第二の嵐となりて (星月)
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ボーダー入隊編
嵐山副①


 人口28万人を有する三門市。

 この街は突如都市に開いた(ゲート)から現れた侵略者、『近界民(ネイバー)』と呼ばれる異形の化け物の脅威にさらされていた。多くの犠牲者を出し窮地に陥った三門市を救ったのは対近界民(ネイバー)専門の防衛組織、界境防衛機関『ボーダー』。所属する隊員達の活躍により今日まで人々の生活が保たれている。

 特にボーダー隊員の中でも広く知られているのはA級部隊の一つ、嵐山隊だ。

 実力や仕事ぶりもさることながら広報役としてテレビ等多数のメディアに出演し『ボーダーの顔役』と周知のものになっている。

 その嵐山隊の隊長である嵐山准には二人の弟妹がいた。妹の名前は嵐山佐補。弟の名前は嵐山副。嵐山と双子の二人との仲は決して悪いものではない。嵐山にとっては可愛い弟妹であり二人にとっては誇らしい兄。

 しかし、あまりにも世間で有名すぎる嵐山隊の印象は時に彼らにとっては苛立たしく思うこともあり。中学への進学により彼らが感じる煩わしさはますます高まることとなっていた。

 

「――小学校出身、嵐山副です。よろしくお願いします」

「ピンと来た者もいるだろうが、彼はなんとあの有名なボーダー隊員である嵐山隊長の弟だそうだ! ボーダー隊員のことを知りたい者は色々聞いてみるといいと思うぞ!」

 

 入学した直後のクラスメートに対する最初の自己紹介。

 人気が高すぎる兄の存在をあまり大っぴらにしたくなかった副にとって、担任教師の補足は余計なものとしか感じられなかった。

 それまでは殆ど興味なさげに彼を見ていた視線が一転。驚愕を含んだものが一斉に向けられる。

 ボーダー隊員、それも名の知れたボーダー隊の隊長を身内に持っているという情報以上に興味を引く話が他に現れるはずもない。

 休み時間になった途端に副に話しかけるものが続出する。

 話の内容は勿論、副の悩みの種とも言える兄・嵐山准のことであった。

 

「嵐山君! あの嵐山隊長の弟って本当なの!?」

「ねえねえ、ボーダーのお仕事の話とか聞いたことある?」

「ボーダー隊員って休みの人か何しているんだ?」

「お前も兄と一緒にテレビとか出たことあんのか?」

 

 小学校の時にも幾度もあった兄がらみの会話。

 しかも中学校に進学したばかりで初対面の相手となればその密度はより濃くなる。

 誰も彼もが話しかけてくることは同じだ。

 

(もううんざりだ!)

 

 皆が副のことを嵐山副という一個人ではなく嵐山准の弟としてみている。

 誰もが憧れているボーダー隊員。それを羨ましがるのは当然だろう。

 だが当然だと頭で理解していても何度も繰り返されれば嫌気も差すというもの。

 副はいつも通りの日常に苛立ちを募らせていた。

 そんなある日の事。

 

「副はボーダーには入らないのか?」

「……え?」

 

 授業と授業の間の休み時間。

 時間つぶしであろうが、ふとした疑問を問いかけてきた男子生徒へすぐに即答することはできず、副は目を丸くした。

 

「俺はボーダーへの入隊の仕方とか知らないけどさ。お兄さんが隊長っていうのならそういう話されたりしないのか?」

「あー。俺も試験のこととか気になる。どうなんだよ実際?」

「俺が? ボーダーに?」

 

 ボーダーの兄がいるから普通なら考えて当然のようなことだが、副は今まで考えたこともなかった。

 正直な話、副はボーダーへの入隊のことを想像した事もなかったし兄から誘いを受けたこともなかった。

 三門市でボーダーが働いているとはいえ、基地ができてからというもの誘導装置によって近界民(ネイバー)は基地周辺にしか現れず、民間人にとってボーダーは少し遠い存在。兄である准も自分からボーダーについて弟妹に詳しく話すようなことはしなかった。

 おそらくは仕事が危険であるということを誰よりも知っているからだろう。

 嵐山准は弟妹を溺愛している。副も対抗心のような感情を抱いているが『優しい兄』という印象は覆らない。

 だから副は今までボーダーに対して詳しい情報を持っていなかった。

 

「……そんな話をされたんだけどさ。姉ちゃんはどう思う?」

「うーん。どうだろね。私も兄ちゃんのことを聞かれたことは多かったけど、かといってボーダーに入らないのみたいなことは言われなかったからなー」

「ま、女性ボーダー隊員は少ないし、それが当然なんだろうけどさ」

 

 その日の昼休み。副は屋上で姉である佐補と昼食を共にしていた。

 母が作ってくれた弁当を口にしながら先ほどの出来事を語る。

 話題になりそうな内容だが、意外と今まで話には一度も上がらなかったボーダーへの入隊の話。兄が所属しているためにどうしても気になってしまう。

 息を一つ吐いてご飯を平らげる副。

 そんな双子の弟を気がかりに思ったのか、佐補は問いかけた。

 

「ボーダーになりたいの?」

 

 箸が止まる。

 視線だけを向けると佐補はそれ以上は語らずじっと見つめていた。

 

「……わからない。考えたこともなかった。だから自分がどう思っているのかもわからない、ってのか現状かな」

「そっか」

「でもだからこそボーダーへのなり方とか、どんな感じなのかを知っておきたいとも思っている。結局俺、詳しい事は何も知らないから」

 

 偽りのない本心だ。副は今迷っている。自分がどう考えているのか思考がまとまらない。

 だからこそボーダーという兄の仕事を知っておきたいと考えている。

 そうすれば自分の悩みも解決するのではないかと思い、そしてボーダーになりたいと思っているのかどうか白黒つくと。

 元々試験が受験不可能だというのならば諦めがつく。

 自分に向いていないというのならば考えも変わる。

 その判断をキッチリしたい。このまま有耶無耶にすることだけはしたくなかった。

 

「じゃあ、聞いてみる?」

「聞くって誰に?」

「それは当然現職の人に。……と言ってもおそらく兄ちゃんは断固反対するだろうから」

 

 弟妹思いの兄の事だ。

 ボーダーになれる方法なんて聞いたら心配して説明どころか反対の説得ばかりすることだろう。

 そうなればまともな討論もできるわけがない。

 真っ先に相談するべき相手であるはずの兄を除外すると、佐補は過去の記憶を辿り始める。

 

「桐絵さんや他の嵐山隊の人達。この前兄ちゃんが会わせてくれた時、連絡先を教えてもらっていたから聞いてみる?」

 

 付き合いの長い従姉と兄の同僚達。

 正に理想的な答えだ。

 姉の誘いを副は二つ返事で受け入れた。

 

 

 

――――

 

 

 そしてその日の夕方。

 放課後になると副と佐補の二人はボーダー本部の近くに位置する喫茶店にやってきていた。

 待つこと十分ほど。

 三人の高校生が店内に入り、二人に気づいて席に歩み寄ってくる。

 

「ごめんなさい。お待たせしてしまって」

「久しぶりだね、二人とも」

「合流してたら遅くなっちゃったんだ。許してね」

 

 茶髪のショートヘアーが映える容姿端麗な女性。嵐山隊オペレーター綾辻遥。

 頬の辺りで揃えられたボブカットと特徴的な眠そうな目をした男性。嵐山隊中距離(ミドルレンジ)万能手(オールラウンダー)時枝充。

 両脇に振り分けた髪、軽い調子が印象的な男性。嵐山隊狙撃手(スナイパー)佐鳥賢。

 兄、嵐山准が率いる嵐山隊に所属する隊員三名である。

 

「いえ。こちらが突然連絡したのに、お時間をとっていただきありがとうございます」

「桐絵さんは学校が遠く、防衛任務もあって来れないということだったので。綾辻先輩と時枝先輩。ああ、佐鳥先輩も来ていただいて本当に助かります」

「あれ? 佐補ちゃん、俺だけなんかついでみたいな感じが強いんだけど? 何で?」

 

 従姉の小南にも連絡を取ったが事情があって今日この場にはこられない。しかし嵐山隊の三人とは無事に連絡が取れ、相談に乗ってくれるということだった。

 改めて綾辻と時枝、ついでに佐鳥にも礼を言う二人。佐鳥から不満が漏れるが時枝が気にする素振りもなく話を続ける。

 

「今嵐山さんは同じ隊の柿崎さんと大学の講義に受けているからね。嵐山隊は防衛任務が入ってないし、何でも気軽に話してくれればいいよ」

「たしか副君がボーダーの事を知りたいと聞いたけれど」

 

 綾辻が副に視線を向けると、小さく頷いた。

 用件はすでに伝えて有るので今日の休み時間の出来事を簡潔に説明する。

 

「……そっか。嵐山さんのことで」

「今まで自分でボーダーになろうとか考えたことなかったの?」

「ええ。兄から薦められることがなかったし、俺も実際に戦っているところを見たこともなかったので」

「まあそれはそうだよなー。嵐山さんは君たちを溺愛しているし」

「そうね。嵐山さんは家族にボーダーの事を話そうとはしないはずだもの」

 

 嵐山の性格を理解しているのだろう。

 家族ほど長い時間共にしているわけではないが、仕事上のやり取りで得る信頼は家族のそれにも匹敵するもの。A級という精鋭部隊まで上り詰めたのだから今さら考えるまでもない。

 

「だけど副君自身はボーダーになりたいと考えた、と」

「……そこまではっきりと意思表示ができているわけではないです」

「どうやら今まで考えたことも無かったようなので複雑な心境なんだと思います。だから皆さんに、ボーダーの入り方など話を聞きたいということになって」

「そっか。仕事だしいきなり決断するのは無理だよな」

「それならまずはボーダーの入隊試験のことを話すべきかしら?」

「お願いします」

 

 二人の説明で佐鳥達も納得してくれたのか頷きを返す。

 綾辻の補足を受けて副は頭を下げると時枝が彼の望む答えを語り始める。

 

「じゃあ概要を説明しよう。知っての通り、ボーダーになる為には試験を受けなければいけない。テスト内容は大きく三種類。基礎体力テスト・基礎学力テスト・面接の三つだ」

「試験、か。やはり試験で落ちる人もいるんですよね?」

「そりゃテストだから。落ちる人は落ちる。でもこの試験で落ちる人はいないだろうな」

「……は?」

「どういうことですか?」

 

 何故か三つの試験が無駄であるかのような口ぶりで笑う佐鳥。それでは試験の意味はないのかと二人は理解できずに問い返す。

 話題が飛びすぎだろうと時枝は一つ息を吐いて説明を続けた。

 

「疑問は最もだよ。でも実はボーダーの入隊試験で問われるのはそこではない」

「二人はボーダー隊員になるにあたって、必要とされるものはなんだと思う?」

 

 意図がよくわからない綾辻の質問。

 数秒考えて佐補が、続いて副も考えを吐き出す。

 

「性格ですか? 正隊員になれば給料ももらえる職業であることに加えてチームも組むので」

「健康な身体。身体能力がトリオン体で向上するとはいえ戦う職業なわけだから……」

「どちらも重要だよ。まあ正解を言えば、トリオン量。その人が持つ生体エネルギー、と考えてくれればいいかな? トリオン能力の才能と言ってもいい」

「……トリオン量」

 

 答えは才能という努力ではどうしようもないもの。ボーダー隊員がトリガーを操るために必要とするエネルギーだ。この高い低いは隊員の戦いを左右するという。

 

「性格はリーダーの素質とか必要とされることは多いけど、その性格によって向き不向きがある。また生身の身体の感覚がトリオン体の動きの元になるから重要だけど、身体能力そのものは関係ないんだ」

「現に普段は体が弱いけど、トリオン体になったら敵をどんどん蜂の巣にするような女性隊長もいるぜ?」

「……その隊長、実は性格がそういう人なんじゃないですか?」

 

 想像ができず副は頬をひくつかせた。しかもまさかその隊長が彼の従姉のクラスメートとは予想できるわけがなかった。

 

「ただトリオン量はすぐに測定できるものではない。専門的な機材がいる。もし副君がボーダーになりたいならば来週の日曜に入隊試験があるから受けてみるといいと思うよ」

「ハァッ!?」

「時枝先輩、何を!? 今週って早すぎます!」

「試験だってあるんですよね? いくらなんでも」

「先ほども言っただろう。必要とされるのはトリオン量だと」

 

 時枝の突然すぎる提案。

 今日は火曜日。まだ十日ほど猶予があるとはいえ、今からではあまりにも無謀だろうと副と佐補は揃って口にする。

 だが時枝は相変わらず表情を崩すことなく冷静に説明を続けた。

 

「二人は口外しないと信じて話すけど、先ほど話した三つの試験は重要視されていない。試験の間に測定されるトリオン量、そしてこれまでの犯罪歴を試験官は見ているんだ」

「……え?」

「逆を言えば、その二つを通ってしまえば落ちることはないということになるの」

 

 綾辻がそう付け加えると、副は表情を固くする。

 

「それは、つまり――」

 

 三人の話が真実だとするならば。

 

「入隊試験の合否が、そのままボーダーの素質の有無に直結する、と?」

 

 副の悩みの最も簡単な解決策が入隊試験を受けることになる。

 試験は受けられる。この試験で自分がボーダーに向いているのかどうか試される。

 三人は揃って頷き副の意見を肯定した。

 結論に至り、副は考えを纏める。

 ボーダーへのなる道は示された。しかし自分の心が完全に整理されたわけではない。

 可能性があるということははっきりした。同時に試験を受けて明暗をハッキリつけたいという思いも出てきた。

 では、自分は本当にボーダーになりたいのか? なってどうしたいのか?

 ただボーダーになるだけでは入隊試験に合格すればゴールだ。しかしそれはおそらく望んでいることではない。ならば何故そこまでボーダーにこだわっている?

 

「ただ、入隊すると生活も変わってくるから気をつけた方がいい。それなりの理由や覚悟が必要になると思う。――副君。君がボーダーになるとしたらそれは何のためだい? 何か目標があるかい?」

 

 悩みを見抜いたのか、佐鳥が真面目な顔で虚を突いてくる。

 完全に心を見透かされていると副は思った。

 何の為に、何を目標としてボーダーを目指すのか。興味本位でなっていいわけがない。

 副はここに至るまでの過程を思い出す。

 兄の存在。そしてその兄を知りたくて近づいてくる人々。

 そして今日、ボーダーにならないのかと聞かれた時のこと。あの時、副の脳裏をよぎったのは――間違いなく兄である嵐山准の姿だった。

 

(兄ちゃんのようになりたいのか? ……いや!)

 

 それは違う。

 

「俺は」

 

 最初に考え付いた思いを否定して、副は自分の目的を、目標を明確に口にする。

 

「嵐山准の弟ではなく嵐山副として、兄ちゃんを越えたい」

 

 『俺の存在は俺の活躍で示す』。そう自分の答えを結びつけた。有名な兄の弟として接してくる他人にその認識を覆させると。

 ようやく自分の意見を持てたことに安堵したのか、綾辻達は笑みを零した。

 

「嵐山さんを越えるとなると、私達の隊を超えることになるんだけどなー」

「え゛っ?」

「基本的にA級は部隊(チーム)単位で戦うからね。単独(ソロ)の人もいないし」

「あっ、いや、その。違うんです!」

「まあまあ。別に隊員には個人(ソロ)ポイントもあるわけなんだし、そういう所で競えばいいんじゃない?」

「そう、そうですよね。さすが佐鳥さん。偶には良いこと言う!」

「あれ? 今俺褒められた? 貶された?」

 

 冗談半分で笑う嵐山隊の面々に、副は必死に弁明を続ける。

 

「……副」

 

 すると、決断するまでは隣で沈黙を貫いていた佐補が口を開いた。

 

「副が自分で決めたのならそれでいいと思う。でも……帰ったら父さん達には勿論、兄ちゃんにも説明しないとね」

「ッ! それは」

 

 当然だろう。今も働いている兄がいるのだから、自分も働きたいとなればどうせ後々明らかになる。相談は避けられない選択だ。

 だがやはりあの溺愛している兄が危険な仕事だと猛反対することは目に見えている。

 いや違う。これは甘えだ。

 本当に言いたくない理由は別にある。

 

「……わかったよ」

 

 渋々と、副は首を縦に振った。

 佐補はニッコリと笑みを浮べる。

 その後さらに詳しくボーダーの仕事やトリオンの仕組みについて話を聞き、日が暮れる前にその日は別れた。

 帰路に帰る途中、副は改めて兄である准と話したくない理由を考える。

 『目の前に対抗心を抱く相手がいる』。結局は原点(そこ)に思い至るのだ。

 

 

 

――――

 

 

 

 そしてその日の夜。

 

「何っ!?」

 

 夕飯を終えた嵐山宅に驚き声が響く。

 

「副がボーダーに入る!? 駄目だ! 兄ちゃんは絶対に反対だ!」

 

 予想通り、副のボーダー入隊に対する反対の声。

 前髪を後ろに流した鳥の羽のような髪型と整った容姿を持つ男。嵐山隊隊長中距離(ミドルレンジ)万能手(オールラウンダー)嵐山准。佐補と副の兄だ。

 

「でも時枝先輩達は応援してくれたよ」

「充達が? どうしてそんなことを。というか、どうしてそんな話を俺がいないところでするんだ!」

「こういう猛反対が来るとわかっていたからだって」

「わかっているならそんな無茶を言うんじゃない!」

 

 やはりと言うべきか。准は愛する弟をどうしてもボーダーに入れる気はないらしい。戦闘時は自身の体とトリオン体が入れ替わるために危険はそう大きくないが万が一の可能性もある。よほど心配なのだろう。

 両親には前もって説明し『副が自分からそう望むなら』と納得してくれて外堀は埋めておいたのだが。

 やはり本丸はそう簡単に屈しない。

 最大の難関は聞く耳を持たずにずっと反対の意見を出し続けている。

 

「兄ちゃん」

「佐補も説得してくれ。お前も心配だろう?」

「私は副の意志を尊重しようと思う」

「なっ、佐補?」

 

 妹の同意を得ようと准が呼びかけるが、佐補は元々准の背中を押そうとしていた立場だ。

 双子の弟が吹っ切れるかもしれない機会を得たのだ。姉が応援せずにどうする。

 

「副は学校でも窮屈だったみたいだよ。兄ちゃんが有名すぎて、その話ばっかり。私もそうだったけど、男子の方がもっと聞けると思ったんじゃないかな? 私よりもそういう事が多かったみたい」

「……だから自分もそうなりたい、というのか?」

「そうじゃないよ兄ちゃん」

 

 少し観点がずれている兄。佐補が指摘しようとすると副が手で制する。

 これ以上は、本当の理由は自分で告げたいということなのか。

 

「俺は、嵐山准の弟と何時までも呼ばれるのは嫌だ。でもそれは嵐山准になりたいってことじゃない」

「じゃあ、どうしてだ?」

「……俺は、俺のやり方で兄ちゃんを越えたいんだよ!」

 

 ようやく副は目標の目の前で本音を口にする。

 

「何時までも兄ちゃんに守られるだけの弱い自分は嫌だ!」

 

 兄を越えたい。兄に守られるだけは嫌だ。今の自分を脱却したい。世間を見返したい。

 色々な考えを言葉に込めて兄へと発した。

 

「副……」

 

 弟のあまり聞けない心の内を知って、准は複雑な表情を浮かべる。

 

「俺の名前は、邪魔だったか?」

「そんなことはない。誇りにも思っていた。でもそれだけじゃ嫌だ」

 

 我が侭な願いだ。それは承知している。

 でも一歩踏み出さなければ何も変わらない。

 現状に甘んじることは我慢できない。

 

「頼むよ兄ちゃん。俺も兄ちゃんの事を誇りに思っている。だから兄ちゃんも信じてくれ。兄ちゃんが誇れる俺でいさせてくれ」

 

 絶対に無茶はしない。そう明言して副は頭を下げた。

 

「ハァッ……。弟がここまで必死になって頭を下げているのに、兄ちゃんが意固地になって引き止めるのも我が侭か」

 

 今日初めて准が副に対して退く姿勢を見せた。

 副が顔を上げると、准が苦笑して見つめている。

 つまり、准がようやく折れたのだ。

 

「ただし無茶は絶対に許さないぞ。後、万が一副がピンチに陥ったら俺は真っ先に助けに行く。文句を言ったって俺は助けに行く。それでもいいなら、俺は副のボーダーへの入隊を認める」

 

 どうやら宣戦布告を受けようとも准にとって副は守るべき弟に変わりはないらしい。

 変わらぬ姿勢に佐補と副は揃って大きなため息を吐いた。

 だが、頑固な兄が認めてくれたのだ。これで副は入隊試験を受けることが出来た。

 

「ああ。……ありがとな、兄ちゃん」

 

 だから今までの感謝も込めて副は礼を言った。

 

「じゃ、あとは試験に合格するだけだね。……兄ちゃんが認めてくれたのに、試験で落ちたら元も子もないけど」

「心配するな佐補。俺達の弟だぞ? 受かるに決まっている」

「……まあ、頑張るよ」

 

 こうして嵐山副がボーダー入隊試験を受験することが決定する。

 そして月日は流れて翌週の日曜日。

 准の予想通り、副の受験番号は見事合格者一覧に掲載され、晴れてボーダー隊員への道のりを歩き始めるのであった。



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小南桐絵①

 ボーダー入隊試験に合格した翌日の月曜日。

 副は学校の授業を終えた後、ボーダー本部から少し離れた建物を訪れていた。

 川の真ん中にひっそりと佇んでいるこの巨大な施設はボーダーの支部の一つ、玉狛支部。かつては川の何かを調査をしていた施設らしいが、廃棄後にボーダーが土地を買い取り、新たに基地を建てたという。

 見ると支部の入り口には一人の女性が腕を組んで待ち構えている。彼女は副の姿を捉えると笑みを浮べて彼を出迎えた。

 

「来たわね副」

「桐絵さんお久しぶりです」

「ええ、久しぶり。この前は相談に乗れなくて悪かったわね」

「いえ。今日は呼んでいただきありがとうございます」

 

 鳥の羽のようにピョンとはねた後ろ髪、茶髪のロングヘアーと緑色の目が特徴の女性。

 玉狛支部所属、A級隊員攻撃手(アタッカー)小南桐絵。

 高校生ながらボーダーでのキャリアは長く、正隊員の中で一番の古株。副にとっては従姉であり長い付き合いである女性だ。

 

「准から話を聞いたときは驚いたわ。あんたまでボーダーに入るなんで思ってもみなかった」

「俺もついこの前まで考えてもいませんでした」

「よくあのシスコンブラコン兄貴が納得したもんね」

「中々大変でしたよ? 兄ちゃんを説得するの」

 

 当然准のこともよく知っており、彼の性格上副がボーダー入りするとは予想もしておらず、入隊試験に合格したという知らせを聞いた時はとても驚いていたらしい。

 小南に案内されて副は支部内へと足を踏み入れる。

 扉をあけてまず見えたのは、カピバラとその上にまたがる小さな男の子だった。

 

「ッ?」

「……ほう。しんいりかね」

「『新入りかね』じゃないでしょ陽太郎」

「ふぐっ」

 

 目を光らせる子供を小南が軽いチョップ一つで黙らせる。

 

「桐絵さん、この子は?」

「こいつは陽太郎。うちの支部に居座るお子さまよ。あと支部長(ボス)が拾ってきたカピバラの雷神丸」

「まさか、この子もボーダー隊員?」

「違う違う。ただここに住んでいるだけ。空いてる部屋が結構あるからね」

 

 玉狛支部お子さま 林道陽太郎。

 小南の紹介を受けた陽太郎は片手を上げて挨拶する。副も手を上げて彼に応えた。

 

支部長(ボス)からトレーニングルームの使用許可はもうもらってるから、時間もないしさっさと行くわよ。今は他の連中が任務や用事で出払っているから、私が好きなだけ付き合ってあげるわ」

「あ。その前にこれ、つまらないものですがどうぞ」

「ん? これひょっとしなくてもいいとこのどら焼きじゃない! よし、陽太郎。あたし達が訓練終わるまでこれ誰にも渡さずに保管しときなさい!」

「まかせておけこなみ。あらたなこうはいがかにゅうしたのだ。ぶすいなまねはしない」

「……先に言っとくけど、多分副は本部所属になると思うからあんたの後輩にはならないわよ」

「なんと!」

 

 ドラ焼きを預けちょっとしたやり取りを終えると二人は陽太郎と別れ、地下に向かう。

 玉狛支部の地下にはトリガーで創られた空間が広がっており、いくつかの部屋はトレーニングルームとなっている。

 その一室に入ると小南は部屋の真ん中に置かれた机を指差す。机の上には黒く細長い道具――ボーダーが使うトリガーがいくつも並んでいた。

 

「私は感覚派のボーダーだから、人に教えるのはあまりしたことないの。だから私とひたすら戦ってまずはトリガーの使い方を体験して慣れなさい。回数をこなして映像見ながら反省すればいいわ」

「了解です」

「じゃあまずはトリガーを選ぶところから、なんだけど。副、あんた希望するポジションとかってある?」

「その、選ぶ前にポジションについて聞きたいんですが」

「……ああそっか。まずはそこから説明が必要か」

 

 まだ正隊員ではない為、副はボーダーの詳しい情報は知らない。

 失念していたなと反省し、小南は最初にポジションを教えようと右手の指を三つ立てる。

 

「防衛隊員は主に戦う距離で三つのポジションに分かれるの。

 近距離でガンガン切る、攻撃手(アタッカー)。私はこれに当てはまるわ。

 中距離からバンバン弾を撃つ、銃手(ガンナー)

 長距離からドカドカ狙撃する、狙撃手(スナイパー)

 この三種類から合うポジションで武器を選択する。ここまでは良い?」

「桐絵さんの擬音語の違い以外はよくわかりました」

「それならオッケーよ」

(あ、オッケーなんだ)

 

 大筋が合っていれば細かいことは気にしないサッパリとした性格。

 本人も皮肉に気づいていないのか理解してくれたことだけを嬉しく感じており、副も気をよくした従姉に言及するには気が失せ、細かくツッコムことはしなかった。

 

「初めてだし自分が向いていそうなポジションを選べば良いと思うけど、どう?」

「そうですね……」

 

 何か考えがあるのだろう。顎に手を添えて少し考え込む副。

 

「あの、時枝先輩が確か万能手(オールラウンダー)というポジションだと聞いた覚えがあるんですけど、オールラウンダーは何か別の枠ということなんですか?」

「時枝? ああ、准の隊の?」

 

 副は前日も会った知人のポジションが先ほどの三種類に当てはまらないことに疑問を覚えた。

 近しい相手ということあって頭の中に残っていたのだろう。

 

万能手(オールラウンダー)は……そうね。別枠と考えた方がわかりやすいかも」

「というと?」

「そもそも万能手(オールラウンダー)というのは一種の称号のようなものなの。防衛隊員は個人(ソロ)ポイントという訓練や模擬戦で稼ぐ点数があるんだけど、攻撃手(アタッカー)用のトリガーと銃手(ガンナー)用のトリガーの両方で六千ポイント以上の個人(ソロ)ポイントを稼いだ隊員を万能手(オールラウンダー)と呼ぶわ」

攻撃手(アタッカー)銃手(ガンナー)の両方で! ……だから万能手(オールラウンダー)か」

 

 説明を聞いて改めて自分が尊敬する先輩達がどれほど優れた隊員なのかを感じさせられる。

 個人(ソロ)ポイントを稼ぐ事がどれほど難しいかは知らないが、二つの武器を使いこなす事が難しいということくらいは容易に想像できる。

 ならばと副は決断を下し、机の上のトリガーへと手を伸ばす。

 

「俺は銃手(ガンナー)をやりたいと思います」

「……ふーん。理由は?」

「長距離から仕留めるほどの狙撃は想像出来なかったので狙撃手(スナイパー)はパス。それで残る二つから考えようと思ったんですが、近距離よりは中距離からの方が自分には向いているのかな、と思ったので」

「そ。まあ考えてのことならいいわ」

 

 本人がちゃんと色々思考してのことならば、実戦でも試行錯誤を繰り替えることだろう。

 行き当たりばったりなんかよりずっと良い。

 小南は安堵して自分のトリガーへと手を伸ばす。

 

「じゃあ早速やるわよ。といっても一口に銃手(ガンナー)と言っても、突撃銃型(アサルトライフル型)拳銃型(ハンドガン型)散弾銃型(ショットガン型)と様々だし、他にもオプショントリガーという変わった武器もあるから、自分にはどれがしっくりくるか数を試した方がいいわ」

「はい!」

「じゃあ五本勝負でセットが終わるごとにトリガーを変えてやってみるわよ」

「……了解しました」

『トリガー起動(オン)

 

 訓練の方針をお互いが認識し、二人はトリガーを起動する。

 身体とトリオン体が入れ替わり副は訓練生用の白い隊服に、小南は独自に戦闘体に記録されている緑色の隊服に髪もボブカットと姿が一転する。

 副が右手にハンドガンを、小南は両手にハチェット型の武器を手にして戦闘が開始する。

 

万能手(オールラウンダー)、ね)

 

 牽制の一発を片手で弾きながら小南は先ほどの副の発言を思い出していた。

 口ではああ言っていたものの本音は違うのだろうと彼の心の内を見抜いて。

 

(副、あんた本当は銃手(ガンナー)ではなく万能手(オールラウンダー)になりたいんじゃないの?)

 

 最初から彼がなりたいのは万能手(オールラウンダー)であり、銃手(ガンナー)を選んだのはその為の過程に必要なのだからではないのかと。

 

(時枝の名前を出していたけれど本当は准のことを考えていたんじゃないの?)

 

 副が本当に目標としているのは、彼が思い描いていたのは。

 時枝ではなく兄の背中なのではないのかと。

 これくらいは副達のことを昔から知る小南なら少し考えれば――否、考えなくてもすぐにわかることであった。

 だが彼の目標について一々問い詰めるのは気が退ける。何より自分で乗り越えていくべき課題だろう。

 

接続器(コネクター)ON(オン)

 

 小南はそう判断して今は強くさせることに専念しようと意識を切り替えた。

 両腕の双月を柄の部分を揃えてオプショントリガーを起動。一つの大きな斧とする。

 

「ッ!?」

(トリガーの形が変わった!?)

「さあ、かかってらっしゃい」

 

 突然の変形に驚きながら副はアステロイドを発射。

 狙いは良い。だが小南は手元で双月を高速回転し、銃弾全てを叩き落とす。

 その動きはさながら風車の如く。アステロイドを完璧に防ぎきり小南は不敵に笑う。

 

「今度はこっちからも行くわよ」

「くっ!」

 

 一通り撃ち落とした後、小南が急接近。

 副は距離をとりながらアステロイドを放つが追いつかれてしまう。

 上から縦に真っ直ぐ振り下ろされる斧。

 必殺の一撃は防御に入ろうとした副の銃ごと真っ二つに切り裂いた。

 

 

――――

 

 

「む? きたか」

「訓練は終わったのか?」

 

 小南の言葉通り、何度も実戦訓練を重ねた後。

 訓練室を出たリビングで陽太郎とさらにもう一人、ガタイの良い茶髪の男性が椅子に腰掛けていた。

 

「一応ね。三十戦やったところで副が限界ということで切り上げたのよ」

「……三十戦も連続でやったのか?」

「トリガーを変えながらだけどね」

「まだ仮入隊、しかもトリガーを使うのは初めてなんだろう? やりすぎじゃないか?」

「いいのよ。こういうのは最初が肝心なだから。詰め込んで体がどう感じるのか叩き込むのが重要なの」

 

 小南は持論を語るが、彼女に一歩遅れて部屋に入る副はフラフラだ。訓練相手として小南が手加減をしていたとはいえ、初めての戦闘訓練は堪えたのだろう。トリオンを消費しなくても肉体の疲労がなくなるわけではない。

 これは入隊するまで小南に苛め抜かれるだろうなと、男性は副の身を案じて息を吐いた。

 

「桐絵さん、この方は?」

「ああ副は初めて会うから知らないか。このガッシリした筋肉は木崎レイジさん。私と同じ玉狛支部のA級隊員よ」

「木崎だ。今日は防衛任務が入っていて今戻ったところだった。よろしく」

「あ、はい。嵐山副です。よろしくお願いします」

 

 差し出された手を力強く握り締める。

 玉狛支部所属、A級隊員完璧(パーフェクト)万能手(オールラウンダー)木崎レイジ。

 玉狛支部はボーダーでもきっての強さを誇る部隊。一説では最強チームとも呼ばれている部隊だが、その隊長を務めているのがこの木崎だ。

 副も名前だけは聞いたことがあり出会いに感動しつつ木崎の大きな体を目に焼き付けた。

 

「初日からそれだけやったなら疲れただろう。少し休んだ方がいい。今お茶をいれよう」

「い、いえそんな! 恐れ多いです!」

「遠慮はしなくていい。お前は玉狛(うち)の客人だ。ゆっくりしていけ」

「そうそう。レイジさんはこう見えて何でもできる人なんだから任せておけばいいのよ」

「では小南、先ほど副からもらったあのお土産も出したらどうだ?」

「あ、それいいわね。……陽太郎、あんた勝手に食べたりしてないでしょうね」

「あんしんしろ。かずはじゅうぶんすぎるほどあったからなにももんだいない」

「やっぱり食べたのね! あたし達の分が減るじゃないの!」

 

 ボーダーとしても人としても先輩である木崎に気を使う副。

 対して自ら動く木崎も、それを何とも思っていないのか小南も陽太郎も自分の思うままに振舞っている。

 

(……なんと言うか、思っていたボーダーとは全然違うな)

 

 トリオンは若い人の方が多いために若い隊員が多いということは副も知っている。しかし仮にも防衛隊員であるのだからもっとビシっと引き締まった印象をボーダーに抱いていたのだが。

 少なくともこの玉狛支部の面子は自由気ままに、伸び伸びと過ごしている。

 イメージとの違いに困惑を覚えるとお茶を入れた木崎が戻ってきた。

 

「予想のボーダー隊員と印象が違うか?」

「あ、はい。何というか支部全体の雰囲気がその……明るい、というか」

玉狛(うち)は基地としてはスタッフが少ない部隊だからな。だが戦闘となれば話が違う。お前も小南とやったからわかるだろうが」

「……はい。ボーダーの精鋭部隊、A級の実力者。手を抜かれているとわかるのに手も足も出ずに三十連敗でしたから」

「それは仕方がない。むしろ初めての戦いで一度でも小南に土をつけるようなことがあれば、お前を一気にA級部隊に勧誘しているところだ」

 

 ですよね、と苦笑を浮べながら副は同調した。

 それほどA級隊員というものは実力派集団なのだ。小南達も、嵐山隊も。

 余計に身近な存在が遠く感じてしまい、少し悔しさを覚えてしまう。

 

「じゃ、お茶も来たしお菓子も来たし、一休みしましょう」

 

 陽太郎に軽いお仕置きを終えた小南の声を合図に、四人は一息をつく。

 その途中、小南との訓練で感じたことの話を交えながら。

 

「先ほどトリガーを変えながら戦ったと言っていたが、トリガーは一体何を使ったんだ?」

「武器は六種を使いました。まず銃手(ガンナー)用のトリガーの突撃銃型(アサルトライフル型)拳銃型(ハンドガン型)散弾銃型(ショットガン型)。そして攻撃手(アタッカー)用のスコーピオン、弧月、レイガスト」

「まだどれを使うか決定していなかったから。全部試してみた方がいいと思って」

「……成程。それで感想は?」

 

 先ほどの訓練。小南が手加減し、時間をくれたおかげである程度感覚を掴む事はできた。

 一つの武器其々での五戦を経て抱いた事を振り返りながら副は語り始める。

 

銃手(ガンナー)用トリガーは突撃銃型(アサルトライフル型)が一番使いやすいと思いました。連射がしやすく隙も小さくて打ちやすいイメージです」

(トリガーのイメージはしっかり掴んでいる、か)

「では攻撃手(アタッカー)用のトリガーは?」

「こっちはより差がわかりやすかったです。レイガストは重くてスラスターモードが使いづらくて逆に振り回される。慣れるのは難しいと思いました。弧月は使いやすいけど動きやすさに関してはスコーピオンの方が上。切りあいには向いていないようですが、俺としてはスコーピオンの方が好みかなと思いました」

「そうか」

 

 副の話を遮る事無く一通り話を聞き、彼がトリガーの認識を間違いなく把握していることがわかった。

 もしもここで何が違う点があれば指摘しようと思ったが、この様子ならばあまり大きな指導はしない方がいいだろうと木崎は考える。

 自分で試行錯誤する方が彼の成長のプラスになると。

 

「となると最終的な理想はメインにアサルトライフル、サブにスコーピオンの銃手(ガンナー)ポジションがお前には適任なのかもな」

「私もそれで行こうかと考え中。機動力があるみたいだから出し入れ自由なスコーピオンの方がいいと思うのよね。さすがは陸上部ってところかしら?」

「どうも。スコーピオンは本当に便利ですね。体の何処からでも出せるというのはびっくりしました。まさか頭からも出せるとは。……その頭ごと桐絵さんに真っ二つにされましたけど」

「ふふん。双月の威力、舐めてもらっては困るわよ」

 

 スコーピオンは守りには不適であるとはいえ、文字通り一刀両断された時の衝撃は計り知れない。今でもあの時の恐怖を思い出し、副は身を震わせている。

 

「ならば今後はアサルトライフルの弾丸も決めていくといい。オプショントリガーも並行して試すのが良いだろう。仮想戦闘モードはコンピューターとトリガーをリンクするからトリオンを消費しない。自分にあうものを色々試せるはずだ」

「はい。まだ基本のアステロイドしか試していないので、他のも経験しようと思います」

 

 仮想戦闘モードはトリオンの働きを擬似的に再現するトリオンが減らない訓練モードだ。

 継続的に戦闘訓練が出来る、回数をこなすことが出来るのは仮隊員である副にとってはとても助かる。

 

「ふふっ。生憎入隊式までは期間があるから、何度も相手してやるわよ」

「意外だな。お前がそこまでやる気になるとは」

「最近近界民(ネイバー)討伐の機会が減ってるから。最後は思いっきりズバッと切れるし意外と良いストレス発散になるのよ」

「……お前、新人の訓練をリフレッシュか何かと勘違いしていないか?」

「そんなわけないじゃない」

 

 元々玉狛支部は他の隊員とは規格の異なるトリガーを使っている為にランク戦に参加していない。

 その為実戦の場も限られている。小南にとっても副との訓練は悪いものではない。

 

「それに、准からも頼まれているんだから私がしっかりやらないと」

 

 少し真面目な顔になって小南が呟いた。

 彼女の言うとおりこの訓練は准の頼みによるものだ。

 准は『本来なら兄である自分が』と意気込んでいたものの、副も参加する五月の正式入隊日の期限が近づくにつれて嵐山隊に降りかかる仕事の量は大幅に増えていた。

 入隊式には新人隊員の入隊指導があるのだが、そのオリエンテーションを担当するのがボーダー広報役の嵐山隊なのだ。そのため数週間後に入隊式を控えている彼らの仕事の多忙さは他の隊の比較にもならないほど。

 ゆえに苦汁の決断で従姉であり副も面識が有る小南に訓練を依頼することになったのである。

 

「一応副は嵐山隊がスカウトしたということになっているし、下手な出来では送り出せないもの」

「え!? そうなんですか!?」

「そうよ。准の弟ともあって初期ポイントは高くなるだろうから。……それに見合った強さを身につけさせるわ」

 

 小南の話は聞いていなかった事で、副は表情を固くした。

 A級の嵐山隊のスカウト、しかも隊長の弟ともなればボーダー関係者が副を見る目が変わってくるだろう。入隊時に各隊員に与えられる個人の強さの指標となる個人(ソロ)ポイントの初期値・初期ポイントも高くなるだろう。同じ時期に入隊する新隊員達も第一印象が異なることは間違いない。

 もしも不甲斐ない姿を見せることになれば、鍛えてくれた小南だけではなくスカウトをした嵐山隊、特に兄のイメージも悪くなってしまう。

 

「……桐絵さん」

「うん?」

 

 そう思ったらじっとしていることなどできなかった。

 副は残ったどら焼きを口に含みお茶で流し込むと、立ち上がって小南に頭を下げる。

 

「今からもう一度訓練、お願いします」

「……やる気になったみたいね? いいわよ」

「ありがとうございます」

 

 先ほどよりも引き締まった表情を見て満足したのか、小南もどら焼きを平らげて訓練室へと向かう。

 正式入隊日までまだまだ時間は残されている。

 その間の訓練の出来によって初期ポイントも大きく変わるだろう。

 

(出来るだけのことはやってやる。何時までも甘えてなんかいられない!)

 

 だから今自分に出来る最良を尽くそうと、副は決意を新たにトリガーへと手を伸ばした。

 

「うむ。副はやる気満々だな」

「……そうだな。小南は口で教えるのは上手くないが、相手が訓練を通して手ごたえを掴んで考えられるならばかえって都合が良い。数をこなすというのは正しい判断だろう」

 

 二人を見送った後、木崎は後片付けをこなしながら陽太郎の呟きに頷いた。

 副が向上心に溢れている様子は今のやり取りでも窺える。小南の方針も間違っていない。

 ならば後は小南に任せて応援しようと二人が入っていった扉を見つめる。

 

「集中して訓練していれば時間が経つのは早い。気がついたら日数が過ぎているはずだ」

 

 その前にどれだけボーダーの戦術や強さを身につけることが出来るか。

 今期は他の支部でも有望な隊員のスカウトに成功。ボーダーに加わるという話が耳に入っている。果たして彼らに続くことができるのだろうかと、木崎は少しの希望を覚えて皿洗いを続行する。

 

 

 

 そして木崎の言葉通り、時間の経過はとても早く。

 運命の日はあっという間に訪れた。

 

「……さあ、今日が俺のスタートだ」

 

 一年に三回しか機会がないそのうちの一つ。五月のボーダー隊員正式入隊日。

 C級隊員共通の白い隊服を身に纏い、嵐山副は新たな一歩を踏み出した。



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迅悠一①

(……ちょっと緊張してる、かな)

 

 両目を閉じ大きく深呼吸をして胸の拍動を落ち着かせる。

 いよいよ待ちわびたボーダーへの入隊日。昨日寝る前にも緊張からか中々寝付けなかったが、当日になると余計に心がざわめいているのが実感できる。

 まだ何も始まっていないのだからと気を落ち着かせる。周りの人たちも同じ立場なのだからと自分に何度も言い聞かせた。

 

(兄ちゃん達は――さすがに声をかけられるような状況じゃないな。下手に騒がれるのも嫌だし)

 

 壇上の近くには兄を含む嵐山隊の面々が勢ぞろいしている。この入隊式に関する任務を任されている人達だ。今はおそらくこれからの作業の打ち合わせをしているのだろう。手元の資料と仲間の顔を視線が行き来していた。

 式の前に一声かけようとも思ったが彼らの仕事の邪魔をしてはならないし、何より他の新入隊員に嫌な目立ち方をしてしまう。

 それくらいならばと副は兄の部隊を遠くから見ていた。

 

(防衛任務だけじゃなくてこういう仕事も普通にこなしてるんだから、やっぱり凄いや)

「よう、弟君。ボーっとして大丈夫か?」

「え?」

 

 少し物思いに耽っていると、後ろから肩をポンと叩かれる。

 おそらく自分に対するものであろう。独特な呼び名に驚きながら声をかけられた方向を振り返ると、どこか兄に似た面影を持つ見知らぬ男性が立っていた。

 

(誰? 『弟君』って多分俺のことだよな……? 肩を叩かれたわけだし)

「えっと。失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「あれ? 小南達から聞いてない? 俺は迅悠一。小南達と同じ玉狛支部の隊員だよ」

 

 初めて耳にする『弟君』という呼び名。初めて目にする男性。

 不審に思い名を問うと、かつて従姉から聞いたことがある名前が帰ってくる。

 玉狛支部所属、S級隊員攻撃手(アタッカー)迅悠一。

 ボーダーの精鋭部隊であるA級をも超えるS級隊員であった。

 

「あっ。あなたがあの迅さんでしたか。お噂は桐絵さんから伺っています」

「やっぱり聞いてたか。ふむ。ちなみに小南は何て言ってたんだ?」

「……えっと。決して悪気があっての言葉ではないと思うんですが」

「大丈夫、俺そんな気にしない人間だから。そのまま教えてくれ」

「その、『暗躍が趣味』な変わり者と」

「暗躍? おいおい。実力派エリートを捉まえて暗躍とはまた人聞きが悪いな」

「あ、いえ。俺が言ったのではなく……」

「わかってるわかってる。どうせ小南の冗談だろう。弟君もあまり本気にするなよ?」

「は、はあ……」

 

 飄々とした雰囲気から、「おそらく暗躍が趣味というのは本当なんだろうな」と思いながらその場では頷いておく副。元々小南がこういった他人の評について冗談を言うような人物ではない。特に人の印象が悪くなるような話に関しては。

 だが根っからの悪い人ではなさそうだという印象を抱く。同時にこの接し方は確かに玉狛の人なんだなと、改めて玉狛支部は少し変わっているという印象を抱いた。

 

「嵐山の弟君が今日入隊と人伝いに聞いたんでね。久しく本部の空気を吸っていなかったしちょっと見にきたんだ。頑張れよ」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「おう。……ところで弟君。一つ聞いておきたいんだけど」

「なんでしょうか?」

 

 励ましの言葉をかけると幾分か落ち着いた様子の副。

 迅もその様子を感じ取った後、しばし副の顔をじっと見つめる。すると真面目な顔になって副に問いかける。

 

「弟君はボーダーに入ったわけだけど、チームの事は決めていたりするのか?」

「チーム?」

「ああ。B級隊員以上になると基本はチームを組んで戦うことになる。あ、俺はちょっと違う貴重な例外だけどな?」

「S級、ですよね」

「そ。だけどそうでない限りは普通どこかのチームに組むか新たにチームを作ることになるんだが。弟君は何か考えがあるか? 例えば、そうだな。嵐山隊に入ったりするとか」

「ッ!」

 

 具体的な例として兄の部隊の名前が挙がった途端、副の顔つきが変わった。

 迅は彼の様子を顔色変えずに観察するように見続ける。

 一度口を開こうとして、口を閉ざし。一拍置いて今度こそ副は話を続ける。

 

「特に、予定はありません。ですが嵐山隊に入るつもりは微塵もありませんでした」

「……そうか。悪い、俺が真っ先に思いついた部隊を言っただけだ。別に悪気があってのことではない。気分を害したのならすまない」

「いえ。こちらこそ」

 

 事情を詳しく知らないとはいえ迅も何事かを察したのだろう。頭を下げると、副も同じように頭を下げた。

 

「まあ特に予定がなかったのなら丁度いい。ちょっと弟君に一つアドバイスしておこう」

「アドバイスですか?」

「ああ」

 

 これで許してくれと迅は会場全体を一瞥してから副に視線を戻す。

 

「この入隊式、同じ時期にボーダーに入る同僚との関係は大切にすると良い。君にとってもいい出会いになるだろう。おそらくは弟君の近い将来、チームで戦う時にきっと頼りになるはずだ」

 

 笑みを浮かべて迅はそう言った。

 ボーダー隊員の、人生の先輩として有り触れた言葉のようだが、何故かとても重みがあるように副は感じた。

 確証はないはずなのに何かを知っているかのような真っ直ぐなアドバイス。疑わしげな感情は一切感じられず、しかし同時にどうしてそこまで具体的に言いきれるのかと不審に感じられ、副は正直に質問する。

 

「チームで戦う時に頼りになるって、どうしてそう断言できるんですか?」

「弟君が本当に戦うからだよ」

 

 少し間を置いて迅はさらに続ける。

 

「俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 ――副作用(サイドエフェクト)

 高いトリオン能力を持つ者に稀に発言すると言われている超感覚。

 迅のサイドエフェクトは未来視。すなわち未来を見ることができる。彼が出会った人物の未来を予知することが出来るというものだ。

 そして今、彼の見る未来がそう告げているのだと迅は口にした。

 

「成程。近い将来、というのが正しいかわかりませんが」

「多分すぐ先の話だと思うよ。弟君がB級に上り詰めるのも、チームを組むのも」

「……忠告、ありがとうございます。覚えておきますよ」

「忠告じゃない。ただのアドバイスだって」

 

 未来に関するという重要な件であるためか、縮こまる副の背中を迅は数回叩いた。

 そして迅と話を続けているといつの間にか入隊式の始まる時間が訪れる。

 

「おっと。じゃ、俺は邪魔になりそうだしそろそろ退散するかな。弟君、頑張れよー」

「はい! ありがとうございます」

「おう。またなー」

 

 そう言い残し、迅は手を振って人ごみの中に消えていく。その背中を副はじっと見つめていた。

 やがて入隊式は無事に始まり、一人の男性が新入隊員の集団の前に現れる。

 

「私はボーダー本部長、忍田真史だ。君たちの入隊を心から歓迎し、歓待する」

 

 ボーダー本部長、忍田真史。

 本部属する全ての隊員に命令を下す権限を持つ防衛部隊の指揮官である。戦力としても非常に優秀で一部隊の戦力を持つとも言われている最強の男だ。

 忍田は落ち着いた物腰でさらに語る。

 

「君達は本日よりC級隊員すなわち訓練生として入隊する。三門市の未来ひいては人類の未来は君たちの双肩にかかっていると言っても過言ではない。皆それを自覚した上で日々研鑽し、B級隊員以上の正隊員を目指してほしい」

 

 新入隊員への期待を込めた話。最後に忍田は笑みを作って敬礼する。

 

「君達と共に戦える日を待っている。――私からは以上だ。この先の説明は嵐山隊に一任する」

 

 その後、忍田の後を引き継ぎ誰もが知る正隊員四人が前に出た。

 皆の憧れとされている有名人が眼前に現れ場は騒然とする。

 嵐山隊の四人。A級の中でも名の知れた隊員達だ。

 

「嵐山隊だ! テレビにも出てる!」

「この目で見れる日が来るなんて!」

 

 歓喜に湧く新入隊員達。副はその様子をどこか遠い目で眺めていた。

 

「では、これから入隊指導(オリエンテーション)を始めるにあたり最初にポジションごとに分かれてもらう。攻撃手(アタッカー)銃手(ガンナー)を志望する者はここに残り、狙撃手(スナイパー)を志望する者はうちの隊の佐鳥が担当する。彼について訓練場へと移動してくれ」

「はーい。狙撃手(スナイパー)組は俺についてきてねー!」

 

 嵐山が視線を向けると佐鳥が目を光らせて親指で自分を指差すポーズを決めていた。

 指示に従い狙撃手(スナイパー)を志望する者が全員その場を後にし、攻撃手(アタッカー)銃手(ガンナー)を志す者が集められた。

 

「説明の前に自己紹介する。俺は攻撃手(アタッカー)組と銃手(ガンナー)組を担当させてもらう嵐山隊、嵐山准だ」

「同じく嵐山隊の柿崎国治」

「嵐山隊、時枝充です」

 

 嵐山と時枝、さらにこの前の相談の際にはいなかった正隊員、柿崎が挨拶をする。

 嵐山隊中距離(ミドルレンジ)万能手(オールラウンダー)柿崎国治

 世間がよく知るA級の隊員が三人もつく。贅沢すぎる面子だ。

 

「まずは――皆、入隊、おめでとう」

 

 ふと兄と視線が合った気がした。

 気のせいかもしれないが複雑な心境になってしまい一応軽く会釈をする。

 

「忍田本部長も仰っていたが君達はまだ訓練生だ。防衛任務に就くためにはB級に昇格、正隊員になる必要がある。ではどうすれば正隊員になれるのかを説明していこう。各自、自分の左手の甲を見てくれ」

 

 言われるがまま皆自分の左へ目線を落とす。

 時枝が手元のタッチパネルを操作すると、今まで何も書かれていない左手の甲に突如四桁の数字が浮かび上がった。

 

「これは?」

「『1000』?」

 

 よくわからない変化に戸惑いを隠せない新入隊員達。

 少しの混乱が生じると嵐山が皆が気にする疑問の説明を再開した。

 

「君達が今起動しているトリガーホルダーには各自が選んだ戦闘用トリガーのうち一つだけが入っている。そしてこの左手の数字こそ、君たちがそのトリガーをどれだけ使いこなしているかを示す数字なんだ」

 

 成程と皆が納得して頷くのを確認して、嵐山は左手の指を四つたてる。

 

「この数字を『4000』まで上げた時、君たちはB級隊員へと昇格できる」

 

 正隊員へとなるためのわかりやすい指標だ。

 目の前に明白な目標ができたことで皆表情を崩し笑っている。

 

「多くの新入隊員は初期ポイントが1000ポイントに設定されている。しかし仮入隊の間に高い素質を認められたものは最初からポイントが上乗せされてスタートすることになっている。上乗せされている隊員は、そのポイントが君たちへの即戦力としての期待と受け取り、訓練に励んでくれ」

(即戦力としての期待、か)

 

 説明を受けて、副は今一度手元の数字を目にした。

 他の隊員達と同様に数字が浮かび上がっている。

 ただし、他の隊員とは違い1000よりも大きな数字が刻まれていた。その数字を見て少し顔をしかめてしまう。

 

「次にポイントを上げる方法だが、これには二種類ある。一つは週二回の合同訓練で優れた成績を残す事。二つ目はランク戦でライバルと競いポイントを奪い合う事だ。

 まずは皆に訓練の方から体験してもらう。場所を移すからついて来てくれ」

 

 嵐山を先頭に、新入隊員達が続いていく。副も最後尾から彼らの後をついていった。

 

「よう副」

「入隊おめでとう」

 

 すると彼の後方から声がかかる。

 振り返ると嵐山の補佐をしていた柿崎と時枝の姿があった。

 

「柿崎さん。時枝先輩。お久しぶりです」

「浮かない顔をしているよ。嵐山さんのすぐ近くは複雑かい?」

「そうではないのですが、少し気になることがありまして」

「気になること? 何かあったんだな。俺達でわかることなら相談に乗るぞ」

 

 何でも言ってくれと胸を張る柿崎。

 心配りはありがたい。だがあまり他人に話すような内容ではないとしばし悩む副。

 それでも何時までも抱え込むよりはマシだと判断し、ようやく副は気がかりを打ち明けた。

 

「俺達新入隊員に与えられる初期ポイント。これは純粋な戦力を評価したものなんでしょうか?」

「そう考えてもらって問題ないが、何かひっかかるのか?」

「ええ。何というか、戦力以外の点でもプラスになっているのではないかと思いまして」

「君が嵐山さんの弟である点が追加されているのではないか、と?」

 

 先を読む時枝に、副は深く頷いた。

 入隊試験の合格翌日。訓練の合間にかわした小南との会話を思い出す。

 

『一応副は嵐山隊がスカウトしたということになっているし、下手な出来では送り出せないもの』

『え!? そうなんですか!?』

『そうよ。准の弟ともあって初期ポイントは高くなるだろうから。……それに見合った強さを身につけさせるわ』

 

 副が考えていること。それは自分の即戦力としての期待以外に、嵐山准の弟というボーダー隊員の実力以外の部分が含まれているのではないかということだった。そしてそれが本当ならば他の隊員に申し訳ないと申し訳ない気持ちを抱いていた。

 

「……そういう話が絶対にないと言えば嘘になる。現にそういうケースが丁度お前達の代にいるからな」

「やはり、そうですか」

「ああ、勘違いするなよ? お前のことではない。そうじゃなくてただ自分の我が侭を貫いたやつがいるってだけだ」

「少なくとも副君はきちんと仮隊員の間訓練を積み重ねていたんだろう? ならそれは正直にそのまま戦力としての期待として受け取ればいい」

「はい。そうですよね」

 

 柿崎や時枝は副が気にする事ではないし、そもそも実力が身についていないなどとは考えていない。玉狛支部で訓練していたということは二人の耳にも届いている。

 だからそう思い悩むなと副に説明するが、完全に割り切れないのかいまだに彼の表情は暗い。

 

「……君があまり悩みすぎると、鍛えてくれた君の師匠が可哀相だよ」

「ッ!」

 

 そこで時枝にしては珍しく少し厳しい言葉をぶつけた。

 副が自分を信じられないようでは鍛えた小南の力不足であったことになる。

 ――そんなわけはない。勿体無いくらいの機会を与えてくれたのだと副は声を荒げた。

 

「桐絵さんは!」

「十分鍛えてくれたんだろう? どうしても君が気に病んでしまうというのならば、君の初期ポイントは彼女の手柄だと考えればいい」

「え……」

「お前のポイントはこの数週間小南と共に手にしたポイントだ。どうだ? 訓練に見合ったポイントじゃねえか?」

 

 怒りを露にしようとした副を制したのは二人の笑みだ。

 毒気を抜かれた様な心地になり、副は気が晴れたような感じを覚える。

 一人で手にしたものではない。兄の影響でもない。これは師でもある小南と共に手に入れたものだ。

 そう考えればようやくこの現状を納得し、受け入れることができた。彼の師はあのボーダー最強部隊であるA級の小南桐絵なのだから。

 

「……はい。むしろ足りないくらいです」

 

 冗談を言えるくらいに回復した副を見て二人も安堵する。

 

「さて、それじゃあお前も行って来い。――そろそろだ」

 

 柿崎は首をクイっと上げて前の部屋を見るよう促した。

 視線を映すとどうやら目的の部屋へと到着したようだ。副が少し遅れて入室すると、広い観客席とその下にトレーニングルームが広がっていた。

 

「さあ着いたぞ。まず皆が訓練するのは対近界民(ネイバー)戦闘訓練! 

 各自仮想戦闘モードの部屋の中、ボーダーが集積したデータで再現した近界民(ネイバー)と戦ってもらう」

「はあ!?」

「いきなり戦闘訓練!?」

「聞いてないぞ!」

「マジかよ……っ!」

 

 嵐山は入隊初日、最初から戦闘訓練を行うという。

 しかも相手は仮想とはいえ近界民(ネイバー)

 この戦い次第で隊員がボーダーに向いているのか向いていないのか判断するということだろう。

 誰もが突然の事に驚きを隠せず、どよめきが次々と伝染していく。副も「まさかね」と動揺を零してしまった。

 

(まさか毎年これをやっているっていうのか? 聞いてないですよ桐絵さん!)

「仮入隊の間に体験した者は知っているだろうが、仮想戦闘モードはトリオン切れが起こらない。怪我の心配もない。ゆえに皆、思う存分戦ってくれ」

 

 新入隊員達の顔つきの変化を知ってか知らずか、嵐山は落ち着きを払って説明を続ける。

 彼に倣い時枝と柿崎が手元のパネルを動かす。すると無人であったはずの各部屋に一体の巨大な生物が何もない空間から発生する。

 

「君達が戦うのは『初心者(ビギナー)レベル』の相手、大型近界民(ネイバー)だ。訓練用に少し小型化してある。攻撃力はないものの、その代わり装甲は想像以上に厚い。

 制限時間は一人五分! 当然早く倒すほど評価点は高くなるから、自信のある者は高得点を狙ってくれ!」

 

 説明は以上だと話を区切ると、各部屋で戦闘訓練が始まった。

 殆ど同時に戦闘は開始する。

 弧月やスコーピオン、レイガストを操って果敢に近界民(ネイバー)に切りかかる者。

 アステロイドやバイパーを撃ち出して装甲を打ち破ろうとする者。

 皆戦い方は異なるが嵐山が語っていたように装甲はかなり厚い。

 中々決定打を打ち込むことができず、二分三分と時間が経ってようやくクリアするものが現れ始める。

 

「……堅いな」

「初めての挑戦で一分切れれば十分だよ」

 

 他の新入隊員の様子を見て呟いた言葉を時枝が拾う。

 一分。目安の基準を聞いて果たして自分が超えられるのかと疑問に思う。

 今こうやっている間にも次々挑戦者が現れるがまだ二分の壁を越えることは出来ずにいる。

 中々厳しいかと各部屋に注意を払っていると。

 

『三号室終了。記録、五十九秒』

 

 無機質な合成音声が場に響く。

 この段階で最速タイムである五十九秒を記録した者が現れた。

 

「一分切ったぞ!」

「速い!」

「すげー、最速タイムだ!」

「ふっ。まあこの僕ならこれくらい当然のことだけどね」

 

 トレーニングルームから一人の男性が戻ってきた。観客席から湧き上がる賞賛を受けて、得意げに前髪を指で流している。

 C級隊員、銃手(ガンナー)唯我尊 初期ポイント:アステロイド(拳銃)3950

 

「彼がさっき柿崎さんも話していたスポンサーの息子さんだよ」

「あの人が?」

 

 顔を見て時枝が補足した。

 何でもボーダーのスポンサーの息子であり、唯我の父親の会社はボーダーの一番大きなスポンサーであるという。

 その彼が入隊時に上層部に『A級に入れろ』と打診し、初期ポイントを大幅に大きな数字にさせたそうだ。

 

(成程、そういうことか。だけどタイムも一分を切っているし実力が皆無というわけではなさそうだ)

「それでは次。……おっ?」

(それなら俺も負けるわけにはいかない)

 

 指示を出していた嵐山が副の存在に気づいたが、副は何も反応しないままトレーニングルームへと入っていく。おそらく集中して目に入っていないのだろう。

 

(俺だって名前だけで入ったつもりはない)

 

 改めて覚悟を決めて。視線を厳しくして。

 部屋の中央に聳える巨大な近界民(ネイバー)を見据える。

 

『四号室、用意。――――始め!』

 

 無機質な音声が室内に響く。その声を合図に、戦闘訓練は開始された。

 副の存在に気づいた近界民(ネイバー)が頭から突撃してくる。接近と同時に、装甲に覆われていない瞳のような器官、おそらくは急所であろう部位を守る行動だ。

 だが巨体であるためかその動きは遅い。距離もあるから――いや、距離がなくてもかわせるだろう。

 その場からすぐに後方へと跳んだ。トリオン体で身体能力が向上されている今、避けることは容易い。

 着地と同時に一発だけ突撃銃からアステロイドを放つ。

 装甲が厚く貫通には至らないが、近界民(ネイバー)が銃撃に気づいてこちらへと目玉をむける。

 

「そのままこっちを向いていろ!」

 

 その瞬間、銃口が火を噴いた。いくら装甲が厚いとはいえ弱点がないわけではない。特に目玉は脆い弱点。アステロイドを連射する。

 ダメージで巨体が仰け反り、怒ったのか再び突撃を仕掛けてきた。

 応戦するべく副も後方に下がりながらアステロイドを撃ち続けるが近界民(ネイバー)は止まらない。

 

「ちっ!」

(攻撃力がないとはいえ、押し込まれるのは不味い)

 

 背中が壁とぶつかる。後方に逃げ場はなく、右も壁に近すぎて避けられない。

 ならば左、と逃げようとしてその左から攻撃が迫る。

 

(なら……!)

 

 弱点は隠れている。装甲はもう少し撃ち込まないと削りきれない。

 ならば選択は一つだ。

 副は右斜め上空に跳躍。壁を蹴って逆側へと躍り出る。攻撃をかわすと同時に再びアステロイドを発射。

 五発、六発と弾を撃ちこみ続けると。

 ついにアステロイドが装甲を貫き、近界民(ネイバー)が動きを完全に止めた。

 

『四号室、終了。――記録、二十五秒』

 

 合成音声が訓練の終了を告げた。

 記録はこの時点でトップに立つ二十五秒。

 唯我の記録を大きく上回る事に成功した。

 

「なっ……!」

「二十五秒!?」

「もっと速いやつがいた!」

「この僕よりも……?」

「副!」

「嵐山、今は仕事中だ」

「せめて後にしてくださいね」

「うっ!?」

 

 観客席では先ほどの唯我以上の反応を示す者が続出した。

 唯我本人も頬をひくつかせて呆然とするしかなかった。

 訓練担当者である嵐山は弟の奮戦を見て嬉しさの余り仕事を忘れて飛び出そうとした。その寸前、柿崎と時枝に釘を刺されて彼の行動は失敗に終わる。

 そんな周囲の反応を他所に、副は静かに突撃銃を降ろして人知れず呟いた。

 

「伊達に桐絵さんに千回も叩き切られたわけじゃない」

 

 嵐山副。対小南戦績、0勝1000敗。

 初期ポイント:アステロイド(突撃銃)3000。

 こうして嵐山副は鮮烈なボーダーデビューを飾ったのだった。



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新入隊員

 時を遡ること一週間と少し。

 

「……これで、通算五百敗目」

「あら? もうそんなにやった?」

「毎日戦い続ければそうなるだろう」

「そう。よく数まで覚えていたわね」

「いや、記録が残っていただけです」

 

 その日の特訓を終えた副は玉狛支部のソファに倒れこむように横になった。身体的疲労と精神的疲労が積み重なり、玉狛支部独特の雰囲気になれたことも相まって気を遣うこともなくなっていた。

 小南は勿論のこと、木崎も丁度任務の合間で支部に滞在しており副の相談役となっていた。

 

「これだけやっていると一回くらいは白星を挙げたいと思うんですけど。そもそもアステロイドで削る事はできても直撃まではいかない。強くなっているかちょっと不安になってきます」

「ほう。あんた、生意気にも私に勝つつもりでいたのね」

「さすがに特訓をしてもらっている以上は一度くらい勝ちたい、と思いまして」

 

 冗談交じりに笑う小南。副も笑みを返すくらいの余裕はあるようだが、それが強がりのようなものではないかと木崎は不安に思う。

 

(ああは言ってもこれだけ負けが続くとどうしても嫌気が差すだろう。負け癖、とまではいかなくても弱音を吐きたくなる時期なはずだ)

 

 小南は『数をこなせば腕も上達するはず』という理念のもとひたすら戦闘を繰り返している。だが第三者の視点からすれば、その数をこなす間に潰れてしまうのではないかという心配が強い。

 特に副は初心者。ボーダー隊員といってもまだ仮隊員であり実績がない。

 実力がつく前に自信を失ってしまわないかと木崎は考え、副の名前を呼ぶ。

 

「副」

「はい? 何ですか?」

「何も特訓は毎日しなければならない、という決まりはない。一日くらい気晴らしをしてきたらどうだ?」

 

 木崎の提案から彼が副を心配してくれることが感じ取れた。

 気持ちはとてもありがたい。事実彼の言うとおりその方が効率もよいのかもしれない。

 しかし。

 

「お心遣い、ありがとうございます。ですが今は少しでもトリガーに慣れておきたいんです」

 

 副は木崎の発案を拒絶する。

 

「最近は少し楽しくもなってきたんですよ。気のせいかもしれませんが、徐々にアサルトライフルの使い方にも慣れてきたというか、銃弾の正確性も上がってきた気がして」

「まだまだ一本は取らせないけどね」

「ええ。頑張りますよ」

 

 まだ向上心を忘れないでいられるのは副が初心者だからだろう。

 これまでの経験が皆無であったためにかえって伸びしろがあり、自分でもわかりやすく成長を感じ取れている。

 木崎は『それならばいい』と、苦笑を浮べて他愛もない会話を続ける副に言う。

 

「お前の気のせいなんかではない。銃型トリガーの射撃精度は訓練すればするほど向上すると言われている。それだけお前が上達しているということだ。自信を持っていい」

「……はい。ありがとうございます」

 

 褒められて年相応の無邪気な笑みを浮べる副。

 まだ中学一年生の子供だ。やはり認められることは嬉しいのだろう。先ほどの笑みとは全然違う、満面な笑みだった。

 小南の指導に木崎の支えもあってこの後も副は折れる事無く訓練を続けることができ。

 今日初めて行われた戦闘訓練で彼は幸先の良いスタートを切る事に繋げることに成功したのである。

 

 

――――

 

 

「二十五秒!」

「はっやっ! 一分どころか三十秒を切ったぞ!」

 

 現在に時間を戻し、ボーダー本部のトレーニングルーム。

 尋常なタイムを記録した副を目のあたりにして観客席が騒然となる。

 

「あれ。あいつって確か嵐山隊長の弟じゃないか?」

 

 すると観客席の中で誰かがポツリと呟いた。

 声は決して大きなものではなかったがその内容は衝撃的なものであり次々と伝染していく。

 それにより訓練生の混乱もより大きなものとなっていった。

 

「嵐山隊長の!?」

「弟なんていたのか?」

「そういえば私も聞いたことある。今期入隊するかもって噂が流れてた」

「マジかよ。兄弟揃って有望ってことか」

 

 嵐山が有名であったことが大きいのだろう。本部内でもどこからか噂が流れていたようで納得するものも多い。

 彼らの話は観客席に留まることなく、唯我やまだ訓練を終えていない隊員の耳にも伝わった。

 

(嵐山隊の……? ほう)

「そうか。彼が、来馬さんが言っていた」

「ふぅん」

 

 唯我は何かを思いついたのか笑みを浮かべ。

 この場では唯一、両肩にエンブレムをつけた男は冷静に副の背中を見つめ。

 きつめな顔つきをした女性は興味深そうに副を横目に確認する。

 

「嵐山の弟か。随分戦い慣れしてんな」

「二十五秒。これまでの新人を振り返っても凄いと思いますよ」

 

 一方、別室のモニターで二人の男性が訓練の様子を眺めていた。

 ツーブロックの髪とくわえ煙草が特徴の男性と、坊主頭に糸目が特徴の男性。二人ともB級に所属する諏訪隊の隊員である。

 諏訪隊銃手(ガンナー) 諏訪洸太郎

 諏訪隊銃手(ガンナー) 堤大地

 二人とも副と同じポジション・銃手(ガンナー)であるためか、彼の戦いの凄みを感じ取っていた。

 

「銃型トリガーはある意味初心者が取り扱うのが一番難しい武器だ。日本では馴染みが薄く、日常生活では手にしたことがない銃。いくらトリオン体で身体能力が大きく強化されているとはいえ、射撃の反動で姿勢は崩れちまうし、狙いも定まりにくい」

「だからこそ射撃精度を上げるためには訓練を重ねるしかない。よほど射撃の才能があれば話は別ですが、彼はどちらかというと訓練を重ねたという感じですね」

「ああ。射撃が安定してやがる」

 

 銃型トリガーは慣れれば慣れた分だけ安定した戦いが出来る武器。

 かなり特訓したのだろうなと副の努力を感じ取っていた。

 

「しかしまさか一人で練習したんですかね? 嵐山隊は今日の仕事で忙しかっただろうから付き合うのは無理ですし」

「いや、誰かしら師匠はついてんだろ。突然の対近界民(ネイバー)訓練にも関わらず実戦慣れした動きしてたし。ただよっぽど無茶苦茶な密度でやんねーとここまで上達しねえぞ。師匠の顔を見てやりたいくらいだ」

 

 まさか諏佐が言う師匠が、最強の部隊に所属する小南であることなど知る由もなく。

 諏訪は「よほどの戦闘馬鹿だな」と今ここにはいない小南を評価し、様々なA級隊員やB級隊員の顔を脳内で想像していた。

 師が関知しないところで批判されているとは想像もせず、副は戦闘が終了したトレーニングルームを後にする。

 

「ふはっはっはっ。中々やるようだね、君」

 

 そんな彼を出迎えたのは一足先に訓練を終えていた唯我であった。

 突然のことに副が驚いていることに気づきもせず、独特な笑い方で話しかける。

 

「君の戦い見させてもらったよ。嵐山隊長の弟さんだって? 僕よりも早いタイムでクリアするとは、見所があるようだ」

「……えっと」

「失礼。僕は唯我尊。A級隊員に入ることになっている男だ」

(ああ、さっき時枝先輩が言っていた人か)

「はじめまして。嵐山副と言います」

 

 得意げに語る唯我。自己紹介に対して丁寧に返したのも、A級隊員になる自分を敬ってのものと勘違いしたのかさらに調子を良くする。

 一方、人の話を聞かないような唯我の素振りを見た副は「この人友達少なそうだな」と中々酷いことを心の中で呟いた。

 

「同じ時期に入隊したよしみだ。どうだい、よければ僕の方から上に口添えしてあげようか? 君ほどの実力ならば上に上り詰めても問題はないだろう」

 

 おそらく嵐山の弟という話を聞いて、副に恩を売っておけばこの先よいことがあると考えたのだろう。あるいは同期の実力者と繋がっておく事でいざと言う時の為の保険にする為か。その両方か。

 目的は定かではないが、しかし元来の悪人ではなさそうだと判断した副は遠慮がちに首を横に振った。

 

「ありがとうございます。ですが誰かの名前を借りることは俺の望むところではありません。お気持ちだけ受け取っておきます」

 

 唯我だけではない。兄のことも含んでだ。

 他人の名前を使ってしまったなら、副は自分を許せなくなる。

 元々自分の力を示すために入ったのだからそんなことはできないと副は一寸の迷いもなく唯我の誘いを固辞した。

 

「そうかい? まあいい。だが君と僕。同期のナンバーワン、ナンバーツーという関係は大切にしたい。今後もどうかよろしく」

『三号室、終了。記録、十七秒』

「頼むよ……って、ん!?」

「……十七秒!?」

 

 これからもよい付き合いであろうと約束しようとしたその時。

 トレーニングルームでは再び今日の最速タイムが更新された。

 右手の弧月を収納すると、緑がかった灰色の髪をした男性が顔色一つ変えずにトレーニングルームから戻ってくる。

 鈴鳴支部所属C級隊員、攻撃手(アタッカー)村上鋼 初期ポイント:弧月 3350

 

(弧月の使い手! それにあの両肩のエンブレム、どこかの支部の隊員か?)

 

 見慣れぬエンブレムを両肩につけている男性を、副は驚愕に目を見開きながら見つめた。

 すると視線に気づいたのか、村上が副達の下へと歩み寄ってくる。

 

「嵐山さんの弟さん、なんだって? はじめまして。俺は鈴鳴第一の村上鋼だ」

「あっ」

(鈴鳴第一! そうか、このエンブレムは鈴鳴第一か!)

「ご丁寧にありがとうございます。嵐山副です。嵐山准は兄に当たります」

 

 鈴鳴第一は玉狛支部にも近い場所に本拠地を置くボーダーの支部だ。

 合同で防衛任務をやることも多いそうで副も小南や木崎の会話から耳にしていたことがあった。

 

「うちの支部の先輩に君の話は聞いていた。中学生と聞いていたが、予想をはるかに上回る射撃の腕だな。戦えばかなり手ごわそうだ」

「……お世辞ありがとうございます。さすがに十七秒の壁を越えることは大変そうですけどね」

「どうかな? まあ、これからよろしく」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 村上がわずかに笑みを浮べると、副も会釈した。

 兄の話も嫌味で語ることがなく、良い人そうだと同期で優しそうな先輩に出会えたことを副は嬉しく思った。

 

「な、なるほど。村上先輩も中々やるようだな。僕は唯我尊だ。これからよろしくお願いする」

「…………ああ、よろしく」

「唯我先輩、まだいたんですか?」

「あれ!? 君達僕への態度が違いすぎないかい!? 何故か温度差を感じるんだが!?」

 

 空気になっていた唯我が口を挟むと二人の冷めた視線に襲われた。

 

「ま、まあいいだろう。しかしこれでトップスリーが勢ぞろいとなったわけだ。この三人がこうして出会ったのも何かの縁。これから」

『一号室、終了。――記録、九秒』

「あらゆる困難が待ち構えているかもしれないけどうしてぇぇっ!?」

「きゅ、九秒!?」

「これは早いな。一号室。……あそこの女の子だな」

「え? 女性ですか?」

「女の子にまで負けたというのか、僕は……!」

 三人で助け合っていこうと唯我が良いことを言おうとしたまさにその時。トップスリーの座は呆気なく陥落する。

 訓練終了間際にまたしても更新された最速タイム。しかも十秒の壁を越えるという並外れた成績だ。

 唯我は三度目の敗北(しかも女の子)に涙を流し、副は驚きのあまり開いた口がふさがらず、村上も表情は崩さないが多少の驚きをもって視線を一号室へとむける。

 拳銃をしまい、『当然の事だ』と語るように落ち着いた物腰で部屋を後にする女性隊員、木虎の姿があった。

 C級隊員、銃手(ガンナー)木虎藍 初期ポイント:アステロイド(拳銃)3600

 木虎は村上達に気づくとその場で一礼してから近寄っていく。

 

「はじめまして。先ほど好タイムを挙げていた二人ですよね?」

「君ほどではないがな。村上鋼だ。よろしく」

「嵐山副といいます。よろしくおねがいします」

「こちらこそ。木虎藍です。よろしくお願いします」

「いやいや! 君達、僕の事を忘れては困るよ? 唯我尊だ、よろしく」

 

 村上と副、二人に挨拶をしているのか不満に思ったのか唯我が声を荒げて木虎にアピールする。

 

「……ああ、まあまあな記録を出していた人ですね? よろしくお願いします」

「うん。こちらこそよろしく」

 

 ようやく認識してくれたことに満足した唯我は、村上と副の記録には『好タイム』と表現したのに対し、唯我の記録には『まあまあな記録』と木虎が言い方を変えていることに気づけなかった。

 調子を良くした唯我に、違いに気づいた村上と副は呆れ混じりに息を吐き、力を緩める。

 

「若いのに九秒とは凄い事だ。同期入隊の中では一番の自信があったんだが、これは認識を改める必要がありそうだ」

「いえ、私なんてまだまだです。今日だって皆最初の訓練で、調子の良し悪しがあるでしょう」

(……凄く落ち着いているな。驕らない性格のようだし木虎先輩は良いボーダーになりそう)

 

 心をくすぐる言葉をかけられても木虎は淡々とした態度を崩さない。

 副は彼女の物腰の柔らかさからおそらくは年上だと判断し、同時に将来は優れた防衛隊員になるのだろうなと尊敬の眼差しを向けていた。

 

「今年の新人は有望なやつが多いな」

「そうですね。副君が二十五秒のタイムを記録した時はてっきり彼がトップかと思いましたが、それをさらに上回る隊員が二人も現れるなんて」

「いいんだ。副は精一杯やったんだ。それだけで俺の中では一番だ」

 

 全員の戦闘訓練が終了。

 一息ついた嵐山隊の三人は改めて今年の新入隊員が優れていることを理解した。

 少なくとも副に村上、木虎はすぐにB級に上がり正隊員になるだろう。初期ポイントが最も高い唯我も彼の願いどおりA級に上がることが予測される。

 これだけの人材が一度に現れる事は珍しい。

 きっとよい仲間に、よい好敵手になるだろうなと直感していた。

 

「さて、後は狙撃手(スナイパー)組ですね」

「そうだな。向こうはどうなっているか……」

「佐鳥に連絡を取ってみるか。――佐鳥、そっちはどうだ?」

 

 攻撃手(アタッカー)組、銃手(ガンナー)組の訓練は滞りなく終了し、有望な隊員も発掘できた。

 残るは佐鳥が担当する狙撃手(スナイパー)組。

 そちらの様子が気になり、嵐山は佐鳥と通信を繋げる。

 

『あっ、嵐山さん? すごいっすよ! 凄い天才新人が現れましたよ!』

 

 興奮を抑え切れない佐鳥の返事が響く。

 有望な新人が現れたのは何も攻撃手(アタッカー)組、銃手(ガンナー)組だけではない。狙撃手(スナイパー)組にも群を抜いた隊員が加わっていたのである。

 

 

――――

 

 

「狙撃用トリガーには三つの種類がある。

 射程距離重視の万能型『イーグレット』。

 弾速重視、軽量級の『ライトニング』。

 威力重視で重量級の『アイビス』だ」

 

 狙撃手(スナイパー)組の訓練担当である佐鳥が志望者を集めてトリガーの説明をしている。

 トリガーは三種類あり、用途や目的によって使い分けていく武器だ。短所長所ともに存在するために其々の武器を使い分けることが重要となる。

 

「まずは皆も撃ってみよう。……ではそこの二人、試し撃ちをしてみてくれ」

 

 体験すればよくわかるだろうと佐鳥は二人のC級隊員を練習台まで誘導する。

 まずは耳当てがついている防止を被る少年がイーグレットを握る。

 数百メートル先に立つ近界民(ネイバー)の的を狙い――弾を発射。

 一発目は中央より三つずれた枠に命中。その後も打ち続け、合計六発の弾を発射。

 結果、二発が的の中央近くを狙撃するという中々の成績を収めた。

 

「おー! いいね。二発が真ん中、残りの四発も枠の中に納まっている。いいよ!」

「ありがとうございます!」

 

 少年、太一は帽子が落ちそうなくらい深々とお辞儀した。

 鈴鳴支部所属C級隊員、狙撃手(スナイパー)別役太一 初期ポイント:イーグレット 2400

 村上と同じく鈴鳴支部に所属する新入隊員である。

 

「では次、行ってみよう! 構えて、狙いを定めて……発射(ファイア)

 

 太一に続き、二人目の長髪の少年も佐鳥の合図を受け、狙撃を開始。

 速射性に優れたライトニングの効果を遺憾なく発揮し太一同様六発の弾を連射する。

 狙いは非常に的確でブレも小さなものだった。六発の弾丸は的中央の黒い円の部分の縁近くを射抜いているように見える。

 

「うわっ! 惜しい! もう数ミリ内側ならパーフェクトいけそうだったのに。でも六発全部を連射してこの結果は凄いな。訓練を重ねれば精度もさらに上がると思うよ」

 

 佐鳥のアドバイスを受けた後、少年は無言で一礼し他の隊員達の元へ戻っていく。

 その姿を確認し、だがやはり素晴らしい射撃の腕だと佐鳥は改めて感心し――

 

「ん? ……んんっ!?」

 

 的をもう一度振り返って異変に気づく。

 彼が撃った六発の弾全てが、丁度縁の真上を打ち抜いているということに。

 

(まさか、これを狙って撃ったのか……!?)

 

 ありえない。だが偶然で起こる確率の方がよっぽど低い。

 もしもこれが本当に狙ってできたものだとしたならば。この子は間違いなく凄腕の狙撃手(スナイパー)になる。

 そう佐鳥は確信して、無表情を貫く少年、絵馬の姿をじっと見つめた。

 C級隊員、狙撃手(スナイパー)絵馬ユズル 初期ポイント:イーグレット 3200

 

 

――――

 

 

 その後のボーダー本部では様々な噂が流れていた。

 主な内容はやはり本日入隊することとなった新人隊員のこと。

 憶測が含まれたものも多かったが、それも正隊員達の注目が新入隊員に集まっているという証拠であった。

 

近界民(ネイバー)戦闘訓練で一分を切ったものが四人もいたらしい』

『うち一人は嵐山隊長の弟だそうだ』

『A級の隊に誘われている新人がいる』

『鈴鳴第一の新人二人もB級昇格は間違いない』

『今回の最速タイムは歴代最速であったそうだ』

狙撃手(スナイパー)組で佐鳥が顔負けの腕を持つものがいる』

 

 今までの正式入隊式を比較してもこれほど新人の噂で溢れたことはないだろう。それほど今回の新入隊員は群を抜いて優秀だった。

 そして本部で騒がれれば当然人伝いに各支部の隊員や単独(ソロ)の隊員にも耳に入るもので。

 

「副のやつ。私が散々鍛えてあげたのに一位じゃないってどういうこと!? 次会ったら一から鍛えなおしてやる!」

「やめてやれ。副も十分すぎる結果を出したようなんだから、師匠がしっかりと褒めてやればいい」

「……ふんっ!」

 

 玉狛支部では小南が副の成績に不満なのか苛立ちを募らせ、木崎の説得を受けてソッポを向く。

 

「二人とも無事に訓練を終えたようです。何でも攻撃手(アタッカー)組、銃手(ガンナー)組では対近界民(ネイバー)戦闘訓練で鋼くん以外に三十秒を切った人が二人もいたとか」

「それ本当かい今ちゃん!? 鋼が優れていることは知っていたけど、他にもそんな隊員が加わっていたなんて……」

「ええ。二人とも本部所属のようで、並外れた実力であったそうです」

 

 鈴鳴支部では人当たりがよさそうな男性、来馬と清楚な黒髪の女性、今が訓練の報告に衝撃を受けていた。村上や太一の先輩にあたる隊員である。二人とも鋼の実力をよく知るからこそ、他にも匹敵する実力を示す隊員が現れるとは想定もしていなかった。

 鈴鳴支部所属B級隊員、銃手(ガンナー)来馬辰也

 鈴鳴支部所属オペレーター 今結花

 

「そっかー。弟君達は無事に入隊したか。弟君も結構目立っただろ?」

『ああ! 今日は副の入隊記念にどこかご飯を食べに行くつもりだ』

「祝うのはいいが程ほどにしとけよ? あ、そうだ。もしご飯食べに行くなら玉狛でレイジさんに作ってもらうか? 小南もいるし、俺の方から連絡しとくぞ」

『そうだな。桐絵に礼を言いたいし、そうしてくれると助かる』

「おう、任せておけ」

 

 迅は防衛任務先で嵐山から連絡を受けていた。

 自分の事のように嬉しく語る嵐山。迅も飄々とした笑みを浮べながら、副達の入隊を喜んでいる。

 

「弟君はもちろん、きっと今期の入隊者は皆上に上がって行くぞ」

 

 大体の約束を終えた後迅は副達入隊者が正隊員に上り詰めるだろうと話す。

 サイドエフェクトを使ってではなく、迅が心の底から思っていることだ。

 彼らはお互いがよき競争相手となり高めあって、成長していくと期待を込めて。

 

「彼らはまだ強くなる。今日の訓練以上に活躍するぞ」

 

 それこそ、今の正隊員達と肩を並べるくらいに。

 迅はそう言って嵐山との通信を切る。

 

「さて。じゃあ弟君が帰る前に小南を説得しておくとするか」

 

 木崎の料理を楽しむどころか小南との訓練という地獄絵図が見えてしまい、迅は後輩の為にとその場を後にする。

 彼の背中には動かぬガラクタと化した近界民(ネイバー)の残骸が広がっていた。




ここでの初期ポイント
唯我>木虎>村上>絵馬>副>太一


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木虎藍①

こうして唯我は個人戦を嫌いになっていく…


 三門第三中学校、副達が通っている中学校だ。

 その日最後のチャイムが鳴り授業の終了を生徒達に知らせる。

 クラスごとのショートホームルームも終えると放課後を迎えた生徒達は席を立ち、それぞれの自由時間を満喫しようと動き出した。

 

「なあ、副。今日はたしか陸上部も休みだったよな。この後気晴らしにゲーセンとかどうだよ?」

「最近行ってないしボウリングとかカラオケでもいいぜ?」

「いや、悪い。今日もちょっと仕事が入っているんだ。早めに帰るよ。じゃあな。――あ、姉ちゃんまた後で!」

 

 副はクラスメイトの遊びの誘いを口早に断り、佐補にも別れの挨拶をして早々にクラスを後にした。

 つれない態度を見て、クラスメイトは口を尖らせて副が出て行った教室の扉をにらみつける。

 

「何だよ。最近あいつ付き合いが悪くなったな」

「仕事って何の事だ? まさか兄さんの仕事手伝ってるとか?」

「はあ? 兄さんのってボーダーの? いや、さすがにそれはねえだろ」

 

 男子生徒二人が口をそろえて『だよなあ』と吐き捨てるように言うと、事情を知る佐補は可笑しくてつい失笑しそうになる。慌てて口元を抑えるが、隣の女子生徒に見つかってしまい心配させてしまった。

 

「佐補、あんた大丈夫?」

「う、うん。ちょっと副の話が面白くて」

「副ねえ。どうも忙しそうだけど、何かあったわけ?」

「私も詳しいことは知らないけど」

 

 本人が周囲に打ち明けていないのだ。きっとまだ話すときではないと考えているのだろう。

 ならば私が勝手に喋るわけにはいかないと双子の姉は曖昧な言葉でその場を誤魔化した。

 

「どうやら、ちょっと吹っ切れる切欠ができたみたい」

 

 彼女の言葉は正しく副は清々しい笑みを浮かべて校門を走り抜けた。

 向かう先は――ボーダー本部。己を少しでも鍛えるために。

 

 

――――

 

 

 C級隊員は週に二回開かれる合同訓練に参加することができる。

 この訓練で良い成績を残すほど個人(ソロ)ポイントを上げることが出きるという新入隊員にとっては貴重な時間だ。

 訓練の内容は基本的に四種類。先日も行われた戦闘訓練。そして地形踏破訓練、隠密行動訓練、探知追跡訓練だ。

 副は今日この合同訓練に参加するためにボーダー本部を訪れていた。彼の他にもトレーニングルームには村上や木虎、唯我の姿も見られる。

 正隊員の指示に従って今日も彼らは訓練をこなしていった。

 

 戦闘訓練。複数の近界民(ネイバー)との戦闘を行う。今日もまた木虎達がその実力を遺憾なく発揮した。

 一位 木虎、二十点

 二位 村上、二十点

 三位 副、二十点

 十位 唯我、十三点

 

 地形踏破訓練。ダッシュや跳躍など機動力を活かし、仮想フィールドである住宅地の素早い移動を行う訓練。高低差が激しい建物が乱立する住宅地を移動し、素早く目的地へ到達する。

 一位 副、二十点

 二位 木虎、二十点

 五位 村上、十八点

 十七位 唯我、六点

 

 密行動訓練。同じく仮想フィールドとなる市街地での隠密行動を行う訓練。小型近界民(ネイバー)が俳諧する街を駆け抜けて目的地へ到達する。

 一位 木虎、二十点。

 三位 村上、二十点

 四位 副、十九点

 唯我、小型近界民(ネイバー)に発見され迎撃を受ける。得点なし。

 

 探知追跡訓練 仮想フィールドの森林でレーダーを使い行う訓練。ターゲットとなる近界民(ネイバー)に気づかれることなく発見、追跡を行う。

 一位 木虎、二十点

 四位 村上、十八点

 六位 副、十八点

 十四位 唯我、九点

 

 四つの訓練を終えると訓練生はトレーニングルームを後にする。

 ようやく一息つけると緊張の糸を緩め、彼らはある場所へと向かった。

 ボーダー本部のエントランスを抜けた先には、ボーダー本部の縦横二フロアをぶち抜いて作られた空間が広がっている。『C級ランク戦ロビー』と呼ばれるC級隊員が個人ランク戦を行うためのフロアである。

 廊下を挟んで左右に三階分の個室が設けられており各階に百部屋分のブースが並んでいる。

 さらに部屋の中央には巨大なパネルが上下に二つ置かれ、上のパネルでは現在行われている試合の勝敗が、下のパネルでは現在のブースの使用状況がわかるようになっている。

 残りの空間にはソファや自販機が並んで隊員達の休息の場となっていた。

 そのC級ランク戦ロビーに副達は移動するとソファに腰掛け、休息をとることにしていた。

 

「中々遠く感じるな。B級隊員、正隊員への道のりは」

 

 副の右隣りに腰掛けた村上は自分の左手の甲に浮かび上がる数字を見て愚痴を零す。

 村上鋼、個人(ソロ)ポイント:3350⇒3446

 合同訓練でかなりの成績を残す彼だがそれでもやはりまだ訓練だけでの得点では正隊員になるのは時間がかかる。

 

「本当ですよ。他の隊員よりはまだマシですけど、合同訓練が週に二回しかないというのは少し厳しいですよね。満点でも一回につき八十点になるわけですから」

 

 嵐山副、個人(ソロ)ポイント:3000⇒3097

 機動力を問われる場面が多い合同訓練では優秀なスコアをたたき出している。戦闘訓練でも非凡なタイムを記録していた。

 

「まだ合同訓練初日なんだからそこまで気にしなくてもいいんじゃないかしら? 初期ポイントは勿論、合同訓練でもトップクラスの得点をもらっているのだし」

「さすが唯一の全訓練満点である木虎先輩は余裕ですね」

「うん。俺達の中でトップを張るだけのことはある」

「あ、いえ。そんなつもりでは……」

「謙遜する必要はないさ。君がトップなのは誰もが知ることなんだ」

 

 今日の合同訓練でただ一人、四項目満点を取った木虎。

 励まそうとしてかえって煽てられて頬を紅くしている。

 木虎藍、個人(ソロ)ポイント:3600⇒3700

 彼女も初期ポイントに恥じない成績を残し自身の優秀さを示している。

 

「君の場合はもうすぐだろう。何せあと個人(ソロ)ポイントを300ポイント稼げばB級へ昇格なんだ」

「まだわかりませんよ」

「といっても木虎先輩の動きを見ましたけど小さなミスも少なかったですよね」

「ああ。おそらく俺達の代で最も早くB級に昇格するのは」

「そう! この僕ということですね! 忘れてもらっては困りますよ?」

 

 村上が断言しようとしたタイミングを見計らっていたのか、自販機に飲み物を買いに行っていた唯我が戻ってくる。

 唯我尊、個人(ソロ)ポイント:3950⇒3993

 三人と比べると初期ポイントからの増加量は少ないが、元々の値が大きかった為に基準となる4000ポイントまであとわずか7ポイントまで迫っていた。おそらくこのまま何も起こらず、あと一回合同訓練に参加さえすればB級隊員に昇格できるだろう。

 

「ああ、唯我。俺の分の飲み物を買ってきてくれたのか? 助かる」

「いやいやいやいや! 何で無理やり流れを変えようとしているんですか!? 今個人(ソロ)ポイントの話をしていましたよね!?」

「何だ、まだか? 炭酸飲料でいいぞ」

「私はコーヒーでお願いします」

「村上先輩だけならまだしも何故木虎さんまでちゃっかり加わっているんだい!?」

 

 しかし早くも唯我へのぞんざいな扱い方を理解しているのか村上、さらには木虎までが『文句言わずに、ほら自販機はそこだぞ』と先ほどまで唯我がいた場所を指差す。

 何故だ。僕が一番個人(ソロ)ポイント高いのに。でも彼らに悪い印象を与えておくと後々酷い目に合う気がする。と四面楚歌の中、唯我は強く心を平然と保とうとした。

 

「唯我先輩」

「……副君!」

 

 いや、違う。四面楚歌? そんなことはない。

 まだこの場にはもう一人いたではないか。

 木虎のように村上の悪ふざけに付き合う事無く、こうして優しい笑みを浮べて肩を叩き、心配してくれる後輩が。

 人を人だとさえ思っていないような横二人との人情の差。感動のあまり、唯我の瞳に一粒の滴があふれ出そうとする。

 

「スポーツドリンク、ご馳走様です」

「…………ッ!?」

「いやー、唯我先輩が本当やさしい先輩で嬉しいですよ」

(酷いな)

(酷いわね)

「あまりにも残酷なフェイント!!」

 

 やはり味方等いない。

 天然ともとれる発言に、村上や木虎まで頬をひくつかせる。だが、一つだけ言いたい。あなた方に批判する権利はないのだと。

 唯我は場所も忘れて泣き叫びながら自販機の前に立ち、ボタンを押す。

 

「あ、唯我先輩。私ブラックでお願いします」

 

 微糖買ってしまったよこの自尊心の塊が。中二のくせに大人ぶってブラックなんて飲むんじゃない。

 ……とは言えなかった。何かそっくりそのまま返されそうな気がしたから。

 仕方なくもう一度コーヒーだけ買いなおし、缶を腕に抱えてソファへと戻っていく。

 

「話は戻すが」

個人(ソロ)ポイントの話ですね?」

(え? いや、買ってきた僕への感謝の言葉もなし?)

「唯我先輩、ありがとうございます!」

(副君が良い後輩に見えてくる不思議!)

 

 飲み物を受け取るや否や唯我から視線を逸らす村上と木虎。唯一副だけが目を見て礼を言ってくれるのでついまともに嬉しく思えてしまう。

 だが騙されてはいけない。それは相対的に感じているだけだ。彼がトドメをさした張本人であるということを忘れてはいけない。

 

「来週の二回、全ての試験で最高点数を取れば百六十ポイントを獲得できる。今月最後の再来週の試験を含めれば三百二十ポイントだ。つまり今月のうちに木虎と、まあ唯我もこのままならB級へ昇格できる可能性がある」

「確証はありませんが」

「いやはや。ごもっともですよ村上先輩。まあ皆さんより逸早く上に行くことに少し抵抗を覚えますけどね」

(唯我先輩A級内定しているとか言っていたけど、本当にこのまま昇格して大丈夫なのか? 戦力になるどころか隊の人にぞんざいな扱いを受けそうだけど)

 

 そう遠くない未来、唯我がチームメイトにおもちゃのような扱いを受ける姿を想像してしまい、副は口を手で抑えてこみ上げる感情を抑えた。

 そんな嬉しくもない予想をされているとは露知らず、唯我は得意げに語り続ける。

 

「実は僕が入る隊があの個人(ソロ)ランク最強の隊員、太刀川さんが率いる太刀川隊入ることが決まりました」

「太刀川さんの!?」

「それは本当ですか!?」

「訓練生がいきなりそんな部隊に……?」

「ああそうだ、間違いない。君達にとってはとても遠い存在だろう? 僕はその一員になるというわけだ。さすがに少し心苦しいな」

 

 村上達が驚く表情を見て気を良くする唯我。

 太刀川と言えば現役ボーダー中、個人総合一位、攻撃手一位と最強の名を欲しいがままにしている隊員だ。

 現在はS級である迅のかつてのライバルであったという話もある。

 C級隊員にとってははるか高みの強さ。その太刀川がいる部隊に入るというのだ。

 唯我は前髪をサラッと流して大げさに振舞う。

 

「君達もこんなに早く僕と別れると辛いだろう?」

 

 そうだろう、と唯我は横目に三人へ問いかける。

 

「寂しくなりますね」

 

 と副が答える。

 

「これで静かになるな」

 

 とは村上の冷静な返答。

 

「落ち着けますよ」

 

 そう木虎が息を吐いて言う。

 

「あれ!? 後者二人は本当に残念がっているのかな!?」

 

 副は典型的な別れを惜しむような答えだが、村上と木虎はむしろ唯我がいなくなった方がよいとも取れる答えを口にする。

 

「何か引っかかるがまあいいだろう」

 

 唯我は咳払いを一つして、改めて先ほど三人に提案しようとした話を続ける。

 

「そんなわけで僕は一足先にトップの世界を見てくるよ。そこで、だ」

「なんでしょうか?」

「C級卒業記念だ。同期であった君達との出会いを忘れぬように、僕とはじめての個人(ソロ)ランク戦をしようじゃないか」

「は?」

「はっ?」

「……は?」

 

 突然の唯我の提案を受け、皆開いた口がふさがらない。

 

(唯我先輩、ひょっとしなくても頭が悪いのか?)

(馬鹿だな)

(自分の強さをハッキリと理解していないのかしら)

 

 三人は半信半疑で唯我を見つめる。

 決して自信過剰になっているわけでも唯我を侮っているわけではない。今日と以前の戦闘訓練を目にしての確信だ。唯我には勝てるだろうと。

 確かに唯我はなかなかのタイムで戦闘訓練をこなしていた。

 しかし戦闘時の動きは優れたものではなく、現に他の訓練では遅れを取ることが多い。

 というのも戦闘訓練は近界民(ネイバー)の攻撃力がなく、動きも鈍い相手であった為に唯我でも十分に戦うことができた。

 しかしやったことがないとはいえ、実戦形式のランク戦ならば。唯我よりも機動力が高い動きをする者が相手ならば。

 少なくとも唯我が勝てるとは思えない。これが三人の共通認識だった。

 

「唯我先輩、個人(ソロ)ランク戦は兄ちゃんが説明していましたけど、個人(ソロ)ポイントが変動しますよ?」

「わかっているさ副君。だからあわよくば君たちとの戦いを経て、B級へ上るつもりだ。どうだい? 素晴らしいアイディアだろう?」

「なるほど。俺達に勝つつもりなんだな」

「ええ。訓練では不覚を取りましたが、僕とて何も学んでいないわけではない」

「と、いいますと?」

「君達は優秀な成績を取り続けて挫折を知らないだろうが、僕は訓練での敗北を経て、そしてA級太刀川隊という明確なものができて今までとは比べ物にならないほど気迫に満ちている。そのA級に上がる僕が負けるはずがない」

 

 自分に酔っているようだった。

 まあそこまで言うのならば唯我の折角の提案を断る理由はない。

 

「わかりました。やりましょう」

「後悔するなよ」

「そこまで仰るならば徹底的に叩きます」

 

 三者三様の答えを返し、唯我とのランク戦に応じたのだった。

 

 

 

 

 

 副対唯我。十本勝負。

 副  ○○×○×○○×○○

 唯我 ××○×○××○××

 七体三、副の勝利。

 

 村上対唯我。十本勝負。村上の提案により五本の後に十五分の休憩を挟む。

 村上 ○×○○○○○○○○

 唯我 ×○××××××××

 九対一、村上の勝利。

 

 木虎対唯我。十本勝負。

 木虎 ○○○××○○○○○

 唯我 ×××○○×××××

 八対二、木虎の勝利。

 

 C級ランク戦の結果。勝敗によって四人の個人(ソロ)ポイントが更新される。特に四人の中では最も点が高かった唯我、最も低かった副は上下が激しい数値となった。

 嵐山副、個人(ソロ)ポイント:3097⇒3171

 村上鋼、個人(ソロ)ポイント:3446⇒3509

 木虎藍、個人(ソロ)ポイント:3700⇒3749

 唯我尊、個人(ソロ)ポイント:3993⇒3807

 アサルトライフルで蜂の巣にされ、弧月で一刀両断され、拳銃で風穴を空けられ続けて。唯我のプライドはズタズタのボロボロに引き裂かれた。

 

「おおっ! 凄い! こんなに!」

(七十四も上がった! ポイントを自分からくれるなんて唯我先輩は本当良い人だな)

「うん。やはりランク戦はポイントが溜まるのが早いようだな」

「そうですね。私でも一つの訓練の倍以上もらえています」

「…………ッ!!!!」

 

 誰も手加減はしなかった。

 初めて個人(ソロ)ランク戦を終えて、大きく上昇したポイントに感動を覚える三人。

 一方、ブースからゆっくり出てきた唯我は両手を床につけ屈辱にうちひしがれていた。

 正隊員への昇格どころか、なんと最初に与えられた初期ポイントをも下回っている。左手の甲に表示される数字は唯我のプライドをへし折るには十分すぎるものだった。

 

「やはり早く個人(ソロ)ポイントを高くするにはこれが有効か。どうだ、唯我。お前も失った分を取り戻すということで、今度は他の隊員に」

「断固断る! この三連戦でよーく理解した。僕は個人戦が得意ではない! そう、僕の本分は、力が発揮されるのはチーム戦なんだ! そうに違いない! もう僕は二度と自分から個人戦を挑んだりしない。絶対にするものか!」

「おい、唯我?」

 

 涙を流し、村上達の制止の声も無視して唯我は走り去った。

 

「行っちゃいましたね」

「放っておいてもすぐに立ち直るだろう」

「そうですね。切り替えが早いようですし」

 

 まあ大丈夫だろうと三人は冷めた様子だった。去って行く背中を追おうとせず、ソファへ戻って腰掛ける。

 

「おかげでランク戦をこなせば来月のランク戦までにはB級に昇格できるかもしれないとわかったからな。唯我には感謝しなければ」

「村上先輩、次のB級ランク戦に出るつもりなんですか?」

「上がれれば、な。来馬さんが待っているし」

「来馬さん?」

「俺が所属する鈴鳴第一の先輩だ。すでにB級隊員で、いずれチームを組むと決めている」

「そうだったんですか」

 

 説明に納得しつつ、同時に副は村上を羨ましくも思った。

 

(B級ランク戦、来月からなんだもんなぁ……)

 

 次のB級ランク戦は六月。第一戦が始まるまでは約四週間ほどだ。

 村上のように今この時点で特にB級の隊員から声をかけられない以上、仮にB級に昇格したとしてもそれから訓練をしたのでは連携に支障が出るだろう。そうでなくても副のポジションは銃手(ガンナー)。近年はシールドの性能が向上したということもあって銃手(ガンナー)一人で点を取ることが難しく、チームのアシストに徹するか他の銃手(ガンナー)と弾を集中させないと厳しいといわれている。

 ゆえにもしも既存のB級チームに加わるとしたなら早くても次の次、十月のランク戦になるだろう。

 そうでないとチームが機能しない。むしろ新たにチームを組んだほうが戦いやすい。新チームならば六月のチーム戦もあるいは――と、そこまで考えて副はチラッと木虎の姿を横目で捉える。

 

「そういえば、木虎先輩はB級やA級のチームから声をかけられたりしてるんですか?」

「私? いいえ、私はまだ昇格のことだけでも精一杯だから」

「そうなんですか?」

「もっと欲を出しても良いと思うが」

「そんなことはありませんよ。……でも、私はもっと上を目指すつもりなので、その気がないようなチームから誘いを受けたとしても、断るかもしれません」

「これはまた手厳しい」

 

 向上心溢れる木虎らしい発言だった。彼女がチームに入るのは並大抵のことではないだろう。

 だが木虎はまだ他のチームへ入る予定がないということでもある。

 覚えておこうと副は木虎の考えを心の中に秘めておく。

 

「そういう副君はどうなの? ボーダーのつながりが多いようだけど?」

「俺ですか? いえ、俺も特には。誘いを受けた事もありませんし、それに」

「あ、いたいた。鋼さーん!」

 

 意見を明かそうとした副の声は突如ロビーに現れた明るい声によって遮られる。

 

「太一か。狙撃手(スナイパー)の合同訓練は終わったのか?」

「はい。凄いことがあったんですよ!」

 

 ソファに近づいてくる三人の人影。

 そのうち副の声に重ねた一人、太一と村上に呼ばれた少年が村上へと駆け寄る。

 

「村上先輩。この人は……?」

「ああ。こいつは別役太一。鈴鳴第一(うち)の新人狙撃手(スナイパー)だ」

「太一と呼んでください! よろしくお願いします!」

「どうも。嵐山副です。よろしくお願いします」

「木虎藍と言います。よろしくお願いします」

 

 村上に紹介され、明るい笑みを浮べる太一。つられるように笑い、二人も自己紹介を済ませた。

 

「それで太一。凄い事というのは?」

「そうなんですよ! 実は今日合同訓練があったんですけど」

「そこでこのルーキーが凄い結果を出したんだよ」

「あっ、佐鳥先輩。お久しぶりです」

 

 太一の説明を引き継いだのは佐鳥だった。その隣に小柄な少年を連れている。

 

「久しぶり。副君。こちらの二人が……」

「はい。同期の村上鋼先輩と、木虎藍先輩です」

「そっか。俺は嵐山隊の佐鳥。よろしく」

「村上だ。よろしく」

「木虎です。よろしくお願いします」

「うん。で、この子は絵馬ユズル君。この子も太一君と同じく今期狙撃手(スナイパー)デビューを果たした、十三歳」

「十三歳? それじゃあ」

「その通り、副君と同い年だよ。紹介しておこうと思ってね」

 

 佐鳥が連れてきたのは何と副と同じ中学一年の絵馬。

 自分もボーダー隊員では若いという自覚はあったが、同年齢の隊員がいると知り、安堵を覚えて副は絵馬へ嬉しそうに話しかける。

 

「そうだったんですか。初めまして、嵐山副です」

「……どうも。初めまして。ユズルでいいよ」

「そう? じゃあ、俺も副と呼んでくれ。兄ちゃんとわからなくならないように」

「兄ちゃん?」

「副君は嵐山さんの弟なんだよ」

「……そうなんだ」

 

 嵐山の弟と聞いて絵馬は副をじっと見つめた。

 物珍しげ、というよりは観察するような視線だ。視線がくすぐったいが、嵐山の弟という好奇の目にさらされるのとは気分が違う。

 

「実はこの絵馬君、入隊試験でも凄かったんだけど、今日の訓練でもかなりの成績を残したんだよ」

「そう。それで今日狙撃手(スナイパー)組は大荒れでしたよ。『新たな波が来た』って! これなんですけど」

 

 興奮冷めやらぬまま、太一は懐からスマホを取り出しデータを見せ付けてきた。

 

「これは、的か?」

「はい。今日の射撃訓練、絵馬の結果です!」

「……これが?」

 

 最初に異変に気づいたのは木虎だ。

 何もおかしくないだろうと、そう考え――遅れて村上が、副も真意に気づく。

 的の中央から等間隔に、同心円状に射撃の跡が残っている。図形の二重丸を作るように、綺麗に円を描いていたのだ。

 

「まさか、ユズルはこれを狙って?」

「別に。ただやるだけじゃつまらないからやっただけだよ」

 

 副は恐る恐る絵馬に問う。

 もっとも絵馬は別に大したことではないと言うように頬をかきながら吐き捨てるように言った。

 

「いや、凄いよ! よほどの技術がないとできっこないって! もっと自信持ちなよ!」

「…………どうも」

 

 褒められ慣れていないのか、ただ純粋に称賛の声を上げる副に絵馬は戸惑う。恥ずかしげに頬をかき、視線を逸らした。

 

「ちなみにそれだけじゃないよ。狙撃手組のB級昇格の条件、知ってるかい?」

「『毎週行われる合同訓練で三週連続上位十五パーセント以内に入る』ですよね」

「その通り! さすが木虎ちゃん物知り!」

「ありがとうございます」

 

 ノリノリの佐鳥に、木虎は憮然としつつそう答える。

 あまりの反応の薄さに少しの衝撃を覚えながら佐鳥は話を続けた。

 

「この二重丸、均等に撃たれている上に距離はかなりど真ん中に近い。実はその上位十五パーセント以内に、絵馬君が入っているんだよ」

「えっ……!」

「なるほど」

「それじゃあ!」

 

 三人の驚いた様子に満足し、佐鳥は何度も頷いて結論を言う。

 

「ひょっとしたら、再来週にはB級へ昇格する隊員が狙撃手(スナイパー)組にも現れるかもね」

 

 一番早くB級へ昇格するのは絵馬かもしれないと。

 当の本人はあくまでも無表情を貫いているが、その本当の実力は底が知れない。

 こうして副、村上、木虎。そして太一と絵馬。後に仲間として、好敵手(ライバル)として凌ぎを削るボーダー隊員達は出会いを果たしたのである。




太一、挨拶代わりに副の発言を完全阻止。(無自覚)

唯我「あれ、僕は!?」
唯我はいきなりA級に昇格すると自分で言っているから(震え声)


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村上鋼①

「お、おおーっ!」

 

 A級、二宮隊狙撃手(スナイパー)用トレーニングルーム。

 五百メートル程先に設置された的。

 その的に大きな三角形を描くような射撃がなされ、副はその正確性に驚きの声を上げた。

 

「凄い。本当にこんなこと出来るんだ」

「これくらいの距離なら、ね。動く的となれば少し話も変わってくるだろうけど」

「え? ひょっとして動く的でも集中して狙えばこんな芸当が出来るの?」

 

 まさかね、と首を傾げると絵馬は「どうだろう」と曖昧に返すに留まる。

 やってみなければわからないことだろうが、一発で見事に決めてしまうような気もする。

 自分ではやろうともしない事を簡単に成し遂げてしまう。同い年の狙撃手に尊敬の眼差しを向けるのは必然のことだった。

 

「狙撃手だけは向いていないか、と自分で思っていたからあまりスナイパーのことは知らなかった。佐鳥さんも変態的な技術を持っていると思ったけど、ユズルも新人だというのに並外れているな」

「……そんなことないよ」

 

 佐鳥がこの場にいたら涙を浮べていたことだろう。

 絵馬はイーグレットをしまい、スッと立ち上がり興味がなさそうに淡々と語り始める。

 

「ボーダーの狙撃手(スナイパー)用トリガーは良くできていて、慣れさえすればちゃんと弾が当たるようになっていく。それに俺の場合、師匠がよかったからね」

 

 そう言って視線をある女性へと向けた。

 二人の会話に口を挟まずに眺めていた絵馬の師匠、鳩原は笑みを作って近くへ歩み寄っていく。

 

「ありがとう。ユズルくらいだよ、そう言ってくれるのは」

 

 A級二宮隊狙撃手(スナイパー) 鳩原未来。

 絵馬の師匠という彼女の笑みは、どこか自嘲的なもののようにも感じられる。

 

「といってもあたしは狙撃手(スナイパー)の基本的な知識を教えただけだけどね。ここまでユズルが狙撃の技術を発揮するのは間違いなくユズルの実力だよ」

「そんな謙遜なさらずとも。A級部隊で狙撃手(スナイパー)として立ち振る舞うのはそう簡単のものではないのでしょう?」

「ううん。私はチームのアシストをするので精一杯。だから、こんなダメなあたしの弟子だって言ってくれるユズルが活躍してくれれば良いと思っているんだ」

 

 うっすらと鳩原の表情に影がささる。

 自嘲的という表現は間違いなかった。自信がないどころの話ではない。

 副は事情をよく知らないとはいえ、彼女が何か悩みを持っていてそれに常に振り回されているだろうと理解した。

 

「……俺の師匠は鳩原先輩だ。だから、鳩原先輩を馬鹿にするようなやつらを見返してやる」

「馬鹿に? それって鳩原先輩を?」

「うん。いるんだよ、ボーダーの中にもそういうやつらが」

 

 詳しく問うと、鳩原は人を撃つ事が苦手――否、そもそも撃てないのだという。

 トリオン体であるとはいえ『もしも相手が生身の人間だったら』という不安が先走ってしまうのだろう。

 優しさが強すぎて引き金を引くのを戸惑ってしまう。気持ちと肉体がつりあわないという非情な現実だった。

 

「だから俺は訓練ではB級に上がれる程度には挑んでいるよ。――少しでも、俺が鳩原先輩のイメージを払拭できるように」

 

 弟子の宣言を聞き、鳩原はつきものが落ちたような穏やかな顔つきになった。

 絵馬の決意は固い。育ててくれた師匠への恩返し、といったようなところだろう。

 並外れた技術にこれだけの覚悟があるならば、彼が晴れて正隊員となるのは時間の問題だ。

 

「……なあユズル、少し話があるんだけど」

 

 絵馬の思いを知り、副は胸中に秘めていた考えを絵馬に打ち明ける。

 

 

――――

 

 

 その後、二宮隊の作戦室を後にした副は絵馬と別れ、再びC級ランク戦ロビーへと向かった。

 たどり着くと村上や木虎達の姿が目に入る。

 駆け足で近づいていくと、太一の姿がなく代わりに先ほどはいなかったはずの人物が一人加わっていることに気づいた。

 

「お、副君。絵馬君との話は終わったのかい?」

「はい。……こちらの方は?」

「このもさもさしたイケメンは烏丸京介。俺とタメで同じ学校に通っているんだ。高校も同じところに進学する予定」

「もさもさしたイケメンです。よろしく」

「よろしくお願いします」

 

 佐鳥の紹介を受けた黒髪の色男、万能手(オールラウンダー)の烏丸京介が気さくに手を振る。

 たしかに佐鳥と違って女性に人気がありそうだ。

 チラッと視線を映すと木虎が佐鳥に視線を送っている様子が窺えた。佐鳥には一ミリも反応していなかった彼女の反応。この意味は語るまでもない。

 

「今日はバイト帰りでついでに寄ってみたら佐鳥に呼び止められてな。全然知らなかったが、今年は有望な新人が多く入ったようで驚いた」

「いえ、そんな! まだまだです!」

 

 嬉しさにより木虎の声が上擦る。その変化に気づいていないのだろうか、烏丸は淡々と話を続けた。

 

「俺は普段からバイトを入れているからあまり本部に顔を出せないが、時間がある時は訓練をつけてやってもいい。頑張れよ」

「はい! ありがとうございます!」

「その時は、是非とも」

「よろしくお願いします!」

「あれ、もう行くのか?」

「ああ。嵐山さんにも挨拶していくつもりだ。じゃあな」

「あ、それなら俺もいくよ! じゃ、皆頑張って!」

 

 烏丸、彼に続いて佐鳥も三人に手を振ってC級ランク戦ロビーを去っていった。

 

「さて。この後はどうするかな。太一も支部に戻ったから、特に気にすることはないが」

「そういえば太一先輩の姿が見えないようですけど、一緒でなくてよかったんですか?」

「被害が出る前に返した方が良いと思ったからな」

「……被害?」

「そのうちわかる」

 

 村上は明確に答える代わりに苦笑を浮べる。

 何と反応すればよいかわからず、木虎達はそれ以上は聞かずに頷いておくことにした。

 

「この後、俺はランク戦をやってみようと思いますがお二人はどうします?」

「俺もやっていく。弧月をもっと使い慣れておきたい。木虎は?」

「……そうですね。あと一回くらいはやっていっても構わないと思います」

 

 合同訓練が終わったとはいえ、まだ時間はある。

 訓練生の身であるのだから少しでも機会があるなら鍛えておきたい。

 三人の意見は一致した。

 では移動しようかと三人がソファから立ち上がった瞬間。

 

「おう、なんだこれから個人ランク戦?」

「見ない顔だけどひょっとして新人かな?」

「なら俺達が教えてやるよ。ランク戦、やろうぜ」

 

 横から三人の男性に声をかけられる。

 隊服は隊員共通の白い服、つまりは同じ訓練生だ。だが口調から察するにボーダー歴は相手の方が先輩だろう。

 副は冷静に視線を一瞬だけ相手の手の甲へと向ける。すぐに視線を戻したため詳しくは見れなかったが三人とも四桁の数字、しかも先頭の数字は三、つまり三千台の個人(ソロ)ポイントを持っていた。

 

《……村上先輩》

《ああ。おそらく世間で言う新人(ルーキー)潰しというやつだ》

《なら別に構う必要はないですね。個人(ソロ)ランク戦は特定の相手に挑まなければならないという規則はない》

 

 木虎達は相手に聞かれないようトリガーを通じた内部通信で意見をかわした。

 おそらく向こうはランク戦になれていない初心者と考えたのだろう。事実、村上達がこのC級ランク戦ロビーを訪れたのは今日が始めてだ。その認識は間違っていない。

 だが誘いに乗る必要はない。このような軽い調子に付き合うような義理もないと結論付けた。

 

「結構です。個人ランク戦の相手くらい、自分で見つけますので」

「……通らせてもらう」

 

 木虎がはっきりと告げて、三人の横を通り過ぎようとする。

 

「まあいいじゃない。先輩の誘いは受けといたほうがいいよ?」

「それとも勝てそうにない相手と戦うのはやっぱり怖い? そうだよね、最初のうちはポイントが低い相手とじゃないとただポイントを失うだけだもんね?」

 

 なおもしつこく三人は詰め寄ってきた。

 しつこい、と副は毒づくが平然さを失うほどのことではない。

 日ごろ兄絡みの会話で覚える嫌気はこの程度ではない。

 ゆえに副は、年長の村上も心を乱すことはなかった。

 

(無駄だ。そんな言葉をいくら並べたところで)

「わかりました。やりましょう」

(木虎先輩――!?)

「……おい、木虎」

「その考えが間違いだと証明してみせます」

 

 振り向き、怒りを表に出す木虎。

 木虎の対人欲求。

 年上⇒舐められたくない。

 同年代⇒負けたくない。

 年下⇒慕われたい。

 プライドが高い木虎が年上の人に舐められたまま黙っていられるわけがない。

 あっさりとわかりやすい挑発に乗ってブースの中へ向かっていく。

 

「あらら。どうやら女の子の方がよっぽど度胸があるみたいだな」

「さて、そちらの二人はどうする?」

 

 一人が先に空いているブースへと入っていき、残った二人が村上と副に問いかける。

 殆ど同じタイミングで息を吐く。

 木虎がこのような行動に出るとは思っていなかったが。

 しかしこのまま彼女だけを行かせるというのも気が引ける。

 

「……副。お前は良いか?」

「はい。俺もこのまま引き下がるのは少し嫌なので」

 

 二人は首を縦に振る。戦いの誘いに肯定した。

 木虎の後を追うように、彼女の隣のブースへと入る。

 

『隊員の入室を確認しました。待機モードに入ります』

 

 副の入室を感知し、自動音声が流れた。

 C級ランク戦は基本的に仮想フィールドでの個人戦である。部屋に設置されているパネルに現在ランク戦に参加している隊員の武器とポイントが表示され、この中から好きな相手を選択し、ランク戦を行う。相手から指名を受けることもあり、対戦をやめたいときはブースを出ればランク戦の対象からは外れる。

 先の唯我の戦いでわかったとおり、ポイントが高い相手ほど買ったときに得られるポイントは大きい。逆に低い相手に負けたときは失うポイントが大きくなるという早くポイントを得たいものが挑むシステム。

 

『俺は105号室だ。よろしく。無難に十本勝負といこうか』

 

 副の対戦相手から通信が入る。

 指示通りパネルの105号室へ視線を落とす。

 105号室、3644点。弧月と表示されていた。

 

(弧月、つまり攻撃手(アタッカー)か。銃手(ガンナー)の俺とは正反対。距離をつめられれば不利、離せれば有利だ)

 

 戦い方次第で優劣は変わる組み合わせ。

 しかも相手は個人(ソロ)ポイントが高い格上だ。

 だがここで足踏みをするわけにはいかない。

 

「そういえば言ってなかったけど、俺ランク戦ではこれまでに二十勝してるんだよね。それなりに戦いなれているから、胸を借りるつもりで挑んでくるといいよ」

 

 副の緊張を煽るつもりだろう。相手が得意げに語り始めた。

 二十勝。たしかに今の副から考えれば遠い数字だ。未だ彼が勝ち星を挙げたのは唯我との戦いのみ。そう考えると大きすぎる差だ。

 それでも――

 

『対戦ステージ、市街地C。C級ランク戦、開始』

 

 負ける気は微塵もしなかった。

 無機音声の直後に始まりを告げるブザーが響き終えると転送が完了される。

 副の行動は早かった。始まりと同時にアステロイドを発射。

 直線状にいた相手は命中する寸前で弧月を振り、アステロイドを叩き落とす。

 

「あぶねっ! せっかちだな!」

「喋っていて舌噛んでも知りませんよ」

 

 いや、でもトリオン体だから痛みはないか。

 そんな的外れなことを思いながら副は相手と距離を開ける。

 当然射程が短い相手は追ってくるが、アサルトライフルで牽制しながら走っているため、距離が詰まる事はない。

 曲がり角を曲がり、電柱と壁を盾代わりにしてアステロイドを連射。

 だが相手は電柱に身を寄せるとそのまま盾として銃弾の嵐をふせぐ。

 

(……致命傷を入れられそうにないな。相手が動く前に先に手を打つか)

 

 後手になれば接近を許す可能性もある。

 そう考えるや否や、敵の姿を一瞥した後、全速力でその場を離れた。

 

(あ? 足音が、遠ざかっていく?)

 

 銃撃がやみ、気配が消えていくことが不審に思った敵はレーダーに意識を向ける。

 副は場の膠着を嫌ったのか、学校へと向かっていた。

 

「何だ、逃げの一手か? なら、追うしかないな」

 

 射撃の危険性も考えつつ、距離を縮めるために屋根に昇り学校へと向かった。

 副は道筋にそって道路を走っている。先に駆け出したとはいえ近道でまっすぐ学校に向かう方が早い。

 校門で二人は再び遭遇した。

 

「ちっ!」

「どうした、追いかけっこのつもりか!?」

 

 屋根を勢いよく蹴り、弧月で切りかかる。

 副は横に一回点してかわし牽制のアステロイドを放つ。

 これで一端後ろへ下がるしかなくなり、その間に副は校舎の中へと入り込んだ。

 

(逃げながらトリオン体を削るつもりか。かといって追わなければアサルトライフルの射程が有利)

「仕方ない。詰めていこう」

 

 すぐさま副の後を追う。柱や下駄箱に一時身を寄せてアステロイドをかわし、隙を見て切りかかる。

 副が常に距離を気にしているためか深く切り込めず、お互いが大きなダメージを与えられないまま副は教室の中へと立てこもった。

 扉越しにアサルトライフルを乱射するのを恐れ、横の壁に身を伏せるが撃ってこない。レーダーも動く事無く、副が教室の中に潜んでいることを示している。

 

(扉を開けた瞬間に確実に仕留めるつもりだな? ならば)

 

 その手には乗らない。弧月で扉を切り裂くと勢いよく蹴飛ばした。

 

「さあどうした!? 真っ向から勝負を――!?」

 

 最後まで言い終わる前に、彼の顔目掛けて二つの椅子が勢いよく飛んでくる。

 咄嗟の出来事に一つは弧月ではたいたが、もう一つは反応できずに顔を伏せて弧月を手にしていない左腕で顔をガード。痛みは殆ど無いが不快感をあらわにしこの椅子を放ったであろう副を睨み付けるように顔を上げて――彼の姿が視界に映っていないことに気づく。

 

(いない、どこに!?)

 

 今の投擲の間に完全に見失ってしまった。どこに逃げたのだと捜索に移る前に、彼の耳に銃声が届く。

 彼が入った入り口とは逆側の入り口。素早く反対側へ移動した副は机を立てて臨時の盾とするとその上から銃口を突き出し――アサルトライフルが火を噴いた。

 

「がっ!?」

 

 容赦ない連射。防御も回避も間に合わない。

 無防備なトリオン体を十発に及ぶアステロイドが打ち抜き、構成しているトリオンが音を立てて崩れ落ちた。

 

緊急脱出(ベイルアウト)。1-0、嵐山リード』

 

 トリオン体が破壊され、ブースの横に置かれたベッドへ体が転送される。

 最初の一本目。副が勝利を手にし、はずみをつけた。

 

「さあ、次行きましょう」

(……こいつ!)

『二本目開始』

 

 間をおかずして二本目がスタートする。

 ステージは市街地B。

 やはり今回も間合いをつめようと弧月をふるう敵をかわし、アステロイドで牽制しながら副は無人の街を走る。

 一足先に家の中へ突入すると、侵入した障子の扉を閉める。

 追ってきた相手がその扉を開けようとすると、行動に移す前に副が扉を体当りで破り、扉ごと敵を柱へと押し込んだ。

 

「ぐっ!? ……つっ!」

 

 すると一枚の薄い壁を隔て、銃口が腹部に向けられた感覚に襲われる。

 

(このまま撃つつもりか!)

「舐めるな!」

 

 銃口が捉えている以上、副が目の前にいるのは明白だ。

 迷うことなく逆手に持ち替えた弧月を降り下ろす。

 副が引き金を引くのと弧月が障子を破ったのは同時だった。

 だが副は弧月の接近に即座に気づくと、突き刺さる前に弧月を持つ右手に自分の左手を添える。

 結果、弧月は副の左腕を切り裂いたものの決定打には至らず。逆に六発のアステロイドはしっかりと目標を捉え、ベイルアウトへと追い込んだ。

 

緊急脱出(ベイルアウト)。2-0、嵐山リード』

 

 二本目も副が勝ち取る。

 相手の調子にあわせることはなく、自分の戦い方で相手を崩していった。

 

「……個人(ソロ)ランク戦で二十勝。決して馬鹿にするわけではなく、本当に凄い事だと思いますよ。俺なんてあなたの勝数の五十倍戦っても一度も白星を挙げることができないような男ですから」

「何を、言ってやがる!」

 

 副の自嘲気味な呟き。それは挑発にしか聞こえなかった。

 ゆえに、その真意を理解できない以上副が負け越すようなことはない。

 

『――――十本勝負終了。勝者、嵐山副』

 

 結果は二対八

 突撃銃 ○○○○×○○×○○

 弧月  ××××○××○××

 二本取られたものの最後まで相手に流れを渡す事無く、副は今日二戦目となるランク戦を終えた。

 

 

――――

 

 

「おー、弟君中々やるなあ」

 

 C級ランク戦をモニターで観戦する人の中に、迅はいた。彼の横には嵐山と烏丸、佐鳥の姿もある。

 

「上手い。銃手(ガンナー)得意の長距離戦に持ち込むために障害物を上手く利用して相手の意識をそらし、可能な限り攻撃手を得意の間合いに入れさせない」

「さりげなく角度をしっかりつけているのも偉いですね。相手の死角を抑えて攻撃を集中させている。これは攻撃手(アタッカー)からしたらうざい」

 

 迅、烏丸が副の戦いぶりを称賛すると嵐山は自分のことのように嬉しげに頬を緩める。

 彼らの目からしても副の動きは新人離れしていた。

 入隊までの期間、彼が訓練に勤しんでいたということが感じ取れる。

 

「こりゃ、弟君の楽勝だな。全然相手に主導権渡す気配がない」

「……副がこうして戦う来るとはな」

 

 しみじみと嵐山が呟く。弟が入隊する事に納得したとはいえ、やはりこうして実際に目にすると色々思うところがあった。

 このブラコンめと周囲が目で語るが知ったことではない。

 それ以上は語らず、勝利を信じてじっと待つ。

 やがて、副の勝利が合成音声で流れると嵐山はガッツポーズを決め――そして背を向けて立ち去ろうとした。

 

「あれ、嵐山さん? 出迎えないんですか?」

「多分嫌がるだろうからな。ボーダーに入る理由を聞いてしまった以上、機嫌を損ねてしまいかねないことはしたくない」

 

 必死に喜びを我慢しているのだろう。握り締めた手が震えている。

 彼の心境を感じ取り、皆茶化すことはせず、佐鳥も作戦室に戻る嵐山に続く。

 

「ああ、ちょっとまてよ嵐山」

 

 その嵐山を迅が呼び止めた。

 

「何だ?」

「一つ聞きたいことがあってね。……なんで弟君の配属先を決めなかった?」

 

 それは迅が副と最初に出会った時に抱いた疑問だった。

 本来ならば一つに集約されると思っていたはずの未来が、無数に分かれていた。

 何故なのかと迅は不思議に感じていた。

 

「一般公募の場合とは違い、スカウトされた隊員は配属先の希望を出す事ができる。弟君は嵐山隊がスカウトしたんだろう? だから俺はてっきり弟君とチームを組むのかと思ったんだけど」

 

 しかしそうではなかった。

 通常はスカウトを受けた隊員はその配属先を優先され、既存の隊に加わることが多い。

 だが副はそうしなかった。その方が正隊員として活躍しやすく、周囲とボーダー隊員との繋がりもできたはずなのに。

 

「……副が、そう望んだからだ」

 

 理由は単純。副が望んでいることがそれでは叶わないからだ。

 

「迅さん。俺、彼が入隊する前に一度話したんですよ。その時、こう言っていました。嵐山さんの弟ではなく嵐山副として、嵐山さんを越えたいって」

「自分のやり方で俺を越えたいとも言っていたな。……だから、それなら先のことは自分で決めさせた方がいいと思ったんだ」

 

 かつて唯我にも言っていたことだ。

 誰かの名前を借りることは望むことではない。

 自分で決めたことで、始めた事で兄を越えたい。

 それこそが嵐山副の願いなのだから。

 

「……なるほど」

 

 その言葉で納得した迅は笑みを浮かべ、そして彼もまたその場を後にする。

 

「ならこれ以上俺が口出しするのもあれだな」

 

 彼の目標は自分で叶えるもの。俺があれこれ口を挟むものではないのだと。

 

 

――――

 

 

 ランク戦を終えた副はブースを出てすぐにモニターを見た。

 まだ木虎と村上がランク戦を終えていなかったのだ。

 丁度木虎が最後の十本目に挑んでおり――スコーピオンを打ち破る。

 九対一。

 わずか一度の敗北のみで相手を圧倒し、その強さを敵に証明した。

 

「……強い」

 

 おそらく自分ではあのような芸当はできないだろうと副は思う。

 拳銃型はアサルトライフル型と違い近距離から弾をどんどん撃つ戦闘スタイル。

 だが相手も攻撃手(アタッカー)、スコーピオン。接近戦は相手の本領が発揮される場面なのだが……

 

「耐久力が低いとはいえ、スコーピオンを狙い打つんだもんな。よく振り回している刃にあてられるものだ」

 

 木虎の射撃の正確性も群を抜いていた。

 自分を襲うであろう刃に狙いを絞り、武器を破壊してから敵を撃破する。

 技術は勿論近接戦闘をもこなす度胸もなければできない闘いだった。

 

(多分、鳩原先輩もこういうスタイルなんだろうな。皆技術が高すぎる)

「木虎先輩!」

「あら副君。一番乗りはあなただったのね」

「……速さを競っているわけではないんですが」

 

 しかも勝敗を聞くよりも先にこのようなことを言うのだから木虎は肝が座っている。おそらくはあんな大口を叩く相手に負けるわけがないと考えたのだろう。

 

「村上先輩は?」

「いえ、それがまだのようで」

 

 モニターを見ると、村上のランク戦はまだ途中だった。

 五戦目を終えたところで中断されている。休憩を挟んでいるのだろう。

 だが、気になるのは試合の途中経過の方だ。

 

「……村上先輩が苦戦している?」

「三対二。まだ逆転可能な域ではあります。相手が射手(シューター)ということで手こずっているようですね」

 

 村上が前半を終えて僅かにリードしている状況だが気を抜けない。

 相手は射手(シューター)、しかも使用者が弾道を自在に設定できるというバイパーだ。

 中距離から弾丸を撃ってくる射手(シューター)、村上は戦い慣れていないのだろう。

 

「もうそろそろ始まるようですが、どうなるか……」

『六本目開始』

 

 二人が見守る中、ランク戦が再会する。

 

(あっちは二人とも負けちまったか。だけど俺はまだ四本とれば逆転できる。どうやら射手(シューター)の動きに慣れていないようだし、一気に畳み掛けてやる!)

「……悪いな」

 

 相手が強く意気込む中、村上は静かな、鋭い視線で敵を射抜く。

 

「先にB級(うえ)で待たせている人がいる。悪いが、勝たせてもらう」

 

 そして村上の逆襲が始まった。

 

 

――――

 

 

「……なんだ?」

「完全に圧倒している」

 

 副と木虎が村上の戦いに動揺していた。

 何も村上が負けそうな状況、というわけではない。むしろその逆。

 村上が相手に何もさせないほど圧倒的な姿を見せていたのだ。

 弧月を右手に持ち、一気に懐に踏み込む。

 相手が半歩引いてバイパーを発射。

 村上が弧月を振り下ろすと相手の右腕を切り落とし、同時に放たれたバイパーを切り捨てる。

 そこから返す刀で時間差で迫る二つ目のバイパーをも防ぐきり――もう一歩踏み込んで弧月を振るい、相手を一刀両断。

 敵のトリオン体が許容限界を向かえ、ベイルアウトとなった。

 

『十本勝負終了。勝者、村上鋼』

 

 八対二。

 休憩を挟んだ後、後半戦は五連勝。相手に何もさせることなく勝利をもぎ取った。

 ランク戦を終えた村上が出てくると、変化に戸惑う木虎達が彼の元へと駆け寄っていく。

 

「村上先輩」

「お疲れ様です」

「……ああ」

「最初の五本、様子見をしていたんですか? 後半はあっという間にバイパーの動きを対処対応していましたが」

 

 そのようなことをする必要があったのかという意味を含んだ問い。

 だが質問を投げかけられた村上は二人に視線を合わせる事無くその場から離れようと歩き出す。

 

「村上先輩?」

「……人間の脳は寝ているときに記憶の定着、整理をしているといわれている」

「え?」

 

 周囲の人から離れたところでようやく村上は口を開いた。

 

「そして俺の脳は少し特殊で、その機能が他人よりも極端らしい。『強化睡眠記憶』、それが俺のサイドエフェクトだ」

 

 休憩を挟んだ意図、そして後半戦で相手を圧倒できた本当の理由を。

 ――サイドエフェクト。

 迅と同じく、トリオン能力が高いものに現れる超感覚。

 村上もまたその力を持つものの一人だった。




副の対人戦績
0勝1000敗⇒7勝1003敗⇒15勝1005敗(New)
果たして勝ち越せる日は来るのだろうか。


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木虎藍②

「『強化睡眠記憶』のサイドエフェクトか。村上先輩も中々面倒な力を持っていたものね」

「言われて見れば唯我先輩との個人(ソロ)ランク戦でも十五分ほど休憩をとっていましたよね。今思えばあれもサイドエフェクトの為の必要時間だったのかも」

「果たして唯我先輩相手に使う必要があったのかと考えると甚だ疑問だわ」

「…………万全を期していたのでしょう。きっと」

 

 個人(ソロ)ランク戦を終えた木虎達は支部に戻るという村上と別れた後、先ほどの村上が話していたサイドエフェクトの話題で盛り上がっていた。

 以前、そして今回と二度にわたり村上の実力を目にした二人。

 サイドエフェクトなしの訓練でもあれほど優秀な成績を残していた村上だ。戦闘にも有効に使えるサイドエフェクトを使えばあっという間に攻撃手(アタッカー)界の上位へと駆け上がっていくことは想像に難くない。

 その力を羨ましく、同時に恐ろしくも思う。今後彼と戦うこととなれば最大の難関の一つとして立ちはだかることは火を見るより明らかなのだから。

 

「昇格できれば来月のB級ランク戦、村上先輩は鈴鳴支部の人と組むと話していたし。村上先輩が私達の中では最も早く名を挙げるかもしれないわね。羨ましいわ」

 

 勿論、A級太刀川隊への加入を決めたという唯我は例外として、だ。

 村上の力はB級ランク戦でも通じる。B級ランク戦チーム戦とはいえ幾度か一対一の場面は出来るだろう。そうでなくてもあらゆる人との戦いで得た経験を即座に身につけることができるというのは隊員にとっては理想的だ。

 既にチームを組むという話が来ているのも村上のみ。油断の欠片もない村上のことだ。来月までに正隊員にはきっとなれているだろうと木虎は愚痴のように零す。

 

「あの、木虎先輩」

「ん? 何かしら?」

 

 そんな木虎を見て何かを思ったのか。

 並行して歩いていた副が立ち止まり、木虎を呼び止める。

 

「……いえ、すみません。何でもありません」

「え? 何よ? 言いたいことがあるなら、何でも言ってくれたら」

「ありがとうございます。しかしよく考えればまだこちらの準備が出来ていませんでした」

「準備?」

「ええ」

 

 そう聞き返されて、副は歩みを再開しながら答えた。

 

「おそらく来週には全部解決していると思います。その時に全部お話しします」

 

 笑みと共に紡がれた呟き。結局それ以上副が打ち明ける事はなく。

 木虎は悶々とした思いを抱えたまま翌週を迎えることとなった。

 

 

――――

 

 

 そして月日は流れ、次の週。

 この間、副はひたすらランク戦に打ち込んでいた。

 土日の休日にもボーダー本部に顔を出すとC級ランク戦に参加。

 体力・集中力の続く限りランク戦に挑んでいく。

 しかも、この体力・集中力の続く限りというのが普通の人と比べると異常に長かった。少なくとも一日に十人近くの隊員と戦いを積んでいる。おそらく小南との連戦に次ぐ連戦で自然に鍛えこまれたのだろう。

 あらゆるポジション、個人(ソロ)ポイントの相手に挑み続けるがその間彼が失った個人(ソロ)ポイントはなんとゼロ。一度もランク戦で負ける事無く個人(ソロ)ポイントを稼ぎ、合同訓練が行われる日には村上の個人(ソロ)ポイントに追いつこうとしていた。

 そして、週二度目の合同訓練。

 この訓練を終えた時、個人(ソロ)ポイントが正隊員の目安となる4000ポイント目前まで迫っていた。

 

「んっ、んーっ! 合同訓練終了!」

 

 背伸びをして疲れを吹き飛ばす仕草を取っているのは副。

 今日も木虎達と並んで高得点をたたき出していたのだが……彼の左手に記録されている個人(ソロ)ポイントの増え方は彼らの比ではない。

 今日の合同訓練を終えた時点で副の個人(ソロ)ポイントは3846。翌週の合同訓練で満点を取ることができれば正隊員を迎えることができるほど点数を伸ばしていたのだ。

 

(……わずか一週間で私達に並ぶくらいの個人(ソロ)ポイントを稼ぐなんて)

 

 その副の姿を恐ろしくも思いながら、木虎は彼を凝視していた。

 この期間、逆に木虎の点数は彼ほどは伸びていない。あの日のランク戦以降はランク戦にも参加しておらず、合同訓練で得た点数のみだ。現在は3954となっている。

 原因は決してやる気が起きなかったというわけではなく、彼女がボーダーとは提携していないお嬢様学校に通っていることが起因している。元々正隊員ではない以上学校側にもボーダー隊員ということは報告しておらず、副達と違って学校からの距離も遠い為に中々時間を作ることが出来ない。

 その為C級ランク戦の常連と化していた副は、木虎にとっては知らぬ間に急成長をしている脅威に映ったのだ。

 

「ふふっ。どうやら僕に追いつこうと必死に訓練していたようだね」

「そう思うなら唯我、実際にランク戦をして試してみたらどうだ?」

「謹んでお断りする! 個人戦の結果が全てではない!」

 

 個人(ソロ)ポイントは3871と現状では上回っている唯我が調子に乗ろうとすると、横から入った村上によって心がへし折られた。よほど以前のランク戦が堪えているのだとみえる。

 こう語る唯我のポイントも合同訓練のみの上昇だ。

 ちなみに彼の場合、木虎と違い本当に彼がランク戦へのやる気を喪失してしまった事に起因する。

 

「まったく。それではA級に上がったとき苦労するぞ」

「いいんだ! 僕の力はチームの為にある!」

 

 ダダをこねる唯我を適当にあしらう村上。彼も個人(ソロ)ポイントは3920と正隊員昇進は目前だ。

 村上も副には及ばないものの、時間があればC級ランク戦に参加するようになっていた。

 最近では弧月で村上に敵うものはC級にはいないと囁かれるほど。もはやB級隊員の中でも引けをとらない攻撃手(アタッカー)と言われる強さを手にしていた。

 

「とにかく、もう訓練は終わりだ。僕はこの辺りで失礼する。副君、僕を越えたいと考えるならば頑張るといい。応援しているよ」

「……あーはい。お疲れ様です」

 

 村上にも個人(ソロ)ポイントを追い抜かれたことに傷ついたのか、唯我は唯一ポイントが低い副に声をかけその場を後にした。

 複雑な気持ちになったが応援だけは受け取っておこうと副は立ち去る背中に手を振った。

 

「俺は一戦くらいランク戦を行っていこうか。二人はどうする?」

「そうですね。私も一戦だけ挑戦しようと思います」

「あー、その前に。木虎先輩!」

「え?」

「ランク戦の前にちょっと話があるんですけど、いいですか?」

「……別に構わないけれど」

「じゃあ俺は先にランク戦に挑む」

 

 残った三人は村上の発言からランク戦に挑もうとするが。

 副の呼び止めにより副と木虎はそのままロビーに留まり、村上が一人ランク戦へと臨む。

 

「それで、話って?」

 

 村上がブースに入ったことを確認して木虎が口を開いた。

 わざわざこのタイミングで木虎だけを呼び止めたということは何か特別な用件なのだろう。

 そう判断し、木虎は椅子に深く座りなおすと副が話すのを待った。

 

「ええ。それなんですけど……もう少し待っていただいてもいいですか?」

「私は大丈夫だけどどうして?」

「話すにあたって他にも来て欲しい人がいるんですけど、まだかな?」

 

 そう言って副は視線を時計に移した。

 来て欲しい人。そう聞いて木虎が考えたのは嵐山隊の面々だ。以前狙撃手(スナイパー)の佐鳥には挨拶したが、他の隊員は最初の合同訓練で指導は受けたものの特に個人的な会話はしていない。

 何か兄弟として紹介しておきたいのだろうか。

 そう木虎が考えていると、副が何者かの接近に気づき、立ち上がった。

 

「あっ、来た!」

「おまたせ」

「うん。訓練はどうだった?」

「順調だったよ。問題ない」

「絵馬君?」

「……どうも木虎先輩」

 

 ロビーにやってきたのは予想を外して絵馬だった。

 副と簡単なやり取りを済ませると、木虎に軽く会釈をする。

 そういえばこの二人は同年代だったかとこの前の自己紹介を思い出す。

 しかし呼ばれた理由が思い当たらず、木虎は軽く頭を悩ませた。

 

「実は木虎先輩に聞いて欲しいことがあるんです」

「一体何かしら?」

「俺とユズル、二人でこの前話したんですが。もしもB級に上がることができたならチームを組んでみないかと話したんです」

「え? あなた達が?」

 

 驚いて問い返すと二人は揃って頷いた。

 

「早ければ来月のランク戦にも結成が間に合う。期間はあまりないから、早く決めた方がいいって」

「ユズルは少し悩んだんですけど、同年代だからやりやすいということもあってオッケーしてくれました」

「まだ入隊してそう経っていないのに新人同士で組むなんて……」

「珍しい話ではないようですよ? 後から隊員が加わることはありますが、同期の隊員同士でチームを組むケースが多いようです」

 

 心配する木虎に対し、副の表情は明るい。絵馬も不安を抱いているようには見えなかった。

 確かに新人離れした実力を持つ二人だ。正隊員としてもやっていけるという自信を持っているのだろう。

 

(年下なのに自分からここまで積極的に動けるなんて凄いな)

 

 二人の姿が眩しく映る。

 しかし同時に何故それを打ち明けたのだろうという疑問も残った。

 

「そこで木虎先輩に一つ提案があるんですが」

「何?」

 

 相槌を打つに留まり、木虎は次の言葉を待った。

 ユズルと一度視線を合わせ、肯定の意味なのか頷きを確認してから副は大きな提案を持ちかけた。

 

「木虎先輩。俺達と一緒にチームを組んでみませんか?」

 

 それは正隊員、B級のチームへの誘い。

 副と絵馬。二人が新たに作るチームに加わらないかと。

 そう木虎に話を持ちかけたのだった。

 

「……どうして私を?」

 

 すぐに決断するのは得策ではない。まずは詳しく話を聞こうと二人に理由を問いかける木虎。

 

「理由としては単純に木虎先輩ほどの実力を持つ隊員が欲しいと思ったからです」

「俺はともかく、銃手(ガンナー)の副が一人で点を取るのは難しい」

「そう。できることならもう一人連携を取れる戦力が欲しかった。木虎先輩ももうすぐB級隊員へ昇格するでしょう。まだ他の隊へ加わるという話もないと知っていました」

「でもソロとしておくのはあまりにも勿体無い。だから加わって欲しい。それが俺達の考えだ」

 

 当然ながら理由は即戦力としての期待だ。

 二人だけのチームがないというわけではない。しかし出来たばかりともなるとどうしても戦力不足と感じる点があるのだろう。

 そこで木虎に目をつけた。

 B級隊員と戦える戦力と評価している点はいい。

 しかし。

 

「確かにあなた達の提案を受けることも手ね」

「じゃあ!」

「でも、問題が三つあるわ」

 

 木虎がすぐに頷くことはなかった。彼女は上へと成長していくことを望んでいる。

 そう簡単に即席チームに加わることは許せなかったのだ。

 あえて視線を厳しくして、木虎は二人に自分の考えを語り始めた。

 

「三つ、ですか。なんでしょう?」

「まず一つ。チームの得点について。B級ランク戦はチーム戦とはいえ個人(ソロ)ポイントの増減がある。その中で勝ち上がっていくことを考えると、他のチームに入ったほうが私は活躍できるかもしれないわ」

「それについてはむしろ、俺達と戦った方が木虎先輩にとって都合が良いと思う」

「どうして?」

 

 一つ目は純粋な戦力としての不安だ。

 個人(ソロ)ポイントの増減がある以上、下手にチームに入って己のポイントを減らすようなことがあって元も子もない。

 なら他の既存のチームに入った方が自分の為になるのではないかと言うと、絵馬が彼女の言葉を否定し、副が続きを次いで説明をする。

 

「知っての通り近年はシールドの発展により銃手(ガンナー)および射手(シューター)は点を取りにくくなっているといわれています」

「そうね。最近ではチームのサポートに回る人も少なくない」

「点を取るには火力を集中させる必要が有る。しかしそうなると攻撃手(アタッカー)ほどではないにしても連携が必要です。現段階でお互いのことを理解していない人よりも、同期に入隊し、共に行った訓練時間が長い俺の方が動きもよくわかると思います」

 

 確かに一理有る話だった。

 C級隊員と違い、B級隊員以上の正隊員は多くのトリガーをセットすることができる。そして基本的に防御用トリガーは全員が取り込んでいる。

 シールドは年々性能を増しており、銃手(ガンナー)射手(シューター)は火力を集中させないと厳しい。そうなると連携は必須となるのだ。副の兄が率いる嵐山隊がそうであるように。

 しかしその為には隊員同士の連携が必要だ。

 お互いの射程や実力を完全に把握しておく必要が有る上に、援護射撃の際には味方への誤射を防ぐために角度をつける必要が有る。

 つまりお互いの動きを理解しておく必要があるのだ。

 そうなるとすでに型ができているチームよりは新たに型を作る、しかも他の者よりも知っている同期と手を組んだほうがよい。

 

(何も考えずに話を持ちかけたわけではないのね)

 

 よく考えられている。頬の緊張を緩め、木虎は認識を改めた。

 ならばと、木虎は二つ目の問題点を告げる。

 

「二つ目。これはチームそのものの問題点ね。絵馬君とそして私、戦闘員の方はよく考えているようだけど、ではオペレーターの確保は?」

 

 木虎が不安視しているもの。それはチームをサポートするオペレーターの存在だ。

 

「チーム戦ともなればオペレーターの存在は不可欠なものよ。まだ当てがないとなると」

「いえ。そちらもすでにある人に声をかけ、チームの加入に了解をもらっています」

「――――え?」

 

 さすがにここまでは想定していないだろうと、年上として世話を焼こうとして、副に話を遮られてしまった。

 

 

――――

 

 

「木虎ちゃんと絵馬君、はじめまして。三上歌歩です。よろしく」

「…………はい」

「どうも」

「三上先輩はこの前まで中央オペレーターで働いていたんですが、部隊オペレーターへ転属を考えていたそうなので、俺の方から声をかけさせていただきました」

 

 オペレーター、三上歌歩。

 こちらもすでに副が動いていたのだ。ぬかりはない。

 新任オペレーターは最初、基地の全体的な業務処理を行う『中央オペレーター』の仕事につくこととなる。そこで仕事内容ならびに機器全般の操作を覚えた後、希望するものは部隊オペレーターへの転属の届出を提出することができる。こうしてようやくオペレーターとして働く事ができるのだ。新しく組まれる部隊あるいはオペレーターが抜けた部隊に選ばれると、そのチームのオペレーターとして部隊に加わることができるという流れ。

 三上もつい最近まで中央オペレーターで働いて、ようやく部隊オペレーターへの道を開く事ができた。

 新たに部隊を結成するチームには副以外にも鈴鳴第一という隊もあったが、鈴鳴はすでにオペレーターが決まっていた。

 転属の届出を出したものの、中々オペレーターの枠がない。

 そんなところに三上に声をかけたのが副だった。

 副達がまだ一度もチームを組んでいないという点も三上にとってはかえってやりやすいと、もし正隊員になったらその時はチームを組もうと彼の誘いに乗ったのである。

 

(まさかオペレーターの方まで意識していたなんで)

 

 さすがにここまで用意周到とは思わなかった。

 しかもこの三上の流れでは木虎が入ることは確定事項ではないのかとさえ思えてしまう。

 このまま流れに乗ってはまずい。仮にも自分の方が二人よりも年上なのだからビシッと決めないと。

 木虎は改めて気を引き締めると最後、三つ目の問題点を提示した。

 

「最後に、三つ目よ。これも少しチームの話になるわ」

「なんでしょう?」

「隊長の件ね。副君が隊長となるとどうしても他の部隊の注目度も変わってくるでしょう。そうなると」

「何を言っているんですか? 加わっていただけるなら、隊長は木虎先輩ですよ?」

「当然他の隊も狙いを――――はっ!?」

 

 副がどう考えようとも、他の隊員からすれば嵐山准の弟だ。

 新チームということもあって部隊を率いるとなれば当然注目度は尋常ではないだろう。

 そうなると余計に狙われやすくなる。それを指摘しようとして、しかしまさか隊長は木虎であるなどと言われて、ついに木虎は年上の余裕を失った。

 

「ど、どうして?」

「どうしてって、隊長って年長の隊員が任されることが大半じゃないですか」

「他の隊もそういうところが多いしね」

「で、でもここまで人員を確保したのだって全部副君じゃ……」

「別にそんなの珍しくもないですよ。例えばですが、聞いた話によると那須隊では結成に人員を集めたのは熊谷先輩ということです」

「そうね。隊長はチームの責任を背負うということもあって最年長の人が勤める事が多い。隊の精神的支柱だもの。やっぱり年上の人が受け持つようね」

 

 戸惑う木虎だが、疑問に思うのは彼女だけだった。

 確かに三人の言うとおり、ボーダーのチームは年齢が一番高い隊員が隊長を務めることが多い。複数の部隊が任務をこなす時も指揮を執るのは大抵が最年長者だ。

 それを指摘されると木虎は反論の言葉を失ってしまい黙り込む。

 木虎の様子を迷いと判断したのか、副がさらに説得を試みた。

 

「木虎先輩。前に仰っていましたよね。『もっと上を目指すつもり』だと。どうでしょう。俺達と組んだチーム戦を、上へ上がるための活躍の場に利用してみるのは?」

 

 違う。そのようなつもりはない。

 こうして先輩の自分を頼って必要としてくれることは嬉しく思う。問題点の指摘も、まだまだ未熟な点を教えて先輩としての顔を立てて、『仕方ないわね』くらいの感覚でいたのに。

 

「……あなた達はそれでいいの?」

「勿論。俺達もただ利用されるつもりはありません」

「俺も目的がある。他人の目的をとやかく言うつもりはない」

「初めてなんだから、そう難しく考えなくていいんじゃない?」

 

 苦し紛れに問えば、三人は嫌な顔一つ見せずに快く応じてくれた。

 これで断るようなことがあればただの嫌な人ではないのだろうか。

 自分にとっても魅力的な誘いでもある。確実に来月のB級ランク戦に参加できるというのも中々良い手だ。何よりこんなところで嫌われたくない。

 様々な思惑を考慮して――木虎は口を開いた。

 

「仕方ないわね」

 

 あくまでも余裕を持った口調で。柔らかい笑みを浮べて木虎は三人の要望に答えた。

 そしてこの日からさらに各自が腕を磨き、個人(ソロ)ポイントを次々と更新し――その日を迎える。

 

 

――――

 

 

 六月の上旬。

 B級ランク戦の新シーズンが開幕するその初日、昼の部。

 新たに用意された彼らの作戦室に、四人の姿があった。

 

「皆、準備は良い?」

 

 木虎が凛々しい佇まいでチームメイトの三人に問う。

 今日がB級デビュー戦でありながら気負う気配は見られない。年上としてビシッとした姿を誇示したいというところだろうか。

 彼女の視線を受けた三人は、笑みを浮べて其々彼女の呼びかけに応じた。

 

「勿論!」

「……いつでもいけるよ」

「皆。初戦ということで緊張もあるだろうけど、頑張って!」

 

 副、絵馬、そして三上。

 三人が無事B級に昇格できた事で新チーム・木虎隊を結成することが叶った。

 若いチームであるが正隊員のトリガーを手にしたということもあって気迫が滾っている。

 始まりの時はまだかとその時を待っていた。




原作初登場の時も思ったけど、木虎って得意げに語るときに限って何か鋭い指摘を受けそう。


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B級ランク戦①
嵐山副②


『ボーダーの皆さんこんにちは! 今日の実況を務めます海老名隊オペレーターの武富桜子です!』

 

 ランク戦に参加する隊員達がそれぞれの作戦室で準備を進めている中。

 B級ランク戦用の観覧室では実況の武富が進行を始めていた。

 B級海老名隊オペレーター 武富桜子

 

「本日よりB級ランク戦は新シーズン開幕です。初日・昼の部を実況していきます。本日、解説席には嵐山隊の嵐山隊長、そして太刀川隊に新たに加わった唯我隊員にお越し頂きました。本日はよろしくお願いします!」

「どうぞよろしく」

「はっはっは。よろしくお願いするよ!」

 

 武富の紹介を受け、嵐山と唯我がマイク越しに挨拶する。唯我も合同訓練を経て無事に太刀川隊への配属が叶っていた。

 嵐山は慣れた調子で淡々と、唯我は自己の調子を崩さず得意げな様子だ。唯我はともかく嵐山の解説ということもあって初日から観客が多い。また、この昼の部に登場するチームが新参チームということもあって観客の話題は新チームの話で持ちきりだった。

 

「初戦ということで嵐山先輩。簡単にB級ランク戦について説明お願いします!」

「了解した。B級ランク戦は上位・中位・下位の三グループに分かれ、三つ巴あるいは四つ巴のチーム戦が行われる。他の隊員を一人倒すごとに一ポイントもらえ、さらに最後まで生き残れば生存点のボーナス二点がもらえるんだ。点を取るほど順位が上がる。そしてB級一位と二位には俺達A級への挑戦権がもらえる。A級目指して頑張ってほしい」

「説明ありがとうございます。また、開幕にあたり、前シーズンでの順位に応じ初期ボーナスが上位チームに加算されています。その分のアドバンテージがありますね」

「その通り。だからシーズン毎に全力で結果を出すことが問われるだろう」

 

 B級ランク戦の解説が終わり、時間も頃合となった。

 作戦室で一番順位が低いチームである木虎隊が戦闘ステージの決定権を持つのだが――戦いの場がようやく決定する。

 

「さあ木虎隊がステージ選択を終了。選ばれたのは……『市街地B』!」

「高い建物、低い建物が混在するステージですね。場所によっては斜線が通りにくいですが逆も然り。どのポジションの隊員も場所により得意不得意が出るマップです」

「木虎隊はランク戦初戦ということで無難なマップを選んだといえるでしょう」

 

 初戦の部隊は市街地B。高低差があるマップだが市街地Cのようにポジションの優劣は特に出にくい場所だ。

 木虎は初陣においてギャンブル戦法を嫌い、堅実なマップを取ったと考えられる。

 

「そして何とこの昼の部なんですが、十八位の鈴鳴第一ならびに一九位の木虎隊は今シーズンから結成された新チームとのこと。鈴鳴第一は二人構成、木虎隊も先月ボーダーに入隊したばかりの三人の編成とのことですが――同期であるという唯我隊員。新隊員のことは良くご存知でしょうが……」

「ああ、勿論。皆僕と競い正隊員になっただけあって優れている。特に戦闘における動きは見事なものだ。きっとこのランク戦でも結果を見せてくれるはずだろう」

「なるほど、ありがとうございます。さあその新加入の二チームを迎え撃つのはB級十六位の間宮隊。勢いある新鋭を止め、中位へと上がることができるか? さあ、スタートまであとわずかです!」

 

 開戦を目前にして観覧室はヒートアップ。

 各作戦室でも最後の確認、戦いへ向けての最終準備を行っていた。

 B級暫定十六位、間宮隊。

 

「まずは合流を優先だな」

「うちの得意戦法の為にもその方が良いだろうね。数的優位を取れたら二対一でも仕掛けようか」

「ああ。誰を倒しても一点だ。取れるところで取っていくぞ」

 

 三人全員が防護用のゴーグルをかけ、意識をそろえている。

 他の二隊と違い何度もランク戦を経験しているだけあり最も落ち着き戦術を確固たるものとしている。

 

「あ、鋼。もう大丈夫?」

「いつもの復習は完璧?」

 

 一方、同時刻。

 B級暫定十八位、鈴鳴第一。別名来馬隊。

 静かに目を伏せていた村上がゆっくり立ち上がったことを確認し、隊長の来馬とオペレーターの今が声をかけた。

 

「はい。準備は完了しました」

「そう。ならよかった」

「この初戦、うちだけ二人と数的不利な状況です。しかも他の隊は中距離に強い隊員が揃っています。くれぐれも一対多数にはならないように」

「ああ。……太一も間に合っていればよかったけどな」

「太一のことは仕方ないよ。まだこのランク戦は先が長いんだから」

 

 今ここにはいないもう一人の隊員を考え、場には軽い笑みが飛び交った。

 村上は訓練やC級ランク戦でB級昇格を果たしたものの太一は狙撃手(スナイパー)に与えられた『三週連続上位十五%以内に入る』という条件を達することができず、今もC級隊員のままだ。

 

「今のうちに勝って、太一が戦いやすい環境を作っておこう」

「……はい」

「サポートは任せてください」

 

 今は観覧室で戦いを見守っているはず。その太一のためにも勝とうと、三人の士気は高い。

 

「最終確認よ。マップは『市街地B』。訓練でも何度か戦ったことがあるだろうけど、高い建物と低い建物が混在しているから注意ね」

 

 そして、もう一つの新加入チーム。

 B級暫定一九位、木虎隊。

 隊長となった木虎の指揮に従い、四人は作戦を立てていた。

 

「転送はランダム。試合が始まったら合流を優先。絵馬君は狙撃ポイントの確保と他隊員の補足」

「はい。ユズル、援護頼むよ」

「……うん。今回狙撃手(スナイパー)は俺だけだから、狙撃はあまり警戒しなくていい」

「間宮隊も集団戦法が得意なので合流を優先するかな。合流する前に当たると厳しいから、皆周囲には注意してね」

「三上先輩、了解です」

 

 緊張の色は見られない。年が近い四人ということで他の隊ほど付き合いは長くないが気を使う素振りもみられなかった。

 大事な初戦。ここからB級隊員として新たな一歩が始まる。

 

「練習通りやれば良い結果は自然とついて来るわ。皆、いつも通りに」

『了解!』

 

 皆訓練を積んできた。戦闘になれば経験だけが全てではない。

 新進気鋭の木虎隊。今こそその力を見せるとき。

 

「……では、ここで全部隊(チーム)、仮想ステージへ、転送完了!」

 

 そして各々の思いが錯綜する中、B級ランク戦昼の部の開始が宣言される。

 

「一日目昼の部三つ巴! 戦闘開始です!」

 

 B級暫定十六位 間宮隊。

 B級暫定十八位 鈴鳴第一(来馬隊)。

 B級暫定十九位 木虎隊。

 三部隊の隊員達が一斉に仮想ステージに転送され、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「各隊員は一定以上の距離をおき、ランダムに転送された地点からスタートとなります」

 

 解説の武富の言葉通り、隊員はすぐに合流ができないよう平等に離れた位置から行動を開始する。北西には中央から遠い位置から木虎と間宮、南西は鯉沼、来馬、副が転送され、東では北から秦、村上、絵馬とチームはバラバラに配置された。

 

《よしっ。はじまった。行くぞ》

《まずは合流するわよ。副君、急いで!》

 

 間宮と木虎、二人の隊長が内部通信で指示を飛ばす。

 お互い合流を最優先に考え、部隊での戦闘を考えている両名だ。

 

「了解です。……ん? 三上先輩、レーダーの数が少ないようですけど?」

《うん。どうやら鈴鳴第一の来馬先輩がバッグワームを使っているみたい》

「来馬先輩が?」

《そのようだよ。村上先輩、あと秦先輩の姿は俺が確認している。間宮隊の二人も使っていないだろうから、間違いないと思う》

《了解。二人のタグつけとくね》

「そうか。ユズルは引き続き見張ってて。鈴鳴もデータが無いから行動が読みづらいんだよな……」

《近くに潜んでいるかもしれないわ。警戒を怠らないで》

 

 開始早々、敵が一人レーダーから姿を消していることに副が気づいた。

 他の状況から考えていないのは来馬で間違いないだろう。つまりこの試合、狙撃手(スナイパー)の絵馬、そして来馬がバッグワームで姿を消しているということだ。

 そう結論付けると木虎は周囲への注意を払いながら、合流ポイントへと足を早めた。

 

「嵐山、了解。……ん?」

 

 方針は確認した。後は急いで木虎と合流しよう。

 そう考えて、副は自らに迫る危機に勘付いた。

 

「……あ、木虎先輩」

《どうしたの?》

「ヤバイですよ。これ、多分合流する前に俺が間宮隊と鉢合わせする可能性があります」

《え? ……あ!》

《その危険性が高いかも。おそらく間宮隊と思われる二名が副君に近づいている!》

 

 たしかにレーダーを見ると間宮隊と思われる反応の二つの方が距離が短く、しかも向かう先には木虎と合流しようと動いていた副がいる。このままでは間違いなく副が標的とされるだろう。

 

「よしっ、敵が合流する前に一人叩けそうだ。先にこいつを倒していこう」

《鯉沼、了解!》

 

 そして副の考えたとおりだった。

 間宮と鯉沼は三人で合流するのは一端諦め、先に二人で落とせそうな単独の隊員を倒そうと副に急接近していた。

 

「鋼! こっちで動きがありそうだ。今確認できたけど、このままなら木虎隊の副君と間宮隊の二人がぶつかることになる!」

《わかりました。配置を見る限りおそらく絵馬もこちら側にいるでしょう。来馬先輩は副をやり過ごしてからこちらへ向かってください。警戒は怠らず。俺は手始めに後方の憂いを絶ちます》

 

 一方、鈴鳴第一も他の部隊の始動に呼応して動きを見せていた。

 バッグワームを使用している来馬は壁に張り付いて狙撃を警戒しながら周囲の様子を窺っていた。

 二人である以上、一人が落ちてしまえば取り戻す事は難しくなる。

 そう考えて来馬にはこのまま周囲に注意するよう促しながら、村上は残った間宮隊の一人、秦へと狙いを定める。

 ――まず自分がすべき事は、災いの種を処理する事。

 

「私も急ぐけど間に合わないわ。絵馬君! 副君の近くを狙える狙撃ポイントへ至急移動して」

《そうするとこっち側の動向は読めなくなくなるけど……》

「構わない。それよりも副君が落とされれば各個撃破される可能性があるの。まずはそれを防ぐことを優先して!」

《絵馬、了解》

「副君は私と絵馬君が到着するまで時間を稼いで。無理に点を取ろうとする必要はないから」

《……いやー、木虎先輩。少し遅かったです》

「え?」

 

 口早に指示を飛ばす木虎。

 副にもどうか生き延びてくれと声を張ると。

 ――副がいる地点に無数の弾が打ち込まれ、土煙を上げる光景が目に映った。

 

 

――――

 

 

「一斉に動き出した各隊! 間宮隊、木虎隊が合流を選択しましたが、木虎隊の嵐山隊員、合流地点にたどり着く前に襲撃を受けました。間宮隊員と鯉沼隊員の追尾弾(ハウンド)が無情にも襲い掛かる!」

「副ー! 逃げろー!」

「……そういえば、木虎隊の嵐山隊員は嵐山隊長の弟と聞きましたが」

「ええ。自慢の弟です。だからこそこんなところでやられていいわけがない!」

「なるほど。信頼しているんですね。では、この試合は木虎隊に集中してお届けしましょう」

 

 観覧室。

 弟のピンチを前にして声を荒げる嵐山。解説役であるということを瞬間的に忘れているようだった。

 武富はその様子を見てただ事ではないことを察し、木虎隊のことに触れながら嵐山を落ち着かせようと宥めた。

 

「嵐山隊員が狙われたことを察し、木虎隊長と絵馬隊員も合流を急ぐ模様。一方、その間に来馬隊長は迂回して村上隊員の下へと向かう。村上隊員は秦隊員に的を絞っている様子。まずはこの二つの戦いがこの試合の展開を左右するか!?」

「副――嵐山隊員と秦隊員、一人のところを襲われた二人がどう立ち振る舞うかがポイントですね」

「村上先輩も一人だが、しかしあの人は一対一に関しては圧倒的な強さを誇る。秦隊員が不利な点には変わらないだろうね」

「なるほど。さあ試合の立ち上がり、ここを取ればそのまま優位に立てる。逆に凌げば逆転の芽につながる。三つ巴の戦い、どのような結果を迎えるのか見ものです!」

 

 二対一となった副対間宮・鯉沼。

 タイマンで無類の強さを誇る村上と秦の戦い。

 開幕戦最初の鍵を握るのは、この二つの局地戦であった。

 

 

――――

 

 

 尋常ではない量の土煙が舞う中から副が飛び出す。

 フルガードで何とか最初の襲撃は防ぎきったものの、危機はそう簡単に収まらない。

 休む間もなくハウンドの嵐が降り注いだ。

 

「ちぃっ!」

 

 アサルトライフルを横に薙ぐように掃射。

 得意のアステロイドの連射で牽制兼防御を行おうとしたが、二人がかりのハウンドを防ぎきることは不可能だ。

 

(ああ、やっぱり狙撃手(スナイパー)みたいに弾を全部打ち落とすのは無理か!)

 

 わかっていたことだが、かつて一度だけ記録で目にしていた一部の狙撃手のようには上手く物事が運ばない。

 落としきれなかった弾が副に襲い掛かる。

 シールドで防ぎきれなかった弾が副の体を削っていく。

 

「よしっ。このまま一気に叩くぞ」

《おう。まずは確実に一点だ》

 

 優勢な状況に変わりない。

 間宮の指示で鯉沼は逃げる副の進路方向へと先回り。間宮と二人で一気にしとめようと仕上げに入ろうとしていた。

 

《副君。鯉沼さんが別れて待ち構えている。二人の到着までもう少し。ここを凌げば反撃できるよ!》

「気休めありがとうございます三上先輩。でも、挟み撃ちとなると……」

 

 後ろから迫る間宮を射撃で牽制しながら三上と応答する。

 確かにこの二人をかわすことができれば部隊が完全に揃う木虎隊が有利だろう。

 だが二対一で、相手が先回りしているとなると。

 

「こうなるんですよね」

 

 前後から、上空から逃げ場のないハウンドの嵐が降り注ぐ。

 逃げようにも自動で追ってくる追尾弾だ。逃げ切ることは不可能。

 

《これで!》

《終わりだ!》

「終わったか、俺」

 

 これが間宮隊の得意戦術、追尾弾嵐(ハウンドストーム)

 多方向から一斉に襲い掛かるハウンドは相手が手も足も出ないまま撃破する強力な連携だ。

 決着を予感し間宮隊の二人は笑みを浮かべ。

 副でさえ諦めの言葉を吐き、事の結果を察した。

 

「なんちゃって」

 

 そして敵と同様に不敵な笑みを浮べる。

 呟きの直後、副の姿がその場から一瞬で消えた。

 

「なっ!?」

「はっ!? おわっ!」

 

 目にも止まらぬ速さでその場から姿を消した副に間宮は驚く。

 そして鯉沼が突如目の前に現れた副に驚き、声を上げると同時に、副のスコーピオンが彼の体を切り裂いた。

 

「ぐはっ!?」

「なっ。鯉沼!」

「さて、お返ししますよ! 倍にしてね!」

 

 副はスコーピオンをしまうと、鯉沼の体を間宮の方向へと投げつける。

 それは同時に副がいた方向でもあり。

 彼を追っていたハウンドの嵐は鯉沼を容赦なく襲い掛かる。

 さらに追い打ちと言わんばかりに副もアステロイドを連射。

 防御が間に合うわけもなく、鯉沼は一瞬で蜂の巣となり、トリオン体が限界を迎えた。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 鯉沼は呆気なく戦闘から離脱。

 試合開始から最初の一点が副に記録された。

 

「なっ! なんと! 最初の得点は嵐山隊員! 一瞬の判断で死地を好機へと変えた!」

「よっし!」

「ふむ。まあまあだね」

「嵐山隊長。今のは一体……」

「ああ。あれはテレポーターですね」

「テレポーター!? 嵐山隊長達が使っているトリガーですか?」

「ええ。といっても俺は回避から攻撃に繋げることが多いですが、嵐山隊員は回避だけでなく接近も含めて使ったようですね」

「奇襲向きのスコーピオンと相性の良い使い方ですね。これで木虎隊が一歩リードです!」

 

 試合が動き、観覧室が湧く。

 兄である嵐山も例外ではなく、早々の活躍に満足げな表情だ。

 唯我も同僚の活躍は自分も心をくすぐられるようで深い笑みを浮べている。

 

「さて、それじゃあ失礼します」

 

 一方、副は残った間宮に続いてアステロイドを打ち込み、その場で足止めする。

 弾を発射しながら後ろへ下がり、交差点に達すると射撃を止めて一目散に走り去った。

 一人で一点を稼いだから十分ということだろう。

 

「この、野郎! よくも!」

 

 勿論間宮も黙って見逃すわけにはいかない。再び両手でハウンドを起動。副に攻撃しようと試みて。

 その両腕が、上空から放たれた銃弾によって撃ち飛ばされる。

 

「なっ!?」

 

 驚き、頭を上げればそこには拳銃を構える木虎の姿が。

 

「終わりよ」

「ぐっ!」

(あいつを追っている間に追いつかれていたのか!)

 

 驚き、後悔してももう遅い。

 まだ別の方向から狙っている存在に気づく事ができない以上、彼の命運は決まっていた。

 絵馬の長距離狙撃が、間宮の後頭部を打ち抜いた。

 

「がっ!」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 鯉沼に続き、間宮までも緊急脱出(ベイルアウト)

 絵馬も一点を挙げてこれで木虎隊が二得点。ピンチから一転、好調なスタートを切る事に成功した。

 

命中(ヒット)! 絵馬君、お見事!》

「……別に」

 

 三上からの内部通信に素っ気無く返す絵馬。

 目前の危機が去り、木虎隊は一息つくことができた。

 

《いやー、本当助かりました。おかげで命拾いしましたよ》

「木虎先輩の策が当たったね。副が背を向ければ、目の前でチームメイトを失った間宮先輩は必ず全攻撃(フルアタック)に入るはず。おかげで木虎先輩の射撃と俺の狙撃、敵は無警戒だった」

《そんな事ないわ。副君がよく凌いでくれた。これで後は間宮隊の秦隊員、そして鈴鳴の二人よ。絵馬君は相手を狙える狙撃ポイントに移って警戒を》

 

 二人の褒め言葉に木虎は気をよくし、上機嫌で先のことを語りだす。

 こちらの戦局は一先ず終結したと言って良い。あとは村上達が争っているもう一つの戦いだ。

そちらの結果次第で木虎隊の動き方も変わる大事な戦い。

 くれぐれも気を抜かないでと、改めて三人に呼びかけると。

 彼らから離れたその地で、また一人隊員が緊急脱出(ベイルアウト)を迎えた。

 

 

――――

 

 

「さあ西側で木虎隊が勝利をつかみ取り、今東側でも一つの戦いが決着を迎えようとしています! ハウンドで圧力をかける秦隊員。対する村上隊員は弧月とレイガストの二刀流。容赦なく切り込んでシールドを削っていきます。これは秦隊員がやや不利か!?」

「徐々に村上隊員の剣速が増していますね。防御が間に合わなくなっている」

「それにもはや間宮隊は他の二人が緊急脱出(ベイルアウト)している。援護がない以上、村上先輩の勝利は揺るがないよ」

 

 観客の目から見ても村上が優位であるということは明白だった。

 左手のレイガストをシールドモードで展開してハウンドを防ぎ、弧月で次々と襲い掛かる。

 徐所にハウンドの動きにも慣れてきたのか村上の剣筋は鋭くなる一方だ。

 加えて唯我が指摘するように、もはや秦はチームメイトの援護を望めない。

 対して鈴鳴第一はまだ余裕がある。

 鈴鳴第一の隊長である来馬が、合流を果たしたのだから。

 

「ここで来馬隊長、バッグワームを外しました! 村上隊員の援護射撃を行います!」

「村上隊員と合流する為のバッグワームの展開だったようですね。合流した以上必要ないと判断したのでしょう」

「これで二対一。秦隊員、成す術なしか!?」

 

 解説の声も厳しいものだった。

 来馬のアサルトライフルも秦に狙いを定めた今、鈴鳴の優勢は覆すことができない。

 現に村上の弧月、来馬のアステロイドが次々と装甲を削っていき、秦はついに反撃することができないまま防戦一方となってしまった。

 

《鋼! ここで決めよう!》

《了解しました。そちらにあわせます》

 

 内部通信で決着を迎えるべく合図を送る来馬。

 村上が小さく頷くと、来馬はアサルトライフルをアステロイドから弾を切り替え、ハウンドにセット。上空へとハウンドを放った。

 

「スラスター、ON(オン)

 

 敵が最後の余力を振り絞ってシールドを張る中。

 村上は冷静にレイガストを手にスラスターを起動。

 シールドを展開したまま急加速のついた体当たりを仕掛けた。

 

「ぐっ!?」

 

 体当たりの衝撃でシールドが割れ、地面に叩きつけられる形で秦は倒れこんだ。

 そして横たわる秦の身に、上空から来馬の放ったハウンドが降り注ぐ。

 

「これで終わりだ」

「くっ、そっ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 村上の言葉通り、秦の体が許容限界を迎える。

 鯉沼、間宮に続き秦も緊急脱出(ベイルアウト)。これで間宮隊は全滅。

 来馬が得点を上げ、鈴鳴第一も一点を獲得した。

 

「こちらも戦闘が終了。来馬隊長、村上隊員の連携で秦隊員を撃破!」

攻撃手(アタッカー)の村上隊員が敵を攻め立てるエースで来馬隊長がそれを援護する。村上隊員が防御を崩して来馬隊長に決めさせることもできる。良いチームワークですね」

「しかし、これで二チームに絞られた……!」

「その通り。何とこれで鈴鳴第一と木虎隊。新鋭同士の一騎打ちとなりました!」

「これは中々見られない珍しい展開ですよ。どちらも隊員が全員生き残っているし、部隊が揃っている。ここからは両チームの総合力が試される場面です」

 

 驚くことに、鈴鳴第一と木虎隊。新加入同士のチームが生存し、ぶつかり合うこととなったB級ランク戦初戦。

 現状は木虎隊が二得点、鈴鳴第一が一得点と木虎隊がリード。数の面でも木虎隊が有利な状況だ。だが、鈴鳴第一は来馬という経験が長い隊長がいることに加え、村上も戦闘に関しては木虎達にも一歩も遅れを取らない。

 

「B級ランク戦、開幕戦。どちらも余力が残っています。鈴鳴が逆転するか、このまま木虎隊が逃げ切るのか!?」

 

 差は一点。まだ戦いの行方はわからない。

 

「行くわよ。この初戦、必ずモノにするわ」

「鋼、行こう。勝って太一にも報告するんだ」

 

 態勢を立て直した二チーム。

 覚悟を決めて、決着を着けるべく彼らは再び動き出した。




ランク戦 初期転送位置

    木虎               秦
          間宮
                  村上
    
    鯉沼             絵馬
        来馬
             副


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木虎隊①

《こちら絵馬。狙撃ポイントに着いたよ》

「オッケー。そのまま絵馬君は待機。下手に撃ったら駄目よ?」

《絵馬了解》

《現在、村上先輩と来馬先輩がこちらに接近中。二人ともバッグワームはつけてないみたい。村上先輩を先頭に、来馬先輩が続いている》

「三上先輩、ありがとうございます。……さて、私達も行きましょう」

「はい」

 

 連絡を取り合った後、制止を決め込んでいた木虎と副が動き出した。すでに鈴鳴の二人はこちらに向かって動いている。

 

「鋼! 木虎さんたちが動き始めた!」

「はい。こちらのレーダーでも見えています」

「絵馬君はバッグワームで隠れてこちらを狙っているはずだ。狙撃には警戒してね」

「わかっています。来馬先輩も十分警戒を」

 

 残っているチームは木虎隊と鈴鳴第一のみ。この勝負の行方がそのまま勝敗へとつながる。負けられない戦いの火蓋が、切って落とされる。

 

「さあ来馬隊に続き、木虎隊も動き出しました。狙撃手(スナイパー)である絵馬隊員は狙撃ポイントにすでについている模様。マップ中央に来馬隊員、村上隊員、木虎隊員、嵐山隊員。残った隊員が集結しようとしております!」

 

 マップ上のレーダーが中央付近に集まり、最後の戦いが始まろうとしていた。

 いよいよB級ランク戦の初戦も終盤。終わりが近いということもあって観客席の熱意も増している。

 

「人数的には木虎隊が三人と数的有利です。果たしてどう動くのでしょうか?」

「木虎隊の二人は銃手(ガンナー)だ。定石どおりに距離を置き、アタッカーの射程外から削っていくのが望まれる」

「ですが、相手は村上先輩だ。そう上手くはいかないでしょう」

「ああ。村上隊員の武器はレイガスト。耐久力が高く防御特化の(シールド)モードを持っている。加えて加速するスラスターも持っているだろうから、そう簡単に撃ちあいで勝つことは難しいかもな」

「なるほど。木虎隊が有利な銃撃戦に持ち込めるか。あるいは村上隊員が距離をつめて攻撃手の間合いに詰めるのか。ここがキーポイントになりそうです!」

 

 解説が続く中、戦況は動く。

 ついに大きな十字路となる交差点で、丁度直角になるような位置取りで両者の顔が揃う。

 

「鋼。木虎隊はすぐそこだ。どうする?」

《このまま正直に交差点に出れば撃ち合いになります。そこの塀を壊し、建物の中に侵入しましょう》

 

 銃撃戦を嫌った村上の進言により鈴鳴第一は前進を停止。

 壁沿いに足を止めて目の前の民家へと視線を移す。

 この民家のすぐ傍に木虎隊が迫っている。そう時間を費やしていられない。

 すぐに壊してしまおうと村上は弧月を握り締める拳に力を込めた。

 

《警戒!!》

「ッ!?」

 

 刃を奮おうとしたまさにその瞬間。

 オペレーターである今の警告が耳元に響いた。

 何事かと考える暇もなく、目の前の民家が塀ごと爆発、四散した。

 

「ぐっ!?」

「うわぁっ!」

 

 慌てて退避行動を取る二人。

 直撃を免れたが、先ほどまで二人が侵入しようと考えていた民家は跡形もなくなっていた。

 

「爆発!?」

「今のは木虎隊員、あるいは嵐山隊員のメテオラですね。いや、威力から考えて二人とも撃ったのか」

「こ、これはまた派手な……!」

 

 嵐山の考えたとおり、今のは木虎と副、二人が同時に放ったメテオラによるものだった。

 戦局の変化を起こそうと考えた木虎隊によって、鈴鳴第一は引きずり出される形となった。

 

「今のは、木虎隊がやったのか?」

「来馬先輩!」

「えっ?」

 

 驚く暇も無かった。

 呆然とする来馬を村上が強引に押し出した。

 一瞬送れて村上の近くに爆発が生じる。

 先ほどと同じメテオラだ。視線を撃った方角へと移せば、そこには銃を構えた木虎と副の姿がある。

 さらに攻撃は続く。木虎が接近しながらハンドガンを連射。再び放たれたメテオラが来馬を襲う。

 

「うわっ!」

「来馬先輩!」

(まずい、分断される!)

 

 シールドを展開しながら距離を取る来馬。

 打ち返し、反撃をこなしているが、副の足止めを食らっている村上との距離が開いてしまう。

 数的不利な来馬達が分断されるのは得策ではない。

 そう判断した村上はシールドモードを展開したまま、銃撃の中副の元へと突撃する。

 

「すみません。村上先輩。合流はさせません!」

 

 直後、副の姿が視界から消える。

 

「ッ!?」

 

 わずかに視界の下に移った姿と、己の防衛本能に従い、村上はその場で跳躍。

 間一髪のところで村上を狙ったスコーピオンの猛威から逃げ切る事に成功した。

 

(テレポーターか!)

「っ、さすが。でも!」

 

 ギリギリのところでかわしたために体制が悪かった。

 膝を着いてしまった村上は攻勢に出ることができず、シールドモードで副のアステロイドを受けきるしかなかった。

 

「これは、木虎隊が鈴鳴第一を分断! 一対一の勝負に持ち込んだようです」

「一対一の状態を作り、取れるほうから取っていく、という方針のようですね。絵馬隊員も丁度二人とも狙えるところに陣取っている」

「し、しかし、村上先輩に一対一とはまた無謀な!」

「たしかに。しかし副、いえ嵐山隊員はテレポーターを使って上手く立ち回りをみせていますね。こちらはどちらかというと村上隊員の足止め、といったところでしょうか」

「言われて見れば。嵐山隊員が村上隊員を釘付けにしている一方、来馬隊員と木虎隊員の撃ち合いはヒートアップ! 激しい争いが繰り広げられております!」

 

 副と村上がにらみ合う中。

 木虎と来馬の銃撃戦はより厳しさを増していった。

 

《来馬先輩! 鋼くんは足止めを受けています。合流は簡単ではありません》

「わかってるよ今ちゃん。でもこっちも余裕はなさそうだ!」

 

 曲がり角を曲がり、爆発した建物には目もくれず走る来馬。

 村上と合流するため元いた場所に戻るように、気づかれないよう一周する形で走る。

 だが走りながら銃撃戦を繰り広げるのは容易ではない。シールドで木虎のアステロイドを今は防いで入るものの、時折放たれるメテオラが次々と建物を壊し、射線を通すようにしている。

 

「不味いわね。やはり中々シールドを削りきれない。絵馬君、そこから来馬先輩を狙えそう?」

《時々姿が見えているけど、ちょっと塀が邪魔かも。確実に決めるには遮蔽物が多い》

「そう。ならまだ待機していて。確実な機会を待って!」

《了解》

 

 銃手では日々性能を上げているシールドを突破する事は難しい。

 わかっていたことだが、やはり実戦で痛感すると落ち込みそうになってしまう。

 ここで合流を許せば折角の分断策も無駄となる。

 そうなる前に急いでどちらかを仕留めなければと考え、木虎は副へ通信を繋げた。

 

「副君。そちらはどう?」

《木虎先輩ですか? 正直、手一杯ですよ!》

 

 用件だけ短く告げる副。

 声だけでも彼が中々厳しい状況に置かれていることが感じ取れる。

 現に副は今村上と一対一の中、精一杯村上の足止めをしようと踏ん張っていた。

 

「ふっ!」

「うぁっ!」

 

 横一線に振るわれる弧月。

 受身に入った副のスコーピオンが音を立てて砕け散った。

 返す刀をシールドで受けるが、シールドも耐え切れず、副の左腕の手先が飛んだ。

 

「ちぃっ!」

 

 消え去った左腕にはやすようにスコーピオンを展開。

 副が村上に斬りかかる。

 対して村上はレイガストのシールドを変形させ、溝を作る。スコーピオンはレイガストの溝に引っかかり、村上が引き寄せるとバランスを失い、地面に横たわった。

 

「あっ、のっ!」

 

 倒れてこちらを見上げる副に弧月を突き刺す。

 だが、貫いた感覚を覚えるより先に副の姿が目の前から消えた。

 

「上かっ!」

「うあっ!」

 

 レイガストを乱暴に振るうと空中にいた副を弾き返した。

 テレポーターを使って瞬間移動していたのだ。

 吹き飛ばされた副は受身を取って再びアサルトライフルを村上へ向ける。

 アステロイドが一斉に放たれた。

 またしても決定打を与えることができないまま、村上は時間を費やす事となった。

 

「村上隊員、嵐山隊員を削っていく! これはやはり攻撃手の間合いか! しかし、致命傷を与える事ができない!」

「テレポーターは距離が近いほど連続で使用する為に必要となる時間は短くなり、数秒もたてばすぐに使えます。トリオンは当然消費しますが、嵐山隊員はこの村上隊員を止めることに専念しているようですね」

 

 村上優勢だが、副が致命傷をさけるように戦っている為に倒すまでには至らない。

 おかげで来馬と合流することも出来ず倒す事もできず、村上は副との戦いで時間を使わされてしまっていた。

 

「ただ来馬隊員、遅れて木虎隊員もこの中央へと向かってくるのでは?」

「ええ。お互い遮蔽物の為に中々シールドを破れない銃撃戦は決着着かず。移動していた来馬隊員、木虎隊員もこの戦いに合流しそうです!」

 

 ここで唯我の指摘通り、この場を離れていた二人の隊長が中央に戻ってこようとしていた。

 木虎隊の分断により動いた戦況。ここで再び新たな試合展開を迎えることとなる。

 

《木虎ちゃん。このままだと来馬先輩が合流するほうが早いかも》

「はい。……副君。ごめん、来馬先輩は落とせないわ!」

《そのようですね。この後はどうしますか?》

「村上先輩と距離をとって。村上先輩と来馬先輩は合流させても構わない。その代わり二方向から挟み撃ちにして銃撃戦に挑みましょう」

《副、了解》

 

 直線状に村上と副の姿を捉えた木虎は次の戦略を立てた。

 銃撃戦ならばこちらが有利なのは変わりない。

 ならば今度こそ、しかも二方向から撃てば必ず敵の防御には隙が生じるはず。

 そう考えて木虎は口早に指示を飛ばした。

 

「悪いな、副」

「え?」

「ここまでだ。いつまでもお前に時間をとっているわけにはいかない」

 

 レイガストの(シールド)モードで副を突き飛ばす。

 副は慌てて反撃に移ろうとするが、その時、村上は彼に背を向けて走り出していた。

 

(合流するつもりか! でも!)

「アステロイド!」

「スラスター、ON(オン)

 

 アサルトライフルが火を噴く中、村上は振り向きもせずスラスターを起動。

 急加速のついた突撃によってアステロイドの猛攻から緊急離脱した。

 

(レイガストの加速オプション? まさか!)

「木虎先輩! 村上先輩がそっちに行きました!」

《見えているわよ!》

 

 木虎はシールドを展開したまま銃口だけを村上へと向けなおす。

 アステロイドを掃射。しかしレイガストの(シールド)モードに防がれる。

 さらに、村上は距離を詰めるとレイガストを(シールド)モードのまま木虎へ向けて投げつける。

 

「ッ!?」

(レイガストを捨てた!?)

「ぐっ!」

 

 形が歪に変形していた(シールド)が木虎を塀に縫い付けるように拘束する。

 木虎が身動きできない事を見て村上はさらに前進。一気にケリをつけようと弧月に力を込めた。

 

(そんな。でも、今なら(シールド)モードは使えない!)

 

 このままではやられてしまう。だがレイガストがなく弧月を展開している今なら村上の防御はない。

 木虎が動かせる右腕で照準を村上に定めて即座に発射。

 アステロイドは、村上の顔面の直前、突如現れたシールドに防がれた。

 

「ッ!?」

《シールド!!》

(これは来馬先輩の、シールド!? そんな!)

 

 命中する直前、来馬が展開したシールドが村上を守った。

 木虎の抵抗は村上に届く事無く、村上の弧月が振り上がる。

 

《テレポーター!》

 

 同じ頃。副がテレポーターを起動した。

 そして村上の弧月が振り下ろされる。真っ直ぐに木虎に向かう弧月。シールドを張るが防ぎきれないということはすでに副は証明済みだ。

 

「終わりだ」

 

 村上が終戦を宣告する。

 そして彼の弧月は標的の木虎を仕留めることはなく。その弧月を手にしていた右腕が切られて地面に落ちる。

 

「ッ!?」

「なっ!」

 

 驚く村上の目の前には副が現れていた。

 彼の左腕にはスコーピオンが展開されており、村上の右腕は突如現れたスコーピオンの上を通過。結果その刃に刈り取られる形で地面に転がっているのだ。

 

「副!」

(今なら!)

 

 これで村上の武器はなくなった。

 この好機を逃せば駄目だと判断して副はスコーピオンを村上へと向けた。

 一歩踏み込み、スコーピオンを振るう。村上はバックステップを踏んで直撃は避けたが彼の左腕までもが胴体から離れた。

 

「鋼!」

 

 戦局の変化を見ていたのは来馬も同じだ。

 村上が危機に陥ったのを見て来馬はアステロイドを連射。

 追撃に移ろうとしていた副の側面を突き、彼の体を貫いた。

 

「あっ!?」

(油断、した、でも!)

 

 来馬の手痛い反撃を受け、副のトリオン体に皹が入る。

 それでも、せめての置き土産に副もアサルトライフルを来馬に向け発射。

 来馬には当たらなかったものの、メテオラが彼の側面に建っていた建造物を一掃した。

 

「後は、任せ……」

『戦闘体、活動限界。ベイルアウト』

 

 ついに副のトリオン体が限界を迎えた。

 ランク戦の最後の瞬間までステージに立つことはできなかったが、この副の働きで戦局は大きく変化した。

 

「大丈夫だよ。今なら撃てる」

 

 射線が通った来馬の頭部を絵馬が狙撃。

 

「任されたわ!」

 

 両腕を失った村上を、木虎がトドメを刺した。

 

「ッ!」

『戦闘体、活動限界。ベイルアウト』

「してやられたか」

『戦闘体、活動限界。ベイルアウト』

 

 殆ど同時に来馬と村上はベイルアウト。

 木虎隊の二人だけが戦場に残り、このランク戦は終わりを迎えた。

 

「嵐山隊員に続き、来馬隊長、村上隊員も緊急脱出(ベイルアウト)! ここで試合終了! 決着です! 最終スコア、6対2対0。木虎隊の勝利です!」

 

       得点   生存点   合計

木虎隊     4     2     6

鈴鳴第一    2           2

間宮隊     0           0

 

 木虎隊、鈴鳴第一にとって初陣となったこの試合。

 生存点も含めて六得点を挙げた木虎隊が勝利を収めた。

 

「デビュー初戦で脅威の六得点! 木虎隊の実力は本物か!」

「副……」

 

 嵐山は弟のベイルアウトに一人肩を落としているが、初戦からルーキーとは思えない戦いぶりを目にして観客席は沸きあがっている。

 その頃、各隊の作戦室では最後まで生き残っていた木虎・絵馬の両名も戻って各々の健闘を讃えあっていた。

 

「すまない。鈴鳴の二人に捉まった」

「仕方ないよ。こっちだって木虎隊に撃破されちゃったもんね」

「次のランク戦で取り返そう」

 

 間宮隊は無得点という苦しいスタートとなってしまった。

 何としても二日目で立て直そうと三人は決意を新たにする。

 

「来馬先輩。すみません。詰めを誤りました」

「仕方ないよ。今回は殆ど知らない相手だったんだから」

「相手の手の打ち様を見れて鋼くんとしてはよかったんじゃない?」

「うん。まだランク戦初戦だ。二戦目以降、この反省を活かそう」

「はい」

 

 鈴鳴第一は謝罪する村上を来馬と今が宥めている。

 来馬達も木虎隊と同様にこれが初めてのランク戦となった。次は初の白星を挙げようと一致団結し、最後は笑みを浮べて解説を待った。

 

「ふぅ。一段落ね」

「木虎ちゃん、絵馬君お疲れ様」

「すみません。俺だけベイルアウトしちゃって。今なら村上先輩を落とせると思って突っ込んでしまいました」

「謝らないでよ。副のおかげで鈴鳴第一の守りを崩すことができたんだ。むしろ助かったよ」

「そうね。私も村上先輩にやられる寸前だったし。良いタイミングだったわ」

「……落ちたのに褒められるとかえって複雑です」

「まあまあ。皆初戦で得点を取れたし良い結果だったじゃない」

 

 木虎隊では唯一ベイルアウトする結果になってしまった副が頭を下げる。

 しかし彼の行動で戦局が大きく動いた事は間違いないのだ。木虎にいたっては彼のテレポーターによって助けられている。

 だから責めることはないと皆で励まし、三上の説得でこの話は締め括られた。

 

「それでは、この試合を振り返っていかがでしたか?」

 

 武富に話を振られ、嵐山がこのランク戦の総評を含む感想を語り始めた。

 

「今回のランク戦で大きなポイントは二つ。ランク戦開始直後に東西で起こった戦い。そして最後、村上隊員が木虎隊長を狙いに動いたところですね」

「木虎隊、そして鈴鳴第一が其々合流し、間宮隊と戦った点ですね」

「ええ。真っ先に狙われた嵐山隊員が凌ぎきり、村上隊員が連携して秦隊員を仕留めた。あそこで嵐山隊員が落とされるか、あるいは秦隊員が逃げ切れればその後の展開も大きく変わったでしょう」

「ランク戦開始してすぐに仕掛けるのは悪くないと思うがね。まあ、ルーキーとはいえ僕と競っていた彼らの実力は並大抵のものではない、ということだろう」

 

 嵐山が言うこの緒戦の重要ポイント。

 その一つ、西で起こった木虎隊と間宮・鯉沼の戦い。そして東で繰り広げられた鈴鳴第一と秦の戦いだ。

 ランク戦開始してすぐということでどのチームもまだ隊員が揃っていない段階。

 ここで強襲を仕掛けた間宮隊の判断は間違っていない。この時間帯を制した木虎隊と鈴鳴第一が序盤の流れを制したというだけだ。

 

「そしてもう一つは最後、木虎隊と鈴鳴第一の一騎打ちとなった場面。ここで村上隊員が嵐山隊員を放って木虎隊長を狙ったところだ」

「嵐山隊員と村上隊員の対決では村上隊員が優勢に見えましたが、木虎隊長へと狙いを変えたことで戦局は変わりました。村上隊員の行動が、この勝敗に結びついた、ということでしょうか?」

「いや、それはあくまでも結果論だ」

 

 武富が村上の行動に少し厳しい意見を示すと、嵐山は即座に彼女の発言を否定する。

 

「あのままだと鈴鳴第一は南北から挟み撃ちにあうところだった。早い遅いの違いこそあれ、各個撃破しようとした作戦は合理的だ。作戦で言えば鈴鳴第一が勝ってもおかしくなかった。ただその作戦が外れた中、嵐山隊員が独断で動いて戦局を変えた。土壇場で引っくり返された、ということだろう」

「事実、村上先輩は木虎隊長を完全に封じ込めていましたからね。来馬先輩のフォローがあったとはいえ、あのままでは鈴鳴第一が木虎隊長を落とし、そして残った二人を仕留めていく可能性すらあった」

「ですが今回は嵐山隊員が最終的に落とされてしまったものの、残った絵馬隊員、木虎隊長がそれぞれ一点を捥ぎ取りました。不意をつかれたあとの立て直しが功を制したと言えるでしょう」

 

 どちらのチームにも勝機はあった。

 ただ鈴鳴第一が作戦の裏をかき、あるいは先に一人を落とした後で不意をついた中。

 動揺を少なく、すぐに立ち直った木虎隊が勝利を収めた。

 今回の作戦の良し悪しを結果だけで語るのではない。どちらも上手く立ち振る舞う中、木虎隊が上手だったというだけのことだ。

 

「この試合が初のランク戦であった木虎隊、鈴鳴第一にとっては特に大きな戦いであったでしょう。次はより白熱した戦いが見られるかもしれませんね」

「ああ。一戦交えれば心持も変わる。次戦以降、さらによい動きを見せてくれると期待している」

「さて、今回六得点を挙げた木虎隊は夜の部の試合結果にもよりますが、B級中位グループ入りの可能性が高いでしょう。部隊ごとの戦術が統率されているチームとの戦い。次の試合にも期待がかかります。それでは嵐山さん、唯我さん。解説ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「ああ。次も呼んでくれても構わないよ?」

 

 武富の言葉で締め括られ、B級ランク戦初日昼の部は終了した。

 初のランク戦で六得点を上げた木虎隊。翌日のランク戦でB級中位グループと当たる事が予想される。

 どのチームも各々の戦力に適した戦術で戦っているチーム。そんなチームと戦うときにこそ真価が問われるだろう。

 B級に参戦した新生チーム。果たして何処まで勝ちあがれるのか。周囲の期待は高まっていく。



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嵐山准①

 B級ランク戦の昼の部を終えて。

 木虎隊は初戦で快勝を納めたことに満足し、笑顔を浮べて作戦室を後にした。

 

「お! いた、副!」

「おつかれさん」

「久しぶりね」

「兄ちゃん! 迅さん、桐絵さんまで!」

 

 するとラウンジへと向かう途中で嵐山、迅、小南の三人と鉢合わせた。

 

「ランク戦見てたぞ。打ち抜かれた時は心配したけどな」

「俺もやられるとは思ってなかったから。……あ、それより紹介しないと。こちらは俺のチームメイトで、木虎隊の隊員」

「木虎です。よろしくお願いします」

「……絵馬ユズル」

「オペレーターの三上歌歩です。はじめまして」

 

 兄、嵐山と談笑をかわす仲、初対面である仲間の存在を思い出し、副は視線を他の木虎隊の三人へと移した。

 副の視線の意味を理解して三人はそれぞれ自己紹介をはじめる。

 

「こちらこそ。俺は副の兄で嵐山准だ」

「どうも。エリートの迅悠一です。よろしく」

「小南桐絵よ。私の弟子が世話になってるわね」

 

 三人の挨拶を受け、嵐山達も自己紹介に答えた。

 

「弟子、ということは副君の師匠ということですか?」

「そうよ。ボーダーに入る前に、トリガーの基本を叩き込んだの」

「……あまり思い出したくはないので細かい事は置いといて。ランク戦、見に来てくれたんですか?」

 

 千回にも及んだ切り裂かれる光景。蘇る悪夢に冷や汗を流し、副は話題を変えようと話を振った。

 嵐山は本部所属だが、迅と小南の二人は玉狛支部所属のボーダーだ。普段はこのボーダー本部に顔を出すということは早々ない。特に彼らはトリガーの規格が違うためにランク戦に参加するということもないから尚更だ。

 当然の疑問に迅が爽やかな表情を浮かべて答える。

 

「嵐山から弟君のチームの初陣ということを聞いていたからね。ちょっと面白そうだったし」

 

 他愛もない会話をこなす副達。

 しかし今初めてこの三人と出会った木虎達は、改めて副の交友が深いということを思い知り、驚いている。

 

《普通に話しているけれど、この三人って相当の大物よね?》

《……ボーダーの顔、ボーダーに二人しかいないS級隊員の一人、ボーダー最強チームのエース。この三人とかなり親交がある人なんてそうそういないよ》

《私達が思っている以上に副君って顔が広いのかもね》

 

 相手に聞かれないよう内部通信で会話をする三人。

 今ここにいる三人はボーダーなら知らぬ者はいないほど有名な人物だ。

 そんな彼らとこのように笑って話せるとは。副の知らないところで木虎達はチームメイトの評価を大幅に上昇させていた。

 

「ただ副。あんた私が鍛えたんだから一対一の場面くらい勝ちなさい。あそこで勝ってたらもっと後の展開が楽になっていたのに」

「無茶言わないでくださいよ。俺結構頑張っていましたよ?」

「一点で終わったので満足してちゃ駄目よ。……ちょっと緩んでいるんじゃない? 丁度いいわ。せっかく私が来たんだし、また鍛えてあげるわよ」

「え゛」

 

 予想もしていなかった突然の誘いに副の表情が凍り付く。

 今でも小南との1000人切り(切られるほう)は中々心に染み付いて離れないのだ。ある種の性癖を持つものならば喜ぶかもしれないが、副はノーマルだ。そのような性癖はない。

 できれば貴重な体験は一度でいい。経験だけ体に染み付かせて記憶から抹消したい。

 それなのに。今再びあの悪夢を再現しようというのか。

 副の頬を走る汗は止まらない。

 

「いや、さすがに、そんな。ランク戦終えたばかりだし」

「トリオン体だから疲れてないでしょ」

「……ほら! たしか桐絵さんって本部とは違う規格のトリガーを使ってるいんですよね? 確かランク戦には参加していないと聞きましたけど? せっかくですけど」

「その心配なら問題ないぞ、弟君。確かにポイント変動性のランク戦に参加することは不可能だが、ポイントが変動しないフリーの練習試合ならできるんだ」

(迅さーん!!!!)

 

 お断りしようとして、迅までもが退路を封じ、副は逃げ道を失った。

 

「よっし。それじゃあ対戦ブースへ行くわよ」

「…………はい」

 

 小南に引きずられる形で副はC級のブースへと一足先に向かっていく。

 変わった師弟関係の会話を呆然と聞いていた木虎はようやく我に返り、二人に質問を投げかけた。

 

「良いんですか? 行ってしまいましたけど」

「ああ。副の指導については桐絵にお願いしていたからな。入隊前にもしっかり教えてくれていたようだし、心配はしていない」

「ま、弟君も上手く技術を吸収するだろ。ちょっとへこむだけですぐ戻るさ」

「はあ」

 

 彼のことは木虎達よりも知っている素振りだ。よほど小南のことを信頼しているのだろう。そう言われてしまえば師匠の方針に任せようと木虎はそれ以上の詮索はしなかった。

 

(副も師匠がA級隊員。それであれだけ動きなれた様子だったのか)

 

 会話を聞いた絵馬は副のこれまでの訓練を思い出し、納得したように頷いた。

 元々副は嵐山の弟という注目を集めていたが、それでもそこからB級へ上がっていったのは彼の実力によるものだ。しかも、慣れた方が効率はよくなるという銃手トリガーを上手く使いこなしていた。

 それも小南が師匠で入隊前から厳しい指導を受けていたのならば納得がいく。

 絵馬も入隊時の初期ポイントや師匠については似たような環境だ。こんなところにも共通点があったのだなと、何故か可笑しくなって小さく笑みを零した。

 

「ところで、皆に聞きたいことがあるんだけど」

「何ですか?」

「隊での副の様子はどうだ? あまり話は聞けてないけれど、上手くやれているかな?」

 

 そう聞いている嵐山の表情は不安半分期待半分のようだった。

 彼もボーダーとしての仕事が忙しく、副も正隊員になってからは防衛任務に就くことになった為に落ち着いて話す機会も少ないのだろう。あるいは本人がこういったことは正直に話しにくいことなのか。兄を意識してあまり話したくないのか。理由は様々考えられる。

 

「本当によく頑張っていると思いますよ。同期の方を中心に話もしているそうですし、元々このチームを作ったのも彼でしたから」

「ん? 弟君がチームを作った? あれ、たしか君たちの隊の隊長って」

「私です」

「だよねぇ」

 

 三上の説明に疑問を懐いた迅が問い返すと、やはり彼の予想通り気虎が返事をした。

 てっきり副は隊長である木虎に勧誘されたと考えていたのだが。考えが外れて迅は首を傾げる。

 

「私も疑問を覚えましたが、最年長の戦闘員が隊長を務めたほうが良いと言われまして」

「ですが皆に声をかけてくれたということは間違いありません」

「へえ。弟君が」

(……なるほど。既存のチームに入らなかったのはそういうことか)

 

 迅はチラッと一瞬だけ嵐山に向けて、すぐに戻した。

 今の一連の会話で副の真意を理解したのだ。

 彼が新しいチームを作ったのは、自らの力で上に上がっていくということを示すため。そしてその為には何も隊長である必要はない。いや、下手すれば隊長ではない方がよいと考えたのかもしれない。兄である嵐山が隊長としてチームを率いている今、その兄とは違う形で成果を示したかった。だから木虎に隊長を依頼したのかもしれないと。

 

「そっか。副もうまく馴染めているようで何よりだ」

 

 嵐山は頬を緩めて安堵の息を零す。

 やはり弟のことは気がかりだったのだろう。元々彼のボーダー入りを反対していたのだ。上手くやれているのだろうか、周囲とコミュニケーションをかわしているのだろうかと不安は尽きなかったに違いない。嵐山准とはそういう男だ。

 不安が消えたことで安心した嵐山は改まって三人へ口を開いた。

 

「副のこと、よろしく頼むよ。俺の大切な弟なんだ。君たちも何かあったら俺に相談してくれていい」

「俺もよければ相談くらい乗るよ。ま、まだランク戦初戦を終えたばかりだから何がわからないかがわからないだろうけど。思い出したら聞いてくれ」

「ありがとうございます」

「……どうも」

「よろしくお願いします!」

「ああ。――それじゃ、桐絵達を追って俺達も移動するか」

「小南があまり痛めつけすぎてなければいいけどな」

 

 木虎達にとっては大切なチームメイト。この三人を集め、チーム成立に最も貢献した立役者だ。これからも仲良くやっていくということに何の不満もない。

 提案に皆喜んで頷き、今後も良い関係を築いていくことを約束した。

 その言葉で締め括り、五人も先にC級ランク戦ブースへと向かった小南達を追う。

 そして、C級のブースの到着した五人。

 

「うわっ」

「うそ」

「うーむ。清々しい負けっぷりだなー」

 

巨大なパネルに表示されているスコアをみた瞬間。

木虎や三上は言葉を失い、その場に立ち尽くし。

結果がわかっていた迅は感心して何度も頷いていた。

 

 嵐山 ××××××××××××××××××××××××××××××

 小南 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 練習試合を三十戦行った結果。

 結局副は一本も小南から取る事ができず、三十回の黒星を重ねていた。

 

「ん、んっ。スッキリした」

「……桐絵さん。本来の目的を忘れていませんよね?」

 

 何故か練習試合をする前よりもすっきりしたような顔つきの小南をみた副が愚痴を零す。

 何度も何度も切り裂かれたのだ。彼の不満は最もである。

小南は「そんなことないでしょ」と返すが、真偽は不明のままだ。

 

「うーむ。正規のトリガーを使うようになって、それなりに戦えるようになったと思ったんだけどな。まだ一回も勝てないか」

「ふっふーん。そう簡単に白星を与えるほど優しくはないわ。日々精進しなさい」

「はい、師匠」

 

 お互いそれほどこの大差のついた試合結果については長く引きずらないようだ。

 副にとってはせめて一本でも取りたいところであったが、そこはボーダーの中でも歴戦の猛者・小南。そう簡単に勝利を譲ることはしない。愛弟子が相手だとしても手加減は一歳しなかった。

 そんな二人のやり取りを目にして、絵馬は信じられずに一人呟いた。

 

「副が一本も取れずに連敗。さすがA級」

「あの、まさか入隊前からこんな練習を続けていたんですか?」

 

 三上が半信半疑で嵐山に問うと、彼は静かに頷く。

 

「聞いた話だとそうらしい。何でも戦うときには一日に百回以上は戦っていたそうだ」

「俺もその場にはいなかったけど後で小南から話聞いたな。入隊までの期間で合計千回は戦ったとか」

「千回!?」

 

 信じられない数字が迅の口から飛び出し、木虎は声を荒げた。

 いくらトリオン体では疲労しないとはいえ普通なら短期間にそれほどの回数をこなそうとはしない。それを副はやっていたというのか。

 木虎はゆっくりとこちらに向かいながら小南と談笑をしている副の姿を凝視する。

 

「……ん? 木虎先輩どうしました?」

「あ、いえ」

「すみませんね。みっともない姿を晒してしまって」

 

 何か勘違いしたのだろう。頭を下げる副を宥め、落ち着かせた。おそらく木虎が挑んだとしても同じ結果になっていた。それなのに彼を責めることができるはずもない。

 

「とにかく副。あんた一対一の時に攻守の切り替えを早くね。今日のランク戦だってシールドを張ってれば無事だったかもしれないんだから」

「耳が痛いです。肝に銘じておきます。……それで、兄ちゃん達はこの後は?」

 

 とりあえず小南との練習試合を終えた副は、予定を聞いていなかった三人へ問いかける。

 

「俺は今日のランク戦で解説した分の仕事が溜まっているんだ。作戦室に戻って仕事だ」

「俺はこの後防衛任務。夜には終わるだろうからまた顔出そうかな」

「私は空いているわ。ちょっと時間を潰して久々に夜のランク戦もみるつもり」

 

 嵐山は事務作業、迅は防衛任務、小南はフリーと三者三様の答えが返ってきた。

 木虎隊も今日はシフトが入っていない。この後に行われる夜の部のランク戦も観戦するつもりであった。

 

「木虎先輩。俺達も夜のランク戦は見ますよね?」

「ええ。よかったらご一緒しませんか?」

「そ? ありがと。お言葉に甘えるわね」

「じゃ、俺は一足先に戻ろうかな。話しが出来てよかったよ。じゃあな」

「同じく防衛任務に行って来る。頑張れよ、若者達」

 

 ランク戦観戦について小南を誘い、仕事がある嵐山と迅とはその場で別れた。

 

「俺達はどうする?」

「一度小南さんと一緒に作戦室に戻りましょうか? 今日はランク戦があるということでラウンジも混んでいるようですけど」

「……そうね。他隊のランク戦のログを見直したいとも思っていたから丁度いいかも」

「それならあたしがやり方教えてあげるわ」

「お願いします。機器の操作などまだ慣れないところもあるので」

 

 残った五人は混雑したラウンジにこれ以上いるのはよくないと判断し、副の提案に沿って来た道を戻っていく。

 そして作戦室へと向かう途中。

 今度は先ほど見かけたばかりの懐かしい顔ぶれと遭遇した。

 

「うわっ。木虎隊!」

「ん、木虎達か」

「村上先輩!」

「太一先輩も!」

 

 反対側から歩いてきたのは鈴鳴第一の面々。太一、村上、来馬、今の四人だった。

 

「鋼君、たしか二人の同期だっけ?」

「ああ。この前話した隊員だ」

「そっか。さっき戦ったけれど改めて。鈴鳴第一の来馬だ、よろしく」

「同じくオペレーターの今です」

「はじめまして」

「村上先輩にはいつもお世話になっています」

 

 まだランク戦以外では会話をしていなかった二人が皆に名前を告げる。

 木虎達も二人に習って会釈をした。

 

「鈴鳴第一は、今まで試合の振り返りを?」

「うん。今日の試合を見返していたんだ」

「太一も一緒にね。あの時は一緒に見れなかったから、今度はみんなで一緒にと思って」

「そうでしたか」

 

 木虎隊と鈴鳴第一が時間を置いて作戦室の出入りですれ違ったのは、彼らがランク戦後も作戦室で試合を振り返っていたためだった。

 元々鈴鳴第一は太一も加わる予定の戦闘員三人態勢が理想像だ。

 その時に備えて今のうちからチームの理解を深めておきたいと考えていたのだろう。

 

「村上先輩、弧月だけではなくレイガストまで使うようになったんですね。ランク戦で聞いた時はビックリしましたよ」

「お前もテレポーターを使いこなしているとは知らなかったぞ。おかげで手痛い目にあった」

「と言っても、一対一ではまだまだ敵わなさそうですけどね」

「まあまあ。二人ともデビュー戦で凄い動きだったよ」

「でも、副を落としたのはそういう来馬先輩ですけどね!」

「ぐっ」

「うっ」

「太一、あんたは黙ってなさい……!」

 

 余計な発言をかます太一の頭を今が小突く。

 正隊員に昇格してからは訓練生の時よりも時間を共にする時間は減ったものの、村上や副達の関係は変わらないようであった。

 

「俺達はラウンジへ行くつもりだが、そっちは?」

「私達は作戦室に戻って他の隊のログを見ようと。夜のランク戦の観戦もするつもりです」

「こっちも夜のランク戦はみるつもりだ。それならまた会場で会えそうだね」

「ええ。それでは、また後で」

 

 お互い夜のランク戦を観戦することを確認し、彼らは別れた。

 

 

――――

 

 

 その後、夜を迎えたボーダー本部。

 B級ランク戦初日昼の部、中位グループの戦いが繰り広げられていた。

 この試合に参加しているのは諏訪隊、香取隊、東隊の三チーム。ステージは市街地Cだ。

 すでに諏訪隊の笹森、香取隊の三浦が落とされ、東隊と香取隊にそれぞれ一点が記録されている。

 

「これは東隊が有利か」

「……狙撃手(スナイパー)は東隊長のみ。高台を抑えた以上、優位は中々覆らないでしょうね」

 

 村上の言葉に木虎が頷く。MAP選択権で狙撃手(スナイパー)有利なステージを選んだ東隊がそのままランク戦を優位に進めていた。

狙撃手(スナイパー)・東が備えている中ではまともに戦うことも難しい。しかし高台を奪い返そうとすると東隊の二人が邪魔をし、その間に東の狙撃が入る。

 

「諏訪隊・香取隊はまず邪魔な東隊の二人を片付けたいところでしょうけど……」

攻撃手(アタッカー)の連携では東隊の方が上。得意な銃撃戦に持ち込みたいけど狙撃を警戒してあまり大きく距離を取れずにいる」

 

 太一の言葉を引き継いだのは絵馬だった。やはり狙撃手(スナイパー)の力は狙撃手(スナイパー)が誰よりも理解している。それほど東の狙撃は脅威だった。

 痺れを切らした香取が動く。

 有る程度のリスクは仕方がないとして東隊から離れ、同時に諏訪隊を狙えるような位置を狙って坂を上っていき――東の狙撃に頭を撃ちぬかれた。

 

「……命中(ヒット)

「狙撃怖いな」

「マップの選択がそのまま勝利に繋がっている。この東さんを止めることは容易ではないわね」

 

 三上がそう言うと全員が揃って頷いた。

 高い場所から一方的に急所を狙われる恐怖。これは戦いたくない相手であろう。

 その後、ひとりとなった若村は諏訪隊の集中砲火の前にベイルアウトを余儀なくされ。

 堤が東隊の攻撃手(アタッカー)の連携に捉まり落とされると、諏訪が意地で攻撃手(アタッカー)を一人落とすが直後東に狙撃される。

 結果、6対2対1で東隊が勝利を収めた。

 

「うーん。スナイパーのいるチームがこういうマップを選択するとこんな展開になってしまうのか」

「B級に狙撃手(スナイパー)が複数いるチームもあります。そういうチームはまず市街地Cを選択するでしょうから、注意は必要になりますね」

 

 誰もが危険視する事は同じだ。この試合を見て狙撃手(スナイパー)の脅威は嫌と言うほど思い知った。これから先戦う事もあるだろうが、その前に今日の一戦を見ることができてよかったと思いを巡らす。

 その後解説の総まとめも終えるとランク戦は終了。

 来馬達と別れ、木虎達は作戦室へと戻った。

 

「あっ! 更新された。次の対戦相手、B級ランク戦round2の組み合わせが発表されたよ!」

 

 三上が端末を操作していると、ようやくランク戦の集計が終わり、二日目の組み合わせが発表されたところを発見した。

 彼女の発言に釣られて皆三上の下へと集結する。

 B級ランク戦二日目の昼の部、三つ巴の中に木虎隊の名前が刻まれていた。

 

「うちは今日のランク戦で十九位から十五位に上昇。二日目の組み合わせは……十二位の那須隊! そして、十六位の荒船隊!」

 

 B級ランク戦二日目、夜の部。

 B級暫定十二位 那須隊、B級暫定十五位 木虎隊、B級暫定十六位 荒船隊。

 四日後に行われる三つ巴に参加するチームが出揃った。

 

「那須隊、そして荒船隊!」

「……たしか荒船隊って」

狙撃手(スナイパー)が二人いるチームだよ」

「しかも、今回のマップ選択権は一番下位にあたる荒船隊が持つから、間違いなく」

「市街地Cが、戦場になるでしょうね」

 

 よりにもよって、狙撃手(スナイパー)の威力を思い知らされたその直後に。

 木虎隊はその狙撃手(スナイパー)を二人も要する荒船隊がマップ選択権を持つランク戦に臨むことを余儀なくされたのだった。

 




迅「そろそろ何か悪がくるな。俺のサイドエフェクトがそういってる」


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木虎隊②

 タブレット端末に映し出されているのは前シーズンに開催されたB級ランク戦のデータだ。

 荒船隊の隊長・荒船が最前線で弧月を振るい、スナイパーの穂刈が彼をカバーしながら半崎と共に相手隊員を狙撃する。

 その狙いは文字通り正確無比。

 標準を定めた隊員の腕を打ち抜いて攻撃の手段をなくし。足を打ち抜いて機動力を殺し。あるいは直接点を取りに行く事もあった。頭や心臓、トリオン供給器官といったトリオン体の急所を銃弾が貫いていく。

 一瞬でも隙を見せれば二人の狙撃手(スナイパー)は引き金を引く。わずかな油断はそのまま命取りとなり、敵はあっという間にベイルアウトへ追い込まれていった。

 

「……改めて狙撃手(スナイパー)って怖いと思う」

「荒船隊は隊長以外の二人が狙撃手(スナイパー)と長距離戦に長けたチーム。今日の間宮隊、鈴鳴第一とは全く違った試合になると考えた方がいいかもね」

 

 苦言を呈する副に三上が補足を入れる。

 今日のランク戦初戦では木虎隊のみが狙撃手(スナイパー)を有していた為に木虎達は狙撃に対しては完全な無警戒であった。目の前の相手との戦いだけに専念することができた。

 だが水曜日の二戦目は話が違う。長距離狙撃に長けたチームとの対決。警戒せずに彼らの狙撃から逃げ切ることはまず不可能だろう。

 かといって狙撃にばかり気を取られていてはエース攻撃手(アタッカー)の荒船の餌食となる。

 木虎隊に純粋な攻撃手(アタッカー)はいない。副がサブトリガーでスコーピオンを多少は扱えるものの、スコーピオンは本来奇襲向けに作られた武器だ。真っ向からの切りあいならば基本性能で勝る弧月に分がある。近距離戦闘においても荒船が経験豊富で有る以上、苦戦は免れないだろう。

 

「何も荒船隊だけに限った話ではないわ。水曜のB級中位グループはボーダーにそれなりに長く在籍しているし、各部隊特有の戦術を持ってる。よりハイレベルの戦いになるわよ」

 

 そう冷静に語るのはボーダーに長く在籍している小南だ。

 B級中位以上のチームはどの隊も確固たる戦術概念の元、連携を武器にランク戦を戦っている。荒船隊ならば狙撃。どの隊にも負けることはない、各隊が持つ得意戦術だ。

 彼らと戦う以上、その戦術に対応するだけの策と彼らと同様の戦術を持って立ち向かわなければならないということは今さら語るまでもない。

 

「そしてもう一つ。鈴鳴第一に点を取るエースがいたように各部隊にはそこそこまあまあな実力を持つ隊員がいるわ」

(そこそこまあまあ?)

「荒船隊の荒船隊長のことですよね」

「そっ。それに那須隊の玲もね」

「玲?」

 

 あまり実力のことがわからないような表現に首をかしげながら、それよりも小南の口から親しげな呼び名が飛び出したことに疑問を懐き、副は言葉を返した。

 

「那須隊の隊長よ。私、玲と同じお嬢様学校に通っていてクラスメイトなの」

「へー、そうなんですか」

(お嬢様学校。桐絵さんが……)

「ブフッ!」

 

 小南がお嬢様学校に通っているという情報の元、副は脳内で彼女の学校内での様子を想像し、思わず噴出してしまった。ひょっとしたら防衛隊員という情報を隠し、オペレーターとして働いているのだと猫を被っているのかもしれない。そう考えると笑いを堪える事はできなかった。

 

「ん。副、どうしたの?」

「い、いやっ。なんでも、ないっ」

 

 心配そうに顔を覗き込む絵馬。大丈夫だと表情を戻し、再び会話の中へと戻っていく。

 

「それじゃあ小南先輩はその那須隊長のことはよく知っているのですね」

「まあ、ね。といっても、玲は病気がちであまり学校に来る回数は少ないけれど」

「そうなんですか」

「……ん? 女性の隊長? 病気がち? あれ、何かどこかで聞いた覚えがあるような」

 

 話題の中心、那須に関する幾つものキーワードを耳にして何かが頭の中で引っかかる。

 副は必死に記憶を呼び起こそうと試みるが果たして何処でその話を聞いたのか。中々彼女の情報を掘り起こす事ができなかった。

 

「玲のポジションは射手(シューター)個人(ソロ)ポイントも中々高いし、ランク戦ではトリオン体になったおかげか自由自在に動き回って相手を撃ち抜くわよ」

射手(シューター)! 思い出した! 蜂の巣女性隊長!」

「……蜂の巣?」

 

 そして彼女のポジションを聞いて、ようやく記憶が呼び起こされた。木虎達が首を傾げる中、副はかつて時枝達、嵐山隊の面々と話した時のことを思い出した。

『生身の身体の感覚がトリオン体の動きの元になるから重要だけど、身体能力そのものは関係ないんだ』

『現に普段は体が弱いけど、トリオン体になったら敵をどんどん蜂の巣にするような女性隊長もいるぜ?』

 あれは那須のことを指していたのだ。

 あの時は話を聞いただけでどんな存在なのか想像も出来ずぞっとした。今、その隊長の対と相対するとなって彼の身に緊張が走る。

 

「那須隊のランク戦データもあるので、見てみようか」

 

 三上はそういって端末を操作しはじめた。

 待つこと十数秒ほど。画面が入れ替わり、今度は那須隊が参戦したランク戦の映像が映し出される。

 こちらは先ほどの荒船隊とは真逆であった。攻撃手(アタッカー)の熊谷は前線で防御をメインに近距離を仕掛ける相手を迎撃。熊谷が相手の攻撃を上手くいなすとその間に離れた距離から那須の射撃が雨のように降り注いだ。彼女の猛攻はすさまじく、並大抵の防御では防ぎきれない。さらに狙撃手(スナイパー)の日浦も時には狙撃を仕掛け相手の反撃を許さない。

 

「中距離の火力メインのチームね」

「俺と木虎先輩が組んでの打ち合いなら勝てないこともないか? いやでも熊谷先輩の防御硬そうだしなー」

「それに、この那須先輩は弾道を自由自在に操っている。多分バイパーだろうね。真っ向からの打ち合いならまだしも、障害物を利用するとなると相手が有利だよ」

 

 エースの那須は中距離からの撃ちあいに秀でている。ならばこちらも銃手(ガンナー)二人の連携で火力を活かして押し切る、という考えはそう上手くはいかない。那須は自分で弾道を自在に設定、発射するというバイパーがメインの武器。そのため直線での撃ちあいならまだしも、建物が多いステージでは那須の方が有利となる。開けた場所に出て距離を離せれば可能性はあるが熊谷達の援護もある。相手も考えていることだろう。

 

「ま、その辺りは自分達で色々考えてみなさい。チームごとに特色があるんだから、自分達のやり方を試行錯誤してみるといいわ」

「……はい」

「それじゃ、私はこの辺りで」

「お疲れ様です」

「桐絵さん、ありがとうございました!」

 

 最後に、後輩たちに声援を送って小南は木虎隊の作戦室を後にした。

 

(那須隊、木虎隊、荒船隊の三つ巴か)

 

 彼女も少し複雑な心境だった。那須はクラスメイトであるし、副は従弟であり弟子のような存在。よく見知った相手達が戦うのだから仕方がないことだ。

 

「ま、精々頑張りなさいよ」

 

 それでもやはり鍛えた師匠としては弟子の方を応援してあげたいというのが性だ。

 誰もいない廊下で今一度木虎隊の面々に声援を送って小南はボーダー本部を去っていった。

 一方、小南がいなくなった木虎隊の作戦室ではその後も次のランク戦に向けた話し合いが続いている。

 

「那須隊長の位置取りは私が皆に適宜知らせるね。状況に応じて戦闘距離も変えていった方がいいかも」

「そうですね。いざという時は俺のテレポーターで切り替えることも出来るでしょうし、しばらくは普通に連携の確認をしていきましょうか?」

 

 そう副が皆に伝えてチームの認識を一つにしようとした時。

 

「……いや、待って」

 

 絵馬が静かに口を開く。

 

「その前に副に、皆に言っておいたほうが言いと思って」

「ユズル? 何かあった?」

「次は狙撃戦に長けた荒船隊もいる。狙撃手(スナイパー)の意見は大歓迎よ」

 

 皆の了承を得て、絵馬はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「さっき副が言っていたテレポーターの事だけど。……次のランク戦は、多分使えないと思う」

 

 そして彼は先ほどの副の考えを否定する。

 絵馬が狙撃手(スナイパー)であるからこそ、誰よりも副の使用するテレポーターの弱点を理解していたのだ。狙撃手(スナイパー)が狙う、確実な隙が出来るタイミングを。

 

 

――――

 

 

「くしゅん!」

「大丈夫、玲? まだ体調が悪い?」

「鼻かみますか?」

「ううん。大丈夫よ。くまちゃん、茜ちゃん、ありがとう」

 

 場所が変わって那須邸。

 那須隊の隊長である那須の自宅に、隊員である那須と熊谷、日浦が集まっていた。

 B級暫定十二位、那須隊射手(シューター) 那須玲

 B級暫定十二位、那須隊攻撃手(アタッカー) 熊谷友子

 B級暫定十二位、那須隊狙撃手(スナイパー) 日浦茜

 突然のくしゃみに気を使う熊谷と日浦。那須は気全に振舞って自分の快調をアピールした。まさか彼女に関する変な噂話をされているとは思ってもいなかった。

 

「無理はしないでね。玲に何かあったらランク戦どころじゃないんだから」

「ええ。わかってるわ」

 

 念を押されて、那須は深く頷いた。

 那須はこの隊の隊長でありエースでもある貴重な存在だ。元々体はそれほど強くないのだから小さな気がかりでも見逃すわけにはいかない。

 無理をしないように。無理をさせないように。那須隊の全員が持つ共通意識である。

 

『それで、これが今日のランク戦。木虎隊のデータですね』

 

 話を戻し、全員が手にしているノートパソコンや端末タブレットに今日の木虎隊が戦ったランク戦の映像が映し出される。その横にはオペレーターである志岐の顔に良く似たアイコンが表示されている。彼女はボイスチャットを利用してこの会議に参加しているのだ。

 B級暫定十二位、那須隊オペレーター 志岐小夜子

 

「木虎隊の隊員は全員がランク戦初戦。データがなかったから初戦で当たらなくてよかったよ」

「でもその初陣で四得点。生存点も含めて六得点なんて凄いですね」

『この鈴鳴第一の村上先輩もかなりの腕前みたいだし。村上先輩を落としての勝利って中々難しいと想いますよ』

「……そうね。皆伸び伸びと戦っていると思う」

 

 初めてみた木虎隊の戦いを見て、四人は皆口をそろえて褒めている。

 C級のランク戦と仕様の異なる集団戦、B級ランク戦。その初戦で三つ巴を勝ち抜くということは誰にもできることではない。しかも木虎隊は皆昇格したばかりだ。

 ルーキーといえど侮る事はできない。むしろデータが少ない分よっぽど厄介な存在だった。

 

「嵐山君が状況を動かして絵馬君、木虎さんが点を取る、という感じでしょうか?」

「そうみたいね。出だしも彼が一人落としたところから始まっているし、最後もテレポーターで鈴鳴第一の二人を崩してるから」

『スコーピオンで接近戦もカバーできる【崩し役】ってことですね。攻撃手(アタッカー)不在とはいえ、ハンドガンを持つ木虎さんも素早いのでそう簡単には踏み込めないかも』

「でも今回は使ってこない。――いえ、使えないはずよ」

 

 だが、やはり木虎隊よりも多くの期間ランク戦を戦い抜いてきた那須は冷静だった。

 相手の力を脅威だと認識しつつ、冷静に戦力を分析。その上で次の試合、副の力は恐れる必要はないと断言した。

 

「荒船先輩もいるから近距離での乱戦なら彼は確実に落とせるわ」

「……確かにね。そうなると、やっぱり問題は狙撃手(スナイパー)が多い荒船隊か」

『間違いなく市街地Cを選択するでしょうから、転送後すぐに高台を占拠。その上で二人を引きずり出さないと難しそうですね』

「でも待ちに入られると厄介ですよね。今回は時間切れも頭の中に置いといた方がいいかもしれません」

「そうだね」

 

 一方、荒船隊の対策となるとそう上手い案は簡単には思いつかない。

 熟練の狙撃手(スナイパー)二人という尖った編成のチームだ。潜伏に専念されたら位置を探す事も困難。下手すれば捜索しようと動き出したところを狙い撃ちされる

危険性も出てくる。

 不利な状況下ではあまり無理な戦いはしないようにと全員に促して、その後は他愛もない会話をして那須隊の夜は明けていった。

 

 

――――

 

 

 一方、ボーダー本部基地の一室。荒船隊作戦室では。

 荒船隊の面々が勢ぞろいしてこちらも木虎隊のランク戦を見返していた。

 

「すげえな。狙撃手(スナイパー)が初陣で二得点か」

「俺こいつのこと何回か狙撃手(スナイパー)訓練で見ましたよ。多分本気じゃなかったでしょうけど、的に絵を描くように撃ってました」

「こいつも木虎隊の得点源と判断して間違いないな」

 

 B級暫定十六位、荒船隊攻撃手(アタッカー) 荒船哲次

 B級暫定十六位、荒船隊狙撃手(スナイパー) 穂刈篤

 B級暫定十六位、荒船隊狙撃手(スナイパー) 半崎義人

 やはり狙撃手(スナイパー)が多いチームのためか、彼らの視線は木虎隊の狙撃手(スナイパー)である絵馬に集中している。

 絵馬は初戦で来馬と同じく二得点を挙げて隊の最多得点を挙げている。狙った相手を確実にしとめている凄腕を見せ付けていた。彼らが注目するのは必然であった。

 

「現れたか。狙撃手(スナイパー)界に新たな新星が」

「市街地Cを選んだらこいつも絶対点を取りそうですよね。那須隊とか先に落とされたらダルそう」

「そう簡単には撃ってこないだろ。何せうちだけが狙撃手(スナイパー)二人だ。容易に撃てば自分が狙われることくらいはわかってる。転送直後に一人だけ優位な位置を取らないとそう簡単には撃たないはずだ」

「……それもそうすね」

 

 だが注目しているといっても負けるとは微塵も思っていない。長距離狙撃なら彼らの方が経験豊富。しかも人数の有利もある。絵馬もこの戦力では捕捉されてしまう危険性が高い。早々撃つことは出来ないはずだ。

 

「那須隊にも狙撃手(スナイパー)はいるがまだ積極的に点を取れるほどではない。となると後は、他の隊員達だな」

「木虎隊の三人は初戦で全員得点しているよ。銃手(ガンナー)二人だし、那須隊長もいるから中距離戦ではかなり不利かも」

 

 そう語るのはオペレーターの加賀美だ。

 B級暫定十六位、荒船隊オペレーター 加賀美倫

 今度当たる二チームはどちらも中距離戦に強い。銃手(ガンナー)がいない荒船隊にとっては厳しい局面が何度か訪れることが予想された。

 

「那須のことは穂刈が警戒しつつ、落とせなくても足止めしてくれればそれでいい。熊谷さえ落とせば障害は無くなる。木虎隊の二人も攻撃に特化しているわけではなさそうだしな」

「任せろ。援護と足止めは」

 

 データを見て、木虎や副があまり攻撃力が高くないということを察すると、荒船は頼もしくそう語った。援護を任された穂刈も表情を変える事無く頷き、彼の戦術論に同調している。

 

「この嵐山さんの弟はテレポーターを使っての奇襲も仕掛けてくるみたいですけど?」

「むしろ使ってくるなら儲けもんだ。お前達なら容易に捕捉できるだろ」

「あたり前だ。テレポーターを使ってくるようならな」

「そうすね。そん時は真っ先に撃ち抜いてやりますよ」

 

 皆自信に有り触れていた。

 初戦はテレポーターの効果もあって活躍していた副。

 しかし、彼の戦いは二戦目にして早くも封じられようとしていたのだった。

 

 

――――

 

 

 次の日。日曜日のお昼前。C級ランク戦のブースに木虎隊の姿があった。

 設定を少し変えて変則的な練習試合をチームメイト同士で行っている。

 今は市街地Cで木虎と副が真っ直ぐな道が続く道路の真ん中で銃撃戦を繰り広げていた。

 木虎がハンドガンからアステロイドを放つ。

 連射性能で勝る副も負けじとアステロイドを連射。が、木虎は壁を蹴るなど細かい動きを繰り返して迎撃を許さず、副に接近する。

 

(……今、ここで使うか)

 

 距離を置いて手数で押し切りたい副。弾をメテオラに切り替えて自分の足元付近に発射。

 弾はアスファルトを砕き、瞬時に砂煙がその場に舞い上がった。

 

「ぐっ!」

(砂煙が。目晦まし!)

(今だっ!)

 

 片腕を体の前面に当てて目を守る木虎。

 その間に副は判断を下した。今が好機と判断し、テレポーターを発動。

 彼女の真後ろに回りこみ、すかさずスコーピオンを起動。彼女の背中目掛けて振り上げた。

 

「ほらね。丸見えだよ」

 

 その副の姿を完全に捉えている狙撃手(スナイパー)が、高台にいた。

 絵馬である。

 イーグレットの照準を副の頭に揃えると、迷う事無く発射。

 弾は狙い通り、木虎を落とそうとしていた副の頭を容赦なく撃ちぬいた。

 

「がっ!?」

『戦闘体活動限界。ベイルアウト』

 

 狙撃は的確に急所を捉える。テレポーターの動きを見抜かれた副は抵抗さえ出来ず、あっという間に撃破されてしまったのだ。

 これが絵馬が、那須が、荒船達が語っていた副の、彼が使うテレポーターの弱点。

 狙撃手を前にしては彼の力は弱点そのものとなってしまうのだった。

 その後も幾度かテレポーターを必ず使用するという条件化の下、変則的な練習試合を行った木虎達。だが繰り返すたびに絵馬の狙撃が副を捉え、その度にベイルアウトを余儀なくされていた。

 最後まで副が狙撃を回避する事が出来ないまま。三人の練習試合は一先ずの終わりを迎えることとなる。

 

「くそっ。マジか。本当にテレポーターが使えない。完全に捉えられている」

「テレポーターを使ったとき、使用者は視線の方角数十メートル以内にテレポートする」

「それを狙撃手(スナイパー)は完全に見切ることができるということね」

 

 木虎の言葉に、絵馬は無言で頷いた。

 近距離、中距離戦闘の者には無類の強さを見せ付けたテレポーターであったものの、長距離狙撃を受け持つ狙撃手(スナイパー)にとっては使用者の動きは丸わかりということだ。

 

「どうなの、副君? テレポーターを使ってすぐ位置がばれるというのなら、その後また同じようにテレポーターを使えば」

「いや、それは無理です。一度テレポーターを使えば距離に応じたインターバルが必要となります。短距離のテレポートであろうとも連続で使用するには数秒のインターバルを要します。それで、今の練習なんですけど。インターバルが終わる頃にはユズルに頭を撃ち抜かれていました」

「そっか。それじゃあ少なくともテレポーター単独でかわすのは厳しいか」

 

 良い考えではあるのだが、テレポーターとてそう万能のトリガーではない。連続で使用するためには距離に応じたインターバルを挟む必要が有る。その間に狙撃手(スナイパー)が狙い撃つのだ。かわすことは難しい。

 三上は残念そうに俯き、ほかに手はないかと考えるがそう上手い手は見つからない。

 

「いっそテレポーターを外して他のオプショントリガーを入れてみる?」

「うーん、短期間でそう上手くいくかな?」

「変えるなら同じ機動力重視のグラスホッパーかしら。後は別の攻守に使えるトリガーか」

「その辺りも色々試してみる必要がありそうですね」

「そうですね。ただどちらにしても」

 

 一度言葉を区切ると副は立ち上がってから話を続けた。

 

「今後も狙撃手(スナイパー)がいるチームとも戦うことになるでしょう。今回だけの対策にするわけにはいかない。とにかく個人(ソロ)ランク戦に挑んだりしながら試してみます」

 

 こういうことは実戦で自分の感覚を試すのが堅実かつもっとも早い近道だ。

 師匠の教えの影響かもしれない。副は三人に手を振って分かれると一人ランク戦ブースの中へと消えていく。

 

「……副のテレポーターが通じないとなると、副の奇襲から崩すということは難しくなる」

「ええ。でも真っ向勝負では経験豊富な相手二チームの方が有利なはずよ」

「特に今回は荒船隊がマップ選択権を持っているから、市街地Cはほぼ確実ね。かなり厳しくなってくるかも」

 

 まだ木虎隊はB級に昇格したばかりの若いチームだ。連携や基本戦術では他のチームに遅れを取る可能性が高い。

 もしも副が崩し役として動けないと試合の展望は変わってくる。

 期待していないわけではないが過信は禁物。一応彼が機能しないことも考えて作戦を考えなければならないと三人は意思疎通を図った。

 

「私は作戦室に戻ってデータ集めをするわ」

「私も手伝うよ、木虎ちゃん」

「ありがとうございます。絵馬君はどうする?」

「……俺も記録を見る。市街地Cの状況も詳しく把握しておきたいし」

「そう? わかった。じゃあ行きましょう」

 

 三人は足並みを揃えて木虎隊の作戦室へと向かう。

 少しでも次の試合で勝つ可能性を高めるために。

 今もなお必死に活路を見出そうとしているチームメイトの負担を減らすために。

 

 

 

 

 

『隊員の入室を確認しました。待機モードに入ります』

 

 ブースに入り、素早くランク戦の申し込みを行う副。

 B級に昇格してからも個人(ソロ)ランク戦は何度か行った。もはや慣れたものだった。

 できるだけ自分に近い個人(ソロ)ポイントの隊員に挑もうと指先を謎って相手を探していき――彼が選び終わる前に他の隊員からの選択を受けた。

 

「おっ」

(弧月、か。そんなに得点は離れてない。荒船隊長や熊谷先輩と次のランク戦で戦うわけだし、丁度いいか)

 

 相手は副よりも五百ポイントほど個人(ソロ)ポイントが高い、弧月を扱う攻撃手(アタッカー)だ。

 いきなり逆指名を受けるとは驚いたが、仮想の相手としては申し分ない。

 何のためらいもなく副はパネルのボタンを押し、ランク戦へと臨んだ。

 トリオン体が戦闘ステージとなる市街地Aに飛ばされる。

 まずは誰が相手なのか、すでに戦ったことのある相手なのだろうか。それを確認しようとして視線を前に向け、副の表情は驚愕に染まる。

 

「む、村上先輩!」

「昨日以来だな、副」

 

 昨日のB級ランク戦で戦ったばかりの先輩、村上鋼が目の前に立っていた。

 

「本部にわざわざランク戦をしに?」

「ああ。そうしたら丁度お前らしい人物が入ってきたから、挑ませてもらったよ」

「……いやー、挑むも何も村上先輩の方が格上でしょうに」

 

 村上は右手に弧月を、左手に(シールド)モードのレイガストを展開する。

 対抗して副も右腕のアサルトライフルを構え、いつでも撃てるようにと準備した。

 

「借りは早めに返しておこう。昨日のリベンジとさせてもらう」

「わざわざご丁寧にありがとうございます。そのままもらっといていただいてもよかったのに」

「遠慮するな。年下にもらってばかりでは年上の面子がたたない」

「そうですか。……十五分、五本後に挟みますか?」

「大丈夫だ。昨日のランク戦で、お前との戦いはすでに学習済み(・・・・・・・)だからな」

「では、遠慮なく!」

 

 同じ時期にボーダーに入り、競い高めあった仲だ。下手な気遣いは必要ない。

 

『対戦ステージ、「市街地A」。個人ランク戦十本勝負、開始』

 

 無機音声の宣言を合図に、両者は一斉に動き出した。

 

 

――――

 

 

 そしてその日の夜。

 嵐山宅に帰宅した副は一人部屋に篭って今日のランク戦を振り返っていた。

 

(テレポーターを使わないと、やはりどうしても攻撃の対応には限度がある。スコーピオンではまともに斬り合う事は出来ない。距離を開けるにはメテオラを使うか、いや使いすぎると射線を自分で作ってしまう可能性もある)

 

 今日のランク戦で副は一つの制限を設けて行っていた。

 それは「テレポーターを一切使わない事」である。次のランク戦に向け、個人(ソロ)ポイントが近い隊員――とはいっても殆どの隊員が格上の個人(ソロ)ポイントではあったが――を相手に、どれだけ戦えるかを試しておきたかった。

 その結果は二十六勝三十四敗。大きく負け越してしまった。ちなみにうち八敗は村上とのランク戦で記録したものである。見事に昨日のランク戦の借りを返されてしまった。

 

(村上先輩はすでに対戦済みであったせいか、余計に追い込まれるまでの時間が早かった。そして追い込まれると中々反撃に転じられない……)

「――ああっ、くそっ!」

 

 ベッドに寝転がり、乱暴に拳を叩きつけた。

 悔しい。

 たった一つ封じられただけで、何も出来なくなったような気分に襲われる。だが覆そうにも考えが思い浮かばない。

 わかっているのに力がついてこない。それが悔しかった。

 

(どうすればいい? どうすればテレポーターを使わずに攻守を切り替えられる?)

 

 悩んでも、思考をめぐらしても、解決案は思い浮かばない。時間がかかればかかるほど気分はどんどん落ち込んでいく。

 

(くそぅ。こんな時、他の人ならどうする? 兄ちゃんなら……)

「副、いるか?」

「ッ! いるよ、兄ちゃん」

「入るぞ」

 

 考えに夢中になっていると、まさに今考えていた相手、兄の声が部屋の中まで届いてきた。きっとようやく仕事を終えて帰ってきたのだろう。

 許可を得た嵐山はゆっくり扉を開き、真っ暗な部屋に驚いて顔をしかめる。

 

「なんだ、寝てたのか?」

「別に。ちょっと考え事」

「今度のランク戦のことか? 桐絵も気にしていたぞ。ひょっとしたら副が悩んでいるかもしれないって」

「……そう」

 

 その気持ちはありがたかった。心配してくれている、それを知れただけでも。

 もっとも、小南の言葉通りになっている自分を少し恥ずかしくも思ってしまったが。

 

「何か悩んでるなら俺も相談に乗るぞ。一緒に考えてやる。ボーダーとしては俺の方が経験が長いんだ。何でも――」

「いい!」

 

 元来の優しさから来る誘いだったのだろう。

 だが副は最後まで聞く事無く、語気を強めて彼の言葉を遮った。

 嫌だったのだ。

 折角ボーダーに入ったというのに、入って早々に兄の力を頼りにするのは。

 

「これは俺の問題だ。兄ちゃんには、関係ない」

「……そうか」

 

 何かを察したのだろう。嵐山は残念そうな表情で顔を落とす。

 副もさすがに悪い事をしたと申し訳ない気持ちになったが、ここを譲ってはならないと意地が彼の行動を制限した。

 

「わかった。じゃあ俺は特に教える必要はないな」

「……うん。ごめん」

「謝るなよ。ただ、それなら一つ言っておく」

 

 視線を合わそうともしない弟に、嵐山は再び笑みを作って言った。

 

「何か迷ったなら、対戦相手だけではなく、他の隊員の記録を見るのも手だぞ」

「他の隊員の?」

「ああ。特にポジションが同じであったり、戦い方が似ている隊員は特にな。その人の動きを取り入れたり参考にして学んでいくもんだ」

「……そっか」

「ああ。俺は教えられないかもしれないけど、俺から勝手に教わる分には副としても問題はないだろうしな」

 

 まるで心を全て見通されたような発言だ。

 負けん気を指摘されたようで一気に恥ずかしくなり、副は言葉を荒げて早く出て行くようにと促す。

 

「何だよ、別に兄ちゃん以外の人だってたくさんいるだろ!」

「そうか? ま、そういうのも手だってことだ。覚えておけ」

「わかったからもういい! 今日は疲れたからもう寝る! 兄ちゃんも早くでてってくれよ!」

 

 これ以上しつこく構えば嫌われてしまうと判断したのか。

 嵐山はそれ以上は何も言わずに弟の部屋を後にする。

 誰もいなくなり、ようやく部屋に静けさが戻った頃。

 副は無人の空間で一人ひっそりと掻き消えそうな声色で呟いた。

 

「…………ありがと。兄ちゃん」

 

 さすがにこれは、兄に面と向かって言えるようなことではなかったから。

 

 

 翌日、月曜日。

 副は兄の言葉に従って過去のランク戦のデータを見返していた。

 データの内容はやはりと言うべきか、嵐山隊のデータだ。

 自分とポジションが同じで戦い方も似ている。そう言われて真っ先に思い浮かぶのが兄の姿なのだから当然だ。

 何戦も何戦もデータを見返していって、そしてあるランク戦の記録を見て副は突如椅子から立ち上がった。

 

「これって!」

 

 食い入るように端末を見る。兄、嵐山の動きに釘つけであった。

 ようやく見つけた。これさえあれば。この技術をものにすれば。

 

「……いけるかもしれない」

 

 次のランク戦、十分に戦える。

 ようやく副が活路を見出した瞬間だった。

 

 

 そして時間は流れて。

 水曜日の夜。B級ランク戦第二戦、試合当日。



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荒船隊①

那須隊長は強くて美しい尊敬できる隊長です。


「ボーダーの皆さんこんばんは! B級ランク戦ROUND2! 中位グループ夜の部がいよいよ始まります!」

 

 ランク戦新シーズンも二日目。

 今日も大半のC級隊員は勿論、B級隊員やA級隊員が観覧室へと詰め掛け、開始の時を待っていた。

 

「本日の実況も丁度スケジュールが空きました、わたくし海老名隊のオペレーター、武富桜子が務めます。

 また解説席にはおなじみA級隊員のお二人。太刀川隊の出水先輩と、三輪隊の米屋先輩にお越し頂いております!」

「どうぞよろしく」

「どうぞよろしく」

 

 実況席には初戦と同様、武富の姿があり、解説席にはA級隊員の二人が腰を降ろしている。

 太刀川隊射手 (シューター) 出水公平

 三輪隊攻撃手(アタッカー) 米屋陽介

 

「さて、今回はデビュー戦初戦で見事勝ち星を飾った木虎隊、そして那須隊と荒船隊という組み合わせでしょうが、いかがでしょうか?」

「んー、まあ得意な戦術スタイルが別れてる。狙撃が得意な荒船隊は長距離戦有利。で、銃手が二人いる木虎隊と隊長がエースを担ってる那須隊は中距離戦が得意。でも今回は荒船隊がステージ選択権を持ってるからなー」

「その点を考えれば荒船隊が一歩リードだ。木虎隊と那須隊にもそれぞれ狙撃手(スナイパー)が一人ずついるとはいえ、数と経験の差は大きいだろ」

「後は転送場所で有利な場所を誰が取れるか、だが運が絡む以上は荒船隊有利が変わらないだろうぜ」

「なるほど。ありがとうございます。――おおっと。どうやら荒船隊がステージの選択を終えたようです!」

 

 武富が二人に問いかけると、やはりステージ選択権を持つ荒船隊が有利と談じた。

 長距離狙撃の荒船隊に対し、中距離戦がメインの木虎隊と那須隊。ステージ選択権がある以上、この二隊は試合の立ち上がりで優位なポジションを取る必要があることは間違いない。

 そして彼らが予想展望について語っている間に、荒船隊がこのランク戦のステージの選択を終了する。

 

「荒船隊が選んだステージは『市街地C』! 長い坂道と高低差のある住宅地が特徴のマップです!」

「知ってた」

「だろうな」

 

 荒船隊が選んだのは『市街地C』。彼らが最も得意としているマップであり、ステージ選択権を持ったランク戦では必ずと言っていいほど選んでいる場所であった。これは誰もが予想していたことなのだろう。米屋も出水も納得の表情を浮かべている。

 

「荒船隊がマップを選ぶ以上、これはまず決まってたもんな」

「やはり狙撃手(スナイパー)有利のステージですね」

「ああ。長い道路を挟んで住宅地が階段状に、斜面に沿うように続いている。狙撃手(スナイパー)が高台を取ると他の隊員は登りにくい。下からじゃ宅地のせいで相手を狙いにくい。荒船隊のホームグラウンドのようなものだ」

 

 狙撃手(スナイパー)が優位となるマップ選択。二人の狙撃手(スナイパー)を要する荒船隊にとっては当然の選択と言えるだろう。

 高台を取れるかは転送位置次第だが、これは運の要素が強い。

 そう簡単にこの優劣が覆えせないだろうなと観覧室にいるボーダーの誰もが思っていた。

 その頃、マップ選択を終えた各作戦室もランク戦開始へ向けて準備を進めている。

 B級暫定十六位荒船隊の作戦室。

 

「後は転送位置だな。今日のランク戦も」

「木虎隊と那須隊にも狙撃手(スナイパー)がいるから注意すね」

「でも木虎隊は狙撃手(スナイパー)がいるチームと戦うのは初めてだからやりやすいかもね」

「……各自狙撃には気をつけろ。那須や熊谷の動きは頭に叩き込んである。俺が足を止める。あとはいつも通りだ」

『了解!』

 

 狙撃に特化した荒船隊は作戦会議も淡々としている。戦術が一本化している以上、そう多く語る必要はないのだ。チームの意識は常に一つ。

 彼らに迷いはなく、あっさりと話を終えるとランク戦開始の合図を静かに待ち続けた。

 

「『市街地C』、まあ当然か」

「うー。わかっていましたけどやっぱり荒船隊を相手にこのマップは辛いですよー」

「こっちにも狙撃手(スナイパー)はいるんだから、しっかりね」

「が、頑張ります」

 

 同時刻、B級暫定十二位那須隊作戦室。

 熊谷が静かに呟くと、彼女の苦悩を察して日浦も同調した。志岐が語るように彼女はチーム唯一の狙撃手(スナイパー)。このランク戦に求められることは大きいだろう。

 

「茜ちゃんはまずは高台を抑えることを優先して。大丈夫、他の人たちは私とくまちゃんが、きっと止めるから」

 

 彼女の心配を和らげるように、那須が薄っすらと笑みを浮べてそう口にした。

 トリオン体となっているためか普段よりも目の明るみも増しており活気に溢れているように見える。

 那須への信頼の現われなのだろう。彼女の言葉で皆気が引き締まり、表情も柔かさを取り戻し、ガールズチームはランク戦へと臨んでいった。

 そして同じ頃。木虎隊の作戦室では。

 

「……ですよねー」

「荒船隊が『市街地C』以外を選択するなんてありえないもの。絵馬君、今回もあなたの存在が重要よ。カバーは私達でするからお願いね」

「うん。二人も狙撃には気をつけて」

狙撃手(スナイパー)の場所がわかり次第、私からも皆に指示を出すね。地形の確認には気をつけて」

「了解です三上先輩」

 

 わかりきっていたことではあるものの、やはりどうしても避けたかったステージを選ばれた事に副が愚痴を零す。

 木虎も同じ気持ちではあったが何時までも引きずってはいられない。彼を諭すと絵馬に指示を飛ばして転送の準備を行っている。三上の指摘通り狙撃手(スナイパー)に潜伏されると後々面倒なことになる。早々に対処が必要だろうなと皆改めて警戒を強めた。

 

「今回は狙撃手(スナイパー)が有利なステージで、どこのチームにも狙撃手(スナイパー)がいる。皆、気をつけて」

「了解です。ま、まずはランク戦の序盤、高台を取れるか、狙撃手(スナイパー)をとめられるかどうかですね」

「それについては、副。大丈夫?」

「ああ。この前話したように。俺が狙撃手(スナイパー)の動きを止めてやる」

 

 そんな中、副が一人気迫に満ちた表情で宣言する。

 彼のトリガーの一つであるテレポーターはこのランク戦では通用しない。そうわかってからまだそう日がたっていないのに。

 今の彼は自信に満ち溢れていた。

 

「大丈夫そうね。じゃあ、行きましょう!」

『了解!』

「転送、開始!」

 

 彼の笑みを見て他の三人は安堵を覚え、そして転送の時を迎える。

 

「B級ランク戦、ROUND2! さあ全隊員の転送が完了しました! 各隊員は一定の距離をおき、ランダムな地点からスタートします!」

 

 二日目のB級ランク戦、中位グループ夜の部がスタート。

 日浦、絵馬、穂刈、半崎の順に高台に近い北エリアに転送。後は殆ど等間隔に副、那須、荒船、熊谷、木虎と続いている。

 

「まずは狙撃手(スナイパー)四人がバッグワームを起動! レーダー上から姿を消しました!」

 

 開始直後、隠密行動が基本の狙撃手(スナイパー)全員がバッグワームを起動。

 わずかにレーダーに捉えられたがすぐに居場所を消し、高台を目指して駆け出した。

 

「高台に近い狙撃手(スナイパー)達、さらにそれを他の隊員も追います!」

「……これは各隊少なくとも一人ずつ狙撃手(スナイパー)が高台を抑えるな」

「日浦、絵馬、穂刈あたりを止められる位置に敵の隊員がいない。余裕で取れる。問題があるとすれば最西端。――近いエリアに三人が集結しているとこだな」

 

 動き出した各隊。だが殆どの狙撃手(スナイパー)は高台に近い場所に転送されており、このまま高台から他の隊員を狙うだろうことは火を見るよりも明らかだ。

 唯一読めない点があるとすれば半崎と副、そして那須の三人の場所が近い西のエリアだ。

 

(これはダルイ場所に転送されたな)

「加賀美先輩、近くにいる下二人の位置取りを常に教えてください。今は抑えるのに専念します」

 

 半崎は坂道に向かいながらオペレーターの加賀美へ伝達する。

 狙撃手(スナイパー)は接近されると一気に不利だ。まずは高台を抑えないと始まらない。その前に捉まるわけにはいかない。

 

《了解。近くの二人も登ろうとしてるみたいだから気をつけて!》

「お願いします」

 

 短くそう返し、坂道に出た半崎はすぐさま登ろうと足をさらに早めた。

 

「――――見つけた」

 

 そんな彼の背中を、一人の隊員が視界に納めた。

 半崎を目にした彼――副はすぐさまトリガーを起動。

 視線を80メートルは離れているであろう半崎へと向けて、そして瞬時に彼の真後ろへとテレポートした。

 

《ッ!? 半崎君! 後ろ!》

「はっ?」

 

 突如レーダーに映る一つの点が瞬間移動し、半崎へと迫ったことを目にした加賀美は声を荒げた。すぐさま半崎へと呼びかけるが彼が敵を目にするよりも副がスコーピオンを起動する方が早い。

 鋭い刃が振り下ろされる。

 まさに刃が半崎の体を切り裂こうとしたその瞬間。半崎は大きく跳躍。肩から斜めに切り裂かれたものの間一髪のところで致命傷だけは防ぐ事に成功した。

 

「うっぉっ。危っねえ!」

(間一髪で外したか。だが)

「逃しはしない!」

 

 態勢が整わない半崎に、副はすぐさまアサルトライフルの銃口を向けた。

 威力重視のアステロイドを発射。半崎がシールドを張るが、防ぎきれなかった銃弾が彼のトリオン体を削っていく。

 

「早速半崎隊員と嵐山隊員が衝突! 不意を突いた嵐山隊員が半崎隊員を追い詰める!」

「今、弟君は『テレポーター』を使ったのか? 狙撃手(スナイパー)がいるチームとのランク戦だから使わねえと思ってたんだけどな」

「転送した後だからだろ? 転送直後は一番無防備な時間だ。狙撃手(スナイパー)も狙撃位置についてないし迎撃の準備はできていない。狙われる危険性がないと判断したから奇襲に使ったんだろうな」

 

 いきなり勃発した戦い。それもまさか使うとは思っていなかったテレポーターの奇襲により発生したことで場が騒然とする。

 副が使うテレポーターは確かに視線の向きによってテレポートの方向がわかってしまい、熟練の狙撃手(スナイパー)には狙われやすいという諸刃の剣だ。

 だが今は開始直後で狙撃の準備が整っていない。使用しても反撃の恐れがない。

 副もそう考えて早々に長距離転送を行ったのだろう。現に今、彼の攻勢は荒船隊の反撃を受ける事無く、半崎を追い詰めている。

 

「……ただ、一つ忘れてるぞ」

 

 最も狙撃手(スナイパー)には彼の考えが当てはまるが、全てのボーダーに当てはまるかという話になれば答えは否だ。

 後の展開を察した出水が一言零すと、彼の発言の直後に市街地に無数の弾丸が空中へと撃ち放たれた。

 

《副君! 警戒!》

「ッ!」

 

 オペレーター、三上の叫びが響いた。

 驚いて視線を上げると射撃がまるで雨のように副の元へと降り注ぐ。

 

「ぐっ!」

(狙撃、いやこれは射撃!)

「那須先輩のバイパーか……!」

 

 副は慌てて両腕でシールドを展開し、バイパーを防ぎきる。

 幸いにも被弾は防いでいるもののその間に半崎は戦闘を離脱。副はその場で足止めを食らってしまった。

 

「那須隊長の変化弾(バイパー)が嵐山隊員を襲撃! 隙を見た半崎隊員は追撃から逃げ切りました!」

「あのままだったら半崎は落とされていただろうな。結構ダメージが入っていたからあのまま押し切れたんだろうが。那須隊長は他の隊に得点させたくなかったのか?」

「というよりも、全体を見て戦力を削ぐほうを優先したんだろ。半崎を残すのは厄介だけど、さっきの奇襲でかなり削られている上にバッグワームを展開するだけでもトリオンが減っていく。それなら弟君を狙ったほうが有利と考えたんじゃねえか?」

 

 那須は結果的に荒船隊を助けるような結果になったが、全体的にみればこれで半崎と副が攻撃を受けて那須隊だけが無傷という流れが出来ている。おそらく那須はそれを狙ったのだろう。

 出水の分析どおり、副は那須の出所がわからない為に防戦一方だ。

 

「テレポーターは何も狙撃手(スナイパー)だけではない。他の中距離用トリガーを使うやつにも狙われる。特に那須はリアルタイムで弾道を引ける希少な変化弾(バイパー)使いだ。あれはそう簡単にはかわせねえぞ」

「おう、何だ。ちゃっかり自慢してんのか弾バカ?」

「誰が弾バカだ、槍バカ」

 

 その希少の一人である出水の解説は最もだった。

 たしかに狙撃手(スナイパー)は今の状態では副を狙えないが、リアルタイムで弾道を引く那須は別。レーダーで副の動きを見切った那須はあっという間に副の動きを読み、追い詰めていく。

 

「くっそっ」

(このままじゃあこっちのシールドが削れるほうが早い!)

「三上先輩!」

《うん! 弾道解析――終了。副君!》

「そこか!」

 

 すでに作業を行っていた三上の素早い弾道の解析により、レーダーに那須の位置予想図が映し出された。

 おおよその位置を理解した副は薙ぐようにアステロイドを掃射。

 急接近するバイパーを打ち落とすとシールドを目の前に集中展開して、坂道を飛び降りた。坂道からの変化弾(バイパー)を全てシールドで受け取り着地すると、視線の先に那須の姿が彼の目に映った。

 

「副君……」

「発見!」

 

 シールドをしまい、アサルトライフルを那須へと向ける。

 この距離ならば銃手(ガンナーの)の距離だ。銃撃戦ならば副が削りきれる。

 すぐさま引き金に指をかける。

 

「攻撃的な動きね。桐絵ちゃんの言ってた通り(・・・・・・・・・・・・)

 

 直後、かわしたはずの変化弾(バイパー)が副へと襲い掛かった。

 

「な、にっ!?」

 

 那須は副が反撃に転じることを読んで一部の弾道をあらかじめ今の副がいる位置に来るよう設定していたのだ。

 引き金を引くことは敵わず、副は転がるようにその場から離れた。受身も取れずに地面に横たわる副に、那須は再び変化弾(バイパー)を放つ。

 先ほどのようなあらゆる角度から降り注ぐ弾道と異なり、一点に集中して突破を図る両攻撃(フルアタック)。副の目から見てもシールドで防ぎ切れるわけがないとすぐに理解できた。

 

(シールドは無理だ。テレポーターは……今は使えない!)

「くっそっ!」

 

 シールドでは防ぎきれない。時間が経過し狙撃手(スナイパー)の位置を把握していない今、テレポーターを使えば狙撃される危険がある。アサルトライフルで打ち落とす事も不可能だ。

 攻撃全てを防ぐ手段もかわす手段も思いつかず。

 結果、副は左腕をアサルトライフルの側面に手を伸ばし引き金に指をかけて――爆発に飲み込まれていった。

 

 

――――

 

 

 話は二ヶ月ほど前。まだ副達が正式なボーダーに入る前の時機までさかのぼる。丁度副が小南の指導を受けはじめて1週間が経過した頃だ。

 

「……そうなんだ。桐絵ちゃんの従弟、嵐山さんの弟もボーダーに」

 

 体調が優れていたため、久々に那須が学校へ登校できた日。

 午前の授業を終えた直後の昼休みに那須は小南と共に日陰のベンチで昼食を共にしていた。

 体の調子やチームのこと。那須がいない間の学校生活のことなど。一通りの話を終えた後、話題は小南が指導している副へと移った。

 

「そうなの。副って名前なんだけど、どうも准への対抗心が強く芽生えちゃったみたい。結構頑固でね。今は私がトリガーでの戦い方を教えているけど。……性格が結構戦いに現れているのか、攻撃に偏りがちなのよね。銃手(ガンナー)を目指すなんて言ってたのに、打ち合いよりも奇襲を好んでいるみたいだし」

「その辺りは師匠の影響も受けているんじゃない? 何せ初めての師匠がトップクラスの攻撃手(アタッカー)なんだもの」

「ちょっ、玲! ここでは!」

「わかっているわよ。桐絵ちゃんは育ちの良いオペレーターだもの。この話とは無縁よね?」

 

 にっこりと爽やかな笑みを浮べる那須。

 学校では猫をかぶって性格を隠している小南にとっては冷や汗ものの話だ。

 心臓の拍動が強まったことに苛立ちを募らせながら、『どうしれこんな面倒な役を演じてしまったのだろうか』とかつての自分を悔やむばかりだ。

 

「まったく。玲までそんな風に言って!」

「ごめん。でも、楽しそうだね桐絵ちゃん」

「楽しそう?」

「だって、普通の相手ならば『弱い相手に興味はない』と言いそうなのに、まだボーダーにも入っていない子を相手にしているんでしょう? それもこんな風に他愛もなく話すから」

 

 普段の小南の性格を知る那須にとって、彼女の行動は意外なものだ。

 実力が高く、長年防衛隊員として働く小南は弱い人間に対しては時に厳しく当たる一面がある。

 そんな彼女がこのように語るのだ。相手が従弟とはいっても、違和感を感じてしまう。

 

「ま、確かにそうだけど。やっぱり昔からの付き合いだしね。准にも頼まれたし」

「そっか」

「それに……」

「それに?」

 

 そこで小南は一旦言葉を区切り、一呼吸を置いて話を続けた。

 

「どうも放っておけないのよね。あんな風に『ただただ強くなりたい』って必死な目で、我武者羅に挑戦する姿を見ちゃうと」

 

 副の気持ちに当てられたのだろう。

 並大抵のものならば、小南との戦いを繰り返せば心が屈する。そうでなくても嫌気が差して投げ出してしまいかねない。それなのに彼はそんな姿勢は一切見せずに毎日特訓に励んでいる。まだ一度の勝ち星も得ていないのに、毎日やる気に満ち溢れた表情で挑むのだ。

 そんな直向で我武者羅な彼を見て、小南も他の事情なしに放っておけないと感じているのだった。

 

「……真っ直ぐな子なんだね」

「そうね。そこらへんは兄譲りなのかも」

「確かに」

「でもまだまだ荒削りなところが多いのよね。多分本部所属になるだろうけど。……玲。もしも副が正隊員になったら、あんたも仲良くしてあげてね」

「ええ。わかったわ。もしも会う機会があったなら、私が可愛がってあげる」

 

 まさかこの時は、わずか一ヶ月でB級(正隊員)に昇格するとは思ってもいなかった。しかもランク戦で直接戦う事になろうとは。想像できるはずがなかった。

 

 

――――

 

 

「那須隊長の両攻撃(フルアタック)変化弾(バイパー)が炸裂! 身動きの取れない嵐山隊員、これは手も足も出ないか!?」

「いやー、おっかねえな。今の絶対相手の動きを読んで弾道引いてただろ」

「弟君がテレポーターじゃなくてグラスホッパー持ってたらかわせてたかもしんねーな。何せもう日浦とかが高台を抑えてる。狙撃を警戒してもうテレポーターを使えなくなっちまったんだろうな。これは防げねえよ」

 

 あっという間の出来事だった。反撃に移ろうとした副をあっさりと迎撃した彼女の戦いぶりに実況席も解説席も感心するばかり。

 もしも副が機動が読みにくいグラスホッパーを使えたならばあるいは。そう考えてしまう出水ではあったがもしもを考えても仕方がない。既に敵隊が高台を取っている今、副の機動力は半減しているも同然。それだけがこのランク戦における重要な情報なのだ。

 

「し、しかし。嵐山隊員の反応はまだレーダーから消えていません。いまだ健在です!」

「あ? マジか。変化弾(バイパー)を打ち落としたのか?」

「……つうか変化弾(バイパー)にしては爆風が激しすぎる。あれは、メテオラだな」

「メテオラ? それは、嵐山隊員の、ということでしょうか?」

「おそらくな。那須の変化弾(バイパー)が直撃する寸前、アサルトライフルのスイッチに手を伸ばしてたし。メテオラに切り替えてその爆風で敵の視界を塞いだ。追撃を受けないようにしたんだと思うぜ」

「ああなるほど。ただ、その場合――多分、一部の変化弾(バイパー)は防げても、自分のメテオラのダメージも食らってる可能性が高ぇわ」

 

 ステージに広がる爆風を見て、逸早く出水が真実に気づく。彼が言うとおり副は直前にアステロイドからメテオラに切り替えて引き金を引いていた。結果、バイパーに命中したメテオラが爆発。敵の目を晦ます煙幕となり追撃を防いでいた。

 だが米屋の指摘通りメテオラの爆発位置が近すぎた。爆発のダメージが僅かに副にも及んでいる。これは無傷ではすまされないだろうと彼の様子を察していた。

 

命中(ヒット)!』

 

 一方、那須隊のオペレーターである志岐が那須に攻撃の成功を告げる。

 攻撃を放った那須も命中を確信していたが、レーダーにはまだ副が映っている。

 

「でもまだ落とせてないわ。茜ちゃん」

『駄目です! 爆風のせいで姿が見えません!』

「そう」

『なら撃つなよ茜! 下手に撃てば居場所がばれる!』

「ええ。茜ちゃんはそのまま警戒を――」

 

 警戒を続けて、と続けようとして那須は己に迫り来る何かに気づく。

 那須はフルガードで体全体を守りながら一歩後ろへ下がった。

 すると彼女が先ほどまでいた足元の地面を弾丸が削る。高台からの狙撃だった。

 

(荒船隊? あるいは、絵馬君? ただどちらにせよ)

「どうやら深追いは出来ないみたいね」

 

 間違いなく今の狙撃の狙いは那須だ。

 それに気づくとすぐに追撃を受けないように建物の影へと移動し、狙撃を阻む。

 逃しはした。確認もできていないが副が追ったダメージは決して小さなものではないはずだ。十分な戦果を上げたと考えて十分だろう。

 そう判断して那須は副の追撃を中断。

 レーダーへと視線を向けて他の隊員達の動きを確認した。

 

「はっ、はっ。くっそっ」

 

 その頃。

 副は腹部を左手で抑えながらステージ中央へと向かっていた。那須から離れるのと同時に木虎との合流を図ってのことだ。

 

《副君。無事?》

「……お腹に幾つか風穴が空けられましたが。ギリギリ生きています。あー、トリオンが勿体無い」

《那須先輩に牽制を入れといた。狙撃を警戒してこれ以上追う事は出来ないはずだよ》

「サンキュー、ユズル。ナイスフォロー。危ない危ない。またベイルアウト一番乗りするところだった」

 

 腹部に空いた風穴から微量のトリオンが漏れているが、致命傷だけは避けている。

 軽口を零してチームメイトに無事をアピールする副。彼の無事に胸を撫で下ろしたのだろう。絵馬達は安堵の息を零した。

 

「ったく。桐絵さんといい、那須先輩といい。女性防衛隊員って怖い人しかいないのか?」

 

 自分が所属する隊の隊長も女性であるということさえ忘れて愚痴を零す。通信ではない呟きで有るために聞こえはしないが、木虎が耳にしたら衝撃で凍りつきかねないような発言だった。

 

「副君!」

「あっ、木虎先輩」

 

 曲がり角を曲がったところで木虎と再開。

 ついに木虎隊は銃手(ガンナー)二人が合流を果たし、本来の形に戻ろうとしていた。

 

「何とか無事ね。よかったわ」

「ええ。那須先輩に手痛い一撃を食らいましたけどね。この後はどうします? おそらくすでに狙撃手(スナイパー)は皆高台に向かっていると思いますが」

「わかってるわ。ただその件なんだけど……」

 

 木虎はそう言ってレーダーに視線を落とした。

 レーダーにはバッグワームを使用していない五人の隊員の現在位置が示されている。

 そしてそのうちの二つ。木虎隊とは別の二点が急接近していた。

 

「どうやら動きがありそう。絵馬君の話だと、おそらくは――」

 

 

――――

 

 

「無事か、半崎?」

《ギリギリす。那須隊長に救われた感じすね》

《やはりさすがの腕だな。那須は》

《ただトリオン漏れがヤバイす。最後まで残るのは無理そう。自発的にベイルアウトした方がいいすかね?》

「……いや、無事ならばトリオンが切れるまで狙撃に専念してくれ。このステージで狙撃手(スナイパー)を失うのは痛手だ。最悪木虎隊に一点をくれても構わない。それ以上の点を取るぞ」

《了解》

 

 荒船隊では半崎の重症により、少し風向きが変わっていた。追撃をかわしたとはいえスコーピオンとアステロイドで受けた傷は軽いものではない。このまま放置すればバッグワームの仕様も相まってトリオン漏出によるベイルアウトは免れないだろう。

 だが荒船はそれでも得点を優先した。この荒船隊有利なステージで自らベイルアウトするのはデメリットが大きすぎる。総判断したのだ。

 他のチームメイトも狙撃手(スナイパー)の長所をよく知っている。彼の指示に反論はなく、あっさりと同調の意を示した。

 

「よし。なら二人は援護を頼む。俺も今坂道を上がってるが……」

《荒船君、上! 来るよ!》

「ッ!?」

 

 加賀美の叫びで警戒を最大限に引き上げる荒船。

 直後、彼の顔を切り裂こうと振るわれた弧月が彼の視界に映った。

 

「ちいっ!」

 

 負けじと抜刀。荒船も弧月で迎え撃つ。

 

「熊谷か!」

「ええ、荒船先輩!」

 

 刀と刀が重なり、金属音が響く。

 お互い一歩離れると熊谷が間髪いれずに胸元へと弧月を振り下ろす。

 また一歩下がって荒船がかわすと流れるように斬り上げて追撃。荒船は弧月で防ぎ、彼女の刃先を逸らす。――すると二発、熊谷目掛けて銃弾が襲い掛かった。

 

「あっ!?」

「悪いな。連携ではこちらが有利だ」

 

 半崎と穂刈の狙撃だ。頭を狙った狙撃はシールドで防げたが、もう一発は熊谷のわき腹を撃ちぬいた。

 これで熊谷の体制が大きく崩れた。すかさず荒船が追撃をかけようと大きく一歩踏み込み、そして背後より放たれた射撃に気づいて大きく横へステップを踏んだ。那須の変化弾(バイパー)が誰もいない空間を通過する。

 

「ちっ。こっちに来たか」

「くまちゃんはやらせないわ」

《今移動中で難しいぞ。狙うのは》

「わかってる。こっちで凌ぐ」

 

 先ほど穂刈達は熊谷を狙った為に移動を余儀なくされていた。二人の援護は期待できない。

 逆に那須隊の狙撃手(スナイパー)、日浦の狙撃が荒船を捉える。荒船の右肩を銃弾が掠めた。

 

(とはいえ、一対三はさすがにキツイか)

 

 那須と熊谷が合流した今、荒船は圧倒的不利な立場にあった。

 右腕で弧月を操り熊谷をかわしながら、左手のシールドを分割して那須の射撃と日浦の狙撃に対応する。剣速を増すことで熊谷相手には優勢に振舞うことができるが、援護射撃を受けるとどうしても受け手になってしまう。

 

「いける。玲、このまま押し切るよ!」

「ええ。狙撃には気をつけて」

《下から二人、上がって来ます!》

《木虎隊です!》

 

 熊谷が勝機を見出す中、ここまで姿を見せなかった木虎と副が飛び出した。不意を突いた横激。横に並び、二人揃ってアステロイドを連射する。

「木虎隊!」

《玲! 私が防ぐからその間に!》

 

 熊谷が反転。那須の前に躍り出て両防御(フルガード)を張った。荒船もシールドを起動して銃撃を防ぐ。

 そして二人のアステロイドを熊谷が防いでいる間に那須は変化弾(バイパー)を起動。目の前の熊谷をかわし、そして木虎隊の二人に命中するように弾道を引いた。

 

「副君!」

「了解!」

 

 すると木虎達は二人で同時にシールドを張る。層を増した分、シールドは那須の変化弾(バイパー)を完全に防ぎきった。そしてすぐさまもう一度アステロイドを発射。熊谷と荒船のシールドを削っていく。

 

「荒船隊長と那須隊が競り合う中、木虎隊もこの戦いに参戦!」

「乱戦に持ち込む気か。ま、うまくいけばこのまま両隊とも倒せる。悪くはねえ判断だ」

「やっぱり打ち合いなら木虎隊も優位に立てる。となると中距離の銃撃戦に弱い荒船隊がどう凌ぐかだが……」

 

 このまま銃撃戦が続けば銃手(ガンナー)射手(シューター)不在の荒船隊が不利だ。狙撃の援護だけではなく、荒船が攻撃手(アタッカー)の間合いに切り込む必要があるだろう。

 と、そう解説の二人が考えていると。

 まさに荒船が彼らの想像通りに動こうとしていた。

 

「くっ」

(まずい、このままだと!)

「舐めんな!」

 

 このままでは防戦一方となると判断したのだろう。

荒船は右腕のシールドをオフにして再び弧月を起動。そして居合いの構えを取り、弧月のオプショントリガーを使用した。

 

「――旋空弧月!」

 

 刃を瞬間的に変形し拡張するトリガー、旋空。

 二度振るわれた刃の鋭さは尋常ではない。

 拡張されたトリガーが木虎と副に向かい、二人のシールドを一発で両断した。

 

「なっ!」

「うわっ!」

 

 木虎は右の頬を、副は左足を切り裂かれたが、攻撃に反応できた為に軽症で済んだ。

 しかしこれで二人の防御が崩れ、倒れこむように姿勢を崩している。

 ここが動く時と判断したのか荒船はシールドを張ったまま二人へ向かって突撃する。

 

(まずはお前らからだ!)

 

 木虎隊は銃手(ガンナー)が二人、それもデータが少ない。加えて副は負傷している。おそらくこちらを片付けたほうが都合がよいと考えたのだろう。

 まっすぐに自分たちに向かってくる荒船を見て、副は。

 

(動いた!)

 

 彼も、ここが勝負時と判断し、テレポーターを起動。

 荒船の斜め後ろ上空へと瞬間移動し、アサルトライフルの銃口を彼に向けた。

 

「なにっ!?」

「え?」

(テレポーターを起動した!?)

「はあぁっ!?」

 

 荒船も、那須達も、観覧室の隊員達も。この状況でテレポーターを使用したということに驚愕した。

 当然の反応だ。彼の取った行動はあまりにも愚策だ。先ほどの半崎の時とは状況が違う。もうすでに狙撃手(スナイパー)は狙撃位置についていて、無防備な姿が見えればすぐさまに狙撃できるよう準備をしていたのだから。

 

狙撃手(スナイパー)を甘く見たな。嵐山さんの弟」

 

 そしてやはり、熟練の狙撃手(スナイパー)はこのタイミングを逃すはずが無かった。

 穂刈が即座に副の頭部を十字線(レティクル)に重ねる。敵はアサルトライフルを構え、荒船だけを見ている隙だらけな状態だ。

 わざわざ敵が自分からさらしてくれた油断だ。逃す手はない。

 引き金が引かれる。イーグレットの銃口から、銃弾が放たれた。




ランク戦 初期転送位置

           日浦
                   絵馬
          穂刈
    半崎 
  副                  熊谷
      那須        荒船 
          木虎


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那須玲①

お気づきでしょうが、章を創ってみました。
この方がわかりやすいと思って創ったのでしょうがとうでしょうか。


「ッ!」

 

 衝撃が走り、副の頭部が大きく横に揺れた。

 

「決まった! 穂刈隊員、一瞬の隙を見逃さず嵐山隊員を狙撃! 一発で打ち抜きました!」

「そりゃこうなる。荒船隊を相手にこんな無防備な姿を晒したらな」

 

 テレポーターは連続で使用できない。それなのに、狙撃手(スナイパー)の目の前で使用すればこうなることは誰もが予想していたことだ。

 勝負を焦ったな。そう誰もが副の行動は早計であったと判断した。

 

「……いや。違う。そうか、これは」

 

 だが、米屋は逸早く異変に気づいた。

 銃撃による煙が晴れていく。

 すると副は無傷の状態で。

 彼の真横には小さなシールドが幾つか分割した状態で張られており。その一つが、穂刈の銃弾を完全に防いでいた。

 

「なっ!」

「……信じられねえ。マジかよ」

 

 荒船が、穂刈が。成功を確信していた者達の表情が驚愕に染まる。

 

「あ、嵐山隊員。穂刈隊員のヘッドショットをフルガードで防いだ!?」

「あんなの中々できねえぞ。アサルトライフル構えて明らかに攻撃の態勢取ってただろ」

「あれはフェイントだな。アサルトライフルを向けるだけ向けて、アサルトライフルのトリガーをオフにしてた。嵐山さんとかがよくスコーピオンを振るうときに使ってるフェイント。それをシールドで展開してたんだ」

(しっかしすげえ度胸だな。狙撃手(スナイパー)がいる中無防備な体を晒す。一歩間違えばそのままベイルアウトしてもおかしくなかったぞ)

 

 今のフェイントが嵐山のランク戦の記録から副が見つけた狙撃手(スナイパー)対策だった。

 わざとテレポーターを使用して狙撃手(スナイパー)の意識をひきつける。そしてアサルトライフルをオフにしてシールドを張り狙撃を防御。

 彼の対策が功を制して、穂刈が釣られて彼の位置が丸わかりとなった。

 

「見つけたぜ。やってやれ、ユズル」

 

 そして、穂刈の狙撃位置を見つけた副が一言呟いた。

 彼の期待に応える様に、同じく狙撃ポイントで構えていた絵馬が引き金を引いた。

 

「うちの狙撃手(スナイパー)を甘く見たな。穂刈先輩」

 

 高台から高台へ。

 数百メートルは離れているであろう場所からの狙撃が、穂刈の胸を撃ちぬいた。

 穂刈のシールドをも撃ちぬいたその威力は、イーグレットでは説明がつかないほどの強力なもの。耐え切ることができずトリオン体はゆっくりと崩壊していく。

 

「アイビス、かよ。新人(ルーキー)

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 真っ先に脱出することとなったのは穂刈。

 絵馬の狙撃成功により、木虎隊が最初の一得点を挙げた。

 

「おっ。すげっ」

「まず得点を挙げたのは木虎隊! 絵馬隊員、荒船隊のお株を奪う狙撃で穂刈隊員を落としました!」

「……絵馬は多分、最初から狙撃手(スナイパー)の誰かを狙ってたな。弟君が誘き寄せるから、もしも狙えるような場面が出来たら誰でもいいから狙撃手(スナイパー)を刈り取る。那須の牽制直後から姿を消していたのがその証拠だ」

 

 狙撃手(スナイパー)狙撃手(スナイパー)を撃つ。中々難しいことだ。

 しかし副が囮となったことで狙撃手(スナイパー)に隙が生まれて絵馬の狙撃が成功した。

 これにより荒船隊は狙撃手(スナイパー)を一人失い、数的有利を失った。

 

「この野郎!」

「ッ!」

 

 穂刈のベイルアウトの直後、荒船が弧月を振り下ろす。副のシールドを力で斬り潰し、彼の左腕が宙を舞った。

 

(俺の左腕、よくなくなるな……!)

「申し訳ないですがそう捉まるわけにもいきません」

「なに?」

 

 追撃が迫る中、再び副はテレポーターを起動。

 高台を真正面に見上げるような位置に瞬間移動すると、木虎と連携して荒船へ十字砲火。荒船に圧力をかけていく。

 

「ちぃっ」

 

 荒船が危機に陥ると、今度は那須隊が動いた。

 熊谷が弧月を手に副に斬りかかり、那須が荒船と木虎へ向けて変化弾(バイパー)を撃ち放つ。

 副はスコーピオンを起動して防ぎ、木虎と荒船はシールドを張って襲撃から難を逃れた。

 

「フィールド中央では狙撃手(スナイパー)を除く隊員達の乱戦が続きます!」

「……荒船隊が不利だろ。穂刈が落ちた上に、半崎も積極的に動けねえ」

「弟君がテレポーターを使っているけど、位置取りが面倒だな。狙撃手(スナイパー)の位置が正確に見えるような位置への移動だし、しかも短距離転位だから一秒も立たない間にすぐに使える」

「逆に狙撃手(スナイパー)はさっきの絵馬の一撃で撃つのを躊躇いがちだ」

(しかも荒船隊はイーグレットしか装備してねえ。もしフルガードで防がれたらさっきみたいにとめられる。そこまで計算してたのか?)

「こりゃ、この乱戦でまた誰か落ちるかもな」

 

 狙撃手(スナイパー)有利のステージで、狙撃手(スナイパー)の狙撃が上手くいかない。動きが制限されているようだった。

 

(木虎先輩!)

《ええ。そちらにあわせるわ!》

 

 そんな中先に動いたのは木虎隊だ。

 熊谷が副と接近戦を繰り広げる中、木虎が彼女の足元へメテオラを発射。

 支えのアスファルトが砕け、熊谷がバランスを失う。

 

(私に狙いを定めてきた!)

「もらった」

《熊谷先輩! 後ろ!》

 

 均衡が崩れた瞬間、副の姿が消える。

 背後へのテレポートだ。後ろへ回り込み、スコーピオンを構える。

 志岐の声に従い、熊谷が弧月を振るが――その右腕が、絵馬の狙撃によって打ち落とされた。

 

「ッ!?」

「よしっ!」

「旋空弧月!」

「うっ――!?」

 

 もらった、とそう感じた直後に警告が鳴り響いた。

 荒船の鋭い斬戟が二人を襲う。

 間一髪のところで副はスコーピオンで受けるが、刃は砕けて体に大きな傷が走り。

 もう一人の狙われた標的、熊谷は防ぐ術もなく一刀両断された。

 

「荒船先輩か――!」

「ごめん、玲。先に落ちるよ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 集中砲火を受けては成す術もない。熊谷が耐え切れずにベイルアウト。これで荒船隊に一点が記録された。

 

「乱戦で狙いを定められたのは熊谷隊員! 荒船隊長がトドメをさして一点を取りました!」

「抜け目ねえな。上手くいけば弟君も取れるようにって感じの斬撃だ」

「だがこれでもう弟君は重症だ。おそらく、またすぐに戦況が動く」

 

 何も熊谷だけではない。今の一撃によってさらにトリオンが傷口から漏れていく。そうでなくても多くの傷を負っていた副だ。長くはもたない。

 きっとすぐにまた脱落者が出る。そしてそれはきっと副であろうと解説の二人は遠まわしに告げた。

 

(やっべ。トリオン漏れが止まらない!)

「くそっ。せめてあと一点!」

 

 本人が自分の状態を理解できないわけがない。

 副ももう長くは戦えないということを悟って最後の勝負に賭けた。

 アサルトライフルをしまい、スコーピオンだけを手に持って再びテレポーターを起動。

 トリオン消費の少ない短距離転送で那須の近くへと転送した。

 

《那須先輩!》

「っ!」

 

 志岐の言葉で那須が敵の接近に気づき、シールドを張った。

 一撃目は彼女の盾で防がれたが二撃目は那須の腕をかする。

 迎撃しようと変化弾(バイパー)を放つと副はまたしてもテレポーターを使い、離脱と共に彼女の背後に回った。

 

「ここで嵐山隊員。テレポーターを使って息もつかせぬ攻撃! あらゆる角度から那須隊長へ切りかかります!」

「……トリオン消費度外視の攻撃。この様子だと那須隊長との戦いでトリオンを使い切るつもりだな」

銃手(ガンナー)トリガーは消費が激しいしスコーピオンは重さが殆どない。射手(シューター)を削るなら確かにこの戦法が最も有効か」

 

 もはや先のことなど考えない戦いだった。捨て身の動きからは彼がこの勝負に全てをかけようとしていることが窺える。

 

(那須は身動きが取れない! 今なら!)

「行かせないわ!」

「ちっ、木虎か」

 

 副と那須、二人の戦力がぶつかりあう様子を好機と見た荒船が奇襲を試みるが、木虎によって彼の行動は阻まれた。

 拳銃からメテオラガ放たれる。身動きが取れないよう荒船の周囲を狙う砲撃だ。

 シールドで防ぐ事ができるが、これでは確かに二人の方へ向かうのは少々骨が折れる。

 

「……ならお前からだ!」

 

 ならば、先にこちらを仕留めるまで。

 

「ッ!?」

 

 木虎がまだ銃撃を続く中。急所を守るように分割したシールドを最低限展開すると、荒船は一気に踏み込む。多少のダメージは構う事無く、木虎に斬りかかった。

 荒船が弧月で襲撃。迎え撃つ木虎はシールドを片手で張りながらハンドガンで応戦する。

 だが近距離戦闘においては威力が勝る攻撃手が(アタッカー)が有利だ。弧月が木虎のシールドを割る。再びシールドを展開するが、やはり弧月を防ぎきることが出来ず彼女の左腕の肘から先が空を待った。

 

「くっ!」

(荒船先輩。やはり攻撃手(アタッカー)相手に一対一でこの距離は難しい!)

 

 ひたすら荒船が移動をこなしながら攻撃してくるので弾をぶつけるのは難しい。

 支援がなければこの猛攻を防ぎきる事は難しいだろう。

 となると副が那須を相手にしている今は絵馬の狙撃が頼りになるのだが。

 肝心の絵馬も荒船を捉えることができずにいる。

 

《絵馬君! 木虎ちゃんが危ない! そこから荒船隊長を狙えない?》

「わかってる。わかっているけど……」

(駄目だ。撃てない。この位置取りだと荒船隊長を撃てない)

 

 狙いは定めている。

 だが絵馬の位置からでは荒船が木虎の影になっており、下手に撃つ事が出来なかった。おそらくは先ほどの穂刈、熊谷への狙撃で絵馬の大体の位置取りが判明されたのだろう。

そうでなくても荒船は狙撃手(スナイパー)二人を率いる隊長だ。狙撃手(スナイパー)への対策もきちんと講じている。

 ゆえに絵馬は木虎へのサポートに徹することも出来ず、再び場が動き出すまで静かにその場で息を潜めるしかなかった。

 

「荒船隊長が木虎隊長へ的を絞りました! 弧月の刃が縦横無尽に振るわれます!」

「あー。あそこまで詰め寄られると銃手(ガンナー)が立て直すのはほとんど無理だな。荒船さんは攻撃手(アタッカー)の中でもトップクラスの腕だ。あの弧月をかわし続けるのは難しい」

「今は木虎隊だけが三人残っているが、その二人が二隊の隊長とぶつかってる。こりゃ、逆転もありえそうだ」

 

 木虎と荒船。副と那須。二つの戦いが形成された形だ。

 数では木虎隊が有利だが副は満身創痍。木虎も足止めに失敗して攻撃手(アタッカー)の接近を許しているという苦しい展開である。

 各隊の狙撃手(スナイパー)は各々の理由で狙撃することを躊躇っている。

 どこかで動きが起こればすぐにでも戦況が変わりかねない中で。那須と副の戦いがその起爆剤になろうとしていた。

 

(厄介ね。ヒットアンドアウェイ戦法。一発ぶつければそのまま押し切れそうだけど。その一発を警戒して深く攻め込んでこない。あくまでも私のトリオンを消耗させるつもりね)

 

 各地で硬直状態が続く一方、那須は副の戦いに苦戦を強いられた。今一度バイパーを仕掛けるものの副は小刻みな動きでかわしていく。

 既に相手は片腕を無くしてトリオン漏れも続く傷が耐えない体だが、彼の元来の素早さにテレポーターの機動力が重なって攻撃を当てることが難しい。彼も傷の大きさを理解しているのか那須の動きに即応して離脱できる距離を常に保っている。

 一度距離を離して戦うことも考えたが副がしつこく攻撃を仕掛けるために離脱も難しい。

 また一撃、刃が那須の肩を捉えた。明らかに接近戦になれた動きだ。おそらくは師匠に鍛えこまれているのだろう。いつまでもかわしきることは難しい。浅いとはいえこのまま傷が増えればトリオン切れを引き起こしてしまう危険性が出てくる。

 

「この!」

 

 アステロイドを放つが、やはりテレポーターでかわされた。

 しかも彼女の死角である真上へと回りこまれてしまう。

 

「隙あり!」

「っ!」

 

 がら空きとなった無防備な姿に、刃を向ける。

 那須が迎撃か、防御か、回避か、対応に迷っている間に――一人の狙撃手(スナイパー)が引き金を引く。

 

「那須先輩!」

「ッ!」

(来たか!)

 

 その狙撃の先にいたのは副だった。弾速がイーグレットよりも劣っているためにシールドの展開が間に合ったが、弾は彼のシールドを簡単に打ち破って右の肩から先を吹き飛ばす。

 

「がっ!?」

 

 激しい衝撃によって空中で仰け反る副。

 シールドでも防げないこの威力。間違いない。これほどの威力を出せる武器は唯一つ。先ほど彼の友も使っていたものだ。

 

「アイ、ビス……!」

「茜ちゃん!」

 

 荒船隊はイーグレットしか装備していないということはデータを洗いなおして理解している。つまりこの一撃は他の隊員。となれば答えは自ずと出てくる。那須隊の日浦が放ったものだ。

 ゆっくりと地面に向かって落下しながら、副は自分の考えが正解であったことを奇しくも彼女の隊の隊長の声で理解した。

 

「……くまちゃんが受けた痛みも含めて、全てお返しするわ」

 

 そして彼を待っていたのは那須の追撃。低い声色に背筋が凍り付くような錯覚を覚えた。

 仰向けの状態で地面に落ちる寸前、視界には数えきれないほどの変化弾(バイパー)が映る。それはまるで雨のようだった。弾は上空で螺旋を描きながら彼の体に降り注ぐ。

 ボロボロの副にはもはやテレポーターもシールドも起動するトリオンは残されていない。副は抵抗も出来ないまま変化弾(バイパー)を打ち込まれてアスファルトに叩きつけられた。

 上半身と下半身が真っ二つに吹き飛ばされる。トリオン体はあっという間に崩壊の時を迎えた。

 

「いや、確かに俺も狙いはしましたけど。熊谷先輩を直接倒したのは荒船先輩……」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 これが彼女の親友を狙った報いか。せめて恨み言を残して副は戦場から離脱する。

 那須が副を撃墜。よって那須隊に一点が記録される。

 この得点にて那須隊、木虎隊、荒船隊と各隊の得点が一点と並び戦いは振り出しに戻ったところで。その均衡状態はあっという間に終わりを迎えてしまう。

 

「やった! 那須先輩……!?」

 

 俊敏に動く副のシールドを打ち破るという好アシストを記録した日浦。

 しかし彼女が味方の得点に歓喜を浮かべたその直後。彼女の頭が何者かに撃ちぬかれた。

 予想もしない衝撃に日浦がゆっくりと視線を狙撃の方角へ向けると、そこにはイーグレットを構える絵馬の姿があった。

 

(思ったよりも近くにいたな。日浦先輩。もっと遠くに逃げていると思っていたけれど)

「絵馬、君……」

 

 狙撃成功により生じた隙を絵馬につかれてしまった日浦。急所である頭を撃ち抜かれてしまってはもはやどうしようもない。

 日浦の体がゆっくりと崩れ落ちていく。その姿を見届けている絵馬。しかしその絵馬の警戒の外から、一発の弾丸が放たれた。

 

「ッ!?」

 

 絵馬が攻撃に気づいた時には彼の胸が撃ちぬかれていた。

 ――ありえない。

 絵馬は彼を撃ち抜いた狙撃の主、半崎を目にして驚愕を露にする。彼がイーグレットを構えていたのは絵馬の狙撃警戒位置よりもさらに外だったのだ。

 

(800メートルは離れているのに。この距離を今の一瞬で?)

「……ごめん。俺もここまでだ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 想像以上の射程と射撃の技術を持つ半崎に成す術もなかった。謝罪をつげ、絵馬が戦場から離脱。日浦に続き、絵馬までもが緊急脱出(ベイルアウト)を余儀なくされる。木虎隊と荒船隊に一点ずつが記録された。

 

「……命中(ヒット)

《よくやった半崎。絵馬を落としたのはデカイぜ》

「うす。ただ、すんません。さすがにダルイす。俺も、どうや、ら、限界みたいで」

《半崎!?》

 

 荒船が半崎の得点を讃える中、彼の声は少しずつ掻き消えていく。

 トリオン体が今の攻撃で限界を迎えたのだ。ランク戦開始早々に副に受けた傷によってトリオン漏出が続いていた上に、試合開始直後からバッグワームを展開し続けてきた。その後狙撃でトリオンを消費していた。もはや彼のトリオンがもたなかったのだ。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 先に脱出した隊員に続くように、半崎もトリオン切れを引き起こして緊急脱出(ベイルアウト)

 全チームの狙撃手(スナイパー)が試合終了の時を迎える前に離脱することとなった。

 

「な、な、なんと! 嵐山隊員の緊急脱出(ベイルアウト)を皮切りに、次々と各隊の隊員が緊急脱出(ベイルアウト)! 戦況が二転三転としています!」

「今の数十秒で何人落ちたよ? 狙撃手(スナイパー)有利の場所とはいえ働きすぎだ」

「ええと。この攻防により嵐山隊員、日浦隊員、絵馬隊員、半崎隊員が落ちました。なお、半崎隊員はトリオン漏出による緊急脱出(ベイルアウト)である為、最も大きな損傷を与えた嵐山隊員に得点がカウントされます」

「一気に四人落ちたのか。混戦だなー」

「てことは木虎隊が三得点、荒船隊が二得点、那須隊が一得点か。半崎が最後に良い仕事したな。絵馬が残ってたら木虎隊の逃げ切りが十分ありえたんだけど」

 

 観覧室は騒然としている。

 緊急脱出(ベイルアウト)が続出し、記録が大きく動き始めたのだから当然だ。

 狙撃手(スナイパー)有利のステージで各隊の狙撃手(スナイパー)が全滅するという事態。特にここまでの戦いで無傷だった日浦と絵馬の離脱は非常に大きなものだ。仲でも自身がボロボロであった半崎が、優位であった木虎隊の人数を減らせたのは大きな戦果だった。

 

「今、それがなくなった」

 

 出水が冷静に分析する。彼の視線の先に映るのは木虎と荒船の戦いだった。

 攻撃手(アタッカー)の間合いで援護もなしの中でよく戦っていたがやはり勝負の優劣を覆すことはできなかった。

 奮戦むなしく、荒船の弧月が木虎を真っ二つに斬り捨てた。半身を失った木虎のトリオン体が音を立てて崩れ去る。

 

「……ッ。ごめんなさい。みん、な」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 木虎が緊急脱出(ベイルアウト)。荒船の二点目が数えられる。

 

「木虎隊長が緊急脱出(ベイルアウト)! 荒船隊が一点を取り返して木虎隊の得点に並びます! 隊長の脱出で木虎隊は全滅となりました!」

 

 この勝敗により木虎隊は全滅。少なくとも現時点で木虎隊の単独勝利はなくなってしまった。

 そして荒船も勝利を抑えたものの、彼に撃破の喜びに浸っている時間はない。

 彼よりも早く副を落とし、高地へと移動していた那須の変化弾(バイパー)が容赦なく襲い掛かる。

 

「ちぃっ。那須か! 厄介なやつが残りやがって!」

 

 愚痴を零しながら荒船はシールドを展開。初弾を防ぎきると狭い路地に逃げ込むと同時にバッグワームを起動して荒船は離脱を開始した。これまでの戦いで崩れ落ちた家屋の中へと逃げていく。

 姿を晦まそうとする荒船。彼の動きと考えを冷静に那須は分析する。

 

(バッグワームを使ってきた。このまま逃げて時間切れに持ち込むか、あるいは不意をついての奇襲狙いかも。でも)

「逃がさないわ」

 

 荒船の思惑通りにさせるわけにはいかない。逃げるというのならば姿を見せるまで追い詰めるのみ。

 変化弾(バイパー)から炸裂弾(メテオラ)に切り替えて家屋を爆撃。一斉に放たれた無数の弾が家々に落ち、爆発。次々と逃げ道を塞ぎすぐさま荒船を炙り出す。

 

「くそっ。こんなとこで!」

 

 苦笑いを浮べる荒船に、彼女が得意とする変化弾(バイパー)の集中砲火が襲い掛かった。

 先に副を落として地の利を得た那須の勢いは凄まじいものだった。

 あっという間に荒船を追い詰めていく。彼のシールドも、一転突破狙いの変化弾(バイパー)を前には持つ事ができない。

 

「くまちゃんの仇、取らせて貰います」

 

 交戦から一分を持たずして、荒船の体は蜂の巣となっていた。

 

「……がッ!」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 最後、隊長同士の一対一を制したのは那須だった。荒船の接近も逃亡も許さず、冷静に撃ちぬいた。

 市街地には那須だけが生存しその日のB級ランク戦が終わりを迎える。

 

「荒船隊長が緊急脱出(ベイルアウト)! ここで決着! 最終スコアは4対3対3! 那須隊の勝利です!」

 

       得点   生存点   合計

那須隊     2     2     4

木虎隊     3           3

荒船隊     3           3

 

 那須の生存による生存点二点が加算されて、那須隊が四得点。総得点で他二隊を上回り最後の最後で那須隊が逆転勝利を収めた。

 

「木虎ちゃん、お疲れ様!」

「……ごめんなさい。最後、何も出来なくて」

「いや、そんな」

「むしろ荒船先輩相手によく時間稼いでくれましたよ」

 

 木虎隊作戦室。最後に緊急脱出(ベイルアウト)した木虎を迎え入れる三人。

 やはり隊長としての責任を感じているのだろう。特に今回は彼女が得点を挙げることが出来なかったということも一因なのかもしれない。

 気落ちする彼女を見て、皆誰もが案じて声を掛け合っていた。

 

「お疲れ様」

「二得点、さすがすね」

「悪いな。那須は止められなかった」

「仕方がねえさ。那須有利の展開だったしな、あれは」

 

 一方、荒船隊作戦室。

 那須には敗れたもののエースの荒船が二得点を取ったということもあって皆表情が明るい。

 市街地Cで勝利を飾れなかったのは痛いものの三得点は十分な戦果といえるだろう。

 狙撃手(スナイパー)が中々動けない中、荒船が上手く点を稼いでくれたのは収穫だ。

 

「那須先輩! 大丈夫ですか!?」

「ええ。皆、ありがと」

「お疲れ様です」

「最後まで凄かったよ!」

 

 そして那須隊作戦室。最後まで戦った為だろう。那須が少し苦しそうな表情を浮かべていた。

 最後まで奮闘し勝利に導いた隊長の体を心配して、熊谷達は那須に椅子に座るよう促して試合の解説が始まるのをじっくりと待った。

 

「さあこれにて本日のランク戦はすべて終了となります! 暫定順位が更新されました! 那須隊は十位に上昇。木虎隊、荒船隊は順位変わらずという結果になりました!」

 

 ROUND2全ての試合が終了し、暫定順位が更新。

 勝利を収めた那須隊が順位を二つ上げて他の隊は変わらず今の順位をキープした。

 

「さて、振り返ってみて今日の勝負の総評をお願いします!」

「そうだなー。荒船隊が市街地Cを選択したときは荒船隊が暴れまわるかと思ったが、今回は自慢の狙撃を封じられたって印象だな」

「ああ確かに。序盤は荒船隊の二人も働いていたけど、弟君の囮で他の隊の狙撃が封じられたって印象がある。絵馬が狙撃を一発で決めたのが大きいだろ。上手く敵を引きつけ、そのチャンスを生かしたって印象を受ける。よく考えてるぜ」

狙撃手(スナイパー)優位のステージで、狙撃手(スナイパー)封じを行った木虎隊。確かに他の隊には辛い展開でありました。試合の流れを掴んでいたのは木虎隊だった、ということでしょうか?」

「まあ作戦、だけで見ればそうかもな。けど試合全体を通してみれば木虎隊が有利だったかといえば一概にはそうともいえない」

 

 荒船隊がまずステージ選択で優位にたったものの、対策を講じてランク戦に臨んだ木虎隊。現に彼女達の作戦により優位に立った場面もあった。しかし何もかもが木虎隊にとって上手くいっていたかと言えばそうでもないと米屋は語る。出水も同意見のようだ。

 

「最初の交戦で半崎と弟君がダメージを負ったのが後々まで響いてた。あの時半崎が先に落とされてたら木虎隊が得点でも有利だったし、絵馬も落とされなかったかもしれない」

「あそこで那須隊長が二人にダメージを残した状態で試合を進めたのがデカかったなー。そのせいで半崎はギリギリまで戦えたし、逆に弟君はトリオン漏出を気にして早々に勝負せざるをえなかった。那須隊が最初から一手余裕をもてたって感じか」

「ステージ選択で優位だった荒船隊。対して木虎隊は作戦で優位に進め、那須隊はその戦況下で上手く立ち振る舞った。ということですね」

「そうだな」

 

 那須がその場で見せた機転のよさ。あそこで那須が動かなければその後の試合の展開は変わっていたのかもしれない。現に最後まで彼女が最初にとった行動が影響しており、那須隊を勝利に導いている。

 いわば対策の対策。土壇場で強さを発揮したのが那須隊であるといえる。結局、どの隊もそれぞれの強みを発揮して結果を残しているということだろう。

 

「点の取り方からみてもそれは考えられる。那須隊は日浦の援護もあって那須が一人で二点取ってるし、木虎隊は絵馬と弟君がそれぞれ得点。荒船隊も半崎が一点とって荒船さんが二点。どの隊にも勝ちの目星はあった」

「どのチームも其々特色が出た試合だったんじゃね。那須隊の勝利だけど、他の二隊も三点とって順位を維持した。ただ那須隊が一歩有利だった。それだけだろ」

「確かに。今日のランク戦は最後まで緊迫して勝敗が読めませんでした。那須隊は逆転勝利で波に乗れるでしょうし、木虎隊も作戦を上手くこなした。荒船隊も制限された中で隊長が点を稼ぐなど今後のランク戦へ向けてどの隊も良い勝負になったと思います!」

 

 そのなかで那須隊が勝利を得た。他の隊が劣っていたというわけではなく、那須隊の強みが一歩勝っていたというだけ。そう語る解説の二人の意見を受け、勝った那須隊はもちろん負けた木虎隊と荒船隊の面々が幾分か気の晴れた顔つきをして前を見据えている。

 

「後は今日のランク戦で感じた良い点、悪い点をどう反省していくかだ。那須隊は日浦が弟君の足を止めたのが良かった反面で前衛の熊谷が落とされたのが痛い。木虎隊は作戦が上手くいったが木虎が得点できなかった。荒船隊は隊長が頑張ってたけど今回の件で狙撃を躊躇いすぎないようにすること。といったところだな」

「今日のランク戦は点差が小さいからどの隊もまだまだ上に上がれる。まだ今シーズンが始まってから二戦目だ。中々面白い試合だったし、これからどう勝ちあがっていくか期待してるぜ」

「そうですね。次戦以降にも期待がかかります。――以上をもってB級ランク戦ROUND2夜の部を終了します! 皆さん、お疲れ様でした! 出水先輩、米屋先輩。解説ありがとうございました!」

「ありがとうございましたー」

「ありがとうございましたー」

 

 最後に解説の二人が各チームへ今後の成長のための要点を述べ、その日のランク戦は全て終了した。

 木虎隊は二戦連続での勝利とはならず。しかし三得点を挙げたことで順位をキープできた事は喜んでいいことだろう。

 そしてここから先。防衛任務をこなしながらまだまだランク戦は続いていく。

 己の目標のため、彼らは更なる強さを求めて研鑽に勤しんでいく。チームの仲間と共に。




那須さんを怒らせてはならない、那須さんを怒らせてはならない(戒め
実は当真や絵馬、鳩原、東さんよりも射程が長い半崎。BBF見たときは衝撃でした。
ランク戦二戦目終了。ここからは少し時系列を飛ばしつつイベント回を進めていこうと思います。さすがにシーズン全試合を書くのは無理ですし(笑)


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村上鋼②

 二日目のランク戦が終了。

 ランク戦に参加していた者を含んだ各隊員が次々とその場を後にしている中。そんな彼らの様子を高い場所から眺めている二人の男性がいた。

 普段は会議室として使用されている部屋を占拠しているのは、ボーダーの中枢を担う幹部の二人。

根付室長と唐沢部長、かつて本部司令である城戸がスカウトした人物達だ。

 メディア対策室長、根付栄蔵。

 外務・営業部長、唐沢克己。

 

「ふーむ。今日のランク戦も中々見所がある試合でしたねぇ」

「そうですね。結果だけ見れば普段よりも順位の上下が少なかったですが、内容はより過密なものであったと思います」

「やはり若いチームが頭角を現すと他のチームによい刺激となる。彼女達のような存在は組織にとっては必要だ。できれば今後もランク戦を盛り上げてもらいたいものですよ」

「まったくです」

 

 今日のランク戦の盛り上がりを嬉しく感じていた。

 特に二人が注目しているのは今シーズンからB級ランク戦に参加している木虎隊の面々だ。

 新規加入したチームは物珍しさもあって観客の注目が増す。新たなライバルの加入に他のチームはより真剣にランク戦に参加する。長くB級に在籍している以上、新人には負けられないという意地もよい方向へ働く事だろう。

 

「そして、彼。嵐山君の弟。彼のような存在がボーダーに加わってくれたというのは私としては特に大きなもの」

 

 そう根付が示したのは副。広報部隊、嵐山隊を率いる隊長の弟の加入。

 この事実は対外的な意味合いで大きなものとなっている。少なくとも根付はそう確信していた。

 

「かつて嵐山君がメディアに始めて顔を出してからはや三年。当時は爆発的にボーダーへの加入が増えたが今はそれも落ち着きを取り戻している。彼の存在が嵐山君のように起爆剤となってくれればボーダーとしては願ってもないことです」

「……と言いますと? 彼も嵐山隊に組み込むか、あるいは嵐山隊と共にメディアに出させる、というお考えでしょうか?」

「いえいえ。確かにそれも手ではありますが。私はさらにもう一つ上の考えを思い描いています」

 

 唐沢の意見に幾分かの賛同を示しつつ、根付は口角を上げて己の本当の狙いを彼に打ち明けた。

 

「彼には新たな広告塔を担ってもらう。嵐山隊に告ぐ、『第二の嵐山隊』を作る」

「もう一つ、広報部隊を」

「ええ。今は話していませんが、他の適任な人材が見つかり次第声をかけようと思います」

「なるほど」

 

 その場では一応頷いた唐沢。彼の賛同を得たとみた根付は上機嫌に笑う。

 しかし唐沢が根付をみる目はどこか一歩退いたようなものだ。

 彼はこの時感じ取っていたのだ。

 ボーダーの顔という大役。あれは嵐山だからこそできたものであり、その役は誰か他の者が務められるような易いものではないのだと。たとえ相手が実の弟であろうと例外ではない。

 それにも関わらず、そのような案を無理に実行に移そうとすれば。

 

(……これは、また流れが大きく変わるな)

 

 唐沢は根付が懐く理想の結末を察して、一人息を吐いた。

 

 

――――

 

 

 時間は少し流れて。

 B級ランク戦Round2から一ヶ月と少しが経過した七月末。

 中学とボーダーという二足の草鞋を履いていた副であったが、そのうちの片方が大きな区切りを迎えていた。

 

「――それでは、これで授業は終了。明日から夏休みとなります。皆、長期休暇だからといって気を抜かずに。また八月に元気な姿で会いましょう!」

 

 先生がそう締め括って生徒達は一斉に沸きあがった。夏休み。ついに迎えた授業から開放される日だ。長期休みに歓喜するのは無理もないことだろう。

 副もようやく二重生活の一時的な終わりに胸を撫で下ろした。正隊員になって二ヶ月ほどが経過。少しずつ慣れてきたとはいえ、まだ育ち盛りの学生だ。この休みは非常にありがたい。

 

「おつかれ、副。今日は陸上部あるの?」

「姉ちゃん。いや、今日は休みだよ。シフトも入ってないから今日は夏休みの宿題を進めるのもかねて、次に向けてのミーティングをボーダー本部(向こう)でやるつもり」

「そうなの? わかった」

 

 佐補はそれを聞くとうっすらと笑みを浮べた。ボーダーの生活に馴染めていることに安堵したのかもしれない。

 現在もボーダーはB級ランク戦シーズンの真只中。夏休みが終了するまでの期間、ランク戦も並行して続いていく。ゆえにあまり夏休みの宿題を後々まで残しておくということはしておきたくない。同学年の絵馬も考えは同じようで、今日は本部で共に宿題をこなし、わからないところは教えあおうと考えていた。

 

「あー、副! いつの間にかボーダーに入ってたんだって? しかもあんた正隊員になったんでしょ? すごいじゃん。おめでと!」

「え? 夏目、なんで知ってるの?」

 

 陽気な声がボーダーへの入隊を、正隊員への昇格を褒め称える。その声の主は佐補と仲が良く話し仲間である夏目出穂だ。

 ボーダーへの加入は誰にも話していない。何故彼女が知っているのだろうかと副が不思議そうに聞き返すと夏目はスマホを取り出し、ボーダーのネットページを指し示した。

 

「ボーダーの正隊員の名前は広報サイトに全員が記載されているんだって。ほら、あんたの名前」

「……マジじゃん」

 

 たしかに隊員名簿の一覧の中に副の名前がしっかりと刻まれていた。他にも木虎や村上に絵馬、彼がよく知る同僚達の名前が次々と並んでいる。

 

「でもよく見てるね。こういうの、細かく見てないと気づけなさそうだけど」

「私もたまにボーダーのサイトは見てるけど、見つけたのは偶々。サイト閲覧してるときにこの子が私に教えてくれたんだ」

「忍田さん?」

 

 横からひょっこり出てきたのは黒髪ロングの女子生徒、忍田瑠花。

 

「ええ。叔父に少しだけ話を聞いてて知ってたの。そうしたら丁度夏目がボーダーのサイトを見ていたからつい」

「叔父?」

「ボーダーの本部長、といえばわかる?」

「…………え!? 本当!?」

 

 落ち着きを失う副に、忍田はゆっくりと頷いた。

 ボーダーの本部長の忍田と言われればボーダーの隊員ならばすぐに顔が浮かんでくる。副もボーダーへの正式入隊日の日に本部長からの挨拶を目にしていたためによく覚えていた。

 彼女はその姪であるという。すぐにその事実を理解する事ができず、副はしばし時を忘れて硬直した。

 

「私もいつかオペレーターの仕事につこうと思っているから結構ボーダーの話を聞いたりしてる。そうしたら、嵐山君の名前を聞いてびっくりしたけど」

「これはこれは。兄ともどもいつもお世話になっています」

「こちらこそ。いつも熱心に働いているようで」

「……あんた達、ちょっと論点ずれてない?」

「仕事の付き合いみたいな話になってるよ?」

 

 とても中学生同士とは思えない会話に、話に入りきれなかった二人は苦言を呈する。

 もっとも、街の平和を第一に考えている忍田本部長の姪。そしてその忍田本部長の派閥に属している中では最大戦力となっている嵐山隊隊長の弟。中々珍しい組み合わせが生じているのだ。無理もない反応ではあった。

 

「でも瑠花もボーダー目指してんの? 全然知らなかったけど」

「ええ。本当はもう少し経ってからと考えていたけれど、同じ学校の嵐山君が所属しているとなれば事情も変わってくるし。早ければ今度の入隊試験を受けるつもり」

「そうなんだ。あたしも興味あったし今度受けてみようかなー」

「まあ、受けることは自由だ。もし何か入隊について聞きたいこととかあれば相談に乗るよ」

「本当!? 助かるわー」

「ええ。その時はどうぞよろしく」

 

 二人と今後の協力について約束を取り付けたところで。

 周囲にも話が聞こえていたのかボーダーの話題にひきつけられたクラスメイトが集まり始めた。

 さすがにこれ以上長居はできないなと判断した副は早々に撤退を決断。

 話しかけてくる人たちを適当にあしらい、ボーダー本部へと足を運んだ。

 

 

――――

 

 

 木虎隊作戦室。

 隊長である木虎はつい先ほどまで防衛任務に当たっていて現在は戻っている最中だ。

 その為今はオペレーターである三上だけが部屋にいるのだが。

 突如作戦室の扉が開く。

 三桁のパスワードを入力し、トリガー認識を経た副と絵馬が荷物を持って部屋の中へ入ってきた。

 

「あれ? 二人ともお疲れ様」

「お疲れ様です、三上先輩」

「木虎ちゃんはまだ戻ってないよ。ラウンジで夏休みの宿題をやってるって聞いていたけど。一段落ついた?」

「いや、そのことなんだけど」

 

 絵馬は言葉を詰まらせ、ゆっくりと視線を副に向ける。

 

「……太一先輩、絶対に許さない!」

 

 その副は今にも怒りで爆発しそうな状態であった。普段からあまり苛立ちを見せることは少ない彼らしからぬ言動だ。

 事情を知る絵馬は静かにため息を一つ吐き。

状況を飲み込めない三上は困惑して首を傾げるしかなかった。

 

「えっと、何があったの?」

 

 とりあえず三上は何があったのかを平然としている絵馬へと尋ねる。だが意外にも彼女の疑問に答えたのは副であった。

 

「三上先輩も知ってる通り、木虎先輩が戻るまではラウンジで勉強しようと思ったんですよ。あそこ自販機とかもあるから都合がいいし」

「うん。それは知ってるけど」

「で、宿題をしているところに太一先輩が来ました」

「鈴鳴の狙撃手(スナイパー)ね」

「はい。『頑張ってるじゃん』と差し入れとかいって炭酸飲料をくれたんですけど」

「うん」

「その炭酸飲料を、宿題の山へとぶちまけてくれました」

「副がやっていた宿題の山にね」

「うわー……」

 

 真面目に課題に取り組んでいた副に襲い掛かったのは真の悪だった。

 その上副が語ることによると、炭酸飲料がかかったというのは丁度彼がやっていたものだけだという。つまり、彼の努力が水の泡になったということだ。まさに炭酸飲料。

 また、三上は知らないが副は炭酸飲料を嫌っている。陸上というスポーツをやっているために元々できる限り飲まないようにと指導を受けているのだ。

 

「しかも、謝りながら雑巾でふこうとして、慌てていたのか動きは滅茶苦茶。ページがもうズタズタになってましたよ」

(被害は広がるばかり!)

 

 つまり普段はあまり好んで飲まない飲み物を、作業していた宿題の山に投げ込まれ、作業全てを無駄にさせられたという。彼が怒るのは無理もないことだった。

 

「別役先輩は絶対に許さない。ランク戦で戦うことがあったらたとえ刺し違えてでも落としてやる!」

「まあ、そんなことがあってちょっと苛立っているんだよ」

「……うん。仕方がない事ね」

「あれ? 皆、何しているの?」

「あ、木虎ちゃん。お疲れ様」

「おかえり」

「何か、副君が荒れているようだけど」

「実は……」

 

 副が苛立ちを通り越して殺意にも似たような感情を吐き出している。

 絵馬や三上が今はソッとして忘れさせてあげようと考えると、直後防衛任務を終えた木虎が帰還した。

 何故か一人ソファで怪しげな笑みを浮かべ、小言を呟く副。彼の姿を見て疑問を懐いた木虎に、二人は先ほどあったことを順に説明しはじめた。

 

「……酷い話ね」

「多分、悪気はないと思うけど」

「悪気があったらもはや苛めの類よ」

「悪気がないというのも、余計に酷いと思うけどね?」

 

 一通りの話を聞いて木虎は納得し、そして同情を覚えた。

 別役太一。鈴鳴支部での出来事は軽く村上から耳にしていたとはいえ、まさか本当だとは思わず彼の行動については半信半疑の状態だった。

 だがここまで天然でやるということはもはや治せない病気のようなものなのだろう。そちらはどうしようもない。今はとりあえず副のメンタルケアに務めようと木虎は副の隣りへと腰掛ける。

 

「副君。あんまり深く考えないで」

「あ、木虎先輩。お疲れ様です。次のランク戦の話ですよね?」

「ええそうよ。太一先輩のことが気になるかもしれないけれど、そんなに気にしすぎないで」

「大丈夫です。でも、さっきユズルには言いましたが、もし今度ランク戦で鈴鳴第一と戦うときは俺に太一先輩と戦わせてください。絶対に落としますから」

「……あなた、結構根に持つタイプね」

「根に持っているんじゃありません。けじめはしっかりつけたいだけです」

「そう。まあ、わかったわ」

 

 『それを根に持っているというのだけれど』とは口にせず、木虎は頷いた。あまり固執しすぎるのはよくないが、点を取る事に積極的になることは構わないだろう。

 そう考えて木虎はこれ以上太一の話題について触れることを止めにした。

 そしてここから三十分。次の土曜日に戦うチームの加古の記録から対策を考え、全員で議論をかわす。有る程度形になったところで今日のところはこれでいいだろうと、解散となった。

 

「それじゃ、ミーティングは今日はここまでね」

「了解」

「皆はこの後どうする?」

「私は防衛任務の報告書を書いていくけど。二人は?」

「俺は宿題の続きに取り掛かろうと思います」

「同じく。まだ途中で抜け出しちゃったし」

「そう? わかったわ」

 

 対策会議を終えると三上と木虎は事務処理。副と絵馬は宿題の続きを其々の作業にとりかかる。

 開始から五分ほど。程よく時間が経過したところで副が全員に聞こえるような大きさで話し始めた。

 

「そういえば、皆に聞いておこうと思ったんですけど」

「どうしたの?」

「夏休みの予定とか?」

「ああ、いや。そういうことじゃなくて。……誰かスコーピオンで強い人、知りませんか?」

「スコーピオン?」

 

 副は全員へ向けて質問を投げかけた。

 彼がサブトリガーとしてよく使用している攻撃手(アタッカー)用トリガー、スコーピオン。それを使用している隊員で強い人に誰か心当たりがないかと。

 

「どうしたのいきなり」

「最近ランク戦で戦っていて思うんですけど、どうもテレポーターを読まれているのか点を取りにくくなったと感じるんです。木虎先輩と連携しての銃撃戦でたまには落としてますけど」

「でもそれだけだと火力不足、ということ?」

「うん。それに攻撃手(アタッカー)の人に距離つめられると殆ど何も出来ないときがある。前から攻撃手(アタッカー)としても個人(ソロ)ポイントを稼ぎたいと思っていたし、そろそろ誰か師匠として指示を仰ぎたいなって思ったんだ」

 

 

 現在木虎隊はB級十四位。副達の戦い方への対策もあらかた固まっているのか、中位グループとの戦いでは勝ち負けを繰り返しており、伸び悩んでいる。彼もこの状況を打破したいと思っているはずだ。

 だがきっとそれだけではない。さらに上の段階に昇りたい。そういう気持ちが根強いのだろう。

 現在副は銃手(ガンナー)トリガーで五千点を越す個人(ソロ)ポイントを得ている。点が高くなるにつれて個人(ソロ)ポイントを稼ぐことはより難しくなるが、もう少しで彼が目標としている六千点に到達するのだ。その為スコーピオンの扱いもより正確にしていこうと考えている。

 

「なるほどね。でも、誰だろ? スコーピオンで強い人というと、やっぱり風間さんとか?」

「俺も第一にそう考えたんですが、今風間さんは遠征中。少なくとも今シーズン中に戻ってくることはなさそうです」

「じゃあ迅さんとかは? あなた、確か玉狛と接点があるのよね?」

「ええ。でも駄目です。この前偶々本部のラウンジであったときにお願いしたんですけど」

「断られたの?」

「はい。熊谷先輩のお尻を触りながら『悪いが俺にはやらなきゃならないことがあるんだ。弟君だけに時間を割く事ができない。本当にすまない』って、断られました」

「いい加減あの人は警察に通報されるべきね」

 

 木虎の意見に全員が頷いた。迅は通報されない隊員のみ触っているという噂を聞いたことがあるが、さすがに節度と限度というものがある。特に木虎のような厳しい女性は見過ごすことは難しいものだった。

 

「でもそうすると、後はちょっと戦法が変わるけど、万能手(オールラウンダー)の人とかかな?」

「んー。でも万能手(オールラウンダー)の先輩方はスコーピオンをサブトリガーとして使う人が多いんですよね。できればもっと専門的に習いたいので、メイントリガーとして戦っている人に聞きたい」

 

 できるだけ専門の隊員に指示を仰ぎたい。万能手(オールラウンダー)という意見も却下となった。だがそうなると攻撃手(アタッカー)は元々弧月を使う人が多いポジションだ。早々名の知れた隊員は出てこない。

 皆が誰かの名前を挙げることが出来ずに頭を悩ませていると、絵馬が悩みを解決へ導く一言を投じた。

 

「それならその業界の人に聞くのが一番かもね」

「え?」

「俺達はポジションが違うからどうしても情報の偏りがあると思う。だから、攻撃手(アタッカー)の人に聞くのが一番じゃないかな」

「そっか。……そうすると誰がいいかな。よく考えたらあまり攻撃手(アタッカー)の知り合いがいないんだよな」

 

 攻撃手(アタッカー)の知り合いと聞いて副が真っ先に思い浮かぶのは小南だが、彼女は玉狛支部所属だ。本部の隊員についてはあまり情報が通っていないだろう。

 そうなると副の知り合いは嵐山隊やその周囲の隊員がメインとなるのだが、その中に攻撃手(アタッカー)の隊員は見つからない。やはり、この考えもそう上手くはいかないか。

 

「いるよ。俺達の同期に、攻撃手(アタッカー)業界で人気になってる人がさ」

 

 いや。一人いる。

 同期でもある頼もしい攻撃手(アタッカー)の先輩が。

 絵馬の説明で応えにたどり着いた副。善は急げと、副はすぐさま一人の隊員と連絡を取った。

 

 

――――

 

 

 それからさらに三十分後。

 副は荷物を纏めて作戦室を後にすると、個人(ソロ)ランク戦が行われているブースの近く、ラウンジに来ていた。

 相談相手との待合場所だ。待つこと数分。ブースの中から彼にとっては頼もしい存在、村上が姿を現した。

 

「待たせてすまない」

「いえ。お疲れ様です、村上先輩」

「話は少し聞いた。どうやら太一がお前に迷惑をかけたようだな。後できつく言っておく」

「……それならば伝言をお願いします。B級昇格おめでとうございます。ランク戦で戦う日を楽しみに待っています、と」

「引き受けた。お手柔らかにな」

 

 それは難しいですねと副は小さく笑みを作った。

 このランク戦の開催期間の間に太一も正隊員への昇格を果たしていた。これで鈴鳴第一は狙撃手(スナイパー)が加わって防衛隊員が三人と本来の形となっている。

 次戦うときは必ずや落としてみせると遠まわしに語る副。村上もそれを感じ取り、苦笑いを浮べて同僚の身を案じた。

 

「それで。攻撃手(アタッカー)で強い人を知りたい、という話らしいが?」

「はい。俺もスコーピオンの戦いをより学びたいと思って、誰かスコーピオン使いで強い人を知らないかと。村上先輩も攻撃手(アタッカー)。こういうことは村上先輩の方が詳しいという話になりました」

「なるほど。そういうことならば確かにお前達の期待に応えられそうだ」

 

 そういって村上はうっすらと笑ってみせる。

 

「同期の頼みだ。断ることもできない。そういうことなら一人、適任を知っている」

「本当ですか!?」

「ああ。何なら今から紹介してもいいぞ。時間は大丈夫か?」

「はい! お願いします!」

 

 やはり頼んでみて正解だった。快い返事をもらって副は満面の笑みを浮べる。

 元々こういったことに努力を惜しまない性格の彼だ。すぐに話をさせてもらえるということならばこれ以上良い話はない。

 

「なら行こうか。……ああ、ただその前に。お前に一つ聞いておきたいことがある」

「何でしょうか?」

 

 何でも聞いてくださいと身構える彼に、村上は一つの疑問を投げかけた。

 

「お前、お好み焼きに好き嫌いはあるか?」

「いえありません。…………ん? え、何の質問ですかこれ!?」

「そうか。よかったよ」

「いやだからどういう趣旨の質問なんですか!?」

「行けばわかるさ。行くぞ」

「行くって、何処に?」

「お前も腹が減っているだろう? 飯を食べにだよ」

「あの、村上先輩! スコーピオンの方の話は何処へ!?」

 

 とても関係あるとは思えない質問に戸惑う副を他所に、村上は颯爽と歩き始めた。

 遅れるわけにはいかないと副も荷物を手にして彼の後を追う。

 だが何度問いかけても村上ははぐらかして中々副の疑問を解消することはなく。

 ようやく理解したのは、二人がお好み焼き屋に入ってからのことだった。




本物の悪、健在。

忍田瑠花は本当は高校生くらいの設定で出したかったけれどそもそも忍田本部長が若すぎて中学生が限度だった。(原作時点で33歳、現時点で32歳)


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影浦雅人①

本当は昨日投稿したかった。
影浦さん誕生日おめでとうございます。


 その後、副は先を歩く村上に促されるままに一軒のお好み焼き屋に足を運んでいた。

 店内に入ってみると、驚いたことに荒船隊の隊長である荒船の姿があった。お好み焼きが好きだと語る彼はこの店の常連客であるらしい。防衛任務の帰りや学校帰りに寄るとのことだ。

 

(ひょっとして荒船先輩が? いや、でも武器が違うし)

 

 荒船の姿を見て、まさか彼がスコーピオンを教えてくれるのだろうかとも考えたが、先のランク戦でも弧月しか使っていなかった。攻撃手(アタッカー)であるとはいえ違う武器の扱いは専門外であるようだ。

 ならば何故。

 そう首を傾げる副の悩みを他所に、村上は荒船が座っていたテーブルに合流するとメニュー表を眺め始める。どうやら店員は村上のこともよく知っている様子だった。彼もこの店を何度か訪れているということが想像できる。同学年であるしひょっとしたら荒船と一緒に来たことがあるのかもしれない。

 いまだ疑問は晴れないが、副も村上に続いて彼の横へと腰掛けた。

 

「さて、今日は何を頼もうかな。副、お前も好きなものを頼めよ」

「はい。それは良いのですが、村上先輩」

「どうした?」

「その、先ほど話したスコーピオンの師匠についてのお話の方は……」

「スコーピオン? なんだ、お前師匠を探しているのか?」

「ええ。そろそろ攻撃手(アタッカー)の方でも個人(ソロ)ポイントを稼ぎたいと思いまして」

「なるほど。……それでここにつれてきた、というわけか」

「ああ。そういうことだ」

 

 荒船は事情を聞くと村上の行動の意図を即座に理解したようだ。村上に視線を向けると、彼は肯定するように大きく頷く。

 どうやら荒船もこの店に来るということがスコーピオンの師匠探しにつながると考えているようだ。

 ならばこの店には他にもボーダー関係者がいるのだろうか。

 副が答えの浮かばない問題を考え続けると、それを察したのだろうか村上は諭すように肩を叩いた。

 

「詳しく説明してないせいで混乱しているだろう。悪いが、こういう話は本人がいる前で話した方がいいと思ったんだ」

「そうですか。村上先輩の方が話を知っているようなので、その辺りの判断はお任せします」

「助かる。まあまずは腹ごしらえだ。せっかく来たんだ。この店の味を楽しんでくれ」

「そうだぜテメェら!」

 

 村上がやんわりと説明を加えると、話が聞こえてきたのか店員らしき男が張り上げるような声と共に彼らが座るテーブルに向かってきた。

 一足先に注文を済ませていた荒船の品を机にソッと置くと、彼は鋭い歯を見せびらかすように笑みを浮べる。

 

「話なんて後でいくらでも出来る。さっさとうちの品を堪能しな!」

「カゲ」

「よう、鋼。こっちで会うのは久々じゃねえか」

「ああ。今日はお前に会わせたいやつがいて寄ったんだ。……副、こいつは影浦。この店の店主の息子で、ボーダーA級部隊の隊長だ」

 

 カゲと村上に呼ばれた店員、影浦が上機嫌に話しかける。

 A級影浦隊攻撃手(アタッカー) 影浦雅人

 ボーダーの精鋭中の精鋭、A級部隊を率いる隊の隊長であった。

 

「そうでしたか。はじめまして、影浦先輩。嵐山副といいます」

「嵐山? ああ、柿崎(ザキ)さん達が言ってた新入りの方か」

「ザキさん?」

「嵐山隊の柿崎さんのことだよ」

「なるほど」

 

 柿崎を通じて影浦も副の存在を知っていた。どうやらここでも副が持つ人脈の広さが活きていたようだ。影浦も嵐山隊と同じA級部隊。それなりに交流があって話に出てきたこともあるのだろう。

 このようなところでも色々な人に助けてもらってありがたい気持ちでいっぱいだった。

 

「ってことは、お前ら揃いも揃ってこのガキにランク戦で痛い目に会ったのか? おもしれー! 後で記録(ログ)見直すぜ!」

「見るなよ」

「俺は負けていない」

 

 先のB級ランク戦で副が所属する木虎隊が鈴鳴第一を撃破し、荒船隊とも互角以上に競っていた。その話を思い出して影浦はさらに機嫌を良くした。そんな彼に苦言を呈する村上と荒船。副も目の前にその相手がいるために反応に困ってしまい、口を閉ざして傍観に務めることにした。

 

「で? 俺に会わせるってことはトリガーの事か? 大体想像はつくけどよ」

「話が早くて助かる」

「だがまずは食っていけ! うちに来たんだ。話だけは許さねえぞ!」

 

 ようやく本題に入ろうとして、しかしここは飲食店。しかも影浦が働いている店だ。

 話の前に食事が先。その意見は最もだ。

 影浦に急かされて村上と副も注文を頼んでお好み焼きを堪能する。

 

(あ、美味しい)

 

 影浦が持つ鋭い歯や厳しい眼光の為に第一印象は少し怖い人、という印象があったのだが。話してみれば意外と気さくなようだし提供されるお好み焼きも満足のいくもの。十分に熱したお好み焼きは絶品の一言に尽きる。

 良い人なのかも、と副はチラリと影浦を見る。すると何故か背後を向いていて視線が会っていないはずなのに影浦が笑みを浮べて副へと近づいてきた。

 

「おう、どうだ。結構いけるだろ?」

「え。あ、はい。とても美味しいです」

 

 このタイミングは偶然なのだろうか。

 突然の出来事に困惑しながらも箸を伸ばす手は止まらない。次々とお好み焼きを平らげていった。

 

 

――――

 

 

「――で? 一体今日は何のようだったんだよ?」

 

 食事を終えて影浦が片づけを済ませたあと。

副と村上はようやく本来の目的を果たそうとしていた。ちなみに荒船は先に帰宅したのでこの場にはいない。

 

「そうだな。お前に頼みがあるんだが……」

 

まずどこから話そうか。そう村上が悩んでいると、その前に副が単刀直入に影浦に頼み始めた。

 

「実は、俺は今スコーピオンの師匠を探しているんです。影浦先輩、俺にスコーピオンの戦いを教えてくれませんか?」

「あ?」

 

 余計な説明は不用。長く話すよりもキッパリと要件を伝えたほうが良い。そう考えたのだろう。

 手短に告げられた副の頼みを前に、影浦は。

 

「やなこった」

 

 こちらも、一言で拒絶の意志を表示した。

 

「なんで俺が初対面のやつの師匠にならなきゃならねんだよ。大体俺はそんな師匠とかそういう役割は嫌いなんだ。バカ正直に練習に手伝うなんて面倒だしな」

「……おい。カゲ」

「どうしても強くなりたいってんなら、勝手に練習してろ。個人(ソロ)ランク戦とかしてればそのうちそれなりに強いスコーピオン使いとも当たるだろうよ」

 

 これ以上説得しても無駄だ。一歩も譲る姿勢を見せず拒絶の言葉を並べていく。

 確かにランク戦を通していけばいつかは強くなれるかもしれない。

 しかしその確信はないしどうしても師匠がいるいないによって戦い方というものは変わってくるだろう。

 

「そこを何とかお願いします。俺は、影浦先輩に教えていただきたい」

 

 深々と頭を下げる副。

 

「やなこった」

 

 だがやはり、影浦の返答は変わらない。淡々と彼の依頼を撥ね付けてしまう。

 少しも考える素振りはない。おそらく影浦の意志は決まっているのだろう。

 これ以上は無駄であると村上は副の肩を叩いた。

 

「仕方がないさ。忙しい中悪いなカゲ。今日はここで帰る。また今度な」

「……はい。影浦先輩、わざわざありがとうございました」

 

 頭を上げて、副は店を後にした。

 影浦に対する嫌気などはない。師匠に向いている向いていないは確かに存在するだろう。そうでなくても影浦とは初対面だ。このようなことを無理強いするのはよくない。格上で年上ともなればなおさらだ。

 店を後にする二人。

 帰り道は途中までは同じであった為にその後も共に歩いていた二人。

 その中で村上は先ほどの会話で一つ疑問に感じたことを副に問いかけた。

 

「どうしてカゲにこだわったんだ?」

「え?」

「さっき『カゲに教わりたい』とそう言っていただろう。カゲがそこに反応していなかったということはあれは紛れもなくお前の本心だ。どうしてそこまでこだわっていたんだ?」

 

 副は影浦の戦い方さえ知らないはずだ。それなのにどうしてあそこまで影浦を師匠に仰ぐことに一心になっていたのか。

 その問いに、副は少し恥ずかしげ笑みを浮べて答えた。

 

「それは村上先輩からの提案でしたから。俺よりも攻撃手(アタッカー)の事をよく知る実力者の意見。どうして他の選択肢を選べます?」

「……参った。そう来たか」

 

 これはカゲも反応できないわけだ。

 村上は後輩の馬鹿正直さに感心半分呆れ半分の状態になって、一つ息を吐く。

 副と別れた後。自分からも後でもう一度進言しておこうとそう村上が考えたのと彼の携帯端末が振動を始めたのは殆ど同じタイミングであった。

 

 

――――

 

 

 その頃。影浦の自室。

 影浦はパソコン上に流れている映像をじっと眺めていた。

 画面には先日のランク戦の記録(ログ)、木虎隊の戦いが映っている。

 特に影浦が見ていたのは木虎隊の一員である副の動き。

 アサルトライフルで銃撃戦を繰り広げ、時にはスコーピオンで先陣を斬り、村上や那須といったエース級の相手とも渡り合っている。

 無言で映像を見続けること十分ほど。画面が途切れると影浦は携帯端末へと手を伸ばして、一人の友人へと通話を繋げた。

 

「……おう、鋼か。さっきぶりだな。一つ聞きてえんだが。」

 

電話の相手は村上。つい先ほどまで彼が話していた相手だ。

影浦は村上に有ることを聞き出すと、満足げに笑みを浮べてすぐさま通話を切る。

 

「さて、久々にポイント稼ぎに出るか」

 

 

――――

 

 

 翌日の昼。

 陸上部の朝練を終えた後、副はボーダー本部へと向かっていた。

 防衛任務は今日の夜から組まれている。まだまだ時間はあるのだが、その前に個人(ソロ)ランク戦をやっておこうと考えたのだ。

 

(影浦先輩も桐絵さんも言っていたけど、実戦で学べることも多い。特にスコーピオン使いの相手との戦いなら学べることも多いはずだ。少しでも扱いに慣れておかないと)

 

 攻撃手(アタッカー)である二人の先輩からの意見だ。これに従わないという選択肢はない。

 ブースに入ってランク戦の手続きを手短に済ませるとランク戦に参加中の隊員が表示される。

 やはり弧月が人気であるためかスコーピオンの表示は中々見つからない。

 何とか見つけてランク戦を挑んだものの、相手はB級単独(ソロ)の隊員だった。

 二人の相手と二十戦を繰り広げたが戦績は13勝7敗と勝ち越し。

 先日戦った各部隊のエース級の隊員と比べると圧力が別物だった。

 

「やっぱりそう簡単には見つからないか。……うん?」

 

 一度戻って記録(ログ)を見返した方がいいのだろうか。

 そう副が引き返そうとすると、副に挑戦する隊員が現れたと表示される。

 しかも相手はスコーピオン。これは珍しいと考えて、相手の個人(ソロ)ポイントを見て絶句する。

 

「い、一万越え!?」

 

 脅威の五桁を記録する数字の持ち主だった。

 この実力、A級であることは間違いないだろう。これほどの相手との対戦など滅多に出来るものではない。副は喜んで挑戦を受け入れた。

 転送が始まった。ゆっくりと目を見開けば見慣れた市街地の風景と共に――昨日初対面を果たした、男性隊員の姿が目に映る。

 ボサボサの黒髪をかき上げ、相手は満足げに口角を上げた。

 

「よう、副」

「影浦先輩!? 何で!?」

 

 昨日、誘いを断られた影浦の姿があった。

 まさかこんなタイミングが良すぎる偶然がありえるのだろうか。

 副が首を傾げると様子に気づいた影浦が語り始める。

 

「だから昨日言っただろうが」

「へ? 言うって、何をです?」

「勝手に練習でもやってろってよ。そうすればランク戦でそのうち強いやつと当たるって言っただろ」

「勝手にって、え!? そういう意味だったんですか!?」

 

 つまり一般的な師匠の様な指導は出来ないが、勝手にランク戦をやっていればランク戦の相手として教えてはくれる。そういうことなのだろうか。

 何ともわかりにくいことをしてくれたものだ。

 ひょっとしなくても影浦先輩ってやはり良い人なのかも。副が影浦の株を上げていると、何を考えたのか突如影浦が言葉を荒げる。

 

「おおい! 何ぼさっとしてんだテメエ。まさか実は良い人なのかもとか考えてるんじゃねえだろうな!?」

「え!?」

(心を読まれた!?)

「あの、俺言葉に出ていましたか?」

「気配でわかるんだよ。舐めたこと考えてるんじゃねえぞ!」

 

「どこの殺し屋ですかあなたは」とは言えなかった。

 

「ここから先切り裂かれることになるんだ。一瞬とも気を抜くんじゃねえ」

「……はい。ただでやられるつもりもありませんけど」

『対戦ステージ、「市街地A」。個人ランク戦十本勝負、開始』

 

 二人とも好戦的な笑みを浮かべて、ランク戦はスタートした。

 

 

――――

 

 

「ッ!」

(強い、早い! 押し切られる!)

「オラオラ、どうした!」

 

 影浦の両刀スコーピオンに対して副は右腕にシールド、左手にスコーピオンを展開して切り合いを繰り広げている。

 致命傷はシールドで避けているものの、手数の差が大きすぎた。

 副のトリオン体には時間の経過と共に傷口が次々と増えていく。シールドも損傷が激しくこれ以上大きなダメージが入ればすぐに割れてしまいそうな状態だった。

 

「こんのっ!」

 

 形成逆転を狙い、副はテレポーターを使用。

 影浦の背後の屋根へと乗り移り、奇襲を狙って屋根を蹴った。

 

「甘ぇんだよ」

「ッ!?」

 

 だが読まれていたのか影浦は副へ目掛けて一本のスコーピオンを投擲。

 勢いがついている状況ではかわしきれない。右腕に鋭い刃が突き刺さった。

 

(スコーピオンを飛び道具に!?)

「やべっ!」

 

 奇襲は失敗。態勢を崩してスコーピオンの間合いに入ってしまった。即座に落下地点を蹴って後方に下がる。

 影浦の追い打ちに備えてスコーピオンを構え、迎撃態勢を整えた。

 

「それじゃあ防げねえよ」

 

 影浦の手元から、刃が鞭のように伸び副を襲った。

 首から胴体にかけて大きく傷が走る。

 これはもはや取り返しようのない致命傷だった。

 

「……なっ」

『トリオン体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 何が起こったのかもわからないまま、副は緊急脱出(ベイルアウト)

 影浦に手も足も出ず彼の一本目を許してしまった。

 

(スコーピオンが伸びた? スコーピオンの射程では届かないはずの距離なのに)

「ほら、どうした。どんどん行くぜ」

「……よろしくお願いします!」

 

 影浦の攻撃のトリックは掴めていない。あの無尽に振るわれる刃を凌ぐ事は難しい。

 しかしこれほどのスコーピオン使いは見たことがない。今まで戦ってきた相手の中でも間違いなく別格の存在だ。

 そんな相手と競い合える。

 副は闘志が消えるどころかさらに気迫を込めてランク戦へと臨んでいった。

 

 

――――

 

 その日の夜。

 防衛任務に当たっている副は同じシフト時間の担当である烏丸、柿崎と共に本部の外へと出ていた。警戒区域の限界となる境界線付近の巡回。その途中、話題は昼に行われていたランク戦の話へと移った。

 

「それで、ボロボロにやられたのか」

「……今日の影浦先輩との戦績。トータルで0勝30敗です」

「これはまた手ひどくやられたわけだ」

「あいつは手加減を知らないからな。小南といい、厄介な人物と組んでいるな。よくついていってるよ」

 

 話を聞くだけでもどれだけ一方的な蹂躙が繰り広げられたのかを想像することは容易い。

 烏丸も柿崎も揃って息を吐いた。小南も影浦も指導に当たっても全力で挑むような隊員だ。それについていくことは中々できることではない。

 二人は呆れと感心の両方を懐いて副を見る。

 しかし肝心の副はといえばそう気落ちしている素振りは見られない。

 

「でも本当参考になります。俺では考え付かないようなスコーピオンの使い方をしていますし、何より格上との戦いとなると緊張感が全然違う」

 

 戦いで懐く負の感情よりも得られるものの方が大きいのだろう。

 特に未知の戦いを示してもらうという点は非常に大きなものだ。まだ経験の浅い副にとっては新しい世界が開けていくような感覚。無邪気に、楽しそうに副は語っている。

 

「本当に、恵まれていると実感します」

「……やれやれ。困った後輩だ」

「師匠側にとっては良いんじゃないですか? 小南先輩も影浦先輩も初めての弟子のようですし」

「それはそうだけどな」

 

 そこから先は、柿崎は続けることができなかった。

 今はそれでもいい。強くなることに夢中になる。悪い事ではない。だがしかし、彼がこの先強さの壁に当たってしまったのならば。自分の強さに限界を感じてしまったならば。

 その時、彼は今と同じ感情を懐き続けることができるのだろうか。目標を見続けることが出来るのだろうか。

 答えは出ない。

 副が目指している目標。それは柿崎にとってはあまりにも眩しいものである為に。直視することが出来なかった。

 

「でも影浦先輩に勝てるビジョンが見えないんですよね。テレポーターで奇襲しようとしても、死角に回り込んだはずなのに何故か完全に見抜かれているし」

「あー、それは影浦先輩のサイドエフェクトだな」

「サイドエフェクト? 影浦先輩も持ってるんですか?」

「ああ。確か感情受信体質と呼ばれてる。自分に向けられている感情や意識、敵意といったものを肌で感じ取るそうだ」

「……奇襲が奇襲になっていない。そういうわけでしたか」

 

 ランク戦で真上に転位したのに、動きを読まれて頭から映えたスコーピオンに串刺しになった光景が思い返される。

 影浦のサイドエフェクト。相手の意識を感じ取ってしまうという体質はテレポーターの天敵だ。どんな位置に、距離に転位しようとも動きや攻撃を読まれてしまう。

 

「これは師匠から一本取る事はやっぱり難しそうだ」

 

 未だに小南からも白星を掴めていない副。

 一体師匠から初勝利を掴み取れるのは何時の日になることやら。

 そう副がため息をついていると。

 

「ッ!?」

「来た!」

「構えろ!」

 

 近界民(ネイバー)の襲来を告げるボーダー基地の警報が鳴り響いた。

 

「近い!」

(ゲート)発生、(ゲート)発生。座標誘導誤差3.34。近隣の皆様はご注意ください』

「モールモッド、二匹確認」

「こちら柿崎。現着した。戦闘開始する!」

 

 門から現れたのは自動車ほどの大きさを誇る近界民(ネイバー)、モールモッド二匹だった。

 

「柿崎さん。左の一匹は俺が受け持ちます。二人で右の一匹をお願いします」

「了解した。副、行くぞ!」

「わかってます!」

 

 敵の存在を視認して、三人は二手に別れた。

 副は柿崎と共に右のモールモッドに向かうと、こちらに気づいていない相手の足元にメテオラを打ち込んだ。

 片足側の地面が沈み、バランスを崩す。

 攻撃に気づいたモールモッドが振り返る。同時に逆側の足で副を切り裂こうとするが、柿崎の銃撃が足を打ち抜いた。二人目の攻撃によってモールモッドの動きが停止する。

 

「副!」

「お任せを!」

 

 呼び声だけで相手の意図は理解できる。

 ――突撃だ。

 副は走りながらテレポーターを起動。

 モールモッドの目前に転位し、動きが止まった相手をすれ違い様に切り裂いた。

 

「桐絵さん達に比べれば、近界民(ネイバー)なんてかわいいものだ!」

 

 スコーピオンが急所である目を一刀両断。

 横一線に傷跡が入り、モールモッドは重厚な音を立てて地面に沈んでいく。

 

「よしっ」

「よくやった。烏丸!」

「はい。こっちも掃討終了です」

 

 もう一体へと視線を向ければ、烏丸の弧月に切り捨てられた残骸が目に映った。

 流石はA級隊員。単独でもモールモッド一体を倒す事など造作もない。汗一つ浮かべる事なく烏丸は二人と合流した。

 しかし、副も徐々に戦闘に慣れてきたという実感を持っていた。

 相手が近界民(ネイバー)であろうとも迷わず突っ込むことができるくらいに。

 

「沈黙を確認。。一先ずは討伐完了だ。後は回収班を回してもらう。俺達は引き続き巡回と行くぞ!」

「はい」

「了解です」

 

 柿崎の指示の元、再び防衛任務に戻る三人。

 ランク戦だけではない。本業である防衛任務でも、副は徐々に自分の力が高まっていることを感じ取っていた。

 そして、影浦を師匠と仰ぎ。

 副は新たな自分の戦い方を身につけることとなる。




この後。
「小南先輩。副が『小南先輩より近界民(ネイバー)の方が可愛い』って言ってましたよ」
「ハッ……!? ホントに!?」
「すいません。本当です」
「……ッ!? なっ……」

個人ランク戦で負けが続いて感覚がおかしくなっているんですよ(適当


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木虎藍③

今日は六月二十六日ということで。
時間軸が少し戻って、木虎隊の一日です。 


 六月の終盤。B級に昇進を果たし、ランク戦が始まってからもう少しで一ヶ月が経過しようという頃。

 木虎隊の隊長である木虎藍は悩みを抱えていた。

 彼女は隊を率いる隊長として、可能な限りは隊員とのコミュニケーションは上手く取っていきたいと思っている。特に防衛隊員である副と絵馬は年下の後輩だ。年下の相手には慕われたい彼女にとって、彼ら二人とは友好的な関係を築いていきたいと思っている。

 実際チームを組んで、ランク戦も挑んで。お互いの距離感も築きかけていたのだが。

 最近、どうもそのチームメイト達から敬遠されがちな気がしてならなかった。

 例えば個人(ソロ)ランク戦。

 こちらの場合は参加するのは木虎隊においては木虎と副のみ。副が特に個人ランク戦に挑む回数が多いので機会がある時は共にブースまで行く事も多いのだが。

 

「いえ、今日は記録を見直そうと思っていまして。誘っていただきありがとうございます。また次の機会に」

 

 とやんわりと断られた。

 しかしその日、木虎が個人(ソロ)ランク戦を終えて一休みしようとブースを出たところで副が違うブース内に入室する姿を目撃している。

 すぐに行ってしまったので声をかけることは出来なかった。

 その後話を聞いても「記録の見直しが終わったので」としか答えてはくれない。

 これ以外にも何というか態度が素っ気無い気がする。

 まさかB級ランク戦で彼を囮にして木虎が点を取ったことを気にしているのだろうか。いや、彼はチーム戦術を理解しているはずだし己の分を受け入れているはず。そんな簡単に嫌われたりはしない。そう、思いたい。

 だが副以外の二人も反応は似たようなものだ。

 絵馬と三上、この二人も最近は自分を避けているというイメージが有る。

 作戦室で何か二人で本を見ながら話している姿を目にしている。木虎が気になって近づいてみるとすぐに本を閉ざし、なんでもないと話を打ち切り。其々の仕事や訓練に向かったりしている。

 他にも三人だけで行動したり、本部への出勤、帰宅の際も木虎との行動を避けている節があった。

 

(……あれ? ひょっとして私、本当に知らない間に嫌われていた?)

 

 こうなると木虎が至った結論は最悪なもので。

 顔を真っ青にして、チーム結束早々に絆に皹が入った可能性に衝撃を覚える。

 これは非常に不味い。チームとしては勿論、これから先の対人関係に響くだろう。何か早く手を打たなければ。

 しかし私生活や各々の行動の中で避けられている今、木虎が思いついたアイディアといえば。

 

「……防衛任務、ですか?」

 

 副が木虎の言葉を反芻する。

 久しぶりの木虎隊というチーム単位での防衛任務。

 普通に誘っても駄目。しかし仕事の事となればそうはいかないだろうと木虎は考えた。

 彼の問いに頷きを返し、木虎はさらに話を続ける。

 

「ええ。最近は皆で防衛任務につくこともなかったでしょう? 最近話す機会も少なくなった気がしてたし、チームワークの向上も兼ねてシフトを合わせてみない?」

「俺は、まあ、いいけど」

「でも今B級ランク戦の最中ですよ。日時は大丈夫ですか?」

「勿論。明後日、夕方なんてどう? 部隊ランク戦はその翌日だし、夕方なら皆時間は大丈夫でしょ?」

 

 チームランク戦の疑問は最もだが、その点は木虎も調査済みだ。

 丁度ランク戦の開催日である前日のスケジュール調整日、六月二十六日。

 平日の夕方ならば皆学校を休む必要はない。部活もその日は練習日ではないことは把握している。

 

(そしてその日、知らない三人を驚かせる!)

 

 加えてその日、六月二十六日は木虎の誕生日。彼女にとっては特別な日だ。

 あえて前もって何も伝えずに任務が終わった後に告げて、打ち上げでも行こう。翌日の対策も出来る。あまり自分から提案するような事はしたくないが、この際そのような事は気にしていられない。

 

「……良いんじゃないかしら? 連携の確認も出来るし。私はオッケーだよ」

「ま、そうですね。了解です。ではその日、空けて置きます」

「わかった。それじゃあよろしくね」

 

 絵馬に続き三上も賛同を示し、副も了承してくれた。

 これで予定は万全。後は二日後を待つのみ。

 今度こそしっかりと絆を確かなものにしようと決めて、またいつもの日常へと戻っていった。

 

 

――――

 

 

 そして迎えた六月二十六日。

 夕日が鮮やかな橙色の光を放ち、町を照らしている。

 

「……もう、泣きたい」

 

 背景に映えるというのに木虎は軽くへこんでいた。

 今日の防衛任務を共にすると決めていたはずの木虎隊の面々全員が突如シフトを変更、他の防衛隊員と交代したのだ。そう、三人とも全員が。

 副は陸上部の集まりに突如呼び出され。

 絵馬は家の用事で帰宅を余儀なくされ。

 三上も学校で委員会の招集をかけられ。

 三者三様の理由で皆防衛任務に参加できなくなってしまった。

 

「偶にはこういうこともある。中学生や高校生はみな個人の用事も多いだろう」

「副や絵馬も申し訳なさそうにしていた。そう責めないでやってくれ」

「ええ。それくらいはわかっています」

 

 代わってシフトに入った烏丸と村上が彼女を宥めた。二人とも副と絵馬に直接頼まれて代理としてシフトに入ったらしい。

 個人的な話をすれば烏丸と同じシフトに入れたというのは非常に嬉しい事だ。だがそれが約束したチームメイトと比較するとどうなのかと言われると返答に困る。やはりチームメイトとの関係も大切なものだから。

 

「今日は他の部隊もあまりネイバーとの戦闘はなかったようだ。キッチリ見回りをして無難異終わらせよう」

「はい。そうですね」

「……そういえば木虎。お前銃手(ガンナー)の戦い方を練習しているんだって? 俺でよければ今度時間があれば教えようか?」

「本当ですか!」

「ああ。といっても、バイトがあるからあまり長くは見れないかもしれない。それでもいいか?」

「はい! ありがとうございます!」

 

 思わぬ収穫に木虎はほくそ笑み、上機嫌で礼を言う。烏丸に一対一で教えてもらえる機会はそうそうない。チャンスを大切にしようと意気込む。

 結局その後はネイバーの襲来もなかったために時間いっぱいまで見回ると防衛任務は終了。

 次のシフトの隊員とバトンタッチして三人は任務を切り上げた。

 

「今日は何事もなく終わったな」

「ええ。トリオンの消費もなくすんでよかったです」

「俺達は本部に戻るが、木虎はどうする?」

「そうですね……」

 

 特にこれといって予定が入っているわけではない。

 明日の調整として個人ランク戦に挑んでおくべきか。あるいは休息につともえておくべきか。

 さてどうするかと悩んでいる木虎に。

 

「木虎ちゃん。防衛任務は終了した?」

「三上先輩?」

 

 オペレーターの三上から通信が入った。丁度いいタイミングだ。防衛任務終了の時を待っていたのかもしれない。

 

「はい。次の隊員に引継ぎを済ませました」

「わかった。今日はごめんね。今皆用事が済んで、作戦室に副君と絵馬君も来てるの。明日のこともあるしちょっと話したいのだけれど、今から来れそう?」

「えっ」

 

 予想外の提案だった。いつもの調子ならばすぐに頷いていただろう。その方が良いということも分かっている。

 しかしどうも元々入っていた予定を全員に断れたことで、木虎は素直になりきれないでいた。

 

「……すみません。話は明日にしてもらえませんか? 明日のB級ランク戦は夜の部ですし、明日でも時間は取れるでしょう」

「えっ!」

 

 断られるとは思っていなかったのか、通信越しに三上の動揺が伝わった。

 実際このように付き合いが悪い素振りをチーム内で見せたことは一度もなかったはず。どうしよう、と近くの人物達と相談する声が聞こえてきた。

 

「で、できれば今日が良いのだけれど」

「うーん、ですが」

「ちょ、ちょっと木虎先輩!?」

「あ、副君」

 

 未だに木虎が承諾しないことに焦ったのか、三上から副へと通信が変わる。

 

「とにかく大事な話なんですよ! 来て下さいって!」

「……でもねー」

「――ッ! ユズル、お前からも何とか言ってくれ!」

「いや、そこまで頑固に言われると……」

「ああ……ッ!」

 

 木虎は応じず、三上や絵馬も半ば諦めかけている様子。

 しかしただ一人、副だけは納得しきれないのか羞恥心の篭った声でさらに話を続けた。

 

「――最近毎日会っていたから一日でも会わないと寂しいんですよ! とにかく、絶対に、今日中に作戦室に来てください!」

 

 そう一方的に言い切ると通信を切ってしまう。

 返答も聞かずに通信を切る辺り、彼自身非常に余裕がなかっただろうと予想できる。

 おそらくは今頃、自分の発言を振り返って後悔しているのかもしれない。

 

「えっと」

 

 木虎の中で後輩には慕われたいという感情がある。そんな彼女が副にあのような事を言わせてしまっては。

 

「聞こえてしまったが。……随分必死な様子だったぞ」

「言ってやれよ木虎。俺達も用事があるから寄る予定だったんだ。一緒に行こうぜ」

「まあ、そういうことならば」

 

 村上と烏丸の援護射撃にも背を押されて、木虎は本部へと足を向けた。

 

(しかし、あそこまで言って一体何をするつもりなのか……)

 

 パスワードを入力して作戦室の扉を開ける。

 

「戻りました。それで用件というのは……」

 

 木虎を先頭にして作戦室へ入る三人。

 仕方がなく、と息を吐いて部屋の中を見ると――クラッカーの音が二重に響く。

 驚き、身構えて周囲を見渡すと部屋の中は多くの装飾が施されており、絵馬と三上がクラッカーを持って木虎へ向けていた。

 

「木虎ちゃん、誕生日おめでとー!」

「おめでとう」

「……え?」

「おめでとう、木虎」

「おめでとう」

 

 三上が、絵馬が。さらに後ろにいた村上と烏丸が木虎を祝福した。予想外の出来事に木虎は驚かずにはいられない。

 

「おめでとう。木虎ちゃん」

「……えっと」

「サプライズパーティ。今日木虎先輩の誕生日でしょ」

 

 花束を三上から受け取り、絵馬の説明を受けてようやく木虎は全てを理解した。

 この前来るまでは室内にはなかった装飾に、この花束。さらに机を見ると料理がいくつも置かれている。

 村上と烏丸が驚いていないところを見ても、おそらくこの六人が最初から準備をしていたのだろう。

 

「あ、ありがとう。よく知っていたわね」

「情報は副が。綾辻先輩から聞いたんだって」

「そうだったの」

 

 嵐山隊は広報部隊。新人の情報を見聞きする機会が多い。

 それで副へと情報が伝わったのだろう。ボーダー入隊前から接点をもっていた彼だ。こういった細かな事にも気配りを払うことが出来るのは素晴らしいと思う。

 

「……あら? そういえば、その副君は?」

「あそこ」

「あそこ? ……あっ」

 

 絵馬が指差したのは奥に設置されているソファ。そこで副は枕に頭を埋め込ませるように寝転んでいた。隙間からなにやら彼の独り言が漏れている。

 

「畜生。何であんな事を言ってしまったんだ俺。恥ずかしくて死ぬ」

「しっかりしろ。木虎を引きとめるファインプレーだったぞ」

「忘れてください。死にたい。死ぬ。死んだ。むしろ誰か殺してくれ。殺してください。一思いに叩き切るか撃ちぬいてください」

「悪いな。模擬戦以外でのトリガーの使用は禁止されている」

「ちくしょおお!」

 

 村上の冷静なツッコミが副の心を決壊させた。

 自分のトリガーで自分を刺そうとも、それではトリオン体を傷つけるのみ。他の人は規則によって模擬戦以外のトリガー使用を禁じられている。悲しいが副の願いが叶うことはない。

 「もうどうにでもなれ」と吹っ切れると、副はテーブルの上から箱を持って木虎へと近寄っていく。

 

「木虎先輩、誕生日おめでとうございます。これ、俺達からプレゼントです」

「ありがとう。開けてみても、いい?」

 

 三人が揃って頷く。

 ゆっくり丁寧に箱を開けると、中からは御洒落な銀色の腕時計が出てきた。

 作業用とかそういうコスパのよいようなものではないことは一目瞭然だ。

 

「きっと木虎ちゃんに似合うと思う。普段使ってくれると嬉しいよ」

「これ、皆で?」

「うん。俺とか副は討伐任務で結構もらってたし」

(給料日が前日だったから苦労したけど)

 

 三人の気遣いが本当に嬉しかった。

 今まで何度も誕生日を重ねてきたけれど、家族以外にこれほど誕生日を祝ってもらうのは初めてのことだ。これほどの喜びは早々ない。

 

「ありがとう。大切に使わせてもらうね」

 

 木虎は今日一番の笑みをチームメイトへ浮かべた。

 

「それじゃ、パーティ開始と行きましょうか」

「村上先輩達もどうぞ」

 

 こうして木虎の誕生日パーティは始まった。

 会話を交えながら食事をし、終えると誕生日ケーキも食べて。

 さらにゲームやカラオケなど時間が過ぎるのも忘れて。

 解散となったのは夜の十時になっていた。

 

「それじゃあ俺達はこの辺りで」

「またな」

 

 烏丸と村上が一足先に退出した。

 二人がいなければパーティの準備を進めることが出来なかった。非常に助けられた。

 手を振って別れると、作戦室にはいつもの四人が残される。

 

「片付けは、どうしましょうか」

「もうこんな時間だし、明日以降でいいんじゃないかしら。今日はもう休みましょう」

「そうだね。俺もちょっと眠くなってきたし」

「じゃあ明日は部屋の片付け兼作戦会議ということで」

 

 食器やゴミが散乱しているが片付けるだけの時間も余裕もない。

 明日はランク戦であるし今日無理する必要もないだろう。皆考えは同じで、結論はすぐにまとまった。

 

「あ! そうだ。帰る前に皆にもう一つ」

「何です?」

 

 何かを思い出した三上がバックからある物を取り出した。出てきたのは袋。四つの袋を手にし、その内三つを木虎から順番に手渡す。

 

「これは?」

「……俺達も聞いてないですけど」

「俺達にも?」

「開けてみて」

 

 三上に促され、四人は同時に袋の中身を目にした。

 入っていたのは紅いペンダント。四人とも同じ、御揃いのものだった。

 

「この機会に、チーム皆で何か同じものをつけてみるのもどうかなって思ったの」

「綺麗。良いんですか!?」

「俺達、何も準備してなかったのに」

「いいのよ」

 

 気後れする副達を三上は笑みで制した。

 和を尊び絆を繋ぐ。

物で人と人との関係を示す事はできない。しかし同じものを共に身につけることで、より四人の関係を強固なものにしようと。

 三上の気持ちが込められた、大きな贈り物であった。

 

「……ありがとうございます。この四人で、また明日から一緒に頑張りましょう」

 

 木虎がそう締め括り、三人が揃って頷いた。

 ある意味木虎隊にとっては最も長い一日。どんな時よりも四人の気持ちがより一つとなった一日となった。

 

 

 

 

 

 

 その後の木虎と副の会話。

 

「でもどうして村上先輩と烏丸先輩にお願いしたの?」

「村上先輩は同期ですから一緒に祝ってもらおうと思いまして。烏丸先輩はきっと木虎先輩が喜ぶかと」

「そ、そう。……あら? でも同期というなら、太一先輩は?」

「ケーキとか準備をしたものが全て台無しになる可能性が高いんですよ?」

「あっ。な、なるほど。じゃあ、唯我先輩は?」

「――あっ!」

「えっ」

 




木虎、誕生日おめでとう!


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嵐山副③

 副が影浦にスコーピオンの指導を受け始めてから一週間程が経過した。

 ランク戦という実戦形式を経て影浦のスコーピオンの戦い方、戦術を吸収していく副。

 木虎隊は現在攻撃手(アタッカー)不在だ。もしも強い攻撃手(アタッカー)が所属するチームとのランク戦となれば後手に回ってしまうケースもある。村上や荒船との戦いがよい例だろう。

 ゆえに個人としてだけではなく隊としても少しでも早くスコーピオンの腕を磨いて欲しいところではあった。

 しかし。

 

「ぐぁッ!」

「もらった」

「さすが、村上先輩――」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 村上のレイガストが一閃。副のスコーピオンは強固な盾を破る事は適わず、成すすべなく脱出した。

 木虎隊、鈴鳴第一、東隊の三つ巴となったランク戦。

 序盤に副が太一を、木虎が小荒井を落とし一時は木虎隊が優位に立っていた。

 しかしその間に村上、東の両エースが躍動。絵馬、来馬、奥寺の三人が落とされる。人数が減ると一対一の能力で勝る二名を落とすことは難しかった。木虎は一瞬の不意を東につかれ、長距離狙撃の前に沈む。副も村上との一騎打ちに敗北。鍛えたスコーピオンも完全に扱いきることが出来ず、木虎隊は全滅した。

 最終的に東、村上の両名が追撃を中断したために生存点は無し。(東隊)(木虎隊)(鈴鳴第一)で東隊が勝利を収めた。

 

 

――――

 

 

「そんなんで背後を取ったつもりか!」

「ッ! ああ、もう。本当気づいてしまうんですね!」

「気配が丸わかりなんだよ、テメエは!」

(何処の殺し屋ですかあなたは!?)

 

 時間が空いていたため影浦との個人ランク戦に励む副。

 テレポーターを使用して瞬間転位しようとも、影浦はサイドエフェクトによって瞬時に居場所を特定してしまう。その為に攻撃手段が極端に限られてしまい副は戦局を覆す事が難しかった。

 未だに白星を挙げることは出来ていないものの、それでも副がスコーピオンの扱いには慣れてきたと影浦は感じていた。

 スコーピオンは重量が殆どない。ゆえにその軽量さを活かしたスピード戦闘が主流なのだが、その展開速度と切り込みが速くなってきたように感じる。

 最も、確かに武器そのもの扱いは慣れてきたものの。副が取得したい技術を身につけたのかと問われればそれは否だ。

 

「――今度こそ!」

 

 副が左腕に加え、先週からメイントリガーにセットしているスコーピオンを展開した。

 右腕のスコーピオンにさらに左腕のスコーピオンを重ね合わせる。影浦が頻繁に使っているスコーピオンの専用技、『マンティス』。二つの刃を重ね合わせることで瞬間的に威力、射程範囲を向上させるという荒業。

 一つとなったスコーピオンが途中で軌道を変え、そして影浦の方へと向かう――ことはなく。

 刃は影浦の横に立つ電柱に激突。

 パキッと音を立てて崩れていった。

 

「ッ!」

「……外してんじゃねえ。扱いがなってねえんだよバカ」

 

 影浦がかわしたのではない。副が外したのだ。

 両攻撃(フルアタック)を起動していた副は影浦のマンティスによって一刀両断された。まるでお手本のような綺麗で鋭い軌道だった。

 

「まだまだ、遠いな……」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 一体何時になったら追いつけるのだろうか。憧れと悔しさが混ぜ合わさった複雑な感情を懐き、副は戦闘を離脱する。彼が目指した目標は果てしなく遠い。

 

 

――――

 

 

「あれ、副? お疲れ。ランク戦やってたんだ」

「ユズルか。まあね。結構苦労しているよ。鳩原先輩、お疲れ様です」

「うん。お疲れ様。大変みたいだね。影浦君と訓練しているだなんて」

「アア? おい、どういう意味だ鳩原?」

 

 ブースにでて影浦と共にラウンジに戻ると、絵馬と鳩原の姿があった。

 スナイパーの師弟だ。おそらくは今日も共に狙撃訓練に励んでいたのだろう。

 挨拶を交わすと鳩原は苦い笑みを浮かべている。その感情は冗談も混ざっているとは言え本音も一部は含まれているのだろう。影浦が鋭い牙を鳩原へ向けた。

 A級が相手とはいえ女性を相手にこのような態度を取るとは珍しいと思い、副は影浦に問う。

 

「カゲさん。鳩原先輩と親しいんですか?」

「まあ一応同じA級だし、同学でもあるからよ。多少の会話くらいはするぜ」

「ああ、なるほど」

 

 1週間の間に親しみを持って呼ぶようになった呼び名で呼べば、影浦は端的に説明した。

 どちらもA級に属する隊員。加えて同学年ならば交流の機会も少なくはないだろう。

 

「んで、そいつは? お前の弟子か?」

「うん。絵馬ユズルと言ってね。才能ある子なんだ」

「……どうも」

「ちなみに俺のチームメイトでもあります」

「そういえばこの前に見た記録(ログ)でちょっと見かけたな。結構な腕があるみたいじゃねえか。うちに来てみるか? 狙撃手(スナイパー)は丁度探していたし、歓迎するぞ?」

「うちのチームメイトを目の前で勧誘しないでもらえます?」

「冗談だ。本気にすんじゃねーよ」

 

 カッカッカと上機嫌で影浦は笑った。大きく空いた口から除ける鋭い歯。これほど笑うときは本当に楽しんでいるときだ。おそらく本当に冗談だったのだろう。

 一安心するものの、おそらく狙撃手(スナイパー)を募集しているというのは本当であるはずだ。優秀な狙撃手(スナイパー)というのは中々発掘されない。

 絵馬は木虎隊で最多得点を挙げている得点源。貴重な戦力だ。副にとっては同世代で頼りになる友でもある。

 他の隊に取られないようにしなければな、と改めて警戒を強めた。

 

「こっちはもう終わったけれど。そっちはどう? 訓練は順調?」

「……それのことなんだけど。まあ後で話すよ。休んだら相談もしたいし、作戦室に戻る。この後時間は大丈夫か?」

 

 悩み事を察して絵馬は二つ返事で頷いた。

 深く聞いてこないのは本当に助かった。

 新技を磨いているというのに1週間もたって未だに取得できていない。しかもその間のB級ランク戦で遅れを取っている。

 中々次のステップを踏み出すことが出来ない。副は大きな山場を迎えていた。

 

 

――――

 

 

 そして影浦や鳩原と別れ、副と絵馬は共に木虎隊作戦室へと戻った。

 中には木虎と三上が作業を行っていた。木虎は記録(ログ)の整理、三上もオペレーターの仕事を進めている。

 副の呼びかけで一通り作業に目処をつけると四人は集まり、仮想空間も展開して副のスコーピオンの精度を確かめていた。

 そして、影浦とのランク戦でも生じていた問題点が浮き彫りとなる。

 

「そう。まだやはりマンティスを扱うのは難しそうね」

 

 目標となった人型の的から大きく離れた位置に刃が衝突したのを見て、木虎は小さく息を零した。

 副が影浦からマンティスを教わっているという話は聞いていた。最も、その後の進展についてはあまり詳しい報告を受けていなかったので不安視していのでそう驚きはなく「やはりか」という印象だ。

 

「はい。二本同時に扱うとなるとトリオンの制御が非常に難しい。それに元々スコーピオンは脆い。伸ばそうとすると余計に強度が悪くなるみたいです」

 

 副は苦々しい表情を浮かべながら説明を続けた。

 彼の言うようにスコーピオンは脆く、長くすれば長くするほど折れやすくなる。それを上手く相手に当てるようコントロールしなければならないのだ。難易度は相当なものだと想像できる。

 

 

(一週間やそこらで努力が報われるなんて思っていない。いえ、それどころか一週間も経てば分かってくるもの。自分に向いているのか、向いていないのかは)

 

 そしておそらく、副にとっては後者なのだろう。木虎は言葉にはしなかったが、後輩に厳しい評価を下していた。

 掲げる目標や本人の素質など一概には断定できない。

 だが副には当てはまる厳しい現実。それを木虎は感じ取っていた。

 

「スコーピオンの扱いは慣れてきたんですけどねー。折角メイントリガーにもスコーピオンをセットしたのに。これじゃあ意味がない」

「確かに、スコーピオンの扱いは上手くなってると思うよ。展開速度も上がってるみたい」

「そうですか? ありがとうございます。それじゃあ後は操る方か」

 

 データを見ていた三上から励まされ、改めて努力を重ねていこうと意気込む副。

 一方、木虎はそう楽観視していいものかと思い悩んでいた。

 今ならまだ修正は出来る。そして指導をするのは隊長である自分の役目。やるなら早い段階で声をかけておいたほうが良いのだろうか。色々と考えを巡らしていく。

 

「……副。一つ確認したいんだけど」

「うん? どうしたユズル?」

 

 木虎が悩んでいるのを知ってか知らずか、絵馬が副に声をかけた。

 

「一応現時点ではスコーピオンの扱い自体は上手くなっているんだよね?」

「おう。一瞬で刃を伸縮するくらいは出来るようになった。マンティスみたいに鞭のような動きは厳しいけど。複雑な動きをさせると壊れやすいし」

直線に伸ばすことができても軌道を細かく操ることはできない。複雑な動きをコントロールすることが難しい。時には扱いきれずに刃が勝手に壊れる。

刃筋を立てるのが難しいのだ。そう簡単に解消できる問題ではない。

 

「じゃあ直線に伸ばすことは出来るんだ」

「そうだよ。そっちは少しずつできるようになってきた。さっき言ったじゃん」

「……なら、良いんじゃないかな?」

「へ?」

 

 決して慰めでも妥協でもなく。解決に導けるであろう案を絵馬は提唱した。

 

「その戦い方をマスターするだけでも、上手くいけると思う。ちょっと試してもらいたいことが有る」

 

 

 

――――

 

 

「桐絵さん!」

「おおっ? 副じゃない。どうしたの?」

 

 その日の夜。

 副は玉狛支部を訪れていた。

 「いつでも相談にいらっしゃい」と言っておいたとはいえ、こんな夜に連絡もなしに訪れるとは珍しい。

 何かあったのだろうかと小南は面白半分に副をあしらおうと悪い顔をした。

 

「急に押しかけてくるだなんて。良いことでもあった? それともひょっとして、こんな夜遅くに私に会いに来たのかしら?」

「はい! そうなんです!」

「えっ!? そうなの!?」

 

 ここまで真っ直ぐに見つめられて応じられると、さすがに気恥ずかしいものがあった。

 いくら小さいころからの付き合いであるとはいえ愚直なまでの好意を向けられるのは弱い。

 「もうやめてよー」と小南は頬を赤らめているのだが。

 

「見てもらいたいことがあるんです! 一戦、付き合ってください」

「なっ。――――よっし。地下に来なさい。コテンパンにしてあげる」

 

 副はハッキリと模擬戦の依頼を頼み込んだ。

 ようやく認識の違いを理解して、小南は戦闘態勢にに移行すべく意識を切り替える。

 昔はあんなに純粋だったのに。一体誰だ、こんな戦闘民族に仕上げたのは。師匠の顔を見てみたかった。小南だった。

 なにやら盛り上がっているようだが、そう易々と勝利を与えるわけにはいかない。いつものように軽く揉んでやろうと小南は考え。

 そして、その考えを後悔する。

 

「えっ……」

 

 小南は一瞬、自分に何が起こったのか理解できなかった。

 だが彼女の体には一筋の切り傷が刻まれており、致命傷に達していた。

 

「う、うそ」

「……や、やった!」

 

 訓練用に設定されているので緊急脱出(ベイルアウト)は作動しない。

 まさかの敗北を喫した小南は地面に両の腕をつけて悔しがり、ようやく師匠を相手に初白星を上げた副は喜びのあまり飛び上がった。

 

(ようやく。ようやく桐絵さんから一本を取った!)

「よっしゃ! よっしゃあ!」

 

 感情を爆発させた。

 小南との記録した訓練は見直さなければわからない程の黒星で埋っている。

 その中にようやく白がついたのだ。待ち望んだ結果に喜びを我慢できるはずもなかった。

 

「ありがとうございます、桐絵さん。これで俺はやれそうです!」

「……何を言っているのよ? さあ続けるわよ」

「え? いやでも」

「副。あんた、あたしを本気にさせたわね」

「あっ」

「良い度胸じゃない。ちょっと懲らしめてあげる」

 

 怒髪天を衝くとはこういうことなのだろう。

 小南の背後には轟々と燃え上がる炎が見えた。憤怒という名の炎が。

 彼女の変化と、この後の結末を察して副は肝を冷やす。

 こうして副は小南との戦いでようやく始めての白星を記録し。すぐさま十九の黒星を重ねたのだった。

 後に彼はこう語る。

 「桐絵さんを怒らせてはならない。那須さんも怒らせてはならない。女性を怒らせてはならない」と。

 

 

――――

 

 

 そして翌週のB級ランク戦。

 木虎隊VS那須隊VS松代隊の三つ巴。副がスコーピオンで新たな戦い方を見出してから初めての公式戦となる戦いが始まった。

 各隊が合流を図ろうと動き出す中。松代隊の攻撃手(アタッカー)である土崎が突出、木虎と合流しようとした副を急襲した。

 銃手(ガンナー)二人に連携されれば厄介になる。その前に一対一で一人を落としてしまおうと考えたのだろう。

 副がアサルトライフルを連射する中、松代はシールドを展開してお構いなしに突出した。

 

「チッ。さすがにシールド固いな」

 

 銃手(ガンナー)トリガーは威力に関しては攻撃手(アタッカー)トリガー、狙撃手(スナイパー)トリガーに劣るのだ。よほどのトリオン量の差がない限りは突破は不可能。

 それを分かってか松代はどんどん接近し、プレッシャーをかけていく。

 

(仕方がない)

「早速特訓の実戦練習とさせてもらいます」

 

 副はアサルトライフルに添えていた左腕を体の後方へと引く。

 軽く握り締めるように拳に力を篭め松代へと狙いを定めると、一直線に突き出した。

 左腕からスコーピオンの刃が瞬時に伸張。松代のシールドを打ち破り、右腕を一突きした。

 

「なっ!? にっ!?」

 

 突然シールドが割られた上に負傷を負わされ、松代は混乱した。

 だが彼に考えているような時間は与えられない。

 彼を貫いた刃は瞬時に副の元へと縮小し、そして再び矢のような勢いで放たれた。

 

「……ッ!」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 刃というよりも、もはや彼のスコーピオンは槍のようなものだった。

 確かに副は影浦のマンティスを取得することは出来なかった。しかし影浦の瞬時に刃を伸縮させる技術を学び、シールドの破壊・追撃をこなす近距離戦闘をものとしていた。

 特にアサルトライフルの射撃を掻い潜って接近しようとする攻撃手(アタッカー)に対しては絶大的な効果を発揮した。初見で止めることは難しいだろう。油断していたとはいえあの小南でさえ、初めて対峙したときにはこの副の攻撃を対処することが適わず、一本を許したのだから。

 

「木虎先輩! こちらまずは一人落としました。すぐにそちらへ向かいます!」

『了解。くれぐれも気をつけてね』

「嵐山、了解!」

 

 そして副がスコーピオンを身につけたことで木虎隊の戦略は大きく広がった。

 今までは近距離戦闘を苦手としており、接近されれば脆いという弱点から活路を見出したのだ。副の得点力も大きく上がり、チームの勝利に貢献。

 最終的に木虎隊は初シーズンでB級十九位から十二位まで勝ち進む。B級中位グループの仲間入りを果たすという躍進を遂げてシーズンを終えた。




これで初のシーズンが終了。
シーズン外のお話も特殊イベント回の様子を書いていきます。


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柿崎国治①

 九月の上旬。

 副達が通っている学校の夏休みが終了し、同じ頃木虎隊にとっての初陣となったB級ランク戦も終了した。各隊の隊長達が参加した隊長会議も滞りなく終了しボーダー隊員はシーズンオフを迎える。

 昨季入隊した隊員達は最初のランク戦を終えて今まで通りの生活に戻ることとなった。その中で、ランク戦を終えて通じて変化も生じている。

 放課後の部活を終えた副はいつも通りボーダー本部へと来ていた。防衛任務は昨日にシフトが入っていたため今日は入っていない。程よく個人(ソロ)ランク戦を挑み、作戦室に顔を出して帰ろうと考えていたのだが。

 ラウンジにて珍しい組み合わせを目にして彼は脚を止めた。

 

「お疲れ様です。村上先輩、荒船先輩」

「ああ副か。そっちは今日もランク戦か?」

「よう。お疲れ」

「はい。こっちは一通り終わったので作戦室の方へ寄ろうかと。お二人は?」

「俺達か? 俺が荒船に弧月を教わっているところだよ」

 

 そこで見かけたのは村上と荒船。影浦も含めて同年代の攻撃手(アタッカー)二人だった。

 

「弧月をですか?」

「お前がカゲにスコーピオンを習ったのと同じだよ」

 

 村上が語ることによると、村上は荒船に弟子入りし弧月の扱いを学んでいる途中だという。彼はレイガストも使うが弧月をメイントリガーに入れての二刀流が主流の戦い方だ。

既にレイガストの扱いは尋常ではない。そこでさらに弧月を極めるために荒船に師事したのだろう。

 ランク戦で戦ったので荒船の実力はよく知っている。

 また厄介な事になりそうだなと副は息をこぼした。

 

「荒船先輩に弧月を、ですか。なるほど。これはまた、さすが新人王を獲得した方は向上心に長けていますね」

「良く言う。俺達よりも上のランクに上り詰めておきながら」

「それに、お前の隊は三人とも新人王争いに参加していた実力者だろう?」

「頼もしすぎるチームメイトがいたからですよ」

「同感だ」

 

 そう言って三人は小さく笑った。

 ――新人王。新入隊員が最初のシーズンで最も多くの個人(ソロ)ポイントを上げた隊員に与えられる勲章だ。ちなみに今回のシーズンにおいては村上が他の隊員との争いを制して受賞している。さらに言えば村上に次いで絵馬、木虎、副と続いていた。木虎隊の面々が揃って並んでいる。

 

「鋼は学習するのが早いからな。うかうかしているとすぐに置いていかれるぞ」

「でしょうねー。そうでなくても俺らの入隊時のメンバーの中では最も活躍していますし」

「そんなことはない。荒船の教え方が上手いだけだ」

「優秀な弟子が出来て嬉しい限りだが、謙遜しすぎると嫌味に聞こえるぞ」

 

 村上も荒船も仲がよさそうな雰囲気だ。ボーダー隊員は元々友好的な者が多いが、同年代ということもあって余計に縁が深まっているのだろう。同じポジションというつながりも手助けしているのかもしれない。

 

(何というか、羨ましいな)

 

 その光景を副は少し羨ましく思った。

 彼はチームメイトを除けばそれほど繋がりがある同年代の者はいない。嵐山隊や玉狛支部の面々、影浦といった存在がいるが皆副よりもずっと年上だ。嵐山や小南にいたってはボーダーに所属する前から、昔からの付き合いなので少し違う感覚がある。

 そのためチームメイトではないがこのように気兼ねなく話す事ができる相手がいるのが羨ましかった。

 

「どうした? ぼっとして」

「あ、いえ」

「何か考え事か?」

「考え事と言いますか。お二人のようにチームメイトではなくても、気軽に打ち解けられる関係が羨ましいと、ちょっと思いまして」

「……なるほど。確かに言われてみればお前の年代の隊員は結構少ないな」

「ええ。ボーダー方は良い人が多いとわかってはいますが」

 

 少なくとも知っている範囲で同学年であるのは絵馬一人だ。

 彼を除けば他の隊員は皆年上と言う事になる。年上に対する配慮、というものなのだろうか。チームメイト以外にもどうしてももっと何でも話せるような存在というものがほしいと思う。

 この数ヶ月で隊員は皆性格が良いとはわかっている。だがそれとこれは話が別なのだ。

 

「そうだな。確か正隊員にもお前と同年代のやつもいた気がするが――ああそうだ」

「何です?」

 

 突如、何かを思い出したように荒船は手を叩く。

 

「そういえばこの前噂になっていたのを思い出した」

「噂?」

「ああ。何でも県外からのスカウトで来月から入隊するやつがいるんだが。かなり優秀らしい。そいつが確かお前と同年代だったはずだ」

「へえ。来月入隊、ということはすぐ会えるわけですね」

「県外からのスカウト。俺と同じか」

「そういうことだ」

 

 二人の其々の問いに荒船は頷きを返す。

 まさかこのように思いも寄らぬ形で同年代の隊員と会えるかもしれないという情報を得て、副は満足げだ。

 早く会いたいなと気持ちが逸る。

 出切る事ならば打ち解けるようになりたいとそう願って――そしてその隊員を目にするときはすぐに訪れることとなる。

 

 

 

――――

 

 翌月、新ボーダー隊員達は入隊式を迎えた。

 もはや定例となっているのだろうか。式が終えるとすぐに狙撃手(スナイパー)志望組を除いたC級隊員達となった彼らに対近界民(ネイバー)戦闘訓練が立ちはだかる。

 突然の試練に殆どの隊員はたじたじの様子だ。そうでないものでも仮想とはいえ滅多にない近界民(ネイバー)との戦闘となれば動きは鈍い。初動の遅れによって大抵のものは一分が優に経過。それからようやく撃破者が現れるくらいだ。

 

「――なぁんだ。簡単じゃん」

 

 ただ一人を除いては。

 小柄な体と茶髪が特徴的な少年だった。

 草壁隊が県外からスカウトしたという彼――緑川駿は始まりの合図と同時に動き出す。

 強化した脚力を活かし、僅か三歩で大型近界民(ネイバー)との距離を詰める。

 攻撃範囲に入ると彼は体をねじりながら跳躍。回転によりかかった力を右手の短い刃、スコーピオンに篭めて近界民(ネイバー)へ一気に放出する。

 刃は大型近界民(ネイバー)の弱点である瞳を一直線に切り裂いた。

 力を失った近界民(ネイバー)はゆっくりと重々しい音を立てて崩れ落ちる。

 

「こんなもんか」

 

 ここまでの時間。――わずか四秒。

 副達の同期である木虎が記録した九秒をも上回る好記録で訓練を終了した。

 

 

 

 

 

「…………は? はっ?」

 

 時枝の許可を得て、彼と共に観客席でその様子を見ていた副は呆然としていた。

 四秒。木虎が持つ九秒の半分以下の数値だ。彼女の記録が現状では最速タイムであるという話もあったし、この記録を上回るような存在はしばらく現れないだろう。そう思っていた彼にとってこのタイムは衝撃が強すぎた。

 副が仲良くなれたらいいな、と考えていた相手は非凡の実力を誇っていたのだ。

 

「これはすごい記録だ。彼はすぐに正隊員に昇格するだろうね」

「ええ。四秒って。今なら俺も出来るかも知れませんけど……」

「前なら、どうだい?」

 

 もしも当初からスコーピオンを選んでいたとして、同じ条件でこの記録を出せるかと問われれば即座に首を横に振るだろう。

 今でこそ影浦にスコーピオンを習い、使いこなせるようになったがそれにはかなりの時間を要した。多くのランク戦で経験を積んだからこそできるようになったことだ。とても入隊時からできるとは思えない。

 だが、緑川はそれを成し遂げている。

 信じられない技量と才能の持ち主だと感心するばかりだった。

 

「本当に同じ年なんですよね? これは、少しへこむな」

「そう気にする程ではないと思うよ。副君のタイムだって随分な高記録だ。彼は一線を画している、そう考えた方が良い」

「まあそれが一番なんでしょうが。ただ、なあ」

 

 わかっている。一目見ただけで、緑川が自分よりもはるかに上回る実力を持つようになるであろうことは。自分の力量くらいは把握している。

 

「理解はできても、受け入れたくはないですね」

 

 だが、気持ちが素直に頷くということをさせなかった。

 副が目指しているのはその一線を画している存在だ。だからこそ相手が自分とは違う領域の存在だからとすぐに諦めることだけはしたくなかった。それでは前までと何も変わらないと思ったから。

 

「やっぱり負けず嫌いだね」

「呆れましたか?」

「いいや。良い事だと思う。君みたいな考えも大切だ。むしろ誇って良い。きっと柿崎さんもここにいればそう言ってくれたと思う」

「柿崎さん? あれ? そういえば――」

 

 ぐるりと辺りを一瞥するが、今名前が挙がった人物の姿は見えなかった。

 いつも嵐山の仕事を補佐する頼れる兄貴分だ。席を外しているとは思えない。

 ならば柿崎はどこにいるのだろうと副は何も知らずに時枝に問いを投げかけた。

 

「今日柿崎さんはどちらに? ひょっとして佐鳥先輩の方に行っているんですか?」

 

 そう聞かれた時枝の表情が硬直した。普段から表情の変化が乏しいためわかりにくいが、変化が起こったということはすぐに読み取れた。

 

「……嵐山さんから聞いていないのかい?」

「兄ちゃんから? いえ、何も」

「そっか。いや、そうだね。嵐山さんもこんなことを話したりはしないか」

「へ?」

 

 なにやら気難しそうに語る時枝。

 何も聞かされていない副はその反応にさらに混乱を強める。

 そんな彼の様子を見て、時枝はゆっくりと話を続けた。

 

「柿崎さんは――嵐山隊を、脱隊したんだよ」

 

 衝撃のあまり、副は時が止まったような感覚を覚えた。

 

 

――――

 

 

 その頃、柿崎は新たに準備された作戦室で一人片づけを進めていた。彼が隊長となる『柿崎隊』の作戦室。先に嵐山隊で使用していた物を移動、整理しておこうとの考えだった。

 出切る事ならば少しは嵐山隊の仕事を手伝おうとも考えたが、辞めたというのに仕事を務めるのも可笑しいと思い、こうして作業を進めていた。

 今頃は近界民(ネイバー)戦闘訓練をしている時間帯だろうか。

 かつての仕事を思い出しながら手を動かすと、作戦室の扉が三度ノックされる。

 

「ん? 客か? ちょっと待ってくれ!」

 

 来客と知って柿崎は作業を中断。

 机から立ち上がって入り口へと向かう。扉を開けると、そこには見知った顔があった。

 

「副? どうした。そんなに息を荒げて」

「どういう、ことですか?」

「……まあ入れよ。こんなところで話すのもな」

 

 トリオン体でないのだろう。肩を上下させながらそう問い詰める副の様子を見て、柿崎は部屋の中へと入るよう促した。

 語気を強める様子から、彼が柿崎脱隊の知らせを聞いたということは想像できる。それについて話を聞きたがっていて質問をしてきたということも。何せ彼が目指している存在が率いる部隊に関することだ。気にしない方がおかしい。

 

「話は何処まで聞いた?」

「時枝先輩から、柿崎さんが抜けたということだけを」

「そうか」

 

 ソファに腰掛け、ゆっくりと話を始める。

 気遣いが上手い時枝のことだ。おそらく詳しい事情については本当に打ち明けていないのだろう。

 下手に踏み入って欲しくない領域に触れない配慮は非常にありがたかった。

 

「何故、嵐山隊を抜けたんですか? せっかく精鋭であるA級隊員として活躍していたのに」

「……仕事が大変になったから、と言えば納得するか?」

「納得できません。柿崎さんがそういう考えをするとは到底思えない」

「随分な評価だな」

 

 冗談半分で柿崎は笑う。が、副の表情は緩まない。ごまかしは効かない、そう語っているようだった。

 柿崎は大きく息を吐いた。正直、彼に対して本音を吐き出すことは憚れたのだ。

 だが本当のことを語らなければ副は譲らないだろう。兄と似てこういうところは真面目だから。

 

「俺がお前の兄と同期なのは知っているよな?」

「ええ。テレビにも出ていましたし」

「その通りだ。俺とあいつは入隊時に取材陣を前にインタビューまでされた。お前はあいつをどう思った?」

「……まあ、いつもの兄ちゃんだな、と」

「家族だからな。長年付き合えばそういう感覚になるか」

「柿崎さん?」

 

 柿崎が薄っすらと影を落とす。

 認識のズレ。長く接しているからこそ気づけない感覚。

 だからこそ、副はあの時の嵐山を見てもそう影響を受けなかったのだろう。元々受けていたものが大きかったゆえに。

 だが、柿崎にとっては。

 

「俺はあの時、確かにあいつとは次元が違うと思った」

「……え?」

「規格外だと思ったよ。凄いとも思った。だがヤバイとも思った」

 

 批判的な記者を目の間にして、堂々と『最後まで思いっきり戦える』と語った嵐山を。

 柿崎はレベルが違うと感じた。そして共に正隊員として行動して自信を失ってしまった。

 

「だから――そうだな。これは、逃げだ。自信を持てなくて、俺は逃げ出したんだよ」

 

 正直に柿崎は打ち明けた。

 果たしてこれを聞いてどんな顔をしているだろうかと、柿崎は視線を上げる。

 副は悔しそうな、歯がゆい表情を浮かべていた。

 

「何故、ですか」

 

 今一度副は柿崎に問う。

 

「それでも、柿崎さんは兄ちゃんと正隊員でこれまでやってきたのでしょう? 組んだということは一時でも越えられると、そう思ったからではないんですか? それを、諦めたんですか?」

 

 理解できない。いや、理解したくない。そんな感情があふれ出ていた。

 きっと副は柿崎に自分の姿を重ねているのだろう。

 嵐山という大きな目標を持って、越えようと思って。ボーダーで仕事をして。だが、その目標を達成できないまま自信を失って逃げるという柿崎の話を聞いて、副は理解することを放棄した。

 柿崎の今の姿が、かつての――そして未来の自分の姿になるのではないかと、そういう恐怖を懐いてしまった。

 

「……ああ。そうだな」

「柿崎さん!」

「悪いな副。俺はお前を満足させられる答えを返せない」

 

 申し訳なさそうに俯く柿崎。

 すでに結論を出している彼に対してこれ以上の追求はただの自己満足だ。

 だが、そうわかっても副は納得できない。

 自分が目指す者に一番近い位置にいた彼が、それを放棄したという事実を許容できない。

 

「お前の考えは間違ってないよ。だから、お前はその考えを貫いてくれ」

 

 感情の激しさに我を忘れそうになる副の頭を軽くポンと叩く。

 幾分か気を紛らわせてから、柿崎はさらに話を続けた。

 

「どうかお前は、俺みたいにはなるなよ」

 

 柿崎も、副も、二人とも嵐山に影響を受けた身だ。

 だからこそ同じような境遇を持つ後輩に告げる。

 力不足を嘆いて道を曲げたりはしないように。自分を見失わないようにと。

 

「わかって、います! 俺は、諦めたりは、しない!」

 

 ――ああ。本当にこいつは負けず嫌いだ。

 それほど年が離れているわけではないが。

 彼のように一途に何かを追い求められる。その若さが柿崎はただ羨ましかった。

 そして本当に彼が目標を前に折れないで欲しいと一途に願った。




今日は嵐山隊長の誕生日。おめでとうございます。


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木虎藍④

 十一月の中旬。ボーダー本部で行われるB級ランク戦の新たなシーズンが開幕してもうすぐ半分に到達しようとしていた頃。

 木虎隊は暫定B級十位と中位をキープし続け、安定した戦いぶりを発揮していた。

 中位ともなればどの隊も皆油断すればすぐに勝敗が引っくり返りかねない実力者が集う、順位の上下が激しい領域。その中でこの順位を保ち続けられるのは一つの自信となるだろう。

 だが、その中で一人だけこの現状に悩みを覚えている者がいた。

 

(駄目。私、このままでは絶対に駄目)

 

 部隊を率いている隊長の木虎だった。

 現状で木虎隊が十位に位置しているのは彼女の指揮の高さは大きいだろう。だが得点という面に限って言えば話は異なる。木虎の悩みはそこにあった。

 

(最近、私だけ単独で得点を取る事ができていない。それどころか狙われる場面も多くなった)

 

 もとより得点源であった絵馬の狙撃は勿論、副もスコーピオンの練度を上げたことにより得点力が大幅に増加した。二人とも年下とは思えないほどの力で得点を重ねていく。

 それが非常に羨ましく思う。

 最近、木虎は二人のように振舞う事ができなくなってきていたのだ。

 元々銃手というポジションの都合上単独で点を上げることは難しい。加えてB級中位ともなれば皆連携の上手さは語るまでもなく、その防御を崩すことは容易に出来ることではない。

 その為木虎は個人(ソロ)ポイントも伸び悩んでいた。絵馬の方が圧倒的にポイントが高いという事も重なって、彼女の自尊心が、年下の前ではいいところを見せたいという思いが彼女を傷つける。

 

(何かつかめればと思って個人(ソロ)ランク戦のブースに足を運んではみたものの……)

 

 様々な挑戦を試みるがこれといった成長は見られない。どういうわけか木虎はトリオン量が平均よりもやや劣る。年下である副の方がわずかに多いほどだ。その為戦術でもやれることは限られており、好転はあまり見られなかった。

 

「おーっ。木虎ちゃんじゃん。おっす!」

「木虎先輩? お疲れ様です。こっちに来るなんて珍しいですね」

「あ、二人ともお疲れ様」

 

 どうすればよいだろうかと頭を悩ませていると、緑川と副の年下二人が気さくに話しかけてきた。

 早くもB級に昇格し、そのままA級の草壁隊に参入した緑川だ。同年代の副とは同じ体育会系ということもあってか気があうらしく、よくランク戦も行うなど交流を深めている。彼を通じて木虎も何度か会話を交わしていた。

 

「二人はランク戦?」

「今丁度終わったとこー」

「……3本しか取れませんでした」

「そうなの?」

「すっかり翻弄されてしまって……」

「ふっふっふ。A級を舐めてもらっては困るぜ」

「一応ボーダーに入ったのは俺が先なんだけどな」

 

 そう緑川は得意げに笑い、副は苦しげに顔を歪める。

 まだ入隊して数ヶ月だというのにすでにA級に所属している緑川は自信に溢れていた。それも唯我のように根拠のない自信ではない。自信に見合った力を持っている。それが余計に羨ましい。

 

「木虎先輩は……何か悩み事ですか?」

「え? いえ、そんなことはないわ」

「そうですか?」

「私は大丈夫。それより明日、次のランク戦の打ち合わせもするから忘れないでね」

「あ、了解です」

「じゃーなー」

 

 本当はその通りなのだが、後輩に見抜かれたのが恥ずかしく相談できるはずもない。

 木虎は口早に告げると早々にその場を去っていく。

 決して逃げようとしたわけではないが、二人の前で弱気な姿を見せないという重いが強かったのだ。今のように心の内を少しでも見透かされてはその場に留まってはいられなかった。

 

(でも、どうしたものかしら)

 

 特に考えもなく歩き始めたため特に行くあてがない。今から戻るというのも気が引けるが、それ以外の場所でこの悩みの解決策を見出す場所が想像できない。

 

「お、木虎か?」

「え? あ、烏丸先輩! お疲れ様です」

 

 悩んでいると、反対側の廊下から烏丸に話しかけられた。

 憧れの人を前に縮こまる木虎。そんな彼女の様子に気づいた素振りはなく、烏丸は変わらぬ調子で彼女へ問いかける。

 

「浮かない顔をしているがどうした? 何があったか?」

「……そんな顔をしていましたか?」

「ああ。迷っているような、そんな顔をしている。少なくともいつもの引き締まった顔とは違っているな」

 

 どうやら烏丸にもすっかり見抜かれていたようだ。

 顔を会わせる機会が多いチームメイトならともかく、他の人物にまで簡単に見抜かれるというのは少し気恥ずかしい。しかし同時に、烏丸が自分の表情までしっかり見てくれていたことに少しの嬉しさを覚えた。

 

「少し、ランク戦のことで悩み事があって。それでどう解決すべきか考えていました」

「悩み事? お前達の隊は最近も安定した成績を残していると聞いていたが」

「隊のことと言うよりも、少し個人のことでして」

「……まあここで長々と立ち話をするのもなんだな。少し場所を変えようか」

 

 そう言って烏丸は先に歩き出す。

 自販機で飲み物を二つ購入すると、一つを木虎へと差出しベンチに腰掛けた。烏丸があまり懐に余裕がないという事を知っている木虎は遠慮したが、好意を無下にするのも忍びないと最終的には受け取り、隣で喉を潤わせた。

 そして徐々に烏丸へと悩みを打ち明けていく。

 先に彼も語っていたように、木虎隊としては順調に活躍が出来ている事。

 しかしその中で自分だけが伸び悩んでいると言うこと。

 チームメイトであり後輩でもある二人以上の働きを見せたいということを。

 

「……成程な」

 

 一通り話を聞いて、烏丸は飲み干した空き缶をゴミ箱へと捨てる。

 そしてしばし考えるような仕草を行って数秒後。

 

「俺としてはお前の悩みはわかる。わかるが別の道を探るのも手だと思う」

 

 木虎の悩みに同調した上でよりよい道を彼女へ提示した。

 

「別の道、ですか?」

「ああ。お前も分かっているようだが銃手というのは本来点が取りにくいポジションだ。連携を組まない限りは攻撃手と渡り合うことも難しい」

「はい」

「しかし、だ。何もチームに貢献したいというのなら銃手というポジションに拘る必要はないんじゃないか?」

 

 ――銃手以外の活躍の場。

 そういわれて木虎は真っ先にチームメイトである副の姿を思い浮かべた。

 彼も元々は銃手だったが影浦の指導の下、スコーピオンも扱うようになってより腕を磨いた。

 ならば、自分も彼のように新たな道を切り開く事ができれば、あるいは。

 

「……一つ言っておくが、別に攻撃手トリガーを操る、というだけの簡単な話ではないぞ」

「えっ」

 

 そこまで考えて、烏丸に釘を刺される。自分の考えをまるで全て見通しているような言葉だった。

 

「その考えは別に間違っていない。間違っていないが、何もそれだけじゃないってことだ」

「と言いますと?」

「お前は自分が絵馬や副に劣っていると考えているようだが、俺はその二人よりもお前の方が隊員として優れていると思っている」

「そ、そんな! ありがたい事ですが……」

 

 このように純粋に評価してもらえるのは非常に嬉しい。気恥ずかしくなって顔を逸らし、表情が固まる木虎。

 

「別に嘘をついているわけでも気をつかっているわけでもない。じゃあお前は俺が何故そう考えたかわかるか?」

「それは――隊長として指示をこなしているから、ですか?」

「ああそうだ」

 

 烏丸が木虎を他のチームメイト以上に評価している理由。それは彼女の隊長としての実力を認めているからだった。

 ただ前線で戦うだけではなく、戦況を見て部隊に指示を出す。その能力を身につけて実際に発揮することは並大抵のことではない。

 

「攻撃手として技を磨くのは勿論、隊長としての務めを果たす。ならば今お前が考えるべきなのは、隊長としてお前が味方をどの様にフォローするか。それが重要なんじゃないか?」

 

 烏丸の言葉を受け、木虎は視界が鮮明になったような錯覚を覚えた。

 

(少し、考えが偏りすぎていたのかも)

 

 今までの自分の甘さを反省せずにはいられない。

 自分のトリオン量の限界を理解し、チームメイトの二人の活躍が眩しく感じて、自分の立ち位置まで見失ってしまうところだった。

 一隊員として戦う前に木虎は木虎隊を率いる隊長なのだ。その役目をまず何よりも優先しなければならない。

 

「……ありがとうございます。烏丸先輩」

「気にするな。ランク戦頑張れよ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 手を振ってバイト先へと向かう烏丸に、木虎は深々と頭を下げた。

 あれだけ悩んでいたというのに今は清々しささえ感じている。

 今なら、改善策も思い浮かぶかもしれない。よりチームに貢献できるかもしれない。

 

 

 

――――

 

 

 

 そして、次のランク戦が開催される。

 

「ボーダーの皆さんこんにちは! B級ランク戦ROUND11! 中位グループ昼の部、間もなく始まります! 本日の実況は私、綾辻遥が務めます!」

 

 実況の綾辻が話し始めると、歓声も徐々に高まる。

 ランク戦の開始は勿論ボーダー内で非常に人気の高い彼女だ。どんどん人は集まってきた。

 

「本日、解説席には風間隊の歌川隊員、影浦隊の北添隊員にお越し頂いております。よろしくお願いします」

「どうぞよろしく」

「どうぞよろしく」

 

 綾辻の説明を受け、A級隊員の二人は軽く会釈する。

 風間隊万能手 歌川遼

 影浦隊銃手 北添尋

 

「さて、本日の組み合わせ。B級九位の香取隊、B級十位の木虎隊、そしてB級十二位の諏訪隊という組み合わせです。どのような展開が予測されますか?」

「どの部隊も中距離が得意な組み合わせですね。銃手が二人ずついる。如何に上手く連携できるかがポイントになるかもしれません」

「銃手二人という点は同じだけど。諏訪隊はマップ選択権を持っているし、香取隊のエースは元攻撃手。木虎隊には狙撃手がいたりとちょっとした差も結果に現れるかもね」

「なるほど。――おっと。ここでマップ選択権を持つ諏訪隊が選択を終えました。諏訪隊が選択したのは『工業地区』! 狭いエリアに並び立つ工業施設が特徴です」

 

 スクリーンに諏訪隊が選択した『工業地区』のマップが大きく映し出された。活動中であるのだろうか煙が黙々と舞い上がり、複雑な地形が入り組んでいる小さな戦闘エリアとなっている。

 

「これは諏訪隊がお得意の銃撃戦を狙っている、ってことかな」

「連携すれば大物も食えるのが諏訪隊の強み。開けた場所に出られれば銃撃戦を展開できる上に要所要所に聳える建物が狙撃を防いでくれる。良い選択だと思います。やや木虎隊が不利かもしれません」

「そうですね。さあ、諏訪隊の読みどおり中距離戦が命運を分けることとなるか。間もなく試合開始です!」

 

 綾辻の言葉で締め括り、解説は試合開始まで中断される。

 解説席の三人がその間場の繋ぎとして他愛もない会話に花を咲かせ会場を和ませていく中、三部隊の隊員達は各々の作戦の確認をし合っていた。

 

「よっし、お前ら。準備はいいな?」

「こちらは大丈夫です」

「いつでも行けますよ」

「オペレーターは任せろ~」

 

 諏佐の呼び声に、堤をはじめとした三人が変わらぬ調子で答えた。

 諏訪隊攻撃手(アタッカー) 笹森日佐人

 諏訪隊オペレーター 小佐野瑠衣

 

「はじまり次第とにかく合流だ。瞬間火力ならうちの方が勝る。開けた場所で敵を迎え撃つぞ!」

「いつも通り、ですね」

「問題は香取隊長あたりが突っ掛かってこないかですね。大体ランク戦開始序盤から派手に動くタイプですけど」

「そん時は日佐人、お前が弧月で動きを封じろ。俺達が吹っ飛ばす」

「それって俺も吹っ飛ぶやつじゃないですか?」

「ひさとの尊い犠牲でカトリンが落とせるならお釣りが来るよ」

「おサノ、まだ決まったわけじゃないから。敵が突っ込んでくるようなら一歩退いて迎え撃ちましょう。その方が取りやすい」

「向こうから動いてくるならそれだけ状況が読みやすい。全力で対応しろ」

 

 この隊の特徴、と言うべきか。ランク戦開始直前でも少し砕けたような空気が漂っていて、各隊員が各々思うところを率直に述べている。纏まるところは纏まっていて共通意識も固まっている。

 

「もうB級上位入りは目前だ! 勝って一気に上り詰めるぞ!」

『おう!!』

 

 目標としているB級上位への仲間入りが近いということも彼らの背中を押していた。

 意気揚々と彼らはランク戦開始の時を待つ。

 隊員達の深い絆が感じ取れる諏佐隊。

 その一方で、同じランク戦に挑む香取隊では。

 

「諏訪隊とやるのは久しぶりだね」

「向こうも順位変動が激しいからな。それより初対戦となる木虎隊をどうするかだ」

 

 サポートに周る事が多い三浦と若村が対戦相手のデータに目を通していた。

 香取隊攻撃手(アタッカー) 三浦雄太

 香取隊銃手(ガンナー) 若村麓郎

 B級上位にいたこともあるチームを影で補佐する隊員達である。

 

「マップが工業地区なら、銃撃戦になるのは間違いねえ。木虎隊も銃手(ガンナー)二人構成だから三チームが入り乱れる可能性もあるが、……おい葉子! お前もまともに作戦会議に参加しろよ!」

 

 敵チームへの対策を立てようとして、一人ソファで端末をいじっている隊長へ向けて若村が声を荒げた。

 

「うるさいわね。どうせアタシがいなきゃ勝てないんだから、あんたらは私が自由に動けるようにフォローする。それでいいじゃない。そんな風に予め立てていた作戦がまともに機能したことなんて殆どないんだし」

「てめえ……!」

 

 苛立ちを募らせる彼を、香取は適当にあしらいまともに相手にしない。

 香取隊隊長 銃手(ガンナー) 香取葉子

 そんな香取を目にした若村の中で彼女への怒りが余計に高まっていく。

 

銃手(ガンナー)ランクで伸び悩んでいるからって気抜けてるんじゃねえよ」

「……は? 何それ?」

「そうだろうが。攻撃手(アタッカー)から銃手に転向しても銃手のソロランクで伸び悩んで、その間に木虎や嵐山さんの弟達とか最近入ってきたやつらばかりがどんどん順位を上げていく。そういったやつらに嫉妬してるんじゃねえのかよ?」

 

 ピクリと香取の眉が動いた。

 今日の対戦相手である同ポジションの隊員達を決して意識していない、というわけではない。同時に別に格段強い敵対心を持っているわけでもなかった。

 が、ここまで指摘されては彼女の自尊心がその言葉を無視できるはずも無い。

 

「そんな風に項垂れている暇があったら、少しでも――がっ!?」

 

 さらに本音をぶちまけようとする若村の顔に、香取が投げつけた機械が直撃する。

 

「黙りなさいよ。――一人で点が取れないやつや兄の七光りで入隊したようなやつに、私が負けるわけ無いでしょ」

「てめえ!」

「ふ、二人とも落ち着いて!」

 

 お互い一歩も譲らず、調子を崩さない。

 何とか三浦が二人の間に入って場を取り持とうとするが決して上手く行かない。

 

「……三人とも」

 

 そんな険悪な空気を静かな声が一蹴した。

 凛とした顔つきの女性隊員、香取隊の参謀役であるオペレーターの染井だ。

 香取隊 オペレーター 染井華

 

「時間よ。準備して」

 

 彼女の呼びかけには三人とも素直に応じ、それ以上の討論は中止となった。

 あまり良くない雰囲気の中、それでも染井の言葉で最低限のまとまりを取り戻した香取隊。

 この苛立ちは相手にぶつけようと開始の時を待つ。

 

 

 同時刻。木虎隊の作戦室では。

 

「それで木虎先輩。俺はどれくらい時間を稼げばいいんですか?」

 

 諏訪隊のマップ選択が完了し、十分に策が通用すると判断した後。

 副は隊長である木虎にそう問いかけた。

 今回彼女が立てた作戦を実行するにはしばし時間がかかる。その為策をしこむようにどうにかして時間を稼ぐ必要があった。

 その役割は狙撃手である絵馬には頼れない。ゆえに副が受け持つしかないのだが。

 

「……二分間。ランク戦が始まってから二分は稼いで欲しいわ。できれば三分」

「結構かかりますね」

「念入りに仕掛けておきたいから。逆に言えば、そこまで稼いでくれれば後のことは保証できる」

 

 どれくらい時間を稼げるか、計算する事は難しい。しかしそれさえ乗り越えられれば勝算は高い。彼の振る舞いに期待するしかない。

 

「敵の配置次第では俺も十分に援護できる。副はとにかく生き残る事に専念してくれればいいよ」

「了解。そういう事なら頑張ります」

「多分諏訪隊は堤さんと諏訪さんが合流するまでは仕掛けてこないと思う。逆に香取隊はカメレオンやバッグワームを使った奇襲も仕掛ける事があるから気をつけてね」

「はい。フォローは頼みますよ」

 

 絵馬や三上のフォローもある。

 生存する事に専念する、ということならば十分可能だろう。特に試合開始直後は部隊の合流を目指すケースが多く早々脱落する事は無いはず。

 ならば十分に働いて見せよう。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

 木虎の真価が問われる大事な一戦だ。しくじるわけにはいかない。

 普段よりも幾分か気迫の篭った顔つきで四人はランク戦へ向けて集中力を高めていた。

 

 

「――さあ、ここで全部隊(チーム)、仮想ステージへ転送完了!

 九日目昼の部三つ巴! 戦闘開始です!」

 

 いよいよランク戦が開始。

 隊員達が工業地区に飛ばされ、すぐさま多くの隊員達が動き出した。

 

「よっしゃ! 始まったぞ!」

「はい。日佐人、お前は周囲を警戒しろ。諏訪さんと一緒にそっちへ向かう!」

「了解しました」

「くれぐれも狙撃に掴まんなよ。絵馬に見つかると厄介だ」

 

 諏訪隊は諏訪と堤の両名がマップ中央に近い笹森の元へと向かう。

 銃手二人の火力がメインの諏訪隊にとっては一人で敵隊員と当たるよりも部隊が揃って動いた方が点が取りやすい。中距離優位のマップとなればなおのこと。彼らの動きに迷いは無い。

 

「さて、他の連中は――あ?」

 

 走りながらレーダーで他の隊員の動きと居場所を探る諏訪。

 しかしレーダー上に映し出されている光点に違和感を感じ取り、小佐野へと声を張った。

 

「おい! レーダーの数足りねえぞ! 誰だ消えてんの!?」

『多分絵馬じゃない? もう一人は三浦か若村あたり?』

「ちっ。まあいい。日佐人、周囲の警戒怠るな。止まってると面倒だ」

『了解です』

 

 本来なら九人の位置取りを確認できるはずなのに、七人しか映し出されていない。

 二人がバッグワームを使っているということだが、狙撃手の絵馬はわかるがもう一人は誰なのか、何の目的で使っているのか検討がつかない。

 奇襲か動揺を誘うことが目的か。どちらかだろうが合流前に奇襲を受けると厄介だ。

 諏訪は笹森にもう一度注意を促し、急いで彼の元へと向かった。

 

『じゃあ副君、お願いね』

 

 そんな事が起こっているとは知らず、ランク戦開始直後から姿を消している当の隊員、木虎は短く副にそう命令し潜伏していた。

 

「了解です」

 

 指示を受けた副はマップの中央へと走る。

 木虎のいる方角にも一致するが、そこまでは行かずに中心部で敵の注目を集める事が目的だった。

 

「それじゃあユズル、始めるよ。俺が敵の目を引くからサポートよろしく」

『了解。もう狙撃ポイントについてる』

「わかった。じゃあ俺もそっちに――」

『副君! 警戒!』

「へ?」

『来るよ!』

 

 同じく自由に動ける絵馬と連絡を取り、目的を果たそうとすると、三上が警鐘を鳴らした。

 何事かと副がレーダーに目を向けようとして。それよりも先に自分に高速で迫ろうとする一人の女性の存在に気がついた。

 

「私が負けるわけないでしょ。とっと終わらせてやる」

「……あら。囮になる必要なかったな」

 

 香取が副を落とそうと急接近していた。

 まさか囮になる前に敵から寄ってくるとは思ってもいなかった。副は苦笑して迎撃の態勢を取る。

 開始早々の一騎打ち。予想外の危機を乗り越えられるか。




初期転送位置

             若村
      香取    
    副     笹森       
                諏訪
       絵馬    三浦
     堤
               木虎




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香取葉子①

皆さんお久しぶりです。
また少しずつ更新していこうと思います。


(来たか。ならばここで迎え撃つ!)

 

 屋根伝いに接近する香取を確認した副はそこで足を止め、迎撃を決意した。

 すかさずアサルトライフルの先端を香取に向けると銃口が火を噴く。無数の銃弾(アステロイド)が香取を襲った。

 

「そんなヒョロヒョロ弾で止まると思ってんの?」

 

 被弾の直前、香取はギリギリまで弾を引き付けるとグラスホッパーを起動。体勢を低くした急加速で攻撃をかわすとそのまま副に迫る。

 

「ッ!」

(速い。この距離は!)

「くそっ」

 

 あっという間に距離を詰められた。ここから先はアサルトライフルでは不利になると悟った副はスコーピオンに武器を切り替える。同じくスコーピオンを手にする香取との斬り合いが始まった。

 

「ランク戦開始直後、まず戦いが始まったのは香取隊長と嵐山隊員。スコーピオンを武器とする両者の近接戦が繰り広げられています!」

「うーん。ランク戦の序盤は部隊の合流を優先するケースが多いんだけど、香取ちゃんが迷うことなく突進していったね」

「そうですね。まあ転送場所がエリアの端に近いので間違った選択肢ではありません。こうなると一見、近くに狙撃手(絵馬隊員)が控えている木虎隊が優位に見えるのですが」

 

 綾辻の解説を聞いて観客席も活気が湧く。

 部隊が揃ってない中の仕掛けは良くも悪くも戦況が大きく変わりかねない。北添が苦笑しながらそう呟くと、歌川は同意をしながらも冷静に戦況を見渡して。

 

「他の隊員との位置関係が悪い。サポートは難しいでしょう」

 

 木虎隊が危機に迫りつつあると警鐘を鳴らした。

 

「ちっ!」

 

 こうしている間にも二人の切り合いは続いている。

 副がスコーピオンを横一閃に振るうと香取は右手のスコーピオンで受け止める。そして反撃と言わんばかりに左手の拳銃を真横に撃った。

 少し経つと銃弾はその軌道を変えて副を横から襲い掛かる。

 

(ぐっ! 誘導弾(ハウンド)!)

 

 わかっていても切り合いの最中では対応が後手に回ってしまった。

 辛うじてシールドを張るも完全には防ぎきれず、一発の銃弾が副の右肩に被弾する。

 

「うわわっ」

(マズイ、手数が違う! このままでは俺が先に削られる!)

《ユズル! フォロー頼めるか!?》

《ごめん。狙撃ポイントにはついているんだけど。今は難しそうだ》

《どうして!?》

 

 このままでは先に消耗するのは自分だ。副はすぐに絵馬に支援を要請するも、絵馬の冷静な声はその提案を拒絶した。

 

《南西から堤さんが来てるのが確認できた。多分合流を狙っていると思うけど、今撃てば俺の場所がばれてここで二人揃ってやられかねない》

《——了解!》

 

 中央で待つ笹森との合流を急ぐ堤の進路近くの建物の屋上に絵馬がいる。ここで撃って居場所がばれれば笹森との挟撃を受けかねない状況だった。

 本来ならばこれを防ぐために副が先に中央へと移動したかったのだが、今さらそれを嘆いても仕方がない。

 

《なら、三上先輩!》

『何?』

《一つお願いがあります!》

 

 こうなったら善後策を講じるのみ。副は続いて三上と通信を繋ぎ、彼女にある事を依頼した。

 

「葉子ちゃん!」

「あいつ! また勝手に飛び出しやがったな!」

「こうなったら仕方ないわ。二人とも、急いで援護を」

『了解!』

 

 一方、香取隊はすぐに三浦と若村が香取の元に向かう。染井の指示がある前に動いていたおかげで初動は速かった。若村はすぐに追いつけるよう直進し、三浦は中央にいる敵を警戒してカメレオンを起動する。

 

「香取隊長と嵐山がぶつかりました。それと東から二人こっちに来てますね」

『やっぱり香取が仕掛けやがったか!』

『東から来てるのは若村・三浦・木虎の誰かだよね? 絵馬どこにいんだろ』

『わからないけど、嵐山君をフォローする為に近くまで来る可能性が高い。日佐人、お前は一応警戒の為バッグワームをつけて待機だ』

「了解です」

『間違っても姿を晒すなよ。俺達が合流したらこっちも一挙に仕掛ける!』

 

 対する諏訪隊は戦況を見渡せる笹森がバッグワームを起動し、マップ上から姿を消す事を選択した。相手から狙われるのを避けるのと同時にプレッシャーをかける狙いである。

 

『皆、さらに誰か一人がバッグワームを起動した。注意して』

「笹森先輩がバッグワームをつけた。でも移動はしないみたい。多分敵の襲撃を警戒している。俺が見てるから副はそっちに専念して」

『わかった! 抑えは頼む!』

 

 これにより香取隊はさらに警戒度を高める事となった。しかし木虎隊は高所を抑えている絵馬が笹森を発見していたおかげでその影響を最低限にする事が出来ている。

 

「香取隊長、嵐山隊員の衝突を機に各隊員の動きも慌ただしくなりました。三浦隊員はカメレオンを使って若村隊員と別々のルートで香取隊長の下へ。一方諏訪隊はバッグワームを使用中の笹森隊員に諏訪、堤両隊員が合流する様子。対して木虎隊は二部隊とは対照的に大きな動きは見せません」

「皆狙撃を警戒しての行動ですね。移動中は狙われやすいから仕方ないし、合流も出来ていない状況なので当然かと」

「絵馬君がまだ偵察に徹しているみたいだから、これは香取ちゃんと副君の戦いが他隊員との合流前に決着つくかがポイントになるかな」

 

 木虎と絵馬に続いて笹森がマップ上から姿を消し、若村もカメレオンで直視は不可能という隠密行動が目立つ戦況。合流の動きが多い為、北添は現在衝突している二人の戦いがどう決着を迎えるかで戦局を大きく左右するだろうと予見した。

 

「……ちょこまかと。五月蠅い奴らね!」

 

 次々と変動する戦況を見て時間をつぶすのはまずいと判断したのか、香取は両手にスコーピオンを起動した。フルアタックの構えで副に襲い掛かる。

 

(来た! 今なら!)

 

 これを好機と見た副も新たな動きに出た。

 香取の刃が迫る寸前でテレポーターを使用。香取の背後を取った副が左手を後ろに引き、彼女と同じく両手でスコーピオンを起動。しかし彼はその両手を合わせて一筋の槍と化す。

 すると彼の手から高速の刃が放たれた。

 

「だから?」

 

 死角からの攻撃。だが、この一撃は香取の両手が張ったシールドにぶつかり四散した。

 

「なっ!」

(防がれた!)

「テレポーターって自分が見てる方向にしか飛べないんでしょ? その攻撃だって集中してシールドを張れば止められる。あんたみたいな新入り、倒そうと思えばいつでも倒せるのよ!」

 

 必殺技が止められ、呆然とする副。

 対する香取は再び攻勢に転じた。グラスホッパーで急加速し、勢いそのままに副を蹴り飛ばす。

 

「ぐっ!」

『副君、今!』

「っ!」

 

 屋上から地面へ落とされる形となってしまった。何とか態勢を整えようとした瞬間、三上から好機を告げる通信が入る。

 

「わかり、ました!」

 

 すると副はもう一度スコーピオンを伸ばし、矢のように打ち出した。

 

「ッ!」

 

 落ちながらの反撃にはさすがの香取も目を丸くする。

 だが彼の攻撃は香取の上空を通過し、彼女を襲う事はなかった。

 

「はっ。なにそれ。そんな苦し紛れの攻撃で私を倒せるとでも——」

 

 攻撃を外した相手を得意檄に笑う香取。だがその直後、彼女の後ろから鈍い金属音が響く。

 何事かと振り向くや、備えてあった鉄柱の山が香取に向かって降り注いだ。 

 

「えっ!?」

(まさか、あいつが狙っていたのは!)

「このっ!」

 

 副の目的は香取の背後にあった工事現場の作業道具だったのだ。ここは工業現場。その為こういった器具もあらかじめ設置されている。

これにいち早く目をつけていた副は三上に自分と香取、そしてこの鉄柱群が直線状に並ぶタイミングを立体的なモニタリングで分析してもらうように頼んでいたのである。

 突然の崩壊を逃れるべく香取は屋上から飛び降りながらシールドを張った。

 

「狙い通り。そして、もう一発!」

「ッ!」

 

 これによりできた隙を見逃す手はない。

 先に着地していた副がスコーピオンの二度目の投擲を行った。香取は反対の手でもう一枚シールドを張るも、防御するには薄い。スコーピオンがシールドを突き破り、香取の右腹部を撃ちぬいた。

 

「こいつっ!」

 

 顔をしかめるも反撃には至らない。香取はそのまま崩落に飲み込まれ、地面に落下した。

 

「よしっ。一時撤退!」

 

 緊急脱出(ベイルアウト)はしていないのでまだ仕留め切れていないのだろう。だが副は一発当てた後は追撃せず、バッグワームを起動して南へと逃走を始めた。

 

「戦局に大きな変化が出ました。嵐山隊員のスコーピオンが香取隊長を直撃。香取隊長が障害物により身動きできない間にバッグワームを起動し、戦線離脱する模様です」

「うわー。今のはよく見てる。オペレーターの指示かな? きちんと追撃もするあたり狙ってたよね」

「フィールドの構造を上手く利用しましたね。香取隊長は少し油断があったか対応が後手に回ってしまった」

「このまま襲撃すれば一点を狙えたかもしれませんが、嵐山隊員は深追いしませんね」

「ええ。他隊員の動きからこれ以上の継戦は危険と判断したのでしょう。堤隊員の移動により空いた南へ抜けました」

「香取ちゃんを生かす事で、彼女を二部隊が次に動く起点としたって感じかな?」

 

 副と香取の最初の交戦はこれで一先ずの終わりを迎える。上手く香取を迎撃し、しかも彼女を残す事で香取隊、諏訪隊の目標をそのまま継続させて時間も稼ぐ事が可能だ。

 攻防を評価しながらも歌川や北添はすでに次の戦いがすぐに始まるであろうと感じ取っていた。

 

「――ああっ! このっ!」

 

 そして置き去りにされた香取は自力で鉄柱を振り払い脱出に成功する。

 

「下敷きにした上に逃走とか舐めた真似してくれるじゃない! よくも!」

『葉子! すぐにそこから移動して!』

「はあっ? なんでよ?」

「諏訪隊が接近してる!」

「えっ」

 

 怒りを爆発させる香取だったが時間は残されていなかった。

 染井の指示を耳にした直後、すぐさま諏訪の姿が彼女の視界に映る。

 

「よう! 後輩いじめは楽しかったかよ香取!」

「——次から次へと!」

 

 諏訪が両手で散弾銃を放ちながら突進した。香取もすぐに右手でアステロイド、左手にシールドを起動して反撃を試みる。

 だが近距離戦での火力は諏訪が勝る状況では厳しいものがあった。瞬く間にシールドが削られ、追い込まれていく。

 すると追い打ちと言わんばかりに彼女の真横にそびえる建物から飛び降りる人影が一つ。笹森が弧月を手に切り込んできた。

 

(新手!)

「葉子!」

 

 振り下ろされた刃は援護に来た若村のフルシールドの前に止められる。

 

「くっ!」

(防がれた。もう一度!)

《ストップ、日佐人! もう一人右にカメレオンで消えてるのいるよ!》

「えっ?」

 

 先制点を取ろうと返し刀を狙った笹森を小佐野が制止した。言われるがまま弧月を右に振るえばカメレオンを解除した三浦の弧月と鍔迫り合いとなる。

 

(香取隊も全員集結してたのか!)

「葉子ちゃん一度退こう!」

「——させねえよ!」

 

 笹森とぶつかりつつ撤退を促す三浦。

 その彼の背後から今度は堤が突撃した。

 

「ッ!」

(堤さん!)

「これで決める!」

 

 諏訪に続く堤の集中砲火。さすがにこれを防ぐことは敵わず、標的となった三浦が一瞬で蜂の巣と化す。

 

「遅かった……」

 

 離脱までの短い時間。三浦は判断の遅れを悔やんだ。

 すると彼の視線の先では自分を撃ちぬいた堤の頭部が大きく横に揺れる光景が目に入る。

 

「なっ」

「えっ」

「堤!?」

 

 得点を決めたすぐの出来事により諏訪隊に衝撃が走った。堤の頭部を撃ちぬいた狙撃、こんな事が出来るのはこの戦場ではただ一人のみである。諏訪隊の面々はすぐに射線の元を目で追った。

 

「がら空きだよ、堤さん」

「……見事」

(突撃の際、一瞬射線が通ってしまったのか)

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 屋上には絵馬が一人佇んでいる。狙撃は十分警戒していたはずだったが、得点に意識を先過ぎた一瞬の隙を狙われてしまった。

 三浦と堤がタイミングを同じくして戦線離脱する。

 

「ここで初めての脱落者が出ました。三浦隊員と堤隊員の二名が同時に緊急脱出(ベイルアウト)!」

「諏訪隊の強みである集中砲火が効きましたね。三浦隊員を落とすところまでは良かったのですが」

「攻撃直後で隙となりやすいタイミングを絵馬君が見逃さなかった。しかも何気にこれ、さっき副君が設置されていた鉄柱を壊したことで出来た射線だよ。諏訪隊はマップを知っていたからこそ気づくのが遅れたかも」

「隙と呼ぶにはあまりにも小さく、短いタイミングでした。これは絵馬隊員の狙撃能力を褒めるべきでしょう」

「本当にね。うちの隊に欲しいくらい」

 

 短い間の攻防は諏訪隊の思惑通りだった。火力の強さを活かした襲撃、防ぐことは難しかっただろう。

 それを絵馬が上手く利用した。彼の狙撃はもうすでにボーダー界でも上位に入るだろうと北添はその技術に感心し、解説らしからぬ言葉をもらした。

 

(やられた!)

「諏訪さん、絵馬を抑えます。今なら追えます!」

「おい!」

 

 狙撃後、移動を開始する絵馬を見た笹森が追跡を始める。ここで追わなければ彼を撃破するのは難しくなると考えたのだろう。

 

「馬鹿、追うな! 木虎隊の二人がまだ潜伏してるんだぞ!」

 

 だがそれは悪手だと諏訪が叫んだ。

 姿を消していたのは絵馬だけではない。木虎、そして先ほどまで戦闘していた副もマップ上に表示されていない。

 そしてその危惧が的中する事となった。

 笹森が移動してすぐの横道に一人の隊員がバッグワームを解除して突如出現する。

 

「ッ!?」

(木虎隊!)

 

 すぐに笹森はその場で立ち止まり、弧月の刃先を新手に向けた。その敵を視界に捉えた瞬間、相手の姿が消える。笹森は目を丸くすると、直後彼の視界が回転した。

 

「えっ。——え?」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 笹森は副に自分の首が斬り落とされた事に気づく事もなく脱出する事になる。

 これで木虎隊が二得点目。先制点を挙げた諏訪隊があっという間に一人となってしまった。

 

「ここでさらに嵐山隊員の奇襲が成功。笹森隊員も脱落となりました!」

「いやらしい動きだね。今まで消えていた相手がいきなり現れて。と思ったらテレポータ―でまた消えて。いつの間にか背後に回られる。戦闘慣れしてるなー。これは反応難しい」

「ええ。よほど対策を取るか奇襲に対応できる能力がない限り反応するのは厳しいでしょう。特に今のように他の事(絵馬隊員)に意識が割かれてしまうと反応も遅れてしまいますからね」

「これで木虎隊は全員残っている上に得点も最多。一気に優位となりました。さあここからどう動くでしょうか」

「まだ木虎ちゃんが潜伏してるのが不気味だなあ」

「普段は嵐山隊員と連携して点を取る彼女ですからね。他の隊員も疑問に感じているでしょう。まあ彼女の思惑はわかりませんが、他の二部隊が木虎隊を放置するとは思えません」

 

 木虎隊は現在得点がトップである上に未だに姿を見せぬ木虎の存在もあり、放置は出来ない相手だ。しかも今ならまだ絵馬の位置取りがわかっている。

 ゆえに諏訪、香取隊はおそらく木虎隊に狙いを定めるだろうと解説先の隊員たちは予感していた。

 

「この野郎!」

(諏訪さん!)

「吹っ飛べ!」

 

 するとその予想通りまず仕掛けたのは諏訪だ。奇襲を仕掛けた副目がけてフルアタックを仕掛ける。テレポータ―を使用した直後で連続使用は不可能だ。これは防げない一撃。

 ならばと副は左手にも再度スコーピオンを起動した。近くの建物の屋上付近に突き刺し、素早く伸縮。その反動で跳躍し屋上へと瞬時に移動する。諏訪の一撃を回避した。

 

「マジか!」

(ここで足止めする!)

「簡単には通させない!」

 

 副が必殺の一撃を回避したら今度はアサルトライフルで諏訪を牽制する。この距離ならば散弾銃よりも射程が長い副の方が有利だ。

 諏訪は打ち合いを避け、建物の陰に隠れ難を逃れた。

 

『副君、気を付けて! 香取隊が動いてる!』

「ッ!」

 

 だが諏訪にばかり意識を向いてはいられない。

 この間に香取隊は諏訪の射程から離れ移動を開始していたのだ。三上の指示に従って視線を向けると、香取隊の二名が東から回り込み、建物付近にまで迫っている事がレーダー上で確認できた。

 

(——挟まれた!)

 

 屋上からでは角度から考えるに狙うのは難しい。何とか狙えないものかと標準を定め――そして若村がどこを探しても見つからない事に気づく。

 

(えっ? 若村先輩がいない!? どこに――)

 

 もう一度レーダーを見る。するといつの間にか若村は香取と別れ、逃げる絵馬を追跡していた。

 

(まさか!)

「ユズル! 若村先輩がカメレオンを使ってそっちに向かってる! 気を付けて!」

《本当に? わかった》

 

 レーダーで確認できても姿が見えない。つまりカメレオンを使っている。これでは狙撃を狙うのも難しいだろう。木虎隊の所在が判明している二人が追い詰められる事となった。

 

「ここで若村隊員がカメレオンを使用して単独で絵馬隊員を追跡! 残った諏訪、香取両隊長が嵐山隊員を挟撃する形となりました」

「居場所がわかった狙撃手を放置するわけにはいかないからね。しかもカメレオンを使えるなら相手に警戒をさせつつ近づける。上手くいけば木虎ちゃんもおびき出せるし良い手だと思うよ」

「とにかく今は絵馬隊員を抑えるのと同時に、ランク戦で一度も姿を見せていない木虎隊長をあぶり出す事がポイントです。となると二名残っている香取隊が動くのが一番手っ取り早い」

「さすがに両隊員がピンチとなれば木虎隊長も動くでしょう。さあどう対応するのか」

 

 接近されれば絵馬でも対処は厳しい。隊長が動かざるをえない戦局となったと解説は語る。

 

「これでいいのね、華?」

《ええ。これで木虎隊が対応に回る番になった。諏訪隊だってこのまま木虎隊を放置するわけにはいかないはず。きっとこっちの手に乗ってくる。若村君はこのまま半潜伏状態で絵馬君を追って》

《了解!》

 

 これは染井の打った手であった。バッグワームを使った方が絵馬を落としやすいかもしれないがそうなると木虎隊の動きが読めなくなる。ならば木虎隊を誘き寄せる方が効率が良い。諏訪隊も意図を理解して呼応するはずだ。

 そして彼女の考え通り、諏訪はこの策に乗っかる形となった。

 

「若村が絵馬を追ってる?」

《そうみたい。さすがに狙撃手放置はまずいでしょ》

《これでまだ潜伏中の木虎隊長も釣れそうですね》

「あー。てか最初から消えてたの結局木虎だったのかよ? マジか」

 

 小佐野からの通信で諏訪は若村が絵馬を追っているという事を知った。情報の整理も行い、これでようやく最初の状況が見えてきたのだが。

 

「じゃあまさか木虎のやつ、最初は副だけ前線に出して自分は高見の見物してやがったのか!? 大丈夫か、あいつ。いじめられてんじゃねえだろうな!?」

 

 つまり、木虎隊はここまでずっと副だけが最前線に立たされていたというわけで。普段は連携して戦う隊員が孤独の戦いを強いられていたという事となる。

 諏訪の脳内に『あんた嵐山さんの弟だからって調子に乗りすぎじゃないの?』『ごめんなさい木虎隊長。ごめんなさい』と木虎が隊長の権限を利用して圧力をかける姿が浮かび上がった。

 

《木虎は後輩には甘いって聞くから、さすがに同学以外にはそんな手は使わないでしょ》

《おサノ。その言い方は誤解を呼ぶ》

 

 それではまるで同じ年齢の相手には使いかねないではないかと堤のツッコミ。だが、彼は知らない事だが、彼女が同年代の相手には強気に出るという点は小佐野の言う通りなのであった。

 

《でもこれで逆転の芽が出ましたね》

「ああ。木虎が隠れてたのはよくわからねえが、カメレオン使ってるなら奇襲は難しいだろう。このまま副を挟撃しつつ追い詰めてくぞ」

 

 散弾銃を構え、諏訪も動き始める。目の前の標的を追い詰めながらその動向を探るために。

 

(やばっ。諏訪さんまで詰めて来てる!)

 

 一方の副は対応に追われていた。

 時間を稼ぐために距離を取りたかったのだが、さすがに二部隊の隊長を相手にするのは難しい。加えて香取はグラスホッパーも持っている為機動力が高い。これ以上この距離を保ち続けるのは難しかった。

 

(どうする。後ろに引くか。というかユズルの援護に向かった方がいいのか?)

 

 考えられる手は三つ。

 このままこの場で迎え撃ち時間を稼ぐか。あるいは後退して立て直すか。絵馬を狙う若村を撃退しに行くか。

 いずれにせよ単独では成功が難しいだろうと気づいていた。

 ならば玉砕覚悟で突撃しようかと考えた瞬間。

 

《副君、ありがとう。私が今から言う所まで退がって!》

「えっ?」

 

 彼の思考をクリアにする声、木虎の指示が入る。

 

《準備は全部終わったわ。ここからは私も出る》

「お! 了解!」

 

 活路を見出す命令に副に笑顔が戻った。

 これで再び形成は逆転できる。木虎の参戦により、戦局は再び動きだろうとしていた。




次話で決着。そしてシーズン終了の予定です。少しずつ新展開を描いていくつもりです。


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嵐山副④

「おっと。ここで嵐山隊員が後退しはじめました。ですが絵馬隊員への援護ではなさそうですね。やや東寄りに南下しております」

「絵馬君の援護もなしではないけどねー。カメレオンを使っている相手には援護も難しいし、そもそも二人の隊長を相手にしながら追いつけるのかって問題もあるから、これは仕方ないかな」

「ですがこうなるとどの様にして隊長達を迎撃するかがポイントとなります。現在は香取隊長が嵐山隊員を追跡、諏訪隊長もこれに呼応して挟撃できるように場所を変えている最中ですが」

「一方、これまで単独行動をしていた木虎隊長。こちらは依然バッグワームを使用したまま絵馬隊員、嵐山隊員の双方を援護できるような位置へと移動を開始しております」

 

 南東方面に退却を始めた副。時折アステロイドで牽制し敵の足を遅らせている。方角的に絵馬の逃走する方向とは逸れており、そんな二人の間に入るようにこれまで潜伏していた木虎が動いていた。

 

「……これは、最初に引っかかった相手を木虎隊長が狙う動きですね」

「うん。どうやら序盤の副君と絵馬君の戦いは時間稼ぎだったみたいだ。退いてくる二人を囮に、敵を陣に引き寄せる為のね」

 

 木虎の動向や位置取りを見て解説の隊員たちが彼女の意図を察する。

 準備は整った。

 ここからが木虎隊の新たな力の見せどころだと。

 

「じれったいわね。この先に木虎がいるの?」

《合流先かその途中、もしくは彼と絵馬の間にいるはず。木虎隊が得意とするのは銃撃戦だから可能性が高いのはこっちの方ね。諏訪隊がこっちに来なければいいけど》

「向こうだってこのまま木虎隊を勝たせたくないでしょ。そんなことしたら狙撃手を見失う可能性だってあるわけだし」

 

 幾度か建物の陰に身を潜める事を繰り返し、香取は徐々に副との距離を少なくしていた。射程は相手が勝るも、細かい機動力では香取が上だ。追いつくことは可能だろう。

 問題は木虎が潜伏されていると予測される地点が近いという事だ。染井と意見を交え、諏訪隊と合同でこのまま追い詰めれば問題はないだろうと結論付ける。

 

「距離を離させなければいい。銃撃戦なんてさせないし、接近戦なら木虎がいても私が勝つわ」

 

 香取は最初の戦いで副を相手にし、彼に不意を突かれるまでは優勢だった。ならば奇襲にさえ気をつければ問題ない。実力で押し勝てる。たとえ二対一であろうと必ず落として見せると自信にあふれていた。

 

『葉子、お前も油断すんじゃねえぞ。木虎の動きがまだ完全に読めてねえんだ。これも相手の思惑通りだとしたら――』

「はっ? 何? 私が負けると思ってんの? 人の心配するより、あんたが落ちたらそれこそ狙撃手を自由にさせちゃうんだから、ヘマかかないでよね」

《テメエ!》

《二人とも。まだランク戦の最中だから!》

 

 香取の慢心を除こうとする若村だが、二人の口論は売り言葉に買い言葉で収集が付く気配がない。三浦が間に入って場を和ませようとするも結局二人の衝突が最後まで収まる事はなかった。

 

「あー。しゃらくせえ!」

 

 対して場面が変わって諏訪隊。唯一残っている諏訪が不機嫌そうに声を荒げている。どんどん戦況が動いていく上に副の遅滞行動により思うように追う事も難しい。怒りを抱くのも仕方がなかった。

 

『諏訪さん落ち着いて』

『いっその事うちらも絵馬狙う? 若村も上手く行けば落とせるし』

「いや、今この挟撃を無くせばまた副に潜伏されるかもしれねえ。点差を考えれば木虎隊にこれ以上点を取らせたくねえし、狙いを変えるなら若村が絵馬を落とすか落とされてからだ」

『香取隊はまだ無得点ですしね。木虎隊へのプレッシャーを考えれば確かにそれがよさそうっすね』

 

 チームメイトからの冷静な声が耳に直接響く。

 絵馬を狙う方針に変えるべきかという意見も出るが、逆転を狙う為にもこのまま続行が良いだろうと結論を出した。

 現状得点は2対1対0。(順に木虎隊、諏訪隊、香取隊)

 香取隊に得点を許す事はあまり問題ではない。だが木虎隊がこれ以上得点すれば逆転は難しい状況だ。ならばこのまま副を狙い、木虎の動向を探るべきだろうと諏訪は考えていた。

 

「それに今動けば木虎が突っかかってくる可能性が高い。ならまだこのまま副を狙った方がよさそうだ」

 

 そう言って諏訪は建物の陰から飛び出し、シールドでアステロイドを防ぎつつ再び建物の陰へと移ってアサルトライフルの射程から逃れる。

 勝負は香取が副へと特攻を仕掛けてからだ。二人同時に散弾銃で落とせれば最善。そうでなくても乱戦ならば一人は落とせる。火力は諏訪隊が勝っているのだから。

 

(……マズいな。さすがに細かい場所がわからない状態じゃ狙撃は出来ない)

 

 対し、若村から逃走中の絵馬は度々視線を後ろに向けながら反撃の機会を窺う。

 相手のおおよその地点はわかっているのだが、どの高さにいるか等の詳しい状態は不明だ。下手に狙撃を行えば足を止める事になり、かえって若村に落とされる事になるだろう。

 

(カメレオンを使っているとなると木虎先輩と合流できたとしても——)

《絵馬君、聞こえる?》

「ッ!」

《今から私の言うルートを移動して。そして相手の足が止まったら狙撃準備を》

「……了解」

 

 すると絵馬にも木虎からの通信が届いた。

 数秒の交信後、絵馬は大きく頷く。一つ建物を飛び越えたと、屋根から飛び降りて入り組んだ細い路地の中へ駆けていった。

 

(ちっ。まずい、これ以上距離を離されると見失う!)

 

 敵の逃走ルートを見て若村は追跡の速度を上げる。バッグワームをつけている以上、一度見失ってしまえば追跡は困難だ。狙撃手を再び潜伏させるわけにはいかない。すぐに若村も地上へと降りて絵馬の逃げた道へと追いかけていった。

 

「——ッ!? はっ!?」

 

 だが、細い道に入ったところで彼の足が何かに引っかかり、その場で転倒してしまう。かろうじて受け身を取り、何事かと視線を移すとそこには足元にワイヤーが仕掛けられていた。

 

(これはスパイダーだと!? まさか木虎が仕掛けたのか!)

 

 設置型のトリガーの一つ、スパイダーだ。しかもよく目を凝らせばあちこちに設置されている。

 

「葉子! あちこちにスパイダーが張られてるぞ! 気をつけろ!」

 

 すぐに若村は香取に通信をつなげ、同時にカメレオンを解除。アステロイドをセットした。スパイダーを一気に取り除くならばこれが手っ取り早い。直ちに行動に移そうとして——真正面の建物に居座る絵馬が銃を構えた事に気づいた。

 

「若村先輩、発見」

(絵馬! ここで狙撃か!)

「くそっ!」

 

 スパイダーを破壊する暇はない。今度はシールドを前面に展開、前方からの狙撃に備えた。

 

『若村君、後ろ!』

「えっ」

 

 直後、染井から緊急の通信が入る。

 言われるがまま振り返るとバッグワームを解除した木虎が現れた。

 シールドの再展開は間に合わない。かろうじて右腕を前方に突き出す。右腕をスコーピオンで切り落とされるが、何とか急所は避ける事に成功した。

 

「ちっ。このっ!」

 

 左手で反撃すべく銃口を木虎に向ける。

 しかし銃弾が放たれる前に、その銃は背後からの狙撃により撃ち落された。

 

(絵馬!)

「もらったわ」

「まだだ!」

 

 追い打ちをかける木虎。若村はシールドを再展開、木虎の攻撃を防ごうと懸命に動いた。

すると木虎はそのシールドを蹴り上げる。掴んだスパイダーを支点に回転し、足に生やし

たスコーピオンで若村の体を切り裂いた。

 

「……ッ!」

《戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

「マジかよ」

 

 息もつかせぬ連続技の前に若村は反撃が出来ぬまま緊急脱出する。木虎隊に追加得点が記録された。

 

「ついに木虎隊長が参戦! 素早い身のこなしで若村隊員を撃破しました!」

「おおー。木虎ちゃんってあんな身軽に動けたんだ。ビックリした」

「確かに。今まではスコーピオンを使ってもあくまで補助的な動きばかりだと思っていたのですが。スパイダーを使うとここまで変わるのですね」

「相手の侵入を阻むだけではなく、自分の攻撃にもスパイダーを利用している。この展開をしっかり考えていたんだろうね」

「これで諏訪隊・香取隊は隊長を残すのみという厳しい展開となりました。隊長の意地を見せたいところではありますが、果たしてどうなるでしょうか」

 

 ランク戦の終盤。ようやく登場し、瞬く間に敵を落とした木虎の活躍に歓声が湧き上がる。

 これまでの木虎の得点は主に拳銃による得点が目立っていたからこそなおさらだ。新たに彼女が武器としたトリガー・スパイダーの扱い方を見て、これはさらに木虎隊が優位に立っただろうなと隊員たちは皆考えた。

 

「——おっと。ここで諏訪隊長が動きました!」

 

 そんな中、ランク戦は新たな戦局を迎える。香取と連動していた諏訪が進路を変更。姿を見せた木虎へと向かっていった。

 

「まだ逆転を狙っているね。これ以上木虎隊に得点させず、かつ生存点の二点が絶対必要になるけど、どうかな?」

「木虎隊は無理に動く必要はないですからね。ベストは各個撃破、次点でこのまま逃げ切りという状態です。スパイダーがある以上短期決戦を仕掛けるのは難しいでしょうから、3人が揃っていない中で倒したいという考えでしょう」

「どちらにせよ木虎ちゃんと絵馬君が見えてる今二人を止めないと、スパイダーで足を止められている間に不意を突かれちゃいかねない。難しい判断だよ」

 

 すでに木虎隊の作戦方針通りに事は運び、このままなら勝利は揺るがない。木虎が張ったワイヤー陣に戦局を移し、各個撃破の様相となっていた。人数も残り少なく、得点もトップ。しかも副が二人を引き付けている間に絵馬と木虎が援護できれば完封を狙えるだろう。所見でワイヤートラップを潜り抜け、速攻で敵を落とすのは困難だ。

 故に諏訪隊と香取隊が逆転するなら確かに木虎隊の合流を防ぎ、相手に得点させずに全滅させるしかないだろう。ただしその難易度ははるかに高い。

 

《行くんですか、諏訪さん?》

「仕方ねえだろ。最悪なのは副を落とせないまま木虎達がこっちに来るパターンだ。そうでなくても絵馬とかはまたどこにいるかわからなくなっちまう」

《んー。最悪この試合の得点は諦めて時間切れを狙ってもいい気がするけど》

「それは俺の性にあわねえ。却下だ」

《諏訪さん……》

 

 移動しながら交信を続ける諏訪。彼もここから逆転勝利を収める事が厳しいのはわかっている。しかし完全に逆転が不可能でないならば最後まで点を取るべく足掻きたい。諏訪は一抹の勝利を狙って木虎へと矛先を向けた。

 

「ちっ。使えないわね。散々私に口うるさく言っておきながらあっさりやられるとか。何それ?」

《……》

《落ち着いて葉子。相手が動かないかに気を配って》

「わかってるわよ!」

 

 一方の香取隊。香取が先に脱出した若村に苦言を呈している。

 口をとがらせる香取に染井が冷静に諭す事でどうにか状況を保っているが、戦況は悪化するばかりだ。

 現在香取は建物の陰に身を隠しながら機会を窺っている。彼女の視線の先にもスパイダーが大量に映っていた。

 

(諏訪隊が代わりにあっちに行ったみたいだから、理想的なのは私が速攻でこいつを落として、向こうの決着がつく前に参戦する事。そうでなくてもスパイダーがある中での長期戦は望めない。戦局が変わってこいつが移動されても厄介。やるなら一気に行くしかない!)

 

 スパイダーの先で待ち構える副の姿を捉え、香取は作戦を練る。

 狙うは短期決戦。一気に副を落とし、木虎・絵馬・諏訪の戦いに割り込む事だ。

 

(若村先輩が落ちた。そして諏訪さんが代わりに木虎先輩達の方に。香取隊長はまだ仕掛けてこないみたいだし、俺も姿を消して諏訪さんを挟撃するか?)

 

 ただ、副の方は無理に香取を相手にする必要はない。諏訪が一人で突撃し浮いた駒となっている以上、そちらを獲りに行く方が効率もよいと考えたからだ。一人ずつ確実に落としていく方が得点も狙えるはず。

 一応木虎に指示を仰いだ方がよいかと回線を開き——

 

「あんた、嵐山さんの弟なんでしょ?」

「……?」

(何だ? 話しかけてきた?)

 

 突然香取が自分に話しかけてきた事で連絡がつながる事はなかった。

 

「香取隊長が嵐山隊員に何か話を振っているようですね。さすがにこちらに音声は届きませんが、何でしょう?」

「まあ、挑発だろうね」

「嵐山隊員が逃げない様、一対一の状態を作りたいのでしょうが……」

 

 観客席の隊員も香取が副に向かって口を開いているのを見て、二人の間で問答が成されている事を悟る。十中八九彼女の狙いは彼を煽る事だという事はすぐにわかった。

 

「羨ましいわね。家族が有名人なら注目も集まって」

「……」

「自分もボーダーに入ればすぐA級になれるとでも思ったの? さっきだって一対一では私に押されていたのに」

 

 一方的な問いかけに副は何も反応を示さない。時間稼ぎは木虎隊にとって悪いことではない。相手の罠に乗る必要はないと言葉を聞き流した。

 

「『兄弟だから』、『きっと超えられる』。とかそんな甘い事を考えているの? 兄のおこぼれで入隊したくせに」

「————」

 

 ただ、彼の我慢は長くは続かなかった。

 

《副君。聞こえる?》

 

 そんな折、木虎からの通信が耳に響く。

 

《諏訪さんが向かってくるわ。退きながら応戦すれば無傷で倒せそう。あなたも逃げ道を封じるためにもこっちに》

《すみません。木虎先輩。そちらを任せてもいいですか?》

《えっ?》

 

 やはり当初の予想通り木虎は諏訪を確実に撃破するように作戦を立てていた。副もその方が良いだろうと考えながら、隊長の指示を拒絶する。

 

《香取隊長は機動力が高い上にスコーピオンを持っています。せっかく設置したスパイダーを崩されかねない。俺はこっちで点を取ります》

 

 通信越しでも彼の強い語気は伝わった。木虎は何事かがあったのだろうと察し、ゆっくりと目を閉じた。

 

《……わかったわ。こっちの心配はいいから、自分の戦いに専念して》

《了解です》

 

 正式に隊長からの許可を得た事で迷いは消える。

 副は右手のアサルトライフルを起動し、香取と向かい合う。

 

「どのように思われようと勝手ですが。少なくとも俺は、何も知らずにそういった勘違いする人(・・・・・・・・・・・・・・・・・)の考えが間違いだと証明する為にも、ボーダーに入ったつもりです」

「……ムカつく……!」

 

 同様に心を煽るような言葉に当てられた香取の表情にも怒りが生じた。

 

「だったら、ここで証明してみなさいよ!」

「言われずとも!」

 

 その言葉が最後の受け答えとなる。

 香取が右手のスコーピオンでスパイダーを切り裂きながら突撃した。

 もう退くつもりはないのだろう。シールドでアサルトライフルを防ぎながら最短距離で向かっていく。

 

(やはりアサルトライフルだけじゃ仕留め切れない!)

「なら!」

 

 このままでは撃退は難しいと判断したのだろう。副が射撃を中断し、左手を後方へ引いた。そして両の掌を合わせ力を篭める。

 

(飛び道具の構え!)

「無駄よ!」

 

 得意とするフルアタックの構えだ。彼の動きを見て香取も両手で集中シールドを展開した。どれだけの攻撃力を誇ろうとこれならば確実に防げる。

 スパイダーに足を取られないようにと足元に一瞬視線を落として——視界を上げると、副の姿が消えていた。

 

(消え!?)

《葉子、後ろ!》

 

 驚く香取に染井の注意を促す警告が届く。

 

「フェイク!」

「フルアタックの構えは囮! 左手に起動していたのはスコーピオンではなくテレポーター!」

「上手い。完全に不意を突いた!」

 

 構えを見抜かれていたからこそ、副はあえてそれをそのまま使う事で相手の意表をついた。彼の想像力に解析の3人も驚きを禁じ得ない。

 

(取った!)

 

 副も勝利を確信した。最短で仕留めようとしていたからこそ敵が斬り残していたスパイダーを蹴り、香取へ右手のスコーピオンを突き出す。

 

「ッ! このおっ!」

 

 拳銃で狙うには遅すぎる。

 シールドで防ぐとしても今起動したばかりだ。再展開は間に合わない。

 グラスホッパーで避けようにも加速している相手に貫かれる方が早い。

 ——故にこちらも斬るしかない。

 香取の判断は速かった。素早くスコーピオンを右手で起動し、香取は聞き足を軸に回転。横一線に刃を振るう。

 そして、二人の影が交叉した。

 

「両者激突!」

「……決まったね」

「はい。勝負ありです」

 

 切り結んだ二人。見逃してしまいかねない一瞬の攻防。その短い時間で決着はついたと北添や歌川は見抜いた。

 

「……まさか。スコーピオンのフェイクとテレポータ―で完全に不意をついて。ワイヤーまで使ったって言うのに」

 

 先に口を開いたのは副だ。

 彼の視線の先で手にしていたスコーピオンの刃先が折れている。

 直後、彼の胴体は真っ二つに切り落とされた。

 

「俺の負けかよ。くそっ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 上半身がゆっくりと地面に落ちていく中、トリオン体が崩壊し緊急脱出する。副は最後まで試合を見届ける事なく戦いを終えた。

 

「『俺の負け』? どこまでもムカつく奴」

 

 彼の最後の言葉を聞いた香取は苛立ちを覚えて呟く。

 

「相打ちなら、あんたの勝ちみたいなもんでしょ。——本当、ムカつく!」

 

 そう語る彼女の胸元には風穴が空いていた。副の最後の一撃も確かに届いていたのだ。

 

『トリオン供給器官破損。戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 ほとんど時を同じくして香取も作戦室へと脱出する。最後に一点を記録したものの、香取隊はこの一点のみで全滅する事となった。

 

「嵐山隊員、香取隊長が緊急脱出(ベイルアウト)! 相打ちとなりました!」

「惜しい。お互いに惜しかったですね。嵐山隊員の発想が面白かったし、香取隊長も咄嗟の判断で的確に反撃していました」

「香取ちゃんが残ったら十分逆転できたよね。大きな分岐点だったな」

 

 どちらが勝ってもおかしくない中、互いの意地が観られた局面だ。検討を讃える声が続く。

 そしてここから少し後。

 諏訪の緊急脱出(ベイルアウト)が発生し、ランク戦は終幕を迎えた。

 

「諏訪隊長が緊急脱出(ベイルアウト)! よってここで決着です。最終スコア、7対1対1! 木虎隊の勝利です!」

 

       得点 生存点 合計

木虎隊     5   2   7

諏訪隊     1       1

香取隊     1      1

 

木虎隊が大量得点を記録し、二部隊を引き離す結果。圧倒的なランク戦となった。

 

「諏訪さんも最後木虎ちゃんの片手をとったりと頑張っていたけどね。絵馬君の援護もあったし難しかったよ」

「諏訪隊長が押し切れればあわよくば逆転、というところでしたが。木虎隊長が確実に仕留めていきました」

 

 ワイヤー陣、二対一に加えて狙撃手が待ち構える厳しい状態だったのは間違いない。それでもギリギリまで敵を追い詰めた諏訪を解説の二人は讃えていた。

 

「……つまんない」

「はっ?」

銃手(ガンナー)つまんないわ。やっぱり万能手(オールラウンダー)よね、これからは」

「葉子ちゃん?」

「……葉子」

 

同時刻、香取隊の作戦室では香取が不貞腐れている。元から気分やな一面があったのだが、今回の敗戦が彼女の背中を悪い方向へと後押ししてしまったのだろうか。そうでなくてもこの試合、香取はスコーピオンで得点は取れたものの、銃手(ガンナー)としての得点は下がってしまった。そう考えるのも仕方がない事かもしれない。

 

「結局落とされちゃったじゃん諏訪さん! 木虎隊に3点献上してるし! 木虎も落とせてない!」

「うるせー! 気にしてるんだから言うんじゃねーよ!」

 

 諏訪隊では小佐野が諏訪に愚痴る光景を堤と笹森が見守っていた。香取隊と同じ一点どまりの敗戦だが、先制点を挙げたという事もあり悪い空気ではない。年長者が多いという事もあって落ち着いた光景が広がっていた。

 

「絵馬君、木虎ちゃん。お疲れ様」

「最後も綺麗に決まりましたね!」

「ありがとうございます。副君もお疲れ様」

「香取隊長がいなかったからかなり楽になったよ」

「最初、俺だけやられたかと思ったからビックリしたけどね」

 

 勿論、勝利した木虎隊の面々は上機嫌だ。三人全員が得点に成功。得点が伸び悩んでいた木虎も二得点を決めたというのも非常に大きい。新しいトリガーも綺麗に決まった事も戦果の一つだ。

 

「さて、それでは振り返ってみて今日の勝負の総評をお願いします」

「そうですね。地形から銃撃戦が予想されていたのですが、今回それによって得点したのは堤隊員が最初に得点した一点のみ。諏訪隊の先制点となったわけですが、銃手の面々が分断された点が大きかったですね」

「うん。最初から隠密行動が目立ったから仕方がないかもしれないけど、隠れてる隊員を狙おうとして各隊員が狙いを絞り切れなかった印象かな」

 

 綾辻に振られ、歌川・北添がそれぞれ見解を述べる。

 工業地区という舞台から中距離戦が繰り広げられるだろうという予想を裏切り、個々の戦いがメインとなったこのランク戦。諏訪隊の得点以外は主に木虎隊の動きにつられた結果の得点と考えていた。

 

「特にこの試合は木虎ちゃんが消えてると考えた人はいなかっただろうからね。皆予想外だったと思うよ」

「彼女が見せたスパイダー。隊長自身の戦い方が巧みでしたし、嵐山隊員も上手く利用していました。絵馬隊員の逃走路の確保にも使えるでしょうから非常に効果的ですね」

「今まで木虎隊は接近戦を不得意というイメージでしたが、今回の一戦でそれも一変しそうですね」

 

 話題は木虎の動きとスパイダーへ。綾辻が語るように今まで木虎隊は近接戦闘においては得点できても副のスコーピオンくらいだったが、新戦術のおかげで木虎も十分得点できるようになった。この変化は大きいだろう。うまく行けば敵のエースも倒せるという結果も示せた。

 

「敗れた香取隊、諏訪隊はどうでしたか?」

「まず香取隊は——惜しい場面がいくつかあった。香取ちゃんが最初突っ込んだ時とか、もしあれで副君が落ちてたら木虎隊は何もできなかった可能性もあったと思うよ」

「やはり香取隊長の得点が良くも悪くも影響するチームですからね。最後の一騎打ちなどは素晴らしい動きでしたので、安定して戦えば上位にいる実力はある部隊だと思います」

 

 続いて話題は香取隊に転換する。やはり香取の調子次第で得点が変わる部隊とあって評価は難しい。ただその実力は本物であると歌川は断言した。それだけの力を持っている隊員だと。

 

「諏訪隊は堤さんが落とされてなければ、って感じかな」

「あれはむしろ絵馬隊員を褒めるべきでしょう。問題はその後ですかね。笹森隊員と諏訪隊長二人が残っていれば打てる手が増えていたと思います。笹森隊員は諏訪隊の中で貴重な前衛ですので、彼の成長が大きなポイントになるかと」

 

 一方、諏訪隊の話では歌川が少し厳しい口調で笹森の飛び出しに苦言を呈した。諏訪も注意していたので仕方がない事だったが、やはり迂闊な行動と見えたのだろう。諏訪隊は攻撃手は一人のみ。だからこそ余計にその存在は大きいのだとその価値を示した。

 

「ありがとうございました。さて、木虎隊はこのランク戦で7得点を記録。夜の部の試合結果にもよりますが、B級上位グループ入りに期待がかかります。それでは北添隊員、歌川隊員。本日は解説ありがとうございました!」

「ありがとうございましたー」

「ありがとうございました」

 

 これで昼の部の試合は終了。夜の部のランク戦の得点次第で木虎隊は更なる浮上を果たすかもしれない。これからの躍進に期待しつつ、綾辻の言葉を最後にランク戦は終了した。

 そして彼女の予想通り、木虎隊の順位はこの日B級6位まで上昇。最高記録を更新する。その後も木虎の新戦術の効果もあり、木虎隊は上位グループであるB級3位まで登り詰めて今シーズンを終えたのであった。



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木虎隊③

「それでは改めまして。——木虎隊、B級3位! おめでとうございます!」

「おおー!」

「お疲れ様でした!」

「お疲れ様」

 

 ボーダー本部内ラウンジにて。

 B級ランク戦が今シーズンも無事に終わりを迎え、木虎隊の打ち上げの最中であった。

 三上の掛け声と同時に乾杯が行われる。三か月という長期にわたる戦いが終わったのだ。皆解放感にあふれ、笑顔が満ちている。

 

「まさか半年でここまで来るとは思わなかったわ」

「今シーズン途中まで中位を維持するのが精一杯でしたからね」

「でも木虎ちゃんのスパイダー登場から随分と流れが変わったよね」

「初めて上位入りしたのもあの頃のはずだったし」

 

 特に今回は目標となっていたB級3位という上位グループ入りを果たしたのだから余計に達成感が強かった。

 木虎隊が結成されてから半年。これ程のスピードでランク戦を駆け上がっていくことは誰にでもできる事ではない。過去の記録を見てもすでにA級に名を連ねるチームの幾つかが当てはまるくらいだろう。

 

「あわよくばA級挑戦権も得られたんですけどね。惜しかった」

「そうは言っても壁が厚いから仕方ないわ。聞いた話だと、弓場隊も生駒隊も今回の昇格は見送りになったそうよ」

「えっ。嘘」

「あの2チームでも駄目だったんだ」

「ビックリね。特に弓場隊は点差もあったから昇格すると思っていたのに」

 

 本当ですよと木虎が頷く。木虎隊は3位に終わったが、B級1位と2位にはA級への昇格試験を受ける資格が与えられるのだ。今回のシーズンでは一位の弓場隊ならびに二位の生駒隊に資格が認められたが両チームとも昇格を果たすことは出来なかった。やはりA級への道は長く険しいのだろう。ランク戦で戦い、二チームの実力を知っているだけあって、皆驚愕を隠せなかった。

 

「まあ私達だって決して負けているとは思っていないわ。近・中・遠距離全てに対応できるチーム編成だし、得点力だって上の二部隊にだって匹敵するはずよ」

「おお。さすが後半戦チームトップの得点源」

「発言が違うね」

「頼りになるわね」

「……別にそんなつもりじゃ」

 

 おだてられた木虎がそっぽを向くのを見て、3人が面白そうに笑う。

 そう。副が言ったようにシーズンの後半戦は木虎が隊内での最多得点を記録していた。副と連携しての銃撃戦は勿論、スコーピオンによる得点が伸びた点が非常に大きい。隊長としての指揮能力もあって、他の隊にとって最大の脅威となっていた。

 

「実際木虎先輩がスコーピオンで活躍できるようになって副の負担も減ったから助かったよ。スパイダーで副の得点も伸びたし」

「うん! 個人的な目標も達成できた!」

「そういえばそれもこの前のランク戦の時だったね。おめでとう」

「ありがとうございます!」

 

 副が笑顔で頭を下げた。

 彼の語る個人的な目標、すなわち『万能手(オールラウンダー)』になる事だ。ランク戦を終えて副の個人(ソロ)ポイントはアステロイド:6521、メテオラ:3848、スコーピオン:6102。ガンナー用トリガー(アステロイド)アタッカー用トリガー(スコーピオン)の両方が6000ポイントを超えた事で万能手(オールラウンダー)を名乗る事が可能になったのだ。

 

「上位入りを果たした時より喜んでいたもの。ひょっとして入隊した時からずっと目指していた?」

「——そうですね。ええ、最初から目標にしてた事でした」

「そうだったの。よかったわね」

「はい!」

 

 事実彼にとってはある意味チームの躍進と同じくらい嬉しいことだ。一つのスタートラインに立てたと言っても過言ではないのだから。攻撃手(アタッカー)として伸び続ける事は簡単ではなかったが、今となってはこれまでの道のりも思い出のようなもの。

 

「やっぱり自信がついた?」

「もちろん。今なら桐絵さんと戦っても勝ち越せそうだよ!」

 

 絵馬のフリにそう上機嫌で応える副。念願の称号を得た喜びがそれだけ大きなものという事なのだろうが。

 

「あらそうなの。じゃあ試しに今から()りましょうか?」

「へっ?」

 

 だからこそ彼は背後から近づいてくる影には気づけなかった。

 

「……き、桐、絵、さん?」

「ええ。久しぶりね」

「よう。上位入りおめでとう」

「鳥丸さんも!?」

 

 恐る恐る振り返る。そこには小南と鳥丸が立ち並んでいた。

 

「副に打ち上げやるから顔出ししてもらえないかって頼まれてな」

「えっ!?」

「……木虎さんがご指導を受けていたと聞いたので。だから鳥丸さんは呼んでいましたが、桐絵さんはどうして本部に?」

「ああ。俺が一緒に来てくださいって呼んだ」

(どうして!?)

 

 鳥丸の説明に木虎は感激し、副は頭を抱える。鳥丸は本部所属の隊員だ。玉狛支部の小南とは特に関係があるとは聞いていない。それなのになぜ、と理解が及ばなかった。

 

「直接見る事は出来なかったが随分と活躍したんだってな。話は聞いてるぞ」

「いえいえ。まだまだです!」

「あんたも随分と成長したみたいね。あんな事を言えるくらいになるなんて」

「……ええっと! どうしたんですか鳥丸先輩! 桐絵さんも一緒だなんて何かあったんですか!?」

 

 隣の椅子に腰かけると鳥丸は指導した木虎の健闘を称え、小南は皮肉交じりに副をいじり倒す。これには木虎は緊張し、副が逃げるように鳥丸に話を振った。

 

「ああ。小南先輩を呼んだのは、お前にも少し関係する事だからな。言っておこうと思った」

「え? 俺に?」

 

 鳥丸の説明を受けても話が読めない。どういうことですか、と問うと鳥丸は一つ息を吐いて話を続けた。

 

「実は来月から俺は玉狛支部に移る事になった。小南先輩と同じチームになる」

「ええっ!」

「ッ!!!!????」

「そうなの。今の防衛隊員二名態勢だと不便な時もあるし、迅は別枠だし」

「玉狛支部ならランク戦にも参加してないから俺のバイトの都合もつけやすい。渡りに船だった」

 

 二人の説明に副も木虎も衝撃を禁じ得ない。特に木虎は受け止めきれず硬直していた。

 

「玉狛支部。……そういえばオペレーターも変わるって話じゃなかった?」

「ええそうよ。風間隊の宇佐美ってオペレーターが技術部門にも通じているって事で異動になったわ」

「年末だからですか? かなり人事異動起きてますね」

 

 絵馬が思い出したように呟くと小南が補足する。本部から支部への異動とは珍しい話だった。新年に備えて、という事なのだろうか。副は首をかしげる。

 

「風間隊……」

「三上先輩? どうかした?」

「ううん。何でもない」

 

 すると絵馬の発言に三上が反応した。何かあったのか絵馬が問い返すが彼女は首を横に振り、話はそこで終わる。

 

「そういえばさっき話した弓場隊もチームが分裂するとか聞いたような……」

「ええっ!? 弓場隊が解散ですか!?」

「いいえ。弓場隊自体は残るわ。でも王子先輩が自分の隊を作ると噂になってるの」

「じゃあ王子隊として新たにB級チームが結成される?」

「王子先輩達がB級下位チームと戦うなんて想像できないな」

「元が現B級一位だものね」

 

 だが鳥丸達だけではなかった。木虎がボーダー隊員内で耳にした噂を思い返す。

 現在弓場隊は4人の防衛隊員のチームだが、そのうち王子・蔵内が脱退して新たな部隊を作るというのだ。これは下位チームにとっては嫌だろうなと皆表情を曇らせる。

 

(でもそっか。チームとは言えど完全に固定というわけではないもんな)

 

 様々な話を聞き、副は天井を見上げながら物思いにふけった。

 木虎隊は元々副が声をかけて隊員で構成された部隊。それがなければ別チームとして今一緒にいる事もなかったかもしれない。

 正直考えたことはなかった。しかし、皆それぞれの目標や考えがある。特に今回のランク戦で十分な結果を残す事が出来た。結成当初に木虎が語っていた活躍を示している。

ならば更なる飛躍を皆が、他の人が目指す可能性だって否定しきれない。自分たちにもそういう別れはあるのかもしれない、と一人考え込んでいた。

 

 ちなみにこの後小南とランク戦(個人ポイントの移動はなし)はしっかり行われた。一本も取れなかった。

 

 

————

 

 

「た、ただいまー」

 

 小南とのランク戦を終え、帰宅した副。

 倒れるように居間の椅子に横になった。

 

「よう副。おそかったな。打ち上げ楽しめたか?」

「兄ちゃん。うん。皆と楽しく話してきたよ」

 

 兄である嵐山が話しかけてくる。

 『最後、桐絵さんにボコボコにされたけど』とは言えなかった。

 返事を聞いた彼はそうかと短く呟くと、足元の方の椅子に腰かける。

 

「B級上位入りおめでとう。正直お前がここまで伸びるとは思っていなかった」

「……なんだ。信じてなかったの?」

「いやいや。ただ俺の予想以上より早かった、ってことさ」

 

 不機嫌そうに頬を膨らませた弟の姿を見て、嵐山は訂正するように両手を振った。

 そして複雑な笑みを浮かべる。

 本当は戦いの場に来てほしくはなかった。だが今こうして自分の、自分たちの力でここまで成長した弟ならば。兄としてではなく隊員として、隊長として話す事もできるのではないかと結論に至る。

 

「なあ、副」

「ん? どうしたの?」

「話がある。大切な話だ」

 

 普段よりも真面目な響きが感じられた。本当に大切な事なのだろう。副は起き上がり、兄の話に耳を傾けた。

 

 

————

 

 

 そしてここから数日後。

 ランク戦も終わった事で隊員たちは普段通りの任務に戻っていく。

 

「……ねえ副」

「ん?」

 

 そんな中、狙撃訓練を観察していた副に絵馬が。

 

「木虎ちゃん。少し相談があるの」

「え? どうしました?」

 

 お互い書類整理をしてる際に三上が木虎にある事を打ち明けた。

 

 

 同日、防衛任務を終えた後、木虎隊の面々が作戦室に集結する。

 

「どうしました、木虎先輩? 話があるって言っていましたけど」

 

 真っ先に副が呼び出し主である木虎に問いかけた。

 普段ならわざわざこのような招集をかける事はない彼女だ。きっと何かあったのだろうと判断して隊長の返事を待つ。

 

「ええ。実は三上先輩の事で少し話があるの」

「三上先輩?」

「うん。木虎ちゃん、ここからは私が話すね」

「わかりました」

 

 すると視線が三上へ向けられた。話題が自分へと移った事で三上が木虎の跡を引き継ぎ、話し始める。

 

「実はこの前、風間隊の隊長である風間さんから声をかけられたの。『オペレーターの宇佐美が玉狛へ異動になった事でオペレーターの隊員が空いた。うちに来る気はないか?』って」

「ッ!」

「風間隊」

「A級の部隊よ」

「前任の宇佐美先輩とは中央オペレーター時代に一緒に仕事をした事があったの。その宇佐美先輩からの推薦があったみたい」

 

 木虎の補足を受け、三上がさらに説明を付け加えた。

 風間隊は精鋭と呼ばれるA級部隊の一角。以前、木虎隊も戦ったランク戦で解説を務めていた歌川が所属する部隊でもある。

 おそらくは宇佐美だけではなく彼の推薦もあったのだろう。カメレオンを使う部隊を相手に一歩も引かずに補佐を続けたという実績が三上にはある。風間隊はカメレオンを多用する隠密行動が主流の部隊だ。こういった経験は貴重とされているはずである。

 

「なるほどね」

「わかりました。それで三上先輩のお考えは?」

「……ありがたい話だと思ってる。A級部隊からの紹介なんて滅多にあるものじゃない。皆と一緒で組んだ部隊は私にとっても初めての部隊。大切な関係だから悩んだんだけど」

 

 そこで三上は話を区切る。

 先を言わなくても副も絵馬も彼女の心境を悟った。先輩からの抜擢、精鋭部隊の隊長直々の誘いを受けたとなれば当然の事だろう。

 

「そうですか。なら、俺達の方も話した方が良いかな」

 

 だから、同じ悩みを抱いていたというのならばこちらも打ち明けた方が良い。そう考えて副は三上の話に割って入った。

 

「えっ?」

「副君?」

 

 思いがけぬ彼の言葉に二人が疑問を呈する。

 

「実は、俺達の方からも話しておかなければいけない事があるんです」

「……俺の事でね」

 

 そう口にして視線を絵馬に向けた。その仕草に小さく頷き、絵馬も一つ息を吐いて語り始める。

 

「実は俺も他の部隊から声をかけられていたんだ。相手は影浦隊のオペレーター。うちに来るなら歓迎するって」

「影浦隊って……」

「はい。俺がスコーピオンを教わった影浦先輩の部隊です」

「という事は絵馬君もA級の部隊から声をかけられたという事?」

 

 木虎の質問に絵馬が首を縦に振った。

 今度は三上たちが驚く番だ。三上が風間隊から指名されたと聞いただけでも大変な事と考えていたのに、さらに絵馬まで他の隊から名指しで呼ばれていた。

 B級の一部隊にここまで注目が集まる事は滅多にない。木虎隊が半年で上位入りしたという事がここまで他の部隊に影響を及ぼすとはさすがに想定していなかった。

 

「副にはもう話してあったんだけど、俺はこの話、受けようと思っている」

「……元々ユズルは師匠の力を認めさせたいという思いがあったんです。A級部隊入りを果たせたというのならそれも十分な成果のはず。だから俺からも受けるべきだって話しました」

「そうだったのね」

 

 同期のチームメイトが力を認められ、目標を達成しようとしている。複雑な感情はあったはずだ。だが副はそれを後押しした。

 年少のチームメイトたちが知らぬ所でここまで考え、そして悩んでいた事に気づけなかった事が少し悔しい。同時に自分よりも上へと行ってしまう事が少し羨ましくも思えた。

 

「——わかったわ」

 

 だが隊長という自覚がある。木虎は大きく息を吐き、二人の意志を尊重しようと考えた。

 

「私も同意見よ。三上先輩も絵馬君も、よりよい環境に行けるというのならそうするべきだと思うわ」

「……うん」

「ありがとう」

「部隊が変わったとしても同じ本部所属だし、会えなくなるという訳でもない。任務でまた一緒に戦う事もあるでしょう。それなら二人はA級に行ける機会を逃すべきじゃないわ」

 

 A級の部隊に行けるチャンスは限りなく少ない。そうでなくても弓場・生駒隊が昇格を果たせなかったという話を聞いたばかりだ。余計にその困難さを理解している。

 だから仲間が今それを果たそうとしているのなら応援したい。木虎は心の底から思えた。

 確かに三上と絵馬、優秀なオペレーターと狙撃手がいなくなってしまうのは戦力としても心境としても厳しいものがある。だがまだ隊長である自分とこの4人を集めてくれた副がいるのだ。ここからまたスタートを切る事もできるだろう。

 

「私たちの事は気にしないで。確かに寂しいけど、私と副君でまた——」

「あ、木虎先輩。すみません。実は俺からも同じ話題で言わなければならない事があります」

「————はっ?」

 

 非常に良い事を言おうとして、再び副が彼女の言葉を中断させた。

 待って。待って。本当に待って。

 木虎の中で時間が止まる。

 同じ話題。つまり副もまた他の部隊への異動に関する話、という事だろう。

 

(えっ。嘘でしょう?)

 

 信じたくはない。だがありえない話ではない。そうでなくても彼はあの有名な嵐山准の弟なのだ。話題性が最初からあった上にランク戦で上位に登り詰めた事でその力も示せた。他の部隊から声がかかってもおかしくない。

 しかし、待ってほしい。

 すでにこの時点で絵馬、三上が引き抜かれた状況だ。それでも連携ができる彼という存在がいればまだ何とかなると思っていたのに。

 B級上位にまで上り詰めた部隊が、隊長である自分を残して皆違う部隊へ? そんな事があるというのか。

 

「実はこの前兄ちゃんと話をしたんですけど」

「ちょっと待って!」

「はい?」

 

 やっぱり。予想通り。

 どうして嫌な予感ばかり的中してしまうのか。思わず木虎は声を大にして彼の話を無理やりやめさせた。

 兄ちゃん、つまり嵐山准。嵐山隊・隊長の誘いという事。

 いつかこの時が来るのではないかと思っていた。そもそも兄が率いる嵐山隊に彼が入らなかった事が驚きなのだ。当時は嵐山隊が戦闘員4人という状態だったために人員の都合か、と勝手に納得していた。だが今はそのうち柿崎隊員が脱退したため戦闘員3人と一人の枠が空いている。

 そんな中、弟の所属する部隊がB級上位入り。なるほど、非常に良いタイミングだろう。

 隊長を残して皆A級へ行ってしまうのか。いや、隊長である自分が今さら彼だけ引き留める事なんてできない。

 悩む事5秒。何とか泣かないように木虎は決意を固めた。

 

「……ごめんなさい。大丈夫よ。話を続けて」

 

 いつも通り笑えていると木虎は自負する。だが彼女は知らない事だが口元はヒクついていた。

 

「はい。じゃあ続けます。打ち上げの後に話をしたんですが。——木虎先輩、あなたに嵐山隊に入って欲しいとの事でした」

 

 しかし、副は嵐山隊が木虎の部隊入りを願っていると伝える。この説明に絵馬も三上も目を丸くした。

 

「えっ」

「木虎ちゃんに!」

「わかったわ。副君もお兄さんの部隊からの勧誘となれば余計に思いは強いでしょう。私の事は気にせず――」

「はっ?」

「あの、木虎ちゃん? 多分勘違いしてるよ」

「木虎先輩。副は木虎先輩が嵐山隊に誘われたって言ったんだよ」

「お兄さんと一緒の部隊でこれからは——えっ?」

 

 一方、もはや嵐山隊の話が副の事だとばかり決め込んでいる木虎は話をすぐに理解できない。心境を隠そうと早口でそう返答していた。

 三上と絵馬に諭される事でようやく話の主題が自分であると知る。

 

「嵐山隊にって、私が!?」

「はい」

「どうして。だって勧誘されるなら私よりもあなたの方じゃ?」

「どうやら嵐山隊はA級のランク戦で伸び悩んでいるようです。兄ちゃんが言うには点を取れるエースがいないって。だからスパイダーとスコーピオンを使う事で一気に得点が増えた木虎先輩を指名したんじゃないですか?」

「確かに。そういうチーム事情なら木虎先輩が理想的かもね」

「木虎ちゃんはサポートや部隊指揮、事務作業も上手にこなしているから嵐山隊でも上手くやっていけそう」

 

 副の説明に絵馬や三上まで納得し、視線を木虎へと向けた。

 間違ってはいない。確かに木虎はランク戦後半から戦い方を変えた事で活躍し、快進撃の原動力となった。彼女も自分の力に自信を持てるようになっている。

 しかし仲間の兄の部隊に、その弟ではなく自分が選ばれるという事にはどうしても抵抗があった。そうでなくても自分まで離れてしまえばこのチームを作ってくれた彼だけが残されてしまうというのに。

 

「……副君。あなたはそれでいいの?」

 

 恐る恐る木虎は副に問いかけた。

 

「木虎先輩なら何も文句はありません。それに……」

「それに?」

「実は俺にも根付室長から誘いがあったんです。今度新しく作るチームに参加する気はないかと」

「根付室長って、テレビに出てるあの人?」

「そう」

 

 根付とはメディア対策室長の事だ。嵐山隊を報道陣に対応させた人物でもある。この根付が今度入隊する隊員でチームを結成するにあたり、嵐山准の弟としての知名度が見込める副を勧誘していると彼は話した。

 

「そうだったのね」

「なるほど。それじゃあ皆別々の所から声がかかっていたんだ」

「そうなるね」

「ええ。だから——半年。俺達が木虎隊としてチームになって半年。あまり長いとは言えないかもしれないですけど。ここを新たなスタートとするべきかもしれませんね」

 

 副が絵馬に声をかけ、三上を誘い、木虎を隊長として迎え入れた事で結成された木虎隊。

 今4人がそれぞれ別々の道を歩もうとしている。皆より高い目標を叶えたいという思いも強い。

なら、一度道を分かつ事は必要な事なのかもしれない。

 

「そうかもね。……じゃあ、来月。もう来年ね。一月からは皆違う部隊として戦う。それでいいかしら?」

 

 だから木虎が確認の意味を篭めて3人に意見を求めた。3人は無言でうなずく。

 木虎にも向上心がある。もっと上を目指したいという考えがあり、その機会が目の前に迫っているならばつかみ取りたかった。

 

「それじゃ、この作戦室は一月が終わるまでに荷物整理する、という事でよろしいですか? B級ランク戦が始まるのも2月ですから」

「そうね。新しい部隊への荷物移動とかもあるからそれが良いかも」

「あっ。それじゃあ木虎先輩達は今から其々の部隊に異動を決めた事を話しに行った方がいいんじゃないですか? せっかく決めたのに、他の隊員にまで声をかけてたらヤバいですよ?」

「あ、確かに」

「返事は先延ばしにしていたからね」

 

 副の提案に皆頷く。A級の部隊が人員を探しているとなれば競争率は高い。他の隊員に先を越されてしまっては元も子もないのだからすぐ動くべきだろう。

 

「それじゃあ私と三上先輩、絵馬君は返事を伝えに行きましょうか。副君はどうするの?」

「俺の方はそもそも隊員も揃ってないですし問題ないですよ。早速片付けられる荷物を片付けておきます」

「そう? じゃあ行ってくるわね」

 

 こうして木虎、三上、絵馬の三人は作戦室を後にした。木虎は嵐山隊、三上は風間隊、絵馬は影浦隊の作戦室へと向かっていく。

 

「ふう」

 

 一人、静かになった作戦室で副が一息をついた。

 

「——すみません木虎先輩。ちょっと、嘘をつきました」

 

 部屋を去った木虎についた一つの嘘。本当の事を全て話せなかった事を謝罪する。

 

「でも本当の事を話したら木虎先輩も悩んだだろうから仕方ないですよね」

 

 ただ全ては木虎の為だった。だから許してほしいと笑みをこぼす。

 

「あーあ」

 

 副は木虎隊を結成してからの半年間を一人思い返していた。

 最終的には上位入りを果たしたとはいえ決して順風満帆だったという訳ではない。

 中位グループで大敗した時もあった。

 様々な師匠の教えを受けながら技を活かせない時もあった。

 次々と対策を打たれてどうすれば良いかわからず悩んだ時もあった。

 

「——楽しかったな」

 

 でも、半年間最後まで戦い抜く事が出来た。

 三上の支えがあって。

 絵馬のフォローがあって。

 木虎の連携があって。

 自分も、少しは力になれたと、思う。

 

『話がある。大切な話だ』

 

 突如脳裏に以前兄とかわした会話が浮かび上がった。

 

『——副。嵐山隊に入らないか。俺のチームで一緒に戦おう』

『嫌だよ』

 

 木虎が語っていた通り、嵐山は当初副に誘いをかけていたのだ。だがそれを副が即座に断っていた。

 

『俺が入ったら絶対兄ちゃんは俺を守ろうとする。それにそれじゃあ兄ちゃんとは戦えないじゃん』

『そうか。うん、そうだな』

『……兄ちゃん。人員の事、少し相談があるんだけど』

 

 嵐山の本質は家族を守る事にある。だから自分が入ればきっと弟を守ろうと躍起になると考えたのだ。そうなってはA級の隊長としての務めを果たしきれるかわからない。何より、副の目標である兄を超える事が叶わなくなるから。故に副の方から嵐山へ木虎を推薦したのだ。彼女ならばきっと自分よりも立派にA級の隊員として活躍できると思うから。

 

「兄ちゃんを頼みますよ、木虎先輩。ユズル、お前の狙撃の腕は本物だから鳩原先輩の腕を皆に認めさせてやれ。三上先輩、風間隊ならカメレオン関連で仕事増えるでしょうけど俺達をサポートしてくれた力があれば大丈夫です」

 

 誰もいない部屋で、先ほどチームメイトに言えなかった声援を送った。

 こうしてB級3位まで上り詰めた木虎隊はこれから別々の道をたどっていく事となる。




さらば、木虎隊。

今月のワートリを見終えた星月「——楽しかったな」


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データブックBBF(部隊紹介)

タイトル通りのデータ集。
物語に進行に伴って編集・追記予定。
初投稿次点では木虎隊最終シーズンまでの内容となります。最新話まで読了後に閲覧推奨です。


 ボーダー本部所属B級3位

 【木虎隊】

 ▼時を同じくして入隊した驚異の新人チーム!

 防衛隊員三名全員が同期入隊。しかもわずか一ヶ月で正隊員昇格を果たしてチームを結成したという時代の寵児達。年齢層も近く、結束力は他のチームにも引けを取らない。各々の事情により半年でチームは解散。その後は皆別のチームに所属することとなったが四人の絆が変わることはない。今後の更なる飛躍が期待される新人達だ。

 ▼中距離の連携は勿論、時には囮や崩し役として動くことも。全ては味方への信頼あってこそ。

 

MEMBER(メンバー)

 木虎藍(隊長):GU(ガンナー)

 嵐山副:GU(ガンナー)AR(オールラウンダー)

 絵馬ユズル:SN(スナイパー)

 三上歌歩:OP(オペレーター)

 

【ユニフォーム】

 隊服は木虎と三上が考案した赤のベーシックなデザイン。白のラインが施されており両胸にはポケットも。

 

PARAMETER(パラメーター)

 近:■■■□□

 中:■■■■□

 遠:■■■□□

 木虎、副両名による銃撃、絵馬の狙撃と中~長距離攻撃が得意。時にはスコーピオンによる接近戦にも対応可能だ。

 

FORMATION&TACTICS(フォーメーションアンドタクティクス)

 ▼圧倒的な機動力を生かした銃撃戦! 火力と連携で敵を迎え撃つ!

 木虎と副は機動力に長けた隊員。打ち合いでは二人の火力と足で敵を削り、得意の打ち合いに持ち込む。木虎のスパイダーを使えばより効果的な攻撃が可能となる。

 

 ▼自ら囮となることで危機を好機に変える! 弱点を逆手に取ったつり戦法!

 副がテレポーターで姿を見せぬ狙撃手を引きずり出す。その隙に絵馬が長距離狙撃で打ち抜くという戦法。メテオラを使って地形を変えて射線を通す事も。

 

 

 

【嵐山副】

PROFILE(プロフィール)

 ポジション:GU(ガンナー)AR(オールラウンダー)

 年齢:13歳

 誕生日:6月22日

 身長:157㎝

 血液型:A型

 星座:つるぎ座

 職業:中学生

 好きなもの:家族、スポーツ、犬、お好み焼き

 〔FAMILY(ファミリー)

 祖母、父、母、兄、姉、犬

 

PARAMETER(パラメーター)

 トリオン 5

 攻撃 7

 防御・援護 6

 機動 10

 技術 6

 射程 4

 指揮 2

 特殊戦術 4

 TOTAL 44

 

【挿絵表示】

 

 

RELATION(リレーション)

 嵐山准→兄。目標。

 時枝充→優しい先輩。

 柿崎国治→頼れる先輩。

 佐鳥賢→変態狙撃手。

 綾辻遥→綺麗な先輩。

 小南桐絵→従姉。トリガーの基本を叩き込んでもらった師匠。トラウマ。

 木崎レイジ→頼れる先輩。

 迅悠一→よくわからない先輩。

 木虎藍→元隊長。尊敬。

 村上鋼→同期。尊敬。

 絵馬ユズル→友達。信頼。

 唯我尊→個人(ソロ)ポイントをくれる良い人。

 三上歌歩→勧誘。頼りになる綺麗な先輩。

 別役太一→不倶戴天の標的。

 烏丸京介→モサモサしたイケメン先輩。

 来馬辰也→優しそうな先輩。

 今結花→美人な先輩。

 那須玲→蜂の巣女性隊長。トラウマ。

 影浦雅人→スコーピオンの師匠。トラウマ。

 緑川駿→友達。個人(ソロ)ランク戦仲間。

 

 ▼兄を越えることを目的とする

 負けず嫌いかつ真っ直ぐな性格で一度決めたことはとことん貫き通す性格。小南との連戦にも一度も逃げる事無く向かい続けた。

 

 

 

▶▶▶▶TRIGGER SET(トリガーセット)◀◀◀◀

 『MAIN TRIGGER(メイントリガー)

 【アステロイド(突撃銃)

 【メテオラ(突撃銃)

 【シールド】

 【スコーピオン】

 

 『SUB TRIGGER(サブトリガー)

 【バッグワーム】

 【テレポーター(試作)】

 【シールド】

 【スコーピオン】

 

 ▼テレポーターによる奇襲攻撃!

 回避行動は勿論、接近にも使える瞬間移動術。短い距離を細かく移動を繰り返し錯乱にも使える。

 ▼銃弾と伸縮自在の刃で相手を貫く!

 練度を重ねた射撃に加え、影浦より学んだスコーピオンの同時起動による伸びる刃が得意。瞬時に伸縮するスコーピオンは連続使用による追撃も可能だ。

 

 

 ▼被年上キラー(物理) フク

 あのボーダー界随一の人気者、嵐山の弟。兄に対抗心を抱いているが、基本的なトリガーセットを兄とすべて同じにするなど結構参考にしている点が多い。攻撃的な師匠達の気が狂いそうな指導を受けながら平常心を保てる常識人。これは兄譲りなのかもしれない。小南に頭をかち割られ、那須に胴体を引き裂かれ、香取に腹を一刀両断されるなど兄とは違う意味で女性から人気がある。強く生きろ。



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嵐山副⑤

 木虎隊が解散されて早くも三か月が経過した。

 解散後、A級部隊入りを果たした面々は期待以上の活躍を示している。

 まず嵐山隊に加入した木虎はエースとして獅子奮迅の役割を果たし、チーム順位は上昇。徐々に新隊員としてメディアに顔を出す機会も増え、彼女の注目度はさらに大きくなっていた。

 影浦隊の絵馬はこれまで部隊が対応できなかった遠距離戦に瞬く間に適応する。元からの得点力に加え、影浦や北添の補助も十二分に行っていた。結果として影浦隊は部隊結成以降、最高順位となるA級6位入りを果たす。

 隠密行動が多い風間隊のオペレーターとなった三上も部隊に馴染み、この先遠征にも帯同できる程の信頼を得た。上層部からの極秘任務を請け負う事もあるという。日々忙しい毎日を送っていた。

 三者三様に各々の強さを如何なく発揮し、A級の中であろうとも他の隊員に後れを取らない働きを見せている。

 しかしそんな中、旧木虎隊の中で唯一B級の新チームに加わった副は――

 

「——悪いな、副」

「ッ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 柿崎の放った銃弾が副の体を撃ちぬいた。

 トリオン体が形を保ち切る事が出来ず崩壊する。瞬く間に体は所属する部隊、茶野隊の作戦室へと飛ばされた。

 そして彼の脱落を合図に、B級ランク戦は終了が告げられる。

 

「嵐山隊員が緊急脱出(ベイルアウト)! 決着です。最終スコア5対2対1。柿崎隊の勝利です!」

 

       得点  生存点  合計

 柿崎隊    3    2    5

 間宮隊    2         2

 茶野隊    1         1

 

 武富が柿崎隊の勝利を知らせ、この日のB級ランク戦中位グループ夜の部が終了した。

 ROUND6を終えてこのシーズンから初参戦を果たした茶野隊は16位に、下位グループへと後退する。前戦で初の中位グループ入りを果たしたものの、一戦で逆戻りという苦しい展開となった。

 

「——くそっ!」

 

 脱出後、副は転送されたソファを乱暴に殴りつける。

 かつて木虎隊で見せていた彼の快進撃はもはや消え去ってしまっていた。

 

 

————

 

 

「チッ」

 

 影浦が短く舌を打つ。

 場所はボーダー本部のラウンジ。彼は久しぶりに戦闘の勘を取り戻すべくランク戦をする為に訪れていた。

 だが普段はあまりこういった人が集まる場には来ない為か人の視線が自然と集まる。影浦のサイドエフェクトは勝手にこういった反応を敏感に感じ取ってしまう。彼が機嫌を害するのは当然だろう。

 さっさと用を済ませて立ち去ろうと歩を進める。

 

「あ?」

 

 そしてブースに入ろうとしたところで、彼の視線が見知った顔を捉えた。

 何度か影浦も相手をしたこともある弟子のような存在、副だ。

 彼はランク戦はもう終えたのか、あるいは別用だったのか、作戦室へと足を向けている。

 

「よう。副じゃねえか。何やってんだ?」

「ッ! 影浦先輩……」

 

 丁度いい。少し揉んでやるかと影浦は声をかけた。

 突然の呼びかけだった為か、彼の表情は少し暗い。だが自分に対して悪意は向けられていたなっかったので影浦はそのまま話を進めた。

 

「なんだ、今日はランク戦はやっていかねえのか? 少し付き合えよ。久々にスコーピオンの使い方見てやる」

 

 鋭い牙が覗けるほどの深い笑み。とても好戦的な表情だ。

 副も戦闘狂というわけではないが、こういう誘いには十中八九乗ってくるという性質はすでに分かっている。

 だからあえてこのような態度を取ったのだが。

 

「……ありがとうございます。でも、すみません」

「ああ?」

「今は、影浦先輩達に合わせる顔がないんですよ」

「はっ? なんだそりゃ?」

「すみません。失礼します」

 

 副はまともに視線を合わせる事すらなく、頭を上げて去っていった。

 意図がまったく読めない。

 彼は『影浦先輩達に』と言った。つまり影浦だけではなく別の隊員に対しても申し訳ないような感情を抱いているという事になる。

 しかし考えても状況は読めなかった。一体何があったのだと影浦は珍しく首を傾げて記憶をたどっていく。

 

「カゲじゃないか。何をやっているんだ?」

「おっ。鋼か」

 

 するとランク戦の為に本部を訪れていた村上が影浦に気づいて声をかけた。

 丁度いい。同年齢であり、同じ攻撃手であり、そして副と同じB級である彼ならば色々と尋ねる事もできる。

 

「一つ聞きてえ。B級ランク戦で何かあったか?」

「B級の?」

「今副と会ったんだけどよ。ランク戦を誘ったのにすぐに帰っていきやがった。『申し訳ない』とか何とか言って」

 

 何かあったとするならおそらくランク戦だ。防衛任務で何か大きな失態があったというのなら公に知らせが来るはず。

 焦点を当てて質問をすると、当たりだったのか村上の眉がピクリと動いた。

 

「そうか。お前は記録は見ないから知らないか」

「やっぱり何かあったのか?」

「ああ。あいつは今季から新しく組んだ隊でランク戦を挑んでいるんだが……」

 

 そこで村上は言葉を区切る。余程言い難いことなのだろうか、少し間をおいて話を続けた。

 

「正直に言って、散々な結果だ」

 

 村上は副の現状がどう言い繕うとも厳しいものであると断言した。

 

 

————

 

 

 一方、影浦と別れた副は足早に本部内の廊下を歩いていた。

 目的地は彼が所属する茶野隊の作戦室。

 今はただでさえ見知った相手とは会いたくなかったというのに、師匠である影浦の誘いを無下に断ってしまった事が申し訳ない。これ以上知人と会う前に戻ろうと急いで向かった。

 

「あっ。副君!」

「ッ」

 

 なのに、こういう時に限ってどうして遭遇してしまうのだろうか。彼の願いはかなわず、反対側から来た木虎に呼び止められてしまう。

 

「木虎、先輩」

「ええ。久しぶりね。……大丈夫?」

 

 何を、と問わずともわかる。真面目な性格の彼女だ。きっとB級ランク戦の記録も見ているのだろう。

 

「ええ。もちろん。大丈夫、ですよ」

 

 だから適当にこの場は話を合わせてしまおうと副は必死に笑みを作った。

 相手を心配させないようにと思っての行為だったのだが、普段とは違う様子を悟った木虎は余計に不安を募らせる。

 

「……少し、話さない? そんなに長くは時間を取らせないから」

 

 先輩であり、しかも元隊長である木虎からの提案。

 本当ならば断わりたい。だが先にも影浦の誘いを断った手前、これ以上拒絶したくはなかった。

 

「——はい。わかりました」

「そう。なら行きましょう」

 

 素直に応じた事で木虎も少し安心感を覚える。彼の了承を得た事で木虎は副を連れてロビーへと向かった。

 自販機から二本飲み物を買うと彼に片方を渡してソファに座る。副も一言礼を述べて彼女の隣に腰かけた。。

 

「私もB級ランク戦の様子は見てたわ。あまり調子が上がらない様ね」

「……そうですね」

 

 『調子が上がらない』と評する木虎。副は複雑な思いを浮かべつつ、彼女の話に合わせてその場はうなずく。

 

「でもあまり深く思い悩んでは駄目よ。私達が組んだ時の成果は出来すぎだった。もう一度同じ事をやろうとしても難しいはず。私や絵馬君が一から始めたとしても上手くやれたかわからないもの」

 

 現状は仕方がない事だと木虎は言った。

 木虎隊を結成した時は訓練の時から時間を共にしていた事もあって今の茶野隊とは事情が異なる。そもそも部隊を結成してすぐに成果を出す事は簡単ではない。

 

「結果だけにこだわらないでね。きっと前のようにあなた達が活躍する時がくるはずだから」

 

 笑顔で語り掛ける。彼の不安が少しでも取り除けるようにという配慮の基にした行動だったのだが。

 

「——はい。ありがとうございます」

 

 木虎の声を聞いても彼の表情が晴れる事はなかった。

 

「ねえ、本当に大丈夫?」

「勿論ですよ。ただ、すみません。そろそろ部隊の打ち合わせの時間なのでここで失礼します」

「あっ、そうだったの? ごめんなさい、呼び止めてしまって」

「いいえ。木虎さんも頑張ってください」

 

 最後まで気遣ってくれた事に感謝しつつ、副は足早に立ち去っていく。その後、木虎から姿が見えなくなってから彼は作戦室ではなく自宅への帰路についた。

 

「木虎」

「あっ、時枝先輩。お疲れ様です」

 

 副の姿を見送り、木虎も作戦室に戻ろうとした所を時枝に呼ばれて立ち止まる。二人の会話を遠目で見てなのだろう。視線をすでにこの場にはいない副が向かった方向へ向けてから、木虎へと問いかけた。

 

「一緒にいたのは副君かい?」

「ええ。最近ランク戦で振るわないようだったので、少し話を」

「……どんな話を?」

「どんなって、大した事ではありませんよ」

 

 時枝に尋ねられ、木虎は先ほど副にかけた言葉をそのまま繰り返す。彼女の説明を聞き、時枝の眉がわずかに動いた。

 

「そうか」

「時枝先輩?」

 

 最後まで話を聞いた時枝の表情がわずかに曇る。

 普段から表情の変化が乏しいためわかりにくいが、雰囲気で察する事が出来た。残念に思っている、あるいは少し悲しそうに感じているように見える。

 

「木虎。勿論君だって善意で彼を励まそうと思ったんだろう。だけど覚えておいた方が良い」

「なんですか?」

「……時には無償の優しさが人を追い詰める力に変わる。特にこういう負けが続いたとき、彼のような生真面目な性格の人にはね」

 

 この時はまだ木虎が時枝の言葉の真意を理解することはなかった。

 しかしすぐに意味を理解する事になる。先の会話により副が余計に思い詰める結果になってしまったという事を。

 

 

 

————

 

 

「……くっそっ」

 

 副は帰宅するとすぐにベッドに倒れこみ、拳を思いっきり振り下ろした。

 悔しさにあふれた一撃は衝撃を吸収され力の行き所は消失する。

 ——無力だ。あまりにも、無力だ。

 

(違う。俺じゃなければ、木虎先輩やユズルなら、もっとうまくやれていた)

 

 木虎は自分や絵馬が同じ立場でも厳しかっただろうと話していたが、そんなわけはないと副は確信していた。

 木虎は高い指揮能力を持つ。スパイダー戦術によって膠着した戦況を打開する事だって可能だ。

 絵馬ならば元々単独でも点を取れる狙撃能力がある。遠方からの支援能力も高い。

 二人が自分と同じ場面に立っても、自分よりももっとうまく振る舞う事が出来る。その映像が実際に彼の脳裏には浮かび上がっていた。だからこそ余計に現状が辛いのだ。

 

 

————

 

 

「風間さん」

「三上か、どうした?」

 

 一方、A級風間隊の作戦室では三上が隊長である風間に相談をしていた。

 A級風間隊隊長 攻撃手(アタッカー) 風間蒼也

 

「その、風間さんが余裕があるときでよろしいのですが、副君に何かアドバイスをもらえないでしょうか?」

「ああ。以前お前が所属していたチームの隊員か」

 

 確認の問いかけに三上が頷く。

 やはり風間にも副の情報は届いていた。嵐山の弟という事で話題性は高い。

 知っているのならば話は速かった。三上も副がランク戦で苦しんでいる事を知っている。何とかしてあげたいと考え、ボーダー暦が長く戦術面にも通じている隊長に助言を求めた。

 

「——無理だな」

「えっ?」

 

 返答を耳にした三上の表情が凍る。まさか風間からこのような答えが返ってくるとは想像もしていなかった。

 

 

————

 

 

同時刻、A級影浦隊作戦室。

 

「——なんだよこりゃ」

 

 B級ランク戦、副が所属している茶野隊のランク戦の記録を見ていた影浦が短く呟く。

 隊長とはいえ影浦は決して戦術に通じているわけではない。だがそんな彼が見ても、茶野隊のランク戦はいただけない点が見られた。

 

(常にあいつが浮いた駒みてえな状態になってやがる。銃手(ガンナー)としての練度が違いすぎだ)

 

 茶野隊の防衛隊員は三人全員が銃手(ガンナー)。副はスコーピオンも使うが基本的に中距離からの銃撃戦がメインとなる。二人は拳銃、副はアサルトライフルと武器がわずかに異なるも基本的な戦闘は変わらない。

 だが、あまりにも二人と副の腕が違いすぎた。こう言っては失礼だが、かつての同僚である木虎や絵馬と比べれば実力が一回りも二回りも違う。

 

(最悪だ。味方と合わせようとして、助けようとして余計に悪化してるじゃねえか)

 

 近年はシールドの性能が大幅に向上された為、銃手(ガンナー)は連携しなければ点を取る事は難しいと言われているポジションである。特に拳銃となれば射程の都合、アサルトライフルなどと比べ近距離の戦闘が必須だ。

 問題がこの点。

 副は拳銃を扱う二人と連携しなければ点を取る事が難しく、しかもまだ二人は戦闘慣れしていないようで、射線や他の部隊の動きなどにまで気を配れていないようだった。

 逆に何度もランク戦をこなして戦闘慣れしている為だろう。副がそれをカバーしようとして人一倍動き回る事を余儀なくされ、彼は孤立しがちな場面が多くみられる。

 

(加えて、前まで取れてたスコーピオンでも点が取れなくなってる)

 

 さらに厳しい点が木虎隊に所属していた当時は通用していた副のスコーピオンとテレポーターの戦術が効きにくくなっていた事だ。

 元々副は転移と伸びる刃の武器であらゆる場面で活躍する隊員だ。香取との戦いで視線の問題など弱点も明らかになったものの、彼の発想力を武器に点を取り続けていた。

 それは俗に言う裏をかくというもの。しかし表があるからこそ裏が活きるものだ。仲間の強い支援がないとなれば、いずれ見破られてしまう。

 これが風間も無理であると判断した理由だ。

 彼一人の問題ではなかった。木虎隊では周囲の環境にも恵まれたからこそ最終的にB級上位グループにまで上り詰めたものの、今の隊では到底敵わない。風間の下した厳しい指摘だった。

 

「チッ! おい、ユズル!」

「何? どうしたの?」

「どうしたのじゃねえ! 知ってんのか? お前の元チームメイト、B級で痛い目にあってるぞ!」

 

 不機嫌さを隠すことなく、影浦は作戦室内で本を読んでいた絵馬に声を荒げる。

 絵馬は木虎隊で副とチームを組んだ身だ。加えて彼とは同じ学年。色々と思う所はあるだろう。

 

「……うん。知ってたよ」

 

 やはり絵馬も副の状況の事は聞き及んでいた。だが影浦の話を聞いても表情一つ変えず、すぐに視線を手にしていた本へと戻す。

 

「何だよ、ずいぶん落ち着いてるじゃねえか? 心配じゃねえのか?」

「別に。どうせ心配したって——いや、心配すればきっと余計に気にすると思うから」

 

 興味がないわけではなかった。むしろ彼の性格を良く知っているからこそ、余計な気遣いはかえって追い詰めるだけだと理解している。その為絵馬だけは旧木虎隊の中では唯一副に対して積極的に声をかける事はしていなかった。

 

「副が自分で今の部隊に所属すると決めたんだ。だから俺は何もすることはないよ」

「……ハッ。そうかよ」

 

 微塵も表情の変化が見られない。よほどお互いの事をわかっているのだろう。

 絵馬の冷静な様子を目にして影浦の熱も冷めた。

 確かに彼が本当に自分の意志で選んだのならば余計な気遣いは無用だろう。これが何かしらの作為があっての事ならば介入しただろうが、そういう訳でもなさそうだ。

 だから影浦も師匠として弟子に助けを出す事はせず、彼の再起を待とうと考えた。

 

 ——だが。

 結局茶野隊は最後まで浮上する事はなく。

 結成後、最初のシーズンはB級下位グループである18位という苦しい結果で終わりを迎えた。

 




さすがに木虎、絵馬の穴を埋める事は難しかった。
データブックを見ればわかりますが、本当にこの4人を比較するとパラメータが二回りほど違います。やはりA級は強い。


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影浦雅人②

 5月1日。ボーダー本部ラウンジ。主にB級以上の隊員が個人(ソロ)ランク戦を行うために訪れる場所だ。副も個人ランク戦も行うためにこの場所に来ていた。

 まもなく5月の正式入隊日が近いという事もあり、その準備の為に皆忙しい日々を送っている。副はポジションとしても特に新たな仕事はなく、6月から始まる新シーズンへ向けて少しでも強さを磨こうと考えての事だった。

 

「ん? ……村上先輩!」

 

 するとブースへ向かう途中、ソファに腰かける村上の姿を捉えて副は彼の名前を呼ぶ。挨拶をして都合が合えば一戦交えようかと提案しようとしたのだが。

 

「副……」

 

 何故か両目に涙を浮かべている村上を見て、副は言葉を飲み込んだ。

 

 

————

 

 

「荒船先輩が!?」

「ああ。太一も見たと言っていたから間違いない」

「俺も知りませんでした。荒船先輩が狙撃手(スナイパー)に転向するだなんて」

 

 村上の話によると、彼の弧月の師匠・荒船が狙撃手(スナイパー)に転向するとの事。入隊式ではすぐに訓練の説明を行うのだが、狙撃手(スナイパー)を志望する隊員の指導は同ポジションの隊員が駆り出される事になっている。今日はその説明が行われる手はずになっていて、太一も説明会に呼ばれているのだがそこで彼は荒船が参加している姿を目撃した。

 

「やはり俺のせいなのか」

「何を言っているんですか!」

「前シーズンのランク戦を経て、俺は攻撃手(アタッカー)7位にまで上り詰めた。初めて荒船より高い順位になったんだ」

 

 村上の語ろうとする真意を悟り、副はその場で黙り込む。

 

「昔から副作用(サイドエフェクト)の効果で人一倍成長が早かった。何かを教えてもらっても、徐々に教えてくれた人達は俺が楽しくなってくると皆消えていく。俺が皆の努力を盗んでしまったから荒船も……」

 

 涙交じりの訴えは村上の苦痛な心境を表わしていた。彼の副作用(サイドエフェクト)はボーダー内でも上位の実力者に導くほど有力だ。だが同時に自信を孤独へと追いやってしまう。

 同年代で親しい間柄でもあった師匠を攻撃手(アタッカー)の世界から追い出してしまったという罪悪感が村上の心を締め付ける。

 

「……村上先輩」

 

 初めて見た頼れる先輩の弱い姿。最後まで話を聞いた副は——

 

「荒船先輩の事、舐めてるんじゃないですか?」

 

 少し語気を強めてそう言った。

 

「なに?」

「こういうポイントとか明白な基準がある世界なら後から入ってきた人に抜かれる事なんてよくある事でしょう。俺だって同じ学年の駿にあっさり抜かれたりしました」

 

 あっという間にA級の精鋭部隊入りを果たした同級生の名前を出して副は話を続ける。

 

「だからってそれを理由に辞めようとか考えたりはしてないです。勿論、村上先輩が昔あった人にはそういう人もいたのかもしれない。ですが俺には荒船先輩が村上先輩に抜かれたからもう弧月は諦めるだなんて考えるとは思えないです」

 

 悔しさはあった。それでも目標を見失う事はしなかった。

 きっと荒船も同じ、むしろそれ以上の意志の強さを持っていると副は信じている。

 

「多分村上先輩が知らない荒船先輩独自の夢があるんじゃないですか? そうでなければ村上先輩という弟子を放って一人で転向なんてしないですよ」

「……そうなのか? それならいいんだが」

「大丈夫ですって。気になるなら来馬さん達にも一度話を聞いてもらったらどうですか? ため込んでおくより人に相談した方がずっといいですよ」

 

 わずかに顔が上がった村上に、副はさらに彼が所属する隊の隊長の名前を挙げた。村上も慕っている彼ならばきっと良い相談相手になってくれるはずだ。

 

「そう、だな。——うん。すまないな。みっともない姿を見せた」

「いえ。むしろ村上先輩も涙があるんだなってビックリしました」

「どういう意味だ」

 

 だって普段あまり表情変わらないじゃないですか等と副は他愛もない話をして、村上の涙が消え去った頃二人は別れた。

 勿論真相はわからない。だがどうか荒船と村上の関係がこんな所で終わらないで欲しいと願った。

 やはり身近な人たちが苦しむ姿は見たくない。人間関係となれば猶更だ。彼らだけではなく皆が何事もなくわかり合えればいいのにと本心から思った。

 

 

 

 ————だが、彼の願いが叶う事はなかった。

 翌日、ボーダー本部から所属する全隊員に通達が届けられる。

 

 A級二宮隊所属狙撃手(スナイパー) 鳩原未来 重大隊務規定違反により除隊処分

 同部隊をB級へ降格処分とする。

 

 精鋭部隊である隊員の除隊、そして部隊の降格。

 突然の連絡を受けて隊員全員に衝撃が走った。

 

「そん、な。なんで……」

 

 副も勿論その書面をすぐに理解できず、呆然とする。

 二宮隊と言えばA級の上位部隊。隊長の二宮が個人ランキングでもトップ争いを繰り広げているという圧倒的な強さを誇る部隊だ。

 そんなチームがB級へ降格したというだけでも勿論驚愕はある。

 しかし、副にとってそれよりも重大なのは鳩原の除隊処分の方だ。 

 鳩原未来。彼女は副にとっては友でありかつてのチームメイトである絵馬の師匠だったのだから。

 

 

————

 

 

「ユズル!」

 

 副は部活動も休んでボーダー本部を訪れていた。彼が向かったのは師匠・影浦が率いる影浦隊の作戦室。北添が扉を開けると、副は声を荒げて室内になだれ込む。

 

「おー。副か? お前も声かけてやってくれよー。ユズルのやつ、滅茶苦茶へこんでんだ」

「……へこんでなんかないよ、ヒカリ」

 

 室内では新たに設置されたコタツ(暖房はついていない)に頭を預けて倒れている絵馬の姿があった。その隣では仁礼が絵馬を慰めるように肩を支えている。

 A級影浦隊オペレーター 仁礼光

 本人は否定しているものの、絵馬の声がいつもよりも弱弱しく聞こえる様相から、彼が大きなショックを受けているだろうことは容易に想像できた。

 

「ユズル」

「大丈夫だよ副。わざわざ来なくたってよかったのに」

「本当か?」

「…………大丈夫だって」

 

 大丈夫なわけがない。一目瞭然だ。だって、自分も全く同じだったから(・・・・・・・・・・・・)。副には今の絵馬がかつて木虎に話しかけてもらった時の自分のように見えた。

 

「鳩原先輩の事、何か聞いたか?」

「……詳しくは何も。ただ、この前の遠征選抜試験で落とされたという話を聞いていたから、その件に関する事で干されたのかもしれない」

「遠征の?」

「うん。副も知っているでしょ? 鳩原先輩は人を撃てないから」

 

 絵馬の説明に副が頷く。

 知っていた。鳩原は人を撃つことが出来ない。トリオン体と分かっていても人を傷つける事に強い拒絶を示していた。

 それでも相手の武器を破壊し、チームの勝利に貢献しているという話を絵馬から聞いている。人を撃てなくても十分活躍できると証明をしていた。

 それなのに、結局人を撃てなければ戦力として認めてもらえない。師匠の力が上に正しく見てもらえなかったという事。そのせいで鳩原が厳しい処分を受けた事に絵馬は憤りを覚えていた。

 

「処分の後、鳩原先輩に確認は?」

「していない。いや、出来なかった。連絡先は全部つながらなくて。他の先輩に聞いたら学校の方も転校したって言うし」

「はっ!?」

 

 理解が出来ない。除籍処分という事だから何かしら上層部への反抗を示し、行動に移したのだろうと想像は出来た。

 しかしその確認を本人からする事も敵わない。これ程徹底的な処置は何かしらボーダーの上層部が絡んでいるだろう。

 

(——だからユズルは『干された』と言ったのか!)

 

 ようやく絵馬の言葉を理解できた。ただの処分ならここまで厳しい結果にはならないはず。鳩原がボーダーから干されたからこそこういう事態になったのだと絵馬は考えている。

 

「なんでだよ…」

 

 ポツリと絵馬が消えそうな声量で呟いた。

 

「なんで鳩原先輩が辞めなきゃならないんだ」

「ユズル……」

「なんで、こんな、急に……なにも、言えないまま……」

「よしよし。泣いとけ泣いとけ。ったく。しょーがねーやつだな」

 

 溜めこんでいた感情が決壊し、涙があふれ出す。泣きじゃくる絵馬に仁礼と副は頭や背中をポンポンと優しく叩いた。

 

「——チッ!」

 

 そんな光景を見て、影浦は舌を鳴らす。

 不愉快だった。

 こんな簡単に、呆気なく隊員達の絆が引き裂かれる。納得できるはずがなかった。

 

(確か明日は、隊長会議だったな)

 

 カレンダーを見て日程を確認する。

 ランク戦のシーズンが終わるとボーダーでは定期的に作戦会議が開催される手はずとなっていた。影浦もA級部隊の隊長だ。当然これに参加する。

 丁度よかった。この会議には上層部の者も顔を出す。問いただす事も不可能ではないはずだ。

 

「おら! いつまでもメソメソ泣いてんじゃねーぞ! んな風に泣いてたら余計に上層部(やつら)の思うつぼじゃねーか!」

 

 決意した影浦は席を立ち、コタツの暗い空気を一蹴するように声を張り上げた。

 影浦にとって鳩原の存在は大きくない。だがチームメイトにとってそうでないならば隊長としてたまには仕事をしなければならないだろう。乱暴に絵馬の髪を掻き上げながら、影浦は明日を見据えていた。

 

 

————

 

 

 翌日。ボーダー本部の作戦室。隊長会議という事でA級やB級の隊長、そしてボーダー上層部の人間が一堂に会する。

 

「——以上だ。そして最後に、皆には通達も行って確認している事と思うが。昨日をもって鳩原隊員を除籍処分に、二宮隊をB級へ降格処分とする」

 

一通りの議題を終えた後、城戸司令は表情一つ変えずに残酷な宣告を告げた。分かっていた事とはいえ、改めて言葉にされた事で処分が現実味を帯びて皆緊張感が高まる。

 

「何か言っておくことはあるかね、二宮隊長?」

「いいえ。何も。甘んじて処分を受け入れます。申し訳ありませんでした」

 

 異議を問われた二宮も文句ひとつ述べず、この処分を受け入れた。

 二宮隊隊長 射手(シューター) 二宮匡貴

 起立して無言で一礼し、再び着席する。何も不服はなく、二宮はこの判断が妥当であると納得したという事だ。

 

「……チッ!」

 

 影浦は不満を隠すことなく悪態をついた。ここで二宮が何かしらの行動を起こしたのならばそれに乗じる事も出来ただろう。しかし当の本人が引き下がってしまえば外野である影浦が出来る事はない。仕方なく影浦は横から口を挟む事はせず、会議の進行を待った。

 そして会議が終了し、各部隊の隊長や城戸を始めとした上層部の人々も席を立ち始める。

 

「おい! ちょっと待てよ!」

 

 そんな中、影浦は乱暴に席を蹴ると上層部の人間たちの下に詰め寄った。

 

「何だね? 影浦隊長」

「さっきの鳩原処分の件で聞きたい事がある。なんであいつがこんな処分になったんだ? 何があった?」

「影浦、貴様! 言葉を慎め!」

 

 立ち止まり、城戸が要件を問う。影浦は立場が上の人間が相手であるにも関わらず乱暴な口調で彼らに質問した。鬼怒田が彼の無礼を咎めるも、城戸に手で制せられる。

 

「ふむ。君が彼女についてそこまで関心があるとは知らなかった。鳩原隊員とは親しかったのかね?」

「話を逸らすんじゃねえよ。俺は会話をしにきたんじゃねえ。ただ知りたいだけだ」

「それについては私から」

「ああ?」

 

 影浦が厳しく追及すると、根付が会話に割って入った。メディア部門の人間が話に入ってきた事に影浦は一抹の疑問を覚える。

 

「残念だが鳩原隊員についてはこちらから話せることはないよ」

「なんでだ?」

「彼女の犯した隊務規定違反が非常に重いものだったからだ。外部に漏れてはまずい程にね。他の隊員に真似をされても困るからねえ」

「……チッ!」

 

 曖昧で具体性のない答えが返ってきた。遠回しにこれ以上問いただしても何も得るものはないと言っているようだ。おそらく外部に漏れてはならない要件だからこそメディア部門の根付が受け答えをしているのだろう。

 納得する答えを話す事はないとわかり、影浦は再び舌を打った。

 

「そう気分を悪くしないでくれ。こちらも彼女の件で対応に追われているんだよ。隊員が処分されたとなれば世間体も悪くなるからねえ」

「んなの知るか。勝手にやってろ」

 

 影浦はあくまでも戦闘員だ。情報面に関する事は知った事ではない。これ以上は時間の無駄だと影浦は身を翻した。

 

「ああ、そうするよ。まあ幸いにも君の弟子の存在もあってまたボーダーの話題性も大きくなるだろうからねえ。きっと鳩原君の件はすぐに治まるはずだよ」

 

 だが、続けられた根付の言葉を耳にして、影浦の歩みは止まる。

 

「——あぁ?」

 

 『君の弟子』と根付は口にした。

 弟子と呼ばれても影浦が何かを教えた相手はいない。ただ一人、最近もたまにランク戦の相手を務めている副を除けば。

 

「おい。今のはどういう意味だ?」

「ん? なに、最近嵐山隊長の弟が新たな部隊に入っただろう。私は彼らを第二の嵐山隊として打ち出す予定でね。今回の一件でボーダー内に暗い雰囲気が流れたから丁度いいだろう」

「ちょっと待て。副は自分であの部隊に入ったんじゃねえのか?」

「彼が前の部隊に所属している時に私の方から助言したんだ。いやはや、中々交渉は長引いたが最後はうなずいてくれたよ」

 

 影浦は言葉を失った。

 彼が弟子に対して何も行動を起こさなかったのは、彼があくまでも自分の意志で現茶野隊に加わる事を選んだと思っていたからである。

 だが真相は違った。木虎隊に所属している時から根付は彼に目をつけていて、隊員達が皆離れる事になって。結果として彼は根付の誘いに応じた。

 

「————」

 

 歯を食いしばる。柄にもなく気づけなかった事を情けなく思った。

 だがそれでも、副が今の部隊の事を不満に思っていないのならば——

 

「まあ彼にとっても良い選択になっただろう。名も広がるし、兄弟としてメディアに出る事にもなるだろうからねえ」

 

 影浦の中で何かが切れた。

 

「……おい」

「ん?」

 

 影浦の副作用(サイドエフェクト)は感情受信体質。自分に対する意識や感情を肌で感じ取る。当然の事だが根付は今副の事を話している為にその感情はわからなかった。そもそも根付はあくまでもボーダーという組織にとって最善の事をしているという自負があり、悪意はもっていないのだからわかるはずもない。しかしそんな体質など関係なく、影浦には根付が副の思惑などお構いなしに登用したのだと理解できた。

 

『弟としてでは嫌なんです。俺は、自分の力で兄ちゃんを超えたいんです』

 

 かつて影浦が副に聞いた強さを求める理由を思い出す。

 彼は兄と比べられる事を嫌い、自分の力で嵐山准を超える事を望んでいた。

 その考えは誰かが踏み入ってものではない。まして彼の立場を利用する等。

 

「おらああああっ!」

「んぐうっ!?」

 

 影浦は根付の下に詰め寄ると、その顎下を下から勢いよく突き上げた。俗に言うアッパーが炸裂する。突然の衝撃に根付は反応できず、勢い余ってその場に倒れこんだ。

 

「ね、根付さん! 大丈夫ですか!?」

「か、影浦! 貴様! 自分が何をやったのかわかっているのか!?」

 

 すぐさま忍田が駆け寄り、根付の無事を確認する。一方、鬼怒田は影浦を指さして糾弾するが、影浦は物おじせずに倒れている根付をにらみ続けた。

 

「ゴチャゴチャと大人の正論並べて、うっせーぞ! テメエら大人に都合の良い解釈を、ガキに押し付けてんじゃねえ!」

 

 

 そしてこの後すぐに以下二つの処分が下された。

 隊務規定違反による処罰通告。

 影浦雅人、個人(ソロ)ポイント8000点没収。

 影浦隊、B級へ降格処分とする。

 

 

————

 

 

「いたっ! カゲさん!」

「ああ?」

 

 その日の夜。ボーダー本部を後にしようとした影浦は彼の愛称を呼ばれて立ち止まった。

 振り返ると、副が走る姿が目に留まる。やがて彼はすぐに影浦の下にたどり着き、息を整えながら影浦を見た。

 

「よう。副じゃねえか。どうした? そんなに息を切らしてよ」

「……なんで」

 

 中々話し始めない彼に代わって影浦が口火を切る。要件を問われて副はようやく少しずつ彼に話を振った。

 

「なんで、今日のカゲさんの処分は……」

「些細な事を気にしてんじゃねーよ。ちょっと上の奴が気に食わなくて我慢できなかっただけだ」

「……俺の為にですか?」

「はあ? なんでそこでお前が出てくるんだよ」

「柿崎先輩から、話を聞きました」

 

 はぐらかそうとする影浦だが、副から先輩隊員の名前が出て口ごもる。隊長会議の直後という事で目撃者はそれなりにいたのだ。情報が漏れてしまうのは避けられない事だった。

 

「鳩原先輩や俺の事が話題に上がって、影浦さんが根付さんに殴りかかったって」

 

 語る副の体が震え始める。感情を必死にこらえているものの、すぐにでも爆発しかねない限界の状態だった。

 

「チッ。おい、勘違いしてんじゃねーぞ。どうせお前らの件がなくても俺はキレてただろうよ。ああいう偉そうなやつらは気に食わねえからな」

 

 そう言って影浦は不敵に笑う。

 決して嘘ではなかった。影浦は人一倍他人の感情に敏感な分、もめごとも多い。きっといつか上司が相手でも暴力事件を起こしていたと自分でも考えていた。

 だからそうくよくよするなと副の頭を右手で軽く叩く。

 

「すみません——」

「……ああ! テメエも泣いてんじゃねえよ! 俺がいじめたみてえじゃねえか! おい、お前もこの後来い。ゾエ達と飯食う予定になってんだ。腹いっぱい食って忘れろ!」

「いやでも、俺この後防衛任務が入ってて」

「そんなの適当なやつにやらせとけ。おら、行くぞ!」

 

 しかしそう簡単に立ち直れるはずもなかった。なおも頭を下げる副を見かね、影浦は強引に彼を連れて実家へと歩いていく。

 これで良かったのだ。こんな感情の整理も出来ない中学生は大人の思惑に流されず、好きなように振る舞う事が出来れば。




根付さんアッパー事件。許せ、根付。これが最後だ。

詳細は明らかになってないですが、原作でも影浦は自分に関する事で根付に暴力をふるったとは思えないんですよね。何せ自分のポイントだけでなく部隊も降格したのに、北添を始めとした隊員が普通に接しているし、そもそも根付さんが影浦に悪意を持って接したとは考えられない。
なので今回は鳩原、副の一件で彼の感情が爆発しました。南無。


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茶野隊①

 6月から始まり8月まで開催されるB級ランク戦の新シーズン戦は大きな注目を集める事となった。

 その注目の的は今シーズンより参戦した二宮隊・影浦隊だ。

 かつてA級部隊に所属し、降格処分を受けてランク戦に参加した二部隊。彼らは精鋭と呼ばれた実力を大いに発揮すると瞬く間にB級の1位と2位の座を独占した。

 どんな相手も寄せ付けない実力に誰もが目を見張る。特に二宮隊は一人隊員が欠けたにも関わらず二宮の圧倒的な火力でB級上位グループを圧倒し、個人ランク2位の力を知らしめた。二位の影浦隊にさえ9点もの差をつけての単独首位。加えてこの二部隊は処分による降格の為、今シーズンと次シーズンにおけるA級昇格試験の受験資格をはく奪されており、この先もB級に君臨するとされているのだから厄介である。

 皆二宮隊が少なくとも半年はB級の頂点に立ち続けるのだろうと予感していた。

 勿論その間も他のB級隊員達も必死に少しでも上の順位を目指して戦っている。それは昨シーズンより加入した茶野隊も同じだ。18位から始まったランク戦。二宮隊、影浦隊の存在により何もしなければ二つ順位が下がってしまう。絶対に勝ち進んでやろうと活きこんでランク戦に臨んだ。

 ——だが。

 挑むものすべてが報われるとは限らない。

 B級ランク戦最終戦。那須隊と柿崎隊、茶野隊の三つ巴の戦い。

 

「ぐうっ!」

 

 茶野隊が選んだマップ・工業地区の上空。

 あらゆる角度から射撃の弾が襲い掛かる。展開したシールドが粉々に砕け散り、副の体に無数の風穴が刻み込まれた。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

「……くっ、そっ」

「嵐山隊員が緊急脱出(ベイルアウト)! 決着です。B級ランク戦中位グループ最終戦昼の部。5対3対2。那須隊の勝利です!」

 

     得点 生存点 合計点

 那須隊 3  2   5

 柿崎隊 3  0   3

 茶野隊 2  0   2

 トリオン体が崩壊し、副が緊急脱出(ベイルアウト)。那須が最後の一人を打ち倒し、最終戦を勝利で飾る。

 

「————ああっ!」

 

 緊急脱出(ベイルアウト)後、ソファへと転送された副はソファを乱暴に殴りつけた。

 最後、那須と副の一騎打ち。勝てば逆転で勝利、中位グループへの残留も確実にしていたはず。

 その負けられない戦いに、負けた。あまりにも悔しい一戦である。

 だが2点は得た。どうか勝ち残ってくれと祈りを込めて夜の部の決着を待つ。

 その夜、ランク戦は夜の部も終えて総合順位が決定された。

 結果。

 夜の部で松代隊が大量得点を獲得して中位に復帰。他の部隊も得点を重ねた事により、茶野隊は入れ替わる形で下位グループへ転落する。最終的にB級16位で二度目のシーズンを終えるのだった。

 二宮隊、影浦隊という部隊が加わった中で部隊の順位を二つ上げる。悪くはない結果ではあった。

 しかし副が追い求めている結果からは程遠い。彼が掲げる目標への道筋すら見えない日々が続いていた。

 

 

————

 

 

「——さて。どうしたものか」

 

 9月の上旬。

 ボーダー本部を訪れていた副は一通り個人(ソロ)ランク戦を終えてその後の予定について考えていた。

 ラウンジの一角に腰かけて飲み物を軽く口に含む。

 今日は防衛任務も入ってなく、作戦会議も先ほど終えたばかりであるため特にしなければならない事は何もなかった。

 

(もう一戦やっておこうかな。次のランク戦まで一か月もない。もっと腕を磨いておきたいし)

 

 次のランク戦が始まるまで一か月を切っている。今度こそ必ず中位グループは勿論上位グループも狙いたいと彼は考えていた。

 当然のことながら下位グループに沈んでいる部隊が進出する事は簡単な事ではない。だからといって当初の目標を下げる事はしたくなく、副はあくまでも高みを目指して訓練に励んでいた。

 

「——おう。こんなとこにいやがったか」

「へっ? ……カゲさん?」

 

 飲み物も飲み終え、そろそろ離れようとしたところに影浦が副へと声をかける。

 

「邪魔するぜ。ちょっと話に付き合えよ」

 

 そう言うと影浦は副の返事を待つことなく彼の対面に座った。

 

「どうだよ調子は。あんまり部隊(チーム)の方は振るわねえみてえだが?」

「……そうですね。カゲさん達のチームみたいに上手くはいきません」

 

 出来るだけ表情を崩さないように、副は影浦をたとえに出してそう答えを返す。

 影浦隊は今シーズン2位で終えて早速A級部隊の実力を見せつけた。

 その力を非常に羨ましく思う。かつての木虎隊を彷彿させるような快進撃を身近な者たちがやってのけたのだ。副も何も感じないわけがなかった。

 

「ハッ。俺らだって満足してねえよ。なんせ二宮のやろう共が一位に居座ってやがるからな。結局やつらが一位に立ってからは一度もトップを譲らずに終えやがった」

「二宮さんは別格ですからね。他の部隊とかそもそもまともに戦わない事を考えたりしてましたし」

「気に食わねえが実力は確かだ。鳩原が抜けたのに余裕さえ見せてやがんだからな」

 

 影浦が悪態をつく。

 彼らの言う通り二宮隊は現B級の中では最強といって差し支えなかった。隊員が一人抜けたにも関わらず、二宮隊は点を取り続けている。彼らと当たった時には逃走や他の隊員の手助けを優先する部隊が多発する始末であった。

 

「癪な話だが、この先も二宮がB級トップを独占すんだろ。うちでもあの牙城を崩すのは容易じゃねえ」

「……カゲさんでさえ厳しいならそうかもしれません」

 

 二宮の強みはトリオンの豊富さと射手(シューター)故の射程を持っていることである。隊員の中でもトップクラスのトリオン量から繰り出される射撃と中距離から敵を削り飛ばす戦術は単純かつ効率的だ。影浦でさえ近づく事が出来なければ一方的に落とされてしまう危険性があった。

 

「俺らもA級の挑戦権がない以上別にトップにこだわる理由はねえ。が、かといっていつまでも二宮達がトップに居座ってるのは気に食わねえ。次戦ではやつからトップを奪うつもりだ」

「そこまでですか」

 

 影浦の言葉を苦笑しながら副は聞いている。確かに師匠が負けず嫌いな性格である事は知っていたが、まさかここまでとは。あまり刺激しないようにしようと副は深くは聞こうとせず、相槌を打つにとどまった。

 

「とはいえ現状維持のままやつらに勝てるとは思ってねえよ。最近は俺らからも逃げ回る奴らが増えたからな」

「ああ。ゾエさん落ちた後だと焼き払うのも出来ないですからね」

「それだ。むしろ序盤でゾエを狙ってくる奴らが増えた。あいつは足がおせえからな。犠牲になるのは良いがそう簡単に落ちられても困る」

「いやもう少しゾエさんの事大切にしてもいいんですよ?」

 

 影浦も攻撃手として一歩抜きんでている。その為影浦隊からも逃げ切りを図る部隊は多かった。チームメイトに戦場を荒らせる北添という存在がいるものの、ならばそちらから落として後は潜伏に徹しようと考える者も中にはいる。

 北添は機動力が低かった。もしもマップの転送位置が悪ければ味方の援護も難しい。どうにかする手立てが欲しいと影浦隊は考えていた。

 

「そこでだ。俺はこの問題を解決するために一つ考えた」

「何です?」

「——お前だよ、副」

 

 すると影浦は目の前の副を真っすぐに指差すとさらに話を続ける。

 

「俺らの部隊に来いよ。お前はいつまでもそんなところにいるべきじゃねえ」

「……はっ?」

 

 それは突然の影浦隊への勧誘であった。

 師匠からの誘いに副は思考が追いつけず表情が凍り付く。

 

「いや、何を言ってるんですか!? そんないきなり」

「別にいきなりじゃねえよ。何なら前から考えていた事だ。お前が今の隊に自分から入ったと思っていたから考えるのやめたし、その後こっちも色々あったから有耶無耶になったが」

 

 これは影浦が前から考えていた事だと影浦は断じた。部隊の戦闘隊員の枠は最大まで4人。影浦隊にはもう一人の余裕がある。

 かつては副が自分の意志で茶野隊に加わったと考えていたから影浦はこの選択肢を除外した。しかしそうではなく根付の指示であったのならば話は別である。

 

「お前の機動力は丁度ゾエの弱点を埋められる。近中距離もいけるもう一つの駒はうちが欲しがってたもんだ」

「————」

 

 単に弟子としての甘えではなかった。純粋に戦力として認めているのだという影浦の言葉に、副は言葉を失った。

 

「…………すみません。無理です」

 

 影浦の誘いは本当に嬉しく思う。純粋に一人の隊員として力を認めてくれた。それは副が求めていたものである。

 しかし副は師匠からの誘いを一蹴した。

 

「俺は茶野隊の一員です。彼らと組んでからまだ一度も結果を残せていないんです。それなのに俺だけ他の部隊に、それも上の部隊に加わるなんて、できません」

 

 この言葉も服の本心である。

 茶野隊に加わってから副は部隊に貢献できていないと考えていた。そんな中で上の部隊の引き抜きに応じて一人部隊を去る等。

 生真面目な彼は自分勝手な選択肢に逃げるわけにはいかないとそう言うのだった。

 

「カゲさんに評価してもらえただけでも十分です。俺は——」

「何をごちゃごちゃと言ってやがんだ、この馬鹿が!」

「がっ!?」

 

 しかし副の発言は最後まで続かない。彼の言葉は影浦の拳によって遮られてしまった。

 

「聞いてりゃ一々めんどくせえ。ガキが余計な事考えてんじゃねえよ」

「ちょっ。あの、また処分くらいますよ?」

「ああ? だからトリガー使わずに殴っただろうが? こんなの軽いコミュニケーションだろ」

 

 いやそういう問題じゃない。副の指摘を聞き流し、影浦はその場から立ち上がると副に今一度問いかける。

 

「お前、何のためにボーダーに入ったんだよ?」

「————」

「俺に言った事は嘘か? もう忘れちまったか?」

 

 嘘ではない。忘れるわけがない。

 それは彼に本来の目的を今一度思い起こさせるもの。そしてその為に今何をすべきなのかを再考させるものだった。

 

「事情も知らねえやつらに用意された所で、世間体の為に振る舞うってか?」

 

 ——違う。

 

「ただ真面目に同じチームになったやつらと戦って、上の順位を目指すのか?」

 

 ——違う。

 

「ちげえだろ」

 

 そうだ。

 影浦の言葉を耳にして、副は目を見開いた。

 

「もう一度言う。俺らの所に来い。俺達は必ずA級に返り咲く。その為にはお前が必要だ」

 

 再度影浦に勧誘され、副の心が揺れ動く。

 

「……カゲさん」

「なんだ」

 

 一つ間を置き、副は彼の名前を呼んだ。

 

「今晩、だけでいいです。時間をください。この場で返事は出来ません」

「……チームメイトの事か?」

「確かに用意されたものではあります」

 

 それでも、と副は言葉を区切る。

 

「二シーズンだけとは言え、共に戦ってきた、大切な戦友です。彼らに断りも入れずに返事は出すような無責任な事はできません」

 

 短い間でも時間を共にした仲間だ。簡単に返事を出すわけにはいかなかった。やはり副は人一倍真面目で頑固な性格だ。

 ——このあたりは兄譲りかもなと影浦は息を吐く。

 

「ああ。だが、余計な事まで考えんじゃねえぞ。大体な、責任がどうとか言うならそもそも俺らがB級に降格したのはお前のせいだとか言ってたじゃねえか。ならその責任を取る為にも俺らの所に来い。俺らを上げて見せろ」

 

 ならばその重荷を減らしてやろうと最後に影浦は付け加えた。これでもスコーピオンを教えてからだいぶ時間がたっている。影浦も副の性質をきちんと理解していた。

 

「……いや、俺がいなくてもカゲさんはキレてたはずだって前言ってたような」

「細けえこと言ってんじゃねえよ!」

「また!?」

 

 だから余計な事は考えるなと影浦はアッパーをかます。

 世間体や責任なんて知った事ではなかった。

 ただ一人の中学生が兄を超えるために、より適した環境に移る。それだけの話なのだから。

 

 

————

 

 

「——そっか」

「影浦さんと知り合いだったもんな」

 

 その日の夜、茶野隊作戦室。

 副から話を聞いた茶野、藤沢の両名は短く呟いた。

 オペレーターである土倉は現在不在だ。高校の都合があって今日は本部に来ていなかった。

 そのため戦闘隊員三人だけが揃う中、副は二人に影浦隊からの勧誘の話をし、その返事を待っている。

 

「……自分でも勝手な話だと思ってる。でも、ごめん」

 

 そう言って副は頭を下げた。

 簡単には答えを出せない問題だ。悩む事は仕方がない。それでも影浦に発破をかけられた今、問題を先送りにはしたくなかった。

 

「この隊が嫌になったわけじゃない。俺は——」

「良いと思う」

 

 副が何とか二人を説得しようと口を開くと、彼が結論を出す前に隊長である茶野が移籍を承認する言葉を返す。

 

「……はっ?」

 

 あっさりと部隊転属の了承が得られた。あまりにも簡単に話が進んで副は呆気にとられる。すると茶野だけでなく藤沢も彼に同調するように話しはじめた。

 

「ここまでランク戦を続け来たけどさ。やっぱり年期の違いもあるし副とじゃ練度が違うってのはわかっていたよ」

「むしろ悪かった。二人で足を引っ張る形になっちゃって」

「そんな事は——」

 

 ない、と言おうとして先の言葉は藤沢に制せられる。

 

「事実だよ。そんな事は戦ってる俺達がよくわかってる」

「大体根付さんの手心が加わったような昇格だったし」

 

 実力の事は本人たちが感じさせられていた。そもそもの昇格が根付の思惑が含まれていたという事も。

 

「だから副まで付き合う必要はない。多分このままだとお互いに駄目になる気がする。合わせようとして、助けようとして。でもそれじゃ駄目だ」

「遠慮なんてすんな。——行って来いよ。お前の目標は、ここじゃないだろ?」

 

 だからこそ二人は穏やかな口調で副の背中を押した。

 根付の思惑に従う必要なんてない。もっと自分の願いに従って動けと。

 

「…………ありがとう」

 

 副は大きく頭を下げた。

 

 

————

 

 

 翌日。副は茶野隊から影浦隊への転属届を提出する。

 嵐山准の弟という事で知名度の高かった彼だ。当然の事ながらあちこちにその情報は伝わっていった。

 それは勿論彼を茶野隊へと加入させた根付の下にも。

 夕方、副の防衛任務が終わると彼は根付に呼び出されてメディア作戦室の室長室を訪れていた。

 

「失礼します」

「来たかね、嵐山君」

「邪魔するぜ」

「……か、影浦君!? 何故君までここに!?」

 

 嵐山の入室に続き、影浦の存在まで目にし、根付の表情は青ざめる。

 

「うちの隊員が上層部に呼ばれたとなりゃ気になるだろ? なんだ? 俺がいちゃマズイ要件ってか?」

「いや、そんな事はないが」

 

 やましい事情がないとはいえ、影浦に殴り飛ばされた身である根付は震えが止まらなかった。

 こうなったら一刻も早く要件を済ませてしまおうと根付は咳払いする。

 

「聞いたよ。影浦隊へと転属するそうだね?」

「——はい」

 

 確認されると副は迷うことなく頷いた。

 

「はぁ。嵐山君、君はわかっているのかね? 私が茶野隊を結成した意図を。現在ボーダーの広報は嵐山隊、君のお兄さんの部隊が担っている」

「ええ。説明されましたから」

「そこに新たな広報部隊が現れればよりボーダーの注目度は増すだろう。当然世間の目は隊員達へと向けられる。君にとっては悪くない話だ。お兄さんと同じ立場に立てる上に誰からも認められて——」

「綺麗言を並べてんじゃねえよ」

 

 副が茶野隊に所属する事で彼やボーダーに生じるメリットを次々と根付が述べていく。しかしその途中で根付の声は影浦によって遮られてしまった。

 

「認める? だからどうした。そんなのただの『ボーダーの顔』としての話だろ?」

「……影浦君。これは高度な政治的な話なんだ。我々は彼の事を必要として」

「嘘つけ。テメエらが欲しいのはこいつじゃなくて『嵐山の弟』って立場だろうが」

 

 強い口調で影浦は根付の理想を否定する。しかも彼の発言は実に的を得ていた。根付が欲しているのは第二の嵐山隊。それは戦力ではなく注目度を欲しての事。副の戦力としての需要は二の次であった。

 

「高度な話? 馬鹿言うな。ガキが今いる隊から他の隊に移るってだけのことだ。大人がゴチャゴチャと口を挟んでくんじゃねえ。次は顎じゃなくて頭でも行っとくか?」

「なっ、影浦君!?」

「カゲさん。さすがにそれは」

「ああ? 冗談に決まってんだろ。なあ?」

 

 軽口とはいえ、影浦ににらみつけられた根付は体の震えが止まらない。

 

「——用はそれだけか? なら行くぜ」

「根付さん、俺に声をかけてくれたことには感謝しています。失礼します。」

 

 これ以上話すことはないと影浦が背を返した。副も会釈すると、その後ろに続く。

 

「わ、わかっているのかね嵐山君!? 先に言っておくが私はもう同じ誘いはしない。もし影浦隊で上手くいかなかったとしても、今後世間に出る機会なんてないぞ!」

 

 背中が遠くなる中、根付は副へと訴えた。広報役として嵐山に並ぶ機会はこれが最後。そう訴えて彼の歩みを止めるために話し続ける。

 

「構いません。俺は影浦隊の一員として力を示します」

 

 その叫びを副は一刀両断し、扉を閉ざした。

 

「ハッ。お前も言うじゃねえか。上層部に逆らいやがって」

「それをカゲさんが言います?」

 

 今の会話で上層部とは壁が生じている。そうでなくても降格処分を受けた影浦隊への移籍となれば周囲の目も変わるだろう。

 だが副は関係ないというような口調で影浦に語り掛けた。

 

「いいぜ。それくらいの度胸がねえとな。改めて歓迎するぜ。ようこそ、影浦隊へ」

「ええ。よろしくお願いします、カゲさん」

 

 こうして二人は握手をかわす。師弟の関係にさらに隊長と隊員という関係が加わった瞬間だった。

 茶野隊万能手(オールラウンダー)嵐山副、影浦隊へ移籍。




影浦隊と副の戦術関連。
影浦—同じ伸びるスコーピオンの使い手。長く師弟関係だったので動きもわかってる。
北添—犬飼の言う『デカい、足が遅い』という弱点をカバー。中距離戦の戦術が一枚増えて得点力もアップ。
絵馬—かつての同僚の為連携は言わずもがな。かつてのつり狙撃も可能に。

的確な戦力補強だった件。


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