OTONAになりきれない大人の英雄談 (tubaki7)
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無印編
PROLOGUE


 見晴らしのいい、都心部とはまるで切り離されたような自然保護区画に指定された多目的アリーナ。そこではスポーツの祭典や有名アーティストのライブで使用されたりなど、この町のシンボルの一部でもある。現在そこでは二人の歌姫によるツアーの最終日が行われる為、関係者で賑わいを見せていた。セットリストを逐一確認しながら指示を飛ばす監督。大がかりなセットを組み立てる作業をしながら、聴こえてくるBGMにモチベーションを高まらせる大道具。細かい照明やタイミングなどの調整をするエンジニア達は、その場所から見える景色とこれから見れるであろう光景に興奮を隠しきれない。スタッフ一人一人が、この日を、この瞬間を、情熱と歓喜に心滾らせながら動き回っている。

 

 そんな中、紺のスーツをビシッと決め前を歩く男性の後ろで鼻歌混じりで付いて行く少年が一人。体格は同年代の男子に比べたらやや高めの身長。スーツの上からはわからないが、脱げば無駄なくついた筋肉。割と整った顔立ちに、意志の強そうなキリッとした瞳。アシンメトリーに整えられた髪は、右側のモミアゲが少々長めという感じで、一見して彼の〝職〟を知る人間からしてみれば「それでいいのか」と軽くツッコミを入れたくなるほど。そんな彼が、前を歩く男性。緒川慎二に問われる。

 

「奏太君もウキウキですね」

 

 まるで子どもに話しかけるような比較的優しい声色で言う。それに少しムッとなるが、そんな些細なことなど今は受け流す。なんせ今は、気分がイイ。

 

「そりゃもちろん。なんてったってこれでツアーも終わり。明日からは漸く休みですからね」

 

 やっぱりそういうことか、と緒川は苦笑い。根は真面目なのにどうしてこう普段は抜けているのかと不思議に思うが、今に始まったことではないし、これが彼なりのオンとオフの切り替えなんだろうと再認識する。・・・しかし今は仕事中。オフになるのはやめてほしいところだ。ここは先輩としてビシッと言っておきたいが。

 

「あそうだ。緒川さん、この日の奏のスケジュールなんですけど・・・」

 

 こんな感じで急にオンになるから、タイミングがつかめず何も言えないでいる。軽い打ち合わせに雑談を交えながら二人は通路を抜け、舞台裏に出る。正面からは派手な装飾が施されたその裏面を覗けるのは、こういう職に就いている特権といえる。巨大なセット裏から伸びる幾つものコード。まるで蜘蛛の巣のようにそこら中に張り巡らされたそれらに誤って足を引っかけてしまわぬよう注意しながら、二人は探していた少女達を見つける。

 

「オッツー、いやぁリハだってのに頑張るねぇ」

「貴方はもうちょっと気を引き締めてください」

「俺はいつでもどこでも臨戦態勢だから問題ナッシングさ!」

「それが問題アリだってことじゃねーの?」

 

 蒼と赤、二人の少女から少し冷めた視線とツッコミを入れられてもまったく気にしないほど神経が図太いのか。はたまたアホなのか。少し気になる緒川だったが、それをすぐに脳内から排除して少女達――――風鳴翼と天羽奏、二人のトップアーティストと一緒にいた巨漢に話を振る。

 

「司令もいらしたんですね」

「ああ。本当はもっと早く来るつもりだったが・・・いやはや、こういう立場というのはどうも融通が利かない」

 

 緒川に司令と呼ばれた、奏よりも赤い髪と髭、そして毛色と同じシャツを着こなす男。風鳴弦十郎は少しうんざりとしながらも、渋く味のある声でそうぼやいた。

 

「これから大事になりそうだからな。せめてもの激励にと思ったが・・・どうやら、少し余計だったようだな」

 

 言いながら、アレやコレやとミニコントを始めだした三人を見る。奏太がボケ、翼が嫌々ながらもツッコミ、奏がフォローする。かと思いきや、奏もボケて翼が軽く涙目になるという光景を見ながら、二人の大人は自分達の気回しが必要なかったことに安堵する。緊張でガチガチになっていると思っていたが、そうでもないようだ。

 

「緊張?おっちゃん、緊張しようにもこのバカがいるってだけでそれどころじゃねーよ」

「・・・それもそうか」

「おやっさん!?」

 

 奏がケラケラと笑う。フォローをしようにも弦十郎自身奏太のことはよく理解している。故に、フォローなど無駄に等しいと理解してしまっている為か、それ以上言葉を紡ぐことはなかった。

 

「翼さん」

「はい」

「今日が終われば、しばらくはオフになります。僕は仕事が残っているのですれ違いになりますが・・・ゆっくり休養をとるようにしてください」

「心得ています」

 

 なんだかこの二人がものすごくマトモに見えてしまう。本来であれば少し堅苦しくはあるが、これが普通。なのに自分のマネージャーときたらこのありさまだと奏はうんざりした溜息をつく。

 

「ンだよ?」

「べっつにぃ。あーあー、アタシも緒川さんに担当してもらいたかったぜ」

「カッチーン・・・言いやがったなこの跳ねっ返りが。誰がお前の衣食住まで面倒みてやったと思ってんだアアン?」

「見てくれなんて言った覚えはねーよっ。このドーテー」

「な、なななな・・・ッ!ど、どどどどどドーテーじゃねぇしぃ?もう何?オフの日は両手に花どころか花畑で―――」

 

 コイツ、わかりやすいな。奏を含め、発言に顔を一度は真っ赤にした翼でさえそう心の中で呟く。相川奏太、18歳。まだまだ大人と言うにはほど遠い。

 

「・・・と、もうこんな時間か」

 

 弦十郎のその呟きがあるまで続いた奏太と奏の低次元の争いは、これでようやく終息した。余裕の奏に対し、何故か肩で息をする奏太。奏は弦十郎、そして緒川の激励を受けた後、翼の背中を押しながら、急かすようにスタンバイに入る。その後ろ姿を見送りながら、奏太は。

 

「・・・奏!」

「なんだ?ドーテー君」

「―――~ッ・・・・あんまり、無理すんなよ」

「・・・わかってるさ。でもね、ちょっとその片棒は奏太にもあるんだぞ?」

「は?なんでよ」

「アタシの歌う、本当の理由・・・・今回の事が終わったら、教えてやるよ。それまでやきもきして待ってな」

 

 にんまりと笑って駆けていく奏。からかわれたのが悔しくて地団太踏む奏太だったが、もうここにいる理由もないので「ぐぬぬ」と呻きながら緒川と弦十郎と共にその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「え、未来これないの?」

 

 幼いころからの友人、小日向未来からの連絡を聴きながら立花響はそう繰り返した。

 

『そうなの。お婆ちゃんの具合が急に悪くなっちゃったとかで・・・本当にごめんね」

「ん~、残念だけど、仕方ないよ。こっちはこっちで楽しんでくるから」

『うん。今度またある時は、絶対一緒に行こうね』

「うん!それじゃ」

 

 通話を切り、携帯電話をバッグの中にしまってから物販で並んでいた列が動いたことで歩を進める。今日の為におこずかいを懸命に溜めてきたから、サイリウムを購入してもまだ余る。これで未来とライブ終わりにちょっと遅めの豪華なディナー・・・・といっても、少しお高めな値段設定のファミレスだが、それに舌つづみを打つつもりだった。だが肝心の未来は一身上の都合によりキャンセル。致し方なしと気持ちを切り替え、むしろ帰ったら土産話をこれでもかとしてやろうと企みつつ、彼女の祖母の健康を心の中で祈る。

 

  芸能界、数いるアーティストの中でもまさに異才を放つ二人組のボーカルユニット。それがツヴァイウィングだ。ユニットの名前は彼女たちの名前に羽や鳥と言った翼を連想させる文字が入っていることからつけられたらしい。元々はソロで活動していたらしいが、いまから二年前にユニットを結成。そこからはまさに飛ぶ鳥を撃ち落す勢いでかなりの人気を出していった。ライブのチケットは3分と経たず完売、オークションにだそうものなら元値よりも値段が張る、そんな人気のアーティストのライブに参加、しかもかなりいい席で見られるとだけあって、まだ始まってもいないのにも関わらず響のテンションはうなぎ上りだった。早く始まらないか―――そうワクワクを募らせていたはいいものの。

 

「・・・ここ、どこ?」

 

 初めて来る土地。経験したことのない人ごみ。いつも傍らにいる頼りになる友人もいない。方向音痴というコンボもあって、響は絶賛迷子中だった。

 

「えっと、席はD-12だから、ゲートを通って・・・あれ?でもゲートってここだから、今私がいるのは・・・あれ?あれれ?」

 

 パニック。これだから都会は、なんて年寄りめいた言葉を口にしながらも、頭をフル回転させて行くべき場所を探して彷徨う。しかし、進めば進むほど人影はまばらになって行き、最終的には響一人になってしまう。辺りを見渡しても、人っ子一人いない。しかも最悪なことに、時計は既にライブ開始時間を回ってしまっていた。

 

「もうダメだぁ、おしまいだぁ・・・」

 

 項垂れ、自分の不甲斐なさに泣けてくる。しかし、そんな彼女にもまだ救いの神はいた。

 

「きみ、どうかした?」

 

 声をかけられ、項垂れていた顔を上げれば、スーツ姿の男。年齢は自分よりも少し高いかなというぐらい。そして、首から下げた「STAFF」の文字。あぁ、神様。私、あまり信仰とかそういうオカルトじみたものには興味ないですけど、今この時だけは貴方を信じます!などと心の中で絶賛しながらウルウルと目を輝かせる。

 

「あ~・・・なるほど。迷子か」

 

 トドメの言葉を、食らうまでは。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「さ、ここから入ればきみの席まではすぐだよ」

「ありがとうございますッ!」

 

 迷子の女の子を発見し、案内する。これぞ、大人だからこそ成せる業。ボケでも何でもなく、あくまでも本気でそう思う所がバカにされる要因だと気づかない辺り、もはや救いはないのだろう。これは、共に仕事をこなす緒川慎二の抱く工藤奏太に対しての評価だ。そして件の本人はそれを完遂して満足した笑顔で少女を誘導する。それに返ってきた礼の言葉と笑顔に、さらに調子をよくする。

 

「なに、お安い御用さ。まだMCに入ったばかりだから、最初の方だね。思いっきり楽しんでおいで」

「はいッ!ありがとうございます、お兄さん!」

 

 お兄さん・・・・なんと甘美な響きだろうか。今この瞬間、自分はあの奏でもバカにできないほど輝いている!などと考えつつ女の子を見送ると、踵を返して階段を降りていく。

 

「・・・ちょ~っと覗くくらい、いいよね」

 

 自前のサボり癖ともいえるスキルがここで顔をみせる。本来、これから彼はとある施設まで足を運ばなければならないのだが、その内容も「いてもいなくても大丈夫」という、上司からの結構なアバウトな詳細のせいでこうして堂々とサボれるということだ。

 

  根は真面目・・・なのだ。やる時は、やる。そういうタイプなだけで。

 

 階段を登りきった先には、割れんばかりの歓声。アリーナ内部でなくとも響いていたその声は内部に入ればその規模を何倍にも膨れ上がらせ、轟く。ステージの中央では対照的な衣装に身を包みながら笑顔で歌う奏と翼の姿。

 

(ったく、こういう時はホントいい顔するよな。彼奴)

 

 壁にもたれかかりながら、観客からは見えない位置で二人の姿を眺める。そしてその視線の先、見知った少女と目が合った。手を振ってきたので、それに笑顔と同じように振り返す。奏に似て、あの子も元気だ。

 

  そう、眺めていた時だった。

 

「――――!」

 

 突然感じた、雑音。それはハッキリとした音ではなく。奏太のみに聴こえる〝音〟として辺りに響いていた。悪寒が駆け巡る。ポケットにしまっていたインカムを取り出して装着し、スイッチを入れれば自動的にとある場所へと繋がるようになっているそれを起動させる。

 

『奏太君、どうした?』

「おやっさん、彼奴らが・・・〝ノイズ〟が来るッ!」

 

 直後、轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 楽しいものになるはずだったライブは、一瞬にして阿鼻叫喚、地獄絵図と化していた。飛びかう悲鳴、消えていく・・・・命。そこらじゅうに死をまき散らし、生きとし生ける全ての者に絶望を与える存在。人はそれを、特異災害―――通称〝ノイズ〟と呼んだ。奴に決まった習性はない。ただ現れては人を巻き込み、自らも灰化し絶命する。どこから来るのか、何が目的か。その多くが謎に満ちており、わかっていることと言えば、ノイズに対しての対抗手段が現段階で兵器は意味を成さないということ。たとえ核をぶっ放そうとも、焼け石に水、暖簾に腕押しだ。人類は、成す術もなくただ絶滅するのを待つしかない・・・・そのはずだった。

 

 

  彼女たちが、現れる前までは。

 

「奏太!」

「もう避難は済んでる・・・って、言い難いな」

 

 倒れている、それまで人だったモノ。それを見て拳を握りしめる。こんな理不尽、もう見慣れたというのに。

 

「・・・やるぞ。こんな音、俺達でかき消してやるッ!」

「ああ。この場に、剣と槍。そして〝力〟を持っているのは私達だけだ」

 

 そうして、奏でられる歌。それは、戦いの歌。力の、目覚めの戦慄。命を燃やし、口にする言の葉に血と肉を与え、三つの軌跡は悪夢を狩る。そうして始まるのは・・・悲劇の始まりと、運命の日。

 

  響き渡る、歌。遺された傷。全ては、〝奇跡〟の名の下に・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 

 

 

 ハァ、と壮大な溜息をつく。そうして携帯のディスプレイを見れば「ごめんなさい」の文字とハートマーク。いったい幾つこのオチを経験したか、もしかしたら、これは酷い悪夢で何か大きな陰謀のうねりの中に・・・なんて都合のいい解釈をし始める。そんな彼の思考を、携帯のバイブレーダーとは別のコールが食い止める。ポケットから出したのは、耳に装着するタイプの小さなインカム。これを右耳に装着して、スイッチを押せば相手の声が聴こえるという使用だ。ちなみにこのインカム、携帯と連動もしてるため此方から特定の人間にかけることも可能となっている。

 

『奏太君、そっちはどうだ?』

 

 聞きなれた低く、そして声からも想像できるほどの巨漢の男からの通信。本来であれば上司に値する人物だが、それでも彼――――工藤奏太は背筋を正すわけでもなく、ましてや口調を改めることもせず。淡々と言葉を口にした。

 

「いじょーなし。今日も日本は平和ですよ、と」

『相変わらず緊張感のない声ね・・・』

『というか、今回も失敗だったのかしらん?』

 

 先輩の友里あおいに指摘され、幼いころからの母親的兼お姉さん的な存在である櫻井了子からトドメの一撃を喰らい、軽くよろめく。幸い手すりにもたれかかっていたのでなんとか体勢を保つことができたが、それでも精神的ダメージはかなりの物がるようで。

 

「べ、べっつにぃ?今回は、偶々俺が任ぬでダメだっただけでしぃ?」

 

 噛んだ上にこの反応。相変わらずわかりやすい反応だなと苦笑した上司こと、風鳴弦十郎はそんな奏太を励ますように努めて明るい声色で言う。

 

『そう落ち込むな。たかだか180回目の敗北だ。藤尭なんぞ記録更新だぞ』

「藤尭さん、今夜付き合います」

『きみまだ未成年だろって言いたいけど、助かるよ』

 

 まったく関係ないところからの追い討ちと更なる犠牲者を出したところで友里は「まったく男は」と小さく呟いた。それに了子は「青春ねぇ」などと的外れな感想をもらす。

 

『あー・・・と、とにかく。あと少しで翼も帰還する。それまでは頼んだぞ』

 

 流石に空気を読んだのか、弦十郎は咳払いをしてから仕切り直しと話題を戻す。だがそれでも奏太の心の傷は深いのか、「了解」と応えた声には覇気どころかやる気も、明るささえ失っていた。むしろ半分泣いているようにも聞こえる。そんな声を、特異災害対策機動部二課。通称〝突起物〟(または二課)の本部に残してインカムを切る。そしてもう何度目かの溜息をつくと、銜えていた(くわ)棒付きのキャンディーの残りをガリッと噛み砕いて幾度かの咀嚼の後、呑み込む。

 

「ったく、なんで俺はこうモテねーんだ?」

 

 ナンパをしては失敗の繰り返し。この負の連鎖をどう打開してくれようか。いっそのこと髪型を変えてみるか?そう思って、ポケットから新しいキャンディーを取り出す。

 

「こういう気分が沈んだ時こそ、大人って奴はかっこよく気分をリフレッシュするもんだ。よって、かっこいい俺はこのッ!期間限定ラズベリー味のキャンディーで気分転換を―――」

 

 と、包装を取ろうとしたその時。突如聴こえる耳鳴り。キーン、キーンという酷く耳障りな音が響くと、彼の中でスイッチが入る。一度切ったインカムの電源を入れ直し、自動的に本部へと接続した。

 

「おやっさん、ノイズだ!」

『了解。こちらでも確認した。しかし一般人が巻き込まれている可能性がある。至急向かってくれ』

「りょーかいッ」

 

 先ほどとは違い、気合の入った声で返し、飛び降りる(・・・・・)。奏太の立っていた場所は、10階立てのビルの屋上。比較的見晴らしのいい場所だ。そんな場所からの、跳躍。普通であれば即死、辛うじて命を取り留めるか否かという結果しか生まないその行動を、何のためらいもなくやってのけた。人気はなく、落下したら死体になるのは必須。そうなる筈なのに――――奏太は、両足でしっかりと着地しただけでなく、何事もなかったかのように路地裏を駆け、再び跳躍。しかも、今度は先ほどいたビルの屋上に戻らんとばかりの高さの跳躍だ。この一連の動作だけでも、彼が既に人知を超えている身体能力を有していることが理解できる。月夜の下、紺のスーツを着た男が建物の上をさながら忍者の如く走る。異様な光景だが、奏太にとっては至極当然、ほぼ日常茶飯事の行動だ。

 

 ただ、彼がこんなことを素でできるというわけではなく。とある力の恩恵あってこそのものだ。

 

  幼い頃。奏太は事故に見舞われた。事故と言っても、これのそうなる発端となったのはノイズだが。それで生死を彷徨うほどの大怪我を負った奏太は、発掘された完全聖遺物。〝レーヴァティン〟と同調。適合したことにより、それを体内に宿すことで一命を取り留めた。それのおかげと、リハビリと日々の鍛錬のかいもあり、このような人間離れした芸当が可能となっている。

 

 元いた場所から、南東の方角に約3キロといったところか。見えてきたのは廃棄区画に指定されている港。人影のない、暗闇と静寂が支配しているその場所で、蠢く影が複数。特殊な空間に本体を隠し、生命を無へと帰す悪魔。

 

「ノイズ・・・ッ!」

 

 ギリッ、と自身を自制するように歯を食いしばる。こうでもしなければ、怒りに任せて力を振るってしまいそうだからだ。

 

  落ち着け奏太。今は個人の感情を優先する時じゃないだろ。

 

 そう自分に言い聞かせ、踏み込もうとする。が、そこで聴こえてきた新しい音に、奏太は一瞬思考が止まった。繋がったままのインカムから、状況報告をする友里と藤尭の声が聴こえる。

 

『これは・・・アウフバッヘン波形!?』

 

 アウフバッヘン波形。それは、シンフォギアを纏う際にも検出される特殊な力の波のこと。そしてそれに驚愕しているということは、自分や翼以外の誰かがギアを発動させたということだ。

 

 さらに続く。

 

『波形パターン検出・・・・、コレはッ!?』

 

 藤尭の驚愕。その直後に、自分の中でもそれがなにを意味しているのかを直感した。そして、戦慄する。あの日、失われた命。最愛の・・・少女の、彼女の力が今蘇った。

 

「ガングニール・・・だとォ!?」



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#1. 再誕

 失ったものは二度と戻らない。たとえどんなに望もうと、強大な力を得ようと、死した魂が再び還ることなどありはしない。それを割り切っているからこそ、二人は自分自身を保つことができたと言ってもいい。でなければ、今頃は人として、また防人としても歪んでいたことだろう。

 

  そんな二人に、目の前の現実はあまりにも刺激が強すぎた。

 

 震える手で拳を握ることで必死に抑える翼。今すぐにでも、ヘリを飛び出しそうになるのを堪えるだけでも精一杯な彼女は、飛び込んできた報告とタブレット端末に映し出される現地の映像を目を見開いて食い入るように見つめる。検出された波形パターンは・・・ガングニール。あの日、失ったと思っていた大切な人の愛機。それが今、蘇ったとでもいうのか。

 

『奏太君、現場に到着!』

『こちらでも確認したが、そちらはどうなっているッ!?』

『どうもこうもネェよ!こりゃぁ・・・なんの冗談だ・・・ッ?』

 

 混乱する一同。聖遺物ガングニールは、天羽 奏の使用した絶唱の負荷により彼女と共に灰となり、消えた。他ならぬ、翼の腕の中で。奏太の、手の先で。だからこそ目の前の現実が心を揺さぶる。

 

「奏太さんッ、これは・・・これは・・・ッ!」

 

 うまくまとまらない言葉ながらも、なんとかして自分の意志を伝えようとする翼は慌ててインカムを耳に着けてそう言う。

 

『うろたえるなッ。俺も頭ン中ぐちゃぐちゃだけど・・・でも、今は後回しだ!』

 

 そう言い残して通信が切れる。画面の中では、戦闘が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なんで。どうして。そう思うのは奏太も同じ。しかし、それを頭の片隅に置かねばならないことも理解している。思考を必死にコントロールしながら、彼はその手に剣を携えて跳ぶ。着地と同時に踏み込んで、なんの躊躇いもなくノイズの群れに飛び込んだ。叫びと共に刃を振るえば、それに触れたノイズの体が裂かれて灰となる。群がる悪夢を切り刻みながらも、奏太の思考を埋めるのはやはりガングニール・・・・天羽 奏のことだった。ちらつく想い出を首を振って振り払おうとするたびに強くなるそれを、さらに大きな雄叫びで剣―――見えない刃(・・・・・)となったレーヴァティンを振るった。

 

『飛ばしすぎだぞ奏太君。気持ちはわかるが、今は―――』

「わかってるッ!でも・・・でもッ!」

『心を制し、思考を制し、己を律する・・・それが、戦場に立つ君の―――大人としての、男の姿と教えた筈だ』

 

 弦十郎の諭すような言葉に、奏太は荒くあがる息を徐々に安定させていく。そして大きく深呼吸し、胸に手を当てた。

 

「・・・・ウス。おやっさんの教え、完璧に忘れちまうほど、俺は狂っちゃいない」

『それでいい。だが、あまり無理はしてくれるなよ』

 

 最後に気づかいの言葉を残して通信が切れる。奏太は今一度深く呼吸をし、改めて踏み込む。余計なことは考えるな。今は目の前のことに集中しろ。やるべきことは、この災悪を無に帰すことただ一点のみ。そうして思考をクリアにしながら、奏太は次々と切り刻んでいき―――

 

  やがて、出逢った。

 

 自分の存在に気が付き、振り返る少女。色素の薄いオレンジの髪に、戸惑いを抱えながらも意志の宿った大きな瞳。纏ったオレンジのインナーに、腕や足の装飾はまさに、ガングニールのもの。こうして距離が近く、肉眼で確認してからというもの、それが確かなものだと認識する。そこから響いてくる〝音〟も、間違いない。

 

 だが一つだけ、違う点。それは、ガングニールを纏っているのが奏ではなく、アームドギアも持っていないということ。音に差異こそあるものの、彼女の纏っているそれは確かにガングニールではある。一度律した思考が再び乱れようとするのを抑え、奏太は件の少女と合流を果たした。

 

「あ、あの、私ッ!」

「話は後だ。とりあえず聞きたいことは一つ。戦えるか、戦えないかだ」

「・・・・や、やれます!」

 

 少女の言葉を背に受け、奏太は踏み込む。剣で刻みながら、後方で戦う少女の動きにも目を配る。様子からして、慣れていない。むしろこれが初戦闘と言える動きの鈍さがうかがえた。

 

  そして、歌も。

 

「怯むなッ!」

「え?」

「心に浮かんだフレーズをそのまま歌にすればいい!そうすれば、あとはギアが応えてくれる。きみにしか歌えない、きみの歌を――――心の叫びを、躊躇うな!」

 

 おっかなびっくりだった少女の歌。しかし、奏太の言葉を受けてそれがより強い鼓動へと変わる。

 

「そうだ。たとえノイズといえど、きみが歌うことをやめない限りそれはギアの力となる。そうすれば、ノイズとも戦える!」

「ノイズと・・・戦える・・・・ッ」

 

 己の手を見つめながら、少女はそれを確認するかのように拳を握る。キッと前を見据え、踏み込んで殴る。拳を諸にくらったノイズはあっけなく灰となって消え、さらに襲ってきたノイズさえも蹴りと拳で迎撃、殲滅していく。多少は動きがマシになった彼女から気を戻し、奏太は自分の事に集中する。右から来たのを横一閃、そしてその勢いを利用して回転し、発生させた斬撃で周囲のノイズを一掃した。

 

 だがそれでも、一向に減る気配はない。

 

「埒が明かない・・・ッ!」

 

 毒づく奏太。しかしそんな暗雲立ち込める戦場に、響く歌とは別の鋭い剣の歌が鳴る。歌とともに降り注いだ光は一瞬にして大量のノイズを灰へと変える。上空から舞い降りた蒼き閃光は瞬時に駆け抜け、一陣の風の如く吹き荒れる。

 

「翼!」

「助太刀します」

「応ッ!」

 

 手にした剣を、今度は槍へと変える。これも先ほどの剣同様、目には見えない。だが奏太は得物の事を細部まで理解し縦横無尽に振るう。剣を手にしていた時のスタイルを一言でクールと表すならば。この槍は「荒い」。荒々しく、力強い。パワーを増したその威力は、翳めただけでも致命傷となる。

 

「決めるぞッ!」

「御意ッ!」

 

 最後に残った群れに向かって、二人は一閃を切る。斬撃は全てのノイズを巻き込み、その存在を灰へと変えて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ♪

 

 

 

 

 

 

 一息つく間もなく行われる戦闘後の処理。流石にあれだけの距離を走っただけでなく、頭を整理しながらの戦闘は応えたようで奏太はドアの開かれた車の後部座席にドカッと腰を落とす。

 

「ア~、しんど・・・」

「あったかいもの、どうぞ」

 

 溜息を壮大についたあと、ネクタイを緩めて夜の少し冷えた空気を体に当てる。そこへオペレーターの友里あおいがコーヒーの入ったカップを手渡してくれる。

 

「あったかいものどうも」

「いえいえ。お疲れさま、奏太君」

「ありがとうございます。・・・それは?」

「ああ、これ?あの子―――ガングニールの子に、ね」

 

 なるほど、と奏太は頷く。

 

「それ、俺が持ってきます」

「え?でも・・・いいの?」

「・・・まぁ。俺自身、割りきっとかないといけませんから」

 

 苦笑いを浮かべて友里からカップを受け取ると、席を立つ。どこにいるのかとキョロキョロと辺りを見回せば、自分よりも頭二つ分は違うであろう少女が据わっているのが見えた。用意された椅子に腰かけ、ギアを纏ったままの姿で小さく丸まっているのがわかる。奏太はそんな彼女に後ろから近づいて、顔の横にカップを差し出した。

 

「あったかいもの、どうぞ」

「あ・・・あったかいもの、どうも」

 

 そう言って受け取った彼女と、目が合った。その瞬間に確信する。どこかで聞いた覚えのあった声。以前とは少し違う背丈ではあったが、顔つきそのものは何一つ変わっていない。あの日、あの時、ライブ会場にいた少女だ。

 

「きみは・・・あの時の・・・ッ!」

 

 抑えていた思考が再び乱れ始める。なぜこの子がガングニールを?どうやってあの惨状から生き延びた?何故・・・どうして・・・――――

 

「あのッ」

「――――!?あ、えっと・・・」

「ジロジロ見ないで欲しいんですケド・・・」

 

 自分の体をかき抱くようにする少女に慌てて目線を反らす。

 

「ご、ごめんごめん。そんなつもりなくって・・・って、きみ、俺のこと覚えてない!?」

 

 奏太の言葉に少女自身覚えがあったのか小首をかしげてう~んと唸りながら奏太を見上げる。その時。

 

「ああッ!ライブで逢いましたよね!」

「やっぱり・・・きみ、名前は?」

「響です。立花 響!・・・お兄さん、無事だったんですね・・・」

 

 まるで自分事のように安堵する響。その様子に奏太は―――

 

「・・・かな、で・・・」

 

 そう、呟いた。

 

「ふぇ?」

「えあ、いや・・・。ひ、響ちゃんの方こそ」

 

 無意識のうちに呟いてしまった奏の名前。それをなんとかして誤魔化そうと作り笑いを浮かべて話をはぐらかす。

 

「はいッ!ちょっとした(・・・・・)怪我はしちゃいましたけど、この通り元気です」

 

 笑顔満点で言う響に、再び面影を重ねてしまう奏太。それを被りを振って振り払う。その様子に不信感を持った響は「大丈夫ですか?」と声をかける。それに奏太は「大丈夫」と再び作り笑いをして対応する。戦うより疲労する精神に鞭を打ち、表に出さないよう努める。

 

「あ、そういえばコレどうやったら元に戻るんでしょう?」

「ああ・・・単純に、戻れって念じてみて」

 

 そう言われ、目を閉じて戻れと念じる。すると躰を淡く光が包み、弾けた後に着ていた制服姿に戻ることができた。

 

「シンフォギアの仕組みとしてね。着ていた服はギアが稼働する限りは戻った時には元に戻るようになってるから」

「しんふぉぎあ?」

「あー・・・えっとね」

「―――それに関しては戻ってから説明します」

 

 そう言って口を挟んだのは翼だった。響はトップアーティストの風鳴 翼が現れたことに驚愕し、あたふたとしながら身なりを整える。

 

「つ、つつつつ、つばしゃしゃん!」

 

 緊張のあまり噛み噛みになりヘンな声までだしてしまう。そんな自分に内心で「ダメダメだぁ」なんてことを呟く。翼は小さく溜息をつき、響を通り過ぎて車の後部座席へと乗り込んだ。

 

「乗りなさい。引き上げるわよ」

「引き上げるって、どこへ?」

「・・・ついて来ればわかるわ」

 

 そう翼が呟くと、大柄の黒服の男が2人、響を抱えて車に入れる。響はされるがまま翼の隣に押し込まれ、車は彼女の困惑の声を残して発車していった。その姿を見送りつつ、自分も撤収しようと歩を進めようとする。そこに、小さな女の子がやってきた。

 

「お姉ちゃん、悪い人達に捕まっちゃったの?」

 

 目じりに涙を浮かべる女の子。奏太は目線を合わせるようにしゃがみ、頭を撫でる。

 

「大丈夫だよ。ちょっと見た目は恐いけど、ああ見えてすっごく優しい人達だから」

 

 そう言うと、ポケットから棒付きのキャンディーと取り出し、女の子に持たせる。

 

「今日は怖いおもいしたとおもうけど、もう大丈夫だから。さ、ママの元へお帰り」

 

 奏太にキャンディをもらった女の子はそれで機嫌を良くしたのか、笑顔で駆けて行き、母親らしき女性の元へと戻って行った。目が合うと、会釈をされたので此方も頭を軽く下げて対応し、親子を見送った。

 

「さっきの子・・・響ちゃん。彼女、あの子を助けるためにギアを発動させたそうよ」

「・・・シンフォギアは、人の心に過敏に反応する。あの子が純粋な想いで発動させたのだとしたら・・・」

 

 再び、幾重にも考えが浮かんでは消える。それを繰り返しながら奏太は踵を返し、車に乗り込んだ。



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