迷い人 (どうも、人間失格です)
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プロローグ

 

 

 

 人生何が起こるかわからないとよく言われるが、未だに自分に起こった事が信じられないと彼は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い深い夜の闇が世界を包み、満月が優しく照らす中、黒い服を着た彼は人類の科学の結晶である懐中電灯を持ちながら山道を迷わず進んでいく。

 彼にとってこの山は任務のために何度も訪れた場所であるため、地形はある程度網羅している。よほどの事がない限りは迷わない。

 何より、彼の“横にいる子”が彼が万が一、迷ったとしても元の道へと誘導してくれるであろう事は彼も理解していた。

 さすがにそのような事態になったら彼も恥ずかしいが、そもそもそういう失態を彼は早々に引き起こさない。面倒な事であれば故意に引き起こしそうではあるが。

 だが、今回はDランクに相当しそうな低レベルな任務であるが、彼にとってある意味興味のある任務である為、目的の場所まで故意で迷う事はせずに進む。

 

 

 

 ふと彼は今まで自分におきた事、今まで自分がした事を振り返り、失笑する。

 彼の“横にいる子”はそんな彼を心配するような切ない声を上げるが、彼はあえて無視した。

 彼にとって“横にいる子”はあくまでビジネスパートナーであり、心配される筋合いはないからだ。

 彼が歩んできた道は決して人様に誇れるようなことではない。

 むしろ、侮辱され、嫌われるような事ばかりだ。世間一般的に犯罪と呼ばれることも平気でやってきた。

 

 

 それでも彼がそれらを行ったのは“この世界で”生きるためなのだ。

 

 

 故に彼は誰にも非難されたくないし、非難するならば立場を変わってくれと叫びたかった。

 彼の立場に立てば誰だってそうしなければ生きていけなかったとわかるからだ。

 

 

 

 「カオル様」

 

 

 

 現実に引き戻されたのは畏怖で震えた声だった。

 彼、カオルは少しウンザリした表情で声がした方向へと顔を向ける。

 

 そこにいたのはRと書かれた黒の特徴的な服を着た男であった。

 この任務で先行していた者達の内の一人であるのだろう。

 カオルは緊張しているのか、怯えているのか少し震えている男に任務の調子を聞く。

 

 

 

 「……状況はどうだい」

 

 「は、はい。月の石に関しては問題なく。ですが……」

 

 

 

 言いよどむ男に彼はピンと来た。

 カオルが興味があることが起きたらしいと。

 口角が上がりそうになるのを耐えながら、続きを促すと男はカオルの顔色を窺いながら恐る恐る話し始めた。

 

 曰く、新米トレーナーらしき男の子が邪魔をしているらしい。

 仲間も何人かポケモンバトルで撃退されているらしく、数人を残してまだ倒されない者達で排除している途中なのだとか。

 

 

 

 無理だね。

 

 

 

 カオルは排除している者達を盛大に罵せった。

 何故ならこの場合は新米トレーナーを相手にするよりも尾行し、カオルの到着を待つ事が得策であるからである。ポケモンや個人の情報を入手するとさらにいい。

 大方、カオルが来る事に焦り、自分達で対応できた事を意気揚々と報告するつもりだったのだろう。

 くだらないと思いつつも、カオルは新米トレーナーのもとへ連れていくように命じた。

 

 男はこちらです、と少し速足で案内する。

 その様子にさらに先行した者達の評価を下げ、カオルは“横にいる子”に話しかける。

 

 

 

 「万が一、バトルになったら、君に任せるから好きに暴れ給え」

 

 

 

 “横にいる子”ブラッキーはお任せてください、とでもいうように力強く鳴いた。

 

 

 



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赤い彼と黒い彼

 

 そもそも彼、カオルは元々は、“この世界の住人”ではなかった。

 

 ごく普通の家庭に生まれ、ポケモンゲームにはまり、廃人と呼ばれる人種になったりもしたが、ごく普通の人生を歩んでいたのだ。

 それなのに、何時もの様に朝起きたら、いつの間にか“この世界”に転がり込んでいた。

しかも、森の中にである。

 

 当然、カオルは混乱した。

 家の中にいたのに何故森にいるのだろうかとか、馴染みがあり馴染みのないポケモン達が当然のようにいる事だとか、自分が十歳そこそこに若返っている事とか上げたらきりがなかったが、漠然とした確信が一つだけあった。

 

 

 

 もう、元の世界には帰れない。

 

 

 

 そのあとの事は正直に言うとカオルはよく覚えていない。

 水場や食料の確保、危険なポケモンが居座る縄張りの把握等を行いながら、一週間かけて森を抜けた。

 森を抜けた当初は人工物の建物に安堵し、街に入ろうとした時、ふと思った。

 

 カオルにとってこの世界には当然ながら身分証明となる物が無い。

 そんな人間が助けを求めても、行き場所等到底ない。

 ジュンサー等に行けば、孤児として保護されるかもしれないが、果たしてこの世界の孤児の扱いはどうなのか想像もつかない。ゲームやアニメの中ではそんな事は当然ながら描かれていないのだから。

 そもそも、話を信じてくれるだろうか。

 

 “違う世界から来たんです。この世界では身分証明もできませんが助けてください”なんて、どう考えても子供の戯言と思い、相手にしてくれない。仮に話を偽ったとしても、身分を証明できなければ、偽名で話をして大人をからかっていると思われても仕方ないのである。

 

 

 

 カオルはここにきて唐突に理解した。

 この世界はカオルの知る世界ではない。見た目は同じでも自分はこの世界の誰とも違う“たった一人”である事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カオルは岩陰から目の前に繰り広げられているポケモンバトルの様子を見ていた。

 ここまで案内した男はハラハラしながらカオルの顔色を窺っている。

 随分と人の顔を窺う腰の低い男だと思いながら赤いモンスターボールの帽子をかぶった新人トレーナーと思わしき男の子が操るポケモンに翻弄されながら無様に負けていく下っ端達を見て目を細める。

 カオルは帰ったら下っ端の教育を見直す案を作り提出しようと決め、仕事が増えた事にうんざりしながら赤と白のモンスターボールからポケモンを出し、一つの命令を出すと岩陰から離れ、赤い帽子をかぶった男の子や下っ端達がいるポケモンバトルにはもってこいの広い場所にでる。

 バトルは丁度終わり、何やら下っ端達がいちゃもんをつけているらしい。

 赤い帽子をかぶった男の子は強かにも肩に乗るギザギザのしっぽを持つ黄色いネズミ、ピカチュウにほとばしる電撃を見せながらこの山、お月見山から出ていくように言っている。

 カオルはその男の子の様子に内心で苦笑しながら、ゆっくりと近づく。

 

 

 

 「随分と正義感あふれる子だね。よっぽど自分に自信があるのかな」

 

 

 

 カオルが声をかけると男の子は怪しげにカオルを見る。

 逆に下っ端達は見事に固まり、ギギギギッ、と音が出そうな動きでカオルの方へと振り向いた。

 カオルはなるべく穏やかな表情を保ちながら優しく話しかける。

 

 

 

 「随分と愉快なポケモンバトルだったね、君達」

 

 「カ、カオル様、何時御出でに?」

 

 「さあ、君のズバットが彼のヒトカゲに見事やられているのは見たよ」

 

 

 

 下っ端達は顔を真っ青にし、ひどく混乱しているようだ。

 カオルはその様子に心の中で見下しつつ、微笑の仮面をかぶり、男の子を観察する。

 赤いモンスターボールの帽子、茶色に近い髪と目、肩にピカチュウ。

 間違いなくカントー地方の男主人公にして頂点にして原点なんていわれている、公式レッドなのだが、薄くなりつつある記憶からパーティーメンバーがどうであったかは忘れてしまったが故にどう対応するか考える。

 話し合いで解決するとは思っていないので、多少強引なやり方でも構わないだろう。

 

 こちらを油断なく警戒してくるレッドを警戒心の高い猫が威嚇している様で微笑ましく思いながら、下っ端達に下がるように言う。

 

 

 

 「君達は先に帰り給え。私はこの男の子と少し話がしたいんだ」

 

 「し、しかし、このガキは」

 

 「……なんだい、私の言う事が聞けないと」

 

 

 

 少し声を低くし言うと、下っ端達に言うとビックッ!という吹き出しが出たんじゃないかというくらいに体を飛び上がらせた後、すぐに滅相もありません!と言ってカオルが出てきた通りを使い、急いで離れていく。自分を案内した男も彼らの護衛の為に離れさせ(彼らのポケモンはレッドに戦闘不能にされたから)、改めて、レッドに向き合う。

 

 先ほどのポケモンバトルを見るとまだまだ未熟だが、このままバトルの実戦経験を積むと強くなる。そんな気がして、さすが主人公とカオルにしては珍しくほめる。

 

 

 

 「そんなに警戒しないでほしいな、取って食いはしないさ」

 

 「あいつ等の仲間である奴にそれは無理」

 

 

 

 レッドが吐き捨てるように言うと、この時点で随分自分が所属する、ロケット団が嫌われた事に世間一般的ならその反応も仕方ないと諦める。

 やれやれ、とでもいうように首をわずかに縦に振る動作をすると、レッドは少し怒ったような顔をし、ピカチュウは主人の感情をくみ取って、今にもカオルに飛びかかってきそうだ。

 まだまだ子供らしい感情を見せるレッドに青いなと思いつつ、足元で自然な動作で警戒し、攻撃態勢に入りつつあるブラッキーの前に足を出し、攻撃するなと合図を出す。

 とたんにブラッキーは攻撃態勢から警戒する程度に落としたが、油断なくレッドとピカチュウを見ている。

 

 カオルは“そろそろか”と思い、口を開く。

 

 

 

 「君の正義感は評価するけれど、それは時として無謀ともいうんだよ」

 

 

 

 カオルがそう言うとレッドの体が突然、立ちくらみを起こしたかのように体がふらついた。

 何とか踏みとどまっているようだが、顔が真っ青だ。肩に乗っているピカチュウは心配そうに鳴いた。

 レッドがカオルに問いかける様に目線を投げてきたのを満足そうに笑みを浮かべながらその問いかけに答える。

 

 

 

 「ゲンガーと言うポケモンを知っているかい?ゴースの最終進化形なんだけどね。人の影に入り込んで体温を少しずつ奪って殺そうとするんだ」

 

 

 

 嗚呼、大丈夫。殺しはしないよと声をかけ、レッドに近づくが、ピカチュウが動いた。

 カオルに電光石火を仕掛けたのだ。勿論、そんな事を指示していないレッドは驚愕の表情を浮かべるが、カオルは動じない。主人を思うポケモンはこれくらいの事は平気でする。

 

 カオルの前に出たブラッキーは難なく守るでカオルを守り、ピカチュウにイカサマを仕掛ける。

 イカサマにより吹っ飛んだピカチュウに追撃でどくどくを仕掛けたブラッキーを視界に入れつつ、レッドにゆっくりと近づき、耳元で囁く。

 

 

 

 「今回は見逃してあげよう。次は無いと思い給え」

 

 

 

 カオルがレッドの耳元から顔をはなすと丁度ピカチュウとブラッキーの戦闘が終わったらしく、ブラッキーが少し不満そうにしながら帰ってきた。

 レベル差が激しく相手にならなかったらしい。ピカチュウはぐったりとした様子でゴツゴツとした岩場に倒れている。明らかに戦闘不能状態だった。

 

 

 

 「ゲンガー、戻り給え」

 

 

 

 声をかけてゲンガーをレッドの影から出てきてもらい、ボタンを押し、掌大になったモンスターボールをゲンガーに向けると、モンスターボール特有の赤い光線がゲンガーに当たり、包み込んでモンスターボールへと入っていく。

 何度見てもオーバーテクノロジーだと思いつつ、モンスターボールを小さくし、腰のホルダーに装着する。

 

 カオルはレッドに背を向け、その場を離れた。

 レッドには先程のポケモンバトルで殆ど傷ついていないヒトカゲがいたのを知っているので、野生ポケモンに襲われても大丈夫たという事はわかっていたし、レッド自身はあと数分もすれば体力が回復する程度にとどめるようゲンガーにきつく言い渡している為、問題はない。

 

 お月見山から下山しながらこれからの一年間は楽しくなるな、と満月を見ながらカオルは思った。

 

 

 

 カオルの足取りは軽かった。

 

 

 

 




登場した我が家のかわいい子達



ブラッキー

技構成
願い事/イカサマ/どくどく/守る

特性
精神力

性格
穏やか

持ち物
食べ残し

解説
願い事ブラッキーです。
ブラッキーの強さは耐久力です。特性はシンクロだとこっちの毒が入れられなくなる可能性があるので精神力一択にしています。ガルーラとトゲッキスの怯みゲーは許しません。
願い事は発動までに一ターンかかってしまうので守るで攻撃をしのぎます。シングルでルカリオ等のフェイントを覚えたポケモンが出てきた場合は体力的に問題がなければ願い事orどくどくをした後に交代するか、即座に交代する事をお勧めします。


ゲンガー

技構成
滅びの歌/身代わり/ヘドロ爆弾/祟り目

特性
ふゆう

性格
臆病

持ち物
黒いヘドロ

解説
ブラッキーの弱点である格闘、虫、フェアリーをすべて半減以下にし、ゲンガーの弱点であるエスパーをブラッキーは無効にでき、悪も半減にします。我が家のブラッキーの相棒。
またゲンガーはHPが低く、黒いヘドロを持たせない限り回復手段を持たないポケモンの為、ねがいごとサポートとの相性は抜群。
ブラッキーの苦手な身代わりもち耐久にも滅びの歌によって対抗できます。
私はヘドロゲンガーを参考に育てました。


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部下から見た彼

ポケモンバトルもないし、物語もあんまり進みません。


 

 

どこかのビルの地下にあるロケット団基地の一つにその男はいた。

 蛍光色に近い緑の髪をし、黒い帽子を被る男は黙々と手元にある膨大な資料をわかりやすい様に整理しながら男は自分の上司の事を考える。

 

 男の上司はおおよそ十代前半ながらにロケット団の幹部にまで上り詰めた少年で男よりかなり年下だった。

 普通なら自分よりも年下である少年が上司である事に不満が沸き上がるのだが、少年がロケット団に入ってから上げてきた数々の功績を知ってしまったら納得し、黙らざるを得ない。

 

 

 

 少年は一言でいえば“異様”であった。

 

 

 

 ロケット団の資金調達の為の詐欺商法やポケモンの密漁、高く売れる進化系統の石がどこでとれるかを把握し独占販売したり、ロケット団員に配られるポケモンの育成と新人団員の教育法とロケット団から抜けられないようにする対策、ターゲットへの尾行方法等が功績として主にあげられているが、中には裏切り者や使えない者、生きていては困る者を()()()()()()()()()()()()()()()()()との噂もある。

 

 あくまで噂であるのだが、男は少年の言動からあながち間違いではないと思っている。

 

 そんな噂が立っているので少年は先輩、同僚から新入りの後輩に至るロケット団員全員から畏怖の対象であるのだが、男は尊敬はしていても畏怖していなかった。

 

 

 

 何故なら、少年は男にとって絶対ともいえるロケット団首領、サカキの命令に忠実であったし、命令以上の成果をあげ、サカキの役に立っている。

 

 男にとってそれは“理想の自分”の姿であった。

 

 だからこそ、少年から色々な事を学び、将来、少年と並び立つ程、サカキの役に立つ事を目標にしていた。

 それには少年の部下としている事が何よりも大切なのだ。

 幸い、少年はある程度男の事を評価しているらしいので、少年の部下の中で男は一番信頼されていると自負していた。

 

 

 

 男は膨大な資料を整理し終え、同僚に断りを入れてから上司である少年の元へ持っていく。

 どうして少年がこの資料を欲しているか男にはわからないが、少年は男に伝える事が必要であるならば説明するであろうし、話さないという事は男にとって知る必要ない事であるという事だ。

 余計な捜索を少年は好まない事を知っている男としては聞くという事は論外である。

 

 男はあるダークブラウンの扉に立ち止まり、ノックをする。

 

 

 

 「カオル様、ランスです。頼まれていた資料をお持ちしました」

 

 「嗚呼、入り給え」

 

 

 

 男、ランスは少年であるカオルの執務室への入室許可の言葉を聞くと、失礼しますと言って扉を開ける。

 10畳程の執務室の壁は本棚になっており、隙間なく埋められている本はすべてポケモンに関する本であるとランスは記憶している。

 扉の奥にある執務用の机には書類が積み重なっており、カオルは扉のほうを向くようにして執務用の机の前に座っている。 

 その前にある来客用の二つの黒革のソファと黒い机はランスの記憶では使われているのを見たことがない。

 

 いや、ある意味今使われている。

 

 ランスは黒革のソファに溶け込むようにおとなしく丸まっている中型犬程の大きさにウサギの耳の様に長い耳を持つ黒と黄色の特徴的な色合いを持つポケモン、ブラッキーが。

 

 ブラッキーは丸まりながらちらりとランスを見たが、目を閉じて再度寝た。

 

 主人であるカオルの様な無関心さを発揮しているブラッキーに最初のポケモンはやはり主人に似るらしいと改めて思いながら、カオルの元へ行く。

 

 カオルはランスの方に一瞬たりとも目を向けず、手元の報告書であろう紙に目線を落としている。

 ランスはそんなカオルの様子を気にもせず、資料を机の上に置く。

 

 

 

 「資料はここに置いておきます」

 

 

 

 嗚呼、と返事をするだけでカオルはランスの事を気にもかけていない。

 時々このようなカオルの態度に苛立つ事がないと言えば嘘になるが、これが少年の通常の反応であると知ってからは気にしないでおく事にしている。

 

 ふと、目に入ったカオルが呼んでいる報告書は数日前にカオル自ら行ったお月見山での月の石の発掘調査の事を下っ端が書いた報告書であるのにランスは気づいた。

 わざわざ自分以外が書いた下っ端の報告書も見ているらしいカオルにある意味疑問を抱いた。

 

 

 

 「どうしたんだい、ランス」

 

 

 

 ランスはカオルの声でハッとカオルが持つ報告書からカオルに目を向ける。

 カオルは少し怪訝そうな顔をしながらランスを見つめている。

 ランスは内心で慌てたが、顔には出さず、何でもない事を伝える。

 

 

 

 「いえ、何でもありません」

 

 「この報告書の事なら面白い事があってね。自分が見ていなかった時はどうだったのか把握したかっただけだよ」

 

 

 

 カオルはランスの疑問を読み取ったのかどうかはわからないが、そう答えた。

 ランスは今までの経験上、その反応はある程度話してくれる事であると理解し、質問してみる事にした。

 

 

 

 「面白い事とは?」

 

 「ちょっと、乱入者が現れてね。下っ端とバトルしていたのを見たのだが、なかなかのトレーナーだったから見逃したのさ」

 

 

 

 ランスは驚いてカオルを思わず、凝視する。

 カオルの性格上、誰かをほめる事などめったにしないし、ロケット団にたてつく者を早々に見逃す事など初めて聞いた。

 

 相当そのトレーナーが気に入ったらしい。

 

 だが、らしくないとも思った。

 カオルの話しぶりにそのトレーナーはロケット団に対して敵対心がある様に思われる。

 そんな者達は早々に排除してきたカオルが気に入ったという理由だけで見逃すだろうか。

 

 仲間になりうる可能性を見たのか、それとも

 

 

 

 「カオル様がわざわざその程度の任務に向かったのはそのためですか?」

 

 「まあね、予感がしたんだよ」

 

 

 

 ランスは一瞬、浮かんだ考えを打ち消し、違う質問をする。

 カオルはたいして驚きもせず、答えた。

 そうですか、と言って黙ったランスにカオルは目線をそらす。

 

 質問は終わりである合図だ。

 

 ランスは失礼しましたと断りを入れ、カオルの執務室から出る。

 

 

 

 執務室から出た後、ランスは先程一瞬浮かんだ考えにそんな馬鹿な、と吐き捨てる。

 ランスの知るカオルはそんな事を望む様な人ではないし、第一そんな事をしてもカオルに得など一つもない。

 

 ランスは少し疲れているのかもしれないと思い、休憩してから次の仕事に移る事にした。

 

 

 

 その考えがある意味正解である事を知らずに。

 

 

 




あれ、ランスさんってこんなだったけ?


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社長と彼

彼の悪だくみのターン!


 

 

 

 レトロな雰囲気の店の個室に彼、カオルは一人の女性といた。

 女性は三十代ぐらいの赤い眼鏡をかけ、栗色の髪を後ろに一つくくりにしたいかにも真面目そうな女性だった。

 研究職についているのか、スーツの上に白衣を着ている。

 

 女性は少し落ち着きなく、髪をいじったり、眼鏡の位置を直している。

 カオルはそんな女性とは正反対に他者から見れば、無条件で安心してしまうような穏やかな微笑を浮かべながら、沈黙を破る。

 

 

 

 「ここに来ていただいたという事はお受けしてくださったのですね」

 

 「……前払いとして本当に半分支払ってくれていましたから、来ただけです」

 

 

 

 女性はカオルの視線から逃げる様に目線を下げながら、小声で答えた。

 カオルはそんな女性の様子に気を悪くした様子もなく、そうですか、と言った後、思案する。

 

 女性はカオルが思ったよりまだ警戒した様子であった。

 この女性が金に心底困っていたので、もう少し乗る気になってくれると思っていた為である。

 立場とこちらの話に乗ってくれそうな人物である事にこだわり過ぎて性格を多少考慮しなさ過ぎていた様である。

 

 次からは気を付けようとカオルは心の中で少し反省し、まだ修正可能である為、揺さぶりをかける。

 

 

 

 「前にも言いましたが、貴女の娘さんは治らない病ではない。他地方の最先端医療を受ければ、普通の人と変わらない生活を過ごす事が出来る。ですが、それには膨大な手術費用と一年程の入院費、治療費が必要です。とても貴女が払える金額ではない。医師もそれをわかっていて言わなかったのでしょう。ですが、()()()()()()()

 

 

 

 女性がカオルと視線を合わせる。

 揺れている瞳を見てカオルは確信した。

 微笑の仮面を保ったまま、カオルは女性の反応を待つ。

 

 耳に痛い程の沈黙の中、女性は震えた声でカオルに聞く。

 

 

 

 「……本当に、支払ってくれるんですね」

 

 

 

 かかった。

 

 

 

 カオルは女性の言葉に笑みを深くしてその言葉に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シルフカンパニー社長は、灰色のスーツを着て社長室で緊張した顔で落ち着きなく時計を何度も確認する。

 これからある会社との取引があるのだが、その会社は近年で急激に業績を上げ始めた今一番勢いのある会社なのだが、少々後ろ暗い話を聞く為、取引を持ち掛けられた時、最初は断ろうかと思った。

 だが、あくまで噂の範囲以内であったし、聞いてみれば本当に普通の取引の様だったので、ひどく悩んだのだが受ける事にした。

 

 今日は相手がシルフカンパニー本社に赴いて取引の確認と修正を話し合う事となっていた。

 

 所長は心の中で、大丈夫、大丈夫と呟きながら何度も確認して少し皺くちゃになった書類を見ながら内容を再度確認し、深呼吸する。

 

 ノックオンが社長室に響き、少し体が上下に上がってしまった事に苦笑いしながら、入室を促す。

 失礼しますと言って入ってきた秘書の背の低い女性が、相手会社がお見えになり、応接室に案内した事を伝えてくれた。

 社長室から出て、応接室に秘書を伴って向かう。

 

 

 

 「社長、大丈夫ですか。今日は体調がすぐれないと言って帰ってもらいますか」

 

 

 

 向かっている最中に秘書は心配そうな顔で社長に問いかける。

 社長はそんなに顔に出ていたのかと思いつつ、心配をかけてしまった秘書を安心させるように笑顔を作り答える。

 

 

 

 「普段通りにしていれば大丈夫だ。心配かけてすまないね」

 

 

 

 秘書は納得した表情ではないものの、わかりましたと引き下がった。

 社長はお詫びにこっそり秘書の給料を上げておこうと決め、応接室につくと、深呼吸し、ノックをしてから応接室に入る。

 

 

 

 応接室にいた相手会社の社員は一言でいうと子供だった。

 茶色交じりの黒髪黒目に、このまま成長すれば美青年になるのではと思わせる容姿で、黒のスーツと手にかけている黒のコートが恐ろしく似合うおそらく十代前半の子供。

 シルフカンパニー社長は少し面食らってしまった。

 まだ、二十歳にも満たぬ子供が相手会社から一人で来るとは到底思っていなかったからである。

 

 だが、子供であろうと取引相手であると思いなおした社長は意を決して口を切る。

 

 

 

 「初めまして、私がシルフカンパニー社長です。このどの取引を我が社に持ち掛けていただき有難うございます」

 

 「ご丁寧に有難うございます。私はロット会社の社員でこのたびの取引を任されましたカオルと申します。カントー地方一の大企業であらせられるシルフカンパニーの社長に一社員である私がお会いできる事を光栄に思います」

 

 

 

 社長は落ち着いた物腰で話す子供、カオルに第一印象でつけた評価を大幅に変える。

 見た目は子供であるが、中身は大人顔負けである。油断ならない。

 

 名刺交換をした後、秘書が紅茶を運んでくるまで少し世間話をしたが、打てば響くというようにすらすらと社長の話に答えてくれるので、社長はすっかり緊張がほぐれているのに気が付き、安心した。

 これなら大丈夫だと。

 

 紅茶が運ばれ、口をつけながら相手会社が出していた取引内容を確認しながらこちらの資料を見てもらう。

 おおよその確認と修正が終わり、何事もなく終わるであろうと思われたその時だった。

 

 

 

 「社長!至急お耳に入れたいことが!」

 

 

 

 応接室の扉を勢いよく開けて入ってきたのはシルフカンパニーの社員だった。

 社長は来客中だぞ!と社員に注意するが、社員は動揺しているのか、社長に向きながらおどおどしている。

 社長は社員のその様子に嫌な予感がし、今すぐ何があったのか問いただしたい気持ちになったが、社員に注意した通り、来客中にそのような事をするべきではないと考えを改め、カオルに向き直る。

 

 

 

 「済みません。すぐに下がらせますので」

 

 「いいですよ、それよりも大変慌てていた様子ですので話を聞いてあげてはどうですか。私はこの後の予定は入っていないので時間は大丈夫ですから」

 

 

 

 穏やかにそう話したカオルの言葉に社長は迷ったが、その言葉に甘える事にし失礼、と断りを入れて社員の元へ行き、小声で何事か問うた。

 

 社員は一度、口をつぐんだ後、意を決したように話し始める。

 

 

 

 「実は、非人道的な“例のモンスターボール”のデータが外部に持ち去られたようなんです」

 

 「なんだと!あれは破棄したのではないのか!」

 

 「も、もちろん破棄しましたが、書類で持ち出したようでして、その履歴が残っていました。持ち出した社員は特定できているのですが、もう社内にはいないようでして」

 

 

 

 社長はカオルがいる事を忘れて、大声で話してしまった。

 “例のモンスターボール”とは一見普通のモンスターボールであるが、どういう経緯でそうなったかは不明だが、そのボールを使ったポケモンは元々の性格を捻じ曲げ、主人に忠実で攻撃的なポケモンになってしまうというモンスターボールで、ポケモン保護法に大いに引っ掛かるとんでもないモンスターボールであった。

 ボールのデザイン以外はすべて破棄するようにしていたのだが、データがなくなる前に書類にして持ち出されるなど、あってはならない事だ。

 

 世間に出てしまえば、シルフカンパニーの信用はがた落ち、株は大暴落するのは間違いなかった。

 

 

 

 「何か、お困りですか」

 

 

 

 応接室にカオルの落ち着いた声が響いた。

 確かに穏やかな顔で話しかけているカオルの言葉なのだが、シルフカンパニー社長にはその声が甘い言葉をかけてくる悪魔の声にも聞こえた。

 

 

 

 「お困りでしたら、どんな事にも協力いたしますよ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「……それは本当ですか」

 

 

 

 社長はカオルの言葉を聞いてはならないと思いつつも、自分の力では警察に気づかれないようにカントー地方の全国民の中から書類を持ち出した社員を見つけるのは不可能に近いと理解しているからこそ、カオルの言葉にすがるしかなかった。

 

 カオルは笑みを浮かべながら、もちろんですと社長の言葉に答える。

 

 

 

 「ではここから、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 シルフカンパニー社長はカオルのその言葉に逃れられない事を悟った。

 

 

 




書いてる途中で思いました。
これって、ポケモンですよ……ね。


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首領と幹部と彼

 

 

 

 「以上でシルフカンパニー社を抑えました。ヤマブキシティ制圧は部下のランスに任せています」

 

 

 

 タマムシシティのロケットゲームコーナーというロケット団が運営している店の地下にあるロケット団の基地の本部で行われた幹部会用の会議室にカオルはいた。

 ロケット団首領に直接下されていた任務であるシルフカンパニーの乗っ取りはランスが集めた研究員の個人情報をもとに行い、見事完遂することができた事をこの場でヤマブキシティの制圧の途中報告とともに報告する。

 カオルは元々この幹部会に出席するつもりはなく、シルフカンパニー制圧の報告書だけを提出し、ヤマブキシティ制圧を理由に欠席するつもりであった。

 

 理由は単純で、“めんどくさかったから”。

 

 だが、幹部会にジムリーダー業や会社経営で忙しく、出席しないはずであった首領が出席する事になったので、しぶしぶカオルもランスにヤマブキシティ制圧を任せ、出席することにした。

 何故なら、何かと理由をつけて幹部会を欠席するカオルを首領はあの手この手で無理矢理出席させることは目に見えていたし(というか、実際していた)、二人の間で妥協点として“首領が出席する幹部会には出席する”という暗黙の了解ができた。

 そのおかげなのか、首領は幹部会の日は予定を無理にでも開けて出席するようになり、カオルは苦い顔をしている。

 幹部の一人は首領に会える機会が増えて大喜びしているが。

 

 

 

「この短期間でそこまで出来るなんて、その手腕はさすがですね、カオル。これでシルフカンパニーのマスターボールの開発は我々で行う事が出来ます」

 

 

 

 カオルのおかげで首領に会う頻度が増えて喜んだロケット団幹部の一人である薄い水色の短髪で白色のロケット団服の男、アポロは感心しながらそう言った。

 出会った当初、カオルはアポロとは仲が良いとは言い難い関係だったが、何時からかアポロの中で折り合いがついたらしく、自然と普通に話すようになった。元々人となれ合う事をあまり好まないカオルなので、それでも知り合い以上、友人未満のような関係なのだが。

 

 

 

 「確かに凄いけど、研究員の女はどうしたんだい?そいつが警察に言ったら厄介だよ」

 

 「嗚呼、安心し給え。その女性ならこのモンスターボールの資料を指定の場所に置いた後、()()()()()()()()()()()

 

 「……あんた、相変わらずえぐいね」

 

 

 

 白色のロケット団服を着たロケット団幹部紅一点の赤髪の女性、アテナはカオルがサラッと答えた言葉に顔を引き攣らせた。

 カオルは心外な、と思ったが口にはしない。

 知られてはいないが、アテナはカオルの苦手な人である為、余り個人的に関わりたくは無いのだ。

 

 カオルは高級そうなガラスの机の上に置かれたすでに冷めてしまったブラックコーヒーを飲み、豆を変えたのか何時もより苦い味に僅かに眉を顰める。

 ガラスの机に合わせた黒革の椅子にもたれながら、カオルは今後のレッドが主人公の物語がどのように進んだか思い返してみるが、ぼんやりと今自分がいる本部とボスとのジム戦等しか思い出せず、それを参考に今後を考えるのを即座に諦めた。

 

 カオルがポケモンゲームをしたのはリメイク版ルビー&サファイアまでで、初代を再現したバーチャルコンソール版はプレイする前にこちらの世界に来てしまった。

 それ故に殆ど記憶が無いのは仕方ないのかもしれないが、覚えていない自分に少し腹が立つ。

 

 

 

 「それじゃあ、そのモンスターボールの資料はどうするのさ」

 

 「欲しいならあげるよ。私にとってはもう何の利用価値もないただの紙切れだから」

 

 「では、私にくれませんか?少し興味があります」

 

 

 

 カオルは何の躊躇もなく、アポロに資料を渡す。

 相変わらず、興味や利用価値がなくなればどんな物も人もポケモンも捨ててしまう人だ。とアポロは思いながら、渡されたモンスターボールの資料を確認する。

 どうやら本物であるらしい。

 アポロはカオルに礼を言って、ファイルに挟む。

 

 

 

 「……残りのヤマブキ制圧を部下に任せていると言っていたが、その部下はできるのか、カオル」

 

 「ご安心ください、ボス。今の彼なら出来ます」

 

 

 

 ロケット団首領、サカキが投げかけた問いにカオルはそう答える。

 サカキと出会ってロケット団に入って以来、組織で一番低い年齢の為か何かと気にかけてくれるので、何だかんだでロケット団の中では一番サカキを慕ってはいるが、別の世界の人間であった事はいまだに話してはいない。

 カオルに直接聞いては来ないが、サカキは時々何かを察しているような事があるので、薄々は何かを隠しているとは気づいているらしい。

 何かを隠している部下をロケット団幹部にする事を決断をしたのはどうしてなのかはわからないが、カオル自身から話してくれるのを待っているらしい事は何となく察する事はできた。

 カオルは一生話す気はないが。

 

 

 

 「なら制圧が終わり次第、報告しろ」

 

 「わかりました」

 

 

 

 サカキはそう言うと、幹部会議室に飾られている時計を見ながら時間だなと呟いた。

 この後予定があるサカキのその声で幹部会はお開きとなる。

 

 幹部会議室から出ていくサカキを見送った後、カオルはさっさと会議室から出ようと荷物をまとめる。

 だが、そんなカオルの動きがわかっていたかの様にアテナがカオルの肩を掴む。

 

 

 

 「カオル、ちょっと聞きたいことあるんだけど、」

 

 「この後、予定があるから」

 

 「おかしいね。あんたの部下の一人にあんたの予定を聞いたんだが、この後ポケモンの調整だけだろ。少しの時間話をするのに問題ないだろう?」

 

 

 

 その部下、後でしめる。

 

 

 

 カオルは心の中でそう決意してから、わかりやすくため息をつき、アテナに向き直って話を聞く体制になる。

 アテナはにやりと笑い、アポロはやれやれ、と言う様なしぐさをした後、二人の横を通って会議室を出て行った。

 

 

 

 「あんた、何時になったら幹部服着るんだい?」

 

 「私は黒い服の方が好きだし、似合うからね」

 

 「確かにねえ、あんたに白は似合わないねえ。チビだし」

 

 

 

 にやにやと言う効果音が付きそうな笑顔を浮かべながら言うアテナにカオルは心中で顔を歪める。

 カオルがアテナを苦手としているのはこれである。

 アテナが優秀である処は認めるのだが、何かとカオルを子ども扱いしてからかってくるのだ。

 他の人達は、カオルを見た目以上の年上として扱っているが、アテナはカオルに今の現実を突きつけているようでたまったものではない。

 

 しかも、今の見た目年齢を考えれば仕方ないのかもしれないが、本来ならばアテナの年齢とそう変わらない。

 

 

 

 「世の中には第二次成長期というものがあるんだよ。覚えておき給え」

 

 「まあねえ、将来成長できたらいい男になるだろうから頑張りなよ」

 

 

 

 表情を崩さない事を努力しながら、カオルは話は終わったと言わんばかりに歩き出す。

 が、アテナはカオルの後をついてくる。

 

 うんざりしつつも、カオルは無言で空けておく様に部下に命令しておいたバトルフィールドに向かう。

 その様子にアテナはカオルがついてくる理由を聞く気がないとわかったのか、話しかけてくる。

 

 

 

 「さっきの報告で研究員の女の子供を利用したって言っていただろう。その子供、どうなったんだい?」

 

 

 

 カオルは、足を止めてアテナに向き直る。

 アテナの表情は真剣だった。

 

 

 

 本命はこっちか。

 

 

 

 そう確信したカオルは、心の中で呆れてしまった。

 首領もアポロもそんな事気にしないし、カオル自身も興味もない。

 何故なら犯罪組織であるロケット団にとっては一人の子供の最後など取るに足らない事であるからである。

 

 だが、アテナは気にしてしまう。

 その甘さが、もはやカオルには無いもので、同じ犯罪組織に属しているのにそれを持つアテナが少しだけ羨ましかった。

 

 

 

 「残り半分も足がつかないように払ったよ」

 

 「本当かい」

 

 「くどいね。私は一度約束した事は違えない」

 

 

 

 ならいいよ、と言ってアテナはあっさり帰った。

 無駄な時間をとったと思いながら、カオルは心の中でその金がその研究員の娘に使われるかどうかわからないけど、と付け足した。

 研究員の女性には兄がいてその男はかなり金遣いが荒かったと記憶している。

 もし、その男が後継人になるのなら、研究員の娘に使われることなく、豪遊に使うだろう。

 

 それだとカオルとしても面白くないので、細工はしたが果たしてそれが吉と出るかはわからない。

 カオルもそこまで面倒を見る気はないからだ。

 

 

 

 バトルフィールドにきたカオルは()()()モンスターボールからポケモンを放った。

 ポケモンゲームの中で組んでいたパーティーをカントー地方と隣接するジョウト地方のポケモンのみで再現するのには苦労したが、納得がいく出来にはなっていた。

 だが、ここではポケモンバトルでポケモンと息があった動きができなければならない。

 ターン戦では無いし、相手も自分が判断を下すまで待ってはくれない。

 

 

 

 「訓練を開始するよ」

 

 

 

 カオルは、冷たく自分のポケモン達に告げた。

 

 

 



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エスパー少女と彼

活動報告の方に書いていましたが、仕事の都合で書けませんでした。
やっと、ひと段落したので投稿を再開します。


 

 

 

 不覚だわ。

 

 

 

 黒髪ロングのアジアンテイストな赤い服を着た十代後半位の少女は唇を噛み締めながらそう思った。

 カントー地方最大のマフィアであるロケット団がヤマブキシティを襲ったのは、少女の記憶が正しければおよそ一週間前。

 少女はヤマブキシティのジムリーダーの務めを果たす為、一般人の避難誘導をしながらロケット団を追い払おうと戦った。

 だが、ロケット団は町の外へとつながるゲートを封鎖して誰も町の外へ出れないようにし、用意周到にも電話線を切ったり、妨害電波を流し外との連絡手段を断った後に襲ってきた様で、味方の統制も取れず、町中大混乱に陥ってしまった。

 

 幸い電気や水道等は止められていなかったので何とか、ポケモンセンターに籠城してポケモンを回復したり、ジョーイに手当てを受けて残っていたジュンサー達と抵抗したのだが、つい三日前に旅をしていた時から育てていた一番強いポケモン達を持っていたというのに、不覚にも敗北してしまった。

 

 黒い服を着た自分より年下の少年によって。

 

 

 

 そこから、ポケモンセンターが占拠されるのも早かった。

戦闘不能になったポケモン達を奪われ、連絡手段となる物、武器となる物等も奪われて一人必要最低限の生活が出来るであろう部屋に軟禁された少女、ナツメは悔しさでいっぱいだった。

 ヤマブキジムのジムリーダーでありながらロケット団と言う悪の組織にポケモンも奪われ、守るべきヤマブキシティも好き勝手にされている。

 

 そして、ナツメはロケット団のこの襲撃を予知できなかったのだ。

 

 今まで築き上げてきたエスパー少女並びにジムリーダーとしてのプライドが粉々に砕かれるのも無理はなかった。

 

 逃げようかと思ったが、この部屋には窓がない為、唯一の出入りができるところが扉一つなのだが、扉の外に見張りが最低二人以上いるようであったし、廊下を三十分毎に一人巡回がある。しかも、見張りの世間話を聞く限り、武装もしているようだ。

 長方形の換気口はあるのだが、小さなポケモンが通れるのがやっとの大きさだ。

 とてもナツメが通れそうな大きさではない。

 八方塞がりな状況で、時間ばかりが過ぎていく。

 

 

 

 カツカツ、と高そうな靴の音が見張りがいる扉の外の廊下から聞こえた。

 ナツメは時計を確認すると、まだ巡回の時間ではない事に気づき、怪訝な顔をする。

 未来予知をして予測しようとしても調子が悪いのか全くと言っていい程、未来のビジョンが見え無い。

 扉の外の見張りが少し動揺しているのか、声がひっくり返っている様に聞こえた。

 

 一体どうしたというのだろうかとナツメが思っていた時、ガチャ、と扉が開いた。

 ナツメが扉の方へ顔を向けると、そこには三日前にナツメを完膚なきまでに叩き潰した黒服を着た少年がいた。

 その時、ナツメは違和感を感じた。

 

 

 

 どうしてこの少年の未来のビジョンが見れないのだろうと。

 

 

 

 最初に会った時は速攻でポケモンバトルになった為、バトルに集中して見れなかったのかとも思ったが、直接会った人は必ずと言っていいほど何かしらの未来が見えるのだが、この少年からは何も見えなかったのだ。

 ナツメは得体のしれない少年に戸惑ったが、その考えを一端横に置き、少年を睨み付けたが、少年はさして気にしていないようであった。横にとぼけ顔が特徴的なピンクと白のボディにしっぽがヤドカリの様な貝がついているポケモン、ヤドランを連れて入ってきた少年は部屋にある椅子に座った。

 短い脚でのそのそと少年の横にヤドランが付いたタイミングで少年は口を開いた。

 

 

 

 「ヤマブキシティは制圧したよ。妙な事は考えないほうがいい」

 

 「……何のことかしら」

 

 「まあ、私の気のせいだという事にしておくよ。後、君のポケモンを部下がくすねようとしてね。嗚呼、安心し給え。君のポケモンは無事だ。その部下も“処分”したよ。私には必要のないものだから」

 

 

 

 ポケモンが盗まれていない事に安堵したが、ロケット団の一人である少年の言葉を信じてはならないと気づき、安心なんてできない、と言ったナツメに少年はそうだろうねと平然と言った事にナツメはさらに苛立つがぐッとこらえる。

 ナツメは何もできない今、少しでも情報がほしいのだ。それにより、この状況を打破できるかもしれないからである。

 この少年がロケット団の中で地位の高い人物であるという事は他のロケット団団員を見ていればわかる。故に、上手く聞き出そうとナツメは考えていた。

 

 

 

 一方、カオルは警戒しているナツメを見ながら、この状況に陥っても諦めないところはジムリーダーとして素晴らしい心がけだが、もはや詰んでいる状況であるという事には気づいていない様子に内心でジムリーダーとはこんなものかと冷ややかな目で見ながら思っていた。

 

 理解していないのであれば、理解させればいいと思い直し、ナツメにとってはある意味で最悪の選択をさせるために話を進める。

 

 

 

 「ナツメさん、取引をしよう。警察を利用してヤマブキシティからロケット団をうまく誘導して追い出してあげる」

 

 「な!?」

 

 「その代り、貴女が持っているであろう私が欲しい情報を渡してほしい」

 

 

 

 穏やかな表情で告げる少年にナツメは混乱した。

 それは少年にとってロケット団を裏切るに等しい行為であると思ったからだ。

 

 

 

 この少年は組織を裏切るというの?それほどその情報が欲しいのかしら。

 

 

 

 ナツメは使えると思った。

 少年が求めている情報が何かはわからないが、ヤマブキシティの人々とポケモン達を守れるならば、それを利用し、嘘の情報を伝えればいいと思ったその時だった。

 ナツメの足元に向かって蛇の様に蛇行しながら黄色い光が落ちた。

 

 少年の横にいるヤドランが突如、ナツメの足元に電磁波を放ったのだ。

 

 ナツメはぎょっとした顔でヤドランを見つめる。

 突然、電磁波を放たれたことももちろん驚いたが、タイミング的にまるで、

 

 

 

 「説明し忘れていたね。知っていると思うけど、ヤドランは水とエスパータイプ。エスパーポケモンは人の心を読んだりするだろう?特にこの子はヤドランの種族の中でも人の心に敏感な方でね。私に嘘をつく人には今の様に電磁波を放つんだ。だから、私に嘘をつかない方がいいよ」

 

 

 

 ナツメは最初、ヤドランを連れているのはこちらが暴れた時の為だと思っていたが、それだけではなくこの様に嘘をつかれているか否かを確かめる為でもあると今更ながら気づいた。

 これでは、ナツメの考えは筒抜けに等しい。

 

 ナツメが唇を噛み締めたところを見たカオルは甘い考えだと思った。

 カオルは先程、ヤドランを使わずともナツメの顔の変化で考えが手に取るように分かった。

 だが、あえてヤドランを使ったのはこちらが嘘を見抜いているという事を知らせ、かなわないという事を知らしめる為である。

 他にも言葉で少しずつねじ伏せる事は出来たが、それをしなかったのは単純にそこまでナツメに労力と時間を割きたくなかったのだ。

 カオルは対抗手段を思いつかれる前にナツメにたたみかける様に話す。

 

 

 

 「私はね、ボスにこのヤマブキシティの全権を任されているんだ」

 

 「!」

 

 「今更分かったのかな?私の言葉一つで()()()()()()()()()()()()()()()()。何ならここに誰かを連れてきて殺してあげようか」

 

 

 

 ナツメは言いようのない恐怖が足元から上へと昇ってくるような気がした。

 それは、ただ単に少年の言葉で自分の身の振り方を思ってではない。

 

 最初に少年に感じた違和感が再び、沸き上がる。

 得体のしれない未知の生物にでもあったかのようで、ただひたすらに恐ろしかった。

 そして気づく、拒否権の無い名ばかりの取引である事に。

 

 カオルは穏やか笑みを消して、無表情で話を続ける。

 

 

 

 「誰かを殺されたくなければ、話してくれないかい?貴女が知っているミュウツーの話を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カオルはナツメの元を去った後、ヤドランをモンスターボールに戻し、一時的に拠点としているシルフカンパニー社へと足を向けながら、ナツメから得たミュウツーの情報を整理する。

 殆どはカオルが元々知っている情報ばかりであったが、フジ老人がミュウツーの居場所を知っているようだという話は初めて知た事だった。

 ミュウツーを捕まえる場所を忘れてしまったが故にこの様な回りくどい事をしてしまっている自覚はあるが、自業自得である為、何とも言えない。

 

 フジ老人の事はミュウツーの生みの親として知っていたが、まさか居場所まで知っているとは思いもしなかった。

 ナツメの情報によるとシオンタウンに住んでいるらしい。

 

 

 

 「カオル様」

 

 

 

 カオルがシルフカンパニーに入ると、ランスが急いだ様子で駆け寄ってくる。

 周りをよく見ると、どことなく慌ただしく感じた。

 近寄ってきたランスにカオルは問いかける。

 

 

 

 「何かあったのかい?」

 

 「それが、本部が襲撃され、現在壊滅状態だという知らせが届いています」

 

 

 

 ランスからの報告にカオルはふと思い出した。

 主人公、レッドのロケット団本部襲撃事件だと。

 

 

 

 「ボスは無事かい?」

 

 「無事にお逃げになられたようです」

 

 「他の幹部と本部に残されていた資料や権利書は?」

 

 「アポロ様とアテナ様も逃げ切ったようです。資料や権利書は一部を除いて持ち出すことに成功しました」

 

 

 

 それならいいよ、とランスの言葉に返事をして、思ったよりも被害が出ていない事に安堵する。

 本部は今、警察が捜索に入っているようで近づくことすら難しいらしい。

 カオルはそんなんことよりもレッドの行き先が気になった。

 もしも、ヤマブキシティに向かう為に、シオンタウンに向かうのであれば、鉢合わせる可能性がある。そうなると絶対に邪魔をしてくるだろうという事は予測できた。

 カオルは明日にフジ老人に会いに行こうと思っていたが、今から行くことに決めた。

 

 ランスに適当に何人か下っ端を今すぐに集める事と、テレポートかヘリコプターを用意する様に指示すると、ランスはすぐさま動いてくれた。

 数十分で下っ端数名と貨物用の大型ヘリコプターを用意してくれた。

 カオルはランスにヤマブキシティを任せ、下っ端数名とヘリコプターに乗り込んだ。

 

 

 

 小さくなるヤマブキシティを見ながら、何かが急激に動くような気がした。

 

 

 




登場した我が家のかわいい子達パート2

ヤドラン

技構成
サイコキネシス / 大文字 / 冷凍ビーム / 電磁波

特性
再生力

性格
図太い

持ち物
ゴツゴツメット

解説
ごつめヤドランです。
格闘タイプ対策です。今の格闘ポケモンの中でも使用率が一番高いルカリオにも強いです。
ヤドランは特殊耐久もそこそこにはあるので、特殊ルカリオ相手にもある程度役割を持てます。具体的には電磁波を撒く程度。メガルカリオから素早さを奪えば、相当相手をしやすくなります。
またバシャーモにも強く、バシャーモガルーラのバトンタッチ構築に対して、バトンタッチのタイミングで電磁波を入れることにより、ガルーラに対してブラッキーが上からイカサマを入れることができるようになります。
 性格はアタッカーなら冷静or控えめの方がいいのと思いますが、私は防御面を強化したいので図太いに。

※今更ですが、赤い彼と黒い彼のあとがきで書いたゲンガーの技構成ですが、あれはメガゲンガーの技構成でした。済みません。
 正確にはシャドーボール/身代わり/金縛り/鬼火です。


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孤独なポケモンと彼 前編

遅くなって済みません。長すぎたんで切りました。


 

 

 

 フジ老人はロケット団に引っ張られるようにして歩きながら、どうしてこのような事になったのか考えていた。

 

 何時もの様に保護したポケモン達の世話を雇った従業員達と共にして、ポケモン達を庭に遊ばせ、自分達が休憩していた時だった。

 突然現れたロケット団に保護していたポケモンや働いている従業員を人質にされ、フジ老人はシオンタウンにあるポケモンタワーに無理矢理連れてこられていた。

 シルフスコープで出てきた野生ポケモンを見ながら、自分達の手持ちポケモンで撃退していくフジ老人を連れ去ったロケット団男女二人組の団員はフジ老人の両手を後ろで縛り、左右で並んで歩いている上に、前を歩かされている従業員とポケモンがいる為、逃げようともがけばロケット団男女二人組がモンスターボールから出している手持ちポケモンが従業員とポケモンにまとわりつき、攻撃しそうなそぶりを見せる為、逃げる隙が全く無く最上階まで来てしまった。

 

 最上階にいたのはRと書かれた特徴的な服を着た四人の下っ端であろうロケット団団員達と茶色交じりの黒髪黒目の黒い服を着た少年であった。

 

 フジ老人を連れていたロケット団二人組は少年に連れてきた事を報告しているのを見て、この少年がこの中で一番偉い地位にいる人物である事にフジ老人は驚いた。

 整った容姿をしているが、どこにでもいる好少年の様に見えた為だ。

 そして、老人としての勘であるが、何処か道にでも迷っているかの様な目にふと、同じ目をしたあるポケモンの姿が脳裏によぎった。

 

 

 

 「フジ老人ですね。手荒なお呼び立てをして申し訳ございません」

 

 

 

 穏やかな表情をして丁寧な物腰で話しかけてくる少年にフジ老人はこの少年が悪の組織であるロケット団に所属しているとはとても思えなかった。

 だが次の言葉で、その考えを改める。

 

 

 

 「早速ですが、そこにいる貴方の施設で働いている従業員と保護したポケモンを殺されたくなければ話してくれませんか。ミュウツーの居場所を」

 

 

 

 目が笑っていない微笑を見ながらフジ老人は少年の中にある大きな闇を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぴちょんとどこからか聞こえてくる水音を聞きながらカオルは懐中電灯を持ちながら洞窟の中を歩く。

 ハナダシティにあるゴールデンボールブリッジを渡り、波乗りで西へ回り込んだ先に位置している名無しの洞窟の最下層にミュウツーがいるという事をフジ老人から聞き出した後、部下達にポケモンタワーでフジ老人を見張りながら待機を言い渡すと、元々組織から借りていたテレポート用のポケモンを使い、ハナダシティに飛んだ。

 

 ジュンサー達かレッドが来るであろう場所に長く居座る必要は無い上に、部下達を残せば彼らの足止めになると踏んでの事であった。

 あの場にいた部下達はあまりロケット団の情報を持っていない捨て駒である為、カオルには彼らはどうでもいい存在だった。

 

 出てきた野生ポケモンは横にいるウサギのような耳に水色の肌に白色の斑点があるボディ、ギザギザなしっぽの先に丸い水色の玉が付いたポケモン、マリルリが相手をしていた。

 ヤマブキシティの時はブラッキーやゲンガー等で事足りてしまった為、マリルリの出番はなく、元々好戦的で力自慢なマリルリは久々に思う存分バトル出来る事にはしゃいでいるらしい。

 カオルが指示を出さずとも勝手に出てきた野生ポケモンの相手していた。

 だが、はしゃいでいようともカオルに敵意を持っている野生のポケモンにだけバトルを挑むあたり、むやみやたらと攻撃しているわけではないとわかり、カオルは注意をする事なく好きにさせている。

 

 レベルが高い野生ポケモン達ばかりで、これならレッドも来ることができないのではと考えたが、歴代主人公の中でも強運と底知れないバトルセンスを持つといわれる主人公レッドにその考えを否定する。

 レッド自身が来る力がなくともレッドを連れてくる誰かがいるかもしれないからだ。

 とにかく、最悪の事態を何通りか思いつき、その対応と方針をミュウツーに会う前に歩きながら固めていた時だった。

 マリルリがカオルに向かって鳴く。

 

 カオルが何だ、と問いかける様に視線をマリルリに向けると、マリルリは短い手を使い懸命に何かを指さしている様であった。カオルがその方向に視線を滑らせるとそこには長年の歳月でたまったのであろう地下水が湖の様に広がっていた。

 その地下水に近づき、懐中電灯を当てながら覗いてみると一定の場所から底が見えない程の深さである事がわかり、ため息をつく。

 カオルには水タイプを含むヤドランとマリルリがいるが、カオルを乗せて波乗りができる程の大きさではない。

 

 幸い、あたりを見渡して見ると、先程までは低い天井ばかりであった洞窟はここでは高く広い天井なので、カオルは空から行く事にした。

 カオルは腰からあるポケモンが入ったモンスターボールを取り、掌大にしてから中にいるポケモンを出す。

 モンスターボールの赤い閃光から出てきたポケモンは空中に上がり、滞空する。頭に赤と薄い黄色の長い羽があり、力強い大きな翼と鋭い爪を持った大きな鳥ポケモン、ピジョットは一声鳴き、カオルの元へと降り立った。

 

 マリルリをモンスターボールに戻し、ピジョットに肩を足で掴んでもらいながらカオル自身もピジョットの足を握り、飛んでもらう。

 この世界では波乗りや空を飛ぶの秘伝技は技として覚えていなくともポケモンの大きさや力次第で短い距離では出来る為、カオルは遠慮なく使っている。

 

 ピジョットは翼を大きく広げ、飛ぶ。飛びながらカオルはあたりを見渡し、ミュウツーを探した。

 名無しの洞窟にカオルが入ってからの時間経過からするともうすぐ最下層なのだが、一向にミュウツーがいる気配がない。

 ピジョットがズバットの群れをフェザーダンスで追い払いながらよけた時だった。

 

 

 

 前方から紫電が走る黒い球体、シャドーボールが()()()()飛んできた。

 

 

 

 ピジョットはいち早くシャドーボールに気づき、カオルが振り落とされない程の速度で回避する。

 カオルはピジョットの足を握り直し、シャドーボールが来た位置を確認しようとするが、すぐさま第二弾がやってくる。どれもがカオル自身を狙って打たれており、打っているポケモンがいかに人間に対してどれ程嫌悪感を持っているかがわかる。

 

 

 

 「ピジョット!追い風」

 

 

 

 カオルはシャドーボールをよけた隙にピジョットに指示を出す。

 ピジョットはカオルの指示に従い、大きな翼で追い風を繰り出し、強い強風がピジョットの背中を押してくれる。

 追い風の相乗効果で風に乗り、飛ぶスピードが上がるが、それでも正確にシャドーボールがカオルに向かう。

 カオルは舌打ちしながらこの状況を打破する方法を考える。

 ピジョットの攻撃技は物理技しかない為、カオルがピジョットと飛んでいるこの状況では使えない。

 カオルは振り落とされないように気を付けながら腰にあるモンスターボールからヤドランを繰り出した。

 ヤドランはモンスターボールから状況を見ていたのか、地下水に飛び込み、飛んできたシャドーボールをサイコキネシスで器用にも返した。

 

 シャドーボールは一気に岩陰へと向かっていくが、岩陰から何かが離れて回避した。

 土煙が上がり、煙を振り払うかのように飛び出してきたのは二足歩行の尻尾を有する人型に近いが、体色は白で四肢は細長い宇宙人じみたポケモン、ミュウツーであった。

 

 

 

 「ヤドラン、電磁波!」

 

 

 

 カオルが()()()()()()指示した。ヤドラがミュウツーへと電磁波を放つが、ミュウツーはよけてから瞑想を繰り出す。

 だが、ヤドランが放った電磁波は青白い光をまとった瞬間に急激に方向を変え、ミュウツーに当たった。

 内心でカオルはミュウツーに瞑想を積まれた事に苦い思いをしつつも、ヤドランに左手を上げた事により追加指示した電磁波をサイコキネシスで軌道を捻じ曲げ当てる事により麻痺状態にするのは成功したので結果的によかったとして、視線に入った地下水の中に島の様な岩肌が見える場所に降りる様にピジョットに指示する。

 ゆっくりと着地したカオルはヤドランをモンスターボールに戻し、ミュウツーに向き直る。

 追い風の風がなくなりつつある時、ミュウツーは空中で静止し、じっとカオルを見つめながら余裕の表れかしっぽを優雅に動かす。

 

 

 

 『ここに何の用だ、人間』

 

 

 

 頭の中に男性よりの声が響いた。

 テレパシーで話しかけてきたのだと思い、カオルはこのままポケモンバトルに突入すると思っていたので、少し意外に思いながらも、ミュウツーの言葉に答える為、口を開く。

 

 

 

 「もちろん、強い君を捕まえるためさ」

 

 『お前は今でも十分強いだろう。何より私はお前に従う気はない』

 

 

 

 カオルは表情に出てしまう程驚いた。

 カオル自身自分の事はまだまだだと思うところがあるのだが、ポケモン最強クラスの性能を誇るミュウツーに強いと称されるとは思いもしなかったのだ。

 そんなカオルの様子をよそにミュウツーは話を続けた。

 

 

 

 『私はここで人間と関わらずに静かに過ごしたいのだ。それを邪魔するのであれば容赦はしない』

 

 

 

 そういった瞬間にまたシャドーボールを繰り出してきた。

 カオルは必要最低限の動きで回避してからピジョットに追い風を指示する。

 再び追い風が洞窟内に吹き荒れ、ピジョットは効果によりスピードを上げた。

 

 

 

 「最速のとんぼ返りで戻って来た給え」

 

 

 

 トップスピードで放たれたとんぼ返りは麻痺状態になったにもかかわらず、ミュウツーは掠る程度でよけて直撃は無く、とんぼ返りの効果でピジョットはモンスターボールに戻っていく。

 その隙に再び瞑想を積まれ、カオルは即座にゲンガーを繰り出し、金縛りを指示して瞑想をしばらくの間封じる。

 そして、今までのお返しにシャドーボールを指示する。

 ミュウツーも対抗するようにシャドーボールを放ち、相殺した。

 

 シャドーボールの衝撃と煙があたりに立ち込め、互いの姿が見えなくなるが、カオルはゲンガーに鬼火で周りを照らすを指示しながら()()()()()()()()()()

 鬼火であたりが少し照らされたその瞬間、紫色の気泡のような球、サイコブレイクが黒い煙からゲンガーに突然襲い掛かった。

 ゲンガーは追い風の恩恵で通常よりも早く動きながらカオルの()()()()()()()()身代わりでその攻撃を回避し、シャドーボールを攻撃を放たれた煙の方向に放つ。

 煙の中からミュウツーの苦渋の声が聞こえ、緑色の光が見える。

 カオルはその光を見たことがあった。

 

 自己再生の光だ。

 

 

 

 「ゲンガー!金縛り」

 

 

 

 すかさず、金縛りで自己再生を封じ、一気にたたみかける様にシャドーボールを指示する。

 ゲンガーのシャドーボールは自己再生をしているミュウツーに当たり、ダメージを負わせたが、自己再生の恩恵により、ダメージは半分になってしまったらしく、まだ動ける様子であった。

 カオルは眉を寄せながら、思案する。長期戦になれば再び瞑想を積まれ不利になる。さすがにミュウツーに瞑想を三つ積まれたサイコブレイクはひとたまりもない。早期に決着をつける必要があった。

 

 

 

 「シャドーボール」

 

 

 

 両者の技が再び当たり、洞窟の中は黒く染まった。

 

 

 




出てきた我が家のかわいい子達パート3



マリルリ

技構成
じゃれつく/たきのぼり/ばかぢから/アクアジェット

特性
力持ち

性格
わんぱく

持ち物
突撃チョッキ

解説
フルアタマリルリです。特殊&耐久型が多いので攻撃アタッカーとして採用しました。まあ、この子も耐久型でもあるんですが。
高火力先制技による縛りと広範囲技+高火力+先制技によるタイマン性能があり、今の環境ではよく活躍してくれます。
この子はブラッキーというよりもメガフシギバナと相性がいいです。
耐性が7個と多目ですが耐久が特に高い訳ではないので無理な後だしは禁物です。



ピジョット

技構成
追い風/とんぼ返り/フェザーダンス/ブレイブバード

特性
鋭い目

性格
陽気

持ち物
気合のタスキ

解説
このパーティーでの先陣係。サポートタイプのピジョットです。
鈍足なヤドランを先制させるのが主な役割。
この子を入れるよりも、メガボーマンダやサンダー、同じポジションでウォーグルを入れたほうがいいかと思われます。
特性はどれでもいいのですが、私は鋭い目を採用しています。千鳥足は私的に使いづらいので。


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孤独なポケモンと彼 中編

原作に沿うようにしますが、オリジナル要素や独自解釈が多いので、タイトル下のあらすじを修正しました。


 

 

 

 ポケモンタワーにフジ老人達を助けに行ったレッドは下っ端ロケット団団員を蹴散らし、残りは最上階でフジ老人達を見張るロケット団だけとなった。

 ライバルであるグリーンと()()()の手助けもあり、以外にも早く片が付き、最上階へと足を進める。

 ポケモン達を確認するとやる気十分と言う感じで、一匹も戦闘不能になってはいないが、レッドは油断をせずに階段をのぼりながら、タマムシシティで起こった事を考えていた。

 

 タマムシシティのロケット団本部で会ったロケット団首領、サカキにシルフスコープを渡された時、去り際に、言われた言葉がレッドにとって印象深かった為だ。

 

 

 

 「お前と彼奴は意外と似ているのかもしれないな」

 

 

 

 そうサカキに言われた時、レッドは真っ先にお月見山で出会った黒服の自分とそう年も変わらない少年を思い出した。そして、即座に心の中で否定する。

 レッドはポケモンを道具と思ってなどないし、少年の様に平気で誰かが不幸になったり死んでもかまわないと言う様に悪事をしたりしない。むしろ、真っ先に悪事をする人を止めて捕まえる方だ。

 レッドの表情で思っていることが分かったのか、サカキは似ているさ、と続ける。

 

 

 

 「彼奴が()()()()()()()()()()()()、お前と彼奴はよき友になれたと思うんだがな」

 

 

 

 そう言って、サカキはレッドの返事も聞かずに逃げた。

 レッドはそれからというもの少年について考えるようになってしまった。

 少年がどういう経緯で悪の組織であるロケット団に入ったかはわからないが、今思い出してみると彼の連れていたブラッキーは懐き進化の為、信頼されていないと進化しないし、ピカチュウとのバトルでレベル差のせいでよく見れはしなかったが、バトルの動きで効率的に鍛え上げられている事は一目でわかる程であった。

 それは、ポケモンに愛情を持って接しなければできない程に。

 だからこそ、レッドは思う。

 

 

 

 どうして、彼はロケット団に入ったのだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲンガーは岩のでっぱりを器用に使いながらミュウツーのサイコブレイクを華麗に回避し、鬼火であたりを照らしながらミュウツーめがけてシャドーボールを繰り出す。

 カオルは弱くなりつつある追い風を見ながら金縛りの効果がなくなる時間はそう長くない事を悟った。

 追い風の効果でより早く動けるこちらに対し、ミュウツーは電磁波で麻痺状態になっているにもかかわらず、俊敏に動いている様子にカオルは思わず、素早さVじゃなよね、と考えてしまった。

 素早さがVであってもなくとも麻痺状態になってしまえば個体差はあるものの、確実に先制は取れる。

 ミュウツーが素早く動けるのはただ単に麻痺状態になっても効果が薄いだけなのだ。

 

 カオルはヤドランの電磁波で麻痺状態にするのではなく、ゲンガーの鬼火で火傷状態にするべきだった、と思った。

 火傷状態は下手をすると戦闘不能状態になってしまうが、今の状況だとそちらの方が有利にバトルを進める事が出来た。

 後悔しても後の祭りなので、カオルは切り替え、ミュウツーを見る。

 

 ミュウツーは自己再生を封じられてゲンガーのシャドーボールを何発か受け、体力的にはまだまだ余裕がありそうなそぶりだが、確実にダメージは蓄積しているようで、多少は息が上がっている様子であった。

 それでも、ゲットできる段階では無いとカオルは判断し、ゲンガーに指示を出す。

 

 

 

 「ゲンガー、シャドーボール」

 

 

 

 ミュウツーを()()()()()()()()()指示した事をゲンガーは忠実に行う。

 シャドーボールを打ちながらあたりを照らす為にばらまいていた鬼火を操作し、ミュウツーの行動を制限して、回避ルートを絞ったのだ。

 そして、回避ルート線上にシャドーボールが飛んでくる為、何発かミュウツーに当たった。

 危うく地下水に落ちそうな程ふらついているミュウツーにカオルは試しにハイパーボールを投げる。

 

 ハイパーボールは空に綺麗な弧を描き、ミュウツーの背中に当たり、赤い光で包み込みこんだ後、ボールの中に閉じ込めるが、地面に落ちる前にハイパーボールを突き破りミュウツーは出てくる。

 カオルはふらつきながらも戦う意欲あふれるミュウツーの目に舌打ちしたところで、追い風が止んだ。

 時間がない事を悟ったカオルは、ミュウツーがサイコブレイクを放ってきたのを見て、ゲンガーに指示を出す。

 

 

 

 「ゲンガー!身代わりでよけてから金縛り」

 

 

 

 ゲンガーは多少追い風の恩恵がなくなり素早さは落ちたが、それでも素早く身代わりをしてサイコブレイクを回避し、金縛りを仕掛ける。

 金縛りが無事ミュウツーに当たったのか、ミュウツーが続いて打とうとしていたサイコブレイクは形を保つ前に飛散してしまった。

 だが、ミュウツーは慌てず瞑想を繰り出す動作をした為、カオルは瞑想積みをさせない為ともうすぐ出来るようになる自己再生対策にゲンガーに怒涛の攻撃をするように指示した。

 

 ゲンガーはカオルの指示に従い、鬼火を出してミュウツーを追い詰めながらシャドーボールをミュウツーに着実に当たるよう調節する。

 鬼火とシャドーボールの猛攻にミュウツーもさすがに瞑想を中断し、シャドーボールで対応する。

 

 

 

 瞑想二積みのミュウツーのシャドーボールはゴーストであるゲンガーには相性的に一発で沈む可能性があるので、回避させるが、攻撃の手は緩めないように指示する。

 何故なら、身代わりで回避または金縛りで封じる動作をしようものならその隙にミュウツーは瞑想か自己再生をしてくる事が容易に想像できるからだ。

 それでは今までの意味が無くなるので、沈む可能性が高くともゲンガーの足で回避しながら攻撃を続けさせる。

 

 当たらなかったシャドーボールは洞窟のあちこちに当たり、土煙を上げるが、バトルが見えなくなる程ではなかった。

 ゲンガーはミュウツーのシャドーボールに掠りするが、直撃は無い。

 だが、掠った程度でもダメージはあるらしく、掠ったところの動きが鈍くなったりしているが、持ち物の黒いヘドロで少しずつ回復する。

 一方、ミュウツーは確実に疲弊してきている。

 回復技である自己再生が攻撃を受けずに安全に出来るタイミングが無い為である。

 自己再生を行うとどうしてもその間、その場にとどまり、回復に専念するので防御も回避もできなくなる。その為、その間に攻撃されやすいというデメリットがあるのだ。

 しかも、自己再生をしている時に受けたダメージは回復できない。

 だが、ミュウツーはなりふり構っている暇はないと判断したらしい。

 

 ゲンガーの攻撃の中、自己再生をし始めたのだ。

 

 その隙を逃す程、カオルは甘くはない。

 

 

 

 「ゲンガー、金縛りをしてからシャドーボール連弾!」

 

 

 

 ゲンガーは次の自己再生を封じてからシャドーボールを連続でミュウツーに当てる。

 ミュウツーは黒い煙に包まれ、見えなくなった為、一時攻撃を中断し、様子を窺う。

 カオルは鬼火を指示し、()()()()()()()()()()

 

 再度、鬼火の明かりを利用し、煙の中から攻撃してきたところを攻撃するためだ。ゲンガーは鬼火を出し、煙の中を照らそうとしたその時、煙の中からシャドーボールが()()()()()()()()()()()()

 まさかこちらに来ると予想していなかったカオルは驚き、足が動かない。

 ゲンガーはすぐさまカオルとシャドーボールの間に割って入り、身代わりで攻撃を防ぐが、その陰に隠れていたもう一つのシャドーボールまでは防げなかった。

 

 ミュウツーのシャドーボールは運悪くゲンガーの急所に当たり、ゲンガーは吹っ飛んだ。

 カオルは急いでモンスターボールにゲンガーを戻し、ボールの中を確認すると、案の定ゲンガーは目を回し、戦闘不能状態だった。

 唇を噛み締めながら、カオルはすぐさま次のポケモンを繰り出す為、ゲンガーを腰のボールホルダーに戻し、他のモンスターボールに手をかける。

 

 

 

 ゲンガーがばらまいていた鬼火に照らされながら、カオルは相性的にはブラッキーが有利だが、即座に却下する。

 ミュウツーの今までの戦闘を見ると中距離から長距離型の戦闘タイプ。つまり、典型的な特殊タイプだ。

 どくどくで削りながら物理で攻撃する接近戦タイプのブラッキーで接近戦に持ち込めばバトルを有利に進めるかもしれないが、生憎とフィールドが悪かった。

 地下水が広がり、水面が多いこの地形では、水タイプ以外のポケモンでポケモンバトルを行う場合、ミュウツーの様に浮かんだり、ゲンガーのような特性ふゆうを使って岩に足をつけ、飛びながら空中戦闘ができない限り自由に動く事ができない。

 それ故に、ブラッキーはこのバトルはカオルが選択する手持ちの中で腐っている。

 殆ど同じ理由でマリルリもそうだ。

 マリルリもブラッキーと同じで物理で殴る接近戦タイプで水のフィールドに強いのだが幾つか対策があるとはいえ、ミュウツーに空中戦を仕掛けられたら苦戦する事は間違いない。

 だからと言って、サポートタイプであるピジョットをバトルに戦闘要員として出すのは火力不足。

 六匹目は論外である。

 

 そうすると、必然的に一匹のポケモンになる。

 

 

 

 「ヤドラン、大文字」

 

 

 

 カオルはモンスターボールからヤドランを繰り出した後、()()()()()ながら指示した。

 ヤドランは地下水に着水し、黒い煙の中に潜んでいるであろうミュウツーに黒い煙ごと焼き払うという豪快な攻撃を行う。

 ミュウツーはその攻撃の範囲外に逃げ切れなかったらしく、大文字をくらう。

 すると、青白い光を纏い、大文字は形を変え、ミュウツーに渦の様にまとわりつき、疑似的な炎の渦になる。

 ヤドランがカオルの左手の指示に従い、サイコキネシスで大文字を操った為である。

 ミュウツーが疑似的な炎の渦から逃げ出そうともがいている間にカオルはヤドランに水面を冷凍ビームで凍らせる様に指示する。

 水面は案の定、氷となり、電磁波でヤドランに砕かせた。

 ミュウツーが疑似的な炎の渦から出てこれた時には地下水には無数の氷が漂流しており、地下の気温をさらに下げる要因となっていたが、カオルの狙いはそこでは無い。

 

 

 

 「ヤドラン、サイコキネシスで氷をミュウツーへ当て給え」

 

 

 

 ヤドランはサイコキネシスの青白い光を氷にまとわせ、疑似的な炎の渦から出てきたばかりのミュウツーめがけて投げつける。

 ミュウツーは回避しながら、回避できないものはシャドーボールで撃ち落とそうとするが、数発撃ったところで、シャドーボールが形を保てなくなり、飛散する。

 

 

 

 PPが切れたのだ。

 

 

 

 ゲンガーに封じられたサイコブレイクはまだできないのか回避に徹するミュウツーの様子にカオルはヤドランにたたみかける様に指示する。

 ヤドランは細かく小さな氷の粒も利用し、巧みにミュウツーの体力を減らしていき、ついにミュウツーを洞窟の壁に叩きつけた。

 ミュウツーが苦渋の表情を浮かべたのを確認したカオルはハイパーボールを投げつける。

 ハイパーボールはミュウツーの額に当たり、赤い光で包み込んだ後、ボールの中に入れた。

 

 ボールは岩場に落ちて、一回、二回と揺れ、三回目の揺れが終わり、カオルもゲットを確信した時だった。

 

 

 

 「ハクリュウ!ドラゴンテール」

 

 

 

 突然、第三者の低い大人の声が響き、カオルがその方向に顔を向けた時だった。

 水面から全体的に青く、腹部が白くなっていて体は細長く、四肢に当たる部分は無いポケモン、ハクリュウが出てきてハイパーボールへとドラゴンテールを仕掛ける。

 ドラゴンテールは寸分の狂いもなく、ハイパーボールに当たり、破壊された。

 すると、ボールの中からミュウツーがフラフラの状態だが脱出し、自己再生を始めた。

 カオルは焦りながらも、ミュウツーを守るようにヤドランの前に立ちふさがるハクリュウに攻撃するように指示を出す。

 

 

 

 「ヤドラン、冷凍ビーム!」

 

 「ハクリュウ、竜の舞でひきつけてからドラゴンテール!」

 

 

 

 ヤドランの冷凍ビームは正確にハクリュウに迫るが、地下水に漂流する氷を上手く利用し、竜の舞でよけながら移動し、ヤドランにドラゴンテールを叩き込んだ。

 ドラゴンテールの効果でヤドランはモンスターボールに戻ってしまい、その間にミュウツーも自己再生が完了したらしく多少ダメージが残っていそうだが、動けるようであった。

 カオルは邪魔をされた事に憤りを感じながらも、穏やかな表情を保ちながらハクリュウに指示をしたトレーナーの元へと視線を走らせる。

 

 そこにはカメックスの背に乗ったレッドとツンツンの茶髪をした主人公のライバル少年、グリーン。そして、頭には2本の触角と背中には翼を生え、山吹色のボディを持ったポケモン、カイリューの背に乗り、空中で滞空している一人の青年。

 

 

 

 「まさか、こんなところで会う事になろうとは思って無かったよ。四天王にして現最年少チャンピオン、ワタルさん?」

 

 「俺としては会いたくはなかったがな」

 

 

 緋色の髪をオールバックに近い髪型をし、マントを着た青年、ワタルはカオルの言葉にそう答えた。

 

 

 




ワタルさんが出るはずではなかったんですが、いつの間にか出てきてました。
あれ~?


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孤独なポケモンと彼 後編

 

 

 

 カオルはミュウツーに会う前に考えていた考えられる一番の最悪の事態、ワタルが来た時点で逃走を視野に入れ始めていた。

 ワタルは最年少でカントー地方チャンピオンになってから十年以上その座を守り続けている正真正銘の化け物である。

 まだ、目的であるミュウツーのゲットが出来ては無いが、この状況だと確実にワタルはミュウツーゲットに邪魔をしてくるだろうし(と言うか、もうされた)、ポケモンバトルになればカオルVSミュウツーVSワタル達の三つ巴になる事が予想できる。

 そうなった場合、一番不利なのがカオルだ。

 ミュウツーなら麻痺状態で何時も通りの動きを制限できている為、鈍足なヤドランでも対抗できるが、ワタルのポケモンは何の状態異常にもなっていないし、何より対抗は多少はできるが、ヤドランが苦手とするスピード勝負に持ち込まれる可能性がある。

 そうなれば、フィールドの地形と制空権の有利、スピード勝負の有利性が圧倒的にワタルの方が高いので、カオルが負ける可能性が大いにある。

 

 せめて、フィールドの地形がカオルの手持ち達の有利なものであったなら話は違っていたのだが、仕方がなかった。

 

 どのようにここから逃げ出すか考えをまとめていると、カオルはふと、思った。

 

 

 

 どうしてワタルがここにいる。

 

 

 

 ワタルがここにいるという事はシオンタウンのポケモンタワーからレッド達と共にいた可能性が高い。

 だが、チャンピョンであるワタルが何故、シオンタウンにいるのかがわからない。

 ワタルのポケモンが死んで、ポケモンタワーに埋葬されていたら話は別だが、カオルは数か月前に念のためポケモンリーグにハッキングを仕掛け、四天王とチャンピョンのワタルの情報を引き抜き、目を通していたのだが、そのような事実は一切ない。

 仮にレッド達のポケモンバトルの才能に興味を持ち、同行しているのだとしても、ワタルは一度その行動でマスコミがはやし立て、才能が潰れてしまったトレーナーがいる。それ以来、才能あるものは遠くからそっと成長を見守っていたワタルがまたマスコミが食いつくようなネタをふりまくだろうか。

 たまたまワタルがシオンタウンにいて、たまたまポケモンタワーの異変に気付いて、たまたまレッド達と出会い、行動しているのは偶然であるはずがない。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 カオルは脳裏にある人がよぎった瞬間、ある事に気づき、内心で苦い思いをする。

 そう考えると、あの人しか思いつかなかった。

 

 カオルが考え、仕組んだ人に心当たりが浮かんだ間も周りはどんどん状況が進んでいく。

 ワタルは世間話でもするような口ぶりで話しかけてきた。

 

 

 

 「まさか、君みたいな優しそうな少年が噂のロケット団最年少幹部だとは。世の中、何があるかわかったもんじゃないな」

 

 「……少年だからと言って舐めないで欲しいね。これでも貴方と並ぶ程は強いつもりさ」

 

 「ほう、悪人が随分と粋がっているな」

 

 

 

 思考を打ち切り、ワタルの言葉を聞いたカオルはついイラッとしてしまい、子供っぽい反論をしてしまった。先程ミュウツーゲットを邪魔された事が相当自分の頭にきているらしい事を感じる。

 ワタルのわざとらしい芝居がかかった言葉と動作に惑わされてしまわないように一端落ち着く為、悟られないように深呼吸をする。

 腰のモンスターボールが、私達を出せ。とでもいう様にガタガタッと揺れて主張している。

 だが、カオルはそれを無視してワタルに顔を向けた時だった。

 

 

 

 『成程、お前の()()()がそこにいる人間と比べて分かったぞ』

 

 

 

 ミュウツーがそう言って、カオルに話しかける。

 カオルはこのタイミングで話しかけてきた意図が分からず、思わず怪訝な表情でワタルからミュウツーへと顔を向ける。

 そして、次にミュウツーが口にした言葉はカオルにとって禁句にも等しい言葉だった。

 

 

 

 『お前、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、カオルは完全に切れた。

 すぐさまモンスターボールからピジョットを出し、指示する。

 

 

 

 「ピジョット!ブレイブバードッ!」

 

 

 

 ピジョットは主人であるカオルの怒りに反応し、ミュウツーを睨み付けから一瞬でトップスピードになり、ミュウツーにブレイブバードを当てた。

 とっさの事であった上に、麻痺状態が災いし、ミュウツーは対応しきれず、もろに受けてしまう。

 大きな岩壁にピッジョットと共に突っ込んだミュウツーは顔を歪めるが、ピジョットを吹き飛ばし、カオルにサイコショックを向ける。

 カオルはピジョットの位置からピジョットが間に割ってはいる事は無理であると判断し、横に避けようとしたが、緋色のボディでしっかりとした手足と翼、牙や尻尾を持ち、頭に2本角があるポケモン、リザードンが間に割って入り、火炎放射でサイコショックを相殺する。

 

 カオルはサイコショックと火炎放射が激突する事により出た煙の隙間からカメックスの上に乗っているレッドに視線を向けた。

 レッドは真っ直ぐな目でこちらを見て、カオルが無事である事を確認し、安堵した様子を見せた後、グリーンと言い争っていた。

 大方、カオルを何故助けたのか口論しているのだろう。

 カオルは多少怒りが冷めたので、ミュウツーが攻撃してこない内に近くに降りてきたピジョットの状態を確認する。

 ブレイブバードの影響で多少ダメージを負っているが、大した様子ではなく、視線でまだいけるか問いかけたら、元気よく鳴いた。

 

 

 

 『随分、過激な事だな』

 

 「そっちこそ、また話しかけてきたと思ったらそんな事を言わないでくれるかい?不愉快だから」

 

 

 

 カオルは表情を取り繕うともせず、氷のような冷たい目で言った。

 視界の隅でグリーンが肩を震わしたのが見えたが、カオルは配慮する程余裕はない。

 ワタルが危険を感じたのか、自身を乗せたカイリューを自然な動作でグリーンとレッドをミュウツーとカオルから守るように背にかばった。

 一発触発な空気にレッドのリザードンは警戒しつつ、主人であるレッドの近くに滞空した。

 緊張が高まる中、レッドが遠慮気味に話に入る。

 

 

 

 「ちょっと質問だけど、世界から切り離された者って何?」

 

 「レッド君、」

 

 「君、少し空気読んでくれないかい?それとも自殺願望者?そうでないなら黙ってい給え」

 

 

 

 たしなめるようにワタルがレッドの名前を呼ぶが、カオルはすぐさま捲し立てる様に早口でレッドの言葉をバッサリ切った。

 レッドは少し怯んだ様だが、それでも言葉を続ける。

 

 

 

 「あんたにとっては指摘されたく無い事でも知らない俺達からすれば何の事かさっぱりで、知りたいと思うのは当然じゃないのか」

 

 「好奇心はニャースも殺すって言うことわざ知ってるかい」

 

 『そのままの意味だ』

 

 「はぁ?」

 

 

 

 レッドの横にいたグリーンはレッドの質問に答えたミュウツーの言葉の意味が分からず、思わずそう言ってしまい、カオル以外の全員の注目を集めた事に気づき、目を泳がせる。

 カオルはミュウツーを視線で殺せるのではないかと思われる程にミュウツーを睨んでいた。

 ミュウツーはそんなカオルの様子を気にする事無く、続ける。

 

 

 

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ミュウツーが言い終った瞬間、カオルは“ピジョットとは違うモンスターボール”を手に持ちながら、ブレイブバードをピジョットに指示する。

 ピジョットはミュウツーめがけて飛ぶが、ミュウツーも想定済みだったらしく軽々とよける。

 ピジョットは危うく岩に当たりそうになりながらも体を急上昇し、体制を整え、再度ミュウツーにブレイブバードを仕掛けようとするが、ハクリュウがピジョットの前に躍り出て、ドラゴンテールを当てようとしてくる。

 カオルは“ポケモンが出た後のモンスターボール”を手の中で遊びながらフェザーダンスでドラゴンテールをよける様に指示する。

 

 ピジョットはブレイブバードの為に上げていた速度を若干落とし、ハクリュウのドラゴンテールをよけながらフェザーダンスでハクリュウの攻撃を二段階下げ、一端ハクリュウから旋回し距離をとる。

 ワタルはハクリュウにも距離を置くように指示した時だった。

 

 

 

 「ヤドラン、サイコキネシス」

 

 

 

 水面からヤドランが出てきて、あたりに漂う氷をサイコキネシスで操り、ミュウツーやハクリュウ、ワタル達に向けて投げた。

 ミュウツーはサイコブレイクで破壊しながらよけ、レッドやグリーンはリザードンの火炎放射とカメックスの水鉄砲で撃ち落とし、ワタルはハクリュウとカイリューに避ける様に指示した。

 多少、被弾した為、無事ではなかったが大したダメージではなかった。

 

 ワタルは破壊光線を指示しようとしたが、視線の先にはカオルはもう何処にもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カオルはヤドランとピジョットをモンスターボールに収めた後、組織から借りていたテレポート用のポケモンでヤマブキシティの一時的に拠点にしているシルフカンパニー社に帰ってきていた。ポケモン回復用のマシーンでポケモンを回復させ、シルフカンパニー社長に会っているというロケット団首領に会う為、シルフカンパニー社長との話し合いが終わるまで扉の外で待っていた。

 普段から穏やかな表情を保っているカオルの表情は近年希に見る不機嫌な表情をしていた。

 佇まいもどこか不機嫌を感じさせる。

 その表情を見た通りすがりの下っ端は真っ青で速足でその場を過ぎ去る程で、見張りとして扉の前に立っているロケット団下っ端はカオルの威圧に心の中で涙目になりながら、必死に耐えていた。

 

 やがて、扉から出てきたロケット団首領であるサカキは扉の外で待っていたカオルに視線を送り、何か用かとその場で尋ねる。

 

 

 

 分かっているくせに。

 

 

 

 カオルは怒鳴りたくなる気持ちを抑え、話が話なので近くの部屋に入って話すことを提案し、サカキと共に違う小部屋に入り、立ちながら用件を切り出した。

 

 

 

 「レッド達に私の邪魔をさせたのはボスですね」

 

 「さて、何の事やら」

 

 

 

 席に座り、そう惚けたサカキにカオルは机に手を思いっきり叩き、サカキを睨み付ける。

 サカキはカオルの普段とは違う様子に内心で驚きながらも、表情を崩さずにやれやれ、とでもいう様に首を横に振りながらカオルに答えた。

 

 

 

 「あのガキにゴーストポケモンが見えるようにシルフスコープを与えたのは私だが、お前の邪魔をした覚えはない」

 

 「誤魔化さないでください。私がミュウツーを捕まえる事を良しとしていなかったのはボスではありませんか。第一、可笑しいと思ってたんですよ。ヤマブキシティごとシルフカンパニーを乗っ取る話になった時、今まで隠密行動を良しとしてきたのに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 そう、実は最初はマスターボール目当てだったので、カオルはシルフカンパニー社だけ警察やジムリーダーに悟られずに乗っ取るつもりだったが、ボスがヤマブキシティも乗っ取れと言ってきたのだ。

 さすがにカオルは今までの隠密起動を上げ、反論したが、説き伏せられてしまったので、この事を逆に利用し、ヤマブキシティのジムリーダーであるナツメからミュウツーの話を聞き出し、ミュウツーを捕まえる事を企てた。

 だか、よく考えてみればボスがヤマブキシティ乗っ取りの指示のタイミングが絶妙すぎる。

 ヤマブキシティを乗っ取るなら何故、最初から言わなかったのか。それは、

 

 

 

 「ヤマブキシティ制圧を命じる前に私の部下であるランスを自分側に引き込み、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「何だ、しゃべったのか」

 

 「いいえ、ランスは何も。ですが、私がジムリーダーに会いに行っていたのを知っていたのはランスだけでしたし、何よりロケット団本部が襲撃、壊滅状態になったという非常事態のなのに私のポケナビにかけてこなかった上にシルフカンパニー社で私が帰ってくるのを悠長に待つという行動をされればさすがに疑います。大方、貴方が少しでもレッドが追いつく時間を稼ぐために報告しないように指示したのでしょう?」

 

 

 

 つまり、事の全貌はこうだ。

 首領は元々ミュウツーの居場所を知っていた上に、何らかの理由で放置していたが、カオルが捕まえたがっているのを知り、カオルにやめるように言ったが、カオルは聞く耳を持たなかった。

 故に、ゲットの邪魔をする事にしたのだ。

 

 まず、カオルの部下であるランスを引き込んだ首領はカオルの行動を随時報告するように命令し、カオルの行動が筒抜けの状態になってからカオルにヤマブキシティ制圧を命じる。

 カオルが反対してくるのも予測済みで説き伏せ、逆にこの命令をミュウツーゲットに利用してくるように仕向ける。

 そして、ヤマブキシティ制圧後にジムリーダーに会いに行ったカオルの行動をランスが知らせ、ジムリーダーつながりでミュウツーの事をナツメがどれ程知っているか理解していたサカキはカオルがフジ老人の元へ行くであろう事とポケモンタワーに籠城する事を予測し、予定を変更し、丁度ロケット団本部を襲撃していたレッドにシルフスコープを渡し、フジ老人を助け出させ、カオルの邪魔をするように仕向けたのだ。

 本来カオルを邪魔させる予定だったワタルを保険としてひっつけさせて。

 

 サカキのたくらみは見事成功し、カオルはミュウツーをゲットしそこなった。

 だからこそ、カオルは許せないのだ。

 

 

 

 「ボス、私は貴方を尊敬してますし、守りたいとも思います。ですが、今回の事は到底貴方を許す事は出来ません。……何故、こんな事をしたんです?」

 

 

 

 カオルは珍しくも本心を語り、サカキに問いかける。

 その答え次第では腰にあるモンスターボールに手を伸ばす事もするだろう。

 サカキもそれを感じ取ったのか、神妙な顔で口を開く。

 

 

 

 「お前はあのポケモンを扱う事が出来ると思っているのか」

 

 「当然です。少々じゃじゃ馬ですが、私なら扱いきれます」

 

 

 

 質問に質問で返されたが、カオルは気にした様子も無くサカキの問いに断言した。

 サカキはそのカオルの様子にわかっていないな、と言いたげに首を振る。

 サカキの様子にカオルは眉を寄せながらも黙って次の返答を待つ。

 カオルにとって残酷な言葉だと理解しながらも、サカキはカオルを納得させる為に言葉を放った。

 

 

 

 「確かにお前は強い、ミュウツーを扱いきれる程に。だが、私にはそれが脆く見える」

 

 

 

 カオルはそのサカキの言葉に思考が真っ白になり、硬直した。

 サカキは言い終わると、話は終わったと言わんばかりに席を立ち、小部屋から出て行った。

 

 カオルはサカキが去った後、ダンッ、と血が滲む程強く握りしめた拳を力強く机に振り落とした。

 

 

 

 「……そんなの、私が一番よく知ってますよ」

 

 

 

 カオルのぽつり、と呟いた声は小さな部屋によく響いた。

 

 

 



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もう一人の部下と彼

 

 

 

 

 

 

 「あのさ、幾つか聞いていいか?」

 

 

 

 ミュウツーは助けられた形になったとは言え、やはり、人間を信用する事は出来ないらしく、攻撃はしてこないが警戒され、レッド達は十メートル以内には近づけなかった。

 それでもレッドは麻痺状態のミュウツーを放っておくことが出来ず、近くの岩に居座り、ピカチュウを使ってクラボの実を届けた。

 岩とカオルのヤドランが作り出した流氷を足場に使い、近づいてきたピカチュウにミュウツーは最初は受け取らなかったが、ピカチュウの説得とレッドが“受け取って食べるまで帰らない”と言って一時間以上も睨み合った結果、ミュウツーがレッドが折れないと理解し、渋々クラボの実をピカチュウから受け取り、食べて飲み込んだ後にレッドはミュウツーにそう話しかけた。

 

 ミュウツーはさっさと帰れ、と言わんばかりにレッドを睨み付けており、グリーンはレッドの行動に内心頭を抱えながら、ミュウツーがレッドに攻撃してきた場合を想定してカメックスに甲羅の上から警戒するように言った。

 カメックスは何気ない動きで二つのロケット砲をミュウツーに向け、何時でも攻撃できるようにしていた。

 勿論、ミュウツーはその動きに気づいていたが、相手にならないので無視する。

 むしろ、大きな岩に背を預け、横からすり寄るハクリュウを撫でながらこちらを自然な仕草で警戒し、苦笑しているワタルの方が厄介である。

 無言のミュウツーに勝手に続けていいと取ったレッドはそのまま言葉を続ける。

 

 

 

 「さっきのロケット団の少年だけどさ、違う世界から来たってそんな事があるのか?」

 

 『……私も“あれ”から聞いた話で、詳しくは知らんが普段は平行に並んで交わる事のない世界同士が百年に一度の周期でぶつかる事があるらしい。その現象でごく希にその世界にあったものがこちらに迷い込んでくる。おそらく奴はそれだろう』

 

 

 

 ミュウツーは警戒している自分が馬鹿らしくなり、もうどうにでもなれと言わんばかりにレッドの質問に投げやりに答える。

 その際、脳裏に聞いても無いのにこの話をしたいたずら好きなピンクのエスパーポケモンがよぎり、苦々しい表情をした。レッドはその話を心にとどめながら少年の事を考える。

 

 ミュウツーの話が本当であれば、ミュウツーに怒り、ポケモンに攻撃を指示した少年の行動にも納得がいく。少年にとってそれは何よりも言われたくない事だったのだろう。

 だが、疑問も残る。

 

 

 

 「その話をアイツにした時、すげー怒ってたけどさ、俺には何でそこまで怒るのか理解できねえな」

 

 

 

 グリーンが頭を掻きながら、レッドとミュウツーの話に加わる。

 グリーンもミュウツーとレッドの会話を見ているとレッドがミュウツーを警戒していない代わりに自分が警戒している事が馬鹿らしくなってきた為である。

 レッドは同じ疑問を持っていた為、グリーンの話に同意するように頷いた。

 

 

 

 「俺は何となく理解できるな」

 

 「わかるんですか、ワタルさん」

 

 「彼が違う世界から来たと言うのが本当ならこの世界は彼にとって全てが未知で溢れていたんだろう。全てが知らない場所、知らない人、知らない物で彼自身かなり戸惑ったんだと思うし、どう生きていけばいいのかさえ、分からなかったと思う。何より、俺もそんな話初めて聞いたからな、誰も信じなかった可能性が高い。そんな辛い時間を過ごしたからこそ、指摘されるのは嫌だったんだろう」

 

 

 

 まあ、あくまでも予想だが。と言ったワタルの言葉にミュウツーはそうだ、とその言葉に頷いた。

 そこまで聞いて、レッドは少年がロケット団に入った理由が何となくだが予想が付き始めた。

 

 少年は帰る場所がなかったのだ。

 

 この世界にいつの間にか迷い込んで、誰にも信じられず、何処にも自分の居場所がない。自分とそう年が変わらなさそうな彼のそんな環境下にもし自分がなったら善悪の正常な判断が出来るだろうか。

 レッドは出来ると断言できなかった。

 自分は何時でも故郷に帰れるし、家族である母に会える。今まで出会った人達やオーキド博士、レッドについてきてくれた手持ちのポケモン達、そして、むかつくがグリーンもいてくれる。

 それが全て突然会えなくなるし、帰れなくなるのだ。

 とてもじゃないが何時もの様に振る舞う事が出来そうにない。

 

 

 

 『奴にとってこの世界は地獄だ。この世界の人間は奴にとって()()()()()であり、決して同じではない上に奴がこの世界に来る前を知る者は誰もいないのだからな』

 

 

 

 そして、少年のその心に付け込んでロケット団が仲間に引きずり込んだのだとレッドは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カオルはシルフカンパニー社の小部屋から出た後、ここでの仮の執務室へと帰ってから、部屋にあったソファに横になり、顔を手で覆う。

 センチメンタルになっている自覚はあるが、カオル自身ではどうにもできなかった。

 

 突然、モンスターボール特有の赤い光がでて、黒いポケモンが出てくる。

 勝手に出て来たブラッキーはカオルの胸の上に飛び乗り、伏せの状態でカオルの様子を窺いながら心配そうに鳴いた。

 カオルは何時も勝手に出てくるブラッキーにイラつき、振り払う。

 ブラッキーは振り払われながらも軽やかに床に着地し、カオルを心配そうに見てくる。

 カオルはそんなブラッキーの様子に複雑な思いを抱く。

 その思いが具体的にどんな物なのかわからないが、少しだけ罪悪感があった。

 

 

 

 コンコンッ。

 

 

 

 突然部屋にノックオンが響き、カオルはソファから起き上がり、入室を許可する。

 失礼しますと言って入ってきたのは飄々とした物腰と紫の髪、タレ目で泣きぼくろが特徴のオヤジ、ラムダであった。カオルの部下の一人である。

 

 カオルは傍まで近づいたラムダに用件を尋ねる。

 

 

 

 「カオル様の指示通り、ヤマブキシティに行ける道路は山崩れや川の氾濫で塞いだのですが、やはり一か月程度で通れる可能性があるようです。水ポケモンで大雨を降らせて空からの侵入と並行して邪魔をしていますが、いかがなさいましょう」

 

 「そのままでいいよ。一か月もあればこちらの戦闘準備はできるし、マスターボールもギリギリ完成できるから。テレポートポケモン対策もできてるよね」

 

 「はい、特殊な磁場をヤマブキシティ全体に発生させています」

 

 

 

 そうかい、それだけなら帰り給えととラムダに退室を促してカオルは考える。

 ボスのたくらみのせいでヤマブキシティの現状をあのままレッドと行動しているとは思わないが、ロケット団の動きを警戒してチャンピョンであるワタルが知る事もある可能性が出てきた。

 そうなれば他の幹部が支部の方にいる今、対抗できるのはカオルただ一人なので、相手をしなくてはならない。

 主人公レッドとライバルグリーンと共に。

 相手の厄介さと仕事の多さにカオルはうんざりした。

 

 ふと顔を上げると、ラムダは報告を終えたのにまだ仮の執務室から出て行っていなかった。

 カオルは怪訝な顔でラムダを見て、話があるならさっさと言えと言う目線を送る。

 ラムダは苦笑しながら言った。

 

 

 

 「本当に幹部補佐であるランスを異動させるのですか」

 

 「ボスの直属の部隊長に推薦したからね。昇進出来て喜んだだろう?」

 

 「喜んだ後にカオル様が推薦したからだと知って落ち込んでいましたが」

 

 

 

 そんな事は知らんとばかりにラムダの言葉を無視してブラッキーの頭を撫でているカオルの様子にラムダはランスに向けて静かに合掌した。

 どうやらランスはもうカオルにとって興味も利用価値も無くなってしまったらしい。

 それでも降格や“処分”よりはましだが。

 

 悪の組織であるロケット団は派閥と言うものがある。

 一番大きいのがやはり首領派である。そのカリスマとポケモンバトルの強さ、部下を指揮する手腕はロケット団団員の誰もが認めており、首領の為なら命も捨てるという者もいる程だ。

 次に大きいのがアポロ派である。主に研究員が殆どを占めるのだが、ポケモンバトルと研究の両刀を持つ者達がいるので、たかが研究員と侮る事はできない。

 その次がアテナ派。ポケモンバトルが強いトレーナーが多く、荒事は殆どこの派閥が行う。面倒見がいい彼女を心底敬愛している。多少、脳筋な人達が多いが。

 そして、ロケット団で一番少数の派閥がラムダが所属するカオル派である。主に潜入や密偵、資金集めな等の暗躍する事が多いが、その分バランスの取れた優秀な人材が多い。元々優秀な部下しか手元に置かないカオルらしい派閥である。だが、敬遠されがちな派閥でもある。

 何故なら、カオルは組織にとって使えない人間はすぐに切り捨ているし、首領がどこからか連れてきた子供なので、近寄りがたいものがある。ラムダも最初は敬遠していた。

 だが、ある時、苛烈な人であるが、案外いい人であると気づいてからはカオルの為に貢献し、今ではランスの次に信頼されているとラムダは思っている。

 訂正、ランスは信頼されていたが、異動するという事はもう、二度と部下になるなと言う遠回しの宣告をされたのだった。

 

 

 

 「ランスが抜けた幹部補佐の椅子は君にあげるよ。好きに使い給え」

 

 

 

 サラッとカオルから言われた言葉にラムダは微妙な気持ちになった。

 カオルにとってはラムダもただの“代わりの駒”でしかない。

 それでもカオルについていく気持ちは変わらないが、やはり何処かで必要な部下として認められたい気持ちが無いわけではないのだ。

 ラムダはカオルに礼を言い、仮の執務室から出ていき、扉が閉まった後ため息をつく。

 

 

 

 目の前の扉がカオルとの距離を表しているかの様だった。

 

 

 




今回あんまり進んでないですね。
でも、ある意味必要な話ですから。


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嵐の前の静けさと彼

 

 

 

 シルフカンパニー社にある会議室にカオルの派閥に所属するロケット団部隊長五人が集まっていた。

 老若男女様々な年齢の部隊長達だが、その実力は折り紙付きだ。

 

 彼らは上司であるカオルにこれからヤマブキシティの異変に気付き、来るであろう警察等の対応を話し合う為、どことなくピリピリと緊張していた。

 幹部補佐を外されたランスはすでにシルフカンパニー社を立ち、ここにはいない。

 新たに幹部補佐となったラムダは集まった部隊長の様子に心の中でため息をつく。

 彼らが緊張しているのは何もそれだけではないとわかっているからだ。

 

 

 

 「あの、ラムダさん。カオル様の様子はどうですか」

 

 

 

 部隊長の中で一番若く、新参者である男がラムダに遠慮気味にそう聞いてきた。

 そう、彼らが緊張しているのはカオルが原因である。

 

 ランスを幹部補佐から外して以来、不機嫌である事が多く、何時もは気にしないであろう部下の些細なミスにまでナイフのような冷たい言葉が飛ぶのだ。

 今の処言葉だけなのだが、長年部下として付き従ってきたラムダも今までこのような事が無かっただけに他の部下と共にカオルの人間臭い様子に驚いていた。

 他の部下達はランスをそれ程信頼しているのであれば、首領に推薦し、異動させる事をしなければよかったのだと言っていたが、ラムダはランスが原因では無いと思っている。

 カオルはランスに対してもう無関心であったし、カオルの感情をここまで揺るがすのはラムダの知る限りロケット団首領であるサカキしかいない。

 二人の間に何があったかは知らないが、ラムダは踏み込む事はせずに他の部下もその事を伝えず、心の中にその考えをしまった。

 

 

 

 「そんなにビクビクしても仕方ねえだろ。普通にしときゃ、あの人はとって食いはしねえ」

 

 「で、ですが、」

 

 

 

 言いよどむ男を見ながらラムダはもう少し部下に優しくしてくれ、と心の中でカオルに言う。

 十代前半程の年齢でありながら幹部に上り詰める程の手腕とロケット団の中でも一二を争う程の暴虐性を秘めているだけでも畏怖の対象だと言うのに部下に優しくない事もあり、カオルは今でも組織に馴染めていない部分がある。少し見方を変えてよく見れば、案外いい人なのだが、カオルに関する良くない噂もあり色眼鏡で見られてしまう事が多い。

 本心も何も言わず、人を使うだけ使ってコミュニケーションも取ろうとしない故に勘違いされたり、遠巻きにされる年下の上司の意外な弱点にラムダは頭を抱える。そして同時にランスはよく今までカオルと部下の間を取り持ってきたとも思った。

 ラムダ自身、受けた以上最後までやり遂げるが、正直言うとこの数日でくじけそうだった。

 

 

 

 会議室の扉の向こうの廊下からコツコツッと靴音がして、誰かがこちらに来ていた。

 ラムダに言いよどんでいた男は顔を強張らせ、席に着いた瞬間、会議室の扉が開いた。

 

 何時もの様に黒い服を着こなしているカオルは無言で会議室に入る。

 ラムダと部隊長五人は席から立ちあがり、カオルが上座に座った後、席に着く。

 カオルは不機嫌な様子はなく、何時も通りに戻っている様で、手元の資料を手に取りながら、ラムダに視線を飛ばす。

 ラムダは内心で安堵しながら会議を始める為、口を開く。

 

 

 

 「それでは、これよりヤマブキシティ撤退作戦の会議を行う」

 

 

 

 全員引き締まった表情で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警察が異変に気付いたのは、ヤマブキシティへの行く道が断たれて一週間程過ぎた時だった。

 当初は野生のポケモンの大雨のせいで復旧作業が遅れ、全員焦りがあり分からなかったが、よく考えてみるとおかしな点が幾つもある。

 まず、ヤマブキシティ側からの避難が一人もいない事だ。

 空からの避難はこの大雨のせいでできないが、ヤマブキシティにはテレポートを使う事が出来るエスパータイプの使い手であるジムリーダー、ナツメがいる上に、ナツメの影響なのかエスパーポケモンを手持ちに加えるトレーナーが多い。

 故にテレポートを使って孤立しているヤマブキシティから脱出する事が出来るはずだ。

 だというのにテレポートを使って避難してきているという様子も報告も上がってきていない。

 その場にいた警察官がテレポートを持ったポケモンがいたので試しにヤマブキシティに行く為、テレポートを試みたが、ヤマブキシティに行く事が出来ないようであった。

 その次に野生ポケモンの起こしたと思われていた大雨は一週間以上過ぎても収まる気配がなく、一定の場所にこれほど長く野生のポケモンがとどまる事など前例が無いので、故意にトレーナーがポケモンに指示をして復旧の邪魔をいるのではないかと考えられるようになった。

 誰もがヤマブキシティに何かあったのではと思いはじめ、ヤマブキシティの状況が分からず、困惑する。

 最終的にハナダジム、タマムシジム、クチバジムのジムリーダーが復旧作業に参加した事により、ポケモンリーグに伝達し、ポケモンリーグからも人が派遣された。

 

 大雨の中、ハナダ方面からの道が一番復旧作業が進み、一か月程で通れるまでになった。

 その道から救急隊や警察等が部隊を組み、ヤマブキシティの入り口であるゲートまで来たのだが、ゲートは固く閉ざされており、入ることができない。

 

 

 

 「どうする?びくともしないぞ」

 

 「……仕方がない、ゲートを破壊しよう。人命救助の為だ」

 

 

 

 対策本部に連絡しながら現場にいた男はその判断を本部に伝え、許可が下りたところで、肩から伸びる房状の体毛と、胴体にある輪のような模様が特徴的な大きな熊のような姿をしたポケモン、リングマをモンスターボールから出し、ゲートを破壊する為、インファイトを指示する。

 リングマは雄たけびの様な鳴き声を上げながら、ゲートにインファイトを仕掛けようとした時だった。

 突然、大量の水が横から飛んできた。

 

 リングマはその水圧と衝撃に耐え切れず、吹っ飛び、木に叩き付けられる。

 そして、飛んできた水の中から体はスマートで小さな角を持つ白いポケモン、ジュゴンが現れた。

 先程の技は恐らくアクアジェットであったのだろう。

 そこにいる全員がそのジュゴンの登場に驚き、困惑する。

 

 ここはジュゴンが生息する場所ではない上に、ジュゴンが攻撃してくる理由が彼らにはわからなかった為である。

 そんな困惑をよそにジュゴンは彼らにアクアジェットを仕掛け、部隊を分断した。

 リングマの主人である男はリングマにジュゴンに向かってインファイトを指示し、ポケモンバトルをする事にした。

 理由はわからないが、こちらに敵意を抱かれている以上、戦闘不能にするしかない。

 リングマがジュゴンに肉弾しようと近づいた時だった。

 ジュゴンとは別方向から複数の水鉄砲がリングマに飛んできたのだ。

 ジュゴンに狙いを定めていたリングマは一二発は何とかよける事が出来たが、他の水鉄砲はもろに食らい、少しふらついている様子だった。

 男が周りをよく見ると、紺色と白の渦巻きの腹を持つポケモン、ニョロモとその進化形であるニョロゾ、黄色いボディと惚けた顔で首を横に傾けるポケモン、コダック等複数の水ポケモンがこちらに敵意を向けながら草むらから出てくる。

 どうやら男達はこの水ポケモン達に囲まれてしまったらしい。

 数の不利を感じた男は全員にポケモンを出しながら、撤退するように指示する。

 その指示が出た瞬間から水ポケモン達は一斉に男達に襲い掛かった。

 

 

 

 透明な水しぶきの中、誰かの赤い血が飛んだ。

 

 

 



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水氷と彼 前編

 

 

 

 「ハナダシティ側に仕掛けた水ポケモン達の奇襲作戦は見事成功し、重傷者二名、軽傷者五名、合わせて七名が怪我を負いました。死傷者はいません」

 

 「そうかい。では予定通りプランAに移行し、作戦を続け給え」

 

 「了解いたしました」

 

 

 

 カオルは報告に来た部下にそう伝え、シルフカンパニー社の仮の執務室から下がらせる。

 窓の外から見えるハナダシティ方面のゲートの先に水ポケモン達が起こした大雨による厚い雨雲を見ながら、カオルは呟いた。

 

 

 

 「さて、向こうはどう出るかな?まあ、予想はつくけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマブキシティへの道を復旧させる為にたてられた対策本部のある一室に集まった人達は一様に顔を強張らせ、沈黙している。

 死傷者はいなかったとはいえ、水ポケモンが攻撃してくるとは予想していなかっただけにこの先の救助をどうするかで悩んでいた。

 水ポケモン達は明らかにポケモン知識の深いトレーナーの育成を受け、バトルの実戦経験を積んだポケモンで、トレーナーの指示がなくとも自分で判断して、ポケモンバトルに勝ってしまう程の実力がある。この時点でヤマブキシティが悪意のある何者かに占拠されているという事はわかったが、ゲート前にいる水ポケモン達は並のトレーナーでは相手にならない。

 そうすると、対抗できるトレーナーは限られる。

 

 

 

 「カスミさん、マチスさんやエリカさんに任せた方がいいと思いますが」

 

 「何言ってるのよ。ポケモンバトルは相性だけが全てでは無いの」

 

 

 

 オレンジ色の髪を後ろで二つ括りにした十代後半の少女、カスミはそう言って意見してきた救急隊員の全指揮をとる隊長にそう返した。

 救急隊員の隊長は困った顔をしてサングラスをかけ迷彩服を着たクチバジムのジムリーダー、マチスと黒髪ボブで和服を着用するタマムシジムのジムリーダー、エリカに助けを求める様に視線を向ける。

 マチスは救急隊員の隊長の視線に手を上げ首を横に振り、エリカは苦笑して首を振る事によりその視線に答える。

 マチスやエリカ自身、自分達に任せてほしい気持ちもあったが、カスミの水ポケモンの使い手として、悪事に水ポケモンを使われる事に対する怒りが痛い程分かった為、手を引く事にした。

 救助隊の隊長は二人の様子に諦め、警察の指揮を執る警察官と誰をカスミと共に行ってもらうか、話し合う。

 水ポケモンはおおよそ三十匹程いたとの報告があった為、カスミとカスミのジムトレーナー二人、警察官六人、救助隊四人の十三人でゲート前の水ポケモン達を討伐する事に決定した。

 カスミの事を信頼してはいるが、エリカは心配そうな顔でカスミに話しかける。

 

 

 

 「カスミさん、気を付けてくださいね」

 

 「大丈夫よ、エリカ。一番強い子達を連れてくから、何にも問題ないわ。任せておきなさい」

 

 

 

 カスミはレインコートを着て選抜されたトレーナーと共に土砂降りの雨の中、ハナダシティからヤマブキシティへと向かう道を歩き出す。

 誰かはわからないが、自分の大好きな水ポケモン達を悪事に使われ、カスミは怒りを抑えきれぬままに、速足でゲート前を占拠する水ポケモン達へ向かう。

 カスミの腰にある六つのモンスターボールは主人であるカスミの怒りに反応し、ガタガタッと揺れていたので、カスミはそっとモンスターボールに触れて、ポケモン達を落ち着かせる。怒りに任せてバトルしては冷静さにかけて思わぬところで足をすくわれる。

 それを理解してるからこそカスミは怒りを収める為に深呼吸し、自分の両頬を叩く。

 

 足元に注意しながら順調にゲートへと歩いていた時だった。

 カスミ達の横の草むらから水鉄砲が飛んできた。

 

 

 

 「スターミー!ハイドロポンプ」

 

 

 

 カスミは水鉄砲を横に飛んでよけながらスターミーをモンスターボールから出して、草むらに潜むポケモンにハイドロポンプを指示する。

 スターミーは軽やかに動きながらハイドロポンプの大量の水を草むらへと勢いよく繰り出す。

 草むらにいたコダックはハイドロポンプの水圧に吹き飛ばされ、木に当たる。

 レベル差が激しすぎたのか、コダックはそのまま目を回し、戦闘不能となっていた。

 カスミ以外の人達もポケモンを出し、あたりを警戒する。

 

 ガササッと草むらが大きく揺れた場所に警察官の一人が大きな赤い花のつぼみを持つ、紺色のボディを持つポケモン、クサイハナにエナジーボールを指示する。

 クサイハナのエナジーボールは緑色の発光をしながら草むらへと直撃したが、草むらにいたポケモンはよけたのかポケモンに当たった様子はない。

 クサイハナが自身の主人に指示をもらう為、見上げた直後であった。

 クサイハナの足元が突如、凍り始める。

 他のポケモン達やトレーナーの足元も同じように凍り始めた。

 カスミは長靴が氷始めた時、体の芯から凍り付くこの技に覚えがあった。

 

 

 

 絶対零度だ。

 

 

 

 カスミは慌ててスターミーに指示を出す。

 

 

 

 「スターミー!目覚めるパワー!」

 

 

 

 スターミーはカスミの指示に従い、目覚めるパワーを繰り出す。スターミーの目覚めるパワーは炎タイプなので、赤い光を発しながら、カスミや他の人達の足元にぶつける事によって絶対零度の脅威から逃れる。

 スターミー自身も自分の体を蝕む氷に目覚めるパワーをぶつけて難を逃れるが、他のポケモン達に向けようと構えた時には他のポケモン達は凍りついていた。

 

 他の人達は唇を噛み締めながら、ポケモンを入れ替える。

 カスミはスターミーと共にあたりを警戒しながら、報告にあったジュゴンの絶対零度なのではと思い始めていた。

 他の地方のポケモンがいたら話は別だが、見たのはカントー地方とジョウト地方の水ポケモンであったと聞いていた為、その線は薄く、必然的にジュゴンの可能性が出てきた。

 こちらの様子を窺っているのか出てくる気配がない。

 

 

 

 だったら、無理にでも引きずり出してやろうじゃない。

 

 

 

 カスミはそう心の中で決意し、味方にポケモンを引っ込めるように言いながらスターミーに指示を飛ばす。

 

 

 

 「スターミー、地面の雨水に十万ボルト」

 

 

 

 スターミーは近くの水たまりに十万ボルトを流すと、地表に流れる雨水に黄色く発光した電気が蛇行して走る。

 カスミ達トレーナーにも電気が来るが、ゴムの長靴が防いでくれる為、電撃は通らない上にトレーナー達のポケモン達も一時に引っ込めてもらった為、ダメージは無い。

 

 広く拡散してしまった為、威力は落ちてしまうだろうが、水タイプに電気は効果抜群。

 四方八方から水ポケモン達の悲鳴に近い鳴き声が聞こえ、慌てたように草むらや木の陰から出てくるところを逃さず、手分けして戦闘不能にする為、引っ込めていたポケモンを繰り出し、攻撃する。

 水ポケモン達はパニックを起こしているのか、統制が取れていないので、体力を削るのは容易だった。

 

 が、そのまま楽には終わらしてはくれなかった。

 アクアジェット特有の大量の水を纏いながらジュゴンが、水ポケモン達を守るようにトレーナー達のポケモン達の前を横切る。

 その威力にトレーナー達も慌ててよけて難を逃れたが、何匹か手持ちのポケモンがアクアジェットに当たり、勢いよく飛んで行った。

 アクアジェットの水の中から出てきたジュゴンは水ポケモン達に叱る様な鳴き声を発した。

 その声を聴いた水ポケモン達はパニックから目が覚めたのか、トレーナー達のポケモンに草木を上手く使いながら攻撃を始める。

 

 カスミはその様子を見て、このジュゴンが水ポケモン達のリーダーとなって指示をしているのだと気づく。

 ジュゴンが戦闘不能になれば、水ポケモン達は再び統制が取れなくなり、全員戦闘不能にする事が出来る可能性が高い。リーダーが戦闘不能になれば混乱してしまうのはどんなポケモンの群れでもおこる事だからである。

 カスミはジュゴンを戦闘不能にするべく、スターミーに指示を飛ばす。

 

 

 

 「スターミー、ジュゴンから行くわよ!十万ボルト!」

 

 

 

 スターミーはカスミの指示通りジュゴンに狙いを絞り、複数の十万ボルトを繰り出す。

 ジュゴンは冷静に大半を身代わりでよけた後、目をつむり何かに祈るようにしながら、雨水でぬれた地面を利用し滑るように移動してかわす。

 その手慣れた様子にカスミは簡単に戦闘不能にならないであろう事が予想でき、苦い思いをしながらもスターミーにもう一度十万ボルトを指示する。

 スターミーは十万ボルトを再び繰り出そうと電気を纏うが、形になる前に飛散してしまった。

 その隙を逃さず、ジュゴンはアクアジェットでスターミーに突撃し、ゼロ距離からの絶対零度を繰り出す。

 カスミは目覚めるパワーを指示したが、空中で思う様にあてる事が出来ず、空中でスターミーは氷漬けになってしまった。

 

 スターミーをモンスターボールに戻しながら、カスミは心の中でごめんねと謝る。

 そして、何故十万ボルトを繰り出すことができなかったのか考えるが、ジュゴンは考える時間を与えるつもりはないらしい。すぐさまカスミにアクアジェットを当てようと向かってくる。

 カスミはアクアジェットをよけて、次のポケモンをモンスターボールから出す。

 

 

 

 「頼むわよ、ラプラス」

 

 

 

 甲羅がついた首長竜のような体格を持つ可愛らしいポケモン、ラプラスはカスミの声に答える様に鳴きながら、ジュゴンに向かって波乗りを繰り出した。

 迫り来る波乗りにジュゴンはアクアジェットで引き裂き、そのままラプラスにむかっていく。

 

 

 

 「今よ、絶対零度!」

 

 

 

 ラプラスは体の芯まで凍ってしまいそうな吐息をジュゴンのアクアジェットに向ける。

 アクアジェットの大量の水が凍っていき、中にいるジュゴンにまで侵食していくが、ジュゴンもそう簡単にやられる程甘くはないらしい。

 すぐさま方向転換し、近くにあった岩に勢いよくぶつかった。

 その衝撃により凍りかけていたアクアジェットは粉々に砕かれ、ジュゴンは中から脱出することが出来た。

 だが、多少ダメージを負ったらしく、少しふらつくが、目をつむり祈っているようなしぐさをする。

 

 カスミはまだバトルする余裕のありそうなジュゴンに内心で驚いたが気を取り直してバトルを続ける。

 

 

 

 「ラプラス、波乗りからサイコキネシスでジュゴンを囲んで」

 

 

 

 カスミの指示通りに波乗りで出た大量の水をサイコキネシスで操り、ジュゴンを囲むようにする。

 ジュゴンもよけようとするが、サイコキネシスで操る水が行く手を阻み、閉じ込められた。

 波乗りは容赦なくジュゴンに襲い掛かるが、ジュゴンはアクアジェットで再び波乗りを切り裂いて脱出し、ラプラスに向かっていく。

 

 カスミは先程絶対零度で不覚を取られた戦法をまたとってきた事に疑問を抱きながらも、再び絶対零度をラプラスに指示する。

 ラプラスはジュゴンがよけられない程近づいたタイミングで絶対零度を放とうとして、絶対零度の吐息が出せない事に困惑した表情でカスミを見た。

 ジュゴンもラプラスの隙だらけな瞬間を逃さず、アクアジェットをラプラスに叩き込んだ。

 

 ラプラスは木に叩き付けられたが、首を振り起き上がった。

 カスミは絶対零度が外れたのではなく、出せない様子を見せるラプラスを見て、スターミーの十万ボルトが繰り出せずに飛散した時と似たような状況である事に気が付いた。

 同じ戦法をとったジュゴンが初めからラプラスが絶対零度を出せない事を分かっていたかの様子であった事でカスミはようやくポケモンの技である可能性に気づき、スターミーの十万ボルトやラプラスの絶対零度の後にジュゴンが祈るようなしぐさをしていたのを思い出し、ジュゴンでも覚える事が可能なある補助技が脳裏によぎった。

 

 

 

 「まさか、金縛り?」

 

 

 

 今頃気づいたのか、とでもいう様に鼻で笑ったジュゴンを見てカスミは少し頭にきたが気づかなかった自分にも問題があるので、ラプラスに氷のつぶてを指示してジュゴンに対抗する。

 ジュゴンは雨水でぬれた地面を滑るように移動してかわし、よけきれないものは身代わりで防ぐ。

 まるで、こちらを挑発するように舌を出しながら移動するジュゴンにカスミは性格悪、と思いながらサイコキネシスを指示する。

 

 ラプラスはサイコキネシスで水の塊を複数つくり、ジュゴンに向けて投げつける。

 弾丸の様な速度で飛んでくる水の塊を見ながらジュゴンは恐れず、アクアジェットでラプラスの周りを囲むように回る。

 複数回回転すると、大量の水が巨大な水のリングの様になり、ラプラスの動きを封じる。

 

 カスミは女の勘でまずい状況になりつつあるのを感じ、波乗りを指示した。

 ラプラスは波乗りで水のリングを破壊し脱出する事が出来たが、大量の水のせいでジュゴンの姿を見失った。

 あたりを警戒しながら見渡すが、少し離れたところに水ポケモンとトレーナー達の手持ちのポケモンがバトルしている様子しか見えず、ジュゴンの姿は見当たらない。

 逃げたかとも思ったが、あの性格の悪いジュゴンの事だ、絶対こっちに仕掛けてくるとカスミが思っていた時に後ろから大量の水、アクアジェットが迫ってきた。

 

 距離的にジュゴンが迫り過ぎていて、よけきれないとカスミは思い衝撃を覚悟して身構えたが、ラプラスがサイコキネシスで無理矢理方向転換させたおかげで難を逃れる事が出来た。

 だが、そのままラプラスに激突し、悲鳴の様な鳴き声を上げ、ラプラスは数メートル地面を滑るように押し飛ばされ、ジュゴンにゼロ距離からの絶対零度を食らった。

 

 徐々に氷がラプラスの体を覆っていく中、ラプラスを無視してジュゴンは再びカスミにアクアジェットで迫る。ラプラスの技では絶対零度の侵食を止める事は出来ないと判断したカスミはせめて一撃だけでもジュゴンに入れる事にした。

 

 

 

 「ラプラス!サイコキネシスで叩き付けなさい」

 

 

 

 ラプラスは雄たけびに近い声を発しながら、最後の力を振り絞ってサイコキネシスでジュゴンを大きな岩に叩き付け、絶対零度により凍りついた。

 もう、倒したと思っていたラプラスからの攻撃にジュゴンは苦渋の声を上げ、受け身も取れずに地面に落ちる。

 ラプラスにお疲れさまと声をかけてカスミは次のポケモンを出した。

 ピンク色の枝サンゴの様な角を体につけ、短い手足を持つポケモン、サニーゴはジュゴンを睨み付ける。

 

 カスミはサニーゴを出したが、決着はついていると感じた。

 ジュゴンにはダメージが少なかったとはいえ、スターミーの十万ボルトやラプラスの波乗りとサイコキネシスが入っている。特にサイコキネシスは大ダメージを負ったはずだ。体力的にもう限界であるとカスミは考えていた。

 

 だが、ジュゴンはそう思ってはいなかったらしい。

 ふらついて今にも倒れそうになりながらも起き上がり、こちらを睨み付ける様子にカスミは疑問を抱いた。

 このジュゴンはよく育てられている上に、まるで負けられないと言う様に戦意を全く失わない。

 負けた時に受ける仕打ちに怯えている様子ではなく、ジムに挑戦してきた主人であるトレーナーの期待を裏切らないようにバトルするポケモンと同じ目をしている様に見え、カスミはこのジュゴンは誰かの期待に応えたいのだろうかと思い始めた。

 そうでなければここまで頑張るジュゴンの様子に説明がつかない。

 

 だが、カスミは目を閉じ、その考えを振り払う。

 

 

 

 「貴女が誰の期待に応えたいかわからないけど、倒させてもらうわ」

 

 

 

 そういってサニーゴにパワージェムを指示する。

 サニーゴはカスミの指示に従い、素早くジュゴンにパワージェムを繰り出す。

 ジュゴンはアクアジェットでサニーゴに対抗した。

 

 

 

 雨は少しずつ雨脚を緩めていたが、カスミの心はどことなく晴れなかった。

 

 

 



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水氷と彼 後編

 

 彼女は暗く寒い洞窟の中で産まれた。

 親が所属する同じ種族の群れの中で助けられながら不自由なく過ごしていたが、ある日Rと書かれた黒い服を着た人間の男達に捕まり、群れごと住んでいたところから連れ出された。

 初めて見る外の世界に怯えながら親と群れの大人に守れていたが、ポケモンを使った実験によって次第に一匹づついなくなり、十匹程しかいなくなった頃には群れの誰もが生きる事を諦め、励まし合う事もなくなった。

 その頃になると彼女も実験に使われ、体も心もボロボロになり、早く死んで楽になりたいと思う様になっていた。

 

 だが、そんな日々は唐突に終わりを告げる事になる。

 

 何時の様に実験に使われる為に連れ出された日の事だった。

 実験台に乗せられ、研究員が片手に注射器を持ちながら実験が始まろうとした時、突然、黒服の少年が実験室に現れたのだ。

 彼女は黒服の少年が研究員と何か話しているのを見ていたが、自分には関係のない話だと思い、逃げる事もせずじっと話が終わるのを待っていると、黒服の少年が彼女に近づき、いきなり白と赤のモンスターボールを当てられた。

 彼女は驚いてボール越しに黒服の少年を見上げたが、黒服の少年は気にした様子もなく、点滅がなくなり捕獲完了を確認した後、彼女が入ったモンスターボールを手に持ち、実験室から出て行った。

 黒服の少年に向いていた顔を研究員に向けると、研究員は苦々しい顔をしながら黒服の少年を見ていた。

 

 黒服の少年がどれ位歩いたかはわからないが、ある一室に少年は入り、柔らかいクッションのあるベッドの上にモンスターボールから彼女を出し、怪我の治療をし始める。

 彼女は今まで感じた事の無い柔らかいクシッョンやベッドの感触に戸惑いながらも、黒服の少年を見上げるが、少年は黙々と治療をしており、彼女の事など気にしていなかった。

 やがて、治療を終えた少年はブランケットを彼女にかけて、その部屋から出て行った。

 

 彼女はどうしたら良いか分からず、その場にとどまり、少年を待つ事にした。

 少年は意外にも早く帰ってきた。

 その手にはポケモンフーズがあり、彼女はそれを見た瞬間、お腹が鳴ってしまった。住んでいた洞窟から連れ出されてからまともに何かを食べた事がなかった為である。

 彼女はお腹が鳴った事に恥ずかしくなったが、少年にだされたポケモンフーズを空腹に耐えられず、食べ始めた。

 今までまともに食べれなかった彼女に気を使ったのか、少し水でふやかされたポケモンフーズは今まで食べた事が無い程の美味しさで彼女は涙を流しながら食べた。

 

 彼女が食べ終えたのを確認した少年は初めてその時に彼女に声をかけた。

 

 

 

 「君は才能があるから引き取った。これからの訓練に耐えなければ、あの場所に戻す。それが嫌なら頑張り給え」

 

 

 

 彼女は実験の事を思い出し、背筋が凍ったが、そう言いながら頭を優しく撫でる少年を見て、安心するのを感じた。

 

 この日からこの少年が彼女、パウワウの世界の全てとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カスミは中々倒れないジュゴンに苛立ちよりも心配になってきた。

 ジュゴンの体はもうボロボロで、気力だけでポケモンバトルを続けているようなものだ。だというのに隙あらば手痛い反撃をしてくるので、一瞬たりとも気が抜けない。

 カスミはこのジュゴンに指示するトレーナーがいればまず間違いなく心が躍る様なポケモンバトルが出来るという確信があった。だからこそ、今このジュゴン一匹だけに出会い、バトルしているのが残念でならない。

 

 カスミは頭を振り、余計な考えを追い出した。

 今はいかにこのジュゴンを倒すかを考えなくてはならない。

 カスミは容赦せず、ジュゴンに止めを刺す為、サニーゴに指示をする。

 

 

 

 「サニーゴ、ねっとう」

 

 

 

 サニーゴは容赦なく、ジュゴンにねっとうをかける様に繰り出すが、ジュゴンはアクアジェットでねっとうから体を守り、そのままサニーゴに突撃してくる。

 勿論、それでやられる程甘くはない。

 

 

 

 「パワージェム」

 

 

 

 カスミの指示でサニーゴは背中のサンゴの様な棘を光らせながらジュゴンに向け、発射する。

 幾つかの棘はアクアジェットを突き破り、大量の水の中にいるジュゴンに容赦なく突き刺さった。

 ジュゴンは棘の痛みにより蛇行しながら地面に激突し、アクアジェットの大量の水があたりに飛んだ。

 悲鳴の様な鳴き声さえ上げず、ジュゴンは焦点の合わない目と荒い息をしながら立ち上がろうともがく。

 

 カスミはその様子に慌てた。

 明らかに戦闘不能状態のジュゴンにこれ以上のポケモンバトルは一歩間違えれば死んでしまう可能性がある。

 

 

 

 「ジュゴン!もうバトルの決着はついているわ。もうやめて」

 

 

 

 カスミの言葉にジュゴンは否定するように威嚇する。

 それはまるで、そんな事は無い。私はまだ戦えると叫んでいるような気がした。

 そこまでして挑んでくるジュゴンに何かを感じたカスミは今まで思っていた事が自然と言葉として出た。

 

 

 

 「ジュゴン、貴女はそんなにこれを命令したトレーナーが好きなのね」

 

 

 

 カスミのその言葉にジュゴンの目が揺れる。

 その目はどこか悲しみを帯びている様に見え、カスミも胸が締め付けられる思いがした。

 最初はヤマブキシティを占拠した者達は人を割く程人数がいない為、水ポケモン達だけをゲートを守る為に配置したのだと思っていたが、この水ポケモン達はただ()()()()()()()()()にされているのではないかとカスミは思い始めた。

 だが、このジュゴンはそう思っていない。いや、気づいていて見て見ぬふりをしているのだ。

 大好きなトレーナーに自分の活躍を見せて、褒めて貰えると信じて。

 捨てられるはずがないと思い込んで、目をそらしているだけなのだ。

 

 嫌な役だが、カスミはジュゴンの目を覚まさせなくてはならない。

 苦い気持ちになりながらも顔に出さずに優しく話しかける。

 

 

 

 「貴女のトレーナーがどういう人なのか私は知らない。けれど、その人は本当に貴女を大切にしてくれているの?貴女を見てくれているの?」

 

 

 

 カスミの言葉で目にたまってきた涙を懸命に耐えながら、カスミの言葉を聞きたくないとでもいう様に胸ひれで耳を塞ぐ様なしぐさをする。

 だが、カスミはジュゴンの為にも言葉を続けた。

 

 

 

 「ジュゴン、貴女はそのトレーナーに捨てられたんじゃないの?」

 

 

 

 カスミがそういった瞬間、ジュゴンは胸ひれをおろしてぼろぼろと涙を流しながらも、アクアジェットを仕掛ける。

 カスミはサニーゴが攻撃しようとするのを止め、横に飛んでよける。

 ジュゴンはもう方向転換する力もないのかそのまま直進し木にぶつかり、ぐったりとした様子で地面に倒れていた。

 カスミは慌てて近づき、ジュゴンを見ると、気絶しただけの様で安堵した。

 

 他の水ポケモン達を戦闘不能にしたトレーナー達と合流しながら、カスミは後味の悪い幕引きに顔が曇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「へえ、思ったよりジュゴンは粘ったね」

 

 

 

 カオルは少し意外そうな顔をしながらゲート前を制圧された事を報告してきたラムダにそう言った。

 そのカオルの言葉でラムダは昔、カオルが育てていたポケモンの中にジュゴンがいた事を思い出す。

 技構成は多少違っているが、強さを考えると恐らくカオルの育てていたジュゴンであるのだろう。だからこそどれ位で戦闘不能になるかを予想していた。

 だが、カオルが予想していたよりも長かったらしい。

 

 

 

 「で、どうします?ボスが進めている作戦が成功すれば最終的に回収はできますが」

 

 「しなくていいよ、思ったより粘ったとはいえ私には必要のないポケモンだ。それに、誰がいじったかは知らないけれど、あんな技構成ではあのジュゴンの強みが生かされない」

 

 「アクアジェットが入っていましたね」

 

 「そうだよ。確かにジュゴンは先制技が豊富だけれど、あのジュゴンの型は身代わりからのアンコールと金縛りで相手の技を封じて動揺しているところを命中が不安定な一撃必殺である絶対零度を当てる戦術、いわゆる不意打ち戦法だよ。ボスに六匹以外のポケモンも育てろと言われて色んなポケモンを育てたけど、あの子程対トレーナー戦で使いにくいポケモンはいないね」

 

 

 

 育てた本人が言うのであればそうなのだろうと、ラムダは思いながら、対トレーナーでなけばそれなりに戦えるのだとカオルの発言から察した。

 確かに今回の報告のように他のポケモンを囮に使い、草陰から絶対零度を一発でも入れれば、ポケモンとトレーナー両方を始末する事が出来る。つまり、このジュゴンは場の制圧向きとして育てられたので、ポケモンバトルには向いてはいないのだ。

 だが、あのジュゴンはカオルの手持ちポケモン達に嫉妬の視線を向ける程カオルにかなり懐いていた。おそらくはカオルの手持ちとしていたかったのだ。

 関係のないラムダが気づいた程なので、カオルもその視線に気づいていたはずだ。だが、場の制圧向きとしてジュゴンを育てたという事は遠回しにいらないと告げている事を示している。

 ジュゴンはその事に気づかなかったのか、気づきたくなかったのか。

 どちらにしろ、回収しないのであればカントー地方のポケモンリーグに保護され、新たなトレーナーに出会う事になるだろう。

 それをジュゴンが受けいれるかどうかは定かではないが。

 

 

 

 「カオル様、シオンタウン方面に抜け道がありますが」

 

 「それは作戦に組み込んでいる客人の為に用意してるから塞がなくてもいいよ」

 

 

 

 さらりとカオルが言った言葉にラムダは聞いてねぇぞ、と思いつつもカオルの言う通り下っ端達に指示をせずに放置する事にした。

 カオルが誰にも言わずに事を進めるのは何時もの事であるし、一々気にしてはきりが無い。

 カオルはラムダの様子を気にせず、話を続ける。

 

 

 

 「で、あちらの作戦は予定通りに進んでる?」

 

 「はい。予定よりも早く進んでいます」

 

 

 

 そう、と素っ気なく返事をして黙り込んだカオルはレッドが何時ここに乗り込んで来るか考える。

 ただ単にカオルは確証の無い自身の勘がレッドが来る事を告げているだけなので、そもそも来るかどうかもわからない。

 案内役は付けてはいるが、カオルが来て欲しい時に来るかどうかはわからない。

 もちろん、来なかった場合も考えてはいるが。

 カオルはラムダを下がらせ、手持ちポケモン達を確認しながら、呟く。

 

 

 

 「私的には来て欲しいんだから来給え。主人公君」

 

 

 

 確認していた手持ちのポケモン達がカオルの言葉に応える様に動いた。

 

 

 




最初、うっかり本作主人公カオルにパウワウを抱っこさせる場面を書いてしまい、百十センチもある体長と九十キロもある体重は持てるわけないだろ、と確認の為に読み返した時に気づきました。
アニメであった主人公サトシが頭にヨーギラス(七十二キロ)を乗っけていたのを思い出して、それよりも酷い間違いに爆笑しつつ、モンスターボールに入れる場面に修正しました。
いやあ、アニメのヨーギラスより酷い間違いを起こすとは……。気づいたからよかったものの、恥ずかしいです。

※感想で複数の方からサトシはマサラ人だから。という言葉を頂きました。ありがとうございます。とても納得しました。


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進行する作戦と彼

 

 

 

 ハナダジムのジムリーダー、カスミが水ポケモン達を戦闘不能にする数日前、レインコートのフードでずれた自分のトレードマークである赤いモンスターボールの帽子をかぶり直しながらレッドは大雨を降らせる厚い雨雲に覆われた空を見て、溜め息をつく。

 

 シオンタウンからヤマブキシティへの道は依然塞がれたままで、復興作業が今も続いている。その為、グリーンと共にシオンタウンのフジ老人の家にお世話になりながらポケモン保護施設の手伝いをしていた。

 もちろん合間を縫ってグリーンや同じくシオンタウンに滞在しているトレーナーとポケモンバトルをしていたが、今までの旅で此処まで長い間一つの町にとどまる事がなかった為、落ち着かないという事もあり、旅を早く続けたいという思いが日に日に強くなる。

 更に、思わぬところでチャンピオンであるワタルと出会い、その強さを間近に感じてしまった為に、レッドの中でチャンピオンという肩書き抜きでワタルとポケモンバトルがしたいと思ってしまったのだ。

 ポケモンリーグ開催までまだまだ時間はあるが、レッドは今年出場したいので、早めにジムバッチを集め、ポケモンの調整をし、コンディションを整えたい。

 

 他のジムを先に回るという手もあるのでレッドはグリーンに内緒で今日ヤマブキシティのヤマブキジムではなく、セキチクシティのセキチクジムに挑戦する為、荷物を整えてセキチクシティ方面へと足を進める事にした。

 

 レッドがシオンタウンから出ようとした瞬間、突然草むらからポケモンが飛び出してきた。

 レッドは町にほど近い草むらから野生ポケモンが出てくる事に不審に思った。何故なら野生のポケモンは意外と人間に警戒心が強い為、町に近い草むらには住みつかない上に寄り付かないのだ。

 肩にいた小型ポケモン用のレインコートを着たピカチュウが地面に降りて、赤い頬から電気を迸りながら戦闘態勢に入る。

 草むらから出てきたのは尻尾の先が手になっているサルの様な容姿をしたポケモン、エイパムであった。右手に傘替わりなのか大きな蓮の葉を持ち、Rという文字が入った黒のスカーフを首に巻いており、明らかに誰かのポケモンである為、レッドはピカチュウに戻るように言ったが、ピカチュウはエイパムに威嚇するのをやめない。

 レッドは内心で困惑しながらもピカチュウとエイパムを交互に見て、気づいた。

 

 エイパムの首に巻かれたスカーフの“Rという文字”と“黒”はある人物を連想させたのだ。

 

 

 

 「お前、もしかしてロケット団のポケモンか?」

 

 

 

 レッドの質問にエイパムは気づいてもらえたのが嬉しいのか花が咲いたような笑顔で頷いた。そして、レッドに近づこうとするが、ピカチュウが近づいてこないように牽制した為、近づくのをやめて少し歩いてからこちらを見て、尻尾の手を器用に動かし、手招きをする。

 レッドはその様子にこちらに敵意が無い事を理解し、レッド達についてきてほしいのだと気づく。

 だが、エイパムが歩いた方向はヤマブキシティ方面であり、レッドが行こうと思っているセキチクシティ方面の道ではない。

 

 

 

 「エイパム、ヤマブキシティの道は塞がってるから行く事は出来ないんだよ」

 

 

 

 そういうレッドの言葉にエイパムは首を振り、さらに歩いてこちらを見る。

 レッドは“ついて来ればわかる”と言わんばかりのエイパムに警戒しながらもピカチュウに声をかけ、ついていく事にした。

 ピカチュウは不満そうな顔と鳴き声でレッドに訴えかけるが、レッドは苦笑しながらピカチュウを撫でて、エイパムについていく。

 レッドは確かにロケット団の使いであろうエイパムについていく事に危機感はあるが、何故だか大丈夫だという妙な自信があった。レッドに何を言っても駄目だと理解したのかピカチュウはため息をつき、やれやれとでもいう様なしぐさをした後、レッドと共に警戒しながらエイパムについていく。

 

 しばらくヤマブキシティ方面の道を歩いていたが、エイパムは草むらの方へと歩いていくので、レッドは足を止めて草むらを探ると、ポケモンが踏み固めたような道があるのに気付いた。

 エイパムはその道を通っていたらしく、レッドを呼ぶように鳴いている。

 草むらをかき分けて入っていくと、エイパムが尻尾の手をある場所に指さす。

 

 そこには、崖によりかかりながら大きな木に雨宿りして寝ている黒と白を基調にした、まん丸に太った朗らかな怪獣のような外見のポケモン、カビゴンがいた。

 レッドはポケモン図鑑に登録しながらエイパムに話しかける。

 

 

 

 「このカビゴンがどうかしたのか?」

 

 

 

 レッドの言葉にエイパムは首を大きく振り、身振り手振りで何かを伝えながら尻尾の手でカビゴンを指さす。

 レッドは再度カビゴンを見ると、カビゴンの後ろに少しだけであったが洞窟の入り口があるのが見えた。どうやらエイパムはカビゴンではなく、カビゴンが塞いでしまっている洞窟を指さしていたらしい。

 だが、洞窟はカビゴンのせいで入れない。

 ポケモンバトルでどかそうかとも考えたが、図鑑の説明通りならカビゴンは中々起きないだろう。

 

 レッドは困ったが、ピカチュウがレッドのカバンを指さしている様子に思い出した。

 フジ老人からロケット団から助け出されたお礼にポケモンの笛をもらったのだ。

 ポケモンの笛を奏でるとどんなポケモンも起きてしまうというフジ老人の言葉を信じ、すぐにポケモンバトルになっても対応できるようにモンスターボールから背中に大きな花の蕾を持つ緑色のポケモン、フシギソウを繰り出し、ポケモンの笛を奏でる。

 目が覚めた様子のカビゴンは大きな欠伸をしたかと思うと、睡眠を妨害したレッドに襲い掛かってきた。レッドはすかさずフシギソウに指示を出す。

 

 

 

 数十分後、カビゴンを手持ちに加えたレッドはヤマブキシティへの抜け道である洞窟をエイパムの案内で通る事になる。その後ろから心配してついて来ていた幼馴染と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オウ、さすがです。カスミサン」

 

 「……ちょっと納得がいかない部分もあるけどね」

 

 

 

 カスミ達が水ポケモン達を戦闘不能にした後、マチスやエリカ達が駆け付け、マチスが言った言葉にカスミは複雑そうな顔をしながらそう返した。

 マチスはカスミの視線の先にいる戦闘不能になったジュゴンを見て、何かあった事を悟ったが追求せずに話を続ける。

 

 

 

 「ゲートはまだ開けていないのデスネ」

 

 「ええ、私達のポケモンも何匹か戦闘不能になっているし、また中からポケモンが出てくるとも限らないと思ってね」

 

 「確かにそうですね。では、ここからはわたくし達もいきます」

 

 

 

 カスミに黄色い棘がついているポケモンを回復するアイテム、元気の塊を渡しながらエリカは言った。

 エリカから渡された元気の塊をスターミーとラプラスに使いながらカスミは再びジュゴンを見る。

 ジュゴンは戦闘不能になった水ポケモン達と共に檻に入れられ、運ばれている最中であった。その様子を見ながら、後でポケモンリーグに引き取る申請を出してみようと決意し、マチスとエリカと共にゲートを見上げる。

 ゲートは色々な災害や野生ポケモンの襲撃を想定して設計されているのでかなり頑丈であるが、壊せないわけではない。

 が、壊さずに開ける方法もある。

 

 

 

 「では、わたくしのIDで開けますね」

 

 「ハイ、オネガイシマース」

 

 

 

 カスミがサニーゴを出し、マチスが黄色いボディを持ち、特徴的な細長い尻尾と耳を持つピカチュウの進化形、ライチュウを出しているのをエリカは確認し、ゲートの端にあるパネルにシルバーのトレーナーカードをかざし、IDと指紋、網膜スキャンをパスしてゲートを操作する。

 

 ジムリーダーは所属する地方ポケモンリーグにより、町のゲートに登録され、災害時や緊急時に操作する権限を持つ。

 その為、町の緊急保護システムが発動しゲートが内部から閉じられていても操作できるのだが、事前または事後にポケモンリーグに正当な判断であった事を証明する為、報告する義務がある。

 その報告とゲートを操作して起こった結果により正当ではなかったと判断された場合、ジムリーダーを辞めさせられる事もある。今回はヤマブキシティが占拠されている可能性とポケモンリーグ側から許可が出ている為、遠慮なく使う三人である。 

 

 ガコンッ、と重い音が響いた後にゲートはゆっくりと開いていく。

 スターミーとライチュウはすかさず構えるが、何も出てくる気配はなく、ゲートが開ききる。

 ゲートの中には人もポケモンもおらず、ヤマブキシティへの通路が続いているだけであった。

 カスミは緊張を解き、少しホッとした表情をする。

 

 

 

 「何もないみたいね」

 

 

 

 そう言ってゲート内を見渡しながらゆっくりと入ったカスミとサニーゴの後に続き入ろうとしたマチスは元軍人として培われた勘が嫌な予感を告げていた。

 念の為、ゲート内をくまなく見渡すと、ゲート内に設置された明かりに反射する様に光る細い糸がゲートの真ん中に足首程の高さであるのを見つけたと同時にカスミが気付かずに通ろうとしているので慌てて止める。

 

 

 

 「カスミサン!止まってクダサイ!」

 

 「え、」

 

 

 

 マチスの制止の声も虚しく、カスミは細い糸に引っかかった。

 その瞬間、オレンジ色の閃光が辺りを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、引っかかった」

 

 

 

 窓からハナダシティ方面の様子を見ていたカオルは上がってきた煙りに気づき、そう言った。

 部下に指示し、ゲート内にプラスチック爆弾であるC-4を仕掛け、糸に引っかかれば爆発する仕掛けにしておいたのだ。

 引っかかれば儲けものという軽い気持ちであったが、爆発したと言う事は最低でもゲート内にいた人間は重傷か即死の可能性が高い。

 引っかかった人間がジムリーダーである事を願いつつ、カオルは窓から離れ、耳にかけた小型のインカムで部下に間もなく乗り込んでくるであろうジムリーダー達に対する作戦の発動を知らせる言葉を口にする。

 

 

 

 「こちら、黒。コラッタはオレンジに引っかかった。コラッタが再びヤマブキに入り次第、作戦プランAの“辻斬り”へ移行する。全員こころしてかかり給え」

 

 

 

 そう言ってカオルは作戦の持ち場へと歩いて行った。

 

 

 



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ジムリーダーと彼 前編

※この話は途中から鮮血が飛んだり人が死ぬ等の表現が出てきます。
 ぬるい表現にしたつもりですが、こんなのポケモンじゃない、気分が悪くなった等の苦情は一切受け付けませんのでご了承ください。
 それを踏まえたうえで大丈夫、という方のみどうぞ。


 

 

 

 

 

 「それで、マチスが意識不明の重体になり、同じく重傷を負ったライチュウとカスミのサニーゴと共に病院へ搬送されたのだな」

 

 「……ええ、そうですわ」

 

 

 

 エリカは口元を隠しながら暗い表情で、スキンヘッドに丸い黒の眼鏡と白衣を着たおやじ、グレンジムのジムリーダー、カツラの言葉に頷いた。

 

 あの後、サニーゴは主人であるカスミを守る為にミラーコートを展開し、マチスはとっさにライチュウにカウンターを指示してカスミをかばっていた為、カスミは軽傷で済んだが、爆発はミラーコートとカウンターの壁を突き破り、防ぎきれなかった分は容赦なく襲い掛かり二人と二匹を吹き飛ばした。

 その為、サニーゴとライチュウは重傷を負い、マチスは背中に大火傷と建物の破片が突き刺さり大量に出血していた為、ヤマブキシティに乗り込むのを一時中断して急いで引き返したのだ。

 カスミは自分が敵の罠に引っ掛かってマチスとポケモン達に重傷を負わした事に自責の念にかかり、落ち込んでいた。エリカはそんなカスミの様子を見ていられず、カスミの病室からでて、緊急手術を受けているマチスの手術室へと足を運び、丁度ハナダシティの病院に到着したカツラと忍者の様な姿をした男、セキチクジムのジムリーダー、キョウと合流し、今までの出来事を説明し、今に至る。

 

 カツラはヤマブキシティが占拠されている可能性があると聞きつけ、セキチクシティによりキョウに協力を呼びかけ駆け付けたのだが、思ったよりも深刻な事態にトキワジムのサカキもいてくれればと思った。だが、サカキは他地方に出張している為、不在である事を思い出し、そのタイミングの悪さに苦い思いをする。

 重い沈黙を破るようにキョウが口を開く。

 

 

 

 「では、これからどうヤマブキを奪還する」

 

 「恐らく再度ハナダシティからのゲートで侵入し、ジムリーダー二人組と警察のトレーナーを合わせたチームを二つ作り、分かれて一般人の捜索と占拠している者達の捕縛をすると思います」

 

 「うーむ、相手に読まれておるだろうが、それが無難じゃな」

 

 

 

 納得した様にカツラは言ってキョウを見ると、キョウも同じなのか頷く。

 ヤマブキシティへの道で通れるのはいまだにハナダシティから行く道のみで、他の道は復旧作業を続けている為、行く事が出来ない。

 空から行く手もあるが、試しにラジコンのヘリコプターにカメラをつけて飛ばすと、空に鳥ポケモン達で侵入できないようにしているらしく、墜落させられた。

 ポケモンに乗ってポケモンバトルをするのは危険が伴う為、空からの侵入は諦めるしかなかった。

 そうなると、ハナダシティからの道になるのだが、ヤマブキシティを占拠した者達に予測される為、何らかの対策を組まれていると思われる。

 こう考えるとヤマブキシティを占拠した者達のリーダーは中々の切れ者であるとカツラは思った。

 

 三人が話し合っていると、手術室の赤いランプが消え、手術室から医師が出てきた。

 その顔は強張っており、嫌でも不安な気持ちになる。

 

 

 

 「手はつくしました。集中治療室で治療は続けますが後はご本人の体力次第です」

 

 「そうですか、有難うございます」

 

 

 

 医師の言葉にエリカ達は表情を暗くしたが、マチスなら乗り越えられると信じ、医師に頭を下げた。集中治療室に運ばれていくマチスを見ながら、エリカはポケモン達はどうなったかを聞いた。

 

 

 

 「あの、ライチュウとサニーゴは」

 

 「ライチュウとサニーゴは重傷で治った後にリハビリも必要でしょうが、体調は安定し回復に向かっていますので大丈夫です」

 

 

 

 エリカは安堵した表情をして、そうですかと言って再度頭を下げた後医師を見送り、カツラとキョウに向き直る。

 カツラはとりあえず、カスミと交えてチーム分けを話し合う事を提案したが、エリカはできないのではないかと思った。

 エリカが見たところカスミは当分の間立ち直る事が出来なさそうに見え、尚且つ立ち直ったとしてもこれ以上の失敗をして他の人達を巻き込む事を恐れてプレシャーを感じるのではないのだろうか。そう思ったものの、彼女もジムリーダーだ。心情がどうであれ果たさなければならない義務がある。

 エリカは不安に思いながらもカツラとキョウと共にカスミの病室へと向かった。

 カスミの病室の前に来ると、エリカは二人に気づかれないように深呼吸をして、ノックをしてから声をかける。

 

 

 

 「カスミさん、話さなければならない事があります。入りますよ」

 

 

 

 返事は無かったので、一瞬躊躇したが病室のスライドドアを開け、中に入る。

 そこには頭に包帯を巻き、右頬にシップを張りながらも病院服ではなく何時もの服を着たカスミが気合の入った顔で立っていた。

 エリカは予想していなかった事に驚きの表情を浮かべ、その表情を見たカスミは困った様に笑う。

 

 

 

 「心配かけてごめん。自分が犯した失態に悩むよりも爆弾しかけた輩をぶっ飛ばすわ。そうしないと助けてくれたマチスに合わせる顔が無いもの」

 

 

 

 拳を握りながら話すカスミに何時もの調子が戻ったのを感じ、エリカは安堵したが、カツラとキョウはわかっていたかの様に先程話し合って決めていた事をカスミに伝え始めた。

 その様子にどうやらカスミを信じていなかったのは自分だけだったという事に気が付き、信じていなかった自分をエリカは恥じ、カスミを再度見た。

 ジムリーダーの表情をするカスミに自分ももっと精進しなければと思うエリカであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩れ落ちたゲートの瓦礫をのけて、ジムリーダー達と選抜した選りすぐりの警察のトレーナー二十人は慎重にヤマブキシティの中へと入る。

 町には当然ながら人ひとり見当たらず、まるでゴーズトタウンを思わせる程静けさを保っていた。

 ポケモンをモンスターボールから出した後、ジムリーダー二人と警察トレーナー十人の二チームに分かれ、一般人保護を優先に捜索を開始する。

 カツラとカスミのチームは反時計回りに、キョウとエリカのチームは時計回りに捜索する。勿論、別動隊も後に駆け付ける事になるのだが、その前に出来るだけ相手の戦力を削っておきたいと考えている。

 勿論、そう簡単な事ではないとはわかってはいるが。

 

 あたりを慎重に歩きながら徐々に進んでいくが、何事もなく進んでいける事に不気味な何かを感じ、警戒を強めながら、ビルの角を曲がった時だった。

 何かがくぐもった人の声と警察トレーナーの一人が連れていたトラのような模様が入った犬の様なポケモン、ガーディが火炎放射をビルとビルの間の路地裏に仕掛けた。

 すぐさま他のトレーナーとカスミと駆け付け、カツラは彼らの後ろを警戒するように守る。

 カスミはガーディが火炎放射を放った路地裏を覗くが、そこには何もない。

 少し妙に思いながらも火炎放射を放ったガーディを見ると、以前路地裏を睨み付け、路地裏へと入っていく。

 カスミは慌てて、ガーディのトレーナーにこちらへ戻るように指示してもらおうと声をかけるが、誰もガーディに指示を出す人がいない。

 そこにきてようやくカスミは気づいた。

 合計十二人で行動していたのに、ここにいる人は()()()()()()()事に。

 

 

 

 「カツラ、やられたわ!二人も!」

 

 

 

 カスミのその声にカツラも人が減っている事に気が付き、唇を噛み締める。

 おそらくポケモンの力で二人引き離したのだろう。

 それでもここまで簡単にされるのはジムリーダーとして不覚であった。

 そう考えている間にも路地裏からガーディの苦渋の声が響き渡り、思考を中断して路地裏を見たが、ガーディの苦渋の声以外特に変わった様子は見られなかった。

 まるで、この路地裏に魔が潜んでいるのではないかと言う恐怖が沸き上がるが、もちろんそんなオカルトじみた事は無い。おそらくポケモンが潜んでいるのだろう。

 カツラはこのままこの路地裏に入り、警察のトレーナーとポケモンを助けるか否かで迷っていた。

 敵のポケモンが潜んでいる可能性のある所に飛び込むのは愚策であるが、だからといって見捨てるわけにもいかない。

 

 カツラが判断に迷っている時であった。

 突然、カツラの背後を守っていた美しい九つの尾を持つ、狐の様なポケモン、キュウコンがカツラの影に火炎放射を繰り出した。

 カツラは驚いたが、カツラの影から出てきたポケモンの方が驚いただろう。

 

 カツラの影から出てきたのは紫色のボディに悪い事を考えていそうな顔をしたポケモン、ゲンガーであった。

 

 

 

 <ゲンガー、鬼火>

 

 

 

 ゲンガーの首にかけてあるポケナビから少年程の声に反応し、ゲンガーは紫色の火の玉を繰り出し、カツラ達に襲い掛かった。

 当然、カツラ達も反撃する。

 

 

 

 「スターミー!ハイドロポンプ」

 

 

 

 スターミーのハイドロポンプは鬼火をいともたやすく消して、ゲンガーへと迫るが、ゲンガーはそれをあざ笑うかのように華麗に避ける。

 だが、カスミもそんな事予測済みである。

 避けた先にキュウコンと炎を吹き出し、イタチの様な姿の警察のトレーナーのポケモン、マグマラシが火炎放射を繰り出した。

 

 

 

 <潜れ>

 

 

 

 ポケナビから響く声に従う様にゲンガーはマグマラシの影に潜み、火炎放射をよけるが、すかさずマグマラシが自分の影に向かって火炎放射を放つ。

 ゲンガーは移動してしまったのか、マグマラシの影からは出てこなかった。

 

 

 

 「どうした、マグマラシ!お前の影にいるんだろ、早く倒せ!」

 

 

 

 マグマラシのトレーナーである若い青年は興奮した様子でそう叫んだ。

 戸惑った様な表情を見せるマグマラシになおも怒鳴りつけるので、カツラもたしなめる様に声をかける。

 

 

 

 「落ち着け、もうゲンガーは移動したのだ」

 

 「ですが、カツラさん!あのゲンガーのせいで同僚が二人もいなくなったんですよ!絶対そうです!」

 

 「そうだとしてもいなくなったのであれば何もできん」

 

 「本当にいなくなったという保証がどこにあるんですか!今ここで倒しておかないと、同僚の二の舞になるのは御免です!」

 

 

 

 警察のトレーナーである青年の言葉にその場の空気がだんだんと悪い方向に向かう。

 ゲンガーは人の影に潜み命を奪う危険なポケモンである事は討伐対象になる事例もあったので、此処にいる人達は良く知っている。

 その為、知らない間にゲンガーが影に潜んで近づいてきているという事に恐怖を抱いているのだろう。

 そして、その恐怖が周りの人達も不安にさせる。

 敵の術中にはまりつつある事をカツラは感じ、とにかくチームを落ち着かせようと再びたしなめようとした時であった。

 

 その青年が突然倒れて、路地裏に引きずり込まれていくのだ。

 青年自身も何が起こったのかわからないのだろう。完全にパニックになり、助けを求めて叫んでいる。マグマラシは訳が分からないだろうが、必死に主人を引っ張って路地裏に引きずり込まれないようにしている。

 カスミはよく見ると青年の足に緑色の蔓が絡みつき、路地裏に引き込んでいる事に気が付き、すぐさま指示を出す。

 

 

 

 「スターミー、蔓に冷凍ビーム!」

 

 

 

 スターミーの冷凍ビームで凍った蔓は砕け散り、青年は自由になった足でマグマラシと共に急いで路地裏から出てカスミ達の横を通り過ぎ、何処かへ逃げようと真っ直ぐ走っていく。

 カツラは止まるように声をかけた直後であった。

 

 パンッ、という発砲音が響き、青年は後頭部から血をまき散らしながら糸の切れたマリオネットの様に倒れた。そのそばにマグマラシが駆け寄り、頭をこすりつけ、鳴いている。

 灰色のコンクリートの上に赤い鮮血がじわじわと広がっていく。

 カスミは悲鳴を上げないように口元を抑えながら、後ずさりし、呆然とその光景を見ていた。

 だが、カツラは冷静だった。

 すぐに、狙撃してきた位置を大まかに割り出し、全員にビルに張り付く様に指示する。

 他のトレーナーは慌ててカツラの指示通り、ビルに張り付くように立った。

 

 血の広がり方と今までカツラ達が狙撃されなかった事を考えるとカツラ達のいる小さいビルの裏手側に狙撃手がいる事になる為、移動されない限りビルから離れずにいる事が狙撃されない一番の方法である。

 だが、何時までもそうしているわけにはいかない。

 

 

 

 「狙撃手はこのビルの裏手にいる。狙撃手をたたくにはどうもこの路地裏を通らねばならんらしい」

 

 

 

 カツラは路地裏に不自然にもかかるトタン屋根を見ながら路地裏で狙撃される事は無いと確認しながら相手がこちらの行動を誘導している事を悟りながらも、乗るしかなかった。

 引き返すという手もあるが、ただでさえヤマブキシティを占拠された事をマスコミにかぎつけられつつあるのだ。これ以上長引かせると面白おかしく取り上げられ、ポケモンリーグに抗議や苦情の電話が届きかねない。人命が優先だが、上は現場の事など考慮してはくれない。早急に解決しなければならないのである。

 

 カツラを先頭、カスミを最後尾にして路地裏を進んでいく。

 キュウコンに先導してもらいながら、先程青年を引きずり込んだのがポケモンだとするのであれば、草タイプのポケモンがいるはずである。

 だからこそ相性のいいキュウコンを先頭にしたのだが、何故かカツラは言いようのない不安を感じた。

 そして、その予感は的中する。

 

 

 

 裏路地の四辻をカツラと数名のトレーナーが通った時だった。

 四辻の右方向の道から蔓が警察の女性トレーナーに絡みつき、引きずり込んだのだ。

 女性トレーナーは冷静に自分のポケモンである茶色と白のシマシマ模様が特徴的なポケモン、オオタチにいあいぎりを指示する。

 オオタチは素早く蔓をいあいぎりで切断し、主人である女性を心配そうに見つめる。

 女性トレーナーはオオタチを撫でようとして、手を伸ばしたがその手がオオタチに届く事は無く、その場に倒れる。

 オオタチは倒れた主人に必死の呼び掛けるが、女性はピクリとも動かない。

 

 オオタチの必死な様子をあざ笑いかの様に女性の影から現れたのはゲンガーであった。

 ゲンガーはそのまま鬼火でオオタチを吹き飛ばし、シャドーボールをカツラ達に向けて放つ。

 路地裏の壁で回避した後、ポケモンに指示を出そうとしたがそれを察知したのかゲンガーは奥へと進んで逃げていく。

 

 今度こそ、逃がすか。

 

 カスミはそう思い、カツラに叫びながら言った。

 

 

 

 「カツラ!私、あのゲンガーのトレーナーを叩くわ!」

 

 「待つんじゃ!カスミ!」

 

 

 

 カツラの静止を聞かず、カスミはゲンガーをスターミーと追いかける。

 後ろからトレーナーが二人程ついてきているのが分かったが、カスミは気にせずにゲンガーを追う。

 真っ直ぐゲンガーを追いかけていくと、いつの間にか晴れていた空を見ることが出来る花壇に美しい花々が咲き誇る広場に出た。暗い路地裏からいきなり明るいところに出たのでカスミは目を細めながら広場を見渡すと、茶色が混じる黒髪黒目の少年がいた。

 

 

 

 「愚策だよ、カスミさん。一人でこんなところに来ちゃうんだから」

 

 

 

 そういってほほ笑む少年にカスミはハッとして後ろを振り向いた。

 そこにはポケモンと共に倒れた警察のトレーナー二人とその二人を見てあざ笑うゲンガーがいた。

 ゲンガーはそのまま少年の元へと行き、少年はそんなゲンガーを撫でながら首にかかったポケナビを回収し、黒いヘドロを持たせてモンスターボールへとゲンガーを戻した。

 

 

 

 「さて、せっかく来てくれたんだ。歓迎するよカスミさん」

 

 

 

 そう少年、カオルはカスミに言いながらモンスターボールを投げた。

 

 

 



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ジムリーダーと彼 中編

 もう誰も待っていないですか|д゚)
 皆さん、お久しぶりです。5年半ぶりですね。リアルで色々あり、心身ともに疲れ、書くどころではなくなって失踪していたんですが、今は大分自分も周りも落ち着き、平和になりました。
 少しずつ書くことに前向きになり、時間はかかりますが、投稿を再開します。
 なお、感想のお返事は出来ないかもしれませんのでご了承ください。



 

 

 

 窓のない部屋に閉じ込められて一か月程たった今、ナツメは何時もより外が少し騒がしい事に気づいていたが、今の自分では何もする事が出来ないため、外が騒がしいということに気づいていても、諦めて部屋の椅子に大人しく座っていた。

 あの黒い服を着た少年がミュウツーを手に入れたかどうかは分からないが、どちらにしてもよくない事が起こっただろう事はナツメ自身わかっていた。ジムリーダーとして町の人を守る為にあの時ミュウツーの知る限りの情報を話す事は間違ってはいなかったとは思っているが、犯罪組織の脅しに屈したも同然である。ナツメはジムリーダー失格とでさえ思っていた。

 仮にこの事件がいい方向に終わったとしてもジムリーダーの辞表をポケモンリーグに提出する事を考えるほどに。

 ナツメ自身、町を守れなかった事、ミュウツーの情報を喋ってしまった事はそれ程悔いていた。

 

 だが、ナツメの性格上やられっぱなしは性に合わない。せめて、一矢報いる事だけはしたかった。もし、もう一度この手にポケモン達が戻ってきた上に、まだ自分の力が必要であるのならば、思いっきりロケット団にぶつけてやろうと決意もしていた。

 

 何もできないのに何を思っているんだか。

 

 そう自分自身をあざ笑って、溜息を吐いたとき、ガタンッ、と言う音がかすかに長方形の換気口から聞こえてきた事に顔を勢いよく上げ、換気口の方向に向いた。

 聞き間違いかと思ったが、カタン、カンッと金属音とペタペタと“何か”が這いずりまわっているような音が聞こえてきてナツメは少し不気味に思い、椅子から立ち上がる。

 

 そうしている間にも“何か”がナツメのいる部屋の換気口に向かってきているのか音が段々と大きくなっている。

 ナツメは机の上にあったテーブルスタンドを握り、構えながら換気口から出てくる“何か”が襲い掛かってきても対処できる様にした。

 だが、換気口から見えた姿にナツメは肩の力が抜けた。

 

 ピッカ、と鳴いてナツメに手を振ったのはピカチュウであった。

 その友好的なピカチュウにナツメは換気口の壁に椅子をつけてのぼり、換気口のネジをピカチュウが持っていたネジ回しを使って外す。

 ピカチュウは煤だらけになりながらナツメに“あるもの”を差し出した。それを見たナツメは目を見開いて驚いた。何故なら、それは奪われたナツメのポケモンのボールホルダーであった為だ。

 

 ポケモン達も回復されているのか力強くモンスターボールを揺らし、その様子を見たピカチュウも満足そうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狭く薄暗い路地裏に壁に張り付きながら、カツラは道の角から顔を出し、素早く動くポケモンに攻撃する為、キュウコンに指示を出す。

 

 

 

 「キュウコン、大文字!」

 

 

 

 キュウコンはカツラの指示に従い、狭い路地裏の中でも正確に動くポケモンに当てようとするが、そのポケモンは路地裏の看板や窓についている鉄格子を蔓のムチで器用にからめとり、自分の体を宙に浮かせ、回避する。

 炎に照らされたその姿はもじゃもじゃの青いツル草に包まれたポケモン、モンジャラであった。

 

 

 

「モンジャラ、キュウコンに目覚めるパワー!」

 

 

 

 路地裏の先に潜むRと書かれた黒い服を着た年若い男はモンジャラにそう指示した。モンジャラは青い光を纏った小さな複数のボール、水タイプの目覚めるパワーをキュウコンへと向けて発射する。

 カツラはその攻撃を見て、丸い黒の眼鏡をしていてもわかる程に苦虫を噛み潰したような顔をした。

 警察の熟年女性トレーナーは目覚めるパワーが水タイプのものであると気づき、自分のポケモンである全身が薄みがかった紫色の蛾の様なポケモン、モルフォンにキュウコンの前に出る事と守るを指示する。

 モルフォンはキュウコンの前に飛び出し、緑色に発光する壁、守るを展開し、目覚めるパワーを防ぐ。だが、それも予測済みであったのか、ロケット団の年若い男はモンジャラに守るの壁の光が消えかかったタイミングで蔓のムチを指示する。

 蔓のムチは寸分違わずモルフォンに当たり、その体を吹き飛ばされ、受け身もとれぬまま、壁に勢いよくぶつかり地面に落ちる。

 苦しそうな声を上げているモルフォンに警察の熟年女性のトレーナーはあっせた様にモルフォンに声をかける。

 その間にモンジャラは目覚めるパワーを仕掛ける。

 

 カツラはその様子を見て、キュウコンに鬼火を指示し、目覚めるパワーを相殺するが、その後にロケット団の二十代位の女が蝙蝠の様な姿をした青と紫色のポケモン、ズバットに超音波を指示し、ズバットは人間には聞こえない特殊な音波をキュウコンに放つ。

 キュウコンは音波を浴びたのか目を回しながらふらつく。

 ふらつくキュウコンをかばう様に半魚の哺乳類のような姿をしたポケモン、シャワーズは主人である警察の青年トレーナーの指示で前に躍り出た後、凍える風を繰り出した。

 ズバットはモンジャラの後ろに隠れ、モンジャラは緑色に発光した壁、守るで防ぐ。

 

 カツラはその隙にキュウコンをモンスターボールに一旦引っ込めて黒いトラ模様を持った大型ポケモン、ウインディを繰り出し、この状況をどう打破するか考えていた。

 

 カスミを追いかけようと行動する前に突然、襲撃され対応しながら逃げていた為どこをどう歩いたかは覚えておらず、後ろの角からもロケット団二人が来て挟み撃ちにされた。後ろの方は警察トレーナー二人が今現在も対応していて身動きが取れない。

 二人程警察トレーナーがカスミについって行ったが、チームを分断された事に変わりはない。

 早く目の前のロケット団達を片付けようにも生憎とカツラの手持ちは狭い路地裏では思う様に身動きが取れない大型のポケモンばかりだ。

 その反面、相手のロケット団達は狭い路地裏でもポケモンバトルが出来る小回りのきいたポケモンを多く連れているらしく、相性ではこちらが有利だと言うのに路地裏の看板や薄暗さ等の特性を利用され、なかなか沈める事が出来なかった。

 

この状況を打破する為に特殊な電波でロケット団に傍受されない様にしたインカムからエリカとキョウのチームに応援を頼んだのだが、あちらのチームも襲撃があった様で対応している上に、ヤマブキシティの住民が捕らわれているのを見つけたらしく、安全な場所に避難をさせる事もしなくてはならない為、直ぐには駆けつける事が出来ない状況で、カツラはこのチームで対応を余儀なくされていた。

 幾つか策は思いついても勝算は低く、真正面からの突破が時間はかかるが一番無難であると言う結論が何度も出たところでカツラはカスミ達の無事を願いつつ、強引でも正面突破する為、指示を出す。

 

 

 

 「ウインディ、鬼火」

 

 

 

 ウインディはカツラの指示通りに怪しく揺らめく紫炎の玉を複数作り、ズバットに向かって投げつける。

 ズバットはロケット団の二十代位の女の指示により空中で巧みによけるが、さすがにすべては避けきれない様でモンジャラの後ろに隠れ、モンジャラの守るで身を守った。

 警察の熟年女性のトレーナーは何とか起き上がったモルフォンに風起こしを指示し、モンジャラとズバットの動きを制限する事に成功した。殆ど動けない状態であるモンジャラとズバットに守るが消えかかったタイミングで警察の青年トレーナーの指示に従い、シャワーズがハイドロポンプを繰り出した。カツラも()()()()を思いつき、ウインディに指示を出し、たたみかける。

 

 

 

 「ウインディ!鬼火で囲い込むのじゃ」

 

 

 

 ウインディの鬼火はズバットとモンジャラを囲い込み、その中にシャワーズのハイドロポンプが直撃したとたん、ドカンッという音が聞こえ、爆風と共にあたり一面が白く覆われた。

 カツラ達はとっさに壁から顔を引っ込め、水蒸気の爆風から逃れるが、ポケモン達はもろにその水蒸気を受けたであろう事は想像するのに難しくない。

 

 ウインディの鬼火とシャワーズのハイドロポンプが直撃した為、水蒸気爆発が起こったのだ。

 普段のポケモンバトルでも水ポケモンと対峙した時に目くらましとして使ってはいたが、それはあくまで広いバトルフィールドの話であり、この狭い路地裏でするのは自身のポケモンもただでは済まない。

 カツラは一番ダメージを受けているであろうウインディに苦い顔をしながらも、ウインディがこの程度で倒れる程軟なポケモンでは無いとカツラはわかっている。

 

 

 

 「火炎放射!」

 

 

 

 水蒸気の中で真っ赤に燃え上がる大きな炎が見えた瞬間、モンジャラの悲鳴の様な鳴き声が聞こえた。

 水蒸気が薄くなり、多少視界が開けた時に見えたのは火炎放射をもろに食らったのか戦闘不能になったモンジャラと息を切らしながらもたたずむウインディであった。

 ズバットは耐えきったのかふらふらしながらも飛び続け、モルフォンは目を回し、戦闘不能になっていた。シャワーズは耐えきった様子であったが、ダメージはかなり入ったのか息を切らしている。

 カツラはウインディの様子と味方の様子を見ながら、つづけさまに攻撃を指示しようとしたその時だった。

 

 

 

 「ウインディに辻斬りよ!」

 

 

 

 ロケット団の二十代位の女が突然ポケモンに指示をした。しかし、カツラが覚えている限りズバットは辻斬りを覚えないはずだ。

 カツラが怪しんでいると、上空からバサリッと言う羽音が聞こえ、すぐさま上を向いた。

 

 そこにはもっさりとした白い胸毛が生え、帽子を被っているような外見が特徴的のポケモン、ドンカラスがウインディめがけて急降下していた。カツラは慌ててウインディに避ける様に指示するが、ダメージを引きずっているウインディは避け切れず、辻斬りを受け目を回し、戦闘不能状態となった。

 

 おそらく、水蒸気爆発が起こった後にドンカラスを繰り出し上空で待機させていたのであろう。

 カツラはモンスターボールにウインディを引っ込め、内心で水蒸気爆発の事も含めて謝りながら、キュウコンを繰り出そうとするが、その前にドンカラスが()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 シャワーズがすかさずトレーナーの指示を待たずして凍える風を繰り出しカツラ達を守ろうとするが、ロケット団の年若い男はモンジャラをいつの間にか引っ込め、代わりに頭から角が2本生え、背中には肋骨状の装飾があるドーベルマンの様なポケモン、ヘルガーを繰り出しており、火炎放射で凍える風を相殺してシャワーズに向かってかみ砕くを繰り出す。

 その間にドンカラスはカツラ達に迫り、ポケモンを繰り出しても間に合わない程に接近していた。

 

 

 

 間に合わない。

 

 

 

 そう判断したカツラはとっさに警察トレーナー達の盾になろうと手を広げた。

 ジムリーダーの自分が生き残った方が作戦を有利に進められるとわかっていても、警察トレーナーである彼らがこの作戦に重傷、最悪の場合死に至る事を覚悟のうえで参加していたのだとしても、ジムリーダーでありこのチームの一番の年長である自分が彼らを守らなければならないという意思がカツラにそういう行動をとらせた。

 

 チームリーダーとして失格だなとカツラは思いつつも衝撃と痛みを覚悟したその時だった。

 

 

 

 突然、路地裏に太陽の光をさえぎっていたトタン屋根が吹っ飛び、太陽の光が路地裏に差し込む。その瞬間、路地裏の壁にドンカラスがたたきつけられた。

 警察トレーナー二人は突然太陽の光が薄暗さになれた目に映ったので目を細めてしまった為、ドンカラスがどうして路地裏の壁に叩き付けられたか見ていなかったが、カツラの目はサングラスをかけていた為、ドンカラスが青白い光に包まれた瞬間に路地裏の壁に叩き付けられていたのを見ていた。

 

 

 

 それは、サイコキネシス特有の青白い光であった。

 

 

 

 カツラはトタン屋根がはがれた場所を見てみると、そこには想像していた人物が、髭が生え、目は鋭く、額には赤い星型の模様のあるポケモン、ユンゲラーと細くしなやかな体躯に二又に分かれた尾を持つ上品な出で立ちをしたポケモン、エイフィーを連れてユンゲラーのサイコキネシスで静かに路地裏に降り立った。

 

 

 

「私、今とても虫の居所が悪いの。悪いけど手加減できそうにないわ」

 

 

 

 そう言ってナツメはロケット団を一掃する為、エーフィとユンゲラーに指示を出した。

 

 

 

 

 




 そう言えば、剣盾の育て屋ババアの被害者結構多いですね。
 私も色違いドラメシヤ出そうとして被害にあいました。
 一週間無駄にしたぜ( ;∀;)
 育て屋のお姉さんに変えて6vドラメシヤ(クリアボディ)、攻撃理想個体5vドラメシヤ(色違い&すり抜け)、特殊理想個体5vドラメシヤ(呪われボディ)が3連続で出てきて育て屋のお姉さんが女神に見えた。見える、後光が見えるうううう!!!

 拝み倒した。
 そして、ババアは許さねえ。絶対に。
 お前、絶対セレブな奴らに高値で売りつけて稼いでるんだろ!
 卵で孵したら親が買ったやつの名前になるからいう事聞くもんな!
 しかも、偶然なのかわからんけど、お前のとこで6v出た事無いんだけど!
 お姉さんとこでは今までの厳選データで6vが3種類内一匹の確率で出てくるんだけど、お前んとこ10種類程預けて一匹も6v見てなかったんだけど!全部5vだったわ!私、大体5vで終わらせるからいいんだけどね!
 検証するべきなんだろうけれどあのババアにポケモン達を預けたくなのでしません。


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ジムリーダーと彼 後編

 

 

 

 ヤマブキシティの路地裏にある空を見上げる事ができる程広い広場は噴水の周りに美しい花々が咲き誇る花壇や、都会とは思えぬほどの静けさがあり、普段は人とポケモンの憩いの場として知られているのだが、今現在はポケモンの技、雨ごいにより晴れだった天候が雨に変わり、追い風による風が花壇に咲く花弁を散らし、激しいポケモンバトルが繰り広げられていた。

 

 

 

 「スターミー、ハイドロポンプよ!」

 

 

 

 カスミのポケモン、スターミーはハイドロポンプを勢いよく相手のポケモンに繰り出すが、ハイドロポンプが青白い光に包まれたかと思うとハイドロポンプの向きが変わり、スターミーにブーメランのように返ってくる。

 スターミーは高速スピンでハイドロポンプの渦とは逆回転で相殺し、カスミの前に着地して相手のポケモンに威嚇するように真ん中の赤い宝石を発光させる。

 

 相手のポケモン、カオルのヤドランはカスミのスターミーの威嚇を気にも留めず、とぼけ顔で主人であるカオルの指示を待つ。

 

 

 

 「さすがだね、カスミさん。思ったより手強い」

 

 「余裕な表情で言われても嬉しくは無いわ」

 

 

 

 それは残念。と強風と降りしきる雨の中、微笑むカオルにカスミは得体の知れなさを感じつつ、スターミーに指示を出す。

 スターミーの体力が半分になっているのに対し、多少は体力を削ったが、ヤドランはまだまだ余裕がある。さらに、雨の恩恵により水タイプの技が1,5倍上がるが、それは相手のヤドランも同じで、フィールドはほぼ障害物が無いうえに追い風が発動状態であるため、追い風の恩恵を受けてポケモンが素早く動けるカオルの有利が続いている状態だ。

 

 フィールドはカオルの方に有利だが、カスミは水のジムリーダー。この程度の窮地など何度も潜り抜けている為、挽回の余地はある。

 スターミーはカスミの指示により、高速スピンでヤドランに迫ってくるのを見て、カオルは表情を崩さずにヤドランに指示を出す。

 

 

 

 「受け止めろ」

 

 「!スターミー、避けて!」

 

 

 

 その指示を聞いたカスミは驚きの表情をし、慌てて指示するが、高速で動くスターミーはそう簡単に軌道をずらしたりできず、減速するだけになってしまった。

 そして、ヤドランは当たり前の様に高速スピンで突っ込んできたスターミーを受け止める。

 水飛沫をあげながら数メートル程地面を滑る。減速してしまったのも仇となったのか、とぼけ顔のままヤドランはがっちりとスターミーをその腕で拘束している。

 

 

 

 「サイコキネシス」

 

 「十万ボルトで逃げて!」

 

 

 

 ()()()()()ながら指示したカオルの指示に従い、ヤドランがスターミーにサイコキネシスを繰り出した直後、カスミの指示によりスターミーは拘束を逃れる為、十万ボルトを繰り出した。

 効果抜群の電撃に拘束していた腕を緩めたヤドランからスターミーは逃れ、回転しながら地面に降り立ったが、その直後に体をふらつかせて、真ん中の赤い宝石を発光させた後、倒れてしまった。

 

 カスミは何があったかわからず、呆然とするが、カオルが楽し気にカスミに話しかける。

 

 

 

 「カスミさんは何故、スターミーがタイプ弱点である十万ボルトを覚えるか知っているかい?スターミーは自身の感情を表す際、赤い宝石のようなコアを発光させるのは知っているよね。発光させる事が出来るのはコアの中に電気を作っている器官があってその器官が発光しているのさ。つまり、電気を保有しても感電しないのはその器官があるコアのみ。腕の部分は普通の水タイプと同じく弱点である電気技が通る。これが、スターミーが十万ボルトを覚える仕組みと電気技が弱点になるカラクリさ。貴女のスターミーに十万ボルトがあるのはゲートを突破する時の戦闘で知ってたからね。サイコキネシスで十万ボルトを腕の部分に跳ね返したのさ。……まあ、こちらもただで済まなかったみたいだけれど」

 

 

 

 此処まで説明したら分かるよね。そう言うカオルにカスミは自分の判断の甘さに唇を噛み締める。

 つまり、ヤドランのサイコキネシスで十万ボルトをゼロ距離でスターミーに跳ね返した為、スターミーは自分が放った技である十万ボルトを受けた事になる。

 当然、水タイプのスターミーは効果抜群な上、半分程体力が削られていたため、ただで済むはずはなく、戦闘不能状態に陥った。

 だが、ヤドランにもダメージは通ったらしく、とぼけ顔のままだが、体には黒い煤がいたるところについていた。

 

 カスミはダメージが通っただけでも良しとし、スターミーをモンスターボールに戻して次のポケモンを繰り出した。

 

 

 

 「頼んだわよ、ラプラス!」

 

 「ヤドラン、戻れ」

 

 

 

 カオルはヤドランの特性、再生力を使う為、一端モンスターボールに戻し、出てきたラプラスにどう対処するか思案した。

 高火力技で弱点を突かれるとHPが半分以上削られる普通の耐久ポケモンである為、その点を考えると自身のタイプとは不一致の技、ばかじからを持つマリルリが有利だが、ラプラスのサイコキネシスが厄介になる。自分のヤドランの十八番であるサイコキネシスの便利さをよく知っているので、急所にでも入らないと苦戦するかもしれない。

 だからと言って相手はジムリーダー。出し惜しみしていればやられるのは自分の方である。

 カスミの残っている手持ちポケモンが気になるが、ここはポケモンバトルの基本中の基本である相性の有利でいくことに決めたカオルはモンスターボールを投げる。

 

 

 

 「出てこい、マリルリ」

 

 

 

 マリルリは投げられたモンスターボールから勢いよく出てきて、ラプラスを睨み付ける。

 ラプラスも負けじと睨み返し、カスミの指示した氷のつぶてを繰り差す。

 カオルは氷のつぶてにかまわず、マリルリに()()()()()()()()()()()()()アクアジェットを指示する。

 氷のつぶてを受けながらも、アクアジェットを繰り出したマリルリはラプラスに突っ込む。

 よける様に指示を出したカスミの言う通り、紙一重で右横に避けようとした瞬間、アクアジェットの水の中から出てきたマリルリがばかじからを繰り出した。

 

 ラプラスはアクアジェットを至近距離で避けようとしていた為、アクアジェットから出てきてばかじからを繰り出すマリルリを避ける事はかなわず、そのまま攻撃を受ける形となり、吹き飛びそのまま壁にぶつかる。

 壁には大きなひびが入りマリルリの特性力持ちで攻撃力が二倍に強化されたばかじからがいかに破壊力抜群であるかを物語っている。

 マリルリはばかじからの効果で攻撃力と防御力が一段階下がる。

 

 ラプラスは急所に当たったのかダメージは相当らしく、うめき声をあげている。カスミが必死に声をかけているが、カオルは容赦なく追撃をかける。

 

 

 

 「じゃれつく」

 

 

 

 あるポケモンのせいで最早“じゃれつく”と言うより“邪烈苦”であると定評のあるフェアリータイプの物理技で止めを刺しにいく。

 だが、カスミとラプラスもやられっぱなしではない。

 

 

 

 「ラプラス、絶対零度!」

 

 

 

 ラプラスはカスミの指示を受け、その声に悲しみがこもっていることに気がついていた。相手の子供に勝つ為に後に控えている仲間ポケモンが優位にバトルできる様にダメージの大きいラプラスを捨て、子供の手持ちの中で高火力であろうマリルリだけでも沈めようとしている事に罪悪感を抱いているのだろうとラプラスは予想した。

 だが、ラプラスは後に続く仲間ポケモンの為にも、カスミが勝利を手にする為にもまだできる事があるのであれば最後まで戦える事が嬉しかった。

 

 だからこそマリルリが繰り出したじゃれつくを受ける寸前にゼロ距離から絶対零度を放つ。

 絶対零度の吐息がマリルリにかかり、手足の先から凍っていく。

 じゃれつくを受けたラプラスは戦闘不能状態で目を回していた。

 

 ほぼ同時に両者ともにポケモンをモンスターボールに戻す。

 雨がまばらになり、風も勢いをなくす中、カオルはモンスターボールの中のマリルリが凍ってしまったのを確認し、眉を寄せる。

 

 

 

 できれば、マリルリは残しておきたかったんだけどね。真面目にポケモンバトルをしない方がよかったかな。

 

 

 

 そう思いつつも、マリルリのモンスターボールをボールホルダーに収め、次のポケモンを出すためモンスターボールを確認し、一つのモンスターボールを投げた。

 

 

 

 「行き給え、ヤドラン」

 

 「行って!キングドラ!」

 

 

 

 ヤドランは何を考えているのかわからないとぼけ顔を崩さずカオルの前に立ち、相手を見据える。

 モンスターボール特有の光の中から海に漂う藻のようなひれとすらりとした水色のフォルムを持つポケモン、キングドラは激しい闘争心をその目に宿しながら噴水に着水する。その姿を見ながらカオルはやっぱり、と内心でつぶやき顔を歪める。

 カオルの感情の機微をくみ取ったヤドランはちらりとカオルの様子をうかがうが、キングドラにすぐ視線を戻した。

 

 カオルの手持ちでは雨パ代表格のキングドラが持つドラゴンタイプに有利に立ち向かえるポケモンはフェアリータイプを持っているマリルリのみ。

 だが、マリルリは凍ってしまったため戦闘には出せない。

 

 幸い、ヤドランはダメージは多少残っているものの、タイプ相性は普通。タイプ不一致とはいえ冷凍ビームも持っている。バトルフィールドの広場は水場が噴水周辺しかないため、キングドラは行動を制限されるので、上手く立ち回れば有利が取れるだろう。

 

 ただ、マリルリが凍ったあたりから、追い風が弱くなっているため、先制補正がかからなくなっているのが気がかりであるが同時に雨も止みつつあるため、素早さを上げる特性すいすいはきかなくなるだろう。

 急所に当たった時、通常よりダメージ補正がかかる特性スナイパーでなければ。

 

 この世界はゲームよりもポケモンの研究が進んでおらず、隠れ特性どころか特性自体が確認できていないポケモンが多くいる。カオルの調べた限りではキングドラの特性すいすいは確認できていて、特性スナイパーはまだ確認されていない。

 このキングドラはピントレンズもしくはするどいツメは持っている可能性は限りなく低いが、一番手のポケモンで天候を雨に継続させるために雨ごいをせずに出してきたことに不安を感じる。

 だが、迷っていてはポケモンバトルにならない。

 

 

 

 「ヤドラン、大文字」

 

 「避けながら気合いだめ!」

 

 

 

 カオルは情報不足で判断が甘かったことに悪態をつきたくなったが、ヤドランはカオルの()()()()()()()()()()指示に従い、キングドラに大文字を放った後、避けたキングドラにサイコキネシスで大文字をぶつける。

 キングドラは苦渋の声を上げるが効果はいま一つの上に噴水の水で炎の熱を逃がしたため、ダメージは少ない。

 わずかな時間でカオルは特性スナイパーの効果を脳内から引っ張りだす。

 急所補正技である気合いだめの後に急所に当たれば正確な数値は忘れたが、特性スナイパーの効果により通常1.5倍のダメージ補正が2倍以上のダメージ補正がかかる。

 

 幸い、大文字の熱気でおきた水蒸気があたりを白く塗りつぶし、互いのポケモンの位置が分からなくなってしまったため、水蒸気が晴れるまで攻撃はそう簡単には当たらないだろう。

 

 

 

 最もカオルのヤドランには関係ないが。

 

 

 

 

 

 

 「電磁波」

 

 「っ!?キングドラ!ハイドロポンプを地面に打って!」

 

 

 

 かすかに見えたカスミが驚いた様子を見せたが、カオルは無視して水蒸気の中にいるであろうヤドランがいる方向を確認しながら広場のベンチに移動する。

 水蒸気の中で黄色く小さな稲妻が一瞬光ったと同時にハイドロポンプが放たれる。

 

 ハイドロポンプの威力は強く、あっという間にキングドラの体を空高く押しやると同時に大量の水が広場の隅々まで押し寄せ、カオルのヤドランも水量に転がるように押しやられていたが、カスミの指示を聞いた後水から逃れるため、広場のベンチに乗っていたカオルはヤドランに指示を出す。

 

 

 

 「地面に冷凍ビーム」

 

 

 

 

 ヤドランは鈍足ながらも体勢を立て直し、近くにあった水飲み台に素早く飛び乗り冷凍ビームを放つ。

 大量の水があっという間に凍っていくのを見て、カスミも広場のベンチの上へと素早く避難する。

 

 カスミがベンチに上がった直後に広場にあふれかえった水は凍り、水と草花のフィールドは氷のフィールドへと様変わりした。

 キングドラは水量を調整して着氷したが、滑る上に苦手な氷の上にはなるべくいたくないのか、白亜の石で作られた噴水の塔に上る。

 

 水飲み台から降りて着氷したが、滑ってしりもちをついたままとぼけ顔でぼーっとしているヤドランを見て痛かったんだな。と察したカオルは呆れた視線を送ると、感情を察知したヤドランはカオルの顔を見ながらとぼけ顔でごまかした。

 

 雨も追い風の強風もいつの間にかやんでいた。

 

 

 

 「キングドラ、流星群!」

 

 「サイコキネシスで移動」

 

 

 

 その名の通り流れ星のように降ってくる流星群をしりもちをついたままサイコキネシスで自分の体を滑るように移動していくヤドランを確認しつつ、キングドラの流星群で砕けた氷を見てカオルはつづけさまに指示を出した。

 

 

 

 「氷をキングドラに」

 

 

 

 その言葉だけでカオルの言いたいことを察したヤドランは流星群を避け切った直後、特攻が2段階下がったキングドラにサイコキネシスで砕けた氷を浮かしてお返しとばかりに降らした。

 流星群のように降り注ぐ氷の塊を避けようと動くが、キングドラの動きは精細さを欠いており、殆ど避け切れていない。

 時折しびれているような動きをすることから、電磁波は避け切っていたと思われていたが、当たっていたらしい。

 

 カスミもそのことに気づいたのか、キングドラに指示を出す。

 

 

 

 「流星群!」

 

 

 

 キングドラは流星群で氷を相殺しつつ、ヤドランに流星群を向ける。

 一回目の流星群により凸凹になってしまった氷の上をサイコキネシスの移動では避け切れななかったらしく、いくつか当たってしまい、わかりにくいが疲れた様子を見せ始めた。

 流星群を打ち終わり、さらに特攻が2段階下がったキングドラも息がだいぶ上がっている。

 

 

 

 「キングドラ!ハイドロポンプ!」

 

 「サイコキネシス」

 

 

 

 キングドラのハイドロポンプとヤドランのサイコキネシスによる氷の雨はほぼ同時に互いのポケモンに直撃し、吹っ飛んだ。

 氷のフィールドを滑り、広場の端まで行ったヤドランはゆっくりとした動作で起き上がろうとして目を回し、戦闘不能となった。

 効果はいま一つな上に4段階下がった特攻ではヤドランは戦闘不能になることは無いだろうと予測していたが、急所にあったったのを確認していた為、ギリギリHPがつきてしまったらしい。運が悪いと思いながらキングドラを見る。

 キングドラはふらつきながらも起き上がるが、続けてポケモンバトルをすることは無理であろうことは火を見るより明らかであった。

 

 カスミがキングドラをモンスターボールに収めるのを確認しながらカオルもモンスターボールにヤドランをひっこめて次のモンスターボールを投げる。

 

 

 

 「ピジョット、追い風」

 

 「ゴルダック、雨乞い!」

 

 

 

 ピジョットは空に舞い上がり、追い風を作るため、大きな翼を動かす。

 青くクールな風貌をした河童のような姿をしたポケモン、ゴルダックは滑る氷の上に何とか立ちながらピジョットの追い風を作ろうとしているのを見て晴れ模様の空に嘶いた。

 すると、晴れであった天候は徐々に雨雲がかかり、雨が降り始める。

 追い風を完成させたピジョットは降りしきる雨を睨みつける。

 

 

 

 「とんぼ返り」

 

 「冷凍ビーム!」

 

 

 

 後衛のポケモンがダメージを負うリスクはあるが、ピジョットの制空権確保や追い風はまだ必要であるため、とんぼ返りを指示し、ゴルダックの体力を少しでも削りにかかる。

 ゴルダックは素早く冷凍ビームを放とうとするが、先にとんぼ返りが当たりダメージを負う。

 

 だが、次に繰り出されたポケモンに向けて冷凍ビームを放った。

 とんぼ返りで出てきたポケモン、ゲンガーは直撃はぎりぎりかわしたが、左手に当たり霜がついたのか、白くなっている。

 慌てて左手を吐息で温めているゲンガーにお構いなしにカオルは指示を出していく。

 

 

 

 「ゲンガー、鬼火」

 

 

 

 ゲンガーはカオル指示にシシッ、と不気味に笑いながら特性ふゆうで氷の出っ張りを利用し、フィールドを縦横無尽にかけながらゴルダックに襲い掛かった。

 

 

 

 「戻って、ゴルダック!」

 

 

 

 カスミは自身のひれのせいで滑りやすいのか立つこともおぼつかないゴルダックでは特性ふゆうで氷のフィールドの影響を受けないゲンガーに不利を悟り、ゴルダックをモンスターボールに戻し、次のポケモンを送り出す。

 モンスターボールの光の中から出てきたのは、全体的に緑色だが、お腹の部分が黄色く渦を巻いており、水色の頭の巻き毛が特徴のポケモン、ニョロトノはその特徴的な鳴き声で氷のフィールドに着氷するが、滑る様子はない。

 

 カオルはポケモン世界にきて知ったポケモンの生態知識を頭の中から引っ張り出し、ニョロトノの生態を思い出す。ニョロトノ等のカエル型ポケモンには手足の吸盤が壁等を登るときに滑りにくくしているため、その原理で氷の上でも滑らないのだろう。

 現実世界ではアマガエル等の木や森に生息する小型のカエルが持つ吸盤であるため、ニョロトノのモデルとなった水辺周辺に生息するトノサマガエルは持っていないのだが、現実世界の動物をポケモンに当てはめても意味はない。

 

 現実世界のポケモンゲームではニョロトノの特性で有名なのはあめふらしだが、このポケモン世界では何故かちょすいが有名である。

 カオルの推測ではあるがポケモン世界の野生のニョロトノが発見されるのが、雨が多く降る湿原であるから特性あめふらし持ちのニョロトノと遭遇しても環境のせいだと勘違いしているのではないかと考えている。

 特性2のしめりけも知られていないのはただ単にじばくと特性ゆうばくを持っている相手とポケモンバトルしない限り発見する事が出来ないのが理由だろう。

 カスミもゴルダックが雨乞い要員なのを見ると特性あめふらしではなく、ちょすいの可能性が高い。実世界の育成論では特性あめふらし前提でほろびのうた型か特殊サポート型かの二択がほぼ確定である。前者であれば厄介だが、カスミの性格とポケモン世界の研究論からして特殊アタッカー型が妥当な線だろう。

 

 カオルは脳内のニョロトノの生態等をすぐさま閉じて、ゲンガーの指示を仰ぐような視線に鬼火指示続行である事を視線で伝える。

 ゲンガーは繰り出した紫炎の炎の玉を次々とニョロトノに投げつけていく。

 カスミはニョロトノに目線を送りながら指示した。

 

 

 

 「ハイドロポンプ!」

 

 

 

 ニョロトノはカスミの指示に従い、ハイドロポンプを繰り出し、鬼火にあてた。

 その直後、ドカンッと大きな爆発音とともにあたりが爆風と熱を帯びた水蒸気に包まれる。

 カオルは腕で水蒸気から顔を守る。

 

 カツラが弱点である水タイプによく使う水蒸気爆発を利用して奇襲を仕掛けてくると予想していた為、さして驚きもせず、ゲンガーに指示を出す。

 

 

 

 「影へ」

 

 

 

 その言葉でカオルの狙いを理解したゲンガーは可笑しくて仕方ないと不気味に笑いながら水蒸気があたりを白く染める中、公園の木の影に潜り込み、影から影へと獲物に向かって移動する。

 追い風の強風で水蒸気は晴れていくが、カスミやニョロトノからゲンガーが影に潜り込んだのが見えなかったらしく、辺りを警戒するように指示を出しているのが聞こえる。

 警戒している獲物にゲンガーは近づき、攻撃しようとした瞬間だった。

 

 

 

 「ニョロトノ、こごえるかぜ!」

 

 

 

 ニョロトノは()()()()()()()()()()()ゲンガーにカスミを巻き込まないようにしながら口から凍えるような風をぶつけた。

 予想外の攻撃にゲンガーは避ける間もなく直撃し、吹っ飛ばされるが、空中で体勢を立て直し、氷上を滑りながらも着氷する。

カオルのそばにまで滑ってきたゲンガーに先程のカスミの指示も聞こえていた為、奇襲が失敗した事を悟ってポケモンバトルを続行しなければいけない事に溜息をつきながらも、追い風で完全に水蒸気が晴れて見えたカスミとそばにいるニョロトノに拍手を送る。

 

 

 

 「よくゲンガーの奇襲に気づいたね。今後の参考に教えてくれないかな?」

 

 「断るわ。ニョロトノ!」

 

 

 

 ニョロトノのハイドロポンプをかわしながら()()()()()()()()ゲンガーを見て、カオルはカスミのつれない返事に苦笑しながらそれは残念。と呟くが、おそらくゲンガーの手癖の悪さを見せすぎたのだろうと予測した。

 大通り、路地裏、公園にはいった直後。全てゲンガーが実行し、カスミは翻弄されている。

 警戒するのも仕方がない。

 

 自分が指示した事であるのを棚に上げて悪戯っ子のゲンガーだから。と結論を出したカオルは連弾シャドーボールを指示する。

 ゲンガーはシャドーボールを様々な角度から投げつける。

 

 

 

 「こごえるかぜで薙ぎ払って」

 

 

 

 シャドーボールの弾幕に全て避け切る事は不可能と判断し、カスミはこごえるかぜで多くを打ち落とそうと思い指示したが、ニョロトノはこごえるかぜを繰り出そうとして弱々しい吐息程しか出ない事に気づき、慌ててシャドーボールを回避しようと動くが、避け切れず何発か食らってしまった。

 カスミは驚いた後、ニョロトノに声をかけて似たような状況が前にもあった事に気づき、カオルを睨みつけた。

 顔に笑みをのせてカオルは答えた。

 

 

 

 「金縛りって本当に便利だと思ないかい?」

 

 「ええ、あんたの性格の悪さが良く分かるわ!」

 

 

 

 カスミは吐き捨てる様に言うと、ニョロトノにアンコールを指示する。

 ニョロトノの煽てる様な仕草に気を良くしたのか、照れくさそうな表情をしたゲンガーはアンコールの効果によりシャドーボール以外打ちたくなくなったようだった。

 やられたな。と思いながらカオルはアンコールの効果をなくすためにゲンガーをモンスターボールに引っ込め、縮小してボールホルダーに収めた後、カオルの手持ちの中で唯一モンスターボールではなく、長い年月を思わせる所々傷のついたハイパーボールに収まっているポケモンを出す為にハイパーボールに手をかけ、思い止まる。

 

 此処で六匹目を出せば氷のフィールドが破壊され、カスミの後衛にひかえるゴルダックに対するフィールドの優位性が失われる上に、水ポケモンとは相性が悪い。

 六匹目は相性の悪さでやられる様な弱いポケモンではなく、相性?そんなの関係ねえと言わんばかりに相手を吹っ飛ばし、フィールドを破壊する暴君である事はカオルが一番良く分かっているが、手持ちの中で水タイプに真正面からぶつかっても有利に立ち回る事が出来るマリルリとヤドランが戦闘不能になっている以上、フィールドの有利性と制空権の確保、カオルがポケモンバトルで得意とする技による小細工でポケモンバトルの主導権を相手に握らせないように立ち回った方が、一匹のポケモンの力で強引に相手のポケモンを戦闘不能にするよりも多少時間はかかるし、手間が増えるが勝率が上がる。

 

 最も、六匹目を“捨て駒”として使えばニョロトノとゴルダックを倒しきり、戦闘不能寸前のキングドラと共倒れという形で最短での勝利が出来るが、ゴルダックまでなら完全に倒し切ることは出来る自信はあるが、キングドラまで倒しきれるかは怪しいし、何より六匹目は一度フィールドに出たら相手トレーナーのポケモンを倒しきり、最後までフィールドに立っていないと気が済まないというカオルにとっては厄介極まりないプライドの高さがあるので、途中で交代したり相手のポケモンを倒しきる前に自分が戦闘不能又は共倒れになったりしたらそのポケモンバトル以降、機嫌が直るまでふて寝するかカオルに訓練を要求し続けるかのどちらかになる。

 

 後者ならまだいいが、前者となると必要な時に役に立たなくなるので非常に困る。

 今はカントー地方の物語が始まっているのだ。あのカントー地方最強のジムリーダーであるロケット団の首領、サカキに真正面から一対一のポケモンバトルをすれば負ける。と言われた破壊力を持つ六匹目がこんなところで手札として持てなくなるのは避けたい。

 

 多少手間になるが、雨が上がりつつあるのに加えて追い風が弱くなったため、ピジョットのモンスターボールをつかんで繰り出した。

 

 

 

 「ピジョット、追い風」

 

 「ニョロトノ、ハイドロポンプで撃ち落として」

 

 

 

 ピジョットは大きく翼を広げ、追い風を作り出すと同時にその風を利用して自身に向かってくるニョロトノのハイドロポンプを旋回し避ける。

 雨が止み、雲の切れ間から顔を出す太陽の光に照らされながら、ピジョットは我が物のように空に羽ばたいている。

 

 

 

 「アンコール!」

 

 「とんぼ返り」

 

 

 

 ピジョットはアンコールをしようとするニョロトノに勢いよく突っ込み、カオルの元に戻ってくる。

 とんぼ返りの効果により、先ほど引っ込めたゲンガーが出てきたところにニョロトノのアンコールが決まるが、不発に終わる。

 

 ゲンガーはニョロトノの煽てる様な仕草に首を傾げ、何かに気づいたような顔をした後、カオルにジェスチャーを送る。如何やら、ニョロトノの不発したアンコールをゲンガーが出てきたところをもう一度見たいと要求されたと思ったらしく、ボールに戻して欲しいというものだった。

 

 

 

 「鬼火で囲い込め」

 

 

 

 ()()()()()()()()ながら茶番はいいから、ポケモンバトルしろ。とでも言うように眼だけが笑っていない笑みを主人であるカオルから向けられたゲンガーはガッカリした様な仕草をした後、指示通りに鬼火を作り出し、ニョロトノを囲い込む。

 

 

 

 「きあいだまで粉砕しなさい!」

 

 

 

 攻撃こそが最大の防御だと言わんばかりの形相で鬼火を粉砕していくニョロトノにカントー四天王の格闘使い、シバを思わせ、表情に出さないが引いた。

 ゲンガーも心なしかいつも不気味な笑みを浮かべる表情が引きつっている。

 

 

 

 まあ、好都合か。

 

 

 

 そうカオルが思った瞬間、ニョロトノが粉砕した鬼火の陰に隠れていたシャドーボールが特徴的な渦巻き模様のお腹に直撃する。

 ミュウツー戦でミュウツーがゲンガーに対して行っていた小細工を取り入れ、実戦に初めて使ったが、問題なく使える事に内心で満足する。

 焦ったようにニョロトノに声をかけるカスミにお構いなしにカオルは指示を出しながら()()()()()()()()()()

 

 

 

 「シャドーボール」

 

 「!ハイドロポンプ!」

 

 

 

 体勢を立て直しながら放たれたニョロトノのハイドロポンプをゲンガーはカオルの左手の指示通りに身代わりで回避してシャドーボールを打ち、それを飛んで回避したニョロトノに空中に飛ぶのを待っていたと言わんばかりにシャドーボールを打ち込む。

 空中では飛ぶ翼のないニョロトノではどうする事も出来ず、腕と足で急所を庇う事でダメージを最小限に抑えるが、直撃したシャドーボールの威力で吹っ飛ぶニョロトノにゲンガーはさらにシャドーボールを打つ。

 

 土埃を上げながら地面に勢いよく落ちたニョロトノは体制を整える間もなくシャドーボールが再び直撃するが、立ち上がる。

 

 カオルは左の腕時計で時刻を確認し、今の状況を考えるとカスミとのポケモンバトルが想定よりも時間がかかりそうになっていることに眉を寄せ、この後の予定をどう調整するかをポケモンバトルをしながら考えているとカオルのインカムにノイズが走り、通信がつながる。

 

 

 

 ≪済みません、カオル様。囚われの姫さんが路地裏、緑が第二地下シェルター付近、赤が……何故かおれのところに来ました≫

 

 

 

 カオルはインカムから聞こえるラムダの報告を受け、状況の悪さに分かりやすく顔をしかめ、カスミに聞こえないように小声でラムダになるべく時間を稼ぎながら足止めするように指示を出しモンスターボールを手に取る。

 

 

 

 「戻れ、ゲンガー」

 

 

 

 え!?何で?とでも言ってそうな表情をしたゲンガーが赤い光に包まれ、モンスターボールに引っ込んでいったのを確認し、ボールホルダーに収め、カオルはカスミに申し訳なさそうな、困ったような表情を向ける。

 

 

 

 「ごめん、カスミさん。ちょっとトラブルでポケモンバトルは出来そうにないんだ」

 

 「ちょっと!舐めないでくれる!?はいそうですかってアンタみたいな悪人逃すわけないでしょ!」

 

 「うん、分かってるよ。でもそう言うことじゃないんだ」

 

 

 

 カオルはボールホルダーからある縮小されたボールを手に取り、スイッチを押して掌大にすると、ポールから出されることを察したのかボールが早くここから出せとでも言うように小刻みに震える。

 片手に持つボールに落ち着けとでも言うように撫でながら表情を消したカオルはカスミに冷たく言い放った。

 

 

 

 「これから行うはポケモンバトルじゃない。ただの蹂躙だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハイパーボールから出てきたポケモンはボールから解放され、相手を蹂躙できることに歓喜するように咆哮した。

 

 

 

 

 



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復讐者と彼

※この話は途中から鮮血が飛んだりポケモンが死ぬ等の表現が出てきます。
 ぬるい表現にしたつもりですが、こんなのポケモンじゃない、気分が悪くなった等の苦情は一切受け付けませんのでご了承ください。
 それを踏まえたうえで大丈夫、読めるぜ。という方のみどうぞ。


 

 

 

 こりゃ、やべえな。

 

 

 

 ラムダは対峙する肩にピカチュウを乗せ、赤いモンスターボールの帽子を被った男の子、レッドを見ながらカオルにインカムで報告して思った。

 ラムダの隣でピカチュウの電撃を食らって伸びている(おそらく手加減はされていた)狙撃手の状態を目視で確認したが、起きる気配はない。

 内心で苦い思いをしつつも、ラムダはビル風に髪をもてあそばれながらこの状況をどう乗り切るかを考えた。

 

 

 

 数分前、ヤマブキシティ全体をほぼ見渡せる見渡しの良い高層ビルから狙撃手と共にカオルのサポートをしていたラムダは後ろに設置していたアポロの派閥が開発した四角い持ち運びと機能性を重視したテレポートマットからレッドが出てきた事を考えるとテレポートマットにつながっていた独房として使っているシルフカンパニー社の子会社から来たという事になる。

 つまり、そこはもうあらかた片付いた為、テレポートマットを踏んだに違いない。

 武装していたとはいえ、ただでさえ少ない人員の中、実行中のこの作戦に優秀な者達を配備した為、子会社に配備されていた者達は何処の派閥にも所属していない末端であった事が災いしたらしいと推測したラムダは頭が痛くなるのと同時にカオルからの指示により、縮小していたモンスターボールを掌大に戻し、ポケモンバトルをするために空中へと投げた。

 

 

 

 上司である少年がこの場に来くるまでの足止めとしてあがくために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カオルはカスミのポケモンを蹂躙した後、抵抗を受けながらも気絶させ、カスミのポケモンは取り上げずに自分のポケモンを元気の塊やまんたんの薬で回復し、あらかじめ配置していたテレポートマットを踏むとシルフカンパニー社の子会社の一室へとテレポートする。

 急いで一室から出ると、伸びている末端の団員達を見て苦い顔をするが、すぐさまラムダとレッドがいる高層ビルにつながっているテレポートマットが配置されている一室へと急ぎながら、レッドが何故、ラムダがいる高層ビルのテレポートマットを踏んだのかを考える。

 

 カオルが育てた案内役のエイパムには路地裏の広場にいるカオルの元へとつながるテレポートマットがある一室に案内し、レッドが踏んだ瞬間にテレポートマットを破壊するように念入りに指示していたのだ。

 グリーン、ナツメが別行動をとっている事も予想外だが、元々二人がいる路地裏と第二シェルター付近どちらかに行ってもらうつもりであったため、修正範囲ではある。

 エイパムは真面目な性格であるため、カオルより立場が上の人(つまりサカキ)以外に指示を受けない限りカオルの指示に逆らう事は無い。

 

 

 

 つまり、レッドがラムダの元へと行ったのは()()()()()()()()のだ。

 

 

 

 また自分の立てた作戦に誰かの策が紛れ込んでいる事にうんざりしながらも、カオルがそこまで考えをまとめた時だった。

 背筋に冷たいものが這い上がってくる感じがした。

 カオルはロケット団に入ってから嫌と言う程その感覚を知っている。

 

 殺気だ。

 

 カオルはとっさに体を左に捻り、紙一重で後方から攻撃してきたエイパムの叩き付けるを避けた後、すぐさまモンスターボールからマリルリを出す。

 マリルリはカオルの指示よりも先にばかじからをエイパムに当てた。

 マリルリの特性力持ちで攻撃力が二倍に強化された破壊力抜群のばかじからによりエイパムは通路の壁にめり込み、目を回した状態で戦闘不能になった。

 マリルリはばかじからの効果で攻撃力と防御力が一段階下がるが、それを気にしている余裕はない。

 

 何故なら戦闘不能になったエイパムはカオルの育てたエイパムではなかったからである。

 カオルが育てたエイパムは左耳が少し欠けていたのだが、このエイパムはそれが無い。

 しかし、首に巻き付けたスカーフはカオルがエイパムに目印としてつけたもので間違いなかった。

 

 

 

 つまり、案内役のエイパムをすり替えられたのである。

 

 

 

 そして、先程のエイパムの叩き付けるは明らかにカオルを殺そうとしていた。

 どうやら相手の狙いは自分らしいと悟ったカオルはこれまでの経験から命を狙われる理由を察し、こんな忙しい時に来るな。と心の中で毒づいた。

 時間が無いが相手をしなければ更に厄介な事になるのは目に見えていたため、エイパムのが来た方向の通路を見る。

 

 そこにはスーツに白衣を着た四十代前半程の短髪の男が鬼の様な形相でカオルを睨み付けていた。

 その男の様子に冷笑を浮かべながらカオルは口を開いた。

 

 

 

 「やあ、随分な挨拶だね。私が誰だか知っている上での無礼かい?」

 

 「…もちろんだとも、小僧。さっさと死んでくれればいいものを」

 

 

 

 上から目線で吐き捨てる様に言われた言葉にカオルはめんどくさいと思いながらも、顔には出さず、見覚えのある男かどうか記憶を振り返るが、まったく見覚えが無い。

 そもそも、外にも内にも敵が多いため、見知らぬ相手にこういうことをされるのは日常茶飯事になりつつあるので一々覚えているのも面倒だと思い、記憶を切り捨てているのも見覚えが無いと思う要因の一つだろう。

 

 

 

 「小僧、他人に無関心なお前の事だ。こんな事をされる理由が分からんのだろうから説明してやる」

 

 「はっきり言えばありがたいよ。で、理由は?」

 

 「復讐だ」

 

 

 

 

 

 

 嗚呼、やっぱり。

 

 

 

 カオルはこれまで自分を殺しに来た人達に繰り返し言われてきた言葉に冷めた気持ちで思った。

 カオルはロッケト団の中でも年齢が低く、子供だからと舐められないためと自分の地位を確固たるものにするため、あえて暴虐の限りを尽くした。それにより数多の恨みを買う結果になり、度々このような事が起こる。

 普段から一人にならない事、または何かあれば自分の派閥の部下がすぐに駆け付けられる様に気を付けているが、復讐してくる者は後先を考えない者が多いためあまり効果が無い。

 そして復讐してくる者をその度に命令違反や謀反の疑い等で正当な理由をつけて“処分”しているので、ロケット団ボスであるサカキからは何の御咎めは無いが、周りは不満が残るという悪循環に陥っている。

 カオルは誰に何の恨みを向けられようが気にしないが、流石に任務中にされるのは一応恩人であるサカキの作り上げたロケット団が大なり小なり影響を受けるため、勘弁してほしいというのが本音である。

 

 

 

 「そんなくだらない事は後にしてくれないかい?私は今忙しいんだ」

 

 「……“くだらない”か。小僧にとってはそうだろうが、友人の敵は取らせてもらう。部下が不在な上にジムリーダーによってポケモンの体力が削られている好機は早々に無いからな」

 

 「!」

 

 

 

 

 四十代前半程の短髪の男の言葉にカオルは保っていた冷笑を崩して驚いた。

 その間に男はモンスターボールを投げて、次のポケモンを繰り出す。

 

 出てきたのは、大きな赤い花を頭に咲かせたポケモン、ラフレシアだった。

 ラフレシアは草と毒タイプの複合で、水とフェアリータイプの複合であるマリルリとは相性が悪いが、マリルリは腕をブンブン回しながら威嚇し、やる気十分な様子であった。

 

 カオルはマリルリの様子を見ながら男が何故、カオルの行動に関する作戦を知っているのか疑問に思った。

 このヤマブキシティの作戦内容の全容は首領や幹部しか知らず、カオルがこの作戦に参加させている自身の部下でさえ、全容を知らない。知っているのは作戦の指揮を執るカオルのみという徹底的に秘匿した極秘作戦である。その作戦を研究者風のこの男が知っているという事は誰かがこの作戦内容、しかも男の口ぶりからするとカオルの幾つかある作戦行動を全て伝えてあるという事なのだろう。

 

 カオルの脳内にある人がヒットするが、今考える事ではないと脳内から即座に消し、目の前の男に集中する。

 

 

 

 「ラフレシア、リフレクター」

 

 「戻れ、マリルリ」

 

 

 

 ラフレシアがリフレクターを張っている最中にカオルは嫌だ、戦いたい!とでも言うように飛び跳ねるマリルリを問答無用でモンスターボールに戻し、ヤドランを繰り出す。

 

 相性が悪い上にリフレクターの効果で物理技のダメージが2分の1になっている相手にマリルリで挑むのはハッキリ言ってあり得ない。

 モンスターボール内でマリルリがふてくされ始めたが、カオルは無視した。

 

 ヤドランはマリルリの感情を感じ取ったのかカオルの表情を窺うが、カオルがマリルリに任すつもりがない事を悟ると、とぼけ顔のままラフレシアに向き直る。

 

 

 

 「ヘドロ爆弾で毒状態にしろ!」

 

 「サイコキネシス」

 

 

 

 カオルの()()()()()ながら出された指示に従い、ヤドランはサイコキネシスでヘドロ爆弾を空中で止め、男に向けて飛ばしていく。

 男のラフレシアは慌てて男を庇うようにヘドロ爆弾を自身の身で受け止めていく。男もある程度避けて、カオルを睨みつける。

 

 

 

 「本当に無法者だな」

 

 「君が分かりやす過ぎるのがいけないのさ。ヘドロ爆弾は受けたら約30%の確率で毒状態になる。ヤドランを毒状態にして毒又は猛毒状態だと威力が2倍になるベノムショックを放とうとしたんだろうけど、詰めが甘いよ」

 

 

 

 カオルが冷静に男に言うと、男は顔を歪めながら舌打ちする。

 変化技、特殊毒技2つとくれば残りは草技だろう事は簡単に予想できる。ただし、威力重視の特殊系か回復重視のギガドレイン等なのかは分からないが。

 

 カオルはこの時点でこの男の実力はそこまで高くはない事を理解する。仕掛けてきたタイミングは最悪のタイミングである為に時間をかける事が出来ないのでポケモンバトルが実力的に短時間で済む可能性はありがたかったが、かといって男に最後まで付き合うつもりはない。

 

 

 

 「大文字」

 

 「ヘドロ…いや!エナジーボールで相殺しろ!」

 

 

 

 カオルは()()()()()()()()()ながらヤドランに指示する。ヤドランは男への配慮は一切なしに廊下全体にいきわたる程の大文字を繰り出した。男のラフレシアはエナジーボールを連弾し、相殺しにかかる。

 大文字とエナジーボールが当たった瞬間、熱風が辺り一面に広がり、廊下の窓硝子が割れて外に向かって飛び散った。

 その炎の熱を廊下のスプリンクラーが感知し、自動消火機能が作動して、廊下にいる2人と2匹にスプリンクラーの放水が勢いよく降り注いだ。

 

 熱風と放水を受けながらカオルは男が腕で顔を覆って熱風をやり過ごしているのを見ながら思ったよりも男が冷静にポケモンバトルをしている事にこっそりため息をつく。

 

 もし、男がヘドロ爆弾を指示していた場合、辺り一面に広がったのは熱風ではなく、熱により気化したラフレシアの毒霧だっただろう。窓も開いていない密閉空間でその毒霧を少しでも吸い込んでしまったらおよそ数分で呼吸困難の症状や痙攣、めまいで歩行困難等がおこり、約一時間で死亡する。

 男がヘドロ爆弾を指示した瞬間にカオルは自分の近くにある窓から外へ逃げようと思っていた為、窓にかけていた手を放し、そうならなかった事に安堵した半面、怒りに任せてくれれば先程の攻撃で男を再起不能にし、尋問をしてラムダの元へ行く事が出来たのだが、もう少し男の情報を引き出す事に努める。

 

 

 

 「ヤドラン、大文字」

 

 「もう一度、エナジーボールで相殺しろ!」

 

 

 

 もう一度繰り出される大文字はスプリンクラーの放水の影響もあってか、先程よりも勢いが弱まっている様に見える為、そこまで苦労しないと判断したのか再びエナジーボールで相殺しようとしたラフレシアだがエナジーボールを2発程打った後に体が強張り、上手くエナジーボールが打てない様子であった。

 そうしている間に相殺しきれなかったヤドランの大文字がラフレシアに襲い掛かり、効果抜群の攻撃に目を回して戦闘不能となった。

 

 ラフレシアの体の動きが悪い事に気づいていた男はヤドランが電磁波を覚えている事を思い出し、カオルを睨みつける。

 カオルが最初に大文字を指示した際にサインでヤドランに電磁波も指示し、男が腕で顔を覆って熱風をやり過ごしている間にラフレシアに電磁波を当てたと男は推測したためである。

 男の反応に微笑でカオルは答え、男は舌打ちしながらもラフレシアを引っ込めて、新たにポケモンを繰り出した。

 

 出てきた男のモルフォンを見て、カオルはヤドランに相性有利な電気タイプや悪タイプ等は男のポケモンにはいないのではと予想し、舐められたものだ。と内心で顔を歪める。

 入団してそこそこ年数が経つロケット団員又は復讐を語るのであれば、ある程度、カオルの手持ちを把握して対策していてもいい筈なのに男は何の対策もしていないように感じたからだ。

 男からは手持ちを2匹潰されて、カオルのポケモンを減らす事が出来ないのに焦りが見られる。

 

 カオルは男に対し、冷めた目を向けながらも、様子見のポケモンバトルをやめて瞬時に作戦をたて、実行する事にした。

 

 

 

 「大文字」

 

 「守るだ!」

 

 

 

 男とモルフォンに迫るヤドランの大文字を緑色に発光する壁を展開し、防ぐ。カオルはそんな事は予想していたので、ある物を自分と男の間に投げつけた。

 

 それは黒い球体のようで、男はそれを理解した瞬間、表情が驚きに染まった。

 

 

 

 カオルが投げつけたのはロケット団下っ端に配布されている逃走用の煙幕だった為である。

 

 

 

 廊下に当たった黒い球体はスプリンクラーの放水をものともせずに瞬く間に煙を広げ、双方の視界を塞いだ。

 男は慌てて風おこしを指示し、煙幕を払うと、一瞬だが通路を右に曲がるヤドランが見えた。

 逃走場面を見られるという凡ミスを犯したカオルを心の中で馬鹿にして、男はモルフォンを先導させて急いで通路の右に曲がり、進んだ時だった。

 足に何か引っかり、こけてしまった。

 モルフォンは男の異変に気付き、男の方に振り返る。

 体が傾いた瞬間、足元が見えた男はそこに細いワイヤーの様な物があり、それが足に引っ掛かってバランスを崩し、こけてしまったのだと瞬時に理解した。

 男は腕を前に出し、衝撃を抑えながらすぐさま立ち上がろうとした時、パンッ。というかわいた音がはっきり前方から聞こえ、その音の後にドサッと重い何かが落ちる音がした。

 男が顔を上げるとそこにはモルフォンが血を流しながら倒れているのが見えた。男は目の前の光景が一瞬理解できなかったが、モルフォンの頭部から流れる赤が床をどんどん赤く染めていく光景はモルフォンが即死であった事を嫌でも理解した。

 

 男がモルフォンに手を伸ばすのと同時に男の上に何かが乗っかり、男をまた廊下に伏せさせた。

 背中を見るといつの間にかマリルリが乗っかっており、男のポケモンが入ったモンスターボールがつけられているボールホルダーを男が気づかぬ内にその丸みを帯びた青い手で奪い取っていた。

 男が奪い返そうと手を伸ばすとマリルリは素早くボールホルダーを前方へと投げる。

 

 投げられた方向にはブラッキーがおり、ブラッキーはそのボールホルダーについているモンスターボールにイカサマを繰り出す。

 モンスターボールは粉々に砕け散り、その中にいたポケモンは何の抵抗もできず、モンスターボールと同じ運命をたどったことが予想できる。

 男はポケモン達の名を叫びながら必死に暴れるが、人間の力とマリルリの力どちらが上かなど火を見るより明らかだ。

 

 カオルはモルフォンを即死させた拳銃を手に持ったまま、男に近づく。

 男はカオルに怒鳴った。

 

 

 

 「卑怯者め!トレーナーとしてのプライドは無いのか!」

 

 「生憎と私はトレーナーカードは持ってなくってね。それに、ポケモンマフィアが正々堂々とポケモンバトルすると思う?まあ、作戦行動中でなければ私もちゃんと相手してあげたけど、貴方は間が悪すぎる」

 

 

 

 カオルはそう言った後、男の手を思いっきり踏みつけた。

 ボキッ、と鈍い音がして男が痛みに叫び、さらに暴れるが、マリルリは男を離さない。

 男が暴れているのを冷たい目で見ながらカオルは口を開く。

 

 

 

 「貴方にこのヤマブキシティの作戦内容を教えて私の部下の中に紛れ込ませたのは誰だい?予想はつくけれど確証が欲しいんだ」

 

 「…だっだれが、お前なんかに」

 

 「……私が誰だかわかっててそんなこと言うんだ?」

 

 

 

 カオルは心底楽しそうに笑うが、その目は笑っておらず、濁っている。

 男はカオルのその表情に青ざめ、己の末路を悟った。

 先程まで殺してやると息巻いていた男の様子にカオルは今までの人達と変わらない反応である事に大いに落胆しながら呟く。

 

 

 

 「ごめんね、時間が無いから手短にするよ。ちゃんと私の質問に答えてね」

 

 

 

 

 



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赤い彼と黒い彼Ⅱ 前編

分かりにくいかもしれないと思い、一応注意書きしておきます。
主人公がレッドと対峙する話の冒頭に少しずつ主人公の過去話を挟んでいきたいと思いますので、お付き合いいただければと思います。


 

 

 

 ポケモン世界にきて一週間ほど時間をかけて森を抜けたカオルは街に入ろうとした時、自分がこのポケモン世界でどれだけ異質であるかに気づいた後、何時の間にか森の中に戻っていた。

 街を見た時は日が高かったのに夕焼け色になっているのを考えると記憶が飛んでしまっているようだと理解し、カオルは乾いた笑いをしながら納得した。

 どんどん夜が近づいている空を見ながらカオルは木にもたれていた。真夜中になれば夜を過ごすための準備を何もしていない今、危険である事を理解しながらも自暴自棄になり、何もしたくなかったのだ。

 

 

 

 これは、夢。夢なんだ。

 

 

 

 カオルがそう自分に言い聞かせていた時だった。

 

 

 

 「こんな所でどうしたのかね?君」

 

 

 

 自分以外に人はいないと思っていたカオルは声をかけられた事に飛び上がる程に驚き、勢いよく声のした方向へと向いた。

 

 そこに居たのは、登山服を着た60歳程の白髪が目立つ老人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラムダはピカチュウの電光石火で戦闘不能になった紫色の体とクロスした4枚の翼が特徴的な蝙蝠ポケモン、クロバットを険しい表情でハイパーボールに戻しながらボールホルダーのポケモンを確認する。

 

 レッドのポケモンは想像以上に手強く、戦闘不能にできたのはフシギソウとイーブイの2匹で戦闘不能状態にされたラムダのポケモンはクロバットを含め5匹となってしまった事に舌打ちしながらも、ラムダは腰のボールホルダーからハイパーボールを掴み、掌大に戻し最後のポケモンを繰り出す。

 

 ラムダの最後のポケモン、バルーン状の身体を持った2つの顔と小さな体が連結した姿を持つ、マタドガスは出てきた瞬間に威嚇するように頬の電気袋をパチパチ鳴らすピカチュウの姿を見ると、此奴を相手にしないといけないの?とでも言いたげな目をラムダに向けてきた。

 

 ラムダはその視線に気づきながらもあえて無視し、指示を出す。

 

 

 

 「ヘドロウェーブ」

 

 「電光石火」

 

 

 

 ヘドロウェーブを繰り出そうとしたマタドガスに先制攻撃と言わんばかりに電光石火を食らわせたピカチュウはすぐにマタドガスから距離を置き、ダメージを負いながらも繰り出してきたマタドガスのヘドロウェーブを避けていく。

 

 ピカチュウに翻弄されるマタドガスを見ながらラムダは冷静にピカチュウの技を整理する。

 レッドのピカチュウは基本的に電光石火で相手の攻撃前に攻撃し、相手が複雑な指示をした際にあるわずかな時間で電撃のため技であるボルテッカーを繰り出し、たまにアイアンテールで翻弄するというヒット&アウェイ戦法である。恐らく、最後の技は遠距離でも対抗できる十万ボルト。もしくは変化技だろう。

 一方ラムダのマタドガスの攻撃技はタイプ一致のヘドロウェーブとタイプ不一致の十万ボルトで残りは癖のある技であるが、上手く誘導すればピカチュウを倒すことは出来る。だが、ラムダが優先するべきなのは上司である少年が来るまでの時間稼ぎでありレッドのポケモンを倒す事ではないので、此処からどうやって時間を稼いでいくかが重要である。

 

 ラムダは()()()()()()()()()()、マタドガスに指示をする。

 

 

 

 「道連れ」

 

 「!ピカチュウ、下がれ!」

 

 

 

 道連れの指示にレッドはピカチュウに距離を置くように指示をした事にラムダはハッ、と鼻で笑った。

 急ブレーキをして、後方に下がろうとしたピカチュウをマタドガスは不気味に笑いながらラムダの指示とは違い、ヘドロウェーブをピカチュウに繰り出した。

 

 避ける間もなくヘドロウェーブはピカチュウに直撃し、ビルの端まで吹き飛ばされた。

 ラムダはお構いなしに続けて指示を出す。

 

 

 

 「痛み分けだ!」

 

 「ピカチュウ!ボルテッカー!」

 

 

 

 すぐさま体勢を立て直したピカチュウは頬の電気袋から強烈な電気を放出しつつ、稲妻のごとくマタドガスに襲い掛かる。

 互いの技が当たり、ピカチュウの電気で一瞬辺りがフラッシュをたかれたような明るさになり、レッドは思わず目をつむる。

 

 ラムダはその隙を逃さなかった。

 

 

 

 「ヘドロウェーブ」

 

 

 

 マタドガスはボルテッカーの反動でダメージを受けているピカチュウにヘドロウェーブを叩き込む。ピカチュウは自身の判断でヘドロウェーブを完全ではないが避け、レッドの近くまで下がった。

 

 レッドは近くまで下がってきたピカチュウを慌てて確認するが、ピカチュウは気丈にもレッドへニッコリと笑って大丈夫だと伝えている。

 

 レッドは安心した様だが、ラムダからすれば空元気であると見抜いていた。

 ヒット&アウェイ戦法でそれなりにダメージを受けていたマタドガスにクロバットをほぼ無傷で倒して連戦しているピカチュウ。それに加え、ラムダの目にはマタドガスの痛み分けより先にボルテッカーが当たっていた様に見えていた為、ボルテッカーの反動と痛み分けによるダメージ分散もあり相当なダメージを受けていると考えられる。

 これで、ヘドロウェーブの約10%の確率でなる毒状態になれば完璧なのだが、上司のようには上手くやれないな。と思ったラムダはこっそりため息をつきながら、マタドガスを確認しつつ、指示を出す。

 

 

 

 「高度を上げながらヘドロウェーブ」

 

 「!ピカチュウ、電光石火」

 

 

 

 ピカチュウが屋上の室外機と塔屋の壁を利用し、電光石火でマタドガスに攻撃する。

 ピカチュウの電光石火を受けながらも、高度を上げてピカチュウの届かない空からヘドロウェーブを繰り出すマタドガスはヘドロウェーブを回避しているピカチュウの姿が面白いのかニヤニヤと笑っている。

 だが、ピカチュウもやられっぱなしではない。

 

 

 

 「十万ボルト!」

 

 「回避しつつ、十万ボルトで対抗しろ!」

 

 

 

 屋上から上空のマタドガスを叩き落そうと蛇のようにしなりながら襲い掛かる黄色い稲妻は空を覆いつくす勢いで空を駆け抜け太陽よりも明るく照らす。その十万ボルトを避けつつ、マタドガスは避け切れなかったものは同じ電撃で相殺する。

 先程のニヤついた顔をうっとうしそうな顔に変化させたマタドガスは一瞬ラムダに視線を向ける。

 視線を受けたラムダはマタドガスの伝えたい事を理解し、舌打ちをしながら状況をどう好転させるか思考を巡らせる。

 

 はっきり言えば、状況が悪いのだ。

 翼の無いピカチュウでは上空のマタドガスに対抗するのは十万ボルトかマタドガスが低空飛行した際である為、制空権はマタドガスにある。

 だが、思ったよりもピカチュウの十万ボルトが広範囲である上に感覚的にだが威力が通常よりも高いように見える。まともに当たれば一撃で沈む可能性もある。

 かといって高度を下げればピカチュウの攻撃範囲に入る上に、十万ボルトをヘドロウェーブで相殺すればマタドガスの毒が細かい水滴状になり、毒雨としてラムダやレッドに降り注ぎかねない。

 そうなった時、一番被害を受けるのは風下にいるラムダと気絶している狙撃手である。

 風がある為、煙幕のバトル妨害も出来ない。

 閃光弾や催涙弾等は生憎と手持ちに無かった。

 通常のポケモンバトルなら降参を選択できるが、ラムダは降参という選択肢は最初から無い。

 

 

 

 おいおい、詰みじゃねえか。どうひっくり返すんだこれ。

 

 

 

 ラムダは自分の不運さに嘆きたくなったが、嘆く時間もなかった。

 考えている内もピカチュウは十万ボルトを放ってくるし、タイプ一致の電撃とタイプ不一致の電撃はレベルも考慮しても拮抗もせず、威力負けは必須。相殺ができているが、徐々にダメージを受けるマタドガスに時間稼ぎ失敗を覚悟した時だった。

 

 ピカチュウが突然、崩れ落ちるように冷たいコンクリートに倒れたのは。

 

 レッドは突然の出来事に慌てながらピカチュウに声をかけるが、荒い呼吸をしながら立ち上がろうと藻掻くピカチュウにラムダはある可能性を疑った。

 

 毒の異常状態である。

 マタドガスのヘドロウェーブが約10%の確率を引き当てたのだ。

 おそらく、サインで繰り出したヘドロウェーブで毒状態になったとラムダは推測した。

 毒に体を蝕まれながらも悟られないように気丈に振る舞い、ラムダどころか主人であるレッドも騙した精神力と演技力は称賛に値するが、ラムダにとってはこのタイミングでピカチュウに限界が来たのは天の助けである。

 心の中でガッツポーズしながらラムダは止めを刺しに行く。

 

 

 

 「ヘドロウェーブ!」

 

 「戻れピカチュウ!」

 

 

 

 モンスターボールの赤い閃光はマタドガスのヘドロウェーブが直撃する前にピカチュウを包み込み、ボール内へとその姿を収めた。

 ラムダは内心で悪態をついたが、あの状態ではこれ以上のポケモンバトルは無理であるのは理解できるので、これでレッドのポケモンを3匹戦闘不能にした事になる。

 ラムダは事前にカオルから渡された要注意人物リストにあったレッドの手持ち情報を思い出しながらアイツだけはやめてくれ。と思ったが、裏切られる事となる。

 

 

 

 「行くぞ、リザードン」

 

 

 

 やっぱりな、少しはおじさんに慈悲をくれ。と自分の行いを棚に上げながら、相性は普通でもフィールドの関係上出てきてほしくなかった相手である緋色と青緑のコントラストが美しい翼を広げ、マタドガスへ咆哮するリザードンの姿にため息を吐いた。

 

 チラ見したマタドガスの顔は見た事がないくらい死んでいた。

 戦いたくないと自己主張しているマタドガスの気持ちは痛い程分かるが、上司の命令には逆らえない中間管理職の板挟みを実感しながら再度、ため息をつき、レッドに向き直る。

 

 

 

 「降参する?」

 

 

 

 レッドはまるで当然の選択としてラムダに降参の選択を提案した。

 その事にポケモンマフィアとしての誇りが傷つけられ、ラムダは顔を顰めた。

 

 

 

 「ハッ、降参?笑わせんな坊主」

 

 

 

 三日月のようにニヤリと笑ったラムダは言葉を続ける。

 

 

 

 「お前は知らないだろうがな、

 

 

 

  俺の上司はいっつもタイミングがいいんだよ

 

 

 

 レッドがラムダの言葉に怪訝そうな顔をした時だった。

 レッドの後ろ、テレポートマットのある方からモンスターボールが開閉する特有の音が聞こえたのとほぼ同時に聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

 

 「追い風」

 

 

 

 振り向いて姿を確認しようとしていたレッドはポケモンの作り出した強風に襲われる。

 レッドは突然の強風に驚き、屈んでやり過ごす事も出来ずに体が宙に浮きあがり、ビルから投げ出された。

 レッドは体が宙に浮いたと理解した瞬間、重力によって地面へと落ちていく体の体制を整えながら、吹き飛ばされたレッドを助けようと追いかけてきているリザードンに風圧で声がかき消されそうになりながらも、指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 派手に吹っ飛ばされたな、あの坊主。と思いながら未だに気絶している狙撃手を抱えながら身を屈み、パラペットに掴まって強風をやり過ごしたラムダは靴音を響かせながら近づいてくる上司であるカオルへと向き直る。

 

 カオルはピジョットの追い風でビルの屋上から吹っ飛んだレッドとレッドを追いかけていったリザードンには見向きもせず、ラムダの様子を確認しながら話しかけた。

 

 

 

 「随分とやられているところで悪いけれど、後の作戦は中止で撤退指示」

 

 「了解です。奴さんは如何します?」

 

 

 

 ラムダは何事もなかったかのように追い風で飛ばされながらも戻ってきたマタドガスをハイパーボールに収めながらインカムで全部隊に撤退指示を出す前にカオルにそう聞いた。

 ラムダの言葉を聞いた後、カオルはレッドとリザードンを吹っ飛ばした方向に向き直ると、リザードンがレッドを背中に乗せ、ビルの屋上まで登ってきたところであった。

 怒りのこもった眼でこちらを見るリザードンに微笑みながらカオルは当たり前の様にラムダに言った。

 

 

 

 「勿論、退場願うよ。簡単にはいかなさそうだけどね」

 

 

 

 弾んだ声で言うカオルに珍しいと思いつつ、ラムダはレッドに思わず同情した視線を向け、がんばれよ、坊主。と心の中で応援した。

 

 

 

 自分の部下がレッドに心の中で応援したと知るはずのないカオルはレッドの強張った表情を見ながら怪我がなさそうな様子に安堵した。

 カオルは故意にレッドをビルから落としたのではなく、本当に事故だったのだが、飛行できるリザードンが追いかけて行ったので大丈夫かと思い、ポーカーフェイスでラムダに指示を出していたのだ。

 

 

 

 「名無しの洞窟以来だね。顔色が悪いけど大丈夫かい?」

 

 「アンタ、性格悪いね」

 

 「よく言われるよ。先程、カスミさんにも言われたばかりさ」

 

 

 

 

 何でもないかの様に言ったカオルにレッドは表情を険しくするが、カオルは隣に降り立ったピジョットをモンスターボールに戻し、縮小してボールホルダーに収め、ポケモンを確認すると顔を一瞬歪めるが、モンスターボールを手に取り、手に転がしながら何事もなかったかのようにレッドに穏やかに微笑む。

 リザードンの背から降りたレッドはリザードンの心配する視線にリザードンの首元を撫でる事で心配するなと答えながら深呼吸をしてカオルを睨みつけた。

 レッドの予想通りの反応にカオルは言葉を続ける。

 

 

 

 「安心するといい。カスミさんは気絶させただけだから」

 

 「…カスミさんはって事は他の人は違うの?」

 

 「おや、少しは成長したんだね」

 

 

 

 まるで、子供の成長を喜ぶ大人のようなカオルの返しにレッドは様々な怒りをぐっと飲みこみながら相手のペースに乗るな。と自分に言い聞かせてカオルの様子を見る。

 カオルはまだまだ子供の反応を見せるレッドを内心で面白がりながら手に転がしていたモンスターボールを掌大にして投げた。

 

 

 

 「ゲンガー、シャドーボール」

 

 「リザードン、火炎放射!」

 

 

 

 2匹の黒と赤の攻撃はぶつかり合い、小規模の爆発が辺りを黒煙で包み込んだが、リザードンは自身の翼で黒煙を吹き飛ばし、ゲンガーへと突っ込んだ。

 ゲンガーはリザードンの様子にシシッと不気味に笑いながら特性ふゆうを生かし、空中戦へとリザードンを誘う。

 

 ゲンガーとリザードンの空中戦を見ながらカオルはラムダから残りのポケモンを聞き出し、ポケモンバトルをどのように進めるか複数の作戦パターンを瞬時に組み立てる。

 レッドの残りのポケモンはリザードン、カメールと恐らくカビゴンの3匹。

 シロガネ山の初期のポケモンメンバーである。

 

 ゲームではシロガネ山でえげつないレベル差と天候を利用した高威力の技のオンパレードに数多のポケモンプレーヤーを泣かせたレッドだが、今は旅をする無名のポケモントレーナーである上にラムダのポケモンバトルからすぐにカオルとポケモンバトルになった為、手持ちのポケモンを回復する暇もなかった。カオル自身そんなレッドに負ける気は全くない。

 だが、カオルが直々にポケモンバトルの指南をしてゲームよりも実力があると予想されるラムダにほぼ勝利している事に驚愕と共に心の中でレッドのポケモンバトルの才能を称賛した。

 

 

 

 「影へ」

 

 「メタルクロー!」

 

 

 

 カオルが指示した通りにゲンガーは素早く近くにある影に潜り込んだ。ゲンガーが潜り込んだ影にリザードンはメタルクローを繰り出し、3本のかぎ爪が屋上のコンクリートの床を抉ったが、ゲンガーは移動したらしく、何も起こらなかった。

 リザードンは主人であるレッドに直接奇襲をされる事を警戒したのか、素早くレッドの傍に戻り、辺りを警戒する。

 リザードンの警戒した様子にピカチュウが何か吹き込んだのかもしれないとカオルは予想したが、むしろ好都合だとクスリと笑った。

 

 何故ならカオルの狙いはレッドではないのだから。

 

 

 

 「タンクを破壊しろ」

 

 

 

 カオルの言葉にレッドが疑問を持た瞬間、ドカンと何かが破裂した様な音がした。レッドは音がした塔屋がある方向を見上げ、視界に入った光景に目を見開き驚いた。

 

 レッドの目に映ったのはバケツをひっくり返したという表現で収まらない程の大量の水だった。

 

 リザードンは翼を広げて傘代わりにし、驚きで硬直してしまったレッドを大量の水から守ったが、その代わり大量の水をその身に浴びてしまった。

 レッドはリザードンの翼の隙間からゲンガーがこちらを見て笑っているのが見え、その後ろに塔屋の上にあった貯水タンクが破壊されており、大量の水は貯水タンクの水だと気が付いた。

 

 

 

 「火炎放射!」

 

 

 

 レッドの指示にすぐさま反応したリザードンはゲンガーめがけて火炎放射を繰り出す。

 貯水タンクの水を被った直後であった為か、レッドは火炎放射の威力がいつもより弱く感じた。

 カオルはタンクの水を使い、疑似的な水遊びをリザードンに仕掛けたのだ。とはいえ、ポケモンの技とは違い、普通の水では一時的にしか効果がない可能性が高い。

 カオルはリザードンの炎の威力が弱まっている事を確認するとすぐに次の行動に移す。

 

 

 

 「身代わりから潜れ」

 

 

 

 

 リザードンの火炎放射を身代わりでかわしたゲンガーは再び影の中に潜り込み、姿を消す。

 神出鬼没なゲンガーに翻弄されているリザードンは炎交じりの鼻息が出ている。若い好戦的な炎ポケモンが苛立っている時に見られる仕草のひとつにカオルはリザードンが平時よりも冷静になっていない事を悟り、ゲンガーに指示を飛ばす。

 

 

 

 「鬼火で惑わせろ」

 

 「火炎放射で相殺するんだ」

 

 

 

 カオルの言わんとしている事を察したゲンガーはパラペットの影から顔を出しつつ、鬼火を繰り出す。

 怪しく揺らめく鬼火は炎タイプであるリザードンには火傷状態になる事は無いが、主人であるレッドにまで襲い掛かってきた為、レッドに危害がないように絶妙な炎の威力で相殺する事を求められ、徐々に苛立ちが見られてきた。

 

 レッドもまずいと思ったのかリザードンに落ち着くように声をかけるが、カオルは畳みかけるように指示を出す。

 

 

 

 「シャドーボール」

 

 

 

 ゲンガーはリザードンの背後に姿を現し、シャドーボールを素早く放った。

 背後からのシャドーボールをもろに食らったリザードンにゲンガーは馬鹿にするように舌を出して挑発した。

 

 リザードンは挑発するゲンガーの姿を見て堪忍袋の緒が切れたのか、竜の怒りを繰り出す。

 青黒い炎はリザードンの怒りを表すかのように燃え上がり、ゲンガーに一直線に襲い掛かるが、ゲンガーは影に潜って躱し、塔屋の壊れた貯水タンク付近に再び姿を現すとリザードンを指さし、ゲラゲラと楽しそうに笑う。

 

 その行動に黙っている筈もないリザードンは再び竜の怒りをゲンガーに放つが、ゲンガーは再び影に潜り逃げる。

 逃げられては挑発され、怒り心頭のリザードンは屋上コンクリートの床が傷つく程地団駄し、レッドの宥める声にさえ苛立っていた。

 

 カオルはリザードンが怒りで視野を狭くし、トレーナーであるレッドとの指示がかみ合わないようにしようとわざと苛立たせるように仕向け、ゲンガーもそれを理解し挑発を繰り返してくれたが、悪戯心に火をつけてしまったらしく、カオルの思った以上にリザードンを怒らせていた。不都合はないがあまり調子に乗らせると余計な事をしでかすのでカオルはゲンガーを後で説教する事に決めた。

 

 

 

 「シャドーボール」

 

 「飛んで煙幕!」

 

 

 

 室外機の影から体を半分出して、シャドーボールを繰り出したゲンガーにリザードンは飛んで避けた後、レッドの指示に反して火炎放射を勢いよく繰り出した。

 ゲンガーは影に逃げてあたらなかったが、威力は強く、室外機やコンクリートの壁は黒く焼け焦げ、火炎放射の熱気が目測5m以上離れていたカオルにまでとどく程であった。

 

 明らかに怒りで我を忘れかかっている様子にレッドは腰のモンスターボールに手をかけてリザードンを一旦引っ込めるか迷っている様子であった。

 カオルとしては制空権を握りたいのでここで仕留めにかかる。

 

 

 

 「ゲンガー、塔屋の下で鬼火から()()

 

 

 

 塔屋の影から体を完全に出したゲンガーは鬼火を出し、リザードンを笑った。

 リザードンはその挑発に簡単に乗り、火炎放射を放つ。

 勿論、ゲンガーは影に潜り躱すが、火炎放射はそのままゲンガーの姿で隠れていた()()()()()()()()()()

 

 怒りでレッドの位置を誤認したリザードンは自分の火炎放射がレッドに襲い掛かる位置である事を理解し、悲鳴のような鳴き声を上げた。

 レッドは迫りくる火炎放射をパラペットぎりぎりまで近寄り避けるが、完全には避け切れないと予想し、火傷を覚悟して目を瞑る。だが、いくら待っても熱風が来るだけで焼ける様な痛みがない事に疑問に思い、目を開けるとそこにはゲンガーの技である身代わりの人形がリザードンの火炎放射を代わりに受けていた。

 

 カオルはレッドが無事な事に大きく安堵したリザードンの致命的な気の緩みを見逃さなかった。

 

 

 

 「シャドーボール連弾」

 

 

 

 ゲンガーは素早くシャドーボールをリザードンの急所に続けさまにあてる。

 通常であれば連続で急所にあてる事など不可能なのだが、自分の攻撃がトレーナーにあたりかけるという状況の後で気が緩まないポケモンはいない。結果、リザードンは急所に連続で攻撃を受けてしまった。

 

 ゲンガーは苦渋の声を上げるリザードンの影に入り、体温まで奪って前後不覚状態にする。

 

 

 

 「戻れ、リザードン」

 

 

 

 膝をつき、荒い息のリザードンのしっぽの炎が弱くなっているのを確認したレッドはこれ以上のポケモンバトルは続行不可能と判断し、リザードンをモンスターボールに引っ込めてからカオルを険しい表情で見る。

 

 

 

 「忘れてしまっている様だけど、私はポケモンマフィアの幹部だよ?正々堂々とポケモンバトルすると思ったの?」

 

 「…思ってない」

 

 

 

 そう言いながら納得していないレッドにカオルは微笑しながら鼻歌でも歌いそうな程機嫌がいいゲンガーをモンスターボールに引っ込め、ボールホルダーに装着し、レッドに心の中で謝った。

 

 屋上のフィールドでリザードンに対抗できるカオルの手持ちはゲンガーかヤドランしかいないのだが、ゲンガーは制空権で対等に渡り合う事が出来ても、鬼火が使えないので体力を徐々に減らしていく事が出来ない。

 そうなるとジリ戦になり、決着がつくまでに時間がかかる。普通のポケモンバトルならトレーナーの腕の見せ所なので大いに盛り上がるところなのだが、カオルにとってポケモンバトルは観客を楽しませるものではなく、生きるか死ぬかの戦いである。負けるわけにはいかなかった。

 

 ならば、ヤドランを出せばレッドと正々堂々としたポケモンバトルが出来たのではないかと思われるが、ヤドランを出せない事情があった。

 

 

 

 カオルがピジョットを収めた後、モンスターボール越しに確認したヤドランは頭を抱え、苦しんでいる様子であったからだ。

 恐らく、先程の復讐を企てた男と対峙した時に男と殺したポケモンの感情をモンスターボール越しに受け取ってしまったとカオルは予想した。

 尋問や脅しの際はヤドランの感情察知能力は便利だが、拷問での苦痛や死の間際の感情を受け取るとその複雑で強力な負の感情に飲まれてしまい体調を崩してしまう為、なるべくヤドランから遠ざけているのだが、ロケット団の幹部である以上どうしても避けられない時もある。

 コンディション最悪なポケモンをバトルに出すのはカオルにとってあり得ない事なのでヤドランでのバトルは断念し、ゲンガーを繰り出したのだ。

 

 再度、心の中でレッドに謝り、カオルは予想されるレッドの残りのポケモンであるカビゴンとカメールどちらが出てきても対応できるブラッキーのモンスターボールを手に取って掌大に戻し、繰り出した。

 ブラッキーは主人であるカオルに一瞬振り返り、レッドに向き直ると鼻で笑う。

 

 

 

 「……行ってくれ、カメール」

 

 

 

 レッドはブラッキーの態度をあえて無視して、モンスターボールから羽のような耳と渦を巻いたふさふさのしっぽが特徴的なゼニガメの進化系ポケモン、カメールを繰り出す。

 カメールはレッドのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、心配そうにレッドを見るが、レッドが大丈夫だと言う様に無理に笑うので、ブラッキーに向き直り、睨みつける。

 

 

 

 

 「願い事」

 

 「カメール、雨乞い」

 

 

 

 空に向かって祈るように瞼を閉じたブラッキーの体を包むように薄い金の輪がかかったのに対し、カメールは空に向かって鳴き、雨雲を呼び寄せる。

 カオルはカメールの雨乞いにマリルリに交代するか考え、モンスターボールを確認するが、マリルリはプイッと顔を背け、カオルを無視した。

 復讐を企てた男を拷問した際にはふてくされながらも従っていたが、やる気十分だったのにポケモンバトルを強制的に引っ込めて中断させられた事を根に持っているとカオルは予想し、苦笑した。レッド相手に折り合いがつかぬままバトルに出すのは自殺行為なのでマリルリに交代するのは諦める。

 かわりにハイパーボールが激し揺れ主張しているが、六匹目を出すとビル自体が崩れて生き埋めになる可能性が高いので無視した。

 

 カメールの雨乞いにより雨が降り始める中、追い風が無くなるがカメールや後続のカビゴン相手に追い風は無くとも問題は無いので願い事を終えたブラッキーに指示を出す。

 

 

 

 「どくどく」

 

 「距離を取りながら水鉄砲!」

 

 

 

 距離を詰めてどくどくを繰り出そうとするブラッキーにカメールは牽制するように水鉄砲を打ちつつ、距離を保ちながら移動する。

 

 

 

 

 

 降りしきる雨の中、ブラッキーは水鉄砲を踊るように避けて襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 



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赤い彼と黒い彼Ⅱ 後編

 遅くなってしまい、申し訳ありません。
 言い訳させていただくと、レッドが思う様に動かなかった為、難産になっていた事と我が家のお猫様×2が突然大運動会を始め、PCにコーヒーをぶちまけた事によりPCがお亡くなりになった上、書いていた5000字程の文章が消えてしまった事にショックのあまり寝込んでました。
 スマホで書き上げるのはやりづらかったです。もしかしたら次の話も日にちがずれる可能性がありますが、ご了承ください。


 

 

 

 「ほら、遠慮せずに食べなさい」

 

 「……ありがとうございます」

 

 

 

 宇宙猫顔で老人が鍋からお椀によそった雑炊を受け取りながらカオルはどうしてこうなったんだろうか。と思った。

 

 

 

 当初、老人に出会ったカオルは警戒し、逃げようとしたのだが老人の後ろから出てきたカオルも知らない茶色い蛇のようなポケモンが目に入った瞬間、逃げる事を忘れ目を輝かせて凝視してしまった。

 冷静に考えればポケモンシリーズは終わっていなのでカオルの知らないポケモンがいてもおかしくはなかったのだが、悲しい事にその時のカオルは冷静ではなかった。

 

 

 

 「ご老人、そのポケモンは何ですか?」

 

 「この子かい?この子は主にガラル地方にいる砂蛇ポケモンのサダイジャと言ってね。首周りにある砂袋に砂を100キロもためて、敵に向かって鼻の穴から噴射するんだ」

 

 

 

 現実逃避する程の自身の異質さに絶望していた事を忘れてカオルはポケモン好きを遺憾無く発揮し、サダイジャを知る為にあらゆる質問を投げかけた。

 老人も打てば響くと言う様にカオルの質問に次々と答えてくれる事もあり、ポケモン談議に花が咲く。

 

 そして、カオルがあらかた質問して満足した時、気が付けば老人のキャンプにお邪魔しており、夕飯を頂く事になっていて冷静になったカオルは宇宙猫顔をさらす事となったのだ。

 大体、カオルのポケモン好きが仇となっていた。

 

 

 

 冷静じゃなかった少し前の自分を呪いながらカオルは老人から受け取ったお椀の雑炊を匙にすくって息を吹きかけ冷ましながら口をつける。

 出汁のきいた温かい雑炊にカオルは思わず、おいしい。と呟いた。

 

 カオルの言葉にホッとした様な表情をした老人にカオルは気づいた。

 考えてみれば、老人から見ると薄汚れた少年が何の装備もしていない上にポケモンもつれずに森で思い詰めた表情でいる事に何かの事件性を疑い、声をかけたのかもしれない。

 だが、声をかけると自分の知らないポケモンに目を輝かせて質問をしはじめて驚きながらもこれ幸いとキャンプに連れてきたのだう。今もカオルがどこかに行かないようにキャンプに来るきっかけとなったサダイジャがカオルの横に寝転がりながらカオルを見ている。

 

 出されたこの雑炊もカオルがしばらくまともに食べていない事を察して、胃にやさしい食べ物をと思って作られたのであろう事はカオルにも分かった。

 そして、色々と聞きたいだろうに何も聞いてこない老人の優しさも分かってしまった。

 

 

 

 カオルは胸からこみ上げてくるモノと一緒に雑炊をまた一口飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 降りしきる雨の中、カメールの水鉄砲に踊るように避けて距離を詰める機会をうかがうブラッキーの攻防戦を見ながらカオルは先程のリザードンのバトルが尾を引いている様なレッドの消極的なバトルになけなしの罪悪感が顔を出すが、直ぐに振り払い、ブラッキーに指示を出す。

 レッドが仕掛けてこないのであればこちらから仕掛けないと何時までもバトルが動かないと理解したためである。

 

 

 

 「イカサマで打ち払え」

 

 

 

 ブラッキーはカオルの指示を聞いた瞬間、カメールへと突っ込んだ。

 カメールは水鉄砲を繰り出すが、ブラッキーは避けずに急所や行動を阻害しそうな水鉄砲のみイカサマで相殺しながら一気にカメールへと距離を詰める。

 ブラッキーの強行にレッドは危機感を覚え、カメールに指示を出す。

 

 

 

 「高速スピンで対抗しろ!」

 

 

 

 カメールは殻にこもり、水飛沫をあげながら高速回転し、ブラッキーに向かっていく。

 カオルはレッドのらしくない悪手に内心で顔を歪めながらも、このままではブラッキーに直撃するので手を打つ。

 

 

 

 「守るで受け止めろ」

 

 「しまった!カメール!」

 

 

 

 レッドは思わず叫んだが遅かった。

 ブラッキーは緑色の壁を出し、高速スピンで突っ込んできたカメールを水飛沫をあげ後退しながらも受け止め、ブラッキーが甲羅の上に乗り抑えつけたと同時にカオルはどくどくを指示する。

 

 ブラッキーは牙から出た猛毒を甲羅の隙間から注ぎ込む。

 ゼロ距離からのどくどくは避ける事も出来ず、カメールから苦渋の声が聞こえた。

 そのままイカサマを繰り出しカメールを吹っ飛ばしたブラッキーに金の輪が体を包むように浮かび上がり、水鉄砲で少なからず受けていた傷が癒えていく。初手に繰り出した願い事の効果により、体力を回復したのだ。

 

 

 

 カオルは雨に濡れた服の重みを鬱陶しく思いながらブラッキーのどくどくで動きが鈍くなったカメールを一瞥し、レッドを見た。

 レッドは自身の読みの甘さを後悔しているようで、歯を食いしばっている。その様子にカオルはポケモントレーナーとして今のレッドに足りないのは判断力と心の切り替えだと理解した。

 リザードンが我を失いかけた時に迷わずにモンスターボールに引っ込めていればバトルの流れが変わり、カオルもゲンガーを引っ込め、後続のポケモンを出していた。そうなれば、今の様にリザードンの事を切り替える事が出来ずに引きずって読みが甘くなる事もなかった。

 

 もったいないと思いつつもカオルはレッドに塩を送る気は全くない。

 

 

 

 「願い事」

 

 「バブル光線!」

 

 

 

 祈るように眼を閉じ、体に金の輪が浮かび上がった無防備なブラッキーにカメールはバブル光線を繰り出す。

 雨の恩恵を受けたバブル光線が寸分違わずにブラッキーに直撃するが、意に介さず願い事を完成させ、目を開けると何事もなかった様にカメールに向きなおる。

 

 その堂々としたたたずまいにカメールは気後れしたのか、一歩下がるが、ブラッキーを睨みつけてバブル光線を放つ。

 ブラッキーは横に飛んで避けながらカオルをチラリと見た。

 

 

 

 「イカサマ」

 

 

 

 視線を受けたカオルは技を指示し、ブラッキーの視線に答えた。

 時折、フェイントを織り交ぜながら距離を縮めてイカサマを仕掛けるブラッキーはバブル光線を受けながらも着実にカメールにダメージをあたえていく。

 カメールは自身の攻撃を意に返さずに向かってくるブラッキーに翻弄されながらどくどくの猛毒に耐えてバブル光線を放ちながら一定の距離を保とうとする。

 

 

 

 「戻れ、カメール!」

 

 

 

 レッドは突然、カメールをモンスターボールへと引っ込めた。

 カメールはモンスターボールの赤い光線に包まれ、ボール内に戻された事に不満があるのかボールを小刻みに揺らして抗議している。

 レッドはそれを無視して、ボールホルダーに戻し、縮小されたスーパーボールを掌大にして一言声をかけて繰り出した。

 

 

 

 「最初の子は遅く、次の子は素早く動いて」

 

 

 

 

 出てきたのは黒と白を基調としたまん丸に太った怪獣のようなポケモン、カビゴンであった。レッドの手持ちはカオルが予想した通りシロガネ山の最初期の手持ちである。眠たそうに大あくびをして出てきたカビゴンにブラッキーはカオルの横まで下がり、カオルを見上げる。

 

 カオルはブラッキーの視線を受けつつも、レッドがカメールを引っ込めたのはブラッキーに対して決定打がなかった事とゲンガーに対抗する為だろうと予測した。

 ゴーストタイプのゲンガーとノーマルタイプのカビゴンが対峙すると互いのタイプの攻撃が通らない。つまり、レッドのカビゴンはノーマルタイプの攻撃技しかないという情報をカオルに伝えてしまったも同然である。

 

 もし、あのままカメールでブラッキーを倒すならカメールの体力が半分まで削れるのを待ち、特性げきりゅうを発動させ、水タイプの威力を1.5倍にしてからブラッキーが空中に飛ぶように誘導したり、確実に狙うなら避けにくい閉所、例えばゲンガーが破壊した貯水タンクの中などに追い込んで水鉄砲又はバブル光線を連続で放てば雨の天気の恩恵により水タイプの威力が更に1.5倍上がり、合計で3倍の威力効果が加算された攻撃をするとカオルは読んでいた。

 何故なら、ブラッキーが1度は守るで防げても連続での使用は失敗しやすい為、攻撃が当たる可能性は十分あり、大ダメージは避けられない。運が悪ければ、急所に当たりレベル差があるとはいえ、そのまま戦闘不能になる可能性すらある。

 ただし、カメールはどくどくを受けている為、体力的に一発勝負になる上に失敗すれば反撃され、戦闘不能になるのは避けられない。

 

 もし、カメールの特性が天気が雨の時、毎ターンHPが16分の1回復するという夢特性のあめのうけざらなら猛毒が回復を上回るので、カオルでもボールに引っ込める。

 

 レッドとしてはカオルの後続の手持ちがフルメンバーなのか何匹か戦闘不能になっているのかわかっていない為、一か八かの賭けよりもゲンガーや後続のポケモンに対抗できる手札として温存しておきたいカメールを引っ込め、耐久力と攻撃力の高いカビゴンで耐久勝負を仕掛けたのだろう。

 だが、カオルの調べではシオンタウンまでの旅でレッドはカビゴンを手に入れていなかった。こうして手持ちに加わっている事を考えるとヤマブキシティに至る道でゲットしたと予想される。

 

 

 

 そうなると問題はカビゴンとのコミュニケーションが十分にとれているかどうかである。

 

 

 

 実はこのポケモン世界は現実世界のゲームの時とは違い、ポケモンを捕まえてもコミュニケーションが上手くとれていないと指示を無視して好き勝手にポケモンバトルをするポケモンが少なからずいる。

 ポケモン達はゲームとは違い意思を持った生き物なので捕まえた時に群れの上下関係と同じくトレーナーが上であると認め、従ってくれるのだが、例えるなら臨時で組まされたチームの上司と部下という関係で信頼とは程遠い。

 信頼がないと指示してもポケモンが本当にこの指示に従っていいのかと躊躇し、その数秒の間がポケモンバトルでは致命的なミスになりかねないので、ポケモンバトルに出すのはある程度の信頼関係を築いたポケモンである事がポケモントレーナーの暗黙のルールである。

ゲットから日が浅い事を考えると技調整だってできていないはずで、レッドはよっぽど自身があるのか、それともそれ程余裕がないのかカオルには判断しかねた。

 

 

 

 「どくどく」

 

 「のしかかり!」

 

 

 

 カオルまずはカビゴンの特性を調べる為、ブラッキーにどくどくを指示した。

 カビゴンの通常特性には炎、氷タイプの攻撃を受けた時、ダメージが半減するあついしぼうと毒の状態異常にならないめんえきがある。このポケモン世界では体力が半分以下になった時に木の実を使う夢特性のくいしんぼうはカビゴン本来の食欲旺盛な生態が邪魔をし、発見に至っていないようだが、通常特性であるこの2つは発見されているのだ。

 これまでの事を振り返るとこの世界のレッドが特性を気にしている様には見えない。だが、特性がめんえきであれば、方針を変更しゲンガーに交代しなければならない為、確認しなければならない。

 

 もし、あついしぼうやくいしんぼうだったとしても猛毒状態にできるので問題は無い。

 

 

 

 ゆっくりと立ち上がったカビゴンに素早く近づき、猛毒の牙で噛みつこうとするブラッキーをカビゴンは狙いを定め、のしかかろうとするのをブラッキーはギリギリまで避けず、引き付けてから横に飛んで避ける。

 鈍い音を立てながらコンクリートの床に罅を入れたカビゴンはブラッキーが回避した事を悟り、再び立ち上がろうとするが、ブラッキーはカビゴンの背中に飛び乗り、猛毒の牙を突き立てる。

 

 カビゴンは背中の痛みに鳴き声を上げながら体を大きく左右に震わし、ブラッキーを振り払った。1回転しながら綺麗に着地したブラッキーはカビゴンから距離をとり、様子を窺う。

 カビゴンはブラッキーに噛まれた背中を痛そうにさすりながらも元気にブラッキーへとのしかかろうとしてくる。

 

 

 「戻れ、ブラッキー」

 

 

 

 カオルはカビゴンの様子に特性はめんえきだと判断し、ブラッキーをモンスターボールに引っ込めて縮小し、ボールホルダーに装着されたゲンガーのモンスターボールと入れ替える。

 掌大になったモンスターボールからゲンガーが繰り出された瞬間、レッドはカビゴンに指示を出した。

 

 

 

 「冷凍パンチ!」

 

 

 

 

 

 

 読み間違った!

 

 

 

 カオルは自身の読みが間違っていた事に気がついた。

 レッドはあえてゲンガーに対する札はカメールであるとカオルに思わせる為、ブラッキーを無理に倒さず、カビゴンを出すことによりノーマルタイプの攻撃技しかない為、ゲンガーに対抗できないと誤認させ、特性を利用してゲンガーに交代するように仕向けたのだ。

 

 更にレッドは知らなかったがカオルが事前にレッドの手持ち情報を入手し、情報の無かったカビゴンはゲットして日が浅いと判断し、逆算すると技構成を整えていないのではないかと予想していたのも仇となり、冷凍パンチが飛んでくるとは思わなかったのだ。

 

 のしかかりの時はゆっくり動いてたと思えない程の俊敏な動きでカオルが指示する間もなく、ゲンガーに冷凍パンチが迫る。ゲンガーは咄嗟に身を引いてかわそうとしたが、左の腹に直撃した。

 冷気をまとったその右の拳は直撃した左の腹を中心に左手と左足を凍らせ、ゲンガーのその身をコンクリートの床に縫い付けた。

 氷の異常状態である。

 

 

 

 ここで10%の確立を引くとかどんな豪運だよ!

 

 

 

 カオルは心の中で悪態をつくが、レッドが続けさまに指示を出そうとしている為、これ以上攻撃を受けないためにも指示を出す。

 

 

 

 「カビゴン、もう一度だ。冷凍パンチ!」

 

 「ゲンガー、身代わりから鬼火!()()()!」

 

 

 

 カビゴンが再びゲンガーに冷凍パンチを叩き込もうと右の拳を振り上げると身代わりである人形が立ちはだかる。カビゴンは邪魔な人形を排除する為、冷凍パンチを人形に叩き込んだ。

 身代わりの人形は冷凍パンチによりその身を凍らせ、粉々に砕ける。

 無残に散った人形を一瞥したカビゴンはゲンガーに拳を向けるが、その前に鬼火がカビゴンに襲い掛かった。

 避けようと身をよじったが、予想していた様に怪しく動くので、冷凍パンチで叩き落とす。

 1つ残らず叩き落したカビゴンはゲンガーに冷凍パンチを向けようとして気づいた。

 

 

 

 氷の異常状態になっていたゲンガーが氷から逃れていたのだ。

 

 

 

 ゲンガーは出した鬼火をカビゴンに半分向け、残りは凍った左手、左の腹、左の足にぶつけて氷を溶かし、氷の異常状態を脱したのだ。

 

 だが、何の代償もなく脱する事はできなかった。

 ゲンガーの左手、左足には焦げた後が残り、痛そうに顔を歪める。

 鬼火が氷だけではなく体までも焼き、火傷状態になったのだ。

 

 ゲンガーに金の輪が浮かび上がり、傷を癒していく。

 ブラッキーの願い事が発動したようだが当然、火傷は癒える事はなく、持ち物である黒ヘドロの回復が無意味になってしまった事は必要経費として割り切り雨が止みつつある中、カオルはレッドのカビゴンが何故、技マシンで習得するはずの冷凍パンチを覚えいるか考えた。

 

 

 

 技マシンの冷凍パンチは他の炎のパンチ、雷パンチとセットでシルフカンパニー社から3か月前に発売されたが、その珍しさと技の便利さと扱いやすさから高額で取引され、セレブ層や上位ポケモントレーナー、ポケモン研究所等に流通され、まだ一般には出回っていない。

 今は新人ポケモントレーナーの部類であるレッドが手に入れる事の出来る代物ではないのだが、カオルはそこまで考えてレッドの幼馴染兼ライバルを思い出し、戦犯はお前か。と真顔になった。

 

 グリーンはオーキド博士の孫でそういう一般には入手しにくい道具や情報が入りやすい。

 大方、オーキド博士に実戦データ等を取引に入手したのだろうとカオルは推測した。そして、もっと多くのデータを取る為にレッドにも渡されたのだろう。本当にグリーンは余計な事をしてくれた。と内心で悪態をつきながらもカオルはポケモンバトルに集中する。

 

 

 

 「鬼火」

 

 「冷凍パンチ!」

 

 

 

 カオルが()()()()()2()()()()()()した指示に火傷の痛みを感じながらも、不気味に笑ったゲンガーは鬼火を繰り出し、その身を影に半分沈めてカビゴンに距離を詰めた。

 カビゴンは目を吊り上げて、その拳に冷気をまとわせ、鬼火とゲンガーに振りかざす。

 冷凍パンチが当たりそうになると影に逃げ込んで回避する様はモグラ叩きの様でゲンガーは楽しくなったのか先程の不気味な笑みから一転して子供の様に無邪気に笑っている。

 カオルはブラッキーの時とは初動の速さが違うカビゴンに素早さをごまかされていた事を悟るが、奇襲が終わり、冷凍パンチというタネが明らかになった以上、特に問題はないのでながした。

 カビゴンはゲンガーに再び容赦なく冷凍パンチを叩き込もうとしたが、拳に冷気が上手くまとえず、冷気が拡散した。

 

 ゲンガーがカオルの出したサインの指示に従い、金縛りで冷凍パンチを封じたのだ。

 

 そうとは知らずに首をかしげながら不思議そうにするカビゴンの隙をついてゲンガーは鬼火をその大きなお腹に命中させた。

 カビゴンは息を詰まらせて火傷の痛みに顔を歪める。

 

 レッドは驚いた表情を浮かべたが、直ぐに何故、冷凍パンチが放てなくなったのか理解したのか、金縛り?と呟いた。

 カオルは微笑んでその呟きを肯定すると、ゲンガーとカビゴンを見ながら思考を巡らせる。

 冷凍パンチというゲンガーの対抗手段を封じている為、レッドはこの後、カビゴンを引っ込める可能性がある。カオルもそれに合わせてゲンガーを戻したいが、躊躇した。

 

 何故ならゲンガーを戻すとその後に再びブラッキーを出す事になるからだ。

 ポケモンバトルが始まってからゲンガーとブラッキーしか出していない事をレッドに気づかれれば、ポケモンバトルになる前のピジョットを含めた3匹以外は戦闘不能じゃないかと予想される可能性がある。

 そうなると、レッドに後続のポケモンが何匹いるかというプレッシャーを与える事ができない。

 後続のポケモンが何匹かわからないからこそレッドは残りのポケモンでどう切り抜けていくかと手探りでポケモンバトルをしなくてはいけない。そうなると取れる手段が狭まれ、無茶な攻撃や突拍子もない攻撃が襲いかかる事は少なくなるだろう。とカオルは思っていた。

 さっきの冷凍パンチの件は例外である。

 

 ともかく、レッドに後続のポケモンの数を気づかれないためにはゲンガーを引っ込める事は得策ではないように思えたのだ。

 

 

 

 「カビゴン、戻れ」

 

 

 

 予想通りカビゴンを引っ込めたレッドを見てカオルはどうするんだ。という目線を投げてきたゲンガーに顔を横に振って、戻さない事を伝えた。

 ゲンガーは左肩を回し、やる気十分に見えるがカオルには無理をしているのが分かり、内心で顔を歪める。

 カオルはここにきてマリルリが使えない事がこれ程レッドとのポケモンバトルに支障をきたすとは思ってもいなかった。一応、マリルリをポケモンバトルに出す方法はあるにはあるのだが、カオルとしては使いたくない手段の1つなので保留した。

 

 モンスターボールから出てきたカメールは着地した時にふらつき、屋上のコンクリートの床に手をついたが、ゲンガーを睨みつけながら立ち上がる。

 

 

 

 「水鉄砲!」

 

 「シャドーボール」

 

 

 

 カメールは水鉄砲を連続で放つが、ゲンガーはスッテプでも踏むかの様に避け、シャドーボールをカメールに繰り出したが、水鉄砲で相殺される。

 ゲンガーはじわじわとカメールに近づいており、カメールもゲンガーが距離を詰めてきている事に気づいているのか少しずつ後退して距離を保とうとしていた。

 

 

 

 「カメール、バブル光線を床にばら撒くんだ」

 

 

 

 カオルは一瞬、レッドの指示に疑問符を浮かべたが、直ぐにレッドの狙いを理解する。ばら撒かれたバブル光線により、コンクリートの床は泡だらけになり太陽の光を受けた泡の乱反射で影が少なくなったからだ。

 影が少なくなればゲンガーが影に逃げ込んだり、影から奇襲す事も出来なくなる。現にゲンガーは困り顔で足元の泡をつついた後、カオルの顔を見ている。

 

 

 

 「金縛りからシャドーボール」

 

 

 

 リザードン戦から調子を取り戻してきたのであろうレッドの発想や読みに感心しながらもカオルは指示をだした。

 広範囲技がない以上、バブル光線を金縛りで封じて地道に泡を割っていくしか方法が無い。ゲンガーは金縛りでバブル光線を封じ、足元の泡を踏み潰して割りながらシャドーボールをカメールに繰り出す。

 カメールは息が上がりながらも水鉄砲でシャドーボールを相殺しつつ、ゲンガーにも繰り出した。

 ゲンガーは向かってきた水鉄砲を避けようとしたが、火傷した左手と左足に強烈な痛みが走り、一瞬体が硬直した。

 その一瞬の隙でゲンガーが避けきれない距離になった気が付いたカオルは指示を出す。

 

 

 

 「身代わり」

 

 

 

 身代わり人形で水鉄砲から逃れたゲンガーだが、息が上がっており、これ以上身代わりは使えない様に感じたカオルは思った以上に消耗したゲンガーを見て、モンスターボールに引っ込めようとボールホルダーから取り出そうと手にかけた時、カメールがコンクリートの床に倒れた。

 

 カメールは両手足を投げ出して目は回り、息も完全に上がっている様子から猛毒が完全に体にまわり動けなくなったのだろう。カメールが戦闘不能になっているのを確認したゲンガーはシシッ、と笑いながら後ろに倒れ、目を回しカメールと同じように戦闘不能となった。

 おそらく、火傷のダメージにより体力が底を尽きたのだろう。このヤマブキシティの作戦で一番働いたのでカオルは説教は無しにする事にした。

 

 

 

 レッドはモンスターボールにカメールを戻すと同時にカオルもゲンガーをモンスターボールに戻し、縮小してボールホルダーに収めた後、ブラッキーのモンスターボールを取らずに違うモンスターボールを手に取り、掌大に戻して覗き込む。

 

 モンスターボール越しに見られた中のポケモンは怪訝そうにカオルを見ており、心なしか不機嫌オーラが見える様な気がした。

 ゲンガーが戦闘不能になった以上、カビゴンに対して予定していたサイクル戦は出来なくなったので、背に腹は代えられないとカオルは覚悟して取引を持ち掛けた。

 

 

 

 「今の任務の事後処理が終わったらボスのポケモン調整に付き合う予定なんだけど」

 

 

 

 興味なさげに聞いている様に装っているが、ピン、と長い耳を立て興味深々で聞き入っているのをカオルは長い付き合いで理解していたので、言葉を続ける。

 

 

 

 「今、ポケモンバトルして活躍してくれたら彼奴やヤドランじゃなくて、君を出してあげる」

 

 

 

 そう言ってモンスターボールを投げたカオルはモンスターボール特有の赤い光から出てきたポケモン、マリルリが目を輝かせながらやる気十分に跳ねている様子を見て、これだから戦闘狂は。と思いつつ、6匹目とヤドランを指名している首領であるサカキにどう言い訳するか後で考える事にする。

 テンション高く屋上のコンクリートの床を足で叩いて罅を入れているマリルリの様子を見たレッドは引いた顔をして訳が知りたそうにカオルを見ているが、カオルは無視した。

 

 カオルに会話する気がない事を悟り、カビゴンを繰り出してきたレッドは先手必勝とばかりに指示を出す。

 

 

 

 「のしかかり!」

 

 「滝登り」

 

 

 

 カビゴンはマリルリの上に飛び、その大きなお腹でマリルリにのしかかろうとするが、マリルリは青く丸い両手を握ると水を纏わせ、振りかざした。太陽の光を受け、キラキラと光る水滴を辺りに飛ばしながらカビゴンの左の脇腹にヒットした滝登りはカビゴンの体の着地点をずらし、マリルリの横に右から倒れた。

 平均で460kgあるカビゴンの体の軌道をズラすのはほぼ不可能であり、普通カビゴンにのしかかりを仕掛けられたら避けるしかないので、相当な力がないと出来ないマリルリの所業にレッドは口を半開きにして驚いていた。

 

 カオルとしては自主的に自身を鍛える為、いくら特性力持ちで平均より大きく筋肉量が2倍近くある個体(平均は高さ78.7cm、重さ28kg。カオルのマリルリは高さ1m、重さ50kg)だとはいえ、サナギラス(平均で高さ1.2m、重さ152kg)を2体俵持ちしてバトルフィールドを端から端まで完走したマリルリを見た時から何をしていても驚かなくなったので、初めてマリルリの鍛練を見た部下と似た様な反応をするのだな。とずれた事を思った。

 

 カオルはマリルリがやる気があり過ぎて“いつもの力加減”が出来ていない事に気がついていたが、指摘してボイコットされては困るので、そのままやらせておいた。

 

 

 

 「ばかぢから」

 

 「っ!カビゴン、頭突きだ!」

 

 

 

 先程の力を見て弱点のタイプで攻撃されればひとたまりもないと理解し、尚且つ避けられる程の距離ではないと判断してレッドはカビゴンに頭突きを指示した。カビゴンも危険と思ったのかマリルリが力む際に咄嗟に急所に当たらない様に身を捻り、マリルリのばかぢからをその身に受けながらも、頭突きを繰り出した。

 激突した両者の技はマリルリの力勝ちとなり、カビゴンの体をコンクリートの床に叩きつけ、大きな罅を作りビルを僅かに揺らした。よく見るとマリルリの額は赤く、傷がありそれなりにダメージを受けた様であった。

 

 頭突きをされた額をさすったマリルリが悪役らしく笑ったのを見たカオルは終わったな。と確信した。

 何故なら、マリルリが目で語っていたからだ。

 

 

 

 お前、サンドバックな。と。

 

 

 

 ばかぢからの効果で攻撃と防御が一段階下がったが、そんな効果なんて関係ねえよとでもいう様にダメージに苦しむカビゴンに再びばかぢからを叩き込もうとするマリルリを見たレッドは慌てて指示を出す。

 

 

 

 「冷凍パンチ!」

 

 

 

 レッドの無駄な足掻きにカオルはため息をついた。

 ゲンガーの様に氷の状態異常を狙ったのだろうとカオルは予想したが、約10%の確率にかけるのはリスクが大きい。仮に氷の状態異常になったとしてもゲンガーとは違い手加減を忘れた今のマリルリがその程度で止まるとも思えなかったからだ。

 

 カオルの予想通りカビゴンの冷凍パンチもろともマリルリはばかぢからを打ち込み、罅割れていたコンクリートの床が限界を迎え床が抜けてしまい、カビゴンの巨体は下の階へと消えていった。

 マリルリはカオルの手持ちの中で2番目に破壊力のあるポケモンで6匹目程の広範囲での破壊力はないが、コンクリートの床を2撃で破壊することなど楽勝なので、カオルは驚きはしなかった。

 

 埃がはれ、カオルはカビゴンを確認すると目を回しており戦闘不能になっていた。

 カオルの勝利である。

 

 

 

 約束だからな、戦わせろよ。とでもいう様にマリルリに付き纏われるカオルは頭を撫でて分かっているから落ち着けと慰める。そうしないとじゃれつくをくらいそうな勢いだった為である。

 カオルはまだ死にたくはなかった。

 

 マリルリをモンスターボールに引っ込め、カオルは懐から取り出したスーパーボールを手に持ちながらレッドに向いた。

 カビゴンをスーパーボールに戻して顔をこわばらせながら身構えたレッドにカオルは微笑みながら話しかける。

 

 

 

 「ポケモンマフィアに負ける意味を君は考えた事があるかな?」

 

 

 

 大人が子供を優しく叱る様に話しかけてくるカオルをレッドは睨み、質問には答えなかった。

 カオルは返答など最初っから求めてはいなかったので無視して続ける。

 

 

 

「答えは手持ちポケモンを奪われるか、ポケモンを奪われた後、邪魔者として殺されるかだ。私は君には両方ともしてなかったけど、流石に今回は目に余るかな」

 

 

 

 そう言って懐から拳銃を取り出し、レッドに銃口を向けたカオルにレッドは後ろに下がるが、パラペットにあたり、これ以上下がれない事を理解して冷汗が背中を流れる。

 レッドの様子に笑みを深めながらカオルは一歩ずつ近づき、3m程の距離で止まる。

 

 

 

 「じゃあ、またねレッド君」

 

 

 

 カオルが微笑を浮かべたままレッドに言った瞬間、目の前に見た事もないポケモンが現れた。そのポケモンの眼が怪しく光るとレッドは強烈な眠気に襲われ、暗闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前に崩れ落ちたレッドを急いで支え、深い眠りに落ちている事を確認するとカオルはレッドを眠りに落としたツインテールの様な頭にスカートを模した様なものと細い脚はバレリーナの様なポケモン、キルリアをよくやったと言う様に頭を撫でる。

 キルリアは照れたように笑いながらカオルの手を受け入れ、足に抱き着いた。

 

 懐から取り出したスーパーボールに入っていたのはこのキルリアだった。レッドが拳銃に注目し命の危機に怯えた時、カオルの背後に繰り出し、催眠術をハンドサインで指示したのだ。

 レッドにとっては人に殺されるかもしれないという恐怖と怯えでボールの開閉音に気づかないだろうというカオルの思惑は見事にあたり、レッドは訳も分からず眠りに落とされた。起きた時レッドは怒るかもしれないが、大人達の説教が待っていると思うのでカオルはこの悪戯など些細な事だと思った。

 

 全てを見ていたラムダはレッドに同情たっぷりの視線を送っていたが。

 

 

 

 そんな事を思っているのを知りながらもカオルの足に抱き着くこのキルリアはポケモンの密輸業者から手持ちポケモンとして育てる為に安くは無い値段で買い取り、カオルが育てたポケモンの1匹なのだが、元々ポケモンバトルが好きではない上に進化を拒む為、どうするか悩んでいた時にヤドランを手に入れたのでカオル専属のテレポート要員として活用している。

 

 

 

 「キルリア、シェルター付近にいるグリーンの上に置いてきてくれる?」

 

 

 

 レッドにまだ一般に流通していない冷凍パンチの技マシンを渡したであろう戦犯に報復するべく指示する。

 カオルが懐から取り出したグリーンが写った写真を見たキルリアはキル。と手を上げて返事をし、レッドをサイコキネシスで持ち上げ、一瞬で消えた。

 テレポートで移動したのだろう。

 その様子を確認したラムダはまだ見ぬオーキド博士の孫に心から同情し、合掌した。

 

 

 

 強く生きろよ、坊主ども。

 

 

 

 カオルがラムダに振り返った時には表情を引き締めて何事もなかったように真剣な表情で撤退状況を報告する。

 

 

 

 「シルフカンパニー本社と子会社の部下はすでに撤退済みです。ただ、路地裏の部下は7名中4名は捕縛されたようで戻ってきてません。住人を閉じ込めているシェルター付近の部下も応戦しているようで撤退率は3分の2程度です」

 

 「何でそんなにもたつくんだろうね」

 

 

 

 ため息をついたカオルにラムダは全員が貴方みたいに効率よく動けませんて。と心の中で突っ込みを入れたが、表には出さなかった。矛先を向けられたくなかったので。

 

 

 

 「ラムダ、無線で災害指定ポケモンの使用許可をだし給え。キルリア、悪いけれど路地裏の部下が捕縛されたから回収。出来るね?」

 

 

 

 ラムダは無線でカオルの指示を部下たちに伝え、いつの間にかカオルの元へと帰ってきていたキルリアはカオルの次の命令を遂行すべく再びテレポートして消えていった。

 

 それを見送ったカオルはラムダに撤退する事を告げ、テレポートマットを回収し、気絶している部下と共にラムダの持っていたテレポート用ポケモンで撤退する。

 

 

 

 

 

 シェルターの方角からド派手な音が聞こえ、ラムダはどれぐらいの被害が出るのやら。と現実逃避した。

 

 

 

 

 



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ジムリーダーと緑の彼と黒い彼 前編

 

 

 

 ヤマブキシティの第一シェルター付近でジムリーダーのエリカとキョウを中心とした警察チームはシェルターの入り口を守るように展開するロケット団とポケモンバトルを繰り広げていた。

 建物を傷つけ、公共道路が陥没する程の激しいポケモンバトルは時折煙幕や催涙弾などの妨害が飛んでくる上にロケット団はポケモンバトルが不利になった時ヤマブキシティの一般市民をポケモンバトルの中に放り投げるのでエリカとキョウ達は一般市民を保護するためポケモンバトルを中断せざるを得ない。その結果、エリカとキョウのチームが優勢を保っているが制圧できず長引いていた。

 

 カツラとカスミの警察チームもロケット団の対応をしているらしく、応援は望めず何時一般市民をポケモンバトルの中に放り込まれるか分からない為、間違っても自分達のポケモンの攻撃で一般市民を傷つけないように神経を張り詰めているので精神的な疲労がポケモンバトルの質を徐々に落としていっている事にエリカとキョウは気づいていたがどうする事も出来ず、ポケモンバトルを続けるしかなかった。

 

 

 

 「モジャンボ、リーフストーム!」

 

 「甘いぞ小悪党!フォレトス、地震」

 

 

 

 青い蔓草に覆われたモンジャラを大きくしたようなポケモン、モジャンボは主人であるロケット団の男の指示に従い、手元に渦の様に草花を集める様子にキョウは薄紫色のゴツゴツとした殻に包まれたミノムシポケモン、フォレトスに指示を出した。フォレトスはモジャンボを見た後、殻を閉じコンクリートの地面にその身をぶつけて地面を揺らした。

 地面の揺れと揺れによりおきた地面の陥没によりダメージを受けたモジャンボは体制を崩し、慌てて体制を整える事を優先して集中力が切れてしまい、リーフストームが不発に終わった。

 通常ならばモジャンボの方が種族値による素早さが上なのだが、連続のポケモンバトルで高速スピンを連発して素早さが上がっていた事と大技であるが故に少しためが必要になるリーフストームの放たれる僅かな時間をつく事が出来た為、先制を取る事が出来たのだ。

 

 

 

 「高速スピン」

 

 

 

 フォレトスが高速スピンで突っ込み、モジャンボが目を回し戦闘不能になったのを確認した後、キョウは周りの仲間達の様子を確認する。

 エリカはさすがというべきかまだまだ余裕そうな表情をしているが、警察官達はロケット団から優位を取れているものの、表情に余裕がない。手持ちが全て全滅してしまい後方に下がった警察官も10人中4人になりキョウは警察官達の様子が心配になったが、それ以上に心配な人物がいた為配慮する余裕がなかった。

 

 

 

 「フーディン!その辺に散らばってるコンクリートの破片をサイコキネシスでぶつけろ!」

 

 「クロバット、影分身で回避!」

 

 

 

 両手にスプーンを持ったユンゲラーの進化系ポケモン、フーディンはコンクリートの破片をサイコキネシスで持ち上げると短髪でキャップ帽を被ったロケット団の青年のポケモンであるクロバットに投げつけるがクロバットはロケット団の青年の指示通り影分身で飛んでくるコンクリートの破片を見事に避け切っていた。

 フーディンのトレーナーである明るい茶髪をたて、黒いシャツと茶色いズボンを着たグリーンが悔しそうに舌打ちする様子にキョウはこっそりため息をついた。

 

 

 

 ロケット団とのポケモンバトルが激化する中、グリーンがポケモンを出し、突然乱入してきた事に驚き、思わずポケモンに攻撃を指示してしまいそうになったが、ジム挑戦で面識のあるエリカがロケット団関係者ではなく、むしろロケット団の本部を壊滅させた実績を持つ一般トレーナーである事を証言し、ロケット団のポケモンに攻撃し、攻撃されている状況を見て味方であると判断したが、グリーンの事を全く知らないキョウにとっては無鉄砲で無謀な守るべき子供なのか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()判断がつかなかった。

 

 どちらにしてもエリカとキョウの警察チームと共にロケット団とポケモンバトルをするべきではない。キョウが唸る程のポケモンバトルの実力があるのは確かだが、だからと言って子供を犯罪者の制圧の最前線に駆り出すような真似はしない。

 

 

 

 だが、グリーンは引き下がらなかった。

 

 

 

 ポケモンバトルが激戦になっていく中、グリーンはポケモンを下げる事もせずポケモンバトルを続けながら幼馴染兼ライバルの少年と共にロケット団のポケモンと思わしきエイパムの案内で見つけた抜け道を使ってヤマブキシティに入った事、ロケット団がヤマブキシティを占拠している事に気づき、とあるビルを探索中にヤマブキシティのジムリーダーであるナツメのポケモンを発見し、ナツメもこのビル内の何処かに監禁されているのではと考えた2人は巡回するロケット団の眼を欺く為にピカチュウにナツメのポケモンが入ったボールホルダーとネジ回しを持たせ、換気口からナツメを探すように指示して2人でロケット団の下っ端達にピカチュウに気づかれない様にロケット団の下っ端を気絶させたり、ポケモンバトルで戦闘不能にしたりして騒ぎを起こした事、その後無事ナツメとピカチュウに合流できたがエイパムにテレポートマットを押し付けられ離れ離れになっている事を説明し、此処を片付けたら探すのを協力してほしい。とエリカとキョウの警察チームに話したが、それを聞いたキョウは一般人の2人がしでかした事に思わず頭を抱えた。

 おきてしまった事はどうしようもないのでせめて2人がマスコミにかぎつけられ面白おかしく記事に書かれたり、ニュースに取り上げられたりして旅に支障が出ない様に手を回そうとキョウは思った。

 グリーンから見え隠れする悪を正すという子供特有の無謀と無知に気づいてしまったキョウはできればこれ以上何もしないでほしかったが、ポケモンバトルの激しさが増す中、説得する時間も惜しかった為、渋い顔をしながら了承し、せめてエリカとキョウからなるべく離れない様に言い聞かせてポケモンバトルを続行し、今にいたる。

 

 

 

 キョウが再びため息をついたのを横目で見たグリーンは内心でムッとしたが、自分は大人だからと自分に言い聞かせて指摘せずに短髪で帽子を被ったロケット団の青年とクロバットに集中する。

 

 

 

 「クロバット!かみ砕く!」

 

 

 

 短髪でキャップ帽を被ったロケット団の青年は自身のポケモンであるクロバットに指示した。

 クロバットは進化前のゴルバットよりもより速く、静かに飛ぶ事に特化したその4枚の羽根で音もなくグリーンのフーディンに接近する。

 グリーンを信頼し、技が当たるギリギリまでクロバットを引き付けたフーディンにグリーンは指示を出す。

 

 

 

 「雷パンチ!」

 

 

 

 グリーンの指示を待っていたかのようにフーディンは拳に雷を纏わせ、クロバットの顔面に叩き込んだ。かみ砕くの攻撃を仕掛けようと接近していた事もあり、タイプ不一致とはいえ効果抜群の攻撃をまともに受けたクロバットは道路のコンクリートにボールの様に1回跳ねて目を回して戦闘不能になった。

 

 もう残りのポケモンがいない短髪でキャップ帽を被ったロケット団の青年は舌打ちし、グリーンがガッツポーズをした瞬間だった。

 

 

 

 「ぐえっ!」

 

 「グリーン君!?大丈夫ですか!」

 

 

 

 突如上から何かがグリーンを地面に押しつぶしたのだ。

 顔面を強打したグリーンは心配して声をかけてくれるエリカに返事をしながら薄っすら赤くなっているであろう額をさすって、何なんだよ。と心の中で悪態をつき、自分を地面に押しつぶしたものを確認すべく視線を背中に向けた。

 

 まず、最初に見えたのは足だった。

 赤いシューズと動きやすい青のカーゴパンツをはいており、視界の端に投げ捨てられた赤いリュックサックが見えた。

 グリーンは最初、人の足が視界に入った事に驚いて硬直し、見覚えのある服装と赤いリュックサックである事に気づいた瞬間、一気に血の気が引いた。

 

 

 

 幼馴染兼ライバルであるレッドの服装に当てはまっていたからだ。

 

 

 

 グリーンは慎重に尚且つ素早く上に乗っかっている人物から自身の体を抜け出し、勘違いであってくれ。と祈るように思いながら顔を確認する。

 うつ伏せに倒れている人物のまたもや見覚えのあるモンスターボールの帽子を被る頭を震える手で揺らさないように慎重に横にずらして顔を確認したグリーンは息をのんだ。

 

 その顔はグリーンの予想通り幼馴染兼ライバルであるレッドだった。

 グリーンは目の前の光景が信じられず呆然とし、レッドとの思い出が脳裏に走馬灯のように駆け抜けながらロケット団に関わった事を後悔した。

 

 

 

 グリーンは心のどこかで大丈夫だという根拠のない自信があった。

 今までレッドと共にロケット団の下っ端達を蹴散らして警察に引き渡し、助けた人に感謝されて来た為、警察に子供が大人に頼らずポケモンマフィアに立ち向かった事に叱られ、警告されても聞き流してきた。

 順調にジムを攻略する自分とレッドなら悪に負けないヒーローの様に上手くいくと。

 だが、こうしてピクリとも動かないレッドを見てグリーンは自分の考えがいかに無知で愚かな子供の考えであったかをようやく理解した。

 今、共闘しているエリカとキョウにも最初は渋い顔でポケモンバトルに参戦した事に難色を示していた。それは、大人の詰まらないプライドだろうとグリーンは決めつけて無理矢理参戦したが、グリーンの無謀と無知を理解していたからこそ難色を示したのだろうと今ならわかる。

 しかし、新人トレーナーとは思えないポケモンバトルの才能と周りのポケモンバトルの戦況から最終的にグリーンの参戦を認めなければならなかった。それによりグリーンは自分の実力が認められたと鼻を益々伸ばしていたが、その鼻も今は見る影もなくへし折れた。

 

 グリーンは徐々に視界が滲むのを感じながらロケット団がヤマブキシティを占拠している事に気づいた時点でレッドを何が何でも連れ戻し、抜け道の事を警察や大人に説明するべきだったと後悔した時だった。

 

 

 

 レッドから大きないびきが聞こえてきたのは。

 

 

 

 グリーンは光の速さで滲んだ視界が元に戻り、真顔になった。

 聞き間違いであってほしいと思いながらレッドを見るが、再びいびきが聞こえてきてグリーンは口の端を引き攣らせた。

 色々な感情が嵐の様にグリーンの心の中に吹き荒れるが、当の本人はグリーンの心を察することなく気持ちよさげに寝ている。

 

 グリーンは真顔のまま無言でレッドを叩き起こす為に拳を振り上げたが、振り落とす事はかなわなかった。

 

 

 

 

 『——————!』

 

 

 

 突然、ポケモンの雄叫びがあたりに響いたからだ。

 その雄叫びはとっさに耳を手で塞いでしまう程の大音量でグリーンは顔を顰めながら雄叫びを上げたポケモンへと視線を向けた。

 

 全身が紫色の硬い皮膚に覆われ、自身の身長近くもある長い尻尾と頭部に鋭い角を持つポケモン、ニドキングがグリーン達を睨みつけていた。その目は殺意が宿っており、グリーンはその濃厚な殺意に震え上がった。

 通常1.4mしかないポケモンだが、このニドキングは明らかにグリーンの身長を超えており、目測2m程の巨体であった。その胸には大きな3本の古傷がある。

 

 

 

 「ウインディ!神速」

 

 

 

 警察官のポケモンであるウインディが神速を繰り出し、先制する。

 ニドキングは白い壁を張りながら神速を受け少し後退するが、ウインディをその硬い両腕で掴み、地面に叩きつける。

 ウインディは受け身を取る事も出来ずに地面が割れる程叩きつけられ、目を回し戦闘不能となった。

 ウインディが最後のポケモンだったのだろう。警察官が悔しそうにモンスターボールにウインディを戻して後方に下がるのを見ながらグリーンはニドキングのレベルの高さに冷や汗をかく。

 先程の攻撃は恐らくカウンターでウインディの物理攻撃である神速を2倍にして叩き込んだのだろうと予測できるが、問題はその流れがあまりにも洗練された動きであり、何度も実戦で経験してきたパターンである事が分かったからだ。

 そこからグリーンの現在のトレーナーとしての実力と手持ちのポケモンのレベルでは太刀打ちできない事が嫌でもわかり唇を噛む。

 

 

 

 「…グリーン君、下がっていてください」

 

 

 

 エリカはグリーンの様子にそう声をかけてニドキングの視界に入らない様にグリーンと眠るレッドの前に出た。エリカ自身もレッドがいきなり落ちてきた事に驚いたが、眠っているだけである事に一安心し、目の前のニドキングに集中する事にした。

 

 

 

 「ラフレシア、エナジーボール」

 

 

 

 物理技を返されるのなら特殊技で様子をみる事にしたエリカの指示を聞いたラフレシアは緑の輝く球体を作り、ニドキングに向けて放っていく。

 エナジーボールは太陽の光を受けながら緑色に輝き、ニドキングへと向かっていくが、ニドキングは避けず口元から炎を出し、吐き出した。

 

 炎は勢いよく大という文字に広がり、エナジーボールを焼いてそのままラフレシアへと迫る。

 大文字を繰り出された事に驚きはしたが、エリカは動じなかった。

 何故ならエリカは1人ではないからだ。

 

 

 

 「ギャラドス、大文字をハイドロポンプで相殺しろ!」

 

 

 

 青く長い体に3叉の角と顎から延びる2本の髭を持つポケモン、ギャラドスは30代程の青年警察官の指示によりエリカのラフレシアに向けられている大文字をハイドロポンプで相殺した。

 大文字を相殺された事に腹を立てたのかニドキングはギャラドスを睨みつけ、ヘドロウェーブを繰り出す。

 ヘドロウェーブはギャラドスへと向かっていくが、選抜された警察官の中で一番若い青年が自身のポケモンである真っ赤な外殻に覆われた両手のカニバサミが特徴的なポケモン、ハッサムをギャラドスの前に出るように指示し、ヘドロウェーブを受けた。

 

 虫と鋼タイプであるハッサムは鋼タイプにより毒はきかない為、自身の身にかかった毒を振り払ったハッサムを見たニドキングは尾を地面に叩きつけコンクリートを破壊し、不機嫌さを隠そうともしない。

 

 

 

 エリカは3匹のポケモンに囲まれても敵意と殺意を向けてくるニドキングを見ながらシェルター付近にいるロケット団の人数が減っている事に気が付いた。

 ニドキングやレッドの様子に注視するグリーンやロケット団とポケモンバトルをしているキョウと他の警察官達は気づいてない様子だが、ニドキングが出てくる前よりも明らかに人数が減っている。エリカはどうやってポケモンバトルに集中しているキョウや他の警察官達の邪魔にならないように伝えるべきか考えているうちにポケモンが全て戦闘不能になった為に後方に下がっていた警察官達の1人が気づいたのか声を上げてしまった。

 

 

 

 「皆さん!ロケット団達の人数が減っています!」

 

 「何!?」

 

 「今よ、ヌオー!あくび!」

 

 

 

 驚いて声を上げ、ポケモンバトルから目を離したほうれい線の目立つ老年の警察官の隙をつき、セミロングのロケット団女性は水色の体色と背中に紫色のヒレ状の器官をもつポケモン、ヌオーにあくびを指示した。

老年の警察官の大きな下顎からはみ出すように突き出た2本の牙を持つポケモン、グランブルはヌオーのあくびを受け、体を左右にふらつかせながら懸命に眠気と戦っているが、今にも瞼が閉じてしまいそうになっている。

 ほうれい線の目立つ老年の警察官は慌ててスーパーボールに引っ込めて、別のポケモンを繰り出した。

 声を上げた後方に下がっていた警察官は自分の犯したミスで仲間を追い込んでしまった事に責任を感じ顔が青ざめているが、過ぎてしまった事なので同じく後方に下がっている警察官に励まされているのを確認しながらニドキングに再度視線を向ける。

 

 ニドキングはハッサムに大文字を繰り出すが、ギャラドスが前に出て再びハイドロポンプで相殺し、その隙にハッサムが電光石火をニドキングにあてるが、読んでいたニドキングのカウンターの餌食になる。

 

 

 

 「ラフレシア、しびれごなです」

 

 

 

 ラフレシアはエリカの指示の通り、ニドキングに向かってしびれごなを頭の大きな花から噴出して浴びせようとするが、ニドキングはしびれごなを風上に逃げる事により回避し、ラフレシアとエリカに警戒の眼差しを向ける。

 ロケット団の人数が減っているという事は撤退しようとしている可能性が高く、ヤマブキシティの一般市民が人質として連れていかれる可能性も捨てきれない為、早く倒して確認したいエリカはラフレシアに指示を出す。

 

 

 

 「ラフレシア、エナジーボール」

 

 「ハッサム、剣の舞でニドキングを引き付けろ!」

 

 「ギャラドス、冷凍ビーム」

 

 

 

 ラフレシアが放ったエナジーボールを皮切りに3匹は協力しながらニドキングに攻撃し、ニドキングは引き付けようとするハッサムの剣の舞には目もくれず、ギャラドスにヘドロウェーブを繰り出す。

 ギャラドスは多少あたりながらも空中を泳いで回避する。エリカはギャラドスに狙いを定めたニドキングのポケモントレーナー顔負けの正確な判断に内心で驚愕する。

 

 ハッサムはポケモントレーナーの間では物理アタッカー兼物理耐久が主流でこのハッサムも剣の舞を覚えているのであればその型である可能性が高い。

 ハッサムがニドキングに攻撃してきた場合、カウンターで2倍にして返しやすい上にすでにカウンターを食らっている為、いくらタイプ不一致とは言えもし次に大文字が一発でも当たったら4倍弱点により戦闘不能になる可能性がある。ラフレシアもニドキングに対してタイプ相性的に決定打がなく、大文字で沈められる可能性が高いが、ギャラドスは違う。

 先程ハッサムやラフレシアに対して効果抜群である大文字をハイドロポンプで相殺した上に冷凍ビームを繰り出している。ニドキングは水と氷タイプは2倍弱点である為、何時でも戦闘不能にするチャンスのあるハッサムやラフレシアよりも自身の脅威であるギャラドスを倒す事を優先したのだ。

 ポケモントレーナーの指示を受けていないポケモンがポケモントレーナーが育てたポケモンに対して此処まで正確な判断をしたポケモンをエリカは見た事がなかった。それ故に、このニドキングは相当手強い事を理解し、口元を引き締める。

 

 

 

 ニドキングはギャラドスに再びヘドロウェーブを繰り出すが、1番若い青年警察官がハッサムに前に出る様に指示をして、ハッサムが前に出ようと動いた瞬間、ニドキングはヘドロウェーブを繰り出すのを中止し、先程とは比べ物にならない位の速さで口元に炎をためて大文字を繰り出した。

 

 一番若い青年警察官は慌ててハッサムに声をかけて引っ込む様に指示し、30代程の青年警察官はギャラドスにハッサムを庇う様に指示する。エリカはどうにかしたかったが、ラフレシアが前に出ても大文字の餌食になるだけなのでどうしよも出来ず、中途半端に止まったハッサムと庇おうとしたギャラドスは大文字を受けてしまった。

 だが、草タイプのジムリーダーの名はただでは転ばない。

 

 

 

 「しびれごなです」

 

 

 

 大文字が決まった瞬間、エリカはラフレシアにニドキングへしびれごなを指示した。ニドキングはハッサムとギャラドスに注視していた為、風にのってあたる様に仕向けたラフレシアのしびれごなを避け切ることができず、麻痺状態になった。

 ハッサムは大文字を受けてカウンターのダメージもあり、戦闘不能状態であったが、ギャラドスは効果はいまひとつの為、余裕だったが戦闘不能のハッサムを見ると申し訳なさそうに目尻を下げた様に見えた。

 1番若い青年警察官はハッサムを引っ込めて次のポケモンを繰り出した。

 

 赤い大きな目に紫の体と青い小さな手足に白い翅には黒い模様があるポケモン、バタフリーは鱗粉を纏いながらニドキングを威嚇する様に翅を動かし、威嚇する。

 バタフリーの様子にニドキングは鼻を鳴らす様な仕草をしたが、痺れがあるのか顔を歪めてエリカとラフレシアを睨みつけ、ラフレシアに大文字を繰り出した。

 

 

 

 「ギャラドス、ハイドロポンプ!」

 

 「バタフリー、ニドキングの足元に糸を吐く!」

 

 「ラフレシア、ギガドレインです」

 

 

 

 ラフレシアの前に出たギャラドスはハイドロポンプで大文字を相殺し、その影からバタフリーはニドキングの動きを制限する為に糸を吐くで足を糸で固定し、ラフレシアは効果は今ひとつだが、ニドキングの体力を吸い取る。

 ニドキングは麻痺で体の動きが鈍い上にバタフリーの糸を吐くで身動きが取れなくなった為、ギガドレインが直撃した。

 ニドキングは頭を左右に振りながら硬い皮膚の隙間から何かを取り出し、噛み砕いた。ニドキングの口元からこぼれ落ちた緑色のかけらを見たエリカは口元を隠して驚いた。

 

 

 

 その緑色のかけらは紛れも無く、状態異常と混乱状態を治すラムの実のかけらだったからだ。

 

 

 

 ニドキングは麻痺状態から回復し、足元にはられた糸を引きちぎり、3匹とエリカ達への距離を詰める。

 30代程の青年警察官はニドキングの行動に危機感を覚え、ギャラドスに冷凍ビームを指示する。ギャラドスの口から繰り出された冷凍ビームは真っ直ぐニドキングへと向かっていくが、ニドキングはギリギリのタイミングで避けてヘドロウェーブを繰り出す。

 ヘドロウェーブはギャラドスに直撃するが、横からバタフリーが1番若い青年警察官の指示に従い、虫のさざめきを繰り出す。効果は今ひとつとは言え、直撃しているのにも関わらずニドキングは何事も無かったなかったかの様にバタフリーに一気に近づき、ラフレシアの方向に叩き落とした。

 

 ラフレシアはエリカの指示により打とうとしていたエナジーボールを打つのを中止し、バタフリーを受け止めたが、ニドキングは2匹に向かって口に冷気を溜め込み繰り出した。

 冷凍ビームである。

 

 

 

 「っ、ラフレシア!」

 

 

 

 エリカはラフレシアの名を呼び、ラフレシアはバタフリーを抱えて回避しようとするが、どう見ても間に合わない。

 無情にも冷凍ビームは2匹に直撃し、氷の中に閉じ込められた2匹は仲良く戦闘不能になっていた。

 

 エリカと一番若い警察官はモンスターボールに引っ込める。

 エリカが次のポケモンを繰り出そうとボールホルダーを確認したが、一番若い警察官は後方に下がった。如何やらあのバタフリーで最後のポケモンだったらしい。

 

 味方が減りつつある事に危機感を覚えながらも応援が期待できない以上、ジムリーダーである自分か頑張らなければ、と己を奮い立たせたエリカはニドキングを睨みつけて次のポケモンを繰り出す為、ハイパーボールを投げた。

 ハイパーボールから出てきたのは大きな赤い花を背中に咲かせたポケモン、フシギバナであった。進化前のフシギソウの花が開花した姿は最終進化系に相応しい風貌で、普段は気だるげな目つきは心なしか鋭く感じる。

 

 

 

 

 

 新たなポケモンの出現にニドキングは威嚇するように咆哮した。

 

 

 

 

 



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ジムリーダーと緑の彼と黒い彼 後編

※この話は途中から鮮血が飛んだり、ポケモンが死ぬ等の表現が出てきます。
 ぬるい表現にしたつもりですが、こんなのポケモンじゃない、気分が悪くなった等の苦情は一切受け付けませんのでご了承ください。
 それを踏まえたうえで大丈夫、読めるぜ。という方のみどうぞ。

 最後にこんな展開しか思い付かなかった作者が全面的に悪いのでポケモン協会やキョウとエリカを嫌いにならないでください。


 

 

 

 

 

 

 「まだやるの?君って結構タフなポケモンなんだね」

 

 

 

 嬉しそうに少し弾んだ声で言う人間の子供をニドキングは睨みつけるが、人間の子供はニドキングの殺意のこもった睨みを受けながらも冷静に操るポケモンに指示を出していた。

 

 ニドキングは人間が嫌いだ。

 ニドキングはカントー地方とジョウト地方の境界線にある森に生まれた。

 緑豊かな木々と乾いた岩はニドキングの種族にとって最適な環境であった。

 生まれながらに恵まれた体格を生かした力で群れの中でも頭一つ分抜きんでていたニドキングは群れの長からも信頼され、群れの長の娘である色違いのニドクインと結ばれた事により次の群れのリーダーは確実であった。

 ニドキングは群れの仲間や最愛の妻である色違いのニドクインと死ぬまで一緒であると信じて疑わなかった。

 

 

 

 あの醜く笑う人間達が仲間を惨殺し、最愛の妻である色違いのニドクインを奪われた真昼のごとく燃え盛る月夜の晩までは。

 

 

 

 ニドキングは一晩で全てを失った。

 一緒に騒いでくれる群れの仲間も。

 ニドキングが将来群れの長になる事を誰よりも喜んでくれた親友も。

 惜しみない愛を注いでくれた両親も。

 誰よりも尊敬していた群れの長も。

 何よりも守りたいと思った最愛の妻も。

 

 まるで全て夢であったのかと思う程だったが、呆然と座り込むニドキングの胸に刻まれた3本の傷の痛みと変わり果てた森と群れの仲間と思わしきポケモンの焼死体が嫌でも夢ではなく現実である事を突きつけられていた。

 ニドキングが生き残ったのは運が良かったからだった。

 人間の操るポケモンの攻撃で川に落とされ、何とか岩場に半身を乗り上げた所で力尽きて気絶したのを死んだと人間に勘違いされた為、止めを刺されずに済んだのだ。

 一日中座り込み、かつて群れが暮らしていた巣を見続けていたニドキングは襲ってきた人間達の目的がニドキングの最愛の妻である色違いのニドクインであった事に気づき、少しずつ胸の内に黒くドロドロした感情がたまり始めていた。

 

 ニドキングの群れは人間も襲わず穏やかに暮らしていた。

 珍しい色違いのポケモンだからという理由だけで襲われ、群れを惨殺されたニドキングは人間へと報復しないという選択はなかった。

 

 

 

 「君がどういった経緯で人間を忌み嫌う様になったかは興味ないけれど、10人以上の死傷者を出したポケモンとしてポケモン協会から討伐命令が下され、出動した討伐部隊を地形を利用した大規模かつ広範囲の岩雪崩で返り討ちにした挙句、森の近くにある村も巻き込んで多くの死傷者を出した実力は興味あるよ。ポケモン協会はその出来事を踏まえて君を災害指定ポケモンに登録したしね」

 

 

 

 人間の子供が楽しげに歌う様に紡がれる言葉にさして興味のないニドキングは雄叫びを上げた後、勢いよくしっぽを叩きつけ、ひびの入った地面に拳を叩き込む。

 完全に割れた地面は重力により森の斜面を滑り落ち、木々や大きな岩を巻き込みながら人間の子供の元へと岩雪崩となり襲い掛かった。

 

 人間の子供、カオルは背筋が凍るような笑みを浮かべた。

 

 

 

 「いいね。躾しがいがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリカのフシギバナは太陽の光を浴び、光合成を繰り出して、体力を回復した。

 その様子を見たニドキングは忌々しそうに睨んでくるが、ギャラドスがフシギバナへと近づけさせない様に放たれた冷凍ビームを同じく冷凍ビームで相殺する。

 回復したフシギバナを見ながらエリカはニドキングに決定打をあたえられない状況に焦りを感じていた。草タイプのポケモン使いであるエリカは多種多様なタイプの技を保有し、状況判断がポケモントレーナー並みに的確なニドキングに決定的な打撃を与える事が出来ず、ギャラドスの主人である30代程の青年警察官の攻撃を中心にエリカは光合成ややどりぎのタネでフシギバナを回復し、じわじわとニドキングの体力を減らしていく作戦をとっていた。

 

 だが、ニドキングもギャラドスへの攻勢を強めていき、ギャラドスは気丈にふるまっているが体力が限界に近づいている事はエリカも分かっていた。

 最悪な事に30代程の青年警察官はギャラドスで最後のポケモンだと聞いたエリカは自身の残りのポケモンが頭の横に花飾りをつけたフラダンサーの様なポケモン、キレイハナのみで他は戦闘不能になってしまっている事を思い出し、顔が強張った。

 エリカの様子は誰も気づく事は無かったが、何とかギャラドスが倒されてしまわない内にニドキングを倒せないか思考を巡らせていた時だった。

 

 

 

 「エリカさん!子供が」

 

 

 

 グリーンの言葉にエリカは周囲を見渡すと、シェルター付近から7、8歳程の男の子が辺りを不安そうに見ながら出てきていた。エリカは男の子が位置的に非常にまずい事に気がついた。

 何故ならシェルター付近に一番近いのはニドキングであり、人間に敵意と殺意を持っていると思われるニドキングが子供に危害を加えない保証はなかったからだ。

 だが、エリカや警察官達が男の子を保護しようとタイミングをはかって様子を見るとポケモントレーナー並みに賢いと思われるニドキングが気付かないはずがない。かと言ってそのままにしていても状況をよく理解していないであろう男の子が大人しくしてくれるはずもなく安全は保証できない。

 エリカは一瞬自身の懐に()()()が脳裏によぎるが、すぐにその選択を消してどうやって男の子を保護するか考えた。

 そうしている内にエリカや警察官達が視線をそらした事に気づいたニドキングはエリカたちの視線を辿り男の子に気づいてしまった。

 

 目の合った男の子は肩を震わせた後、顔に恐怖を浮かべながらあ、う。等言葉にならない声を発している様子を見てニドキングは大きく口を開き、男の子に向けて冷気を纏わせ、冷凍ビームを繰り出そうとしている。

 

 

 

 「フシギバナ、パワーウィップ!」

 

 

 

 エリカは悲鳴に近い声でニドキングの気を男の子から引き離そうとフシギバナに指示を出すが、どう考えてもフシギバナのパワーウィップよりもニドキングが男の子に冷凍ビームを当てる方が早い。

 ニドキングが冷凍ビームを放とうとした時だった。

 

 

 

 パンッ。とかわいた音が辺りに響いた瞬間、ニドキングの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 ニドキングは左目を両手で強く抑え、頭を大きく左右に振り痛みを逃がそうとしていた。

 フシギバナも何事かと攻撃を中止し、ニドキングの様子を窺う。

 その間にフォレトスが男の子とニドキングの間に入り、男の子を守るように居座り、モルフォンが男の子をニドキングから隠し、誘導するように飛び回っている。

 エリカは男の子が守られた事に安堵するが、ニドキングの様子にある可能性が浮かび、弾かれた様にキョウへと視線を向けた。

 

 キョウはその手に拳銃を握っており、その拳銃でニドキングの左目を銃撃した事は明白だった。

 エリカは自身の予想が当たり、顔面蒼白になった。

 

 

 

 キョウに気づいたニドキングは左目から血を流しながら怒りの咆哮を上げた。

 その咆哮で大きく開いた口の中にキョウは再び発砲する。

 口の中に直接弾丸を撃ち込まれたニドキングは再び悲鳴を上げて地面に倒れ、のたうち回り苦しみの声を上げるが、キョウは弾丸を再び装填して照準をあわせているのを見たエリカは声を上げた。

 

 

 

 「お止め下さい!2発で十分致死量に達している筈ですわ。そんなに撃ち込まなくとも、」

 

 「通常の体格ならばの話じゃ。こやつの体格は1.5倍はある。しかもこやつは技構成は違うが1年前に忽然と姿を消した災害指定ポケモンのニドキングの特徴に当てはまっておる。念の為、3発撃っておく必要がある上に苦しみは短い方がいい」

 

 

 

 エリカはキョウの言葉に反撃しようと顔を上げキョウを見たが、キョウの顔を見て言葉を出す事が出来なかった。

 キョウは無表情だったが、その目はひどく悲しみに揺れていた。

 

 キョウが撃ち込んだ弾丸はただの弾丸ではない。ポケモンの身体活動と生命維持機能を止める薬剤。所謂、ポケモンの安楽死に使われる薬剤が込められている。

 キョウが何故、そんな弾丸が装填されている銃を持っているのかというと人間を襲うポケモン又は襲って人間の血の味を覚えたポケモンをなるべく苦しませず討伐する為の物であり、ポケモン協会の規定により討伐指令が出たポケモンや災害指定ポケモンに登録されたポケモンから市民を守る又は対抗する為に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 勿論、エリカも所持しているが、今まで使った事は一度もない。

 むしろ人間の都合でポケモンを排除しているようでこのポケモン協会の規定に嫌悪感さえ抱いている。

 

 だが、今目の前で男の子を守って見せたキョウを見るとエリカの心はポケモンを殺す事への嫌悪と市民を守るためにはそうしなければ守れなかったという悲しみと無力感の板挟みになっていた。

 だが、キョウの方が複雑な心境である事はエリカにも理解できた。

 ポケモンをその手で殺す事に対する絶望の上にニドキングは毒と地面の複合タイプであり、毒タイプ使いのキョウにとって愛する毒タイプのポケモンを手にかけなければならなかったという事実は重くのしかかっているだろう。

 

 3発目を撃ち込んだキョウは悲鳴を上げて肢体に力が入らず動けなくなったニドキングにこれ以上撃ち込まなくてもいいと判断し、ニドキングが最後の時を迎えるのを静かに見守った。

 

 

 

 「ごめんなさい」

 

 

 

 エリカは涙ながらに呟いたが、指一本も動かせなくなったニドキングは最後まで人間を憎悪の眼で見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロケット団の新しい本部内を水が染み込み重くなった服を着たまま歩くカオルは水で張り付く不快さに顔を歪めた。

 本部に帰還した際、自身の派閥に所属する下っ端から渡されたバスタオルである程度拭いているとはいえ、カスミ戦、男の復讐劇、レッド戦のいずれも雨乞いやスプリンクラーの放水で水を被っているので気休め程度だった。

 カオルの部下はとばっちりを受けたくないのか必要最低限しか近づいてこない。

 

 

 

 カオルは早く着替えたいと思っているが、一言言わなければ気が収まらない相手がいた。

 

 

 

 本部内の廊下を迷い無く歩き、ある部屋の扉をノックもなしに勢いよく開け放つ。

 大きな音を立てた扉には見向きもせず、カオルは室内に入り、重厚な執務机で書類整理をしているその部屋の主の前に立ち、何時もの様に微笑して声をかけた。

 

 

 

 「やあ、アポロ。ちょっと時間をくれるかな」

 

 「いきなりなんですか、ノックもなしに。最低限の礼儀はして下さい」

 

 

 

 部屋の主であるアポロはカオルの礼儀の無い態度に顔を歪めつつ、書類をまとめて執務机の端に寄せた。一応カオルの話を聞く気はあるらしい。そう判断したカオルは話を続ける。

 

 

 

 

 「実は任務中に馬鹿な男が“敵討ち”しに来てね」

 

 「それは大変でしたね。まあ、貴方にとっては取るに足らないでしょう?」

 

 

 

 平然と語るアポロににこやかな顔を向けながらカオルは内心で狐めと思ったが、同じ状況であればカオルもそう返すのでお互い様だろうと思い直した。

 だが、やられっぱなしは性に合わないので反撃する。

 

 

 

 「ただ、その男変なんだよね。限られた人しか知らないはずの事、ヤマブキシティの作戦内容を知ってたんだよ」

 

 「そうですか。ですが貴方は敵が多いのですからその限られた人を脅すなりなんなりして聞いたのかもしれないですよ」

 

 「へえ、君って()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 カオルがそう言った瞬間に周辺の空気の温度が下がった気がした。

 アポロの表情も笑っているが目が笑っていない。

 カオルはロケット団でつちかった黒い笑みを浮かべ、アポロに何か言われる前に畳みかける。

 

 

 

 「だってそうだろう?そのことを作戦実行前以外で知って男を潜り込ませる事が出来るのはボスと幹部二人と私の幹部補佐のラムダぐらいだ。ボスはあり得ないし、アテナはそんな小細工をするような人じゃない。タイミング的にラムダも疑ったが、私の実力をよく理解している彼がこんな中途半端な裏切りをするはずがない。殺るなら徹底的にしろと耳にタコが出来る位教えたからね。消去法で君がしたことになる。……こんなわかりやすい事を何で仕掛けたんだい?」

 

 

 

 カオルが口を閉じた後、両者の間に沈黙が下りる。

 アポロの中で自分のことは折り合いがついたのだと思っていたが、表面に出していなかっただけかもしれないし、何か気に障り、不信感を再熱させたのかもしれない。

 本心はわからないが、何故こんな中途半端なアピールをしたかは想像はついていた。

 だが、あえてわからないという風に装い聞くのは少しでもアポロが自分をどう思っているかを聞き出す為だ。

 

 サカキにロケット団に入れられてから、情報が何よりの武器だという事を学んでいる為、少しでも有利になるために相手の心理を知っておきたいのだ。

 

 

 

 「訂正しなさい。私は脅されようが拷問されようが、ロケット団の…サカキ様の顔に泥を塗るような真似はしない」

 

 

 

 アポロの言葉にだろうな。とカオルは思ったが、カオルの聞きたかった事はそれではない。

 黒い笑みを崩さぬまま、カオルは続けた。

 

 

 

 「それは訂正するさ。君のボスへの忠誠心はロケット団随一だからね。その事を踏まえて質問を続けるけれど、ボスが私に任せた任務を邪魔したの何故だい?」

 

 「………内容は知りませんが貴方、サカキ様の手を煩わせたでしょう?」

 

 

 

 アポロのその言葉を聞いて、やはりか。と思い、思いっきり私情が混じった理由に内心でアポロに対する評価を下げた。

 しかも内容を知りえていないのに首領が自分の手で防がないといけない事を起こしたという事実だけで、ミュウツーの件で首領の不興を買い、アテナの派閥から引っ張る事が出来なかった実働部隊もカオルの部下から選出しないといけなくなったところに復讐者である男を仕掛けたのだ。

 カオルが下手を打てば作戦が総崩れになり、ロケット団の今後が大きく揺らぎかねない。アポロの口ぶりはその可能性を考慮しているようには見えなかったのがカオルにとっては理解しがたい愚行であった。

 

 怒りに任せて言おうとした言葉をぐっと押さえ、ばれないように深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 男の実力が中途半端であったのは作戦を大きく狂わせない為のアポロなりの配慮だったともとれる上に、そもそもの発端がカオルのミュウツー捕獲からきているので自業自得ともいえるからだ。

 

 

 

 「君の言い分はわかったけど、今度するならこんな大きな作戦の時にしないでくれ給え」

 

 「…そこはサカキ様の手を煩わせないというところではないのですか」

 

 「私が怯えて大人しくなるような可愛い性格していないのはわかっているだろう?」

 

 

 

 満面の笑みで切り返すとアポロは呆れた顔をして深々と溜息をついた。

 怒る気力もなくなったらしい。

 話は終わったのでカオルは身をひるがえし、アポロの執務室を出て自身の執務室へと歩いきながら内心で思いつく限りの罵声罵倒をアポロへ投げつける。

 

 ある程度アポロへの罵倒が済むと、切り替えてこれからの事を考え始めた。

 カオルにとってヤマブキシティの作戦はあくまで前座であり、これから事前にばら撒いて芽を出し、大きく実った陰謀の実を収穫するので、アポロにお返しの嫌がらせをする暇がなかった。

 

 

 

 カオルは顔に張り付く髪を払いながら歩いていると視界に入った自身の執務室の扉の前にラムダが書類を持って立っている事に気が付いた。

 早速来た仕事にうんざりしながらも、カオルは大股でラムダに近づき、書類を分捕ろうとしたが、それを察したラムダが上に持ち上げる事により、空振りする事となる。

 身長的に書類を取る事が出来ず、一瞬無表情になったカオルだが、直ぐに何時もの微笑を顔に乗せた。

 

 

 

 「ラムダ、その書類は私が見なきゃいけないものだろう。早く渡し給え」

 

 「その前に執務室にある仮眠室の浴室で入浴して下さい。湯船に湯も張りましたし、着替えも用意されています」

 

 「それは有難う。でも、着替えるだけで十分だよ」

 

 

 

 内心の苛立ちを表に出さず、言うカオルに対しラムダは書類を渡そうとはしなかった。

 そのラムダの態度に微笑が崩れそうになるのを耐えながら視線でさっさと渡せ。と命令する。

 カオルの視線を正確に読み取ったラムダはカオルに一番効果的な言葉を伝える。

 

 

 

 「カオル様が雨乞いで雨に濡れたと聞いたサカキ様が風邪などひかないように必ず入浴してから仕事をさせろと命令されました」

 

 「……………分かった、入るよ。机の上に置いといてくれるかい?」

 

 「はい。コーヒーを用意しておきますのでヤミガラスの行水はしないで下さい」

 

 

 

 カオルの行動を先読みしたラムダに釘を刺されてしまったので、仕方なくカオルは普通に入浴する事に決めた。

 執務室にある仮眠室の脱衣所に入ったカオルは大きなため息をつきながらロケット団幹部としての計画ではなく個人的な計画を再確認していく。

 

 

 

 ()()()()()()()が近い中、ミュウツーは諦めるしかない。今回の作戦で下手に部下を動かせなくなった。となるとAプランは無しでBプランも却下。Cプランに変更して修正するしかないか。やっぱり、レッドが必要不可欠だな。

 

 

 

 カオルは眉を寄せながら舌打ちし、修正箇所を頭の中で整理しながら計画を立てていった。

 

 

 

 

 

 腰にあるボールホルダーのあるポケモンが見つめている事に気づかずに。

 

 

 

 

 



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ヤドランは知っている

 

 

 

 カタカタというキーボードを打つ音や紙をめくる音が聞こえてくる事に少し不満に思いながらヤドランは目の前の黒い服を着た少年、カオルの背中に一部の隙間も無く密着する。

 普段であれば嫌がるそぶりを見せるカオルだが何も言わずに仕事を続けている。視界の隅に映る執務机に無造作に置かれているボールホルダーについている縮小されたモンスターボールが震えていてヤドランは自分だけの特権に優越感を覚えるが、あまり自慢げに見ているとカオルの他の手持ち達に乱闘ポケモンバトル訓練の際に袋叩きにされかねないので(特にブラッキーとマリルリ。その後に面白がってゲンガーが乱入し、鬱陶しく思った六匹目が全員戦闘不能にするのが何時ものパターン)視界に映らないように反対方向に向いた。

 

 わざわざヤドランが背中に引っ付きやすいように背もたれのある椅子ではなく、長方形の椅子を縦に使って座らせくれる事にカオルの不器用な優しさが垣間見えてヤドランは嬉しくなった。

 黒いビロード生地の椅子に座りながら密着した背中から聞こえてくるカオルの心音とさざ波の様に静かに満ち引きする感情にヤドランは胸の奥に渦巻くどす黒い感情が少しづつ収まっていくのを感じ、カオルの心音と感情の波を感じる事に集中する。

 裏切者の男とそのポケモンの死の間際に受け取ってしまった負の感情は大分和らぎ、頭痛や吐き気等の不調がなくなったとはいえ、未だに感情が不安定でポケモンバトル処かカオルとカオルのポケモン以外の人やポケモンに会うと何時ものとぼけ顔が保てず、いきなり泣き出したり怯えてしまうので現在カオルの執務室は立ち入り禁止になっている。

 

 最も、ヤドランを甘やかしている姿を他者に見られたくないというカオルの事情も含まれているだろうが。

 

 リモートですら取り乱すので電話やメールで部下に指示を出したり、長時間離れると不安定な感情のままにサイコキネシスで破壊活動を起こすので決済した書類はカオルが執務室から出て部下に手渡しし、短時間で戻るようにしている。

 これが、感情が安定する1週間、下手したら半月以上続くのだから他のロケット団員ならばこんなに手のかかるポケモンは捨てるだろう。

 

 ヤドランはカオルが自分を捨てないのは能力だけではない事を知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤドランとカオルが出会ったのはまだヤドランがヤドンであった時だった。

 とある地下洞窟で生まれたヤドンは仲間の中でも特に小さく、仲間内の他のヤドン達にイジメられる程弱かった。

 イジメに疲弊していたヤドンは感覚を研ぎ澄ませ、他のヤドン達のわずかに感じる感情の変化を読み取り、イジメを回避するようになった。

 最初は上手くいかなかったが、何度も繰り返していくうちに上手く読み取れる様になり、イジメられそうな時は隠れたり、ヤドランやヤドキングの目の届く場所にとどまりやり過ごす事で次第にイジメはなくなったが、他のヤドン達は感情を発散する事が出来なくなり、時折ヤドランやヤドキングの目を盗んで縄張りから出て他の縄張りを荒らすようになった。

 ヤドンは他のヤドン達の感情を読み取り縄張りを荒らしている事に気づいたが、ヤドランやヤドキングに密告すれば、またイジメが再開されかねないので口を閉じた。

 

 段々縄張りの外にいる時間が長くなり、暫くすればヤドランやヤドキングも気づくだろうと思った為である。

 この時、もし再開されるかもしれないイジメを恐れずにヤドランやヤドキングに報告していれば恐らくヤドンはカオルの手持ちにならず、故郷である地下洞窟で一生を終える事になっていただろう。

 そんな生涯最大の選択肢の1つであったとは思いもしなかったヤドンはお気に入りの寝床で寝入ってしまった。

 

 

 

 

 

 それから数日後、何時もの様に他のヤドン数匹が縄張りの外に出ている事にため息を吐いたヤドンは気分転換に地下水に入って泳いでいた。

 地上へと繋がる穴から降り注ぐ光は水の中から見ると地下の暗闇との対比で幻想的な光景に見えるのでヤドンのお気に入りだった。赤い鱗に長い髭が特徴的な最弱といわれるポケモン、コイキングや額に角を持ち、白のドレスのような尾びれに赤い色が映えるポケモン、トサキント等他の水ポケモンと共にゆったりと泳いだヤドランは水中から顔を出した時、突然誰かの感情を察知した。

 その感情は複数のポケモンの様で焦りと恐怖で一杯の感情にヤドンは体を硬直させる。

 生まれてこの方感じた事のない感情の方角を探すと普段ヤドンの群れが寝床として使っている巣の方向であった為、ヤドンは群れに何かあったのだと気づいた。

 

 ヤドンは急いで群れの巣に戻る為、泳いだ。

 途中異変に気付いたポケモン達が各々の手段で逃げている流れを逆らう様に泳ぎ、群れの巣の近くまで泳ぐと大きな破壊音が聞こえてきた。

 ヤドンは岩陰からそっと群れの巣の様子を見ると目を見開き、呆然とした。

 

 

 

 ヤドンの群れの巣には5人の人間がヤドンの群れを襲い、赤と白の丸いボールの中に捕獲していたのだ。

 何故、人間が地下洞窟にいるのかヤドンは混乱した。

 ヤドンの群れがいる地下洞窟は確かに人間が入れる広さはあるものの、人間が入ってきた事等ヤドンが生まれてから一度もなかったし、人間を見た事のある群れの最高齢であるヤドキングも人間が入ってこないこの地下洞窟は楽園だ。とよく呟いていた程人間が来ない場所だった。

 

 

 

 「あのガキの言う通りだ、1匹だけ見逃して正解だった!」

 

 「嗚呼!ヤドンを追いかければ群れの巣まで教えてくれたんだからな」

 

 「ヤドンのしっぽが確保できるし、ヤドキングやヤドランは売る事が出来る!研究所の畑を荒らした報いだぜ!」

 

 

 

 人間達の会話が嘘偽りのない事実である事を読み取ったヤドンはヤドン達が人間の土地を荒らした事による報復だと気づき、ヤドキングとヤドラン達に報告しなかった事を激しく後悔した。

 同時にヤドンはこのまま群れを助けに行かず逃げるか、助けに行くかで迷った。

 

 自分よりも強いヤドランやヤドキング達がかなわないのならばヤドンでは太刀打ちできない事は分かっているが、生まれて一緒に過ごしてきた群れの仲間を見捨てられる程ヤドンは薄情な性格ではなかった。

 その迷いでその場にとどまってしまったヤドンは自分に向けられた悪意を察知し、とっさに横に飛んだ。

 

 横に飛んだ後、何かが砕ける大きな音がしたが、ヤドンは悪意がまだ向けられている事を理解していた為、確認することなく水の中に潜った。向けられていた悪意が薄れた事を確認し、ヤドンは先程までいた場所を確認すると岩が大きく崩れ去り、見慣れない赤いポケモンがいた。

 ヤドンは人間が連れてきたポケモンだと予測し、後ろ髪惹かれるがこのまま水中から逃げようと泳ごうとした瞬間、察知した悪意に身震いした。

 水面から勢いよく飛び込んできた水の塊はヤドンを直撃し、ヤドンはその衝撃で息を吐きだしてしまい息継ぎをする為、水面に浮上する。

 

 水面に出たヤドンを待ち構えていた赤色のポケモン、ハッサムは両手のハサミを振りかざし、ヤドンを水面から叩き出した。宙を舞うヤドンは念力で水面から叩き出された際に飛び散った水を操りハッサムの頭と顔全体に水を纏わせ、溺死させようとする。

 

 

 

 「マリルリ、アクアジェット」

 

 

 

 その言葉と同時に水面から水の塊が飛び出し、宙を舞うヤドンへと突っ込んだ。

 空中では避けられなかったヤドンは直撃し、地下洞窟の岩にぶつかり息を詰まらせる。

 ヤドンの集中力が乱れ、念力で作った水は崩れ去り、ハッサムは息を乱しながらも再び呼吸する事が出来た。

 ヤドンは痛みを感じながらも倒れた体を起こし、マリルリが褒めてと言わんばかりに周りを跳ねてアピールしている人間に視線を向け、体が硬直した。

 

 人間は先ほど見た5人よりも背丈が低く小柄であったが、ハッサムとマリルリの様子を見ると主人であるのは間違いなく実力は5人の人間よりもありそうであった。だが、ヤドンが体を硬直させたのは見た目ではない。

 

 その人間から伝わってきた感情に胸を締め付けられたからだ。

 

 ふつふつと煮えたぎる憎悪とその陰にある深い絶望と果てのない孤独を抱えているのに表情に出るどころか微笑さえ浮かべる人間にヤドンは体を硬直させ、見つめ続ける。

 人間が目を合わせてきた時、ヤドンは体を揺らし、身構える。

 そんなヤドンの様子を気にする事なく人間は口を開いた。

 

 

 

 「君は興味深いね。最初の攻撃は完全に不意を突いていたはずなのに直前で避けたのは何故だい?もしかしてエスパーポケモンだから僅かでも感情を読み取ったのかな。それに水中から叩き出された際にハッサムが自分の実力では敵わない相手だと瞬時に判断して溺死させようとしたところを見ると頭も悪くなさそうだ。…うん、タイプは被るけれどいいね君。気に入ったよ」

 

 

 

 自己完結させた人間はヤドンに悪意ではなく、興味と期待の感情を向けてきた。

 ヤドンは複雑な感情を複数抱える人間に混乱するが、人間が自分を捕まえようとしている事だけは理解した為、逃げようと体を痛みを無視して無理やり動かす。

 

 だが、人間がポケモンに指示する方が断然早かった。

 

 

 

 

 「ハッサム、みねうち」

 

 

 

 素早く移動してきたハッサムはヤドンにみねうちを繰り出す。

 体の痛みで動きの鈍っていたヤドンはみねうちを受け、体が動かなくなった瞬間、人間に赤と白の丸いボールを投げられた。

 避ける事も出来ずヤドンはモンスターボールに収まり、抵抗もむなしくカチッという捕獲音を聞いた後、モンスターボール内で意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤドランがカオルとの出会いを振り返っているとカオルが立ち上がりたい感情を読み取った為、背中から密着するのをやめてカオルが席から立ち上がりやすくする。

 カオルはヤドランがそうするのを分かっていたようで席を立ちあがり処理済みの書類を手に部屋から出ようと歩き出す。

 そのカオルの背を見ながらヤドランはカオルの感情を読み取ろうと集中する。

 

 カオルは未だに心の奥にある人物達への憎悪と自身への絶望と孤独を抱えている。

 ヤドランが出会った時よりも薄れてはいるが、それでも未だにヤドランの胸を締め付ける。ヤドランは目を閉じながら心の中で祈った。

 

 

 

 

 

 カオルの心の中から憎悪と絶望と孤独の感情が消え去る事を。

 

 

 




Q.ハッサムが6匹目?
A.いいえ違います。ピジョットの枠にいたのがハッサムです。カオルは本編までにレギュラーメンバーを模索しておりポケモンを入れ替えています。現在のメンバーに落ち着いたのは本編の1年前です。ハッサムは捕獲要員も兼ねていた為、カオルは手元に置いています。話の流れで再びレギュラーメンバーに復帰する可能性はあります。


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赤い彼と緑の彼

 

 

 

 レッドとグリーンは一部区域封鎖されているが、復興しつつあるヤマブキシティのポケモンと食事のできるカフェのテラス席で頭を机に伏せた状態で大きなため息をついた。心なしかどんよりとした空気をさらしている2人はヤマブキシティの事件後の3週間で心身ともに疲労していた。

 

 カオルに気絶させられたレッドはエリカとキョウのチームに手助けに入っていたグリーンとともにヤマブキシティ奪還の際に巻き込まれた民間人として警察に保護され、ロケット団と衝突する事となった経緯を説明し、烈火のごとく警察やジムリーダー、オーキド博士、家族という流れで説教を受けた。

 特に心が痛んだのはレッドは母親、グリーンは姉に泣かれながら無事でよかった。と言われたことで自分の考えなしに行動した結果、心配させてしまった事に心の底から反省し、説教を受け入れたが、その後、ハナダシティの警察病院で手持ちポケモンと共に3日検査入院し、それが終われば警察からの調書は現場検証も含め約2週間に及び、違う意味でも無鉄砲な行動はやめようと心に誓った。

 

 後日、ヤマブキシティの市長と警察の記者会見ではメディアに対しレッドとグリーンの事は伏せられ、ジムリーダー5人と選抜された警察でナツメとヤマブキシティの住民を救い出したことになっていた。

 その際、犠牲者は民間人には出なかったが、警察官数名とロケット団と思われる人が1人死亡していると聞き、レッドはカオルの言葉を思い出し、顔を曇らせた。

 

 レッドの表情に気づいたピカチュウはレッドにピカ、と鳴きながら励ますように頬を擦り付ける。

 その様子を見ていたイーブイは反対側からピカチュウを真似するように笑顔で頬を擦り付けてきた。

 頬の電気袋から漏れた少量の電気が静電気のような痛みを伴いながらのピカチュウと雲の様にフワフワの毛並みを惜しげもなく擦り付けてくるイーブイのかわいらしい励ましに口角を緩めたレッドはピカチュウとイーブイの頭をなでる。2匹はレッドの笑顔に笑顔になり、もっととでも言うようにその手にじゃれつく。

 

 

 

 「…おい、ポケモンといちゃつくな」

 

 

 

 レッドにジト目で見るグリーンが苦言を放つが、丸形のテラステーブルに顎をのせているグリーンの背中に飛び乗り、肩に前足を乗せ、頭の上に顎を乗せてどや顔をさらしているオレンジの体毛にとら模様を持つ犬のようなポケモン、ガーディを好きにさせているグリーンの言葉には説得力がなかったのでレッドはお前もな。という視線で返事をする。

 

 2人とも自身のポケモンに癒されながらウエイトレスが運んできた食事にポケモン達とともに少し遅いランチを楽しむ。

 レッドはグリーンの手持ちを見た。

 カメックス、ピジョト、ガーディ、両手にスプーンを持ったユンゲラーの進化系ポケモン、フーディンに六体がセットになった卵のようなポケモン、タマタマの計5匹。

 レッドはポケモントレーナーの公式所持ポケモン数である6匹を揃えてしまったが、グリーンは意外にもまだ揃えていなかったらしい。

 同じようにレッドの手持ちを見ていたグリーンはランチであるパスタを食べ終えると顔を歪めた。

 

 グリーンの顔を歪めさせたものが何か気になったレッドはグリーンの視線の先をたどるとそこにいたのは炎タイプ用のブレンドポケモンフーズを手でつかんで食べているレッドのリザードンだった。

 それだけでグリーンの考えている事を察し、レッドは顔を曇らせる。

 レッドの様子にグリーンは食後のコーヒーを一口飲むとコーヒーカップをソーサーに置き、小声で切り出した。

 

 

 

 「手持ちも多くなっただろ。扱いきれてないならじいさんに返せ。お互いが傷つくだけだ」

 

 「…ちょっとプライドが高いだけで信頼関係は築いてる」

 

 「だったら何でそんな顔するんだよ」

 

 

 

 言葉を詰まらせ黙ったレッドにグリーンは長い溜息をつきながら自身の頭をガシガシと乱暴に掻き、真剣な表情になった。

 様子の変わったグリーンにレッドは身構える。

 真剣な時のグリーンはレッドの痛いところをよく突くからだ。

 

 

 

 「お前のポケモンへの底抜けの優しさは尊敬するが、優しいだけじゃダメなんだよ。今のお前は身の丈を超えたポケモンとの問題のせいで中途半端だ。そのままだとトレーナーとして潰れるぞ。こうなるって分かってたから俺はトレーナーに捨てられたヒトカゲをじいさんから最初のポケモンとして貰うのはやめろって言ったんだよ」

 

 

 

 グリーンの言葉にレッドはリザードンとなった最初のポケモンを見る。

 リザードンは炎タイプ用のブレンドポケモンフーズを食べ終わったのか大あくびをして身を丸めて日向で昼寝をし始めた。

 

 

 

 グリーンの言う通り、リザードンはヒトカゲの時にトレーナーに捨てられたポケモンだった。

 卵から孵って1ヵ月程はトレーナーに育てられたようだが、その後生息地ではないトキワの森に捨てられているところをたまたま通りかかったポケモンレンジャーに保護された。

 普通ならばトレーナーが所持しているポケモン数や種類はモンスターボールでゲットした時点でモンスターボールの機能により、ポケモン協会にトレーナーナンバーとポケモンナンバー、生体情報が登録され、管理されている為、生体情報だけでもトレーナーが特定できるのだが、このヒトカゲは登録されておらず、当初は親ポケモンから逸れて迷い込んだのだと思われていた。

 ところが、あまりにも人馴れしている上に、木の実よりもポロックやポフィンを好んで食べる事からトレーナーに捨てられたのではないかと疑惑が上がり、ここ数年ポケモン協会に登録されることのない違法モンスターボールが出回っている事もありヒトカゲは警察で調べられた。

 

 その結果、丁度別事件で逮捕されていたトレーナーの所有するポケモンのリザードの遺伝子が一致し、兄弟という鑑定結果が出た為、トレーナーを問い詰めると優秀なリザードンのオスとメスを一緒の牢に入れて卵を複数産ませ、孵し、親より更に優秀なヒトカゲ1匹を手元に残して他のヒトカゲは捨てたと言った。

 つまり、より優秀なポケモンを厳選したのだ。

 勿論、ポケモン保護法のポケモン同士の違法な交配に引っかかるのでそのトレーナーは余罪を追求されている。

 

 

 

 ヒトカゲは調べられた後、人に嫌悪抱いていないとはいえ、里親に出されてもトレーナーに捨てられた、犯罪に巻き込まれたポケモンとしてのレッテルを貼られて引き取られる事は難しいので、オーキド博士の研究所に研究用のポケモンとして引き取られる事となった。

 

 研究用のポケモンとして過ごしているヒトカゲが何故、レッドの最初のポケモンとなったのかというとレッドがヒトカゲが研究所に来る理由を知り、旅に出る最初のポケモンとして引き取りたいと申し出た為である。

 当然、レッドの母親もオーキド博士も同じく旅に出るグリーンでさえも反対した。

 カントー地方の初心者トレーナーのポケモンとしてポピュラーなポケモンとはいえ、始めてポケモンを持つレッドには荷が重いと判断したためだ。

 ところが、レッドは諦めなかった。

 毎朝オーキド博士の研究所に通ってヒトカゲと交流しオーキド博士に最初のポケモンとして貰える様に頼み込み、家に帰ると母親を説得し、グリーンの説得を聞き流して喧嘩になる。そんな日々を旅立ちの日まで続けいた。

 

 旅立ちの日にポケモンを選ぶとなった時に事件は起こった。

 ポケモンを貰う為に研究所に来たレッドの足にしがみつき、離れなかったのだ。

 レッドだけではなく、ヒトカゲの行動によりオーキド博士とレッドの母親は定期的に様子を報告し、問題が起これば即座に研究所に預けるという条件でレッドはヒトカゲを最初のポケモンとして貰う事が出来た。

 その日以降、レッドと旅を続けるにつれヒトカゲからリザードンになっても特に何の問題もなく、信頼し合い、良い関係を築けていたのだが、ヤマブキシティ奪還事件でのカオルとのポケモンバトル以降、お互いに思うところがあり少しギクシャクしていた。

 何とかしなければいけないとレッドも思ってはいるのだが、どうしたら前の時みたいに何の疑いもなく信頼し合えるのか分からなくなり行き詰っていた。

 

 レッドの表情で何かあった事を察したグリーンはこれ以上は現時点で話してくれないと判断したのか、話題を変えた。

 

 

 

 

 

 「それにカビゴンの食費は大丈夫なのか?初心者トレーナーが払える金額じゃねえだろ」

 

 「満腹を促すカビゴン用のポケモンフーズと乾燥わかめみたいに水分で10倍以上膨らんで腹持ちのいいおやつで何とか。でも、値段は他の手持ちの2倍以上するからカビゴンの食費の殆どはママに払ってもらってる」

 

 「やっぱりな。ポケモンバトルでは強力な戦力になるけど金がかかるのは問題だぜ。手持ちから外してポケモントレーナーとして稼げるようになるまでじいさんの研究所に預けた方がいいと思うぞ。食費は研究協力として負担してもらえるし、希少なポケモンだから歓迎される。悪くねえだろ」

 

 

 

 グリーンの言葉にレッドは再び言葉を詰まらせる。

 グリーンには伝えてはいないが、シルフカンパニー社の社長からグリーンとともに感謝の品として贈られたマスターボールの他に研究員からラプラスを譲り受けていたのだ。

 だが、レッドの手持ちは6匹そろっていたので、ラプラスをサブポケモンとしてマサキのポケモンボックスに預けることにした。

 警察の調書の合間にボックスから引き出してコミュニケーションをとっていたが、ボックスに預ける際に寂しそうな顔をされるのでレッドもこのままでいいのだろうかと考えていた。

 ラプラスはカビゴンに比べて希少性は高いので、他のトレーナーからレッドが新人トレーナーなのをいい事にいちゃもんをつけてきたり、トラブルの元になりやすいが、食費等の金銭面の負担は軽減される。

 

 だが、自分のポケモンは自分で面倒を見たいレッドにとってカビゴンもラプラスも信頼できるオーキド博士に預けてもいいのだろうか、大人に頼っていいのだろうかという迷いと遠慮があった。

 たとえ、今現在母親に金銭面での援助を受けていても最低限のポケモンの面倒を見れているので必要ないようにも思えてしまうし、寂しい思いをさせているラプラスとおなか一杯食べたいだろうカビゴンに中途半端なケアをしているのではないかという不安が心の中にしこりを残していた。

 

 悩みだしたレッドにグリーンは長く大きなため息をつき、レッドの頭をトレードマークのモンスターボールの帽子ごと思いっきり撫でた。

 モンスターボールの帽子がずれて髪がポッポの巣のようにぐしゃぐしゃになったレッドはグリーンの手を払いのけて、すかさず文句を言った。

 

 

 

 「何するんだ、髪型が崩れたじゃないか!」

 

 「そんなもん最初からだろーが。辛気臭い空気を放ち始めたから飛ばしてやったんだ。感謝しろ」

 

 「誰がするか!」

 

 

 

 吐き捨てるように言ったレッドは髪型を手ぐしで整えてモンスターボールの帽子をかぶるとブスッとした表情でグリーンを睨みつける。

 グリーンはコーヒーを優雅に飲みながら持って来たポケモン新聞を広げて読んでいてレッドの様子など気にした様子はなく、それがレッドにはさらに気に障り、不機嫌になった。

 

 グリーンはトレーナーとして問題だらけのレッドに不安を感じていた。

 ポケモンバトルの才能もポケモンへの愛情も口にはしないが自身の幼馴染でありライバルとして誇らしく思っているだけにレッドが潰れてしまうのではないかと不安になる。

 そんなグリーンの心配をよそにレッドは話題を変えるため口を開く。

 

 

 

 「そんな事よりもグリーンは何とも思わないのか」

 

 「何が?」

 

 「ニドキングの事。ポケモンだいすきクラブが抗議活動してるし、一部の市民はニドキング討伐の際に警察の対応を疑ってる。グリーンはどう思う」

 

 

 

 グリーンはどんな事があろうとポケモンと人間は必ず仲良くなれると心から信じているからこそニドキングの対応に不満を持っていると思わせるレッドの言葉に感情のままに言葉を吐き出しそうになったが、寸前で抑えた。

 ニドキングと対峙していないレッドにあのニドキングの恐ろしさを完全に伝える事は出来ないとグリーンは理解していたし、ポケモンのいい面しか見ていないレッドにとって人を襲い、血の味を覚えたポケモンがいかに恐ろしく狂暴であるかを理解できるとは思っていなかったためだ。

 グリーンは読んでいるポケモン新聞の内容がまともに頭にはいってこない事を自覚しながらレッドに語りだす。

 

 

 

 「甘ちゃんのお前にトレーナー講習の復習してやるよ。ジムリーダーの仕事は何だ?」

 

 「……ポケモントレーナーの実力を見極めて一定の実力のあるトレーナーにポケモンリーグ出場資格となるポケモン協会認定のバッジを授与する事、ジムのある町に限らず野生のポケモンや災害指定ポケモンから一般人を守る義務があり、ポケモン協会又は警察からのポケモンに関連する犯罪やポケモン討伐要請に応じる事」

 

 「それが分かってるならオレの言いたい事が分かるだろ。ロケット団制圧もニドキングの討伐も2つ目に該当し、キョウさんはそれを実行した。警察官はあくまでポケモンの密漁や違法売買等人がかかわっている犯罪行為を取り締まるのが仕事。ポケモンの討伐はポケモン協会並びにジムリーダーの仕事だ。非難されるのはお門違いだぜ」

 

 

 

 グリーンの温度のない冷静な返答にレッドは自身の考えとグリーンの考えが相反するものであると悟ったようで表情を消し、黙り込んだ。

 レッドの様子に気づきながらもグリーンはあえて無視して言葉を続ける。

 

 

 

 「いいか、レッド。ポケモンは人にとって良き隣人であり、人の身に余る生き物だという事を忘れるな。ポケモンが人に友好的だからこそオレ達はポケモンと共に共存出来るんだ。ポケモンが人を拒絶し、攻撃されたらオレ達は身を守る為に距離をおくか討伐するしかない」

 

 

 

 グリーンの言葉にとっさに反論しようとしたレッドだったが、カオルとのポケモンバトルでリザードンの火炎放射が当たりそうになった時の事を思い出し、苦い顔をして沈黙した。

 2人の間に妙な空気を感じ取ったのかレッドの頬にピカチュウが手を伸ばし、グリーンのガーディはグリーンの足元にじゃれついた。

 ガーディを撫でつつ完全に黙りこんだレッドにグリーンは大きく深い溜息を吐きながらポケモン新聞を丁寧にたたんで手持ちポケモン達を戻し、ボールホルダーに装着して立ち上がったグリーンはレッドを無理やり立たせる。

 

 いきなりの事で素直に立ち上がったレッドは目を白黒させながらグリーンを見て、グリーンの目と目があった。その事にグリーンはニヤリと笑いながらレッドに告げる。

 

 

 

 「目と目があったポケモントレーナー同士がする事と言えば一つだろ?」

 

 

 

 一瞬理解できなかったレッドだったがグリーンの言わんとしている事を理解した途端、好戦的な表情に変わり手持ちポケモンをボールに収めてボールホルダーに装着していく。

 帽子を深くかぶり直し、ついてくるレッドにグリーンは伝票を持ちながら告げた。

 

 

 

 「負けた方がランチおごりで」

 

 「絶対勝つ」

 

 

 

 食い気味に言ったレッドにグリーンは笑った。

 

 

 

 

 

 衝撃!シルフカンパニーの闇

 

 先日の記者会見ではロケット団がヤマブキシティ占拠した理由は不明で現在捜査中だと発表されていたが、どうやらシルフカンパニー社で開発されていたどんなポケモンも捕獲できるというマスターボールを手に入れる為にロケット団がヤマブキシティごと占拠したという情報が各メディアが行った警察関係者への取材であきらかとなった。

 どんなポケモンでも捕獲できるボールとはいえ、あまりにも規模が大きすぎて信憑性がなく、当初は噂のようなものだったが、詳しく調べていく内にシルフカンパニー社でポケモン保護法に引っかかる非人道的なモンスターボールの開発をしていたという証拠が見つかり、警察がシルフカンパニー社を近い内に家宅捜索する事が決定され、マスターボールが目当てだったという話に信憑性が出てきた。

 しかも、シルフカンパニー社の社員の一部がロケット団に協力していたという匿名の告発があり警察はシルフカンパニー社の一部社員を任意で取り調べている。

 シルフカンパニー社では他にも情報の隠蔽や改ざん等の疑惑があり警察は捜査を続けている。

 それに伴い、カントー地方のポケモン関連の商品で一大企業だったシルフカンパニー社の株を売る株主が続出して大暴落を起こし、ポケモン関連の証券市場は今も大混乱に陥っている。

 他企業にも影響が出ており、今後ともシルフカンパニー社の動きに注目が集まりそうだ。

 

 

 

 

 

 テーブルに置いたまま忘れ去られていたポケモン新聞の一面にはそう書かれていた事をグリーンとレッドは知らなかった。

 

 

 

 

 



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先生と彼

 

 

 

 「……言い訳は聞いてやる」

 

 

 

 表情を少しも変えずにロケット団の首領であるサカキは目の前にいるカオルに言葉を放った。

 その声は何時もより低く、威圧している様に聞こえるが、カオルには少しの呆れが含まれている事に気づいている為、怯む事無く微笑を浮かべ、平然とサカキの言葉に答える。

 

 

 

 「マリルリの機嫌を損ねたのでご機嫌取りです」

 

 「またか。そう何度も俺とのポケモンバトル調整で機嫌を取ろうとするな」

 

 「仕方ないですよ。ボスとのポケモンバトルをちらつかせると機嫌が直るバトルジャンキーなマリルリですから」

 

 

 

 結局サカキを騙せる程の上手い言い訳が思いつかず、素直に言ったカオルの言葉を聞いたサカキはボロボロになりながらも機嫌よく歌まで歌いながら飛び跳ねるマリルリとその足元で戦闘不能になったニドキングを見た。

 互いの相性弱点をついているポケモン同士だが、ニドキングは技調整中という事もあり一歩マリルリに及ばなかったようだ。ニドキングのボールであるハイパーボールに戻しながらサカキはニドキングの技構成を吟味する。

 ニドキングは技のデパートと称される程覚える技が豊富なので定期的にロケット団の幹部達相手に調整しているのだ。

 

 何時もならトリッキーなバトルを確認するときはヤドランやゲンガーを使用し、純粋な強さを確認するときは6匹目を使用している事が多いのだが、カオルのマリルリが機嫌を損ねた時の餌にサカキのポケモンバトルをちらつかせる事があり、約束した事は相手が破らない限り守る主義であるカオルがサカキとのポケモンバトル調整の際に何度か繰り出している。

 サカキにとってカオルの6匹目より攻撃力が劣るマリルリで調整する事にあまりメリットを感じていないが、カオルの今までのロケット団への功績を考えると些細なわがままであった為、サカキは大目に見ていた。

 いまだに鼻歌を歌っているマリルリをモンスターボールに収めてボールホルダーに装着したカオルはサカキに近づきながらウエストバックから何かを取り出した。

 それは橙色のUの字型をした硬く重そうなプロテクターだった。

 

 

 

 「ボス、貴方のサイドンを進化させてみませんか?」

 

 「…ほう、話だけ聞かせてもらおうか」

 

 

 

 時折、お礼代わりに伝えてくる地面タイプの未発表情報がサカキがカオルの行動を大目に見る原因であるのは誰の眼にも明らかであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カオルは自身の執務室のドアを開けた瞬間、その場を去りたくなった。

 カオルの執務室には何時もならカオル不在の際は入室せずに執務室の外に待機している筈のカオルの部下と我が物顔で黒いビロード生地のソファに座るロケット団幹部のアテナがいたからだ。

 カオルの部下はカオルを見た瞬間、顔が真っ青になりオロオロと効果音が付きそうな程挙動不審になり、そのカオルの部下の様子を見たアテナはケラケラと笑っていた。

 大方、カオルの執務室に勝手に入ったアテナをカオルが戻ってくるタイミングで飲み物を用意して待機していたカオルの部下が止めようとしたが、幹部相手なので強く言う事が出来ずに失敗したのだろう。執務室のドア付近にあるアンティーク調のワゴンにはカオル好みの氷のないアイスコーヒーと茶請けであろうクッキーが乗っていた。

 

 

 

 猛烈にかかわりたくない。

 

 

 

 カオルはそう思いながら何時もの微笑ではなく、顔を顰めながらも部下に退出するように指示をする。

 カオルが執務室から逃げなかった理由は今日中に片付けなければならない書類が辞書の厚み程あった為である。それがなければカオルは無言で逃げていた。

 カオルの部下はカオルに咎められないと理解した瞬間、明らかにホッとした表情をしたが、カオルは無視して執務机の椅子に座った。

 

 

 

 「アテナ様は、」

 

 「話はすぐに終わるからアテナには出さなくていいよ」

 

 「……かしこまりました」

 

 

 

 アイスコーヒーと茶請けのクッキーをカオルの仕事の邪魔にならない場所に置くとカオルの部下はアテナに飲み物を聞こうとしたが、カオルが言葉を遮るように言った。

 カオルはアテナを飲み物を楽しめれる程長居させるつもりはさらさらなかったからだ。

 

 一礼して執務室から出ていった部下を一瞥した後、カオルはアイスコーヒーを一口飲んだ。

 よく冷えたアイスコーヒーはスッキリとした味わいで水出しコーヒーであると予想した。後から来るほのかなガムシロップの甘みはこちらをニヤニヤ見つめてくるアテナがいなければ部下を褒めてもいいとカオルにしては珍しくそう思えた。

 

 

 

 「それで私に何の用?見ての通り忙しいから手短に頼むよ」

 

 「相変わらず可愛くない事言うねアンタ」

 

 

 

 ため息交じりに言うアテナを無視しながらカオルは書類を確認していく。

 カオルの様子に自分の相手をする気がない事を理解したアテナは要件を切り出した。

 

 

 

 「最近、ロケット団の景気がいいけどなんかしたかい?」

 

 「シルフカンパニー社から奪い取った市場の利益とヤマブキシティの撤退作戦前にシルフカンパニー社の株を空売りした」

 

 「…そりゃ、景気がいいわけだ」

 

 

 

 アテナはカオルの言葉でとんでもない額がカオルの懐に転がってきた事を悟った。

 空売りとは自分の保有していない株を証券会社から借りて売り、返済期限までに株価が下がったら買い戻して借りた株を証券会社に返済し、借りて売った時と買い戻した時の差額分の利益を得る信用取引の1つである。

 

 この空売りの特徴は通常の取引とは逆で株価が下がれば利益を得て、株価が上がれば損失になる。

 

 手元に現金がなくとも売る事が出来るが、その分リスクが高いので経験のない者が安易に手出しできないようにするためか信用取引口座を開設しないと取引が出来ない様になっている。

 カオルはこの取引を利用し、ヤマブキシティの撤退作戦でシルフカンパニー社の株価を大暴落させ、警察の調査や上層部が辞職した後の株価が底値のタイミングで買い戻した。

 シルフカンパニー社はすでにカオルのものである。

 

 

 

 「警察やメディアにシルフカンパニー社が隠したがってたモンスターボールの件やロケット団に協力していた社員の情報が漏れたのはあんたのせいってわけかい?」

 

 「ご想像にお任せするよ。ボスにも伝えているけれど、シルフカンパニー社は警察に怪しまれないようにトキワコーポレーションの傘下に吸収合併させるつもりさ。私には必要ない会社だからね」

 

 「なるほどねえ。ロケット団に協力していた社員の中にポケモン保護法に引っかかる書類を持ち出した研究者の女の兄がいたのもアンタのせいか」

 

 

 

 アテナの言葉にカオルは一瞬手を止めたが、直ぐに何事もなかったかのように手を動かし始めた。

 

 アテナの言う通りロケット団に協力した社員の中にはカオルが最初に利用した社員である研究者の女性の兄がいた。研究者の女性のコネでシルフカンパニー社の警備員として就職していた兄は何時も妹である研究者の女性に金の無心をしたり、社員にセクハラまがいな言動をして問題視され、クビ寸前であった。

 

 カオルの指示でラムダはシルフカンパニー社の社員に変装して男に近づいた。

 男に金を渡して研究者の女性に気づかれぬように研究者の女性がシルフカンパニー社から逃亡する手助けするように依頼した。

 男は妹がシルフカンパニー社から逃亡するという事態に疑問を持ったが、研究者の女性が上司にパワハラをされていて退職に追い込まれようとしている。パワハラの証拠が集まるまで研究者の女性を子会社の方へ避難させるのを手伝ってほしい。という言葉に金づるであり就職できたコネを持つ妹が退職に追い込まれたら金の無心も新たな就職先もなくなると考えた男はラムダを通じて出されたカオルの依頼を受け、監視カメラを操作したり退出時に記録されたIDカードの情報を消したり等研究者の女性が逃亡できる時間を稼いだ。

 

 事件後に研究者の女性である妹が事故死してしまった事に金ずるとコネが無くなった。と怒り心頭だった男であったが、妹の保険金と遺産が手に入る事を喜んでいた。姪の面倒等殆ど見ることなく、膨大な金が手に入るからと夜な夜な遊び惚けているところにラムダは指定した日時に警備室のパソコンにUSBを差し込む事を依頼する。

 浮かれていた男はさらに金がもらえると喜んで請け負い、ロケット団がシルフカンパニー社を制圧する手助けをしてしまった。

 

 ロケット団がシルフカンパニー社を制圧した際にとんでもない事の片棒を担がされた事に気づいた研究者の女性の兄である男はラムダが変装していたシルフカンパニー社の社員に問い詰めたが、もちろんシルフカンパニー社の社員はそんな依頼はしていない。と否定した。

 逆にシルフカンパニー社の社員は研究者の女性の兄にお前にそそのかされたからロケット団の犯罪の片棒を担ぐ事になったんだ。と男を責めた。

 研究者の女性の兄である男はシルフカンパニー社の社員の言葉にいい加減な事を言うな。と言って口論になった。

 

 シルフカンパニー社の社員の方は研究者の女性の兄である男に変装したラムダが指定した日時に上司のパソコンにUSBを差し込み、プレゼン内容を入れ替えるという依頼していた。

 最初は難色を示していた社員であったが、上司のせいで妹の昇進が邪魔されている。お前だってパワハラされた挙句、自身の功績を横取りされたのが悔しくないのか。と研究者の女性の兄である男に変装したラムダが告げた事により、上司を引きずり落そうと狙っていた社員は最終的にはその話に乗った。

 当日、誰よりも早く出勤した社員は指定されていた日時に上司のパソコンにUSBを差し込み、プレゼン内容を入れ替えて電源を切ろうとしたが、パソコンが操作不能になっていた。

 焦る社員を尻目にパソコンは次々と社員の分からない数字と英語の羅列が並び、電源が切れた。

 暫く呆然としていた社員だったが、出社してきた同僚を見た瞬間、慌ててUSBを取って自身のデスクに戻った。

 その日にシルフカンパニー社の社内情報全てが掌握され、ロケット団に制圧された事によりシルフカンパニー社の社員は自身が犯罪の片棒を担がされた事に気づき、詰め寄ってきた研究者の女性の兄である男と口論になったというのが事件の全貌だ。

 

 カオルは二人の事をメディアに流すつもりであったが、あろう事か二人はその口論をシルフカンパニー社内でおこなった為、他社員に聞かれ匿名で告発された。

 警察に任意同行という名の取り調べを受け、先日仲良く逮捕された二人は互いに相手に騙されたんだと喚き散らしているようだが、カオルは呆れながらも手間が省けたと思う事にし、二人の記憶を脳内から消した。

 

 研究員の女性の娘は研究者の女性とその兄である男の従姉妹にあたる女性に引き取られた。

 その女性が住んでいるのは偶然にも研究員の女性の娘の病気を治療できる地方であり、保険金と遺産で治療が出来るらしい。

 その女性は結婚しているが長年子供が出来ずに悩んでいたところに研究員の女性の娘を引き取る話が来た為、娘が出来た。と夫婦そろって喜んでいるらしいので保険金と遺産は正しく使われる事だろう。カオルには関係ない話だが。

 

 

 

 仕事を続けるカオルにニヤニヤしているアテナの顔を殴りたいと思ったが、相手は女性の上に武闘派の幹部。どちらかと言うと頭脳派であるカオルは負けが決まっている勝負をするほど愚かではないので無視を決めこむ。

 アテナはカオルを揶揄うのを一通り満足したのか、黒いビロード生地のソファから立ち上がった。

 

 

 

 「それじゃあアタシは仕事に戻るよ。邪魔したね」

 

 

 

 掌を振りながらカオルの執務室から出て行ったアテナを見送り、カオルはアイスコーヒーを半分程一気飲みした。

 若干ぬるくなってしまったが美味しさは変わらず、アテナが揶揄ってこなければよかったんだが。と思いつつ、茶請けであるクッキーを食べる。如何やらシュガークッキーの様でサクサクとした触感と砂糖の甘みを楽しんでいると着信音が鳴る。

 

 カオルはポケナビを確認したが、着信音はポケナビではない事に気づき、もう一つの携帯端末であるポケギアを確認する。

 ポケギアは振動しながら着信音を鳴らしており、表示されている相手の名にカオルは盛大に顔を歪ませ舌打ちしてから電話に出た。

 

 

 

 「お久しぶりです。お電話に出るのが遅くなってしまい、申し訳ありません。先生」

 

 「君が忙しいのは知っているからね。それに君と私の仲じゃないかそんな些細な事など気にしないさ」

 

 

 

 

 

 

 お前にとって私はどんな仲だよ。

 

 

 

 そう吐き捨てたくなるのを堪えてカオルは恐縮です。と返し、努めて優しい声で用件を聞く。

 カオルに先生と呼ばれた男は機嫌よくカオルに話し始めた。

 

 

 

 「先日のシルフカンパニー社の件は君のおかげで私もいい思いをさせてもらったからお礼がしたくてね。何かないかな」

 

 「先生からそう言って頂けるのは大変有難いのですが先生にご迷惑をおかけする訳にはいきません。ですが、先生の気が済まないと思いますので貸し1つとさせて下さい」

 

 「嗚呼、構わないよ。君の貸しは高くつきそうだけれどね」

 

 

 

 笑いながら言う相手にカオルは適度に相打ちをうちながら世間話を5分程した後、先生とカオルが呼んだ相手はポケギアの電話を切った。

 電話が切れた後、カオルは表情を消してポケギアを見つめながら呟いた。

 

 

 

 

 「今の内に我が世の春を謳歌し給えよゴミ屑。ちゃんと1つ残らず粗大ゴミに出すから」

 

 

 

 

 

 

 カオルのその目は憎悪を宿しながらも冷え切っていた。

 

 

 

 



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マリルリは待っている

 

 

 

 サカキとのポケモンバトルでついたダメージがすっかりなくなった体の毛づくろいをしながらマリルリはポケギアの電話を切った後のカオルの様子を見て嫌な相手だったらアタシがぶっ飛ばしてやるぞ。という意味を込めてモンスターボールを揺らした。

 カオルは揺れるモンスターボールに気づき、そのボールがマリルリである事を理解すると呆れながらまだ暴れたりないの?とため息交じりに言った。

 マリルリはカオルに自身の思いが少しも伝わっていない事に不服そうに頬を膨らませてカオルを睨みつけるが、マリルリの心情を知りもしないカオルにはそれがバトルが出来ない事による不満と受け取り再度ため息をついて仕事の続きをし始めた。

 

 唯一マリルリの心情を読み取ったヤドランはドンマイ。とでも言う様にその小さな手を振ったのを見たマリルリは腹が立ったが、モンスターボール内では何もできないのでふて寝する為に横になった。

 

 マリルリはカオルの知る通りポケモンバトルが大好きなバトルジャンキーであるが、カオルと出会ってさらに強くなれた自分を自覚している上に“研究所という狭い世界”から“外の広い世界”に連れ出してくれたカオルに恩義を感じている。だからこそ、カオルの役に立ちたいのだ。

 

 

 

 マリルリは目を閉じながらカオルと出会うまでの日々を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリルリが生まれたのはロケット団のある研究所のカプセルの中だった。

 戦闘に特化したポケモンを生み出す為の研究をしていたその研究所は遺伝子を一部操作されたベイビィポケモンが毎日沢山生まれて沢山死に絶えていた。マリルリはその中の一匹のルリリだった。

 生まれてからルリリは過酷な訓練や実験を施されていたが、それが生まれてからの日常であった為、自分が置かれている状況がどれ程可笑しいのか理解する事が出来なかった。日々の訓練と実験についていくのがやっとで、そんな事を考える余裕はなかったというのもあるが。

 

 そうして日々を過ごしている内にルリリは幸運にも成功例の一例として他のベイビィポケモン達よりも特別扱いされ、研究所の研究者達が進化させようという話になった。

 

 

 

 だが、進化によりルリリは地獄を見る事となる。

 

 

 

 何故ならベイビィポケモンが進化する条件が懐き進化だったからだ。

 マリルリの今の主人であるカオルが懐き進化だけではなく時間帯も関係しているベイビィポケモンがいると発表しているが、ルリリが進化するのには懐き進化だけで十分である。しかし、ルリリはどんなに遊ぶ時間を貰おうが、癒しの鈴を持たされようが一向に進化しなかった。

 

 これには研究所の研究員達も困惑し、原因を突き止めようとあらゆる検査をしたが、何度検査しても問題は無く、数ヶ月経ってもルリリが進化できない原因を突き止める事はできなかった。

 それもその筈、研究員達は遺伝子操作による身体的な問題を追うばかりでルリリの精神的な問題に気付いていなかった。

 

 この時ルリリは生まれてから続けられていた訓練と実験の数々に精神を抑圧され、ただ人間の命令だけを聞く操り人形の様になっていた。

 そんなルリリに誰かに懐く程の感情を持てるはずも無く、一向に進化しなかったのだ。

 

 そうとは知らない研究員達は次第にルリリを一定の成果を出している失敗作として扱うようになった。

 

 

 

 「…やはり駄目だ。進化する気配がない」

 

 「戦闘データの数値はここ3週間変化無しですし、№1735は諦めますか?」

 

 「やむを得ないだろうな。ここ最近、成果を出せていないこの研究所は何時閉鎖されるか分からん。今日はサカキ様が直々に視察に来られる。№1735のルリリより劣るが№4683のピィは無事にピッピに進化した。№4683を成果としてお見せしよう。№1735は殺処分だ」

 

 

 

 ルリリは研究員達に危害を加える事が出来ない様に作られた特殊加工のカプセルの中から遺伝子操作により通常のポケモンより上がっている聴覚で聞こえた研究員達の話に反応するように尻尾の先の青い球を僅かに動かした。殺処分と言う言葉は見かけなくなったベイビィポケモン達によく使われてきた言葉である事をルリリは知っていた。

 ルリリは見かけなくなったベイビィポケモンにさして興味がなかったが、他のベイビィポケモン達が次は自分達かもしれないと恐怖で震えていた事を思い出し、自分にとって良くない事である事は理解できた。

 だが、殺処分がどういうものか理解できず、ルリリはまた違う訓練なのだろうと思い、思考を放棄し、研究員達にカプセルごと今まで見た事のない部屋に連れていかれた。

 

 やっぱり、新しい訓練か。と思いながらルリリは微動だにせず研究員達を見つめる。

 1人の研究員がカプセルの中に酸素を送る管を取り外し、別の機械に取り付けルリリに今まで見た事のない表情を向けた。

 ルリリは生まれてから今まで感じた事のなかった胸のざわつきを感じたが、それが本能からくる死への警鐘だと理解する前に研究員が機械のボタンを押した。

 

 

 

 機械音と共に管から排出されたのは白い煙でありルリリは驚いて一息吸った途端に強烈なめまいと手足の麻痺をおこし、倒れこんだ。

 ルリリは知らないがこの白い煙は毒ガスで一息でポケモンの体の自由を奪い、個体差はあるが5分程でポケモンを死に至らしめるロケット団が開発した猛毒である。ポケモンより弱い人間に使えば1分で絶命する程だ。

 吸ってはいけないものだと一瞬で理解したルリリは息を止めたが生き物である以上何時までも息を止める事は出来ない。

 ルリリは何が起こっているのか必死に考えようとしたが、何時もならある研究員の指示もない事態に頭は混乱するばかりで無駄に肺に残っている酸素を消費するだけだった。

 

 酸素不足による呼吸をしたいという本能の欲求と徐々に薄れゆく意識の中、ルリリは明確な死を感じていた。

 

 

 

 死にたくない。

 

 

 

 人形の様なルリリが初めて持った感情は“死への恐怖”だった。

 

 

 

 そこから先はルリリは体を蝕む猛毒の影響もあり、断片的な記憶しかない。

 カプセルを破壊した事、研究員達を何人かアクアジェットや叩きつけるで殺害した事、研究所を破壊しているとバンギラスとバトルした事、カチッ。という音と共に何かに自分が入れられた事だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルリリは気が付くとカプセルとは違う入れ物の中で薄っすらと意識を取り戻した。

 その入れ物はカプセルよりも心なしか居心地がよくそのまま再び眠ってしまいたい衝動にルリリは身を任せようとした時だった。

 

 

 

 「おや、起きたのかい?」

 

 

 

 ルリリは今まで聞いた事のない声に眠気が吹き飛び、そのまま飛び起きた。

 カプセルとは違う入れ物は赤い色があるが外の様子がある程度分かるようになっており、そこから少年がルリリをのぞき込んでいた。

 その大きさにルリリは驚いたが、直ぐに自分が小さくなっている事に気が付き、ジリジリと後ずさりしながら少年を警戒する。

 

 ルリリに警戒された少年はルリリの様子に面白がるように笑いながら話始めた。

 

 

 

 「研究所を破壊し、人を殺しまくる君に興味がわいてね。生き残りの研究員達は君の事を進化できない失敗作だと言っていたが内容を見ると身体的な事しか調べてなくって精神的な問題に気づかないなんて笑ってしまったよ」

 

 

 

 研究員なのに頭が固すぎるよね。という少年にルリリは状況が理解できず、混乱していた。

 此処は何処で何故ルリリは小さくなっているのか、体の麻痺やめまいが無くなっているのは何故なのか、自分はこれからどうなるのか等頭に浮かんでは明確な答えがなく益々混乱する。

 ルリリのそんな様子を見ながら少年は話を続ける。

 

 

 

 「君は理解していないかもしれないけれど、君が入っているのはモンスターボールというポケモンを捕獲するもので君は私が捕獲した事になる。まあ、簡単に言うと今日から私が君のご主人様だね。でも、」

 

 

 

 そこで話を止めた少年、カオルは浮かんでいた笑みを消してルリリを冷たい視線で見つめる。

 ルリリはその視線に覚えたての恐怖を感じた。

 

 

 

 「私は使えないポケモンを手元に置いておく事はしない。期待してるから捨てられない様に頑張るんだよ」

 

 

 

 ルリリは身を震わせながらうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリルリは閉じた目を再度開き、モンスターボール内にいる事を確認する。

 あの時に身を震わせながらうなずいた事を後悔した事は無い。

 

 研究所では毎日のように過酷な訓練があったが、此処では無理のない範囲(ただし、研究所と比べてである)で訓練を行うし毎日ではない。数値が悪いベイビィポケモンが研究員達の腹いせにサンドバックされる事もない。食事が毎食出されるし、誰かの食事を奪いあう事もない。水さえ飲めなくなる程の副作用のある薬を投与される事もない。他のポケモンのすすり泣く声や恐怖に震える声を聴く事もない。研究員の気まぐれでポケモン同士の殺し合いが行われる事もない。バトルの傷を毎回必ず治療してくれて放置される事もない。

 

 カオルとカオルのポケモンと過ごして少しずつ感情を学んでいったルリリは3年という年月をかけてマリルに進化し、その次の日にはマリルリに進化した。その際、勢い余ってロケット団本部のバトルフィールドの壁を破壊し、カオルが始末書を書く事になった事と仕事を増やされた事をマリルリは知らない。

 

 マリルリはモンスターボールごしにカオルを再び見るが、カオルはマリルリを見向きもせずに書類仕事を進めている。

 

 

 

 

 

 「助けてって言ってよ」というマリルリの声は人間であるカオルにとどく事は無かった。

 

 

 

 

 




 マリルリの言葉は透明文字で書いています。


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赤い彼と黒い彼Ⅲ

 

 

 

 

 

 

 「やあ、また会ったね」

 

 「…どうも」

 

 

 

 にこやかな笑みで挨拶してくる老人にカオルは素っ気なく返し、枝を拾う。

 そんなカオルの様子も気にせずに老人は手伝うよ。と言いながら枝を連れていたサンドパンと共に拾い始めたのを見ながらこっそりため息をついた。

 

 老人と最初に出会った時は何も聞かれず老人のキャンプで一晩過ごし、老人が起きる前にキャンプから出て行ったのだが、それ以来時折森の中で出会たら老人がこうして声をかけてくるようになった。

 最初は無視していたのだが、ポケモンの知識やバトルの戦術等を話されるとつい反応してしまうので、途中から無視するのを諦めて老人の話に乗るようになった。

 そうすると必然的に長話になり老人のキャンプにお邪魔するというルーティーンが出来上がるようになった。

 

 

 

 何時まで絡んでくるのやら。

 

 

 

 結局、キャンプにお邪魔しまったカオルはそう思いながら撫でろ。と言わんばかりに手にすり寄ってくるサダイジャにお望み通り頭を撫でながら思った。

 何も聞いてこずにただポケモン談議をして食べ物と着る服を渡してきて一晩キャンプに泊まらせるだけで保護しようとするそぶりは一切なくカオルに接する老人との距離感に安心している事も確かなのでカオルは拒否することなく受け入れることが出来ていた。

 

 だが、このままではいけないとも思っていた。それは、この老人も思っているのだろうと何となく分かっていた。

 

 

 

 「あの、」

 

 「どうしたのかね?」

 

 「いえ、何でもないです」

 

 

 

 そうかい。と言ってコーヒーを飲む老人はカオルから話してくる事を待ってる。

 無理に聞き出そうとすればカオルが拒絶したり、予想もつかない事をしでかすのではないかと思い、あえて聞いてこないのはカオルには理解できた。

 

 この距離感があまりにも心地よく感じてしまい、自分の身に起きた事を話して信じてもらえず、この時間が無くなってしまうのではないかと思ってしまうとあと一歩がなかなか踏み出せずもう少しだけ後で、もう少しだけ。とずるずると先延ばしにしてしまった。

 

 

 

 後のカオルは自分の愚かさを呪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カオルは目の前の廃墟と化した屋敷を見た。

 グレンタウンで一番大きな建物であるこの屋敷はポケモン屋敷と呼ばれており、その名の通り野生ポケモン達の巣窟になっている。

 屋敷は3階建ての建物の他に地下に巨大な研究室があり、元々はシオンタウンでポケモンの保護活動をしているフジ老人が博士時代に所有していた屋敷だったのだが、当時のフジ博士がミュウのDNAの無限の可能性に目がくらみ、ミュウの子供に遺伝子改造を施して新たなポケモン、ミュウツーを生み出したミュウツーの生誕の地でもある。

 

 カオルはこのポケモン屋敷に数回侵入しており、すでに利用できる研究資料等は回収しているのだが、今回はある程度ロケット団の仕事が片付いたので、回収した資料以外にも利用できるものがないかの最終確認の為に来たのだった。

 

 

 

 ポケモン屋敷に入ったカオルは迷わず地下研究室へと足を進める。

 野生ポケモンとトレーナーに対する護衛としてカオルの影に潜むゲンガーは時折、顔を出しながら屋敷内にいる野生ポケモンを牽制しながら時折、懐かしむように目を細めてポケモン屋敷を眺めていた。

 元々カオルのゲンガーはこのポケモン屋敷に住み着く名の知れたゴーストであった為、野生の頃の元住処であったポケモン屋敷が懐かしいのだろう。

 

 ゲンガーの野生時代を知っているポケモンがいたのかゴーストタイプのポケモンはこちらに気づくと慌てて逃げていくので、カオルとしてはバトルに時間を取られる事もなく探索に集中できるのでゲンガーに感謝した。

 直接伝えると調子に乗ってイタズラをして面倒ごとが増えるので心の中でだが。

 

 

 

 カオルは研究室の小部屋に入った。

 資料室だったのか、6畳程の広さの壁に沿う様に白のスチール棚の中には分厚いファイルがまばらに入れられ、床には元々ファイルの中に収まっていたと思われる紙が複数枚散らばっており、紙には事細かに文字が書かれていたり、白黒の写真が貼られている為、研究内容が書かれているのだと思われる。

 荒らされ具合から察するに研究資料目的ではなく、金目の物がないか探りに来たチンピラが行ったんだろう。カオルは深くため息をつきながら床に散らばった研究資料を拾い集め、内容を1枚1枚確認していくが、ポケモンの他種族同士の交配でおこる技の遺伝や石や道具によって進化するポケモンの遺伝子について等どれもすでにカオルが発表した又は発表されている研究内容でミュウの遺伝子に関する資料やカオルが回収したい()()()()()()()は1枚もなかった。

 

 集めた研究資料を適当に選んだファイルに収めてスチール棚に戻し、他のファイルを確認していくが、カオルが求める情報は一つもなかった。

 カオルは最後のファイルの中身を確認し、次はどの部屋を探索するか脳内で地下研究室の地図を広げ、吟味していたその時だった。

 

 

 

 「ここで何してるんだ」

 

 

 

 カオルは聞き覚えのありすぎる声に一瞬思考が停止したが、直ぐにどう切り抜けるかを考えながら振り返る。

 そこには、険しい表情をしながらしながらこちらを睨みつけるカントー地方の男主人公、レッドがいた。

 

 さりげなく、影に潜んでいるゲンガーに靴のかかとを二回鳴らし、様子を見るように指示をして、レッドに向き合う。

 

 

 

 「ヤマブキシティ以来だね。このポケモン屋敷に何の用事があるんだい」

 

 「それは俺が聞きたいんだけど」

 

 「ただの確認だよ。まあ、思った通り無駄足になりそうだけど」

 

 

 

 首を傾げ、笑うカオルに益々顔をしかめるレッドに今の自分の見た目とそれほど歳が変わらないのにもかかわらず、若いなあ。と思いつつ、どう逃走するか考える。この部屋の唯一の出入り口はレッドがいる為、距離的に脱出は不可能であり、カオルの取れる手段はレッドを制圧して逃走する事である。

 

 カオルは内心で溜息を吐き、自分のタイミングの悪さを嘆いたが、切り替える。

 

 カオルの雰囲気が変わったのが分かったのか、レッドが後ずさると、レッドの後ろにある操作パネルに気づいたカオルはまずい。と思い、声をかけようとするが遅かった。

 ビーッという機械音がした後、部屋の出口が防壁によって塞がれる。

 

 

 

 最悪だ。

 

 

 

 カオルはレッドのせいで閉じてしまった防壁を見ながら内心で悪態をついた。

 このポケモン屋敷にある地下研究室は複数のセキュリティがある。その中でも防壁は一度発動してしまえば他の防壁も連動する仕組みになっている為、防壁一つ破ったとしても、他の防壁も閉じている可能性が高い。研究室の中にいる人間よりもデータを優先するとんでもない仕組みだが、それ程この研究室でおこなわれたミュウの子供に遺伝子改造を施す研究はポケモン保護法だけではなく、論理的に大きく外れた事であったのが良く分かる。

 

 あからさまに溜息を吐いたカオルはレットに向き合う。

 防壁が閉じた事に驚いて固まっていた様子であったが、カオルが顔を向けたことにより、身構える様子が見られる。

 

 

 

 「……色々と文句はあるけど、休戦しよう」

 

 「休戦?」

 

 「私は君に邪魔されることなく、この地下研究室を探索する。君は私が防壁を解除してくれるから地下研究室を移動できる。いい取引だと思うけど。…ちなみにこの防壁は君のリザードンやカビゴンでも破れないし、破れたとしても連動式だから他の防壁も閉じていると思うよ。まあ、君がハッキングできるんだったら別だけど」

 

 「……分かった」

 

 

 

 レッドが顔をしかめながらも、カオルの言葉に了承する。

 カオルが語る防壁の情報が嘘であるかどうかを確かめないあたり馬鹿だとは思うが、今回は嘘は一つもない為、スムーズに取引できたのでカオルは指摘しなかった。

 カオルの影に潜んでいたゲンガーはちょっとつまらなさそうに影から出てきて姿を現す。

 

 ゲンガーの登場により一瞬身構えたレッドにどいてもらい、持ってきた機械をつなげて操作パネルを確認する。

 前にミュウツーの資料を探しに来た時にハッキングしていたので、機械が壊れていない限りそれ程苦労はない。

 

 それよりも、カオルが気になったのはピカチュウがゲンガーを射殺さんと睨んでいる事である。

 

 出会った最初がパートナーの体温を奪って膝をつかしたのがよほど屈辱であったのだろうから理解ができるのだが、そんな反応をしていたらゲンガーが面白がるからやめてほしいとカオルは思った。

 現にシシ、と笑いながらカオルとピカチュウに視線が行ったり来たりしている。

 それが、遊んでいい?遊んでいい?と聞いているようでカオルはゲンガーの脇腹付近を小突く。

 

 せっかく休戦協定を結べたというのに余計な事をするなという意味が伝わったのか、ゲンガーは残念そうな顔をしながらカオルの腰に引っ付き、ピカチュウとレッドをじっと見つめていた。

 

 ゲンガーに見つめられ、ピカチュウが唸り声を上げているのを必死でなだめているレッド。

 その様子に更に面白がるゲンガー。

 ハッキングに集中できないから切実にやめて欲しいとカオルは思った。

 

 

 

 「ゲンガーを引っ込めて他のポケモンに交代する事って、」

 

 「私が君を気遣うと思う?」

 

 

 

 カオルの一言で黙り込んだレッドを笑うゲンガーの声を聴きながら作業を進める。

 ヤドランに交代してもいいとは思うが、素直にゲンガーが引っ込むとは思えないのでそのまま放置し、機械を操作する。

 幸いと言っていいのか分からないが機械は大きく故障しているところはなく、簡単にハッキングで防壁を解除する事が出来た。

 カオルは地下研究室の通路に出て、廊下の両側を確認する。

 約10m間隔で防壁が通路を塞いでおり1つ1つ横のパネルにハッキングして開けていくのは手間だが、探索を続ける為には仕方がない。

 

 

 

 「で、先に君を外に送り出そうか?」

 

 「断る。俺がこのまま帰った後もポケモン屋敷を探索するんだろ?その場合、警察とカツラさんを呼ぶ」

 

 「少しは考える様になったね」

 

 

 

 

 

 相変わらず危機感のない子だな、このレッドは。

 

 

 

 カオルは心の中で思いながらも口には出さなかった。

 レッドがとるべき最善の方法はこのままカオルの提案通りポケモン屋敷をでて警察とグレンタウンのカツラを呼ぶことだ。そうなった場合、カオルは探索を中止せざるをえない上にほとぼりが冷めるまでポケモン屋敷に近づく事が出来ないのでカオルの探索を阻止する事が出来る。

 カオルの探索についていくとなるとレッドを攻撃したり、わざと防壁の中に閉じ込められたりと何時身の危険がおこるか分からないという事をレッドは理解しているだろうか。

 恐らくだが、このままカオルがポケモン屋敷で妙な真似をしない様に見張りたいのだと思うが、ヤマブキシティの1件で学習してほしかったと思いながらもカオルは研究室の奥に続く通路を塞ぐ防壁を解除しにかかる。

 

 カオルは計画の為にもレッドの正義感とポケモンバトルの才能が必要である為、此処でレッドを消すような真似はしないが、当初の計画であるミュウツーを確保していれば此処で消していた可能性がある事に気づき、これが主人公補正かと感心した。

 1つ1つの部屋を確認していくカオルに1つの不審な動作も見逃さないとばかりに一定の距離を取りながら見つめてくるレッドにカオルは鬱陶しさを感じながらも無視する。

 

 どれ程の時間一緒に探索していただろうか。カオルが最奥の防壁にハッキングしながらこれは予想通り無駄足になりそうだと思いながら防壁を開けた時だった。

 

 

 

 「うわっ!」

 

 

 

 防壁が開いた途端、防壁の向こうから誰かが出てきた。

 ゲンガーはカオルを守る為に前に出る。ピカチュウも突然の他者の登場にレッドの肩で電気袋の電気を僅かに出し、戦闘態勢になる。

 

 出てきた人物は黒と紺色のぼさぼさの髪にフレームの太い眼鏡をかけ、黒のパーカーの上に白衣を着た20代前後の男性だった。

 服から察するにポケモン屋敷の研究資料目当てにやってきた研究者だろう。

 その研究者を守るように飛び出してきたのはカントー地方では生息していない目つきが鋭く紺の鬣に水色の胴体、しっぽの先は黄色の星があるがんこうポケモン、レントラーだ。

 レントラーは突然現れたカオル達に唸り声を上げ、威嚇している。

 

 ポケモン図鑑を取り出したレッドだが、不明と表示され首を傾げている。

 如何やらレッドのポケモン図鑑は全国図鑑ではないらしい。

 このポケモン世界にきてから調べた全国図鑑にはカオルの知らないポケモンも多く、知った瞬間ネタバレにあったような感覚になったが、そもそも現実世界に帰れる保証はないので仕方ない事だと割り切った。

 

 レントラーはシンオウ地方に多く生息しており、がんこうポケモンの名の通り目つきが鋭く攻撃的なポケモンである。他地方のポケモンを連れているという事は他地方から研究目的で来日した研究者である可能性が高い。

 他地方のポケモンを輸入するのは自地方のポケモンの環境バランスを崩すとして10年前に国際条約で全ポケモン輸出輸入禁止法を定めて以来、その地方の元々生息しているポケモン以外のポケモンの他地方の出入りを禁止している。

 

 ただし、例外もある。

 カントー地方やジョウト地方の様に陸続きで昔からポケモンが往来している土地柄である場合、2つの地方のポケモンに生息するポケモンは互いの地方に輸出輸入が許可されている。さらに他地方のポケモントレーナーや留学生、観光客等の所有するポケモンは地方に入る際又は現地でポケモンボックスを操作した時にどのポケモンが引き出されたか、手持ちポケモンは何か等事細かに記録される。そして、地方から出る際に記録上のポケモンの数と種類が合わなければ別室で事情聴取し、最悪の場合逮捕される可能性がある。

 ポケモンを交換する際にポケモンセンターにある機械に通さず直接交換した時も違法なポケモン交換となり逮捕されるので、トレーナー資格を貰った際に入念に説明される。

 そういうポケモン世界の事情もありカオルは20代前後の男性を研究目的で来日したと予想したのだ。

 

 

 

 「待ってくれ、レントラー!オレは大丈夫だから」

 

 

 

 男性は慌ててカオルとレッド達に威嚇する自身のポケモンであるレントラーに制止の声を上げる。

 レントラーは不服そうにしながらも男性の言う通りに威嚇をやめて、立ち上がった男性の横に移動し、何時でもカオルとレッド達に襲い掛かれる様にしている。

 気性が荒いが懐けば従順な事が多いレントラーの行動が男性がいいトレーナーである事をカオルは知った。

 

 

 

 少し厄介な事になったかもしれない。

 

 

 

 カオルは内心でそう思いながらもレッドが口を開く前に男性に声をかけた。

 

 

 

 「もしかして、貴方はこの部屋に閉じ込められていたのかい?」

 

 「そうなんだ!シンオウ地方からカントー地方のポケモンの調査に来た際、このポケモン屋敷が元々はフジ博士という博士の屋敷で地下の研究室に色々な研究資料が眠っているという話を聞いてきたんだけれど、この部屋を探索中に急に防壁が閉まってどんなポケモンの攻撃でも破る事が出来なくってこのまま誰にも助けられず手持ちポケモンと共に餓死するんじゃないかって防壁にもたれかかりながら考えていたら防壁が開いて君たちの前にでてしまったんだ。いやー、お見苦しいところを見せてすまないね!」

 

 

 

 カオルはよくしゃべるな、コイツ。という感想を持ちながら防壁が閉まった元凶であるレッドを見ると気まずそうに眼が泳いでいた。

 レッドがフジ老人の名に反応しなかったのはカオルにとって不幸中の幸いだが、しゃべりすぎる印象が強いこの男性と長居したくない為、カオルは男性の話に相槌を打ちながら部屋の中を探索する。

 

 部屋の中には大きな水槽の様な物が1つあり、複数の機械のコードがつながっているので此処でミュウの子供であるミュウツーに遺伝子改造を施したのだろうとカオルは予想している。

 機械類が多く、紙の資料は一切ないのでカオルは起動されていたパソコンのデータを調べる。

 

 中に入っていたのはポケモンの生物データであり、数値から予測するにミュウとミュウツーの物である事が分かる。

 

 

 

 「見た事のない数値だよね!?此処で新種のポケモンの研究が行われていた事は分かるんだけど、そのポケモンは一体どこに行ったんだろ?博士が失踪して野生ポケモンの巣窟になって以来、何人ものトレーナーや研究者が出入りしていると聞いていたけれど、新種のポケモンを見たっていう情報はないし、もしかしたら博士がどこかに逃がしたのかも。でも、研究者なら新種のポケモンに名前を付けて世に出したいと思うはずだからオレ、訳分からなくて…。君はどう思う!?」

 

 「知るか」

 

 

 

 カオルは男性のあまりの鬱陶しさに思わず本音が出た。

 このポケモン屋敷で起こった出来事をカオルは全て知っているが、この男性に教える義理はない上に、この場にはレッドもいる。下手な事を言うつもりはなかった。

 

 男性はカオルの返答に落ち込んだように肩を落とす。男性のレントラーはまたやってるよ。とジト目で主人である男性を見つめ、カオルの影から体を半分ほどだし、腰に抱き着いていたゲンガーは男性を見て笑い、レッドとピカチュウは男性にドン引きした様子を見せている。

 

 場が混沌と化してもなお男性は肩掛けカバンから何かのファイルを取り出し、呟くように言った。

 

 

 

 「だって可笑しいじゃないか。このファイルによるとこのポケモン屋敷の研究室は多額の資金援助を受けている。援助してくれた人に新種のポケモンの話をしているのであれば、世に発表するべきだよ」

 

 

 

 カオルは男性の言葉にパソコンを操作していた手を一瞬止めて、レッドに動揺を悟られない様に素知らぬ顔で操作を続けるが、パソコンのデータの内容はもはや頭に入らず、どうやって男性が持つファイルを奪うか思考を回す。

 カオルにとってミュウとミュウツーの研究費は何処から出ていたか、誰が出していたのかを長年知りたかった事だった。

 勿論、フジ老人が自費で研究していた可能性があったが、フジ博士だった頃の口座や所属していた研究団体の口座等を調べてもミュウとミュウツーに使ったと思われる研究費の金の流れがなかった為、誰かが資金援助していた可能性が高い。

 その場合、何処かに必ず裏帳簿がある筈なのだ。

 カオルがどんなに調べても掴む事のできなかった答えがすぐそばにある。

 

 

 

 「まあ、閉じこめられていた時にいくら考えても思い浮かばなかったんでこのファイルは此処に置いていこうと思います」

 

 「それ、私にも見せてくれるかい?」

 

 「?いいですけど、研究費を何に使ったとかばっかりでポケモンの事なんて一切書かれてませんよ?」

 

 

 

 男性は少し食い気味に言ったカオルにファイルを渡した。

 カオルは素早く中身を確認すると確信した。

 

 

 

 それは間違いなく、裏帳簿だった。

 

 

 

 カオルは覚えている限りの虚偽の表帳簿と照らし合わせ、間違いがない事を確認すると資金援助をしていたのが誰なのか一文字も余すことなく確認し、見覚えのある数字が目に飛び込んできた。

 

 その数字は銀行の口座番号だ。

 

 カオルはそのファイルを閉じ、ハッキングに使う機械が入っている防水性のカバンに入れた。

 

 

 

 「そのファイル、どうするの?」

 

 「レッド君には関係ない事さ」

 

 

 

 レッドの言葉に冷たく返すカオルとレッドの間には一触即発な空気が流れた。

 このファイルはカオルにとって何としても確保しておきたいものであり、このまま地下研究室に置いて帰るわけにはいかない。

 だが、カオルを見張っているレッドが黙って持っていく事を許すはずもなかった。

 腰にあるボールホルダーに手が伸びた瞬間だった。

 

 

 

 「まあまあ、二人とも落ち着いて!」

 

 

 

 痛いほどの沈黙を破るようにカオルとレッドの間に身を滑り込ませた男性はそう声を上げる。

 カオルはそういえばコイツいたな。と短い間で忘れ去っていた男性を思い出した。

 レッドも間に入られては無視できないと思ったのか、ボールホルダーから手が離れる。

 男性はカオルとレッドが聞く体制なったと判断したのか、ホッとした表情をしながら言葉を続ける。

 

 

 

 「君があのファイルを手に入れたいのは分かったけれど、もう1人は納得していないようだし、さっきのファイルを彼に見せたらいいじゃないか!もう1人も欲しいようであればバトルすればいい!!これで平等だ!」

 

 

 

 いい事言った。みたいな表情をする男性にカオルは何言ってんだ、コイツ。と思ったが口には出さなかった。

 仮にレッドに見てもらう為に渡したとしてもそのままカオルに渡さずに持ち帰ろうとするだろう。その場合、レッドは警察かカツラにファイルを提出するはずだ。

 そうなった場合、受け取った警察又はカツラと共にレッドが闇に葬られる可能性が高い。

 

 それほどこの裏帳簿は闇深き道具だ。

 不本意だがレッドや顔も見た事のない警察とカツラの命の為にも渡すわけにはいかない。

 

 だが、此処で拒否をすればレッドだけではなく男性も相手にしなくてはならないのが面倒である。

 

 

 

 まあ、いっか。

 

 

 

 カオルはファイルを取り返す策はすでに整っている為、一度バックにしまったファイルを取り出し、レッドに渡した。

 レッドは割とあっさりファイルを渡された事に一瞬戸惑った様子を見せたが、ファイルの中身を確認し、首を傾げた。レッドの肩にいるピカチュウも覗き込み、首を傾げる。

 

 その様子にレッドが内容を理解していないと察した男性は苦笑する。

 

 内容をあまり読んでいないだろうと思われるスピードで読み進めたレッドはファイルを閉じて口を開こうとした時にカオルは先手を打つ。

 

 

 

 「レッド君、取引をしよう」

 

 「取引?」

 

 「そのファイルを1ページもかけることなく私に渡してくれるのであれば地上までの防壁を解除しよう」

 

 

 

 レッドは怪訝な表情をする。

 この地下研究室の一室でかわした最初の取引があるのにカオルがどうして再び取引を持ち掛けたか理解できないのだろう。

 カオルはレッドに分かるように説明する。

 

 

 

 「最初の取引の内容を覚えていないのかい?私は君に邪魔されることなく、この地下研究室を探索する。君は私が防壁を解除してくれるから地下研究室を移動できる。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 盛大に顔を顰めたレッドを見ながらカオルは笑った。

 本来なら帰り道まで保証していたのだが、こうなってしまっては揚げ足を取らなければならない。カオルは続けていった。

 

 

 

 「ちなみに私はテレポート用のポケモンを連れているからここから1人でも出られるからよく考えた方がいい」

 

 

 

 言外に男性と共に置き去りにする。と言うとレッドは渋々といった様子でファイルを差し出してきた。

 カオルはファイルをレッドからひったくり、念の為中身がそろっている事を確認した後、部屋から出ていく。カオルの後にカオルを睨みながらもレッドは後を追う。2人を見ていた男性も慌ててレントラーと共についてくる。

 カオルの影からゲンガーの笑い声が聞こえるが、カオルは無視してまっすぐ地下研究室の出口へと歩いて行った。

 

 カオルのハッキングで残りの防壁を開けてようやく3人は地下から屋敷内に戻った。

 

 

 

 

 「2人とも有難う!オレはこれで失礼するよ!」

 

 

 

 喧嘩は程ほどにね!とカオルとレッドに流れる不穏な空気を喧嘩と称した男性は嵐の様に去っていた。カオルは呆れながらも、裏帳簿を見つけたのは男性のおかげなので聞き流した。

 カオルはレッドに振り向かずに屋敷の外へ続く扉へと歩いていく。

 

 

 

 「……言いたい事があるんだけど」

 

 「ファイルなら渡さないよ」

 

 「その事じゃない」

 

 

 

 じゃあ、どれだよ。とカオルは思ったが、ファイルを奪う気がないのならと顔だけ動かしてレッドを見る。

 相変わらず不機嫌なピカチュウと真剣な表情のレッドと視線が交わる。

 レッドは聞く気になったカオルに向かって言葉を放った。

 

 

 

 「あなたはそんなに強いのにどうしてポケモンマフィアになったんだ」

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、レッドの言いたい事がくだらない話だと判断したカオルは顔をポケモン屋敷の扉に向け、足を動かした。

 カオルの行動を気にせずレッドは言葉を続ける。

 

 

 

 「あなたのその強さはポケモンが支えてくれるからだ。ポケモン達があなたを好きだから」

 

 

 

 カオルはレッドの言葉に答えず、ポケモン屋敷から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケモン屋敷を出たカオルは入った時には降ってなかった雨を見て顔をしかめながらも機械と裏帳簿は防水性のカバンに入ってる為、濡れる事は無い。ただし、カオル自身に雨具がないが。

 カオルは仕方がないと雨に濡れるのも気にせず歩きながら先程のレッドの言葉を頭の中で繰り返し、ばかばかしいと嘲笑った。

 

 

 

 私の手持ちが私の事が好きねえ。

 

 

 

 カオルの指示を聞いている限り、嫌ってはいないだろうという事はカオルも理解している。だが、それがどうしたというのだろうか。カオルはレッドの言葉の意味を理解できなかった。

 カオルは視線をボールホルダーに収まっているハイパーボールに向けた。

 

 カオルのボールホルダーにある唯一のハイパーボールは傷だらけで他のモンスターボールとは明らかに年月が経っている事をうかがわせる。

 

 

 

 「少なくとも君はそんな下らない感情で私の元にいる訳ではないよね、バンギラス」

 

 

 

 ハイパーボール越しに視線をかわしたゴツゴツした緑色の鎧に覆われた鎧ポケモン、バンギラスのカオルへの眼差しは好意を抱いているとは思えない程に敵意にあふれていた。

 

 

 

 

 

 バンギラスの様子を見てカオルは自然と口角が上がった。

 

 

 

 

 



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ゲンガーは笑う

 遅くなって申し訳ありません。
 1月は投稿できるかどうか怪しいのでお休みさせていただきます。
 SVやる暇さえない(泣)。


 

 

 

 カオルがポケモン屋敷を出て六匹目であるバンギラスに話しかけている間にゲンガーはカオルの影から抜け出し、20代前後の男性の元へと忍び寄った。

 カオルは温度変化によりゲンガーが影から抜け出した事に気づいているだろうに黙認し、指示もないという事は自分の好きにしていいと解釈したゲンガーはゴーストポケモンらしく不気味な笑いをしながら影から影へと移動し、男性を見つけ出す。

 

 男性は誰かと通話しているのかポケギアを耳に当てながら何かを話している。

 ゲンガーは悪い顔をしたが、男性の近くにいるレントラーが辺りを警戒している事に気づき、迂闊に近づけないと理解し、肩を落とした。

 

 レントラーががんこうポケモンと言われる所以は何も目付きが鋭いからという安易な理由ではない。

 

 レントラーの瞳は透視能力を持っており、その瞳が金色に光るとき壁の向こうに隠れている獲物を見つけたり、危険なものを発見する等が出来るので辺りを警戒するにはうってつけのポケモンである。透視能力は広範囲で使えるわけではないが、例えゲンガーの様に影に潜んで近づいてもレントラーの実力次第では発見される事もしばしばある。

 ゴーストタイプが多く生息しているポケモン屋敷でレントラーを出しているという事は男性のレントラーの透視能力は同種の中では高いのだろう。

 ゲンガーは1匹でトレーナーに挑む事の恐ろしさを知っている事に加え、主人であるカオルのゲンガーだと男性に知られている以上、此処で男性に危害を加えるのはメリットよりもデメリットの方が大きいと判断し、襲撃を諦めた。

 レントラーの透視能力は長時間使うと長い休眠が必要になるとは知っているが、カオルはゲンガーの帰りを待つことなくロケット団アジトに帰るだろうし、レントラーが休む時はポケモンセンター等の人通りの多いところになるのはたやすく想像できる事もゲンガーが諦めた理由である。

 

 ゲンガーが影を移動してカオル元へ帰ろうとした時だった。

 

 

 

 

 「ええ、アナタの言われた通――帳簿を渡し――――したよ」

 

 

 

 ゲンガーはカオルの元へと帰るのをやめて、レントラーが気づくギリギリまで近づき聞き耳を立てる。

 

 男性の声は小声で断片的にしか聞き取れないが、ゲンガーにとってそれは些細な事だった。

 

 

 

 「違和感を感じているでしょ――彼はそこ――――しなと思いますよ。裏帳簿から――――を調べるのに忙しいでしょうし、オレがカントー地方のポケモン―――に派遣されているのは事実ですし調―――アナタにつ―――――な事は何一つりません」

 

 

 

 ゲンガーは男性の断片的な話を推測し、カオルが手に入れた裏帳簿が誰の意思によりカオルの元へと渡されたのだと理解したが、男性に“アナタ”と言われる人物は心当たりがなかった。

 カオルには敵が多く、味方をしてくれる人物に該当しそうな人は指で数えられる程度しかいない。

 仮にカオルの味方をする人物が裏帳簿をカオルに届ける為にこの男性研究者に頼んでいたとしても直接渡せば済む話なのでこのような面倒な渡し方をする理由もない。ゲンガーが真っ先に思いついた人物はカオルがする事を真っ先に止めそうだとゲンガーは思ったし、協力するメリットがあるだろうか。

 

 ゲンガーは頭をひねったが、カオルとは違い物騒な悪戯ばかり考えているので、謀略の類は得意ではない。ゲンガーは自分では考えても無理だと判断し、電話を切り、ポケギアをしまった男性を横目に見ながらレントラーに気づかれる前にその場を離れた。

 

 影から影へと移動しながらカオルの元へ帰っていくゲンガーは降りしきる雨の中ポケモン屋敷が目にはいり、影から懐かしげに目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲンガーはグレンタウンに住むトレーナーの父親のゲンガーとポケモン屋敷に住む野生の母親のゴーストの間に生まれたポケモンだった。

 父親のゲンガーのトレーナーは他地方のポケモントレーナーでカントーリーグに参加する為、グレンジムに訪れた際にグレンタウンに住む女性に一目惚れし、猛アタックの末、結婚し移住した。

 父親のゲンガーはポケモン屋敷に住むポケモン達を冷やかしに来た際、母親であるゴーストに一目惚れし猛アタックの末、結ばれたらしい。トレーナーとそのポケモンは似るというけど、似すぎよね。と母親のゴーストは笑いながら話していた。

 

 だが、母親のゴーストがその話を当時まだゴースであったゲンガーに話していた時、父親のゲンガーはすでにいなかった。

 父親のゲンガーが何処へ行ったのか聞くと母親のゴーストは少し悲しげにトレーナーと共に遠くへ行ったのだと言われたゴースは何となくそれ以上聞いてはいけないのだと思い、父親のゲンガーの話題を避けるようになった。

 

 

 

 カオルの手持ちになり人間を知っていく内にゲンガーはトレーナー夫婦が別の場所に移り住んだか、もしくは離婚等でグレンタウンを離れる際母親であるゴーストではなく、トレーナーについていく事を父親のゲンガーは選んだのだろうという事は予想できるようになった。

 もしかしたらまだ生まれていないゴースの卵を抱えた母親のゴーストも一緒に連れていってくれ。とトレーナーに頼んだのかもしれないがゴーストタイプのポケモンは嫌われる傾向にあるのでトレーナーがゲンガーは手放したくないが、ゴーストとその卵は連れてはいけないと断ったのかもしれない。

 そこら辺の事情は野生で生きていく最低限の能力を身に着けたゴースに旅に出ると言ってポケモン屋敷から外の世界へと出て行った母親のゴーストが最後まで話さなかったのでゴースが知るすべはもうない。

 ゴースからゴーストに進化してもなお、帰ってくる事のない母親のゴーストに思うところがなかったと言えば嘘になるが、居ない両親に向けて恨み節や文句を言ってもどうしようもないのでゴーストはポケモン屋敷に訪れたトレーナーや研究者に悪戯を仕掛けて気を紛らわせた。

 

 

 

 ゴーストの悪戯はハンカチや筆記用具を隠す等小さな事から餓死寸前まで迷わせたり、ポケモンの入ったモンスターボールを隠す等の悪質極まりないものまで幅広く、最終的に死亡事故はなかったものの被害が多い為、何度か討伐部隊を派遣されていたが、ゴーストは討伐部隊が来るとポケモン屋敷から1ヶ月以上離れたり、邪魔なポケモンを騙して討伐部隊にぶつけたり等してやり過ごした。

 次第に討伐部隊が何度訪れても討伐できないゴーストと噂が広まりポケモン屋敷を訪れるトレーナーや研究員も警戒され、高レベルのポケモンを連れてこられるようになった。

 ゴーストはその頃にはポケモン屋敷の中でも5本指に入る程の実力を身に着けていたが、人間に育てられたポケモンは野生とは違い手強い事を理解していたので、ポケモンバトルを挑もうとはぜず、あくまでも成功できる悪戯にとどめた。

 ゴーストにとって悪戯は遊びで人間と敵対する為に行っているわけではなかったのだが、訪れたトレーナーの中にはゴーストを捕まえに来た者もいて、その手のトレーナーはゴーストの気まぐれで散々惑わせてから追い返すか、無視するかのどちらかだった。

 

 そんな生活を続けていたゴーストだったが、その生活は突然終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 その日、ゴーストはポケモン屋敷の外に出て数週間後に帰った時だった。

 ポケモン屋敷のポケモン達の様子がおかしかったのだ。

 ゴーストはポケモン屋敷にトレーナーもしくは研究員が訪れているにしては怯えたポケモンも多く、討伐部隊が来ている時に帰ってしまったのかと思ったが、適当なポケモンを捕まえて何があったか聞くと、ポケモントレーナーらしき黒い服を着た少年がゴーストが外に出ていた間に何度か訪れて、ゴースト以外のポケモン屋敷の実力のあるポケモンを全匹倒し、ポケモン屋敷を何かを探すように歩き回っているらしい。と適当に捕まえたロコンが怯えながら話してくれた。

 

 ゴーストはポケモン屋敷の実力のあるポケモンを全匹倒したという事はかなりの実力者である事は確実であるので、ポケモンバトルを挑む選択肢は排除されたが、その黒い服を着た少年がポケモン屋敷で何を探しているのか興味がわいてしまった。

 自分は説明義務を果たしたと言わんばかりにロコンが逃げたのをゴーストは見送りながら家具の影に潜り込み、黒い服を着た少年を探し始める。

 

 

 

 

 

 少年はあっさりと見つける事が出来た。

 ポケモン屋敷の地下にある研究室の1室から光が漏れていたので影から抜け出し確認すると、扉の隙間から椅子に座りファイルの中身を確認している黒服の少年らしき人間がいた。紙を捲る音が静かな研究室の1室に響きわたっている。

 その隣には黒服の少年のポケモンと思わしきブラッキーが長い耳を細かく動かし、辺りを警戒している。

 自分の実力ではブラキーに勝つのはギリギリで後続もいたら勝つのはほぼないと理解したゴーストは数分前まであわよくば悪戯をしようと考えていたが、悩んだ。

 

 

 

 その一瞬の思考がゴーストの命運を分けた。

 

 

 

 

 ゴーストは背後から衝撃を受けた。

 背後から攻撃を受けると思っていなかったゴーストは驚き、体制を整えることができず、扉に勢いよくぶつかった。その衝撃で扉は大きな音を立てながら閉まり、ゴーストは体制を整えながら自身の背後から攻撃してきたポケモンを確認する。

 

 宙に浮いてゴーストを見下しているそのポケモンはゴーストが今まで見た事のないポケモンだった。

 

 人間の様に髪をなびかせながら首元の赤い宝玉付近に黒いエネルギーが集まっている。

 それはどう見てもシャドーボールであった。

 ゴーストは逃げるために影へと潜ろうとするが、背後の扉から殺気を感じ、影に潜るのを中断して回避行動をとる。

 轟音をあたりに響かせながら飛んできた扉をギリギリ回避したゴーストは扉の向こうから出てきたブラッキーへと視線を向けた。

 ブラッキーはゴーストを唸りながら体勢を低くし、今にもゴーストを攻撃しそうだ。

 研究室の椅子に座りながら読んでいたファイルを机に置き、黒服の少年は口を開いた。

 

 

 

 「ムウマ、鬼火」

 

 

 

 ゴーストの見た事のないポケモンはゴーストを嘲笑いながら黒服の少年の指示に従い、紫炎の火の玉を出す。

 ゴーストは苛ついたが、ブラッキーに集中する事にした。

 殺意をとばしているブラッキーの様子にゴーストはどう逃げるか考える。

 

 ゴーストにとって影に潜れば逃げる事は容易いが、問題は影に潜るタイミングがあるかどうかである。

 黒服の少年が呼んだゴーストの見た事のないポケモン、ムウマの鬼火により辺りが明るく照らされてしまった為、潜りこめる影がなく、ムウマの鬼火から離れない限り逃げる事が出来ないと考えているからだ。

 

 ゴーストがどうするか考えている内にブラッキーが先に動いた。

 ブラッキーは素早くゴーストへ距離を詰めてイカサマを繰り出す。

 ゴーストはブラッキーのイカサマを避けようとするが、ムウマの鬼火が回避先に移動した。

 ムウマの連携に心の中で悪態をつきながらもゴーストはタイプ弱点をつかれるよりましだと思い、火傷状態になる事を覚悟で鬼火へと突っ込み、火傷を負いながらもブラッキーのイカサマを回避して金縛りを繰り出し、ブラッキーのイカサマを封じた。

 イカサマを封じ込められたブラッキーは顔を歪め、即座に後方に下がる。

 ブラッキーに代わるように前へ出ていたムウマはゴーストに挑発した。

 嘲笑う様に繰り出された挑発にゴーストは自身の変化技が使えなくなったのを感じ、舌打ちする。

 ムウマはそのままシャドーボールを繰り出したのでゴーストもシャドーボールを繰り出し相殺するとムウマが鳴き声を上げ、首元の紅玉が光ったと思うとゴーストは自身の攻撃技であるシャドーボールとおどろかすが使えなくなっている事に気がついた。

 ゴーストはムウマを睨み付けるとムウマは勝ち誇ったような顔をした。

 

 予測でしかないがおそらくムウマは封印を繰り出し、自身も持っているシャドーボールと驚かすを使えなくしたのだろう。こうなるとゴーストには回避する以外の選択肢がない。

 ムウマが嗤いながら繰り出してくるシャドーボールを火傷でじわじわと削れて行く体力を大きく減らされないように回避しているゴーストは少しずつ気づかれないように鬼火で照らされていない場所まで逃げていく。

 影に逃げ込めるまであと3mに差し掛かった時だった。

 

 

 

 「イカサマ」

 

 

 

 ムウマのシャドーボールを避けていたゴーストはその声が聞こえた瞬間、ブラッキーのイカサマをもろに受け、壁に激突した。

 途切れそうになる意識を気合で繋ぎ止めたゴーストは地面に落ちる前にモンスターボールに入れられ、抵抗する暇もなく捕獲された。

 瀕死寸前のゴーストが入っているモンスターボールを拾い上げた黒服の少年はゴーストを見ながら呟いた。

 

 

 

 「君はいいね。最初からかなわない相手だと理解して逃亡一択だった。その判断力を買うよ」

 

 

 

 そう言ってモンスターボールを縮小し、ホルダーに付けられたところでゴーストの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲンガーは故郷であるポケモン屋敷から視線を外し、主人であるカオルのもとへと急ぐ。

 カオルの目的はゲンガーには分からない。

 だが、カオルのそばにいると面白い事が起きるのを知っている。

 だからこそ、これからもカオルのそばを離れるわけにはいかない。

 其処が特等席だと理解しているからだ。

 

 

 

 「戻ったかい?帰るよ」

 

 

 

 気温が下がったのを感じ取ったカオルの言葉にゲンガーは影を揺らし答える。

 歩き出したカオルを見ながらゲンガーは笑った。

 

 

 

 

 

カオルが目的を達成するまでの苦しみと憎悪の表情を想像しながら。

 

 

 

 

 



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首領と彼

 1月どころか2月も休んでしまい、すみませんでした。
 もしかしたらこれからは不定期更新になるかもしれませんのでご了承ください。


 

 

 

 カントーリーグに挑戦する為、チャンピオンロードを通りセキエイ高原へと向かっていたレッドは休憩中にいつの間にかバックから飛び出していたバッジケースを発見し、慌ててバッジが全部そろっているかを確認した。

 バッジの紛失は申請すれば再び貰う事が出来るが、下手をすれば一ヶ月以上かかる恐れがある為、カントーリーグの登録に間に合わなくなる可能性があるのだ。

 8つ全てあるのを確認し、レッドは安堵の息を吐いた後、先日手に入れたバッジが目に入り、雲一つない快晴の空にそのバッジを掲げた。

 レッドは太陽の眩しさに目を細めながらトキワジム制覇の証であるグリーンバッジを見ていた。

 

 

 

 トキワジムのジムリーダーがロケット団の首領であるサカキだと知った瞬間、トキワジムから逃亡して警察に通報する事も考えたが、子供であるレッドの言葉を警察が聞くとは思えない上にサカキがロケット団の首領であるという証拠もない。そもそもサカキがトキワジムから逃亡するレッドを何もせずに見送るとは思えないので、レッドはその場にとどまってサカキを睨みつけた。

 サカキはそんなレッドを鼻で笑い、トキワジムのジムリーダーとしてではなくロケット団の首領としてポケモンバトルを仕掛けてきた。

 

 激戦の末に勝利したレッドにサカキはトキワジムのジムリーダーを辞するどころかロケット団を解散させるとまで宣言したのには驚いたが、サカキの顔を見て本気で言っているのだと確信したレッドは何も言わずにジムを後にした。

 サカキのジムリーダー引退宣言は5日後のポケモン新聞の一面を飾り、カントー地方中の話題になった。ポケモン協会からカントーリーグ参加登録期間後の引退となるという発表があった為、ポケモンリーグに参加するポケモントレーナーはジムバッジが足りなくなるのではないかという心配がなくなり、安堵した者もいれば何故引退する事になったのかを根も葉もない脚色をして噂し、楽しむ者もいた。

 

 唯一事情を知るレッドは気分が悪くなるような的外れな噂を聞いて顔を歪めたが、自分が違うと騒ぎ立てても面倒な事になるだけである事を理解していた為、沈黙を保った。

 本当にロケット団が解散するのかレッドには知るすべはないが、あの付き物が落ちたかのようなサカキの顔を思い出し、待ってみようと思うのであった。

 

 

 

 グリーンバッジを見ているレッドは突如肩が重くなり、体制が崩れた。

 肩を見るとピカチュウがニッコリとレッドに笑いかけている。

 如何やらレッドの肩にピカチュウが飛び乗り、その重みで体勢が崩れてしまったようだ。幸いレッドはすぐに体制を整えた為、倒れこむような事態にならなかった。

 

 

 

 「出会った時よりも重くなったんだからいきなり飛びつくのはやめた方がいいぞ」

 

 

 

 苦笑しながらピカチュウの頭を撫でたレッドは笑顔で固まり、青筋を立ったピカチュウの顔を見ていなかった。

 

 この後、雲一つない快晴に電撃が走ったのは言うまでもない。

 後にレッドはオスなのに体重を気にするピカチュウに乙女かよ。と思ったが、口にはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トキワの森。

 ある森の神が住み、古くから信仰され祭られている為かその森は殆ど人の手が入らず、手つかずの自然が広がっている。

 マサラタウンとトキワシティに隣接している影響で時折野生のポケモンが町に迷いこむ事例が後を絶たない為、トキワジムのトレーナーや警察が定期的な巡回をしており、トキワジムのジムリーダーであるサカキも一人になりたい時や息抜きを兼ねて巡回に参加する事があった。

 

 サカキが先日発表したジムリーダー引退宣言により、ジムやトキワシティには連日マスコミや野次馬が張り付いている状態の為、ジムトレーナーがサカキをこっそりトキワの森の巡回に組み込んだ。それによりサカキはマスコミや野次馬だけではなくジムからもロケット団からも離れて一人で過ごせる時間を得る事が出来た。

 ジムトレーナーの気遣いに感謝しつつもトキワの森の巡回をおろそかにする事はせず、隣に大きな頭蓋と身の丈ほどのこん棒の様な骨を持つほねずきポケモン、ガラガラを連れながらサカキは巡回ルートを巡っていた。

 

 

 

 オレも落ちたものだな。

 

 

 

 サカキは赤い子共とのポケモンバトルを思い出し、苦笑した。

 ガラガラはサカキをチラリと見てきたが、直ぐに何事もなかったかのように辺りを警戒する。

 

 赤い子供、レッドとのポケモンバトルは自身の最高のポケモンで戦った。コンディションも悪くなく、サカキは全力を出し切ったと言い切れるポケモンバトルであったにもかかわらず、レッドに敗北した。

 

 

 

 

 サカキにとって予想外だったのはレッドに敗北した瞬間感じたのは悔しさではなく、安堵だった。

 

 

 

 何故、安堵したのかサカキ自身も良く分からなかったし、数日たった今もはっきりとした理由はない。

 だが、レッドに敗北した勢いでジムリーダーを辞め、ロケット団を解散すると言った事を後悔していない事を考えると自分は誰かに止めて欲しかったのかもしれないと思う様になった。

 散々ポケモンを道具として商品として利用した挙句、誰かにそれを止めて欲しかったなんて口が裂けても言えない上に今更誰かに止められてもサカキは許されない程の罪を背負っている。

 

 これから手持ちポケモン以外の今まで築き上げてきた全てを(会社経営を含め)手放すつもりであるが、今までしてきた犯罪の数々を消せるとは思っておらず、むしろある意味逃亡になるので罪状が重なるだけなのだが、サカキにとっては今更なのでそこはどうでもよかった。

 

 

 

 問題はロケット団である。

 

 

 

 サカキにとってロケット団はカントー地方の裏社会を牛耳る為の道具である。

 カントー地方の裏社会の根本を担っており、ロケット団を解散すると裏社会の秩序が乱れ、表社会にも大なり小なり影響が出るだろう。

 サカキは表社会がどうなろうと知った事ではないのだが、立つポッポ跡を濁さずというカントー地方のことわざがあるように勝者であるレッドに一定の敬意を表してなるべく穏便にロケット団を解散させたいという思いが少なからずあった。

 

 だが、どう考えても末端の者が暴走する未来が見えてしまい、サカキは段々面倒になってきた。

 尊敬と崇拝も考え物である。

 

 

 

 「色々悩んでおいでですね」

 

 

 

 突然、声をかけられたサカキは声のした方向に勢いよく向いた。

 そこには何時もの黒服を着て木にもたれかかっているカオルが微笑を浮かべて立っており、その隣には護衛なのかブラッキーが座っている。

 

 サカキは隣にいるガラガラを見たが、ガラガラは何故サカキに見られたのか分からない様子で首を傾げていた。

 このガラガラはロケット団の幹部やトキワジムの一部のジムトレーナーには警戒することなく近づけさせている事を思い出し、サカキはカオルに向きながら口を開いた。

 

 

 

 「珍しいな。オマエがジムリーダーであるサカキ(表社会のオレ)に接触してくるのは。何か緊急事態でも起きたのか?」

 

 「いいえ。ただ、そろそろロケット団をどう解散させるか悩んでいるかと思いまして」

 

 

 

 カオルの言葉にサカキは驚きはしなかった。

 ロケット団の情報を担っているカオルならば表社会のサカキの情報など筒抜けだろうとは予想できる。意外だったのは接触してきたのが予想よりも数日遅かった事だ。

 

 

 

 「オマエにしては情報が随分と遅いな」

 

 「何分、ロケット団を解散させるにあたっての準備に手間取りまして」

 

 

 

 当たり前の様に語るカオルにサカキはレッドとのポケモンバトル以前にカオルがこうなる事を読んでいたのではないかという考えが浮かんだが、ジムリーダーでもあり、未来予知を得意とするナツメの様な能力はカオルにはないので、サカキはその考えを振り払い、カオルが考えるロケット団を解散させる方法を問いかけた。

 

 

 

 「一応オマエの案を聞いておこう。どうやって解散させるつもりだ」

 

 「簡単です。ボスは私が指定する日に解散命令を出せばいいだけですから」

 

 

 

 微笑んだままそう言ったカオルにサカキは数年の付き合いからこれ以上説明する気がない事を感じ取り、眉を寄せた。

 カオルの秘密主義は今に始まった事ではないが、さすがに説明不足過ぎる内容でサカキも容易に了承する事が出来なかった。

 勿論、今までカオルの出した案は全てロケット団、特にサカキには利をもたらしてきた為、上手くやるであろう事は理解しているし、信頼している。だからと言って了承する程サカキも甘くはなかった。

 

 辺りを警戒しているガラガラは近くに強いポケモンの気配がしないのか、警戒を多少緩めてサカキとカオルの様子を見ている。ブラッキーは長い耳だけを動かし、辺りを探っている様子であった。

 トキワの森の木の葉が風でざわめく音を聞きながらサカキはカオルの言葉の意味を読み解こうとするが、情報が足りないせいで真意が見えない。

 黙り込んだサカキにカオルは警戒されて了承を得る事が出来ないと判断したのか、ようやく口を開いた。

 

 

 

 「簡単な事です。先生を利用するんですよ」

 

 「…!確かにヤツと関係が深いロケット団はとばっちりを避ける為に一時期解散せざるを得ないが、そんな事をすれば裏社会がとんでもない事になるぞ」

 

 「裏社会どころか表社会も大きな影響が出るでしょうね。安心してください、そこはもう手を打ってあります。近日開催されるカントーリーグが中止になる可能性がありますがね」

 

 

 

 カオルの言葉にサカキの脳裏にレッドの顔がよぎる。

 だが、それは一瞬だった。

 

 

 

 「……そうかそれだけで済むのであれば進めてくれて構わん」

 

 「いいんですか」

 

 「オレがあのガキに気を使うと思うか?」

 

 

 

 サカキの言葉が予想外だったのだろう。少し驚いたように言うカオルにサカキはそう返した。

 本音を言えばカントーリーグに影響がないようにしたかったが“ある事情”により今年のカントーリーグは多少の延期があっても中止はないと予想出来たからだ。

 その情報を得ていないのであろうカオルは一瞬思考してサカキの言葉の真意を読み取ろうとしたが、サカキからの了承を得ることを優先したのか、そうですか。と返すのみだった。

 後で部下も使って情報収集を行うのだろうと予想しつつも止めなかったサカキは話は終わったと木から背を離したカオルに世間話のように言葉を投げる。

 

 

 

 「カオル。ロケット団が解散する今だからこそいうが、オマエはあえて暴虐な振る舞いをしてロケット団の統制をはかった。そうだろう?」

 

 「それはボスの考えすぎですよ。私はこの通り見た目で舐められますから畏怖を植え付けておかないと指示に従う者がいないからです」

 

 「それは建前だ。オマエはオレがロケット団の末端の者まで統制できていない事に気づいていた。だからこそ分かりやすい恐怖の対象を作り、その恐怖の対象がオレには従うところを見せる事で、オレに尊敬と崇拝が集まるようにした。オマエが切り捨てたり、処分した者の大半はロケット団に入ったはいいが、従う気もない反乱分子だ」

 

 

 

 カオルはサカキの言葉に口を閉ざした。

 カオルが珍しく言葉が出てこない様子にサカキはふっと笑い、言葉を続けた。

 

 

 

 「嫌われ者になってでもオレとロケット団に尽くすその姿勢が()()()()()()()()()()()()()()()と思ったからこそお前を幹部に据えたんだ」

 

 

 

 カオルは何時もの微笑を崩し驚愕の表情を浮かべた。

その時にはサカキはカオルのほうに向いておらず、サカキの表情を見ることはできなかっただろう。

 

 

 

 

 「だが、どんなに信頼と恩を与えてもお前の抱えている秘密はオレにはついぞ教えてはくれなかったな」

 

 「……ボス、貴方はロケット団を解散させた後どうするのですか」

 

 「さあな。だが、これから時間は沢山あるんだ。旅でもしながら考えるさ」

 

 

 

 言い終えると同時にサカキはトキワの森の巡回に戻るために足を進め始めた。

 何も言わずに見送るカオルが気になるのか何度か後ろを確認していたガラガラだったが、ある程度離れると護衛に集中し始めた。

 

 サカキはカオルの秘密を暴こうとは思っていない。

 何故ならカオルの行動を監視する中である程度カオルの目的に検討がついた為である。

 サカキにとっても悪くなかったので、ロケット団の幹部としての地位を与え、動きやすくしてきたつもりだった。

 それがようやく実るのだろう。

 

 サカキはこれからおこるカントー地方の歴史に残るかもしれない大事件が起こることを確信し、空を見上げた。

 

 

 

 

 

 雲一つない快晴の空はカントー地方にこれから訪れる嵐を予感させた。

 

 

 

 

 



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