイドルサインまでされている。

 

「さあ、1つ選んで」

 

 そう言って私は肩を掴まれ、契約書を前に突き出される。

 

「待って、エリザちゃん……!」

「駄目よ」

 

 掴まれた肩が痛くて、思わず止める様に頼んだけれど彼女の力は一段と強くなってしまう。

 

「早く、今すぐ、此処で、選んで」

 

「わ、私は……!」

 

「大好きな、とっても大好きなエリザベートの、マネージャー、AD、メイド、ペット……どれになりたいの?」

「……大好きなって……!」

 

 大好きと言う単語を聞いた私は思わず、陽日君の顔が浮かんで、少し呆けてしまった。

 

「――何、何で、何故っ!」

「い、痛い、痛いよエリザちゃん!」

 

「そんな顔をしろだなんて誰が言ったの!? 私の子ジカが、そんな顔して良い訳無いじゃない! 私がこんなにも、こんなにも愛を投げかけているのに、貴方は――っ!?」

 

「――ふぅ、命中です」

 

 

 

「…………ふ、ふふ……子ジカ……そんなはしゃいじゃって……私のライブは、何時だってさいっこうよ……」

 

「大丈夫、カナエ?」

「…………うん」

 

 カナエと、そのサーヴァントがいた部屋に辿り着いた俺とカーマ。

 取り合えずエリザにはジャック同様、俺と共通の趣味趣向を持たせる事で無力化に成功した。

 

「本来はこうすんなりはいきませんが、マスターが協力的だったから1発でいけました」

「夢の中でも傷や痣があるのは嫌でしょ。気休めだけど、タオルで冷やして絆創膏も貼っておこう」

 

「あ、ありがとう陽日君」

「……(吊り橋効果で落とされてますね、これ)」

 

「……こ、この娘は大丈夫なの?」

「カーマは大丈夫だよ……ふぁ……」

 

「お眠ですかマスター?」

「うん……ちょっと、頑張り過ぎたかも……半端ない、波が……」

 

「もう飲まれましたね」

 

「……“カーマ、安心させて、あげて”」

 

「っ!? 令呪を使ってまでですか……!」

 

 これで、取り合えず……寝よう。

 

(ですが……これで私も、すんなり目的を達成できますね)

 

「……寝ちゃったんだ……いつもみたいに」

「ええ、この夢の中でもいつもこうです」

 

「知ってる。私も、陽日君にそうしろって言われたから」

「じゃあ、何故今回はしなかったんですか?」

 

「……女の子達には、通用しないから」

 

(え……? 通用しないとかあるんですか?)

 

 普段からイリヤやクロエと言った少女に囲まれ、それでも寝続ける陽日の姿を思い出して唖然とするカーマ。勿論、おかしいのは陽日の方なのだが。

 

「貴方、陽日君の事好きなの?」

「いえ、残念ながら愛してます。

 だからこうして嫌々貴方の事も助けてあげました」

 

「そう、なんだ」

「マスターと貴方はどんな関係なんですか?」

 

「……幼馴染?」

「それ以外は?」

「同じ学校の同級生で……あ、クラスは別なんだけど」

 

「そうではなくて、貴方はマスターの事が好きなんですか!?」

 

 自分の口から出た台詞に、普段はない甘酸っぱさを感じてしまったカーマは顔を真っ赤にして問い詰めた。

 

「……うん、好きだよ」

「でも恋人じゃないと?」

 

「やっぱり、ずっと友達だったからどうやって距離を詰めればいいのか、良く分かんなくて……」

「ふぅーん」

 

 それを聞いたカーマはニヤリと笑った。

 

「でしたら、貴方に愛を成就する加護を授けましょう」

「え……? 良いの?」

 

「ええ。何せ私はひねくれた愛の神ですから。

 今みたいにマスターを愛し続ける現状に不満がありますので」

 

 そう言って彼女はそっとカナエに触れた。カーマの宝具で、自身の体を愛の矢とする事が可能だからだ。

 

(――これで、私の勝ちです。貴方から綺麗さっぱり愛の情欲を奪ってしまえば少しづつ、長年の幼馴染の歯車に亀裂が――……? 何をしているのですか私?

 属性が逆です、早く体を――なっ!?)

 

 カーマの意思とは逆に、情欲の矢としてカナエの体に触れてしまう。

 

(カーマ、安心させて、あげて)

 

「先の令呪のせいで!」

 

 

 

「……んぁ?」

「あ、起きた?」

 

「……カナエ? まだ夢?」

「ううん、もう学校の時間だよ」

 

 気付かない内にカナエの膝に頭を乗せていた様だ。

 二度寝したいけど、ちょっと我慢して時計を見るとそろそろ学校に向かう時間だった。

 

「……眠りたりないや」

「そんな事言わないで! ほら、学校行こう! 朝ごはんも出来てるから」

 

「……分かった」

 

「前来た時よりも、部屋、綺麗だね」

「うん……ふぁぁぁ……偶に、サーヴァントが綺麗してくれるから」

 

「そうなんだ」

 

「それより、お母さんとお父さんは?」

「もう出かけたよ。なんか、次に会う時には写真を撮らせてって言ってたけど」

「そっかぁ……」

 

「もう、何回枕に顔を押し付ける気なの?」

「後5時間……」

 

「だーめ! ほら、まずは顔を洗おう!」

 

 カナエに背中を押される形で、俺の部屋を後にする。

 

 

 

 

 

「……もう、貴方達は来なくていいからね」

 

 

 

 

 

「……カナエ?」

「あ、今行く!

 って、トイレは1人で入って――あ、中で寝ちゃダメだよ!」




次はTwitterでの第一当選者になります。
例によって、当選者の方々は設定を変えたくなったらいつでも改案を送って下さって構いません。


ウマ娘だけでなくて、裏でこっそりValheimまでやってたりする。
どっちも時間泥棒過ぎて小説の時間が無くなってしまうので、ほどほどに楽しんで行きたいと思います。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

っく……殺せっ……! イマジナリ・スクランブル編

5周年記念企画、2人目は NIDUSE さんです。

去年の期間限定イベントを題材に書かせて頂きました。なんかもう凄い前だと思ってたけど11月のイベントだったんだなぁ……



 

 潜水艦ノーチラスの中――虚数海域での試験的な潜航を行っていた俺達。

 

 しかし、何もない筈の空間で攻撃を受け、ノーチラス号は座礁してしまう。

 

 限られた魔力で援軍を呼び、普段とは大きく異なる虚数空間内での探索、接敵を繰り返しながら、未知のサーヴァント、ヴァン・ゴッホの真相究明と救出に成功――したのだが……

 

「……大フォーリナー祭り!?」

 

 裏切り者、異神の使者であった楊貴妃によって、また新たな混乱を齎されたのだった。

 

 

 

「そういう訳で、まずはえーい!」

 

「っきゃ!?」

 

「刑部姫! 皆!」

 

 突然、索敵や戦闘に尽力してくれたサーヴァント達が次々と退去していく。

 

「大フォーリナー祭りに他のクラスの皆さんは必要ないんです! ですが、天子様が困ってしまうから、ネモちゃんは潜水艦の管理人としてまだ残っていて下さいね!」

「っぐ!」

 

 ネモは操縦席にその体を拘束された。霊体化も出来ず、物理的な破壊も出来なくなった様だ。

 

「それじゃあ始めましょうか! フォーリナー全員による天子様争奪戦! 自分の陣地を作成して誰が天子様を一番おもてなし出来るか、競争です!」

 

 一方的なルール説明と共に、フォーリナーであるアビゲイル、葛飾北斎、謎のヒロインXXを呼び出し、その場にいたゴッホも含めて全員再臨させてしまった。

 

 こうして、全てのフォーリナー達が一斉に虚数の海域へと転移した――

 

「――エヘヘ……あの、ゴッホだけ、残っちゃいました?」

 

 ――ゴッホを除いて。

 

「ユゥユゥさんは陣地を作成すると言ってましたけど、そんな事しなくてもマスターと一緒にいれてしまって、良いのでしょうか?」

「頼むからゴッホだけは味方でいてくれ」

 

 霊基が変化して真っ白なドレスに身を包んではいるが、目の色のが反転していたりスカートや袖が大きく膨らんでいたりと中々人間らしさの薄い恰好になってしまったゴッホ。

 

 とは言え、見た目はサイケデリックだがこの虚数海域での異界の神との戦いで確かな絆を結んだサーヴァントだ。他にサーヴァントもいないし、頼らざるを得ないだろう。

 

「……って、ゴッホ? 壁に何を?」

「あの、ユゥユゥさんの力で再臨した際に、何か特別な力を貰った様なので試してみます……エヘヘ」

 

 彼女はあっという間に1つの絵を壁に折り紙の鶴の絵を描いた。

 

「っ! マスター、探査機能に反応が!」

「え?」

「ゴッホの絵が、艦外で実体化してソーナーでキャッチ出来る反響を作り出しているんだ! どうやら今のゴッホなら、ノーチラス号を自分の工房の様に増設、拡張が出来るみたい!」

 

 これが楊貴妃が言っていた陣地の作成か……

 

「プロフェッサー、この際僕の拘束解除は後回しだ! エンジンと連携して、ノーチラスの最適化を!」

「はい、了解しましたー」

 

「ゴッホ、どうやらマスターさまのお役に立てそうです……!」

「ああ、これならきっとフォーリナー達を連れ戻せる!」

 

 こちらから打って出る方法が見つかり、俺達はゴッホのみを主戦力としてフォーリナー達を制圧する事が可能になった。ネモ・シリーズ達も忙しそうに船内を駆けまわっている。

 

「取り合えず俺とゴッホは待機か」

「マスターさまの部屋……エヘヘ、緊張して、ドキドキします」

 

「取り合えずこっち座って――おぉう?」

 

 部屋にあった椅子を引っ張ろうとした俺の背中にゴッホが抱き着いてきた。

 

「す、すいませんマスターさま……ゴッホ、あの深い深い場所から、此処に戻ってこれて、嬉しくて、安心しちゃったみたいです……!」

 

 異界の神によって歪なフォリナーとして現界されたゴッホは神の尖兵となる事を拒み、ゴッホの性質もあって自害を試みるがその霊基に継ぎ合わされたとある女神の性質により失敗し、自身を深海へと沈めた。

 

 巨大化しながら虚数の海に落ちて行く彼女を、ノーチラス号の乗組員全員の協力で救う事に成功したんだ。

 

「そうだったな……助けられてよかったよ」

「絶対、絶対……ゴッホがマスターさまをお助けします!」

 

「ああ……絶対に、助けてもらうよ」

 

 俺は拳を握って彼女にそう返した。

 

「…………所で、そろそろ離れてくれないか?」

「……ゴッホ、やっぱりお邪魔でしょうか?」

「そんな事はないんだけど……」

 

 目の前の2つの袖口から大量のヒマワリが見えるこの光景はちょっと怖い。

 

「マスターさまに抱き着いていると、魔力の流れが強くなるおかげか、とても心地良くて……次の絵は、もっと頑張りますから……」

 

 こう言われてしまったので、俺は彼女が満足するまで続けさせてあげる事にした。

 だけど、数秒経ってから彼女はピタリと顔をくっつけたまま僅かに動かし始めて、背中がくすぐったい。

 

「……ゴッホ、そろそろ――」

 

『――マスター、ゴッホ! ノーチラス号の調整が終了した。至急集まってくれ!』

 

 もう一度ゴッホに声を掛けようとした所でキャプテンから召集のアナウンスが鳴った。

 

「名残惜しいですが……行きましょう、マスターさま」

「あ、ああ……」

 

 少しだけ不安だが、俺達はキャプテンの待つメインルームに急いで向かった。

 俺達が到着すると拘束されたままのキャプテンに代わって、プロフェッサーが作戦を説明してくれた。

 

「索敵は今までサーヴァント達を撃ち込んで反響を拾っていてましたが、ゴッホさんの絵でその過程をそのまま代用します。どうやら既にノーチラスの一部はゴッホさんの絵によって工房と化していますので、これ自体は難しくはありませんしなんだったら撃ち込んだ絵は回収する必要がありませんので、短時間でエリアをスキャンできるでしょう」

「それでフォーリナーに接触したゴッホにカメラを付けて向かわせれば良いんだよな?」

 

「ええ。それではゴッホさん、宜しいですか?」

「ゴッホ、頑張ります……!」

 

 こうして、俺達の深海戦が再び始まった。

 

 海の中を飛ぶ鶴の折り紙達が着弾し敵や障害物をあぶり出すと同時に自爆の様な攻撃で撃破していくのを見た時は驚いたが、そのお陰で戦闘に時間を取られずあっという間に最初のフォーリナーの元に辿り着いたのだった。

 

 しかし――

 

『――どうしてマスターがいないの!? そしてこの折り紙はなんなのかしら!?』

 

「そんな事言われてもなぁ……」

「エヘヘ……もっともっと撃ち込んじゃいますね。それそれ~」

 

 そう。ゴッホの書いた絵で攻撃できるので、ノーチラスは発見した領域から少し離れた場所から折り紙を撃ち込み続けていた。

 

「でもこれは有効だ。ダメージは軽微だろうけど彼女が領域を離れれてこちらに接近すれば、地の利がなくなる」

『っ……なら、こうしてあげる!』

 

 アビゲイルは水着の霊基へと姿を変えた。そのまま、単身こちらに突っ込んでくる。

 

『マスターは……そこね』

「対魔術防壁! マスターをロックオンしている!」

 

 宝具による攻撃を警戒し、最速で飛ばされたネモの命令を聞いても尚、アビゲイルは邪悪に笑った。

 

『そんなモノで防ぎ切れるとでも? 

 降りて到るは幻夢郷。災厄なる魔の都、隠されし厳寒の荒野、蕃神の孤峰、未知なる絶巓! 其は夢見るままに待ち至る。『ドリームランズ』』

 

 

 

「……こ、此処は……?」

 

 いつの間にか気を失っていた様で、起き上がって周りの様子を見ると階段と扉が左右にあり、水着姿の灰色のアビゲイルがこちらを見下ろしていた。

 

「私達の夢の中よ、マスター。ああでも、マスターにとっては夢の中の夢なのかしら?」

 

「何を言ってるんだ……?」

「此処はまだ境目。本番は、扉の先よ」

 

 アビゲイルが近付くと同時に扉が勝手に開いた。

 その先の光景は――ヒマワリだらけだった。

 

「……どうかしらマスター」

「どう、とは……?」

 

「耐えらないでしょう? 目が離せないでしょう? 唯の人間であるマスターにこの景色は……」

 

 そこまで言ってアビゲイルは懐疑の目を俺に向けた。

 

「マスターっ!?」

「どうした、アビゲイル!?」

「っああ! マスター、どうして……!」

 

 理由は分からないが彼女は俺を瞳を数秒程見つめた後、まるで絶対絶命の淵にでも追いやられたかのようにその場で蹲った。

 

「どうしてって、一体何の事だ……?」

 

「マスターさま」

 

 アビゲイルの様子がおかしくなって戸惑っていた俺の後ろから、ゴッホが現れ声をかけてきた。

 

「ゴッホ、どうかしたか?」

 

「マスター……! マスター、やめて!」

 

 アビゲイルが叫びながら立ち上がったが、一体何を止めて欲しいのか俺には見当も付かなかった。

 

「どうしたんだアビゲイル?」

「マスターさま……キャプテンが呼んでます。早く目覚めましょう」

 

「目覚める……?」

「こっちですよ」

 

 ゴッホが大量のヒマワリが見える袖をこちらに伸ばしたので、戸惑いながらも彼女の腕を掴んだ。

 

「待って、勝手に連れて行かないで!」

「アビゲイルさん、でしたっけ? ゴッホも皆さんに迷惑かけたばかりなので、こんな事を言える立場じゃないかもですが……あんまり暴れちゃ駄目ですよ?」

 

 確かに、先まで虚数空間の深海にまで独り沈んで行こうとしたゴッホが言って良い台詞じゃないな。

 

「エヘヘ……起きたら、ゴッホを沢山褒めて下さいね?」

「うん? そもそも、俺はどうして眠っているんだ?」

 

 なんか、思考が定まらなくなってきた。

 

「マスター! 私、私の手を掴んで! そっちには行かないで!」

 

 どうして夢の中にいるのか分からないし、何時の間にアビゲイルがいるのかも分からない……

 

「マスターさま、あまり深く考えなくても良いんです。これは唯の白昼夢なんですから、夢中にならないで……ゴッホジョーク」

「いや、そのジョークが一番分からな――」

 

 

 

「あ、起床しました」

「マスター、無事かい!?」

 

「う……ん? あれ……」

 

 目を開けると、プロフェッサーがこちらをじっと見つめていた。

 

「アビゲイルさんはゴッホの宝具で大人しくなりました」

「異神の影響に晒されなくなったみたいだね」

 

「そっか……俺、アビゲイルの宝具で」

「よく無事だったね。流石に今のは肝が冷えたよ……」

「ですがこれで最初のフォーリナーの鎮静化に成功しました。この調子でがんばりましょー」

 

 ネモ・プロフェッサーの気の抜けた掛け声のお陰か、ノーチラス号内の雰囲気が和らいだ。

 

「……それにしても、何だったんだあの夢は」

「思い出さなくてもいいんですよ」

 

 ゴッホにそう言われるが気になる物は気になる。忘れてしまう前になんとか思い出そうと頭を捻るが……

 

「異神の情報は人間に悪影響を与える危険性があるので、下手に思い出さない方が得策かと」

「そう……そうか」

 

 プロフェッサーにまで言われたし、やっぱり思い出さない方が良いだろう。

 

「もうゴッホさんには雷の絵を描いて頂いてますので、次のフォーリナーが見つかるまでは待機して頂いて結構ですよ。資源も確保出来てますので」

 

「それよりもプロフェッサー、船内のカメラに不具合が多いんだけどそちらの対処はどうなっているんだい?」

「どうやらゴッホさんの工房と化した一部がこちら干渉を弾いている様です。監視機能も彼女の工房に含めれば対処可能ですが流石に危険ですので現状維持がベストかと」

 

「さあ、マスターさま。キャプテンの難しい会議のお邪魔になる前にゴッホと一緒に退散しましょう」

「そうだな」

 

 ゴッホに背中を押される形で、俺達はメインルームを後にしてマイルームへと戻った。

 

 珈琲を入れていると、ゴッホはキョロキョロと俺の部屋を見渡して始めた。

 

「どうかしたか?」

「いえ、その……無地の壁がまるでキャンパスみたいだなーって……エヘヘ」

 

 無地……と言えるの程白い訳じゃないが、まあ確かに殺風景かもしれない。

 

「じゃあ、ゴッホが何か描いてくれるか?」

「っへぇ!? い、良いんですか……?」

「ああ、なんか見てて元気になるような明るい絵をだと良いんだけど」

 

「ゴッホに、どうぞお任せを……! あ、でも絵を描いている時は恥ずかしいので、外で待って貰って良いですか?」

「ああ、分かった」

 

 筆を持った彼女を見送りつつ、マイルームを出た俺はアビゲイルの様子が気になり彼女がいる部屋へと向かった。

 

「アビゲイル、大丈夫か?」

 

 声を掛けながらドアのノックすると、数回の足音の後に扉が開いた。

 

「マスター……」

「どうした?」

 

 不安そうにこちら見る彼女に怒っていない事を示す為に視線を合わせる様に屈み、微笑んだ。

 

「その、ごめんなさい!」

「大丈夫だよ。これから、他のフォーリナー達も元に戻してカルデアに帰るから、窮屈かもしれないけどもう少し待っててね」

 

 キャプテンから、アビゲイルや他のフォーリナーが元に戻っても再び精神攻撃を受ける可能性があるので出撃は許可出来ないとの事なので彼女は暫く軟禁状態になってしまう。その謝罪も含めてだ。

 

「ええ、分かっているわ。私、悪い子になってしまったもの」

「ああ」

 

「……マスター、瞳を見せて下さるかしら?」

「?」

 

 良く分からないが、俺はアビゲイルと目を合わせた。

 

「……やっぱり」

「何かあるかの?」

 

「マスター。あの方、ゴッホさんは大変素晴らしい画家だと聞いたわ」

「ああ」

「でも、あの――を――は駄目よ」

「……?」

 

 あれ? 今、アビゲイルはなんて言ったんだ?

 

「もう聞こえてないのね」

「アビゲイル?」

「マスターの精神は――――わ。もう、他の――の――は――ない」

 

 なんだ? 先からアビゲイルは一体何を?

 やっぱり、まだ楊貴妃の狂気が抜けてないのか?

 

「……ごめんなさいマスター。私、今からもっと深く反省するわ」

「そ、そうか?」

「だから、暫くは扉を叩かれても返事は出来ないわ」

「分かった。俺、アビゲイルを信じて待ってるよ」

「ありがとう、マスター……」

 

 やがて、再びノーチラス号は新たなフォーリナーへと接敵した。

 

 

 

『虚数アナリティクス、虚数マルチまがい商法……! 私の虚数クレジットも虚数仮装通貨も天井知らずに上りまくりです!』

 

『っく……この方、普通に強敵です……!』

 

 ゴッホに付けられたカメラで、彼女と謎のヒロインXXの戦いを見ていた。

 

 戦場である海域は彼女の姿が映った謎の虚数広告が浮かんでおり、虚ろな目で増減する虚しい通貨やクレジットに一喜一憂しながら戦っている。

 

「周りのエネミーがこっちの攻撃を塞いでくる上に、それを倒すと後ろにいるXXの攻撃が激しさと精度を増してくるな……!」

 

「ふざけた海域だけど、やはり地の利はあちらにあるみたいだね」

 

「うーん、先の戦闘で域外からの攻撃を対策されたのが痛いですね」

 

『ですが、この海域ならゴッホの方が――!』

『っう!?』

『――上手く、動けます!』

 

 異界の神の尖兵としてこの虚数海域に送り込まれたゴッホには特攻があるようで、剣と向日葵の鍔迫り合いになると容易く圧倒してみせた。

 

『っく、ですがトークンも消え返済に怯える事なく戦える私の攻撃ならそのサンフラワーに斬られるより先に私以外のフォーリナーを滅ぼせる!』

 

「対フォーリナーへの攻撃性能上昇を確認。霊核への命中率の高さも込みすると、一撃貰えば終わりです」

 

 冷静に状況を説明するプロフェッサーだが、それはつまりこちらの勝率が絶望的と言う意味では……?

 

「ゴッホ、絶対当たるな! そして絶対当ててくれ!」

『あわわわ……マスターさまからの初めての無茶振り……ゴッホ、本気の本気で行きます!』

 

 宝具を解放しようと溜めを始めたXXに対して、ゴッホは広告の波に隠れて時間を稼ごうとする。

 

『――最果ての光よ、私に本物の給料(ボーナス)をっ! フォーリナー死すべし。ダブル・エックス・ダイナミィィィィック!!』

 

 先に抜いたのはXX。ゴッホの隠れたFX広告に向かって光の刃を振り下ろし、謎の大爆発が起こった。

 

(って、切り裂いたのは隣の広告?)

 

『フォーリナー死すべし!』

 

 ゴッホ視線のカメラでは離れた場所でポーズを決める姿が見えたが、どう見てもゴッホは無事だ。

 

「これは、勝負ありですねー」

 

『今です、星月夜――!!』

 

『な、なんですとぉー!?』

 

 ゴッホの接近を許し、彼女に体を塗られたXXは装備していたアーマーが剥がれていつもの調子に戻った。

 

 そして、ゴッホに肩を借りる恰好で2人はノーチラス号に帰還した。

 

「その節は大変ご迷惑をお掛けしました……」

「いや、XXが無事でよかったよ」

 

「うう、ありがとうございます……」

 

「これで残るフォーリナーは2騎、北斎と楊貴妃だね」

「張り切ってまいりましょー。えい、えい、おー」

 

 プロフェッサーの掛け声の後、俺達は再び休息をとる事になった。

 楊貴妃の裏切りで結果的に潜水艦の運用が楽になったとキャプテンは複雑な表情を浮かべていた。

 

「ゴッホ、もう部屋に入っていいのか?」

「まだ駄目です……もう少しだけ、ゴッホにお時間頂けますか……?」

「いいよ。それじゃあ、俺はXXの様子でも見に行こうかなぁ」

 

 アビゲイルの部屋から少し離れた場所に、XXは軟禁されていた。一応、共謀されるのを防ぐために距離を開けたそうだ。

 

「……」

 

 俺が入って来るや否や、彼女は絶えず汗を流して明らかに焦り、取り乱した様子で正座している。

 

「――本当に、すいませんでしたっ!!」

「だから、別に謝らなくて良いから」

 

「そ、そのどうかクビだけはっ!」

「クビになんてしないから……」

 

「……うう、こんな醜態晒したのに受け入れてくれるマスター君の優しさが痛い……」

 

「そう言えば、先の戦闘で何が起こったのか良く分からなかったんだけど……?」

「えっと、恐らくですけど……」

 

 どうやらゴッホはあの戦闘の中で予め流れていく広告数枚を虚数空間の景色と同じ色で塗っていたらしく、実際はXXが斬ったバナーの更に後ろに隠れて奇襲をかけたらしい。

 

「なるほど……」

「虚数通貨に目が眩んでいなければ見逃す事無く両断を――あ、いえ。両断していたら本気で解雇されていたので、寧ろ眩んでいた私、グッジョブ!」

 

 自虐なのか自惚れなのか良く分からないが、兎に角勝てて良かった。

 

「えーっとその……出来ればですね、減給の方も要相談でお願いしたいんですけど……よ、45%カットでなんとかなりませんかね……?」

「必死だな!? そこまで心配しなくて大丈夫だよ!」

 

 完全に元ブラック企業勤めのトラウマが再発している彼女にツッコミを入れつつも、兎に角何の処分が無い事を改めて説明した。

 

「よ、良かった……」

「はぁ、漸く落ち着いたか……」

 

「所で、マスター君は――ですか?」

「ん? なんだって?」

 

「あ、いえ! 大丈夫なら良いんです!」

「……?」

 

『――緊急事態でーす。マスターとゴッホさんは至急集まって下さーい。20秒以内でお願いしまーす。フォーリナーの反応が接近していてマジヤバいです』

 

 緊迫したアラートと気の抜けたプロフェッサーの声を聞いた俺は、急いでメインルームに向かった。

 

 道中、ゴッホとも合流した。

 

「――来たか、時間が無いから簡潔に言うと北斎、楊貴妃の両名らしき反応が現在こちらに向かっている。探知される事も全く意に返した様子はなく、察するに本気でノーチラス号を墜とすつもりだ」

 

「でも、一体どうして……!?」

 

「恐らく、アビゲイルさんとヒロインXXさん両名の救出があちらの想定より早かった為かと」

「確個撃破される事を危惧したんだろうね。今はゴッホの絵での迎撃を行っているけど、流石にどちらもこの海での戦いに慣れているからか有効なダメージは入っていない様だ」

 

「後退も許されない、まさに危機的状況だけど裏を返せばリソース不足による時間切れを恐れず全力で戦えるチャンスでもある。マスター、ゴッホ、行けるかい?」

 

 キャプテンの問いに、俺はゴッホを見た。

 

「大丈夫です……ゴッホが、ホクサイさまも楊貴妃さまも救って見せます!」

 

 不安そうな彼女だったが精一杯笑って答えてくれた。 

 

「行こう!」

 

 

 

『……おいおい、楊貴妃サマ? 俺ぁ、好きな絵を描いたらますたぁ殿を手に入れるってんで応為に霊基を貸してもらってんだがぁ……』

 

『天子様、天子様……!? どうして、どうして……!』

『あちゃー、こりゃ俺の話なんかテンで聞いちゃくれねぇなぁ』

 

 メインカメラに2人の姿が映った。しかし、フォーリナーが3人もいる影響か、彼女達の声は飛び飛びで聞こえて来る。

 

『楊貴妃さま、ホクサイさま! ゴッホがお二方を止めます!』

 

『……なるほどぉ、おめぇさんかい? マスターを――のは?』

『……っ!? 天子様を、私の天子様を――!!』

 

「ゴッホ! こちらから最大限の支援を行う! 数回の宝具ならノーチラスの防壁で防げる筈だ!」

 

『了解です!』

 

「エンジンから苦情が来るので出来れば控えて欲しいですけど、ゴッホさんが倒されたら攻撃能力も索敵能力もなくなって本艦は戦闘不能に陥るのでどうぞ遠慮なく」

 

 プロフェッサーの脅すようなアドバイスを受けつつ、フォーリナー2人と対峙するゴッホに俺は戦闘指揮を開始した。

 

「まずは北斎を撃破しよう!」

『了解、です!』

 

 葛飾北斎の絵であちらの頭数を増やされるのはごめんだ。それに楊貴妃は体から炎を吹き出していて下手に攻撃するとこちらがダメージを受けるのは間違いないだろう。

 

『おっと、そう来るかい!』

 

 しかし待っていたぞと言わんばかりに楽し気な笑みを浮かべて筆を持った北斎はゴッホの絵具による遠距離攻撃を躱しつつ、波を描いて攻撃を仕掛けて来る。

 

「電撃発射!」

 

 だが、間髪入れずにキャプテンによる支援砲撃が放たれ、北斎は筆を変えて富士山で防いだ。

 

「ゴッホ!」

『行きます!』

 

 生物を書く時間を与えぬ様に、波状攻撃で北斎を追い詰めゴッホカッターが確実に捉え、切り裂いた。

 

「まだです!」

 

 しかし――北斎の体から墨汁が噴き出ると、すぐさま霊基は再生した。

 

「ガッツか……!」

『いや、愉快愉快……!』

 

「っ、ゴッホ、後方回避!」

 

 視界の先が青い炎で埋め尽くされた。先まで動きの無かった楊貴妃からの攻撃だ。

 

『天子様……その御体――為に燃やします!』

 

「ゴッホ、作戦は変更なしだ。北斎を集中攻撃して、楊貴妃の攻撃は回避に専念だ」

『了解です……!』

 

 とは言え、それが簡単にできる相手でない事は承知の上だ。しかし北斎が1体でもエネミーを作り出してしまえばそこから時間を稼がれゴッホ1人ではどうにもならない数を作られるのは間違いない。

 

「ノーチラスは楊貴妃の足止めに専念するよ」

「折り鶴部隊、発進です」

 

『邪魔しないで……っうぁ!』

 

 楊貴妃を取り囲む様に飛び、炎が被弾すれば爆発する折り鶴達によって楊貴妃は一時的に抑えられた。

 

「まずはガッツを剥がすぞ、ゴッホ!」

『ホクサイさま、すいませんすいませんすいません!』

 

「あ、テメェなんて事を!」

 

 向日葵を振り回し、北斎の書いた絵を上から塗りつぶすゴッホの攻撃は完成した絵が攻撃になる北斎の天敵であり、距離を取ろうと後ろに下がっていく。

 

「させないよ! ペンギン(リヴァイアサン)!」

『ゴッホカッター!』

 

 腹で滑っての機動力が高いペンギン達が退路を断ち、攻撃を足を止めて受けようとした北斎だが、チェンソーの様な攻撃を受け流せずに再びその体を切り裂かれた。

 

「ガッツ発動!」

「そのままだ、行けゴッホ!」

 

『これで終わりです! 星月夜!!』

 

 宝具による一撃で北斎は応為さんと入れ替わり、その場に倒れ伏した。

 

「後は楊貴妃を――」

「――電撃発射!」

 

『天子様、今燃やし尽くして――』

 

 ゴッホが北斎との千t峰でノーチラスから離れている間に、強引に包囲を破った彼女がこちらに近付いて来る。

 

「ゴッホ、ごめん! 令呪を持って命ずる、ノーチラスを守れ!」

 

 令呪を一画使用してゴッホを強制的に転移させた。

 

『楊貴妃さま……!』

『天子様、天子様天子様天子様ぁ!』

 

 唯々こちらに向かって突っ込んでくる彼女。炎そのものと言っても良い霊基でそれをされると、意思を持ったミサイルとなんら変わりない脅威だ。

 

「ゴッホ、その場で宝具準備!」

『で、ですが間に合いません……!』

 

「時間はこちらで稼ぐ! ノーチラス、対魔術防壁展開!」

「熱耐性ましましでお願いします」

 

『そんな陳腐な壁で、私の愛が防げるとお思いですか!』

 

 防壁に激突した楊貴妃。炎を拒む為の壁だが、徐々に徐々に溶かされていく。修復機能も発動しているが間に合っていない。

 

「令呪を持って命ずる! ゴッホ、宝具で楊貴妃を止めて!」

『これで、止まって下さい!』

 

 ゴッホの渾身の一撃が楊貴妃へと振り下ろされた。

 

 

 

 

「……あ」

 

 俺はベッドの上に目を覚ました。

 

「……先まで見ていたのは夢か? イマジナリ・スクランブルの時の?」

 

 先まで見ていた夢を思い出そうとするがそれより先にこの状況に嫌な既視感を覚えた。

 

「ま、まさか……っ!」

 

 不自然に膨らんだ自分のベッドを見て、恐る恐る手を伸ばして中を見た。

 

「あ……マスターさま」

 

 其処に居たのは当然フォーリナーのサーヴァントであるヴァン・ゴッホ。

 虚数空間内での出来事全てを夢にしようとして際にミスが生じてカルデアにまで付いて来た……筈だが、その姿は再臨後のモノであり白い瞳でこちらを見ていた。

 

 その瞬間、恐怖に飲まれたのか体が固まった様に動かなくなった。

 

「エヘヘ……ゴッホ、またミスっちゃいました。夢の中なのに、マスター様に褒められたくてちょっと頑張り過ぎてしまいました」

 

「そのせいでマスターさまのお目覚めが少しはやくなってしまいましたが……ゴッホの絵は完成しました」

 

 彼女が指を差した方へと誘われる様に視線を向けると――

 

「――大きな向日葵……いや、クラゲ……?」

 

 なんとも不可思議な絵だ。

 まるでそれぞれ違う絵が同時に存在している様にも見えるし、瞬きよりも短い時間に絶えず入れ替わっている様にも見える。

 

「どうですか、これがマスターさまのお部屋にクリュティエ(ゴッホ)が描いた絵ですよ?」

 

 確かに、多少変ではあるがサーヴァントが描いたのだから多少の異常はむしろ想定内だろう。

 

「ああぁ、とても――」

 

「――待ちなさい」

 

 俺が返事を返すより先に、マイルームの扉が開いた。

 

「アビゲイル?」

「マスターさんの部屋には、私の絵を飾って貰うわ!」

 

 手に丸められた大きな紙を持って入って来たアビゲイルはそれを広げて壁に貼り付けた。

 

 絵はまさに子供が描いた様な拙い物で、どうやら団長を名乗っていたセイレムでのマスターを描いた様だ。

 

「っあ!?」

 

 だが、貼り付けたと同時にアビゲイルの紙は剥がれ落ちて、そのまままるで部屋に追い出される様に出て行ってしまった。

 

「……残念ですね、アビーちゃん。ゴッホはマスターさまから許可を得てお部屋に絵を描いたんです。他の方の絵が介入できるスペースなんて、宇宙を探してもありません! ああ、ゴッホジョーク!」

 

「な、何なんだ? 絵がどうのこうのって――っ!?」

 

 ――視界がグラリと歪んだ。

 不味い。良く分からないが非常に不味い。

 

「マスターさまはとても広い人脈をお持ちです。それこそ神に通ずるほどに。

 加護を授かった英霊や神霊、更にフォーリナーのサーヴァント方々まで」

 

 そう言われて思い浮かぶのはアタランテやエウリュアレ、先まで夢に出て来たフォーリナー達の顔だ。

 

「ですが、クリュティエ(ゴッホ)はとてもずるいんです。そんな繋がりは全てバッサリ切り捨てて、クリュティエ(ゴッホ)だけを信じて欲しい……

 ですが流石に無理矢理改宗を迫る訳には行かないので、手始めにマスターさまのお部屋を神殿化させる事にしました」

 

「神殿化……!?」

 

 確か、魔術工房をそのランクによっては神殿と呼称するって言うFateの設定を見た事があったが……

 

クリュティエ(ゴッホ)の絵がお部屋にあるなら、マスターさまはゴッホが大好き! これでもうこの部屋はカルデア内のゴッホ神殿! ゴッホ、マスターさまの一番です!」

 

「させないわ! こうなったらその壁ごと壊して――っきゃぁ!?」

 

 突然、床から生えた巨大な向日葵。その根っこでアビゲイルを持ち上げると彼女を外へと放りなげた。

 

「こわいこわい……お客様ならともかく、乱暴で危ないアビーちゃんには神殿に踏み込んで欲しくないですね?」

「ゴッホ、これを今すぐ――!?」

 

 また視界がグニャリと曲がった。

 

「あ、駄目ですよマスターさま……実は先の夢の中で、マスターさまの正気度は一度ゼロになったんですよ?」

 

 ゴッホが俺の背中を擦りながら、身に覚えのない事を説明してくる。

 

「ゴッホが宝具でマスターさまのお身体を一時的に正気度の減らない体にしたんです。死んでるのに生きてるゾンビみたいな感じで、最大値がゼロになったままだった理性がいま徐々に回復しているんです。アビゲイルさんを見たせいで、その時の光景が少し思い起こされたんですね」

 

「この状況で、俺の正気度が失われているとは思わないのか……?」

 

「うっ……エヘヘ。マスターさま、どうか怒らないで下さい……ゴッホ、怒られるのやだです」

「この……だったら令呪で――って、一画しかない!?」

 

 先の夢の中で目覚める直前に使った気はぼんやりとするけど、まさか実際に消費してしまったのか。

 

「令呪を持って命ずる! 俺を解放しろ!」

「あ、えっと……いやです!」

 

 令呪が赤く光って手の甲から消え、ゴッホに俺の命令を強制させようとするが彼女が発しただけでその効果は無と化した。

 

「なんでぇ!?」

「すいません、すいません! 刑部姫ちゃんとしていた令呪権の約束が羨ましくて、使用された令呪を自動で吸収しちゃう様にしました!」

 

 いや、謝るなら返してくれよと言ったが彼女は謝りながらも令呪を全く返さない。

 

「だけど、此処にいたって他のフォーリナー達がやって来る筈だ! さっさと解放しないと、全員が此処に押し寄せてお仕置きされる事になるぞ?」

 

「ウッヘヘヘ……刑部姫ちゃんが教えてくれました。現代は嫌な(評論家)の事はNG登録すれば相手をしなくて済むと」

「何……?」

 

 するとマイルームの外からジェット音が聞こえて来た。XXがこちらに近付いているみたいだ。

 

『やはり私以外のフォーリナーは悪! 今滅ぼして、マスター君を救って見せましょう! 評価をグングン上げて、いずれはマスター君のお嫁さんに――根っこに捕まったぁ!?』

 

 その後、XXの声が聞こえて来る事はなかった。

 何度か他のフォーリナー達の声も聞こえて来たが、誰もマイルームに入る事さえ出来なかった。

 

(セキュリティ完璧かよ……)

 

「ゴッホの神殿がゴッドホーム、ゴッホジョーク! マスターさま、ゴッホは添い寝以上の事がしてみたいです。お互いに服を脱いで、肌と肌を重ね合わせる大人な時間に……」

 

「いや、あの」

 

「そうですね、唯で触ろうだなんておこがしいですよね!? ゴッホ、誠意を見せるのは得意なんですよ! 指を炎で炙りましょうか? それとも――」

 

 此処まで万全な牙城を築いたと言うのに、ゴッホは明らかな緊張と絶対に逃したくないという独占力に塗れた欲望を見せながらも低姿勢で迫って来た。

 

 彼女の性格や成り立ちを考えればこうなってしまうのは必然だろう。

 だが、どれだけ下手に出ていてもこのままだと確実に彼女の狂気に飲み込まれるだろう。

 

「さあ、マスター……!」

「っく、待てって!」

 

 小さくてもやはりサーヴァントか、俺は押し倒され胸元に彼女の手が伸びて来た。

 

「……」

「……」

 

 しかし、それ以上手は動かない。

 

「…………?」

「……あ、あの……やっぱり、今度にしましょう……」

 

 突然、彼女は先までずっと迫っていた彼女は踵を返す様に俺からスッと離れて行った。

 

「え、何で今そんな落ち込んでるの?」

「いえ、その……普段は、ゴッホ……じゃなくてクリュティエの体と精神に引っ張って生活してますし、今回のこの計画も画策出来たんですが……ずっとゴッホのお絵描きパワーを使っていた反動でしょうか……男性相手に、全然、性的興奮を全く覚えないんです……」

 

 そう言って、哀愁漂う姿でベッドから離れていくゴッホ。

 フォーリナー4人の一斉攻撃で、壁が壊れるのは同時だった。

 

 

 

 

 

「あの、マスターさま……ゴッホはマスターさまの事は変わらず好きです! こんな貧相な体に魅力を感じるなら、その、夜の営みも、ウへへへ……全然任せて頂いても、良いですからね?」

 

 現実の俺のベッドを捲ると、そんな謝罪と言い訳を残してゴッホは消えて行った。

 

 因みに、ベッドを捲ったのは俺を起こしに来たエナミだった事を此処に書き残して置く。

 

 




次回の当選者は ジュピター さんです。


最近また新しい小説を書き始めました。配信も回数を増やそうと努力しております。

でも最後の終始無言配信は反省してます。やっぱり、ちゃんと話のネタは用意しておかないとだなぁ。(当たり前)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プリズマっぽいヤンデレ・シャトーを攻略せよ 2wei

5周年企画3回目の当選者は ジュピター さんです。

あの4人が今回はクラスカードで暴れ回り、あっという間に監獄塔を制圧するお話です。



 

「……またこの4人ですか」

「うんざりそうに言うなって」

「はぁ……眠い」

「あははは……」

 

 玲、陽日、山本の3人に溜め息を吐きつつ、俺達の目の前に立つエドモンにも溜め息を吐いてやりたくなった。

 

「揃った所で、今回のルールを説明しよう」

 

 エドモンはこちらに近付きながら3枚のカードを取り出した。

 

「それは……クラスカードか?」

「えっ、クラスカード!?」

 

「ん? なんだそりゃあ?」

「なんか……イリヤが使ってた?」

 

「そうだ。これにはサーヴァントの力が込められている。使用すれば、一時的にではあるが二通りのサーヴァントの能力を得られる」

 

 二通りと言ったが、確か俺が使った時は制限の無い限定召喚(インクルード)だとエミヤの弓しか出なくて、時間制限のある夢幻召喚(インストール)で漸くまともに戦える感じだったな……うっ、リヨぐだ子の悪夢が……!

 

「今回、サーヴァント共は物理的にお前達を叩き潰そうとやってくる。それを躱し、全員がそれぞれのサーヴァント1騎の頭を撫でれば夢から退出させよう」

 

 脱出の条件まであの時と同じ、いやな事がどんどん思い起こさせられる。

 

「ではこれを」

「……これ、前と同じでは?」

「僕はセイバー? も、もしかしてモーさんの!?」

「……魔法使い?」

 

 アーチャー、セイバー、そしてキャスターのカードが渡された様だ。

 

「で、玲にはこれだ」

「ん? カードじゃねえのか?」

 

 玲がエドモンに渡されたのはカードよりも薄い紙で、それを受け取った玲の身に着けていた服――礼装が変わった。

 

「極地用の礼装だ」

 

「……おいエドモン」

 

「なんだ?」

 

「なんだ? じゃねぇ! なんで俺だけカードじゃなくて礼装なんだよ!?」

 

「何故? 貴様には過剰武装だろう」

 

「ふっざけんな! 相手も分かんねぇし、こいつらは備えあるのに俺だけ不利じゃねぇか!」

 

「(多分、そんな事はないと思う……)」

 

 玲がエドモン相手にいちゃもんを付けていたが、俺達3人の心中は不要だと言う事で一致していた。

 

 

 

 予想していなかった訳じゃないが、ヤンデレ・シャトーに送られると同時に俺達は分断されていた。

 

「まあ、玲に丸投げすればって全員が考えるだろうしな……」

 

 そして俺は現在、監獄塔の廊下を全力疾走していた。その理由は勿論、|玲(爆弾処理班)にサーヴァントを押し付……任せる為だ。

 昔の人も、餅は餅屋だと言っていた。つまりサーヴァントにはサーヴァント級の人外をぶつけるのが最善策だ。間違いない。

 

「それにしても、何も聞こえてこないな」

 

 普段の監獄塔は長い一本道の廊下の先に広場があり、その先の階段から廊下の逆端へと続くゲームのマップの様な無限ループだ。

 だから、サーヴァントに捕まって部屋に入っていなければ前方や後方から音が聞こえて来てもおかしくない筈だ。

 

「……頼むから、合流できる様にしてくれよ」

 

 一抹の不安を覚えつつ、疲れて来た俺はペースを下げて早歩きで薄暗い廊下を進んだ。

 

「感覚的に、そろそろ広場だと思うんだが……サーヴァントは来ないのか?」

 

「貴方様のサーヴァントは、此処にいますよ?」

 

 背後から聞こえて来た声に足を止めた。

 

 聞きなれた声の主を確認する為に振り返ると、やはりそこには彼女の姿があった。

 

「き、清姫……」

「はい。水着で、賢母で、正妻で、良妻な、マスターのサーヴァント、清姫です」

 

 その手には薙刀を持ち、黄色い水着の上に和服を着崩したランサーの姿の清姫がそこにいた。

 

 ここで礼装のスキルを使い切れば清姫から逃げれるかもしれないが、流石に今日の監獄塔を普段と同じ物と考えてそう考えるのは駄目だろう。実際、本当なら既に合流している筈だし。

 

「ですが、どうやらマスターはそんな私から走って逃げ去ろうとするおつもりの様で……」

 

 先まで全力で逃げておりました。

 なんて正直に言えば燃やされるし、嘘を吐いたら燃やされる。

 

「そうだけど、見つかったらしょうがないよなぁ。清姫と一緒にいないと」

「ええ、そうしなければ私が燃やしてしまうかもしれませんし……ね?」

 

 彼女の機嫌を取ろうとすり寄ろうとしたのが見透かされ、今更彼氏面するなと光の無い視線が俺の動きを止める。

 

「一度私から逃げておきながら、今度は私の元に戻ろうだなんて……どうやら安珍様はあまり良くない知恵を得てしまった様ですね……」

 

 彼女からひしひしと怒りが伝わって来る。

 普段だったら今すぐ背中を向けて走り出しているが、今の俺にはもう1つ別の選択肢がある。

 

(此処でインストールして……いや、駄目だ!)

 

 ポケットの中にあるカードに手を伸ばそうとしたが、それより先に基礎的なルールを思い出した。

 

 サーヴァントの戦いにおいて、少なくともGrand Orderにおいては常識。

 

 それは、アーチャーはランサーに弱いと言うじゃんけんと同じクラス相性だ。

 

(今インストールすれば、ガチで殺さねかねん!)

 

「安心して下さい。安珍様が再び裏切るのでしたら私は何処までも追いかけて、何度でも炎で焼きましょう。3度目の再会はきっと、3度目の正直ですから」

 

 清姫の中で俺の死が確定した事を察してしまったので、全速力で逃走を開始した。

 

「っく、【緊急回避】! 【瞬間強化】!」

 

 何処からともなく落ちて来る無数の鐘を避けながら、床を走りながら迫って来る炎から逃げる。

 

 炎が止めば今度は清姫自身が手に持った薙刀で俺の首を切り落とさんと迫って来る。

 

「っぐ、頼むから誰か!」

 

 攻撃をただひたすら躱し、前へ前へと走り続けた俺は命からがら広場へと辿り着いた。

 

「あっぶな!?」

 

 もう少しで尻を焼かれそうだったが、寸前で横に跳んで回避した。

 恐怖に焦りながらも誰かいないかと必死に首を動かしていると、この広場は4つの通路に繋がっているのが分かった。

 

(って、つまり此処にあいつらも俺と同じあの長い通路にいるって事か!? 何処が誰に繋がっているか分からないし!)

 

 清姫は完全に俺を燃やす気だ。山本や陽日と合流しても焼死体が1つ増えるだけだろう。

 

「玲の奴がいれば、サクッと清姫を大人しく出来るってのに!」

 

 他力本願だが、命の危険に晒されている俺にはその方法しかない。もう清姫がこちらにやって来る。

 

「ええい、こうなったら一かバチかで……!」

 

 もっとも近い廊下に向かおうと一度後ろを振り返った。

 

「ますたぁ」

 

 こちらを見つめる清姫。普段と比べて距離も警戒心もあるが、一度足止めをしないとどうにもならないだろう。

 

「っ! ガン――」

「――っぐ、っちぃ!」

 

 指先から魔弾を放とうとした俺の目の前に、突然吹っ飛んできた誰かが受け身を取って立ち上がった。

 

「やろぉ……!」

「玲!?」

 

 目の前に突然やってきた希望に驚き声を上げたが、サーヴァント相手に常に優勢で戦ってきた筈の奴の顔には傷があった。

 

「あはははははは! 愉快愉快、まさか人の身で毘沙門天の化身たる私と互角に渡り合るとは!」

 

 好戦的な瞳で玲を見て笑うのはランサーのサーヴァント、長尾景虎。

 上杉謙信の名でよく知られている彼女は、毘沙門天の化身を名乗り加護と数多の武器で戦う軍神とまで称された戦国大名である。

 

「おい、切大! 力を貸せ!」

「え、あ、貸してやりたいのは山々だけど……!」

 

 俺は新たなサーヴァントとマスターに警戒しつつ薙刀を構えている清姫を指差した。

 

「2対2か……!」

「さらっと俺を頭数に入れないで貰える!? どっちもランサーだからアーチャーの俺と相性最悪だし!」

 

「馬鹿野郎、喧嘩に相性もクソもあるか! 気合でどうにかすんだよ!」

 

 はい出たー! 根性論! それでどうにかなるのお前だけだからなぁ!

 

「私は一途にマスターだけを切りまーす!」

「私だけを見ていないと、殺してしまいますよ!」

 

 結局それぞれのサーヴァントが別のマスターを無視してこちらに突っ込んでくる。

 

(しかも、景虎は【鎧は胸に在り】のスキルで飛び道具が当たらねぇし!)

 

 ガンドもインストールも使い渋って回避を選んだが――

 

「――このっ!」

 

 玲は俺目掛けてやってくる清姫の薙刀の刃を両手で掴むと、強引に引っ張ったそれで景虎の刀を防いだ。

 

「っな!?」

「おら!」

 

 蹴りを入れて怯ませた玲は俺の元まで人間離れした動きで退避した。

 

「ふー、間一髪」

「いや、自然に俺の横に立つなよ! 仲間だと思われるだろうが!」

 

「……安珍様、もしかしてそちらの趣味が……! 許しません……!」

「あははははは! 良いですよ良いですよ! 斬る敵は多いに越した事はありません!」

 

「だとよ、よかったな……ん?」

「そうですか、頑張れよ!」

 

 俺は清姫の気を玲が引いたのを確認してから、奴を置いて逃走していた。

 

 逃げる事に関しては俺の方が上手だ、こうなったらとことん逃げ切って見せる。

 

「あんにゃろ……見捨てる判断早すぎだろ……!」

 

「弱き者に興味はありません! さあ、マスター!」

 

「ますたぁ……逃がしません」

 

「っと! こうなったらヤケだ! 2人同時に掛かって来やがれ!」

 

 

 

 なんとか逃げおおせた俺は、暗い通路を進んでいた。

 まだ少し上がり気味の息を整えつつ慎重に足を進めていると、壁に妙な痕が複数付いているのを見つけた。 

 

 単純な物理的な破壊ではなく、まるで壁の一部を綺麗にくり抜いた様な痕を見て俺はポケットの中のカードに触れた。

 

「インクルード!」

 

 近くにサーヴァントがいるなら矢の無い弓でも盾位には役立ってもらおう。

 

「……でもこの感じって、ドリルとかじゃないよな……しかもこんなに沢山、間隔が空いている……」

 

 もしやバレンタインの悪魔がバズーカーでもぶっ放したのかと思ったが、着弾点がハート形になってるかもっと派手に壊れていそうだと考え直し、この先にいるサーヴァントを絞り込む。

 

「……ん? もしかして、浅――」

 

「――もう、行かせて下さい!」

「あ、待って下さいマスター!」

 

 サーヴァントの正体に思考を巡らせていると、前の方から男女の声が聞こえて来た。どうやら此処は山本がいたようだ。

 

「……?」

 

 だが、その後ろにいるサーヴァントを見て疑問符を浮かべずにはいられなかった。

 

 今、奴の隣にいるのは赤の入った鎧を着ているサーヴァント。

 

 山本の大好きなモードレッドの筈だ。なのに、なんで逃げる様にこっちに来てるんだ?

 

「おい、山本?」

「あ、切大! ちょ、助けて! 僕セイバーだから、アーチャーは無理なんだ!」

「アーチャー?」

 

 何を言っているんだこいつはと思いながら、こっちにやって来る鎧のサーヴァントを見て漸くその意味を理解した。

 

「……浅上藤乃」

「こんばんわ、もう1人のマスターさん」

 

 被っている兜の隙間から見えた黒髪と赤い瞳。

 その眼で視た物を捻じ曲げる歪曲の魔眼を持つアーチャークラスのサーヴァント。その彼女が、モードレッドと同じ鎧一式を身に纏っていた。

 

「なんだ、コスプレプレイか?」

「自作しました」

 

 剣を取り出してその場で軽く振り回した。重量を感じない軽い音が、プラスチックで出来た偽物であると教えてくれる。

 

「マスターがモードレッドさん大好きなので、弊カルデアではモードレッドブームが流行しています」

「お前のカルデアヤベーな」

「いやいや、僕に関係なく起こってるからね!?」

 

 やっぱり、カルデアってそれぞれで個性出るんだな。

 

「それよりも! 頭を撫でてこの夢から出よう!」

「モードレッドが出ないと本当に嫌がるんだな……」

 

「残念ですが、マスターは絶対私を撫でれませんよ。その為のコスプレですし」

 

 兜で守られているのか……って言うか、この藤乃攻撃性低くね? 内の清姫は出会って秒で攻撃してきたのに。

 

「折角頑張って用意したんですがお気に召さなかった様でとても残念です……仕方ありません、取り合えずねじりますね?」

 

 その一言と同時に俺は横に跳んで躱した。横目で見れば先までいた空間が不自然に歪んだ。

 

「あっぶねぇ!? ていうかなんで俺!?」

「すいません、同時に行こうかと」

「モーさん助けて!」

 

 ヤンデレの前で他の女の名前を出さないと言う基本すら出来ない山本の失言に浅上藤乃の機嫌を伺うが、どうやら彼女は大して気にしていない様だ。

 

「……普段の事ながら、口を開けばモードレッドさん……やはり、3回位ねじりましょう」

 

 そんな事はなく、普通に怒りを覚えていた。

 

 此処で俺が相手をするしかないか……幸い、俺と彼女は同じアーチャー。相性による有利不利はない。先の長尾景虎と比べれば、異能を持っただけの人間なので即死級の歪曲攻撃さえ当たらなければ倒せるだろう。

 

 そう、攻撃が当たらなければ、だ。

 

「っおわ!?」

 

 暗い塔の中、俺達2人を狙っているせいで狙いが定まっておらず、そのお陰で辛うじて回避出来ているがインストールして戦うとなれば迷う事無く捉えられてしまうだろう。

 

「どうすれば私を好きになってくれるのでしょうか?」

「お、俺はモードレッド、一筋なの!」

 

 こいつ、取り繕う事を知らんのか。魔術礼装での回避も限界がある。

 山本は概念礼装で回避状態にして簡単そうに避けてやがる。

 

「……何度頭をねじればいいのでしょうか?」

「いや、多分もう手遅れだから……」

「まずは攻撃をやめてくれないかなぁ!?」

 

 そんな山本の願いが届くはずもなく、浅上藤乃の攻撃は寧ろ徐々に徐々に激しくなっていく。

 山本だけに。

 

「あ……気付きました。

 私がこうして攻撃すると、マスターはずっと私の方を向いてくれます」

 

 遂に気付いたか……

 

「って、何で足止めてんの!?」

「だって狙われているお前だけ……いや、こっち来るな!」

 

「もう逃げる!」

 

 俺と山本は彼女から背を向けて、暗闇の中へと逃げ出した。

 しかし、魔眼の特性上それは攻撃への回避を捨てる事に他ならない。

 

「逃がしませんよ」

「い、一か八か……! インクルード!」

 

 山本のカードが光るが構わずに逃げ続ける俺達。

 突然強風が辺りを吹き抜けて、もはやこれまでかと思ったが……

 

「……こ、来ない?」

「やった、土壇場だったけどインクルードで出せたのはインビジブル・エアだ!」

 

 なんで相変わらず俺のカード以外はインクルードで役に立てる性能してるんだよ、と文句が出掛かったが、今は九死に一生を得たと言う事で納得しよう。

 

「風王結界の透明化のお陰で歪曲の魔眼に視認されずに済んだか……」

「って、このカードモーさんのじゃない!?」

 

「いや、今それかい……」

 

 だが、インストールを使わないでいてくれて助かった。

 何せこの先には……

 

「――あははははは!」

「燃やします」

 

「あっぶねぇ!?」

 

 床は焼け、壁は切り裂かれた地獄の様な広間が俺達の前にあった。

 

「……な、何これ?」

「見たらわかるだろ。戦闘中だ」

「うん、やっぱり玲は頭おかしい」

 

 それには完全に同意すると、頷きつつ俺は山本の背後に回った。

 

「……? あれ、切大?」

「お前も参戦して来い」

「なんで!?」

「セイバーならランサー位余裕だろ! 行ってこい!」

 

「……マスター? そこにいらっしゃいますね?」

 

 ぐずぐずしている内に清姫が俺の存在に気付いた。

 

「ほら、お呼びだよ!?」

「……よし、分かった。じゃあお前が向こう側の通路に行って俺の代わりに陽日を呼んで来い」

 

「分かった、任せてよ」

 

 山本が大回りで別の廊下へ向かうのを見送りつつ、重い足取りで清姫の元に向かった。

 

「清姫……」

「マスター、遂に観念しましたか?」

 

「…………」

 

 正解は沈黙だ。嘘を吐いたら殺される。

 山本早く行け……! そう思いつつ俺はなるべく清姫と視線を合わせない様に俯いた。

 

「私から逃げる気満々ですね?」

 

 ピタリと言い当てられ、嫌な汗が流れる。

 もう行くか、行ってしまうのかと頭の中で葛藤する。

 

「――おっ、っと!」

「まだ躱しますか!」

 

 そんな俺と清姫の間に玲と戦闘中の景虎が割って入ると同時に、玲は小声でこちらを怒鳴っている。

 

(おい、囮に使わせてやったんだ! さっさとどうにかしろ!)

(陽日が足りないんだよ!)

 

(なら山本じゃなくてお前行けよ! 此処にいても殺されるだけだろが!)

 

「――よし、行ける。【オーダーチェンジ】!」

 

 礼装から発動させたスキルはサーヴァントとサーヴァントを入れ替える効果を持っているが、当然今は俺と山本に使う。

 

「え」

「よっし、成功」

 

「っしゃ! やるぞ山本ぉ!」

「切大!? 図ったな!」

 

「任せたぞセイバー!」

 

 振り返る事もせず俺は急いで最後の通路へ走っていった。

 

「まあ、これで2対2だ。ちゃっちゃっと倒して……っ!」

「おわっ!?」

 

 どうやら、山本側の通路から追いつかれてしまった様だ。

 

 目元以外、完全モードレッド武装状態の浅上藤乃。皮肉かもしれないが、その姿はモードレッドをインストールしている様にすら見える。

 

「……おい、お前のサーヴァントは倒してないのか?」

「倒してないよ! こっちは逃げて来ただけなんだから!」

 

「マスター……逃がしませんよ」

 

 2人共、2対3でもがんばってくれ。

 

 

 

 相も変わらず長い廊下。後ろから聞こえて来ていた戦闘音はいつの間にか聞こえなくなっていたが、この通路にいる筈の陽日は未だに見つからない。

 

「どこだよあいつ……俺もいい加減動きっぱなしで辛いんだけど……」

 

 インクルードで出した弓も結局手放した。余計な手荷物だし。

 

「……ん?」

 

 漸く同じ景色が続いていた廊下に変化が見えた。

 どうやらサーヴァントの部屋がある様で、閉まっている扉がそこにはあった。

 

「部屋か……自分から入る事ってあんまりなかったな」

 

 大体こういう部屋には攫われたり、攫われたり、強制的な手段でしか連れ込まれなかったからな。

 

「……ノックして門前払いされるのも嫌だし、一気に行くか」

 

 ドアノブに手を掛けて一気に扉を開いた。

 そこには――

 

「――ありがとう、ジャン……ぐぅ」

「いえいえ」

 

 ジャンヌ・ダルクの膝の上に眠りながら彼女に頭を撫でられ、撫でている陽日がいた。

 

 多分全国のジル・ド・レェが見たら血涙を流し、大きな叫び声を上げながら螺湮城教本を発動させて怪物と化して戦闘機を撃墜していただろう。

 

「うふふ…………あら、お客さんでしょうか?」

 

 こちらに気付いたジャンヌは鋭い眼光をこちらに向けたが、すぐ下にいる陽日を見て少し和らいだ。

 

「……すー……」

 

 のんきに寝てやがる……だが、そのお陰で俺は生きているのかもしれない。多分あいつがジャンヌの膝で寝ていなければ、既に亡き者にされていただろう。

 

(ヤンデレに愛無しの殺意向けられたの久し振りだな……)

 

「よ、陽日に用事があるんだけど……」

「お帰り下さい」

「ちょ、ちょっとでいいで――」

「――今すぐ、お帰り、下さい」

 

 ……はい、帰ります。

 

 部屋を出て、扉を閉めた俺は考える。

 

「無理だな、これ」

 

 山本みたいに逃げ回っていれば広場まで追いやるのはそう難しい事じゃない。だけど、当の本人の陽日にその気が無いなら……

 

「ジャンヌに追い掛け回されながら、あいつを無理矢理連れて行く……うん、無理だな」

 

 礼装のスキルも使い過ぎてまだリキャスト中だ。

 

「……こうなったら俺が連れて行くよりも――」

 

「――ぉぉぉおおおおお!」

「ひぃぃいいい! 死ぬ、死んじゃう!」

 

 妙案に行きついたと同時に奥の方から騒がしい声が聞こえて来た。タイミングばっちりだ。

 

「そうそう、そっちから来てくれた方が楽だな」

「最初からこうすれば良かったぜ……!」

「っひぃ、ひぃ……も、もう駄目……」

 

 そして勿論3騎のサーヴァント達が直ぐにこちらにやって来た。

 

「私、もう本気で怒りました旦那様……! 此処で燃やして差し上げます」

「この鎧で動き回るのはとても大変ですし、そろそろねじれて下さい」

 

「私もそろそろもっと派手に戦いたいのですが!」

「うるせぇ! こっちの攻撃が外れんのに、まともに戦っていられるか!」

 

 長尾景虎、彼女には毘沙門天の加護があり戦闘に関する判定が有利になる。

 そのせいで玲の攻撃は有効打にならず、逆に普段なら玲に回避可能な攻撃が掠る事になっていたんだ。

 

(毘沙門天の加護があっても掠り傷で済む玲のがやべーんだけどな)

 

「陽日はこの中だ!」

「おらぁ!」

 

 俺が扉を指差すと鍵も掛かっていなかった扉を玲が蹴り破った。

 

「侵入者ですか!」

「うーん……騒がしい……」

 

「よう、陽日。寝てるとこ悪いが力を貸してくれよ」

 

 流石玲、旗をもって身構えるジャンヌに一切躊躇せずに近付いていく。

 

「旦那様、旦那様……!」

「凶れ、凶れ」

「我が敷くは不敗の戦陣!」

 

「宝具だ、山本行くぞ!」

 

 俺達も急いでジャンヌの後ろへと向かった。

 

「ジャンヌ、宝具! 陽日が死ぬ!」

 

 必死に、最低限の言葉で彼女に真名解放を急がせた。

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!」

 

 迫りくる薙刀と炎、巨大な歪曲の渦。

 それら全てが、光によって阻まれた。

 

「リュノミジテ・エテルネッル!」

 

 間一髪だったが、その背後にいた俺達もジャンヌ・ダルクの宝具の恩恵を得る事が出来た。 

 

「いや、あの野郎、読んでやがる!」

 

 だが長尾景虎が一人、未だに魔力を溜めていた。

 このままだとジャンヌの宝具が切れた瞬間を狙われる。

 

「陽日、インストールしろ!」

「スマホないです」

「そっちじゃない! カードを持って、インストールだ! 早くしろ!」

「はぁ……インストール」

 

 気だるそうにインストールを宣言した陽日の髪は白くなり、着ている服も魔術師のローブの様な白色の衣装に変わった。

 

「マーリンか!」

「もう突っ込んでくるぞ!」

 

「ほら、しっかり杖を握れ!」

「お、重い……! こうして、幻術……で、良いの?」

 

 陽日が魔術を発動させる。

 

「毘天八走車――っ!?」

 

 同時に長尾景虎は呼び出した馬に乗ってこちらに突っ込んできたが、俺達を大きく飛び越え、壁に激突する寸前で馬が壁蹴りで軌道を変えて部屋の入口にまで戻って行った。

 

「……回避成功だな」

「漸く全員揃ったが、これからどうするんだよ?」

 

 玲の質問に、俺と山本はカードを持って答えた。

 

『インストール!』

 

 その身に纏った赤い外衣の感触を確かめつつ、隣の山本の握った聖剣を確認して笑い合った。

 

「FGOユーザーのやる事なんて決まってるだろ」

「バフ盛って宝具ブッパ、だね」

 

「早くしてよ、俺もう……眠ぅ……」

 

 ここまで来て睡眠魔から急かされる。

 

「カリスマ、英雄作成だけ使って!」

「玲は俺に幻想強化!」

 

【英雄作成】

【竜の炉心】

 

【幻想強化】

【回路接続―選択:バスター】

 

【カリスマ】

【夢幻のカリスマ】 

 

「おまけだ!」

 

【全体強化】

 

「こっちも!」

 

【黒の聖杯】

 

 今使える全ての攻撃力アップ、宝具威力アップ、バスター強化の大盤振る舞い。なんだったら、宝具チェインどころか同時に貰っていけ――

 

「――アンリミテッド・ブレイド・ワークス!!」

「――エクス、カリバー!!」

 

 

 

「……はぁぁ……頭撫でる為の労力じゃなかった……」

「本当だよ……」

 

 宝具を放った脱力感に、俺と山本はその場に倒れ伏していた。

 

「だらしねぇな、俺なんか悪夢が始まってから此処までずっとあいつらとやり合ってたんだぞ」

「本当、この人外人間は……」

「ていうか、なんでその調子で誰も倒してないんだよ」

 

「しょうがねぇだろ! 無理矢理着せられたこの服のせいで、俺の攻撃全部なんか変な感じにされちまったんだから」

「あー、よくある物理が魔術攻撃になるみたいな感じ……三騎士は全員対魔力を持ってるんだっけ」

 

「もー疲れた……いや、早く撫でておかないと!」

 

 今は陽日以外の全員のサーヴァントが床に倒れているが、その内回復して立ち上がる可能性を考慮しているとこの体に鞭を打ってでも撫でておかないと不味い。

 

「じゃあ行ってこいよ」

「え、玲は?」

「んなもん、やり合ってる時にしたに決まってんだろうが」

 

 やっぱり化物じゃねぇか。そりゃエドモンも攻撃を魔術ダメージに変換するわ。

 

「と、兎に角撫でておこう」

「この兜、ガチガチで全然脱げないんだけど……!」

「はいはい、任せろ」

 

 俺は清姫の横に座ってそのまま頭を撫でる。

 よし、これで後は山本が藤乃を撫でれば、この悪夢ともおさらばだ。

 

「……ん?」

 

 山本のヘルプに入ろうとした玲の足が止まった。

 

「……楽しぃ……楽しいですよ、マスター……」

「っげ、しぶとい奴だな」

 

 宝具攻撃で倒れていた筈の長尾景虎が目を覚まし、玲の足を掴んでいた。

 

「っ!?」

「だんな、さまぁ……私を、起こしに来てくださったのですか?」

 

 俺の手を掴んだ清姫が、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「ちょ、山本!?」

「待って、これ全然外れなっ!?」

 

「あまり強く、引っ張らないで下さい……寝違えてしまいます」

 

 やはりと言うべきか、浅上藤乃も起きてしまった。

 

「マスター……よそ見は駄目ですよ?」

 

 突然俺と清姫を覆う影。そして、次の瞬間に視界は暗く閉ざされた。

 

「か、鐘の中!?」

「えぇ……そうですよ?」

 

 暗闇の中、清姫は指先に火を灯してこちらを見つめていた。

 

「狭くて暗いですが、私達だけの空間ですよ?」

「……はぁ」

 

 此処までされた俺は溜め息と共に体中の力が出切ってしまったのか、自然と清姫に倒れ込んでしまった。

 

 そんな俺の動きに火を持っていた清姫は少し慌てて吹き消した。

 

「あ、旦那様……!?」

「もう体力なんか残ってないよ……抵抗しないし、その内に外の連中がどうにかするだろう……寝る」

 

 脳裏に何時も寝ている陽日の顔が浮かんだが、アイツが何時も寝てるんだったら俺だって寝ていいだろうと更にリラックスした。

 

「旦那様……」

「清姫はさー、自分に向かって全力で宝具ぶっ放した俺をまだ旦那様って呼ぶのかー?」

 

「……はい、マスター。清姫は、世界が燃えても、失くなっても……死を齎されようと、貴方の妻でいたいです」

「……うりぃ」

 

「ひゃわぁ!? 指で突くのはやめて下さい!!」

 

 当たり前の様に帰って来た返答が耳が痛かったので、お腹を指で突いて誤魔化す事にした。

 

 

 

 

 

「ふぁ……今日も無事登校だ……」

 

 珍しくエナミが風邪を引いたので、一人で学校に向かう俺。

 

「ん、メールか? って、エナミじゃねぇか」

 

 相変わらず束縛の強い内容のメールに適当に答えを返しつつ信号機が青く光るのを待った。

 

「……ふぁぁぁ……」

 

 横で大きな欠伸が聞こえた。同じ制服を来た生徒だ。俺より少し小さいし1年だろうか。

 

「……もう少し寝てたかったなぁ……やかましかったし」

 

「――っち、此処の信号なげぇんだよなぁ」

 

 その横に別の男がやってきた。ちょっとガタイが良くて怖いが、制服は俺と同じだ。

 

 確かに此処の信号は長いが、赤になってからもう結構経っていたので割と直ぐに青くなった。

 

「おっし、ダッシュ!」

 

 ガタイの良い男子生徒はあっという間にかけて行った。上り坂なのによくあんなペースで行けるな……

 

「ん?」

 

 不意に、先まで眠そうにしていた生徒がいない事に気付いた。

 信号は赤に戻っているのに、変わらず向こう側に立ち尽くして――否、立寝していた。

 

「え、大丈夫かあいつ?」

 

 心配の声が零れたが、流石に見ず知らずの他人に構っていられない。その生徒が事故に合わない事を祈りつつ学校へ急いだ。

 

「……あ……! 出た、よっし!」

 

 不意に嬉しそうな声が聞こえて来た。

 少し離れた雑貨店の店先で同じ高校の生徒がガッツポーズをしていた。

 

 どうやらガチャガチャを回していたらしい。

 

「近所でこれと出会えたの、マジで奇跡だろ……!」

 

 近くを通る時に横目にどんな物か確認した。

 

 回していたのは今時珍しいFate/Apocryphaのラバーマスコットだった。

 この雑貨店は在庫が余りがちなのか、偶に古めのラインナップを復刻させる事が多かった。

 

「よっし、今日はついてるぞ!」

 

 ……まぁ、同じFateファンとして、楽しんでいるのを邪魔するのは忍びないと俺はあんまり視線を向けずに歩き続けた。

 

「……ふぅ……」

 

 校門に辿り着き、一息吐いた。

 

「…………なんだろうな、この既視感」

 

 此処までの道のりで感じた違和感の答えは、結局見つける事なくその日の内に忘れてしまうのだった。




次回の当選者は シナンジュ・ホットF91 さんです。

今回の話は以前リヨぐだ子が登場した回でした。年々本家『漫画で分かる』の方ヤベー奴になっているので早めに手を引いてよかったなと思っていたり……


アイドルサーヴァントとのGW、いかがでしたでしょう。
自分はミス・クレーンが引けましたが、正直彼女がヤンデレ化するのは難しいと言うか彼女の場合はぐだ子オンリーな気がしないでもないと言うか……

バーサーカーの方のえっちゃんは召喚出来なかったので、引き続き彼女の出番は玲とセットになります。(泣)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カルデアール学園の新聞部副部長

遅くなりましたが5周年記念企画4回目、 シナンジュ・ホットF91 さんの話です。

今回は切華の話! カルデアール学園で玲に近付きたい彼女のとった行動とは……


 カルデアール学園、新聞部の部室――

 

「新聞部の副部長、いい加減決めない?」

 

 ジャンヌ・オルタが言ったそのセリフが、全ての事の始まりだった。

 

 現在、俺が部長として活動している新聞部に副部長はいない。何故なら、部長は俺で全員が賛同したのに対して、副部長はジナコ&カルナを除いた全員がやりたいと言い出したからだ。

 

 最近は新しい部員も入って来たので、今回こそ決まると良いのだが……

 

「当然、長く部長と一緒に入る私です」

 

 最初に自分を強く推して来たのはXオルタ。

 

「部長の仕事を傍で見て来たんです。サポートとしても付き合いの長さは考慮されるべきステータスかと」

 

 しかし、それを一笑してジャンヌ・オルタが名乗り出る。

 

「っは! 何時も餌付けされているだけの1年生が副部長なんて生意気よ! 此処は当然、私でしょう。部室には何時も最初に来てるんだし!」

 

「いえいえ、嘘はいけません。最初に来ているのはジナコさんでしょう?」

 

 すると今度はヒロインXがジャンヌ・オルタの主張に異議を唱えた。

 

「私こそ副部長に一番相応しいでしょう! 名前だってヒロインですし!」

「私だってヒロインXオルタです」

「そもそも名前は関係ないでしょ!」

 

「なら、お姉さんが副部長を務めましょう。部長の近くを飛び交う虫を、切伏せればいいのよね?」

 

 式の奴まで刀を手に持ちながら話に交じり始めた。

 

「良く分からないが……玲の一番近くにいられるなら、沖田ちゃんも参戦するぞ」

 

 結局部員全員が副部長になろうと躍起になり始め、また1人立ち上がった。

 

「なら、私――」

「――はいはい! 沖田さんは切華さんを支持しまーす!」

 

 他の全員の視線が新入部員の2人に向けられた。

 

「入部したての新入部員なのに、どうして副部長になるつもりなのかしら?」

「そうです。此処は最古参の私が!」

「あら、私はもう何年も学園の桜の木にいたのだけど?」

 

 駄目だこりゃ。このままだと収集が付かねぇ。

 若干気が進まないが、俺はホワイトボードに書かれていた次の予定を横目で確認した。

 

(……しゃーない。此処で暴れられたら備品に被害なしで鎮圧できる気しねぇし、ここは副部長を次の新聞で決めるとしよう)

 

 俺は言い争いを続ける連中に向かって大きく手を叩いた。

 

「ちゅーもく!」

 

 まだ本格的にヒートアップする前だったからか、全員が素直に俺の方を向いてくれた。

 

「新聞部副部長は、次のアンケートで決める!」

 

 新聞部はどんな記事を作ればいいのか、その傾向の調査の為にアンケートを募集している。

 びっくり人間だらけの学園の記事は好評で、色々な部に勧誘される大人気マスター候補生である俺の存在も相まって、アンケートは自由参加でありながらも毎回40件近く送られてくる。

 

「次のアンケート、つまり次の記事でと言う事ですか」

「上等じゃない」

 

「前に会議で決めた通り、次の記事は学園の注目人物達への取材だ。

 ジナコ、データは?」

 

「はいはい、えーっと前の記録は……どんな嘘でも見抜くって噂の中等部の清姫さん、新人教師で恋愛成就の力を持つカーマ先生、アルトリア先生達の唯一無二の子でありながら高等部の不良の頭モードレッド……この3人っすね。いや、不良に取材って…………ん? 部長、どうかしたっすか?」

 

 何処かで聞いた気がする人物達3人の名前を聞いた俺は、自分でも訳の分からない内に頭を抱えていた。頭の中に、見覚えのある3人の顔が薄っすらと浮かび、消えて行った。

 

「……な、なんでもない」

 

「それで? どうやって勝負を決めるのかしら?」

「流石に、全員で取材をさせる訳にはいかないからな。副部長になりたいのはひぃ、ふぅ……6人か。なら2人一組のチームになってもらう」

 

 その言葉に沖田が手を上げた。

 

「はいはーい! 沖田さんは切華さんを手伝いまーす!」

「なら、新入部員だし2人で1人としてそこだけ3人チームにしておくか」

 

「チームですか……」

「最初は副部長の仕事に慣れてもらうって意味で勝利したチームの2人が副部長。

 その後、改めて1人だけを決めても良いしな」

 

 6人全員で言い争わられなければ、まぁなんとかなるだろうと思い俺はホワイトボードの裏に簡単なあみだくじを書いた。

 

「取り合えずチーム1、チーム2、チーム3っと……じゃあ、1から6の数字をXオルタから言っていけ」

 

 それぞれの指定した場所に名前を書いて、俺は結果を見せた。

 

 チーム1にジャンヌとヒロインX、チーム2は式とXオルタ、そしてチーム3は切華と沖田ちゃんになった。

 

「よりによってあんたとなんて……」

「よろしくお願いします!」

 

「へぇ……よろしくね?」

「……こちらこそ」

 

「よし、頑張るぞ」

「切華さん、頑張りましょう!」

「だ、大丈夫かな……」

 

 ジャンヌとヒロインXは接点が少なく、式とXオルタは既に若干火花が散っている気がするし、ダブル沖田と切華は逆に少し気が抜け過ぎている気もする。

 

「それじゃあ、次は取材対象を決めるぞ。まずは――」

 

 ――こうして、カルデアール学園新聞部の副部長決定戦が開始される事になったのだった。

 

 

 

 チーム分けをした後、私達3人は部室を出て一度話し合う為に空き教室へ向かう事にした。

 

「それじゃあ、まずは作戦会議だね」

「ふむ、副部長の座が掛かった勝負だ。負ける訳にはいかないな。

 2人とも、よろしく頼む」

 

 まさか、2人の沖田さんと同じチームになるなんて。

 

「そして取材先はカーマ先生でしたね。他の2人と比べると面白い記事が書きやすそうです」

 

 沖田さんは兎も角、沖田オルタさんはちゃんと協力してくれるのかな。

 他の部員と比べれば性格的には問題ないかもしれないけど、天然だから新聞作成の部分ではあまり頼りにならないかもしれない。

 

「ジナコさんの情報だと、カーマ先生は中等部の教師で受け持っているのは家庭科らしいですね」

「あと、その日の気分で大きくなったり小さくなったりするとの噂だ」

「まあ、このカルデアール学園で話題になる人物ですし、それ位はして貰わないと」

 

 ……きっと、私はまだこの学園に慣れてないんだ。

 2人のおかしい会話を聞きながら、そう思う事にした。

 

「所で、沖田さんが空き教室に心当たりがあるって言っていたけど、この先は中等部だよね?」

「そうですよ? 普段は魔術部の部室になっている講義準備室が今日は空いてると聞いて職員室で鍵をお借りしました。カーマ先生も中等部におられるでしょうし」

 

 自慢の俊敏性で直ぐに場所を確保してくれていたけど、そこまで考えていたんだ。

 

「さあ、着きましたよ」

 

 入ってみると殆ど物置の様な場所だったけど、部室だけあって人が数人座って話し合える位のスペースが確保されていた。

 

 適当な椅子に腰かけて、早速取材前のミーティングを始めた。

 

「どんな質問をするか、先に考えておかないと……」

「そうだな……」

 

「カーマ先生はハロウィンパーティーでケーキを作っていたみたいだし、噂だと愛の神のサーヴァント適正者らしいからそこを深く聞いてみたよね。記事にするなら――」

 

 兎に角メモして考えをまとめていると、沖田さんが何やらオルタさんを呼んでいる。

 

「すいません、切華さん。ちょっと髪留めが崩れちゃったので奥で直してきますね。ほら、オルタは手伝って下さい」

「む、私はそう言うの苦――んぐ!」

「すぐ戻りますから!」

 

 半ば強引に沖田ちゃんを連れて行った。まあでも、取材内容位私だけでもまとめられるだろう。

 

「それより、職員室に行って取材の許可を取らないと……!」

 

 記事の作成期間は1週間と3日だけ。やる事は沢山あるから、私はそれをメモに書こうとして……

 

「……あ」

 

 筆箱を落とし、中身が床に散らかってしまった。

 

「もう……! こんな事してる場合じゃないのに……!」

 

 その音に憤りを覚え、短い時間が無為に過ぎて行く。

 剣道の試合やテストの時以上に、今の私は焦りに支配されていたんだ。

 

 

 

「切華さん……ちょっと冷静になればいいのに」

 

 折角確保した空き教室なのに、切華さんは急いで出て行ってしまった。後を追わなければいけないけど、その前に私にはやるべき事がある。

 

「私オルタ、そのまま後ろを向いて待っていて下さい」

「むぅ? 私が後ろを向いていても、お前の髪留めは直らないと思うが……」

 

 訝しみながら後ろを向く彼女は、やっぱり鋭いようで鈍感……だけど、切華と私に対してあの男の恋敵としての敵意は向けている。

 

 このままだと、沖田さんとしてはどーでもいいですけど切華さんに危害が及ぶかもしれないので実験を兼ねた裏技を使わせて頂きましょう。

 

「……確か此処に……ありましたね」

 

 風の噂で聞きましたが、講義準備室の奥には大きな鏡があってその鏡にサーヴァント候補生がマスター候補生がいる時に映るとシャトーでの記憶を思い出すらしい。

 

 私は自分のマスターである切華さんのシャトーから来たので恐らく問題ないけど、オルタにはきっと効果がある筈。

 

 鏡の効果がマスター候補生がいる時限定なのは思い出すシャトーの記憶がそのマスターのカルデアでの物だからだとすれば、これで私オルタも切華さんのサーヴァントの時の記憶が蘇る事になる。

 

 それはそれで私にとっては不都合だけれど、今は私の大好きなマスターの為だ。また後であの男と一緒に映せば元に戻るだろうからそれまで我慢我慢!

 

「……えい!」

 

 私は一応鏡の正面から外れつつ、一気に鏡を覆っていた布を引っ張った。

 

「っ……!?」

 

 掛け声に釣られて振り向いたオルタは驚愕の表情を浮かべ、その場に座り込んだ。

 

「……? 沖田さん?」

 

 切華さんにバレない様に急いで布を元に戻しつつ、鏡の一部を切り裂いて懐に隠した。これで効果があるかは分からないけれど、持っていて損は無いだろう。

 

「って、沖田ちゃん? 大丈夫?」

「……あ、ああ……大丈夫だ、マスター……」

 

「マスター?」

 

 どうやら成功のようです。これなら、少なくとも今は協力者として背中を預けられます。

 

「ではでは、早速カーマ先生を探しましょう! カルデアール学園は広い上に、常に問題やトラブルが絶えない場所です! 急ぐに越した事はありません!」

「え、でも沖田さんが先に作戦会議って――」

「――ささ、突撃取材です! 行きましょう!」

 

 急がば突撃です! 本気になった私達の力で必ずやマスターの望み、後押しして見せますとも!

 

 そう意気込んで職員室までやってきて――

 

「――いやです」

 

 早速躓いてしまった。

 

「あ、あの……カーマ先生はまだ学園に来て日が浅いので、生徒の皆に知って貰う為の取材なんですけど……」

「別にそんなこと頼んでませんし、受け持った生徒にはちゃんと自己紹介をしてます」

 

 銀髪赤瞳のカーマ先生はなかなか首を縦に振ってはくれない。

 

「む……だが、廊下で先生にあった時、名前が分からなければ挨拶しにくい」

「はぁ……先生のプロフィールなら既に提出してますし、書類なら見せてあげますよ」

 

「あの、少しで良いので質問にも答えて頂けると」

「それは嫌です。先生にもプライベートがあります」

 

 このままだと平行線ですね。仕方ありません。

 

「所で先生、これが落ちていたんですが」

「……」

 

 ポケットから取り出して先生に見せたのは、先程持ってきた鏡の一部。

 

「……危ないですね。私の物ではないですし、鏡の破片は捨てて下さい」

 

 しかし、数秒程それを見つめた先生は表情を変える事無くそう言った。

 

(効果無し? やはり破片では駄目でしたか?)

 

「カーマ先生、受けてあげたらどうですか?」

 

 すると、職員室に入って来たばかりのパールヴァティー先生がそう言った。

 カーマ先生は頭を抱え、溜め息を吐いた。

 

「…………はぁ、仕方ありませんね。手短にお願いします。空き教室はありますか?」

「あ、ありがとうございます!」

 

 早速私達はカーマ先生を講義準備室に案内した。

 

「……我慢し過ぎると、後が怖いですよ?」

「っ……!?」

 

 私達の横を通って行った時、意味深な忠告を呟いて。

 

 

 

「……ふぅ、終わったね」

「そう、ですね」

 

「うん。しっかり録音出来た。褒めていいぞ」

「う、うん、ありがとう……?」

 

 取材を受ける時面倒そうだったカーマ先生は「早く終わらせたい」と言って、あっさり全ての質問に答えて早々に部屋を出て行った。

 切華さんは手元のメモ帳を見返しながら、記事に載せられそうな物を選んでいく。

 

「記事は明日から部室で作ろうね」

「ええ……あ、私オルタはまず部室に戻りましょう。鞄を置きっぱなしです」

 

 まずは私オルタを正気に戻さないと……

 

「む、そうだったな」

 

「さて、それじゃあ私は先に帰るね!」

「ええ、また明日」

 

 そう言って少々慌てた様子で帰っていく切華さん。こちらとしても、オルタを元に戻すので都合がいい。

 

「さあ、部室に急ぎましょう」

 

 部室に戻って来た私達ですが、そこに部長はいなかった。

 

「ん? 部長ならもう帰ったっすよ?」

 

「――!?」

 

 しまった……! 計画の為にあまり切華さんの事を考えていなかったのが裏目に出た。

 

 彼女が、嬉しそうに鞄を担いで出て行く理由なんてあの男が絡んでいるからに決まっているのに……

 

「……」

 

「よし、もう行くぞ」

 

 自分の鞄を取った私オルタは突然加速し、部室を後にした。

 その理由は間違いなく、切華さんの後を追う為――

 

「――なら、あの男にも接近する筈です!」

 

 私も本家本元の歩法で彼女を後を追った。

 もしかしたら切華さんの邪魔になってしまうかもしれないが、私の恋敵をこれ以上増やす訳にはいかない。

 

 部室から昇降口、そして校門までオルタの姿を追った。

 

「っ、見つけた……!」

 

 校門の近くで立ち止まっている姿を見つけ、私は彼女の背を叩いた。

 

「……沖田か」

「……?」

 

 しかし、思っていたよりテンションの低い返事に私は疑問符を浮かべた。その視線の先には切華さんが、店先のベンチに腰を下ろしている姿が見えた。

 

 夕日の影が差す彼女の表情はよく見えませんが、物悲しく見えて沖田さんの胸を少し締め付ける。

 

「……!」

 

 まるで恋に破れた少女の様な姿に私の胸は今なら付け入る隙があるのではと昂るが、戦に身を置いた私には彼女が戦場に挑む生き汚い剣士の様にも見え、そこまで求めているのが依然としてあの男だと言う事実が痛みを覚えさせる。

 

「……副部長に、なるぞ」

 

 ぼそりと漏れた私オルタの言葉を聞いて、漸く私は彼女が切華さんと同じを男を追っている事に気付いた。

 

 ポケットから私は鏡の破片を取り出し、覗き込んだ。

 既にシャトーの記憶のある私には、さほど大きな衝撃が襲ってくる事はなかったけれど、忘れていた事を1つ思い出した。

 

「――ああ……そうか。貴方は、私達のカルデアにいませんでしたね……」

 

「すまない、今なにか言ったか?」

「いえ、何でもないです」

 

 私は、此処までやって来た事が空振りだらけの一人芝居だった事に気付いて、小さく、己を嗤うのだった。

 

 

 

 沖田さんと沖田オルタさんの協力で出来上がった記事は、他のチームが連携を取れなかったのも相まってアンケートで好評される事になった。

 

 こうして私と沖田オルタさんは晴れて新聞部副部長になった。

 

「それじゃあ、今度から授業が終わったら副部長が部長を迎えに行くね!」

「来なくていい来なくていい」

 

「そうです。アレは部活に関係なく、護衛である私の仕事です」

「副部長だから部長の補佐をするの! 下校も私が玲と一緒に帰る!」

「沖田さんもだぞ」

 

「……Xオルタ。お前らは負けちまったし、此処はこいつらの言い分を聞こうぜ」

 

「嫌です」

 

「これからジナコとの打ち合わせ、取材先の確認、会議、色々するんだ。改めて副部長を決め直すってなったら今度こそお前がなりゃいいだろ」

 

「……」

「それに……お前には丁度この話が来てたぞ」

 

 玲は机の上に置いてあった紙を見せた。

 

「ほら、年に一度のカルデアール声杯戦争」

 

「わ、私は歌になんて別に興味は……」

 

「え!? えっちゃん出ないんですか? 私はもう六天ロックスにスカウトされましたよ!」

 

 ヒロインXが別のチラシを取り出した。

 確か、掲示板で見た気がするけど六天ロックスは人気ランキング5位のロックバンドだった筈だ。

 

「因みに、お前に声を掛けて来たのはメイヴとタマモキャットの2人だったな。なんでも、Xオルタが加入するか否かでグループ名が決まるって言ったけど……」

 

「…………う、ぐぐ……! 分かりました……副部長に、任せる事にします……」

「そうしろそうしろ。よし、そういう訳で、副部長は沖田オルタと切華! これからよろしくな!」

 

「う、うん。頑張るよ」

「是非とも頼ってくれ」

 

 また一歩、この学園で玲に近付く事が出来た……だけど、慣れた様子で他の女と接する玲を見ていると、何だか私のこの一歩がとても小さく、頼りない物に思えてならなかった。

 

 ――そして、そんな私の懸念は直ぐに現実になる。

 

「よし、授業も終わったし迎えに行こう」

 

 早速副部長としての仕事として私は玲の教室に急いだ。

 

「お」

「む、遅かったな」

 

 だけど、廊下の途中で胸を押し付ける様に歩く沖田オルタとXオルタが玲の横にいた。

 

「何で……」

「練習部屋までだけですから、お気になさらず」

 

 いや、Xオルタは1年だからそもそも階が違う筈だし、今の今まで彼女面して歩いてたのに何を白々しい嘘を……それに沖田オルタのその仕草も、私の中の彼のイメージを汚し、貶めている様で腹立たしい。

 

 自然と私の手は持っていた竹刀に伸びて……

 

「切華さーん!」

「っ!? お、沖田、さん……! じゃ、邪魔」

「もう、邪魔だなんてそんな酷い事言わないで下さいよ! ねぇ、部長?」

 

 後ろから密着されて竹刀は抜けず、玲の視線がこちらを向く前に私は手を離すしかなかった。

 

「まあ、引っ付かれるのにはなんやかんや慣れちまったからな……副部長も早く慣れた方がいいぞ?」

 

 本人である玲にそんな風に言われてしまい、私の中の怒りはまるで冷水でもかけられたかのように萎んでいく。

 

「……う、うん」

 

「よし、じゃあ行くぞ。Xオルタはさっさと練習行って来いよ」

「……分かりました」

 

 去っていく彼女の背中を、私は少し睨み付ける様に眺めたがそれを気にする様な素振りはなく余裕すら感じているみたいだった。

 

「切華さん、おぶっていてください!」

「お、重いから降りて沖田さん……」

 

 邪魔者達と一緒に部室に着いてしまえば、更に多くの女と業務が私と玲の時間を奪っていく。

 

 副部長として玲の隣に座る私に嫉妬し、今まで以上の仕事を振ってきたり、部室の外に行くように差し向けたり。

 

 だけど……これが終われば、下校時間がくれば――

 

「――部長、一緒に帰りましょう」

 

 そう思っていたのに、Xオルタは部室の前に立っていた。

 

「ワリーけど、今日は切華と帰る約束が――」

「駅前のカップル限定メニューが今週までなんです! お願いします!」

 

「……うーん、らしいんだけど切華、行って良いか?」

 

 良い訳ないっ!

 ……なんて、彼に向かって私が言えるはずもなかった。

 

「……うん、大丈夫」

「ありがとな。今度、埋め合わせはするから」

 

 結局、副部長になる前と同じく玲とXオルタの背中を見送る自分の心に、寒風が通った気がした。

 

「……」

 

 直ぐに同じ道を通っていく気にもなれず、部室を出た私は屋上に足を運んだ。

 

 一人フェンス越しに見える景色に黄昏ていたかったのに、後ろから誰かがやって来た。

 

「えへへ……私、切華さんの事が大好きですから。傷心の隙は見過ごしませんよ?」

 

「それを言っちゃったら隙にならないと思うんだけど……」

 

 でも、そんな沖田さんが何処か羨ましい。いっそ、最初にこの学園に来た時みたいに竹刀を振り回して暴れられたら幾らかマシだっただろう。

 

「今の切華さんは、とても寂しそうで見てられません」

 

「……」

 

「満たされたい」

 

「……」

 

「愛されたい」

 

「……っ」

 

「傍にいたい」

 

「沖田さんっ」

 

 彼女の発する言葉に耳が痛くなった私は振り返って、その言葉を止めようとした。

 けれど、そこに沖田さんはいなかった。

 

「――あ!?」

「だから、簡単に射貫けちゃいましたね」

 

 確かに、胸を貫かれた感覚が私の身体をすり抜けて行った。

 

「満たしてあげますよ」

「愛してあげますよ」

「傍にいてあげますよ」

 

 私の欲しかった言葉を囁かれ、体から力が抜ける感覚に目を閉じた。

 

「…………」

 

「……?」

 

 数秒の間だけの筈だったが、辺りは静まり返り先まであった筈の気配は跡形もなく消えていた。

 

「……い、今のは一体……?」

 

「おーい、切華!」

 

 状況の飲み込めない私を呼ぶ玲の声が扉から聞こえて来た。

 

「此処にいたか」

「れ、玲!? な、なんで!?」

 

「なんでって、お前が今日の放課後に屋上に来てくれって言っただろ?」

「そ、そうだっけ……?」

 

「しっかりしろよ。どうせ手合わせだろ?」

 

 そう言って、玲は持っていたカバンを投げ捨てると私と対峙してくれた。

 

「ほら、来いよ。下校時間までに終わらせないとな」

「……うん!」

 

 漸く、漸くだ。

 ずっと、ずっと私が求めていた玲の姿がそこに在った。

 

 私を真っ直ぐ見つめてくれる。

 

 私から目を離さないでいてくれる。

 

 私を、愛してくれる。

 

 

 

「……まずいですね」

 

 屋上で繰り広げられる、自分自身と切華の戦いを見下ろしながらカーマはぼそりと呟いた。

 

 サーヴァントとの戦いを経験した2人の竹刀と拳の応酬は、準備運動は終わったと言わんばかりに数秒ごとにヒートアップしている。

 

「私の分身は対象の願望が反映されて理想の容姿、思考、能力を持っていますけど……私が愛の神である以上、戦いの分野ではそれにも限界があります」

 

 愛の矢で多少切華の心に分身を魅力的に見させているので今はまだ笑みが零れているが、このままだと打ち破ってしまう。

 

「うーん、彼女を陥落させれば残るマスターを堕とす足掛かりになると思ったのですが……やはり、脳筋とは相性が悪いですね」

 

 切華のカルデアにはカーマは召喚されていない。そのせいか、カーマの視線は冷たく、見下す様な物になっている。

 

「まあ、このまま倒されれば魅了が解けますが、幼馴染なんて当て馬ヒロインにはこのままお人形さん遊びをして頂きましょう」

 

 カーマが背を向けたと同時に、彼女の分身は壁に叩き付けられた。

 

「……さて、帰りましょう」

 

 

 

「――っはぁ、どうしたの玲! 貴方は今ので動かなくなる程、やわじゃないでしょう!」

 

 息を整えるより先に、動かなくなった玲に私は吠えた。

 

 先まであんなに楽しかった筈なのに、どんどん私の高まりは鈍くなっていく。

 

 こうしている間にも、玲は全く動かない。

 それどころか、壁に背中を合わせてなんとか体を支えている様な……

 

「……どうした玲!! この程度なわけないでしょう!」

 

 私の声が通じたのか、彼の体はピクリと動いて――ゆっくりと、壁伝いに倒れた。

 

「……玲……?」

 

 信じられない。

 夢だと、私は何度も瞬きをする。

 

「っと、切華さーん?」

「っ!?」

 

 少し離れた先から沖田さんの声が聞こえてそちらに目をやったけれど、それよりも倒れた玲が気になって直ぐに視線を元に戻した。

 

「えっ……?」

 

 いない。

 先までそこにあった筈の玲の体が消えていた。

 

「切華さん? 竹刀なんてもって、こんな所で鍛錬ですか? 精が出ま――っ!」

 

「――貴方だよね?」

 

 質問より先に私は彼女に切りかかっていた。それを受け止められて、私の怒りはより深まった。

 

「何が、ですか?」

「貴方なんだよね? 私に変な幻を見せたのは!」

 

 もう待つ時間なんて必要なかった。私は唯々、目の前の彼女をぶった切りたくて仕方なかった。

 

「ねぇ、沖田さん……私を手伝ってくれるんじゃなかったの?」

「……っ!」

 

「私、玲の事が好きなんだよ! 強くて、これ以上に無いって位に眩しい目を持つ玲が! それ位、分かっていると思ったのに!!」

 

 言い掛かり、勘違い。

 そんな不都合な予感も推測も全て置き去りにして彼女に打ち込む。

 

 そして、そんな私に沖田さんは――

 

「――ふふっ!」

 

 嬉しそうに、笑って返した。

 

 それが答えか。とても楽しそうに笑みに、私は更に憎悪を燃やした。

 

 私が怒りを込めて振り下ろせば、嬉しそうに受け止める。

 

「あはっ!」

 

 視線でフェイントを入れながらも口角は上がったまま。

 

「あはははっ!」

 

 攻撃を躱しても、躱されても――

 

「あはははははっ!」

 

 ――耳障りな声が聞こえて来る。

 

「これですよ、これ! 良いですよ切華さん!」

「っぐぅ!」

 

「そうですよ! その動きです!」

 

 私と彼女の戦いは拮抗していた。お互いに多少の余力を残しているのは間違いないけれど、実力に差は無い。

 

 なのに今の彼女は余裕がある様に戦い続けていて、それが余計苛立たしい。

 

「なんで私や他のサーヴァントが、貴方と手合わせしていたか、分かりますか!」

「知らないよ!」

 

 漸く意味のある言葉をしゃべって来たけれど、それを聞くより早く彼女を切り伏せたい。

 

「私は、貴方が好きです! うっとおしいがられても、気味悪がられても!」

 

「そんな愛は、いらない!」

 

「だから押し付けました!」

 

 集中が緩んだせいか、少し体勢が崩れてしまったが無理矢理踏ん張り追撃を避けた。

 それくらいには彼女の言葉に耳を傾けていた。

 

「無理矢理戦って、無理矢理迫って! 剣の才能のある貴方の体に居続けようと、技を、技術を培わせました!」

 

 確かに、サーヴァント達と何度も戦い続けていた私はその中で技を盗み、対処法を編み出していた。

 

「だから、嬉しくて嬉しくて堪らない! 私にこうして、貴方の中の私を見せてくれるこの時間が!」

 

 無明三段突き――彼女の奥義を放ったけれど、それすら彼女に防がれて私はそのまま動きを止めた。

 そして、彼女もまた動きを止めた。

 

「……そんなの、勝手だよ」

 

「沖田さんの愛は、戦いは、なんでもありですから」

 

 私の零した文句に、彼女は笑顔でそう答えた。

 

 勝手に体に染み込まされた技。

 

 勝手に連れて来られた学園。

 

 勝手に奪われた居場所――

 

 ――なら、私はそれも盗んで見せる。

 

「っあ――ッガホ!?」

 

 私の突きをまともに受けて、沖田さんは地面に倒れて吐血した。

 

「む、無明三段突き……!?」

「同時に3回、なら例え相手に止められていてもそこから奥を穿てるよね。

 もうこれは沖田さんの技じゃないから」

 

 偽物や邪魔者なんてどうでもいい。

 私は今度こそ、本物の玲の傍に立つんだ。

 

 屋上から飛び降りた私は何度かベランダを降り継いで行って、校門を出た。

 玲の傍にいる為に。

 

 私の愛を、ぶつけてやるんだ。

 

 先までの戦いで十分に温まった体は調子が良い。

 玲は何処だ。私はスマホを手に持った。

 

 駅前の今週末に終わってしまうカップル限定メニュー。この喫茶店だ。

 

 目的地に向かうと、玲とその隣を歩く忌々しいXオルタを見つけた。

 

「そこは、私の場所だ――!」

 

 

 

 突然、切華が俺とXオルタに襲い掛かって来た。

 

 俺が捌いた筈の妙に早い一撃がXオルタを吹き飛ばし、顔からカラオケボックスに突っ込んで気絶した様だ。

 

「これで、これで、玲の隣は私の場所!」

「おい、切華……」

 

「何? 玲?」

 

 どうやら、俺の幼馴染は頭をネジを何処かに紛失したらしい。

 ……いや、多分俺がちょっと悪いかもしれない。

 

「……どんだけ付き合ってやったら満足だ?」

「一生」

 

 何時もなら絶対に言わない重い宣言に、少しゲンナリした。

 

「取り合えず、一度沈めてやるよ」

「一度なんてケチな事言わないでよ!」

 

 何時もより速いし、何時もより痛い。

 

 突きも、振り下ろしも、その動作全てが。

 

 掴んで竹刀を壊してやろうかと思ったが、そうするとこのまま素手で続けて来そうなので普段よりも数段ハードな喧嘩の中で俺は頭を回した。

 

 口八丁でどうにかなる訳じゃない。

 だが、今の切華に一撃入れるとなるとそこそこ本腰入れてやらないと難しい以上、俺が落し所を見つけてやらないと。

 

「……デートとかどうだ? ちょうど見たい映画があんだけど」

「いいねぇ! 私、遊園地に行ってみたい!」

 

 ……俺が言うのもなんだけど、普通に返事されるとはちょっと思ってなかった。普段の切華より、俺について来てやがる。

 

「遊園地ねぇ……飯はどうだ?」

「何処でも良いよ! なんなら、私が作ってきてあげる!」

 

 だが、乗ってくれるならやりようがある。

 

「行きは電車か、バスか?」

「どっちでもいいよ!」

 

「何時だ」

「何時でも! あ、今は無し!」

 

「なら……」

 

 俺は距離を取って、切華に溜めの時間を与えた。

 

 黙らせるなら、今しかない。

 

「――っ!」

 

 今までで一番早い突き。先喰らったアレだ。

 

 なら、対処法は――

 

(同時に、3ヵ所を止める!)

 

「嘘っ!?」

 

 隙が出来た。

 今だっ!

 

「それじゃあ、8日の土曜日。現実で行こうぜ」

「……え?」

 

「ちゃんと飯作って来いよ」

「え!?」

「駅前で集合な」

「え、ちょ、ちょっと待って!?」

「行先は新しい奴な」

「ほ、本当に!?」

 

「男に二言はねぇよ。

 だから、もう暴れなくて良いんだよ」

 

 ……まあ、これでいいよな。

 

 先までとは打って変わって、ワンワン泣き始めた幼馴染を抱き締めながら俺は小さく溜め息を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

(結局、玲は私の告白にOKしてくれなかった。いや、私も夢の中で暴れまくっていただけだったから、アレで返事を貰っても恥ずかしいけど)

 

「……ねぇ、良いの?」

「んぁ? 何が?」

「遊園地」

 

「二言はねぇって言っただろ」

「そうだけど……」

 

「……付き合うとか、そう言うのは卒業するまで待ってくれねぇか?」

「なんで? ……もしかして、私以外にも」

 

「ちげーよ! 真の事もあるし、大学生になって1人暮らしでも始めねぇとかーさんが許してくれないんだよ」

「ああ……玲のお母さん、真君溺愛してるもんね」

「それに、女とくっついて歩くのは俺のキャラじゃねぇーし」

 

「何それ!? 私より外面優先なの!?」

「ソトヅラって……なんか、お前もちょっと面倒くさくなってるよなぁ、あのサーヴァント達と一緒で」

「あ、やっぱり他の女とイチャイチャする為に私が邪魔なのね!」

 

「だからちげーって!」

 

 …………顔を真っ赤にして言い争っている様で、でも本気で怒っていない。

 

 楽しそうに笑う兄ちゃんと姉ちゃんを、俺は後ろから見ながら、これからもずっとこうやって歩く2人を眺めていけたら良いなと思った。

 

 いつもより距離が近いのは、きっともっと仲良くなれたからだね!

 

 

 

 

「……転勤!? 私が!?」

「はい、転勤です」

 

 生徒の自由は尊重するけれど、先生は絶対の管理下に置いてるこの学校でサーヴァントの能力を過剰使用した事が発覚したカーマ教師は、校長室に呼び出されていた。

 

「何故ですか!? 生徒達からの人気もある私が――」

「――理由を先生はご存じでしょう?」

 

 一切態度を崩さない相手に、カーマは怒鳴り散らすのを辞めると諦めの溜め息を吐いた。

 

「……はぁー……それで、私は何処に行くんですか?」

「此処です」

 

 足元に穴が開き、落下し、椅子に座る様な形でその場に落ちて来た。

 

「っ!? ……こ、此処は?」

 

 彼女が辺りを見渡すと、そこは簡単なベッドや薬品棚が置かれた保健室の様な場所だった。

 

「……まあ、学園の転勤ですから? 当然学園ですよね……保険医なら、教師より拘束時間も無さそうですし寧ろありがたいですね」

 

 何故か学園に着いた事に彼女が安心していると、3つあるベッドの内の1つだけ、カーテンに閉められている事に気付いた。

 

「……丁度良いです。早速生徒を1人魅了して、このシャトーを私のモノにしましょう。あの寝坊助マスターさん以外なら、私の手でちょちょいと――」

 

「……あと……5時間……」

 

 開いた先には、彼女が見知った寝顔があった。

 

 そう、本来の彼女のマスターである陽日。

 

 何時まで経っても自分に堕ちないマスターに不安を覚え、こっそり玲のシャトーに侵入し自分の力を再確認しようとしていた彼女にとって、まだ見たくなかった顔だ。

 

「…………」

 

「……どうしてこうなるんですか……!?」

 

 自分の運命を悟ったカーマは、静かにその場に崩れ落ちるのだった。




次回は 第二仮面ライダー さんです。

FGOは現在水着イベント復刻中ですね。アビゲイルを狙っています。呼符で引けたらいいなぁ……(高望み)

切華、再登場でしたね。今まで彼女が受けて来た仕打ちの理由も明らかになりました。
一応、今回の強化は次回の以降の話でも引き継がれる予定なので彼女の強さがサーヴァント並からサーヴァント以上になりました。
それでも玲の方が上です。(どっちも規格外)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サーヴァントの眼前で手を繋ぐ

今回は本当にお待たして、すいません。
6月中、まさかの更新無し。
執筆を止めるつもりはありませんので、次の更新も気長にお待ちして頂けたら幸いです。

今回の当選者は 第二仮面ライダー さんです。


手を繋ぐ(ユウ、リカ)

 

「漸くです。もう私達以外のサーヴァントはいませんね」

「これでマスターは私達の物だね!」

 

 おかしな夢に閉じ込められる様になってから3日目。

 沢山の女達に私を愛せ、私を愛せと迫られるのを掻い潜っていたら今日まで続いてしまった。

 

「……」

 

 そして、今現在俺にアピールを超えて強制してくるのが戦乙女、ワルキューレの三姉妹達。

 

「私、スルーズがマスターをヴァルハラにお連れします」

「あ、ズルいよ! 連れて行くのは私! ねぇ、マスターもヒルドが良いよね?」

「個体名オルトリンデ。マスターにとって、私こそが最良のワルキューレだとご提案します」

 

 どうやら俺を何処かに連れて行こうとしている様だ。

 勘弁してほしい。先まで師匠を名乗る天狗や馬に乗った騎士王に攫われたりで体力が限界だ。

 

 だから、此処は1つ穏便に済ます為の賄賂を差し出す事にしよう。

 

「聖杯よ――」

 

 持っていたお助けアイテム、万能の願望器とも呼ばれている聖杯を取り出して俺は願った。

 

 しかし、これで叶う願いは1つだけで、規模も小さくなければならない。

 回数制限と言うよりも、余りに大きな事を頼むと寧ろ状況を悪化しかねない不安定な物だからだ。

 

「聖杯!」

「マスターから最高級の信頼の証!」

「一体何を!」

 

「――齎せ」

 

 俺の願いは届いたようで、ゲームソフトが俺の手にやって来た。

 

「ほらよ」

 

 彼女達に手渡したのは、アキバの特異点でお小遣いに困って1つしか買えなかった恋愛アドベンチャー、所謂乙女ゲームの内の1つ。

 

「……こ」

「これは……!?」

 

 彼女達の視線はソフトに釘付けになり、恐る恐る手を伸ばして大事にそうに手に持った。

 

「これで良かったか?」

 

「い、頂いて宜しいんですか!」

「ありがとう、ありがとうマスター!」

「大変嬉しいです!」

 

 どうやらあのタイトルで良かった様だ。

 

(やっぱり、リカと一緒だな)

 

 心の中で現実世界の彼女の顔を思い浮かべた。

 

 プレゼントなら何でもいい訳ではなく、自分の事をどれ程理解してくれているのかが伝わるのが嬉しいと言っていた。

 

(でもリカにあげたアレ、妹の助言だったような――)

 

「――マスター?」

 

 そこで俺は彼女達がこちらを訝しげな表情を向けている事に気付いた。

 そう言えば彼女も、妙に他の女の気配に敏感だった覚えがある。

 

「あ、なんだったけ?」

 

「そりゃあ、私達もマスターからこんなプレゼントが貰えたら嬉しいけど」

「他の女性の事を目の前で考えていられるなら」

「不快にならざらるを得ないかと」

 

 綺麗に地雷を踏んでしまった――そう思ったが、突然周りの景色が大きく揺れ出した。

 

「この揺れは――!?」

 

 するとすぐにワルキューレ達の姿も光の粒子になって消えていく。

 

「マスターっ!」

「いずれ、必ず――」

 

 

 

 

 

 ――アレから数ヵ月後。

 ヤンデレ・シャトーを生き延びた俺は何故かあの手の夢を数日おきに見る日々を送っていた。

 

 それからは毎度毎度、シチュエーションやメンバーを変えて俺に迫ってくるサーヴァント達をなんとかやり過ごして乗り切っている。

 

 FGOは2年前に始めていたんだが、どうも監獄塔のクエストがキッカケだったらしくレアプリズムで購入してクリアしてしまった結果こんな可笑しな夢を見てしまった様だ。

 

「ユウ君!」

 

 後ろから聞こえて来た声に、スマホから目を離して顔を向けた。

 

 こちらに嬉しそうに走って駆け寄ってくるのはリカ、俺の彼女だった。

 

「……遅いぞ」

「おはようございます!」

 

「……おはよう」

「もう、いっつも元気ないね!」

「誰かさんがもう数分早く来てくれれば笑顔になれるんだがぁ」

 

「うん! 今日も嫌味っぽくて素敵!」

「そんなキラッキラに返してくるお前のがすげーよ」

 

 低血圧な俺と違って何時も元気で週に4回も俺と同じ時間帯に講義を受けているのがリカだ。

 そんな彼女を大学の近くの公園で待つのが俺の習慣になっている訳だ。

 

「今日のお弁当は凄いんだよ!」

「期待してる」

「あー、一ミリも期待してなさそう!」

 

 講義まであまり時間が無いので、リカの話を聞きつつベンチから立ち上がって歩き始めた。

 

「手繋いでいこう?」

「元気吸われそうだから駄目です」

「失礼な!」

「冗談だ」

 

 直ぐに顔を膨らませて怒るのに、手を差し出せば笑顔になる。

 テンションと姿勢は低めな人生を送っている俺とは正反対な表情豊かなリカを見ていると、俺も自然な笑みが零れて来る。

 

「あ、今笑ってる?」

「笑ってない」

 

「もう、逸らさないでよー!」

「はい、もう笑ってません」

「やっぱり笑ってたじゃん! ほら、ニコッとして!」

 

 そろそろ本当に急がないといけないので、俺達は少しだけ駆け足で学校へと向かった。

 

 大学は同じだが、受ける講義は異なる俺達は当然キャンパス内で別れる事になる。すると何時ものアレが始まった。

 

「私以外の女とあんまり話しちゃダメだよ!」

「はいはい」

「昼食は一緒に食べる事!」

「お前が弁当持ってるからいないと食えん」

「あ、そうだった! あはは……じゃなくて! 他の人に誘われても断ってね!?」

「分かってるって」

 

 他の奴が言うには独占が強く、束縛が強いらしい。俺もそう思うが、もう慣れてしまったので適当に返事しつつ別れた。

 

 隣の席に女子がいれば挨拶するし、講師が女性なら数回言葉を交わすのも当たり前だ。

 そして、リカみたいな面倒な彼女と付き合っている事なんて周りには十分知れ渡っているので、態々俺を誘うような女はいない。

 

(どんだけ心配性なんだよ、全く……)

 

 そして昼飯の時間。

 

「ねぇ、誰とも喋ってない!?」

「挨拶だけ」

「なんで喋っちゃうの!」

「そりゃ挨拶無しは無礼だからな」

「無礼でも駄目!」

 

「お前は彼氏に社会不適合者になれと……?」

「う……で、でも」

 

「今日の玉子、ちゃんと巻けたな」

「っ! うん、それ自信作なの!」

 

 怒りっぽいし、良く分からない地雷を持っているかもしれないがやっぱりリカの笑顔を見ると俺の心は温かくなる。

 何時まで続くか分からないが、せめて俺はこのままいられる様に努めよう。

 

「あ、今日も家に行くね! 妹ちゃんとずっと一緒なんて、許さないから!」

「お前、あいつの事一番警戒してるよな……」

 

 自分が余り良い性格をしていないのは自覚しているが、そんな俺よりもリカを玩具にして弄り倒している奴がいる。それが俺の妹だ。

 

 リカの束縛が強くなった理由はアイツにあるかもしれないが、妹が余計な事を吹き込む時は大抵俺に隠れているのでそれを阻止できた事はない。

 

「まあ料理を教えて貰ってるみたいだし、お前が大丈夫ならいいだけど……」

「あの子は何時か絶対この手で倒すからね!」

 

 妹と彼女が血みどろの戦いをしないか、目を光らせておくべきかもしれない……いや無いな。

 

 

 

「――来たか」

「またですか」

 

 夢の中、再びエドモン・ダンテスと言う男が俺の前に立っていた。

 

「安心しろ、今日は唯の予告だ」

「予告?」

 

「近々、お前の住む世界にサーヴァントがやってくる」

「マジですか……」

 

 そんな簡単に夢と現実の境界を飛び越えないでくれ。

 

「勿論それは容易い事ではない。幾つかのルールがある。まず第一にサーヴァントが見えるのは貴様だけだ。そしてお前の所有物にのみ触る事が出来る。破壊と殺傷は許されない」

「俺にちょっかいをかける為のルールか」

 

 此処まで様々な場所で散々殺されかけて来た。現実が舞台でも驚きはしない。

 

「……でも、今日じゃないって事は明日か?」

「言っておくが、貴様の都合は考えないぞ」

 

 明日の講義は午後で、いつも通りならリカが大学に一緒に向かう為にやって来る筈だ。バイトのシフトも入ってないし……

 

「何時もより数段ヤバいかもな、これ」

「精々足掻く事だ。他のカルデアのマスターにもサーヴァントは見えるが」

「その心配はないな。FGOは家では俺しかやってない」

 

 FGOは俺の趣味だし、リカの奴は難しいゲームはしないと言う理由でインストールもしてないし、俺の一人暮らしに付いて来た妹はアイドルオタクでFateには詳しくない。

 

「貴様の元に邪魔するのは神の使いであり、戦乙女の三姉妹だ」

「ワルキューレのオルトリンデ、ヒルド、スルーズかぁ……あの日が最後だったな」

 

 ワルキューレ達に出会ったの最初の3日間の最終日。あの日、あの時にワルキューレに刺されていればこの悪夢は続かなかった筈だった。

 

 だが、あの日妹に弁当の作り方を教わる約束をしていたリカが家にやってきて、妹が家に入れると直ぐに俺の部屋に飛び込んで来たらしい。

 

 危機的状況にあった俺はリカに起こされる形でシャトーから脱出し、こうして今もボーナスステージ的な悪夢を見続けているのだ。

 

「臆する事はない。恋人であれ従者であれ、御すれば良いだけの話だ」

「俺を苦しめるだけなのに本当に軽く言ってくれるよな……まあ他の奴らに見えないだけマシか」

 

 自分への慰めを最後に、俺の意識は通常の睡眠に戻った。

 

 

 

「……」

 

 珍しく何事もなく目が覚めた……もっとも、この後が普段通りとは程遠い展開なんだろうけど。

 

「……エドモンの言い方だと、俺にしか見えない幻覚みたいなモンなんだろうな」

 

 眠い目を擦りながらトイレで顔を洗う。時刻は午前9時半。

 妹は学校に行ったのだろう。リカもまだ来る時間じゃない。なのにキッチンから珈琲の香りが漂って来ているのは――

 

「――おはようございます、マスター!」

「オルトリンデ……もういるのか」

 

 黒い髪を白いフードに隠したオルトリンデが、机の上にコーヒーカップや朝食の乗った皿を置いている。

 

「今日は私が一日中マスターのお世話をしますので!」

「そうか……他の2人は?」

「……今はいません」

 

 もしかして、もう始末したのか……と少し戸惑っていると玄関のチャイムが響いた。

 

「ん?」

「あ、大丈夫ですマスター、私が出迎えます」

 

 そう言われて朝で頭が回っていなかった俺は席に座った。

 

 だけど、よく考えたら俺以外には見えないオルトリンデが出て行っても対応なんて出来る筈が無――

 

「――いたぁぁぁ!!」

「っ!?」

 

 突然の大声に驚き、顔を上げて声の元に視線を向けるとピンクの髪と金色の髪のワルキューレ達が侵入していた。

 

「見つけましたマスター」

「おはっよう、マスター!」

 

 何時もより騒がしい朝が始まった。

 

「抜け駆けするなんて、許さないよオルトリンデ!」

「二人が道を間違えただけですよ」

「貴方が差し出した端末のGPSが狂っていたのですが?」

 

 どうやら、俺の家に来る前に彼女達の間に一悶着あった様だ。

 

「なんでもいいけど、俺は今日午後から大学だ。それまでに家事をするから邪魔はしないでくれ」

「家事、するんですか?」

「ああ」

 

「なら私達にお任せを」

「それ位直ぐに終わらせちゃうから!」

 

 そりゃありがたい。

 俺は早速洗濯機から服を取り出そうとして、中に何もない事に気付いた。

 

「ん……? あれ?」

 

 普段なら妹が学校を出る前に回して置いてくれている筈だが、横の籠を見ても布の一切れすら入っていなかった。

 

「洗濯なら、私が先にやっておきました」

 

 オルトリンデが小さく手を上げて答えた。

 

「いひゃいっ! いひゃいれふぅー!」

 

 それを聞いてヒルドがすぐさま彼女のほっぺを両手で抓り始めたのを横目に、スルーズは一歩出て他にする事はあるかと聞いてきた。

 

「じゃあ、風呂掃除でもするか」

 

 しかし、風呂場に入ったスルーズは数秒程周りを見渡して……

 

「……綺麗ですね」

「そうだな……」

 

 そして、リビングでヒルドに抓られているオルトリンデの元に向かうと彼女の腹を指でつっつき始めた。

 

「あひゃ、あはひゃひゃはははっ!? ふわめひぇ!?」

 

「うーん……となると自由時間だな」

 

 俺はゲームに目を向ける。

 生憎この家にはコントローラーが2つしかないが、誰かに観戦してもらうか。

 

「パズルゲーで良いか?」

「へへへ、じゃあマスターに勝てたら私、マスターの膝に座りたい!」

「別に良いけど……」

 

 いきなり言い渡された条件になんの気なしに頷いてしまったが、ワルキューレは確か神に造られた機械みたいな存在だし本気でやらないと勝てないかもしれない。

 

「早っ」

「へへへ、これで消えるね! で、これで消して!」

 

「よし、連鎖」

「マスター上手いね! でもこっちも結構連続で……あれ?」

 

 ……あ、これは。

 

「うぇぇぇ!? なんか一気に落ちて来て負けた!?」

「やっぱり……」

 

 消すだけじゃダメな事、わかってないんだな。

 改めてルールを教えてヒルドに再挑戦して貰おうと思ったが、スルーズがそれより先にコントローラーを手にした。

 

「今度は私が相手です」

 

 サーヴァントだからだろうか。勝負に挑むその眼差しは鋭い。

 鋭いんだけど……

 

「何故ですか!?」

「だから説明しようとしたのに……」

 

 その後、俺はオルトリンデにコントローラーを渡しつつ3人にやり方を教えた。

 先まで最短で消し続けていたが、直ぐに積む事を覚え2戦後には連鎖を覚えていた。

 

「連鎖!」

「なんの、更に連鎖です!」

「なら全消し!」

「全消し!」

 

 ……しかし、終わらない。攻撃の開始も威力も同じタイミングだから全然終わる気配がしない。

 

「ヒルド、オルトリンデ。同期したままでは一生終わりませんよ」

「あ、そうだった!」

 

 姉妹でありながら同一存在であるワルキューレは記憶を共有出来る。

 だから人間離れしたスピードで成長した訳だが、同期したままだと動きまで完全に同じになってしまう。

 

「って、同期切っても展開が変わらない……」

「ですね。私達の性能面では優劣は発生しませんので」

 

 どうやらパズルゲームは良くなかったらしい。

 せめて運の要素が絡まないと一生決着がつきそうにない。

 

 だが、俺は大学生で妹は高校生。

 バイトはしてるし両親からの仕送りもあるが、ゲームソフトはそこまで多くない。何だったら一人で遊ぶ奴の方が多い。

 

(しょうがない。トランプでも引っ張り出してくるか)

 

 そう思い立ち上がろうとしたが、スルーズが俺のすぐ後ろに立った。

 

「マスターは其処に居て下さい」

「え?」

 

 俺が何か言う前に、彼女はそのまま座って両手で俺を抱き締めた。

 

「ふふふ……マスターが、こんなに近くに」

 

 彼女は幻覚みたいなモノの筈なのに、しっかりと掴まれ際に人肌の温度と首元を通り過ぎた吐息に思わず体を強張らせた。

 

「……? マスター?」

「な、なんでもない……」

 

 俺が少し力を込めて立ち上がると、スルーズはあっさりと俺を放してくれたのでそのままトイレへと逃げ込んだ。

 

「……はぁ」

 

 鍵を閉めてから、俺は一息吐いた。

 

 ヤンデレ・シャトーは悪夢。夢の中の出来事だ。

 だから、サーヴァントとの接触についても特に何も思わなかったんだけど……

 

(流石に、リカがいるのに他の女とあそこまで近付くのは不味いよなぁ……)

 

 別に夢の中でサーヴァント達と必要以上に仲良くしていた訳ではないけど(そもそも出来る状況の方が珍しい)、ちゃんと意識がある今は幻覚相手でも自重する必要があるだろう。

 

 男として、不義理は働きたくない。

 

「……よーし、いつも通り行こう。そんでもって何時もより距離感を持とう」

 

 リカの事はヤンデレ・シャトーでも口には出さない様にしていたが、こうして家に現れた以上何時までも隠し通す事は出来ないだろう。

 

 考えが纏まった俺はトイレから出てリビングに戻った。

 

「オルトリンデ、ヒルド、いい加減決着――?」

 

 しかし、そこには誰もいなかった。テレビは消され、コントローラーは取り出す前の位置に戻っている。

 

「……もう、帰ったのか?」

 

 そんな都合の良い考えを口に出したと同時に後ろから圧力を感じて振り返ると――

 

『マスター!? この女性は誰ですか!?』

 

 ――それぞれが写真を1枚ずつ手に持って問い詰めに来た三姉妹に、頭を悩ませたかったが悩む時間すら満足になかった。

 

「そこで見つけました!」

 

 オルトリンデが見せて来たのは妹の写真。

 妹が自分の部屋の扉に名札代わりに掛けていた写真だ。

 

「ではこの女性は誰ですか?」

 

 スルーズが突き出しのは玄関前に置いてあった電話帳の中に挟まっていた母親の写真。

 大事な番号が書いてあるからと母親から貰ったのだが、どうやらそのままだったらしい。

 

「じゃあこれは!?」

 

 ヒルドが持ってきた写真立ては……初デートの時に撮影し、現像までしたリカの写真。

 

「……俺の彼女の写真だ」

 

 その説明を聞いた瞬間、彼女達の表情は明らかに曇った。

 ヒルド、スルーズの頭上にある羽の様な髪は垂れ下がり、フードに隠れて見えないがオルトリンデも同じ様な動きをしているのが布越しに見えた。

 

「……そう、ですか……」

 

 だが、今の彼女達は破壊も殺傷も出来ない。

 

「そっか……」

 

 写真をそっと机に置いたヒルドは俯かせたままこちらに一歩迫って来た。

 それが不気味で俺は逆に一歩下がった。

 

「でも、全然いいよ」

「うん?」

「ええ、私達は世界とマスターの平穏を取り戻す為に呼ばれた英霊ですので、マスターが幸せになるなら本望です」

 

「……」

 

 ……こういう時にこんなセリフが出る時は大体油断させる為か、何らかのセカンドプランがある時なんだよな……

 

「でも、私達は――」

 

『――』

 

 彼女達の話を遮る様に、玄関の方でチャイムが鳴った。

 時計を見ると時間は11時10分。

 

「リカが来るにはまだ早い筈なんだけど……」

 

 出迎えに行くと噂をすればなんとやら、名前を呟いたせいかやはりリカがそこにいた。

 

「ユウ君! 来たよ!」

「おう、今日は随分早くないか?」

「ごめんね? でも、ユウ君が全然返信してくれないんだもん」

 

 そう言われてワルキューレ達を警戒して朝からスマホを部屋に置きっぱなしだった事に気付いた。

 

「……ああ、起きた時に充電器が外れてたから充電しっぱなしだったわ」

「そうなんだ。時間あるし、今日の昼食は私が作るね」

 

 そう言ってリカは靴を脱いで家に上がってキッチンに向かった。

 当然俺は今も少し離れた場所から見えるワルキューレ達の存在に肝を冷やしているのだが、本当にリカには見えていない様で感情の消えた彼女達が怖いが、リカの相手を優先した。

 

「あれ、ナニコレ?」

 

 リカの声に少し驚きながらも視線をやった。

 

「クリームスープ?」

「ああ……この前、講義の中でなんか北欧の料理の話題が出て来たから少し作ってみた」

 

 嘘である。その料理が本当に北欧のモノかも分からないが、彼女は納得してくれた様だ。

 

「その料理はシエニケイットと呼ばれるキノコのスープなんですよ。簡単に作れて美味しいので、ちゃんと味わって下さいね」

 

 その後ろでオルトリンデが解説したが、やはりリカには届いておらず炊飯器の中身を確認している。

 

「スープだけじゃ足りないね。直ぐにメインディッシュを作るから待ってて!」

「おう、俺もぼちぼち支度してくる」

 

 なるべくこの彼女と3人の女性が同じ空間にいるあり得ない場所から離れたかった俺は、普段通りを装いつつ逃げる様に部屋へと退散した。

 

 しかし、ワルキューレ達はそれが当然の様にこちらについて来る。

 

「あの方がマスターの」

「明るくて元気そうな子だね!」

 

 自分の部屋と言ってもマンションの1室、喋れば声は外に漏れる。

 なので俺はワルキューレ達の声を無視しつつさっと準備を終わらせる。

 

「わっ、わわ……!」

「ちょ、スルーズ直視し過ぎじゃない!?」

「何を今更。マスターの着替えなんて別に」

 

「スルーズ、鼻血!」

 

 何時もの数倍うるさい着替えも手短に終わらせてキッチンへ戻った。

 

「手伝うよ」

「大丈夫、簡単な物だから」

 

 見るとレタスを水洗いしながら鶏肉をフライパンで焼いており、確かに忙しくはなさそうだ。

 

「じゃあ、皿並べとくわ」

「うん」

 

 食器棚から皿を並べ、机に座り出来上がった料理をリカと一緒に食べる。

 

「美味しいね、このスープ」

「うん、美味いな。また作ってみるわ」

 

 勿論、その行為は全てワルキューレ達に見られたまま行われるのだからとても気まずい。

 

 料理を褒められたオルトリンデは嬉しそうだが、スルーズとヒルドは余り表情を変えずにこちらを見ている。偶にヒルドと視線が合うと手を小さく振って笑うけれど、本心からの笑みとは思えず少し汗が流れた。

 

「どうかした?」

「いや、別に」

 

「食欲ないの? 食べる手の動きが変だけど」

 

 リカに悟られかけているので、俺は大丈夫だと告げて少し早めに完食した。

 

「無理しないでね? 風邪なら今日は休んだ方が良いんじゃない?」

「いや、別に風邪じゃないから」

 

 身支度も済んだと言うのにこちらを心配するリカの優しさが身に染みるが、体調は問題ないし大学はサボれない。

 

「じゃあ、私の事ちゃんと見て?」

「……」

 

 その言葉に無言になって動きを止めたが、観念して彼女へと顔を向けて視線を合わせた。

 

「っん!」

 

 唇と唇が触れるだけのキス。

 彼女曰く、俺に対して怒りたくないからその代わりにキスを強請るそうだ。

 

「……で、良いか?」

「途中で倒れてもおぶったりしないからね?」

「その場合はタクシーでも呼んでくれ」

 

「呼ぶなら救急車!」

 

 大袈裟に返されてしまったがまだ少し怒ったまま玄関に向かった彼女は家から出る事を許してくれた様だ。

 

 当然の様について来るワルキューレ達には悪いが、やはり俺はリカとの会話を優先する事にした。

 

 

 

「……ふーん、キスまでは済ませたんだ」

 

「――でねー、そこから大盛り上がりで!」

「なんでだよ、脱線し過ぎだろ」

 

「まだ初々しい恋人同士、と言った所でしょうか」

 

「でもね、その後他の女子も入っていて!」

「だろうな」

 

「お姉様とシグルドを思い出します。とても……不愉快です」

 

「っ」

「あー、私ずっと笑うの堪えて大変だった!」

 

「駄目だよ、オルトリンデ」

「今の私達では宝具を手に持っても誰かを刺す事は叶いません」

 

 そう言いながら全員片手に槍を持っているのはどうにかならないのかと、動揺を顔に出さない様に必死に努めた。

 

「ねぇねぇー」

「どうした?」

「手、繋いでいい?」

「ほら」

 

 こんなテレビ番組でドッキリを仕掛けられる芸人みたいな目に自分が合うとは全く想像していなかった。

 

(はー……いっその事、リカにだけバラシて……いや、本当に救急車を呼ばれるか面倒な怒り方をするかのどちらかだな)

 

 手を繋いで嬉しそうなリカとそのまま歩いていく。

 ワルキューレ達の視線がより鋭さを増している様な気がするが、そんな事を知らないリカは繋いだ手の中で俺の手をなぞったり、突いたりして自分の近況を話し続けている。

 

(こういう日に限って何時もよりおしゃべりなんだよなぁ)

 

 更に来週のデートの予定まで話始めてそろそろ本気で身の危険を覚えた所でキャンパスに到着した。

 

「……と、着いたな」

「……そうだね」

 

 寂し気にこちらを見るリカを見てまた何時ものアレか……と思っていたが、リカは何も言わずに手を離した。

 

「じゃあ、また後でね」

「おう」

 

 そこまで時間は押していない筈だったが、足早にその場を去って行った。

 

「なんだ……トイレか?」

 

 とは言えこのままぼーっと突っ立っている訳にもいかない。少し悩んでから、教室へと向かうのだった。

 

 

 

 自分の主の平和な日常に立ち会える日だと思っていたワルキューレ達は、余り心穏やかではいられる状況でなかった。

 

 理由は明白で、主の恋人の存在である。

 

 夢の中で主であるユウはその存在を秘匿していた為、彼女達からしたら自分達が勇士と認め慕う主の周りを突然現れて踏み荒らす邪魔な女だ。

 

『でも、今の私達はどうしようもないよねー』

『触れる事も出来ません……これでは手の出しようが』

『慌てる必要はありません』

 

 ユウの教室にやって来た彼女達はユウ以外の誰にも見えず触れられない為壁に集まって会議をしていた。

 

 もっとも、ユウに聞かれると不都合も多い為、ワルキューレの能力で思考を同期しての脳内会議だが。

 

『魂――既――達の手の中、ヴァ……にお向かいすれっそれで』

『ねぇ……スルーズ?』

『ノイズが多いのですが、もしかして緊張を……?』

 

『してません。緊張などありません』

 

 言うまでもなく、三姉妹の中で人間の感情からもっとも遠い(と本人は思っている)スルーズすらこの状況に動揺していた。

 

『マスターは普段こんな所で勉強しているんだよねー』

『そうですね。あ、今あの女性、マスターに話しかけました――』

『オルトリンデ、怒ると同期が乱れます』

 

 講義が始まる前はユウや周りの人間の行動に一喜一憂していた3人だったが、動きがなくなったのを見て大学を探索する事にした。

 一応、自分達のマスターに見張りを付けようとオルトリンデが残る事になった。

 

『あの娘は何処だろうね?』

『マスターの前では可愛らしく振る舞っていましたが、他の方達の前でも同じとは限りません』

 

 自分達の主を守る為――と言った名目で、彼女の粗探しに躍起になるスルーズ。

 

 サーヴァントとしての能力が制限されている為、虱潰しに廊下を歩いて漸くリカの教室を見つけた。

 

『いましたね』

『こっちもやっぱり勉強中だね』

 

 他の生徒や壁をすり抜けてリカの隣に立った2人は彼女をすぐ傍で観察を始めた。

 

『ふーん』

『……』

 

『スルーズ、外見情報を保存して上書きする気なの?』

『…………最終手段です』

 

 自分達の間で隠し事が無駄だと分かっていたスルーズは、ヒルドの問いに少し遅れて返事をした。姿形の問題なら、それを真似れば良いと考えたのだ。人間と異なる価値観を持つワルキューレ達ならそう言った思考に辿り着くのも自然な流れだった。 

 

『後で私にも頂戴ね?』

『許可しましょう。ですが、それよりも彼女の弱みとなり得る情報が欲しいですね』

 

『と言っても、真面目に……うん?』

 

 改めて机を見直して、リカが講義の為のノートとは別に小さいな手帳を開いて何か書き込んでいる事に気付いたヒルドはその内容に目を通した。

 

『今日のユウ君が作ったスープがとても美味しかったけど、北欧の話を聞いたなんて私に話してくれていなかった……?』

『日記でしょうか? ですがこれは……』

 

 ヒルドの読み込んだ情報が気になり、彼女を正面から見ていたスルーズも手帳の内容に目を通した。

 

『何時もの通り道で、ユウ君が私から目を離した回数が異常に多かった。

 私の後ろを何度も見ていた気がするけど、何もなかった……

 ……って、この娘! 見えない筈の私達の存在に気が付いてない!?』

『でしょうね。マスターの傍にいる者であれば当然かと』

 

『いやいや、普通の人間でこれはおかしいよ』

 

 ヒルドが念の為にと彼女の前で手を振ってみるがリカは何の反応も見せない。

 スルーズも手を伸ばしてみるが、当然触れずに通り過ぎていく。

 

『それ以外のノーㇳは変わりなし』

『この手帳が異常だけどね……』

 

 リカが手帳に書き続けているの見て暫くそのまま見ていたが、マスターの挙動をずっと監視している事以外は分からない。

 

 その後オルトリンデの待つマスターの教室へと戻った彼女達だったが、ノートの隅に文字を書き合う形でユウとの会話を楽しんでいたオルトリンデに怒り、唯一人にしか聞こえない姉妹喧嘩を繰り広げる事になったのであった。

 

 

 

 何時もよりも騒がしかった講義も終わり、玄関に向かうとリカが待っていた。

 

「お疲れ様」

「おう……別に俺を待たなくても良いんだぞ?」

「いーや! 恋人同士なんだから一緒に帰るの!」

 

「分かった分かった……」

 

 なんやかんやで今日もあと数時間だ。早めに寝て、ワルキューレ達ともオサラバしよう。

 

「ねぇ、ユウ君」

「どうした?」

 

「私、今日はユウ君の家に泊まっても良いかな?」

 

 そう言って頬を赤らめる彼女を見て、俺は少し悩んでから――

 

「――泊まるのは駄目だな。いつも言ってるけど、妹がいるしさ」

「そう……だよね……」

 

 普段ならもっと粘ってくるんだけど……しおらしくされると逆に困る。

 

「まあ、夕飯位食べてけよ。帰りは送っていくしさ」

「うん、そうする」

 

 俺達は手を繋いだまま、行きと逆に口数少なく家へと帰った。

 

「ただいまー」

「ただいま!」

 

 

 

 リカとユウ、その妹と何気ない会話を交わしながら3人で夕食を済ませると、ゲームで遊ぶ事になった。

 最もゲームの得意な妹に負けて、一度席を外したリカはユウの部屋に入っていた。

 

「来ました」

「予想通りですね」

 

 そこには彼女には見えないがワルキューレ達が待ち構えていた。

 

 リカは軽く部屋を見渡してから彼のスマホが普段通り充電器に繋がれているのを確認し、それを手に取った。

 慣れた手つきで本人確認用のパスワードを入力し、ロックを解除した。

 

「まあ、当然それ位出来るよね」

 

 開いた先でリカの目に飛び込んで来たのは……ホーム画面だった。

 

「……これ、は……!?」

 

 しかし、日常的に彼のスマホを見ていた彼女は見知らぬ画像が背景として使われているのに気が付き震え始めた。

 

「な、なんで私の写真じゃなくて、女の子のキャラクターになってるの……?」

 

「私達が設定したからだよーって、聞こえてないんだよね」

「これでマスターの嫁は私達です」

 

 勝ち誇ったかの様な顔を浮かべるワルキューレ達、リカは焦りながらも自分の知っている画像に直そうとギャラリーを開いたが――

 

「――全部消えてる!? なんで!?」

 

「勿論、ちゃんと消去しましたよ」

「マスターは私達の物ですので、これでどうか離れて下さい」

 

 目の前の事実に耐えれなくなり、リカはユウのベッドに顔をうずくめる。

 

「……嫌だぁ……ユウ君……私、嫌だよぉ……」

 

「まあこれで少しはすっきりしたかな?」

「マスターの事ですから、後でしっかり慰めてしまうと思います」

 

 満足げなヒルドとオルトリンデだったが、やはり多少の罪悪感が有った様で大事に至らない事を少しだけ祈っていた。

 

「いずれ消えてしまう私達とは違って、この方はずっとマスターの傍を歩めるのです。これ位の試練はあって るべきでしょう」

 

 涙を流すリカを見て溜飲が下りたスルーズは彼女を見る。

 まるで親と離れるのを嫌がる子供だが、スルーズは目聡くその動きの変化に気が付いた。

 

「……何か、弄ってますね?」

「え? あれ、自分の端末でマスターの端末の写真を撮ってる」

「一体何を……?」

 

「……見つけた」

 

 リカは自分のスマホを見て、己の獲物を見つけた様に笑っていた。

 

「ワルキューレ、Fate/Grand Orderね。あっちから顔を見せてくれたお陰で、簡単に検索出来た」

 

「……っ!? これは不味いのでは!?」

「スマホを!」

 

 スルーズがスマホへと手を伸ばすが、彼女の手はスッと通り抜けてしまう。

 マスター以外の人物に干渉できないルールのせいで、彼女はリカの前では所有物に触れる事すら出来ない。

 

「ユウ君のスマホに……あった。このアプリだ……! これさえ消せば……!」

 

「おーい、リカ」

 

 

 

 リカがなかなかリビングに戻ってこないので、扉が開いた自分の部屋に行くと俺のベッドでスマホを弄っている姿を目撃した。

 周りにいるワルキューレ達は酷く焦って表情をしているのを見て、何かは分からないがヤバい状況なのを察した。

 

「何してんの?」

「ユウ君を私から奪おうとする悪い奴を、ユウ君のスマホから追い出すの」

 

「スマホから……って!?」

 

 リカがFGOをゴミ箱へ送ろうとしているのが見えたけれど、止める間もなくゲームがアンインストールされた。

 

「これでおしまい」

 

「マス――」

「そんな――」

「きえ――」

 

 俺の視界からワルキューレ達が消えて行く。だがリカは満足した様な顔をこちらに見せて笑った。

 

「これで良いよね! 私、今日ずっと不安だったんだ」

 

「私が話しててもずっと、誰もいない場所に目を向けてたから」

「お前幽霊とか苦手だもんな」

 

 リカの頭を撫でて少し茶化しながら彼女の手の中のスマホを取り返した。

 

「心配させて悪かったな」

「うん、怖かったよ! ユウ君、幽霊にも好かれちゃったのかと思って!」

 

 まあ幽霊みたいなもんだよな、サーヴァント。

 PCと連携してリカの写真をダウンロードし直した。

 

「ほら、待ち受けも戻した。これで良いよな?」

 

「んー……あっさりしてる。ねぇ、もしかしてまたインストールするの?」

「そりゃするけど」

 

「えぇ! もうやめてよ!」

「ほら、我が妹を待たせてるしもう行くぞ」

 

 俺がリカの手を握ってやっても、珍しくリカは抵抗してその場に留まろうとする。

 

「やだ、しちゃ駄目」

「そんなにか?」

 

 俺の言葉にリカは目を閉じてこちらに唇を向けた。

 

「……んっ!」

 

 怒っている、と暗に俺に知らせているらしい。

 いつもより押しの強い口づけを交わした後、リカを連れてリビングに向かった。

 

「ねぇ、分かった?」

「分かった分かった。インストールしたら、もっとキスしてくれるって事だろ?」

 

「ち、違う! しないから!」

「ちぇー、してくれないのかー」

 

「あ、そうじゃなくて!」

「もう倦怠期かぁ、早かったなぁ」

 

「ユウ君!」

 

 その後俺の挑発に乗ってくれた結果、FGOを賭けてリカとゲームで勝負する事になり、無事に勝利してFGOをインストールし直した。

 

 引継ぎコードは以前から保存していたので直ぐに復元出来たし、リカも機嫌は悪そうだが渋々許してくれたので、これで一先ずは安心だろう。

 

 ……勿論、夢の中は全然安全ではないんだが。

 

 退路を断つように飛んでくる槍、槍、槍。

 

 そして俺を抱擁しようと一糸纏わぬ姿でこちらに向かってくるワルキューレの群れ。

 

 一度俺との繋がりが切れた事で全力で束縛しようと迫って来るサーヴァント達の猛攻から逃げるのはとても難しく、やがて俺は捕まってしまう。

 

 こちらに向かってくるオルトリンデ、ヒルド、スルーズを見ながらこんな美人達を嫉妬させる自分の彼女をちょっと誇らしく思い、思わず笑みを零すと遂に怒りが爆発したのか心臓を狙って槍を放たれた。

 

 悔いはない。

 

 これからもきっと俺はこんな感じなんだろう。

 リカの存在がカルデア中に知れ渡り、全サーヴァントが俺を浮気者として攻撃してくる。ヤンデレ・シャトーじゃなくて唯のスプラッターになってしまったか。

 

 ……まあ、この後ガッツで復活して逃げ延びてやるとしよう。

  

 

 

 

 

 

 

「……ユウ君?」

 

「リカ……? もう朝か?」

 

 夢から目覚めて顔を上げ、周りを見ようとしたが窓から余り光が射していない事に気付いた。恐らくまだ5時前だ。

 

「ユウ君……大丈夫?」

「全然大丈夫だが、お前が此処にいる方がおかしい」

 

 妹が一緒に住んでいるし、リカには合鍵を渡していなかった筈だ。寝る前に家まで付き添いで送ったし。

 

「ごめんね、妹ちゃんが合鍵を作ってくれたの」

「あいつ……」

「それでね、ユウ君に何か起きてないかなって不安になって起こしちゃったの」

 

「はぁ……バイトは朝なんだし、もう少し寝かせてくれよ」

「うん、ごめんね」

「怒ってないって」

 

 そう言って俺は布団をかけ直した。

 

「…………一緒に寝ていい?」

「…………」

 

「ユウ君……?」

「……」

 

「そう、だね。まだだよね。うん。私一人で帰るから」

 

「…………はら、減った。だから、一緒に行ってやるよ」

「ありがとう。大好きだよ、ユウ君」

 

 まさか夢の中で命を助けられたとは言えず、毎回毎回夜遅くに家に来られても困るから合鍵は没収した。

 

 代わりに、俺達は深夜に散歩デートをした。

 

「夜も綺麗だね。私、またしたいなぁ」

 

 笑みを浮かべてそう言ったリカに、反省しろよとため息交じりの笑みを浮かべるしかなかった。




次回は そこら辺のだれか さんです。

更新の間に2部の6章が配信され、ネロ祭が始まりました。BOX周回、頑張りましょう。
執筆の合間に回していきたいと思います。

新サーヴァントは召喚出来ませんでしたので、切大ではなく山本辺りと一緒に登場させようと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

時を遡りバレンタイン2021

今回の当選者は そこら辺のだれかさんです。

真夏にバレンタインデーの話を書きました。執筆が遅い自分のせいです。申し訳ない。
切大以外のバレンタインデー、2021年版です。


「もう二度と使わないからな、このイロモノ宇宙服!」

 

 バレンタインの日、水着サーヴァント達から全力で逃げている俺はこの事態を招いた魔術礼装へ文句を吐き捨てた。

 

 水着メイヴに海岸で襲われて【エスケープ・ポッド】で逃げようとしたが彼女の用意した島に不時着し危うく喰われそうになり、再度使用が可能になったのでもう一度使ったら今度はコントロールが効かずにホテルに突っ込んだのだからそりゃあ悪態の1つも吐きたくなる。

 

 こうなればチョコを受け取る所ではなくなってしまった。

 

「って言うか、これで全員じゃないとか無理ゲーにも程があるだろ!」

 

 やがて疲労と残りサーヴァントの数が足を重くし、ホテルのエレベーターに追い詰められた俺はこちらに向かってくるサーヴァント達の姿を見て、瞳を閉じた。

 

 もしかしたら今までの人生、毎年やって来るバレンタインデーに両手から溢れんばかりのチョコが欲しいと願い続けた俺への天罰なのかもしれない……

 

(いや、そんな訳無いだろ)

 

 やっぱり理由もなく理不尽な悪夢の世界に僅かな涙を流し、それを指で拭った水着のマリー・アントワネットが隣でこちらを見下ろしながら微笑んでいた。

 

 

 

「こちら、お疲れのマスターに甘味をお持ちしました」

 

 僕の前に座ったアーチャーのサーヴァント、巴御前は丁寧にチョコを手渡してくれた。

 

「あ、ありがとうございます!」

「ふふふ、そんなに畏まらなくても良いのですよ? 普段からお世話になっているマスターに、感謝を伝えるのはサーヴァントとして当然かと」

 

 僕は余りの嬉しさに何度も頭を下げた。自分が一番好きなサーヴァントからバレンタインデーにチョコを渡されるのは、此処が悪夢ヤンデレ・シャトーの中だと分かっていても嬉しい。

 

「大事に食べるよ!」

「えぇ……是非」

 

 彼女も今日がバレンタインデーだと知っているし渡してくれたのは丹精込めて作られたチョコレート。だけれど、生前の繋がりを大事に想う彼女はそれが決してバレンタインデーの品だとは口にしない。

 

 そんな彼女の想いを汲んで、僕も態々バレンタインの事を口にはしなかった。

 

「それでは、折角マスターの御家を“しみゅれーたー”にて再現したのですから、ゆっくりお寛ぎ下さい」

 

 今回、僕達は自宅を再現したシミュレーター内にいた。

 現実世界に現れた事もあるけれどその際には様々な制約があったからあまり彼女と一緒に過ごす事が出来なかった。その反省を生かして、シミュレーターを使う事にしたらしい。

 

 僕としても余計な邪魔が入らず病みの浅い彼女と2人なら安全だし、喜んで誘いに乗った。

 

「じゃあ早速食べようかな」

「はい。では、巴は何かお飲み物を持ってきますね」

 

 台所へ向かい自分の家の冷蔵庫を開ける巴御前の姿が珍しくて思わず眺めた。

 

「マスター」

 

 冷蔵庫を開いたまま彼女はゆっくりとこちらに振り返った。その動作に、背中が少しだけ震えた気がした。

 

「ん? どうしたの?」

「こちらのちょこれーとは、どなたからの贈り物ですか?」

 

 彼女がこちらに見せて来たのは透明な袋に入れられたチョコレートの箱。

 リボンで封をされたそれは、僕へ宛てられた物だとはっきりと書かれている。

 

「既に巴以外の女性からちょこを受け取っていただなんて……どの様な方なのか、とても興味が御座います」

 

 頬に手を当て柔らかそうな表情を浮かべるけれど、その頭上には2本の角が生え、炎の様な瞳が此方を見つめていた。

 怒りで再臨してしまった彼女を宥める為に、僕はそのチョコレートの送り主を彼女に教えた。

 

「……御母上、ですか?」

「うん」

 

 彼女がこちらに疑いの眼差しを向けるのも、まあなんとなく分かっている。

 

「ツウちゃん、なんて書き方は母さんしかしないし、ハート型なのは毎年の事だよ。父さんのと一緒に作ってるからね」

「そう、ですか」

 

 その説明で納得してくれたのか、巴御前はそっとチョコレートを冷蔵庫に戻した。

 

「ごめんね。母さんにも負けたくなかった?」

「いえ、御母上と張り合おうだなんてそんな……」

 

 申し訳なさそうに頭を下げてるけど、母さんは当日の朝一番に渡してくるから同棲でもしていない限りは負けイベントだ。

 

「すいません、巴が少し早とちりをしました……飲み物は、お茶で宜しいですか?」

「うん。ありがとう」

 

 彼女から貰ったチョコレートと淹れてくれたお茶を楽しみながら、この後どうしようかと話し合った結果、僕の部屋でゲームをしようと言う事になった。

 

「シミュレーターでマスターの部屋のぱそこんも一台増やしましたので、一緒にげぇむに興じる事が出来るかと!」

「それは良いんだけど……」

 

「いかがしましたか?」

 

 生えた角はそのままなの? って言おうと思ったけど、別にどうしても引っ込めて欲しくはないし、可愛いから口をつぐんだ。

 

「なんでもない……」

「そうですか? では行きましょう!」

 

 自分の部屋に巴御前と入る光景に言い得ぬ高揚を感じながらも、入ってみると見知った部屋の中に知らない机が置かれていた。

 

「巴はこちらにしますね!」

「って、僕の机……」

 

 恥ずかしい事に、今日は宿題を終わらせた後は直ぐにゲームに没頭していたから机の上は散らかりっぱなしだった。

 

「ちょっと待ってて下さい……!」

 

 慌てて鞄の中に教科書やノートを突っ込もうとすると、鞄の中で何か引っかかった。

 

「ん……なんだ?」

 

 クシャっと音を立てたソレを取り出そうとした所で、鼻に甘い匂いが届いた。

 

(あ、これ委員長がクラス全員に配ってた義理チョコ……!)

 

 この場で取り出すのは不味いのでそのままにして置こうと思い手を止め――手首を巴御前に掴まれた。

 

「……マスター?」

「え、っとこれは……」

「チョコですね?」

 

 鬼だからだろうか、恐らく匂いを感じ取ったのだろう。

 物凄い剣幕でこちらを睨む彼女に、また事情を説明して納得してもらおうと喋り始めた。

 

「これは、クラスメイトが配っていたのを貰っただけだから……!」

 

 少し焦って略したけど、これで静まってください……!

 

「配っていた……」

「そうそう! だから、別に特別な感情がある訳じゃないから……!」

 

 慌てて言い訳を重ねる僕。

 

 常日頃から、鬼の血を持ちながらも人として在ろうとする巴御前の自制心は凄まじい。

 だからヤンデレ・シャトーの狂気の中でも他のサーヴァントとは違って生前の夫に操を立てながら、僕との距離感を保ってくれている。

 

「……」

 

 無言で近付き、背中に手を回して抱き締められた。

 

「マスター」

 

 ――2リットルの水が入るバケツに既に1リットル入っているとしよう。

 

 ――恐らく多くの人は“まだ1リットルも入れられる”、そう考えると思う。

 

「巴は」

 

 ――だけど、そのバケツが常に揺れていたらどうだろう?

 

 ――揺れに揺れて、かさを増した水は外へと飛び散ってしまうだろう。

 

「鬼に、なりそうです」

 

 …………だから。

 

「うん、分かった」

 

 銀の髪が真っ白く変わっていく彼女を見て、部屋まで持って来ていた包を開いた。

 

 中に入っているのは甘栗子ちょこれいと。彼女が渡してくれたプレゼントだ。

 

「はい、あーん」

「はむっ!」

 

 それを彼女の口に直接押し付ける様に指で入れた。少しだけ、指を舐められた感触。

 

「…………っふぅ」

 

 それを何度か噛んだ後に、彼女が一息吐いたのを見て僕も安堵した。

 

「す、すいませんマスター!」

「大丈夫、僕も悪かったよ」

「い、いえいえ! 誰よりも先にマスターにちょこをお渡ししたいだなんて、我ながら恥かしい姿を晒してしまい……!」

 

 そう言いながら顔を僕の右肩に埋める巴御前を見て、内緒に笑った。

 

 鬼になると、僕への愛憎が溢れ出てしまう彼女はその自制心もあって一度だけ恋人らしい事をすると水をかけられた炎の様に静まるらしい。

 

 しかし完全に鎮静化する訳ではなく、こうして抱擁している事が気にならなくなってしまう程の好意は残ってしまうらしい。

 

「……じゃあ、そろそろゲームをしよう」

「はいっ!」

 

 だから彼女がそうと気付かない様に、僕から離してあげる。

 

 それが僕と巴御前の日常。

 お互いの距離感を、まるで夫婦の様に尊重し合うこの関係は少し寂しくもあるけれど、巴御前が大好きな僕にはたまらなく嬉しい一時だ。

 

 

 

 

 

「嫌でち!」

「そこをなんとか!」

 

 今日も夢の中の道場でサーヴァント相手に斬り合い……ではなく、キッチンにまで紅閻魔ちゃんを連れて来たんだけど……

 

「明日はバレンタインデーだから、素敵なチョコの作り方を教えて!」

「いーやーでーちー!」

 

 何時も必要以上にお世話を焼いてくれる雀女将の紅閻魔ちゃんも、首を縦に振ってはくれない。

 その理由は重々承知しているけれど、お母さん以上に頼りになりそうな彼女の助力が得られればあの唐変木――玲に良いアプローチが出来るかもしれない。

 

「そんな恋する乙女の様な顔をされても、今のご主人に教える事はできまちぇん!」

「そっか……」

 

 此処まで頼んだけど嫌がられてしまっては仕方ない。

 今は夢の中、まだ時間もあるし目の前にキッチンがある幸運を無駄にしない為にもせめて練習するしかない。

 

「……頑張ろう!」

 

 私は一人、チョコの前で拳を握って気合を入れた。

 けれど、キッチンの前に立って首を傾げた。

 

「…………何を作ろう?」

 

 まずは、何を作るか考えないと……!

 

 

 

 普段は献身的に自分の主に仕える紅閻魔だったが想いを寄せるマスターが男性に贈り物をすると聞いてはその頼みに頷く事は出来ず、だがそんな自分が顔を合わせるのも烏滸がましいとキッチンを飛び出した。

 

「全く、ご主人は……はぁ」

 

 愛するマスターに助力を請われたにも関わらず、拒絶してしまった事を悔いる紅閻魔だがこのままでは戻る顔もない。

 戻って来た道場の窓、その向こうへ視線を向ける。

 

「……こうなったら、ご主人の想い人をこの目で確かめるでち」

 

 切華の想い人、玲。

 噂には聞いているがサーヴァント並の腕っぷしを持ち、常に沢山の女性サーヴァントを侍らせている。らしい。

 

「あちきからマスターを奪っておきながら、その好意を全く意に介さず傍若無人に振る舞っている悪い殿方でちとか」

 

 その姿を雀に変えて、道場の窓を潜り抜けた彼女はキッチンにいる主人と離れるを惜しみつつもカルデアール学園に向かった。

 

「っむ、此処は……なるほど、学び舎でちか」

 

 既に学園の購買部で働いている玲の紅閻魔と入れ替わる形で学園に侵入したせいで、来て直ぐに働くことになったが、彼女が宿屋の女将である紅閻魔なのは変わらない。

 

「焼きそばパン完成でち! カレーパン揚げ終わりまちた! 卵、キュウリ、ソーセージ!」

  

 直ぐに購買部の作業に慣れて、無事に休み時間を切り抜けた。

 

「ふぅ……購買部、中々忙しかったでちがこれでやっと本来の目的を……」

 

 学園内を歩きだして数分……

 

「目的を……」

 

 中等部を数周して更に十数分……

 

「目的……」

 

 校庭で体育に勤しむ学生を見回って数十分……

 

「……何処、でちか……」

 

 彼女は知らない。この学園の授業には移動教室がある事を。

 

「……漸く、見つけたでち……!」

 

 探し続けている内に放課後のチャイムが鳴り響き、教師から新聞部の部室を訪ねて漸く玲を視界に捉える事が出来た。

 

 しかし、その周りにはジャンヌ・オルタ、両義式等の新聞部員が一緒におり、長らく迷っていた事もあって紅閻魔の怒りは直ぐに爆発した。

 

「やはり、あんな軽薄そうな男、ご主人に相応しくないでち……!」

 

 腰の刀に手を伸ばし、その瞳で玲を睨んだ。

 

「……まずは、その性根を舌と一緒に切り落すでち!」

 

 玲が間合いに入ったと同時に自らを青い閃光に変えるほどの速さで繰り出される抜刀術。

 カルデアール学園のサーヴァント候補生とは違い、成熟しサーヴァントとしての能力を十全に発揮できる教員の立場にいる紅閻魔のそれは聖杯戦争で通用するだけの技術と魔力が迸っている。

 

 しかし――

 

「――こちらよ、部長さん」

「うぉ!?」

 

 狙い澄まされた斬撃は、玲が突然後ろにいた両儀式に引っ張られた事で空を切る結果となった。

 

「物騒な雀さんね?」

「……はぁ……なんで私がいる時に限って邪魔が入るのかしら?」

 

 彼女の奇襲に気付いた両儀式は刀を抜き、ジャンヌ・オルタも悪態を吐きながら炎を走らせ威嚇する。

 

「……あれ? 家庭科の紅閻魔先生?」

 

 そんな中一人だけ呑気な玲が前に出た。

 

「ご主人の気も知らず女を侍らす悪漢はこの手で成敗するでち!」

「……まーたあいつらか?」

 

 玲の頭の中には切華……以外のマスター達の顔が思い浮かんだ。以前自身のサーヴァントを送りつけてきた山本が怪しいなと思いながら頭をかいた。

 

「これ以上マスターには指一本触れさせないでち! 切り捨て、御免でち!」

 

 体を前に倒し、抜刀の構えをする紅閻魔。

 

 式とジャンヌが我先にと獲物を向けて駆け出すが、サーヴァントと候補生の差は明確だった。

 

(これは――!)

(まずっ!)

 

 彼女の領域に踏み込んだ瞬間に察した。

 自分達の攻撃より、紅閻魔の刃の方が速い。

 

「おっと」

『っ!?』

 

 しかし、再び紅閻魔の刃は空振った。

 玲が2人の首根っこを掴み、後ろに下がらせたからだ。

 

「喧嘩を売られたのは俺だ」

 

 何か言いたげな2人を強引に下げらせた玲は、紅閻魔と対峙する。

 

「……言っておくでちが、情けも容赦もしないでち」

「それは一度でも刀を当ててから言うんだな」

 

 指をクイクイと動かして挑発する玲を見て、紅閻魔はやはり主人に相応しい相手では無いと本気で構えた。

 

「見切れると、思うなでち――!!」

 

 間合い、正面……もはや人間の玲が先に打ち込んでいても先手を取れる状況で、雀の抜刀術が炸裂した。

 

「――」

「どうした? そんなに驚いたか?」

 

 しかし、憎き男は片手……どころか僅か指三本で刀を受け止めて平然と立っていた。

 

(戻せ、ない――!?)

 

「今度はこっちの番だな」

 

 刀を掴まれたまま、手放す事も出来ない紅閻魔に玲は一歩近づいた。

 

「ほらよっと」

「チュンっ!?」

 

 トン、と彼女の額から良い音が鳴ったと同時に刀を放されその場にばたりと倒れ込んだ。

 

「って、アンタ今のデコピンで済ます気!?」

「流石に子供を殴る訳には行かねぇだろ。拳骨ならともかく」

「あの人、一応教員ではなくて?」

 

「それに、まだやる気よ」

 

 同じヤンデレだからだろうか、紅閻魔の執念深さを察知したジャンヌは炎を放とうと旗を構えた。

 

「やる事が一々みみっちいんだよ」

「……ど、どういう意味でちか!?」

 

「俺に勝ちてぇなら何度でも受けてやるよ。

 だけど、俺がてめぇの恋路の邪魔だからってんなら話は別だ。邪魔者を排除すればなんて楽観的に考えやがって。

 俺が居なくなっても、お前は俺と同じになれるのか?」

 

「なれるでち! ご主人はあちきを」

 

 彼女の言葉を遮って、玲は自慢げな顔で話し続けた。

 もう彼の中で紅閻魔のマスターが誰なのか、見当がついていた。

 

「いーや、なれない。俺はあいつの幼馴染で、喧嘩がそこそこ強い。背も高い。可愛い弟がいるし、口うるさい母親もいる。

 ほら、なんか同じもん持ってんのかぁ?」

 

 言いながらスマホを開いて“可愛い弟”の写真を見せつける玲の姿に両儀式は微笑んで、珍しくドヤ顔を浮かべる彼にジャンヌ・オルタは若干呆れていた。

 

「……ご主人の身の回りの事なら、おちきの方が上手くやれるでち!」

「ほー?」

 

「掃除、洗濯、料理! 健康管理だってできるでち! 腕っぷしで威張り散らかしてるガサツ男に負ける理由がないでち!」

「なら、何で此処にいるんだよ?」

 

 質問の答えを待たずに玲は立ち上がって背を向けた。

 

「さっさと腕を振るって来いよ」

 

「……」

 

 階段を駆け上る玲の後を、ジャンヌ・オルタと両儀式が追った。

 上から聞こえて来る楽しげな会話を聞き流しながら、紅閻魔は立ち上がったのだった。

 

 

 

「……よーし、これでどうかな?」

 

 一人キッチンで四苦八苦した末、出来上がったのは冷凍パイシートの上に溶かしたチョコレートを入れたミニチョコタルト。

 だけど……

 

「チョコも、生地も……固い……」

 

「何をしてるでちか」

 

 いつの間にか姿が見えなくなっていた紅閻魔ちゃんが、私の作ったチョコタルトを1つ食べて、溜め息を吐いた。

 

「はぁ……こんな物を、人様に食べさせては駄目でちよ?」

「うっ……」

 

「あちきは、困っているご主人を見捨てたりなんてしないでち。もう一度、材料選びからやってみるでち」

「え、手伝ってくれるの!?」

「勿論でち!」

 

「……あれ、どうしたのそのおでこ?」

「え、あ、これはその……」

 

 彼女の額には見慣れた小さな痣があった。

 昔の玲が手加減し損ねて付いた痣によく似ている。

 

「痛くない?」

 

 私がそう問いかけると、俯きながら返事をした。

 

「……少しだけ、いたいでち」

 

 涙目で言った彼女の額に、氷水で冷やしたタオルを巻いてあげた。

 しっかりと巻いてあげると、すぐに彼女は割烹着に着替えて台所に立った。

 

「……大丈夫なの?」

「大丈夫でち! さぁ、まずは材料から見直すでちよ!」

 

 そこからは本当に突然、地獄の鬼も逃げ出すような厳しい料理教室が始まった。

 分量、順番、本当に細かい所まで、完璧に仕上がるまで何度も何度も作り直させられた。

 

 これできっと私の想いが玲に届く。そう思うと、どんな地獄もきっと乗り越えて――

 

「……あ、ご主人」

「……っどうしたの?」

 

「あちきが合格点を出すまで、この夢から出させないでち。

 寝過ごしも覚悟するでちよ?」

 

 

 

 

 

「真ちゃん、お母さん今から出掛けてくるからお留守番しててね!」

「うん、大丈夫だよ」

「玲っ! ……は、今日は出かけていないんだっけ……何かあったら、電話していいからね!?」

「うん、分かってるよ」

 

 何度も何度も念を押してから、お母さんは慌てて家を出て行った。

 何処に行くのかは言わないけど、バレンタインデーの週の休日には毎年お父さんとデートしに行くんだって玲兄ちゃんがこっそり教えてくれた。

 

 良く分からないけど、教えた事がバレたらお兄ちゃんが怒られるから絶対に言うなと言われたからお母さんには黙っている。

 

 因みにお父さんはお母さんより十数分前に家を出ているんだけど、それは今までのデートもお父さんが先に着いて待っていたかららしい。

 

「玲兄ちゃんも友達と映画見に行くって言って家にいないしなぁ」

 

 別に寂しくはないけど、何をして遊ぼうかと考える。

 乱闘、カート……今の内に練習して玲兄ちゃんを倒す特訓でもしようかと考えてゲームを起動しようとして――

 

『――』

 

「……?」

 

 突然、インターホンが鳴った。

 誰だろう。お母さんが忘れ物をして戻って来た、なら別に鳴らさないで鍵を開けて入って来るだろうし……

 

「確認確認……」

 

 壁に取り付けられたモニターから玄関の様子を見るけれど、そこには誰もいなかった。

 

「……悪戯かなぁ?」

 

『――』

 

 モニターから目を離して部屋に戻ると、また鳴った。

 今度は誰が押したのかを確認しようと早めにモニターを点けた。

 

「……あれ? 美遊さん?」

 

 今度は家の前に、俺の召喚したサーヴァントの美遊さんが一人立っていた。

 

『真さん、いますよね? 開けて頂けますか?』

 

 お母さんには何時も留守番の間は家族以外の誰が来ても扉を開けるなって、口酸っぱく言われて来た。

 

 だから、俺は少しだけ悩んで……お母さんには見えないし、友達なら良いかなって思った。

 

「……うん、今開けるよ!」

 

 だから、喜んで彼女を招き入れる事にした。

 玄関を開けると、現実では見慣れない白い制服を着た彼女が綺麗に靴を整えて入ってきた。

 

「お邪魔します」

「いらっしゃい!」

 

 俺がそう言うと、彼女は珍しそうにチラチラと辺りを見渡した。

 

「……やっぱり、誰もいませんね」

「玲兄ちゃんとお母さんは今は出かけているよ」

「ええ、先程チャイムを鳴らして確認したので。気配を消されていなければ察知出来たと思います」

 

 もしかして、前にお母さんに纏めてぶっ飛ばされたのがトラウマになってるのかな?

 

「今日来たのは、その……」

「……?」

 

「……一緒に、遊びたくて」

「うん、良いよ」

 

 リビングの大きなテレビでゲームをしようと彼女を案内した。

 

「どれにしようか」

「いえ、マスターが選んでいいですよ」

「そう? じゃあ……これでいいかな?」

 

 大人しそうにして、口数は少ない彼女だけどどこかそわそわしているのは何となく分かっていた。

 

 けれど、ゲームをやっていれば自然と笑う様になって……

 

『Game Set』

 

「……もう一回です」

「うん!」

 

『Finish』

 

「……もう一回!」

「いいよ」

 

『1P Win!』

 

「あっ、もう一回っ!」

 

 ……どうしよう、やり過ぎたかもしれない。

 

 普通の人よりも強い玲兄ちゃんはコントローラーを動かす指捌きも勿論速い。

 そんな玲兄ちゃんに対抗するには普段以上に直感を働かせて、兄ちゃんの癖を見抜いて先手を打つしかない。

 

 そんなプレイをサーヴァントとは言え、同い年位の美遊ちゃんに発揮すれば勝つのはそんなに難しくはなかった。

 

 ……だけど美遊ちゃんは怒ってしまった上に手を抜けばすぐにバレて指摘されるから本気で彼女のキャラをぶっ飛ばすしかない。

 

 しかも動きが段々雑だから読み易くなって――

 

「カウンター!?」

 

「あ、また掴まれてっ!」

 

「横強っ、じゃない!?」

 

『Game set』

 

「…………」

 

 遂に何も喋らなくなってしまった。

 

「……ご、ごめんっ! 美遊ちゃん、凄く強かったから、こっちも本気でやっちゃって……」

 

「……いえ……少しムキになってしまいました」

「休憩にして、何か食べよっか?」

 

「いえ、マスターは此処で待っていて下さい」

 

 そう言って彼女は立ち上がり、後ろに置いていた自分の鞄を開けてゴソゴソし始めた。

 

(……甘い、チョコの香り……?)

 

「……こちらを、受け取って下さい」

「チョコレート!?」

 

「はい。今日がバレンタインデーだと、サファイアが予め教えてくれたので……」

 

 彼女が渡してくれたのは手の平より少し大きい位の箱。

 中を開けると、綺麗に飾り付けられたチョコレートケーキが入っていた。

 

「凄い……」

「近しい年齢の男性に向けて作るのは初めてだったので……量が足りるかは分かりませんが……」

 

「ううん、ありがとう!」

「ナイフとフォークもご用意しましたの、どうぞ召し上がって下さい」

 

 差し出された食器を受け取ってから、それをそっと箱と一緒にリビングの上に置いた。

 

「……マスター?」

 

「一緒に食べよう! 今お皿持ってくるから!」

「い、いえ、私は大丈夫ですから……! 味見もちゃんとしましたし……!」

 

「ううん、一緒に食べたら絶対もっと美味しくなるよ!」

 

 足早に台所から小皿を取りに行った。ついでに、フォークも用意しないと。

 

(……ライネスさんから盗んできた睡眠薬は、バレてない……?

 廊下で偶然マスターを手籠めにする為に使うと聞いて危ないから没収したまま、魔が差して混入してしまったけど……気付いてはいない?)

 

「じゃあ、食べよっか!」

「はい」

 

 崩れない様にケーキの真ん中を切って、上の飾りの三日月チョコレートは流石に俺が貰った。

 

「いただきます!」

 

 そして一口食べて、すぐにとっても甘くて美味しい味で口の中が一杯になっ――

 

 

 

「――はぁ……」

「部長、溜め息を吐くと幸せが逃げてしまいますよ」

 

 隣から聞こえて来た後輩の声に、俺は空を仰いだ。

 

「……幸せねぇ……」

「どうしたんですか、まるで私が銀河系一のトップアイドルになったみたいな声で」

 

「自分でそこまで言えるとは、本当にめでたい奴だ」

 

 そう。今俺の隣には何故かバーサーカーからフォーリナークラスにチェンジし、ギリギリ文系女子っぽかった制服姿から音響機器と融合し派手さを極めた様なアイドル衣装に身を包んだ謎のヒロインXオルタが座っていやがる。

 

「まさか現実世界でお前に呼び出されるとは思わなかったが……どんな衣装だよ、ソレ」

「実はまだお披露目には早かったのですが、部長にはどうしても誰よりも先にこの霊衣を見せたくて(実際の実装日は4月)」

 

「だから誰もいないカラオケ店での待ち合わせだった訳か」

 

 本来は夢の住人であるXオルタからの呼び出しを、家族には友達と映画館に行くと言って応じて来た。そして俺が困っている理由は……

 

「そういう訳で、専属プロデューサーになって下さい。手厚い福利厚生と終身雇用は絶対に守りますので」

「断る」

 

 この勧誘だ。

 

「どうしてですか?」

「お前なぁ……いきなりプロデューサーだの言われてもこっちはチンプンカンプンだしな」

 

「ふむふむ、つまり私の契約書に不明瞭な点があると」

 

 そう言って数十枚の紙束を手に持って音読しようとする奴を止め、俺はいい加減はっきり言ってやる事にした。

 

「……そもそも、お前が歌ってる所見た事ないんだけど。そんなに自信あったか?」

「なるほど。この謎のアイドルXオルタの歌唱力をまだ披露してはいませんでしたね。

 いいでしょう。合いの手と、印鑑の準備をお願いします」

 

 印鑑は家に置いてあるってツッコミは胸の内にしまっておきつつ、Xオルタの歌を聞いてやる事にした。

 

 周りにあるカラオケ機器は必要ないとばかりに、宙に浮く音響装置がギターの音を響かせその中央でXオルタは歌う。

 

「――――」

 

 俺の好みの爽快感は無かったが、優しいメロディーと歌声は普段のこいつからは想像出来ない歌だった。

 

 歌い始めて少しの間、豆鉄砲を食らった鳩の様な間抜けな顔を晒していたかもしれない。

 

 それからは一切ブレる事のない演奏と歌に自然と耳を、ソファーに体を預けていた。

 

「――」

 

 歌が終わり、ギターの動きを止めたXオルタに拍手してしまっていた。

 

「いやー、すげぇわ」

「ふふふ、流石の部長も歌で私には勝てませんね」

 

 ブイブイとピースサインをこちらに見せびらかす奴を普段なら殴ってやろうか一瞬考えるが、あの歌の後だとそんな気も起きない。

 

「これで私とのプロデューサー契約成立ですね。部長も一緒に業界デビュー。そして電撃結――」

「――いやぁ、凄いわ。本当本当、まじでトップアイドルって感じで」

 

 言いながら俺は席を立って出入り口に歩いていった。

 

「素人の俺にお前のプロデューサーは……荷が重いだろうなぁ」

 

「え、部長?」

 

「いやー、後輩が高嶺の花になって俺も鼻が高い」

 

 そう言って扉を閉めてやった。

 

「そのダジャレはどうなんで――あ、部長待って下さい!」

 

 見事な敗北だなと関心を胸に町の中を歩いていく。

 道行く人々にはこいつの存在が見えない。いや、例え見えていたとしてもXオルタはこのまま俺の耳元で講義を続けるだろうけど。

 

『約束が違います』

 

(そもそも歌い出したのはお前だし、契約に関しての約束も一切なかっただろ)

 

『なんでも歌で解決するのがスペースアイドルです』

 

(そっちの法則でごり押そうとするな)

 

 とは言え、このまま何もせずに帰してやるのも宜しくないか……

 

「しょうがねぇ、ちょっとだけ付き合ってやる」

 

 俺はネットカフェの前で独り愚痴った。

 

 看板には個室、お菓子食べ放題と都合の良い売り文句が書かれている。

 

『すいません。防音個室、食べ放題付きでお願いします』

 

 高校生には中々痛い出費だが、まあチケット代と思えば高くは無いだろう。

 

『あんぱん、わらび餅、みたらし団子……』

 

 耳元でアレとコレとソレと、周りから大食漢だと勘違いされそうな量を頼んでくるXオルタの要望を黙認して皿へと取り分けて行く。

 

『チョコレート……チョコ、レート?』

 

 どうかしたか? と聞いてやりたいが、周りの目が気になるので取り合えず山の様に菓子が積まれた皿と共に個室に入った。

 

 誰にも見られない空間に入ったと同時に、扉を閉めるより先にあんぱんを食べ始めるXオルタに質問した。

 

「……で、どうかしたか?」

 

「あむっ、はむはむ……どうか、とは?」

「いや、さっきチョコレート見て明らかに変な反応してただろ」

「…………もぐもぐ、何の事でしょうか。もきゅもきゅ……」

 

「いや、明らかにしらばっくれる気じゃねぇか。食べるスピードを上げるな」

 

 皿の上の菓子に手を伸ばそうとする奴から皿を奪って問い詰めた。

 

「……いえその、決して……アイドル衣装に浮かれていた訳ではありませんよ?

 ボイトレもダンスレッスンも厳しかったですが、そこは私のスペースアイドルとしての素質と並々ならぬ努力で――」

「――おい、何を隠してやがる?」

 

 こちらから視線を外したXオルタは、一度大きなため息を吐くと観念して向き直った。

 

「……れました」

「?」

 

「バレンタインデーのチョコ、忘れてしまいました……」

 

 その言葉を聞いて、俺は今日がバレンタインデーだった事を思い出した。

 

「……はぁ……いや、そんな事かよぉ」

「そんな事って、酷いです! 私は部長と同じ世界に行けるんだと、今日をとても楽しみにしてました! 本当はもっと先に見せる予定のアイドル衣装と持ち歌だって、この日の為に!」

 

「分かった! 分かったから!」

 

 怒ってしまったXオルタを宥める様に手を突き出して制止を促した。

 

「はぁ……もう十分、とんでもないプレゼントを貰ったさ」

「……あの歌、ですか?」

「おう」

 

「……嘘です。部長は歌にそこまで関心はありません」

「まぁ、確かにそんなに歌を聞いてる訳じゃねぇし、アイドルにも疎いのは否定しない」

 

 ほら見た事かとこちらを膝で小突いてくるXオルタの頭の上に、そっと手を置いた。

 

「だけど、可愛い後輩の頑張りはどんな形であれ伝わって来るもんだよ」

 

 Xオルタは頭を動かして俺の掌から離れ、再びお菓子に手を伸ばして皿を空にした。

 

「……そんな口説き文句で喜ぶ様なチョロイン、チョロドルじゃありません……

 ……もっと糖分をください」

「はいはい……」

 

 立ち上がり、部屋から出る。絶対定員に食べ放題の元を取ろうとするヤベー奴だと思われるだろうなぁと、足は若干重い。

 けれど、お陰で扉が閉まる際にXオルタの本音が聞こえて来た。

 

「……チョコだって、あの歌に負けない位頑張ったんです……」

 

(……そうかい、ありがとうな)

 

 本人には言ってやれない礼をしつつ、再び食べ放題へと向かった。

 

「……バレンタインデー。だから、やたらとチョコパンとか押してんのか」

 

 だけど、Xオルタが好きなのは和だから派手なポスターには目もくれず、淡々と饅頭や団子を乗せて……

 

「……バレンタインデー?」

 

 ――私は部長と同じ世界に行けるんだと、今日を楽しみにしてました!

 

「…………!」

 

 もっと菓子を積んでやろうかと思っていた俺はその手を止めて、個室に走った。

 

「Xオルタ!」

「……何ですか、部長。私、今更優しくされても――」

「――俺、もう帰る」

 

 

 

「――ん」

『美遊様、お目覚めになられましたか?』

 

 思っていたより、効き目の強い薬だなと目を覚ました美遊は思った。

 

「うん、おはようサファイア」

『おはようございます。

 どうして美遊様は、ご自分の用意した睡眠薬入りのケーキをお口にしたのですか?』

 

 自分の行動に疑問の声をあげる相棒に、美遊は確かにそうだと思った。

 しかし、睡眠薬を仕込んだケーキを食べる直前に、何も知らないマスターから一緒に食べたらもっと美味しいと勧めらた彼女はその言葉を無下に出来ずに口にした。

 

「……裏切りたく、なかったから」

 

 そんな彼女の言葉に満足したのか、サファイアは黙った。自らの主がこれから、眠っているマスターにする行為を察したのだ。

 

「でも、起きたらマスターの顔があるのって、ちょっとドキドキして……うん、一緒に食べてよかった」

 

 満足げに笑った彼女は、軽く真の前で手を振って眠っている事を確認した。

 

「うん……寝てる」

 

 目で見て分かってはいたが、その事実を確認して嬉しくなった美遊は動かない真の体をまじまじと見つめ始めた。

 

 その眼は、まるで捕まえた獲物を何処から食べるか思考する捕食者の様であり、同時に世界が終わるまで彼を見守り続ける女神の様でもあった。

 

「いきなりは駄目かな……」

 

 ずっと自分を抑える事は出来ず顔を近付けた彼女は、鼻を鳴らして先まで食べていたチョコレートと真の匂いに頬を赤く染めた。

 

「……チョコレート、唇に少し付いてる」

 

 綺麗にしないと。

 そう思った時には指で唇をなぞりとって、付着したソレを考える間もなく舌で舐めた。

 

 何度も試食したチョコレートとはまるで違う味に、彼女は段々興奮が隠せなくなっていく。

 

「……触れて、いいですか」

 

 意味のない質問の答えも待たず、真の手の甲に触れた腕は少しだけ驚き固まったが、戸惑いが消えると肩にまで伸ばした。

 

 その腕に引っ張られる様に彼女は体を床に倒して、真と向き合う様に寝そべる。

 

「……胸が高鳴ってます」

 

 冷静な口調で告げた彼女だったが、孤独を含んだ言の葉だった。

 

「眠った貴方にこの心音は届いていますか」

「私は貴方の心にいるのでしょうか」

「あるいは――」

 

 美遊は顔を、真へと近付け始めた。

 

 その瞳と口の先には、寝息を立てる唇があった。

 

「――これで、繋がれま――」

 

「――ただいまっ!! おい、真! サーヴァントは来てないな!?」

 

 突然の乱入者に硬直し、雰囲気を鏡の様に粉砕された美遊は直ぐに潮時だと真から名残惜しそうに離れた。

 

 ……そうしようとした時には既に額に指1つとは思えない衝撃が走って来たのだが。

 

「っ~! …………義兄さん、お早いお帰りですね」

「やっぱり来てやがったか……! おい、弟に何してんくれてんだ?」

 

 拳を握って追撃をしようと迫る玲を前に、涙目になりながら彼女は微笑んだ。

 

「バレンタインデーなので、チョコレートをあげました」

 

 当然の事だと言わんばかりに告げると、その場から姿を消した。

 

 霊体化である。自分から一切の干渉も出来ないが、逆に干渉されなくなった。

 

 玲の拳がサーヴァントにも沁みる事は以前から重々承知していたので、その日それ以降の美遊は誠の姿をその瞳に収めるだけに留める事にした。

 

 悔いがあるとすれば、目が覚めて折角の休日を寝て過ごしてしまって残念がる自分のマスターに謝れない事だろう。

 自分が帰るまでに謝れないかと、ずっとすぐ後ろで隙を待っていた。

 

(っ! マスター……!)

 

 渡されたチョコレートが美味しかったと書かれた日記を覗き見た彼女は、何も考えず実体化。

 嬉しさそのまま抱き締めようとした所で――

 

「――っ~~!?」

 

 警戒レベルMAXの玲のデコピンが霊核すら打ち抜いて、彼女をカルデアへと還したのだった。




次回の当選者は 陣代高校用務員見習い さんです。

そろそろ水着が来ると言うにまだ記念企画を終えてない自分に呆れてます。
今年はそろそろブーディカさんとか来て欲しい。誰が来ても石は枯らしますけどね。


第六章後編はまだ終わっていないので、感想欄でのネタバレはご遠慮頂けると幸いです。頑張ってクリアします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある死亡率8割越えマスターの日常

久し振りに1ヵ月より早く投稿できて嬉しい。

今回の当選者は 陣代用務員見習いさんです。

今回のマスターはハロウィン企画で2回登場したヤンデレ・シャトー殉職率高めのマスター。
何度も何度も死亡した彼の経験値不足とサーヴァント達の経験過多をお楽しみ下さい。


 

 悪夢の監獄塔ヤンデレ・シャトー。

 

 カルデアのマスターの夢の中にしか存在しない塔だが、その内の1つは今、外から見れば一目で分かる程の呪いを帯びていた。

 

 その元となっているのは数えるのも億劫な程の怒り、憎しみ、そして愛――

 

 それらを管理し、悪夢として形作るのが復讐者のクラスを与えられた未召喚のサーヴァント――しかし、その全てがカルデアに召喚され、その役割を担う者がいなくなった。

 

 それにより塔は形を失い霧散して、新しいアヴェンジャーが登場するまでヤンデレ・シャトーはマスターの夢から消え去る……筈だった。

 

 しかし、カルデアのマスターの一人であるヒビキ。

 彼は事情が大きく異なっていた。

 

 ヤンデレ・シャトーでの死亡率が8割を超える彼はアヴェンジャークラスのサーヴァント全ての召喚に成功してもなお、悪夢に囚われていた。

 

 サーヴァントの愛憎に殺され、マスターの死がサーヴァントを絶望させ、新たな愛と憎しみを育み続ける。

 途方もない連鎖によって集った負の感情は塔の霧散を許さない程膨大で、強固な呪いへと変貌していたのだった。

 

「……ふぁぁぁ……よく寝た」

 

 しかし、当の本人はそれに気付かない。

 

 悪夢の中での死による記憶の喪失。

 何度も何度も死を味わった彼の体はマヒしており、今では体が寝汗をかく事すらない。

 

「……今日も労働かぁ……」

 

 現実に悪影響はない。

 多少、死に対する耐性が出来たが平和な日本でそれが機能する場面も少ない。

 

 これは、そんな彼の恒常的な悪夢の一欠片である。

 

 

 

「あのー、開幕早々捕まえるのはズルくないですか?」

 

 週に1度のヤンデレ・シャトーの中だと気付いた時、既に両手首には手錠が着けられていた。

 

「だって、こうでもしないとマスターは私にお世話どころか近付けさせてもくれないじゃないですか」

 

 目の前で嬉しそうに笑っているのはシャルロット・コルデー。

 英雄、偉人、果てには神すら含まれる英霊の中で村娘の様な恰好の彼女は暗殺者、アサシンのサーヴァントとしてオイラに召喚された。

 

 その凶器は家を守る女性の象徴であり、ヤンデレのメインウェポンとされている家庭的な包丁。素でヤンデレ適性が高い。

 

「別に、お世話されたくはないんだけど」

「そんな事を言わないで下さい」

 

 悲し気な表情を浮かべ、手に持った刃物を光らせる彼女を見て早々に降参し、大人しくベッドから起き上がった。

 

「先ずは持ち物検査しまーす! 今日の礼装は何処ですかー?」

 

 まるで敵意の無い笑顔で全てのポケットに手を突っ込んで引っ掻き回すコルデー。

 

「……あ、ありました! この髭の強面の人! これだけは、没収しておきますね!」

「あ、それは……!!」

 

 無情にも概念礼装『死霊魔術』を奪われてしまった。

 俺はゲーム内で完凸した概念礼装を更に複数枚重ねる事で自分の身を守る事が出来る。

 

 以前までは無敵状態になる礼装でシェルターを作っていた、最近は種類を増やして色々な状況に対応する様にしていたんだけど……

 

(回避解除に無敵貫通を持ってるコルデーから生き延びる為のガッツ付加礼装だったのに……!)

 

「はい、他は返しておきますね。でも、両手は縛っているので簡単には使えませんよ。

 では、早速お出かけしましょう!」

 

 ニコリと笑い、黒い帽子と白いドレス姿に変わった彼女に腕を引っ張られ、部屋の外に出た。

 

「え、此処は……」

「いきなりで大変恐縮ですが……デートしましょう、マスター!」

 

 カルデアの中だとばかり思っていた俺の前に広がっていたのは、巨大な海。

 

 足元は少し揺れ、波の音が響く――海の上だった。

 

「さーて、何処の島に上陸しましょうか?」

 

 空を見上げれば青空が広がり、太陽の降り注ぐ海の先には複数の陸が見える。

 

 だけど、それより先に俺が目指したのは……

 

「……うっ……!! と、トイレっ!」

「はぇ?」

 

 (手錠で両手が繋がったまま)口に手を当て、急いで何処か――この不快感を晴らせる場所を目指した。

 

「あー……手錠で礼装やマシュさんの加護とか色々封じちゃったから船酔いしちゃいましたかー……って、そんなに船に弱かったんですか!? 大丈夫ですか!?」

 

 その後、慌ててやって来たコルデーに手錠を外して貰い、徐々に不快感は消えて行った。

 

「申し訳ございません……まさか、マスターが船に酔うなんて……」

「だ、大丈夫……はぁ……」

 

 そりゃ、あのマスター――藤丸立香――と同一視されてりゃこんな事も起きる。

 

「取り合えず、何処かに上陸しましょう。今はこのお部屋で休んでいて下さい」

「うん……そうする……」

 

 病み上がりと言っても差し支えない状態になった俺は頭を頷かせて、ベッドに座った。

 

「ふー……ふぅ……」

 

 ……何か船酔いに効く概念礼装は無いかと探ってみたが、結局見つからなかったので大人しく横になりながら先まで付けられていた手錠の事を思い出した。

 

(少し前にも概念礼装を無効化する拘束具とか付けられたけど、今回はマシュの加護まで……なんか、ドンドン対策が強力になってる……)

 

 酔いも落ち着いてきた所で、船は島に停まった。

 小さな港村の様な場所で、木造の建築物に囲まれた景色に異世界転生感すら感じる。ちょっとテンション上がって来た。

 

「おぉ……!」

「さあ、まずは広場を目指しましょう」

 

 コルデーに手を引かれて船を降りた。

 振り返ると、大きい帆が二つ畳まれている船がそこにはあった。全長20m程度だろうか。

 

(マイルームみたいな近代的な部屋があったのに、見た目はちゃんと時代に合わせてあるのか……)

 

 広場へ向かおうと通りを歩いていると、店先で次々と声を掛けられた。

 

「これはこれは素敵なマダム! こちらのブドウ酒はどうですか?」

 

「そこの可憐なマダム! お土産なら是非私どもの自慢の品を!」

 

「どうですか、このお花! マダムに大変良くお似合いかと」

 

 誰からもマダムと呼ばれ、笑顔で返事を返すコルデー。

 

 だけど、年配の女性に使われるイメージのあるマダムと言う言葉に、俺はちょっとヤキモキした。

 

「……どうかしましたか、マスター?」

「いや、皆マダムって呼んでるけど、コルデーは別に老けてる様に見えないよなーって」

 

「……ああ、なるほど! マスター、マダムは確かに地位の高い女性やご年配の方にも使われますが、フランスでは既婚女性に使われる言葉ですのでお気になさらず」

「あ、そうなんだ」

 

 ……いや、納得したけどそれって別の勘違いがあるんじゃ……

 

「マダム!」「マダム!」「マダム!」

 

「はいはーい、ありがとうございまーす!」

 

「まぁ、良いか」

 

 当の本人が笑顔なもんだから、オイラは何も言わない事にした。

 

 そう言えば誰か俺達の乗って来た船を気を付けているのかと疑問に思って振り返った。

 船はロープで縛られ、港に停められたままだった。

 

「…………ん?」

 

 船から視線を外す直後に、マストの上に何か見えた気がしたが、見直しても誰もいなかった。

 

「……気のせいだったか?」

(うわ、今の台詞めっちゃアニメっぽい! 恥ずかしい!)

 

 勝手に羞恥心で自爆しつつ、コルデーの後ろを歩いて行くのだった。

 

 

 

「……ふにゃー……」

「コルデーさんや、呑み過ぎですよ」

 

 広場に辿り着き、看板や村人達の説明を聞いて何処かでご飯を食べようとなった俺達は折角の漁村なんだから魚が食べたいと思い、魚料理が旨いと評判の店にやって来た。

 

 カウンターの奥に並ぶボトルの数々を見て直ぐに此処が酒場だと分かったが、酒に精通しているマスターの作る料理は現代一般酒飲み人であるオイラの舌も大満足な品々であり、最初はお酌ばかりしていたコルデーも顔を真っ赤にする程にワインを飲んでいた。

 

「なにゅをー! わたし、まだまだのめみゃすよー……!」

「はー……それにしても随分沢山飲んだけど、支払いは大丈夫か?」

 

 外国語で書かれているので銘は分からないが、高級ワインとかじゃないと良いんだけど……

 

「っと、ちょっとトイレ!」

「はーい! コルデーもごいっしょしまーふ!」

「いや、来なくて大丈夫だから!」

 

 千鳥足で着いて来そうな彼女をテーブルで待つように言いつけつつ、早歩きでトイレに入った。

 

「ふう……いやー、食べた食べた……ん?」

 

 用を足して手を洗っていると、外から物音がした。扉の開く音だ。

 

(誰か入って来たのか?)

 

 気になってトイレから出て顔を出すと、そこには酒場に居てはあまり宜しくない女の子を見つけた。

 

「……はい、前金と合わせて30万」

「毎度」

「それで、マス……男性の方は?」

「あちらかと」

 

 酒場のマスターと会話をしていた彼女はオイラの方を見た。

 

「エリセ……どうして此処に?」

 

 宇津見エリセ。

 ランサーのサーヴァントである、14歳の少女だ。

 別の世界ではボイジャーのマスターだったり、周囲とは異なる自分の能力に苦悩しているちょっと複雑な娘だ。

 

「はぁ……相変わらず呑気なんだから」

 

 他の女性と話していると、ヤンデレとなったコルデーが黙っている訳ない。

 そう思って先まで座っていた机を見ると、うつ伏せで眠っている彼女を見つけた。

 

「まさか、暗殺の天使シャルロット・コルデーとこんな簡単にデートに行くなんて。

 キミ、幾ら何でも浮かれ過ぎでしょ?」

 

 誰もがサーヴァントを連れている世界で1人だけ連れていなかったエリセは、サーヴァントに詳しく、また彼らを尊敬している。

 逆に使役する立場のマスターには当たりが強い。年上の俺にあからさまに呆れている。

 

「ヤンデレ・シャトーはサーヴァントを狂わせる……まあ、私みたいな半端モノは例外みたいだけど……そんな危険な暗殺者と一緒に歩くなんて自殺行為だよ」

「そんな事は勿論分かってるんだけど、無為に扱うのもなんかなぁ……」

「それが呑気だって言ってるの!」

 

 エリセは我が強いし俺への当たりも強いから、やっぱり苦手だ。

 

「貴方、そんな事言ってこの前も同じアサシンの武則天に殺されたの、忘れたの!?」

「ぶ、武則天って……ふーやちゃんの事? え、オイラそんな事されたっけ……?」

 

 頭をかいて思い出そうとするが、最近のシャトーでそんな物騒な記憶は存在しない。

 

「……兎に角、私が一緒にいてあげるからもう迂闊な行動はしない事!

 コルデーさんには眠って貰っている内に、この島から出ましょう!」

「眠って貰ってるって、コルデーに何を――」

 

「――唯の睡眠薬! 此処の店主に仕込ませて置いたの! ほら、行くわよ」

 

 怒ったエリセに引っ張られ無理矢理店の外に出た。

 段々足取りが速くなってくる彼女に合わせて、俺も足の動きを早めた。

 

「あ、ちょっと! これからどうするの!?」

「船で島から離れちゃえばもうあの人も追って来ないでしょ! ほら、もっと急いで!」

 

 駆け足で店に挟まれた昼過ぎの大通りを抜けて、港に戻って来た。

 

「でも、船って何かあるの!?」

「貴方が乗って来たのに乗るよ」

 

 傾いた太陽が照らす港に辿り着き、船の前に辿り着いたと同時に槍を取り出したエリセは俺と一緒に跳躍し、着地するや否やロープを切り裂いた。

 

「抜錨!」

 

 乗り込んだ錨を引き上げて、島から逃げる様に出航した。

 流石は騎乗C+、見事な舵捌きだ。

 

 安堵の溜め息を漏らす俺だが、エリセは一人注意深く船内や港に目をやってコルデーの不在を確認した。

 

 安全が確認できた彼女は看板で床に座っていた俺の隣にやってきた。

 

「……どうやら、安全みたいね」

「そっかぁ」

 

 彼女にとって安全なのは間違いないだろう。

 だけど、いつエリセもヤンデレ化して襲ってくるか分からないし、それに船がなくなった程度で彼女が本当に諦めるとは思えない。

 

(いざとなったら、礼装で無敵化して引きこもらないと……!)

 

「ねぇ」

「ん?」

「あの人と今まで、何をしていたの?」

 

 その質問で彼女からメンドクサイ彼女オーラを感じ取った。

 

「アサシン相手だったから私も結構距離を開けて尾行していたの。だから、何をしていたのか教えて欲しいんだけど」

「えーっと……飯を食べただけなんだけど?」

 

 オイラは素直に喋ったが、彼女の疑いの眼差しは変わらない。

 

「じゃあ、手を繋いで店先で盛り上がっていたの、アレは何?」

「え……いや、店の人達が勝手に夫婦って勘違いしたみたいな?」

「誰を?」

 

「そりゃ……俺とコルデー?」

「ふぅーん……」

 

 含みのある表情で頷いたエリセは、少し考えてから俺の手に重ねて上から掴んだ。

 

「じゃあ、私が手を繋いでいたら同じ事を言ってくれてたのかな?」

「……た、多分?」

 

 良くて兄弟、もしくは援助交際だと邪推されるんだろうなーと思ったが、口から出る前に無難な言葉で濁した。

 

「……まあ、君おっさんだもんね」

「ふっぐ!?」

 

 的確にこちらの思考を読んだ上で悪夢の様な鋭い指摘で刺されてオイラのメンタルは一撃でボロボロだ。必中スキル持ちのランサー、やっぱり怖い。

 

「何? 今のでショックだったの?」

「べ、別に……」

 

 零れそうな涙を堪えて強がった返事をする。彼女は呆れた様な溜め息を吐くと、出来の悪い弟を可愛がるような顔をした。

 

「……私、君の「多分」が嬉しかった。世間一般的には気持ち悪くても、君は私を受け入れようとしてくれたから。

 人類最後のマスターなら、こんなの標準装備なんだろうけどね」

 

「どうせ俺はおっさん……」

 

「ああ、もう変なスイッチ入れないでよ!」

 

 立ち直れなさそうなダメージに打ちのめされ、体操座りで己の存在の小ささを再認識して――

 

「――どわぁっ!?」

「――っく、何!?」

 

 突然の爆音と共に、船の後方で大きな水飛沫を上げた。

 

「まさか、敵襲!?」

「っぐ、今度は海賊のサーヴァントか!?」

 

 エリセはマストの頂上に跳び、俺は礼装の機能で慌てて敵影を確認すると、一隻の船が此方に迫っていた。

 大砲が見える船の側面をこちらに晒している赤と黒の海賊船、その姿形を見て直ぐに誰のモノか理解できた。

 

「フランシス・ドレイク……!?」

「嘘!? じゃあアレが黄金の鹿!?」

 

 良く視れば船上に人影があり、片手にジョッキを持ち上がら手を振っている女海賊なのは直ぐに分かった。

 

(……え、手を振ってる?)

 

 まるで挨拶をしただけ、の様な気楽なジェスチャーに不信感を抱いた。

 砲撃したと言うのに、彼女の船はこちらに向かってくる素振りが一切ない。

 

「エリセ、兎に角離れ――」

 

 ――彼女に声を掛けてマストを見上げると、白い帆を破りながら落下してくる2つの影が見えた。

 

 エリセと、突然現れたシャルロット・コルデーの影だ。

 

「っ――!」

 

 空中で鍔迫り合いをしていた彼女達は、俺から離れてそれぞれが甲板で受け身をとってまた直ぐに立ち上がった。

 しかし、エリセの片足には切り傷があり、若干動きが鈍い。

 

「っく……!」

「残念です。今ので両足を切っていたら私の勝ちだったのに」

 

「コルデー!?」

「こんにちわ、マスター。数分ぶりですね?」

 

 怒っているのか本気で笑っているのか、彼女の見せた笑顔からは判断がつかない。少なくとも、血の付いたナイフを持っているので安心する事は出来ないだろう。

 

「先の砲弾に乗って飛んでくるなんて……流石、サーヴァント……!」

「普通の村娘の私には難しかったですが、なんとかなって良かったです」

 

 無謀な暗殺を幸運で遂行したシャルロット・コルデー、彼女なら無茶な作戦を思いつき実行するのは当たり前だ。

 

「これで、ちょっとは勝ち目があるでしょうか?」

 

 油断なく言った彼女の言葉にエリセは苦い顔をした。

 通常であればサーヴァントとの戦闘を経験しているエリセにとって、パラメーターの低いコルデーとの戦闘は問題ない。

 

 しかし片足の傷が、明らかにランサーの強みである俊敏性を奪っている。

 

(それに落下するまでの均衡、普段以上の魔力を感じた……! 彼女を後押ししているのは、塔の狂気だけじゃない!)

 

 エリセが此方を少し睨んだ。

 

「え――」

 

 疑問の声より先に、コルデーがエリセに向かって駆け出した。

 

 素早く反応し槍を振るったエリセだが、キレの無い足捌きで繰り出された攻撃はコルデーを捉えられず、槍の間合いの内側にまで接近される。

 

 何処であってもナイフで切られればエリセとの差がまた埋まってしまう。

 

「なんて、ねっ!」

「っ!?」

 

 しかし、コルデーに繰り出されたのは足蹴り。

 

「――っ!」

 

 ナイフを槍の柄部分で受け止めてからの反撃に、コルデーは距離を取ったが痛みに顔を歪ませた。

 

「この程度の怪我で戦えなくなる程度じゃ夜警なんて務まらないよ!」

「……はぁ、やっぱり戦いはそう簡単にはいきませんよね……」

 

 どうやら先まで大げさに痛がって見せていただけで、戦えなくなった訳ではないらしい。

 

「フライシュッツ!」

 

 槍のリーチから離れたコルデーにエリセは魔弾を放って攻撃を開始した。

 

 魔術を習い戦闘に身を置いていたエリセと一度だけの暗殺者ではやはり能力の差があり、光り輝く天使が傍に居ても劣勢を強いられるのは避けられない。

 

 接近は許されず、魔弾を躱した先でエリセによる槍撃。

 

 碌に攻撃に転じる事も出来ないまま、コルデーの体は槍に切り裂かれた。

 

「こ、コルデー!?」

「大丈夫、消滅しない程度に手加減したから」

 

 本気で戦っていたエリセの瞳に光はないが、本当に手心を加えてくれていたらしくコルデーも床に倒れたまま消えたりはしなかった。

 

「コルデー! 兎に角、今回復するから――っ!」

 

 彼女の体に触れると同時に左手で肩を掴まれ、夕日で照らされた首から斜め下の切り傷を見た俺は酷く動揺した。

 

「――マスター」

 

 アトランティスの船上での記憶が脳裏に浮かぶ。

 スマホ越しでしか見てない筈の光景が、リアルに、鮮明に。

 

「マスター!」

 

 エリセの叫び声が聞こえてくるが、目の前の光景に驚き固まったオイラは動けない。

 

 涙の流れる笑顔と共にシャルロット・コルデーはナイフを持ち上げて――

 

 ――赤と黒の触手が、視界を阻んだ。

 

「なっ!?」

「きゃぁ!」

 

「こ、コルデー! エリセ!?」

 

 船の下、海の中から溢れ出て、蠢く様に登って来た触手達。

 船体の何処からでも這い上がって来るそれらは1つの液体にすら見える。

 

 その中でも特に大きく長い触手達が、エリセとコルデーを持ち上げて拘束している。

 

「これって、BBの……!?」

『ピンポンピンポーン! 大正解でーす!』

 

 オイラの予感は的中。

 だけど、触手の主であるBBは声だけで何処にもいない。

 

『せんぱーい……上ですよ、上』

 

「うえ……って!?」

 

 上空を見上げると、立体映像の様な巨大な水着のBBがこちらを見下ろしていた。

 

『はぁ……違法侵入を繰り返していたら、アクセスに制限が掛かっちゃいまして、なんとか海の底から触手だけ送り込んだんです』

「あ、ちょっと、どこ触ってるのよ!?」

 

 エリセの悲鳴に似た声に目を向けると、彼女の服に触手達が密着し始めていた。

 

「わ、わわわっ!?」

 

 コルデーを縛る触手達も、体に全体に纏わりついてネットリと動き始めていた。

 

『今の私では、センパイをルルハワに連れて来る事は出来ません。

 なんですけど、センパイがこちらに来て頂けるなら話は別です。なので、そちらにゲートを用意しました』

 

 複数の触手が人間より大きな輪っかを作ると、その先にビーチの様な光景が見えた。

 

『そのゲートからルルハワに来て下さい。

 別にー逃げても良いですけど……2人に薄い本みたいな事、しちゃいますよ?』 

 

「っく、こんな……!?」

「そ、そこは捲らないでー!」

 

 悲鳴を上げる2人の姿を見て、オイラは煩悩を頭を振ってかき消して――

 

「――入る! 入るから2人を放してくれ!」

『ふふふ、交渉成立ですね』

 

 俺の言葉に触手達はあっさり2人を放したが、放り投げられた2人は海へと落下する。

 

「ちょっ!?」

 

 だが、触手に掴まれ2人の元に行く事は叶わず、上空に映るBBちゃんの視線も刃物の様な鋭さを持った。

 

『さあ、早く入って下さい。勿論、断れば薄い本の18の数字にGの文字を追加しちゃいますよ?』

 

 観念した俺は、ルルハワ行きのゲートを潜った。

 

 

 

「遅かったですね、セ・ン・パ・イ!」

 

「BB……」

 

「ようこそ、私のルルハワへ」

 

 先まで夕方だったのに、常夏のビーチには夜の帳が下りていた。

 

 其処に居るのは、夏のビーチらしい小麦色に焼けた肌と白の水着。それらを全て覆い隠す黒いコートに身を包んでいる、女神と邪神が混濁するムーンキャンサー、BB。

 

「大変でしたね。身の程を知らない村娘や、生意気な中学生に絡まれて……よよよ、可哀想なセンパイ……きっと完璧で素敵な後輩AIの私が恋しかったんですよね?」

 

 俺は黙って彼女に頷いた。だって、気軽に手を握ったり体に触れて来るけど、存在が邪神的過ぎて震えが止まらないんだもの。

 

「そんなに怖がらなくても良いんですよ? 此処はBBちゃんがセンパイとの一時の為に作った素敵空間なんですから。

 例えセンパイが他のサーヴァントに想いを馳せてうっかり潰してしまっても蘇生されますし、ヨワヨワメンタルが冒涜的な真実を直視して発狂に陥っても治療されますので」

 

 そんな無限地獄に人を落として置いて安心しろだって……? 

 震えが3倍位早くなった気がする。

 

「肉体的であれ精神的であれ、死、だけはあり得ませんのでご安心下さい」

 

 彼女のコートの袖から触手が伸びて、繋いだままの俺の手に絡んだ出来た。

 腕に痛みは無いが、幾ら抵抗しても絶対に離れないと感じられる程に強靭で固定されていると言っても過言ではなかった。

 

「はぁ……先日、私のキルスコアが44回を超えてしまった結果、隔離されてこんな面倒なプロセスを踏む事になってしまいましたが、マスターはチョロいですからね。これからも抽選も順番も守らずに私がセンパイを独占してあげます」

 

 キルスコアとか、44回とかは良く分からないが、兎に角これ以上此処にいるのは不味い。

 ――こんな時はやはり、令呪で!

 

「BBに命ずる! 俺を元の場所に戻して――っ!」

 

 ……やっぱり、チート満載の健康管理AIに令呪は効かず、折角の1画が弾けて消えてしまった。

 

「流石のBBちゃんも心を入れ替えて、これからはセンパイの死に目に会わない様に万全なプロテクトでお迎えして上げますね?」

 

「だ、だったら……!」

 

「止めはしませんが、無駄に使わない方が良いですよ? このルルハワの外だろうと中だろうと、どんな命令も完全にシャットアウトですので」

 

 使っても使わなくても駄目なら、使って変化する方に賭ける!

 

「サーヴァントよ! 誰でもいい! ルルハワに来い! オイラを、助けてくれぇぇ!」

 

 令呪は消え去り、声は闇に吸い込まれた。

 

「……はーい、これでセンパイは令呪なしのマスター。

 月の世界なら脱落者。他の聖杯戦争なら種無しで能無しなマスター……あー、なんて可哀想で無様な豚さんなんでしょう」

 

「っう……!」

 

「でも安心して下さい。絶対に死なないこのルルハワで、私が付きっきりで調教してあげます。

 私に飼われるのが幸せな豚さん。

 自分のサーヴァントに思い通りにされちゃうマスター。

 私の好みのセンパイに……あぁ! 楽しみ過ぎて私の脳内メモリ、キャパオーバーでフリーズしそうです!」

 

(な、ならせめて概念礼装で……無い!?)

 

「ゲートを通る時、余計な装備品は全部捨てましたので頼みの綱のファイアウォールも無いですよ? まあ、どれもこれも解析済みなので仮にあってもハッキングなんて造作もないんですけどね」

 

 腕に巻き付いた触手が徐々に徐々に体へと向かって伸びながら、裂けて複数に分裂し始めた。皮膚が、段々黒と赤に覆われて行く。

 

「手始めに、細胞レベルで浸食してセンパイの全ての生体情報を取り込んだ上で完璧な健康管理に努めましょう」

「や、やめろ……!」

 

 不味い。気持ち悪い。

 体の芯から凍てつく様な悪寒に身を震わせて拒絶するが、自分以外の何かが体の中に入ろうとしてくる。

 

「抵抗しても無意味です。どんなに小さなミクロの情報も逃しま――」

 

『――』

 

 浸食の恐怖に悶えていた俺の身体から、サーっと引いていく感覚。

 それが血の気ではなく、BBの方だと気付いたのは空に現れた漆黒の大穴のお陰だった。

 

「あ、アレは……!」

 

『――ツケタ――マス』

 

「本当に悪運が強いですね!

 フォーリナー……それも、水着の霊基のアビゲイルさんですかっ!」

 

『開け、門よ……!』

 

「不味い!」

 

 空に浮かぶ穴から大きな扉が現れて開き、そこから大量の巨大な黒いタコの足が伸びて来た。

 

「――おわぁ!?」

「折角マスターから令呪を貰ったのに、姿を見せないと言う事は恐らく先程の私と同じ様に触手を送り込むのが精一杯だと言う事!

 それなら簡単です。センパイを連れて、時間切れまで逃げ切るだけ!」

 

 オイラを触手で引っ張り、自分の胸元で抱えてルルハワを飛び回るBB。

 町へ逃げれば触手の動きが建物で邪魔されると考えてか、屋根から屋根へと飛び移るが、大きく膨れ上がった触手の群れは津波の様にホテルやビルを破壊してこちらに向かって突っ込んでくる。

 

「……! ふふふ、物量に任せての力押しですか。

 それなら、此処が誰の支配領域か教えてあげます!」

 

 ビルの屋上で足を止めたBBはこちらに迫る黒の群れに宝具を向けて、自分の触手を向かわせた。

 

 触手で複数の触手を串刺しにし、その動きを止めて徐々に押し返していく。

 

「ふふふ、威力も制御も私が上! 幾ら数を増やしても、BBちゃんの供給に追いつける訳ないじゃないですか!」

 

「――なら、貴方の手中から直接マスターを頂くわ」

 

 突然、足元から床を壊して現れた触手がオイラの両足を掴んだ。

 

「なっ!? この!」

 

 撃退の為に俺から少し離れていたBBも、慌てて触手を体に巻き付けてそれを抑え込んだ。

 

「あだ!? 吸盤がぁ、痛たたたたた!!」

 

「我慢して下さい! 引き込まれたら終わりですよ!」

「マスターはこっちの方が良いのよ。令呪でお迎えを呼んだもの」

 

 二人に体を引っ張れ、千切れそうな痛みに声を上げるが二人は一切躊躇が無い。

 

「分かっているのかしら? 私の介入でマスターの不死性はなくなっているのよ?」

「言い出しっぺの法則ですね! なら先に気付いた貴方が手を放してセンパイを苦痛から解放して下さい!」

 

「健康管理が聞いて呆れるわ」

「痛みを感じているのは健全な証拠です!」

 

「――!!」

 

 余りの痛みに悲鳴すら上げられなくなっていた。

 そして、2人が争っている間にも後ろで巨大な触手達の戦いも続いていた。

 

 串刺しにされたアビゲイルの触手は先端から更に伸びる事でこちらに近付き、BBの触手はそれに対応するべく分裂して再び串刺しにしていく。

 

 だが、持ち主である2人が俺に集中しているせいで、制御外となった触手の勢力の動きは変化する。

 

「センパイは私の――」

「マスターは私の――」

 

 

 

 ――全ての触手の目標は、オイラになった。

 

 

 

 だから――殺到した彼女達に圧し潰されるのは、そんなに時間の掛からない事だった。

 

 

 

「――――」

 

 口を閉じたまま、微動だにせずにこちらを見るBBはまるでフリーズしたパソコンの様な制止した瞳でこちらを見続けていた。

 

 

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!! どうして、どうして、どうしてこうなるのぉ!? マス――」

 

 涙を流し、狂ったように叫び続ける彼女の慟哭は最後まで聞けず――目覚めたオイラが、それを覚えている事もない。

 

 

 

「……ふぁぁぁ、今日も労働かぁ」

 

(マスター……私が、お誘いしたばかりに……)

 

「ふっん……! よし、まだ歯磨き粉は残ってるな!」

 

(キミの事、守ってあげられなかった……)

 

「今日の弁当、何買おっかなぁ……」

 

(センパイ……どうやったら私は、貴方を死なせずに愛せるんですか?)

 

「うぉ!? このピックアップ、回したい……まあ、昼飯を削ればなんとか……」

 

(……大好きな貴方の亡骸は、何度見ても私の穴を広げていく……)

 

「あ……!」

 

 

 

《次は……次こそは――》

 

 

 

「部屋の電気消すの忘れてた、っと。それじゃあ、行きますか」 

 




次回の当選者は やいたちさんです。次もこれ位の早さで投稿したいです。

六章後編、エピローグ無事クリアしました。でも新しいサーヴァントはパーシヴァル位しか召喚出来ませんでした。無念。でも水着に残しておきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレ・万能の天才

5周年記念企画、今回は やいたちさんのお話です。




 

「――おわぁっ!」

 

 咄嗟に後ろに跳んだ俺の後方で、大きな衝撃が走った。

 人間の身体より長く大きな銀色の槍が石造りの床を抉り、その威力で躱した俺も吹き飛ばされ、床を転がった。

 

「……避けないで下さい。受け入れて下さい、私の愛を……!」

「受け止め切れるか!」

 

 槍を振り下ろしたのはランサーの英霊、ブリュンヒルデ。

 竜殺しの英雄シグルドとの悲恋の伝説を持つ彼女は、俺をシグルドだと思い込んで愛し、殺しに来る。

 

 そもそも、俺はまだ彼女を召喚出来ていない筈なのになんでこんな目に――

 

「――っあっぶな!?」

 

 何かが飛んできたので咄嗟に伏せて躱した。

 確認すると、それは何もない所から出現した首輪。長い鎖に繋がれており、どうやら魔術によって出現しているらしく、粒子となって拡散し消えた。

 

「もう、大人しく捕まりなさいマスター」

 

 少し前からゆっくりと歩いて来るサーヴァントの影。

 神代のキャスター、メディアだ。

 

「幾らあのお人形さんが可愛いとは言え、装飾は大き過ぎるわ。もっと身の丈に合った、年上のお姉さんを選びなさい」

 

 と、お姉さんからありがたい助言を貰ったけど、後ろから大きな破壊音が響いた。

 ……そもそも、この状況になったのはお姉さんのお薬のせいなのだが。

 

 ヤンデレ・シャトーでは常識となっているキャスターによるリスキルならぬリス監禁で始まり、更に記憶を失わせる効果を含んだ愛の霊薬を投与されそうになる。

 

 なんとか抵抗を続けていたら、召喚していない筈のブリュンヒルデがやってきてその結果、メディアの霊薬を彼女が浴びる事になってしまった。

 

 サーヴァントなので多少効果は薄かったが、シグルドに出会う前の彼女は俺を本当に愛する者と認識し、槍を巨大化させたうえで辺り一面を抉りながら俺を追いかけ始めたのだった。

 

「……奪わせない。マスターは、私が愛します」

「奪うだなんて人聞きが悪い。既に相手がいるのに他人から奪おうとしている泥棒猫は、貴女の方よ!」

 

 コウモリの翼の様にマントを広げて宙に浮いたメディアは、ブリュンヒルデに向かって魔力による集中攻撃を始めた。

 

「っ!」

「っうぉわぁ!?」

 

 それを巨大な槍を振り回して防ぐが、一度回るごとに大きさを増す槍の風圧は、また俺を吹き飛ばした。

 

「よくもマスターを……!」

「渡しません……!」

 

 怒りにより激しさを増す2人の攻防。

 なんとか立ち上がった俺は痛みに耐えながら紫色の光と銀色の輝きが乱反射する戦場に唖然とした声を出した。

 

「な、なんでこんな事に……!」

 

 ヤンデレ・シャトーの壁は自動的に修復されるが、戦いの余波は拡大し、床や天井に穴が開くほどだ。

 

 このまま此処に入れば、巻き込まれて死ぬ可能性すらある。

 

「兎に角脱出しないとっ!」

 

 此処に来るまで魔術礼装の機能は停止されており、そのせいかいつも以上に体を動かすのが難しい。それでも痛みに耐えて立ち上がって、2人から離れようとして――

 

「……ルーンよ」

「そこ、動かない!」

 

 ルーンの炎で行く手を塞がれた上に、メディアの魔術によって片足に枷をかけられた。

 

「直ぐに迎えに行きます……!」

「これで終わりよ!」

 

 決着を着けようとする2人。高まる魔力が真名開放とそれに準ずる攻撃を予感させる。

 

 しかし、此処までの戦いで修復の間に合わなかった足場は更なる衝撃に晒され、遂に負荷に耐えられず――崩壊した。

 

「う、そだろぉぉぉぉぉ!?」

「マスター!」

「助けます!」

 

 暗闇の中、重力に従い落下する俺の体。

 2人は俺を助けようとこちらに向かって手を伸ばし、鎖を放った。

 

 後数センチで、どちらかが届く――届いた。

 

「っあだっ……!」

 

 しかし、落下を止めた俺の頭に石ころサイズのガレキが命中。礼装の防御がなかった事もあって、その衝撃に脳を揺らされて気を失った。

 

 

 

 ……目覚めた時、俺はメディアの膝の上だった。

 

「っは!?」

 

 慌てて起き上がった俺を見て、少し驚いたメディアは呆れた様に笑った。

 

「良かった、目が覚めたのね。治癒はしたけれど、そんなに激しく動いて大丈夫かしら?」

「へ……あ、そうか俺、何かが頭にぶつかって……」

 

「もう大丈夫みたいね」

 

「本当に、ご無事で喜ばしいです……」

 

 すぐ近くにいたブリュンヒルデを見て驚いた。先まで本気で殺し合っていた筈だが、俺が気絶したのを見て休戦してくれたのだろうか。

 

「傷もないし、後遺症もないみたいだから私はお暇させて貰うわ」

「え」

「私も……その、急用が出来ましたので……」

「えっ?」

 

 思わず、石造りの床の感触を確かめた。暗く、ザラザラとしたこの場所は間違いなく今まで俺を苦しめて来たヤンデレ・シャトーだ。

 

「人形制作を頼まれていたの、すっかり忘れていたわ。

 資料として頂いたセイバーのコスプレ写真集……! ああ、私が撮影したかった!」

 

「シグルドが、今夜私の手料理が食べたいと……今から新鮮な材料を取りに行きます……!」

 

 何時の間にか薬の効果も切れており、シグルドの名を出したブリュンヒルデは俺に背を向けて慌てて部屋へと消えて行った。

 

「一応扉に強力な結界を張らせて頂きますが……もし邪魔したら、坊やでも容赦しないわよ?」

 

「……は、はい……」

 

 メディアも早足でこの場を離れて行き、光の無い廊下の先で何かが紫色に点滅した。もう結界を張っているのだろう。

 

「……あれ? マジで俺放置されたの?」

 

 一人残された俺は立ち上がるが、周りには何の気配もなかった。

 

「嘘……いや、待て待て待て! アレだ、メディアの魔術とか薬で幻覚を見てるパターンだ!」

 

 俺は慌てて礼装を起動させた。

 先まで動かなかった筈だが、今はしっかり作動している様だ。

 

「【イシスの雨】!」

 

 状態異常を取り除く為、自分に向けて発動させたが何の変化も起こらなかった。

 

「……え?」

 

 試しに頬を抓ってみる。

 痛いけど痛くない。夢の中だし。

 

「……いや、きっとこの後黒幕的なサーヴァントで登場するんだろ? BBとかキアラとか!」

 

 そう考えると一瞬も気が抜けない気がしてきた。

 緩まりそうになっていた警戒心を締め直して、ずっと同じ場所で落ち着いてもいられず廊下を歩き始める。

 

「メディアの部屋は近付くのも危なそうだし、ブリュンヒルデの方から広場に行こう」

 

 彼女が入って行った部屋の前を通り過ぎるが、中から少し物音がするだけで今すぐ開いて飛び込んでくるような気配はない。

 

 やはり都合が良過ぎると辺りを何度も見渡し、壁や床の模様すら注視するが何もなく、誰にも会わずに別の部屋を見つけた。

 

「ここも閉まってる……でも、まだ広場に辿り着いてないから、この部屋はメディアやブリュンヒルデの部屋じゃない筈……」

 

 3騎目のサーヴァントがいる扉を睨みつつ、少し悩んでから通り過ぎる事にした。

 

「まあ、触らぬ神に祟――」

 

「――やあ! なんてナイスなタイミングだ!」

 

 俺にとって最悪なタイミングで扉が開き、中から現れたサーヴァントに声を掛けられた。

 

 しかも、ブリュンヒルデ同様まだ召喚していないサーヴァントだ。声だけで分かる程、馴染みはあるけど。

 

「切大君、少しいいかい?」

「……なんですかダ・ヴィンチ、ちゃん?」

 

 振り返った先に居たのはキャスターのサーヴァント。

 現代人の多くがその偉業や作品を知る、万能の天才。

 

 カルデアのマスターなら誰でも彼女を知っている。

 その名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 赤い服と青い手袋が特徴的なお姉さん(?)がこちらに向かって手を振っていた。

 

「実はこれから届け物をするつもりだったんだ。我らがカルデアのマスターなら、か弱いダ・ヴィンチちゃんを助けてくれるだろう?」

 

 ……いや、か弱くはないだろう。

 でも、彼女の存在に思う所があった俺は頼みを聞くことにした。人理修復の旅で、散々お世話になってるし……

 

「良かったぁ! さあ、ちょっとこっちに来てくれ!」

 

「あ、いや、待て待った! 今の無し!」

 

 無理矢理連れ込まれそうになり慌てて拒絶するがサーヴァントの腕力に勝てる訳もなく、玄関まで引っ張れた。

 

「これさ!」

「……箱?」

 

「そ、これをブリュンヒルデの部屋までだ。よろしく頼むよ」

「ブリュンヒルデ……?」

 

 態々他のサーヴァントの部屋に……?

 

「あ、中身が気になるかな? でも大した物じゃないさ。

 なんでも、素敵な食事を用意したいからそれに見合う食器が欲しいって言われてね。割れない様に魔術を施してるけど、落としたりしないでくれよ?」

 

 ウィンクしながら注意され、やっぱりヤンデレ・シャトーなのにまるでカルデアにいるみたいに過ごしている現状に疑問は止まない。

 

「ブリュンヒルデ、いるかい?」

「お待ちしておりました……!」

 

 ダ・ヴィンチと並んでいる俺を見ても、エプロン姿で出迎えたブリュンヒルデは荷物を受け取るだけで忙しそうに部屋の中に戻って行った。

 

「よし、配達完了! あ、私の工房でお茶でも飲んでいくかい?」

「あ、いや俺は――」

 

「――ダ・ヴィンチ!」

 

 すると、今度は廊下の暗がりからメディアが足早にこちらにやって来た。

 思わず俺は身構えたが、ダ・ヴィンチは笑顔で対応した。

 

「やぁやぁ、どうしたんだいメディア?」

「はぁ、見つけられて良かった……その、肌色のアクリル塗料はあるかしら? 最近、補給し忘れてて……」

「うん、工房にストックがあった筈だ。丁度私達は戻るつもりだったし、取りに来るかい?」

「そうさせて貰うわ」

 

 結局3人で歩いてダ・ヴィンチの工房に戻ったけれど、メディアがルールブレイカーを取り出したり、ダ・ヴィンチちゃんの新兵器が火を噴く事もなく欲しい物を渡して去って行った。

 

(……マジでどうなってるんだ? もしかして、シャトーの床を壊して落下したから、偶々無害な階に降りたとか?)

 

 それでも、どこかで黒幕が俺をあざ笑っている可能性も捨てきれない。

 

「……悩み事かい? 先からかき混ぜるばかりで、私の特製ロイヤルミルクティーはお気に召さなかったかい?」

「いや、ちょっと……」

 

「ふむ。お姉さんはちょっと作業するけど、相談があれば聞くからね」

 

 そう言って俺に背を向けたダ・ヴィンチは机に向かい、その上にある機械類を弄り始めた。

 

 この距離にいて押し倒してこなかった試しがないので、本当に何が起きているか理解できなかった。

 

(……今日はヤンデレ・シャトーじゃないとか……? いやでも、最初のアレは間違いなく何時もの流れだったし……)

 

 俺が部屋を出ると言ってもダ・ヴィンチは機械を弄りながら「いつでもおいで」とだけ言って、呼び止める事すらしてこない。

 

「……まじで何もないのか?」

 

 ヤンデレに襲われない。

 こんな不思議な事もあるのかと歩きながら考えている内に、シャトーの広場に辿り着き、適当な隅っこで腰を下ろした。

 

「……」

 

「…………」

 

「………………」

 

 体感で5分程度経った。

 その間にずっと落ち着いてはいられず広場をグルグルと回っていたが、誰も来ないし何も起こらない。

 

 そして、唯の男子高校生が暗闇の中ゆっくりしていられる筈もなく、唯一出入りして良いと言われていたダ・ヴィンチちゃんの部屋に戻るのだった。

 

 

 

(やっぱりずっと襲われ続けて来た分、急に突き放されると警戒のハードルもあっさり下がるよね)

 

 私、レオナルド・ダ・ヴィンチは目の前の作業に勤しみながら、背後にいる切大君にバレない様にほくそ笑んでいた。

 

 私はブリュンヒルデ同様、彼に召喚されていないサーヴァントだ。しかし、過去に何度かヤンデレ・シャトーで彼と接触し、その影響か彼に好意を抱いている。

 

 同じ未召喚のブリュンヒルデと私の差は、彼に近いか否か。

 カルデアのマスターとの縁があった私はアヴェンジャー達の様に塔全体の管理なんて出来ないが、侵入して内部構造の一部分を弄られるだけの時間はあった。

 

 だから、自分の持てる英知を結集させてこのヤンデレ・シャトー5.5階を構築した。(因みに下の5階はサーヴァントが増え続ける愉快な部屋さ!)

 

 真上の6階の床に細工をしたとは言え、落下するかは運次第。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、この本の下巻は?」

「んー? あ、ごめんごめん! 丁度今、箱の上に置いて重りに使っていてね」

 

 突然降って来られて、こっちも焦っているけれどあと少しで全ての準備が完了だ。

 不意に横目で本棚を眺めている切大君を見た。

 やっぱり、誰にも相手にされないせいか何処かつまらなそうにしている。

 

(それもこれでおしまい! 今こそ万能の天才が、君に最高の愛をプレゼントしよう!)

 

 完成したばかりの私の作品。

 最後の実験が終了し、私はそっと机の上に置き直した。

 

 

 

「……っ?」

 

 なんだろう。今一緒、何か嫌な物が体を突き抜けて行った様な……

 

「切大君」

「どうかした?」

 

「君の本音が知りたいな」

「本音?」

 

「君は――本当にヤンデレ・シャトーが嫌かい?」

「っ!?」

 

 突然ダ・ヴィンチちゃんの口から出て来た悪夢の名前に驚き、反射的に立ち上がった。

 

「私の分析だと、君の年頃ならこんなに魅力的なサーヴァント達に迫られてハーレムみたいなこの状況、心の底から嫌になるなんて思えなくてね」

「いや、俺は」

 

「うんうん、分かっている。君は普通の人間だ。

 だから夢の中であっても、自他関係なく死を嫌う普通に優しい男の子。

 多少のスリルやロマンスは望んでも、血が流れる事態になってほしくないんだろう?」

 

 俺の事を理解しているとばかりに心情を口に出してくれたが、大体その通りだ。素直に頷いたりは出来ないけど。

 

「だから私はそんなバイオレンスは要素は全て排除する方法を思いついたのさ。

 ヤンデレ・シャトーの中に、ヤンデレがいない階層を作ればいい」

 

「ヤンデレの無い階層……?」

「その通り。この階層に入ったサーヴァントは精神への干渉を受ける事無く、カルデアで普段通り過ごしている状態になるのさ。勿論、ある程度の仕掛けは必要だけどね」

 

 そう言えば、ブリュンヒルデはシグルドに食事を提案されたそうだが、肝心のシグルド本人の姿は無かった。

 メディアも、セイバーの資料をどうこう言っていたけど、本当に写真が出回る様な事があればセイバー本人や円卓が聞きつけて騒ぎを起こしててもおかしくない。

 

「まあ、いないサーヴァントを出現させたりなんてこんな場所じゃ難しいからね。あくまで、本人が此処はカルデアであるって錯覚できる程度の準備が必要だって話さ」

「それで、ダ・ヴィンチちゃんは?」

 

「うん? 私は勿論――」

 

 椅子に座っていた彼女は一瞬微笑んでから、俺に向かってダイブする様に抱き着いてきた。その勢いのまま、床に押し倒される。

 

「君が大好きさ」

「……やっぱり何も解決してない!」

 

「してるさ。だって、君この悪夢でずっと退屈していたんだろう? 何時も死ぬような目に合ってビクビクしていたけど、いざ周りの誰も自分に構ってくれなくなって寂しさに身を震わせていたよね? でもこれで安心! 誰にも邪魔されない2人だけのこの空間で、この万能の天才が余す事無く愛して見せよう!」

 

 テンションが上がり饒舌になったダ・ヴィンチちゃんだが、戦闘で使用する機械仕掛けのアームを操作し、あっという間に俺の片腕を床ごと掴む様に固定させ拘束した。

 

「2人じゃまだ寂しいかもしれないから、まずは子供を作ろう。ほら、何時も私達の前には娘がいたから、やっぱり仲間外れは良くないよね?」

 

「さらっと家庭を築こうとするな!」

 

 頬を赤らめ、母性を感じさせる笑みを浮かべるモナ・リザもとい、原作者。

 なんとかベルトを外されるのは防ごうと片手で対抗する。

 

「むぅ……だから最初に聞いたんだよ。君は本当にヤンデレ・シャトーが嫌いかって」

「俺はそもそも無理矢理迫られるのが嫌いです!」

 

「でも、命を危険に晒すよりはマシだろう? 此処で大人しく私と家族を作った方が良いと思うなぁ……」

 

 言いながらベルトから手は一切離してくれない。

 

「ゆくゆくはこのヤンデレの無い階層を全ての階層の床下に増築して、毎回陥没させるシステムを構築すれば君を愛するサーヴァントは私唯1人になるっていう素晴らしいプランも用意されているんだよ」

「いらんわ、そんなプラン!」

 

「……ふーん、強情だなぁ」

 

 漸くズボンを脱がすのを諦めたのか、手を離した彼女だが呆れた様な声と共に溜め息を吐いた。

 

「……仕方がない。

 実を言うと、君が潜在的にヤンデレ・シャトーの消失を恐れているのは理解していたさ。ヤンデレ・シャトーは嫌だけど、ヤンデレ・シャトーが失くなるのも嫌。

 そんな我が儘、流石の私も看破できないから……」

 

 彼女は机の上に置かれていたゴーグルの様な装置を俺の頭に取り付けた。

 視界が塞がれ焦る俺に彼女は失笑を含んだ声で語りながら、装置を起動させていく。

 

「我ながら、夢の中でVR体験なんて可笑しいとは思っているんだけどね?

 これはお仕置き。社会勉強の一環さ。

 誰も彼もが君を好き、なんて都合の良い夢ばかり見ていては辛い現実は直視出来ないぜ?」

 

 冗談の様な口調だったが、声色は一切笑ってはいなかった。

 

 

 

 ダ・ヴィンチが見せたのは、リアルなカルデアだった。

 勿論、切大は既にゲームや夢の中で何度も訪れたが、部屋の位置や廊下の長さが毎回変わるあやふやなものではなく、完璧に形作られた本物と謙遜の無い人理保障機関カルデア。

 

 そこには多くのサーヴァントがおり、その殆どは切大が召喚した英霊達だ。

 

 ――しかし、マスターとプレイヤーは異なる存在だ。

 

 実際に彼らと共に旅や戦いを経験するのはアバターであるマスター。

 なら、多くの戦いで蓄積され、絆レベルとして表記されている物はマスターとの関係値に他ならず、プレイヤーである切大ではない。

 

 マスターと同じ姿のカルデア職員、ですらない。

 混入してしまった異物。知り合いのマネをした赤の他人。

 

(肩身狭っ!)

 

 廊下を歩く切大は身を縮みこませ、自分の存在が小さくなるように歩いていた。

 

「出会い頭にスカサハ師匠に睨まれるし、ブーディカにも半笑いで避けられるし……」

 

 ヤンデレではなく、何の肩書きも力も持たない自分と接する彼女達の対応に彼は既に打ちひしがれていた。

 しかし、こんな場所に安息の地はなく、マイルームもマスターの部屋なので入るのは諦めた。

 

「もし入って中で清姫とか静謐相手にすら冷たくあしらわれでもしたら流石に泣く……」

 

 そんな彼だがあてもなく怯えながら歩いている訳ではなく、1つだけ行き先が残されていた。

 

「この空間を作ったのがダ・ヴィンチちゃんなら、脱出の手段もきっと彼女が知っている筈だ」

 

 が、そんな切大の思考は当然かの天才レオナルド・ダ・ヴィンチも熟知している事だった。

 

 なので、その道のりが平坦な物でないのは当然だっただろう。

 

 遠慮を知らないサーヴァントに出会えば悪態を吐かれ、優しいサーヴァントは接し方が分からないのか曖昧に微笑んだ。

 

 知恵のあるサーヴァントは小さな動作だけで会釈し、純粋なサーヴァントにはマスターの所在を聞かれた。

 

 普段とのギャップが、切大を容赦なく波状で襲ってくる。

 

「……」

 

 そして、普段からヤンデレの思惑を読んできた切大は1つ嫌な想像に辿り着く。

 

(普段、俺に迫って来るサーヴァント達も、本当は心の内は感じなのかな……)

 

 そう思ってしまうと、罪悪感に似た感情で居た堪れなくなってきた。

 

(少しでも早く、ダ・ヴィンチちゃんに会わなければ……!)

 

 彼がそう思ったら、なんとあっさりと工房に到着した。

 傷心の切大は、唯々この場からいなくなりたい一心で扉に手を伸ばしたのだった。

 

 

 

「よしよし、ごめんよ。辛かったかい? 

 この監獄塔にね、本当の意味で君が好きなサーヴァントなんて一人もいないんだよ。勿論、私を除いてね」

 

「なんで私だけが君を好きなのかって?」

 

 それはね、この塔の影響で抱いた好意の原因を探ったからさ。流石にこの天才が理由もなく男子を好きになるなんて私も納得できなかったからね。

 

 外の情報を集める為に色んな物を作って君の姿や生活をこの目で追ってきたよ。料理が上手い事。家族思いな所。いつも引っ付いて来る女子にうんざりしながらも見過ごさない面倒見の良い性格。一人でいる時に自分の所有物に声をかけたりしてるのを見た時は私と同じだって嬉しくなったし、風邪でボーっとしてるのを見た時はハラハラしちゃったよ。スポーツ飲料を作ろうとして塩入れ過ぎた時は変な顔をしたから。ゲームで勝っている時の悪役顔も、意地悪だったけど私は好きだよ。夢の中だとどんなサーヴァントも逃げ切ろうって、悪運も頭も総動員しているあの顔。生きる事に必死な人間は美しいよ。特に君のはね。そんな風に考えていたら、私も創作意欲が湧いて来てね、試しに君をモデルに小説を書いてみたのさ。書いていると君の知りたい事がドンドン増えて来てね。誕生日や血液型、ホクロの数や心拍数。可愛い物を前にした時の反応や、脅された時の対応。君の1年を日記に書き記し終わった時に漸く我に返って恋心を自覚したんだ。こうなったらと、もっと君を知らなくちゃなって。家具の色や食器の柄、好んで使う箸やフォークの長さ。2人で暮らし始める前に用意しなくちゃいけなかったからね。もう子供が出来る事も確定しているからベビーサイズの服やベッド、英霊の霊基で母乳が出るとも限らないからミルクも準備しなくちゃいけないし受肉しないと子作りは難しいから聖杯も必要だ。名前は何にしようか。でもきっと君と一緒に決めればどんな名前でも納得できそうだしそれは後回しでもいいか――

 

「――秘密だよ。けど信じて。

 私は、君だけの愛しい愛しいダ・ヴィンチちゃんだから」

 

 




次回で最後記念企画終了です。デジタル人間さん、もう暫くお待ち下さい。

待望の水着イベントが始まりましたね。取り合えず前半のサーヴァントは全員召喚出来ました。去年は後半が芳しくなかったですが果たしてカーマは来るのだろうか……
……どっちみち陽日にぶつけますけど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゆめのつづき

5周年記念企画、最後は デジタル人間 さんの話です。
2周年記念で書いた【ゆめのおわり】の続編となっています。
二度目の彼らシリーズに該当するかもですね。まあ、ハロウィンでも一度書いたんですけどね。

久し振りのヤンデレ・シャトーの様子をどうぞご覧下さい。



 全てのアヴェンジャーを揃え、ヤンデレ・シャトーが終わってから数年。

 実装当日に魔王信長やスペースイシュタルを召喚して、結局監獄塔に呼ばれる事も無かったのだが――

 

「――平景清かぁ……石ないし、今回は見送ろう」

 

 すっかり、あの悪夢の事を忘れていた俺はその時のピックアップを逃した。

 

 そのせいで再び始まってしまったのだと、その日の夜に目の前のアヴェンジャー達を見て理解した。

 

 数年分の狂気を溜め込んだ監獄塔。

 出迎えてくれた彼らは大変愉快そうに、憐み、関心の薄い表情でこちらを見た。

 そして、その中から一人……唯一召喚していなかった平景清がこちらに近付いてきた。

 

 目を隠しているので表情は分からず、久しぶりに此処に来た俺に何か説明してくれるのかと棒立ちで待っていると――

 

「――へ?」

 

 トン、と体を指で押され後ろに倒れた。背後には床が無かった。

 

「う、うおぉぉぉぉぉ!?」

 

 突然の落下に驚いてじたばたするが暗闇で周囲もろくに見えない状況では、助かる事などほぼ不可能だろう。

 このまま加速したまま床に激突。そうなれば、普通の人間の俺は人の形を保ってはいられないだろう。

 

「令呪っ――なんで無いの!?」

 

 自分の悲鳴でマスターなら誰しもが持っている令呪を思い出し、手の甲を確認したがそこには何もなかった。

 

「だ、誰かっ! 助けてくれぇぇぇぇぇ!!」

 

 下への速度が増し始め、冷たい風が体を駆け抜けていく感覚に恐怖して助けを求めた。

 

 あ、ヤバイ。地面が見えて――

 

「――こんな事で死ぬと、本気で思ったのか?」

 

 激突する寸前に誰かにしっかりと抱きしめられた。人の温度を感じさせない程に冷静な声色の持ち主は目元をバイザーで隠し、甲冑で身を包んでいるがその正体は直ぐに分かった。

 

「あ、アルトリア……」

「オルタだ。もっとも、この場にその名を持つ他の小娘はいないがな」

 

 お姫様抱っこの格好で抱きしめられて、こちらが抗議するより先に力を込めて跳躍した。

 

「って、どうなってるんだ!?」

 

 落下している時は周りを見ている暇なんてなかったが、ボロボロな石造りの監獄塔は縦に長い円形になっており、壁の側面には階段が上へ上と続いている。

 

 階段の先にあった足場に着地し、そっと降ろされた。

 

「マスター、お前が此処に落ちてくるのをずっと待っていた。

 お前が去って、会えなくなった時間の全てに全てのサーヴァントが同じ思いを募らせ続けて来た……」

 

 アルトリアの視線が俺を誘う様に壁に向いた。

 

「その結果がこれだ。

 二度と此処から脱出させず、再び目の前から消えない様に。

 塔は縮小され、道は上から下へと向きを変えた。

 この階段すらマスターへの情が無ければ存在せず、此処は一度飲み込んだ物を胃袋の様な閉鎖空間と化していただろう」

 

 それは確かに恐ろしい。

 つまり、この夢から出たかったら俺はこの塔を登――

 

「それ以上、この上を見上げる事は許さん」

 

 ――登るのは容易ではなさそうだ。

 掌で視界を覆い隠されて、背後から抱き締めたアルトリア・オルタの声が耳元で聞こえた。

 

「この塔の変化はそのまま私の心情を表している。

 お前はもう二度と、此処から出さない」

 

 その言葉が終わると同時に、扉の閉まる音が聞こえた。視界があければそこは、殺風景な塔ではなく、煌びやかな王の部屋が――

 

「――あの、このゴミ袋は……?」

「マスターの到着が急だったからな。片付けていない」

 

 しかもこの間にバイザーや騎士甲冑を外して、ラフな新宿の霊基になっていた。

 

「寛いでいろ。すぐ片付ける」

 

 床や机の上に散乱していたジャンクフードの包み紙やコップを手早くゴミ袋に入れ、部屋の扉を開いて放り投げた。

 

「よし、これでいいだろう」

「不法投棄なんじゃ……」

「……仕方ないな」

 

 彼女が黒い聖剣を手に取ったのを見て慌てて身構えた。

 しかし、部屋の外へ向いた彼女は魔力を集めて――

 

「これで――処理完了だ」

 

 塔の下に向けて、そこそこの威力に抑えられたエクスカリバー・モルガンを放った。恐らくゴミ袋は跡形もなく消滅しただろう。

 

「なんだ? マスターの望みの通りだろう?」

「な、なんでもないです……」

 

 ズボラな一面を隠す事もない彼女の様子にこれ以上追及するのを諦めて、俺は綺麗になったソファーに座った。

 

「っと、いつまでもこの格好ではいかんな。少し着替えて来る」

「え?」

 

 部屋に着いて直ぐに服を変えた筈だが、また着替えをするのかと疑問を覚えた。

 

「先会った時からこの格好だった。鎧の下にあったから見えなかっただけだ」

 

 リビングの奥にある部屋の前に立ち、彼女はこちらを向いた。

 

「それとも、私の着替えを目の前で見たいか?」

「え、あ、そ、それは……」

 

 突然に不意打ちに、口から出そうになった見たいの一言をどうにか抑えていると、彼女は鼻で笑った。

 

「っふ。冗談だ。私の裸を見たければ、剥ぎ取る位の気概を見せろ」

 

 こちらを試すようなセリフと共に扉が閉まった。勿論そんな邪な事を企む訳もなく、出口へと向かってドアノブを弄るが鍵が掛かって開けられない。

 

「扉を間違えたか? こちらなら開いていたぞ?」

 

 自分が出て来た扉をノックしつつ、不機嫌そうにこちらを睨むアルトリア・オルタ。

 その姿はセイバーではなく、黒のビキニとジャケットに白のフリルスカートの水着メイドに変わっていた。

 

「な、なんでメイド?」

「言っただろう。この格好がこの部屋の中での正装だ」

 

 スッと俺に向けて手に持っていたモップを持ち上げた。

 

「この部屋の主はご主人様であるマスター。ならば、私はメイドであるのが自然だろう。此処にいる限り最強のメイドがいつまでも奉仕してやろう。アイス、炭酸飲料、ポテトの揚げ物……貯蔵は十分だ」

 

 アルトリア・オルタに襟を掴まれ、リビングのソファーに再び腰を降ろされた。

 目の前の机の上には皿にあふれんばかりに入れられたポテチと、炭酸飲料の入ったコップが置かれた。

 

「さあ、何を観るか」

「あの……」

 

 そのまま俺の膝の上に座った彼女はリモコンを操作してテレビを点けて映画を選ぼうとしている。

 

「なんだ? 部屋が汚れていなければ掃除は出来まい。

 ご主人様は此処で私と共に映画を楽しみ、存分に部屋を汚すがいい」

 

 メイドになっても暴君のままな彼女を見て、込み上げて来る乾いた笑みを抑えながら映画に視線を映した。

 内容は銃を打ち合うアクション映画。主人公が気持ちいい位に拳銃やマシンガン、果てにはバズーカまでぶっ放している。

 

 しかし、そんな単純な映像すら頭に入ってはこない。

 

 固めのポテチをアルトリアが噛む度にポリポリと大きな咀嚼音を立てる。

 最初はそれがちょっとうるさかったので抗議の目を向けたけれど、それに気付いたアルトリアは一笑の後に、1枚抓んで俺の口に差し出した。

 

 それを食べたのを皮切りに彼女は自分で食べてから俺に1枚と繰り返すようになった。

 

 それだけでは飽き足らず、こちらの反応を楽しむように態と食べにくい持ち方をしたり、視界を塞ぐ様に持ち上げたりと悪戯はエスカレートしていく。

 

「どうだ、面白いか?」

「まあ、うん」

 

 皮肉交じりな台詞に曖昧に返すと、彼女はポテチを咥えたままこっちを向いた。

 そのまま僅かに近づいて、暗に食べろと迫って来る。

 

 興奮しているか恥ずかしいのか、色白な頬が少し赤みを帯びているのが色気を醸し出している。明らかに危険な罠なのに、俺の視線は彼女の顔に釘付けになっていた。

 

 注視してはいけない。凝視していては駄目だ。

 そこまで分かっていても、アルトリアの美貌と久しく忘れていた雰囲気に飲まれてゆっくり、確実に吸い込まれていく――

 

「――っ」

「んっ!?」

 

 後一瞬でポテチに触れる筈だったのに、横から指でポテチを取り除いたアルトリアはノコノコと近付いてきた俺の唇を強引に奪った。

 

 思わず後ろに下がろうとするが、ソファーに座って膝の上に彼女が乗っかている状態で逃げ場なんて最初からなかった。

 

「あっむ、んん……! ふふふ、随分隙だらけになったなマスター。正直、何か企んでいるのかと柄にもなく慎重になっていたが、これならメイドの私に躾けられても文句は言えまい?」

 

 先までの家デートのような雰囲気から一転、地面に倒されライオンに食べられるのを待つ草食動物の様だった。

 

「ご主人様、まずはメイドへのお支払い方法を教えてやろう。

 十分な魔力供給の為に食事は勿論、就寝も共にする事。ご主人様のお手付きになれば更に多くの魔力を払ってもらえるだろう?

 勿論私の身分はメイドだ。掃除、料理、家事……ストレス発散でも何にもご利用するが良い。その権利はご主人様の物だ」

 

 抱きしめられ、片手を首後ろに回された状態でアルトリア・オルタは自分の体を下からゆっくり指でなぞりながらアピールする。

 

「契約書にサインをすれば、これからはずーっと私がご主人様のメイドだ。勿論、王の私を望むというのであれば、マスターを私のモノにしてやろう。こっちの方が好みか?」

 

 答える事だけ避けようと口を閉じていたが、彼女が出現させた聖剣の柄が首を少し押した。

 

「答えずに逃げようなどとは考えるな。もう少し、痛みが欲しいか?」

「っぁっぐ!」

 

 聖剣の柄がグイっと押し込まれ、閉じていた口が開いた。

 

「こちらがご主人様になる為の契約書だ。サインは此処にお願いする。

 だが、王の私に仕えたいのであれば……手の甲に口付けしてもらおうか?」

 

 息苦しさと視界の端にチラつく聖剣の刃に、腕は契約書を握っていた。

 

「生憎、筆記用具の類は持ち合わせていない。

 だが、サインは血印でも構わないぞ」

 

 サディスティックな表情を見せる彼女から、出来るだけ苦しめてから自分の物にしたいと言う意図が伝わって来る。だけど仕方がない。

 

 赤く光る聖剣の刃に指をそっと伸ばして――

 

「――ちょーっと待ったぁ!」

 

 突然、叫び声と共に部屋に入って来た新たなサーヴァントの乱入。そして、その手に握られていた剣で契約書は真っ二つに切り裂かれた。

 

「……貴様」

「良くもまあそんな顔で睨めるねっ! 滅茶苦茶にされて怒っているのはこっちだよ!」

 

 現れたのはピンク髪のトラブルメーカー、アストルフォ。

 黒いうさ耳と剣を持ったクリスマス産のセイバークラスだ。

 

 アルトリアに腹を立てた様子でピョンピョンとその場で跳ねながら文句を言い続けた。

 

「折角マスターを逃がさない様に一人300mの深さまで掘ったのに、それを自分の城の一部を使って上から埋めるなんて正気の沙汰じゃないよね!」

 

 しかし、アストルフォが突然可笑しな事を言い出した。

 

「ど、どういう事?」

「余計な事を……」

 

 俺の疑問に答えるより先にアルトリアはメイドから甲冑姿のセイバーに戻り、聖剣に黒い魔力を迸らせた。

 

「おっとっと!」

「っ!?」

 

 その様子に驚いて転びそうになったアストルフォは俺にもたれ掛かって来た。

 

「貴様……!」

「うんうん、少し前のキミだったら迷わず斬っただろうけど、今ここにいるのは漸く再会したマスターだもんね。僕と一緒に切り伏せるだなんて勿体ないよね?」

 

 盾として使われていた。だけど、アルトリアが道を塞いでいるのに一体どうやって此処から逃げる気――

 

「――っだぁぁ!?」

「マスター!」

 

 突然、アストルフォは俺を前に押した。

 戸惑うアルトリア・オルタが支えようと手を伸ばすが、その後ろで激しい魔力が放たれると同時に俺の体は足を引っ張れて後退し、無防備な彼女を宝具が襲った。

 

「貰った! ヴルカーノ・カリゴランテ!」

 

 部屋中を覆う様に曲がり、動く蛇腹剣。

 俺の足に絡まり、アルトリアを取り囲む様に迫る刃の檻を、笑みを浮かべたアストルフォが真っ直ぐ駆け抜けると、剣の速度も増した。間違いなく、この刃で体を微塵に切られてしまうだろう。

 

「ッ! き、さまぁ!!」

「おお、怖い怖い。それじゃ、バイバイ!」

 

 だが、刃は鎧を切り裂かずにアルトリアを拘束し、その間に俺を連れてアストルフォは脱出した。

 

「流石にね、戻って来たばかりのマスターに血だけ肉だらけのスプラッターショーなんて見せるのは駄目でしょ? だから手心を加えてあげたのさ! ほらマスター、僕って結構いい奴だろ!?」

「わ、分かったからっ! 揺らさないで!」

 

 抱きかかえられたまま自由落下しているこの状態では流石に暴れる気も起きない。

 

 やがて、地面が近付いて来るがそこには人が通れる程度の穴が開いている。

 

「ほら、これが彼女が出現させたお城の一部! これを壊しながら登って来るの、ちょっとしんどかったよ」

「派手に壊れてる……」

 

「まあ、流石に高さ600mも下に降りればマスターも逃げたりしないでしょ? このお城が蓋になるから階段を登っても上に上がれないし」

 

 やがてトンネルの様になっていた城を抜けると、宝具の剣を壁に突き刺して扉のある足場に着地した。

 

「とーちゃく! 此処が僕の部屋さ!」

「扉が既に扉としての機能を失っているのは何でなの?」

 

 真ん中には人が1人通れそうな穴が開いている。

 

「あははっ! マスターの気配を感じたらも開ける時間も惜しかったからね! さあ、入って入って!」

 

 先まで城を超えるのに苦労したと話していたが実際は力づくで突撃して貫通したんじゃないかと疑わずにはいられなかった。

 

 そして先まではヤンデレ・シャトーに来たのが久し振りで、ちょっとボーとしていたかもしれないけど、この部屋に入るのは流石に不味いのは知っている。

 

 だって、アストルフォはどんなに可愛くても男の娘。

 

 そして、ヤンデレになってずっと発情期になっている彼の目的は俺の尻。

 

「……」

 

 だったら、ワンチャンまたキャッチされる事を願って更に下に落下するのがーー

 

 

「あ、それともマスターは外でしたい? 良いよ、僕もちょっと我慢がーー」

「ーー入ります! お邪魔します!」

 

 逃げ道が無い事は分かっていても、少しでも長く引き延ばしたくて部屋の中に入る事を強いられたまま選んだ。

 

「もー……ジョーダンだよ、ジョーダン!」

 

 アストルフォの部屋は案外しっかりしていた。

 ……しっかりしてはいるけど……

 

「イルミネーション……ワインとチキン、鹿の頭のインテリアに、クリスマスツリー……?」

 

 部屋はしっかりとクリスマス一色だった。

 

「ほら、僕ってクリスマスのサーヴァント、サンタでしょ? だから部屋もクリスマス仕様にしたんだよ」

「季節感がゼロなんだけど」

 

「まあ、良いじゃん! あ、チキン食べる? エミヤに頼んで毎日新鮮な物に替えてるよ!」

 

 エミヤ……毎日ローストチキン焼かされてるのか……

 

 こちらにチキンを見せつけながら頬張るアストルフォの理性の無さに改めて驚愕しつつ、此処までの疲労が一気に来たので、白い毛皮の被さったソファーに腰を落ち着かせた。

 

「……んっぐ!? んんー!」

 

 目の前ではチキンを喉に詰まらせたアストルフォがワインっぽいラベルの張られたぶどうジュースを直接ビンから飲んでいた。

 

「っぷっはぁ! ああ、危なかったぁ!」

 

 顔を真っ赤にして安堵の溜息を漏らしている。

 その様子に呆れつつも笑い、視線を部屋全体に移した。

 

「ん……?」

 

少し離れた場所にゴミ箱を見つけた。

その横には入れ損ねたらしいゴミが落ちている。

 

 光を反射してキラキラ輝くそれを見ていると、それが錠剤の包装シートなのが分かった。

 

 

 

 嫌な予感がしてアストルフォを見た。

 

「――マスター! もうだめぇ!」

 

 顔を真っ赤にしたアストルフォが強く抱きしめて来た。

 

「うぐっ!?」

「僕ってやっぱり全然最優のセイバーに向いてないよねぇ? だって自分で盛った媚薬、全部食べちゃったもん!」

 

 体が触れ合い、主に下半身に強い熱を感じて悪寒が走った。

 

「本当はね、マスターが僕を求める様に仕向ける為に元気になるお薬を用意したのに……全部飲んじゃったから入れたくて入れたくて堪らなくなっちゃった!」

 

 既に密着しているのに、更に奥に行きたいとばかりにアストルフォは肌を近づ押し付けてくる。

 

「ねぇ、入れていい?」

「良くない、絶対ダメ!」

「優しく……は出来ないけど、良いよね?」

「だからダメだって!」

「あはっ……ありがとう」

 

 駄目だ、こっちの話をまるで聞いてない。

 

 必死に抵抗しようと礼装や令呪を試みるがやはりどれも封じられているのか使えない。

 

「それに、よくよく考えたら全部マスターが悪いもんね? 僕をこんなにコーフンさせたのも、いなくなってお預けになっちゃったのもマスターが全部ぜーんぶ……! よし、義は僕にあり!」

「酔っぱらってませんかね、この子!?」

 

 素面でこれなのは知ってるけど、本当に思い止まって欲しい。

 

 しかし、そんな願いは空しく、アストルフォは俺を持ち上げるとくるりと空中で半回転させた。勿論、尻を自分に向けて。

 

「いやだぁぁぁ! 助けてくれぇ!」

「えへへ、マスターが女の子みたいな悲鳴出して……可愛いなぁ、もうキュンキュンしてきちゃったよ」

 

 両手を後ろ手で固定され、完全に身動きを封じられた。

 

 もう駄目だ……俺、お婿に行けなくなる……

 

「ローションとか、面倒くさいからいっか」

 

 ぽとりと落ちたローション。視界の端に映ったそれが俺がこれから受ける恐怖を更に駆り立てる。

 

「無理無理無理無理!!」

「大丈夫大丈夫……じゃーまずはズボンとパンツ……暴れるから脱がせずらいな……切っちゃえ」

 

 アストルフォの手が下半身に触れた瞬間――地面が揺れた。

 

「……え? なにこの揺れ?」

 

『この大穴を城を使って蓋をする! なるほどなるほど、あの黒い騎士王も随分と派手な事をする! 実に余の好みだ!』

 

「この声って……!」

 

『ならば、皇帝である余もまた至高の美を! 余の劇場でマスターを迎え入れようではないか!』

「迎えって、まさか!?」

 

 床に、亀裂が走った。

 

「アエストゥス・ドムス・アウレア!!」

 

 

 

「め、滅茶苦茶……!」

 

 この一言に尽きた。

 

 アストルフォが咄嗟に庇ってくれたが、床は壊れ俺達は下からせり上がってくる劇場に飲まれるように落下し、それでも黄金の舞台はまだ上へ上へと進んでいる。

 

「あっはっはっはっはっは! 準備に時間を有したが、その甲斐あって美少年と愛しの最愛のマスターを手に入れる事が出来たぞ!

 なるほど、美少年はこうやって捕まえるのか!」

 

 高笑いをするネロは可愛いが、カブトムシを捕まえる感覚で黄金劇場を上下移動されるなんて堪ったものじゃない。

 

「しかし、今回も余の狙いはマスターのみ! 花嫁ゆえなっ!」

 

 俺達を黄金劇場で捉えたのは、ネロ・ブライドと呼ばれる純白の花嫁姿に身を包んだセイバー。

 勿論、彼女とも何度もヤンデレ・シャトーで出会っている。

 

 ネロは倒れたままの俺を掴もうとするが、立ち上がったアストルフォが同じ様に俺を掴んで離さない。

 

「待ってたのは君だけじゃないさ……!」

「アストルフォよ。そんな状態で余と戦って勝てるとでも?」

「舐めないでよね! 僕はシャルルマーニュ十二勇士のアストルフォだ! 例え発情してても、皇帝に剣で負けたりしないさ!」

 

 完全に敗北フラグ……このままだと流石にアストルフォが切り捨てられてしまう。

 

「アストルフォっ! ……?」

 

 待ったをかけようと手首を掴むと、アストルフォはその場に崩れ落ちた。

 

「あ、っはぁ……」

 

「な、なんか恍惚な表情を浮かべてる?」

 

「どうやら……薬で敏感になっていた所をマスターに触れられ、勇士としての理性が溶けてしまった様だな」

「そんなにギリギリだった!?」

 

「ま、まひゅたー……僕の、まひゅたー……」

 

 ゆっくりと、おぼつかない足取りでこちらに迫って来るアストルフォ。

 その動きに再び貞操の危機を感じ――

 

「――っあああぁぁぁぁぁ…………」

 

 と思ったが、アストルフォの足元に突然穴が開き落下して消えて行った。

 

「落とし穴!?」

「余の劇場故ボッシュートも余の自由! そして唯一残ったマスターも余の自由だ!」

 

 驚いている間にネロ・ブライトに抱き締められた。

 黄金の劇場の中を、白い花びらが舞い落ちている。

 

「余はずっとこの時を待ち侘びていたのだ……さあ、今こそ以前果たせなかった夫婦を契りを結ぶぞ!」

 

「……」

 

 しかし、抱き締められてから俺の頭はボーっとしていた。口を開くのも億劫な程に。

 

 再び花びらが辺りに舞った。甘い香りが吹き抜けていく。

 

「余を見るのだ、マスター」

 

 顎をクイっと持ち上げれた。何時の間にか足首には鎖が巻き付いている。

 

 ネロが何かしている……と言うよりは、劇場が勝手に動いていると言った方が正しいのか。

 

「……は、なし、て」

 

 辛うじてそう言ったが、ネロは少しキョトンとしてから、笑った。

 

「何を言うマスター! この劇場は余の物ではあるが、今の主役はマスターだ! そなたがこの場から出て行っては意味がないではないか!」

 

 黄金の劇場。

 ネロの宝具は劇場を展開する事で彼女を輝かせ、強化すると言った代物の筈だ。

 そもそも何時も目立ちたがりで自分が美の頂点だと言って譲らない彼女が、主役を手放すなんて……

 

「どうかしたか? まさか、余の劇場の主役になった事が不服なのではあるまいな? 勿論それがどれ程の重荷かは理解しているが、マスターなら大丈夫であろう!」

 

 彼女なりに全幅の信頼を置いている様だけど、意識を保っているのかも曖昧な俺では返事をするのも難しい。

 

「では、早速式を始めよう! この劇場で! 全てのローマの民の前で!」

 

 ネロの言葉に答えるように、劇場の観客席は黄金色の光で出来た人々で埋め尽くされていく。

 

『エクス――』

 

 劇場が、少し揺れた。

 

『ヴルカーノ――』

 

 再び少しだけ揺れた。

 

 式はいつの間にか進んでおり、中央の道を歩いてこちらにやって来たネロのベールが取られている。窓の外に、黒い甲冑を着た何かが下へ落下している。

 

(アルトリア・オルタ……!?)

 

 視線だけで彼女を追ったが直ぐに闇に飲まれて消えて行った。

 

「水着の私が散々使っていたパイプオルガンによるビーム砲撃! これでいかなる外敵も撃ち落とせる上に、セイバーなのにビームが出せない問題も解決したぞ!」

 

 つまり、今の揺れは劇場の砲撃による反動だった……?

 

「これで劇場の中も外も余とマスターのみ! ローマ民は観客故、邪魔者は残さず殲滅した!

 さあ、まずは誓いのキス! ケーキ入刀! その後は……夫婦の営み、完璧なプログラムだな!」

 

 色々すっ飛ばしてるけど、劇場によって縛られ体を動かす力すらない現状はそれは避けられないだろう。

 

 近付いて来る彼女を見て観念して瞳を閉じたが……一向に何も起きなかった。

 

「……?」

 

 目をゆっくり開くと、ネロは涙を流して泣いていた。口元は笑みを浮かべて震えていたので、嬉し泣きに見える。

 

「マスター……本当に、帰ってきてくれたのだな……」

「ネロ……」

 

 頭をこちらに預けて泣きじゃくるネロの体を、思わず両手で支えた。

 

「マスターのいない時間は、とても寂しかった。

 身も心も震えるほどの寒さに晒されていたのに、余に温度を分け与えて来るモノなど何もない氷河の様な世界……」

 

「だが、余は信じていた。マスターはいずれ帰って来ると。

 ……しかし、アレは本当に長い時間だった」

 

 物悲しそうに話しながらも、俺に輝きに満ちた目を向けるネロに申し訳なく思った。

 しかし、徐々に彼女の様子に変化が訪れる。

 

「マスターの喪失を埋める為に、余は他のネロ・クラウディウスと一つになる事にした」

 

「え、何で!?」

 

「他のサーヴァントも、自分と同じ名の存在と統合する者が続出した。

 皆が自分の力不足を嘆いたのだ。

 マスターを己が物とするには、唯の英霊、唯の神霊ではならないと」

 

 これ以上強くなられても……

 

「しかし――」

 

 気が付けば、周りからローマ民の光は消えていた。それどころか、黄金劇場の天井や壁から鎖が伸びて俺の体を更に拘束する。

 

「――3人分の愛とは、少々荷が重過ぎた様だ」

 

 マトモに力の入らない体を鎖が持ち上げられて宙に浮く。

 

「余はマスターと愛し合いたい。

 余はマスターとの再会を歌いたい。

 余はマスターと出掛けたい」

 

 彼女の言葉に巻き付いた鎖が徐々に動き出す。

 

 下手な操り人形の様に、手足をそれぞれ別の方向に引っ張ろうと動いて、締め付ける。

 

「さあ、余を見ろマスター。

 真紅に咲く余の美しさを!

 夏の太陽すら影を落とす輝きを!

 そなたに捧げる白の薔薇を!」

 

 彼女に瞳を向けて、その姿を映した。

 

 けれど、鎖の動きも彼女の言動も強さを増すばかりだ。

 

「しっかりと見ているかマスター?

 そなたの花嫁はここだ」

 

 叫ぶ声は聞こえているが、発せられた場所には揺らめく様に朧げな3人のネロが立っていた。

 

 赤くて、水着で、白くて――他に映る景色に異常はない。ネロだけが分裂して見える。

 

(統合って言ったけど、もしかして別れようとしている?)

 

「マスター」「マスター」

 

 不意に声が遅れて二度聞こえて来た。

 

「ネロ」

 

 名前を呼ぶと、ネロ・ブライドがこちらに手を伸ばして来たがそれより先に別の手が俺の頬に触れた。

 

「っ!?」

 

 驚いたネロが手の引っ込めると、別の手も幻の様に消えた。

 

「俺は此処にいるから、もう皆出てきたがってるんじゃない?」

 

 3人分の愛は荷が重いと彼女は言ったけど、それらは統合した他のネロ達も感じているし、だから内側から出ようとしているんだ。

 

「う……うるさいうるさーい! マスターは余の物だ! 3人分がなんだ、余1人で愛して見せるとも!

 だ、大体そうでなくともマスターは酷い! 一体何騎のサーヴァントを侍らせ、何か月も放置した! 愛でたくて愛でたくて仕方ないが、本当は同じ位怒っておるのだぞ!!」

 

「ご、ごめん」

「余は子供が欲しい!

 赤い余は子供が沢山欲しい!

 水着の余は子供が溢れんばかりに欲しい! 全部全部叶えてもらうからな!」

 

「そ、それは流石に――」

「結婚式を挙げた後はハワイ!」

「ローマ、日本!」

「月! 余の行きたい所全てに一緒に行く!」

 

「あの――」

「家で一緒にイチャイチャしたい!」

「ご近所で買い物したい!」

「皇帝らしくワガママに甘えたい!」

 

「偶の休日には一緒に芸術を嗜みたい!」

「一緒にプールで及びたい!」

「カラオケでデュエットしたい!」

 

「とにかくっ!」

「ずっと、ずっと!」

「余はマスターと一緒に過ごしたい!」

 

 そう言われ、3人のネロ・クラウディウスに詰め寄られた俺は苦笑いと共に頭をかくしかなかった。

 

「……」

「答えよ、マスター!」

「誓うがよい、マスター!」

「どうなんだ、マスター!」

 

「「「むうっ!?」」」

 

 同時に胸倉を掴まれた事で漸く彼女達はそれぞれの存在を自覚したらしい。

 

 そして――喧嘩を始めた。

 

「マスターは余のだぞ!」

「ローマ皇帝の余の物だ!」

「何を言う!」

 

何時の間にか鎖も外れ、花の香りも薄まって俺はその場に腰を降ろした。

安堵の溜め息が零れる。

 

「……いや、待って」

 

 安心する間もなく、異常に気が付いた。

 黄金の劇場が揺れながら、どんどん消えて行く。

 

「ちょ、ネロ!」

 

「「「なんだ、マスター!?」」」

 

「えっと……これ、大丈夫なのか?」

 

 俺の質問に彼女達は辺りをきょろきょろと見渡して漸く劇場の異変に気が付いた。

 

「これは――」

「3人の合体宝具が分裂によって消滅している様だな」

「分裂したばかりでコントロールは不可能だ」

 

 呑気な回答が終わるや否や、劇場は消えて俺達は空中に放り出された。

 

「ちゃ、着地任せた!」

 

「よーし!」

「此処は余が!」

「否、余が!」

 

 渾身の指示と同時に、3人のネロは空中で再び揉み合いを始めた。

 

「だ、誰でもいいから!!」

「「「ゆ・ず・れっ!!」」」

 

 このまま地面に激突して肉片となるのか――そんな覚悟もしていたが、俺の影は突然飛来してきた黒い影に攫われた。

 

「全く、フリーの完璧メイドが居なければ危なかったぞ、マスター」

「アルトリア・オルタ!?」

 

「っち、半歩遅れたか」

 

 俺を抱えて着地してくれたのは水着のアルトリア・オルタ。

 それを少し離れた位置から睨むセイバークラスの姿があった。

 

「やっぱりヒポグリフがいないとだね!」

「僕の時でも使えた筈なんだけど、すっかり忘れてたよねっ!」

 

 2人のアルトリアが対峙している間に下から飛んできた四足歩行の怪鳥に啄まれて上へ上へと連れて行かれる。

 

「ええい!」

「待って!」

「今に撃ち落としてくれようぞ!」

 

 パイプオルガンから放たれる魔力弾。連射し、放たれる度に数を増していくその攻撃は遂に回避を続けていたヒポグリフに命中し――

 

「今度こそ、余が受け止めるぞマスター!」

 

 放され、落下した俺はネロ・ブライドの手中で――限界を迎えた。

 

「……い、幾ら何でも……上下に揺らし、過ぎ……」

 

 

 

「……久方ぶりのヤンデレ・シャトーの感想はどうだ?」

 

「……脳がグワングワンして、全身に風を感じました」

 

「戻って来る隙を見せたお前が悪い」

「アヴェンジャーのコンプリートを強要する方がよっぽど酷いと思うんだけどなぁ……」

 

 床に倒れたまま、俺はエドモンの顔を見て、笑ってしまった。

 

「まぁでも、これがヤンデレ・シャトーだもんなぁ……」

 

「気に入ったか」

 

 

 

「……取り合えず、縦に長いのだけはもうやめてください……」

 

 




今回は本当に長らくお待たせしてすいませんでした。

活動報告にも書きましたが、これからは本作品以外の執筆に集中しますので更新頻度が更に低下すると思います。
勿論、アイデアがあればなるべく早く形にして投稿したいので、偶に覗いて頂けたら嬉しいです。

記念企画で半年以上過ぎてしまいましたが、これから愛読して頂けたら嬉しいです。宜し奥お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カルデア・ル・フェ

記念企画の間に第6章や夏イベント、更にハロウィンやぐだぐだイベントまで来たので取り合えずモルガンを書きました。

ヤンデレと化した彼女の支配する新たな国とは……?


 

 ヤンデレ・シャトーにやって来た俺は、玉座に座る黒の衣装を身に纏った女王モルガンの前に座り込んでいた。

 

 何の前触れもなく、突然。

 

「――どうかしましたか、我が夫」

「いや、何か普段と全然違う様な……そもそも、登場がいきなり過ぎない?」

 

「あなたは現状が理解出来ていない、と言う事ですね」

 

 バーサーカークラスで召喚されたモルガンは、異聞帯のサーヴァントだ。

 本来は騎士王アルトリアの姉であり、妖精の国となったブリテンを2000年もの間統治し続けていた女王だ。

 

 その在り方は冷酷で残虐……とは少し異なり、上に立つ者としての寛容さを見せる事もある。

 そして自分を召喚したマスターを夫や妻と呼んでいる。恋や愛情等ではなく、これが彼女の支配の形の一つなんだろう。

 

「いや……全く分かんないんだけど」

「確かに、少々様変わりしていて理解し難いとは思いましたが……此処は旧人理保障機関カルデアです」

 

「……旧?」

「この暗い塔に呼ばれ、カルデアとしての舞台に降り立った私が最初にした行動が分かりますか?」

 

 ヤンデレ・シャトーに到着して早々彼女がした事?

……って、まさか!?

 

「まさか妖精国と同じ方法で!?」

「正解です。私は過去でマスターのサーヴァントとなる為、レイシフトの技術を用いて私自身の情報を今は無き特異点Fに送りました」

 

 だけど、それが出来たのはブリテンの異聞帯の過去にある条件が満たされていたからじゃ……

 

「何、マスターの為なら円卓の縁や忌々しいアルトリアの跡を辿る屈辱も耐えるのは難しくはありません。私と同じ名前の宝具があったのも幸い……でした、ええ。あの嫌がらせは決して許しませんが」

 

 特異点F、確かあそこで聖杯を守っていたのはアルトリア・オルタだった筈だ。確かに、聖剣には彼女の名前が使われていた。

 

「私自身の情報を召喚の媒体にして、あの時のマスターの前に召喚された私はそのまま共に人理修復をあなたと終えた。

 こうして私がカルデアの支配者としてあなたと二人っきりでいられるのはそう言う訳です」

 

 つまり、実質カルデアはモルガンの手に落ちて、彼女が支配する組織になってしまったと言う事か。

 

「今はブリテンをレイシフト先として定め、私のモノとする侵略計画を進行させている」

「人理保障機関が人理崩壊組織に変わってる!」

 

「チェイテピラミッド姫路城、セラフ、サンタアイランド、大奥……これら全ては既に私の領土です。特異点の黒幕は全て特異点を広げず縮まずに維持する魔力タンクにして、無際限にエネミーを量産し、絶えずブリテンに送り込んでいます。まあ、大半がレイシフトに耐え切れず朽ち果てるので戦闘するのは5割にも満たない兵力ですが」

 

 やばい、本当にえげつない。

 

「さて、先の話は此処までにしましょう。今は、我が夫との大切な時間ですからね」

 

 白い肌を少しだけ動かして笑みを見せたモルガンは、杖で床を叩くと魔術で一瞬で俺の目の前に移動した。そのまま指先に俺の顎を乗せ、親指で鼻先に触れた。

 

「先ずは……服装ですね」

 

 再び魔術が発動すると、着ていた白色のカルデアの礼装が黒くなりチョーカーの様な物が首に巻かれた。

 

「そしてこちらの部屋に」

「っ!?」

 

 今度は前触れなく玉座の前から広々とした寝室に移動し、椅子に座らされた。

 

「此処があなたの部屋です」

 

 モルガンは机の上に表の様なモノを置いた。

 

「そしてこれがあなたの日課です。朝食、昼食は私と過ごして、その後は自由時間です。

 昼からは私の部屋で業務に励み、夜は食事の後に召喚室へ」

「しょ、召喚室?」

「はい。私の同伴の元、必要なサーヴァントを召喚出来る様に励みなさい」

 

 モルガンにとって必要なサーヴァントなんているのか? 確かにカルデアで召喚されたばかりのサーヴァントなんて、彼女にとっては脅威ではないかもしれないがもし円卓由来のサーヴァントに攻撃されたら……

 

 そこまで考えて、1人だけ心当たりが浮かんだ。

 

 俺が実際に召喚出来ていない、ヤンデレ化する前のモルガンにとって唯一大事な存在……

 

(妖精騎士トリスタン……)

 

「円卓の騎士が無駄な抵抗を続けていますが、ブリテンの陥落は時間の問題です」

「そしたら、モルガンはブリテンに行くのか?」

「ええ。私にとって人理も汎人類史も関係ありませんので。

 当然、その際にはあなたも連れて、カルデアの全てを崩壊させます」

 

 対レイシフト対策ももはや万全なんじゃ……

 

「さて、今は深夜の時間ですね。少し遅いですが、夜食を用意しましょう」

 

 そう言った彼女はもはや、何年も前から変わらない支配を続けるが如くごく自然に食事を勧め、日課であるサーヴァント召喚を行わせた。

 

 彼女はその魔力と各特異点から集めた数多の素材を以て聖晶石を30個作り出すと言う、全FGOプレイヤーが涙する光景を俺に見せつけた。

 もっとも、例え星4以上のサーヴァントを引こうが彼女の欲するサーヴァントでなければ即レアプリ化するので素直に喜べるのかと言われれば無理だ。

 

「今回も成果なしですか……数多の英霊を召喚、維持できるシステムはこの時代において高水準だと理解していますが、召喚先が安定しないのは大きな課題でしょう。術式が私のモノと異なるので改良も中々の手間ですが……」

「なのに、自動売却機能は実装されてる……」

「これは既にあった物を拡張しただけですので」

 

 仮に星4自動売却が実装されても、無課金の俺には縁のない物だろう。

 

「心を痛める必要はありません。役立つサーヴァントは既に強化を終わらせて厳重に保管していますので。招かれざるサーヴァント達は資源として利用しましょう」

 

 女王らしい徹底した管理体制。味方所か他のサーヴァントが付け入る隙もない完璧な女王国カルデアを前に、俺は俯いて笑うしかなかった。

 

「マスター、我が夫よ。私の国で、その様に笑うのは許しません。

 笑みを浮かべるのであれば、最愛の妻である私の顔を見ながら笑いなさい」

 

 こうして、残された自由も徐々に彼女に奪われていくのだろう。

 顎の高さを指先で正されながらモルガンの顔を覗くと表情を変える事の少ない白い肌が微かに赤みを帯びており、物言わぬ瞳が並々ならぬ情熱を訴えている。

 

「きょ、今日はもう休んでも……?」

「ええ。勿論です」

 

 寝室に案内され「おやすみ」と言って去っていく彼女の後姿を見て漸く安堵できた。これ以上、彼女に支配されてしまうのはごめんだ。

 

 

 

 ヤンデレ・シャトーに着くや否や、カルデアをモルガンに乗っ取られていた俺は彼女に割り当てられた自由時間でどうにかこの支配からの解放をと、目を開いてベッドから起き上がると――

 

「こちらの指輪を嵌めて下さい。これでいつでもあなたの位置を把握し、周囲のどんな反応も感知します」

「召喚も外出も制限はありません。聖晶石なら、在庫があるのでどうぞお好きなだけ」

 

 ――既に部屋に入っていた彼女はそう告げた。

 

「それと……お昼の時間はお忘れなく。家族で一緒に食べましょう」

 

「おとーしゃま!」

「おはよ……」

「ぱーぱー」

 

「……え?」

 

「あ、危ないですよモードレッド」

 

 こちらに手を伸ばして腕の中から逃げそうになった赤子を抱き直すモルガン。

 俺の目は点になっていた。

 

「そんなに驚く事ですか?

 私がカルデアに召喚されてから2年以上が経過しているのに、マスターとの子を成さないと思いましたか?

 もっとも、妖精でありサーヴァントである私が子を産むのは難しいので、こちらの私と同じ手段を選びましたが」

 

 こちら、つまり汎人類史側のモルガンは姉妹でありながらアルトリアの血と精でモードレッドと言うホムンクルスを造り出していた。

 つまり、今俺に元気に挨拶をした黒髪の男の子や彼女の手を握っている女の子、そして抱っこされている銀髪の子は全て……

 

「お、俺の子供……!?」

 

 戦慄した。気分は竜宮城から帰って来た浦島太郎だ。

 まさか、シャトーに入って家庭まで出来上がっているなんて。

 

「さあ、朝食の時間です。先に行っていますのでマス……お父様も早く来てください」

 

 ワザとらしく言い直して、彼女は背を向けて去って行った。

 

「……お、終わった……」

 

 ヤンデレから逃げる……どころか、退路も断たれた完璧な王手を見せつけられ、俺はその場で暫く項垂れるしかなかった。

 

 倫理観の欠けた既成事実だが、そもそも逃れるのは不可能だ。

 

「令呪……もない」

 

 腕を見たがそこにたったの1画もなかった。恐らく聖晶石を作る為に令呪分のリソースも使われているのだろう。

 

 最後の希望はモルガンの望むサーヴァントを召喚してその助けを借りる事だが、そもそもモルガンの望みが妖精騎士トリスタンなら、モルガンに加担しない訳が無い。

 

 まず召喚していない彼女を夢の中で召喚出来るのかも謎だ。

 

 やがて俺は朝食に向かわなければいけない事を思い出して、食堂に向かった。

 

 見覚えのない様なある様な子供達に囲まれ、モルガンの隣で食事をする。

 

「――少しずつ食べなさい」

「音を立てては駄目ですよ」

「口を開けなさい、モードレッド。そうです、ほら……」

 

 主に子供達の世話をしているが、俺へのスキンシップも忘れなかった。

 

「はい、あーん」

 

 恥など無いと言わんばかりに、余りにも唐突にされたものだから少し固まってしまった。

 

「……早く食べなさい。我が夫と言えど、度が過ぎる辱めは許しませんよ?」

 

 表情こそ変わりないが、それでも恥ずかしさを消す様に脅迫されたので慌てて差し出されたウィンナーを食べた。

 すると今度は後頭部に手を伸ばし、フォークから櫛に持ち替えたモルガンは俺を髪を梳いた。

 

「我が夫として相応しい恰好を」

「はいっ」

 

「……とは言え、この時間は決して嫌いではありませんよ?」

 

 数分間程、嬉しそうに髪を梳かし尽くしたモルガンは食事を済ませると子供達と一緒に食堂を後にした。

 彼女が向かったのは管制室、ブリテンを手に入れる為に行動を続けているのだろう。

 

「その前に、なんとかしてこの状況を打破しないと」

 

 今まで以上に深刻な事態だ。夢の中とは言え、カルデアが歴史を破壊するなんてバッドエンド、夢見がわるいなんてものじゃない。

 

「先ずは……召喚室に向かうか」

 

 サーヴァントであるモルガンをどうにかするにはやはり英霊の助けが要る。自動的に売却される仕組みが解れば助けになってくれるかもしれない。

 

 廊下を早歩きで通り抜けて術式の前に立った。

 後は聖晶石を砕いて詠唱をすれば――

 

「――やっぱり、駄目か……」

 

 姿が見える前にマナプリズムと化していくサーヴァントや概念礼装。これじゃあ、戦力なんて期待できない。

 

「一体、どうすれば……!」

 

 床に書かれた術式は良く見れば後から付け足したような、明らかに他と異なる部分がある。しかし触れようが踏もうが消す事は出来ず、俺は床に座り込んで有り余る聖晶石を両手に持って遊び始めた。

 

「……いや、無理ゲーだろこれ……モルガン相手に一般FGOプレイヤー一人でどうしろってんだ……?」

 

 その後も適当な詠唱や召喚と同時に手を掴もうとしたり、単発教、呼符教、フレポ教、左乳首教も試したがまるで変化はなかった。

 勿論最後の方はやけっぱちだ。

 

「マスター」

 

 すると、モルガンが現れた。

 ふざけている間にも時間は進み、既に昼になっていた様だ。

 

「その……あなたの趣味趣向には口出しはしませんが……私は、どのようなプレイも受け入れます」

「なんか勘違いされてる!」

 

 

 

 昼食を子供達も含めた5人で共にした後、俺はマイルームにやって来た。

 

「部屋に籠っているだけでは退屈で不健康でしょう。

 粗方の娯楽はご用意していますので、どうぞ」

「そう言えば、子供達は?」

 

「実はまだ外気に慣らしている段階ですので、今はベッドで眠っています」

 

 モルガンの言葉に違和感を覚えたが、恐らくホムンクルスである彼らを保存している、なんて言い方をしない為の隠語だろう。

 

「子育ても、家の管理も全て私に任せて構いません。罪悪感を覚える必要もありません。あなたは、この私の支配圏でどうか自由に生活して下さい」

 

 それだけ告げるとモルガンは去っていた。

 ヤンデレになっても、未だ彼女は生まれ持ったブリテンへの執着に囚われている様だ。

 

「……」

 

 ベッドに倒れ込んだ俺はぼーっと天井を眺めた。

 そんな事をしていても何も変わらない。

 静かな部屋に時計の針の音と、壁に何かぶつかる様な音がした。

 

「……ん?」

 

 少し前から聞こえ始めた物音に漸く疑問を覚えた俺は、部屋中を見渡して音の元を探した。

 

「あ、あそこか?」

 

 部屋の隅に置いてあった段ボール。その中で何かが揺れている。

 

「……?」

 

 少し怖がりながらも、箱の中身を開いた。

 

 ――その瞬間、箱の中から飛び出した手に掴まれた。

 

「っ!?」

「余り大きな声を出すなトナカイ」

 

 氷の様な冷たい声色。

 だが、それはモルガンの物ではなく……

 

(アルトリア・オルタ!)

 

「簡潔に、この状況を打破する方法を教える。

 今のカルデアは特異点の延長戦でしかない。大元となっている特異点を修正しろ」

 

 腕の主にそう言われ、俺はモルガンの言葉を思い出した。

 

 彼女は特異点Fで最初に召喚されて今の状況を作り出している。そして、他の特異点を維持しているとも言っていた。

 

「なら今もまだ消滅していない特異点Fを修正すれば、カルデアは元に戻るって事か!」

 

「私がそれをさせると思いますか?」

 

 漸く希望が出て来た所で、背後からモルガンの声が届いた。

 

「っな!?」

「マスターにしか開けられない奇妙な箱……勿論、警戒していました。

 どうやら、忌々しい我が妹が其処に居る様ですね」

 

 箱……そうか、このダンボールは元々はプレイヤーのプレゼントボックスだったのか。

 

「処分する事も叶いませんでしたが、箱の中身が分かればもう不要です。この部屋を閉鎖し、我が夫には寝室を私と共にして貰いましょう」

「マスター、箱を開けろ!」

 

「無駄ですよ、アルトリア。種火を貰っていないサーヴァントが、私の相手になるとで――」

「――早く!」

 

 必死な声で急かされて、俺は急いで箱を開けた。

 

「愚かな……直ぐに座に還して――」

 

 ――箱から、何かがモルガン向かって飛び出してきた。

 

 それは、巨大な芋虫だった。

 

「……っな、な……!」

「食用だ。虫嫌いの姉上は、いい加減克服した方が良いだろう?」

 

 プルプルと震え出したモルガンを挑発したアルトリア・オルタ・サンタは先に行けと俺の背中を押した。

 

「遠慮するな姉上! 出来の悪い妹からの贈り物だ、もっと受け取れ!」

「あ、アルトリアッ!! やはり貴様は踏みつぶす!!」

 

 半狂乱しているモルガンの叫びを背に、俺は管制室へ急いだ。

 

 どうやら特異点との繋がりは常に維持していなければならないようで、冬木行きのコフィンは直ぐに出発できる様だ。

 

「よし、レイシフト開始――!」

 

 

 

 ――辿り着いた特異点Fは、炎に包まれていた。

 

「熱っ……な、なんかゲームやアニメで見た時よりも燃えてないか?」

 

 幸い道中にスケルトンや敵サーヴァントは居らず、記憶を頼りに聖杯があった筈の場所へ辿り着いた。恐らく、本来いる筈のエネミーは全てモルガンがブリテンに送り込んでいるのだろう。

 

「いや……そりゃないだろう」

 

 目的地に到着して早々、再び詰んだんじゃないかと冷や汗を流した。

 

 目の前にいるのは赤い鱗を纏った巨大なドラゴン。

 その巨体は、ワイバーンなどではなく間違いなく幻想種最強のドラゴンだ。

 

「……もしかして、こいつが聖杯の代わりに特異点を維持しているのか……?」

 

 今は瞳を閉じて眠っている様だが、この巨体が目を覚ましたら俺が灰となるのは難しくないだろう。

 町の炎も、こいつが原因なら納得だ。

 

(これを倒すのは流石に無理があるだろ……! だが、こうやって怯んでいる間にもモルガンが来るだろうし…………ん?)

 

 魔術礼装のスキルは使えない。召喚出来るサーヴァントもいない。

 

「……でも、まだ手が――」

「――いいえ、お出かけは此処までです」

 

 空中からモルガンが降りて来た。衣装には多少の乱れが見えるが、未だ健在だ。

 

「ふざけた真似をしたアルトリアには手を焼きましたがこれでお終いです。

 マスターにはカルデアに戻り次第、二度と私に逆わない様に更に厳重な管理体制を敷く事に決定しました」

「それは……どうかな?」

 

 俺は内ポケットに手を突っ込んだ。

 そこにはアルトリアから渡された最後の芋虫が居た。

 

(まあ、おもちゃなんだけどね……)

 

「……まだそんな遊びをするのであれば、相応の罰も考えなければなりませんね」

「これでも、くらえ!」

 

 全力で手に持ったプラスチック製の芋虫を放り投げた。

 

 背後で眠る、ドラゴンに向かって。

 

「っ!?」

「うぉぉぉ!!」

 

 これが最後の賭けだ。

 命中も確認せずに、俺はまだ眠ったままのドラゴンへと全力で走った。

 そして、奴の眼前に来る頃には芋虫の人形はドラゴンの顔に当たり、文字通り眠れる竜を呼び起こした。

 

『…………』

「……よ、よう?」

 

『――――ッ!』

 

 目が合った数秒、流れる沈黙に耐えられず気の抜けた挨拶をするとドラゴンは口を開き、大きな声で吠えた。

 

「来いよ、ほら!」

 

 俺の挑発なんてなくても、奴は口の中に炎を溜めそして――

 

「――はぁ……私の負けです、マスター」

 

 俺の背後から飛んで行く青い白い光が目の前の幻想種を貫き、消し飛ばした。

 

 赤い竜は地面に倒れる前に、光の粒子となって空中で消え去った。

 

「……はぁ……普段の私であれば生け捕りにしていましたが、今にも竜の真下に飛び出そうするマスターを見せられては消滅させるしかありませんね」

 

 やはり俺の意図に気付いていた様だが、それでもモルガンが折れたのはきっとヤンデレ化した影響だろう。

 

「そして、正解です。この特異点こそ今のカルデア、ひいては私の介入の開始点。

 特異点の楔となっていた竜の消滅を以て、全てが元に戻るでしょう」

 

「モルガン」

 

「良き反乱でした、マスター。

 次はもっとすごいのを用意します。例え誰が邪魔をしても、再びあなたが逃げない様に」

 

 そう言い残し、フッと笑ってモルガンはその場から消えて行った。

 

 

 特異点、この夢も終わりが来ているのか消滅を始めている。

 

 

 そんな中、俺はその場にドッと倒れた。

 

「も、もう来ないで下さい……!」

 

 今にも消えそうな空に向かって、そんな泣き言を漏らしたのだった。




ぐだぐだ龍馬、クリアしました。(毎度の事ですが感想欄でのネタバレはお控え下さい)
出雲阿国が召喚出来ました。まだ口調とか掴めていませんが、謎の蘭丸Xも謎なのでこれから把握して行きます。


次回はよくわかりません。
謎の豪運で夏イベントのサーヴァント全員召喚済みだから、本当にどうすればいいのか……そもそも、今年中に更新できるかは分かりませんが、気長にお待ち下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話 クリスマス2021

なんとか間に合った小話。
書けていなかった今年のサーヴァントを登場させてみました。




 

「トナカイさん、メリークリスマス!」

「め、めりーくりすます……」

 

 今年は家で家族水入らずのクリスマスを過ごし、自分の部屋のベッドで眠りに就いた。そんな俺を出迎えたのはアヴェンジャーではなく、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィだった。

 

「急にどうしたんだ?」

「えーっと、確か此処に……」

 

 要件を訪ねると、ポケットから数枚の紙を俺に渡して来た。

 そこにはクレヨンで書かれた拙い字や絵、鉛筆で書かれた簡素な文章、達筆な筆文字等様々な内容だったが総括すると――

 

「――プレゼントにマスターをください?」

「はい! このヤンデレ・シャトーで子供達にサンタへのお手紙を書いて貰ったんです! そしたら皆さん、トナカイさんが欲しいって!」

 

 そりゃあ、ヤンデレ・シャトーで尋ねればそうなるだろう。

 自分で言うのも嫌だけど、俺以外に欲しがるモノが想像できないし。

 

「私も、カルデアに呼ばれてからの数年で成長しました! ですので、今年はしっかり子供達の夢を叶えてあげたいんです!」

 

 そう言ってリリィは空っぽの大きな袋を取り出し、口を大きく開いてこちらに向けた。

 

「さあトナカイさん! 子供達の元に急ぎましょう!」

 

(悪い子じゃないんだけど……多分、サンタの使命に火が付くとヤンデレすら消え去る位にはりきっちゃうんだろうな)

 

 あっという間に袋に入れられ、ソリに詰まれて運ばれていく。

 こうして、子供サーヴァントの部屋を巡る一夜限りのプレゼントになったのだった。

 

 

配布組の部屋

 

「わぁぁ! 本当にマスター君だ! ありがとう、サンタさん!」

「真夜中に入って来るのはどうかと思うけど、献上品に時間なんて関係ないし!」

「いや、普通に犯罪だと思うんだけど……」

「今日はお泊りパーティー?」

 

 ジャンヌ・ダルク・サンタ・リリィが俺を運んだ部屋は配布サーヴァントの部屋だった。

 子供達と言っていた様にどうやら子供の特性を持つサーヴァントしかいない様で、水着姿のダ・ヴィンチ、茶々、エリセ、バニヤンの4人が囲まれている。

 畳の部屋で布団で寝ている皆の中央に降ろされた様だ。ダ・ヴィンチちゃんは感激の余り抱きついている。

 

「うん? 手紙があるよ?」

 

「えーっと、何々?

 “サンタさんから、良い子の皆さんへのプレゼントです! でも、トナカイさんを独り占めしたり、大事にしない悪い子達なら返してもらいます”……だって」

 

「えー! プレゼントなのに没収とかありなの!?」

「なるほど。つまり、この部屋にいる誰か一人が独占したり、マスターを傷付けたりしてはいけないって事だね」

 

 エリセが読んだ手紙の内容に驚く茶々とそれに納得した様な顔で頷くダ・ヴィンチ。

 その視線は俺の背後に移り、巨大化したその手を俺に伸ばそうとするバニヤンに向けられた。

 

「あっ……しょぼん」

 

「まあ、子供と言っても私達は比較的精神年齢は高めだし、マスターくんを悪戯に傷つけたりはしないさ」

「まあ、それはそうだね」

 

「えぇ~? ほんとでござるかぁ?」

 

 他の皆を煽る様な口調の茶々が俺の頭を撫でた。

 

 それを見たバニヤンは等身大のサイズに戻って背中から抱き締めて頭をスリスリとこすりつけて来る。

 

「マスター……」

「まあ、正しい意味で子供なのは彼女位だね」

 

「でもバニヤンがこの中で一番大きくなれるんだよね……」

 

 精神年齢や身長の大小の話はこんがらがるので止めにしたが、今度は俺の扱いの問題が発生する。

 

「そもそも、誰もマスターに固執してないよね?」

 

「おっと、抜け駆けしようたってそうはいかないよ?

 確かに私は内面的にはお姉さんキャラだけど、可愛い弟が好き勝手されるのを見過ごしたりしないよ?」

 

「茶々も、マスターの事は孫の様に可愛がってるし!」

「やっぱり誰もマスターに恋愛感情を抱いてない……」

 

 内面的年長組の言葉に若干呆れた様子のエリセだが、こちらとしてはその方が助かる。

 取り合えず皆の布団が俺を囲うように敷かれているこの場所から脱出しよう。

 

「じゃあ、俺はちょっとあっちの椅子に――」

「はいはい、マスターの布団もすぐ敷いちゃうよ!」

 

 茶々がすぐそばに別の布団を敷き、先まで壁に近い位置で寝ていた他の皆も部屋の中央に寄って来た。

 

「あ、マスター君は寒くないかい?」

「茶々が温まる物を用意してやろうぞ!」

 

 立ち上がった彼女は部屋の奥へと消えて行く。

 邪魔者が一人減ったのを好機と見たか、バニヤンは俺の真横に立つと嬉しそうに手を握って来た。

 

「えへへ。寒い夜でもマスターの手を握ってると、幸せで胸がポカポカするよ」

「そ、そんな訳ないでしょ……私も握って確かめる……」

 

 エリセも隣にやって来ると同じ様に手を握った。恥ずかしさで頬を赤く染めている。

 

「ほぉ……」

 

「うーん……」

 

「だ、ダ・ヴィンチちゃん……?」

 

 そんな俺を嘗め回す様に監視しているダ・ヴィンチちゃんを不気味に思い、名前を呼ぶと彼女はこちらの恐怖を見透かしたかの様に笑みを浮かべる。

 

「いや、両手を盗られてしまったからね。私は何処に入ろうかなって」

 

 そして彼女は立ち上がると真っ直ぐあぐらで座っていた俺の前に立って、組んでいた足の間に座った。

 

「全く、どこの誰が恋愛感情がないだって?」

「だ、ダ・ヴィンチだって……!」

 

「いやいや、私のこれは姉弟のスキンシップの範疇だろう?」

「むぅ……マスターの事が一番好きなのは私だよ」

 

 いがみ合いを始める3人だったが、部屋の奥に向かった茶々がお盆を持って帰って来た。その上には茶碗が置かれており、少し湯気が出ている。

 

「もうマスターは食べた事あるよね? 茶々特製の『日輪汁粉』! これを食べて、体を温かくしてから眠れば快眠間違いなしじゃな!」

 

 そう言って皆に1つずつ茶碗を配ってくれた。

 甘い餡子の匂いが食欲を注ぐ……けど。

 

(これ、一服盛られてたりは……)

 

「さあ、召し上がれ!」

「私は遠慮しようかな。別に、今はお腹減ってないし」

 

 エリセはそう言って茶碗を少し離れた場所に下ろした。

 多分、彼女はリアル中学生だから体重とかも気にしての事なんだろう。槍か魔弾が飛んでくるから、口には出さないけど。

 

「餡子……甘ーい!」

 

 逆にバニヤンは子供らしく、何も警戒せずに口に入れて飲み干した。

 

「おかわり!」

「はいはい、まだ沢山あるけど後でちゃんと歯を磨く事!」

 

 そしてダ・ヴィンチちゃんは指でちょんと付けて舐めた。

 

「ふむふむ……うん、普通に美味しいお汁粉だね」

「そっか……」

 

 じゃあ食べようかな……そう思った時には既に視界がぼやけ始めていた。

 

(あ……これ、匂いだけで……)

 

「……アウトな、奴……」

 

 誰かが俺の手から茶碗を奪ったけど、眠りに落ちた俺にはどうでもいい事だった。

 

 

 

「茶々の作戦勝ちじゃな!」

「って、マスターに何をしてるんですか!」

 

 異常が起きたのを見てエリセは直ぐに警戒して立ち上がったが、それをダ・ヴィンチが制止した。

 

「まあ、こうなるのは想定内だったよ。だから私も効果が現れるまで時間を稼いであげたしね」

「お汁粉、おかわり!」

「そろそろ食べ過ぎだし! バニヤンはもうおかわり禁止です!」

「ふーん……じゃあ、マスターは私が貰うね!」

 

 眠ってしまったマスターに手を伸ばすバニヤンだが、その手は茶々が前に出した空の茶碗に阻まれた。

 

「だーめ! マスターはこれからわらわと一緒に夜を過ごすの! 子供は寝る時間!」

「やっぱり変な事企んでるんじゃないですか!」

 

「でも、私は此処から退かないよ?」

 

 ダ・ヴィンチは自分の肩に頭を預ける形で眠ったマスターをそっと撫でた。その顔には、愛しの我が子を見つめる様な母性を含んでいた。

 

「なななっ! それ茶々の役目なのにぃ!」

「落ち着いて。独占したら没収なんだから、例え不本意でなくとも添い寝をするなら皆でだ」

 

「二人っきりが良いけど、いなくなるのはもっと嫌」

「むぅ……でも、マスターの頭を茶々の膝に乗せる事!」

「自重して下さいよ」

 

 3人それぞれがマスターに触れようと手を伸ばし――全員の指が弾かれた。

 

「っ!?」

「ビリビリ……?」

「ひゃっ!?」

 

「どうしたんだい?」

 

 そんな中ダ・ヴィンチは一人平然とマスターの頭を撫でていた。

 

「あっ! なんかバリアみたいなの張ってるし!」

「独り占めしてるのは貴方じゃないですか!」

 

「独り占めはしてないよ? 直接触れなくても、マスターから少しは離れて寝ればいい」

 

「もうあったまきた! 必殺のスーパー茶々モードで丸焦げにしてやる!

 伯母上の本能寺より炎上するから覚悟するし!」

 

「いや、此処でそんな事したらマスターまで巻き込みますよ!」

 

 怒りに任せて宝具を発動させようと茶々と、それを止めるエリセ。

 

「……」

 

 バニヤンはそんな彼女達を尻目に両手をすっと口の所に持ってくると――

 

「――サンタさーん!!」

 

「はーい!」

 

 バニヤンの大声で呼ばれたジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィが何処からともなくやって来た。

 

「ダ・ヴィンチがマスターを独り占めしてる!」

「……本当ですね! プレゼントと一緒に書いておきましたよね? 独り占めは駄目ですって! なので、プレゼントのトナカイさんは没収です!」

 

「えー!? やだやだ、マスター君は私のマスター君!」

「今更そんな子供みたいな我が儘を言っても許しません! トナカイさんは返してもらいます!」

 

 触ったらビリビリ痺れるので、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィは宝具の槍を使ってマスターを引っかけて持ち上げた。

 

「あ、わらわは良い子だったのでマスターをプレゼントしたりは……」

「駄目です! これはもっと良い子達に渡します!」

「もっと良い子達って……?」

 

「えーっと……カーマちゃんと……(あ、この漢字はまだ習ってません)……の所ですね!」

 

 

 

カーマ&阿国部屋

 

「どうして私と貴方が同室なのか、最初は疑問でしたがマスターが届いたなら些細な事です」

 

「ええ、その疑問には私も同意ではありましたがこうして契約を結んだマスター様と顔合わせが出来るなら僥倖ですね」

 

 またしてもリリィに運ばれてやって来たのは少し広い和室。

 広く感じるのは住人の数のせいかとも思ったが、部屋の奥にはまるで舞台の様な一段高いスペースもある。

 

「水着のカーマと、阿国さん?」

 

 カーマは愛の神。今は小さな銀髪赤目の女の子だが、マスターである俺を堕落させる為なら更に成長した大人の姿になる事も出来る。通常はアサシンだが、目の前の彼女は水着姿のアヴェンジャークラスだ。

 

(まあ、アサシンの方は召喚出来てないからな……)

 

 もう一人は日本出身のキャスターのサーヴァント。

 模様も色もバラバラな和服の姿で、部屋の隅には青い甲冑の絡繰り武者の斬ザブローが正座の姿勢で座っている。

 

 歌舞伎役者でありながら封印の巫女であり、妖ハンターを自称している。

 とある特異点では、その結界術と舞で邪神退治に大きく貢献してくれていた。

 

「ふふふ、自らクリスマスプレゼントになるだなんて、堕落ポイントが良い感じに貯まって来たんじゃないんですか? ……む、まだ程遠いですね……」

 

「なんでも、カーマ様はマスター様と恋仲だそうですね。

 それならば、この阿国さんと斬ザブローが1つ余興をして差し上げましょう!」

 

「あら、気が利くじゃありませんか」

 

「ええ、お任せあれ!」

 

 阿国さんが自信満々に床を叩くと、部屋の電気が消えて数秒後、部屋の奥の舞台の中央に明かりが点き、阿国さんと絡繰り武者の斬ザブローが現れた。

 

 俺が驚いている間にカーマは俺の隣に座り同じく突然始まった阿国さんの舞台を観る。

 

 歌舞伎なんて俺も彼女も見慣れないモノではあったが、台詞回しの癖や役者の動きに合わせた独特な効果音(ツケと言うらしい)に慣れてくると太閤殿下すらお抱えしたかった程の彼女の魅せる世界に、最後は拍手すらしていた。

 

「ありがとうございました! では、此処で一度休みを入れましょう」

 

「あ、でしたら今度は私の出番ですね」

 

 舞台も終わり明かりが戻ると、立ち上がったカーマが夜食を持ってきた。

 その口振りから手料理だと思っていたが、彼女が持ってきたのはカップ麺とお湯だった。

 

「分かっていますよマスター。現在は深夜。

 貴方が欲しいのは不健康で余分なカロリーに満ちた食の堕落、カップラーメンですね」

「ほほう、これが噂のインスタントラーメン……! 深夜に食すと罪深くも甘美な幸福を与えると聞いていますよ!」

 

 ドヤ顔でカップにお湯を注ぐカーマと、それをキラキラとした瞳で見つめる阿国さん。

 

「さあ、どうぞ」

「い、頂きます……」

 

 目の前に突き付けられ、香ばしい香りに抗えず麺を啜ると……美味しい。

 この後やる事と言えば寝る事位。こんな物食べても体は一切動かさない。

 

 そんな罪悪感が手軽でジャンキーなスープのうま味を更に上へと導いていく。

 

「ふぅ、ご馳走様でした。

 ……ではでは、私は今一度舞台に戻りカップラーメンに負けない満足感をご提供しましょう!」

 

 再び始まる阿国さんと斬ザブローによる2人……正しくは、阿国さんの一人芝居。

 以心伝心のコンビネーションは敵同士であっても完璧なタイミングで話し、向き合い、戦いを見せる。

 

「やっぱりすげぇ…………っ?」

 

 しかし、突然舞台を観ていた俺の意識は指先に走った奇妙な感触に奪い取られる。

 

「……マスター、確かに素晴らしい見世物ですが、私と言う愛の神を蔑ろにしては駄目でしょう? ん……」

 

 子供の姿のままのカーマはこちらを見ながら、両手で掴んだ俺の左手、その中指に舌先を走らせた。

 

 指先を転がし、何度も舐めて。

 

 こちらの反応が薄くなると軽く歯を当てて甘噛みしてきた。

 

「例え映画館や水族館でのデートでも、意識は常に私に向けて……あむっ……全てでなくても良いですけど、大半の時間、思考は私の事を想って……っぁん……いなくてはいけませんよ――」

 

 ――しかし、そんなカーマのスキンシップも何だか段々気にならなくなってきた。

 

「っは!」

「ッダ!」

 

「我、名を国丸ともぉすぅ!!」

 

 目の前で繰り広げられているのは歌舞伎。

 否、歌舞伎だけがこの場にあった。

 

(劇に合わせて、封神の結界の舞を踊る……中々にハードでしたが、マスターに集中されていたので気付かれていませんね)

 

 カーマがいない。

 光を奪われた瞳は、歌舞伎の世界を照らす照明の下だけを追って映し出している。

 

(そうです。マスター、今は私の、阿国さんの舞台をだけをどうぞ。

 どうぞご堪能下さい。

 そして私だけに、万雷の拍手喝采を――)

 

――そして、舞台も消え去った。

 

 俺は突然、闇の世界に放り出された。

 

「……え?」

 

 最初に思ったのは「阿国さんは何処に消えた?」だ。

 今、別に誰かが消えたり、舞台が終わる様なタイミングではなかった筈だ。

 

 なので次はカーマを探した。

 先は急にいなくなったが、左隣に座っていた筈だ。

 

 しかし、幾ら左手を伸ばしても左隣りには誰もいない。

 

 体はその場から動けない。真っ直ぐ、先まで歌舞伎があった場所をじっと見つめたままだが、誰もいない。

 

「何で……?」

 

 愛の神に魅入られた。

 

 だからカーマに触れ続け、彼女以外を視界に入れてはならなくなった。

 

 歌舞伎の世界に見入っていた。

 

 だからあの世界に囚われ、唯一無二の観客となった。

 

 しかしこれには矛盾が生じる。

 

 封神の結界で消え去ったカーマは瞳に映らない。

 

 カーマに支配された視界では、歌舞伎に見入ってはならない。

 

 その結果がこの暗黒だった。

 

「さあ、これでぇ――おしめぇだぁ!」

 

「この後、私達は同じ布団で一夜を過ごすんです。そしたらきっと、貴方も私の愛に堕落せずにはいられないですよ?」

 

 皮肉にも、俺の視界に映らない世界では彼女達が俺の異常に気付く事も無かった。

 

 暗闇に閉ざされた俺の様に、彼女達の世界もまた自身の中に潜む偏愛の黒に覆われていたのだ。

 




メリークリスマス!

今回の話はなんとか25日に間に合わせようと突貫工事になってしまいましたので、その内暇を見つけて加筆や修正を行うかもしれません。

レイドイベント、自分はそこそこのスルトを倒して3体目に挑む感じです。皆様のご健闘と良い年末をお祈りいたします。
そしてこれが年内最後の投稿です、皆様今年もヤンデレ・シャトーを愛読して下さってありがとうございます。来年も色々しつつ投稿して行きますので、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

停電ヤンデレ

新年、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

2月になってこの挨拶で始まる事をお許しください。

更新頻度は低下していますが、今年も出来る限りヤンデレ・シャトーを投稿していくつもりですのでどうかよろしくお願いします。



 

「はぁ……暗い……」

 

 目の前の状況に悪態を吐く。正確には何も見えないこの状況に、だ。

 

「暗くてなんも見えないのは流石にヤバイんだけど……」

 

 ヤンデレ・シャトーにやって来て、いつも通り散策しようかと思ったら灯りが全て消え去り、今は壁に寄りかかりつつ目が慣れるのを待っている。

 

(新年が始まって最初に暗闇に閉ざされるなんて、不吉な始まり方だな……)

 

 以前も似たような状況があったがあの時と比べれば体が自由に動く分まだましだろう。そう思って動くことにした。

 

「壁を伝っていくしかないよな……」

 

 サーヴァント達が現れるまでヤンデレ・シャトーは静寂だ。それが暗闇の中であるなら、虚無と呼んでしまえる程に何もない。

 

 現在人ならスマホを出してライトをオンにするだけで照らせるが、手元にないのが口惜しい。

 それにこんな状況になってもサーヴァント、特にヤンデレと化している彼女らなら誰であろうと直ぐにこちらを補足するだろう。

 

「もしかしたらもう背後に立ってたり…………」

 

 そんな想像をして、少しだけヒヤリと冷たいモノが背中を走った。

 

「って、何勝手にビビってんだか……」

 

 指先にある壁の感触が扉に変わらないか集中しつつも、足元も見えない廊下を歩いていく。

 

「……ん?」

 

 不意に何か物音が聞こえた気がして足を止めて、辺りを見渡した。しかし真っ黒なままで何も見えやしない。

 

「誰かいるのか?」

 

 目の前に向かって喋りかけたが返事はなく、再び足を動かした瞬間――

 

「――おわっ!?」

 

 突然、目の前の空中に巨大な瞳が浮かんでいた。

 見覚えのあるその光の眼は鋭くこちらを睨んでいる様で、その周りから更に同じ瞳が出現する。

 

「って、この目は……」

 

「近付いていたのはマスターでしたか。これは失礼。何せ辺り一面真っ暗でしたので、目を凝らさなければ顔も見えませんでしので」

 

 目の前から瞳が消え、代わりに指先から小さな炎を灯して自分の姿を照らして見せたのは白のスーツで抜群のスタイルを覆った自称敏腕秘書、コヤンスカヤだ。

 謝罪はしているが、こちらを見る彼女の視線は何処か蔑みと愉悦を含んでいて、恐らく瞳を開いた理由も俺を驚かせる以外の理由は無かったのだろう。

 

 愛玩の獣、ビーストIVでありこちらは“闇の”と呼称されるフォーリナークラスのサーヴァントだ。例によって光のコヤンスカヤを俺は召喚していない。

 

「全く、奇妙な場所だとは思っていましたが、まさか唐突に明かりが消えるなんて……予備電源は無いのですか? 復旧作業は?」

 

「俺に聞かれてもなぁ」

 

 ヤンデレ・シャトーにそんな現代的な施設があるかも分からないし、そもそもこれは俺を苦しめる為の演出の筈だから復旧するかも怪しい。

 

「どうやらマスターはこの暗闇にお困りのご様子ですね。ではでは、この闇のコヤンスカヤが明るい視界をご提供しましょう」

 

 そう言って彼女はこちらに何か……首輪の様なモノを差し出してきた。

 

「これは?」

「指輪です。神の姿の私が作ったので、少々大きくはなってしまいましたが、首輪としてなら丁度良いかと。何せ神とのペアルックですので、ありがたーい後利益がマシマシですよ?」

 

 いきなり渡されたヤンデレ御用達アイテムに驚きつつ、取り合えず返品する事にした。

 

「あら、お気に召しませんでしたか? これなら私と同じ視力を得られますのに」

「いや、まだ俺の所属はカルデアだから」

 

「そういえば正式な転属は人理修復の後に、というお話でしたね。では仕方ありません」

 

 転属じゃなくてスカウトに来てくれって話だったような……

 

「ではでは、サーヴァントらしく私がマスターの目となり安全な場所までご案内致しましょう。こちらです」

 

 こちらの手を優しく掴まれたと思ったと同時に、辺りの雰囲気が一変した。恐らく、何らかの術で瞬間移動したのだろう。

 

「到着です、足元にお気を付けください」

 

 コヤンスカヤが指を鳴らすと、明かりの無い部屋の壁に炎の様に揺らぐ小さな光が幾つも出現して視界を照らした。

 

 そこは彼女が運営しているNFFサービスの社長室の様な場所で、繋いでいた手を離されると同時に座り心地の良い大きな椅子に座らされた。

 

「さあさあ、ゆっくりお寛ぎ下さいな」

 

 優しい手つきで肩を揉みながらそう言うが、下味を揉みこまれている肉と同じ状況なんだと察した。振り返ってもニコニコと真意の見えない表情のコヤンスカヤが恐ろしい。

 

「NFFサービスは今までどんな異聞帯であっても必要な物を提供して参りました。勿論その全てに対価を頂いております」

「……光熱費を払えって?」

 

「察しの良い取引相手は嫌いではありませんよ。この安全地帯に滞在している間、私のちょっとした頼みを聞いていければと」

 

 机の上に一枚の契約書が置かれた。

 少し読みにくいが俺の衣食住と安全を確保してくれる代わりに、彼女の保護外から出る際には彼女の許可がいる、との事だった。

 

(これ、許可がいるとは言ってるけど頼んでも許可してくれるとは書いてないんだよなぁ)

 

「因みにですが、これは今現在の私との契約でチャンスは一度っきりとなっております。マスターには大変心苦しいですが、契約にサインを頂けないのであれば再び明かりのない廊下に出て行って貰った後に少々……神っぽい私が対応させて頂きます」

 

 よよよ、と涙を拭うフリの後に八重歯を見せて笑う彼女を見て最悪と災厄の選択肢しか俺に用意していないのが分かる。

 

「……分かった」

 

 なのでさっさと諦めた俺は契約書に名前を書いた。

 

「契約完了ですね。

 ご安心ください。マスター様の身の安全は私が全力で保証します」

「はぁ……」

 

「では、マスターが大好きなおやつをご用意いたしましょう」

 

 そう言ってコヤンスカヤはオフィスから消えたが、5秒程度で直ぐに戻って来た。

 

「はい、こちらがおやつですよ」

 

 そう言って机の上に既製品らしいクッキーやチョコなんかが入った皿が置かれた。

 

「……」

 

 その皿がペット用の餌入れなのが、形と側面にある肉球模様でなんとなくわかった。

 

「どうか致しましたか?」

 

 悪意ありまくりの笑みを浮かべる彼女を見て、出そうになった溜め息をなんとか抑えた。

 

「……」

「あら、食べませんか?」

 

 いや、この感じは皿のデザインで嫌がらせして、それを食べてる俺を楽しむだけなんだと思うけど……

 

「ふふふ、困ってるマスターは愛おしいですね。揶揄うのはこれくらいにして、勿論ちゃんとしたお食事をご用意させて頂きますね」

 

 再び社長室の扉から出て行くコヤンスカヤ。

 ずっと社長の椅子に座っているのも落ち着かないので、一度立ち上がって背伸びをした。

 

「ふー……」

 

 天井の照明の代わりに部屋を照らす炎を見つめる。

 試しに扉の隣にあるスイッチを押してみるが、やはり電気は点かない。

 

「なんで電気が点かないんだ?」

 

 やっぱり外に原因を探った方が良いのではと思ったが、ドアノブに手を置いても腕に力が入らず、回せない。

 

「契約書にサインしたから、外に出るって行為自体が出来ないんだな」

 

 何も出来ない事を悟り、大人しく社長イスに戻って腰をかけ直した。

 

「はーい、お待たせ致しました!」

 

 そう言ってワゴンを押して入って来たコヤンスカヤ。

 まるで高級レストランの様に料理に銀色の丸い蓋――クローシャを被せて持ってきた。

 

「マスター様の為にご用意させて頂きましたお品の数々、まずは――」

 

 ――コヤンスカヤがクロージャの突起部分に手を掛けたと同時に、部屋を照らしていた明かりが一斉に消えた。

 

「っ!?」

 

 暗闇で俺は何も見えないが、扉を開ける音が聞こえたと思ったら誰かに手を引っ張られ、コヤンスカヤが耳元で喋った。

 

「転移します」

 

 それだけ言うと先までとは違う場所に移った様だが、相変わらず暗くて状況が分からない。

 

「ふぅ、奇襲を受けましたが取り合えず危機は脱せたかと」

「誰が来たか、分かる?」

 

「いえ、アサシンの様でしたので顔は分かりませんでしたが……」

 

「アサシンとは心外です! あ、いえ本来私にはそれ位しか取り柄はありませんでしたが……」

 

 闇の中で明らかにコヤンスカヤとは違う誰かの場違いに明るい声が聞こえて来た。

 コヤンスカヤが素早く動き、声の主に向かい合った。

 

「マスターには暗すぎると思いますので……っや!」

 

 すると、ドラムを叩いた様な短い音と共に天井からスポットライトの様な光がもう一人のサーヴァントを照らし出した。

 

 つばの広い白い帽子には水色のリボン。胸部分を覆う黒と下に履いた水色の水着、右手首に付けた青いシュシュ。

 

 派手で露出の多いサーヴァントの中では控えめで大人しい姿の彼女は、暗殺の天使とは違う自分を探すキャスタークラスのシャルロット・コルデ―だ。

 

「はぁ……誰かと思えば唯の村娘さんですか」

「事実ですが、流石に元ビースト相手には舐められてしまいますよね」

 

 コヤンスカヤに軽んじられて若干傷付いた様だ。

 

「見た所、手品師の様ですしこの停電も貴女の仕業でしょう?」

「いえ、それが全く心当たりが無くて……暫く色々試していたんですが一向に戻らなくて」

 

 コルデーも停電に心当たりが無いとなると、まだサーヴァントが何処かに潜んでいるとみるべきだろう。なんでそいつが出てこないのかは謎だけど。

 

「そんな事より! マスターを渡して下さい!」

 

「はぁ、まあこの空間でそうなる理由は理解できますが、私がその要求を呑むと本気でお思いですか?」

 

 コルデーの言葉にうんざり気なコヤンスカヤは小馬鹿にした様な声色で返事をする。

 

「貴女がマスターを求める様に、私もマスターを求めているんです。そんな私達の間で取引が成立するとでも?」

 

「別に公平な取引がしたい訳じゃありません。

 私の方がマスターが大好きなんですから、マスターの隣には私がいるべきだと言う主張です」

 

 何時になく真正面からでも強気な発言をするコルデー。恐らく、他のサーヴァントと同様に水着霊基の影響で普段よりアグレッシブになっているんだろう。

 

「……は?」

 

 それを聞いたコヤンスカヤは間の抜けた声を出した。

 

 掴まれた手が少し、痛くなった。

 

「何を言うかと思えば」

 

「唯の村娘如きが」

 

人類悪()と」

 

人類愛()比べですか」

 

 

 

 

「こ、怖かったです……!」

 

 コルデーの言葉に怒り、神としての霊基へ再臨したコヤンスカヤ。

 だが、意外な事に俺の身柄はシャルロットの元にあった。

 

 神になったコヤンスカヤは秘書の時と比べれば直情的で、コルデーの手品に惑わされ易くなった。

 

 それに加え攻撃に俺を巻き込まない様に配慮してくれたので、結果としてコルデーに俺を確保され、逃走する彼女を阻む事が出来ずイリュージョンによって逃げ果せてしまった訳だ。

 

(アサシンの時からもってたでたらめプランニング系のスキルが上手く作用したんだろうな……)

 

 しかし、ピンチから逃げ切ったのはあくまでシャルロット・コルデー。

 ヤンデレである彼女に捕まったままの俺はある意味、今だ危機的状況にいると言っても良い。

 

「あの……狭いんですけど」

「あうぅ……すいません、本当なら私の部屋まで跳ぶ筈だったんですけど、失敗して脱出ショー用の箱の中に……」

 

 現在、俺と彼女は本来は1人用の箱の中に向かい合う形で詰め込まれていた。

 胸が当たって……とか、そんなラッキースケベよりも箱に押し込まれて痛い。

 

「転移は?」

「えっと、このままだと先の場所に戻りそうなので……」

 

 まだあの状態のコヤンスカヤがいるかもしれないので無理か。

 

「じゃあ箱を開けてくれ」

「出来ません……! 種も仕掛けもない解除不可能な箱の中から魔術で脱出する筈でしたので……」

 

「じゃあ箱を破壊したりは?」

「それです!」

 

 何もない場所からナイフを手に取ったコルデーは、魔力で刃を強化して箱を切り裂いた。

 箱が開いても光が無いが、密着状態と息苦しさから解放されたので一先ず安心だ。

 

「脱出成功ですね!」

「そうだね……」

 

 服に移ったシャンプーか何かの香りに少し不安を覚えつつ座っていると、コルデーの傍にいる天使(?)の様な球体状の何かが光り出し、辺りを照らした。

 

「天使さんにライトになって貰いました」

「何時まで停電してるんだろう……」

 

 視界が戻り、両手に箒とチリトリを持ったコルデーは地面に散らばった箱の破片を片付けてニコっと笑った。

 

「大丈夫です! 私がマスターの傍で、ずっと暗闇を照らしますから!」

 

 嬉しそうな彼女が本心でそう言っているのは分かる。

 

「ですので、どうか私の傍に居て下さい」

 

 俺の手を掴んだ。

 コヤンスカヤとは違う、そっと添えるだけの手だがそこに重ねた想いだけは別格だ。

 

 拘束するのではなく離さない。そんな意志だけがはっきりと伝わってくる。

 

「さあ、こっちです」

 

 箱から脱出して出て来たのは、廊下ではなく彼女の部屋の中。

 羽の動きで多少影が揺れるが、部屋全体を申し分なく照らしている。

 

 コルデーはこの部屋の中で一緒に過ごすつもりらしく、立ち上がった俺の手を取って奥へと連れ込もうとする。

 

 彼女が一般的な女性に近いとは言え、サーヴァントである以上力で勝てる訳が無い。なので此処は大人しく従うのだが……

 

「……マスター?」

 

 俺の手はドアノブを掴んで捻っていた。俺の意思とは関係なく。

 

(先コヤンスカヤの契約書にサインしたからか……! 体が、勝手に……!)

 

 この行動にコルデーも驚いたようで、慌てて力を込めて制止する。

 

「マスター!?」

「あー……えーっと……不可抗力です」

 

 丁寧に契約書の事を説明すると触れなくていい逆鱗に触れそうなので濁して伝えると、コルデーは頬を膨らませて怒りながら両手で俺を抱き締めた。

 

 けれど、足は止まらない。

 

「もう、あの獣っぽい方と何をしていたんですかっ!?」

「ちょ、ちょっと安全保証の契約を……」

 

「詐欺にあってますよね、それ!」

 

 部屋の入り口でジタバタしていると、廊下の方から力強い足音が聞こえてくる。

 

 暗闇の中、音と同じ方角から輪の様な形の炎がどんどんこちらに近付いてくる。

 

「見つけたっ!」

 

 俺達を補足した神霊状態の闇のコヤンスカヤがこちらに向かって突っ込んでくる。

 

 鋭い瞳と天使の光を反射する鋭い爪。

 

 殺される……! と思った瞬間。

 

「っ!?」

「おわぶっ!」

 

 俺はコルデーに押されて、コヤンスカヤの方へ放り出された。

 驚いたコヤンスカヤに抱き締められたが、爪で引っかかれずに済んで安堵した。

 

「なんのつもりですか?」

「今の私はマジシャン、シャルロット・コルデー。

 なので、マスターは必ず私の手元に戻ってきます!」

 

 強気なコルデーの言葉と同時に、俺の服の中から突然何かが飛び出した。

 微かな明かりで照らされたのは白い羽。

 

 数羽の白いハトが、礼装の袖や襟から羽ばたきながら出て行ったのだ。

 

「この程度、直ぐに私が支配して――」

「無駄ですよ」

 

 コルデーの手元に1羽のハトが戻って来ると、残りのハト達はポンっと音を立て、煙を上げてその場から消え去った。

 

 手元のハトも消えて、彼女の手には一枚の紙。

 

「っ、貴様!」

「この契約書は破棄させて頂きます」

 

 契約書が破かれ、俺を縛っていた見えない拘束力もなくなり体が自由に動かせるようになった。

 もっとも、その体はコヤンスカヤに掴まれている訳だが。

 

(この女を無視してマスターを連れて……否、此処で確実に仕留めねば、また妙な真似をされるか)

 

(うーん、やっぱり神霊相手では役不足ですしあっちもそろそろ怒り心頭な筈……いえ、例え刺し違えてでもマスターを奪い返して見せます!)

 

 暗闇の中、それぞれお互いの前方だけ照らし合っている二人は睨み合っていた

 

 片や獣、片や手品師。なのに、何かキッカケさえあれば、地面を蹴って相手の首を落とす。そんな剣豪にも似た覇気を感じる。

 

「!」 

「っ――」

 

 ――遂に動いた。

 コヤンスカヤは俺を手放し、コルデー目掛けて攻撃に出た。

 

 それに反応して、自分の帽子を投げつけたコルデーはすぐさまステッキを手に持ち接近戦に備える。

 

 魔力で強化され操作されている帽子の斬撃を物ともせず、一直線に突き進む。

 

 接触まであと一歩――

 

『――っ!』

 

 突然、光の無い廊下が眩しい程の光で照らされた。

 

『~♪』

 

 同時に、塔中に響き出した歌声と音楽。

 聞き覚えのある旋律に首を動かして周囲を見渡した。

 

 スポットライトや色とりどりの小さな光が絶えず動いて、殺風景なヤンデレ・シャトーがライブ会場に様変わりしていた。

 

『~♪ ~♪』

「この声は……まさか」

 

 2対の光が道の様に広場まで続いており、その先に声の主がいるのが分かる。

 

「なっ!?」

「あ、あれ……?」

 

 後ろから聞こえて来た戸惑いの声に振り返ると、コヤンスカヤは白いスーツの秘書姿に戻っており、コルデーのハトや帽子が消滅している。

 

「な、何故突然霊基が……」

「まるで思いっきり絞った雑巾みたいに、力が抜けて……」

 

『~♪』

 

 アイドルソングはまだ聞こえているが、俺に異常はない。

 

 攻撃手段が封じられた2人もお互いに顔を見合わせているが、敵意が薄れている様に見える。この未知の状況に一度休戦をする様だ。

 

「どう考えても、この戦闘力の消失は今流れている怪電波アイドルソングが原因の筈です!」

「でもこの歌声、確かカルデアのアーカイブで聞いた様な……」

 

 当然、プレイヤーである俺は知っている。

 周回中に散々聞いたんだ、忘れるわけがない。

 

 謎のアイドルXオルタ、えっちゃんだ。

 

『――アンコールより、餡ころ餅!』

 

 曲が終わり、広場の方を一際明るく照らしていたスポットライトが、こちらに近付いて来る。

 えっちゃんがこちらに近付いて来ているのだ。

 

「マスターさん、どうして私の近く来ないんですか?

 折角のソロライブだったのに……」

「何せ、随分唐突だったからなぁ」

 

「そうですか。今度からはちゃんと入場券をお配りする事にします。

 勿論、マスターさんなら顔パスで楽屋に入って貰ってもいいんですけど」

 

「おっと、可愛らしいアイドルさん。私の社員との逢引はご遠慮ください」

 

 マイペースな会話をするえっちゃんの前にコヤンスカヤが横入りしてきた。

 

「……秘書としてはレベルが高そうですが、残念ながらアイドルとしては私に分がありますね」

「はぁ、アイドルですか。確かに私は人間のどうでもいい文化には疎いですが――っ!」

 

 唐突に、コヤンスカヤが跳んで距離を取った。

 

「む、分かり易くえっちゃんパンチをお見舞いしようとしたのに……」

「そう言う事ですか。これは貴方の経験した特異点の再現ですね」

 

「もしかして、アイドルであればサーヴァントすら倒せてしまうあの特異点!?」

 

「そうですよ、原石ガール。今この場所はグレイルライブの再現。歌って踊れるトップアイドルがもっとも大きな力を持つ場所です」

 

「では先までの停電は……」

 

「自室でリハーサルをしていたんですが、手違いで会場全体の照明を切ったままにしてしまいました」

 

 つまり、アイドルであるえっちゃんが単純な力量で2人を圧倒している上に、塔の状態すら思いのままなのか。

 

「まあ、流石に構造は弄れませんので照明やプロジェクターなんかで派手にしていますけど」

「だったら、私達もアイドルになれば!」

 

「無駄ですよ。アイドルの力の源はファンの数。そしてこの場で唯一、ファン足り得る一般ピーポーはマスターだけ」

 

 唯一のアイドルであるえっちゃんが自動的に俺の票を得る訳か。

 

「と言う訳で、貴方達はアイドルでもなければファンでもない、悪質なアンチと断定し、セキュリティにしょっぴかれて頂きます」

 

「ちょ、急に何処から!?」

 

「わわ、て、抵抗できませーん!」

 

 えっちゃんが手を叩くと、何処からともなく警備服に身を包んだオートマタが辺りを囲み、戦闘力の無いコルデーとコヤンスカヤを何処かへと連れて行った。

 

「これで良し、ですね」

「いや、全然よろしくないだろ」

 

 連れ去られていく2人を見ながらツッコミを入れたが、えっちゃんは真剣だ。

 

「マスターさん、全然私に会ってくれませんね。

 勿論、その理由がお知り合いのマスターと別の私である事は知ってますけど」

 

 痛い話を持ち出され、俺は思わず顔を反らした。

 バーサーカークラスである本来のえっちゃんは、俺のカルデアには居らずこの悪夢の中では玲と一緒に入るのが普通だったし、何処かアイツだけのサーヴァントの様に考えていた。

 

「他のサーヴァントなんて、例え私であっても気にする必要はないです。

 それが出来ないなら――」

 

 ――言葉の続きより先に、廊下を照らす全ての光が再び消え去った。

 

「この闇の中に、私の姿を隠しましょう。

 見えないなら、私が何者であるかなんて気にしなくていいでしょう?」

 

 押し倒され、馬乗りになった彼女の声が聞こえて来る。

 

「コレも……“隠しましょう”」

 

 声が変わった。

 謎のヒロインXの様な、メイヴの様な、タマモキャットの様な……どれかに近い筈なのに、どれにも似ていない声が降り注ぐ。

 

「“光もない、声も違う。怖いでしょうか? ですがマスターさんに恐怖する時間なんてありませんよ?”」

 

「“アイドルの姿を拒絶し、声さえ変えさせた責任はとっても重たいです”」

 

 こちらを責める様な、しかし甘える様な口調が迫って来る。距離は分からない。

 

「“謎のアイドルXオルタは、本当に謎のベールに包まれました。

 人目に付かない暗闇ですからね”」

 

「“大人しい文学少女も、本性を見せるかもしれません”」

 

 右側から本の一説を音読した様な平坦な声が届いた。

 

「“ヴィランとして、悪事を働くかもしれません”」

 

 左耳を悪戯に、くすぐる様に囁かれた。

 

「“目を逸らそうが向けようが、どうせ見えていないなら”」

 

「“手で触れて、肌を重ねて……私の本性、確かめませんか?”」

 

 暗闇の中で、少し金属が騒がしい衣擦れの音が響いた。

 

 

 

 そして、黒の世界で1人と1騎が熱を交わし合う前に、辛うじて偶像(アイドル)が信者の元に、手品師が助手を求めてやって来た。

 

 ライブ会場、神域、ショーの舞台、3人の概念の押し付け合いが激化していく最中、放置された俺は闇に息を潜めて今日をやり過ごしたのだった。




停電の使い方が分からん(おい)
因みに、このネタを書き始めたのが正月前後で停電にあってたからだったりする。(もはや何時だったかも覚えてない)

バレンタインデーイベントはいかがお過ごしでしょうか。自分は本命のエイシンフラッシュが引けず、折角のブルボンの育成を未だ見送っております。
バゼットさんは……積極的には引いておりません。次回以降のイベントに石を溜めておくつもりです。

当然ながらマスターデュエルは初日に始めました。
ランクマッチでナチュルとか使ってるのでレートが溶けてますが楽しいです。

今月中にバレンタインデーの短めの奴をあげたいと思ってます。(まだ白紙です)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テオブロマの後遺症

バレンタインデーのイベントを基にした話だったんだけど、めちゃくちゃズレてしまいました。


 

 バレンタインの日にやはりヤンデレ・シャトーがやって来た。

 

 何も知らない誰かが聞けば羨ましがるかもしれないが、この夢はマリアナ海溝よりも深い愛を持つFate/Grand Orderの女性サーヴァントに迫られるおかしな夢だ。

 

 もっとも、人の枠組みを超えたサーヴァント達のアプローチは異常だ。

 監禁や誘拐などの犯罪行為や、魅了や催眠等の超常的な能力、そして現代兵器に勝るとも劣らない戦闘能力で殺し合う事も良くある。

 

 それらを躱してどうにか目覚めまで生き残るのが俺の日課だ。

 

 我ながら何故こんな悪夢が日常生活の一部になってしまったのか。

 

 なので、今日もヤンデレ・シャトーに到着してやがて来るであろうサーヴァント達に身構えていた――のだが……

 

「……死屍累々?」

 

 再び使うか怪しい四字熟語が口から出たが、目の前の光景を見ればそう言わざるを得なかった。

 

 ヤンデレ・シャトー、石造りの薄暗い廊下に複数のサーヴァントが倒れていた。

 

 全員もれなく開いた扉の前で倒れており、部屋の中から光に照らされているのではっきりと場所が分かる。

 

「なんで全滅してるんだ……?」

 

 こういう状況の時は、大体誰か1人が暗躍しているだけど……見た感じ、全ての部屋の扉は開いており、全てのサーヴァントが倒れている様だ。

 

 恐ろしい状況ではあるが声を掛けないのも後が怖いのでゆっくりと近付いた。

 

 一番近い位置で倒れていたのは……

 

 

 

 水着で夏を満喫していた皇女、アナスタシアだった。

 床に倒れ、傍らには相棒の人形も一緒だ。

 

 暑さには悪態を吐く程に弱い彼女だが、水着になった事で寧ろ寒さに弱くなったのだろうか。

 

「……あ、マスター……」

 

 力なく倒れていたが、こちらを見つけると顔を上げて名前を呼んできた。

 

「どうしたんだ?」

 

 冷たい床に放置するのも、ドレスの様な白い水着が汚れそうで気が引けたので彼女の体をそっと持ち上げて何があったかを尋ねた。

 

「先の特異点で戦ったあの……テオブロマの魔力に当てられて、どうもやる気と魔力が無くなってしまったみたいで……」

「えっ!?」

 

 テオブロマ……今回のバレンタインの特異点で出現した、触れた者のやる気を吸収するエネミーだ。サーヴァントは魔力も同時に吸われる様だが、彼女や他のサーヴァントが倒れているのもそれが原因の様だ。

 

「どうか、こんな情けない哀れなサーヴァントを介護して頂けないかしら……?」

「分かったよ」

 

 取り合えず彼女に肩を貸して立ち上げさせ、フラフラと頼りなく浮くヴィイを掴んで部屋に運んだ。

 

 中には天蓋付きの大きなベッドがあったので、そこに彼女を寝かせた。

 

「あっ……マスター、どちらに?」

「他のサーヴァント達も廊下に倒れてたから、ちょっと助けに行って来る」

 

 そう言って部屋を出ようとしたが、巨大な雪ダルマが扉を塞ぐ様に落ちて来た。

 

「おわっ!?」

「駄目よ」

 

 振りむけば手をこちらに向けたアナスタシアとヴィイ。

 強い口調で制止されて思わずたじろいだが、彼女達は力なく後ろに倒れた。

 

「……単独行動スキル分の魔力も、おわりね」

 

 今度こそガス欠。疲れていようがやる気がなかろうが此処ではヤンデレである事は変わらないらしく、見事に閉じ込めれられてしまった様だ。

 

「今は、私だけを介抱してほしいわ……」

 

 扉を塞いだ雪だるまを見て、これをどうこうするのは難しいと思った俺は、病人の様に弱弱しい声色に観念して彼女の元に戻って行った。

 

「それじゃあ、何か作るか?」

「何もいらないわ。

 今の私に必要なのはあなただけ」

 

 基本的にサーヴァントはマスターから魔力が供給される物だが、多分一度に多くの魔力とやる気を吸われたからか、補給が間に合っていない。

 なので食事を提供するのは必要な事だと思ったが、彼女どうも隣にいて欲しい様だ。

 

 俺の手を握って来るアナスタシアだが、その手は弱弱しく、普段とは違い力を込めれば直ぐにでも振り解けそうだ。

 

「魔力は食事で回復するでしょうが……やる気、活力はどうすればいいのか、分からない。

 だけど、この水着はあなたの為の霊基だから、あなたが傍にいてくれればきっと直ぐにやる気を取り戻せると思うの」

 

 仕方がないなと、俺はベッドの端に座って彼女の手を握り続けた。

 氷を扱う彼女の肌はヒンヤリしていたが、その内2人の熱が重なって冷たさは薄まった。

 

 暫く無言でいたのだが、不意に彼女の顔を見ると寝たままの姿勢でこちらをジーっと見つめている事に気が付いた。

 

「……ど、どうかした?」

「いいえ、大丈夫よ。マスターの顔を見ていると、とてもあんしんするの」

 

 困った俺を面白がっているのか、フフフっと小さく笑った彼女から目を逸らした先にはヴィイが宙を浮かんでこちらに顔を向けていた。

 

「勘弁してくれよ……」

 

 少し顔を動かすとヴィイが追跡してくるので、結局俺はアナスタシアの顔に視線を戻した。

 

「あら、ヴィイより私を見ていたいのかしら?」

「ま、まぁ……」

 

 空に浮く人形が怖いからだよとは素直に言えず、俺は曖昧な笑顔で返事を濁した。

 

「って言うか、ヴィイはもう回復したんだな。あんなに元気に飛び回って……――」

 

 ――照れ隠しのつもりで自分の口から出た言葉で、察してしまった。

 

(ヴィイが元気なら、それを使役している彼女も既に回復している)

 

 そんな当たり前の事実に辿り着くと、握り続けて馴染んでいた筈の彼女の手の温度が突然下がった。

 

「そうね、私も元気になったわ」

 

「あの……アナスタシアさん?」

 

「介抱してくれてありがとう、マスター」

 

 反射的に彼女の手を離して部屋を出ようと扉を見たが、雪ダルマの代わりに大きな氷の壁が出口を塞いでいた。

 

「今度は私がマスターを介抱してあげる」

 

「いや俺は別に……」

 

「そんなに震えて、怖がっているだもの」

 

 罠に掛かった獲物に彼女は心配そうな声で近付いて来る。

 

「大丈夫よ、ヴィイも私もあなたを傷つけたりしないわ」

 

「っく……っあ!?」

 

「えっ」

 

 距離を取ろうと後ろに下がったら、氷に足を滑らせた。

 

 そのまま後ろから地面にぶつかる前に、アナスタシアは俺の手を掴んで支えてくれた。

 

「っ……もう、あぶないわね。本当に介抱して欲しいのかしら?」

「あ、アナスタシア……ありがとう」

 

 引っ張れられる形で立ち上がり、彼女に礼を言った。

 

「転ばない様にしないといけないわね」

 

 彼女が手を伸ばすと氷の壁は消え去った。

 

「これでいいわね」

「じゃあ、俺は他のサーヴァントを――」

 

 障害物の消えた扉から出て行こうとして、今度は上から巨大な鉄板が3枚降って来た。

 

「夏的なモノを生み出せるスキル……焼きそばの鉄板なら使い道があると思っていたけど、こういう風にも使えるのね」

 

「あ、アナスタシア……?」

 

「私があなたを逃がすわけないでしょう?

 さあ、夏ではないけれどマスターにはこれから焼きそばを振る舞ってあげるわ。

 焼くのはマスターなのだけど、モンジャヤキやオコノミヤキ……? なら、お客さんが焼くのが普通みたいだし、問題ないわよね?」

 

 そう言って彼女はもう一つの鉄板と、焼きそばの材料で部屋中を埋め尽くした。

 

「わたしももう少し魔力が欲しいから、沢山焼いて下さいね」

 

 可愛らしく舌を出しておねだりするイタズラ皇女に、俺は目を丸くした後で溜め息を吐くしかなかった。

 

 

 

謎の蘭丸X

 

「あるじさまぁ……」

 

 涙目でこちらを見つめてくるのは、黒と紫っぽい色の軍服ワンピースに身を包んだ眼帯少女、謎の蘭丸X。

 

 あの世界観が訳分らん事で有名なサーヴァント・ユニバースの蘭丸星出身らしい。なんでも、そこには蘭丸が大量にいるとか……

 

(情報量が無駄に多い……)

 

 生い立ちを思い返すだけで頭痛になりそうな彼女のプロフィールを頭から追い出し、状況を確認するとどうやらテオブロマの魔力にやられてやる気と魔力が底を尽きたらしい。

 

「恥を承知で懇願するであります……手を貸して頂けないでありますか?」

 

「分かったよ」

 

 小柄で体重も軽い彼女の体を起こして、壁に寄りかからせた。

 

「部屋まで運んだ方が良いか?」

「いえ、主様が傍に居て下されば、それで……」

 

 確かカルデアのマスターは、契約したサーヴァントの近くにいると魔力供給の効率が良くなるんだったな。

 

「じゃあ、他の倒れてる皆の所に行ってくる」

「なっ……! だ、駄目! 断固反対であります!」

 

 そう言って結構な力で服を掴んで抗議する蘭丸X。一見元気な様に見えるが――

 

「あ……」

 

 掴まれたまま彼女の両足を下から掬い、もう片方の手を背中に回してお姫様抱っこの形で持ち上げた。本当なら幾ら彼女の体重が50Kgを下回っていてもただの高校生の力で軽々とはいかないだろうが、身に着けている礼装の御蔭だろう。

 

「ほら、一緒に行くぞ」

「むぅ……蘭丸は、主様と二人っきりが良かったであります」

 

 不満を口にしているが、掴んでいた服を放すと今度は俺を両手で抱きしめた。

 

「こうしていると、主様の魔力を……いえ、ぬくもりが感じられるであります」

「はいはい、そのまま大人しくぬくぬくしててくれ」

 

 彼女が暴れたりする前に他のサーヴァントも起こそう。

 そう思って倒れていたサーヴァントに近付くと、そこには床に伏した第六天魔王、織田信長が倒れていた。

 

「ノッブまで倒れてるのか……」

 

 蘭丸Xは信長に仕えていた森蘭丸とは別人なのだが、森蘭丸の受けた信長の首を守る命を守り続けていた。

 

「あ、織田信長様……!」

「おーい、ノッブ大丈夫か?」

 

 彼女を起こす為に軽く肩を揺らすと……あっさりと落ちた。

 

「え?」

 

 彼女の首が。

 

「えぇぇぇぇぇ!?」

「の、信長様の首がぁぁぁ!!」

 

 二人して思わず大声で叫び、蘭丸Xは俺から離れて首を抱きしめた。

 

「ご、ごごご、ご無事でありますかっ!?」

 

(どう見ても死に体……いや、首なしでも普通に動いて喋っていたっけこの敦盛魔王)

 

 そう思って首のない体を揺すってみたが反応はない。

 

「ね、眠っております……」

「この状態で?」

 

 こちらに向けられた彼女の表情は穏やかな……よだれが出た。

 

「……」

「蘭丸?」

 

 よだれが気になるのか、頭を見つめながら固まった蘭丸。

 そして、瞳をキラキラと輝かせて満面の笑みを浮かべた。

 

「これは、きっと信長様の合図! この機にマスターを手中に収めろと、蘭丸にそう申しておられるのですね!」

 

 都合の良すぎる解釈に行き着いた彼女は、信長の生首を掲げた。

 

「信長様のお首、お借りします!」

 

 すると首が突然強い光を放ち、視界が全て光で埋め尽くされた。

 

 そして、閉じた目を開くと――

 

「――あっははは!! 蘭丸X完・全・復・活!」

 

 先程とは打って変わって、元気全開で高笑いをする蘭丸の姿がそこにはあった。

 

 信長の首や体は消えており、なんなら周りの景色も監獄塔ではなくなっている。

 

「此処は蘭丸星、蘭丸Xに与えられたもっとも名誉ある蘭丸の部屋!

 ……を再現した極小特異点! 蘭丸以外のサーヴァントは侵入不可能! これで主様を独り占めできるでありますよ!」

 

「いや、いきなりやり過ぎだろ……」

 

 こちらは若干引いているが、あちらはまるで魔王に取り憑かれたのか異様な程にテンションが高い。

 

「超A級小姓、謎の蘭丸Xにかかれば例え一人でもマスターのお世話を完璧にこなす事が出来るであります! ですから、何も心配せずマスターには寛いでください!」

 

 さあさあさあと強引に部屋の奥に連れて行かれ、一番高そうな座布団の上に座らされた。

 

 テオブロマの影響は完全になくなった様で、鼻歌交じりにお茶とお菓子を運んできた。

 

「はい、こちら蘭丸特製のお茶とお菓子であります!

 精力剤とか媚薬の類はもりもりですが、オーガニック素材のみを使用した体とお勤めに優しい一品なので! 是非!」

 

 一切自分の企みを隠さないのは、流石超A級小姓と言うべきか。

 でも食べたらこれは、蘭マルート直行。彼女は無事に小姓から正室に成り上がりだ。

 

「主様、お召し上がり頂けませんか?」

「これはちょっと……」

「蘭丸に食べさせて欲しいのでありますね!? もう、甘えん坊様でありますねぇ!」

 

 そう言って嬉しそうにピンク色の饅頭を串で刺してこちらに向けて来た。

 

「はい、あーん」

 

「……」

 

 俺は困り顔で饅頭から離れ、それが数秒程続くと蘭丸はプクりと顔を膨らませた。

 

「むぅ……! 主様、蘭丸の菓子が食べられないのでありますか!」

 

 アルハラならぬ菓子ハラ……しかも、自称小姓にされるとは……

 

「仕方ないであります……信長様の御力でマスターには無限の食欲と性欲を持って頂きましょう」

 

 聞き捨てならない事を言いながら、発光する信長の首を手に持った。

 

「って、それは不味いだろ!」

「――引っかかったであります!」

 

 彼女を止めようと両腕を伸ばすと、逆に腕を掴まれそのまま床に倒れ込んだ。

 

 傍から見れば、俺が彼女を押し倒した様に見える態勢。

 更に先の饅頭を俺の口に放り込んだ。

 

「っふぐ!?」

「ふふふ、これで主様は性の化身……そして獲物は蘭丸只一人……完璧なシチュエーションであります!」

 

 体に入った饅頭がまるで熱を放っているかのように、体中を嫌な熱気に支配されていく。

 

 慌ててイシスの雨を起動させるが、今度は蘭丸がお茶を俺の体に投げた。

 

「これぞ、隙を生じぬ二段構え!」

 

 お茶にも同様の効果があるようで、スキルで引き始めていた熱が再び体を昂らせる。

 

「下手に我慢すると体に悪いので、この蘭丸でしっかり発散して下さい。

 あ、風邪を引く前にまずは服を――」

 

『――!』

 

 礼装を脱がそうと蘭丸が服に手を掛けた所で、誰かが大きく扉を叩いた。

 

「む? 誰でありますか? そもそも、此処は蘭丸以外のサーヴァントはいない筈で――」

 

『――開けろ、蘭丸市警だ!!』

 

「へ?」

 

 次の瞬間、扉が強引に破られた。

 そこから次々と謎の蘭丸Xと同じ顔の警官が入って来た。

 

「見つけたであります、謎の蘭丸X!」

 

 全員が俺達を取り囲んだ。

 

「信長様の億首は蘭丸星の全蘭丸の悲願!」

 

 同時に未来的な小型銃を構えてこちらに向ける。

 

「それを私事に乱用するなど言語道断!」

 

 一人が令状、もう一人が警察手帳、最後の一人が手錠を片手にもって突き出してきた。

 

『信長様の違法使用で謎の蘭丸Xを拘束! そして然るべき裁判の後に処刑する!』

 

 拘束で裁判まであるのに、既に処刑が確定しているのか。

 

「ま、待つであります! これは決して私事などではないでありますよ!」

「言い訳は署で聞くであります!」

 

「絶滅した別世界のマスターの保護! これは小姓の惑星、蘭丸星にとって禁則を破ってでも為さらなければならない悲願では!?」

 

 謎の蘭丸Xがそう言うと、確保の為に近付いてきた蘭丸市警の動きが止まった。

 

「マスター……?」

「マスター……」

 

 全員がゆっくりと俺を見た。

 

「っは……っは……」

 

 お茶の媚薬効果で息をしながら、この状況でギリギリの所で耐えていた俺。

 

「マスター……主……」

「主様……!」

「主様!」

 

「あ、待ってマスターはこの謎の蘭丸Xの――」

 

 警官姿の蘭丸達は全員、嬉しそうな表情を浮かべて顔を近づけて眼帯で隠していた右眼を俺に見せつけて来た。

 

『これで貴方は蘭丸達の主様であります!』

 

「ああぁ! 違うであります! マスターは蘭丸の、蘭丸だけの主様であります!!」

 

 こうして、謎の蘭丸Xと警官達の自分同士の醜い争いが始まった。

 

 お茶の効果で苦しくなった俺は近くにあった布団で休んでいたが、時間が経つと新しい蘭丸がやってきてなんかどんどん新たな蘭丸の主になっていく。

 

 謎の蘭丸Y、Z、メイド、水着、アイドル、オルタ、リリィ、サンタ、スーパーアルティメット――

 

「もう止めるであります! マスターは蘭丸の――!」

 

『おい』

 

 そんな中、蘭丸じゃない声が唐突に響き、全ての蘭丸達の背中が震えた。

 

「の、信長様……?」

 

『わしが寝とる間に随分面白そうな事をしておるな蘭丸?

 いつからわしの首で遊べる程、偉くなったんじゃ?』

 

「い、いえ……決して遊んでいた訳では――」

 

『何? 今わしの耳は物理的に遠くてな?

 敦盛したいと? そこで本能寺の変を見たいともうしたか?』

 

「い、いえいえ! そんな恐れ多い――」

 

『――遠慮するな! 例え他の星、他の銀河へ行こうとも忘れられぬナンバーを披露してやろう!』

 

 大変ご立腹な織田信長が、ギターを持って降り立った。

 

『さぁ、第六天魔王の歌を聴けぇい!!』

 

 此処から先の地獄は、言わなくてもわかるだろう。

 

 

 

水着アン・ポニー&メアリー・リード

 

 部屋の前で女海賊の片割れ、黒い水着のアンが倒れていた。

 

「あ、マスター……うふふ、ちょっと力が抜けてしまって……手を貸して頂けませんか?」

 

 申し訳なさそうな口調とは裏腹に、力なく起き上がりつつバストを強調する仕草が蠱惑的で、助ける為に近づいて良いのか悩む。

 

 しかし、力で人間に勝るサーヴァントが態々倒れたフリをする必要もないだろう。そう思った俺は彼女を起こそうと近――

 

「――えい!」

 

 正面から、突然誰かが飛び掛かってきた。

 礼装の身体能力向上も手伝って、ギリギリ尻餅をつかずに済んだ。

 

「め、メアリー……!」

 

 アン・ポニーの相方であり、高身長な彼女と比べると一回り小さい白ビキニと白髪の少女、メアリー・リードだ。

 アンがいるなら2人一組で召喚されている彼女がいるのは予測できた事だ。

 

「ふふふ、どうして僕が元気なのかって不思議な顔をしているね?

 水着だと僕はサポートだからね、あのへんな植物の影響もあんまり受けなかったんだ」

 

 メアリーは更にギュッと抱きしめてくる。

 

「あぁ、メアリー……今マスター不足で苦しんでいるのは私なのに……」

「アンはいつも僕よりスキンシップが長いから駄目だよ」

 

 しかし、彼女も全く影響がない訳ではないようだ。でなければ、今のダイブで俺を押し倒している筈だ。

 

「……むぅ、倒せない……」

「危ない危ない……」

 

 普段は太刀打ちできないサーヴァント相手でも、見た目通りの少女かの様に力を込めれば引き剝がせそうだ。

 

「あ、僕に乱暴するの?」

「いや、しないから取り合えず一度離れてくれないか?」

 

「だーめ。僕は海賊だよ? どうしてもなら力づく」

「そうですわマスター」

 

 抱きしめるのをやめないメアリーに、アンも立ち上がって……ん?

 

「海賊ですもの。欲しいものは全部!」

 

「っえ!?」

「ちょっ!」

 

 メアリーに抱しめられたままの俺を、アンはまとめて抱きしめてきた。

 

「あ、アン! どうして動けて……」

「いやですわ、メアリ―。この霊基は私がメインなのですから、私の不調を貴方に譲渡しても構わないでしょう?」

 

 先まで力なく倒れていた彼女だったが、今は先のメアリーより元気になっており、苦も無く俺達二人を挟む様に抱擁してくる。

 

「ふふふ、今日はいつもより元気のないメアリーとマスター……ええ、素晴らしいお宝ですわ!」

 

 このままじゃまとめて黒い水着の悪魔に頂かれてしまう。

 

「に、逃がさないよマスター……こうなったら一緒に付き合ってもらうから……!」

 

「ふふふ、こうやってみるとメアリーも大変美味しそうですね……?」

 

 自分の胸に顔を挟まれている相方を見下げ、じゅるりと口を鳴らした。

 力が抜けている筈のメアリーも、色んな危険を感じて暴れるが抱擁は解けない。

 

「勿論、マスターもとても魅力的ですよ?」

 

 こちらに向き直った彼女の瞳には『逃がしません』と書かれている様だった。

 

「き、【緊急回避】!」

 

 流石に不味いと思った俺はスキルを発動して腕の中から逃れた。

 アンから少し離れたが、メアリーがしがみついたままだ。

 

「マスター……逃げるなら一緒に……」

「分かったから!」

 

 彼女を抱えて直して、【瞬間強化】で急いでアンから逃げる。

 

「ふふふ、魔力がなくなろうとやる気がなかろうと、海賊が一番のお宝を逃す訳にはいきませんわ!」

 

 いつもより遅い彼女だが、俺より怖がっているメアリーがいるので何時にも増して恐ろしい。

 

 

 

 こんな恐ろしい追いかけっこが一生続くのかと思ったが、結局十数分で疲れ切った俺達3人が息を切らして床に倒れこむ頃には悪夢の時間は終わりを迎えた。




ヤンデレが分からなくなってきた今日この頃。
次の投稿もお待たせすると思いますが、どうかよろしくお願いします。

ホワイトデーの眼鏡推しは面白いですね。
最近はマスターデュエルと原神に時間を取られていますが、果たして周り切れるかどうか……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏の記憶

2ヶ月ぶりに更新しました、スラッシュです。
お待たせして申し訳ありません。

この間にFGOはメガネ・ネロ祭・水怪クライシス・まんわかコラボ・6.5章と……色々過ぎていて数えて震えてます。
何時も通り感想での最新ストーリーのネタバレ等はなしでお願いします。


 

「……暑い……」

 

 まだ5月だと言うのに、俺は机の前で汗を垂らしていた。

 体を動かしていた訳ではなく、唯々ペンを動かして勉強をしているだけなのに数滴もノートに落ちている。

 

 これだけ暑いと、勉強も捗らない。

 

「仕方ない……エアコンでも付けるか」

 

 引き出しの中に仕舞われていたリモコンを取り出し、部屋のエアコン目掛けて電源をボタンを押したが……

 

「……嘘だろ」

 

 春になってから使っていなかったせいか、空気口が開いても涼しい風を出す事はなかった。

 

「このタイミングで故障か」

 

 故障を確認したせいか暑さと汗の勢いは増していき、服にシミが滲み始めている。

 

(こうなったら……仕方ない)

 

 物置の奥に置かれた扇風機を取り出すのが億劫だった俺は、机の上のノートと参考書、筆箱を鞄に詰めて家の外に出る事にした。

 

 エアコンがないなら外も中も大して変わらない。

 なら、エアコンのある場所に行けばいい。

 

 図書館は徒歩で20分程度掛かるが、幸い歩いて数分の場所には客の少ない喫茶店がある。コーヒーを頼んで、勉強が終わったらケーキでも食べて帰ろう。

 

 炎天下の中、ハンカチで汗を拭きながら目的地に到着した。

 

「いらっしゃいませ! ……あれ? 先輩?」

「マシュ?」

 

 扉を開けた俺を迎えた店員は、学校の後輩のマシュ・キリエライトだった。

 

「あ……席の方にご案内しますね!」

「出来れば、奥の方の席で」

 

「かしこまりました」

 

 彼女とは休み時間に図書室で同じ机を挟んで読書した事があり、数回言葉を交わした程度の仲だ。

 なのでこんな所でバイトをしてるなんて知らなかった。

 

 後輩のバイト先に長居するのはちょっと気まずいが、今日の俺の目的は勉強だ。折角エアコンの効いた店内に入れたし、出て行く訳にはいかない。

 

「こちらメニューになります」

「ありがとう」

 

 家を出る時はコーヒーを頼むつもりだったが、外で日差しを浴びて乾き切った俺の喉はメニューに書かれていたメロンソーダを欲するように小さく鳴った。

 

「メロンソーダを1つ」

「はい、かしこまりました」

 

 オーダーを伝えに行くエプロン姿の後輩を見送りつつ、鞄から筆記用具とノートを取り出した。

 

 最後のページを開いてみると思った以上に空白が多く若干やる気が削がれた。

 

(暑さで集中出来なかったとはいえ、全然進んでない……)

 

 数分前に読んだ参考書の問題を再び読み直し、授業で書き写した公式に当てはめていく。

 

「お待たせしました、メロンソーダです」

「ありがとう」

 

 一問目の答えに辿り着いたと同時に、マシュがメロンソーダを机に置いてくれた。先まで死ぬほど欲しがっていたが、それよりも答えを書かないと忘れてしまう。急いで筆を走らせて、直ぐにストローに口を付けた。

 

「……うんま」

 

 客の少ない店内に声が響かないように気を付けつつ、炭酸飲料の美味しさに感激した。

 上に乗ったアイスクリームがまだ届いていない緑の海底から、爽やかな酸味が炭酸と共に押し寄せ、体に残っていた熱を体の奥へと流し去った。

 

「……ふぅ」

 

 コップの中身が半分程度になった所で、自分が勉学を忘れて炭酸に溺れていた事に気が付いた。

 上に乗ったバニラアイスが溶けて、白い波を立てる事を期待しつつしぶしぶメロンソーダを手放した。

 

「で、次の問題は……」

 

 幾つかの問題を解いて、そろそろ別の教科に移ろうかと思ったタイミングで店のドアが開く音が聞こえてきた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

「あー、あっつー……どうして今日に限ってこんなに暑いんだか……」

 

 聞き覚えのある声に思わず顔を上げて玄関の方を見た。

 やはりと言うか、見知った人物が暑さにウンザリした表情で服の襟を摘まんで扇いでいた。

 

 とはいえ、こちらは勉強に来てるし出来ればこのまま一人静かでいたい。

 

「……ん? あれ?」

 

 しかし、客の少ない喫茶店では奥の方でも座っているだけの俺は否応なしに目立ってしまう。

 

「おー、やっぱマスターじゃん! 可愛い後輩の店に入り浸ってんのぉ?」

「此処でそのあだ名はやめてくれよ、鈴鹿」

 

 同級生の鈴鹿が笑いながらやってきた。

 マシュが働いている事を知っているみたいだし、入り浸っているのは彼女の方だろう。

 

「ふーん、エアコンの効いたカフェでべんきょーって感じ?」

「あの鈴鹿さん、席は……」

 

「あー、まあマスターと相席で良いっしょ?」

「断ってもどうせ座るんだろう?」

 

 仕方ない。ただ、隣に座られると本格的に勉強の邪魔になりそうなので手で向かいに座る様に促した。

 

「ふふんっ、そういう訳だから。あ、会計は別で」

 

 機嫌良さそうに鼻息交じりでメニューを見る彼女を横目で見ながら、俺は勉強を続ける様に努めた。

 

 じゃないと、ボタンを外した制服のシャツの隙間から見える肌色に視線が行ってしまうからだ。

 

「さぁって、何にしようかっなぁ?」

 

 

 

『鈴鹿さん、何故そこに座っているんですか?』

 

 マシュは念話でマスターの向かいに座る鈴鹿御前に質問をした。

 含まれる怒りのせいで半ば詰問と化している。

 

『折角バイト先にマスターが来たのに、休憩とか理由付けて隣に座んなかったマシュが悪いし。早い者勝ちっしょー?』

 

 顔には出さないが、マシュへの返答は自慢気なまま鈴鹿御前は目の前に座るマスターを見る。視線が合ったので微笑むが、彼の視線は慌てた様子で教科書へと逃げていった。

 

『今回の特異点、はぐれたマスターと合流する前に聖杯を回収したからまだマスターが特異点の違和感を認識していない内に、学生気分を堪能しようって話だったじゃん。なら、私が彼女になっても問題なしじゃね?』

 

『大アリです!』

 

『だったら、もっとマスターを誘惑したら?』

 

「(こんな風に)何チラチラ見てんの?」

 

「え、あ、いや……」

「全く……ほら、食べたいなら一口あげるよ」

 

 鈴鹿御前は自分が頼んだケーキをフォークに乗せて切大へと差し出した。

 思わず否定の声を上げようとしたが、それだと別のモノを覗き見していたと疑われてしまうと思った彼は慌ててケーキを口に入れた。

 

『っ!』

 

「あ、私うっかりしてた」

「ど、どうかしたか?」

 

「いや、まあ普通でしょ。このご時世関節キス位」

 

 悪戯っぽく微笑みながらフォークを振るって見せると、マスターは驚き慌てて勉強に戻った。

 

 その様子に鈴鹿と少しカッとなっていたマシュは、普段は冷静にヤンデレをあしらっていた切大とのギャップに困惑するも、心臓が高鳴ったのを感じた。

 

 それぞれの加虐心と切望感に交じった好きの感情に、体を動かした。

 

「きゅ、休憩入りますっ!」

「何顔赤くしてんの? もっと食べる?」

 

「い、いや……勉強、続けるから……」

 

「あ、私も今日の授業の予習したからさ、これ食べ終わったら一緒にする?」

 

「せ、先輩! その、休憩時間の間に宿題をしたいのですが、良かった相席させてくれませんか!?」

 

 突然2人の女子に詰め寄られたマスターは、取り合えず首を縦に振る事しか出来なかった。

 

 

 

「……ふー……」

 

 マシュが休憩時間に隣に座ってからと言うもの、色んな意味で大変だった。

 

 目の前にいる鈴鹿は正面から頻繁にこっちのノートを見てきて、その度に制服の合間から谷間がチラっと見えてしまうし、マシュも図書室で本を読んでいた時以上にこちらに接近して、吐息が肌に届く事も何度かあったし下手したらどちらかの唇が触れていたかもしれない。

 

「まあ粗方終わったし、何か食べてから出ていくか」

 

 俺は店員の仕事に戻ったマシュに声を掛けて、軽く摘まめる物を頼んだ。

 

「はい、かしこまりました!」

 

 マシュが厨房へ戻っていくと、席を外していた鈴鹿も戻って来た。

 

「鈴鹿」

「マスターって、この後暇?」

 

 ……? 時間がない訳じゃないが、もう結構遅いんじゃないか?

 

「いや、もう少ししたら家に帰ろうかなって」

「じゃあさ、遊びに行っていい? 今日私の親帰りが遅いし、なんだったら私がマスターに手料理振舞ってあげる!」

 

「私も、先輩の家に行ってみたいです!」

 

「そうは言うが、明日は普通に授業だぞ?」

 

 俺がなんとか2人を家に来ない様に説得しようとしていると、喫茶店の扉が開いた。

 未だに鈴鹿はしつこいが、マシュは店員として接客に向かった。

 

「いらっしゃいま……せ、先生!?」

「あら、マシュちゃんじゃない。お仕事かしら? 頑張っているわね」

 

 どうやらまた同じ学校の関係者がやって来た様だ。

 席を立っていた鈴鹿が声の方を確認すると、彼女は嫌な顔をして言った。

 

「げぇっ! エウロペせんせーじゃん!?」

 

 慌ててその身を潜めたが、今の声はばっちり本人に聞こえている様で、俺と目が合った先生がこちらに近付いてくる。

 

 エウロペ先生とは俺も面識がある。去年の俺達のクラスの担任でおっとりしてて優しい人だった筈で鈴鹿程警戒する理由がないと思うけど。

 

「あら? マスター、後輩の喫茶店でお勉強かしら?」

「先生まで、そのあだ名はやめて下さいよ」

 

「うふふ……今、鈴鹿さんの声が聞こえた気がしたのだけど……」

 

 鈴鹿は机の下に隠れて震えている様で、俺に黙ってくれと言わんばかりに足元でズボンを引っ張っている。

 

「いや、いませんけど……なにかあったんですか?」

「家庭科室で玉藻さんと喧嘩して職員室でお話をしたんです。今日は家に真っ直ぐ帰って反省しますって約束したのですから、そもそも此処にいる筈がありませんね」

 

 おい、不良JK……

 

「お勉強中でしたか?」

「あ、いえ、終わったからそろそろ家に帰ろうかと」

 

 俺がそういうと、エウロペ先生の顔が一瞬強張った気がした。

 直ぐに少しだけ違う笑みを浮かべると、彼女はマシュを呼んだ。

 

「マシュさん、アレを」

「え、ですが……」

 

「そろそろマスターが起きます」

「っ……はい」

 

 突然、マシュが駆け出して店の裏側へ向かった。

 そして、先まで隠れていた鈴鹿が机の下から姿を出した。あれだけ怖がっていたのに、堂々と先生の前に立っている。

 

「えー、もうアオハル終了?」

「鈴鹿御前さん、そこにいたのですね?」

「あははは……」

 

「先までアレだけビビってたのに、急にどうしたんだ――」

「――先輩!」

 

 カウンターから出てきたマシュがこちらに何かを見せて来た。

 目を奪われそうな程に眩く輝く金色のソレは――

 

「――せ、せい、杯……!?」

 

 忘れていた歌のタイトルを思い出した様な暗い海の奥底が明るく照らされた様な感覚の後、それが俺の周りを取り囲む捕食者達の存在に気付かせた。

 

「こ、此処ってヤンデレ・シャトーじゃねぇか!」

「直ぐに思い出したみたいね」

 

 先まですっかり忘れていたが、どうして俺は普通に勉強出来てたんだよ! 逃げろよ!

 

「それじゃあ3人で仲良くマスターを分け合おうって、訳ないか」

 

 誰よりも先に刀を抜き、二振りを宙に浮かせた鈴鹿御前にマシュは盾を構えて応戦している。

 

「……? あの、キオニス・タウロスさん?」

 

 しかし、そんなマシュの前をエウロペの宝具である白い牡牛がトコトコと歩いて近付いた。

 盾に額を合わせると、再び危険な魔力リソースである聖杯が現れた。

 

「収納していた聖杯を!?」

「貴女達2人は先にマスターと沢山おしゃべりしたんでしょう? だったら、此処からおばあちゃまに譲ってくれないかしら?」

 

「笑止!」

 

 聖杯の力を発揮される前にと、鈴鹿は自身の刀の柄を足場にした跳躍でエウロペまでの距離を詰めるが、彼女を切り裂く一閃は青銅の鎧によって阻まれた。

 

「――弾かれた!?」

 

 同時にマシュの突撃すら同じ鎧の腕で防いだ彼女はその間に聖杯を手に取った。

 

「マスターに悪戯したのだから、今度は貴方達だけ特異点に飲まれていなさい……」

 

 彼女の言葉に聖杯は黄金の光を放ち、今の攻防の間に荒らされていた店内は音も立てずに元の静かな内装を取り戻していく。

 盾を持っていたマシュの手にはメモ帳とペンが握られ、本気モードだった鈴鹿御前も学生服と鞄を手に持ったJKに戻っていた。

 

「えーっと……え、エウロペ先生!?」

「あ、すいません。今水をお持ちしますね!」

 

 2人はまるで正気に戻ったかの様に目を見開き、俺は冷や汗をかきながらエウロペを見た。

 もう満足したと言わんばかりに彼女は先まで着ていた教師らしい白のレディーススーツに着替え直す事もせず、英霊としての装束のまま俺と同じ席に座った。

 

「あ、私用事思い出したんで、もう帰りまーす!」

「ありがとうございました。

 こちら、お水です」

 

 鈴鹿御前は去っていき、マシュは普通に接客を続けている。

 

「折角マスターとお喋り出来ると思っていたのに、もう2人だけで盛り上がっていたんですもの」

 

 今度は私の番、と言ってエウロペはメニュー表を手に取って開いた。

 

「マスター、何が食べたいのかしら? おばあちゃまが全部食べさせてあげる」

 

 突然そんな事を言われても、夢だと認識できたせいか食欲もなくなっている。

 俺がそう断ると、彼女は隣に立っていた牡牛を撫でた。

 

 彼女の手中に収まったままの聖杯の影響か、喫茶店がグニャリと曲がって気が付けば辺りはデパートに変わっていた。

 

「それじゃあ、食べ物以外に欲しい物はあるかしら?」

 

 彼女が否が応でも俺に何かを買い与えたいのだと悟った俺は、少し考えてから書店を指さした。

 

「じゃあ、本が欲しい」

「あら、本が欲しかったのね。それじゃあ好きな本を好きなだけ、選んでいいわ」

 

 どうしてそんなに買い与えたいのか、理解できなかった。

 

 夢の中だからだろうか。どれも現実で見た事のないタイトルだったがその中の幾らかが俺の琴線に触れ、3冊程手元に重なった所で彼女に手渡した。

 

 彼女は俺の選んだ本を嬉しそうに手に取って、表紙と背表紙を軽く眺めてから会計へと持っていく。

 

 けれど、夢の中でこんな事をしても――

 

「――マスター」

 

 そんな俺の考えを見透かしたかの様に、エウロペはカウンターの前でこちらに振り返った。

 

「本の代わりに、おばあちゃまと約束して欲しいの」

 

「買った本はちゃんと読み終わってね」

 

 できもしない約束をするのには抵抗があったが、俺は彼女の言葉に頷いた。

 

 そして、満足げな彼女の笑みと優しく振るわれた手を見ながら夢から醒めた。

 

 

 

 次の日のヤンデレ・シャトーでエウロペが俺の前に現れた。

 目の前に差し出されたのは、俺が選んだ本の内の1冊。

 

「おばあちゃまとの約束、ちゃんと守ってね?」

 

 そう言って彼女は俺を自分の部屋に招き入れた。

 

 約束を理由に彼女は俺を他のサーヴァントから隔離し、軟禁したのだ。

 

「面白い? 喉は乾いたかしら?」

 

 しかし、神の妻である彼女は人間の俺を孫として見ているだけであり、それがヤンデレになっても、本を読んだり、疲れて床に寝っ転がる俺を甘やかすだけだった。

 

「アイスはいるかしら?」

 

 勿論、そんな彼女でも俺は警戒を緩ませる事なく意識の何割かは彼女の行動を注視していたのだが、やはり彼女は微笑むだけで2冊目の中盤辺りからはあまり気にならなくなっていた。

 

 それに本を読み始めてからの数日間はヤンデレ・シャトーでサーヴァントに襲われる事もなく、唯々本を読んでダラけているだけだった。

 

「今日はお外で読みたい? 体を動かすのも、いいわよね」

 

 やがて3冊目を読み終わると優しく頭を撫でてくれた。

 

「……あら、もう読み終わったの? マスターは早く読める、賢い子なのね。

 あ、そうそう。実はマスターが選んだ本とね、同じ作者の本を買ったの。

 これも読みたいかしら?」

 

 正直、夢の中の本なんて起きて数時間も経てば忘れてしまうが、それでも此処が居心地良い事もあって俺は当然頭を縦に振ったが――

 

「――駄目だ」

 

 突然、田舎の雰囲気に似付かわしくない暗い色の外套を纏ったエドモン・ダンテスが影の様に現れ、俺とエウロペの前に立っていた。

 

「もう5日も此処で過ごしている」

「うふふ、私はもっと過ごしていても良いと思っているわ」

 

「そう言う場所ではないのでな」

 

「そう……」

 

 エウロペは少しだけ横に移動し、俺と視線を合わせた。

 

「マスター。おばあちゃまは確かに女性として貴方を愛せないけれど、大切な孫の様に、貴方を愛しているわ。

 いつでもまた此処に戻って来ていいからね」

 

 気が付いたら、その言葉に少し涙が流れた。

 幼い頃に、頭を撫でてくれた皴だらけの手と嬉しそうな祖母の声が聞こえて来た気がした。

 

 ……すっかり忘れていた、田舎の記憶に俺は少しだけ離れるのを迷った。

 

「本当に、いつでも……いつまでも」

 

 その言葉と共に彼女の瞳が突然怪しい熱を帯びて輝いた気がして、寒い物を感じた俺はその場を後にした。

 

 やっぱりシャトーの中は悪夢だと思って逃げた空間に視線を戻すと、エウロペは優しく、大きく手を振っていた。

 

 その光景に再び祖母の姿が重なり、なんだか、帰るのを嫌がってあやされた過去の記憶を思い出して、ちょっとだけ恥ずかしくなった。

 





本当は最初の勉強の下り、エドモンが寝落ちした切大の為に眠りながら宿題を完成させてあげる温情をかけてくれていたんですけど、エウロペが登場した辺りで全部おばあちゃまパワーで流されました。残念。
因みに自分の祖母は健在ですので、心配ご無用です。

既に半年経ってしまいましたが、更新は続けるつもりですのでこれからも読んで頂けたら幸いです。次は果たしていつになるやら……



なお、感想でのリクエストはBANや通報の対象になる可能性がありますのでお控え下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。