鷲巣-Washizu- 宿命の闘牌 (園咲)
しおりを挟む

終焉

闘牌に関しては全力を尽くします。


時は1965年…

東京武蔵野において狂気の宴が繰り広げられていた。

アカギ対鷲巣の半荘6回戦。

アカギは自らの血液を賭け、対する鷲巣は大金を賭けた戦い。

 

いつもどおり勝てるはずだった。目の前の男の亡骸を拝むはずだった。

しかし始まってみると予想外の苦戦を強いられる鷲巣。

隠し預金を含めた6億円(現在の価値では約60億円)を全て奪われアカギと同じ血を抜く状況に追い込まれてしまい満身創痍で迎えた6回戦オーラス…

 

「ツモ…清一色三槓子リンシャンツモドラ8…数え役満だ」

 

アカギ手牌  {2235 ツモ4 副露 ■11■ 888横8 666横6}

 

「ア…アカギィ………」後ろに控えていた仰木が涙をこらえ駆け寄る。

「やったな、アカギ。これで決着だ!」

 

長い長い死闘が終わり、アカギのサポートの安岡も仰木組の黒服たちも露骨に安堵の表情を浮かべる。

 

「負けた…鷲巣様が…」

 

「鷲巣様…」

 

一方鷲巣陣営は敗北という現実を受け入れるしかなかった。先ほど散々流した涙を三度流している者もいる。

 

(ツモられた…か…この流れで…)

鷲巣巌は敗北したというのに変に落ち着いていた。

 

「頼む!」

 

ここでここまで静粛を保っていた鈴木がアカギに対して頭を下げる。

 

「もちろん金は全て持っていっていい…まごう事なきこちらの敗北だ。

だが鷲巣様の命だけは見逃してもらえな…「よせ…」」

 

しかし鷲巣が鈴木の頼みを一蹴した。

 

「何度も言わせるな。決まりを反故にしてなにが王か…

もし生きながらえたとしてもそれは死んだも同然…

ワシは生き恥を晒すつもりはない。」

「しかし…」

「アカギ!」

 

鷲巣がはっきりとしない意識ながらもアカギに呼びかける。

 

「確かにワシは今日お前に負けた…それは認めてやる。

そこの6億とワシの命…くれてやろう。

だが…いつの日か…必ず再戦だ…

次は完全に叩きのめす。それまで待っとれ…」

 

「な、なにをバカなことを「安岡さん」ア、アカギ…」

「なるほど、鷲巣…お前らしい。命乞いなど無様な真似をせず

再戦要求か…いいだろう。今後お前以上の強敵は現れないだろうからな…」

 

フッと鷲巣が鼻で笑う。その表情はどこか満足げでもあったという。

 

「岡本」

 

「ハ…ハッ!」

 

鷲巣の呼びかけに後ろで控えていた白服の1人、岡本が涙で歪んだ顔を上げる。

 

「抜け…」

 

「鷲巣様………ぐっ…分かりました……」

 

もう鷲巣はなにをいっても意思は変えないだろうと悟った岡本がゆっくりと血を抜き始める。

次第に薄れていく意識。近くに寄ってくる白服たち。

 

「わし…さま…」

 

「…ず……ま…」

 

(…意識が…遠のく…)

 

こうして…かつて昭和の怪物とまで呼ばれた鷲巣巌は1人の悪魔じみた青年によって、75年の生涯に幕を閉じた…かに思えた。

 

(……………あっ?……)

 

鷲巣は疑問に思う……どうして自我があるのかと…

自分はアカギとの死闘に敗北し、血を抜かれ死んだはずだと…

 

(見たところ地獄という訳でもないようじゃが…)

 

鷲巣はかつて昏睡状態に陥った際死者しか送られないはずの地獄を訪れている。

そこはまさに地獄としかいいようがない場所だった。

ここはそんな地獄とはかけ離れている。

 

とある屋敷のような部屋。そこで鷲巣は目覚めた。

何かがおかしい。視線も低いし、髪もやたら長い。

幸いあれだけ血を抜かれた後なのに体調がいいのであたりを探索してみる。

その部屋にあった鏡を覗いて言葉を失った。そこには白髪で長髪の美少女が映っていた…

 




展開が強引ですが勘弁してください。
こんな感じで進めていきます。
長文書くの難しいですね…善処します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

失望

第2話です。
ここの鷲巣様はワシズ(スピンオフ)の超豪運鷲巣です。



とある長野県の雀荘にて…

 

「…ツモ、8000・16000」

 

鷲巣手牌  {二二78白白白発発発中中中 ツモ6}

 

「うわっ大三元!?」

 

「おいおい嬢ちゃんまだ四巡目だぜ?」

 

「ついてんな~」

 

点棒を受け取りながら鷲巣はこうなった要因を思い出す。

 

どうやら自分は死んだわけではないらしい。

そう結論を出したのは目を覚まして数日経ってからだった。

西暦は2014年…アカギとの死闘から40年近くが経っていることになる。

しかしどの文献を調べても「共生」という経営コンサルタント会社は見つからなかった。現在はなくなっているとしても日本を裏から牛耳る企業だったのだ。

かなり後ろめたいことはやっていたが歴史から抹消できる規模ではない。

この事実から鷲巣はここが自分のいた未来ではないことに気づいた。余りにもオカルトチックだが若い頃超人類となった乳児と麻雀を打っていたりした鷲巣は案外あっさりこの現状を受け入れた。

 

次に戸籍等の問題だがこれもあっさり解決した。全て揃っていたからだ。

名前は鷲巣衣和緒(いわお)、年齢は15歳、住所は長野県某所の(鷲巣が目を覚ました)屋敷だった。

両親は既に事故により他界しており、祖母(鷲巣にとっては面識もないが)が世話を焼いてくれる。

ある程度の遺産があり鷲巣が成人するまではもつだろう。

 

しかし15歳という事は義務教育がとうぜんあるわけで…大学まで卒業した鷲巣にとってはストレスが溜まるだけの場所だった。

もっとも孤立していたのか滅多なこと以外では話しかけられることはなかったのが幸いか。

 休日、憂さ晴らしに雀荘に入った鷲巣は大学生らしき3人組と打つことになって現在に至る。

役満を上がられたというのに目の前の3人組には動揺がない。

それどころか今の上がりを褒める。

それもその筈、この雀荘はノーレートで純粋に麻雀を楽しむ場所だからだ。

鷲巣は心の中でため息を吐く。目の前の3人は典型的な凡夫…

かつての鷲巣なら無能な若者に対していらだちが募っていただろう。

しかし今はただただ失望していた。

 

残りの半荘を適当に済まし場代を払い雀荘を引き払う鷲巣…

何も賭けず、緊張感など欠片もない面白くもなんともない麻雀…

その顔には現状に対する不満が明らかに見て取れた。

 

「つまらん…」

 

つい呟いてしまう。

現在麻雀は世界的なブームとなっており麻雀人口も爆発的に増加した。

これにより麻雀のイメージをよくしようと違法な高レート雀荘はほぼ検挙されてしまったのだ。

まだあることはあるのだが一見は入れない。未成年などもってのほかだ。

さらに野球中継の代わりに麻雀中継、囲碁教室の代わりに麻雀教室が放送されるようになったのだ。

鷲巣も自宅のテレビで麻雀プロリーグの試合(薄型テレビをみて心底驚いた)を見てみたのだが、自分やアカギクラスの人間はいなかった。

せいぜいアカギの前に戦った確か平山といったか…それくらいなのだ。

 

麻雀に見切りをつけるべきかもしれないと思い始めていた。

アカギとの打ち合いに未練はあるが、とにかく自分はここで再び「共生」を立て直すこと…

その為には当然学歴は高いほうがいいのだ。

もうすでに12月…そろそろ高校を選ばないといけない。

 

「ここらで一番上の(偏差値が高い)高校は…龍門渕高校…か…そこにするか」

 

こうして鷲巣は龍門渕高校を受験することにしたのだった。

ちなみに勉強は近代史を少し確認するだけですんだ。

受験は大きな問題も特に起きず無事龍門渕高校に入学することが決まったのだった。




鷲巣は龍門渕に入学しました。
この世界の麻雀に失望した鷲巣。
鷲巣の理想が高すぎるのもあるんですが…
ちなみに鷲巣が見たのは男子プロの試合です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転機

第3話です。


鷲巣は龍門渕高校の入学式に参加していた。

理事長らしき人物の長い長い話と共に入学式が終わり各々の教室に移動する。

その後教員の話もほどほどに今日は解散となった。

 

(ようやく終わったか…まさかこの歳でもう一度高校生活をすることになろうとはのぉ…

甘いものでも食べに行くか…この体になってから甘味が欲しくてかなわん。)

 

結構うまく女子高生をやっていけそうな鷲巣であった。

カラオケだのなんだの誘いを全て断り帰ろうとする鷲巣…その時1人の少女とすれ違った。

 

(うぬ~透華め!衣を置いて先に行くとは…)

(ケーキにするか。いや和菓子も捨てがたい…)

 

その瞬間2人の間に電流走る…それは強い者同士が惹かれあうような感覚…

 

(な、なんだこれは!?この感覚は始めてではないが…ここまで強烈なのは一度たりとてなかった…此奴は一体…?)

(ほう…こんな小娘がこれ程の力を…少なくともただの凡夫ではないな…)

 

一瞥し先を急ごうとする鷲巣。だが袖を引っ張られ振り返る。そこには先程の少女がいた。

 

「なんじゃ…小娘。」

「こ…こむす…衣は小娘ではない!立派なお姉さんだ!」

(とてもそうは見えんが…)

 

「と、こんなことを言っている場合じゃない。お主…麻雀は打てるか?」

「まあ…人並みにはの。」

 

一刻も早く甘味をむさぼりたい鷲巣は適当にあしらおうとするが…

(嘘だ…でなければさっきの説明がつかない…この者ならばなってくれるかもしれない…衣の莫逆の友に…)

 

少女には通じなかった。

「……すまぬ。ちょっとこっちに来てくれ!」

「ぬ…」

 

少女に袖を引っ張られる鷲巣。振り払うこともできたが流石にはばかられた。

暫く歩き、着いたのはやたら装飾めいた「麻雀部」と書かれた看板がぶら下がっている部屋。

 

「ここだ!」

 

そう言うなり少女はドアを開ける。

 

「衣!遅かったですわね…あらそちらの方は?」

「衣が連れてきた!」

「いやそれは見れば分かりますが…見たところ1年生のようですわね。お名前は?」

「名前は…名前は…聞いてない…」

「名前も聞かずに連れてきましたの!?」

 

暫くすると金髪の少女が鷲巣に話しかけてきた。

 

「すみませんわ…うちの衣が…」

「まあ…構わん。」

「それより衣があなたをここに連れてきたということに興味がありますわね…お名前は?」

「鷲巣…衣和緒…」

「衣和緒というのか!私は衣!天江衣だ!」

 

先程まで怒られていたのかしょげていた少女…もとい天江衣が会話に割り込んでくる。

 

「私(わたくし)は龍門渕透華ですわ。以後お見知りおきを。」

「はあ…」

「衣和緒!早速打とう!」

 

衣が衣和緒の腕を引っ張る。その先にはしっかりとした麻雀卓があった。

 

「ですが面子が1人足りませ「うぃーす」…揃いましたわね。」

 

ドアが開き、やたら背の高い女?が入ってくる。会話から察するに彼女も麻雀部員のようだ。

 

「おう透華。衣。誰だそいつ?新入部員か?俺たちも先輩か…」

「純!打ちますわよ。早くいらっしゃいな。」

「説明もなしかよ…まあいいや。よろしくな!名前は?」

「衣和緒…」

 

馴れ馴れしく話しかけてくるので少しイラつきながらも今日何度もした自己紹介(名前だけ)をする。

 

「そうか。衣和緒か!俺は井上純だ。まあ楽しもうぜ。」

 

しかし純はそんな鷲巣の様子に全く気づいてないようだ。

 

「ルールは半荘戦のアリアリ。赤4枚でいいですわね。」

 

鷲巣は雀荘で赤ドラありで打ったことがあるが面白いと思っていた。単純にドラが8枚となり高打点を作りやすい。

役牌のみでもドラ、赤ドラ次第でハネ満にも化ける。要するに場が荒れやすい。

 

つかみ取りの結果

東家 井上純

南家 天江衣

西家 龍門渕透華

北家 鷲巣衣和緒

 

…となった。

 

(なぜこうなったかは分からぬが………こんな小娘どもに負けてはいられん…そこそこやるようじゃがの…)

 

 




次回から闘牌始めます。衣の喋り方難しい…
鷲巣は闘牌中以外は割と穏やかです。(じゃないと日常生活送れへんし…)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対局前半戦

対局考えるのは面白いです。


東家 井上純    25000

南家 天江衣    25000

西家 龍門渕透華  25000

北家 鷲巣衣和緒  25000

 

東一局 親・純 ドラ・{3}

純配牌  

{一二六七八337④北白中中 ツモ 白 打 北}

 

純…速さと打点を見込める好配牌。

 

(ドラ対子に特急券二つ…なかなかだ。鳴いて連荘といきたい。)

 

「…リーチ」

 

しかし三巡目そうそうに北家鷲巣からリーチがかかる。

 

鷲巣捨牌

{南南横8}

 

(ぐ…早い…こっちはまだろくに手も進んでねえのに…)

 

 純はとりあえず今引いた西をツモ切りする。順目が早く、待ちもおおよその打点も読めない。

 

(く…)

(勝負できませんわ…)

 

 衣も透華も比較的安全な牌を切って凌ぐ。

 

「一発…」

 

 だがあっさり鷲巣がツモ上がった。

 

鷲巣手牌  

{①①②②③③④⑤⑥⑥⑥⑥⑦ ツモ ⑦}

 

(メンチン!?)

 

 三巡目のリーチでメンチン五面待ち。常人なら偶然だが鷲巣だけは別。必然的に高打点の手を引き寄せて上がってくる。

 

(まずい…裏に5筒でも見えたら…)

 

 この時点でリーチ一発ツモメンチンイーペーコーで倍満。裏が1枚でも乗れば三倍満に達し、5筒ならば裏4となり文句なく数え役満となる。

 鷲巣の手が無造作に裏ドラに伸びる。

 

(乗るな!乗るんじゃねえ!)

 

そんな純の執念にも似た祈りが通じたのか裏ドラ表示牌は発…裏は乗らず倍満止まり。

 

「……4000・8000」

 

少し声のトーンを落とした鷲巣が点数申告を行う。

 

(ふぅ…助かっ…てねえな。いきなり倍満親っかぶりかよ。マズイな…今の上がりで流れがかなり傾いた…)

 

東家 井上純   17000(ー8000)

南家 天江衣   21000(ー4000) 

西家 龍門渕透華 21000(ー4000)

北家 鷲巣衣和緒 41000(+16000)

 

東二局 親・衣 ドラ・{六}

「わーい。衣の親番だ~」

衣は親番がよほど好きなのかサイコロを回しつつはしゃいでいる。

配牌が配られ、鷲巣は理牌しつつ先程の局を振り返っていた。

 

(一発ツモとはいえ平和がつかぬ安め…更に裏も乗らなかった。誰かが儂の豪運を僅かに歪ませている…猪口才…)

 

鷲巣配牌  

{一六六六七5667赤⑤⑥⑥北 ツモ ⑦}

 

 配牌からドラが暗刻…それに三色同順、三色同刻などいくらでも高くなりそうな好配牌と流石の豪運ぶりを見せる。鷲巣はまず一萬を切り出した。

 

六巡目

鷲巣手牌  {六六六七56677赤⑤⑥⑦北 ツモ 5}

 

 あっさり鷲巣テンパイ。高め三色の理想的な三面待ち。打点を考えればリーチをする必要はないのだが…

 

(ダマで放出を待つなど…儂らしくないじゃろ。ここは当然)

 

「リーチ!」

 

 鷲巣北切りリーチ。これに反応したのは衣と純だ。

 

(間違いない。さっきより強大な手…)

(流石に放っちゃおけねえな…さっき上がられた以上かなりの手になっているはず…)

 

純手牌  

{一五五八八446④④南北北}

 

「…その北ポン」

 

 純は北を鳴き打一萬とする。一発消しにはなるものの七対子イーシャンテンを崩す一見不可解な鳴き。安牌が減り手牌も短くなる。

 しかしこの不可解な鳴きこそが純のプレイスタイルである。

 

(ぬ…ずらされたか…)

 

 鷲巣ツモれず。河に9が打たれた。そして鷲巣の本来のツモは純のもとへ。

 

純手牌  

{五五八八446④④南 ツモ 赤五 副露 横北北北} 打 {6}

 

 純はイーシャンテンに持ち直す。鳴きを入れなければ鷲巣が赤五萬をツモ上がっていた。

 

仮想鷲巣上がり形  

{六六六七556677赤⑤⑥⑦ ツモ 赤五}

 

メンタンピン一発ツモイーペーコー三色ドラ5…裏なしでも数え役満。ほぼ勝負が決まっていた。結果的に鳴くのが正解だった。

 

 そして次順4筒をツモり、純は八萬、4索待ちでテンパイ。数巡後リーチしている鷲巣から4索がこぼれる。

 

「ロン!トイトイ北ドラで8000!」

 

純手牌  

{五五赤五八八44④④④ ロン 4 副露 横北北北}

 

(よし!この上がりは点数以上に大きい。これで流れが変わるはず。)

 

(儂の上がり牌を5枚使いか…ずらされた程度で上がれぬとは。我ながら情けない…)

 

「衣の親番が終わってしまった…」

「半荘ですからもう1回親が来ますわよ…」

 

北家 井上純   26000(+9000)

東家 天江衣   21000 

南家 龍門渕透華 21000

西家 鷲巣衣和緒 32000(ー9000)

 

東三局 親・透華 ドラ・{西}

 

鷲巣配牌  

{一二三12578②東北白中 ツモ 9} 打 {北}

  

(配牌が悪い…)

 

 鷲巣の配牌は先程の軽いタンピン系とは異なりチャンタ系。無駄な牌も多くテンパイまで時間がかかる…と思われた。

 

七巡目  

鷲巣手牌  

{一二三1235789②⑨白 ツモ ⑨ 打 白}

 

先程より順目がかかったが好形のイーシャンテンにこぎつけていた。

 

「ポンですわ!」

 

ここでここまで上がっていない透華が鷲巣の打った白に飛びつく。

 

透華手牌  

{四四四45⑦⑦⑧西西西 副露 白白横白 打 ⑧}

 

(さあこれを上がって連荘でしてよ!)

 

 白ドラ3のテンパイ。3、6索の両面待ち。面前なら三暗刻か役満四暗刻も狙える牌勢だが、鳴いて親満でよしと考えた現実的なデジタルの打ち手なら当然の鳴き。

 だがこの鳴きで鷲巣に余計なツモを送ってしまった。

 

鷲巣手牌  

{一二三1235789②⑨⑨ ツモ 4 打②}

 

 鷲巣も4引きで高め一通のテンパイ。しかもなんの因果か透華とオナテンの3、6索の両面待ち。常人なら先程の上がりを見てひよってしまいダマにでもしてしまうが…

 

「リーチ!」

 

(儂がひよるわけなかろう…それが狙いじゃろうがの…)

 

(マジかよ!さっきより遅いとはいえ手が出来上がるとは…しかも…)

 

鷲巣捨牌

{北東東1中七}

{横②}

 

(捨牌はほぼ手出し。つまり無駄ヅモが少ないということだ。さっきのメンチンといいこいつなんてツキしてやがるこいつ。)

 

純は鷲巣の強さの真髄に気づきつつあった。

 

(鳴くしかないか。このままだと間違いなく一発ツモだ…)「…チー」

 

純手牌  

{四五五23889②白南 副露 横②③④ 打 南}

 

(相変わらず妙な鳴きをしてきますわね…)

(上がるためではなくツモをずらすためだけの鳴きとは…面白い…)

 

 純、リーチに対してやはり不可解な出来面子鳴き。透華は変わらない純のスタイルに多少呆れ気味だが、鷲巣はツモずらしを散々使った鷲巣麻雀を思い出していた。

 

「ツモ」

 

鷲巣手牌  

{一二三12345789⑨⑨ ツモ 6}

 

 上がったのは鷲巣。高めのメンピンツモ一通…裏が九萬でハネ満。この上がりに苛立ちを隠さないのは透華である。

 

(ずらしてもあがられるか…)

(オナテン…という事は純が鳴かなければ私がツモっていた6索!純~)

(やべえ…なにかしたか…めちゃくちゃ睨まれてるな…)

 

西家 井上純   23000(ー3000)

北家 天江衣   18000(ー3000)

東家 龍門渕透華 15000(ー6000)

南家 鷲巣衣和緒 44000(+12000)

 

 東四局はこの上がりを逃してペースを崩した透華が純にタンヤオドラ2を振り込んだ。これによりますます透華が不機嫌になったことは言うまでもない。

 

東場終了時

南家 井上純   26900(+3900)

西家 天江衣   18000

北家 龍門渕透華 11100(ー3900)

東家 鷲巣衣和緒 44000

 

(うっ…)

(…来たか…)

(ほう…ここまで大人しかったが…)

 

 瞬間卓上の3人を謎の圧迫感が襲った。寒くもないのに身震いが止まらない。それは1人の少女から発せられていた。

 

「待たせて悪かったな衣和緒…そろそろ御戸開きといこうか…」

 

 間違いなく荒れる南場が始まる。




「ところで国広くんと智紀は?」
「……遅れてくるそうですわ……」

忘れてたわけではありません。絶対に。

書き溜めはここまでです。自宅のPCが壊れているためまた溜まったら投稿します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対局後半戦

対局後半戦です。


南一局 親・純 ドラ・{1}

東家 井上純   26900

南家 天江衣   18000

西家 龍門渕透華 11100

北家 鷲巣衣和緒 44000

 

(まだ昼過ぎとはいえ確か今日は満月…9割といったところでしょうか)

 

 この天江衣という雀士は少々特殊な打ち手であり月の満ち欠けにより強さが上下する。今は最大限に近い強さのようだ。

 

鷲巣配牌  

{一二四四五五六八7②⑨白発 ツモ 白 打 ⑨}

 

 鷲巣の手牌は変わらず好調を維持。打発とせず9筒とした混一色狙い。三萬の二度受けがネックだが鳴きを入れれば難なく手を進めることができるだろう。

 

二巡目   {一二四四五五六八7②白白発 ツモ 七 打 ②}

 

三巡目   {一二四四五五六七八7白白発 ツモ 北 打 7}

 

四巡目   {一二四四五五六七八北白白発 ツモ 9 打 9}

 

五巡目   {一二四四五五六七八北白白発 ツモ 南 打 南}

 

六巡目   {一二四四五五六七八北白白発 ツモ 六 打 北}

 

七巡目にて鷲巣あっさりイーシャンテンに持ってくる。

 

鷲巣手牌  

{一二四四五五六六七八白白発}

 

 三、六、九萬と三面待ちのイーシャンテン。鳴いてもテンパイにとれ、三萬か九萬なら一通も見える。張るのも時間の問題…と思われた。しかし途端に鷲巣の手が止まる。

 

十三巡目

鷲巣捨牌

{⑨②79南北}

{北98③⑥⑨}

{⑨}

 

七巡目以降は全てツモ切りである。つまり鷲巣の手はイーシャンテンで凍りついていた。

 

(ありえん…儂に限ってこんな事が…)

 

 鷲巣は改めて場を見るとある違和感に気づく。誰1人として鳴いていない。全員面前である。順目も深くなり1人ぐらい鳴いて手を進めていてもいいものだが…

 

 そんなことを考えていると下家の純から三枚目の三萬が切られた。当然鳴けない。

 

(ぐ…)

 

十四巡目

鷲巣手牌  

{一二四四五五六六七八白白発 ツモ 1}

 

 鷲巣ここでドラを引いてくる。場にはソーズが高くそれおいと切れる牌ではない。

かといって発はまだ1枚切れ。これも切りにくい。鷲巣は仕方なく二萬を切った。

しかし次順…

 

(なに…馬鹿な)

 

十五巡目

鷲巣手牌  

{一四四五五六六七八1白白発 ツモ 三}

 

 裏目になるラス三萬引き。1索さえ通していれば張っていた。ここから鷲巣は一萬を切る。

 

十六巡目

鷲巣手牌  

{三四四五五六六七八1白白発 ツモ 一}

 

 だがまたもや裏目。やはり1索を切っていれば発切りでテンパイに取れていた。

 流石にここまで手が進まず裏目になったことはない。流局も近くなりテンパイを諦め一萬をツモ切る。

 

(流石におかしい…やはりこの小娘か?)

 

 鷲巣は衣に疑いをかけるもまだ確信には至らない。

 

「リーチ!」 打 {②}

 

 衣が十七順目でツモ切りリーチをかけた。ツモは親の第一ツモを合わせて70枚。

つまり鳴きが入らない限り南家の衣がハイテイ牌を引く事になる。

 

(ここはどうですの?)打 {8}

(ダメだ。鳴けねえ…)

 

 実は純と透華、数巡前から互いに鳴かせ合おうとしていたがうまくいっていなかった。対面同士でチーが出来ないのが痛い。

 そして鳴けない以上この状況を打破出来ない。結局衣にハイテイツモを許すことになってしまう。衣はハイテイ牌を掴むと口端を吊り上げ盲牌すらせずに宣言した。

 

海底撈月(ハイテイラオユエ)

 

衣手配  

{11456678④⑤⑥九九 ツモ 九}

 

 裏ドラは白で乗らなかったがリーチ一発ツモハイテイドラ2で跳満。

しかし余りにも不自然な上がりである。

 

(ラスト一順でのツモ切りリーチか。まるでハイテイ牌でツモる確信があるように見えるが…)

 

東家 井上純   20900(ー6000)

南家 天江衣   30000(+12000)

西家 龍門渕透華  9100(ー3000)

北家 鷲巣衣和緒 41000(ー3000)

 

南二局 親・衣 ドラ・{中}

「わーい。衣の親番だ~サイコロ回れ~」

 先程と同じことを言う衣だが2人は内心冷や汗が止まらなかった。

麻雀は親が上がると続けて親ができる。つまり衣が上がり続ける限り局が進まないのだ。

 

十五巡目

鷲巣手牌  

{七八555678②③④⑤⑥ ツモ 一 打 一}

 

 先程とは違い、受けが広いイーシャンテンであるにも関わらず有効牌が入ってこない。事ここに至り鷲巣は確信を持った。天江衣という少女が何らかの力でこちらのツモを妨害している…

 

「ポン」

 

 衣が下家である透華の切った三萬を鳴く。これでハイテイがずれ透華から衣になる。

そして誰も鳴けず上がれずハイテイツモを衣が引く。

 

「ツモ!海底撈月(ハイテイラオユエ)

 

衣手配  

{四赤五六④⑤45699 ツモ ⑥ 副露 三三横三}

 

 三色ハイテイドラ1で2000オール。この上がりで僅かではあるが衣が鷲巣を抜きトップに立った。

 

北家 井上純   18900(ー2000)

東家 天江衣   36000(+6000)

南家 龍門渕透華  7100(ー2000)

西家 鷲巣衣和緒 35000(ー2000)

 

南二局一本場 親・衣 ドラ・{3}

(やはり衣和緒でも無理なのか…)

 

 今まで自分と対峙してきた打ち手たちはことごとく敗れ去りこちらを化物でも見るかのような視線を送ってきた。

 例外はこの龍門渕高校の皆だが心底では自分を恐れているのは隠そうとはしているようだが分かっている。同等以上に打てるかもしれないと思っていただけに残念だった。

 

八巡目

鷲巣手牌  

{三四七七七九33456④⑤}

 

(小娘…面白い力を使うが…こちらに侮蔑の視線を送っておる。気に食わん…気に食わんな。)

 

 この鷲巣という男(今は女だが)見下されることが大の嫌いであり、例え神でも仏でも従えさせるような人間である。更にそれが年端もいかぬ少女ならば尚更であり耐えられるはずがない。

 

「…図に乗るなよ……小娘………」

 

 それは余りにも小さい声だったので誰にも聞かれることはなかったが地の底から響いてくるような声色だった。

 

(見ておれ。ここで…ツモる…)

 

 その瞬間鷲巣の全身から白く眩い光が漏れ出す。それは奇跡をおこすような光。

 

(なんだ!?)(なんですの?)

(す…凄まじい力を感じる…)

 

 アカギとの対戦で見せたホワイトホール。鷲巣が時折見せる超豪運状態。

 

八巡目

鷲巣手牌  

{三四七七七九33456④⑤ ツモ ⑥ }

 

 そして必然的に持ってくる。テンパイに至る6筒をツモ。

鷲巣ついに衣の支配を真正面から抜けテンパイ。リーチで満貫確定の二、五萬待ち。

 

(隠す必要もなかろう…)

 

「リーチ!」 打 {九}

 

(な…!張ったのか!?)

 

 一方驚愕したのは衣。複数人で協力されて支配を抜けられたことはあれど単独では経験がない。

やはり先ほどの光による力と考えるのが妥当か。数巡後純から当たり牌の二萬が切られた。

 

「…ロン。裏1で8000は8300」

 

鷲巣手牌  

{三四七七七33456④⑤⑥ ロン 二}

 

裏ドラは6でリーチタンヤオドラ3の満貫。

 

(衣の支配下で…見たことがありませんわ…)

 

 この上がりで鷲巣、衣をまくり再びトップに立つ。

 

北家 井上純   10600(ー8300)

東家 天江衣   36000

南家 龍門渕透華  7100

西家 鷲巣衣和緒 43300(+8300)

 

南三局 親・透華 ドラ・{七}

 

(衣和緒…衣の支配を破ってくるとは…こんなこと始めてだ)

 

 衣は興奮していた。これからもずっと一人ぼっちだと思っていた。

思えば透華に誘われて昨年麻雀部を革新し大会に出たが、地区大会、インターハイを通して少なくとも衣が戦った相手の中に衣和緒のような存在はいなかった。

 

(勝ちたい…衣和緒に勝ちたい!)

 

六巡目

 

鷲巣 打 {八}

 

(ぐ…張ったな。しかもとてつもない手…)

 

鷲巣捨牌

{北南南9②八}

 

 鷲巣の手から強烈なオーラを感じ取って衣は身震いする。

 普通この時点で手の高さどころかテンパイを察することすら不可能に近い。

だが衣はある程度相手の手を読み取ることが出来る。これも衣が「牌に愛されし子」と呼ばれている一つの所以である。

 

同順

純手牌  

{二三四五六七③③④⑤226 ツモ 8}

 

(テンパイ…衣の支配が緩んだのか…?カンチャンがネックだがここは…)

 

「リーチ」 打 {③}

 

純の先制リーチが入る。ここで衣取るべき行動を決める。

 

衣手牌  

{三四七九5678⑤⑥⑦東東 ツモ 五}

 

(衣和緒に上がられると勝負そのものが終わる。衣の手は一手遅れ。上がらぬと決め付けるのは余りに甘い…)

 

打 {7}

 

「ロ…ロン!リーチ一発タンヤオドラ1…裏はなしで8000!」

 

 衣の差し込み。裏ドラは北。乗らなかったが痛い満貫放銃。

 

(衣が一発放銃!?)

(どういうことですの?)

(差し込みか)

 

鷲巣手牌  

{一一二三三四赤五六七八九九九}

 

 衣の判断は正しかった。鷲巣は一、二、四萬待ちのメンチンをテンパイしていた。

一萬なら九蓮宝燈。衣が差し込まず順当に手を進めていたら近いうちにツモっていただろう。

 上がりを逃したというのに鷲巣は惜しむことなく自動卓に牌をかき入れた。図らずもこれが衣がした始めての差し込みだった。

 

西家 井上純   18600(+8000)

北家 天江衣   28000(ー8000)

東家 龍門渕透華  7100

南家 鷲巣衣和緒 43300

 

南四局 親・鷲巣 ドラ・{⑧}

 

衣配牌  

{三四八3①③④⑥⑧⑧西北北 ツモ 八 打 北}

 

 差し込みで点差が離れたとはいえまだ許容範囲。衣は満貫直撃か跳ね満ツモで鷲巣をまくる事ができる。配牌はなかなかいい。ドラ対子もある。ここから跳ね満を狙うならメンピン系が良さそうだ。

 

八巡目

衣手牌  {三四八八23③④⑥⑦⑧⑧西}

 

 衣、メンタンピン系のこの形から純の切った八萬を鳴いて西を切る。

 

(これでハイテイツモは衣。最後まで衣らしく打つ…)

(自分を曲げぬ…か。)

 

十三巡目

衣手牌  

{三四五23③④⑥⑧⑧  副露 横八八八}

 

 衣の手はイーシャンテンまで進む。幸いまだ誰も張っている気配がない。

しかしここで衣にとって想定外の事態が起きる。

 

「カン」

 

 鷲巣は8索を暗カン。ドラが増えるのはリスキーだが、恐らくハイテイをずらすためのカンだろう。

 新ドラは三萬となり、衣の手に1枚乗る。しかしその瞬間衣は鷲巣の手からテンパイ気配を感じ取る。

 

(!…今のカンで張ったか)

 

 どこにもスキがないように感じる衣の能力だがただ1つ、王牌には及ばない。つまり嶺上ツモからのテンパイは防げないのだ。

手は満貫以下だが上がられると勝負が決する。ツモられないよう祈るしかない。同順鷲巣の捨牌を警戒したのか、純が鷲巣の現物である5筒を切る。

 

(しめた!)

 

「チー」

 

 衣は当然鳴く。手を進め、ハイテイを戻す一挙両得の鳴き。衣は6筒を切りテンパイにとった。

 

衣手牌  

{三四五23⑧⑧  副露 横⑤③④ 横八八八}

 

(新たなハイテイ牌は4索か…手替わりを待つしかないな。)

 

1、4索の両面待ちだが片上がり。このままハイテイでツモっても跳ね満まで1翻足りない。

 勿論鷲巣が4索で振り込んでも逆転にはなるが期待値は薄い。

 

十七巡目

衣手牌  

{三四五23⑧⑧ ツモ 5 副露 横⑤③④ 横八八八}

 

(来た!)

 

 なかなか手が進まなかったがここに来て5索ツモ。

これで2を切れば三色がついてタンヤオ三色ハイテイドラ3。跳ね満に届く。

 

(ただ問題は衣和緒の手…)

 

鷲巣捨牌

{②九②赤⑤①中}

{東東⑧一二四}

{96南九}

 

(捨牌は明らかにソーズ染め。でも衣の直感では2索は通るはず…)

 

 衣の直感は麻雀において外れたことがない。その直感に(のっと)って今まで打ってきた。

 

(これさえ通せば衣の勝ちだ!) 打 {2}

 

衣の打った2索。直感通り鷲巣の当たり牌ではない。なかったが…鷲巣動く。

 

「…ポン」

 

(!?)

 

鷲巣は2索を鳴く。そして手牌の中から9筒を切った。

 

(その捨牌で今更9筒切りですの?)

(どういうことだ?)

 

 2人には鷲巣の思惑が分からない。しかし衣は鷲巣の手の気配が急激に強くなったのを感じた。先程と同じような役満を匂わせる強さ。

 

(ハイテイを奪われた…更に満貫以下の手がたった一鳴きで役満に?)

 

 この鳴きでハイテイツモが鷲巣となる。そして…

 

「…ツモ…16000オール」

 

鷲巣手牌  {3344発発発 ツモ 4 副露 2横22  ■88■}

 

「おいおい…」

「な…緑一色!?」

 

(衣和緒…鳴く前の手格好がこうだ)

 

{223344⑨発発発 副露 ■88■}

 

(これだと9筒単騎の発イーペーコー…満貫以下。手の大きさを隠していたというのか…緑一色テンパイにとれる6をツモ切りしてまで。そして衣の2索を鳴き緑一色3、4索のシャボ待ちとなった…か…完敗だ)

 

終局

南家 井上純    2600(ー16000)

西家 天江衣   14000(ー16000)

北家 龍門渕透華 ー8900(ー16000)

東家 鷲巣衣和緒 91300(+48000)

 

「衣和緒…ありがとう」

「ぬ…」

 

 対局終了後衣が鷲巣に礼を言った。鷲巣には心当たりがなかったのだが。

 

「ここまで勝ちたいと思わせてくれたのは衣和緒が始めてだ。とても楽しかった。また…打ってくれるか?」

「…うぬ…また打とう。」

「!…うん!」

「衣…よかったですわね…」

 

 衣は笑った。それは対局中に見せたサディスティックな笑いではなく、年齢相応のとても可愛らしい笑みだった。

鷲巣自身も久々に楽しめた対局だった。後ろで透華がハンカチ片手に泣いているのがとても気になるが。

 

「いやーごめんね遅れちゃって…ってなにこれ?」

「遅れた…」

 

 その時部室のドアが開き少女が2人入ってきた。

 彼女たちも麻雀部員なのだろう。そんな彼女たちは目の前の光景がよく分からず困惑しており、純に事の顛末(てんまつ)について聞いていた。

 

「へえ~これがその対局かぁ…ってあれ?透華飛んだの?」

「うっ!」

「っていうか焼き鳥…」

「ぐっ!!」

 

 対局の簡単な牌譜を見て少女たちは気づいてしまった。

透華にとって触れられたくなかった事実を。実は透華この半荘で飛んだばかりではなく見事に焼き鳥になったのであった。

 

「ふふ。今日の夕食は焼き鳥にでもしますか」

「な…ハギヨシ!」

「焼き鳥か…たまにはいいな」

「最近食べてなかったしね」

「悪くない…」

 

 いつの間に現れたのか燕尾服を着た男性が夕食に焼き鳥を提案する。

透華は反対のようだが皆はまんざらでもなさそうだ。

 

「そうだ!是非衣和緒も来てくれ!」

「それはいいですわね。あなたなら歓迎しますわ!」

「いや儂は…」

 

鷲巣もこのあと家に来ないかと誘われる。特に用事はないがだるい。

ここは無難に断ろうとしたが…

 

「来てくれないのか…」

(うっ…)「ま、まあどうしてもというなら行ってやらんでもないが…」

「わーい!」

 

 鷲巣城、衣の涙の前にあっさり陥落。

こうして鷲巣は夕食を龍門渕家にてご馳走になると同時に麻雀部の面々と知り合うことになるのであった。




対局終了です。鷲巣の手牌がしつこいと思いますが許してください。
あと致命的なミスがあります。書き終えた後入学式あたり(4/7)の月齢を見るときれいに新月なんです。満月ということで勘弁してください。
次々回くらいから県予選編に入れると思います。鷲巣が大暴れしますのでお楽しみに。

設定資料1
鷲巣衣和緒(わしずいわお)
かつて昭和の怪物とまで呼ばれた男。経営コンサルタント会社「共生」の創設者だった。
アカギとの「鷲巣麻雀」に敗れ、当然地獄行きになるはずだったが生前反乱を起こしたことで地獄から受け入れを拒否される。
かと言って生前の行いから天国にも行けず、ペナルティ付きでもう1度人生をやり直すこととなる。
(鷲巣はこの事実を知らない)

身長160cmとほぼ平均で白髪で髪型は腰まで届くロング…だったが鷲巣が扱いをめんどくさがったため肩にかかる程度に切った。容姿はとても良い。衣服はアカギ戦で着ていたものとほぼ同様のデザイン。無能な若者への苛立ちがなくなり、傲慢な性格が多少改善した。慣れない女性としての生活に苦戦中。龍門渕高校1年生。強者との戦いを望んでいる。甘味が好き。衣に甘く、衣の涙に弱い。

鷲巣の雀力

運…SSS 読み…A (一般的な女子高生雀士をCとした場合)(SSS~E)

剛運 別名鷲巣力 
鷲巣が生まれながらにして持つ途方もない強運。鷲巣最大の武器。
1.大物手を狙える配牌になることが多い。(主に役満)
2.裏ドラ、槓ドラが手牌に乗りやすい。(槓が自分、他人を問わない)
3.有効牌を引きやすい。
その他もろもろ…
若返ったことで更に強化し全盛期の力を取り戻している。

ホワイトホール
鷲巣が窮地に陥った時に発動する。
驚異的なツキで配牌時テンパイを引き寄せる。
能力の干渉を受けずツモを引ける。

力任せで強引な麻雀を打つことが多かったが衣との戦いののちオカルトの存在を知り
能力前提での相手の分析が出来るようになる。

普段は冷静だが豪運の波が押し寄せると涎を垂らしたり、目をぎらつかせたりするなどの奇行に走る。

これらの能力は鷲巣と同類の者の強運により辛うじて捻じ曲げることが出来る。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入部

目標ができました。鷲巣様に全ての役満を上がってもらうことです。
ここ最近この小説のことばかり考えているせいか夢に優希と透華が出てきました。


「ふあ~…眠い…」

 

鷲巣は眠かった。猛烈に眠かった。理由は昨晩にある。

あの対局のあと龍門淵家に招待された鷲巣は夕食をご馳走になった。

(本当に焼き鳥だった。透華がやけ食いしていた。)

そこまではよかった。だがそのあと衣の提案で麻雀を打つこととなった。

寝る前に軽くと思っていた鷲巣だったがしばらくして鷲巣と衣にあてられたのか透華が豹変し、打ち筋が昼の時と全く変わった。

鷲巣も流石に手を焼いたが結局透華がなぜか気を失い強制終了した。

ほぼ夜通しとなったためほとんど寝ていない。朝そのまま高校まで送迎してもらったのは正直助かった。

授業が終わり今日は早く帰ってさっさと寝てしまおう。そう考えていた鷲巣だったが…

 

「衣和緒ーーー!」

「ぐふっ」

 

授業後すぐに教室を飛び出したのかやってきた衣が腰あたりに抱きついてきた。

衣は鷲巣と同様昨日はほとんど寝ていないはずなのになぜか昨日より活気に満ちていた。

やはり自分と同等以上に打てる鷲巣との戦いが彼女を変えたのだろう。

 

「昨日は楽しかったな!さあ早く行こう!」

「いきなり何を…行く?どこへ?」

「それはもちろん…」

 

******

 

「来ましたわね!衣!衣和緒!」

「これで全員だな」

 

衣に連れてこられたのは昨日同様麻雀部室。そこにはあらかた顔を合わせた面子が揃っていた。

 

「さて!新入部員も迎えたところで我が龍門渕高校麻雀部今年度も始動ですわ!」

「すまん…」

「なんですの衣和緒」

 

鷲巣は違和感を覚えた。おかしい。いつの間にか新入部員になっている。

 

「儂は入部した覚えはないが…」

「「「「「えっ」」」」」

 

鷲巣の当然の主張に5人が驚きの声を上げる。

 

「入部してくれないのか…」

「新入部員じゃなかったの…あんなに強かったのに」

「オレも透華が説明したもんだと思ってたよ。なし崩しに入部させちまおうとでも思ってたんじゃねーの」

「大体透華はいっつも強引に物事を押し進めるんだよね。ボクのときだって…」

「うるさいですわ!そこ!」

 

順に衣、智紀、純、一、透華である。かなりの小声で喋っていたが透華には聞こえていたらしい。

遠い岩手の地で謎のシンパシーを感じた少女がいたようだが今はどうでもいい。

透華にとっては鷲巣衣和緒は是が非でも入部してほしかった。

衣相手に勝った打ち手は今までいなかったし、衣も鷲巣に相当懐いている。

あとなぜか昨日の夜に打った記憶がないが後で牌譜を見せてもらうと鷲巣はきっちり2人に勝ち越していた。

 

「是非入部してくれませんか。あなたがいればあの白糸台を破って優勝できるかもしれません」

「白糸台?」

「知らないの?えーと…はいこれ」

 

透華の口から出たのは白糸台という知らない単語。会話の流れから言って高校名だろう。

その言葉に疑問符を浮かべると、一が本棚を漁って1冊の雑誌を手渡してきた。

「ウィークリー麻雀TODAY」

麻雀愛好家御用達の週刊雑誌であり、勿論この龍門渕高校でも定期購読している。

渡された週では高校生大会の特集をしており、有力校の紹介やインタビューなどが載っていた。

 

(龍門渕グループは日本有数の大企業…付き合っておいて損はないが…ん?)

 

「あーそれな。白糸台や千里山に比べてうちの紹介が少なくて透華が不機嫌になったよな」

「だっておかしいですわ!」

「おかしくないよ…向こうは全国常連でこっちは新鋭だよ?長野はしばらく風越だったし」

「だからこそ!注目されるべきでしょう!」

「そんなこといっても…」

 

透華たちが何やら言い合っているが鷲巣の耳には入っていなかった。

鷲巣の目には去年優勝したらしい白糸台の大将が映っていた。あまりの衝撃に眠気が吹き飛んだ。

宮永という先鋒と共にダブルエースとして紹介されている。

(赤木しげみ)

流石に偶然にしてはできすぎだった。牌譜が載っていたが常識に囚われない異常な打ち筋である。

もはや間違いない。赤木しげるだろう。

 

(そうかそうか…そういうことか…お前とは再戦せねばならんとは思っとったが…よもやこんな形とはな…)

 

「クックックックッ…」

「衣和緒…?」

 

思わず上機嫌で笑う鷲巣に対し訝しげにこちらを見る龍門渕麻雀部一同。

透華たちも言い合いをやめこちらを見ている。

 

「…入部しよう」

「ほ…ほんとに!」

「うぬ…ちょっと戦いたい奴がいての…」

 

 鷲巣のその言葉に一番喜んだのは衣。また抱きついてきた。

鷲巣はうっとうしそうにしながらも満更でもない様子。

その光景を微笑ましく見る一同。

しばらくし、透華がわざとらしく咳払いして言い直す。

 

「では改めて…我が龍門渕高校麻雀部今年度も始動ですわ!」

「衣和緒!また打とう!」

「勘弁してくれよ…」

 

そう悪態をつくのは純…実は昨晩一番割を食ったのが純である。

満月の夜の衣、豹変した透華、鷲巣となると卓を囲むにはあと1人必要なわけで。

まず智紀が逃げた。そして一が打つのを拒否。足早に自室に戻っていった。

よって残された純は仕方なく最後まで打っていた。

そんな純も苦笑いしながら卓に座る。リベンジといきたいのだろう。対局が始まった。

 

日にちが過ぎる。5月の連休では合宿替わりに龍門渕家にて泊りがけで麻雀を打った。

女子の麻雀を見てみたりもした。そこで気づいたのが衣以外にも明らかにおかしい打ち方をしている者が僅かながらいることだ。

ツモ切りリーチをすれば必ず一発ツモしたり、突然打牌が変貌したりしている。

曰く能力だったりオカルトだったりいうらしい。つくづく面白いと感じた鷲巣であった。

そして長野県予選を間近に控えることとなった。

 

「それでは!県予選オーダーを発表します!」

 

龍門渕高校麻雀部室。そこで県予選のオーダーが透華から発表される。

 

「先鋒は純。鳴いて場を荒らしてきなさい」

「よーし」

「次鋒、一。期待していますわ」

「次鋒…か」

「中堅は私。大船に乗ったつもりでいるといいですわ!」

「はいはい…」

 

透華の余りの自信に呆れ気味の一。いつもの事なので慣れたように軽く流す。

 

「副将は衣。出番が遅い方が都合がいいでしょう」

「うん!衣はどこでだって全力で打つぞ!」

「大将は衣和緒。…任せましたわ」

「…うむ」

 

鷲巣は大将以外には興味がなかった。見たところ赤木は個人戦には出場していないらしい。

よって大将でないと再戦が叶わないためである。

 

「……智紀は補欠です。あとデータ収集などをおねがいしますわ」

「うん」

(ともきー…)

 

「あと昨年と大きくルールが変わっています。大まかに言うと平凡な競技麻雀から運要素の強い赤ドラ新ドラ裏ドラ一発あり…ですわね。

細かいルールは…」

 

透華が言いにくそうに述べる。これまではちょうど5人だったため補欠選手はでなかったが今年はそうはいかない。

自分が連れてきたのでやはり申し訳ないと思っているようだ。

その後透華はルールの変更点の説明に移ってしまい、オーダー発表は終わる。

智紀自身覚悟はしていた。これといった強みもなく打ち筋は至って普通のデジタル麻雀。

龍門渕の皆の中で一番下は間違いなく自分だろう。

一はそんな智紀の様子を心配そうに見つめていた。

その日の晩、夕食の片付けをしていた智紀のところに一がやってきた。

 

「ともきー…ホントに大丈夫?」

「…気にしないで。私は私の出来ることをするから…」

「で、でも…」

「衣和緒が来てからあの子は…衣は本当に笑うことが多くなった。私たちではできなかった事。

衣和緒のためなら私は枠を譲る。一…頑張って」

「ともきー…う、うん!」

 

珍しく饒舌に話した智紀。その口から語られたのは鷲巣への感謝だった。

衣があそこまで明るくなったのは間違いなく衣と真っ向に打てる衣和緒がいてのことだと智紀は思っていた。

それを聞いた一は必ず全国に行くと心に誓ったのであった。

 

そして後に語り継がれることとなる長野県予選を迎えることとなる。




日常回難しいですね。次回から県予選編です。
赤木in白糸台。タイトルからバレていたと思いますが…
赤木の名前迷いましたが、たかみーと韻を踏むという理由でしげみに決定しました。
レギュラーから外れるのは智紀です。ファンの方はすいません。
原作派の私は智紀の打ち筋がわかりません。次鋒戦軽視されすぎなんですよね…
ちなみに雑誌では衣は別枠で特集されているため龍門渕自体の扱いは控えめです。
個人戦は悩みましたが鷲巣様は出ません。

設定資料2
赤木しげみ(あかぎしげみ)
鷲巣が唯一負けを認めた、かつて裏社会の頂点に君臨していた男。
安楽死した後なぜか蘇り再び麻雀を打っている。
白糸台高校2年生。昨年の夏から大将を務めている。
団体戦のみに出場している。

身長172cmと高めで白髪。髪型は肩を超えるロング。

赤木の雀力

運…S 読み…SSS (一般的な女子高生雀士をCとした場合)(SSS~E)

強運
鷲巣には及ばないまでも脅威的な運をもつ。若返ったことで全盛期にまで戻っている。
1.裏、槓ドラが手牌に乗りやすい。
2.ドラを引きやすい。

領域(エリア)
赤木のみ実行できる高度な捨牌読み。
相手の当たり牌を高確率で看破する。

常識に囚われない大胆不敵な打ち筋をする。捨牌の迷彩もうまい。
雑誌でもたびたび取り上げられ「神域」「悪魔」「すこやん2世」など異名も多い。
企画で小鍛冶プロと打ったことがあり半荘5回を4勝1敗と勝ち越している。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

県予選編
出陣


県予選開始です。

GW!連休!
ということで1日早く投稿します。



いよいよ明日に控えた県予選のため鷲巣は龍門淵家に宿泊することになった。

衣は鷲巣が泊まることを心から喜び、当然のように麻雀を打つ流れとなったが流石に透華に止められ早めに就寝した。

翌日朝早く起き、衣たちと朝食を取ったあとハギヨシの運転で会場に向かった。

(余りの手際の良さに部下に欲しいと少し思った)

 

「おっ緊張でもしてんのか?」

 

会場へ向かう車内、目をつむり腕を組んでいる衣和緒に純が話しかけた。

 

「馬鹿を言うな。退屈さえしなければいいと思っていた」

「お前らしいな…しかしお前を満足となると…」

「まああまり期待はしていない。県予選など通過点だ」

「その通りですわ!」

「しー!衣が寝てるから…」

 

純と話していると透華が大声で会話に割り込んできた。

しかし余りの声に一が制止の声を掛ける。

衣はいつもより朝早く起きたので車の中でぐっすりと寝ていた。

 

「す、すいません…しかし通過点というのは同意ですわ。私たちの目標はあくまで全国優勝。こんなところで負けてはいられません。

「そうだね…慢心は良くないけど…」

「慢心ではありません。余裕ですわ」

「はいはい…そろそろ着くみたいだね。衣、起こすよ」

「いや…寝かせておきましょう。私たちはシードで午前中の試合はありませんし、何よりここまで気持ちよさそうに眠っているのですから」

 

そうこうしているうちに会場に着く。ちなみに衣はいまだ夢の中で、ハギヨシが会場にある仮眠室まで連れて行った。

鷲巣は面倒くさく感じ姿を消そうとしたが透華に見つかってしまう。

不貞腐れながら持ってきていた饅頭を歩きながら食べていた。

 

「衣和緒!はしたないですわよ。早く食べてしまいなさい。私たちは注目を浴びるのですから」

「む…」

 

透華の叱責に眉にしわを寄せる鷲巣だったが言っていることは間違っていないのでさっさと飲み込む。

透華を先頭に龍門渕高校一同は会場入りした。

 

「龍門渕が来たぞ…!」

「前年度県予選優勝校ー!」

「昨年の四天王は2年生になっても健在だ…」

 

(ふっふっふっ…目立っています…目立ってますわ!)

(相変わらずだな透華の奴)

(目立つの苦手なんだけどな…ボク)

(恥ずかしい…)

(うっとうしい)

 

瞬間一同を覆い尽くしたのは人混みとマスコミのカメラ。

鷲巣は思わず顔をしかめる。衣がマスコミを嫌う理由がよくわかるというものだ。目立ちたがり屋は透華だけであり他4人はマスコミを無視していた。

 

「天江がいないな」

「天江衣ですか?素人のような打ち筋だったじゃないですか」

 

さてそんなマスコミと話しているのは藤田靖子である。地元長野のチームに所属しているれっきとしたプロ雀士。今日は解説として呼ばれていた。

最もプロ麻雀煎餅カードでは外れ扱いされている駆け出しではあるが…

 

「素人…ね。いや…麻雀は時折常識では計り知れない打ち手が出てくる。

一昨年は西東京の宮永…去年は鹿児島の神代と天江衣…あと赤木がいたな。あいつだけは別格か」

「藤田プロは確か赤木と対局経験がありましたよね?」

 

藤田はそれを聞き渋い顔をする。あれほど追い詰められた対局もなかった。

雑誌の企画で対局する機会があった。通ると思った牌が当てられ、こちらがリーチしても危険牌を涼しい顔をして切ってくるが決して放銃せず大物手を張れば差し込みで潰された。職業柄数多くの雀士を見てきたが藤田はあれほど完璧な打ち回しは見たことがなかった。

そのまま独走を許しまともに麻雀を打たせてもらえなかった。

 

「そんな打ち手が今年も出てくるかも…」

 

そこで藤田が気づいた。いや気づかざるを得なかった。龍門渕の中にとてつもない奴がいる。

見覚えのない白髪の少女だ。去年姿を見なかったので恐らく1年生だろう。

 

「これは…荒れるな」

「どういうことですか?」

「…直に分かる」

 

マスコミからようやく開放された龍門渕一同は通路を歩きつつ会話していた。

 

「衣いつ起きてくるかな」

「まあ起きたところで今日の出番はありませんわね。私が飛ばしますから」

「あはは…」

 

正面から1人の女子高生がやって来た。恐らく何処かの選手だろう。なぜか涙目になっていたが…

すれ違った瞬間重い空気を感じる。鷲巣や衣が纏っているような強者の気配。

鷲巣を除いた4人に戦慄が走る。

 

「なんだ…あいつ」

「衣や衣和緒に似た空気を感じたよ…独特な」

「清澄の制服…」

「それじゃああいつが原村和か?全中王者の」

 

原村とは全中大会で優勝した今最も期待されている1年生だ。

そして透華が執着している選手でもある。

そんな透華なら原村の姿は知っているだろうと問いかける。しかしある一点が決定的に違っていた。

 

「いや…原村和はこう…胸のあたりに無駄な脂肪がある感じですわね…」

 

本人が聞いたら激昂するだろう判断理由である。

 

「ところで衣和緒は…うわ!」

「おまえ…女がしちゃいけない顔してるぞ…」

「猛獣みたい…」

 

さっきからだんまりの鷲巣を訝しんだのか一が鷲巣の方へ振り返り思わず小さい悲鳴をあげる。

鷲巣は元々つり目だが今は更に目をつりあげ口を三日月のように歪ませ、歯を覗かせていた。

その姿はまるで獲物を見つけた時のライオンのようである。

他校にもなかなかの打ち手がいるようだ。自分と当たるかは分からないが退屈はしなさそうだと思った鷲巣であった。

 

「まあそれはともかく先程言ったとおり私たちはシードですから午前中の試合はありません。一旦ここで解散としましょう。正午に集合ということで」

「それはいいが…何するつもりだ透華」

「勿論!清澄の試合を見に行くのですわ!原村和が本当に(のどっち)なのか確かめなければなりません」

「へいへい…俺らは適当にぶらつくか」

「そうだね」

「ちょっと!着いてこないのですか!?」

「そりゃそうだろ。興味もねえし何より目立つだろ」

「ぐっ…」

 

透華は当然皆で行くつもりだったので着いてくる気配がない純たちに叱責するが最もな理由を返され二の句が出ない。

 

「な…なら衣和緒!あなただけでも」

「なんで儂が…」

 

と言いかけたところでふと気が付く。先程の強者特有の空気を纏った少女。確か同じ清澄のはず。

ならば見て確かめるのも悪くはないと。

 

「よし…行こう」

「よく言いましたわ!」

 

こうして2人の目的は違うものの清澄の試合を観戦することになったのだった。

 

***

 

「ふ、藤田プロ!」

「…何があったんだ一体」

「こ、これ先程提出された龍門渕のオーダーなんですが…」

 

実況解説室に向かおうとしていた藤田を呼び止めたのはとある記者だった。

かなり焦っている様子だ。どうやら想定外の事態が発生したらしい。記者は1枚のオーダー表を手渡してきた。

 

「沢村がオーダーから外れ、天江が副将…か。そして大将は…」

 

昨年とオーダーを組み替えてきている。大将は聞いたことがない1年生だったが藤田には心当たりがあった。

あの白髪の少女で間違いないだろう。天江衣を副将に追いやるくらいだ。やはり相当打てるのだろう。

 

(龍門渕…昨年より相当強くなっていると見て間違いないな)

 

***

 

「衣和緒。これを着けなさい。変装用ですわ」

「いや…いい」

 

一方観戦室で席を取った透華と鷲巣。透華が着けている同じサングラスを渡されたが正直効果があるとは思えない。と言うより逆に目立つと思うのだが。

やはり何処かずれている透華。当然鷲巣は付けるのを拒む。

 

「そうですか。ああそろそろ始まるようですわね」

 

対局が始まった。試合は終始清澄ペースで先鋒、次鋒、中堅と進んでいったが鷲巣の目当ての少女は出てこず

また出てきた打ち手も個性的なのはいるがはっきり言って鷲巣の障害にはなりえないだろう。まあポジションが違うので絶対に当たらないが…

 

(さて、いよいよですわね!お手並み拝見といきましょうか)

 

副将戦。どうやら透華の目的の原村和が出てくるようだ。

全中王者ということもあり一気に観客が増えてやかましい。

しかし透華は中堅であり、副将である原村と団体戦で当たることはない。果たして気づいているのだろうか。

そしてその原村和は序盤こそ目立ったところはなかったもののミスのない打牌をし着実に点を稼いでいった。

 

(無駄のない打ち筋と最善の和了…やはり原村和はのどっちですわ!)

 

のどっち。ネット麻雀界最強との呼び声も高い。透華はこののどっちが原村和ではないかと感じていた。

中学時代からその片鱗は見えていたのだが、今日の対局を見て確信を持った。間違いない。

副将戦が終わり透華は用は終わったとばかりに立ち上がる。

 

「さあ行きますわよ。衣和緒」

「…いやもう少し見ていく」

「そうですか…なら先に行ってますわね」

 

透華は当然鷲巣と共に観戦室を去ろうとするが鷲巣はこの後の大将戦まで見るつもりだった。鷲巣は横目で少し先に居る清澄一同を確認すると先程の少女が観戦室を出て行く。自分と直接当たる大将なのだろう。実に都合がいい。透華はそれならと一足先に出て行った。

 

それからしばらくして…透華は龍門渕一同と合流していた。ようやく起きたのだろう衣とハギヨシもいた。

興奮しっぱなしで原村和がのどっちだったことを説明する。そんな透華の調子に押され気味の一同。

話が一段落したところで衣が透華に尋ねた。

 

「ところで衣和緒は?純たちが透華と一緒だと言っていたが」

「ああ…衣和緒ならまだ観戦していますわ。なんでもまだ見たいものがあるとか…」

「珍しいな…あいつが興味を持つなんて」

 

すると少し騒ぎが起きていた。なんでも原村和の後に出てきた清澄の大将が東福寺を飛ばして対局を終わらせたらしい。透華の記憶では他の3校もそこそこ点が残っていたはずなのだが。そして観戦を終えた鷲巣が帰ってきた。先程浮かべていた邪悪な笑みを浮かべている。

 

「衣和緒!」

「…ようやく起きたか衣。いやなに…なかなか面白いものが見れたのでな」

「清澄の5人目か」

 

純の問いかけに鷲巣は笑みで返す。どうやらかなり鷲巣の興味を引いたらしい。

一は清澄の大将に内心同情した。なにせ鷲巣は衣以上の人外だ。持ち前の豪運で高い手を張り、しかも早い。

東一局の四巡目で国士無双を振り込み飛ばされたのは恐らくもう忘れないだろう。

そして厄介なことに、衣と違い強さにムラがない。鷲巣が負ける姿が想像できなかった。

 

「じゃあもう時間ですし…食べに行きましょうか」

「わーい!衣はエビフライだ!午後から頑張るぞ!」

「そうだな」

 

こうして龍門渕一同は昼食を取りに食堂へと向かう。

ちなみに午後からの2回戦は透華が他校を飛ばし、衣及び鷲巣の出番はなかったことを付け加えておく。

 

***

 

そしてもう一つのシード校…風越女子も危なげなく決勝進出を決めていた。

 

「そう…龍門渕も勝ったのね…よかった」

「でも中堅戦で終わってしまって…結局大将は分からずじまいです」

 

名門風越女子のエースにしてキャプテン…福路美穂子は今後輩からの報告を聞いていた。

打倒龍門渕…王座奪還…それらを掲げた今大会だが不安材料があった。

龍門渕のオーダーが変わっているのである。

昨年МVPまでとった天江衣を副将にし、大将に新1年生を据えている。そしてこの1年生、これまで公式戦の出場がなく、まったくデータがない状態だった。

出来ることなら打ち筋を確認したかったのだが…

 

「どんな打ち手でも華菜なら負けないわ。証明しましょう…私たちが最強だということを」

 

***

 

(龍門渕…か)

 

こちらは同じく決勝進出を決めた清澄高校…部長であり中堅の竹井久は考えていた。

昼食の時腐れ縁の藤田靖子からの忠告があった。

龍門渕に気をつけろ…と。

 

(今更って感じね。元から強いんだし…私は全力で打つだけ)

 

***

 

(明日…間違いなく苦戦を強いられるな…)

 

決勝進出の最後の1校、鶴賀学園の部長…ではなく副部長の加治木ゆみは明日の勝機の薄さを理解していた。

チーム力はシード校には勿論、清澄にすら及ばないかもしれない。ここまでもギリギリで勝ち上がってきた。

しかし決勝進出で十分だなどとは露程も考えてはいなかった。

 

(勝機がないわけではない。勝つ…勝って全国に…)

 

***

 

それぞれの思惑がかかった決勝戦が幕を開ける。

 

「あれ…私が中堅という事は…」

「やっと気づいたか透華…原村和は副将だ。どうあがいても団体戦では戦えない。なかなか言い出せなくてな…」

「なっ…なんですってー!」

 

…やはり透華は気づいてなかったようだ。




衣は朝頑張って起きました。その後寝てしまいましたが…

鷲巣様は基本年上相手でも敬語は使いません。
アカギでの鷲巣様初登場時は電話越しに敬語使ってましたけど違和感しかありませんでしたよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決勝

決勝戦はもちろん大将戦メインに書きます。


 難なく決勝進出を決め帰路に着く龍門渕高校麻雀部。鷲巣は昨日同様龍門渕家に泊めてもらう手はずとなっていた。

夕食後今日出番のなかった衣が打ちたいと言い始める。流石に明日に差し支えるため透華が止めたのだが聞く耳を持たずどうしてもとだだをこねる衣。

しかし鷲巣が衣の提案に乗る。鷲巣も鬱憤が溜まっていた。しばらく言い合いが続いたが、結局透華が折れた。

 

「いいの?透華」

「仕方ありませんわ。調子を崩されても困りますし…2人は副将と大将ですから対局は午後からでしょう。いざとなったら午前中は仮眠室で寝かせます。」

「あの2人に限ってそんなことないと思うけどね…」

 

呆れたように話す透華と一。残り2人の生贄…ではなく打ち手は純と智紀がじゃんけんに負け、付き合うことになった。

そのまま夕食はお開きとなり難を逃れた透華と一は明日に備え、智紀がまとめた対戦校の資料を自室に持っていき確認し終わったあと就寝した。

 

翌日、昨日と同じようにハギヨシに送迎してもらっている一同。

 

「いや、酷い目にあったぜ…」

「本当に酷い…」

「智紀お前…この前逃げただろ」

「…」

 

「衣和緒!猛者がいるといいな!」

「ぬ…」

 

 車内で軽口を叩く純と智紀を見て思わず苦笑いする一。

一方隣では昨日危惧していた事態が起こっていた。

衣は大丈夫そうだが鷲巣が少し眠そうである。この2人純と智紀が自室に帰り寝たあとも打っていた。衣は一昨日より寝ていないはずなのにどういうことだろうか。

 

「はぁ…だから昨日あれほど…」

「透華!今日は衣たちに回してくれ!」

 

はいはい…とから返事をしつつ、ここまで頭に描いていた通りになるとはと呆れ気味の透華。衣がピンピンしているのは意外だったが。

 

「お嬢様、もうすぐ着きます」

「そうですか、では皆さん降りる準備を」

 

 運転席からハギヨシが話しかけてくる。いつの間にか結構時間が経っていたようだ。

会場に着くやいなやマスコミに取り囲まれ主に透華を中心に取材を受ける。

 昨日の飛ばし勝ちが印象に残ったのだろう。透華は上機嫌で取材に応じるが、マスコミ嫌いの衣がいつの間にか姿を消していた。

 副将戦の前には帰ってくると思うのだが…発信器を持たせてあるので大丈夫だろう。そして昨日と明らかに違う点が一つ。決勝進出校に控え室が用意されることだ。リラックスして対局に望めるようにという運営側の配慮だろう。

 

「ふぁ…」

「大丈夫…?」

「今のうちに仮眠室行っとけよ」

 

 観戦室に入ってから眠気を隠せないのか大あくびを欠く鷲巣。そんな鷲巣を智紀が心配し、純が少し寝たほうがいいと勧めてくる。

 確かに少し寝たほうがいいだろう。車内では衣が常に話しかけてくるため寝るに寝られなかった。と同時に先鋒戦が始まるアナウンスが流れた。

 

「と…ま、遊んでくるわ」

「儂は少し睡眠をとりにいく」

「いってらっしゃい…頑張って」

 

 智紀の激励と共に純が対局室へと向かい、鷲巣は真逆の方向にある仮眠室へと向かう。今日は決勝進出校の生徒しか出入り出来なくなっているらしく道中誰とも出会うことがなく仮眠室にも誰もいなかった。鷲巣は床に着きすぐにすっと眠りに引き込まれていった。

 

 それからしばらくして鷲巣は目を覚ました。深い眠りについていたのか眠気はすっかり取れていた。時計を確認したが、1時間程度しか経っていない。テレビでは先程まで先鋒戦が行われていたらしくダイジェストを流している。純はどうやら前半戦は奮闘していたものの、後半風越にまくられ結局原点近くで終えたようだ。観戦室まで戻ろうと立ち上がり仮眠室を出てすぐに清澄高校の制服を着た2人とすれ違う。

大将の宮永咲と副将の原村和である。鷲巣はこの後の対局の事を思い、つい口元を歪ませてその場を去っていった。

 

***

 

「うっ……」

「どうしましたか?宮永さん」

「いや…ちょっと寒気が」

 

 咲に正体不明の悪寒が襲う。体が冷えてしまったのだろうか。

 いずれにせよ体調を崩すわけにはいかないので早く布団の中に入ろうと仮眠室に入る。部屋の中央辺りにひと組の布団が敷かれていた。言うまでもなく先程まで鷲巣が寝ていた布団である。どうやら起きたあと畳まないまま出て行ったらしい。

 

「あっ…暖かい。ふかふか…」

「その布団で寝るんですか…?」

 

 当然鷲巣が寝ていたのでまだ熱が残っている。

 咲は都合がいいのでそのまま寝ることにした。抵抗などは特にないらしい。

和は新しく布団を敷き、2人は全国への思いを互いに口にした後仮眠に入った。

 

***

 

「…すっきりした」

「おかえりなさい。意外と早かったですわね」

 

 透華の出迎えを受けたあとテレビにて改めて点数を確認する。

一は次鋒戦に向かったらしく既にいなかった。

 

先鋒戦終了時

風越女子 148000(+48000)

龍門渕  101200(+1200)

清澄    82400(ー17600)

鶴賀学園  68400(ー31600)

 

 風越女子が頭一つ抜き出るスタートとなった。しかし他3校はまだ主力を残している。まだ勝負の行方は分からないと言っていいだろう。

 

「あーちくしょう…あの片目女」

「お疲れ様…」

 

 しばらくして愚痴りながら純が帰ってきた。前半に独走しながらも風越女子の福路にいいようにされたのが気に入らないのだろう。とんだ食わせ物だった。

 

「いや…原点を死守できただけでもなかなかですわ。…それにしてもあの女目立ってますわね…」

「はは…でも楽しかったな。個人戦が楽しみになったわ」

 

 透華にとっては点数より目立つ目立たないの方が重要らしく、後半稼いで一気にトップに立って目立っている福路にご立腹である。純は変わらない透華の調子を見て苦笑いして先程の対局を思い出す。

風越は言わずもがな清澄には爆発力があった。彼女たちともう一度打ちたいと純粋に思った純であった。

 

 次鋒戦が始まり透華たちは愕然とした。鶴賀の次鋒が明らかに素人なのだ。

 手元がおぼつかなく、捨牌の切り順もめちゃくちゃ。他家のリーチに対しても3シャンテンから一発で危険牌を切り振り込む始末だった。

 

「なんで決勝にあんな素人が紛れ込んでいるんですの!?」

「人数合わせじゃねえの。にしてもひでえな…よく決勝に上がってこれたな」

(いや…ただの素人ではない。なかなかの強運を持っている…)

 

 鶴賀学園は今大会初出場である。無名の高校で補欠の登録もなく5人きっかりなので数合わせの部員がいても不思議ではない。

 現に部員不足で数合わせに素人を入れて参加している高校はいくつもある。

 ただそういった高校の大半が早々に負けるので決勝まで残っているのは極めて稀であると言えるだろう。透華に続き純も人数合わせだと判断したが鷲巣の見解は少々違っていた。

 

 次鋒戦も終盤に差し掛かり、一は順調に点棒を稼いでいた。

 もうすでに親番を終え、大きい手に振り込まない限りはプラスで終えることが出来るだろう。

 

次鋒戦後半戦南三局 親・風越女子 ドラ・{七}

西家 龍門渕  117800(+16600)

北家 清澄   100800(+18400)

東家 風越女子 146200(ー1800)

南家 鶴賀学園  35200(ー33200)

 

(どどどどどうしようどうしよう!?)

 

 この上なく焦っているのは鶴賀学園の妹尾佳織である。

先鋒の津山睦月が予想以上に削られ、部長の蒲原から発破をかけられて臨んだ次鋒戦。

しかしここまで失点しっぱなしである。流石にこのままではまずい。

 

佳織配牌 

{一11345999④赤⑤⑥北} ツモ {2}

 

(えーと…これは…)

 

 比較的ソーズが多い配牌を見て佳織はひとまず赤5筒を切りつつ、かつて蒲原から役について教えられたことを思い出していた。

それはまだ佳織が入部してまもない頃。

 

***

 

「いいかー佳織。手を一つの数牌に統一した手をチンイツっていうんだ」

「数牌ってマンズソーズとあと…ピンズのことだったよね」

 

このあたりの知識もまだまだ乏しい佳織である。

 

「うん、そうだ。打点が高いから狙える時は狙っていくといいぞーワハハ」

 

***

 

(やってみよう…)

 

 もう点棒は4万点を切っている。上がるだけ上がろうととりあえず佳織はチンイツを狙う。

 

六巡目

佳織手牌 

{一11234567999⑥} ツモ {8} 打 {一}

 

七巡目

佳織手牌 

{112345678999⑥} ツモ {1} 打 {⑥}

 

(あ…一色になった。テンパイはしてるんだろうけど…何待ちだろう…?)

 

「リ、リーチします!」

 

 佳織、何待ちか判断できないがとりあえずリーチをかける。これも蒲原の教えである。今回はリー棒も忘れない。

 

七巡目

一手牌 

{二三六八3赤568①②白白白} ツモ{東} 打{白}

 

(リーチかあ…ここまでかな)

 

一の配牌はかなり悪くここまで来てようやく字牌整理が終わった。

ツモも締まらず、この形から上がりを目指すのはさすがに無謀だろう。

点棒にも余裕が有るためノータイムで白の暗刻を崩し、下りる。序盤に1枚切られているため完全安牌である。

 

七巡目

まこ手牌 

{①②②③③④④⑥北北 副露 横南南南} ツモ {1}

 

(ぐっ…)

 

清澄次鋒の染谷まこは好形の混一色のイーシャンテン。しかしここで1索を引く。

 

佳織捨牌

{赤⑤北四④発一}

{横⑥}

 

 相変わらず訳の分からない河である。まこの長い麻雀歴でも見たことがなかった。

故に待ちが読めない。

 

(はっきりとは読めんが…強いて言うなら1枚も見えとらんソーズが怪しい…?)

 

上がりを目指すのなら1索ツモ切りである。

 2索が3枚見えているためワンチャンス。他のソーズと比べて切りやすいのは確かだが…少考の末まこは現物の北を切りリャンシャンテンに戻す。

シャボ待ち等を考慮し1索は切れないと判断、この手ではあまり打点も見込めない為下りを選択した。

 

八巡目

未春手牌 

{三四赤五七七③④⑤⑥⑦ 副露 2横22} ツモ {発} 打 {発}

 

親の風越女子の次鋒、吉留未春はすでに好形でテンパっていた。

2、5、8と三面待ちのタンヤオドラ3。

 

(この手を上がれば大きい。連荘できるし何よりプラス収支に転じる。こっちは3面張…引き合いで負ける気はしない!)

 

当たり牌はツモれなかったが幸い持ってきた発は佳織の現物。その後特に鳴きも入らず佳織のツモ番が回ってくる。

 

「…あ!す、すいません!ちょっと待って下さい」

(一発でツモったか…?)

 

 佳織がツモ牌を見るのと同時に声を上げた。手牌を区切り当たり牌かどうか確認する。明らかにマナーに反しているが他の3人は素人だと気づいているので何も言わなかった。

 

「3つずつ…3つずつ…ツ、ツモです!裏は…ありません」

「…手牌は?」

「あわわ…すいません!」

 

 確認が終わり間違いなく当たり牌だと確信した佳織はツモを宣言し、裏ドラをめくる。しかし先に手牌を倒さなかったためまこが指摘する。佳織はすっかり忘れていたようで慌ててパタパタと手牌を倒した。

 

佳織手牌 {1112345678999} ツモ {8}

 

「チンイツです…面前だからえーと…」

「なっ!?」

「九蓮宝燈じゃと…」

 

 チンイツどころではない佳織の手牌。上がった佳織はなぜ3人が呆然としているか分からなかった。

 

「ちゅ…九蓮宝燈ー!ここまで押されていた鶴賀学園に役満が出ましたー!」

「すごいな…流石に純正は見たことがない」

 

 この役満に藤田が思わず感服する。実況席はおろか観客席も湧いていた。

役満は麻雀の花であり、ましてその中でも滅多に見れない純正九蓮宝燈である。

そしてこの上がりで鶴賀学園が一気に盛り返す。

 

西家 龍門渕  109800(ー8000)

北家 清澄    92800(ー8000)

東家 風越女子 130200(ー16000)

南家 鶴賀学園  67200(+32000)

 

次鋒戦後半戦南四局 親・鶴賀学園 ドラ・{中}

 

佳織配牌 {2二⑧二13白534⑦⑨白二}

 

(早く理牌しないと。ってあれ…これってもしかして…)

 

 理牌を進めていた佳織が途中である事に気づく。

凡庸な配牌だと思っていたのだがどうにも様子が違う。

 

(まさか純正九蓮をあがってくるとはのう…始めて見たわ…)

 

 先程下りたおかげで難を逃れたまこは心中で愚痴を吐きつつ理牌を済ませる。

 配牌はいい。タンヤオ系の軽い手だった。しかし親である佳織からなかなか第1打が切られない。理牌は終わっているようなのだが遅い。ついにしびれを切らしたまこは佳織に問いかける。

 

「どうしたんじゃ?あんたが切らんと始まらんぞ?」

「あ、はい。すいません…大丈夫です!」

「そーかい。じゃあ早く切っ…「ツモ!」…は?」

 

佳織手牌 {二二二123345⑦⑧⑨白白}

 

「「「…」」」

 

 もう言葉が出なかった。ありえない事態に頭が追いつかない。

実況席も観戦席も驚愕し、沈黙が場を覆っていた。

 

「て、天和です…鶴賀学園の妹尾選手、天和を上がりました…」

「いやもう…なんといえばいいか…ずるいな」

 

 しばらくして実況が我に返り職務を全うしようと説明を行う。

まさかの天和に藤田も呆れ気味に話す。

余りにも理不尽である。ずるいと言った藤田は決して間違ってはいない。

 

南家 龍門渕   93800(ー16000)

西家 清澄    76800(ー16000)

北家 風越女子 114200(ー16000)

東家 鶴賀学園 115200(+48000)

 

「オーラス…続行されますか?」

「ふぇ…あっもういいです!」

 

 佳織は連荘せず上がりやめを選択。これにより荒れに荒れた次鋒戦が終わった。

 

次鋒戦終了時

鶴賀学園 115200(+46800)

風越女子 114200(ー33800)

龍門渕   93800(ー7400)

清澄    76800(ー5600)

 

「次鋒戦終了ー!まさかの鶴賀学園の一人浮き!風越をまくりトップに立ちました!」

「鶴賀は最後の2局で一気に稼いだな…。まさか連続で役満を上がるとは」

 

 鶴賀学園以外は点を減らす結果となった。

 特に役満の親かぶりを食らった風越が大きく点を減らし、福路が作った貯金をかなり吐き出してしまった。

 

「……目立ちすぎですわー!!純正九蓮に天和!?ありえませんわ!」

「ごめんね…点減らしちゃって。て、やっぱり荒れてるね透華」

「おつかれ、まあ気にすんな。ありゃどうしようもねえよ…って早く行けよ透華。次お前だぞ」

「…!分かっています!」

 

 龍門渕高校の控え室では透華が喚いていた。一応純が咎めるが気持ちは痛いほど分かる。帰ってきた一もある程度予期していたようだ。鶴賀学園の妹尾佳織、途轍もない幸運の持ち主である。

だがそんな彼女のたった一つの不運は…

 

「ククク……カカカカカ…面白い…面白い小娘だ…」

 

鷲巣の興味を引いてしまったことだろう。

 

***

 

「佳織すごいな!大活躍じゃないか今日は!」

「あ、あれでよかったんですか?」

「いや…十分すぎる」

「うむ。途中までヒヤヒヤしてたが」

「稼ぎすぎっすよ…怖いくらいっす」

 

 一方佳織はそんな事は露知らず鶴賀学園の控え室に戻ってきていた。

収支は+46800と大幅なプラスとなり、風越を抑えトップになった事で盛り上がっていた。

 

「蒲原…分かっているな」

「もちろん。引き離せばいいんだろー風越を!」

 

 鶴賀学園中堅の部長、蒲原智美は状況判断力に優れておりどちらかというと守備型の打ち手である。少ない稼ぎながらも失点も抑えてくれるだろう。

 

「ところで…佳織。九蓮宝燈と天和を上がったよな」

「う、うん。そうみたいだけど」

「ダブルかー明日にでも死ぬかもなーワハハ」

「ええ!?私死ぬの!?」

 

 天和、九蓮宝燈は滅多に出ない役満である。純正九蓮ともなると更に珍しい。

上がってしまうと全ての運を使いきり死んでしまうという話もある。

 

「蒲原!…大丈夫だ妹尾。ただの迷信だ」

「…もう!智美ちゃん!」

「ワハハ!行ってくる!」

 

 流石に怯える佳織が可哀想になったのか蒲原を咎める加治木ゆみ。

からかわれたと知った佳織は怒ったが、蒲原は笑いつつ中堅戦に向かっていった。

 

***

 

「すまんの…凹んでもうた」

「ま、しょうがないわねあれは…じゃ行ってくるわ!」

「頑張ってください!」

 

 清澄の中堅は部長の竹井久。今のところ4位でかなり劣勢である。

久はできることを最大限にやろうと割り切っていた。ここで点差を詰め、後は1年生2人に託す。

 

「さあ決勝戦中堅戦が始まります!」

 

折り返しの中堅戦。まさにターニングポイントと言えるだろう。

ここを制することで流れが変わってくるかもしれない。

各校の中堅はそれぞれの役割を胸に勝負に挑む。




ここまでです。中堅戦終了まで書きたかったんですが文字数が予想以上に長くなりまして一旦区切りました。
かおりん大爆発。やりすぎた感がありますが…
鷲巣の出番が少ないのは許してください。団体戦が故どうしてもこうなってしまいました。
次回は中堅戦を予定しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

執念

続きをお送りします。連休終わって全身がだるい…後実験的に実況解説のセリフを『』としています。


『さあ中堅戦です。ここまでの点数はこのようになっています。ここからどうなるでしょうか』

 

鶴賀学園 115200

風越女子 114200

龍門渕   93800

清澄    76800

 

『そうだな…まさか鶴賀学園がトップに立つとは思わなかった。更に差を広げることになれば逃げ切りも十分見えてくるだろう。対して風越が辛い。エースの福路が作った貯金を吐き出し、トップを明け渡した。高打点が売りの池田がまだ大将に控えてはいるが…』

 

 なるほど…と相槌を打つ実況を傍目に解説の藤田は簡単にはそうならないだろうが…と心中で付け足した。

各校の点差はまだまだ離れていない。しかし清澄の中堅はあの竹井久である。そのひねくれた打ち筋は嫌というほど知っている藤田。ここで清澄が巻き返すようなことがあればまた分からなくなる。

 

中堅戦前半戦東一局 親・龍門渕 ドラ・{六}

東家 龍門渕   93800

南家 風越女子 114200

西家 清澄    76800

北家 鶴賀学園 115200

 

(起家…そしてこの配牌!初っ端からついてますわね)

 

透華配牌 

{二二九②④234赤5778中} ツモ {四}

 

 タンピン三色が臭う好配牌。

この手を上がって連荘できればデジタル派の透華でも一気に流れが来るだろうと感じていた。とりあえず浮いている九萬から切る。

 

(原村和…直接打ち合えないのは残念ですが…)

 

 おっといけないと自分を戒める。原村和との対局は個人戦までお預けだ。

まずは目の前の中堅戦に集中しなければならない。我が龍門渕高校は現在3位。このままでは県予選敗退である。後ろにあの2人が控えているので大丈夫だとは思うが稼ぐに越したことはない。何よりも目立つことができない。

 

「リーチ!」

 

しかし七巡目清澄竹井久に先制リーチをかけられる。

 

(む…しかし私は親ですしこの手…引くわけにはいきませんわ!)

 

同順

透華手牌 

{二三四②④234赤5677中} ツモ {③}

 

(どカンチャン!テンパイですわ!)

 

 3筒なら鳴いてテンパイに取ろうと思っていたが、まさか自力で引いてこれるとは。

これで中切りで1、4、7索待ちでテンパイ。高め三色の満貫手である。

透華は今一度場を見渡す。

 

文堂(風越)捨牌

{西中1九9④}

{8}

 

竹井(清澄)捨牌

{西東198二}

{横七}

 

蒲原(鶴賀)捨牌 副露 {発横発発}

{南中⑨①一2}

{北9}

 

 清澄は序盤にヤオチュウ牌を切り、ペンチャン払いをしているのでタンピン系の手牌だろう。間四軒の三、六萬待ちあたりが本命だと透華は考えた。ドラ筋でもある。

打点が十分のため和了率を考えリーチはしない。

 

(引き合い…出来れば高めで上がりたいですわね) 打 {中}

 

「おっと出たわね…ロン!リーチ一発ドラ4…裏はなしね」

 

久手牌 

{六六六567④⑤赤⑤⑥⑥⑦中} ロン {中} 裏ドラ {発}

 

(な…中単騎!?)

 

 安牌として残しておいた中が当たり牌。しかも七萬切りで3面張、高め三色を捨てている。中は2枚切られていたのでわざわざ打点を下げ地獄単騎にとったことになる。

 

(なぜそんな不可解な待ちに…)

 

 子の跳満12000点分の点棒を支払いつつ、透華は頭を急速に回転し始める。

そういえば昨日一回戦の試合を見たとき、原村和目当てで見に行っていたのであまり記憶に残っていないが待ちをわざわざ悪くすることがあったような気がする。理解できない打ち方だったため牌譜もあまり確認しなかった。

 しかしこういう振り込み方をすると点数以上に精神的にダメージが大きい。頭を切り替え、引きずらないようにしなければならない。

 

東家 龍門渕   81800(ー12000)

南家 風越女子 114200

西家 清澄    88800(+12000)

北家 鶴賀学園 115200

 

「今のでウチが最下位か」

「…このままでは厳しいな」

「衣和緒?」

 

 龍門渕高校控え室。一はつい呟いてしまった鷲巣に問いかける。

鷲巣はこれではじり貧だと感じていた。透華とは何回も打ったが基本に忠実なデジタル打ちだと鷲巣は認識している。故にああいう絡め手を使ってくる敵には脆いだろう。

 

「…透華なら大丈夫だよ」

「おいおい衣和緒、透華を甘く見すぎだろ」

「同意…」

「ぬ…」

 

 粗方話したあと一同から出たのは透華に対する信頼の言葉だった。

聞けば去年全国に出場した時もあれほど極端なのはいなかったが若干数ああいう打ち手がいたらしい。

その度に透華は打ち筋を変え、大きく稼ぐことはなかったが大量失点した事もないとか。

 

「まあ最悪休憩の間に「うわーん!とーかぁー!」…衣!?どうしたの!?」

 

 突然今までどこに行っていたのか衣が帰ってきた。

しかし原村和が持っていたはずのペンギンらしきぬいぐるみを手に泣いている。

どうやらぬいぐるみを届けようとして取り合いになり破けてしまったらしい。

泣きじゃくりながらなので衣の言うことはよく分からなかったが、とにかくぬいぐるみを直せばいいことだけは理解できた。

 

「んーでもこれはハギヨシさんくらいしか「呼びましたか?」うわ!どこから!?」

「神出鬼没は執事の嗜みですから」

「執事スゲエな…」

 

 どこから現れたのか部屋中央にハギヨシが佇んでいた。状況を理解しているのかソーイングセットを持っている。

そして慣れた手つきでぬいぐるみを縫っていき、あっという間に元の姿を取り戻していく。

 

「すごいぞハギヨシ!ペンギンが黄泉から帰ってきた!ハラムラに返してくる!」

「次、衣だから真っ直ぐ帰ってこいよ!」

「うん!」

 

 はしゃぎながら出て行く衣を見てこのままだとまた姿を消しそうなので純は一声かける。流石に副将不在で不戦敗なんてことになっては笑えない。

なおハギヨシは役目を終えた後いつの間にか姿を消していた。

 

「ツモ!3000・6000!」

 

久手牌 

{五六七九赤567⑤⑥⑦西西西} ツモ {九} ドラ {九} 裏ドラ {9}

 

(また地獄単騎…なんでそんなうっすいところ一発で持ってくるんですの!?)

 

 対局は南四局オーラスまで進んでいた。

ダーンと卓にツモの音が鳴り響く。牌を高く弾き飛ばして叩きつける盲牌しているのか分からない清澄のツモ和了。

リーチ一発目にそんなところを持ってこられては堪らない。

そして半荘打って確信したがやはりこの竹井久、多面張を嫌う傾向にある。

今回も8切りリーチのため5、8索のノベタン待ちを捨てている。しかし自分の手牌を見るにそれが正解だと感じざるを得ない。

 

透華手牌 

{一二六八555889⑦⑧⑨} 

 

透華は苛立ちを隠すことが出来ないまま、牌を雀卓にかきこんだ。

 

中堅戦前半戦終了

南家 龍門渕   78100(ー15700)

西家 風越女子  93900(ー20300)

北家 清澄   122100(+45300)

東家 鶴賀学園 106900(ー9300)

 

『前半戦終了…清澄高校が大きくトップに立ちました!中堅竹井久の活躍が光ります!』

『ここまで稼ぐとは。清澄は終始他家にペースを握らせなかったな』

 

(ぐ…ろくに打たせてもらえませんでしたわ…)

 

 東一局の振り込みでケチがついたのかその後の配牌とツモが噛み合わなかった。

確率論は狂っていないのだがどうにも裏目裏目に引いてしまう。

清澄を警戒しすぎるあまりドラのヤオチュウ牌や浮き牌が切れず手が進まない。

おかげでその後は振り込まなかったもののツモ和了は防げない。気がつけば3校に離されてしまった。

 

「とーか!」

「っ!衣!?なぜここに!というよりどこに行ってましたの!?」

 

 少し席を外そうと対局室を出てすぐに、よく聞く衣の声が透華を呼び止めた。

その声は少し弾んでいて、衣も幾分か嬉しそうだ。

とにかく透華はまず衣に事情を聞き、納得する。

 

「なるほど…そんな事が。それにしても衣、偉いですわね」

「えへへ…」

 

 透華はつい衣の頭を撫でる。いつもなら子供扱いされることを嫌い、嫌がる衣だが本当に嬉しいのかそんな素振りを見せない。

そして衣は満面の笑みを浮かべていた。

ふっと気づき、廊下にかけてあった時計に視線を向ける。

そろそろ休憩時間が終わり、後半戦が始まる時間だ。名残惜しく透華は衣の頭から手を離した。

 

「さ、もう時間です。早く控え室に帰りなさい」

「うん!とーかも頑張って!」

「…!ええ!もちろんですわ!」

 

 透華は心から驚いた。衣から激励を受けた事が今までなかったからである。

衣が鷲巣との対局後孤独でなくなったことで少し変わったのは気がついていたが…

何にせよこれでやられっぱなしですごすごと帰られなくなった。

 

(ふっ…後半戦で大きく稼いで堂々と帰ってやります!)

 

透華は意気揚々と対局室へ戻っていった。足取りも先程より軽かった。

 

中堅戦後半戦南三局 親・清澄 ドラ・{⑦}

 

透華配牌 

{一二13499②③⑦⑧東白} ツモ {⑨} 打 {東}

 

(やっときましたわね…チャンタ系ですが…ツモ次第では勝負できそうですわ!)

 

 透華の頭のアホ毛が回転する。

ここまで透華は放銃こそしていないものの大きな手を上がってもいない。

今回は第一ツモで順子が完成した。これなら高打点を狙えるかもしれない。

 

九巡目

久手牌 

{四七44567④④④赤⑤⑥⑦} ツモ {五}

 

(テンパイだけど…三色は嵌張になっちゃったか)

 

 しかしこの局も波に乗っている久が先にテンパイ。だが頭を悩ませる形となった。

四萬切りリーチで跳満確定。そして三萬はまだ場に見えていないが、六萬は既に2枚河に捨てられている。通常なら上がりやすさを優先して七萬切りで両面待ちにとるところだ。

 

「リーチ!」打 {四}

 

(そんなの…私らしくないわよね!) 

 

 しかし久は六萬待ちの確定三色に取った。

親のリーチをかけることで牽制の意味合いもあり、これまで見せた怒涛の和了がその効果を倍増させる。これで降りて他家は勝負を避けるはずと久は考えていた。

 

(ワハハ…こりゃ厳しいな…)

(この人のリーチは読めない…)

 

 そして久の目論見通り鶴賀と風越はまだ張っていなかった為消極的になってしまう。

危険牌を掴んでしまえばオリてしまうだろう。そして透華のツモ。

 

同順

透華手牌 

{一二13499①②③⑦⑧⑨} ツモ {赤五}

 

『あっと…龍門渕選手厳しい所を持ってきてしまったー』

『リーチがかかってしまった以上オリるだろう…純チャンイーシャンテンだが有効牌が少なすぎる』

 

竹井(清澄)捨牌

{北北1発中⑨}

{九38横四}

 

 肘をつき頬杖をかいたやる気のなさそうな解説の藤田が言う通りこの手有効牌が驚く程少ない。

テンパイに至るのは三萬と2索のみ。一応5索でも張れるが、純チャンと三色が消え一気に手が安くなってしまう。まず透華は久の河を一瞥した。いつもの透華なら間違いなくオリる。だが…

 

(この手をものに出来ないようなら…全国で活躍など出来るわけありませんわ!)

 

 透華は赤五萬をそのままツモ切った。デジタルではまずありえない打牌である。

 

『な…突っ張るのか!?』

 

 藤田も思わず立ち上がり意外そうな声をあげる。

龍門渕透華という雀士を去年から見てきたが堅実なデジタルの打ち手だと記憶している。少なくともこんな無茶はしないはずだ。

 

透華 ツモ {7} 打 {7}

 

(こい…)

 

透華 ツモ {②} 打 {②}

 

(こい……)

 

透華手牌 

{一二13499①②③⑦⑧⑨} ツモ {2}

 

(張った!純チャン三色確定!)

 

三巡後透華はテンパイに漕ぎ着ける。それも最高系。

4索を通さないといけないが、ここまで危険牌を打っておいて今更ひよるわけがない。

 

「通らばリーチですわ!」 打 {4}

 

「…通しよ」

 

無筋中張牌四連打切りリーチ。しかし透華は通ると確信していた。

裏筋や間四軒など平凡な待ちであるはずがないと。それはある意味久への信頼、期待だった。

 

(追いつかれるなんて…早くツモりなさい!)

 

 一方先にリーチしたはずの久は焦っていた。

周りがオリてくれるかと思っていたが、突っ張ってくるとは。ここまで一向にツモる気配がない。脇に流れているかもしれないが、そうなると完全にオリている鶴賀と風越からは出ないだろう。

 

十三巡目

久手牌 

{五七44567④④④赤⑤⑥⑦} ツモ {三}

 

(三萬…両面待ちが正解だったというの!?)

 

 よりにもよってツモってきたのは両面待ちにしていたら和了っていた三萬。

しかし和了牌ではない以上リーチをしている久はツモ切りするしかない。

恐る恐る三萬を河へ放る。経験上こうして裏目った牌はろくなことにならない。切ったその瞬間透華のアホ毛がピーンと伸びた。

 

「ロン!リーチ一発三色純チャンドラ1…裏1!16000点いただきますわ!」

 

透華手牌 

{一二12399①②③⑦⑧⑨} ロン {三} 裏ドラ{⑧}

 

 悪い予感は的中しその三萬が透華に当たる。裏はめくるまでもないが1枚乗って倍満。終盤にきて大きい、トップへの一矢報いる16000点の直撃。

 

(意趣返しってわけね…やられたわ。まさか突っ張ってくるなんて…)

 

久は軽く苦笑いをしながら実らなかった自らの手牌をパタッと伏せた。

 

(私らしくもない和了ですが…やりましたわ!衣…見てくれているでしょうか…)

 

***

 

その頃龍門渕高校控え室では…

 

「…衣、なぜ儂のひざの上に座っている?ソファーはいくらでも空いているだろうに…」

「衣はここがいい!」

 

 それを聞き鷲巣は諦めたようにため息をつく。

ことは中堅戦後半戦が始まってすぐに遡る。

純、透華の言いつけ通り控え室に真っ直ぐ帰ってきた衣。そこにはうたた寝をしている鷲巣の姿があった。

 まだ眠気が抜けきっていなかったらしい。

衣は何か思いついたような顔をして鷲巣のひざの上に乗った。そしてしばらくして鷲巣が目を覚まし現在に至る。

一と純には鷲巣と衣の姿はまるで仲のいい姉妹に見えていた。ただひざに乗っている衣の方が年上ではあるが。

 

「いやー微笑ましいね。純くん」

「ああ…そうだな」

「……」

 

残念ながら透華の和了はただ一人、智紀を除いて見ていなかった。

 

***

 

「ロン。2600ですわ」

「ワハ…安くて助かった…」

 

透華手牌 

{九九九12367②② 副露 発発横発} ロン{8} ドラ{1}

 

南四局オーラス鶴賀学園蒲原からあっさり透華が出和了。これで中堅戦が終了。

 

中堅戦終了

清澄   114700(+37900)

鶴賀学園 101400(ー13800)

龍門渕   94200(+400)

風越女子  89700(ー24500)

 

『中堅戦終了ー!清澄の一人舞台かと思われましたが、最後に龍門渕選手が意地を見せました!』

『あのような打ち手ではなかったはずだが…何かあったのだろうな』

『決勝戦は副将戦に移ります…』

『昨年インハイMVPの天江に全中王者の原村か…面白くなりそうだな』

 

藤田は大分点が平らになったなと感じていた。

久がやってくれた。これでどう転ぶか分からなくなった。

 

「ねえさっきの南三局…どうして勝負にきたの?」

 

 対局室から四校の選手たちが引き上げていく。

清澄の中堅にして部長、竹井久が透華にある疑問を尋ねた。

何でも清澄にも透華のような打ち手がいるが、(原村和のことだと透華はすぐに察した)彼女はあのような場面では間違いなくオリを選択するらしい。

透華も普段ならオリていただろう。

 

「それは…あなたのようなひねくれた打ち手が相手だったからですわ」

「どういうこと?」

 

ひれくれって…と久は苦笑いしつつ再び尋ねる。

どうやら自分でも自覚はあるようだ。

 

「あなたのリーチは普通の待ちの訳ないでしょう?前半戦で身にしみましてよ」

 

 久はしばらく呆然とした後大きな声で笑った。

まさかたった半荘1回で打ち筋を見抜かれるとは。二人は個人戦での再戦を約束し別れを告げた。

 

***

 

「おっ中堅戦終わったか…てあれ!?点棒増えてんな…」

 

 テレビから流れていた中堅戦終了を告げる実況が耳に入った純。

最後のあたりを見ていなかったので確認すると点棒が回復している。

何があったのか分からない。そこですかさず唯一試合を見ていた智紀が説明に入る。

 

「はーん。やるな透華も…」

「おお!やっと衣の出番か!」

 

 衣は鷲巣のひざから飛び降りた。その顔は本当に楽しそうだ。

仲良くなった原村和と打つのが待ちきれなかったのだろう。

 

「衣」

「なんだ?衣和緒」

「…楽しんで打ってこい」

「うん!行ってくる!」

 

 珍しく鷲巣から話しかけ、鷲巣なりの激励を飛ばす。

こういう面はまだまだ不器用である。だが衣はそれでも嬉しかったようで、更に笑みを浮かべる。

衣は控え室を飛び出し、対局室へと走り出した。




鷲巣と衣の体勢はシロと胡桃のあれを思い浮かべてください。
今後二人が控え室にいる時はこの体勢をとっています。
次回副将戦予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

成長

副将戦です。過去最長ですね...難産でした。


 衣が対局室に姿を見せた時には他三校の選手が揃っていた。

 その中にはもちろん清澄の原村和もいる。腕に抱いているのは先程衣が届けたエトペンだ。和は驚きを隠せない様子だった。

 

「あなたが…天江衣さんですか?」

「うむ!天江衣だ!」

 

 和に聞かれそう言えば名乗っていなかったと思い出す。エトペンを渡した後、透華を見かけそのまま別れたのだった。そういえば友達になってくれとも言いそびれた。

透華が散々口にしていた原村和。聞けば昨年の全中王者らしい。なかなか楽しめそうだ…と衣は期待に胸を膨らませていた。

 

 会場に迷い込んだ子供かと思ってました…

 和はそう口走ってしまいそうだったが、寸前の所でそれを飲み込む。

よくよく考えてみれば今日は決勝戦進出の選手しか入れないようになっている。ならばこの少女も当然選手ということではないか。

この見た目でも昨年のインハイМVP。部長である竹井久からも要注意だと聞かされていた。

しかし誰が相手だろうが関係ない。自分は自分の麻雀を打って役目を全うするだけだと和は考えていた。

その割り切りが和にとって長所でもあり短所でもある。

場決めをし終わり、副将戦開始を告げるサイコロが回りだした。

 

副将戦前半戦東一局 親・清澄 ドラ・{9}

東家 風越女子  89700

南家 鶴賀学園 101400

西家 龍門渕   94200

北家 清澄   114700

 

『さあ始まりました副将戦!やはり注目は清澄の原村選手と龍門渕の天江選手ですか?』

『そうだな…この対局は原村がどこまで天江に対抗できるかが焦点となるだろうな。鶴賀と風越の苦戦は必至だろう。』

 

 観客も実況も藤田ですらも原村と天江のぶつかり合いだと思っていた。

しかし副将戦は予期せぬ方向に向かうこととなる。

 

衣配牌 

{一三赤五六3679⑦⑨⑨東北中} ツモ {1}  打 {北}

 

(む…配牌がよくない…)

 

 衣にしては悪い配牌。しかしそれも好都合かもしれない。というのも衣は序盤から上がっていく打ち手ではない。

元々序盤は見に徹し、原村和の打ち筋を確認するつもりでいた。

 

「リーチ」

 

その後鳴きも入らない静かな場であったが、八巡目親である風越女子深堀からリーチがかかる。

 

深堀(風越)捨牌

{中発19東八}

{⑤横⑧}

 

(高くはないな…攻めてもいいが…)

 

 衣が深堀の手から感じ取った気配は裏が乗ってやっと満貫に届くかどうか程度。

今回衣は他家の様子見のためオリることにした。ツモられてもすぐに取り返すことが出来る自信もある。

その後深堀は当たり牌をツモれず、ただただ順目だけが進んでいく。

 

「テンパイ」

「「「ノーテン」」」

 

 結局そのまま流局。手牌を倒したのは深堀のみ。衣の予想通り、ドラ雀頭の役なしリーチ。

守りに入った3人は固く、しっかりとオリきり振り込まなかった。

 

「ロン…1000は1300です」

 

和手牌 

{二三四七七⑥⑦} ロン {⑧} 副露 {横324} {7横77}

 

東一局一本場では原村和が浅い順目で鶴賀東横から出和了。二副露しての喰いタン。ドラもなく打点は低い。

 

『副将戦最初に和了を決めたのは清澄の原村選手!しかし地味と言わざるを得ない和了ですね』

『いや…リー棒供託もあったからな。あの酷い配牌からよく真っ先に上がれたもんだ』

 

 藤田は迷わず喰いタンを選んだ原村和を評価した。

確かにこの和了一見打点は低いが、リー棒と芝棒を加えると2300の収入。二翻分の価値がある。この局面では最良の判断だろう。

 続く東二局は全員互いが互いの手牌を警戒していたのか誰も上がれず再び流局。和のみのテンパイで親が流れる。

そしてこの三局を通して衣は原村和という雀士が見えてきた。

 

(なるほど…透華が熱を上げるわけだ)

 

 衣は思考の海に潜る。これは鷲巣と打ってから心がけるようにしたことだ。今の衣はしっかりと相手の打ち筋を見極めることができる。

 その打ち筋は恐ろしい程牌効率に遵守している。まず強引に手役を追うことはしない。第一打に必ず少考して打っているのは配牌から最善の速さと打点を見極めているのだろう。

 衣がよく知る透華のデジタル打ちはぶれることが多いのでその差がよく分かる。まさに究極のデジタル打法と呼べるかもしれない。しかし衣は負ける気など毛頭しなかった。今宵は満月ではないため場の支配は使えないが…高打点で上がってしまえば良いだけの事。東三局は自分が親、様子見はもう終わりだ。

 

副将戦前半戦東三局流れ一本場 親・龍門渕 ドラ・{①}

西家 風越女子  90700

北家 鶴賀学園  98100

東家 龍門渕   92200

南家 清澄   119000

 

 東三局に入った途端衣から強烈なナニカが溢れ出る。それは肉眼では見えず特定の雀士のみ感じ取ることが出来るもの。

 室内で風などないはずなのに衣の金髪がなびき始める。しかし衣をよく知る者からすればまだまだ弱いと言うだろう。

 

衣配牌 

{三五六4①①①③⑤⑥東東南} ツモ {3} 打 {南}

 

 配牌からドラ3。鳴ける牌も多くどこからでも仕掛けにいける。

連荘し、一気に稼ぎたいこの場面では正に絶好。言うまでもなくこの好配牌は衣が引き寄せたものである。

数巡後和から東が切られる。衣は当然鳴いていく。

 

「ポン!」

 

衣手牌 

{五六七4①①①③⑤⑥⑦} 副露 {東東横東} 打 {4}

 

 無駄ヅモなしでダブ東ドラ3の親満テンパイ。変則2、3筒待ち。場にはまだ見えていない為ツモにも期待できる。と思っていたがすぐに深堀から3筒が切られる。順目も浅くまだ張っていない、もしくは連荘狙いで打点が低いと判断したのだろうか。

いずれにせよ不用意な打牌である。衣は思わず口元をつりあげた。

 

「ロン!12300!」

 

衣手牌 

{五六七①①①③⑤⑥⑦} ロン {③} 副露 {東東横東} 

 

西家 風越女子  84400(ー12300)

北家 鶴賀学園  98100

東家 龍門渕  104500(+12300)

南家 清澄   119000

 

(うっ…ドラ暗刻…)

 

 深堀としては予想外の親満放銃。こんなに早く手を仕上げているとは思わなかった。

12300点の支払いは余りにも痛い。元々深堀は決して打点の高い打ち手ではない。リスクを最小限に抑え、要所要所で上がっていくスタイルだ。

 ここまで動きがなかったので忘れていたが相手にしているのは()()天江衣である。何としてでも堪えなくてはならない。そして衣の突然の変貌については龍門渕高校一同のみが理解していた。

 

「始まりましたわね…」

「ああ…だが…」

 

 透華は純が言いたい事が手に取るように分かっていた。

今の衣はベストコンディションから程遠い。いつもの衣ならさらに高い手で上がっていただろう。しかしこれはしょうがない事だった。大会のタイミングが悪すぎた。

今日は新月であり、衣のバイオリティは最低である。さらにまだ外は明るい。部屋にある掛け時計はちょうど3時半を回ったところだ。

これまでの先鋒戦から中将戦まで大きな連荘もなく比較的早めに対局が進んでいった弊害がこんな形で出るとは。

 当初透華はこれまで通り衣に大将を任せ、鷲巣を先鋒に置くつもりだった。実際それがベストオーダーである。だが鷲巣の入部のただ一つの条件が自分を大将に据えることだった。よって破るわけにもいかず今回のオーダーになってしまったわけだ。

 透華は鷲巣に視線を向ける。自分が決めたこととはいえ衣に負担をかけさせることになった原因なのは間違いない。

 鷲巣はしばらくして透華の視線に気づき、鼻で笑いそっぽを向いた。

 

(ムキー!なんですのその態度は!)

 

 しかし言葉に出すことは出来ない。自分は殆ど現状維持となる+400。それに鷲巣の強さも嫌と言う程知っている。出番も終わってしまった今、衣とこのあとの鷲巣を見守ることしかできない。そんな自分がむずかゆかった。

 さて対局はオーラスまで進んでいた。透華が危惧していた通り衣にしてはいまいち波に乗りきれていないようだ。

それでもトップをまくるあたりは流石と言えるだろう。

 

副将戦前半戦南四局 親・清澄 ドラ・{西}

南家 風越女子  80200

西家 鶴賀学園  83100

北家 龍門渕  121700

東家 清澄   115000

 

三巡目

衣手牌 {四赤五七七八456④赤⑤⑥西西 ツモ 六} 

 

張った(テンパイ)…好形だ)

 

 予想よりあまり稼げていない衣は多少焦っていた。大物手は張っているのだがなかなか物に出来ない。風越と鶴賀が鳴きあってツモが飛ばされる。どうも二人共、場を早く流そうとしているようだ。清澄も清澄で鳴いて適度に和了ってくる。どうしても調子が万全だったらと悔やまれる。しかしこの局は浅い順目で高い手を張った。

リーチでメンピンドラ4で跳満確定。三、六、九萬待ち。高め三色で倍満までのびる。

 

「リーチ!」 打 {七}

 

衣捨牌

{北南横七}

 

(うっ…早い…)

(浅い順目のリーチですか…しょうがないですね…こういう時もあります)

 

 他家を足止めさせる為にもリーチをかける。

これで他家は結託して鳴きづらくなるだろう。鳴けば手牌が短くなるため当然振り込むリスクが高まる。他家からのテンパイ気配は感じない。まだ四巡目でありろくに手が進んでいないだろう。安牌も少ないため、手が煮詰まったら高めである九萬あたりが切られてもおかしくない。衣の予想通り、五巡後に深堀から高めとなる九萬が切られた。

 

(よし…案外かかったが…)

 

「ロン」

 

衣手牌 {四赤五六七八456④赤⑤⑥西西 ロン 九} 

 

 発声とともに手牌を倒す。しかしなにか様子がおかしい。端に控えていた審判が卓上と衣の手牌をしきりに確認している。

なぜこんなことをしているのか?理由が分からないのは、この場では和了った衣と振り込んだ深堀だけだった。

確認を終えた審判がこちらに近づいてきて声をかけてきた。なにか問題でもあったのだろうか。少なくとも衣にはまったく心当たりがない。

 

「なんだ」

「すいません…天江選手。言いにくいのですが…フリテンですね。鶴賀学園の東横選手が当たり牌を切っています」

「なんだと!フリテン!?」

 

 その言葉に衣と深堀は鶴賀学園東横桃子の捨牌に視線を向ける。

 

東横(鶴賀)捨牌

{東2中六98}

{①③}

 

(馬鹿な!衣が見逃したとでもいうのか!?)

(助かった…しかし六萬など切られていたか?)

 

 確かに衣の当たり牌である高めの六萬が切られている。それもリーチ一発目に。まごう事なきフリテンだ。和了は認められない。倍満の支払いを免れた深堀はほっと胸をなでおろした。罰符となる満貫分を支払いつつ、衣は自問自答を繰り返す。

見逃してしまったというよりは視界に入らなかった…思考から外れていた感じだ。もちろんこんな経験は一度たりともない。

 

南家 風越女子  82200(+2000)

西家 鶴賀学園  85100(+2000)

北家 龍門渕  113700(ー8000)

東家 清澄   119000(+4000)

 

副将戦前半戦南四局一本場 親・清澄 ドラ・{九}

 

チョンボでは場が進まないため南四局オーラスの仕切り直し。

この局で衣は手牌を作るよりも、鶴賀の捨牌を見ることを優先させた。衣が立てた仮説が合っているかを確かめるために。だがそれも虚しく九巡目に鶴賀が手牌を倒した。

 

「ツモっす。メンピンツモで…裏はなし。700・1300は800・1400。前半戦終了っすね」

 

東横手牌 {123三四六七八②②⑥⑦⑧} ツモ {二} 裏ドラ {北}

 

(また…いつの間にリーチをかけた?テンパイ気配すら感じなかった…)

 

 ダメだった。捨牌を見ていたはずなのに気づいたら意識があらぬ方向へと向いてしまっている。今のは自分が振り込んでいてもおかしくない。

衣の仮説通りやはり何らかの力が働いていると考えるのが自然だろう。しかし今のところ打開策が思いつかない。

自分がいうのもなんだが相手の捨牌が見えなかったら麻雀にならないではないか。

 

副将戦前半戦終了

南家 風越女子  81400(ー8300)

西家 鶴賀学園  88100(ー13300)

北家 龍門渕  112900(+18700)

東家 清澄   117600(+2900)

 

『前半戦終了しました。天江選手が追い上げていますが…あの見逃しは一体なんだったんでしょう』

『分からないな。天江が今更あんなミスをするとは思えない』

 

 実況解説席では先程の見逃しについて話し合っていた。

こちらの映像で見る限り違和感のある見逃し。あの時衣は鶴賀の捨牌に視線すら送っていなかった。

もしかするとあの鶴賀の副将もまた特殊な打ち手なのかもしれない。

藤田は後半戦の展開が読めなかった。

 

(気をつけろ衣…対策がないとこのままズルズルいってしまうぞ…)

 

***

 

「お疲れ、モモ。随分早く()()()じゃないか」

「点を減らしちゃって申し訳ないっす。でもここからステルスモモの独壇場っすよ!」

 

 一方鶴賀学園副将東横桃子は大将である加治木ゆみと合流していた。ちなみにモモというのは桃子の愛称である。

 しかし嬉しい誤算だったのが予想より早めに選手の視界から消えたことだ。

この東横桃子という雀士、極端に影が薄く対局中に消えることが出来る。もちろん物理的にではない。その証拠にカメラなどではその姿をはっきりと捉えることが出来る。選手たちの意識、視界から消えるということだ。

 元々この副将戦は清澄原村と龍門渕天江の直接対決とあってこの二人が目立っていて、その恩恵を受けた形となった。自分にとっては都合がいい。

 

「じゃあ後半戦も頑張ってくれ」

「はい!」

 

***

 

(どうする…どうすれば…)

「…衣」

「ひゃ!って…衣和緒か」

 

衣がモモのことについて考えていると突然声をかけられた。思わず変な声を上げてしまう。顔を上げると鷲巣の姿があった。なにかアドバイスでもくれるのだろうか。

 

「抜け道はある」

「…え?」

「…それだけだ」

 

 鷲巣は短い一言を言うと背中を向けて去ってしまった。歩いている方向からして控え室に戻るのだろう。

抜け道とは一体どういうことだろうか。でも鷲巣の言うことだ。なにか意味が有るに違いない。時計を見るともうそろそろ対局が再開される時間だ。衣は対局室へと戻って行った。

 

***

 

「衣和緒!衣は大丈夫でしたか!?」

「うぬ。まあ大丈夫だろう」

 

 鷲巣は控え室に戻ってすぐ透華に詰め寄られた。

元々衣の元には透華が行くつもりだったのだが、鷲巣がそれを押し切ったのである。

あんな衣のミスは見たことがない。卓上でなにかが起こっているのは明白だった。

それでも透華は心配そうに対局室に戻ってきた衣をテレビ越しに眺めていた。

 

***

 

 後半戦が始まって数局…そろそろ南入というところで、ようやく衣は鷲巣の言ったことを理解した。

それは鶴賀学園が衣の上家にいること。つまりリーチさえしなければフリテンはない。

そしてここまでモモの打ち筋を見ていて、ある違和感があったがその正体も分かった。そしてそれこそがステルスモモの弱点となりうる。

 

後半戦に入って一度も()()()()()()

 

 最初は点差もあり、面前で仕上げようとしているのかと思っていたが、どうにも様子が違う。

例えばこの東二局のこの形。この局は誰も和了ることなく流局し、衣とモモのみのテンパイとなりモモが開いた手牌である。

 

モモ手牌 

{二三四456①①③④⑤中中} ドラ {中}

 

1筒、中のシャボ待ち。とはいえモモがリーチしていた(流局時に気づいた)十一順目にはすでに中が切れていた。

 一枚目はまだしも二枚目は流石に鳴くだろう。ましてその中はドラ。鳴いて満貫を確定させるのが普通だ。対子でなかった可能性もあるが二枚目の中が切られたのは直前の十巡目。その線は薄い。つまり…鳴かないのではなく鳴けないと衣は結論を出した。

 

 よって残りの対局で心がけることは3つ。

まず鶴賀からの出和了を捨て、積極的に鳴いて素早くテンパイに持ち込むこと。

そして枚数の少ない待ちを避け、なるべく多面帳にすること。

最後に面前でテンパった場合リーチをしないことである。

 

 ここまで考えて衣は我に返り思わず笑った。かつて自分がここまで思考し、打ったことがあっただろうか。今までなら対策など考えず、能力に頼り力押ししていただろう。確かに感じる自分の成長ぶりをうれしく思った。

 

(衣の打ち筋が変わった…あいつなりに悩んで打っているのか…)

 

 そう思ったのは解説の藤田。かつてプロアマ交流戦で戦った時とは見違えるようだ。

いままで見られなかった衣の柔軟な麻雀。今衣と戦ったら勝てるかどうか分からんな…と藤田は考えていた。もちろん簡単に負けるつもりはないが。

 

「ツモ。1000・2000」

 

衣手牌 

{234四赤五五五} ツモ {六} 副露 {横867 ③横③③} ドラ {2}

 

 南場は特に大きな和了もなく点数の移動も小さいまま進んでいく。鳴いての早和了勝負となりどうしても打点が低くなる。

 衣の予想通りモモは鳴いたら目立つらしい。しかし鳴き場となり一人だけ面前で打っていてはとても追いつかない。モモはステルスを捨て、鳴くしかなかった。鳴いた瞬間に捨牌も見えるようになった。

 もうすでに南四局オーラス。最後は衣が和了。いつもの衣なら絶対にしないであろう二副露しての喰いタン。清澄を捲り切れなかったが仕方がない。これは団体戦だ。あとは鷲巣に託す。

 

副将戦終了

清澄   126600(+11900)

龍門渕  116400(+22200)

鶴賀学園  81000(ー20400)

風越女子  76000(ー13700)

 

『これで副将戦が終了…最も稼いだのはやはり龍門渕の天江衣!対して鶴賀学園が大きく後退してしまいました』

『清澄に狙われたな…あとツモ和了が異様に多かった』

『ついに決勝戦は大将戦を残すのみとなりました!まもなく始まります!』

 

 藤田が気になっていたのはやはり龍門渕の五人目。いったいどのような打ち手なのだろうか。見当もつかない。優勝を決めるのはどの高校なのか。大将戦から目が離せないな…と二杯目のカツ丼をたいらげながら思っていた。

 

 副将戦が終わって選手たちは挨拶を済ませる。

鳴き場となり、モモはステルスを捨て自力での勝負を強いられ原村和に軍配が上がった形となった。

衣は対局終了後引き上げようとする原村和に話しかけた。

 

「ノノカ!」

「私…ですか?」

「今日はなかなか楽しかった。また日を改めて打ちたいんだ。打ってくれるか?」

「…ええ。また打ちましょう」

 

 和は衣を快く受け入れた。衣は満面の笑顔を見せた。そのまま上機嫌で対局室を出て行く。しばらくして廊下で鷲巣とすれ違う。二人は言葉を交わす。

 

「…ここで負けるつもりは毛頭ない…勝ってくる」

「…うん。衣も全国にもう一度行きたい」

 

 鷲巣は衣の言葉に満足したのか満足げに笑う。そして二人は別れた。衣は控え室へと向かい、鷲巣は対局室へ向かう。すべてが決まる大将戦がいよいよ幕を開けようとしていた。




衣の全力のお披露目はまだ先です。副将戦を二話にしようと思いましたがやめました。早く大将戦に移りたかったので。後半駆け込み気味になってすいません。
モモのステルスの弱点は創作です。基本的に面前だったためこういうのもありかな…と。次回から大将戦開始です。しっかり全局描写します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

牽制

お待たせしました大将戦開始です。


 清澄高校大将宮永咲は勇みながら通路を歩き対局室へ向かっていた。

この決勝戦を勝てば全国出場が決まる。清澄の皆は頼もしくここまでトップでバトンを渡してくれた。

 咲にはどうしても全国に行きたい理由があった。

それは疎遠になってしまった姉、宮永照と再会し仲直りすること。照は団体戦二連覇中の全国ランキング一位の白糸台高校の先鋒を務めている。まず間違いなく予選を抜けてくるだろう。

 対局室の入口まで連れてきてくれた副将の和と別れを告げる。

 咲は2番目に対局室に着いたらしい。既に卓についていたのは猫耳が似合いそうな黒髪の少女。よろしく~と挨拶してきたのは風越の大将池田華菜だ。

卓上には4枚の牌。うち一枚、西がめくられている。咲は残った三枚のうち右側にある牌をめくり、見えたのは東。起家ということになる。

咲は池田の対面の席に座って残り2人を待つ。

 

(勝つ…モモのためにも…)

 

 そう意気込むのは咲に続いて姿を見せた鶴賀学園大将加治木ゆみ。

先程の副将戦で結果的に鶴賀学園は大きく失点し後退。ゆみとしても計算外のことであった。モモの唯一の弱点をあれだけ的確に突かれるとたまらない。

副将戦後しばらくして姿を見せたモモは泣いていた。ここまでチームが調子のよかっただけに水を差してしまった責任を感じていた。

ただただ謝り続けるモモに対してよく頑張った、相手がうまかったんだと励まし、その後必ずまくり切って優勝すると約束してしまった。

だから…負けられない。

 

(ラス親か…ついてるな)

 

 ゆみがめくったのは北。ラス親はいろいろと都合がいい。点数に関係なく上がることができ、飛び終了という例外を除けば逆転不可能という状況にはならない。

対局室には自分を含めて3人。既に座っているのは風越の池田、清澄の宮永のはず。となるとまだ来ていないのは龍門渕のようだ。

対局者について考えていたゆみだったが、それは強制的に遮断される。突然恐ろしい寒気がゆみを襲った。冷房も大して効いておらず寒くもないのに鳥肌が立つ。

 例えるなら心臓を冷えた両手で鷲掴みされたような悪寒。

 慌てて辺りを見渡すと咲が僅かに震えていた。どうやら彼女もなにかを感じ取ったらしい。対して池田は微動だにせずこちらを不思議そうな目で見つめている。何かあったのかと聞こえてくるような目だ。大物なのか、ただ鈍感なだけなのか判断に苦しむ。

 

「…儂が最後か。そんなに遅れたつもりはないが…」

 

(こいつが龍門渕の大将…か)

 

 いつの間にか白髪の少女が入ってきていた。

 恐らく悪寒の元凶がケタケタと笑いながら残された最後の椅子に座る。鷲巣は自動的に南家となった。

その嫌悪感は鷲巣が席に着く頃には収まったがゆみは嫌な予感が拭えず、本人は気がつかなかったが額には冷や汗がすっと流れていた。

 

(天江…逃げたな!そんな奴とは思わなかったし!)

 

 西家の風越池田華菜は雪辱に燃えていた。昨年天江衣に倍満を振り込んでしまい逆転負け。大会後しばらく部に泥を塗ってしまった…と華菜は自責の念にかられていた。

キャプテンこと福路美穂子がいなければ重みに耐えかね、退部してしまっていたかもしれない。今年は天江を倒しキャプテンを全国まで連れて行く。それがキャプテンに対する何よりの恩返しだと思っていた。

しかし蓋を開けてみれば肝心の天江衣は副将。大将には聞いたこともない1年生が入っていた。最初聞いたときは肩透かしを食らったような気分だった。しばらくして華菜は激昂した。

 

(清澄と龍門渕の1年坊!悪いが…大将戦は華菜ちゃんの大逆転と決まってるんだし!)

 

それぞれの思惑が交錯する中、親である清澄宮永がサイコロを回す。配牌も終わり大将戦が始まった。

 

大将戦前半戦東一局 親・清澄 ドラ・{4}

東家 清澄   126600

南家 龍門渕  116400

西家 風越女子  76000

北家 鶴賀学園  81000

 

『大将戦スタート!あと半荘2回で全国へ出場できるたった1校が決まります!清澄高校が逃げ切るのか、はたまた他3校がまくることになるのかー』

『個人的には龍門渕に注目だな。どんな打ち手なのか分からん。ああそうそう…他にも愉快な打ち手がいるな…』

 

 それはどういう事でしょう?と実況が聞き返そうとする。しかし藤田は対局の方に目を向けてしまったので聞くことができなかった。

あなた解説でしょ…と実況が心中で毒づく。ここまで解説中にカツ丼を食べたり、寝たりするのを我慢していたがこれが決め手となった。

来年は違う人を呼んでもらおう…と心に決めた瞬間だった。

 

七巡目

 

ゆみ手牌 

{234赤5678八八八⑥⑦⑧} ツモ {9}

 

(張った…打点も高い上に三面待ち)

 

 八萬切りでリーチをすれば高めでメンピン一通ドラ2の跳満。そしてなにより1、4、7索の三面待ち。ツモにも期待できる。

普段ならダマで放出を待つところだがこの点差である。前にでないと勝てないだろう。

 

「リーチ」 打 {八}

 

 加治木ゆみからのリーチ。トップを走っている宮永咲としては慎重に打たねばならないところだが…

その直後に咲はカンを宣言し、ツモってきた牌を加えて4枚3筒を晒す。その後咲は自山にある王牌の新ドラ表示牌をめくる。新ドラは6索となった。

これには華菜もゆみも困惑せざるを得なかった。

 

(カン…?ドラが1枚乗ったのはありがたいが…ツモられるのが怖くないのか?)

 

 普通他家のリーチ後に暗槓をするのはリスキーな事この上ない。上がられた場合、新ドラに合わせ裏ドラも増え相手の打点を引き上げることに直結する。

ましてや咲は親。ゆみにツモられでもしたら親かぶりを食らう。しかしこの東一局はゆみの思惑とは別にすぐに終わることとなる。

 

嶺上開花(リンシャンカイホー)ツモ」

 

咲手牌 

{一二三②④赤⑤⑥888} ツモ {②} 副露 {■③③■}

 

「3200オールです」

 

(…!)

嶺上開花(リンシャンカイホー)だと…)

(やはり…か)

 

 滅多に見ることのない嶺上開花での和了。3200オールというのも聞きなれない。せいぜい七対子くらいだろう。

この和了を受け、華菜とゆみは薄気味悪い思いをする。その表情から少なからず動揺が見られる。

 一方清澄の1回戦を直に見ていた鷲巣は咲にカンをされた時点で嶺上ツモで和了られることを予測していた。その対局でも宮永咲は嶺上開花を何度か決めていた。流石に偶然では片付けられないだろう。

 

東家 清澄   137200(+10600)

南家 龍門渕  113200(ー3200)

西家 風越女子  72800(ー3200)

北家 鶴賀学園  76800(ー4200)

 

大将戦前半戦東一局一本場 親・清澄 ドラ・{⑨}

 

「ツモ…500・1000は600・1100だ」

 

ゆみ手牌 

{4赤5八八⑥⑦⑧} ツモ {3} 副露 {横二三四 横⑧⑥⑦}

 

 続く東一局一本場はゆみが鳴きを駆使し、捨牌が二段目にもいかない五巡目にタンヤオドラ1をツモ和了った。

二度両面チーまでしての早和了。トップの清澄の親を流すためとはいえ若干急ぎすぎているとゆみ自身も自覚していた。

面前で打てばいくらでも高くなりそうな手であったのにあえて鳴いていった。それにはある事情があったからである。

 

鷲巣捨牌

{34⑧四一}

 

(龍門渕の捨牌が不気味すぎる…)

 

 序盤から中張牌のみを切っている。順当に考えたらチャンタ系かピンズの混一色…しかしゆみにはあの役満が頭をよぎった。考えすぎなのかもしれないが、万一ということもある。

よってこの局は打点ではなく早く和了ることだと決めたのだが…龍門渕に誘導されたのかもしれない。いささか強引な読みだったと少し後悔していた。

 

(迷いなく和了ってくるか。確か加治木といったか…なかなかに鋭い)

 

鷲巣手牌 

{一二九①⑨199東北白発中}

 

『龍門渕鷲巣、国士成就ならず!配牌から十種十牌だったんですが…惜しかったですね』

『イーシャンテンまで進んでいたな。清澄と風越は形になるまで時間のかかる重い手だった。鶴賀が全うに手を進めていれば先に和了れていたかもしれん』

 

 藤田が気になっていたのは鷲巣の様子だ。大物手を逃したというのに一切顔に出さず手牌を伏せた。プロでも役満手を安手で潰されると僅かに顔に出るものだが…藤田はまだ鷲巣という雀士を掴めずにいた。

 

東家 清澄   136100(ー1100)

南家 龍門渕  112600(ー600)

西家 風越女子  72200(ー600)

北家 鶴賀学園  79100(+2300)

 

大将戦前半戦東二局 親・龍門渕 ドラ・{⑧}

 

十巡目

 

(…!張った!それに高い!ツモれるかもしれないしリーチかけたいところだけどさ…ここは確実に和了っておきたいね!)

 

華菜手牌 

{三四赤五六七赤577⑤⑥⑦⑧⑧} ツモ {6} 打 {7}

 

 この局は南家である池田華菜に大きい勝負手が入った。ソーズの嵌張が埋まり絶好のテンパイ。二、五、八萬の三面待ち。この流れに乗っていつもの華菜ならリーチと打って出ただろう。

 だが華菜はダマを選択。リーチをせずともタンピンドラ4の跳満確定。高めで三色がついて倍満。華奈は和了率など考えるタイプではないがここはダマで和了を狙うのが最善だと考えたようだ。

 

咲手牌 

{78五六七八八八③⑤⑦⑧⑨} ツモ {④}

 

 同巡咲もテンパイ…しかし両面待ちにとる五、八萬はどちらも華菜の当たり牌。実況も含め誰もが振り込むと思っていた。

 

(私の次のツモは…)

 

「リーチ」 打 {7}

 

咲捨牌

{9西1一三白}

{①⑨4横7}

 

 咲は両面にとらず8索の単騎リーチを選択。8索は捨牌に2枚見えていて、つまり地獄単騎待ち。別に華菜の当たり牌を読んだわけではない。

 結果的にそうなっただけだ。それに咲には次巡和了ることが出来るという確信があった。しかしその直後咲にとって想定外の事態がおこる。

 

同巡

鷲巣手牌 

{二二二三四2467②③④④} ツモ {二}

 

(4枚目の二萬か…ちょうどいい。偶然条件も揃っておるしな…)

 

「カン」

(…!?)

(またリーチ後にカン!?って高めの筋が死んだし!)

 

 鷲巣は二萬を4枚晒してカンを宣言、嶺上牌へ手を伸ばす。これに慌てたのは咲と華菜。次順ツモるはずだった嶺上牌を掻っ攫われてしまった。

 華菜は華菜で高めの当たり牌が一気に4枚も消えてしまった。和了り目はまだ残っているとは言え辛い。

 そして新ドラ表示牌は一萬。つまりもろ乗りで親のドラ4確定。

 その後の鷲巣の嶺上ツモは8索。有効牌であり切るべき牌ではないが…なにを思ったのか手牌に入れることなくそのままツモ切った。

 

「ロ…ロンです!」

 

咲手牌 {8五六七八八八③④⑤⑦⑧⑨} ロン {8}

 

 その8索が咲の当たり牌。咲は露骨に安堵した様子で手牌を倒して晒した。裏ドラは六萬と中が見え、1枚乗ってリーチドラ2。5200となる。

鷲巣のこの局の目的は咲の和了系を見ることにあった。鷲巣は思い通りに事が運んでいることに思わずにやけつつ咲に点棒を支払う。

そしてこの局を裏側から見ていた実況室や観戦室では困惑が広がっていた。観戦室では鷲巣の打牌について野次る者さえいる。鷲巣の真の目的が分かった者は極々少数であった。

 

『ど…どういうことでしょうか…私には今の局鷲巣選手に少し違和感を感じたんですが』

『ああ…なるほどな』

 

 どうやら藤田は理解できたらしい。そしてこの困惑は各高校の控え室にも広がっていた。

せっかくの親番でドラ4が確定したというのに…まるで差し込んだようにも見えた。

 しかし差し込みは飛び寸前の相手に対してやったり、大物手を潰す為などにするものだ。この局面でトップの清澄に差し込む必要性を感じない。

 

「なんですのその打牌はー!」

「衣は分かったぞ…衣和緒の狙いが。まさかそんなことをするとは」

「どういうことですの衣!」

 

 もちろん龍門渕高校も例外ではない。控え室で再び透華が喚いていた。その中で衣が鷲巣の目的を察していた。当然龍門渕一同が衣に詰め寄る。

衣は少し息苦しそうだったが落ち着いて説明に入った。

 

「う、うむ。つまり衣和緒は清澄の嶺上開花が偶然か必然かを見極めにいったのだ」

「…?」

「えーと…例えば…」

 

 その言葉だけでは理解できなかったらしい。透華を始め、一同の頭の上に?マークが浮かぶ。衣は簡単に例を上げることにした。それは東一局、咲が嶺上開花で和了った局である。

 

「東一局の清澄の和了系はこうだった」

 

咲手牌 

{一二三②④赤⑤⑥888} ツモ {②} 副露 {■③③■}

 

「これを見て透華はどう思う?」

「どうって…ナンセンスですわ!リーチが掛かっているというのに暗槓だなんて…」

 

 前述の通り他家のリーチ後の暗槓はリスキーである。それにこの形暗槓する前から好形で張っていた。

 

{一二三②③③③④赤⑤⑥888}

 

 1、2、4、7筒の四面待ち。十分ツモ和了に期待出来る。

しかしここでリーチをかけていたらその後ツモってきた3筒が待ちが変わるため暗槓出来ず、ツモ切りするしかなかった。

つまり近いうちに3筒をツモリ、カンをして2筒単騎を引いてくる確信があったのだろう。だがこれはあくまで想像だ。確実にとは言い切れない。

 

「確信を持つためにこの局で衣和緒は無理やり暗槓をしたんだ…と思う」

「はあ…」

 

 しかしこのまま鷲巣が和了ってしまえば咲の手を見ることは出来ない。なので差し込んででも和了らせる必要があった。

 

「それに次の清澄のツモは衣和緒の山だ。余り褒められた行為ではないが…恐らく()()だろう」

「覗く…?」

 

***

 

「よし!龍門渕から直撃だ!」

「咲ちゃん絶好調だじぇ!」

 

 清澄高校の控え室。ここでは唯一の男子部員、須賀京太郎と独特の語尾で話す先鋒、片岡優希がテレビを見つつ盛り上がっていた。

欲しかった龍門渕からの直撃で差がかなり広がった。しかしそれを遠目に見ていた中堅竹井久と副将原村和は素直に喜べずにいた。

どうにもここまでうまくいきすぎている。

 

「どう思う?和」

「今の局…明らかにおかしいです。わざと振り込んだようにも見えました」

 

 久は和に尋ねる。すると自分と同じ意見が返ってきた。

まずあの形からカンはしないだろう。あのカンは面子を潰していた。234の三色の可能性も潰している。そして8索切りも普通しない。

 まるで咲を値踏みしているかのような打牌だった。

 

(気をつけなさい咲…何か不吉な予感がするわ…)

 

(あれ…わしのセリフは…?)

 

ありません。

 

***

 

 対局室では衣の予測通り場の山を崩す際、鷲巣が次の咲のツモを覗き見る。{八}が転がった。

やはり先程の咲の手牌から考えるに暗槓出来る牌。鷲巣は確信を持った。咲は槓材がどこにあるのかを把握しており、嶺上牌が見えている…と。

 

(なるほど…確かにその力は強力だが…やはり小娘だ。まだまだ未熟…迂闊過ぎる)

 

 鷲巣から見れば咲は迂闊としかいいようがなかった。自身の力をこんなにも早く露呈してしまった。まだ女子高生なので仕方ないのだが。

特に東一局。あれがなければ鷲巣は確信とまではいかなかっただろう。分かってしまえばこっちのものだ。いくつか対策はある。

 

(なんだろう…この違和感は)

 

 咲は咲で違和感を感じていた。一番都合がいい龍門渕からの直撃をとり差は3万点を超え、安全圏といってもいいだろう。順調そのものだ。しかしなにやら嫌な予感がしていた。

 

北家 清澄   141300(+5200)

東家 龍門渕  107400(ー5200)

南家 風越女子  72200

西家 鶴賀学園  79100

 

大将戦前半戦東三局 親・風越 ドラ・{南}

七巡目

 

鷲巣手牌 

{三四五3赤56788③④⑤⑥} ツモ {8}

 

張った(テンパイ)か…待ちはよくないが問題ない…ここはリーチで…)

 

 リーチを掛けようとした鷲巣だったが、千点棒を取り出そうとしたその時手牌からある鼓動を感じ取る。リーチは待てという手牌からの声。

もっと高めが望めるのだろうか。しかしここからの手替わりなど赤ドラの入れ替えくらいだ。それを待つのは現実的ではないだろう。

 

(どういうことだ…だがしかし…)

 

 ここはリーチを自重。打6筒で3、4索のテンパイにとった。鷲巣自身は理解しきれていなかったが手牌からの声に従う。 

 

『鷲巣選手リーチするような素振りを見せましたが…思いとどまったんでしょうか』

『高めで和了りたいんじゃないか…4索なら三色がついて満貫だからな』

 

 藤田が最もらしい事を言う。確かにこの手4索で和了れば、タンヤオ三色ドラ1と満貫。ダマで放出を待つのも正解だろう。しかしこの藤田の解説は実のところ全くの的外れであった。

 

「ポン」

 

 咲が対面の華菜から切られた2索をポン。鷲巣に再びツモが回ってくる。ツモ牌を盲牌した途端鷲巣は全てを理解した。

 

(カッカッカ…そういうことか…)

 

「リーチ…」 打 {5}

 

(赤切りリーチ!?)

 

鷲巣手牌 {三四五367888③④⑤■}

 

 ここで鷲巣今日始めてのリーチ。実況席からも何を引き入れてのリーチなのか、鷲巣の手に隠れよく見えない。なぜわざわざ三色を崩してリーチを掛けたのか藤田も解説しようがなかった。

 

同巡

ゆみ手牌 {南南南⑥⑦⑧1346} ツモ {5} 打 {南} 副露 {七横七七}

 

(南は…大丈夫か)

 

 ドラの南は序盤に1枚切られている。例外を除けば振り込むことはない。ゆみは{南}暗刻を切り崩し、役なしのテンパイに受けた。

 普段なら1を切るべきところだが、ゆみには試してみたい事があった。

 そして次巡咲は2索をツモる。槓材であり嶺上開花で和了れると確信していた。

 

「カン」

 

 咲は加槓を宣言し2索を晒す。嶺上ツモに手を伸ばそうとするがそれを阻むように卓上に槍が降り注ぐ。もちろんイメージである。ゆみは待っていたとばかりに自分の手牌を倒した。

 加槓された牌が当たり牌だった場合一つの役がつく。それは…

 

ゆみ手牌 

{南南⑥⑦⑧13456} ロン {2} 副露 {七横七七}

 

「その嶺上牌取る必要はない」

「え…?」

「…聞こえなかったか。槍槓だ。そのカン成立せず…「クックック…」…なに?」

「…お主こそ聞こえておらんかったようじゃの」

「それはどういう…!?」

 

 鷲巣からの声につられ、ゆみは鷲巣のほうを向く。そして手元を見てある事実に気づいた。

 

鷲巣手牌 

{三四五367888③④⑤1}

 

 鷲巣の手牌も倒れていた。今大会はダブロンは採用していない。つまりー

 

「頭ハネ…リーチ一発槍槓…裏3で跳満12000。その和了成立せず…カッカッカッ」

「その手で赤5索切りリーチだと…」

 

 鷲巣の手が裏ドラをめくる…当然のように7索が見えた。そしてゆみをからかうように口上を真似する鷲巣であった。

 

『なんと珍しいことが起こりましたー!槍槓のダブロン!上家である龍門渕鷲巣選手の和了のみ認められます!』

『2人とも狙っていたな。途轍もない対応力だ。高校生とは思えん』

 

 鷲巣はタンヤオ三色ドラ1を捨てて役なしリーチ。ゆみは自風のドラ暗刻を切り役なしテンパイにとったことになる。偶然ならそれまでだが明らかに狙っていた。自分にあれが出来るかと聞かれても難しいと言わざるを得ないだろう。

 藤田は思わず身震いする。ここまでレベルの高い打ち合いが地区予選で見られるとは思わなかった。

 

大将戦前半戦東三局終了時点

西家 清澄   129300(ー12000)

北家 龍門渕  119400(+12000)

東家 風越女子  72200

南家 鶴賀学園  79100

 

 

 この和了で清澄と龍門渕との差が1万点を切った。対局はまだまだ始まったばかり。一体この勝負はどこに向かうのだろうか。




衣先生による麻雀教室。基本的に大将戦では衣が解説役です。
すいません。来週は投稿出来そうにないです。短期出張が入ってしまって書けないので…
追記・最初の局に3筒が5枚ありましたのでゆみの手を修正しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激流

 大将戦の続きからです。今後も出張は度々入るので更新出来ない週が出てきます。その場合活動報告にて連絡します。


(ぐっ…頭ハネだと…)

 

 東三局が終わった対局室はざわついていた。その中でゆみは驚愕を隠せなかった。まさか自分と同じことを考える輩がいるとは。しかもなんの偶然か同じタイミング。

 そのせいで清澄の加槓を読みきった会心の和了は認められずに終わってしまった。だが…とゆみは下家に座る清澄宮永咲に視線を移す。やはり目に見えて動揺しているようだ。これでゆみの目論見通りしばらくはおとなしくなってくれるだろう。

 この点については結果的によかったといえる。

 

(こいつら…今のを狙ってやったのか!?理解できないって!)

 

 華菜もその例外には漏れず、今の和了に困惑せざるを得なかった。

 そもそも槍槓など狙って和了る役ではない。まれに多面待ちなどで偶然起こる程度だ。しかしこの2人の和了系は両方とも好形の待ちを捨てての嵌2ソウ。故に偶然とは思えなかった。自分には到底真似出来ないだろう。

 

(でもでも!華菜ちゃんは負けられないし!それにここまで手が入っていない訳じゃない…いけるはずだし!)

 

大将戦前半戦東四局 親・鶴賀学園 ドラ・{七}

南家 清澄   129300

西家 龍門渕  119400

北家 風越女子  72200

東家 鶴賀学園  79100

 

(さあ…親番だ。ここで稼がなければ…)

 

 ゆみにとってはようやく回ってきた親番。トップとの差は広がり5万点を超えている。出来ることなら連荘をして差を縮めたいところだ。それにはとにもかくにも配牌に尽きる。

 配牌は言うまでもなくその局の行方を決めるものである。字牌等が多く手が重ければ和了ることが困難になるし、逆に中張牌が多いなどの軽い配牌なら早々に張ることができるだろう。こればかりは人の手ではどうする事も出来ず、神に祈るしかない。最もそんな常識を覆す者も少ないながらもいるのだが。

 そしてこの局ゆみには後者である軽い手が入ってきた。

 

ゆみ配牌

{赤五六六七3569②③④⑦中中} 打 {9}

 

(よし!これなら…)

 

 序盤に中を鳴ければ理想的だ。ドラも2枚ある。中を対子落とししてタンピン三色に向かう手もなくはないがここは確実に上がりたい。とりあえず不要牌である9索を切りどちらにでも対応できるように構える。

 

「リーチだ…」

 

鷲巣捨牌

{北119横西}

 

 しかし五巡目、無情にも卓に供託の千点棒が投げ込まれる。声の発生源は鷲巣。先程の和了で波に乗りかけている事を証明するかのような早々のリーチ宣言。

 

(早すぎる…)

 

ゆみ手牌

{赤五六七2356②③④} 副露 {中横中中} ツモ {白} 打 {白}

 

 一方のゆみ、中を一鳴きしたものの雀頭が定まらずテンパイにはこぎつけていない。 しかし有効牌は非常に多く、そこそこ打点も見込めるイーシャンテンなのだが…それ以上に鷲巣が早すぎた。

 こちらもテンパイしたいところだったが残念ながら無駄ヅモ。ゆみはツモ切りするしかなかった。

 

「ツモ」

 

 そして一発ツモこそなかったものの、二巡後鷲巣はあっさりと和了牌を引いてきた。鷲巣は一色に染まった手牌を晒す。残念ながらゆみはたった今テンパったところで一手遅れだった。

 

鷲巣手牌

{一一一二三三四五六七八九九} ツモ {四}

 

(こんな浅い巡目でメンチン!?高め九蓮宝燈じゃないか…)

 

 一四九萬待ちの高め九蓮宝燈。しかも捨牌がほぼ手出し。つまり自然とこの形にたどり着いた事に他ならない。恵まれた配牌からすいすいっと有効牌が入り、和了った経験はあるにはあるがここまでの打点となると珍しい。

 そんなゆみの不幸中の幸いなのが、裏ドラに{北}が見えリーヅモ清一色ドラ1の倍満止まりだったことだろう。倍満に止まりという表現を使うのもどうかと思うが…裏ドラが乗って三倍満になってもおかしくなかった。それだけの気迫が今の鷲巣にはある。

 東三局の槍槓での和了も裏ドラが3枚乗り満貫以下の手が跳満に化けた。事ここに至りゆみは気づいた。

 

(清澄が怯んでくれれば打ちやすくなると思っていたが違う。この卓の最大の障害は清澄ではない…)

 

 鷲巣は思惑通りに事が進んだことに思わずにやける。これこそ鷲巣が考えた宮永咲の対策の一つである。ただ単純に咲に槓材が揃うまでに和了ってしまえばいい。言ってしまえば簡単だが、これが割と難しい。

 まず前提として素早く和了るには配牌に恵まれていなければならない。そして鳴きを加えなければならないだろう。だが鳴いた状態から高打点を狙うのは難しい。しかしそんなセオリーなどお構いなしに和了るのが鷲巣という怪物である。

 この鷲巣の倍満で龍門渕が先鋒戦以来のトップに立つ。そして東場が終了、南場へと移った。

 

南家 清澄   125300(ー4000)

西家 龍門渕  135400(+16000)

北家 風越女子  68200(ー4000)

東家 鶴賀学園  71100(ー8000)

 

大将戦前半戦南一局 親・清澄 ドラ・{6}

 

十四巡目

 

(やっとできた…さっきは槍槓されちゃったけど…)

 

咲手牌

{西西西西④④④赤⑤⑥2346} ツモ {5}

 

「カ…」

 

 この局は珍しく鳴きも殆ど入らないまま終盤を迎えていた。その中でようやく咲がイーシャンテンに漕ぎ着ける。咲が感じ取った今回の嶺上牌は7索。つまり嶺上開花で和了る準備が整ったということだ。咲は西を四枚晒し槍槓の心配がない暗槓をしようとしたが、その手は寸前のところで止まる。何やら不穏な雰囲気が不意に襲ったからだ。咲は反射的に上家のゆみの捨牌に目を向ける。

 

ゆみ捨牌

{④五②4⑨四}

{5⑧発七2東}

{③}

 

 隠す気のない国士無双の捨牌。萬子筒子索子と満遍なく切られている。暗槓は槍槓の心配がないといったが厳密にいえば間違っている。この大会では国士無双に限り暗槓での槍槓が認められている。

 それに場を見渡しても4枚切られているヤオチュウ牌が存在しない為、既に張っている可能性がある。振り込んでしまえば役満となり、32000点の大支出。トップ争いから大きく後退してしまうことになる。

 

(うっ…)

 

 咲の頭に先程の槍槓がよぎる。万一だが張っているかもしれない…振り込むかもしれない…と咲は幻想に囚われていた。少考した後、咲は暗槓をせず4筒を切った。いや暗槓()()()()()()というのが正しいかもしれない。この場面で西を暗槓しないという事はすなわちもう和了り目はない。勝負出来ないと考えオリを選択した。

 

(イーシャンテン変わらずか…)

 

ゆみ手牌

{一九九①①⑨9東南北白発中} ツモ {3} 打 {3}

 

 結論を先に言うとゆみはまだ張ってはいなかった。咲は親番での貴重な和了を逃したことになる。しかし決して咲の判断は間違ってはいない。この局面で役満に振り込むわけにはいかないし、余計なリスクを背負う必要もない。

 結局そのまま流局となる。

 

「テンパイ」

 

ゆみ手牌

{一九九①⑨19東南北白発中}

 

 テンパイを宣言し、手を倒したのは加治木ゆみ。他の3人は手を伏せる。咲は予想通りゆみが国士無双を張っていて振り込まなかったことに安堵の表情を浮かべる。親が流れてしまったがまだ龍門渕との点差はそう離れてはいない。それに次は龍門渕の親であり、ツモで親かぶりを食らわせることだってできる。

 咲の打ち筋は基本的に嶺上開花を軸としたツモり麻雀である。大明槓の責任払いという例外を除けば、狙った相手から直撃を取る機会は少ない。よって咲にとってまくりたい相手が親番の時こそがチャンスなのだ。ここは気を引き締めないと…と思い直した咲だった。

 

東家 清澄   124300(ー1000)

南家 龍門渕  134400(ー1000)

西家 風越女子  67200(ー1000)

北家 鶴賀学園  74100(+3000)

 

大将戦前半戦南二局 親・龍門渕 ドラ・{⑥}

 

鷲巣配牌

{一二九九6799⑨⑨⑨北発} ツモ {5}

 

『龍門渕鷲巣選手、親番で好配牌!既にイーシャンテンです!他家を突き放し、トップ独走となるでしょうかー』

『ドラはないが三暗刻、三色同刻が狙える。ツモがよければ四暗刻になるかもしれ…』

 

 藤田が言葉を詰まらせたのには訳がある。鷲巣の第一打が異質であったからだ。この手ならまず孤立牌の北や発辺りを切っていくだろう。だが鷲巣が選んだ牌は…

 

(親番だというのに随分と引け腰だな…小娘…)

 

 鷲巣は咲の打ち筋を見ていて物足りなさを感じていた。まるで全力を出しきれていないように見える。僅かながらも自分と打ち合えるかもしれないと思っていただけに残念だと思っていた。

 それというのも南一局、鷲巣はゆみの捨牌から早々に国士無双を狙っている事を察知していたが、あえて咲の出方を見ようと様子見に徹していた。しかし危険牌を引いたのか途中から国士無双に対して当たる心配のない中張牌の連打でのベタオリ。

 槓をする素振りを見せたことからよほど先程の槍槓を引きずっているようだ。鷲巣はここから7索を切り出していった。鷲巣にはこの手の最終系が見えている。

 

(いつまでももたついているようでは…儂が和了るぞっ…和了ってしまうぞっ…!)

 

七巡目

 

ゆみ手牌

{⑤⑥⑥3567四五六} 副露 {中中横中} ツモ {一}

 

(く…さっさと鷲巣の親を蹴りたい時に…)

 

 現状トップを走る龍門渕の親。ここで連荘などされたら取り返しのつかないことになる。ゆみは打点度外視で素早く手を作ろうとしていたが、ツモってきたのは全く手牌に絡まない一萬。比較的有効牌も多いイーシャンテンなのだが仕方がない。当然ツモ切りする…と同時に対面、つまり鷲巣からの声が響く。

 

「ポン…」

 

鷲巣手牌(他家視点)

{■■■■■■■■■■} 副露 {一横一一} 打 {二}  

 

 発声後鷲巣の手が無造作にゆみの切った一萬を拾う。同時に二萬を切り出した。この鳴きにゆみは何か違和感を覚える。ヤオチュウ牌のポンはタンヤオなどが消え、役は相当限られてくる。手の内を晒すような真似をなぜしたのか。

 この鳴きでまず考えられるのが白などを暗刻で抱え、ドラで打点を稼ぐいわゆる役牌バック。次点でトイトイだが…捨牌を見るに考えづらい。チャンタ系も考えられるが鳴いてまで作るメリットがない。ドラ暗刻ならまだ分からなくもないが今回のドラは6筒でありチャンタには絡まない。これもなさそうだ。…というより意味が分からない捨牌となっている。

 

(龍門渕の鷲巣…ここまでの和了を見るに打点が高い面前派だと思っていたが、何を企んでいる?)

 

鷲巣捨牌

{765北発6}

{二}

 

 手出しで5、6、7索の順子落とし。その後これも手出しで字牌を切っている。これではどういう手牌なのかが分からない。一萬鳴きで二萬が切られるという事は対子手である可能性が濃厚だが…と考えている最中ゆみは場全体の捨牌を見渡し、ある小さな異変に気づく。

 いつもなら自分の手牌に気を取られ気がつかなかったでだろうその異変。一回立ち止まって考えたからこそ気づくことができた。そしてそれはゆみにいくつかの可能性を提示するものとなった。

 

ゆみ捨牌

{東白西発②二}

 

華菜捨牌

{北北12⑧三}

 

咲捨牌

{北白②57}

 

 自分の手牌や捨牌も含めても殆(ほとん)ど老頭牌(ロウトウハイ)が場に見えない。老頭牌というのは2~8を除いた…つまり1、9の数牌のことである。対子しか出来ない字牌と違い順子は作れるものの、言うなれば端っこの牌。使いづらくタンヤオ等の邪魔にもなるため序盤から切られ易い牌と言える。

 これらの理由から七巡目で場にほぼ見えないのは少しおかしい。勿論山に眠っている可能性もある。しかしゆみは鷲巣の手に固まっていたとしたら…と最悪の場合を考える。まさかとは思うが、槍槓を頭ハネしたりした規格外のこいつならやりかねない。

 

(その場合の本命は役牌を抱えたトイトイ混老頭…あるいは…)

 

 いやまだ張ってはいないはずだ。それまでに自分が和了ってしまえばそれで終わり。鷲巣の手は水泡に化す。とにかく今は張ることだ…と思い直した。

 結論から言うとこのゆみの推理、殆ど的中していた。ただ一つ間違っていた事柄がある。それは…

 

鷲巣手牌

{九九九999⑦⑨⑨⑨} 副露 {一横一一} 

 

 鷲巣は既に張っている…高めトイトイ三暗刻三色同刻の親っパネ。変則78筒待ちとなる。

そして同巡に咲が鷲巣の安めの当たり牌8筒を切るが、鷲巣はこれを無視。何事もなかったかのように平然とした様子で次のツモ牌へ手を伸ばす。

 当然のこの和了見逃しの意図が掴めなかったのは…

 

***

 

「なんで龍門渕今の咲の8筒和了らないんですか?当たってますよね?」

 

 清澄高校の控え室で優希とじゃれあっている清澄高校男子部員の須賀京太郎だった。実はこの男麻雀を始めてから間もない為セオリーなどを知らない。ある意味場違いな男であった。

 

「当たってはいるわよ?でも8筒じゃ和了っても鳴き純チャンのみ。満貫にすら届かないわ。トップの親とは言えうまみがないのよ」

 

 対面のソファーに座る久が説明に入るが、和がそれに…と継ぎ足すように喋る。

 

「この手…一手挟むだけで爆発的に打点が上がります。私でも見逃しますね。高めの7筒なら和了りますが」

「あれか…私も和了ったことがないじぇ…ちなみに私なら7筒でも見逃すじょ」

 

 和と優希の言うことが理解出来ないのか右往左往する京太郎。そんな姿を横目で見つつ、久はテーブルの片隅に注いであった紅茶を口にするがすっかり冷め切っていた。

どうやらすっかり忘れてしまっていたらしい。そこまでこの対局に見入っているという事だ。

 

(笑い事じゃないわ…もし龍門渕にあの牌が入ってきたら…咲が振り込む可能性が高い…)

 

 久は自然と胸の前で手を組み祈るような姿勢を取る。どうか鷲巣がツモらないでくれ…と。この局が何事もなく無事に終わってくれ…と。心のどこかでは無駄な行為だと分かっていた。しかし今の久には神に祈る事くらいしか出来なかったのである。

 

(じゃからわしのセリフは…?)

 

 ありませんって。

 

***

 

 場所は戻って絶賛闘牌中の対局室。竹井久の祈りも虚しく鷲巣はツモ牌を盲牌し、思い通りの理想の牌を引いたことに口角が吊り上がる。やはり神は自分に味方しているようだ。

 

鷲巣手牌

{九九九999⑦⑨⑨⑨} 副露 {一横一一} ツモ {①}

 

(儂なら当然のツモ……イーピンっ…!)

 

 鷲巣、ノータイムで7筒切り。つまり鷲巣の手、跳満どころではない。

 

鷲巣手牌

{九九九999①⑨⑨⑨} 副露 {一横一一}

 

『龍門渕鷲巣選手なんと1筒待ちの清老頭テンパイ!これを和了れば大きく差を広げることになります!』

『殆ど無駄ヅモなしでのテンパイ…配牌からの順子落としも結果的に見れば正解と言わざるを得ない。字牌から切っていたら風越に6索あたりを鳴かれてツモ順が変わっていただろう。まるで鷲巣に牌が吸い寄せられていくようだった』

『そんなオカルトな…』

 

 実況は笑っているが藤田は決して冗談で言ったわけではない。鷲巣には常人にはない何かを持っているように見える。そして見ただけで分かる運の良さ。

 この手を鷲巣が和了りでもしたら、一気に波…それも途方もない大波に乗るだろう。藤田は直感的に察していた。

 

(ここは合わせ打ちだし…) 打 {⑦}

 

 池田華菜は鷲巣に合わせて7筒切り。この7筒に下家であるゆみが反応する。鳴いてドラ切りでテンパイとなる。なるが…問題はドラが通るかどうか。ゆみの考えはあくまで想像の枠を出ない。鷲巣が平凡な役牌バックの可能性も十分ある。

 

(ここで怯んでいては…結局和了られてしまう)

 

「チー!」 

 

 ゆみは5筒6筒を晒してチー。捨牌にはドラである6筒が切られた。他家から見れば2副露してドラ切り。殆どテンパイを宣言しているようなものである。

そして図らずしもこのたった一つの鳴きがこの局の命運を決めることとなった。

 

(鳴いてドラ切り…テンパイか。じゃが…儂の方が早い)

 

 順番を迎えた鷲巣はツモ牌に手を伸ばす。鷲巣は盲牌をし、思わず顔を歪める。感じ取ったのは1筒ではなく隣の2筒。ツモれると殆ど確信していた鷲巣は内心荒れながらも顔には出さず2筒をツモ切りする。

 鷲巣の下家である華菜のツモは1筒。華菜の手牌には絡まない。華奈はまず捨牌に目を向ける。2筒は鷲巣が直前に切ったのを加え、既に3枚見えていてワンチャンス。

 

(見たところ問題なさそうだし…もう手牌に使えないだろうし)

 

 華奈はそのまま1筒をツモ切り。鷲巣は切られた1筒を見た瞬間、目をぎらつかせて手牌を勢いよくガラッ…と倒した。

 

「ロン…!」

 

鷲巣手牌

{九九九999①⑨⑨⑨} 副露 {一横一一} ロン {①}

 

(トイトイ…いや…チ…清老頭…?)

 

「ククク…48000て…」

 

 鷲巣は言いかけていた点数を止めざるを得なかった。対面から手牌の倒される音が聞こえたからだ。鷲巣は何事か…と視線を加治木ゆみの方へ向ける。ゆみは手牌を倒しつつ、少し疲弊した表情を浮かべていた。

 

「悪いな…その1筒、私も当たっている…中ドラ1。頭ハネだ」

 

ゆみ手牌

{①567四五六} 副露 {横⑦⑤⑥ 中中横中} ロン {①}

 

『会心の清老頭は本日2度目の頭ハネ!和了は認められません!残念ながら水泡と化しましたー!』

『私も役満が安い手で流されたことはあるが…あれは腹が立つな。思わず手牌を相手に投げつけそうになってしまったな…』

『完全にマナー違反じゃないですかそれ…』

『冗談だ冗談…』

 

(た…助かったし…)

 

 九死に一生を得た華菜は素早くゆみに千点棒2本を差し出す。一方和了ることができたゆみはその点棒を受け取る。安堵の様子は見られず、人知れず冷や汗を流していた。今の和了が余りにもスレスレだったことに気づいていたからだ。先程の池田華菜が切った1筒は確かツモ切り。これが意味するものは…

 

(私が鳴かなければツモられていた…清老頭を…)

 

 ゆみは知る由もないことだがあと一つ危なかった事項があった。それは顔を若干青くしている咲のみが理解していた。

 

咲手牌

{四①②③③③2388南南南}

 

 一見すると何の変哲もない手牌だが…咲が感じ取っていた次のツモは3筒。つまり槓材である。さて3筒を槓材とみなした咲が次に取る行動はなにか。答えは簡単、1筒2筒の辺張払いである。

 華菜が振り込まず自分にツモ番が回ってきていたならば、ほぼ確実に自分が振り込んでいただろう。そして席順で鷲巣の和了が認められる。親の役満48000点。余りに大きいダメージとなっていた。

 この確固たる事実が咲をさらに萎縮させることになってしまう。

 

(やってくれる…こうでなくては面白くない…)

 

 そしてこの手をものに出来なかった鷲巣。さぞかし荒れているのかと思ったが、ゆみに対して手応えを感じていた。思い返せばこの加治木ゆみ、なかなかにうまい麻雀を打ってくる。そしてなかなか感覚も優れている。鷲巣の興味が咲からゆみに移ろうとしていた。

 

(しかしその中ドラ1といい、ドラの6筒といい、役満を潰されたといい…あの時と共通点が多すぎる。ちっ…気に食わん)

 

 …訂正しよう。あの時の苦い記憶が蘇り、多少は堪えているようだ。

 

北家 清澄   124300

東家 龍門渕  134400

南家 風越女子  65200(ー2000)

西家 鶴賀学園  76100(+2000)

 

大将戦前半戦南三局 親・風越女子 ドラ・{北}

 

(とにもかくにも鷲巣の親は流せた…ここから稼がなくては…)

 

 ゆみが決意を新たに奮起する。しかしそれをあざ笑うかのように鷲巣から耳を疑う声が聞こえた。鷲巣の第一打である4索は捨牌に縦に切られず横向き。同時に卓上に千点棒が投げ込まれる。

 

「リーチ!」

 

鷲巣捨牌

{横4}

 

(ダブルリーチだと…さっき役満を蹴ったばかりじゃないか…)

 

 流れの話になるが大きな手を和了り損ねた後の配牌は一般的には落ちると言われている。デジタル派は真っ向から否定するだろうが。しかし鷲巣はそんな事知らないと言わんばかりに手を引き寄せてくる。

 華菜はこのダブリーを恐れたのか比較的安全な字牌を切っていく。

 

(振り込みが怖いのは分かるが…せめて鳴けるところを切って欲しいものだな…)

 

ゆみ配牌

{一三六七23669⑦南白白} ツモ {中}

 

(ここあたりか…)

 

 ゆみは孤立しており尚且つ他家が鳴きやすいであろう7筒を切る。しかし鳴きの宣言は聞こえてこない。咲は少考の後、鷲巣の唯一の現物である4索を切り出していった。ゆみにとって咲は下家であるため鳴くことは出来ない。

 

(く…まずい…鳴きが入らないまま鷲巣のツモ…)

 

 ゆみが危惧していた通り、鷲巣はツモ牌を切らず卓に軽く叩きつけ、手牌を倒す。そしてはっきりした声でツモったことを告げる。

 

鷲巣手牌

{二三三四四五12377北北} ツモ {北}

 

「裏が西…3枚乗って三倍満…」

 

(高い上に裏まで乗せてくるのか…)

 

 かっちり裏ドラも暗刻で乗せ、ダブリー一発ツモ北ドラ6。きっちり11翻で三倍満。早すぎる和了りにたまらないのは華菜。何も出来ずに三倍満の親かぶり。そんな馬鹿な話があるかと卓に突っ伏す。誰もがその気持ちが分かるため攻める者はいなかった。

 

西家 清澄   118300(ー6000)

北家 龍門渕  158400(+24000)

東家 風越女子  53200(ー12000)

南家 鶴賀学園  70100(ー6000)

 

「さあ南四局(オーラス)だ。鶴賀の。賽を振れ」

 

(くっ…このままでは飲み込まれるぞ…激流に…)

 

 鷲巣がペースを握ったまま前半戦南四局(オーラス)を迎える。他3校はどう対処していくか。そこが勝負の観点になっていた。




 南四局がやたらと長くなりそうなのでまた一旦ここで区切ります。
 出張や連日の残業で書く時間がなかなか確保できませんが、頑張って書きたいと思います。今回会話分中でツールを使いませんでした。どちらがよいのかメッセージにて教えてくれれば幸いです。
 お気に入り登録数がいつの間にか凄いことに…ありがとうございます!
追記・鷲巣の暗刻落としを順子落としに変更しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異端

長らくお待たせしてすいませんでした。
話に一段落ついたら不定期にアカギを主人公にした番外編を書こうかと考えています。アカギが自分から麻雀部に入るように見えますか?当然一悶着あったのです…


『さあいよいよ前半戦南四局(オーラス)を迎えます!藤田プロはどう見ますか?』

『まあ流れは間違いなく龍門渕にあるな。他3校はそれにどう対応するかが勝負のポイントになるだろう。それにしてもさっきの頭ハネは見事だった。鶴賀の部長…うまいな』

 

 清老頭を蹴られたのにも関わらず次局配牌時点でテンパりすぐさま和了ったことが何よりの証明である。このままでは間違いなくこのオーラス、龍門渕が制するだろう。

 龍門渕鷲巣のツモを鳴いて飛ばすなど清澄、風越、鶴賀の共闘があれば多少は揺らぐかもしれないが難しいと藤田は見ていた。風越池田華菜はそういうタイプではないし、

清澄の宮永咲も何やら怯えたような表情を浮かべている。あれでは気の利いた打ち方は期待できない。

 

『鶴賀学園の部長は中堅の蒲原です。さてその鶴賀学園の親で南四局(オーラス)の賽が回されました!』

『え…あいつが部長!?マジ!?』

 

大将戦前半戦南四局 親・鶴賀学園 ドラ・{5}

南家 清澄   118300

西家 龍門渕  158400

北家 風越女子  53200

東家 鶴賀学園  70100

 

ゆみ配牌

{①①三赤五八九6白白発発中西} ツモ {中} 打 {西}

 

(なんだこの配牌は…この流れで来るものなのか……いやいや何を考えているんだ私は)

 

 ゆみには役満手である大三元の種…三元牌の対子。それが三つとも入ってきた。あまりの好配牌に逆に薄気味悪いものを感じてしまう。何か落とし穴でもあるのではないか…などとしばらく深読みしていたゆみだったがいやいや…と思い返した。

 自分でも考えすぎだと思う。これは素直に喜ぶべき事である。まして親番で大三元…三元牌のどれか一つを暗刻にしたいところだが…役満を狙えるのは大きい。そうでなくとも小三元ドラ2などの跳満は固い。序盤に鳴ける事を期待してゆみは唯一浮いている字牌である西を切り、改めて周囲の様子を伺う。

 上家である池田華菜は露骨に苦い表情を浮かべており、見ただけで配牌が悪いのだろうと判断できる。下家に座っている宮永咲は心ここにあらずといった様子で配牌に目を向けていた。そして問題は対面に座っている鷲巣。対局が始まってからというもの何かを企んでいるかのような邪悪な笑みを崩さず、手がいいのかどうかすら分からない。

 

『加治木選手に大三元を匂わせる配牌が入ってきましたー!これは大チャンス!』

『万一大三元ともなれば48000点でさらに連荘になる。一気に勝負が分からなくなるな。問題は残りの三元牌の在処だがどこにあるのや…なんだと!?』

『えー鷲巣選手…先程からセオリーに反した不可解な打牌をしていますが…どういうことでしょうか』

 

 その問いに解説である藤田は答えることが出来なかった。柄にもなく藤田が叫んでしまったのは龍門渕、鷲巣の配牌と第一打にある。鷲巣の第一打は白。役牌とはいえ字牌であり違和感はない。鷲巣の配牌を見るに切られる訳がない牌。百人が百人とも捨牌候補にすら挙げない牌だ。それゆえに実況はもちろん藤田でさえ鷲巣の狙いが読めなかった。

 この打牌にも何か理由があるのだろうか。そして当然この白をゆみが見逃すはずもない。

 

(一打目で出るとは幸先がいいな)

 

「ポン」 打 {九}

 

(役牌を一鳴きか…連荘させるわけにはいかないし!)

(特急券…早和了かな…)

 

 ゆみは白を鳴き、九萬切りして辺張払いを選択。役牌を一鳴きしたこの時点で池田華菜と宮永咲の2人は早和了りしての連荘狙いだと思っており、まだ警戒はしていない。そして鷲巣は次巡も白を切った。それから考えられる役はタンピン三色などがあるが…ゆみはある一抹の不安に駆られていた。

 それは鷲巣の手が出来上がりつつあるかもしれないということ。これまでの和了りも早かったこともあり十分にありうる。トップの龍門渕と大差ということもありこの勝負手を逃すのは辛すぎる。ゆみは手が進む牌…贅沢を言えば三元牌の残り牌をツモっておきたかったが、そう都合よく事は進まない。

 ゆみがツモってきたのは北。残念ながら手牌には使えそうもない無駄ヅモである。

 

(仕方ないか…) 打 {北}

 

 手牌に入れるはずもなくツモ切り。…と同時に鷲巣から響く発声。ゆみが反射的に視線を向けると鷲巣の手牌から2枚の北が倒されていた。

 

「…ポンだ」 

 

鷲巣手牌(他家視点)

{■■■■■■■■■■} 副露 {北横北北} 打 {発}

 

(タンヤオ系じゃない…と発か…これで小三元確定)

 

 役牌を落としておいてオタ風である北を鳴くこれまた不可解な鳴きであるが、ともかく三元牌の2枚目である発が鷲巣から切られた。流石に警戒されるだろうが、現状残り1枚の発がどこにあるのか分からない。

 山の奥深くに眠っているかもしれないし王牌にあったらどうしようもない。それに大三元を意識させることで他家の手を束縛する事が出来るメリットがある。ゆみは発声する前に思わず鷲巣が切った発に手を伸ばした。気持ちが前のめりになっている証拠である。役満がかかったこの状況では仕方ないことではあるが。

 

「ポン!」

 

ゆみ手牌

{①①三赤五八6中中} 副露 {発横発発 白横白白} 打 {八}

 

(まさか大三元!?そんな手が入ってきたっていうのか!?)

 

 鷲巣とゆみの空中戦となり鳴きの応酬が続く。そしてゆみが白発と立て続けに晒した為、必然的に他家からのマークは厳しくなった。中を握られてしまえばもう切られることはないだろう。だがそんな事はゆみも百も承知だ。

 

四巡目

華菜手牌

{二四五七八②③④⑧⑨135} ツモ {⑥}

 

(なかなか手が進まないし…)

 

 ゆみの目算通り華菜の配牌はてんでバラバラだった。そしてツモもいまいち噛み合わず、雀頭がないいわゆる塔子(ターツ)オーバーに陥っていた。嵌張系も多い。せめてもの救いは234の三色が見えることだろう。

ここから華菜はタンピン三色を目指し9筒を切った。6筒を引いたことで7筒がカバーできるため妥当な打牌と言える。

 それに万が一ゆみが既に大三元をテンパイしていたとしても自分からロン和了りする事はないだろう。鶴賀学園は出来れば龍門渕か清澄から直撃を奪いたいはず。自分から和了ってしまえば風越は1万点を切り、飛び寸前となる。

鶴賀の大将はなかなか賢明だ。そんな自らの首を絞める真似はしない…はず。それに大三元でなく連荘狙いならば仕切り直しとなるため振り込んでもよしと考えていた。

だが華菜が9筒を河に切ってすぐ、待ったの声が掛かる。

 

「カン」

「…は?」

「…聞こえなかったか…貴様が切ったその9筒…カンだ」

(…!私の嶺上牌が…)

 

鷲巣手牌(他家視点)

{■■■■■■■■} 副露 {⑨⑨⑨横⑨ 北横北北} 打 {九}

 

 鷲巣が華菜の切った9筒に対してカン…つまり大明槓を宣言。新ドラは4筒となった。華奈はもちろんゆみでさえわざわざ暗刻を崩し、カンをした鷲巣の狙いが分からなかった。

 そもそも大明槓には欠点が多い。まず面前が崩れ、和了るのに役が必須となる。まあ今回は元から鳴きを入れていたので関係はない。そして手牌が少なくなる為、どうしても防御が甘くなる。

 しいて利点を上げるとしたらドラとツモ回数が増えることくらいだろう。しかし現状鷲巣は大差のトップでありドラを乗せる必要がない。やはりメリットとデメリットが釣り合わないと思うのだが…

 しかしこの大明槓、大いに意味があった。ゆみたちがそれを理解するのはもう少し後のことになる。

 またこのカンでツモ番が変わる。再度華菜がツモるがあえなく無駄ヅモ。一瞬顔をしかめ9索をツモ切りした。

 

(よし。入ってきた…)

 

五巡目

ゆみ手牌

{①①三赤五6中中} ツモ {6} 副露 {発横発発 白横白白} 打 {三}

 

 対照的にゆみはイーシャンテンとなる6索ツモ。三萬か赤五萬切りの選択だったが順当にドラである赤五萬を残す。しかしゆみが三萬を切った瞬間再び鷲巣が動く。

 

「それもカンだ…」

(また大明槓!?)

 

鷲巣手牌(他家視点)

{■■■■■} 副露 {三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北横北北} 打 {中}

 

鷲巣捨牌

{白発} 

 

(三萬…?もうトイトイしかないじゃないか)

 

 鷲巣、再びの大明槓。新ドラは1索。三萬が晒されたことで鷲巣の手牌から混一色や混老頭の可能性が消え、残る役はトイトイのみ。打点もドラを抱えての満貫程度としか思えない。大明槓をしたのは新ドラを乗せたかったからだろうか。というよりもうそうとしか考えられない。

 鷲巣は嶺上牌をツモったあと、なんとゆみの大三元のキー牌である中を切り出した。この暴牌に対局室はもちろん実況解説室、観戦室、各校の控え室までもが凍りつく。一見すると血迷ったかのようにしか見えない打牌。

 

(この局面で中切り?気味が悪いが…遠慮なく鳴かせてもらうぞ…)

 

「ポン!」

 

ゆみ手牌

{①①赤五66} 副露 {中横中中 発横発発 白横白白} 打 {赤五}

 

 当然ゆみは鳴き、これで大三元確定。その後赤五萬を切り出し1筒、6索のシャボ待ちにとる。そしてこの大三元、鷲巣に強烈な一撃を加えるかもしれない可能性を秘めている。それは最後の三元牌である中を鷲巣から鳴いて大三元を確定させたこと。

鷲巣は当然その事について責任を負わなければならない。麻雀にはそのルールがある。

 

『だ、大三元確定!龍門渕鷲巣選手の包(パオ)…責任払いです!他家の放銃でも半額である24000点の支払い、もし加治木選手がツモれば鷲巣選手の全額…48000点の支払いとなります!…それにしてもなぜあの手牌から中が出るんでしょうか?藤田プロ』

『なんだその中打ちは…ありえないだろうが…』

『…ぐだってないで解説をお願いします』

『あれにか?出来るわけないだろ…』

 

 役満の責任払いとなるケースが少ないのか実況が丁寧に説明する中、藤田はまさかの解説放棄。それもしょうがないのかもしれない。実況もそれは分かっているのか藤田を責めるようなことは言わなかった。それだけ説明のしようがない打ち筋である。

なにせ配牌から三元牌が3種とも対子で揃っていたにも関わらず、それらから切っていったのだ。しかしこの鷲巣、南二局では今回のように常人ではまずしない打牌から清老頭を張った。藤田には鷲巣が意味のない事をするようには思えなかった。

 そして次巡鷲巣が中を手出しで切った事でその事実に3人が気づく。

 

(こいつのする事なす事は訳が分からん…) 

(そう言えばここまで全て手出し…まさかこいつ、配牌から三元牌の対子を落としたのか!?何考えてるんだし!)

(私の麻雀を打たせてもらえない…この子…怖いよ…) 

 

鷲巣手牌(他家視点)

{■■■■} 副露 {三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北横北北}

 

(ククク…凡人には分からんだろうの…この手の終着点が…)

 

 鷲巣は手を安く仕上げるつもりはさらさらなかった。この手はまだ伸びる余地がある…そう確信していた。

 鷲巣の手牌が見えない卓上の3人は鷲巣の狙いに気づくはずもなく、観戦室にも冴えた人間はいないのか鷲巣がみすみす他家の大三元のアシストをしたことを野次る声しか聞こえない。

 

***

 

「龍門淵の大将の子…まさか!」

「うわ!…どうしたんですかキャプテン?」

(……)

 

 真っ先にその危険性に気づいたのは控え室で観戦していた洞察力に優れている風越女子キャプテン、福路美穂子。思わず叫んでソファーから立ち上がってしまう。

 福路の突然の行動に隣に座っていた文堂の肩がピクっと上がり心底驚いた様子を見せる。そしてこんなキャプテンは初めてみるな…と思った深堀。周囲の部員たちも福路を見つめていた。

 あっ…ごめんなさいねと文堂に一言謝り、福路は卓上の4人の手牌と捨て牌に素早く目を通していく。出来れば自分の思い過ごしであってほしい…と思っていたが目の前の現実はそう告げていなかった。  

 

ゆみ(鶴賀)捨牌 

{西九八赤五②}

 

咲(清澄)捨牌

{南4①二}

 

鷲巣(龍門淵)捨牌

{白発九中9}

 

華菜(風越)捨牌

{東9南五}

 

(ない…あの2牌が場に見えていない…まだ山の中にいる…)

 

 神妙な表情を浮かべ、何かを呟きつつ考え続ける福路にコーチである久保が怪訝に思ったのかどうしたと声をかける。

こういった手牌の読みには疎い久保。福路の心中が理解できなかった。 

 福路はあくまでも私の推測なんですが…と最初に前置きを付け加えてから鷲巣が思い描いているかもしれない可能性について説明し始めた。

 

「…さすがにありえないだろ…それはもう人間業じゃない…」

「そ、そうですよ。それにそんな都合よく引けるはずないじゃないですか」

「考えすぎですよキャプテン!」

 

 正直福路が語った事はあまりにも現実離れしていた。説明し終えた後辺りを包むのはコーチである久保を始め、信じられないといった空気である。

部員たちはこぞってありえない…と口にしていたが、福路には皆が現実から目を背けてしまっているように見えた。つまるところありえないなんてことはありえないのだ。

推測だとしても、僅かでも可能性がある以上はそれを考慮しなければならないだろう。

 

「華菜…気をつけて…」

 

 声は届かないと分かっていても画面越しに華菜に語りかける。不安は大きくなっていく一方だった。

 

***

 

八巡目

 

ゆみ手牌

{①①66} ツモ {一} 副露 {中横中中 発横発発 白横白白}

 

(違う…まあそう簡単にはツモれないか)

 

 場所は戻り対局室。ゆみはツモ牌を指で舐める。その指から感じ取ったのはなにやら複雑な図柄の凹凸…完璧な盲牌など出来やしないがこれは間違いなく萬子だろう。

となると当たり牌ではない…などと考えていたが、その通り一萬であった。無駄ヅモでありノータイムでツモ切り。この一萬に咲が僅かに体を揺らし反応する。

 

咲手牌

{一一一五六2488③④⑧⑧}

 

(カンできる…でも…)

 

 咲が感じ取った嶺上牌は北。すでに3枚見えていて手牌に使う事は出来ない。振り込みたくないゆみに対しての安牌として使えるが、一萬が現物となり通ることが分かったのだ。というよりそもそも和了を目指していないのに3巡凌げる一萬を捨ててカンをする必要がない。咲はここではカンをせず、8筒ツモの後、セオリー通り一萬を切り暗刻落としをする。

 

華菜手牌

{二四七①②③④⑥⑦⑧135} ツモ {八} 打 {八}

 

(八萬か…助かったし!)

 

 華菜は鷲巣の大三元の包が決まってから咲と同じくベタオリに徹していた。ここまでゆみの現物の連打である。理由としては鶴賀にツモってもらえば龍門渕の責任払いとなり場が平らになるし、何より責任払いとなり放銃できなくなった。先程とは状況が変わり、放銃で24000点ずつの折半となったことで鶴賀は自分から当たり牌が出ても和了ってくるだろう。これらから華菜はベタオリを決めこみ現物である八萬をツモ切りする。

 

十一巡目

 

ゆみ手牌

{①①66} ツモ {赤5} 副露 {中横中中 発横発発 白横白白} 打 {6}

 

(よし…これでさらに和了りやすくなった)

 

 さてしばらく動きのないまま十一巡目まで進んでいたが、ここでゆみが当たり牌ではなかったものの絶好の牌をツモってくる。好形となりうる赤5索を持ってきた。これで4、7索の両面待ちに切り替えることが出来る。

 シャボ待ちでは、1筒が咲の捨牌に1枚見えているため都合3枚残っていることになる。いやオリているであろう咲や華菜が抱えているかもしれない事を考えると、山には殆ど残っていないかもしれない。

その反面両面待ちは4索が2枚、咲の捨牌とドラ表示牌に見えているだけであり7索に至っては生牌である。よって6枚残っているので単純に計算すれば倍。ツモにも十分期待できる。

 ダブドラを切りづらいこともありここは迷わず6索を切っていくゆみ。しかしその直後ゆみを始め、咲や華菜すら予測していなかったことが起きてしまう。

 ツモ牌を確認した鷲巣はその手で手牌からツモ牌を含み4枚牌を倒した。

 

「…カン!」

 

鷲巣手牌(他家視点)

{■7777} 副露 {三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北横北北}

 

(馬鹿な…7索が全枯れだと…)

(ってまさか三槓子!?ドラも乗ってる…流石に考慮してないし!)

 

 無慈悲にもゆみの当たり牌の片筋を殺す7索の暗カン。普段どちらかというと顔に感情が出ないゆみもこれには流石に表情を歪める。そしてこのカンにより三槓子が成立。新ドラ表示牌にも二萬が見え鷲巣が晒している三萬がそっくりそのまま新ドラとなりドラ4となる。先程までやっと満貫に手が届くかの手であったが、現状では見えているだけで三槓子トイトイドラ4となり最低でも倍満以上が確定。しかし今の鷲巣には倍満など頭にない。続く嶺上ツモこそが豪運の真骨頂であった。

 

「ククク…そうかそうか…ここにいたか……」

 

(なんだし?)

(ツモられたか…)

(え?いやあの嶺上牌は北のはず……北!?)

 

 獰猛な笑みを浮かべつつ思わず声をあげた鷲巣に首を傾げる華菜にツモられた事を悟るゆみ。そして事ここに至りようやく咲が気づくもそれは余りにも遅すぎた。最早どうする事もできず、鷲巣が牌を倒すのを見ていることしか出来ない。

 

鷲巣手牌(他家視点)

{■} ツモ {北} 副露 {■77■ 三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北横北北}

 

『…あっ!これはもしかして…』

『これか…やつの狙いは…』

 

 3枚目の嶺上牌は咲の予測通り北。他3人からしたら北は既に3枚見えている字牌でいわゆるポンカス。前述の通り手牌に使える余地はなく、ただの無駄ヅモに過ぎない。

しかしこの北、むしろ鷲巣にとっては当たり牌以上に待ち焦がれていた牌である。間髪入れず鷲巣は北を晒す。

 

「カンっ…!」

 

 そのまま北を加槓しこの局4回目のカン。これで鷲巣の手牌は16枚もの牌が右端に並べられた。その状況となる役は一つしかない。それは…

 

鷲巣手牌(他家視点)

{■} 副露 {■77■ 三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北北横北北(加槓)}

 

「ス…四槓子…?」

 

 その声は誰が漏らしたものだったか。いやもうそれを気にする者はこの場にはいなかった。そして対局室を始め、各校の控え室、観戦室までもが鷲巣の打ち筋に戦慄を覚え静まり返っていた。誰もが目の前の事実に理解が追いつかない様子である。その中で鷲巣のみが口元を吊り上げ笑っていた。

 卓上に晒された16の光…鷲巣、再びの役満…四槓子テンパイ…




にしても話が進んでいない…鷲巣が何の単騎待ちかは次回明らかになります。7月のスケジュールは比較的穏やかなので順調に投稿できそうです。
といっても牌が多いので毎週投稿は厳しいですが…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

危惧

前半戦オーラス…話数が長くなりそうです。


『龍門渕鷲巣選手なんとまた役満…それも四槓子テンパイです…』

『1半荘の間に役満を何回か張ることは確かにある…あるが…四槓子ともなるとさすがに別だ。私も初めて見た』

 

(四槓子だと…狙っていたとでもいうのか!?)

(これで龍門渕も無視できなくなったし…)

(どうしよう…四槓子だなんて…)

 

 なぜこの状況をここまで掘り下げて話しているのか…ゆみを始め卓についている3人が驚愕しているのか…それは四槓子が役満の中でも格段に難しいとされるからだ。その要因はいくつかある。

 まず一つに単純に4回槓をするのが相当難しいといえる。全て明槓でも4つの暗刻…最低12枚は自力で揃える必要がある。それがどれ程困難なことか。

 また計4回槓が発生すれば流局となる四開槓(スーカイカン)というルールがある以上他家から1回でも槓をされれば四槓子成就への僅かな可能性は完全に潰える。

そもそも四槓子は狙って和了る役ではない。 例えば序盤手の中に暗刻があり他家から4枚目が切られた場合まず大多数が見逃す。その理由は言うまでもないだろう。

 そして張ったとしても手牌は必然的に裸単騎となり、他家からは張っていることが筒抜けである。…となれば警戒されるのは当然であり、出和了が期待できなくなってしまう。その他防御が弱い、無駄にドラが増えるなど同じ役満である四暗刻と比べ四槓子はデメリットが目立つ。故にテンパイすら滅多に見れず、幻の役満とも言われているのだ。

 

十一巡目

鷲巣手牌(他家視点)

{■} 副露 {■77■ 三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北北横北北(加槓)} ツモ {西} 打 {西}

 

 鷲巣はその勢いのまま嶺上ツモとはならず、最後の嶺上牌である西を手牌に加えることなくツモ切りした。

 ツモられてもおかしくない流れだっただけにゆみはほっと胸を撫で下ろす。しかし安心してばかりもいられない。鷲巣の暗槓で当たり牌である7索が枯れた。しかもそれだけではない。ゆみは王牌…正確にいうとドラ表示牌に目を向ける。

 

ドラ表示牌

{4③9二4}

 

(3枚目の4索も見えてしまった…)

 

 最後の新ドラはダブドラとなる5索。必然的に4索がドラ表示牌であるため一気に5枚も当たり牌が消えた。

そのため残っているゆみの当たり牌は4索1枚のみの苦しい状況となっている。他家が既に持っているなら余程危険牌だらけの切羽詰まった手牌にならなければ出ないだろう。手牌が少ないが故に手替わりも余り望めず、現状山に残っているのを祈るしかなかった。

 そしてこの状況に困り果てたのは既に勝負から降りている華菜と咲。まだ巡目は中盤を少し過ぎたあたりだ。つまり後6、7回は牌を切らなければならない。

ゆみと鷲巣の役満を掻い潜ることは並大抵のことではない。都合よく安牌を引き続けることが出来るわけでもないので、近いうちに危険牌を切らざるを得なくなるだろう。

 

十一巡目

華菜手牌

{四七①③④④⑦⑧12355} ツモ {3}

 

(3索…切れる牌がないし…) 

 

華菜(風越)捨牌

{東9南五⑤九}

{二八⑥②東}

 

ゆみ(鶴賀)捨牌 

{西九八赤五②赤⑤}

{東一⑥6⑥}

 

咲(清澄)捨牌

{南4①二九五}

{南東一一一五}

 

鷲巣(龍門淵)捨牌

{白発九中9②}

{二南⑥②西}

 

 そしてその直後、華菜の安牌が尽きた。手牌は既に危険牌で溢れかえっており、ひたすら安牌をツモることを願っていたが引いてきたのは双方に通っていない3索。

 しかし1枚切らねばならない。この中から切れるとしたら1筒だろうか。2筒が捨牌に4枚見えているためあるとすれば単騎かシャボ待ち。ゆみと鷲巣は2筒をツモ切りしているので当たり牌である可能性は低い。下手に欲張って対子を落とすよりかはよっぽどいいだろう。それに1巡回せば安牌が増えるかもしれない。大丈夫…必ず通る…と華奈は意を決して1筒を切った。これに反応したのは下家に座る加治木ゆみ。

 

(1筒…!シャボ待ちなら討ち取っていたか。だが鳴けば単騎にとれる…)

 

 ゆみにとっては事実上テンパイ復活…僥倖の1筒。余りにも見込みがない4、7索待ちから単騎待ちに切り替えることが出来る。数少ない手替わりのチャンスにゆみは反射的に牌を倒していた。

 

「ポン!」

 

ゆみ手牌

{赤56} 副露 {横①①① 中横中中 発横発発 白横白白}

 

(…!し、心臓に悪いし…ていうか張ってなかったのか!?)

 

 一瞬振り込んでしまったかと思った華菜。ゆみからのポンの発声と分かり胸に手を当てほっ…と息を吐く。これがあと数回続くのかと思うと胃が痛くなる。

一刻も早くゆみにツモってほしいものだが、気になるのはこの局面で鳴いたこと。ここまでツモ切りを続けておいてテンパイしていなかったのか…

 事実は違ったものの華菜はそう解釈した。

 

(さて問題はどちらを切るかだが…)

 

 一方ゆみは赤5索と6索、どちらを切るかの選択を迫られていた。ゆみはもう一度場の捨牌を確認する。5索は生牌であり、6索は自分の捨牌に1枚。

この土壇場でフリテンにはしたくない。それに6索は一巡前に通したばかりであるため、ここは6索切りが妥当であるといえる。

 よし…と6索を手に切ろうとしたその瞬間、ゆみに電流が走る…頭によぎるは先程鷲巣が見せた、整った顔を崩した獣のような獰猛な笑み。そして浮かび上がってきたのは1つの疑問…ゆみは牌を切る直前だった右手を止め手牌に戻す。他家から見れば奇行としか思えない行動に当然他3人の視線はゆみに集まる。

 

(こいつ…なぜ()()()()西()()()()()()()()()()…?)

 

 西はゆみが1巡目に切ったきり場に見えていない。それから誰も合わせ打ちをしていないのを見ると誰の配牌にも西がなかった可能性が高い。

そして完全に降りている華菜と咲は西をツモればゆみの現物のためすぐに切るだろう。特に華菜はノーチャンスに頼って1筒を切るくらいだ…確実に手牌にはない。以上の理由から西はまだ2枚とも山に眠っているはず。和了を狙うならこれ以上ない好条件が揃った牌なのだ。

 それを切ったということは残った単騎がゆみに対しての危険牌なのだろうか。ゆみの脳内ではそれ以外にも様々な可能性が浮かんでは消えていく。やがて1つの仮説に辿り着いた。それは余りにも現実的ではなく麻雀のセオリーに反するもの。しかし絡まっていた糸が1本に戻るかのように全て辻褄があった。ゆみは隣の赤5索を手に取った。

 

(まさか…よし…直感を信じるっ…!) 打 {赤5}

 

 …こいつならやりかねない…と寸前で心変わりしたゆみはフリテンとなる6索待ちとなる赤5索を切る。ダブドラならぬトリプルドラの強打。言うまでもなく危険牌である。引く気のない真っ向勝負に周囲は固唾を飲みこみ、しばらくの間沈黙が場を支配する。ゆみの右頬を汗が伝い、ポタッ…と卓上に落ちる音がやたら大きく響いた。

 

「……どうした清澄…早くツモらんか」

「…あっ!は…、はい……」

 

(通ったか…だが6索は切れん。山に残っていればいいが)

 

 5索は通し…その沈黙は時間にして僅か数秒であったがゆみには数十秒…いやそれ以上に感じられた。

 うっかり手を止めていた咲が鷲巣に急かされ、慌ててツモ牌へと手を伸ばす。咲はツモ牌を手牌にしまいこみ手出しで5索を合わせ打ちした。ゆみはひとまず5索が通ったことに胸をなで下ろすが、ゆみの中に1度芽生えた疑念は消えない。今後6索を切るつもりはなかった。

 

(…止めるか…これは予想外だっ…)

 

鷲巣手牌

{6} 副露 {■77■ 三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北北横北北(加槓)}

 

 フリテンにしてまで6索を止めたゆみの判断は正に英断だった。鷲巣、まさかの6索単騎待ち。

 ゆみは鷲巣の思惑を見事に読み切り、絶壁の1歩手前で踏みとどまる…この神がかりの振込み回避に実況解説も間違いなく振り込むと思っていただけに大いに盛り上がる。

 

『加治木選手、鷲巣選手の当たり牌である6索を止めましたー!超好判断です!』

『なんだ…なぜ生牌のドラを切ってまで6索が止まる…?』

 

 藤田には分からなかった。…なぜここでフリテンに受けることができるのか。判断材料などあっただろうか。自分だったらフリテンを嫌い、間違いなく振り込んでいただろう。全くもって今日は驚かされっぱなしである。ちなみに本人は気づいていなかったが手で口を覆い考える姿は、若干薄目になっておりテレビ映りがかなり悪かった。

 

***

 

「さすがっす先輩ー!最高っす!」

「うむ。さすが…ってまた藤田プロか…」

「ワハハ…ゆみちんよく躱したなあ…」

「で、でもこれフリテン…だよね…大丈夫…?」

 

 同じく盛り上がっていたのは4人しかいない鶴賀学園控え室。先程ようやく立ち直りテレビで観戦していた副将東横桃子が歓喜の声をあげる。僅かに右袖が霞がかかっているのは気のせいだろうか。

先鋒を務めた津山睦月はせんべい片手に応援している。もちろん会場に持ち込んだプロ麻雀せんべい(1ダース)である。どうやら引きは強くないらしく今日3回目の藤田との顔合わせにカードをまるで親の敵を見るような目で睨みつけている。藤田に罪はないのだが…

一応部長である蒲原はいつもの調子である。自分には到底できない所業だ。あの読みはゆみならではだろう。

 ただその中でゆみの心配をしているのが次鋒の妹尾佳織。彼女は蒲原からフリテンをしてはいけないと何度も何度も言われてきた。初心者であるが故にその刷り込みが強くチョンボのように絶対にやってはいけないことと思っているらしい。その言葉に蒲原はテレビ…対局から一旦意識を逸らし佳織に手短に説明する。

 

「いや、佳織…フリテンでもツモ和了は出来るんだぞ」

「えっ!そうだっけ…」

 

 驚く佳織の様子に教えたはずなんだけどなーワハハと苦笑いする。蒲原は厳しい状況だがゆみなら何とかしてくれるだろうと信じていた。最もゆみに対して態度に示したことはないが。このあたりが少し不器用な蒲原であった。

 

***

 

十二巡目

鷲巣手牌

{6} 副露 {■77■ 三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北北横北北(加槓)} ツモ {③} 打 {③}

 

(鶴賀の小娘…なかなかやってくれるっ…!)

 

 手中から役満和了(ホーラ)がスルッ…と溢れ落ちる。鷲巣も討ち取れると思っていただけに僅かに眉間に(しわ)をよせる。もうゆみの待ちは6索で間違いないだろう。となれば在り処が分からない6索はあと1枚。

 引き合いになるが、負けるつもりは毛頭ない。間違いなくツモることが出来ると確信していた。ただしそれはツモ山に残っていたらの場合。すでに華菜、咲に流れていればもう切られる可能性は限りなく低い。

 しかし手元にある6索を簡単に切るわけにはいかない。切ってしまったらゆみはその巡目中に待ち不明の単騎に切り変えるだろう。などと考えつつほぼ無意識に当然ツモ切りした。

 

 その後鷲巣、ゆみ共に卓に強くツモ切りし続ける。その間華菜と咲はその2人の打ち合いで増えた安牌を切って何とか凌いでいた。そしてこの巡目までくるとある希望がうっすらと見えてくる。そう、流局という名の希望が。

 もういっそこのまま流れてほしいと心底思っていた。だが流局まであと2巡というところで鷲巣が遂に掴む。牌を手にした瞬間、直感的に察したのか盲牌すらせずそのまま強く牌を卓に打ちつける。鷲巣だからこそ出来る芸当と言えるだろう。

 引かれたか…と、ゆみは観念したように目を瞑(つむ)り軽く俯き、たった1枚の手牌を伏せた。

 

鷲巣手牌

{6} 副露 {■77■ 三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北北横北北(加槓)} ツモ {6}

 

「ツモ…8000・16000」

(…!やはり6索…)

(こんなの勝てるわけないよ…)

 

 叩きつけられたのはゆみが危惧していた6索…結果的に役満直撃を躱した形となったゆみだが安堵の表情は見られない。それもそのはずオナテンの引き合いに競り負け、これ以上ない勝負手…大三元を和了れなかった。しかし何より辛いのは四槓子…役満の親かぶりを食らったことだろう。それが現状断トツの龍門渕なのだからなおさらである。

 16000点…子の倍満分の点棒を渡し終え、随分と中身が少なくなってしまった点棒箱を眺める。余りにも厳しい…その一言に尽きるだろう。心が折れかけていたゆみだがその時頭に浮かび上がるは先程見てしまったモモの泣き顔。もう2度と見たくはないし、させるつもりもない。そうだ、まだ負けたわけではない…確かに勝機は薄いがまだ後半戦がある…と気を引き締めた。

 

『龍門渕鷲巣選手の四槓子が炸裂ー!そしてこれで前半戦が終了です!30分の休憩の後後半戦を開始します…』

『完全に鷲巣の独壇場だったな。このまま突っ走ってしまうのかそれとも対抗馬が出てくるのか…楽しみだ』

 

「あ…あの…ト…おトイレ行ってきます!」

 

 対局室に前半戦終了のアナウンスが流れたと同時に、目にうっすら涙を見せている咲が身震いした後立ち上がる。突然尿意が襲ってきたのかそのまま足早に対局室を出て行ってしまった。

 ただ一番悲惨なのは風越だろう。件の華奈は点棒を払い終わってから目の焦点が合っておらず、魂が抜けたかのように少しも動く素振りを見せない。なにせ前半戦殆ど見せ場を作ることができずただただ点を失い、挙げ句の果てには焼き鳥…1回も和了れなかった。確かに長く麻雀を打っていれば和了れない半荘もある。だがチームの命運を賭けた大切な決勝戦でやってしまうなんて。

 そして本当の計算違いが鷲巣の存在である。去年いいようにやられた天江衣もたいがいだが、この鷲巣は天江衣以上に理解不能な打ち筋である。もちろんこんな雀士と打ったことがないため対抗法が見えてこない。

そして今の華菜はキャプテン福路美穂子を始め4人の意思…いやレギュラーになれなかった部員たちの分まで背負っている。その責任感に押しつぶされそうになっていた。

 その姿を一目した後、ゆみもゆっくりと立ち上がり外の自販機へ向かう。なぜかやたらと喉が渇いていた。幸い休憩時間も長いためゆっくり休めそうだ。

 

大将戦前半戦終了

南家 清澄   110300(ー8000)

西家 龍門渕  190400(+32000)

北家 風越女子  45200(ー8000)

東家 鶴賀学園  54100(ー16000)

 

各個人収支

鷲巣 (龍門渕)  +74000

宮永 (清澄)   ー16100

加治木(鶴賀学園) ー26900

池田 (風越女子) ー30800

 

***

 

『…ところでなぜ30分の休憩なんだ?長すぎないか?』

 

 藤田の疑問は最もである。ここまでの合間合間に挟まれた休憩時間はせいぜい10分。30分は長いといえる。

これに実はですね…と実況が相槌を打って話し出す。何でも先程のオーラスの鷲巣の打牌が余りにも常識の範疇を超えていたのか、テレビの視聴者から解説してくれとの問い合わせが殺到しているらしい。

同時にまともに解説せず、放棄までした藤田にも苦情が入っている。これに対しテレビ局は大会本部に掛け合い、急遽休憩時間を伸ばしその間に藤田に解説させる心積もりらしい。

 それを聞いた藤田は流石にまずいとようやく気づく。プロ雀団から派遣されて来ている以上解説として最低限の仕事をしなければならないことを忘れていた。ただ面倒臭いと内心毒づいてはいたが。

 

『…私の推測になるんだが…いいか?』

『ええ…お願いします』

 

***

 

「…なあ頼むから説明してくれよ」

 

 一方控え室に戻ってきていた鷲巣も智紀を除いた部員にオーラスの件で詰め寄られていた。その中で1番聞きたがっているのは意外なことに透華であった。いつもながらデジタル派の自分から見ればありえない打ち筋。それ故に話を聞いてみたいと思ったのだ。

 しかし鷲巣も藤田と同じく説明を面倒くさがる。元来鷲巣という人間は自分の利にならない事には興味すら向けない。以前と比べ多少はましになったとは言え、今の局の説明などはもってのほかだろう。

 仕方ありませんわね…と透華は切り札を切ることに決め、端に控えていた自身の執事であるハギヨシとアイコンタクトを取る。

 

(ハギヨシ…アレですわ!アレを使いなさい!)

(…かしこまりました)

 

 2人の間で意思が行き来しあって成立した。ハギヨシは僅かに頷き、まだ言い合っている鷲巣の元に静かに近づく。右手にはあるものが握られていた。

 

「…面倒だ。和了る過程なぞどうでも…「衣和緒様…こちらをどうぞ」…ぬ…すまんな…まあそこまでいうなら話してやらんでもない」

 

 鷲巣に差し出されたハギヨシの右手…その手には一般的な大きさのどら焼きが乗っていた。ただのどら焼きではない。奈良県にある和菓子店、高鴨堂のどら焼きである。

鷲巣はこれが大層気に入っている。受け取った途端に機嫌が良くなっただけでなく露骨に態度を改めたその様子に透華はここまで変わるものか…と内心ため息を吐いた。わざわざ取り寄せておいたのは正解だったようだ。隠れたファインプレーである。そして事行はどうあれ話は聞けるのだ。一言一句聞き逃すつもりはなかった。

 こうして藤田と鷲巣はほぼ同じタイミングに解説を始めた。オーラス何が起こったのか…鷲巣は何を考えて打牌していたのかを…




地の文書くのってなんでこんなに難しいんでしょうかね…次回はオーラスの解説を進めていきます。藤田が頑張ってくれるはず…
地区予選ってテレビ放映してるんですかね?よくわからないのでここでは決勝戦のみ地元ローカル局で放映している設定にしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

策略

オーラス解説編です。


 団体戦決勝も残る大将戦後半の1半荘のみ。各校の大将はこの長い休憩時間をどう活かすかが後半戦の勝負の鍵となるだろう。

その中で現在トップを走っている龍門渕高校大将鷲巣衣和緒は…

 

やふぁりうふぁい(やはりうまい)…モグモグ…」

 

 早速どら焼きを味わっていた。

 

 場所は変わらず龍門渕高校控え室。高鴨堂のどら焼きに屈した鷲巣は片手で頬張りながら手近のソファーに腰を掛ける。それと同時に部屋のほぼ中央にあるテーブルを囲うように皆が座った。そのテーブルにはいつの間にか麻雀牌が1セット置いてある。鷲巣が説明しやすいようにと透華がハギヨシに命じ、どこからか調達させたものである。それに純が手を伸ばした。

 

「それじゃ説明してもらおうか…お前の配牌はこうだったよな?」

 

鷲巣配牌

{三三三九9⑨⑨白白発発中中} ツモ {北} 打 {白}

 

「うむ…まひぃふぁいふぁい(間違いない)…モグモグ…」

「…まず飲み込みなよ…行儀悪いよ。にしてもとてつもない配牌だよね…」

(やっぱりわかりませんわ…なぜここから白切り…?)

 

 乱雑に牌を取出しガラガラと1枚ずつ並べて、鷲巣に確かめる。なにせツモ牌を含めて14枚もあるのだ…1枚くらい思い違いをしているかもしれない。しかしどうやら自分の記憶力は確かだったらしく杞憂だったようだ。

 これに対して鷲巣はどら焼きを口に含んだまま答えるが、当然聞き取れないので一が咎める。

 それを尻目に透華は思考を始める。しかし改めて見ても鷲巣の豪運を象徴するかのような凄まじい配牌だ。既に大三元四暗刻と2種の役満が見えている。普通ここからオタ風の北をツモ切り…次点で孤立牌である九萬、9索に手が伸びるはず。しかし鷲巣はここから百人中百人が切らないであろう白を切っていった。常人ですら理解不能なのにましてガチガチのデジタル打ちの透華から見れば、確率などを無視した意味不明の打牌…なおさら理解できない。 

 

「…で、なんでここから白切りなんだ…?」

 

 これについて気になっていたのは透華だけではないようで、そんな透華の疑問を純が代弁してくれた。皆鷲巣の口から納得できる答えを聞きたかった。それを受け、ゆっくりどら焼きを味わっていた鷲巣がようやく飲み込み話し始める。

 

「ま…直感というやつかの…」

「直感…どういうこと…?」

 

 それは透華を始め、皆が呆気にとられるような短い理由だった。少なくとも透華が求めていた理論的な答えではなく感覚的な答えである。しかしそれも仕方がない。理論…確率論では透華の思考通りオタ風を切っていくのが定石であるとしか説明出来ない。となれば直感などの感覚的な理由となるだろう。

 それに全国に目を向けるととても理論では説明出来ない打ち筋をしている者も少なからずいる。そういえば身近にいすぎて忘れていたが、今ソファーの右端に座り美味しそうにオレンジジュースを飲んでいる衣もその内の1人であった。

 割り切らざるを得ない…か。そう気づいた透華は内心で今日何度目か分からないため息を吐いた。どこぞのピンク髪は頑なに否定するだろうが、このあたりは柔軟な透華であった。

 そして思わずオウム返ししてしまった智紀に鷲巣が詳しく説明する。

 なんでも第一ツモで北をツモった瞬間にある直感…確信を持ったらしい。ここで自分が引けないという事は既に山には三元牌が残っていない…他家の配牌に流れてしまった…と。しかし切られるのを待つのは絞られればいずれ手詰まりになるし、切らなければ七対子しか和了り目がなくなる。

 しかし見方を変えればこの手、七対子イーシャンテンでもありその選択も決して間違いではない。ただ鷲巣にはそんな安い手を和了るつもりは毛頭なかった。だから白を切った…らしい。

 

「…分かった。じゃあ次はこれだな…」

 

 どことなく釈然としない顔だが純は一応納得したらしい。彼女も鷲巣と同じ感覚派の打ち手だからだろう。鷲巣の目の前の牌を崩し、新しい手牌を作り上げる。状況をより把握する為に鷲巣の対面…鶴賀学園加治木の手牌も組み上げることにする。純は覚えきれていなかったが智紀がノートパソコンで牌譜をとっていた為、捨牌を含めて難なく再現することが出来た。

 

鷲巣手牌(六巡目)  

{77中中} 副露 {三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北横北北} 嶺上ツモ {6} 打 {中}

 

ゆみ手牌(六巡目)

{①①赤五66中中} 副露 {発横発発 白横白白}

 

「無理矢理大明槓をしたのは何とか理解出来る…清澄の妨害が狙いだろう?東場でもやってたからな…ただ…なんでここで中が出る?」

 

 東場で確認した通り清澄の宮永咲は嶺上牌を察知出来る力を持っている可能性が高い。する必要のない大明槓は咲に対する牽制と見て間違いないだろう。 

 しかしゆみの手牌を見るに中だけは切ってはいけない場面である。鳴かれれば大三元の責任払いとなってしまうし可能性は低いものの既に手が出来上がっているやもしれない。というよりかは切る必要がない。この手7索、中のシャボ待ちで張っているためここは誰がどう考えてもツモ切りである。

 だがここでも鷲巣はセオリーを無視して、一旦テンパイを崩す中切り。藤田でさえ匙を投げたくらいだ。これが本当に分からない。

 

「儂としては別に鳴かれてもよかった…というより鳴いてもらいたかったといってもいい」

「鳴いてもらいたかった…?」

「どういう事…?」

 

***

 

『…風越を完全に勝負からおろしたかったんだろうな』

『風越をですか…?』

 

 時間をかけながらも藤田は何とか解説を続けており、そして案外的を得ていた。ほぼほぼ正解に近い辺りプロ麻雀選手の端くれと言えるだろう。

藤田の考えは鷲巣が風越の池田に横槍を入れられない為にゆみに大三元確定の中を鳴かせた…というものだった。しかしここで池田をおろしたところで余りにも釣り合っていないのだ。ゆみは役満テンパイ、それに対し鷲巣はテンパイすらしていないこの形。

 

鷲巣手牌  

{677中} 副露 {三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北横北北}

 

鷲巣手牌(次巡)  

{6777} 副露 {三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北横北北} ツモ {7} 打 {中}

 

 しかし鷲巣は次巡7索を引いて中を切り、早々にテンパイを復活させる。3面待ちとはいえ役がつくのは6索のみ。それもトイトイのみの安い手である。

 そしてその直後ゆみがシャボ待ちから両面待ちに切り替えた際に切った6索を信じられないことに見逃している。それも表情1つ…眉すら動かさずに。確かに7索か北さえ引き入れれば三槓子が成立するが僅か2枚であり余りにも望み薄。圧倒的な大差をつけられていて和了ることができないわけでもない。むしろ2位以下に大差をつけているのだ。この見逃しもセオリーを反している。

 そしてまだ最後の大きな疑問が残っている。

 

『鷲巣選手…なぜ西単騎に取らなかったんでしょうか…?』

『…それはだな…』

 

 鷲巣が四槓子の裸単騎を西ではなく6索にとった理由。藤田には1つだけ心当たりがあった。自分の推測がほとんどで合っているかも分からないものだがその点については最初に断った。ならば堂々と話しても問題ないだろう。藤田は軽く咳払いをしてから話し出す。

 

『…鷲巣が7索を暗槓したときだ。鶴賀の加治木の表情が露骨に歪んだだろう。見ていたか?』

『そういえば…』

 

 実況は先程の光景を思い浮かべる。鷲巣の手牌に集中していたため、加治木の表情まではよく見ていなかったが珍しく歪んでいたような。それもその筈、待ちを切り替えた直後に当たり牌の片筋である7索を殺されたのだ。

 

『あれは加治木のミスだった。まあ役満を張っていたんだ…しょうがないところもあるが』

『…?どういうことですか?』

『あれでは7索が当たり牌だと言っているようなものだな…鷲巣も恐らく気づいていたはずだ』

 

 7索が当たり牌だと仮定するとゆみの手牌の中身が以下の3通りに透けてくる。

 

{①①56} 

{①①68} 

{①①89} 

 

 上から4、7索の両面待ち、7索の嵌張待ち、7索の辺張待ち。つまり高確率…3分の2で6索が手牌にあることになる。だがこの場面に限っては加治木が6索を確実に持っていると言い切れる判断要素が捨牌にある。

 

『辺7索ならここから6索を切ったことになるんだが…』

 

仮想ゆみ手牌

{①①689}

 

鷲巣(龍門淵)捨牌

{白発九中9②}

{二南⑥②}

 

『あっ…これならわざわざ6索を切る必要がありませんね…』

 

 ゆみの最後の手出し牌である6索だ。鷲巣にトイトイドラ4など振り込むリスクが少しでもある以上、この場面では待ちも変わらない鷲巣の現物である9索切りだろう。

つまり6索切りはシャボ待ちから両面待ちに切り替えたもの…同時にゆみの手牌の中に高確率で6索が残っていることだと考えることができる。

 そして当たり牌が全く…もしくは殆どなくなったゆみが次に出来る行動が手替わりを待つことである。

 

『ただ…加治木の手牌だとここから手替わりがあまり望めない』

『確かに少ないですね…3副露しているわけですし…』

 

 今更言うまでもなく手牌は少なくなればなるほど窮屈になってしまう。副露の弱点の代表的な1つである。それは必然的にそのチャンスが少なくなることであり…

ここからの手替わりはせいぜい2つしかない。

 

{①①赤56} ツモ {①} か ツモ {5}

 

 1筒を自力でツモるか鳴いて単騎待ちに切り替えるか、5索を引きシャボ待ちに受けなおすかである。

そしてこれらの共通点が、()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 そう考えると辻褄が合ってくる。6索が1回通っているため鷲巣がツモ切りをし続ける限り手替わりはない。当たり牌とは思わないだろう。さらにもう1枚は5索。初期のドラであり切りづらい。そして6索はフリテン。

正に悪魔のような罠だ。どこまでも余念がない。

 

『しかし加治木選手は6索を止めましたよね…』

『ああ…私も完全に振り込むかと思ったが…』

 

 だがゆみは池田華菜から1筒を鳴いた後6索を切らなかった。切る直前だった右手を止めたという事は突然閃いたという事に他ならない。

 それらを思い浮かべ、藤田は苦々しい表情を隠しきれなかった。自分が同じ状況に立っていたら間違いなく振り込んでいた。勝利から限りなく遠のく四槓子に。

結局鷲巣は流局寸前に自力でツモってきたのであるが。

 

『まっ、こんな所だな…あー疲れた…』

『丁寧な解説ありがとうございました』

 

 解説を締めた藤田はまず脇に置いていたペットボトルに手を伸ばす。久々にまともな解説をしたせいか相当喉が渇き、疲れも感じる。だがようやく終わった。これでやっと休めると椅子に背を預け、背伸びをしつつ欠伸をかく。そんな藤田に実況が申し訳なさそうに話しかける。

 

『すいませんが藤田プロ…そろそろ休憩開けますよ』

『うそ!?』

 

 …予想外に時間を使いすぎていたようだ。

 

***

 

(…それにしてもまさか躱されるとはな…)

 

 鷲巣は最初は他3人を甘く見ていた節があった。確かに対局前には清澄の宮永咲に僅かに手応えを感じていたが、いくら見込みがあろうと所詮15、6歳の女子高生。メンタル…精神面に難があるように見え、自分に言わせればまだまだ経験が足りない。流石にそこまで求めるのは酷であろうが…

 その点については少しずるいようだが、鷲巣には75年もの経験がある。そしてその75年は決して順風満帆とは言えないものだった。麻雀に命を託したことも数え切れない程あるが、その度に圧倒的な勝利を収めてきた。だが年…衰えには流石の鷲巣も勝てなかった。自身が若い頃北海道の炭鉱で戦った、退屈を持て余した挙句狂った龍神の心中が痛いほど理解できた。そんな折に出会った人生最大最悪の敵…ああ自分はこの男を下す為に生を授かったのかもしれない…そこまで思わせる程の敵。死闘の末敗北したが、神のいたずらかあるはずのない再び戦う機会を得た。地方大会は通過点であると思っていたが…ただ1人鷲巣の中で加治木ゆみの株が上がっていた。読み、閃きに関してかなり光るものがあるし、メンタルもかなり強い。後半戦何か仕掛けてくるのは間違いない。

 

「…おい!…おい!衣和緒!」

「…ん?」

「なに考え込んでんだ。放送流れてるだろ。行ってこい」

 

 いつの間にか思考の海に飲まれていたらしい。純から声をかけられ、意識を再浮上させスピーカーに耳を傾ける。確かに休憩が開けるとの放送が流れていた。鷲巣は腰を上げゆっくりと立ち上がる。

 

「衣和緒!鏖殺だー!」

「あなたならよほどのことがない限り大丈夫だと思いますが…お気をつけて」

「うん。決めてきてよ」

「頑張って…」

 

(まあ頼られるというのも…悪くないか)

 

 頼られる…誰かの為に麻雀を打ったことがない鷲巣にとっては新鮮なことである。衣たちからの激励を受け、控え室を出て対局室へと歩き出した鷲巣。その背中はやけにおおきく見えた。




長らくおまたせしてしまいすいません。1ヶ月ですか…なんもかんもポケモンgoが悪い…
…もろに影響が出ました。次回から後半戦始まります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奇襲

やっと後半戦始まります。


 鷲巣が独特の空気が立ち込める対局室に戻ると既に加治木ゆみ、池田華菜の両名が卓についていた。

ゆみはともかく華菜はあれだけ落ち込んでいたのにどういう訳か立ち直って抜けかけていた魂が戻ってきている。休憩時間に何かあったのは明白だろう。

それからしばらくして原村和に連れられ、最後の1人である宮永咲が時間ギリギリに姿を見せる。トイレに行くと言っていたはずだがどこか迷ってでもいたのだろうか。ちなみにここから1番近いトイレは往復して10分もかからない。

 そして鷲巣はすぐに咲の変化に気づく。

 

(ほう…そうでなくては面白くない…)

 

 前半戦終了後真っ先に出ていった時は目に涙を浮かべていたものの、今となってはその面影はなく顔を引き締めており、むしろ時折笑っているようにも見える。部員たちに発破をかけられたのか自信を取り戻したようだ。

鷲巣もこのまま手応えなく終わってしまうことなど望んではいない。勝負は相手に張り合いがないとつまらないものだ。

 

(上等上等っ…完膚なきまでに叩きのめすまでのこと…)

 

 起家である咲の手が雀卓の中央に伸びる。最後の半荘の開始を告げるサイコロが回り始めた。

 

大将戦後半戦東一局 親・清澄 ドラ・{七}

東家 清澄   110300

南家 龍門渕  190400

西家 風越女子  45200

北家 鶴賀学園  54100

 

『さあ泣いても笑ってもこれが最後の半荘です!全国に駒を進める事が出来るのはたった1校のみ!ここまでは龍門渕の圧倒的なリードとなっていますが…どうでしょうか?』

『2位につけている清澄でも8万点差か…私もまくりの女王だなんだと呼ばれてはいるが…鷲巣(やつ)からはまくれる気がしないな…』

 

 まして1半荘でひっくり返す必要があるならなおさらだ…と藤田は呟く。

 藤田の言うとおり8万点というのは簡単に詰められる点差ではない。なにせ一気に逆転しようと思うのなら親の役満直撃しかなく、それも早々あるものではない。

ならばコツコツ…といきたいところだがここであと1半荘という時間制限が効いてくる。なんにせよ他3校は連荘できる親番を大切にしなければならない。

 前半戦は鷲巣が完全に掌握しきっていた。休憩を挟んで後半戦となったことで情勢が変わるのかが重点となるだろう。

 

(うむ…絶好…)

 

五巡目

鷲巣手牌

{二三四234②③④④七七八} ツモ {七}

 

 しかし後半戦真っ先にテンパったのはやはり鷲巣。受け入れの広いイーシャンテンからドラ…七萬を引いてくる。4筒切りでドラ3枚を抱えた3面待ちの高めタンピン三色テンパイ。

ダマでも十分な打点だが鷲巣は基本的にダマで待つことは少ない。自らの豪運に絶対の自信を持っているからだ。供託の千点棒を取り出し、卓に放りこむ。河に切られた4筒が曲げられた。

 

「リーチだ…」 打 {④}

 

鷲巣捨牌

{東北8四横④}

 

『トップ目の龍門渕鷲巣選手からリーチがかかりましたー!畳み掛けにかかります!』

『早いリーチで安牌が少ない上に打点も申し分ないし待ちもいい。これが決定打になるかもな…』

 

(リーチか…キャプテンの言う通りなら…)

 

 一方で現在最下位の華菜は先程の休憩時間でのキャプテンこと福路美穂子の助言…アドバイスを思い返していた。

 

***

 

 休憩時間に入り、1人しか残っていない対局室。風越女子大将池田華菜は目に見えて落ち込んでいた。大将戦前の威勢もすっかり消え去っている。余りにも不甲斐ない結果に終わり、控え室に戻ってメンバーと顔向けする勇気が出ない。それもその筈…この半荘、龍門渕、清澄の1年生にやられたい放題で一切和了れず焼き鳥状態。

龍門渕に振り込んだ清老頭も鶴賀が頭ハネしてくれなかったら

大きく点を失ってしまいトップの龍門渕との差は絶望的なほど広がってしまった。もうどうすればいいのか分からない。1年前と同じ状況に陥っている彼女は自分の無力さを呪っていた。

 

(どうして自分はいつもこうなんだ…何がいけないんだ…)

 

 いくら考えても答えは出てこないし、教えてくれる人もいない。そんな華菜の背中から近づく人影が一つ。

 

「華菜…ごめんなさい…来てしまって」

「キャプテン…」

 

 華菜が振り返った先にいたのは福路美穂子。実は華菜から会いに来ないように言われていたのだが、約束を破り思わず控え室を飛び出してしまった。目にはこらえきれなかったのだろうかうっすらと涙を浮かんでいる。

 

「謝るのは私の方です、キャプテン…みんなの点棒が…」

「大丈夫…あと伝えたいことがあって…龍門渕の子の事で…」

「龍門渕ですか…?」

 

 ああ…またこの人を心配させてしまった…そう悔やむも今はキャプテンの優しさに身を委ねて楽になりたい。

…それにしても龍門渕の事とはなんなのだろうか。自分が見たところ途轍もない打ち手としか感じなかったが、なにかつけいる隙を見つけてくれたのだろうか。

 

「あの子にちょっと気になる打牌があって…これ…」

「え…」

 

 美穂子は制服のポケットから手帳を取り出して華奈に差し出す。そこには簡単に書かれた手牌が書かれていた。 

 

{三四五13赤567888③④⑤} 打 {赤5} リーチ

 

「これって…」

 

 華菜には見覚えがあった。確か前半戦で槍槓のダブロンで鷲巣が和了った手であったはず。しかしこの手のどこが…

そう思った華奈であったがすぐに美穂子の言いたいことが分かった。

 あの時は槍槓のダブロンなどというありえぬ出来事にそこまで思考が回らなかったが、改めて見ると少しおかしい。

 

(あれ…なんで赤5索切りリーチ…?)

 

 リーチをかけるなら定石は8索切りだろう。わざわざ1翻落ちる赤ドラを切る必要がない。

 結局この手は裏ドラが8索となり3枚乗って跳満…結果論だが赤5索切りでも8索切りでも結局打点は変わらなかった。まるで裏ドラが何か把握しているかのような打牌である。…そういえば鷲巣の手にドラが乗ることが多かったような…

 

「まさか…」

「ええ…だからあの子のリーチには気をつけて。他家に差し込んででも蹴った方がいいかもしれないわ…」

 

***

 

(全く…卑怯にも程があるし!)

 

 新ドラ裏ドラが把握できる…乗りやすい…言葉にすれば簡単だがそれは凶悪の一言に尽きる。

 例えばリーチのみの手でも裏ドラが暗刻に乗れば満貫にまで化ける。もし今の鷲巣の手に暗刻があれば、跳満か倍満…もしくはそれ以上もあり得る…考えただけでも鳥肌が立つ。

 

華菜手牌

{一三四赤568①①②④⑥⑥西} ツモ {北}

 

 鷲巣のリーチ直後、華菜が引いてきたのは鷲巣の数少ない現物である北。華菜の手はテンパイには程遠く、普通なら北をツモ切りして一旦様子を見る場面である。

最も理想的なのは親である清澄に差し込み、連荘してもらうことだが肝心要の咲の表情は浮かない。どうやら自分と同じくまだまだ手牌が出来上がっていないようだ。

じゃあどうするか…と、場況を確認していた華菜は脳内に一つの考えが浮かんだ。

 

ゆみ捨牌

{北⑧26}

 

 華菜が注目したのはゆみの捨牌。字牌処理もそこそこに早々に中張牌を切り出しており、手が早そうだ。しかしまだ張ってはいないだろう。この点差で親番でもないのにダマにするはずがない。

悩んだ挙句華菜は北をツモ切りせず、赤5索を中抜きして河に切った。鷲巣からの発声は…ない。

 

ゆみ手牌

{二二二赤五六八八67③赤⑤⑥⑦}

 

(赤5索切り!?)

 

 鷲巣にとっての片筋とはいえ、ど真ん中の赤ドラ切り。鳴けばテンパイだがゆみは一旦考え込む。回し打ちするにせよ、オリるにせよリーチ一発目に切られる牌ではないだろう。

余りにも異質な打牌…何かしらの意図があるのではないか…と思わず華菜に視線を移す。その華菜の目は何かを訴えるようだった。その目を見た瞬間、華菜の思惑を理解した。

出来れば面前で進めたい手だったが鷲巣からのリーチが入ってしまった以上致し方ないだろう。

 

(なるほど…そういうことか…)

 

「チー!」

 

ゆみ手牌

{二二二赤五六八八③赤⑤⑥⑦} 副露 {横赤567} 打 {③}

 

 ゆみは華菜の切った赤5索を鳴き、3筒を打つ。この3筒もリーチ宣言牌のまたぎ筋だったがなんとか通る。

そしてこの鳴きでゆみも高め跳満のテンパイに漕ぎ着けると同時にツモ番がズレた。このズレが直後重大な意味を持つことになった。

 咲は無難に字牌を切っていき、迎えた鷲巣のツモ。

 

(ぐ…よりにもよって…)

 

六巡目

鷲巣手牌

{二三四234②③④七七七八} ツモ {七}

 

 鷲巣が引いてきたのは4枚目の七萬(ドラ)。普段の鷲巣なら迷わず暗槓だろうがこの場合はリーチ後で待ちが変わってしまう為暗槓出来ず、ツモ切りする他ない。

 これが鷲巣麻雀であったなら、ツモ番をずらされようがどうとでも出来た。しかしこれは普通の麻雀。ツモ番がずれたら引く牌も必然的に変わる。これは流石の鷲巣もどうしようもない。

七萬をツモ切りしたと同時にゆみが発声と同時に手牌を倒す。

 

「ロン…タンヤオ三色ドラ4で12000」

 

ゆみ手牌

{二二二赤五六八八赤⑤⑥⑦} 副露 {横赤567} ロン {七}

 

『トップから跳満直撃ー!これは大きい!』

『風越池田のアシストがあってこその和了りだ。本来ならまた鷲巣が和了っていたはずだがセオリーを無視することで強引に捻じ曲げた。ツモが良すぎるというのも考えものだな』

 

(よし!うまくいった…)

(すまないな…風越)

 

 始めて龍門渕に直撃らしい直撃を食らわせた。露骨な協力はタブーとされているので会話せず、目線のみで意思疎通する2人。これで少しは追い風になってくれるだろうという確かな手応えがあった。

 

東家 清澄   110300

南家 龍門渕  177400(ー13000)

西家 風越女子  45200

北家 鶴賀学園  67100(+13000)

 

大将戦後半戦東二局 親・龍門渕 ドラ・{発}

 

華菜手牌

{一三九①268東東南北発中} ツモ {9} 打 {2}

 

(これは…いける!)

 

 鷲巣のリーチはなんとか蹴った直後の配牌は九種十牌。当然流したりはしない。何よりこれなら役満…国士無双を狙えそうだ。一番の懸念は捨牌から見破りやすい国士無双が鷲巣に察知されて流されることだが…

 この時の鷲巣は現状最下位でここまで焼き鳥の華菜から警戒を怠っていた。加えてゆみから直撃を食らった直後でゆみに強い敵対心を向けており、華菜を一瞥もしておらず注意さえ向けていない。

 この手が成就することを信じて2索を切り出していった。

 

(ふん…龍門渕め…吠え面かかせてやるし!)

 

二巡目

ツモ {⑥} 打 {⑥}

 

三巡目

ツモ {1} 打 {三}

 

四巡目

ツモ {③} 打 {③}

 

五巡目 

ツモ {西} 打 {8}

 

六巡目

ツモ {⑨} 打 {6}

 

(きたきたー!)

 

華菜手牌

{一九①⑨19東東南西北発中}

 

『風越の池田、国士無双をテンパイ!当たり牌の白はまだ2枚山に残っています』

『絵に描いたような国士の捨牌だからな。他家に流れたらまず切られないだろう』

 

 華菜は次々と要所牌を引き瞬く間にテンパイ。白は咲の捨牌に1枚、ドラ表示牌に1枚見えている。まだまだツモにも期待できるだろう。

 

六巡目

華菜捨牌

{2⑥三③86}

 

(風越の捨牌…国士か?)

(国士無双…)

 

 六巡目ともなると流石に萬子、索子、筒子の中張牌が満遍なく切られた違和感が目立つ捨牌となり、ゆみ、咲共に手牌の中のヤオチュウ牌を絞り出す。

その中で鷲巣だけは手牌の孤立しているであろう牌を切っているのだが。…しかしそれは華奈も百も承知だ。もとより鶴賀、清澄から直撃を取るつもりはない。

 …特に大きな動きもなく、巡目は進んで九巡目、華菜がツモ牌に手を伸ばして盲牌…なにも刻まれていない感触を確認して卓に叩きつけた。

 

「ふっ…きたし、ぬるりと…ツモ!」

 

華菜手牌

{一九19①⑨東東南西北発中} ツモ {白}

 

「国士無双…8000・16000!」

 

(国士無双…役満の和了りを許すとは…)

 

 鷲巣にとっては正に死角からの(やいば)…完全に警戒を怠っていた。しかしそれも必然かもしれない…ここまで全く和了っておらず、目立っていなかった華菜である。

点棒を若干乱暴に渡しつつ、鷲巣は華菜に照準を合わせる事を決めた。

 

『持ってきたー!風越池田選手の今日始めての和了は役満、国士無双!正に息を吹き返す和了りです!』

『これで風越が3位浮上…この流れで親番を迎えるんだ…ひょっとしたらひょっとするぞ』

 

北家 清澄   102300(ー8000)

東家 龍門渕  161400(ー16000)

南家 風越女子  77200(+32000)

西家 鶴賀学園  59100(ー8000)

 

大将戦後半戦東三局 親・風越女子 ドラ・{7}

 

華菜配牌

{二二三五777②③③東北北} ツモ {西}

 

(ドラ暗刻!好配牌だし!)

 

 今の華菜の流れを象徴するかのような配牌。三暗刻やトイトイ…ツモがよければ四暗刻まで伸びるかもしれない。

第一ツモは残念ながら無駄ヅモだったがこの好配牌に期待に胸を膨らます。この手を物に出来れば大きく差が縮まることになるだろう。

 

(さあ…和了るぞ親倍満!そして…華菜ちゃん奇跡の逆転優勝だし!)

 

 西をツモ切りした華菜の髪が猫の耳のように持ち上がる。その目はいつも以上に活気に満ち、輝いていた。




寝違えて首が回らない状態でしたがなんとか書ききりました。お盆休みが皆無だった分、代休にて遅い夏休みを堪能中です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本気

おまたせしてしまいすいません!やっと書き上がりました!


 観戦席は前局の華菜の役満和了でにわかに盛り上がっていた。やっと出てきたか…ここから巻き返すか…などとあちらこちらから聞こえてくる。

 去年全国出場を逃した風越女子だがその人気ぶりはまだまだ健在のようだ。会場全体が華菜を後押しするような空気になっていた。

 

『多少差が縮まったものの依然龍門渕の大量リードには変わりありません。藤田プロはどう見ますか?』

『ここだな…この手を風越が生かせるかどうかで戦況が大きく変わってくる』

 

 藤田の言う通り、正にここが分水嶺(ぶんすいれい)といえる。

 親番で華菜に舞い降りた好配牌…確実に場の流れが変わりつつある。もしも大物手に仕上げ、龍門渕鷲巣から直撃でも取れれば一気に差が詰まり、龍門渕、清澄、風越の三つ巴の様相を見せることとなる。

 しかしそれはもちろん逆にも言える…この配牌はさながら竿にかかった大魚…釣り上げるか否かで今後が大きく左右される事になるだろう。

 

大将戦後半戦東三局 親・風越女子 ドラ・{7}

南家 清澄   102300

北家 龍門渕  161400

東家 風越女子  77200

南家 鶴賀学園  59100

 

(張ったか…)

 

六巡目

鷲巣手牌

{四五⑥⑦⑧⑨発発中中} 副露 {白横白白} ツモ {中} 打 {⑨}

 

 二巡目にゆみから切られた白を鳴いた鷲巣は六巡目で三、六萬待ちの小三元…満貫をテンパイ。本来トップの鷲巣に求められるのは、早々に和了って華菜の親を流し場を進めることだろう。しかしこの時の鷲巣は華菜以外は眼中になかった。ゆみ、咲から当たり牌が出ても、見逃し…いや気づきすらしないかもしれない。

 

同巡

華菜手牌

{二二三五777②③③北北北} ツモ {③}

 

(テンパイ…でも跳満くらいで和了ってられないし!)

 

 その直後華菜もテンパイに至る。2筒切りで嵌四萬待ちの三暗刻ドラ3。鷲巣と同じく満貫…リーチかツモ和了りで跳満となる。親っパネでも十分な打点だが、華菜は2筒を曲げなかった。

 華菜にはある確信めいたものがあった。今の自分なら手を伸ばす事ができる。それに跳満程度で和了ってしまえば逆に流れを逃す事になる…と直感的に察していた。

 

『風越池田選手リーチとはいきませんでした。一旦ダマテンにとります』

『冷静な判断だ。手替わりのチャンスも十分にあるし待ちの四萬は鷲巣に1枚、宮永に暗刻で純カラだ…それに四暗刻イーシャンテンだ』

『役満といえば鷲巣選手も大三元まであと1手ですね。両者とも満貫ですし…これはほぼ五分ですかね?』

『いや…』

 

 確かにほぼ五分のようだが、藤田は風越池田の方が優位と見ていた。役満テンパイになる牌の数こそほぼ同じなものの問題はその後。

 鷲巣は発が手牌に入らなければどうあがいても満貫止まりだ。だが発は既に1枚咲の捨牌に見えているため残るは1枚。咲が発を切った直後に重なった為、僅かに間に合わなかった。

対して池田は四暗刻単騎(スッタン)になれば最高だがツモり四暗刻(ツモスー)の形でもリーチをかければロン和了りでも倍満以上が確定し、なおかつ柔軟な対応がしやすい。

 しかしこれは役満を和了る前提での話。大差をつけられている池田はともかく両面待ちの好形で張っている鷲巣は無理矢理狙う必要はない。

 

ゆみ手牌

{一一五②④④⑤⑦⑨1378} ツモ {西} 打 {④}

 

(手が重いな…この局は厳しいか)

 

 ゆみの配牌は良いとは言えずツモもいまいちしまらない。この局での和了りは難しいと判断し、後々危険牌になりそうな4筒を処理。早くもオリる準備を始めていた。

 大した打点が望めないこの手で中途半端に突っ張って振り込んではそれこそ目も当てられない。それにまだ親番が2回残っている…ここは無理をする場面ではない。このあたりの割り切りの良さもゆみの長所といえるだろう。

 

咲手牌

{三四四四七八①①①②南南南} ツモ {六}

 

(よかった。これで和了れる…)

 

 咲の手は順調に伸びていき2筒切りで3面待ちとなる絶好のテンパイ。普通なら2筒切りリーチだろう。だがここで咲は上家であるゆみの前の牌山…正確にいうと次の自分のツモに一瞬目を向ける。咲が感じ取った次のツモは1筒…つまり槓材。そして嶺上ツモは南と2筒。三萬を切って2、3筒待ちに受ければ次巡この形で和了ることができる。

 

咲仮想手牌

{四四四六七八②} 副露 {■南南■ ■①①■}  ツモ {②}

 

 嶺上ツモ三暗刻の満貫確定手。2枚の新ドラが絡めば打点も伸びるが、どういう訳か手牌に新ドラが乗った事はほとんど記憶にない為、咲は最初から期待していない。とはいえ満貫の和了りでも逆転の口火を切るのには十分だろう。

 前半戦の東場を最後に和了りから遠のいている咲はツモってきた六萬を手牌に引き入れ、迷わず三萬を手に取った。暗槓に備え牌は曲げずリーチはしない。

 

咲 打 {三}

 

『あっ…出ましたね』

『なんで3面待ちに取らなかったのかは…まあ大体予想がつくが。ともかく鷲巣への放銃だ。池田は残念だったな…』

『…!いやちょっと待ってください…鷲巣選手牌を倒す素振りを全く見せません!』

『おいおい見逃すのか…発はあと1枚しかないんだぞ…』

 

 自身の当たり牌が切られたのにも関わらず、まるで眼中にすら入っていないかのように無造作に牌山へと手を伸ばす鷲巣。まさかの見逃しに実況を始め、藤田も独り言のように呟く。この場面でなぜ和了らないのか。考えられる要因は2つ。 

 1つは役満である大三元狙い。しかしこれは藤田の言う通り、余りにも可能性が低すぎる。他家に握りつぶされているかもしれないし、山の深い所に眠っているかもしれない。ましてや王牌などにいたらもう手詰まりだ。

 まあまだ六巡目で巡目も浅い…両面待ちの為一旦様子見の見逃しも考えられる。そしてもう1つは清澄からの出和了を良しとしていないかだ。しかし2位につけている清澄からの直取りは理想的のはずだが…

 …藤田は鷲巣の本質についてまだ見誤っていた。引ける引けない…ではない。鷲巣は牌を()()()()()()()。故に…

 

七巡目

鷲巣手牌

{四五⑥⑦⑧発発中中中} 副露 {白横白白} ツモ {発}

 

 必然の発引き…鷲巣大三元テンパイに至るラス発引き。この神がかりとも言える引きの強さに観戦席を含め実況解説すらも言葉を失い、辺りに奇妙な静けさが漂う。

しばらくした後その静寂を破ったのは我に帰った興奮気味の実況であった。

 

『…その発を一発で引いてきたー!大三元確定です!』

『何なんだあいつの引きは…』

 

 手広さより手の高さを優先する…もちろんそのような打ち手は山ほどいる。しかし鷲巣はその中でも異質の存在だ。

なにより驚かされるのは驚異のツモ。少ない有効牌を的確に引いてくるその様子は最早運がいいという言葉では片付けられないだろう…それほどまでに軽々と大物手を作り上げていく。

 当然この場面はノータイムで四萬か五萬を切って大三元テンパイに受けるだろう。しかし鷲巣はここで少考…手が止まる。

 

(大三元…いや違う…)

 

 鷲巣再びの直感…いや天啓が舞い降りる。大三元に構えていては和了れない…となれば…

鷲巣はツモってきた発を手牌にすら入れずそのままツモ切った。実況が絶叫とも言える声を上げていたが無論対局室には届かない。

 

鷲巣 打 {発}

 

同巡

華菜手牌

{二二三五777③③③北北北} ツモ {赤五}

 

(やった…四暗刻(ツモスー)テンパイだし!)

 

 結果的に華菜は即リーしなかったことが吉と出る。赤五萬を引き当て、三萬切りで四暗刻(ツモスー)テンパイ…とはいえ安めのロン和了りでも三暗刻トイトイドラ4で最低でも親倍満と十分の打点を持っており、そこに裏でも乗れば数え役満もあるかもしれない大物手…いやがおうでも高揚する。

 待ちが二、五萬と筋シャンポンだが、さして気にするほどでもないだろう。それに…と華奈は清澄咲の河に視線を向ける。三萬はさっき清澄が切ったばかりの牌。龍門渕もツモ切りだったため振り込むことはない…これだけの好条件が揃っている。

 華奈はこれがこの手の完成形と見て、迷うことなくリー棒を取り出した。

 

「リーチせずにはいられな「…ロン」にゃっ!?」

 

 …しかし満を持してのリーチ宣言は鷲巣からの発声により遮られた。予期せぬ放銃に思わず変な声が漏れ、一瞬何が起こったのか分からず状況を把握するのに幾ばくかの時間がかかった。

 

(ふ、振り込んだのか…?なんで…?)

 

「小三元…満貫8000点…」

 

鷲巣手牌

{四五⑥⑦⑧発発中中中} 副露 {白横白白} ロン {三}

 

(そこから発切り!?)

 

 本来通るはずの牌で振り込んだ。なんで山越し…なんで私から…などと答えの出るはずのない疑問が頭の中で渦巻く華菜だったが、鷲巣の和了形を確認しそれはますます強くなる。逃した魚は余りに大きい。華奈は体の中の燃えたぎる闘志が急速に冷めていくのを感じた。

 

西家 清澄   102300

北家 龍門渕  169400(+8000)

東家 風越女子  69200(ー8000)

南家 鶴賀学園  59100

 

***

 

「惜しかったわね。この局は咲が和了っていたのに…」

「…どういうことじゃ?」

 

 久がボソっと独り言のように呟いたのをまこは聞き逃さなかった。まるで咲が近いうちに和了ることが分かっていたように聞こえる。確かに咲もテンパイしていたが…

周りも聞きたそうな顔をしていることに気づいた久はアハハ…と苦笑いしつつ皆に説明する。

 

「あの子ちょっとした癖があってね…ツモる予定の槓材が近づくと僅かに視線を泳がせるのよ。次のツモにでも槓材があったんじゃないかしら」

「なるほど…そういうことですかって大丈夫なんですか…それ」

 

 今の話で皆が思ったであろう事を代弁する京太郎。槓材のタイミングがバレてしまいかねない癖である。見抜かれてしまったら、鳴かれてツモがずらされてしまうかもしれない。

しかし久は問題ない問題ないと手を振る。

 

「大丈夫…そもそも癖自体は本当に小さいものだから…今のもたまたま咲がアップで映ったから気づいただけだしね。現にあなたたちも今まで気づいてなかったでしょう?」

「そうじゃの…」

 

 彼女たちは咲と何回、何十回と対局している。咲のスタイルも熟知している彼女たちでさえ気付かなかったのだ…気づかれる可能性はゼロに近い。

 それに咲にこのことを妙に意識させてしまうとこれ以上に厄介な癖がついてしまうかもしれない。手癖なら少々問題だが顔…表情の癖だ。対局中に相手の顔を見続ける打ち手などいないだろう。

 これらの理由からこのままのほうがいいと久は判断したわけである。

 

「まあそれでも…たった数回の対局、映像から気づく人がいたら…恐ろしい観察眼よね。人間の所業じゃないわ。龍門渕が咲の当たりを見逃したからもらったと思ったんだけど…」

「あの場面での見逃しはありえません…大三元テンパイに取らないなら尚更です…」

「あればっかりは分からないわね…本人から聞きたいくらいだわ」

 

 デジタル打ちの和から見れば鷲巣の打ち筋は理解に苦しむものだった。非効率極まりないものだがなぜかそれが成立している。

和のみに関わらず清澄高校の面々は皆、鷲巣という雀士の底が知れなかった。

 

***

 

 同時刻南大阪のとある会場…ここでも麻雀のインターハイ予選…決勝が繰り広げられていた。

 

「クシュン!」

「なんや恭子…夏風邪でも引いたんかいな」

「体調崩されたらたまらないのよー」

「いやそんなはずないんですけどね…ちょっと…噂でもされとんかな…」

「ほーん…と、絹が倍満ツモ…おっ!裏も乗って三倍満や!」

「いやー絹ちゃん調子いいですねえ!もう決まるんやないですか…」

 

 その言葉に恭子と呼ばれた少女はテレビの対局に意識を戻す。

そこには彼女の所属する姫松高校の副将が映っており、三倍満を和了したためか小さく笑みを浮かべつつ他家から点棒を受け取っている。

この和了りで現在4位の高校が飛び寸前となり、次局に決着がついてもおかしくなくなった。それは同時に大将である彼女の出番がなくなることを意味する。

 …というより彼女はこの予選ではほとんど打っていない。全国から見ても5本の指には入る激戦区…強豪校がひしめき合う南大阪地区。当然出場校は多くそれに比例して対局数も多い。その中にあってここまでほぼ大将に回すことなく勝ち上がってきた姫松高校…主に目の前にいる中堅を打っている主将の調子が良すぎたからなのだが…その激戦区から頭一つ抜け出していると言えよう。

 

「まっ…出んでええなら別にええけどな…手の内見せんですむし」

 

 この姫松高校の参謀とも言っていい彼女は既に全国大会を見据えている。全国屈指の強豪校の大将を任されているだけの事はある。  

 

***

 

 場所は長野に戻って龍門渕高校の控え室…

 

「仕返し…ですわね。全く衣和緒の悪い癖ですわ!」

「あいつめちゃくちゃ負けず嫌いだからな…親番で役満和了られたのがよっぽど効いたんだろうな」

「この局に限って和了りやすさを優先させてるのが悪質だよね。割と子供っぽいんだよなぁ…」

「ぬ…衣たちの中でも衣和緒は一番年下だからな…仕方あるまい!それも衣和緒らしいからな」

 

 結局鷲巣の目論見を理解していたのは龍門渕高校のメンバーだけだった。本人がいない中、言いたい放題である。鷲巣が聞いていたら激昂する事は間違いないだろう。

今までの対局で鷲巣が負けず嫌い…根に持つ性格だというのは重々承知している。

透華はまたため息を吐き、呆れている。

 

「まあ、今の和了り全く意味がないわけじゃない…いや意識はしてないだろうけどな」

「ん?」

「去年もあの風越の大将を見たが…波に乗られたら面倒くさいタイプだ。で常套手段として波に乗らせないよう立ち回るわけだが…」

 

 その中で鷲巣を擁護する声があがる。場の流れに敏感な純は自分が有利になるように打つのではなく、相手を妨害するように打つ。

純が見るに先程の池田は波に乗る寸前だった。そんな純が流れを奪うのに最も効果的だというのは…

 

「どんなに安くてもいい…そいつから直撃を取るのが手っ取り早いんだよ」

 

 この振り込みで風越に流れ…勢いはなくなった。少なくとも次の配牌はかなり悪くなるだろうなと純は見ていた。

 

***

 

(私の三萬は見逃したんだ…)

 

 強い…今まで対局してきた誰よりも強い…咲はそう感じざるを得なかった。挙句の果てには自分が視界に入っていないような見逃しをされた。それは耐え難い屈辱。穏やかな性格の咲でも悔しさを感じ下唇を僅かに噛んだ。

 対抗しなければ…でもどうやって?どうやったら龍門渕に勝てる…?とここまできて咲は昔…小学生の時同じような体験をしたことを思い出す。あの時私は…曖昧だった記憶がはっきりと蘇った時、咲は静かに手を上げ審判にこう告げていた。

 

「あの…脱いでもいいですか?…靴下」

 

『おや…清澄宮永選手が靴を脱ぎ始めました。これには一体何の意味があるのでしょうか?』

『あれだ。自然体ってやつだな』

『…というと?』

『例えてみよう…お前が雀荘でボロ勝ちしていたとする…頭も冴えて正に絶好調だ』

『はあ…』

 

 私雀荘自体滅多に行かないんですけど…と言いたくなったがこれはあくまで例えだ。話の骨を折らず聞き役に徹する。

 

『で、余りにも勝ちすぎてしまったため、いちゃもんをつけられてしまった。周りにいた怖いお兄さんに絡まれている…この状況でさっきと同じように打てるか?』

『いや…絶対無理ですよ。動揺してミスもすると思います…』

『そういうことだ。麻雀を打つにあたって自然体は割と大切なんだよ…』

『…例え極端すぎませんか!?』

 

 余りにも下手な例えに実況は思わず突っ込むが、正直なかなかいい例えが思いつかなかった藤田は対局に視線を戻しごまかす。都合がいいことに咲が靴下を脱ぎ終え、試合が再開されるようだ。

 

(さあ、これでどう変わるかだな…)

 

大将戦後半戦東四局 親・鶴賀学園 ドラ・{白}

 

(うっ…)

 

華菜配牌

{一六⑧⑨1579東西発中中} ツモ {四} 打 {西}

 

 華奈は純の危惧通り手牌からドラが消え、目に見えて配牌が悪くなった。覚悟はしていたがここまで酷くなるとは思っても見なかった。特急券の中が対子で揃っているものの、中は既にドラ表示に1枚見えてしまっており、他もてんでバラバラ。

 余程ツモが良くない限り和了る事は出来ないだろう。…そもそも高打点になりそうもない配牌だが諦めることなくセオリー通りオタ風である西から落としていく。

 

(よし…いい形になった…)

 

五巡目

ゆみ手牌

{二二赤五六七④赤⑤⑦⑧6789} ツモ {二} 打 {9}

 

 ゆみは前局と打って変わって好調。タンピンドラ2などが見込める手格好となった。親であるため決して無理をする必要はないがやはり面前で進めたいと思ってしまう。

この手は和了りきりたい…そう思いつつ9索を打つ。

 

同巡

華菜手牌

{四六⑥⑧⑨579白発中中} ツモ {西}

 

(西…駄目か…)

 

 一巡目に切った西を引き直してしまった。配牌から手も殆ど進んでおらず、これだけで今の自分にどれだけ流れがないか痛感させられてしまう。

 ここで華菜は自分の和了りを諦め、親であるゆみに上がってもらおうと考え直す。幸いゆみの河は典型的なタンヤオ系で必要そうな牌は読みやすい。ここら辺りか…と6筒を切り出していく。

 

華菜 打 {⑥}

 

 そしてこの6筒ゆみにとっては喉から手が出るほど欲しい牌。鳴けばタンヤオが確定し、テンパイに取れる。華菜の絶妙なアシストであった。

 

(6筒は2度受け…鳴いてテンパイに取るか…)

 

「チ「ポン」」

((邪魔ポン!?))

 

 しかしそこに思わぬ横槍が入る。ゆみと華菜は咲の方に視線を向けるときっちり2枚の6筒が晒されており、華菜の切った6筒を拾っていた。

 

(く…6筒が3枚見えてしまったか…)

 

 ここでテンパイ出来なかったゆみは苦しい。残り少ない有効牌を持ってこれるか…などと考えていたが、それは悪い意味で杞憂に終わる。

 

「カン!」

 

 咲は鳴いた直後に6筒をツモり加槓。新ドラ表示牌には3筒が見えた。つまり4筒が新ドラとなる。咲の手が嶺上牌に伸び、そしてそのまま手牌の横に打ち付けられた。

 

「ツモ!嶺上開花!500・1000です」

 

咲手牌

{六七八八八23456} ツモ {7} 副露 {⑥⑥横⑥⑥}(加槓)

 

「り…嶺上開花タンヤオ…だけ?」

 

 ゆみが声に出してしまうのも無理はない。この局面で満貫にも届かない手を和了るなんて考えられない。そもそも面前で打てばもっと高打点が狙えていた手なのに…

親番が流れてしまったことに危機感を感じながらも咲に少ない点棒を支払う。

 

『清澄宮永選手前半戦以来の和了り!2回目の嶺上開花です!しかしこの場面でこの和了は…』

『なにか考えがあってやっていると信じたいが…』

 

 流石に藤田もこれは擁護できない。分かりきっていることだが各校と龍門渕高校とは圧倒的な大差がついている。つまり和了ったら局が進む子番で求められるのはただ一つ、大物手のみなのだ。しかし咲は余りにも安い手で和了った。和了ってしまった。そしてこの時点でこの和了の意図を理解しているのは和了った本人である咲と鷲巣のみであった。

 

(和了れた…大丈夫和了れるんだ…)

(そうかそうか…そういう事をしてくるか…面白いっ…)

 

 詰まるところ咲は1回和了っておきたかったのだ。自身の力が通用するのかどうか。そして和了って最後の親番を迎えたかったのだ。流れを作るために。

 

南家 清澄   104300(+2000)

西家 龍門渕  168900(ー500)

北家 風越女子  68700(ー500)

東家 鶴賀学園  58100(ー1000)

 

 大将戦はついに大詰め…後半戦南場を迎える…




清澄の面々が気づかなかった咲の癖を見抜いた末原さんってやっぱすごい。正に最強の凡人!
5位決定戦も期待しています!ただ大将戦までは1年くらいかかるかな…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猛追

試合もいよいよ大詰めです。



(そうか…この小娘の親番か)

 

 宮永咲…高打点を望める手牌にも関わらず鳴きを入れて、安手をしてまで強引に和了ってきた。それもこれも自身にとっての良い流れ…直後に迎える親番のために追い風を作るためだろう。そしてそれはこの状況を正確に掴んでいる事にほかならない。

 また先程から明らかに彼女の周囲を纏う空気が一変した。いや正確に言えば靴下を脱いで裸足となったその瞬間…ようやく枷を外し本気で逆転を狙ってくる構えだ。鷲巣は僅かに口角を吊り上げる。やはり対局は相手に張り合いがなければ面白くない。

 

大将戦後半戦南一局 親・清澄 ドラ・{三}

東家 清澄   104300

南家 龍門渕  168900

西家 風越女子  68700

北家 鶴賀学園  58100

 

咲配牌

{1289四赤五六七八九東北白} 打 {北}

 

 さて肝心の配牌だが槓をして手を進める咲としては珍しく順子系の手。しかしなかなかの好配牌をもらっている。ソーズの辺張がネックだがツモに恵まれればメンピン一通などが狙える。

 どうやら前局での和了りで少しずつだが流れが来ているらしい…この最後の親番での配牌が何れ程重要か分かっている咲は内心安心しつつ浮いている字牌である北から切っていく。

 

鷲巣配牌

{一一三五11479①③⑥⑧} ツモ {1} 打 {⑥}

 

(さて…これはどう打つか…)

 

 対する鷲巣の配牌はチャンタ系…ただ嵌張の形が目立つ。面前で仕上げればそれなりの打点は期待できるであろうが、鳴きを入れなければ早々に和了る事は難しい手格好。

咲の親番を流しておきたい鷲巣としては良くはない配牌と言える。だが鷲巣はこの場面で…いやこの場面だからこそ6筒を打ち、チャンタ…あわよくば純チャンの決め打ちを選択。ここで大物手の直撃を取り、咲に僅かに残っている逆転の芽を完全に摘み取るつもりでいた。

 

「ポン」

 

六巡目

咲手牌

{123二四赤五六七八九九白白} 打 {白}

 

 場は進み六巡目。順調に手を伸ばし、イーシャンテンとしていた咲だったが、ここで華菜から切られた九萬にすぐさま飛びつく。そして対子となっていた白を切り出した。

 

『えっ…この形から九萬を鳴くんですか!?それに白切り…』

『普通はありえない鳴きだがな…』

 

 どこか含みのある言い方をしたが藤田の言うとおりこの九萬鳴きは一見すると愚行としか思えない。

みすみす三、六、九萬の三面張形を捨て、白切りした事で完全に役なし…雀頭(アタマ)もなくなってしまった。それに手が進んでいるわけでもなくイーシャンテンから変わっていない。

 しかし嶺上牌を常に把握している咲にとってこれは当然の鳴き…和了りへと近づく重要な鳴きである。

 

(嶺上…ならば…)

(また加槓か…?)

(また!?)

 

 卓上では三人が咲の思惑に気づいていた。しかし気づいた所でどうすることもできない。ゆみは自身の手牌を見下ろすがそれはまだテンパイには程遠く、形も悪い。

 前半戦で咲の加槓を槍槓で討ち取れたのは牌勢に恵まれた故の偶然にすぎず、あれをもう一度やれと言われればゆみは迷わず無理だと答える。しかし鷲巣は何かを閃いたようでツモる手に力が入り始めていた。

 

七巡目

咲手牌

{123二四赤五六七八白} 副露 {九横九九} ツモ {三} 打 {白}

 

『清澄宮永選手、ドラの三萬を引きテンパイですが…』

『…役なしだな』

『そうですね…これでは和了れな…『いや、そんな事はないさ』…』

 

 次順の咲のツモは好都合な事にドラである三萬。これで嵌張が埋まる形で二、五、八萬のノベタン待ちのテンパイへと漕ぎ着ける。だがこれは形だけ…役がない為当然これでは和了れない。

 なぜ白の対子を落としたのか…などと疑問を感じた実況がその辺りを藤田へ尋ねようとしたが目さえ合わせないまま軽くあしらわれてしまう。

 実況は諦めたように内心でため息を吐き対局に視線を戻す。いずれにせよこの後の清澄を見ていれば自ずと咲の思惑が見えてくるはずだ。

 

(引いた…これで嶺上ツモ…!?)

 

十巡目

咲手牌

{123二三四赤五六七八} ツモ {九} 副露 {九横九九}

 

 さて誰も鳴かないまま数巡が過ぎ十巡目。咲は待望の九萬…槓材を引いてくる。咲が感じ取った嶺上牌によればこれでまた嶺上開花で和了る事ができる。

九萬を手牌に加えることなくそのまま加槓しようとする咲だったがその瞬間チリッ…と頭をかすめる僅かな違和感がして再び思い留まった。まるで大きな…致命的ななにかを見落としているような…

 咲は何事かと素早く場況を見渡し下家である鷲巣の河を確認し、心臓が飛び跳ねそうになった。

 

鷲巣捨牌

{⑥中4西③五}

{⑧79}

 

 序盤から中張牌が連打されている不自然すぎる捨牌。まず真っ先に疑われるのは国士無双。ただ国士でなくともあの捨牌ではヤオチュウ牌付近が怪しいだろう。この局は自分の手を気にしすぎていたが為に他家に対する警戒が疎かになっていた咲だが、それでも寸前の所で気が付けたのは大きな要因があった。

 それは前半戦で槍槓による振り込みをしていたこと…あの時和了りのみを見据え無警戒に加槓を行い、結果的に鷲巣とゆみに放銃…頭ハネにより鷲巣のみの和了りとなったがルールがルールならダブロンを食らっていた。その強烈な出来事が咲に加槓が秘めている危険性を認識させたのだ。

 

(でもここは勝負にいくしかない…!)

 

 だがだからといって九萬を抱えてしまってはこの手は死んでしまう。ソーズの順子を崩して混一色に向かう、改めて一通を狙うなどというのもなくはないが、そのソーズがまた切りにくい…それにテンパイを崩して張り直し和了るまでに最低でも三、四巡はかかる。最早その猶予は残されていないだろう。となれば危険を承知で加槓するしかない…咲はそう腹をくくり、改めて手にしていた九萬を晒し力強く宣言する。

 

「カン!」

『…!まさか…』

 

 咲は九萬を加槓する。ここでようやく実況も感づいたようだ。

咲は問題の鷲巣に視線を移すが和了る素振りは見られず、手先すら微動だにしない。何とか放銃しなかった事に安堵しながら嶺上牌に手を伸ばして手牌を倒した。

 

「ツモ!」

 

咲手牌

{123二三四赤五六七八} ツモ {五} 副露 {九九横九九}(加槓)

 

「2600オールです!」

『なんと再び嶺上開花だー!なんだこの和了はー!?』

 

 新ドラは中となり満貫には届かなかったもののリンシャンツモドラ2となり2600オール。決して小さくない和了りとなって連荘となる。

 この全てを見透かしていたかのような和了に実況も興奮気味にマイク越しに叫ぶ。ここまでやられては最早偶然とは言い難いだろう。この少女もまた異質であることに清澄を除く三校の選手たちも薄々感づいていた。

 

鷲巣手牌

{一一一一二三111①①①七}

 

『しかし惜しかったものの凄まじい手を張っていたのは鷲巣選手…あの配牌からここまで仕上げていました』

『清澄が一通にこだわっていれば和了目はなかったな。それに鷲巣も策を講じていた』

 

 この局の分岐点となったのは六巡目。この時点で既に鷲巣は一萬を4枚抑えていた。咲が九萬を鳴いていなければツモ番はずれず、直後の三萬は上家のゆみに入っていた。となれば咲はテンパイすらままならず、そのまま鷲巣の和了りとなっていた可能性が高い。

結果論だがあの局面で九萬を鳴くことこそが咲の和了りのために残された道だった。  と、ここで実況が藤田の解説の中で気になるワードがあったことに気づく。藤田が言う鷲巣の策とは一体なんなのだろうか。考えてもいまいちピンと来なかったようで直接尋ねることにしたようだ。

 

『あの…先程おっしゃっていた鷲巣選手の策とは…』

『ああそのことか…あいつ…明らかに清澄の加槓を狙った打ち回しだった』

『え!?』

『でないと直前の9索切りの説明がつかんだろ』

 

 鷲巣は八巡目に9索待ちの純チャン三暗刻三色同刻ドラ1…ほぼ完成形であるダマ倍満をテンパイしていた。しかしその後ツモってきた七萬を確認するやいなや9索と入れ替え…純チャンが消える七萬単騎へと待ちを変えた。萬子の混一色気味だった咲の河に対する対応ともとれるが、本命は咲から直撃を取る準備だと藤田は睨んでいた。

 事実ここから八萬をツモり、1筒辺りを落とせば三暗刻と三色同刻が消えるものの六、九萬待ちに取ることが出来る。しかしこれは余りにも都合がいい話だ。当然山からピンポイントで八萬を引くのは困難である。

 ただあの少女なら…鷲巣衣和緒なら次巡にでも張っていたのではないか…とあり得なかったタラレバを考えてしまう藤田であった。

 

(読みは当たっていたが…一手違いか)

 

 結論から言えば藤田の読みはほぼ正しかった。ほぼ…といったのには理由がある。鷲巣は次のツモが八萬であると確信していた。ただ一巡…もう後一巡届かなかった。

鷲巣は成就しなかった大物手を伏せ、ガラガラと崩す。その顔にまだ焦りの色は見られない。

 

東家 清澄   112100(+7800)

南家 龍門渕  166300(ー2600)

西家 風越女子  66100(ー2600)

北家 鶴賀学園  55500(ー2600)

 

大将戦後半戦南一局一本場 親・清澄 ドラ・{④}

五巡目

 

華菜手牌

{1112246789東南南} ツモ {赤5}

 

(おお…ド嵌張の赤引きでテンパイ…)

 

 この局も誰も鳴くことなく淡々と進んでいたがなんと早々に華菜が高め面前混一色(メンホン)南ドラ1の満貫…リーチかツモれば跳萬のテンパイ。

華菜の配牌は形は悪かったもののソーズが多く強引に混一色か清一色を狙っていたが、なんと辺張、嵌張が次々埋まりほぼ無駄ヅモなしのテンパイと相成った。

 華菜としては突然巡ってきた好機に乗りたい所…しかしこの勢いのままリーチとは打って出れなかった。待ちとなる2索、南が殆ど河に切られているからだ。

2索は既に種切れ…南も1枚切られているため、残るは南1枚のみ。その1枚に運命を託すくらいならまだ手を伸ばしにいった方がいいだろう。幸いまだ巡目も浅い。

3索を引いてくれば一通が確定し、9索なら九蓮宝燈のイーシャンテンとなる。他のソーズでも南を落とし清一色に向かえば、打点も見込める上に多面張のテンパイとなりやすい。

 

(よし。この手を伸ばす!) 打 {東}

 

「カン」

(な…また!?)

 

 華菜が手牌から東を切ったその瞬間響いた発声…それは咲からのもの。そもそもカンなど滅多に見るものではないはずだ。だと言うのに今日の対局でのカンは何回目だろうか。ここまでの事を考えるとまた嶺上開花で和了ってくる可能性が極めて高い。余りにも理不尽な展開に華奈は歯を強く食いしばった。

 

咲手牌

{①①①②③678白白} ツモ {①} 副露 {東横東東東}

 

『嶺上牌は1筒!なんとまた嶺上開花だーっ!』

「…もいっこカン」

『えっ…』

『嶺上ツモを放棄して暗槓…か』 

 

 咲は華菜からの大明槓で1筒を引き嶺上開花ツモ。当然誰もがこれで手牌を倒すと思っていたが予想に反し咲は1筒を4枚晒して暗槓を宣言。再び嶺上牌へと手を伸ばす。

 

「ツモ」

 

咲手牌

{三三②③678} ツモ{④} 副露 {■①①■ 東横東東東}

 

「嶺上開花東ドラ1…70符3翻で12300点です」

『宮永選手なんと親満…高めのドラをツモり直しましたー!』

(え…というかこれって…あたしの責任払い!?)

 

 責任払い…通常は役満の包などに適応されるルールだが、この大会では大明槓からの嶺上ツモでも責任払いとなる。

 ただ大明槓をするケース自体がどうしてもドラが欲しい場面など限られている上にそのまま嶺上開花で和了ることが滅多にないため半ば形骸化されたものである。

今回は華菜が切った東で咲が大明槓し、暗槓を挟んでツモ和了ったため華菜がその責任を取り、12300点全てを支払わなければならない。

 華菜の手はうまく伸びれば倍満、三倍満まであった。しかしその手を逃したばかりか放銃もしていないのに一方的に点棒を吐き出すこととなった。そして元々絶望的だった点差が更に広がり、最下位に転落。

普通の打ち手ならもう勝負を諦めて自暴自棄になってもおかしくない。

 

(まだだ…わたしの親番は残っているじゃないか…まだ逆転できる!)

 

 だが強靭な華菜の心は折れなかった。勝てる可能性が少しでも残っているなら全力で戦う。またチャンスは来ると信じ打ち続ける。

 

東家 清澄   124400(+12300)

南家 龍門渕  166300

西家 風越女子  53800(ー12300)

北家 鶴賀学園  55500

 

***

 

「符ハネ満貫か…珍しいなぁ」

「ふはね…なんですかそれ」

「…んーとなー」

 

 場所は変わり鶴賀学園控え室。蒲原が漏らしたふはねと言う聞きなれない単語に戸惑う佳織。

 符計算は極めて複雑であり、下手をすれば役さえなかなか覚えられない佳織の頭がパンクしかねないと考えたゆみが敢えて教えていない。故に満貫以下の点の計算はまだ自分たちがフォローしていた。説明してしまっていいものかと考えたがまあいっか…と簡単に結論を出して説明する。

 

「大前提として麻雀の点は翻と符で計算してる。翻は役を作れば上がっていくけど符は手の形そのものに加算されていくんだ」

「う…うん…」

「で、70符以上だと3翻でも満貫扱いになるんだな。えっと…今回の清澄の手は…」

 

咲手牌

{三三②③678} ツモ {④} 副露 {■①①■ 東横東東東}  

 

 この形だと東の明槓で16符、1筒の暗槓で32符、ツモ和了りで2符…これに基本20符を加えてぴったり70符。

 

「うぇ…難しそうです…皆さんいっつも計算してるんですか?」

 

 説明を聞き終わっても佳織はいまいちピンと来ていないようだ。目に見えて混乱しており、頭の中では数字が浮かんでは消えて、また浮かんでは消えていく。あの様子だと頭はショート寸前。

ただ佳織がこうなるのも当然だ。麻雀の初心者にいきなり符計算を理解しろという指導者はまずいない。それこそ小学生に因数分解を教えるようなものだ。

 

「うむ…私は考えながらは打っていないな…和了ってから計算している」

「…私も気にしてないっすね」

「まあ今は無理して覚える必要はないなー。余裕が出来ればって感じだな」

「わ…分かった…」

 

 非常に頼りなさそうな声で答える佳織に対し、いつものようにワハハ…と笑う蒲原。実はいつまでかかるかなーなどと考えていたのだが、周りにそれを感づかれることはなかった。

 

***

 

大将戦後半戦南一局二本場 親・清澄 ドラ・{北}

 

「ロン…北ドラ3で8000は8900」

「はい…」

 

ゆみ手牌

{①②三四五九九北北北} ロン {③} 副露 {横六五七}

 

 続く二本場は河が二列目に入った直後にゆみが咲からロン和了りし、これでようやく咲の親番が流れた。形は自風のドラ暗刻を抱えたインスタント満貫。

 混一色に移る前の仮テンであったがこのままだと咲に和了られることを危惧し、直撃を取れるならと和了った。これが華菜から出ていれば見逃していただろう。

 

(ここはしかたがない…このまま清澄に連荘され続けるのも良くない…)

 

 むしろ重要なのは次…南二局の鷲巣の親番だ。確かに大ピンチだが見方を変えればチャンスでもある。ツモ和了り出来れば親かぶりを食らわせられるからだ。

 ここでもし役満をツモ和了りすれば鷲巣との差は48000点縮まり、その後の親番を逆転が現実的な点差で迎えることが出来る。それにはともかく配牌だ。目も覆いたくなるような駄配牌が来てしまっては話にならない。

ゆみはこのために和了して流れを引き込み、次局少しでもよい配牌がくる事を刹那に願う。

 

東家 清澄   115500(ー8900)

南家 龍門渕  166300

西家 風越女子  53800

北家 鶴賀学園  64400(+8900)

 

大将戦後半戦南二局 親・龍門渕 ドラ・{三}

 

ゆみ配牌

{一二三七九478④赤⑤発中} ツモ {発} 打 {中}

 

(…厳しいな…)

 

 しかしゆみの願いも虚しく、手は順子系の平凡な手。発の対子があるため早和了りは狙えるものの、鳴いてもせいぜい発ドラドラ止まり…この局面で和了るべき手ではない。と言ってもここから大三元を狙うのも無謀すぎる。

 ただ幸いにも両面形が多く有効牌さえ入ればテンパイは早そうだ。ならば基本面前で進め、リーチ一発など偶然役に頼るしかない…そう考えたゆみは中から切り出す。

 

六巡目

咲手牌

{四四四六六2227②③④⑥} ツモ {六} 打 {⑥}

 

 この局真っ先にテンパイしたのは咲。六萬を暗刻にしてのタンヤオ三暗刻。リーチをかければ満貫確定だが咲は一旦6筒を切り7索待ちに取る。

 

『宮永選手テンパイ!三暗刻確定…ダマテンに構えます!』

『当然の仮テンだ…6筒も7索も単騎で待つには無謀すぎる。いい待ちになるまで待つのがセオリーだ。』

 

 中央の数牌は手牌の中で使われやすく、河に切られにくいため単騎待ちには向いていない。せめて暗刻にくっつけての二面待ちにしたいところだ。

またここから強引に四暗刻を狙いにいくのも面白い。

 

七巡目

咲手牌

{四四四六六六2227②③④} ツモ {五} 打 {7}

 

『あっと宮永選手絶好の所を引いてきた!えっと…これは五面張…ですよね?』

『ああ五面待ちで合っている。考えられる限りでの最高形だな』

 

 次咲、五萬を引き三~七萬のどれでも和了れる五面張となる。これならリーチをかけて一発ツモなども期待出来るし、安めでも裏ドラ次第では跳満もある。

しかし咲はここでもリーチをかけず7索を曲げない。そして咲が切った7索に反応したのは下家の鷲巣。

 

(7索か…)

 

鷲巣手牌

{二三三七八九3489⑦⑧⑨} 

 

 鷲巣の手は高打点が狙えるイーシャンテン。咲から切られた7索は三色が確定する急所牌。辺張形のためここは鳴いてテンパイに取るのが定石である。

鷲巣も反射的にこの7索を手に取ろうとしたが、その動きはすぐに止まった。

 

(ちっ…儂としたことが血迷ったか…鳴いてテンパイをとるなど…)

 

 鷲巣は鳴くことを一瞬でも考えてしまった…ジリジリと詰め寄る咲のプレッシャーか無意識のうちに逃げる者の思考となっていた自分に苛つく。この手は面前で打ち、親っパネ、親倍を和了り突き放すべきだろう。

 そう結論を出し、咲の7索は見逃し…一瞥しただけでツモ山へと手を伸ばす。自身の豪運を絶対的なものと信じる鷲巣だからこそ出来る判断である。

 

同巡

鷲巣手牌

{二三三七八九3489⑦⑧⑨} ツモ {7}

 

(そうだ…っ!これこそ鷲巣の麻雀…)

 

 その直後7索を自力でツモりテンパイに至る。平和三色ドラ2とダマでもツモれば跳満。役もありリーチをかける必要がない場面だが鷲巣は迷うことなく点棒箱を開く。その動作に対局室全体に緊張が走り抜ける。千点棒が投げられ、二萬が河に叩きつけられた。

 

「リーチ…!」

 

(うっ…)

(やはり来たか…)

 

『来ました親リーチ!メンピン三色ドラ2で跳満確定です!』

『威嚇の意味合いもこめたリーチだな…これでもう迂闊に動けなくなった』

 

 皆が一番避けたかった展開。それは言うまでもなく鷲巣のリーチ。放銃は問題外…。親の鷲巣に放銃してしまえばただでさえ果てしない鷲巣との差が更に大きくなる。

だからといって手をこまねいていてはいずれツモられてしまう。となればこのリーチを掻い潜って和了るしかないのだが…それには地雷原を通るように危険牌を切らなければならない。正に至難の業である。

 

同巡

華菜手牌

{一一八45778③④⑤東東} ツモ {②}

 

(とても振り込めないし…とりあえず現物を…) 打 {東}

 

 役もドラもなく打点が期待できないリャンシャンテンの華菜はこの時点で自分の和了りを諦める。無理に攻めた所でやはり明らかにメリットとデメリットが釣り合っていない。

 また美穂子の言いつけ通り再度鶴賀と共闘したいところだが、鷲巣への一発放銃は絶対に出来ない為ここは一旦保留せざるを得ない…とりあえず現物である東の対子から切り出し、2巡の間他家の出方を伺う姿勢を取る。

 

同巡

ゆみ手牌

{一二三七八678④赤⑤⑦発発} ツモ {②}

 

(く…東は鳴けない…)

 

 ゆみにはある確信があった。このままツモ番を回してはまずい…鷲巣ならまた一発でツモってくるに違いない、と。となれば鷲巣に振り込まないように鳴きやすい牌を切る必要がある…と鷲巣の河に視線を送る。

 

鷲巣捨牌

{東白⑦北九七}

{横二}

 

 手牌の中で確実に通る現物は二萬、七萬、7筒の3枚。このうち二萬、七萬は切れば実質和了放棄となってしまう。二萬は中抜きとなるし、七萬を切れば今度は八萬の処理に困る。この八萬は裏スジとなる本命牌…到底切れる牌ではない。よってゆみは残された7筒を手に取って切り出す。誰かがこの意図を理解して鳴いてくれることを期待しての打牌。しかし残念ながら発声はかからず、暫くの静寂の後咲がツモ牌に手を伸ばした。

 

(駄目か…こうなっては清澄に期待するしか…)

 

七巡目

咲手牌

{四四四五六六六222②③④} ツモ {2}

 

『宮永選手ツモってきたのは2索!』

『槓材…だな』

 

「カン」

(…!…片筋が死んだ…いや…儂にツモすら回さぬか…)

 

 咲は2索の暗槓を宣言し、慣れた手つきで嶺上牌へと手を伸ばす。図らずして鷲巣の当たり牌を潰す形となった。

 鷲巣は咲の和了を感覚的に感じ取り、静かに手を伏せる。自分の…それも親リーチに対して暗槓するというのは普通なら自らの首を絞める行為に等しい。しかし、この少女だけは例外だ。既に和了る目処がついているのだろう…終始笑顔を崩さない。

 

咲手牌

{四四四五六六六②③④} ツモ {六} 副露 {■22■}

 

『嶺上牌は六萬…本来は嶺上開花ですが…』

 

 新ドラが乗らなかったため、和了っても嶺上開花ツモタンヤオ…満貫にも満たない。…となれば前局見せたようにここから手を高めに動くはずだ。現に咲はツモった六萬をそのまま牌を倒す素振りを見せない。

 

「もいっこ…カン」

 

咲手牌

{四四四五②③④} ツモ {四} 副露 {■六六■ ■22■}

 

『な…三枚目の嶺上牌は四萬です…』

『…これは…』

 

 予測通り咲はここでは和了らず六萬を四枚晒して連槓。これで三、五萬の二面待ちに変化する。しかしツモってきた牌は4枚目の四萬…これも槓材。これは流石に藤田も予想外だったようで一瞬言葉を失った。

 

「カンッ…ツモ!」  

 

咲手牌

{五②③④} ツモ {赤五} 副露 {■四四■ ■六六■ ■22■}

 

「嶺上開花ツモタンヤオ三暗刻三槓子赤1…4000、8000です」

 

北家 清澄   132500(+17000)

東家 龍門渕  157300(ー9000)

南家 風越女子  49800(ー4000)

西家 鶴賀学園  60400(ー4000) 

 

『清澄高校宮永選手、なんと倍満ツモー!6400が16000と化けたー!』

『きっちり赤を引いて倍満か…これでえーと…30000点差を切ったか?』

 

 ここに来て遂に咲が鷲巣を射程圏内に捉える。点差が詰まったことで逆転が現実的となり、観客席も再び盛り上がり始める。もとより人間は奇跡の逆転劇を望むものである。

 それに無名校清澄が優勝の大本命である龍門渕を大逆転で下す…これ以上のドラマはない。結果会場全体が自然に清澄の応援をする空気となっていた。そして対局室でも。咲が逆転勝利に向けて確実に吹いている風…確かな手応えを感じていた。 

 

 ー決着まであと2局。




 次回完全決着です。符計算難しいですよね…手を作りながら計算できる人は本当にすごいと思います。
※この話の主人公は鷲巣です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決着

遅くなりましたが明けましておめでとうございます。実家帰ったり、風邪ひいたりと大幅に遅れましたことをお詫びします。
(注)鷲巣台風が大暴れします。ご注意ください。


「ぬぅ…あの清澄の打ち手、なかなかに奇怪…衣が打ちたかったぞ!」

「…幾分と差が縮まってしまいましたわね…大丈夫でしょうか…」

「おいおい今更何言ってんだよ」

 

 衣は確かに咲からは何かしらの底知れぬ物を感じ取っていた。しかしそれは鷲巣と比べれば些細なものであったし、事実序盤は鷲巣の前にペースを掴めずに失点を重ねていた。その姿に一度は失望仕掛けたものの、後半戦に入ってからは鷲巣を紙一重で躱しつつ和了り続ける咲に評価を一転、ソファーから身を乗り出し目を輝かせる。同じ卓で打ってみたいと心の底から思っていた。

 その一方透華は確実に縮まっていく点差に焦りを隠せていない。しかしそれもしょうがない…一時の大量リードは見る影もなく今や3万点もない。大物手ならば一度の和了りで逆転できる点差だ。

 この状況を前についつい漏らしてしまった弱音に対して、先程まで無言のまま戦況を眺めていた純が口を挟んだ。

 

「あいつなら心配するまでもない…リードを守るどころか広げて帰ってくるさ」

「純…?」

「堂々と見守るべきだろうが…一応部長なんだからよ」

 

 その一言を聞き、一応は余計ですわ!などとのたまう透華。確かに鷲巣は衣ですら凌駕する途轍もない打ち手である。だが後半戦に入ってから清澄の和了りが目立ち始め、正直鷲巣は押されているようにしか見えない。

 しかし純は何も問題はないと考えていた。これは純だからこその見解である。実は衣に次いで鷲巣との対局回数が多い純…当然鷲巣の打ち筋や強みなども熟知している。

 その中で純が最も脅威に感じたのは他人の流れなどを分断するかのように強引に大物手を和了ってくることだ。そのくせして一度流れに乗らせてしまえば怒涛のような和了りが続く。場の流れを操る純とは最悪の相性と言っていいだろう。

 それに前半戦のように清澄より先にカンをして妨害を仕掛けるなど対応策がないわけではない。ここらで流石に動いてくるはずだ。

 

「…全くもって恐ろしい奴だよお前は…敵だったらと思うとゾッとするな…」

 

 純のその小さな呟きは誰の耳にも届かなかった。

 

***

 

「ク…クク…」

(ひっ…)

(にゃ!?)

(なんだ…なにがおかしい…?)

 

 一方対局室では鷲巣が奇怪な笑い声を上げていた。比較的広い部屋であるがその声は不思議と響き渡る。

 当然卓上の三人は声の発生源へと視線を向けるが当の鷲巣は手で目を覆い隠している為、表情は伺えない。そしてそれが気味の悪さを増長させている。

 

(なるほど…どうやら詫びねばならぬようだっ…)

 

 その鷲巣は咲を甘く見ていたことに悔いていた。

そもそも鷲巣の照準はあくまで全国大会(インターハイ)…そしてアカギとの再戦に漕ぎ着けること。それらの通過点でしかない県予選では、ただただ退屈な麻雀を打たなければならないだろう…と考えていた。だがその予想はいい意味で裏切られる。

 決勝戦前に清澄の宮永咲からただならぬオーラ…力を感じたからだ。しかしいざ対局が始まってみれば、確かにその力は凄まじいものの経験が足りないのか所々にボロ…致命的な隙が見受けられた。例えば加槓に対する警戒心の欠如などが挙げられる。

 その惨状を見て恐るるに足らずと咲へのマークを緩めてしまった。それが結果として吹っ切れた咲の猛追を許してしまったというわけだ。

 今の自分は衣や透華たちの思いを背負っている。ならばこれ以上差を縮められる訳にはいくまい…何ふり構わず叩き潰す。そう決めた刹那、鷲巣にある変化が起こった。

 

(ん…?)

(なんだ…気のせいか…?)

 

 それには三人がほぼ同時に気づいた。華菜に至っては訝しげに何度も目をこすっている。しかし余りにも非現実的…そして僅かであったため会場の光源のせいだと深く考えず鷲巣から目を逸らし、各自次局の配牌を取っていく。

…普段打っている部室であれば間違いなくその小さな変化に気づいていた。しかしここは普段と違う環境である対局室。また徐々に外が暗くなってきたこともあり部屋の照明も強くなっている。偶然にもこれらの要因が組み合わさったことで見過ごしてしまった…鷲巣を中心に微かな光が纏っていることに。

 

大将戦後半戦南三局 親・風越女子 ドラ・{北}

西家 清澄   132500

北家 龍門渕  157300

東家 風越女子  49800

南家 鶴賀学園  60400

 

華菜配牌

{224五赤五六九①赤⑤⑥西中中中} 打 {西}

 

(ここだ…!ここが最後のチャンス…)

 

 この局親番の華菜は改めて意気込んでいた。しかしそれも当然であろう。なぜなら彼女にとってこの南三局が事実上のオーラスだからだ。

 鷲巣と大差をつけられている今、この連荘できる親番は細い細い逆転への活路…希望の光。しかしこれは逆にも言えるため、もし親番をあっさり流されてしまえば終戦…。優勝はほぼ不可能となってしまう。

 よってここがまごう事なき勝負どころ…重要な局面。華奈は手牌を見下ろし、とりあえず安堵のため息を吐く。幸いにも配牌は良好…中の暗刻があり速攻も狙える上にドラも2枚あるため打点にも期待できる。ここは迷うことなくオタ風である西から切り出し、ツモの伸びに期待する。

 

ゆみ配牌

{五六七2赤5669④④赤⑤⑦東} ツモ {③}

 

(これは三色…か…?)

 

 一方ゆみもタンヤオや三色が見える形の好配牌。ラス親が残っているとは言えこの局も面前で高い手を和了っておきたいゆみにとっては上々である。あらかじめ右端に寄せていた東に手を伸ばしそのまま切り出すが、それを遮るかのように響く発声。

 

「ポンっ…」

 

鷲巣手牌(他家視点)

{■■■■■■■■■■} 副露 {東横東東} 打 {⑥}

 

(第一打のオタ風をポン…?)

 

 ここまで暴れた鷲巣が今更無駄な行為をするとは到底思えないゆみは何が狙いかと思考を張り巡らせる。まずチャンタやトイトイ、役牌バックなどが本線だろう。

 そして鷲巣にとってこの局清澄に和了られることはなるべく避けたいはずだ。現状25000点差と逆転には少々苦しいが、点差が縮まってしまえばオーラスでの逆転条件が幾分か緩くなってしまう。逆に最良は自身が和了り、他家を更に突き放すことだが…とここまで考えこんでまもなく、辻褄が合う一つの仮説に辿り着いた。

 

(そういうことか…)

 

二巡目

華菜手牌

{224五赤五六九①赤⑤⑥中中中} ツモ {3} 打 {九}

 

(よし!ナイスポンだし!)

 

 鷲巣が鳴いたことで再び華菜のツモ。華奈はここでネックだった嵌張が埋まる3索を引いてきて早くもリャンシャンテン。どうやら喰いずれたことが功を奏したようだ。

 有効牌の数も非常に多く、手を進めやすい形である。この局はもらった…と期待が確信に変わった華菜であった。

 

同巡

ゆみ手牌

{五六七2赤5669③④④赤⑤⑦} ツモ {7} 打 {9}

 

(駄目…九萬は鳴けない…)

 

 鷲巣に危機感を覚えたため、鳴いてでも手を進めようと思っていたゆみだが華菜から切られたのは九萬…これでは鳴けない。

しかしツモってきたのは567の三色が明確となる有効牌の7索。これ幸いとタンヤオを狙うにあたって不要となる9索を切り出すが、ここで再び鷲巣が動いた。

 

「カンっ…」

 

(う…またっ…?)

 

鷲巣手牌(他家視点)

{■■■■■■■} 副露 {9横999} {東横東東} ツモ {■} 打 {⑤}

 

 鷲巣は切られた9索を大明槓。このカンにより咲は二巡続けてツモを飛ばされたことになり、また先にカンをされたことで顔から余裕が消え、動揺が見え始めた。

これこそが鷲巣の狙い。麻雀の大前提としてどんなに優れた打ち手でもツモが出来なければ手牌は変わらず進まない。そのツモをさせない為には鳴いてしまえばいいのだ。手の進みは明らかに周囲に比べて遅くなるため、圧倒的なハンディを抱えさせる事ができる。

なんの因果かこれは()()()として打った最期の局で対面の悪魔が使ってきた戦法でもある。使ってみて改めて確かに効果的だ…と感じる。ただ鷲巣の恐ろしいところはコンビ打ちでもないのにこれをやってのけることだ。

 鷲巣は嶺上牌をツモり僅かに笑みを浮かべた…どうやら有効牌を引き入れたらしい。ゆっくりと流れるような手つきで手の内に入れ、その手で7筒←5筒を切ってきた。そしてこの直後、局面がひっくり返す致命的な事が起こってしまう。

 

(と…とりあえずカンドラだし!)

 

 カンが入ったということは必然、新ドラが発生する。この局王牌が目の前にある華菜が手を伸ばし新ドラ表示牌を人差し指一本で捲る。

 願わくば自分の手にごっそり乗ることを期待していたが、現実は非情であった。そこに見えたのは…8索。よって新ドラは鷲巣がたった今4枚晒した9索。

 

「乗ってくれたか…クククっ…カカカ…」

 

(ドラ4だと…)

 

 満貫以上が確定するドラ4…これでは迂闊に甘い牌を打ち込めず、どうしても消極的になってしまう。たかが二巡目とはいえ順子を落としてきたのだ…相当手がまとまっていると見ていいだろう。現にゆみと咲は怯んでしまっている…この局は下り気味にならざるを得ない。

 

(ドラ4なんて関係ないし!先に張って先に和了る…それだけだ!)

 

 しかしその中で唯一華菜だけが手なりに真っ直ぐ打つと決意を固める。

 そもそも鷲巣が張っているという確信もない…せいぜいイーシャンテン程度だ…そうそう都合よく手が入ってこないだろうと自分に都合のいい全く根拠のない決めつけ…

 だが元々後がない華菜に退くという選択肢はない。その先がたとえ奈落の底であっても走り続けるしかないのだ。  

 

二巡後

華菜手牌

{2234赤⑤⑥⑦中中中} 副露 {横七赤五六}

 

(2ー5索…引け…) 

 

 華菜は四巡目に鷲巣から七萬を鳴き2、5索待ちのテンパイとしていた。ただ懸念の鷲巣はこの二巡とも手出し…張っているかいないかの判別がつかない。

 そしてソーズ待ちのため下り気味である鶴賀や清澄からの差し込みも期待できない…だが今の華菜はそんな事思ってもいなかった。他人なんて関係ない…先に引けばいいだけ…そう感覚を麻痺させていた。しかしこの巡目のツモで一気に肝を冷やすことになる。

 

五巡目

華菜手牌

{2234赤⑤⑥⑦中中中} 副露 {横七赤五六} ツモ {北}

 

(な…)

 

 よりにもよって生牌のドラである北を掴んでしまった。普段ならドラ引きは喜ぶべきことだが、今の華菜の手牌では北が完全に浮いている。しかしツモ切ろうにもこれだけは厳しい。

 鷲巣の手がトイトイにせよ混一色にせよチャンタにせよ…北はその全てのキー牌。さらに北は鷲巣の自風であるため、言わずもがな超危険牌である。なんでこんな土壇場で持ってきてしまうのかとやり場のない苛立ちを覚える。だが切らなければ2索切りで北の単騎待ちにするしかないのだ…とても出和了には期待できない。

 悩む必要なし…と華菜は北に右手をかけるが、なかなか河に動いてくれない。視線を右手に送ると僅かに右手が震えていた。無論武者震いなどではない…無意識の恐怖心からきた震えである。

 清老頭を振込みかけた…いや実質振り込んだ局面が脳裏によぎり始める。それを皮切りにこのドラを鳴かれてしまったら…いやいや振り込んでしまったら…などと一度持ってしまった疑念は消えるどころかどんどん大きくなっていった。

 

(…なに考えてるんだし私は!切れ…切れ!)

 

 華菜は懸命に自分に言い聞かし、その疑念を拭いさろうとするが一向に手は固まっていて動く素振りすら見せない…華奈は北を切ることが出来ず、代わりに手にとった2索を卓に打ちつける。この2索もなかなかの危険牌であったが無事に通ってくれた。結局己の恐怖心に打ち勝つ事が出来なかった華菜は深く沈み、自分を責めていた。

 

(なんで…手広く取るところだろここは…)

 

 嫌でも分かる…いや分かってしまった。ここで切れなかった北はもう二度と切ることができない…と。つくづく後一歩踏み出せなかった自分に腹が立つ。

この局和了ることが出来なければ駄目だというのは重々理解しているのに…

 

(助かった…2索は通しか…)

 

同巡

ゆみ手牌

{五六2赤5667③④④⑦南発} ツモ {一} 打 {2}

 

 危険牌ばかりを引き安牌が尽きかけていた所だったゆみにとって、2索が安牌となったのはありがたい。今引いた一萬も切りづらい牌だった為、ノータイムで2索を切り出した。

 これを見た華菜の表情が歪む。合わせ打ちだとは分かっているが、北を押していれば…とついつい後悔してしまう。そしてまもなく…

 

「ツモ…」

 

 上家の鷲巣からの和了り宣言が華菜の親番の終わりを告げた。

 

鷲巣手牌

{23九九北北北} 副露 {9横999} {東横東東} ツモ {4}

 

「北ドラ7…4000・8000…」

 

(北は通っていたのか…いや…)

 

 北は当たり牌ではなかった…なら切るべきだったんじゃないか…そう考えたが華菜はあることに気づく。もし北を切っていたら鷲巣がどう動いていたか…

 反射的に目の前の嶺上牌に視線が移る。見てもなんの意味もないことは分かっている。だが純粋な好奇心には抗うことが出来ず、そっと手を伸ばし牌をひっくり返した。 

 

(なんだ…どっちにしろ駄目なんじゃないか…)

 

 そこには力なく1索が転がっていた…北を切るか切らないかなどと葛藤していたあの時点で自分の和了りはなかったと思い知らされる。

 北を切らずとも暗刻で持たれていては和了り目がないではないか…こんな理不尽があるのか…その目に涙が浮かんだ。

 

西家 清澄   128500(ー4000)

北家 龍門渕  173300(+16000)

東家 風越女子  41800(ー8000)

南家 鶴賀学園  56400(ー4000)

 

『…龍門渕鷲巣選手貫禄の倍満!再び他三校を突き放したー!』

『一気に流れを引き戻したな…』

『さあ県予選団体戦もついにオーラスを迎えます!長かった決勝戦もいよいよ最終局面です!』

『…さあ、どうなるかな…』

 

 目の前で繰り広げられている応酬に次ぐ応酬はとても地方大会クラスのものとは思えない。圧倒的な力、それに対する対応力、策略などは圧巻の一言に尽きる。ただまだオーラスが残っている…まだ対局は終わったわけではない。

 

大将戦後半戦南四局 親・鶴賀学園 ドラ・{2}

 

ゆみ配牌

{一四九九279①②⑨東北白中}

 

(…九種十牌…か)

 

 なんともため息をつきたくなるような配牌であったがよくよく数えてみれば九種十牌…見方を変えれば国士無双サンシャンテンである。

 しかし九種十牌の形から国士を和了れる可能性はせいぜい3%…33回に1回の確率と言われている。役の性質上鳴くことが出来ずツモに全てが懸かる上に、捨牌がどうしても派手になり警戒されるためだ。よって一般的には流すのがセオリーと言われているが、この局面では話が変わってくる。

 

(和了ることが出来れば…)

 

 和了り続ける限り負けはない…言葉にするのは簡単だが、この卓で連荘を続けるのがどれほどの奇跡か…重々承知している。

 なにせ13万点差だ。何回和了ればまくることが出来るのかとても見当がつかない。だがこの手を和了れば一気に差が詰まり、龍門渕を射程圏内に捉えることが出来る。

そして点差の関係上、清澄と風越に振り込むことはない…これが大きいアドバンテージとなる。これらからゆみは流さず、2筒を打つ。まさに一蓮托生…この手に賭ける。

 

咲配牌

{一四3①②②②③③④⑦南発} ツモ {⑥} 打 {一}

 

(……)

 

 鷲巣からの直撃…それも三倍満以上が要求される咲。先程までの風は完全に消えてしまい、向かい風となっているような気さえする。しかしこの手を仕上げる他に道はない。咲はここから打一萬とする。

 

華菜配牌

{三五八八22579⑦⑧⑧北}

 

(考えるんだ…ここからどう打つか…)

 

 華奈は既に勝ち目がない…流局が何十回と繰り返されれば逆転できなくもないがそれはもう天文学的確率である。

 だが華奈は最後まで勝負を捨てない。勝つ可能性が残っている限り、諦めない。これが華菜の長所であり短所でもあるずうずうしさだ。

 

 様々な思いが駆け巡る対局室は独特な雰囲気に包まれている。各校の控え室はもちろん、観戦室やそして実況解説ですら固唾を飲みこみ見守っていた。

 

「…長かった…なかなかに楽しめた…」

 

 が…その静寂を破ったのは理牌を終えた鷲巣。ボソッ…と呟いた声だったがその声はやたらと響いたため3人の視線が鷲巣に集まる。

 まるで対局が終わったかのような発言であるため、その目は一体なにを言っているのかと訝しむものに変わる。

 

(またこいつは…)

(なにを…)

 

「まあ待て…!」

 

 その視線の意味合いに気づいた鷲巣が顔を隠そうともせず、山にヌっと手を伸ばす。ツモ牌を一目した鷲巣は奇妙な笑い声を上げ始めた。口角が吊り上がり、白い歯が丸見えとなって下唇に(よだれ)が伝う。

 その余りにも異常な光景に卓全体に圧倒的な悪寒が走る…それは人間を始め動物が皆持っているもの…決して叶わぬ者を目の前にした時、脳より発せられる生存本能である。

 鷲巣はツモってきた牌をそのまま手牌に加えることなく卓に打ち付け、手牌を力強く倒した。

 

「ツモッ…!ツモだ…!」

 

鷲巣手牌

{二二二七七111⑥⑥西西西} ツモ {七}

 

「地和、四暗刻…ダブルはなかったか…8000・16000…」

 

鷲巣、理外の和了…地和四暗刻――

 

団体戦終局

南家 清澄   120500(ー8000)

西家 龍門渕  205300(+32000)

北家 風越女子  33800(ー8000)

東家 鶴賀学園  40400(ー16000)

 

 会場がまるで時が止まったかのように静まり返った。唐突な終局に誰しもが何が起こったのか理解できない。

 ゆっくりと波を打つように1人、また1人と事態を飲み込んでいく。やがて会場全体が地鳴りのような歓声で埋め尽くされた。

 

『な…なんと地和が出ましたー!なんという幕切れ!県予選決勝はこれで完全決着です!』

『地和とはな…末恐ろしいやつが出てきたもんだ…』

『そして優勝は龍門渕高校!昨年に続き全国大会に駒を進めることになりました!』

『…』

 

 興奮している実況を尻目に藤田は考える。龍門渕は昨年全国ベスト8まで勝ち上がっている。昨年の時点で既に少数精鋭の完成されたチームだった。

 だが今年はそこに鷲巣を加えたことで攻撃力を中心に大幅に力を増している。他の三校も健闘したものの終わってみれば龍門渕の大勝だ。さらに他の高校にとっての辛い現実は、来年もこのメンバーがまるまる残るという事だ。当然経験を積み、強くなっているはず…よほどの事がない限り、来年も長野は龍門渕が制するに違いない。

 長野のレベルが上がっていることは地元のプロチーム所属の藤田にとっては喜ばしいことだが…敗戦した悪友ともいえる清澄、竹井久のことを考えると少し胸が痛んだ。

 

***

 

「じぇ…終わってしまったじょ…」

「こんな事ってあるのかよ…」

 

 清澄高校控え室では皆が項垂れていた。全国の壁を打ち破る事は出来なかった。去年までの龍門渕ならデータを駆使して勝てていたかもしれない。だが鷲巣衣和緒という理不尽が全てを狂わせた。

 途中までは明らかに咲の流れになりかけていただけに敗戦を受け入れることができなかった。

 

「あれ…和は…」

 

 さっきまでソファーに座っていた和がいなくなっている。一体どこに行ってしまったのだろうか。京太郎のその言葉にすっかりぬるくなった飲みかけの紅茶を一口啜り久が答える。

 

「…須賀君…少し考えれば分かるでしょうが…」

 

 その声自体はいつも京太郎をからかっている久の様子と何ら変わりない。だがいつもの活気ではないことに付き合いが長いまこだけが気づいた。

 

(久…お前これからどうするんじゃ…)

 

 その言葉は辛うじて口に出さなかった。口にしてしまえば何もかもが壊れてしまいそうになったから。

 久は団体戦での全国大会出場のためにこれまで個人戦にも出場しなかった。まこはこの場にいる誰よりもその思いが大きいことを知っている。

 その目標が敗れてしまった今、個人戦こそエントリーしているものの今年の夏は終わったと言っていい。久はもう麻雀を辞めるかもしれんな…そう思ってしまった。

 

***

 

「ほら…咲さんあなたのせいじゃありません…私たちはまだ力不足だったんです…」

「でも…うっ…」

 

 対局が終了してすぐさま部屋に飛び込んできたのは原村和。息切れを起こしているところを見るにどうやらチームメイトである宮永咲が気がかりで走ってきたようだ。

 和を見た咲は皆に対する罪悪感から泣き崩れてしまい、和に肩を借りつつその場を後にする。今日の敗戦を糧に成長するかどうか…彼女次第だ。

 

「わ…私は楽しかったし!」

 

 次に立ち上がったのは華菜。その目にもう涙はなく、満面の笑みを浮かべている。押されっぱなしで和了りも少なかったのに前向きに物事を考えるその姿はとても眩しい。

個人戦でリベンジだ!と捨て台詞を吐いて去っていった。その勢いに押され、自分は個人戦に出ないことを伝え忘れたことに気づくのはもう少し後のことである。

 

(国士の和了り目はなかったのか…)

 

 後ろに控えていた審判もいつの間にか姿を消していたため、対局室に残ったのは鷲巣とゆみのみとなった。

ゆみは1索が鷲巣の手に暗刻…そしてドラ表示牌を含めて4枚使われていたことに気づいた後、手牌を伏せ軽く笑いゆっくりと立ち上がって鷲巣に握手を求める。

 

「こんな麻雀もあるんだな…勉強させてもらったよ」

 

 鷲巣は少し呆気に取られたが鼻息を漏らしつつ、握手に応じる。

この小娘とはどこかで再戦の時が来るだろう。当然今より力をつけて、だ。何となくそんな気がした…と、ここで別の用事を思い出した鷲巣は去ろうとしていたゆみに声を掛ける。

 

「なんだ?まだ何か用か?」

「いや貴様自身に用はない…貴様のところの次鋒だ」

(貴様って…)

 

 龍門渕の新入生の教育はどうなっているんだ…とゆみ内心思うが、他校生であるためトラブルを起こすつもりはない。

 

「…妹尾のことか?」

「ああ確かそんな名前だったか…貸せ」

「は…?」

 

 鷲巣のとんでもない発言に唖然とするゆみ。…この突拍子もない行動が1週間後の個人戦に大波乱を巻き起こすことになる。




 これでひとまず団体戦終了です。まさか年を跨ぐことになるとは…次回からは県予選の個人戦に移ります。鷲巣は出ませんけどね。そしてかおりんの運命や如何に!?
追記・誤字がありましたので訂正しました。ご指摘ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特訓

…言い訳をさせてください。
職場での飲み会が多くなかなか書く時間がとれず、追い討ちに1回データがすべて消えて絶望仕掛けました。ただこの先が書きたいとなんとか仕上げました。…どうぞ。


「い…いきなり何を…」

 

 鷲巣からの理不尽な要求に対して、一瞬思考が停止していたがしばらくしてゆみは戸惑いの声を上げる。

 脈絡もなくチームメイトを貸せと言われて、どういう事か理解する方が無茶だろう。それを見た鷲巣は軽くため息を吐きつつ話し始めた。

 

「…少しあの小娘に興味が沸いてな。特にあの強運…儂にかかれば磨きがかかる…なに悪いようにはせん」

「…!」

 

 どうやら自分の聞き間違えではなかったことにゆみは軽く頭を抱える。

 それは彼女にとって到底聞き入れられないもの。考慮にも値しない。鷲巣の態度や余りにも一方的な言い分が気に食わないのもあるが、何よりも自分たちでは佳織を生かしきれていないと言われているようで少ししゃくに触った。

 

「…悪いがそれは「いいんじゃないかゆみちん」…蒲原!?」

「ワハハ…話し込んでるみたいだったから…」

 

 当然断ろうとしたが、ゆみにとっては聞き慣れた間延びした声が遮った。その声はいつの間にか対局室に姿を見せていた鶴賀学園の部長である蒲原智美。

どうやらある程度話を聞いていたらしい蒲原は意外なことに鷲巣の提案に乗り気味であった。

 

「いやー佳織にはやっぱり経験が足りないからなー。いい機会じゃないか」

「だからといってだな…」

 

 確かに蒲原の言うことも分かる。むしろゆみ自身もそのことについて話していたくらいだ。だからといってこの鷲巣に預けるのはリスクが高すぎる。

 磨きをかけるというくらいだ。何をするのかは分からないが、最悪何度も対局して実力差に自信を失って個人戦に影響が出かねない。

 

「一応個人戦までには返して欲しいなー」

「…一週間…まぁ十分か」

「お…おい…」

 

 話が早いと見た鷲巣は、ゆみを無視して蒲原と具体的な話をし始める。もしここに佳織がいれば全力で拒否するであろうが当の本人はこの場にいない為、止める者がいない。この場に居合わせなかったことは彼女にとってこの日初めての大きな不運であろう。ともかくこうして本人の承諾を得ないまま、話はとんとん拍子に進んでいった。

 

***

 

(あわわ…なんで…)

 

「ロン!16000だ佳織!」

「ぬ…間に合わなんだか…」

「お見事です衣様。佳織様も気を落とさずに…」

 

(私…ここにいるんだろう…)

 

 その翌日。佳織は見知らぬ屋敷に招かれ、麻雀を打っていた。それ自体は麻雀部に所属している彼女にとっては珍しくもない。しかしここまで困惑しているのには確固たる理由がある。まずこの場になんの説明もなく連れてこられたことだ。

 いつも通りの朝、いつも通りに学校に行くはずだった。しかし目の前に見たこともないような高級車が止まり、有無を言わせずに乗せられた。それだけで混乱するには十分だが、その車の中に天江衣がいた事が混乱に拍車をかける。

 その衣は佳織に対しやれ麻雀は強いかだの、やれ友達になって欲しいだのと一時間程質問攻めにして屋敷に着く頃には佳織はクタクタとなっていた。

 さらに卓を囲っているのが佳織にとって馴染み深い鶴賀学園のチームメイトではないからである。そしてその面子は余りに異様で凶悪だった。

 先程車の中にいた天江衣と龍門渕高校大将の鷲巣衣和緒。既に各メディアから注目を浴びており、全国での活躍も期待されている。そして車の運転をしていたハギヨシと名乗った執事も人数合わせか卓についている。

 一体なぜ自分はこのような状況におかれているのか。佳織は答えなど出るはずもない疑問を考え続けるのであった。

 …ちなみにこの倍満振込みで3回連続3回目の飛び終了である。

 

***

 

「あの2人がいないと静かですわね…」

「そりゃ俺たちしかいないからな。…にしても透華、学校休ませてよかったのか?」

 

 授業が終わり、龍門渕高校麻雀部室にはいつものように牌を打ち付ける音が響いている。だがここ最近では衣が鷲巣にじゃれあい、鷲巣がそれを訝しみながらも受け入れるという光景がよく見られた為、物寂しさを感じてしまう。 

 さて純は透華が他校生を巻き込んでの特打ちなどという無茶をあっさりと許したことを不思議に思っていた。ハギヨシをつけるという条件付きではあるがそれでも異例である。純が知っている透華の性格を考えればバッサリと切り捨ててもおかしくないはずなのだが…  

 

「問題ナッシング!あの2人なら()()()()()なので出席には響きませんわ。鶴賀の方にも圧力をかけておきましたから…あちらも大丈夫でしょう」

「…一高校生がする事じゃねえな…」

「親バカもここまで来ると逆に感心しちゃうよ」

 

 今回の特打ちのため鷲巣は衣にしばらく泊まりに来て欲しいと告げると、衣は大喜びし二つ返事で(うなず)いた。個人戦にエントリーしておらず、退屈していた衣にとっては正に渡りに船だったのだ。透華は話を聞き最初はとんでもないと断ろうとしたが、衣に説得され半ば押し切られる形で許可を出してしまった。それに規則(レギュレーション)を確認したところ、グレーゾーンではあるが一応問題ないらしい。

 元々衣のために全国や世界のどこかにいる衣と対抗できる者を探すために麻雀部を作り替えたのだ…。その衣が喜ぶなら多少のわがままでも何でも聞いてあげたい。それが保護者としての責務だと考えていた。かと言って他校にまで圧力をかけるのはやりすぎだろうが。透華の強引さを知り尽くしている純たちも若干引き気味である。

 

「ハギヨシもつけていますし…ええ心配などしていません」

「おっそれ高めだ。跳満で12000だな」

「私も。5800」

「なっ…」

 

 無警戒にドラをツモ切りしてダブロンを食らい、絶句する透華。言葉ではそう言ってもやはり心配している透華であった。

 

***

 

「なあ衣和緒…佳織は本当にすごいのか?いや確かに稀に幾許か感じるが…」

「ふぇ…?だから何回も言ってるじゃないですかぁ!私なんて全然…」

 

 衣の疑念は半荘を重ねる度に大きくなり、遂に言葉に出してしまったのは7回目の半荘が半ばに差し掛かった頃だった。

 だがそれも仕方のないことで、衣はここまで佳織に対し全く強者の手応えを感じていないのだ。むしろ切り順は滅茶苦茶で、時折チョンボをしかけ、手つきもおぼつかない様子からただの初心者にしか見えなかった。

 ここまでの順位も鷲巣が圧巻の打ち筋で1位、昼間でやや力の劣る衣が後を追う形で2位、そして場を荒らさないように振らずに打つハギヨシが3位をそれぞれキープ。となれば必然的に佳織はずっと最下位であり、和了りもないまま飛ばされ続けている。

 そして佳織も佳織でこんな場違いな場所に連れてこられたのは何かの間違いだとずっと思っている。自分とこの2人には天と地ほどの差があり、到底敵うはずがないと今日散々に思い知らされた。

 

「いや…間違いない。手を開いてでも打てばその異常性に気づくだろうが…」

 

 手牌を倒して見えるように打てば、どのようなツモや手順なのか丸わかりだがそれでは麻雀にならず、衣が納得しない。結局佳織が和了って手を晒してくれるのを待つしかないのだ。

 

「リ…リーチします…」

(ようやくか…儂を散々待たせおって…)

(…!…これはなかなかに…)

 

 ようやくテンパった佳織が最早半泣きになりつつリーチをかけたのは次局の浅い巡目。この場の空気に押されているのか非常に小さい声である。その瞬間、凄まじい圧迫感が衣を襲う。それは鷲巣が度々纏う豪運の気に似たもの。鷲巣程ではないもののかなり強力。対してこちらの手はまだ仕上がっていない。鳴いてずらしたところで大した影響もないだろう。これは近いうちに和了るな…そう確信した衣だった。そして案の定、次巡佳織はツモ和了る。

 

「あ…ツモです。リーチ一発に…役牌が…あっすいません。裏ドラをめくらないと…」

「ははっ…なるほど…」

「…いえいえ…裏ドラをめくる必要はありませんよ」

「…えっ…?もしかして私また何かチョンボをして…」

 

 手を伸ばして相変わらずの手つきで()()()()()裏ドラをめくろうとする佳織を止めず、声もかけない鷲巣。その姿が余りに滑稽だったのか笑いをこらえられない。

 そしてハギヨシは執事らしく佳織を優しく諭す。部屋には衣の乾いた笑い声が響き、状況が分かっていない佳織だけが右往左往していた。

 

佳織手牌

{24東東南南南西西西北北北} ツモ {3}

 

「…面白い!次に行くぞ佳織!」

「ぇ…えと…あの…そろそろ…」

「…ぬっ…もう昼餐の時刻か…ハギヨシ!」

「心得ております。この半荘が終わり次第、昼食に致しましょう」

「…ぁ…あの…その…」

「フフフ…狼狽せずともよいぞ!ハギヨシの作るご飯は絶品だからな!」

 

 壁時計はとっくに正午を過ぎ、長針が下に傾きかける辺りだった。どうやら時間も忘れる程熱中してしまったようである。佳織はいつ帰らせてくれるのかを聞こうとしたが、衣は佳織がお腹が減ったのだと解釈してハギヨシに昼食を頼んだ。元々気の弱い佳織である…それ以降も幾度となく尋ねようとしたが結局聞くことができなかった。

 こうして佳織にとって相当過酷な麻雀漬けの日々が刻々と続いていった。

 

***

 

 日々は流れ、あっという間に個人戦当日を迎えた。長野県の個人戦は2日に渡って繰り広げられる。まず予選として北ブロックと南ブロックに別れての東風20回戦を行い、そのスコアの上位64名が翌日の本戦に駒を進め、半荘10回戦に挑む。そのうちの3位までに入れば、晴れて全国大会への出場権が与えられるというわけだ。

 さて龍門渕高校と鶴賀学園は共に北ブロック…つまり同会場での試合となる。ここで佳織と合流する約束になっている鶴賀学園麻雀部一同は、人に次ぐ人で溢れんばかりのロビーから少し離れたところで落ち着かない様子で待っていた。

 その中でもゆみは特に心配している様でしきりに腕時計を確認する仕草が目立っている。

 

「まだ時間には余裕があるが…」

「そろそろ来るんじゃな…「智美ちゃん…?」ワハッ!?」

 

 後ろから不意打ちのように声をかけられ、肩がびくつく蒲原。しかし聞き馴染みのある声であった。振り返ると目の下に少し隈を作っている佳織が涙をためて佳織に飛び込んできた。大分強く飛び込んだようで蒲原からは変な声が漏れる。

 

「ひどいよ智美ちゃん!私だけこんな…うぅ…」

「ま…まあまあ…」

 

 同級生の津山睦月がなだめるが、泣きじゃくる佳織は暫く蒲原の胸に顔をうずめていた。その姿を見て流石に少しだけ罪悪感を感じる蒲原であった。

 

「ところで…向こうで何をやってきたんだ?」 

「ずっと普通に麻雀をやってただけで…あっでも、変わった麻雀も打ちました。実験だとか何とか…牌がガラスで…」

「ガラス…?」

 

 ようやく落ち着いた佳織にゆみがこの一週間のことを尋ねる。ここまで参っているということはこっ酷くやられてきたのだろうが、どういう特訓を受けてきたのかは純粋に興味があったのだ。効率の良い練習法なら自分たちの練習にも取り入れても面白いと思っていたが、佳織から返ってきたのはよくわからない言葉の羅列だった。

 ガラスで作られた牌など聞いたことがないし、透けた牌で麻雀ができるとは思えないのだが。かつて鷲巣麻雀と呼ばれていたこの特殊な麻雀についての概要を詳しく知ることになるのはまだまだ先の話である。

 

***

 

 鷲巣と衣は人ごみを避け、壁際のソファーに座っていた。衣の手には自販機で買ったオレンジジュースが握られている。

 先日の団体戦で顔が売れ、また目立つ服装も相まって近くで取材していた新聞や雑誌記者が気づき話を聞こうとしていたものの、鷲巣や衣らが持つ特有の空気にあてられ近づくことが出来なかった。

 

「そういえば衣和緒…あの麻雀牌だが…」

「…あれか…あの麻雀は特別……()()()()()()()()()()()()…」

「衣和緒…?」

 

 鷲巣が小さく呟いた声が一部分聞き取れなかった衣が振り返って驚く。衣ですら見たことがない表情を浮かべていたからだ。

それは言うなれば恍惚…その機会を渇望しきっているといった様子である。

 

(…ここまで衣和緒が所望する輩とは一体…)

 

 鷲巣が再び相対する日は刻一刻と近付いている。

 

***

 

「さあ県予選個人戦を迎えました。解説は引き続き藤田プロです。よろしくお願いします」

「なんだ…衣と鷲巣は出ないのか…」

 

 パンフレットを眺めていた藤田は明らかに落胆していた。あの2人がいない個人戦になるとは…楽しみが減ってしまった。となると全国出場は風越の福路、清澄の原村や宮永。あと龍門渕辺りが本命だろうか。

 ただ前評判通りでも面白くない。誰かダークホースか現れないだろうか…などと藤田はぼんやりと考えていた。そしてその願いは予想以上の形になって叶うことになる。

 それからまもなくして対局が始まった。各部屋で熱戦が繰り広げられている中、特にやることもない鷲巣と衣はモニター観戦もせず欠伸(あくび)をしつつ、仮眠室に向かっていた。ここ数日麻雀を打つために睡眠時間を犠牲にしていたツケが回ってきたのだろう。暫くして仮眠室からは規則正しい寝息が聞こえてきたという。

 

 東風20回戦が終了し、軒並み藤田の予想通りの面々が上位に食い込んでおり、他にも団体戦で活躍した選手の名前も目立っている。そしてなんと佳織も本戦進出に滑り込んでいた。

 果たして全国行きのキップを手に入れるのは誰なのか…それは誰にも分からない。




次回から本戦に入ります。闘牌シーンも少し入ります。

個人戦ルール
対局中のルールは基本的に団体戦と変わらない。
25000点の30000点返し。オカウマ有り。(オカ)


一日目個人戦順位
1位  片岡優希  +436
2位  宮永咲   +312
3位  加治木ゆみ +307
4位  福路美穂子 +290
5位  龍門渕透華 +287
6位  原村和   +276
7位  井上純   +273
8位  竹井久   +269
9位  国広一   +266
10位 池田華菜  +264
     ・
     ・
     ・
61位 妹尾佳織   +92

あ…あと新連載の方も始めましたのでよろしくです。 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

熾烈

…長い間音沙汰なしですいませんでした!始まります。今回鷲巣様の出番少なめです。


 一夜明け、個人戦予選の2日目を迎えた。予選を通過した64名の雀士達が一同に集まり半荘10回戦を行う。予選と比べて参加者は少ないもののチームメイトの応援や観戦に来ている者が多く、やはり会場は溢れんばかりの人で覆い尽くされている。

 そしてその中には団体戦の決勝まで駒を進めたものの惜しくも敗退した清澄高校の姿もあった。どうやら無事全員予選を通過したようで皆表情は明るい。

 

「ちぇ…あそこで倍満に振り込まなかったらな…」

「いつまで言ってるの京ちゃん…」

 

 訂正しよう…唯一の男子部員である須賀京太郎は早々に敗退してしまったようだ。

 

「じぇ!?今日は南場もあるのか!?」

「優希…部長が言ってましたよ…」

「…よく聞いていなかったじょ!」

 

 アハハハッ…と呑気に笑う優希を見つつ、和はひそかに胸をなでおろしこの1週間を振り返る。

 団体戦敗退直後の咲はトップを陥落させてしまった責任からひどく青ざめ落ち込んでおり、個人戦出場が危ぶまれるまでに深刻な状態だった。元より和たちは咲のせいとは微塵も思っていないのだが、責任感の強い咲はしばらく部室に来ない程自分を攻め続けていたのだ。この退部すら考えられる状況から予選2位を取るまで持ち直したのは皆の健身のサポートがあったからにほかならない。特に京太郎の支えが大きかったと思う和はありがとうございます…と咲の右隣にいる京太郎に心の中でこっそり礼を述べる。

 

「それで京ちゃんは…!?」

「咲、どうした?」

「いや…ちょっと…その…」

 

 さてその咲だが、緊張した様子もなく京太郎とたわいのない話をしていた。しかし唐突に身に覚えのある寒気を感じ取り身震いを起こし、軽くうろたえながら周囲を見渡し始める。

 その仕草を不思議に思った京太郎が咲に聞くも返ってきた返事は曖昧で要領を得ない為、何があるのかとその視線の先を追った。

 

「…あー!龍門渕!」

「おぉ!久しいなノノカ!」

「衣さん…なぜここに…」

 

 その先には咲たちが散々苦渋を舐めさせられた龍門渕高校の天江衣と鷲巣衣和緒がいた。京太郎がやたらと大きい叫び声をあげたせいか向こうも気づいたようで、衣はこちら側に駆けて、鷲巣もゆっくりと歩いてくる。

 だがなぜ個人戦に出てもいないこの2人がここにいるのか。観戦に来たと思えばそれまでだが…少し違和感を感じた和が返す言葉でそのまま質問する。

 

「…なにただ観に来ただけだ。少し気になる奴がおってな…ククッ…」

 

 それには衣の変わりに鷲巣が答える。観戦とは言うものの意味ありげに含みを残す鷲巣はどこか楽しそうに見える。

 そして用はもうないと言わんばかりに、鷲巣は小さく笑い声を上げながら衣とどこかへと行ってしまった。

 

(…気のせい…ですね。それより清澄が団体戦で敗退した以上この個人戦…負けるわけにはいきません)

 

 微かに嫌な予感が頭をよぎったがすぐに消え去ったため、特に気に止めなかった和。まもなく久の呼びかけで対局の組み合わせを確認するべく電光掲示板を見に向かった。 

 ちなみに咲はあれ以来鷲巣に強烈な苦手意識が出来たようで暫く会話に参加せず、ずっと京太郎の後ろに隠れっぱなしであった。

 

***

 

(ん?これは…)

 

 昨日に引き続き解説を任されている藤田は控え室にて出場選手たちのデータ書類をチェックしていた。

 しかし団体戦でも活躍した選手たちが予選の上位を占めていた為、やはり順当に県代表が決まるかと少し気落ちした矢先に興味を引く名前を見つける。順位こそ29位と平凡だが問題はその内容にあった。

 南浦数江…その名前に聞き覚えはなく、彼女が所属している平滝高校も毎年団体1回戦負けが続く弱小校。今年に至っては部員が足りなかったのか出場すらしていないはずだ。

 

(振り込みが極端に少ない…それに南浦…か…)

 

 数字だけの大雑把なデータなのではっきりとはわからないが放銃が明らかに少なく、全選手中でもトップクラスといえる。

 そして数少ない和了で僅差で競り勝っている。正に「耐える麻雀」の完成形。そして藤田はこのスタイルを貫き通すプロ選手を知っている。

 その選手こそシニアリーグで活躍する南浦プロであった。名字が同じこともあり、十中八九関係者だろうと決め込む。もし昨日力をセーブしていたのであれば今日爆発させることは間違いない。なるほどこの南浦が台風の目玉となるか…そう思わせるのに十分な材料に、人知れず胸の高鳴りを覚える藤田であった。

 

***

 

 そしてまもなく本戦…激戦の火蓋が切って落とされた。流石に初日を勝ち抜いてきた猛者達だけあって非常に高いレベルの試合展開となっている。

 しかし対局数が進んでいくに連れて混戦から抜け出し、上位を快走する者も現れる。その中でも特に頭一つ抜きん出ていたのは…二人。

 

「ロン…満貫で終了ですね」

『福路選手またしても1着でフィニッシュ!全国行きをほぼ手中へと収めました!』

 

 一人目は風越のキャプテンである福路美穂子。安定感のある打牌で大きく沈むこともなく、無難に全国出場を決めた。

 昨年に引き続き団体戦で全国を逃しているだけあって、名門風越女子の面目を守り切ったといえるだろう…後輩部員からタオルを受け取り一息つくその表情には明らかに安堵が見える。

 

「ツモ。嶺上開花です」

『宮永選手今日も絶好調!全国行き決定です!』

 

 もう一人は清澄の宮永咲。持ち前のスタンスを生かし、嶺上ツモを連発。結果、最終戦を前に暫定一位である福路に僅差で2位につけ、ここで3位以上が確定。

 更に最終戦はこの二人が直接ぶつかり合うことになっており、長野1位という特別な肩書を賭けての戦いに観客も盛り上がっている。

 しかし同等…いやそれ以上に観客の興味を引いているのは、熾烈を極める残された全国行き最後のキップをかけての3位争いであった。

 

(フフフ…チャンス!これはまたとないチャンスですわ!)

 

 最終戦を前に対局室で他の選手たちを待つ暫定四位の透華は人知れず浮かれていた。

団体戦では叶わなかったのどっちこと原村和との対決がこんな大舞台で回ってくることに運命を感じる。そして透華の頭の中にはすでにこの後のビジョンが描かれている。

 和とのデジタル雀士対決に完勝し、逆転で全国出場を決めた自分にあらゆるマスコミが大注目。テレビや雑誌で次々と特集が組まれることで更に取材が押し寄せ、持て囃される毎日…

 

「私目立ちまくりですわ!オーホッホッホ…」

「あ…あの…よろしくお願いします…」

「オーホッ…は!」

 

 和に話しかけられ我に返る透華。不意を突かれたことで考えていた口上も言えず、いまいち締まらない出会いとなってしまった。しかし咳払いをし、強引に仕切りなおそうとする。

 

「…原村和!私はあなたを「おっ揃っているようだな」…」

 

 だが新たに部屋に入ってきた3人目…鶴賀学園の加治木ゆみに遮られる。暫定5位のゆみにも全国出場の可能性が残っているだけに少し気張っている様子で椅子に座る。

 

「私は今年で最後なんだ。悪いが勝たせてもらうぞ」

「…そうはいきません。ところで何でしょう龍門渕さん」

「い…いえ…なんでもありませんわ…」

(わ…私の存在感が…)

 

 完全にタイミングを逃した透華は小さくなるばかりであった。

 

***

 

『えーこの最終戦で決着となるわけですが…ここで現在の点数状況を今一度確認しましょう』

『そうだな…気になる選手もいることだし…』

 

 最終戦が始まる直前、観戦室のモニターに大きく順位表が表示される。

今大会からルールが大きく改訂し、オカウマなどが採用された影響で順位の変動も起こりやすく状況が把握しずらい為である。

 

1位  福路美穂子 +284

2位  宮永咲   +278

3位  原村和   +203

4位  龍門渕透華 +200

5位  加治木ゆみ +193

6位  竹井久   +184

7位  井上純   +179

8位  池田華菜  +172

9位  妹尾佳織  +169

10位 国広一   +163

 

『上位10名はこのようになっています。目まぐるしく順位が入れ替わってますね』

『ん…?南浦はどうした?』

 

 先程まで5位といい位置につけていた南浦数江が姿を消しており、ひっそりと目をつけていた藤田はつい実況に問いかける。

 一日目はやはり力を温存していたらしく特に南場の伸びに目を見張るものがあり、期待以上の活躍を見せていた南浦だがここにきて大きく順位を落としたようだ。

 

『えーその南浦選手ですが…つい先ほど妹尾選手と対局しまして、東二局三巡目に大三元に振り込みトビ終了となり13位に後退。逆に妹尾選手は9位に浮上しています』

『…あの妹尾か…9位!?』

 

 三巡目での役満聴牌など察知すらできないだろう…不運な放銃に心底同情せざるを得ない。

 そして直撃させたのは妹尾佳織…団体戦の決勝には似合わないド素人かと思いきや二局連続で役満を和了り、ド肝を抜いてきたよく分からない打ち手。本戦に出場しているだけでなく9位と好位置につけていることも驚きだ。個人戦になによりも要求される安定感が皆無であり、結果が残せるとは思えないが…

 

『最終戦、妹尾選手は原村選手を始め上位陣との対局となります。結果次第では逆転も十分にある大接戦となっております!』

『…そうか』

 

 モニターが再び選手たちの映る対局室に切り替わる。どうやら大概の卓の場決めが終了しているようで、後は開始の合図を待つだけである。

 今いろいろ考えても答えは出ない。見れば真価が分かるだろう…珍しく頬杖をやめ、腕を組む藤田。目に生気が戻り光り始めた。

 

***

 

(ハァ…私だけここか…それに…)

「ククク…やはり飽きないな…あやつの麻雀は」

「なかなかやるではないか佳織は!」

(なんでこの2人が隣にいるんだー!)

 

 鶴賀学園麻雀部員で一人だけ予選で敗退してしまった津山睦月は他の部員の応援に回り、観戦室にて席を確保していた。

 そのまま暫く観戦していたのだが折り返しを迎えたころだろうか、この2人がやってきた。そう龍門渕が誇る2大エース天江衣と鷲巣衣和緒である。

 席を立って移動しようにも見渡す限り満席でその余地がない。幸いこちらには話かけてこないので黙っていたものの…放たれるプレッシャーが凄まじく冷や汗をかきながらの観戦となるのだった。

 

***

 

「えーとこれはここで…」

(よりにもよって4人目は妹尾さんですの!?)

 

 やはりおぼつかない手つきで理牌をする上家の佳織を横目で見る。 

実は透華と佳織は初日の予選で同卓している。そこではリーチをかけた後に国士無双気味の捨て牌と手牌に気づき直撃を食らってしまった。 

 そして今日こうして自分の前に立ちふさがる辺り、衣と鷲巣による1週間の特訓は無駄ではなかったということか。

 

(来るなら来てみなさい!もうあんなヘマはしませんわ!)

 

「ノーテンですわ」

「ノーテン」

「テンパイだ」

「ノ、ノーテンです」

 

南二局終了時点(供託1000)

北家 龍門渕透華 12500(-1000)

東家 原村和   37800(-1000)

南家 加治木ゆみ 32400(+2000)

西家 妹尾佳織  16300(-1000)

 

(…ハッ!もう南三局!?)

 

 南二局は決め手を欠き流局。テンパイしていたのはリーチをかけていたゆみだけであった。

 ここまでの透華の打牌は警戒のし過ぎ。その一言に尽きる。

 佳織が動くたびに過剰に反応し、早々に危険牌を抱え回し打ちを始めていた。和了りに消極的になり、手の進みが遅れた結果他家に和了られる。振り込みこそ少ないもののツモ和了りでコツコツ削られている現状だ。 

(妹尾さんは妹尾さんでここまで大きい和了りもないですし…)

 

 親番も残っていない今そろそろ攻勢に出ないとまずい。そう感じた透華は多少不利な配牌でも勝負に出ることを決め、気を引き締めるのだった。

 

(妹尾…明らかに打ち筋が変わっている…)

 

 佳織の変化に真っ先に気づいたのは先輩である加治木ゆみ。今までの佳織はろくに場の状況を読めず、テンパイ即リー全ツッパを地で行っていた。だが今はリーチに対して牌を選び、危なっかしいながらも降りることができるようになっている。

 …ゆみは知る由もないことだがこれは余興であったガラス麻雀…通称鷲巣麻雀の影響である。4牌中3牌が透けて見える鷲巣麻雀では卓から得られる情報量が多く、相手の手牌や捨て牌、鳴きなど卓全体を見渡す観察眼が要求される。佳織も最初こそパニックを起こしていたものの、時間をかけて何とか順応することに成功した。そして本人も気づかないうちに思わぬ副産物をもたらすことになった。

 

南三局 親・加治木 ドラ・{2}

 

七巡目

透華手牌

{五六七2256④⑤⑤⑥⑦⑧} ツモ {③}

 

(ナイスツモ!打点は十分ですがここは…)

 

「リーチ!」 打 {⑧}

 

 ようやく手牌に恵まれた透華は七巡目に高めタンピン三色ドラ2の跳満をテンパイ。

打点を考えればリーチは控える場面だが、少しでも点数が欲しい今、敢えて8筒切りでリーチをかける。点数に余裕のある和とゆみが振り込みを恐れ、降りることを期待してのリーチだ。

 そしてその2人は一発放銃は回避しようと手出しで現物切り。和はベタ降りしていそうだが、親番であるゆみはどう出るかまだはっきりしない。

 

(あわわ…リーチ入っちゃった…)

 

佳織手牌

{8東南南西西北北白発発中中} ツモ {東}

 

(えーと…ふたつずつふたつずつ…あっ張ってます!)

 

 同順に佳織も七対子をテンパイ。しかし無作為に牌を切る前に透華の捨て牌に目を向ける。 

 

透華捨て牌

{西東3一98}

{横⑧}

 

(8索が切られてる…じゃあ確実に通る方を…)

 

「リ、リーチです」 打 {8}

 

 佳織は透華のリーチを考慮しての8索切りリーチ。

 これこそ癖として根付いたリーチ者に対する捨て牌読みである。少なくとも今までの佳織では手が回らなかったことだ。

 麻雀はリーチ者に対する警戒を怠らなければ放銃は極端に少なくなる。最もダマテンや鳴き手にはまだ対応しきれない。

 

(ふたつずつ…七対子ですわね)

 

 透華は佳織の手が七対子であることを看破。…というよりふたつずつと呟いたり、牌が2つずつ固められているなどバレバレなのだが。

 あくまで待ち牌が多いのは自分とばかりに先にツモってしまえば問題ないとツモ山に手を伸ばす。そして数巡後ツモってきた牌を覗いた透華は軽く笑みを浮かべた。

 

「いらっしゃいまし!ツモ!」

 

透華手牌

{五六七2256③④⑤⑤⑥⑦} ツモ {7}

 

「4000・8000いただきますわ!」

 

 メンタンピンツモ三色ドラ2…きっちり高めをツモり、裏ドラなしで倍満和了(ホーラ)

 

『ここで龍門淵選手倍満ー!一気にわからなくなってきました!いやーそれにしても…』

『妹尾の字一色七対子…和了れず仕舞いだったか』

『白が山に2枚残っていただけに妹尾選手がツモる度に固唾を飲んでいたんですが…』

『この手を和了れなかったのは痛いな。一応ラス親だから逆転の芽は残っているがな』

 

 観戦室は見たこともない役満和了りを見逃したことでため息の渦に包まれる。しかし当の本人は大物手を逃したという自覚がなく、手を惜しむことなくあっさりと雀卓に流し入れていた。

 

西家 龍門渕透華 30500(+18000)

北家 原村和   33800(-4000)

東家 加治木ゆみ 24400(-8000)

南家 妹尾佳織  11300(-5000)

 

南四局 親・妹尾 ドラ・{⑨}

 

透華配牌

{二四八八九45赤⑤⑦⑨⑨東西} ツモ {東} 打 {西}

 

(うっ…重い配牌ですわね…)

 

 和と僅差に詰め寄り、さっと和了ってしまいたい場面でこの重い手。ドラ3だが対子の東はオタ風であり和了るべき役が見えない。面前で仕上げなければならないか…そう感じつつ西を切ったその瞬間、和が動く。

 

「ポン」 打 {一}

(鳴かれたーー)

 

 役確定の西ポン。和は1000点でも和了ってしまえば勝ちが確定する為、至極当然の鳴きである。ここから透華は和にむやみに鳴かせないように立ち回らなければならず、厳しい状況に立たされる。

 

(…ですが…ですが私はこの手を仕上げる以外勝ちはないですわ!)

 

 透華の和に対する執念に牌が答える。なんとこの形から次々と有効牌を引き入れていった。

 

六巡目

透華手牌

{七八八九45赤⑤⑦⑨⑨⑨東東} ツモ {⑥}

 

(筒子が埋まって好形テンパイー!)

 

 都合のいいことに嵌張が埋まって3、6索の両面待ちをテンパイ。だが懸念もある。和の捨て牌だ。

 

和手牌

{■■■■■■■■■■} 副露 {横西西西}

 

和捨牌

{一南⑧⑥7七}

 

ゆみ手牌

{■■■■■■■■■■■■■}

 

ゆみ捨牌

{南白東九八}

 

佳織手牌

{■■■■■■■■■■} 副露 {横発発発}

 

佳織捨牌

{赤⑤1二九南9}

  

(なんて脂っこいところを…)

 

 和の手にテンパイ気配…直前に手出しで切られている七萬が怪しく光る。早々に中張牌を切り出している以上、最低でも手はイーシャンテン程度…既にテンパイしている可能性も十分にある。

 だがここで回り道をしているわけにもいかない。意を決して八萬を手に取り、卓に強打した。

 

「通らば…リーチですわ!」

 

 透華、八萬打ち。それに対する発声はなく、和がツモ山に手を伸ばした。何とか通ったことに透華は深い息を吐いた。

 

(…追いつかれましたか…)

 

和手牌

{七八③④④④⑤123} 副露 {横西西西} ツモ {白} 打 {白}

 

 しかし実は紙一重…和、六、九萬待ち。河を見る限り九萬が狙い目のいい待ちである。その前にツモってしまえば終わりなのだが、ここはもどかしい無駄ヅモ。

だが和は顔色一つ変えず白をツモ切りした。

 

七巡目

透華手牌

{七八九45赤⑤⑥⑦⑨⑨⑨東東} ツモ {2}

 

(くっ…隣ですわ隣!)

 

 こちらは真逆で焦りが顔に出ている。一刻も早く和了りたい…そう顔に書いてあるようだ。手牌にすら入れないまま再び強打で2索を卓に放ったその時だった。

 

「あ!それです!和了りです!」

「なっ…」

 

 和了りの声は原村和ではなく佳織からのもの。親の連荘で仕切り直しですか…そう考えていたが倒された佳織の手は途轍もないものだった。

 

佳織手牌

{2233444666} 副露 {横発発発} ロン {2}

 

「り…緑一色…」

「えっ…発ホンイツじゃ…あ、あとトイトイも…」

 

『き…決まったー!まさかまさかの緑一色!逆転で妹尾選手がトップに立ちました!』

『やってくれたなあいつ…河を見てみろ』

『えっ…妹尾選手のですか………あっ…』

 

 役満がオーラスで出たということに興奮を隠せない実況であるが、藤田は対照的に頭を抱えていた。それは佳織が最後の最後で大チョンボをしでかしたからに他ならない。

 

佳織捨牌

{赤⑤1二九南9}

 

「あ…あなた!1索切っているじゃありませんの!」

「えっ…それがなにか…」

「…妹尾。…フリテンだ」

 

 透華が指摘しても佳織は気づかず、藤田と同じく頭を抱えるゆみが優しく諭す。例のごとく牌を2つ3つに区切っていた佳織は2、3索待ちのシャボ待ちだと思い込んでいたのだ。

 しかし実際は1、4、5索も当たり…つまりフリテンチョンボで場が進まないまま親の罰符支払いとなる。だが佳織の点棒は12000点を下回っている為、払いきれない。

 

『えっと…この場合は…』

『どうもこうもない…罰符であろうとハコになればそれで終わり…試合終了だ』

『えー…試合終了です!この瞬間3人目の全国出場は原村選手となりましたー!』

 

 場を盛り上げようとする実況だが、異例の試合終了に会場はざわつきが治まらない。全国を見渡してもこんな形で個人の代表者が決まった前例などないだろう。

 現に和は喜ぶどころか困惑しており、また一騎打ちの引き合いを邪魔された透華は真っ白に燃え尽き口から魂のようなものが出かかっていた。

 

終局

南家 龍門渕透華 34500(+4000)

西家 原村和   37800(+4000)

北家 加治木ゆみ 28400(+4000)

東家 妹尾佳織   -700(-12000)

 

***

 

「妹尾さん…」

 

 以前ざわつきが止まらない観戦室の中で津山睦月は呆気に取られていた。佳織のチョンボは珍しいものではなかったがこんな場面でやらかしてしまうとは。

睦月は恐る恐る隣を見やる。あれ程佳織に入れ込んでいた2人だ…こんな結末に激怒しているに違いない。しかしそこには睦月の想像と違う光景が広がっていた。

 

「ククク…カカカッ…面白いことをしてくれたものだ…」

「ああ…実に恐悦至極!」

(はっ…?)

 

 笑っていた。ただひたすらに手を叩いて笑っていた。それも呆れなどからくる笑いではなく、心の底から笑っているという感じである。

凡人である睦月には理解できない…いやもとより相容れない世界だろう。

 

「帰るぞ衣…ここはもう用済みだ…」

「あっ待ってくれ衣和緒!」

 

 呆然としている睦月をよそに鷲巣と衣は立ち去る。睦月はその背中を黙って見送ることしかできなかった。 

 

 …ちなみに余談だが透華が正気を取り戻すのはこれから3時間後のことである。




お待たせしてすいませんでした。出張が相次いだもので…時間が…
かおりん…やってしまいました。
次回は閑話の予定です。長い目でお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話
前哨


 遅くなりましたがあけましておめでとうございます…年内に上げたかった…


「…で、さっきから何をやっているのだ貴様は?」

「しっ!話しかけないでくださいまし!」

 

 激動の個人戦も終了し、試合の余韻も残る翌日。龍門渕高校麻雀部室にて手足を組んだ不満気な鷲巣が透華に問いかける。

 だが当の透華は目の前のノートパソコンから目を離そうとせずずっと凝視している。これが暫く続いているのだから文句も言いたくなるだろう。ちなみに鷲巣の隣にチョコンと座っている衣もかなり苛立っている。

 

「今日はネト麻でのどっちが現れるまで待つつもりなんだって…まあ分からなくもないけど…」

「…いつまでかかるか…」

 

 そんな透華を冷めた目で見つめるのは一と智紀。だが二人は透華に僅かだが理解を示していた。透華にとってのどっちという存在がどれだけ大きいか知っているからである。

 『のどっち』。ネット麻雀界のトップに君臨し透華が一方的にライバル視している打ち手である。その打ち筋は余りにも正確無比で隙が無く運営側が用意したプラグラムなのではないかと噂されたほど。

 だが透華はその年のインターミドル王者となった原村和にのどっちの面影を感じ、智紀と共に牌譜をすべて洗い流し研究に研究を重ねた。そしてようやく迎えた直接対決…だったのだが。とんでもない横槍が入ってしまい、中途半端に対局が終了してしまった。当然消化不良であろうと思っていた。

 

「…ともきー…今から打てる?」

「無理。忙しい」

「だよねー…」

 

 ダメもとで智紀を麻雀に誘うもすげなく断られてしまう。というのも先日団体戦の全国出場校が出揃ったこともあって智紀はデータ収集に追われているからである。

 智紀愛用のノートパソコンには幾つものウィンドウが開かれ、指が見えないほど高速でタイピングしている。その様子を横から覗き込んだ一は思わずうへぇ…と声を上げる。とても自分にはできそうにない作業だ。

 

「純くんは追試に引っかかったし、ハギヨシさんも休日でいないしなあ…」

「外国語で赤点をとるなんて全く…龍門渕家に仕える身としての自覚が足りませんわ!」

「まあまあ…」

 

 忘れがちだが龍門渕高校は県内屈指の名門進学校である。幾ら部活動で好成績を残していようと試験の成績が悪ければ追試が待っている。

 ただ部活に熱中しすぎて勉強が(おろそ)かになる生徒は毎年少なからず出てきてしまう。そういう生徒の救済措置として全国大会前に追試を一斉に行うのだ。よってもうしばらくは帰ってこないであろう。

 最終手段として部室に控えている龍門渕家のメイド杉乃歩を入れるというのもありだが…初心者に毛が生えた程度の彼女の実力では二人に(むし)られるのが目に見えている。一も歩が露骨に嫌がっているのが分かる為誘うのも気が引ける。

 

「チッ…大体ネット麻雀など素人共の(たわむ)れにすぎぬだろうに…」

(あっそれはマズイ…)

「…それは聞き捨てなりませんわね」

 

 イライラが最骨頂に達したか吐き捨てるように暴言を吐く鷲巣。だがその声は不運にも透華の耳に届いてしまっていた。デジタル雀士として高いプライドを持っている透華のことだ…簡単には引き下がらないだろう。面倒くさいことになったなあ…と一は思わず天を仰いだ。

 

「確かに実際の麻雀と比べネット麻雀の敷居は低く初心者も多い…それは認めましょう…ですが!最上位である鳳凰卓ともなると決してプロの対局に見劣りしないレベルですわ!

プロ雀士も大勢参戦しています。それにネト麻の成績優秀者とプロが対局する大会もありま「も、もういいんじゃない透華…」む…まあいいでしょう。分かってもらえたようですからね」

 

 透華の豹変ぶりに珍しくタジタジの鷲巣や若干涙目の衣を見かねて一が助け舟を出す。透華は言いたいことは言えたようで案外おとなしくデスクに戻っていった。

 

「ちょっと軽率だったね…」

「しかしそこまでの価値があるのか?」

「やってみる?パソコンまだ余ってるから」

「むぅ…」

 

 ネト麻を勧められるも正直気が進まない鷲巣。だが結局断り切れずとりあえずやってみることになった。こうして昭和の怪物とまで呼ばれた鷲巣巌が平成の科学の結晶であるパソコンと相対することとなったのである。

 

「で、どうすればよいのだ?」

「へ…まさか本当にやったことないの?」

「ない。持ってもいないからな儂は」

「威張っていうことじゃないよ」

 

 パソコンは立ち上がったもののデスクトップ画面でどうすればよいのか分からず固まる鷲巣。今時パソコンを使ったことがない女子高生はごく少数ではないだろうか。

 操作が分からない鷲巣に代わり仕方なく一が昇龍門を立ち上げる。国内最大級のネット麻雀であり信用も厚く常時様々なイベントが開催されており、プロ麻雀連盟とも提携している。

 

「名前どうする?」

「…鷲巣でいいではないか」

「そういうわけにはいかないよ…うーん…衣和緒…衣和緒かぁ…」

「よーし!衣も考えてやるぞ!」 

 

 意外に時間を取られたのがアカウントの名前だった。鷲巣自身はどうでもよかったのだが周りが無駄にこだわりを見せる。幾つもの案が出たのだが透華がごり押しした鷲繋がりのグリフォンに落ち着いた。

 透華曰く鷲の英訳であるイーグルでは安直すぎるとのことだがこれに智紀が思わずダサいと呟いてしまいひと悶着起きたのだが余りにも見苦しい為割愛する。

 

「…じゃあ始めようか…」

 

 それから環境が整ったのはおおよそ二十分後のことであった。ごたごたに巻き込まれた一は若干疲れを見せつつも素早くデフォルトのままルールを設定し麻雀部屋を作る。

 すぐに人数が揃い対局が始まった。ちなみに透華は原村和がログインしたようで既に対局を始めており、今は劣勢気味なのか唸るような声を上げていた。

 

一般卓東風戦

東家 高一☆最強

南家 グリフォン(鷲巣)

西家 ノッポさん

北家 姫様

 

東一局 親・高一☆最強 ドラ・{白}

 

一巡目

鷲巣手牌

{六八23678②赤⑤⑥⑨白白} ツモ {七}

 

「ほう…わざわざ牌を取らずともいいわけだな…」

(うわぁ…いい配牌もらってるなあ…)

「で、牌は切る…と…」

「あっ…」

 

 自動で配牌が進み自動で理牌もされる。鷲巣はそんな些細なことに人知れず感心していたわけだが一は鷲巣の配牌に内心呆れていた。

 第一ツモで嵌張を埋める七萬を引いて早くもイーシャンテン。さらにドラの白が対子となっておりいつでも鳴きを入れ満貫を確定できる万全の構え。また面前で進めれば跳満まで望める好配牌である。どうやら鷲巣の豪運は機械をも超越するらしい。

 本来ならこの手牌からは浮いている9筒を払う所。だがネト麻の操作方法が分からない鷲巣は適当にキーボードを打つ。

 

打 {白}

 

「がっ…儂は9筒を払おうとしたのだぞ…」

「9筒は隣…切り損ないだね…」

 

「ポン」

 

高一☆最強手牌

{■■■■■■■■■■} 副露 {白白横白} 打 {⑨}

 

「でもってしっかり鳴かれてるし…親に…」

「ぐぐっ…この…」

「ま、まあタンピン形にもできるから…腐らずやろうよ」

 

 だが見よう見まねだったのが災いしたかドラの白を手放す痛恨のミス。そしてすかさず機械的な声と共に上家の親が鳴き、親満を確定させてしまった。

 思い通りにいかず早くも(いきどお)る鷲巣だったが一がなんとかフォローする。白を切ってしまった今、一の言う通りタンピン形に寄せていくしかないだろう。

 雀頭がなくなってしまったが、手を整理している内にどこか重なるのを待つしかない。鷲巣は次巡は間違えずに白を落としその後も手牌を進めていく。

 

九巡目

鷲巣手牌

{六七八23678②赤⑤⑥⑦⑧} ツモ {②}

 

「…ようやく張ったか…」

 

「リーチ」 打 {赤⑤}

 

 もどかしさに苛つきながらも確定三色の満貫…ツモるか裏が乗れば跳満まである手をテンパイしリーチをかける。九巡目と多少遅れたのは鷲巣が気乗りしていない証拠か。

 

(でもいい両面待ち…河にも見えてないし、案外1索が出るかも…)

 

 捨て牌と副露を見るにノッポさんはタンヤオ、姫様は萬子の染め手を匂わせている。そのため4索はともかく1索は手牌には使われていない可能性が限りなく高い。となればツモ山にもかなり残っているはずだ。引いてくるのは容易だろう。逆にこの2人がツモっても手牌に使える余地はなく、そのままツモ切りするかもしれない。

 

「ツモ」

 

 …すべて直後にツモ上がりが出なければの話だったが。

 

高一☆最強手牌

{一二三3456東東東} ツモ {3} 副露 {白白横白}

 

白   1翻

ダブ東 2翻

ドラ  3翻  跳満

 

「………」

「…ああ!マウスが!マウスが壊れるから!」

 

 無言で右手に握っているマウスを握りしめる鷲巣。手元から嫌な音が聞こえるのは気のせいではない。そしてその後、この手を逃したのが原因か集中力を欠き、切り間違いや鳴き損ねなど操作ミスを誘発…終始ペースをつかめず後塵を拝す結果となった。

 

終局

高一☆最強     36200

ノッポさん     27300

グリフォン(鷲巣) 18700

姫様        17800

 

「こ…この儂が…僅差の3着だとっ…」

「も、もうネト麻はいいんじゃないかな!ほらそろそろ純くんも来ると思うし…」

「そ、そうだ衣和緒!衣だってねっと麻雀は好かないからな!」

 

 一は既に察していた。鷲巣はパソコンとは衣以上に相性が悪い…と。見立てでは上達するのには相当の時間がかかる。大物手を狙える配牌には何回か巡り合ったもののそれを(ことごと)く無駄にしていた。現状ではこれ以上やったところで大した意味もない様に感じる。それほどの機械オンチなのだ。 

 

「儂に…この場は引けというのか…貴様は…」

(あちゃー…完全に頭に血が上ってるなこれは…おとなしく見守っておこう…)

 

 鷲巣の二人称が貴様となるのは相当頭にきている証拠だ。そしてその時の対処法は下手に触らずそっとしておくこと。放っておけばまもなく落ち着きを取り戻すだろう。

 諦めた一を余所に再び対局を始める鷲巣であった。

 

***

 

「やっと終わったぜ…どうも英語は苦手でな…なにがあったんだこれは?」

「…まあいろいろあってね…ホント…」

「い…衣和緒。純が来たぞ!さあ卓を囲もうではないか!」

「衣…今日は話しかけるな…」

「うぅ…いわぉ…」

(…こんな麻雀もあったとは…くっ…)

 

 すっかり太陽が夕日へと姿を変えた頃、純が追試を終え部室に顔を見せた。

 透華がパソコンの前で燃えつき、鷲巣はこちらに背を向けソファーに寝転がっている。あの後鷲巣は同じメンバーと3度東風戦を打ったものの成績は振るわず遂に投げ出し不貞腐れてしまったのだった。そんな鷲巣を衣が何とかしようとするがあえなく玉砕し涙目となっている。だが異様なのはその中にあって我関せずとデータをまとめ続けている智紀だろうか。その速度は全く落ちていない。

 こんな惨状を説明できるわけもなく苦笑いで誤魔化す一であった。以降鷲巣がパソコンを触ろうともしなかったのは言うまでもない。

 

***

 

「ほう~泉。自主トレとは感心やな」

「どうも…船久保先輩。この打ち手なんですけど」

「なんやけったいな名前やなーどれどれ…」

 

「不思議だよね~」

「まともに打ってれば全局トップかも…」

 

「私なりに頑張りました!」

「頑張ったわね小蒔ちゃん」

「にしてもこのグリフォンって打ち手…」

「案外下手なだけじゃないですかねー」

 

 ちなみにこの日のみ現れた雀士グリフォンに全国各地が謎に包まれたのだがそれはまた別の話…

 強豪集う全国大会まであと2週間。




 しばらく連絡もなくすいませんでした。最新話をお届けします。あくまで閑話なので闘牌シーンは控えめです。
 …やーと書けました!心理描写が書けずいっちょ前にスランプに陥ってました。
鷲巣様の豪運はネット麻雀にも通用しますが某高校の某キャプテンの如く機械オンチなのでまともに打てません。
 次回からは待望の全国編に入ります!お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

全国編
上京


…よし。こっそり投稿だ。


「また来たぞー!皇都だ!トウキョウだー!」

「こ、衣。まだ駅前だから静かにしないと…」

「全く!我が龍門渕が東京に降り立ったというのに!マスコミは何処にもいませんの!?」

「…来るわきゃねえだろ。さっさとホテル行こうぜ。荷物が肩に食い込んで痛いんだよ」

「あっち…」

 

 八月も中旬に差し掛かりインターハイを目前に控えたある日。昨年に引き続き長野県代表の座を勝ち取った龍門渕高校の部員達が東京駅に姿を見せた。駅を抜けた途端に都会特有の熱気に襲われるが、それも何処か心地よく感じる。

 ハギヨシの運転で直接ホテルまで向かってもよかったのだが、それでは目立つことができないと透華の鶴の一声により電車を使用しての移動となったのである。

 その透華は当てが外れマスコミはいないのかと忙しなく辺りを見渡し、その様子に純は呆れ、智紀はやはり我関せずとタブレット端末を操作している。これも龍門渕ではお馴染みの光景となっていた。

 そして衣は車内が新鮮だったのか落ち着く様子はなく、駅に着くや否や再び大舞台で強者と麻雀を打つことができることに喜びを噛み締めていた。通行人の何とも言えない視線に気づいた一が慌てて止めに入る。

 

(…東京…か)

 

 さて龍門渕のニューフェイスである鷲巣は珍しく感慨に更けていた。太平洋戦争での敗戦後経営コンサルタント会社共生を立ち上げ、拠点を置き生涯の大半を過ごしただけあって思い入れはある。鷲巣麻雀を行う為の隠れ蓑としていた屋敷があった武蔵野市周辺も栄えているのだろうか。と柄にもないことを考えていた。

 

「…そうですわね。取り敢えずホテルに向かいましょうか。ハギヨシ!」

「はい透華お嬢様。お車はあちらです」

 

 ようやく諦めた透華がため息交じりにハギヨシが手際よく手配していたタクシーに向かう。この抜け目がない辺り伊達に龍門渕家の執事をこなしていないということであろう。そんなこんなで龍門渕高校のインターハイはいまいち噛み合わないまま幕を開けたのであった。

 

「ここが私たちの泊まるホテルですわ!勿論大会期間中はずっと抑えてますわ」

「…えぇー…」

「いやおかしいだろ。普通のホテルや旅館でいいじゃんかよ」

「…」

 

 タクシーを走らせること約十分。タクシーは目的地である宿泊ホテルへと到着した。したのだが…そこはどう見ても高校生が部活で泊まるにはそぐわない見上げる程高くそびえ立つ超高級ホテルであった。正面入り口には他と比較しても一際目立つ大きな歓迎看板が掲げられており、かなり恥ずかしい。透華曰く昨年の夏から今年、そして来年まで予約していたとのこと。立地も都内新宿とだけあって一泊幾らするのか想像もできない。しかし透華との付き合いが長い一同は今更そんなこといってもしかたないと足早にホテルに向かうのであった。

 だがその後しばらくして県予選決勝で戦い、四校合同強化合宿を行った清澄、風越女子、鶴賀学園も東京に到着したという連絡が透華に入り、それを聞きつけた衣、そして鷲巣の要望でそちらに向かうことになる。合同合宿にて清澄の原村和を始め、個人戦代表の福路美穂子、宮永咲らと交流を持った衣はインターハイまで充実した日々を過ごすのであった。

 

***

 

『こーことすこやんのふくよかすこやかインハイレディオー!

さあ今週もスーパーアナウンサー福与恒子と現在はクラブチームに所属しています小鍛冶プロがお届けします!注目のインハイは明日開会式そして運命の抽選を迎えます!まずは地方大会を勝ち上がってきた精鋭48校が一堂に会す団体戦。頂に立つのはどの高校なのかー!

早速ですが今大会の注目校は何処ですか!?』

『こーこちゃん最初から飛ばしすぎ…それに団体戦は52校だよ』

『えっ!?マジで!?トーナメント48校じゃないの?』

『この説明去年もしたはずなんだけど…出場校が多い北海道、東京、神奈川、大阪と愛知からは2校ずつ出場してるんだよ』

『なるほどー。…で、注目校は!?』

『流された!?…じゃあシード校から…大本命は第一シードの西東京代表白糸台だね。先鋒から大将までほとんど隙が無いよ。歴代のインハイでも今年の白糸台は指折りの強さなんじゃないかな』

『20年前のインハイで優勝したアラフォー小鍛冶プロにそこまで言わせるって相当だね!』

『いや10年前だよ!アラサーだからね!何回目なのこのくだり!…こほん!第二シードの千里山も打倒白糸台に向け猛特訓を重ねてきたというし、新鋭にして異質の永水女子に留学生部隊に個人3位の辻垣内選手擁する臨海女子とシード校はやはり強豪揃いですね…』

『ではノーシード校じゃどうです?あるいは初出場校とかは?』

『春大会5位だった姫松、九州の古豪新道寺女子、兵庫の劔谷(つるぎだに)などが有力だけど…私としては長野の龍門渕を押したいかな』

『あっ私も知ってますよ!確か去年МVPを獲った天江衣選手が話題になりましたね…ってそりゃ強いに決まってるじゃん。なんでシードじゃないの?』

『龍門渕は春季大会には出てきてないからね。残している実績では姫松や永水女子には若干見劣りします』

『すこや…じゃない、小鍛冶プロは注目している選手はいますか?』

『やはり白糸台の大将赤木選手ですね。去年彗星の如く現れたインパクトは衝撃の一言でした』

『神域、千里眼、すこやん2世と異名も多いですね!ただならぬ風格を感じます!』

『待って!最後の聞いたことないよ!何すこやん2世って!?』

『いやーあっちこっちで言ってるんだけどねー。なかなか浸透しなくて…』

『なにやってるのこーこちゃん!』

 

「あっはっはっは!このラジオ最っ高!すこやん2世って!あっはっは!」

「おいうるさいぞ淡。さっさと風呂に入ってこい」

「…今いいところなんだからスミレー。」

「それでもだ。あと何回も言うが先輩と呼べ。全くなんでこいつと同室なんだ…」

 

 東京のとあるホテルの2人部屋。そこにはベットに寝っ転がりながら余程ツボに入ったのか大笑いする金髪のロングの少女とそれに心底鬱陶しそうな表情を浮かべる風呂上りであろうか、髪から湯気が立っている黒髪の少女。彼女たちこそ団体戦二連覇中の名門白糸台のレギュラーの一角一年生大星淡と三年生弘世菫である。だが最上級生で部長であるはずの弘世菫は大星淡に手を焼いていた。というのもこの大星淡という少女は麻雀の腕は確かなのだが少々生意気で可愛げのないところがある。

 これでも入学した時よりはマシになったのだが、素直に言うことを聞き懐いているのは自身より実力のある照と赤木のみである。

 

「…まあいいが。ちなみに大浴場は9時に男湯に切り替わるそうだ」

「…わわわ!それを早く言ってよスミレー!」

 

 えっ…と淡が壁に掛けられた時計を見ると既に8時40分を回っていた。このままラジオを聞いていたいが毎日毎日蒸し暑いこの夏に風呂に入りそびれたくはない。慌てて備え付けのバスタオルと着替えを抱え、バタバタと部屋を飛び出す淡。ダンと強く閉められるドアを見つつ菫は深い深いため息をついた。

 

『…門渕の鷲巣選手も気になる存在ですね』

『ほう。鷲巣選手…あまり聞かない名前ですね?』

『私の知る限りインターミドルには出てきてないはずです。機会があって地区予選決勝戦の牌譜を確認したんですが…とんでもないですよ』

 

(鷲巣…か)

 

 ふっとかかりっぱなしのラジオに耳を傾けると聞こえてきたのは鷲巣という選手の話題。龍門渕という有力校に加え天江衣を差し置いての大将抜擢ということもあり部室にて要注意選手として挙げた一人だ。

 打ち筋は何より豪腕で貪欲に大物手を狙っていく印象を受けた。では手が遅いのかというとそんなことはなく無駄ヅモもほとんどないまま牌を操っているかの如く最善手へと向かっていく。だが自分のポジションは次鋒であり龍門渕と当たれば打ち合うのは大将である赤木だ。

 

(あの時赤木が笑っているように見えたのは気のせいだろうか)

 

 資料をレギュラーメンバーに配った際、菫には赤木の口角が僅かに吊り上がったように見えたのである。滅多なことでは他の選手の牌譜も確認しない赤木が珍しく資料を眺めていた。まあ軽く目を通す程度であったが。知っている選手なのかと聞いたが上手くはぐらかされ結局詳しいことは聞けなかった。

 

(まあここで考えても仕方ない。明日の組み合わせを見て二回戦から対策を立てよう)

 

 4校中1校しか勝ち上がることのできない一回戦が免除されているのは大きなアドバンテージだ。二回戦からは上位2位までが勝ち上がれる為、見方を変えれば一回戦が最も厳しいともとれる。幸い時間の猶予はある。菫はまだ垂れ流されていたラジオの電源を落とし、机に後輩の戦略班からもらったデータを広げるのだった。

 

***

 

『南大阪姫松高校…38番!』

 

 翌日。開会式も無事に終わり、その直後に始まった運命の抽選会。一校一校の抽選に一喜一憂する選手たち。強豪校の抽選順ともなれば会場も大いに沸く。別のブロックに入ってくれてほっとする高校もあれば運悪く1回戦で当たることになってしまい思わず頭を抱える高校の姿もある。そして次の高校も要注目の高校だった。

 

『長野ー龍門渕高校』

 

 その名前が響き渡った途端騒がしかった会場が水を打ったように静まり返り、檀上に上がる龍門渕透華に視線が集まる。当の透華はこの大きな会場の中、自分がいや自分だけが大勢に注目されていることにご満悦のようで顔が緩みにやけていた。

 体全体でひしひしと感じる昨年とはまるで違う注目度。昨年は6連覇中の風越女子を破っての出場とはいえ、その風越女子は長野県内では文句なしの強豪校だったが全国大会では目立った成績を残していない為特に目立つことはなかった。

 だがその中でシード校を差し置いて二回戦を1位抜けし、初出場ながらベスト8に入った。準決勝では惜しくも他家が飛ばされ負けてしまったが、続く決勝戦の前座である5位決定戦では圧勝し麻雀ファンの印象に残ったといえる。その後の春大会では中部大会を順調に勝ち進んだものの間も無く衣が体調を崩してしまい、迷うことなく棄権した。今ではその選択は正しかったと断言できる。

 今年もここに立てて本当に良かったと透華は感慨にふけりつつ抽選箱に右手を入れた。

 

「あー…ありゃいらんこと考えてるな…」

「だから絶対にくじを引くって譲らなかったんだね」

「…透華らしい」

「…ククッ」

 

 そんな透華の心中は龍門渕高校の部員達には微妙に誤解はあるものの筒抜けであった。鷲巣にまで呆れられていることを本人が知ったらさぞかし憤慨するだろうがそんなことはつゆ知らず透華は少し抽選箱を漁る素振りを見せ右手に飛び込んできた1枚の紙を引き、高らかに掲げた。

 

『長野龍門渕高校…33番!』

「…結構きついとこだな」

(…反対側か)

 

 その番号に会場内から大きな歓声が上がる。透華が掴み取ったのは先程くじを引いた姫松高校と同ブロックになる大会3日目対局室Bの33番。両校とも順当に勝ち上がれば2回戦で早くも顔を合わせることになる。そこに第三シードの永水女子も加わるとあっては2回戦屈指の好カードになること間違いなしだ。

 元来の目立ちたがり屋の透華の本能がこの番号、この組み合わせを呼び寄せたのか。満更ありえなくもない仮説に一番割を食う先鋒の純は渋い笑いを隠せない。どうやら楽に勝ち上がらせてはくれないようだ。

 そして鷲巣は反射的にトーナメント表の左上を見上げる。白糸台とはブロックが分かれ、当たるとすれば決勝戦ということになる。なるほど結構なことではないか。追いかけて追いかけてようやく見えたアカギとの再戦。それが2位以上でも実質勝ちとなる2回戦や準決勝では緊張感が薄れてしまう。決勝こそ最善の舞台なのである。絶好のところを引いてくれたと高揚感を覚えつつ鷲巣は席を立ち会場を後にした。

 その後も抽選が続き、遂に最後の空白が埋まりトーナメント表が完成した。高校麻雀のファンたちは自身の母校や応援している学校が何処まで勝ち上がれるか皮算用を始める。順当にシード校同士の決勝戦となるかそれともダークホースが現れ波乱が起きてしまうのか。明日から始まる夏の激闘に胸を躍らせるのであった。

 

***

 

 試合は3日目ということで龍門渕高校は暫く自由行動ということになった。座禅を組み瞑想をしたり、他校の対局を観戦し過去の牌譜を見ながら分析をしたり、清澄高校の面々が泊まっている旅館に入り浸ったり、無理矢理ハギヨシを従え東京観光をしつつ甘味処を何軒も訪れたりと各々性格にあった時間を過ごし、迎えた1回戦当日。

龍門渕高校は前評判通り…いやそれ以上の打ち回しで副将の衣にすら回すことなく試合を終わらせ真っ先に2回戦に名乗りを上げた。同時刻に行われていた姫松高校の試合も先鋒戦こそ大量失点して最下位に一時的に沈んだものの中堅にしてエースを張る愛宕洋榎がそれ以上に取り返し無事に2回戦進出を決めた。

 そしてもう1校は個人戦6位の銘苅擁する沖縄代表真嘉比(まかぴ)高校になるというのが大方の予想だったのだが、事前の雑誌や新聞などでは全くのノーマークであった初出場校である岩手代表宮守女子が不気味に勝ち進んできた。

 別名サバイバルとも呼ばれる1回戦が終わり早くも36校が姿を消し、ベスト16が出揃った。いよいよシード校が姿を見せる2回戦が幕を開ける。




 …10か月ですか。時間が立つのはハヤイナー…本当にごめんなさい。いろいろ忙しくてなかなか執筆期間が取れませんでした。
 今回独自設定があります。龍門渕高校の春大会と昨年の5位決定戦です。準決勝で負けた以上5位決定戦に出たはずなんですがその話がありません。春大会は出場しているのかさえ分かりません。なのでこの話では5位決定戦は圧勝。春大会は不出場ということでいきます。でないとシード校に選ばれかねないので…
 次話から2回戦の始まりです。なるべく早く書きますので期待はそこそこにお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

副露

お久しぶりです。…弁解は後書きにて。


 新宿にそびえ立つ超高級ホテルの一角。そこに龍門渕高校麻雀部一同は宿泊している。

そして軽く朝食を終えたばかりの龍門渕透華の機嫌はなぜか悪い。特に低血圧で朝に弱いというわけではなく、原因は先程からついているテレビにあった。

 

『本日は全国高等学校麻雀選手権大会の6日目。シード校である臨海女子と永水女子が今大会初お目見え…』ピッ!

『私は特に永水女子の神代選手の活躍に注目しています…』ピッ!

『今年の臨海は隙が無いね。アレキサンドラ監督はよく仕上げてきた…』ピッ!

『永水女子に姫松、龍門渕の三つ巴ですね。実績では永水女子、姫松がやや優勢でしょうか。初出場の宮守女子は少し苦戦を強いられるかも…』ブツッ!

 

「…全くどいつもこいつも見る目がない評論家ばっかりですわ!どの局も我が龍門渕についてろくな事を言ってないじゃありませんの!」

「そりゃしょうがないだろ透華。うちが誇るエース2人が揃ってマスコミ嫌いだからな」

「ああ…そうでしたわね…」

 

 この時期のテレビ局はどの局も麻雀のインターハイ一色になり、プロ雀団チームのスカウトも目を光らせている。すなわちそれ程日本中の注目を集めているのである。

 そのことを百も承知の透華も期待してテレビをつけたのだが、取り上げられているのはどの局もシード校や古豪校がどう凄いのか、どういうパフォーマンスを見せてくれるのかという話題ばかり。

 透華は素早くチャンネルをザッピングして確認するが、この時期にしか見ないような元プロや指導者の評論家が我が物顔で持論を話している姿を見て腹を立てつつ、テレビの電源を乱暴に切った。

 その姿を見かねた純はいつもの調子の透華をなだめる。全く対局を前にして欠片も緊張していないのはいいことだが、少しくらい落ち着いててもいいのではないか。

もう何度目になるかも分からないため息をつきながら今更どうにもならない事を考える純であった。

 

『大会6日目2回戦第3試合。まもなく先鋒戦が始まろうとしております!申し遅れました、私この対局の実況を務めさせて頂きます佐藤です。解説には大宮ハートビーツ所属宇野沢プロにお越しいただいております。本日はよろしくお願いします』

『よ、よろしくお願いします』

『すいません。本日は急に解説をお願いして』

『いえいえ…呼んでいただけて光栄です』

(解説大丈夫そうね。少し緊張してるみたいだけど…)

 

 それから数時間後、インターハイ会場は対局開始の時間が近づくにつれて徐々に熱気が高まっていた。何せ全国の厳しい予選大会を勝ち上がってきた猛者達の真剣勝負である。

既に観客席も満員で会場外のモニターにも人が集まっており、また全国各地でパブリックビューイングも開かれており否が応でも麻雀が国民的競技だという事実を認識させられる。

 また今日は放送席側でもひとつの修羅場があった。解説として呼んでいたプロ雀士の都合が悪くなり、急遽当日代打が必要になったのである。

どうしようかと大会スタッフが慌てていると偶然その現場に居合わせた瑞原はやりが推薦してきたのが、白糸台OGでもある宇野沢栞であった。実力もあり、ルーキー(プロ1年目)で知名度もあり、たまたまオフであった彼女に白羽の矢が立ったのである。

ちなみにこの日ハートビーツ指定のメイド服を着用しており、恵まれたスタイルを生かしてのグラビア露出が多い彼女の登場にネット掲示板を中心に熱狂的ファンが大いに賑わったのだがそれはまた別の話である。

 

***

 

「んじゃ行ってくるな」

「純君、頑張って!」

「純!龍門渕高校先鋒の力を今一度見せつけてくるのですわ!」

「ファイト…」

「純!虚心坦懐!」

「…今日は儂と衣にも回せ」

 

 仲間たちの激励を受け、途中取材にきた記者を適当にあしらいつつ純は対局室へと向かう。

 後ろに衣と鷲巣が控えている以上、自分が余程大きな失点をしない限りこの2回戦、2位以上は堅いだろう。自分は原点を維持できれば上出来だということも分かる。しかし2人に頼り切るつもりは毛頭なかった。

 

(要注意は永水の神代か…流れには乗らせねぇ)

 

 自分の持ち味は自分が一番よく知っている。今日もやる事は同じ。たとえ相手が超弩級の怪物であろうと流れを断ち切ること。傾きかけた天秤を押し戻すことである。

対局室には自分以外の3人が既に揃っており着席している。純もいつも通りのルーティーンである座禅を組み気持ちを整える。

 

***

 

先鋒戦前半戦東一局 親・永水女子 ドラ・{八}

東家 神代小蒔 (永水女子)

南家 井上純  (龍門渕)

西家 小瀬川白望(宮守女子)

北家 上重漫  (姫松)

 

小蒔配牌 {二三169⑦⑨⑨東東白発} ツモ {赤⑤} 打 {9}

 

純配牌  {一四赤五九②⑤⑧247西北発}

 

白望配牌 {三五34赤5①④④東南中中中}

 

漫配牌  {⑧124678北北六七八八}

 

『さあ始まりました各校のエース級がぶつかり合う先鋒戦!まず各家の配牌はどうでしょう』

『そうですね…神代選手はダブ東が対子、上重選手が配牌がドラドラで三色も見えます。また小瀬川選手は中が暗刻で仕掛けやすい形になっています。対して井上選手は少し苦しいですね』

 

六巡目

 

漫手牌 {⑥⑦⑧145678六七八八} ツモ {八}

 

(よっしドラがきた。張ったで!)

 

「リーチ!」 打 {1}

 

『姫松上重選手リーチ!これはいきなりの大物手炸裂なるか!?』

 

 場に動きがあったのは六巡目。姫松の上重漫がドラの八萬を引き込みリーチをかける。3面張の高めメンタンピン三色ドラ3の倍満をテンパイ。開始直後での倍満和了はあまりに大きく、もしツモれば永水に親かぶりを食らわせることができる。また安めでも裏ドラ次第で跳満まで伸びる。まさに絶好のチャンスだろう。

 

(チッ…リーチがかかったか。和了られると厄介だな…)

 

純手牌 {四五六②⑤⑧24西西} ツモ {9}  副露 {横678}

 

 純はここまでどうにか鳴いてツモをずらそうとしたのだが、手牌がバラバラでうまく鳴けず、今の自分に流れはないと本能的に察知していた。逆に姫松に流れが向いていると純は漫の捨て牌に視線を移す。

 

漫捨牌

{白北北九2横1}

 

 不要牌を整理していたら張った…と言わんばかりの捨て牌。手出しの連続であった事からほぼ無駄ヅモがなかったのだろう。また早い段階で自風の北を対子落とし、辺張を払ってのリーチである為十中八九タンピン形…打点もそこそこ高いはず。このままツモを回せば一発ツモもありうる。

 何とか流れを切りたいが牌勢が悪く、この局は和了れそうにない。しかし他家の手を潰す方法はなにも自分が和了る事だけではない。県予選が終わってからの四校合同合宿で嫌というほど痛感させられた。

 

(借りるぜ福路さん…あんたのやり方)

 

純手牌 {四五六②⑤⑧249西西} 打 {4} 副露 {横678}

 

 小考の後、純はツモってきた9索を手牌に取り込みカンチャンを崩す4索を切り出す。タンピン形のリーチに対して切るにはかなり危険な牌である。

 

(だるっ…そういうこと…)「…チー…」

 

白望手牌 {三四五4赤5④④東中中中} 打 {東} 副露 {横423}

 

 この4索を下家の宮守女子の白望(シロ)が鳴き、両面待ちのテンパイが入る。そして手牌から場風の東が切り出された。鳴かれるのを嫌い、テンパイギリギリまで絞っていた役牌である。

 

「ポンです」

(うっ…ツモれへん…)

 

小蒔手牌 {二三67赤⑤⑥⑦⑨⑨白白} 打 {⑨} 副露 {東横東東}

 

 さらに白望が切った東を対面の小蒔が鳴き、ダブ東を確定させ受け入れの広いイーシャンテンに構える。既に牌に右手を伸ばしかけていた漫だったがツモを飛ばされあえなく手を引っ込めた。純は四枚目の東を引き、手牌に入れることなくツモ切り。続いてツモった白望(シロ)がそのまま手牌を倒した。

 

「ん…ツモ。500・1000」

 

白望手牌 {三四五4赤5④④中中中} ツモ {6} 副露 {横423}

 

東家 永水女子  99000(ー1000)

南家 龍門渕   99500(ー500)

西家 宮守女子 103000(+3000)

北家 姫松    98500(ー1500)

 

(う、うちのリーチがそんな安手で…)

 

『あっと上重選手ツモることも出来ませんでした!小瀬川選手がリーチを軽くいなして初和了りです!』

『点数以上に価値のある和了りですね。効果的です』

 

 結局この局を制したのは白望(シロ)だった。中ドラ1で500・1000の和了りにリー棒を加えて3000点の収入となる。

よりによってオナテン待ちでリーチを蹴られた形となった漫はガックリと肩を落とした。

 

***

 

「え~和了れんかったん~」

「いきなりの爆発やと思ったんやけどな…」

「ダマテンでもよかったのよ~」

 

 大物手を逃した姫松高校の控え室。そこでは麻雀部員4人と監督代行がため息をついていた。東一局である為、そこまで焦る必要もないのだがここは和了ってほしかったというのが本音である。

 姫松高校の先鋒である上重漫は波に乗れば爆発し大きく稼ぐのだが、逆に乗れなければズルズル失点するという安定感のない両極端な打ち手である。

 ただ爆発した時の勢いは全国区のエースと比べても遜色ないものであり、その将来性を期待して大将である末原恭子がレギュラーメンバーに推したという逸話もあるのだが…問題は滅多に爆発せず不発が多いという点であった。

 

「…龍門渕の井上が思ったより上手いですね。鳴いてツモをずらすくらいやと思うてたんですけど」

「…?…今のは宮守が上手く鳴いてかわしたんじゃ」

「絹…あれは鳴いたんやない、井上に鳴かされたんや」

 

 前局のターニングポイントは間違いなく純の4索切りだろう。もしリーチの現物に頼って2索を切っていれば白望(シロ)は鳴かずそのまま4枚目の東をツモり2索の合わせ打ちで4筒、東のシャンポン待ちでテンパイ。白望(シロ)が最終的にツモった6索で漫が高め一発ツモだった。正に紙一重で漫の倍満手を封殺したわけだ。

 明らかに漫を警戒した打ち回し。漫の手に爆発の兆しがあっただけに悔やまれる。

 

「いやいやそんなん…鳴いてくれるかも分らんし、その先のツモ牌が分かってないとそんな芸当できないですよ…」

「つまり水を差されたっちゅうことやな~爆弾だけに!…あれ?おもろくなかった?」

(結果的に漫ちゃんの倍満手は流された。今日の爆発は期待薄やな…)

 

 つまらない事をドヤ顔で言っている主将を無視して恭子は頭の中で龍門渕の警戒レベルを一段階上げる。去年は大将の衣に繋げる堅実な麻雀を打っていた印象だが一年間で成長しているということだろう。

 また未だその全貌を見せない永水女子も宮守女子も手強(てごわ)い。えらい難儀な組み合わせになったなと恭子はもう一度ため息をつくのだった。

 

***

 

先鋒戦後半戦南四局 親・姫松 ドラ・{六}

南家 永水女子  83800(ー15200)

西家 龍門渕  114100(+14600)

北家 宮守女子 122500(+19500)

東家 姫松    79600(ー18900)

 

(あ、あかん…3万点差どころやないやん…)

(神代…動きなしか…)

(…)

 

 対局開始から数十分後。対局はそれぞれの思惑が交錯しながら進み、遂に後半戦のオーラスとなった。大物手を逃した漫はその後あからさまに配牌が悪くなり、それに反比例するかのように純と白望(シロ)が親番で軽い手ながら連荘を重ね、2人から大きく引き離されていた。

 だが気になるのは永水女子の神代小蒔。ここまで目立った和了りもなくただただ点棒を削られているだけである。昨年大暴れした実績があるだけに音沙汰なしというのは不気味に感じる。嵐の前の静けさというべきだろうか。他家に和了られての親番だが少しでも連荘して盛り返していきたい漫は少し期待しつつ理牌し始めるのであった。

 

漫配牌  {三赤五②③④赤⑤⑤2678北発} ツモ {4} 打 {北}

 

(おっ行けるんちゃうかこれ…)

 

 配牌時点で2つの面子があり赤ドラ2枚に他の形も悪くない。鳴いて軽くタンヤオで和了るのもいいし、面前で仕上げれば打点も期待できる。久々の好配牌にここは迷うことなく浮いているオタ風の北を切っていった。

 

純配牌  {六①①②⑤⑧11赤599北北} ツモ {南} 打 {⑧}

 

(チートイのリャンシャン…)

 

 純は対子が固まった配牌。一応七対子のリャンシャンテンだが七対子は役の性質上、有効牌が面子手より少なくなる為手が滞りがちになる弱点もある。

早めに聴牌出来れば儲けものと引いてきた字牌を残し8筒を切り出す。

 

五巡目

 

純手牌  {六①①⑤11赤5599南北北} ツモ {南}

 

(…南が埋まったか…ひとまずダマだな) 打 {⑤}

 

 意外にもこの局真っ先にテンパイしたのは純だった。しかし七対子の待ち牌にしたかった字牌の南が対子となってのテンパイである。同じテンパイならドラの六萬か赤5筒をツモりたかったがそれは欲張りすぎであろう。この局面でリーチをすれば出和了りで12000。ツモっても跳満、さらに裏が乗れば倍満まで伸びる思いがけない手となった。

しかし単騎を5筒か六萬にしてのリーチでは出和了りは期待できない。またその後の状況変化に対応できなくなるリスクは背負いたくない純はダマテンで六萬待ちとする。

 この局面でもあのタコス娘…片岡優希ならオーラス断トツでも勇んでリーチするのだろうかと内心苦笑いしつつ5筒を切っていった。

 

「う、5筒ポン!」

 

漫手牌  {三赤五②③④456788} 副露 {赤⑤横⑤⑤} 打 {7}  

 

(よっしゃテンパった!和了れば取り返せる!)

 

『井上選手に続き上重選手にも嵌四萬待ち5800のテンパイが入りました!』

『んーと…これは少し焦ったテンパイですね…巡目も浅いので萬子の嵌張払いで好形テンパイを待ってもよかったかもしれません』

『しかし親番ですしテンパイに取っていい場面だと思いますが…』

『いや筒子、索子ともいい形だったのが勿体ない…十分多面待ちへの発展が期待できたと思います』

『でも他家も和了りに向かっているので…』

 

 純が切った5筒をすかさず対面の漫が鳴き、タンヤオドラ2のテンパイに取る。しかしこれは(いささ)か強引で前のめりなテンパイに見える。

漫の副露と序盤に役牌が切られている捨て牌から手役がタンヤオだと看破されやすく、また待ちが四萬と手牌に使われやすい中張牌であることも和了りにくさに拍車をかけている。実況席でも実況佐藤アナと解説である宇野沢栞の意見が真っ二つに割れ、ヒートアップしかけていた。

 

「…」 打 {発}

 

(うっ…)

(…これは…なんだ…)

(…!この土壇場でくるか)

 

小蒔手牌  {一一二二三三七七八八九九九}

 

『あっ~と!?神代選手途轍もない大物手をテンパイしています!い、いつの間に…』

『六萬から九萬までの4面待ちです。九萬ツモで高めの数え役満ですね』

 

 続く神代小蒔が発を手出しで切ったその瞬間、強烈な威圧感が卓上を支配する。漫や白望(シロ)は正体を掴めずにいるが、純はこの感覚に覚えがある。何度も体感した衣や鷲巣らが大物手を和了る前兆みたいなものだ。つまり張っているのは間違いない。打点も索子を一面子落としている以上染め手で相当高いと読んでいた。 

 

純手牌  {六①①11赤5599南南北北} ツモ {八}

 

『井上選手ツモってきたのはよりにもよって八萬!これは振り込んでしまうのでしょうか!?』

『テンパイに取ればどちらとも放銃ですよ!』

 

(チッ…初牌の萬子なんざ切れないっつーの!) 打 {北}

 

『あっと井上選手テンパイを崩して振り込みを回避!』

『…避けましたか。何かからテンパイ気配を感じ取ったんでしょうか…』

 

 佐藤アナと栞の予想に反して純は完全安牌である北から落とす。この局面鳴いて場の流れを乱したいが原点を割る可能性がある以上、振り込みだけは回避しなければならない為甘い牌は打てない。

 

白望手牌 {①②③12789西西西白発} ツモ {2}

 

「…ちょいタンマ…」

(んー。ここは残り牌の数では圧倒的に発切りなんだけど…んー。)

 

 ここまで淀みなく打っていた白望(シロ)の手がここに来て初めて止まった。当の本人は額に手をやり場全体を眺め悩む。配牌から手なりで打っていた白望(シロ)の手は順調に進みチャンタが狙えるイーシャンテンとなっていた。

 迷いなくここは2枚切れの発を切り手を広げる場面。先程小蒔が通している牌でもあるので振り込みもない。だがその小蒔から先程確かに感じた圧迫感。このままツモらせる訳にはいかないような気もする。

 

純捨牌   {⑧2②一北}

 

小蒔捨牌  {⑨432中発}

 

漫捨牌   {北東発⑧7} 副露 {赤⑤横⑤⑤}

 

白望捨牌  {東④⑥北中}

 

(2索が全部見えてるけど1索が切れてない…つまり何処かに固まってる…)

 

「…決めた。こっちで」 打 {1}

 

(それだ宮守!)「ポン!」

 

純手牌  {六八①①赤5599南南北} 副露 {11横1} 打 {北}

 

(これで少しでも流れが変わってくれればいいが…)

 

 白望(シロ)は悩んだ末に1索を切りそれに純が食いついた。常人ならこのツモずれで足踏みすることになるが、今相手にしているのはそういう型枠から大きく外れた天照大御神である。しかし自分ができるのはあがくことだけ。あがかなければただただ蹂躙されるのみである。

 

漫手牌  {三赤五②③④45688} ツモ {九} 副露 {赤⑤横⑤⑤}

 

『上重選手これは苦しい!神代選手にド高めの九萬を握らされました!』

『完全に不要牌ですからね…ツモ切りではないかと…』

 

(九萬…切ってもええんかこれ…)

 

 純が鳴いてツモ番がずれた後、白望(シロ)は発を手出し。その後漫は四萬ツモ和了はならず。

 この九萬、漫がタンヤオ手で既に鳴いている以上ツモ切るしかないのだが本能がそれに待ったをかける。これは純の鳴きで自分に入ってきた牌…本来小蒔がツモっていたはずの牌である。ここまで純の鳴きで有効牌が他家に食い流され、うまくテンパイできず翻弄された手前、安易に扱えないのである。しかしここから九萬を抱えるということは実質の和了放棄。正に八方塞がりである。

 

(これ以上の振り込みはあかん。これは抱える…) 打 {8}

(8索手出し…ツモ牌は抑えたか)

 

 ここまで大きく点を削られ委縮気味になっていた漫は対子の8索を切っていく。何とかテンパイまで戻し、流局連荘を狙う腹積もりのようだ。逆に点数が浮いていれば強気に九萬を切り出していただろう。今回はこの臆病気味…よく言えば慎重な打牌が功を奏した。 

 場に切り出される8索を見て純は僅かに顔を(しか)める。純にとっては漫に振り込んでもらったほうが都合がよかったのだが、流石に学習しない木偶ではない。

そして8索に鳴きが入らない以上、自動的に小蒔のツモ番となる。小蒔はツモ牌を盲牌するやいなや卓に晒し続けて手牌を倒した。

 

「ツモ。4000・8000」

 

小蒔手牌  {一一二二三三七七八八九九九} ツモ {七}

 

(ずらしても和了るかこいつ…)

(はぁ…終わった)

(や、やっぱり九萬も当たり…)

 

 3人ともこの局は神経をすり減らしたようで椅子にもたれかかる。特に数え役満を振り込んでいたかもしれない漫は顔に冷や汗が伝っていた。

 

『神代選手自力で持ってきた!倍満です!』

『他家に和了牌を抑えられましたが待ちが多かったのが幸いでした』

『そしてこの和了りで先鋒戦終了!永水女子が原点付近まで復帰しました!現在初出場の岩手代表宮守女子がトップに立っています。なお次鋒戦は小休憩の後まもなく始まります!』

 

先鋒戦終局

南家 永水女子  99800(-200)

西家 龍門渕  110100(+10100)

北家 宮守女子 118500(+18500)

東家 姫松    71600(ー28400)

 

「お疲れさーん」

「対局お疲れさまでした」

「…お疲れさまです…うう…帰られへん…」

 

 対局終了後足早に立ち去った小蒔と漫の背中を見送りつつ自分もその場を立ち去る。宮守の小瀬川白望が椅子にもたれかかったまま微動だにしていなかったが物思いにでもふけっているのだろうか。

 トップは取れなかったが自分の麻雀は貫けた。場の流れも以前より明確に読み切ることができ、特訓の成果があったというものである。自分に出来ることは仲間を信じて見守るのみ。これが団体戦のもどかしさでもあると純は一息ついて控え室に戻っていくのであった。

 

 昨年までシード校にも選ばれていた強豪姫松高校が大差で4位に沈む波乱の幕開けとなった。しかし2回戦はまだ始まったばかり…




 まずお詫びを。2019年更新なしですいませんでした。仕事がすごく忙しく時間がとれず、それに合わせてモチベーションが下がった次第でございます。
 原作読み直したら対局前半後半で席替えしてるんですね…始めて気づきました。県予選含め書き直す気力はないので今後も席替えなしでいきます。今後もこんな感じで更新すると思いますが読んでいただけると嬉しいです。
追記・総得点に計算ミスがあったので修正しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。