ハイスクールD×D 諦観のダンタリオン (SINSOU)
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1話

昔に放置していた作品を、大幅に変えてのリメイクになります。
申し訳ありません。


薄暗いビルとビルとの間、繁華街からは外れ、道路からは決して見えない裏路地。

多くの大量消費がされているファストフード店の裏口。

食べられなかった残飯が棄てられているゴミ箱が・・・倒れた。

中で何かが暴れていたのか、しきりに跳ね、転がり、そして壁にぶつかって止まる。

ゴミ箱の中から出きたのは、『ナニカ』だった。

 

それは人の形をしているが、人と判断するのは難しいモノだった。

何故ならば、それは人の形をしたモノでしかなかったからだ。

身体全身の輪郭はぼやけ、辛うじて人?であろうと判断できる程度の存在でしかなく、

それも、注意して、目を皿のようにし、意識して視なければ、簡単に判らないほどだ。

 

その人の形をした『ナニカ』は、

ゴミ箱に棄てられていた残飯を、口に当たる部分に放り込んでいく。

噛み砕く音が聞こえ、咀嚼音が響き、そして嚥下する音が聞こえる。

そしてまた、『ナニカ』はまた残飯を飲み込んでいく。

それを幾度となく繰り返していると、コンクリートを踏みしめる足音が聞こえた。

『ナニカ』が振り返ると、そこには雨も降っていないのに、

そして日もとっくに落ちて夜だというのに、黒い傘を差した存在が立っていた。

 

「あら?これは珍しいものを見つけてしまったかな?」

 

開口一口に、黒い傘の人間?は、

何か面白いものを見つけたような、そんな言葉を発した。

傘で顔を見ることは出来ないが、その声の音色からして、女性であろう。

『ナニカ』は、傘の女性?に目を向けつつも、残飯を口に放り込むことは止めなかった。

 

 

目の前の『それ』を見ながら、女性は自身の顎に手を当て、考え込む仕草をする。

それは女性の癖であり、何か不可思議なもの、信じられないことに遭遇すると、

決まってそれを見定めようとし、無意識にやってしまう行動だった。

 

女性の出で立ちは、言ってしまえば、この現代社会の日本において、

酷く時代錯誤と言うべきか、場違いと言うべきか、変な意味で目立っていた。

黒い傘もそうだが、彼女の纏う服は、まるで中世時代の貴族が来ていそうな、

言ってしまえばドレスである。

しかも、黒を基調とし、紫がかったリボンの付いたゴシックドレスだ。

こんな服を着ていたら、確実に目立つ上に、職質ものだろう。

 

そんなおかしな格好の女性は、

目の前の『それ』をじっくりと目で舐め回しながら、ふむふむと頷く。

 

「本来なら、人間界に干渉することなどを、私はあまりしないのだが。

 気まぐれと言うものも、案外馬鹿に出来ないものだ。

 しかし、本当にここは違う世界なんだなぁ。」

 

そう言うと女性は、さしていた傘を閉じる。

すると閉じた傘は、まるで始めから無かったかのように、彼女の手から消えた。

 

そして『ナニカ』は、女性の素顔を見た。

長い紫髪をリボンで一つに纏め、

その瞳は、まるで深淵を覗いてしまったかのように黒かった。

その顔立ちは整っており、仮に道を歩けば、多くの人が振り返るだろう。

ただし、その目の下に隈が無ければの話だが。

 

「もしもーし?おーい?聞こえているかな?

 仮に聞こえているなら何かで示してくれるかな?」

 

女性は、自身の声が聞こえているかを確認すると、

目の前の『それ』は首らしき部分を縦に振る。

 

「良かったよ。仮に意思疎通が出来なかったら、私も嫌なことしなければならなかったからね」

 

そう呟くと、女性は更に問いを投げかける。

 

「君は、一体何なのかな?

 私からして、君は人の形をしているけれど、まだ人ではない。

 かと言って、あまりに不確かな存在で、吹けば消えてしまう燭台の火のように儚い。

 本当は存在しているのに、存在していない、曖昧な存在だ。

 まるで、この世界には存在していないのに、存在している、私とは真逆だな」

 

「?」

 

「おっと、話が逸れてしまったね。

 つまり、君は一体何なのか?私に教えてくれないかな?」

 

「     」

 

『それ』は言葉を発しようとするが、口から声が出ることはなかった。

何度も発しているのに、声が出ない。

その姿に、女性は考え込む仕草をした後、「仕方がないか」と呟き、右手を前に差し出す。

すると突然、彼女の右手に不思議な文字が浮かび上がり、

文字が螺旋を描きながら宙を舞い、そして一つの形を作った。

そして彼女の右手には、一冊の本が握られていた。

本の大きさは、彼女の手にちょうど収まる程の大きさで、

厚さも、まるで彼女の手に合わせるかのように収まっている。

装丁は、歴史を感じさせるように古く、所々に金色の装飾がされている。

 

「さてさて、私としてはあまり気が進まないのだが、

 君の声が聞こえなければ、私は君と意思疎通が出来ない。

 悪いけど、君を視させて貰うよ」

 

そう言うと、彼女は本を開き、何やら言葉を発する。

すると、先ほどと同じように、不思議な文字が本から溢れ、『それ』の中に入っていく。

 

「おや?これは一体どういうことだ?」

 

『それ』が見つめる中、女性は何やら首を傾げる。

そして難しい顔をした後、直ぐに表情を変えた。

 

「え、待って。ちょ、ちょちょっと待ってよ!?

 え、えー!?ウソ!?え、本当に!?え、どうなってるの!?」

 

そして急に叫びだした。

 

「待って、私聞いてない!こんなこと聞いてない!こんなの絶対おかしいよ!

 えー!?だったらこの世界はどうなってるの!?

 ちょっと神様!今すぐ説明を求めます!ってこの世界に神はいなかったぁぁぁ!?」

 

終いには顔を百面相にし、大声でがなり立てだす。

その仕草に『それ』は面食らいつつも、ただじっとしていた。

そして肩で息をする女性は、まるでこの世の終わりのような顔をする。

 

「全く、一体どうなっているんですか!あーもう!

 本当なら、今すぐにでも見捨てて去るのが正しいんだけど、

 そんなことできるはずもないじゃない!

 もういい!考えるのは止めた!」

 

何やら決意をした女性は、『それ』に手を差だし、告げる。

 

「私の名はキアラ。キアラ・ダンタリオン。

 もしよかったら、私の元に来ないかい?」

 

差し出された手を、『それ』はじっと見つめる。

『それ』は自分が一体何なのか、自分も解らなかった。

ただ、消えていきそうな自分が嫌で、必死に生きようと足掻いただけだ。

気が付けば、自分はここにいた。ただ、生きたいと望んだだけだ。

 

「『生きたい』と望むなら、私の手を取りなさい。

 そうすれば、私が君を守る」

 

キアラの顔は、まるで何かを悟ったような、諦めた様なそんな顔をしていた。

『生きられる』

そう思った瞬間、『それ』は彼女の手を取った。

 

 

 

 

 

「随分と疲れてたのね、直ぐに眠っちゃった」

 

私の手を取った瞬間、崩れ落ちるように私にもたれ掛って『それ』を、

私は寸でのところで抱きしめ、お姫様抱っこをしている。

私の腕の中では『それ』が微かな寝息を立てている。

 

「かわいいわね」

 

私は、そう言って『それ』を愛しく思えた。

まるで羽毛のように軽く、そしてガラス細工のように脆そうなのに、

私の腕の中で『それ』は生きている。

ああ、なんて儚くて愛しいのだろう。

私が、自分の赤ちゃんを抱いていた時の記憶を思い出す。

今の私に子供はいないけれど、懐かしさを感じる。

 

「さて、面倒なことにならない内に帰りましょ・・・」

 

私が帰る為の魔法陣を展開しようとした際、後ろで音がした。

そして、腐臭と鉄の臭いが漂い始め、下卑た唸り声が響く。

 

「女、女だ・・・それも極上の女だ・・・」

 

その声を聞いた途端、私は深いため息を吐く。

 

「ここは貴方のようなはぐれ悪魔がいていい場所ではないわ。

 それに、その臭いからして、相当の人間を食べてるみたいね」

 

返答は聴くにも堪える、下卑た笑い声

 

「そんなもの、忘れちまったぜ!

 食いたければ喰い、犯したければ犯す。それが俺の生き方だ

 悪魔になったことで、俺の力は強大になった!

 俺を縛るものは誰もいねぇ!邪魔する奴はぶっ殺してきた!

 だから俺は、もっともっと喰い、犯し、欲のままに生きてやるんだよ!」

 

その言葉に、私は更に深いため息を吐く

 

「それで、その好きに生きているはぐれ悪魔が私に何か用かしら?

 今からこの子を治療しなきゃいけないんだけど」

 

「その必要はないぜ、なにせアンタは今から俺に犯されるんだからな!

 そいつはその運動後の食事にするんだよ!

 安心しな、あの世で再会させてやるよ!」

 

また不快な笑い声が響く

それに私は最大級の溜息を吐きてしまう。

これで、私の幸せは何回遠ざかったのだろうか。

ああ、鬱陶しい。

 

「そう、それは宣戦布告と言ってもいいのね?

 ああ、良かった。アナタから襲ってくれるなんて助かったわ」

 

「あん?何言ってんだこのアマ」

 

「こう見えても私、争いごとが嫌なのよ。

 平和が一番って聞いたことないかしら?

 ねぇ、元ウァレフォル家の戦車、はぐれ悪魔のアバディーンさん?」

 

「な、どうして俺の名を!?」

 

アバディーンの声は酷く狼狽えていた。

そりゃそうでしょう。

食べようとした相手が、自分の名前を知っているんだから。

 

「私はあなたのことなら何でも知ってますよ?

 暴れ牛のアバディーン、元ウァレフォル家の戦車。

 その巨体から繰り出される突進は数多くの悪魔を屠り、

 その頑強な肉体は多くの悪魔の攻撃をも退けたとか。

 しかし、その力に飲み込まれ、同じ眷属を喰らい、犯し、そのまま逃走。

 ランクはA。

 魔力は皆無ですが、単純な肉体能力なら破格と言っても良いでしょう」

 

「!?」

 

後を向いていても、彼の驚く顔を簡単に予想出来てしまう。

だから私は、さらに続ける。

 

「幼少期は、小さな男の子でしたのに、変わるものなのですねぇ。

 確か、昔はお母さんと言う、ママっ子でしたでしょう?

 なのに、力を持ちはじめたら、

 その巨体と同じように性格も変わってしまって・・・。

 その巨体と傲慢な性格から、暴れ牛と言われてましたね?

 元は村を襲う山賊まがいの小物でしたのに、

 その力をウァレフォル家に認められたら、やりたい放題。

 その果てが眷属殺しと逃走なんて、お母様が泣いてらっしゃいますよ」

 

「な、なんだてめぇは!?どうして俺を知ってやがる!?」

 

「さぁ?」

 

ああ、面白い。

こういう他人の秘密を、本人の目の前で暴露する行為。

自分が上だと思い込んでいる相手が、次の瞬間には狼狽える。

威張り腐っていた顔が、急に怯えに変わる。

ああ、楽しい。

私としては、人前で使うのは控えますが、

こういう相手を追い詰めるために使うのは、本当に楽しくて仕方がない。

 

 

 

「まさか、てめぇも俺と同じ悪魔か!くそがぁ、俺を嵌めやがったな!」

 

アバディーンは、気を取り戻すと、見当違いなことを言いだす。

実際、今この瞬間まで、私はアナタのことなんて知らなかったんだから。

単になる偶然でしかないのだが、黙っておくことにする。

 

「それはどうでもいじゃないですか。

 問題は、今、この瞬間、アナタはどうするつもりですかってことです」

 

私の言葉に、アバディーンは一歩後ろへ下がったような、

足を後ろに下げるような音を立てた。

私はそれを心底残念に感じた。

あれだけ大口を叩いていたというのに。

しかし、ここで逃がしてしまったら、人間たちに被害が出てしまう。

 

「あら、逃げるんですか。ああ、そうですか。

 先ほどまで、私を犯すだの、この子を喰うだの言ってましたのに。

 暴れ牛も大したことなかったんですね、この臆病者の雑魚が。

 アナタなんて殺す価値すらありません。

 見逃してあげますから、さっさとお逃げなさい」

 

だから私は言葉の楔を打ち込む。

決して逃がさないように。

案の定、アバディーンからとてつもない殺気が溢れ出る。

それこそ、怒っているというオーラまでだ。

それに反応するかのように、ビルの壁が震える。

 

「逃げるだと?俺が?このアバディーン様が?

 てめぇのような女に?ふざけるな、ふざけんじゃねぇぞ!

 決めた、てめぇは犯す!徹底的に犯す! 

 犯しぬいてぶっ壊してやる!覚悟しろよこのアマァ!」

 

足を踏み出す音、風を切る音、そして

 

「ぶっ潰れろぉぉぉぉ!!」

 

私に向けて振り下ろされている、殺意を纏った拳。

それを私は、

 

『止まれ』

 

止めた。

 

ゴキリと嫌な音が聞こえた。

 

「アがぁぁぁぁぁぁぁ!?俺の、俺の腕がぁぁぁぁ!!」

 

泣き叫ぶ声が聞こえた。

ゆっくりと振り返れば、

そこには自分の腕が外れ、痛みに泣き叫んでいる牛の悪魔がいた。

 

「あらあら、これは大変」

 

その惨状に、私は一応、同情はしておく。

だって、見るからに痛そうだというのは伝わってくるから。

 

「て、てめぇ!俺に俺に何をしたぁぁぁ!?」

 

「声をかけましたが、何か?」

 

痛みで鼻水と涙でくじゅぐじゅのアバディーンの問いに、私は答える。

 

「てめぇは一体、何なんだよぉぉ!?」

 

どうやら、彼は私の名前を知りたいようだ。

では聴かせてあげましょうか

私はめいいっぱいの笑顔と仰々しく頭を下げ、大きな声で答える。

 

「私の名前は、キアラ・ダンタリオン。

 ソロモンの72柱の1柱、ダンタリオン家の現当主。

 地獄の36の軍団を率い、序列71番目の大侯爵だよ、

 はぐれ悪魔さん?」

 

「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!なんで純血悪魔がこんなところにいるんだよ!

 ふざけるな!ふざけるな!ふざけるなぁぁぁ!」

 

あら、余計に鼻水と涙でぐじゅぐじゅになっちゃったわ。

恐い顔が台無しね。

 

「間が悪かったと諦めなさい。

 さて、愚かにも純血悪魔に敵対行為をした、はぐれ悪魔アバディーン。

 アナタの結末は決まってます。

 まぁ、人間界にまで殺人などの被害を及ぼしたのですから、

 言い訳も弁護もありませんけどね」

 

その言葉に、かつての暴れ牛と呼ばれた悪魔の顔が、

鼻水と涙でぐじゅぐじゅの顔が、絶望に染まる。

 

「た、助け」

 

『さようなら』

 

私は笑顔で言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

「全くとんだ時間を取らされてしまったわ!

 まぁでも、危険なはぐれ悪魔を駆除できたのですから、

 人間界も多少なりと安全になり、なおかつ、私のお財布は潤う。

 うん、win-winね」

 

そうして私は、こときれた悪魔を魔法陣で囲むと、その身体が宙に浮く。

 

「さて、これを持っていけば、あちらもお金を出してくれるでしょう。

 しかし・・・」

 

私は溜息を吐く

 

「こういうはぐれ悪魔のことを、上は何も思っていないのでしょうね。

 その傲慢さが、いつか自身の破滅を招かなければ良いのですが。

 まぁ、その時は魔王様が何とかするでしょう」

 

そう呟き、私はずっと腕に抱えている、眠っている『それ』に目をおとす。

 

「さてさて、どんな名前にしようかなぁ。

 でも、まずはこの子の身体をどうするか考えないとなぁ。

 ああ、不安だけど、楽しみね!」

 

私は転送陣を起動し、私の領土へと、私の屋敷へと

出会ってしまった子と、私が作った死体と共に、帰ったのだった。



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2話

加筆修正しました


サーゼクス・ルシファーは、悪魔における魔王の一人である。

本来の彼は、グレモリー家の長男であった。

だが、彼の種族である悪魔、そして敵対者の天使や堕天使との戦争の結果、

先代の四大魔王が戦死し、彼を含めて新たに4人の悪魔が、魔王の座を受け継いだのである。

 

もちろん、彼自身の実力は、魔王の名に恥じぬ程の折り紙つきであり、

その魔力は先代のルシファーを凌ぎ、母方の血筋からの恐ろしい力、

相手を文字通り消滅させる『滅びの力』を受け継ぎ、

長年に渡り、時間をかけて磨き上げられた才能による実力は、

サーゼクスを最強の存在へと昇華させたのである。

そしてその血のように真っ赤な髪の色から、

呼ばれた異名は『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』

 

まさに、真の意味でも魔王と言えるのである・・・。

 

 

 

 

 

 

「そんな偉大なるサーゼクス・ルシファー・魔王様、ご無礼を恐れながら申し上げます。

 一体どうして、偉大なるサーゼクス・ルシファー・魔王様が、

 こんな山奥にひっそりと住んでいる、偏屈な私を訪ねてきたのですか?」

 

テーブルを間に、私はあまり歓迎しない来客と対面していた。

テーブルの上には、2つのカップ。私には緑茶を、相手には紅茶が淹れてある。

私の言葉に思うところがあるのか、相手は誤魔化すような笑みを浮かべる。

だが、私からすれば、それはもはや何十回、何百回と見た光景だ。

ゆえに、私は目をさらに細める。

 

「あははは・・・随分と手厳しいね、クレア。

 昔みたいに、サーゼクスと呼んでくれても構わないんだよ?

 君は、僕やセラフォルー等と共に、互いに競い合った学友じゃないか」

 

「それは昔のことです、サーゼクス・グレモリー・ルシファー・魔王様。

 それに当時、貴方様はまだ魔王になっていらっしゃらなかった。

 他の方々もそうです。皆さまは、今では立派な魔王様ではないですか。

 昔のこととは言え、今思えば、私はとんだ失礼をしていたのですね。

 本当に申し訳ありませんでした」

 

私の取り付く島もない発言に、魔王様は言葉を詰まらせる。

いかんせん、いくら旧友とは言え、立場的には私が下で、魔王様が上なのだ。

取りあえず、振る舞いだけでもとりつくろっておかなければならない。

 

「クレア・・・。

 もしかしなくても怒っているのかい?いや、怒っているよね?

 さっきから僕を見る君の目が、とても突き刺さる程に鋭いんだけど。

 やっぱり怒っているよね?」

 

「いえいえ、勘違いですよ。

 結婚して子供までいらっしゃるのに、なんで時折、私の所へ遊びに来るんですか?とか、

 そんなに無関係の私を、グレイフィア様の嫉妬光線に晒させて、

 私の胃壁を削りたいのですか?とか、そんな失礼なことは思っておりません。

 ところでサーゼクス・グレモリー・ルシファー・魔王様、

 奥様のグレイフィア様は、気丈に見えてとても寂しがり屋です。

 ですから、私の平穏の為にも、グレイフィア様の傍にいてあげてください。

 そして二度とここに来ないと、私はとてもとても嬉しいんですが。」

 

「それは問題ないよ。私はグレイフィア一筋だからね。

 僕も彼女も相思相愛さ」

 

惚気たね?惚気ましたね?惚気やがりましたね?この魔王様は。

だったら、奥様による私への嫉妬光線を止めさせてください。

顔を合わす度に、私への思い(嫉妬)が駄々漏れなんですよ。

 

「それは良かったですね。だったら、早くお帰り願います。

 私も暇ではありませんので」

 

そう言って、私は玄関の入り口へと手を向ける。

この手の場合は、そうそうにお帰り願うのが一番だ。たとえそれが魔王様でもだ。

 

「いやいやいや、まだ話は終わっていないよ、クレア。

 というか、まだ話すら出来ていないじゃないか。

 取りあえず、僕の話を聞いてくれないだろうか?」

 

魔王様は、少し慌てた後、まるで縋るような目で私を見てきた。

まるで、話を聞かない私が悪いような雰囲気である。

これも繰り返し行われたことだが、いかんせん、

これを断れるほど、私も畜生にはなりたくない。

私は溜息を零した。

 

「仕方がありませんね、サーゼクス。

 他ならぬ魔王様にして、私の数少ない友の頼みとあれば、私も聞かざるを得ません」

 

私が姿勢を正すと、サーゼクスも「助かるよ」とお礼を言う。

 

「実は・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・」

 

サーゼクスが帰った後、私は椅子に腰を下ろしたまま、何度目かの溜息を零した。

テーブルに置かれたカップは既に空で、私は再度緑茶を注ぎ直し、喉を潤す。

 

「まったく、いつもいつも厄介な話ばかりを持って来る・・・」

 

私は、サーゼクスの話を思い返す。

 

 

 

「赤龍帝?あの二天龍の片方が、貴方の妹君の眷属になったと?」

 

私の言葉に、サーゼクスは首を縦に振る。

 

「なんでも、偶然とはいえ、神器持ちの人間を転生させたら、

 それが当代の赤龍帝だったと、いうことらしい」

 

「まぁ、なんて偶然」

 

私は、その話を聞きながら、緑茶を口に運ぶ。

 

 

赤龍帝

その名を聞けば、長年生きてきた悪魔からは、畏怖の念を抱かられる存在だ。

かつて、私たち悪魔は、仇敵である天使・堕天使と戦争をした。

それはまさに、互いの種の存続を賭けた戦いと言っても良かった。

だが、とある理由による、その戦争は停戦となった。

その理由が、二天龍による介入だ。

結局は、戦争していた私たちは、その二天龍を押さえるために死力を尽くし、

多くの犠牲を出して封印に成功したというわけだ。

 

「それで、どうするつもりなの?」

 

私の言葉に、サーゼクスは、伏せていた顔を上げる。

その表情は、どうするべきか迷っている、と言ったところだ。

 

「赤龍帝を眷属に出来たということは、少なくとも、

 強力な存在を、二天龍の一角を、悪魔側に惹き込めたと言うこと。

 これは悪魔側にしては、大きなことよ。

 貴方の妹君・・・リアス嬢の評価も、これで上がったと言ったところかしら?」

 

カップの緑茶に目をおとしながら、私は続ける。

 

「でも問題は、当代の赤龍帝が、素直に協力してくれるかしら?ってところね。

 いくら転生悪魔とは言え、眷属の関係は簡単に裏切れるほどに脆く、

 悪魔の駒だって万能じゃないわ。

 それこそ恨みなんて買われたら、みんな龍の餌になるでしょうね。

 それか、龍の逆鱗に触れて、悪魔共々冥界の終わりかしら」

 

私の言葉にサーゼクスは、首を振るう。

 

「いや、そんなことはないよ。

 実際、赤龍帝の彼は、リアス・・・リーアたん等といい関係を結んでいる。

 だから今のところは、裏切ることなんてないさ

 それに、上層部の連中も、赤龍帝が自分たちの側になったことに喜んでる」

 

その言葉に、私は目を細める。

 

「そう、それは良かったわ。

 私とは違って、赤龍帝の主様は信用されているようね」

 

「クレア・・・」

 

「冗談よ」

 

サーゼクスの言葉に、私は微笑む。

力とは、本人がどうであれ、厄介なものだ。

それこそ、疑われてしまったら、それを払拭することが難しくなる。

 

「それで、私にそれを話した理由は?まさか私に監視をしろと?」

 

「いや違うよ。単に君に知らせたかったただけさ。

 それに、こうして旧友と話が出来るだけでも、僕には助かるからね。

 それじゃ、僕は行くよ。」

 

「それじゃあね、サーゼクス。今度来る時は、お茶菓子でも持って来てほしいわ」

 

「善処するよ」

 

そう言って、サーゼクスは出て行った。

 

 

 

 

「赤龍帝、赤龍帝ねぇ・・・。ほんと、訳解んないわ」

 

私が椅子にもたれかけながらまた溜息を吐くと、

不意に頭に手を置かれた感触がする。

気が付けば、一人の少女が私の前に立っていた。

彼女の手が私の頭に置かれているのだ。

 

「先生、どうしたんですか?また何か困ったことでも?」

 

心配そうな表情と、撫でる様な手に、私は「何でもないよ」と答える。

 

「いや、セイウェルの気にすることじゃないんだ。

 ただ、厄介な話を聞いてしまったなぁ、とね」

 

「?」

 

私の言葉に、彼女、セイウェルは首を傾げる。

私は椅子から立ち上がり、逆にセイウェルの頭を撫でる。

 

「心配してくれてありがとう。

 セイウェルが気遣ってくれるおかげで、私もなにかと心が安らぐよ」

 

「♪」

 

頭を撫でられるセイウェルは、気持ちよさそうに顔を綻ばせる。

その表情に、私も笑顔になる。

 

「それでセイウェル、今日は何をしてきたんだい?」

 

「えっと、今日はお空を飛べたんだ!

 背中から大きな翼が出てきて、こう、動かしたらフワーって!」

 

必死に伝えようとするセイウェルの動きに、私は口からよだれが出る。

くわぁいい。

いかん、子供の成長を喜ぶというのはこういうことか。

前の私のがそうだったが、なるほど、嬉しいものだ。

 

「そうか、空を飛べたのね。

 うんうん、少しずつ課題をこなしているわね。

 じゃあ、この前のおさらいをしましょうか。

 見せてくれるかな?」

 

「はい、先生!」

 

そう言うと、セイウェルは自分の右手を掲げて、力を込めた。

すると、彼女の右手は光り輝き、そして・・・。

 

「見て先生!ちゃんと出来たよ!」

 

彼女の右手は、朱い鱗に包まれた、龍の手をしていた。

その姿に、私は満足げに頷き、セイウェルの頭を撫でる。

 

「良く出来ました。うん、力の制御は順調のようね。

 まだまだ至らない点はあるけれど、少しずつ熟していけばいいわ。

 時間は幾らでもあるんだからね」

 

私に撫でられ、気持ちよさそうに顔を綻ばせる彼女に、

私は不思議と笑みをこぼす。

 

「さて、無事合格したセイウェルには、何かご褒美をあげないと。

 何がいいかしら?」

 

私の言葉に、セイウェルは腕を組み、うんうんと唸りながらも考え込む。

悩めよ若人、悩めば悩むほど土壺に嵌ることもあるけどね。

 

「ケーキ!」

 

彼女の要望に、私は顎に手を置き、考える。

 

「ケーキ?ふむ、どんなケーキだ?

 苺のショート?チョコレート?抹茶シフォン?モンブラン?

 いかん、多すぎて何を買えばいいのか判らなくなってきたぞ・・・」

 

あれもこれもと考え出し、頭から湯気が出始める。

 

「手作り・・・」

 

「なんだと?」

 

セイウェルの言葉に、私は聞き返す。

今なんと言った?

 

「一緒にケーキ、作りたい・・・」

 

セイウェルは、私の服の裾を掴み、見上げるように言う。

 

「駄目・・・?」

 

その瞬間、私はセイウェルを抱え、自治領の市場へと転移。

店の方々に「キアラ様は相変わらずですねぇ」と、

苦笑と呆られの視線を受けながらも、材料を購入。

直ぐさま屋敷にと舞い戻り、台所へと駆けこむ。

 

「さぁ、セイウェル!何を作る?どんなケーキを作るんだ?

 私が、この私が教えてやるぞ!さぁ、早く言うんだ。

 ハリー!ハリー!ハリーハリーハリー!」

 

「お嬢様、セイウェル様がドン引いておられます」

 

メイド長にプレートで頭を叩かれて正気に戻り、

私はセイウェル(と監督役のメイド長)と共に、ケーキを作るのだった。

ちなみに、分厚いホットケーキを作ろうとしたが、

薄いパンケーキになってしまった。

まぁしかし、美味しかったので、私にはそれで十分だった。




キアラ=クレア

名前に関しては、こうした対応名があるので、
呼び方って大変ですよね。


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3話

「ふんふふーん」

 

私は、年甲斐もなく鼻歌を歌いながら、本棚に収まっている本を見上げている。

本棚は他にも何十、何百と佇み、まるで城塞のように私の目の前に聳えている。

その姿に、私は歓喜に打ち震える。

 

「うん、やはりここは良いものだ。心が安らいでいくな」

 

私はこの本棚に囲まれたこの場所に大変満足していた。

ここは私が秘密裏に拵えた別空間、

自称『私の安らぎ』であり『憩いの場』であり、そして『私の知識の図書館』である。

ここには、私が長年集めてきた何百、何千、何万以上の本が収まっている。

いやはや、悪魔という長命種だからこそできる芸当である。

前世の時には出来なかった夢が、今、叶っているのだ。

まぁ、時間だけは腐る程ではないがあったからね。趣味につぎ込んで何が悪いんだ!と。

 

私は、本棚に収まっている自分のコレクションを満足げに見つめている。

一通り読んだとはいえ、こうしてまた読みたくなるのが本の魅力だ。

ゆえに、捨てることはしないで、本棚に収めていく。

ちなみに、目の前の本棚は娯楽関連の本だ。まぁ、漫画や絵本といったものが収めてある。

ふと、何気なく一冊取り出してみる。

 

「あら、懐かしいわね」

 

取り出したのは『マシーナリーキャット・ブラック』である。

悪の科学者によって改造され、マシーナリーキャットとなった飼い猫ブラックが、

時に町の平和を、異世界を、果てに宇宙を救う話だ。

多くの仲間たちをぶん投げたり、叩き付けたり、振り回したりと大暴れ。

かと言って、時にほろりとくる内容もあったりする。

 

「これも懐かしいなぁ」

 

次に取り出したのは『怪盗王(ファントムキング)』

怪盗を名乗る主人公が、相棒と共に世界中のお宝を盗む冒険活劇だ。

まぁ、正式には1巻毎に世界観がリセットされ、その世界での話になるので、

続き物ではありつつも、かといって1巻で完結しているとも言える。

注目すべきは、独特の世界観と魅力的な登場人物。

各世界観は、異質であるも魅力的。もう訪れたいという衝動に駆られたものだ。

登場人物も、その世界観から外れることはない。

まぁ、ヒロインが可愛いってもの良かったのかな。

 

それにしてもと、改めて周りを見れば、本棚しかない空間と、

その中心に置いてある、照明の灯りの乗ったテーブルと装飾された椅子。

人が見れば、殺風景この上ないだろうが、先にも言った通り、ここは私だけの場所だ。

何人たりとも、この場所を侵すことは許さない。

もちろん、そのための手回しはしっかりしている。

この場所は一部を除いて秘密だし、私の許可なく入ることは原則として不可能。

何重にも結界を張り巡らせ、入り口は古典的な封印(鍵)を用いている。

まさに、鉄壁の守りであ「お嬢様、来客がお目見えです」

 

振り返れば、この空間の入り口である扉の前で、この屋敷のメイド長が立っていた。

無表情ではあるが、その雰囲気からは、

「さっさと務めを果たしてください」というオーラが見えている。

 

この空間に入れるのは、私が許可した者だけと言ったが、

一人は私の眼の先に立っている、私専用のメイドであり、この屋敷のメイド長。

そしてもう一人が、「先生!この本を読んでも良いですか!?」と、

『マジックマスターぶろっさむ』を手に、私に駆け寄ってくるセイウェルである。

というか、この2人しか許可をしていない。まぁ、大切な家族だからね。

 

ちなみに『マジックマスターぶろっさむ』は、

漫画からアニメへ、そして映画にもゲームにもなった有名な作品である。

同じ系統では『魔法少女ミルキー』があるが、

こちらはあくまで魔法に関する事件や問題を解決するお手伝いをする流れだ。

メインは、登場人物たちの頑張る姿や優しい世界である。

この話題に関しては、セラフォルー様と殴り合いに発展したこともあるので、

今は割愛させて貰おう。

 

駆け寄ってくるセイウェルを抱き留め、私は良いよと答える。

セイウェルは嬉しそうに、その場でぴょんぴょんと飛び跳ね、私の椅子へと駆けだす。

どうやら、私の席がお気に入りになってしまったようだ。

 

「お嬢様?セイウェル様を愛でるのは結構ですが、お客様が待っております。

 私としては別に構いませんが、そろそろお相手しませんと、厄介なことになりますよ?」

 

なにやら含んだことを言うメイド長に、私は来客のことを尋ねる。

 

「ところで、一体誰が来たんだい?」

 

「グレイフィア様です」

 

私は一目散に扉へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりでございます、ダンタリオン卿」

 

「ええ、お久しぶりですね、グレイフィア魔王夫人」

 

来客用の大接間に置かれたテーブルを挿み、

私は椅子に、グレイフィアはソファに腰を下ろして、互いに向かい合っていた。

私の目の前にいるは、グレイフィア・ルキフグス。

現魔王、サーゼクス・グレモリー・ルシファー・魔王様の奥様だ。

奥様であると同時に、サーゼクスの女王でもあり、最強の女性悪魔。

光を映しだす様に煌く銀色の髪を携えていることから、

二つ名は「銀髪の殲滅女王(ギンパツノクイーン・オブ・ディバウア)」という、

私からすれば(色んな意味で)何とも言えない名がある。

ちなみに現魔王の一人、

セラフォルー・シトリー・レヴィアタン・魔王様と最強の座を争ったことも有名である。

正直、私のような十派一絡げな悪魔貴族からすれば、恐ろしい存在とも言えるが、

私からすればもっと別の意味で苦手な、寧ろサーゼクスたちより会いたくない御方だ。

 

「ところで、先ほどまでどちらにいたのですか?

 随分と待っていたような気がするのです」

 

「野暮用で少し席を外していてね。いやはや申し訳ない。

 もしも連絡をいただいていれば、私も優先したのですがね」

 

互いに笑みを携えたまま、しばしの沈黙。

なお、私の胃はきりきりと痛みを発し出している。

 

「して、グレイフィア魔王夫人。私に何かあったのですか。

 連絡もなしに来られたということですが、急ぎの用事でしょうか?」

 

「いえ、そこまで急なことではありません。

 魔王様から渡してほしいと頼まれた物がございまして」

 

そういって出されたのは、何も書かれていない真っ白な封筒が一封。

裏を捲れば、グレモリー家の紋章で封蝋されている。

つまりこれは、グレモリー家からの正式な物と言うことだ。

 

「開けてもよろしいですか?」

 

グレイフィア魔王夫人の許可を得て、私は開封する。

すると、中から出てきたのは一枚の紙きれ。

目を通せば、その内容に私は首を傾げた。

 

「フェニックス家とグレモリー家によるレーティング・ゲームの招待状?」

 

「ええ。これより10日後、ライザー・フェニックス様とリアス・グレモリー様との間で、

 レーティングゲームがお忍びで行われます。それはその招待状です」

 

グレイフィア魔王夫人の言葉に、私は溜息を吐く。

 

「たしか、以前からグレモリー家はフェニックス家と懇意でしたね。

 消えゆく純血悪魔の血を絶やさぬようにと、婚約の約束もあったみたいですが、

 どうやら上手く行かなかったようですね。これを見るに」

 

チラリとグレイフィア魔王夫人へと目を向けるが、本人は顔色を変えず無言である。

 

「そしてこの内容からして、結婚を決めるためにレーティング・ゲームが行われる、と」

 

「その通りです」

 

私は更に深い溜息を吐く。

何かと情報に疎い私の領土ではあるが、グレモリー家の次期当主、

まぁ、サーゼクスの妹であるリアスお嬢さまが、結婚に大反対というのは聞いていた。

サーゼクスがこちらに来る際に、何度か愚痴を零していたっけか。

 

「リーアたんの気持ちは解るが、これ以上魔王である私が肩入れすれば、

 まず間違いなく身内贔屓となってしまう。

 ああ、リーアたん!お兄ちゃんはリーアたんの味方だけど、立場がそれを許してくれない!

 本当にすまない!」

 

などと、無関係な私の前で愚痴るので、嫌でも知ってしまった経緯でもあるのだが。

 

「分かりました。魔王様には、喜んで受け取ったと伝えてください」

 

まぁ私には断る理由など無いし、せっかく招かれたのだから行ってみようじゃないか。

それに、気になることはいくつかあるからね。

 

「魔王様には、喜んで受け取ったとお伝えします」

 

変わらぬ無表情な顔のグレイフィア魔王夫人。

この人はやっぱり苦手だなぁ。

まあでも、用事は済んだみたいだし、直ぐにお帰りねが「ところで」

安心した私に、グレイフィア魔王夫人が口を挿む。

目を向ければ、そこには顔は変わらないのに、

湧きあがる嫌なオーラを纏った彼女がいる。

 

「サーゼクスは、ダンタリオン卿の所に何度か見えていますが、

 一体何を話されているのですか?」

 

彼女の目は、私を射抜くように鋭く、身体から迸るオーラは色濃く映る。

そして、私の胃は更にも増してきりきりと痛み出してきた。

毎度の事だが、どうもグレイフィア魔王夫人は勘違いをしているらしく、

ことある毎に私に謎の敵疑心を抱いている。いや、もはや嫉妬であろう。

まぁ、この人は寂しがり屋だから、不安で仕方ないのだろうとはわかっているのだが、

被害者でしかない私としては、勘弁してほしいとしか言えない。

 

あのね、サーゼクスと私はただの旧友なんですよ、と言っているのだが、

肝心のサーゼクスが、仕事から逃げるため等で時折こっちに来るせいで、

潔白がはれないでのある。

それも相まって、私はグレイフィア様が駄目だ。全ては魔王様のせいなのに。

 

「解りました。お話しますので抑えてくれませんか?

 このままでは私の屋敷が倒壊しそうですので」

 

何度目の溜息かも忘れ、私は説明(繰り返された同じ行動)をするのであった。

 

 

 

 

 

 

「ああもう!魔王夫妻は私を虐めて楽しいかこん畜生!」

 

グレイフィアを扉まで見送った後、私は全力で叫んだ。

 

「しかも厄介な話に巻き込んくるんだから性質が悪い!

 まぁ、二人が全て悪い訳では無いんだけどさ・・・」

 

私はもう一度、招待状の内容を見る。

リアス・グレモリーとライザー・フェニックスのレーティング・ゲーム。

ということは、双方の眷属も出てくるということだ。

ライザー・フェニックスの方は、名のあるプレイヤーであることから、

私も全ての眷属を知っている。

どれもこれも、女の子で構成されている、男の子の欲望丸出しな面子だが、

これがなかなか手ごわいし、フェニックス(再生)の力を持つライザーの実力もあり、

今のところ無敗のプレイヤーである。

 

一方、リアス・グレモリーの眷属に関しては、赤龍帝がいるということ以外、

殆ど知らないと言っても良い。故に、未知数。

だが、そんなことはどうでもいい。

私が最も危惧しているのは、『赤龍帝』という存在がいることだ。

 

まぁ、行くと言ってしまったのだから、今更断れないし、

私自身、どういう存在なのか気になったわけだ。

知りたいという誘惑には勝てなかったよ。

 

「まあでも、なるようにしかならないか」

 

私が今、この世界に存在しているにも、セイウェルを拾ったことも、

結局はなるようにしてなった結果でしかない。

 

私はチラリと『図書館』への入り口へと目を向ける。

入り口では、「お話は終わったの?」と、セイウェルが私を見ている。

メイド長も、「苦手なのは解りますが、主としての義務を果たしてください」

という視線を送ってくる。

 

私は「もう終わったよ」とセイウェルに声をかけ、手招きながらも、ふと思う。

サーゼクス曰く、彼の妹君でおられるリアス・グレモリーは、

偶然にも『赤龍帝』と出会い、眷属にしたという。

そして仲間関係も良好で、かつ眷属として頑張っているとか。

 

「それにしても、赤龍帝か」

 

私は呟いてしまう。

赤龍帝は神滅具とされた後、各宿主へと転移する。

多くの赤龍帝が生まれ、そして滅ぶ度に、神滅具は転々と移り変わる。

そして、同じものが存在することはない。

つまり、『赤龍帝は1人しか存在できない』はずなのだ。

 

じゃあ、セイウェルは一体何なんだろうな?

 

私は苦笑する。

まあいいさ、セイウェルは私の愛弟子にして家族の一員だ。

今更なんであろうと、私にはどうでもいい。

 

「それに、どうせ大したことにはならないだろうしね」 

 

私はそう結論付けると、駆け寄ってくるセイウェルへ、微笑を向けるのだった。 



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4話

グレイフィア魔王夫人(私の一番の天敵)から招待状を頂いてから10日後。

私は招待状に書かれている場所へと、魔法陣を用いて転移する。

直接冥界の列車を用いても良かったが、いかんせん、

時間と手間がかかる上に、お忍びという名目が断たないので泣く泣く諦めた。

 

そして魔法陣の光が消えれば、

目に入ってきたのは、先ほど自分がいた自室よりも小さな部屋。

そしてこちらを見て、待ちくたびれた様な顔を向ける人影。

 

「ああ、来てくれたんだね、クレア」

 

私に笑顔を向ける、胃が痛む諸悪の根源にして旧友(魔王サーゼクス・ルシファー様)と、

私に嫉妬ビームを向けてくる、胃を痛めてくる原因(グレイフィア魔王夫人)が立っていた。

 

「ええ、せっかく魔王様が直々に、家の名まで用いて誘ってくれたんだ。

 友人である君の好意を無下にするほど、私は薄情ではないからね」

 

「そう言ってくれるなら、誘った私としても嬉しく思うよ。

 取りあえず、腰をおろしたらどうかな?」

 

「感謝するよ。久々の長距離転移をやったからね。

 おっとそうだ。サーゼクス、腰を下す前に君に謝らなければいけない」

 

「私に謝らなければならないこと?何かあったのかい?」

 

「私の他に、この試合を見たいという子がいてね。

 取りあえずは君の許可を貰うまで待てと言っているんだ。

 もし良かったらだが、彼女たちを呼んで構わないだろうか?」

 

「ああ、君の知り合いならば私も大歓迎だよ。

 しかしクレア、彼女たちとはどういう意味だい?」

 

「まぁ、こういうことさ」 

 

訝しむサーゼクスに、私は苦笑を向けながらも右手の指を鳴らす。

すると、私の隣に新しい転移魔法陣が出現。

驚くサーゼクスと、直ぐに臨戦態勢をとるグレイフィアを見ながら、

私は魔法陣から出てくるゲストを待つ。

魔法陣の光が消えれば、2つの影が現れる。

そして1つの影が、直ぐに私に飛びついた。

 

「ありがとう、先生!私のお願い聴いてくれて!」

 

「セイウェル様、お嬢様に飛びつくのはおやめ下さい。

 淑女として、褒められたものではありませんよ」

 

「はーい」

 

メイド長に窘められたセイウェルは、渋々と言った口調で私から離れる。

そしてくるりとサーゼクス等に顔を向けると、ぺこりと頭を下げる。

 

「はじめまして!私はセイウェル・ダンタリオン!

 先生の家族で、愛弟子です!」

 

「クレア、これは一体・・・?」

 

「理由を話すから、とりあえずは腰を下させてくれないかな。

 ああ、愛弟子のために席も一つ追加でね」

 

私は溜息を吐きながら、少し呆けている魔王様と奥様にお願いをした。

 

 

 

「私も一緒に行きたい!」

 

「あのねセイウェル、招待されたのは私だけだから、私しか行けないんだよ。

 分かってくれないかな?」

 

「でも私だって一緒に行きたい!

 先生のお友達に会いたいし、レーティング・ゲームも見てみたいの!」

 

「セイウェル様、堪えてください。

 これはお嬢様が魔王様から受けたお誘いです。

 御呼ばれしていない私たちが行けば、あちらも迷惑になります。

 それこそ、友人の少ないお嬢様の友人関係が崩壊してしまいます」

 

「ちょっとメイド長ー?今の発言は何かなー?」

 

「えっと、先生・・・ごめんなさい。でも私、行ってみたいの」 

 

「セイウェルはなんで謝るのかなー?私はこれでも友人はいるんだよー?」

 

取りあえず、私は反論するために友人たちを思い浮かべる。

畜生!碌なのがいなかった!

まぁ、私の友人関係は今は関係ない。

私とメイド長は、出発まですっとセイウェルを宥めるも、彼女は行くのいってん張り。

内心、反抗期になったのか?と心に衝撃を受けつつも、

自分の意志を言えるようになったセイウェルに感動していた。

 

結局は私が折れ、サーゼクスが許可をしてくれるなら、魔法陣で召ぶという約束になった。

そして無事許可が下り、こうなったというわけだ。

 

「なるほど、そのようなことがあったんだね」

 

私の話を聞いたサーゼクスは、面白そうにセイウェルに目を向ける。

 

「それにしても、君が弟子をとるなんてね。ましてや家族だなんて。

 何かあったのかい?」

 

「別に良いじゃない。しいて言うなら見過ごせなかった、それだけよ」

 

「興味深そうな話だけど、詮索するのは止めておくよ。

 君を怒らせるのは得策じゃないからね」

 

私を見るサーゼクスの目が、一瞬だけども変わった。

私は話を変えるために、この試合へ話を向ける。

セイウェルはメイド長の膝元に座り、彼女に背を預けながら、

待ちきれないという風に足を動かしている。

そしてメイド長は、私を見つめるグレイフィア魔王夫人を見つめている。

牽制ありがとうね。

 

「それにしてもお忍びとはいえ 婚約の話がレーティング・ゲームにまで発展するなんてね。

 そんなに妹君は反対だったということか」

 

「いやはや、解ってはいたけれど、結局はこうなってしまったよ。

 私も穏便進めようとはしたんだけど・・・ね。

 ライザー・フェニックス・・・知っての通りリーアたんの婚約者だけど、

 彼がリーアたんを迎えに人間界へ出向いたんだ。

 先に形だけでも夫婦であることを示すために、結婚式を行いたいと言ってね。

 後のことは、君なら想像が出来るんじゃないかな」

 

「解っていたのなら、なぜ対処をし・・・なかったわけではないわね。

 いえ、出来なかったのが正しいかしら。なにせ、今の君は魔王ルシファーなのだから」

 

「まあね」

 

私の言葉に苦笑するサーゼクス。ようは体裁の話なのだ。

魔王様が身内、ましてや自分の家のことにあれこれ言い出せば、周囲は嫌でも警戒するだろう。

サーゼクスは魔王に相応しくないと思えるほど、一気に信用を失うレベルで。

貴族とて馬鹿ではない。

それこそ、自己保身(自分を守るための術)に長けている奴等ばかりだ。

弱みを見せれば、一気に食い尽くされるだろう。

欲望に呑まれた奴等に歯止めは効かない。

ましてや、そこに力を供えている奴は特にな。

 

まぁ私から言わせて貰えば、とっくに身内贔屓してるとしか思えないんだけどね。

特に妹や奥様関係で言えば。

 

「それにしても、どうして私を呼んだんだ?

 こういっては何だが、私はグレモリー家、ましてやフェニックス家とは縁も所縁もない。

 それこそ、部外者と言っても良い。

 なのになぜ、わざわざ私を誘ったのかね?」

 

「やれやれ、やっぱり解っているんだね」

 

「私と君との付き合いの年月を考えなさい。嫌でも解るわよ」

 

サーゼクスがグレイフィアに声をかけると、彼女は私に紙束を渡してきた。

一瞬、彼女と目が合い、得も言えない寒気を感じたが、無視した。

そしてそれに目を通すと、私は一言告げる。

 

「酷いわね」

 

「そうなのかい?」

 

「ええ、この資料から思えたのはそれだけよ。

 まあでも、現実は何も言えないけどね。

 やりようはあるだろうけど、十中八九無理」

 

「理由は?」

 

「玄人と素人の違い。準備期間の有効活用方法の差といったその他諸々。

 そして何より、情愛のグレモリー家であるということだよ」

 

「そうか。でもそれがリーアたんの、私の家のいい点でもあるんだけどね」

 

『ホントウニ?それが優しさだとオモッテイルノカ?』

 

「私もそう思うよ。長所と短所は裏表なのだからね」

 

私はサーゼクスの言葉に対し、苦笑いをしながらも、試合が始まるのを待つのだった。

さて、『赤龍帝』のお手並みを拝見させて貰おうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、『洋服破壊(ドレスブレイク)』というのか。

 魔力は想像力で形を変えるが、なるほど!こういう使い方があるんだな!」

 

いやはや、これは面白い。

 

「先生、どうして裸になっちゃったの?」

 

「うむ、それはだな・・・!いった~い!?」

 

「お嬢様、セイウェル様の情操教育に劇物投与はおやめください」

 

「な、何故殴る!?これは魔力の使い方という意味では非常に有意義な・・・」

 

「あははは、相変わらずクレアは目の付け所が違うね」

 

今代の赤龍帝であるヒョウドウ・イッセーの行いに、私は膝を打った。

『洋服破壊』

一見ふざけている技だが、なかなかどうして強力なものだ。

どんな鎧を纏おうと、それを受ければ一瞬で裸(守るモノがなくなる)になる。

これは戦場では恐ろしい。

それこそ前線で、殺し合いの中で丸裸にされれば、簡単に死へ繋がりかねない。

それを思えば、彼の能力は面白いと言えた。

 

 

 

 

そして・・・試合終了

試合の内容に関しては、私個人の意見としてだが、酷いと言えるだろう。

いや赤龍帝の話ではなく、全体の話だ。

なにせ、試合会場として設定された学園?が一切合財『吹っ飛んでいない』のだから。

私としては、互いに死力を尽くしての戦いと期待していたわけだが。

それこそ開幕で、『敵陣地を吹っ飛ばす』位をやってくれると思っていたんだけどね。

何故やらなかったのだろうか。それが一番手っ取り早いと思うけど。

まあ、私が一番許せないのは、『リアス・グレモリーの投了』という結果なのだが。

 

彼女の行動は、多くの人が見れば、苦しむ部下を哀しみ、

自らの勝利を放棄してまで部下を守ろうとした英断に思えるだろう。

それこそ、美談として語られるかもしれない。

でも、私からすればそれは詭弁だ。

リアス・グレモリーは、

『私事で臣下を巻き込んでおいて、臣下を理由に、彼らの頑張りを無下にしだだけ』だ。

それこそ彼女の為に戦ったのだろう、彼女の眷属の頑張りを。

まぁ、これは私個人の意見でしかないのだから、

とやかく言うつもりもなければ口に出す気もない。

 

「さて、残念な結果になってしまったが、私はこれで帰らせてもらうよ。

 私の愛弟子も疲れて眠ってしまったからね」

 

「ああ、ありがとうクレア。私自身も残念だとは思うけど、結果は出てしまった。

 取りあえず、これでリアスも納得してくれるだろう。

 まあでも、奇跡が起きれば何とかなるかもね」

 

「そうね、『奇跡が起きたら』素晴らしいわね」

 

私は眠ってしまったセイウェルを抱え、メイド長に帰り支度を整えさせる。 

 

「ところでクレア。君から見て、『赤龍帝』はどんなふうに『視えた』んだい?」

 

私は彼の問いの答えを考える。

そう、これがサーゼクスが私を呼んだ理由。

私に『赤龍帝を視させる』ため。

 

「そうね、『面白い』わ。

 それこそ、色んなものが混ぜこぜになってて、『面白かった』。

 『妹君の赤龍帝』は、『色んな意味で面白い』わよ」

 

私はそう言って、セイウェル、メイド長と共に、我が家に帰るのだった。



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5話

あの婚約解消をかけたレーティング・ゲームから数日後、

私は応対室にある自分の椅子に腰を下し、今朝の新聞を楽しんでいた。

 

「どうぞお嬢様、紅茶を淹れました」

 

「うん、ありがとう」

 

メイド長の淹れてくれた紅茶を口に運びながら、私は娯楽欄に目を通す。

今、私の屋敷にいるのは私とメイド長だけだ。

セイウェルは、私とメイド長との朝食を終えると、直ぐに外へと出かけていった。

なんでも、オーちゃんというお友達が出来たらしく、

今日はその子と一緒に町を探検するらしい。

 

うむ、部屋に籠ってばかりでは駄目だ。子供は外へ出て世界を知るべきだと私は思うぞ。

一応、お昼には帰ってくるようには伝えておいた。

それに、そのオーちゃんという友達も一緒に呼んでも構わないよ、とも。

ま、まぁ、オー『ちゃん』というのだから、その子は女の子なのかもしれない。

だがしかし、だがしかし!仮に男の子であった場合は、

私がく・ま・な・く!そして、徹・底!して『視る』必要がある。

愛弟子のことを思うのは当然のことだ。

そのことをメイド長に言ったところ、「馬鹿ですか?」とぶった切られました。

失礼、話が逸れてしまったね。

 

私は、娯楽欄にでかでかと書かれている内容に、呆れを持った溜息を零した。

 

「あーあ、結局はこうなったのね。

 全く、シスコンもここまで来ると害悪だと気付きなさいよ」

 

「お嬢様、今朝の新聞に何か面白いことでも?」

 

「面白いかは別としてね。メルアもこれ、読んでみる?」

 

「お嬢様、私はただのメイド長です。その名で呼ばないでください」

 

「良いじゃない。今この部屋にいるのは私とメルアだけよ。

 この場にいるのは、貴族のお嬢様でもメイド長でもないわ」

 

「その言い方は・・・卑怯ですよ」

 

私の言葉に、メルアは何かを堪えるようにして、言葉をこぼす。

根負けしたメルアは、私が差し出した欄の内容に目を通す。

 

「『今代の赤龍帝、囚われの姫君を助けに結婚式に乱入』ですか。

 そう言えば、キアラ様に結婚式の招待状が送られてきましたが、お出かけになりませんでしたね」

 

「まぁね、色々と理由をつけて断っておいたよ。

 私のような者があの場に行ってしまうと、他の貴族が口うるさいからね」

 

「キアラ様・・・」

 

「それにしてもメルア、相も変わらず私を様付けなのね。

 キアラで構わないって言ってるのに」

 

「これが私が出来る最大の譲歩です。

 キアラ様を呼び捨てなど、私には恐れ多くて・・・」

 

「貴女の真面目さは美徳だけど、生真面目過ぎるのも考えものよ?

 もっと気を楽に生きなさいな」

 

「生憎、これが私の性分ですので」

 

顔を少し赤らめ、私を睨みつけるメルアに、私は面白さと申し訳なさが入り混じって苦笑する。

 

「それにしてもキアラ様、先ほどの漏らした言葉はどういう意味でしょうか?」

 

「なんてことないわ。

 これは妹離れが出来ないサーゼクスが、起死回生に行った『奇跡』よ。

 赤龍帝を使ってのね」

 

首を傾げるメルアに私は語る。

 

「こうなったのは、サーゼクスの介添えでしょうね。

 そう考えれば、色んな疑問が解決するのよ。

 それこそ、どうやって赤龍帝が結婚式の場に現れたのかしら。

 どうやら彼、自分で転移出来るほどの魔力すら無いらしいじゃない。

 それに赤龍帝とライザー・フェニックスが戦うことになったのは、サーゼクスの口添え。

 文を読めば書かれているけど、余興として赤龍帝を呼んだみたい。

 そんな話は、事前の打ち合わせでは無かったらしいのに。まさに、サプライズ企画。

 流石に魔王様のお言葉に逆らう愚者なんて、あの場にいなかったでしょうし。

 まあでも、これはただの予想でしかないから、真実なんて分からないけどね」

 

渇いた喉を紅茶で潤す。

 

「結果は赤龍帝が勝利し、妹君の婚約は見直し。すべては彼の思惑通りってことなのかしら。

 それに、妹君と赤龍帝に華々しい経歴が着いたわけだしね。

 『姫君を救った素晴らしい眷属』だの『無敗を打ち破った期待の新人悪魔』だの。

 これなんて特に面白いわ、『主と眷属の麗しき愛の勝利』」

 

書かれている記事に、私は渇いた笑いが浮かぶ。

そして直ぐに、溜息を吐く。

 

「でも、サーゼクスは気付いているのかしら。

 この結婚式騒動の影響は、良いものだけではないってことに」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「婚約に関しては、以前からグレモリー家とフェニックス家で結ばれていたもの。

 そして今回の婚約騒動に関しては、フェニックス家のおぼっちゃんが先走りしたが、

 レーティング・ゲームで決着を決めるというのは正式なもの。

 それも、魔王様直々に取り決めたものよ」

 

「ええ、それは確かにその通りです。

 そしてリアス・グレモリー様は敗北し、結婚式を挙げることになりました」

 

「その通り。でも、その結婚式はぶち壊された。

 リアス・グレモリーの眷属である赤龍帝によってね。

 しかも、それを魔王様が補佐した可能性がある。

 さて、問題。

 誓約に則って行われていた結婚式ですが、それを直前で破談にされました。

 しかもそれが、相手側による一方的な言い分な上に、それを支援したのが魔王様という可能性。

 そして魔王様の実家は、今回の件で一方的に破談したグレモリー家。

 さて、他の貴族たちはどう思うでしょうね?」

 

私は残った紅茶を飲み干して、深い溜息を吐く。

 

「サーゼクスだって馬鹿ではないわ。でも今回の件は拙かったとしか言えないわね。

 まあでも、やってしまったことはもうどうにもならないし、あとは野となれ山となれ、ね」

 

私は彼の妹君、リアス・グレモリーについて思い出す。

今回の件で、彼女は世間から注目されるだろう。

『無敗を打ち破ったルーキー』『赤龍帝を従える紅髪の滅殺姫』

『魔王ルシファーの妹君』『情愛のグレモリー』などなど、多くの賞賛を浴びて。

願わくばその賞賛が、彼女の破滅に繋がらないことを願うばかりだ。

天狗にならないと良いわね。

 

私はふと、レーティング・ゲームで見た赤龍帝が頭を過った。

私は彼のことを『面白い』と評した。

 

確かに、洋服破壊(ドレスブレイク)といった技は面白勝ったと言える。

あの後すぐに、人形に鎧を着せて同じようなことをしようとし、

それを見たメルアが顔を真っ赤にして怒ってきたのだが。

 

あの時、私が『視た』赤龍帝は、はっきり言って『歪』だった。

まるで、三文役者が舞台で必死に役を演じているような、そんな歪さだ。

それに加え、何やら赤龍帝以外の何かを感じたと言っても良い。

それこそ、何か身の丈にあっていない何かを持っているような。

まあでも、サーゼクスのことだ。

先ほども言ったが、彼だって馬鹿ではないのだから、

私の言葉の意図を見抜いてくれるだろうさ。

それに、赤龍帝が私に対して無害ならば、こちらから喧嘩を売る気もない。

うむ、平和が一番。

 

そう思っていた私は、部屋の空気が重苦しくなっていることに気が付いた。

しまった、自分の勝手な予測を語ったせいで、空気が重い。

は、話を変えてこの空気を変えなければ!

 

「そ、そう言えば、セイウェルがお友達を連れてくるかもしれないと言っていたな!

 いやぁー、楽しみだなぁ!どんな子を連れてくるんだろうなぁ!」

 

「キアラ様、声が震えていますが大丈夫ですか?」

 

「ええ、もちろんですとも!私はキアラ・ダンタリオン。

 ダンタリオン家の当主にして、あらゆる情報をぶち抜く悪魔よ?

 ええ、徹底的に調べて、もしもセイウェルを騙していたなら、

 地獄よりも地獄を見せてあげなければね」

 

「お嬢様、正気に戻ってください!」

 

メルアのお盆攻撃が私の頭に直撃!私は正気に戻ったぞ!

痛む頭を擦りながら時計を見れば、もうすぐ正午をさしそうな時間。

そして噂をすれば、入り口の扉が開く音が聞こえ、「ただいまー!」というセイウェルの声。

 

「お帰りなさいセイウェル。まずは手を洗ってうがいをしなさい」

 

「はーい!」

 

「はいは一回ですよ、セイウェル様」

 

うがいと手洗いをしたセイウェルは、私とメルアの二人へとやってくる。

 

「あのね先生、私、お友達を呼んできたんだけど、いいかな?」

 

「何をいうんだセイウェル。言っただろ、お昼を一緒にどうだい?と。

 私もセイウェルの言う、オーちゃんを『視て』みたいからね!」

 

「お嬢様、字が違ってますよ」

 

「本当に!?良かった!じゃあ呼んでくるね!」

 

そう言うと、セイウェルは入り口へと声を張り上げる。

 

「入ってきていいよー!」

 

ほう、入り口にいるのだな?

さてオーちゃんとやら、その姿をじっくりと調べ上げてやらねば!

 

「我、セイウェルの友人」

 

ちんまりとした背丈のゴスロリ少女が入ってきた。



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6話

「コカビエル?たしか、戦いが大好きで大好きで堪らない、

 頭の螺子がぶっ飛びまくってる堕天使のことだった・・・かしら?

 それがどうかしたの?」

 

応接間にある自分の椅子に腰を下し、私は尋ねる。

私の目の前にいるのは、緑髪を携えた美青年。

四大魔王の一人にして、サーゼクスと並ぶ『超越者』の一人、アジュカ・ベルゼブブ。

見るものを魅了する様な妖艶を醸しつつ、端正な顔立ちを携えている。

そしてその美顔に、少し困惑を刻んでいた。

 

「教会に保管されているエクスカリバーを強奪して、

 サーゼクスやセラフォルーの妹等が治めている駒王町にいるみたいなんだ。

 先ほど、リアス・グレモリ-の眷属から連絡があった」

 

「あらあら、あの戦闘大好きの堕天使がそんなことをするなんてね。

 大方、悪魔や天使、堕天使がいつまでたっても戦争をしないことに、

 とうとう我慢の限界になったんじゃないかしら?」

 

私の言葉に、アジュカは皮肉を含んだ苦笑いをする。

 

「お察しの通りさ。コカビエルの目的は戦争の再開。

 始めにエクスカリバーを盗んで天使たちとやりあるつもりだったみたいだが、

 どうやら当てが外れて、今度は駒王町にやって来たみたいだ」

 

「部下の手綱を握っておきなさいよ、あの中二病総督・・・」

 

私の頭の中では、あの渋い声で子供の様にはしゃいでいる堕天使総督が浮かぶ。

やる時はやってくれる切れ者なのに、こんな時に何をしているのやら。

今度会った時、ブレイザー・シャイニング・オア・ダークネス・サムラァイソードについて、

自分から暴露するようにしてやろうかしら。

 

「まあでも、ミカエルはコカビエルの目的に気付いてるみたいね。

 箝口令でも敷いてるのか、この件は上層部の一部だけとどめてるみたい。

 聖剣が堕天使に強奪されたなんて信徒に知られたら、即座に戦争勃発でしょうね。

 まぁ、私に秘匿は通用しないのだけど」

 

「やはり君の力は恐ろしいな。

 頭では解っているが、いざ目の前でやられるとね。改めてそのことを認識するよ」

 

「安心しなさい。

 数少ない旧友との関係を壊すほど、私は狂っていないから」

 

私はアジュカに答える。これは紛れもない本心だ。

 

「それにしても、大事な聖剣を盗られるなんて、教会の管理って随分と杜撰なのね。

 それともコカビエルが強いのかしら」

 

「無茶を言ってやるな。

 戦争を生き残ったコカビエルを止められる奴は、それこそ上級悪魔でも少数だぞ。

 それにミカエルたちも手一杯なのだろう。

 おいそれと出られる立場でもない」

 

私の言葉に、アジュカは笑いながら小言を言う。

まぁ、天使たちも大変なのは知っている。すこし意地悪だったか。 

 

「それにしても、次に駒王町に責めるなんて、コカビエルは目の付け所が違うわね。

 駒王町は悪魔が治めている町で、その管理者はグレモリー家とシトリー家の次期当主。

 そして二人は現魔王様の妹で、その魔王様たちはシスターコンプレックスを絶賛拗らせ中。

 何かあったら、黙っていられることなんて無理ね。

 目の前に餌を置かれた犬の方が、よっぽど長く待てるでしょうね」

 

「それは言えてるな。

 現に、サーゼクスやセラフォルーは、職務を放り出して駆けつけようとしたらしい。

 今は二人とも羽交い絞めにされている。

 こちらも色々と準備をしているが、連絡が遅かったせいで対応が遅れている。

 しかし、もう少し早く知らせてくれれば・・・」

 

アジュカが溜息を吐く。

私はこの状況を知っている。そして知っているからこそ溜息を吐く。

 

現状、凄く拙い状況だ。

下手をすれば、また戦争が勃発するかもしれない。

一度戦争に突入すれば、今度は互いを絶滅するまでに行き着くだろう。

赤龍帝や白龍皇の乱入と言うハプニングなんて、起る可能性はゼロに等しい。 

それに、今度は無関係な人間界を巻き込んでの殺し合いになるかもしれない。

 

ああ、駄目だ。それは駄目だ。

それは私が許さない。私の過去が許さない。

無関係な命が失われることは、私のとって大嫌いな部類だ。

ゆえに、戦争の火種になるだろうこの件は見過ごせない。

 

私はもう一度深い溜息を吐いた。

 

「貸しにしておくわ」

 

「助かる」 

 

私の言葉にアジュカは頭をあげる。

 

「全く・・・。

 今から愛弟子とその友人と一緒に、市井を案内する予定だったのだけど、

 どこかの我儘っ子が暴れるせいで、全て台無しよ。

 あーあ、あの子たちを泣かせること、私は大嫌いなんだけど。

 この落とし前は、きっちりと付けさせないといけないわね?

 それに、魔王様や天使、堕天使総督に貸しを作っておくってのも、

 私の生活にとっても有意義なものだし」

 

「出来れば加減はしてほしい。

 生かしたままの方が、なにかとこちらも助かる」

 

「しょうがないわね。」

 

アジュカは私の了承を聞くと、直ぐに転移魔法で消えた。

大方、絶賛シスターコンプレックスを発症している二人に、話をつけにいったのだろう。

さて、私も話をつけにいかないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー!?先生は一緒に行けないの?」

 

「ごめんねセイウェル。急に外せない予定が入ってしまったの。

 だから今日のお出かけに、私は一緒に行けなくなったの。

 本当にごめんね」

 

急な予定が入ってしまい、観光に行けなくなったことをセイウェルに告げると、

彼女の顔はみるみる泣き出しそうになっていく。

というか、もはや涙目である。

 

「私、先生と一緒に行きたかったのに!」

 

納得がいかないセイウェルの言葉と表情に、私は心がズタズタにされていく。

だが、私は謝るしか出来ない。

 

「本当に、本当にごめんね?

 今度は絶対、ぜっっっったいに一緒に行くから、今日はメイド長と一緒に行ってくれる?」

 

「お嬢様、私を射殺すような目で見るのはおやめ下さい。

 グレイフィア魔王夫人のようになっておられます」

 

私の代わりにメイド長と一緒に回るように言うも、やはりまだ納得できない様子。

 

「セイウェル、泣いてる?何故、泣く?」

 

セイウェルの様子に、彼女の友人であるオーちゃんは、無表情のままに首を傾げる。

 

「楽しみにしてたのに!楽しみにしてたのに!先生のばかぁ!」

 

「」

 

セイウェルの言葉。効果は抜群だ!急所に当たった!一撃必殺だ!

私は目の前が真っ暗になった。

 

セイウェルは、泣きながら自分の部屋へと走り出す。

 

「セイウェル、待つ」

 

それに続いてオーちゃんも後を追う。

勢いよく扉が閉められるが、私は頭が真っ白のせいで動けない。

 

「うふ、うふふ、セイウェルに、愛弟子に嫌われた・・・」

 

「お嬢様、お気を確かに。ただの致命傷です。」

 

崩れおちた私に、メイド長、メルアが声をかけてくる。

 

「こちらはなんとか、セイウェル様のご機嫌を取っておきます。

 ですので、お嬢様はお仕事を済ましてください。

 それに、もしも早めに終わらせた場合、一緒にお出かけが出来るかもしれません」

 

「そうだな!よし、ちゃっちゃとブッ飛ばしてくる!」

 

私は転移魔法陣を形成すると、こうなった元凶をぶちのめしに跳んだのだった。

 

 

 

 

 

「つまらん!全くもって弱すぎる!

 赤龍帝の力を持ってしてもこの程度か!とんだ期待外れだ!」

 

10の翼をはためかせ、空に舞うコカビエルは憤慨した。

コカビエルの目下に見えるのは、傷つき、息も絶え絶えな悪魔たちとエクソシスト。

 

現魔王サーゼクス・ルシファーの妹にして、『紅髪の滅殺姫』と謳われたリアス・グレモリー。

自身の同胞、バラキエルの娘にして、悪魔に堕ちた姫島朱乃。

戯れに奪った聖剣による実験のなれの果てにして、聖魔剣へ至った木場裕斗。

デュランダルに選ばれたエクソシスト、ゼノヴィア・クァルタ。

そして『赤龍帝』の兵藤一誠と、その他。

 

そのどれもが、彼にとって話にならなかった。

聖魔剣とデュランダルの攻撃を受けようと、倍加された滅びの力や雷を受けようと、

彼にとってはつまらなかった。

挙句、戯れに神の死を知らせてみれば、デュランダル使いは崩れ落ちて戦意を失った。

 

「まあいい、ならば俺は俺の目的を達するのみだ。

 お前たちを殺せば、嫌でもサーゼクスたちは動く。

 そして俺の望んだ戦争が始まる!

 我ら堕天使が最強であることを、天使にも悪魔にも教えてやる!」

 

「ふざけるな!てめぇ勝手の都合で、俺の町も、仲間も、みんな巻き込みやがって!

 絶対にゆるさねぇ!てめぇをブッ飛ばして、俺はハーレム王になるんだよ!」

 

赤龍帝の怒りの叫びに、コカビエルは腹の底から笑う。

 

「それが貴様の願いか!ならば俺とくればその願い、俺が叶えてやろうか?

 女を抱き放題だぞ?」

 

「ば・・・馬鹿野郎!だ、だれがそんなか、甘言に惑わされるか!」

 

「イッセー!こんな時まで何を考えてるのよ!

 だったらこの戦いが終わったら、私を好きにしていいわ!約束よ!」

 

「い、色々!?色々ですって部長・・・?

 よっしゃコカビエル!今すぐてめぇをブッ飛ばす!

 そして俺は部長になんなことやこんなことをするんだ!」

 

その赤龍帝の叫びを聞いてか、今まで打ちひしがれていた者たちの目に光が燈る。

まるで赤龍帝の力が、周りへと広がっていくように。

 

「面白い!面白いぞ!ならばもう一度チャンスをくれてやる!

 俺を楽しませろ!」

 

そしてコカビエルは歓喜に満ち溢れ、

 

『落ちろ』

 

地面に叩き付けられた。



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7話

申し訳ありません、修正と加筆をしました。


その場にいた誰もが、一体何が起こったのか理解できなかった。

リアス・グレモリーも、姫島朱乃も、木場裕斗も、そして兵藤一誠さえも。

意気揚々と声を張り上げたコカビエルが、突然地面に墜ちたのだ。

それも、何も感じず、何も見えず、何も聞こえずに。

そして今、彼女たちの目の前に写るのは、コカビエルが落ちた場所から見える砂煙だけ。

 

「な、何が起きたの・・・?」

 

ようやく紡ぎだされた言葉は、それだけだった。

リアスの言葉を皮切りに、他の者たちもようやく頭が動き出す。

 

「コカビエルが急に落ちた・・・わね?」

 

「ええ・・・一体何が起きたのでしょう?」

 

「わ、分かりません。私には何も感じませんでした」

 

「おかしい、早すぎる・・・」

 

「皆、気をつけて!上に何かいる!」

 

木場裕斗の言葉に、全員が空を見上げると、そこには黒い何かが見えた。

目を凝らしてみると、それは全身を黒いローブで包まれた人の形をしていた。

肝心の顔は、ローブの影のせいか、男なのか女なのかも判らない。

すると目の前の砂塵が晴れ、コカビエルが現れる。

 

「ようやく来たか!

 雑魚と戯れるつもりだったが、気が変わった!

 さぁ、誰だ?サーゼクスか!?それともセラフォルーか!?」

 

「・・・」

 

コカビエルの問いかけに、黒いローブの乱入者はただ黙するのみ。

 

「まぁいい。どのみち貴様はここで殺す。

 援軍の貴様を殺し、魔王の妹たちを殺せば、

 次は必ずサーゼクスたちが来るんだろうからな」

 

「てめぇ!さっきまで戦うつもりだったのに、俺たちを雑魚だと!?ふざけやがって!」

 

「一誠、落ち着きなさい。悔しいけど、コカビエルの言っていることは事実よ。

 でも・・・なんとか時間を稼げたのね」

 

リアスたちは、なんとか援軍までの時間稼ぎが出来たことに安堵する。

でも、思ったよりも早かった気がするのはなぜだろうか。

そんな雰囲気に包まれるリアスたちなど、もはや気にも留めず、

コカビエルは頭上に浮かんでいる乱入者へと突撃する。

 

「先ほどは不意を突かれたが、同じ手はくわん!

 ますはその邪魔なもの剥ぎ取って、正体を見せて貰うぞ!」

 

先ほど、リアスたちと戦っていた時とは比べ物にならないほどの速さだ。

その姿を見るだけで、いかにコカビエルと自分たちとの力の差があるかを、

リアスたちは嫌でも思い知らされる。

 

そしてコカビエルの手が、謎の乱入者に触れようとした瞬間

 

『折れろ』

 

腕が曲がった。まるで枯れ枝のように。

 

「がぁぁぁぁぁぁあああぁぁ!?」

その光景は、リアスたちには意味が解らなかった。

 

「貴様ぁぁぁ!俺に何をしたぁぁ!?」

 

あのコカビエルが叫んでいる。

自分たちの攻撃を受けながらも平然とし、圧倒的なまでに強者だったコカビエルが。

 

「ならば、これならどうだ!」

 

コカビエルは、曲がっていない手を乱入者に向けると、光の槍を飛ばす。

それも数えきれないほどの量を。

 

「な、なんて数なの!?」

 

「あんなのを喰らったらひとたまりもありません!」

 

堕天使とは、己が欲望に身を任せて堕ちたものの、元は天使。

ゆえに、天使の持つ、聖なる力を扱えても不思議ではない。

そしてその力は、悪魔にとっては致命傷となる最悪のものだ。

 

「避けてください!」

 

叫ぶリアスたちの声が聞こえていないのか、ローブの乱入者は動かない。

そして槍の雨が、いや、槍の波に飲み込まれ、

そのまま地面に叩き付けられ、砂煙が舞う。

 

「まだまだぁ!」

 

追撃と言わんばかりに、更にコカビエルは槍をその砂煙へと撃ち込む。

逃げ場を無くすように撃ち込まれた槍の絨毯爆撃は、

周りにあった木々や校舎の壁面すらも抉った。

それはあまりに恐ろしい威力であったことを、嫌でも理解させられた。

そして、その攻撃に晒された、飲み込まれた乱入者が無事のはずがない。

 

「そんな・・・」

 

「リアス!?」

 

「部長!?」

 

リアスは目の前の光景に崩れ落ちる。

必死に、命を賭けてまで稼いだというのに、現れた援軍はあまりに無力だった。

これじゃあ、自分たちの努力は一体・・・。

 

 

「腕を折られたことは驚かされたが、随分とあっけなかったな。

 この程度の奴が援軍とは、サーゼクスたちも随分と妹思いではないか」

 

口元を歪め、砂煙を見下すコカビエルは、次にリアスたちへと目を向ける。

 

「これで頼みの綱は終わりだ。さて、貴様たちを殺してや「どうして」

 

声が聞こえる。

コカビエルの周辺に無数の穴が開き、中から無数の手が溢れ、コカビエルを捕縛する。

 

「な!?なんだこれは!?」

 

「どうして、よりにもよって『今日』なのよ」

 

まるで鎖のように、拘束具のように、コカビエルを締め付ける。

 

「ち、力が入らん・・・!?な、何が起っている!?」

 

「昨日でも良かった。明日でも良かった。それなら問題は無かったのに」

 

砂煙が晴れる。

 

「なのに、よりにもよって・・・」

 

そこにいたのは、あれほどの攻撃に晒されたというのに、

まるで傷一つない、砂埃さえも被っていない乱入者。

 

「どうして今日に問題を起こしたのよ。

 このクソカラスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

乱入者の絶叫が響き渡る。

その言葉の意味を、内容を、瞬時に理解できる者はいなかった。

ただ、黒いローブの下にあるだろう表情は、醸し出される雰囲気からして、

怒気を孕んでいるということは理解出来た。

 

「楽しみにしてたのよ。なのに、あなたのせいで台無し。 

 ねぇ、解る?この日のために、私がどうしようかと考えてたのに。

 あの子の喜ぶ顔を見たいと、メイド長と一緒に計画を練ったのに。

 それが全てぶち壊された、あなたのせいで」

 

震えている。

 

「あの子を泣かせてしまったわ。そのうえ嫌われたかもしれない。

 ねぇ、どうしてくれるの?

 あなたのせいで、私の家族関係に罅が入ったかもしれないのよ?

 家族団欒の夢が、一気に遠のいたかもしれない。

 許せるわけがない。許せるわけがないわよね?」 

 

その声は平坦で、無機質で、けれでも異質だった。 

  

「殺さない程度なら痛めつけても良かったのよね?

 なら、『9割9分9厘9毛』殺しでも、何ら問題はないわね?

 ねぇ・・・コォカァビィエェルゥ?」

 

乱入者の右手がすっと前に出され、そこか数多の光の字面が溢れ、収束し、一冊の本となった。

それは古き歴史を持っていることが解るほどに古めかしくも、

施された金の装飾が、荘厳さを失わせない。

 

 

『結界再構成・強度の強化』

 

何かが割れる音が聞こえ、歯車が組み換えれた音が聞こえる。

 

「なに?何が起きてるの・・・?」

 

「リアス、何か悪い予感がするわ!」

 

戸惑うリアスに、朱乃は肩を揺さぶって正気に戻そうとするが、

朱乃自身も何が起きているのか、頭が追いついていない。

 

『情報構成・光の槍』

 

身動きが取れないコカビエルの周りに、大量の光の槍が出現する。

 

「なによ、あれ・・・」

 

四方八方360度、それは見るものにとってはあまりに恐ろしい光景だ。

そして、確実に『逃がさない』という意志を表してもいる。

 

「なんだよこれ・・・あんな奴、俺は知らないぞ・・・」

 

「一誠君!早く!あの人から離れた方がいい!」

 

呆然とする兵藤一誠を叱咤し、木場裕斗はゼノヴィアを抱えて走り出す。

 

『強化魔法陣展開』

 

コカビエルを囲んだ光の槍全ての先に、魔法陣が展開される。

その魔法陣が、ゆっくりと光の槍を包みこむと、

槍は眩いばかりの聖の力を供えつつ、同時に畏怖を孕んだ魔の力をも孕んでいた。

 

「なんだよ・・・なんだよあれ・・・」

 

「あれは、僕の聖魔剣と同じ・・・?」

 

「まさか、光の槍に魔の力を混ぜ込んだというの!?」

 

目の前で行われている現象に、もはや観客は考えることを止めかけていた。

もはや一体何が起っているのかさえ、考えが追いついていない。

 

「おのれ!おのれぇぇぇぇ!俺がこんな!こんなところで負けるはずがぁぁぁ!」

 

『射出』

 

全ての槍が、一点に収束した。

そしてコカビエルは体中から槍を生やし、真っ赤なハリネズミと化した。

その光景に、あるものは口元を押さえ蹲り、胃の中身を吐きだした。

あるものは目を閉じることも、逸らすことも出来ず、ただ見ているだけだった。

その凄惨な光景は、あまりに常軌を逸していた。

そして、あまりに自分たちとはかけ離れていることをも自覚させられた。

 

 

「うふ・・・あは・・・」

 

笑い声が木霊する。

 

「あはははは・・・アハハハ・・・」

 

それは甘美にして醜悪。

 

「あはハアハははははあハハアハハ!!

 

弦をはじくように清らかで、汚泥のようにへばりつく様な音色。

 

「アハハハハアハハハハハハハハハははははははっはははあは!!」

 

聴く者を虜にし、効く者を安らぎへ誘う声色。

 

「ゲェエェェェァァァァーッハハハハハハハハッ!!」

 

そして、聴くに堪えない、綺麗な笑い声だった。

 

そしてローブが破れたのだろう。

乱入者を隠していたローブが吹き飛び、その姿をはっきりと現した。

 

「え・・・?」

 

そして現れたその姿に、リアスたちは目を疑った。

 

それはルビーを溶かした様な朱髪だった。

それはカラスの濡れ場色をした艶やかな黒髪だった。

それは雪のように真っ白な銀髪だった。

それは暖かい日の光を溶かした様な金色の髪だった。

 

「ど、どうなってるんだよ!?」

 

「これは一体・・・?」

 

戸惑いを隠せない兵藤一誠と木場悠斗。

そして同じように、驚きを隠せない少女たち。

なぜなら、そこにいたのは、

 

「「「「私・・・?」」」」

 

まるで自分とは似ても似つかない笑みを浮かべた自分だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだあれは?」

 

『判らん。大方、悪魔側の隠し札、と言える存在か』

 

目下で行われた光景に、それは声を震わせた。

彼奴に言われて、コカビエルを回収するつもりで来ていたが、

自分よりも先にコカビエルと戦っていた者がいたのだ。

大方、悪魔側の援軍だろうと思い、気まぐれに見物していたのだが、

なかなかどうして、面白い存在だった。

あのコカビエルが、まるでハリネズミのような姿になったのだ。

つまりコカビエルよりも強いと言える。

戦いたい。

 

その心に思ったのは、純粋な思い。

ああ、こいつと戦いたいという、戦闘欲求。

 

『落ち着け、今は命令を優先する方が先決だ』

 

「解っているさ」

 

相棒の声に気を削がれたのか、それは笑って答える。

 

「さて、今代の赤龍帝に会いに行くか」

 

そしてそれは降り立った。

 

 

 

「あ、ありがとうございました」

 

「・・・」

 

リアスは戸惑いながらも乱入者に礼を言う。

だが、その顔には、困惑、恐怖、警戒心と様々な感情が見える。

当たり前だ、先ほどの光景を見て、冷静となるのは難しいだろう。

何故なら、自分の顔を持った存在が、あの凄惨な行為をしたのだから。

なお、乱入者がどこから出したのか、新しいローブを被り、顔は見えていない。

だが、そのローブの下に、まだ自分の顔があるのではないかと、リアスたちは警戒する。

一誠に関しては、警戒心を隠そうともせずに睨みつけている始末だ。

 

あの後すぐに、堕天使総督の命を受けた白龍皇が現れ、

辛うじて生きていたコカビエルと、気を失ったフリードを抱えて消え去っていった。

その際、赤龍帝である一誠と何やら話をしていたようだ。

しかし、これで駒王町は助かったのだ。

 

「危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございます

 もしよろしければ、名前を教えて貰えないでしょうか?」

 

「・・・」

 

「さっきから黙ってねぇで、何とか言ったら「止めなさい、一誠!」

 

「で、でも部長!」

 

リアスの言葉に、一誠はなおも食い下がろうとする。

どうしたのかしら、今日の一誠は何かおかしいわ。

 

「ホウレンソウ」

 

「え?」

 

「報連相くらいしっかりしなさい。

 あなたのミスで、多くの人が死んだかもしれないわよ」

 

「!?」

 

「てめぇ!」

 

殴りかかろうとした一誠の拳は、空を切った。

一瞬のうちに、ローブの乱入者は消えてしまったのだから。

ローブの言葉に、リアスは身体を抱きしめ、震えだす。

 

「私のせいで、多くの人が死んだ・・・?」

 

「部長、あの薄気味悪い奴の言葉に耳を傾ける必要なんてないです。

 部長は立派な主です!」

 

「そうよリアス、あまり自分を責めては駄目よ」

 

「そうです、部長は一生懸命頑張りました。それは間違いじゃないです!」

 

「部長さんは間違ってなんかないです!」

 

「みんな・・・ありがとう」

 

眷属の励ましに、リアスは感謝をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんせー!私、アップルパイが食べたーい!」

 

「はいはい、分かったから腕を引っ張らないで。

 お店は逃げないから」

 

「これが、町。人の、営み」

 

人々の賑やかな声を聞きながら、私はセイウェルとオーちゃんと共に歩く。

あの後、セイウェルが立てこもっている扉の前で、

私はずっとセイウェルの言葉を黙って聞いた。

楽しみにしていたこと、その思いを裏切られたこと、哀しい気持ち等、

セイウェルの心の言葉をずっと聞いていた。

私はただ、彼女の言葉を黙って聞き続けた。

その後、散々思いを言ったのだろう、部屋の扉が開き、

目を赤く腫らせ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃのセイウェルが出てきた。

私は、彼女を抱きしめることしか出来なかった。

 

翌日、私はセイウェルとオーちゃんと共に、町に出かけることになった。

その際、散々セイウェルに警戒されたが、苦笑いしながら謝った。

 

目の前ではしゃぐセイウェルと、その友人であるオーちゃんを見つつ、

私はこの瞬間の幸せを噛みしめるのであった。

 

 

 

 

 

「ところで、どうしてメイド長も一緒にいるのかしら?」

 

「お嬢様、この前のお出かけで、いくら散財したか覚えていますか?」



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番外

「お嬢様、お願いがあるのですが」

 

「あら、なにかしら」

 

いつものように自室の椅子に腰を下し、

読みかけの本を読んでいると、後ろから声をかけられた。

卓上に置かれ、淡い光を放っていたランプの灯りを消し、私は声の方を向く。

振り向けばメイド長が、相も変わらず無表情な顔でこちらを見ていた。

 

「申し訳ありませんが、少しお暇を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

その言葉に、私は彼女の言いたいことを理解し、苦笑する。

 

「あら、もうそんな時期になったの。

 いつも思うけど、私に許可を求めなくてもいいのよ?私は別に構わないのに。

 まぁ、それが貴女らしいという訳ね」

 

私の言葉に、メイド長はぺこりと頭を下げた。

 

「理解していただいて助かります。

 用事を終えましたら直ぐに戻りますので、くれぐれも手を焼かせないでください」

 

「そんなこと言わなくてもいいじゃない。私のこと、そんなに信用できない?」

 

「違う意味でなら信用しています。

 去年の時は、読書にかまけて飲まず食わずでしたね。

 おかげでしばらくは固形物が喉を通らず、おかゆと野菜ジュースの日々でしたね」

 

「あれは本に熱中しただけよ?」

 

「そして一昨年は、お菓子作りに熱中して、屋敷にあった材料を全て使いました。

 市井の者に分け与えたから良かったものの、あの量を食べきるのは無謀も無謀。

 確実に腐らせてましたし、しばらくは砂糖を見る事さえ拒絶してましたね」

 

「・・・・・・」

 

「睨んでも、過去の事実は変わりません」

 

全く正論なので、私は何も言えずに口を閉ざし、

ただ拗ねた目でメイド長を睨むしか出来なかった。

 

「それでは失礼します、今から準備をしますので。

 それと私がいない間、見栄を張るのはおやめになってください。

 決して、セイウェル様の前でカッコいいところを!なんて考えないでください。

 私は、普段どおりのキアラ様が一番好きなのですから」

 

「      」 

 

私の部屋から出て行く際、相も変わらずの鉄面皮で、ぐさりと私に釘をさしていった。

その姿に、私は一瞬固まったが、直ぐに気を取り直し、そして苦笑する。

 

「相も変わらず素直ではないね。

 それにしても、またあの時期がやって来たのか」

 

物思いに耽りながら椅子に深く腰を下すと、セイウェルが部屋に入ってきた。

 

「先生!メイドさんが服を鞄に入れてましたけど、何かあったんですか?」

 

「そうか、セイウェルは知らなかったか。なに、大したことじゃないよ」

 

「?」

 

首を傾げ、頭にハテナマークを浮かべているような顔をするセイウェルに、私は笑う。

 

「里帰りだよ」

 

そう呟くと、私はセイウェルを見て、あることを思いつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

列車に揺られること、数時間。

駅の改札口から出た私の目に映る光景は、いつも同じだ。

この時期の気候は身を裂く程に寒く、

普段の倍以上の厚着をしているというのに、いっこうに身体の震えが止まらない。

深々と降る雪が、全ての道を、家々を白く染め、その光景を薄ら寒く感じる。

 

「帰ってきたのね」

 

私はいつものように呟いた。

 

 

『今日からここが、君の新しいお家だよ。

 寂しいと思うかもしれないが、今日から私たちが君の家族だからね』

 

『はい、神父様』

 

ぐらりと身体がふらつくも、足に力を込めて踏ん張る。

ああ、まただ。またこれだ。ここに来る度に、何度も起きる。

 

「今日はまた、一段と酷いのですね」

 

私は鞄を手に取ると、宿泊場所へと足を向けた。

 

 

 

 

「いらっしゃい・・・おや、アンタか。

 そろそろ来る頃かと思っていたところさ。いつもの部屋でいいかね?」

 

「ええ、お願いします」

 

私は懐からお金を取り出し、宿泊費と少しのチップを含めた金額を払う。

店の店主はチラリとこちらを見ると、黙ってお金を受け取った。

そして部屋の方へと足を運ぼうとすると、珍しいことに声をかけられた。

 

「それにしても、毎度こんな辺鄙なところに来るなんて、お前さんも変わってるねぇ。

 昔は何やらあったみてぇだが、いまじゃ寂れた教会だけしかねぇ。

 しかも、いつもこんな時期だってんだから余計にな。

 ま、こっちは金を払ってくれればそれで良いさ」

 

「すみません」

 

私はただ、それだけを言って部屋へと入った。

 

 

『ここでの暮らしはどうかな?

 君が他の子と遊んでいる姿を見ないのでね。少し心配になったんだ』

 

『私に構わないでください。私は誰とも仲良くなりたくないんです』

 

 

私はベッドへと腰を下し、そのまま倒れ込むようにベッドへと身体を預ける。

頭が痛い。まるで万力に締め上げられるような痛みだ。

キリキリギリギリと、ゆっくりと痛みが走ってくる。

 

 

『ふむ、君は素質があるようだね。

 もし君が良ければだが、少し私の話を聞いてみないかね?』

 

『何の話ですか?それは、私にとって大切なことですか?』

 

『ああ、君にとっても、私にとってもね』

 

 

「駄目、行っちゃ駄目・・・!お願い、待って・・・!」

 

私はベッドの上で、頭を押さえながらも、必死に叫ぶ。

その子に私の声が聞こえないのは解っている。

でも、私は必死で呼びかける。呼びかけ続ける。でも、その願いは叶わない。

 

『解りました。話を聞きましょう、神父様』

 

その言葉で、私は気を失った。

 

 

私が目を覚ますと、既に日はとっくに暮れており、窓の景色は闇に沈んでいた。

まだ頭がリンゴーンと響いている感じでふらつくが、歩けない訳ではなかった。

私はゆっくりと体を起こすと、店主のいる広間へと足を運んだ。

 

「おう、目を覚ましたか。何やらうなされてた声が聞こえちまってよ。

 心配だったんだが、何とも無くて良かったぜ」

 

「すみません、迷惑をかけてしまいました」

 

心配そうな店主に、私はお礼を言う。

いつもなら、こんなことは起きなかったのに。

私の言葉に、店主は髭を生やした頬をポリポリと掻いた。

 

「まぁなんだ。身体には気をつけてくれよ。

 ここで何かあったらそれこそ、この店が潰れちまうってんだから」

 

「ええ、分かりました」

 

私はそう言うと、宿で作られたシチューを食べる。

芋と人参と鶏肉だけのシチュー。でも、身体が温まるなら何でも良かった。

 

「私以外にも、誰か来たのですか?」

 

食べ終えた皿を持っていくと、そこには空になった皿とスプーンが2つ置かれていた。

 

「ああ、珍しいことにアンタ以外に客が来てよ。

 いやー今日は珍しいこともあるんだ」

 

「そうですか、ごちそうさまでした」

 

私は皿とスプーンを置くと、直ぐに私の部屋に入り、そのままベッドで眠った。

 

 

 

 

 

『素晴らしい!素晴らしいぞ!やはり私の見込んだ通りだ!

 素晴らしい!素晴らしいぞ!

 これならあいつ等に対抗できる!あの忌まわしき悪魔共に!』

 

『やめて!イや!私の中に、私の中に入ってこないで!いやああああああ!?』

 

 

 

 

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!?」

 

私は叫びながらも飛び起きた。

震える身体を必死に抑えるようにきつく抱き締め、ゆっくりと呼吸をする。

大分意識がはっきりしたのか、身体の震えも収まり、私は身体を見回す。

 

「気持ち悪い・・・」

 

汗でビッショリとなった私の身体は、自分の身体だというのに気持ちが悪かった。

備え付けのシャワーで汗を落とすと、少しは気分が晴れたような気がした。

 

私は持ってきた服に着替えると、朝食をとりに広間へ向かう。

 

「おう、良い朝だな」

 

「ええ」

 

私は嘘をついたが、別段ばれるわけもないので気にしない。

少し冷めてしまったパンを2枚と、不格好な目玉焼き、そして少しの葉物を食べ、

ぬるい紅茶を飲みほしたあと、また2枚置かれた皿を見つつ、自分の皿を片づけた。

 

「それでは失礼します」

 

「おう、また来てくれな。この時期は、お嬢ちゃんぐらいが飯の種だからな」

 

店主のニヤケタ髭面を一瞥すると、私は宿を出て目的の場所へと足を運ぶ。

ただ、私の足は酷く重かった。

 

 

 

 

 

 

聖ルエカミ・ルエリブガ教会

 

青寂びた鉄に刻まれた名前の門をくぐり、私はその敷地へと足を運ぶ。

辺り一面に草が生え渡り、教会へと結ぶ砂利道だけだが、草の侵食から逃れていた。

その道を、私はジャリジャリと音を立てながら進めば、

もはや原型をとどめていない、柱と崩れた壁しかない教会が見えた。

 

私は教会の跡地を一瞥すると、少し奥へと足を進める。

見えてきたのは、不格好な石がたくさん置かれた場所。

私は一際大きい石、もはや岩の前に足を運び、祈りを捧げる。

 

「また・・・帰ってきました。

 もう、数えることも止めてしまいましたけど、あれからどれくらい経ったでしょうか。

 あの時のことは、もう過ぎてしまった事なのかもしれません。

 本当なら、あの時に私は死んでいたかもしれません。

 でも、幸か不幸か、私はしぶとく生きています。しかもメイドをやってるんですよ。

 信じられます?メイドですよ」

 

私は岩・・・石碑に向かって語りかける。

 

「しかも主様ったら偏屈な人なんですよ?

 本を読んだらそのまま死にかけたり、本の棚に押しつぶされそうになったりと、

 もう馬鹿と言ったら・・・」

 

なんだろう、私の言葉は止まらない。

同じことの繰り返しなのに、それでも私は喋り続ける。

気が付けば、私はずっとしゃべり続けていたのだった。

 

そして祈りを捧げた後、私はもう一度石の前で頭を下げると、

「来年もまた来ますね」と告げ、来た道を戻る。

 

ふと、私はお嬢様のことが頭に浮かんだ。

あの御方のことだ、前の時みたいに、アホなことをしていないと良いのだけど。

 

「お嬢様はちゃんとしているのでしょうか?

 一応、忠告はしましたが、心配でしかたありません」

 

そう思うと、私は急に心配になり、歩いていた足を早め、

果てには駆け足になりながら、駅の方へと向かって行った。

 

 

『おやおやおやおや?

 折角の観光地めぐりとしゃれ込んでいたのに、

 何やら嫌な気がしたと思ってやって来てみたら、これは何とも酷い光景だ。

 まさか主を信奉する教会の神父様が、こんなことをしているなんてねぇ』

 

声がした。まるで透き通るような声だった。

 

『な、なんだ貴様は!?ここにどうやって入ってきた!

 ここは神聖なる間であり、貴様のような者が入っていい場所では・・・』

 

誰かが声を荒げた。その声は、驚きを含んでいたと思う。

 

『そんなことはどうでもいい、重要な事じゃない。

 詳しいことはさておき、今起きているこの光景、どう見たって普通じゃないわね。

 人間の倫理とかどこに放り投げちゃったのかしら?』

 

『貴様が誰かは知らないが、見られてしまったからには生かしておけん。

 ちょうどいい、こいつの力をみせ・・・!?

 か、身体が動かん・・・!?」

 

こつんこつんと、床を歩く音が響いた。

誰かが私の方へと歩いてくる

 

『少し黙ってくれないか?

 これから集中するんだ。お前のような声を聞くと、耳が腐るし気が散る』

 

『貴様、一体何をするつもりだ・・・!?』

 

その声の人は、私の前に立ち、右手から本を取り出すと、その人の左手が私の頬に触れた。

その手はひんやりと冷たかったのに、何故か私は暖かいと思った。

 

『ただの気紛れよ』

 

その人は笑った。

 

 

 

 

「ただ今帰りました」

 

「お帰りなさーい!」

 

お嬢様の御屋敷の扉を開けると、私の元へセイウェル様が走ってきた。

何やら嬉しいことがあったらしく、その顔はニンマリとしている。

セイウェル様を抱き留めると、後ろからお嬢様が歩いてきた。

今日は体調がよろしいみたいですね。

 

「おや、思いのほか早いな。後1日くらいはゆっくりしてくると思ったが」

 

「はい。お嬢様が何か仕出かしてないか、

 セイウェル様に何か起きていないかと心配になり、急遽予定より早く帰ってきました。

 ところでお嬢様、その手に持っている物は何なのですか?」

 

私はお嬢様が両手に抱えている物に目を移す。

 

「これか?ふふん、聞いて驚くがいい。

 これは私が考案した、四季おりおりのスペシャル鍋だ。

 ありとあらゆる四季の食材をふんだんに使用しているぞ。

 これ一つで、一度に春夏秋冬を味わえるというものだ」

 

「そうですか。ところでお嬢様、試食はしたのですか?」

 

「何を言っている?旨い物を入れたのだから、当然旨いに決まっているだろう?」

 

「そうだそうだー!」

 

私の言葉に、お嬢様は不思議そうに首を傾げる。

セイウェル様は、疑問も思わずに顔を膨らませていらっしゃる。

 

私は溜息を吐く。

ああ、やっぱり仕出かしましたね。しかもセイウェル様まで巻き込むご様子。

これは見過ごせるものではありません。

 

「セイウェル様、少しの間、部屋に戻ってくれますか?

 これからお嬢様にお話がありますので」

 

「「!?」」

 

私が話しかけると、セイウェル様は何故か、顔を真っ青にされて、無言で走って行かれました。

はて?どうしてでしょうか。

お嬢様も、何故か顔が真っ青で、冷や汗をかいておられます。

 

「お嬢様、確かに美味しい物は美味しいです。

 ですが、料理は思いつきでやるものではございません。

 それは食材に、ましてや食に対する冒涜と侮辱です。

 良いでしょう、これから食について色々とお話しましょう」

 

「メ、メルア?顔が怖い、顔が怖いんだけど?

 シチューぐらいしか食べてないメルアのために、

 がっつりした温かい物をと思ったんだけど・・・?」

 

「それはありがとうございます。

 お嬢様のお心遣い、実に感銘を受けました。

 それでお嬢様、どうして私がシチューを食べたと思ったのですか?」

 

「え、なに、もしかして私、やらかした?」

 

鍋を持ってるせいで、お嬢様は両手が塞がれ、なおかつ走って逃げることも出来ない。

 

「さあ、お嬢様。ゆっくりとお話をした後、ご飯にいたしましょうか」

 

「待って、待ちなさい、待ってちょうだい。

 これには海よりも深く、谷よりも険しい理由があってだね?

 あ、だめだ。私やばいわ・・・」

 

お嬢様は何もかも諦めたように頭を垂れ、ズルズルと私に引き摺られていく。

器用にも、鍋の具は零さないようにしております。

そして私の部屋へと引き摺って行き、そしてお話の時間です。

 

私の目の前で、椅子にぐるぐる巻きにされたお嬢様が涙目になるも、

私は心を鬼にして説教をする。

けれでも、どうせ私は解っている、

こんな説教をしても、お嬢様は、キアラ様は変わらないと。

またいつものように、私の前でおふざけをするのだ。

 

やはり、お嬢様には私がいないとダメなのでしょう。

私がいないとダメなのです。

 

 

お嬢様がいないと、私は・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんにちは』

 

透き通るような紫の髪をした女の人が、私の前にいた。

私を見つめるその瞳は、どこまでも沈んで行けるような黒色だった。

 

『アナタ、誰?』

 

私はその人に尋ねた。

 

『私にも判らないわ』

 

その顔は少し、儚げだった。



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8話

「謹んでお断りさせて貰うよ」

 

私はにっこりと、笑顔で答えた。

メイド長の淹れてくれた紅茶を口に運びつつも、私は目の前の人物を見る。

 

「そこを何とかしてもらえないかな?」

 

私の言葉に目の前の人物、サーゼクス・ルシファーは困った顔をしつつも引き下がらない。

私はその頼みごとに、頭を抱えるのであった。

 

さて、少し時間を戻そうか。

私がセイウェルとその友人であるオーちゃん、そしてメイド長(私の監視役として)と共に、

買い物をしてから日が過ぎた後、つまり今日だが、サーゼクスが私の所にやって来たのだ。

居留守でも使おうかと思ったが、メイド長が普通に通してしまったことで、私の作戦は失敗。

まぁ、今回は菓子折りを持ってきたから良かったのだが、

手ぶらで来ようものなら、君の奥様を呼んでやろうかと思ってしまうところだったぞ。

え?私もヤバいだろうって?

あははははははは!死なば諸共って言葉を知っているかい?

 

菓子折りを受け取ったことで、私は気分が高揚してしまったせいか、

いつもの警戒心を緩めてしまい、しばらくの間は気兼ねない会話をしていた。

なんでも、彼の妹君であるリアス嬢の学校で、近々授業参観があるらしい。

それで、自分とグレイフィア、そして彼の父君と共に行くつもりらしい。

どうやら、リアス嬢の赤龍帝とそのご家族と親睦を深めたいとかなんとか。

私としては、そんなことを話されても反応に困るだがな。

 

その後は、授業参観のリアス嬢を想像して、ウキウキなサーゼクスの話を聞き流した。

途中、現魔王の一人、セラフォルーに関して、彼女の妹君が授業参観を黙っていたショックで、

天界勢力を纏めてエクスカリボルグ♪しようとした話に関しては、流石にドン引きした。

もしも堕天使の件に私が行かず、セラフォルーが対応していたら、

確実にコカビエルのもくろみ通り、戦争勃発からのアポカリプスナウ!だっただろう。

優秀かつ、力を持っているからこそ、そのシスコンぶりは厄介極まりない。

もちろん、目の前の魔王様にも言えることだけど。

 

そんなこんなで、色々と話をしていると、急にサーゼクスが黙り込む。

その表情は先ほどまでとは違い、緊張していた。

その瞬間、私は思い出した。ああ、これは絶対に厄介事だと。

私の悪い予感は的中した。そして今回は、私個人としての厄介事だった。

 

なんでも授業参観も兼ねて、

人間界の駒王学園で、悪魔・天使・堕天使の三すくみ会談を行うとか。

その際に、私が八つ当たりと鬱憤晴らしも兼ねて、

堕天使幹部(家族タイム妨害者)をフルボッコした件が取り上げられるとか。

その会議に私(フルボッコした張本人)を呼んでほしいと、

堕天使総督(アザゼル)に言われたらしい。

 

そして私は答えたのだ。「オコトワリシマス」と。しかも拒絶のにっこりスマイルで。

 

 

「なんと言われようとお断り。私は絶対に参加しません。

 今回の件だって、君たちが動いたら拙いからってことで、アジュカに頼まれたこと。

 そして私が対処したことは秘密扱いだった筈。

 今更、約束を違えられても困るわ。」

 

「それは解っているんだ。それでも、参加してくれないかな。この通りだよ」

 

私に頭を下げる魔王の姿に、私は溜息を吐く。

 

私個人としては断りたい、という思いでいっぱいだ。

私は目立ちたくない。私は周りの目に触れられたくない。

だって、そのせいで私は・・・。

 

けれでも、目の前の旧友の姿に、私は気持ちが揺らぐ。

彼は私に、申し訳ないことを理解した上で頭を下げている。

そして彼の頭を下げさせたのは私だ。

本心を言うならば、その姿を無視して、私は断りたい。

だが、そうなると私は自分を許せなくなる。

この感情も、前の私によるものなのだろうか。私には解らない。

 

私はもう一度溜息を吐く。多分、私の目は諦めが宿っていただろう。

 

「解ったわ・・・。だから頭をあげてちょうだい。

 まったく、魔王様がホイホイと頭を垂れるものじゃないわ」

 

「それじゃあ・・・!」

 

「この件に関しては、コカビエルに直接手を下した私が無関係と言える立場じゃないもの。

 私のせいで会議に影響が出るというなら、私としても嫌な気分よ。

 良いわ、その会議に参加するわよ」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「ただし、私の名前は伏せてほしい。

 解っているでしょ?私は誰にも知られたくないし、目立ちたくないの。

 旧友なら、その理由は言わずとも理解していると・・・信じているのだけど。

 会議の間、私はずっと顔を隠すからそのつもりで」

 

「・・・!

 ああ、十分に解っているよ。それと・・・、まだ・・・傷は癒えないのかい?」

 

私の沈黙に、サーゼクスは溜息を吐く。

ああ、理解してくれてありがとう。その表情だけで、私は嬉しいよ。

 

その後、行われる会議の内容を聞き、

私はその内容に口を挟みながらも、数少ない旧友との楽しい時間を過ごした。

サーゼクスが去った後、私は深く物思いに耽る。

 

考えるのは、サーゼクスが会議で考えている内容、悪魔・天使・堕天使の和平条約。

互いに戦争で傷つけ合い、憎しみ合っているこの状況を打破するために、

互いのトップが垣根を越えての協力体制。

三すくみを続ければ、いずれは崩れ、最後は戦争となり、世界の害と化す。

それを防ぐためにも、和平を呼びかけるというらしい。

これで互いによい関係を築いていければ、と言ったサーゼクスに、私は言った。

 

「そうなってほしいね」と。

 

私の言葉に頷くサーゼクスだが、冷静な私がそれを否定する。

 

『出来ると思っているのか?』と。

 

現状、三すくみが成立しているわけだが、その間は平和だったのかと言われればそうじゃない。

表にでていないだけで、不和の種や小競り合いはあったのだ。

 

はぐれ悪魔を半ば放置し、悪魔の駒で眷属を増やしている悪魔(私たち)、

神の名の下にと、悪魔や魔の物を全て殺し尽くさんとする天使、

好き勝手に行動し、それを管理できていない堕天使。

 

どこをどうみれば、信頼が築けるというのだ。

私からしてみれば、自分を含め、地雷物件しかいない。

そして、悪魔は来たるべき戦いに備え、悪魔の駒を作り、勢力を増やしているのが真実。

その行為は、二つの勢力からはどのように見えているだろうか。

 

その上、サーゼクスは甘く見ている。

 

『私たち(悪魔・天使・堕天使)は、互いに戦争(殺し合い)をしていた』ということを。

 

互いに多くの犠牲者を出した。

互いに多くの犠牲者を出させた。

誰も彼もが死に、誰も彼もが殺し、誰も彼もが失い、誰も彼もが奪った。

今に至るまで、互いの勢力に、その傷は深く刻まれている。

 

その経緯を、その重さを、彼は甘く見ている気がしてならない。

 

私は、サーゼクスが和平の話をした時、彼に訊きたくなってしまった。

 

『君は、君の両親を、グレイフィアを、妹や息子を殺した相手と、握手が出来るかい?』と。

 

寸でのところで私は口を噤んだが、聞かなくても解っていた。

なぜなら彼は、情愛のグレモリーの一人なのだから。

彼がどういう反応をするかなんて、簡単に予測が立てれらる。

 

それと同じだ。

 

自分が持った感情を、相手が持っていない訳がない。

燻った負の感情は、簡単には消えないし、治まらない。

私が八つ当たりでフルボッコしたコカビエルだってそうかもしれない。

 

手を結んだから、もう仲良しだね!は、お伽話やゲームであって、

リアルで適用されるとは限らないと思っている。

サーゼクス、君はそれとどう向き合おうとしてるんだろうね。

 

私は、サーゼクスがそれを理解した上で、行わざるを得ない彼の心情を、

ただ心配することしか出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんせー!オーちゃんがお友達を連れてきたんだけど、いいかな?」

 

「キアラ、我、我の友人、呼んだ。許可、求める」

 

 

唐突なセイウェルの言葉に、私は現実に戻される。

そしてオーちゃんの言葉に、私は呆けていたが、直ぐに理解した。

 

「なんだと?オーちゃんの友人?セイウェル、ちょっと待ちなさい。

 言っておくけど、この屋敷の主は私だからね?

 家に招くということは、私の客でもあるわけだからね。

 一応、どんな奴なのか視させてもらうから」

 

私は椅子から腰を上げ、ローブを纏って入り口の方へと足を運ぶ。

そしてふと、オーちゃんがやって来た時のことを思い出した。

あの時は、友人と言う存在に驚愕し、なおかつ家にやって来たという二重パンチを食らった。

そのせいで、随分とあたふたしていたが、今度はそうはいかんぞ。

私はこの屋敷の主であり、愛弟子で愛しの家族であるセイウェル、

そしてその友人であるオーちゃんの手前だ。

ここは、かっこいい師というのをビシッ!と見せなければな!

 

そう決心した私は、胸を張ってセイウェル達へと向かう。

二人は、私の姿を見ると、顔をぷくーと膨らませた。

いや、オーちゃんは相変わらず鉄面皮と言うか無表情なのだが、

雰囲気でなんとなく判るようになってはいるのだがね。

ちなみにセイウェルからすると、表情が違うから、オーちゃんのことが解るらしい。

うん、悔しい。

 

 

「先生おそーい!」

 

「キアラ、遅い。我、限界」

 

二人の姿を微笑ましく思いつつも、私は急いで駆け寄る。

 

「ごめんなさいね。急に言われたから、色々と準備をしていたのよ。

 それで、二人の友人と言うのは誰かしら?」

 

私の言葉に、二人は少し不安な顔する。

どうやら、私がどう反応するのか気になるご様子だ。

 

「心配しないで良いわ。だってセイウェルとオーちゃんの友人なんでしょ?

 もしかして、私が怒るような悪い子なの?」

 

私の言葉に、二人はブンブンと首を横に振る。

 

「だったら大丈夫よ。私は二人がそうじゃないって解っているんだから。

 でも、私がこの屋敷の主人だからね。

 一応は、どんな友達なのか確認させてちょうだい」

 

そう言うと、セイウェルはこくんと頷き、入り口の扉から外へ少し身体を出す。

どうやら、オーちゃんの時と同じように、外に待たせているようだ。

 

さてさて、一体どういうお友達なんだ?

先ほども言ったが、オーちゃんの時は、あくまで不意打ちを食らったからだ。

不意打ちだったからこそ、主としての醜態を見せてしまった。

だが今回は違う。心の準備はバッチリだ。

さぁ、バッチコーイ!

 

 

 

 

 

『どこか懐かしいと思ったが、そうか、そういうことか。

 それにその姿、あそこにいたのは貴様だったのか、ダンタリオン!』

 

「よく解らない内に連れてこられてきたが、なるほど、お前は強いな」

 

「なんか変な所だと思ったら、すっげぇ美人がいるじゃねぇか!俺っち的にはありだぜぃ!」

 

「外装は悪いですが、内装や調度品を見るに、結構しっかりされてますね」

 

「おじゃましますにゃ!」

 

 

私は無言で扉を閉めた。



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9話

「お嬢様、お気をつけてください」

 

屋敷の玄関先で、メイド長が私に告げた。

顔は相変わらず無表情であったが、その目は不安げな翳が差していた。

 

「心配してくれてありがとう、メルア」

 

私は軽く微笑む。

 

「本当ならば、断るべき話なのだけどね。サーゼクスに押し切られてしまったよ。

 流石に魔王様から頭を下げられてしまうと、どうにも断れないのよねぇ。

 それに、旧友の頼みでもあるし。いやはや、私もまだまだ甘いのだろう」

 

「お嬢様の甘さは、今に始まったことではありません。

 それについては、もはや私から何も言うつもりもありません。 

 ただ、その甘さで救われた者がいることを、忘れないでください」

 

メルアの言葉に、私は苦笑いをする。

 

「そうだったわね。いやはや、何事も上手く行かないものよねぇ。

 時に甘さは美徳であり、時に愚かさにもなり得る。

 ま、それが面白いとも言えるんだけど」

 

私はメルアから渡されたローブを纏う。裾や襟に、少し装飾が施されたローブ。

一見地味ではあるが、私の魔術知識を持って、様々な術式を施している。

常に快適な温度で保たれるし、鎧の如く私の身を守ってもくれるのだ。

まぁ、それ以外にも式を組み込んではいるが割愛しよう。

 

ローブを纏った私は、姿見で自身の姿を確認する。ふむ、見てくれは悪くないだろう。

それに舞踏会に出るわけでもないのだから、これ位で問題ないはずだ。

一通り確認した後、私は転移魔法陣を描く。

すると、私に向かって走ってくる人影が見えた。

 

「せんせー!私も行くー!」

 

セイウェルだ。

彼女も私と同じようなローブを纏い、外に行く準備を終えていたのだ。

セイウェルが私に抱きつこうとするが、寸前でメルアが止める。

 

「いけません、セイウェル様。お嬢様はこれから大事なお仕事があります。

 セイウェル様まで付いていかれますと、お嬢様に迷惑が掛かります」

 

「やだー!私も行くの!」

 

メルアの静止を振り切ろうとジタバタするセイウェルを、

私は微笑ましく思えたが、言い聞かせるように抱きしめた。

 

「ごめんねセイウェル。今回は連れて行けないわ。

 今から行く場所は、とっても大事なお話をするところなの。

 だから、セイウェルにとってはつまらないと思うわ。ずっとお話を聞いてられる?」

 

私の言葉に、セイウェルは首を横に振るう。

やんちゃ盛りのセイウェルからすれば、ずっと黙っているのは大変だろう。

それに、この子を今から行く場所に連れて行きたくはない。

何か嫌な予感がするからだ。こういう時の私の感性は、多少なりと信用できる。

 

「だったら、今日はおとなしく待ってて。

 そうだ、お土産を買ってくるから、帰ったら一緒に食べましょう」

 

「お土産!?」

 

セイウェルの目がキラキラと輝きだす。

 

「ええ、そうよ。お土産よ。

 お話が終わったら、人間界のお土産を買ってくるわ。

 だから、おとなしく待っててくれるかしら?」

 

セイウェルは首ブンブンと縦に振る。

チラリとメルアの方を見るが、

彼女からの視線は「今回ばかりは良いでしょう」というお許しだった。

私は内心、ガッツポーズをする。

 

「じゃあ行ってくるわ。お土産、期待していなさい」

 

「早いお帰りをお願いします。お気をつけて」

 

「いってらっしゃーい!」

 

私は、お辞儀をするメルアと手を振るセイウェルを見ながら、転移するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転移した私の目に入ったのは、白い壁で作られた建物、駒王学園である。

先に情報を集めておいたが、なんでも以前は有名なお嬢様学校であったらしい。

だが近年、生徒数の減少に伴い、共学制へと方針を変えた。

結果、今では男女の為の学び舎となったようだ。

ちなみに、関係者は私たちと同じ悪魔によって運営されている。

まあ、そもそも駒王町自体が、悪魔の領土なのだから当然であろう。

その管理者の名がリアス・グレモリー、サーゼクス・ルシファーの妹君だ。

そして駒王学園の生徒会長が、ソーナ・シトリー、セラフォルー・レヴィアタンの妹である。

 

ようは、この町には魔王の親族が2名もいるというわけだ。

ゆえに、コカビエルはここを襲ったは訳だ。

シスコンを拗らせた二人にとって、妹を亡き者にしようものなら、なりふり構わなかっただろう。

この町の住人は、正直、その巻き添えをくらったと言える。

何はともあれ、無事でよかったと、私は自分の働きを嬉しく思った。

私の目に見える人間の活気は、前の私を元気づけてくれるのだから。

 

「さて、会談まで時間はあるのだから、とりあえずは見学させて貰おう」

 

私はローブを頭にすっぽりと被ると、学園へと足を踏み入れ

 

 

 

 

 

 

る前に呼び止められた。

何やら生徒会の役員であろう学生が、私を不審者の如く見ている。

おかしい、なぜ私は呼び止められたのだ。

私はちゃん門をくぐろうとしたというのに、なぜ私は入れないのだ。

なに?どうしてローブを被っているって?顔を見られたくないからだ。

 

え、駄目だと?なぜだ?これはプライバシーの侵害ではないのか?

顔を見せない怪しい人物を通す訳にはいかない?

何を言っている、私はちゃんと招かれたのだぞ。

誰にだと?サーゼクス・ルシファーだが、駄目なのか?

 

私の言葉に、目の前の学生は顔を真っ青にし、おたおたとしだす。

挙句、どうしたらいいかと頭を抱えだす始末だ。

私はその子に、取りあえず、生徒会長に伺ったらどうだ?と助言をする。

私の言葉に、顔を明るくすると、その子は一目散に駆け出した。

どうやら、直接伺いを立てるようだ。

 

うむ、良いことをしたら心が晴れ渡るなぁ!

そう思うと、私はそのまま爽やかな気分で、学園内へと足を踏み入れるのであった。

それにしても、あの子は悪魔だったな。

ということは、グレモリーかシトリーのどちらかの眷属と言うことか。

何はともあれ、人間を辞めて悪魔になった事実は変わらない。

時間は決して蒔き戻らない。彼女はこれから、悪魔として生きていくのだろう。

走って行ったその子の背中を見つめ、私は思った。

 

 

 

『その選択は、本当に正しいかったのかな?』と

 

 

 

 

 

 

「ふむ、私が学生だった時を思い返すと、ここまでではなかったな」

 

私は各教室の展示品を眺めたり、生徒が作る出店の食べ物を食べたりと、

とりあえずは満喫していた。

時には展示品についてのことを聞いてみたり、出店の味について助言をしたりと、

私としても良いことをしたと思っている。

いやはや、人間界はやはり楽しいものだなぁ。

 

それにしてもおかしいな。

何故か、道行く人々が私を不思議そうに見てくるのだが、理由が解らん。

おかしい、私が悪魔であることは、このローブによって判らないはずだ。

私の纏うローブに施した術式はちゃんと機能している。

つまり、私はただの人間として認識されているはず。

だというのに、なぜか周りは私をちらりと見ている。

ま、まさか!?この町の住人は悪魔を認識できる力を持っているのか・・・!?

 

 

という冗談はやめておこう。

仮にそうであったなら、この町は阿鼻叫喚になっていただろうからな。

しかし、解らん。なぜこうまでして視線が集まるというのだ。

 

「ふむ、術式の機能を弱めすぎたか?

 しかし、これ以上弱めてしまうと、私が悪魔だと気付かれてしまう。

 かと言って、強めると私自身が認識されなくなってしまうしなぁ・・・」

 

そんなことを考えていると、不意に声がした。

 

 

「おい、そこの不審者!」

 

その言葉に、私は周りを見渡す。

しかし、周りには怪しい奴はいない。

 

「ほう、不審者か」

 

私は手を顎に当てる。何やら不審者が紛れ込んだようだ。

ふむ、それは大変だ。

 

人間が各々の生を楽しんでいる中、それを乱す者がいるとはな。

些か面倒ではあるが、その不審者を捕まえておくか。

この楽しい雰囲気の中、それを壊す不届き者を捕まえなければ、誰かが怪我をするかもしれん。

人間が怪我をするのは、私としては嫌だからな。

そう思った私は、周りを見回しながら、足を速めた。

 

「あ、おい逃げんな!」

 

その言葉に、私は少し焦る。

なに、逃げているだと?いかんな、気付かれてしまったか。

このままでは大事になってしまう可能性が出てきたぞ。

そうなってしまっては意味がない。早く捕まえなければ。

そう思った私は、歩きながら魔法を呟く。

すると、窓も締め切っている中、不意に風が起る。

私が唱えたのは、風の加護を受ける魔法だ。

これによって、私が走るよりも早く動けるようになる。

そして、認識阻害の機能を最強に設定、これで私は目に見えてはいるも認識されない。

 

そして私は風を纏うと、人の隙間を縫うように移動を開始。

人間からすれば、急に風が吹いたような感覚だろう。

 

「くそ!急に動きが早くなりやがった!って消えた!?どこに行ったんだよ!」

 

何やら戸惑っている少年がいた。

その腕に縫われた腕章を見ると、先ほど校門であった少女と同じらしい。

 

案ずるな少年。直ぐに私が、その不審者を捕まえてみせよう。

私は少年を一瞥し、安心させるように頷いたのだった。

 

 

 

 

「ったく、何なんだよあいつは!」

 

匙は息を切らせながら悪態をつく。

先ほど、同じ生徒会役員の由良が、生徒会室へと駆け込んで来たのだ。

なんでも、ローブを被った不審者が来たらしい。

あまりにも不審過ぎたので止めていたようなのだが、

その不審者が言うには、魔王様に招かれたという。

そして自分が困っていると、その不審者は上に意見を聞いたらどう?と言ってきたようで、

取りあえずは、会長の意見を聞きに来たということだ。

 

だが間が悪いことに、会長は出かけていた。

というもの、今日は授業参観と言うことで、

会長のお姉さまである、魔王レヴィアタン様が当然やって来たのだ。

まあ、問題はレヴィアタン様が、魔法少女のコスプレをしてきたということで、

それを見た会長が、羞恥心で顔を真っ赤にしつつ、泣きながら走って行ってしまった。

そのせいで、会長はここ(生徒会室)にはいない。

 

とりあえずは自分が会長の代わりとして校門に行ったわけだが、

そこにはローブの不審者はいなかった。

不審者を招いたことで、会長の大目玉などを思い出し、

顔を真っ青にした匙は、必死にその不審者を探して駆けずった。

すると、展示室から出てきたのか、そいつがいたのだ。

それはどう見ても不審者だった。

頭から足元まですっぽりとローブに包まれていた。

明らかに不審者だった。

だというのに、誰もがチラリとそいつを見るだけで何も言わない。

まるで、おかしいとは思いつつも、それを当たり前に感じているようだった。

 

だが、悪魔に転生した匙は違った。

人間よりも耐性が着いたのか、それが違和感だと思えたのだ。

と言うわけで、匙は捕まえようとしたのだが、生憎逃げられてしまったというわけだ。

 

「ったく、このままじゃ会長にお仕置きされるぅぅ!」

 

コカビエルの件で、半ば無理やり兵藤に巻き込まれ、

それがばれてしまった時の会長を思い出し、匙は身体に悪寒が走るのを感じた。

あの時のお仕置きは、今でも恐怖だ。

 

「くそー!」

 

時間制限は会長が戻ってくるまでの間だ。

それまでにその不審者を捕まえなければならない。

匙は、半ばやけっぱちになりながらも、全力で走るのだった。

 

 

 

「ふむ、おかしいな。ここには不審者なんていないのだが」

 

私は校舎の屋上から、人々を見下していた。

真下には、多くの人間たちが歩いている。

そのどれを視ても、不審者という者では無かった。

 

「どうやら逃がしてしまったようだ。

 まあしかし、誰も怪我を負わなかったことを、素直に喜ぶとしよう」

 

私は安堵の溜息を吐く。

いやはや、人間に危害が無くて良かった。

さて、安心したことで、私は認識阻害の術式を解除。

これで、私は誰からも認識されるものとなった。

 

「ふふ、やはり人間は素晴らしいわね」

 

私は人間たちを見下しながら、その眩い姿を微笑ましく思う。

永い間、その姿を見つめてきたけれど、やっぱり面白い。

これは私の本音であり、賞賛だ。

 

「それで、私の楽しい時間に水を差すつもりなのかしら」

 

私は振り向きもせず、私の後ろに現れた存在に声をかける。

 

「ったく、急に現れたから何事かと思って来てみたら、

 会いたくない奴に会っちまったじゃねぇか。

 てか、なんでお前がここにいるんだよ」

 

「なぜって、それを私に訊くの?あなたが?

 だってあなたが私を呼んだのよ?」

 

「ってことは、コカビエルをあんな風にしたのはお前か。

 あいつの惨状をみると、あんなことをするのはお前くらいだろうなと思ったけどよ」

 

ぼりぼりと何かを掻く音が聞こえる。

 

「だったら部下の手綱くらい、しっかりと結んでおきなさいよ。

 下手をしたら、私じゃなくて、シスコンのどちらかが対処してたのよ?

 もしかしたら戦争が再開して、皆死んでたかもね」

 

「わぁってるよ。コカビエルの件は俺の管理不足だった。 

 だから、俺がごちゃごちゃ言うつもりはねぇよ」

 

半ば自棄っぱちな言葉に、私は口元を歪めた。

 

「あら、だったら私、もう帰ってもいいわね。

 私が呼ばれたのは、コカビエルの件だけだから」

 

「おう、帰れ帰れ。お前がいるとこっちは冷や汗が出るんだよ。

 今だって、お前に厄介なことを喋っているか心配なんでな」

 

「秘密を暴くのは私の家の根幹。文句を言うのはお門違いよ。

 まぁ、安心しなさい。『まだ』何も言ってないわ」

 

「そうかよ」

 

私の言葉に、相手は警戒心を緩めない。

あらあら、本当のことなのに。

 

「まあいいさ。ところで、お前に言いたいことがある」

 

「何かしら?」

 

「会談は今日じゃないぜ」

 

「えっ」

 

呆けた顔で振り向いた私は、何かが飛び去った音と、舞い散る黒い羽根を見た。

 

「ま、いいかしら」

 

私は舞い散っている黒い羽根を掴むと、苦笑いをするのであった。

 

取りあえず、ややこしい言い方をしたサーゼクスと、ちょっとOHANASHIしないとね。

 



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10話

「それで、お話は終わったのですか?」

 

メイド長の言葉に、私は溜息を吐く。

椅子に背を預けながら、彼女の淹れてくれた紅茶を口に運ぶ。

うん、美味しいわ。それに落ち着く。

 

「ええ、問題なくね。

 サーゼクスを探して、アザゼルと既に会話を終えたことを伝えたわ。

 これで私が会談に出る意味もなくなった・・・はずだったんだけどねぇ」

 

私の言葉に、メイド長は訝しげな表情をする。

 

「何かあったのですか?」

 

「ええ、ちょっとした問題が見えたのよ。

 まぁ、私からは何もする気はないから、あちらの出方次第だがね」

 

ますます意味が解らない、と言った顔をするメイド長。

私は、出かけて行った後のことを話すことにした。

 

 

授業参観と言う名目で、私は学校を訪れた。

そして人々の中に紛れ、学校中を見て回った。

 

学校の構造、材質、強弱、脆さ、建築様式、その他の情報を知る為に。

どの場所に何があるか、職員室、各教室、視聴覚室、保健室、

地図を見れば簡単だが、私はこう見えて地図の認識が苦手の様だ。

ようは、道に迷いやすい。

ゆえに、実際にその場所を歩かなければ実感しないのだ。

どういった場所で、雰囲気で、どのように行けばいいか、

どういった環境下を知らなければ、私はその地域を知ることが出来ない。

 

途中、不審者が出たということで、不届きものを捕まえに走り回ったが、

結局は逃げられてしまった。悔しい。

まぁ、運よく堕天使総督と出会い、概ねの目的を果たした。

そして、サーゼクスにこのことを伝えようとして、町を歩き回ったところから始まる。

 

 

「あまり変わっていないな」

 

てくてくと徒歩で移動しながら、私は駒王町を観察する。

町の雰囲気、人々の活気、車や人々、鳥や動物が織りなす音の数々。

それを感じながら、私は歩いていく。

 

あの時との違いを見つけようと、私は歩いていく。

人々の合間を縫いながら、道路のアスファルトを焦がすほどの日の光を受けながら、

私はあの場所へとたどり着く。

 

「ああ、ここね」

 

ビルとビルの隙間にあった小路。

生ごみの詰まった、プラスチック製のゴミバケツ。

騒々しいファストフード店の音に、ファストフード独特の臭気。

ああ、やっぱりここだ。

あの子と・・・違うわね、存在価値を奪われた『存在』と出会ったのは。

 

今でも思い出せる。

あの子がここにいたことを。黒い塊だったあの子がいたことを。

どうしてあの子を助けようと、拾おうと思ったのか、あの時の私の気持ちは判らない。

興味があったのか、同情か、憐れみか、好奇心か、今となっては忘れた。

でも、そのおかげで私はあの子と家族になれた。それでいい。

 

「ありがとう、この世界に現れた同類さん。君のおかげで家族が出来たわ」

 

私はそう呟くと、小路を後にし、サーゼクスを探そうとまた歩き始めた。

 

 

 

 

 

「それにしても、悪魔の直轄地と言うわけだが、これは及第点以下だな」

 

サーゼクスを探しながら、私はこの駒王町を歩いているのだが、

やはり気になって仕方がない。

この町には結界といった物が無く、その上侵入者を知らせるようなものが見当たらない。

はっきり言って、領地と言うにはあまりにもお粗末な防衛状況だ。

これでは、様々な存在に入り放題じゃないか。

案外、堕天使総督の存在も気付いていないんじゃないか?

それこそ、私と言う存在も気付いていないようだしな。

 

せめて、邪なものを弾く結界くらいは張っておくべきだろうに。

 

「本当に、コカビエルが目を付けたのは間違いなかったわね」

 

私はコカビエルの評価を一つ上げ、サーゼクスの妹君である、

リアス・グレモリーの評価を一つ下げざるを得なかった。

民を守る為には使える手段は必ず用意しておく、これは領主の義務だと思うのだが。

まぁ、愚痴っても仕方がないか。

 

「っと、ここにいるのか」

 

私は目の前の一軒で足を止めた。

目の前にあるのは、ごく普通の家。何の変哲もない家だ。

表札には『兵藤』という名が彫られている。

 

だが、その中から感じるのは、恐ろしいまでの魔の気配。

凶悪な魔の気配が3つ、とそれよりは弱い気配が7つ。そして人の気配が2つ。

ただし、7つの気配の中には、堕天使や妖怪、龍といった気配が混ざっている。

間違いない、ここだな。

 

「とりあえずは、彼に報告をすればすぐに帰るとしようか」

 

そう言って、私は家へと足を進める。

その時の私は、軽い気持ちで戸を叩いたのだった。

 

 

 

 

 

 

「それでどうなったのですか?」

 

メイド長の言葉に、私は溜息を零す。

 

「どうもこうもない。サーゼクスに出会ったのは良いが、そこから一悶着さ。

 いや、サーゼクスとは話をつけたよ。アザゼルに話したから、会談には出ないとね。

 彼は残念そうだったが、納得はしてくれたよ」

 

「では何が?」

 

「彼の妹君であるリアス・グレモリーと、その眷属たちが私に不信感を持っていたんだよ。

 私自身としては、何もしていない。むしろ駒王町の危機を助けたわけなんだけど」

 

「何か余計な事でも仰ったのでは?」

 

細い目で私を見るメイド長。

それは些か見当違いも甚だしいと思うのだが。

 

「そんなことはないわよ。単に、領主の義務を果たしなさい、と言っただけ。

 それだけよ?」

 

私の言葉に、合点がいきました、という表情のメイド長。何を納得したの。

 

「それで、どうしたのですか?」

 

何かもやもやする私を無視して、話の先を促すメイド長に、私は更にもやもやする。

 

「単に、私と言う存在はなんなのか?とか、サーゼクスとはどういう関係なのか?とか、

 色々と訊いてきたわ。

 もちろん、答えるつもりもなかったから黙っていたんだけどね」

 

私は先のことを思い出して頭を押さえる。

 

「そしたら、赤龍帝が怒らせたみたいでね

 お前は一体何なんだ!?どうしてお前のような存在がいるんだ!と、急に叫んだわけ。

 それこそ、私を殴りかかる気満々だったわ」

 

「そうですか」

 

私の言葉に、メルアの目が細くなり、室内の温度が一気に冷えた・・・気がする。

 

「メルア」

 

「!・・・申し訳、ございません」

 

私は紅茶を皿に戻すと、椅子に座ったまま、大きく伸びをする。

 

「貴女の忠誠心はよく解っているわ。でも、勝手な行動は駄目よ。

 それがたとえ、私を思っての行動でもね」

 

「心得ております」

 

頭をあげるメルアに、私はニコリと微笑む。

 

「赤龍帝は主であるリアス・グレモリーにお叱りを受けていたし、何も問題はなかったわ。

 そう、『今のところは』ね。

 

「?」

 

私は赤龍帝のことを思い出す。

ライザー戦での時は、ガラス越しにしか視ていなかったが、今回は直接相対した。

ゆえに、私は彼を視ることが出来た。

そして私は結論付けた。

 

ああ、こいつが・・・。

 

私は先ほどの言葉を訂正する。お前に感謝する気はなくなった、と。

 

 

 

 

 

メイド長に語り終えた後、私はふと、セイウェルのことを思い出した。

帰ってきてから会っていないのだけど。

 

「そういえば、セイウェルはどこかしら?」

 

「オーちゃん様と、オーちゃん様のお友達と一緒にお外で遊んでおられます」

 

「ああ、あの子たちね・・・」

 

メイド長の言葉に、私は額を押さえる。

セイウェルとオーちゃんが連れてきたお友達との初遭遇。

私はその面子に頭が痛くなった。

何故ならば、

 

「よりにもよって、どうして知り合いがいるんだ・・・!」

 

そう、彼女たちのお友達の中に、知り合いがいたのだ。

それも、私の黒歴史を知っている存在が。

どうしよう、私の黒歴史をセイウェルに知られるわけにはいかない。

取りあえずは、あいつと話し合って黙ってもらおう事にしよう。

それが無理なら、情報操作も止む負えない。

 

私があれこれと考えている中、玄関の扉が開く音がした。

どうやら帰って来たらしい。

 

「ただいまー!」

 

「我、帰ってきた」

 

出迎えれば、そこには砂やらなんやらに塗れた二人。

おい、何をしてきた。

 

「ヴァーくんと一緒に遊んだんだよ。追いかけっこをしたり、かくれんぼしたり」

 

「我、頑張った」

 

朗らかに話す二人に、私は安堵の溜息を吐く。

そして、また誰かが家に入る音がした。

 

『どういうことだ、なぜこいつにも?』

 

「解らん。それこそ、目の前の彼女に聞いたらどうだ?」 

 

セイウェルとオーちゃんの後に続いて入ってきた、白髪頭の子供。

確か、ヴァーくんと言ったか。

私は彼に詰め寄た。

 

「話がある。今から私の部屋に来てもらいたい。拒否権は認めない」

 

「ああ、丁度いい。俺もお前に話がある」

 

私は、ヴァーくんを連れて、自室に移動する。

そしてヴァーくんが入った瞬間、私は自室を結界で覆い、部屋を隔離した。

これで外からの侵入も、声の漏洩も、色々なことが一切不可能となった。

解除するのは、私自身。

 

 

『答えてもらうぞダンタリオン。あらゆる情報を扱うお前なら解るはずだ。

 あの子供、一体何者なんだ』

 

ヴァーくんとは違う、別の声。

 

「久しぶりね、二天竜の一角。あの時以来かしら?

 まさか、こうして再び出会うなんてねぇ。本当に、神はこの世にいないと実感するわ」

 

『話を逸らすな。お前は知っていた筈だ。なぜ奴の気配がする』

 

「せっかちは嫌われるわよ?」

 

「御託は良い、さっさと結論を言え」

 

ヴァーくんの視線が鋭くなる。

やれやれ、あなたもせっかちねぇ。

 

「良いわ、答えてあげる。彼女は・・・・・・」

 

私の言葉に、ヴァーくんしばらくの間黙っていたが、急に笑いだす。

 

『どうした』

 

急に笑い出したヴァーくんに、別の声が声をかける。

 

「いや、運命の巡り合わせとは面白いものだな、とな」

 

そしてヴァーくんは私を見て、言った。

 

「気が変わった。こっちの方が面白い」

 

「?」

 

「ダンタリオン、と言ったか?

 どいうやらこいつと知り合いの様だし、コカビエル戦での実力と、

 援軍としてやって来たことからして、魔王と知り合いだろう?

 なら、面白い話がある」

 

その言葉に、私は嫌な予感を感じるのであった。 



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11話

「君がそこまで言うのなら本当かもしれないね。

 解ったよ、こちらもそのように手を打っておくよ」

 

「お願いするわ。内容が内容なだけ、下手をすると大問題になる可能性があるもの」

 

私の言葉に、彼は素直に受け取ってくれた。

いやはや、私が言うのもなんだが随分な無茶を言ったと思うのだが。

 

「急な話だし、半信半疑なものだけど、君は私たちには嘘をつかなかったからね。

 それに、君と僕は長い付き合いの友人でもある、それだけでも君を信用できるよ」

 

「おやおや、嬉しいことを言ってくれる」

 

彼の言葉に、私は顔を和らげる。私にとって、その言葉は何よりも嬉しい。

 

「それにしてもその情報、どこから知ったんだい?

 私としては、その情報源にとても興味深いんだけどね」

 

「それについてはノーコメントよ。

 だって私の個人情報を明かさないといけなくなるもの。

 人間界では、個人情報の保護は絶対で、プライバシーの侵害は重罪でしょ?」

 

「ダンタリオンの当主である君からそんな言葉が出るなんてね。

 分かった、個人的な関心はあるけど深入りはしないでおこう。

 君を怒らせると後が怖いからね」

 

「理解してくれて助かる。それじゃあ失礼するわ。

 あと、いい加減後ろの奥さんのことをどうにかしてちょうだい。

 私の胃壁が削りつくされる前に」

 

「善処するよ」

 

私は彼の言葉に頭を抱える。

いや、絶対に解ってないわよね?お願いだから何とかしてちょうだいよ!

本当に、早急に何とかしなさいよ?

 

「あ、そうだ。君に言い忘れていたことを思い出したよ」

 

「何かしら?」

 

「君が提案してくれた、悪魔の駒の制度についてだよ。

 他の魔王たちと話し合ったんだが、残念だけど、流石に急には難しいという結論になったんだ」

 

「そう」

 

ああ、やっぱりね

 

「ただ、今回の会談に先駆けて、大まかな規則については了承をしてくれた。

 眷属の扱いと主の罰則規定など、そのあたりは問題ないってね」

 

「あら、良いのかしら?私が提案したのもなんだけど、上層部のお貴族様方は認めないわよ?」

 

多くのはぐれ悪魔を出しておきながら、自分たちには非が無いと豪語するお貴族様方。

私がその場にいるだけで戦々恐々とする、清廉潔白のお貴族様たち。

私からすれば滑稽でしかない。なら、わざわざ私を呼ぶ必要なんて無いのに。

レーティング・ゲームが立場を作る悪魔社会において、

私の提案は、万が一、億が一、それこそ京が一にも認めようとはしないだろう。

 

かつて、私が悪魔の駒について言及した時の荒れっぷりは、今でも面白い記憶だ。

あろうことか、秘密裏に私を亡き者にしようとした奴もいたっけ。

まぁ、私が今ここにいることが、その愚者がどうなったかの証明になるかしら?

ええ、もちろん『見せしめ』にしておいたわ。真っ白な存在って、ああなるのねぇ。

 

「確かに簡単なことじゃないだろうね。

 でも、これから共に手を取り合っていくためにも、悪魔たちも今のままでは駄目だと思う。

 そのためにも、私はやっていくつもりだよ」

 

「大した魔王様だこと」

 

「君なら解ってくれるだろう?」

 

「解っているわ」

 

その場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「お前、どこでその情報を知った?」

 

「それを言う義理は私にはないわよ?まぁ、半信半疑な情報源からってとこね」

 

私の言葉に、男は溜息を吐く。

 

「たく、本当にお前は厄介だな。ああそうだ。

 お前の言う通り、彼奴らはやってくるだろう。今回の会談は、まさに絶好の機会だからな。

 一応、そのための手は打ってある。だが、それでも不安は拭い切れないがな」

 

「あらあら、切れ者の貴方が不安になるなんて・・・」

 

彼の姿に、私はクククと笑い声をあげる。

私の姿に、男は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

 

「お前のような奴がいるかもしれないからな。

 まぁ、お前があちら側じゃないと知れて、俺は一安心したがな。

 しかし、改めてお前等と戦争してた時のことを思い出すぜ。

 お前、散々こっちの作戦情報を盗み取りやがって・・・」

 

「悪いとは思わないわよ?なにせ戦争なんだから。

 それに私はダンタリオン。情報搾取は私の家では十八番よ?

 まあでも、停戦後からは自重してるわ。

 やり過ぎた結果が、冥界の辺境に飛ばされて、そこの領主なのだから」

 

「ざまぁみろ。ま、その方がお前にとって良かったんじゃねぇの?」

 

「あら、心配してくれてありがとう、と言えば良いのかしら?

 素直に感謝しても良いのかしら?たしか、貴方は相当の女誑しだし」

 

「言ってろ」

 

グヌヌヌと声を上げる彼と、オホホホと笑う私。

 

「ったく、やっぱ俺はお前が嫌いだ」

 

「あら、私は貴方のこと、結構好きなんだがね?」

 

男は、私の言葉に「フン」と顔を背けた。

 

「まぁ、私からは以上だ。取りあえずは気をつけてくれ、とだけ言っておくよ。

 私だって、敵とはいえ知り合いが傷つくのは嫌だからね」

 

「言ってろバーカ」

 

その言葉に、私はクスリと笑う。

 

「あ、そうだ。貴方から天使長に連絡をお願いできるかしら?

 私が直接行ってもいいのだけど、私、悪魔でしょ?」

 

私は自分に指をさす。

 

コカビエルの聖剣強奪によって、天界はかなり警戒心を抱いている。

それこそ、堕天使だけではなく、悪魔側にも注意を向けていると言っても良い。

そんな三陣営共に警戒をしている状況下で、無断の天界への侵入、

ましてやそれが悪魔ならば、天界の不信感は最大値となるだろう。

結果、戦争再開なんてことになったら目も当てられない。

そのうえ、私は天界からも相当に厄介者扱いされている。

 

男は私の意図を理解してか、頭を掻きながらぼやく。

 

「あー分かった分かった。何とか俺から連絡しておく。これでいいだろ?」

 

「ええ、ありがとう。助かったわ。そうだ、良いことを教えてあげるわ」

 

「突然なんだよ?」

 

「ミカエルがばら撒いた貴方の黒歴史だけど、私が全部纏めて保管してるわ。

 ブレイザー・シャイニング・オア・ダークネス・サムライソードなんて、貴方らしいわね」

 

「は?」

 

私の言葉に、男は呆けた顔をする。

「ごちそうさま」私はそう言って、自分の屋敷へと帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、お嬢様」

 

「ありがとう、メルア。貴女の淹れてくれる紅茶が、私の生きる糧よ」

 

「そ、そんな恐れ多いことを・・・」

 

あたふたするメルアの姿に、私は少し苦笑いをする。

椅子に身体を深く沈めながら、私は会談について想いに耽る。

 

「一応、私がやれるだろうことはやっておいた。後はどう転ぶか待つしかないわね」

 

「上手くいくのでしょうか?」

 

「上手くいかなきゃやってられないわ。まぁ、問題はあるけれど、問題はないと思うしね」

 

首を傾げるメルアに、私は語る。

 

「結局の所、この会談は三勢力の意思表示よ。もう互いに戦争はしない、っていうね。

 三勢力とも、互いに戦争の傷跡は深く、戦争を再開する余力も乏しい。

 互いに睨み合いの三つ巴を維持するも、それだって続けていくのも苦しい状況。

 だったら、互いに一つとなった方が得と言うもの。感情を抜きにすればね」

 

私は目を細める。

 

「でもそんな簡単なことじゃないわ。言ったでしょ?戦争の傷跡は深いって。

 それこそ今回の和平に関して、感情的に納得できない者は必ずいるわ。 

 悪魔・天使・堕天使・それぞれの中にね。

 それこそ、コカビエルの聖剣簒奪なんて、まさにそれよ。

 コカビエルだけじゃない、どの陣営にも戦争を望んでいる者はいるでしょうね」

 

私は身体を伸ばす。

 

「それをどうするのかが、それぞれのトップたちの手腕と言う訳。

 流石のサーゼクスたちも、仕方がないからと、即座に相手を皆殺しにするわけではないでしょ。

 私たちに従わないなら殺す、そんなのどこの暴君国家よ。

 武力はあくまで最終手段であって、手軽に使っていいものじゃないわ。

 甘い理想論だけど、互いに話し合っていければそれでいいわ。

 まあなんにせよ、平和になるなら私は大賛成よ。

 それにね」 

 

『何であれ、己が目的の為に関係のない犠牲を出さなければそれでいいのよ。私にとっては』

 

「お嬢様・・・」

 

私はメルアの方へと顔を向ける。

彼女は大切な家族であり、私から見ても十分に働き者だ。

その働きぶりは、私も舌を巻く程と言っても良い。

彼女を家族として迎え入れて、もう何年経ったのだろうか?

あの場所で彼女を拾ったのは、偶然だったのだろうか?

 

『私は・・・どうしたらいいのでしょうか?』

 

『それはあなたが決めなさい』

 

ああ、懐かしわね。あの時からすれば、随分と変わったものだ。

 

それにしても、メルアはセイウェルのお姉さんのようになってきているな。

セイウェルの方も、メルアをまるで姉のように慕っている。

今では、私よりもメルアと一緒にいるんじゃないかと思うくらいだ。

傍から見ても、まるで歳の離れた姉妹のよう。

セイウェルもだいぶ、この屋敷に馴染んで来たといえる。

うむ、私は嬉しいぞ。嬉しいという反面、凄く・・・悔しい。

 

いつまでも私にベッタリとするのも問題だとは思っていたのだが、

なんというか、こうも直ぐに私離れをされるのも・・・寂しい。

まぁ、入れ込めば入れ込むほど、別れが一層哀しくもあるのだがね。

なにせ、私と彼女たちの時間は、絶対的に合わないのだから。

 

そんなことを思いながら、私は紅茶を口に運ぶ。

ああ、おいしい。

 

「ところでお嬢様、少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」

 

「うん?何かしら?」

 

「昨今における、問題についてなのですが・・・」

 

「え、もしかしてまたお金の問題?」

 

ただ、私のお財布を握るのは止めてほしいのだがね。

 

私が外へ買い物に行く際は、必ずと言っていいほど付いてくる。

同じようにセイウェルも付いてくる。

結果として、家族みんなで買い物をすることになっている。

いや、私だって馬鹿ではないぞ?ちゃんと買い物リスト位は作っているのだからな。

そう何度も言っているが、一向に聞き入れてくれない。

おかしい、ちゃんと欲しい物リストにあった物を買っているというのに。

前にこっそりと人間界で買った書物が問題だっただろうか?

『絶唱乙女フォニックゲイザー』や『カードクリエイターブロッサム』が駄目とは。

私もだが、セイウェルも楽しく読んでいるというのに。

 

 

私の言葉に、メイド長は首を横に振る。

ああよかった、と内心で胸を撫で下ろす私。

 

「いいえ、そうではありません。セイウェル様のお友達についてです」

 

「あら、気になるの?」

 

「はい。えっと・・・その・・・オーちゃん様と、ヴァーくん様についてですが・・・」

 

「メルア」

 

私は首を横に振る。そしえメルアは首を縦に振る。

 

「解りました。そういうことでしたら、そのようにしておきます」

 

「ええ、あの子たちはセイウェルの友達、ただそれだけよ」

 

私の言葉にメイド長は「承りました」と部屋を出ていく。

 

そして、玄関の方から声が響く。

 

「そんなに泥だらけの状態で、お嬢様の家に上がらせるわけにはいきません。

 ですので、セイウェル様にオーちゃん様、一度足の泥を落としてきてください。

 その間に湯を沸かしますので、その後は全身を綺麗にしてくださいませ。

 もしも、もしも汚れがありましたら、掃除をさせますので」

 

「えー!?」

 

「我、メイド長の言葉を横暴と推察する」

 

「えー!?ではありません。私はメイド長、この屋敷をお嬢様から任されています。

 ですので、この家に関しましては私がルールです」

 

私は飲んでいた紅茶を噴いた。え?・・・・え?え・・・・・・?

どたどたと音を立てて、何かが廊下を走って行く。

 

「そしてヴァーくん様とそのご友人方にもお話があります。特にビィ様とくー様です」

 

「え、俺ッチ?」「にゃん?」

 

「ええ、まずはビィ君様。言葉遣いが下品で聞くに堪えません。

 下品な顔に下品な言葉遣い、そしてまるで猿のような振る舞い。もはや我慢の限界です」

 

何かが叫び声を上げて走って行く音が聞こえた。

 

「そしてくーちゃん様。その出で立ちはなんですか?破廉恥です。

 セイウェル様とオーちゃん様の目の毒です。その恰好を真似をしたらどうするのですか」

 

「えー?べっつにいいニャンかー?」

 

「いいえ、駄目です。私が許せません。

 ですので、その出で立ちを矯正します。ええ、もう少し淑女になってもらいます」

 

「な、何をする気にゃ!?私に酷いことをする気にゃのね!?」

 

そいて先ほどと同じように、「助けてニャー!」という声が響く。

 

「アーサー、黒歌が言ったウスイホンとは何だ?」

 

「さあ?何でしょうか?」

 

流石に看過できなくなったので、私は部屋を出る。

するとそこにいたのは、部屋の隅で三角座りをしくしくと泣いているしているビィ君と、

同じく三角座りをした、死んだ魚の目でメイド服を着ているクーちゃん。

ダイニングでクッキーを仲良く食べているセイウェルとオーちゃん。

「おいアルビオン、ウスイホンとはなんだ?」

『うーむ、俺にも解らん』と話をしてるヴァーくんとアルビオン。

「おや、この紅茶は美味しいですね」

「ありがとうございます」と話しているメイド長とアー君。

 

「な、なによこれ・・・?」

 

「お嬢様のお許しも出ましたので、私なりに頑張りました」

 

笑顔で答えるメルアに、私は膝から崩れ落ちた。

 

「変わり過ぎよぉ・・・」

 

私のつぶやきは喧騒に消えるのであった。



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12話

「こ、これは一体どういうことなの!?」

 

私は、目の前の状況に頭が追いつかなかった。

私だけじゃない、協力関係にある魔術師たちも戸惑っている。

当初の予定として、こちらに引き込んだ白龍皇の協力で奇襲作戦を行い、

和平会談に現れた各勢力のトップ共を一網打尽にするはずだった。

 

憎っき現魔王の一人、サーゼクス・ルシファーの妹、

リアス・グレモリーの眷属の持つ時間停止の力を用いて、何も出来ないまま殺すはずだった。

当初は予定通りに時間停止が発動し、私たちがそれに合わせて奇襲。

これで動けない奴らを一方的に倒せるはず・・・だった。

なのにこの状況はなんなの!?私たちが奇襲をかけた瞬間、時間停止が解除されたのだ。

まるで私たちが来ることを知っていたかのように、待っていたかのように。

 

「まさか白龍皇が裏切ったというの!?」

 

そんなバカな!現白龍皇は、自他ともに認める戦闘狂。

闘いの場を用意するという言葉で、簡単に仲間になるほどの戦い好き。

ならば、戦う機会を捨ててまで裏切る理由が無い。

 

なら、この状況はなんだ?どうして私たちが圧されている?

こんな状況になるなど、あちらに情報が漏れているという他に理由が無い。

ならばあの堕天使総督のせいか?だが堕天使勢力だけじゃない。

現悪魔も天使たちも、私たちの奇襲を知っていたように布陣だった。

 

「なぜ、なぜ、なぜ?どうして私たちが圧されている!?

 どうして?どうして!?どうしてぇぇぇぇえぇ!?」

 

「カテレアちゃん・・・」

 

混乱する私に声がかけられた。

声の方を見れば、私から先代の名を奪った憎き魔王、セラフォルー・レヴィアタンだった。

セラフォルーは、装飾の施された衣装を纏っていた。

衣装を飾る装飾には、豹とグリフォンの翼が描かれている。

 

「セラフォルーゥゥゥゥゥ!私から先代の名を奪った偽物の魔王!

 貴様さえ、貴様さえいなければ、私が『レヴィアタン』の名を受け継いだというのに!」

 

「カテレアちゃん、私は・・・!」

 

憎悪を込めて叫ぶ私を、セラフォルーは悲痛な顔で見返す。

おのれ!私をどこまでも、どこまでも私を憐れむか!虚仮にするか!

 

「そんなに私から名を奪ったことが嬉しいか!私の全てを奪ったお前を、私は絶対に許さない!

 この場でお前を殺し、『レヴィアタン』の名をもう一度取り戻す!」

 

私は懐から小さな瓶を取り出す。

その中には、奇襲前に借り受けた、無限龍の力が宿っている。

そして私は躊躇なくそれを取り込む。

その瞬間、私の身体に魔力が、力が満たされるのを感じた。

 

「カテレアちゃん!一体何をしたの!?」

 

驚くセラフォルーの顔を見て、私は少し溜飲を下げた。

その顔よ、その顔を見たかったのよ!

今まで私を見下してお前のその、私に恐怖を抱く顔。それが見たかったのよ!

 

「一部とはいえ、無限龍の力を取り込みました。

 どんな手を使おうと、私は貴女に勝つ!そして奪われた物を取り戻します!」

 

「カテレアちゃん!」

 

さあ来なさいセラフォルー・レヴィアタン!

貴女に勝ってこそ、私はようやく私(レヴィアタン)になれるのよ!

私と憎きセラフォルーがぶつかり、そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、ようやくお目覚めかしら?」

 

その澄んだ油の切れたような声に、私は意識を取り戻した。

 

「私は・・・」

 

未だ微睡みの中にいるような感覚が頭に残る。

それに感覚もぼやけているせいか、目の前の人影をはっきりと視認できない。

誰かが椅子に座って私を見ていた。

 

「お前は・・・一体誰なの?」

 

「さあ、誰かしらねぇ?」

 

目の前で椅子に座っている人影の、まるで私を小ばかにした言い方。

私に対する無礼な言い方に、すぐさま殺してやろうとして気付かされた。

 

私の身体が動かないことに。

 

「なんで、私の身体が・・・?」

 

必死に身体を動かそうにも、まるで身体が石になったかのように、うんともすんとも動かない。

 

「動かそうとしても無理だよ。

 まだ分かっていないようだから言っておくが、君の身体は拘束されている」

 

「な、何を言って・・・!?」

 

少しずつだが視界が戻ってきたこともあって、私は首を動かし自分の姿を見た。

私の身体は、四方から伸びる鎖に縛られていた。

 

「こ、こんなもの、魔力で簡単に・・・!?」

 

おかしい、魔力が使えない。まるで栓をされたかのように、魔力が出てこない。

 

「解ったと思うが、君の下にある魔法陣は、私が少し弄った特別製。

 魔力と膂力を奪う効果は、今も体験しているから言わなくても良いわよね?

 あ、そうそう、鎖も同じ効果を組み込んでいるから、

 力で引き千切ろうなんて無駄のことは止めておいて方が良いわよ」

 

私は目の前の人物に目を向ける。

 

「だったら今すぐ、これを外しなさい。そうすれば命だけは助けてあげるわ」

 

「あら恐い怖い。そんな目で見つめられてしまうと、私の心は恐怖に打ち震えてしまうわ」

 

「いいからさっさと外しなさい!私を誰だと思って「カテレア・レヴィアタンでしょ?」

 

まるでどうでもいいかのように、目の前の人影は私の名前を言った。

 

「だったら解るでしょ?

 私は誇り高きレヴィアタンの末裔にして、レヴィアタンの名を受け継ぐ者。

 今すぐに私を解放しなさい。でなければ・・・」

 

私の言葉は続かなかった。

何故なら、目の前の人物が急に笑い出したのだから。

 

「何がそんなにおかしいのですか!?」

 

「そりゃおかしいわよ。捕まっている貴女が、私を脅迫するんだから。

 こういうの、普通は逆がやるものじゃないかしら?

 それに、まだ私が解ってないみたいだしねぇ。

 私が誰か解っていれば、そんなの意味ないって解るのに」

 

そう言うやいなや、人影はローブを脱ぎ捨てた。

ファサリと椅子に被さるローブから目を外し、私は人影の正体に、両目を見開いた。

なぜ、どうしてお前がいるの!?

 

「キアラ・ダンタリオン・・・!」

 

「お久しぶりねぇ、カテレア・レヴィアタン。それとも、ただのカテレアでいいかしら?」

 

紫の髪を腰にまで伸ばし、吸い込まれるような真っ黒の瞳の女悪魔が、

私を笑顔で見つめていた。

 

 

 

「なぜお前がここに!?そもそもここはどこです!なぜ私はこんな姿に!」

 

私の目の前で、カテレア・レヴィアタンが叫んでいる。

全く、貴女だって馬鹿じゃないんだから、状況くらい解るでしょうに。

それとも、感情が理解を拒んでいるのかしら?まあ、どちらでも良いけどね。

私は溜息を吐き、言葉を紡ぐ。紡ぐ呪文は沈黙の効果。

 

「!?」

 

「すこし静かにしてくれないかね?黙れば少しは頭も冷えよう」

 

突然声が出せなくなって驚くカテレアを見ながら、私は説明することにした。

 

「さて、順を追って説明しようか。

 どうして君がそんな恰好なのかの答えは簡単、君が負けて捕まったから」

 

「!?」

 

カテレアの目が見開く。

そんなはずがない!と訴えているのは、わざわざ調べなくても解る位に。

 

「次にここはどこか?だったかな」

 

私はカテレアに歩み寄り、彼女の目の前まで近づく。

 

「ここは、ある目的の為に拵えた私の部屋だよ。

 しいて言うなら、ある目的の為に作らされた部屋でもあるんだけどね」

 

カテレアは何かを叫ぼうとするが、声を出させないようにしたので、口からは何の音も出ない。

 

「そして最後、どうして私がここにいるのか?だったわよね?

 私が言わなくても分かっているんじゃないかしら?それとも理解を拒否しているのかしら?

 まあでも、答えなきゃダメよね」

 

私は少しカテレアから離れるように移動し、くるりと彼女に顔を向けて答える。

 

「それは私がダンタリオンだから、と言えば解るんじゃないかしら?」

 

「!!」

 

私の言葉の意味が分かったのか、カテレアの顔が青ざめる。

 

「その様子だと、解ってくれたみたいね。

 貴女の考えている通り、私が呼ばれたってことは、つまりそう言うこと。

 解ってくれて嬉しいわぁ」

 

私は一歩ずつ、カテレアの方へと歩く。

カテレアは、動かない身体を必死に動かそうと足掻き、

その目は少し泣いているのか、滲んでいるように見えた。

 

私は暴れる彼女に歩み寄り、激しく振るう彼女の頭を両手で押さえる。

そしてその頭を私の胸にもっていき、彼女の頭を抱きしめ、

安心させるように、彼女の頭を撫でる。

しばらく撫でた後、私は彼女の頭を胸から外し、彼女の顔を見る。

あらあら、カテレアったらまだ泣いてるじゃないの。

私は指で涙を拭う。うん、これで安心ね。

 

そして彼女の耳元に囁く。

 

「じゃあ、洗い浚い喋ってもらおうかしら。

 私はキアラ・ダンタリオン、私の前ではあらゆる秘密は意味をなさない」

 

そしてしっかりと彼女の頭を押さえ、

 

「そして貴女の感情さえも、私にとっては思うが儘」

 

彼女の目を見つめ、彼女を安心させるために口元をあげて、

 

「だから、抵抗しない方がいいわよ?」

 

笑うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これが資料よ」

 

「ありがとう。助かったよ」

 

私は手に持っている資料を、サーゼクス・ルシファーに渡す。

サーゼクスの方も、思いのほか嬉しそうに受け取った。

資料に書かれているのは、カテレアから聞き出した、彼女の知る禍の団のメンバーだ。

取りあえず、サーゼクスに頼まれた仕事を終え、私は出された紅茶で喉を潤す。

やっぱりメルアの紅茶の方が美味しいわね。

 

「やはり、旧魔王派は禍の団と手を組んだということだね」

 

資料に目を通しながら、サーゼクスが言う。

 

「その資料を見る限りわね。

 でも、それはあくまでカテレアが知ってる情報でしかない。

 だから、それが全てだとは思わないでほしい。

 私はあくまで、その人物が知っている情報を抜き出すことしか出来ないんだから」

 

私はサーゼクスに一言言っておく。

 

「解っているさ、クレア。一応、参考資料として受け取っておくよ」

 

一通り目を通したのか、彼は資料をテーブルに置く。

 

「それにしても、よくカテレアを捕まえられたわね。

 実力は君たちよりも低いとはいえ、それでも魔王の末裔に申し分ない力だったのに」

 

それと記憶を見るに、無限龍の力を使ったみたいだしね。

たとえ力の一部とはいえ、最強の龍の力が宿ったカテレアって、

それこそアザゼル匹敵するほどに危険じゃなかったかしら?

 

「それは君のおかげだよ。

 君が事前に情報をくれたおかげで、私たちも準備が出来ていたからね。

 そのおかげで、こちらも対処が出来たんだ。アザゼルやミカエルも君にお礼を言っていたよ」

 

「一応素直に受け取っておきましょうか。

 ミカエルはまだしも、アザゼルは皮肉交じりに言ってたでしょうね」

 

あの堕天使総督のことだ、苦虫を噛み潰したような顔をしていたに違いない。

私はクククと笑う。

 

しばらくの談笑した後、屋敷に帰ろうとした私を、サーゼクスが尋ねた。

 

「それで彼女は?」

 

「あら、気になるのかしら?それは感傷?それとも不安?」

 

私の言葉に、サーゼクスは「両方さ」と答える。

私は表情を変えずに答えることにした。

 

「なら安心していいわ。カテレアは死んだから」

 

私はさらりと答えることにした。

 

「そうか、彼女は死んだのか」

 

「ええ、死んだわ」

 

私はサーゼクスの目を見る。

 

「だからセラフォルーにも伝えておいて。

 思うところがあるなら、私に会いに来なさいって」

 

そう言うと、私は屋敷へと跳んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、一体これはどういうことですか、お嬢様?」

 

「だから言っているじゃない。

 最近何かと誰彼が家やってきて、かなり賑やかになってるでしょ?

 だからメルアも人手不足かなぁ・・・って思って」

 

私はメルアの視線から目を逸らしつつ、なんとか言い返す。

 

「だからと言って、事前に連絡もなしにつれてくるのは些か急すぎます。

 こちらも色々と準備と言うものがあるのです。

 お部屋はあると言いましても、この方のために何かと用意しなければなりませんのに」

 

ちらりとメルアは彼女を向く。

彼女はびくりと身体を震わすも、その顔はどうにか体面を保っている。

 

「分かりました。

 お嬢様が連れてきたということは、一応信頼できる方だと思います。

 それでは私について来てください。お部屋にご案内いたします」

 

メルアは彼女を一瞥すると、彼女についてくるように言う。

彼女は、まるで縋るような目で私を見るが、私は笑うことしか出来ません。

そんな私を見て何かを察したのか、彼女は青ざめた顔でメルアの後に続いてく。

奥の部屋へと案内されていく彼女の後姿を見ながら、私は溜息を吐く。

 

「さて、思いつきでやっちゃったけど、これからどうしようかしらね・・・」

 

私は、彼女が案内された部屋から聞こえる悲鳴を聞きながら、

これからのことを考えるのであった。

 

「先生、誰か来たんですか?」

 

「そうねセイウェル。しいて言うなら、新しいメイドさんかしら」



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13話

まるで火山が噴火でもしたかのように、地面を揺るがすほどの轟音が響く。

一直線に光が走り、その光に触れた木々たちは、灰すらも残らずに消える。

空を見れば、薄暗い闇の中を、白い光と赤い光が飛び交っている。

その光たちが数回交わる度に、その中心から溢れた暴風が雲をかき消し、

そこから覗く星の光が、辺り一面を明るく照らす。

 

「あの子たちも元気ねぇ」

 

その光景を、私は屋外に置かれた椅子に腰を下し、紅茶や茶菓子と共に見守っている。

観客は私だけではなく、テーブルを挟んだ向こう側では、

オーちゃんも椅子に座って、メイド長お手製のクッキーを頬張っている。

私の隣には、メイド長と新人メイドが控えており、メイド長はいつも通りの無表情。

一方で、新人メイドは、目の前で起っている光景に呆然としている。

 

ちなみに私たちがいるのは、私の屋敷の庭であり、

大惨事が起っているのは、私の領地内の出来事である。

私の屋敷の周辺は森で囲まれており、その一部を遊び場にしたのだ。

取りあえず、防音や魔力洩れ防止といった結界をこれでもかと敷き詰めたので、

余波による轟音や暴風の類いが外に洩れることはまずない。

もちろん、民の皆を危険な目にあわせる気は毛頭ないので、何かあったら私が止めるつもりだ。

時折、紅い方から放たれた大きな火の玉、白い方から放たれた無数の光、

暴風にあおられて巻き上げられた木々などが、何度かこちらに向かってくることもある。

と言っている内に、風で舞い上がった一本の木が、こちらに向かってくる。

そこまでは大きくは無いにしろ、人を潰すには十分な太さの幹だ。

 

「シッ!」

 

その声と共に、その木は方向を変え、私たちと屋敷を逸れて地面に刺さった。

 

「ありがとうね」

 

「滅相もございません」

 

既に隣に戻ったメイド長に、私はお礼を言いつつも、紅茶を口にする。

やはり、美味しいわ。

 

そんな中、リスのようにクッキーを頬張っていたオーちゃんは、

彼女の為に置かれていた紅茶を飲んで、ふぅと息を吐く。

 

「我、クッキーに満足」

 

「ありがとうございます」

 

オーちゃんの言葉に、ぺこりと頭を下げるメイド長。

ふむ、オーちゃんもだいぶ、私たちに馴染んできたようだ。

少し前までは、週に数回、気まぐれのようにやって来たのだが、今では毎日こちらに来ている。

昼ごろにやって来ては、セイウェルと一緒になにやら遊び、夕暮れになると帰っていく。

もはや私の屋敷に来るのが日課みたいなものだ。

 

一方で新人の方は、まだ私たちと一線を引いているみたいで、まだまだ棘が残っている。

私と目を合わせて会話をしてくれない上に、何かと私を避けている。

私としては、いい関係を結びたいと思っているのだが、そうそう上手くは行かないものだ。

まあ、彼女の経緯からすらば、当たり前ではあるのだがね。

 

「お嬢様」

 

メイド長の声に促され、私は空へと目を向ける。

すると、どうやら決着が尽いたらしく、紅い光が一直線に地面へと降下し、そのまま激突した。

一方、上空の白い光は、ゆっくりと降下していく。

 

「さてメイド長、冷たい飲み物とお菓子を用意してちょうだい。

 多分、二人ともお腹が空いていると思うわ」

 

「承知しました」

 

メイド長は踵を返し、屋敷へと入っていく。

途中、メイド長は未だ呆然としている新人メイドに声をかける。

新人の方は、「なぜ、私がそのようなことを」と愚痴を零すも、

メイド長の目が鋭くなったことに気付くと、冷や汗をかきながらメイド長の後に続いた。

 

メイドたちが席を外すこと数分、

大惨事が起きた場所から、二人の人影がこちらに向かってくる。

二人の内、長い髪の方は泥だらけに砂まみれで、髪は所々でボサボサで、衣服はボロボロだ。

 

「先生!私、負けちゃった!」

 

私は泥だらけのセイウェルを抱きしめ、よしよしと頭を撫でる。

言葉とは裏腹に、彼女の顔はとても嬉しそうに笑っている。

どうやら、随分と楽しんだようだ。

 

「なに、セイウェルが楽しめたならそれでいいさ。それに、これからの課題も見つかったからね。

 基礎は出来てはいるが、逆に基礎に倣い過ぎていると言ったところかね」

 

頭を撫でられ、気持ちよさそうなセイウェルを見つつ、私は今後の問題について考察する。

なにぶん、基礎を徹底的に教え込んだ訳だが、これからは臨機応変さを学ばせるか。

そう考えつつ、私はセイウェルに身体を洗うように言い、

洗い終わったらお菓子を用意してあるわ、と言っておく。

一目散に屋敷へと駆けて行くセイウェルに、その幼さを苦笑しつつ、嬉しくもあった。

 

「それで、貴方からの感想はどうかしら?」

 

私は、もう一方に声をかける。

 

「発展途上といったところか。お前の言う通り、基礎は出来ている。

 が、それが足を引っ張っているとも言える。

 躱すことは容易かったが、こちらの攻撃は寸でのところで防がれる。

 責め手には苦労した」

 

「そう」

 

そしてオーちゃんの方にも顔を向ける。

 

「セイウェルはまだ未熟。でも、我は楽しみにしている。

 いつか、本気の我と遊んでくれることを」

 

「セイウェルにも言ってあげてくれないか。きっと喜んでくれるさ」 

 

そう言うと、オーちゃんはパタパタとセイウェルを追って、屋敷へと駆けて行った。

うむ、仲良きことは良いことだ。

 

『ダンタリオン、一体どういうつもりだ?今回の件は、我としても理解出来ぬ。

 急に我らに頼みごとするのもそうだが、なぜ我らと奴を戦わせた?』 

 

「暇つぶし、って言ったら?」

 

私の言葉に、空気が少し冷たくなる。

 

『誤魔化すのはよせ。貴様のことだ、何か見えているのではないか?』

 

訝しむ声に、私は肩を竦める。勝手について回った悪名も考えものだわ。

私は自分の範囲で出来ることをしてきただけだというのに。

 

「半分は正解で、半分は見当違いよ。

 今回の件は、我が愛弟子の成長を知るためのいい機会だっただけ。

 それ以外には理由はないわ。」 

 

私は溜息を吐く。

 

「それにこんな辺境のいる、『純血』だけが取り柄の十派一絡げの悪魔が、

 いったい何を考えるっていうのだ?旧魔王派のように、クーデターをするとでも?

 考え過ぎるのも大概だよ」

 

私はそう言って話を切りあげ、セイウェルの方へと足を運ぶ。

クッキーを食べるセイウェルに、私は微笑むのだった。

 

 

 

 

 

「お嬢様、お休みなさい」

 

「ええ、お休みなさい。私はもう少し本を読んでから休むわ」

 

「そう言って、最後まで読もうとして朝を迎えたこともありましたね」

 

私は飲んでいた紅茶に咽る。

 

「お嬢様、御身を軽んじることは止めてください。私は・・・」

 

「解っているわよ、メルア。無茶をすることはしないわ」

 

パタンと扉を閉めるメイド長を見ながら、私は苦笑する。

メルアを心配させる自分自身に、辟易というものだ。

 

しばらく本を読んでいると、不意にランプの灯りが揺らぐ。

私は本を読む手を止めず、来訪者に声をかけた。

 

「それで、今日の二人の遊びを見てどう思ったかしら?」

 

「恐ろしい、というのが正直な感想です。

 貴女のせいでこうなった私が言うのもなんですが、上には上がいることを理解させられました」

 

「それで、貴女はどうしたいの?」

 

「正直に言えば、今ココで貴女を亡き者にしたところで、もはや意味はない。

 ならば新たな私として、一から築き上げるのも悪くはないかもしれません」

 

「そう」

 

私は読んでいたページにしおりを挟み、本を机に置く。

 

「ならば私に、貴女を一から築き上げる手伝いをさせてちょうだい。

 私とて、こうなった責任は取るつもりよ?」

 

「かのダンタリオン卿が、私に手伝いをさせてほしいと頼むのですか。

 それはどういう魂胆ですか?」

 

少し警戒を抱いている彼女に、私は苦笑する。

 

「あら、家族を応援するのは同然じゃないかしら、カレン?」

 

「貴女は本当に食えない人です」

 

そう言ったカレンの顔は、少し赤らめていた。



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14話

「支取蒼那・・・いや冥界《ここ》ではソーナ・シトリーと呼ばせてもらおうか」

 

私は腰掛に自分を深く沈め、右手に顔を支えるように座る。そして口元を歪めながら言う。

 

なお私の内心を言うのであれば、正直帰ってくださいと頭を抱えております。ほんと、どうしてこうなったの?私は何か悪い事でもしたのですか?と誰かに問いただしたい気分です。

 

ここ最近、私はただただセイウェルとメイド長や新人メイドとまったり生活を満喫していただけだというのに。なにか招待状が送られてきたが、生憎と私はセイウェルを愛でるの忙しかったので無視をした。また毎日遊びに来るオーちゃん等の話し相手もしていたので、憎まれっ子の私が、わざわざ肥溜めの会場に顔を出す義理も無かったからともいえる。

 

そうして平和な時間を過ごしてきたのだが、それが本日たった今破られることになりました。

 

ことの初めは、私を残してセイウェルらが市井へと買い物に出かけたことから始まる。久々に一人の時間を持てたことを嬉しく思い、積み上げていた本を読破しようと紅茶を用意していた。すると屋敷に置いた門の鐘が鳴ったのだ。オーちゃん等は門を鳴らすことはしない。わざわざ鐘を鳴らさずそのまま扉を開けてくる。なお、入る際は扉くらいは叩くようにとメルアから厳重注意をされた。無表情のオーちゃんであったが、不思議と怯えていたように感じたのは気のせいだろうか。

 

ようは滅多になるはずのない鐘が鳴ったことで、普段の客人とは違うことを理解し、私は無意識に警戒心を抱いたわけだ。不思議と身体に力が籠り、視線は鋭くなる。扉を開ける前に先に客人を『視る』と、門の前にいるのは少年少女たち。そしてその先頭に立っていたのが、魔王少女《腐れ縁の友人》の妹君。流石に帰すわけにもいかず屋敷に上がらせれば、魔王様からの手紙としてシトリー家の蜜蝋で封をされた手紙を渡され、内容を呼んで頭を抱えたのである。

 

取りあえずは紅茶を淹れ、こうして話し合いをしているというわけだ。

 

「君の言う夢、『差別区別のないレーティング・ゲームの学校を作る』ということだが、それであっているかしら?」

 

私の言葉に、ソーナ嬢は肯く。

 

「そうか。そしてその夢を語った際に、上の方々から大層揶揄されたというじゃあないか。なんでも『夢見る乙女』とか」

 

ギリィ・・・と誰かが歯を噛みしめた音を聞いた。チラリと目を僅かに動かせば、後ろの少年が私を射殺すかのような視線で睨みつけている。いやはやこれでもまだ小手調べと言うのに。

当のソーナ嬢を見れば、彼女は視線を逸らすことはないが、僅かだが唇を噛んでいる。

その姿を見つつ、私は言葉を続ける。

 

「上級下級貴族平民の区別のない学校・・・ねぇ?ゲームの機会は平等でなければならない。下級でも、上級悪魔へと至れる道を作る。確かにそれは正論だ。魔王様のお言葉なんだ、むしろ異論を挟む余地はない。だが」

 

私は一呼吸を置いて、口元を三日月のように笑う。

 

「それは貴族に『メリット』があるのかしら?」

 

「な!?」

 

予想外の言葉だったのだろうか、ソーナ嬢が声を上げる。後ろにいた彼女の眷属たちも同様だ。

 

「内容を鑑みると、貴族としてはメリットが、彼らの興味をそそるものがない。むしろデメリットしかない。平民でも下級でも上級悪魔になれる機会を持たせる?確かにそれは正論だ。だが正論で物事は動かない。むしろ反感を買われるわよ?」

 

「それはどういう、ことですか・・・?」

 

「気に入られてないのよ、貴女の夢って言うのが」

 

私は首を傾げるソーナ嬢に答えた。

 

「貴女の夢は尊い。そう、尊いわ。それは平民や下級の悪魔たちにとって大きな希望になる。虐げられていた者たちにも大きな夢を与える。まさに悪魔の世界を変えるでしょうね。ふふ、まるでラ・ピュセルみたい」

 

私は戸惑うソーナ嬢たちから視線をそらさずに続ける。

 

「でもそれは平民たちの希望であり、貴族たちにとっては受け入れがたい、忌むべき提案。貴族と言う特権に、平民たちが手をかける可能性が出てきてしまうってこと。そんなの、あれらが素直に受け入れる訳ないわね」

 

私は口元を歪める。

 

「独り占めしていた美味いケーキを、誰が他人に分けたいと思う?それも見下してきた相手に。貴族様からすれば、平民・下級・転生悪魔はいわば奴隷。そして貴族は自らを選ばれた者と自負している。貴族からすれば、どうして奴隷のために自分の食べ物を与えなければならないんだ?ということ。むしろ奴隷が身を粉にして自分たちに奉仕することが正しいとさえ思っているだろう」

 

少し温くなった紅茶を一口飲み、喉の渇きを潤す。

 

「ようは彼らは気に食わないのよ。今まで自分たちが吸っていたうまい汁を吸おうと、たかが奴隷風情がしゃしゃり出てくるのがね。どうしようもない自分勝手で自己保身の高い連中よ」

 

「そんなことは・・・」

 

「そしてソーナ嬢、君の夢は彼ら《貴族》の立場を大いに侵す可能性のあるモノだ。奴隷に貴族になる権利を与える?彼らがそんなことを許すはずがないよ。むしろ徹底して潰しにかかるだろう。それこそ君を殺してでも、ってやつもいるだろうさ。まあ幸いにも君は魔王様の妹君だ。そんなことをすれば魔王様に殺されるからね。良かったわね、お姉さんのおかげで生きられるわよ?」

 

「私はそんな「てめぇ!」

 

ソーナ嬢の言葉を遮るように後ろの少年が声を荒げた。

 

「さっきから聞いてれば貴族貴族って、お前ら貴族は自分たちのことしか考えないのかよ!会長は冥界のことを思っているってのに、それを自分の勝手な都合で・・・!平民が、下級が奴隷?ふざけるな!」

 

「匙!」

 

ソーナ嬢の言葉で、匙と呼ばれた少年は何かしら不満ではあったが渋々口を閉じた。

 

「すみません、私の躾が至らず・・・」

 

「私で良かったわね。下手すれば首が飛んでたわよ?」

 

チラリと私は視線を匙少年へと向ける。本当に良かったわよ?仮にメルアがいたら、首が飛んでたかもしれないのだから。静まり返った雰囲気の中、私が口火を切った。

 

「私個人の意見を言うのならば、わざわざ『レーティング・ゲームの学校』なんて言わず、『教育の場を設けたい』という体で押し通すわね。『平民らに知識を与え、より効率的に利益を増やせるように』なんて理由をつけて。レーティング・ゲームの言葉を使わないだけで、連中は警戒すれど咎める理由はなくなる。なにせ自分たちの利益になるものには貪欲なのだから」

 

私は自分の言葉に苦笑する。結局のところ、これは全て実体験に基づいたものだ。だからこそ私と同じ轍を踏ませたくはない。この子にはあの時のような出来事とは無縁でいて欲しいのだから。

 

まったく大したお人好しね。私は自分に苦笑する。

 

「それさえ認められてしまえばこちらのもの。後は『寺子屋』であれ『私塾』であれ、教育の場を設けて利益を上げていけばいい。『メリット』があるならば断る理由もなくなる。あとは時間をかけて冥界全土に『学校』を作り、そこで本来の夢を実行すればいい。ただ貴族とて馬鹿ではない。常に目を光らせていることは忘れないことね」

 

私は一息吐くと紅茶を飲み干す。あら、もう完全に冷めてるわ。おしゃべりが過ぎたようね。

組んだ手を上へと伸ばし、私は凝り固まった体を解す。

 

「あの・・・」

 

今まで黙っていたソーナ嬢が声を上げる。

 

「ダンタリオン卿はその・・・反対ではないのですか?」

 

「どうしてそう思うのかしら?」

 

「今のお話を聞くとその・・・、学校を建てるための抜け道を教えてくれたような」

 

歯切れの悪いソーナ嬢の言葉に、私は顔を綻ばせる。

 

「良く気付いたわね。ええその通りよ。学校を建てることは、私個人としては賛成。誰でも学ぶ権利はあるもの。勝手な都合で蔑ろにしていいわけではないわ」

 

「それでは「でも、レーティングゲームに限定するのは反対」

 

私は被せるように、ソーナ嬢の言葉を遮る。

 

「だって貴女、レーティングゲームがなんなのか解っていないもの。いえ、これはルールの話じゃない。もっと根本的なものについて」

 

「それは、どういうことですか?」

 

ソーナ嬢が困惑の顔を浮かべると、玄関の方から「先生ただいまー!」の声が響いた。

 

「そうね、口で説明するよりも実感した方が良いのかもしれないな。ではソーナ嬢とお連れの皆さん、今から外に出ませんか?」

 

「?」

 

私の意図に首を傾げる彼らを余所に、私は帰ってきたセイウェルたちに声をかける。

 

「ではみなさん、レーティングゲームとは一体何か、その身で実感してみましょうか」

 

外へと出ていくソーナ嬢たちを見つめ、私の口角はゆっくりと上がっていった。



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15話

「さて、レーティング・ゲームとはなんだろうね?」

 

外へと足を運びながら、私はソーナ嬢へと尋ねる。

 

「数の少ない悪魔たちを、来るべき戦いのために少数精鋭として鍛えるために導入された競技ではないのですか?」

 

ソーナ嬢の答えに私はうんうんと肯く。

 

「そうね。付け加えるならば、チェスを弄り回して作り上げたルールに則って行われる、爵位や地位を賭けたゲームね。うんうん、ちゃんと勉強してるのね、及第点よ」

 

「あの、及第点・・・ですか?」

 

私の言葉に、ソーナ嬢は言葉に詰まる。私はソーナ嬢の戸惑いを気にすることなく、目的地へと歩を進める。私たちが訪れたのは、屋敷の裏にある大きく開かれた場所。周りは木々に囲まれているのに、その場所だけがまるで抉り取られたかのように木が一本も生えていない。

 

「この場所はいったい・・・?」

 

「私たち家族のちょっとした遊び場よ。私の愛弟子が友達と遊びたいっていうから作ったのよ。前はこんなに広くなかったのだが、愛弟子も友人もつくづくやんちゃが過ぎてね。今ではこんに広くなったのよ。でもほら、逆に広々として開放的でしょ?」

 

私の答えに、言葉に窮するソーナ嬢たち。

 

「まあ、今は気にしないでいいわ。ではレーティングゲームについて本質はなにか?って言葉だけど、答えは先ほど聞いたわね。正式な試合(競技)だって」

 

私は確認のためにもう一度ソーナ嬢に尋ね、彼女はおずおずと首を振る。私の口元が歪む。

 

「私はそうは思わないわね。私からすれば、レーティング・ゲームなんてのはどう取り繕ったところ結局はお遊び(殺し合い)よ。それに憧れるなんて、本当に物好きよねぇ」

 

「・・・っ」

 

ソーナ嬢の顔が歪む。それは私の言葉に対する驚愕か、それとも私個人への嫌悪感か。まあ、知ったことではない。

 

「ただ、これは私個人が抱いている感想という話よ。別に貴女の意見を否定する気はないわ。貴女は貴女の意見を大切にしなさい」

 

私の言葉はただの意見。それについてどう思うのか、どう受け取るかなんてのは、結局のところソーナ嬢たち個人が勝手に考えるだけ。別にすべてを話すつもりはないし、そんな義理もない。それに、知らない方が幸せと言うのもある。

 

『あってないようなお飾りのルール』『平等と言う名の不条理や理不尽な条件下での試合』『お偉い方の寵愛を受けた上級プレイヤー』『決まりきった結果の八百長』『いまだに明かされていない悪魔の駒と言う不明瞭な隠し要素(製作者のお遊び)』などなど、数えるだけできりがない。そこに確かなものなんてものは存在しない。

 

それなのに、それ政治が振り回され、それによって爵位が決められるのだから、笑えてしまうというものだ。本当にこの世界はくだらない(面白い)

 

 

 

 

 

 

「じゃあ実際にやってみましょうか」

 

「え・・・?」

 

私の言葉に、ソーナ嬢を含めて驚きの声が漏れる。私は彼女たちを向いて首を傾げる。

 

「何をそんなに驚いているのかしら?ただ実際にレーティングゲームをしましょうと言っているだけよ?それがそんなに意外なことかしら?」

 

「それはその、急にそんなことを言われるとは思ってもみませんでしたので・・・」

 

ソーナ嬢の戸惑いに私はクスリと笑う。

 

「そんなに深刻に考えなくていいわよ。これは単なるお遊び。私と貴女たちのレーティング・ゲームよ。もちろん非公式のだから戦歴に載ることもないわ」

 

私は未だに戸惑っているソーナ嬢たちを置いて、さっさと話を進める。

 

「ルールはそうね、こういうのはどうかしら?」

 

私は足もとに、私一人が入れるだけの円を描く。一歩でも動けば外に出てしまうほどの大きさの円。それを不思議そうに見ている彼女たちに私は言う。

 

「君たちは私をこの円から出せたら勝ち。私は君たちを戦闘不能にしたら勝ち。単純でしょ?」

 

「待ってください。そもそもいきなり試合をしようなど言われましても、その意図が解りません」

 

「そんな深刻に考えなくてもいいわ。言ったでしょ、ただの遊びだって。それとも怖いの?もっとハンデが必要かね?」

 

私はソーナ嬢たちを嘗め回すような視線で見渡し、わざとらしく大きなため息を吐く。

 

「レーティングゲームの学校を作るのでしょう?なら実力を示さなきゃいけないわ。だからその第一歩として私が試してあげると言っているのだが。それとも貴女の言葉はその程度?」

 

「ですが「やってやろうじゃねぇか」匙・・・!?」

 

ソーナ嬢の言葉を遮り、匙少年が私に向かって吠える。その顔は傍目でも怒りに染まっているのが丸分かりだ。私は口元が歪むことを押し留める。

 

「おや君はたしか・・・そうだ匙元二朗君か。なにかな?私はソーナ嬢に話しているのだが」

 

「そんなのは知ったことか!さっきから会長を見下した言い方しやがって!俺は会長の夢を馬鹿にした、お前等みたいな貴族が許せないんだよ!力を試してやる?円から出したら勝ちだって?馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

 

「匙!いい加減に・・・!?」

 

「会長?」

 

なぜかソーナ嬢は、なぜかその先の言葉が出ないことに戸惑い、それに気づいた眼鏡をかけた長髪の女性が声をかける。だがそれに気づかない者もいる。ぶっちゃけ目の前で怒り心頭の彼が顕著だ。

 

「おや?これは私からしたら良かれと思っての行動なのだが。それともお節介だったかしら?」

 

「ハンデなんていらねぇ!俺がてめぇを倒して、会長の夢を認めさせてやる!」

 

匙少年の言葉に、私は自然と口が三日月のように歪む。

 

「そうかそうか、なら話は早い。さっそくはじめようじゃないか。メイド長、ソーナ嬢たちを安全な場所まで下がらせてくれ」

 

「解りました」

 

「いつの間に・・・!?」

 

私は後ろに立っているメイド長に声をかける。ソーナ嬢たちの方は、突如現れた私のメイド長に驚く。

 

「では皆様、お嬢様が仰られた通り、ここから少し離れましょう。別に私は貴女方どうなろう知ったことではありません。しかし、万が一貴女方になにかあればお嬢様に迷惑がかかりますので」

 

「メイド長」

 

「申し訳ございません、つい本音が出てしまいました」

 

私はメルアに呆れつつも咎める視線を送る。ほら、ソーナ嬢たちが呆けているじゃない。メイド長は変わらずの無表情のまま、ソーナ嬢たちを俵のように抱える。

 

「待ってください!私はまだ認めていません!匙!あなたも落ち着きなさい!」

 

なんとかメイド長の拘束を解こうともがくソーナ嬢。だがメイド長の拘束は解けず、そのまま少しずつ離れていく。ある程度距離を取ったところで、私はパチンと指を鳴らし、私と目の前の匙君を囲うように結界を作る。おっと、ソーナ嬢が「待ちなさい匙!あなたは何をしているのか解っているのですか!?」と必死に結界を叩いている。生憎だが、これはセイウェルやオーちゃん等用に拵えたものだ。壊すには相当の力が必要だよ。

 

「安心してください会長!俺は勝ちます!会長の夢を馬鹿にしたこいつをぶっ飛ばしてやりますから!」

 

「匙!あなたは何を言ってるのですか!夢のことなら私は気にしていません!ダンタリオン卿もやめてください!」

 

「悪いが、了承をしたのは彼だ。それにこのままでは、色々と納得出来ないだろう?あと実を言うと、私は売られた喧嘩は買う主義でね」

 

ダン!ダン!と結界を叩く音が響く。少しうるさくなってきたので、私は結界に防音を施す。これで中も外も音が漏れることはない。

 

「待たせてしまって悪いね」

 

「俺は別にいいぜ。てめぇが無事な時間が短くなっただけだからな」

 

ふむ、彼の方は準備万端と言うことか。私は彼の漲る闘志を見つめ改めてルールを確認をする。

 

「ルールは二つ、君は私を円から出したら勝ち。私は君を戦闘不能にすれば勝ち。良いかしら?」

 

「ああ問題ねぇぜ」

 

彼の確認を取ると、私は懐から鈴を取り出す。

 

「ではこの鈴が地面に落ち、音が鳴った瞬間からゲーム開始とする。問題は?」

 

私の問いに、匙君は首を横に振るう。では、と私は鈴を上へと放り投げた。くるくると小さな鈴は上へと昇り、そして重力に惹かれるように地面へと落ちていく。そして、チリンッと音を奏でた。

 

「先手必勝だぁ!くらえぇぇ!」

 

そう言うと、彼は片方に黒い何かを現す。ふむ、どうやら彼は神器保有者だったのか。それにその黒い色と形状は・・・。私が記憶の中からそれを思い出そうとすると、その黒い神器から勢いよく何かが飛び出し、私の方へと飛んでくる。そしてそれは私の右腕に絡みつくように何重と巻きついた。

 

「そうか、これは黒い龍脈(アブソーブション・ライン)か。解体されたヴリトラの一部を君が持っていたなんてねぇ」

 

「へっ!俺を、会長の兵士(ポーン)、匙元士郎を甘く見たこと後悔させてやる!」

 

すると、私の腕に絡んだ舌がドクンと音を立てる。そして身体に感じる疲労感。ああ、これは私の力を吸収しているのか。私は取りあえず絡んでいる舌を指で突っついてみる。まるでゴムのようにな弾力を感じる。おお、ブニブニしてるぞ。これは面白い。

 

「切ろうとしても無駄だ!それはちょっとやそっとじゃ千切れない!てめぇがぶっ倒れるまで吸収し続けるぜ!」

 

私の行動を、なんとか剥がそうともがいていると思ったのか、匙君はそう叫ぶ。そうか、これはそう簡単に壊れないということか。そうかそうか、それはそれはなんて・・・

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

私は知っていたことを保有者の言葉から再確認し、口元を歪める。その間にも、黒い龍脈を通して私の力は吸収され続けている。

 

「ああ困った、これでは私の力が吸収され続け、いづれは倒れてしまうなぁ」

 

「だったら諦めて降参しな!会長の夢を馬鹿にしたことを会長に謝るんだ!」

 

「すまんが、それは出来ん。生憎、私は間違ったことを言ったと思っていないのでね」

 

「だったら、お前を倒して謝罪させてやる!」

 

保有者の怒りに影響されたのか、吸収する力が強くなった気がする。ちらりとメイド長らの方を見れば、メイド長がこちらをじっと見ている。その瞳を受け、私はため息を吐いた。

 

「匙元士郎くん」

 

私はまっすぐは視線で彼を見つめる。

 

「なんだよ、降参するのか?」

 

そんな彼の言葉を無視し、私は右手に絡む舌に左手を添え、

 

「耐えて見せろ」

 

力を流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは当の匙元士郎も、それを見ていたソーナ・シトリーたちも理解できなかっただろう。キアラ・ダンタリオンが匙元士郎の神器、黒い龍脈にゆっくりと左手を添えた。その瞬間、匙元士郎の身体から一斉に血が噴き出たのだから。まるで水圧に耐えきれなくなったゴムホースのように、空気を詰め過ぎた風船のように、彼の身体は破裂したのだから。全身から真っ赤な血が迸り、そのままゆっくりと倒れる匙元士郎に、ソーナ・シトリーたちは叫ぶ。一方、キアラ・ダンタリオンとそのメイド長メルアは、そんな彼を冷めた目で見つめるのだった。



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