精神もTSしました (謎の旅人)
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第0話 私という存在は

 私、月山(つきやま) 詩織(しおり)はごく普通の一般家庭に生まれた。

 私はどこかのお金持ちの娘ではないし、何か特別な事情のある家柄でもない。ただごく普通の家庭に生まれた娘だ。

 私は両親に虐待されることもなく、父と母は優しく頭を撫でたり抱きしめたりと大切にされて幸せに毎日を過ごしていた。

 

 さらになんと運のいいことか。私は容姿も優れていた。

 自分で言うのもなんだが、綺麗、もしくは可愛いと思うほどである。それは大和撫子や日本人形(これって褒め言葉?)という言葉が似合う顔立ちだ。

 それにスタイルもいい。

 特別大きいわけではないが形が整った胸。腰はほどよく締まり、出るところは出るというナイスバディというやつだ。

 よく人は外ではなく内とか言うが、それでも第一印象ともに容姿が良いほうがいいに決まっている。私だってそうだ。外側を重視する。それについて一切否定などしない。

 だからこんなきれいな子に生まれてよかったと思う。

 だが、私が恵まれているのは両親と容姿だけではない。身体能力にも恵まれている。

 どのくらいかと言うならば全く鍛えていない腕で、本当はあまり言いたくないが六十キロほどの荷物を片手で持てるくらい。本気で走れば世界大会(男子)を目指せるくらい。

 

 さらにこれだけではなくさらに反射神経さえも高い。

 前に宙を素早く飛ぶ鬱陶しいハエがいたのだが、それを一発で人差し指と親指で掴み取るなどという芸当ができるほど。これはまぐれではない。何度かやったが全て成功している。それに学校で私めがけて飛んできた野球ボールを紙一重で避けたこともあった。これも何度か。

 うん、正直言って化け物だ。人間じゃない。というか、女の子が持つ身体能力じゃない!

 前にその身体能力の高さを見られて、怖がられることはなかったが、引かれたことがあった。ちょっとショックだった。

 それからは見られないようにというか、普通の人たちと同じくらいに合わせた。そのために私は手足や胴に重りを着けて体の自由を奪うなどして、身体能力を制限した。したのだが……。

 私はその当時はただ制限することだけを考えていた。だが、体を重りなどで制限をするということがどのような効果をもたらすのかをよく考えていなかった。

 結果は確かに当初は制限できてはいたが、制限するどころか筋力が上がるなどという逆の身体能力向上へと繋がってしまった。

 うん、これは私がバカだった。というか、なぜあのときの私は考えなかったし! そもそも考えれば分かっていたことなのだ。あの重りは筋力を上げるためのものなのだ。それなのに私の安易な考え、まあ、めちゃくちゃ重くすればいいでしょう、でやってしまった。

 

 さて、そんな幸せと容姿と化け物のような身体能力を持つ私だが、実はある秘密がある。それは前世がある、ということだ。しかも、女性のではなく男性の前世が。

 それを思い出したのは小学二年生だったか。

 あの日は別に何もない普通の日だったということを覚えている。

 天気だって晴れて、友達と何気ない会話をするという楽しい何もない日だった。下校時も友達と会話をして仲良く歩いていた。そんないつもの日だった。

 私は友達と別れて一人家へ帰る。玄関に入って最初に私を迎えてくれたのは母だった。私は母とちょっと話した後、自分の部屋へと向かった。

 ここまでは体にも何の不調もなかったのだ。

 それが起こったのは部屋に入って数十分後のこと。部屋に入って横になっていたとき、私は突然今まで感じたことのない頭痛に襲われたのだ。それとともに頭の中に誰かの記憶が流れてきたのだ。

 

 全ては男の人からの視点の記憶だった。その記憶は子どもの頃から大人までの記憶だ。

 今の私と同じくらいの歳の知らない男の子と女の子が自分と一緒に遊んでいる記憶。

 中学生、あるいは高校生のときに囲まれて友達と楽しく談笑する記憶。

 同い年の女の子の恋人と二人きりで……の記憶。

 大人になり結婚した記憶。

 妻が妊娠し子どもができたことを一緒に喜び合う記憶。

 子どもたちが生まれ段々と大きくなっていく記憶。

 子どもたちの入学式、卒業式の記憶。

 子どもたちが成人となり自分たちから独立する記憶。

 子どもたちが結婚し孫ができて喜んだ記憶。

 妻と共に互いに歳を取り、仕事を止めて余生をのんびりと過ごす記憶。

 そして、ついに体が動かなくなり妻と子ども、孫に看取られながら死ぬ最後の記憶。

 それら全てが流れ込んだ後、私の意識は途切れた。

 一人分の人生という膨大な情報量に脳が耐え切れずに私は気を失ったのだ。

 私が目を覚ましたとき、まず目にしたのは白い知らない天井だった。場所は病室で後から聞いた話しだが、私に記憶が流れ込んだとき、私は狂ったかのように叫んでいたと聞いた。そして、叫び終わると同時に気を失い、そこからそのまま病院の病室で一週間寝続けていたとか。

 で、私は前世の記憶を手に入れたのだ。

 

 その記憶がなぜ断定できたのかは実は私にも分からない。ただなんだろうか。勘とかそういう科学的ではないもので、非現実的なものだ。それでその記憶が私の前世だと理解したのだ。

 私は最初前世の記憶を手に入れてから心の変化でもあるのかと思ったのだが、すでに人格の基盤ができていた私はほとんど変わることはなかった。

 そうほとんどは、だ。

 念のため述べるが私は女である。考え方も同じく女だ。それは前世の記憶を思い出しても全く変わっていない。ただ男のときの記憶があるだけ。

 なのだが、ほとんどに含まれないのがあった。

 それは私の好みだ。

 好みだけで言えばいくらでもある。

 好きな食べ物、好きな漫画、好きな教科、好きなスポーツ、好きな車、好きな色、好きな映画、好きなゲーム、エトセトラエトセトラ。

 変わったのは私の好きな人のタイプだ。それが変わった。

 

 正確に言えば私の好きなタイプというよりも恋愛対象が男、ではなく! 女ということだ。つまり私は同性愛者になったわけなのだ。

 私もそれを自覚した当時はなんとかして男子を見ることでそれを治そうとしたのだが、どうしても私の心と視線は女の子を追いかけてしまった。

 それでもがんばったのだが 結局無理だった。どうしても女の子を追いかけてしまった。

 だって私の前世は男だよ! 今は心身ともに女だけど、前世は男だ! 男を見て何が楽しいし! 女の子を見ていたほうが楽しいよ!

 そういうわけでもう開き直ってそれを改善することは止めた。

 そんなことがあった頃、私が住む日本はある一つの危機に陥っていた。

 

 それは『白騎士事件』だ。

 詳しくは知らないがたくさんのミサイルが日本へ向かって来て、それをなんと『インフィニット・ストラトス』と呼ばれるパワードスーツを着た誰かがそのミサイルを破壊した後、その搭乗者を捕らえようとした自衛隊を振り切り逃げたという事件だ。

 この日以降、世界は大きく変わった。世界はインフィニット・ストラトスを軸にして動き出したのだ。

 なぜならばインフィニット・ストラトスは従来の兵器を凌駕する性能を持っているからだ。そしてインフィニット・ストラトスの前では従来の兵器など鉄くずのようなものだとか。

 世界の国々はそのスーツに注目し、その開発に集中する。

 だが、そんな世界にも影響を及ぼしたスーツはある欠点を持っていた。それはそのスーツは女は乗れるが男が乗ることができないということだ。

 この欠点がまた世界に大きな影響を及ぼした。なんと女尊男卑という思想が生まれたのだ。これにより男の立場は女よりも低くなった。

 まあ、そういうことがあったということで、それは置いといて同性愛者の私は前世で結構幸せな人生を送ったということで、今回の人生は好きなように生きようと決めていた。

 

 どのように生きるのかだが、それはやはり女の子といちゃいちゃする、だろう。

 それもその相手は一人ではない! 複数人だ! つまり私は女の子に囲まれるというハーレムを作りたいと思っているのだ。

 なぜそれなのかだが、うん、私も分からない。もしかしたら前世の最後が年老いていたからだろうか。そして、今の私は若い体だ。長い間の溜まった欲求が開放されたのかもしれない。

 そう思ったのが小学三年生の頃だった。

 で、まずしたことは武術を習得することだ。

 なぜ恋愛とか関係ない武術を習うのかだが、これは私の身を守るということもあるが、自分のこの身体能力を制御するためというのが一番だ。

 やはりこの身体能力を制御しきれていないのは怖かった。私が好きなのは女の子だ。丈夫な体の男ではない。なのに制御できずに抱きしめればその女の子の体は壊れてしまうかもしれないのだ。

 それは嫌だ。

 

 そういうことで力を学ぶために武術を習ったのだ。

 武術を教えてくれたのはなんと祖父だ。

 私が武術をしたいと言ったところ、父が祖父が武術をしているからと言って紹介してくれた。

 父方の祖父とは何度も会ったことがあったのだが、まさか武術をしているとは思わなかった。祖父は会うたびに私を可愛がってくれる優しい大好きな人だったからだ。

 まあ、それで祖父に武術を習うことになった。

 私には武術の才能もあったようでみるみるうちに実力を伸ばした。祖父が褒めてくれた。

 

 武術のほかにはやはり勉強だ。

 前世の知識があるので小学校、中学校の勉強は省き、小学生の頃から高校から大学でする範囲を勉強し始めた。

 これは私が優秀になって周りの女の子たちに頼られて徐々に好感度を上げていこうという思惑があってのことだ。

 私の妄想――じゃなくて想像では、教室で私の周りに可愛らしい女の子が集まり、私に勉強を教えてほしいと乞う場面だ。

 これを実現するために私は勉強を頑張っていた。

 私はこれを中学生になってから開始するつもりでいた。

 だってね、小学生が相手じゃそういう気にはなれないんだもん。だから大人の色気の一片でも現れる中学生からやろうと思ったんだ。

 それまでは目立たないように小学校生活を続けた。

 

 そして時は経ちついに中学生になる。

 それと同時に私は作戦を開始した!

 で、過程を飛ばして結論だけど、見事に私の想像通りに事が運びました。

 それはただ勉強できただけではなく、お嬢様のような仕草と口調があったということもあっただろう。

 私はもちろんのこと学校内では有名となった。学校内ではほとんどの人が知っているくらいに。

 けど、ただ勉強ができて仕草口調がいいだけでここまで有名にはならない。特に仕草口調がいいというのは有名にはなる要素はない。

 で、有名になったのはこの学校のちょっと変わった制度のせいだ。

 私が入った学校は何と一年生から生徒会長ができるというものだったからだ。

 私は自分の欲のために立候補して、見事に選ばれた。

 普通は一年生が選ばれることなどはないのだが、私は選挙がある二学期の前期である一学期に定期考査でトップだったとかで、それなりに実力もあると知られていたのが大きな理由だろう。何せあと十点で満点だったし。

 生徒会長になってからというもの、自分で言うのもちょっと恥ずかしいのだが、私は上手く学校を動かすことができた。おかげで私の知名度はどんどん高まる一方だ。そして最終的には校内で知らない者はいないほどになったのだ。

 

 まあ、そんな目立つような存在の私だったので、私はちょっとした人に目を付けられました。その人たちはどこの学校にもいる不良たちだ。

 呼び出し方は手紙だ。

 男の字で校舎裏で待っているという、もしかして告白!? と思うような手紙だった。ちなみに貰ったとき本気でラブレターかと思っていた。

 正直に言うとドキッとしてしまった。いや、だってね。告白だよ、告白!

 前世では逆の告白する側だった。なのでされる側というのはとても新鮮でドキドキとさせるものなのだ。

 まあ、ちょっとはドキッとしたけど残念ながら相手が男である限り、その愛を受け取ることなどありえないのだけど。

 結局それが罠だと気づいたのは指定された場所に来たときだった。

 

 待っていたのは服をだらしなく着ている男子生徒と女子生徒だった。

 私が来ると同時に男子生徒たちは私を囲んできた。そして男子生徒たちは私の体を性的な目で見てくる。

 そのときの私の気持ちだが、祖父に肉体的にも精神的にも鍛えられたので、全く怖いとは思わなかった。

 で、そこからは不良たちに色々と言われて(内容はとても幼稚レベルだったので覚えていない)、最後にはやはり年頃の不良の男子生徒たちは私の体を要求してきた。

 うん、私の体が欲しいという気持ちは前世が男の私にはよく理解できた。だって、私だって風呂上りに鏡で見たときに思わず見惚れちゃうんだもん。

 けれど分かるからと言ってこの体を私を囲む男たちに私の体を差し上げる気はない。

 というわけでもちろんのこと断った。けど、向こうは強引に触ろうとする。

 

 そこからはもう正当防衛である。

 私の身体能力の高さと武術を以って不良たちと戦った。

 その数分後に立っていたのはかすり傷程度の傷を負った私だけだった。他の不良男女たちは無傷で(・・・)気絶している。

 この一件が終わってちょっと面倒だなと感じた私は私を罠に嵌めた不良たちを洗脳――じゃなくて、教育した。

 それから一ヵ月後、この私が通う学校の不良たちは絶滅した。

 時は過ぎついに私は三年生となった。つまり高校のことを考える年となったということだ。

 みんな休み時間などにどこの高校にするかなどと話し合う。それに私も話しに加わる。

 そのとき私は普通の高校の名を言っていたのだが、実は入る学校はとっくに決まっている。

 

 それはIS学園だ。

 IS学園はその名のとおりISを学ぶための学校である。

 私がこの学校を学ぶことにしたのは小学校六年生後半のときだ。

 図書館で面白い本はないかなと探していたときに偶然ISの本を見つけたのだ。

 そこで詳しくISのことを知った。

 私はそれをきっかけにISについてもっと学びたい、そう思いIS学園に入ろうと決めた……わけではない!

 私がIS学園に入ろうと決めたのはISの開発者である篠ノ之 束さんの顔写真を見たからだ。私は束さんに惚れたのだ。私は束さんを私のハーレムの一人にしたいと思ったのだ。

 そして、IS学園には女の子しかいない!

 ハーレムを作る出会いと環境としては最高のものだった。何せ男がいないから好きな子を取られる心配はないのだから。

 でも、女の子だらけがいいというならば女子高があるのではとなるのだが、IS学園はさまざまな国から生徒が集まるのだ。それは色々なベクトルの女の子がいるということだ。だからIS学園にしたのだ。

 

 IS学園に入ると決めてからは私はISについて勉強した。し始めたのは中学へと進学してからだ。IS学園に入る者としては遅いのかもしれないが、中学の勉強など前世の知識でなんとかなるし、小学生の頃から高校や大学の勉強していたので、ほとんどの時間をISについての勉強にまわすことができた。

 で、ISについて詳しく知ったのだが、どうやらISの本来の用途は宇宙空間での活動することらしい。つまり宇宙服とも言える。

 しかし、テレビで見るISは戦うための兵器ということを主張していた。どこにも宇宙空間での活動を目的にしているなんて見えない。

 それはISが束の思った通りの道を歩まずに別の道へと向かったということだ。

 私は束さんを想っているせいか、怒りの感情が湧き上がった。

 許せない! 束さんのISをそういうふうにするなんて!

 それで私は束さんと女の子だらけという二つの理由でIS学園に入ることを決めた。

 

 こうして私の目標はハーレムを作りつつ、ISを本来のものへと正すというものになった。とはいえ、特に最後のは私自身でも難しいものだと分かっている。というか無理と分かっている。

 だが、このようにして怒りを目的あるものにしなければ束さんを想うあまり暴走してしまうかもしれないのだ。

 それで私はIS学園を受験し、見事に合格した。

 その後、三年連続生徒会長の座に君臨した私も卒業式を迎えた。

 私は有能でもあり優しいということで後輩と先生から名残惜しそうな声と涙を貰った。

 正直、後輩はともかくまさか先生からも泣かれるとは思わなかった。

 それはそれだけ先生の信頼を得たと言えるのだが、それと同時に私だけある意味贔屓されているのような感覚を覚えた。

 

 だけど、まあ、悪くない。

 そう思った。

 だからだろうか。私が卒業生代表として壇上へ上がり、あらかじめ決められた言葉を言うときに涙を流したのは。

 私は中学を自分のハーレムのための道具としか思っていないと思ったが、それは違ってちゃんと思うところがあったらしい。

 涙を流すため話す言葉は小さく途切れ途切れとなって音となった。

 まさかみんなの前で泣くとは思わなかった。恥ずかしかったがいい思い出になった。

 そんな卒業式を終えて、私は中学校を無事卒業した。



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第1話 私の獲物たちと憧れの人

 さてついに私はIS学園に今日! 入学しました! さあ! 私の女の子たち! 待っててね!

 と、私のテンションは入学式が終わってからもとても高い。

 というか、やっとIS学園に来たということでテンションは上がる一方なのだ。

 私はずっとこの日を待っていたのだからしょうがない。

 

「ふふふ、まず最初の犠牲者――じゃなくて、ハーレムの一人はルームメイトのあの子だね!」

 

 私たち生徒は寮に住むことになっている。

 そして部屋は二人で一つだ。みんな何らかの事情がない限りルームメイトがいるということ。

 そのルームメイトと出会ったのは、寮に荷物を持って住むことになったとき。私たち生徒は荷物などの準備があるので、実は入学式の今日初めてIS学園の敷地に来たわけではない。数日前に初めて来ているのだ。

 その子はちょっと表情の変化がない無口な子ではあったが、なかなかの可愛い女の子だった。私の好みに合っていた。

 

 もちろん好みだから選んだわけではない。私のこの子と一緒ならやっていけると思った子だ。私がハーレムにする子は可愛いからとかではない。

 そういうことで私はその子を私のハーレムの一人にすることにした。

 でも、今はまだその子はあまりどころか、全く私に心を開いてくれないので、まずは仲良くなるところから始める予定だ。仲良くなることに成功したら、次はゆっくりと距離を縮める。そして、一人目の恋人にするのだ。

 幸いにもルームメイトだから誰よりも長い時間一緒になれるし、自分がリラックスできる部屋だ。ルームメイトだから見ることができる一面は多いはず! 仲を深めるにはいい環境だと言える。

 いや~まさかルームメイトがいきなりハーレム候補だとは! なんと運がいいことか!

 

「本当にあの子でよかった♪」

 

 まだこれから部屋に帰るまで数時間あるというのに部屋に帰ることを楽しみにしていた。

 さて、ちょっと意識を現実に戻そうか。

 私がいるのは一年一組の教室だ。席は一番後ろの席と女の子を観察するには十分な場所だ。わざわざ後ろを向かずとも皆をみることができる。

 私は視線を黒板へと移す。

 そこには背は私と同じくらいだが妙に胸のでかいメガネをかけた先生がいた。可愛らしい先生だ。

 

 むう、あの胸、ちょっと大きすぎないかな。何を食べたらあんなに大きくなるんだ?

 思わず自分の胸と比べてしまう。

 私の胸は小さいわけではないが、大きいわけでもない。そういう曖昧な大きさであり、あえて言うならば中くらい、もしくは普通くらいだ。

 やはり身長が近く、私たちと同じ年頃とも思えるその姿だからだろうか、どうしても胸を気にしてしまう。

 前世が男だったとはいえ、女となって産まれてきた今、そういうところを気にするようになっていた。

 

 前世では眺めるほうで胸の大きさなど気にしなくていいなどと言っていたが、やはり女の身に実際になってみると胸の大きさを気にするようになる。

 はあ……私もあんなに大きくなるのかな。

 一応まだ成長の余地はあるはずだ。その成長が主に胸になるように祈っておこう。身長はもういらない。

 

「もう一度自己紹介しますね。私は山田(やまだ) 真耶(まや)と言います! 皆さん! 改めましてよろしくお願いしますね!」

 

 その胸のでかい先生がそう言ってきた。

 見た目同様に先生は結構フレンドリーだった。なんだか生徒とも仲良くなれるタイプの先生だ。

 まあ、優秀な先生なのかどうかはまた別だけどね。まさかこれでアホな先生だったらどうしようか。ちょっと困る。そのときは先生の授業が子守唄になるからね。

 

「それじゃ、自己紹介をしましょうか。えっと、出席番号順で」

 

 生徒たちが次々に自己紹介を始める。私はそれを眺めながら観察していった。

 その成果はこちら。

 このクラスで私の好み、つまりハーレムに加える予定の人数は二人。

 一人目はセシリア・オルコットというイギリスの女の子だ。

 金髪で見るからにちょっとプライドの高いお嬢様だ。見た目からするとちょっときつそうな子のような第一印象を持ったのだが、なんだろうか、心を一度開いてくれるとそういうのがなくなるような気がする。これは私の勝手な憶測だが、どちらにせよ私はセシリアを恋人候補に決めたのだ。心を開いたときなど、実はもうすでに関係ない。あのままだろうが恋人にするつもりだ。

 

 ああ、ちなみに向こうが私とそういう関係になりたくないと本心から言った場合、私はその子をハーレムの一人にはしない。もちろん色々と頑張るけどね。

 二人目は篠ノ之(しののの) (ほうき)という名前の通り日本人の女の子だ。

 黒髪でポニーテイルで大和撫子という言葉が似合う子だ。日本人らしいと言えばいいだろうか。そういう第一印象だ。だが、なんだろうか。その目つきは鋭く周りを威圧でもしているかのようだった。正直、私じゃなかったら最悪の第一印象だ。周りの者は休み時間になっても近づかないだろう。まあ、こちらは独り占めできるということでうれしいのだが。

 

 さて、私が篠ノ之 箒で思ったことはそういうこと以外にある。それは苗字だ。

 篠ノ之(しののの)

 これは束さんと同じものだ。もしかしてとは思うが二人が姉妹という可能性がある。その可能性に思い立ったのはやはり珍しいその苗字のせいである。もしこれで二人とも田中とか山田とかそういうよくある苗字だったら姉妹という可能性には思い至らなかった。

 まさか……姉妹?

 そう思ったとき、私にある考えが脳裏によぎった。

 それは姉妹なら束さんの連絡知っているんじゃないの? ということだ。

 もし束さんの妹なら束さんに連絡を取ってもらって、接触することができる!!

 

 現在、束さんは指名手配犯のような扱いになっている。それはつまり追われている身だ。当然、連絡など取れるはずがないのだが、連絡を取るのは実の妹(本当に妹だと仮定した場合)なのだ。ISを作った人だから実の妹のみ連絡を受け取るくらいできるだろう。

 ふふふ、姉妹一緒に頂いちゃうのもいいわね!

 と、考えている間に現在ある人物で自己紹介が止まっていた。

 それは一人の男子生徒(・・・・)だ。

 …………。

 うん、おかしいよね。だってここ、IS学園は私の記憶では男子生徒は全くいない女の子だけの学園のはず。なのに、男がいる。これは決してIS学園が男の入学を認めたわけではない。

 

 彼、織斑(おりむら) 一夏(いちか)はちょっとした世界的有名人なのだ。だからこのIS学園に入ることができる。

 でも、ただの有名人ではない。ただの有名人では男は入れない。ではなぜ入れるのか。

 それは織斑 一夏が男は扱えず、女のみしか扱えないISを扱うことができたからだ。

 現在、世界の男の中でISを扱えるのは織斑 一夏のみ。

 

 だから織斑 一夏、ああ、もう! 一々苗字と名前を言うのはめんどくさい! 一夏でいいや。で、一夏は世界的に有名人になり、このIS学園に入ることができて、この教室にいるのだ。

 もちろん一夏がISを動かしたことはニュースとなった。ISを唯一使える男として。

 だから、クラス中の女子たちが一夏に注目している。それは一夏がISを動かせたからという理由だけではないだろう。一夏の見た目にもあるはずだ。

 一夏は簡単に言ってしまえばイケメンに入る部類で、女の子大好きの私から見てもちょっとだけドキッとしまうほどだ。

 もし一夏がポッチャリとした体系だったらクラス中の女子たちはきらきらとした目を向けなかっただろう。

 やはり見た目は大事なのだ。

 

 私は一夏を見る。私から一夏に対してあるのは負の感情だ。周りの女の子のように正の感情を持っていない。

 だって男がいるんだよ! しかも、イケメンの男子! 私はこの学園でハーレムを作りたいと思っているのにこれじゃ逆に奪われてしまう! だから負の感情を持っているのだ!

 くそっ、なんで私と同じ歳なんだよ! うう、あと一年違えば!

 やはり私にあるのは一夏への負の感情のみだ。もし私が欲しい子を奪われたならば殺意を抱くだろう。そして、実行に移すかもしれない。

 

「……お、織斑 一夏です。よろしくお願いします」

 

 山田先生に言われてようやく自己紹介を始めた。

 ぐぬぬ、イケメンなのは顔だけでなく、声もか!

 さらに負の感情が高まる。

 さあ、自分の名前の次は自己アピールだ。何を言うのか?

 私は一夏を上から目線で思う。

 だが、一夏は私の想像していないことを言いやがった!

 

「以上です」

 

 これだけだ! ほかは何も言わなかった!

 お前、自己紹介を舐めているのか!?

 自己紹介は見た目という第一印象の次に大事なものである。それをその程度で終わらせるとは。いや、だが待てよ。最後のソレは皆が予想しなかったものだ。逆に多くの者にインパクトを与えた。つまり自己紹介としてはある意味優れているのだ。下手に何かを言うよりは大分ましだと言える!

 

 一夏が言い終わってパァン! という音が教室中に響いた。

 それはいつの間にか一夏の後ろに立っていたスーツ姿の、山田先生とは別の教師が一夏を叩いた音だ。

 一夏とその教師は言葉を交わす。

 それを私たちは眺めるしかない。

 その教師を私は、いや私たちは知っている。ISを知っている者ならば知っていて当たり前という常識レベルで知っている人物だ。その教師の名前は織斑 千冬(ちふゆ)

 IS世界大会の優勝者で、世間では『ブリュンヒルデ』とも呼ばれる人だ。

 私はこの人に対して束さんのようにハーレムに入れようなどとは思ってはいない。私はこの人には尊敬しかない。いや、好きになるかも……。

 ま、まさかそんな人がここにいるとは……。

 

「諸君、私が織斑 千冬だ。私の仕事は君たちを一年で使い物にすることだ。そのためには君たちが私の言うことをよく聴き、よく理解してもらう。できなければできるようになるまで私が教育してやる」

 

 う、うわあ~! 生の千冬さんだ! な、なんだか千冬さんにそんなに上から目線で言われるとドキッてしちゃう!

 

「「「「きゃああああぁぁぁぁぁっ!!」」」」

 

 と、そのとき私と先生たち、そして一夏以外のほとんどの女の子たちが声を上げた。その声に一瞬頭が揺さぶられる。

 

「ち、千冬様~!」

「ずっと会いたかったです!」

「私はあなたのために存在します!」

「私の体を好きにしてください!」

「そのきつい目つきで罵ってください!」

 

 皆もやはり千冬さんのことを尊敬しているようだ。

 やはり尊敬している人が周りかも尊敬されていると自分もうれしくなる。

 

「……毎年毎年なぜこれけのバカが集まるんだ? なんだ? それは私のクラスだけなのか?」

 

 だが、さすがにその尊敬は本人にはうっとうしいものらしい。

 まあ、確かにやりすぎだと思う。だって周りの子たちって千冬さんのためなら死んでもいいみたいな人たちばっかりだもん。

 私はそこまでではない。確かに憧れて尊敬はしているが、さすがに熱心な信者とまではいかない。ただ仏教徒の日本人のような緩い信者だ。

 目はきらきらしているけどね!

 

「全く貴様は満足に挨拶できないのか?」

「いや、千冬姉。俺は……」

 

 再び頭を叩かれる。

 

「織斑先生だ」

「……はい、織斑先生」

 

 皆が騒ぎ始める。

 それは一夏の「千冬姉」という発言が原因だ。

 これは一夏が千冬さんのことを姉と言ったようなものだ。

 だから周りが騒いだ。

 

 ちなみに私はとっくの昔に同じ苗字ということから推測はしていた。織斑という珍しい苗字だ。全国にいるだろうが、一夏の発言からしても一夏が千冬さんの弟だということは確定だ。

 むむむ、まさか恨むべき一夏の姉が千冬さんとは! まさかとは思ったが驚愕の事実だ。

 これは尊敬する千冬さんのためにも一夏とは仲良くなったほうがプラスかな? そしたら千冬さんと個人的なお話もできるかもしれない! うん、あまり気が進まないけど千冬さんと仲良くするというためならば、一夏と仲良くしてもいいと思える。

 まあ、それは未来の話だ。千冬さんと仲良くなりたいと思ったときでいいだろう。

 それ以外で一夏と仲良くするのはちょっと抵抗がある。

 

「さあ、さっさと自己紹介の続きをしろ。いいな」

 

 千冬さんはそう言って続きをさせた。

 私はほかの子の自己紹介をその子の姿を見ながら聞く。

 ふむ、今のところ二人以外にハーレムに加えたい子はいないね。確かに可愛い子たちだが、ただそれだけで私の好みには入らない。

 そうしているうちにその二人の自己紹介が始まり終わった。

 篠ノ之 箒、いや箒は名前を言っていくつか趣味等などを言って終わる簡潔なもので、セシリア・オルコットは名前の後に長々と自分のことを語っていた。



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第2話 私の獲物が、う、奪われた……

 ふむ、やはりセシリアはちょっとプライドが高いみたいだ。それとあまり男である一夏のことを好意に思っていないようだ。うまく隠してはいたが、それがよく分かった。

 私はそれにダメだとは思わない。なにせ世の中がそういう世の中になってしまったのだ。

 女が上で男が下と。特にその傾向が大きいのは十代から三十代の女だ。彼女たちはまるで女王にでもなったかのように普通に男性に命令するのだ。

 もちろんそういう人がたくさんいるというわけじゃないよ。

 

 さすがにやりすぎなのでは思うのだが、うん、そういう世の中だからとしか言えない。女尊男卑の世の中だからね。

 と、そう思っているときについに私の番になった。

 私は椅子を引いて立ち上がる。

 

「月山 詩織です。趣味はにんげ――じゃなくて、動物観察です。よく見るのは……そうですね。犬や猫です。あと可愛いものが好きです。みなさん、どうぞよろしくお願いしますね」

 

 私はそう言って微笑んで、席に着いた。

 そして、次の人へとなる。

 私はそれを静かに聞いていた。が、内心は静かじゃなかった。

 あ、危なかった! もう少しで人間観察って言っちゃうところだった! もし完全に言っていたらただの危ない人になるところだった!

 ああ、ちなみに人間観察というのはある意味本当だ。私は、特に中学のときからハーレムを作ろうと思って、可愛い子をよく観察していた。結果、趣味のようなものになった。

 

 だが、まあ動物観察もあながち嘘ではない。私は犬や猫が大好きで近所の犬や猫と遊んでいたし、観察もしていた。

 それと『可愛いもの』と言ったが、それをちょっと変えると『可愛い者』だ。つまりそれの示すところは『可愛い者の女の子』だ。

 私はちょっと濁して可愛い女の子が大好きですとみんなの前で言ったのだ。

 まあ、これには気づかないだろう。なにせ『もの』と言ったのだ。これを『女の子』に変換して見事正解へ行き着くことなど無理だろう。

 

「さて、終わったな。いいか、諸君たちには半月でISの基礎知識を詰め込んでもらい、その後も半月で実習してもらう。基本動作も体に染み込ませろ。いいな? よくなくても返事をしろ。そのときの返事は『はい』のみだ」

 

 なんか理不尽を言われたような気がするが、それは気のせいだろう。

 一夏を除いた私たちはきらきらとした目で頷いた。

 

「ふっ、分かったようだな。では授業を始めるとしようか」

 

 千冬さんは薄く笑って授業を始めた。

 

 一時間目のIS基礎理論が終わった。

 すでに中学のときにISを独学で学んでいたので、実はIS学園で新しく学ぶことは一部のISの知識と実習だ。

 なので今回もこれからも私にとっては復習の時間となる。

 そういうことなので、初めてのこの学校での授業は完全に理解できた。というか、基礎ということもあって簡単だったし、忘れかけたことも思い出せてよかった。

 ほかのみんなもそうだろうか。やはり予習でもしているのだろうか。

 私はちょっと不安になる。

 

 だってもしこの中でちゃんと理解しているのが私だけだと嫌な方向に目立ってしまうのだ。

 私だけちゃんと理解していて周りは理解していない。

 この状況は中学時代にやっていた女の子たちに囲まれる、ということができるのだが、それは一部の者が理解できていて私一人ではないときにできることだ。私だけというのは私がでしゃばっているとしか見られなくなる。

 だから不安だ。

 私は気持ちを切り替えた。

 私はちょっと周りを見る。それは話しかける相手を見つけるためだ。しかし、話しかけられそうな相手が見つからない。

 みんな一夏に夢中だった。

 

 なにせ世界にただ一人のISを動かせる男で、イケメンに入る顔だ。休み時間となって話しかけるにはいい時間だ。

 みんな遠くから一夏のことをひそひそと話す。

 その内容は別に悪いものではない。ただどうやって話しかけるかを話しているのだ。

 ……うらやましい。正直言ってうらやましい! 薄々は思っていたが一夏はどこかの自意識過剰の最低なやつではなく、いい意味でもてるタイプだ!

 その証拠に男子にはうれしいはずのこの学園に来ているというのに一夏は自ら話しかけようとはしていない。逆に本心から気まずいという顔をしている。

 おそらくだが一夏は鈍感で、無意識のうちにフラグを立てるのだろう。そして、本人の知らぬ間に女の子たちを惚れさせているのだ。

 なんだか私の勘がそう告げている。

 

 や、やっぱりハーレムを作る上での障害は一夏のようだ……。やはり一夏に近づいたほうがいいのかな?

 悩ましいところだ。

 最後にチラッと一夏を見る。

 やはりもうすでに疲労の顔だ。

 いきなりIS学園に入れられたのだ。きっと全くと言っていいほどISについて知らなかったのだろう。それだから勉強についていけなかったのだ。

 ん? あれ? でも、参考書があったよね? アレを読んでいれば大丈夫のはずなのに。もしかして……読んでいなかった?

 

 IS学園に入学する前に私たち生徒はちょっとぶ厚い参考書を貰う。それは必読だ。内容はもちろんISについてのこと。中には先ほどした授業の内容も書かれていた。

 なのでこれを読んでいれば基礎は軽く固めることができる。

 でも、まさか最初時間でこれか。次の時間も午後にもISについての授業があるんだけど……。一夏、大丈夫かな?

 色々と一夏に同情してしまう。

 と、一夏がガクリとなったところに一人の少女が一夏に近づいてきた。

 むっ、勇気ある子だな~。さてさて誰かな?

 私はクラスメイトのほとんどの名前と顔を記憶している。なので誰が近づいたのかは分かる。

 私はその勇気ある少女の顔を見た。そして、驚愕のあまり椅子から転げ落ちそうになった。

 

「なっ……!」

 

 思わず声が出かけたが、なんとか口を押さえて踏みとどまる。

 な、何で!? 何で箒が一夏に近づくの!?

 そう、私のハーレムの対象の一人である篠ノ之 箒が一人で一夏に近づいたのだ。

 

「……ちょっといいか?」

 

 箒が一夏に声をかけた。

 それに反応して一夏が箒のほうを見る。

 周りの女の子たちは驚愕で先ほどとは違ったざわめきに包まれる。

 だけど、一番驚いたのはやはり私だ。

 

 周りの子たちはただ箒が最初に話しかけたということで、まだ一夏が箒によってどうにかなるというわけでもない。だが、私は違う。私は箒のことを狙っているのだ。その箒が自ら一夏に会いに向かった。

 一夏は本人すら自覚のないフラグメイカーだ。

 つまり、箒がどういう意図があろうと一夏の言動が箒を惚れさせる要因となるのだ。

 それは箒が一夏に取られるということを示す。

 

「……箒?」

 

 えっ!? そ、その反応……ま、まさか二人は知り合いなの!?

 一夏は箒の名前を言った。

 普通、これが初対面だったらいきなり名前で呼ぶなんてありえないというものあるが、名前など覚えれるはずがない(私は別)。そういうことから二人は知り合いだ。しかも名前で呼ぶからにはただの友達ではないはず。

 ど、どういう関係なんだろう? こ、恋人じゃないよね?

 箒を狙う私としては一夏との関係が気になった。

 もし二人がそういう関係ならば私はあきらめなければならない。

 

「廊下でいいか?」

 

 箒が一夏にそう言う。

 こっそりと聞いていた私はなんとも複雑な気分となる。

 う、うう~二人が友達以上恋人未満ならば絶対に箒は一夏に恋心を抱いているよ~!

 愛の力は絶大だ。どんなに危険があろうが、その中へ愛のために飛び込んでいくだろう。私のもそうだ。愛ではないが、思いだけでこのIS学園に入った。それだけの力があるのだ。

 

 まさか愛がないのにこの学園にいる唯一の男、一夏に声をかけないだろう。それがたとえ一夏のことを気遣ってでも。

 と、その間に二人は廊下へ出て行った。

 二人が、特に箒のことが気になる私は気配を消して後を追った。

 この気配の消し方はもちろんのこと祖父から習った。

 

 だが、うん、気配を消した意味はなかった。なにせまだ休み時間で廊下には一夏を見ようとする人たちがいたからだ。これじゃ気配を消しても意味がない。

 廊下にいるみんなは一夏たちから距離を置いて囲むようになっている。

 私はみんなに紛れて二人の会話に耳を傾けた。

 

「去年、剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう」

 

 呼び出したはずの箒ではなく、一夏から切り出した。

 というか、箒って剣道をやっていたんだ。しかも、全国大会で優勝する実力者!

 そういう競技に詳しいわけではないが、一位を取る難しさは知っている。それは才能だけでなく、努力も必要なことだ。私の中学時代の成績もそうだ。動機は不純だが努力して勝ち取ったものだった。

 

 一夏にそう言われた箒は頬を赤らめていた。

 ぐっ、さっきまではちょっと鋭いちょっと威圧的だったのに今は可愛らしく頬を染めているからギャップが!!

 可愛さ、美しさ。そして、それらを伴った言動。

 それは私にとっては精神攻撃だ。

 

 思わず自分の胸元を握り締める。

 私は一夏に嫉妬する。

 ずるい。そんなのはずるいよ。自分と箒が知り合いだからって箒にそんなふうにさせるなんて!

 

「なんで知っているんだ?」

「なんでって、新聞を見たから」

「なんで新聞を見ているのだっ」

 

 箒の言葉に一夏は困った顔をするが、私には分かる。箒のその言葉は照れ隠しなのだ。

 やはり箒は一夏に好意を抱いている。一方の一夏はやはりそれに気づいていない。

 箒が本当に好意を持っているということは私に一夏への恨みが募らせる。私が箒を狙っていただけにそれは大きい。

 こ、これはやっぱり私に箒はあきらめるしかないのかな?

 箒は一夏に好意を抱いているのだ。そこに別の相手、それも同じ同性である私が入り込める余地などない。

 残念だがどうやら私は箒をあきらめなければならないようだ。

 

「久しぶり。六年振りだったか? だけどすぐに箒だって分かったよ」

「え……」

「髪型だって一緒だし」

「よ、よく覚えているのだな」

「当たり前だろう。幼馴染のことだ。忘れるわけがない」

「…………」

 

 さらに新事実。

 どうやら二人は幼馴染という関係のようだ。

 それじゃ余計に入り込むなんて無理だ。幼馴染とクラスメイト、それも同性では勝つなんて難しすぎる!

 でも、あきらめるからと言って仲良くしないわけではない。束さんのこともあるが、純粋に箒と友達になりたいという気持ちがあるのだ。

 ん? おっとチャイムが鳴った。

 二人を囲んでいた私たちは一斉に教室へ戻っていく。

 二人は私たちの後に続いた。

 はあ……箒が奪われたよ……。

 教室へ戻り、席に着いた私は思わず机にうつ伏せになってテンションを落としていた。

 じゃあ、次はセシリアか。今度こそは手に入れよう。一夏、今度は私が奪うからね!

 私は次の授業の準備をするセシリアの姿をじっくりと見て堪能した。

 

 その授業中、山田先生がISについての説明をしつつ板書をする。黒板にはすでに八割ほどが白や赤のチョークで埋められていた。

 もちろんのこと私はちゃんとそれらを理解していた。

 周りの子達も時折うなずいてノートに板書を写していた。

 私は板書を写しつつ、周りの子達の姿を見るという同時に二つの行動を行っている。この技は小学生時代になんだか同じ内容ばかりだからつまんないな、だから授業を聞きながら別のことをしよう、という考えにより作られたものだ! 一度に二つのことをするこれはとても難易度の高い技だ。この技には努力だけでは不可能だ。二つのことを同時に処理するという才能がいる。

 

 このようなことができるのは世界中にも滅多にいないだろう。

 私が板書を写し終わり、周りの子達を観察――じゃなくて、眺めていると山田先生がここまでで分からないところはないか、問いかけてくる。

 私はもちろんのことなく、周りの子達も理解できていた。

 だが、ただ一人そうではない者がいた。それは一夏だった。

 

「ほとんど全部分かりません」

 

 …………確かに分からないことをそのままにしておくのはまずいと思う。そのときは恥を忍んで正直に言うべきだと思う。だけど、それには限度があると思うんだ。

 一夏、君のソレはひどすぎるよ!!

 一時間目が終わってからの一夏を見て、まさかとは思っていたけど……。

 

「え……。ぜ、全部ですか? え、えっと他に分からないところがあるって人はいませんか?」

 

 だけど周りは手は上げない。周りは完全にここまでの授業を理解しているからだ。顔を見ていたがそこに偽りはない。

 

「織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 

 千冬さんが一夏に聞いた。

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 一夏のまさかの告白。

 それを聞いた千冬さんは一夏の頭を叩いた。

 私はただ読んでいないだけかなと思っていたが、まさか捨てたとは!!

 さ、さすが一夏。予想にもしていないことをしてくれる。



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第3話 私と獲物とライバルとの接触

「必読と書いてあっただろうが、馬鹿者。あとで再発行してやるから一週間、いやそうだな。五日だ。五日以内で覚えろ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何で短くした!?」

「ん? 何だ? できないのか?」

「さすがに無理があるだろう!」

 

 一夏が無理を言う千冬さんに突っ込む。

 

「ふっ、冗談だ。一週間以内に覚えろ」

「いや、それも無理だって」

「織斑、私はお願いしているのではない。命令しているんだ」

「…………」

「一週間以内にやれ」

「……はい、やります」

「それと織斑先生だ」

「……はい、織斑先生」

 

 一見厳しいような気がするが私には二人が家族として接しているように見えた。

 ちょっと羨ましいよ。

 相手はあの千冬さん。一夏が千冬さんの弟だと知っていても、やはりどうしてもそう思ってしまうのだ。

 いいな、一夏は。千冬さんが姉で。私もお姉ちゃんが欲しい。

 一人っ子の私には二人のその関係が羨ましかったのだ。

 だから私の心には羨ましいという以外にやはり嫉妬があった。

 はあ……今日だけで一夏には様々な感情を向けているな。

 それはやはりこれまでの人生とここでのものが違うからだろう。

 私のこれまでの人生は毎日が思い通りに動いていた。多少の障害があってもそこは私だけの力と知だけで乗り切ってきた。

 だが、ここに来て分かったが私の夢を叶えるにはそれだけじゃ無理だって一夏に教わった。

 一夏は知と力なしで見事に箒を無意識に落としている。

 

「織斑 一夏……。私の初めての障害……」

 

 言葉にして最大の障害を再確認する。

 一夏はある意味ライバルとも言える。

 私は一夏の無意識の言動に打ち勝たなければハーレムを作ることは無理だ。

 うう、どうすればいいのだろうか。

 一夏、やっぱり邪魔だ! 本当に最大の障害だ!

 

「箒はあきらめるけどセシリアは渡さないから」

 

 私は千冬さんが何か話して、それを聞いている一夏を睨みながら小さく呟いた。

 このままじゃ私の狙った子は奪われる。だから、奪われないようにするには先に奪うしかない。

 よし! こうなれば次の休み時間にセシリアに話しかけよう!

 本当はじわじわと接触したかったのだが、一夏に奪われるのと比べるとこちらのほうが好手のはずだ。

 私はセシリアのほうへ視線を移す。

 セシリアは再び再開された授業に集中していた。

 ああ、きれいだな。最初に見てから笑顔を見ていない。だが、きっとその笑顔を向けられたらそれはきれいな笑顔なのだろう。

 勝手な想像だが、私はそのきれいな笑顔を欲した。その笑顔を私だけに向けてもらうためにも私はセシリアを……。

 その授業中、私は先生の授業を聞きながらずっとセシリアを眺めていた。

 

 授業が終わると私はすぐに立ち上がってセシリアのもとへと向かった。

 目的はもちろんセシリアと接触するため。

 私の頭の中にはすでにセシリアに話しかける最初の言葉が決まっている。フレンドリーに話しかけて第一印象を良くするのだ。そこからセシリアに話を合わせつつ仲良くなるのだ。

 そういう計画があったのだが、その計画はまたしても一夏によって白紙にされた。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 なんとセシリアが一夏に声をかけたのだ。

 

「な、何で!?」

 

 思わず声が出た。

 幸いにも声は小さく周りには気づかれなかった。

 な、何でセシリアが一夏に!? や、やっぱり一夏はセシリアも!!

 私の一夏への恨みが倍に膨れた。

 一夏から話しかけていないとはいえ、私の狙っていたセシリアが一夏に話しかけた。

 ただその事実だけで恨みが募るには十分だ。

 で、でも、まだだ! まだ完全にセシリアの心が一夏に奪われたわけではない! 

 だってセシリアは見た目からしても男なんて大嫌いという雰囲気が溢れているのだ。話しかけたとはいえ、まだ箒のように一夏に恋心は抱いていないはずだ。だからその前に私に対して恋心を抱かせる。いや、まずは一夏よりも興味を抱かせるほうか。そう簡単に恋心なんて抱かせることができるとは思っていないから。

 と、とりあえず話を聞こう。まずはそれからだ。

 私は気配を消して一夏たち二人の近くへ移動した。

 

「訊いていますの?」

「あ、ああ、訊いているけど……どういう用件だ?」

「まあ! なんですの、そのお返事は。わたくしに話しかけられただけでも光栄なことなのですから、それ相応の対応というものがあるのではありませんの?」

 

 よし! セシリアの言動からして一夏に恋心は完全にない! ただ興味本位で話しただけだ!

 それが分かっただけで気が楽になった。

 でも、油断はできない。なにせ相手は女落としの一夏だ。何がきっかけでセシリアが落とされるか分からない。

 やはり昼休みか放課後に接触するしかないか。

 それにしてもセシリア。もうちょっといい言い方はなかったの? 一夏に対して優しい言葉を使えなんて言わないけど、ほかの子たちにはもうちょっと優しい言葉を使うほうがいいよ。

 

「悪いな。俺、君が誰かなんて知らない」

 

 しかも、一夏のほうも喧嘩越しだ! こ、これはどう転んでもセシリアは落とされない? その可能性は高い。

 

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生であるこのわたくしを? ちなみに入試主席のわたくしを?」

「ちょっと質問いいか?」

「なんですの?」

「代表候補生って何だ?」

 

 私の周りでどこかの漫画みたいにこけたりしていた。

 それにしても本当に一夏は私の想像を超えたことを言ってくれる。

 ISが広まった世の中でまさか代表候補生を知らない人がいるとは思わなかったよ。ねえ、一夏の家には新聞やテレビはないの? そう思わざるを得ない。

 

「あ、あなたはわたくしをバカにしていますの!?」

「いや、していないぞ」

「なら、そんな質問をしないでくださいまし!」

「でも、知らないんだからしょうがないだろう」

「信じられない。信じられませんわ!」

 

 私も信じられないが一夏を見る限りそれは本気で言っている。冗談では言っていない。

 本当に日頃の生活はどうなっていたのだと聞きたくなるほどだ。

 

「で、代表候補生って何だ?」

「国家代表IS操縦者……の候補生として選出するエリートですわ。単語から想像できたでしょう?」

「そういえばそうだな」

「っ! あなた、やっぱりわたくしをバカにしてますの!?」

「おい、怒るなよ」

「怒らせたあなたに言われたくはありませんわ!」

 

 全くだ。全部一夏のせいだよ。

 一夏が悪い。やっぱり一夏はその無意識の言動から女の子を落としもするが、このように怒らせることもあるのだ。

 ふむ、諸刃の剣かな?

 

「まあ、つまりオルコットさんはエリートなのか」

「ええ! そう! エリートですわ!」

 

 先ほどの怒りを晴らすようにセシリアが胸を張って元気よく言った。

 ふふ、なんだか可愛い。

 私にはそうやって自分を強く見せようとするセシリアが可愛らしく見えた。

 逆に私のものになったら弱いところを見せてくれるのだろうか。ならばぜひ私にだけ見せてほしい。私は余計にセシリアを欲した。

 

「本来ならばわたくしのような選ばれた人間とは、同じくクラスになるだけでも奇跡……幸運ですのよ。その現実を少し理解してくださる?」

「つまりラッキーということか」

「……やっぱりバカにしていますわよね」

 

 うん、しているように感じるけど一夏のほうは素だ。絶対に素だ!

 

「大体、あなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞いていましたからちょっとは期待していましたが、実際に話してみて分かりましたわ。期待はずれ、ですわ」

 

 セシリアはすごいよ。まさか本人を前にして期待はずれなんて言っちゃうんだから。とてもじゃないが私にはできないことだ。

 

「いや、俺に期待されても困るんだが」

 

 まあ、一夏はただISに乗れただけだもんね。それに本当は普通の高校に入るつもりだったみたいだし。だから確かに期待されても困る。

 一夏に恨みと嫉妬を抱いてきたが、一夏のこれまでのことを考えると同情する。

 でも、そんな一夏なのだが、うん、女の子に囲まれているから……ちょっと同情したくないという気持ちが強いよ。 

 

「まあ、でも。わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげ――」

「だ、ダメ!! 優しくするなんて!!」

 

 気づけば私は叫んでいた。それも教室に響くほどの大きな声で。

 もちろん周りの人たちは何事かと私を見た。

 や、やってしまった!! セシリアが優しくするって一夏に言ったから思わず叫んじゃった!! しかも、これじゃ盗み聞きしてたってことじゃん!! う、うわあああっ!! 第一印象が最低なものになった!! これも全て一夏のせいだ!!

 内心でそう騒いでいる間に一夏とセシリアの二人は驚いて私を見ていた。

 一夏はなんだか、えっと名前はなんだったっけという目で。

 セシリアは、なんですの、この子は。わたくしの言葉を止めるなんてという若干不機嫌な目で。

 ぐっ、そ、そんな目で見ないでよ。私だって本当は口を出すつもりはなかったんだから。

 でも、セシリアが一夏と仲良くするのが嫌だっていうのは本当だったし……。

 

「……あなた、どういうつもりですの?」

「えっ!? どういうつもり? それは……」

「……なるほど。つまりあなたはそこの男にそのように優しくする価値はないと」

 

 ち、違います!! そうじゃないです!! い、いや、そうなんだけど!! で、でも一夏を否定するわけでもなくて!!

 それを声に出したかったのだが、動揺のあまり声が出なかった。

 

「分かりましたわ。ここはわたくしのようなエリートではなくて、別の者がするのがふさわしいということですわね!」

「ち、ちが――」

「ありがとうございますわ。考えて見ればそうでした。なぜわたくしのようなエリートがそんなことをしなければならないのでしょうか」

 

 勘違いされた。しかも、自信満々に。

 おかげで周りの子からの私への視線がつらい。なにせ周りは一夏に興味を持っている女子たちだ。一夏の悪口(?)を言われたら嫌でもそういう対応をしてくる。つまり、その悪口に加担した私はある意味敵になったのだ。

 ぐっ、なんでこんなことに! 何度も思うがやはり全部一夏のせいだ!!

 

「あなた、確か名前は……」

 

 っと、名前を聞かれた。

 私はいつもの生徒会長モードへ移行する。

 

「月山 詩織よ。よろしくね、セシリア」

「え、ええ、よろしく、月山さん」

「いえ、詩織でいいわよ。さんもいらないわ」

「そう、じゃあ、改めてよろしくお願いしますわ、詩織」

 

 いつももうちょっとテンション高めで幼い私なのだが、例の女の子に囲まれて……という作戦をするときにこのままじゃダメだと思ってお姉さまモード(現在は生徒会長モードと呼んでいる)を作ったのだ。これはただの意識の切り替えであって多重人格ではない。

 さあて、仕方ないけど、こうなってしまえば一夏に悪いけどこのままいかせてもらうよ。それに箒を奪ったりと嫉妬や恨みがあったのだ。大人気ないけどちょっとその気持ちを向けてもいいだろう。

 

「それとあなたもよ、一夏」

「え? 俺?」

「そうよ、よろしくね。本当に」

「あ、ああ」

 

 私は手を差し出した。一夏はその手を取り握手をする。

 

「っ!!」

「ん? どうしたの?」

「ちょ、手がっ」

「手が……どうしたのかしら?」

 

 現在、私は一夏の手を軽く握り締めている。ええ、軽く(・・)ね。

 私の身体能力はとても高い。私の現在の軽く、というのは一夏と同じ年頃の男子の本気レベルなのだ。

 一夏の顔が痛みでゆがんでいて当たり前だ。

 ふふふ、物理的にだけど今しばらくは苦しんでね。

 これで今日だけの分はよしとしよう。これはサービスだ。次、私の恨み等を買ったら絶対に許さないけど。

 私はゆっくりと力を緩めた。

 

「……な、なんでもありません」

「そう。あと、一夏。ちゃんと勉強したほうがいいわよ」

「へっ?」

「特にISのね。さっきセシリアにも言われていたみたいだけど、せめて予習くらいはしなさい。あと復習も。セシリアの言うとおりよ。あまりそうやっているとバカにしているのって思うわ」

「で、でも、分からないことばかりで……」

「確か、あなたには幼馴染がいたでしょう? その子を頼るといいわ」

 

 私はチラッと箒を見る。

 偶然こちらの様子を伺っていた箒と目が合う。箒はすぐに目を逸らした。

 私が一夏に箒を頼るように言ったのは箒を応援しようと決めたからだ。初めて会って話したこともない相手なのにこうするのは、ただ私が一度でも箒を欲したという理由からだ。すでに箒の心は一夏に向いているのだが、それでも応援するのだ。

 だから決して一夏への親切心などない。箒のためだ。

 さて、箒はどうするのかな? ちゃんと自分の思いを伝えられるのかな?

 それだけが心配になる。

 

「ありがとう。えっと……」

「月山よ」

「月山さん」

 

 名前である『詩織』と名乗らなかったのは一夏に名前で呼ばれたくなかったからだ。私の名前を呼んでいいのは女の子だけだ。



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第4話 私たちの決闘のきっかけ

「それじゃ、時間みたいだし私は席に戻るわ。じゃあね、一夏、セシリア」

 

 私は優しく微笑み、その場を後にした。

 ふう~、な、なんとか上手くいったよ~! 最初は最悪な出会いになったと思って後悔していたが、結果としてはセシリアに良い第一印象を与えたと思う。

 一夏は……どうだろうか。なにせ最初が最初だ。別に一夏に良く思ってほしいというわけではないが、だからと言って悪い印象を持たれたいというわけではない。

 まあ、最後に(本当は箒のためだけど)一夏を助けるためのことを言ったから大丈夫だろう。だから一夏は悪い奴だと思っていたけど本当は親切な人なんだと思ってくれたかもしれない。

 まあ、今のところ私の良い方に進んでいるということだ。

 私は席に着くと再び何やら話をする一夏たちをぼんやりと眺めた。

 二人の声は周りの声に混じって所々しか聞こえない。

 まあ、気になるけど、セシリアの顔とか見ていると大体の想像が付く。どうやらまた一夏が何かやったようだ。

 そこにチャイムが鳴る。

 もう休み時間は終わりだ。

 セシリアは一夏に怒りながら最後に何を言って自分の席に戻った。

 そのとき、それを見ていた私はふと思った。

 あれ? ちょっと待って。翌々考えてみるとセシリアが感情的になったのって一夏だけだよね? これってやばくない?

 それはこのクラスの中である意味関係が深いということだ。

 ま、まただ! や、やはり一夏は油断ならない!

 やっぱり一夏のことを好きになれなかった。

 そんなことを考えている間にいつの間にか千冬先生が立っていた。

 

「この時間は実践で使用する各種装備のことを話そうかと思うが、その前に五月にあるクラス対抗戦の代表者を決める」

 

 このIS学園はISの学園だけにこういうISを使ったこういう対抗戦というものがある。それは名の通りでクラスの代表者たちが戦う。

 で、代表者というのはただ戦うだけでなく、生徒会の会議等に出席しなければならない。普通の学校で言うところの委員長というやつだ。

 私はこの委員長という役割はなったことがない。その理由は生徒会長ばっかりやっていたから! うん、これは決して自慢ではない。事実を言っただけだ。

 周りの女の子たちはざわざわと騒がしくなった。

 

「はい! なら私は織斑くんを推薦します!」

「私もです!」

 

 む、さすが一夏。さっそく推薦されているよ。

 当の本人はまだ状況を理解できていないようだ。

 

「では候補者は織斑一夏だな。ほかにはいるか? 自薦他薦は問わない」

 

 千冬さんが言ってようやく一夏も気づいたようだ。一夏は席を立った。

 

「お、俺!? 俺はやらないぞ!!」

 

 だが、無理だ。きっと一夏は逆らえない。なにせ周りのみんなは一夏に頼っているからだ。

 まあ、一夏よ。これも私の恨みを勝った報いだ。潔く受けてくれ。みんなもそれを思っているしね。

 

「織斑、邪魔だ。座れ」

「お、俺の意見は!?」

「却下だ。織斑、お前は他薦された身だ。それの意味するところは皆の期待を背負っているということだ。覚悟をしろ」

「り、理不尽だ……」

 

 まあ、一夏の気持ちは分からなくはない。何せ私は優秀な生徒会長ということで皆の期待を背負ってきたのだ。それは時にストレスとなった。

 あのとき、それは生徒会長として皆に私が優秀だと知られたときだ。皆から期待が集まり皆の期待に答えないと、と思ってずっと頑張ったのだ。その結果、私は無理をしすぎて倒れた。

 それは精神からくるストレスからのものだった。

 もちろんそれからは倒れないようにと手を抜いたりして回避した。

 まさか体が頑丈な私が倒れるとは思わなかった。どうも精神は頑丈ではないようだ。

 だから、まあ一夏が嫌がる理由は分かる。だって正直面倒だと思うし、大変だしね。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 と、一夏があまりのことにうな垂れているとセシリアが声を上げて立ち上がった。

 ま、まただ! また一夏関係でセシリアの心が動いた!

 思わず一夏を睨んでしまう。

 

「そのような選出は認められませんわ! 大体、男が代表者などいい恥さらしです! そのような屈辱を一年も味わうなんて耐えられませんわ!! そもそも実力から行けばそれはこのわたくし、セシリア・オルコットこそがふさわしいですわ! それを男で動かせるという珍しさでそこの男にさせるなんてありえません! わたくしはISを学びにわざわざこの極東の島国まで来たのであって、サーカスの見せ物を見にきたのではありませんわ!」

 

 セシリアは勢いよくしゃべったせいか、息を切らした。そして、息を整えると再び話始める。

 

「つまり、実力トップのわたくしこそがクラス代表にふさわしいということですわ!!」

 

 最後にセシリアが胸を張って堂々と言った。

 聞いている限りだと日本を侮辱されたのだが、私はそこまで愛国心が強いわけではないので別に何の感情も湧かなかった。

 

「大体、文化としても後進的なこんな国で暮らさなくてはいけない事自体、耐え難い屈辱――」

「イギリスだって、大したお国自慢は無いだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ?」

 

 どうやらついに怒りが頂点へと達したのか、一夏の口からそんな言葉が出てきていた。

 またか! また一夏が関わってきた! 本当にどうしてかな? 実は狙っているとかじゃないよね?

 言われたほうであるセシリアは一夏の突然のことで固まっていたが、しばらくして言われた言葉を理解したのか、セシリアの顔が真っ赤にした。どう見ても自分の祖国をバカにされて怒っている。

 一方の一夏はやっちまったという顔で、恐る恐るセシリアの顔を見ていた。

 本当に一夏って時折尊敬するほどすごいことをやるね。初対面だけど結構一夏について知っているよ。

 

「あっ、あなたねえ! わたくしの祖国を侮辱してますの!? 決闘ですわ!!」

 

 セシリアは一夏に向かってそう言った。

 

「おう、いいぜ。四の五の言うよりも分かりやすい」

 

 むう、一夏。相手は女の子だよ! それなのに決闘をするなんて言うなんて! 男ならば女の子には優しくだよ!

 前世が男だった私。その前世では女、子ども、ご高齢の方には優しくしろと育てられた。だから決闘なんて私にはできない。

 

「それとあなたが負ければあなたをわたくしの小間使い……いえ、奴隷にしますわ!」

「ちょっと待ちなさい!」

 

 そこで私が席を立ち、話を中断させた。

 

「あなたは……詩織」

 

 セシリアが私の名前を呟いた。

 よっしゃー!! セシリアに名前を覚えてもらえていたよ!

 

「なんですの?」

「その決闘、私も参戦しようかと思って」

 

 先ほど私は女の子相手に決闘はしないなどと思っていたが、それは今だけなかったことにしよう。それに今の私は男じゃなく女だしね。

 で、なぜ決闘するのかという理由だが、それはセシリアが一夏を奴隷にすると言ったからだ。これは私が、無理やりだけど、セシリアを手に入れるにはいいチャンスだと思ったからだ。詳しくは後ほど。

 

「つまりクラス代表になりたいと?」

「そうよ」

 

 もしもなってしまったとしても問題ない。私は色んな意味で経験豊富なのだ。それを生かせば難なくこなせるだろう。

 

「一夏も私がこの決闘に加わっても問題ないわよね?」

「え? あ、ああ、問題ない……けど」

 

 なんだか歯切れが悪い。

 表情が察するに私と戦うことに気が引けると見た。

 むう、もしかして私が女の子だから? どういう基準か分からないけど、セシリアも女の子なんだけど。まあ、いい。私はセシリアが目当てだからね。

 

「まあ、いいですわ。どうせ勝つのはわたくしですから」

 

 やはり自信満々だ。

 

「で、ハンデはどのくらい付ける?」

 

 一夏がセシリアに言う。

 おい、私には?

 

「あら、早速お願いですの?」

「いや、俺がどのくらいハンデを付ければいいのかなと思って」

 

 その言葉を聞いていた他の子たちが笑う。

 ふむ、見るからに相手は女だから……とかいう理由でそう言ったのだろう。

 だが、実際は違う。ハンデを付けさせてもらうのは一夏ほうだ。

 セシリアは代表候補生で一夏はISなんて少ししか動かしていない素人。

 男のほうが身体能力が強いとはいえ、ISを使った戦いでは一夏には勝ち目がないのだ。

 だからみんな笑っている。

 

「ちょっと織斑くん、それ本気?」

「男が女より強いなんて、ISが出来る前の話だよ?」

「織斑くんは、確かにISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」

 

 まあ、これらはISがあったらの話なんだけどね!

 市民にISを持っている者などいない。つまり日常で男に襲われたらISが存在しなかった世の中と同じなのだ。今はISが女しか使えないという理由で社会的には立場が上というだけ。だからそこを勘違いしないでほしい。

 ちなみに市民がISを持っていないのはISを作った束さんがISのコアをわずか467個しか作っていないからだ。ならば束さんが作ったコアじゃないコアを作ればいいじゃないかという話なのだが、それも無理だ。ISのコアは束さんしか作れない。頑張っても作れない。

 つまり性能の良いISだが数に制限がある。

 そして男と女が戦って勝つのは女で、その期間はなんとわずかの三日以内だそうだ。

 うん、IS強い。でも、いくらISが強かろうが私はそう簡単には勝てないと思っている。

 確かに男は負けるだろうが、女側にも甚大なダメージを与えることは可能。それはISをずっと乗っているわけではないからだ。乗っているのが人である限り休息は必要だ。そこを狙えば……。

 と、そんなのは別にどうでもいいね。別に戦争しようなんてわけじゃないし。

 

「……じゃあ、ハンデはいい」

「そうでしょうね。逆にわたくしのほうがハンデをどのくらい付ければいいのかと迷うところでしてよ。ふふっ、逆に聞きますけどハンデはどのくらい付ければ?」

 

 怒りは収まりセシリアは気持ちよさそうにそう言った。完全に弱い者いじめだ。

 

「ハンデなんていらない」

「え~、それはやめておいたほうがいいよ。ハンデをつけてもらったら?」

 

 周りの女子たちが一夏にそう言った。

 だが、一夏はそれを良しとはしなかった。頑なにハンデはいらないと答えた。

 

「詩織はどうですの? ハンデは?」

「私もいらないわ。一夏はもらっていないのに私がもらうなんてかっこわるいもの」

 

 私はそう言う。

 

「よし、話は決まったな。それでは勝負は一週間後の月曜日。時間は放課後で、場所は第三アリーナだ。三人は準備をしておくように。では授業を始めるぞ」

 

 これでいい。でも、私にはISがないからなあ。

 確かこの学園に貸し出すことができるISがあるらしい。だからそれを借りよう。それは放課後でいいかな。

 さて、授業に集中――ではなく、放課後にすることに集中だ。

 それは私が二人の決闘に参戦したわけがあるのだ。

 

 そして時は放課後へとなった。

 ふう、今日は本当に色々とあった。しかもそれには全て一夏が関わっているという奇妙なこと。初日でこれだとこれからのことが思いやられる。

 やはり一夏は私の中で最大の障害だ。

 

「それで話とはなんですの?」

 

 そんなことを考えている現在、私はセシリアと対面していた。

 場所は人気の全くない廊下だ。

 

「ねえ、セシリア。あなた、あのとき一夏に奴隷にするって言っていたけど本気なの?」

「へ?」

「言っていたでしょう、奴隷にするって。それって本気なのかしらと思ってね。どうなの?」

 

 私の目的はもちろんのことこれではない。これは確認のためだ。なにせ一夏が負ける確立のほうが高いからだ。

 一夏を奴隷にした日には私は一夏を殺してしまうかもしれない! うん、本気で!

 

「……そうですわね。あまりそういうことは考えていませんでしたわ」

「それなら……」

 

 それなら奴隷にしないんだ! よし!

 

「でも」

 

 えっ、でも!?

 

「でも、まあ、あの男を奴隷にしてみるのもいいかもしれませんわね」

「ダメ! ダメダメ! 絶対にダメ!!」

「へあっ!?」

 

 ダメだ! 一夏を奴隷にするなんてそれだけはダメだ! 一夏を奴隷にした後のセシリアなんて分かっている! 絶対に一夏に落とされて、プライドの高いセシリアは素直になれずに周りからもバレバレという感じで一夏と接するんだよ! そして、一夏も最初こそは負の感情を持っていたけど、まんざらでもないって感じになってセシリアのことを想うようになるんだ! そしていつの日か互いが互いに気持ちを知って恋人になって……。そうなるんだよ!! だから絶対にダメだ!

 

「セシリア! 一夏なんてセシリアにはふさわしくないわ!」

「い、いきなりどうしたんですの!? ちょっと落ち着きなさい!」

 

 セシリアに両肩を抑えられて宥められる。

 でも、落ち着いてなんていられない! 一夏なんかを奴隷にさせるわけにはいかない!

 

「どうせ奴隷にするなら一夏なんかよりも私にしなさい!」

「本当にあなたは何を言っていますの!? 自分を奴隷にしろなんて人、初めて聞きましたわ!!」

 

 そうだ、一夏を奴隷にするならば私をぜひとも奴隷にしてほしい! これに偽りはない。主と奴隷という関係になるがそれでもセシリアを手に入れることができるならばそれもいいと思っている。



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第5話 私との交渉

「本当に! とにかく落ち着きなさい! 話はそれからですわ!」

「ふう……ふう……ふう……」

 

 それでようやく私も落ち着く。

 うう~なんとも変なところをセシリアに見られた! だ、大丈夫かな?

 

「それでいきなり奴隷になるってどういうことですの? まさかとは思いますけど脅されているので?」

「違うわ。ただちょっと正気を失っていたみたい」

「でしょうね。正気だったらあんなことは言いませんもの」

 

 すみません。実は正気です。正気で奴隷になるって言ってました! しかも奴隷もいいかもって思ってました! うう~私ってそういう願望があるのかな? もしかしてセシリアとそういう関係になっていたらそういうプレイをするかもしれない。

 それをちょっと想像してみる。

 私がセシリアをお嬢様、またはセシリア様と呼び、セシリアに仕えるのだ。

 昼間は完璧なセシリア。でも、夜になり二人きりになると完璧なセシリアは乱れて私にエッチな命令を……。

 うん、ハーレムは作れないかもしれないが、それもいいかもしれない。やはり奴隷もまたいいかも。

 

「……何か変なことを考えていません?」

「いえ、考えていないわ」

 

 鋭い! 私じゃなければ動揺していた!

 

「それで聞きたいことはそれですの?」

「ええ、そうよ。結局一夏は奴隷にするの?」

「い、いえ、しませんわ。しないことに決めました」

「そう、よかったわ」

 

 よかった! もしするって言っていたらまた暴走していたかもしれない。

 まあ、私を奴隷にするというのはいいけどね。

 

「セシリアにとっても一夏が奴隷なんて似合わないもの」

 

 絶対に似合わない。というかふさわしくない。ふさわしいのはやはり私だ! そして、奴隷の身になってからセシリアを奪うのだ!

 いや、まあ、なんか奴隷になる気満々だけどそれはまだだ。そうなると決まったわけじゃないし。

 そもそも私の目標はハーレムだ。セシリア一人を愛するというのも悪くはないが、やはりたくさんの女の子に囲まれたい。

 

「……詩織、あなたもしかしてあの男のことが好きなんですの?」

 

 突然セシリアから耳を疑ってしまうような言葉を聞いてしまった。

 い、今なんて言ったの? わ、私が一夏のことが好き? は、はは……冗談じゃないよ! 一夏なんて大嫌いだ!! だって今日だけで箒を奪われ、セシリアの心をある意味奪っているし! しかも、私の直感が一夏は鈍感の女たらしって告げているもん! 一夏は私の敵だ!! だから……だから……だから……!!

 

「一夏のことなんて人生の中で一番大嫌いよ!! なんで一夏と同い年なのよ!! 同い年じゃなかったらこんなに悩まなかったのに!! 本当にふざけないで!! というか、そもそもなんでISなんて触ったのよ!! ISは貴重なのにどうして触れることができたの!!」

「し、詩織?」

「もしかしてやっぱり異性に囲まれるためなの? そうなの? ありえる。だって一夏だもん。あんな感じだけど本当はわざとで……」

「詩織!!」

「はっ! ごめんなさい。ちょっと感情が爆発したわ」

 

 私は再び冷静になった。

 

「そ、そう。あなたって切り替えが早いのですわね」

「ええ。けどまあ、先ほどのことは忘れてちょうだい」

「分かりましたわ。でも、そんなに嫌いになるなんて何がありましたの?」

「え?」

「だってそうでしょう。あなたとは初対面ですけど明らかに本気で嫌いだって分かりました。それも殺意を抱いているのではと思うほど。だからそれなりの事情があるのかと思いまして」

 

 うっ、確かにそうだ。事情がある。しかも、その嫌いという感情の発生は私が勝手に抱いたもので実は一夏には全く何の非もない。

 だからセシリアに説明しようにも言えない。言うならば私が同性愛者ということも告白しなければならない。だが、ここで言うわけにはいかない。ここで言ってしまえばセシリアをハーレムの一員にする前に確実に距離を置かれてしまう。

 

「さあ、お話になってくださいな。わたくしには聞くだけしかできませんが、それでも心は軽くなると思いますの」

 

 セシリアは優しく微笑んできた。

 て、天使だ! セシリアは天使だよ!

 私はその笑顔に見惚れた。

 やはり私はセシリアが欲しい。セシリアを私のものにしたい。

 その欲とも言える『好き』が私の心の中で大きくなった。

 あきらめられない。誰にも渡したくない。絶対に一夏には渡さない。

 

「ふふ、ありがとう、セシリア。大丈夫よ」

「本当ですの? 我慢はよくありませんわよ」

「我慢、我慢ね。問題ないわ」

 

 本当に問題ない。

 我慢するなと言うならばセシリアという存在を貰いたい。うん、そしたら私も問題ないよ。

 

「本当ですの?」

「心配性ね。しかも相手は今日会ったばかりのクラスメイトというだけの相手なのに」

「相手を心配するのにそんなのは関係ありませんわ。誰であろうと心配します」

「セシリアは優しいのね」

「そ、そういうわけでは……」

 

 照れたのはセシリアは頬をほんのりと染めて俯いた。

 ぐはっ! か、可愛すぎる!! またまた改めてセシリアが欲しくなったよ!

 と、こんなことをしている暇ではない。とても話がずれてしまったが、本当の目的は違うのだ。それをやらなければ二人の決闘に参戦した意味がない。

 私はゆっくりセシリアに近づく。

 先ほどまでは一メートル半ほどの距離だったが、今はわずか十センチほどだ。少しでも動けば簡単に触れられる。

 はわあ~! せ、セシリアがこんなに近くに! と、吐息だって感じられるし! な、なんかドキドキするし……。このままセシリアに触れたい。でも、そんなことはできない。してはいけない。

 

「ち、近すぎますわ」

「…………」

「な、何か言ってくださいませ」

「…………そう、ね。ちょっと近かったわ」

 

 セシリアのためにも私のためにも距離を開けた。が、心の奥底ではやはり近づきたいと思っているせいか、それでもセシリアとの距離は三十センチほどだ。大して変わらない。

 

「ねえ、セシリア」

「……なんですの?」

「なぜ私が一夏との決闘に入ったと思う?」

「それは……クラス代表になるためでは?」

「そうね。確かに私はそう言ったわ。でも、本当にそうなら最初に立候補しているわ。でも私はしなかった。私が立候補したときはセシリアと一夏が決闘するとなってから。そのときに決闘込みで立候補した。それっておかしいとは思わない?」

「お、思いますわ」

「そうよね。だって一夏はともかく、セシリアはISの代表候補生で私は入試以外では全くISを動かしたことがない素人。どう考えても私が勝てるわけがないわ」

 

 それを分かっていながら私は立候補した。どう考えてもおかしいはずだ。

 私の言葉を聞いたセシリアは先ほどの可愛い顔が消え、鋭い睨むような顔になった。これは完全に私を敵にしている顔だ。

 それに対して私は笑みを浮かべる。

 

「……あなた、何者ですの?」

「ただのセシリアのクラスメイトよ。まあ、これから先の関係は分からないけど」

 

 もしかしたら私と恋人という関係になっているかもしれないよ。

 

「わたくしを侮辱してますの?」

「違うわ。で、話を戻すけど私が立候補した理由はね、ある目的のためなの。あっ、でも、決して一夏のデータを取るためのスパイとかじゃないから」

 

 男の中で唯一ISを動かせる一夏。やはりこの学園にはどこかの国からの学生スパイがいると思う。

 なにせ世界で唯一、だ。一夏のデータはどの国も欲しいに決まっている。

 まあ、私がスパイなら一夏よりも女の子たちのデータのほうが価値は高いけど。

 

「まあ、目的のためにセシリアが必要なのよ」

「つまり、それはわたくしを利用すると?」

「う~ん、それは違うわね」

 

 利用どころかセシリア自身が目的だもん。

 

「とにかく! そのために! セシリア、今度の決闘で私があなたに勝ったら私の言うことをなんでも一つだけ聞きなさい!」

 

 そう、これこそが私が参戦したわけなのだ! これも全て一夏を奴隷にすると言ったからだ。それは勝ったら勝者が敗者に命令をできるということだ。それを利用したのだ。

 

「あ、あなたは何を言っているのですの!? まさかこのセシリア・オルコットを奴隷にする気ですの!?」

「ふふ、それは私が勝ってからのお楽しみよ。それに第一私は素人よ。そんなに心配しなくてもいいじゃない」

「そ、そうですわね。勝てば……って、ちょっと待ってください。あなたはわたくしが勝つと分かっていながら決闘を? ふざけていますの?」

 

 確かにそう思われるかもしれない。でもふざけてなんかない。

 

「まさか。でも、窮鼠猫を噛むって言うでしょう? もしかしたらってことがあるじゃない。そのためのものよ。もちろんセシリアが勝てば私はあなたの奴隷になるわ」

 

 結局のところ私が勝とうが負けようがプラスしかないのだ。どちらにせよ、セシリアを私のものにできる。ただ奴隷になったときのデメリットがあるとすればハーレムが作れなくなることだ。

 まあ、そうなったらそうなったで受け入れよう。

 

「あなたはプライドというものがないのですか!! 何を軽々しく奴隷になると言っているのですか!! それは自分の人生を奴隷として過ごすということですのよ!!」

「知っているわ。でもね、私。セシリアの奴隷にならなってもいいって思っているの。これは本気よ。さっきは正気を失ってって言ったけど、やっぱり撤回するわ。あれも正気だったの。本気であなたの奴隷でもいいと思っているのよ。だからあなたも私が勝った時に一つだけ言うことを聞いてちょうだい」

「…………」

「…………」

 

 私たちは睨み合う。

 願いを叶えるためにもここで負けるわけにはいかないのだ。

 はあ……それにしてもセシリアはきれいだな。顔立ちといい、髪といい、スタイルといい。本当にどれも美人にふさわしいものだ。

 こんなに美人なセシリア。

 あれ? もしかしてセシリアって恋人っているのかな?

 そもそもよく考えてみればそういうところを気にしていなかった。

 私はこれからを含めて、その相手に恋人がいたらどうするつもりなのだろうか。あきらめるのか。それとも逆に奪うのか。

 その答えはすでに決まっている。

 うん、おそらくは後者だ。

 私は自分のためなら手段を選ばずに奪うだろう。

 

「……分かりましたわ。わたくしが勝てばあなたをわたくしのものに、あなたが勝てばわたくしに一つだけ命令しなさい」

「ありがとう、セシリア。あなたとの決闘を楽しみにしているわ」

「……わたくしは楽しみではありませんわ」

 

 どうしてかセシリアは悲しそうな顔をしていた。

 それは私が本気で奴隷になってもいいと言ったからだろうか。それにセシリアは引いたわけではないというは分かっている。だとしたら悲しい顔なんてしないから。

 でも、結局なぜそのような顔をするかなんて分からなかった。それを理解するのは今の私、いや、きっとハーレムを目指す私には分からないのだろう。

 理解できたならばそれはきっと本人か、本人のことをよく知る者から聞いたときだけだ。私一人では無理なことなのだ。

 

「それじゃ、また明日ね、セシリア」

「ええ、また」

 

 それを最後に私たちはそれぞれの道を歩いた。

 その道の途中、私は振り向き小さく見えるセシリアの背を見て最後に微笑んだ。

 

 そして、私は寮に着いた。

 本当ならばセシリアと同じ道を行けば真っ直ぐ寮へ行けるのだが、一週間後にISを使うということでそれを申請しに行ったのだ。

 ちなみにその申請したISは『打鉄(うちがね)』という日本のISだ。もう一つのフランスのISである『ラファール・リヴァイヴ』というISがあったのだが、そちらは人気があるようで無理だった。

 

 まあ、最初から打鉄を使うつもりだったからいいけど。

 で、私の部屋の前に着いた。鍵を開けた。そして、中へと入る。

 うん? あれ? あの子はまだ帰ってきていないのかな?

 ベッドや机を見ても私の同居人がいなかった。

 はあ……あの子、いつも帰りが遅いし、今日もそれなのかな。仕方ない。今日もなら食堂でまたテイクアウトしてもらおう。

 

 あの子は自分のやっていることに夢中になってご飯を食べずにそのまま作業をするようなのだ。そして、帰ってきたときにようやく食べていないことを思い出し、お腹を押さえながらベッドへ直行する。

 なので私がその子の食料調達係となった。

 ちょっと前になぜそこまでするのと聞いたが、そのときはなぜかその可愛い顔が怖い顔へとなった。それからは聞いていない。

 まあ、あの子が私のものになったらいつか聞けるでしょう。

 私はそのときを妄想して鼻歌を歌いながら、手に持つこの部屋の鍵で遊んだ。

 と、そのとき鍵を落とした。

 

「あっ!」

 

 鍵は床に落ち、跳ねてベッドの下へと転がり込んだ。

 私はすぐさま伏せてベッドの下を覗き込む。

 ベッドの下は旅行用バックが入るほどの高さがあるので十分に手を入らせることができる。

 ん~どこかな? ここ? 違う。じゃあ、ここかな?

 

 一応部屋の電気は点いているのだが、ベッドの下はやはり薄暗い。それに加え、ベッドの下に荷物が入っているので余計に暗かった。

 これは一旦荷物をどけたほうが早いね。あと明かりも必要だ。確か私の机の上にライトがあったはず。それを使おう。

 私は起き上がり、まずベッドの下の荷物をいくつかどけた。その後に教科書やノートが置かれている自分の机の前に来て、ライトを手に取った。



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第6話 私のルームメイト

 その後、再び伏せてベッドの下を覗き込み、ライトで照らした。

 やっぱり明かりがあるだけで違うな。隅々までよく見える。さてと、では鍵探ししますか。

 私はライトで照らし、探す。

 えっと、ここかな? 違う。じゃあ、ここ? いや、そこだ! いや、ゴミだった。どこなの? そこまで奥には入ってないと思うけど……。ん! あれは!

 金属である鍵に私のライトの明かりが当たり、鍵が輝いた。

 やはり鍵だったか!

 私は手を伸ばして鍵を掴み取る。

 

「よかった! 鍵なんてなくしたら色々と面倒なことになるところだった」

 

 鍵をなくすと新たな鍵をもらうために申請しなければならないのだ。その手続きはとても面倒なものらしい。

 それに作るまでに時間がかかるので同居人にも迷惑をかけることとなる。

 特に後者は避けたかったので見つけることができてよかった。

 私はもう二度と鍵で遊ばないと誓った。

 そのためにもすぐに鍵を自分の机の小物入れへ入れた。

 

 さてさて、次は出した荷物をベッドの下に戻さないとね。特に丁寧に。だってそれらの荷物は私のではなく、私のルームメイトの物だから。

 ん? これは……。

 ルームメイトの荷物を片付けているとある一つの荷物が目に留まった。

 一見ただのバッグなのだが、目に留まったのはその中身だ。チャックはあるのだが、半分ほど開いていてそこから中身が覗いていた。

 私はつい好奇心でその中身を手にとって取り出した。

 えっと、これはDVDの入れ物? で、DVDのジャンルはアニメ、か。

 私は入れ物の裏に書かれた内容を読んでみる。

 

 へえ、内容は異世界から来たヒロインが偶然主人公と会って、ヒロインの敵と戦うものか。ちょっと気になる内容だ。

 バッグの中にはまだあるのでそれも取ってみる。

 こっちは力はないけど勇気ある主人公が敵と戦う内容か。これも気になる。

 ほかのも見てみるがちょっとした共通点を見つけた。どれもバトル系だ。一つも学園生活をメインにしたコメディ系等がない。

 もしかしてあの子の趣味なのかな? ふふ、見かけによらず結構面白い趣味をしているんだね。今日辺りにでも見せてもらおうかな。

 

 実は私はこういうオタク系のものに興味があるのだ。だが、それに触れることはできなかった。別に両親がダメと言ったわけではない。ただ私が忙しかったせいだ。

 でもこれからは違う。ここIS学園ではただこれまでの人生で学んできたことを使用するだけだ。つまり今までできなかったことをするときなのだ。

 そのとき、ガチャリとドアの扉が開いた音がした。

 おや。どうやら帰ってきたみたい。

 

「お帰り、(かんざし)

「うん、ただいま」

 

 帰ってきたのはメガネをかけた可愛らしい少女、更識(さらしき) (かんざし)。私のルームメイトだ。そして、最初に目を付けた私のハーレムの候補の一人。

 

「今日は早かったのね。どうしたの?」

「今日は入学式だったから。詩織、何を持っているの?」

 

 簪の位置からじゃ私が持っている簪のDVDは見えない。

 私はそれを見えるように見せた。

 

「!! そ、それ」

「ああ、ちょっと鍵を落としちゃってそのときに」

「なんで……見ているの!」

「え!?」

 

 いきなり簪が飛び込んできた。

 普通に避けられるのだが、女の子、それもハーレム候補の一人からの突撃だ。私に避けられるはずがない! その突撃を私は受け止めた。

 

「ぐっ」

 

 衝撃が来たがそんなことよりも簪の感触と匂いのほうが印象強かった。

 はわあ~、か、簪から触れてきたよ! それに正面から抱きつくような感じになって簪の胸が当たっているし! それにいい匂いだし!

 思わず私の体が簪を襲うオオカミになりかけた。

 だ、ダメだ! 今はダメだ! 襲っていいのはハーレムの一員になってからだ。それまでは抱きつくこともダメだ!

 

「ど、どうしたの?」

「それ! それ! なんで!」

「このDVDのこと?」

「そう! 返して!」

 

 簪はなぜか涙を溜めて必死だ。

 私は素直にDVDを返した。

 受け取った簪はそれを胸に抱いてその場に蹲った。

 私はしゃがみ簪に合わせる。

 

「どうしたの?」

「……これ見たよね?」

「ええ、なかなか面白い趣味よね」

 

 私は微笑みながら答えた。

 

「可笑しい……でしょう?」

「何が?」

「だって……アニメなんて……変な趣味」

「そう? 私は別にそうは思わないけど」

「嘘」

「本当よ。私も興味あるもの」

 

 でも、ただ興味あるというわけではない。簪と同じ趣味を持つことで素早く仲を深めることができると思っているのだ。

 

「なら……証拠、見せて」

「どうやって? 言っておくけど私は簪のDVDを見て興味が湧いたのよ。だから何かのアニメのことを語らせて証拠、とはできないわよ」

「ど、どうしたら……」

「……そうね。なら、毎日一緒にアニメを見ない? もし私が本当に興味を持っていないならそのときの私はつまんないって顔をしているはずよ。逆に楽しそうに見ていたら興味があるってこと。ね? どうかしら?」

「…………分かった。なら今日から」

 

 よっしゃ! これで少しは距離を詰めることができた!

 簪は表向きは疑っているみたいだが、内心では趣味を受け入れてくれるということに喜んでいるようで、その口元には笑みが浮かんでいた。

 ふふ、本当に正直じゃないんだから。私との関係がさらに深くなったら何もかも丸裸にしてやるんだからね。だから隠し事なんてさせないよ。

 私は自分のベッドに腰掛ける。

 簪もDVDを片付けた後、私と向かい合うようにベッドに腰掛けた。

 

「ねえ、今日の……夕飯」

「言っておくけど持ってきてないわよ。食べたいなら食堂へ行きましょう」

「う、うう……」

「お腹空いたの?」

「……うん。お昼食べてない……から」

「はあ……まさかとは思うけどまた夢中になって忘れていたの?」

「…………」

 

 簪はぷいっと顔を逸らした。

 

「図星ね」

「うぐ……」

 

 全く。夢中になるのはいいけど自分の体調管理くらいはやってもらわないと困るよ。それで倒れたら私、泣いちゃうんだから。うん、本当に泣くよ。しかも、号泣だよ、号泣。それはもう引くほどの。

 やっぱり簪には倒れてほしくない。

 看病イベントなんてあるけど、それよりも元気いてほしい。というか、看病イベントでは看病する側じゃなくて、される側がいいし。

 なので、簪のためにもある提案をしようか。

 

「ねえ、簪」

「なに」

「今度から朝、昼、晩の三食は私と一緒に食べましょう」

「え……? な、なんで?」

「だって集中していて昼食すら忘れるんでしょう? ならそうさせないためにも一緒に食べようと思って。そうしたら忘れずに食べれるわ」

「でも、昼は……」

「大丈夫よ。私が食べさせてあげるわ」

 

 もちろんあ~んってしてね。

 くふふ、まさかこんなにも早くイベントのチャンスが来るなんて! 今日は嫌なことばかりだと思っていたが、結構いいこともあるみたいだ。

 そう言われた簪は顔を真っ赤にしていた。

 こんな簪も可愛い!

 思わず体が動きそうになったが何とか止める。

 

「な、何を言って……!!」

「やりたいことがあるんでしょう? でも、同時にご飯も食べたい。なら私が食べさせるしかないわよね」

「そ、そんなの……恥ずかしい!」

「なら昼にするときはまずは昼食を食べてからにしなさい」

 

 心の中では簪にこの最後の提案は断ってほしいと思っている。

 だって……だって! だって簪にあ~んってしたいもん! だから断って!

 私から言っておいてとなるが、だって仕方ないじゃないか。話の流れからしてこう言わざるを得ないのだから。

 これでもし食べさせるというのをしつこく勧めれば、簪は私が邪な考えがあるとばれてしまう。

 だから、そう言ったのだ。

 簪、どうなの? ほら断って!

 

「……分かった。昼食を食べてからにする」

 

 ぐはっ! 受け入れられた!

 じ、自分から言ったけど、やっぱりこれを選んだか……。

 私も薄々は思っていたさ。うん、思っていたよ。だってあ~んってされるもんね。私はともかく簪にとっては恥ずかしいことだ。もし私が私ではない状態(前世の記憶がない状態)で簪の立場だったら私も同じ返事をしていた。

 だ、だが、ここでイベントを逃すような私ではない! なんとかこのイベントを成立させてやる!

 私は一旦大きく深呼吸をして、荒ぶる思考を鎮めた。

 

「そう。でも、簪。本当に毎日ちゃんと忘れずに食べられるの? それを私と約束できる?」

 

 最終手段。選ばせておいて何とか断らせる作戦だ!

 

「…………で、できる」

「その間は何かしら?」

「なんでも……ない」

「ならこっちを見なさい」

 

 冷や汗を掻き、顔を逸らす簪の顔を両手で挟み、こちらを向かせる。

 これはもしや?

 簪の反応で私にはある答えに行き着いた。それは私の求めていた答えだった。

 ふふふ、どうやら勝利の女神が憑いているのは私のようね。

 私は自分の願いが叶いつつあると知り、思わず笑みが浮かぶ。

 

「どうやら守れないようね。私も本当はしたくなかったんだけどやっぱり私が食べさせることにするわ。ええ、本当はしたくなかったけど」

 

 一応念のために二回言いました。

 まあ、本音はとてもしたい、なんだけどね!

 

「で、でも!」

「ちなみに拒否権はないわ。大人しく従いなさい」

「……」

 

 簪が潤んだ目で抵抗を示す。

 え? なに、その目。それって私に襲えってことなの? 襲ってくれって訴えているの? いいよ。襲ってあげる。というか、ずっと襲いたいって思っていたから。

 と、冗談はここまで。とても襲ってあげたいんだけど、そういうのは簪の合意があってからだ。嫌がる簪をっていういのもいいんだけど、ずっと一緒にいたいと思うので、そんなことはしない。

 それにしてもさりげなく上目遣いをしているのは作戦なの? それも素なの?

 きっと素だ。

 私はこれでも何人ものいろんな人たちを見てきたのだ。

 怖い顔をしているが優しい人。

 怖い顔をして本当に怖い人。

 優しい顔をしているがこちらを騙そうとしている人。

 優しい顔をして本当に優しい人。

 とにかくいろんな人を見てきた。

 だからこの子が素だと分かるのだ。

 もし素じゃなくて作戦だったら簪は史上最悪の悪女になっているよ。

 

「大丈夫よ。優しくするから」

「言葉が……なんか違う」

「そう? とにかくいいわね」

「……うん」

 

 どうやらもうあきらめたようで小さく頷いてくれた。

 よし! これであ~んってできる! ふふふ、明日からが楽しみだな~。

 

「それじゃ簪。食堂に行きましょう」

「ま、待って! ま、まさか……そこでも……食べさせるの?」

「まさか。それは昼だけよ。安心なさい」

「よかった……」

 

 こっちはよくない! 昼だけでなく朝も夜もあ~んってしたかったよ! いや、それどころかもっと体と体が触れ合うようなことがしたい! そういう関係になりたい!

 もう私の中には簪しか見えていない。

 セシリアのこともあるが、今は簪に夢中だ。

 もっと簪のことを知りたい。簪の体がほしい。簪の未来が欲しい。

 そう思っている私は実は狂っているのかもしれない。いや、私は狂っているんだ。それを自覚している。

 だってそうでしょう? 幸せな前世がありながら、男から女へ転生し、ただ一人の特定の人物と結ばれるならともかく、同じ同性を複数人と結ばれたいなんて思っているんだから。これのどこを狂っていないと言えるだろうか。

 それに幸せだった前世があるのに再び生を受けるなんて、存在自体が狂っているとも言える。

 

 

「さあ、行きましょうか」

「うん」

 

 私たちは一緒に部屋を出た。

 

 食堂に着くとそこには昼間よりは少ないが生徒たちが夕食を頼み、食べていた。

 やはり女の子だからか、その量は少なかった。隣の簪もまた小食だ。

 で、私はというと身体能力が高いせいか、普通の男性程度には食べる必要がある。周りの子と同じくらいでは全く足りない。おやつを食べている程度にしかお腹が膨れないのだ。

 よくみんなからは太らないのと聞かれるが、それも大丈夫だ。

 先ほども述べたようにそれほどの量を食べないと腹が膨れない。もっと適切に言うならばそれだけの量を食べなければエネルギーが足りずに日常生活に支障をきたす。

 つまり、みんなと同じように動くために必要なエネルギー量がちょっとだけ違うということだ。

 まあ、運動しようがしまいが同じ量を必要とするので、私は燃費の悪い車ともいえる。

 

「詩織は……何を食べるの?」

 

 隣の簪がそう言って来る。

 

「そうね。カツ丼、かしらね」

「うっ……きつくない?」

「きつくないわ」

 

 カツ丼は私の好物の一つだ。毎日食べていたいとまでは言わないが、一週間に数回は食べようと思っている。ここは家ではなくIS学園だ。そういうことができる。

 でも、まあ、ちゃんと野菜なども食べるし、栄養バランス的にも問題ないと思う。

 私たちは券売機から券を買う。

 私はもちろんカツ丼だ。そして、バランスを取るためのサラダだ。どちらも大盛り。

 簪は量の少ないサンドイッチだ。

 このサンドイッチは量も少ないし安いので少食の子たちには人気の一つだ。

 食堂のおばちゃんからそれらを受け取ると私たちは空いているテーブルへと向かった。



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第7話 私の決意はもろい

 見つけたテーブルにはまだ誰もいなくて二人きりになれた。それに周りにもあまり人がいないので余計に二人きりになったという気分にさせてくれる。

 それはうれしい。だって大好きな簪(会ってからまだ数日)と二人きり(自室を除いて)なのだから。

 だが、それとともにある一種の感情が心の一部を占めていた。それは不満という感情だ。

 なぜ不満なのか。

 それは簪との関係だ! だって二人きりなのに簪にやりたいことを我慢しないとダメなんだよ!

 これも全部まだルームメイトという関係だからだ。

 だが、だからといって無理やり関係を進めようとは思わない。

 早く簪が欲しいけど、完全に心まで奪いたいのだ。それには時間がかかる。だからゆっくりでいいからその関係になりたい。

 

「詩織? どうしたの? 全然、食べてない。どこか……悪い?」

「えっ? あっ、違うわ。ちょっと考え事をしていたの」

「話……聞くよ」

「大丈夫よ。心配事じゃないしね」

 

 それにこれを聞いてもらったら簪に告白すると同じことだもん。今はそのときじゃない。まだ違うよ。

 

「本当?」

「ふふ、心配性ね。本当に本当に大丈夫よ。心配しないで」

「……分かった」

 

 本当にまだ会ったばかりなのにこんなに心配してくれるなんて……。なんだか私に気があるんじゃないかって勘違いしちゃうよ。

 でも、そうでないということはちゃんと分かっているのだ。

 この子はただ純粋に私のことを心配していて、私のことはただルームメイト、もしくは友達がいいところだ。

 それにね、普通に考えて同性を好きになる子なんていないのだ。私が例外なのだ。そして簪やセシリアは普通に異性が好きなのだ。だからそういう勘違いは決してしない。

 ということは、私の夢である女の子に囲まれるハーレムなどできないとも言える。

 だが、それを承知の上でその夢を持っているのだ。覚悟だってしている。

 この隣にいる、今一番大好きな簪が私のことを受け入れないかもしれないということも覚悟している。

 もしかしたらみんな受け入れてくれずにその夢は消えてしまうかもしれないということもだ。

 まあ、とにかくそんな普通の子を私のような例外にするわけだからもちろんのこと時間がかかると分かっている。だから完全に心奪うまでなんて時間がかかるのだ。

 

「「ごちそうさま」」

 

 私たちはちょうど同じくらいで食べ終わった。

 

「詩織……早い」

「そう?」

「うん。だって私よりも量があったのに……。ちゃんと……噛んでいる?」

「もちろんよ」

 

 ちゃんとよく噛んで食べている。食べるのが早いのは一度に口に含む量が多いからだろう。決して男性みたいにちょっと咀嚼して飲み込むということはしていない。

 これでも私は女の子だからね。そういうところは気にするよ。男みたいに食べるわけがないよ。

 

「さあ、片付けましょう」

「うん」

 

 残された皿とおぼんを持ち、食堂のおばちゃんに渡す。

 その際に私はごちそうさまと告げる。

 そして、私たちは食堂を後にした。その帰りの道中、何人かとすれ違いになる。

 私たちは軽く会釈をし、相手も返してくる。

 部屋に帰ると私は簪に向かった。

 

「そういえば、今日は風呂はどうするの? 大浴場のほう? それとも部屋のシャワー?」

 

 こう聞くのは簪が私と会ってからずっと大浴場を使わずに自室に備え付けられているシャワーを使うからだ。

 

「ん……シャワー」

「たまには大浴場に入りにいかない? 仲を深めるという意味でも裸の付き合いは必要だと思うのだけど」

 

 というのは建て前だ。本音は変態的なもの。

 もちろん簪の生まれたままの姿が見たいからに決まっている。

 同性が好きな私はもちろんのことだが、性的興奮を引き起こす対象は同性が相手だ。異性には興奮しない。

 だから一緒に大浴場へと行こうと誘っている。

 だが、それならば一緒にシャワーを浴びればいいのではとなるのだが、そんなのはある理由から却下だ。

 その理由は狭い風呂場では肌と肌が触れ合う。ちょっと動けば好きな人の肌。また動けば好きな人の肌。

 これは別に私がいざ本番になったらそのようなことができないヘタレだからというわけではない。ちゃんとした理由がある。それはそういうのことをするのはちゃんとそういう関係になってからと決めているからだ。

 だから私は性的興奮を呼び起こす要因(見るのはOK。触るのはNG)となることはできるだけしないようにしているのだ。うん、本当だよ? 嘘じゃないよ? ヘタレじゃないよ?

 うん、そうしていたのだが……。

 

「それなら……一緒にシャワー……浴びよう?」

「そうしましょうか」

 

 即答だった。

 向こうから誘ってきたならば、もう別ではないだろうか。

 私の決め事は今、簪の言葉によって破られたのだった。

 

「風呂場は狭いけど……大丈夫かしら」

 

 私はずっと大浴場を使っていたので自室に備わっている風呂場のことをよく知らない。

 

「大丈夫。二人なら……余裕ある」

「ならよかったわ」

 

 私たちは部屋に備え付けられている箪笥から下着等を取り出し、一緒に脱衣所へと入った。

 脱衣所は洗面台があったりとして余裕のある広さになっている。一緒に着替えたりしても問題はない。

 さて。ならば脱ぎますか。

 私は制服に手をかけて身に着けているものを徐々に脱いでいく。

 脱いだ制服は明日も学校があるということで洗えないので、きちんときれいに畳む。

 私は下着のみとなった。大事な部分を隠しているのはブラとショーツのみだ。

 私はちらりと鏡を見る。

 そこにいるのはやはり自分でも見惚れてしまうほどの容姿を持った私だ。

 で、やはり目に行くのはそのスタイルだろう。

 普段は自分視点、もしくは衣服を着た状態でしか自分の体を見ないが、今は鏡を使っての三人称視点で身についているのは下着のみ。体のラインがよく見える。

 うう~相変わらずだけど本当になんでこんなに綺麗なのよ! 私!

 この自分の容姿は本当にだが、恋人として欲しいなんて変態的な思考をするほどなのだ。

 欲しい。この体は私の体だけど、そうじゃなくて別のものとして欲しい。

 私は自分を見つめるもう一人の自分とぼーっと目を合わせた。

 

「どうしたの?」

「ひゃっ」

 

 いきなり声をかけられてびっくりした。

 

「な、なに?」

「鏡見てぼーっとしていた……から」

 

 すでに簪はその身に何も身に付けていない。

 ぐはっ! こ、こんなに間近に簪の裸が!

 簪は私の前に回り込んでいたので、大事なところは全て見えていた。しかも、この脱衣所は余裕があるとはいえ、二人で入ったこの部屋は狭くて私たちの距離が近いくなる。もう肌と肌が、主に体の凹凸のなかでもっとも前に出ている胸と胸が触れ合いそうになるほど。

 それにしても簪の胸は私と比べると小さい。小ぶりだ。私も特別大きいというわけではないが、簪よりは大きかった。ちょっとうれしい。

 私がそうやって思って見ているとなぜか簪が両手で自分の胸を隠した。

 み、見えない! なんで隠すの! いや、待って。落ち着いて、私。ここで焦ったらダメよ!

 ゆっくりと視線を簪の顔へと向けるとそこにはなぜか半目をした簪が。

 

「どうしたの?」

「それは……こっちのセリフ。さっきから……ボーっとしている……し、今、私の胸……見てた、でしょ? 詩織は……そういう趣味?」

 

 や、やばい! このままじゃやばい! 今ここでばれるわけにはいかない!

 どうやら私の視線に気づいていたようだ。これは今までで一番のピンチだった。

 私は意識までも生徒会長モードにして強制的に冷静へとさせた。

 

「ふふ、簪は面白いことを言うのね。残念だけどそういう趣味はないわ。あなたの胸を見ていたのはあまり他人のを見ないからよ。ただちょっと同じ年頃の子と比べて見たかっただけよ」

「本当に? なんだか……変な感じがしたけど……」

「気のせいよ。私がそういう感じで見る相手はかっこいい人だけだもの」

 

 本当は可愛いとか綺麗な人(女)が好みだ。かっこいい人(男)になんて全く興味ない。例えどんなにもてる男が私をナンパしようとも私は絶対になびかない。

 それだけの自信、というよりも確信がある。

 

「そうなんだ」

 

 よし! 何とかばれずに済んだ。

 納得した簪はその胸を隠していた両手を退かした。

 ふふ、小ぶりだけど可愛い胸。

 ちょっとその胸を私の両の手で覆いたいという衝動に駆られるが、そこはなんとか理性で対抗して落ち着ける。

 でもこのまま偶然を装って体を前に傾ければ、すぐにでも肌と肌が触れ合うことができる。

 や、やろうかな。だ、だってこんなチャンスなんて滅多にないと思うもん。

 あるとしてもそれはそういう関係になってからであって、それは当分後の話だ。

 よ、よし! やろう!

 私は実行しようと思った。だが……。

 い、いや、待って、私! 本当にそんなことをしてもいいの? 確かに躓いたように演技してやればばれないかもしれないけど、それで嫌われたらどうするの? それは嫌でしょう?

 もう一人の冷静な私がそれを抑えた。

 で、でも簪と触れ合いたいし……。

 なら早く簪の心を奪わないと! そしたら簪とこんな演技なんてしないで堂々とできるんだよ! だから我慢して!

 私と私が心の中で戦いあう。

 う~ん、そうかも……。もしこれで嫌われたら嫌だし……。

 結果はやはりここで我慢ということになった。

 

「さあ、入りましょう」

「あっ、お、押さないで」

 

 私は簪の両肩に手を置いて、回れ右をさせて押して風呂場へ入って行く。

 うわあ~風呂場ってやっぱり狭いね~。初めて入ったけど二人でぎゅうぎゅうだ!

 私が入ったことがあるのは洗面所までだった。風呂場なんて全く見なかった。

 私たちはちょうど二つあった風呂椅子に座った。

 私がシャワーを取り、お湯を出す。

 最初出るのはもちろんのこと冷たい水だ。流れる水はだんだんと温かくなり、ちょうどいい温度へとなった。

 

「簪から洗う?」

「詩織からでいい。私は後から」

「じゃあ、遠慮なく先に洗わせてもらうわね。でも、ほら、こっちに来なさい。あなたまだ浴びてないでしょう? それじゃ風邪を引くわ」

「で、でもそれじゃ……ぎゅうぎゅうに……」

 

 簪は頬を赤く染めて言う。

 私が提案したこれは別に簪に接触しようと思って提案したわけではない。ただ純粋に簪のことを気遣ってのことだ。

 

「恥ずかしいのは分かるけど私たちは女同士よ。そこまで恥ずかしがらなくていいわ」

「それは……分かっているけど……。それでも……は、恥ずかしい……から」

「とにかく! ほらこっちに来なさい。あなたに風邪なんて引かせないわ」

「えっ……」

 

 本当は自分の意思で来てほしかったのだが、このままではずっと簪の体は冷えたままだ。だからちょっと強引な手を使った。簪の腰に腕を回して引き寄せたのだ。

 ちょっと乱暴になったが、その結果は私にとって天国かのような状態へとなったのだった。

 強く抱き寄せたということもあり、簪の体は私の体に接触、いやぶつかった。しかも正面から。

 必然的に抱き合うような形となる。それは肌と肌の触れ合いを意味する。

 あうう……や、やばい胸と胸が! そ、それにお腹とか~!!

 抱き合ったせいで胸と胸が触れて互いの胸の形を変えていた。そして、ちょっと動くたびにまた形を変える。それは私たちにわずかな快感を与える。

 

「んあっ……」

「あぅ……」

 

 互いの口から甘い声がこぼれた。それはとても私の色々を興奮させる結果となる。

 こ、このままじゃ自分を止められなくなる! こ、これ以上はダメ! 今はまだこれ以上はやっちゃいけない!

 私は何とか冷静になり、簪と距離を取った。

 

「ご、ごめん! ちょ、ちょっと強すぎたわ」

「だ、だい……じょう、ぶ……。は、恥ずかしかった……けど、大丈夫……だから」

 

 簪は顔を真っ赤にしてそう言った。

 その姿も可愛いと思うのだが、きっと今は曇っている鏡を見ればそこにもう一人顔を真っ赤にした可愛い子がいるだろう。

 しばらく私たちは俯く。

 互いに何も言わない。この室内に響くのはシャワーから流れるお湯が床を跳ねる音だけだった。

 しばらくした後、このままじゃダメだと思い、顔を上げた。と、同時に簪も顔を上げていた。

 

「「あうっ……」」

 

 私も簪も目が合ったことで先ほどのことを思い出し、治まったはずの恥ずかしさが込み上げてきた。そして、再び顔を真っ赤にした。

 

「か、簪、ほ、ほらシャワー」

「う、うん」

 

 先ほどのこともあり、簪は素直に近づいてくれた。

 私はお湯を簪の体から頭へと丁寧に流した。

 

「温度はこれくらいでいい? 熱くない?」

「ん、大丈夫。ちょうどいい……くらい」

 

 現在のお湯の温度は約四十度ほどだ。

 

「じゃあ、頭から洗うわね」

「えっ、ま、待って! 詩織からじゃ……なかった、の? それに……一人で……できる」

「まあ、いいじゃない。ほら、この状態からしても髪を洗うにはちょうどいいしね。それに洗い合いなんてやるのもいいと思うし。これも仲を深めるためよ。そういうわけだから後で私を洗ってね」

「……分かった」

 

 簪は渋々という感じだが頷いた。

 これも別に簪に触れることが目的ではない。こちらは関係の深め合いだ。

 ただそれに洗い合うという触れ合いが必要なだけだ。

 簪は私に背を向けて、私はさっそく簪の髪に手を入れて丁寧に洗い始めた。

 

「痛くない?」

 

 初めて人の頭を洗うので加減が分からない。しかも私の身体能力が高いのでちょっと優しくやっているつもりでも相手にとってはとても強すぎるということがある。だからこうやって相手に何かするときはちゃんとこのように聞くことを忘れないようにしている。

 

「痛くない」

 

 簪はそう答えた。



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第8話 私との肌と肌の付き合い

 簪の頭を十分に洗ってその泡をシャワーで流す。

 その後は体だ。

 さて、ここで困ったことがある。簪の体を洗うのにタオルを使うのか、それとも私の手を使うのかということでだ。

 タオルは表面がザラザラとして肌に刺激を与えるのでダメなので最初から却下したくて、手で洗おうと思っているのだが、果たしてそれをまだルームメイト程度の関係でやっていいのかを迷っているのだ。

 

「詩織? どう……したの?」

「ん? 大丈夫よ。すぐに体も洗うから」

 

 このままじゃダメだし思い切って手で洗おうか! ちょっと強引だけどこれも仲を深めるためだ。徐々に私への好感度を上げるというのもあるのだが、それだけではだめな時だってある。それが今だ。

 私はさっそく行動へ移した。

 まず手にボディソープを付けて泡立たせる。十分に泡立たせてゆっくりと簪の肌に近づけた。

 ど、ドキドキする~! だ、だって簪の肌に触れるのだ。先ほどのことがあったが、あれは事故だ。今度は自分の意思で触れるのだ。

 私はドキドキとしたまま泡の付いた手で簪の肌に触れた。

 

「んっ……。詩織? な、なんか……変な感じが……する」

「そ、そう? 気のせいよ。ただ洗っているだけだもの」

 

 簪は私に背を向けているので背中に触れている。

 私は手をそこからスーッと横に這わせた。

 

「……っ。し、詩織! な、なんか……!」

 

 簪が体を左右に揺らしながらそう言う。

 その声はなんだか喘ぐようで再び私を興奮させた。私の体温は興奮とともに上がって、思考さえもぼんやりとさせる。

 私の手は徐々に範囲を広げていく。

 そんなことをしている私のこの行動の目的は、無意識のうちに簪を洗うことから簪の肌を触れることへと変わっていた。

 簪の肌は私の肌と同じくすべすべとしていた。

 私はゆっくりと動かしたり、優しく触ったり、強く触ったりとしてそれを楽しむ。

 

「あっ……んあっ……だ、ダメ……! し、詩織! ちょ、ちょっと……!」

 

 背中はすでに終わった。すでに泡で染まっている。なら次は前か腕だ。ならば次は腕にしよう。

 そう決めた私は再びボディソープを手に付けた。そして同じように泡立たせて腕へ。

 

「次は腕……」

 

 その言葉は簪に伝えるためだったのか、それとも自分へ向けていったのかは私にも分からなかった。

 私の手は簪の腕へ触れた。

 

「んあっ!」

 

 簪が声を上げ、簪に触れるということを目的となっている私にはさらに興奮させるためのものへとなる。

 うわあ~! 腕も気持ちいい! プニプニしている!

 だが、簪の腕はただの脂肪だけでなっているわけではなく、筋肉もある程度ある腕だ。だから、完全にプニプニというわけではない。ある程度の筋肉の固さがある。それは別に気持ちよさを阻害するものではない。

 腕を優しく揉みながらそれを堪能する。

 

「ん、んんっ……!」

 

 簪の甘い声が響く。

 私はその声を聞きたいと思い、簪を洗う手つきをいやらしくさせた。

 

「いや……だ、ダメ! や、止めて……! んあっ……ん……やんっ……」

 

 そんなことを言われるがやはり目的が変わった私には無意味なものだった。今は自分の欲を満たすだけだ。

 全部、簪が悪いんだから。簪がこんなに可愛すぎるからいけないんだ。

 私はもはや自分を抑えられなくなった。その結果ついに私は今の関係では触れてはダメな部分、つまり胸部分へ触れようと考えていた。

 すでに簪の腕は洗い終わっている。

 私はごくりとのどを鳴らしてぼんやりとした思考の中、簪の背中越しから小ぶりの胸に触れようとした。

 だが、触れる前に簪が首を回してこちらを見てきた。

 すぐに手を引っ込める。

 簪のその頬はほんのりと染まっており、息も荒いものだった。

 それはやはり簪もまた興奮していたことを示す。

 

「どうしたの?」

「そ、それは……こっちの、台詞……! 手つきが……いやらしかった!」

「そう?」

 

 このときには冷静になっていた。

 私は先ほどの自分の行動を思い返す。

 ああ……こんなになるなんてやっぱり欲求不満なのかな? きっとそうだ。だってようやく私の夢が叶えることができるのだ。

 今までは女の子に対してそういう目では見ても、高校になってからハーレムを作ると決めていたので、決してそういう意味で触れようとはしなかった。

 つまりまだ身も精神も幼い簡単に落としやすい女の子がすぐそばにいながら、自分のルールに縛られて触れることもできなかったのだ。それは欲が大きく肥大化させることに手助けをしていた。

 だから、三年間の欲求が溜まっているため、ムラムラとしてあのようなことを考えてしまったのだ。

 けど、今はもう発散するだけなのだ。溜めるということ自体がすでになくなりかけている。その結果、先ほどのような行動に出ようとなっているのだ。

 

「そう! 止めてって……言ったのに、止めてくれ、なかった……」

「だって気持ちよさそうだったから……」

「うそ。やっぱり……そういう趣味……あるでしょう?」

「ないわ」

 

 ここであると言えればどんなに楽だろうか。しかし、言えない。

 それは簪に嘘を付いていると感じるが、一番は自分を偽っていると感じるのがつらい。

 

「手が……いやらしかった」

「そう? ならきっと初めてだから偶然そうなったのよ」

「偶然、で?」

「そう、偶然」

「……怪しい」

 

 簪が半目で私をじっと見てくる。その頬はやはりほんのりと赤く染まっていた。

 

「ほら、次は前よ。体をこっちへ向けて」

「む……逸らした。やっぱり……」

「違うと言っているでしょう」

 

 ずっと怪しんでくるので簪が座っている風呂椅子を百八十度回転させた。

 ご、ごくり。

 今私の目の前に再び小ぶりの胸が現れた。

 さ、さっきは後ろから揉む――じゃなくて、洗おうとしたけど、今度は互いに向き合いながら簪の胸を洗うのだ。やはり緊張する。

 ど、どんな感じなんだろう? や、やっぱり小さいからちょっと硬いかな? それとも大きさ問わず軟らかいのかな?

 私は自分のなら何度も触ったことがあり、その感触をよく覚えているのだが、他人のとなるとあまり触ったことがないのだ。しかも、触ったとしても今のように興奮しながらではなく、淡々としたものでだ。だから感触なんて楽しんだわけではない。

 だが、今回は違う。

 今回は性的興奮があり、その感触を楽しもうとしている。

 ふう~、いい? 私。今からするのは決して簪の胸を楽しむことじゃないんだよ。今からその胸を洗うことなの。決して揉むことではないことを忘れないで。で、でも、ね。そ、その、胸なんて洗っているとやっぱり、ちょ、ちょっとだけ! うん! ちょっとだけ揉むようになってしまうかもしれない。そのときは仕方ないんだ! うん、仕方ない!

 私は自分に言い聞かせ、さっそく手にボディソープを手に付けた。

 では!

 私の泡立った手をゆっくりと伸ばしていく。

 

「し、詩織? な、何やっている……の?」

「えっ? 見ての通り洗おうとしているのだけど?」

「どこを?」

「そうね。まず胸からだけど」

 

 私は正直に答えた。

 別に隠す理由などない。

 あくまでも今のやるべきことは簪を洗うことだ。やましいことなどない。

 私が答えると簪はなぜか両手をクロスして胸を隠した。

 

「ちょっとどけなさい。それじゃ洗えないわよ」

「だ、大丈夫! ま、前は……自分で、洗える……から」

「はあ……それじゃ洗い合いができないじゃない」

「で、でも、そ、その……自分で、洗える……から」

 

 簪の頬の赤みはさらに増す。

 

「それに……恥ずかしい」

 

 わずかに俯き、上目遣いでこちらを見てきた。

 ぐっ、そ、それはずるい! その仕草は私にはご褒美であると同時に攻撃だ!

 

「それなら私もよ」

「なんで?」

「だってあとで私のも洗ってもらうのよ。つまりお互い様というわけよ。だからどけなさい」

「うう……背中と腕だけで……いいから。だから……前は……」

 

 これは……どうすればいいのかな? 簪の言うとおりにする? それともこのまま洗う?

 これは重大な選択だ。

 選び間違えれば少しだが関係が近づくどころか、遠くなってしまうのだ。

 ならば普通に考えて簪の言う事に従おう。

 

「……分かったわ。前は自分で、ということで」

「なんか……残念そう。し、詩織は……わ、私の……触りたかったの?」

 

 思わず耳を疑うが、ちゃんと聞こえていた。

 もちろんのこと、生徒会長モードが崩れてテンションが高いまま、はいと答えたところだ。しかし何度も述べるのだが、ここでそんなふうにすることはできないのだ。

 私は何とか我慢する。

 

「まさか。なんで同性のを喜んで触れなきゃならないのよ。それに私のを見なさい」

「詩織のを?」

「そうよ。大きいとまでは言わないけど、簪よりは大きいわ」

 

 本当は胸のことは言いたくなかった。

 だってきっと簪は自分の胸にコンプレックスを感じていると同じ女である私が感じ取っていたからだ。

 感じ取れた理由は簪の視線である。簪自身は私に気づかれないように見ていたようだが、祖父に鍛えられた私には丸分かりだった。

 どこを見ていたのかだが、それは私の胸である。

 私が着替えるときなどに簪の視線が私の胸へ注がれるのだ。そして、自分のと比べていた。

 だから、分かっているのだ。

 うう~ごめんね、簪。私が女の子大好きだってばれないようにするために傷つけて。

 言われた簪はやはりショックを受けたようで、軽く涙を溜めてこっちを怨みでも込めているのかというほど睨んできた。

 それは本気だ。

 だが、それでも私はこの簪の睨む顔が可愛いと思ってしまった。

 か、可愛すぎるよ! なんで睨んでいるのにこんなに可愛いの!? ごめん! 本当にごめん! 簪は本気なのにこう思って本当にごめん!!

 

「詩織なんて……嫌い」

「ふふ、ごめんね。それよりもほら、早く体を洗いなさい。早くお湯で泡を流さないと風邪を引くわよ」

「また……逸らした」

 

 最後にそう言って簪は残りの部分を自分で洗い始めた。

 簪は私に背を向けていた。

 むう~洗うところを見られないなんて残念だ。

 女の子の体に性的感情を抱く私としてはそういう姿も見たかった。

 だが、我慢しよう。この風呂だけで、まあ、色々とあって満足している。これ以上望むのは欲張りすぎというものだ。

 私はしばらくシャワーを浴びて待つ。

 しばらくして、

 

「詩織、終わった。それ、貸して」

「いえ、私が洗い流すわ。じっとしてなさい」

「………………分かった」

 

 その間が気になったが、とにかく了承を得たのでさっそく泡を流した。

 泡は簪の体のラインに沿って流れ、風呂の排水溝に溜まる。

 

「前を流すからこっちを向いて」

「ん」

 

 大人しく私の言葉に従い、簪はこちらを向いた。

 下心ある私は流しつつも、簪のその体を隅々まで見て堪能していた。

 きれいな体だな~。

 触れたくなるがそれは我慢だ。これ以上はダメだって決めたのだから。

 

「終わったわよ」

「……ありがとう」

 

 簪は小さく礼を言った。

 

「じゃあ、次は私ね。お願いするわ」

「分かった。でも、私、初めて……だから。上手く……できない、かも」

「それでもいいわよ」

 

 だって簪に洗ってもらうってだけで私は十分なのだ。

 そこに上手い下手などどうでもいい。ただ洗ってくれればそれで。

 

「じゃあ……やる、から」

「ええ」

 

 簪はまず私の髪や体を十分に濡らす。その後は知っているとおり、手にシャンプーを付けて髪を洗う。

 うん、やっぱり自分じゃなくて他人に洗ってもらうのは変な感じがするよ。

 私はそう感じながら大人しく頭を洗われる。

 

「上手に……できてる?」

「ええ、できているわ。上手よ」

「ん、よかっ……た。このまま……続ける、ね?」

「お願い」

 

 それからは無言で簪は私の頭を洗った。

 それは別に話さないわけではないのではなくて、慣れない作業を一生懸命しているためだ。その一生懸命する簪を想像して、私は思わず笑みを浮かべてしまう。

 その姿を見れないのが残念だ。

 ちょっと見たかったな~。

 

「こ、これでいい……かな?」

「自己判断でいいわよ。あなたがそれでいいと思ったら次で」

 

 こっちはもう簪に洗ってもらえたということで十分満足。ぶっちゃけ髪の汚れなんてどうでもいい。

 

「じゃあ、洗う、ね」

 

 簪はシャワーを手に持ち、泡を洗い流し始めた。

 

「髪、長いね」

 

 途中で話しかけてきた。

 

「ええ。髪なんて滅多に切らないわ」

「短く……した、こと……あるの?」

「もちろんあるわよ、まだ小さい頃だったけどね。でも、やっぱり女は髪が長いほうがいいと思って、それ以来は今の長さを維持しているわ」

 

 別に私のショートヘアが似合わなかったわけではない。ちゃんと十分に似合っていた。

 だが、前世が男だった私からすると、そのとき、鏡に映るショートヘアの可愛らしい少女と記憶にある髪が長い可愛らしい少女を比べたとき、好みとして長い髪のほうがいいかなと思ったのだ。

 

「簪は伸ばさないの?」

「似合わない?」

「いえ、とても似合っているわよ。ただ髪の長い簪も見てみたいって思ったのよ」

 

 想像してみたいが、残念なことにうまく想像することはできなかった。



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第9話 私の新しい道と危機

「やってみたいけど……ずっと、これ……だったから。たぶん……やらない」

「そう。まあ、仕方ないわね」

 

 きっと似合わないわけではないだろうが、初めてやる髪型で本人は気に入らない場合だってあるのだ。だから私が見たいというだけで簪の意思に背いてさせるのは、この子の恋人になろうとしている者としても最低だ。

 再び無言になる。

 簪は丁寧に私の髪を洗い流している。

 その丁寧さがとてもうれしい。

 

「ん、きれいになった……」

「ありがとう。じゃあ、次をお願い」

「背中……だったよね?」

「ええ、あと腕もね」

「分かって……る」

「もちろんのことそのほかもやってもいいわよ」

「!! や、やら……ない!」

「いたっ」

 

 ぺちんという音とともにちょっとした痛みが走った。

 どうやら簪が私の濡れた背中を手で叩いたらしい。

 うう~痛い~。

 私は思わず涙目になりかけた。

 濡れた肌に衝撃が走るときって結構痛いんだよね~。

 前世が男だったからされたこともあるし、したこともある。学生(男子)の中では汗をかいた体育のあとなどによくされる戯れの一つだ。そして、赤い手形の付いた背中を見て笑うのだ。

 私を叩いた簪は何もなかったかのように手にボディソープを手に付けて、泡立たせた。そして、私の背中にその手を当てた。

 

「ひゃうっ!」

 

 初めての感覚に驚き思わず声を上げた。

 な、なに? こ、これ? や、やっぱり人に触られるのって、へ、へんな気分。簪があんなふうになるのも理解できる。ただ触れただけでこんなになるなら、私がやったみたいに触ったらあんな風になっちゃうよ!

 私はちょっと反省した。

 

「ど、どうした、の?」

「な、なんでもない、わよ!」

「ほ、本当……に?」

「え、ええ、本当によ」

 

 簪は私の背中を洗い始めた。

 その手は乱暴ではなくて、やはり丁寧なのだが、逆にその丁寧さが私になんとも変な感じ(思い切って言えば快感)をさせるのだ。

 

「ん、んん!」

 

 その感じをなんとか声に出さないため、何とか声を抑える。

 くぐもった声がやや響く。

 た、ただ洗われるだけなのにこんなに感じるなんて……。こ、これも簪が感じてたものと同じなんだ……。

 またも私は反省した。

 まあ、反省はするけど、またやらないわけじゃないけどね! 今はただそういう関係じゃないのにやったからという理由で反省しているわけであって、そういう関係になったら遠慮なくやるつもりだ。うん、遠慮なくね。反省なんてしないからね!

 

「んあっ……ん……」

 

 うう~どうしても声が出る。

 とても恥ずかしい。だってきっと簪に聞かれているはずだもん。他人にそういう無防備なところを見られるのはやはり恥ずかしいのだ。

 

「へ、変な声……出さない、で!」

「し、仕方ないじゃない。簪だって出していたじゃない」

「………………だ、出して……ない」

「絶対に出していたわよ」

「だ、出してない!」

「なら、もう一回私が洗おうか?」

「やらなくて……いい。と、とにかく……洗う、から」

 

 あっ、逸らした。

 再び簪は私の体を洗うことに集中した。

 おかげでまた私は簪から与えられる快感に声を押し殺すことに集中することとなった。

 あうっ、ま、また、触れられて……。

 声を出さないようにと最終手段、口を手で塞いだ。

 これで声は出ない。が、周りから見ると胃の中身を吐き出しそうな人だ。

 ちょっとすぐに止めたいが、これ以上恥ずかしい声を聞かれたくはないのでこのままだ。それに簪からは見えないしね。

 

「……詩織」

「ん……な、なに?」

「声、抑えないで」

 

 お、おかしいな。声を出すなと言った簪が声を出せと言っている様に聞こえるよ。

 私は耳を疑うが私の耳は正常。聞き間違いはない。

 

「な、なんで?」

 

 理由が分からなくてはどうしようもないので、質問した。

 

「そうすると……な、なんだか……余計に……い、いやらしい」

「…………」

 

 ……ちょっと傷ついた。

 うう……ちょっと泣きそう。私、そんないやらしい子じゃないのに……。

 私は手を口から離した。

 声が出て簪に聞かれることとなるのだが、簪にいやらしいなんて言われてショックを受けるよりはマシだろう。私の心の耐久力は高くはないのだ。

 

「……分かったわ」

 

 やや心にダメージを受けた私は背中に続き、腕も洗われたがダメージにより声が出ることはなかった。

 はあ……せっかく簪に洗われているのにさっきのダメージで……。

 私はすっかり楽しむことができなくなっていた。

 その状態で簪からの奉仕は終了した。

 

「じゃあ、流す……から」

「……うん」

 

 だから返事もどこか覇気のないものとなっている。

 簪に言われたたった一言でこのざまだ。それはまるで子どものようにも見える。

 いや、きっと私はまだ子どもなのだろう。

 いくら前世があるとはいえ、その私と今の私ではやはり別人。あっちは男でこっちは女なのだ。だから、前世の大人の経験や記憶は関係あっても、大人の精神は関係がないのだ。

 というか、それでもちょっとこの心の弱さはどうなのだろうか。弱すぎるのでは? やっぱりそれは私がまだ精神的に子どもなのだからか、それとも女だからだろうか。

 どちらなのか私には分からない。

 そう考えている間に簪は私を洗い流し終わっていた。

 

「詩織、終わった」

「ええ、そうね」

 

 時間もちょっと経ったのである程度、心の耐久度は回復していた。

 私たちはしっかりと水を落として浴室を出た。

 私たちはそれぞれバスタオルを手に取り、濡れた体を拭いていく。

 う~ん! このバスタオルって結構フカフカだよね~! いつも使って思うけど、私はこのフカフカが大好きだ。これを布団代わりにしてもいいと思うほど。

 私は心地よいフカフカに包まれながら体に付いた水滴を拭き続けた。

 

「ちゃんと拭けている?」

「子ども扱い……しない、で。ちゃんと拭け……る」

「そう言っているけど、ほら、まだ拭けてないわよ」

「!!」

 

 私は簪の体に残っている水滴を拭いた。

 

「……自分で……拭けた」

 

 恥ずかしながらそう言った。

 やや顔が赤い。

 

「いいじゃない。仲を深めるためよ」

「…………」

 

 そう言われた簪はなぜかさらに顔を赤くした。

 どうしたのだろうか? 風邪かな? 風呂には結構長い時間入っていたからな~。ありえる。

 風邪を引かせないためにもすぐに着替えさせよう。

 

「ほらすぐに服を着なさい」

「えっ? う、うん」

 

 用意していた下着とパジャマを着る。

 私のパジャマも簪のパジャマも可愛らしいものだ。どちらのパジャマも子どもっぽいが、可愛いから問題なしだ。

 私たちはドライヤーでしっかりと髪を乾かして脱衣所を出た。

 

「もうこんな時間」

「結構入っていたみたいね。まあ、楽しかったからいいけど。簪はどう? 楽しかった?」

「……うん。楽し……かった」

「よかった。それにちょっとは仲良くはなれたと思うしね」

「私も……思う」

 

 簪のその顔には嘘はない。本心からそう思っているようだ。

 私はそれを確認してうれしくなる。

 まだそういう関係にはなれないだろうが、仲良くなることはできたのだ。今はそれで十分だ。

 私は火照った体を少し冷やしながら自分のベッドに腰掛けた。そして、しばらくして上半身をベッドの上に投げ出した。

 

「んん~!」

「はしたない」

「そう言わないで。だって唯一ここがくつろげる場所なのよ」

 

 私はそう言うのだが、生徒会長モードではない時点でくつろいでいるとは言えない。

 私が完全にくつろぐ時はきっと簪とそういう関係になってからではないだろうか。なぜならば完全にくつろぐということは無防備の姿を曝け出すということで素の自分を見せるということだからだ。

 いや、別に簪のことを警戒しているとかではないのだ。でも、素の自分とは女の子大好きの自分を見せるということなのだ。だから無理なのだ。

 

「簪だってそうでしょう? 自分の部屋はくつろげる場所でしょう?」

「……うん」

「ならいいじゃない。ほら、簪もやってみなさい」

 

 私は隣を手で叩いて誘う。

 簪はそれに頷いて私の思惑通り隣に来てくれた。そして、同じように上半身をベッドの上へ。

 簪が私のすぐ隣にいる。それもわずかな距離で。

 本当に今日はなんて日だろうか。

 一夏という私を不幸にする奴がいて最悪な日かと思えば、セシリアと簪という私を幸福にしてくれる日だった。さらに今から簪とアニメの観賞をするのだ。もはや天国。

 私はちらりと簪を見る。

 簪はメガネをかけているのだが、今はかけていない。

 かけているのはメガネの形をした携帯用ディスプレイで、別に目が悪いからかけているわけではない。なので、かけなくても問題はないのだ。

 

「そろそろ、見る?」

「……なにを?」

「ほら、言ったでしょう? 私にアニメを見せてくれるって」

 

 私からこれを切り出したのはアニメに興味があるというのもあるが、簪の趣味だからというのもあるからだ。

 

「あっ」

「忘れていたの?」

「……うん。忘れて……た。で、でも本当に……見る気、なの?」

「ええ。言ったでしょう? 私も興味あるって」

(本気……だったんだ)

 

 なにやら小さく簪がつぶやいたが、私には聞こえなかった。

 簪は起き上がってバッグから一つのDVDを取り出した。

 

「それは?」

「初心者には……お勧めの……アニメ」

「へえ」

 

 それを手に取る。

 あらすじを見る限りでは似たようなものだ。

 私にはなぜ初心者にお勧めなのかは分からない。

 

「じゃあ、さっそく」

 

 簪がテレビの電源を入れ、テレビに繋がれたDVDプレイヤーにDVDを挿入する。そして、リモコンを操作して画面を切り替えた。

 

「これで……いい」

 

 簪はリモコンを持ったまま、ベッドへダイブし、寝そべってテレビに向き合う。

 どうやらこの姿が簪のアニメを見るときの格好らしい。

 私も簪の隣に同じような格好になる。

 

「ねえ、簪。これは――」

「静かに。見るときは……何もしゃべら……ない」

「…………」

 

 どうやらアニメを見るときは結構変わるらしい。

 仕方ない。私も大人しくこれを見るとしよう。

 画面ではおそらくプロローグが始まっており、主人公がどんな人物であるかを流していた。まだヒロインは出ていない。

 で、ここまでで分かったことは主人公は特別に頭が良いわけではなく、運動神経はまあまあというものだった。スペックにしてもひどいものだ。思わず本当に主人公なのかと思うほど。

 そこから話が流れてアイキャッチの前にヒロインが出てきた。別世界から来たという流れで。

 そこからなんか色々とあった。

 ヒロインと主人公が色んな事情で一人暮らしをしている主人公の家に住むことに。しばらくは幸せな暮らしが続く。が、ヒロインを追ってきた強力な敵がやってきて二人を追う。そして、その敵を倒すためにヒロインが主人公に一か八かで敵の目的である、力が込められた玉を渡す。

 まあ、そこからは王道で異世界の強力な力をただの人間が受け入れて強力な敵を倒した。

 なんともまあ、王道な話だったが、私は完全にこのアニメに嵌っていた。

 その数時間後に全話を見終わった。もちろんのことハッピーエンドで終わって。

 

「どう……だった?」

「うん! 面白かった! はあ~こんなに面白いのって初めて見たよ! なんで見なかったんだろうって思っちゃったくらい!」

 

 これがまだ初めてのアニメになるが、私がほかのアニメも見たいと思うには十分なものであった。

 私はこんなに面白いものをなぜ知らなかったのだろうかと思うが、知らないおかげで簪と仲良くできたのだと思って前向きに考えた。

 簪はこういうジャンルばかりのアニメが好きみたいだけど、ほかのジャンルを見てみるのもいいかもしれない。

 ああ、これって多分オタクというやつのなり始めだよね。ちょっとやばいかもしれないが、簪と同じ道ならば後悔はしない!

 まあ、私は夢を叶えないとダメだからなることはもっと後の話だろうけど!

 

「し、詩織?」

「うん? どうしたの? 何かあった?」

「え、えっと……そ、その」

「あっ、それよりも次! 次、見よ! まだあるんでしょう?」

「ま、待って! そ、それより……も」

「どうしたの?」

 

 どうも簪の様子がおかしい。

 顔を見るに何かに困惑しているようだ。何を見てそうなったのだろうか。

 ちょっと考えてみるが何事もなかったはずなので分からなかった。

 

「く」

「く?」

「口調! 雰囲気! い、いつもと……違う」

「え? あっ!」

 

 私は思わず口を抑えた。

 し、しまった! ついアニメを見ていて忘れてしまった! な、なんてことだ! 素の口調をさらすのはそういう関係になってからと決めていたのに!

 だ、だが! ま、まだ間に合うはずだ!

 私は一旦咳をして切り替える。

 

「な、何のことかしら?」

「……戻った」

「何が?」

「詩織、正直に……言って。どっちが……本当の……詩織?」

「何を言っているの? 私は私よ」

 

 や、やばい! 今、確実に疑われている!

 これはどうするべきだろうか? ここで全てを言うわけではないが、口調については言うべきだろうか?

 私は迷う。



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第10話 私の本当の……

「ねえ、答えて」

 

 簪は真剣な顔でそう言った。

 こ、これは言わないとダメということだろうか。

 うん、今の状況、私は今、崖っぷちだ。さてこの崖はどこへ続いているのだろうか。天国? 地獄? 落ちてみないとそれは分からない未知の崖である。

 まあ、何が言いたいのかだが、本当のことを言って受け入れてもらえるのか、受け入れてもらえないのかということだ。

 特に怖いのがやはりこの素の自分を受け入れてくれないことだ。

 うう~どうしよう。もう自暴自棄にでもなって好きだって告白してしまおうか。

 私がこう思うのは家族以外の者に素の姿を見せたことがないからだろう。だから自分の素をさらしたときにどう思われるのか気にしてしまってこうなるのだ。

 私は自暴自棄になりかけた自分を一旦落ち着かせた。

 ここでそんな風になったらダメだ。まずは言うか言わないかを決めないと。

 で、でも、言いたくない! だから誤魔化すことにする!

 

「どっちが……本当の詩織?」

「もちろん今よ。というか、さっきのは口調が移っただけよ」

 

 ちょうどよく先ほどのアニメのキャラクターの中に私の素に近いキャラクターがいたのだ。だからそう言っても間違いではない。

 どうだ!

 表情はいつもの生徒会長モード、内心は素で簪の反応を窺った。

 

「うそ」

 

 だが、残念なことに疑いを持った半目とたった一言で一蹴された。

 か、完全に断言している! あれ? これって誤魔化せない?

 私はどうやら簪を舐めていたようだ。

 

「あれは……完全に詩織のもの……だった。真似とかじゃ……ない。教えて。どっち?」

 

 ……これはもう無理だ。完全に誤魔化せないよ。

 私の心は簪に嫌われたくないという不安が占めている。その中で言わなければならない。

 

「…………」

「…………」

 

 私のその不安を察したのか、あるいは表情に出ていたのか、それは分からないが簪は私をじっと待ってくれた。

 私はその好意に甘えて何とか勇気を出して言おうとする。

 だが、その意思とは反対に体は拒否反応を起こしたかのように息がわずかに荒くなり、目の前はぐらぐらと揺れる。このままでは倒れてしまうかと思うほど。それほどだ。

 私は体の動きに反しようとするが……。

 

「し、詩織? 大丈夫?」

「だ、大丈夫」

 

 そのせいか簪にそう言われるほどその影響が現れていたようだ。

 ふう、落ち着いて、私。そう、ゆっくりと深呼吸をして。大丈夫。簪は私を受け入れてくれるから。

 簪が受けいれるという可能性など、簪に会って数日の私程度が分かるはずがないのだが、ただ自分を励ますためにそう言い聞かせた。だから受け入れてくれるなんて分からないと理解しているはずなのだが、自分にそう言い聞かせるという不思議なこととなっている。

 これは一種の誤魔化しだ。暗示だ。

 解けなければいい。

 

「じゃあ、言うわね」

 

 まだ生徒会長モードのままだ。

 

「どっちが本当の私かって聞いたけど、もう言っちゃうと今じゃなくて、さっきのが本当の私よ」

「………………そう、なんだ。なんで……そんなこと……してたの?」

 

 簪の顔にはショックが窺える。

 わずか数日だが一緒に過ごした相手だ。そんな相手が本当の自分、素で過ごしていなかったのだ。ショックを受けて当たり前だ。

 もし反対に簪がそうだったならば表情に思いっきり出てしまうほどのショックを受けていたはずだ。

 私は全てを言うために生徒会長モードを解いた。

 

「う~ん、そうだね。私ね、中学の頃三年ほど生徒会長をやっていたの。まあ、自分で言うのは恥ずかしいんだけど結構優秀な生徒会長だったんだ。だからそのためにああいう口調をしていたの」

 

 ちょっと嘘だ。

 私がこの口調にしたのは中学に入った初日からだ。つまり最初からということだ。決して生徒会長になったから変えたわけではない。

 なのになぜそう言ったのかだが、そう言ってしまうと高校生デビューならぬ、中学生デビューをしたと思われるからだ。

 うん、それは恥ずかしすぎる。別に私はデビューしたわけじゃねーし! 違うし! ただ私の欲――じゃなくて、夢のためだし! 別に素でもよかったのだが、私の知識的には無邪気な私よりもお姉さんモード(現在は生徒会長モード)のほうがいいと思ったからだし!

 私の中では女の子に囲まれるのは無邪気な性格よりもお姉さま系の性格のほうがいいとなっている。

 まあ、確かに無邪気な性格だったら可愛がってもらえて、というふうになったかもしれないが、私は可愛がられるほうではなくて、可愛がるほうがいいのだ。そういう理由もある。

 

「ほら、これじゃなんか威厳に欠けるでしょ? 生徒会長はやっぱり生徒の上に立つ者だからね」

「そ、それだけ?」

「それだけ。今もやっているのはその名残」

 

 これも嘘。

 このモードになっているうちにこっちのほうがもてるんじゃない? と思ってこうしているだけだ。

 

「そう……なんだ」

「騙していてごめんね。ちゃんと言うつもりだったんだけど、うまく切り出せなかった」

 

 今回のは私の不注意だ。ちゃんとしていればこうはならなかったはずだ。

 

「別に……いい。でも、私の前だけで……いいから、もう……しない、で」

「分かった。簪の前じゃもうやらない」

「ありが……とう」

 

 簪の顔は先ほどと変わり、笑顔を見せた。

 さて、簪に説明もしたことで結構リラックスできるようになった。いや、結構ではない。完全に、だ。

 だって最初から簪のことを欲しいと思うほどの特別な感情を持っていたのだ。そこに警戒心などあるはずがない。先ほどまであったお姉さまモードをし続けるということ以外は。

 

「よし! じゃあ、次のアニメ、見よ!」

「えっ?」

 

 先ほどのアニメで新たな道に目覚めた私はほかのアニメを見たくてしょうがなかった。

 私は立ち上がり、さっそく次のアニメを選ぼうと漁った。

 

「ま、待って! まだ、見る……の?」

「え? そうだけど?」

「今……二時だよ。寝ない……と」

「え~、まだ見たいよ~!」

「ダメ。見たら……明日の授業に……支障をきたす」

「そう?」

 

 私は夜更かししようが大丈夫だ。それにたとえ寝てしまってもここで学ぶISについての知識はもう十分に備わっている。つまり、復習程度にしかならないので問題ないということだ。

 ただ先生たちからの評価は下がるけど。

 まあ、とにかく夜更かししても大丈夫なのだ、私は。

 

「じゃあ、私だけ見てるから寝てていいよ」

「……性格、変わった」

「変わってないよ」

「変わった。さっきまでは……大人みたいだった……けど、今は子ども、みたい」

「じゃあ、それはきっと簪にすっかりと気を許しているってことだよ」

 

 私は簪に自然と微笑んだ。

 

「!! と、とにかく、だ、ダメ……だから。一人で見るのも……ダメ! 見たらもう……見せない」

「え~!」

「わがまま……ダメ」

 

 簪の言っていることは完全に正しいのだが、私の欲には勝てなかった。

 そもそも現在ここ(IS学園)にいること自体が自分の夢という名の欲でいるのだ。勝つ負けるの前の話だ。

 

「ちょ、ちょっとだけ! 二、三話だけ! それだけだから! お願い! このとおり!」

 

 手を頭の前で合わせて懇願した。

 

「…………分かった。二話だけ、だから」

「やった! じゃあ、これ!」

「それ?」

「うん!」

 

 私が選んで簪がそれをセットした。簪はリモコンで操作し、再生させた。

 

 

 そこからずっと見続けていたのだが、なんといつの間にか五話に突入していた!

 まあ、これは二話がいいところで終わってしまい、私も簪も続きが気になったせいである。言い出したのは私で、簪はそれにあっさりと同意したのだ。

 うん、これはしょうがないね。しょうがない。どんなものだっていいところで終わってしまえば、続きが気になってしょうがないよ。明日、いや、今日の授業のために今、見ているだけだ。

 

 私は、おそらくは簪も、そういう言い訳を心の中でしていたに違いない。

 で、一緒に見てしまった簪はというと、私のすぐ隣で可愛らしい寝息を立てていた。

 はい、四話のオープニングあたりで撃沈しました。

 その反対に私は眠気は全くなかった。いや、なかったわけではなく消し飛んでしまった。

 

 いや、だってそうでしょう。隣に私の大好きな子がいるんだよ! それも今日だけで何か色々とあった相手が! しかも、その相手は狼が――じゃなくて、私がいるというのに無防備――でもなくて、ぐっすりと寝ているんだよ! 寝ている暇なんてないし!

 だから私の頭にはアニメの内容は入らずに簪の可愛い寝顔しか入ってきていない。

 アニメは今はただのBGM程度になっている。

 私はちょっとだけ簪との距離を縮めた。その距離は本当に僅かで簪の体温が感じられるほどだ。

 な、なんか、意識のない簪に近づくのって興奮する……。だって今なら何かしても気づかれないもん。

 

 そう思っていると無意識に手が簪のほうへと伸びていた。

 って、何しているの、私!! 手なんて出しちゃダメでしょ!! 手を出すのはそういう関係になってから!!

 伸びていた手をもう片手で叩いて叱る。

 でも、そういうで手を出すんじゃなければいいよね。

 自分で勝手な解釈をして、結局は簪に触れようとした。

 私の手は再び簪に伸びた。

 べ、別にいいよね。ただ簪に触れるだけで何かするわけじゃないし。ただ触れるだけだもん。

 心の中でそう呟いた。

 そして、ついに簪の頬に触れた。

 

「!!」

 

 ふ、触れた! 触れたよ!! し、しかも、や、やわらかいし!!

 風呂場で触れたのは主に背中と腕で、頬には触れてはいなかった。

 ちなみにいつも同じ部屋で寝ているにも関わらずこうなのは、いつもは別々のベッドで寝ていて今回は同じベッドにいるからだ。

 私は簪の頬を撫で続ける。優しく優しくだ。

 それに対して簪は寝ながらうれしそうな笑みを浮かべてくれた。

 

 こ、これってこうされてうれしいってこと、だよね? な、ならもうちょっとやっても大丈夫、だよね?

 そう思って私はもっとやろうと決めた。

 私は頬を撫でながらちょっとずつ、手を移動させる。

 その移動先は唇だ。

 そこまで着いた私の手は、指先は簪の唇に触れた。

 くっ、こ、ここもやわらかい!

 指先で、とくに人差し指でその唇をなぞった。

 

「ん……」

「!!」

「すう…………すう…………」

 

 起きたのかと思ったが違ったみたいだ。

 び、びっくりした……。でも、起きてないみたいだし、もうちょっとやっても……。

 そう思い、その人差し指で唇を軽く下げた。

 そこには白く輝く歯だ。

 

「ご、ごくり」

 

 だが、目当ては白い歯ではない。

 

「ほ、本当はもっと関係が変わってからやりたいと思ってたけど……でも、私はずっと我慢してきたんだ。だから……ちょっとだけならいいよね?」

 

 声に出して言い訳をした。

 私は前世があるせいか、小さい頃から大人と同じ思考だった。それが意味するところは性に対しての興味があったということだ。

 だからずいぶんとちょっと興奮することをやりたいなという気持ちが溜まっているということなのだ。

 私はちょっとだけそれを発散するということで、人差し指を簪の口内へと侵入させた。

 もちろんのこと口内は唾液に塗れていた。

 私はしばらく指を口内に入れたままにしておいた。すると……。

 

「ん、はむっ」

「うわっ!」

「んく……」

 

 簪が私の指をまるで赤ん坊のように吸ってきたのだ。

 簪は吸い続けて、私の指は吸われる感覚を味わった。

 すぐに抜き出そうかと思ったが、その前に手で掴まれ抜け出せなかった。

 ……まあ、いっか。先に口に突っ込んだのは私だしね。それにこの状況は別に嫌ではない。むしろよかった。

 

私は吸われるのを感じながらそう思った。

 それにしても、ふふふ、私の指を吸うなんて赤ちゃんみたい。本当に可愛いよ!

 私はこの時間を楽しむためにテレビを消した。それにアニメを見るために小さな明かり、つまり豆電球にしているので明かりに邪魔されることはない。これでより集中できる。

 そうしてしばらくそのままでいたが、さすがにこれ以上は色々とダメなのでその口から指をはずすことにした。

 

 が、しかし、簪のほうは放してくれないので、あんまりしたくはなかったが、もう片方の手で上手く引き離した。

 その際にちゅぷりといういやらしい水音がした。

 抜いた指は涎で濡れている。拭かなければならないのだが、色々と溜まっていた私はそれをじっと見つめると、

 

「はむっ」

 

 その指をぱくりと咥えた。そして、ちゅうちゅうと吸う。

 それだけで私の溜まった欲はちょっとだけ減った。

 その後私は指を拭いた後、私は簪の頭を撫でた。

 そうして喜ぶ姿が可愛くて私はあることを言うことにした。

 

「簪、好き。大好き。だから、わ、私と……」

 

 そう、告白だ。いつか近いうちに言う言葉。それを言ったのだ。練習という意味で。

 や、やっぱり相手が寝ているとはいえ、好きな相手に向かって言うのは、ど、ドキドキする……。

 このときでこうなのだから本番ではどうなってしまうのだろうか。

 ある意味怖かった。

 最後まで言ったわけではないが、十分に満足した私は大きく脈鳴る鼓動を静めることに時間を費やした。



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第11話 私たちの忙しい朝

 朝になる。カーテンの隙間からは光が差し込み、まだ照明が点けられていない部屋を明るくする。

 あの後は私も大人しく寝た。

 もう色々と満足できたからね。あれ以上やるのは後の楽しみがなくなってしまう。それに昨日のことで長年溜まっていた欲求のほとんどが解消されていた。それもわずか一日のうちに。

 そういうことなので寝る前に簪に行ったようなことをしなくてもしばらくは大丈夫になった。再び欲求が溜まる頃にはきっと簪とそういう関係になると思っているのでそもそも溜まることなどないだろう。

 

「簪、起きて! もう朝だよ!」

 

 最初に起きたのは私だった。簪は私の隣で未だにぐっすりと寝ている。

 最後に寝たはずなのに最初に起きたのはきっと私が興奮の名残でよく眠れなかったからだろう。

 うう~やっぱり眠いな~。今日は居眠りしそうだよ。

 今日はIS学園に入学して二日目である。普通に考えて居眠りなんてできない。それに私のクラスはあの千冬さんが担任なのだ。居眠りなんてしたら、昨日の一夏のように頭にすばらしい技を炸裂させられる。

 私ははしたなく大きく口を開けて欠伸をした。

 ……居眠りしちゃうかもしれないな。

 簪を揺すりながらそう思った。

 

「ほら! 起きて!」

「ん、んん~。あと……五分」

「お決まりのセリフなんて言わないで起きて! 遅れるよ!」

 

 このままでは朝食の時間に遅れて食べる時間がなくなる。寝る時間はなくなってもいいのだが、朝食をしっかり食べることだけは譲れない。ただでさえこの体は燃費が悪いのだ。朝食を食べなければ授業中にお腹が鳴るという恥ずかしいことになる。

 一夏がいる中でそんな醜態はさらしたくはない。一夏には見られたくも聞かれたくもない。

 

「起きなさい!」

「ん、分かった……」

 

 簪が目を擦りながらゆっくりと体を起こした。

 髪は寝癖でぼさぼさだ。でも、大したことはない。櫛で梳かせばすぐに直る程度だ。

 う~ん、これじゃ可愛さが低くなっちゃうな。

 私はベッドのすぐ近くに置いてあった櫛を手にとって、簪の後ろに回り、さっそく梳いていく。

 櫛は何の抵抗なく髪の先まで通り抜けた。

 さらさらだ。それにきれい。

 私は簪の髪を梳きながら、髪を触れることを楽しんだ。

 わずかな時間だったが、楽しむこともできて、髪も整った。

 

「はい、終わり」

「ありが……とう」

 

 まだ眠気のある声でそう言った。

 う~ん、このままじゃダメだね。ちゃんと目を覚ましてもらわないと。

 簪はまだ完全に目を覚ましていない。この調子だときっと授業中に居眠りしてしまう。

 こうなったのも私の責任でもあるので、せめてのことをしよう。

 

「ほら、立って洗面所へ行くよ」

「なん、で?」

「顔を洗うの! まだ眠いんでしょう? 目を覚ませるためにもやらないと」

「……めんどくさい」

「ダメだって。立って」

「別に……いい」

 

 仕方ないので私が立たせることにする。そのために簪の正面から簪に抱きついた。

 はわ~、だ、抱きつくってこんな感じなんだ! は、初めてだからびっくり。

 家族には抱きつくことはあるのだが、こうして他人に抱きつくことは初めてだった。だから、私はちょっとぎゅっと強く抱きついたりして、こっそりと楽しんだ。

 べ、別にこれはいつものようないやらしい理由で抱きついたわけではない。た、ただこのままでは簪が顔を洗ってくれないからこうして抱きついているのだ。

 そう言い訳をしつつ、楽しんでいた。

 わざとゆっくりとした動作で簪を立たせる。

 だけど、どうも足に力が入っていないようで立たせても私に寄りかかるだけだった。

 ま、まあ、うれしいからいいんだけどね。

 

「ほ、ほら! 早く立って」

「……やだ」

「眠いのは分かるけどしっかりしてよ。洗面所までは連れて行くけどちゃんと自分で洗ってね」

「分かった」

 

 寝ぼけた声でちゃんと頭で理解しているのか心配になる。

 まあ、理解していなかったら、しょうがないが私がやればいい話だ。簪大好きの私には嫌な仕事ではない。

 私は恍惚とした笑みを浮かべながら、簪を洗面所へと入った。

 入るまでは僅かな距離と時間だったにも関わらず簪は寝ていたので、再び起こしたのだが、自分でやるのはやはり無理そうなので私が途中までやることにする。

 わずかに意識がある簪の体を洗面台まで誘導した。

 私は蛇口を捻り、水を出す。

 その水に触れる。水はちょっと暖かくなりかけたこの時期には気持ちいいくらいだった。これならば簪も完全に目を覚ますだろう。

 

「簪~。自分でやる? 私がやる?」

「自分で……やる」

 

 返事がくるとは思ってはいなかった。

 簪はふらふらとしながらゆっくりとその水を両手に注いだ。

 十分溜まると簪はそのまま顔へとやった。

 両手の水は顔に当たると四方八方へと飛び跳ねた。

 顔を洗ったせいか二回目以降の体の動きはよくなっていた。目が覚めたようだ。

 何度かそうした後、こちらへと振り向く。私は用意したタオルを簪に渡した。

 タオルを受け取るとそれを顔に押し付けて上下に動かして顔に付いた水滴を拭った。

 

「すっきりした?」

「うん、した。ありがとう」

「ううん、別にいいよ」

 

 こうなったのも私のせいだ。その責任という意味でも礼なんていらない。

 その後私も顔を洗って洗面所を出た。

 うん、やっぱり朝顔を洗うのって目が覚めるだけじゃなくて、なんか気持ちいいんだよね。だから毎日やって習慣化している。

 顔を洗っていい気分になった私は洗面所を出て服を着替え始めた。

 

「もう、着替える、の?」

「そうだよ! だって時間ないんだもん」

「え? あっ……」

 

 いつもはもっと余裕があったので、勘違いしていたようだ。

 今日は余裕なんてない。

 

「着替えるの手伝おうか?」

 

 すぐに着替え終わった私は簪に近寄り、そう言った。

 

「や、やらなくて……いい! 自分で……できる」

「なら、早く脱がないと」

 

 簪はまだパジャマのボタンをはずしただけだ。パジャマの隙間からは肌と下着が覗いていた。

 うん、エロいのってただその体だけじゃない。こういう格好でのものもエロいのだ。

 私の言葉で下着姿へとなる簪をやはりそういう目で見ていた。

 

「……あんまり……見ない、で。恥ずか、しい」

 

 そう言われたので見るのを素直に止めた。

 ……残念だ。まあ、いいものを見れたからいいや。

 私は簪に背を向けて待つ。

 後ろからはおそらくは制服を着ているのであろう布同士の擦れる音がした。

 ちょっと想像してみる。

 …………。

 やってみたのだが、いまいち興奮しない。

 想像したものは完成度が高かったのだが、所詮は私の都合のいい妄想でしかない。故に興奮しなかったのだ。興奮するにはやはり実際に見るほうがいい。

 思わず振り返りそうになるが、何とか我慢した。

 

「終わった」

 

 その言葉を聞いて、振り返る。

 

「うん! 可愛いよ」

「あ、ありがとう。詩織も……可愛い」

 

 互いに褒めて互いにその言葉に照れて頬を赤くした。

 私の容姿は知ってのとおり、自分でもきれい、可愛いと思うほどのもの。だから、もちろんのことクラスメイト(男女関係なく)に何度も言われてきた。それに対して別になんとも思わなかったというわけではない。ちゃんとうれしいって思った。だけど、今のようにはならなかった。

 これはやっぱり相手が簪だからだろう。相手が簪だから私はこのようになっている。

 ならば簪のそれはどうなのだろうか。簪がそうなのは私と同じ理由で? それともただ単純に可愛いと言われたから?

 簪の心と体が欲しい私はどうしてもそれが気になった。

 でも、そのことを聞くなどできるわけがないのだ。聞けない。

 私たちはそのまま棒立ちしていた。

 

「し、詩織! い、行こう」

「そ、そうだね。行こうか」

 

 簪が切り出してくれたおかげで何とか動けるようになった。

 

「忘れ物……ない?」

「ないよ」

 

 確認をして部屋を出て鍵を閉め食堂へと向かった。

 その歩みは遅い。

 それはやはり先ほどの言葉のせいもあるが、もうすぐで二人きりではなくなることが嫌だからだ。少しでも長く二人きりになりたいので、遅いのだ。

 

「ねえ、手、繋がない?」

 

 道中に誰もいなくて、触れたくてそう言った。

 言った後私はちょっとだけしまったと思った。だって、確かに簪とは仲良くなったとはいえ、私たちはまだ友達程度でしかなくて、同性なのだ。それなのに私は手を繋ぐというこの年頃なら抵抗のある行為をやろうと提案した。

 私の鼓動は先ほどとは別の意味で大きくドクンドクンと鳴っている。その鼓動はほかの誰かにも聞こえてしまうほどに思えた。

 私がそう焦っていると私の手に何かが触れた。

 見れば何と簪の手が触れていたのだ!

 

「え?」

「……手、繋ぐんでしょ?」

「うん!」

 

 私はその手に私の手を重ねた。

 手を繋ぐなどこれまでに何度もあったはずなのだが、不思議と簪と手を繋ぐと心地よいのだ。

 やっぱり、私は簪のことが好きなんだ。それも本気で。

 私はそれを実感した。

 それは簪のことが好きでも、ただ私の欲を満たすだけの玩具としての意味で好きではないということだ。ちゃんと異性に対して抱く本当に好きな相手のみに抱く好きということ。

 実感できて私はよかったと思っている。自分でもその気持ちが何なのかを理解できないことだったあるから。

 私たちはちょっと強く繋ぎ、まるでもう放さないとでも言ったかのようだった。

 

「えへへ~♪」

「どうした、の?」

 

 手を繋ぐことができて、簪のことが好きだと理解できて機嫌が良い私に問いかけた。

 

「だってこうしていると仲良くなったんだなって思うんだもん。簪はどう? 違う?」

「…………違わない」

 

 ぷいっと顔を背けてそう言った。

 うん、可愛い。

 思わずこの子に悪戯したくなりそうだ。

 

「ありがとう。簪が友達でよかった」

「…………私も、そう」

 

 顔を背けたままそう言う。

 ああ! もう! なにこの可愛い生き物は!! 可愛すぎるよ!!

 あまりの可愛さにこの場で簪を襲っちゃいそうになる。もちろんしないが。

 

「行く、よ」

 

 照れているせいなのか簪はそう言って、先ほどとは違って私を引っ張るように先を急いだ。

 

「あわわっ」

 

 いきなりだったので躓きそうになった。

 それを簪が支えてくれた。

 

「ごめん」

「ううん。支えてくれたから」

 

 再び歩き始めた。

 私はその間、上機嫌だった。

 それは先ほどの出来事のせいだろう。私が躓き、床へ倒れそうになったときに簪が繋いでいた手を引っ張り、私の腰に腕を回して引き寄せて密着したからだ。

 それにただ密着するだけでなく、簪のほうが密着してきたというのがさらに私を上機嫌にさせたのだ。

 そのまま私は食堂へ行き、朝食を食べた。もちろん大盛りで。

 周りのみんなは引いていた。

 しょうがないじゃないか。ここまで食べないともたないんだもん。

 女の子としての……とか言われそうだが、そんなもので私のエネルギーは満腹にはならない。

 

 

 午前中の授業中、何とか眠気に抗いながら授業に集中していた。

 うう~やっぱり眠いよ~。昼休みに簪の膝の上で寝よう。

 この眠気は私の選んだ選択によって生じたものだ。決して文句などは言えないし、寝てはいけない。

 だから私はある一定の眠気が襲ってきたら自分の足や手を抓るなどの痛みを与えることで意識を保った。

 うう……い、痛かった。

 何せ私の身体能力はものすごく高い。それで抓ったのだ。肌や骨も常人よりも頑丈とはいえ、ものすごく痛い。まあ、おかげで眠気を一時的になくすという目的は達成できたのでいいが。あっ、ちなみにほかの人にやると血が出るとか皮膚が千切れるなどの怪我になるので、ほかの人にはできない行為なのだ。

 そうしながら授業に集中していると視線を感じた。視線を発する方向を見れば、そこにはセシリアがこちらを見ていた。

 私がにこりと微笑むとセシリアは一瞬喜んだように見えたが、一変して悲しい顔をして、また変わって睨んできた。そして、前を向いた。

 あ、あれ? なんで?

 確かに昨日のことがあったが、ここまでされる覚えはないはずだ。

 私は一瞬だけずきんと痛んだ胸を掴んで、その理由を探った。

 しかし、午前中ずっと考えていたのだが、その理由は全く分からなかった。

 セシリアのことも欲しい私は嫌われる原因を何としても排除したかった。だから、考え続けた。

 もうセシリアをあきらめる、つまりハーレムをあきらめて今のところ私の中でもっとも大好きな簪一筋にすればよいのではとなりそうになるのだが、女の子たちに囲まれたいという夢を持ってしまっていてその思いは実現可能ということから、とくにIS学園に来てからは上昇し続けているので、あきらめることはもう無理で止めることなどできなかった。私はハーレムを作るしかない。

 はあ……やっぱり私って欲深いよ。そして、何、この無駄に強い意思は?

 ハーレムというたくさんの女の子を囲まれる夢。

 それはとても強欲だ。一人しか選べないはずのところを選べないとかいう理由ではなくて、最初から複数選ぶつもりでいたのだ。これは強欲としか呼べないだろう。

 そして、夢を叶えるために私は手段を問わないと思っている。もちろん、相手を脅すなどはせず、さまざまな方法を使って相手の心を奪うという意味で。

 例えば箒のようにすでに想っている相手(異性に対して)がいるならば、私は素直にあきらめるということだ。



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第12話 私が食べさせてあげるよ

 私のものにしたいが、好きな相手がいる子を奪えるわけがない。

 好きな相手がいる子の心を変えて自分のものにするのは何か違う気がしたのだ。だからあのとき私は箒をあきらめた。

 私はチラッと箒の姿を眺める。

 箒は真面目な顔をして授業に集中していた。授業の内容はちゃんと理解しているようで、時折うなずくなどして相槌を打っている。

 うう~やっぱり箒が私のハーレムに入らなかったのは悔しいな……。

 あきらめるとは言ってもそこに心残りがないわけではない。やはり私にはまだ箒に対する心残りがあった。

 昨日会ったばかりとはいえ、私が一度でもハーレムにしたいと思った子だ。この思いは本気だ。簡単には消えるわけがなかった。

 でも、今は箒よりもセシリアだ。あの子は私のものにすると決めたんだ。

 そう思って箒のことを頭の隅に追いやった。

 私の中での最優先すべき者は簪とセシリアである。箒の恋を応援してあげたいとは思うが、一夏がかかわっているということや私の夢がハーレムということからしても優先度は低いのだ。言っちゃ悪いけど今は他人に構っている暇などないということ。

 ごめんね。

 そう心の中で思った。

 しかし、これは箒にとっては全く意味はない。なぜならばそもそも私と箒の間には全くの接点がないからだ。今の私と箒の関係はクラスメイト。ただそれだけ。友でさえない。だから意味はないのだ。

 まあ、セシリアに対しても同じなんだけどね。ただちょっと話したことがあるクラスメイトというだけだ。

 

「あっ」

 

 ふと時計を見るといつの間にか授業は終わっていて、すでに昼休みになって五分以上経っていた。

 いつの間に!?

 ノートを見るがそこにはちゃんと板書されたものが書かれていた。どうやら無意識のうちに写していたようだ。

 しばらくじっとノートに見入る。そこで思い出す。

 あっ! や、やばい! 今日は簪と食べるのに!

 昨日約束したとおり、私は一緒に昼食を食べることを約束していた。場所は簪がいつもいる場所、ISの整備室だ。名のとおりISを整備する部屋だ。ここに入るのは二年生や三年生だけで一年生は滅多に入る事はない。

 なのに入る一年生の簪はちょっとした変わり者なのだ。

 簪が入る理由は簪がやっていることに関係しているらしい。

 その内容は私はよく知らない。前に一度だけ見たいと言ったが、そのときは詩織には分からないと言われて見せてくれなかった。ただ少なくとも一年生がやることではないということくらいしか分かっていない。

 まあ、だから私は手伝えると思うんだけどね。

 よし! ちょっとさりげなく理解できるよアピールをして、ちょっとだけ手伝おう!

 仲良くなるためにはこれが一番の手だと思い、そう予定を決めた。

 私は整備室へ行く前に食堂へ寄った。

 もちろんこれは昼食を持っていくためだ。

 食堂には食堂以外の場所でも食べられるようにと、弁当やパンなども売っている。

 私はサンドイッチなどのパン類を買った後、目的地へと向かった。

 

「やっほ~!」

 

 部屋に簪以外がいないと分かるとすぐさま生徒会長モードを解いてテンションが高い状態でそう言った。

 

「…………」

 

 簪からの反応はなかった。いや、それどころかこちらを全く見向きもせずに自分がやっている作業に集中していた。

 別に何か返してくれることを期待しているというわけではないが、こっちを見てくれるくらいは欲しかった。じゃないと何か、うん、痛い、心が。

 心が痛む私はテンションを下げて、ゆっくりと簪に近づく。

 この部屋には簪が操る、カタカタと鳴るキーボードだけが大きく響く。ほかの音はそれに比べると微々たるものでしかない。

 こういう音を聞くのは嫌いではない。ずっと聞いていたいと思う。

 

「簪、来たよ」

 

 おそらくは声だけでは無理だろうと思い、肩を叩いてこちらの存在を示した。

 

「あっ、詩織?」

「そうだよ」

「いつの……間に?」

「ついさっきだよ。ちゃんとやっほーって言いながら入ったよ」

「……気づかなかった」

「だよね」

 

 気づいていて、あれだったら今頃は号泣していたよ。

 いくらちょっと悪い人たちを無傷で打ち倒すことができる強靭な力と体を持っていても、反してその心は前世というものがあってもガラスのように脆いのだ。

 うん、まじで脆い。頑丈なのは体だけだ。

 

「何を……持って、きたの?」

「パンだよ。こっちのほうが食べやすいし、食べさせやすいしね」

「本当に……食べさせる、の?」

「もちろん! そう言ったじゃない」

(……本気、だったんだ)

「ん? 何か言った?」

「何も、ない」

 

 さてさて、私のお腹もエネルギーを要求しているみたいだし、さっそく食べますか!

 朝にたくさん食べたのだが、やはり燃費の悪いこの体のせいですっかりとお腹が減っていた。しかも、二時間ほど前に。よかったのは授業中にお腹が鳴らなかったことだろう。

 もし鳴らして一夏に聞かれていたと思うと……。うう~! 嫌だ! 人前で鳴るのも恥ずかしいのに、異性で大嫌いな一夏に聞かれていたら!!

 IFの話で想像したのだが、なんだか実際になったかのように体が反応した。

 体は羞恥で熱くなり、鼓動は激しくなる。

 

「どうした、の?」

「な、なんでもないよ」

 

 簪にばれたくなくて顔をそっぽ向いて誤魔化した。

 こんな恥ずかしい姿をまだ見せたくはなかったのだ。

 

「さ、さあ! これが簪の分だからね!」

「? そっちのは?」

「あっこれ?」

 

 簪が私の持っている簪の分ではないものを指した。

 そこにあるのは袋いっぱいに詰め込まれたパンだ。その数は二十を超える。これは私のだ。

 反対に簪のはわずか数個しかない。

 というか、こっちが女の子が食べる量としては普通なのだ。私のは異常なのだ。

 

「もちろん私のだよ」

「…………そんなに……食べる、の?」

「そうだよ。でも、私がこんなに食べるって知っているじゃん」

「……パンだとなんか……量があるように見える……から」

 

 でも、パンはすぐにお腹が減るからね。多分夕食にはいつも以上食べるかも。

 

「じゃあ、作業に戻っていいよ、食べさせるから」

「う、うん」

 

 早速私はパンを取り出した。

 簪のパンは拳程度の大きさだ。

 さすがに一口では食べられないので、それを一口サイズに千切って食べやすいようにした。

 私はそれを作業が先ほどよりも進んでいない簪の口元へと運んだ。

 

「はい、あ~ん」

「あ、あ~ん」

 

 お決まりの言葉を言い、簪は恥ずかしながら小さく口を開けた。そして、それを食べた。

 簪はもぐもぐと恥ずかしながら、俯きながら咀嚼する。

 その間に私も一緒に自分のを食べる。

 簪が飲み込み終えたら、再び千切って簪にあ~んをする。

 私はこのやり取りに胸がいっぱいになった。

 だってこのやり取りって主に恋人がやることなんだもん! なんだか望んでいた関係になったみたいだ。う~ん、それが現実だったらいいのにな~。

 私はこの想いを告げたいと思っているのだが、私が同性好きということを言うのがそれを妨げている。

 それは告白して断られるというよりも、私が同性愛者ということを受け入れてもらえずに簪との関係が友人からただ同じ部屋にいる他人になることを恐れているからだ。そっちのほうが嫌なのだ。だって例え告白して断られても、簪とは仲良くやっていきたいと思っているからだ。つまり繋がりを保ちたい。

 

「あれ? やらないの?」

 

 いつの間にかやっていた作業の手を止めて、ただ私に食べさせてもらうだけになっていた。

 

「で、できるわけ……ない! 無理!」

 

 先ほどよりも顔を真っ赤にして、そう言う。

 

「そうなの?」

「そう! た、食べさせて……もらいながらなんて、恥ずかしくて……作業、でき……ない!」

 

 首を大きく左右に振る。そこからは必死なものが見えた。

 

「でも、これじゃ意味ないよ」

 

 私がこうしたきっかけは昼食を食べずに作業に没頭してしまう簪に昼食を食べさせるためだった。きっと何度も注意しても昼食よりも作業を優先にしてしまうため、もういっそのこと私が食べさせようということにして……。

 というのはもちろん建前! 本音はもちろん自分の自己満足のためだ。結果としては建前も達成することもでき、恋人になったみたいな感じになって満足した。

 

「そう、だけど……。で、できないものは……できない!」

「そっか。まあ、いいや。ほら、あ~ん」

「えっ? ま、まだやる、の?」

「当たり前でしょう? これで終わらせる気はないよ。ちゃんと最後までやるんだから」

「で、でも!」

「簪だって食べさせられているときはなんだかうれしそうだったよ。違う?」

「…………違わない」

 

 簪は再び顔を伏せた。

 私が簪にパンを食べさせたとき、最初は恥ずかしがっていた簪だったが、何度かあ~んの回数を重ねるうちにそれもなくなり、逆にうれしそうな顔をしていたのだ。

 

「だからいいじゃん。やっているこっちもね、楽しいから。……ま、まるで恋人みたいだったから」

 

 思わず思っていたことを言ってしまった。

 私はやばいことを言ったと思って焦る。

 だって、恋人みたいって言葉は普通は使わない、同性相手には。もしこれが異性ならばまだよかったがそうではないのだ。同性の簪なのだ。なのにそれを言ってしまえばそれは私に同性愛の趣味があるようではないか! いや、あるけど。

 とにかくそれを簪に知られるのは今ではないのだ。

 私の体は焦りにより鼓動が早くなり、息も荒くなった。おまけに目の前がぐらぐらと揺れる。

 その中でゆっくりと簪を見た。

 き、きっと気持ち悪いって思っているよね?

 そう思って。

 だが、簪は、

 

「そ、そう、だね。私も……思う」

 

 と、私と同じような感想を持っていた。

 

「えっ?」

「ん? どうした、の?」

「な、なんでもないよ!」

 

 私は慌てた。

 ま、まさか簪も同じことを思っていたなんて! ま、まさかと思うけど簪も私と同じ?

 おもわずそう思うのだがそれはない。うん、ない。私のような子など滅多にいるわけではないし、簪は絶対にノーマルだと断言できる。それは絶対だ。簪はノーマルだ。きっと先ほどの発言は行為についてのものだろう。それ以外のものはないはずだ。

 まあ、簪もそうだったらな~と期待はしてなかったとは言わないけど。

 

「ほら! まだあるよ! あ~ん!」

「えっ、あ~ん」

 

 まだ落ち着かない心をどうにかするために無理やり食わせるようにパンを簪の口元へとやった。

 簪はちょっと戸惑ったが、すぐにパンを口に入れた。

 再びパンを食べ初めて、互いにそれぞれの思いを抱きながらその時間を楽しんだ。

 大量のあったパンを食べた私は一足先に食べ終えて、作業に戻った簪の作業を見た。

 

「これってISの?」

「そう」

 

 簪が夢中になってやっていたのはISの製作だったようだ。

 ふむふむ、なるほどなるほど。これを一人でやっているのか。

 私は簪のやっていることに感心した。

 別に私はよく分かっていないけど、なんか同い年ではできないすごいことをやっているんだなということで感心しているわけではない。ちゃんとどのような内容かを理解した上で、そう思ったのだ。

 これは私が勉強したからというだけではない。私の前世がプログラマだったというのもある。しかも、エリートの中のエリート! プロの中のプロ! そのレベルだったようだ。私って結構すごいかも!

 

「ねえ、私も手伝おうか? 一応それなりに知識も技術もあるよ」

 

 前世はISなどはなかったのだが、私はこういうこともあるかなと思って勉強しておいたのだ。だから全く問題なく手伝うことができる。

 それに色々と学んだからプログラムだけではなく、設計もできるのだ。とにかくISに関わる技術と知識はすべて詰め込んだ。

 ISのコア以外ならなんでもお任せください。

 そこまで自信がある。

 

「できる、の?」

「もちろん!」

「本当に?」

「本当だよ! きっとそこらの企業の開発者よりも上だよ!」

「…………」

 

 さすがに言い過ぎたのか、なんだか胡散臭いものを見るような目で見てきた。

 で、でも本当のことなんだもん。しょうがないじゃないか。

 それは本当のことなのだ。それほどまでに私は優秀なのだ。

 

「信じて!」

「…………ちょっと待ってて」

 

 簪が立ち上がって部屋の奥へと行った。

 しばらく待っていると手に何かを持って戻ってきた。

 

「貸すから……やって」

 

 渡されたのは簪と同じディスプレイだった。

 

「手伝っていいってこと?」

「そう。でも、詩織の力を……知っていないから……簡単なの、から」

「ありがとう!」

 

 私はそれを受け取ってすぐに作業を始めた。

 ヤッホー! 簪の手伝いができるようになったよ!  このチャンスを利用してさらに関係を深めてやるよ!

 私の指は常人レベル以上の速さでキーボードを叩いた。簪と比べても私のほうが速い。すべて正確だ。速いにもかかわらず打ち間違いはなかった。

 これもすべて女の子に慕われたいという思いから来た努力の結果だ。本当によく頑張ったよ、私!

 前世の記憶を思い出してからずっと私はこのときのためにすべての時間を費やした。その結果はちゃんと出ていた。

 あとは私の行動次第だ。上手く私への好感度を上げていかなければ、これまでの人生の時間が無駄になってしまう。

 私は作業をしながら、改めてこれからの自分のすべきことを確認した。



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第13話 私はまだ未熟

 簪の手伝いをしてどれだけの時間が経っただろうか。

 それを確認するためにディスプレイの隅に小さく表示されている時計を見る。そこには昼休み終了まであと五分の時間が表示されていた。

 ふむ、わずか数十分だけど結構集中していたみたいだ。しかも、こういう作業はめんどいはずなのにそんなこともなく、むしろもっとやりたいと思いながらやっていた。

 やはりこれは簪が関わっているからだろうか。それとも前世が関係しているからだろうか。どちらにせよ、簪のためになっているのだからどうでもいいだろう。

 それよりも作業に集中している簪を止めなければ。このままでは授業に遅れてしまう。

 

「簪! もう時間だよ!」

 

 声だけでは絶対に気づかないので、肩も叩いて気づかせる。

 

「……ん」

 

 狙い通り簪は手を止めて、片づけを始めた。

 ほとんど片付けるものはないのですぐに終わる。その間に私も片付けた。

 

「あっ、そういえばこっちのはほとんど終わったよ!」

「もう?」

「うん! 結構簡単だったよ」

「…………本当?」

「本当だって! ほら!」

 

 私は簪にタブレットを渡した。

 簪はそれを受け取ると映し出されたディスプレイをスクロールさせて私が書き込んだのを確認した。

 

「本当に……できたんだ」

 

 わずかに目を見開いて驚き、そう言った。

 

「だから言ったでしょう? 私はできるって」

「ごめん。疑ってた」

 

 まあ、それは仕方ないと言える。何せ私たちはまだ会って数日でまだ互いを完全に知りえているわけではないのだ。疑って仕方ない。

 

「別にいいよ。それよりもこれからは私も手伝わせて。自分の技術には結構自身があるし、きっと簪の役に立つよ! ダメ?」

「……分かった。でも、これは……私の力で作りたい、から、詩織は私の補助……だけ。それでいいなら」

「いいよ! それでいいよ!」

 

 もちろん全部とかほとんどとかやろうとは思っていない。これは簪が作ろうとしているISだ。だから私は補助程度で十分満足できる。なぜなら私の目的はあくまでも簪を手に入れることで、ISを作ることではないのだ。つまり、この手伝いさえも簪を手に入れるための手段とも言える。だが、決してそれだけではないのは事実だ。純粋にただ手伝いたいという気持ちだってある。

 

「ありがとう」

「お礼はISが無事に完成してからだよ。まだ言わなくていい」

「ご、ごめん」

「謝らなくていいよ。簪は別に悪いことをしたわけじゃないんだから」

「……うん、完成したときに……言うね」

 

 完成したときが楽しみになったな。でも、そのときに私がいるだろうか?

 そう思うのは私が簪を欲しているからだ。なぜそれが? となるのだが、それは簪のISの完成がまだ先で、その間には私は簪にきっと想いを告げているからだ。だから、そう思うのだ。

 もし振られたら私はきっとISの完成時にはいなくて、受け入れてくれればその関係になればいる。

 私のこれからの道はこの二通りしかない。

 ハッピーかバッドか。

 

「それじゃ改めてよろしくね」

「こっち……こそ、よろしく」

 

 そんな思いを浮かべて簪と手を交わした。

 そして、こうして私は簪とのIS開発の協力関係を築いた。

 

 

 それから時間はさらに経ち、夜になる。

 私と簪は一緒に夕飯を食べて、一緒に風呂に入り洗い合いをしたあとは自由な時間となった。なので、さっそく私もISの開発の手伝いをし始めた。

 この部屋には二つのキーボードの音が響くだけだ。

 

「そういえば……」

 

 作業中には声をかけられても気づかない簪が自ら声をかけてきた。ただし、顔だけはディスプレイに向いたままだが。

 しかし珍しいこともあるものだ。明日は雨かな?

 

「なに?」

「ISで戦うって……本当?」

「そうだけど……どこで聞いたの?」

「みんな、噂してた」

 

 どうやら一週間後の闘いは噂になっているようだ。

 知らなかった……。

 きっと噂になった一つの原因は世界で唯一ISを動かせる男、一夏も関係しているのだろう。だから明日には学園中には知れ渡っているのではないだろうか。

 きっとそうだ。だって一夏が戦うんだもん。興味がない者なんていないはずがない。まあ、私は興味はないんだけどね!

 とにかく世界で唯一ISを動かせる男の戦い。それは世界的にも興味がある見せ物だ。

 

「それも……その一人は代表候補生……なんでしょう? 勝てる、の?」

「さあ? 分かんないよ。だってISなんて乗ったことはちょっとしかないもん」

 

 私のIS稼働時間は入試時のわずかな時間のみ。正直言って勝てる可能性は低い。

 なぜ身体能力と戦闘技術が高いとはいえ勝つ可能性が低いのかだが、それはISが人型でありながら地上だけではなく、空中でも戦えるからである。地上での戦闘技術しか習得していない私では、空中での戦闘の熟練相手に勝てる可能性は低いのだ。

 まあ、もちろん地上戦ならば逆にこちらが勝つ可能性が高いが。

 

「それなのに……挑んだの?」

「うん」

 

 簪はなんだか呆れたような顔をしていた。

 

「詩織は……代表候補生を舐めすぎ。本当に……勝つ気あるの? ない、でしょう?」

「あるよ」

 

 そんな適当だが、ちゃんと勝ちたいとは思っている。だってセシリアになんでもお願いできるって約束したんだもん! 負けるわけにはいかない!

 確かに可能性は低いが、気合いだけはセシリアに勝っているはずだ。そこで勝負だ。

 私の祖父だって言っていた。最後に必要なのは気合いとか気合いとか気合いだって。

 

「勝つ気はある。ただ技術が足りないだけだもん」

「それを舐めているって……言うの!」

「ひうっ」

 

 簪がバンッと机を叩いた。

 それに私は驚き、変な声を上げた。

 簪のその顔には誰がどう見ても怒っていた。

 怒られた私は簪のあまりにも豹変にやや驚き、そして怒られて落ち込むのではなく、逆に私はうれしくなった。

 それは簪に出会ってからずっとあまり感情を表に出さなかったからだ。それは簪にとっていつものことなのかもしれないが、簪と会ったばかりの私には分からなくて、まだ警戒されているのではないのかと思っていた。だから簪が感情的になって見るからに怒っているというのが分かってうれしかったのだ。

 簪は怒りによる興奮のせいで肩で息をしていた。

 簪は私を睨む。

 そこにある感情はとても本気のもので、ISに何やら思いがあるように見えた。だから、私のISを軽く見ているような言葉にこのような怒りを見せたのだろう。

 別にそういう意味で言ったわけではないのだが、私じゃないものが聞けばそうとも聞こえる発言だ。簪が怒っても仕方ない。

 

「……ごめん」

 

 呟くように謝った。

 

「ダメ。許さない」

 

 簪の怒りはとても高いようだ。一筋縄では許してもらえそうにない。

 

「詩織は……ISを本気でしている人たちを……バカにしている」

「……」

 

 その言葉に私は何も返せない。

 きっと簪もISを本気でしている人の一人なのだろう。それは今やっているISの製作からしてもそうだ。ISなんてものを一人で作ろうとするほどだから。

 

「ISは素人が簡単に……扱えるものじゃ……ない! そして、そのISを……数少ないISを、長い時間扱ってきた……選ばれた……代表候補生と素人が、戦って勝つことができるのが……どんなに無理なのか! 理解、してない!」

 

 簪の怒りは凄まじい。

 さっきまではうれしいという感情が占めていたが、今はその怒りにしゅんとなってしまっていた。

 

「……ごめんなさい」

 

 私は心の中ではやっぱり自分はISのことを舐めていたのだろうと思った。

 先ほどまでは祖父から教わった武術と身体能力さえあれば、多少ISを使う程度では、まあ、なんとか勝てるだろうなんて思っていた。それはやはりISを舐めているのだろう。

 簪はぷいっと顔を私から背けた。そして、一言。

 

「もう……手伝わなくて、いい。私一人で……やる」

「!?」

 

 て、手伝わなくていい? それってどういうこと? いらないってこと? 簪にとって私はいらないってこと? いらない? いらない。私は簪に必要ない。簪は私のことが嫌い。

 その言葉は私の頭の中を狂わせ真っ白にし、体をふらつかせるには十分だった。

 ベッドの上で作業していた私は、体のふらつきによりベッドから落ちた。

 落ちたときは特に痛みは感じなかった。ただ変わりに猛烈な吐き気と悲しみでいっぱいになった。

 

「し、詩織!?」

 

 私の異常に気が付いた簪が近寄る。

 

「どうしたの!?」

 

 簪は私の傍まで来ると私の頭を抱える。

 私の心の中は絶望が占めていて頬には温かい何かが濡らした。それが涙とは今の私には分からなかった。

 

「なんで……泣いているの?」

 

 気づいたのは簪に言われてからだ。

 ぼーっとした中で自分の頬に触れる。確かにそれは涙だ。私が流した涙だ。

 そっか。私、泣いているんだ。

 その理由は簪にいらないと言われたからだ。その言葉は、とくに大好きな相手である簪のその言葉は私に精神的なダメージを与えるには十分だったのだ。

 それを自覚したとき、さらに涙が流れ、幼い子どものように声を上げ泣いた。

 そこには中学時代のみんなに慕われる生徒会長の姿はなく、精神だけが子どもの少女の姿しかなかった。

 私を知っている者が見れば、みんな失望するだろう。だが、これが私の本当の姿だ。みんなが知っている私は私が私の夢のための手段によって作り出されたもの。そして、その姿を見せた相手は私の家族以外だ。つまりその姿は気を許していない相手のみしか見られないということだ。

 いうなれば現在、気を許している相手は家族と簪のみなのだ。だから私はこうして声を上げて泣き、本当の自分を晒すことができている。

 

「だって! だって!」

 

 声を上げて泣いてしばらくして、簪の問いに答えた。

 

「だって簪が! 簪が私のこといらないって言ったから!! ぐすっ」

「言ってない! 手伝わなくていいって……言っただけ!!」

「うわああああん! それってやっぱりいらないってことじゃん!!」

「違う!」

「違わないよ!! 確かに私が悪かったけど……。でも、でも! でも、だからってそんなのないよ!!」

 

 私は再び声を上げて泣く。

 いつもの私ならばもっと冷静に何か言えただろう。だが、いつもの私ではない私には無理だった。

 

「それに、それに!! 別にISのためにこの学園に来たんじゃないもん! 私の学力ならどこだって行けたもん! ISを本気とか知らないもん!」

 

 私は泣きながら簪の胸元へ顔を突っ込み、そう喚き散らした。

 簪は優しく背中や頭を撫でてくれた。

 

「……わ、私も言い過ぎた。ごめん。だから、泣き止んで」

 

 簪は先ほどとは違い、大人のように冷静にそう言った。まるで子どもに言い聞かせる母親のように。

 そのせいだろうか。私の涙も自然と止まり、潤んだ目で簪を見上げる形となった。

 

「もう、いらないって言わない?」

「言わない」

「私が必要?」

「必要」

 

 もう一度、簪は私の頭を優しく撫でてくれた。

 

「ほら、作業、しよ?」

「うん」

 

 私は簪に抱き起こされて立ち上がり、私たちは同じベッドに腰掛けた。

 私は自分のパジャマの袖で目元の涙を拭う。

 それから再び作業に戻る。

 私は見た目はすでに泣き終わって、いつも通りにしているように見えるが、実は内心では焦っていた。

 ま、まさか、私があんな風に泣いちゃうなんて思わなかったよ。し、失望されてないよね? ないよね?

 それが不安で仕方ない状態だった。

 

「ねえ」

 

 そんな中でいきなり声が。

 

「な、何?」

 

 なんとか返事をすることができた。

 

「さっきの……」

 

 簪は顔をこちらに向けずにディスプレイを見たままだ。

 

「あれも本当の詩織? それとも……」

「ううん。あれも本当の私だよ。あっ、でもあんなに泣くのは滅多にないからね!」

 

 ちゃんとそう言っておかなければ、私がちょっと嫌なことがあったらすぐに泣く、泣き虫になってしまう。でも、そうではないんだもん。ただ簪にああ言われるのはとても心が痛んだからこうなっただけだ。

 

「……こういう私だけど幻滅した?」

 

 私はもてるために思ってみんなの前ではあの完璧な生徒会長を演じてきた。

 故に私は自分の素を晒すことを恐れていた。それはやはり今まで親しかった者が幻滅して離れることを、だ。

 私はじっと真剣に簪を見つめた。

 しばらく室内には簪のキーボードの叩く音のみが響き渡っていたが、それは唐突に終わる。簪が手を止めたのだ。

 手を止めた簪は視線をディスプレイから私へと移した。そして、私に向かってにこりと微笑んだ。

 

「そんなこと……ない。可愛かった」

「なっ!?」

 

 自分の顔が羞恥によって熱くなるのを感じた。

 自分で自分のこの体を褒めることは慣れているが、やはり他人に言われるとその羞恥はとても激しい。

 だが、ただ羞恥だけではない。それとともにうれしいと感じていた。やはり好きな人から言われるのは最高のものらしい。

 もしハーレムを作ることに成功して、そのみんなから可愛いとか好きとか言われたらどうなるのだろうか。考えただけでも興奮してしまう。

 私はまだ見ぬハーレムを思い浮かべた。

 

「……何か変なこと……考えてる?」

「か、考えてないよ! そ、それよりも……えっと、ありがとう」

「?」

 

 私が言った礼の意味が通じていないのか、簪は首を傾げた。



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第14話 私の準備は

「えっと、こんな私だけど、受け入れてくれてありがとうってこと」

 

 簪は生徒会長モードの私を知っている。故にこのような姿を見せて失望されないかと思ったのだ。しかし、そうはならずに受け入れてくれたのだ。だからありがとうと言ったのだ。

 

「なに、当たり前のこと……言っているの? 詩織は詩織でしょ? 受け入れて……当たり前」

「!!」

 

 簪の言葉に私は驚かされた。

 確かに、確かに簪の言うことはそうではある。そうではあるが、多くの者が作られたソレに期待し、そして、真実を知って失望して受け入れずに拒絶する。それがほとんどなのだ。だから驚いた。

 

「簪~!」

「わっ」

 

 受け入れられたことと簪が思った以上に心が清らか過ぎることにうれしくなり、簪に思いっきり抱きついた。

 ベッドに腰掛けていたこともあり、私が簪をベッドの上に押し倒し抱きついた形となった。第三者が見たら確実に勘違いしてしまうだろう姿だ。いや、勘違いも何もないのだが。

 私は簪を傷つけない程度にぎゅっと強く抱きしめた。

 はわあ~簪大好きだよ~! やっぱり簪が中学のときは男共にもてたのかな? うん、もてたよね。だってこんなに可愛いんだもん。もし男共がそういう目で見ていなければ、その男共は見る目がないということだ。

 まあ、どちらにせよ、簪は男との男女関係はなかったみたいだけど。

 

「んっ……し、詩織?」

「痛い?」

「ううん、痛くない。でも、ちょっと……離れて。体勢がきつい」

 

 確かに無理やり押し倒したのだから体勢的にもきつかっただろう。

 私はゆっくりと離れた。

 簪は体を起こした後、やっていた作業を中断し片付ける。そして、ベッドの上に座った。

 私もすぐ隣に座った。

 もう一度抱きつきたかったが、同じように抱きつくことはタイミング的に無理だった。

 

「もう終わりにするの?」

「うん。あとはアニメ」

 

 簪はそう言って枕元にあったリモコンを操作した。

 昨日は途中で止めていたので、DVDはすでに中に入っている。あとはテレビを起動して、再生ボタンを押すだけだ。

 

「昨日のを見るの?」

「そう。途中だったから」

 

 見るのはやはり昨日の続きらしい。

 簪はすばやくリモコンを操作し、簪が寝落ちした場面まで飛ばした。

 そこから私たちは昨日の続きを見始めた。

 私はこの続きを見たはずなのだが、すぐ隣で寝た簪のことが気になり全く頭に入ってこなかったので、初めて見るのも同然の状態だった。

 

「……ねえ、近寄ってもいい?」

 

 アニメを見るのはいいが、簪に近寄りたいと思いそう言った。

 

「いいよ」

 

 許可も取ったので、思いっきり近寄った。もう簪との距離はないと言ってもいいほどだ。

 

「近く、ない?」

「そう?」

「近い。だって、隙間が……ない、から」

「ん~まあいいじゃん。簪はこうやってくっつくのは嫌?」

「……………………別に……嫌じゃない」

 

 簪は軽くそっぽ向きそう言った。

 わずかに見えるその横顔からはやや赤みのある頬が見えた。

 くぅ~! 照れている簪もやっぱり可愛い!!

 こんなに照れている簪を前にして何もできない。それがなんとももどかしい。

 

「じゃあ、こうしていてもいいよね」

「…………」

 

 簪は首を縦に振る。

 それから私はアニメという新たな趣味を楽しみつつ、簪にくっついたままというなんとも幸せな時間を過ごした。

 くっついたままというのはそういう関係になれば何度もできるし、ソレよりももっと過激なことができるのではあるが、私はこの時間がずっと続けばと思う。

 そう思うのはそういう関係ではないときのソレだからこそだろう。何度もソレができると分かっている、私の望んだ関係ではなく、本当にその関係になれるのか分からないこのときだからこそそう思うのだ。分からない未来だからそう思うのだ。

 逆に分かっている未来、つまりその関係になり何度もソレができると分かっているとこの気持ちは湧くことはほとんどなくなる。故に今抱くような気持ちも薄れ、いつでもできるよねという考えを抱いてしまう。

 だから私は楽しみながらこの時間を大切にした。

 そして、時間はいつの間にか日を跨いでいた。つまり深夜と呼ばれる時間帯だ。

 私たちはそれでもまだ見ていた。

 こうなったのはやはり続きが気になった結果だろう。

 う~ん、これはやばい。やばいよ。だってこんなに遅くまで起きるいるのがこれで二日目だもん。私はともかく簪が耐えられない。

 

「簪、もう寝ないとダメだよ」

「…………もう、ちょっと」

 

 簪は顔を画面に向けたままそう答えた。

 このままでは満足するまでこのままだ。ここは無理してでも止めなければ。

 

「ダメだよ! 寝ないと授業中に寝ちゃうよ! それでもいいの?」

「…………分かってる。でもあと少し」

 

 だ、ダメだ。このままじゃずっと見たままだ。

 しょうがないので強制的に止めることにする。

 私はリモコンを手に取って、操作して停止させた。

 簪は突然止められてちょっと不機嫌になり、むすーっとした顔でこちらを見た。

 うん、残念だけどその可愛い顔で不機嫌な顔をされても不快になるどころか、むしろ可愛いとか癒されるとかしか思わないよ!

 思わず自分の頬が緩みそうになるのを何とか抑える。

 

「そんな顔をしてもダメだよ。もう終わり。続きは明日」

「……………………分かった」

 

 簪はしぶしぶながらそう答えた。

 簪と私は寝る準備を素早く済まして、私はベッドへ潜った。

 

「えっ? こっちのベッドで……寝るの?」

「えっ? ダメなの?」

「だ、ダメじゃないけど……」

「なら一緒に寝よう。そっちのほうが仲も深まるし。ね?」

「……分かった。私も……詩織と仲を……深めたい。一緒に、寝る」

 

 簪から許可をもらったのでさっそく私は横になった。

 昨日も一緒に寝たけどあれは簪が寝落ちしただけなので、今回とは違う。今回は簪の合意の上で寝るのだ。そして、起きているから同じベッドで同じ布団に包まれて、しかも至近距離で会話もできる。

 これは昨日のとは違う。

 

「ほら、来て」

 

 私は布団を叩いて簪を誘う。

 

「う、うん」

 

 簪はやや恥ずかしながら布団の中へと潜り込んだ。

 布団の中は先に入った私の体温によって温められている。暖かくなってきたこの季節だが、夜はまだ冷えるのでそれはちょうどいいものであった。

 布団に入ったことで私たちは先ほどと同じような至近距離で見つめ合うように向き合う。やはり至近距離ということもあり、互いの吐息が感じられた。

 な、なんだか、き、キスするみたい……。

 そう感じると鼓動は大きくドクンドクンと脈打ち、体を少し熱くする。そして、いつの間にか私は簪の唇を意識してしまい、次に自分の唇を意識した。

 き、キス、か。や、やっぱり初めては簪になるのかな? それともセシリアなのかな? はたまたまだ見ぬ可愛い女の子?

 私は中学時代の立場からしても男女問わずもてたのだが、キスなどの行為は一切していない。つまり私はまだ誰ともキスという行為をしたことがないのだ。だから密かに初めてはいい雰囲気の中でしたいなという夢を持っていたりする。

 

「ち、近いね」

「……うん」

 

 照れて言うと簪も顔の半分を布団に隠して小さく言った。

 

「も、もうちょっと近づいていい?」

 

 私はそう言った。

 先ほど自分から近いと言ったのにさらに近づこうと言い出す私。おかしなことだ。

 

「な、なんで?」

 

 そのことに簪も困惑したように言う。

 だが、この発言はただの私の下心によるもので言ったのではない。決してそれではないのだ。

 

「じ、実はちょっとこっちが狭くて、お、落ちそうなの。寝相が悪いってわけじゃないんだけど……ちょっと油断したら落ちそうで」

 

 これは事実だ。

 簪はベッドの壁側だから落ちることはないが、私側は壁などないので落ちてしまうのだ。その上ベッドの端の端。油断したら落ちる。

 

「そう、なんだ。ならやっぱり別のベッドに……する?」

「しない!」

 

 即答だった。

 当たり前だよ。落ちないために別々のベッドにするか、落ちてもいいから同じベッドで寝るのかの二択なら私は迷わずに後者を選ぶ。

 

「そう。仕方ない、から近寄っても……いい」

「ホント!?」

「うん」

 

 簪の許可をもらった私はぐいっと簪に近づけた。

 近づいた結果、私たちの胴と手足が接触する。とくに足は絡み合うようになってしまった。

 な、なんだか変な気分になりそう。

 簪もまた同じように思ったようだった。互いに顔が赤かった。

 

「じゃ、じゃあ、寝よっか」

「う、うん」

 

 同じ思いを抱く私たちはその後すぐに眠りについた。

 本当はもっと話したかったが、時間とこの恥ずかしさにより断念せざるをえなかった。

 

 

 それから数日が経った。

 ハーレム予定の二人との関係だが、簪のほうはルームメイトであり互いが互いに気を許している状態で、アニメを見る、ISの製作をするなどという簪の深い繋がりもあるということで、結構仲は深まっていると思う。

 問題はそういう感情を抱いてもらうことだろう。

 一方でセシリアだが、こちらは全くだ。私はもうちょっと仲良くなりたいなと思い近づくのだが、向こうはきつい目でこっちを見て仲を深めさせてくれなかった。私が近づくたびに好感度がプラスされるどころかマイナスへとなっているようだった。

 やっぱり……あのときの約束のせいかな。

 私とセシリアが交わした約束は強制力はないが、だからといって破れるものではない。特に相手がプライドの高いセシリアの場合は。

 強制力のない約束だが、プライドを持つがゆえに強制力と同等の力を持つ。

 結果としてはそのようになってしまった。きっとセシリアは私の願い、いや、命令に大人しく従うだろう。

 まあ、こんな強制力のある約束をしたのだ。

 仲など深まるはずがなかった。完全なる自業自得である。

 

「なあ、月山さん」

 

 セシリアのことで悩んでいたら珍しいことに一夏が私に話しかけた。

 おかげで周りの女子からの視線が集まってきた。

 まあ、嫉妬などに狂った視線ではないのが幸いだ。

 

「なにかしら?」

 

 それに対して私は生徒会長モードで対応する。

 

「もうすぐで対戦するわけなんだが、月山さんはISをどうするんだ?」

 

 そう言うのは一夏に専用機が与えられることになっているからだ。

 まあ、当然のことだろう。なにせ一夏は世界で唯一のISを動かせる男だ。そんな一夏に専用機が与えられないわけがない。

 その反対に私はもちろんのことただの一般人なので専用機など与えてくれない。

 

「私はこの学園のを使うわ。もう予約は済んでいるから、まあ、準備万端ってところね」

「そうなのか。それで対戦するために何かやっているのか?」

「あら、どうしてそのことを聞くのかしら? もしかして情報収集? だとしたら一夏も結構大胆ね」

「いや、違うよ。同じ対戦をする者同士で代表候補生じゃないからどうしているのか気になったんだ」

「なるほどね。分かったわ」

 

 一夏は自分以外がどのようにして準備しているのかが気になった。自分がやっていることが合っているのか知るために。

 だから質問したのだろう。

 まあ、確かに一夏はISなんて扱ったことはないからね。ISで対戦するための準備など思いつくことなど難しいはずだ。

 

「私は別に何もしていないわよ」

「えっ!? 何もしてないのか!? 本当に!? 冗談じゃなくて!?」

「ええ、冗談じゃなくて本当に何もしていないわ」

 

 本当に私は何もしていない。ただ毎日勉強をしたり、簪と一緒にアニメなどを見たりしているだけだ。それ以外のことは何もしていない。

 

「……言っちゃ悪いが月山さんは勝つ気があるのか? セシリアは代表候補生だし、俺たちみたいな素人が簡単に勝てる相手じゃないと思うんだが」

「くすっ、代表候補生も知らなかったあなたがそう言うなんてね」

「うっ、そ、それは……」

 

 一夏は言われたくない所を言われて顔を歪めた。

 それに私はまたくすりと笑う。

 

「まあ、私も代表候補生に簡単に勝てるとは思っていないわ。でもね、これも私のやり方で準備なのよ。だからこのまま行くわ。あなたも自分なりの準備をしなさい。それで十分よ」

「ああ、ありがとう。そうするよ。それにどうやら月山さんのそれはマジで準備みたいだしな」

「分かるの?」

「ああ。だって、相手は代表候補生が相手だぜ? 俺はまだ数日前だというのに不安でしょうがないってのに、月山さんはその不安すら感じてないようだしな。だからそれが月山さんなりの準備だって分かったよ」

 

 やっぱり一夏は女の子のことになると鋭くなるのだろうか。それとも偶然なのか。

 どちらにせよ、今現在一夏が私に向ける笑みは異性に対してものすごい効果をもたらすに違いないものだ。私でなければ惚れるまでいかないとしても、意識はするようになっていただろう。

 やはり一夏は女の子が大好きな私にとっては天敵だ!

 表情は一夏と同じく笑みを浮かべているが、内心では一夏に対して敵意を持っていた。

 

「そう。で、反対に一夏は何をやっているのかしら? まさか私から聞いておいて自分は言わないってことはないわよね?」

「もちろんない。今は箒……って分かるか?」

「ええ、篠ノ之 箒、でしょう? もちろん知っているわ」

 

 だって私がハーレムに加えようとした女の子だもん。名前を覚えていないはずがない。でも、でも~! うう~! もし箒が一夏のことを想ってはいなかったら今頃は~!!



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第15話 私とライバルと元獲物と

「その箒に剣道を鍛えてもらっているんだよ」

「剣道? ああ、そういえば箒は全国大会で優勝したんだったわね」

「知っているのか?」

「ええ、まあ……」

 

 一夏と箒との会話を聞いていたからね。いや、盗み聞きかな?

 

「でも、一夏は初心者でしょ? 体力を付けることとかが目的ならもっと別の鍛え方があると思うのだけど」

 

 祖父から武術を習ってきた私だから分かる。

 確かに一週間あれば基礎の基礎は習得はできるだろうが、結局は中途半端に習ったばかりに動きが悪くなることもあるのだ。つまり、強くなるための技が自分の実力を引っ張るのだ。だからそう言った。

 

「いや、俺も小さい頃は剣道を箒と一緒にやっていたんだ。だから、一から鍛えるわけじゃないし、結構昔のだけど勘を取り戻せると思うんだよ」

「まあ、それなら箒に鍛えなおされたほうがいいわね。ちゃんとやっておきなさいよ。ただでさえ私たちが勝つ可能性なんて低いんだから」

「分かってる」

 

 私の言葉に一夏はうんうんと肯定する。

 

「もしやっていなかったらやばかったな。絶対に勝つ可能性なんてなかったと思うよ」

「まあ、やっていても勝つ可能性は低いけどね」

「うぐっ、それ、言っちゃうか?」

「事実だもの。嘘を言っても意味はないでしょ?」

「だからと言ってな……。それじゃ気持ち的に落ちるだろう」

「私は落ちないわ」

 

 祖父から鍛えられたのは技術だけではない。心も鍛えられたのだ。

 ……まあ、心を鍛えられたけど、それはこういう生徒会長モードにしか意味がなさないのが残念だが。これで素の私のときでも強靭な心があればいいのだが。うん、本当に残念な心だ。

 

「マジか」

「マジよ。体を鍛えるのもいいけど、ちゃんと心も鍛えなさいよ。それが『武』なんだからね」

「……な、なんだか結構説得力があるな。もしかして月山さんは何か武道をやっていたのか?」

 

 私の言葉から何かを感じた一夏はそう聞いてきた。

 

「ふふっ、それを確かめるために今日の放課後にでも私と戦ってみる?」

 

 それに対して私は挑発するようにそう言った。

 きっと今の私の顔は美しいながらも鋭い笑みをしているであろう。そしてそれを見た者たちは恐ろしいなどの負の感情よりも美しい、きれいなどの感情を抱くだろう。

 私はそう断言できる。

 これは別に自惚れではなく、事実だ。だって、この体って自分でも惚れるほどのものなんだもん。いつ見てもそうだった。

 その挑発に対して一夏は、

 

「いや、戦わない」

 

 そう言って断った。

 

「あら、どうして? 私が女だからかしら?」

 

 だとしたら心外だ。

 この数日間、学校の人たちを見てきたが、私に勝てるような相手はほとんどいなかった。そして一夏は一瞬で倒すことができる。

 

「……はっきり違う、とは言わない。けどここで戦わなくても、もうすぐで戦うんだ。そこで見せてもらうさ」

 

 その一夏の言葉に呆気に取られる。

 まさかそう来るか。思わずちょっと見直してしまった。

 や、やばいな。一夏に惚れたりしないよね?

 この私が一夏に対して見直す、などと正の感情を抱いたのだ。それは私がほかの女子と同じように男に対して恋愛感情とはいかないまでも、一夏に対して何か想っているということだからだ。それは最終的には私の心が一夏に奪われるということを意味する。

 これは緊急事態だ。早くハーレムを作らなければ!

 

「ふふ、それもそうね。急いでも意味がないしね」

 

 そう思いながらもやはり表面上ではこのままだった。

 やはり生徒会長モードはそう簡単には崩れないようだ。

 

「あなたとの対戦、楽しみにしているわ。そのときまでにお互いがんばりましょう」

 

 そう言った瞬間、一瞬だけ誰かが私に負の感情を向けたのが分かった。

 殺気ではないのですばやく顔を向けることはなく、チラッと一瞥する程度で見てみた。見たところ、私をそういう感情で見る者は見受けられなかった。

 あれ? 気のせい? それとも隠れた?

 おそらくは隠れたのだろう。それに間違いないはずだ。これでも祖父に鍛えられた身だ。気のせいなわけがない。

 まあ、どちらにせよ危険はないし、気にすることは止めた。

 

「だから無理をしない程度にがんばりなさいよ。勝つためにがんばって無理をした結果、戦わずに不戦勝なんてうれしくないもの」

「ははっ、そんなことにはならない。なにせ中学時代は三年間皆勤賞だからな」

「なるほど。そこそこ丈夫な体のようね。ならその心配はないわね。まあ、楽しみしているわ」

「俺もだ。じゃあ、俺はこれで」

「ええ」

 

 一夏が私に背を向けて自分の席へ向かった。

 私はぼーっとその姿を見つめ続けた。

 

 その次の休み時間になる。

 またその時間にセシリアのことで悩んでいるとまた誰かがやって来て、声をかけてきた。

 

「え、えっと、月山さんだったか?」

 

 その人物は篠ノ之 箒だった。

 

「なにかしら、箒」

「ほ、箒? (私と彼女に接点でもあったか?) (な、ない、はずだ。)(うん、ない。)(だ、だが……いきなり名前で……)

 

 箒はなぜか一人でぶつぶつと言う。内容は聞き取れなかった。

 う~ん、何を言っているんだろうか。気になるが別に大したことではないということで気にしないようにした。

 

「ごほん! いや、その、なんだ。先ほどの休み時間に一夏と話をしていたようだったから、何を話していたのかが気になったんだ」

 

 まあ、それは気になって当たり前だね。何せ箒にとって一夏は好きな人なのだ。

 その一夏が知らない女、つまり美人で可愛い女の子である私と話していたら、一夏もしくは私が相手に何か想いを持っているのではと思うだろう。

 私だってそうだ。簪やセシリアが私以外の者を楽しそうに笑っていたら気になって気になってしょうがなくて、その話相手に何を話していたのか聞き出すだろう。そして、内容によっては……。

 ごほん! とにかく、箒の気持ちはよく分かるということだ。

 でも、

 

「ふふっ、一夏と何を話していたか気になる?」

「!? (い、一夏!?) (呼び捨て!?) (呼び捨てなんて……!) (いったい一夏と月山さん)(の関係はなんなんだ!!) (見るからに初対面だった)(はずなのにこうなるなんて……。)(やっぱり月山さんもみんなと同じなのか?)

 

 また箒がぶつぶつと呟きだした。

 本当に何を呟いているのだろうか。気になる。

 

「んんっ! そうだ。気になったんだ」

 

 箒は咳払いをして先ほどの呟きがなかったかのように続きを言った。

 

「私は一夏の幼馴染だからな。幼馴染として一夏が今度の対決相手と何を話したのか気になったんだ。幼馴染だから心配なんだ」

「そ、そう」

 

 幼馴染という言葉の強調に私は思わず苦笑いが出る。

 きっと一夏に対して色々と素直になれない性格ではないだろうか。なんとなく幼馴染ということを口実にし、こうして話しかけたり、雰囲気からしてもそれはありえないことではない。

 まあ、なんだかこの子の恋を応援しようと思って正解だったかもしれないな。だって、この子、一夏のことは好きだけど素直になれないタイプだから、そのせいで相手に嫌われていると勘違いされるやつだから。うん、そうだ。だから私からちゃんと言ってあげないとダメだ。そして、一夏と成功してもらわなければ。

 

「で、何を話していたかだったわよね?」

「そうだ」

「一夏と私が話していたのは今度の月曜の話よ」

「ああ、なるほど。それか」

「ええ。一夏も私もISの初心者だからね。色々と分からないことがあったからそれを」

「なるほど。確かにあまり動かしたことがない私たちには難しいな」

「でしょう。だからあなたが思っているような会話はしていないわ」

 

 そう言って、にこりと笑みを向けた。

 箒は目を見開いて驚き、視線を泳がす。

 

「わ、私が思っているような、だと? な、何のことだ?」

「ふふっ、隠しても無駄よ」

 

 私はすっと箒の耳元に顔を寄せた。

 そのときの箒の顔は私のきれいな顔が近づき、羞恥に頬を染める…………のではなく、なぜか驚いて、まるで私と簪が毎日見ているアニメのキャラクターのように、しまった、隙をつかれたという顔をしていた。

 はてはて、なぜ? 気にしても分からなかったのでそのまま続けることにした。

 

「あなた、一夏のこと好きでしょう?」

 

 ストレートで言った。

 

「!! な、ななな、何を言うんだ! そ、そそそ、そんなわけがないだろう!! 私は一夏の幼馴染だぞ!? そ、そんな感情はない!」

 

 ……そんなに動揺していたらバレバレだよ。ねえ、本当に隠す気があるの? もうそれ。私は一夏のことが大好きです! って言っているもんじゃん。

 そう思わずにはいられない。

 でも、そんな風に箒はとても可愛い! う~やっぱり手に入れたかった! そして、私のことを好きになってもらって、その箒の好意に気付かないふりをして、恥ずかしがる箒を見たかった!

 そう一瞬の間に妄想をしているともう一つの感情が浮き上がる。それはやはり一夏へ巨大な負の感情だった。

 あ~うん、やばい。本当にやばい。このままじゃいつか、一夏のことを殺してしまうかもしれない。一夏のことは大嫌いだけどそこまでしたいとは思わない。

 私はその負の感情を簪のことを思い浮かべることで消した。

 

「ちょっとは表情を隠しなさいよ。どう見ても一夏が好きだって分かるわよ」

「ち、違う!」

「ちゃんと素直になりなさいよ。私は別にあなたの一夏への想いをどうこうするつもりはないわ。それに今は周りには私たちしかいないから聞かれることなんてないしね。でも、さすがに時間切れかしら」

「そ、そうだな」

 

 もう次の授業までは一分ほどしかなかった。これでは詳しく話を聞くことなどできない。ちゃんとじっくりと聞きたい私は昼休みにでも話し合いたいと思った。

 

「この話は昼休みにしましょうか」

 

 実は今日の昼休み簪は私と別々で食べることになっている。これは別に不思議なことではない。簪にだって他人との付き合いがあるのだ。まだそういう関係でないのだから止める権利などない。

 まあ、だからちょうどよかったかも。

 

「なっ! ま、まだするのか!?」

「もちろん。あなたとは一度、じっくりと話をしたいと思っていたしちょうどいいって思ったからね」

「じ、じっくりと?」

「ええ、じっくりとね」

「ひ、昼休み中?」

「内容次第ね」

「そ、それは放課後もありえると?」

「そういうことになるわ」

 

 箒は引き攣った笑みを浮かべる。

 

「さあ、席に戻りなさい」

「あ、ああ、分かった」

 

 箒はその顔のまま背を向けて自分の席へと向かおうとする。

 その前に。

 

「あっ、屋上で食べるつもりだから食堂でパンを買いましょう」

「……分かった」

 

 箒はしぶしぶといった感じでそう言った。

 私は箒が席に戻るまでその背を見届けた。

 

 そして、午前の授業は終わり、昼休みになる。

 私は授業が終わると同時に箒に話しかけ、一緒に食堂へ行った。

 食堂の入り口に来ると厨房で作られている数々の料理が混じったニオイがしてくる。だが、その混じったニオイは食堂に入る者たちに吐き気や不快は与えず、むしろ逆に腹を空かせた生徒たちにさらなる食欲を湧かせる。私もこのニオイによってさらに食欲が湧いた一人だ。

 や、やばい! おかげでお腹が鳴りそう!

 そうなってしまうまでにこのニオイは食欲を湧かせるのだ。

 私はのどをごくりと鳴らして箒と一緒に食堂の奥へと入った。

 食堂はまだ授業が終わったばかりということもあって、空席ばかりだった。こんな光景は滅多に見ない。いつもは絶対に半分は埋まっている。

 私たちは食堂のおばちゃんの前に立って、売られているパンや弁当を見る。

 

「ねえ、箒は何を食べるの? パン? それとも弁当?」

「そう、だな。いつも和食なんだが、これもいい機会だ。私はパンにする」

「そうなの。なら私もパンにしようかしら」

 

 そう言って私はパンをたくさん手に取る。いつものことながらその数は多い。一般男性でも一度には食べきれないほどの数だ。きっとちょっと太っている人しか無理だろう。まあ、私は太っているどころか、スタイルはとてもいいんだけど。

 手に取ったのは様々なパンで、クリームパン、焼きそばパン、カツサンド、カレーパン、コッペパンなどと人気のものから売れ残るパンまで。本当に種類が豊富で、私の手の中にあるパンに同じパンは一つもない。なのに、たくさんあるのだからここのパンの種類の多さが伺えられる。それにメニューも豊富というのだから、本当にIS学園はすごい。しかも安いのから高いのまで色々。

 うん、この学園に入学してよかった。本当にここって色々あるから私の夢も叶えることや好きなこともできるもん。

 

「つ、月山さんはそんなにたくさん食べるのか? というか食べられるのか?」

「もちろん! いつもこのくらい食べているわ。むしろこのくらい食べないとエネルギーが持たないのよね」

「よ、よく太らないな。確か月山さんは何もしていないのだろう?」

「ええ、でもエネルギーの消費量が激しいから」

 

 本当に燃費の悪い体だ。大して動いているわけではないのにいつもこうなのだ。燃費が悪いにもほどがある。まあ、どれだけ激しく動いても食べる量は同じというところを考えるとその点では燃費がいいということなのかな?



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第16話 私の友とライバルの二人の

「そ、そんなに動いているのを見かけたことがないのだが……」

「残念だけど動いていなくても関係ないのよ。ただ生活するだけでこれだけ必要なのよ」

「それは……なんとも」

 

 箒は苦笑いしかできなかった。

 

「逆に箒はそれだけでいいの?」

 

 私は箒の手に持つパンを見た。あるのはわずか二つのパンだけ。もちろんのことだが私にとっては全然足りない。

 いや、でもしかし、もしかしたらこの量は一般的なのかもしれない。なにせ私はたくさん食べる体なのだ。ほかの女子たちは普通だが、私は異常である。比べるのは間違っている。

 やっぱり簪もそうだったし、そうなのかもしれない。

 

「ああ。これぐらいがちょうどいい」

「一夏の指導をするんだったら足りなくない?」

「むう、それもそうか。それにいつも腹が減るからな」

 

 箒はさらにもう二つ追加した。計四つだ。

 う~んやはり少ないように感じてしまう。けど、別に私は普通の女の子になりたいなんて思っていないからどうでもいいんだけど。

 

「じゃあ、さっそく買いましょう」

 

 私たちはそれらを食堂のおばちゃんに渡した。

 箒はともかく私の金額はやはり高かった。おかげで野口さんが一枚が消えてしまった。だが、一枚で済んだのはこのIS学園だからだ。普通のパン屋とかだったら二枚は普通に超えていたはずだ。

 うん、しかし痛い出費だ。学生の身にはやはり懐が寒くなる金額だった。

 ま、まあ、お金は一ヶ月に一度だけ仕送りされるからまだ余裕がある。それに私は無駄遣いはしていないので怒られることはない。

 

「さあ、行きましょうか。急がないと終わってしまうわ」

 

 私たちは屋上へと急いだ。

 屋上に行くとまず見えるのは青い空だ。白い雲は私の見える範囲にはない。

 うん、屋上で食べることにしてよかった。もしこれがデートならば最高の日だったに違いない! でも、隣にいるのは箒だ……。あっ、いや、別に箒が嫌とかではないのだ。うん、嫌ではない。だってとても可愛いしきれいだもん。ほかの男どもも喜ぶ。でも、ね。うん、箒はさ、一夏のことが好きじゃん? だからさ、なんか色々と複雑な気持ちになっちゃうんだよね。

 

「人は……いないようだな」

「そうね。せっかくのいい天気なのにね」

 

 きっと多くの生徒たちは室内で食事を楽しんでいるのだろう。

 

「まあ、話し合いをするにはぴったりだけどね」

「…………そうだな」

 

 今からの話し合いは恋愛関係の話である。やはり恋愛話となるとそういう話を他人に聞かれるなど嫌であろう。

 あっ、私は別だ。私は箒を応援する側だし、箒の味方だから。

 私たちは屋上のど真ん中に座った。

 なんだか屋上を独り占めしているみたいな気分だ。……あまりうれしくないけど。

 

「「いただきます」」

 

 私たちは声を揃えて言った。そして、それぞれのパンを食べる。

 しばらくはそのまま食べ続ける。

 話をしたいけどお腹が減っているのでもう少し後からだ。

 そして、その後。私はようやく話しかけた。

 

「で、あなたは一夏のことが好き、でいいのよね?」

「……………………そうだ」

 

 箒はそっぽ向き、小さく呟く。その頬は一夏が好きな人だと認めた結果のせいか、赤く染まっている。そして、その顔は恋する乙女の顔だった。

 

「なぜ、分かったんだ?」

 

 顔をこちらへ向けないままそう聞いた。

 

「まあ、見ていればすぐに分かったわよ」

「えっ!? み、見て分かるのか!?」

「私はね」

 

 私の場合は箒が欲しかったということでわずかな時間であったが、見ていたから分かったのである。だがそうでなくともほかの人から見ても分かっただろう。それほど分かりやすかった。

 何せ女子でいっぱいの中に一人だけの男だ。しかも、うん、あまり認めたくないけど、か、かっこいいし。つまりイケメン。そんな一夏に幼馴染とはいえど、話しかけたのだ。しかもまだ誰も話しかけていない状態で。

 それはただの好奇心だけでなせるものではない。やはり相手に特別な想いがあるからこそだ。

 

「そ、そうなのか。分かるのか……」

「で、認めたところでその一夏とあなたのこと、聞かせてくれる?」

「何を話せばいいのだ?」

 

 もう何もかもあきらめたようで、すべて聞かせてくれるようだ。

 一夏が絡むということでなんだかテンションが下がるが、箒は私よりも小さな頃から一人の異性である一夏のことを想っていたのだ。きっとまだ本気で好きになってわずかの私に役立てるだろう。間違いない。

 そう思い私は箒の一夏へのことを聞いた。

 まず聞いたのは一夏を気になり始めたときのことだ。

 それを恥ずかしそうに話してくれた。

 

「なるほどね。クラスメイトにいじめられていたところを一夏にかっこよく助けられたと」

「べ、別にかっこよくなんて言ってないだろう!? か、勝手に解釈するな!」

「そう? でも聞いている限りじゃそう解釈しても別に問題ないと思うんだけど」

 

 だって、放課後に数人の男どもが箒のことを男っぽいからっていじめていたところを一人で助けに来たんだよ。それを『かっこよく』なんて解釈しても問題ないだろう。

 私だって、まあ異性にではないけど、そうされたらドキッとしてしまうだろう。そして、だんだんと気になり始めるはずだ。

 あ~あ、私もそういう出会いが欲しかったな~。

 ちょっと箒がうらやましくなった。

 

「それで引越しをするまでその想いを抱いてきたと」

「……そうだ」

「ちょっとはアピールはしたの?」

「し、した」

「へえ~したんだ」

 

 今日までの一夏と箒を見ていたが、その関係は幼馴染から抜け出していなかったようだから、てっきり何もしていないかと思っていた。だって一夏は箒のことをそういう目で見ていたわけじゃなさそうだしね。

 やっぱり一夏は鈍感なのだろう。いや、待て。それを決め付けるのはまだ早い! 気づいていないのは箒のやり方に問題があったからかもしれない。聞いてみなければ。

 一夏の肩を持つわけではないが、ここは公平に。

 

「どんなアピール?」

「ど、どんな?」

「ええ、ちょっと気になって。恥ずかしいと思うけど教えて頂戴」

「う、うむ。分かった」

 

 恥ずかしいようだがそう言って了承してくれた。

 

「わ、私はその気持ちに気づいてからは、べ、弁当を作ったりしたんだ。も、もちろん、そのときは小学生だったから給食があったから休みの日にだ! ……いや、誤魔化すのは止めよう。みんなに見られるのが恥ずかしかったんだ……。それでどこかで遊びに行くときに作ったんだ」

「へえ、料理できるのね」

「まあ」

「それもやっぱり一夏のために?」

「……そうだ。一夏のことが気になってから作れるように頑張った」

「一夏のお嫁さんになるため?」

「そうだ――じゃなくて! 何を聞いている!! べ、別に嫁入りのためじゃない!!」

「同じでしょ? あなたの好きは最終的には夫婦でしょ? それともただの遊び?」

「ち、違う! 遊びじゃない!」

「ならお嫁さんになるためでいいじゃない」

「ぐっ、そ、そうだが……」

 

 ん~お嫁さん、か。私はどっちだろう。私はたくさんの女の子と一緒になるつもりで、立ち位置的には嫁か婿だね。でも、世の中には一夫多妻という言葉があるし、婿がたくさんいるというのはおかしな話だから私が婿かな。で、他が嫁だ。

 まあ、結婚するわけじゃないからどうでもいい話なんだけどね。

 

「それでほかには?」

「ほか、か。ほかには……い、一緒に風呂に入った」

 

 それを聞いたとき、私はもぐもぐと食べていたパンをのどに詰まらせた。

 のどに詰まった結果、私は飲み物を求めて苦しむ。

 私の異変をすぐさま察した箒は身を乗り出して私の背中を擦る。

 

「ど、どうしたんだ!?」

「ん!! み、水~!!」

「水か? 水だな! すぐに渡す!」

「ぐ、ぐうっ……」

 

 私は寝転げてもがき回った。

 もうそこに生徒会長モードはない。いつもの素の状態だ。

 どうやら精神的なものには対応できるが、このようなことには対応できないようだ。

 

「ほら! 水だ!」

 

 箒がペットボトルを持ってきてくれて、それを私に飲ませてくれる。

 それを手に持ってぐびぐびと飲む。それは乱暴な飲み方だったので、口の端から水が零れ落ち、私の制服に染みをいくつも作った。

 

「あ~そんな飲み方をするな。制服が濡れてしまっただろう。それにのどを詰まらせて苦しいのは分かるが、飲んでそれで変なところに入ったらどうするんだ」

 

 箒はハンカチを取り出し、口の端や濡れた制服を拭いてくれる。

 あれ? これではまるで私が子どものようではないか。私は別にプライドが高いわけではないが、さすがに子ども扱いは嫌だ。

 しかし、私は飲み終わってもその箒の行動を止めることはできなかった。なぜならそれをするということは箒のその好意を無碍にするということだからだ。それはできない。私のプライドと箒の好意を比べても圧倒的に箒の好意を取る。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 私は箒に謝った。

 そもそもの原因は箒だ。箒が異性である一夏と風呂に入ったことがあると言ったからだ。

 とにかく詳しく聞かなければ!

 私は生徒会長モードをもう一度やり直す。

 

「ふ、風呂に一緒に入ったと言ったわよね? ほ、本当なの?」

「ほ、本当だ。一緒に……入った」

「は、裸で?」

「……」

 

 箒は無言で答える。

 私は羞恥によって全身を熱くして固く握る拳を震えさせる。そして、

 

「は、破廉恥!!」

 

 思わず大きな声でそう叫んだ。

 

「なっ! ち、違う!! 私は破廉恥ではない! それにそれは子どもの頃だ!」

「なお更悪い! まさかとは思うけど性に詳しくない子どもの頃だから一夏の体を堪能しようと!?」

「それも違う! そのときは私だって性に関しては理解していなかったのだ!!」

「じゃあ、なんで一緒に風呂なのよ!」

「そ、それは姉さんのせいだ!! 姉さんに相談したら一緒に風呂に入ればいいと言ったんだ!!」

「束さんが!?」

 

 束さんはきっと妹思い、つまりシスコンなのだろう。だからそのような提案をしたのだろう。

 だ、だけどちょっと子どもにはそれは早すぎるよ、束さん。お互いの裸を見たってきっとそういう目で見たりしないよ。

 

「……ごほん。ちょっと興奮しすぎたわ。にしても、一緒に風呂なんて……」

「小さい頃の話だ! もういいだろう! 風呂の話はおしまいにしてくれ! ほかのを話すから!」

「もうちょっと詳しく聞きたかったけどそれでいいわ。でもその前にちょっと休憩しましょう」

 

 そういうことで一夏と箒の風呂話はこれで終わった。次の話に行こうかと思ったのだが、その前に一休みということで食べることに集中する。

 箒は食べ終わり、私のもあと一つとなっていた。

 うん、やっぱりこのくらい食べるとお腹がいっぱいになるね。

 

「つ、月山さんは食べるのが早いんだな」

「そう?」

「そうだろう! 私はパンが四つなのに月山さんは十以上じゃないか! なのに私が食べ終わった頃に残っているのがあと一個って! 早すぎるだろう!! ちゃんとよく噛んでいるのか!?」

「失敬な。もちろんちゃんとよく噛んで食べているわよ」

「そうなのか? 信じられないが」

「それよりも続きをお願い。もうちょっと聞きたいわ」

「わ、分かっている」

 

 私は最後のパンを頬張った。

 

「あれは確か夏だった。私と一夏、姉さんと千冬さんと一緒に川に遊びに行ったんだ」

「あれ? プールじゃないの?」

「プールもよかったが……そ、その姉さんは、自分が気に入った人以外はどうでもいいという風に扱うんだ。だから川だったんだ。それに人も少ないからはしゃぐことが好きだった私たちにとっては都合が良くて自由に遊ぶことができた」

 

 まあ、確かに市民プールとかだと人がたくさんで自由に泳ぐことなどほぼ不可能だ。人と人の間でちびちびとするだけでしかない。それはやはり遊びたい子どもには満足できない話だ。

 そう考えると川で遊ぶというのは一番いいかもしれない。

 川の水がきれいとは言わないが、まあ、人間は清潔すぎてもダメだしね。それに川で遊ぶというのだからきっと汚染物の少ない上流であるのだろう。そう考えると川はプール代わりになってあまり人がいないので自由にできる最高の夏の遊び場だ。

 

「それで?」

「最初に言っておくが、これは私が考えたことではない。姉さんのアドバイスが原因だ」

「ちょっと待って。それを言うってことはまたやばいやつなの?」

「そ、そうだ」

 

 え? 何? さっきのもやばかったのにまだ同じくらいあるの? というか、なんでそれで一夏は箒に対してそういう気持ちを抱かないかな。確かに恋愛感情とか分からない頃の話だけど、それを思い出してちょっとは察してあげてよ。

 私は一夏の鈍感さに呆れた。

 全くこんなに可愛い子が幼馴染だというのに!! なんで気づかないかな!

 そして怒りが爆発しかけた。

 

「……それで何をしたの?」

 

 私ははあ……とため息をつきながらそう聞いた。これは一夏のせいだ。決して箒に対してため息をついたわけではない。

 それに箒は気づいていないのか察したのか分からないが、話の続きを話し始めた。



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第17話 私の秘密を

「み、水着で一夏に抱きついた」

 

 箒のその発言に私は思わず額に手を当てた。一度大きくため息をつく。そして、

 

「変態!!」

 

 そう叫んだ。

 

「なっ!? だから私は変態ではない!! それにこれも姉さんのアドバイスに従った結果だ!!」

「だとしてもよ!! み、水着でってことは、は、肌と肌が触れ合ったということでしょ!?」

「そ、そうだ。確かに一夏の肌に触れた……」

「は、肌と肌なんて!」

 

 私はそれに羞恥するだけではなく、羨ましいと思った。

 私は確かに好きな人の一人である簪と毎日一緒に風呂に入っている。だが、毎日入りながらやっていることは体を洗うことだけで、そのような肌と肌の(激しい)接触などやったことがない。

 それはそういう関係ではないということが挙げられる。

 やっぱり好きだってアピールしたほうがいいよね。じゃないと向こうは私のことをそういう意味で好きになってくれない。なってもそれは友人としての好きで、私の想いは相手には伝わることない。

 そう思うともうちょっと箒がやったようなちょっと激しいスキンシップをするしかない。私はさっそく今日から始めようと思った。

 

「そ、それで? も、もうちょっと詳しく」

 

 ひとまずスキンシップのことは置いといて箒の話の続きを聞くことにした。

 

「わ、私は姉さんの助言に従って――」

「ちょっと待って。ひとまずその助言というのはなに?」

「姉さんの助言か? 確か……男は女の体、つまり、肌を見せればイチコロ! だったか? そんなことを言っていた」

「あれ? ちょっと待って」

「な、なんだ?」

「そこのどこに接触するなんてあるのかしら? ただ見せろというふうにしか受け取れないんだけど」

 

 束さんのその言葉をどう解釈しても裸で抱き合うということにはならない。

 

「そ、それは私がそうしたほうがいいと思ったんだ……」

「箒が考えたの!?」

「そ、そうだ」

 

 いや、まさか小さい頃の箒がそういうのを思いつくとは思わなかった。てっきり実は束さんの知恵かと思っていた。箒から聞く限り束さんはシスコンのようだし、きっと一夏との繋がりがあったはず。そういう関係からしても束さんは箒の気持ちを知って一夏なら任せてもいいとでも思ったはずだ。

 しかしさすがに子どものということで肌と肌で触れ合えばとは言わず、見せるということをアドバイスをしたのだろう。だが結果としては束さんのその気遣いは無駄に終わり、箒はそういう大胆の行動に移ってしまったようだ。

 ま、まさか箒が考えて自ら行動するなんて……。

 

「……聞くけどどうして思いついたのかしら?」

 

 束さんの言葉からどう考えてもさすがに思い至らないので、思わず聞いてしまった。

 

「……姉さんの言葉を聞いて、男は異性の肌が好きだって分かった。そして次に夜にあった洋画を見て学んだんだ、男は肌を見るのも好きだが、接触するのも好きだって。だから一夏に肌と肌で接触したんだ」

 

 原因はどうやらテレビで放送された洋画のようだ。

 まあ、確かに洋画はそういう肌と肌を重ねあうシーンがよくある。まだ幼かった箒からすればそれは好きな人にするための行為だと学び、それを実行してしまってもそれは仕方ないといえるだろう。

 

「まあ、そのときはその行為の意味はよく分からなかった。い、今思えば本当に恥ずかしいことをした」

「本当にね」

 

 私はチラッと箒の私よりもでかい胸を一瞥した。そして、そこから思い浮かんだ策を想像する。

 今その体で一夏に抱きつけばそれはそのときの子どものスキンシップではなく、大人の過激なスキンシップになる。だが、いくら鈍感な一夏でも箒を幼馴染として認識するのではなく、異性として意識せざるを得ない。そして、幼馴染ということもあり、思い出はたくさんあって、それが一夏の目に写る箒をさらに美化させていき、好意を向けるきっかけになるのだ。それから一夏は気になる箒を目で追いかけるようになり、一夏が箒に告白してめでたく結ばれる。

 これをまとめて言うならば一度大きな接触で意識させて、小さな接触でその意識を大きくさせるというものだ。

 うん、これはいいかもしれない。

 私はこれを箒にさせようと密かに思った。

 

「さらに聞くけどそのときの一夏はどうだったの? 反応はあった?」

「……あまり」

 

 だよね。そうだと思った。反応があればこうならなかったもの。

 

「だ、だが、いいことはあったぞ!」

「えっ? 何?」

「いきなり背中から抱きついたということもあって、それを悪戯と感じた一夏がやり返しとばかりに正面から抱きついてきたんだ!!」

 

 箒はそのでかい胸を張ってうれしそうに言ってきた。

 思わず引きそうになる。が、なんとかとどまった。

 まあ、でも、その気持ちは分からなくもない。もし私が悪戯で簪に抱きついて、簪がやり返しにギュッて抱きついてきたらそれはもう同じように喜んでいただろう。そして、誰かにそれを話すとき、同じように胸を張って言うかもしれない。それはもう聞いていた相手が引くくらい。

 

「や、やり返されて抱きしめられたのだが、う、うん、うれしかった……。まだよく色々理解していないときだったが、ギュッと抱きしめられることのなんだろうか、心地よさを知ったんだ。今思えばあれが幸せというやつだったかもしれん」

 

 箒はそのときを思い出しているようで、ぼーっとどこかを眺めていた。

 その姿は本当に幸せそうだった。まだその幸せを感じたことがない私はそれを羨ましく思う。私もそれを感じたいと思う。

 やはり箒は小さい頃から本気の恋をしているということもあり、私よりもさまざまなことを経験している。私は箒からさらにもっと話を聞きたいと思った。ただどういうことがあったかを聞くだけではなく、どのように思っていたかを聞きたい。恋というのは心の動きなのだから。

 

「まだよく理解していなかった頃であれだけの幸せを感じられたんだ。今、感じることができればきっともっと感じられると思う」

「そうかもね」

 

 それはただ色々なことを知ったからというだけではないはずだ。箒と一夏は小さい頃に離れ離れになって、数日前に久しぶりに再開したんだ。その溜められた想いは重い。だからそれが接触などの行為により発散されれば、確かにさらなる幸せを感じられるだろう。そして、幸せを感じた箒は一夏を本気で欲するだろう。

 そう言えるのは私がその幸せを知っているからだ。前世の私はそうだったのだ。自分の好きな女性と本気で恋をして、それを感じたことがあると知っているからだからそう言える。

 

「なら、その幸せを感じるためにあなたの恋を手伝ってあげましょうか?」

 

 その幸せを知っているからこそ、その言葉が自然と出た。

 そう言った私は一夏を封じるために箒を利用しようなんて思わずにただ純粋な気持ちだった。

 

「……手伝ってくれるのか?」

「ええ、あなたが望むなら」

 

 私は笑みを向けた。それは私の美しい容姿と兼ね備えたもので、それを見た者たちの心を落とすほどのものだった。

 箒はそのせいか頬をぼっと染めた。そして、顔を背ける。

 

「だ、だが、月山さんはそれでいいのか?」

 

 顔は背けたままだ。

 

「なぜ?」

 

 箒がそう聞いてくる理由が分からない。

 

「だって、月山さんは一夏のことが好きじゃないのか?」

「えっ?」

 

 聞いてきた理由を聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になった。

 わ、私が一夏のことを好き? あの一夏? 織斑 一夏? 私の好きな人を今にも奪

いそうなあの? あは、あははは……。冗談じゃない!! 一夏のことが好きなんて冗談じゃない!! 確かに男の中ではかっこいいほうだと思うけどそのような思いは抱かない! 抱きたくない!

 私の心は怒りで占める。そして、それを具現化させた。

 

「一夏のことは好きじゃない!!」

 

 私の怒鳴りに箒はびくりと震えた。

 生徒会長モードは精神を磐石したものなのだが、それが崩れた。一夏のことになるとこのようになるということからすれば、箒の言う一夏に特別な想いを抱いているのは確かだ。だが、それは嫌いという特別な思いだ。決して箒が持つ想いではない。

 

「……ごめんなさい」

 

 すぐに冷静になり、怒鳴ってしまったことを謝った。

 

「いや、いい。だが、聞かせてくれ。なぜ一夏のことが嫌いなんだ? 休み時間に見たときは全くそうには見えなかった」

 

 やはり好きな人のことを目の前で嫌いと言われて、箒の顔には本人も気づいていないようで怒りが浮かんでいた。

 私は箒の好きな人のことを言ったことを申し訳なくなって、これはちゃんと言ったほうがいいなという気分にさせた。言うのは私が異性には興味がないということだ。それをまだちょっと親しい程度の箒に言おうと言うのだ。それはとても危険なことだとは分かっている。だが、箒を応援するためにも一夏を追い払うためにも箒に全て話したほうがいいと思うのだ。

 私はそう決めて、もし箒が受け入れてくれなかったときのために心の準備をしておく。それがすぐに終わると私は箒と目を合わせた。

 

「分かったわ。でも、まず私について聞いてほしいことがあるの」

「関係があるのか?」

「ええ、あるわ。あるから一夏に対してそう思っているもの」

「……分かった。話してくれ」

 

 私は話す前に大きく呼吸をした。

 

「これから話す話は両親にも話したことがないものよ」

「……そんなものを話していいのか?」

「別にいいわ。私はあなたとは長い付き合いになるって気がするからね。それにこのことはもうすぐで誰かに言うつもりだったし」

 

 もちろんその相手は簪とセシリアである。おそらくだがセシリアに言うのが最初だろう。

 

「それで私のことなんだけど、私は可愛い子が好きなのよ」

 

 淡々としたリズムで言ったのだが、内心ではもちろんのこと不安で不安でいっぱいだった。

 だが、

 

「? そうなのか。それが……どうしたんだ?」

 

 箒は一瞬首を傾げてそう言った。

 あ、あれ? おかしいな。私はたった今、世間にも受け入れられにくいことをカミングアウトしたんだけど。だから結構覚悟してたのに。もしかして、箒はそういうことも普通に受け入れる人なの? いや、違うと思う。多分箒は勘違いしている。おそらくは私が言った『好き』を恋愛感情のものではなく、友人に使う『好き』だと勘違いしているのだ。

 そういうわけで今度はちゃんとストレートに言おう。

 

「私はね、女の子のことが結婚したいほど好きなの」

「ああ、分かって……。ん? ちょっと待て。どういうことだ? き、聞き間違いか?」

 

 箒は私の発言に動揺している。

 勘違いしていたのはどうやら間違いないようだ。

 

「いえ、違うわ。間違いないわ。私は女の子があなたが一夏に抱いている意味で好きなのよ」

 

 それを聞いた箒は驚きに目を見開いた。

 その後の反応はそれを知って引くのかと思ったのだが、そうはならず私のほうへずいっと近づいてきたのだ。

 

「本当にか? 嘘ではなく?」

「ええ、本当よ。私は本当に男の子よりも女の子が好きなの。それに偽りはないわ」

「そう、だったのか」

「そう。だから私は一夏が嫌いなのよ」

「ちょっと待ってくれ。だが月山さんは中学は普通の学校だったのだろう? そのときはどうしたんだ? 一夏に対して思っていたような感情はあったのか?」

 

 私はちょっと思い返してみる。

 

「そういえば一夏に対して思っていたような感情は全くなかったわね。ただ普通に話していたりしたわ」

「……なぜだ?」

「多分一夏が私の好きな子を奪うかもって思ったから。あなただってそれは分かるんじゃないの?」

「……分からなくもない」

「でしょ? 一夏はかっこいいからね。私が好きな対象が女の子である限り、油断できないのよ」

「そうなのか」

「にしても、あなたは私の告白に引かないのね」

「む、そういえばそうだな。驚きはしたがそう気持ち悪いなどとは思わなかった。むしろ安心したという気持ちだった」

「安心?」

 

 箒の言葉に疑問を持つ。

 この場面で安心などという言葉は普通言わない。

 

「私は言ったように一夏が好きだ。誰にも渡したくないと思うほどに。だから月山さんというライバルがいなくなってよかったと思ったのだ。だからきっと安心したのだろうな」

 

 すでにもう色々と吹っ切れた箒は恥ずかしがることもなく、そう堂々と言った。

 私はその堂々とした姿に思わずドキッとした。

 や、やばい。箒がかっこよすぎる! こんな可愛くてかっこいい箒に好かれている一夏なんて! やはりこの恨みはらさでおくべきか!

 思わず一夏に恨みを向ける。

 そんな思いを隠して私は箒と話を続ける。

 

「ふふ、箒は変わっているわね。普通はまず引くわよ」

「むう、そうかもしれない」

 

 心当たりがあるのかそう言った。

 

「でも、ありがとうね」

「何がだ? 私は何もしていないが」

「私が告白してから引かずに普通にしてくれたことよ。とてもうれしかったわ」

 

 私は自分のことを言うにあたって、箒から、もう話しかけないで、気持ち悪いなどの様々なひどい言葉がかけられるかと思って、覚悟していたのだ。だがその予想に反してまさかの安心したなどとというまったく反対の言葉だった。そして、受け入れてくれて私は心の余裕を持つことができた。だから私は箒に礼を言ったのだ。



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第18話 私の失恋

「それでだけど、私の手伝いはいるかしら?」

 

 私が一夏のことは好きではないということが分かった箒に再び聞いた。

 

「そう、だな。手伝ってほしい。きっと私だけでは無理だ」

「分かったわ。あなたの恋を手伝うわ」

 

 こうして私は箒の恋の手伝いをすることになった。

 

「だが、私はそれでいいのだろうか」

 

 しかし、すぐに箒がそう言い出した。

 

「どうして?」

「だってこれで一夏を手に入れてもそれは自分の力じゃなくて、月山さんの力で手に入れたも同然じゃないか」

「まあ、そうとも言えるわね」

 

 手伝うとは言ったものの、私の言うとおりに動けばそれは私の操り人形で、間接的に私が一夏を取ったことになる。一夏は確かに箒を好きにはなるが、それは私が操った箒である。いつもの箒を好きになったわけではない。

 そう思うと箒がそう思って仕方ないだろう。

 

「でも、大丈夫よ。私のはあくまでも手伝いよ。いわば助言。絶対に私の言うことを聞かなくてもいいのよ。それに私も細かいことを言うわけじゃないわ。大まかに言うだけよ」

 

 それを聞いて箒がどのように行動するのかは箒次第だ。それは箒が自分で考えたことでそれが成功して一夏が箒のものになったとしても、一夏が好きになったのは私の操り人形ではなく、箒自身だ。

 

「ありがとう」

「礼を言うのはまだ早いわよ。言うなら一夏と成功してからよ。こんなことで言っていたらこれから先、たくさん言うことになるわ」

「む、そうだな。なら先ほどの礼は取り消そう。そして、改めて言おう。これからよろしくお願いする」

「ええ、こちらこそ」

 

 箒が手を差し出し、私もその手に重ね手を交わす。

 重ねられた手からは箒のぬくもりが感じられる。

 女の子が大好きな私は密かにその感触を楽しむ。

 女の子が大好きな私ではあるが、実は手を繋いだことはほとんどない。それは男女ともにもてていた中学時代でもだ。例え誘われそうになっても、その手をほとんど繋ぐことはなかった。

 最近では簪と手を繋いだくらい。

 だから内心ではイヤッホー! となっていた。

 

「あなたに私のことを言った今だから言うけど、私は本当はあなたのことも好きだったのよ」

 

 箒の手をぎゅっと強く握りながら、そう告白した。

 

「!? そ、それは本当、なのか?」

 

 一瞬ものすごく動揺したが、すぐにある程度冷静になった。

 

「ええ、本当よ。あなたのことが好きだったわ。もしあなたの心の中に一夏がいなかったら、私はあなたともっと仲良くなっていたわ。そして、まあ、色々としていたわ」

「そ、そうだったのか」

 

 箒は複雑そうな顔をする。

 

「そんな顔をしないで。今はもう違うわ。今は友としての好きだから」

「そ、そうだとしても、やはり複雑だ」

「でしょうね。私も目の前でそう言われたら同じように思っていたわ」

「だったらなぜ……」

「まだほんのわずかにあなたへの想いがあるからよ。それを断ち切るために言っただけ」

 

 箒に対するわずかな想い。

 今は小さいがそれがこれからの箒との接触でその想いが大きくなる可能性だってないわけではない。そしたら私は箒の恋を手伝うのではなく、箒に気づかれぬように一夏との間に溝を作るようにアドバイスをしてしまうかもしれない。

 まだ箒への想いが小さい今だからそれはダメだと思える。

 故にたった今、その想いを断ち切る! そして、友人としての思いを植えつけるのだ。

 私はじっと箒と見つめる。

 

「な、なぜじっと見るんだ?」

「……」

 

 私は答えずにただじっと見つめた。ただ何もせずにじっと。

 

「な、何か言ってくれ! 気まずいじゃないか!」

「……箒、お願いがあるの」

 

 ようやく口に出した言葉は箒へのお願いだった。

 

「な、なんだ」

「あなたへの想いを断ち切るために協力してくれない?」

「……何をすればいい?」

「そうね……。何がいいかしら?」

「考えていなかったのか」

 

 私はちょっと考える。

 私が考えたのは未練を断ち切るためのものであったが、そのやり方は全て箒と接触して断ち切ろうというものだった。

 うん、だってね、私は女の子が大好きで箒のことは一度は好きになったんだよ。いくら未練を断ち切るためとはいえ、箒に何もせずに断ち切りたくはないのだ。

 接触しつつ未練を断ち切る策を考えて少し。ひとつの閃きが思い浮かぶ。

 よし! 決めた!

 

「私を強く抱きしめてくれない?」

「ちょっと待て! 抱きしめるのか!?」

「ええ」

「それで想いが増加しないのか!?」

「しない……と思う」

「不安だな!」

「まあ、大丈夫よ。そのために耳元で私の想いを壊してくれることを言ってくれるといいんだけど」

「例えば?」

「そうね。ふっ、まさか私にお前の想いが届くわけがないだろう、私は異性である一夏のことが大好きだからな、同性であるお前の気持ちを受け入れるはずがない、これ以上は近づかないでくれ、とかかしら」

 

 これだけのことを言ってもらえばさすがにショックを受けて、箒への想いを断ち切ることができる。それは絶対だ。

 というか、自分でそう言ってって頼んだけど、ちょっと想像してショックを受けた。

 やばい、涙出そう……。

 うん、自分でここまでショックを受けるのだからこれでいいだろう。私は箒に抱きつけるし、箒への想いを断ち切ることができるのだから。

 

「……月山さんはそういうのが好みなのか?」

「? 好み、とは?」

「その、誰かに罵られることが好きなのかということだ」

 

 言われたことは私の性癖のことだった。

 もちろんのことだが私は罵られて興奮することはない。まあ、異性よりは同性のほうが好きという性癖だけど。

 

「違うに決まっているでしょ、もう。とにかく私の未練を断ち切って」

「本当に断ち切れるのか不安だ……」

「何を言っているのよ。断ち切れるに決まっているでしょう? 私がちゃんと考えたのよ」

「……なんだか月山さんに手伝ってもらうのが不安になってきたな」

「ちょっと! それどういう意味よ」

 

 これでも前世では好きな女の子と結婚できたんだから! 不安になるどころか安心してほしいんだけど!

 

「とにかく! あなただって私の想いが大きくなるのは嫌でしょ。なら早く抱きしめてちょうだい」

「わ、分かった。ただ抱きしめるなどあまりやらないから、下手かも知れないが我慢してくれ」

 

 それに私は頷いた。

 

「では、や、やるぞ」

 

 抱きしめる前にそう言いながら、両手を広げるので思わず吹き出しそうになる。

 そんなに体を強張らせなくてもいいのに。

 そんなことを思いながら私はその胸にゆっくりと近づいた。

 抱きしめる範囲までに私が来て、箒は開いた両腕をちょっと乱暴に閉じた。

 

「んあっ……」

「へ、へんな声を出すな! 何かいけないことをしているみたいじゃないか」

「そ、そんなことを言われても、そんな風に抱きつかれたら変な声も出ちゃうわよ!」

 

 わざと出したわけではない。本当に勝手に出たのだ。出したくて出したわけではない。それに出してしまったほうである私は恥ずかしいかったのだ。

 私は恥ずかしさのあまり頬を染めていた。

 それにしてもこうやって抱きつかれるのは初めてだ。まだ家族以外に抱きつかれたことはない。

 だから私の鼓動はドクンドクンと早く大きく鳴る。

 

「あの、もうちょっと強く抱きしめてちょうだい?」

「こ、このくらいか?」

「んっ……」

 

 箒は私の要望に答え、さらに強く抱きしめてくれた。

 私は箒の肩の上でそのぬくもりを感じ、幸せな気分となった。そして、自分のやりたかったことができて、溜まっている欲が解消されていくのが分かった。

 そして実感する。

 うん、やっぱり私は女の子が好きなんだ。どうしようもなく好きなんだ。

 こうしてくっつくことで改めて理解する。

 そう思えるのはやはり前世で恋をしたことがあるからだろう。

 

「これでいいか?」

「……うん、満足」

「なら、言っていいか?」

「もうちょっと待って。もう少しこの感触を……」

「……それは私の胸のことか?」

「違うわよ! いくら私があなたの胸が大きいから羨ましいなんて思っていても、その感触のことは、あんまり思っていないわよ!」

「あんまり、なのか」

 

 箒はなにやら複雑そうだ。

 だが、そんなの当たり前じゃないか! 私は前世とは違い、立派な女なのだ。その女の象徴の一つである胸に何か思うところがあって仕方ないじゃないか!

 私は自分の胸を思い出す。

 私の胸は大きいわけではない。簪よりは大きいが箒よりは小さいというほどだ。

 まあ、私の胸は大きさを重視しているではなく、形を重視しているのだ。うん、そうだ。だから、その、大きさは気にしなくていいんだよ。うん。

 私はそう思いながら私の胸に触れる箒の胸に意識を向けた。

 くっ、やっぱり私よりでかい!

 見ただけでそれを実感したのだが、やはりこうして触れるとそれがよく分かる。

 私はちょっと羨ましく思う。

 

「なんだか……あなたへの想いが大きくなりそう」

「おい、ちょっと待て! それはやばいんじゃないか!? それをなくすためだろう!?」

「そうだけどそれはあなたのせいよ」

「なぜだ!? 私は月山さんに言われたとおりにしただけじゃないか!」

「そうだけど……でも、あなたが可愛すぎるせいよ!」

「なんだそれは! 私の容姿のせいか!? ならどうしても無理じゃないか!!」

「まあ、そう言われたらそうね。でも、容姿だけじゃないわ。あなたの性格も含まれているわ」

「わ、私の性格?」

「ええ」

 

 箒の性格は一夏とのやり取りを見ていると箒はちょっと冷たいような感じがするがそうではないと私は知っている。ただ一夏に素直になれない恋する可愛い女の子なのだ。

 それをどういうわけか箒のルームメイトになった一夏は気づいていない。

 全くこんなに可愛い女の子が幼馴染で、しかもルームメイトなのに一夏は何をしているの! 普通、こんなに可愛い子がルームメイトがいたら襲いたくなるだろうに。なのに、箒の様子からしてもそれはなかったようだ。

 さすがにここまで来ると私は一夏は実は私と同じように同性愛者なのかなと思う。

 でも、これからは違う。私が箒をサポートしてその恋を進展させるのだ。

 ふふ、一夏。あなたに箒の魅力を見せてあげるんだから! そして、その目で見て後悔しろ! 自分が幼い頃から知っている箒が実は可愛い女の子だったということを知らなかったことを! そうすれば私は一夏に邪魔されずに自分の恋に集中できる! これに誰も損はない。私も箒も一夏も幸せだ。

 

「ど、どんな?」

「ふふ、教えないわ。私の中だけの秘密よ」

「むう~」

 

 抱き合った状態なので箒の顔は見えない。

 

「そんな風にしてもダメよ」

「き、気になる!」

 

 残念だけど言わない。

 知っているのは私と束さんと一夏だけでいい。

 

「それよりも、言って。本当にそろそろ大きくなっちゃいそうなんだから」

「それはやばいな。分かった、言うぞ」

「お願いね」

 

 なんだかまるで自分の最後のときみたいだ。

 そういえば簪と見たアニメにもあった。主人公の仲間が死に掛けて、その仲間が主人公に対してあなたの手で殺してくれと言って、主人公が殺したのだ。それに似ている。

 いや、別に死ぬわけじゃないけど。いやいや、精神的には死ぬかもしれない。今は僅かな思いがあるとはいえ、先ほど想像しただけで泣きそうなくらいだったのだ。精神的に死ぬなんて言っても過言じゃないよ。

 

「言うぞ?」

「ええ」

 

 や、やばい。まだ何も言っていないのに泣きそう……。

 

「月山さん、いや、詩織。お前の私への好意はとてもうれしい。正直、同性からの好意だったがうれしかった。本当にうれしかった。もし私の心に一夏がいなければすぐには受け入れられないが、最終的には受け入れていただろう」

 

 箒が告げる言葉は私が言ったひどく残酷なものではなく、優しいものであった。

 

「だが、私の心にはすでにもう一夏がいるんだ。残念だがその気持ちを受け取ることはできない。それはこれから先もずっとだ。決してその想いは私に届くことはない、決して」

 

 箒の言葉はそれで終わる。

 しばらく沈黙が続く。耳に入るのは耳元にある箒の吐息と自然の音だけだ。

 や、やばい。てっきり私が頼んだようにあのひどい言葉を言ってもらえばそれで終わると思っていたけど、これでも結構ダメージが入る。

 逆に優しく言ったから本当の告白と同じような感じに取れて、こんなにダメージが入ったのかもしれない。

 ともかく箒のやり方は当初の目的である私の箒への想いを破壊するには十分だった。

 私の箒への想い、恋は終わりを告げたのだと私の意識は自覚して、湧き上がってくるのは失恋による悲しみだ。

 これは私が用意したことであってそれを自覚しているのだが、どうしても悲しみが湧き上がる。

 私の頬に何か水滴が流れる。

 私は無意識に手で触れる。

 涙だ。

 

「ど、どうした?」

 

 箒が聞いてくる。

 だが、私は悲しみでいっぱいで聞こえなかった。

 

「ぐすっ……」

「!? な、泣いているのか!?」

 

 箒が慌てて離れて慰めようとするが、その顔を見られたくないと思って逆に抱きしめて、そのままの状態を維持した。

 

「泣いて……当たり前、でしょ! こっちは失恋、したのよ! ひっく……しょうがないじゃない!」

 

 私は嗚咽を上げながらそう言った。



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第19話 私の失恋、再び?

「……すまない」

 

 箒が申し訳ないように謝った。

 

「謝らないで! 私を振ったことを謝らないで!」

「す、すまない」

「……しばらくこのままにして」

「分かった」

「ありが……とう、ぐすっ」

 

 私は箒に抱きしめられながら声を押し殺しながら泣き続ける。

 箒はただじっと抱きしめて、時折私の背中をさすってくれた。

 私は失恋からの心の傷を負ったということもあって、昼休み終了のチャイムが鳴るまで抱き合った状態でいた。おかげで私の心もある程度は癒えて、ちゃんと心の整理も付いた。

 

「もう、時間だな」

「……ええ」

「もう教室へ戻らなければ」

「そうね」

「なら……放してくれないか? 動けないんだが」

「もうちょっと」

「いやしかしな。これでは授業に遅れるぞ? いいのか?」

 

 箒はそう言うのだが、言葉とは裏腹に私の頭や背中を撫で続けている。それが箒の無意識のうちなのかは分からない。

 私はその心地よさに身を任せるだけだ。

 

「授業なんて……どうでもいい」

 

 箒にこうされることと授業を比べれば、授業などどうでもいい。私はもう大学までの授業は習得した身だ。さらにISに関する知識も十分も習得している。だから授業をサボっても問題ない。

 

「そういうわけにはいかない。私たちは学生なんだ。それにサボったりなんてしてみろ。織斑先生に怒られるぞ」

「うっ、それは勘弁してほしい」

 

 正直、千冬さんに怒られるのは嫌だ。それは怒られるということが怖いからという理由じゃない。憧れの人に私という人物がそういうやつなんだって失望されるのが怖いのだ。

 憧れの人に失望されないためにも私は渋々自ら箒から離れた。

 ……名残惜しい。だが、もうお終いにしなければ。

 しかしこれから先は箒にこうやって抱きつくことは決して無理だろう。今回は慰めということで抱きつけたのだ。これからはそういう対象ではなく、友人として過ごす。もう抱きつくことはできない。

 

「ありがとうね、箒」

「いや、いい。それよりも早く行くぞ。あと数分で授業の鐘が鳴るぞ。急ぐぞ」

「急ぎましょう」

 

 私たちは急いで片づけをして、教室へと全力で戻った。

 私たちは結果としてなんとかチャイムと同時に戻ることができた。

 

 

 そして、日は過ぎて一夏とセシリアと戦うあの日の前日となった。

 相変わらず私はただ簪と一緒に昼食を食べたり、一緒にお風呂に入ったり、アニメを見たり、簪の手伝いをしたりして過ごしていた。

 一夏がやっているようなことは全くやっていない。

 でも、私は全く焦ることはなかった。焦ることはなかったが、私は別のことで焦っていた。

 それは簪だ。

 どういうわけか今朝から簪の私に対しての行動がおかしいのだ。

 朝起きて簪におはようと言えば、なぜか頬をほんのりと染めたり、朝食のときも口元に付いたご飯粒を取ったら、顔を真っ赤にしていたし、昼食のときもいつも通りあ~んをしていたら、まるで初めてしたときのような反応を示していたのだ。

 おかしい。おかしすぎる。これからの行動はもうすでに見られないものだからだ。確かに簪は最初こそは恥ずかしがっていたが、適応力が高いのか次からはほとんど恥ずかしがらなかったのだ。

 なのに今更恥ずかしがる。これには何か理由があるはずである。

 少なくとも寝る前までは普通だったのだ。この寝ている間に何かがあったのだ。

 それが私には全く分からない。

 私が寝ぼけて何かをした可能性が否めない。

 もし私が何かをしたならば、な、何をしたんだろう。嫌われていないということから少なくとも簪を痛めつけるようなことはしていないはずだ。

 

「月山さん、お帰りですか?」

 

 考えていると道中でクラスメイトの一人とすれ違い、話しかけてきた。

 

「ええ、そうよ。あなたは部活かしら?」

「はい、そうです。部活です」

「がんばりなさいよ」

「はい!」

 

 クラスメイトは元気よく返事をした。

 

「ところで隣の方は?」

 

 私の隣にいるのは簪だ。いつもはクラスが違うということでバラバラに帰るのだが、今回はたまたま一緒に帰ることになったのだ。

 

「私のルームメイトよ」

 

 簪は軽く頭を下げるだけだ。

 

「まあ! そうですか!」

 

 その後しばらくその子と話をして、別れた。

 私が話している間は簪は黙ったままだった。

 

「ねえ」

 

 再び歩き出してしばらくして、黙っていた簪が声をかけてきた。

 

「なに?」

 

 周りには誰もいないので生徒会長モードは解除だ。

 

「いつも思うけど……やっぱり不思議」

「なにが?」

「さっきの姿と……今の姿」

 

 そう言われて私は自分の姿を見る。

 うん、いつも通りの制服だよね。さっきと今を比べても同じだ。一瞬で変わったりなんてしていない。

 

「変なとこがある?」

 

 私は体だけを回して、簪に背中などが見えるようにした。

 

「違う。外見じゃ……ない。しゃべり方」

 

 そう言われてピンときた。

 

「ああ、それか」

「それ」

「それのどこが不思議なの? 簪にはもう話しているし、不思議じゃないと思うんだけど」

「そういう意味じゃない。雰囲気……のこと」

「雰囲気?」

 

 しゃべり方とかならともかく、雰囲気という外見は分からない。それも他人から見るものでないと分からないもの。

 う~ん、私じゃ分からない。聞くしかないな。

 

「どう違うの?」

「さっきは……大人びた、というよりも……大人の雰囲気、だった。今は、違う。子どもの雰囲気」

「ん~つまり?」

「まるで別人みたい、ということ」

「別人?」

 

 そう言われると確かに私の素と生徒会長モードは全く反対の性格のようなものである。それを別人と言い換えてもいいだろう。

 でも、私としてはただ口調を変えているというだけという意識しかない。どうやら性格的な意味でも無意識に変わっていたようだ。

 

「だから……不思議。詩織は……二重人格?」

「違うよ。私は私だけだよ。他に私はいない。ただの演技ってやつ」

「……そう」

 

 簪とはいつものように話せる。うん、そこまではいいのだ。だが、私がもっともしたことの一つである、接触になると簪はいつもはなんともないのに、今朝から近づいても距離を取って近づかせてくれないのだ。

 現に今だって半歩近づいただけなのに近づいた距離だけ離れるのだ。

 正直、嫌われていないって分かっていても泣きたい気分になる。

 

「それよりもさ。手、繋いでいい?」

「ダメ」

 

 即答された。

 な、なんで……。いつもは聞いたら返事もせずに私の手を取ってくれるのに!

 私は思わずじっと睨むように簪を見つめた。

 だが、簪は私の視線を気にせずに進んでいく。

 むう~簪! なんでなの!

 これは絶対に簪から聞かなければ!

 だが、無理やり聞いて大丈夫だろうか。嫌われないだろうか。

 そういう思いが湧き上がってきて聞くことを躊躇われる。

 結局私は聞くことができなかった。

 そして、私は複雑な気持ちを抱えたまま簪と一緒に夕食を食べたり、風呂に入ったりした。それらが終わった後は例の作業をした。

 だが、私は作業に集中できなかった。ずっと簪が気になって集中できなかったのだ。

 だから打ち間違いはなくてもそのスピードはいつもよりも遅かった。

 

「ねえ」

 

 ふと簪が声をかけてきた。

 

「……なに?」

 

 私は元気のない返事をした。

 

「詩織は……私のこと、好きなの?」

 

 簪は顔をディスプレイに向けたまま、いつもどおり淡々と言った。

 簪が口を開いて発せられた言葉に思わず頭が真っ白になる。

 え、えっ? な、何? 簪は何と言った?

 私は簪の言葉を思い出す。

 簪が言ったのは『私のこと好きなの?』だった。

 その言葉が余計に私に嫌な汗をかかせる。

 ま、まさか私が簪のことを好きだってばれた!?

 そう思うのは簪が『好き?』と好意の有無を聞くのだが、簪は『好きなの?』という私の好意を知っていてそれの確認をするかのような聞き方だったからだ。

 ま、待て! きっとそうじゃないはず。簪はまだ普通の女の子だ。きっとこの好きは友人としての好きなのだ。それを確認しているのだ。

 でも、そうだとしたらなぜそれを聞くのだろうか。私たちは友人である。そして、私が簪に気を許していることを知っているはずだ。聞かなくていいはず。

 私は簪の意図が掴めないまま返事をすることにした。

 

「何を言っているの? 好きだよ」

「それは……どういう意味で?」

「どういう意味って……友人としてよ」

 

 私の内心は非常に焦ったが、動揺せずに何とか言えた。

 こ、これってもしかしてやばい状況?

 おそらくだが、もし先ほど『異性と同じ好き』なんて言う選択をしていたならば、私と簪の関係は終わっていたのではないだろうか。そう考えると私のした選択は正解と言えるだろう。

 私はそう思っていた。だが、簪の求めていた選択ではなかったようだ。

 

「嘘は……いい」

 

 顔はこちらを見ずにそう言う。

 

「え、えっ? う、嘘じゃないよ」

「嘘」

 

 断言された。

 

「私、知ってる」

「な、何を?」

 

 私の鼓動はドクンドクンと激しく鳴る。今までにはないほどの速さだ。それとともに嫌な汗もかいてきた。

 

「詩織が……結婚したいっていう意味で……好きってこと」

 

 簪はそう言いながらこちらを向いた。

 その顔には頬を赤めたりなどしていないいつもの顔があった。

 

「!! な、何を言っているの? 私が簪のことを結婚したい意味で好き? 私は女の子だよ? そして、簪だって女の子。同性。そういう意味で好きなんてありえないよ」

 

 私は一瞬動揺したが、すぐに冷静さを取り戻し、それを否定した。

 ここで私が同性愛者ということを知られるわけにはいかないのだ。ここで簪に嫌われるわけにはいかないのだ。そのためだったらどんな嘘だって付く。

 

「それに私は一夏のことが好きなの」

 

 ……こういう嘘も。

 正直言って気分が悪くなる。やばい、吐きそう。やっぱり嘘でも一夏のことを好きなんて言うのは無理だったみたい。

 私はそれを悟られないために何とか我慢して隠す。

 だが、

 

「それも嘘」

 

 と断言された。

 

「詩織は……男が嫌い」

「!!」

「でも、女の子は……好き」

「!!」

 

 簪は淡々と私の嘘を真実へ変えていく。

 

「詩織、もう一度聞く。嘘は……言わないで。私が欲しいのは……嘘じゃない」

 

 簪の目には力強いものが見える。嘘は許さないという目だ。

 おそらくは簪は私が同性愛者だとすでに知っていて、それをあえて私の口から言わせることで完全なものとしようとしているのだろう。

 先ほどまでは嘘を付いて誤魔化そうと思っていたが、私を知っている簪によって嘘は封じられている。

 私に残された道は一つということだ。

 それは素直に私が認めるということだ。

 もうそれしか残っていない。

 嘘を付いても嫌われる。事実を言っても嫌われる。

 もはや私には逃げ道はないのだ。ならばせめて嘘を付かずに本当のことを言って、嫌われたほうがまだいい。

 私は覚悟を決めた。

 

「詩織は……私のことが結婚したい意味で……好きなの?」

「……うん。結婚したいほど……好き」

 

 私はついに言ってしまった。まだ言うつもりではなかったのに言ってしまった。

 本当はもっと時間をかけて、いい雰囲気の中で言いたかったのに。

 ああ、これで簪はもう無理だね。

 簪は狙っていた三人の中で一番仲がよくて、一番私が好意を抱いている人物だった。だから簪が私の候補からはずさざるを得ないのが悔しい。

 これでまた一つ私の恋は終わりを告げたことになった。

 

「いつから?」

 

 簪が聞く。

 

「ルームメイトになったときから。そのときに簪が好きになったの」

 

 こうなった今だから私は全てを言うことにした。もう別に全部しゃべっても何の問題もないから。

 

「じゃあ、食べさせるとか言ってのって」

「うん、好きな子とくっつきたかったからね。全部それが目的だったよ」

「そう、だったんだ」

「ごめんね、全部が下心のある不純な動機でやって」

「別に……いい。そんな動機でも……うれしかった、から」

 

 簪はそう言ってくれた。

 私の簪の失恋によってできた傷はその言葉で少し塞がったような気がした。

 私は単純なのかな。

 

「……ありがとう」

 

 その礼の意味は先ほどの言葉とこれまでのことに対してのものだ。

 礼をいうのは全てを終わらせるためだ。つまり、もう簪に対しての接触を止めることにしたということだ。

 それはそうだろう。

 もう私の恋は終えて簪とはそういう仲にはなれないのだ。故に下心のある接触は許させず、友人としての最低限度の接触しかできない。

 それに簪だってうれしいと言ったのは友人として接触していると思っていたからであって、私がそういう意味で接触していたと知っていたらそうは言わなかったはずだ。きっと今度は接触などしたいとは思わないはずだ。

 

「もうしないから」

 

 それを告げるために簪に告げる。

 簪はこんな私とまだ触れ合わなければならないのかと思っているはずだ。せめて安心だけはさせたい。

 そう思っていたのだが、

 

「? して……くれないの?」

「え? なんで?」

「?」

「え? ええっ?」

 

 なぜかちょっと悲しそうな顔で首を傾げられた。

 あれ? 何かすれ違ってる?



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第20話 私の夢の第一歩

 私は困惑してしまう。

 

「やってくれないの?」

 

 簪はそう言う。

 あ、あれ? どういうこと? なんでやってほしいみたいになっているの?

 私は理解できずに一瞬思考が停止した。

 

「え、えっとなんで?」

「? それは……こっちの台詞。私はうれしいって……言った。なのになんで?」

「だ、だって私は簪が好きなんだよ!?」

「知ってる」

「結婚したい意味でだよ!!」

「それも……知ってる」

「ならなんで!!」

 

 わけが分からなくなった私は怒鳴るように簪に言う。

 本当に簪は理解できているの? 私の好意の意味が分かっているの? 結婚したいって意味の好きだよ? それは性的な意味を持っているということなんだよ。そういう目で見ているということなんだよ。

 普通そういう目で見られるのは不快なことである。互いにそういう意味で好きならまだしも、そうではない相手、あるいは同性からという世間から受け入れられない性癖を持っている相手から見られるのは不快である。正直近づきたくもないだろう。それが一般である。

 であるのに簪はそんな私に接触したいと言っているのだ。

 だから余計にわけが分からなくなるのだ。

 

「私は……同性愛者だからって……差別はしない」

「ならなんで離れたりしたの!」

 

 もし差別しないのならば今朝からの行動は何だったのだろうか。差別しないのであればいつもどおりにしていたはずだ。

 なのに簪が取った行動はなんだった?

 それは私から距離を取ることだ。あきらかに矛盾した行いである。

 

「!!」

 

 簪はそれを思い出したようだ。

 ほら、やっぱり差別していたんだ。

 だから追い込むように言う。

 

「ねえ、なんで? 差別しないならなんで近づけさせてくれなかったの?」

「ち、違う!」

 

 簪はなぜか真っ赤な顔で否定した。

 私はそれを図星だからと判断した。

 

「違わないよ。本当に差別していないならそうしないもん。ねえ、お願い。正直に言ってよ」

 

 私のことを思っての行動だろうが、その行動は逆に私をイラつかせて嫌な気分にさせる。だからもういっそのこと正直に言ってほしいのだ。『ただのルームメイトでいようね』と。

 

「違う。それは違う! それは……詩織のせい」

 

 なのに簪はあろうことか私のせいにしてきた。

 私の心は怒りがさらに生じ、同時に悲しみもあふれた。

 それは簪が好きだったからこそのものだった。

 

「どこが? 私、何もしてないよ」

「し、した……というよりも、言った」

 

 そうは言うがやはり身に覚えがない。

 

「何を言ったの?」

「し、詩織が私のこと……好きって、言った」

「? 私は言ってないよ?」

「寝言!」

「寝言?」

「そう、寝言! 私が夜中に起きて……詩織を見ていたら……し、詩織が私のこと……好きって言った」

 

 どうやら簪が知っていたのは私が自分から言ったからみたいだ。

 

「そ、そして、私が好きって返したら……結婚しようって。同性同士だからって言ったら……男よりも女の子のほうが良いって……言った。だ、だから、恥ずかしくて……近づけなかったの!」

 

 簪が顔を真っ赤にしてそう大きな声で言った。

 私の中にあった怒りと悲しみは急速に消えていく。

 

「え? じゃあ、今朝から避けてたのは、た、ただ恥ずかしかったから? 差別とか嫌いとかじゃなく?」

「そう! だから差別とか……嫌いとかじゃない」

「そう、だったんだ」

 

 私は簪のことを勝手に誤解していたことを申し訳なく思った。

 それによくよく思い返してみれば簪に差別とか嫌いとかいう感情がなかったということを知っているのは私だ。そう感じていたはずだ。なのにいつの間にかあった勝手な思いで簪を疑ってしまった。

 好きな子に対して勘違いで疑ってしまうなんて……。

 でも、とりあえず簪が差別も嫌いでもないと分かって安心した。

 あ~でも、まだ一つ問題がある。

 それは私が簪に好意を抱いているということがばれたということだ。もうこれをなかったことにはできない。過去には戻れない。

 これ、どうしよう。

 そう困ってしまうのだが、もう知ってしまったわけだ。このまま告白してしまったほうがいいのではないだろうか。例え断られると分かっていても、関係をはっきりしないままというのは無理がある。

 くうう~本当はもっと先に言うつもりだったのに~!

 だが、知られた今、もうできない。

 

「ねえ、簪」

「なに?」

「もう雰囲気とかないけど、言っちゃうね」

「!! ま、待って! そ、それって……」

 

 簪は私が今から言おうとしていることに気づいたようだ。

 待てと言われたが、残念だが待たない。

 私は簪に好意を伝えるために私との間にある隙間を一気に埋める。そして、簪の両肩を掴んだ。

 

「い、言う、の?」

「言うよ。だってもう知っているんでしょ。知られた以上、言わないとダメじゃん。もうこのままなんて嫌だよ。ずっとずっと我慢していたんだから」

「で、でも、わ、私は受け入れるとは……限らないよ?」

「分かってる。もちろんね、受け入れなくていいよ。これはただ関係をはっきりさせるためのものだもの。そう、恋人かルームメイトか、のね。だからそうやってここで不安にさせて先延ばしにさせようなんてしても、意味ないよ」

 

 それはずっと昔、女の子たちに囲まれたいという願いを持ったときから決めていたことだ。今更告白目の前で不安程度で先延ばしにできるほど、脆い決意ではない。

 それに受け入れられないことがあるなんて知っている。前世ですでに体験している。

 

「あっ、でもね、その前に言わないといけないことがあるの」

「……なに?」

 

 至近距離の簪は真っ赤ではないが、ほんのりと頬を染めて私を見つめる。

 ああ、やっぱり可愛いよ。絶対に欲しい。だから断らないでほしい。受け入れて。

 そう願うのだが、心の中にはこんな短い時間だもん、人の心はそう簡単には変わらない、やっぱり受け入れてもらうなんて絶対に無理だよ、というものがあった。

 先ほど思ったように受け入れられないというのはすでに知っているのだ。

 

「私ね、ただ女の子が好きってわけじゃないの。複数の女の子に囲まれたいの。それが夢」

「……ハーレム?」

「そう、ハーレム」

「なんで……言ったの?」

「だって、私の恋人になるにしろならないにしろ、こういうことはちゃんと言っておかないとダメでしょ? だから言ったの。つまりね、今から告白するけど、それで簪が私の恋人になっても、簪にほかにも恋人を作っちゃうってこと。それを知っていて」

 

 私はハーレムを作って幸せに暮らしたいという夢があるが、それは私だけである。たとえ相手が私のことを好きでいてくれたとしても、ハーレムという複数人を愛するということを許さない子だっているはずだ。

 なにせそれは見方を変えれば浮気である。ただ堂々とほかの子と浮気しています! と言っているだけである。

 つまりハーレムを浮気と変えてもいい。

 だから私は伝えたのだ。

 伝えなければならないことを全て伝えた私は想いを伝えるために簪をそのままベッドへ押し倒した。

 簪は押し倒された理由が分からずに案の定困惑していた。

 

「な、なんで押し倒した、の?」

「う~ん、だってほら、私があなたのこと好きって知っているでしょ? だから普通にするとなんか嫌だからさ、ちょっと普通じゃない方法で告白しようと」

「べ、別に普通で……いい」

「無理。私が無理。だって、初めての告白だもん! こうなった以上は普通は認めない!」

「……普通で……いいのに」

 

 私の下にいる簪が小さく呟く。

 う~それにしてもなんだか興奮する! いや、だって好きな子が私のすぐ近くにいるんだよ? しかも、身動きできないように両肩を押さえつけられたままで私のしたいようにできる。ひどいことをしたり、エッチなことをしたり、それはもう色々と。これは興奮せざるを得ないだろう。

 あ~可愛い! そんなほんのりと染めて潤んだ瞳で見ないで! 告白する前に襲っちゃうよ!

 興奮のせいで私の体は熱く火照り、私の息は荒くなる。

 と、とりあえずは興奮を抑えよう。

 これじゃただの変態だ。

 

「ふう……じゃあ、簪」

 

 ある程度興奮を抑えた私は簪に声をかけた。

 

「今からね、告白するよ」

「う、うん。で、でも、な、なんだか……変な感じ」

「そう?」

「だって……告白するよって……言うから」

 

 まあ、普通の告白ではないのは確かだ。

 でも、まあ、私は普通じゃないしね。そんな私にはちょうどいいのではないだろうか。

 

「そうかもね」

 

 私はクスクスと笑う。

 

「そ、それよりも……告白」

「ん、分かってる」

 

 私の心は今から告白するというのに簪に受け入れてくれないかもなどという不安な気持ちはなかった。ただドキドキと鼓動がなるだけだった。

 

「キス、するよ」

「えっ」

 

 私がする告白はキスである。

 キスはただの友人ではできない行為だ。故にキスを告白とすることで恋人になることを意味するのだ。

 

「もし、私のことをハーレムを作ることまで受け入れてくれて恋人になってくれるなら、抵抗しないで。でも、受け入れてくれないなら言葉でも行動でも何でもいいから思いっきり抵抗してね。思いっきりじゃないと受け入れてるって思っちゃうから」

 

 キスをしたら恋人になり、しなかったらただのルームメイトになる。

 やり方は違うが恋人になるかならないかで言えばこれも告白と言えるだろう。

 

「分かった?」

「……うん。受け入れるなら……抵抗しない。受け入れないなら……抵抗する、でいいんだよ、ね?」

「じゃあ、するよ」

 

 簪がちゃんと理解したということを確認して私は目を瞑り、ゆっくりと顔を近づけた。

 やはり不安はない。

 私の唇はそのまま簪の唇へと向かった。

 だが、それで疑問に思った。それと同時に先ほどまでなかったはずの不安まで湧き出た。

 あ、あれ? て、抵抗しないの? なんで? このままじゃキスしちゃうよ! したら問答無用で恋人なんだよ!

 私は簪とそういう関係になりたい、受け入れてほしいと思っているはずなのに心の内ではこんな私を受け入れていいのという矛盾を持っていた。

 私はそんな思いを持ったまま、近づいてく。

 そして、ついに私の唇は簪の唇に重なった。

 

「……ちゅ」

 

 私の唇に伝わる簪のやわらかな唇の感触。それとともにくるのは胸の奥から湧き上がる幸せという感情だった。

 これが……キス。そういえばそうだった。

 私は今のキスで前世のキスを思い出した。あの時は男だったがそのときにしたキスと変わりなかった。うん、幸せなのだ。

 しばらく私はそのまま唇を合わせたままだった。

 そして、しばらくしてその唇を離した。しばらくは頬の染まった互いの顔を見つめあった。

 

「なんで……抵抗しなかったの?」

「詩織が言った……でしょ? 抵抗しなかったら……それは、そういう意味……だって。つまり、もう……私は詩織の恋人」

「!! ま、待って! そ、それって分かっているの!?」

「うん、分かってる」

「い、言っておくけど私のためと思ってならうれしくないからね!」

「違う。これも私の……意志。私も……詩織が、好き。だから……受け入れ、た」

 

 私は耳を疑う。

 う、嘘。か、簪が私のこと好き? な、なんで? だってまだ会ってから一ヶ月も経っていないんだよ。いきなり告白した私が言うのもなんだけど普通の子が私と同じになるなんてありえない!

 うれしいはずなのにやっぱりそう思ってしまう。

 

「本当に私のことがそういう意味で好きなの?」

「好き。本気で好き」

 

 赤みのある頬で、しかし、その目にはその想いが本気であると浮かんでいた。

 私はその目と言葉に体が熱くなるのを感じた。

 うう~本当に私のこと好きなんて~!

 うれしいはずだが、複雑な気持ちになる。

 

「で、でも簪のほかにまだ好きな女の子いるんだよ? それでも好きなの?」

 

 だからこうやって何度も確かめる。

 

「別にいい」

 

 くっ、受け入れられた!

 

「もういい? とにかく……私たちはもう、恋人。これは決定」

「で、でも」

「それに……わ、私のファーストキス……奪った。せ、責任取って」

「えっ! は、初めてだったの?」

「あ、当たり前!」

「簪も初めてだったんだ……」

「詩織も?」

「う、うん」

 

 つまり互いに初めてだったということだ。

 わ、私はともかくとして簪の初めてを奪ってしまった……。簪の言うとおり責任を取る必要がある。

 

「そ、そっか。詩織も……初めて」

 

 なぜか簪はうれしそうだった。

 

「……と、とりあえず詩織はもう私の恋人。いい?」

「うん」

 

 もう私は受け入れるしかない。

 それにこれは私が一番望んでいたことだ。避ける必要はない。

 

「でも、条件と約束がある」

「条件と約束?」

「そう」

「何?」

 

 条件と約束? なんだろうか。

 

「まず条件から。それは私を愛する……こと。それは複数人好きになっても……ということ。平等に愛して。そしたら、何も言わない」

「それが条件?」

「そう。次は……約束。明日、織斑 一夏をボコボコにして」

「えっ? なんで一夏?」

 

 簪って一夏と知り合いだったの?

 私の心の奥から嫉妬と殺意が生じる。それと同時に今までにないうれしさが湧き上がった。

 ぐぬぬ~まさか簪まで! やはり許さない! だけど、ふふふっ、もう簪は私のものとなったのだ! ちゃんと気を付ければいいだろう。それに一夏をボコボコにしろなんて言ってきたのだ。簪の一夏への好感度は低いと考える! 奪われる可能性はないだろう。



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第21話 私の対戦準備

「別にいいけど、なんでボコボコにするの?」

 

 一夏をボコボコにするのは賛成だ。なにせ一夏はこのIS学園においてただ一人の男だ。しかもかっこいいし。おそらく学年の女子の中の結構な数が惚れるまではなくても、気にはなっているだろう。

 だからだ。その中に私が好きな子がいたら、それは一夏に奪われることを意味するのだ。さすがに何度も奪われるのは嫌だ。

 そういうこともあって一夏をボコボコにするのは賛成なのだ。

 でも、簪は違う。

 何か一夏と関係があるようだが、どんな理由があってだろうか。

 

「それは私がISを作ろうとした……理由にある」

 

 それは私も手伝っている作業のことだ。

 あれはISのもので簪と私で作っている。それも一からだ。

 だが、そもそもISを生徒が一から作るなど普通は考えられない。それは学生を卒業した専門家がやることだ。学生がするにはレベルが高すぎる。

 それを私たちはやっている。普通はやらないことをやっている。

 ならばそれにはそれなりに理由があるはずだ。

 

「私は実は……代表候補生」

「!! 簪は代表候補生だったの?」

「うん。日本の」

 

 私は簪がISのプロだということに驚くとともに、前に私が明日のことを話していたときに簪が怒った理由が分かった。

 簪自身が代表候補生というISのプロだからこそ、その厳しさを知っていてだからなめた私の発言に怒りを覚えたのだ。

 それは誰だって怒るさ。

 私だって苦労してきたことを軽い言葉で言われたら怒る。そんな一言で済ますな、と怒鳴って。

 

「じゃあ、専用機があるんだ」

「…………」

 

 あ、あれ? どうしてだろうか。簪の顔が怖いんですけど。

 しかも、先ほどまでキスをしていたということもあり、体は密着しており、顔が近かったので余計に怖かった。

 も、もしかして聞いたらいけないことを聞いた?

 

「……あの男のせい!」

「あ、あの男って一夏のこと?」

「そう! あの男のせいで! 私の……ISより! あの男のISが……優先された!」

 

 簪は悔しいと怒りでいっぱいだった。

 私もちょっと分かる。私も誰かに横取りされたら同じようになる。

 

「も、もしかしてISを一人で作った理由って……」

「そう。あの男のISが優先……されたから。だから自分で作る、しかなかった」

 

 どうやらこれは地雷だったようだ。

 これからはこの話をしないほうがいい。

 にしても一夏め! 私の恋人のISを横取りするとは! いくら世界で唯一のISを使える男とはいえ、周りが許しても私は許さない!

 私はちょっと一夏との対戦が色んな意味で楽しみになった。

 

「だから……私の代わりにボコボコにしてほしい。ダメ?」

「ううん、いいよ。してあげるよ」

 

 私はすぐに答えた。

 簪はその答えに目を見開いて驚く。

 

「いい、の?」

「いいよ。私もちょっと一夏に用件があるしね」

「…………」

 

 簪の視線を感じる。

 

「ん? どうしたの?」

「…………」

 

 簪はじっとこちらを睨むようにこちらを見ている。

 

「あっ、どいたほうがいいってこと?」

 

 簪は未だに私の下にいる。

 あれからずっとこのままの状態だ。

 私はこのままのほうが色々と密着するからこのままのほうがいいが、さすがにちょっときつかったな?

 そう思ったのだが、

 

「……違う」

 

 違ったようだ。

 じゃあ、その目の意味はなんだろうか。

 

「なんで……あの男の名前を……言うの?」

「え?」

 

 開いた口から出るその声には怒りというか、嫉妬が混じっていた。

 嫉妬してくれるというのはうれしいが、ちょ、ちょっと怖いよ。

 

「な、なんでって……そう言われても……織斑じゃ二人いるじゃん。でも、だからって名前と苗字を一緒に言うのは長いし……」

「だから、名前?」

「うん、だから名前なんだけど、悪かった?」

「ううん、別に……いい。だけど、詩織はもう私の恋人。あまり、名前で……呼ばないで」

「嫉妬?」

「ち、違う。し、嫉妬じゃ、ない」

 

 そう言って否定するのだが、真っ赤な顔を背けているその姿はとても可愛らしくてついキスしたくなる。

 し、していいよね?

 キスしたいなとちょっと思っただけなのだが、その思いは急激に大きくなった。

 今まではどんなにその欲求が大きくなろうと決して行動に移す事はできなかったのだが、恋人となった今では我慢とかせずにすることができる。

 うん、やってしまおう。

 

「簪」

「な、なに?」

「……ん」

「!!」

 

 私と簪の唇が重なった。

 二度目のキスだ。

 私の唇には先ほどのように簪の唇のやわらかさを感じていた。

 簪はいきなりキスされて、私の両腕を掴んで一瞬抵抗したが、しばらくすると抵抗を止めた。

 

「ん、んん……」

 

 互いの口から甘い声が漏れる。

 体感時間にして約数十秒ほどして離れた。

 やはり簪の顔は真っ赤だ。きっと私も真っ赤だろう。

 

「い、いきなり……しないで」

「しないでって言っているわりには抵抗しなかったみたいだけど?」

「う、うるさい」

 

 簪はぷいっと顔を背けた。

 ふふ、本当に可愛い。もっと色々としたいけど、それは今度。私たちはもう恋人になったんだ。時間はまだたくさんあるんだから。

 もう色々と満足して楽しみを後に残そうと思った私は簪の上からどいた。そして伸びをする。

 結構な時間を同じ体勢だったからちょっときつかった。

 時計を見ると結構な時間が経っていたことが分かった。

 私は散らかっていた作業の後片付けをする。

 今日はもう作業はしない。後は毎回恒例のアニメ観賞のみだ。

 片付け終わった私はベッドの上で体を起こしている簪を見る。ちょうど簪と目が合った。

 

「詩織」

「なに~」

 

 私はもう片方のベッドに腰かける。

 

「さっきのこと、だけど……」

「さっきって?」

「織斑 一夏のこと」

「ああ、ボコボコにするってやつね。それが? もしかして止める?」

「違う。止めない。ただ……詩織は私に……がっかりした?」

「なんで?」

「だって……私は人をボコボコにしてって……頼んだ。だから……」

 

 簪が不安そうな顔で言う。

 あ~なるほどね。

 私は簪が言いたいことが理解できた。

 

「大丈夫だよ。私はそんなことでがっかりも嫌いにもなったりしないよ。私は簪自身が好きだもん。それに簪は感情ある人間だよ。そんなことを思って当たり前だよ。私だってそう思うことがあるもん。もしそう思ったことで好きから嫌いに変わるなら、そんなのは好きは好きでもアイドルに対する好きと一緒だよ。私が抱いている好きとは全く別物だよ」

 

 私は例え簪が誰かに殺意を抱いてもそれで嫌いになることはない。そのときは私が叱って止めるだけだ。

 簪に殺人なんてさせられないもんね。

 

「だからね、そんなこと心配しないで。私は嫌いにならないよ」

「……ありがとう」

 

 私の話をじっと聞いていた簪は聞き終わると同時に、顔を布団に埋めてそう言った。

 くすっ、可愛い。

 でもそんな可愛い反応をするせいでこっちの理性が崩れかける。しかも、恋人という関係になった今は余計に崩れやすい。先ほどの二度目のキスはその結果だ。普段ではしたいと思ってもしないはずが、してしまったのだからどれだけ崩れやすくなったのかが分かる。

 私、今度は大丈夫だよね? いきなりがばって襲うようなことしないよね?

 他人が入ることがないこの部屋。その部屋には二人のルームメイト。もちろんのこと同性同士。本来ならば理性の崩壊など気にしないでいいはずのもの。

 だが、私たちは違う。

 互いに好意を抱いている同性で、関係はルームメイトや友達ではなく、恋人。その二人が他人が入ることがない、つまり止める者がいない部屋にいる。

 正直、理性が持たないということだ。

 う~ん、やっぱり前世が男だったからこんなに性欲が強いのだろうか。

 男ならば性欲の強さが分かるのだが、今は女なので基準が分からなかった。

 私はアニメを簪と一緒に見るために未だに顔を布団に埋めている簪の隣に腰掛けた。

 

「簪~アニメ見よう!」

「……見るの?」

 

 布団から顔を上げて聞く。

 

「当たり前でしょ。まだ全部見終わってないじゃん」

「でも、明日は詩織の……」

「あ~そうだね。けどもう夜だよ? 何もできないよ」

「できる。確か相手の一人は……代表候補生。なら、どんなISを使っているか……知ることができる。それを元にして、作戦を立てればいい。だから、できる」

 

 簪の言うことはもっともだ。その程度ならおそらくは寝るまでの時間内に使用しているISを調べ、そこから完璧ではないがある程度の作戦を立てることができる。完全ではないがあるのとないのとでは全く違う。

 だけど、実は私はやるつもりはない。

 

「それはそうだけど……私としては簪と一緒にアニメを見たいな~って思うんだけど」

「……詩織は……また、私を怒らせたいの?」

「い、いや、違うよ! そうじゃないけど……私はISの素人だよ。下手に何かやっちゃったら上手くできないような気がするから。ね? だからやらないの」

 

 これは簪を怒らせたくはないというだけではなく、実際にそうだった経験があるのだ。

 確かあれはある程度強くなったときだったか。

 祖父が師であると同時に試合の敵だったので、よく戦ったものだ。もちろんのことまだ未熟だった私は自分の身体能力をうまく扱うことができずに何度も叩きのめされた。

 何度も負けて悔しかった私は作戦を立てることにしたのだ。前世の記憶もあってその作戦はうまく立てられていた。なので私は勝ちはしないだろうが、今まで以上にいい対決ができると思った。

 だが、その結果は違った。

 予想通り私は負けた。負けは負けだったが、祖父にひどい試合と言われたのだ。立てた作戦とは反対だった。

 この原因は作戦を立てたことにあった。作戦を立てたばかりにそのとおりに動こうとしてしまってその結果、ひどいものとなってしまった。

 これがしない理由である。

 

「……一理ある」

 

 簪も間が空いたがそれに同意してくれた。

 おそらくは簪にも経験があるのだろう。

 

「ね。だから今日はアニメを見よう」

「……でも」

「ほらもう始まるよ!」

 

 テレビはすでに点いており、すでに今見ているアニメのオープニングが流れ始めていた。

 

「し、仕方ない。再生したならば……見ないと」

 

 簪はそう言いながら私の隣に腰掛けた。

 その距離はいつもと違って近い、というより、接触していた。やはり恋人になったせいだろうか。

 なんかうれしい。

 私はうれしさを胸に抱き、アニメを見た。

 うん、明日の対決は負ける気がしないね! なにせ予定外である簪を手に入れることができたし、簪に頼まれ事もされたし、それに明日はセシリアが……!

 うれしいことがこんなにたくさんあるのにどこに負ける要素があるだろうか。どこにもない。

 そんな自信を持ちながら私は幸せな短い時間を過ごした。

 

 

 そして、翌日の放課後。つまり一夏、セシリアとの対戦がある時間。

 私は第三アリーナの準備室であるピットに一人で来ていた。簪は観客席だ。

 本当は私の恋人である簪を連れてきたかったのだが、観客席のほうが見やすいということでそちらへ行ったのだ。

 まあ、確かにピットから見るよりも観客席のほうが見やすい。

 最初は簪が一緒にいないということでテンションが下がっていたのだが、そんな私を見た簪が頬を赤めてぎゅっと抱きしめてくれたので、テンションとか色々上がっている。

 やはり負ける気がしない!

 で、まず最初の対決だが、それは私とセシリアだ。

 一夏はまだIS、専用機が来ていないため、私たちが最初にすることとなったのだ。

 う~ん、本当は同じ初心者である一夏と戦って慣れておこうかと思ったんだけどな。残念だがいきなりプロと戦うことになるみたい。

 ちょっと予想外だよ。

 負ける気はしないけど実際に戦って勝てるわけではないからね。特にISをちょっとしか動かしていない今は。

 うう~一夏と戦って慣れていればセシリアに勝つ確立は高いのに~!

 いつもの私ならば勝っても負けてもここまで気にしないのだが、今回は違う。勝たなければならない。なぜならば私とセシリアは互いに口約束ではあるが、プライドという名の効力のある契約を交わしたからだ。

 私が負ければセシリアの奴隷。私が勝てばセシリアに何でも言うことを聞かせることができる。

 だが、それは簪がもっと先で恋人になるとしていたからである。もし私が負ければセシリアの奴隷のため、セシリア一筋になっていたのでハーレムはあきらめていたのだ。

 でも、今は恋人である簪がいる。負けることができないということだ。

 しょうがない。最初にやることは攻撃じゃなくて飛ぶことにしよう。そして、早く飛ぶことに慣れるしかない。

 私は軽く準備運動をして、量産型IS、打鉄(うちがね)を装着した。

 さて、まずは動作確認。

 私は腕や足を動かすなどして問題がないかを確かめた。

 

「問題は……ない」

 

 装甲という邪魔なものが私の動きを制限するかと思ったが、そんなこともなく自由に動かすことができた。

 では行きますか。

 私はゲートまで行ってセシリアが待つ戦場へと向かった。



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第22話 私の始めてのISの戦い

「ようやく来ましたのね。ずいぶんと待ちましたわ」

 

 セシリアが自身のIS、ブルー・ティアーズを装着し、空で待っていた。

 セシリアは宙に四枚の青の羽のような武装を浮かせ、自分の身長を超えるライフルを持っていた。その物騒な姿に私は美しいという言葉を抱いた。

 それとともに私はセシリアを見て、ごくりとのどを鳴らす。あきらかに私よりも強者。そういう雰囲気を感じ取ったからだ。セシリアがISを装着するという万全の状態だからそれが分かる。

 や、やばいな。負ける気はしないけど、それは心の問題だもん。これはちょっと、いやかなり不利だよ。

 正直、私はセシリアをなめていたのた。ISというパワードスーツを着てもそれはやはりISの性能のおかげだから本人は大したことはないと思っていた。だが、ISを装着したセシリアを実際に見てその認識は変わった。

 ISは所詮は道具であって強さには関係ない。強さは操る者の腕だ。セシリアにはその腕がある。

 

「そう、それは待たせたわね。でも、素人だからということで許してちょうだい」

「……っ。あ、あんな約束をしたあなたが素人という言葉を盾にするのですか!?」

 

 セシリアはそう言って怒鳴った。

 

「そうよ。それだけしないと私とあなたの差は埋まらない」

「じゃあ、あなたは最初からわたくしに負けるつもりで!?」

「いいえ、違うわ。そんなつもりじゃないわ。負けるつもりなんて全くない。むしろ勝つつもりでいるわ」

「あ、あああ、あなたという人はISをバカにしていますの!?」

 

 セシリアの顔は怒りで真っ赤になり、手に持っていたライフルの銃口をこちらへと向けてきた。

 向けられた私はまだ空を飛ぶということに慣れていなくて素早く動くこともできない。というか、プカプカと浮いているのが精一杯だった。

 ああ~もう! なんで私はセシリアを怒らせることを言うかな! セシリアだってISを真剣にやってきたんだから、あんなふうに言ったら怒るって分かっていたはずなのに!

 私は優雅に宙に立っているように見えるが、内心では色々と焦っていた。

 

「許せませんわ!」

「えっ?」

 

 そして、そのままセシリアは引き金を引いた。

 セシリアのライフルから出たのは金属の塊ではなく、レーザーだった。

 それは私の前世の記憶にある針の穴のように細いものではなく、人の上半身と下半身を真っ二つにするにはいいほどの太さだった。

 それが一瞬で私へ向かってきた。

 

「きゃっ」

 

 私はそれを可愛らしい悲鳴を上げながらほぼ反射的にかわした。

 だが、やはりまだ空を飛ぶことに慣れていないためか、わき腹を掠ってしまった。

 

「……っ」

 

 ただわき腹に掠っただけとはいえ、その衝撃は凄まじかった。祖父から軽く殴られたくらいの痛み(祖父と一般男性の威力の差は月とスッポンです)が走った。私の体勢が崩れ、私は無防備になる。

 や、やばい! 敵の間合いで体勢を崩すなんて!!

 何か相手と戦う武術、スポーツ等をやっている者ならばすでに知っていること。それは一瞬の隙が自分の負け、死に繋がるということだ。そして、プロは一瞬の隙を見逃さない。

 プロのセシリアはやはり見逃さなかった。すぐさま銃口を向け直して再び引き金を引きかけていた。

 私は知識にあったISの飛行の操作を思い出す。

 えっとなんだっけ。確か…………『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』か。うん、難しすぎる! 無理! 初心者向けじゃないし! これじゃないやつは……えっと自分なりのイメージだっけ。こっちのほうが分かりやすい。

 飛び方が分かった私は毎日見ていたアニメから飛びやすいものを見つける。

 よし! 見つけた! じゃあ、レッツゴー!

 セシリアが引き金を引き、二度目の射撃が行われた。その二度目の射撃もまたそれは正確で当たるかと思われたのだが、その一筋の光は当たらず地面を抉るだけだった。

 

「なっ!?」

 

 確実に当たると思っていたセシリアは驚愕に声を上げた。

 ふっふっふ~私が何をしたかって? それは最大速力で回避しただけだ。

 そう、ただそれだけ。当たり前のこと。普通ならばセシリアは驚きはしなかっただろう。だが、驚いたのは素人だったはずの私が回避したからだろう。

 私はそのまま飛行の感覚を覚えようとする。が、フラフラとしていて地面スレスレで時々地面を掠った。

 う~ん、やっぱりすぐには覚えられないか。というか、慣れが必要かな。にしても、掠っただけなのにアレだけの衝撃、か。ダメージは大したことはないけど、衝撃が強かったから掠ることもできない。やっぱりISもスポーツや武術と同じってことなのか。

 そう考えている間にもセシリアは何発も撃ってくる。

 その度に私は避け続ける。

 まだ動作が大きいとはいえ、わずかな時間でここまで動けているのだから初心者としてはいい方ではないだろうか。やはり武術の才が影響しているのかな? これも体を動かすものだしね。

 さて、飛行のほうはまあまあ慣れたみたいだし、今度は攻撃にしようか。

 私が乗っているIS学園から貸してもらっている訓練用IS、打鉄に搭載されている武装の種類は一種類だ。近接用ブレードだ!

 いや、もちろん中距離用のアサルトライフルがあったのだが、経験談から使い慣れていない武器を使うのは失敗を意味する。

 そういうわけでブレードを使っている。

 私はそれを展開した。

 うん、久しぶりの武器の感触だ。なんだか興奮してきた。

 

「なっ! ここまできて近接用ですの!? ISの次はわたくしを馬鹿にしていますの!?」

「い、いや、違うわよ。言っておくけど銃にしなかったのは使い慣れていなかったからよ」

「むう、確かにそうですわね。使い慣れていない武器を使うのは格好付けだけですわね」

 

 うん、やっぱり経験者は分かってくれるよね。時々そういうのを分かってくれない人がいるから困る。特にアニメとか見すぎているような人とかだ。

 いや、確かにアニメでは色んな武器を使っているけど普通は無理だから! 斬り方とか色々違うから! だから無理だし!

 私はセシリアと同じ高度まで行き、ブレードを構えた。

 その姿を見たセシリアは先ほどは雰囲気を変えた。

 あ、あれ? もしかして今からが本気? さっきまでのって手加減していたの? あんなに正確な射撃だったのに?

 私は冷や汗をかかずにはいられない。

 

「……あなた、何かやっていましたの?」

「まあ、武術をちょっとね。分かるの?」

「もちろんですわ。相手の力量を測れずに戦うなんてバカのやることです。けど、わたくしセシリア・オルコットは相手の力量をきちんと測って戦いますわ」

「相手がどんなに強力な敵でも?」

「……それが自分だと?」

「違うわ」

 

 私がもしセシリアよりも強かったら内心焦っていない。

 

「ただ聞いてみただけよ」

「そうですか。まあいいですわ。聞かせてあげますわ。もちろんのこと戦います。例え負けると決まっていても」

「ふ~ん、そう」

 

 反対に私は自分よりも強いと分かれば私はすぐさま逃げるだろう。死んだらハーレムでいちゃいちゃできないしね。

 にしても、セシリアは本当にプライドが高い。もしかして命よりもプライドのほうが大事っていうやつなのかな? セシリアのことも大好きな私は命のほうが大事にしてほしいと思う。

 

「さあ、あなたのほうも慣れてきたみたいですし、わたくしのほうも体のほうが温まりましたわ。さあ! 踊りなさい! わたくしと愛銃、スターライトの奏でる円舞曲で!」

 

 その言葉を開始の合図としてセシリアが先ほどよりも激しく、速く、それは弾幕の嵐だった。逃げ道の少ない嵐だった。

 なっ!? いきなりこれ!? 容赦なさすぎだよ!

 私は上下左右に避けながらセシリアから離れた。

 くっ! や、やっぱりさっきのは本気じゃなかった!

 そう思うのは雰囲気の変化だけではなく、この弾幕の嵐からも分かった。

 私は先ほど以上に避けているのだが、まだ完全に慣れていないということもあり、直撃はまだないものの先ほどよりも多く掠っていた。

 うう、やばい。エネルギーはまだたくさんあるけど機体の損傷が!

 いくらエネルギーがあろうが、それは戦闘には影響されない。しかし、機体にダメージを負うと損傷箇所によっては戦闘に影響される。

 今のところは影響はない。

 

「どうしましたの? そのブレードは飾りですの?」

 

 地面をアイススケートのようにして滑るように飛んでいる私に上空にいるセシリアはそう言ってきた。

 むう~こっちだって反撃したいけどまだ慣れてない私じゃ、できない!

 射撃と射撃の間に間があるとはいえ、私にその間を攻めるだけの技術がない。そのため避けるだけしかできない。

 

「……い、言ってくれるわね」

「くすっ、怒りましたの?」

「ちょっとね」

 

 ちょっとだけ怒ったけど、セシリアのその見下すような笑みに喜びを得た。

 ちょ、ちょっとだけ興奮した。私ってやっぱり奴隷とかメイドとかでもいけるほうなのかな?

 さすがの私もちょっと自分の性癖が怖くなった。

 

「それにしても、本当にあなたはISに乗って少しですの?」

 

 一旦射撃を止めて互いに対面し合う。

 

「もちろんよ。初めて乗ったのが試験のときだったもの」

「ならば才能、ですわね」

「おそらくね」

「あら? その自覚がおありで?」

「自覚というか祖父が武術の才能があるって言っていたからね」

「なるほど。あなたのおじいさまは武術かで?」

「ええ。もう歳だというのにまだ数回に一回くらいしか勝つことができない相手よ」

 

 本当に身体能力が異常に高い私と同じくらい化け物だ。いくら経験の差とか言っても限度があるだろうに。私が祖父に完全勝利する日はいつだろうか。なんだかその日は歳のことを含めて永遠にないって思う。つまり勝ち逃げってやつだ。

 まあ、祖父的には私に完全敗北しようがしまいがどちらにしてもいいんだろうな。だって、完全敗北したら孫の成長を喜ぶだけだし、しなくても私に向かってしわくちゃな笑みを浮かべてくるだろう。だからどっちでもいいのだ。

 

「そうですの。さて、もうちょっとお話したいのですが、もう終わりですわ。続きは私の奴隷になってからということで」

「そうね。でも、勝つのは……この私よ!」

「ふふっ」

 

 私が改めてブレードを構えなおしてそう言うとセシリアは笑った。

 ちょっと私はむかっとした。

 

「……何がそんなにおかしいのかしら?」

「そんなに本気になっているところすみませんけど、わたくしは本気は本気でも手を隠している本気ですもの」

 

 そう言うと周りにプカプカと浮かんでいた四枚の武装を撫でた。

 それを見て私は察する。

 

「まさか、それも?」

「ようやくお分かりになりましたのね。ええ、そうです。確かにこの四機はスラスターとして動いていましたわ。でも、その本当の正体はこの愛銃、スターライトmkIIIと同じくもう一つのわたくしの武器ですわ! そして、この自立機動兵器の名前はこのISの名前と同じくするブルー・ティアーズ!」

 

 その自立機動兵器――って長い! アニメから取って『ファンネル』で! ごほん、そのファンネルたちは一斉に私に銃口を向けてきた。その銃口からはぼんやりと明かりが見えて撃つ準備が整っていることを示していた。

 私はどう避けるのか考える。

 

「さあ、まだ円舞曲は始まったばかり! もっとわたくしを楽しませてくださいな!」

 

 その言葉を合図にワルツの第二曲が始まり、セシリアの持つスターライトとファンネルが一斉射され、計六つのレーザーが私へと向かってくる。

 それは脅威だが、すでに逃げることだけを考えていた私には脅威ではなかった。

 私はそれをすぐさま避ける。避けた先でもまた動く。すると避けた先にレーザーが地面を抉った。

 

「やっぱり最初よりもいい動きをするようになりましたわね。それほどなら代表候補生レベルも近いですわ」

「褒めてくれてありがとうと言った方がいいのかしら?」

 

 私は六本のレーザーを避けながらそう尋ねる。

 

「ええ。言っていいなら言ってくださいませ。礼を言われるならうれしいですしね」

「なら、止めておきましょうか」

 

 にしても、ファンネルも撃ってくるようになってやっぱり抉れる土の量も多いな~。おかげで避けても抉られた土がさらに私の視界を狭くするし、ダメージだってさっきよりもごくわずか多く入る。

 

「さて、ではブルー・ティアーズを動かしましょうか」

「え?」

「あら、どうしましたの? まさかこのブルー・ティアーズがわたくしの周りを浮かんでいるだけとお思いで?」

 

 はい。そう思っていました。ただ周りをプカプカと浮いているだけだと思っていました。

 

「残念ですけどこれはわたくしの意思次第で自由に飛びまわれますわ」

「……」

「ふふふ、そんな顔をしないでくださいまし。わたくしがこのブルー・ティアーズを使うなんて滅多にないことでしてよ。なのにわたくしが使った。つまりあなたはわたくしをその気にさせたのです。そのことを誇ってもよろしくてよ」

 

 どうやらセシリアは滅多にファンネルを使わないようだ。つまりほとんどがセシリアが持つあのスターライトで相手を倒してきたのだろう。

 うん、なるほど。それは理解できる。なにせあの正確な射撃だ。ブルー・ティアーズなどなくても十分に勝てる。それを身を持って知っている。



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第23話 私たちの勝負の結果

「さあ、行きますわよ!」

 

 それまでセシリアの周りを浮遊していたファンネルが突如散開した。そのファンネルたちはこの広いフィールドにあちらこちらプカプカと浮く。

 って、あれ? よく見たら囲まれてない?

 ファンネルの位置を確認するとただプカプカと浮いているのではなく、制空権を占領するように上空に配置されていた。しかも、どこからでも狙えるようにとフィールドの隅に。

 これってやばい状況だよね? だってこれじゃ四方八方から射撃されるもん!

 そう思っているとファンネルからレーザーが放たれた。

 私はすぐにスラスターを噴かせてその場から離れる。先ほどまでいた場所にはレーザーが地面を抉って穴を作った。

 むう~また避け続けるしかないのか。

 ファンネルによる攻撃はスターライトとは違って威力は低いものの連射に優れている。その数が四。避けるのは至難の業だ。

 私は上下左右から来るレーザーを次々に避ける。直撃はないが掠るのが多い。

 それは先ほどよりもISに慣れてきたからできるものだ。最初の私だったらファンネルの的となっていたはずだ。これも全てセシリアが最初から本気じゃなかったおかげだ。おかげでこっちはISに慣れることができたのだから。

 くっ! やっぱり掠る数が多くなった!

 私のエネルギーは徐々に減り、機体ダメージも大きくなってきた。だんだんと動きが悪くなってきた。

 

「いつまでそうやって避け続けれるのか楽しみですわね」

 

 セシリアはその場から動かずに高みの見物をしていた。撃つこともしない。

 それはなめた様に感じられるが、正直助かっていた。もしファンネルだけではなくセシリアからも攻撃されていたらもうとっくに終わっていた。どうかこのまま高みの見物をしていただきたい。

 ん~でもな~、このまま防戦一方ではこの戦いの未来は私の負けしかない。ならば戦わないと。そして、セシリアを手に入れるために勝たなければ。

 そう反撃する覚悟ができた私はまず邪魔なファンネルを片付けることにした。

 私はセシリアから一番遠いファンネルを狙うことにした。

 でも、その反撃へ転じるときが一番の隙だ。なにせちょっと予備動作が必要となるから。

 

「えい」

 

 ならばと私は手に持ったブレードを思いっきり地面に向かって叩きつけた。

 叩きつけた瞬間、まるで何かが爆発したかのような音がアリーナに響いた。そして、土煙があたりに立ち込める。

 

「な、なんですの?」

 

 上空のセシリアは何事かと声を上げる。

 うん、作戦通り。

 私がしたかったことは土煙で自分の姿を隠すことだ。これにより一瞬の隙を消すことができた。しかも、レーザーは撃ってこない。おそらくは正確な射撃ができないためだろう。

 私は土煙が晴れる前に目的のファンネルへと飛んでいく。

 土煙が発生した範囲はごく僅かなので、すぐに土煙から抜け出した。

 するとすぐに射撃が始まる。

 くっ! いくつか掠った! で、でも、目標までの距離はもう近い!

 私はブレードを持つ手に力を入れる。

 

「まさか、ブルー・ティアーズの一つずつ破壊するつもりですの? そのために先ほどの?」

 

 そう問いかけてくるが、無視だ。そんなことに意識を持っていったら、失敗する気がする。

 その間にもファンネルに近づくことができた。その距離は私の攻撃の届く範囲だ。

 今だ!

 私は手に持つブレードを横に振った。

 ブレードは弧の軌跡を描き、ちゃんと私の思ったとおりの場所を通った。通ったはずだ。なのにブレードから伝わる斬った感触というものが感じなかった。 

 あ、あれ? なんで? 私の剣は確かに目標を捉えたのに!

 実際に見てみるがそこには何もない。ファンネルの欠片も煙も。

 ど、どこに行った!?

 そう思って探そうとした瞬間、背中に衝撃が走る。

 

「んあっ!!」

 

 どうやらファンネルからの攻撃を受けたようだ。

 私のシールドエネルギーが大きく減った。

 それから私は行動が遅れたために何発かレーザーを食らう。

 ゆ、油断した!

 

「ふふふ、残念でしたわね! このブルー・ティアーズは機動力もありましてよ!」

 

 見ればファンネルは先ほどまでのプカプカ浮かぶのではなく、俊敏な動きを見せていた。

 先ほどまではゆっくりと動いていたのだが、それとは変わって常人では視認できない程度のスピードを出し、さらに曲がるときは緩やかに曲がるのではなく、角を作るようにして曲がるのだ。

 まさにファンネルだった。

 まあ、これで私の攻撃が当たらなかった理由が分かった。ファンネルの機動性のせいだ。

 

「ふふ、実は先ほどまではブルー・ティアーズの本気は出していませんでしたの。これがブルー・ティアーズの本気の力ですわ」

 

 その言葉通り私がさっきから避けようとするのだが、避けた瞬間にファンネルがその機動力を生かして避けた先に来て撃ってくるのだ。おかげで大きく掠ったり直撃が何発も食らうことになった。

 くっ、さ、さすが代表候補生だ! ここまで本気じゃなかったなんて! しかもここまできてもまだセシリアには攻撃を与えられていない。そろそろ攻撃を当てないと負ける!

 私はただまっすぐに突っ込むことにした。

 

「おやおや、まあまあ! まっすぐ突っ込んでくるとは愚かですわね!」

 

 だが、このままでは本当にただやられるだけだ。ならばもう防御など捨てて攻撃に徹するほうがいいだろう。

 私はレーザーをほとんど避けずにまっすぐと突っ込んだ。

 

「ふふ、それは無謀ですわよ!」

 

 私はできるだけスピードを落とさないようにするため、避ける際には上下左右ではなく、回転するなどして避けた。

 よし! もう少し!

 私とセシリアの距離はもうわずかになっている。だが、気になる。それはセシリアの態度だ。もうあとわずかだというのに焦る様子もないし、ファンネルが動き出してから発砲していないスターライトを構える様子もない。

 私はそれがちょっと怖く感じる。

 や、やっぱりまだ隠し玉があるのかな? ファンネルだってあったし。

 本気を出してないというのが多かったせいか私は疑心暗鬼になってしまう。やはり表情を隠したりするというのは大切なのだと分かった。

 で、でもそんなことを思っても仕方がない! このまま突っ込んで一撃さえ入れれば!

 私はブレードを腰に持っていき、居合切りの構えを取った。

 う~ん、ここで私の必殺を使っちゃう?

 武術をやっていた私はもちろんのこと奥義と呼ばれる必殺技を持っている。この奥義は名のとおり、必ず殺すことのできる技だ。しかも私が奥義を使うと身体能力が高いということもあって、本来の奥義よりも威力は高い。必殺がオーバーキルになるのだ。

 私はそれを使おうというのだ。

 いや、だってね、使うのは人じゃなくてISにだ。ISには『絶対防御』が備わっている。これは操縦者が死なないようにするためにあらゆる攻撃を受け止めるというものだ。その代わりとしてシールドエネルギーを消費するのだ。大幅に。

 私はそれを利用して一撃で倒そうということだ。

 それに例えエネルギーが残っても、それはわずかなはずだからまた突っ込めばいいだろう。

 そして、ようやく私の間合いにセシリアが入った!

 私は笑みを浮かべる。

 セシリアも先ほどと同じように笑みを浮かべていた。

 私はその笑みを素人に懐に入られたことからの焦りを隠すためだと思った。

 

「ねえ、知っていまして?」

 

 そのセシリアが聞いてきた。

 私はもう止まれない! このまま斬る!

 

「ブルー・ティアーズは四機ではなくて、六機あるってことを!」

「!!」

 

 私が気づいたときにはもう遅かった。そして、私は未熟すぎた。

 セシリアのスカートのように広がっていたアーマーの一部が取れ、その本当の姿を見せた。ミサイルを搭載したファンネルだった。

 それが一瞬で私のほうを向き、ミサイルを発射したのだ。

 私はそれを真正面から食らった。

 爆発と光が私を襲う。

 本来ならば私の勝ちはここで決まっていたはずだった。

 なにせそのミサイルは先ほどまでは私のほうを向いていなかったため、こちらに向けられ発射されるまでには一瞬とはいえ、時間があり、その一瞬と私の斬りの速さを比べれば、余裕で私のほうが速かったからだ。

 しかし、未熟が故に動揺してしまい、勝ちを逃すどころか逆に反撃を食らってしまった。

 私のバカ! なんであそこで!!

 わずかに残ったシールドエネルギーを確認して、自分に怒りを向ける。

 どんなに強くなろうが精神がまだ未熟であれば、ああいうところで動揺して判断を誤ってしまう。

 ならば精神を強くしなければ。

 そう思ってこの試合ではまだ発動していなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)生徒会長モードを発動した(・・・・・・・・・・・・)

 その瞬間、私の、負けてしまう、痛い、どうしよう、なんで私は……などという心の動揺は一瞬にして消え去り、ただ相手を倒すだけのことしか心にはなかった。そして生徒会長モードの私はそのために何をすればいいのかを冷静に考えた。

 そのときの私はまさに機械、コンピュータという言葉がふさわしいものであったろう。

 

「ふふ、あなたのシールドエネルギーもあとわずか。大人しく的になってくださいな」

「あはは、それは遠慮するわ。なんで私の勝ちであるはずなのにただの的にならなきゃならないのかしら?」

「あなたの勝ち? 圧倒的な差があるのですのよ? 実力だけでなくエネルギーにも」

「知っているわ。でもそれは私が本調子じゃなかったからよ。けど、もう違う。私はISに慣れた。これで調子が戻った」

 

 その証拠として話している途中だというのに背後からファンネルに不意打ちをされたというのに、それを体を傾けるだけで回避した。それは最小限の動きで先ほどまでの動作の大きい回避ではなかった。

 ISのプロであるセシリアはその動作から先ほどよりも警戒を上げた。

 

「では、その自信が本当かどうか、見させてくださいな!」

 

 セシリアの攻撃は再び始まる。

 だが、先ほどとは違い、飛ぶということはせずにほとんどその場を動かずに回避した。掠ってもない。つまり完璧な回避だ。

 

「なっ!?」

 

 いきなりの私の変わりようにセシリアは驚愕せざるを得ない。

 だが、私にとっては普通のことだ。

 そもそもセシリアの射撃は避けやすいのだ。何せセシリアの射撃は正確な射撃だ。決してフェイントはなかった。つまり、必ず体のどこかにレーザーが来るのだ。だから後は銃口の向きを確認してどこにレーザーが来るのかを確認すればいい。

 ほら、こうして考えると普通だ。

 じゃあ、これ以上は防衛ばっかりじゃダメだし、そろそろ私のターンね。

 私は腰にブレードを構え、居合いの構えをした。

 まずは相手との距離を縮める。それは一瞬だ。

 そのための技術を私は習得している。

 私はその技術を使用するために脚に力を込めた。

 

「……『瞬動術』」

 

 私は小さく呟き、それとともに脚の力を解放した。その瞬間、私の脚の力によって地面が大きくクレーターを作り、私はセシリアに向かって飛んでいった。

 この瞬動術は縮地と呼ばれる、相手の死角に一瞬で入り込む技術だ。しかし、その距離はとても短く、約二メートルほどである。

 私とセシリアの距離は何十メートルと離れていて、しかも上空である。本来ならば無理だ。

 しかし、私が使った瞬動術は違う。

 私が使ったのはアニメや漫画などに登場する瞬動術だ。その瞬動術は脚に魔力や気と呼ばれる不思議的力で身体能力を強化して、一瞬で数十メートルという距離を詰める技術だ。

 私はそんな二次元のことをやったのだ。まあ、その瞬動術と違って、私の瞬動術は土台がしっかりしていないと床が壊れてしまい、失敗してしまうが。

 

「っ!! ま、まさか瞬時加速(イグニッション・ブースト)!?」

 

 イグニッション・ブーストとは専門用語とか使わずに言ってしまうと瞬動術だ。ただこちらはスラスターにエネルギーを溜めて加速するISの技術で、私のように生身の体だけで実行はできない技術だ。

 セシリアは驚きながらも正確に手に持つスターライトで撃ってきた。

 瞬動術は途中で曲がることができないという弱点があるので、それを避けることはできない。

 私は向かってくるレーザーを手に持つブレードで斬った。

 だが、もちろんのこと高出力レーザーなんてものをブレードで斬ったのだから、斬った得物は熔解して折れてしまった。

 セシリアはそれに笑みを浮かべる。

 得物を折れた私だが、私は冷静だった。だって私には直撃しなかったんだもん。

 

「それが折れてしまっては勝てませんわよ!!」

「あら? あなたもまだまだね」

 

 私はアサルトライフルの代わりに入れたもう一本のブレードを展開させた。

 

「!!」

 

 セシリアが驚愕に目を見開く。

 私はもうセシリアの目の前に来た。

 セシリアは先ほどのようにミサイルを搭載したファンネルを私に向けてきた。

 だが、遅い! こっちのほうが速い!

 

「私の必殺……『一閃』」

 

 一閃。

 この技は音速を超える速さで得物を振る技だ。これが私の必殺技で祖父のものよりも威力が高く、祖父のは音速を超えることができないので私のオリジナルと言ってもいい。

 セシリアにその音速を超える私の一撃が入った。そのときちょうどミサイルが放たれ、私の一撃が掠り爆発した。私とセシリアはミサイルの爆発に巻き込まれる。

 爆発による黒煙が晴れたあと、そこに残っていたのは私一人だった。セシリアはいない。

 私は残ったシールドエネルギーを確認する。

 私のシールドエネルギーは残り十とあとわずかだった。

 それを確認した後、すぐにセシリアを探した。

 いた。

 セシリアはアリーナの壁にめり込んでいた。

 これが『一閃』の威力だ。音速を超える一撃がセシリアを壁に叩きつけたのだ。人間にやれば真っ二つになっていた。

 私はすぐにブレードを構えなおす。

 

『試合終了。勝者、月山 詩織』

 

 と同時に私の勝利を知らせるアナウンスが流れた。



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第24話 私の願いがまた一歩

 どうやら私が勝ったようだ。

 やった! やった! 勝った! セシリアに勝った! セシリアに勝ったということはセシリアを自由にできる!

 私は勝ったことを喜んだ。

 もうすでに生徒会長モードは解除している。

 あっ喜ぶ前にセシリアは大丈夫なの?

 私の使った必殺技は本当に必殺技だ。ISを装着している上に絶対防御があるとはいえ、体には相当なダメージを負っているはずだ。実際私も掠ったり直撃を食らったりして、体中が痛い。服を脱いで生まれたままの姿になればそのダメージが目に見えるだろう。

 うう~私のきれいな体に傷がなんて……。

 自分大好きな私は自分の体に傷があるのは嫌だった。まあ、傷なんてものはすぐに治るけど。

 便利なことに私の体は身体能力が高いだけではなく、回復力も優れているのだ。前にちょっと大きな怪我をして全治一ヶ月をわずか一週間で治してしまった。

 おそらくはこれも明日、明後日には完全に治っているだろう。

 とにかく、私でこれだけの怪我をしたのだ。私の攻撃を受けたセシリアはどうなのか心配でたまらない。

 私はすぐにセシリアのもとへと飛んでいった。

 セシリアは大きく凹んだ壁を椅子にするかのようにして座って気絶していた。

 

「セシリア。セシリア」

 

 私はセシリアの両肩に手をやって揺さぶり、声を何度もかけた。

 脈は正常だし血も出ていないので死ぬことはないというのは確認済みだ。

 

「ん、んん…………」

 

 気絶していたセシリアの目がゆっくりと開く。

 

「なに、が……起きましたの?」

 

 私と視線が合ったセシリアがそう尋ねてくる。

 

「え、えっと、私の一撃をセシリアが食らったのよ」

「つまり、わたくしは……」

「……私が勝ったわ」

「そう、ですの」

 

 なんだか空気が重い。

 セシリアはプロで私は初心者。そのプロ相手に初心者が勝ってしまった。それも私のたった一撃で。プロであることに誇りを持っているセシリアにとっては屈辱的な敗北だろう。

 こんな空気になって当たり前だ。

 

「そんな顔をしないでくださいまし。この勝負に何も思っていないと言えば嘘ですが、あなたとの勝負は楽しかったですわよ」

 

 私が声をかけづらそうにしているとそれを察したセシリアがそう言ってくれた。

 

「……ありがとう」

 

 私の中でセシリアに対する好感度が高くなった。

 や、やばい! 私の中でセシリアに対する愛がやばい! なんだか今すぐ抱きしめたいって思ってる! いや、それどころかここでがばって襲っちゃいたいって……!

 私の鼓動はその思いに呼応するかのように大きくドクンドクンと鳴っていた。

 わ、私ってこんなに単純なの?

 そう自分に疑問を持たざるを得ない。

 何せ私は簪の本人にとって無意識の何気ない動作でドキッとして、勝手に好感度を上げる子だ。単純という言葉で表してもいいだろう。

 私は自分が単純だったということを理解し、高鳴る鼓動を落ち着かせる。

 

「体は……大丈夫かしら?」

 

 私の問いかけにセシリアは体を動かそうとする。

 

「っ!! い、いたっ」

 

 だが、動かした瞬間にセシリアが顔を歪めた。

 私はそれを見て申し訳なく思った。いくら勝つためとはいえ、ISだけでもなくセシリアの体にまでダメージが入ってしまった。

 私はこれ以上セシリアに無理をさせないためにすぐにセシリアの体に手をやる。

 

「動かなくていいわ。私が手を貸すわ」

「……その言葉に甘えさせてもらいますわ」

 

 セシリアは私を配慮してISを解除した。専用機であるセシリアのISは量子化によって鎧のような装備からアクセサリーへ変わった。

 

「ええ。任せてちょうだい」

 

 私は丁寧にセシリアを抱き上げた。できるだけセシリアに痛みを与えないように。

 

「えっ? ちょ、ちょっとお待ちください! こ、これは!!」

 

 セシリアが顔を真っ赤にしてそう言う。体は動かせないので抵抗はできなかった。

 セシリアが慌てるのは私がお姫様抱っこをしているからだ。

 あはは、可愛い反応♪ ちょっといじめたくなってきちゃった。

 でも、私はなんとか我慢する。ここはまだみんなの前だ。まだそんな関係ではないし、さすがに抵抗もできない状態でいじめちゃダメだろう。それに無理はできない。

 

「お、下ろしてくださいませ!!」

「ダメよ。このままで行くわ」

「で、ですが皆に見られたままというのは……」

 

 セシリアは顔を伏せて言う。

 

「我慢しなさい。今は恥ずかしさよりもあなたの怪我よ」

「うう……」

 

 セシリアは恥ずかしさのあまり声を漏らす。

 にしても、セシリアってきれいだな~。

 近くから見るとそれが余計に分かる。

 肌は白く髪は金髪で顔だって整っていて、美人に入る部類だ。体のほうはISスーツという水着のように体のラインが分かるようなエッチなスーツなので体の凹凸がよく分かる。胸は小さいわけではないが、巨乳というわけでもない。私と同じくらいの大きさで美乳というのが似合う胸だ。腰はほどよく引き締まっている。スタイルはまさにモデルと比べても遜色ない。

 まあ、それは私もなんだけどね! 自分で見てもセシリアと同じくらい、いや、それ以上だと自負している。それだけ私が可愛くて美しいのだ。

 おっと、今はセシリアだ。私は今はどうでもいい。

 こうしてセシリアの体を観察した私は次は感触を確かめた。

 セシリアの体はやわらかかった。だが、ただやわらかいわけではない。鍛えられた筋肉の硬さが混じったものだ。その混ざり合ったやわらかさが触り心地がいいのだ。私のも同じくらいだ。

 うん、やっぱりただやわらかいだけじゃダメだよね。ほどよい筋肉による硬さも必要だね。ん~早く私のものにしたいな。

 こうして初めてセシリアに接触できたことで私のセシリアへの想いが余計に高まってしまった。

 

「じゃあ、戻るわよ。もし痛むことがあったら言ってちょうだい」

「分かりましたわ」

 

 私はその気持ちを隠しつつ、平然とそう言った。

 私はセシリアの体を上手く動かさないようにしながらピットまで飛んでいった。

 セシリアは終始なにもしゃべらなかった。というよりも恥ずかしさでしゃべれなかったようだ。

 セシリアをピットまで運び、セシリアを椅子に座らせる。

 

「ありがとうございます」

「いいのよ。もともと私がそうさせちゃったんだから」

 

 私もISを解除する。ただし、私が使っているISは専用機ではなく、この学園の訓練機なのでセシリアのようにアクセサリーにはできない。ISの装備が場に残るのだ。

 私は乗り物から降りる感じでISを解除した。そして、使ったISを見る。

 うわ~やっぱりところどころボロボロじゃん。

 セシリアの攻撃を受けたISは試合前とは違い、なんだか新車から中古車のようになっていた。しかも破損だらけ。

 やっぱりちゃんと生徒会長モードにしとけばよかった。あのモードならばもっと冷静になれて動揺なんてしなかったのに。

 私が反省をしているとアナウンスがピット内に響いた。それは約二十分後にセシリアと一夏の試合をやるということを知らせるものだった。

 私はセシリアに向き直る。

 

「セシリア、あなたはその状態だけど大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫、ですわ」

 

 セシリアがそれを証明するために体を動かした。だが、セシリアは顔を歪めたりしたりして、誰がどう見ても大丈夫ではない。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 全然そうは見えないわよ! やっぱりゆっくり体を休めないと!」

「だ、大丈夫ですわ。内臓にも骨にも損傷はありませんから」

 

 そうは言うが私はセシリアが心配で堪らなかった。

 

「それよりも約束を果たしましょう」

「え? 約束?」

 

 私は何のことか分からなかった。

 

「あ、あんなことを約束したのに忘れましたの!? うぐっ」

 

 目を見開いてちょっと怒ったように言う。だが、すぐに痛みで顔を歪める。

 

「ちょ、ちょっと待って。すぐに思い出すから」

「はあ……わたくしが言いますわ」

 

 呆れた顔でそう言われた。

 

「勝ったほうが負けた側に何でも一つだけ言うことを聞かせることができるという約束ですわ」

「あっ!! そうだったわね……」

 

 そもそもこの勝負を受けた理由はこの約束をするためだったからだった。だから私はがんばったのだ。それを忘れていたなんて。

 

「なら今、それを言ってくださいな」

「え? 今?」

「ええ、今ですわ。試合全てが終わってからでもよかったのですけど、気になって次の試合に集中できませんから。わたくしの心の準備はできてますわ。さあ、どうぞ」

 

 セシリアはどんと構えていた。

 だが一方の私は試合が終わってから言うつもりだったので、こっちの心の準備ができていない。

 これって絶対に今言わないとダメなんだよね。つまり今すぐに心の準備をしないと。

 そう思って心の準備をするのだが、言おうとしていた内容を考えると鼓動が激しく鳴って緊張してきた。

 

「どうしましたの? 顔が真っ赤ですわよ」

「!! そ、そう?」

「ええ、真っ赤ですわ」

 

 セシリアが心配そうに私を見る。

 

「だ、大丈夫よ。言うから」

「本当は言わないでほしいですわ……」

 

 セシリアはさっきと変わっていやな顔をした。

 まあ、今から言うことはセシリアが絶対にやらなければならないことで、それを拒否することはできない。例えばセシリアに奴隷と私が言えばセシリアはそれを従わなければならない。それはプライドが高いセシリアには屈辱的なことだ。セシリアがそう思って当然だ。

 その反対に言う側である私はセシリアを自分の好きなようにできるという立場だ。屈辱的とかそういう感情はない。むしろやった! という感情しかない。

 

「セシリア」

 

 私はセシリアにそっと近づき、そうセシリアの名前を呟くように呼んだ。

 

「私が今から言うことは絶対よね?」

「……ええ、絶対ですわ」

 

 セシリアは嫌な顔をして言った。

 

「ふふ、そうよね。私がこれから言うことは絶対だからね」

「…………」

「そんな顔をしないで」

「……あなたは自分の運命を決められるようなことでも笑っていられますの?」

「それも……そうね。でも、さっきはそんなふうじゃなかったわよ」

 

 さっきはどんと来いという風な顔だった。けど今はそれはない。

 

「それはただの見栄、ですわ。ただその見栄もそのときになるとなくなってしまった。ただそれだけ」

 

 それはセシリアのプライドが砕け散ったかのように感じた。見栄はプライドの表れだから。

 

「じゃあ、言うわよ」

「ええ」

 

 私は大きく深呼吸をして自分を落ち着ける。

 しばらくすると完全ではないが落ち着いた。

 よし! 言おう! 私の願いを!

 

「セシリア、あなたは今から私の恋人になってもらうわ!」

 

 私は嫌な顔をしていたセシリアにそう言った。

 そう、私がさせようとしていた約束はセシリアを恋人にすることだ。すべてはこのためだけにセシリアたちの決闘に割り込んだ。セシリアを奴隷とかそういうことは全く考えなかった。だって私の目的はハーレムだもん。そういう上下関係なんて求めていない。恋人という対等な関係を求めている。

 まあ、拒否不可能なこの約束による恋人関係のどこが上下関係なく、平等な関係なのかという疑問が生じるが。そこは仕方ない。

 

「い、今なんと?」

 

 セシリアが先ほどの嫌々な顔から変わって引き攣った顔で聞いてきた。

 

「私の恋人になりなさいって言ったの」

「じょ、冗談ですわよね?」

「冗談じゃないわ。本気よ」

 

 こんなことを冗談では言わない。本気なのだ。

 

「あ、あなた、わたくしの性別を勘違いしていません? わたくしはあなたと同じ女性ですわよ?」

「知っているわ。あなたが女性だからそう言ったのよ」

「ど、どういうことですの?」

「本当は分かっているのでしょう?」

 

 私が異性ではない同性であるセシリアに恋人になってほしいと告白(?)したのだ。頭のいいセシリアならすでに分かっているはず。

 

「わ、分かりませんわ!!」

 

 だが、それを分かりたくないセシリアは声を上げてそう言った。

 

「なら教えてあげるわ」

 

 私はさらに近づく。そして、その頬に手をやった。

 セシリアは私の手が自分の顔に触れた瞬間にびくっとなる。

 

「ふふ、そんなにびくってしなくて別にまだ何もしないわよ」

 

 何かするのはちゃんとセシリアが私のことを好きになってくれてからだ。

 今のセシリアは私のことが好きではないのは知っている。きっと嫌いレベルだと理解している。それが簪よりも長い時間がかかると分かっている。

 私はセシリアからの愛を求めているのだ。欲を発散するための体との接触ではない。だからそのためだと思えば長い時間など我慢できるのだ。

 

「私はね、異性よりも同性のほうが好きなのよ。もちろんこの好きは友人に抱く好きじゃなくて異性に対して抱くほうの好き。反対に異性は嫌い。異性をそういう対象で見ることなんてできない」

「じゃあ、あのとき織斑 一夏のことを嫌いと言ったのは……」

「ええ、私が同性愛者だから。だから一夏が嫌いって言ったのよ。これで理解した?」

「理解は……しましたわ。そして、恋人になるというのは別に何も言いません」

 

 つまりそれはセシリアが私の恋人になることを承認したということ。

 私は自然と喜びの笑みをこぼした。

 ついに……ついにセシリアも私のものに! 私の夢がまた一歩!



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第25話 私の夢と我がまま

「……喜んでいるところ悪いですが、わたくしは決してあなたに対して好意を抱いていないということを理解してください」

 

 あれ? 表情に出ていた? そんなつもりはなかったんだけどな。

 私は自然と自分の顔に触れた。

 

「もちろん分かっているわ。でも、あなたは私の恋人になった。それだけでも私はうれしいの。それにあの一夏に取られることはなくなったしね」

「なぜ織斑 一夏が出るんですの?」

「ねえ、セシリア。あなたから見て一夏はかっこいい?」

「え? ええ、まあ、正直に言えばかっこいいとは思いますわ」

 

 セシリアはなぜ聞くのかと疑問の表情を浮かべながらそう言った。

 

「私も一夏のことはかっこいいと思う」

「……先ほど異性が嫌いだと言ったあなたが?」

「ええ、同性が好きでもそういう感性はしっかりとしているわ」

 

 どんなに異性が嫌いでもかっこいい人はかっこいいと思う。そういうのはちゃんとしている。ただ異性をそういう対象では見ることができなくて、前世が男だったのでそういう感情は抱かなかっただけだ。

 

「一夏は私でもそう思う相手なの。もし私が同性愛者ではなく、普通の女の子だったら好きになってしまうくらいね」

 

 うっ、例として言ったけどやっぱり無理。気分が悪くなってきた。

 それをなんとか内に隠す。

 

「それにどうも一夏はただかっこいいだけじゃなくて、女の子からもてやすいみたい。だからあなたも一夏に取られるんじゃないかと思って……」

「それはありえませんわ! わたくしがあのような男のことを好きになるなど!」

 

 セシリアがそれは絶対にないと言う。

 だが、私はそうなると思うのだ。私の人生の勘がそう告げる。

 

「いえ、絶対にセシリアは一夏のことを好きになるに決まっているわ」

「ちょっとどういうことですの?」

「だって、セシリアは一夏のことあまりよく思ってないでしょ?」

「え、ええ、まあ」

「それにあなたはもうすぐで一夏と戦うことになる」

「それが?」

「昔から『今日の敵は明日の友』なんて言うでしょ? それと同じで一夏をあまりよく思っていないセシリアが一夏と戦って何かを感じて好きになるなんてありえるわ!」

 

 何せ嫌いと好きはある意味で同じなのだ。反対ではない。何かのきっかけで嫌いが好きに変わるのだ。

 

「あ、ありえませんわ!! うっ!」

 

 顔を真っ赤にしてセシリアが否定する。しかし痛みが走ったようだ。

 

「いえ、ありえる。そう思うと一夏とセシリアが戦う前に言うことができてよかったわ。もしセシリアまで一夏のことが好きになったらあきらめなくちゃダメだったから」

 

 これは先に言ってくれと言ったセシリアに感謝だ。うん、本当に。

 これでセシリアまで奪われたら一夏に奪われたのは二人目になったということで、うん、絶対に一夏に危ないことをやっていただろう。だが、それももう終わりだ。箒はダメだったが、私が気になっていたほかの二人である簪とセシリアを手に入れることができた。つまり、一夏との接触の多い一学年で私が気になっている子はほかにはもういないので、一夏に再び取られる心配はないということだ。

 二人も手に入れただけでも十分だ。私はもう満足だ。

 

「ちょっと待ってください。先ほど、わたくし『まで』と言いましたわよね?」

「ん? そうだけど」

「それは……ほかにどういうことですの?」

「な、何が?」

「『まで』と言ったことですわ! それはつまりわたくし以外にも、そ、その気になる人がいるということじゃありませんの?」

「そうだけど?」

「そ、そうだけどって……。あなた、自分が言っていることが分かっていますの!?」

 

 セシリアは体を上手く動かさずに言った。

 

「分かっているけど……あっ、も、もしかして嫉妬なの?」

「違いますわ!! うっ」

 

 むう……嫉妬じゃないんだ……。

 ちょっとがっかり。

 

「わたくしはあなたがわたくしに恋人になってほしいと言ったのは、そのもう一人の誰かにふられたから選んだのかと聞いているんです!!」

「違うよ。そんなことないよ」

「ならどういう意味ですの?」

 

 そこで思い出す。ああ、そういえばセシリアには私の夢を言っていなかったね。

 

「私ね、夢があるのよ」

「夢? いきなりなんですの? わたくしが聞いているのはあなたの夢ではありませんわよ」

「分かっているわ。でも、ちゃんと最後まで聞いて。これが関係があるんだから」

「関係が?」

 

 セシリアの顔を見ても怪しんでいる顔だ。

 まあ、そうだろうね。だって私の夢を知らなかったら、ほかに気になる人がいるのにセシリアを選ぶということと関係なんて分からないからね。

 

「私の夢はね、好きな女の子に囲まれて暮らすことなの」

「それは……ハーレムというもの、ですの?」

「そう、ハーレム。だからね、もう一人いるのはそういうことなの。分かってくれた?」

「……分かりませんわ。だってそれは浮気をしているようなものではないのですの?」

「まあ、そうだね。そうとも言える」

 

 私もそれは分かっている。そう思われるということも。

 人は同じではない。皆それぞれに考えがあるのだ。私が好きになって私を好きになってくれた子が全員私のハーレムを受け入れてくれるわけではないということちゃんと理解している。

 簪はハーレムを良しとしてくれたが、セシリアはハーレムを良しとしないのだ。

 それは仕方ない。

 

「わたくしは先ほどあなたのことを好きではないとはいえ、恋人という関係になりましたわ。そのことにわたくしは何もいいません。負けたわたくしが悪いのですから。ですが! 我慢ならないことがありますわ! それはそのハーレムというものですわ!」

「……あきらめないとダメ?」

「ええ。そうしてもらいたいですわ。あなただって浮気されるのは嫌でしょ? 好きではないとはいえ、恋人なのですからほかの方といちゃつかれると気分が悪くなりますわ」

 

 セシリアの言葉は正論だ。私だって簪がほかの子と仲良くしたり、妙にその距離が近かったら嫌な気分になっていたはずだろう。だから分かる。

 だが、それでも私はハーレムをあきらめることができない。私の人生は前世を思い出したときから変わってしまったのだ。そのせいで私はハーレムを作るために行動してきた。故にハーレムをあきらめるということは私の人生を否定することに繋がる。

 私に自分の人生のこれまでを否定する勇気はない。あるのは夢がなくなったことから生まれる虚無感である。

 私は自分が歩くべきレールを見失いたくはないのだ。

 

「うん、理解できる。できるけど無理なのよ。誰がどんなに言おうとハーレムをあきらめることなんてできない。これは私の我がままなんだけど、我慢してもらえない? お願い」

 

 セシリアはハーレムを許してくれない。私はハーレムを捨てられない。

 どちらも譲れない。

 だから私の我がままをなんとか納得してもらうために私はそう言って頭を下げた。

 

「あ、頭を下げないでくださいませ!」

「ごめん、無理。あなたが許してくれるまで」

「そ、それはわたくしに対する脅しですの!?」

「……そう言ってもいいわ。私はどうしてもこの夢をあきらめられないのよ」

 

 セシリアが嫌なことをして、強制的に認めさせる。

 それはとても卑怯なことだと理解している。だが、夢をあきらめることができない私は卑怯なことをするしかないのだ。

 

「そ、そんなことを言われても無理ですわ! 浮気されない恋人関係ならまだしも、浮気される恋人関係はやっぱりどうしても無理ですわ!」

 

 好きでもない相手と恋人関係になる。

 プライドの高いセシリアにとっては最大の譲歩なのだ。なのにハーレムという名の浮気という、まるで私がセシリアに不満があるかのような行為。いくら好きではない相手との恋人関係とはいえ、自分では私を満足させられていないと感じられるのは屈辱的なのだろう。

 

「お願い。ちゃんとセシリアのことも愛するから」

「!! そ、そういう問題ではありませんわ!」

 

 セシリアが顔を赤めて言う。

 

「そんなに夢があきらめられないならわたくしを恋人にするのをあきらめなさい!」

 

 セシリアが腕を組みそっぽ向いて言った。

 だが、その提案は当然ながらYESと簡単には答えることなどできない。

 

「いや! 絶対にセシリアをあきらめないわ」

 

 セシリアほどのきれいな子をあきらめたら絶対に後悔する。

 それに私はもうセシリアにメロメロなのだ。簪に抱いている気持ちと同じなのだ。だからあきらめるは私の失恋を意味するのだ。

 ああ、これが最初の頃だったら失恋じゃなかったのに。

 私はそう思う。

 

「私はセシリアを本気で愛しているの!」

 

 私は座っているセシリアの腰にしがみついた。もちろんセシリアの怪我を考慮して。

 私はとにかくセシリアのことを本気で思っているんだと伝える作戦にした。これも全てハーレムが浮気ではないということを示すためだ。

 

「い、いきなり何を……」

「好きなの。本当に好きなの」

「それは分かりましたから、離れてくださいまし!!」

「いや!」

「いやじゃありませんわ!」

「いや! 絶対にいや! 離れない!」

「あなたは子どもですの!? さっきから我がままばっかりじゃありませんの!」

 

 セシリアは腰に抱きつく私の腕をどうにかして解こうかとしていたが、男性よりも高い身体能力を持つ私と女性の身体能力ほどしか持たないセシリアでは、その勝負は付いていた。私の腕はびくともしない。

 

「セシリアが認めるまではこのまま」

「いやと言っているでしょう! わたくしはハーレムは認めませんわ!」

 

 私もセシリアも自分の主張を貫く。

 このままではずっと平行線だ。何も進まない。互いに互いのものをかけているから。

 私は夢を、セシリアはプライドを。

 

「道は二つですわ。わたくしをあきらめるか、ハーレムをあきらめるか、ですわ」

「どっちも無理! あなたもハーレムもあきらめられない」

「……っ」

 

 セシリアからは苛立ちが感じられる。

 

「言っておきますけどわたくしはあなたのことは好きではありませんわ! あなたことは嫌いですわ! ええ、嫌いですわ! そんなわたくしを置くのではなくもっと別の相手を選びなさい!」

「さっき言ったでしょ? あなたのこともあきらめないって」

「~~!」

 

 セシリアの苛立ちがさらに大きくなったのが感じられたが、私はこのまま自分の主張を貫くつもりだ。たとえここでセシリアに暴力を振られたとしてもだ。

 と、そのときセシリアと一夏の試合があと五分ほどで始まるということを知らせるアナウンスが流れた。

 

「……話はこの試合が終わってからですわ」

「……うん」

 

 さすがにセシリアをこのまま拘束はできない。

 私はゆっくりと腕を解いた。

 ああ、名残惜しい。セシリアのにおいと感触とぬくもりが離れるのはとても名残惜しかった。

 

「せ、セシリア」

「……なんですの?」

 

 ちょっと機嫌が悪いようだった。

 それに対して私はちょっと胸がズキッと痛んだ。

 やっぱり……好きな人に不機嫌そうにそう言われるのって痛いよ……。

 

「無理、しないでよ。あなたの体はボロボロなんだから」

「ええ、分かっていますわ」

「あと油断はしないでね」

「それは……わたくしをバカにしていますの?」

「ち、違うわ! そういうのじゃなくて惚れないでねという意味よ!」

「なっ!? 先ほどの言いましたけどわたくしは惚れませんわ!!」

 

 そう言うのだが相手は一夏だ。私から箒を奪った一夏なのだ。

 もう奪われたくないと思う私はどうしても不安になってしまう。

 

「なら、いいんだけど……」

 

 セシリアは椅子から立ち上がる。

 

「うっ……」

 

 だが、立つ途中で床に膝と手を付いた。

 

「セシリア!?」

 

 私はすぐにしゃがみ、セシリアの背中をさする。

 セシリアの顔を見るが、その額には脂汗を流していた。

 どうやら痛みによるもののようだ。

 私はその原因が私にあるということで、心がひどく痛んだ。いくら勝つためとはいえ、私は好きな人を傷つけてしまった。好きな人が苦しむ姿を私はこれ以上見たくなかった。

 私の視界がその罪悪感による涙でぼやけてくる。

 

「ごめん、ごめん、セシリア。私のせいで……」

「これは……わたくしが甘かったせいですわ。そのように涙を流さないでくださいませ。それにただちょっと痛んだだけですわ」

「うそ! ちょっとじゃないでしょ! 本当はひどく痛んでいるはずよ! 棄権すべきよ!」

「いえ、それは無理ですわ。そのようなことをすればオルコットの名に傷が付きますわ」

 

 セシリアはそう言って無理に立ち上がた。今度はちゃんと足で立つことができたのだが、顔は痛みで歪み左手で怪我をした腹を押さえ、もう片方の手を私の肩に手を置き支えとしていた。

 セシリアの顔は痛みでゆがんでいるが、それでもその顔には誇り高きセシリア・オルコットの姿が確かにあった。

 私にもうこれ以上行くなとは言うことはできない。

 

「……行くつもりなのね」

「ええ、行きますわ」

「……がんばって」

 

 それだけ。私が言えるのはもうそれだけだ。

 私はセシリアの意見を尊重しよう。

 だから私は、

 

「セシリア、こっち向いて」

「ん? なんですの?」

「……ちゅ」

「!!」

 

 キスをした。ただし唇ではなく頬に。

 恋人関係となった今、唇にしてもよかったかもしれない。だがただ関係が恋人というだけであって、心からの恋人ではない。だから私は唇にはしなかった。

 私がセシリアの唇にするのはセシリアが私を好きになってくれたときだ。



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第26話 私のせいで……

「い、いきなりなんですの!?」

 

 セシリアはキスされた部分に手をやって、真っ赤な顔で言う。

 

「これは恋人としての行為よ。これからの試合のためにがんばってという意味と無理をしないでという意味と愛しているという意味を込めたキス。いやだった?」

「い、いやというわけではありませんわ。ただびっくりしただけですわ」

 

 その言葉のとおり、キスされたことを不快には思っていないようだ。

 私はうれしくなる。

 いろんなことがセシリアとあったが、私はどうやらセシリアにそこまで嫌われていないようだ。それにうれしく感じる。

 セシリアは顔を赤めたままISを展開させた。

 セシリアのIS、ブルー・ティアーズはまだ私との戦闘の跡が残っていた。だが、その損傷具合から見るに機動力には問題ないように見える。

 

「では、行ってきますわ」

「ええ、いってらっしゃい」

 

 私たちはそう言葉のやり取りをする。

 それを最後にセシリアはピットを飛び出た。

 私はその姿を両手を胸の前で握り締めて見送る。それはまるで戦場へ行く主人公を見送るヒロインかのように。

 見送った後、私はピット内に備え付けられたモニターを見る。

 モニターではセシリアと一夏が向かい合っていた。

 一夏は白いISを装着し手に持っているのは一本のブレードだった。一夏はブレードの先をセシリアに向けて構えていた。

 二人を見ていて私は疑問を持つ。

 あれ? なんでセシリアはファンネルを起動させているの?

 ファンネルがすでに起動していて、セシリアの周りを飛んでいた。

 セシリアと戦っていたときの話からするとファンネルを使うのは本気モードのはずだ。それは相手が強いと認めたときのもの。なのにそれを遠い昔に剣道をやっていた、今はド素人の一夏に対して使っている。

 私がなぜという疑問とともに生徒会長モードを使い、冷静に分析する。

 まだ……。まだ情報が少ない。まずは二人の戦いを見なければ……。

 私がまずしたことは情報収集だ。情報がなければ分析もできない。

 二人は対面したまま何かを話す。

 セシリアの仕草と一夏の顔から考えるに一夏に挑発でもしているようだ。

 そして、二人の戦いが始まる。

 まず仕掛けたのはセシリアだ。

 そこでまたセシリアはおかしな行動に出た。

 スターライトでの攻撃ではなく、ファンネルで攻撃したのだ。

 ファンネルが起動していたのは、相手を警戒させるためかもしれないという推測でまだ分かる。だが、スターライトでの攻撃ではなくファンネルでの攻撃は理解できなかった。

 セシリアが私のときに言った言葉が嘘という可能性があるが、私はその攻撃を受けた身だ。ファンネルを使うのが本気の本気だと理解している。セシリアが嘘を付いていた可能性はゼロだ。

 ならばなぜ?

 そう思っているとあることに気づく。

 ファンネルの動きが悪いのだ。

 ファンネルはぷかぷか浮いて攻撃というやり方なのだが、セシリアなら当てられるはずの一夏の動きを当てられないのだ。私と戦っていたセシリアならすでに何十発も当てていたはずだ。

 だがセシリアのファンネルが当てた数はわずか四発。

 あきらかに少ない。

 私はある結論に至る。

 やっぱりセシリアのお腹の怪我のせいだ! 怪我のせいで集中できないんだ!

 よくよく見るとセシリアの顔はうまく隠しているようだが、わずかに引き攣っていた。おそらくは相当痛いはずなのだ。それを我慢している。

 セシリアがスターライトではなく、ファンネルを使っているのは体を動かすことができないためだろう。

 実際、セシリアの手に持つスターライトはだらんと下を向いていた。どう見ても一夏の突発的な行動に対処できない構えだ。

 や、やばい! やばい! これって絶対にやばいって!

 ISを装着して割り込もうにも、ピットの出入り口は閉まっていて割り込むことはできない。ほかにも考えたがどうしても無理だ。

 私にできることはただこの戦いを見届けることしかできない。

 

「セシリア……」

 

 私は不安から名前を呟く。

 一夏は避けるのを止めてファンネルを破壊することに行動を移していた。

 結果、ファンネルは二つ破壊された。

 私が破壊できなかったファンネルを二つだ。

 だが、これは一夏だけの力ではない。セシリアが怪我をしていたということが大きな要因だ。でなければ、一夏はすでにボロボロになって負けていたはずだ。

 一夏は勝ちを確信したのか、セシリアに向かって突っ込んでいった。その際にもう二つのファンネルを破壊した。セシリアに残されたファンネルはゼロだ。しかもセシリアは体を動かすことができないので、スターライトによる攻撃もできない。つまり棒立ち状態のただの的なのだ。

 一夏のほうは動かないことをファンネルを破壊されたことによるショックだと認識したようだ。

 そして、一夏がセシリアに迫り、ブレードを振ろうとしたとき、セシリアが無理をした笑みを浮かべた。

 一夏はそれを見てやばいと感じ、回避行動を取ろうとするが間に合わない。

 セシリアはミサイルを搭載したファンネルを動かしミサイルを発射し、それが一夏に当たり爆発した。

 私はそれを見て、やったと思った。一夏はセシリアの攻撃を何発か食らった。そしてあんな至近距離からのミサイルを二発をまともに食らった。これは確実にセシリアの勝ちだ。

 と思っていたのだが、それは違った。

 煙が晴れたとき、そこにいたのはISの姿が変わった一夏だった。

 

「!? どういうこと? まさかこれが一次移行(ファーストシフト)!?」

 

 一次移行は知識とはして知っていたが見たのは初めてだった。

 しかし、まさか初期設定で今まで戦っていたとは……。

 初期設定とはその言葉通り、何もいじられていない状態のことだった。だからもちろんのこと自分にあった設定がされているわけではないのだ。一次移行というのは搭乗者に合わせた設定を行うことだ。つまり、扱いやすくなったということだ。

 それを見たセシリアもこれまでが初期設定だったことに驚いたようだ。

 

「あれが……一夏のIS。きれい……」

 

 そう単純にそう思った。きれいなその姿に見惚れた。

 私の鼓動は一回大きくドクンと鳴る。

 にしても、まさかこんな展開になるなんて……! さすがというべきか、一夏! あのままだったら絶対にセシリアが勝っていたのに!

 一夏に対する怒りが湧いてくる。

 一夏のほうも戸惑っていたがすぐに回復してまた突っ込んで行く。

 セシリアのミサイルを搭載したファンネルはすぐに新たなミサイルを装填し、発射しようとしたのだが、あきらかに一夏のブレードを振るほうが速かった。そのファンネルは発射せずに破壊された。

 もうセシリアを守るものはない。

 私もセシリアも、おそらく観客もセシリアの負けを思い浮かべた。

 一夏はエネルギー持った光を放つブレードを下から上への斬撃を放った。

 

「セシリア!!」

 

 声を上げる。

 それとともに勝敗を告げるブザーが鳴った。

 セシリアの負け。

 そう思った。だが違った。勝ったのはセシリアだった。

 

「え? なんで?」

 

 別に一夏が負けたのが悔しいからというわけではないが、どうしてあの状況からセシリアの負けなのかが気になったのだ。

 考えるが分からなかった。

 じっと見ていたが私の必殺技のように一瞬で斬撃を放ったわけではないようだし……。

 まあ、いい。とにかく今はセシリアだ。

 私はこちらへ戻ってくるセシリアを出迎えた。

 

「おつかれさま、セシリア」

「ええ」

 

 その顔にはやはり困惑が見える。やはりセシリアも先ほどの勝敗に納得できていないのだろう。

 

「セシリア、すぐに保健室へ行くわよ。あなた、試合の間ずっと痛かったんでしょう? 私と戦ったときよりもあなたの十八番である正確な射撃じゃなかったわよ」

「……気づいていましたのね」

「ええ、気づくわよ。これ以上無理をしないためにも保健室へ。嫌とは言わせないわ」

「分かりましたわ。でも……うっ」

「セシリア!?」

 

 セシリアがISを解除した瞬間、セシリアが体を崩した。

 私はその体が地面に倒れ落ちる前にその体を受け止めた。

 

「どうしたの!? しっかりして!」

「い、痛みの……せい、ですわ。すみませんが……このまま運んでくださいませ」

「分かったわ」

 

 セシリアは本当にもう限界のようで私の返事を聞いた後、ゆっくりと目を瞑って気絶した。セシリアの体の力は抜けて、まるで死人のようだった。私はセシリアをお姫様抱っこして保健室へと急いで向かった。

 保健室へ行くとちゃんとそこには先生がいた。

 

「先生! この子を!」

「どうしたの!?」

 

 先生はすぐさまセシリアの異常を感知して駆け寄ってきた。

 

「じ、実は――」

 

 私は先生にISでの戦いで怪我を負ったと簡単な説明をした。

 説明を聞いた先生は私にセシリアをベッドの上に運ぶように言った。私はその言葉に従い、セシリアをベッドの上に寝かせる。

 寝かせた後、私はベッドの傍で膝立ちになる。

 今はセシリアの傍にいたかった。

 しばらくすると先生が来る。その手にはなぜかはさみがあった。先生はそのはさみでいきなりセシリアが着ていたISスーツを切り始めた。

 

「先生、何を!?」

 

 いきなりの先生の行動に声を上げる。

 大きな声では言えないがセシリアは私の恋人である。他人がその恋人の服を切り、その肌を見ることを私は許せないのだ。

 先生は私の言葉を無視し、どんどん切る。しばらくしてそのはさみの動きは止まる。

 ISスーツを見ればセシリアのお腹の部分のスーツがきれいに切り取られていた。セシリアのお腹の部分が丸見えだ。

 そのお腹の部分を見たとき、私は驚愕する。

 

「!!」

「これは……ひどいわね」

 

 セシリアのお腹は痛々しいほど紫に染まっていた。誰がどう見ても重傷だと思うほどに。

 それを見るとどうしても涙で視界がぼやける。

 

「ごめん! ごめん、セシリア!」

 

 私はベッドの傍で泣いて謝った。

 先生はセシリアの治療のために保健室の棚を探り、包帯や薬などを持ってくる。

 

「そこをどいてちょうだい。今からその子の手当てをするわ」

 

 先生が私の肩に手をやって、そう言った。

 私は目元を擦り泣きながら、そこを動いた。

 先生は着ている白衣から何かの機器を取り出し、操作しそれをセシリアに向けた。機器からは光線が出て、セシリアの体を何度も通り過ぎる。そして、ピーという音がなって光線は消えた。

 先生は機器にあるディスプレイを見る。

 どうやらその機器は医療関係の機械らしい。これで調べればレントゲンのように体の内部を調べることができるようだ。前世ではなかったものだ。

 

「う~ん、内臓や骨には問題ないわね。えっと、この子――」

「セシリア。セシリア・オルコットです」

「ありがとう。オルコットさんのこの怪我は打撲ね」

 

 先生はディスプレイを見て、そう言った。

 よ、よかった。すごく痛がるし気絶までしたからもっと問題があるかと思った。

 

「オルコットさんは相当痛がっていたと聞いたけど、それは一時的なものよ。明日には今日よりも痛みは軽減されているはずよ」

 

 先生はそう説明した後、セシリアの手当てを始める。

 しばらく待っているとセシリアの胴は包帯でぐるぐるに巻かれた。そのあとは薬の入った注射をされる。

 

「それは?」

「鎮痛剤よ。これで痛みを軽減するの」

「ありがとうございます」

「いいのよ」

 

 先生はにこりと笑う。

 親切な先生だ。

 私は保健室の先生に対する評価を上げた。

 

「さて、あとは安静にすることね。あなた、まだ試合の続きがあるんでしょう。行きなさい」

「はい! あ、あの、セシリアは?」

「オルコットさん次第ね。試合が終わったら一度来てちょうだい。もしかしたらあなたの手が必要になるかもしれないから」

「分かりました」

 

 私は最後にセシリアの顔を見た後、保健室に出た。

 結構な時間が経っていたので、あと五分ほどしか余裕がない。

 だが、心の中にはセシリアがそう大きな怪我ではないことへの安堵が大きく占めていた。

 よかった! よかった! セシリアが大きな怪我じゃなくてよかった!

 喜びでいっぱいの今の私に勝てない相手などいない。そのくらいの自信が溢れていた。まあ、相手は一夏だ。負けることはないだろう。

 ピットに着くと私はISの後ろから軽くひょいっと飛び越えて、そのままISを装着した。

 

「次は一夏をボロボロにする番。簪、楽しみに待っていてね」

 

 私は手に持ったブレードに力を込めた。

 セシリアがもう大丈夫と知って安堵した私は、簪のお願いに集中できる。それに今度は最初から生徒会長モードで全力で行くつもりだ。これの意味するところは一夏の攻撃をほとんど食らわずに一夏をボロボロにして身体だけではなく、精神的にもボロボロにしようと思ってのことだ。

 きっと簪も満足してくれるよね。

 まだ戦ってもいないのに私の頭の中ではすでに私の勝利したヴィジョンしかなかった。

 だって一夏と戦って負ける要素なんてないもん。

 先ほどのセシリアとの試合を見たが、ほとんど私と同じくらいしかISを動かしていないにも関わらず、私のほうが動きはよかった。それに生身の状態で戦っても私のほうが強い。それは近距離武器であるブレードしか持っていない私たちにとっては、生身の状態での戦闘能力がほぼそのままイコールになると言っていい。なので私が負けるというヴィジョンはないのだ。

 自分の勝ちを確信したまま私は一夏が待っているアリーナへ飛び立った。



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第27話 私とライバルとの戦い

「待たせたわね」

「いや、そんなに待っていないぜ」

 

 まるで恋人同士のデートの待ち合わせのやり取りをする。

 まあ、私としては一夏とデートなんて不快でしかないのだけど。

 私はそんなことを考えながら生徒会長モードに切り替えて、ブレードを構えた。

 

「!!」

「あら、びくっと震えちゃってどうかしたの?」

 

 なぜか分からないが一夏は体を震わせた。

 

「い、いや、本当に月山さんは強いんだなって思って……」

「? まだ戦ってないんだけど? ああ、さっきの試合を見たんだったわね」

「いや、そうじゃなくてこうして対面して雰囲気が強い人のものだったからそう思ったんだ」

「へえ、分かるのね」

 

 やっぱり千冬さんの弟だからだろうか、まさか雰囲気を感じ取るとは。少々驚きである。

 こういうのはプロとプロの戦いでしか分かりえないものであるが、一夏の感じ取ったのはそれであろうか? それとも動物の勘?

 私の中で一夏の評価を上げるが、もちろん一夏の戦闘能力への評価が上がったわけではない。

 確かに雰囲気を感じ取ったのはすごい。

 だが、だからといって一夏の戦闘能力が私の脅威になりえることなどないのである。

 例え一夏に千冬さんと同じように剣の才能があろうと、どうやら一夏は幼い頃には確かに剣術を習っていたようだが、今現在はやっていなくて、昔はあった剣の腕などきっと錆びついているに違いない。

 錆びた剣と、女の子たちを守るためにとずっと磨いてきた剣、どちらが強いかと問われれば、もちろん後者であるのは間違いない。

 つまり、一夏など脅威ではないのだ。

 

「いや、たまたまだ。セシリアのときは分からなかったからな」

 

 多分それはセシリアが銃であって、私が剣だからだろう。専門分野が違うということがそれを分からせなかったのかもしれない。

 まあ、私ほどの実力者であるならば、分野が違っても相手の力量を把握することができる。

 よれよりも、

 

「あなた、なぜセシリアを名前で呼んでいるの?」

 

 私は一夏が勝手に人の恋人の名前を呼ぶことに怒りを覚えた。

 私が見ていた間ではセシリアが一夏に名前を呼ぶことを許しているところを見た覚えがない。私が見ていないところで……とも考えられるのだが、それはないと思う。それは先ほどの試合で分かった。

 ならば一夏が名前で呼んでいるのは一夏の独断である可能性が高い。もしかしたら一夏はセシリアが好きな可能性がある。だとしたら名前で呼ぶのはセシリアが好き、ないしは気になっているという可能性がある。

 ふふ、だけど残念だね。もうセシリアは私のもの! 一夏がセシリアのことを気になっていてもセシリアを恋人にすることはできない! ……まあ、セシリアはまだ私のこと好きになっていないけど。

 だけど、私は一夏の返答に驚かされた。

 

「ん? なんでって言われても……なんでだろうな。気づいたらいつも名前で呼んでいたんだ」

 

 なんとこの男、どんな相手でも名前で呼ぶというのだ。

 そ、そういえば一夏は最初私を呼ぶときに名前で呼ぼうとしていた。おそらくそれに嘘はない。本当のことだろう。

 

「……そう」

「何か悪かったか?」

「悪いと言えば悪いわね」

 

 悪いのだが一夏は大丈夫だと思う。だってかっこいいもん。それにその容姿にかっこつけてナンパしたりしないしね。とにかく一夏は他人を名前で呼んでも問題ないと考えている。むしろ、女の子たちは一夏に名前で呼ばれてうれしいと思っているはずだし。

 まあ、私はそんなことはありませんけど! むしろ鳥肌が!

 

「けどまあ、あなたは気にしなくていいわ」

 

 直せと思ったけど、一夏はかっこいいので、許すことにした。結局顔なのか! 顔なのか! である。

 

「さあ、試合よ。さっきはセシリアが相手だったから一週間の成果がでなかったでしょ? でも、今は同じ接近戦同士。その成果も出せるわ」

 

 もちろん私は銃が相手でも先ほどのように勝つことができるが。

 あっ、もちろん先ほどのようなギリギリの勝利ではない。今度は優雅に勝ってみせる!

 

「ああ、さっきは出せなかったな。慣れていなかったということもあるしな。この戦いなら出せそうだ」

 

 一夏はブレードを構えてにやりと笑った。

 どうやら一夏はセシリアとの試合は満足できなかったようだ。それは別にセシリアとの試合に満足できなかったというわけではない。一夏はセシリアとの試合ではちゃんと本気で戦えたことに満足した。なのに満足できなかったという矛盾。ただそれはいくつかある満足のうちで、一夏が望む満足ではなかったというだけだ。

 一夏が求めていたのは剣と剣のぶつかり合い。心の奥底ではそれを求めていた。それが分かる。

 私も剣士である。それは分かる。

 ということで、一夏には剣と剣のぶつかり合いをさせてあげよう。つまり、手加減をするということ。そして、一夏が勝利を目前としたときに本気を出して、実力の差を見せつけてやりましょう。

 こうすることで精神も肉体もボロボロにするのだ。

 

「では、始めましょうか」

「ああ!」

 

 私たちはスラスターを噴かしてぶつかり合った。互いのブレードとブレードがぶつかり、火花が散る。

 ふむ、力の強さはまあまあかな。

 私は一夏との力の差を確認する。予想範囲内の力の強さだった。

 私はすぐに後ろに下がり、また接近する一夏に右下から左上へと切り上げた。

 一夏はそれをブレードで受ける。

 

「ぐっ」

 

 私の攻撃を受け止めた一夏はその攻撃の重さに声を漏らす。

 一応、手加減をしているのですが、その力は少々ムキムキの男性ほどの力である。少々細い一夏では、受け止めるのは難しい。

 でも、これでは終わらないよ!

 私は次々に攻撃を放つ。

 一方で一夏は反撃もできずに、防御に徹することしかできなかった。

 

「ふふ、一夏。余裕がないわね」

「くっ、逆にそっちは、うおっ! なんで余裕があるんだよ!」

「体力には自信があるの」

「いや、体力って問題じゃないだろう!」

 

 私の体力は本当に身体能力と同じく人間離れしている。どのくらいかと言えば四百メートルを全力で何往復しても息切れしないくらい。うん、本当に女の子が持つ体力ではない。まあ、おかげで強くなれたんだと考えればいいか。

 一夏は私の攻撃を受けて防ぎつつ、私に反撃しようとしてきた。

 おや。さっきまではただ防御するのにいっぱいだったのに。

 私はその反撃に攻撃を合わせる。

 力と力がぶつかり私のブレードは弾かれず、一夏のブレードだけが弾かれた。結果、私だけが完全に振り切る形となる。

 ふふ、私の力は成人男性よりも何倍も強いからね。互いに弾かれるとか、私だけが弾かれるなんてことはないんだよ! まあ、先ほど言ったようにムキムキの男性程度の力で戦っているけど。

 

「ぐっ」

 

 一夏のブレードが弾かれたため、懐ががら空きになる。私はその瞬間を見逃さずに体当たりをした。

 え? 切らないのかって? 切らないよ。切ったらシールドエネルギーが大きく削れちゃうから。

 私の目的は一夏をボロボロにしてやることである。先ほど言ったようにね。

 体当たりされた一夏は衝撃を受けて、後ろに下がる。

 まだまだ行くよ!

 そう思ってブレードを薙ぐ。

 

「っ!」

 

 だけど、どうやら一夏はそれをかわしてきた。

 ほう、ただやられるばかりではないということか。

 さらにまた攻撃を仕掛ける。

 それを一夏は次は受けて防御してきた。

 やっぱりこの戦いで成長しているのか。ふふふっ、いいね! 楽しい!

 私も剣の才能があって、すぐに今の実力になった。一夏も剣の才能があるのだろう。

 これは千冬さんの弟であることと関係あるかな? にしても一夏のスペックは高すぎかな。イケメンで剣の才能があるとか。

 まあ、そんな一夏相手だけど嫉妬するところなんてないけど! だって、私だって美少女だし、剣の才能あるし、勉強だってできるし!

 え? 一夏相手に嫉妬? まあ、私が狙っている女の子関係だったらありえるけど、それ以外ではあまり嫉妬するところはない。

 

「その程度?」

 

 一夏といい試合をさせて、勝てるという希望を持った瞬間に圧倒的な力の差というものを見せつけたいので、見下すように言う。

 この言葉に男である一夏は怒りを覚えたようで、こちらをきっと睨んでくる。

 ふふ、単純。一夏が熱血系でよかった。

 一夏はブレードを構えるとスラスターを勢いよく噴かせて、こちらへと突っ込んでくる。

 

「らああああぁぁぁぁっ!!」

 

 そう雄たけびを上げながら私にブレードを振ってきた。

 それに対して私もブレードを振るう。

 一夏の勢いのあるブレードと私の振るうだけのブレードがぶつかった瞬間、互いのエネルギーがぶつかり合い、その力は拮抗し合う。そして、もちろんのこと、打ち勝つのは私。

 手加減をずっとしている私である。負けそうだったらちょっと力を込めればいいだけだ。

 打ち負けた一夏は自身が込めたエネルギーの大きさもあって吹き飛ばされ、地面へと激突したのだった。私も多少は下がったが、これは物理学的なものであって、力負けとかそういうものが関係しているわけではない。うん、関係ない。

 地面に激突した一夏は小さく呻き声を上げながら、立ち上がる。

 ダメージはきっと大きいけど、半分も減ってはいないだろう。先ほどのは別に物理ダメージではなく、どちらかというと衝撃によるものが大きいから。あとは、地面にぶつかったときのダメージかな。

 一夏は荒い息をしながら再びブレードを構え直す。

 私はただ見下ろすだけ。きっと一夏にはその雰囲気もあって、自分よりも上の存在に見えているだろう。

 そのためか、一夏のやる気は先ほどよりもぐんと上がったように感じる。

 

「さあ、次はどうするの?」

「こうする!」

 

 私の問いかけに一夏は再びスラスターを噴かせて空を舞う。その速度は速く、私が使っている打鉄(うちがね)よりも速い。

 まあ、当たり前か。一夏の使っている白式(びゃくしき)は私が使っているような訓練機、いわゆる量産型ではなくて、個人のために作られた専用の機体。つまり、そのスペックはもちろんのこと私のよりも高い。速くて当たり前である。

 一夏はあちらこちら飛び回る。

 なるほどね。一夏は速度を生かして攻撃するつもりか。この速度だ。そのエネルギーは相当高い。ぶつかるだけでも相当な威力だ。

 私の予想通り、一夏は私の死角である真後ろから攻撃を仕掛けてきた。

 だが、ISのハイパーセンサーによる三六〇度の視界ではその死角からの不意打ちは無意味だ。

 まあ、視覚という意味での死角はないが、真後ろであるので確かに対処しにくい、通常ならば。

 一夏はブレードを振りかぶり、振り下ろしてくる。

 だが、

 

「なっ! 受け止めた!?」

 

 私は素早くブレードを持った腕を背に持っていき、一夏の攻撃を防いだ。振り向いていない。

 

「な、なんでその状態で受け止められるんだ!?」

 

 一夏のその疑問は分かる。体の構造上、この体勢では力は入りにくい。しかも片手。

 それはもちろん私も例外ではない。この体勢は確かに力が入りにくいのだ。

 だが、それは普通の人間である。私には化物クラスの力があるのだ。力が入りにくい状態であっても、負けるわけではない。

 一夏は驚きながらも後ろに下がった。

 私はゆっくりと振り向く。

 

「つ、月山さんはどういう筋力をしているんだ?」

「む、それはどういう意味かしら? 私が怪力女とでも言いたいのかしら?」

「い、いや、そんなつもりはないよ」

 

 全く失礼な。

 この力を私は利用していますが、それでも女ということもあり、思うところがあるんですよ、私。

 今でこそ私の好きな子を守れるということでこの筋力があって喜んでいたが、最初は自分が化け物ではないのかと思ったりして悩んでいたのだ。だからこうして他人にそのことを言われると自分が化け物と思われているのではないかと思ってしまい、怖くなるのだ。

 一夏に言われて表情にはもちろん出てはいないが、内心では結構ショックを受けていた。もしこれが好きな子からはっきりと化け物などと言われたらそのショックはもちろんのこと今の比ではない。

 私、恋人から拒絶されなければいいのだが。

 一夏は今度は私の真正面から。もちろん、ただ真っ直ぐ突っ込んでくる訳ではない。上下左右に動いて、攻撃のタイミングを察せない動きをしてきた。

 なるほど。その作戦はいいね。でも、やっぱりまだ鋭さが足りない。うん、足りない。私ならば、もっとスピードを出すよ。

 正直ファンネルくらいの鋭い、こうカクッカクッという動きが必要なのだ。それがあればもっとよかっただろう。一夏のはそのカクッとしたものがない。

 そして、一夏が近づくと、

 

「おおおおぉぉぉぉっ!」

 

 雄たけびを上げて一夏が私に攻撃を仕掛けてきた。

 簪とアニメを見て思うがなぜ攻撃するときっていつもこうやって声を上げるのだろうか。力を入れるためとか相手を威嚇するためとかなら分かる。だが、こうやって自分が攻撃するときに声を上げるのはどうだろうか。せっかくのこういういつくるか分からない攻撃や奇襲のときに声を上げては無駄になるではないか。その結果、ほら、声を上げたせいでいつ攻撃してくるか簡単に分かってしまった。

 私は少々落胆しながら、その攻撃を受け流した。

 受け流されたことで一夏はバランスを崩す。それは大きな隙ではあったが、ここで攻撃してしまうと一夏のシールドエネルギーが大きく削れてしまうので、我慢する。

 私はゆっくりと一夏に近づいた。

 

「本当に強いんだな」

「まあね。少なくともあなたに負けたりはしないわ」

「……痛いところをつくなあ」

「悔しかったらまた剣道を続けたほうがいいわよ。まだまだ色々と甘いみたいだしね」

 

 そう私が上から目線で一夏に助言をしてやる。これで剣道を続けてくれればいいのだけど。

 だって一夏は箒と恋人関係になる予定だ。一夏は箒に剣道のことについて教えてもらっているようだし、箒が一夏との接触を多くなる。これならば色々と仲良くなるためのフラグ的なものが立つだろうな。

 暢気にそんなことを考えていると突然一夏がブレードで攻撃してきた。

 近くにいたということもあり、ここから避けることは難しい。

 まあ、避けるのが難しいだけだから、ブレードで受け止めればいいだけだけど。

 

「残念」

「いや、それはどうかな?」

 

 一夏がにやりと笑った。

 

「え?」

 

 一夏がこの至近距離からいきなりスラスターを噴かせてきた。

 私の力が受け止めるだけの力のみということであり、スラスターという機械の力が加わり、私が打ち負けてしまった。

 しかも、そこから体当たりされた。

 

「うぐっ」

 

 私はその衝撃で体勢を崩すとともに肺の中の空気を吐き出す。

 

「せいっ!」

 

 一夏はその隙を見逃さずにブレードを振り、その攻撃は私のブレードに当たった。

 一夏の体当たりにより力が入っていなかったために私が持っていたブレードはいとも簡単に私の手から離れて空を舞った。



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第28話 私とライバルの終盤戦

「もらった!」

 

 私の手からブレードが離れたのを見逃さずに一夏が斬りかかってきた。

 まさか、このようなことになるとは。ちょっと油断したね。やっぱりまだISでの戦闘であることに慣れていないみたい。

 生徒会長モードは確かに冷静になるが、私自身の中身が変わるということではない。もちろんのこと、このような失態を犯すことだってある。

 でもね、武器がない(イコール)私の弱体化というわけじゃないんだよ。むしろ、私は無手のほうが強いんだよ。

 不思議なことではない。だって、私の身体能力や反射神経などは化物クラスなのだ。いくら剣術という力任せではない技術を習得しているとはいえ、化物クラスの私には本来必要ないものである。むしろ、技術などない素人、いや、獣のような戦い方で充分である。例え攻撃されても、その反射神経で、『見てから回避する』なんてこともできるのだ。だからいらない。

 まあ、全て回避できるというわけではないけど。

 故に私は笑みを浮かべる。私がブレードがないと何もできないと思った一夏にそれは違うよ、罠だよと告げるために。

 

「っ!」

 

 案の定、私の笑みに気づいた一夏だったが、そのままブレードを振った。

 ブレードが私に当たる寸前、私はちょっとだけ本気を出した。

 

「嘘だろ!?」

 

 本気を出した結果、一夏は目を見開いて驚いた。

 だって一夏の両手で持った勢いのある重いブレードを私が片手で、いや、たった二本の指で掴んで受け止めているのだから。

 

「ふふ、残念ね。その程度じゃ簡単に止められるわ」

「……本当にどうなっているんだ? さっきもだけどこっちは両手で向こうは指だろ? 絶対にありえないだろ」

 

 私は指に挟んだブレードを引き寄せた。

 

「うおっ」

 

 両手でしっかりと掴んでいたため、ブレードと一緒に一夏も引き寄せられた。

 もちろんこれは計算済み。私の目的は一夏から武器を取り上げることではない。攻撃するためだ。

 私はもう片方の手を拳にして、一夏の腹目掛けて殴った。もちろん軽く。

 

「ぐっ」

 

 一夏はうめき声を上げる。ダメージはそれほど大きくはないが、それでも充分な攻撃だろう。

 軽く殴ったにもかかわらずこうなのは、私に向かってくる力と一夏へ向かった力がぶつかった結果だ。

 一夏の体はくの字に曲がる。

 私は一夏の手を取ると合気道の要領で地面に向かって投げた。もちろん力はほとんど使っていない。だって合気道ですから。

 一夏は落ちる途中で体勢を立て直そうとしたが、初心者である一夏には無理で地面に叩きつけられた。まあ、途中で立て直そうとしたおかげか、そこまでダメージはないようだ。

 私はすばやく地面に降りると拳を構える。

 なぜ私が二本目のブレードを使わないのかだが、先ほどまではもっとブレードを使っていい試合をしたところで、拳のほうが強いと示そうと思ったけど、私の油断でブレードが飛ばされ、すでに拳で戦ったのでこのままで行くことにしたのだ。

 この場合の作戦はもう考えてある。一夏はブレードという近距離で、私は拳というブレードよりもさらに近い距離である超近距離だ。その私にやられるのは精神的にダメージを与えることができるはずだ。

 私が構えていると一夏が立ち上がりブレードを構えた。

 少々一夏のISに傷があるが、簪の言うボロボロにはまだ遠いかな。まだまだボロボロしよう。

 

「月山さんはブレードを取らないのか? 取るまでは攻撃はしないぜ」

「いえ、必要はないわ。しばらくは拳だけで戦わせてもらうわ」

「……随分と余裕だな」

「ええ、だって剣よりも素手のほうが得意なんだもの」

「嘘だろう!?」

「嘘じゃないわ。だから、一夏は遠慮なく来なさい。まさかとは思うけどこっちが拳だから自分もブレードを捨てるなんて言わないわよね?」

「い、言うわけないだろう!」

 

 絶対に捨てる気だったな。言ってよかった。

 

「これが私とあなたとの実力の差よ」

「……なんか悔しいな」

 

 一夏が小さく呟いた。それをISのハイパーセンサーが拾ったので、私に耳にまで届いた。

 

「私から行くわよ」

 

 私は足に力を込めて一気に解放した。瞬動術だ。

 私は一瞬で一夏のそばに移動する。私がいた場所大きく陥没し、土煙を上げた。

 

「!!」

 

 一夏が驚き、一瞬で一夏の前まで来た私に反応できていなかった。

 一夏が慌ててブレードを振るうが、もう遅い。私はすでに一夏の懐に潜り込んでおり、素人である一夏が防御したり避けることは不可能だ。

 懐に入ると私は一夏のブレードを振り切った腕を掴む。

 え? 何をするかって? もちろん攻撃である。

 ただし、私が攻撃するとシールドエネルギーが大幅に削れるので、殴る蹴るなどの攻撃はしない。私がするのは相手の力を利用する、柔術、または合気道などと呼ばれる武術の投げである。

 まあ、私ほどの力があれば、相手の力なんて関係なく投げられるのだが。

 私の体は脳が『相手を投げる』と決断したためか、ほぼ無意識に技を放っていた。

 意識なんてする必要ない。体がすべて覚えている。

 もちろん、すべてがこうであるわけではない。これはほぼ護身術であるからこのような状態なのだ。

 私も人の子である。恐怖で体が動かないことがあるかもしれない。だから、護身術だけは様々な型を他よりも多くやり、無意識でもお手本のように動くように体に覚えさせたのである。

 え? さっきもやった? うん、やったね。あれは自分の意思で意識的にやったやつだ。ちょっとだけ違う。

 私に投げられた一夏は大きな音を立ててアリーナの壁に穴を作りめり込んだ。

 や、やりすぎた? 投げる方向を調整したけど、こうなるとは思わなかった。

 じっと見ていると壁に反応があった。

 穴の中から一夏が這い出してきた。ブレードを片手に持ち、なんとか出てきたって感じだ。

 ダメージは受けたようだが、痛みを大きく感じるほどのダメージはないようだ。

 よかった。

 

「な、なんだ、今のは?」

「ただの投げよ」

「な、投げ?」

「あら? 知らないの?」

「知っている。さっきもやられた。ただ、いつの間に投げられたのか理解できなくて……」

 

 まあ、それほどの技術がないとね。護身術だから、反撃されたら意味がない。さっきとは違うのも当たり前。

 

「武器ってあると確かに有利だけど、武器である以上、懐に入られると弱いのよね」

「ぐっ」

 

 一夏は私の指摘に顔をしかめる。覚えがあるようだ。

 もちろん千冬お姉ちゃんや祖父レベルならば、懐に入られようが防いだだろうが。

 

「まだやれる? 私としてはもうちょっと本気を出したいのだけど」

 

 手加減するのと本気を出してやるのとでは、やっぱり後者のほうが気持ちがいい。

 

「あ、あれでまだ手加減していたのかよ……」

 

 一夏が小さく呟いた。もちろん私にはしっかりと聞こえていた。

 なんだか一夏の言葉には悔しさが篭っているようだった。

 やっぱり男の子って女の子に負けるの、悔しいんだよね。まあ、私も前世で男だったから分かる。

 別に見下しているというわけではないけど、やっぱり男性にとって、女性はか弱いものだという認識がある。そのため、このような力が関係あることで負けるのは悔しいものなのだ。

 

「それでやれるの?」

「もちろんだ! やってやるぜ!」

 

 一夏がにやりと笑った。

 どうやら一夏はこの戦いに興奮しているようだ。

 こいつ、戦闘狂? 思わずそう思う。

 

「なら、私もブレードを使わせてもらうわ」

「いいのか?」

「ええ。あなただって剣で戦い合うほうがいいでしょう? サービスというやつよ」

「ありがたいな」

「意外ね。私が不利になるようなことを許すなんて。てっきり何か言うかと思ったわ」

「そうだな。確かに言ってたかもな。だが、今回は甘えさせてもらうよ」

 

 ということで、許可を貰ったので地面に落ちている私のブレードを手に取る。

 と、その瞬間、一夏がいきなりスラスターを噴かせ、ブレードを振り上げて迫ってきた。

 一夏の間合いに私が入った瞬間、一夏はその振り上げたブレードを力を込めて振り下ろした。

 ふむ、中々いい剣筋だね。さっきよりもよくなっている。まっすぐしていて力強い。私のような達人級とはいかないけどそれなりには高いクラスのものだ。おそらくはこのまま剣道を続ければ、近い将来達人級にいけるはずだ。

 私はそんなことを思いながら一夏の攻撃を紙一重で避けた――はずだった。避けたはずなのに体の左側に衝撃が走った。それは一夏の攻撃が私に当たったということだ。

 な、なんで!?

 まさかのことに私は驚愕する。先ほどの油断していたときとは違って、避けられないものではない。私は確かに避けたはず。紙一重という絶妙な回避だった。なのに、結果は一夏の攻撃が当たってしまった。

 まさかこの私が目測を誤った? ありえない! そのような素人のミスを生徒会長モードの私がするはずがない! 生徒会長モードは心がどのようになろうが、冷静に正しい判断を出せるモードなんだから。故に生徒会長モードの私が『避けた』と判断すれば、その判断は正しくちゃんと避けているのだ。

 私はすぐさま何が起こったのかを確認する。そして、自分が何を装着しているのか(・・・・・・・・・・)を思い出した。

 私が装着しているのは、いまさらだが、インフィニットストラトスというパワードスーツだ。つまり、私は生身ではなくちょっと体が大きくなっている。その状態だというのにいつもの感覚で紙一重での回避なんてすれば当たって当たり前だ。

 一夏のブレードは私の肩のアーマーを破壊していた。それにシールドエネルギーの四分の一も削られた。

 私は一夏を蹴って距離を作った。

 軽く蹴られた一夏は軽く飛ばされる。

 

「へへ、やっと当たったな」

「……言っておくけど偶然よ」

「偶然でも一撃が当たったことは事実だ」

「まあ、そうね。それでいいわよ。でも言っておくけどこれ以上はその偶然は続かないわよ」

 

 先ほどは生身の感覚でやっていたが、もうそれはない。ちゃんとISのことを考えて行動するから。

 まさかこの私がアーマーのことを忘れるなんてね。油断したかな。

 

「じゃあ、次は私から行かせてもらうわ」

 

 打鉄の全速力で一夏へ接近する。

 一夏はすぐに構えて私の攻撃に備えた。

 私はブレードを薙いで、一夏に攻撃する。

 ちょっと本気で振ったので、その速度は速い。そのせいか、一夏は一瞬目を見開いて、ローリングして避けた。

 反撃が来るかなと思ったが、ISを動かしてちょっとだけの一夏には、ローリングした状態から攻撃というのはちょっと無理があったようで、バランスを崩して地面に激突した。

 ちなみに反撃されても、もちろんのこと対処することは可能である。何せ片手でブレードを振っただけである。もう片手が対処できる。

 一夏は少々恥ずかしそうにして、体勢を起こした。

 きっと一夏の中ではかっこよく避けるつもりだったのだろう。

 

「ふふ、情けないわね」

「う、うるせえ」

 

 さすがの一夏も恥ずかしかったようだ。

 一夏は剣を構える。それは話をこれ以上しないためかもしれない。

 さっそく私はもう一度攻撃を開始する。

 私の攻撃を一夏は避け続けた。

 もちろん一夏程度の技量ならば、私がちょっと工夫するだけで攻撃を当てることができる。例えば戦闘ならば当たり前のフェイントとか。

 一夏はやっぱりそういう所を想定していないのが甘い。それがよく分かる。

 

「くっ、お、重い!」

 

 一夏は私の攻撃を受け止めて防御する。避けたりもするが、どちらかというと受け止めるほうが多い。

 こういうところを見ると脳筋なんだなと思う。

 

「一夏って受け流せないの?」

 

 一旦一夏から離れてそう聞く。

 

「力に対して全て力で返そうとしているわ。そんなのじゃ、体力が持たないわよ」

「……俺、苦手なんだ」

「力もいいけど、技術は必要よ」

 

 力のみでいいのは私くらいだろうなあ。

 

「あなたにその技術を見せてあげるわ」

 

 というわけで一夏に攻撃させることにした。

 一夏は私に攻撃してくるが、私はそれを最小限の動きで避ける。または、一夏の攻撃をブレードで最小限の力で上手く受け流す。

 ちなみに力などは一夏とほぼ同じ程度にしてあるので、一夏にも可能な動きである。

 攻撃している一夏は私に攻撃が当たらないせいか、動きが速くなるが、雑なものとなっていた。

 

「なんで、当たらないんだよ!」

「技術の差と戦い方の差よ」

 

 一夏は先ほどからの戦闘を見て分かるようにフェイントを使っていない。おかげで簡単なのだ。避けるのも受け流すのも。

 一夏って素直すぎるかな。

 

「どう? これで技術の必要性が分かったかしら? 一夏のような戦い方もあるけど、それは技術あってのことよ。今のその戦い方では私に勝つ可能性はとても低いわ」

「くそっ、それって今の俺じゃあ勝てないってことか」

「その通り。まあ、そうよね。いくらISの性能の差があっても、使う人間が下手だったらその性能を発揮できないわ。本来ながら私が使っている量産型が専用機、しかも世代が違う機体に善戦なんてしないもの」

「くっ」

 

 一夏は悔しさに顔を歪めた。

 やっぱり男の子だから勝ちたいんだろうなあ。

 でも、勝たせない。そして、簡単には倒さない。ボロボロにしてからもっと屈辱を与えてから負かす。

 

「さあ、一夏。そろそろ試合も終盤よ。私の必殺技を見せてあげる」

「必殺技?」

「ええ。私とセシリアとの戦いの最後に使った技よ。見なかった?」

「見たぜ。何をしているのか全く分からなかった」

「ふふ、ならよかったわ。あなたに見せてあげるわ」

 

 もちろんいきなり当てて一瞬で終わらせたりなんかしない。当たらないように使って、ジワジワと攻撃しよう。

 そもそも当てたら冗談抜きでひどいこちになるからね。ボロボロにしたいのは間違いないけど、私だって悪魔とかじゃあない。一夏相手でも怪我はして欲しくないと思っている。



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第29話 私とライバルとの予想外

 一夏は剣を構え、その必殺技に耐えようとする。

 対して私は何も構えずにブレードをだらりと持つだけである。第三者からしてみれば、やる気のない姿である。

 だが、一夏はそんな私に対して何も不満を言うことはない。むしろ、その姿ではあるが、私が必殺技を披露すると言った時よりも警戒している。

 無防備に見える私だけど、一夏はセシリアの試合のときに見たからだろう。

 

「ごくり」

 

 構えたままの一夏が喉を鳴らす。

 私はそれに対してゆっくりと近づいた。

 ゆっくり近づいているが、この場合は一夏に相当なプレッシャーを与えているようだ。

 余裕に見えるその姿だからだろうか。

 そうしているうちに一夏との距離は私の間合いに入った。

 

「さあ、心して受けなさい」

 

 その言葉を聞いた一夏はより一層気を引き締めていた。

 

「……『一閃』」

 

 その瞬間、ブレードを持っていた私の腕は消え、そして、

 

「えっ?」

 

 一夏のそんな間の抜けた声を残して、一夏は私の目の前から一瞬にして消えた。

 直後、ドゴオオォォォンという轟音がアリーナに響き、アリーナの一箇所から土煙が上がる。

 土煙が晴れるとそこにはアリーナの壁にクレータを作り、四肢を投げ出してめり込む一夏がいた。

 一夏は痛みのせいか、呻いているが別に一夏の機体のシールドエネルギーが全損したわけではない。だって、私が当てたのは一夏のブレードだから。そのときの衝撃で一夏は吹き飛ばされたのだ。

 ただの人間が同じようにブレードを振ったならばここまで一夏が吹っ飛ばされることはなかっただろう。受け止めるや弾かれる程度であっただろう。

 だが、振ったのは人間の力を超えた私である。体に当たらなくても、このようになる。

 ただ、私の必殺技である『一閃』はその威力が高いため、人に対してやるのはセシリアが初めてで、一夏で二人目のため、一夏が怪我をしていないか不安である。

 え? なぜ一夏の心配するのかって? 私も一夏に死んでほしいとか思っているわけではない。もちろんのこと、心配くらいはする。

 

「う、ううっ、こ、これが……あのときの……」

 

 一夏はゆっくりと立ち上がった。

 

「どう? 私の必殺技を受けた感想は」

「……当たってたら負けてた」

 

 一夏は悔しそうにそう言った。

 にしても、今の一夏はボロボロではないだろうか? 痛みもあるようだし、負けそうだと言っているから精神的にもボロボロだと思う。

 これは簪が望んでいる姿ではないだろうか?

 でも、まだまだかもしれない。もうちょっとやろう。

 そう思って、ゆっくりと近づく。

 

「一夏、もう一度やってあげるわ。どう?」

 

 これは正当な行為であると見せ付けるためである。

 一方的にやるとただのいじめだ。あえて相手からの許可を貰うのだ。

 

「もちろんだ! 見切ってみせる!」

「ふふふ、頼もしいわね。じゃあ、続けてやるから見切って見せなさい!」

 

 そう言って再び『一閃』を放った。

 先ほどと同じ動きだ。

 だが、ISの機能を使って見えても、それを操るのは人間であって、その速さに慣れていない一夏にはそれに対応することはできなかった。

 ただ、すでに一夏が攻撃の内容を知っていてからの攻撃ということもあり、先ほどのようにアリーナの壁に激突することはなかった。どうやら後ろに下がって私の攻撃から逃れたようだ。

 野生の勘かな? それとも才能?

 どちらにせよ、見切ってはないが、避けることが出来たのだ。多少の賞賛はしよう。

 でも、何度も同じように避けることができるかな? やっぱり何度もできるようになってから、初めてまぐれなどではなく、できるようになったと言えるだろう。

 というわけで何度か繰り返す。

 たが、それは当たらない。というか、下がって回避している。多分、私の剣を見切ったわけではないけど、とりあえず下がっているのだろう。

 

「くっ、見切れねえ!」

「でも、発動のタイミングは分かってきたみたいね」

「あれだけ見ればな!」

「じゃあ、次はこの攻撃を掻い潜って私に攻撃しなさい」

 

 私は上から目線でにやりと笑って言った。

 

「ああ、やってやるぜ!!」

 

 一夏は今、攻撃をしないのをいいことに私に攻撃してきた。

 あ、危ない!

 私の避け方は周りから見るとあっさりと避けたように見えるけど、内心はびっくりしていた。

 全く! 話の途中での攻撃はダメだよ!

 さすがの私もびっくりである。

 

「ふふ、残念。せっかく攻撃したのに当たらなかったわね」

「だが、まだだ!」

 

 再び私の『一閃』を使った攻撃と一夏の回避のループがはじまる。

 だが、先ほどと違って、一夏は後ろに下がって回避するのではなく、横に移動して回避するようになった。つまり、私の攻撃を見切り始めているということだ。

 しかも、後ろに下がるのと違って、横に移動して回避しているので、私との距離が開くことはなく、あとは一夏の技量次第で、私へ反撃できるということだ。

 まだ一夏に反撃されていないのは私の技の出が速いからだ。そのため、一夏が反撃できないのだ。

 にしても、さっきからビービーうるさいな。損傷しているってのはもう分かっているって。そうずっとされたらむかつくだけだよ。

 私はさっきからなぜか鳴っている警報を消す。あと、機体のシルエットの表示も。

 よし、これでうるさい音も視界の邪魔物も消えた。

 だが、この選択は間違いだった。私は一夏をボロボロにすることに夢中でその間違いには気がつくことはなかった。

 うん、本当このときの私はバカだった。ちゃんと見ておけばあんなことには……。

 こほん、ともかく邪魔な表示と音を排除した私は再び攻撃を再開する。

 ちなみに一夏の様子だが、結構ボロボロだ。

 一応、大ダメージは与えないようにしているが、それでも小さなダメージが重なった結果だろう。

 と、私がボロボロぐあいを見ていると、

 

「ここだ!」

 

 一夏が叫び、私の視界から一夏の姿が消えた。

 え、どこ――

 

「があっ」

 

 私が女の子らしくない声を出すと共に認識したのは痛みと衝撃だった。

 すぐに何が起きたのか認識すると一夏が私に体当たりをしてきたということだった。

 い、いつの……間に? な、何をしたの?

 私はすぐに何をしたのか考える。

 まず、先ほどの一夏の距離は互いの間の外であった。私ならともかくほかの人間がここまで距離を詰めることなんて出来るはずがない。それこそ瞬動術か、瞬時加速(イグニッション・ブースト)しか……。

 !? まさか瞬時加速(イグニッション・ブースト)!? そんな馬鹿な!? だって一夏はISの初心者のはず!

 原理は知っていたとしても、すぐに使えるようなものではない。

 それを使ったとなるとこれは発想なのか、それとも原理は知っているだけで、いざやってみたらできたというやつなのか。一応、練習したという線も考えられるが、箒からISの練習はしていないと聞いているので、先ほどの二つのうちどちらかだ。

 ちなみに私はできない。

 え? なぜかって? 練習してないから。まあ、私が天才だということは否定しないよ。でも、私は最初からいきなりできるという天才ではなくて、練習をしてたらすぐに出来てしまう系の天才だ。つまり、成長が早い系である。

 ともかく、体当たりされた私は一夏の頭目掛けて、ブレードの柄で殴って一夏との距離を空けた。

 

「びっくりしたわ。まさか初心者のあなたが瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使うなんて」

「ああ。俺もまさか出来るとは思わなかったよ」

 

 なんとこいつ、原理は知っているだけで、いざやってみたらできたというやつらしい。

 くっ、なにそれ! まるでどこぞの主人公じゃない!

 いや、まあ、ハーレムを作っている私が言う言葉じゃないけどね。

 

「おかげで結構大きなダメージを食らったわ」

 

 何せ一瞬で距離を詰める技だ。それを攻撃として用いれば、そのダメージは当然のことながら大きい。

 予想以上のダメージである。

 まさか一夏に一撃入れられるとは思わなかった。一方的な蹂躙が崩れた瞬間である。

 とはいえ、それは一時的だ。すぐに攻撃すれば再び蹂躙が始まる。

 だけど、その蹂躙が始まる前に一夏が攻撃してきた。

 さて、これは試合なのだからもちろんのこと攻撃されて当たり前なのだが、一夏の瞬時加速(イグニッション・ブースト)を利用した攻撃は痛みを感じるほどだった。ちょっとムカつくくらいには痛かった。何が言いたいのかと言うと、一夏に攻撃したいということだ。つまり八つ当たり。

 だから、まずはこの攻撃を手で受け止めて、もう片方の手に持つブレード、または拳で一発攻撃しよう。

 そう思って、掌で受け止め、ブレードを掴む。

 もちろんのこと、ダメージが入るが、これからすることを考えてのサービスである。言わばダメージ交換。まあ、私のほうが威力高いけどね。

 私が一夏に向けて意地悪な笑みを浮かべようとしたとき、バキッという嫌な音が聞こえた、ブレードを受け止めた腕から。

 え? 何?

 そう思っていると次の瞬間には、受け止めた腕のISの装甲が粉々になった。

 ISは鎧のようなものだが、その装甲のすぐ下に腕があるわけではない。IS展開時は手を延長したかのようにISの腕が展開されるのだ。なので確かに装甲が粉々になったが、私の手まで切られるということはなかった。まあ、その前に絶対防御が発動するけどね。

 そのISの腕が粉々になり、私の本当の腕が見えた。そして、受け止めたはずの一夏のブレードは腕という先ほどまで私のブレードを使っていたものが壊れて止めるものがなくなり、私へ向かってまっすぐに向かってきた。私は残った腕でそれを二本指で掴んだ。

 あ、危なかった~! もう少しで――

 安心していたのも束の間、さっき聞いたばかりの何かにヒビが入った音と何かが砕ける音がみみに入った。それはまだ粉々になっていなかったはずの腕だ。それが受け止めたと同時に砕けたのだ。再び一夏のブレードが迫ってきた。

 素手で受け止めることは出来るのだが、動いた後なので、さすがの私もこの攻撃を受け止められない。つまり、体で受け止めるしかない。

 私は自分のシールドエネルギーを確認する。三割ほど残っていた。

 !? いつの間にこんなになっていたの!?

 色々と原因に思い当たるので、どれか分からない。今は原因はどうでもいい。それよりも一夏の攻撃で負ける可能性がここにきて大きくなったということだ。

 さすがの生徒会長モードでも負けの道しか考えられなかった。一夏のほうも勝ちを確信した顔だった。

 ……ごめん、簪。油断した……。

 心の中で簪に謝った。

 だが、ここで予想外の出来事が起こる。

 一夏のブレードが私に当たる僅かなというところで試合終了のブザーが鳴ったのだ!

 試合終了を知らせるということはどちらかのエネルギーがゼロになったということだ。

 私は自分の勝ちを知らせるブザーだと分かり、笑みを浮かべた。反対に一夏は自分の負けを知らせるブザーだと分かり、悔しそうに顔を歪めた。

 しかし、予想外の出来事というのはこれだけのことではない。このブザーがどういうわけか私の勝ちを知らせるものではなく、一夏の勝ちを知らせるものだったということだ。

 

『試合終了。月山 詩織の搭乗ISのダメージレベルが許容範囲を超えたため、勝者、織斑 一夏』

 

 アナウンスがそう告げた。

 

 

「「えっ?」」

 

 

 私と一夏は同時にそんな間の抜けた声を出した。



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第30話 私の憧れの人との会話

 私は負けたのを受け入れた。だって専用機と違ってこの訓練機は皆が使うということもあり、ある程度機体ダメージを受けるとその時点で負けが決定すると打鉄を借りるときに説明があったからだ。だからこの結果には納得でき受け入れることができた。

 でも、まさか……こんなにボロボロになるなんて……。

 私は装着している打鉄を見る。負けて当たり前かもしれない。

 打鉄はどこも無事がないというくらいヒビが入ったり、粉々に砕けたりとしていた。特に上半身部分はひどい。腕の装甲、肩部分はなくなっている。

 どう見ても無視できないダメージだ。

 反対に勝ったはずの一夏は何やら納得できないという顔をしている。おそらくはちゃんと自分の手で勝ちたかったのだろう。なにせセシリアと試合で、一夏はあと少しというところでシールドエネルギーがなくなり、負けたから。

 私はその納得できない顔をする一夏を見て、心の中で思う。そんな顔をしても私は全く本気で戦ったわけじゃないからね、と。

 ああ、でも、結果として負けちゃったんだ……。なんだか簪のところへ帰るのが嫌だな。

 簪のお願いは一夏をボロボロにして勝つだったはず。けれど私は一夏をボロボロにはしたが、一夏には勝てなかった。だから、簪がこの結果を見て失望されるのではと思って帰るのが躊躇われるのだ。

 ひ、ひとまずはセシリアのところへ!

 簪と会う心の準備ができなかった私はセシリアに会いに行くことに決めた。私はすぐに自分のピットへと戻った。そして、驚いた。だって、人がいたから。それも私たちの担任でISを目指すものたちの憧れの人である千冬さんが!

 私はすぐにISを解除した。そして、千冬さんのもとへ。

 

「ちふ――織斑先生、どうしてこちらに? 一夏のピットに行かなくていいのですか?」

 

 私は直立して千冬さんに聞いた。千冬さんは一夏の姉だ。表面では教師としているが、内心ではきっと家族である一夏を想っているはずだ。ゆえにあんなふうになった一夏を心配で堪らないはずだ。なのにここに来た。それに疑問を持った。

 

「ああ、今はな。それよりもお前だ」

「私、ですか?」

 

 ここに来たのだから私に用があるはずなのだが、改めて千冬さんの口から私に用があると言われるとちょっと思うところがある。

 

「そうだ。だが、話をする前に……そうだな。……ふっ!」

 

 千冬さんがいきなり私に向かって殴ってきた。

 え? なんで!? なんで千冬さんが私に!? た、確かに一夏にひどいことをしたって自覚はあるけど、でも、これは!!

 頭の中では混乱している上に生徒会長モードではないので、体は動かないかと思われたが、祖父に不意打ちなどされていたおかげか私の体は勝手に動き、千冬さんの拳を軽く弾いて逸らして、千冬さんの懐の入り込みもう片方の腕を使い、肘打ちをその腹に向けて打ち込んだ。

 だが、その肘打ちは千冬さんのもう片方の手によって受け止められた。

 

「!!」

 

 まさか受け止められるとは思わなかった。

 

「……ほう、中々いい威力だ」

 

 受け止めた千冬さんは愉快そうにそう言った。

 って、私は何をしているの!? いくら攻撃をされたからって反撃までしちゃうなんて!!

 私は自分の今の行動を思い出し、後ろへ跳んだ。

 

「す、すみません!」

 

 私は体を九十度に曲げて謝った。

 や、やばい……。これって人生的な意味でもやばい!

 生徒が先生を殴った。これは大問題だ。しかも相手は世界的にも有名な千冬さん。処置としては暴行行為により退学だろうが、おそらくは噂などで私が千冬さんを殴ったということが世界中に知れ渡るはずだ。そして、周りの人たちから変な目で見られるんだ。そういう意味で人生的にやばい。

 私はなんてことをしたのだろう……。これじゃもう……。

 私の中には後悔しかない。そう絶望していると、

 

「謝らなくていい。これは私が先にやったんだ。謝るならば私のほうだ。いきなり殴ってすまなかった」

「い、いえ!」

 

 憧れの千冬さんが私に対して謝る必要なんてない。

 

「じゃあ、私は退学じゃないってことですよね?」

 

 不安解消のために聞く。

 

「当たり前だ。たとえ私がお前の攻撃を避けることができなくてもそんなつもりはない」

 

 よ、よかった~! これで私の楽しい学園生活は守られた! そして人生も!

 私は安堵から体の緊張を解いた。

 

「にしても先ほどのは中々のものだったぞ」

「あ、ありがとうございます」

「だが、あれは本気ではないだろう?」

 

 獲物を見つけたような目で千冬さんはそう聞いてくる。

 えっ!? なんで分かるの!? さっきのって男性の大人レベルの力だよ! 普通は本気だって思うでしょ!

 

「い、いえ、本気でした」

 

 女の子の身体能力ではないし、憧れの千冬さんにばれたくないと思った私は嘘をついた。

 だが、

 

「なぜ隠そうとするのかは知らないが、そういうことにしておこう」

 

 と、結局嘘は通じなかった。

 

「にしても、その歳ですでに達人級とはな。さすがだな」

「織斑先生には勝てません」

 

 反撃をしたときに明確に織斑先生にはまだ勝てないと分かった。だって、私の攻撃を余裕で受け止めたんだもん。私ほどではないが、千冬さんの身体能力はとても高いのだろう。

 

「ふっ、当たり前だ。私のほうが長く生きているんだ。まだ負けんよ」

 

 千冬さんが笑みを浮かべてそう言った。

 その笑みに私はかっこいいなと思いながら見惚れていた。そして、気づく。

 わ、私、今、千冬さんと話してる!! しかも、褒められた!! しかもしかも! 拳を交わしたし! こ、これってこの学園内でも私だけだよね!? つ、つまり私は特別?

 私はうれしくて微笑んでしまう。

 

「む、どうした? なんで笑顔なんだ?」

「え? あっ、な、なんでもないです……」

 

 このような顔を千冬さんには見られたくはないので俯いて顔を隠した。

 

「そういえばなんで織斑先生はここへ? 私の実力を確かめるためじゃありませんよね?」

「ああ、そうだ。先ほどのは正確に知るためだ。本題は……注意だ」

「注意、ですか?」

「そうだ。本当ならば説教をしたほうがいいのだろうが、なんでもすぐに説教するのは良くない。なんでも最初は注意だけで様子見をするほうがいい。だから注意で済ませる」

「そ、それで何に対する注意ですか?」

「心当たりはないか?」

「ひとつなら」

 

 その一つはおそらくは必殺技である『一閃』のことだろう。千冬さんやごく一部の人間は分かったはずだ。あれは人を殺せるものだと。だから、使わないように注意をするのだろう。

 一つ目は分かったけど、もう一つは?

 私は考えるのだが、全く思いつかない。

 

「もう一つは分からないといった顔だな。ではまず一つ目だが、それはきっとお前が分かったやつだろう。お前がセシリアと一夏に使ったアレだ」

 

 やっぱりだ。『一閃』のことだった。

 

「アレは危険すぎる。お前自身でもそれは分かっているんだろう?」

「ええ、分かっています。試したことはありませんが、確実に人を殺せるというくらいには」

「そうだ。アレは殺傷能力がある。だから二度と、とは言わないまでもあまり使うな。特にこのIS学園ではな」

「……はい」

 

 千冬さんの目はちょっと怖かった。鋭い目で睨むような目だったから。

 

「分かったならいい。そして、もう一つはまあ、先ほどのを守れば大丈夫なはずだ。それはISをボロボロにしたことだ」

 

 千冬さんが私の後ろにあるISに目を向けた。私も釣られて目を向ける。

 あるのは見るも無残な姿となったIS、『打鉄』である。宇宙という過酷な空間での活動を想定されたものがどうやったらこのようになるのかと聞きたくなるほどのボロボロである。

 私は申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。

 

「はあ……まさかISをここまでするやつなど初めて見たぞ」

 

 千冬さんは手を額にやれ呆れていた。

 うぅ、本当にすみません……。

 

「いいか、ISで戦う以上多少はこうなるのは分かっているが、ここまでにならないようにしろ。こうなったのもおそらくはひびだらけのISであれを使ったせいだろう。つまり、手加減しろ」

「そ、それは……」

「無理ではないだろう? 先ほどの試合を見ていたが随分と余裕だったみたいだしな」

「い、いえ、よ、余裕じゃなかったですよ!」

 

 そう言ってもらえるのはうれしいのだが、身体能力がばれるのが怖くてまた誤魔化す。まあ、誤魔化しても意味はないみたいだが。

 

「注意はこの二つだ。あと機体損傷を知らせる表示とアラームを消すな。あれは必要なものだ。分かったか?」

「はい、分かりました。気をつけます」

 

 もし表示とアラームを消さないでいればきっと結果は変わったはずだ。私がそれを自覚している。

 

「ならばいい。言っておくが二度目は説教だぞ。忘れるなよ?」

「はい! 忘れません!」

 

 私は絶対に気をつけようと思った。千冬さんから説教されるというのはちょっといいかなと思うのだが、それよりも千冬さんからの私の評価が下がるのはいやだ。

 

「私の用件はここまでだ。だが、私個人として用件はまだある。今からは教師と生徒の立場ではなく、対等な個人と個人の立場で話そう」

「……対等な立場」

 

 その言葉がなんだかうれしくなる。だって私にとって千冬さんは天使とか女神とかそういう上位の届かない立場の人なんだ。そんな人と対等の立場となれるのはとても光栄なことなのだ。

 

「だからしばらくは先生と呼ばなくいい」

「じゃ、じゃあ、千冬さんと呼んでも?」

「ん? んんっ、ま、まあ、そう呼んでもかまわん」

「ありがとうございます、千冬さん!」

 

 ずっとそう呼びたかったというのがあったので、その願いが叶って私のテンションが上がる。

 

「それでお前に話したいことだが、二つの試合で見せた技のことだ。一つ目は瞬時加速(イグニッション・ブースト)だ。いや、そのようなものと言った方がいいか? あれはなんだ?」

 

 なるほど。千冬さんが話したかったのは私が試合で見せた技の数々か。確かにこういう話は先生と教師ではなくてただの詩織と千冬として話したほうがいい。それならば色々と話しやすい。

 

「あれは瞬動術です」

「あれが? 私の記憶上ではそういう一瞬で長い距離を詰めるような技ではなかったはずだが?」

「そうですね。本来の瞬動術は相手の死角に入り込むだけの技です。ですが、私の瞬動術は先ほどの試合のように長距離を一瞬で詰めることができるのです」

「なぜできるのだ?」

「……さあ? なぜでしょう」

 

 身体能力のことを聞かれたくはないので、そう言って誤魔化す。

 

「おそらくは私にしかできない技でしょう。だからほかの人が真似をすることは無理な技と言っていいでしょう」

「なぜだ? なぜお前だけができる?」

「え!? そ、それはその……分かりません」

 

 私が使った瞬動術は人間の身体能力では使えないとしか言えないので説明ができない。

 

「なのに自分以外はできないと言うのか」

 

 千冬さんの目が半目になる。疑っている目だ。私は目を逸らすしかない。

 

「まあ、いい。ただ瞬時加速(イグニッション・ブースト)のような技術があるというだけだからな」

 

 生身でもできるって言ったらどんな反応をするのかな?

 

「二つ目だがオルコットへの最後の攻撃といち――織斑への連続攻撃をした私が注意した技だ。打鉄は専用機ではない。ワンオフ・アビリティというわけではあるまい?」

「ええ、そうです。簡単に言いますと腕を振る速さが単純に速いというだけです」

「やはりただそれだけだったか。ならば私の注意は間違っていなかったようだな」

「見当は付いていたみたいですね」

「肉眼だけで確認しただけだから確証はなかったがな。今、できるか?」

「え? ダメなんじゃ?」

「今はいい。特別で例外だ」

「……分かりました」

 

 どうしても見たいという顔だったし、何よりもあの千冬さんに私の技を見たいと言われたのでやることにした。

 やっぱり憧れの人にそう言われるとやらないわけがない。

 私は周りを見回す。しかし、私の『一閃』に耐えられそうなものはなかった。

 あの技は軌跡が見えないほどの速さで振るのだ。故に得物は丈夫なでないとダメなのだ。

 

「拳でいいですか? 速さだけならできます」

 

 『一閃』はただ速いだけ。速ければいい。そういう技だ。

 

「ああ、それでもいい」

 

 許可を貰ったので、周りを確認して拳を腰の横に構えた。私はゆっくりと心を静める。先ほどあった千冬さんからの言葉による心のざわめきがゆっくりと消えていく。私の心の中は波紋のない水のごとく。

 私はその後にどれだけの力を込めるのか決める。そして、本気ではなく手加減してやることに決めた。

 その理由はこの技の威力にある。この技は剣や刀を使えばどんな障害物でも斬れる技となる。例えば直径約四十センチメートルの木でもきれいな切り口を作って斬れるのだ。もちろんただ速く斬ればいいというわけでなく、技術あっての話だが。

 では拳でやるとどうなるかだが、その結果はただの速い鋭い突きだけでなく、拳という広い面積のために衝撃波という弾となって飛ぶのだ。ちなみに私のちょっとした加減次第で前方全体ではなく、弾として飛ばせるのだ。まあ、威力は前者のほうがあるのだが。

 今回やるのは威力が高いほうだ。その理由としては弾を作るには手加減した場合、必要な速度が足りないからだ。必然的にそれを選ばざるを得ない。

 

「せいっ!」

 

 声とともに拳を放った。



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第31話 私の初恋の人について

 拳が放たれてその衝撃波がピットの壁に当たる。壁は衝撃波によってビリビリと震えた。手加減しているとはいえ威力は言わずもがな高い。

 放った後、ちょっと不安になった私は衝撃波を受けた壁に近づいて、触れた。

 うん、壊れていないね。ヒビも入ってない。

 安心した私は千冬さんに向き直る。

 

「えっと、これが千冬さんが言っていた技です」

「ほう、これが」

 

 千冬さんはわずかに驚いたような顔をして見ていた。

 

「やはり肉眼で捉えるのは難しいな」

「まあ、一般に売られているビデオカメラでもスローにして見ても無理ですからね。多分もっと高価なカメラしか見えないと思いますよ」

「だろうな。にしても、お前はどんな構造をしているのだ?」

「さあ? 生まれつきなので分かりません」

 

 嘘はついていない。この身体能力は生まれつきのものだ。鍛えたとか変な薬を使ったとかではない。もちろん、人工的に作られた存在ではない。ちゃんと今の両親の血が流れている。

 本当にこの身体能力って何? 毎度思うけど人間の身体能力じゃないんだよね。映画の化け物の身体能力だよ。

 

「その顔、何か隠しているな?」

「えっ!? か、隠してなんかいませんよ!?」

「……お前は隠しているが下手だ」

 

 どうやら生徒会長モードではない私は隠し事が下手のようだ。

 

「まあ、言いたくないようだし、この話はもう終わりだ。知りたいことは知ることができた」

「お役に立ててよかったです」

「こちらこそ面白いものを見せてもらった。いつか手合わせをしたいものだな」

「私もです」

 

 私は戦闘を求めるような戦闘狂ではないのだが、千冬さんと戦えるのであればそれは別だ。私は、いや私たちは千冬さんに憧れると同時に千冬さんを目指しているのだ。千冬さんと戦うことを目指していると言ってもいい。

 だから、戦いたいのだ。

 負けても勝ってもいい。どちらでもいい。ただ憧れの人と戦うことに意味があるから。

 

「では、またいつか個人的に話そう」

「はい! あっ、その前に!」

 

 このいい機会だ。私はあることを思い出した。

 

「千冬さんは篠ノ之 束さんと知り合いなんですよね?」

「そうだ。あいつとは知り合いだ」

「れ、連絡って取れます?」

「……なぜだ?」

 

 先ほどとは変わって千冬さんの目は鋭いものとなった。だが、ただ注意されたときのような鋭い目ではない。なんだろうか、ひどく怖いものだった。それに私は覚えがあった。殺気だ。

 前に何度か慣れるためだとか言って祖父が殺気を私に向けたことがあるのだ。それに近い。いや、そのものだった。

 私は祖父のおかげで慣れていたということもあり、なんとか落ち着くことができた。

 

「そ、その会いたくて……」

「お前は世界中の人間があいつを探していて、未だに見つけることができていないということを知らないのか?」

「知っています」

 

 束さんはISの生みの親である。そして、唯一ISのコアを作り出せる人物である。世界は束さんのその技術を手に入れようと束さんに接触しようとしている。しかし、束さんは行方を眩ましたため、接触できずに世界中がその行方を追おうとしているのだ。

 だが、世界が探してもたった一人の天才を人間を見つけることはできなかった。それはそれだけ世界と篠ノ之 束との間には明確な技術の差があるに他ならない。

 まあ、束さんは世界を変えた人なんだそれぐらいの差があって当然といえる。

 

「お前は何のためにあいつに会う? 言っておくが私は、嫌だが、あいつの友人だ。友人である私はあいつを守るために悪意を持って近づく者を排除しなければならない」

 

 千冬さんはゆったりと腕を組みたっているだけだったが、千冬さんの本気が分かった。千冬さんのその言葉に偽りはなく、悪意ある相手にはそういった動きをするはずだ。

 

「なぜあいつに会いたい? 言っておくが嘘を言うなよ」

 

 ……どうやら私は憧れの人に自分が同性愛者だと言わなければならないようだ。

 お、おかしいな。私の予想ではこんな展開になるはずじゃなかったんだけどなあ。どうしてこうなったし。

 私は自分の早まった行動に後悔する。それとともに束さんの情報が入るんだから仕方ないよねというのもあった。

 だって束さんは私の初恋の人だもん。こんなになっちゃっても仕方ないよね。

 

「私は束さんのことが好きなんです」

「んっ?」

「束さんが好きだから私は束さんに会いたいんです」

「んんっ?」

「私にとって束さんは人生で初めて好きになった人なんです。もう分かると思いますが、私は女なのに女の子が好きなんです。同性愛者というやつなんです。もちろん小さい頃は異性のことを見ようとして、治そうとしたんです。でも、異性よりも同性のほうにどうしても目が向かってしまって……。だからもう開き直ったんです。それから私は男の子と同じように女の子を見て過ごしてきました。そんなあるとき知ったんです、束さんのことを」

 

 そして、同時にISのことを詳しく知ろうと思った。

 

「けれど、束さんは年上でISの開発者で一般人の私が簡単に会いにいける相手ではないです。だから束さんへの想いを心の奥へとやったんです。忘れようとしたんです。その後、私の夢である私が女の子に囲まれるためにIS学園に入りました。そこで私は束さんの妹である箒と束さんの友人の千冬さんに会いました。私は思ったんです。もしかしてこれは束さんに告白するチャンスじゃないかって。だからこうやって話せる機会ができたので、束さんのことを聞いたんです!」

 

 私は理由を言って改めて千冬さんを見た。

 千冬さんは額に手を当てていた。先ほどのような雰囲気はない。

 

「千冬さん?」

「……すまない。いきなりの告白に驚いてしまった」

 

 うん、まあ、そうだよね。誰だっていきなり自分の性癖を告白されたら同じような反応になるよね。

 

「えっと、それで束さんに会いたいということなんですが……」

「あ、ああ、連絡してみよう。ただ言っておくが例えあいつに会うことができても失望しかないかもしれん。いや、失望しかないだろう。あいつは身内以外の他人など虫けらとしか見ていない。例えあいつに告白したとしても、あいつの前ではお前の真剣な告白などただのうるさい雑音程度にしか思わないだろう。だから返事もない。好き嫌いの話じゃない。何とも思われていない。その程度だ。あいつはお前がそのような感情を抱くような人格の持ち主ではない。あいつは同じ人間ではなく、別の生き物だと思ったほうがいいかもしれないな。あいつもそういう認識なのだろう。身内以外は人間だと思っていない。誰だって恋をする相手は動物ではなく、人間のほうがいいだろう? そういうことだ。さてここまであいつのことについて言ったがこれでもまだ好きだと言えるか?」

 

 千冬さんからの束さんの話は私の予想外だった。

 私が知っている束さんは全て論文での束さんだ。そこにあるのは専門用語の塊で、束さんの性格などは見え隠れするだけで知ることができたのはわずか。

 私はずっと知りたかった。束さんがどんな人なのか。どんなものが好きなのか。束さんの全てを知りたかった。長く長くそう思っていた。そして、ついに私は束さんの一片を知ることができた。

 話は本当に私の知らない束さんだった。

 その話を聞いて私の気持ちは……。

 

「ますます好きになりました!」

「…………どうしてそうなった。私の話を聞いていたのか? どこにそうなる要素があった」

「分かりません! 多分今までずっと束さんのことを知ることができなかったのに、今ようやく知ることができたからだと思います」

 

 好きな相手のことを知りたいということは当然の欲求である。しかし、長い間知ることができなかった。そして、ようやく知ることができた。

 長い月日によって溜められた私の束さんの想いは束さんの情報を得たことで急激に膨れ上げ、ますます好きになったというわけだ。たとえその情報が束さんの悪い面でも。

 そもそもだけど人間誰しもそういう面を持っている。私だって持っている。だから気にしないというのもあるからかもしれない。

 

「はあ……もういい。お前が本当にあいつのことが好きだと分かった。良いだろう、あいつに知らせよう。だが、もうひとつ確認していいか?」

「はい! 答えられるものなら何でも!」

「お前のそれは本当に恋心なのか? 憧れを勘違いしているのではないか? 異性ではなく同性だからその可能性はないとは言えないはずだ」

「そんなことはありません。私は確信を持って恋心だと言えます!」

 

 だって私は前世で恋をしたことがあるんだから。それもちゃんと幸せな恋を。だから私は恋の気持ちを知っている。そして、今抱いている私の気持ちがその心だと確信して言えるのだ。

 それは束さんへの恋心だけではない。簪やセシリアに抱いている恋心さえにも言えることだ。愛玩とかペットとかそういう意味での好きではない。本当に複数人に対して好きという気持ちを持っている。

 

「はあ……どうやら本当に好きなようだな」

「はい!」

 

 私は笑顔で返事をした。

 

「あいつからの返事は明日伝えよう」

「分かりました」

 

 私は最後に礼を言って帰ろうとしていた、が、呼び止められる。

 

「この学園に来た理由はハーレムを作るためなのか?」

「え?」

 

 思わず声を上げる。

 そ、そういえば私はついここの教師である千冬さんにこの学園に来た理由を話してしまった! こ、これってやばいよね!? だって世界中の人がISを学ぶために集まるIS学園を女の子を捜すためにという邪な願望で入ったって言ってしまったんだもん!

 私はちょっと後悔した。

 千冬さんはじっとこちらを見たまま。

 ど、どうやら誤魔化すことはできないらしい。私は観念して言うことにした。

 

「……私はハーレムを作るためにこの学園に来ました。ISを学ぶことは二の次です。いえ、二の次じゃないです。本当はISについてはほとんど学ぶ必要はないんです」

「それはつまりISはもう学び終わっていると?」

「はい」

「なぜ学び終わっている?」

「だって私は同性愛のハーレムを作るんです。普通の恋愛とは違ってちょっと難しいものです。だから、勉強に時間をかけている暇などないんです。それに好きな子がもしかしたら勉強を教えてくれって言ってくれるかもしれません。そういう目的があって小学校から中学校までに勉強を終えたんです」

「……なるほど。よく分かった」

「やっぱり悪い、ですよね?」

 

 自分でも悪いと思うのでそう聞いた。

 

「いや、別に悪くはない。むしろ夢を持ってここにいる分、良いと言っていいだろう」

「? ほかの人は違うんですか?」

「ああ、違う。ほかの者たちは大半がISに乗りたいというだけの者ばかりだ」

「それは夢じゃないんですか? ISに乗りたいって夢では?」

「いや、夢ではない。それは欲だ」

「欲と夢は似たようなものでは?」

 

 何かを食べたい、何かになりたい。

 前者が欲、後者が夢。そう多くの者が考えるだろう。確かに欲は叶えることが容易なもので、夢は叶えることが難しい、または不可能なものだ。違いといえばそのくらいである。そして、やはり二つは似ている、叶えるという点では。

 

「似て非なるものだ。ある意味では似ているのだろうが、詳しくしていくとやはり二つは違う」

「どのようにですか?」

「どのように、か。それは言葉にするのは難しいな。ちょっと時間がかかるがいいか?」

「……い、いえ、いいです。その話は今度で」

 

 すでに私の試合が終わって時間が経っているので、そろそろセシリアの所へ行きたい。そういうわけで千冬さんの話を断った。

 ざ、残念だけど仕方ない。

 

「む、そうか。それは残念だ。まあ、私が言いたいのはそのような理由でもいいということだ」

「ありがとうございます」

「では、私は失礼する。お前と話した時間は楽しいものだった。もう一度言おう。また近いうちに個人と個人として話をしよう」

「はい!」

 

 千冬さんはこの場を離れた。

 残された私はシャワーを浴びてきれいにしてから会ったほうがいいのか、それとも急いで行ったほうがいいのかと考える。

 そして、決まった。

 ちょ、ちょっと汗臭いけど今はセシリアに会う! も、もしかしたら一緒にシャワーを浴びることができるかもしれないし!

 そういうことを考えながら私はちょっと駆けながら保健室へと向かった。

 道中はあのときと変わって生徒が多かった。生徒たちはもちろんISスーツの私に注目していた。

 う、うん、恥ずかしい……。

 そんな思いをしながら私は保健室へ入った。

 

「し、失礼します!」

「あら? もう終わったようね」

「はい! それでセシリアは?」

「数分前に目が覚めたわ。ちょうどいいタイミングよ」

 

 先生がカーテンで囲まれた部屋に視線を向ける。

 私はふらっとセシリアのベッドのほうへ行く。カーテンを分けて中に入ると体を起こしたセシリアがこちらを見ていた。

 

「セシリア!」

 

 私は喜びのあまりセシリアに向かって飛びつき抱きついた。

 

「ちょ、ちょっ!!」

「よかった! よかった! そして、ごめん! こんなになったのも全部私のせい……」

「は、離れ――」

「本当にごめん。私、勝つためとはいえセシリアを傷つけた」

 

 私はセシリアを優しく抱きしめ、謝った。

 

「もう絶対にセシリアを傷つけない。絶対に傷つけないから」

「わ、分かりましたわ! 分かりましたから、ちょっと離れてくださいまし!!」

 

 私はセシリアから押されて離れる。

 セシリアの顔は恥ずかしさからか、やや赤く染まっている。

 私たちは至近距離から見つめあうような体勢となった。

 

「あー私はちょっと用事を思い出したわ。薬とかはここに置いておくから勝手に帰っていいわよ」

 

 抱き合ったり見つめあったりする私たちの関係をなんとなく察した先生は顔を真っ赤にしてバタバタと保健室を出て行った。



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第32話 私の夢が叶った

 部屋に残っているのは私とセシリアだけだ。つまり、ここで何が起きても邪魔をする者はいないということである。

 私はこの状況を冷静に分析して、それがよく分かりごくりとのどを鳴らした。

 私たちは体のラインが出てしまうISスーツを着ている。それはちょっと見方を変えれば裸である。ただ大事な部分が見えない。違いはそれだけ。

 そんな裸で私たちは至近距離でいる。先ほど抱きしめたせいで距離も近い。触れている部分からはセシリアのほんのり上がった体温を感じる。

 私の興奮が上がった。

 さらに保健室の窓はカーテンが開いていて、窓からの夕日が部屋に射し込みそれがまた雰囲気を醸し出していた。

 セシリアもこの状況と雰囲気を感じ取り、さらに顔を真っ赤にして私から目を逸らした。

 

「そ、そういえば話がまだでしたわよね?」

 

 この状況を脱しようとセシリアが話を切り出してきた。

 

「え、ええ、そうだったわね」

 

 私は結局逃げた。さすがにいい雰囲気でもここでセシリアをがばっと襲うことなど無理だった。

 それでその話とはもちろんハーレムのことである。

 セシリアはハーレムを許せなくて、ただ一人を好きになってほしいと思っている。反対に私はもちろんのことただ一人を愛するのではなく複数人を愛したいと思っている。

 どちらも譲れない。

 私たちはその決着をつけるために二人並んでベッドに腰掛けた。

 

「ねえ、ハーレムは嫌、なのよね?」

「ええ、嫌ですわ。わたくしは複数人を好きになることなど無理に決まっていますもの」

「でも、私はセシリアのこともちゃんと愛するよ? それでもダメかしら?」

「な、何度言っても無理ですわ! わたくしは断固として認めませんわ!」

 

 やはりセシリアは認めてくれない。

 さて、どうしてくれたら認めてくれるのだろうか。

 

「もうわたくしをあきらめたらどうですの? わたくしは決してハーレムを認めなくて、あなたもハーレムをあきらめることができない。このままではずっと平行線ですわ。それにわたくし以外にもあなたの好みの子はいますわ」

 

 セシリアがそう提案してきた。

 確かにセシリアのその提案はもっともだ。互いに譲れないのであれば、私たちの関係をなくして別の人と関係を結べばいい。それが一番の手だと言える。それがもっともいいのかもしれない。

 だけど、だけどね、セシリア。その提案は確かにいいものだけどね、そんなのもう無理なんだよ。

 私のセシリアへの想いはすでにそのようなことで消えるような小さな灯火ではもうない。どのような雨や風だろうが決して消えることのない炎なのだ。もうセシリアをあきらめることはできない。例えほかに私の好みの子がいようとただハーレムに加えるだけであって、決してセシリアを捨てたりなどはしない。

 

「いやよ。あなたを絶対に放さないわ」

「……よくそのような恥ずかしい言葉を真顔で言えますわね」

 

 顔を真っ赤にしながらそう言う。

 

「本当のことだから別に恥ずかしくないもの」

 

 これが何かの罰ゲームで言うとかなら恥ずかしいのだろうが、この想いは本気なのだ。それを言っただけ。恥ずかしいなどという感情は湧かない。むしろ伝えることができたなどの達成感と満足感を感じるほどだ。

 

「好き。大好き。愛してる」

「ま、真顔で言わないでくださいまし! よ、余計に恥ずかしいですわ!」

「そんなこと無理よ。セシリアは私のこと好きじゃないとしても恋人だもの。好きな人に想いを伝えて当たり前よ。そうじゃない? 好きな人に好きだって伝えるのは当たり前でしょ?」

「た、確かにそうですけども……」

「好き。好き好き!」

「ああ、もう! 分かりましたわ! だからやめてくださいまし!」

「いや。セシリアがハーレムを認めるまで言い続けるわ」

「また脅迫ですの!?」

「そうね。脅迫よ。認めてくれるまであなたへの想いを言い続けるわ」

「もう! 本当にあなたは自分勝手ですわね!」

「ええ、そうよ。それはもう自覚済みよ」

 

 私は同性愛者である。同性愛というのはやはり世間から見るとやはり厳しいものがある。それは同性愛というのが普通ではないからであるのが主な理由である。人というのはその普通ではないことに対して、ごくたまに受け入れることはあるが、ほとんどが拒絶する。

 同性愛はもちろん拒絶される側である。

 だから、もし同性愛者というのがばれてしまえば、皆でその者を拒絶し、その場の平穏を保つために追い出そうとする。群れの輪を乱す者は仲間から追い出される決まりだ。同性愛である私はそんな立場なのだ。

 そんな立場に好きな人を巻き込む。私とともに好きな人も同じように追い出されるのだ。

 私の愛が他人の人生を危ういものに変える。それは自分勝手に違いない。私はちゃんとそれを自覚している。自覚した上でさらに好きな人を作ろうとしているのだ。辞めようなどとは思わない。私はこれからもハーレムを作るのだ。だから私は自分勝手をするのだ。

 他人の人生を変えるというのにこのように考えていられるのは、私のこの二度目の人生をおまけの人生だと心の奥で感じているからなのかもしれない。

 

「愛しているわ」

「あぁっもう!! 分かりましたわ!! わたくしの負けですわ!!」

「えっ? それって?」

「聞いてのとおりですわ。あなたのハーレムを認めるということですわ」

「い、いいの!? ハーレムでいいの!?」

「ええ」

「ほ、本当に!?」

「ええ、本当ですわ」

「あ、あんなに認めないって雰囲気だったのに……」

 

 どう考えてもこんなに簡単に認める雰囲気ではなかった。もう何を言おうが絶対に認めないという雰囲気だった。

 な、何かあるのかな? わ、私を騙そうと?

 こんなにあっさり認めたからどうしても疑ってしまう。

 

「そんなに疑わなくてもいいですわ。これは本当のことですから」

 

 そうは言われるがやはり疑ってしまう。

 

「ただ、条件がありますわ」

「……条件?」

「ええ、認めるとは言いましたがそれはあなたがハーレムを作ることであって、わたくし自身の心がハーレムを受け入れたという意味ではありませんわ。それを分かっていてくださいな」

「分かったわ」

「で、条件ですけどそれはたとえあなたのハーレムの方が相手でもその前ではあなたと恋人らしくしないということですわ」

「……なんで?」

 

 私としてはハーレムなのでみんなでいちゃいちゃしたい。私の両脇に二人を置いてキスしたり、抱きしめたり、ちょっと過激なスキンシップなどをして。なので私はセシリアのその条件をあまり受け入れたくないのだ。

 

「言いましたでしょ。わたくしはあなたのことを好きではないし、あなたがハーレムをするのは認めましたけど、わたくし自身がハーレムを認めたわけではないと」

 

 言っていた。

 恋人関係になるのは別にいいが、ハーレムは浮気のように感じられて嫌だと。だからセシリアはここまで頑なにハーレムを否定してきたのだ。そのためセシリアはハーレムという浮気がもっとも顕著に現れるセシリア以外の子を含めた、いちゃいちゃすることを許せないのだろう。

 なるほど。でも、まあ、それでもいいかな。

 簪とセシリアに囲まれていちゃいちゃしたかった私なのだが、あっさりとセシリアのその条件を受け入れようとしていた。

 セシリアは約束ということで嫌々私の恋人になった。その気持ちはまだ嫌いのまま変わっていない。条件は現在のセシリアの気持ちで言ったものだ。だから、だからもしセシリアがこのまま私と過ごして私のことを好きになってくれたら? そのときセシリアの気持ちが変わってその条件を変えて、私が願いである私と簪、セシリアの三人でいちゃいちゃができるかもしれない。

 私はそういう考えがあってそう思ったのだ。

 うん、そのためにもセシリアからの好感度を上げないと。

 

「分かったわ。その条件を呑むわ」

「……いいのですの?」

「いいわよ」

 

 もちろんのことセシリアが私のことを好きになっても簪と一緒に、なんて絶対にあるとは思ってはいない。むしろ可能性としては一緒にいちゃいちゃなどは少ないような気がする。まあ、私としては半分以上期待はしているが。

 

「ふう~」

 

 色々と解決したことでゆっくり息を吐いた。

 なんだかこの数日で私の夢が順調すぎるくらいに叶ったな~。だからだろうか。まるで人生に満足した感覚を得るのは。でも、それは当たり前のことだと思う。だって私のこの人生の大半はハーレムを作るということに捧げてきたのだ。その夢を叶えた、つまり生きる目標がなくなった今、私はその達成感のような虚無感のようなそんなものを感じているのだろう。

 なんだかこれを感じていると間違ってはいないがもう生きることに満足したような感じもする。

 こ、これはダメだ。感じちゃいけないものだ!

 私はそう思い、生きる目標を再設定しなおす。今まではハーレムがそうだったので、ハーレムが前提でその上位のものであるいちゃいちゃするということを目標とした。

 すると私の中の先ほどまであったあの感じはきれいに消え去った。

 

「……詩織?」

 

 なぜか知らないけど心配そうなセシリアが私の顔を覗き込むようにして、私の名前を呼んでいた。

 

「どうしたの?」

「……あなた、どうもありませんの?」

「え? な、何が?」

「詩織、今、あなたの顔色がとても悪かったのですよ? 気付いていませんでしたの? 本当にどうもありませんの?」

 

 冗談ではと思ったのだが、セシリアの顔がそういう冗談を言っているような顔ではなかった。どうやら本当に顔色が悪かったらしい。

 私は自分の体のほうに意識を集中される。

 うん、どこも問題ない。

 ならば何のせいだろうか。考えるが分からなかった。

 

「大丈夫よ。どこも痛くないし、気分が悪いとかじゃないから」

「そう……ですの」

 

 セシリアは未だに心配そうな顔だ。

 そんなセシリアを安心させるために私は安心させるという意味を込めて優しくぎゅっと抱きしめた。

 

「そんな顔をしないで。ほら、本当に大丈夫だから。それに何かあれば大事になる前に誰かに言うわ」

「本当ですの?」

「ええ。だってセシリアって恋人がいるもの。体が悪いまま放って置いてもう二度と会えなくなるなんて嫌だからね」

 

 私の生きる目標は好きな子たちといちゃいちゃするとなったのだ。それは始まりはあるが終わりのないもので、つまりは人生の最後までいちゃいちゃするということなので、早く死ぬなどということはできないということなのだ。だから私は重症だと思えばすぐさま病院に行くなどしてそれを解消する。

 絶対にみんなには心配なんてさせない。

 私は心の中で誓った。

 

「にしても、そんなに心配してくれるってことは私に惚れた?」

「ち、違いますわ!! 誰だって心配くらいしますわ! 何を言っていますの!? というか離れなさい!」

「いやよ。しばらくはこのままで」

「離れなさい! 言っておきますけどわたくしは怪我人ですのよ! 悪化させる気ですの!?」

「……」

 

 そう言われると私は離れざるを得ない。元々セシリアの腹部の怪我は私のせいである。セシリアの怪我を治すためにも無理をさせることはできない。いくら自分勝手な私でもそれを出されたら強く出ることができないのだ。

 私は渋々セシリアを抱きしめる腕を解いた。

 セシリアはもう私のものなんだしまだいくらだって時間はあるよね。それにいつかはセシリアのほうから恋人として私に抱きついてくる可能性だってあるんだ。そのためと思えば……。

 自分をそう説得してその欲求を取り去る。

 

「ふう」

 

 セシリアは息を吐いて落ち着く。

 私はセシリアがそうしている間に腹部を見た。別に下心とかではない。ただ腹部の具合を知るためだ。

 腹部が見えるようにとISスーツをきれいに切り取った部分から見えるのは、勝つためとはいえ愛する人にひどいことをしたという事実である、内出血による青紫色のようなどす黒いものだ。見るからに痛々しいものだ。

 私は思わず俯く。

 

「どうしましたの?」

 

 自分を落ち着かせたセシリアが私の様子に気づいて声をかける。

 

「そ、そのお腹のこと……」

「これ、ですの?」

 

 セシリアは自分のお腹に顔を向ける。

 第三者の私でも痛々しくみえる傷。なのにその傷を負っているはずのセシリアはもうなんでもないかのように淡々としていた。

 

「鎮痛剤を打ってあるので問題ありませんわ。今はちょっと痛むだけですし」

 

 その言葉には偽りはないようだ。

 

「もしかしてこの傷のことを気にしていますの?」

「……うん」

「気にしなくていいですわ。ISの戦いではこういうことはよくありますわ」

 

 よくあるのことなのだろうが、よくあることだからといって納得できるようなものではない。

 

「でも……」

「でも、ではありませんわ。もう一度言いますけど気にしなくていいですわ。分かりました? それにあなたが気にしたって治るのが早くなるわけではありませんわ。精神面での回復というならば気にせずにいてくださるほうがいいですわ」

「うん、分かった。気にしない」

 

 私はセシリアにそう言われできるだけ気にしないように心掛けることにした。

 

「じゃあ、シャワー室へ行きましょう? 詩織もまだ行ってないでしょう?」

「ええ、まだよ」

 

 私たちはベッドから下りてシャワー室へ向かった。

 隣を歩くセシリアは保健室へ連れて行ったときは痛みでほとんど歩けなかったが、今は鎮痛剤のおかげなのか私と同じスピードで歩いていた。



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第33話 私たちのシャワー準備

 私はやはりまだ心配で隣を歩くセシリアを何度も何度も見た。

 セシリアは私の心配が無意味であるかのように普通に歩く。

 しかし、それでも私の心配は治まらない。

 

「詩織? さっきから何ですの? わたくしの顔に何か付いていますの?」

 

 さすがに何度も見ていたため私の視線にセシリアが気づいた。

 

「ううん。ただ普通に歩いているけどお腹は痛んでいないかなと思っただけよ。歩いていてもどこも痛くない? 大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫ですわ。薬のおかげで痛みもあまりないですしね。ただ、だからといって激しい運動ができるというわけではありませんわ。ですからいきなり抱きつくなどはしないでくださいまし」

「分かったわ」

 

 痛みを感じないというのは少々厄介だ。だってそれによってたとえ傷の具合が悪くなっても気づくことができないということだからだ。

 私はしばらくの間、いきなりぎゅっと抱きついたりはせずに優しく抱きしめることを決めた。

 そして、私たちはシャワー室に着いた。シャワー室は更衣室と繋がっており、授業時間は使えないが放課後の部活動の終わりに使用することができる。

 私は自分の服を入れているロッカーの前に来て、ISスーツを脱ぎ、裸になる。

 ここでは体は洗わない。洗うことができない。ただ汗をちょっと流すだけである。

 私は手ぶらのままセシリアのもとへと向かった。

 セシリアはちょうど脱ぎ終わったところだった。

 

「セシリア」

「あっ、詩織。今、準備が終わったところですわ」

「そう、みたいね」

 

 セシリアがこちらを振り返り、セシリアの裸を真正面から見ることになった。私はごくりとのどを鳴らし、性的な意味でその裸体をまじまじと見る。

 うん、やっぱりいくら肌を密着して体のラインがでるようなISスーツでも、見るならばやはり全てがさらけ出る裸のほうがいいね。こっちのほうが肌だけではなく、エッチなところまで見られるしね。

 私はセシリアの全身をなめ回すように見続けた。

 私よりもちょっと大きな胸。その先っぽには小さな突起。形は整えられていて、美乳という言葉が似合うものだ。巨乳のときは違う興奮を与えてくる。視線をちょっと下へやれば、そこにあるのはきゅっと引き締まった腰だ。筋肉と脂肪がいい比率で存在しており、柔らか過ぎず、硬いすぎずという絶妙な感触になっていることだろう。そう考えるだけで私の前世のように性欲が高まってくる。そして、もう少し下に移せばそこは『生命の神秘』と呼ばれる場所。文字通り生命を作る場所であり、生命がこの世に誕生するという神秘がある。で、最後に視線を下げるとこれもまた無駄な脂肪がないしっかりとした脚である。

 そうやって見ていると突然胸などが隠された。私のいやらしい視線が気づかれたようだ。

 むう~まだ見たかったのに!

 

「詩織! 何を見ていますの!?」

「あなただけど?」

「それは分かっていますわ! わたくしのどこを見ていたのかと聞いていますの!!」

「え? それはあなたのおっぱいと、そ、その……」

 

 せ、生命の神秘の部分ってなんて言ったらいいんだろう?

 私は恥ずかしくて俯いてしまう。

 前世では男性だったということもあって軽々と友達の前で発言できたのだが、今は女性で女性としての恥じらいというものを知ってしまっているので、そういう言葉を口に出すことができなかった。

 私が言い出しにくそうにしているとセシリアも私が言わんとしていることを察する。

 

「や、やっぱり言わなくていいですわ」

 

 そう言ってくれた。

 

「こほん、それで何で――ってあなたは同性愛者でしたわね」

 

 同じ女なのに見た理由を理解してくれたみたいだ。

 セシリアは閉じたロッカーを再び開けて、なぜか体を巻くには十分な長さと幅のバスタオルを取り出した。そしてそれを

 

「? なんで巻くの?」

「分かりません?」

 

 やや頬が赤いセシリアがジト目でそう言う。

 

「分からないんだけど」

 

 正直に言って分からない。私たちは同性同士だ。異性同士ではない。体にコンプレックスがあるのなら隠す理由になるのだが、セシリアの体はスタイルがいい。プライドの高いセシリアなら思いっきり見せるわけではないが、隠すということはしないだろう。ゆえに体を隠す理由などない。

 なのに先ほどまで裸だったのにいきなり隠す理由を考えようにも全く思い当たらない。

 

「はあ……。いいですの? わたくしが隠したのはあなたがいやらしくわたくしを見るからですわ。誰だってあんな獲物をみるかのような目で見られたら隠したくなりますわ。お分かりになりまして?」

「うぐ……ごめん」

 

 私は不快な思いをさせたことに謝る。

 でも、でも、しょうがないじゃない! 目の前にセシリアってきれいで私の恋人って子が無防備な姿でいるんだよ!! どうやったら女の子大好きな私にいやらしい目で見ずに我慢できるだろうか。いや、できない! というか見るのだけというのでも私は我慢しているのだ。本当は無防備なセシリアをがばっとやっちゃいたいくらいなのだ。それを何とか抑えて抑えて我慢している。むしろ文句を言うのではなく、よく我慢しているということを褒めてもらいたいくらいだ。そして、そのご褒美としてキスくらいはしてもらってもいいだろう。

 セシリアはそんな私の頑張りを知らずに背を向けてシャワー室へ向かった。

 私はその後に続きながら、再びセシリアの姿を眺めた。

 うん、裸もよかったけどこうしてバスタオルを巻きつけるのもいいね!

 バスタオルを巻きつけるということのその目的は大事な部分を隠すということが第一である。そして、そもそもの使用用途は濡れた体を拭くことが主目的であるのだ。バスタオルが普通のタオルよりも大きいということもあり、バスタオルは体に巻きつけたりするのだ。

 で、なにが言いたいのかと言うとそんなバスタオルを巻いたセシリアの姿がとてもエッチィということだ。むしろエッチさで言ってしまえば何もかもが丸見えだったときよりもこっちの見えそうで見ない今の姿のほうがエッチィ。

 バスタオルは拭くものであって、そのせいか巻くという行為の目的は果たしているものの、短すぎるために大きくあらわになるきれいな脚。前世が男性だったために胸などに主に注目していたが、隠されたことによってさらにセシリアの脚の魅力が見えて、さらに裾部分はただ大切な部分を隠すだけしか役割を果たしていなくて、私がちょっとでも屈めばその意味はなくすだけの短さ。

 そんな私の欲求を試すかのような姿がよりエッチさを増させているのだ。

 こ、これって誘っているの? 誘っているんだよね?

 すでに私の欲求は限界までに来ていた。

 確かに私の欲求は恋人になる前から続いている簪との日々のスキンシップのおかげで溜まったとしてもすぐに発散される。だが、それは日頃普通に過ごしていた場合の話だ。

 でも、今回は違う。この短い時間で何度も何度も欲求を高めさせられることが多かった。いつもよりも多い。多すぎる。そのために私の欲求は簪に出会う前くらいの欲求が溜まってしまった。つまり、もう抑えられない。

 私の右手が警戒も全くしていない無防備なセシリアの背中へと伸びる。そして――

 

「詩織」

 

 だがその前にセシリアが振り向き、私はすぐにその右手を隠した。

 

「ん?」

「あなたに聞きたいことがありますの」

「何かしら?」

「確かあなた、気になる人がいると言いましたわよね?」

「ええ」

「その方はいつあなたの恋人にするつもりですの?」

「ああ……それね」

 

 そういえば簪のことを恋人じゃなくて気になる人って言ったっけ。

 

「それはちょっと違うわ」

「違う? 何がですの?」

「その、言いにくいんだけどその子はもう私の恋人なのよ」

「はあ!? 今、なんと言いましたの? も、もう一度お願いしますわ」

「えっと、その子はもう私の恋人なの」

「……い、いつからですの?」

「昨日」

 

 それを聞いたセシリアは手を額に当て、なにやら難しい顔になる。

 どうしたのだろうか? 話の流れ的に考えて、も、もしかして、し、嫉妬かな?

 私はちょっとした期待を持つ。

 だが、セシリアの言葉は違った。

 

「詩織、あなたどういう神経をしていますの?」

 

 どうしてだろう。なぜか私がディスられていた。

 

「え? な、何が?」

 

 こういうからにはもちろん私に何か原因があるはずだ。私は自分の言動を思い返してみるが、全く思いあたることなどなかった。

 

「……本当に分かりませんの?」

「う、うん。だから教えてほしいんだけど」

「……仕方ないですわね」

 

 セシリアは壁に寄りかかって話す体勢を作る。

 バスタオルを巻いた格好なのでちょっと変な感じだった。

 

「でも、その前にその方はわたくしと同じく嫌々ですの? それとも……」

「あの子は普通に私のこと好きみたいよ」

「……本当ですの? あなたの思い違いでなくて?」

「ええ。キスしても嫌がることなんてなかったわ。それに喜んでいたわよ」

 

 だから私は簪がちゃんとそういう意味で好きでいてくれていると断言できるのだ。今朝だってそうだ。恋人になったということで簪のほうから(・・・・・・)キスをしてきたのだ。私のほうからではない。

 私だってやろうと考えていたが、まだ恋人になったばかりだと思ってもう少ししてからと思い自重したのだ。だが、それは結果としては無意味だった。何せ簪のほうから迫ってきたんだもん。あれには驚かされた。本当に驚かされた。

 今朝、キスされた私はびっくりして思わず簪から離れたのだが、それが簪には拒絶に見えたみたいで簪は今にも泣きそうな顔をして「嫌いに……なった、の?」と言ってきたのだ。もちろんのこと私はそんなことはないと伝え、次はこちらから何度かキスをした。触れ合うだけのキスだったが互いに満足していた。

 まあ、そんなことがあったので簪が私を好きでないということはないのだ。

 

「そ、そう、なんですの。ならなおさらですわね」

「何が?」

「あなた、今日わたくしのことを言ったらそのもう一人の恋人から何か言われますわよ」

「えっ? な、なんで?」

「簡単に言えば嫉妬、ですわ。まあ、当たり前のことですわね。何せ自分だけの詩織がわずか一日で奪われたのですから」

 

 セシリアは呆れた顔でそう言う。

 

「ま、待ってちょうだい。し、嫉妬? なぜ? あの子は私のハーレムを受け入れるって言っていたわよ」

「そうでしょうがそれは建前というやつでなくて? わたくしならば本当に好きならハーレムなんて許しませんわ」

「で、でも……」

「まあ、これはわたくしの考えですわ。ですが、例え本当に受け入れるつもりでもこんなに早く新しい恋人を作られるのはその方にとっても受け入れ難いことですわね。まあ、そういう二つのことが理由で言われますわ」

 

 そんなことを考えてもいなかった。私はただ恋人にする順番が変わってしまったけど結果的には二人手に入れられてよかった程度しか思っていなかった。

 でも、私の行動は間違っていたようだ。

 セシリアの言う簪の嫉妬は絶対にあるはずだ。そうだ。思えばなぜ私はあんなにあっさりと簪が簡単に受け入れたと思ったのだろうか。私は分かっていたはずだ。そもそも同性愛ということ自体が異質であるということであるのにその上ハーレムという異質までもが加わるのだ。私のような異質ならまだしもついこの間まで普通である簪が同性愛だけでなくハーレムまでも受け入れることがあるはずがない。

 おそらくは簪は私のことを思ってハーレムを受け入れると言ったのだろう。優しい簪のことだ。改めて考えるとそっちのほうが理解できる。たとえ受け入れてくれているとしてもセシリアの言うとおり、こんなに早く二人目を作れば嫉妬するはずだ。

 

「そう、だったの……」

「今度からはちゃんと考えてくださいまし。その方はきっとハーレムを受け入れないわけではありませんわ。ただ少し時間が必要だったということ。あなたの夢はわたくしも否定はしませんわ。否定は。ただ夢にだけ目を向けるのではなく、ちゃんとハーレムの皆をみてくださいまし」

「うん」

 

 セシリアの言葉を受けて私は、今度会えるかもしれない束さんを除いて、もし自分好みの子がいてもすぐに手に入れようとすることを自重し、ちゃんと周りの女の子たちのことを考えようと決めた。

 

「セシリア、ありがとうね」

「別にいいですわ。終わったことですし浴びますわよ」

 

 話は終わってとりあえずシャワーを浴びることになった。私はセシリアと一緒に同じシャワーを使う。

 もちろんここは学園のシャワー室ということもあり、たくさんのシャワーがあるので一緒に使わずともよいのだ。だが、私はそれをしなかった。あえて一緒のシャワーを使うということを選んだ。すぐ隣にもあるのに。

 だってシャワーとシャワーの間に仕切りの板があるんだもん! これじゃ一緒にじゃないもん! だから同じシャワーを使うしかないんだよ!

 シャワー室は同性しか入らないというのになぜか仕切りがある。女の子大好きな私からしてみれば邪魔ものだ。

 だけど、うん、まあ、あってよかったかな。

 正反対にそう思うのは仕切りと入り口から見えないようにと扉があるということで狭い個室となり、どうしても密着するためである。

 私は狭い個室の中でセシリアの体温と感触を楽しむ。



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第34話 私は心を奪うことを決心する

「詩織! なんで同じところに入るんですの! 狭いですわ!」

 

 セシリアの感触を楽しんでわずかでセシリアがそう言ってきた。

 

「嫌よ。それにただ体の汗を流すだけじゃない。このぐらいは問題ないわよ」

「ですけど!」

「それにほら。私がちょっと後ろに移動すれば」

 

 私はちょっと扉側に移動する。するとセシリアと密着した部分がなくなり、ある程度は自由に動くことができるスペースができた。

 

「問題ないわよね?」

「……問題はないですけど、あなた、わたくしに接触するためにわざとこちらに寄ってきたのですのね」

「……そういうことになるかな」

 

 私がセシリアに触れるためだとばれた。いや、まあ、ばれて当たり前だけど。

 しばらく気まずい空気になる。

 

「と、とにかくシャワーを」

「えっ? ちょ、ちょっとお待ちなさいな!」

 

 私はこの空気をどうにかしようとセシリアの後ろにあるシャワーのバルブを捻ってお湯を出す。だが、出たのは水だった。それが私たちの裸体に降り注ぐ。

 

「~~っ!!」

「きゃあっ!」

 

 セシリアはプライドからか何とか声を抑えて、私は声を上げる。

 シャワー室のシャワーはお湯に設定していても最初に出るのはまずは水である。私はついそれを忘れていた。

 私は急いでシャワーを止めた。

 

「もう! だから待ってと言ったのに!」

「ご、ごめん」

「ほら、ちょっと下がってくださいな。わたくしが詰めますわ」

 

 セシリアの言われたとおり私は一旦扉側に下がった。セシリアが私のほうに寄ってきてシャワーとの間に隙間を作った。そして、シャワーのバブルを捻り、湯になるまで水を流す。

 水が湯に変わるまでの間、私はドキドキとしながら待っていた。

 私がドキドキしているのはセシリアが寄ってきたおかげで私に接触しているからである。私の胸がセシリアの背中で押され、形を変える。

 

「んっ……」

 

 胸が擦れて声が出てしまう。前にいるセシリアに何か言われるかもと不安があったが、気づかれなかったようで反応はない。

 この状態は私の先ほどまでの欲求が復活するのではと思ったのだが、こうして触れ合うだけでも満足のようで、私の欲求が暴走することはなかった。

 

「ん、もう十分ですわね」

 

 セシリアがシャワーから出る湯の温度を確かめながら言う。

 確認し終わるとセシリアは私から離れてしまった。

 

「ほら、詩織もこっちに来なさいな」

「え? いいの?」

 

 セシリア側に行くということは、先ほどのは仕方ないとして、肩と肩が触れ合うということだ。セシリアはそれを分かっているのだろうか?

 

「ほ、本当に?」

 

 本当は喜びたいのくらいなのにわざわざそうやって確かめる。

 

「ええ、いいですわ。あなたは触れるだけでわたくしに何もしませんのでしょう?」

「うん」

「だから触れるくらいはいいですわ」

 

 さすがの私もこのタイミングで何かをやろうとは思わない。今はそういうことよりもシャワーで汗を流すことが優先だ。それに暴走しちゃってセシリアには嫌われたくはないもの。

 私はセシリアの隣に移動する。やはりどうしても肩などが触れてしまう。

 

「や、やっぱりちょっと狭いですわね」

「う、うん。や、やっぱり私、後ろに下がったほうがいいんじゃないの?」

「別にそこまでしなくていいですわ。詩織はほかのシャワーを使いませんのよね?」

「ええ、セシリアと一緒にいたいもの」

「だからこのままでいいですわ」

 

 おそらくちょっと前までのセシリアならどうやってでも私をこの個室から追い出していただろう。しないのは私の扱いに慣れたからなのか、私のことを気になり始めたからなのか……。

 私はセシリアと二人でシャワーから出る湯を浴びながらそんなことを考えていた。

 それから三十分後、私たちはすっかり体中の汗を流し終えて、寮への帰り道についていた。隣にはもちろんセシリアだ。

 

「ねえ、セシリア」

「なんですの?」

「明日、私のもう一人の恋人とあなたを紹介したいと思っているのだけど、どうかしら?」

「……わたくしはあまり気が乗りませんわね」

「なんで?」

「わたくしはあなたとは恋人ですが、わたくしはあなたのこと好きではありませんのよ。それに対してその方はあなたのこと好きなのでしょう? そんなわたくしがその方と会ってもあまりいいものではありませんわ」

 

 私のことを好きな簪とそうではないセシリア。

 簪からすれば私と恋人になったばかりなのに新しい恋人がすぐにできたということで複雑な気持ちになる上にその相手は私のことを好きではないという始末。簪はそんなセシリアに対してあまりいい感情を持つわけがない。むしろ、詩織大好きな簪はそんなセシリアに怒りを覚えるのではないだろうか。

 これらは完全に私の妄想なのだが、今朝のキスのことなどを考えたり、セシリアから言われた乙女心を考えるとありえない話ではない。

 で、この妄想を基に考えるに確かにセシリアと簪が会っても争いに発展し得る可能性がある。会わせないほうがいいと考えたほうがいいだろう。

 でも、

 

「そうかもしれないけど私は紹介したいわ」

 

 私は会わせようと思っている。

 簪は私のことを好きでないセシリアに怒りを覚えるかもしれない。

 セシリアが私のことを好きではないのは当たり前のことである。私はセシリアに対して仲を深めるようなことなど全くしていないし、やった事といえば好意を持たれるようなことではなく、反対に嫌われることだけだ。だから、セシリアが私のことが好きでなくても当たり前なのだ。

 私がこれからすべきなのはセシリアの好感度を上げることになる。そうすることで簪の怒りを治めるつもりだ。

 ならばなおさら会わせるのはセシリアの好感度が完全に上がってからのほうがいいのではとなるが、それはしない。あえて二人を会わせて簪のセシリアへの怒りをあげるのだ。そして、だんだん私を好きになるセシリアを見て簪の怒りが治まり誇らしげになるのだ、あれだけ好きではなかったのに結局は詩織の魅力に負けたんだねと。

 うん、なんだか自分で予想していて恥ずかしい。確かに自分の容姿とかには自身がありまくりだけど、だからといって恥ずかしくないわけではないのだ。後から恥ずかしくなるのだ。

 まあ、とにかくそれで解決すると思っている。そもそもだけど簪に二人目の恋人ができたと報告するので、どうやってもセシリアと会わせることは必然なんだけど。

 

「正気ですの?」

「ええ。お願い、いえ、これは、命令ね。あなたの意思関係なく紹介するつもりよ」

「……またあなたの自分勝手、ですの?」

「そうよ。これも自分勝手」

「やっぱりあなたのことは好きになれませんわ」

 

 うぐっ、セシリアの好感度を上げないとと思っていたときに逆に好感度が下がってしまった!

 私は実はそこまで女性の扱いに慣れているというわけではない。

 だって前世で好きな子と夫婦になったけど、その子は簪のような大人しい系の性格だったのだ。私はその子を好きになり告白して、恋人になり夫婦になったのだ。しかもなんと幸運なことか、実は前世で恋人になった子はその子ただ一人なのだ。本当に物語のような話だ。

 つまり、私は交際経験は一人のみで、経験不足だ。さらに言えばセシリアみたいな子は初めてなのだ。

 ゆえにこのように失敗することが多々あるのだ。

 中学時代の完璧な生徒会長は恋愛ごとではただの恋するか弱い女の子になるのだ。

 

「そういうわけだから明日の朝、食堂で会いましょう」

 

 そう言って話を逸らした。

 

「今日の夜、ではなく?」

「ええ、明日の朝よ。だってあなたは怪我人なのよ。今日は安静よ。それにあの子は夕食は食堂じゃなく自室で食べる子なのよ。そういうわけで明日よ」

「分かりましたわ」

 

 私はセシリアと約束を取り付けることができた。

 それからは私たちは適当な会話をしつつ、二人の別れ道に着いた。

 あ~あ、もう別れないとダメなのか……。結局、あまり仲良くなれなかったな。

 会話はあったのだが、内容的にもセシリアの好感度を上げるようなものではなかった。

 

「ここでお別れね」

「そうですわね」

「もうちょっと、いえ、もっとあなたといたいわ」

「わたくしは十分ですわ」

「それは私もよと言うところじゃないの?」

「何度も言いますけどわたくしはあなたに無理やりに恋人にされた身ですのよ。そんなことことは思いませんわ」

「……」

 

 無理やり恋人にしたことは張本人である私でも嫌なことだと分かっているので、何も言い返せない。

 私はそれを仕方がないと割り切る。

 全部私のせいだもん。

 

「そうね。うん、そうね。私はあなたのこと好きだけど、あなたは私のこと嫌いだものね」

「い、いきなりなんですの? 何か企んでいますの?」

「いえ、ただ事実を確認しただけよ」

 

 ただそのことを認識するとどうしても現実を突きつけられてちょっと悲しくなる。

 やはり好きな人には私のことを好きになってほしい。

 思わず涙が出そうになるが何とか踏みとどまった。

 

「でも、私はセシリアのこと本当に好きだからね。あなたの心、絶対に手に入れて見せるわ」

「そ、そ、そ、そんなことを言われても知りませんわ!」

 

 セシリアは顔を染めて言った。

 

「いいよ、それでも。あなたはもう私のものだし、時間だってたくさんあるもの。絶対に振り向かせてもらうわ」

 

 セシリアが私と恋人関係になったため、一夏にセシリアを取られるということはほとんどなくなったはずだ。セシリアは怪我のせいであまり一夏とは話せていなかったし、何よりも一夏にはすでに箒がいる。まだ箒は一夏の心を掴むことはできていないけど、私のちょっとしたアドバイスをすればそれも問題なくなるはずだ。つまり、現時点で危険人物、一夏が邪魔をしてくるというのはないと言っていいだろう。

 だからゆっくりとセシリアの心を掴む時間がある。

 

「!! だから真面目な顔をしてそんな恥ずかしい言葉を言わないでくださいまし!! こっちが恥ずかしくなりますわ!」

 

 セシリアの顔は真っ赤だった。

 

「そうは言われても前にも言ったようにこれは私の本心なのよ。からかっているわけでもないのに真顔以外でなんて無理よ」

 

 私は大切な恋心などを打ち明けるのにふざけた表情なんてできるはずがない。

 前にもあったけど私はその気になれば恋人への愛を大きな声で叫ぶことなど容易なことなのだ。

 

「ああっ!! もうっ! あなたは本当にわたくしを困らせてくれますわね!!」

 

 真っ赤なままそう怒鳴るように言った。そこには別に怒りなどはなかった。ただ恥ずかしさのみがあった。

 

「わたくしはもう帰りますわ!」

 

 セシリアは私から離れようとする。

 まだダメだよ。まだ帰らせるわけにはいかないよ。まだアレをしていないじゃない。

 私はセシリアの腕を掴んで引き止めた。

 驚いたセシリアが顔だけをこちらへ向ける。

 

「なんで――」

 

 何かを言う前に私はセシリアに近寄った。私とセシリアの距離はわずか。私はさらにその距離を縮めるためにぐいっとセシリアの腕を引いた。いきなり引いたのでセシリアは体勢を崩して私のほうへ前倒れになる。

 私はその隙を逃すことなくキスをした。

 

「ちゅっ」

「!?」

 

 頬に。

 もちろんいきなり唇なんてことはしない。セシリアはまだ私のことが好きではないのだ。セシリアだって唇同士でのキスは好きな人同士がいいはずだし。

 キスをされたセシリアはもう片方の手を頬にやって、治まっていた頬を再び真っ赤にしていた。

 

「な、な、な、な、な、何をしますの!?」

「何って……キスよ。もう帰るんでしょ? だからお別れのキスをしたのよ。恋人になったから当然のことよ」

 

 恋人同士ならば当然のことをしたまでだ。セシリアの私への好意を無視してもその権利はあるはずだ。

 

「もしかして……嫌だった?」

 

 私がキスしたのはそういうのが当たり前という私自身の考えによるものである。セシリアの国では違うのかもしれない。

 

「い、いえ、そうではありませんわ。ただいきなりしないでくださいということですわ」

「えっ? 言ったらしていいの?」

「まあ、関係上は恋人ですし、頬にならいいですわ」

「口と口は?」

「……したいのですの?」

「もちろん。キスは本来はそういうものでしょ? それに私たちは恋人だもの。頬だけなんて子どもみたいなものはやりたくはないわ。恋人らしくもっと激しいやつをやりたいわ」

「~~!! そ、そんなキス、わたくしはしませんわ!! というか、本当にどうしてそんな真顔で言えますの!? 恥ずかしくありませんの!?」

「恥ずかしくないわ。それになんで恋人同士なのに誤魔化すように言わないといけないのかしら? 恋人なんだからそういう思いやしたいことははっきり言ったほうがいいと思うのだけど。そう思わない?」

「思いますけど限度というものがありますわ! あなたのはその限度を超えていますわ!」

「そう?」

 

 私はきょとんと首を傾げた。

 

「そうですわ! あなたは何度もわたくしに好きだと言いましたわ! いくらなんでも言いすぎですわ!」

「でも、ちゃんと言わないと私の思いは伝わらないでしょ? 複数人も愛するつもりだからちゃんとそう言わないと……」

 

 ハーレムを作るということは複数人を愛することである。複数人愛するということは私の愛をみんなに平等に与えるということである。それが私のハーレムだ。

 だが、私の体は一つしかない。一度に同時に複数人に対して愛を与え、示すということは不可能なのである。だからどうしても一人ずつ愛を与えることしかできないのである。

 そうなると私の愛を受け取っている方からすれば満足するのだろうが、それを端で見ている方は自分は愛されていないと思ってしまう。

 そのため私はちゃんと愛を伝えていこうと思ったのだ。

 

「セシリアだって好きな人が誰かと話していたら嫉妬するでしょ?」

「その好きな人というのが誰を指しているかは分かりませんがそうですわね。確かに嫉妬しますわ」

「でしょ。だからあなたのこともちゃんと好きだよということを示すために言っているのよ。だからそう文句は言わないで」

「……あなたの言うことにも一理ありますわ。ですから言うことは認めますわ。ですが! 何度も言うのは止めてもらいたいですわ!」

「分かったわ。何度も言わないわ」

 

 セシリアの意見を取り入れて、これからは一度だけ言うことにした。もちろん私の愛を感じられるようにちょっと加えるけどね。



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第35話 私の限界はとっくの昔に

 それから私はセシリアにもう一度頬にキスをして、それぞれの帰路へ分かれた。そして、簪が私の帰りを待っているだろう自室の前に来た。

 私は簪は部屋で何をしているのだろうと思いながら部屋の鍵を開け、中へと入った。

 入った瞬間、私は生徒会長モードではないが、口調を解いていつもの口調にした。

 

「簪~帰ったよ!」

 

 うん、やはり生徒会長モードではないのにあの口調はやっぱりきつい。こっちのほうがいいね。

 私は早く簪に会いたいという気持ちから駆け足でベッドのほうへと向かった。

 簪はいつものように作業をしていた。

 

「おかえり」

 

 簪がモニターから目を離さずにそう言った。

 あれ? 何かちょっと不機嫌?

 簪はいつものように作業をしているだけなのだが、簪と親密な関係となった私はその違いを察知できた。

 簪に何かあったのかな?

 朝は不機嫌のふの字どころか機嫌がとてもよかったので少なくとも私が原因ではないはずだ。となれば、考えられるのは作業に何か悪いことがあったか、私の手の及ばない簪の交友関係のことか。

 私は考えるが分からないので、直接聞くことにする。

 

「簪、何かあったの?」

「……別に」

 

 不機嫌ではないと答えるが、声はあきらかに心の内を示していた。

 私はなんとしても聞きだそうと思い、ベッドに腰掛ける簪の横に弾みを付けて座った。

 

「何かあったんでしょ? どうしたの? 教えてよ」

「……」

 

 簪は無視してカタカタと作業をするだけだ。

 これは何かあったということを肯定したということなのだろうか。図星だから何も言わなかったということなのだろうか。いや、予想通りそうに決まっている。

 簪が不機嫌というのは同室でもあり恋人な私にとっては非常に居心地の悪い。だから私はいくつかの理由で何とかその理由を聞き出そうと思った。

 まずは私は作業中のタブレットを奪った。

 

「!! 何を、するの!!」

 

 簪は隣にいる私に襲い掛かるように迫ってきた。それはまるで飢えた野獣のようだ。

 いきなりだったので私は簪を受けとめることもなく、簪に押し倒されるという形でベッドの上に倒れこんだ。

 !! な、なんてラッキーなんだろうか!! まさか簪のほうから襲ってきてくれるなんて!!

 私はタブレットが壊れないようにしながら簪との攻防を繰り広げる。

 

「返……して!! 私の!!」

「なら教えてよ。不機嫌だって私、分かるよ。教えたら返してあげる」

 

 表面は頑なに不機嫌の理由を聞こうとする私だが、内心では私からタブレットを返してもらおうとするために簪が激しく動く度に色々と触れるため、それに喜んでいた。

 や、やばい! このままじゃ、お、襲っちゃうよ!

 セシリアのときに抑えた欲が沸きあがってくる。それを何とか抑え込む。

 だ、ダメだ! ここで襲っちゃうのはダメだ! ここはそういう場面じゃないもん!

 

「言ったら……返してくれる?」

「うん。返すよ」

「……分かった」

 

 簪は仕方ないとばかりにそれを了承した。そして、私の上からどこうとする。

 あっ! だ、ダメ!

 どこうとするのが名頃惜しくタブレットを丁寧に置いた後、ちょっとだけ距離の離れた簪をぎゅっと抱きしめた。

 

「!!」

「恋人、でしょ? このくらいいいよね?」

「……うん」

 

 最初は戸惑っていた簪だが、私がそう言うと頬を染めて私の腕の中で小さくなった。先ほどの不機嫌はない。

 とりあえず簪がこうして腕の中で抱かれているので、私の欲は先ほどとは変わり小さくなっていた。

 私たちはしばらくこのままでいる。

 

「どうして不機嫌だったの?」

「それは……詩織の、せい。詩織は今日……試合で手加減、してた、から」

「え? 私、そんなことしてないよ」

「うそ」

 

 そう言われるが二つの試合を思い返すが思い当たらない。一夏との試合は確かに一方的なものだったが、それは決して手加減というやつではなかった。いうなれば油断である。手加減ではない。それは誰がどう見てもそうだ。

 

「代表候補生との……試合。そのとき、あの雰囲気……じゃなかった。私は別に……それでも何も思わなかった。だって、詩織は……素人だから。でも、違った。あなたは……本気でやって……なかった。雰囲気が変わった……瞬間、動きが変わった。つまりそれは……手加減をしていたことに……他ならない。違う?」

「……違わない」

 

 簪が言うのはもっともだ。

 私は素人だったが、それでも生徒会長モードにしていれば、あそこまでダメージを受けることはなかった。それに最初から回避だけではなく、反撃することだってできたはずだ。そう考えると私は手加減をしていたということになる。

 私に簪の言葉を否定することはできない。

 

「私、言ったよね? ISを……甘く見ないでって。詩織は……何て言った?」

「分かったって言った」

「そう。でも……詩織は……分かってなかった。詩織は私を……裏切った! だから不機嫌」

「そうだったんだ。ごめんね」

 

 簪の不機嫌の原因が私だと分かり、本当に申し訳なく思う。

 何が簪が不機嫌なのはいやだだ。何が心当たりがないだ。考えれば分かったことではないか。正直、先ほどの私を思いっきり殴りたい。

 

「別に……いい。本当は……違うから。本当は詩織が……羨ましかった、だけ。ちょっとしか……動かしてない、のに、代表候補生に勝ったことが。不機嫌なのは……嫉妬の、せいだから」

 

 簪もまた代表候補生である。素人と代表候補生との間にどれだけの差があるのかを一番よく知っている立場だ。

 私は素人で相手はISのプロである。そんな私が勝った。それはつまりISをほとんど動かしていない現時点でも代表候補生レベルであり、もし本格的にISを学べば候補生ではなく、その国の代表になれる可能性が通常よりも高いということだ。

 それを見せられては嫉妬して当たり前である。

 

「そうなんだ」

「こんな私……いや?」

「ううん、嫌じゃない。むしろ嫉妬しているってことを正直に言ってもらってうれしいよ」

 

 嫉妬というのは醜い感情として世間に知られている。

 故にそんな感情を私に曝け出してくれてうれしかったのだ。

 

「……ありがとう」

 

 私の腕の中でそう言った。

 さて、簪の機嫌もよくなったので、私は簪へのスキンシップをしたくなった。

 

「……ねえ、キスしない?」

「し、したい、の?」

「うん」

 

 私の欲はもう限界を超えているのだ。本来ならばセシリアと二人きりのときに我慢できなくて、十八禁的な展開になっていたはずだ。それを何とか嫌われたくないなどという感情で抑え付け、軽く触れるなどで欲を発散することでそうならずに済んだのだ。

 でも、それがいつまでも続くわけがない。

 私のその欲はすでに限界を超えているのだ。接触による発散を利用しても限界をわずかに下回る程度。だがそれも先ほどまでの話。現時点では簪に抱きついているというのに、発散はされるものの限界を下回ることはなかった。

 それでも暴走して十八禁的な展開にならないのは、私がうまく意識を誘導しているからだ。もう少し我慢すれば簪を好きにできるぞと。

 もちろん、私は昨日恋人関係になった簪に対してそういう十八禁的行為をしようなんて思ってはいない。ただちょっと過激なことをして、ゆっくりと限界まで来ている欲をゼロにするだけだ。

 

「ど、どんなふうに、するの?」

 

 その目には今からすることへの羞恥と期待があった。

 私はそれにドキッとする。

 いや、だって羞恥だけなら分かるけど、期待があるんだよ? それはつまり簪のほうもそういうことへの関心があるということだ。私がちょっとでも十八禁的なことを頼めばおそらくは受け入れるのではないだろうか。思わずここで積極的になりそうになるが、たとえそうでもここで自分の欲で動くわけにはいかない。今日はそうしないと決めたんだから。

 

「教えてほしい?」

「……うん」

「どうやって教えてほしい? 言葉で? 行動で?」

 

 あえて簪に選ばせる。私はそうやって簪をいじめる。

 

「わ、私が……選ぶ、の?」

「そう。簪が好きなのを選んで。ねえ、どっちがいい?」

 

 私は耳元で囁く。

 それで簪がぴくりと震えた。

 

「こ、行動が……いい」

 

 顔を私の胸に押し付け、簪は恥ずかしそうに言った。

 その言動は私をさらに興奮させた。

 

「分かった。どんな風にするか行動で示すね。でも、その前に」

 

 私は抱き合ったまま、ベッドの端から中央へと移動し、簪に覆いかぶさるような形になる。私が主導権を握る形だ。これも同性同士ではないが、異性での経験があるため、初めての簪をリードするためだ。

 私は簪の見る。

 私の目に映るのはこれからされることへの期待を含んだ潤んだ瞳と興奮からかわずかに息が荒くなりわずかに開いた湿り気のある唇に髪をベッドに扇状に散らした簪の姿だ。

 私たちはしばらくその状態から見詰め合う。

 私はのどをごくりと鳴らす。まるで食べ物を前にした獣のように。

 そうして初めに行動をしたのは簪だった。

 簪は目を閉じ、受け入れる体勢となった。

 それに対して私もその簪に答えるべく、行動に移す。私も目を閉じ、その唇に自分の唇を重ねた。

 

「……ちゅ」

 

 ただ触れるだけのキス。だが、今までのよりも長くそのままでいる。

 

「……ん、んん」

 

 別に激しいものではないが、それだけでぞくぞくと快感が背中を這う。

 この体になって初めての最大の快感だった。

 

「んっ……ぷはっ」

「はあっはあっはあっ」

 

 一旦休憩にと口と口を離した。

 簪はこの一度だけのキスで肩で息をしていた。

 

「どうだった?」

「はあっはあっ、よか……った」

「ふふ、よかった」

「これが……恋人の……キス?」

「そうだよ。これが恋人のキス」

「これが……」

「気持ちよかった?」

「…………うん」

 

 恥ずかしかったのかすぐ近くにあった布団で顔を隠しながら小さく答えた。

 ああっもう! なんでそんなかわいい反応をするかな! それって襲ってって言っているの!?

 ようやく欲が下回るほどだったのにまた上回るじゃないか。

 だからまた欲を発散しないといけない。まあ、上回らなくても最初からもっとやるつもりだったけど。

 

「じゃあ、さ。もっとやろう?」

「や、やるの?」

「もっとやりたくないの?」

「……やりたい、けど……あ、あんなの……続けたら……へ、変に、なる!」

 

 布団から目だけを覗きだしながらそう言った。

 

「変になってもいいよ。ここには私以外誰もいない。私しかみてない。この部屋だってある程度防音だしね。だから声が出ても大丈夫だよ」

「だから……! 詩織しかいない、から! し、詩織に……そんな、とこ……見られたくない! 見られたら……顔合わせられ、ない!」

「じゃあ、やらないの?」

「……うん。こ、これ以上は……」

 

 そう言って断るのだが、私はもっとやりたい気分なのだ。ここで我慢などできない。そんなことをすれば確実に暴走する。そういう理由もあってここで止めることはしない。

 

「ごめんね」

「えっ……?」

 

 止めることができないので、まず最初に謝っておく。

 それから顔半分を隠す布団を取り去った。簪は私の謝罪のせいで頭の回転が遅くなっているようで、布団を取られたことに反応できていなかった。

 私はその隙を逃さずに再びキスをした。

 

「んむっ!?」

 

 いきなり口を塞がれた簪は驚愕し、手足をどうにか動かし抵抗した。

 抵抗されると色々とやりにくいので、私は両の手で簪の手首を掴み、脚のほうは簪のと絡ませることによって動きを封じた。

 今回は簪が乱れるようなことはしないので、私の両の手足が動かせなくても問題はない。

 

「ん、んんっ! ん~~!」

 

 まだ混乱が治まっていない簪は精一杯抵抗した。それはまるで私が嫌がる簪を無理やりしているようで、罪悪感を感じるどころか、抵抗されるというのに逆に興奮してしまう。

 なぜ性犯罪が起こるのだろうかと思っていたが、その立場になるとその理由が分かるような気もする。まあ、もちろん私はそんな犯罪は決してしないけど。そんなことをしたら夢を叶えることができなくなるもん。

 そうやってしばらくすると簪も落ち着き、先ほどのもうやらないという発言はどうしたのかと思ってしまうほど、大人しくキスを楽しんでいた。

 

「んっ、んあっ……あむっ……」

 

 互いの口から見ている側も発情するような声が出た。

 そんな声が出て私は恥ずかしくなるのだが、どうしてもその原因であるキスを止めることはできなかった。それどころか私は落ち着きを取り戻した簪を確認して、その口に自分の舌を入れ込んだ。

 私の舌は簪の舌を突いたりして刺激を与える。

 

「!?」

 

 いきなり私の舌が口内に侵入したため、驚きで簪の体がびくりと震えた。

 過激なキスである、ディープキス(フレンチキス)を受けた簪は未だにこのキスを上手く認識できていないようで、困惑だけで頭の中がいっぱいのようだ。

 私は簪がちゃんと認識するまで自身の舌で簪の口内を弄くりまわし続ける。前世の記憶があるので、上手く舌で刺激することができたと思う。

 そうやってしばらく私が刺激を与えていると簪のほうでもわずかに反応が出てきた。動かなかった簪の舌が私のに絡んできたのだ。

 

「!!」

 

 いきなり簪が動き出したので私は驚くが、簪がその気になったことを受け入れて舌を絡ませることに集中した。



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第36話 私がルームメイトといちゃいちゃするだけ

 私たちの舌が水音を立てながら絡み合う。それを続けていると刺激されて先ほどよりもより強い快感が体中を駆け巡る。

 私はその快感に思わずキスを止めてしまいそうになるが、私の欲望と簪が放してくれなかった。そのためにキスをし続けるしかなかった。

 

「んっ……んちゅ……ん、あっ……」

 

 私たちは舌を絡ませながら快感を味わう。

 私は簪を拘束していた両の手足を解放した。

 すでにキスをするということが優先となった簪は解放された後は抵抗もせずに、むしろ繋がりを求めるかのように解放された両の手を私の体に回したのだ。

 簪はもう抵抗は決してしない。それが分かったので私は右手を動かした。

 その右手は簪のおっぱいへと伸びた。簪のおっぱいに私の右手が触れた瞬間、驚きキスを止めてしまう。

 右手をそのままの状態で互いに息を荒くしながら見詰め合う。

 

「い、いきなり……何、するの?」

「何って……それは簪をもっと気持ちよくしようって思って……。嫌だった?」

「それは……分からない。胸を揉まれたこと、ない、から」

「初めてなんだ」

「!! あ、あたり……前!」

「ははっ、ごめんごめん」

 

 謝罪の意を込めて軽く額にキスをする。

 

「じゃあ、続きしよっか」

「揉んでもいい……けど、や、優しく……だから」

「分かってるよ。痛いのなんてやだもんね」

 

 私は見つめながら簪の胸を揉んだ。

 

「ん、んんっ……」

 

 私の手の平に簪の小ぶりのおっぱいの感触が広がる。

 簪のおっぱいは小ぶりだが、柔らかさは十分にある。揉む側としては楽しめるほどはあった。

 私は簪のおっぱいをちょっと力を込めて揉んだりとした。

 簪はそれにそれに対して声を出さないようにと私の体に回していた手で口を覆って声を押し殺す。

 その行為は無駄ではない。そうやって口を塞いでいなかったら確実にわずかに漏れる声よりも大きな声が聞こえていたはずだ。

 でもね、私が聞きたいのはそんなわずかな隙間から漏れる声じゃないんだよね。いや、別に嫌というわけじゃないけど。だから私はその手を取り払った。

 

「あっ……!」

「私は簪の声が聞きたいの。そうやって塞いだらダメだよ」

「そ、そしたら……こ、声が……」

「いいって言ったでしょ? もっと声を出していいよ。私は簪の声を聞きたいんだから」

 

 私は簪の耳元でそう囁いた。

 

「だ、出したく……ない! んあっ!」

 

 私は隙を付いてその胸を揉んだ。

 やはりいい声だ。そういう声が聞きたかったよ。

 簪は出てしまったことに羞恥を覚え、顔を真っ赤にして再び手で覆おうとするが揉んでいるほうではない手でそれを阻止した。

 

「ダ~メ。私は簪の声が聞きたいの」

「わ、私は……聞かせたく、ない」

「……まあ、それでもいいけど。でもね、それでもいいけどいつかはその声を聞くことになるんだよ。それは……分かってる?」

 

 それは異性同士がする体を重ねるような行為を恋人関係になった今、そう遠くない未来にその行為をするということを示す。そうなればそのときに今よりも色気のある声を聞くことになるのだ。その羞恥は今の比ではない。

 私だって前世ならともかく今は女だ。簪と同じ立場だ。女だから私もそのような声を出すのは間違いはない。私も絶対にそんな声を発したときは羞恥で悶えるだろう。

 だから簪の気持ちも分からないまでもない。

 だが、近い将来にそうなるのだ。軽い経験という意味でも互いに恥ずかしい声を出しておいたほうがいいと思っている。

 

「…………分かってる」

「ならいいでしょ? そのときのための準備ってことで」

「でも……」

 

 簪はどうしても受け入れてくれない。

 仕方ない。ここは私が折れよう。簪の声を聞きたかったけど、嫌がった結果の末の声はあまり興奮はできない。

 

「いいよ。分かった。出さなくていいよ」

「えっ? いい、の?」

「うん。あっ、でもね、自分の手で口を塞いだらダメだよ」

「でも、それじゃあ……」

「うん、分かってる。それじゃ口が塞げないよね。だからね、私が塞いであげるんだよ」

 

 私はそう言ってキスをした。

 

「!!」

 

 簪は驚いたものの私の言葉の意味を理解し、私とのキスに集中した。

 先ほどやったのは舌と舌を絡ませるキスだったが、一旦止めたのでまた触れるだけのキスから始める。それでゆっくりと高めていく。

 私も簪もそれで互いに再び興奮を高めていく。十分に互いに高まったところで私が、ではなくなんと簪のほうから舌を絡ませてきた。

 私は驚くことはなく自然と受け止めていた。

 やはり簪は初めてのフレンチキスなのでちょっと下手なところが多かった。私はちょっと手助けをしてやる。

 拙い舌の動きに私の舌を合わせる。

 私はそろそろかと思い、簪の小ぶりのおっぱいに両手で揉んだ。ただし今度は服越しではなく直接だ。

 

「!? ん、んんっ~~!! し、詩織! な、なん――んむっ……」

 

 簪が着ているのは制服ではなく部屋着なのでボタンをはずせば、簡単に私の手が入り込める。

 服越しで触るのと生で触るのでは全く違う。制服越しだとおっぱいの形や弾力がある程度しか分からないのだ。だが、生だと服の厚みもないので色々とよく分かるのだ。

 うん、服越しも感じたけどやっぱり生のほうがよく形も柔らかさもよく分かる。

 私はパンの生地を煉るかのようにして揉む。ちょっと強く揉んだり、それを回したりと。

 簪のおっぱいを揉んでいると途端に簪の体がびくんっと震えた。

 あれ? これってもしかして?

 私はその反応は絶頂と呼ばれるものだと確信した。

 その事実は私を喜ばせる。だって好きな人をちゃんと気持ちよくさせたってことだもん。

 前世が男だったんだ。もちろん簪をより気持ちよくさせることなど熟知している。

 私はおっぱいを揉んでいる片手を動かし、下半身へと移動させる。それは簪をより快感へと誘わせるために。

 だが、そのための手はお腹部分で止まった。

 だってそこまでしたら私は我慢できずに本番をすることになる。ゆえに溢れかける欲を抑えて踏みとどまった。

 うん、これはやっちゃダメだ。今日はやらないって決めたんだから。

 私はその行為をしようとしていたという事実を誤魔化すためにキスをちょっと激しくした。

 簪は何も思うことはなく、私の激しいキスを受け入れる。

 まあ、でもちょっとだけなら手を出してもいいよね?

 すでに興奮が一定限度を超えていたために結局はそういう甘い考えが浮かんでしまった。

 私はちょっと脚を動かす。動かした先は簪の脚と脚の間。股だ。そこに右脚を置いた。そして、その脚をちょっとだけそこから動かして股間部分に押し付けた。

 

「!? やっ! ま、待って! そ、そこは!!」

 

 押し付けた瞬間、簪がキスを止めて慌ててその場から動こうとする。

 だが、私が覆いかぶさっているので大して動くことはできない。

 私の脚、とくに膝が簪の股間部分に当たって分かったが、やはりというべきか部屋着のズボン部分、股間部分が簪の体液で濡れていた。

 私は制服なのでスカートだ。つまり脚は生だ。簪の下着と部屋着があるとはいえ、その下着はすでに役割を果たしていなくて部屋着はとても薄かったので、直接と言っても過言ではない。

 

「ふふ、やっぱり濡れてるね」

「い、言わないで! そして、触らないで!」

「ん? 触ってないよ。脚がそこにあるだけだよ」

「なら、どかして!」

「どかしたくない。簪にもっと気持ちよくなってほしいもん」

「私は、嫌、なんだけど!」

「でも体は反応しているけど」

「んあっ!?」

 

 右脚で簪の下着越しのデリケート部分をちょっと強く突いた。

 その部分は、特に今のような快感による興奮状態では、快感を得るだけの器官に成り果てている。

 そのため簪は快感を得てしまい、思わず声を出してしまう。

 

「詩織! もう、止めて! 私、おこ――んっ」

 

 簪の声を遮るようにしてキスをした。それと同時に揉むのを再開した。

 先ほどはただ揉むだけだったが、今度はより快感を与えるために小ぶりのおっぱいの先にある突起も弄った。

 簪は私の下で何度も何度も体を震わせた。それが長い間続いた。

 

 

 

 ベッドに横になる私から見える窓からはすでに日が落ち、月光によって照らされた建物が見える。よく都会の夜景を百万ドルの価値があるなどと言うが、実は私はあまり好きではない。窓から見えるそれを見ても美しいと思うどころか、せっかくの星空が台無しだと思ってしまうほどだ。私は人工物による美しさよりも自然による美しさのほうが好きなのだ。

 だが、決して便利になったこの世の中を否定するわけではない。私はその人工物に依存しないと生きていけないから。

 まあ、ともかく私と簪がいちゃいちゃしてちょっと時間が経った。

 隣を見るとそこには上半身の寝巻きが肌蹴て、下半身は、いつの間にかは私も分からないが、下着のみとなっている簪が疲れ果てて寝ていた。

 ごめんね、簪。私、ちょっとやりすぎちゃったよ。

 私が簪に対してやりすぎたという自覚はもちろんのことある。だから私は簪に申し訳なく思う。

 だけど、ここでやりすぎたため、限界まで来ていた私の欲はすっかりとなくなった。またしばらくは暴走しないと思うことで自分の罪の負担を軽くする。

 私はふと自分の体をペタペタと触れる。肌は簪と体を重ねたために汗でベタベタしていた。

 これは夕食前にお風呂かな。

 夕食は学食で買わなければならない。それは外へ出るということなので、このような汗だらけで外へは出られない。他人からのとかではなく、月山詩織という一人の女の子としてこの状態で外へ出たくないのだ。

 私はベッドから体を起こす。

 今の私は実は制服姿ではない。制服を脱がされ、身に着けているのはショーツのみという簪よりもひどい姿なのだ。

 こうなったのも私が簪にやりすぎたせいだ。

 私が簪に気持ちよくさせているとされるがままの簪が反撃してきたのだ。それで攻守は一旦交代して逆に私が簪に気持ちよくさせられたのだ。多分、簪よりも声を出したかもしれない。

 あのときは本当にびっくりというか恥ずかしさでいっぱいだった。簪が抵抗していたのもよく分かった。今度からはちょっと自重しようと思う。

 

「風呂、入ろう」

 

 私はその場でショーツを脱ぎ、全裸になる。このショーツはもう履けない状態なので、これ以上は無理だった。

 私は脱衣所へ行きそのショーツを部屋に備え付けられている洗濯機の中へと放り投げた。そして、風呂場へ。

 私は湯を出してその湯を頭から浴びる。湯は私の体のラインに沿って流れた。

 私は体などは洗わずにただ湯を浴びるだけにとどめる。体を洗うのはいつものように簪と一緒だ。

 十分に体の汗を流したあとは風呂場を出て、バスタオルで体を拭く。最後にドライヤーを使い、髪の毛を十分に乾かした後、再び制服を着た。

 制服を着た理由だが、もちろん外へ出るためである。別に部屋着でも問題ないのだが、残念ながらこのIS学園には男が一人いる。気にしない子もいるだろうが、私は無理である。

 着替えた後でベッドでぐっすりと寝てしまっている簪のところへ寄り、その額にキスをして部屋を出た。

 向かうのは食堂だ。途中で生徒に会うが、軽く挨拶したり、今日の試合の話をしたりした。

 今回の試合では、特に一夏との試合ではやりすぎたというのがあっただけに不安だったのだが、一夏をボコボコにしたことで怒りを向けられるということもなく、世代が違う専用機持ち相手に量産機で戦ったことへの賞賛だけが向けられていた。

 ま、まあ、悪い気はしなかった。

 その話が何度かあっていつもより倍以上の時間がかかってしまった。

 食堂で私の分と簪の分を受け取った後はすぐに私たちの部屋へと戻った。

 簪はまだぐっすりと眠っていた。

 起こさないと。

 私が持っている夕食を食べるために簪を起こす。

 

「簪、簪。起きて、起きて」

 

 簪を揺すって簪を起こす。

 

「ん、んん~」

 

 そこまで眠りは深くなかったのか簪は薄っすら目を開いて、目を覚ました。簪はベッドの上でぺたんと座って、目元を擦っている。今の簪は色々と乱れているので、その仕草は私に対して効果抜群だった。

 ねえ、それって狙ってやっているの?

 そう思わずにはいられない。

 

「あれ? くら、い?」

 

 窓の外を見た簪がそう呟いた。

 どうやらまだ寝ぼけているようだ。

 

「そうだよ。あれからまだ一時間くらいしか経ってないよ」

「!!」

 

 私が教えてあげると今度はちゃんと理解できたようで、顔を真っ赤にしていた。そして、ジト目でこちらを睨む。

 

「詩織の、エッチ」

「うぐっ」

 

 言われるが私の行動を思い返せばその言葉を否定などできない。私は受け入れるしかできない。

 だが、否定はできないが言い返すことはできる。私にはその材料があるのだ。

 私は簪のジト目に負けじとこちらもジト目で対抗する。

 

「そう言うけど簪だって後半は私と同じことしたじゃない」

「!! そ、それは……!」

「あの時の簪、私と同じだったよ。ううん、私よりもエッチだった」

「そ、そんなこと……ない!」

「そう? 私、簪の胸は触れたけど、そ、その、む、胸をす――」

「分かった!! 分かったから!! 私のほうがエッチだから!」

 

 私の声を途中で遮り、簪は顔を真っ赤にしてそう言った。



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第37話 私の夢は変えられない

 それを言わせた私は勝ったと確信した。

 

「ほら、見て、ここ」

 

 私は制服を脱いで下着のみとなる。そして、首元や胸辺りを指差す。そこには痣があった。それは今日の試合でできたものではない。ついさっきできたものだ。その痣は簪によって付けられたものだ。それはキスマークと呼ばれるものだった。

 それを見た簪は顔を伏せる。

 

「簪が付けたものだよ」

 

 胸元はともかく首元のはどうやっても隠せないところにあった。これに気づいたのは風呂から出て鏡を見たときだ。

 これ、ばれないかな? 見られてばれたらどうしよう。

 

「ほら、こっち見て」

 

 簪はそっと顔を上げる。その顔はやはり真っ赤だった。

 

「ねえ、このキスマークって……どういう意味なの?」

 

 こういう行動をしたからには何か理由があるはずだ。だからそれを聞いた。

 

「……い、言わないと……ダメ?」

「うん、言ってほしい」

「それは……もちろん、わ、私の物だって、印」

 

 簪は恥ずかしそうに言った。

 それに対して私も恥ずかしくなる。

 一応、簪がこれを付けた理由なんて分かっていた。そして、実際に合っていた。でも、分かっていたからと言ってそれに対して冷静に受け入れることができるというわけではない。

 で、その結果が私も顔を真っ赤にしてしまうという状態だ。

 自分から言ってと言ったはずなのに私も沈黙していまい、互いに顔を伏せてしまう状態が続いた。

 

「し、詩織……な、何か……言って?」

「え、えっと、うれしいよ?」

「……なぜ疑問系」

「じゃなくて、とてもうれしいよ」

 

 私はぎゅっと抱きしめてその気持ちを表す。

 だけど私はその前に言わなければならないことがある。

 

「でもね、私は簪だけのものじゃないってことは忘れないでね」

「っ! わ、分かってる」

 

 簪の表情からはその事実を受け入れたくはないというが見えた。やはりあのときは受け入れると言ったが改めてとなると受け入れがたいのだろう。

 私の恋人が増えればそれだけ私との時間が少なくなるからだ。その思いが増加させるのは今のような二人きりの時間であると言える。私の恋人が増えることによってその思いを楽しめるのは僅かな時間となり、その僅かな時間だけでは満足できなくなるからだ。

 だって人間は一度いい思いを覚えれば、そのいい思いを何度も求めるからだ。わずかなもので満足できるはずがない。

 

「あとね、あの、言いにくいんだけど、もうもう一人恋人ができた」

「……」

「か、簪?」

 

 ちょっといきなりだったが、このタイミングで言った。

 そのいきなりの私の発言に簪は無言だ。

 と、簪の様子を抱きしめながら窺っていると突然私の両の二の腕に鋭い痛みが走った。そこは確か簪が掴んでいた部分だ。

 

「いたっ!」

「…………」

「い、痛いって!」

「…………」

「か、簪!」

 

 私は痛いと簪に必死に伝えるのだが、どういうわけか簪の耳には私の必死の声が聞こえていないようで、黙って私の腕を強く握るだけだ。

 私の体がいくら頑丈でも、それは傷が付きにくいというだけで痛覚に関しては常人と同じレベルだ。

 私は何度も訴えるのだが、やはり無視された。

 本当にあの簪が掴んでいるのかと思うほどの力の強さだった。

 私はこおの痛さに耐えられなくて涙目になる。

 

「ぐすっ、痛い……」

 

 溜まった涙が頬を伝う。

 

「あっ」

 

 そうなってようやく簪が気づいてくれた。

 簪は手を緩めて私を放し、離れた。

 

「ご、ごめん」

「気づくのが……遅いよ! うぐっ」

「本当に……ごめんなさい」

 

 簪が手の跡が付いた私の腕を見て謝る。

 その腕には簪の手形がくっきりと付いていた。

 

「ぐすっ、一体どうしたの?」

 

 目元を擦りながら簪に問いかける。

 

「それは……分からないの?」

「……嫉妬?」

「………………そう」

「やっぱりそうなんだ。私と恋人になって簪は私がほかの子を恋人にするのは嫌になった?」

「……」

 

 簪は無言で言いにくそうにしていた。その様子からも変わってしまったということが分かる。

 私はそれを咎めようとは思わない。

 だって恋人だもん。どんなに受け入れるという発言をしても、いざとなるとそれは変わってしまうものだ。だから咎めない。

 

「無言じゃ分からないよ。ちゃんと答えて」

 

 分かっていながらも私は簪からの言葉を求める。

 

「……うん、嫉妬。詩織の約束……破るけど、ごめん、私には……無理、みたい」

 

 簪は何も誤魔化しはせずにそう言ってくれた。

 簪のその顔は約束を破ったことへの申し訳なさが見られる。

 

「ううん、いいよ。それでいい。そうなってもいいよ。それは当たり前のことなんだから。でも、ごめん。私は簪だけじゃなくてほかの女の子とも恋人になりたいの。だから簪が許さないって言ってもそれは無理なの」

 

 私はセシリアにも言ったことを告げる。

 

「……詩織の夢は……知っている。でも、私一人だけじゃ……満足、できない? 私だけに……愛をくれない? 私は詩織のことを……愛してる。おそらく、詩織以外愛すること……できない、くらい」

 

 その目には私だけを選んでくれという思いが込められていた。

 

「……ごめん。できない。でも、これは簪に不満があるとかじゃないの。満足できないというわけじゃないの。そんなことを関係なしに私はほかの子たちも共にほしいの」

 

 この夢は私の人生を費やしたものだ。たとえ愛する簪からの言葉であっても決して揺るぐことはない決意ともいえるものだ。

 

「……そう、なんだ」

 

 簪は自分だけが愛されるということができなかったことに落胆を見せる。

 

「嫌でも受け入れて」

「……分かってる。付き合うときに……私は受け入れるって……言った、から」

 

 簪はセシリアの時のようには執拗には求めずに受け入れてくれた。

 それは以前に受け入れると発言したためであろう。

 

「ありがとう」

「それで、その女は誰?」

 

 簪が知らぬセシリアのことを女と呼ぶのは決して嫉妬からくるものではないと思いたい。

 私は簪に名前と今日戦った相手だと伝えた。

 

「あの、女――じゃなくて、セシリア・オルコットが?」

「うん」

「……そう、なんだ」

「えっと、もしかして何かあった?」

 

 簪の表情があまりにも嫌そうだったのでそう聞いた。

 

「何も、ない。私もオルコットも、面識は、ない、し……互いに全く知らない」

「へえ、そうなんだ。同じ代表候補生だから知っているかと思った」

「そうでもない。代表候補生は所詮……候補生。戦わずなんて事は……よくある。けど、もちろん試合があったときは……事前に調べる、けど。だから私は……知らない」

「ふうん。そういうものなんだ」

「そういうもの。だから知らない」

 

 なら簪がセシリアについてあまり良さそうに思ってはいないのはなぜだろうか。それが疑問に残る。恐らくだが、セシリアが代表候補生ではなければここまで嫌そうな顔はしなかっただろう。

 ならばやはりISが関係しているのだが、話を聞いた限りどうも互いにISで戦ったことがなければ面識さえもないという有様。ならばどうして。

 

「じゃあ、なんでそんなに嫌そうなの?」

 

 分からないので聞いてみる。

 

「……答えないと……ダメ?」

「うん、知りたい。私は簪とセシリアの恋人だよ。何度も顔を合わせなきゃいけないんだもん。二人が睨み合っているのに恋人の私がその原因を知らないなんてダメじゃない。だからね、教えて」

「……分かった。私が嫌なのは……オルコットが……私よりも……圧倒的だから」

 

 圧倒的、か。

 私はその言葉を考えながらセシリアとの試合を思い出す。

 確かにセシリアはの射撃は精確だった。確実に私を捉えていた。避けても避けてもすぐに射撃されるという避けるのをミスすれば致命傷になる攻撃の嵐だった。セシリアのあの射撃でも脅威だというのにセシリアはファンネルという機動性に優れた敵を包囲するように攻撃できる武装だってあった。スターライトで距離の離れた相手を、ファンネルで近づいてくる相手を。まさに遠距離中距離に対応したISだ。

 正直羨ましく思うほどだ。だって私が使えるのはこの拳と刀だけだもん。私だってあんなふうに格好良く撃ちたい。近距離という危険のある距離じゃなくて、安全な距離で戦いたい。

 そうは思うが私は候補生ではないので、何度もISに乗るわけではない。今日のような試合などこれからの人生であるかないかくらいだろう。だからそのように願っても意味がないかな。

 

「あんな風になるのは……私、には……無理」

「う~ん、そう? まだ簪だって若いから努力すればセシリアと同じくらいになると思うけどな」

 

 簪の実力は知らない。だが、候補生というからにはそれなりに実力があるのは確かである。ならば方向性は違うが、成長の余地がまだまだある簪ならば勝敗は分からないが、同じくらいの力を手に入れることができるはずだ。

 それに単に簪の技術のみではなく、私たちが今作っているISのことを含めるとその力はさらに上がる、もしくは技術はなくとも同じ力を手に入れることはできるはずだ。

 なにせ簪専用のISを作っているのだ。しかも、作っているのは搭乗者本人。普通の専用機とは違うのだ。

 

「無理に……決まって、る。私は……努力した。けど、効果は、でなか……った。言っておく、けど、それはつい最近、じゃない。小さい頃から努力、して……でなかった」

「……」

 

 どんなに努力をしてもやはり人間には限界がある。限界が来てしまうとそれ以上成長することは難しい。だが、少なくとも簪にはまだまだ限界は来ていないはずだ。私はそれを大きな声で言える。

 

「詩織。私には……姉がいる」

「お姉さんが?」

「うん。私の……一つ上」

「ここにいるの?」

「うん。たぶん……詩織も、見たことある」

 

 私は思い返してみるが、簪に似た子に思い当たることはなかった。

 まあ、それは仕方ないだろう。だって私が学園に入ってから見てきたのは年上の先輩ではなく、同級生たちだけだもん。おかげで入学式では話など全く頭にも入らなかった。

 

「お姉ちゃ――姉さんも……圧倒的。羨ましい、くらい。同じ血が……流れているのか……疑う、くらい」

「そう、なんだ。でも、それでもお姉さんだって努力していると思うよ」

「私より、も?」

「う~ん、それはなんとも言えないかな。そういうのは人それぞれだもん。十の努力がそのまま十の結果が出る人もいれば、十の努力で一とか五の結果しか出ない人だっているしね。でも、だからといってあきらめたらそこまでだけどね」

「つまり、努力が……足りない?」

「ううん、ちょっと違う。というか、努力に足りる足りないは関係ないよ。続けられるかどうかだよ」

 

 だってさっき言ったように努力の数イコール結果の数じゃないもん。だから足りる足りないの問題ではない。

 

「ありがとう。私も……まだ成長、できる」

「別にいいよ。私もね、おじいちゃんに負け続けて落ち込んだりしたからね」

「え? 詩織は……何の話をしてるの?」

「え? 何ってISの話でしょ?」

「え?」

「え?」

 

 ……どうやらあ私たちは奇跡的に話が噛み合っていただけだったようだ。

 

「え、えっと簪は何の話をしていたの?」

「……身体の……スタイルの、話」

 

 そう言われて話を私が思っていた話ではなく、スタイルとして話していたとして思い返してみるとこれもまたうまく噛み合っていた。

 ということは圧倒的というのは胸のことか!

 私は目の前にいる簪の胸を見る。簪の服は肌蹴ているので簪が気にしている小振りの胸が覗いていた。

 確かにセシリアと比べたらちっちゃい。

 

「……詩織? どこを見てる?」

 

 チラッと見ただけなのに気づかれた。

 その目はなんだか怖い。きっと、いや、絶対に私が胸を見ていたってこと分かって言っているのだろう。つまり、どこを見ていたのかは分かっている、その上で正直に答えろということだろう。

 

「か、簪の、か、可愛い胸?」

 

 私がそう答えると簪の顔は真っ赤になる――のではなく、目を細めて私を見てきた。

 

「……私、フォローは求めて……ない。あと、いくら女の子が……好きだからって、見すぎ。わ、私は……別に嫌じゃないけど……」

「……自重します」

 

 さすがにちょっとは抑えないとね。今日だって一歩間違えれば十八禁的展開になっていただろう。

 

「えっと、それでさっきまでの話はスタイルの話だったんだね。私てっきりISのことかと……」

「言っておくけど……私はISの操作技術は……結構なレベル。だから、そこまでどうも思わない」

「そ、そうなんだ」

「ただ……詩織には負ける、けど」

「……」

 

 私は何も言えなくなる。

 

「くしゅん!」

 

 しばらく沈黙が続いていると簪がくしゃみをした。

 

「えっと、夕食を食べる前に風呂入る?」

「……うん」

 

 簪は汗やら何やらで濡れていたので、それが体を冷やしたらしい。

 簪は脱ぎ捨てられた部屋着の下を持って、風呂場へ向かった。

 私は大人しく簪を待った。



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第38話 私の変態行動

 簪が汗を流している間、私はいちゃついていた後片付けをする。それが終わったあとは、することがなくなるので、ちょっとだけ簪のISの作業を進めたりする。

 そうしていると先ほどとは別の部屋着に着替えた簪が出てきた。

 

「早かったね」

「当たり前。風呂入るときは……詩織と。詩織は一緒は……嫌?」

「ううん、嫌じゃないよ。私も一緒に入りたいから」

 

 これは別に下心ではない。前は下心があって風呂に一緒に入っていたが、今は恋人になったということでそれも治まっている。これは本当にただ純粋に仲良くするために入るのだ。

 うん、これは本当だ。だって風呂で肌と肌の触れ合いをしなくても、恋人となった今はちょっと頼めばいつだってできるもん。まあ、だからといって何でも頼むというわけじゃないけどね。

 私はそう思ってふと笑う。

 

「? 何を……笑っているの?」

「ううん、なんでもないよ。気にしないで。それよりも食べよう」

 

 私たちはご飯を用意してそれを食べ始める。

 うん、いつ食べても食堂のご飯は美味しい。高級店はこれよりも美味しいのだろうか? まあ、たくさん食べる私は質より量になっちゃうけど。

 この燃費の悪い体のため、たくさん食べないといけないので、美味しいものを食べることは私の密かな趣味となっている。特に甘いものが。

 前世で甘いものが嫌いだったというわけではない。わけではないのだが、あまり多く食べることができなかったのだ。しかし、この体はそんなことはなかった。

 さらに私の体は燃費が悪いので、実はなんとどんなに食べても太ることはないのだ。

 今度簪かセシリアのどちらかと甘いもの巡りでもしようかな。

 

「ねえ、詩織」

「ん?」

「オルコットと……私は対面する、の?」

「あっ! そうだったね。うん、会うよ。明日の朝会うことになっているの。いきなりだけど大丈夫?」

「大丈夫」

 

 簪の表情を窺うとまるで戦いに臨むかのようだった。

 え? か、簪? 何でそんな表情をするの? ただセシリアと会うだけだよ。戦わないよ。

 簪の表情を見てなんだかセシリアに会わせるのが不安になってきた。

 

「そ、そう」

 

 私は引き攣った笑みを浮かべる。

 それから私たちはちょっとした雑談をしながら夕食を食べた。食べた後はちょっと作業をして、それから風呂に入った。

 もちろん風呂では何もなかったよ? ただ一緒に洗いっこをしただけだよ。まあ、どういうわけか簪が不満顔だったが。

 ……私、簪をやばい方向にしたのかな? それとも最初からなのかな?

 簪の私に対する愛が本当に予想外なのでちょっと困惑してきた。

 その日はそれから作業をしてアニメを見てからベッドへ入った。

 すでに時刻は零時をちょうど回ったくらいだった。

 

「詩織、もうちょっと……近づいていい?」

 

 私と簪の間は本当にわずかで体の大部分がすでに触れている。つまり現状でも近づいているのだ。

 

「えっと、結構近いよ?」

「私はもっと近づきたい。詩織は……私に、くっつきたくない、の?」

「くっつきたい!」

 

 そう問われると私はテンションを上げて即答してしまう。

 

「私も……くっつきたい」

 

 私ではなく簪のほうからさらにくっついてきた。これで本当に私たちの隙間は完全になくなった。ただ、ちょっと問題があるとすれば、

 

「って、な、なんで私の上に?」

 

 簪が私のお腹の上に乗っかっていることだろう。私は頑丈だし簪は軽いので負担にはならないのだが。

 しかし、寝にくいのには間違いないのでどうにかどいてもらいたい。

 

「あのまま、近づくだけじゃ……最初と大して変わら、ない。なので、こっち。これならたくさん……くっつける、でしょ? 嫌?」

「……嫌じゃない」

 

 ちょっと寝苦しいが簪のぬくもりと感触をと比べると私は後者を選んでしまう。

 簪もちょっとやばいけどそれよりも私のほうがやばいね。人のことよりも私だ。

 

「詩織、温かい」

 

 私の胸の上に頭を乗せた簪が本当に気持ちよさそうに言う。

 

「私も温かいよ」

 

 私はそう言いながら上に乗る簪の頭を撫でる。

 私は撫でながらもう片手で簪の髪を指に絡ませて遊んだ。

 

「ん……。遊んでる?」

 

 簪が顔を上げてこちらを見て言った。

 

「遊んでるよ~。簪の髪はさらさらしてるね」

「詩織だってさらさら」

「ありがと」

 

 それから私たちはお休みのキスをしてそのままの状態で眠りについた。

 

 

 

 そして、朝となる。

 私はゆっくりと目を開けた。

 まず視界に入ったのは簪の顔だった。私の首元に簪の吐息がかかる。私たちがくっついて寝ていたので当たり前だ。

 今の状態を確認するとやはりというべきか、簪は私の上にはおらず、横になっていた。まあ、あの体勢のままとは最初から思ってはいなかった。けど、互いに抱き合ったままの状態を保っていたというのはちょっと予想外かな。

 先に起きた私は、簪の寝顔を見るという権利を行使する。

 私はいつも簪より先に起きることが多いのだが、それはこの権利を行使するためと言ってもいい。だってこの時間だけは簪が完全に無防備になって、何をしても起きないんだもん。

 それを利用して私は腰に回している腕を動かし、体中を撫で回した。

 私の手に簪のやわらかい肌の感触が伝わる。昨日何度も感じた触り心地だ。ただ昨日と違うのは直接触れたか、寝巻き越しということだろう。

 むう、やっぱり布一枚だけなのにぜんぜん違う……。直接のほうがいい。

 いつもはちょっと触れるだけで満足していたのだが、やはり一度素晴らしいものを知ってしまうと劣るものでは満足できなくなる。

 

「ごめんね」

 

 私は簪に届かない謝罪をして、簪に回した腕で寝巻きのボタンを一個ずつはずしていった。全てがはずし終わり寝巻きの前部分を開くとそこには、目を閉じればいつでも鮮明に思い出せる、簪のやわらかな肌とやはり小さな胸だ。

 さっそく私は手を寝巻きと肌の間に入れて、改めてその状態から抱きしめた。

 私の手には先ほどとは違い、簪の確かな肌の感触が伝わる。さらに私は簪の感触を感じるためにちょっと下に体を移した。これすることで私の顔の前にちょうど簪の胸が来るのだ。

 で、この状態でぎゅっと抱きしめると必然的により距離が縮まり、私の顔が簪の胸に埋まった。

 私は手の平と顔に感じる簪を楽しんだ。

 ……これって傍からみると私は変態だよね。だって寝ている女の子相手に、脱がしてはないけど、その肌に顔を付けているんだもん。どうやっても言い逃れはできない。

 けど、まあ、私が変態というのは最初からだもんね。そう思いつめるようなことではない。

 私は簪の心地よさに負けて、そのままの状態から二度寝をした。

 それから浅い眠りの中、しばらくすると目覚ましが大きな音を鳴らす。

 それで私の意識は完全に覚醒する。顔をちょっと上げるとそこにはまだぐっすりと眠る簪が。本当によく毎度ながら思う。よく目覚ましが鳴っているのに目が覚める気配がないんだもん。

 さて、と。そんな簪でもさすがに鳴り続けていたら起きてしまう。別にそれはそれでいいのだが、ほら、今の私の状況はちょっとやばい。なにせ簪の胸に直接触れちゃっているんだもん。というか、枕にしちゃっているんだもん。これは寝る前の簪と似ているが、簪は服の上で私は直接だ。いくら簪でも引いちゃいそうだ。だからその前に目覚ましを止めて、色々と整えて起こさなければならない。

 そう思って私は手を抜こうとした。

 だが、

 

「ん? あ、あれ? ぬ、抜けない? な、なんで? 引っかかってる……? うそ!?」

 

 なぜか手が変なところに引っかかったようでこの状況から脱することできなかった。何とかはずそうとするがやはり無理だった。無理にやればできるのだがそうすれば寝巻きが破れてしまう。そうすれば簪から離れることができるのだが、起きた簪にどう言い訳できようか。無理に決まっている。

 そういうわけで無理にせずに脱しようとした。

 しかし、やはり抜けずに時間だけが過ぎる。その間にも目覚ましは鳴り続ける。それは簪の意識がだんだん覚醒へと導く。

 そうして再びしばらくして、恐れていた簪の覚醒が始まった。

 

「ん、んん~」

「!!」

 

 簪のまぶたがゆっくりと開かれた。

 

「……詩織、おはよう」

 

 まだ寝ぼけているのか、この状態に気づかないようだ。

 

「お、おはよう」

 

 私は冷や汗をダラダラと流しながら答えた。

 しばらく簪は私を見つめ続ける。そして簪は完全に覚醒した。簪は違和感を感じて、その違和感の正体に気づき、完全に開かれた目が半開きとなり、ジト目になる。本当に冷たい目だ。

 う、うう、そんな目で見ないで……。

 

「詩織の、変態」

「うう……」

「私の、肌に触れ……たり、胸に、顔を埋めて……楽しかった? それも私が……寝ている間にして」

「……」

「詩織は……どうしようもない変態、ね」

 

 本当に何も言えない。

 

「それで……こんなに言われているのに……まだそのまま、なの?」

「ひ、引っかかっちゃって……」

「……。そう」

 

 簪はちょっと窮屈そうにしながら寝巻きをどうにかして脱いだ。ようやく私は脱した。

 私は体を起こしてベッドの上で気まずそうに俯く。

 うう、簪のジト目を感じるよ……。

 

「詩織」

「は、はい!」

 

 いきなり名前を呼ばれ、大きな声を出して顔を上げた。

 

「なんで寝ているときに……したの? こんなこと……したいなら、頼めば私は……受け入れる」

 

 簪はジト目を止めてやや頬を赤めてそう言った。

 うん、やっぱり簪を色々と変えちゃったみたい。絶対に私に会う前だったらそんなこと言わない子だってよね。

 

「じゃ、じゃあ、私が脱いでって頼めば……」

「脱ぐ。詩織が求めるなら……脱ぐ」

 

 冗談で言ってみればどうやらそれは本当のようだ。

 簪が自分の思い通りになると予想が確信となった瞬間である。

 私はごくりとのどを鳴らした。

 いやいやいや! 待って、私! いくら好きにできるといっても自分のわがままにしていいというわけじゃないよ! というか、それでもやっちゃいけないよ!

 こう思うことで何とか理性を保つ。

 

「今、脱いだほうが……いい?」

「ぬ、脱がなくていいよ! うん、脱がなくていい。そういうのは朝じゃなくて夜するものだからね。今はやらないよ」

「……分かった。じゃあ、今夜」

「今夜!? そ、それって昨日みたいなことしたいってこと!?」

「……」

 

 簪は恥ずかしそうに頷いた。

 

「詩織だって……したいでしょ?」

 

 したい、したいけど!!

 

「今日は……しないよ。うん、しない」

 

 私はそう言った。

 すると簪はがっかりしてしまう。

 この選択に女の子が大好きでいちゃいちゃしたい私は後悔してはいない。いや、嘘。結構後悔している。だけどだけどこうでもしないと私は暴走してしまう。簪はそれでもいいと言うかも知れない。でも、そうやって簪が許してくれるからってやっていると、まるで私が簪をそういう体を目当てだと思われるかもしれないと思ってしまうのだ。

 もちろん簪がそうは思わないだろうが、やはりそう不安になってしまうのは仕方ない。

 私は簪を体目当てで恋人になったわけではなく、簪を愛して簪という存在が目当てで恋人になったということは確かだ。

 

「き、嫌いになった、の?」

「違うよ。嫌いになったんじゃないよ」

「なら、なんで? 詩織がエッチなのは……知っている。でも、これは……私から誘ったのも……同然。受け入れても……詩織をエッチとか……思わない。だって、恋人として当然のこと、だから」

「そうだとしてもしないよ」

「なんで?」

「私ね、不安なの」

「不安? 何が?」

「簪のその誘いに乗っちゃうと多分私、何度も簪が求めちゃうと思う」

 

 これは私の予想ではあるが、現実になるのはほとんど確実である。もちろんこれはただ欲を満たすために求めるのではなく、簪を求めた結果である。私はちゃんと簪を愛している。

 

「そうしたら簪は体目当てって思っちゃうって思って……」

 

 私は不安を簪に言った。

 

「私はそう思わない。詩織は……私のこと、好き、でしょ?」

「当たり前でしょ! じゃないと、キスとかしないよ!」

 

 そう言うと簪はにこりと微笑んだ。

 そのときの簪は私よりも大人びたお姉さんのようだった。ちょっと真剣に考えていた私が子どものようだ。

 先に惚れたほうが負けとは言うがこれもそういうことなのだろうか?

 とにかく私の簪への好感度がまた上がった。もう依存と言ってもいいほどに。今は自覚はないが、簪が私から離れればその心の傷は計り知れないほどの深いものになるだろう。それほどまでに簪という存在は私の中になくてはならない存在となっている。

 これは素晴らしいものなのだろうが、危ういものでもある。

 だって私はこれからハーレムを作るのだ。そして私にとってその子達全員が簪と同じような存在となるのだ。そんなみんなが何かで私の前からいなくなれば? 私は精神的に死んで、ただ死を求める機械人形となるだろう。

 心の本気というのは強くて頑丈で優しくてうれしくて楽しくて幸せですばらしいものではあるが、その本気であるからこそ一旦壊れてしまうとその破壊の影響力は正の感情から負の感情へと変換される。その負もまた正と同じだけの強さを持ち、精神を死へ導くのだ。



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第39話 私は傷つける

 なんだかこう考えると大切な存在を作るということは私にとってプラスではあるが、同時に最大のマイナスになるようだ。

 

「詩織がそうだからって……分かってるから、私は……そう思わない。それに、私だって……人を見る目は……ある。詩織が私の……体を目的なら私は……詩織を好きにならなかった。だから、いくら詩織が私を求めても……それは愛があると分かる。だから、嫌いにならない」

 

 簪の言葉に偽りはない。それを簪の瞳から感じる。

 ああ、もうなんでそんなに私のことを愛してくれるの? うれしすぎてギュって抱きしめたくなっちゃうよ!

 

「……ありがとう」

 

 あまりのうれしさにただそれだけしか言えない。

 

「じゃあ、今日、やる?」

 

 再び簪が問う。

 

「ううん、それでもやんない。それはまた今度にしよう」

「さっきのじゃ……伝わらなかった?」

「違うよ。ただ……そんな毎日やるようなものじゃないからね。次やるときは、そ、その、もうちょっと進みたいの……」

 

 それはつまり昨日よりも激しいことをしたいと言っているのだ。いわば本番というやつだ。

 まだ恋人になったばかりで早いかもしれないが、互いに相手を求めている状態である。現に簪は今日の夜にと言った。それは求めていると言っていいだろう。そして、私はもちろんのこと求めている。二人とも合意しているのだ。

 私のその発言に簪は昨日のその先を思い浮かべたらしく、顔を真っ赤にさせてその顔を隠すかのように私の胸元に顔を埋めた。

 

「簪は……嫌? それとも一線を越える?」

 

 それに簪は、

 

「……越え、たい」

 

 小さく呟いた。

 

「私も越えたいよ。私も越えたいけど……その、まだ、私の心の準備ができてないの。だからね、また今度にしたい。私、焦って失敗したくないもん。簪は違う?」

「そうなると……私も心の準備が……ほしい。でも、いきなりは……不安。やっぱり経験を積むためにも……き、昨日みたいのは……必要」

 

 むぐっ、気づいちゃったか。簪の言うとおり、昨日のような行為は本番前の練習として役に立つことは間違いない。どんなものでも本番で焦らないようにするためには、何度も練習することだ。

 

「大丈夫だよ。そのときはなんとか私がリードしてあげるから。だから、簪は何も心配しなくていい」

 

 正直に言うと簪は下手なままでいてほしいのだ。慣れなくていい。だって私は初めてのことでどうしたらいいのか分からずに困る簪を見たいんだから。そんな私の個人的な理由で経験させたくはない。

 すると簪はどうしたのか、なぜか目を細めて睨むようにして私を見た。

 

「詩織はもう……体験したの?」

「え? 体験? 何の?」

「……ほ、本番、のこと。そんなに自信満々なのは……もう誰かとしたから、なの?」

 

 簪は眉を寄せて何か不満そうな顔を顕にする。

 これにどう答えればいいだろうか? もちろんのこと私は経験はある。でなければ次は本番をしたいなんていう訳がない。まあ、もちろん前世での話だが。で、前世だからちょっと答えに困るのだ。

 異性同士ならば経験はある(前世だが)。しかし、女の子同士は経験はない。

 それは本当に微妙なところである。経験はないとも言えないしあるとも言えない。

 でも、現実的に考えるとここは経験はないと答えるべきだろう。別に嘘ではないし、問題ない。

 

「ふふ、面白いことを言うね。私が誰かと経験したように見える?」

「私は……ないと思い、たい。それで……本当はどう……なの?」

「ないよ。この体はまだ誰も欲で塗れた手で触れられたことのない清らかなままだよ。そういう体の触れ合いとかは簪が全て初めて。私の初めては簪にあげるつもりだから」

 

 私にはすでにセシリアという恋人とまだ未確定の束さんがいる。

 だが、私は体を重ねることへの初めての経験をセシリアでもなく、小さい頃から好意を持ち続けている相手である束さんでもなく、ルームメイトで初めての恋人の簪と経験しようとしている。

 これは単にただ早くエッチをしたいとかいうそんな粗末な理由ではないということは確かだ。でも、理由は単純なものだ。簪が初めての私の恋人になったという理由だけ。ただ出会いが早くて、ただ誰よりも早く仲良くなって、ただ予定よりも告白が早かっただけ。そんな早さが重なった結果なのだ。

 

「これで安心してくれた? 私はまだ誰とも経験したことはないって」

「した。でも、なんで……自信満々?」

「まあ、それは別にいいでしょ? 大事なのは私が誰とも経験してはいないってことじゃない?」

 

 簪は小さく頷く。

 

「とにかくそういうことだから今日はダメ。その代わり次やるときは、ほ、本番、だから」

 

 私は顔を赤くして言った。

 こういうことを言うのはやっぱり恥ずかしい。

 

「わ、分かった」

 

 簪のほうも顔を赤くして言った。

 

「そ、そういうことだから。じゃあ、簪。そろそろ準備をして朝食を食べに行こう。セシリアも待ってるし」

 

 セシリアと口にしたときに簪が不満げになったが、私は無視した。

 私たちはちょっとのんびりしすぎたので、急いで制服に着替える。着替えた後はまっすぐ食堂へ向かった。

 通路は食堂へ向かおうとする生徒たちでいっぱいだ。私と簪はその流れに乗って食堂へ向かった。

 みんな談笑をしながら向かっており、通路は騒がしかった。

 なんだかこうして周りの生徒を見ていると私たちと同じような恋人関係の子たちがいるんじゃないかなと思ってしまう。だってIS学園って男は一夏一人だし、一夏がいないときは完全に女子高と同じだ。

 まあ、女子しかいないから同性の恋人がいるってわけじゃないけど、私の中ではそういうイメージがどうしてもある。それにこの学園には自己主張の弱い日本人だけではなく、自己主張の激しい外国の子たちもいるのだ。実は結構いるかもしれない。

 

「うう、いつも思うけど……多い」

 

 私の腕に抱きついている簪がそう呟いた。

 ちなみに簪が大胆にも皆の前で私の腕に抱きついているが、周りの人たちはそれを気にはしない。だって、まわりも恋人ではないけど手を繋いだり、今の私たちのように腕に抱きついたりしているのだ。

 だから周りから見れば私たちもただの仲のいい友達にしか見えない。

 

「そう? 結構スカスカだと思うんだけど」

「私にとっては……ぎゅうぎゅう」

「はは、本当に簪は人混みが苦手なんだね」

「本当は……引きこもりたい……」

 

 本当になんで引きこもりたいって子が激しく動くISの代表候補生になったんだろうか。全くの反対だよね? なのに運動が必要な代表候補生って……やっぱり簪もまた天才という部類の一人なのだろう。

 

「引きこもってばかりで楽しい?」

「楽しい」

「じゃあ、可能ならばずっと引きこもるの?」

「うん、それができる……なら」

「そう、なんだ」

 

 私はそれを聞いて落ち込む。

 

「? どうした、の?」

「何が?」

「詩織、落ち込んで、る? どうして?」

「だってデートできな――」

「さっきのは冗談。本当は詩織と……出掛けたい」

 

 言い終わる前に簪が言葉を挟んだ。

 

「え? 冗談だったの?」

「そう、冗談。本当は……外に出るのが……大好き」

「にしてはいつも部屋とか整備室に引きこもっているように見えるんだけど……」

「そ、それは……」

「どうしたの?」

 

 どうしてか簪の言葉が止まってしまった。

 

「あっ、そうだっ」

「え?」

「な、なんでもない。ただ私に……友達、いなかった、から」

「ご、ごめん!」

 

 思わず謝ってしまった。

 簪はさっき外へ行くことが好きだと言ったのだ。なのに簪は私に会って以来その様子はない。ならば外へ行くことが好きと言ったときにそれを察するべきだったのだ。なのに、それを察せずに簪の言いたくないことを簪の口から言わせてしまった。

 好きな人を傷つけた私は自分を殴りたくなった。

 

「あうっ、あ、謝らなくて……いい!」

「でも、私は簪を……」

「少ないけど……いる、から!」

「ぐすっ、本当にごめん」

「なんで謝る、の!?」

「だって言いたくないこと言わせたから……」

「どこ!?」

「少ないって所……」

 

 本当に私の馬鹿!! なんで落ち込んでいるのに言わせたの!!

 私は今すぐにでも簪から離れたくなった。

 私は気まずい思いを抱きながら、簪と一緒に食堂へ向かった。

 話はその道中ではなかった。私のせいだ。

 そして私たちは食堂へ着いた。

 

「え、えっと、ちょっと待っててね」

 

 未だに気まずい思いを引きずりながら簪にそう言った。

 

「分かった」

 

 簪は私の腕に抱きつくのをやめて、離れる。

 どんなに気まずい思いをしながらも、やはり簪と離れるのは名残惜しかった。やはり私は私だった。

 私は食堂の入り口を中心に見回した。そして、見つけた。セシリアは忙しなく辺りを見回していた。多分私を探しているのだろう。そうだよね? そうであってほしい。

 

 

「セシリア」

 

 生徒会長モードに切り替えて、そう呼びかける。

 セシリアは私の声を聞いて、一瞬だけ表情に喜びが見えたような気がした。もう一度みるがそれはいつものようなお嬢様の威圧的なものだった。

 気のせいだったのかな? ……ありえるかも。

 私はセシリアの笑顔が見たいといつも思っている。そのため私が見たのが私の願望による幻覚を見たのだと思ったのだ。

 

「遅かったですわね」

「ちょっと遅れたわ」

「それでもう一人は呼びましたの?」

「ええ、呼んだわ。ほら、あっちに」

 

 私は簪がいるほうを指差す。

 そこには先ほどのような可愛らしい笑顔はない。不機嫌そうな顔だけだ。

 

「……あの無愛想な子ですの?」

「え、ええ、そうよ。今はあんなふうに無愛想だけど、いつもは違うわよ」

「そうですの? わたくしにはあなたと二人きりでも無愛想にしているように見えますわ」

「……」

 

 あの子と初めて会ったときもこんな感じだった。

 本当に無表情とかそんなので、私が簪を好きにならなかったら、最悪な出会いだと思っていただろう。それくらい簪は無愛想だ。

 

「まあ、いいですわ。それよりも行きません? 話は食べながらでもできるでしょう?」

 

 セシリアの言葉に私は頷く。

 セシリアを連れて私たちは簪の元へと向かった。そして、ついに簪とセシリアが出会った。

 

「初めまして。わたくしはイギリスの代表候補生のセシリア・オルコットですわ」

「……日本の代表候補生の更識簪」

 

 セシリアはいつもどおりに。簪はやっぱり不機嫌で。それぞれ自己紹介をした。

 な、なんだろう。今の二人を見ていると仲良くなるって未来が見えないんだけど……。私の夢の問題ってハーレムの反対だけじゃなくて、こういう問題もあるんだ……。

 これってどうやって解決しようか。

 

「じ、自己紹介は済んだようね。さあ、行きましょう」

 

 二人の間に私が入る。

 私たちは食券を買って、食堂のおばちゃんから朝食を受け取り、三人座れるテーブルを取った。

 私たちが取ったそのテーブルは楕円の形をしていて、椅子はその楕円の緩やかな弧に沿っているので、私たちが並んで座ることできる。しかも、この席は窓際で太陽の日を浴びることができ、対面に座ることはできないので、他の人の迷惑にならないのだ。

 私が座るのはもちろんのこと二人の間だ。

 二人の仲が……というのがあるが、私がただ二人の間に座りたかっただけだ。

 

「詩織、あなた。いつもそんなに食べていますの?」

「ええ、そうよ。これだけ食べないと動けなくなるもの」

「……あなた、燃費が悪いですわね」

「本当に全くね」

 

 私の目の前には二人分の料理だ。それを女である私が全て平らげるのだから、セシリアが引き気味になってもおかしくはない。

 

「けどね、そのおかげでどんなにだらけた生活をしても全く太らないのよね。だから甘いものを食べ放題ってところはうれしいことね」

「それは羨ましいことですわ」

 

 セシリアがジト目で私を見る。

 

「あら? やっぱりセシリアも甘いものが好きなの?」

「もちろんですわ。けど、食べ過ぎますと太りますからあまり食べられませんけど」

「一日くらいはいいんじゃない? 私、セシリアと一緒に食べたいから、一日だけ食べ放題というのはダメかしら?」

「そ、それはデートの誘い、ですの?」

「ええ、そうとも言えるわね。で、どう? 私と甘いものを食べながらデートというのは。セシリアは私のことまだダメなんでしょ? 私はセシリアに好きになってもらいたいもの。これをきっかけに仲良くなりたいのよ」

「……わたくしの意見は変わりませんけど、わたくしもあなたの恋人ですわ。そうですわね、その誘いお受けしま――!?」

 

 あと少しというところでセシリアの言葉が途切れてしまった。セシリアは何か恐ろしいものを見たかのような表情で止まっていた。

 

「? どうしたの?」

「な、何でもありませんわ。ただ、わたくしまだ体の状態が悪いので、しばらくは無理ですわね。ええ、無理ですわ。残念ですけどそのデートを受けることはできませんわ」

「あっ、そう、だった……。私、セシリアを傷つけたのだったわね……」

 

 私は自分のやったことなのに今更思い出した。

 私、二人を傷つけてばっかりだ……。



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第40話 私が誰とデートをするのか

 再び私は落ち込んだ。

 

「――!?」

 

 顔を伏せていると再びセシリアが止まったのを感じた。

 だけど、それを見ようとはしなかった。

 

「や、やっぱり行きますわ! ええ、行きます。デートをしましょう!」

「……」

「そ、そんなに落ち込まないで下さる!? わたくしはあなたとのデートをすると言っていますのよ!」

「でも――」

「でも、ではありませんわ! もう一度しか聞きませんわ! デートしますの!? しませんの!?」

 

 私は落ち込んだ状態から再び浮かび上がる。

 

「する!」

 

 やはりどんなに落ち込もうとそんなことを言われれば私のテンションが上がるものだ。

 私はうれしさのあまり一時的に二人にしたことを忘れ、笑顔を浮かべた。

 そうやって笑みを浮かべていると、

 

「ああ~もう!!」

 

 セシリアがいきなり声を上げる。

 私はそれにびくりと震える。

 

「な、なに? 私、何かしたかしら?」

「いえ、あなたは何もしてませんわ」

「じゃあ、何?」

「あなたのもう一人の恋人ですわ!」

「え? 簪?」

 

 私は簪のほうへ顔を向けた。

 向けた先にはなぜか顔を逸らす簪が。

 ねえ、簪。なんで逸らした?

 

「あなた、わたくしにどうしてほしいのですの!? 先ほどはデートをするなと合図したり、詩織が落ち込めばデートをしろと合図をして、詩織が持ち直せばするなと! 本当にどちらなんですの!?」

 

 え? 簪、そんなことをしてたの?

 私はじっと簪を見るが、私と目を合わそうとはせずにセシリアだけを見る。

 簪がそうする理由はもちろんのこと理解できる。おそらくはセシリアの排除だろう。どうにかして私のセシリアへの愛をゼロに近づけるつもりだと考える。これからもそのような妨害がされると可能性は非常に高い。

 でもね、簪。あなたのその行為は、あまり言いたくはないけど、無駄だよ。私は簪にもセシリアにも本気の愛を抱いているんだよ、本気の愛をね。その愛は消えることのない強固の愛だ。誰かの妨害程度で崩れるようなものではない。

 

「更識さん? 聞いていますの?」

「……聞いている」

「なら答えてくださらない? デートをしていいのか、悪いのかを」

 

 私は二人の会話を見守る傍観者となる。

 

「私は……してほしくない」

「なぜですの? 詩織はわたくしにしてほしいと言っていますわよ。恋人であるあなたなら詩織の意見を尊重するのではなくて? それにあなたも詩織の夢は知っていますでしょ? ハーレムなのですからこういうことがあることは分かっていましたわよね?」

「もちろん……分かってる」

「ならなぜですの?」

 

 こうして見ているとセシリアが私とデートに嫌々ではなく、行きたいという気持ちを持って、意見しているように聞こえる。これってもしかして私のこと好きになっているって考えていいのかな?

 どうしてもそういう考えが浮かんでしまう。

 どれだけ好きになることはないと言われても、そのような言動をされればどうしてもそう思ってしまうものだ。そう思って勘違いしても私は悪くはない。悪いのはそのような言動をするセシリアだ。私のことが好きではないならもっと嫌そうな顔をしてほしい。今のような言動はしてほしくはない。

 私は問いたくなる。ねえ、セシリアは本当は私のこと好きなの、と。

 

「私……まだデートして……ない」

「は? い、今、なんと?」

「まだ、詩織と……デートしてない。後からなった……オルコットに先を取られたく、ない」

「そんな理由ですの?」

「……っ。そんなって言葉で……片付けられるものじゃ……ない! オルコット、いい? 前提として私は私以外の……恋人は認め、ない」

「……へえ、あなたもですの? わたくしも同じ意見ですわ」

 

 そこで二人は睨み合う。

 それは本当に見ているこっちさえも思わず、その雰囲気に飲まれるほどだ。それほどなのだが、正直に言うと笑ってしまいそうになる。だって二人とも朝食を食べながらなんていう状態なんだもの。

 そんな雰囲気ではないのだが小さく笑ってしまった。

 

「でも、詩織は違う。詩織は私だけじゃなくて……オルコットも欲している」

「何かいやらしい気がしますが、そうですわね」

「どんなものでも……最初というのは……特別。詩織はまだ……誰ともデートをしたことが……ない。つまり、互いに経験ゼロ。それの意味するところは……デートの最中に……何かしら失敗して……慌てふためく詩織が見ることができる、ということ!」

 

 なにやら簪が初デートについて熱く語っていた。

 簪には悪いが私は失敗しないと思うよ。ちゃんとリードするから。

 

「だから、オルコットには……デートしてほしく、ない。理解、した」

「ええ、分かりましたわ。ですが、詩織はあなたではなく、わたくしと最初に行くことにしたようですわよ? つまりその願いは叶わない、ということですわ」

 

 それをセシリアが言うと簪はむっとした顔でこっちを向いた。

 

「な、何かしら?」

 

 震える声で私は言う。

 本当は分かっている。おそらくはセシリアよりも先にデートをしたいというものだろう。きっとそれを言うのだ。

 

「詩織、最初に……わ、私とデート、しよ? オルコットは後でで……いいから」

 

 ほら、やっぱりそうだ。

 

「え、えっと、ごめん。今はセシリアと仲を深めたいの」

「!?」

 

 簪は目を見開いてショックを受けていた。

 簪の中では私が自分よりもセシリアを選ぶとは思ってはいなかったようだ。

 だが、私が言ったことは決して言い間違いではない。私は自分の意思で簪ではなく、セシリアとデートに行きたいと言ったのだ。それは間違いない。

 これは別にもちろんのこと簪が嫌いになったとかではなく、嫉妬している簪を見たくなったとかそういう理由ではない。簪に伝えたとおり、セシリアとの仲を深めたいのだ。

 だってセシリアは簪と違って私のことを好きでないって言っている。私はセシリアのことが好きだ。だから私はセシリアに私のことを好きになってもらいたい。私がデートをしたいというのはそういう目的があるためだ。

 セシリアが私のことを好きではないのは、まだセシリアが私のことをよく知らないためだと思っている。私がしたいと思っているデートは一般的な(楽しむということを重点にした)デートではなく、楽しむというのはあるのだが、主に私のことを知ってもらうためのデートなのだ。

 

「私よりも……セシリアを選ぶ、の?」

「違うよ――じゃなくて、違うわよ。私は二人の恋人なのよ。選ぶとか選ばないとかじゃないわ。ただ私はセシリアに私のこと好きになってもらうために仲を深めたいのよ」

「えっ? オルコットは……詩織のこと、好きじゃ、ないの?」

「ええ、セシリアは私のこと好きじゃないわ」

 

 私は思わずセシリアを一瞥しながら言った。

 

「好きじゃないのに……恋人になったの?」

「そ、そうよ」

「意味が……分からない」

 

 簪は怒りを込めてセシリアを睨んだ。

 きっと私のことを好きではないセシリアが恋人になりデートをするとなってそれに腹を立てたのだろう。それに簪は私のこと独り占めしたかったみたいだからそれもあるのだろう。

 

「そ、そんな目で見ないでくださいまし!」

「うるさい。もうしゃべりかけ、ないで」

 

 簪のその目に耐えられなかったセシリアが言うのだが、それに簪は冷たい一言で答えた。

 

「なっ! いくらなんでもそれはひどいですわ!」

「ひどくない。オルコットが……悪い」

「どこがですの!?」

「全て。私はてっきりオルコットも詩織のことが……好きだと思っていた。だから、嫌々ながらも……ライバルと思っていた。でも、違った。オルコットはライバルじゃない。好きでもないのに……詩織の恋人に……なっている。そして、そんなあなたを詩織は構う。私にとって……今のあなたは……邪魔者。だから、話しかけないで」

 

 簪は怒っていた。

 え、えっと、これって私のせい、だよね? セシリアを無理やり恋人にしたのは私だ。完全に相手のことを考えていない強引なやり方でセシリアを恋人にした。だから簪がセシリアを責めるのは、本当は間違っている。責めるべきは相手は私なんだ。

 セシリアを庇おうと口出しをしようとするが、それを簪が止める。

 今はセシリアと簪のみの会話ということか。

 

「ちょっと待ってくださいな! あなたの言うことはもっともですけど、そもそもわたくしを無理やり恋人にしたのは詩織ですわよ!」

「でも、あなたは恋人として接している」

「それは……当たり前ですわ。これは約束事ですもの。わたくしは約束を反故にするような愚か者ではありませんわ」

「約束? 何、それ?」

 

 簪が私とセシリアを交互に見る。

 これは私が答えたほうがいいだろう。

 

「え、えっと、セシリアと私は勝ったほうが負けたほうに何でもひとつだけ命令できるっていう約束をしたのよ。それで、ほら、簪の知ってのとおり私が勝った。だから、セシリアに恋人になれって命令したの」

 

 私は簪に簡潔に説明した。

 

「そういうことですわ。ですので、あなたにそこまで言われても困りますわ」

 

 セシリアにとっても私のせいではないのに話しかけないでと言われるのは嫌だったようで、私からの説明を簪に聞いてもらい、それでほっとしたようだった。

 

「そう。なら、話すのは……許す」

 

 その簪本人の口からそう言われて、さらにセシリアはほっとして気を緩める。

 

「でも、ならオルコットは……最初に私とデートをするように……詩織を説得する……義務がある」

 

 と、なぜか簪がいきなりそんなことを言い出した。

 それを聞いたセシリアは私に視線で、どうなんですのと聞いてくる。

 私の答えはもちろんのことNOだ。今回は簪とではなくセシリアとデートをすると決めている。決定事項だ。変えることはできない。

 それを視線で伝えた。

 いや、普通に話せよ。

 

「言いにくいのですけど、詩織はわたくしとデートをしたいと言っているみたいですわよ。その意思は固いようですし、今回はあきらめたらどうですの?」

「むう~」

 

 やはりどうしても受け入れられない簪は頬を膨らませて、体を揺らし私に体当たりをして抗議してくる。

 そ、そんなに可愛いことをしても今回はセシリアとだから!

 

「簪、今回は我慢して」

 

 そう言いながら私は簪の耳元に顔を寄せて、

 

「ほ、放課後に、そ、その、い、いちゃいちゃするから」

 

 と囁いた。

 そんなことを言った私は羞恥で体が熱くなり、壁に頭をぶつけたくなった。

 うう~私ってやっぱり欲求不満? なんで断らせるための言葉がそんないやらしいものなの!! そりゃ簪は私といちゃいちゃしたいってことは分かっているけど、でも、だからってこんなときにこれを言うのは違うと思う! いや、私が言ったんだけど。

 それに対する簪の反応は私の思っていたとおり、頬を染めながらうれしそうに

「今度、デートしよ」と言った。

 説得に成功したのに私の心の中は複雑だ。

 

「セシリア、簪は説得したわ」

 

 このまま羞恥で思考を堂々巡りしても仕方ないので、なんとか生徒会長モードを発動し、まだ体が熱いがセシリアに言うことができた。

 うん、こんなときの生徒会長モードだね。意識の切り替えなのにけっこう変わる。

 

「え? あの一瞬でですの?」

「ええ、一瞬で」

「あれだけ必死だったのに一瞬だなんて……」

 

 あまりのスピード解決にセシリアは気を落としていた。

 さて、とりあえず食べ終わったし、そろそろ準備をしたほうがいいかな。

 私の二人前の料理はすっかりと空となっていた。ちなみに他の二人が食べ終わったのは私と同じくらいだ。

 

「そろそろ時間よ。帰りましょう」

 

 未だに喜んでいる簪と落ち込んでいるセシリアにそう言う。

 二人はそれぞれそのままの状態で空になった食器を食堂のおばちゃんのもとへ返した。そして、部屋に戻る道中にセシリアと一時の別れとなる。

 私たちの歩みは自然と止まる。

 

「ここでお別れね」

 

 私が悲しそうな顔で言う。

 

「あなたねえ、ちょっと大げさですわよ。すぐに会えるじゃありませんの」

「それでもセシリアは恋人だもの。恋人とずっと一緒にいたいって思うのは普通のことよ」

 

 私はセシリアに近づき、その手を取ろうとする。その前に簪が私の肩を掴み、止められた。

 むう、せっかく今日初めてセシリアに触れられるチャンスだったのに……。

 

「詩織、早く……行こう。時間がない」

「え、ええ、そうね」

 

 簪の目にはこれ以上セシリアと話さないでと書いてあったので、仕方なく簪の言葉に従った。

 ごめんね、セシリア。あとでちゃんとスキンシップするから。

 口では伝えられなかったが心の中で伝えた。

 

「それじゃ教室で会いましょう、セシリア」

「ええ、また」

 

 私たちは分かれて部屋へ向かう。

 二人きりになると簪は朝のように私の腕に抱きついてきた。私はそれを受け入れる。

 周りには人の目があるのだが、私たちを見ても気持ち悪いなどという視線はなく、ただ単に仲のいい友達同士だ、いいなという程度の視線しかなかった。もし私たちが異性同士ならば恋人に見られていたに違いない。

 そうなるのも恋人イコール異性同士だからか。

 そんなことを考えながら私たちは部屋へと戻った。

 戻った私たちはちょっと休憩とベッドに隣り合って座る。

 

「詩織」

 

 座ってすぐに簪がこちらを見て私の名前を言った。

 

「なに?」

 

 二人きりなので生徒会長モードを解いて話す。

 

「私、まだ……キスして、ない」

「え?」

「おはようの……キス、して……ない。私たちは恋人。なら、しても……問題ない」

 

 簪は隣にいる私の胸に手を置いて、少しずつ力を入れて私を押し倒した。その力は大した力ではなかったが、その力を私は受け入れた。



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第41話 私の恋人たちに何が?

 私の上に乗っかった簪が私の顔を覗く。

 私はキスのために目を閉じ、簪もまた目を瞑った。見えないが簪が近づいてくるのが分かる。そして、その距離は簪の吐息がかかるほどになる。私の唇と簪の唇が触れる瞬間、

 

「詩織、好き……」

 

 簪が愛を囁き、私たちはキスをした。

 

「ん、んんっ……」

 

 舌まで入れているわけではないが、簪のキスは激しく私からわずかな声が漏れる。

 やっぱりキスっていい。気持ちよくなれるだけではなく、好きという気持ちを増幅させてくれるから。

 しばらくしてある程度互いに満足したのでキスを止める。互いの顔が離れて、最初に見たのは興奮によって惚けている簪だった。ぼーっとした瞳で私を見てくる。

 ああ、本当に愛しい子。あなたは私のものだよ。

 

「詩織……もうちょっと……やら、ない?」

 

 あの程度のキスでは満足できなかった簪がそう誘ってきた。

 

「ダメだよ。もう時間じゃん。後は放課後だよ」

 

 本音を言えばもっとやりたい。もっと気持ちよくなりたい。授業をサボっていちゃいちゃしたい。欲にまみれたいと思う。

 だが、そこは心を鬼にして何とか押さえ込み、断った。

 恋人だから愛することは大事だが、何事にも限度というものがある。度を過ぎれば愛の行為はただの欲求を解消するだけの行為に成り下がってしまう。愛ではなく欲のためになってしまう。

 そんなのは嫌だ。

 私が望むのは愛のある行為だけだもん。

 

「じゃ、じゃあ、昨日みたいな……」

「それはダメだって言ったでしょ! 絶対にやらないからね」

 

 がっかりする簪を見て思う。本当にエッチな子になったな、と。

 う~ん、やっぱりこんなふうになったのは私のせいだよね? 絶対に私と会わなければこんな子にはならなかった。そう何度も思う。

 

「ほら、学校に行くよ」

「……うん」

 

 簪が元気なさげに言う。

 簪がそのまま落ち込んだままというのは見逃せない。私はそんな顔よりも笑顔が見たい。

 ああ~もうっ。しょうがないっ。

 私と簪の準備が終わり、簪がドアへと向かおうとしていたそのとき、私は簪の手を取った。

 

「なに?」

「おはようのキスはしたけど行ってらっしゃいのキスはしてなかったよね?」

「あっ、うん!」

「だからそんな落ち込んだ顔をしたらダメだからね。やりたくてもダメだって私は最初に言ったんだからちゃんと我慢して。その代わりそれ以外はたくさんするんだから」

「分かった。それじゃ……」

 

 キスを期待して簪がさらに私との距離を詰めた。そして、目を瞑った。

 私も目を瞑りその唇に軽くチュッとキスをした。

 

「これでちゃんと我慢できる?」

「うん」

 

 私は抱きしめて頭を撫でながら最後に額にキスをし、離れた。

 

「よし、行こうか」

 

 私は簪の手を取って部屋を出た。

 出るとみんなが登校(?)していた。私たちもその流れに乗る。

 周りは楽しくで談笑をして、ガヤガヤしていた。けども私たちは何もしゃべらずにただ歩くだけだった。

 それは気まずいとかではない。

 私たちは互いに触れ合うことを満足しているのだ。今はそれだけだ。会話はしない。

 そうしている歩いているとそこで今朝会ったばかりのセシリアと会った。

 

「また会ったわね、セシリア」

「ええ、そうですわね」

 

 セシリアは私と簪が繋いでいる手を一瞥しながら言った。

 

「ちょうどいいわ。セシリアも一緒に行きましょう?」

「……分かりましたわ。一緒に行きましょう」

 

 一瞬間が空いたがセシリアは承諾してくれた。

 セシリアを簪とは反対の位置に着かせる。私は二人の恋人に挟まれる形だ。

 しかし、手は繋いでいないのでセシリアに向かって手を差し伸べる。

 

「……何ですの?」

「手、繋ごうってことだよ」

「……本当に繋ぐつもりですの? こんな公然の場で?」

「もちろん!」

「そ、その恥ずかしくありません?」

「大丈夫よ。周りを見なさい。ほら、ちらほらと私と簪みたいに仲のいい子がいるわよ」

 

 まあ、周りは私たちと違って本当にただ仲がいいだけなのだが。

 セシリアは周りを見て私と手を繋いでも問題ないと判断したようで、そっと私の手に重ねた。

 私の両手は二人のぬくもりに包まれる。

 その心地よさはただ手を温かくしたのとは大違いだ。その温かさに、その、なんだろうか。何かがあるのだ。その何かをどうにかして言うならば『思い』だろうか。そう、思いだ。それがあるから心地よい。

 

「詩織、なんでオルコットと……手を繋ぐの? 私だけじゃ……ダメ?」

 

 セシリアに私に対しての愛がないと分かったためなのか、そうでなくともそうなのかは分からないが、そう言ってきた。

 私は簪の手をちょっとだけ強く握った。

 

「言ったでしょ? セシリアは私も私の恋人よ。だから繋ぐのよ。これも満足とかそういうのはではないわ。あなたにとってセシリアが邪魔者だって分かるけど、セシリアも恋人だからそういうことはもう言わないで」

 

 嫉妬というのは愛されている証拠ともいえるので、うれしいにはうれしいのだが、このような場合の嫉妬はあまりしてほしくない。

 本当はもっとセシリアと仲良くなってほしいと思うのだが、それは現状では無理のようだ。互いにどちらもハーレムを好んでいないから、『私の恋人』という関係の繋がりがある以上、決して仲良くなることは無理かもしれない。

 それが分かっていながらも私は望んでしまう。

 今のように大好きな人に囲まれても、大好きな人と大好きな人が仲が悪かったら、その中心にいる私はあまりいい気持ちにはなれないもん。

 いつか二人が仲良くなる日が来るのだろうか。仲良くとまではいかなくともちょっと張り合う程度にはなってくれないだろうか。その場合に生まれる嫉妬はいいのだけども。

 

「詩織、別にそこまで言わなくても良いですわ。わたくしがいるのはあくまでも約束だからというだけですもの。それに更識さんのいうのはわたくしも分かりますわ。誰だって自分と同じ位ではないのに、同じような扱いをされていたらそうなりますもの」

「でも、いくらそうだといっても、セシリアは簪とも私とも長い付き合いになるのよ。私は二人がそういうのは嫌よ」

「ですけど」

「とにかく! 私は嫌なのよ。だから、二人には――」

 

 私が二人に仲良くしてもらうと言おうとしたとき、

 

「詩織」

 

 簪に遮られた。

 

「何?」

「そろそろ……着く」

 

 そう言われて周りを見回せば、確かにクラスの近くまで来ていた。

 

「本当ね」

 

 くっ! もう少しで最後まで言えたのに!

 

「話はまた今度ね」

 

 もうクラスの近くに来たということで嫌々ながら手を放した。

 

「簪、またお昼にね。セシリア、行きましょう」

 

 簪はクラスが違うので、ここでお別れとなる。

 ああ、なんで簪と違うクラスなのだろうと思う。私はいつでも簪と一緒にいたい。しかし、そう思っても変わらないので仕方ない。

 もう一人の恋人であるセシリアと一緒に行こうとしたところ、そこで簪が、

 

「待って」

 

 呼び止めた。

 

「何?」

「違う、詩織じゃ……ない。オルコットに用が……ある」

「え? せ、セシリアに?」

 

 どういう理由があるのか知らないが、あんなに嫌だって言っていたセシリアに用があるなんて驚きだった。

 セシリアのほうを見えるとセシリアも私と同じように驚いていた。そして、警戒していた。

 なにせセシリアに不満を言っていた人物が用があると言ってきたのだ。何か悪い企みがあると思ってもおかしくはない。

 

「そう。詩織は……先に行ってて」

「……分かったわ」

 

 どうやら本当に私ではないらしい。

 私は一人でクラスへ向かおうとした。

 

「し、詩織? わたくし一人で更識さんと話せと?」

 

 不安げなセシリアが問う。

 

「ええ、そうよ。大丈夫よ。あなたの心配するようなことはないわ。…………たぶん」

「ちょっと! たぶんって聞こえましたわよ! たぶんって!」

「冗談よ冗談」

「こんなときにそんな冗談はやめてくださいまし! はあ……もうっ、なんでこんなことに……」

 

 セシリアはため息をつきながら、簪の後に続いた。

 私は残されて一人になる。このままセシリアを待ってもいいだのが、教室の近くだ。待っていてもあまり意味がないし、話が長いのか短いのかも分からないんだ。

 私は教室で待つことにした。

 私が教室に入るとクラスメイトたちが昨日の試合のことで駆け寄ってきた。

 たくさん質問や賞賛を浴びてちょっとうんざりしてしたが、何よりも幸いだったのが一夏に対して行ったアレについて何も言われなかったことだろう。言われていたらどんな批判が待っていたことか。

 それの対応がし終わり、ちょっと時間が経って、セシリアが教室へ入ってきた。

 セシリアが私のもとへと来る。

 

「簪の用ってなんだったの?」

「……」

「セシリア?」

 

 セシリアは無言だった。

 しばらくそれが続く。

 

「……詩織、あなたはわたくしに――いえ、何でもありませんわ。忘れてください」

 

 ようやく口を開いたかと思えば、どうしてか途中で止めてしまった。

 え? 何? 簪に何を言われたの?

 セシリアが言おうとしていることは簪に言われたことだと容易に想像できた。

 本当に簪はセシリアに何を言ったの?

 さすがに内容までは分からなかった。

 

「簪が何か言った?」

「まあ、言いましたわね」

「何を言われた? 教えて」

「それは……もうしばらく待ってくださらない?」

「なんで? 私のことなのよね? あんな言い方をされたら余計に気になるわ」

「それでも、ですわ。わたくしの心が落ち着くまで待ってもらいたいんですの」

 

 そう言われると私は何も言えなくなる。

 どうして心が落ち着いていないのかといえば、簪のだけではなくおそらくは私のせいもあるのだ。セシリアはこの数日でいろんなことがあった。それも自分の人生という大きなものを揺るがすことが。

 それは私という同じ女の子と恋人になるということと私がハーレムを作りたいということだ。

 この二つはセシリアの心を荒れさ、人生を揺さぶったに違いない。

 なにせセシリアの初めての恋人が好きでもない相手で、あまつさえ同性であるのだ。無理やり恋人にした私のが言うのはなんだが、トラウマものである。あってほしくはないが、セシリアが私以外の恋人を作るときに同性の女の子と恋人になったという事実は恋というものに抵抗を感じてしまう可能性がある。トラウマが障害となるのだ。

 そのようにセシリアをしてしまったので私は何も言えないのだ。

 

「……そう。分かったわ。でも、限界まで一人で抱え込まないでよ。あなたが無理をしているところなんて見たくないんだから」

「それは分かっていますわ。そういうときはちゃんと言いますので」

 

 それに私は頷いて答えた。

 セシリアは自分の席へ向かう。しばらくしてチャイムが鳴り、先生が入ってきて今日の学校が始まった。

 授業はいつもどおりに進み続ける。私はノートを取りながら、今日判明する束さんとのこととか、簪といつ一線を越えるのかとか、セシリアとどこでデートをしようかとか、そういうことを考えながら授業時間を過ごした。

 そんな私を周りが見ても呆けているとは注意されないのは、私の生徒会長モードのおかげだ。

 そうして午前の授業が終わり、昼となり、簪と二人きりで昼食を食べて、午後の授業が今、終わった。

 ちなみに昨日の試合の原因である一組代表のことだが、それは一夏がすることになった。みんな一勝一敗なのにこのような結果となったのは私とセシリアが辞退したからである。

 私はもともとセシリアを手に入れるためだったので当然だ。

 一夏は私たちが辞退したと聞いて、俺もと言ったが、織斑先生の言葉により、一夏に決定したのだ。一夏も不満げだったが最終的には納得してくれた。

 それで放課後になったのであとは用事を済ませて部屋へ帰るだけである。帰ろうとしたとき、私は千冬さんに呼び止められた。

 

「月山、話がある。ついて来い」

「はい」

 

 内容は予想できた。束さんのことだろう。

 私は千冬さんの後に続く。

 しばらく歩いて人気がなくなると立ち止まり、私のほうを向いた。

 

「私がなぜ呼んだのか分かるな?」

「はい。束さんのこと、ですよね? どうなったんですか?」

「最初に結論から言う。今週の土曜日に会う予定になった」

「!!」

 

 その話を聞いて私は喜ぶ。それも思わず表情に出るくらいだ。

 だが、それは仕方ないだろう。だって会う相手は私の初恋の人なのだ。今でも想いを抱いている人なのだ。喜ばずにはいられない。

 

「だが」

 

 私の喜びを遮るように言う。

 

「その当日には私も同行することになる」

「!? な、なんでですか?」

「実のことを言うとあいつには私が会いたいとしか言っていないんだ。お前が来るとは言っていないし、あいつのほうもお前は全く知らない」

「なんで……」

 

 あまりのことで私は混乱する。

 私は確かに千冬さんに束さんのことが好きだから会いたいと言ったんだ。なのに私のことを言わないなんて……。



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第42話 私の悩み

 先ほどの喜びが落ち込みへ変わる。

 

「勝手なことをしてすまない。だが、これにはわけがあるんだ」

「わけ?」

「そうだ」

 

 わけがあると言われて耳を傾ける。

 

「前にも言ったがあいつにとって他人はどうでもいい存在なんだ。他人をそんなふうに思うあいつにお前が会いたいなど言っても、あいつは拒否するだろう。だから私が会いに行くとあいつに伝えたんだ」

「えっ? それはなんで……ですか?」

 

 私は千冬さんにとってただのたくさんいるうちの一人の生徒である。例えるならば私は量産品なのだ。限りのある、とか、唯一の、の特注品ではない、できるだけ安く大量に作られる物なのだ。

 正直に言って量産品の一つにここまでされるなんて思ってはいなかった。本来ならばここでの千冬さんの答えは「残念だが……」だったはずだ。なのに特注品のように扱われる。

 

「そこまでしてもらう必要はないんじゃ……」

「そうだな。本来ならば私だってここまではしない。だが、この話は生徒と教師の話ではない。それに個人的にお前のことを気に入っているんだ。ここまでやっても問題ない」

「……」

 

 憧れの人に気に入っていると言われてうれしくて頬を赤めた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 私はこの赤い顔を見せないように礼を言った。

 

「別にいい。だが、忘れれるな。お前があいつに告白して望んでいるような関係になれる確率は非常に低い。それにお前は身内でもないし、あいつはお前のことを全く知らない。相手があいつではなくとも、ふられるほうが高いんだ。身内にしか興味のないあいつと恋人になることがどんなに低いかなど分かるだろう? だから、あいつと恋人になってのことなど考えるな。ただ有名人に会える程度に思うだけでいい」

「……分かりました」

 

 千冬さんの言っていることは全て正しいのだろう。

 だが、それでもどうしても束さんと恋人になれたら、ということを考えてしまうのだ。千冬さんの言うそんな束さんが私と恋人になったらどんな反応をしてくれるのか、みんなにも見せたことがない姿を私に見せてくれるのだろうか。そんなことがどうしても浮かんでしまう。

 分かったと言ったがどうも無理のようだ。振られたときは声を上げて泣くだろう。

 

「でも、千冬さんは仕事は大丈夫なんですか?」

 

 プライベートの話なので織斑先生と呼ばずに千冬さんと呼ぶ。

 

「ああ、大丈夫だ。その日は私に仕事はない」

「場所はどこで?」

「ちょっと遠いな。だから、ここ(IS学園)を出たら私の車でそこへ向かう」

「え!? 千冬さんって車を持っているんですか!?」

「私も大人だぞ。持っているに決まっているだろう」

 

 な、なんだか意外だ。私の中の千冬さんは車を持っていないイメージがあったからだ。

 

「と、ということはその車に私も?」

「何を言っている? 当たり前だろう」

「二人だけですか?」

「それも当たり前だ。私たち以外に誰を乗せるというのだ」

 

 やった!! まさか憧れの人の車に乗れるなんて! しかも、乗るのは私と千冬さんだけ! もしかしてだけどこれって結構すごいことだよね?

 千冬さんに憧れを持つ人は日本だけではない。世界中にいるのだ。果たしてその人たちのうちの何人が二人きりでドライブなんて体験をしただろうか?

 

「いつかは分かりましたけど、何時ごろにどこへ行けばいいんですか?」

「そうだな。少し遠いから朝の早いうちに集まろう。場所は、寮の前だ」

「分かりました。でも、他の人たちに見られたら……」

「気にするな。周りもいつもいつも騒ぐわけではない」

「だといいんですけど」

 

 私の予想では確かに騒ぎはしないかもしれないが、しつこく千冬さんに質問攻めをしてややこしくなるのではないだろうか。私はそう思う。

 

「話はこれでいったんこれで終わりだ」

「いったん?」

「ああ、そうだ。まだある」

 

 話とはなんだろうか? 束さんのことではこれ以上話すことはないから、それ以外となるのは当たり前。ならば何だろうか? 私、何かやらかした? ううん、そんな覚えはない、おそらく。となると、私の覚えないことなのか、それとも千冬さん自身の単なる雑談か。そこらへんではないだろうか。

 分からなかったのでここで予想を停止して大人しく話を聞くことにする。

 

「月山、お前がクラス代表に立候補したのは、セシリアが目的だな?」

「!?」

 

 私が立候補した理由を言い当てられて、私は動揺する。そして、瞬時に理解した。

 

「やっぱり分かっちゃいます?」

「ああ。自分がハーレムのためにここに来たと言われたら誰だって理解できるさ」

「そ、その、利用しちゃってやっぱり悪かったですよね?」

「まあ、悪いな。だが、自分の夢を叶えるためには時にはそういうことがある。それに悪いことなんてバレなければいい」

 

 そう言う千冬さんはいつもの大人なクールな姿ではなく、子どものような悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。

 私も釣られて笑みを浮かべた。

 

「ふふ、そうですね」

「だが、だからといって悪いことをするなよ?」

「分かっています。犯罪なんてしていちゃいちゃできないのは嫌ですから」

「……ついでに聞くがセシリアとはどうなったんだ?」

 

 私のいちゃいちゃという言葉に反応して、そう聞いてきた。

 

「え、えっと、一応恋人にはなりました」

「ん? なんだ? そのわりにはあまり喜んでいるようには見えないが……。それに一応とは?」

 

 その理由はやっぱりセシリアを無理やりに恋人にしたということが原因だ。それに対する後ろめたさがあるからだ。自分がやったことが正しいとはもちろん思ってはいない。

 だが、私はセシリアが欲しいという自分勝手でその正しくない行いをしたのだ。

 後悔はないが、心にはそれに対する思うところはある。

 

「私、セシリアと試合前に約束事をしたんです」

「約束? それが喜んでいないことに関係があるのか?」

「はい、あります。その約束は勝ったほうが負けたほうに好きな命令をできるというものです。それで私は勝って、ある命令をしたんです」

「話が読めた。お前はオルコットに恋人になれと言ったんだな?」

「……」

 

 私は頷く。

 

「お前が喜べないのはオルコットをこのような手で恋人にしたことに対するものか」

「はい。でも、後悔はしていません。だって好きな人を私の手元に置くことができたんです。私という恋人がいる限り、セシリアは奪われることはありませんから」

 

 セシリアはたとえ私のことが好きではなくとも、恋人という関係でいる間は決して浮気のようなことはしないだろう。それに私と恋人になったということがトラウマに(おそらく)なっているのだ。恋は無理だ。

 本当に、本当に私は自分勝手だなあ。これからセシリアと楽しい思い出を築いて、セシリアは私のことを好きになってくれることはあるのだろうか?

 改めて考えて後悔していなかったはずの行動は失敗だったのではと思ってしまう。

 当たり前のことだけど、どんなに仲良くしても好きになるとは限らないのだ。だったらただ私の想いを告げて、あなたのことを好きな人がいるんだよという存在のアピールだけでよかったかもしれない。それならばあんなに嫌われずに、むしろ好意を持っていてくれたかもしれない。

 

「あの、千冬さん。やっぱり無理やり恋人にしたのって間違い、ですよね?」

 

 他人から言葉をもらうことで自分のしたことを確かめる。

 この答えは確実に分かっている。おそらくは『間違い』だ。それが分かっていても、他人からの言葉が必要なのだ。他人から言ってもらうからこそ意味があるのだ。

 私は千冬さんのその言葉を期待した。

 だが、

 

「それは分からないな」

「!!」

 

 あきらかに分かるはずのものだったはずなのに。

 答えは分からないだった。

 

「な、なんで? 普通、間違っているって言うはずじゃ……」

「なぜ間違っているんだ?」

「だ、だってセシリアを無理やりに恋人にしたってことは言わば、彼女の人生を大きく変えたということ、なんですよ? 人の人生を変えたんですよ? なんで分からないんですか?」

「分かっているのに私に聞いたのか? まあいい。いいか? そもそもだが、お前は人の人生を大きく変えたことが間違っていると思っているようだが、それは正しくもあり間違いでもある。間違いだけでない」

「どういうことですか?」

「人は必ずしも他人とかかわって生きていく必要がある。他人と関わらずに生きていくことなんてほぼ不可能だ。だろう?」

「はい。それは分かっています」

 

 人は誰かと関わらずに生活していくなんて無理だ。一人で生きていこうとしても、食べ物を食べるときは誰かが作ったものだ。間接的ではあるがこれにも人の関わりがある。ならば自分で自給自足だとなれば、家の電気や水道となる。これらも人の関わりだ。人が電気を作り、人が家に水道を家へ送るのだ。

 つまり現代に生きている以上、人との関わりなしで生きていくことなど無理なのだ。人は決して人の関わりなしで生きていけない。

 

「ならば分かるんじゃないか?」

 

 私はしばらく考えるが分からなかった。

 

「……分かりません」

「そうか。人と関わるということは人と話すことだ。人と話すということはその先の未来を決めるということだ」

「うん? なんで話をしたら未来が決まるんですか?」

「そうだな。中学のときに進路の話をクラスメイトとしなかったか?」

「しました」

 

 今はもう連絡を取っていないが、中学時代の友達とどの高校に行くかを何度も話した。それが三年生後半の話題だった。

 けれど、それがどうしたというのだろうか。関係があるようには思えない。

 

「そのときに誰かが決めた学校に私も行こうと言う友達はいなかったか?」

「そういえば……いました」

 

 私のある友達(A)が高校を決めたときにその友達ととても仲のよかった友達(B)が一緒に行きたいと言った。その高校は友達(B)にとってはそのときの成績では受かるのは難しかったのだが、友達(A)と一緒にその高校へ行きたいという気持ち一心で勉強し、無事にその友達(A)と同じ高校に行くことになった。

 あの子たち本当に仲良かったな。今思えば友達(B)って友達(A)のこと、私と同じ意味で好きだったのかな。今度帰るときに聞こうかな。

 

「それはつまりだ、何気ない会話だったが同時に一人の人生を変えたということにならないか? 会話があったからそこ、人生の一端がそこで決まったんだ」

「確かに」

「そう考えるとそれはある意味人の人生を変えたということにならないか?」

「……そう言えます。でも、それと私のは違います!」

 

 私のはどう考えても違う。千冬さんのは話によって変えるものだが、私のは約束という名の強制だ。前者は自分の意思があるが、後者は意思はないのだ。

 決して同じではない。

 

「まあ、待て。これは例だ。お前のと同じと言っているわけではない。それで話をしたことによって変えられた人生は幸せか不幸かなんてものは分からない。選んだのは自分だ。自分がその道を選んだのだから」

「そうですけど……。でも、私がセシリアにやったような私が選んだセシリアの人生は……」

 

 無理やりに他人に選ばされた人生は果たして幸せになれるだろうか。いや、無理に決まっている。そんな人生で幸せになるわけがない。

 私自身そんな自分の好きにできない人生では幸せになれないと私はそう思う。

 

「そうだな。だが、オルコットがお前の恋人という関係を幸せと取ることがあるかもしれないぞ」

「そんなことないですよ。セシリアは私のこと嫌いなんですよ。私の恋人で幸せなんて……」

 

 そう言って私は落ち込む。

 すると私の頭を千冬さんが撫でる。

 

「ハーレムを作ると自信満々に夢を語っていたお前が何をそんな顔をする?」

「すみません。それは確かに言っていましたけど、あの時とは違います。セシリアのことは好きですけど、なんだか途端に自信がなくなったんです。どんなに頑張ってもこんなことをした私を好きになってくれるのか分からなくなったんです。いえ、別にそういう意味じゃなくてもいいんです。私のこと嫌いになってくれなければ」

「なるほど。現実を突きつけられたというわけか。それで自信喪失、か。私から言わせてもらえば気にする必要はないんだがな」

「どういうこと、ですか?」

 

 私は疑問を浮かべる。

 

「例え他人に決められた人生でも幸せになることはできるということだ。第三者の私から言わせてもらえば、お前とオルコットはそれだな。幸せになることできるということだ」

「でも……」

「でも、ではない。お前はそんなこと気にしなくていい。夢だけを見ていろ。自分が嫌いなオルコットにいつもやっていたようにしていればいい」

「……なんだかむちゃくちゃなアドバイスですね」

「だが、お前にはぴったりのアドバイスだ」

「でも、自分の夢だけ見ればいいってそれはいいんですか? 普通現実を見ろとかじゃ……」

「普通はな。だが、私が思うに、詳しくは言わないがハーレムを作るという夢を見ていればいいと判断しただけだ。お前はこの言葉に従え。それにセシリアとはまだそういう関係になったばかりなのだろう。つまり、相手はお前のことをよく知らない。お前のような特殊の場合を除き、人を好きになるときは相手のことをよく知らないとダメだろう。そういうことだ。それは分かっているのだろう? 何も心配せずにセシリアに自分の愛を示し続けろ。まだなったばかりなんだ。そう思うのはまだ早い」

 

 私は千冬さんの言葉に頷いた。

 それで私たちの会話は終了した。そのときには私の心は落ち込んだ気持ちはなく、再び自信が付いた。



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第43話 私の最近の放課後は

 千冬さんと別れた後、私は屋上へと向かった。

 屋上にはすでに誰かがいた。その少女は私を待っていて、私もまたその少女と屋上で待ち合わせをしていた。

 その少女は簪やセシリアではない。別の少女だ。

 

「ごめんなさいね、遅れたわ」

「知っている。千冬さ――織斑先生に呼ばれていたからな」

 

 その少女は一夏の幼馴染で束さんの妹である箒である。実は箒とは最近、放課後に集まるようになっていた。それはもちろん一夏へのアドバイスのためだ。

 一度約束した以上、私は責任を持ってそれをやり遂げるつもりでいる。

 それは私の恋人たちが一夏に奪われないこともあるが、第一は箒の恋を成就させるためだ。彼女とはもうこの学園では一番の友達と言っていいほどだ。私は友達の一人としてアドバイスしている。

 

「それで、早速今日試した?」

「ああ、た、試した」

「どうだった? 一夏は喜んでくれた?」

「……う、うん、とても喜んでくれた」

 

 箒は頬を染めて恥ずかしそうにそう言った。

 箒が一夏にしたのは昼食を作ってそれを一夏に食べさせるということだ。これでまずは一夏にできる嫁アピールというわけだ。しかも、滅多に人が来ない屋上で二人きりという状況でだ。これを日常化して、基礎を固めていくというわけだ。

 

「それに、あ~んとか、か、間接キスも」

「か、間接キス!? あ、あなた何をしているの!?」

 

 あ~んはまだ理解できる。でも、間接キスは違うでしょ!

 

「ま、待て! これは一夏のせいなんだ!!」

「どうしたら一夏のせいになるのよ!!」

「前にも説明しなかったか!? 一夏は鈍感なんだ!! 本当に本当に他人から向けられる恋心にどんなにアピールしても気づかないほど、鈍感なんだ!」

「……あなた、一夏のこと本当に好きなの?」

 

 悪口とも取れる発言にそう呟いてしまう。

 

「好きに決まっているだろう! 結婚したくらい好きだ!」

「……そ、そうなの」

 

 私は箒の大胆な発言に思わずに恥ずかしくなる。

 私は将来はハーレムのみんなと家族になりたい、つまり、結婚したいとほとんど同等の思いを持っているのだ。だから、将来は今の目の前の箒のようにプロポーズのようなものをしなければならないのだ。

 私は前世では離婚はしなかったので一回しかプロポーズはしていない。なので、プロポーズとなると勇気がいるのだ。いや、まあ、プロポーズに慣れているほうが変な話だが。

 とにかく、そんなときが来るのだ。

 まだそのときではないが、みんなはそれを受け入れてくれるだろうか。

 箒のプロポーズの言葉にそう思ってしまう。

 

「とにかく、原因は私ではなく、一夏だ! いくら私が一夏のことを好きでもそんな大胆なことができるわけがないだろう! 一夏のほうから私にしてきたんだ!」

「……理解したわ。それで一緒に仲良く食べた後はどうしたの?」

「仲良くは、た、食べてない」

「あ~んなんてしたくせに。これを聞いてどうして仲良くしてないって言えるのかしら? というか、これが仲良くしていないって言うならどれが仲良くしてるって言えるのよ」

「ぐっ、な、仲良くしていたかもしれない」

「しれないじゃなくて、していたのよ。で、そのあとは?」

 

 なんだか二人(というよりは箒かな?)が楽しんでいるようで、何よりなのだがちょっとお腹いっぱいな気分だ。

 私と簪たちがやっているようないちゃいちゃを第三者から見たら同じなのだろうか。

 

「そ、そのあとは屋上で終わりまで雑談をしただけだ」

「それだけ? 手を繋いだりとかは?」

「て、手を繋ぐなんて私にはまだ無理だ!」

「なら何も?」

 

 このヘタレめ! もうちょっと頑張りなよ!

 

「か、肩と肩が触れ合うくらいしか……」

「はあ……」

「な、なんでため息をつくんだ!」

「いえ、なんでもないわ。本当になんでもないわ」

「嘘だ! 絶対に何があるだろう! あるなら言ってくれ! そっちのほうがいい!」

「なら言うわ。あなた、せっかくのチャンスなんだからもっと触れ合いなさい」

「ふ、触れ合う? どのくらいだ?」

「さあ? 基準はないわ。でも、あえて言うならば肩と肩程度はダメね。手と手を重ねるくらいはしなさいよ」

 

 一夏はおそらくは恋人を作ったことがないと思う。つまりは異性との接触はほとんどないと考える――いや、考えたい。

 だって箒によると意識せずにスキンシップなんてよくするらしいしね。そう考えると異性に対しても接触があったと考えてもいい。さてさてどう考えればいいのだろうか。いや、そこは問題ではない。一夏の中に接触には異性も同性も関係ないと考えていたら、問題も何もないから。

 となるとただの接触は意味はあまりないと思われるが、それならばそれを利用しようか。これは一夏が異性との接触は同性とほとんど変わらないと思っているという条件の下だが。

 もし成功すれば一夏が箒へ思い抱いたときに一夏はこれまで行っていた接触するのが恥ずかしくて難しくなる。一方で箒はすでに一夏への思いがあり、これまでのことで接触に慣れているので箒が一夏を主導権を握れるということだ。

 うん、これはいいかも。

 

「手と手なんて……」

「あなたね! それは最初は恥ずかしいって分かるけど、いつかは通る道なのよ! というか、これでそんなんじゃ先に行けないわよ」

「さ、先って……」

「……私に言わせないでよ?」

「分かっている! でも、そうだな。そ、その、恋人に、いや、夫婦になるんならそんなことも、し、しなければならないからな」

「分かったなら昼食とスキンシップに慣れることが目標よ。いいわよね?」

「分かった。それを目標としよう」

 

 大丈夫かな? 私は箒には幸せになってもらいたいからこれを本当に成功してほしいんだけど。

 

「しかし、本当に一夏は私のことを好きになってくれるのだろうか? 私以外の人を選んだらどうしよう」

 

 一夏の鈍感に不安になった箒がそんなことを呟いた。

 その心配は私も分かる。私だって好きな人が自分以外を選んだらどうしようなんて思うもん。私はその対策として相手の意思関係なく、恋人にすることで縛ったけど。

 私はこれは失敗だと思ったので箒にはこんなことはしてほしくはない。

 

「そうね、そんな兆しがあったらちょっと強引だけど、寝ぼけたふりをして一夏のベッドに入ったりしたらいいと思うんだけど」

「なっ!? そんな破廉恥なことできるわけがないだろう!!」

「でも、そのときの一夏の心はどんどんあなたから離れていくのよ? あなたは一夏と恋人になりたいんでしょ? だったらそんな破廉恥とかそんなことを思わずにやったほうがいいと思うのだけど。でも、そういう色仕掛けのようなやり方が嫌だっていうならば、告白しちゃったほうがいいと思うけどね」

「告白……」

 

 もし私ならば好きな人のためにやってきたのにその相手が別の人を選ぼうとしたら許せない。だから、私はさっき箒に言ったようなことをするだろう。そうして相手にこれまでの行動を思い返してもらい、相手の心を私のほうへと少しでも傾けるのだ。

 けれどそんなことにならないいほうが好ましい。私のほうも、嫌だけど、できるだけ一夏のこと監視したほうがいいかもね。

 

「今はまだそんなことはないみたいだから、安心しなさい。でも、世の中には一目惚れなんてものが存在するから、分からないけどね」

「うう、安心できない……」

「そうならないためにも頑張りなさい。そのために私がいるんだから」

「分かっている。だが、やっぱりいつも思うが私は詩織をただ利用しているようで、悪い気がする」

「気にしないで。私はあなたのこと友達と思っているのよ。それに、大切な友達の幸せを望むのは当たり前のことよ」

 

 そう言うと箒は恥ずかしそうに俯いた。

 その姿を見て可愛く思う。

 箒のことはそういう意味ではもう好きではないが、今は友人として好きだ。こういう姿を見て楽しんでもいいよね。でも、ちょっと欲を言うならばこんな姿の箒をぎゅって抱きしめたいかな。

 私は一瞬だけそうしたい気分に駆られたが、そんなことをしてしまえば箒はまだ私が自分のことを好きだって勘違いしてしまうかもしれない。妥当なところとしては手を重ねることくらいか。

 

「そういえば詩織のほうはどうなのだ? その、私の手伝いをして、詩織が自分の恋をできないのは嫌だから」

「大丈夫よ。もうちゃんと作っているから」

「つ、作っているって……まさか」

「ええ、ルームメイトの更識 簪って子と同じクラスのセシリア・オルコットよ」

「ふ、二人も作ったのか!? 二股?」

「違うわ。というか、あれ? 言ってなかったかしら? 私の夢は女の子に囲まれることなのよ。ハーレムというやつよ」

「言ってないぞ!? というか、なんでハーレムなんだ! 一人でいいだろう!!」

「まあ、それはそうだけど、女の子に囲まれるっていうのは私の夢だったのよね。だから、一人に絞るってことはないわね」

「……詩織の夢だから私はもう何も言わないが、その二人はそれを許しているのか? 私なら到底受け入れられないが……」

「なんとか受け入れてもらったわ。でも、二人ともハーレムはあまり好まないみたいだけど」

「当たり前だ。ハーレムは詩織一人と他だろう? つまりあまり二人きりになれる時間が少ないんだ。私だって不満があるぞ」

 

 やっぱり二人が、特に簪が一番不満なところはそこなのだろう。私だって簪たちの立場だったら不満を持っていただろう。私はそれを分かっていながらハーレムをつくるのだから、変な話だが。

 まあ、それでもハーレムはあきらめることはないけどね。

 

「恋人になっておいて悪いが、私はどちらか一人をあきらめたほうがいいと思うが」

「残念だけどそれは無理よ。だってどっちも好きだもの」

「……それは本気なのか?」

「ええ、本気よ。私はあの子たちのことが本当に大好き」

「友人としての好きではなく?」

 

 箒が私の二人への気持ちをどういう意味なのかを確かめてくる。

 

「あなたもそう言うのね。でも、これは友人としてのではないわ。ちゃんとそれは分かっているし、友人に対してキスをしたいとかエッチなことがしたいとか思わないでしょ? 友人でも思うのは抱きしめたいくらいよ」

「はあ……どうやら説得は無理なようだな。私はちゃんと忠告はしたぞ。私はお前の友人としても、一夏のためにアドバイスをしてくれている恩を返す身としても、ハーレムによる問題は手伝えないぞ」

「分かっているわ」

 

 私も箒に相談しようなんて思わない。私はその問題を自分たちで解決すべき試練のようなものとして捉え、ハーレムのみんなで解決するだろう。でなければ、問題一つ解決できない私のハーレムなんて夢は儚く散ってしまう。私の夢はそういう障害がたくさんあるんだから。

 でも、現実がそんなあまいものではないと分かっていても、障害は無いに越したことはない。

 どこかの物語みたいにいちゃいちゃするだけでハッピーエンドを迎えたい。

 

「あっ、そういえばあなたに言わないといけないことがあるわ」

「なんだ?」

「土曜日にあなたのお姉さんに会うことになったわ」

「なっ!?」

 

 束さんは箒の姉だ。実の家族である。

 しかし、箒は束さんにあまり良い感情を持っていないようだ。前にクラスで箒が束さんの妹だと知ったクラスメイトが詳しく話を聞こうとしたのだが、箒は怒鳴って話はそこで終わった。

 それでも言わなければならないと思ったのだ。

 それに千冬さんには恋人になるのは難しいとは言われたが、束さんが私の恋人になってその先があるならば、そ、その、箒も義理の家族になるということだ。

 それも含め言おうと思った。

 

「そ、それはどういう意図でだ? ま、まさかと思うが……」

「たぶんあなたの思っているとおりよ。私、その、告白しに行くの」

「……なあ、聞かせてくれ。なんで姉さんなんだ? 正直に言おう。姉さんなんて好きになっても不幸になるだけだ。本当にだ。姉さんは止めたほうがいい。姉さん以外にも綺麗な人はたくさんいる。絶対にそっちのほうがいいと思うぞ。たとえなれたとしても姉さんは詩織を本当に愛すなんてことはない。何かに利用するために恋人になるくらいだ」

「……あ、あなた、結構ひどいことを言うわね」

 

 千冬さんのときもそうだけど、箒のほうが結構ひどい。

 というか、二人にこんなふうに言われる束さんって……。

 本来ならばこの時点で多くの者が束さんを好きでなくなる、または嫌いになるだろう。だが、私は違った。

 そんなふうに言われる束さんってどんな人なんだろう! 二人から聞くとどんな人物かは思い浮かんだりするんだけど、やっぱりまだピンとこない! ああ、本当に束さんへの想いが溢れてくるよ。

 私の場合、このように束さんに関する情報が貰えたということでただ好感度が上がるだけだった。

 

「これで諦めてくれたか?」

「いいえ、あきらめないわ」

「なんでだ!?」

「私、恋人になれるだけでもいいもの」

「……愛がないのにか?」

「最初はそれでいいわ。愛がなければ後から育むから」

 

 千冬さんに言われて私も多少自信が付いた。

 だから後から愛を育むなどという言葉がでてきたのだ。つまり、それは今のセシリアに私のことを好きになってもらうことにも繋がる。

 私の中の心構えが揺ぎ無いものへとなったのだ。千冬さんのあの言葉がなければこんなこと言えなかった。



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第44話 私が告白する日

「愛は後から、か。私は姉さんが愛するとは思わないが……」

「頑張るわ」

「いや、頑張るとかの問題ではない。あの人は、そうだな、別の生き物なんだ。私たち人間が動物に対して何か訴えても、動物が何も感じないように、姉さんに対して愛を伝えても何も感じないんだ」

「それでもよ」

 

 私だって身体能力で言えば別の人間だ。束さんが人間ではない別の生き物ならば、化け物みたいな私とちょうど合うのではないだろうか。

 束さんのことが好きな私はそう思ってしまう。

 

「……分かった。もう私はこの件に関して何も言わない。もし詩織が振られたり、恋人になって利用されるだけだって分かり、落ち込んだらそのときは私の元へ来い。私が、そ、その、慰めるから」

「そのときはよろしくね」

 

 そう言うが私の中には全く束さんに振られるとかそういうのは感じていなかった。

 でも、と考える。

 でも、もし千冬さんや箒の言うように振られたら? 束さんが私を利用するために恋人になって、私は頑張るが結局私に恋心を抱かなかったら?

 そのときの私を私は思い描けない、いや、思い描きたくない。それを想像なんてしたくない。それだけでも私の心にひびが、穴が開くだろう。

 箒のときと違い、想像だけでそれだけのダメージを想定できたのは、束さんが私の初恋の相手で、その想いはもっとも大好きな簪レベルだからだ。

 束さんへの想いは一度は諦めかけはすれども、その想ってきた長さで言えば誰よりも長いのだ。そのくらいのダメージを受けると想定して当たり前だ。

 

「あと、一応聞くんだが、詩織はハーレムとか言っているが、大人になったらどうするんだ? みんなとは別れなければならないし、結婚とかがあるだろう?」

「? 何を言っているの? 大人になっても別れる気なんてないわよ」

「わ、別れないのか?」

「当たり前よ。なんで別れなければならないのよ」

「し、しかし、ハーレムのみんなの結婚とかは……」

「もちろん私と結婚じゃないの?」

「……」

 

 私の言葉に箒は絶句していた。

 

「言っておくけど私は大人になったら別れるなんてことはしないわ。だって、そんなのは遊びという意味で付き合っていたってことになるじゃない。私はそんなつもりはないわ。これからもずっと一緒にいるつもりよ」

 

 私のこの考えは重いのかもしれない。重すぎるのかもしれない。

 でも、私はどうしてもそんなことができないのだ。ちゃんと最後まで責任を持ちたい。つまりずっと一緒にいたい。

 私の考えってやっぱりおかしいのかな。

 恋人というのはいろんなことをする。キスをしたりデートをしたり体を重ねたりと。そんなことをするのに遊びでなんて考えられないのだ。

 

「ねえ、私のこれっておかしいの?」

 

 目の前には友人の箒がいる。分からなかったので聞くことにした。

 

「……私は変じゃないと思う。むしろ私もそれのほうがいい。一夏と恋人だけで終わりたくない。一夏と家族になりたいから。でも、現実は違うだろう? 例え恋人になっても、それが夫婦になるわけじゃない。何度も別れて結局は違う人と夫婦になることになる。こっちが夫婦になるつもりでも相手はそこまで思っていないときだってあるんだ。だから……」

「そう、よね。現実だもんね。最後まで一緒なんて滅多にないわよね」

 

 しかし、私は現実では難しいからといってあきらめたくはない。この夢を叶えたいと思う。

 そのためには私はどうすればいいだろうか。

 私が思いつくのは私のことをもっともっと好きになってもらうということだけだ。結婚とか別れるとかを決めるのは心だもん。ならば最後までいるためには好きにさせればいいという考えに行き着いた。

 他に障害はないはずだ。あるのは私のことを好きでいてもらうという障害のみだ。

 私は簪とセシリアを脳裏に思い浮かべる

 それから私は二つの未来を思い描いた。

 一つは私と二人が別々の道を行く。つまり、私にとってバッドエンドだ。

 もう一つは私と二人が同じ道を行く。つまり、私にとってハッピーエンドだ。

 私の中にはこの二つの未来しかない。

 しかし、バッドエンドの未来はハッピーエンドの未来よりも大きいものだった。それはハッピーエンドが難しいことを意味する。

 

「箒、ハッピーエンドを迎えたいわね」

「……そうだな。私もハッピーエンドを迎えたい」

 

 意図を察した箒はそう答えた。

 

「険しい道ね」

「ああ、本当に。だが、詩織の道のほうが険しい。私は一夏という異性同士だが、詩織は同性が相手で複数人だ」

「……分かっているわ。私の道は普通よりも険しいもの」

 

 私たちの互いの恋の話はここで終わった。

 そこから少し話をして、箒の予定の時間が来た。その時間とは一夏に剣道を教えるということだ。これは昨日の試合の予定が決まったときからやっているようで、それを今でも続けているようだ。

 で、私とのアドバイスの時間は一夏に体力を付けてもらう為にランニングと素振りをやらせているらしい。

 この時間って一時間くらいあるよね? まさか一時間中? 私はちょっとハードだなと思った。

 まあ、それを言ったら私がやっていたのもそうだけど。

 

「じゃあ、明日ね」

「ああ、また明日だ」

 

 私たちはそう言って別れた。

 私はこの後は予定はないので、部屋に戻ることにした。

 部屋に戻っても簪はいない。当たり前か。

 私は簪の手伝いをして時間を潰したのだった。

 それから時間が経ち、簪が帰ってきた。

 

「ただいま」

「ん、おかえり」

 

 私は作業を止め、デバイスを片付けた。ちょうど簪も荷物を置き終わる。

 簪は私と向き合うと、

 

「詩織」

「へっ? んむっ!?」

 

 私に向かって駆け、油断した私の唇を塞いだ。そして、私の腰に腕を回した。

 

「んっ……んん……ちゅっ……」

 

 簪はまるで飢えた獣のように私にキスをする。

 私は抵抗することはしなかった。私も簪とのキスを楽しんでいたからだ。

 今の私はいつものように攻めはせず、攻められるだけだった。

 簪は私のほうへ体重をかけ、ゆっくりとベッドに座っていた私を押し倒した。

 

「か、簪? い、いきな――んっ」

「んはっ……詩織、私……ずっと我慢、してた。もう、放課後。いちゃいちゃして……いいよね?」

「いいけど、でも、んちゅ」

「ん……静かに。今はキス」

 

 私はもう何も言わない。言おうと思ったけど、キスに集中することにした。

 簪のキスは最初に比べると上手くなっていた。簪のキスは激しくなり、簪が舌を入れてくるようになる。それに答え私も舌を出し、絡ませた。私たちは互いに絡ませたり刺激を与えることで快感を得合う。

 あ、あれ? な、なんだか気持ちいい……。前よりも気持ちいい。こんなに上手くなるんて本当にエッチな子になっちゃったんだ。

 またまたそれを改めてそう感じる。

 私たちはしばらくキスを楽しむ。けど、興奮が高まるにつれてキスだけでは満足できなくなった。

 

「詩織、ちょっと……先に行っていい?」

「先って?」

「昨日みたいなことは……しない。けど、ここを……触って……いい?」

「あんっ」

 

 簪が私のおっぱいに手を置き、軽く揉んできた。

 

「きょ、許可してないのに、触っているじゃん!」

「ごめん。でも、いいよね?」

「……いいよ」

 

 体を熱くしながら私は答えた。

 確かに昨日までのように先へ進まずに今回はキスとおっぱいを揉むだけで終わった。

 私たちはそうやって時間を過ごした。

 

 

 

 

 それからまた時間が過ぎる。今日は束さんに会う日だ。

 あれから今日までのことだが、私は日曜日にセシリアとデートをすることにした。

 土曜日に束さんへ告白する翌日というのは……と思ったのだが、早くセシリアと仲良くなりたいと思っていた私はその日にしたのだ。

 もし振られたらということを考えたら、私は確実に翌日まで引きずる。うん、確実に引きずるね。

 まあ、私は束さんと恋人になるつもりだけど。けど、もし振られたらそのときはセシリアには悪いけど、慰めてもらおう。ある意味これも私を知ってもらうことだ。私がしたいデートとしてはちょうどいい。

 今日までセシリアにはずっとアピールし続けた。会うたびに耳元に口を寄せて「愛してる」とか囁いたり、人気のないところでは頬にキスをしたりと。そうやってセシリアの好感度を上げようとした。

 セシリアはそのたびに顔を赤くしていたので、たぶん上がっているはず。

 セシリアのほかにはあまりないかな。簪とはいつもどおりだもん。

 さて、今日は私が小さい頃から束さんに告白しに行くのだが、実は遠足前の子どものようにあまり眠れなかった。

 いや、だって小さい頃から好きだった人に会えるんだよ! しかも、ただ会うんじゃなくて告白しに! 緊張とか不安とかで眠れなくて当然じゃない!

 私はまだぼーっとする頭を必死に働かして、ベッドから何とか出て準備を始める。

 私服はもちろん持ってきている。ただ、周りの女の子のようにたくさんとかではないが。

 私も女の子なんだけどどうも前世を引きずっているところがあって、服をそんなに持っていない。確かにこんな可愛い自分を見たら自分に似合う服が欲しいなんて、着せ替え人形感覚で思ったりする。そして、どの服を着せよう――着ようか迷ってしまう。

 しかし、これも似合う、あれも似合う、じゃあ、全部買っちゃおうとかはしない。一番似合うのはこれだね。じゃあ、これだけ買おう。で、しばらく経って再び店を訪れてまた買おうとはしない。

 女の子になったけど、やっぱり前世に引かれる部分があって理解できない部分があった。

 そんなことを考えながら私服に着替えた。

 私は鏡を見てどこもおかしなところがないかを確かめる。

 うん、綺麗だね。もちろん私が。

 

「詩織?」

「起きたの?」

 

 簪が起きたようで顔を向ける。

 簪は上半身を起こし、目元を擦っていた。

 

「うん。詩織、告白しに……行くから」

 

 簪は不満げな顔をしてそう言った。

 もちろんのこと束さんに告白するということは恋人二人には伝えている。

 伝えられた二人は予想通り今の簪のように不満げだった。二人とも小さな声で告白するのをあきらめさせようとしていた。

 だが、私はあきらめない。大好きな人から言われようとも私の夢はハーレムだから。

 

「ねえ、本当に……行くの? 私も詩織の夢を……理解している。でも、やっぱり……私たちだけじゃ……ダメ? オルコットはともかく……私は詩織のこと……好き。本当に好き」

「簪の気持ちはうれしいけどそれでも私は行くの。行っても簪のこと嫌いになるわけじゃないんだよ。受け入れてなんては言わないけど、黙って行かせて」

「……」

 

 簪は不満げな顔を隠すようにベッドに横に横たわった。

 

「……分かった」

 

 そして、小さく呟いた。

 

「ありがとう」

 

 私はベッドの傍まで行き、頭を撫でた。

 

「詩織」

「何?」

「振られたら私が……慰める、から」

「そのときはお願いね。でも、告白前に言わないで欲しかったかな」

 

 私は苦笑いしかできない。

 

「簪、私もう行くからね。まだゆっくり寝ていていいから」

「……詩織が別の女と……告白しに行くのに寝ていられ、ない」

「そう」

 

 私は唇と頬にキスをして、この部屋を出た。

 確か待ち合わせ場所は……寮の前だったよね? うん、間違いはない。

 記憶を思い返し、間違いがないことを確認し、そこへ向かった。

 寮の前には待ち人はおらず、部活などで朝早くから練習に励もうとする生徒が通るだけだった。

 寮の前を通る生徒たちは私服の私を何度か見た。

 何度も見たのは私の可愛さ、または美しさにだろうか。それともただ寮の前にいる変な子としてか。

 私は時間を確かめるために腕時計を見る。

 うん、時間はまだある。

 私は念のために忘れ物がないかを確かめる。忘れ物はなかった。

 

「そういえば……束さんに会うときは生徒会長モードじゃないほうがいいよね? うん、生徒会長モードじゃないほうがいいね」

 

 私は生徒に対しては生徒会長モードで対応しているが、先生や生徒以上の年上の人たちには生徒会長モードを解いている。

 だって生徒会長モードはお嬢様口調でちょっと威圧あるもん。先生とかにそんな口調できないよ。じゃあ、口調だけでもとなるのだが、どうも自動的にそうなってしまうのだ。

 えっ、私人間だよね? 何この仕様。

 

「どうやら待たせたようだな」

 

 生徒会長モードをどうこうしている間に千冬さんが来た。

 千冬さんの服装は……スーツだった。いつも学園で着ている仕事着である。本当に色気の「い」の字もない。

 う~ん、もったいないよ。せっかく美人なのに!

 

「あっ、おはようございます、千冬さん」

「ああ、おはよう」

「私はそんなに待っていませんよ。大丈夫です」

「そうか」

 

 千冬さんは軽く微笑んだ。

 いつもは見られないレアな表情だ。みんなに見せているのとは違う、別のものだ。

 私って本当にいつもいろんな体験をしているよね。前世は前世でよかったけど、今回の人生はハーレムやら世界クラスの有名人に会えたりするんだから。



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第45話 私の姉に

「さて、行こうか」

「はい」

 

 ここIS学園は島にあって、実は日本の本州に行くにはIS学園と本州を繋ぐ、モノレールに乗らなければならないのだ。このモノレールを利用できるのは特別な日を除いてIS学園関係者のみであるのだが、数十分に一度の頻度で来るのだ。

 しかし、運転するのは人間ではない。コンピュータによる自動運転だ。平日は特に誰も乗らないというのがあっても問題ない。

 駅に着き、待つことわずか数分。まだ誰も乗っていない車両へ乗り込んだ。

 やはり誰もいないというのは変な気分だ。私の中では必ず仕事やら旅行やらの人たちがいるというイメージだからだ。なのにここには全くいない。だから余計に中が広く感じる。

 

「やっぱり違和感がありますね」

 

 この気持ちを共有してもらおうと千冬さんに話しかける。

 

「ああ、私もそう思う。この時間帯ならば人で溢れているからな」

 

 現在は通勤ラッシュの真っ最中だ。

 田舎に暮らしていないので田舎の駅はどうなのかは知らないが、私の暮らしていた町の駅では色んな人でいっぱいだった。

 私たちは長椅子に座る。

 ただ座ったのはいいのだが、周りに誰もいなさ過ぎてなんか落ち着かない。

 な、なんだろう? いつもは私一人だけというのもいいかななんて思っているのに実際にそうなると人がいてほしいと思ってしまう。

 

「あの……千冬さん。もうちょっと隅に移動しません?」

 

 長椅子の真ん中に一緒に座っている千冬さんに提案する。

 

「ん? なぜだ?」

 

 そ、そこでそう返しますか。千冬さんって結構堂々としているよね。

 

「落ち着けなくて」

「そうか?」

「ええ、そうなんです。私、千冬さんみたいに真ん中に座るなんてできません」

「ハーレムを作るなんて夢を立てたり、これから束に告白するやつが言う台詞じゃないな」

「……」

 

 本当に何も言えない。

 

「まあ、いいだろう」

 

 千冬さんは笑いながら場所を移動してくれた。

 私たちは隅のほうに座った。

 うん、やっぱりこの場所が落ち着く。

 しばらくそうして座っているとモノレールが動き出した。

 このモノレールが止まるのは約十五分後くらいだ。

 

「っと」

 

 動き始めたせいで慣性が働き、千冬さんの方へ寄る。

 私は必然的に千冬さんに寄りかかる形になる。もちろんのこと密着して。

 

「す、すみません」

 

 思わず謝ってしまう。

 

「謝る必要なんてない。なんならこのままでいい」

「えっ!? いいんですか?」

「周りに誰もいないしな」

「じゃ、じゃあ」

 

 そう言われたからには遠慮なく。

 私は千冬さんの腕に抱きつき、頭を千冬さんの方に置いた。

 

「……なぜ腕に抱きついた?」

「……せっかくなので」

「まあ、いいか」

 

 千冬さんはそれだけいうと何も言わず、黙って腕に抱きつかせてくれた。

 私にお姉ちゃんはいないので、もし姉がいたらこのようにしてくれたのだろうか。

 前世も今も私には姉も兄もいなかったので、思わずそう思ってしまう。兄や姉を持っている周りの人たちはうざいとか言っているけど、お姉ちゃんかお兄ちゃんが欲しかったなと思っている私はよく分からなかった。

 

「……お姉ちゃん」

「ん? おねえちゃん?」

「えっ!? あうっ、ち、違うんです!」

 

 無意識に声に出てしまったようだ。

 私は羞恥とともに千冬さんから離れずにむしろ近づくようにその真っ赤な顔を千冬さんの腕に埋めた。

 

「いや、違うくはないだろう。私の耳にははっきりと聞こえていたぞ」

「……ごめんなさい。私お姉ちゃんがいたらこんなことしていたんだろうって思って……。それでつい」

 

 く、空気が微妙だ。さっきも何もしゃべらなかったが、今の空気は先ほどとは別のものだ。うう、どうしよう。

 

「月山、いや、詩織」

「は、はいっ」

「まあ、その、なんだ。私はお前に姉と呼ばれてうれしく思う。お前さえよければこのような二人きりの場合は私のことを姉と思って呼んでもいい」

「い、いいんですか?」

 

 あまりの出来事が目の前で起こった。

 憧れの人が自分のことを姉だと思っていいと言うのだ。こんな出来事があっていいのだろうか。というか、今日束さんに告白しに行くんだよね? その前にこんなうれしい出来事があるのって私が振られるってことを暗示しているの?

 うれしい反面、不安があって本当に複雑だ。

 しかし、だからといってこのうれしい提案を受け入れないという選択肢はない。

 

「でも、一夏が……」

「一夏は一夏だ。ここだけの話だがあいつは可愛い弟だ。だが、まあ、妹というのもいい気がする」

「つまり、弟と妹が欲しいと?」

「そうだな」

 

 千冬さんは相当のブラコンのようだ。いや、私も妹みたいな扱いになるからシスコンもか。

 

「えっと、お姉ちゃん」

「!!」

「わうっ」

 

 私がそう言うと千冬さんが抱きしめてくれた。

 私は慌てるものの、黙って受け入れることにした。

 いや、だって千冬さんが抱きついてきたんだよ。どうして無理に離れようか。

 しばらくして千冬さんが離れる。

 

「す、すまない。つい」

「べ、別にいいですよ! 私もうれしかったです」

「そうか。だが、これは二人のときだけだぞ? それ以外は教師と生徒だ。いいな?」

「分かっています」

 

 千冬さんとプライベートだけでもこのような関係になれただけでも、すごいことなのだ。この関係を密かに続けたいと思っている私は周りを気にしようと思った。

 

「えっと、お姉ちゃん。そろそろ着きます」

「むっ、そのようだな」

 

 千冬さんをお姉ちゃんと呼ぶ度に私の心に喜びが荒ぶる。

 一夏には悪いけど今だけは私のお姉ちゃんだから。

 憧れの人を姉として慕うというこの気持ちの高揚を私は止められない。だってずっと欲しかった姉だもん。私が長女である時点で兄か姉が存在するわけがなかった。両親だって、うん、本当にラブラブで、絶対に離婚はないから義理のが付く姉や兄ができることは決してない。

 なのに私は姉を手に入れることができた。実のとか義理のとかそういう固いものではないが、こういう二人きりのときは私の姉になってくれる。それだけでいい。

 私は千冬さん――じゃなくて、お姉ちゃんの腕にぎゅっとさらに力を込めた。お姉ちゃんに自分という存在を実感してもらうために。

 それに対してお姉ちゃんは頭を撫でてくれた。優しく優しく。

 私はこのモノレールが止まるまでずっと撫でてもらった。

 

「着いたようだな」

「はい」

 

 その言葉と同時に千冬さんが撫でてるのを止める。

 名残惜しかったが、妹という立場があるんだからと思い、あきらめた。

 私たちは降りて、私は行き先を知っているお姉ちゃんの後ろについていく。

 私はお姉ちゃんの後ろで微笑む。

 だって、姉の後ろをとてとてとついて行くことも夢だったんだもん。こうやって子どもの私は大人のお姉ちゃんの背中を見て、成長したかった。

 

「詩織、この車だ」

「これがお姉ちゃんの?」

「そうだ」

 

 目の前にあるのは二人乗りのスポーツカーだった。車にはあまり詳しくないからちょっと自身はないけど多分スポーツカーだ。その車のボディは赤く、私にかっこいいと思わせた。

 お姉ちゃんは鍵を取り出し、鍵の持ち手にあった小さなボタンを押し、車のロックを解除した。

 私は助手席側に座る。

 

「よ、よろしくお願いします」

「ふふ、そんなに畏まらなくていいぞ。二人きりのときは姉妹なんだから」

「それでもです。こういうときは千冬さんはお姉ちゃんですけど、それでも最低限の礼儀は必要です!」

 

 親しき仲にも礼儀あり、だ。

 姉妹にしてもらったけど、やっぱり実のではないのだ。あくまでも姉妹に似た関係である。礼儀は欠かせない。

 

「シートベルトはちゃんとしろよ? 事故というのは気をつけていても起こる時だってあるんだから」

「分かっています。私も死にたくないですから」

 

 事故でシートベルトをしているのとしていないのとでは死亡率が大きく変わる。いくら私の体が頑丈とはいえ、みんなといちゃいちゃしたいから死ぬ可能性は少なくしたい。

 

「では、出発する」

 

 千冬さんが運転する車が発進した。

 私は千冬さんの集中を乱さない程度に会話をした。

 それから数時間が経ち、ようやく目的地に着いた。場所は海岸沿いだった。

 途中、休憩があったが、やはり数時間というのは精神的に疲労が溜まる。

 私は車を出ると両手を組んで、背筋を伸ばす。

 

「やはり疲れるな」

「やっぱり千冬さんもですか? いたっ」

 

 同意を求めたところでこぴんをされた。

 

「詩織、その、私のことは姉と呼ぶように」

「分かりました、お姉ちゃん」

 

 私は額を押さえて返事をした。

 そして、再び同じ問いを言う。

 

「そうだな。久しぶりに運転をしたし、隣に誰かを乗せたことなんてないからな」

「じゃあ、私が初めてですか?」

「そういうことになるな。まだ一夏も乗せたことがない。いや、そもそも私が車を持っているなんて事実さえ知らない可能性はあるな」

「なんで乗せてないんですか?」

 

 私が初めてということがうれしくないわけではないのだが、千冬さんはブラコンだからてっきり乗せているかと思ったのだ。

 なのに乗せるだけでなく、車の存在すら知らせていない。

 

「私が車を買ったのはIS学園の教師になってからだ。私は基本IS学園にいるから滅多に家に帰らないんだ」

「でも、帰るときはあるんですよね? そのときは?」

「基本、電車か新幹線を使うな。それで家の近くの駅まで行き、歩いて家に帰る」

「なぜ車じゃなく電車を?」

 

 普通に考えて電車などを使わずに車で家まで帰るはずだ。

 

「私の家に残念ながら駐車する場所がない。そして、近くにもだ。なので、電車を使うというわけだ」

「なるほど」

 

 車を停める場所がないのに車で帰るわけにはいかない。

 ならば電車で行くしかない。

 

「さて、あいつと会うのは午後だ。詩織、お腹は減っているだろう?」

「あっ、そうですね」

 

 そう言われて体が空腹を認めたようにお腹空いたと思うようになった。

 幸いなのはエネルギーを求めたお腹が鳴らなかったという事か。

 前世は確かに男であったが、今はほぼ女である。人前でお腹が鳴るというのはより恥ずかしい。特に目の前にいるお姉ちゃんに聞かれることが。

 簪たち恋人は聞かれてもいいと思っている。

 この違いは何だろうか? それは恋人たちを私の中では家族的な位置付けをしているからで、一方で千冬さんはお姉ちゃんとは呼んでいるが、簪たちと比べると新密度がまだ足りない。

 

「どこがいい? 金は私が払うから遠慮はするな」

「えっ? それはさすがに悪いです! 私もちゃんとお金は持ってきています。自分のは払います」

「遠慮はするな。ここは大人の私に甘えろ」

「でも、私はたくさん食べますし……」

 

 この体は燃費が悪い。残念ながら一人前で足りるような体ではないのだ。つまり、お金がかかるのだ。これが一人分のお金しかかからないならば、私はお姉ちゃんの申し出をすぐに受け入れていた。

 

「それでも構わん。お金のことは気にするな」

「でも……」

「でもじゃない。それに今は姉妹だぞ? そういう意味でも妹は姉に遠慮はするな」

 

 お姉ちゃんは私の頭を撫でてそう言った。

 うう~撫でながらそう言われたら何も言えないじゃん。

 

「分かりました」

 

 私は結局奢られることとなった。

 

「さて、詩織。お前はどこがいい?」

 

 海の近くだが、この町は別に田舎というわけではない。漁業と砂浜のある海を中心として発展した町だ。海を目的に来たりする人は多くいるのだ。なので、近くにはホテルや飲食店が数多く存在する。

 私は近くに設置してあったマップを見る。

 大まかだが、どこに何があるのかが分かる。

 私は店の名前を見て何の飲食店なのかを知る。

 

「う~ん。逆にお姉ちゃんはどれがいいですか?」

 

 たくさんありすぎて困る。

 なので、逆に聞いてみた。

 

「そうだな。これはどうだ?」

 

 マップを指差した場所を見るとその店はハンバーグなど提供しているようだ。

 お肉、か。ちょっと脂っこいけど、この頃はIS学園の栄養バランスを考慮されたものばっかりだったからちょうどいいかな。

 ……ただしばらくはお肉を食べようとは思わなくなるけど。

 うん、さすがに無理。いくら燃費の悪い私とはいえ、お肉ばっかりを食べるのは無理だ。ただでさえお肉をたくさん食べるのだ。飽きる。

 

「それにします」

「決まりだな」

 

 ここから歩くこと数分。目的の店に着いた。

 やはり店はハンバーグを扱う店だった。

 ちなみに千冬さんは世界的にも有名なので軽くだが変装をしている。……サングラスしかかけていないが。

 私は不安だったのだが、ここまでの道中、誰も千冬さんだって気づかなかったし、店という狭い空間内でも同じだった。

 私はお姉ちゃんをチラッと見る。

 う~ん、この程度なら気づくと思うんだけどなあ。

 サングラスをかけたお姉ちゃんを見て、そう思った。

 私たちは店員に案内され、自分たちの席に座り食べたいと思うものをいくつか選ぶ。もちうろんのことそこから一つ選ぶなんてしない。全部注文するに決まっている。ちゃんと食べられるから。

 

「お姉ちゃん、私は決まったけど、そっちは?」

「私も決まった」

 

 決まったようなので私は備え付けられた店員を呼び出すチャイムを押した。

 店内にメロディーが流れ、店員に知らせる。

 しばらく待つと注文を聞きに店員が来る。



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第46話 私の初恋の人、参上

「ご注文は何でしょうか?」

 

 女性店員が尋ねる。

 

「私はこれとライスを。飲み物はお茶で」

 

 最初にお姉ちゃんがメニューを指差して注文する。

 見るとお姉ちゃんはハンバーグとお肉がセットのものだった。これ美味しそう。

 お姉ちゃんの注文が終わり、店員は私のほうを向く。

 

「えっと、私はこれとこれとこれ、あとこれもお願いします」

「「えっ?」」

「あっ、ライスは二人前で。あとスープも二人前でお願いします」

「「ええっ!?」」

「飲み物は……どうしようかな」

 

 私は飲み物の欄を見る。今回は外出ということでジュース系を飲もうと思う。

 

「オレンジジュースで」

「「…………」

 

 ん? あれ?

 どういうわけか店員もお姉ちゃんも驚いた顔をしていた。どうしたのだろうか。

 分からず首を傾げるしかない。

 

「そういえば飲み物っておかわりできるんですか?」

「そ、それならばドリングバーというものがありまして……」

 

 えっと、どれどれ。あっ、あった。四百円で飲み放題と書いてある。

 飲み放題で四百円……。これって利益出るの? 私、食べるのももちろん飲むときは飲むよ? 儲かるのかな?

 客という立場だが、そういうことを心配してしまう。

 

「じゃあ、それで。お姉ちゃんはドリンクバーじゃなくていいの?」

「わ、私もそれにしよう」

 

 頬を引き攣らせながらそう答えた。

 

「え、えっとご注文を繰り返します」

 

 店員が私たちの注文内容を繰り返した。

 私たちはそれに間違いがないかを慎重に聞く。

 

「以上でよろしかったでしょうか?」

「はい」

 

 間違いはなかったので私は返事をした。

 店員は一礼をして、厨房へ戻った。

 しばらく待つことになるので、のどを潤すためにこの席に案内されると同時に置かれた水を飲む。

 

「あ、あんなに頼んだが食べられるのか?」

 

 ボーっとして待っていたところ、正面に座るお姉ちゃんがそう言った。

 

「はい、食べられますよ」

「本当にか? 言っておくが残しても食べられないからな」

「大丈夫です。ちゃんと食べられますよ。残すなんて事しません」

「ならいいが……」

 

 私もちゃんと考えて注文している。自分がどれだけ食べられるかなんてちゃんと分かっているのだ。

 お姉ちゃんと話しながらしばらく待つ。

 その間にも私の体はエネルギーを求めていた。

 

「……お腹、ぺこぺこです」

「そうだな。だが、そろそろ来るだろう。ほら」

 

 顔を向けるとそこには料理を持った店員たちが。

 どうもほとんど私のもののようだ。普通、一品ずつ持ってくるものなのだが、それを一緒に持ってくるとは。冷めるのではないのかと思われるが、ハンバーグたちを乗せている土台は熱々の鉄の皿だ。もちろんその鉄の皿の下には、さらに木のお盆があってそれで運んだりできる。

 

「お待たせしました」

 

 店員たちが私たちの前に料理を次々に並べていく。

 料理たちがジュ~という音を立て、そのにおいは私を行儀などという縛りをなくし、獣の如く食えと誘っているかのようだ。

 うう~早く食べたい! 我慢できないよ!

 この料理が並べられる時間すら、もったいなく思う。

 そうして待ってようやくその時間が来た。

 

「い、いただきます!」

 

 どうしても待ちきれなくてお姉ちゃんよりも早く料理に手をつける。

 ナイフとフォークでハンバーグを切り分けてそれを頬張る。

 私の口内をハンバーグが支配する。肉汁が染み出て、とにかく美味しい!

 私は幸せな気分になる。

 

「う~ん! 美味しい!」

 

 私は一心に食べ続ける。

 時折、飲み物が飲みたくなり、バーからオレンジジュースを取ってきて飲む。

 それを繰り返しながら食べた。

 お姉ちゃんは私のほうを気にしながら食べていた。

 そして、しばらくして、私たちは食べ終わった。

 

「ごちそうさま!」

 

 両手を合わせて食べたという幸を示すように言った。

 私はナプキンを手に取り、口元を拭く。

 

「おいしかったですね」

「ああ、そうだな。美味しかった。にしても、どうして私と同じ時間でそれだけの量を食べられるんだ?」

「さあ?」

 

 私はただ普通に食べていただけだ。特別に早く食べていたというわけではない。しかもちゃんとよく噛んで。

 

「じゃあ、そろそろ行くか。あいつとの約束の時間が近いぞ」

 

 それを聞くと緊張と不安で美味しいものを食べていたときに鳴っていた激しい鼓動とは別の意味で鼓動が激しく鳴る。

 もう、すぐなんだ。本当にもうすぐで初恋の人に、束さんに会えるんだ。ずっと恋していたけど、色んなでかい壁があって無理だって思っていた。思っていたのについに私は会って、その上告白できる。考えられないほどだ。だって束さんに会うなんて大統領に会うよりも難しいから。

 けど、絶対に束さんが私を恋人にしてくるのかは別問題だ。そこをちゃんと認識しなければ。

 

「どうした? あいつと会うのが不安か?」

「いえ、不安じゃないです。不安じゃ。ただ告白して受け入れられないというのが……」

 

 そう言うとお姉ちゃんはちょっと厳しい目を向けてきた。

 

「言っただろう。あいつへ告白することはただ単に有名人に会う程度に思っておけと。そして、告白が成功するのは限りなくゼロだと。もう忘れたのか?」

「覚えています。でも、それでも、考えてしまうんです。そんなのであきらめられません! 私は本気なんですから」

「……私はこれ以上はもう言わん」

 

 それだけ言うと千冬さんは席を立つ。

 私も一緒に立ち、お姉ちゃんの後に続いた。

 私たちはお金を払い、店を後にする。

 ゆっくりと歩く私たち。ずっと無言だ。ただの無言じゃない。この無言は気まずいときのものだ。

 やっぱりお姉ちゃん、怒っているよね? 絶対に怒っている。そうだよね。この場合はお姉ちゃんが正しく、お姉ちゃんの言っていたことに反したんだから。

 

「お姉ちゃん、怒っていますよね?」

「ああ、怒っている」

「私が告白に成功したいって本気で思っているからですか?」

「そうだ。お前は私の妹だ。妹が振られると分かっていながら、それを実行しようとしている妹を怒らずいられるか」

 

 やっぱりそうだった。お姉ちゃんは怒っている。

 

「……ごめんなさい」

「謝罪なら告白するのを止めてくれればいいのだがな」

「それは……無理です。告白したいから」

「成功するわけがないのにか?」

「はい。それでもです。それでも告白して、恋人になってほしいです」

 

 お姉ちゃんは鋭い視線を私に向けるが、それに対抗するように私はお姉ちゃんの目を見つめる。

 しばらく睨みあっているような状態が続いて、お姉ちゃんがついに負けたかのように目を逸らした。

 そして、私に近寄る。

 私は叩かれたりするのかと思い、思わず身構える。

 しかし、考えても当たり前のことだが、そういったお仕置きとかではなかった。お姉ちゃんは私を抱きしめた。

 

「え?」

「そういえば詩織にはアドバイスをしていたな。ただ自分の愛だけを見ていろと」

「えっと、はい」

「ならば、そもそも詩織にそう言った私がどうこう言える話じゃないな。私自身がそう言ったんだからな。ならば、私はお前の告白を見守るだけだ」

 

 お姉ちゃんは私をさらに強く抱きしめる。

 私もその行為に甘えて、抱きしめ返す。

 周りには人がいなかったので女性二人が抱き合うという百合的な場面を見られることはなかった。

 私はお姉ちゃんとはそういう関係になるつもりはない。

 確かにお姉ちゃんは綺麗だし、今のように抱きしめられるのは好きだ。正直容姿なども自分の好みだ。私の恋人にしたいほどだ。

 しかし、しようとはしない。

 それはすでに私の中ではお姉ちゃんは私の姉という認識になっているからだ。ただの憧れの人ではもうない。

 もしお姉ちゃんと恋人になることがあれば、それはお姉ちゃんからアプローチがあったときだけだろう。お姉ちゃんから恋人になってほしいと答えれば、私はそのときからお姉ちゃんを姉としてではなく、恋人として認識しなおすだろう。

 

「もう、行きましょうか」

「そうだな」

 

 私たちはゆっくりと離れて再び歩き出す。

 もう先ほどまでのような気まずいものはなかった。

 歩くこと十分。お姉ちゃんが足を止めた。

 どうやらここが待ち合わせ場所らしい。

 待ち合わせ場所は夏には人で溢れるであろう砂浜の隅だ。近くには岩場だらけで、夏になってもあまり人が来なさそうな場所。いわば人気のない場所だ。ここならたとえ束さんが来ても誰かに見られることはないだろう。

 

「あと三十分ほどか」

「結構ありますね」

「そうだな」

「なら、座って待ちましょう」

「それはいいが、その、服は大丈夫なのか?」

「大丈夫です。その程度は気にしませんから」

 

 私は砂の上に座ろうとするが、その前にお姉ちゃんに止められた。

 

「座るならそこの岩でいいだろう。そっちのほうがあまり汚れなくて済む」

 

 私は言われた岩に座った。

 ここなら確かに砂の上に座るよりも服が汚れなくて済む。私の服は白っぽい服だから砂ならあまり目立たないのだが、それでも細かい汚れが付いてしまう。

 でも、岩はそんなに砂がないからあんまり汚れない。汚れるは汚れるがレベルが違う。

 私が座ったちょっとごつごつとした岩にお姉ちゃんも座る。

 私の目の前には海が広がる。やはり自然というのは私を癒してくるものだ。

 IS学園は島なので海はいくらでも見られるのだが、砂浜などほとんどなく、なんだろうか、あまり癒されるという感じがしない。

 それに比べここの海は違う。海を見るために来る人がいてもいいという十分な魅力がある。それが何なのかは分からない。

 まあ、そういうのは私の専門じゃないからどうでもいいや。私は周りのみんなと同じ見て満足する側であって、そこから何かを感じて言葉に表したりする詩人とかではないんだから。

 そうやって見ているとこの海の雰囲気に当てられてか、お姉ちゃんが私の肩に手を置き、自分のほうへと寄せた。

 私が第三者から見れば、それは仲のいい姉妹ではなく、愛する恋人同士にしか見えないだろう。

 

「な、なんだかこういう風にされると……」

「恋人みたい、か?」

「……はい」

 

 恥ずかしくて俯く。

 

「ふふ、詩織とそういう関係になってもいいかもしれんな」

「ふえっ!? そ、それって告白ですか!?」

 

 私と恋人になってもいい。

 それはどう聞いても告白にしか聞こえなかった。念のためにもう一度考えるが、やはりどう考えても告白以外には聞き取れない。

 今日姉妹になったのに今日のうちに恋人になるの!?

 私の頭の中で混乱していると、その原因であるお姉ちゃんは微笑む。

 

「告白じゃないぞ。ただ、詩織とならば恋人になってもいいというお前に対しての評価のようなものだ」

「も、もう!! びっくりしちゃったじゃないですか!! 私、お姉ちゃんとなら恋人になっていいって考えているから、そういう紛らわしいのは止めてくださいよ!!」

「!! そ、そうなのか」

 

 次はお姉ちゃんのほうが顔を真っ赤にした。

 レアな表情に私の心は震える。

 なんか可愛い!

 いつものクールな姿とは真反対といってもいいほどの姿だ。この姿もまた見たことのある人は少ないだろう。

 

「その、詩織は私のこと好きなのか?」

「好きですよ。でも、今はお姉ちゃんとしてです。ただ、いつでも恋人としての好きになるってだけです。そうなるのはお姉ちゃんが私のことそういう意味で好きになってくれたらです。私の身勝手ですけど、お姉ちゃんに対しては受身の姿勢です。私はお姉ちゃんのこと姉としてしか見てませんから」

「むう、上から目線に聞こえるぞ」

「あっ、ご、ごめんなさい」

 

 自分の台詞を振り返れば何様だと思うほどの言葉の数々だった。

 いや、本当に何が好きになってくれるとき、だ。最近、恋人ができて幸せだから調子に乗っているのではないのだろうか。

 私は恋愛ゲームでいうところでいう、攻略する側だ。決してされる側ではないのに。

 でも、束さんに告白する前にそれが分かってよかった。

 こんな天狗の私が万が一のハッピーエンドを掴み取るなんてできないから。

 

「いや、いい。まあ、私もそういう気はないからな。変わるかもしれんが、今は姉妹だ。恋人になるつもりはない」

「はい、分かっています、お姉ちゃん」

 

 それから待ち合わせ時間まで待った。

 その数分前になると私はちょっと不安になった。

 この不安は告白に対するものではない。待ち人である束さんが来るのかということに対する不安だ。

 

「あ、あの、束さんって本当に来るんですか? 数分前だって言うのに来る気配がないんですけど!」

 

 体を動かして周りを見回しても、どこにも人はいない。いや、いなくないのだが、おそらく束さんであろう変装している人物がいないのだ。

 ゆえに私は不安になった。

 

「ま、待て! 涙目になるな! あいつは絶対に来る! あいつは少なくとも私や妹との約束は守るやつだ! それは私が保証する!」

「ほ、本当ですか? 実は私がいることに気づいて止めたとか……」

「ない! そんなときは必ず連絡をするはずだ」

「でもでも、来ないじゃないですか!」

「念のため時間まで待とう。話はそれからだ」

 

 お姉ちゃんは何とも申し訳なさそうな顔をして、小声で「あの馬鹿!」と呟いた。

 そして、予定の時刻の数十秒前。そのとき、私たちは何かが迫っているのを聞いた。それは飛行物体だ。何か分からないが、飛行物体が迫ってきていた。それは私たちのほうへ向かってきている。近づいてきて形を見るとミサイルのような形だった。

 その飛行物体の形を確認したときの私たちの行動は早かった。

 

「詩織!」

「分かっています!」

 

 私たちはすぐさま立ち上がり、逃げる体勢に入った。

 もちろん私たちは逃げるよりも飛行物体がここに着くほうが速いと分かっていた。ただ自分たちの身を守るためだ。幸いにもここは岩場だらけである。岩場の陰に隠れれば死なずに済むはずだ。

 私たちは駆ける。私たちは身体能力が高いおかげでごつごつとした岩に躓くことはなかった。私たちは飛行物体が着く前に何とか岩陰に隠れることができたのだった。

 お姉ちゃんはそこから私を守るために私の覆いかぶさる。

 私は守られたくはなかったが、私は受け入れた。

 しばらくそうしていたが、来るはずの爆発や衝撃が来なかった。ただ何かがブシュッブシュッという連続した音を立てていた。それが治まり、プシュ~という音と共に何かが開く音がした。

 そして、

 

「やっほー! みんなのアイドル、束さんだよ~! って、あれ? 誰もいない?」

 

 そんなさっきまでの雰囲気とは反対の雰囲気を醸し出す声が聞こえてきた。

 私たちはゆっくりと岩陰から顔だけを出す。

 そこには無邪気っぽさのある、私の、私の初恋の人がいた。



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第47話 私の告白

 とにかくミサイルとかそういうものじゃないと分かり、私たちは岩場から出た。

 束さんの後ろにはミサイルのように見えた、ロケット型の乗り物があった。さっきの連続したプシュプシュ音はおそらく静かに着陸するためのものだろう。

 

「お~お~! 何で隠れていたのか気になるけど、そ・の・ま・え・にっ! ちーちゃ~~~~ん!! さあ!! 私たちの愛を確かめるためにハグハグしよう!!」

 

 初恋の人は確かに私の姿を視界に入れたはずなのだが、まるでいないかのように無視する。それは本当に見えていないのか、それとも見えていて無視しているのか。

 どちらにせよ、どちらも当たり前の反応だと思う。

 私だって知っている人が知らない人といたら、知らない人は無視する。まずは知っている人とのコミュニケーションだ。それから知らない人へ移る。

 でも、束さんは聞いていた話だとずっと私の無視するかもしれない。

 そのときはどうしよう。

 その間に束さんはお姉ちゃんと先ほどの言葉通り抱きつこうとお姉ちゃんへ飛び掛ったのだが、お姉ちゃんはため息を付きながらアイアンクローを束さんにした。顔面を掴むアレである。

 

「あ、あれれ~? ち、ちーちゃん? なんでアイアンクローなのかな? いつものように抱きしめてくれないの?」

「ほう、それは初耳だな。私がいつお前の誘いに乗った? もしかして忘れたのか? ならばいつものようにして思い出させなければならないな」

「え? ちょ、ちょっと?」

 

 するとミシミシという音と共に束さんがそのまま持ち上げられた。しかも、片手で。

 

「い、いだだだだっ!! 痛いよ! ちーちゃん! ヘルプ!」

「思い出したか? うん? どうやら思い出せないようだな。ならばもう少し力を入れるとしようか」

 

 私はどうすればいいのか分からず、ただ見守るしかなかった。

 束さんを助けたいのだが、どうもこれはいつものことのようだしスキンシップならば止めなくていいようだから。

 でも、なんだか微笑ましい。お姉ちゃんもお姉ちゃんで束さんとのやり取りは満更ではないようだし。

 

「どうだ? 思い出したか?」

「おもっ、思い出しました!! はい!! 思い出しました!! 私はちーちゃんにいつもアイアンクローをされていました!! 決してハグハグしてませんでした!!」

「ならばこの後はどうするか分かっているな?」

「はい!! 天才束さんが華麗にこのアイアンクローから抜け出――すううううううううっ!?」

「一言余計だ」

「ごめんなさいいいいいいっ!」

 

 そして、ようやく束さんは私でも本気じゃないと抜け出せそうにない、アイアンクローから抜け出した。

 

「ふう。もう少しで爆発したスイカみたいになるところだったよ」

 

 束さんの顔にはお姉ちゃんの手の跡が付いていた。なんとも痛々しい。

 私は束さんの姿をじっくりと見る。束さんの姿は写真でしか見ていない。だから生で見るのは初めてだ。

 やはり写真と生では大きく違う。

 写真はその一瞬で分からないことが多いのだが、生は一瞬ではない。動きが見えるのだ。

 束さんの動きから私は武の雰囲気を拾い取った。

 束さんも……只者じゃない。てっきりコンピュータ関係だけしかやっていないと思ったが、動きの結構ある武術もやっているようだ。しかも、おそらく祖父とお姉ちゃんと同じ達人。おそらくだが、束さんは攻めというよりは力を利用する合気だ。

 って、違う!! 私は何を考えているの!? そうじゃないでしょ!! そういう目で見るんじゃないんでしょ!! こういうときは性的に見なきゃいけないところでしょ!!

 私は改めて見直す。

 性的に見たときの見るべき場所はもちろん胸だ。

 むむ、私よりも大きい? うん、大きい。服の上からもそれは分かる。私のはあまり大きくない。もし恋人になれたときは裸の付き合いということで、比べたり触りあいっこしたりしたい。

 にしても、なんだろうか束さんが来ている服は。少なくとも一般の人が着るようなものではない。コスプレにしか見えない。

 あと、頭の飾りはなに? 機械の……ウサギの耳? そんなのを着けていた。

 

「それでそれで、ちーちゃんからの用事って何かな? ちーちゃんからなんて珍しいからね! 私は張り切ってなんでもやっちゃうよ!」

「ほう? それはいいことを聞いたな。実は私はお前に用事はないんだ」

「ん? んん~? それはどういうことかな? 確か用事があったから呼び出したんだよね?」

「そうだが、用事があるのは私ではない。この子だ」

 

 そう言ってお姉ちゃんはちょっと離れたところで見守っていた私を引っ張って束さんの前に。

 それでようやく束さんの目に私が留まった。

 その目は先ほどお姉ちゃんに向けていた目とは全く違った。先ほどは、対比するために極端に言うと、人間に対して向ける目だった。でも、私への目は虫に対して向ける目だった。

 束さんに詳しい二人に聞いていたが、なるほど、確かに身内以外には興味がないみたいだ。

 とはいえ、これは範疇である。誰だって、ここまでではないが、このような目を向けることはある。

 なのだが、やっぱりちょっときつい。いくら私のことを束さんが知らないとはいえ、その視線を好きな人から向けられるのはきつかった。

 大丈夫だと思ったんだけどな。

 

「なにこれ?」

 

 束さんは私を人ではなく物扱いした。

 

「この子は月山 詩織だ。そして、お前を呼び出した張本人だ」

「はあ? 何の分際で?」

「言っておくがお前の妹と詩織は友人だ。箒のほうも詩織と友人でいること喜んでいた。もしお前が詩織に対して不躾な態度を取ったということを知れば、あいつは絶対にお前のことを嫌いになるだろう」

「うえっ!? なにその脅し! これの話をちゃんと聞かないと箒ちゃんに嫌われるなんて!!」

「ちなみに詩織は私の妹みたいなものだ。聞いている振りなんてしみろ。箒だけではなく、私も今度は赤の他人として接しさせてもらう」

「ち、ちなみにどのようにでしょうか?」

「そうだな。例えば、だ。再び何かでお前と会ったときに、篠ノ之さんと呼んだり、今のように砕けた口調ではなく、お前を目上の人として扱うことになる」

「ひぐっ!?」

 

 それを想像したのか束さんは変な声を出して、精神的なダメージを受けていた。

 お、お姉ちゃん、しっかりと釘を刺すのはうれしいけど、そこまでしなくても……。

 

「うう、分かったよ。ちゃんとこれの話を聞くからそれは勘弁して!」

「では私は離れた場所で見ている」

 

 そう言ってお姉ちゃんは離れて行った。

 あっ、やっぱり私の告白の場面も見るんだ。告白を見られるのはやっぱり恥ずかしい。そりゃ好きな人に愛してるとか好きとかはそんな恥ずかしいなんて思うけど、気になるほどではないよ。でもそれは好きな人に言うからであって、他人にそれを聞かれるのはなんか恥ずかしいのだ。

 でも、それはお姉ちゃんだって分かっているはずだ。それでもいるのは束さんが私の話をちゃんと聞くのかを見張るためだと思う。

 残された私たちはなんだか気まずい雰囲気になる。

 

「え、えっと束さ――」

「お前に名前で呼ばれたくないんだけど」

「……っ! ご、ごめんんさい! 篠ノ之さん、まずは自己紹介からということで」

「いいよいいよ。勝手にして」

「は、はい。え、えっと……」

「早くしてくんないかな? せっかくちーちゃんからの用事かと思ったのに、お前みたいな奴の用事って聞いて私、ナーバスなんだよね」

 

 その声は聞いただけでも不機嫌だって分かる。やっぱり束さんは私と話すことが嫌なようだ。

 でも、それは当然だ。私だって好きな人から用事があるって呼び出されて来てみれば、別の人が私を呼んでいたなんていうのは嫌だもん。私だって不機嫌になる。

 

「わ、私の名前は月山 詩織です。IS学園の一年生です」

「へえ、IS学園、ね。ああ、ああ、分かった。分かったよ。君が何を言いたいのか分かったよ」

「わ、分かったんですか!?」

「当たり前でしょ? この天才束さんを何だと思っているの?」

 

 う、うそっ! ま、まさか本当に? 本当にたったあれだけの情報で私が束さんのことが好きだって分かったの?

 でも、分かったのに表情には何か照れとかそういうのがないのは私のことが嫌いだから? じゃあ、振られたの? い、いや、まだ私の口から言ったわけじゃないし、束さんの口からそういう返事は返ってきていない。もしかしたら束さんは照れとかを隠すのが上手いとかそういうのかもしれない。

 

「残念だけど無理だね。うんうん、無理無理」

「……無理、ですか」

 

 だが、残念だけど拒否だった。

 今度は完全に言葉にされた。表情だけではなく言葉にされた。

 私の口から告白はしていないが、もう無理だって言われたんだ。告白の形を求めて私から告白して、もう一度束さんに返事をもらおうとなんてはしない。

 そんな見苦しい真似を、振られたとしても束さんには見せたくはない。

 私はほとんど何も言わずに俯いてしまう。

 私の心には喪失感しかない。それも何かをする気がないほどの喪失感だ。それは思わず生を捨て、再び死へ入り込もうとしてしまいそうだ。

 だって初恋の人に振られたんだもん。ずっとずっと大好きで小さい頃から思い続けたんだもん。

 今は泣かずに済んでいるのは、束さんの前だからだろう。

 だが、それでも目には涙が溜まり、視界がぼやける。

 簪、セシリア、私振られたみたい。

 私は心の中で二人に伝える。

 明日はセシリアとのデートだし、そのときにセシリアに慰めてもらおう! うん、明日は楽しい初デートだからね!

 振られたことを無理やり明るいほうへ向ける。今の私はそれしかできなかった。

 

「そうだよ。無理だね。お前のためにISなんて作らないから」

「ふえっ?」

 

 私の耳がおかしくなったのかと思った。

 

「うん? 聞こえなかった? お前のためのISは作らないって言ったの? 何、その顔。もしかしてちーちゃんや箒ちゃんと仲がいいし、ちーちゃんがさっき言っていたから作ってくれるなんて思った? 残念だけど私とお前じゃ何の接点がないからね。お前が泣いたらちーちゃんが何か言うかも知れないけど、私はちゃんと話を聞いてそれを断っただけ。しばらくの間、無視されるかもしれないけど、赤の他人よりはマシだからね。分かったらあきらめて、泣きながらちーちゃんのところへ帰るといいよ」

 

 だけど、私の耳は正常だった。聞き間違いではなかった。

 私はまだ振られていなかったのだ。

 私の心は再び元の形へと戻っていく。

 束さんが勘違いしたのはおそらく私がIS学園の生徒だと聞いたからだろう。それで私の目的が自分の専用機が欲しいためにISの生みの親である束さんに頼みに来たのだと受け取ったのだろう。

 でも、残念ながら私の目的は違う。

 束さんに作ってもらったISというのはとても興味深いのだが、それよりも欲しいのは束さんである。

 私が今、こんなふうに思えるのはまだ振られていないって分かったからだろう。

 

「えっと、篠ノ之さん」

「なに? もう用事終わったでしょ? さっさとちーちゃん呼んできてくれないかな。呼んだらもうどっかに行っていいから」

「まだ私の用事終わってません」

「はあ? お前の用事ってISでしょ? それはもう――」

「だから、終わってませんって!!」

「……っ!」

 

 思わず強い口調になってしまった。

 私を見下した表情しかしなかったのに、案の定束さんは驚いていた。

 あっ、ちょっとレアな表情かも。

 

「私が篠ノ之さんを呼んだのはISが欲しいからじゃありません。別です」

 

 束さんは自分の予想がはずれたことで、ちょっとびっくりしていた。

 

「じゃあ何さ?」

 

 私の鼓動は大きく鳴る。お姉ちゃんと話していたときよりも激しいのは、これが本番で恋人になるならないがこれで本当にはっきりするからだ。

 私は激しくなる鼓動を少しでも治めるために大きく一回深呼吸をする。したが、やはりか、鼓動は治まらなかった。

 ま、まあいい。とにかく告白しないと。

 私は束さんを正面から見る。きちんと目を合わせる。

 

「な、何かな?」

 

 束さんは一歩下がる。

 

「……」

「は、早く言ってよ」

 

 見つめていたせいか先ほどまでの威勢はなくなっていた。今はただ困惑するだけだ。

 

「篠ノ之さん、いえ、束さん」

「だから勝手に私の名前を――っ!」

 

 それ以上しゃべらせないためにその唇に人差し指を当て、それ以上しゃべらせない。

 今は私のターンだもん。今だけは私が主導権を取らせてもらいます。

 

「私はあなたのことが好きです。私には恋人が複数人います。束さんも私の恋人になってください!! 私のハーレムの一員になってください!」

 

 私の告白は本当におかしなものだった。言っている私もそう思ってしまうものだった。

 だって告白という恋人になってくださいというものなのに、告白には私には恋人がいますって入っているんだもん。こんなおかしな告白をしたのは世界でも私ぐらいだろう。こんな変な告白と理解しながら恋人になってほしいなんて思っている私も変だけど。

 でも、もう告白してしまった。変な告白だけど後戻りはもうできない。

 私はただ返事を待つだけだ。

 でもいつまでも返事はこない。

 私はそっと束さんの顔を窺った。

 

「えっ……?」

 

 束さんの反応に思わず声を上げる。

 だって、さっきまで私を下に見ていた人が、

 

「ふえっ、ふええええええええええええええええええっ~~~~~~!!」

 

 顔を真っ赤にして声を上げたんだから。



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第48話 私の初恋の人は告白されたことがない

 私はただ声を上げて驚く束さんを見ることしかできない。

 束さんがこうなるとは思わなかった。いや、だってさっきまで私を人間なんて思っていなかった人だよ。それが私の告白に対してこんな女の子らしくするとは思わないじゃん。

 でも、束さんが私の前で女の子っぽい反応をした。

 な、何がどうなっているの? なんでそんなに驚いているの?

 どうすればいいのか分からなくて、ただ女の子みたいな反応した束さんを楽しみながら呆然としていると、

 

「詩織! どうした?」

 

 何かがおかしいと感じ取ったお姉ちゃんが駆けて来た。

 

「束はどうしたんだ?」

「分かりません。ただ告白しただけなんですけど」

「……告白しただけでこうなったのか?」

「……はい」

 

 本当にそれだけだ。それだけしかしていないのにこうなってしまった。それ以外に心辺りなんてない。

 

「……あいつとは長い付き合いだが、こんなに取り乱した姿を見たのは初めてだ。詩織に心当たりがなければ私も分からん」

「でも、やっぱり私のせいですよね? 私が告白したタイミングでこうなっちゃいましたから」

 

 チラッと束さんを見ると、束さんはこっちに背を向けて何かブツブツと呟いていた。

 おそらく千冬さんが近くに来たことに気づいていない。

 私たちは束さんが何を呟いているのかを聞くために、こっそりと近づいた。

 近づくと束さんがどれだけ顔を真っ赤にしているのかがよく分かる。耳まで真っ赤で先ほどは可愛いがなんかちょっとひどい人というのがあったが、今はただ完全に可愛い人という言葉しか出てこない。

 欲しい。束さんが欲しいよ。

 ひどいことを言われたが、それでも束さんへの愛は変わらない、いや、それどころか愛は大きくなり続けている。これは別にM(マゾ)だからというわけではない。うん、ないよね?

 簪との過激なスキンシップで攻める側だったのにいつの間にか攻められる側になっていたということを考慮すると、実はMの可能性も秘めているのかもしれない。

 まあ、例えMだとしても肉体的な攻めではなく、立場や言葉などの目に見えぬものによる攻めだと思うけど。

 

「告白された! 告白された! は、初めて告白された……。したのは女の子だけど正直どっちでもいい。とにかく大事なのは告白されたことだ。あうう~告白されたんだ!」

 

 私とお姉ちゃんはなんとも言えなかった。

 呟きから察するにこれまで束さんは告白をされたことがなかったようだ。

 

「あの、お姉ちゃん。束さんって……」

「ああ、多分お前が考えているとおりだ。原因はそれだな」

 

 お姉ちゃんは私の言いたいことを察したようだ。

 

「束はな、小さい頃から他人と身内を区別していた。他人は虫や空気、身内は大切な家族としてだ。しかも、あいつの世界を変えた力は幼い頃から頭角を現していた。そうだな、あいつと出会った幼稚園のときにはすでに高校生の学力を完全に超えていた。小学生の頃になると人との関わりが多くなるのだが、あることが起きた。お前も体験しただろう?」

「身内以外はどうでもいい……」

「そうだ。幼稚園の頃は周りの人間が少ないということと私という存在があったからそれが大きく出ることはなかったが、クラスが別々になってしまったためにそれが大きく現れてきた。束は同級生だけではなく、教師までも無視していたんだ。束は教師とクラスの中では知られた問題児になっていたんだ」

 

 束さんのアレはそんなに小さい頃からなのか。

 きっと同級生だけではなく、先生にも私に言ったような言葉をかけたのだろう。小さい頃から今と同じ、又は似たものならば、束さんはそうすると思う。

 さて、そんなことを言う生徒を先生はどう思うだろうか? 私は気味悪いと思ったりするだろう。正直、そんな子どもに関わりたくはない。何か問題があっても適当に注意するだけだ。

 まあ、私は束さんのこと好きになっちゃったから、そんなことは思ったりなんてしないけどね。

 

「私がそれを知ったのはずっと後だった。そして、知ると共にあいつのことを知りたいと思った」

「知りたい? なぜです? あの、普通は周りと同じような反応をするんじゃ……」

「ちゃんとした理由はないが、そうだな、感覚的なものだ。そういうのが来たんだ。こいつとは長い付き合いになると。だから、詳しい理由はないな。まあ、これがあいつと親友という意味で付き合い始めたきっかけだ。それでここからが話の本題なんだが、それから年月は過ぎて、小学四年ごろになるとだんだんと同級生たちが異性というものに意識するようになった。つまり、好きな人に告白することが多くなったんだ」

 

 そういえば私のときもそうだった。クラスメイトと話していると度々恋愛話になって、誰と誰が付き合っているとか、誰が誰を好きとかの話になることが多くなった。

 その頃の私は目立たないようにとこの素晴らしい私の容姿を隠すように過ごしていたので、告白されることはなかった。

 

「そして、互いの体つきも大人になってくる。まあ、束は体の変化が現れるのが早かったな」

 

 脳裏に束さんの体を思い浮かべる。

 先ほど見たばかりなので、鮮明に思い出せた。そして、そこから小学生の束さんを想像した。

 あっ、結構可愛い。そのときにタイムスリップしてぎゅ~って抱きしめたい。

 

「で、束に対して告白しようとする奴が出てきた。その中には束と同じ学年はいなかった。何せずっと過ごしてきて束という存在がどんなものか知っていたからな。したのは、いや、『した』というのは間違いだな。『しよう』としたのは束よりも年上、または転校してきた同学年の生徒だけだった」

「それなのになぜ束さんは告白されなかったんですか?」

「よく考えれば分かることだ。あいつは身内以外は全く興味がないんだぞ? お前が今日、束に告白するために、お前はまず何をした?」

「私が告白するために……あっ! そうか! 束さんを呼び出さなければならないということですよね?」

「そうだ。身内しか興味がない束がその誘いを受けると思うか?」

「思いません。というか、全く聞いていなかったと思います」

「そういうことだ。束と接点がない者たちは手紙などで告白する場所に呼び出そうとするが、束は中身を読まずに処分をした」

「それって問題はなかったんですか?」

「ん? 問題とは?」

「えっと、手紙を送ったのに来なかったから、怒って乗り込んできたとか」

 

 みんながみんなそうではないのだろうが、中にはそういう奴だっているはずだ。束さんは多くの男子から告白された、いや、されようとしたから、確率的に何人かいたはずだ。

 

「あったな。何度かあった」

「……そいつらは束さんに手を出したんですか?」

 

 いくら昔のことで解決されたことだとしても、そういうのがあったと聞くだけで怒りがこみ上げてくる。なんか許せない。どんな人物か聞いたらちょっと暴力を使おうかな。

 大人気ない行動だ。私はそんな奴よりも長い人生を生きてきたというのに。

 でも、仕方ない。好きな人に手を出しておいて怒らない私ではないのだ。

 

「出した。だが、束に反撃にあったな。お前ほどの実力者なら分かるだろうが、あいつは合気の達人だ。あいつは武の才能があったからな。あの頃は達人とまではいかなかったが、相手が達人級でなければ十分に対応できる実力はあったからな」

「じゃあ、そいつらは十分にボコボコにされたんですか?」

「そ、そうだな。もちろんこのことは向こうが手を出したということで、束に処分は降らなかった」

 

 当たり前だ。いくら束さんが強かろうとボコボコにしようと、まずやったのは向こうなのだ。正当防衛なのだ。束さんに罰を与えるのは間違っているからね。

 

「束が来なかったということで手紙ではなく、直接誘いに来た者もいた。もちろんのこと、これも束は断ったが。まあ、そういうことで束はずっと告白されなかったんだ。だから今まで告白された経験がなかったんだ」

「あれ? 直接来てその場で告白した人はいなかったんですか? いや、なかったから告白されなかったんですが、そういう素振りがあった人は?」

「いなかったな。さすがにみんなの前で堂々と告白する勇気を持った生徒はいなかった」

 

 まあ、人前で告白なんてするのは確かに恥ずかしいね。しかも、束さんに告白しようとした人たちは束さんの何の接点もなかった人たちだったから、振られるって可能性が高いことも考えるとできなかったようだ。

 私もその気持ちが分かるけど、あえて今はそいつらにありがとうと言いたい。振られるかもしれないけど、たとえ振られても、私は束さんの真っ赤にした顔を見られたんだもん。恋人になってもらうのが一番だけど、振られたときのためにこれを土産としたい。

 

「これで分かったな。これが束がお前に告白されて、このようになっている理由だ」

「よく分かりました。それで、どうしましょう」

 

 ちょっと長い話をしたはずなのだが、束さんは未だにこちらに背を向け小さくなって、呟いていた。

 告白した側としてはそろそろ戻ってきて、私への答えをはっきりしてほしい。今は不安と緊張で告白し、それが流れたということで安堵の中にいたが、このまま終わるわけにはいかない。それに不安と緊張がなくなったわけではない。私は安堵はいろんな不測のことによってできたものだ。いわば不安定なものの中にいる。

 ならば自分から再び不安と緊張の中へ飛び込もう。

 

「私としては、その、答えが欲しいんです。振られるとしても欲しいです」

「分かった」

 

 私の思いを聞いてお姉ちゃんは束さんのところへ近づく。

 

「束」

「ふえ? あれ? ちーちゃん?」

 

 声をかけられて束さんが戻ってくる。

 束さんの頬はまだほんのりと赤い。

 

「そうだ」

「あの子は?」

「そこにいる」

「っ!!」

 

 お姉ちゃんの言葉を聞いて、束さんが振り返りその視界に私を入れた瞬間、バッとすばやい動きで私から隠れるようにお姉ちゃんを壁にして、顔だけを覗かせていた。それはまるで人見知りの子どものようだった。

 ん? あれ? なんか引っかかる。なに?

 

「ほら、束。あいつはお前に告白をしたんだ。お前はその答えをしなければならない。お前が詩織のことをどうでもいいなんて思っていようがな」

(もう、どうでもよくないよ……)

「ん? なんだ?」

「な、なんでもない!」

「なんだ、いきなり怒鳴って。確かにお前が身内以外に興味がないことは知っているが、詩織は本気で告白したんだ。この私に免じてちゃんと答えてくれ」

 

 そう言ってお姉ちゃんは束さんに頭を下げた。

 私と束さんはその行動に驚くしかない。

 お姉ちゃんが誰にも頭を下げないというイメージだからというわけではない。頭を下げる理由が『私のために』ということだ。

 私とお姉ちゃんの間がもうただの生徒とかそうは思ったりはしない。お姉ちゃんは私を自分の妹としたのだ。私とお姉ちゃんは姉妹の関係だ。そんなことは思わない。

 ただわずかに残った、どこまで姉妹なの、という疑問があったからだ。

 だが、『私のために』頭を下げたという事実がそれをなくした。

 驚いたのはそれだ。この『私のために』というのがうれしくて驚いたのだ。ああ、お姉ちゃんは本当に姉妹としての関係を本物のように扱ってくれているのだと。

 もう惚れちゃいそう。ううん、もう惚れているか。それがどういう意味かは置いといて。

 

「うえっ? ふえっ? な、なんで? 何頭下げているの? ちーちゃん?」

「言っただろう。この子に返事をしてほしいんだ」

「もちろん頭なんて下げなくてもやるつもりだから!! なんで頭を下げるかな!」

 

 束さんはそう言って力づくでお姉ちゃんの頭を上げさせる。

 

「なに? お前が返事をするつもりだっただと? おい、束。ちょっとこっちに来い」

「え? なになに?」

 

 お姉ちゃんは怪しみながら、束さんを呼んだ。

 束さんはその言葉に従い、近づいた。

 近づいてきた束さんをお姉ちゃんが肩を掴んだ。二人の距離はとても近い。まるで恋人同士の距離だ。

 えっと、お姉ちゃん? 私の目の前で束さんを取ったりしないよね? なんか距離が近いけど、そういう意味はもちろんないんですよね?

 私の不安は杞憂だった。

 束さんの肩を掴んだほうとは別の手を束さんの額に当てた。見ての通りそういう意味ではなかった。

 

「熱は……ないか」

「……ねえ、これは何をしているのかな?」

「見ての通り熱を測っているんだ」

「どうして熱を測っているの!?」

「いや、お前が身内以外に対してちゃんと答えると言ったからな。私の知る束はどんなことがあろう身内以外に対して無関心だ。なのに身内でもない今日会ったばかりの詩織と自ら話そうとしていたからつい熱があるのかと思ったんだ」

「……ちーちゃんが私に対してどう思っていたのかはよ~く分かったよ」

 

 束さんが頬をぷく~っと膨らませて怒る。

 

「ともかく! 私だって、そ、その、告白の答えはするよ!」

 

 束さんは私を何度もチラチラと見ながらお姉ちゃんに言った。

 えっと、なんでこっちを見てくるのだろうか? その理由が(良い意味で)私のことが気になるという理由だといいのだが。先ほどまでの私と束さんの会話を思い返す限りでは、残念ながら望み薄である。

 

「そうか。ならちゃんと答えろ」

「わ、分かっているよ」

 

 そう言ってお姉ちゃんは再び離れた。

 残されたのは私と束さんのみ。再び同じかと思えばそれは違う。束さんに先ほどまでのゴミ、または虫を見るような視線と雰囲気は全くなかった。



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第49話 私への答えは?

 でも、お姉ちゃんの時と同じなのかとなればそれは違う。そういう身内を見る目でもないのだ。

 二つのどちらでもない視線。それの意味するところは何なのだろうか。

 まだ決めかねているという意味ならばまだいいのだが。

 

「え、えっと、確か詩織、だったよね?」

「……っ! は、はいっ!」

 

 束さんが私の名前を覚えていてくれたことに驚いた。てっきり聞き流していたのかと思ったから。

 これは身内とか関係なくなのかな? それとも私はゴミや虫と身内の間だからなのだろうか? 私には分からないが、後者であってほしいと思う。

 

「私から自己紹介していなかったね。まあ、私を呼び出したから知っていると思うけど私は篠ノ之 束。ISの生みの親だよ」

 

 先ほどの動揺はなく、お姉ちゃんと話しているときと同じように話した。

 

「では、改めまして月山 詩織です。IS学園の生徒です」

 

 私は頭を下げる。

 一方の束さんは私を見ていた。その目は観察するようなものではあったが、不快なものではない。それは虫などを見るようなときのものではなく、どんな人物かを見分けるためのようなものだったからだ。

 束さんは私をもうゴミように見ていないのは確実かな。

 でも、その評価が再びゴミや虫へ変わるということがないという確証はない。今はただ私のことが分からないからこのような対応を取っているのだ。

 ちょっと認められたようでうれしいが、ちゃんとそういうところは理解しておかなければ。これで調子に乗って束さんにとって私が虫と同じなんて嫌だもん。

 

「そっかそっか」

「あの、それで告白の……」

「っ!! そ、そうだね」

 

 告白という言葉を出した途端、再び動揺が見られた。

 やはり初めて告白されたということのせいだろう。

 束さんは私に背を向けてしばらくブツブツと呟く。

 私は何も言わずにただじっと待った。

 束さんは告白のことを考えているのか。

 私と束さんは全くの初対面。ただ私が一方的に知っているというだけの関係。束さんの中で私の扱いが先ほどよりも良くなったとはいえ、恋愛感情の伴う答えを簡単になんか出せるわけがない。誰だって恋人なんて関係になるには相手のことを知っておかないと無理だ。もちろんのことそれは分かっている。

 私の答えはYESかNOの二択かと思われるが、実はそんなことはない。確かにYESを求めてはいる。

 だが、先ほど述べたように相手を好きになるためには、一目惚れを除いて、相手をよく知る必要がある。明日のセシリアとのデートはそうだ。デートをしつつ、セシリアに私のことを知ってもらって好きになってもらいたいという意図があった。

 だから実はNOとさえ言われなければ私の告白は成功したと思っている。

 例えばお友達からとかそういう答えは成功だ。逆に、当たり前だが、もう関わらないでと言われれば失敗になる。

 しばらくその背を眺めて待っているとやや顔を赤くした束さんがこちらへ振り返る。

 

「え、えっと、その、もう一回告白してくれないかな?」

「えっ?」

「いや、ほら、さっきは何か色々とあったじゃん。君だってあんなうやむやになった告白は嫌じゃない? だからもう一回してちゃんとやろうって思って。どうかな?」

 

 束さんは私に微笑んだ。

 それに私はドキッとしてしまう。

 なぜならばその微笑みは私という個人の存在に向けられた、私だけの束さんの微笑みだからだ。大勢に見せるものではない。お姉ちゃんに見せるものではない。作り笑顔でもない、私ためのものだ。その微笑みは私をさらに篠ノ之 束の虜にするのには十分なものだった。

 私の中の束さんの思いは大きくなり続ける。

 本当に束さんへの告白は成功するのだろうか。私へ向けた微笑みがありはしたが、それがどういう意味を持っているのかは分からない。

 愛情を持ったような笑みでもその心の中は殺意なんてことは世の中にはいくらでもあるのだから。

 

「じゃ、じゃあ、もう一回します」

 

 私としてもあのような告白はちょっと不満がある。もう一度できるというのならもう一度やろう。

 もうしたということでなくなったはずの緊張が再び戻ってくる。

 何度もしてもやはり緊張はなくならない。告白する前と同じくらい緊張している。

 もし好きという言葉を言う相手が簪であれば、ここまで緊張はしなかった。

 この違いは相手が私の恋人か、そうではないかの違いだ。

 簪たちに言うのは告白ではなく、私はあなたを愛しているよという恋人になってからの目に見えぬ心を伝えるもので、

決して私はあなたのことが好きなんです、だから恋人になってという告白ではない。

 私は一度大きく深呼吸をし、真っ直ぐ束さんを見た。

 二度目ということと束さんの中で私への扱いが変わったということで、その表情には一度目の告白前のような、虫を見るようなものはない。

 やはり好きな人からはそういう目で見られたくはないというのが正直なところだ。

 そういうところももう一度告白する機会があってよかったと思うところだ。

 

「私はあなたのことが好きです! 私には他に恋人がいます。私のハーレムの一人になってください! 私の恋人になってください!」

「!!」

 

 告白の内容はほとんど変わってはいない。

 本当に変な告白だ。

 好きな人に他にも好きな人いますって言いながら告白するんだもん。何度思い返してもそう思う。

 でも、ハーレムを作る身としてはこの告白でいいと思う。ただ順序というのがあるとはずっと思っていたが。

 しばらく待つがやはり返答はない。

 見れば先ほどのように背を向けてブツブツは言っていないが、顔を真っ赤にしてできるだけ顔を見られないようにと俯いていた。

 うん、可愛い。例え振られたとしてもその代わりの価値はある。

 いや、振られたくはないんだけど。

 

「わ、私のこと本当に、好きなの?」

 

 しばらく黙っていた束さんが私に質問する。

 

「好きです。小さい頃からずっと好きでした」

「それは本当に、恋愛感情?」

「はい。恋愛感情です」

「絶対の絶対に?」

「絶対の絶対にです! 束さんへの想いは異性に抱くものと同じだって言えます!」

「そう、なんだ」

 

 束さんは顔を真っ赤にする。

 

「じゃ、じゃあ、もしだよ、もし。もし、私が君に本気になって、その、家族、つまり結婚してって言ったら結婚するの?」

「しますよ」

 

 私は即答した。

 元から私はハーレムの子たちとずっと一緒にいたいと思っている。もちろんその意味は家族になるという意味でだ。決して私は、この学園を出たからもう一緒にいられなくなったね、じゃあ、恋人関係は終わりね、で終わらせようなんて思っていない。

 私は、この学園を出たね、じゃあ、私とみんなで家族になって一緒に暮らそう、なのだ。私の夢はもうただ単にハーレムを作るだけではない。その先の未来までだ。

 

「っ!! そんなに、本気なんだね」

「はい、本気ですよ」

 

 束さんは一度大きく深呼吸をする。

 それは告白の答えをついに貰えるということを意味していた。今はそのための準備だ。

 告白し終わったがその答えを受け取るのも緊張する。

 簪たちのときはしなかった。

 そのどちらも束さんにした告白と比べれば、全く告白というものになっていない。

 まず簪へのものは私の寝言で私の好意がばれた。その後も告白はしたが、束さんにした告白と比べると告白ではないもののように思える。そのせいか緊張などはほとんどしなかった。ただ感情をぶちまけたようなものだったから。

 そしてセシリアだが、こっちは緊張はしなかった。

 だってセシリアにしたのは告白なんてものじゃなくて、ただ私の恋人になれという相手の思いを無視した、命令と言っていいものだったから。そこに緊張が入りこむ余地はない。あったのは相手の意思を無視したにも関わらず、セシリアを自分のものにしたということへの満足感のみであった。

 故に束さんのときのような緊張はなかった。

 

「わ、私は、そ、その、き、君の事……」

 

 準備を終えた束さんが口を開いた。

 ついに、ついに、求めていた答えが貰えるのだ。

 ただ、私が望むのは恋人になる、または友達など、とにかく今は恋人にはならないが、知り合い程度にはなることだ。

 もちろんのこと初対面の私を好きになって恋人にしてくれることが最高なのだが。

 

「君の、こと……」

 

 私はただ待つ。急かしたりはしない。

 それに束さんのこの時間の長さに私は振られないのではと思えた。

 もし束さんがそのつもりが全くないのならば、私に全く興味がないのならば、もうすでにさっさと答えを出して、お姉ちゃんのもとへ行っていただろう。それは会ったばかりの束さんを知っていれば分かることだ。

 でも、今の束さんはどうだ。

 振るどころか、今のようにはっきりと告白できずにいる。

 これをどうして今から振られると不安にならなければならないだろうか。むしろ、振られないのだと確信してしまう。いや、もう確信とまで行ってしまった。

 もしこれでまさかの振られたらどうしようか。そのときは羞恥とか色々で泣いちゃいそう。

 

「私、君のこと……」

 

 私は待つ。

 

「……や」

 

 『や』? 『や』から始まるのはなに? Я тебя люблю(大好き)なの?

 いや、いきなりロシア語にするなんて意味が分からない。別のものだとしたら何だろうか。

 分からない。

 私は再び待つ。

 

「……やっぱり無理!!」

「っ!?」

 

 その意味はどう聞いても私を振ったことを意味していた。

 まさかの私の予想のはずれに私はショックを受ける。いや、それ以上に振られたということが一番のショックだ。しかも、振られるとは思っていなかったので、余計にショックがひどかった。

 束さんが初恋の人だけにショックは大きく、目の前が揺れる。正確には私の体がふらついていた。

 私の人間を超える身体能力を持つ体は、私の心には耐え切れずに束さんのほうへ倒れた。

 束さんと私の距離は近いが、一メートルほどある。このままでは束さんのお腹辺りに顔をぶつけ、最後には地に激突することになる。

 多分、束さんは避けちゃうだろうな。そうなると地面に顔から突っ込むことになる。ちょっと痛いかもしれない。

 そんなことを倒れながら思っていた。

 だが、束さんは避けずに、むしろ自分からさらに距離を詰めて、倒れそうになる前に抱きとめてくれた。

 私の体中に束さんのやわらかさと温かさを感じた。

 

「うわああああっ!! だ、抱きしめちゃった!! えっ? 何この感触!? やわらかっ! それに温かい!! しかも、いいニオイするし!!」

 

 束さんが抱きしめたまま何かを言っていたが、振られたというショックで何を言っているのかよく分からなかった。

 私は涙を流す。

 

「ええっ!? な、なんで泣いているの!? ど、どこか痛かった!? というか、そもそも倒れたんだからどこか異常があるに決まっているじゃん!! ど、どうしよう!!」

 

 束さんが何かを言っている間、私は涙を流し続ける。

 

「そ、そうだ! ち、ちーちゃん!! ちーちゃん!! 早く! 早く来て!!」

「どうした!」

 

 ショックの中で誰かがこちらへ向かっているが分かる。

 

「おい、束。なぜ詩織が泣いている? 何をした?」

「な、何もしていないよ! ただ告白の答えを出そうと思ったけど、やっぱり心の準備ができいなくて、無理って言ったんだけど、そしたら倒れてきちゃって……」

「無理だとしか言っていないのか? 他に何かは? ひどいことを言ったりとかは?」

「い、言ってないよ!! 本当の本当に無理だって言っただけだもん! 本当にそれしか言っていない! 他は本当になにも言っていないもん!!」

「ふむ、本当にお前がそれだけしか言っていないのならば、考えるに詩織はその無理を告白の答えとして受けとったんじゃないのか? つまり、振られたと」

「そ、そんな……。そういうわけじゃないのに……。でも、だとしてもこんなになるの? この子、振られたにしてはふらふらして倒れてきたし」

「詩織は本気でお前のことを好いているからな。本気だからショックで倒れたんだ。そういうのもあるが、一番は詩織の初恋がお前だからじゃないか?」

「わ、私が初恋?」

「ああ。そう言っていたぞ」

「へ、へえ~そうなんだ」

「……何を頬を赤くしているんだ? ん? まさかとは思うが初対面の詩織に惚れたのか? 思えば詩織に告白されてから様子がおかしいぞ」

「は、はあ~? な、何を言うのかな。この子と私は今日会ったばかりだよ? なのに惚れた? それ意味わかんないよ」

「ほう、お前はそう言うのか。だが、隠そうとしても無駄だぞ」

「証拠でも?」

「気づいていないのかしらんが、詩織のことを『この子』と呼んでいるぞ。確か私が聞いたのは『これ』と物扱いだったはずだが?」

「っ!? た、ただこの天才束さんを分かってくれたからちょっと特別扱いしただけだから!!」

「にしては私を呼んだときの慌てようはすごかったな。私の知る篠ノ之 束は例え目の前で倒れても無視、だったんだがな。覚えているか? 私たちが学生の頃に実際にお前に向かって倒れてきた同級生を避けたんだぞ? しかも、冷たい視線でな」

「そんな有象無象のことなんて覚えてないよ! そ、そんなことよりもどうにかして!」

「……逸らしたな」

「うっさい」

「ふふっ、分かった」

 

 私の体が束さんからお姉ちゃんのほうへと移された。

 二人は何かを話していたようだが、ただ泣くだけの私は耳には入らなかった。

 今の私は本当にみっともない姿だ。勝手に振られないって思って、そのせいで振られたときの傷を大きくしたものだ。そして、その傷の大きさで泣いている。みっともないの他ではない。

 

「詩織」

「ぐすっ、お姉ちゃん?」

「そうだ」

「私……私、振られちゃいました。私、束さんに恋人になってほしかったです。なって束さんと過ごしたかったです」

 

 私は涙を流しながらそうお姉ちゃんに言った。



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第50話 私の初恋の人のぬくもり

「詩織、いいか? よく聞け。お前はまだ束に振られてはいない」

「何を、言っているんですか? 私はもう、振られました。それはちゃんと自分のこの耳で聞きました。どう聞いても振られました。ぐすっ、いくらお姉ちゃんでも事実を歪曲してまで慰めるなら本気で怒ります!」

 

 私はちゃんとこの耳で束さんから無理だって言われたのはちゃんと聞いたのだ。お姉ちゃんが言っていることが事実ならばうれしい。でも、聞き間違いなんて絶対にない。無理だと言われた。

 だから、そういうおかしな慰めはしてほしくはなかった。

 どうせしてくれるのならば、ただ無言で私を抱きしめたりするだけがよかった。

 

「いや、本当にそうではない。まだ束はお前を振っていない。あれは今答えるのが無理、という意味だったんだ。決してお前を振ったわけではない」

「そう言われればそう聞こえますけど、でも……」

 

 本当は疑いたくはないのだが、私は振られたとして受け取ってしまったために、それは慰めだとか、都合のいいものだとか思ってしまうのだ。

 

「おい、束。お前の口から説明しろ」

「わ、私が!?」

「当たり前だ。この問題はお前と詩織の問題だ。それに詩織はお前の言葉でこうなっているんだ。詩織の泣く姿が見たくないならば、せめて詩織の勘違いを正してからにしろ。今のままでは任されても無理だ」

「うぐぐぅ、分かったよ」

 

 今度はわざわざ私を抱えるのをお姉ちゃんから束さんへ移された。

 私は今、束さんに抱えられている。

 

「えっと、さっきのは、その、君の告白に対する答えじゃないからね。さっきの無理は今答えることが無理ってことだから」

「本当ですか? 本当に私はまだ?」

「本当の本当。私はまだ振っていないよ。ちーちゃんが言っていたように本当に今は答えられないって意味だったの。だから、その、そんなに悲しい顔をしないでくれるとうれしいんだけど」

 

 束さんは私に向かって顔をやや赤くして言った。

 それでようやく私は束さんの言葉を信じることができた。先ほどの言葉は本当に答えではないと。

 すると自分が恥ずかしくなる。

 束さんの言い方が悪かったというのもあるが、私は勘違いをして二人の前でみっともなく泣いてしまった。しかも、現在進行形だが、私はショックで倒れそうになり、二人に抱きしめられた。

 いや、うれしいことはうれしい。二人とも私にとって本当に特別な人たちだからだ。そんな二人に抱きしめられるのは幸せ以外の何ものでもない。

 しかし、幸せなのだが、こうなった過程を振り返ると恥ずかしいのだ。

 なのでこの幸せな状態から今すぐにでも抜け出したかった。

 

「こちらこそ、そのなんか私が勘違いしてしまってすみません。あの、倒れそうになったところを受け止めてありがとうございます」

「ううん、別にいいよ! 気にしないで気にしないで! (抱きとめて収穫があったし!)

 

 振られていないってことで私は復活する。

 そろそろこの抱きしめられた状態のままというのは悪いかな。

 そう思い、束さんの腕から抜け出そうとする。

 そこでハプニングが起きた。

 私が起き上がろうとしたが、まだ緊張が残っていたのか、途中で崩れ落ちてしまった。私は倒れそうになったが、再び束さんがぎゅっと強く抱きしめてそれを阻止してくれた。

 しかもぎゅっと抱きしめられたので、うん、とても幸せな気分になる。

 

「……お前もよくやるな。まさか巧妙に詩織を――」

「わあああっ!! な、何を言っているのかな? 私はただ倒れかけたのを受け止めただけだよ。それを私が合気を使って転ぶようにして、うまく抱きしめれるようにしたみたいに言わないでくれるかな」

「はあ……今日のお前はお前らしくないぞ。詩織に会ってからというものの、何度失態を犯すんだ」

「へっ? 何がかな?」

「私はまだ何も言っていない。言う前にお前が遮った。なのにその遮った部分をなぜわざわざ自分から晒したんだ」

「うん? う~ん、はっ!? し、しまった!! 自分から暴露しちゃうなんて!!」

 

 今は答えられないって言ったけど、もし次の機会で振られなければ、今みたいにぎゅって抱きしめてもらいたい。いや、それだけじゃなくてただ抱きしめられるのではなく、逆にこっちから束さんを抱きしめたい。

 年上とか立場とかそういう話になると、こちらから抱きしめるというのは間違いのようなものになるのだが、恋人同士になればそうではない。恋人はそういうスキンシップをするものなのだ。自分の愛を伝えるためにするのだ。

 そこに立場などはないのだ。恋人同士という対等ともいえる関係のみ。

 だから、こちらからしていい。していいはずだ。

 

「まさか、こんなアニメでしかないようなことを言うやつが本当にいるとは思わなかったぞ。そして、それをするやつがまさかお前だったとは……」

「わ、私だって自分がこんなふうなことをするとは思ってもいなかったよ!」

「……わざとじゃないのか? どう考えてもそうとしか思えん」

「いやいやいや! さすがの束さんもこんな間抜けなことをわざとしないよ!!」

 

 にしても私の目の前というか軽く顔に触れている束さんの胸は妹である箒に負けず劣らずの大きさだ。箒は結構巨乳でクラス、いや、学年でも上位に入る大きさなのだ。それと同じ大きさというのはやはり遺伝なのだろうか。

 女として簪のようにコンプレックスは受けたりはしない。ついつい簪を小さいほうの例として出してしまうが、私の胸は簪よりも大きく箒よりも小さい。より正確に表すならばセシリアくらいと言ったほうがいいか。

 まあ、標準というところだ。私は大きさではなく形で勝負だからね。そう言う意味で胸に関するコンプレックスはない。

 目の前のそれを見ていると私は下心が働いて自然に、そう自然を装って顔をその胸に押し付けた。

 私の顔にやわらかく、そして温かいもの、束さんの胸を感じる。

 それは性的興奮を引き起こしもするが、今は母性のようなぬくもりを与えるものであった。

 いつもだったらエッチなことを悪戯代わりにやっていたのだが、その気もなかった。ただ単にこの胸に包まれたいという、エッチな意味ではない、幼い子の気持ちしかおきなかった。もっと言うならば甘えたくなったのだ。

 

「ところで、束。お前は何を詩織の顔に押し付けているのだ? うん?」

「いや、待って!! うん、確かに顔に私のおっぱいが当たっているよ。でもね、信じて。私は自分から当てたんじゃない。抱きしめたときにちょっと当たっていたかもしれないけど、こんなにはなかったよ。うん、なかった。だからね、その、私じゃなくてこの子自身からやったんじゃないかな。だから私は無実。悪くないし、怒られない。一応聞くけどこの子が好きなのって女の子だけ? 男の子は?」

「……詩織は男を見るように努力をしていたが、結局女のほうしか好きになれなかったと言っていた。だから、男に対してはそういう感情は抱かないようだ」

「つまり、それってエッチな気分になる相手も女の子ってことにならない?」

「……おそらくな」

「じゃあ、この子が自分から私のおっぱいに押し付けてもおかしくないじゃない? だから、私のせいじゃないの。これでOK?」

 

 私の前世を合わせると、えっと、どのくらいかな? 正直、途中で歳を数えるのが面倒で曖昧だ。多分百を答えているかな? とりあえず合わせて百歳だ。

 その年齢、いや、その経験を持っているはずだが、このような状態では子どものように、子どもになりたいと思ってしまうのは仕方ない。

 もし恋人になったら、子どものように扱ってもらいたい。あっ、もちろんプレイ的な話だ。そういう意味でだ。さすがにずっとではもう恋人関係ではない。ただの親子だ。

 私にはまだぴんぴんとしている両親がいるので、それはダメかな。いや、この言い方だと死んだらいいよみたいになる。

 とにかく、するとしてもプレイでだ。

 

「いや、ダメだな。ならばなぜ気づいたときに離れない? やはり詩織にそういうことをされるのは嫌じゃないんだな。むしろ好きなほうか?」

「な、何を言っているのかな? こ、この天才束さんが初対面の子にこんなことをされるのが好き? は、はははっ、お、面白いことを言うね!」

「それは私の台詞だ、束。お前こそ面白いことを言う。その初対面の詩織にお前はいつものお前らしさをぶらされているぞ?」

「うるさいっ」

「にしても、詩織はこの話を聞いているはずなのだが、何も反応しないな」

「えっ!? じゃ、じゃあ、この話って聞かれていたの!?」

「当たり前だろう。むしろなんでその距離で聞かれてないって思った?」

「うう、恥ずかしい!!」

「まあ、このうれしそうな顔を見ると話など聞こえてはいるが、頭には全く入っていないようだがな」

「ほ、本当?」

「ああ、おそらくな。見ろ、顔を。幸せそうな顔をしている」

「いや、自分のおっぱいで見えないんだけど」

 

 私は束さんのこのぬくもりがずっとほしいと思っている。

 それが叶うのはやはり恋人関係が一番なのだろう。たとえ振られなくて知り合いとかから始めるとしても、結局恋人にならなければ同じ温もりは味わえないと思っている。

 だってこの密着はあきらかに知り合い程度ではない。恋人の距離だ。

 いや、今も恋人じゃないけどこれは例外だ。

 束さんに私のことを好きになってほしいのだが、今よく考えれば束さんは世界中が探している人だ。束さんは見つかりたくはない。

 つまり、例え知り合いからになってどう頑張っても、そもそも束さんと会う機会はなく、それが意味するところは短い時間で束さんが私を好きにさせないといけないということだ。

 それはもちろんのこと難しい。だって人の気持ちを変えるということだもん。

 私のハーレムという夢を変えることが困難のようにこれもまた困難だ。

 

「さて、束。そろそろ詩織を元に戻せ」

「どうやって?」

「単純に引き離せばいい。それで戻る」

「本当?」

「今の状態はお前に接触しているせいだろう。ならばその接触を断てばいい。それだけだ」

「そうだけど……」

「なんだ、名残惜しいのか? やっぱり詩織に気があるのか? あるならばもう言ってしまえ。そっちのほうが詩織のためだ」

「ち、違う!! 決してこの子に気なんて……!」

「そんなに必死になるな。否定するなら否定するで、せめていつものお前で否定してくれ。今のお前ではただ照れているようにしか見えん」

「う、ううっ……いつも通りにできない……」

 

 私が束さんのぬくもりに浸っていたところ、束さんの手によって終わりを迎えた。

 そうなると私と束さんの視線が交差する。つまり見つめ合った状態だ。

 やはり恥ずかしい。

 

「あの、支えてくれてありがとうございます」

 

 遅くなったが礼をする。

 

「えっ、いや、礼なんていいよ。うん、礼なんてね」

「そうだ。こいつに礼なんていらん。特に今回のはな」

「むう~ひどいな」

 

 私は二人が仲良くしている間に自分の足で立つ。

 服は微妙に汚れているので手で払った。

 

「じゃあ、その、私はもう帰るから」

 

 束さんはチラチラと何度も私を見ながらそう言った。

 今は答えを出すことができないと言ったので束さんは帰ることとなる。答えがもらえるのはいつか分からない予定のない日だ。次に会えるのは二ヵ月後なんてありえる。いや、年単位かもしれない。

 だから、束さんが帰ろうとするのを引き止めた。

 

「あの!」

「ん? 何かな?」

「いつ……いつ会えますか?」

「う~ん、それは分からないね」

「そうですか……」

 

 本人の目の前だが落ち込んでしまう。

 すると束さんは私に優しく微笑んだ。

 

「そんなに落ち込まないで。もちろん私は君に返事をするから。予定はわかんないけど、近いうちにね」

 

 そう言って私を慰めてくれた。

 そう言われたので私はその言葉を信じるしかなかった。だから、頷いて返事をする。

 

「じゃあ、二人ともまたね」

 

 束さんは無邪気に私たちに向かって大きく手を振りロケットのようなものに乗り込んで、世界中の誰もが見つけることができない場所へと帰った。

 私はその場に膝を着く。

 

「おい、詩織。どうした?」

 

 異変と取ったお姉ちゃんが私の肩に手を回す。

 

「大丈夫です。ただ色々とありすぎて、それが終わって力が抜けただけです」

 

 今日の出来事は本当に私の人生の中でも一番と言ってもいいほどのことばかりだった。

 会えると思ってはいなかった初恋の人に会い、その初恋の人に告白し、初恋の人の言葉を勘違いしたり、初恋の人に抱きしめられ、初恋の人に慰められ、色々とあった。結局答えはもらえなかったけど。

 これだけのことがあって疲労がドッと襲ってきたというわけだ。

 

「そうだったな。お前にとっては初恋の人への告白だったからな」

「はい。でも、まさかこのような展開になるとは思いませんでした。てっきり告白して答えがもらえて、本来なら今頃は恋人になれたことを喜んでいるか、振られて泣きじゃくっているって思っていましたから。まさかどちらでもないなんて……」

「今日のことは後悔しているのか?」

「後悔? いえ、後悔なんてしてないです。今日返事をもらえなかったのは残念ですが、うれしいこともたくさんありました。後悔なんてしません」

 

 今日の束さんへの告白以外で多くのものを得た。

 それは先に述べたもの以外にも、お姉ちゃんと二人きりでドライブとか、お姉ちゃんが義理のお姉ちゃんになったりとか、お姉ちゃんとご飯を食べたりとか、色々とあった。

 

「そうか。よかった。さて、我々も帰ろうか」

「はい」

 

 私たちは帰るために車へと向かった。



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第51話 私の姉からの不意打ち

 車に戻った私たちは雑談をしながらIS学園へ向かった。

 その間の雑談は私の簪とセシリアの話だ。

 お姉ちゃんがいるというのに他の女性の話というのはおかしなものだが、そもそもこの話はお姉ちゃんから振られたものだ。私が恋人たちを自慢したくて始めたのではない。

 正直に言うと私はお姉ちゃんを警戒している。

 それはお姉ちゃんが二人を狙っているのではと思ったからだ。

 別にお姉ちゃんも私と同じく同性愛者だと思っているわけではない。狙うというのにもさまざまな意味だってあるから。

 とにかく例えどんな意味だとしてもお姉ちゃんが私の恋人を奪うと言うのならば、許すことはできない。

 でも、まだそうとは決まっていないのでただ警戒するだけだ。

 

「そういえば一夏って好きな人いないんですか?」

 

 ある程度しゃべったところで話題を変えた。

 

「むう。なんだ? 詩織は異性には興味がなかったんじゃないのか?」

「ありませんよ」

 

 あるわけがない。私が大好きなのは異性じゃなくて同性だもん。

 なのに一夏の話題をしたのにはもちろんのこと理由がある。

 

「束さんの妹である箒のこと知っていますよね?」

「知っている。私も昔は束の家へ行ったことがあるからな。それなりに話したこともある。それが?」

「箒は一夏のこと好きなんです」

 

 私は箒の恋を応援しようと決めた。だから私は箒の幸せを願って絶対に一夏と恋人になってほしいと思う。

 でも、一夏にもし好きな人がいたら? その中で箒がアプローチしても効果は低い。だからまずは情報を集めなければならない。本来ならば最初にするべきことだったが、IS学園には一夏を知る人はいないし、直接私のような美少女が聞くとまさか自分に気でも、と思ってしまうと思ってやらなかった。やることができなかった。

 でも、ここには一夏の姉がいる。勝手に箒が一夏のことを好きだとお姉ちゃんにばらすのは、と思ったが、優先すべきは情報であると思った。

 

「……ほう」

「私は箒の友人として箒の恋を応援すると決めたんです。でも、一夏に好きな人がいたらちょっと……」

「なるほど。そういうわけか。いいだろう。教えよう。だが、その前に一つ。お前は箒には手を出さなかったのか? 私が見るにあいつも中々良いと思うのだが。好みじゃなかったのか?」

「いえ、好みでしたよ。でも、一夏のことが好きだって言われたらあきらめるしかありません」

「意外だな。てっきりどうにかして一夏への好意を自分へ向けるかと思ったんだがな」

「いくら私でも好きな人がいる子に無理やりなんてしませんよ。他は無理やりですけどね」

 

 その無理やりがセシリアである。

 

「だったら束がもしお前を振ったときもか?」

「……束さんにはやらないと思います。いくら振られたとしても初恋の人です。初恋の人だからせめて見苦しいことは見せたくないから。でも、多分他の人から振られてもあきらめると思います。もちろん何度かアタックしてですけどね」

「セシリアと同じようにしないのか?」

「セシリアは違いますよ。セシリアは無理やりですけど、セシリアの口から恋人について嫌とか言われてないので振られてはいません。だから違います」

「なるほど」

「それで一夏は?」

 

 話が逸れたので戻す。

 

「そうだな。あまり家に帰らないが私が見る限りではあいつに想い人いないな」

「……どういう判断で?」

 

 申し訳ないがあまり家に帰らないのにいないと言われても説得力がない。正直に言うと役に立たない。

 

「私はあいつの姉だ。確かにあいつといる時間は少なくなった。だが、おそらくこの世であいつを理解している人間はいないな。だから分かる。あいつには想い人はいないと」

 

 私が聞かされたのは、自分はブラコン、ということだけだった。

 だけど、まあ、ある意味確実ではある。だって家族という長年ずっと一緒にいた関係なのだ。人の変化が一番よく分かっているのは長年一緒にいた者のみだ。

 なのでこのブラコン発言を信用するしかできない。

 

「これでよかったか?」

「え、えっと、はい。よく分かりました」

 

 一応一夏に想い人がいないと分かったので良しとする。

 ただやはり長年の付き合いの様子からという確実性の低い情報だ。人を想うというのは別に表情に表れるものではない。ただ単に好きな人がいるのか程度ならばいつも通りにいないと答えることはできる。

 一応箒自身に聞いてもらおうか。男というのは異性からそう聞かれると勘違いするから、そういう意味でもプラスになるし。

 

「聞くことはそれだけでいいか?」

「はい。これだけで十分です」

「ならば私からもいいか?」

「いいですよ。なんですか?」

「詩織はハーレムを作ると言っていたが、人数は決めているのか? いくらなんでも三十人も作るわけではないだろう?」

「それはもちろんです。さすがにそんなに多くは作りません」

 

 私の体は一つだ。十人ほどならまだしもその三倍はさすがに無理だ。そこまでするとどうしてもその全員に愛を示すことが難しくなる。恋人にしたからにはちゃんと愛したい。だから、最高でも十人ほどが限度だ。

 

「十人くらいですね。それが私の限界です」

「今は二人だからあと八人か」

「束さんが入ってくれたらあと七人ですけど」

「そうだな。だが、七人か。もう決めているのか?」

「いえ、まだです。一年生は見たんですけど、これ以上はいないみたいなので次は二年生か三年生ですね」

「一年生にも可愛い子がまだいると思うのだが、これ以上はいないのか?」

「これ以上はいませんよ。言っておきますけど私が選ぶのは可愛いとかそういうのだけじゃないですよ」

「そうなのか」

 

 まあ、基準というのは大して決まっていない。

 簪もセシリアもただ、いいなと思って決めただけだ。ふと見て、ああ、この子なら一緒にやっていけると思って選んだだけだ。

 でも、適当のようで適当というわけではない。見た瞬間に感じる、感覚的なものに従っているのだ。もしかしたら運命的なものかもしれない。

 

「そういえばIS学園と絞っているが、他の場所では見つからなかったのか?」

「見つかりませんでした」

 

 本当に不思議なことにそういう子はいなかった。そう考えると運命的というのは間違いではないのかもしれない。

 

「この学園に来て初めてです。もちろん束さんやお姉ちゃんは除きますけど」

 

 この二人は別だ。特別だ。

 

「不思議なものだな」

「運命ですね」

 

 本当にいろんな意味で運命だ。

 私という存在は前世がなければここにはいなかったのだ。私はイレギュラーだ。本来はいるべきではない存在。前世は幸福そのものであり、今のように転生する要素などなかった。

 それなのにどういうわけか転生して、こうして色んな人に会った。

 これこそ本当の運命だろう。どんな人間が運命と言おうが、私の言う運命と比べれば劣ってしまう。

 本来いなかったはずの者と本来から存在していた者が本気で愛する者と出会った場合を比べればすぐに分かる。

 

「お姉ちゃんとこうして会えたことも運命です」

「そうか? 私はIS学園の教員だから生徒かIS学園が一般公開されるときに来れば会えると思うが」

「そういう意味ではありませんよ」

「どういう意味なんだ?」

「ふふ、教えません。たぶんこの世の誰もが分かんないことですから」

「ちょっと特別な関係でもか?」

「はい、それでも教えません。これはもちろん恋人でもです」

 

 もしかしたら二度目の人生があるなんて情報を知っているのは私だけでいい。私以外は知らなくていい。

 これは独占とかそういう問題ではない。この情報は生きる者にとっては余計な情報なのだ。

 もし人が、この人生を本気でやり直したい人がこれを聞けばどうするだろうか?

 その答えは簡単だ。

 確率が低いと言われてもちゃんとしたデータがないので、誰でも転生できるのではと思い込み、自ら命を絶つ人が増えるに決まっている。

 いくら私でも自分のもたらしたことで人が死んでしまうのはなんか嫌だ。もっとも嫌なのは身内にその情報によって死んでしまう人が出てしまうことだろう。

 まあ、そもそも信じてもらえるかどうかのレベルなんだけどね。

 

「この世と言われると気になるな」

「きっかけを作った私が言うのはおかしな話ですが、答えを求めようとしちゃダメですよ。あきらめてくださいね」

「むう、仕方ない」

 

 お姉ちゃんは私の言葉に従った。

 しばらくそれからは雑談を交わす。

 数時間はそうして過ごした。

 駅に着いたときはすでに日は傾き、夕焼けを作っていた。

 

「ん~」

 

 車から降りると私は背伸びをする。

 道中には休憩があったが、やはり結構な時間座っているのはさすがに疲れる。

 お姉ちゃんのほうも同じのようで、体を動かしていた。

 お姉ちゃんは車の鍵をかけた。そして、私と一緒に駅へ向かおうとする。

 

「詩織、手を」

 

 向かう前にお姉ちゃんが手を差し出してきた。

 いきなりのことで思わず困惑する。

 

「えっと……」

「何をしている。手を繋ぐんだ」

「えっ!? て、手を!?」

「い、嫌なのか?」

 

 お姉ちゃんが不安そうで泣きそうな顔で言ってくる。

 えっ、なにその顔。めっちゃ可愛い。

 いつものクールとは違う、乙女らしさのお姉ちゃんにそう思ってしまう。

 たぶん、いや、絶対に私のせいなんだろうな。

 お姉ちゃんはブラコンで私が加わったことによってシスコンでもある。やっぱりそんなお姉ちゃんだからこそ、日頃弟である一夏に不器用なため、格好つけようとして甘えられないので、妹ではあるが一夏に比べると他人の私でそれを発散しようとしているのだろう。

 ならば一夏にはできないことをお姉ちゃんにやってやろう。

 

「嫌じゃないです。ただちょっと戸惑っただけですから」

 

 私はその手を繋ぐのではなく、思い切って抱きついた。

 腕に抱きつくというのは手を繋ぐよりも密着度が高い。だから喜んでもらえると思ってやった。

 お姉ちゃんは一瞬戸惑ったが、頬を赤めすぐに笑みを浮かべた。

 どうやら満足してもらえたようだ。

 もちろん私も満足だ。お姉ちゃんのことは恋人になっていいと思っているくらい好きなのだ。こんなことができて満足じゃないわけがない。

 

「さあ、行きましょう」

「そ、そうだな」

 

 そのまま私たちは駅へと向かった。

 駅にはモノレールは来ていなくて、しばらく待った。もちろん私は腕に抱きついたままで。もちろん周りには誰もいない。いたら絶対に何か言われるに決まっているから、そのときは離れていた。

 しばらくただこの状態を待っているとモノレールが来た。

 乗っている人は幸いにもいないようで、このままの状態で乗り込んだ。

 今日が土曜日にも関わらず人がいないのは運がいいのか、それともみんながあまり外へ出かけないためか。どちらにせよ、おかげでお姉ちゃんとくっついたままでいられるのだ。感謝感謝だ。

 けど、この幸せな時間はいつも有限だ。これから何度もあるだろうが、いつ来るかわからないものだ。

 だから今を存分に楽しむ。

 私は動物の如く、自分のニオイを付けるかのようにして、お姉ちゃんに体を擦り付けた。

 この私を誰かが見たら、他人の体でおかしなことをする変態にしか見えないだろう。

 うん、それは分かっている。けど、お姉ちゃんに対する思いが独占欲を湧かせるのだ。もちろんお姉ちゃんは恋人ではないことは十分に分かっている。でも、私のお姉ちゃんに対する気持ちは恋人にしたいというのもあるのだ。独占欲が湧いても仕方ない。

 

「詩織? 何をしている? 体を上下に動かして」

「ふえっ!? な、なんでもないです!」

 

 気づかれた。

 いや、普通は気づくよね。

 

「いや、何でもなくはないだろう。そんな動きは普通はせんぞ? ん? ……詩織」

「な、なんですか?」

「まさかとは思うが、その、言いにくいが、遠まわしに言うと私の体を使って気持ちよくなろうとしているのか?」

 

 お姉ちゃんが顔を赤めて出した答えはそんなものだった。

 

「違います!! こんなところでしませんよ!!」

 

 あまりの発言に私も怒鳴ってしまった。

 全くもう!! 私はそんなはしたない女じゃないよ!! こんな公の場で自分を慰めるほど変態じゃない!! するにしたってちゃんと時と場所を選ぶよ!!

 そもそもだが、今の私はそんなに性欲はない。その、簪がちょっと激しいキスで発散してくれるからだ。こんなところでする必要はない。

 

「す、すまない。勘違いした」

「ひどい勘違いです!!」

「じゃあ、先ほどの動きは何なんだ? そもそもあんな動きをした詩織にも非があると思うのだが」

「うぐっ」

 

 痛いところを突かれた。それを言われると何も言えない。

 だって正直に自分のニオイを付けていただけなんて言える? 言えない。

 

「と、とにかく! そう言うのじゃないですから」

「そうか」

 

 これでこの話は終わった。私もまたニオイ付けのような行動は止めた。

 それでふとお姉ちゃんを見たのだが、いつもより顔が赤いようだった。

 はてはて、どうしたのか? 赤くなったのは先ほどの話題が終わってからなのだが、お姉ちゃんに顔を赤くするようなことはあっただろうか? 反対に私なら多々ある。今も若干赤いはずだ。

 ない、よね? そんなことはなかった。

 考えている間にお姉ちゃんがこっちを向いてきた。

 その顔はまだ赤いままであった。

 

「し、詩織」

 

 声が上擦っていた。

 声が上擦ったことでお姉ちゃんが顔をより赤くした。

 

「んっんん! 詩織」

 

 それをなかったことにするかのように咳をして、最初からにした。

 なんだろう。この感じからするにきっと大事なことを言おうとしているんだ。お姉ちゃんは緊張している? だとしたら顔が赤かったのもそれに?

 

「なんですか?」

 

 お姉ちゃんがなかったことにしたいようなので、私もまた同じように対応する。

 

「その、肩にゴミが付いているぞ」

「えっ!?」

 

 だが、なんか大事な話というのは肩に付いたゴミの話だったようだ。

 驚きのあまり声を上げてしまう。

 

「ど、どうした?」

 

 お姉ちゃんも驚いてしまう。

 

「な、なんでもないです」

 

 うん、そうだよね。別にお姉ちゃんは別に今から重要なことを言うなんて言っていないもんね。私がただ勝手に勘違いしただけだから。

 ひとまずはゴミを取るか。私としてもあとは帰るだけとはいえ、ゴミを付けっぱなしというのは嫌だ。

 

「どこですか?」

 

 探しても見当たらなかったので、お姉ちゃんに教えてもらう。

 

「私が取ろう」

「お願いします」

 

 ここはお姉ちゃんの好意に甘えよう。

 お姉ちゃんは私の両肩を掴み、お姉ちゃんのほうへ向かせた。

 しばらく見詰め合う。

 お姉ちゃんの顔が赤いので、まるで今からキスするようだ。そういう関係ではないからありえないのにそう思って――

 

「んむっ!?」

 

 思考の途中で私の口はお姉ちゃんの口で塞がれていた。

 それは決して事故ではないということを私の驚きで見開いた目に映る、お姉ちゃんが目を瞑っている姿が教えてくれた。

 これはお姉ちゃんの意思でやったものなんだと。



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第52話 私の姉との関係は再び変わる

 私は抵抗もできずに、いや、抵抗もせずに黙ってキスをされていた。

 もし私に不意打ちでキスした相手が別の人だったら、抵抗していただろう。でも、お姉ちゃんだったから私は抵抗もせずにいるのだ。

 私もまた見開いた目を閉じ、受け入れるようにその両手をお姉ちゃんの体に回した。

 しばらくただ重ねるだけのキスをする。そして、自然と唇が離れた。

 

「あ、あの、お姉ちゃん、こ、このキスは?」

「分からないか? キスという行為は好きではない人とはしないんだぞ」

「それは分かっています! でも、そしたらお姉ちゃんは私が……」

 

 そこから先はどうしても言えなかった。

 心の中では言えることなのに、そんなのは自分の良いように勘違いしているのではと思ってしまい、出せなかったのだ。

 

「詩織、それは間違っていない」

 

 それを見透かしたかのようにお姉ちゃんは言った。

 

「こんな雰囲気とかない場所だが、言わせてもらう。私はお前のことが本当に好きだ。お前のことが愛しくて愛しくてたまらない。誰にも渡したくはないほど。だから私の恋人になってくれ」

 

 誰がどう聞いても聞き間違いではない告白だ。それ以外のなにものではない。

 それはとてもうれしいことだった。

 

「ま、待ってください!」

 

 しかし、私は答えずに待ったをかける。

 

「お姉ちゃんは私に複数人恋人がいるって覚えているんですか!? それに私は女ですよ? お姉ちゃんはそれは分かっていると思いますけど、同性の恋人だからって言ってもエッチなことはするんですよ。もしお姉ちゃんが異性の人とのエッチなことに抵抗があって、でも恋人が欲しいから同性好きの私となるというのならそれは間違いですよ!」

 

 こんなことを言うのはいきなりということとお姉ちゃんがただ純粋に私のことが好きなのか、分からなかったからだ。

 お姉ちゃんからキスされたり告白されたりするのはうれしかったが、その心にただ純粋な思いがなければ私は付き合わない。

 めんどくさいとか思われるかもしれないが、私は将来まで一緒にいたいと考えている。現実がそんなにうまくいくとは思ってはいないが、だからといって告白された身としては純粋の好きがほしいのだ。

 

「分かっている。私は本当にお前が好きなんだ。そういう目的があって告白したんじゃない。それに私はお前にならこの私の純潔を奪われてもいいと思っている」

「えっ? お姉ちゃんって、その、まだ誰とも?」

「なんだ? 詩織には私が誰とでも付き合って、その相手に簡単に股を開くような女に見えるのか?」

「いえ、見えません。ただ一人くらいは付き合っていたのかなと思って。お姉ちゃん美人だし」

 

 私から見ても十分に美人である。私が男だったら絶対に告白しているレベルだ。

 

「学生のときとかに告白とかされなかったんですか?」

「……」

 

 するとお姉ちゃんは言いにくそうな顔をした。

 

「されたことはある。何度もな。ただ」

「ただ?」

「同性からの告白のほうが多かったが」

 

 ……私もその気持ちは分かる。私が同性愛者というのを除いても分かる。

 お姉ちゃんはかっこいいのだ。容姿がとかではなく、なんだろう、雰囲気とか言動とかが。

 女性としてはやはりそういうかっこいい部分に惚れてしまう。女性は白馬の王子さまというのを心のどこかに妄想しているのだ。こんなことがあればいいなとか思って。

 そこへ男性ではないがお姉ちゃんが現れた。しかも男性よりもかっこいい。

 正直、お姉ちゃんが持つかっこいい雰囲気を持つ男性なんていない。お姉ちゃんが一番白馬の王子様に近いのだ。だから好きになる。

 まあ、それはきっと恋愛感情ではないけど。あるのは憧れだ。

 キスとかするようだが、それも憧れによる勢いだ。決して恋愛感情からではない。

 

「その言い方だと男の人からもあったんですよね? いい人はいなかったんですか? かっこいい人とかいなかったんですか?」

「いなかったわけではない。確かにかっこいい人はいた」

「その人は?」

「お前はかっこいいからと言って付き合うのか?」

「……付き合いません」

 

 いくらかっこいいと見た目だけで私は決めない。本当に真剣だからこそ、どういう人間なのかも考慮する。そして、付き合うかどうかを決めるのだ。

 

「だろう。私もそうだ。私は遊びで付き合い、触れ合ったりすることは嫌いだ。そのかっこいい者たちはほとんどが私の体目当てだった」

 

 お姉ちゃんの体を見れば、なるほど、確かにスタイルは抜群だ。胸は篠ノ之姉妹に比べると劣るがある。男たちが目当てにするのも分かる。

 

「でも、ほとんどということは純粋に好きという人もいたんじゃ」

「ああ、いたな。もちろん私の体だけではなく、私自身のことを好きだった」

「それは良かったんじゃ?」

「だがな、詩織。私は女だ」

「? 分かっていますよ」

 

 首を傾げてしまう。

 

「その、とても言いにくいのだが、私もちょっとした願望があるんだ」

「言いにくい願望?」

 

 女ということと言いにくい願望とは何だろうか?

 

「私は守る側じゃなくて守られたいんだ。そうだな、白馬の王子様とかそういうのがいいんだ」

 

 言われたのはなんとも乙女チックなものだった。

 だけど、そうだよね。お姉ちゃんだって女の子だもん。かっこいいけど女の子だもん。そういうのがあって当然だ。

 

「だが、その当時も今の私には及ばないが、そこらの男性よりも強かった。私はずっと守る側じゃなくて守る側なんだ」

「でも、それだと私もお姉ちゃんに守られる側では?」

 

 私の身体能力とお姉ちゃんの身体能力では圧倒的に私のほうが上だ。

 だが、いざ戦うとなるとその勝敗は私の負けという未来しか見えない。それは技術と経験だ。

 技術でいうならば私も達人に近いレベルはある。

 だが、経験はそうじゃない。私も幼い頃からやってきたが、お姉ちゃんもまた幼い頃からやってきた。そして、世界で戦ってきた。特に世界で戦ってきたというのが大きい。私が戦ってきたのは祖父とその門下生くらいだ。

 だから、私が負けるのだ。

 

「確かに今はな。だが、将来的には私は守られる側だ。それにな、さきほど守られる側になりたいと言っておいたが、お前が恋人ならば守る側でもいいと思うようになってきた。それに、私たちは同性だ。異性ならばともかく同性だ。守られる者と守られる者。だから私は守るほうになる」

「つまり私の白馬の王子様になる?」

「そういうことだ。ともかくこれで私が本気だと分かってくれたか?」

「……分かりました」

「そうか、なら私と付き合ってもらえるのか?」

「時間は……」

「ない。お前は束と会う前に言っただろう? お前は私と付き合っていい、だけど自分からは告白はしないと」

「うぐっ」

 

 た、確かに言った。ちょっと違うけど似たようなことを言った。

 だからお姉ちゃんの告白の答えはもう言っているようなものだ、YESと。

 

「だ、だったらもう答えは分かっているんじゃ?」

「そうか。そう言うということはそうなのか」

 

 私の言葉を理解し、答えを理解したお姉ちゃんはうれしそうにする。

 そ、そんなにうれしそうにされるとこっちも……。うう、お、お姉ちゃんも恋人、か。うれしいけどこれは何の前触れ?

 今日だけでお姉ちゃんと一緒にドライブして、束さんに告白して、束さんにいいことされたりとしたのだ。そして、最後にお姉ちゃんからの告白。

 私にとって良いことずくめの一日だ。

 こ、これで帰ったら簪がカンカンに怒っているとか? 代償が大きくないことを祈るしかない。

 

「だが、詩織」

「はい!!」

 

 思わず大きな声で返事をしてしまう。

 

「告白した身としては答えが欲しい」

「答えならもう」

 

 もう分かっているはずだ。

 

「違う。そうじゃない。先ほどの告白に対する答えだ。今言葉が欲しいのだ。お前の口から聞きたい」

「わ、私の口から」

「そうだ。聞きたい。詩織だって告白したら相手の答えが分かっていようとも言葉として出されるほうがいいだろう?」

「そうですけど……」

 

 言葉に出すなんてちょっと恥ずかしくなる。

 まさか告白する側じゃなくてされる側になって、そして答えを出す側になるなんて思いもしなかった。

 なんだか攻略される側になったみたいだ。

 

「ならば答えを言ってくれ」

「分かり、ました」

 

 お姉ちゃんの気持ちは十分に分かるので私も決心する。

 

「私もお姉ちゃんのこと好きです。だから、お姉ちゃんの恋人になります」

 

 これで、いいのだろうか? 告白の答えに正解はないのだろうが、変な答えになっていないか不安になる。

 でも、ちゃんと自分の気持ちは伝えたはずだからきっと大丈夫だ。

 不安になりながら待っていると、

 

「詩織!!」

 

 お姉ちゃんは私の名前を呼び、ぎゅっと抱きしめてきた。

 

「うにゃ!? お姉ちゃん?」

「もう、恋人だな?」

「……は、はい。恋人です。私たち恋人です。あっ、なら呼び方も変えた方がいいですね」

 

 『お姉ちゃん』という呼び方は私とお姉ちゃんが姉妹という関係になったからという理由での呼び方である。でも、今はその関係は姉妹から恋人へと変わった。だから呼び方もまた変わる。

 恋人だから『千冬さん』か『千冬』だろうか。それともただ名前を呼ぶのではなくてちょっと変えて『ちーちゃん』? うん、これはない。というかただのパクリじゃん。

 

「そうか。恋人だからな。だが、詩織」

「はい」

「私としては、その、お姉ちゃんと呼んでもらいたい」

「えっ?」

 

 お姉ちゃんの顔は真剣だった。

 

「ダメか?」

 

 お姉ちゃんはとても呼んでもらいたいそうにしていた。

 私はお姉ちゃんがブラコンでシスコンだって知っているし、お姉ちゃんのこと好きだからこういう姿を見ても大丈夫だけど、この今のお姉ちゃんを誰かが見たら絶対に幻滅したりするんだろうな。

 私は可愛いと思うけど。

 

「分かりました。じゃあ、これからもお姉ちゃんって呼ばせてもらいます。これからは恋人としてよろしくお願いしますね、お姉ちゃん♪」

「ああ、よろしく、詩織」

 

 そして、私とお姉ちゃんは自然と唇を重ねた。唇が重なっていた時間は僅かだったが、その短さを補うように何度も何度も重ねた。

 私の体はキスによる興奮により熱を帯びていく。

 

「んっ、もうすぐで着きますよ」

 

 駅が見えてきたので、キスを止めキスに夢中になっているお姉ちゃんに教える。

 

「そ、そうか。もう少ししたかったが、仕方ない」

「……結構しましたよね? まだしたいんですか?」

「したい」

「お姉ちゃんってエッチですね」

「し、仕方ないだろう! キスがこんなに気持ちいいものだなんて知らなかったんだから!」

「へえ、そうなんですか。こんなことを言うお姉ちゃんをお姉ちゃんに憧れを持っている人が聞いたら、ショックを受けますね。きっともう憧れなんて抱きませんよ」

 

 恥ずかしそうに顔を赤くするお姉ちゃんをついいじめたくなった。

 ただ言い過ぎたのか、お姉ちゃんは元気をなくす。

 

「詩織も、そうなのか? 私のことは嫌いになったのか?」

 

 うん、これガチだね。ちょ、ちょっとやりすぎた。

 

「そんなことないです。私はお姉ちゃんがエッチでも好きですよ。エッチなお姉ちゃんを知って嫌いになるのは、恋愛感情での好きを持っていない人です。尊敬から来る好きを持っている人が嫌いになるんですよ」

「そうか。なら安心だ」

 

 もう本当に最初の頃のクールなお姉ちゃんはない。ここにいるのは乙女のお姉ちゃんだけだった。

 一夏は姉のこんな姿を知っているのだろうか? それとも知らない? お姉ちゃんは弟の前ではかっこつけてそうだし知らないかも。

 そうしている間にモノレールは駅に着く。

 残念ながらもう恋人同士の関係は隠さなければならない。だっていくら想いがあろうとも私たちは生徒と教師なのだ。世間的にも教師と生徒の恋人関係は問題があるようだし。

 

「しかし、これでしばらくは恋人になれなくなるんだな」

「そうですね。でも、我慢するしかありません。バレて離れ離れなんて嫌ですから」

「それもそうだ。だが、それでも私たちは恋人だ。その、やはり恋人らしいことはやりたいと思っている」

「私もしたいです。でも、いつ?」

「放課後はどうだ? 確か詩織は何も部活には入っていないだろう?」

「そう、ですね。放課後ですね。でも、お姉ちゃんは教師ですし、仕事があるのでは?」

「あるが、そこまであるわけではない。すぐに終わる。だから、放課後でいいな?」

 

 私は考える。

 私の放課後は今のところ簪の手伝いが主だ。でも、放課後の全てが簪の手伝いをするというわけではない。だから、その時間を利用すればいちゃいちゃできるということだ。

 とはいえ、簪の手伝いをしていない日全てをお姉ちゃんだけに過ごすわけにはいかない。私には簪とお姉ちゃん以外にもセシリアという恋人がいるのだ。

 今はまだ私のことを好きではないが、だからといってないがしろにすることなんて絶対にできない。それに私はセシリアが私のことを好きになるようにすると決めたのだ。そのためのセシリアとの過ごす時間を無くすのは愚策だ。

 だから、順番ずつとしたほうがいいかな。



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第53話 私は寝ている子にいたずらする

「はい、毎日ってわけにはいきませんけど、放課後にしましょう。じゃあ、場所は?」

「そうだな、場所か。難しいな」

 

 私たちが過ごすこのIS学園はこっそりと二人きりで過ごす場所が少ない。

 もしIS学園が普通の学校のように島ではなく、陸にあったならば公園やら店やらがあり二人きりになれるチャンスがいくらでもあった。

 

「そうだ。ならば私の部屋に来ないか?」

 

 しばらく考えていたお姉ちゃんが口を開く。

 

「お姉ちゃんの部屋、ですか。でも、教師の部屋に生徒が入るのっていいんですか?」

「ああ、そのことならば問題ない。一応寮則というのはあるのだが、それによるとそのことに関する記述はなかった。だから大丈夫だ」

「……それって暗黙の了解ってやつでは?」

「ふんっ、そんな暗黙など知らん。もし文句があるならば目に見えるようにしていなかったほうの責任だ。私は別に悪くなどない」

 

 うん、絶対にそれって教師であるお姉ちゃんが言っちゃダメな言葉だよね。最初からなの? それともやっぱり私のせいかな? 私が恋人になったからいちゃいちゃしたくてこうなったとか?

 でも、私もお姉ちゃんといちゃいちゃしたいし、それを利用しよう。それに別に悪いことをするわけではない。ただ恋人と過ごすだけだ。何の問題もない

 

「どうだ、詩織」

「行きます! お姉ちゃんの部屋でお姉ちゃんと過ごしたいです!」

「なら決まりだな。いつにするかは詩織が決めてもらって良い」

「いいんですか?」

「ああ、いい。詩織は恋人が複数人いるんだ。私はいつでもいいが、私以外はそうではないだろう? それに詩織だって他の子と一緒に過ごす時間が必要なはずだ。だからいつにするかは詩織に任せる」

「ありがとうございます」

 

 簪は私と同じ部屋だからそこまで放課後の時間を気にしなくてもいいけど、セシリアは違うからね。だからお姉ちゃんの申し出を受け入れる。

 

「あと、すまないが来週は残念だが無理だ」

「えっ! む、無理なんですか?」

「ああ。だが、来週だけだ。その次の週からは先ほど言ったとおり、全て大丈夫だ」

 

 さっそく来週から行こうと思っていたので、がっかりする。

 だってそれって再来週までお姉ちゃんといちゃいちゃできないってことだもん。いちゃいちゃだけが目的ではないが、恋人としての時間が欲しいのだ。ただ話すだけでもいい。思い出を作るためでもあるから。

 

「そうがっかりするな。毎日会えるだろう」

「でも、それは教師と生徒の関係じゃないですか。『お姉ちゃん』って呼べずに『織斑先生』ですよ。なんかちょっと距離があるようで不満です。それに私は恋人として会いたいです」

「だが、仕方ないことだ。会えないよりはマシだ」

「分かってますよ。ただの不満です」

 

 分かっていてもどうしても思ってしまうのは仕方ない。

 お姉ちゃんはそんな不満を抱く私を宥めるかのように額にキスをして、私の体に腕を回した。

 うう、私は不満を表に出すのに、お姉ちゃんは表に出さずに逆に私を宥めるなんて……。やっぱりこれが大人の余裕なの?

 私は大人の余裕を見せられ、お姉ちゃんに対する好感度を上げた。

 ……私ってチョロいのかな?

 そして、モノレールはついに駅の目前へ迫る。その間は私はお姉ちゃんに抱きしめられ続けた。

 しばらくの間恋人らしいことはできないので、お姉ちゃんのぬくもりを忘れないようにと体をお姉ちゃんに寄せた。

 駅へ着くと私自らお姉ちゃんから離れた。

 

「着きましたね、織斑先生(・・・・)

 

 もう恋人はしばらくおしまいという意味で、お姉ちゃんを『お姉ちゃん』と呼ばなかった。

 なんだか変な感じ。お姉ちゃんをお姉ちゃんと呼び始めたのは今日だというのに、そういう違和感のようなものを感じる。

 それにやっぱり恋人から距離を感じてしまう。ただ呼び方を変えただけなのに距離を感じるのはそれだけ呼び方というのに特別なものがあるからだろう。

 呼び捨てならば親しく、『先生』と付ければ相手を自然と目上として扱う。

 だから、距離を感じる。

 

「そうだな、月山」

 

 お姉ちゃんもまたそれを察し、そう呼んだ。

 ……っ。やっぱり恋人じゃなくなったみたいに感じて胸辺りが痛くなった。

 私たちはちょっと距離を離し、モノレールを降りた。

 距離を離したのは周りから特別な関係だと思わせないためだ。もし距離が近かったら、さすがに恋人とは思われないが二人で特別に過ごしていたと思う人はいるだろう。

 私たちは何も話さず、寮の前へ向かう。

 道中にお姉ちゃんに憧れを持つ生徒が話しかけてきたので、私はお姉ちゃんにこっそりと頭を下げて一人で帰る。ばれるわけにはいかないので、これもまた当然の処置の一つだ。

 何も言わずに離れるのは本当は嫌だったが、仕方ない。

 

「簪、ただいま~」

 

 自分の部屋のドアを開け、中へ入る。

 簪からの返事はない。

 部屋の奥まで行くと布団に包まって寝ている簪の姿があった。

 

「まったくまだ夜じゃないのに寝ているなんて」

 

 簪が寝ているベッドに腰掛ける。腰掛けたときにベッドが上下に揺れるが、簪は起きる気配はなかった。

 しばらく簪の寝顔を見たり、頬を突いたり髪を触れたりとしていじる。

 それを十分ほど続けた。終わった後は服を部屋着に着替えた。

 汗とかかいてないしシャワーを浴びてなくてもいいよね。

 私も一緒に簪と同じ布団に入った。同じ布団なのでもちろん簪と密着する。

 布団の中は温かく、それ以上に簪のぬくもりが伝わった。

 も、もうちょっとくっついてもいいよね。簪だって私にくっつかれるのは嫌いじゃないしね。

 そんなことを思いながら簪の体に密着するために簪の背後から体を抱きしめた。

 こうやって抱きしめるのも何度目だろうか。恋人になってから毎日のように抱きしめている。寝る前や寝ている時や起きたときを主に。

 

「ん、んんっ……」

 

 抱きしめられている簪は背後の私を求めるかのように体の向きを変え、簪もまた私に抱きついた。形的には抱きしめ合うようになる。

 向き合うようになったので気づいたが、簪のパジャマのボタンが外れていて胸元が丸見えとなっていた。

 ご、ごくり。これは寝ている間に私が帰ってくると予想した簪が、私のためにやってくれたのかな? その可能性はある。最近の簪は私との肉体的接触を求めてくるから。

 じゃ、じゃあ、ちょっとだけ手を出しても問題ないよね。これは簪からのお誘いなんだから。

 私はその気になり、静かにボタンをはずしていく。

 急がないのはそれで起こしてしまうかもしれないからだ。起きても簪は何も言わないと思うけど、きっと簪的には寝ている間にいたずらしてほしいに違いない。

 すべてのボタンがはずし終わると私はパジャマを左右に大きく開く。開かれた先にあるのは簪の可愛い小ぶりのおっぱい二つだ。簪はそんな小さい自分のおっぱいにコンプレックスを持っているようだが、私はこの小ぶりは嫌いではない。

 私はそのおっぱいに手を這わせる。

 簪のおっぱいは私の手によって綺麗に覆われた。

 私は手のひらで簪のおっぱいの先の突起を中心に回した。

 

「んっ! んあっ」

 

 眠りについている簪は声を上げる。

 気持ちよくなっているのは簪だけだが、私はそれで逆に興奮を高めている。さらに簪を気持ちよくさせるために回すのもおっぱいを押さえる力も強くした。

 簪は寝ているせいで声を抑えられないせいか、声を遠慮なく声を上げていく。そして、顔や体を赤く熱くし、息が荒くなっていった。

 ふふ、いい声。いつもこのぐらい声を出してくれたらいいんだけどなあ。そっちのほうが私も興奮するし。

 私は簪を何度も何度も攻めた。その度に簪は声を出してくれる。

 私はふと思っておっぱいを弄っていた手とは反対の手を簪の股間部分に持っていった。すると手に濡れた感触が広がった。

 それを確認すると私は興奮を高めた。そして、確認した手を今度は自分の股間部分へと持っていく。

 高まった興奮が今度は自分が気持ちよくなりたいとさせていた。

 その手で自分を慰めようとしたとき、その手が途中で止まざるを得ない状況へと変化した。

 

「詩織!」

 

 そう、簪がついに起きてしまったのだ。

 私はびっくりして、全ての行動を止めた。

 

「か、簪、起きたの?」

「当たり前。あんなことをして……起きないほうがおか、しい!」

「あうっ」

 

 言うとおりだ。あんな快感を伴う行動を結構な時間して、起きないほうがおかしい。

 

「い、いつごろから?」

「結構前から」

「えっ!? じゃあ、なんでここまでされるがままに?」

「……寝ぼけていた、せい。だから、つい、されるがままに……なってた」

 

 簪は興奮と快感とは別の意味で顔を赤くした。そして、目を鋭くする。

 

「詩織、何か……言うこと……は?」

「えっと、気持ちよかった?」

「~~!! ち、違う!! そうじゃ、ない!!」

「じゃあ、なに?」

「……本当に、言っている、の? 分からない?」

「……分からない」

 

 謝るという選択肢も一瞬過ぎったのだが、どういう理由でとなる。だが、その理由は分からない。だから、その選択肢はない。

 

「なら、教えて……あげる。私が……寝ている、時に……エッチなこと……したこと。それに、ついての……謝罪!」

「えっ? なんで?」

「? なんで詩織が……なんでって、言うの?」

「だってそもそも簪が私を誘ったんでしょ? 私はその誘いを受けてこうしたんだよ? だから謝罪なんて……」

 

 簪が胸元を開いて寝ていたから私は誘いだと思ってそれを実行したまでだ。感謝こそされど、謝罪を求められるようなことは決してしていないはずだ。むしろ喜んで欲しいくらいだ。

 だから、私は『気持ちよかったか』と聞いたのだ。

 

「待って! 詩織は……何を言っている、の? そもそも私は……誘って、ない。ただ、寝ていただけ!」

「…………」

 

 間違っていたのはどうも私らしい。

 

「で、でも、胸元が……」

「あれは……熱かった、から! 決して……そういう意味じゃ……ない!」

 

 私はもう何も言えない。

 簪はベッドから出た。私もベッドから出る。

 私の視線はつい簪の下半身に向くのだが、そこは染みができていた。

 なんかお漏らししたみたい。それぐらい染みは大きかった。

 簪は私の視線に気づいたようですぐに両手で隠した。その目は睨むかのようだった。

 

「詩織の、せいだから!」

「ご、ごめん!」

 

 怒鳴られて私は思わず謝った。

 

「なら、今度から私が……どんな格好をして寝ていても……私に、エッチなこと……しないで!」

「分かった。もうしないから」

 

 もう今度は絶対に寝ているときにエッチなことをしないとここで誓った。

 

「でも、起きている、ときは……していいから」

 

 簪はぷいっと顔を逸らして言った。

 

「本当? していいの?」

 

 簪は頷く。

 

「それに私は言った。詩織がお願いすれば……ある程度、何でも……するって」

「そうだったね。そう言ってた」

 

 なんかそう言われるとしたい気分になる。

 そのせいか私は自然と簪のほうへ歩みを進めていった。

 

「し、詩織? なんで、こっちに……来るの?」

「えっ? 何か問題でも?」

「ただ来るだけなら……問題、ない。でも! 今の詩織は……いやらしいから」

「たとえそうだとしてもしていいんでしょ?」

「いい」

「なら――」

「でも、本番をして」

「ほ、本番!?」

「どっちもエッチなこと。それに……詩織は練習は……しないって……言った。だったら今回のことを……除いて、次やるのは……必然的に本番。私の説明に……問題、ある?」

「……ないです」

 

 簪が言うのはもっともだ。私は確かにそう言った。次のエッチなことは本番だって言った。簪は練習として本番の一歩手前をしたいと言ったにも関わらず、自分から次は本番と言った。

 まさか言った本人である私が前言撤回などできるはずがない。

 だから簪の言うとおり、次求めるときは本番ということになる。

 私は今日本番をしようかと思ってしまう。

 そう思ってしまうのは自業自得だ。簪を気持ちよくさせていたときに、自分もそういう気分になってしまい、自分を慰めようとしたのだが、結局できなかったので体が疼いているのだ。

 もう自然的に消える程度ではない。一度発散しないと無理だ。

 だから本番をしたいと思う。

 でも、私は冷静ではない状態で大切なことを決めたくはない。

 決めたくないのだが、私の体の疼きは止まらない。

 

「あの、簪」

「なに?」

「本番はまだやらないんだけど、その、体が……」

 

 最後まで言っていないが私が何を言いたいかを察した簪は企みのある笑みを浮かべた。

 

「私に……何を、して……欲しいの? 言って」

 

 分かっているはずなのにそう言うのは先ほどのやり返しだろうか。

 

「簪の手で私を……気持ちよくして!」

 

 もう本当に恥ずかしくて恥ずかしくて体中が熱くなり、簪の顔を見ることができなかった。

 私、何を言っているのだろうか? こんな変なことで恥ずかしい思いをするなんて。

 

「ふふ、自分の、手で……やれば、いいんじゃないの?」

「む、無理。簪にやってほしいの! 簪が私を気持ちよくして。お願い」

 

 自分の手でやればいいのだが、その、個人的に自分以外にやってほしいのだ。だって自分でやるよりも別の人がやるほうが気持ちいいから。

 

「分かった。だったら……今から、風呂へ……行こ? そこで」

「……うん」

 

 私は笑みを浮かべる簪の後に続いた。



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第54話 私のルームメイトの真剣な話

 風呂から出ると私と簪は湿った髪を乾かすためにベッドに腰掛けた。

 簪は私の髪を乾かすために私の後ろに回って、私の髪にドライヤーをかけている。

 

「詩織、気持ちよかった、ね?」

「う、うん……」

 

 もちろん『風呂が』というわけではない。簪にしてもらったことがだ。

 恥ずかしかったが、結果としては体を鎮めることができた。

 

「知って……た? 声、結構出てたよ」

「っ!?」

「自覚、してた?」

「し、してなかった」

 

 私は恥ずかしさで俯く。

 部屋が防音で本当によかった! やったのは風呂場だったけど、風呂の入り口は薄い。部屋に響くのは確実だ。だからもし部屋の薄い壁だったらもうIS学園内を堂々と歩くことなんてできない! 自主退学するレベルだ。

 

「詩織の声、よかったよ。思わず……やりすぎる、くらい」

「本当にやりすぎだったよ!」

「でも、詩織は……気持ちいよさそうだった……けど?」

「うぐっ」

 

 簪の言葉は本当だったので何も否定できない。

 今は冷静だけど、本当にされているときは声を抑えようなんて考えられなかった。いや、たとえ考えてもどうでもいいと思ってしまうに違いない。

 やっぱりその最中ではエッチなことを優先しちゃうってことか。

 

「あっ、そういえば簪はなんで寝てたの?」

 

 これ以上話を続けられると今回ばかりは私だけの恥ずかしい話しか出てこない。そして、ただ私が顔を真っ赤にするだけだ。

 それに本当になんで寝ていたのかという疑問は持っているので、この話題を逸らすためにもちょうどいい。

 

「……あまり眠れなかった、から」

「眠れなかったの? その割には私が行く前に起きていたみたいだけど」

「寝たのが……その三十分前、だったから」

「えっ!? じゃあ、それまでずっと起きてたの!?」

 

 昨日は今日が告白する日だということで、確かにちょっと早めに寝たが、私は簪が寝ていたことを夜中に確認している。ぐっすりと寝ていたはずだ。

 じゃあ、あれは寝たフリだったってこと?

 

「違う。寝てたけど……ただ、何度も……起きただけ」

 

 じゃあ、寝たフリじゃないのか。

 そこで私の頭の中にもう一つの可能性が過ぎった。

 私は簪が体調が悪いのかと思い、簪のほうへ振り返って額に手を当てる。

 熱は……ないみたいだね。顔色も悪くない。簡単に見たところじゃ、健康体にしか見えない。ということは内臓とかなの?

 さすがの私も見えない部分は無理だ。大事になる前に病院に行った方がいい。

 

「……詩織、これは……どういう意味?」

「どういう意味はこっちの台詞だよ!! なんでそんな大切なことを早く言わなかったの!? 何度も起きるってそれは病気かもしれないんだよ! いくら私に心配させたくないからだとしても、それで簪が倒れたらただ悲しいだけだよ!!」

 

 心配をかけたくはないという気持ちはよく分かる。私も同じような行動を取るだろう。

 だが、されたこちら側としては逆になんでそんなことを、と思ってしまう。

 同じような行動をするがされるとなんでとなる矛盾だが、これも仕方ない行動だ。人というのはそういうものだ。

 

「待って、詩織。詩織は……また勘違いして、る」

「勘違いって?」

「私が、眠れなかった……原因は分かって、る。そして、それが……病気じゃ……ないって」

「う、嘘!」

「嘘じゃ……ない。というか、嘘をつく理由が……ない」

 

 うん、ないね。つまり勘違い……か。

 

「……あの、その、怒鳴ってごめん」

 

 なんか勘違いだって分かると本当に恥ずかしい。

 

「べ、別にいい。その、うれし……かったから」

 

 簪は顔を赤めて言った。

 私も羞恥とは別の意味で赤くなった。

 

「ごほん、じゃあ、簪はなんで眠れなかったの? 深刻な悩みとか?」

 

 病気ではなく、それでいて自分でも原因が分かるものと言えば悩みだ。悩み程度とかと思う人がいるかもしれないが、悩みは内容によっては深刻なものだ。

 もしかしたらそれで自殺を考えるかもしれなことさえあるのだ。

 簪が自殺なんて考えたくないし、現実にしたくない。

 

「簪、深刻になる前にその悩みを言って。私、簪が死んじゃったら……ぐすっ」

 

 簪が悩んでいるのに気づけずにこの部屋で自殺をしていたのを想像するとどうしても涙が出てきてしまう。

 もし現実になったらただ泣くだけで済まないだろう。

 

「待って、詩織。また勘違い……してる」

「ぐすっ、勘違い?」

「そう。別に私は……悩んで、ない。ただ詩織が……他の女――じゃなくて、篠ノ之博士に告白しに……行くってなったから……それで眠れなかった、だけ」

「本当の本当に? 心配かけまいと嘘言ってない?」

「言ってない。詩織はちょっと……人の話を最後まで聞くべき」

「ううっ、ごめん」

 

 また勘違いしてしまった。

 簪の言うとおり勝手に先読みしないようにしないと。

 

「それで……告白の結果は……どうなった、の?」

「あ、うん、その保留になった」

「……そう」

 

 その答えに簪は残念そうな顔をした。

 普通に考えるならば私が答えをもらえなかったからと思うのだが、私は知っている、簪が反ハーレム派になったということを。

 だから、この顔の意味は答えを貰えなかったことに対するものか、私が振られずにまだチャンスがあることに対するかという二つがあるのだ。本当は前者であって欲しいが、簪は後者だろう。

 ハーレムを作る私としてはハーレムの一員に、喜んでもらうというのは変な感じだが、もう少しいい反応をしてほしい。

 

「あっ」

「どうしたの?」

 

 いきなり声を上げた私に簪が尋ねる。

 

「あの、実はもう一つ大切なことがあった」

 

 それはお姉ちゃんとのことだ。お姉ちゃんが恋人になったので、同じ恋人には言わなければならない。

 お姉ちゃんの確認を取らずに言ってしまっていいのかと思ってしまうが、一応このハーレムの主は私だ。このぐらいは自分で決める。それに簪はお姉ちゃんと恋人関係だって周りに言いふらしたりはしないと信用している。

 

「大切なこと? なに?」

「実はね、恋人が増えたの」

 

 告白するときと同じではないが、ある程度はやはり緊張する。

 

「……待って。答えは……まだ、じゃなかったの? どういう、こと?」

「うん、束さんからの答えはまだだよ。恋人になったのは別の人」

 

 すると簪の目が鋭くなり、見ているこっちが恐怖してしまいそうになる。

 

「……誰?」

「お、織斑先生」

 

 ここで『千冬さん』とか『お姉ちゃん』と言ってしまうと日に油を注ぎかねないと思い、あえてそう呼んだ。

 さすがの私もあの目よりも強い目で見られるのは無理だ。怖すぎる。

 

「どういうこと? なんで……織斑先生が……出てくるの? なんで告白した相手とは……別の人と、恋人になって……来るの?」

「い、色々あってこうなった」

「ふーん。聞くけど、詩織も……織斑先生も互いに……本当に好き、なの? 詩織のは憧れ……じゃないの?」

 

 簪は私のお姉ちゃんへの心を本物かどうかを確かめてくる。

 

「最初は憧れだったよ。でも、最後にはやっぱり好きになってた。この気持ちに間違いはないよ」

 

 言い終わると簪がしばらくじっと私の目を見た。

 

「……そう。詩織が本気なら……もう何も言わない。ただ、何度も言う……けど、ちゃんと私のことも……愛して」

「分かってるよ。ちゃんと愛する」

 

 それを証明するようにぎゅっと抱きしめ、離れた。

 

「思ったんだけど織斑先生はいいの?」

「どういうこと?」

「ほら、セシリアのときはさ、なんか認めないって言ってったじゃん。だからいいのかなって」

 

 セシリアのときは簪は敵意むき出しにして、邪魔者だとか話しかけるなとか言っていた。だから、私はてっきり私の恋人になったお姉ちゃんにも、ここには本人がいないので、何かしら色々と言うと思っていた。

 だが、簪は私が本気だと答えるだけで何も言わずに認めてくれた。

 そこが不思議だった。

 

「はあ……」

 

 すると簪からはため息をつかれた。

 えっ? なんで?

 

「詩織はちゃんと……話の内容を……覚えるべき」

「あ、あれ? なんか間違ってた?」

「間違ってる。あの話は……オルコットが詩織のことを……好きでもないのに……恋人であることが不満だった。そして……何よりもそんなオルコットが……詩織とのデートを先に……奪ったことが不満だった」

 

 確かにそうだったかも。

 私はセシリアとデートできるってことで一杯だったからな。結構大事な話だったのに忘れてしまうとは。

 

「けど、織斑先生は詩織のこと……好きなんでしょ?」

「うん、織斑先生方から告白された」

「だから認める」

「じゃあ、セシリアが私のこと好きになったら認めてくれるの?」

 

 同じ恋人同士だから互いに好きになれとは言わない。

 でも、せめて嫌い合う関係は避けてもらいたいのだ。じゃないとこれからしばらくは簪とセシリアと行動するので、居心地の悪い中二人と接しなければならなくなる。それは正直嫌なのだ。

 全て私のわがままだ。

 まあ、このわがままを止めることなんてしないけど。

 随分と間が空いてようやく簪が口を開いた。

 

「…………認める」

 

 その顔はまるで深刻なことを告白したかのようだった。

 なんかそんな深刻な顔をされると私が無理やり言わせたみたいじゃん。

 

「でも、オルコットが詩織を好きになる……ことはない」

「なんで?」

「オルコットは約束で詩織の恋人に……なっている。つまり、オルコットの心は……早く……詩織から離れ、たいって……思ってる。そんな人が詩織を……好きになるわけが……ない」

 

 確かに簪の言うとおりだ。

 私はセシリアを約束という名の強制力で恋人にした。

 さて、もし好きでない人の恋人に無理やりさせられて、その人を好きになることはあるだろうか。しかも同性だ。

 とてもじゃないが好きになることは難しい。

 

「……」

 

 私の無言を自分の言葉を理解したのだと察した簪は言葉を続ける。

 

「詩織はもう分かっているはず。望んでいない相手を……好きになるのは、無理だって。だから私は詩織に……言う。詩織の幸せのために。詩織、オルコットと……別れて」

 

 簪が鋭い真剣の目を向けた。

 簪から態度や雰囲気ではなく、明確に別れろと言われたのは初めてだった。

 これはただハーレムが嫌だからというわけではなさそうだ。本当に私の幸せを願っての言葉だった。

 その簪の言葉に私はうれしくなった。だって私の愛する人が私のことを思っているって分かるんだもん。

 簪、うれしい。本当にうれしいよ。やっぱり簪は本当に私のこと好きなんだね。

 でも、ごめんね。私は、私は、

 

「私はセシリアと別れない」

「っ!? 詩織? 私の言っていることが……分からなかったの? オルコットは……詩織を愛さ、ない。そんな人と一緒で……いいの? 詩織を愛さない……人が恋人で……いいの? 私や織斑先生なら……詩織をちゃんと……愛することが、できる。セシリアの分まで……愛する。それでも無理なら……詩織を愛してくれ、る……子を見つければいい」

「ごめんね、それでも無理だよ。セシリアが嫌だって言うなら考えるけど、言われてないからね。それに私とセシリアはまだ会ったばかり。今は私のこと嫌いみたいだけど、これから長く付き合って行けば私のこと好きになる可能性だってあるよ」

 

 簪と同じようにセシリアがすぐに好きになるとは少しも思っていない。なってくれたらなとは思うが。

 とにかくそのための努力はする。セシリアといつものように話したり、適度なスキンシップをしたりして。

 そうすれば私という人物を知ってもらうことと無理やりだったが恋人という関係がセシリアの心を動かすはずだ。もちろん動かす前にちゃんと言葉で嫌いだと言われたらその関係は終わりにする。

 まあ、よく考えたらセシリアが嫌だって言っちゃうと約束を反故したことになっちゃうから、言わないのかもしれないけど。ちょっと失敗かな。

 ともかくセシリアが本当に嫌だって行動で示し始めたら、自分から話題を切り出して確かめようか。私だって鬼じゃないもん。

 

「……そう。私は……言ったから」

 

 私たちのこの会話は終わった。後は簪が作っているISの話などをして互いの髪を乾かすのを再開した。

 互いの髪が乾いた後、私たちは夕食を食べるために食堂へ行った。時間は九時と遅い時間だが、IS学園の食堂は朝六時から夜の十二時まで開いている。もちろん職員は交代している。

 そこでいつも通りに食べた。残念だがセシリアとお姉ちゃんはいなかったが。

 部屋に戻った後は二人で黙々と作業をして過ごした。

 この調子だと二週間ほどで完成するだろう。完璧というわけではないが。

 ともかく形はできる。できてしまえばあとは微調整だけとなる。ただ微調整にも結構時間がかかるし、いきなり実践というわけにはいかない。何度か実践をしてからだ。それでようやく完璧と言える。

 簪と私の共同で作られたISで簪が飛んでくれたら……ふふっ。

 そんな簪を思い浮かべると思わず笑みがこぼれる。

 私はそんなことを考えていつも作業している。

 そうして今日は終わった。

 明日はついにセシリアとのデートだ。ちゃんとプランもしっかりと立てた。あとは本番のみだ。

 私はベッドの上で簪を抱きしめながら明日を楽しみにしながら眠りについた。



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第55話 私の初デートの日

 翌日、私は昨日と同じように起きる。

 簪と私は抱き合ったままだ。

 今回、私は夜中に起きていないけど、簪はちゃんと寝られたかな? 昨日眠れなかった原因は束さんへ告白することだったから、今回もセシリアとデートだから眠れなかったかもしれない。

 なんか悪いことをした気分だ。

 私としては簪にぐっすりと寝てほしいから。

 やっぱり今度の土曜か日曜に簪のやりたいことなんでもしよう。私も簪の恋人だもん。この程度のことくらい当たり前だ。

 私は簪にせめてと思い、僅かに空いた隙間を完全に埋めるようにいつものように抱きしめた。

 この際、ちょっと強く抱きしめすぎたのか、息苦しそうに声を出していた。

 ごめんね! でも、これも好きってことだから許して!

 私は十分に満足した後、簪の額にキスをする。そして、私はベッドから出た。

 

「んんっ~~!」

 

 起きたばかりの私は背伸びをする。

 十分に伸びをした後は、すぐに顔を洗ったりとデートへ向けて準備を始める。髪を整えたり、服を選んだりと身だしなみを整えた。

 最後に確認として鏡を使って自分を見る。

 うん、やっぱり私、可愛い! そして、綺麗! ああ、もしこの可愛い子を他人として触れることができたら……!!

 私はいつものように自分を褒める。他人からしたら変態だ。

 あっ、そういえば今は生徒会長モードじゃないけど、生徒会長モードにするとどのように映るのだろうか。

 簪が言うには雰囲気が変わるようだけど、生徒会長モードにしてから見てもよく分からなかった。だったらこうして鏡の前で変わったら? そしたら分かるのではないだろうか。

 試しにやってみた。

 ……。

 う~ん、ちょっと変わったかな?

 その程度だった。具体的に言えば生徒会長モードではない素の状態ならば可愛いが強かったが、生徒会長モードだと綺麗のほうが強いといった具合だ、ちょっとだが。

 多分私じゃない他人が見ればこの違いが大きく見えるのだろう。

 ただ雰囲気だけでなく、仕草を入れれば大きく違うかな。

 生徒会長モードになると優雅になるのだ。ただの一般的な動作もお金持ちのお嬢様に。

 すごいぞ、生徒会長モード! まさか口調だけではなく、仕草まで影響するとは! 

 ただの意識の切り替えがここまで来るともう二重人格だ。

 簪が自分の前では止めてくれというのも分かった気がする。これじゃまるで別の人を好きになったみたいに勘違いするよ。

 っと、こんなことをしている暇はないんだ。

 

「簪は……寝ているね。よかった」

 

 昨日は行く前に起きたが、それは寝たばかりということもあったのだろう。

 よかった。もしまた起きて、実はまだ寝たばかりだったらデート前に落ち込んじゃう所だもん。

 

「じゃあ、簪。行ってくるよ」

 

 寝ている簪の額にもう一度キスをして部屋を出た。

 道中には昨日よりも多くの人が私を見た。やはり今日が日曜日だからだろうか。

 基本日曜日は部活もほとんどが休みなのだ。

 だから道中の人たちは制服でもなく運動着でもなく私服の割合が多かった。多分、そのほとんどの人が学園の外へ外出するのだろう。

 となると昨日みたいにモノレールに全く人がいないというのはないのだろう。二人きりという空間が欲しかったので残念だ。

 私は待ち合わせの場所へ行った。そこは昨日と同じ寮の前だった。

 約束の時間までには約三十分あった。

 やっぱりここは私が早く来ないとね。

 

「し、詩織!?」

「ん?」

 

 驚いた声で私の名前を呼んだのはセシリアだった。

 あれ? もしかして時間間違えた? ううん、違う。間違ってない。じゃあ、時計が遅れてた? それも違う。私のは電波時計だ。壊れていなければ狂うはずがない。そして壊れているという可能性もない。この時計は卒業祝いに買ってもらったので新しく、部屋を出る前に部屋の時計を確かめた。なので壊れてはいない。

 

「あれ? セシリア。まだ時間じゃなかったわよね?」

 

 即座に生徒会長モードにし、自分が間違っていないと願って言った。

 

「え、ええ、時間は……まだですわ」

 

 よ、よかった~!! やっぱり私は間違っていなかった!

 

「そうよね。じゃあ、セシリアはなんで?」

「それはわたくしの台詞でもありますわよ。そう言う詩織は?」

「今日はデートよ。遅れないようにって先に着ていたのよ」

 

 まあ、デートではよくあるお決まりのパターンだ。

 これは男の立場だが、私たちは同性同士の恋人なので、前世とかそういうので私がその立場だ。

 

「あなたは?」

 

 セシリアに問いかける。

 

「その、わたくしもですわ。初めてのデートでしたので、遅れないようにと……」

 

 セシリアは頬を赤めて言った。

 なに、この子。めちゃくちゃ可愛いんだけど!

 

「ふふっ、じゃあ、互いに遅れないようにって先に来たのね」

「……そういうことになりますわね」

「私、日本以外の国って時間にルーズって思っていたからちょっと意外だわ」

「……それってわたくしの祖国をバカにしていますの?」

 

 照れから一変してセシリアが不快だって顔になった。

 

「ごめんなさい。そう聞こえてしまうような言い方をしたわ」

 

 私の言った言葉はセシリアを怒らせるには十分だ。あんなのだと怒って当たり前だ。

 だから私は素直に謝った。

 私だって愛国者というわけではないが、自分が生まれ育った国をバカにされたら怒るだろう。

 

「い、いえ、分かってくださればいいんですわ。それにわたくしも思い当たるところがないと言えば嘘ですし」

「それでもごめんなさい」

「いえ……って、これじゃ繰り返しですわね」

「そうね。これじゃらちがあかないわ。それにせっかく早く着たんだからそれを有効活用しないとね」

 

 そういうことで私たちはモノレールへ向かった。

 駅ではやはりモノレールを待つ生徒が何人かいた。一人だったり、二人だったり、それ以上だったり。私が見る限り、私たちみたいに恋人関係はいないようだった。ただ手を繋いでいる子たちはいるみたいが、多分恋人同士じゃない。

 でも、もし恋人関係ならお似合いだ。いい関係になると思う。

 あっ、そうだ! 良いこと思いついた!

 

「セシリア、手を繋ぎましょう」

 

 見ていたらこっちも手を繋ぎたくなった。

 

「!? な、何を言っていますの!?」

 

 周りを気にしてセシリアは声を抑えて言う。

 

「別に問題はないでしょう。私たちは恋人よ。それに今日はデート。だったら手を繋がないと」

「で、ですが、その、周りに人が……」

 

 セシリアに嫌がる様子はない。あるのは誰かに見られたら恥ずかしいという感情だけだった。

 なんかセシリアがそういう反応をすると私のこと嫌いだってことを忘れてしまう。このデートはデートではあるが、私のことを知ってもらうということを目的にしたデートだ。でも、セシリアの反応が何か違うので、ただ単に本来の意味である楽しむだけのデートになってしまう。

 いや、別にそれが嫌だというわけではない。デートなんてすれば楽しいし勝手に相手のことなんて分かるもん。

 私の今からするデートは楽しいけど、意図的に、例えば店に行ったときに自分が好きなものを示したりするのだ。

 こんなデートは変なことだと分かっているのだが、恋人になるのは好きになってからだったのでどうすればいいのか分からなかったのだ。

 だから、デートで私のことを知ってもらおうと思ったのだ。

 でも、知ってもらうためのデートだからといって楽しくないデートにはしないよ。

 

「大丈夫よ。ほら、あそこの二人を見て。周りに人がいるけど、堂々と手を繋いでいるわよ」

 

 セシリアにその二人を指を指して示した。

 

「っ!?」

「ね? 手を繋いでいるでしょ? こういうのはね、逆に堂々としてたほうが目立たないのよ」

「ですけど、恥ずかしいですわ……」

「それは手を繋ぐという行為に対して? それとも見られること?」

「……見られること、ですわ」

 

 本当にセシリアが私のこと嫌いなのか分かんなくなる。ねえ、セシリアは私のこと好きなの? 嫌いなの?

 

「なら大丈夫ね。繋ぐことが嫌だって言われたら無理だったけどね」

「? なぜ繋ぐことが嫌ですの? わたくし、あなたの恋人ですわよね?」

 

 セシリアが不思議そうな顔をした。

 ああ、本当に本当にセシリアはどっち? 嫌いなら嫌いだってもうちょっと態度に表して! そりゃ私はセシリアに好かれることが一番だよ。でも、セシリアは私のこと……。だからそんな不思議そうな顔をせずに嫌がるような素振りをしてほしい。

 セシリアの私に好意を抱いているかのようにも取れる行動に私は戸惑ってしまっていた。

 私はその戸惑いを押しとどめ、対応する。

 

「そうね。うん、あなたは私の恋人よね。ほら、手を繋ぎましょう。案外、こういうのはしている本人は周りからの視線を意識しちゃうけど、周りはそんなに見ていないのよ。ただ仲のいい子たち程度なのよ」

「うう、分かりましたわ!」

 

 セシリアは思い切って私の手を取った。

 今はさっきのことを忘れよう。私がすることはセシリアに好きになってもらうことだけ。もし今の段階でセシリアが私のこと好きならばそれでいいじゃん。嫌いじゃなきゃいいじゃん。

 そう考え方を変えることで戸惑いを完全に消した。

 

「あなたの手、温かいわね」

「詩織もですわ」

 

 ただ単に手を繋いだだけだったが、私の心を幸せにしてくれた。

 しばらく待っているとモノレールがやってくる。扉が開き、待っていた者たちは次々と入っていった。

 

「セシリア、こっちの車両にしましょう。あっちのは人がいないわ」

「そうですわね。わたくしとても、人の目がないほうがいいですわ」

 

 みんなが入る車両とはべつの車両に乗り込んだ。

 思ったとおり、人は全くいなかった。

 私たちは長椅子に座る。

 私たちが座ると同時に扉は閉まり、モノレールは動き出した。

 これからしばらくただ座るだけだ。

 

「そういえば目的地までどれくらいですの?」

 

 セシリアが尋ねる。

 

「そうね。モノレールを離れて次は新幹線に乗るから……約二時間くらいかな」

「新幹線に乗って二時間。結構遠いんですのね、その遊園地って」

「まあ、都市の近くにはないからね。でも、日本一の遊園地って評判だから楽しいわよ。私も何度か行ったことがあるけど、本当に楽しかったわ」

 

 初めてのデートで遊園地というのは早いかもしれないが、セシリアにどこに行きたいか聞いたところ遊園地と言ったので即断した。

 多分、セシリアとしてはデートの行きたい場所として言った訳ではないのかもしれない。ただ単純に行きたい場所として言ったのだろう。

 でも、セシリアに詳しく聞けば遊園地など行ったことがないと言う。

 だったら初体験としてもいいと思った。

 

「それは楽しみですわね」

 

 セシリアの顔には言葉通りに期待を含んでいた。

 その顔を見るとこのデートを提案してよかったと思う。そして、同時にこのデートを成功させたいと思った。

 私の情報をただ渡すだけではなく、ちゃんと楽しんでもらおう。

 

「でも、その、いいんですの?」

 

 セシリアは申し訳なさそうな顔をする。

 

「何が?」

「お金、ですわ」

 

 セシリアは持ってきたハンドバッグから三枚の小さな長方形の紙を取り出す。逸れはチケットだ。

 二枚は行きと帰りの新幹線のチケット、一枚はその遊園地のチケットだ。

 全て私がネットで予約したものだ。それをこの前、セシリアに渡した。

 

「これをわたくしは受け取るだけでお金を払っていませんもの」

「別にいいわ」

「でも」

「でも、じゃないわ。これはデートなのよ。ほら、デートにもあるでしょ? 男性が女性に対して奢るみたいな」

「でも、それは異性同士、ですわよね? わたくしたちは違いますわ」

「そうね。でも、セシリアは私の大切な恋人なのよ。だから、男性が女性に対して奢るってことが分かるのよ。そういうお決まりとしてとかじゃなくて、大事な女性の前でかっこつけたいって。私にもあなたの前にかっこつけさせて。これじゃダメ?」

「……分かりましたわ。ただ無理しないでくださいまし」

「分かっているわ」

 

 無理してかっこつけようとしてお金がなくなったりしたら、きっとセシリアは自分に負い目を感じてしまう。そんなことをしてしまえば、セシリアが私のことを好きなる時間はより長くなってしまうに違いない。

 それにそういうのは前世で痛い目にあっているので、同じ轍を踏みたくはない。

 

「なら、わたくしもこの件に関しては何も言いませんわ。ただわたくしも同じ女性ですし、その遊園地では同じことをやらさせてくださいな」

「ええ」

 

 これが異性同士ならば多分私は承諾しなかった。でも、私たちは同性だ。そういうできる限り奢るというのはない。なんか奢り合いというのができるのは新鮮だ。

 

「にしても、本当に本当にお金は大丈夫ですの?」

「本当に大丈夫よ。それなりに私お金持っているから。だから本当に気にしないでいいわよ」

 

 本当にセシリアが心配するほどではない。本当にお金に関しては全く問題ない。

 セシリアはこれ以上この件については何も話さなかった。その代わり、これから行く遊園地についてたくさん質問してきた。何度か行ったことがある私はセシリアのはしゃぎようがうれしくてそれに丁寧に答えていった。

 こんな子どもっぽいセシリアもいいな。絶対にこのデートを成功させよう。



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第56話 私たちの目的地へ移動中

 そうして話している間にモノレールが止まる。

 

「着いたみたいね」

「ええ」

 

 私たちは手を繋いでモノレールを出た。

 セシリアは手を繋いでいることに何も言わなかった。私の言葉に従って堂々とすることに決めたのだろうか。

 

「じゃあ、次は駅ね。歩いて十分ほどよ」

「結構近いんですのね」

「まあね。IS学園は日本人だけが来るわけじゃないから駅に近いのよ。その駅の路線には空港が近くにある駅があるのよ。セシリアは違ったの?」

「ええ、違いましたわ。友人がちょうど日本に来ていたので、友人が借りていた車で着ましたわ」

「仲がいいのね」

「そうですわね。今も連絡をよく取りますわ」

 

 そのときのセシリアは本当にうれしそうで、セシリアにそんな顔をさせたその友人に嫉妬する。

 どんなに私とその友人とで関係的には私のほうが上なのだが、セシリアの気持ちとなるとそうではない。その友人のほうが上なのだ。

 自然と仲良くなった者と強制的に仲良くなった者の違いだ。

 私の手は自然と強くセシリアの手を握った。

 

「いたっ、ちょっと詩織! 強すぎますわよ!」

「あっ、ごめん!」

 

 すぐに手を緩める。

 

「どうしましたの? 何か嫌なことでも?」

「ううん、何もないわ」

 

 私は誤魔化した。

 私たちは無言のまま駅へ歩き続けた。

 駅に近づくにつれて、やはり人が多くなっていった。

 

「セシリア、人が多くなってきたわ。通勤ラッシュはもう終わっているはずだからそこまで多くないけど、多分まだたくさんいるわ。はぐれたら面倒だから絶対に手を離さないように」

「分かりましたわ」

 

 私たちは互いにその手が外れないようにといつもよりも強く握った。

 駅構内に入るとやはり通勤ダッシュに比べると少ないが、人がたくさんいた。

 私たちはその人ごみの間を何とかすり抜ける。抜けた後は改札を通り、目的の新幹線が来る乗り場へ向かった。

 新幹線が来る時間までは何も話さずに静かに待った。

 そして、新幹線が来る時間になると私たちの乗る新幹線が来る。

 うむ、さすが日本だね。時間通りだ。

 しかし、海外に行くと遅れちゃったりすることがあるらしいからね。セシリアがこのまま私の恋人になって将来もいてくれるようになったら、絶対にセシリアの国に行くからこういう交通機関を利用するときは気をつけよう。

 私たちは新幹線の切符に書かれた指定席に座る。新幹線とだけあって中々の座り心地だ。普通の電車とかと違って椅子とかも良い物だ。

 新幹線なんて滅多に乗らないから新鮮な気分だ。いつも車か飛行機だから。

 新幹線が動き出す。

 もちろん手は座っているので繋いでない。

 

「これから二時間座りっぱなしですわね。詩織はきつくないんですの?」

「二時間なら私はまだ大丈夫よ。その言い方だとセシリアはきついみたいね」

「……ええ。二時間も座るのはちょっときついですわ。というか、普通はきついですわよね? 本当に私と戦ったときといい、女がすきということといい、今といい、あなたは本当に不思議な方ですわね」

 

 セシリアはくすくすと笑った。

 その笑うセシリアは優雅だった。どうもセシリアはいいとこのお嬢様らしいが、それが本当に見えた。本当にお嬢様だ。

 

「……セシリアってきれいね」

「なっ! い、いきなり何を言い出しますの!? わたくしをからかってますの!?」

 

 セシリアが顔を赤くして言う。

 ああ、そんなセシリアも綺麗だよ。そして可愛い。

 

「あら、からかってないわ。ただ私は本当のことを言っただけよ」

「う、ううっ」

 

 セシリアはそのまま俯いた。そして、顔をばっと上げて私を睨む。もちろん本気ではない。

 

「そんな可愛い顔をしないでよ。ドキドキしちゃうわ」

「あなたの目は一体どうなっているんですの!? あきらかにわたくし、睨んでいましたわよ!!」

「でも、本気じゃないでしょ?」

「……ええ、まあ」

「じゃあ、あなたが思っているような感情を私が抱くことはないわ。私はただ可愛いって思うだけよ」

 

 さすがの私も本気で睨まれたらそんな可愛いなんて思うことはできない。正直に怖いとかそういう感情を抱く。

 でも、セシリアは本気じゃなかった。だからそういう顔をしても可愛いと思えたのだ。

 

「詩織はそういうことをよく恥ずかしげもなく言えますわね。わたくしは貴女みたいに言えませんわ」

「前にも言ったけど、私があなたのことをどう思っているのかを知ってもらいたいのよ。それにそういうのも抜きにしても綺麗なものは綺麗よただそれを口にしただけよ。だから言えるの。恥ずかしさなんてないわ」

「……」

 

 セシリアは顔を赤くしたまま無言になった。

 

「やっぱり可愛い」

「~~!? だから、それ以上わたくしを辱めないでくださいませ!!」

 

 本気の声だった。

 

「ご、ごめん」

 

 私はがっくりする。

 

「……あなたってわたくしを強引に恋人にしたくせにけっこう弱いですわね」

「う、うるさいわねっ」

「ふふ」

 

 なぜだか知らないけどセシリアは笑った。

 ? 何か可笑しなことでも言っただろうか?

 まあ、いい。こうして笑うセシリアも可愛いし。

 

「詩織、ちょっと触ってもよろしいかしら?」

 

 前触れもなくセシリアはそう言った。

 

「いいわよ」

 

 見知らない相手ならまだしも、恋人であるセシリアならどこを触られたっていい。許可なしにセシリア自身の勝手で触ってもらってもいい。もちろんエッチ的な意味でも。

 私がしばらく待っているとセシリアの手が動く。その手の行き先は私の頭だった。そして、その手が私の頭を撫でた。

 

「!?」

 

 私が驚くがそんなのを無視するように続けた。

 な、なんか心地いい……。

 両親に頭を撫でられたことがあるが、それに似ている。やはり好きな人にされるのも、両親にされるのも心地よい。

 反対に、小学生の頃、つまり色々と地味だった頃に、どういう意図があったのか知らないが、教師が私の頭を撫でた。そのときの私は正直、気持ち悪く感じた。その教師のことが嫌いというわけではなかったが、やはり特別に好きというわけではなかったのでそう感じたのか。

 ともかくセシリアに撫でられるのは嫌ではなかった。むしろ好き。

 

「よく撫でたり撫でられたりするという行為を見て、何がうれしいのか分かりませんでしたけど、こうやってしてみるとその気持ちも分かりますわね」

「んっ……」

 

 私は声を出すが、別に色気を出すような声は出してない。だってここは、二人でいちゃいちゃしているけど、新幹線の中だもん。周りには誰もいないが、だからといって万が一聞こえてしまった人に誤解を与えるような声を出すわけにはいかない。

 

「ふふ、いつも詩織にはやられてばかりですし、やり返しとして撫でさせてもらいますわ」

「セシリアがしたいならいいよ……いいわよ」

 

 生徒会長モードは発動していないが、セシリアが知っているのはそのモード中の私なので発動中のフリをしている。つまり口調だけだ。

 おかげでこういうボロが出る。

 

「あなた、何かいつもと違いますわね」

「そう?」

「ええ、何か違いますわ」

 

 多分それは生徒会掉尾モードとそうでないときの違いだろう。

 それの見分けがつくのはセシリアが私のことをちゃんと見ているってことだもん。好きな人に見られるのはうれしい。

 私は頬を緩ませて体をセシリアのほうへ傾けた。

 

「本当に今日はどうしましたの? 何か別人みたいですわよ」

「私は私よ、セシリア。あなたを無理やり恋人にした本人だけど、その心はあなたが好きでいっぱいなのよ。だからこうやって貴女に甘えるのよ」

「……そうですわね。恋人ですものね。対等ですからね。あなたからだけでなく、わたくしからしてもいいんですわよね」

「ええ、して。私はあなたからたくさんしてほしいわ」

 

 セシリアに対しては私からするだけだ。私から愛してるって囁いたり、スキンシップしたりしている。セシリアからされたのは今されている撫でてもらうことだけだ。もっと別のこともしてほしい。

 その点、もう一人の恋人の簪は違う。私からされるだけでなく、自分から私に対してしたいことをしてくる。私の思っている対等の恋人関係と言える。

 やはり二人の違いは私のこと好きか嫌いかなのだろう。そこさえ達成できればいいはずだ。

 でも、この流れからしてこれからもしてくれるような気がする。

 じゃあ、セシリアは私のこと好き? 分からない。

 

「なら、しばらくこうさせてくださいな」

「うん、飽きるまでしていいわよ。私もこうやってされるのは嫌いじゃないもの」

 

 でも、この状態だとやりにくいよね。

 私はセシリアの膝に頭を乗せた。

 座っているのは二席だが、膝枕できるほどには幅広かった。

 

「ちょ、ちょっと?」

 

 いきなりの私の行動にセシリアは声を出す。

 

「こっちのほうがやりやすいでしょ?」

「ええ、まあ……そうですわね」

 

 納得してもらって私はセシリアに撫でられ続けた。

 しばらく新幹線の振動を感じつつも、セシリアの手を感じていた。

 

「ふわああ~」

 

 あまりの心地よさ眠気が……。一応ちゃんと寝たのだが、緊張していたのか、どうも熟睡はできなかったようだ。

 

「眠いんですの?」

「ちょっとね」

「なら、寝ていても構いませんわよ。わたくしはずっと起きていますから」

「でも、せっかくのデートなのに寝ちゃうのは……」

「ええ、そうですわね。ダメですわ。ですけどデートの本番は遊園地でしょ? 今は移動ですわ。本番で眠くなってもらったほうが嫌ですわ。だったらこの長い移動時間を有効利用したほうがいいですわ。だから遠慮なく寝てくださいな。着いたら起こしますわ」

「本当にいいの?」

「ええ。ただこのまま撫でますけど」

「そのくらい許すわ」

 

 私はセシリアの言うとおり、遊園地を楽しむために眠りについた。

 

 

 寝てどのくらい経ったか分からないが、セシリアが私を起こす前に私は起きた。

 ん? なんだろう。何かが私の口に入っている。

 起きてすぐに感じたのは口の中に感じる異物だ。それは細くて口から飛び出していて、私がそれを吸い付く形で私の口内に入っていた。

 寝ぼけていた私は吸い付くにもよさそうなものだと思い、赤ん坊のようにそれを吸った。

 

「ちょっ、詩織!?」

 

 なにやら声が聞こえたが寝ぼけている私にはそんな言葉は聞こえていないも同然だった。だから私は何度も吸う。

 すると突然それが私の口から抜け出そうとしていた。もうちょっとこのままがよかったので、逃がさないために両手でそれを掴んだ。それは力を込めて逃げようとするが、そこまでの力がなかったので逃げ出すことはできなかった。

 

「んくっんくっんくっ」

 

 私は指を吸い続けた。

 何が私にそうさせるのかは分からないが、この指を吸うという行為もまた心地よかったのだ。安心するのだ。

 赤ん坊は乳を吸う名残で指を吸うが、もちろん私のは自己の欲求を満たすためだ。ただ吸いたいから吸うだけ。

 

「だ、だから詩織! 止めなさいって言っているでしょう!」

「あうっ」

 

 次は言葉だけではなく、物理的衝撃を受けた。

 それでようやく意識が完全復活した。

 

「ん? あふぇ(あれ)? しぇしりら(セシリア)?」

 

 まだ口に含んだままなのでうまく喋れなかった。

 

「そうですわよ。それよりもあなたがしゃぶっているものを放してくれませんの?」

「ん」

 

 了承してそれを口から出した。

 それは私のヨダレでいっぱいだった。

 ん? あれ? それって……指?

 私が夢中で吸っていたのはセシリアの指だった。

 

「そ、それって……」

「見ての通りですわ。わたくしの指ですわ」

「じゃ、じゃあ、私が吸っていたのは……」

「ええ、わたくしの指ですわ」

 

 セシリアは私に向かって微笑んでいた。

 

「あなたまるで赤ん坊のようでしたわよ。一心不乱って言葉が似合うほどでしたわよ」

「は、恥ずかしい!!」

 

 私は両手で顔を覆った。

 とてもじゃないがそんなことをした相手を今は見れない。

 というか、私! よくどんなものか分からずに吸おうなんて考えたよね!? もしこれで変なものだったらどうしてたの!!

 

「わたくしの指は美味しかったですの?」

「あううっ」

「まあ、放したくないほどでしたから、それはもう美味しかったんですわよね。そうですわよね?」

「うう~」

 

 セシリアはヨダレに塗れた指を私の頬に押し付ける。

 外気に触れたことで頬に押し付けられたヨダレは冷たかった。

 

「本当に詩織は変態ですわね。女性であるのに女の子が好きってだけで変態だというのに、まさか指を吸い付くことも好きなんてさらに手に負えませんわね。本当に変態ですわ」

「ち、違う! 変態じゃ……」

「あら、本当に自分が変態じゃないって思っていますの? 指を吸う自分が変態じゃないと。どうですの?」

「わ、私は……」

「さあ、自分の行動を振り返って言いなさいな。詩織、あなたは何ですの?」

「……ひ、人の指を舐めて……喜ぶ変態です……」

 

 セシリアは口を弧にした。鋭い笑みだ。

 

「ふふっ、そうですわ。それでいいんですわ。あなたは変態ですわ」

 

 そう言ってセシリアはヨダレで濡れた指を自分の口に含んだ。



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第57話 私もあなたも同じ

 私は羞恥で顔を赤くしてセシリアを見ていたが、そこでふと気づいた。

 

「あの、私の記憶じゃ寝ている間に指が入っていたと思うんのだけど、それはどういうことなのかしら?」

「っ!?」

 

 私が疑問を唱えるとセシリアの笑みが崩れた。

 あれ? もしかしてこれを突けば……。

 私は羞恥から一変して先ほどセシリアが浮かべていた笑みを浮かべた。

 ふふ、攻守交替だね。今度は私が攻める番だよ。

 

「ねえ、どういうこと? あなたはずっと起きていた。だったら自分の指が私の口の中に入ったら分かるはずよね? そのはずなのにあなたの指はずっと私の口の中」

 

 私は体を起こし、ぐいっとセシリアに近づく。

 

「それが意味するのは何かしら?」

「し、知りませんわ」

 

 セシリアは私と目を合わせなかった。

 

「それはあなた自身の意思で寝ている私の口に自分の指を入れたということよ」

「……っ!! ち、違いますわ」

 

 最初の反応で自分の予想が当たっていたことを私は確信した。

 私は追い詰めるようにセシリアの頬に手をやった。

 

「違わなくないわ。あなたは自分の意思で入れたのよ。そうでしょ?」

「…………」

 

 セシリアは何も言わなくなった。

 

「その沈黙は認めたってことでいいのかしら?」

「…………」

「ねえ、どうなの? 言って。あなたの言葉で聞きたいわ」

「……ああっ、もう! そうですわ! わたくしの意思であなたの口に入れましたわ」

 

 誤魔化すのが無理だと悟ったセシリアは破れかぶれになってそう言った。

 

「ねえ、セシリア」

「何ですの?」

「私はあなたの指をしゃぶる変態よ。じゃあ、寝ている私の口に自分の指を入れるあなたは何かしらね?」

「!?」

「ふふっ、さあ、次はあなたの番よ。私の中ではもう決まっているわ、あなたが何なのかは。さあ、貴女は何?」

 

 私はセシリアの耳元に口を寄せ、そう囁いた。

 今の私はきっと満面の笑みを浮かべているだろう。

 先ほどの自分を変態だと認めた屈辱が結構心に効いているようだ。

 

「ほら、さっきの私みたいに答えればいいのよ」

 

 下唇を噛んで言いたくないと主張しているセシリアに優しく教える。

 

「大丈夫よ。周りには誰もいないわ。聞いている人は私しかいない。ほら、小さな声でいいわ」

「わたしくしは……」

「そう。そのまま最後まで」

 

 もう完全に先ほどと同じだった。

 ああ、心地よい。あのお嬢様のセシリアに言いたくないことを言わせるのって最高ね。

 私はお嬢様なセシリアをこうしていじめることに興奮を覚えていた。

 

「わたくしも……変態ですわ」

 

 言わせた。ついにセシリアは私の欲しい言葉を言わせた。

 私は頬にやった手を頭に回して、セシリアを抱きしめた。

 

「よく言えたわね。そうよ、私も変態だけど、あなたも変態よ」

「わたくしも変態……」

「大丈夫よ。私はあなたが変態だって言うつもりはないわ。あなたが変態だって知っているのは私だけよ。そして、私が変態だって知っているのもあなただけよ」

 

 私は離れて先ほど吸っていた方のセシリアの手を取るとその指を自分の口元へ持っていくと、

 

「あむっ」

 

 その指を口に含んだ。

 

「!?」

 

 セシリアは突然のことに驚愕するが、そんなことは無視してセシリアの指を吸う。

 

「な、何を」

「んぱっ、セシリアは人の口に指を入れる変態なのでしょう? そして、あなたは私のもの。だから、その変態癖を他の人に向けないように私で満足してもらおうと思って」

「ちょっ、わたくしは誰でもするようなことをしませんわ!!」

「ふふっ、じゃあ、私だけなの?」

「あっ」

 

 セシリアは自分の失言に気づいたようだ。

 ああ、そんな可愛い反応するから悪いんだよ。そんな反応を知っているのは私だけでいいよ。肉親も親友もセシリアのこんな反応を知らないでいいよ。私だけだ。

 つい私の独占欲が働く。

 

「い、一応あなたはわたくしの恋人ですわ。あなたは嫉妬深いようですし、仕方なく、そう! 仕方なくあなただけですわ!」

 

 そう必死に言うセシリアが可愛すぎる! そんなに可愛い反応するから好きになっちゃうんだよ!

 

「だ、だからあなたに言われるまでもないですわ」

「じゃあ、私だけのあなたの指、もうちょっと吸わせて」

 

 私は返事を待たずに指を咥え、赤ん坊のように吸い始めた。

 

「返事くらい待ったらどうですの?」

 

 セシリアは恍惚の笑みを浮かべながらそう言い私を眺めた。

 第三者から見れば貴族のお嬢様とその所有物の少女だ。

 

(いつもは強気の詩織に指を吸わせる。)(ふふ、とても……とても興奮しますわ!)

 

 セシリアの小さな声は指を吸う私には聞こえなかった。

 しばらく吸って興奮していると私たちの目的地に着くというアナウンスが聞こえてくる。

 残念だけどもう止めるしかないね。

 私は指を口から放す。

 指はもちろんヨダレで塗れていて、私とセシリアをそのヨダレが細い線で繋いでいた。その線は時間が経つにつれ、垂れてゆくと切れた。

 

「ほら、口元に垂れてますわよ」

 

 セシリアが私の口元をハンカチで拭いてくれる。

 

「ありがとう」

 

 ふう~こうして我に帰ると本当に私、何をしているんだろう。こんな他にも人がいる新幹線でこんな変態行動を取るなんて。今度やるときは自室とは絶対に声が出てもばれない密室でやろう。

 私たちは新幹線が止まると同時に立ち、新幹線を手を繋いで出た。

 先ほどの出来事があったせいか、なんだろう、セシリアとの距離が近くなった気がする。

 私はちょっとだけ肩と肩がぶつかるほどの距離に身を置いた。

 

「ねえ、セシリア」

「何ですの?」

「これから遊園地に行くのだけど、あなたは徒歩とバス、どっちがいいかしら?」

「どう違いますの?」

「徒歩だと約三十分かかって、バスだと五分ほどよ」

 

 これだけ聞くとバスのほうが一番いいだろう。お金はかかるが徒歩での苦労を考えるとマイナスではない。

 だが、

 

「だけどバスのほうは見ての通りよ」

「……なるほど。理解しましたわ。ならば徒歩にしますわ」

 

 セシリアが決めた理由はバス停にあった。バスやタクシーを待つ列がいくつかできているのだ。おそらく大半が遊園地へ行くためだろう。

 バスはここのバス停に止まる前にも他のバス停に止まっているだろうから、バスに入れるのは限られているはずだ。たとえここがバスの初めてのバス停でも、この列では収まりきれない。きっとギュウギュウだ。

 そんな状態にプライドが高いセシリアは耐えることはできないだろう。

 それに尋ねた私が言うのは変だが、私は嫌なのだ。セシリアがギュウギュウを良い事にどこの誰かが痴漢されるのは不快だ。もしセシリアが痴漢されたと知ったら、した相手を私はどうするのか。それは分からない。自分が何をしてしてしまうのか分からない。

 

「そう。よかったわ」

「なんですの? 詩織は決めていたのに聞いたんですの?」

「ごめんなさい。でも、独断では決めるのはダメかと思って」

「いえ、いいですわ。あなたの言いたいことも分かりますから」

 

 ともかく目的地への行き方は決まった。

 私たちは並んでいる人たちを避けて歩き出した。

 道中はあまり雑談はしなかった。

 それは多分互いに新幹線内での出来事を無意識に意識してしまっているからだろう。

 あんな恥ずかしいことはあとになって思い返してみると羞恥が激しくなるものだ。

 それを示すかのように私たちは互いの顔をチラチラと見ては顔を赤くし、何か言い出そうとしていた口は閉じてしまう。

 平気かと思われる私もあのときは寝ぼけてやってしまったからもう一回やったりとかそういう雰囲気があったからとかそういうせいだ。そして、セシリアに普通に徒歩かバスかを問いかけることができたのは、その情報が聞く必要があったからだ。だから聞けた。

 でも、雑談はそうではない。

 雑談が面倒とか言うつもりはない。だって雑談は楽しいもん。

 しかし、情報を聞くのと比べると、今すぐに必要、というわけではない。それが原因といえる。

 私はふと私の手と繋がるセシリアの手を見る。

 その手は私が吸った指のある手だった。

 この指が……私の中に……。

 それを考えると私はちょっぴりエッチな気分になる。もう一度先ほどのように吸いたいとかキスしたいとかそういうもの。

 そんなことを考えているうちにいつの間にか目的地に着いていた。

 

「ここよ、セシリア」

 

 時間があったのでようやく整理がついていた。おかげで普通に話せるようになっていた。

 

「結構大きいですわね!」

 

 セシリアも同じようで遊園地に着いたことでテンションが上がっていた。

 そんな反応をするのを見ると本当にうれしくなる。

 

「人が多いですわね」

「日曜日だからね。でも、多いということはそれだけ人気ということよ」

「そうとも言えますわね。では、さっそく入りますわよ!」

 

 セシリアは本当に子どものように入り口のほうへ駆けていった。

 私はそれを微笑ましく思いながら追いかける。

 うん、やっぱり遊園地のデートに決めてよかった! あとはセシリアが楽しんでもらうだけだ!

 私たちはちょっと並んで遊園地へ入った。

 遊園地に入ると世界が変わった。入る前は社会という名の働くだけでいっぱいの世界だったのに、入った後に見えるのはただ単純に遊ぶというのを目的にした夢の世界になったのだ。

 セシリアもそれを感じたのか周りをキョロキョロ見回していた。

 

「初めてってことは分かるけど、もう少し大人しくしなさい」

「でも、見てくださいな、詩織! さっきまでだったらどこにでもあるような建物ばっかりでしたのよ。今見えるのはそんなものはない、本当に夢にいると思ってしまう建物ばかりですのよ!」

 

 セシリアの視線には西洋を模した建物だったり、お菓子で作られた家を模した家だったり、ちょっと未来チックな建物だったりと統一感の全くないものばかりだった。

 だが、その統一感のなさが夢の遊園地を作っていると思える。

 だって夢を思い出してみてもめちゃくちゃじゃん。

 

「大人しくなんて難しいですわ!」

 

 ニコニコ顔のセシリアを治めるには時間が必要のようだ。

 私が小さい頃に親に連れて行ってもらったが、私もそのときは今のセシリアにはしゃいだものだ。そして、両親が微笑みながら私がしたみたいに落ち着きなさいと言った。もちろん今のセシリアのように落ち着かなかった。

 

「さあ! 詩織! 行きますわよ!」

 

 セシリアがさっそくアトラクションを目指して歩きだそうとしていた。

 でも、残念だけどそれをダメだよ。

 私はすぐさまセシリアの手を取った。

 

「? 行きませんの?」

「時間よ」

 

 私は自分の腕時計を指差した。

 腕時計の針は十二時を過ぎていた。つまりもう昼食の時間になっている。

 私は朝食をパン二つしか食べていないので、実はもう限界だったりする。そんなことよりもアトラクションなんて言われたら腹の空き過ぎで泣いてしまう。

 

「あ~そうですわね。もうそんな時間でしたの」

「だからまず食べましょう。遊園地だけどレストランとかもたくさんあるのよ」

 

 この遊園地にはレストランやコンビニなどがあり、この遊園地結構便利なのだ。外観はもちろん遊園地に合わせている。

 ともかく色んな店があるのはうれしい。

 

「確かマップが……」

 

 そういうレストラン系はある程度密集している。

 私は近くに置いてあるマップを手に取った。

 セシリアにも見せるように折りたたまれたマップを広げた。

 

「私たちがいるのがここだから、この道を右ね」

「ですわね。にしても、ここの遊園地は本当に広いですわね。一日では回りきれませんわ」

「ええ、無理ね。でも一日で回ろうとしなくていいじゃない。またデートすればいい。私たちは恋人だから」

 

 私はあえて恋人という言葉を付けた。

 セシリアは今、遊園地という新しいものにテンションが上がっている。だからそのために家族と一緒に来ているような感じではないのかと思ってしまったのだ。だから、ここで恋人といて、デートなのだと意識させた。

 私のことが嫌いなセシリアはこれのせいで嫌な気分になるのではと思ったが、こういうものは大切なのだ。私は将来的には家族になりたいのだが、それはもちろん愛し合う家族という意味で、姉妹的な家族ではない。

 それに対し、セシリアは、

 

「それもそうですわね。またデートで来ればいいですわね」

 

 そう言って普通に答えた。

 私の予想に反した答えだったので驚愕した。

 別に私はセシリアをわざと落ち込ませようとしたわけではないのだが、セシリアとデートしているのは家族ではなく恋人だと示したら、ほとんどの確率で予想通りになると思ったのだ。

 

「そのときはわたくしがエスコートしますわ」

 

 本当にそこには負の感情が見られない。それはどういう意味なのだろうか。

 私のことをもう好きでいるからなのか、それとも好きではないけどもうあきらめて恋人でいいやとなっているからなのか。

 

「ん? 詩織? ぼーっとしてどうしましたの?」

「な、なんでもないわ」

 

 セシリアは私が動揺している間にマップのレストランを選んでいた。

 うう~なんだか勝手に動揺している私がバカみたい。これって先に惚れたほうの負けってやつ?

 私は行きたいレストランを決めたセシリアに黙ってついて行くだけだった。



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第58話 私のための手作り。その味は

 セシリアが行きたいレストランはハンバーグを主に出していた。

 なぜと聞くとセシリアはいいとこのお嬢様だったので、こういうものを食べたことがなかったからと答えた。

 セシリアは食堂でいつも食べているのだが、どうも食堂でも人目があるから庶民系のものは食べることはしなかったようだ。

 私、貴族じゃなくてよかった。私にはただの一般人でいいよ。いや、それはもう無理か。両親も私も一般人じゃないし。

 

「あっ、そういえば詩織はたくさん食べるんでしたのよね?」

「え、ええ」

 

 たくさん食べるということは事実なのだが、こうして人に言われるとなんだか恥ずかしく思う。

 

「だったらその前に何か食べてもいいですわよね?」

「大丈夫よ。何か食べたいものでもあったの?」

「いえ、ありませんわ」

「? ないの?」

「ええ」

 

 なら何で言ったのだろうか。

 

「その、詩織に食べてもらいたいものがありまして」

 

 セシリアは頬を赤めて言った。

 

「へえ、それって?」

「ちょっと待ってくださいな」

 

 セシリアは自分の持っていたハンドバッグを探る。そして、取り出した。

 

「こ、これ、ですわ」

 

 そう言って出したのはプラスチックのケースだった。

 それで察した。

 ああ、これは弁当なんだと。だからセシリアは顔を赤めている。

 

「これは?」

 

 分かっていながら問う。

 

「わ、私が作ったものですわ」

「私のために?」

「恋人ですからね。それにこういうのはデートとしては当たり前ですし、私の夢の一つにも初デートにはこういうのはしたかったですわ」

 

 私はそれを受け取った。

 うふ、ふふふっ、セシリアの手作りの弁当だ! うれしい! うれしすぎる!! まさかセシリアが私のために手作りを作っていたなんて!!

 私はあまりのうれしさに頬を緩めた。

 私たちは近くにあったテーブルと椅子を見つけるとそれに座ると私はテーブルにセシリアの手作りを置いた。

 私がごくりとのどを鳴らす。

 私は蓋を開ける。そこに映ったのはなんとも美味しそうなサンドイッチだった。色々とさまざまな中身を用意していて、食べている途中で飽きさせないものだった。ちゃんと食べる相手のことを考えられているサンドイッチだ。

 

「セシリアは料理はよくするの?」

 

 出来がよかったので聞く。

 

「いえ、しませんわ。前に一度だけ両親に作ったのですけど、食べ終えた後に自分たちはもういいから特別な相手に作ってあげなさいと言われましたわ。だから二度目ですわね」

 

 二度目でこれだけの完成度ということは一度目も似たようなものだったのだろう。

 ふむ。すごい。もしやセシリアには料理の才能があるのでは?

 さて、ただ眺めているだけではダメだ。ちゃんと食べないと。

 

「では、いただくわ」

 

 私は中から一つサンドイッチを取った。中身は特に悩まずに適当だ。だって私は特に好き嫌いはないからね。だったら選ばずに取ればいい。

 中身はなんだろうか? よく分からなかったがきっと美味しいのだから別にいいや。

 私はそれを口に持っていく。そして、口を開き、

 

「あっ、ちょっと待ってくださいな」

 

 その前にセシリアに止められた。

 

「ん? どうしたの?」

「いえ、飲み物がありませんわ。そこの自販機で買ってきますわ」

「お願いするわね」

 

 確かにサンドイッチなどのパン系を食べるなら飲み物は欲しいかな。

 だから食べる前に言ってもらえてよかった。

 

「何を飲みますの?」

「じゃあ、りんごジュースで」

 

 私がそう言うとセシリアはちょっと驚いた顔になる。

 これは多分セシリアの私のイメージが生徒会長モードの私で固定されているからだろう。誰だってアニメなどに出てくるお姫様がジュースを選ぶなんて思わないだろう。紅茶などを選ぶと思うはずだ。それと同じ。

 でも、生徒会長モードだろうがそうでなかろうが私は私である。それに恋人の前だ。かっこつけるためならまだしもそうではない。素直に飲みたいものを飲む。

 

「買ってきますわ」

 

 自販機に向かおうとするセシリア。

 

「あっ、待ってまってちょうだい。お金が――」

「わたくしが払いますわ」

「ありがとう」

 

 私はそれを受け入れた。

 多分私が払うと何度も言ってもセシリアは頑なに受け入れないだろうから。

 しばらく食べたいなと思いながら待っているとセシリアがりんごジュースの入ったペットボトルを持って戻ってきた。それを私の前に置く。

 

「これでよろしいですわよね?」

「ええ、これよ。ありがとう」

 

 私はそれを取ると飲んだ。

 うん、りんごジュースは美味しい。

 乾いていた喉を潤し、再びサンドイッチを手に取る。

 

「今度こそいただきます」

 

 ついに私はサンドイッチを口に含む。

 サンドイッチには私の食べた跡が残り、口に含んだものをもぐもぐと咀嚼する。

 セシリアのサンドイッチからは今までで感じたことのない味がした。ああ、なんだろうか。このどんな甘い菓子よりも甘い味。その甘さはサンドイッチの中身を教えてくれなかった。

 いや、本当になに!? この味! 初めてなんだけど!? 何を使ったらこうなるの!?

 甘いは甘いんだけど、だからといって美味いというわけではない。正直に言うとまずかった。吐き出すほどではないが。

 

「んぐっ、けほっけほっ」

 

 あまりの味にむせた。

 それにセシリアはすぐにペットボトルを私のほうへ。

 私は受け取るとすぐに飲む。

 しばらくして私はようやく落ち着く。

 

「ふう」

「大丈夫ですの?」

「ええ、大丈夫よ」

「あの、それで、わたくしのサンドイッチはどうでしたの?」

 

 セシリアはもじもじとしながら問う。

 それに私は思わず頬が引き攣った。

 さ、さて、私はどう答えればいいのだろうか? ここをアニメとかそういうもので考えるとここでの答えは美味しかったと答えればいい。嘘をつくことになるが、互いにいい気分で終わることができる。

 逆にもしここで正直に答えるとセシリアは傷ついてしまう。きっとデートは最後まで嫌な雰囲気になるに違いない。いや、デートは即中断になるだろう。誰だって自分が作ったものをまずいと言われて一緒にいようとは思わない。

 例えば私が作った手料理をまずいと言われたら私は怒って、多分泣きながら走って逃げるだろう。

 だったらセシリアとの初デートを成功させたい私はどうすればいいのだろうか。

 私の答えは実はある程度決まっていた。

 でも、その答えの前に。

 

「ちょっと待ってちょうだい。感想は全部食べさせてからで」

 

 い、一応、他の味を確かめたほうがいい。

 もう完全に全てがまずいとなっていたが、ただ特別にこの一つがまずいだけなのかもしれない。うん、そうなのかもしれない。ちょっと早とちりしすぎたのだ。

 セシリアはそうですわねと言って答えをもらうのを後にした。

 私は一口食べたサンドイッチを食べると他のサンドイッチにも手を出した。その結果は先ほどと同じだったまずかった。ただ味はちょっと違ったけど。

 ともかく全部食べたけどまずかった。

 結論としてはセシリアの料理は見た目はいいが、味はダメということだった。

 う、うう、もう今日は昼食は食べたくない……。なんか口に残ってる……。

 通常何人前もの料理を食べる私が一人前のサンドイッチで十分だというのだからあえりないことだ。

 本当にあんなに美味そうだったサンドイッチがあんな味だなんてありえないことだ。

 ありえないことだらけ。

 

「ごちそうさま」

 

 さて、ついに食べ終わってしまったので、セシリアの手作りの感想を言わなければならない。

 い、いやだなあ。どっちを言うにしても地獄だなあ。本当のことを言うのと嘘を言うというどちらもが地獄だなんて……。

 えっ、なに、本当のことを言ったら好感度が下がる。嘘を言っても罪悪感とかこれからに響く。地獄だらけ……。

 

「詩織、感想をくださいな」

「ええ、言うわ」

 

 私はじっとセシリアを見る。

 

「あなたの手料理はね」

「ええ」

「正直に言って美味しくなかったわ」

「っ!?」

 

 私の遠慮のない答えにセシリアは目を見開いた。

 私は結局正直に言うことにしたのだ。これのせいでデートが台無しになるとかそういうのは無視してだ。私の中に嘘をつくという選択肢はもうなかった。

 

「そ、それは本当、ですの?」

 

 セシリアの顔が驚愕から怒りと悲しみへと変わっていた。

 

「ええ、本当よ。本当に美味しくなかった」

「それは……からかって――」

「いえ、こんな大切なことを私はからかって言わないわ。私が話すのは事実だけよ」

 

 私は意図して人を泣かせるようなことは絶対にしない。

 私が望むのは私の好きな人が笑顔になってくれることであって、泣き顔ではないのだ。もちろんそういうプレイは除くが。

 

「……本当、ですのね」

 

 私は無言で頷いた。

 

「あなたって結構ひどいですわね」

 

 セシリアはちょっと苛立った声で言った。

 自分の手料理がまずいと言われたせいだろう。私はそれに反感しない。当たり前だもん。

 

「ええ」

「きっとあなた以外が恋人でこうしてデートしてわたくしの手料理を食べたら美味しいと言ったんでしょうね」

「多分言ったわ」

 

 誰が恋人の手料理をまずいと言って好感度を低くしようと思うか。嫌われようかと思うか。みんなそんなことをせずに美味いとか何とか言って好きになってもらおうとするだろう。

 ただ私は普通は取らない選択をしただけだ。

 

「でも、ありがとうですわ」

「え? なんで礼を言うのかしら? むしろ罵倒するほうが正しいと思うのだけど」

「しませんわ。だってもしあなたが言ってくれなければわたくしはあなたの恋人としてわたくしのまずい手作りを渡すことになりますわ」

 

 私がそう答えた理由にはこれもある。

 セシリアは私の恋人だ。この先どうなるか分からないが、私の恋人であり続ける。であるならば今日したようにセシリアは手作りを作ることが何度もあるはずだ。

 もしここで私が『美味い』と言ったとしよう。するとセシリアは自分の手作りの失敗に気づかずに同じものを作り続けるはずだ。そしてセシリアは私にそれを持ってくる。

 さて、それを私に渡される私の反応だが、それはもちろんうれしいとかではない。正直にいって『ええっ~』とか『うわっ~』とかそういうマイナス的反応だ。表では嬉しそうにしているが裏では嫌だという反応だ。それでセシリアの弁当を受け取り、何度も食べるのだ。

 セシリアは自分の味にいつか気づくだろう。そして、そんなまずいものを私に渡していたということに気づいて、セシリアは自分の心を傷つけるだろう。

 だけど、本当のことを言うことでそれらは事前に防ぐことができるのだ。

 私はうれしい気持ちでセシリアの手作りを受け取り、セシリアも自分の腕に気づいて向上しようとして美味しいものを作ってくれる。

 さてさて、こう考えるとどちらのほうがいいだろうか?

 どう考えても正直に言ったほうがいいだろう。もちろん正直に言ったことで別れてしまうかもしれないという賭けだが。

 で、どうもセシリアの反応を窺うと私は賭けに勝ったようだ。セシリアにデートを中断して逃げようとする素振りはなかった。

 

「わたくしも最初は怒りでいっぱいでしたわ。ですけど、感想を求めたのはわたくしであなたは正直に言ったまで。それを考えたら怒りは治まり、むしろ初デートにまずいものを食べさせてしまったわたくしに腹が立ちましたわ」

 

 セシリアは申し訳なさそうにする。

 

「詩織、本当にごめんなさい!!」

 

 セシリアは頭を下げる。

 

「謝らないで。私はセシリアの手作り、うれしかったから」

「でも、わたくしはあなたにまずいものを……」

「そう思うんだったら次は美味しいものを作ってちょうだい。楽しみにしているから」

「……分かりましたわ。次はあなたが美味しいと言ってくれるものを作りますわ」

 

 セシリアは一変して張り切るようになった。

 やっぱり私の選択は間違っていなかったかな。

 

「にしても詩織は本当に優しいですわね」

「ええっ!? い、いきなり何を言うの!?」

 

 好きな人にいきなりそんなことを言われて動揺する。セシリアがもし私のことが好きならば私はここまで動揺はしなかった。ちょっと照れるくらいだろう。

 だが、セシリアはそうではない。セシリアは私のことは好きではない。……たぶん。

 なので動揺した。私のことが好きか分からないから動揺するのだ。

 

「詩織はわたくしの弁当を全て食べてくれましたわ。そのことです」

「? 当たり前のことでしょ? なんで残すのよ」

 

 確かにまずかったけどだからといって残す理由にはならない。あれは私のために作ってくれたものだ。残せるわけがない。

 

「ふふ」

 

 セシリアは微笑む。

 

「むう、なんで笑うの?」

「何でもありませんわ。ほら、昼食にしますわよ」

 

 セシリアは機嫌を良くして席を立ち、私の手を取った。

 私は引っ張られるようにして急いで立った。

 

「もう、ちょっと引っ張りすぎよ」

「ふふ、それはすみませんわ」

 

 私たちは微笑みながら歩く。

 ああ、本当に楽しい。セシリアとこうして笑いながら歩くのが楽しい。

 私はセシリアと繋がる手のぬくもりを感じながら歩く。

 そして、セシリアが行きたがっていた店に着いた。今回はセシリアのあれで一人分で済みそうだ。

 食堂じゃないからちょっとバランスの悪いものを食べられると思ったからちょっと残念だ。



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第59話 私たちが乗るもの

「何名でございましょうか?」

 

 私たちが入ると同時に店員が営業スマイルで尋ねてくる。

 

「二名よ」

 

 私は二本の指を立て、答えた。

 店員からこちらへどうぞと案内された。案内された場所は窓際だった。私はセシリアの対面に座った。

 私たちは座ると置いてあったメニューを取って、早速どれがいいのか探す。

 あっ、そういえば昨日お姉ちゃんと食べた店ってここと同じ店だ。

 私は今更気づいた。

 まあ、ということは全てではないが、この店のメニューの結構な数を制覇したことになる。

 まあ、

 

「ねえ、セシリアはどれにする? 私としては互いに別々のを選んで半分にして交換するのもいいかなと思うのだけど」

「それはいいですわね! なら私はこれにしますわ」

 

 セシリアがメニューの一つを指差した。

 それは溶けたチーズがハンバーグにのったものだった。

 ふむ、これはこれは美味しそうだ。いや、美味しかった。

 

「なら私はこれかしら」

 

 私が指したのはチーズの代わりにタレがかかったハンバーグだった。私が選んだのとセシリアが選んだのとの違いはチーズがタレになった程度だ。ハンバーグ本体のほうは同じだ。

 ……なんか交換する意味ないような気がする。

 

「へえ、それもいいですわね!」

 

 セシリアは気づかないようだった。

 ま、まあ、チーズとタレじゃ結構違うし、変えなくてもいいよね。

 私たちは他にサラダなどを選ぶと呼び出しようのチャイムを鳴らした。

 店員が来ると私が代表して言う。言い終わると店員は注文内容を繰り返し、私たちに確認した。

 

「問題ないわ」

 

 そう言うと店員は一礼して去った。

 

「さて、料理が来るまで時間があるのだけど、今のうちにどれに乗るか決めない?」

「それもそうですわね」

 

 セシリアは持っていたマップをテーブルに広げた。

 

「なら最初に乗るものはここから近いほうがいいですわね」

「それに賛成するわ」

 

 この遊園地にはたくさんのアトラクションがある。一日では回ることができない。時間が足りないのだ。

 そして私たちはたくさん遊びたいと思っている。

 けれど午前中からではなく午後からなのでどうしても回ることができるアトラクションの数は少なくなる。移動時間を考えるとさらに少なくなるだろう。

 なのでここから近いアトラクションから乗ることで無駄な移動時間を短縮する。

 

「じゃあ、ここにしません? ここからだと一番近いですわ」

「そうね。このアトラクションは確かそんなに激しいものじゃないから食後にはちょうどいいわね」

 

 さすがに食べた後にぐるぐる回るアトラクションなんて乗ったら私は、まあ、大丈夫だがセシリアは無理だろう。ちょっときつすぎる。

 私たちは最初に乗るアトラクションを決めた後も次に何を乗るのかなど一応の予定を決める。もちろん途中で別のアトラクションに乗るだろうが。

 けど、まあ、こうして考えておくことで無駄な時間を消すことができる。無意味といいうわけにはならない。

 

「お待たせしました」

 

 そうやってしばらく話し合っていると店員が私たちの料理を持ってくる。店員は私たちそれぞれに自分たちが頼んだものを置いた。

 私たちはテーブルにあったフォークとステーキナイフを手に取る。

 

「それじゃ半分にしましょう」

「ええ。でも、混ざりません?」

「大丈夫よ。むしろ最高の組み合わせかもよ?」

「そうだとしても最初の一口は別々がいいですわね」

 

 そんなことを言いながら私たちは半分に切り分けた。そして、それを相手の熱々の鉄板の上に移す。

 

「「いただきます」」

 

 私たちは同時にそう言った。

 さてさて、まずはセシリアのではなくて、自分のから食べようかな♪

 私は一口サイズに切り分けて口へ運ぶ。もちろんタレをたっぷりと付けて。それが口に含まれると私は頬を緩ませた。

 やっぱりこれがいいんだよね! 学園の食堂ではなかった肉汁! 健康的ではなく、自分の食欲を満たすためにある味の濃さ! カロリーの高さ! うん、外食でしか味わうことのできないものだ。

 昨日食べたばかりなのだが、日頃を考えると何度もそう思ってしょうがない。

 セシリアを見るとセシリアもまた自分のハンバーグを美味しそうに頬張っていた。

 どうやら気に入ったみたいだ。

 

「ふふ、いつも食べているものよりも美味しく感じますわね!」

「いつも食べているものって?」

「分かりやすくいいますと貴族の料理ですわ」

「ああ、あのとても高いやつね」

 

 IS学園の食堂にはさまざまな国の生徒がいるということで、宗教的なものから貴族専用のものまでさまざまな料理を食べることができる。あそこの食堂のおばちゃんたちは実はすごかったりするのだ。バカにするやつは私から制裁を与えたい。

 

「ええ、無駄に高い割には大した量はありませんから」

「嫌なの?」

「正直に言ってしまうと嫌ですわね。こっちのほうが美味しいですしね」

「ならいつもそれを選べばいいのに」

「言いませんでした? 貴族としてそれ以外は食べませんわ」

 

 そういえばそうだったね。つまりプライドが許さないと。

 

「でも、私の目の前で食べているのはいいのかしら?」

 

 そう言うとセシリアはぶすっと怒り顔になった。

 

「わたくしは詩織の恋人ですわよ。あなたは一応そういう他人ではありませんわ。だからこうしていますのよ。ちょっとは察してくださいな」

 

 もう! だから私のこと好きかどうかはっきりさせてから言ってよ!

 私は顔を熱くしながら聞いていた。

 

「って、何を照れているんですの!?」

「な、なんでもないわ! それよりも食べないと冷たくなっちゃうわよ」

「なんだか誤魔化された気がしますけど、そうですわね」

 

 再び私たちは食べ始めた。

 ちょっと雑談をしてしばらくすると私は食べ終わった。セシリアはまだ食事中だ。

 

「……ちょっと早すぎません?」

「そう?」

 

 私は普通なのだが。

 

「わたくし、まだ半分しか食べてないんですけど」

 

 目の前には半分以下となった料理を食べるセシリア。

 身内からも簪からも言われたけど、やっぱり私は早いのか。でも私は普通に食べているつもりなんだけどな。

 私はさっき買ってもらったジュースを飲む。

 

「ん、まあ、私はゆっくりと待つから。あなたのペースでいいわよ」

「……わたくしもそこそこ食べるのは早いんですけどね」

「セシリア、言っておくけど食事は早さじゃないのよ? 味わうものなの」

「……その台詞、あんただけには言われたくはないですわ」

 

 私は普通に食べているだけだが、周りがそうじゃないと言っているで何も言えない。

 むう、本当に普通に食べているだけなのに。

 私はセシリアをじっくりと眺めて時間を過ごす。

 やっぱりセシリアがお嬢様のせいか、食べ方が優雅だ。私の生徒会長モードも中々だと思うが、やっぱり本家に比べると劣るかな。

 まあ、私がそういう金持ちのパーティーに出るのは滅多にないし、周りも私を見るってわけでもないから劣っていても問題ない。それに『ちょっと』劣っているだけだし。

 セシリアは食べ終わるとテーブルの上にあったナプキンで口元を拭く。

 

「いい味でしたわ。ここを選んでよかったですわ」

「こっちも喜んでもらえてよかったわ」

 

 そうやって言われるとこうしてデートしてよかったと思う。やっぱり反応だけではなく、言葉を使ったほうがいいよね。

 私はそれを実感し、恋人たちにやっていたことをもっとやってあげようと思った。

 あとで人気のない場所で好きって言おう。今日は言ってないからちょうどいい。ついでに頬にキスするのもいいかも。最近はやってなかったし、新幹線でちょっと過激なことしたからいつもよりも過激な(頬に)キスをしてもいいだろう。

 い、いいよね? 口と口じゃないし、たまにやっていることだし、今は抵抗だってしないし、それにそもそも私たち恋人だもん。ちょっと激しくしても問題ないはずだ。

 

「あっ、詩織」

「ん? なに?」

「今回は奢りはなしですわよ。わたくしが払いますわ」

「う~ん、さすがにこれを奢られるのは……。学生にはちょっと大きすぎる金額だと思うのだけど」

「新幹線とこの遊園地二人分の料金を払ったあなたが言います? それとお金のことだったら何の問題もありませんわ。わたくしも貴族ですし、お金には余裕がありますわ」

「でもね」

「ほら、とにかくわたくしが払いますわ」

「それは今度でも……」

「わたくし言いませんでした? 遊園地ではおごらせてくださいって言ったこと」

「うぐっ」

 

 そう言われると本当に何も言えない。

 

「分かった」

 

 セシリアは満足したように微笑んで一緒に席を立った。

 出入り口で勘定を済まし、外へ出る。

 

「えっと、こちらですわね」

 

 マップを見ながらセシリアが歩き出す。

 私はセシリアの隣を歩き、周りの人たちにぶつからないよう注意した。

 うん、セシリアにはこのまま案内をやってもらおう。

 私が方向音痴というわけではないが、こうしてセシリアが頑張っているのを見るのも結構いい。

 セシリアがマップを見ながら歩いていると前から僅かにセシリアの進路と重なるように歩く集団が歩いてきていた。

 私はすぐさま軽くセシリアをこちらに寄せ、衝突を回避した。

 

「っと、ありがとうございますわ」

 

 即座に理解したセシリアが礼を言う。

 

「礼なんていらないわ。あなたには案内してもらっているだもの」

 

 私はセシリアに微笑む。

 

「にしても、やっぱり多いですわね」

 

 セシリアはなぜか顔を逸らして言う。

 

「そうね。やっぱり今日は日曜日だからね。どうしても家族連れとかで多くなるのよ。もちろん私たちみたいにデートする人たちも」

「なっ!」

 

 顔を逸らしていた顔が真っ赤になった。

 何度目だろうか。その反応は私のことが好きで照れているの?

 

「い、行きますわよ!」

 

 そう言って私の手を繋いだ。

 

「!?」

 

 次は私が顔を真っ赤にする番だった。

 

「せ、セシリア?」

 

 さすがの私もこんなうれしすぎる不意打ちには動揺してしまう。

 やっぱり攻めではなく受けだからだろうか? 攻めは自分の好きなタイミングでできるもん。受けは私のタイミングなんて関係なくされるから。

 私の動揺を見たセシリアは微笑む。

 

「ふふ、どうしましたの?」

「な、なんでもないわ」

 

 絶対に確信犯だ。

 私は幼い子どものように前を歩くセシリアの後に続いた。

 なんだろうか。私の手を繋ぎ、前を歩くセシリアが上機嫌のような気がする。

 ……今思ったのだけど、私のこと好きなのでは? それは恋人としてではなく、自分の妹的な存在として。

 だって新幹線のことだってあるし、今のこともある。

 セシリアは渋々私の恋人になったが、本当のところは嫌だったに違いない。それでもこの関係を続けていられたのは私のことを恋人として見るのではなく、妹として見ることでその不満を払拭したのではないだろうか。

 妹相手ならば新幹線のときのような行為は、まあ、理解はできるし、このデートだって家族の一人とのお出かけとして見れば楽しむことができる。

 これらは仮説だが、ありえないことではない。

 今日の遊園地の最後にあるアトラクションに乗ろうと思っているから、そのときに聞こう。それではっきりさせる。

 

「ここですわね!」

 

 ようやく着いた場所はある建物。だが、その建物にあるアトラクションは建物にある何かを歩きながら楽しむものではない。あるのはそこまで激しくはないが、音と光で楽しむジェットコースターがあるのだ。もちろんいくつか種類がある。

 

「ここの中に本当にジェットコースターがあるんですの?」

「あるわよ。まあ、ここからでもよく見えるでっかいジェットコースターよりもとても小さいけどね」

 

 そのここからでも見えるジェットコースターは本当にでかい。長さだけで言うならば世界の上位に入るくらいだ。ただ、絶叫系としては日本の上位には入らない。

 

「乗る予定のないものですわね」

「ええ、さすがに反対側だし、時間が足りないからね。多分今度来るときになるでしょう」

 

 私たちは建物の中へと入った。

 中はやはり外と同じく人でいっぱいだ。だがこの遊園地が広く、アトラクションが多いおかげでぎゅうぎゅうというわけでもなかった。

 

「どれにする?」

 

 いくつかあるジェットコースターを示す。

 

「本当に色々ありますわね」

「いろんなテーマがあるのよ。ファンタジー系とか宇宙系とか」

「ジェットコースターでファンタジー? ちょっと想像できませんわね」

「私も最初は想像できなかったわ。でも、実際に体験したら分かるわ。ああ、なるほどねって。まあ、結局は入ってからのお楽しみよ」

 

 私はよく分かっていないセシリアの代わりにさっと決めて、その道へ向かった。

 やはり大きなアトラクションではないが、人はたくさんだ。

 やっぱり子連れのほうが多いかな。

 ここは他のジェットコースターと比べて絶叫レベルが低いので、ジェットコースター初心者にはおすすめだったりする。ただ光と音のある楽しむ系なので、中は暗闇ではあるが。



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第60話 私の三時の甘いおやつ

「…………」

「…………」

 

 私たちは並んでいるのだが、互いにその頬は赤くなっていた。

 その理由は私とセシリアを繋いでいる手のせいだろう。私たちは手を繋いでいるが、繋ぎ方に問題があった。今回はただ繋いでいるわけではなく、指と指を絡ませているのだ。いわゆる恋人つなぎだ。

 だが、それだけで赤くなっているのではない。

 こんな公衆の面前で恋人繋ぎなんてしているという状況だからだ。つまり羞恥とかもあるがこんな場所で……とかいう興奮とかもあるのだ。

 私たちの手はできるだけ見えないようにと、後ろから見られないように体を密着させ、前から見られないようにとセシリアのハンドバッグで隠していた。

 別に私たちは見られて喜ぶ性癖はない。ただこんな場所で恋人繋ぎをしているということに興奮しているのだ。

 ただ繋いでいるだけなのにこうなのは、私たちが初心だからだ。

 私だって前世があるからこの経験がなかったというわけではない。

 だが、前世の私が死んだときの私の歳はいくつだ? 八十代とか九十代だ。

 こういういちゃいちゃはすでにやっていない。

 だからどうしても初心者になってしまう。前世の体験など知識でしかない。

 

「セシリア……」

 

 私たちのこの雰囲気がついそう呟きさせた。

 セシリアもこの雰囲気と私の呟きに誘われる。

 

「そ、そんな甘い声を出さないでくださいまし!」

 

 セシリアはそんなことを言うが、私はそんな甘い声なんて出した自覚はない。

 ただ不意に名前を呼んでしまっただけだ。

 

「だ、出してないわよ」

「出してましたわ!」

「ちょっ! 声が大きい!」

 

 大きいとは言ったが小声にしてはという意味だ。ちょっと周りの人に聞こえるくらい。ちょっと周りを見れば一瞬だが視線が集中した。

 おもわずびくりと震えてしまう。

 私は視線を感じることができるのでこうして見られるのはあまりいい気分ではない。ただ中学生のときに生徒会長をしていたので抵抗力はあるが。

 セシリアは私にくっついていたので、その震えを感じ取ることができた。そのせいかセシリアは安心させるかのように私の手をぎゅっと強く握ってきた。

 それでふとセシリアの顔を見るとセシリアは私に向かって微笑む。

 

「大丈夫ですわよ」

 

 そう言った。

 それは私を安心させるには十分だった。

 くっ、お姉ちゃんって甘えたくなる心地よさだ! セシリアが妹っていうのもいいけど、姉というのもいいかもしれないな。こ、今度プレイとしてやってみたいかも……。

 じゃなくて!

 

「ありがと」

 

 私は礼を言った。

 慣れているとはいえ見られるというのはあまりいい気分ではない。そんな状態から好きな人にぎゅって繋いでくれて微笑みをもらえればそんなこと一瞬で吹き飛ぶ。

 ああ、もしここが人のいない場所なら抱きついたり、なんか色々とできたのに。

 ちょっと欲が出てこのアトラクションが終わったら甘えたいと思った。

 待って十分ほどで私たちが乗れるようになった。

 私たちは前のほうへ座る。一番前ではなかった。

 私たちがこんなに早く座ることができたのは遊園地のアトラクションが多くて上手く人が捌かれていたからだろう。

 私たちが座ってみんなが座り終わると安全バーが下りる。

 あ~安全バーを見るたびに思い出すな。昔、身長制限がちょうどクリアしてジェットコースターに乗ったときに、やっと乗れるという興奮でスタッフからの『安全バーを確認してください』と言われ、つい調子に乗って力加減を間違って固定された安全バーを上げてしまったのだ。もちろん安全バーは壊れた。

 あの時は本当に焦った。自分の力が他人に……とかではなくて、物を壊してしまったことに焦った。

 

「どうしましたの?」

「ちょっと昔を思い出していたのよ」

 

 私は思い出していたことを話した。

 

「はあ……あなたは本当に」

 

 なぜかため息をつかれた。

 そしてようやくコースターが動き出す。

 セシリアは初めてということで安全バーを持つ手が震えていた。

 あれ? こ、これってもしかしてチャンス? セシリアは初めてということで緊張している。ならばその緊張を解してやるのが私の当然の役割ではなかろうか。うん、そうだ。私だけの役割だ。他の人間には任すことなどできない。

 私はセシリアの震える手に自分の手を重ねる。

 いきなり重ねられたセシリアは一瞬びくりと震えたが、そのまま受け入れた。

 そうしている間に私たちが乗るジェットコースターは暗闇へ進んで行く。

 次第に暗闇は光と音で包まれる。

 今回乗ったのはファンタジー系なのでリズミカルな音楽と何色もの光が点滅したりとしていた。

 それらを楽しみながらジェットコースター本来の楽しみである絶叫を楽しむ。

 やはり外にあるようなものと比べるとレベルは低くなるが、私たちは楽しむことができた。

 それから私たちはこの建物にあるジェットコースターを楽しんだ。

 

「~♪ 楽しかったですわね!」

 

 外に出たセシリアはニコニコ顔で言う。

 

「楽しんでもらえたようでよかったわ」

 

 暗いところから日光だから結構まぶしい……。

 

「にしても結構時間が過ぎましたわね」

 

 腕時計を見ると時間は二時半を過ぎたくらいだ。建物に入ったのが一時前だから大体一時間半ほどいたことになる。

 

「そうだ! ここの遊園地ってさっきの場所以外にも色んな場所に飲食店があるのよ。あと一回何かに乗ったら何か食べない?」

「それはいいですわね。わたくしも食べたいですわ」

 

 そういうわけで近くにあったアトラクションに乗った。

 ちょうどよくそれに乗り終わると時間は三時になっていた。たった一つ乗っただけなのにこんなに時間が過ぎているのは並ぶ時間のせいだ。アトラクション自体は数分ほどだった。乗ったのがちょっと人気のあるアトラクションだったせいか。

 さてさて、三時のおやつとも言うし、ちょうどいい時間に終わったと思って喜ぼう。

 

「本当に楽しかったですわね! 先ほどのもよかったですけど、今回のも!」

 

 うん、私もだよ。楽しかったしうれしかった。何がうれしいってそれはもちろんセシリアとデートして、楽しそうにしてくれたことだよ! 好きな人が幸せならばこっちも幸せと言うが、それは本当みたいだ。今の私は本当に幸せだ。

 私はいつの間にか当たり前となっていたセシリアと繋いでいた手を強く握る。

 セシリアもまたぎゅっと握り返した。

 もうこのデートの時間でこのようなスキンシップである程度慣れた。だから顔を真っ赤にするなどはもうない。ちょっと名残惜しいが、それは私たちの仲がそれだけ深くなった証拠でもある。

 だから新鮮なセシリアを見られなくなって残念に思う半面、うれしいと思うのだ。

 

「あっ、あそこのクレープなんていいんじゃない?」

 

 ちょうどよくクレープをしている屋台を見つけた。

 ふふ、ラッキー! クレープならデートでしたかったあのイベントができる!

 実は私のプランには仲を深めるためのイベントがある。いくつかあってこのデートでする予定である。

 で、最初のイベントが今から始まるわけだ。

 私たちはそのクレープの屋台の前まで行くとメニューや食品サンプルを見て選ぶ。

 

「う~ん、どれも美味しそうですわね。悩みますわ」

「数が多いからね」

 

 私はしばらく見て、すぐに決めた。

 『チョコバナナ』というどこのクレープ屋にもある、チョコとバナナが入っているありふれたものだ。

 

「詩織は決めましたの?」

「これよ」

 

 選んだチョコバナナを示す。

 

「選べないわたくしにおすすめはあります?」

「そうね……この『ストロベリー』なんていいんじゃない? チョコと苺なんだけど美味しいわよ」

「そうですわね。他のは今度にしてここはあなたの提案に乗りますわ」

 

 そういうことで私たちはチョコバナナとストロベリーと飲み物を頼んだ。

 クレープはすぐにできた。店員は営業スマイルを浮かべて私たちに渡した。

 私たちは近くにあったテーブルとイスに座る。

 

「「いただきます」」

 

 さっそく口に含む。

 口の中にはバナナとチョコの味が広がる。

 クレープの中ではチョコバナナが好きだ。他も好きだけどこれが一番だ。

 さて、クレープを食べるのはいいが、私にはやりたいイベントがあるのだ。

 今のところそれは二つだ。

 

「詩織、その、あなたのをちょっとだけ食べさせてもらえません?」

 

 きた!! 私の欲しかったイベントの一つ!! 私からっていうのもあったんだけど、こういうのはセシリアからのほうからやってもらいたかった。いや、だって私に下心を持っているなんてセシリアは知っているからね。私から言い出したら絶対にセシリアは変な目で見るはずだ。

 対してセシリアから聞かれるのはそうではない。セシリアが私に対して下心はない。残念だけど。

 これは一種の賭けだったが、賭けには勝った。私は勝ちだ。おそらくここまで王道をクリアする私は勝者だ。

 

「ええ! もちろんいいわよ」

 

 私は自分のクレープをセシリアの口元まで移動させる。

 

「はむっ」

 

 セシリアはぱくりと私のを食べてくれた。しかも、わざとなのか私が食べた部分を中心に。

 セシリアの行動にドキリとさせられる。

 くっ、まさかこっちがドキッてさせられるなんて! いや、これはイベントなのだから当たり前なのだろう。私もイベントの当事者なのだから。

 で、でも、自分で仕掛けておいてドキッとさせられるのは変な感じがする。

 

「ん、結構いい味ですわね」

 

 お嬢様らしくない食べ方だったが、口元にチョコか生クリームが付いているなどということはなかった。

 ちっ、やっぱり滅多にないか……。現実って上手くいかない、か。

 もう一つのイベントはこれで分かるように口元に付いたクレープの一部を私が指で取り、指の腹にあるそれを自分の口に持って行くというものだ。

 

「? どうしましたの?」

 

 私がじっと見ていたせいかセシリアに問われる。

 

「なんでもないわ」

「ふ~ん。ところでわたくしのも食べてみません?」

「いいの?」

「ええ、わたくしがあなたのを食べたんですもの。そのお返しですわ」

「じゃあ、遠慮なく」

 

 私はセシリアの食べたあとを遠慮なく狙ってぱくりと食べた。もちろん狙わないわけがない。関節キス大歓迎だ。

 うん、イチゴの甘さと酸味、それに加えたチョコによる甘いが最高だね! それにセシリアとの間接キス! 本当に甘甘(あまあま)だ!

 そうして一人で幸せに浸っていると、

 

「あら? ふふっ」

 

 なぜかセシリアが私を見た瞬間に笑っていた。

 

「どうしたの?」

 

 何かした覚えはない。

 けどセシリアは私を見て笑っている。間違いなく私に何かある。

 

「もう~! 何で笑うの?」

 

 私は怒り気味で言うが、もちろん怒っているわけではない。

 

「教えてあげますからそのままでいてくださいな」

 

 セシリアの言葉に従う。

 するとセシリアが身を乗り出してクレープを持つ反対側の手をこちらへ手をやる。その手は私の頬に触れ、セシリアのその手の親指が私の口元に触れた。その指が私の口の端を撫でる。

 ? 何をしているのだろうか?

 私の目からでは残念ながらどうなっているのか見ることができない。

 しばらくされたままでいると指が離れた。

 

「ほら、口元にクリームが付いてましたわよ」

 

 親指に付いていたのは確かにクレープのクリームだった。

 うわっ、恥ずかしい! セシリアがするのかなとか思っていたのに私がするなんて!

 私が羞恥で顔を熱くしているとセシリアがその指に付いたクリームを舐め取る。

 

「!?」

 

 そのことに対して私はさらに顔を熱くせざるを得ない。

 だってそれは私がセシリアに対してやりたかったことだもん。それを逆にされたことでさらに顔が熱くなる。

 

「あうぅ~」

 

 私の口からはそんな間抜けな声しかでない。

 赤くなるセシリアを楽しむのではなく、まさか私が赤くするなんて思ってもいなかった。

 うう、これじゃ私が攻略される側(ヒロイン)じゃん。セシリアが攻略する側(主人公)じゃん。

 私が顔を熱くしたままセシリアを見ると、セシリアはふふっと微笑むだけだ。

 あっ、絶対に分かってやったんだ。

 

「どうしましたの?」

 

 白々しくもそんなことを言う、満面な笑みで。

 うう~なんか攻守交替しているよ……。そりゃ、セシリアは貴族だから攻めっていうのは分かるよ。でも、私だって前世では男だったし、いつも攻める側だったから。

 だから私が攻められる側というのは……。

 私が頬を膨らませて睨んでいると、セシリアは余裕の笑みを浮かべるだけだ。

 勝てないと悟った私はとりあえずこの場のイベントでの負けを認め、大人しくクレープを食べた。

 

「ふう~美味しかったわね」

 

 色んなことがあったせいで私が食べ終わったのはセシリアと同じくらいだった。

 だが、まあ、セシリアのペースに合わせるのも悪くはなかったかな。

 

「本当にですわね。それにいい経験になりましたわ。あんなふうに齧り付くなんてできませんでしたもの」

「そう言ってもらえるとうれしいわ」

 

 セシリアの微笑んでいるところを見るとやっぱりこっちもうれしくなる。幸せの伝播ってやつかな。



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第61話 私たちの初デート記念の証

 色んな意味でお腹いっぱいの私はセシリアと一緒にアトラクションに乗ったりして楽しんでいた。

 再びアトラクションに乗ろうとしたところで、小物店を見つける。

 

「あの店で何か買わない? 初デートの記念に何か買いたい」

 

 初デートの記念の証。それを買いたいというのには大切な理由がある。

 大切な初デートを記憶だけに留めるのは、嫌だ。記憶力がないのではないが、あるのとないのとでは全く違う。その証があればより思い出すのが容易になる。思い出せなかったものを思い出すきっかけになることだってある。そして、自分の部屋のベッドでそれを眺めながらニヤニヤできる。周りから見れば頭のおかしい子になるが。

 そんなうれしいことだらけなのが記念の証である。

 買わないなんて手はない。

 

「それもいいですわね。わたくしも買いたいですわ」

 

 セシリアは喜んで言った。

 セシリアも買った記念の証を見て、ニヤニヤとしてくれるのだろうか? セシリアのことが大好きな私は私のことを思ってニヤニヤしてほしいのだ。そして、一緒にニヤニヤしながら初デートを語り合いたい。そして、いちゃいちゃしたい。

 そんなことを考えながら私はその店へと入る。

 店はやはり簡単に持ち運べるものが多かった。キーホルダーからぎゅっと抱きしめるほどの大きさの枕やぬいぐるみまで。店自体も大きく記念の証を買うにはここで十分と思わせるだけの品揃えだった。

 この分だとあとで買うっていうこともないかもしれないなあ。ここで済んじゃいそうだし。

 

「色々ありますわね。あっ、詩織! あちらを見たいですわ!」

 

 はしゃぐセシリアに私は微笑みながらセシリアに引っ張られる。

 セシリアってお嬢様だよね。そんなセシリアがこんなにはしゃぐのは少なくとも私には気を許しているからだよね。

 セシリアが私のことを妹的な意味で好きかどうかはこの際関係ない。恋人的な意味で好きになってほしいが、今は好意があるかどうかだ。

 セシリアが私を引っ張って来てたどり着いたのは、ぬいぐるみやらがある陳列棚だ。

 どれも動物をデフォルメしたぬいぐるみで、愛嬌のあるものばかりだ。

 私も可愛いものが好きなので欲しいなと思う。ああ、そういえば自分の部屋にはあんまりこういうのなかったなあ。

 私の部屋は実は全く女の子らしいのが少ない。あるのはいくつかの小さなぬいぐるみと私が女の子にもてようと頑張った証である、小難しい専門書が置いてある本棚とパソコンくらいだ。年頃の女の子の部屋ではない。

 けど、私は頑張ったし、恋人もできたのでもうちょっと女のらしい部屋にしようと思った。

 

「あっ」

 

 ぬいぐるみをきらきらな目で見ていたセシリアが声を上げて止まった。

 なぜか顔を真っ赤にして俯いていた。

 

「どうしたの?」

「……そ、その、失望しましたでしょ?」

 

 え? なんで失望なの?

 セシリアの行動を思い返すがそのようなことはなかった。あるのは可愛いとかそういうものだ。

 

「その、こうやってはしゃいだことですわ。子どもみたい、でしたわよね?」

「ぷっ」

 

 思わず笑ってしまった。

 

「ちょ! なんで笑いますの!?」

「だ、だって、ふふっ、そんなことを言ったら、あははは!」

「だからなんですの!?」

「くふふ、もう手遅れよ。そんなの今更よ。忘れた? あなた遊園地に着いてから子どもみたいにはしゃいでいたのよ。ふふ」

「し、詩織? そ、それって嘘ですわね!? はしゃいでいませんわよね!?」

「あはははっ」

「笑ってないで答えてくださいませ~!」

 

 もう今のセシリアにお嬢様らしさはない。普通の女の子である。

 こんなセシリアは私だけ見せてくれたらいいな。他の人ではツンツンでいい。デレデレは私だけで十分だ。

 

「とにかくセシリアに失望なんてしないわ」

 

 私はすばやく人の目や監視カメラの位置を確認した。どれもこちらを向いていない。

 だから私はセシリアの背後の陳列棚にセシリアを追い込んで逃げられないようにする。逃げられないようにしたのでどうしても私とセシリアの距離はなくなる。

 

「詩織? ち、近いですわよ」

「別にいいじゃない。周りには誰もいないわ。それにちょっとだけ、だから」

「こ、こんなところで……」

「場所は別にいいじゃない。セシリアが一番心配しているのは誰かに知られること、でしょ?」

「……」

 

 私の言葉が肯定するように何も言わなかった。

 私は同意を得たと認識し、セシリアの首下に顔を埋めた。セシリアは本当にいいにおいだ。

 つい私は溜まった欲をここで吐き出してしまう。

 

「はむっ」

「んあっ」

 

 私はその首元を甘噛みした。

 私の耳元で甘い声が響く。

 あうっ、ちょ、ちょっとあんまりそんな声で囁かれると……我慢が! い、今はダメだよ! ちょっとはいいけど、ここまで! これ以上はダメ!

 そういうことでしばらく甘噛みをし、最後に首元をキスする。

 セシリアの体が強張る。

 

「ん、んん……」

 

 しばらくしてようやく私はセシリアから離れた。

 キスした場所を見るとそこにはキスマークが。ちょっと強く吸ったけど、やっぱりこうなっちゃったか。付ける気はなかったけど、私のものという意味ではよかったかも。

 

「し、詩織……」

 

 頬を赤めたセシリアが私を見つめる。

 

「これ以上は……」

「分かっているわ。これ以上はしない」

 

 こんな場所だし何よりもセシリアがまだ私のことを好きではないからね。

 離れた私はセシリアの乱れた服装を直す。

 

「セシリアはどれがいい?」

「え? え、ええ、そうですわね……」

 

 あんなことがあったすぐあとに私が何もなかったかのように聞いたからセシリアは一瞬戸惑っていた。

 

「わたくしはこれがいいですわね」

 

 セシリアが手に取ったのは六十センチほどのデフォルメのクマのぬいぐるみだ。ぎゅっと抱きしめるためのぬいぐるみだ。

 思えばどうしてクマの人形って人気があるのだろうか? クマではなく本物の熊を見れば恐怖しかないのだが、こうしてデフォルメされたクマを見ると可愛いとかそういう感情しか湧かない。ちょっと不思議だ。

 

「それ、いいわね」

 

 私もセシリアと同じぬいぐるみを手に取る。

 ちょっと手に力をいれると簡単に私の手はぬいぐるみの体に埋もれる。

 むむ、このでっかいお腹はまさか!

 ぬいぐるみのお腹はふっくらとしている。中には綿がたくさん詰まっている。それの意味するところは私たち客にこのモフモフを味あわせるということだ。

 な、なんて商売テクニック! 確かにこんな気持ちいい感触だったら女子どもは買いたいって思ってしまう。

 女の子の私は買いたいって思ったもん。

 

「私はこれを買おうかな」

 

 感触もいいし、可愛らしい。女の子が部屋に置いていて当たり前のぬいぐるみと言っていい、このぬいぐるみ。

 本当にこのぬいぐるみを気に入った。もう買うことは決定だ。

 

「…………」

 

 するとどういうわけか隣のセシリアがポカーンと口を開いて私を見ていた。

 え? な、なに? 私、何もしてないよ?

 

「どうしたの?」

「い、いえ、あなたがこういうものを好むとは思ってもいなかったので」

「むかっ、あなた、私を何だと思っているの? これでも年頃の女の子よ」

「そうですわね。でも、あなたのことだからもうちょっと高価なものを買うかと思っていましたわ」

 

 高価なものを欲しがるって、それ、誰? 少なくともそんなのは私ではない。

 

「なんだかあなたって可愛いですわね」

「……わざとやっているの?」

「何がですの?」

「なんでもないわ」

 

 もういい。どっちだろうとどうでもいい。今は買うことに集中しよう。

 

「セシリアはどう?」

「わたくしも買いますわ。これでお揃いですわね」

「ええ、デートの記念には最高と思うわ」

 

 初めてのデートで記念の証を買う。しかもお揃いのものを。

 それを考えるとうれしさしか湧かない。

 

「う~ん、ちょっと足りないかな」

 

 自分とセシリアのぬいぐるみを見てふとそう思った。

 

「足りないって何がですの?」

「このぬいぐるみって私たちの記念の品になるのよね?」

「ええ、そうですわね」

「だけど、私とセシリアのを見ると全くの同じもの」

「? 当たり前ですわ。同じものを買うんですもの」

「そう、そうよ。だから足りないのよ。だから何か付けたい」

「……すみませんけど、わたくしには分かりませんわ。どういうことですの?」

 

 むむ、セシリアは分からなかったか。

 私はまだ買っていないクマのぬいぐるみを抱きしめながら、セシリアに私の考えを教える。

 あれ? ぬいぐるみを抱きしめるのって結構いいかも。よくアニメとかでやっているけど、今の私ならよく分かる。ただ可愛いヒロインを見せるだけではない。

 今度簪の前でやってみよっかな。そしたら何か面白い反応をしてくれるかもしれない。

 

「今のままだと二つのクマは初デートの証になるわ。なる、なるけどほらこのたくさんの同じぬいぐるみを見なさい」

 

 棚にはまだたくさんのクマたちがいる。数は三十はある。

 だが、日が変わるたびにクマたちは補充される。同じものが何十体も補充される。

 私たちはそのうちの一つを手に取っているのだ。価値はどれも平等のものをだ。

 それは商品としては当たり前のことだ。一個一個が違うわけではなく大量生産された同じだからこそ、多くの人々が求めるものが売れていって商売となる。

 だが、同じものではなく特別なものは? 価値は高く需要が低いもので商売としてはあまり褒められたものではないだろう。

 まあ、ここまでグダグダして何が言いたいのかだが、私たちが手にしているのは大量生産された持っている人は持っているもので、特別じゃないということだ。

 

「この通り、同じものばかり。私たちの初デートの証にするにはふさわしくないと思うの。あなたはそう感じない?」

「!! そうですわね。言われてみればわたくしたちの初デートなのですのに、そんなものはふさわしくありませんわね」

 

 どうやらセシリアにも分かってもらえたようだ。

 

「でも、どうしますの? オーダーメイドでもしますの?」

「いえ、さすがにそうなると時間がかかるじゃない。初デートの今日買って受け取ってこそ初デートの証になるのよ。いくら今日それを頼んだとしても私はみとめたくはない」

「ですわね」

「だから、ここで何かアクセサリーを買ってクマに飾りつけするのよ。どう?」

「素晴らしいですわ! そうしましょう!」

「でも、自分で飾りつけたクマをもらう、というのは変な感じがするのよ。だからそれぞれで飾り付けて交換しない?」

 

 そうすることでさらに特別にすることができるし、思い出にもなる。

 それにセシリアからの贈り物だと考えるとさらに興奮する。

 

「いいですわね」

 

 そういうことで私たちはこのクマに似合う装飾品を探す。

 幸いにもクマが大きいせいか、幼児用のものがちょうどよかった。とはいえ、服は無理かな。幼児用でもちょっと違和感が……。

 そういうわけで私がセシリアにあげるクマは紳士にするため、幼児用の蝶ネクタイを一つ手に取った。

 ふむ、なんだか蝶ネクタイだけというのはよくある。こういう王道的なクマもいいけど、もうちょっと手を加えたい。ということで紳士クマには黒の帽子も。

 ふむ、中々の紳士だ。すばらしい。これならセシリアにも気に入ってもらえるはずだ。

 にしても特別にすると言ったわりには結局この程度にしかできなかった。

 私の予定ではもっとすごいものにするつもりだったのだが。やはり所詮は理想というわけか。

 

「でも、シンプルだけど可愛いからね。うん、これでいい」

 

 私は言葉に出して納得した。

 しばらく待っているとクマ以外に色々と持ったセシリアが来る。

 

「詩織のほうも終わったようですわね!」

「ええ、終わったわ。互いのを今言う?」

「そうですわね」

 

 まだクマや装飾品は買ってはいないので、クマを飾ることはできない。だから単に見せるだけとなる。

 セシリアが見せてくれたのはどこにあったのかと聞きたくなる、クマのサイズにあったドレスだった。

 いや、本当にどこにあったの? 絶対にクマ用だよね?

 セシリアが持ってきたのはドレスだけではない。安物だが、ネックレスがあった。

 なるほど。お嬢様できたか。私の紳士とちょうどいいかも。

 

「へえ、詩織のは結構シンプルですのね」

「気に入らなかった?」

 

 若干不安になる。

 

「いえ、気に入りましたわ。逆にわたくしのはどうですの?」

「もちろん気に入ったわ」

 

 クマがセシリアが持ってきたものを着けている姿を想像したとき、そのクマは確かに可愛らしかった。私の好みであることには間違いない。

 

「にしても私の紳士のクマとセシリアのお嬢様のクマって結構いいわよね。まさかかぶることなくこうなるなんて」

「そうですわね」

「ねえ、私たちって相性がいいのかもね」

「!?」

 

 私の言った言葉にセシリアはびくりとする。

 それは私の言った意味を正確に理解しているからか。

 私の言った『相性』はもちろん恋人とかそういう意味だ。それの相性がいい。

 

「そう、ですわね」

 

 分かっていないフリをしたのか、分からないが、そう言って肯定してくれた。

 でも、なんで顔が赤いのだろうか? クマたちを買って外に出る間でも分からなかった。



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第62話 私への最高のプレゼント

 初デートの記念の証を買い、外へ出た私たちは、そのあとに幾つかのアトラクションを楽しんだ。

 乗り終わる頃には日はすでに傾き、空が茜色に染まっていた。

 そろそろこの楽しい時間にも終わりが近づいている。

 その夕焼けを見ると物悲しくなる。

 たくさんあった時間はなくなり、最後のほうに抱くのはもっと遊びたかったとかそういう後悔的なものが芽生える。そんなよくあること。

 はあ……結局半分も回れなかった……。もっと乗りたかったなあ。

 

「もう終わりね。最後に乗れるのは一つね」

「そうですわね。でも、まだいくつか乗れるのではなくて? 新幹線の時間もまだまだですし問題ないと思うのですけど」

「ええ、乗れるわね。でも、私、乗りたいものがあるのよ。それが結構時間がかかるから最後なの」

 

 この遊園地に行くと決まってからずっと思っていたことだ。最後、というわけではないが、この時間帯に乗りたいというものは決まっていた。しかも、今回は『初』デートである。絶対に恋人と乗りたいと思っていた。

 

「あなたがそう言うなんて、それは何ですの?」

 

 わくわく気味のセシリアが問う。

 そ、そんなに期待してないでほしいんだけど……。

 

「その、恥ずかしいのだけど、観覧車に乗りたいのよ」

 

 私の顔が熱い。別に恥ずかしいフリとかじゃない。本当に恥ずかしいと思っているのだ。私には生徒会長モードというお姉さまモードがある。今はそのモードのフリだけど。

 やはりお姉さまというとイメージするのは優雅とか高潔だとか高圧的とかそんなので、自分から観覧車とかそういうものに乗るようなイメージは無い。まあ、そんなことを言えばそもそもクマのぬいぐるみなんて買わないのだが……。というか、セシリアにも言われたし。

 ともかくそういうのがあって、生徒会長モードを真似している今は恥ずかしく思っているのだ。

 だからもし生徒会長モードでもない、いつもの私ならばそう思わなかったはずだ。自覚はしているけど子どもっぽいからね。

 

「それはいいですわね!」

 

 セシリアはクマの件で悟ったのか、私の発言にどうも思わずに喜んでいた。

 ともかく決まったのでさっそく観覧車へ向かう。幸いにも観覧車が近かったので移動に時間はかからなかった。

 ただ並んでいる人は結構いて、二十分ほど待つ必要がある。

 まあ、何せこの時間帯の観覧車から見る夕焼けは本当にきれいで、遊園地のパンフレットにもおすすめとして紹介されるくらいだ。

 しかも密室に夕焼けというとても雰囲気のあるアトラクションのために告白の場となっていたりする。ネットでも告白の場とか書かれていたし。

 はあ……もし一夏が学園に来なければ、ここで告白したかったなあ。

 私だって雰囲気を気にする。私だって夢見る少女なのだ。本当はあんな告白はしたくはなかった。

 そんな未来がありえたかもしれないと思うと一夏に対する怒りがふつふつと湧き上がる。

 いくらお姉ちゃんの弟とはいえ、やっぱり許せない! 絶対にまた圧倒的な力でボコボコにしてやる!

 並んで待つ私たちはもう当たり前になって手を繋いでいた。

 ちなみに荷物は近くのコインロッカーに預けている。

 

「そういえばあなたって代表候補生になりませんの?」

 

 並んで暇だったセシリアが唐突に聞いてくる。

 

「何で聞くのかしら?」

「あなたの力は正直に言って候補生を超えていますわ。あなたならば確実に代表になれるますわね。だから聞いていますの」

 

 まあ、確かになれると言えばなれる。代表候補生になるのは金とかじゃない。実力だ。結構な倍率の中から戦わされて僅かな人数しかなれないものだ。

 代表候補生になることは一種のステータスだ。尊敬もされるし、社会的に優位に立てる。

 私はその才能のある子どもたちに勝ち抜き、専用機を与えられた少女、セシリアに勝ったのだ。それもたった一撃で。

 あのときはボロボロだったが、今のISに慣れた私ならば、あそこまでボロボロにはならずにセシリアを倒す自身がある。つまり圧倒的。

 そんな私がなれないわけがない。

 これは虚言ではない。事実である。

 でもなろうとは思っていない。

 

「そうね。ならないのは私が今の(・・)ISに興味がないから、かしらね」

「今の? どういう意味ですの?」

 

 セシリアが眉を寄せて尋ねる。

 

「セシリアにとってISはどういうものかしら?」

「決まっていますわ。兵器ですわ」

 

 セシリアは当たり前のことを答えたという顔をしていた。

 私はそれに悲しくなる。

 

「ま、間違っていましたの?」

 

 悲しい顔をする私にセシリアは慌てた。

 

「いいえ、合っているわ」

「では、なぜそんな顔をするんですの?」

「それはISが本当の使われ方をされずに兵器として扱われているからよ。ISは本当はそんな兵器ではないわ」

「それは……知っていますわ。本来は宇宙での船外活動を目的に作られた宇宙服ですわ」

「ええ、そうよ。けれど今の時代はそういう宇宙への研究ではなく、兵器としての研究が進んでいるわ。私はね、ISは宇宙(そら)へ飛ぶための手段、かっこよく言えば翼だと思っているのよ。けど、今は兵器。だからなりたくないのよ」

 

 もちろん私だって作ったものが兵器になることがあるとは理解している。ISが今の世界のように主に兵器として扱われても間違いは無いのだ。

 でも、分かっていたって受け入れられるかどうかは違う。

 理解することと受け入れることは違う。

 これも束さんが好きだからだろう。

 

「……あなたの言いたいこと分かりましたわ。そしてその気持ちも分からなくも無いですわ。それにあなたは篠ノ之博士が好きですものね。それならあなたがならないわけも分かりますわ」

 

 セシリアは納得してくれた。

 

「あっ、そういえば昨日篠ノ之博士に告白したと聞きましたけど、どうなんですの?」

 

 話題を変えようとしたのかそれを聞いてくる。セシリアはどうしてか不安そうな顔になっていた。

 えっと、その顔は私が振られたかもしれないからでいいのかな?

 

「まだ答えは貰っていないのよ」

「え? なぜですの?」

「その、私もよく分からないわ。でも、また会ってくれると言ってくれたからよかったわ」

「そうなんですの。正直に申しまして、あなたが振られていなくてよかったですわ」

「あら? 心配してくれるの?」

 

 ちょっと意地悪を言ってみる。

 

「当たり前ですわ。わたくしはあなたの恋人ですわよ。心配して当然ですわ」

「…………」

 

 何を言っているんだというセシリアの発言に対して、私は何も言えない。

 何度も言わせて! 本当にセシリアはどっちなの!?

 思わずセシリアに対して憤りを感じてしまう。

 やはりここははっきりと聞いたほうがいいのだろうか? それがいいのかもしれない。いや、憤るのはいいが、だからといって急ぐのは間違いだ。

 もうちょっと待つか……。

 ついに私たちの順番が来る。

 互いに座ると膝が当たりそうになる。なので、当てることにした。

 ふむ、やっぱりこんなに狭いのは恋人同士の接触のためか。こうやって接触してドキドキさせてって所だよね。だったらその策に乗ってあげるのだ。

 さすがのセシリアもそれに気づいたようで、顔をやや赤くしながらなんでもないように振舞っていた。

 私たちを乗せたゴンドラはゆっくりと上がる。

 

「へえ、本当に綺麗ですわね!」

 

 完全に頂点ではないが、それなりの高さに来たところで、夕焼けが楽しめる。

 ここから見える夕焼けは本当に綺麗だ。近くが海ということもあり、太陽が海へ沈んでいくのだ。その光景には感動を覚える。

 

「でしょ。ここって結構好きなのよね。人工物のある風景ってあんまり好きじゃないけど、ここは別ね」

 

 人工物のゴンドラからの眺めだが、ここだけは好きだ。それはここから見た風景だけではなく、小さい頃に家族で思い出を作ったからだ。ここは特別の場所と言えるかな。

 でも、そんな特別な場所であるここも遠くない未来になくなってしまうのだろう。

 それが悲しいな。

 私はこの景色をじっと見つめる。忘れないようにと。

 ふとセシリアを見るとこの素晴らしい景色に目を向けずにどうしてか顔を赤くして、私のほうをチラチラと見ていた。

 ん? どうしたの? もしかして顔に何かついている?

 私も女である。顔に何かを付けたままというのは恥ずかしい。

 ただ、目の前でそれを確認するのは無理だ。

 なので、ゴンドラのガラスの反射を上手く利用して、自分の顔を確かめた。

 そこに映るのはいつもの私の可愛い、または美しい顔である。うん、汚れも何も無い。

 ではなぜ?

 私がついじーっと見ているとセシリアと目が合う。

 

「どうしたの?」

 

 目が合ってしまっては誤魔化せない。聞くしかないね。

 

「ふえっ!? あっ、その、その! わ、わたくし、じ、実は――」

「落ち着いて、セシリア」

 

 このままじゃ何を言っているのかよく分からない。なのでまずはセシリアを落ち着かせた。

 セシリアは何度も何度も深呼吸をしてようやく落ち着く。

 

「……落ち着きましたわ」

 

 やや顔は赤いが落ち着いてはいるようだ。

 

「それでどうしたの?」

 

 再度問いかける。

 

「あの、わたくし、実はあなたにプレゼントがあり、ますの!」

 

 セシリアの顔は真っ赤だ。

 そっか。さっきチラチラとしていたのはプレゼントを渡すためだからか。ふふ、やっぱり可愛い!

 

「あなたならそのプレゼントはとても喜んでもらえると思いますわ!」

 

 私はその言葉に目を僅かに見開いて、驚いた。

 何せまだ短い付き合いである私へのプレゼントに自身があるというのだ。例え長い付き合いでも喜んでもらえるようなプレゼントを贈るのは難しいというのに。

 だがセシリアの目は本気だ。本気でセシリアが贈るプレゼントで私が喜ぶと思っている。

 

「ただ、そのあなたに贈るときに見られていたら恥ずかしいので、目を瞑ってもらえるとうれしいですわ……」

「分かったわ」

 

 セシリアに言われたとおりに目を瞑って待つ。

 私はドキドキと鼓動を鳴らしていた。

 ま、まさかいきなりこんなサプライズがあるとは思わなかった。ドキドキするなあ。

 そんな感じで私は待った。

 静かなゴンドラの中ではセシリアの息が荒いのが分かった。きっと緊張のせいだろう。そして、セシリアが近づくのが分かる。

 どうやらプレゼントが渡されるようだ。

 この近さからしてネックレス? それとも髪飾りとか?

 見ることができない私はわくわくしながら想像する。

 

「詩織、好きですわ」

「んむっ」

 

 セシリアの突然の言葉に驚く暇もなく、私の口は柔らかい何かで塞がれた。

 私はすぐさま目を開く。見えたのは目を瞑ったセシリアの顔だった。状況から考えてセシリアの唇と私のがくっ付いているというのはすぐに分かった。つまり私はキスをしている。間違いはない。

 ど、どういうこと? な、なんで私がセシリアとキスを? そもそもさっきの言葉は……。

 私の頭の中はうれしいとかよりも困惑が大きかった。

 その間にセシリアの唇と私の唇は離れた。

 セシリアは顔を真っ赤にして俯く。

 私は放心状態だ。

 ゴンドラが頂点に来て下り始めたところで私の意識がふっかつした。

 

「せ、セシリア。さ、さっきのってどういうことなの?」

 

 さっきの言葉と行為で私はセシリアが私のことをそういう意味で好きだという結論を出さざるを得ない。

 だが、それは私だけの勝手なもので、セシリアからの言葉ではっきりと言ってもらえないと安心できない。

 

「ぷ、プレゼントですわ! い、言いましたでしょ? わたくしはあなたのことが好きだと。つまり、本当の恋人になるということですわ」

「ま、待って!」

 

 セシリアの言葉は本当にうれしい。セシリアが本当の意味で恋人になると言ってくれてほとんど安心できた。

 だが。

 

「その意味、本当に分かっているの? 恋人になるってことは異性の恋人がするようなことをやるということなのよ! つまり、そ、その、私とエッチなこともするってことよ。それが分かっているの?」

「もちろんですわ。だからあなたにこの身も心も捧げるという意味でプレゼントですのよ」

 

 セシリアの目に偽りはない。その目は私は見たことがあった。

 ああ、そうだ。簪と同じ目だ。私のことが大好きな簪の目と同じだ。

 私はもう疑うとかできない。

 

「詩織はこのわたくしというプレゼントを喜んでもらえます?」

 

 セシリアが私の手を取り、その手を自分の胸に誘導した。私の手にはセシリアのナイスバディの象徴の一つである、おっぱいの柔らかさが広がる。服の上だが、それがよく分かった。

 この意味は自分の体が私のものだということの証明の証なのだろう。好きにしてもいいということだ。

 ちょっとその手に力を入れて楽しんで、改めてセシリアに向き合った。

 

「当たり前じゃない! 私はずっとあなたが欲しかったのよ! ずっとずっと欲しかった! あなたを無理やり恋人にした私を恨んでいるのではないか、嫌われているのではないかってずっと不安だったのよ! そしてあなたが私のこと好きって言ってくれて、キスまでしてくれて恋人になってくれて喜ばないわけがないわ!」

 

 私にあるのは喜びだけだ。もう不安などない!

 

「それを聞いてうれしいですわ。これからよろしくお願いしますわね、わたくしの大好きな人♪」

「はい! 大好きだよ、私の愛しい人♪」

 

 今度は私からキスをした。



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第63話 私に偽者などない

 ついにセシリアと本当に恋人になったので、私はセシリアに何度も何度もキスをした。舌を入れずの口と口を合わせるだけのキスだ。

 セシリアは私のしつこいキスを嫌がることも無く、私を自身の膝の上に乗せ私の腰に腕を回すなどと積極的だった。

 結局、キスに夢中になった私たちは観覧車の時間をキスで費やした。

 ただ私もセシリアもそれだけでは互いに満足できなかったので、もう一回乗ることにした。

 並んでいる間は指を絡めて手と繋ぐだけで我慢した。本当はセシリアのおっぱいを突いたりして悪戯したかったのだが、私もセシリアも他人に好きな相手の乱れた姿を見せたくはない。

 そうして我慢して再びゴンドラへ入った。

 すでに日は落ちて、空には僅かに茜色の空の名残があるだけで真っ暗である。ゴンドラについている電灯は雰囲気作りのためか、そこまで明るくはない。

 ゴンドラが上がり始めてしばらく経ってから私はセシリアに向き合う形で膝に座った。

 

「んっ」

 

 言葉を交わさずに始まるのは互いに求めていたキス。

 先ほどしたときはただの口を付けるだけの軽いキスだった。

 だが、さらにその先を知る私とキスという行為が齎す効果を知り、その先に興味があるセシリアがこの程度で我慢できるはずがない。

 最初のキスで治まりかけた興奮を再び起こす。

 互いの興奮が高まると同時に私たちはキスを止めた。合図はなかった。

 

「詩織……。わたくし初めてですの。どうすればいいのか分かりませんわ。エスコートをしてくれません?」

「もちろんよ。私に任せて」

 

 私は自分が優位に立てるようにセシリアをこの体勢から押し倒した。

 セシリアの腰に跨るようになった私は両手をそれぞれのおっぱいに置いた。

 

「ぁん」

 

 セシリアがおっぱいを触られたためか、色気のある声を出した。

 声を出した本人は顔を真っ赤にしていた。どうやら体が勝手に反応して出た声のようだ。

 

「む、胸まで触りますの?」

 

 これ以上自分の淫らな声を聞かれたくはないのか、潤んだ瞳で問いかけた。

 

「もちろんよ。私はセシリアに気持ちよくなってもらいたいもの」

「言っておきますけどわたくしはここで最後までしませんわよ」

「もちろん。するときはこんな狭く固いイスの上ではなくて、広くて柔らかなベッドの上よ。ここでするのはこうしてここを触って、さっきとは違うキスをするだけよ」

 

 話をしている間に私の手も動いていた。

 私のテクニックは簪とのいちゃいちゃで上がっていて、力加減や揉み方などをいろいろ知ることができた。前世? あのときの経験はすでに知識だ。あまり役に立たない。

 セシリアは決して演技ではなく、本当に気持ちよさそうにしていた。

 そういうところはどうしても気にする。前世が男だった私としてはやはり自分のテクニックで偽りなく気持ちよくなってほしい。演技だったなんてことがあれば私、死んじゃうかな。

 けど、私はセシリアが演技ではないことを見抜いた。なんとなくだがそれが分かった。愛の力?

 

「んあっ! し、詩織!?」

 

 服越しが我慢できなかったので、おっぱいが完全に見えるように服を捲った。

 セシリアが直そうとするが、私がそれをさせない。

 しばらく攻防を続けた末に勝ったのは私だった。

 

「もう、好きにしてくださいまし……。抵抗もしませんわ」

 

 聞くだけならなんだか無理やり襲っているように聞こえる。まあ、今のセシリアの顔を見ればそうではないと分かるが。

 

「ええ、もちろんよ」

 

 セシリアの服を捲りあげたのだが、すぐさま生のおっぱいが見られるというわけではない。見えるのはブラジャーに覆われたおっぱいだった。

 このままというのも結構いいのだが、今は時間がないしこれからはそんな機会はいくらでもあるので、そのブラもはずした。

 現れたのは私と同じくらいの大きさの白いおっぱい。

 

「きれいね」

 

 思わず声に出してしまう。

 

「……うるさいですわ」

 

 セシリアは顔を真っ赤にする。

 

「本当のことよ。前にも見たけど本当にきれい。ねえ、セシリアってモデルみたいなこと、したことある?」

「……一応ありますわ。ISの代表候補生ということもありましたからね」

「そう」

 

 それを聞くとどうしても嫉妬してしまう。もちろんそれはセシリアのこの体を、大事な部分は隠しているとはいえ、セシリアの体を私以外の者が見たからだ。

 セシリアがモデルをしていたのは私と出会う前だとはもちろん分かっているが、だからといって簡単に納得できるようなものではない。

 

「セシリア、今度はもうそういうのはしないでよね。あなたには私という恋人がいるんだから」

 

 私の言葉に一瞬きょとんとするセシリアだが、なぜ私がそう言ったのかを理解したのか、私の頭を抱き寄せて自分の胸に押し付けた。

 今はセシリアの胸が露になっているので、変態的な行動になっているが、服を着ていたならば安心という意味と誰もが捉えることができただろう。

 あうっ、か、顔にセシリアのが~!

 

「大丈夫ですわ。わたくしもあなたを好きになってから誰にも見せたくはないと思いましたもの。今思えば水着とはいえ、なんであのようなことをと思いますわね。あんな雑誌を買うのは見知らぬ異性がほとんどというのに」

 

 セシリアは過去の自分に対して怒っていた。そして恥じていた。

 

「分かってくれたならばいいわ」

 

 私の顔はセシリアのおっぱいに挟まれたままなので、ここから攻めることにした。

 本当はキスしたり揉んだりするだけで満足する予定だったが今はこのような状態。ちょっとくらい先に進んでも別にいいだろう。

 だから私は舌でペロッとセシリアの肌を這わせ、そしてその頂にある突起部分を――

 

 

 観覧車から降りた私たちは近くにあったベンチに座る。道から逸れたところにあるベンチだったので周りはほとんど誰もいなかった。

 互いの顔はゴンドラでした行為のせいで赤く、息もまだ整えられずに荒い。

 

「はあ、はあ、ちょっとやりすぎたわね」

「もう! 本当にやりすぎですわ!」

 

 セシリアは僅かに乱れた服を整えていた。一応観覧車の中で互いに整えたのだが、私よりもセシリアの服の乱れが激しく、また、整え始めたのがゴンドラが地上に着くギリギリだったせいで整え切れなかった。

 うん、これは私のせいだ。まさかあんな場所でしちゃうなんて……。

 

「でも、その割にはあなただって『もっと!』とか言っていたじゃない。やりすぎたのは私だけど仕掛けたのはあなたよ」

「うっ、そう言われるとそうですけど……。詩織だって……」

「まあ、これ以上は止めましょう。ただ私たちが恥ずかしくなるだけよ」

 

 私は空を見上げる。そこに映るのは完全に真っ暗になった空。

 今日は本当にいい日だった。セシリアの好意を上げるためにと思ってこのデートをした。けれどセシリアが私のことを好きだと言って本当の恋人になることができた。

 私の人生初のデートは本当に忘れられないものとなった。

 この記憶を人生の最後まで持ちたい。もしくは映像として残したかった。

 

「ねえ、詩織」

「なに?」

「わたくし、あなたに教えてほしいことがありますの」

「それは?」

「本当のあなた、ですわ」

「…………」

 

 いきなり何を言い出すのだろうか、この子は。

 いや、確かに私にはたくさん秘密はあるよ。うん、ある。

 でも、そんなのはみんな同じだろう。誰だって誰にも言えない秘密の一つや二つはある。もちろん恋人相手でも。

 にしても、本当の私って何? 私は私なのだけど……。

 

「どうしてそうなったのかしら?」

 

 本当の私というのも分からない状態だ。セシリアがこんなことを言う原因、または経緯を聞いてからでも遅くはないだろう。というか、聞かないと分かんない。

 

「わたくしと更識さんが二人きりになったときのこと覚えてます? わたくしと更識さんが初めて会った日ですわ」

「ええ、覚えているわ」

 

 あの時は本当になんでと思った。セシリアと簪は睨みあった直後のことだったから。もしかして簪はセシリアに嫌がらせをするのかと思わず思ってしまうほど。

 

「あのとき更識さんが言いましたの、詩織は本当はあなたのこと好きではない、と」

「え?」

 

 セシリアのあのときの話の一部を聞いて、頭が真っ白になる。理解し頭が回復するまで時間がかかった。

 すると湧き上がる簪への怒り。もちろん簪の愛が下がったりはしない。大好きのままだ。

 簪には罰を与えないとね。勝手に私の好意を捏造したんだから。

 

「そのときに言われたのは詩織が自分には本当の姿を見せてくれるが、わたくしには見せていないということでしたわ。そして、その姿を見せることは詩織が愛している証拠だと。だからわたくしは詩織に遊ばれるための存在と言っていましたわ」

「……それ、信じたのかしら?」

「もちろん信じてませんでしたわ。いえ、正直に申しますと言われた当初はもしかしたらとは考えましたわ。けど、あなたと過ごしていたらそんなことはないと理解しましたわ」

 

 セシリアにそう言ってもらえるとうれしくなる。

 にしても本当に簪にはどんな罰を与えようか。そう言った理由は私を取られたくはないという理由というのは分かる。でも、勝手に私のセシリアへの気持ちを勝手に変えたことは許せない。泣いて謝ってくるくらいのことはしようか。

 

「わたくしはあなたのことを愛していますわ。ただそれでも不安がありますの。だからその不安を払拭するために教えてくださいませ」

「ええ、分かったわ。教えるわ」

 

 この時点で簪がセシリアに言った、『本当の私』というのが生徒会長モードではないときだと気づいた。

 

「……というとやっぱりわたくしに隠していたと?」

「ごめんなさい。でも、それは本当の私とかじゃないのよ。今の私も本当の私よ」

 

 ごめん、今は生徒会長モードじゃないのに口調だけ変えているからちょっと微妙かも。まあ、気にしない。

 

「よく分からないと思うからそれを教えるわ」

 

 うう、なんだか恥ずかしいな。今回はただ口調を変えるだけなんだけど、その、自分でも子どもっぽいって自覚しているから。生徒会長モードと真反対なのだ。

 

「多分変わったことは簡単に分かるわ。どこが変わるのかというと極端に言うと口調ね」

「口調ですの?」

「本当はまだあるのだけど、分かりやすいのが口調なのよ。多分セシリアなら口調以外のもすぐに分かるわ。じゃあ、変えるわ」

 

 一旦深呼吸をして息を整える。

 

「今変えたんだけど口調だからたった一言二言じゃ分からないよね。だからしばらく話をしよう」

 

 しばらくセシリアと話をする。話題は実はお姉ちゃんを恋人にしたということだ。

 セシリアからどうしてそうなったといわれたが、うん、本当に不思議だね。

 

「はあ……まさか先生を恋人にするなんて……」

 

 私の口調とかよりもお姉ちゃんを恋人にしたほうが印象が強いようだ。

 

「この話、他の人に言ったらダメだよ」

「分かっていますわ。詩織が不幸になることはしたくありませんもの」

「ありがとう」

 

 な、なに、この子! 私の不幸にしたくないとかいい子過ぎる!

 私のセシリアへの好感度がまた上がった。

 

「にしても、あなたのその口調。なんだか合っていますわね。先ほどの口調はなんだかずれていたと感じるようになりましたわ」

「そう?」

 

 私は生徒会長モードになった。

 

「あれ? 詩織?」

 

 やっぱりセシリアは違和感を抱いたようだ。

 セシリアも簪と同じように二つの私を分かるみたい。これも愛の力だね。

 

「やっぱりセシリアも分かるようね」

「ん? 合ってる?」

 

 先ほどは口調と雰囲気が合わなかったのにいきなり合いだして困惑しているようだ。

 

「言っておくけど演技などではないわ。見ての通り口調と雰囲気が変わっただけよ」

「だけって……。あなた結構変わっていますわよ。もしあなたが双子の姉と言われてもうっかり信じてしまいますわ」

「そこまで?」

「ええ、そこまでですわ。にしてもさっきまで合わなかったのになぜ?」

 

 さて! 空も完全に真っ暗になった。どこにも夕焼けの名残はない。

 私は生徒会長モードを解き、立ち上がると背伸びをする。

 

「セシリア、そろそろ出よっか。まだ時間はあるけどこんな暗さじゃ無理だし」

「ん、そうですわね」

 

 そういうことで私たちは出口に向かうこととなった。もちろん荷物は回収して。

 出口まで歩く私はセシリアの腕に抱きついている。私の顔はきっとデレデレになっているに違いない。

 

「詩織、あなた結構甘えん坊ですのね」

「そう?」

「そうですわ。あのときの詩織はむしろかっこいいと思わせるものでしたわ」

「今の私は嫌い?」

 

 私の心に不安が湧き上がる。

 セシリアが私のこと嫌いになってしまうのではと。

 だってセシリアが接してきた私というのは生徒会長モードの私である。簪のように生徒会長モードではない私を知って本当の恋人になったわけではない。

 セシリアが愛したのは生徒会長モードの私だ。この私ではない。同じ私だけど違う私。

 セシリアは双子と言ったのでその可能性がある。

 不安にならないはずがない。

 でも、

 

「まさか! 嫌いになるはずがありませんわ! むしろこんなに可愛い詩織を知ることができてもっとあなたのことが好きになりましたわ!」

 

 そう言われる私は顔を真っ赤にして照れるのを隠すしかできなかった。

 やっぱりセシリアのこと大好きだ。



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第64話 私の素晴らしい作戦と醜態

 二人で仲良く歩いて出口に向かっている途中であるアトラクションが私の目に止まった。

 そのアトラクションは時間帯に関係なく楽しめるアトラクションであった。室内のアトラクションである。

 うん、このアトラクションってやっぱり遊園地デートでは定番だよね。

 今回のデートで遊園地デートの定番と思われることはほとんどやった。だが、まだやっていない定番がある。

 その定番は普通の恋人(男女の)、特に男のほうにとっては大変なご褒美的なものだ。逆に女のほうには男を自分の体を使ってメロメロにできる。男女共にお得だ。

 前世では残念ながらその定番はなかった。

 あれ? 何でなかったのかな? 遊園地デートは何度かしたんだけどなあ。

 まあ、そのときの私がへたれだったのかもしれない。昔の話だから覚えていない。

 

「ねえ、セシリア。最後に寄りたいアトラクションがあるんだけどいい?」

「そうですわね……」

 

 セシリアが時間を確認する。

 

「いいですわよ。どれにしますの?」

「あれ!」

 

 元気いっぱいでそのアトラクションを指差した。

 

「ひうっ」

 

 ん? セシリアから何か変な声が出た?

 ともかく、私の指差した先には『  県立横 病院』と県の部分と病院の名前の部分が欠けた、ボロボロの看板が架かった建物があった。四階建てである。

 アトラクションのジャンルはお化け屋敷だ。

 ふっふっふ~、分かったかな? そう! お化け屋敷こそ! 男女をいちゃいちゃさせ、仲をさらに深くする最高のアトラクションなのだ!

 やっぱりお化け屋敷は遊園地デートには必須だよ!

 

「し、詩織? ほ、本気ですの? 本気でこのアトラクションを?」

「うん、本気だよ。ここね、怖いって有名なんだよ。けど、パパとママがこういうのが嫌いだからずっと入ったことがなかったんだよね。だからすごく楽しみなんだ! セシリア、行こ?」

 

 私が楽しみにしていると言うことで、わざとセシリアに断りにくくする。

 ごめんね。多分セシリアは、こういうのって苦手なんだよね。それでも我がままを言わせて。

 

「……っ、分かりましたわ。行きましょう」

 

 覚悟を決めてくれた。

 

「ありがとう」

 

 思わず礼を言ってしまう。

 

「た、ただ、腕を組んでもらうと少しは安心できると思いますの」

「分かってる。絶対に放さないよ」

 

 私はぎゅっと力を入れる。

 ああ、もちろんその腕は私の胸が当たっている。いや、当てている。

 ただセシリアはこれから入る、お化け屋敷への恐怖でせっかくの私の胸を堪能できていないようだが。落ち着いたときに堪能してもらおうか。

 私たちはお化け屋敷へと入って行く。

 私はこれからの楽しみを期待してわくわく。セシリアはこれからの恐怖で生まれたての子鹿のようにプルプル。

 全く対照的な私たちである。

 中へ入るとまずそこでスタッフが説明してくれる。内容はどの道順で歩けばいいのかとか。

 それが終わりようやくお化け屋敷である。

 私たちはスタッフの『いってらっしゃい』という言葉をかけられながら、僅かな光しかない暗闇に一歩を――踏み出せなかった。動かそうとしたのだけど動かなかった。

 私は思い出した。思い出してしまった。実は私が大の大の怖い物(ホラー系)嫌いだと。

 なぜそんな私がお化け屋敷などがきり穴ことを忘れてしまったのかだが、それはそれが前世の頃のことだからだ。前世なのでもちろん引き継ぐところだってある。私のこれも引き継がれたようだ。

 まあ、つまり、前世では怖い映画とかお化け屋敷なんてものは長いこと見てもないし行っていなかったし、現世では両親が苦手だったので思い出すきっかけがなかった。

 ま、まさか、この私が怖いものが嫌いだったなんて!! え、これじゃ余裕を持って抱きついてくるセシリアを楽しめないじゃん! 絶対に抱きつかれても楽しいとかよりも怖いとかとのほうが上だよ!

 セシリアも私も苦手と分かった今なのだが、残念ながら出るわけにはいかない。別にもうお化け屋敷に入ったのだから、道順とかそういう意味で出られないというわけではない。これは私が言い出したのに私から『やっぱり怖いから止めましょう』なんて言えない!

 もしそんなことを言ってしまえば、絶対に情けないって思われる! それは嫌だ。

 私は恋人の前ではかっこつけたいのだ。

 もちろん生徒会長モードの私は少し子どもっぽいってことは知っているけど。

 

「ううっ、怖いですわ……」

 

 怖いと思う私の横で怯えるセシリアが言う。

 わ、私も怖いよ!

 それを悟られずに済んでいるのは偶然だ。私の最後の細い何かが体の震えをなくしてくれている。

 あっ、ちなみに生徒会長モードを発動しても意味はない。あれはただの意識の切り替えであって、別人格ではない。すぐに解除されて無意味になる。

 

「だ、大丈夫だよ!」

 

 し、しまった! どもっちゃったよ! こんなんじゃ私が怖がっているって思われるじゃん!

 

「頼りにしていますわ」

 

 幸いにも気づかれていないようだ。

 それはよかったけど私はどうしよう。言ってしまった今、私はどんどん逃げられなくなっている。というか、逃げられない。どうやっても逃げられない。逃げ口が見当たらない! これって詰んだ!

 ともかくそんな感じで私たちは歩みを進めた。

 このお化け屋敷は全国のお化け屋敷の中でも上位に存在しているということもあって、お化けたちは機械だけではなく役者もいる。

 うう、本当になんで入ってから思い出すの! 入る前に思い出してよ!

 そうしてしばらく歩くとついに最初のお化けが。

 

「ぎゃあああああああっ!!」

 

 その悲鳴は隣のセシリアでもお化け役の脅かした声でもなかった。私の悲鳴だった。

 うん、色気のない悲鳴だ。

 

「ひいいいいいいいいっ!!」

 

 また別の場所で私の悲鳴。

 

「にゃああああああああっ」

 

 またまた別の場所で私の悲鳴が響く。

 

「ひゃあああああ!!」

 

 私の悲鳴がどんどん響く。

 それまでセシリアはびくりとするだけで小さな声さえも出していない。

 あれ? 苦手じゃなかったの? なんで?

 恐怖でボロボロになった心でそんな疑問を抱いた。

 

「ひぐっ、うえええええええんっ!!」

 

 疑問を持っている間にもまたお化けが脅かしてきて、ついに私の心は折れてしまった。

 心が折れた私は子どものように泣く。そこにはかっこいいとかそういうものはない。ただの泣き虫しかいなかった。

 私も泣かないようにするが、いつどこで脅かされるのか分からないこの場所では落ち着けるわけがなかった。

 

「もう嫌だよ! 早く出たいよ! なんでお化け屋敷なの! こんなところいたくないよ!」

 

 うん、もうみっともない。こんな姿を生徒会長モードだけを知っている人が見たら幻滅するだろう。

 簪とセシリアとお姉ちゃんはしないよね?

 そうやって子どものように泣き叫びながらセシリアの腕に掴まりながら歩いて行く。

 また何度か脅かされてしばらく歩いていると私は違和感を感じた。感じた部分は私の下腹部だ。

 な、なんか変な感じがする……。なんだろう。

 私の下腹部、もっと正確に言うと股間部分が何か変なのだ。いや、別にエッチな気分でとかそういうのではない。こんな怖いものいっぱいのところで発情なんてできないよ。

 私はセシリアの腕を掴んでいる両腕の片方をこっそりと服の隙間から下着へと持って行く。

 

「えっ、うそ……」

 

 その手に湿った感触がした。気のせいではない。なるほど。違和感を覚えるはずだ。

 私はそのおそらくは自分の体液と思われるものが付いた手を自分の鼻元に持っていった。

 !? こ、こここ、これって!!

 ニオイを嗅いで分かったその正体に私は驚愕するしかない。

 これって……おしっこ?

 認めたくはないが私はおしっこを漏らしたようだ。いや、スカートがびしょびしょではなくて、下着も股間部分の一部ということからちびったというのが正しい。

 ……ただ違和感を感じるほどのちびっただが。

 はあ……こんなことならトイレに行くんだった。そうしたらこんな恥ずかしいことにはならなかったのに……。

 確か近くにわざとなのか知らないけど、服を売っている店があった。確か下着もあったはず。ここは恥ずかしいけど、セシリアに頼んで買ってもらおう。

 ……セシリアはこんな私を嫌いにならないよね?

 不安はあるがずっと黙っていてセシリアにばれて何か言われるよりはいいと思う。ここはちゃんと言って着替えるほうが優先だ。幸いにもスカートまでには至っていない。

 

「せ、セシリア」

 

 羞恥と不安の入り混じる声。

 

「な、何ですの?」

 

 逆にセシリアは恐怖とかではなく、興奮の混じった声。

 

「あ、あのね、とても言いにくいんだけど、その」

 

 言ったほうがいいと思ったが、それでも恥ずかしいと思うし言いたくはない。

 

「ちょっと……ちびっちゃった」

「え?」

 

 いきなりのことだから理解できなかったのだろう。

 

「も、漏らしたの!」

 

 話があるということで立ち止まっているので、結構精神的余裕がある。

 あと、声を上げているが、もちろん周りに人の気配がないかは確認済み。これも精神的な余裕があるからだ。

 

「も、漏らしましの?」

「で、でもちょっとだけなの! びしょびしょ~ってわけじゃないの! 本当だよ!」

 

 なんだか引かれそうな気がしたので慌てて何かを言った。動転して何を言ったのかよく覚えていない。

 でも、私のことだ。変なことは言っていないに違いない。

 

「ひゃうっ」

 

 セシリアが私のスカートの股間部分とお尻の部分をさらりと触った。

 

「そう、みたいですわね」

 

 どうやら確かめたらしい。

 

「もう! いきなりやらないでよ!」

「あら、わたくしはあなたの恋人ですわよ。キスをした仲ですわ。それにあなたを触ったというよりは、服を触ったという感じですわ。わたくしとしてはもっとがっしりと触れたいって思ってますのよ」

 

 ……私と正式に恋人になってからセシリアが簪みたいになった。

 え? なに? 私と恋人になるとみんなこんな風になるの? それともデレたから?

 とても複雑なんだけど。いや、別にエッチな子が嫌いってわけじゃないけど。

 

「と、とにかく下着を替えたいから出たら買ってきて!」

「分かりましたわ。でも、なぜ行きませんの? 自分で買ったほうがよくなくて?」

「無理! こんな状態だもん。見た目には出ていないけどそんなので他人に見られたくはない!」

 

 人間一度はあるだろう、こういう何か失態をやってしまったときに周りが自分について何かを言っているのではないのかという錯覚を。

 今現在、私がそれにかかっているのだ。

 それにセシリアたちに見られるならまだしも、自分から他人にこの醜態を見せるような行動はしたくはない。

 

「分かりましたわ。だったら早くでましょう。多分もうそろそろですわ」

 

 セシリアの言葉の通り、お化け屋敷のゴールはすぐ近くだった。ただその間に何度か脅かされ、また泣いたが。あと、またちびるということはなかった。

 お化け屋敷を出た私はセシリアと別れた。

 私はトイレの前に。セシリアは近くの衣服を売っている店に。

 はあ……せっかくの初デートにこんな醜態を晒すなんて……。台無しだよ……。

 私は落ち込んでしまう。

 ああ、本当にこの初デートは忘れられない思い出になりそうだ。

 トイレの前で落ち込んで待っていると手に袋をぶら下げたセシリアが私の元へ。

 

「買ってきましたわ」

「ありがとうね。助かったよ」

 

 私は袋を受け取る。

 中を覗くと白の下着が入っていた。

 さっそく私はトイレトイレへ行こうとするのだが、私の手をセシリアが掴んで放さない。

 

「えっと、何?」

 

 下着がまずいことになっている私は早く着替えたいのだけど。

 

「わたくしも手伝いますわ」

 

 笑顔でそう言い出した。

 

「な、何を言い出すの!? 手伝いなんていらないよ!! 一人でできるよう!!」

 

 これがエッチ的な意味でも却下である。

 確かにこんなプレイをしてみたいな、あんなプレイをしたいな、なんてよく考えるけれども!! でも、何がうれしくて赤ちゃんプレイをしなきゃならないの!! そんなプレイは嫌だ!! セシリアとするプレイは『お嬢様とメイド』って決まっているもん!!

 

「遠慮はいりませんわ」

「遠慮とかじゃないよ!! 自分でやるって言っているの!!」

 

 セシリアがこんな変態になったのは絶対に私のせいだ。もし世界がたくさんあるのならば、私以外とセシリアが恋人になった世界ではこんな変態にはならなかったに違いない。

 セシリアを変態にした責任という意味でも、セシリアの人生を貰おう。責任を取って私のお嫁さんにしよう。これがベストだね、うん。

 あ~そういえば簪もエッチな子にしちゃったし、やっぱり私が責任を取ってお嫁さんにしないと! ああ、本当に私ったら罪な女ね、二人も変態にしたのだもの。

 っと、現実逃避はこれでお終いにして! ど、どうしよう……。



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第65話 私が赤ちゃん

「ほら、行きますわよ」

 

 どうしようかと迷っている間にセシリアが私の手を引いて、障害者用のトイレへ私を連れ込んだ。

 うう、結局断れなかった……。

 これでもう、赤ちゃんプレイをすることが決定してしまった。これから私はセシリアに羞恥とかいう言葉よりももっとすごいことをされてしまう。下の世話をされるのはエッチなことをするよりも恥ずかしいし、抵抗がある。

 でも、そんなことが分かっていながら本気で逃げれば逃げることができたはずなのに、こうして私がここにいるのは心の中でそういうのもいいかもと思っているからかもしれない。……思ってないことを願うけど。

 

「ねえ、本当にするの?」

「しますわよ」

 

 セシリアの顔は本気だった。

 

「ただ下着を変えるってわけじゃないんだよ。ちゃんとそこを理解してる?」

「ええ、もちろんですわ。あなたのをきちんときれいにしますわよ」

「!?」

 

 嫌がってくれるかと思って言ったのにセシリアがやる気だった!! ただ下着を脱がしてもらって新しいのを履かせてくれるだけかと思っていたけど、ま、まさか大切な部分を拭くところまでなんて!! 本当に紛れもない赤ちゃんプレイだ!!

 

「その、人のをするのって恥ずかしくない?」

「もちろん恥ずかしくはありませんわ。わたくしは拭いて着せるだけですもの。それにわたくしとあなたは恋人ですのよ。この程度は当たり前ですわ」

 

 いや、絶対に当たり前じゃないよ。いくら恋人でもそこまでしないよ。それはもうただの変態だよ。

 私もようやく覚悟を決めた。こういうこともいつかあるかもしれない。ただその時期が早まっただけ。

 そう思って無理やり納得させた。

 

「わ、分かった! やって!」

「ぷっ、ふふふ」

 

 え? な、なに?

 セシリアが笑ったので戸惑いを隠せない。

 

「冗談ですわ。さすがにやりませんわよ」

 

 え? じょ、冗談? な、何だ、冗談だったのか。

 安心はしたようなのだが、その心のうちには残念という感情もあった。

 

「もう! そんな冗談はやめてよね! びっくりするじゃん!」

「それくらい気づくと思っていましたわ」

「もしかして基準を普通の子にしてる? だったらその基準にしたセシリアが悪いよ。女の子を好きになるような子が、普通なわけがないもん」

 

 トイレの中で自信満々で胸を張って言った。

 

(いえ、それは自信満々で言う)(ことではありませんわよ)

「ん? 何か言った?」

「何でもありませんわ。ただ下着を替えることに関しては手伝いさせてもらいますわ」

「え!? なんで!? 一人でできるよ!!」

 

 確かに私の下着は自分のおしっこで濡れて脱ぎにくくなったりしている。だけど、それでも一人でできる。場所が場所ということで転ぶということもあるが、私は武術を習っていたのだ。バランスが悪かろうと転ぶことはない。

 

「それでもですわ。万が一がありますもの。あなたに怪我なんてしてほしくはありませんから、大人しく受け入れてくださいな」

「でも……」

「あなたは先ほど覚悟を決めたのではありません? ただ下着を変えるだけですわよ。最初よりも恥ずかしくないと思いますけど?」

「そ、そうだけど……」

 

 大きな覚悟をしていただけに、そうではないと分かるとその覚悟が穴の開いた風船のように萎んでしまったのだ。

 

「……あまりやりたくはなかったのですけど、そこまで嫌というなら強硬手段にでますわ!」

「ふえっ!?」

 

 覚悟が決まらない私に痺れを切らしたセシリアがいきなり私のスカートを捲り上げた。捲り上げられたスカートから覗くのは私の脚と股間部分に染みのある下着。

 私は染みのある下着を見られて、羞恥でいっぱいになった。

 

「み、見ないで!!」

 

 すぐさまスカートを押さえる。

 

「残念ですけど見ましたわよ。ほら! もう見ましたからわたくしが脱がしてもいいですわよね?」

「うう~」

「唸っても意味がないですわよ。ほら、今度は自分の手でスカートを上げてくださいな。詩織だってその下着のままというのは嫌でしょ?」

「……分かったよ」

 

 私はスカートの端を掴んでゆっくりと持ち上げる。次第に露になる私の下半身。

 

「……こ、これで……いい?」

「……ええ、いいですわ」

 

 私は羞恥で顔が赤い。セシリアもどういう理由か知らないが、顔が赤い。

 セシリアはしゃがむと私に近づく。

 その距離は近くて絶対にニオイが! ああ~! そ、そんなに近づかないで!! ニオイを嗅がれたくないよ!!

 一歩後ろの下がってしまうが、すぐに距離を詰めてくる。

 

「詩織のおしっこのニオイがしますわね」

「……っ、に、におわないで!!」

「あら、わたくしはただ脱がすために近くにいるのであって、自分から嗅いだりなんてしていませんわ」

「……それって臭うって言いたいの?」

「さて、脱がしますわね」

 

 誤魔化した! 臭うかどうかを誤魔化した! これって臭うって言っているようなものだよね!

 女の子である私は自分が仕出かしたことの結果とはいえ、結構精神にダメージを受けた。

 うう、もう、お嫁に行けない……。

 その間にセシリアは私のパンツを脱がしにかかっていた。

 私はもう逃げられない。黙って脱がされる。

 セシリアはゆっくりと脱がしているため、何だかエッチなことをしているかのように感じた。

 完全に脱がされると濡れた股間が外気によってさらに冷やされ、ある意味心地よいものがする。

 

「ん……」

 

 思わず声が出る。

 

「こうして間近で見るのは初めてですわね」

「何を言っているの? 言っておくけど、エッチなことはしないよ」

 

 初めては簪とだ。セシリアとはいちゃいちゃするが、それもキスと胸をどうこうする程度のスキンシップのみだ。それ以上は簪のあとになる。

 

「分かってますわ。わたくしだって雰囲気と場所を大切にしますもの。ただ……その、わたくしもあなたの体に興味がありますのよ。あなたは好きな人の体を見て、どうも思いませんの?」

「ううん、思うよ。今がこんな状況じゃなかったらさっきみたいなことをしてたかも」

 

 セシリアはモデルにでもなれるほどのスタイルを持つ美人さんである。前世が男だったからこそ分かる、男たちにとっては高嶺の花とか離れた場所でつい見てしまう気になるあの子、だもんね。

 そんなセシリアを見て欲情しないわけがない。

 

「やっぱりわたくしはあなたのことが好き、ですわね」

「いきなり、どうしたの?」

「ただわたくしが友人としてではなくて、そういう意味で好きって認識しただけですわ」

「……私も同じだよ」

 

 しばらくそうしていてようやく戻る。

 セシリアは私からパンツを完全に脱がした。今はノーパン状態というわけだ。

 

「詩織、ちょうどいいですわ。ついでに済ましては?」

「う、うん」

 

 つまりセシリアの目の前でおしっこをしろということか。

 た、確かに尿意を感じるけどさ! で、でも、恥ずかしすぎる! 他人の前でおしっこをするなんて! だ、だってここでするとなるとどうしても音が……!

 音が聞かれるというのはとても恥ずかしい。

 でも、尿意を一度意識してしまったためか、おしっこしたいってなっている。

 私は素直にした。

 セシリアは気を使ってこちらに背を向けてくれていた。……耳は塞いでないけど。

 私は顔を赤くしながらしたのだが、な、なんか目覚めそうになった。こ、こういうのもまたするのも……。

 

「セシリア、終わったよ」

 

 私の顔はまだ熱い。

 

「ちゃんと拭きましたの?」

「拭いたよ。ウェットティッシュを使って拭いた」

 

 さすがに乾いたトイレットペーパーだけで済ますというのは無理だった。ちゃんと濡らして拭かないと違和感を感じる気がするのだ。なんかよくある、こうしないと落ち着かない! ってやつだ。

 

「そんなところまで言わなくていいですわ。ほら、新しい下着ですわよ」

 

 セシリアが持っているパンツを受け取ろうとするが、セシリアが取らせてくれない。

 もう一度取ろうとするがまた逃げる。

 

「もう! なんで逃げるの!?」

 

 こっちはノーパンで変な感じがするので早く履きたいのに!! もしノーパンでいいなんて言われて帰るまでそうしていて、それが癖になってこれからさきノーパンで過ごすようになったらどうするのよ!! というか、ノーパンってちょっと気持ちいい?

 

「わたくしが履かせるからに決まっているからですわ!!」

「なにそれ! 脱ぐときはセシリアの言うとおりって思って脱がされたけど、履くときは別に苦労しないよ! だからやんなくていいよ!」

「ダメですわ! わたくしが履かせますわ!」

「なんでそんなに履かせたいの!! もういいじゃん!」

「先ほどと同じで危ないからですわ! 油断大敵、ですわ!」

「油断大敵って……。ただ履くだけでしょ! 油断も何もないよ!」

 

 何かを履いたり着たりするのに油断大敵なんて言葉を聞いたのは初めてだ。

 濡れたパンツを脱いだり慌てているとき以外は、転んだりなんてしたことがない。

 

「ああ、もう! わたくしがやりたいのですわ!」

 

 このままでは話が進まないと感じたのか、ついにセシリアが本音を言った。

 ……変態な発言だ。

 

「もう! 最初からそう言えばいいじゃん!」

 

 私は恥ずかしいと思いながらまた黙ってセシリアの望みを叶えることにした。

 私はセシリアによって広げられたパンツに片足ずつ入れていく。

 両足を入れるとセシリアはすっとパンツを上げた。

 ふう、ノーパンの快感を覚えずに済んだ。

 

「これで満足した?」

「ええ、もちろんですわ!」

 

 セシリアはなぜかうれしそうに言った。

 こっちは新しい扉が開きそうになって危なかったのに。

 

「あなたとこのようなことができるのも、恋人になったからですわね」

 

 何かいい雰囲気を出しているところだけど、それ間違いだよ。恋人になっても普通は下の世話という意味で恋人のパンツを脱がしたりしないよ。したのは私たちが変態(アブノーマル)だからだよ。

 なんだか恋人ってこんなのだっけ? 世間の恋人とは違う気がする。

 まあ、毎度思うけど私たちってそもそも普通じゃないしね。変態でいいのかもしれない。

 私の着替えが終わったのでトイレから出る。このトイレが人気のない場所にあったおかげで誰にも見つかることはなかった。誰かに見られたら確実に変なことをしていたと思われる。……実際していたけど。

 

「さあ、もう時間もないし早く行こうか」

「ええ」

 

 私から帰ろうと言ったが、そう言った私は本当はもっとデートをしたい、まだここにいたいと思っていた。

 

「また来ましょう?」

「……うん」

 

 セシリアが隠していた私の心の内を読み取ってくれた。

 

「わたくしたちはもうちゃんとした恋人でしてよ。わたくしはあなたの前から消えませんわ。だからいつでもデートはできますわよ」

「そうだね。セシリアは私のだもんね」

 

 近い将来にセシリアを私のものという証を付けるのだ、精神にも身体にも。

 そうだね、うん、初デートがもう終わってしまうのは悲しいけど、デートは何度もあるのだ。初デートが大切なことだと分かっているが、時間は有限。終わってしまうものだ。だったら目を向けるのは次のデートだ。

 よし! 今度のデートのことを考えよう! ただ連続でセシリアとデートというのは無理。簪がちょっと狂っちゃう。次は簪とのデートだ。

 ああ、セシリアって本当にいい女だよ。私が無理やり恋人にしたのにそんな私を好きになってくれた。思わず私にはもったいないなんて思ってしまいそうだ。

 すっかりと気分が晴れた私はセシリアと一緒についに新幹線へ向かった。

 ちょっとセシリアといちゃいちゃしすぎたのでギリギリだった。

 

「ふう、危なかった~」

「そうですわね。危なかったですわ」

 

 ちょっと走ったのでセシリアは息が荒い。

 

「大丈夫?」

「ええ、少し休めば大丈夫ですわ」

 

 セシリアも代表候補生なので体力があるほうなのだが、ただ荷物を持ちながら私のペースで走ったので無理をさせてしまった。

 むう、罪悪感が……。

 私がセシリアに甘えたせいというのも大きいので。

 

「にしてもまた、人が少ないよね」

 

 私たちの席の周りはやはりスカスカだった。というかこの車両自体が、か。

 動いている気配はないから寝てるのかな? だとしたらまたここでいちゃいちゃしても……。

 私の中でエッチな思いが溢れる。

 

「そうですわね」

 

 セシリアはそのような気分ではないみたい。まだ息を整えているからかな?

 私はもうそういう気分なのでセシリアを誘うってみようと決めていた。

 セシリアも結構ノリノリなので受け入れてくれるに違いない。

 あんまりこういうことばかりしていたら体が目的なんて思われてしまうという心配もあるが、今だけは許して欲しい。セシリアが私の恋人になってくれたから自分を抑えられないのだ。

 だってセシリアが私のこと好きじゃないのかと思って、いつも気を使って過度なスキンシップをずっと自重していたから。その溜まった分を私は発散している、と言えばいいか。



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第66話 私の恋人の中でもあなたのほうが

 早速自分の脚に乗っていた手をすっとセシリアの脚へ動かした。

 セシリアがびくんと震える。

 

「セシリア……」

 

 セシリアがその手に自分の手を重ねた。

 

「して、いいの?」

「ちょっとだけですわよ」

「ちょっとってどのくらい?」

 

 私はす~っと指先でセシリアの脚から胸まで動かした。

 

「ん、あん。揉む、くらい、です、わ」

 

 セシリアからの許可をもらったので、その手でおっぱいをちょっと乱暴にがっしりと掴んだ。

 

「んあっ」

 

 セシリアが声を上げる。

 新幹線という公共の場なので誰かに聞かれるかもと思ったが、なんだかそれに興奮してしまう。

 いけないことをするって楽しいもん。

 私は何度も何度もセシリアのおっぱいを揉み続ける。

 セシリアは声を漏らさないようにと我慢していたけど、その顔が本当に可愛い。

 

「声出したらばれちゃうよ。抑えてね」

 

 セシリアは口を開けないので何度も首を縦に振って答えた。

 しばらく揉んで止める。

 

「どう? よかった?」

「んっ……よかったですわ。ただ……その、服の上からではなくて、直接のほうが……いいですわ。直接あなたを感じたい」

「ん、分かった。私も服の上からじゃなくて、直接触りたい」

 

 セシリアが自分の服を捲り上げる。露になるブラジャーに包まれたおっぱい。

 ふむ、じゃあ、さっそく直接触るために邪魔なものは剥いじゃおうか。

 セシリアが服を上げたので、ブラは私が上げよう。

 私はちょっと乱暴に無理やり上げる。無理やり上げたのでその反動でセシリアのおっぱいがぷるんと上下に震えた。

 そのおっぱいの動きに興奮が高まる。

 

「セシリアのおっぱいがぷるんだって。なんかエッチだね」

「そういうあなただってなりますわ」

「わっ」

 

 セシリアが服とブラを同時に捲り上げた。

 私もセシリアもおっぱいを晒してしまう。

 

「ふふ、あなたもぷるんとなりましたわよ」

 

 なんだか見られるとかよりもそう言われたほうが何か恥ずかしかった。

 私が揉んでいるとセシリアもやり返しにと揉み返してきた。

 触られたという感触からだんだんと快感が湧き上がって来る。

 

「声を抑えようとするあなたは可愛いですわ。さっきのあなたもこんな気分でしたのね」

 

 今現在は私が一方的にやられている状態。私の手はセシリアの反撃で止まっていた。

 

「知っていまして? もう一人のあなたよりも今のあなたのほうが魅力的ですわよ」

 

 『もう一人のあなた』というのは生徒会長モードのことだ。

 

「そうなの?」

「ええ、わたくしには、ですけど」

「簪もそう言っていたけどセシリアもこっちがいいんだね」

「……もしかして気にしていますの?」

「ううん、気にしてないよ。元々の私ってこっちだから」

 

 ただ生徒会長モードって個人的にかっこいい私で魅力もたくさん! って思っていたからちょっと複雑な心情なだけだよ。

 

「じゃあさ、新しい好きな人を見つけたらこっちで接したほうがいいってこと?」

「むうっ、さあ、それは分かりませんわ、ねっ!」

「やんっ」

 

 なぜか話の途中で胸を揉まれた。しかも力強く。

 不覚にも優しく揉まれるよりも気持ちよかったななんて思ってしまった。これで何度目かな。私ってちょっと乱暴にされることが好きなのかな?

 いくつか心当たりがあるので、それを否定することができない。やっぱり私はMなのだろう。ちょっとだけね。

 むう、言葉だけではなく肉体的にもなんて……。やはり私は変態か。

 

「全くあなたはハーレム反対のわたくしの前で何を言い出しますの? 新しい女を作るなんて話をこんなことをしている最中に言うのは無粋というものですわよ」

「うう、ごめん」

 

 恋人がいる前で他人の女の話はダメだった。前世で何度かやってしまったことのある失敗だったのにまたやってしまった。

 

「というか、わたくし以外に二人、または三人も作ってまだ作るつもりですの?」

「ん、あん、それは、分かんない……」

「あまり言いたくはないですけど、わたくし、更識さん、織斑先生、篠ノ之博士という恋人がいながらまだ欲しいのですの? 少なくともわたくしはあなたのことを本当にそういう意味で愛していますわ。それでも求めますの?」

 

 ……なんだか重要な話をしているような雰囲気だけど、セシリアが進行形で胸を揉んでいるので台無しだ。

 

「そういうことじゃないの。求めるとかじゃないの。私はね、女の子を見て運命的なものを感じて恋人にするんだよ。だから分からない」

 

 あうっ、何かセシリアの手が上手くなってる……。し、しかも、私が弱いところを把握して……!

 もう本当に話の内容とやっていることが噛み合っていない。

 

「……ならわたくしが願うべきことはあなたに新たな運命の少女と会わないことですわね」

 

 私はこれに文句を言えない。セシリアはハーレム反対だから。セシリアがそう望むことは当たり前で、いくら私でも私のことを愛している子に自分に合わせろなんて言えない。

 

「それよりも今はこっちですわよ」

「んっ……」

 

 セシリアの不満やらを発散するかのように強く激しく私の胸を揉む。

 

「ちょ、ちょっと、んあっ激しすぎない?」

「全部! あなたのせいですわ! あなたがっ! わたくしの前でっ! 他にも作りたいなんて発言をするからっ!」

「ご、ごめんなさい! あうんっ」

「あら? 反省の色が見えませんわよ。ごめんなさいと言っているのにあなたに見えるのは喜びですわね」

「だ、だって、セシリアが揉むから!」

 

 セシリアの揉み方は本当にレベルが上がっている。

 私は胸だけで気持ちよくなっている。もし簪としたようなことをセシリアにされたらどうなってしまうのだろうか? そんな考えを浮かべるだけでぞくりとする。

 簪が下手と言う訳ではないが、ごめんね、簪よりもセシリアのほうが、少なくとも胸を揉むのは上手い。

 まあ、簪も初めての体験だったからセシリアのほうがたまたま上手かったということだろうな。

 

 

 結局私はセシリアに反撃することができなかった。ただセシリアに攻められるままだった。私だけが気持ちよくなって満足しただけだ。

 うう、私だけが一方的にされるままで私からは何も返せないなんて……。セシリアにも気持ちよくなって欲しかったのに。

 私はセシリアに服の乱れを整えてもらっていて、息を整えようとしていた。

 

「せ、セシリア~ちょっと激しすぎだよ」

「痛かったですの?」

「ううん、痛くなかったよ。とてもよかった」

 

 そう言うとセシリアはうれしそうに笑ってくれた。

 くっ、セシリアにそんな笑顔を見せられたら私!

 でも、すぐに僅かに不安げになる。

 

「その、更識さんと比べるとどうですの?」

「気になるんだ」

「当たり前ですわ! その、あなたの前で言いたくはないのですけど、わたくしはあなたを独り占めしたいと思っていますのよ。だから一つでも優位に立ちたいんですわ」

 

 むう、何度も思うけど仲良くして欲しいんだけどなあ。

 できないと分かっているけど期待は何度もしてしまう。

 

「私は一人だけを愛するなんてできないけど、その、簪よりは上手かったし気持ちよかったよ」

 

 本気でそう言うとセシリアはうれしそうに顔を赤めた。

 

「それは……本当なのですの?」

「本当だよ。簪よりも気持ちよかった」

 

 ここで簪も初めてなんて情報は言わない。とにかく今はセシリアを優先である。

 ああ、ごめんね、簪。でも、きっと経験を積めばもっと上手くなるから! ……ただ、セシリアもまた同時に上手くなるけど。

 

「もちろん言ったらダメだよ。簪と喧嘩をしたときでも言ったらダメだから」

「分かっていますわ。あなたを奪いたいとは思っていますけど、更識さんを貶めたいなどは思ってはいませんもの。あくまでもあなたの思いをわたくしに向けさせるだけですわ」

「い、言うのはいいけど、本人の前で言わないで……。は、恥ずかしいから」

 

 セシリアはさっきと違って顔を赤めることはなく、真剣な表情で言った。そんな中であなたの思いを……なんて言われるのは何か心に来るものがあった。それはハーレムを目指している私といえど、だ。

 私って本当に幸せ者だ。

 私はちゅっとセシリアにキスをした。私が胸を弄られていたときに大人なキスは何度もしたので、軽いちょっと口を付ける程度のキスだ。それを何度か繰り返した。

 そうやっていちゃついているとセシリアが問いかけてきた。

 

「あなたを独占ということで思い出したのですけど、もしあのときにわたくしが勝っていたらどうなっていましたの?」

「勝つってセシリアを恋人にしたあの試合?」

「そうですわ。もしあのときにわたくしが勝っていたらあなたはわたくしのものと言っていましたわ。でも、あなたの夢はハーレムですわ。わたくしのものとなったあなたはハーレムを作ることはできませんわ。どうしていましたの? やっぱりこっそりと?」

 

 それはIFの話だ。もう決して覆られることのない事実と現実とは別の未来だ。

 そっか。そういえばそんなことも言ったな。

 

「気になるの?」

「今が嫌というわけではありませんけど……気になりますわ」

「そうなんだ。それでもしセシリアが勝っていたら、私はもちろんセシリアの奴隷として過ごしていたよ。もちろんハーレムはあきらめてた……と思う。そして、セシリアだけを愛してたよ」

「ハーレムを作ると言っていたあなたがあきらめていたのですの?」

「うん。だってセシリアの奴隷だよ。そして一生奴隷として生きるって決めたんだもん。ハーレムなんてできない」

 

 ただ奴隷と言ってもセシリアの欲を発散されるための道具はごめんだ。だから奴隷としてではなくて、メイドとして生きるという意味だ。

 セシリアを主とし、私は生きるのだ。

 

「ああ、でもね、恋愛することはあきらめてないよ。そのときはセシリアと恋人になるつもりだったの」

 

 奴隷(メイド)なのに主と恋仲になる。

 結局は私の願いどおりというわけだ。ん? 現実はそう甘くない? 奴隷(メイド)ごときが主と結ばれるわけがない? そんな現実で私は簪、セシリア、お姉ちゃんの三人を手に入れ、ハーレムを作り上げたのだ。私はそこでもセシリアを恋人にしただろう。だからそれは無理ではないのだ。ありえなくはない世界なのだ。

 

「……そんな未来もあったんですのね。今が不満というわけではありませんけど、そういう未来を歩んでみたかったですわ。そしたらあなたはわたくしだけのものでしたのでしょう?」

「うん、もちろん。そしてご主人様であるセシリアにたくさんご奉仕してたよ」

「……ご奉仕」

「ふふ、気になる? 私がどんなことをするのか」

「ごくり、どんなことを……しますの?」

 

 セシリアの目には私を弄っていたときと同じようにエッチなことを求めているようだった。

 

「や、やらないよ」

 

 やらないつもりなのに思わず動揺してしまった。

 

「やらないんですの?」

「やらない!」

「誘ったのはあなたなのに……」

「そ、そう聞こえたかもしれないけど、言葉で言うつもりだったの!」

 

 そう言うが不満顔だった。

 

「こ、今度それをしてあげるから。今日やったようなことだけじゃなくて、もっと先のを……」

「……分かりましたわ。それを楽しみにしていますわ」

 

 ふう、なんとか乗り切った。

 言葉で言うと言ったが、あの不満顔を止めさせるにはこっちのほうが正解だったようだ。言っても絶対に不満顔は変わらなかったと思うから。

 

「にしても、やっぱりあなたがわたくしのものになっていたと思うと悔しいですわ。過去へ行けたら……と何度も思ってしまいますわ」

「でも、そう思うのはセシリアが私のことを好きになったからでしょ? 過去へ行けても、過去のセシリアは今のセシリアの言うことなんて聞かないんじゃない?」

「大丈夫ですわ! 過去のわたくしも今のわたくしも同じセシリア・オルコットですわ! あなたへの愛を説けば過去のわたくしも……」

 

 自信満々に言っているが私は多分無理だなと思った。

 だってセシリアはプライドが高い。ん? あれ? 高いのか? 最近のセシリアを見ると分かんない。ともかくそんなセシリアに、いくら未来の自分とはいえ、自分が同性の子を恋人にすることができるなんて言われても、絶対に過去のセシリアは未来のセシリアを頭がおかしくなった自分と思って、その通りにはしないだろう。

 そもそも過去のセシリアが信じても、相手がISの素人の私だからね。どうしても油断はするだろうね。

 

「そういえば思ったんだけど、セシリアのその愛っていつからなの? つい数日前からは私はそんなに嫌っていないって気づいたんだけど」

 

 私と出会ったときは、色々と勘違いがあって好印象だったはずだ。けど、私の勝負後の交渉によりそれも終わった。悪印象を持たれた。

 ん? 待って。そういえばセシリアってあのとき、悲しそうな顔をしていたよね? うん、してた。なんでだろう。あのときも分からなかったけど、やっぱり今も分からない。

 思いついても私の奴隷発言だが、それは違うって思っている。

 話の流れで聞くことができるかな?



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第67話 私のことはいつ?

 私の問いにセシリアは笑みを返す。

 

「わたくし、あなたと初めて会った時、あなたと親友になれると思っていましたのよ」

「えっ?」

「けれどもあなたがそのあとに言ったのは勝負後のあの言葉。正直に思いまして、怒るとかではなく、あなたとは親友になることが不可能だと思いましたわ」

 

 私が予想したとおりにセシリアはあのときに悲しんだ顔をしていた理由を語ってくれた。

 

「そう、だったんだ」

「それからはあなたに対してはあまり好意をもてませんでしたわ」

 

 それはしょうがないと思う。だって強制なのだ。強制力はないはずなのだが、強制なのだ。それを約束してしまったセシリアには当然そういう感情しかないはずだ。

 だってセシリアが私に対して親友になれるという感情を一時的には持ったとしても、その時点のセシリアにとって私はまだよく分からない人なのだ。

 逆にセシリアは代表候補生なので色々と情報を集めることができるのだ。だからそのときのセシリアにはそんな提案をしてきた私がどういう下心があるのか分からずに警戒する。

 私だったら好きな子ならともかく、興味もない知らない子に対しては同じように警戒するね。

 これは当然のことだ。

 私の好きな子が相手なら初対面でも問題ないのも当然だね。それで裏切られたりしても、私は何も言わない。

 

「そして、わたくしはあなたと戦って負けて、約束どおりにあなたの命令を聞くことになりましたわ」

 

 そう言ったセシリアの顔はなぜか不満顔である。

 確かに無理やりなやり方だったけど、結果的には互いに思うようになったから不満顔はないと思うんだけど。

 

「……なんで不満顔なの?」

 

 セシリアはもう私のものなので、できるだけ不安要素は取り除きたい。あればそれを取り除く努力をする。それが私だから。

 

「わたくしの人生の中であなたが初めての恋人ですの。告白も初めてですわ」

「え!? セシリアって告白されたことがないの!?」

「ええ、ありませんでしたわ」

 

 衝撃的な事実である。セシリアは本当に美人さんである。男なら誰でもあの子が自分の恋人だったらなー、お嫁さんだったらなー、なんてことを考えてしまうくらいの美人さんである。

 そのセシリアに告白する人がいなかった。

 セシリアの学校はお金持ち学校だが、共学だったと聞いたので男子がいないわけでもない。

 と、そこで原因となるものに心当たりが。

 それはセシリアのプライドの高さである。それは最初の頃に一夏に絡んでいたときを思い返せば一目瞭然。小説のキャラで言えば悪役令嬢というやつだ。

 セシリアが悪役令嬢をやっているところを想像してみる。

 ……うん、ぴったりだ。どう頑張っても悪役令嬢だ。お姫様系は無理!

 セシリアが告白されなかった原因らしきものを見つけたけど、セシリアを恋人にしている私は複雑な気分になる。

 

「だから不満なのですわ。せっかくのあなたからの告白があんな雰囲気もない残念なものなんですもの」

「ごめんなさい!」

 

 セシリアも初めての告白だからといって、絶対に雰囲気のあるとか、相手はかっこいい人とかは求めてはいなかったはずではある。

 だが、そんなセシリアでもあんな強制力のある、『付き合ってください』とか『好きです』とかよくあるような言葉もない、『明日からあなたは私の恋人だから。もちろん拒否はできないよ』みたいな告白では、どうやっても受け入れられないのだろう。

 私だって受け入れづらい。

 

「謝るくらいなら何かしてほしいですわ」

「……してほしいことある?」

 

 したいことがあるといわれたので聞く。

 今の私は反省しているので、できるだけその要望を叶えよう! まあ、そうではなくとも叶えようとするのが私だけど。

 ただそういう気持ちがあるのとないのとではやる気も変わってくる。

 

「あら、いいんですの?」

「うん、いいよ」

 

 そういう流れなのでそう答える。

 

「そうですわね。なら毎日寝る前にあなたの部屋に行って、お休みのキスをしてもらいたいですわ」

 

 セシリアが恥ずかしそうに言った。

 可愛すぎて抱きしめたくなるくらい。

 

「それでいいの? それくらいならセシリアのお願いじゃなくて、私のお願いで済んじゃうけど」

 

 事実、簪とは毎日朝のおはようのキス、夜のおやすみのキスをしている。もちろん恋人だからという理由でだ。だからこれはセシリアも含まれる。

 セシリアの心が分かった今、遠慮する必要がないからね。しばらく様子を見て、習慣にしようと思っていたんだよね。

 

「だから、別のにしたらいいと思うんだけど」

「それはうれしい申し出ですけど、そんなことを言えばあなたはわたくしのお願いに同じような答えを返しますわよ」

「うぐっ」

 

 セシリアの言うことを否定できない。

 

「ですから、このお願いは今度に取っておきますわ。それでよろしくて?」

「え? うん、いいよ。何かあったらそれを使ってね。期限なんてないからいつでもいいよ」

 

 一先ずお願いは保留となった。

 さてさて、セシリアはどんなお願いを私にするのだろうか。恋人にしてほしいと言われるとなんかテンションが上がるね。張り切ってしまう。

 

「でも、なんでセシリアから私のところへ来てキスをするの? やっぱりここは私がセシリアの部屋に行ったほうがよくない?」

 

 一応私はハーレムの主人ということなので、男女で言うところの男の立場を取っている。それに前世のこともあるし。

 なので部屋を訪ねるとかは私がやったほうがいいかななんて思っている。

 

「自分の部屋であなたを待つというのもいいと思いますけど問題がありますわ」

「問題?」

「ええ。それはルームメイトの存在ですわ」

 

 寮に住む私たちはその大半がルームメイトと一緒である。一人なんてことは滅多にない。奇数の時は三人部屋があるし。

 

「それが?」

「分かりませんの? もしあなたがわたくしの部屋まで来ておやすみのキスをしたら、その場面をわたくしのルームメイトに見られるということですわ。あなたとの恋人関係が嫌というわけではありませんけど、その、他人に知られるのは抵抗がありますわ。でも、あなたの部屋ならルームメイトもあなたの恋人で、たとえわたくしとキスしているところを見られても問題ありませんもの」

 

 代わりに簪の嫉妬の攻撃が私に来るけどね。嫉妬されるのは嫌な気分ではないのだけど、嫉妬というのは何度もされるものではない。

 確かに嫉妬=愛の度合いとも言える。

 でも嫉妬をする度にその心のうちには負の感情が宿る。それが殺意だってこともある。

 なので連続で嫉妬されるなんてことは避けたい。

 ただハーレムなので、それは無理かなと思う。解決法としては私の愛を示し続けることだろう。うん、それしかない。

 

「話が大きくずれましたわね。えっと……」

「私がセシリアに恋人になれって言ったところ」

「そうでしたわね。そのときの私は嫌だと思っていましたわ。だってわたくしたちは女性ですもの。恋人は異性同士と思っていた私には理解できませんでしたわ。それにその前からあなたにはあまり好意ももてませんでしたし」

 

 セシリアの気持ちを知りたいとは思うが、好意ではないところを聞くとあまりいい気分ではない。

 

「じゃあ、私を好きになったのっていつ?」

「実のことを言いますと恋人になってすぐ後ですわ」

「え? すぐ?」

「ええ、そうですわ。翌日ですわ」

「はやっ!」

「わたくし自身もそう思いますわね」

 

 思い返してみるが、その頃のセシリアは厳しかった気がする。いや、そういえば一瞬で気のせいかと思ったけど、喜んでいるような顔をしていた。もしかしてあれなの?

 

「とは言ってもそれが好意だと気づいたのは後でしてよ。だから好意だと気づくまでもやもやする気持ちをあなたにぶつけていましたわ。きっとあなたは悲しんだでしょうね。申し訳ありませんわ」

「い、いや、謝らないでいいよ! そう思って当然だから! 誰だってそう思うから!」

「ダメですわ! わたくし、本当にあなたのことが好きなんですのよ! 自分の気持ちが分からなかったあのときと違いますわ!」

 

 好きと言われた私は顔を熱くする。

 ど、どうも私はこういうことを言われるのに弱いようだ。しかも、こういう真剣な顔で言われるときの好きが。

 うう、やっぱり私ってチョロすぎる! もし私が普通の女の子で、私の好みの男性から初対面でも、告白されたらあっさりとOKと返事をしてしまうのではないだろうか。

 うっ、き、気分が! 仮定だとしても男に告白をされるのも無理!

 

「謝罪を受け入れる」

 

 うれしいと気分の悪さでテンパッて変な言い方になった。

 

「よかったですわ。実はちょっと気にしていましたの」

 

 私にとっては大した問題ではなかったが、セシリアにとっては結構重大だったようだ。

 

「それで戻しますけど、もう分かるとおりですわ。自分の気持ちに気づいて今日自分を捧げましたわ」

 

 話を全て聞いて、セシリアの気持ちを知った。

 うれしいことだけではなかったが、けっこうすっきりした。

 

「話してくれてありがとう。聞けてよかった」

「わたくしも言いたいことが言えてよかったですわ」

 

 主な話はこれで終わり、新幹線が私たちの目的地に着くまではちょっといちゃついて色んな話をした。

 新幹線の中なのだが、周りの乗客に私たちの話といちゃいちゃがばれることはなかった。

 目的地に着いた頃はもう十時を過ぎていた。

 きっと部屋で私の帰りを待つ簪は予想以上の遅さに心配しているかもしれない。

 怒っているかな……。いや、怒っているよね。私が帰ってきたら最初に『おかえり』って言ってくれるのだろうか? それとも心配させたことへの罵倒? 前者がいいな。

 簪によるセシリアへの暴言のおしおきを帰ってすぐにやろうと思っていた。だが、どうやら私が帰って最初にやることはおしおきではなく、謝罪であることは確定した。

 ゆ、許してもらえるかな。そして、謝罪した後、どうやっておしおきに持っていこうか。絶対にやりにくいよね。

 おしおきなんて止めればいいやと思うが、私はただ甘やかすだけの女ではないということを示さなければならない。

 

「ん~やっと着いたね」

 

 ずっと座っていたので、伸びをして体を解す。

 すぐに帰ろうかと思ったのだが、もう時間も遅くお腹が空いていたので近くのレストランで夕食を取ることにした。

 簪は……ご飯を食べずに待っているのだろうか。不安になったので、今更ながら食べて帰るとメールを送った。

 返事は『分かった』の一言。

 簪はあまりしゃべらないのでこの文面だけでは単調過ぎて怒っているのか分からない。もうちょっとあったら分かったのに。

 ちょっと怖いが、今はセシリアである。セシリアのことを優先に考えてしまおう。簪は後でで。

 私たちは適当に選んであ~んとかしていちゃつきながら食べた。このような時間帯なので人はあまりいなかったので見られることはなかった。

 たとえ見られていたとしても仲のいい友達見られている……と思いたい。

 食べ終わるとIS学園へ向かう唯一のモノレールに乗り込んだ。

 

「もうすぐで本当にデートも終わりですわね」

「うん」

 

 デートも遠足と同じで帰るまでだ。だからどんなに学園に近づこうが、まだデート中というわけ。

 

「今日のこと、改めて礼を言いますわ。本当にありがとうございますわ」

「こっちこそだよ。今日は楽しかったよ。一生の思い出になるから」

「ふふ、大げさですわ」

「大げさじゃないよ。私の人生で初めてのデートだもん。それにセシリアと恋人になれたんだよ。一生の思い出だよ」

 

 そう言うとセシリアは照れていた。

 このモノレールでは時間も時間なので誰もいない。そうなるといちゃいちゃしたい私はつい抱きついてしまう。

 

「ん、もう、甘えん坊さんですわね」

「ダメ?」

「もちろんいいですわ。ただ、不満があるとすればこの体勢ですわね。ほら、わたくしの膝の上に」

 

 セシリアは自分の脚を軽くポンポンと叩く。

 私は喜んで向かい合うように膝の上に座った。

 

「こういう体勢って何かエッチィよね?」

「それはそういうことを考えているからですわ。わたくしは今はあなたを愛でるという目的を持っていますからそういう考えはしませんわ」

「むう」

 

 てっきり同意してくれるものかと思っていたのでちょっとショックだ。

 ただセシリアの言うとおりかもね。今日だけでいちゃいちゃしたのだ。そういう性的な時間を過ごすのではなくて、愛でられる時間を過ごすのもいいかもしれない。

 そういうことで私はセシリアに抱きつき、セシリアも私を抱きしめて頭を撫でた。

 それが心地よくて、セシリアに甘えるときはこうされたいって思う。

 この状態はIS学園に着くまで続いた。



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第68話 私が与える罰

 IS学園に着き、外灯に照らされる寮へ続く道を歩いていく。

 やはり十一時になっているということで、人気(ひとけ)は全くなかった。

 IS学園は様々な国の子たちがいるので、門限というものは設けられていないが、門限がある中で生活してきた私は悪いことをしているような気分だ。

 寮の中に入ると外とは違って、人がちらほらといた。

 おっと、ここからは生徒会長モードだ。

 

「……変えましたわね」

 

 セシリアは私の変化に気づいたようだ。言葉も発していないのに分かるなんて心と心が繋がっているみたい。

 道中で人と会ったので、お嬢様のように挨拶をした。

 貴族になりたいわけではないが、ああいう雰囲気とか仕草なんかはしたいって思う。

 そして、私たちのデートは本当に終わりになる。

 

「これで本当に終わりだね」

「ええ、終わりですわ」

 

 セシリアの顔にはデートの終わりが来て名残惜しいと書いてある。私も同じだ。

 

「じゃあ、また後でね。ちゃんと来てね。待っているから」

 

 もちろんそれはおやすみのキスの話である。

 楽しみたいというのがない、とは言わないが、恋人としての習慣の一つなので初日からやらないなんてことはしたくはない。

 

「もちろんですわ。ただ、シャワーを浴びるので色々と時間がかかると思いますの。だから……」

「分かってる。遅くなるんでしょ? ちゃんと起きて待ってるよ]

 

 私は小さく手を振ってセシリアと別れた。

 自分の部屋の前に来るとドアのノブを握るのを躊躇ってしまう。簪が怖い。

 うう、大好きな簪に会うのが嫌だって思うことがあるなんて。自業自得なんだけどそれでも。

 しばらくの間、何度かノブを握ろうとしていた。

 ああ、もう! このままじゃいつまで経っても変わんないよ! どうせ遅いか早いかんだ! さっさと入ろう!

 

「た、ただいま!」

 

 元気よく入ってみた。

 だが、中から返事はない。

 ……まあ、いつものことだけど。簪が返事をするのは私と視線を合わせてからなのだ。どういう理由かはしらないが。

 奥まで行くと電気は点いていたが、簪は頭から布団を被っていた。

 寝てるのかな? だとしたら好都合だ。このままずっと寝てもらおう。

 そう未来の私に任せた! と思っていると、布団が動き出した。

 

「遅かった、ね」

 

 簪が体を起こして、睨むような目でこちらを見る。簪は眼鏡をよくかけているが、あれはディスプレイなのだ。なので、決してあの目は私をよく見るために睨んでいるように見えるわけではない。あれは本当に睨んでいるのだ。

 

「あっ、うん、ごめん。デート前に帰る時間を伝えてなかった」

 

 時間が指定されているので、本来ならば伝えられたはずであった。なのに私はデートが楽しみとテンションが上がっていて、言い忘れてしまった。

 私はハーレムの主でありながら、もう一人の恋人を蔑ろにしてしまったのだ。

 私はハーレムの厳しさを思い知った。私は簪たちに平等に愛すると言ったのにできていない。

 だが、これは簡単に予想できたはずのことだ。世の中にどれだけ平等があるというのだろうか。その数は少ない。

 私は反省した。そして、怒りがこみ上げてきた。平等になんてできないくせに簡単にするなんて言った私にだ。

 ただもう言葉にしてしまったので、できるだけ平等に近づけるように行動をしようと思った。

 

「知らせなかった、せい、で、どれだけ私が……心配したか、分かってる?」

「本当にごめんなさい」

 

 私は思わず土下座をする。

 簡単に土下座なんてしたが、私にプライドがないわけではない。だが、ここでするべきだと思ったのだ。これが私のできる最大の謝罪だから。

 私の前から音がする。私は土下座をしているので、見ることができないが、簪がベッドから下りたときの音だと察した。

 

「頭、上げて」

 

 私はゆっくりと頭を上げた。

 簪は私の前でしゃがんで私を見ていた。

 しばらく見詰め合っていると簪の手が私のほうへ伸び、私を強く押した。

 

「きゃっ」

 

 私は悲鳴を上げて尻餅をついた。

 いてて~と床に衝撃を受けた私は起き上がろうとするとすぐに簪が私に馬乗りになってきた。そして、私の胸元に顔を埋める。

 

「んっ、私以外の女、の……におい。気に入らない。オルコットの?」

「そ、そうだよ」

 

 簪に両肩を掴まれているのだが、爪を立てているのでとても痛い。

 でも、これはわざとだ。簪の心配かけたことからの罰だ。何も文句は言わない。言えない。

 

「においがする……ってことは、オルコットと……抱き合った?」

「そうだよ。何度も抱き合った」

「この状況、なのに……よく私の、前で言えた、ね」

 

 両肩の痛みがさらに増した。

 もう涙が出そう……。

 私が泣きそうになっている間、簪は自分の体を私にこすり付けるように動く。それは動物のにおい付けだ。いや、実際にそうしているのだろう。私に染み付いたセシリアのにおいを上書きしているのだ。

 こうしてされるがままになっているとそろそろと逆に簪に罰を与えることにした。

 本当にいきなりだが、ここでやらないとこの雰囲気に流されて好き勝手されるだけになる。それでもいいのだが、ここは我慢して怒らないと。

 なので私の腹の上でスリスリとしている簪の肩に手をやるとちょっと乱暴に突き飛ばした。

 私に突き飛ばされた簪は尻餅をつくだけではなく、そのまま倒れこんでしまった。

 一瞬焦る私だったが、なんとか心を鬼にして簪の前に仁王立ちした。

 

「な、なにするの!」

 

 悲鳴は上げずに先ほどまで緩んでいた顔が歪み、私をまた睨んできた。

 

「ごめんね。実は簪とお話がしたいの、今日のデートのことで」

 

 ちょっと無理やりだが、仕方ない。

 それから簪も私もそのままの体勢のままで話を始めた。内容はさっき言ったとおり、今日のデートのお話だ。ただし、どれだけセシリアが魅力的なのかとか、どれだけセシリアとのデートが楽しかったのか。それを私はうれしそうに簪の前で話したのだった。

 簪の目の前でただ今日の報告をする。それが私の簪への罰だ。

 これのどこが罰なのか。それは目の前で自分以外の女、それも私に好意を抱いていなかったはずの女の話をしていることだ。しかも、私はうれしそうに。

 さて、もし私が簪の立場に立ったとするとどうなるか。もちろん答えは決まっている。嫉妬の限界を超えて、その相手の女を憎むだろう。

 だが、恨むと同時に、私は悲しむだろう。

 だって何かそれって私のことよりも相手の女のほうが好きなんだって思っちゃうもん。好きって思われることは気持ちいいものだもん。

 簪やセシリアやお姉ちゃんに好きって言われると心地いいもん。なんか満たされる。

 

「でねでね! セシリアがぎゅってしてくれたんだよね!」

 

 さっきから確かにセシリアの自慢をしているのだが、途中でちょっと目的を忘れてしまった。罰とかじゃなくて、本当にただのセシリアの自慢になってしまっていた。

 にしても、私ってすごいね。だって最初は嫉妬で睨むほど視線だったのに今の簪は泣きそうになっているもん。そんな中で私は気づかずに話していた。

 

「詩織!」

 

 泣きそうな簪が悲痛な声で私を呼ぶ。

 このとき私は簪の表情に気づいた。

 

「なに?」

 

 普通にしているが、内心では、やべえ、ついこれが罰だってこと忘れてた、と焦っていたりする。

 私も何も簪が泣く場面を見たいからやっているわけではないのだ。

 

「なんで……なんで、私の前で、うれし、そうに……話すの?」

 

 簪の目から涙が流れる。

 なんとか隠しているが、見ているこっちもつらい。本当はぎゅって抱きしめて、慰めたいのだ。そして、笑顔を見せて欲しい。

 でも、でも、これは罰なのだ。悪いことをした子には罰を与えなければならない。それは当たり前のことだ。ここで止めてしまえば簪はこれからも同じようなことをしてしまう。

 私だって簪の気持ちは分からなくもないのだ。好きな人を独り占めしたいと思って当たり前のこと。そのように行動しても当たり前のこと。それをもちろんのこと否定なんてしない。独り占めしようと思うななんて言ったりはしない。

 でも、今回のようなのは何度も言うが見逃せない。やってはいけないことだ。

 

「ふふっ、なんでか知りたいんだ?」

 

 私は心を鬼にして笑顔で聞く。

 

「……っ。分かってて……やって、いた、の?」

「当たり前だよ。私だって好きな子が私以外の人のことをうれしそうに言ったら気分よくないもん」

「な、ならなんで!」

 

 簪はショックを受けているようだった。

 その目には悲しみだけではなく、怒りも混じっている。

 

「まあ、分かんないよね」

 

 だって簪はそれが悪いことだって思ってないもん。

 

「私はね、怒っているんだよ。こんなことをするのは簪への罰だよ」

「ば、罰? なん、の?」

「分かんないだろうから教えてあげる。簪、セシリアに私がセシリアのこと好きじゃないって言ったんだってね」

「っ!」

 

 簪はびくりと震える。

 

「私が怒っているのはそれだよ。なに勝手に私の想いを変えてるの?」

 

 私は簪の横にしゃがむと人差し指を一本、簪の胸元に突き立てた。それも強くだ。

 簪は苦痛に顔を歪める。

 ちなみにこれ、地味に痛いのだ。しかも強くやっているので結構な痛みだ。

 

「い、いたいっ」

「当たり前だよ。罰だもん。悪い子にはおしおきが必要だからね」

「ごめん、なさい! でも、でも!」

「でもじゃないよ。私は別に簪がね、私の夢をあきらめさせようとすることには何も口を出さないよ。でも、やり方ってものがあるんだよ。今回のは間違いだったんだよ」

「ぐっ、あぐっ」

 

 さらに強く押すと声を上げる。そこからさらにグリグリと指を動かした。

 

「止めて!」

「なら、簪にはまずやるべきことがあるよね」

「ごめんなさい!」

「なにに対して?」

「詩織の……想い、を……変えたこと!」

「そうだね。じゃあ、簪はこれからどうするの?」

「しない! こんなこと……もう、しない!」

「じゃあ、許すよ」

 

 私は指を簪から離した。

 その場所は赤くなっており、明日当たりに胸元は内出血を起こし、痣になっていることだろう。

 うう、女の子の体に傷を付けちゃった……。いくら簪が私の者でも、傷を付けたくはない。

 

「明日、セシリアに謝ってね。セシリア、あのときは何も不満は言わなかったけど、傷ついていたかもしれないし」

「分かった……」

 

 これで私の簪への罰は終わりである。

 もう私の怒りも治まったので、簪にキスして終わる。

 泣いていた簪もこれで機嫌をよくしてくれた。

 

「詩織、その、オルコットは……本当に?」

 

 互いに色々と落ち着いてしばらくして、簪がそう問いかけてきた。

 

「うん、そうだよ。セシリアから好きって言ってくれた」

 

 つい思い出してしまい、頬が熱くなる。

 

「そして、キスもしたの。だから、本当だよ」

「……そう。なら、私も……オルコットの、こと、認めるしかない」

 

 ちょっと嫌そうだったが、これでセシリアも簪に認められたようだ。

 なんか、これって正室が認めないと他の側室は側室として認められないってやっているみたい。こういうのなかったっけ?

 

「そんな簡単でいいの?」

「いい。詩織の夢は……ハーレム。オルコットが……ちゃんと好きなら、それでいい。文句はない」

 

 簪の言葉は本当にうれしい。そう感じるのはもう何度目だろうか。

 何度も何度もそう感じるんだろうな。

 そのうれしさを表すように私は簪にぎゅっと抱きついた。抱きつかれた簪は驚いた顔をして、結局は受け入れていた。

 その後は簪も風呂に入っていなかったので、一緒に入った。

 今度、セシリアと一緒に入りたいな。セシリアと入ったらそこに簪も加えて、三人で入ろう! もちろん二人で私を洗ってもらったりする。そこで恋人二人同士で互い洗わせ、私はそれをじっくりと観賞したりなんてしない。

 だってそれって完全に寝取られたって感じじゃない。もし私が男だったらそれもありと思ったかもしれないけど、女になって同性愛者となった今、それは認めることはできない。だから夜のエッチも基本は一対一ということになるわけだ。さすがにエッチのときに私以外を相手にされると絶望しちゃうよ。

 それで風呂に入って上がったときはもう真夜中になっていたので、寝ることにした。簪におやすみのキスをして。

 簪は大人しく寝たけど、私は暗闇の中、ぼーっとしながら待っていた。

 もちろんそれはセシリアである。

 私たちが床に就いてしばらくして、ドアがコンコンとノックされた。

 きた!

 私は簪を起こさないようにベッドから出て、部屋の出入り口に向かった。

 ドアを開けると部屋の暗闇に通路の光が入る。

 

「き、来ましたわ」

 

 そこにいたのは顔を赤くしたセシリアだった。その髪にはまだ湿っており、完全には乾いていない。おそらくだが、完全に乾く前に来たのだろう。

 

「待っていたよ、セシリア」

 

 そう言って私はセシリアの手を部屋の中へと引いた。



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第69話 私たちの夜の密会

 手を引かれたセシリアは大人しく部屋へ入ってきた。

 このままドアを開けたままというわけにもいかないので、すぐにドアを閉める。

 灯りのないこの部屋では、月明かりだけが頼りとなる。

 

「暗いですわね」

「こんな時間だし、簪が寝てるからね」

 

 ちょっと前まではこの時間帯でも起きていたけど、聞くところによると簪が居眠りをしそうになっていたとか。さすがに私も簪もアニメ大好きだからといって、学業を疎かにすることを続けるわけにはいかない。特に私のように全てを学び終えていない簪には。

 セシリアは音を立てずに部屋の奥へ行く。

 その場から動かずにセシリアを見るが、セシリアはどうやら寝息を立てる簪を見ているようだ。

 セシリアはしばらくそうしているとポツリと小さくつぶやいた。

 

「……うらやましいですわね」

 

 思わず抱きしめてしまいそうなことを言ってくれた。

 

「セシリアも一緒がいい?」

 

 思わず聞いてしまう。

 

「それは……も、もちろんですわ」

 

 恥ずかしそうに言う。

 ちらりと私のほうを向いたときにセシリアの顔が羞恥でさらに可愛くなっているのを見逃さない。

 

「じゃあさ、明日からセシリアも私の部屋に来る?」

「そ、それってまさかルームメイトに?」

「そう! 部屋って結構広いでしょ。ベッドも大きいから三人までなら余裕だよ。一緒に寝ることができるよ。来ない?」

 

 私はセシリアに来て欲しい。

 まだ増えるかもしれないけど、同学年には私のハーレムとなる子は見つからなかったので、見つかるとしたら二年生か三年生だ。

 さすがに上級生と一緒というのはなんか色々と難しいだろうから、ここでセシリアを特別に誘っても問題はない。

 

「私、セシリアともっと長くいたい。だからうんって頷いてほしい。どう?」

 

 なんかセシリアには『はい』か『いいえ』の選択肢があるかのように聞こえるが、好きな相手から『一緒の部屋にしてくれ』『もっと長くいたい』、最後には『頷いて』なんて言われたのだ。私がセシリアなら、嫌でも断れない。主な理由はやっぱり断ったら嫌われるのではと思ってしまうからだろう。

 分かっていながらそんなことを言った私は最低なのだろう。

 でも、これはただの独占欲だ。簪もセシリアも見せてくれた独占欲だ。

 セシリアのルームメイトは誰だか知らないけど、その女がセシリアを取るのではと思ってしまうのだ。私が同性愛者だから思うことだと分かっているが、どうしても思うのだ。

 

「……わたくし、あなたの部屋にいたいですわ。そして、あなたとの時間を増やしたいですわ」

「じゃあ!」

 

 私は喜ぶが、次の言葉で崩れる。

 

「ですけど、やはりそれは無理ですわ」

「なんで!?」

「あなたともっといたいのは事実ですわ。でも、ルームメイトになっている子はわたくしの友人ですの。あなたとの時間を増やしたいのは山々ですけど、その、友達とも仲良くしたいですわ。だから……」

「私よりも友人を優先するの?」

「そういうわけではありませんわ! あなたのことが好きで大切なのは変わりませんわ! でも、そういう優先するとかそういうのではありませんの。友人を優先したわけではありませんのよ。ただ、その……」

 

 セシリアは自分の思ったことを上手く言葉にできないようだ。

 でも、私は分かっていた。私はセシリアが友人を優先したわけではないと分かっていた。

 

「ごめん。意地悪を言った。ちゃんと分かってるよ。私は別にセシリアをガチガチに縛りたいわけではないしね。でも、ある程度は私に縛られてね。セシリアは私のなんだから」

 

 そういうとなぜかセシリアは頬を染めてうれしそうにした。

 

「もちろんですわ。私を存分に縛ってくださいな」

 

 うれしそうに言うから、思わずセシリアには縛られるということが好きなのかと思ってしまう。

 まあ、そこまで言うなら私は存分に縛ってやろう。

 

「分かった。これからゆっくり縛っていくからね。覚悟してよ」

「もちろんですわ!」

 

 うん、本当にうれしそうだ。

 私も簪に何か(言葉攻めとか)されるのが結構好きなんだけど、それと同じなのかな。好きな人に何かされるとしては同じなので、そうなのだろう。

 セシリアは、別に本当に縛られたいってわけじゃないよね? ただ単に好きな人から何かされるのが好きなんだよね? ちょっと不安だ。

 

「じゃあ、その第一歩となることをしようか。セシリアがここに来た理由だよ」

 

 私はセシリアの腰に手を当てると私のほうへと引き寄せた。

 セシリアは私の胸にもたれかかる。

 私にセシリアの体重がかかり、私はその衝撃で壁にぶつかる。

 傍から見れば、私がセシリアに迫られているように見えるだろう。実際は私が引き寄せたときの衝撃を上手く受け止められなかっただけなんだけど。

 

「本当はもっといちゃいちゃしたかったけど、それはまた今度ね。明日、いや、今日か。今日の昼休みとか放課後ね」

「そのときは……何をしてくれますの?」

「キスしたり抱き合ったりとか」

「もっと先はしませんの?」

「それはまだ。簪が先って決まっているから」

 

 セシリアに対してするのは簪としたようなギリギリまでではない。せめてやるとしたら今日の遊園地でしたことくらいだ。それ以上をしてしまうとこっちが我慢できなくなるもん。

 えっ? 違いが分からない? そ、その、下着がダメになるかそうではないか、かな。

 恋人だから別に我慢しなくてもなんて思われるが、そうやって自分の制限を緩くしてしまうと簪との約束を破るかもしれないからね。

 約束を果たすまで我慢だ。

 

「そんなことを言うってやっぱり興味があるの?」

「~~!」

 

 そう言うと顔を真っ赤にする。

 

「ほら、どうなの? ここには私しかいないから大丈夫だよ。それに私は恋人。恥ずかしいことなんてこれから先たくさんあるんだから」

「……あ、ありますわ。あなたとそういうことをするのに……興味がありますわ!」

 

 言い終わるとセシリアは俯く。

 ああ、本当に顔を真っ赤にして俯く女の子は可愛い。やはり何度見ても私の中の欲がざわめいてしまう。

 

「セシリアはエッチな子ね」

 

 私たちは同性の恋人なだけにそれが顕著である。異性同士ならば子を生すためとか良い訳ができるのだが、同性同士のためそれが無理となる。つまり、エッチなことが目的となるわけだ。

 別にそういう行為はしなくてもいいのだが、人間の三大欲求には性欲がある。

 男と比べて性欲が大きいわけではないが、セシリアも性欲に繋がる快感を知ってしまった女性だ。どうしてもしたくなってしまう。

 そうでなくとも、人間、興味のあることはしてみたくなるものだ。知識がある分、実際にやってみたいと思うことだってたくさんある。

 

「ち、違いますわ。わ、わたくしはエッチではありませんわ」

「そう? 今日のことを思い出しても?」

「~~!!」

「ほら、セシリアはエッチな子だよ。認めなよ」

「そ、そういうあなただって……」

「うん、私はエッチな子だよ」

 

 私はあっさりと言う。

 だってね、簪にもセシリアにも、ちょっと過激なことをしているんだよ。もちろん私が望んで。そんな私がエッチな子ではないと言えるわけがない。それに私の前世は男で性欲が高いしね。

 だからあっさりと言った。

 

「ああ、もう! わたくしの負けですわ! ええ、わたくしもエッチな子ですわ。あなたとそういうことがしたくてされたくて堪らないエッチな子ですわ!」

 

 やり返しにとやったことがあっさりと返されて、やけくそになったセシリアが真っ赤な顔で言う。

 なんかセシリアみたいな子がそういう宣言をするのって最高だよね。

 

「だよね。ふふ、よく言えたね。いい子だよ」

 

 真っ赤のセシリアの頭を優しく撫でてやる。

 

「もう、子ども扱いはよしてくださいまし」

「子ども扱いなんてしてないよ。これは愛情表現。可愛い子の頭をただ撫でているだけだよ」

「か、可愛いって……」

「あっ、また顔が真っ赤に。ふふ、りんごみたい。味見しよう」

「味見ですの?」

「そう、味見。こうやってするの」

 

 そう言ってりんご状態のセシリアの頬をぺロリと舐めた。

 

「ひゃんっ!」

「ん、美味しい」

「な、なにを――」

「なにって言ったでしょ。味見だよ」

「へ、変態ですわ!」

「そうだけど、セシリアもだよ」

「ぐっ」

 

 指を吸ったり吸われたりした私たちである。互いに変態と認めているので、全くダメージはない。

 

「こうしてやりますわ!」

 

 またまたやり返したはずだが全く意味がなかったので、何とかしてやり返しをしようとしてセシリアも行動にでる。

 セシリアが取った行動はやり返しなので、私がやったことだ。

 私の頬にペロッてされた。

 された直後は生温かかったが、すぐに冷えてひんやりとする。ちょっとくすぐたかった。

 私はそれで終わったのだが、やった本人のほうはまた真っ赤だ。どうも恥ずかしかったらしい。

 

「よく……できましたわね。これ、結構恥ずかしいですわ」

「そう? 私はそんなにじゃなかったけど」

「……いつかあなたが『恥ずかしくてできない』って顔を赤めさせて言わせたいですわ」

 

 それは楽しみだ。

 でも、私ができないって言うのってどんなことだろうか。自分で考えてみるがそれは思いつかない。せめて顔を真っ赤くらいだ。

 顔を赤くするのはよくあるからね。

 

「さて、結構いちゃいちゃできたし、そろそろ終わりにしよっか」

「ええ」

 

 私はセシリアにくっ付いた状態で腰を下ろした。私が腰を下ろした後でセシリアも腰を下ろしたので、私の伸ばした脚にセシリアが座る形となる。背には壁があるのできつくはない。

 

「重くありません?」

「ううん、重くないよ。ちょうどいいくらい」

 

 軽いとは言わないけど。

 私はセシリアを見つめる。

 

「セシリア、しよ?」

 

 自分の口から色を誘うような甘い声が出る。

 言っておくが、しようというのはもちろんキスである。おやすみのキスをしようという事前情報がなければ勘違いしてしまいそうな言葉だ。

 

「ええ」

 

 セシリアが目を瞑る。

 私はセシリアの体に腕を回して、僅かに空いてしまった距離を縮める。

 そして、私も目を瞑り、その唇に自分のを押し付けた。

 しばらく何度か互いの口を行き来した。

 

「んっ、んっ、んっ……セシリア」

 

 これで終わりと体が離れる。互いの口からは何度もキスをしたせいで、互いの混じった唾液が垂れ、橋を作っていた。

 

「詩織、ちょっと……激しいですわよ」

「ちゅっ、そう?」

「もう! また!」

 

 そうセシリアは言うがもっとって顔だ。キスから来る快感を知っているからその顔をするんだ。

 だからついもっとと求めてしまうのだが、今日はここまでだ。このままじゃキリがない。我慢だ。

 私はタオルを取って、セシリアと私の口元を拭う。

 

「セシリア、おやすみのキス、これでよかった?」

「ええ、満足ですわ。ただ……こんなに激しいのを毎日ですの? さ、さすがに毎日これでは、が、我慢が……」

「もちろん分かってるよ。いつもは……ちゅっ」

 

 セシリアに軽くキスをする。

 

「これくらい。ちょっと長かったりするけど、これが基本だよ。今日のはセシリアと特別になった日だからね」

「ちょっと名残惜しいですわ」

「それは私もだよ。でも、今日はここまでだよ。今日のは特別のおやすみのキスだもん。性欲を満たすためのキスじゃないからね。それは今度だよ。もっと時間があるときにね」

 

 セシリアは私を一度ぎゅっと抱きしめた後、私から離れた。

 私も立って、セシリアを見送る準備に取り掛かる。

 

「じゃあ、また朝にね。そのときにおはようのキスをするから」

 

 セシリアにそう伝え、見送った。

 セシリアがこの部屋からいなくなり、一人になると私の中に残った欲求を落ち着かせるために自分を慰めようと思った。そっと手を下へと動かそうとして――止めた。

 はあ……私は何をしようとしているのだ。さっき私は今度と言ったばかりではないか。それにすぐ近くに襲って欲しいと言っている恋人が近くにいるじゃないか。もしばれてみろ。絶対に自分に魅力がないんだと思ってしまう。

 私はベッドまで移動して、気持ちよさそうに寝ている簪を見る。

 私の恋人だもん。魅力がないなんて思わせない。魅力的だってことを教えてやる。

 大人しく簪の隣に横になると簪をぎゅって抱きしめる。

 ふう、簪にもセシリアにももっと激しいことするって言ったし、近いうちに本当に私のものにしよう。まだ十代だが、私には恋人を養うお金がある。残念なことは子どもができないことだが。

 ともかく、私には前世の記憶もあるということで、養うことができるのだ。

 だから、関係を持ったとしても問題はない。結婚は……(法律とかで)無理だが、ずっと一緒にいようと思っている。それに学生でありながら関係を持とうとするのは女同士だから孕むことがないということもある。

 もし、私が男だったらきっと自分の性欲と葛藤していたのだろうな。

 そんなこと変態的なことを思いながら私は眠りについた。



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第70話 私の密会

 そして、朝になる。

 私はいつものように簪とキスをした後、食堂でセシリアと合流した。昨日正式に私の恋人となったセシリアは以前よりも大胆になって、私と手を繋ぐようになった。もちろんその反対側には対抗してきて、手を繋ぐのではなくいつものように腕に抱きついてくる。

 もちろんただ抱きつくのではなく、自分の小さな胸に当てるようにと。

 

 私はうれしいので、思わず顔がニヤニヤしてしまう。

 ちなみに簪はセシリアに謝罪している。セシリアは気にしていないと言って、それを許していた。

 そういうことで一応仲が悪くなる要因の一つはなくなった、と思われる。

 朝食を食べた後は準備をして、セシリアを私の部屋に呼びつけ、朝のおはようのキスをした。これからはこれが当たり前となる。

 

 ただ……不満を言うならばお姉ちゃんがこの当たり前に入れないことだ。

 お姉ちゃんは教師ということもあり、生徒の部屋に入るのが難しいのだ。それにこれは毎日の習慣だ。さすがに毎日生徒の部屋に入るのは不審に思われる。

 ここで関係がばれると色々とめんどくさいので、誘うことができないのだ。

 はあ……お姉ちゃんともしたいのにできないなんて……。別に二人に不満があるわけじゃないけどハーレムを目指す私は三人としたい。

 

 まあ、お姉ちゃんとおはようのキスはできないけど、来週からできるいちゃいちゃで我慢するしかない。お姉ちゃんの部屋に行ったらお姉ちゃんのことたくさん聞きたい。私が知っているのは雑誌からの情報とこの学園で出会ってからの生のお姉ちゃんだ。

 ただそれだけ。

 まだ会って少しなのでお姉ちゃんのことがたくさん知りたいのだ。もっともっと私たちの仲を深める。そして、もっと好きになりたいし、好きになってほしい。

 

 そんなことを思いながら、今日の学びの時間が始まる。

 今日の授業には初のISを使っての授業であった。そこで活躍というか、お手本になったのはもちろんのこと専用機を持っている者たち。つまりセシリアと一夏だ。

 

 私も動かしたことのある人間なのだが、特別扱いとして練習機を使わせて専用機持ちと一緒に、ということにはならなかった。あくまで私はただの生徒ということだ。

 まあ、私はISを動かしたくて入ったわけではないので、文句とか特別扱いされないことへの不満などは抱くことはなかった。

 あったのはクラス全員がISスーツという体のラインがはっきりと出るスーツを着ていることへの興奮である。

 みんな可愛いので女の子大好きの私には天国なのだ。ISを動かすよりも興味がある。

 

 男である一夏がいるのが本当にむかつくけど。しかも一夏ってこんなに可愛い子たちがいるのにどうして興奮する素振りがない!

 あいつ、本当に男なの? 男ならもっと動揺したり、チラチラって見るよね? なのに一夏は最初は動揺していたけど、すぐに調子を取り戻して真面目になる。

 前世が男だっただけに一夏の反応には驚愕だ。

 む、まさかとは思うけど、私と同じで同性愛者なのかな? あ、あり得る! 女ばかりの学園なのに性的な目で見てないもん!

 

 私がこの結論に至ってもしょうがない。

 それだけ一夏の行動はそう取ることができるのだ。

 その授業では専用機持ちのお手本で時間が終わった。

 ただ一夏はド素人なので、ひどいものだった。

 例えば、飛行でも一夏のISのほうが速いはずなのに一夏の腕が未熟のせいでセシリアのほうが速かったり、地面へ着地するはずなのに地面に激突したり、武器を展開するのが遅かったりと散々だった。

 

 まあ、最後の武器の展開では、接近戦をほとんどしないセシリアはちょっとてこずっていたけど。

 セシリアは近接よりも、遠距離中距離専門だからね。

 でも、セシリアも代表候補生だから、近接の練習をしなくていいということにはならない。ISの世界ってそういうのなのだろう。

 もし私だったら無手でも大丈夫だから武器を展開しなくてもいいかな。

 ともかくISを使った初めての授業はこれで終わったのだ。

 

 その後は万国共通の科目とISについての授業となった。

 全ての授業が終わった後、セシリアや簪と一緒に私と簪の部屋で談笑をした。

 ただ二人とも私相手にしか返事してなかったけど。やっぱり簪とセシリアの仲はまだダメのようだ。せめて友人レベルになってほしい。

 で、夕食後、私は一人で夜の学園島を歩いていた。夜と言ってもまだ日が沈んだ向こう側の空は茜色であるが。まだ春の終わりくらいだからね。

 一人で歩き、辿り着いたのは昼間もあまり人が来ないような場所だった。

 島の端で海とここは二メートルほどの崖になっている。もちろんフェンスはある。

 

「まだ……来てない、か」

 

 どうやら私が求めている人は来ていなかった。

 多分まだ来ないだろうからと近くにあった、木製のベンチに座った。

 待っている人はもちろんのこと女性だ。異性なんて私が待つことはほとんどない。家族はもちろん別だ。

 そうして待っていると後ろのほうで誰かの気配を感じた。

 あっ、これって……。

 その気配が誰のものかなんてすぐに気づいた。

 当たり前だ。だって好きな人の気配だもん。他の人たちのは分からないけど、好きな人のならこういう場合は感じ取れる。

 

「む、もう来ていたのか」

 

 そう言ったのはスーツ姿のお姉ちゃんだった。

 そう、私はお姉ちゃんと会う約束をしていた。その理由は恋人としての当然のこと。つまり、会いたい、であった。

 

「待たせたな」

「いえ、そんなに待っていません」

 

 お決まりの台詞を言う。

 

「ふふ、そうか」

 

 お姉ちゃんは私の隣に座る。もちろんその距離は接触するほどだ。

 

「そういえば昨日はオルコットとデートをしたんだったな」

「え? はい」

 

 そういえばお姉ちゃんにも言っていたんだっけ。

 お姉ちゃんはハーレムを受け入れてくれているけど、こうして恋人となってしばらくでその気持ちは変わらないのだろうか。簪は変わった。お姉ちゃんも変わるのではないのか。

 突然聞いてきた言葉が私をそう思わせる。

 

「オルコットの様子を見るとお前といい関係になったようだな」

「はい、今までは無理やりの恋人でしたけど、今ではちゃんとした恋人です」

「そうか」

 

 お姉ちゃんの顔色が怖くて顔を見ることができず、顔を逸らしてしまった。

 ハーレムを受け入れにくいというのが簪とセシリアを見て分かっていても、お姉ちゃんが変わるのが嫌だった。

 全て私の我がままということはもちろん知っているし、理解している。他人のことなど全く考えずに私を優先にしている。さらに他人からの顔色を気にするのだ。

 はあ……自分のことなんだけど、一歩間違えれば最低な女だ。私が私でなかったら、絶対にセシリアのようなプライドが高い女になっていただろう。そして、女王みたいになっていたかも。

 ちょっと想像してみる。傲慢で我がままで、自分の容姿を利用して好き放題にする私。

 むう、そうなった私も可愛い! そして美しい! そんな私に私を恋人にしてもらいたい!

 いや、そうじゃない。何結局自慢をしているのだろう。確かに私は可愛くて美しい。でも、今はそうじゃないだろう。

 

「あの、お姉ちゃんはハーレムを許しますか?」

 

 つい聞いてしまった。

 それを聞いたお姉ちゃんは私の肩に手をやった。

 

「私はお前がハーレムを作ることに関しては何も言わない。作って構わない。だが、それはお前が私をちゃんと見ているときだけだ。その、私のキャラじゃないのだが、私はお前に愛されたいんだ。その愛さえ私に向けてくれればそれでいい」

 

 お姉ちゃんはやや頬を染めながら、恥ずかしそうに言う。

 やはりお姉ちゃんはかっこいいけど、可愛い。くくく、こんなお姉ちゃんを知っているのは私だけだ! お姉ちゃんはブラコンだからだらしない姿を見せることはあっても、こういう可愛い姿は見せたがらないはずだ! だから私だけということになる。お姉ちゃんの親友の束さんは……どうだろう。多分見てないはず。

 

「なんだ、にやにやして」

「な、なんでもないです」

 

 むう、どうやら顔に出ていたらしい。

 

「さて、話はこれくらいにして。詩織、私の膝の上に」

 

 話なんかよりもスキンシップのほうがしたいようだ。

 大人しく膝の上に移動した。もちろん背を向けてだ。

 私が膝の上に座るとお姉ちゃんは私をぎゅっと両手で抱きしめる。

 

「ん、抱き心地がいいな」

「喜んでもらえてうれしいです」

「すん、においもいい」

「か、嗅がないでください!」

 

 さすがににおいを嗅がれるのは恥ずかしい。

 うう、まだ風呂に入ってないから汗とか色々なにおいが……! たくさん汗をかいたわけじゃないけど、ちょっとは汗をかいた。そのにおいが一番気になる!

 逃げようかなと思ったが、がっちりと抱きしめられているので無理だった。

 

「別に汗臭いというわけではないぞ。なんだろうな、詩織という存在のにおいだ」

「? ちょっと何を言っているのか分かんないですよ」

「うむ、私もだ。ともかく良いにおいということだ。恥ずかしがるな」

「そ、そう言われても恥ずかしいものは恥ずかしいですよ!」

 

 そう言うがお姉ちゃんは止めてくれない。むしろもっとにおいを嗅ごうとして、私の胸元を大きく広げた。

 くっ、広げやすい私服を着たのが間違っていたか!

 お姉ちゃんは首元に顔を埋めにおいを嗅ぐ。

 

「お姉ちゃん、大胆です。んっ、手が……」

 

 お姉ちゃんの手が大きく開かれた胸元に入り、私の胸に置かれていた。

 胸元を開いたのはそういうことか。

 

「別にいいだろう? 軽いスキンシップだ」

「……エッチです」

「言っておくが、私だって人間だぞ。性欲だってある。恋人ができた今、そういうことがしたいと思っても仕方がないだろう。それに詩織は他の恋人とはこれよりも激しいことをしているんだろう?」

「うう、そうですけど……」

 

 指摘されると体が熱くなる。

 

「それに対して私は会える時間もないし、立場のせいで余計に会う機会が少ない。私だけお前に触れられないんだ。このくらい我慢してしろ」

「あうんっ分かりました……」

「まあ、そもそもお前はこういうことが好きみたいだがな]

「んっ、否定できないですよ……」

 

 それからちょっと過激になり、私の胸元から手を入れてきた。体勢の問題もあり、片手のみだ。

 だけど、意識を片手に集中できる分、その手の動きはとてもいやらしい。

 

「慣れて……ませんっ?」

「そうか? 残念だが、こういうことは初めてだ。私としてはお前が喜んでくれているようで、うれしいな」

「よ、よろこんでなんか――」

「そんな恍惚の表情で言われても説得力がないぞ」

「ひゃうっ」

 

 お姉ちゃんは私をいじめるかのように話している途中で強く揉んだりとしてきた。

 

「いい声だ。思わずいじめたくなる。あむっ」

「!? にゃっ、そ、そこは……」

 

 突然耳をカプリと噛まれた。それは優しいもので、甘噛みとか呼ばれているものだった。

 よく小説の中で耳を甘噛みされて気持ちいいとかって描写があるけど、私は信じられなかった。こうしてされてみて分かったことは、正確には耳を刺激されて、くすぐったいや快感に似た何かだってことだ。

 で、でも、気持ちいい、かも。なんというかゾクゾクする。これが……いい。

 

「ん? どうした?」

 

 お姉ちゃんの涎が耳を冷たくさせる。

 

「み、耳は……ダメ、です」

「ふふ、可愛い反応だ。そういう反応が私を興奮されると分からないのか? それとも分かった上で誘っているのか?」

「誘って……んっ、なんか、ありま……せん!」

 

 お姉ちゃんの手が私の胸の先を巧みに刺激する。

 耳とは違って、そこは完全に気持ちよくさせるところ。しかも、胸を揉まれたり、耳を甘噛みされたせいで、下地はできているので余計に気持ちいい。

 私は声を出さないようにと我慢するが、いつものように声は途切れ途切れで漏れる。

 本来ならこの我慢すると言う行為もまた、相手を興奮させる要素だと気づくのだが、正常の判断ができない今は気づかなかった。

 

「こうして触れるのは初めてだったな」

「んあっ、そう、ですね。ん、んんっ! つい数日前に恋人になった、ん、あんっ、ばかりですもんね」

「他の恋人たちは羨ましい。これを何度も触っているのだろうからな」

 

 その言葉が言い終わると痛みを感じるほど強く胸を掴まれた。

 私はMの気があるものの、それは精神的なものであり、物理的なものではないので、純粋に痛みとして感じる。

 

「いたっ」

「むっ、すまん。つい力が……」

 

 手の力が緩くなり、優しくなる。

 

「嫉妬、ですか?」

「……そうだな。嫉妬だ。やはりハーレムを認めているものの、自分が本気になった相手が、自分以外の誰かとこのような行為をしていると知ったら、誰だってこうなる。お前はそうじゃないのか?」

「私も……そうです。私の恋人たちが私以外といちゃいちゃしてたら嫉妬します」

 

 もう本当に私は我がままだなあ。そう何度も思う。

 誰だって私の想いと行動を知っていればそう思うはずだ。

 自分はハーレムという名の浮気に近い、またはそれを堂々と行うくせに、その恋人たちには自分以外の人間とはあまり仲良くして欲しくないと思うのだから。

 うん、何度も思うけど本当に私は自分中心だ。他人の意思を無理やり曲げている。今のところ、なんとか折り合いをつけているけど、それでも無理をやってもらっている。

 それでも私はこの生き方を止めることはできないんだけどね。



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第71話 私、怒っても嫌いません

「そういうことならこうしてまた痛くするかもしれんが、我慢して欲しい。愛情表現とでも思ってくれ」

「まあ、愛情表現なら」

 

 さっきのはちょっと痛すぎただけだ。ちょっとくらいの痛みで、それが愛情表現と知っていれば受け入れられる。……痛いとはもちろん思うけどね。

 

「じゃあ、続けるぞ」

「はいっ」

 

 お姉ちゃんはついに私の服を脱がし、上半身を裸にした。

 この場所はあまり人が来ないし、今の時間帯は夜なので人が来るのはさらに低い。ここで上半身を裸にしても問題はない。

 私はこっちからもやりたいと思って、向き合う形になる。

 

「お姉ちゃん、キス……」

「んっ」

 

 私はお姉ちゃんの首に腕を回し、キスをする。

 キスはただ単に触れ合うだけから舌と舌を絡ませ合う、濃厚なものへと変わっていく。

 波の音が響き渡るこの場所に、私たちの色のある声もまた響く。

 体勢が変わったおかげか、お姉ちゃんは両手で揉んできた。

 

「んあっ」

「ん、顔が赤いぞ」

「それ、は、お姉ちゃんも、ですっ」

 

 互いの体は興奮により熱を持っている。それはキスなどの行為からの興奮もあるが、こんな誰かが通るかもしれないという場所で行為を行っているということからの興奮もある。

 露出狂ではないが、それでもこういうのって興奮する。うん、これはおかしくはないはず。誰だってこうなるはずだ。私だけじゃない。お姉ちゃんも同じみたいだし。

 

「詩織、場所を移そう。だんだん温かくなってきたが、夜はまだ寒い。お前に風邪なんてひかせたくない」

「でも、こうしてくっついているし、キスとかしているので逆に熱いくらいですよ?」

「そ、そうだが、万が一というものがある。これのせいで風邪を引いたら」

「大丈夫ですよ。私、普通のときは病気になりませんから」

「いや、そうではなくてだな……。その、分からないようだからもう言ってしまうが、お前との関係を深めたいんだ。こういう触れ合いもいいが、もうちょっと先を行きたい。愛し合っているからこそできることをしたい」

「!!」

 

 お姉ちゃんが言いたいことが何か分かった。

 いつもエッチなことしたい! とか思っている私だが、いざやろうなんて言われて、私の顔は真っ赤に、その鼓動は激しく鳴った。

 私って本当にへたれだ。いざとなると躊躇うなんて……。

 前世のころは違った。このようにへたれることなく、うまくできた。

 こうなったのも私が女の身であるからだろう。

 私は女同士で体を重ねることに、心の底では引っかかっているのかもしれない。または、恋人の初めてを、本来男性が奪うものを、女の私が奪っていいものかと思っているのかもしれない。

 まあ、大層なことを思っているが、ただ単にそういう特別な理由はなく、本当にへたれになったという可能性が高いが。多分、特別な理由はそのへたれを隠したいがためのものに違いない。うん、そうだ。

 だって、私は別に遊びで恋人になっているわけじゃないもん。ちゃんとこの命が続く限りずっと一緒にいるという意味で恋人なんだもん。もちろん同性ということでの現実の厳しさは知っている。これでも前世を最後まで生きた人間だ。

 だから、そういう理由は隠すためのものだ。

 でも、躊躇ったのは、本当はへたれということ以外にも理由がある。

 

「ごめんなさい。その誘いを受けたいですけど、今は無理です」

「なぜだ? 確かにまだ恋人になったばかりだが、私のお前への想いは本物だ。恥ずかしくてあまり言いたくはなかったが、私とお前の子が欲しいな、なんて考えたこともある。それほどお前を想っている」

 

 お姉ちゃんの顔は本気であった。それが私には分かる。お姉ちゃんが本気なんだと知ることができた。

 簪もセシリアもお姉ちゃんも私を愛してくれている。本当に私は幸せ者だ。

 

「お姉ちゃんの想いを疑ったりしているんじゃないんです。ただ、その、私の初めては簪に、と思っているんです。だから、ここで頷けません」

 

 そう言うとお姉ちゃんはびっくりしたようだった。

 私の躊躇った理由はこれだ。まだ私は簪を抱いていない。それなのにお姉ちゃんと事に及ぼうとするのは間違っている。

 

「どうしたんですか?」

「いや、まさかまだ処女だとは思っていなかったからな。てっきりもう済ましていると思っていた」

「いくら私でもこういうことをすぐになんてしません」

 

 まあ、へたれだったので、というのもあるが。

 

「だが、私が誘ったとき、してもいいかもと思ったのではないか?」

「ぐっ、た、確かに思いましたけど、ちゃんと断りました! だからセーフです!」

 

 慌てる私をお姉ちゃんが抱きしめてくる。

 

「お前は本当に可愛いやつだ。やはりここで襲ったほうがいいか」

「抵抗しますよ?」

「だが、本気じゃないだろう? お前はそういう人間だ。そして、ここで私がお前の純潔を奪ってもお前は私を受け入れてくれる」

 

 その自信はどこから来るのだろうかと思うのだが、本当にされてもお姉ちゃんが言った通りになるように思えて否定はできなかった。

 きっと私は受け入れるだろう。怒ったりはするだろうが、嫌いにはならないと思う。

 私が無言でいると、

 

「冗談だ。例え私が言った通りになるとしても、そんなことはしない」

 

 と言った。

 

「やっぱりお姉ちゃんは私のを奪いたいんですか?」

「恋人である以上、恋人との初めてを奪うのは自分のものにしたと思えるからな」

 

 私も同じように思っている。

 その純潔を汚し、自分の色に染めたい。そうすることで恋人たちが自分のものになったと思えるから。

 

「お姉ちゃんに私のをあげられなくてごめんなさい」

「別にいい。私としては男に奪われるよりもはるかにいいからな」

 

 そう言ってお姉ちゃんは行為の続きを始めた。

 でも、私はお姉ちゃんの手を止めさせる。

 お姉ちゃんの顔がなぜとなるが、それは無視して私の手がお姉ちゃんの服へと伸びる。

 お姉ちゃんの服はスーツ姿なので、ボタンをすべて外せば簡単にその素肌を目にすることができる。

 すべてのボタンが外し終わるとブラジャーに包まれたおっぱいが。

 黒のブラジャーであることとお姉ちゃんの大人の色香が『大人!』って感じを醸し出す。

 セシリアの下着もそうであったが、セシリアはまだ子どもっぽさの残る大人の感じを醸し出していた。簪は……まだ子どもって感じでした。

 かく言う私もまだ子どもっぽさがある。

 こ、これが大人なのか。

 自分の母親は親ということもあるが、私と似ているので大人という雰囲気を感じることはなかった。

 

「お姉ちゃん、色っぽいです」

「そうか?」

「はい。思わず襲ってしまいそうになるくらい色っぽいです」

「こっちとしては大歓迎なんだがな」

 

 せっかくなのでブラをはずさずにその上からおっぱいを揉みはじめる。

 その間お姉ちゃんは何もせずに興奮により、頬を赤くしながら私にされるがままになる。

 そうしてしばらく揉んで、ついにブラを外した。

 初めて見るお姉ちゃんのおっぱい。それにしばらく見惚れた。

 

「ここもきれいです」

「……あ、あまり言うな」

「? さっきも褒めましたよ?」

「さすがにこうして自分のを何も隠さずに言われると恥ずかしい」

 

 またお姉ちゃんの恥ずかしそうにしている顔が見れた。

 もう! 本当にお姉ちゃんは可愛いんだから!

 私はそのおっぱいに手を置く。

 柔らかな弾力で、ちょっと力を込めて揉む。

 

「んっ」

 

 刺激を与えられたお姉ちゃんの口から声が出る。

 

「お姉ちゃんの声、とてもエッチですよ」

「なっ! そんなことっ――んあっ」

「否定はめっ、ですよ。お仕置きです」

 

 私は両手で揉むようにする。

 最初は声も小さかったお姉ちゃんだったが、私がお姉ちゃんの体(上半身のみ)に手を使って刺激を与えるうちに声はさらに甘い声となり、さらに私を興奮させた。

 

「しおり……」

 

 お姉ちゃんが私の名前を熱のこもった声で呼ぶ。

 今のお姉ちゃんは世界が知っているブリュンヒルデで、現在はIS学園の教師をしている織斑千冬ではない。恋人との淫らな行為を楽しむ織斑千冬だ。

 そのことは私の興奮をさらに高めた。

 

「お姉ちゃん、ちゅ、ん」

 

 互いの手は互いのおっぱいを揉んでおり、互いに刺激を与えていた。

 でも、私たちはただ揉んでいるだけだった。

 お姉ちゃんをもっと気持ちよくさせたいと思った私は、お姉ちゃんの手を引き、ベンチを離れ近くの芝生へと向かった。

 

「どうしたんだ?」

 

 ちょっと不満げのお姉ちゃんが問う。

 

「お姉ちゃんを気持ちよくするためです」

 

 そう答えるとうれしそうにしながら俯いた。

 目的の芝生に着くと私はお姉ちゃんを仰向けに寝かせる。

 お姉ちゃんは期待するような目で私を見てくる。

 その期待に答えるために顔をお姉ちゃんのおっぱいに近づけ――

 

 

 互いに欲求を発散した後、すぐさま服の乱れを直したりする。

 うう、下着はもうダメだ……。

 そういうことなので脱いでしまう。ノーパンになるが、履けなくなったものをいつまでも履こうとは思わなかった。

 

「なぜ脱いだんだ?」

「……お姉ちゃんの今のパンツの状態なので」

「!? な、なるほどな」

 

 お姉ちゃんは急に脚をもじもじとさせる。意識させてしまって違和感が出てきたらしい。

 あっ、でも、どうしよう。私、袋とか持ってきてない。

 恋人と会うんだからもちろん話だけで終わるとは思ってはいなかった。キスで終わるかななんて思っていたのだ。まさかここまでするとは思わなかった。

 うう、手に持って、帰るなんてして途中で誰かに会ったら言い訳なんて難しいよ……。

 

「どうした?」

 

 私が困っていることに気づいたようだ。

 

「私、入れ物がなくて……。だからどうやって部屋まで戻ろうかと思って」

「ふむ、途中で誰かに会って見られるのもまずいからな」

 

 お姉ちゃんも考え始める。

 う~ん、どうやって持って帰れば……。もちろんのこと履くなんてことは論外。手に持つこともダメ。絶対に途中で誰かに会う。この時間帯は特にそうだ。風呂とかで部屋を出る人が多い。

 うう、どうしよう。

 そう思っていると顔を赤くしたお姉ちゃんが何か思いついたようだ。

 あれ? もう終わったからさっきまで普通だったのに。

 顔が赤くなっていることに不思議に思ったが、きっと下着を意識したせいだろうと思った。

 

「し、詩織。実は一つ思いついたことがあるんだ」

「えっ!? 本当ですか!?」

「ああ、実は仕事の帰りに寄ったから鞄があるんだ。それでよければ」

「お願いします!」

「ただお前の部屋までついて行くことができないから、下着は後日洗って返すことになるがいいか?」

「大丈夫です!」

 

 お姉ちゃんは一瞬喜んだように見えた。

 鞄を整理したお姉ちゃんは鞄の口を開き、入れるように言う。

 入れ終わると私は一息ついた。

 ふう、これで安心安心!

 

「お姉ちゃん、今日はいい時間でした」

「それは私もだ。触れ合うことができてよかった。今日はしばらく眠れないな」

「ダメですよ。ちゃんと寝てください。明日も授業があるんですから」

「分かっているさ。お前が見ているのにみっともないところを見せるわけにはいかないからな」

 

 そんな軽い話をして私はお姉ちゃんと分かれた。

 うう、もうちょっと触れ合いたかった……。

 でも、もう時間だ。それに全ての時間をお姉ちゃんだけに使うというのは、ハーレムの主失格である。そりゃもちろん全ての時間をハーレムの一人に使うときはあっていいけど、それは決して今日じゃない。

 じゃあ、いつなのかと聞かれるとそれは決まってない、だ。そういう日というものはデートとかの日だからね。今日のは恋人同士の軽い(・・)スキンシップだ。

 

 セシリアとデートしたから今度は簪かな。絶対に近いうちにしよう。

 お姉ちゃんは……ごめん、無理だ。ちょっと有名人過ぎる。できるのは室内デートかな。あっ、そうだ! デートだからって街に拘る必要はないんだ! お姉ちゃんが嫌じゃなければ、自然を楽しむというのもいいかもしれない!

 ……なんか若者の発想ではないと思われるかもしれないが、これは前世の影響です。ええ、老人になった前世の私の影響です。

 老いると騒がしいのが嫌になって町に近い田舎に住むようになったんだ。

 

 田舎ののんびりとした空気がいいんだよ。車の音はなく、多くある自然の緑。まあ、不便は全くないってわけじゃなかったけど。

 ともかく、お姉ちゃんとそういう自然のあるところに行くのはどうだろうか?

 ただこれは私だけが決めたことだ。今度お姉ちゃんと決めよう。

 遠くない未来のことを考えて歩いていると、モノレールの駅から少女が一人歩いているのが見えた。荷物が多く、どれも宿泊用だ。ということは転校生? どう考えても旅行先からの帰りにしては荷物が多い。

 

 まあ、普段の私なら話しかけないんだけど、その子が結構可愛かったので話しかけることにした。まあ、その子がハーレムになる子ってことだね!

 私はすぐに生徒会長モードになってその子に近づいていった。



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第72話 私は今度こそあきらめない

「そこのあなた。もしかして転校生?」

 

 私はお姉さまのように話しかけた。

 その子は小柄でツインテールがよく似合う少女だった。あと胸も小さい。ロリって言葉が似合う子だ。本人の前で言ったら絶対に怒るな。

 相手が一年生ということは胸元のリボンの色で分かっている。その子は制服できていた。

 

「へっ!? あっ、そ、そうです」

 

 いきなり話しかけたからびっくりしていた。ごめんね!

 

「困っているようだけど、どうしたのかしら? もしよければ私も手伝うわ」

「ありがとうございます。えっと、受付を探していて」

「受付ね。こっちよ」

 

 相手は私のことを年上だと思っているようだった。

 君が私をそう思うのも無理はないよ。私だって私みたいな美人で可愛い子がこんな口調で話しかけたら、絶対に年上だって思っちゃうもん。『お姉さま!』って言いたくなるもん。

 私が歩き出すとその子も後ろについてくる。

 おっと、その前に。

 

「荷物、持つわ。その大きな荷物を貸しなさい」

「そ、そんなの悪いです! 先輩に私のを!」

 

 やっぱり私のことを先輩だって思っていたようだ。

 

「言っておくけど私はあなたと同じ一年よ。先輩ではないわ」

「え? 本当に?」

「ええ、一年よ」

 

 しばらくその子はポカーンとしていた。どうやらそうなるほどショックが大きいようだ。同い年に見えないからかな?

 

「荷物、持つわ。その大きな荷物を貸しなさい」

 

 先ほど言った言葉を繰り返す。

 

「うん、お願い」

 

 私の意図を理解してくれたその子はすぐにそう答えた。

 その子が持っているのは小さなバッグが二つとなった。

 

「そういえばあなたの名前を聞いていなかったわね。私は一組の月山 詩織よ」

 

 立ち止まりその子と向き合う。

 

「あたしは二組の凰 鈴音(ファン リンイン)よ。よろしくね、詩織」

「こちらこそ、鈴音」

「あたしのことは鈴でいいわ」

「鈴ね。分かったわ」

 

 私は手を差し出す。鈴はその手を取って握手をした。

 へえ、結構鍛えているんだね。

 手からこの子が何かの武術をやっていることがわかった。もちろん雰囲気でも分かっていた。

 まあ、達人ではないみたいだけど。

 

「あんたって何かやってる? 武術とか」

 

 どうやら鈴も感じ取っていたようだ。握手をしたことでよく分かったのだろう。

 

「ええ、そういう鈴もそうよね?」

「もちろん。だって代表候補生だもん」

 

 鈴はど~んと胸を張る。小さいけど。

 だが、すぐにその自信も消えていった。

 

「詩織って強いわよね? あたしよりも」

「ええ、強いわよ」

 

 過剰な自信ではない。それは事実なのだ。

 鈴もまたそれを分かってる。だからそう聞いてきたのだ。

 

「ってことはあんたが日本の代表候補生? うわっ、じゃあ、あんたと戦わないといけないってこと? 負ける、負けるわ……」

 

 鈴は目の前に本人がいるにもかかわらず、小声ではなく私にも聞こえるほどの声で独り言を言っていた。

 けれど、鈴と戦うなんてことはないと思うけどね。だって代表候補生じゃないし。それにセシリアのときのようなことがない限り、私が女の子と戦うなんてことはできないからね。男は別だよ。ボコボコにしてやる。

 

「言っておくけど私は代表候補生ではないわよ。ただの生徒」

「ええっ!? 嘘よね!?」

「本当よ」

「……強いのに?」

「世の中にはたくさん強い人は多いわよ。それに強い=代表候補生になれるというわけではないわよ」

「そりゃ分かっているけど、あんたは確実になれるでしょ。あたしの直感が告げてんのよね、絶対に勝てないって。もちろんISを使った戦いでも」

「初対面の相手なのにそこまで言うの?」

 

 鈴って負けず嫌いって感じがしたからちょっとびっくり。

 う~ん、違ったのかな? それとも負けず嫌いなのに自分の負けを認めた? どちらでもいいや。

 

「あんたは特別ってだけ。普段はこんな弱気なことは言わないわ」

 

 ハーレムにしたい子から『特別』って言われた……。ふふ、うれしすぎる。

 今のところ好感度上がっているはず。このままいけば好感度はマックスになる!

 ただ問題なのが、鈴が私のことを好きになってくれるかどうかってことかな。鈴が私と同じように女の子大好きってわけじゃない。鈴はきっと異性が好きなはずだ。

 どうやって私のことを好きになってもらおうか。

 私は三人ほど恋人にしたのだが、全部いつの間にか私のことを好きになっていたのだ。どうすれば……。

 まあ、今は好感度を上げて仲良くなることが優先だ。いい関係を築けば友人だろうと恋人だろうと何だってなれる。

 

「そういえば聞きたいことがあるんだけど」

「何かしら?」

 

 聞きたいことか。学園のことかな? だったら答えられるかな。

 

「その、詩織って織斑 一夏って知ってる?」

 

 向かい合ったままだったので鈴の頬が赤くなっているのは十分に見えていた。

 その顔と言葉に一夏に対する怒りが湧いてきた。

 もうこれだけで鈴が一夏に対して好意を抱いていると分かる。

 くそっ! 一夏め! また私の邪魔をするか!

 いや、待て。鈴は中国代表と言った。つまり日本にいた一夏とは接点がないはず。つまり! 鈴がニュースなどで一夏を見て、一目惚れした可能性がある。一夏はイケメンだからね。

 

「知っているわ。同じクラスだからね」

 

 なんとか怒りを(おもて)に出さずに答えることができた。

 

「初対面だけど詩織とは仲良くなれると思っているから言うけど、あたし、一夏のことが好きなのよ。その、だからどうしてるかなって思って?」

 

 くっ、女の子にこんな表情をさせるなんて!

 

「別に教えてもいいけど、まずあなたと織斑一夏の関係を教えてちょうだい」

 

 認めたくはないがこの子は一夏と接点がある。じゃなきゃ『どうしている』なんて言葉を使うはずがない。この言葉は一夏と接点があるから言えるものだ。

 もう! もし鈴が一夏と接点がなかったらよかったら、難易度は大幅に下がったのに!

 

「ああ、もちろん簡単にでいいわ。詳しい話はもっと仲良くなってからでいいわ」

「あたしも詩織と仲良くなりたいわ」

 

 どうやら鈴も本心からそう思ってくれているようだ。

 な、何かうれしい。

 

「えっと、一夏と出会ったのは日本の小学校。あたしが転校してきたんだけど、そのときに一夏と会って、一緒に過ごしてたら何か好きになってた。本当にいつの間にかって感じかな」

「一目惚れではないのね」

「うん。あたしが一夏と交流を持ち始めたきっかけは一夏が話しかけたこと。最初の印象は変な男子だった。つまりあまりいい印象じゃなかったかな。それが好きになるんだから本当に不思議だわ」

 

 鈴はうれしそうに言う。完全に恋する乙女の顔だ。

 うう、また……またあきらめないといけないの? 箒のときみたいにまた? いや、残念だけどあきらめないよ。今回は無理!

 箒のときは色々と初体験であきらめたけど、今回はあきらめずに鈴の心を私が奪う! 略奪愛は嫌いだけど、一夏と鈴はまだ恋人じゃない。チャンスはまだある。どうやって好意を抱かせるのか分かんないけど、私はやってみせる! 振られたら振られたときでそのとき考えよう。

 

「でも、中学のときに中国に戻ることになって、それから今まで離れ離れになったのよ。でも、明日からは違うわ。違うクラスだけど同じ学校に通えるから」

 

 ……もう本当に可愛すぎる! こんなに想われる、一夏が本当に憎い! もし私が箒と出会っていなかったら、絶対に応援していたな。

 でも、鈴。その想いは叶わないよ。だってその想いの対象は私に変わるんだから。

 あっ、もちろん私は鈴の恋路を何かを使って無理やり邪魔をするなんてことはしない。そんなことをして鈴を手に入れても、絶対に最後には破滅が待っているからね。

 だから、さっきは叶わないって言ったけど、もしかしたら一夏と恋仲になれるかもしれない。そのときは私の実力不足と鈴の愛が強かったということであきらめる。

 それ以外だったらあきらめない。もし鈴が告白して振られたら、振られて弱っているところを利用しよう。

 

「それで一夏はどうしてる?」

「まあ、元気でやっているわ。ただISの授業にはまだついていけていないようだけど」

 

 約束なので教えてやる。

 

「そっか。元気でやっているんだ」

 

 本当にもううれしそうだ。

 絶対にこの笑顔を私に向けさせたい!

 

「あいつ、あたしがここに来たって知ったら驚くかな?」

 

 鈴は恋する乙女の顔でそう呟く。

 そういえば恋する乙女といえば箒のことを伝えたほうがいいかな? いや、伝えなくていいか。

 後日『なんで言わなかったのか』なんて言われたときは正直に『箒のことを応援しているから、言いにくかった』と言っておこう。

 事実、私、言いにくいんだけど……。

 これ、ばれて絶交ってことはないよね? 説明したらわかってくれるよね? 絶交されたら落ち込むよ。

 

「ほら、もうすぐで受け付けよ」

 

 しゃべりながら歩いているうちについに着いてしまった。

 まあ、これからは同じ学園に通うもの同士、そして同じ建物で暮らすのだ。会う機会はちゃんとある。それに私のものにすると決めた子だ。絶対にチャンスはある。

 

「詩織、ありがとね。初対面だってのに親切にしてもらって」

「こちらこそ、あなたと出会えてよかったわ。鈴とは長い付き合いになるだろうからこれからもよろしくね」

「あたしこそ」

 

 もう一度私たちは握手を交わした。

 案内し終わった私は自分の部屋へと戻った。本当は荷物のこともあったので部屋まで行きたかったのだけど、どのくらい時間がかかるのか分からなかったし、鈴本人からここまででいいと言われたのだ。

 部屋に戻った私は簪に抱きつく。

 

「簪~」

「……遅かったね」

 

 簪の言葉はちょっと冷たかった。

 

「ごめんね、ちょっとね」

「ちょっとって……織斑先生と、エッチ……してたん、でしょ? においが、する」

「……」

 

 簪にはお姉ちゃんと会うとだけしか言っていない。

 なのにこんなに時間がかかればそういうことをしていたってのは分かって当たり前だ。

 私が気まずそうにしていると、

 

「冗談。あまり……気にして、ない」

 

 そう言った。

 そして、私の頬にちゅっとキスをした。されたので私も簪の頬にキスをした。

 ふむ、こういうキスもいい。

 

「そういえばね、さっき転校生に会ったんだ」

「転校生?」

「そう。明日からのね」

「それが?」

「その子、欲しいなって思って」

 

 一瞬だが、簪の目が鋭くなった。

 

「詩織は……好きなの?」

「うん」

 

 まだ小さいものではあるが、ハーレムの一人になると思う前に感じた一目惚れ。確かに恋心であった。

 

「こんなに簡単に……好きな人を、増やされる、と……本当に好きなのか……疑わしい」

「もちろん本当に好きだよ」

「なら、あまり増やさないで……ほしい。なんだか……コレクションみたいに……扱われ、てる気がする、から」

 

 その言葉を聞き、恋人たちに申し訳なく思う。簪が思っていることは当然のことであるから。

 だって私ってあっさりと好きとか言って、恋人にしているもん。私はこの気持ちがちゃんと恋心なのだと断言できるが、恋人たちは私ではないためその言葉を簡単に理解することはできない。

 だからあっさりと恋人にする私の行動は、確かに好きではあるのだろうが、物が好きと同じような意味だと思われる。だからコレクションなのだ。

 うう、私もそう思われたくはないのだけど、好きって思う子が多いんだもん。こんなに節操なしなのは、やっぱりハーレムを作るって夢のせいかな? だって複数人好きになってもどちらも選べばいいもん。

 

「ごめんね。でもね本当に私はみんなのこと恋愛的な意味で好きなの。決してみんなをコレクションとして恋人にしているわけじゃない」

「これ、以上……ハーレムを作らないって……言わない、んだね」

「多分好きになったら止められないから」

「そう。なら、この機会だから……言うけど、私を……捨て、たら、恨むから。それを忘れ、ないで」

 

 一瞬だが簪の目には狂気が宿っていた。

 愛が深すぎるために宿ってしまったものだ。それが完全に宿ってしまえば人を殺しかねないほどのものだ。すさまじく危険である。

 だが、その狂気を感じ、私はうれしくなる。その狂気が生み出されるほど私のことを愛してるってことだもん。

 

「うん、分かった」

 

 言ってしまえば私って他人の人生を変えているんだもんね。殺されたって何もいえない。うん、割とマジで。

 セシリアもある程度は容認してくれるようになったけど、もし恋人の中で『私だけのものにならないなら、殺してわたしのものにする!』なんて子がいたらどうしよう。

 簪の言うとおりなのかもしれない。

 

「簪、私絶対にみんなを手放さないよ。一生私のものだ」

「? いきなり……どうした、の?」

「ちゃんとみんなを愛しているってことの表明しようって思って。私の人生はみんなに捧げるつもりだしね」

「それだと詩織の……人生、は? そんなの、幸せじゃない」

「いや、幸せだよ。私の幸せはみんなと一緒にいうことだもん。捧げるって言っても奴隷みたいにってわけじゃないしね」

 

 そんなちょっと真面目な話をして残りの時間を過ごした。

 ただ問題だったのは私がノーパンだったことがばれたことだろう。

 なぜかお姉ちゃんにパンツを渡したことに怒っていた。

 ただ洗ってもらうだけなのに……。



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第73話 私のハーレムは絶対に男子禁制

 翌日、私は簪とセシリアといちゃいちゃしてから教室へ入った。

 すでに登校している子達が騒いでいる。内容は鈴のことだ。名前は出てはいなかったが、転校生が来たということが噂になっていた。主に中国の代表候補生ということが噂になっている。

 まあ、そうだよね。噂になるのってそこくらいだよね。

 ここはIS学園でISを動かせるのは一夏を除いて女性のみ。異性が来るならまだしも、同性が来るのだ。前世のような『可愛い子が来るのかな?』や『かっこいい人かな?』などはない。

 きっと鈴が普通の子だったらもっと静かだったんだろうな。

 多分『今日、転校生が来るんだって』『ふ~ん』で終わりそう。

 悲しいけどこれが現実なのよね。

 まあ、それよりも鈴に会って好感度を上げたい。一応友達みたいになってはいるけど、まだ不安定な関係だ。どちらかというと顔見知りとかそういうのが近い。

 しかし、問題がある。

 

「どうやって仲良くなるか……」

「何がですの?」

「っ!?」

 

 考え事をしていたときに突然話しかけられたので、驚いてしまった。

 声を出さなかったのはさすが生徒会長モード! いつもの私なら悲鳴を上げていた。

 

「ちょっと考え事よ」

「わたくしも一緒に考えましょうか?」

「いえ、今のところ大丈夫よ」

 

 あっ、そういえばセシリアには鈴のことを話していない。やっぱりここは言ったほうがいいよね。隠し事は絶対にダメ! というわけではないのだけど、このことについては言ったほうがいいはず。

 だから私は、セシリアに顔を近づけるように小さな声で呟く。

 するとセシリアは何を勘違いしたのか、頬を赤めてもじもじしながら顔を寄せてきた。

 あっ、もしかしてキスでもするのかって思われてる?

 

「セシリア、言っておくけどキスしないからね」

「!!」

 

 自分の勘違いだと気付いたセシリアは別の意味で顔を真っ赤にした。

 私は真っ赤なセシリアが落ち着くまで、その可愛い様子を見ながら待った。

 

「こほん、なんですの?」

 

 顔を近づけたセシリアが問う。

 

「実はね、気になる子がいたの」

 

 この場面を第三者の立場から見ると、『あなたよりも好きな人ができたの。だから別れて』って場面に見えてしまう。

 

「そう、ですの」

 

 セシリアは一応何ともないように答えたが、表情を見れば『不満』と出ていた。

 セシリアも簪と同じでハーレム反対だからね。今は納得というか、抑えてもらっている。

 

「誰ですの?」

「今日転校してくる子よ」

「……その相手とどういう繋がりですの?」

 

 まあ、そうなるよね。だっていきなりまだほとんどの生徒が見たことのない相手を恋人にするって言ったんだから。

 

「昨日の夜にちょっと会って、困っていたから助けたの」

「……ただそれだけですの? もうちょっと何かあるかと思いましたわ」

「残念だけど本当にこれだけ」

「その方は大丈夫なんですの? あなたがハーレムをあきらめないのは理解してますけど、その方があなたを不幸にするようでしたら他のあなたの恋人たちと反対しますわ」

 

 セシリアの言葉に冗談などない。本気で相手次第では反対するようだ。どのような手かは知りたくもない。

 ただどんな手を使おうともそこに私の幸福を願っての行動ならばうれしい。まあ、そのようなことはないと思うけどね。

 

「大丈夫。私の見る目は確かだよ。あの子は問題ない」

「その方と何を話されたのかは知りませんけど、演技をしていたのではないのです?」

「何のために?」

「それは……織斑一夏をどうにかするためにではありません? こんなおかしな時期にわざわざこの学園に来ることを考えればおかしくはありませんわ」

「でも、あの子は一夏と小学生で一緒だったってよ。しかも一夏のこと好きみたいだし。だから代表候補生としての立場を使って無理やりここに来たんだと思うんだけど」

 

 女尊男卑という言葉がISの登場により新しくできたが、これが社会で大きな影響を与えたのはISが登場して僅か数年であった。

 だが、これは決して社会が女尊男卑に対応したからではない。会社でトップが女性になり、男性が解雇。その結果、上手く立ち回ることができなかった、という一面もあったが、それだけではない。

 

 みんな気づいたのだ。確かにISは女性にしか使うことのできない素晴らしいものではある。一機でそれまであった兵器たちを破壊することのできるIS。だが、その数はどうだ。僅か四百六十個ほど。街の人口ではなく、小学校の生徒数ほどしかない。少なすぎる。

 さらにISは主に先進国に分けられたため、国一つが持つ数はさらに少ない。

 これに多くの人たち、特に当初は女性に対してペコペコしていた男性は気づいた、『確かにISは女性しか動かせないが、そのISを動かせるのは女性の中でも僅かだ。決して女性全員がISを持っているわけではない』と。

 

 そういうことが世界で起こり、現在では女尊男卑というのはあまり影響がない。たまに男性は女性よりも劣っているなんて思って、女王様気分の女性を見かけるけど。

 ともかくただそれはISを持っていない女性に対してである。ISを持った女性だと完全な女尊男卑が出来上がるのだ。

 ここまで女尊男卑を語ってきたが、結局何が言いたいのかというと代表候補生はある程度の権力を持っているということだ。女尊男卑がなってしまうのだ。

 本来不可能な自分の我がままの転校など簡単にできてしまう。

 

「どんな手を使っても好きな相手を手に入れる。わたくしは嫌いではありませんわ。でも、織斑さんと面識があるからと言っても、それは昔のことですわよね。やっぱり演技の可能性もありますわ」

「だとしたらすごいね。私が見る限り演技には見えなかったもの」

 

 私が鈴に会った最初から最後まで全てが演技ならば鈴は最強の詐欺師になれるよ。

 

「まあ、セシリアは疑うかもしれないけど、私は鈴を信じるよ」

「……その結果、あなたをボロボロにしても?」

「うん。自分で望んだことだもん」

「はあ……本当にあなたって人は……」

 

 セシリアは呆れ顔だ。

 

「まあ、いいですわ。わたくしたちはその方を見極めるだけですわ」

 

 私は大丈夫だと思うけど、セシリアが不安なら満足するまで調べてもらおう。もし鈴が私の恋人になることになれば、鈴とセシリアは私の恋人ということで頻繁に会うことになる。そのときにセシリアが怪しむよりも、今のうちに怪しんで、鈴を恋人にした頃には鈴は問題ないという評価があったほうがいい。

 そう考えていると鈴の想い人である一夏が入ってきた。もちろん箒と一緒だ。

 仲がいいにはいいが、まだ男女の仲というわけではない。

 一夏は鈍感で箒はへたれだからね。まだまだそういう段階ではないか。

 

「む、詩織? なぜ織斑さんを見ていますの?」

 

 私が一夏たちを見ていたのに気づいたセシリアが不機嫌そうに言う。

 

「ちょっと気になってね」

「気になってって……。言っておきますけど、わたくしはあなたが男をハーレムに入れるならば別れますわ!」

「なんで?」

「だ、だって、男というのはすぐにエッチなことばかりを考えていて、詩織のような子の体を見て妄想をしていますのよ。そんな男がハーレムに入られたら絶対にわたくしたちはその毒牙にかかり、詩織のハーレムではなく、その男のハーレムになりますわ。まさか……その気ですの?」

「ふふ、なわけないよ。私、言わなかったっけ。男が大っ嫌いだもん。恋人になるなんて考えただけで吐き気がするもん」

 

 ちょっと悪戯をしようと思ったけど、冗談でも一夏を恋人にするなんて思うのは吐き気がするし、セシリアが冗談を真に受けてしまうかもしれないもん。セシリアが離れるなんて却下だもんね。

 

「だから、ありえない。見ていたのは本当に気になっただけ」

「ならいいですわ」

 

 セシリアは安心したようだ。

 

「もう一度言いますけど、もしあなたが男をハーレムに入れることがあるようでしたら、わたくしはあなたのことが好きでもあなたと別れますわ」

 

 その目は本気で、もし万が一にでも私が男を恋人にすれば別れるだろう。

 

「分かってるよ。気になるから言うけど、それはなんで?」

 

 うん、本当に男を好きになるなんてことはないけど、そこまで言う理由が気になる。

 ハーレムを嫌う理由はセシリアの中に恋人は一人であるということと、その愛を自分だけに向けて欲しいというのがあったからというのは分かっている。

 

「だって、男と恋人になるということはその方と、その、昨日したようなことの先をやるのでしょう? なんという言うか汚されたように感じて嫌なんですわ」

 

 なるほどね。その気持ちはよく分かる。というか汚す側だったもんね。確かに汚した感があった。私のものにしたって感じがした。

 好きな相手が男にされるんだもん。いい気分ではないよね。

 

「それにわたくしたちは同性ですわ。異性と交わって子どもができたら……」

 

 セシリアは悲痛な顔をする。

 

「好きな人との子どもを作るのは女としても夢ですわ。ですけど、好きな人は同性。子どもはできませんわ。つまり嫉妬でどうにかなるということですわ」

 

 私がセシリアの立場で、恋人が男の恋人を作って、その恋人と男の間に子どもができたらどうするか。

 私はまず悲しみ、泣くだろう。そして、恋人に会うことにつらくなり、会わなくなって殺意を抱くようになる。相手は……誰だろうか。恋人か男か。分からないけど、どちらかを、または両方を殺すだろう。

 セシリアの気持ちはよく分かった。

 

「言ってくれてありがとうね」

 

 私はセシリアの手を両手で握る。セシリアもそれに合わせるようにもう片手を私の両手に重ねた。

 セシリアの顔には先ほどとは違い、うれしそうな顔をしていた。

 周りでは転校生の話から今度あるクラス対抗戦の話へ移っていた。クラス対抗戦は名の通り、先日決められたクラス代表が出て、クラスと戦うのだ。

 うちは一夏だね。

 でも、勝てるかな? 一応、一年生で代表候補生なのはセシリア、簪、鈴だ。

 鈴は昨日ここに来たばかりだから……どうだろう。なるのかな?

 簪は無理かな。まだ機体ができてないし、そもそも面倒だからなってないって聞いたな。

 まあ、鈴がなるかどうか知らないけど、ならなかったら一夏の勝率は結構高いかな。

 一夏の機体は専用機だもん。それも量産型よりも性能が良いISだ。性能面では一夏の勝ちだね。あとは技量だけど、ほとんど周りと変わらないと見て性能で押し切る形で一夏の勝ちかな。

 鈴がいたら一夏の勝ち目はなし。

 今も箒と放課後に頑張っているようだけど、昨日見る限りだと鈴は結構強い。一夏という素人では勝てないよ。

 

「今のところ専用機を持っているクラス代表は一組だけだから楽勝だよ!」

 

 一夏の周りに集まっていた一人の女子がそう言った。

 すると、

 

「その情報、古いよ!」

 

 教室の入り口で一人の少女が胸を張って言っていた。

 鈴だ。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には勝てないよ」

 

 どうやら鈴がクラス代表になったようだ。

 ああ、これで一夏の勝ち目はなしだ。優勝したクラスには学食のデザートの半年のフリーパスをもらえるのだが、それは無しというのが確定した。

 残念。

 

「詩織、あの方ですの?」

「そうだよ。あの子が言っていた子、凰 鈴音(ファン リンイン)だよ。中国の代表候補生。見た限りではどう?」

「……見た限りでは何の問題もありませんわ。情報不足ですわね」

 

 私も鈴については情報不足。もちろんセシリアとは別の意味の情報だ。

 

「でも、大丈夫なんですの? あの方、あきらかに織斑さんしか見てませんわよ。あれは本気で恋していますわ」

「だね。本気だよ」

「それなのにどうやって自分のものにしますの? 難しいですわよ」

「分かってるよ。でも、二人は恋人じゃない。今はそれだけでも十分だよ」

 

 一番の理想は私への愛が一夏への愛を上回ることかな。振られてから私のものにするのは一番私のものになりやすいと思うんだけど、やっぱりそれだと一夏の代わりみたいな気がするんだよね。だから私への好意が上回ることのほうが一番理想だ。

 まあ、振られた鈴を私のものにしても、代わりなんてことにはさせないもんね! 絶対に『一夏よりも好き!』って言わせてやるんだから。

 

「あと、詩織。あなたが恋人を何人増やそうといいですけど、ちゃんとわたくしたちに構ってくださいわね」

「うん」

 

 もちろんちゃんといちゃいちゃするつもりだ。いちゃいちゃしないなんてありえないね! いちゃいちゃして私と一緒にいることが幸せって思わせる。そして、大人になっても離れられないようにする。いつまでか。もちろん死ぬまでだよ。

 死ぬその瞬間まで幸せだったって思わせるよ。



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第74話 私がしていたことは『特別』

 そうしてセシリアと話しているうちにSHR(ショートホームルーム)が始まる。

 鈴は教室の入り口で一夏に胸を張って話していたので、入ろうとしたお姉ちゃんに頭を叩かれていた。

 その際に鈴が『千冬さん……』って言っていたので、やはりお姉ちゃんとも面識があるらしい。お姉ちゃんに鈴のこと聞こうかな。仲良くなってから直接聞くのもいいが、お姉ちゃんの視点からの鈴を聞くのもいいと思う。

 

 小学生の頃の鈴か。なんだか色んな意味で変わってないような気がする。

 そういえば他のみんなの小さい頃のこと、聞いてなかったな。

 できれば写真付きで話を聞きたい。

 けれど、実家になんてすぐに帰ることができないしね。だから今度みんなを私の家に呼ぼう。夏休みだし日数はそれなりにあるからお泊り会をすればいい。部屋はたくさんあるから問題ない。それにベッドも広いから私と他三人なら余裕だ。そこで私の昔のことを見てもらいたい。

 

 自分の昔のことを自分で話すというのは変な感じがするが、好きな人の昔が気になるということは知っているので、何とか我慢。

 まあ、『私』ではなく『月山詩織』という可愛い子を話すならば全く変な感じにはならないが。

 もちろんのことそれだけではない。自分の家だからたくさんいちゃいちゃする。

 お姉ちゃんは……来てくれるかな? というか、全員来てくれるかな? 全員里帰りなんてことだったら泣いちゃうんだけど。一人で夏休みを過ごすのは嫌だ!

 夏休み前にみんなの予定を聞こう。そして、なんとか私の家に泊まりに来させよう。

 にしても今日のお姉ちゃん、元気ないな。寝不足みたい。

 

 さっきから気になっていた。

 多分ほとんどの人は分からないだろうが、恋人となった私には分かるのだ。なんか寝不足って顔なんだ。

 もしかして結局眠れなかったのかな? だったら可愛いお姉ちゃんだ。

 っと、お姉ちゃんと目が合った。

 昨日のこともあってなのか、お姉ちゃんの頬が赤くなったような気がした。

 私も顔が熱くなる。

 

 手を振ってやりたいが、席が一番後ろとはいえ、ばれるかもしれないので、振ることはできない。

 我慢だ。うん、我慢だ。自分の欲を優先してお姉ちゃんと別れるなんてことにはなりたくはない。

 時は流れ、昼休みになる。

 

「詩織、一緒に食べません?」

 

 授業が終わるとすぐにセシリアがこちらへ来た。

 

「ごめん。昼は簪の都合で食堂には行けないの」

「なぜですの?」

「簪のISの事情知ってる?」

「更識さんのですの? いえ、知りませんわ」

「簪のISってまだ未完成なの。本当は一夏のISを作った所が完成させる予定だったんだけど、一夏のを優先しちゃってそうなったの。だから今も整備室に篭って自分でやっているの」

「担当者に任せませんでしたの?」

「任せなかったみたい。どういう理由でそうしたのか分からないけどね」

 

 まあ、どんな理由なのかは知らないけど、頑張っていることだしそれでいいだろう。私も楽しいしね。

 

「なら、昼休みは更識さんだけの時間ですの? 納得できませんわ!」

 

 セシリアは私と同じクラスなので、私と触れ合う時間がたくさんあるかのように思えるが、実はそうではない。それは授業と授業の間の休み時間は互いに友人との時間に使ったり、予習などに使うからだ。

 私が恋人たち大好きだから、全ての時間を恋人のために全てを使っているように思われるが、残念ながらそうではない。友人との交流は結構大事だからね。

 

「だからわたくしも行きますわ! 文句はありませんわよね?」

「もちろんだよ。でも、簪が……」

「もう! わたくしもあなたの恋人ですわよ! わたくしもあなたと一緒に食べたいんですわ!」

 

 セシリアが怒った顔で言う。

 

「分かった。じゃあ、売店で食べるものを買おう。いい?」

「ええ!」

 

 そう言うと先ほどとは反対に笑顔になる。

 ふふ、全く可愛いやつめ!

 そういうわけで私とセシリアは売店へ行き、それぞれ自分のものと簪のものを買った。もちろん簪の分のお金は簪から受け取っている。

 今回だが、私のお昼はカップ麺たちだ。数は八個。

 お湯という問題があるが、整備室はよく引きこもる人間がいるので、ポットが設置してあるのだ。なのでカップ麺を買っても問題ない。

 

「詩織、本当にそれを食べますの?」

「うん」

「わたくしには真似できませんわね」

「私、一度でいいからカップ麺をたくさん食べたかったんだよね~。家じゃ体に悪いって言われてカップ麺なんて滅多に食べられなかったもん」

 

 だけど、ここには両親がいない。つまり自由にできるのだ。

 ずっと自由にしていたいってわけじゃないけど、たまにはいいよね。

 

「セシリアにはない? 自分の好きなものだけをたくさん食べたいって」

「それは……ありますわ」

「でしょ。私はそれをやっただけだよ。セシリアも今度やったら?」

「……それもいいかもしれませんわね。でも、わたくし、日本の店はよく知りませんの」

 

 セシリアはわざとらしく私をチラリと見た。

 はは~ん、なるほどね! つまりデートの予約ですか!

 

「なら私が案内しようか?」

「ならお願いしますわ」

「ちなみに何を食べたいの?」

「その、スウィーツを」

 

 もじもじとセシリアが言う。

 

「分かった」

「あっ、たくさん食べたいので、ホールではなく、一口や二口で食べられるものがいいですわ」

「了解」

 

 確かにたくさん食べるならそのサイズがちょうどいい。ホールだと私でも五つか六つしか食べられない。

 でも、そのくらいのサイズならば色んな味をたくさん楽しむことができる。ホールを食べるのはそれからでいいだろう。

 確か家の近くにそういう店があったはず。店内でも食べられるし、持って帰ることもできるからちょうどいいはずだ。

 

「いい店があるから任せておいて! 私もよく行くから味は保障するよ!」

「それは楽しみですわ。その日を楽しく待っていますわ」

 

 そうしてデートの予約が成立した。

 そして、私たちは簪が待っている整備室へ。

 

「簪、来たよ~」

 

 いつものように間抜けな声でそう言う。

 もちろんのこといつものように集中している簪は気づかない。

 なので、こちらもいつも通りに対応する。

 一旦、カップ麺たちを置いて、普通に近づく。こっそりなんて近づかなくても、簪は気づかないのだ。普通に歩くのでOK。

 簪の背後に来た私はぎゅって抱きついた。

 一瞬驚きびくりとした簪はすぐに私だと気づく。

 こちらを見らずに気づくのはなんだかうれしい。

 

「詩織」

 

 簪がキスをしてくれと首だけをこちらに向けてくる。

 それに答えて、キスをした。

 いつも通り、最初はくっ付ける程度のキスだ。私がちょっと口の力を緩めて口を開くと慣れたように簪が舌を入れて私の口内を蹂躙していく。

 

「んちゅ……ん、んんっ……むちゅ……」

 

 だんだんと激しくなり、簪が完全に体を私に向け押し倒す。

 押し倒されたことにより、簪の口から唾液が私のほうへ流れ出した。

 

「んくっ、じゅる……じゅるる……。んっ、あん……たく、さん」

 

 私はその唾液を必死に飲み込んだ。

 もちろんのこと口の端からは私の口内に入ることができなかった涎が垂れる。

 味なんて分からない。ただそれを飲むだけだった。

 

「んっ、ちゅうっ……かん、らしぃ……」

「ん、もっと……舌、出して」

 

 言われた通りに舌を出して簪のと絡め始めた。

 体の中にビリビリとした快感が湧いてくる。

 私はさらに求めて簪の舌に吸い付いた。

 私の口からは簪の舌を吸う為に出た、じゅるじゅるという音が。

 簪が一瞬びくりとなり、簪の私の服を握る手の力が強くなった。

 休憩なのか、唇が離れる。そこで簪と目が合う。互いの目には理性はない。あるのは快感を求めようとする欲だ。

 見た目は大人しそうな簪がこのようになるのは非常に興奮する。その欲を向ける相手は私で最初で最後でいてほしい。

 

「ちゅ」

 

 再び簪からキスをされる。

 だが、今度のは違う。簪は私がさっきしたように私の舌に吸い付いた。

 舌を吸い始めたのは私が最初なのだが、その効果までは知らなかった。

 じゅるっと吸われた瞬間、快感が訪れる。度重なる快感で舌も性感帯になっているようだった。

 し、舌でこんなに……!

 絡ませるだけでも気持ちよかったのに吸うこともさらに気持ちよくさせる。

 

「じゅっるぅっ……詩織の……美味しい」

「味なんて、ちゅるっ、し、ないよ!」

「ちゅっ、そう?」

「ひゃっ、そうだよ。ちゅっ、んんっ……」

「ちゅぱ、ならもう一回……飲、む?」

「…………飲んでみる」

 

 本当に味を確かめたかったわけではない。快感を求めたことと流れに流されたのだ。

 私の唇にまたまた簪の唇が――

 

「わたくしがいることを忘れてません!?」

 

 あともう少しで重なるというところで、顔を真っ赤にしたセシリアが怒鳴った。

 わ、忘れてた。

 

「よくもわたくしという恋人が近くにいながら、あ、あんな、は、激しいことをできましたわね!! 本当になんですの!? 二人してわたくしに見せ付けてますの!?」

「ご、ごめんね。そういうつもりじゃなかったんだけど、その、しちゃったら我慢できなくなって」

 

 軽くちゅっで終わることができたはずなのに、私はそうせずに長く口付けしたままだった。私が原因である。

 

「詩織、なんでオルコットが……いるの? 私、聞いて、ない」

 

 自分の口元をハンカチで拭いた簪が、私の口元を拭きながら言う。

 

「それもごめん。セシリアも昨日正式に恋人になったでしょ。セシリアも私と一緒に食べたかったみたいだから呼んだの」

「……せっかく詩織と二人きりの……時間、だったのに」

「ほら、その代わりにいつも部屋で二人きりになれるでしょ。でも、セシリアはあまりそんな時間が取れないの。だから理解してほしい」

「……分かった。こう、なるのも分かってた、から」

 

 そう言ってセシリアがいることを認めてくれた。

 

「じゃあ、食べよっか!」

 

 いろんなことをなかったかのようにそう言った。

 

「はあ……もういいですわ。ほら、更識さんも一旦作業を止めない。食べますわよ」

「止めない」

「はあ? 何を言っていますの? まさかやりながら食べるなんてお行儀の悪いことをするなんて言いませんわよね?」

「やりながら……する。そう言った」

 

 簪はセシリアに目を向けず、作業を続ける。

 う~ん、仲は……悪いのかな? こうしてこの一端を見るとセシリアが躾をする母親で簪が我がままを言う子どもだ。

 まあ、互いに睨み合う様な関係でなくよかったと思うとこの関係も悪くはない。

 

「片手で作業して、もう片手にパン。確かに作業は進みますけど、効率は悪いですわ。むしろ今は休憩という意味でも食事に専念したほうがより作業が進みますわ」

 

 セシリアが正論を述べる。

 うん、その通りだ。疲れた体は失敗を生む。進むどころか後退するかもしれない。

 

「ふっ」

 

 そんな正論を述べるセシリアに簪は鼻で笑った。

 

「誰がいつ片手で……作業するって……言った? 私は両手でする」

「それでは食べれませんわ」

「詩織」

 

 その方法を示すために簪が私の名前を言った。

 うう、人前であ~んをするのか。ちょっと恥ずかしい。

 だけど、やらないわけにはいかない。

 私は簪のためのパンの袋を開けるとパンを取り出す。それを一口サイズにして、

 

「はい、あ~ん」

 

 一口サイズのパンを簪の口元へ。

 

「あ~ん」

 

 簪はそれをぱくりと食べた。その際に指も軽く食べられた。だから簪に指を咥えられているような形になる。私は指を引き抜いた。

 指はちゅぷんという音を立てて簪の口から出てきた。

 簪は何度か咀嚼して飲み込んだ。

 

「ま、まさか……!」

「そのまさか。私は詩織に……たべさせて、もらう。だから問題ない」

「くっ、羨ましいですわ!」

 

 二人がそうしている間に簪の涎の付いた指をペロリと舐める。

 

「詩織! わたくしもやりたいですわ!」

「えっ、したいの?」

「したいですわ! というか、恋人なら絶対にするべきことの一つですわよ!」

 

 結構本気のようだ。

 ふむ、やってあげたいのは山々なのだが、

 

「ごめん。ちょっと無理かな」

「な、なんでですの?」

「さっき言った通り、簪はまだISができてないでしょ。私はこの子に早くISを完成させたいの。だから私は食べさせているの。だからセシリアに食べさせてあげられない」

「な、なんですの、それは。いつも更識さんだけ特別じゃありませんの。更識さんはルームメイトで詩織と二人きりの時間があって、その、あなたの初めてを奪うのは更識さんで、食べさせてもらうのも更識さんだけ。……一応聞きますけど、食べさせもらうのはお昼だけですわよね? それ以外だったらわたくしもいいですわよね?」

 

 せっかくの真剣な話が一気に台無しになった。

 

「う、うん、お昼だけだよ」

 

 そう言うと安心したようだ。そして、顔がまた戻る。

 

「わたくしもあなたの恋人ですわ。あなたのことを好きだと本気で思っている恋人ですわ。わたくしにもその特別がほしいですわ」

 

 それは我が儘だった。セシリアの我が儘だった。

 特別が欲しい、か。む、難しい。

 セシリアの言う簪の特別というのは意図して与えたものではない。偶然の結果が特別となっただけなのだ。

 だから難しい。

 そこで私はセシリアにある提案をすることにした。



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第75話 私の恋人たちの職業は決まったみたい

「セシリアはどんな特別がいいの?」

 

 それはこれだ。いっその事セシリアに決めさせればと思ったのだ。

 ただこれだと私から与えられた特別ではなくなるが。

 

「いいんですの?」

「いいよ。ただ私にもできることとできないことがあるからね。それを忘れないで」

 

 私のはハーレムである。もしハーレムだけではなく、一人であったならば何でもいいと言ったはずだ。

 でも、そうではないのはハーレムという恋人が一人ではないことだ。『特別』の内容によっては一人にそれをすることはできない。

 例えばセシリアが『これからずっとわたくしだけと一緒に風呂に入って』と言われても、私はそれをセシリアの特別にすることはできない。

 だから私は『できないこともある』と言ったのだ。

 

「それくらい分かっていますわ。そして、あなたが言いたいことも」

 

 聡明なセシリアはどうやら理解しているようだ。

 

「でも、本当にいいんですの?」

「いいよ。むしろこっちとしては私が与えられなくてごめんって気持ちなんだけど」

「あっ、考えればそうですわね」

 

 どうやら気づいていなかったようだ。

 

「やっぱり私からのほうがいい? どちらでもいいよ」

 

 そういわれたセシリアはしばらく考える。

 まあ、私はどちらがいいと聞いたのだけど、個人的にはセシリアに選んでもらいたいんだよね。もちろん私に選んでもらいたいと言うならば、私はどれだけ時間がかかろうとも選びけどね。

 

「その、わたくしが選びたいですわ」

 

 どうやら選ぶほうのようだ。

 

「いいよ。何がいいの? できることならばそれをセシリアだけの特別にしてあげるよ」

 

 なんだか悪魔的な契約みたいだ。

 いや、別に悪いことを考えているわけでないよ。むしろ互いに何もなく良いことだけだから。悪魔みたいに最後は『命をもらおう』とかじゃないもん。

 さて、セシリアは何を言うのかな? ちょっと楽しみだ。

 

「わたくし、あなたからアクセサリーをもらいたいですわ」

「それでいいの?」

 

 だってそれは別に特別ではない。もし恋人が何かほしいと言えば、それを買うからだ。つまり別に『特別』にしなくとも、いいものなのだ。

 だから聞いた。

 

「それでいいですわ」

「じゃあ、近いうちに買いに行こうか。店はたくさん知っているから」

 

 別に私は宝石大好き、高価な物大好きというわけではないが、綺麗なものや可愛いものは大好きだ。アクセサリー系は綺麗なものが多いので、何もない休日の日に色んな場所で色んな店を回ったこともある。

 ただ、結局は買うことはなかったが。

 別に金がなかったというわけではないが、前世が男だってことが影響していたのだ。

 男ってそういうのに興味持たないからね。持つのはくだらないものかな。

 

「いえ、それは結構ですわ」

「? アクセサリーが欲しいんだよね? 一緒に行かないと私分からないよ。私の好みでいいならそれでいいけど……」

 

 セシリアのことは大好きだが、まだ知り合って時間も間もない。正直、まだセシリアが何を好きなのか把握していないのだ。

 もしかしたら私が選んだものなら喜ぶという意味で言ったのかもしれないが、残念ながら私にはそれを実践するほどの勇気はない。

 

「その、売っているものではなくて、あなたの手作りがほしいんですの」

「えっと、手作り?」

「そうですわ。もちろんのこと実際に作るというのは無理でしょうから、デザインを設計してもらうだけでいいですわ」

 

 な、なるほど。確かにこれは特別だ。ただのアクセサリーならばただのプレゼントだけど、手作りされたものは本当に特別なものだ。誰も持っていない世界で唯一のものだ。さらに個人のために作られたものは余計に特別となる。

 私も誰かが作ったものと恋人が私のために作ったものだったら、もちろんのこと後者を取る。そっちのほうがうれしい。

 

「分かった。セシリアのために作るよ。ちなみにアクセサリーって言ったけど、どんなものがいいの? ネックレス? イヤリング?」

「ゆ、指輪でお願いしますわ」

「!?」

 

 セシリアはもじもじとしていた。

 え、えっとそれってどういう意味なの? わ、私との将来のことを考えてくれたの? だったらうれしいな。どうせ法的な結婚はできないから、形だけのものをするのもいいかもしれない。

 まあ、指輪がそういう意味なのかを考える必要はないね。今はセシリアが指輪を欲しがっているということだけ考えればいい。そういうのを確かめるのは近い未来だ。

 まだ十代というのに未来を決めるのは早いかもしれないが、セシリアが数年後には国に帰らなければならないということを考えるとそうは思わない。

 ここでセシリアを縛っておかないと、例えセシリアが今、本気で私を愛していても、きっと帰ったときに誰かと結ばれるかもしれない。それは却下。

 

「ちょっと待って。オルコット、それは、どういう……意味? まさか、詩織との将来、を……決めたの?」

 

 近くで話を聞いていた簪が反応した。

 おや、カップ麺にお湯が。どうやら簪が入れてくれたみたいだ。しかも、五つも。

 それ以上のカップ麺に入れていないのは、多分ポットの湯がなくなったからだと思う。

 ともかく、簪の言葉にセシリアは顔を真っ赤にした。

 えっ? 本当に考えているの? だとしたら、うれしい。

 

「……その反応……本気?」

「だ、だとしたら何ですの? まさか更識さんは遊びで詩織と一緒にいますの?」

 

 セシリアのその言葉に簪がやや不機嫌になる。

 

「遊びで……キス、しない。私は……本気」

「なら、当たり前のことを聞かないでくださいまし。少し、不愉快ですわ」

「……それは謝る。ごめん」

 

 なんだか私、愛されているって感じだ。

 二人が私のことを愛しているとか言い合っているとどうしても気持ちいい気分になる。

 

「それで、指輪は……そういう意味、なの? その指輪が……婚約指輪とか……言わない、けど、そういう意思の表れ?」

 

 セシリアは私を一瞥する。

 

「そう思ってもらえても……構いませんわ」

 

 それを聞くと私の顔が熱くなる。

 目の前で将来の宣言をされたことへの羞恥とうれしさのせいだ。

 まさか先ほど数年待つとか思っていたのに、そのすぐ後に答えがもらえるとは!

 思わず恋人たち、いやお嫁さんたちと過ごす日常を思い浮かべる。

 私が仕事から帰ってくると出迎えてくれるお嫁さんたち。みんなが声を揃えて『お帰りなさい』と言ってくれるのだ。それに私は『ただいま』と返して、順番にその唇に口付けをする。

 あは♪ 最高だね!

 

「待って。私も……指輪、欲しい」

 

 セシリアに対抗しようと簪も言ってきた。

 

「更識さん? あなた何を言っていますの? これはわたくしの『特別』ですわよ。なのにそれを取り上げるつもりですの?」

「ふっ、そもそもが間違い。オルコットも……すでに特別」

「な、何がですの?」

 

 あれ? なぜかセシリアが動揺した? なんで?

 

「やっぱり分かってた、んだ。オルコットはすでに特別を……もらって、る。初デート、初デートのお揃いの、クマのぬいぐるみ。『特別』を言う、なら……セシリアだって十分。つまり、指輪のことに口を挟んでも問題ない。違う?」

「くっ、違いませんわ」

 

 ああ、そういえば確かに簪の言うとおりだ。

 セシリアも簪と同じだね。私もつい忘れていた。

 多分『特別』を貰える権利があるのはお姉ちゃんだろう。お姉ちゃんってその立場のせいもあって、あまり恋人らしいことはできないもん。

 

「だから詩織。私にも」

「あら、更識さんも詩織との将来を?」

「とっくの昔から。詩織の恋人になったとき、から、私の……将来の夢は……詩織の、嫁」

 

 そう言い終わると簪はポッと頬を染める。

 私の嫁になると言われて私もポッ。

 

「な、何を……!」

「本気だから……言える。オルコットには……できる? この、自分の……将来を賭けた……告白、を」

「で、できますわ! わたくしだって詩織の嫁になりますわ!」

 

 あうっ、な、なにこの空間! 天国だよ! 私の恋人たちが私の嫁になるって言っているんだよ! 天国以外の何物でもないよ! や、やっぱり家に二人の家具を!

 私はさっそく脳内で自分の家のどこの部屋が誰のかを決め始める。

 幸いにも家族たちは海外に住んでいるので、家はもう私のものになっている。だからこの学園を出ると同時に恋人たちと一緒に住むことができる。

 

「じゃあ、指輪は私のも。オルコット、いい?」

「……いいですわ」

「詩織、お願い」

 

 結局私は二人の指輪を用意することとなった。

 

「デザインはどんなものがいい?」

「そうですわね、わたくしは――」

 

 セシリアが何かを言おうとしたとき、簪が口を挟んだ。

 

「待って。デザインは統一して」

「なぜですの?」

「いくら詩織が……恋人のためにそれぞれ作っても……他人のがいいと思う……かもしれない。だったら統一したほうが、いい。セシリアは絶対にないって……言える?」

「……言えませんわね」

 

 ちなみに私も言えない。自分が貰ったのよりももう一人がそれよりもいい物だったら確実に心の中で何か思っているはずだ。

 で、その子とはよく喧嘩をするようになるかも。

 

「そういうことだったら統一するよ。統一するから私が決めるね」

「お願い」

 

 というわけで恋人たちの指輪のデザインは私が決めることとなった。

 納得がいくまでじっくりと作るので、結構時間はかかりそうだ。

 私のは……どうしようか。いや、これは恋人たちに任せよう。

 

「さて、食べよっか」

 

 話の区切れとしてはちょうどいい。それにいつまでも話していると食べる時間がなくなるからね。

 

「簪は今日はもう自分で食べてね」

「えっ?」

 

 簪はご褒美をもらえなかった犬のような顔をする。

 相変わらず可愛い。

 

「時間だし、次からはセシリアの前でもするけど、セシリアだってして欲しいみたいだから。だからだよ」

「くっ、オルコット!」

 

 私にあ~んをされなかったせいか、簪はセシリアを睨みつける。

 

「あなたはもうちょっと我慢してはどうですの?」

「そう言うけど……されたいものは……されたい。オルコットは違、う?」

「ち、違いませんわ」

 

 二人が争うのを見ながら私はカップ麺を啜る。

 うん、美味しい。人間を不健康へと誘う美味しさだ。カップ麺って安い、早い、美味しいの引きこもりや時間がない人にとって最高の三要素が揃っている、天使か悪魔の食べ物だよね。

 まあ、こんなにたくさん食べるのは今日だけだからね。別に健康とかには大丈夫だろう。

 カップ麺をたくさん食べるって夢は現在進行形で叶えているから、今度はケーキかな。ちょうどよくセシリアが食べたいって言っていたからそれに合わせよう。

 さて、もう一個食べようか。

 すでにカップ麺の中身(スープも)を空にした私は次のカップ麺へ。

 

「ほら、二人とも。そろそろ食べないと間に合わないよ。話は後」

 

 二人の仲がいいのはいいことなのだが、話に夢中になって食事を取らないというのはダメだ。食事によるエネルギー補給の大切さは燃費の悪い私がよく知っている。

 私の目の前でそういうことは許さないよ。

 

「……なんでもう一個食べ終わっていますの?」

「さすが詩織」

 

 それでようやく二人も食べ始めた。

 セシリアたちはわざわざ私の両隣にそれぞれ座って食べている。二人ともちょっと揺れると肩がぶつくらいの近さだ。

 私、幸せすぎる!

 

「ふふ」

 

 思わず声が漏れる。

 

「どうしましたの?」

「詩織?」

 

 二人が私を見る。

 

「いや、二人が可愛すぎて幸せすぎるって思って」

 

 私がそう言うと、セシリアは一瞬笑顔になるが、すぐにぷいっと顔を背けて、簪はうれしそうな顔をした。そして、どちらも私に寄りかかってきた。

 何度も言おう! 幸せすぎる!

 二人もいる恋人からこうされるのはまさに夢に描いたものだ。

 

「そう言う詩織だって可愛いですわよ」

「ん、それに私たちも幸せ」

 

 二人で私にそう言う。

 私が可愛いことは事実なのだが、人に言われるとなんだか気恥ずかしい。

 自分でするよりも他人にされるほうがよく実感できるというやつか。

 

「ほ、ほら! 早く食べなさい! じ、時間だよ!」

 

 思わず動揺が言葉に出てしまう。

 そんな私を二人は微笑みながら見ていた。

 

 

 そんな幸せな昼休みを過ごした後、午後の授業もいつも通りに過ごした。

 ただ最後まで気になったのはお姉ちゃんだ。きっと昨日のことで眠れなかったのかもしれないが、明日まで響いてしまわないか不安なのだ。

 明日様子を見て今日と同じならばちょっと叱らないと。さすがに私が原因で仕事が疎かになるというのは互いにデメリットしかない。

 だったら私はお姉ちゃんと距離を離すことを厭わない。

 私だってそうなるのはつらいよ。恋人はお姉ちゃん以外にもいるからつらくなることはないということはない。

 私は我がままだからね。他の二人が私を慰めてくれても、三人じゃないと満足できないんだよ。

 そんなことを考えて夜の寮の廊下を歩いていると前方から誰かが走ってきていた。下を向いて走っているので私には全く気づいていないようだ。

 このままじゃぶつかっちゃうな。ん? おや。

 その人物をよく見ると見知った子だった。

 鈴だった。

 雰囲気から察するに不機嫌そうだ。

 よし! 何があったか知らないけど、ここは受け止めて話を聞こうではないか!



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第76話 私の候補の子を支えます

 そして、鈴が両腕を広げた私へ飛び込んでくる。

 

「んぐっ」

「ひゃっ」

 

 私の呻き声と鈴の悲鳴。

 私はなんとか鈴を抱きとめた。

 やっぱり体の凹凸があまりないとはいえ、さわり心地は女の子だった。まだ未発達だが、鈴の胸が当たっている部分からは、若干硬いが、やわらかい感触が。鈴の肩を掴んでいる両手からも筋肉と脂肪の鍛えられたやわらかさ。そして、鈴そのものから漂うのは甘い女の子のにおい。

 ああ、やっぱり女の子って最高だ。男じゃ絶対にないものばかり。

 

「だ、誰!?」

 

 鈴が私の顔を確認する。

 そのとき鈴が離れてしまった。

 ああ、もうちょっと触りたかったのに……。

 

「詩織……」

「そうよ」

 

 鈴は私を確認するとすぐにまた俯く。

 そんな鈴の額にでこピンをした。

 

「いたっ。何すんのよ!」

 

 両手で額を押さえながら鈴が怒る。

 まあ、いきなりでこピンだからね。それは怒るよね。

 でも、私だって何の理由もなく暴力を振るったわけではない。

 

「こら! 人にぶつかったのだから何か言うことがあるでしょう?」

「あっ、ごめん」

 

 私は鈴がこちらへ向かってきていたということを分かっていながら、受け止めたという事実があるのだが、謝るように言ったことには間違っていないと思っている。

 

「何があったのか知らないけど、私じゃなかったら鈴も相手も怪我をしていたのかもしれないわよ。ちゃんと前方を確認しなさい」

「ごめん」

 

 再度鈴が申し訳なさそうに謝った。

 やっぱり鈴って優しい子だな。

 さて、鈴もちゃんと謝ったし、本題に入ろう。

 もちろんのこと鈴を抱きとめたのは鈴に触れたかったからだけではない。ちゃんと他に理由がある。

 

「それで何があったの? もしよければ私に話してくれない?」

 

 そう、鈴が不機嫌な理由を聞くということだ。

 鈴がどのようなことで不機嫌なのかを聞き、私がそれを解決することで鈴の好感度が上げられるかもしれない。そのために鈴を抱きとめたのだ。

 まあ、好感度がうんぬんがなくても、女の子の悩みは解決したい。

 

「でも……」

「もちろんこのことは誰にも話さないわ。まあ、昨日会ったばかりだから不安はあるわよね。別に今日じゃなくていいわ。話したかったらいつでも来て」

 

 ここで無理やり聞き出すなんてことはしない。

 そんなことをすれば最低なやつだ。絶対に鈴からの信頼はなくなる。そして、信頼を取り戻すのも余計に難しくなる。

 それに無理やり何てあまり好きじゃないんだよね。

 

「今度でいいかしら?」

「……ううん、今聞いて。その、悩みというか愚痴になるけど……」

「別にいいわ。話してみて。ただ、ここじゃあね。私の部屋でいい?」

「ルームメイトは?」

「大丈夫よ。ルームメイトはしばらく帰らないから」

 

 今は八時半を過ぎているのだが、先ほどセシリアも交えて夕食を取ったところ、セシリアが簪と話したいことがあると言ったので、先に帰ることにしたのだ。

 女の子が二人きりで話したいと言ったので、思わず『浮気?』と思わず呟いたが、二人で同時に『それはない』と言われた。

 二人とも本気の目だったので、本当だと思う。

 でも、不安だ。だって二人とも私と同じ同性愛者になったし。

 

「なら、そこで」

 

 私は鈴を先導するように先を歩く。鈴も私の後に続いた。

 部屋の鍵を開けて、中に入る。

 

「椅子がそこにあるからそれに座りなさい。私は飲み物を取ってくるわ。一応何種類かあるのだけど、何か希望はある? まあ、売店から買ってきたものだから限られているのだけどね」

「あたし、まだ売店には行っていないから分かんないわよ」

「えっと、確かリンゴとオレンジとキャルピス、クォーラ。もちろんお茶もあるわよ」

「じゃあ、リンゴで」

 

 私は備え付けてある冷蔵庫の中からリンゴジュースの入った紙パックを取り出し、コップに注ぐ。

 それを鈴の前にあるテーブルに置いた。

 私はベッドに腰掛ける。

 

「どうぞ。リンゴ百パーセントのジュースよ」

「ありがと」

 

 鈴はそれを両手で持って、飲み始める。

 鈴が小柄ということもあって、その姿は可愛さがさらに増す。

 

「話していい?」

「ええ、あなたのタイミングで」

 

 鈴はポツリポツリと語りだした。

 内容は今日の先ほどあった出来事だった。

 一夏が知らない女の子と親しかったこと。

 一夏がその子と一緒の部屋だったこと。

 一夏が自分がいなくてさびしそうではなかったこと。

 一夏が大切な約束を覚えていなかったこと。

 とにかく一夏のことだった。

 これを聞いていた私が歯をギリギリと言わせても仕方がないと思いたい。

 

「あたし、一夏のことが好き。でも、一夏は気づいてくれない。それに今日会ってみて思ったんだけど、あの女とのほうが仲がいいみたいに感じたわ」

 

 あの女とはもちろん箒だ。

 一夏と箒の仲がいいと聞いて、どうやら箒は上手くやっているようだ。多分一夏自信も理解していないうちに好意を抱いていると思われる。それが無意識に言動に表れているのだろう。

 でも、鈴というライバルが出てきたからなあ。

 箒、がんばれ!

 

「ねえ、詩織。あたし負けたくない。あたしの恋を手伝ってくんない?」

 

 誰かの力を借りてでも好きな人を手に入れたいというのは嫌いではない。他人を貶めることでなければ嫌いではない。

 でも、

 

「ごめんね。それは無理なのよ」

「な、なんで?」

 

 鈴はちょっとショックを受けたようだ。

 鈴との仲を考えると言いたくはないが、ここは事実を言ったほうがいい。箒の名前は……どうしようか。伏せておくか言うか……。

 

「実は言いにくいのだけど、ある女の子を応援しているのよ。その子も応援しているのにあなたも応援するというのはできないわ」

 

 結局伏せておくことにした。

 

「っ! そ、そうなんだ……。その人じゃなくて、あたしを応援するのは……」

「無理よ。私も約束を破るような外道ではないわ」

 

 これは好きとか嫌いとかの問題ではない。先に約束したかそうではないかの問題だ。残念ながら鈴がどんなに特別になろうともそれは無理だ。特別扱いはしないよ。

 そういうところは私はちゃんとする。

 

「名前を……教えて……もらって、いい?」

「あなたを信用しないとは言いたくはないけど、その子の名前を教えるわけには行かないのよ」

 

 鈴は私の言葉を聞いたせいなのか分からないが、顔を伏せたまま立ち上がるとそのまま何も言わずに出て行こうとしていた。

 うん、ここで帰らせたら絶対にダメだ。きっと明日からは私を避けるような気がする。その理由は今回の手伝いを断ったからというものであるかもしれない。

 そうであっても私は嫌いにならないけどね。

 とにかく行かせないためにすばやくその手を掴む。

 

「へっ?」

 

 そんな声が聞こえたが無視して、ベッドの上へ鈴を引っ張った。

 引っ張られた鈴はぽすんとベッドの上に投げ出される。

 ただこれでは逃げられるため、そういう意味ではないが、鈴に覆いかぶさった。

 いきなりのことで鈴は混乱していた。

 

「っ、し、詩織! な、何のつもり!?」

 

 私が性的に襲うと思ったのか、両手を自分の胸元へ置いていた。

 襲いたいけど、今はそんなことはしないよ。

 

「鈴、私はあなたのこと大切に思っているわ」

「な、何を言って……。あたしとあんたは昨日知り合ったばかりでしょ」

「そうね。少ない時間だわ。でもね、それでも私はあなたのことを大切に思っているのよ」

 

 もちろんこんなことを言うのは鈴に嫌われたくはないため。私は鈴に好き嫌いで手伝ったりしないとはっきりさせたい。

 鈴と私は知り合ったばかりだからそう思われている可能性がある。

 

「嘘よ! 嫌われたくないからそんなことを……!」

 

 そう言われるとは予測できていた。

 だってそんなことを言われても会ったばかりの人の言葉なんて、好きな人以外、信じられないもん。

 

「嘘じゃないわ。あなたのことを大切に思っているから嫌われたくないのよ。あなたが大切な存在だから言うけど、もしあなたが大切じゃなかったら私はあなたをこうして引き止めなかったわ」

 

 私だって人間だ。引き止める人間と引き止めない人間を区別している。

 私は体を支えていた両腕の力を抜き、鈴と体を密着させた。

 

「ひゃっ」

 

 こういうときにこんなふうなことはしたくはなかった。もうちょっと別のときに鈴に触れたかったな。

 

「本当に大切だからあなたに嫌われたくはない。だから知って。あなたの恋を応援できなかったのは嫌いとかじゃない」

 

 それを示すかのように鈴を抱きしめた。

 本当にやわらかくてちょっとでも力を入れれば壊れてしまいそうだ。

 こんな状況だが、鈴を襲いたくなる。

 

「その、応援はできないけど、話を聞くことはできるわ。それであなたを支えさせて」

「……本当にあたしのこと、大切なの?」

「ええ、大切よ」

「……ならこれからあたしの話を聞いてよ。そして、今みたいにさ、抱きしめてくれるといいんだけど」

「いいわよ」

 

 もちろんのことこちらとしてもうれしいことだ。

 これで鈴と話す口実もできたし、触れる口実もできた。

 

「嫌というわけではないけど、どうしてこうされたいの?」

 

 普通は出会って間もない人にこうされるのは抵抗があるはずだ。友達になっても抵抗感はあるはず。

 なのに鈴はしてほしいと言う。聞いてもいいことならば聞いてみたい。

 私の下にいる鈴は恥ずかしそうにする。

 可愛い。

 

「詩織にこうされるとなんだか心地よくて……」

「ふふ、うれしいことを言ってくれるわね」

「気持ち悪くない?」

「なんで?」

「だって同じ女なのに……」

 

 あははー鈴の目の前の可愛い女の子は女の子が大好きな人だから、むしろ気持ちいいって思うくらいなんだけどね。

 

「そんなことは思わないわ」

 

 私は体を起こすと鈴の体も起こし、向き合う形になるように私の膝の上に座らせた。

 鈴はさすがにこの体勢に顔を真っ赤にした。

 だが、嫌がる様子はない。ただ私から顔を隠すように顔を伏せるだけだ。

 

「私も鈴と触れ合うのは心地いいわ。私もあなたと同じくこうすることを望んでいるの。それにこんなことをするのは二人きりのときだけよ。だから二人きりのときはそんなこと忘れなさい」

「うん」

 

 鈴はこのようなスキンシップを受け入れたが、私のような恋愛の対象としてではない。やはりまだ友人やそのあたりから抜け出せていない。

 まあ、仲良くなれただけ良しとしよう。まだ時間はあるのだから。

 

「ねえ、話は今はもう終わったんだけど、もうちょっとこうさせて」

 

 鈴は私に寄りかかる。

 

「もちろん。もうしばらくだけいいわ」

 

 そろそろだけど簪が帰ってくると思う。

 簪には新しい気になる人がいると言ったから、突然入ってきても鈴がその気になる人だと理解すると思う。ただこうやってくっついていることには何か思われるかも。

 

「ねえ、あたしって一夏の恋人になれるかな?」

 

 しばらくしていきなり鈴がそんなことを言う。

 おや? 見ていて悔しいほど、一夏LOVEだった鈴がそんなことを言うとは。正直驚いた。

 

「どうしたの? 応援という意味じゃないけど、そんな弱気じゃ恋人になれないわよ」

 

 感情が全てと言うわけではないが、やはり感情というのは行動するための原動力である。それが弱いとなると行動は制限されるのだ。

 例えば不安な状態でスポーツの試合に行くのと、自信満々で行くのとではやはり動きが違う。

 

「そうだけどさ、今日の一夏の反応を見て、あまり特別にうれしそうには見えないみたいだから。そんなあたしがなれるのか不安になったのよ」

 

 恋する者としては久しぶりの再開に誰よりも喜んで欲しい。こちらからの片思いだとしてもそう思う。

 だってそうだとしたら少なくとも相手は自分のことを意識しているってことだもんね。

 

「……あまり応援しているようなことは言いたくはないのだけど、恐らく一夏に異性を感じさせることは至難の業よ。反応がなくても不思議ではないわ。だから一夏にそういう反応を期待するだけ無駄よ」

「……やっぱりそっか。あたしにはって思っていたんだけどなあ」

 

 誰だってそう思いたい。

 でも、そうではないのが大半だ。

 

「にしても詩織って一夏のこと、好きなの? なんか詳しいけど」

 

 そう言われて怒り的なものが湧き上がるが、恋人が三人もいる私は何とか耐えることができた。

 

「違うわ。ただどうしても一夏の情報が必要なときがあったからね。それでよ」

 

 そう言うと鈴が、膝の上に乗ったままだが、警戒の色を見せて離れる。

 

「あんた、まさか一夏のデータを?」

 

 なるほど。確かに情報が必要なんて言ったらそういう結論になってしまう。

 普通の学校だったら恋に関する情報だと思ったはずなのになあ。

 

「違うわよ。言ったでしょ? 応援している子がいるって」

 

 うん、嘘は言っていない。ただ順序が違うだけ。

 

「アドバイスをしようにも相手のことを知らないとできないでしょ?」

「その通りね。ごめん、疑ったわ」

「気にしてないわ」

 

 一夏を大切に思っていると言ってもいい反応だ。

 本当に妬けるよ。



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第77話 私への罰

 話も終わり時間も時間なので鈴は帰ることになった。

 

「鈴、些細な用事でも来ていいからね。とはいえ、私も用事があるときがあるから、いつでもいるってわけじゃないけどね」

「分かっているわよ」

 

 鈴がくすりと笑う。

 まあ、私としては毎日来て欲しいというのが本音だけどね! そして、仲を深めたいな。

 

「じゃあね、鈴。また明日」

「ええ、詩織。今日はありがとう」

 

 そう言って鈴は私の部屋を出た。

 さて、と。コップを片付けないと。

 私はコップを持って流しへ向かう。

 と、そこでドアが開いた。

 

「お帰り、簪」

「ただいま」

 

 簪が帰ってきたのだが、何だか様子がおかしい。ちょっと不機嫌だ。

 あれ? 簪までも不機嫌なの? セシリアと会っていたからそこで何かあったのか。

 セシリアが何かしたのか、それとも何か言ったのか。

 話を聞いてみるか。

 

「どうしたの、簪? 不機嫌そうだけど何かあったの?」

「……あった」

「なら教えてもらえる?」

 

 そう言うと私をじと~っと見た。

 え? 何で? 私、何かした?

 

「詩織、分から……ない?」

「わ、分からないよ。何かした?」

「した」

 

 自分の行動を思い返してみるが、全く心当たりがない。

 嫌がることをことをしたわけではないし……。まさか知らずに?

 だ、だとしたらめちゃくちゃショックだ。知らずというのが何よりも。

 

「……ごめん、分かんない」

「そう」

 

 うう、返事が冷たい……。

 

「さっき、恋人じゃない女を……入れた、でしょ?」

「ふえっ?」

「私は……詩織が恋人といちゃいちゃするのは……ちょっと、嫉妬するくらい。でも、そうでない女、に……詩織が取られるのは……とても認められない」

 

 なるほど。

 確かに鈴は候補だけど立場としてはあやふやなものだ。決して恋人としての扱いは取れない。

 そういえば簪は私とセシリアが本当の恋人になっていないと聞いたとき、激しい怒りを露にしていた。

 

「うう、ごめんなさい。でも、あの子がどうしても見捨てられなくて……」

「言い訳はいい。例えそうでも詩織と一緒にいて……」

 

 言葉が一旦切れた。そして、私に近づくとくんくんと匂いを嗅ぐ。

 簪は匂いを嗅いだあと、顔をしかめた。

 

「それと詩織と匂いが付くまで……くっついていた。特に後者は……一番許せない。必要ない、よね?」

「は、はい、必要ありませんでした!」

 

 ただ安心させるのにあそこまでしなくてもよかった。ただ手を握るだけでもきっと似たような展開にはなったはずだ。きっとあのスキンシップはなくても、鈴は来てくれるだろう。

 それを分かっていながらチャンスだと思い、抱きしめたのだ。

 で、でも、後悔はしていない!

 

「詩織、これは浮気に等しい」

「うぐっ。で、でも、セシリアといちゃいちゃするのは……」

「恋人だから浮気じゃない。浮気のように感じるだけ」

 

 なんとか反撃しようとしたが、あっさりと反論された。

 

「詩織は悪い子。おしおきが必要、ね」

 

 『おしおき』という言葉にちょっとドキリとした。もちろん恐怖とかそういうものではない。喜びの鼓動だ。

 

「ふふ、ほら、正座」

 

 簪のほうも私をいじめることに喜びを得ているようで、笑みを浮かべていた。

 やっぱり私って変態だ。こうやっていじめられるの……好き。

 何度も確認するがやはり私はMのようだ。

 ともかく、私は大人しくその場に正座をした。

 

「ん、いい子」

「あうっ」

 

 確かに『いい子』と言ったはずなのに、簪から受けたのはでこピンだった。

 まあ、お仕置きだが、さすがに頬を叩くなんてことはいろんな意味でできなかったのだろう。

 

「もしかして……お仕置きなのに興奮して、いるの?」

「し、してない、です」

「本当に?」

 

 簪はそう言いながら、ゆっくりと私を押し倒し、私の上に跨った。

 色んな意味で簪が優位に立った。

 今の私には抵抗しかできない。

 ああ、会った当初は大人しい顔をしていたのに今じゃこんな顔をするようになって……。更識簪は私が育てた。なんてね。

 

「本当のことを言ってくれたら……ご褒美、あげる」

「!!」

 

 ご、ご褒美! 簪からのご褒美! な、何がもらえるの?

 ご褒美という言葉に鼓動が高鳴る。

 

「それとも……詩織はお仕置きのほうが……好き?」

「…………」

 

 ここで迷ってしまうのはお仕置きもご褒美もどちらも欲しいからなのか。

 お仕置きとご褒美、どっちが……。

 そこで私は思いつく。どちらか迷うならばどちらも選べばいいではないかと。

 

「どっちもお願い! お仕置きしてご褒美をください!」

 

 私は声を上げてそう言った。

 

「分かった。じゃあ、いじめて気持ちよくさせてあげる」

「うん!」

 

 さっそく簪が――

 

「更識さん? その、先ほどの話ですけど――」

 

 鍵をかけていなかったために扉が開けられた。開けたのはセシリアだ。

 私たちは互いに固まってしまう。

 現在、簪は私に馬乗りになっており、顔と顔の距離が近い。さらに言えば簪の手が私の頬に触れていて、互いの顔が興奮で赤くなっているのだ。

 どう見てもそういうことをしようとしていた場面だ。

 

「な、な、なななっ」

 

 セシリアの顔が引き攣りながら何かを言おうとしている。

 私はセシリアのほうを見たまま、間抜けのように口を開けていた。

 

「何をしていますの!?」

 

 あうっ、声が頭に響く!

 

「オルコット。タイミングが悪い。出直せ」

「出直せではありませんわ! 更識さん! 詩織と同じ部屋だからってそんな羨ましいことをするなんてずるいですわ!」

 

 あや、どうやら破廉恥だって怒るのではなく、羨ましかったようだ。

 やっぱりセシリアもだんだんエッチな子になっていくんだな。でも、セシリアみたいな女の子がエッチになるのはとてもいい。最高。興奮するね。

 

「ふっ、これが……ルームメイトの特典!」

「うるさいですわ! 詩織! ほら、わたくしのほうへ!」

「ダメ。今、詩織はお仕置き中」

「お仕置き? なぜですの?」

「ん、ちょうどいい。ほら、詩織。話して」

 

 簪にそう言われて、セシリアに大人しく話した。

 

「ギルティですわね。浮気ですわ」

「そう。だからお仕置き」

「そういうことならわたくしもやりたいですわ」

 

 セシリアは笑みを浮かべている。

 私はそこで冷静になることができた。きっとこのまま流れに乗ったら眠れない夜になる。

 

「ふ、二人とも。明日も授業だし、止めない?」

「あら、それじゃ浮気のお仕置きはどうするんですの? わたくしたち、こうやってふざけているように見えて、実は結構ショックを受けていますのよ」

「……ごめん」

「あなたの要求を受け入れる覚悟のあるわたくしたちに何か不満がありますの? だ、抱きたいなら言ってくれれば受け入れますのよ」

 

 最後のほうは聞こえるくらいの声だった。しかも顔は真っ赤だ。

 

「違うよ。そうじゃないの。不満なんてない」

「ならなぜくっついたんですの? そんなことをされたのでは不満があるようにしか感じませんわ」

 

 な、なんだか、このまま行くとバッドエンドへ向かっているような雰囲気が感じられるんですけど。大丈夫かな?

 

「その、鈴って一夏のことが好きなんだよね。そんな鈴を自分のものにするから言葉だけじゃなくて、スキンシップしたほうがいいかなって思ったの。もちろん下心がなかったのかと言われたらあったよ」

 

 私は正直に自分の心を話す。

 

「更識さん、どうします?」

「私たちは詩織のハーレムの一人。詩織にいつの間にか……攻略された人たち。正直に言って……分からない。詩織が……正しいことを……していた、のか」

「そうですわね。じゃあ、許しますの?」

「……候補とのスキンシップは……認める」

「何もしませんの?」

「そんなわけがない。する」

 

 何をされるのか不安がある。本当に嫌なことはしないよね? いくら罰だとしても、抵抗できないように私を拘束して、目の前でセシリアと簪がキスなんてことはしないよね?

 二人が仲がある程度よくなっていたので、思わずそんな罰を思いついた。

 もしこれが実行されたら本当に私は泣く。それどころか自分が何をするか。本当に本当に自分勝手だが、裏切られたと二人を亡き者にするかもしれない。

 それを想像すると思わず涙が流れる。

 

「ちょ、ちょっと、なんで泣きますの!? わたくしたち別に詩織に痛いことはしませんわよ! 更識さんもほら、どいてください」

「う、うん」

 

 涙は止まらないが、簪のぬくもりが離れるのを名残惜しく感じる。

 

「ち、違うの。ただ私が勝手につらいことを考えただけだから」

「……それ本当に大丈夫ですの? つらいことを考えてそんなになるなんて……」

 

 私の傍まで来たセシリアが頭を優しく撫でてくれる。

 

「更識さん、もうなんだか勝手に自滅していますけど、どうしますの? わたくしは結構満足――ごほん、詩織が結構反省していると思いますの」

「でも、こんなチャンスを見逃す――じゃなくて、罰を受けないと。罰と反省は二つで一つ。だから罰も」

「そう言われるとそうですわね。ええ、罰を」

 

 二人が話し合っているうちに目元をごしごしして、涙を拭う。

 全く子どもみたい。こんなに簡単に泣いてしまうなんて。

 でも、不安なんだもん。二人とも私と同じ同性愛者になった。そんな中に女の子たくさんのハーレムの一員になるのだ。私じゃない人と恋人になるかもしれない。それが嫌だ。

 例えそれが私のことも好き、もう一人の子も好きでもだ。恋人たちが好きになるのは私だけでいい。他の人なんて好きにならないでほしい。

 簪とセシリアにはある程度仲良くなってほしいと思っていたのに、そうなった瞬間あまり仲良くならないでほしいと思うなんて……。

 

「詩織、罰が決まりましたわよ」

「詩織に拒否権は……ない」

 

 二人から告げられる。

 それにびくりと震えてしまう。

 

「詩織、あなた、しばらくの間、わたくしたちに奉仕なさい!」

「奉仕?」

「ええ、そうですわ! 奉仕ですわ!」

 

 なんだか楽しそうに言う。

 

「そして、奉仕と言ったら……メイド。だから、メイド服、着て」

 

 そう言う簪も楽しそうに言う。

 どうやら私への罰は二人をご奉仕することのようだ。

 ご、ご奉仕……。な、なんかいい響き。されるほうもいいけど、するほうもいいと思う。セシリアとのプレイでやろうと思ったけど、まさかこんな形でやることになるとは。

 

「さて、メイド服はどうします?」

「買うしかない」

「店を知っていますの?」

「コスプレでいい」

「コスプレ……。そういえば日本はそういう国でしたわね。それで本格的なメイド服に近いものを買いますの? それともスカートの丈の短いものですの?」

「むむ、そうだった。悩ましい……」

 

 じゃあ、二人のことご主人様って呼ばないといけないのか。いや、お嬢様かな?

 や、やっぱりご奉仕ってエッチなこともあるよね。それもするんだよね。

 セシリアの目の前に跪く私。私はどのような命令を受けるのか不安で顔が強張っている。そんな私にセシリアからエッチな奉仕をするように言われる。私はそれに泣きながら抵抗するが、そんな私にセシリアは私の体を掴んで無理やりにさせる。奉仕が終わったあとに残るのは虚ろな目をし、床に四肢を投げ出し倒れている私。

 そ、そんなことをするなんてセシリアはエッチだよ!

 

「丈の短いもので……奉仕。子どもみたいな詩織には……似合う」

「ですわね。逆に大人みたいな詩織には丈の長いほうがいいですわね。まさにできるメイドですわ」

「むむ、あまり大人な詩織は……してほしく、ないけど、この際仕方、ない」

「まあ、確かにちょっと思うところはありますわ。ただどちらも同じ詩織ですわ」

「分かってる。でも、だからと言って……受け入れられるかどうかは……別」

「まあ、雰囲気まで変わりますものね。はっきり言って双子と言われても疑わないレベルですわ」

 

 簪もきっと同じなんだろうな。昔ならともかく今の簪なら私をいじめようとしたときみたいな笑みを浮かべて命令するんだろうな。

 ああ、ご主人様! 私はそのような命令は……いやっ、いやっいやっ、止めてください! ご主人様! ご主人様!

 そ、想像するだけで興奮する。妄想――げふんっ、想像でこうなんだから本当にされたら私、どうなっちゃうんだろう? 怖いけど楽しみでもある。

 

「ですから大人な詩織も候補ですわ」

「分かった。詩織は詩織。どっちも詩織」

「そうですわ。どちらもわたくしたちの大好きな詩織ですわ。ただちょっと違うというだけで否定するのは詩織という存在を否定しているのと同義ですわよ」

「分かってる。それで……どっちが、いいと思う?」

「いっその事日にちで変えません? そうすればどちらかを選ばずに二つの詩織を見られますわ」

「!? 盲点だった。そう、悩む必要はなかった」

「決まりですわね。二日ずつでいいですわね?」

「それでいい」

「あと、その、しばらくの間、わたくしもここで過ごしても?」

「……なんで?」

 

 さて、私がメイドになるのだけど、私の知っているメイドは簪に見せてもらったアニメのメイドさんのみ。それを真似すればいいのならば形はできると思う。もちろん主人が命令する前にそれを遂行するなんてことや一瞬で移動するなんてことはできないけど。



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第78話 私たち三人でいちゃいちゃ

 まあ、失敗はすると思うけど、罰なんだから精一杯するよ。

 これは二人を不安にさせて罰なんだから。

 

「詩織が過ごすのはほとんどがここですわよ。それだとわたくしが詩織を見る時間が少なすぎますわ。だからここで過ごしたいんですわ」

「むう、だけど、寮則に――」

「引っかかりませんわ。部屋に住み着くのではなく、泊まるだけですもの。ちゃんと調べましたわ。もちろん認めてくださいますわよね?」

「…………認める」

 

 おっと、私が色々と考えている間に結構話が進んでいた。

 話の内容からしてセシリアがしばらく私の部屋に泊まるようだ。

 

「詩織、話は聞いて――ませんでしたわね」

 

 なぜばれたし。

 

「来週からメイド、よろしくお願いしますわね。衣装はわたくしたちのほうで用意しますわ。そのときにいろいろと言いますけど、これは罰なのですから大人しく従うようにお願いしますわね。あと、わたくしも今日から(・・・・)泊まることになりましたわ。しばらくの間、よろしくお願いしますわね」

「うん、よろしく。でも、ここで勝手に決めていいの? ルームメイトの人には?」

「あとで言っておきますわ」

 

 ともかく、セシリアとしばらく寝食を共にするのか。それはとてもうれしい。やっぱりセシリアも恋人だから一緒に過ごしたいと思っていた。完全にルームメイトにはなれないが、泊まることができるのは幸いだ。

 ああ、でも、誰かがいるときにいちゃいちゃするのって難しい。というか、恥ずかしいかな。

 さすがの私も誰かに見られながらいちゃいちゃする勇気はなかった。

 

「じゃあ、さっそく荷物を持ってきますわね」

 

 そう言って、小走りで自分の部屋へ向かっていった。

 残された私と簪は流される感じで部屋の整理を始めた。

 

「簪とセシリアと一緒にいられるなんてやっぱりうれしい」

「私は……詩織との時間が……少なくなる、から嫌」

「そうだけど、まあ、将来のための予行練習だと思おうよ。い、一緒に暮らすんでしょ?」

「暮らす。でも、まだ詩織を独り占め……したい」

 

 ハーレムである以上、私を一人占めというのは非常に難しいことであるのは分かりきっている事実だ。やっぱり分かっていたけど、一対一の場をどううまく設けるのかが一番重要のようだ。

 うん、私のことを愛してくれている恋人たちのために、私も頑張らなければ。

 もう平等なんて軽々しく使わない。私が実現できるのはそれに近づけるだけ。私はできるだけ平等になるように時間を作るのだ。

 こういう大事なことに早めに気づいてよかった。

 

「ちゃんと二人きりの時間作るよ」

「お願い」

 

 私たちはベッドに座り、キスなど過激なスキンシップはせずにただ寄り添うだけだった。それだけでも幸せな気分だ。

 あ~幸せ。もうこのままだらだら過ごしたい。

 

「そういえばお姉ちゃんはどうしよう……」

 

 できるだけ平等に近づけようとは思うが、お姉ちゃんは色々あるのでそれが難しいのだ。

 やっぱり週末にお姉ちゃんの部屋に泊まって、それでつり合せよう。

 お姉ちゃんの部屋へ行っていいのは来週からだ。そのときはお姉ちゃんにもご奉仕しよう。

 よ、喜んでくれるかな?

 

「詩織、私がいるときに……他の人のこと、考えないで」

「ごめん」

 

 おっと、また変な失敗を。私だって恋人が別の人のことを考えていたら怒るくせに。

 

「思ったけど……なんでお姉ちゃんなの? 詩織の言う……お姉ちゃんって織斑先生、だよね?」

「うん、そうだよ。お姉ちゃんって呼んでいるのは、わ、私がね、思わずお姉ちゃんって呼んじゃったからなの」

「ああ、先生をお母さんって呼ぶアレ?」

「うん、それだよ。まあ、結果から言うとよかったけどね」

「ふうん」

 

 ちょっと嫉妬したのか、私の膝の上に座ってくる。

 全く本当に可愛いぜ!

 

「お待たせしましたわ!」

 

 バンッと音を立ててセシリアが入ってきた。その手にはバッグ。

 結構高そうなバッグだな。私には真似できない。やれるけどやらない。

 にしても本当にうれしそうだ。

 

「って、またですの!? なに先に楽しんでいますの!? わたくしの嫌がらせですの!?」

「ち、違うよ! ただちょっとゆっくりしていただけだよ」

「ただゆっくりするだけでそんなにくっ付きませんわ! どう考えてもいちゃいちゃしていたではありませんの! ずるいですわ!」

 

 セシリアは荷物を部屋の隅に置くとすぐさま簪と押してどかす。

 

「きゃうっ」

 

 簪が可愛らしい悲鳴を上げる。

 

「ここはわたくしの場所ですわ!」

 

 セシリアが私の膝の上に座った。

 あっ、ちなみに私たちは身長の差があまりないので、乗っている子の背中に顔を埋める形になる。決して多くの人が想像するような乗られている子の肩から顔を覗かせるなんてことはできない。

 お姉ちゃんなら差が明確に出ているからできる。やってもらったからね。

 お姉ちゃんの膝の上、か。いつも乗られる側が多いからお姉ちゃんには簪たちの立場になりたい。

 

「なんだか結構座り心地がいいですわね」

「言っておくけど私、椅子じゃないよ」

「分かってますわよ。でも、本当に椅子にしたいくらいですわね」

 

 確かにやわらかいから気持ちいいもんね。もちろん脚が脂肪だらけという意味ではない。

 

「くっ、オルコット! 私を……突き飛ばすなんて!」

「いいじゃありませんの。あなたは随分と楽しんでいたようですけど、わたくしはそうではありませんのよ。ちょっと譲ってもらってもいいじゃありませんの」

 

 おっと、セシリアが私の上で動くから崩れ落ちそうだ。私はセシリアを支えるために腰に腕を回した。

 い、一応もうちょっとくっつかないと危ないよね?

 私は腕に力を入れてさらに私とセシリアの隙間をなくす。

 これでオーケー! やっぱりこうやってくっ付くのって最高!

 

「オルコット、どいて」

 

 簪がベッドの上を四つんばいになりながらこちらへ近づく。

 

「却下ですわ。わたくしもこうしていたいんですもの」

「私だって」

 

 簪が何とかセシリアをどかそうとするが、私が抱きついているということもあり、セシリアの体が左右に揺れるだけだった。

 

「ほら二人とも喧嘩しないで」

 

 私は簪がいる反対側にセシリアを置く。恋人たちに挟まれる形になった。

 こうやって三人でいるのってあまりないからどうすればいいのか分からなくなる。

 

「なんだかこうやって三人きりっていうのも珍しいよね」

 

 とりあえず話をする。

 

「まあ、当たり前ですわ。わたくしも更識さんもハーレム反対ですもの」

 

 となるとさっきみたいな場面を見られるのはあまりよろしくないのかな? それとも同じようにすればいいのだろうか?

 むむむ、まさかハーレムが夢と言っていた私が第一歩で躓くとは。

 私がそうやって悩んでいると二人が息を合わせたかのように押し倒してきた。

 ベッドに三人並んで横たわる。

 

「ど、どうしたの?」

 

 思わず声が出た。

 

「わたくし、ハーレムは嫌ですわ」

「私も嫌」

「でも、わたくしたちはあなたの恋人ですわ。詩織がハーレムを作っているのに普通の恋人のようにするのは詩織を見ていてあきらめましたわ。なので先ほど言った互いにライバルではなく、良き友人でいようという協定を結びましたの。もちろん先ほどのようなことはありますけど」

「別に互いに嫌いというわけじゃ……ない。詩織の恋人だから……嫌いだって思う、だけ」

 

 二人はそう言いながら互いに自分側にある私の腕にぎゅっと抱きついた。

 簪の控えめな胸とセシリアの十分な大きさの胸が伝わってくる。

 

「だから詩織はわたくしたちの仲が悪くなるとか気にしないでくださいまし。わたくしたちが望んでいるのはあなたを独占することではなく、あなたが幸せになってくれることですわ。あなたを独占しようとすることで、あなたが悲しむのでは本末転倒ですもの」

 

 そう言ってくれると私はうれしく思う。

 ハーレムは作ったけど、私が思い浮かべていたハーレムって今みたいに恋人たちがこういう風にしてくれることだ。

 つまり、今、ハーレムという夢が叶ったと言ってもいい。

 

「私、絶対にみんなを幸せにするからね。絶対に手放さない。一生放さないから」

 

 私がそう言うと二人は顔を真っ赤にして、私の腕に顔を押し付けた。

 

「こ、こんなときにあまりうれしいことを言わないでくださいまし」

「し、詩織の、ば、バカ……」

 

 なに、この子達。めちゃくちゃ可愛いんだけど! やはりうちの子は可愛すぎる。もう恋人たちがこういう反応を見せるたびに思う。この子達は私に襲ってもらいたいのか。

 私は仰向けからうつ伏せになると二人をぎゅっと抱きしめた。

 二人も私を抱きしめ返してくれる。

 

「詩織、その、わたくしたちもあなたのこと、放しませんわ」

「私も同じ」

 

 うれしくて私はそれぞれの頬にキスをした。

 しばらく互いのぬくもりを感じていた。

 

「さて、そろそろお風呂だね」

 

 色々あってまだ風呂には入っていなかった。

 さて今日はセシリアもいるから三人か。二人で結構窮屈だけど入れるかな?

 二人に前と後ろを同時に洗われてみたい。もちろん私を洗うものは二人の肌で。ほ、ほら、よくあるじゃん、そういうのって。自分の体に泡を付けて洗うってやつ。

 前世でやってみたけど、結構エッチだったのでつい調子に乗って何度かしてもらっていた。

 ぜひそうやって二人で洗われみたい。二人ではまだだからね。

 そうだ! 今度お姉ちゃんのところに泊まりに行ったときに、お姉ちゃんにやってあげよう! 多分喜んでもらえるはず。

 

「そ、そうですわね」

「……風呂」

 

 二人は頬を赤めて言う。

 やっぱりどういうことか分かっているようだ。嫌だとか言わないってことは期待しているってことだよね! つまり許可を貰ったも同然!

 

「三人で……入ろうね」

 

 私は風呂に入ってからの出来事を暗示するかのように二人の胸を軽く揉んだ。

 二人は色のある声を僅かに漏らす。

 

「ほら、行こう」

 

 顔が赤い二人は大人しく何も言わずに脱衣所へ向かった。

 むむ、やはりせまい。

 

「ねえ、さすがに狭いから部活動用のシャワー室を使わない?」

 

 シャワー室は前にセシリアと行った事がある、あの場所である。

 あのときは確かセシリアがハーレムを認めてくれたときだったっけ。そのときは他の恋人がいるときは恋人らしくしないって言ってたっけ。それが今ではこうなのだから不思議なものだ。

 

「さすがに狭いからやりにくいよね」

「でも、さすがにこの時間帯は……」

「大丈夫だよ。私がちょちょいのちょいって弄ればドアは開くから」

「……それ、大丈夫なんですの?」

「大丈夫だよ。ばれるなんてヘマはしないよ」

 

 私たちは部屋を出て、さっそくシャワー室へ。

 

「詩織、本当に……やる、の? ここのシステムは結構……固い」

 

 不安げな簪が言う。

 

「大丈夫だよ。こういうことなら私の腕は世界の上位に入るって自負しているから」

 

 それを見せ付けるかのように端末を使い、シャワー室のドアのロックをあっさりと解除してみせる。

 ピッという音と共に、ドアの横に付いているランプが赤から青へと変わった。

 

「ね?」

 

 そう笑って言うと呆れられた顔をされた。なぜだ。

 ともかく中へ入る。

 うん! やっぱり広いっていいね!

 さっそく私たちは服を脱いで、全裸になる。最初に服をすべて脱いだので、二人の脱ぐ様をゆっくりと見ることができた。

 私が見ているせいか、二人の顔は真っ赤で動きはぎこちない。

 そして、ついに下着姿に。

 

「み、見られると……脱げない」

「そ、そうですわ。そんなに見られると……」

 

 二人は手で隠す。

 そうやって隠すのはいいけど、それが私を余計に興奮させるんだよね。

 

「ほら、隠さないで。私に見せてよ」

 

 私はこの体を見せ付けるかのように堂々としている。

 そのためか、二人の視線が私の体を見ていた。ただ、やはり男とは違って同じ性的なものでも、何と言えばいいか、不快ではない。

 

「や、やですわ!」

「嫌じゃないよ。私に二人の全てを見せて。まだ下着だよ。裸じゃない」

 

 私はちょっとだけ手助けする。私は隠す手をちょいってどかす。二人の手はあっさりと動いた。二人の下着が完全に丸見えになった。

 うん、やはりただの布の下着と誰かが着ている下着だったら後者が一番興奮するね。

 

「目が……エッチですわ」

 

 否定はしない。

 

「詩織は……見たい、の? 私たちの……裸」

 

 私はこくりと頷く。

 すると簪は下着に手をかけた。

 

「なっ!? 更識さん、何をしていますの!?」

「何って……裸に……なる」

「へ、平気ですの!?」

「……詩織が喜んでくれる、なら」

 

 簪はポッと頬を赤めながら言う。

 そして、簪はセシリアの制止を無視して、すべての下着を脱いだ。

 

「さ、更識さん!?」

「オルコットも脱ぐ。わ、私だって……恥ずかしいけど、詩織が私の体を見て……喜んでくれる、から。オルコットは嫌なの?」

「い、嫌じゃありませんわ」

 

 そう言ってセシリアもゆっくりとだが、下着を脱ぎ始めた。

 私はセシリアの脱ぐ様子をじっくりと見つめる。

 むう、やはり脱いでいる様子を見るのもいい。隠されたものが見えてくるというのが良いと言えばいいのだろうか。

 

「詩織、これで……いい?」

「あ、あまり見ないでくださいまし……」

 

 二人は両手で先ほどのように胸などを隠す。



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第79話 私たち三人で

「隠していると見えないよ」

 

 私はニヤニヤしながら言う。

 

「簪は私に見てもらってうれしいんじゃなかったの?」

 

 簪は脱いだ当初は羞恥で顔を真っ赤にして体をプルプル震わせて、隠していなかったのだが、ついに耐え切れなくなったのか隠してしまった。

 セシリアは脱いですぐに隠した。

 

「そう……だけど、そんなに……見られる、と、恥ずかしい……」

 

 ああ、もう! そんな風に恥ずかしそうに言わないでよ! 本当に襲っちゃうよ!

 私はなんとか我慢する。

 

「二人とも、そうやって隠していたら風呂の意味がないよ。それに、す、するんでしょ?」

 

 何を、とは言わない。

 でも、二人は私が言いにくそうにして顔を赤くしていることから何が言いたいのか察したようだった。

 

「したいですけど、やっぱり恥ずかしいですわ。その、そうやってじろじろ見られるなんてこと、ありませんでしたし」

「詩織はなんで……堂々とできる、の?」

 

 今の私は本当に堂々としている。自分の体を見せ付けるように堂々と。

 だって、そうでしょ? この月山 詩織って可愛い女の子の体のどこに不満があるか。私はない。まあ、男に見せることはしないけどね。

 

「ふ、二人に私を見て欲しいから」

 

 私がそう言うと、

 

「……見せる」

「!? 更識さん!? か、覚悟ができましたの?」

「私も……詩織に自分のことを……知って欲しい。体の隅々まで……知って欲しい」

 

 簪がゆっくりと手をどけていく。顔は羞恥で真っ赤だ。

 最初は胸のほうから。手がどかれて簪の小さな胸が露になる。

 小ぶりの小山が二つにその先には小さな突起。愛らしいという気持ちを湧かせるものだ。

 そして、次に股間部分の手がどかされる。

 詳しくは話さないが、まだ誰にも散らされていない純潔の部分。女の子同士だが、それを散らすのは私という事実。それがより私の興奮を促す。

 

「ああ、もう! わたくしのも見てくださいまし!」

 

 おっと、次はセシリアだ。

 セシリアは簪のように一つずつではなく、一気に手を取っ払った。

 簪よりも大きい胸にその頂には簪と同じく小さな突起。こっちは愛らしいではなく、綺麗とか美しいが似合う。私と同じだね。

 そして、視線を下へと移すとそこも簪と同じ私が散らす予定の純潔の部分。

 ふふ、二人ともきれい。この『きれい』を私が汚すと思うと……。

 

「うう、見られていますわ……。じっくりと見られていますわ……」

「…………」

 

 二人とも顔が真っ赤だ。

 

「二人とも私のものだよ。その全てが私のだからね」

 

 私は二人の肌を撫でる。

 二人はびくりと震えた。

 あはは♪ 本当に可愛い。

 

「そんなの……当たり前ですわ。わたくしたちを逃がさないようにちゃんと手綱を持っていてください」

「逃げないけど……ちゃんと持っていて」

 

 羞恥の中、二人はそう言った。

 

「もちろん逃がさない。さあ、一緒にお風呂だよ」

 

 二人の頬、胸元、胸、お腹と順に撫でて、二人の手を取ってようやくシャワー室へ。

 タイル張りの床はまだ濡れている。私たちがあるくと、ぴちゃっという音を立てる。

 私は早速湯を出して、浴びる。二人も一緒に浴びている。

 たかが体の表面を流れる雫だが、それを眺めるのは結構楽しい。

 

「詩織、もうちょっとそちらへ行ってくださいな。わたくしにあまり湯が来ませんわ」

「オルコットは我が儘」

「なっ!? いきなり何を言い出しますの!?」

「もともと一人のところに……三人入っている。それで私のほうにも、と言うのは……間違い。言うなら……順番とか、そういうの」

「くっ、う、うるさいですわ!」

「ふっ、反論できなくなったら……罵倒なんて……。大人な私と違って、オルコットはまだ子ども」

 

 はて、簪が大人? 私的にはまだ子どもなんだが。

 

「な、何を言っていますの!? ほら、このわたくしの体を見たくださいまし! あなたよりも大人ですわ!」

 

 確かに簪よりはセシリアのほうが、身体的な意味で、大人だ。まだ幼さは残るが、大人の色香を纏っている。簪がセクシーにするよりもセシリアがセクシーにしたほうが効果は大きい。

 まあ、そんなセシリアもお姉ちゃんには敵わないんだけどね!

 お姉ちゃんはきれいとかうつくしいだけではなくかっこいいというのもある。それに加えてスタイルのいいこと。

 あっ、そういえば束さんもスタイルよかったっけ。やっぱり大人って違うなあ。

 

「はいはい、二人ともまだ子どもだよ」

 

 これ以上はただの喧嘩になっちゃうからね。

 

「むうっ、それは自分のほうが大人と言っていますの?」

「だったらそれは間違い。詩織はまだまだ子ども」

 

 むう、そんなことないやい! 私のほうが大人だよ!

 って、そうじゃない。そんなことを言うわけにやったんじゃない。

 

「ふふ、どうやら勘違いしているみたいだね。私が言っているのはお姉ちゃんのことだよ!」

「織斑先生……。確かに大人ですわね」

「でしょ! やっぱりお姉ちゃんに比べたら二人ともまだまだだね!」

「というか、今は織斑先生は関係ありませんわ! 今はわたくしと更識さんの話ですわ!」

「と、とにかく、ほら、いつまでもそんなところじゃ風邪引くよ!」

 

 ついお姉ちゃんを自慢してしまった。

 ともかくセシリアを引っ張ってシャワーを浴びさせる。

 

「あぷっ」

 

 いきなり湯を浴びたので、セシリアが変な声を出していた。

 あはは……ごめんね。

 

「あっ、体を洗うものが……」

 

 三人湯を十分に浴びてセシリアが呟く。

 

「あれ? もしかして分かってないの?」

「何がですの?」

 

 てっきり一緒に入るってことだからそういうプレイを分かっているかと思っていた。でも、違うみたい。

 もしかしてセシリアは他人の手で体の隅々まで洗うって思っていたのかな?

 

「簪は分かるよね?」

 

 簪は無言のまま首を縦に振った。

 

「じゃあ、セシリアだけか。なら簪、セシリアに教えるためにお手本を見せてあげてよ」

 

 私は持ってきたボディソープの入ったボトルを簪に手渡す。

 簪はそのボトルから手ではなく、直接体にボディソープを出した。ボディソープの白濁液が簪の肌を滑る。体のラインに沿って流れるソレは簪に色を与える。

 分かってはいたけど、エッチだね。

 

「は、破廉恥ですわ!」

 

 セシリアも裸と白濁液の組み合わせになにやらエッチなことを思い浮かべたようだ。

 やっぱりそういう知識はあるんだ。ふふ、エッチな子。

 

「今更何を言っているの? セシリアだって観覧車のとき、破廉恥だったでしょ」

「い、今それを持ち出しますの!?」

「それはともかく、今は簪を見て。ほら、今からやることを教えてくれるから」

 

 十分に体に白濁液を塗りたくった簪は恥ずかしそうに私に近づく。

 たまにその白濁液が重力に従ってポツンとタイルの床に落ちる。

 

「して……いい?」

 

 色香を纏う簪がそう言ってきた。

 思わずごくりと喉を鳴らす。

 や、やばい! 私の理性がやばい!

 

「いいよ。やって」

 

 私がそう言うと簪がぴたりと私の肌にくっつく。

 ボディソープの付いた簪の肌と私の水で濡れた肌はくちゅりと何ともいやらしい音を立てる。

 

「んっ」

「あんっ」

 

 肌と肌が触れ合った際に、その、胸の突起が当たって声が出てしまう。それは簪も同じようだ。

 私は思わず簪を抱きしめる。裸と裸でくっ付いたために思わず襲ったのだ。

 だが、なんとか理性を保ち、抱きしめるだけにした。

 ダメだ。今はそういうときじゃない。それはまだ先。た、確かに下心があって提案したけど……。

 そんな私の心の葛藤を知らず、簪が体を上下に動かし始めた。

 その、体がくっ付いたまま体を動かすということは、性感帯とも呼べる胸の突起が擦れるということだ。簪も同じようで気持ちよさそうな顔をして必死に体を動かしていた。

 すでに性的興奮している私の胸はかなり敏感になっており、突起が擦れるたびにジーンとした感覚が突起から伝わる。

 正直立っていたくない。そこらへんに寝転んでしてもらいたい。

 そんな私たちをセシリアは顔を真っ赤にしながら興味津々に見ていた。

 

「はあっはあっ、ん、んっ!」

 

 簪の色のある吐息が耳元にかかる。

 簪は必死に体を上下に動かしいた。

 その吐息と行動から目的が変わっていることは明確である。簪がしているのは気持ちよくなるための行為。決して私の体を洗うことではない。

 ああ、やばい。我慢できないよ。襲ってしまいたい。ここでぐちゃぐちゃにしたい。声を上げて乱れる簪を見たい。

 何度も何度もそう思いながらも理性を保つ。きっと今の私の理性の糸は切れかけに違いない。

 と、そんな私の背中に何かが触れた。柔らかいなにかだ。

 あ、あれ? 後ろに何かあったっけ? いや、あったとしても私は動いていないのだから後ろの何かに当たるはずがない。

 そう思って後ろを見るとなんとそこには簪のように体にボディソープを塗りたくったセシリアが私の背中にくっ付いていた。

 

「わ、わたくしもしますわ」

 

 私たちの行為を見て、興奮したセシリアがさらなる色気を出していた。そして、簪と同じように体を動かし始める。

 二人が私を挟んでエッチなこと――じゃなくて! 私の体を洗ってくれる。

 私が望んだことが今叶った。満足だ。

 いや、今はそんなことよりもこれを楽しもう。

 身長の差がないこともあり二人の荒い吐息は私の耳元にかかる。

 二人は私とどこも隙間がないようにと肩や腰などを掴んで密着している。

 

「しおりっ、しおりっ!」

 

 興奮の中にいる簪が私の名前を叫ぶ。

 それは確かに私を求めている声だった。

 私の理性はここで切れた。本番はしないけど直前までしてやる。

 その理性が吹っ切れたことを表すかのように簪の口を私ので塞いだ。

 キスされた簪はその口から舌を出して積極的に私の舌と絡ませる。

 

「ん、じゅっ……ん、んんっ……じゅる、じゅるっ……んぱっ」

 

 一旦離れると簪は口を開いたままだらんと舌を出しながら荒い息を繰り返す。そして、すぐにまたキスをしようとせがんでくる。まるで飢えた犬だ。

 私はその出された舌をかぷりと甘噛みするとそれを吸う。

 

「ちゅっ、ちゅぱっちゅぱっ……じゅる、じゅるるっ……んくっ……じゅじゅ、じゅるっ……はむっ」

 

 私はキスをしながらそっと両手を動かす。その先にあるのは簪のお尻だった。

 胸と同じような可愛らしいお尻。私はそれをがしっと鷲掴みする。

 

「んぐっ!?」

 

 簪は驚き、びくりと体を震わせた。

 だが、すぐに理解し、私に身を任せるようになる。私のもたれかかりながら、体は壊れた機械のようにただ無心に動かしていた。

 私はお尻を揉みくだす。そして、次に私は簪の股に脚を入れ――

 

 

 すべてが終わったあと、私たちはシャワー室の床にはしたなく足を広げて座り込んでいた、壁に体を預けて。

 思ったんだけど本番ってなんだろうか? その、男の人のアレがないから今までやってきたのも十分に本番だと思う。まあ、私なりに基準があったからそれに沿っていたということで。

 私は両隣にいる二人の手を握る。二人は頭を私の肩に乗せて、まだ荒い息を整えていた。まだ時間はかかるか。

 

「三人でやるのは初めてだね」

 

 たまたまこのように三人でヤってしまったが、私が懸念していたようなことは起きることはなかった。二人とも私だけを求めてくれた。もし本番でこのようになっても私が二人同時に相手にするか、何かに夢中にさせればいいと思われる。

 うん、絶対に雰囲気でも私の恋人同士でキスとかしたら怒っちゃうね。

 

「そうですけどわたくしは、はあっはあっ、一対一がいいですわっ」

「はあっはあっはあっ、私も……それが、いい……」

 

 二人は不満げにそう言う。

 私はその言葉をうれしく思う。

 

「じゃあ、今度から一人ずつでやるよ」

 

 二人の太ももに手を這わせる。

 二人は抵抗もせずに私の好きにさせてくれた。今はただ這わせるだけで他は何もしない。もう色々と満足しちゃったからね。

 さて、最後に体をきれいにしますか。

 私の体は洗われたのだが、その、汚いって意味じゃないんだけど、洗った意味がなくなったので、今度は普通に洗う。

 

「ふう、ようやく終わりましたわね」

「結構時間が……かかった」

 

 脱衣所へ移動し、二人は体を拭きながらそう言う。

 確かに結構かかった。まあ、その大部分はヤったからなのだが。

 着替えなど終わった私たちはシャワー室のロックを再びかけて、部屋へ戻った。

 いつもは二人なのに今日は三人なので色々と新鮮だ。

 

「じゃあ、寝よっか」

 

 しばらく色々として、そう言う。

 二つくっつけて大きくなっているベッドに三人が横になる。もちろん私が真ん中だ。両脇に二人。

 まさにハーレムの光景なのだが、ちょっと不満がある。それは抱き合って寝ることができないということだ。もちろん腕枕をして抱き合っているというのは違うよ。本当に抱き合って寝るのだ。

 まあ、仕方ない。どうせ私のことだから寝ている時に寝ぼけて二人のうちのどちらかに抱きつくだろう。だっていつも抱き合っているわけではないのに起きたときには結構な確率で抱きついているんだもん。

 抱きつき癖でもできたのだろうか? もしかして誰でも抱きつくってことはないよね? 恋人かその候補の子以外に抱きつくのは嫌なんだけどなあ。

 なんて思っているけどそもそも恋人じゃない子と寝るなんてないんだけどね!

 で、その翌日の朝。やはり私は抱きついていた。相手はセシリアで、先に起きていたセシリアに悪戯されていた。もちろん悪戯というのは寝ている相手にキスしたり、寝ている相手の口に指を突っ込んで、その指を自分の口に入れてみたりとかそういうもの。私が時々するようなことだ。

 

「セシリアって寝ている私にそんなことをするんだね」

 

 私が自分のことを棚にあげて言うと、

 

「ち、違いますわ! こ、これは偶然で!」

 

 と反応するのでとても面白かった。ただこの騒ぎで起きた簪に、私が寝ている簪にしたことをばらされたが。



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第80話 私への罠?

 さて、今は木曜日。

 この間、特に大きなことはなかった。朝起きたら隣にいる二人に朝のキスをして、一緒に準備をして登校する。そして、学園内では箒やお姉ちゃんの相手をして、放課後は時々ある鈴との対話。夕方になると簪とセシリアの三人、または一夏と喧嘩中の鈴を含めた四人で夕食を取り、風呂に入ったりする。風呂は三人同時は無理なので、一人ずつだけど。で、ちょっと色々して寝るのだ。

 この繰り返しが続いていた。

 で、今だが、寮の管理人さんから手紙があるという知らせを聞いたので、それを受け取りに来ている。

 

「すみません。連絡を聞いて来たのですが」

 

 窓口でそう言う。

 

「お名前は?」

「月山 詩織です」

 

 名前を言うと同時に写真付きの学生証を提示する。学生証を提示するのは間違いがないようにするためだ。

 私の名前と写真を確認して、その手紙とやらを取り出してくる。

 

「一年の月山さんね。はい、これよ」

「ありがとうございます」

 

 それを受け取り、人目のないところへ行くと送り主の名前を確認する。

 あれ? ない?

 少なくとも封筒の外側には入っていない。では手紙に書いているのだろうか? 送り主は私が知っている人なのかな? それとも知らない人?

 いきなり来た手紙に不安が湧いてくる。

 中身を確認するためにも、すぐに自分の部屋に入る。二人はまだ帰っていない。

 よかった。どんなものか分からないからいなくてよかった。

 怪しい手紙のため手紙に何か仕掛けられていると思ったのだ。

 私はバッグからゴーグルとマスク、ゴム手袋を身に付ける。

 封筒は大きく膨らんでいるわけではないので、手紙しか入っていない。なので、このくらいの装備でいいと思われる。

 この装備でいいよね? 爆発とかするわけじゃないし、大丈夫だよね?

 

「ふふ、送り主は誰かしらね」

 

 冷静になるために生徒会長モードになる。今の私ならば怖くない。さすがです! 生徒会長!

 さっそくビリビリと封筒のふちをきれいに破いていく。

 よし、何も飛び出さないね。

 それを確認して中身を取り出す。手紙は二つ折りしていて、内容を見ることはできない。

 くんくん。

 手で扇いで嗅ぐが、刺激臭はない。無臭の毒じゃないよね?

 さて、内容はなんですか?

 警戒しながら内容を読んでいく。

 だが、内容はさらに警戒を上げるものだった。だって書いてあるのは長々としたものではなく、たった一言と地図だけなんだもん。

 今日の二十時、ここで待つ。

 これだけなのだ。これだけしか書かれていなかった。送り主の名前は書いていない。ちなみに文字は手書きではない。ゴシック体で書かれたものだった。

 かなり怪しい。私じゃなくても同じことを思うだろう。

 さらに言うならば地図に書かれた場所だ。ここは崖になっており、海までの距離は三メートルはある。死にはしないだろうが、怪我をさせるには十分。

 ……なんだか行きたくないんだけど。

 送り主が分からない手紙。手書きではなく、コンピュータで書かれた文字。余計なことは書かずたった一言の内容。指定された場所は人を怪我させるには十分な崖の上。

 どう考えても喜んで行けるようなものではない。

 

「……私、何かしたかしら?」

 

 ちょっと不安になって涙が出そうになる。

 前世があるとはいえ、今はまだ小娘である。その精神もこの体に引っ張られているのだ。いつもは強気な私だけど、やっぱりこういうのは怖い。

 どうしよう……。無視すればいいのかな? やっぱり行く? 行くとしても一人で? 誰かを連れて行ったほうが? でも、その誰かに危険が向くかもしれない。

 私はどうすればいいのか困った。

 簪とセシリアに相談するのは却下だ。あの子達はまだ子どもだもん。きっと一緒に来てくれるだろうけど、経験がまだまだだ。

 となるとお姉ちゃんか。お姉ちゃんはちゃんと実績がある。私を色んな意味で守ってくれるだろう。

 

「お姉ちゃん……」

 

 思わず呟く。

 呟いて思わず違和感を覚えた。

 違う、お姉ちゃんじゃない。お姉ちゃんと言うのは間違っている。うん、違うね。

 

「お姉さま」

 

 うん、しっくりときた。

 今の私は生徒会長モード。当初の名はお姉さまモードである。その状態の私がお姉ちゃんをお姉ちゃんと呼ぶのは間違いだ。今の私ならばお姉さまが相応しいだろう。

 お姉ちゃんに助けてもらう、か。

 

「助けてもらうしかないわね。お姉さまに迷惑をかけるけど、自分の命の危険があるもの。死にたくはないわ」

 

 幸せにすると言ったのだ。それなのにこんなところでお姉ちゃんに頼らない手はない。他の人だったら一人で行くのだろうが、私は違うんだよ。

 

「じゃあ、さっそくお姉さまに会わなきゃね」

 

 マスク、ゴム手袋をビニール袋に入れて処分をした後、早速お姉ちゃんのもとへ行く。手紙は別の袋に入れて持っている。

 もう放課後だから職員室かな? とりあえずそちらへ向かい、覗いてみた。

 あっ、お姉ちゃん!

 お姉ちゃんがいたので、お姉ちゃんを呼ぶ。

 

「む、どうした月山。何か用か?」

 

 さすがお姉ちゃん。完全に生徒と教師だ。

 

「実は相談があるのです。織斑先生に聞いてもらいたくて」

 

 お姉ちゃんはしばらく考えたあと、いいぞと言ってくれた。

 

「すぐ隣に会議室がある。そこで話をしよう。そこは防音だから使っていないときは相談室としても使われている」

 

 私たちは会議室へ移動した。

 会議室のドアが閉まり、ガチャリと鍵がかかったのを確認すると私はお姉ちゃんの胸に飛び込んだ。

 生徒会長モードは終わりだ。

 

「お姉ちゃん!」

「っと、いきなりだな」

 

 お姉ちゃんの声が教師から恋人へ向けるものへと変わった。

 頭を優しく撫でてくれるので、不安でいっぱいだった私は安心する。

 

「お姉ちゃん、ちゅーしてください。私、したいです。今日はしてませんよね?」

「んそうだな。今日はしてない」

 

 お姉ちゃんは椅子に座ると自分の膝をぽんぽんと叩く。

 自分の膝に座れということだ。

 私はお姉ちゃんと向き合う形で膝の上に座った。

 お姉ちゃんは私の腰に手を回すと優しくキスをしてくれる。ずっとくっ付けるものではなく、何度かちゅっちゅっと軽いキスをした。

 

「これでしていない分はしたな」

「はい、しました」

「じゃあ、話を聞こう。ただこうするために来たのではないのだろう?」

「そうです。お姉ちゃんに助けて欲しいことがあって……」

 

 私がそう言うとお姉ちゃんが目を細めた。

 

「どうした?」

「これが私のところに来て……」

 

 ビニール袋に入った手紙をお姉ちゃんに見せる。

 ビニール袋に入ったままだが、手紙も地図も見えるように入れてあるので、取り出さなくても大丈夫だ。

 お姉ちゃんはそれを見る。読み終えたあと、私を見る。

 見ている間はお姉ちゃんの胸を枕にしていた。

 

「なるほど。それで私を呼んだのか」

「迷惑でしたか?」

「いや、迷惑じゃない。詩織に何かあれば私は、私たちは悲しむからな」

 

 それを聞くとお姉ちゃんの私に対する思いが伝わってきたような気がして、うれしかった。

 やはり人に思われるというのは心地よい。

 

「で、詩織は私どうしてほしい?」

 

 お姉ちゃんに頼るにしてもどんなことをしてもらうか。

 この手紙を送った人を害すること、手紙を無視してこれから来るであろう災難から私を守ってもらうこと、一緒についてきてもらって守ってもらうこと。色々ある。

 私がしてもらいたいのは、

 

「これが罠かどうか分かんないです」

 

 この手紙が怪しかったので罠の類だと疑っていた。

 でも、色々な事情によりこのような手紙になったのかもしれない。

 

「だからお姉ちゃんは私についてきてください。そして、私が危険な目にあったら私を助けてください」

「ふふ、分かった。私が守ろう」

 

 お姉ちゃんが額にキスをする。

 

「ありがとうです」

 

 私もお姉ちゃんにキスをする。

 

「じゃあ、三十分前に集まろう。一応動きやすい服装にするんだぞ」

「はい」

 

 一先ず私たちは分かれることになった。

 やっぱりお姉ちゃんに言ってよかった。おかげで安心して行くことができる。

 部屋へ戻ると簪が帰っていた。

 

「おかえり」

「うん! ただいま!」

 

 色々と安心した私はちょっとテンションが高い。

 

「? 何か……あったの?」

「悪いことらしきものがあって、良いことがあったかな」

「……よく分からない」

 

 だろうね。言った私も何言ってんだって思った。

 私は簪が椅子にしているベッドにダイブする。

 ベッドが衝撃によりベッドが揺れて、作業中の簪がこちらを睨んでくる。

 

「詩織」

「ごめんごめん。ちょっと調子に乗った」

 

 私はベッドの上でゴロゴロとくつろぐ。

 

「むう、反省してない」

「反省してるよ~」

 

 簪のところまでゴロゴロすると私は寝転んだ状態から簪の腰に抱きついた。

 やっぱりくっつくのって最高だね。

 私は顔を簪にくっつけるとす~っと匂いを嗅ぐ。

 いや~やっぱり女の子ていい匂い!

 

「し、詩織、そんなに……嗅がないで」

「やっ、嗅ぎたい」

「で、でも、今日、汗たくさんかいたから」

「私は気にしないよ」

「私がする、の!」

 

 でも、簪は抵抗はしない。くっつかれることは嫌じゃないもんね。

 私は体を起こすと簪の肩に頭を乗せる。そして、すっかり無防備な首筋をぺろりと舐めた。

 

「ひゃっ!?」

 

 可愛い声。

 

「しょっぱいね」

「!?」

 

 私の舌に汗の塩の味がする。

 

「な、舐めないで! そ、そんなの……汚い」

「汚くないよ。ちょっとしょっぱいだけ」

「それが……嫌なの! 離れて!」

「あうっ」

 

 ぽすんと私は尻餅を付く。

 ちょっといじめすぎたかな?

 

「そういえばもうすぐで完成だよね」

 

 私がそう言うと簪はうれしそうに笑みを浮かべてこくりと頷いた。

 完成とはもちろん簪のISである。私が手伝ったということもあり、簪一人よりも早い時間で終わりそうだ。

 ただ、私が手伝ったせいで、当初の作ろうとしていたISの原型はなくなってしまったが。

 え? 材料とか? もちろん当初、簪のISを作っていたところに、無理やり――じゃなくて、お願いしたよ。向こうは泣く泣く――じゃなくて、喜んで差し出してくれたよ。

 向こうも途中で放り出したから色々思うところがあったんだろうね!

 

「多分来週中には……でき、る。あとは色々見直して……実際に動、かすだけ」

「じゃあ、動かすのは再来週か。楽しみだね!」

「うん! でも……ちょっと不、安。ちゃんと動かなかったら……」

「大丈夫だよ。そのために見直すんでしょう? それにこの私がついている。事故になるような失敗はしないよ」

 

 私は簪を後ろから抱きつく。先ほどのような甘えるための抱きつきではなく、安心させるためのもの。

 まあ、そう思っていても抱きついているとそういう気分になっちゃうんだけどね。

 それからいつものように私も手伝っているとセシリアが帰ってきて、時間を適当に過ごす。

 恋人だからと言って、いつもいちゃいちゃしているわけではないのだ。こうやって気楽にすごすことが多い。

 そして、時間は約束の時へ近づく。

 

「簪、セシリア。私、ちょっと用事があるからちょっと出るね」

 

 部屋を出る前にそう言う。

 

「用事とは織斑先生といちゃいちゃすることですの?」

「織斑先生は恋人。そうなら……隠さなくても……問題ない」

 

 日頃の行いのせいかそう思われた。

 

「違うよ。そういう用事じゃない。本当に用事だよ」

 

 なんとか理解してもらい、私はお姉ちゃんとの待ち合わせの場所へ移動した。

 今の服装はスカートとか女の子の服装ではない。動きやすさを重視した、色気のないズボンなどだ。

 はあ……『月山 詩織』にはこんな格好なんてさせたくないよ。可愛い服を着たい。いや、着せたい。ショートパンツなんてものがあるけど、あれは却下だ。恋人だけに見せるだけならともかく、見知らぬ男に性的に見られるのは不快でしかないもん。

 そうやって今の自分の服装に不満を持ちながらお姉ちゃんを待つ。

 

「詩織」

 

 呼ばれて見ればお姉ちゃんが立っていた。

 

「お姉ちゃん」

 

 私はお姉ちゃんに近寄る。

 

「大丈夫か? 不安になっていないか?」

 

 お姉ちゃんが私を心配してくれる。

 お姉ちゃん、かっこいいだけでなく、優しい。それに強い。お姉ちゃんは私の白馬の王子様だね。私はお姉ちゃんに頼るだけの存在だ。私のこの立ち位置っていいのだろうか。まあ、いいよね! 少なくとも子どもの今はいいだろう。

 私は隣を歩くお姉ちゃんの腕をぎゅっと抱きつく。

 

「思えば学園にいるときは完璧そうに見えるお前がこんな風に甘えん坊になるとはな。猫でも被っているのか?」

 

 お姉ちゃんが笑みを浮かばせながら言う。

 

「まあ、そうですね。ほら、私ってハーレムが夢じゃないですか。それも男の子じゃなくて、女の子を集めた。やっぱり女の子が好きになるタイプってかっこいい女の子じゃないですか。だから身内と目上の人以外はアレなんです」

「だが、そうなると恋人となればずっとそのままではないといけなくないか? その子が好きなのは今のお前ではなく、猫を被ったお前だろう。知られたらその子の好意はなくなるのではないか? もしや私の他の子は気づいていないのか?」

「お姉ちゃんもそうなると思いますよね? でも、あの子達はあっちの私よりもこっちのほうも好きって言ってくれました」

 

 まあ、本当はこっち()じゃなくて、こっちのほうが(・・・・)好きって言われたんだけどね。



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第81話 私の死への恐怖と事実

 そうやって話をしながら目的地に着く。

 周りには誰の気配もせず、波が崖に当たる音しかしない。

 もしや、二段構えの嫌がらせ? 散々不安にさせて、最後には誰も来ないってやつなの? だとしたら本当に私にどんな恨みがあるの? いじめをすることが楽しくてやっているんだったら、いくら私でも怒るよ。

 

「誰もいないですけど、お姉ちゃんはどう思います?」

 

 私だけでは分からない。お姉ちゃんの意見にも聞いてみる。

 

「まだ時間はある。来ないかどうかは時間になってから分かる。それまで待とう」

 

 待つしかないか。

 私は周りを警戒をしつつ、待つ。

 お姉ちゃんは隣にはいない。どういう意図があるか分からないけど、これは私一人で来いというものだ。送り主を確認するためにも私一人のほうが都合がいい。

 とても不安なのだが、ここは我慢だ。

 はあ……まさかこんなに不安になるとは……。やっぱり子どもだ。

 精神を安定させるためにも一先ずは生徒会長モードになろう。

 生徒会長モードは言葉や仕草が変わるだけではなく、意識の切り替えなので効果はあるのだ! ちょっとだけ不安が和らぐのだ。

 

「さて、送り主さんはどこから来るのかしら?」

 

 仕草が多分変わったのだろう。鏡がないから分からないが、凛々しい私になっているはず。

 よし! 心の余裕ができたし、護身用の道具を確認と。

 ポケットの中にある武器、手裏剣という忍者の武器を手に取る。

 なぜ私が持っているのか。それは思いっきり何かを投げたいと思ったときに、近くの近所の子が紙で作られたものを持っていたからである。

 で、祖父から本物を貰って練習をしたのだ。

 鍛錬するかもしれないと思って持ってきてよかった。

 ちなみに今身に付けているのは十本ほど。もちろん普通の人間なら重過ぎる。私という化け物クラスの身体能力を持っているからこそできる芸当だ。

 

「でも、命の危険があったら手加減できる自信がないのよね」

 

 いや、手加減できているのだが、私の手加減と普通の人間の手加減はレベルが違うのだ。今言ったのは確かに手加減しているのだが、その手加減のレベルが上手くできないということである。

 まあ、殺傷武器だから手加減も何もないのだが、その手加減のレベルを言えば、理想的な手加減が刺さる程度で、命の危険があった場合の手加減が手裏剣の八割以上が体内に侵入するってことだ。

 本気は貫通だよ。もちろん大きな穴があくけど。

 

「そういえばこれにも思い出があったわね」

 

 あれはようやく手裏剣が的の真ん中に当たるようになったときだったか。山に潜って女の子らしくないサバイバルを楽しんでいた。あのときは祖父と長くいすぎたせいで、影響を受けすぎた。

 うん、そうに違いない。

 そのときに野生の熊に会った。野生児となっていた私は熊と出会うと思わず、獲物が出てきたと思ったのだ。

 本当にあのときの私はどうかしてた。私って可愛い女の子だったはずなのに。

 ともかく、そのときに手に持っていた手裏剣を思いっきり投げて熊に当てたのだ。

 何せ音速を超える手裏剣が飛んでくるのだ。熊がどれだけ頑丈だろうが、相当なダメージを受ける。実際、一発食らっただけで熊は数メートルほど吹っ飛んで、瀕死間際だった。

 その熊はもちろんちゃんと食べました。味は……うん、まずくはないけど美味しくもないってところだった。

 多分、私って本気出したら素手でも熊を倒せるんだろうなあ。

 あれ? 私ってどこの戦闘民族? 人間だよね? 私、人間だよね?

 

「まあ、どちらでもいいわね。人間か化け物かなんて都合良く使い分けましょう」

 

 さて、そろそろ時間かな。

 腕時計を見るが一分前だ。

 手に持っていたものをしまうと腕を組んで待つ。

 そして、一分後。

 あれ? おかしい。時間、なったよね?

 もう一度腕時計を見るが、うん、時間になっている。

 

「やっぱり悪戯――」

 

 言い終わる前にキ~ンという音が聞こえてきた。その音を辿れば、それは空から聞こえるものだった。

 !? ミサイル!? えっ!? 私を殺すつもり!? いや、私を殺すのにミサイル!? 私ってその人からどういう認識されているの!?

 落ちてくる正確な位置は分からないが、ここら辺だ。爆発範囲はさすがに分からない。なので、一気にここから離れよう。

 

「詩織!」

 

 お姉ちゃんが必死の形相で私の名前を呼んだ。

 私を心配してくれるお姉ちゃんを見れてうれしいと思うが、今はそれどころではない。

 

「こっちに来ないでください! 邪魔です! ちゃんと逃げられますから!」

 

 お姉ちゃんに対してそう言う。

 

「だが!!」

「邪魔です! 早く行ってください!!」

「くっ、分かった!」

 

 私の意思が伝わり、お姉ちゃんが逃げる。

 私は脚に本気で力を込める。使うのは私しか使うことができない移動の技、瞬動術だ。私の姿が一瞬でその場から消える。

 私が移動したのは先ほどの場所から五十メートルほど離れた場所だ。だけど、本当ならばミサイル相手にこの距離は不安がある。

 だからすぐにうつ伏せになって両手で頭を抱えた。

 私、死ぬのかな?

 ミサイルの着弾を待つ間、私はふとそう思った。

 私の瞳から涙が零れる。自分の意思ではない。死に直面した恐怖からだ。

 前世のときはみんなに看取られながら亡くなったから、死に対する恐怖なんてそれで紛れた。

 でも、今は違う。明確な死なのだ。紛らわすものなどない。

 

「う、ううっ……こんなところで……死にたくないよ……!」

 

 生徒会長モードなんて発動できない。所詮は意識の切り替えだ。

 私は心の中で生きたいと叫びながらその場で爆発を待つ。

 ああ、簪たちを幸せにするどころか、不幸にしちゃうなんて……。私って本当に最低だ。

 そう思っていたのだが、いつまで経っても爆発はこない。

 

「何が?」

 

 私は恐る恐る体を起こす。

 やはり私の耳がおかしくなったわけではないようだ。頬を抓っても痛みはある。夢でもない。

 私はお姉ちゃんを探す。ミサイルのことは今はどうでもいい。

 

「!! お姉ちゃん!」

 

 同じように私を探していたお姉ちゃんを見つけた。

 

「詩織!!」

 

 私を見つけたお姉ちゃんは私に駆け寄るとその両手で思いっきり抱きしめてくれた。

 私も抱きしめてお姉ちゃんの腕の中で泣く。

 そんな私をお姉ちゃんは優しく頭を撫でてくれた。

 そして、しばらく経ち、泣き終わった頃。

 

「あの、ミサイルってどうなりました?」

「それは私も分からん。どうする? 私としてはこのまま帰って、報告をしたい。お前も怖かっただろう。私はこれから忙しくなるから慰められない。他の子に慰めてもらえ」

 

 私はその言葉通りに帰ることにする。

 だって怖かったもん。情けないけど泣くほど怖かったんだもん。誰かにもっと抱きつきたい。

 

「私、帰ります」

「気をつけて帰るんだぞ。私は調べてから――」

 

 お姉ちゃんの言葉の途中で私たち以外の人の声が聞こえた。

 この場に相応しくない、やけに明るい声だった。

 

「あれれ? もしかして来てないのかな? もしかして手紙届いてない? うへ~それだったらめちゃくちゃショックだよ~。せっかく覚悟決めたのに」

 

 どう聞いても聞き覚えのある人の声だ。

 私もお姉ちゃんも思わず固まってしまう。

 うん、絶対に束さんだ。

 そういえば前回もそうだった。ミサイルみたいな乗り物を使うんだっけ。なんて紛らわしいんだ。

 さすがの私も束さんに対して怒りが湧く。

 

「……詩織、気をつけて帰るんだ」

「え? で、でも」

「いいか? 気をつけて帰るんだぞ?」

 

 お姉ちゃんも怒っているようだ。

 

「おっと、声がした! この声は聞き覚えがあるなあ~」

 

 束さんがてってって~と走ってくる。そして、束さんが私たちの前に現れた。

 

「やっほ~! 二人とも! ここで何をしているのかな? あれ? というかなんでちーちゃんがいるの? 私が呼んだのはしー――じゃなくて、その子だけなんだけど」

 

 そう言う束さんにお姉ちゃんが私からゆっくりと離れて、束さんの元へ行く。

 ああ、この後の展開が簡単に予測できる。

 

「束」

「おっ? なになに?」

「一回死ね」

「えっ? ちょ、ちょっと待っ――」

 

 さすがの束さんもお姉ちゃんが怒っていることに気づいたようだが、ちょっと遅かったみたい。

 束さんは逃げようとしたが、お姉ちゃんの手のほうが早かった。逃げる前にお姉ちゃんの手が束さんの頭をがっしりと掴んだ。そして、アイアンクロー。

 

「ぎゃああああっ~!!」

 

 束さんの悲鳴が響く。

 

 

 しばらくしてちゃんと生き返った束さんが頭を抱えながら、泣いていた。

 同情はしない。慰めもしない。あんな手紙を寄越して、あんなミサイルみたいなもので来た束さんが悪い。

 

「うう~私何かした?」

「した。お前は詩織を泣かせた」

「え? ええっ!? な、泣かすようなことしてないよ!? それって何!? 本当にやってないんだけど!!」

「手紙と登場の仕方だ。なんだあの手紙は! もうちょっと何かあっただろう!! あれじゃどう見たって罠だと思うだろうが!!」

「だ、だって仕方ないじゃん……。私って天才過ぎるから色々と追われててさ。迂闊に名前を出したり、長い内容なんて出したらばれちゃうじゃん」

「この馬鹿者が!!」

 

 お姉ちゃんがその言葉とともに拳骨が炸裂した。

 

「いたっ!」

「それのせいで詩織は不安になったんだぞ! お前に想像できるか!? 不安そうな顔で相談してきた詩織を!! 何のために携帯があると思っている!! 私に連絡すればいいだろうが!! ばれないように工作しているだろうが!!」

「ひっ!? ご、ごめんなさい!!」

「私に謝るな!! 詩織に謝れ!!」

 

 泣きそうな顔で束さんがこちらを向く。いや、もう泣いているか。

 

「そ、その、勘違いさせるような手紙を出してごめんなさい」

「は、はい。もう大丈夫です」

 

 もう不安はない。

 

「で、次に登場の仕方だ」

「ま、まだ続くの?」

「当たり前だ!! むしろこっちのほうが本命だ! 前回のときもそうだが、なぜお前はそうやってミサイルで登場するんだ!!」

「は、ははは~、ミサイルだなんて~。ただの乗り物だよ」

「その乗り物がミサイルに見えるんだが? あれのせいで詩織は泣いたんだ。怖かったと言っていた。しかも震えながらだ。あれはどう考えても死の恐怖を味わったな」

 

 お姉ちゃんがそういい終わると束さんはさっきと違って、いきなり土下座をしてきた。

 うえっ!? な、なに!? なんでいきなり土下座!?

 土下座をされた側の私は混乱する。

 

「ごめんなさい!! 本当にごめんなさい!! 死んじゃうって思わせちゃってごめんなさい!! かっこよく登場しようと思っていた私がバカでした!!」

「あ、謝らないでください。思えば前回のときを思えば束さんの登場だって分かっていたはずですから」

 

 前回は近くに岩という信頼できる壁があったので、死の恐怖を味わうことはなかった。でも、今回は木という細くて頼りない壁だった。

 はあ……そうだよ。前回を思い出せばよかったのに。

 

「詩織、束に遠慮することはない。殴っても構わん。前回と同じだろうが、関係ない。くそっ! これは私の落ち度だな。あの時に今のように怒っていれば……! 詩織、私からも謝らせてくれ。本当に申し訳ない」

 

 続いてお姉ちゃんからも頭を下げられた。

 い、いやいやいや! ま、待って! ちょっと待ってよ! 大好きな二人にそこまでされると困惑するよ!

 

「束さんもお姉ちゃんも頭を上げてください! もう気にしてませんから!」

 

 言っても意味がないようなので、無理やり起こす。

 

「で、でも……」

「私がいいって言っているんです! 次に進みましょう!」

 

 ようやく話が動く。

 

「ごほん、それで束さんは私に何の用事ですか?」

 

 本題である私への用事を聞くことにする。

 だが、束さんはチラチラとお姉ちゃんを見て、頭をかきながら困ったような顔をした。

 どうやらお姉ちゃんが一緒では話せない内容のようだ。

 

「お姉ちゃん、ちょっと離れてもらえますか? 束さんと二人きりで話をしたいです」

「わかった」

 

 お姉ちゃんは私の指示に従ってくれた。そして、お姉ちゃんが束さんに近づき、耳元で何かを呟いた。それに対して束さんは小さな声だったが、私にも聞こえた、うん、がんばるね、と。

 何を頑張るかは知らないが、やる気いっぱいの束さんを見るとやっぱり結構大事なことのようだ。

 

 お姉ちゃんはこの場からいなくなり、私たち二人だけになる。

 うう、ちょっと緊張する……。初恋の人ということもあるけど、告白した相手でもあるのだ。実はちょっと気まずいというのもあった。

 ん? ちょっと待って。え? まさかそういうことなの? 用事ってそれなの?

 先ほど思った中に重要な単語があったのに気づき、この用事の内容であろうものに辿り着いてしまった。それは告白の返事である!

 考えれば束さんが私に会いに来たということで分かったはずだ。

 

 束さんは私のことをあまり知らないはずだから、手伝ってもらうとかそういうこともない。箒のことかとも考えたが、別に電話とかそういうので済む。

 私の告白への返事も電話で? 多分、束さんはしないと思う。というか、そうしようとしていたとしてもお姉ちゃんがさせないと思うから。

 ということで、これは告白の返事なのだ。

 や、やばい! そうだと分かったら、めちゃくちゃ緊張してきた!



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第82話 私の初恋の答え

「あ~こんなところで立って話すよりも、あっちで座って話さない?」

 

 指をさす場所は先ほどの待ち合わせしていた場所だ。

 

「はい」

 

 まあ、こんなところで告白の返事というのもロマンチックではない。海と月が見える場所での返事はいいと思う。

 ただその返事が振られるためのものだとしたら、ちょっと複雑なのだが。

 ど、どっちだろう。

 私と束さんは待ち合わせ場所だった場所へ戻る。

 うん、束さんの例の乗り物がある。やっぱりミサイルだね。

 

「あっ、でも、座る場所がないですね。移動します?」

「ううん、その必要はないよ。ベンチをすぐに用意するから待っていてね」

 

 そう言って海がきれいに見える場所に行くと手を翳した。

 すると光る粒子が集まり、ベンチの形をとる。そして、完全にベンチになると粒子から物質になる。ベンチの出来上がりだ。

 

「へえ、これってISの量子化ですよね」

「あ~、うん、まあ、そんなところかな」

 

 あれ? なぜか曖昧な返事だ。もしかして違う? いや、このような現象を起こせるのはこれ以外ないはず。

 

「まあ、座りなよ」

 

 先に束さんが座り、私もその隣に座る。

 私たちの間には距離がある。三十センチほどの距離だ。

 座ったがいいが、会話もなくただ時間が過ぎるだけだ。

 き、気まずい。

 どうもそれは私だけではなく、束さんも同じようだ。

 

「え、えっと、その返事をする前にお話していい?」

「はいっ、もちろんです!」

 

 振られれば完全にではないけれど、接点がすくなくなり話をするなどこれからできなくなるかもしれない。だからその前にお話ができるならしておきたい。どっちになろうがいい思い出になる。

 

「君はさ、私が作ったISのことをどう思っている?」

 

 えっと、これって答え次第では告白の仕方が変わるってこと?

 私が思わずそう思っていると、

 

「ああ、別に答えが変わるとかじゃないよ。この世の中にISは必要なかったなんて言っても怒ったりしない。実は作った私自身がISはまだ早かったかななんて思っているくらいだからね。それに君への答えはもう決まっているから。だから思ったことをそのまま言ってくれるとうれしいかな」

 

 だったらその言葉を信じて言おうか。

 どうせ恋人になったら互いに嫌なことを言い合うことなんてある。もし、束さんが私の言葉(ひどい言葉以外)で変わったならば、どうせくっついてもすぐに別れるだろうから。

 

「えっと、人の夢を叶えてくれるものだと思います」

「へえ、どんな夢?」

 

 束さんの目が細くなり鋭くなったが、こ、これってどういうこと?

 

「空を飛ぶという夢です。飛行機も同じように空を飛ぶために作られました。でも、ISは本当の意味で飛ぶことができます。飛行機はその大きさもあり、鳥のように自由には飛べません。でもISは違います。本当に自分で飛ぶことができます。実際に動かしてみてよく分かりました。昔の人もきっとISのような自由に飛べることが夢だったと思っています。だから人の夢を叶えてくれるものなんです」

 

 そう言うと先ほどまで鋭かった視線はなくなり、優しいものになっていた。

 

「ふふ、うれしいことを言ってくれるね。私もね、ISを作った理由って空を飛ぶためだったんだ。一応、宇宙空間内での活動を目的ってことになっているけど、そんなのはもちろん建前。ただ単純に空と宇宙を自由に飛び回りたかったからって子どもみたいな理由からなんだ」

 

 束さんは子どもみたいな笑みで語ってくれた。

 そっか、束さんは自分の夢を叶えたということか。

 だが、次ぎ見たときには束さんの顔は怒りで満ちていた。

 

「なのになのに! クソな欲しか考えない屑どもはISを……!!」

 

 怒りでいっぱいだったが、私がいると気づいたせいなのか大きく深呼吸をして自分を落ち着かせていた。

 束さんが怒る理由は私にも理解できる。何せ空を飛ぶものが、戦場を支配する死神へと変身したのだ。

 私だったら夢を汚されたと思うだろう。

 

「……ISを人の夢を叶えてくれるものだって言ってくれた君は今のISをどう思う?」

 

 瞳に若干の怒りを残しながら聞いてくる。

 

「私は不快に思っています。束さんが初恋の人で、ISを作ったのが束さんということもありますけど、ただの人を殺すだけの兵器にしたのはとても許せません。何で上の人はこういうクソみたいなことしかしないんでしょうか。せっかく宇宙という未知での行動ができるというのに! 夢よりも現実を見れということなのでしょうか? だったら人殺しの現実よりも夢のほうを取りますよ!」

 

 やっぱり何度思い返しても怒りが湧いてくる。

 けれど、世間はISをもう兵器、または競技用と認識されている。この認識を変えるにはとても難しい。だって世界はISを受け入れたから。

 だからISを兵器などという認識から変えることは不可能だということだ。

 はあ……やっぱりISをクソみたいに扱ったやつらのしたことを受け入れて、新しいことを入れ込むというやり方が必要なのか。

 

「え、えっと、言ってくれてありがとう」

「いえ、当然のことを言ったまでです」

「そ、そう」

 

 あれ? なんで引き攣った顔をしているのだろうか?

 

「さて、いろいろと話したし、返事をするね」

「は、はい」

 

 ついにその時が来て、納まっていた緊張が再び動き出す。

 うう、し、心臓が、ドクンドクン鳴ってるよ……。

 隣の束さんは立ち上がって、座っている私に向き合う。

 その束さんの顔はよく見えないが、赤く染まっているそうに見える。それは私と同じように緊張しているからなのか。それとも見間違いか。

 見間違いでないのならその意味は? それはすぐに分かる。

 私としてはYesという答えを言うからそうなっているであってほしい。

 

「や、やっぱりこういうのって緊張するよね。君もこうだったのかな?」

 

 やはり緊張しているようだ。見間違いではない。

 

「私、君のこと、好きだよ」

「!?」

「だから、君の、いや、しーちゃんの恋人にしてくれる?」

 

 私は驚きのあまり、呆然としてしまう。

 

「しーちゃん?」

「っ! はいっ、よろしくお願いします! 幸せに……うぐっ、ううっ……します……!」

 

 私はあまりのうれしさに涙を流す。

 だってそうだろう。束さんは私の初恋の人なのだ。ずっとずっと想ってきた人なのだ。恋人になりたいななんて思っていたけど、実のことを言えば、この初恋は叶わぬものだと思っていた。それは束さんに会ってからもだ。こうして告白の答えを貰うまでそう思っていた。

 だって束さんからしたら私なんてどこにでもいる普通の女の子だもん。しかも年の離れた女の子。

 だから、なれないと思っていたのに、なることができた。嬉し涙がでないわけがない。

 そんなわけで泣く私に束さんがおろおろとし始める。

 

「な、何で泣くの!? け、怪我でもしてたの!? そ、それとも私と恋人になったことが実は嫌だったとか!?」

「ち、違います。ただ束さんと恋人になれて……うれしくて……涙が出ただけです。嫌だなんてことはありません。うれしいです」

「よ、よかった」

 

 束さんは見て分かるように安堵を示す。

 そんな束さんを見て、恋人だけにできることをしたいと思った。

 

「た、束さん、手、繋いでいいですか?」

「!? も、ももも、もちろんだよ!」

 

 そう言って、びしっと私の前に手を差し出す。その手は力んでいて、プルプルと震えていた。

 そんな束さんを見て、つい笑ってしまう。

 やっぱりそういう意味で好きな人がいなかったんだなと思わせる。

 私はプルプル震える束さんの手を握った。

 

「!!」

 

 一瞬びくりとなった束さんの手。

 だけど、すぐに握り返してくれた。

 互いに恥ずかしさで顔を赤くし、顔を伏せてしまう。

 何度もほかの子と手を繋いでいる私だが、それでもこのようになるようだ。相手によって変わるなんてちょっと便利だ。

 

「つ、繋いじゃいましたね」

「う、うん」

 

 束さんが再び私の隣に座り、互いにそれを確認する。

 やっぱりそれは本物で、幻や夢ではない。温かみを感じる束さんの手だ。

 私がちょっと力を入れると同じように力を入れてくる。

 夜風は私たちの熱くなった体を心地よく冷やしてくれた。

 

「あの、束さんは私のハーレムはいいんですか?」

 

 しばらくしたあと、私は恋人になったからこそ不安になってきたことを問う。もちろん、手は繋いだまま。

 

「あ~、しーちゃんのハーレムか。うん、別にいいと思うよ」

「気にしないんですか?」

「するかしないかと言われたらするけど、しーちゃんのハーレムには反対しないよ。だってしーちゃんも私と同じ特別だからね」

「? 特別?」

「ふふふ、知らなくていいよ。この世界じゃ大したことはないから」

「はあ」

 

 ちょっと気になったが、大したことはないと言うならば別にいいや。

 

「う~ん、でも、やっぱりしーちゃんと会える時間が全くないってつらいね」

「ですね。私も束さんともっと長くいたいです」

「それに私って人前に出られないからデートとかってできないんだよね」

 

 あっ、そうだった。束さんは犯罪者というわけではないが、世界から追われている身だ。別に見つけられてもひどいことをされるわけではないと思うが、ISを作った人物として自由な時間などはほとんどないだろう。その扱いは便宜上は保護などだろうが、実際はISにさらなる進化をさせるための道具とされるだろう。

 そう思うとデートができなくても我慢できる。

 

「ごめんね、しーちゃん。ただでさえ会う時間がないというのに、デートとかもできなくて」

「いえ、気にしてません。それにデートじゃなくても思い出は作れますから」

「ふふ、だね。だからデートはほかのしーちゃんの恋人たちに任せるかな」

 

 そう束さんは言うが、きっと束さんもデートはしたいのではなかろうか?

 勝手な想像だが、そう思ってしまう。だから思わずどうにかして束さんとデートできないかと思う。

 そうだ! お姉ちゃんに提案する予定の自然のデートはどうだろうか? まあ、年寄みたいな場所だが、のんびりと過ごすにはいい場所であるのは確かである。

 

「私、束さんとデートできる場所を探します!」

「え? 私は別に――」

「私が束さんとしたいんです! そして、束さんと思い出を作りたいんです!」

「そ、そう。なら期待して待っているよ」

 

 一応、期待していると言われた。

 よし! できるだけ人の少ない場所を探して、デートできるようにしよう! 場所は候補をたくさん用意して、その中から束さんに選んでもらおう。

 しばらく話が止まり、じっとしていたので、まだある私と束さんとの距離を詰めることにした。やはり恋人同士の距離というのはもっと近くなくては。

 ぐいっと近づき、肩や脚がくっつく。手は太ももの上に。

 

「ち、近いね」

「こ、これが恋人の距離ですから」

 

 だが、二人ともガチガチに緊張していた。

 お、おかしい。なぜ私までもが……。

 経験豊富であるはずの私までもがこうなってしまう。

 くっ、やはり相手によって変わるのか。

 つまり、大人ぶることができないということだった。

 

「ねえ、今日恋人になったばかりっていうのは分かっているんだけど、もうちょっと恋人らしいことしたいな」

 

 私の肩に頭を乗せた束さんが呟く。

 その束さんの要望に、ごくりと喉を鳴らす。その意味がどういうことか分かったから。

 

「わ、私もしたいです」

 

 緊張で声が震える。

 束さんは頭を上げるとこちらを見る。その顔はこの雰囲気とこれからやることからなのか、色のある顔だった。

 束さんとはこれで二回目だが、そのときの印象は子どもっぽいというのがあったのだが、今の束さんは大人だった。

 くうっ、こ、こんな顔もできるんだ。

 束さんの大人の魅力にノックアウトしそうになる。

 潤んだ瞳がゆっくりと閉じられ、私のほうへ近づく。

 私もまた目を瞑り、ゆっくりと近づけた。

 

「ちゅっ」

 

 触れたのは一瞬で、すぐに離れる。

 

「えへ、えへへっ」

 

 キスをした束さんはうれしそうに笑顔を見せてくれた。

 それに釣られて私も笑顔になる。

 

「もう一回」

 

 束さんがそう言って、私はもう一度キスをした。

 また離れては互いに微笑み合い、キスをする。それが何度も続いた。

 ただ、大人なキスはしなかった。

 大人なキスでなくても何度もやっているうちに少しだけ息が荒くなっていた。私も束さんも僅かに汗で濡れる。

 

「キスっていいね」

「はい」

「ちょっと熱くなっちゃったよ」

 

 そう言って胸元を大きく開ける。そこからは束さんの大きな胸の谷間が見える。そして、パタパタと胸元の服を動かし、風を送る。

 私の視線は当然のようにそこへ吸う寄せられる。

 ご、ごくり、こ、これって誘っているの?

 束さんの顔を見るが、横目に私を見ていた。

 

「そ、そうですね。私も熱くなりました。その、私、ハンカチを持ってます。拭いたほうがいいですよ。風邪なんて引いたら悪いですからね」

「じゃあ、お願い」

 

 束さんも私の意図を察して、頬を赤めながら言う。

 私はハンカチを取り出すとゆっくりとその胸元へ持っていく。

 付き合い始めた私たちがいきなりこうするなんておかしいのかもしれない。だけど、結局は当人たちの気持ち次第だ。だから、付き合い始めた私たちがこうしても問題ない。だって望んでいるから。



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第83話 私と初恋の人といちゃいちゃ

 私の持つハンカチが束さんの胸元に触れる。そこから私が少しずつハンカチを動かす。

 

「汗が拭き取れていますよ」

「そうみたいだね」

「もうちょっと奥もやります」

 

 そう言って、私の手は完全に束さんの服の中へ入った。

 ただ、束さんの胸が大きかったことと、服がそんなに伸びなかったためちょっと窮屈だった。

 これじゃ無理だ。

 そういうことで胸元から入れるのではなく、下から入れることにした。

 まあ、ちょっと問題があるとすれば、束さんの服がワンピースだってことだろう。なので、下から入れるイコールスカートから入れるということなのだ。

 ご、ごくり、ま、まさかいきなりスカートなんて……。これはさすがの私も予想外だ。今日はここまでするつもりはなかったのに。

 

「ん、止めちゃうの?」

「止めません。ただやりやすいようにするだけです」

「え? どういう――きゃっ、ちょ、ちょっと! えっ? な、なんでスカートに手を!?」

 

 スカートに手を入れるとそう言われた。

 まあ、そう言うだろうね。

 

「い、いや、べ、別にね! しーちゃんとこういうことするのが嫌いってわけじゃないよ。私だって女の子同士だからキスや抱きつくとかそういうスキンシップで終わるとか思ってなかったし……。つ、付き合ってすぐにこういうことをするとは思ってはなかったの。で、でも、しーちゃんがしたいって言うなら……いいよ。私を好きにして。た、ただ、やり方は知らないから、しーちゃんがやってくれるとうれしい。女の子同士のエッチを教えて。その、今度するときは、わ、私もだから」

 

 束さんが顔を羞恥で真っ赤にする。

 スカートに手を入れている最中にそう言われて、私の気分もそういう気分になってしまった。正確に言うならば胸だけを触れるだけだったのが、他の恋人たちにしたような激しいことをしようと思ってしまった。

 し、してしまうの? いや、するしかない。だって束さんはもうそれを望んでいるはずだ。しないわけにはいかない。

 だからこれからの行為をやりやすいようにと、私は束さんのスカート部分をたくし上げた。露になる束さんのパンツ。色は白だった。

 そういえば束さんの服装は不思議な国のアリスに似ている。もしかして意識でもしているのだろうか?

 

「あわわ、み、見られている……。しーちゃんに、し、下着を、見られている……」

 

 私は初めてみる束さんの下半身部分を存分に見る。

 恋人になった今、束さんの全てが私のものだ。

 その全てを堪能するために、私はベンチから降りて、束さんの前に膝を付く。

 先ほどは視点が違う。先ほどは上からだったが、今度は股間部分やお尻部分の形がよく分かるアングルだ。

 まず私はその太ももに手を這わせる。

 

「ひゃっ!?」

 

 こういうことをされたことはない束さんは可愛らしい悲鳴を上げてくれる。

 

「束さんの脚、きれいです」

 

 私はちゅっと太ももにキスをする。

 

「そ、そんなところ」

「すべすべです」

「い、言わないでよ!」

 

 恥ずかしさのせいか束さんは声を荒げて言う。

 私はもうちょっとしたいと思い、束さんの股間部分に顔を埋めた。

 

「んにゃっ!? しーちゃん!? そ、そんなところに顔をやらないで!? き、汚いよ!」

「ですね。でもやります」

「あ、あれ? こういう場面って汚くないよって言うところじゃないの?」

「へえ、そういう言葉を言う場面って知っているんですね」

「!?」

 

 私がそう言うと束さんは自分の失態に気づいたようだ。

 顔を見れば別の意味で恥ずかしがっていた。

 

「やっぱりエッチな本や動画を見ているんですか?」

「み、見て、ないよ……」

 

 力のない嘘だって分かる言い方だ。

 やっぱり見ているんだ。

 

「嘘をついても分かってますよ。エッチですね」

「…………」

 

 真っ赤のまま俯く。

 といっても私が見上げる形になるから意味はないんだけど。

 私は立ち上がり、束さんの膝の上に向かい合う形で乗る。

 

「もうちょっとやりたいですけど、今はここまでで。今はキスしたいです」

「私も、したいよ。今度は私からだよ。大人の私を見せてあげる」

「私に見せてください」

 

 私たちの唇が重なる。

 先ほどのような軽いものではない。

 

「ん、しーちゃん、舌、入れるよ」

「入れて、ください」

 

 今回は私は何もしない。されるがままだ。

 束さんの舌が私の口内を掻き乱す。その動きは初めてのせいもあって拙いものだ。私はそれをうれしく思う。だって、私以外と経験がないということだもん。

 そのようなキスでも私の体は快感を得ていく。そして、体のあちこちが熱くなっていった。

 

「んむ、じゅっ、んっ……んぱっ、ちょっと下手だったけど、よかった?」

「はい。もっと私とキスして経験を積んでください」

「じゃあ、今度は私にキスしてお手本を見せて。それを参考にするから」

「はい。します」

 

 私はその唇に――

 

「いたっ」

 

 突然頭に痛みが走り、キスできなかった。

 な、なに? いきなり何が?

 どうやら束さんも痛みが走ったようだ。

 

「な、なに?」

 

 束さんが声を上げる。その顔はちょっと不満げであった。

 

「束、詩織、私が近くで見守っていたことを忘れていたか?」

「「ひっ!?」」

 

 声がしたほうを見ればそこには怒りの顔をしたお姉ちゃんがいた。

 

「告白とキスまでは私も見ていられる。だが、その、股間に顔を埋めるのは見てられん。それにまだいきなり舌を入れるなどと……。詩織、私もお前の恋人だぞ。ハーレムは認めるが、私の目の前でそんなことをされるとさすがに嫉妬する」

「ご、ごめんなさい」

「ともかくこれで終わりだ。詩織、帰るぞ」

「はい……」

 

 今のお姉ちゃんには逆らえない。残念だが、束さんとの時間はここで強制終了のようだ。

 私は束さんの膝の上からどこうとする。

 だが、束さんが私にぎゅっと抱きつき、放してくれなかった。

 

「ダメだよ。もうちょっと待ってよ。せっかく好きになってこうやってできるんだからこのままがいい」

 

 そう言われると私の行動が止まり、私も抱きついてしまう。

 

「おい、詩織」

「分かってます。でも、束さんとは滅多に会えないんです。ちょっと抱き合うだけです」

 

 恋人となった今、束さんとの時間は確実に増えた。それは確かである。

 だが、増えたとはいえ、一週間に一度の頻度で会えるというわけではない。もっと少ない頻度だ。あまり考えたくないことだが、年に片手で数えるほどかもしれない。

 私はそのくらいなのではと思っている。

 

「そうだよ、ちーちゃん。ちーちゃんはしーちゃんといちゃいちゃできるけど、私はできないんだよ。このぐらいいいじゃん。というか、しーちゃんにだって大人なキスしてるんでしょ!」

「!! な、何を言う。そ、そんなことは……」

「おやおやおや! ちーちゃんはなぜそんなに動揺しているのかな? してないのなら、動揺する理由がないよね? あれれ? どういうことかな?」

「おい、束。さっさと離れろ。もういいだろう」

「おお? 答えずにそんなことを言うとは。それは肯定を意味しているよ」

 

 お姉ちゃんが劣勢となり、束さんが優勢になったせいか、束さんはどんどん攻めていく。

 お姉ちゃんってかっこつけなところがあるのかな?

 

「答えないね。じゃあ、その相手であるしーちゃんに聞こっかな」

「!?」

 

 もちろんのこと、お姉ちゃんのことを聞かれれば、ちゃんと答える。

 だって隠すことじゃないしね。それに束さんはどう考えても分かっているもん。ただお姉ちゃんが束さんに言いたくないだけ。

 よって、私が言っても問題はない。

 

「ねえ、しーちゃん。ちーちゃんとさっきよりも激しいキスってしたの?」

 

 束さんがニヤニヤとしながら聞いてくる。

 あっ、やっぱりこれってお姉ちゃんをいじっているのか。

 こういうゆうに相手をいじることができるというのは、二人の仲がいいということが分かる。ちょっと嫉妬しちゃう。

 私もいじる……のはちょっと無理だけど、もっともっと弄られたいもん。そして、可愛がってほしい。

 

「して、ました」

「へえ、してたんだ。具体的には?」

「舌と舌を絡ませて、ました」

 

 やはり自分たちの行為を言うのはとても恥ずかしかった。相手が恋人でも恥ずかしい。

 そんな私を見ている束さんはお姉ちゃんだけではなく、私を弄っても楽しんでいるようだった。

 うれしい。

 束さんは私の回答を聞くと、今度はお姉ちゃんのほうへ視線を向けた。

 

「あの真面目だったちーちゃんが大人なキスをしてたんだね~。そのことを棚上げして私としーちゃんとのキスを邪魔するなんて。それにどうせちーちゃんはもうちょっと進んでことをしているんでしょ? しーちゃん、そこは?」

 

 再び束さんの視線が膝の上に座る私に戻る。

 こ、ここは話したほうがいいのだろうか?

 キスで恥ずかしかった私。もちろんのこと、本番行為に繋がるようなさらに進んだことを話すというのは、先ほどよりも羞恥でいっぱいになる。

 そして、思わずお姉ちゃんや他の子たちとのちょっと激しい行為が脳裏を過ぎった。

 顔が熱い! きっと束さんから見ても顔が真っ赤だろう。

 

「ふふ、ほら、言ってごらん? 大丈夫。ここにいるのはしーちゃんとそういうことをする私たちだけだから。別に全く知らない人がいるというわけじゃないよ」

「……は、恥ずかしいです」

「ああ~可愛すぎる! ほら、ちーちゃん。ちーちゃんが言ってくれないからしーちゃんがこんなに可愛いことに――じゃなくて、可哀想なことになっているんだよ。そろそろしーちゃんの言葉から暴かれるんじゃなくて、ちーちゃんの口から言ったらどう?」

 

 恥ずかしくて言えない私に、束さんは矛先をお姉ちゃんに向けた。

 

「わ、私は……詩織と……」

「そうそう。ちーちゃんの口から言って」

 

 私はその間、束さんの大きな胸に顔を埋めている。

 やわらかい……。胸が大きいということもあるけど、束さんに包まれていると赤ちゃんになったみたい。

 

「……っ」

「ん~、いえないの? 私は堂々と言えるよ。私はしーちゃんといちゃいちゃしたい。裸で抱き合って、行為に及びたい。そう言えるけどな」

「!? お、お前はそんなはしたないことをよく言えるな!」

「おやおや、じゃあ、言えないちーちゃんはしーちゃんともっともっと激しく愛し合うときには、言葉を伝えずにどうするんだい? まさか恋人同士だから心で通じ合えるなんて言うの? 私だってそれが一番だけど、現実的に考えて無理だよ。だからはしたない言葉を言うことだってできるよ」

 

 正論なんだろうが、言葉が言葉なのでかっこよくはない。

 ちょっと残念な感じがする。

 

「それに男女は子どもを作るためとか言う、名目があるのに対して、女同士ではないんだよ。それ、分かってるの?」

 

 前にも言ったけど、女の子同士ではエッチがしたいと言っているようなものなのだ。お姉ちゃんのはしたいなどの言葉は行為をしないと言っていると解釈してもよい。

 

「くっ」

「ちーちゃんはこのしーちゃんの体を抱きたくはないの?」

 

 そう言って、束さんは私の胸をがしっと鷲づかみする。

 

「ひゃっ」

「なっ!? おい!」

 

 目の前で私の胸を掴まれたことに驚いたお姉ちゃんが声を荒げ、束さんの膝の上に座っている私を脇に手を入れ、自分のほうへと引き寄せた。

 今度はお姉ちゃんに抱っこされる形になる。

 

「私の目の前で堂々とするとは……」

「いや、だってやわらかいんだよ。触らないと損だよ」

「詩織よりでかいお前が言うか?」

「いやいや、自分のと他人のとでは全く違うって。自分よりも他人のほうが触り心地が最高なの。ちーちゃんだっていい歳した大人なんだから、自分で慰めているんでしょ? なら分かるよね?」

「……………………分かる」

「ふふ、ついに正直になったね。いいよ。それでいいよ。だったら私の気持ちは分かるはず。しかも触る相手は自分の好きな子のおっぱい!」

 

 束さんがゲヘへと笑いながら、私たちにのそりのそりと近づく。

 もちろんお姉ちゃんは逃げる。

 

「触りたいと思わないはずがない! ほら! 何度も触ったであろうちーちゃんも揉もうよ!」

 

 束さんが拳を固く握り締めて言う。

 熱い演説だが、内容が内容なだけに本当に残念だ。

 

「お姉ちゃん、私の、揉みます?」

 

 つい先ほどまでそういうことをしていたためか、そんな言葉が出てきていた。

 完全に変態だ。もちろん、見境なく頼むような変態ではない。好きな人の前でだけ、変態になるのが私だ。

 誰にでもされて喜ぶような変態ではない。好きな人にされて喜ぶのだ。

 

「!? な、何を……」

「お姉ちゃんは自分の目の前で私が自分以外の人としているのを見たからこうして来たのでしょう? だから、今、していいですよ」

 

 お姉ちゃんもまた、私とキス以上本番未満(?)をした仲だ。例え束さんと私がしていたとしても止める権利などない。私と束さんがお姉ちゃんたちよりも圧倒的に一緒にいて、私が異常なまでにも束さんばかりのことを考えているならばともかく、束さんは今日恋人になったばかりなのだ。それに会える時間はとても少ない。ちょっと激しいキスやスキンシップは十分許されるものだ。

 それに私としても束さんとのいちゃいちゃはもっとしたかった。そして、愛し合う者だからこそ見せる姿を見たかった。



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第84話 私と二人のお姉ちゃんと

 まあ、そうは言っても、それは感情抜きでの話だ。

 こういうことはどうしても感情が入る。

 私だってお姉ちゃんの立場であれば、同じように適当なことを言って邪魔をするよ。ハーレムを了承しても、本気で好きな相手が別の人といちゃいちゃしていたらさすがにむかってくるもん。

 

「ほらほら! しーちゃんもやっていいってよ。やろうよ」

 

 束さんが一瞬の隙をつき、私に近づく。そして、私の胸をまた揉む。

 

「やっぱりいいね! ほら、ちーちゃんも!」

「なっ!? 勝手に!」

 

 束さんはもう片手でお姉ちゃんの手を取り、そのお姉ちゃんの手を揉まれていないほうの胸に押し付けた。

 

「んっ」

 

 思わず声が出る。

 

「ほら、しーちゃんも気持ちよさそう。ねえ、一緒にやろうよ。これならちーちゃんも仲間はずれにはならない」

「だ、だが……」

「もう! ちーちゃんはもうちょっと正直になったほうがいいよ! ちーちゃんはしーちゃんが気持ちよくなってくれる姿が見たくないの? 私たちだけしか見ることのできないしーちゃんを見たくないの?」

「……見たくないと言えば嘘になる」

「じゃあ、やろう? しーちゃんもそれを望んでいるよ」

「……分かった」

 

 束さんの説得と私の誘惑により、お姉ちゃんもまた私にしてくれることになった。

 そういうわけなので、服を脱いで上半身裸状態になっている。今はその状態で二人に前後を挟まれていた。束さんが後ろでお姉ちゃんが前だ。

 

「か、囲ってどうするんですか?」

「ん~、もちろん後ろからと前からやるんだよ。しーちゃんは何もしなくていいよ。私たちがしてあげるから」

「にゃっ!?」

 

 いきなり後ろにいる束さんから胸を掴まれた。

 私が束さんからの攻撃に驚いていると、お姉ちゃんのほうからも攻撃された。

 

「やはり詩織のはいいな」

 

 うん、いつもはかっこいいお姉ちゃんだけど、こういうときはエッチだ。

 私は片方ずつ揉まれていく。

 

「はあっ、はあっ、んっ! んあっ……」

「もう感じているの?」

「だ、だって、そ、そこは……やんっ」

「こんなに勃起して……。気持ちいいんだ?」

 

 私の胸の先を抓みながら、束さんが言ってくる。

 僅かな時間だというのにもう体に力が入らない。束さんに体を預ける形になっている。

 

「…………」

 

 私は無言を貫く。

 ただ、私の口から快感による喘ぎ声が出ているが。

 

「まあ、言わなくても表情に出ているんだけどね」

「ち、違います」

「あとね、そうやって何も言わないようにってやっているけど、そっちのほうがエロいんだよね。気づいてた?」

「!?」

「ちーちゃんもエッチだって思ったでしょ?」

 

 私の耳元でしゃべる束さんがお姉ちゃんに聞く。

 

「た、確かに、その、興奮した。あ、あまり抑えないで貰うと暴走しない」

 

 お姉ちゃんが私を目を合わせないようにしながら言ってきた。

 わ、私はどうすればいいのだろうか? エッチな声を出すか、声を抑えるか。

 どちらを取っても二人を興奮させるだけだ。

 な、ならば声を出しちゃう? 二人はどちらでも興奮できるからいいかもしれないけど、こちらは声を抑えるとただでさえ息が荒いのに酸素不足になるのだ。だから声を出したほうが楽なのだ。

 それにどうせ束さん以外は声を出す私を知っている。うん、よく考えたら本当に抑えるなんて無意味だ。

 

「あんっ」

「おお? どうやら声を出すことにしたみたいだね。うん、いいよ。出して。大丈夫。人は来ないようにしているから。だから出して。もっとその声を聞かせて」

 

 私は声が出していく。

 

「詩織」

 

 お姉ちゃんに名前呼ばれ、お姉ちゃんを見る。

 と、その瞬間に私の口は塞がれた。

 

「ん、んむっ」

「はむっ、詩織」

「んぐぐっ、じゅるっ」

 

 お姉ちゃんは口に舌をいきなり進入させる。軽いキスからではない。

 私の口内を隅々まで刺激を与えていくお姉ちゃんの舌に対抗するように、私もまた自分の舌をお姉ちゃんの口内へと侵入させた。

 私の舌とお姉ちゃんの舌は必然的に絡み合う。

 私とお姉ちゃんの舌が絡み合い、くちゅくちゅと音を立てる。私たちの口の端からははしたなくも、口内に溜まった涎が零れた。

 だが、そんなことは気にも留めずにそのキスに夢中になっていた。

 

「ちゅる……じゅるうっ……ん、おねえ……ちゃん……」

「ふふ、もっと……ちゅっ、乱れろ。ここには私たち以外、はむっ、ん、んくっ、誰もいない」

「ふぁい。二人に……二人に私の恥ずかしいところ……見せましゅ」

 

 意識にはもう理性なんてない。あるのはただもっと気持ちよくなりたい、二人に喜んでもらいたいというものだけ。

 

「ああ~! もう! 二人だけで楽しんでる! 二人とも! 私もいるんだよ!」

 

 わ、忘れていた訳ではないのだけど、声を出さず荒い息と真後ろにいるということで、ちょっと意識が束さんのところまで行き届かなかった。

 その攻撃だろうか。

 私の下腹部からジーという音が聞こえた。

 お姉ちゃんとキスしながらその部分を見ると胸を揉んでいた束さんが私のズボンのジッパーを下げていた。

 思わずそれを阻止しようとするが、お姉ちゃんが束さんと息を合わせたかのように指と指を絡ませてきた。

 私のズボンのジッパーが完全に下がると、今度はズボンを下げ始めた。

 手の動きも封じられ、足は行為が始まってすぐに力が入らなくなったので抵抗できないし、できたとしても好きな人に蹴ったりなんかできない。

 下げられたズボンは完全に脱ぐことはなく、膝辺りで止まっていた。

 ただ脱がすだけかと私は一瞬思ったのだが、もちろんのことそれで終わるわけがなかった。

 

「んひゃっ!?」

 

 そ、その、どうも私の股間部分を束さんが指で触れてきたのだ、パンツ越しだが。

 

「そ、そこは……!」

「ふふ、入れたりなんかしないよ。ここまでだよ」

 

 股間部分を指の腹で何度もされる。その度に体が熱くなる。

 

「もうびしょびしょだね」

「い、言わないでください!」

 

 私はそう叫ぶ。

 

「もうパンツはいらないよね!」

 

 束さんがパンツもズボンと同じくらい下げた。

 私の大切な部分が外気に晒され、ひんやりと冷たく感じる。

 その大切な部分を束さんは――

 

 

 すべてが終わった私はベンチに横になっていた。ただ、完全に何も着ていない状態だが。まあ、一応、束さんが出してくれた布をかけられている。

 他の二人は色々と身だしなみを整えていたりして、傍にいた。

 

「ふふ、しーちゃんの裸を見て、たくさん触れた♪ うんうん! なんて最高の日なんだろう!」

「束、早く身だしなみを整えろ」

「分かってるよ。でも、好きな人とエッチしたんだよ! 興奮が治まらない!」

「まあ、それは分かる。ならば私が整えるからその間に治めろ」

「ありがと。でも、整えるついでにエッチなことはしちゃダメだよ。私、しーちゃん以外とはキスしないから」

「私だってそうだ。当たり前のことを言うな。私も詩織以外には興味ない」

 

 ぼんやりとした思考の中、二人の会話が聞こえる。

 ただ、ぼんやりとしているので、ほとんど聞き流しているが。

 私はまだ荒い息をしていた。終わった直後よりは落ち着いたが。

 やばいな。今、何時だろうか。結構な時間がかかった。きっと簪たちは心配されているに違いない。

 連絡を入れておきたいのだけど、まだ体が落ち着かない。

 

「よかった。ちーちゃんとキスとかするなんて気持ち悪いもん」

「おい、事実だとしても本人の目の前で言うな。あまりいい気分ではない」

「あはは、ごめんね。でも、一応ちゃんとしておこうって思って」

「……言っておくが、私は別に同性愛者になったわけではない。詩織という存在を好きになったんだ。詩織が男だろうと女だろうと関係はない」

「へえ、同じか。じゃあ、心配はないか」

 

 何やら重要なことを聞いた気がするが、疲れて眠かったのですぐに反対の耳から通り抜けてしまった。

 まあ、大事な話でも二人が私にしないということは、重要ではない、または聞かなくていいということだろう。お姉ちゃんたちは大人だ。子どもの私はそれに従う。

 まだお姉ちゃんたちに甘えたいから。

 

「あっ、そういえばちーちゃんってしーちゃんから『お姉ちゃん』って呼ばれているよね? いいなあ~。私も呼んでほしいな~」

「お前には箒という妹がいるだろう。なんだ? 箒のことが嫌いになったのか?」

「違うよ。箒ちゃんのことはもちろんのこと大好きだけど、もう一人の大大大好きなしーちゃんに『束さん』って呼ばれるのがちょっと不満なの」

「どこが不満なのだ?」

「はあ……、ちーちゃんはしーちゃんに『お姉ちゃん』って呼ばれているから分かんないけどさ。私はせっかく恋人になったのに、さん付けされるのが他人行儀みたいで嫌なの」

「なるほど」

「それにしーちゃんと私たちって結構歳が離れているでしょ。だから、他人行儀みたいにしないでって言っても、きっと困らせちゃうって思うんだよね。だから『お姉ちゃん』。これなら他人って感じはしない。か、家族だもん」

「い、いきなり恥ずかしがるな! そんなお前を見たことがないから、こっちも困るんだ!」

 

 眠気を何とか耐える私の視界に何故か恥ずかしがる束さんとそれにおろおろとするお姉ちゃんだった。

 そんな二人を見ていると勝手に嫉妬してしまう。

 二人はきっとただの仲のいい友人だというのに。それが分かっていても嫉妬してしまう。

 はあ……、恋人なのに疑ってしまうとは……。

 そんな私自身を叱りたくなる。

 

「あっ、しーちゃんが眠いみたい。ちーちゃん、ちゃんと最後まで送ってあげてよ!」

「当たり前だ。ちゃんと送る」

「じゃあ、私はもう帰るから」

 

 話が終わったらしく、ベンチで寝ている私に近づいてきた。

 

「しーちゃん、今日はこれで帰るからね」

「ん、はい」

「あと、今度から私のこともお姉ちゃんって呼んで。ちーちゃんもいるから私のことは『束お姉ちゃん』、ちーちゃんのことは『千冬お姉ちゃん』って呼んでね」

「束お姉ちゃん、千冬お姉ちゃん」

「そう。私もちーちゃんの恋人だからね。じゃあ、帰るよ。今度、プレゼントを用意するよ。楽しみにしていてね、ちゅっ」

 

 そう言って束さんが頬にキスをした。

 ぼんやりとする意識の中で束さんがミサイル――じゃなくて、乗り物に乗った。そして、行ってしまった。

 また会えるのだが、それでもつい先ほどまで一緒にいた人が、長い間会えないというのが寂しい。

 今度プレゼントをもらえると言ったので、それをもらったときはそれを見て、悲しさを紛らわせよう。

 

「帰ったか。さて、詩織。もう少し起きていろ。い、色々とやったから風呂に入ったほうがいい」

「ん~、分かってます」

「さあ、服を着るぞ。まあ、パンツは使いもんにはならんし、ズボンは一部濡れているが。また下着なしだがいいか?」

「別に……いいですぅ。それよりも動けましぇん」

 

 主に眠すぎて。

 まあ、今日は怪しげな手紙に死への恐怖、束さん――ではなくて、束お姉ちゃんと恋人になったり、私とちょっと過激なスキンシップをしたり。本当に僅かな時間で色々とありすぎたのだ。精神的にも肉体的にも疲労が溜まったのだ。

 そうなると体が睡眠を求めるのだ。

 というのもあるが、千冬お姉ちゃんに甘えているというのもあるが。

 

「しょうがない。ほら、体を起こせ。私が着せる」

「ん」

 

 私は頑張って体を起こす。体にかけていた布が重力に従う。そのため私の胸が。

 ここは外だが、お姉ちゃんだけということで隠すことはしなかった。

 

「そういえば、下着だが、今日返そうと思っていたものがあった。それを履け。ぬ、濡れたのは私がまた後日返そう。それでいいな?」

「いいです……」

 

 私は千冬お姉ちゃんに言われるがまま動き、服を着せてもらった。

 そして、私は帰るために千冬お姉ちゃんに背負われている。

 

「お姉ちゃん」

「ん?」

「ちゃんと寝ないとダメですよ」

 

 寝ぼけた私がこう言うのはもちろん前回のことがあってのこと。

 前回もエッチなことをした翌日、千冬お姉ちゃんが寝不足だったからだ。ちゃんと寝るように言わなければならない。ちなみにその寝不足はその翌日と翌々日まで続いたのだ。

 

「わ、分かっている」

「本当でしゅか? 明日、そうだったら怒りますからね」

「う、うむ」

 

 千冬お姉ちゃんが怪しい返事をしたのだけど、私はほとんど眠っている状態だったので気に留めなかった。

 そのまま移動して寮の物陰に着くとお姉ちゃんが携帯でどこかに連絡をする。

 ほとんど寝ている状態の私では話はほとんど聞き取れなかった。

 

「誰ですか?」

「お前の恋人でルームメイトの子だ」

「簪ですか」

「ああ。ただなぜかオルコットの声が聞こえたのだが、どういうことだ? 更識は自室だと言っていたが」

「セシリアもしばらく同じ部屋にいることになったんです」

「……私は?」

「……ごめんなさい」

 

 それしか言えなかった。

 お姉ちゃんとも一緒の部屋がよかったのだが、もちろんのことさすがにそれは無理だった。それはどんなに頑張っても。

 セシリアの場合だと友達だから泊まっているということで言い訳ができるが、これが千冬お姉ちゃんとなると簡単な話ではなくなる。おそらくは私たちの関係がばれてしまうだろう。

 それは嫌だ。

 だからお姉ちゃんには我慢してもらうしかない。



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第85話 私をお迎えに

「まあいい。私は大人だからな。うん、気にしない」

 

 完全に気にしている。

 まあ、そんなお姉ちゃんも可愛いけど。

 しばらく待っていると二人の人間が近づいてきた。セシリアと簪だった。

 服がパジャマじゃないってことは風呂にはまだ入っていないようだ。きっと私のせいだ。

 ちょっと申し訳ない。

 

「着たか、二人とも」

 

 姿を現した二人に千冬お姉ちゃんがそう言う。

 

「詩織は?」

「私の背中だ」

 

 簪の言葉にお姉ちゃんが背負われている私を見せる。

 私はぼんやりとしている中で二人に手を振った。

 二人は安堵の表情を浮かべた後、ちょっとむすっと起こった表情へなった。

 

「もう! 結局は織斑先生といちゃいちゃしているじゃありませんの! 私たち気にしないって言いましたわよね? なぜ嘘を言いますの?」

「私たちも恋人。もう詩織のハーレムに反対は……して、ない」

 

 怒ったセシリアと簪がそう言う。

 

「そう言うな、オルコット。これは結果的にこうなっただけだ。詩織は別に嘘は言っていない」

「申し訳ありませんけど、詩織といちゃいちゃしていた織斑先生の言葉は信じられませんわ」

「だな。私もそちらの立場ならば信じきれん。ならばその証拠がある」

 

 千冬お姉ちゃんが私のポケットを探り、その中にあった物を取り出した。

 それは袋に入った、例の手紙である。

 確かにこれならば証拠だ。私たちがいちゃいちゃするために会っていたわけではあにと証明できる。

 

「それは?」

「詩織の言う用事だ。見てみろ」

 

 二人は千冬お姉ちゃんからそれを受け取る。

 それを受け取ってしばらくして二人が顔をはっとさせて驚く。

 二人もその内容を読んで、これが怪しいものだと気づいたようだ。二人は私に怒った顔ではなく、心配そうな顔を向けてきた。

 

「こ、これって、本当ですの?」

「本当だ。見るからに詩織への危険が臭う手紙だろう」

「じゃ、じゃあ、その犯人は……」

「大丈夫だ。これは結果的に言えば、そういう類のための呼び出しではなかった。ただ一人のバカの紛らわしいものだったんだ」

 

 もちろん千冬お姉ちゃんのバカというのは束お姉ちゃんのことである。

 

「その、バカというのは?」

「世界が知っている人物だ。束だ」

「た、束って、ISを作った篠ノ之博士ですか!?」

「そうだ。その束だ。束が詩織を呼び出したんだ。束が詩織を呼び出した理由だが、お前たちは詩織と束の関係を知っているか?」

「ええ、もちろんですわ。詩織にとって篠ノ之博士は初恋の人ですわ。そして、この前告白して返事を待っているところだと」

 

 恋人全員に束さんとのことは言っているので、答えたセシリアも間違いなく答えた。

 

「そうだ。今回の呼び出しはその告白の返事だ」

「そ、それでこんな怪しい手紙をですの?」

 

 セシリアと簪も顔を引き攣らせていた。

 その反応、よく分かる。告白の返事だというのに罠にしか見えないんだもん。本当に怖かったなあ。

 束お姉ちゃんの告白のための呼び出しと気づいた今でもその恐怖は私の中に存在する。

 束お姉ちゃんには悪いけど、トラウマレベルのことだった。

 

「結果は……どうだった、の? 振られた?」

「そんなの今の詩織を見れば分かりますわ。きっと上手くいったに違いありませんわ」

 

 簪の問いにセシリアが胸を張って答える。

 今の私を見たら分かるのだろうか? だって多分、眠いって顔だと思うのだけど。やはり恋人にしか分からない何かがあるのだろうか? ちょっとうれしい。

 千冬お姉ちゃんに回している腕に力が入る。もちろん千冬お姉ちゃんの首が絞まるほどではない。

 お姉ちゃんはなんだかうれしそうだった。

 ん? そういえば胸に違和感が……。あ、あれ? ブラの感触がない。来るときは着けていたいのに。

 どういうわけか着けていたはずの下着がなくなっている。

 千冬お姉ちゃんが取ったというのは……ないと思う。だって服に私のパンツのふくらみ以外ないもん。

 

「あの、私のブラジャーってどうなったんです?」

 

 お姉ちゃんに小さな声で聞く。

 

「!? 着せているときに不思議に思ったが、まさか着けていたのか?」

「当たり前です。パジャマのときならともかく、普通は着けています」

「……すまない。どうやら束が取っていったと思う」

 

 ま、まあ、仕方ない。持っていたならば仕方ない。あきらめよう。

 ただ、私の下着はどういう意味で持っていったのだろうか? そ、その、やっぱり自分を慰めるため、なのかな?

 自分の身に着けていたものでそうされるのは喜んでいいのだろうか? 引くべきなのだろうか? 複雑な気分ではある。

 まあ、好きな人のものを使うってとても興奮するからね。分からないまでもない。

 私は、し、したことはない。行為自体をやったことがないとは言わないけど、人の物を使ってはしたことはない。

 だ、だって、中学生のときに好きな人って言っても束さんだけだったし、簪を好きになったときは同じ部屋ということでするわけにはいかなかった。で、簪と恋人になってからも、その、簪も望んでくるのでする必要はなかった。だからしたことはない。

 ん? 待ってよ。みんながみんな、誰かの品を使ってやるわけではないのだけど、千冬お姉ちゃんはどうなのだろうか?

 ちょっと知りたくなった。

 

「千冬お姉ちゃんは私の下着、エッチなことに使います?」

「!? な、何を言うんだ! わ、私が、そ、そそそ、そんなことに使うわけが、ないだろう!」

「…………」

 

 あまりの千冬お姉ちゃんの動揺を見て、私は悟ってしまった。

 ちなみに私の目は完全に覚めた。

 

「……そういえば前回、私の下着を回収しましたよね? それってどうしたんですか?」

「……」

 

 お姉ちゃんは答えてくれない。

 うん、これは確定だ。

 

「はあ……、答えなくても分かりました。私のを使って自分を慰めていたんですね。それで寝不足ですか」

「ち、ちがっ! わ、私はそんなこと……!」

「否定しなくてもいいですよ。そういうことは……あ、ありますから。ただ、やりすぎて寝不足にならないようにしてくださいね」

 

 これで前回、寝不足だった理由が分かった。きっと私のを使って自分を慰めていたのだ。

 にしても、寝不足になるくらいやるって……。千冬お姉ちゃんは欲求不満?

 

「それで完全に起きた詩織。結果はどうなりましたの?」

 

 セシリアが聞いてきた。

 

「うん、恋人になったよ」

「よかったですわね。あなたの初恋ですわよね?」

「うん!」

 

 セシリアと簪は喜ぶ私を見て、嫌な顔をせずに優しい顔をしていた。

 もう本当に最高の恋人たちだ。これは絶対に幸せにしなければならない。絶対に私の恋人になったことを後悔なんてさせない。

 こういう決断はもう何度もあったが、大切なことなので、何度でもする。

 そのためにもちゃんと稼げるように頑張らないとね! まあ、今のところは大丈夫だけど。

 

「詩織って……戦争でも、する、の?」

 

 唐突に簪がそう言ってきた。

 え? なんで戦争? どういう流れ?

 

「だって、私たち代表候補生二人に……ブリュンヒルデの織斑先生。そして、最後に……開発者の篠ノ之博士。戦争をやるには……十分な戦力」

「確かにそうですわ! まさか、するつもりですの?」

 

 そこにセシリアも入る。二人とも顔が本気だった。

 どうも、たまたま恋人たちがそうなったという選択肢はなかったようだ。

 いや、あってよ。

 もちろんのこと私には戦争なんてことはしない。この学園に来る前に今のこの世界に抗う的なことを思っていたが、ただそういう意思的なものだ。決して本気でやるわけがない。

 そもそも戦争なんてとても非生産的だ。人も物も色々と減るだけ。いや、増えるのもあるか。例えば憎しみとか。

 幸せになるというのに負の感情を生み出す戦争をやるのは無意味だ。

 

「そんなわけないでしょ! 戦争なんてやるわけないよ」

 

 そもそも大切な人に命の危険性のあることなんてさせないよ。ISだって絶対に命の危険がないわけではないもの。この前の試合のときに、私の必殺技でそれを証明している。

 あのときは打撲程度で済んだけど、内臓系にダメージがあったらと考えると……。

 うん、本当に怖い。

 

「ごめん。冗談のつもり……だった」

 

 簪が申し訳なさそうに言う。

 

「もう! 本当にありそうだからやめてよね! さすがの私も怒るよ!」

「もう、しない」

 

 簪は俯く。

 どうやらちゃんと反省してくれたようだ。

 

「もう! 更識さん! おかしな冗談は止めてくださいな! 一瞬詩織を疑いましたわ!」

「疑った、んだ。詩織の愛を?」

「だ、だって不安になるじゃありませんの。詩織がわたくしを愛したのは戦争のための道具だからかもしれないなんて……。いくら好きでもなりますわ。あなただって思いませんの?」

「うっ、そ、そう言われる、と……」

 

 もちろん私が二人を愛しているのは、何かのためとかそういうものではない。ただ純粋に愛しているだけ。まあ、強いて言うならば一生を私と生きてもらうため、かな。

 二人のちょっと真剣なやり取りを聞いて、思わずそう思いニヤニヤする。

 卒業したら恋人たちと一緒に住もう。そして、幸せな毎日を送るのだ。

 まあ、現実的に考えるとすぐは無理か。恋人たちにだって家族がいる。絶対に私の家で暮らしてもらうけど、特にセシリアは家が貴族みたいだから数年かかるかもしれない。早く一緒になりたいけど、それは仕方ないことだ。

 もちろん大人しく待つ気は全くないけど。絶対にこっちから会いに行くよ。

 

「ん? どうした、詩織」

「ふふ、ちょっと楽しい未来のことを考えていたんです」

「妄想をするのはいいが、そろそろ時間だぞ」

「もう! せめて夢って言ってください。妄想じゃないです」

 

 確かに妄想と夢の違いを答えろと言われたら、答えることは難しいけど、やっぱりここは『夢』って言うところであって『妄想』ではないだろう。

 

「くくく、すまんすまん」

 

 背負われているせいでお姉ちゃんの顔があまり見えないが、きっと面白がられているのだろうな。

 私はぷく~っと頬を膨らませて怒ってますって表すだけだ。

 

「ほら、もう目が完全に覚めてしまったようだが、ここからは二人に連れて行ってもらえ。私とはここでお別れだ」

「……ですね」

 

 私は千冬お姉ちゃんの背中から降ろされる。

 

「そんな顔をするな。来週からはこっそりと私の部屋に来れるだろう? 今までは少なかったが、今度からは違う。そのときを見ていろ。今の別れに悲しむな」

「分かってます。でも、私は恋人たちと一緒にいたいんです。それが私の喜びです。恋人が離れたら悲しみます」

「やはり詩織は女を落とすのが上手い」

 

 千冬お姉ちゃんは笑っているので、褒めてくれているのだろう。

 

「否定は……しません」

 

 同性愛ではない普通の女の子たちを同性愛者へと変えたのだ。しかも、たった一人ではない。複数人。

 これのどこに女落としが上手くないと言うのだろうか?

 否定することは全くできない。

 ただ、男の人は遊びとか軽い気持ちでたくさんの女の人を落とすのだろうが、私とは全くと言っていいほど違うということは確かだ。私のは本気だもん。

 

「でも、私のは本気で落としているんですからね。決して捨てるなんてことはしません」

「知っている」

 

 私は自分から千冬お姉ちゃんから離れ、二人のもとへ行く。

 

「さて、詩織。帰りますわよ」

「あとで……説教。詩織が私たちに……相談しなかったのは、別に……いい。気にして、ない。でも、その後。いちゃいちゃする前に……私たちに遅れるって……言うべきだった」

 

 うう、説教か。私が悪いのは分かるけど、説教というのはいくつになっても嫌だ。

 しかもセシリアもやる気みたいだし。二人か……二人で説教か。時間も長いのだろうな。

 私は助けを求めるように千冬お姉ちゃんを見るが、千冬お姉ちゃんは黙って受け入れろと目で言ってきた。

 だ、ダメだ。どうやらお説教の未来は変わらないようだ。

 

「詩織、じゃあ、また明日だ。それと二人とも、あまり長く叱るなよ」

 

 千冬お姉ちゃんが最後にそう言って、この場からいなくなった。

 残された私たちも自分の部屋へと帰る。その間はもちろん二人の腕を組んで帰った。帰った後はすぐにお説教されたが、時間ということもあり、早く終わった。その後は風呂に入ったり、なんかして色々として寝た。

 こんなに省略したのは別にいつものことだからね。長々と語るほどではない。

 まあ、言うならば土曜日に簪とデートすることになったということかな。

 朝早くから行って、オタク関係の店を回るというのだけは聞いておいた。

 なるほど。簪らしい。

 私は別にそのデートがデートと言われて想像するようなものではなく、オタク関係の店を見て回るのでも文句はない。だって私が求めるのは、当たり前のデートではなく、恋人が喜んでもらうデートなのだから。

 前回のだってそうだ。初デートなのに、って思ったけど、セシリアに喜んで欲しくて遊園地を選んだ。

 全ては恋人のためだ。

 もちろん、私だってそのデートを楽しんでいるよ。デートなんだから相手だけじゃなくて、自分も楽しまなきゃ。

 土曜日が楽しみだ。



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第86話 私もついにオタク

 で、簪とのデート当日。

 今日のデートは遠い場所でのデートとなるので、授業があるときよりもちょっと早い時間に起きた。朝食だが、食堂はすでに開いているので、困ることはなかった。

 私はやっぱりデートだから簪は待ち合わせをやりたいのかなと思っていたが、そんなことはなく一緒に出ることとなった。

 ちなみにセシリアはまだ寝ている。寝る時間が遅かったせいだ。

 私たちは……大丈夫。眠いけどいつも通りだもん。夜更かしは結構してますので。

 

「簪、忘れ物ない? 今日は簪の大好きな店に行くんでしょ? お金はたくさん持っていったほうがいいよ」

「ん、分かってる。ちゃんと……持ってる」

 

 やはり趣味が絡む店に行くとなると絶対に何かを買う。今回は簪の大好きな店を巡るということなので、これは確実である。

 私も本でも買おうかな。ラノベ? だっけ。簪から借りたけど、結構面白かった。前世はコンピュータオタクだったから、この人生では趣味にこっち側のオタクになるよ! 内容は……行ってからでいいや。

 

「じゃあ、行こうか」

「うん」

 

 私たちは手を繋いで、向かった。

 モノレールに乗って、それから新幹線に乗った。新幹線内ではセシリアのときのようにいちゃいちゃすることは、周りに人がいたため、することはなかった。

 

「簪、もうちょっとくっついていい?」

「いい」

 

 許可は貰ったので簪の肩に頭を乗せる。それだけではなく、もちろん手と手を繋ぐ。恋人繋ぎで。

 こうやって繋ぐのはやはり好きだ。この繋ぎ方は簡単には離れることはできないから、まるでこれからの私と恋人たちの未来を示しているように思えるから。

 この繋ぎ方を恋人繋ぎと言った人は素晴らしき人だ。よく分かっていると思う。

 

「詩織は……可愛い」

 

 しばらくそうしていたら簪がそう言って来た。

 

「? いきなりどうしたの?」

 

 もちろんのこと私が、『月山 詩織』がとても可愛くて、とても美しいというのは知っている。

 でも、他人から言われるのは結構うれしい。特に恋人からというのは。

 

「駅にいたとき……みんな見てた。男女関係なく」

「そうなんだ」

 

 そういう目で見られるのはもう慣れていたので、気づかなかった。

 そっか、見られていたのか。まあ、見られるのって可愛くて美人な人の宿命だね。どんなに嫌がっても付き纏うものだ。気持ち悪いとか思わない。

 だって私だって前世ならばじろじろといやらしい目で見ていたと思うから。

 

「きっとみんな……詩織を恋人にしたいとか……思ってた、はず」

 

 おそらくはそうだろうな。または、この体のほうを狙っていたかもしれない。

 私が前世だったら絶対に自分のものにしたいって思ったもん。だから前者も後者もよく分かる。今でも鏡見ても思うしね。

 

「そんな詩織が……私の、もの。ちょっと優越感」

「ふふ、そうだよ。私は簪のものだよ。恋人だけが私を好きにしていい」

 

 そう言うと簪はもう片方の手を周りにばれないように工夫して、私のスカートの中に手を入れてきた。

 

「んっ」

「しっ、声出したら……ダメ」

「わ、分かってるよ」

 

 いきなりされたら誰だって声出ちゃうよ。

 

「で、でも、いきなりこんなこと……」

「エッチなことは……しない。ただ、男どもが欲しい……って思って、いる、詩織が……私のものだっていう優越感を……堪能したいだけ」

 

 な、中々簪も黒いところがある。

 まあ、確かに自分の恋人が人気ある人で、そんな恋人を自分が好きにしているというのはとても優越感を感じられ、とても興奮する。

 皆が知らない恋人の姿には興奮しかない。

 

「ふふ、詩織に告白した……人の前で、いちゃいちゃしたい」

 

 うん、簪が黒い。

 優越感を感じたいってのは分かるけど、さすがにドン引きだよ。

 

「……言っておくけど、そんなチャンスがあってもやらないからね」

「分かってる。私も……エッチな詩織を……見せたく、ない。詩織のエッチな姿を見る、のは……恋人だけでいい」

 

 簪はスカートの中に入れた手を動かす。

 ぞくぞくとした感じが撫でられたところから這い上がってくる。

 

「あ、あまり動かさないで……。し、したくなる……」

「私は……別に、いい……。で、デートじゃなくて……そういう日でも……」

「!?」

 

 そ、それもいいかも……。

 そういうエッチなことをするだけの一日もいいかも。

 い、いやいや待て! そういう一日よりもデートをするんだ。それに、そ、そういうのは夜だって決まっているよね。

 

「だ、ダメだよ。デートをしよう」

「ん、仕方……ない。でも」

 

 私を見つめる簪はにやりと笑う。そして、その顔を耳元に近づけ、

 

「実は今日は……オルコットは部屋には……い、ない」

「!!」

「意味、分かってる、よね?」

 

 もちろんのこと分かっている。

 これは簪からの誘いだ。それもエッチな誘い。本番は……ま、まだだよね。

 私は簪の言葉にこくりと頷いた。

 

「じゃあ、楽しみに……待ってる」

「は、はい……」

 

 うう、私って押しに弱い過ぎるよ……。

 というか、簪さん? 何か色々と変わってません? 結構積極的になっているよ。せ、セシリアは、ち、違うよね? こんなに積極的じゃないよね? むしろ今の私と同じ立ち位置だよね?

 私は新幹線が目的地に着くまで、ずっと太ももを撫でられ続けた。声を出すのを我慢していたので、私の体力は着くころにはほとんど無くなっていた。

 きっとぐったりする私を見た人は首を傾げて不思議に思っただろうな。

 まあ、色気のあるような感じではないので、問題ないだろう。

 

「詩織、大丈夫?」

「だ、大丈夫、だと思う」

 

 気持ちよかったのだけど、下着が色々と言えないことになるほどではなかった。

 新幹線を出て、駅を歩いていると、うん、すごい。アニメキャラが描いている服を着ている人がいたり、たくさん買ったのだろうと思わせる袋を持った人がたくさんいた。もちろん、普通の人もいる。

 こ、これがオタク、か。

 

「簪は来たこと、あるんだよね?」

「ある。もちろん、何度も」

「案内、お願い。どこに何があるのか全く分かんない」

「今回は……私に任せて。しっかりリードする」

 

 私の手を引いて、簪は迷わずに進んで行く。

 駅を出るとどうやらすぐ近くには簪が目当ての店があるようで、駅で見たようなオタクの人でいっぱいだった。

 ちょっと遠くでは路上に人だかりが出来ていて、その中心にはコスプレをした人がいた。

 あれはコスプレイヤーとその人を撮影などをする人たちなのだろう。

 

「簪もコスプレして、あんな風に撮られたことってあるの?」

 

 だとするならば嫌だな。簪は私のものだもん。

 撮った写真で何をするのか知らないけど、写真の中の簪も私のものである。

 

「して、ない。あんな風に……するのは……恥ずかしい」

 

 簪は恥ずかしそうに言った。

 よかった。コスプレってエッチな服装をするときもあるみたいだから、そんな姿の簪を撮られたくはない。撮るのは私だけだね。

 そうだ! なんかこの頃、簪にやられてばかりだからエッチな姿の簪を撮って、恥ずかしがらせたい。

 

「にしても、や、やっぱりコスプレしている人の服ってエッチだよね?」

「……うん。あんなに……面積の少ないのは……少数。もうちょっと……面積は多、い」

 

 うん、『ちょっと』なんだ。やっぱり恋人にさせるときは私の目の前だけだね。

 

「私の目の前なら……やってもいいよ? したい?」

「…………ちょっと、興味ある、かも」

 

 簪はちらりとコスプレショップを見た。

 お金はたくさんあるから、今日コスプレ用の服を買うのもいいかもしれない。いや、私のを買うんだったっけ。

 

「詩織、まず、あの店」

 

 気を取り直すかのように簪は案内を始めた。

 

「あの店は何が売っているの?」

「主にDVD。私が見ている……やつを買ったところ」

「あの店で買っているんだ」

「まあ、似たような……店ばっかり……だけど」

「あれ? そうなの?」

 

 たくさん店があるのに似たような店なのか。う~ん、よく分からん。

 

「そう。まあ、あまり気にしないほうが……いい」

 

 うん、気にしないでおこう。

 にしても、こうして周りに注意しているとやっぱり私への視線が多い。やっぱり異性からの視線というのはちょっといい気分ではない。

 うう、これも仕方ないことか。私でも見惚れるんだもん。

 

「詩織は……見たいの……ある?」

「う~ん、私、簪が紹介するまでこういうのは興味なかったから。だからまだない。何か紹介してよ」

「ん、紹介する」

 

 今回のデートは私の出る幕ではない。今回は全てを簪に任せよう。

 でも、最後に上に立つのは私なんだからね! 絶対に簪を負かせるんだから!

 

「? 何で拳を?」

「あはは、何でもないよ。気にしないで」

「そう」

 

 ともかく店の中に入ると似たような店がたくさんあるせいなのか、表の通りと違ってそんなに人がたくさんいるというわけではなかった。店も小さいというわけではないので、そんなに窮屈な思いもせずに進むことができた。

 結構余裕があってよかった。窮屈だったら痴漢されたって良いように言い訳されるかもしれないからね。

 ちなみに世の中は女尊男卑とはいえ、前に述べたようにあまり意味はないし、法律なども特別に男側が悪いということになるわけではない。だから下手な冤罪なんて女だから、男だから、とかそういう理由で認められるわけはない。

 まあ、おかしな風に育てられていると女王様気分な人が出てくるんだけどね。

 

「ここが私の好きなジャンルのあるところ。携帯持ってるから……好きなもの探してきて……いい、よ」

「分かった!」

 

 デートだというのにいきなり別行動。

 だが、簪らしいデートだ。不満はない。

 とりあえず私は簪から離れて言われたとおりに自分の好みに合った、アニメを探しに行った。

 まあ、私は前世が男ということもあり、少女漫画系のアニメは候補から除外だ。いや、だって女主人公の立場で男キャラクターと恋仲になったりするんだよ。女の子大好きの私には耐えられない。

 そういうわけで除外なのだ。

 ふむふむ、このあたりかな。

 私が辿りついたのは、男性が好きそうな可愛いキャラが出てくるアニメだった。

 もちろん恋愛要素ありだ。

 主人公が男なのだが、前世が男であり、現在も女の子大好きな私には無問題である。女の子といちゃいちゃするというだけで最高だ。アニメを見て、簪たちにやりたいことが見つかるかもしれないしね。

 

「これとこれがいいかな。評価もいいみたいだし」

 

 評価はもちろん気にする。お金がたくさんあるけど、無駄に使うなんてことはしない。ちゃんと当たりなものを買うよ。

 ちなみに評価は手に持っている携帯で見ている。

 ん? おっ! これも面白そう! あっ、あれも!

 そうやってDVDを集めていたら、結局籠いっぱいになっていた。

 こんなにいっぱいになるのは、全巻全てを買っているからだ。だって、一巻ずつ一巻ずつ買って、そのアニメがとても気に入ったのに次行くまで待たないといけないのって、正直苦しいもん。だから全巻買ったのだ。

 面白くなかったらのことは考えてはいない。

 

「さて、一先ずはこれでいいかな」

 

 全部見るのにも時間がかかるだろうし、毎日見るわけではないからさらに時間がかかる。全て見終わる頃にはまたここに来ているだろうな。

 買うものは買ったので簪と合流することにした。

 簪は満足な顔をして、こちらへ歩いてくる。

 うん、デートらしくないけど、あんな顔をしてくれるならば十分満足だ。

 

「結構、入れた、ね」

「うん! 結構面白そうだったから! 簪は少ないね」

「目当てのものしか……なかった」

 

 どうやら新しい出会いはなかったようだ。

 

「じゃあ、買おうか! あっ、私が全部払うよ!」

 

 もちろんのことここは恋人として私が払うべきだろう。

 

「!? ま、待って! 私のだけでも……数万はす、る! さすがにそこまで、は!!」

「大丈夫だよ。お金はあるから! 今日は簪の初デートなんだから遠慮することはないよ」

「でも、それを受け、入れると……詩織を恋人じゃなくて……財布の扱いに……なり、そう。それは嫌だ。だから、これは自分で払う」

「分かった。じゃあ、他のやつを私が払うよ」

 

 私も簪からの愛が欲しい。財布に対する愛はいらない。愛し合う関係がいいのだ。

 結局互いにそれぞれの物を買うことになった。

 

「えへへ、たくさん買ったね!」

「初めから……買いすぎた……」

「まあ、いいじゃない。ただちょっと早いか遅いかってだけだよ」

 

 でも、これじゃ荷物が邪魔になる。きっとこれからもたくさん買うから荷物を置く場所を確保しておいたほうがいいな。もしなかったらホテルの一室を借りるなんてことも。

 最後のは冗談。さすがにやらない。

 

「荷物置く場所ってないの?」

「あるには……ある。ただし一日借りるのに……四千円する」

「結構高いね」

「そう。だから、みんな使わ、ない」

 

 そんなことに金を使うなら、趣味に金を使うってところか。

 私もそれに覚えがある。

 前世に電車を使えば二十分のところをお金がかかるからって自転車を使って時間がかかりながらも行った。電車だと行きと帰りで千円程度だったのだが、無駄遣いしたくはなかったのだ。それに自転車で行ける程度だもん。

 

「にしても、そんなに利用者がいないのに儲かるの?」

「問題ないみたい。経営しているの、は……結構有名なオタク系の店。余裕はある、みたい」

 

 別にソレで儲けようなんて考えていないみたい。ただ客のことを考えて作ったけど、客の荷物は多いのでそれなりの場所を取るし、そんなに数は作れない。だったら高くしてしまえってことなのかな?

 まあ、いいや。それを使おう。買い物のときは楽をしたいから。



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第87話 私の美味しくなる魔法

 その荷物置き場は結構大きかった。一畳ほどの広さで、部屋と言ってもいいほどだった。どう見ても荷物置き場には思えないほどだ。もうちょっとせまくて、低いロッカー的なものを想像していた。

 聞いてはいたけど、結構贅沢である。

 

「結構広いね」

「一応、着替えもできるようにって」

 

 なるほど。それも兼ね備えているのか。

 

「よしっ、ここに荷物を置いて、次に行こうか!」

「どこ……行きたい?」

「次は本を見たい」

 

 ラノベにも興味ある。アニメよりは色々たくさんあるだろうから、もっとたくさん買えるかもしれない。

 

「じゃあ、こっち」

 

 再び簪に手を引かれて案内をされる。

 周りから見ると仲のいい友人たちって思われているんだろうな。ふざけて恋人同士とは思っても本気では思わないんだろうな。

 でも、私たちは恋人だからね。それも将来まで一緒にいる家族って言うべき存在なんだからね。女同士だからって恋人止まりで終わったりなんかしない。

 

「? ニヤニヤして……どうしたの?」

「周りのみんなが私たちのことを仲のいい友人だって思っているんだなって思ってね。本当は違うのに」

「普通、思わない」

 

 まあ、普通じゃないから私も恋人たちも周りには隠しているんだけどね。

 それでさっそく入った店は古本もあった。

 おお、すごい。

 私は別に古本でもOKな人間なので、時間があればそちらを見てみるか。

 でも、まずは新しい本。古本OKでもやっぱり新品のほうがいいに決まっている。

 ここでもまた一緒に行動はせずに別々に別れて行動する。

 

「じゃあ、また後でね」

「ん、終わったら連絡する」

 

 うん、本当にこれはデートなんだろうかと思うほどだ。

 まあ、私もコンピュータオタクだったから、こういう店を来たらこんなデートみたいになったんだよね。

 先ほどとは違って今度は本。この店はラノベや漫画だけを中心にした店ではなく、普通の専門書とかも売っている。というか、階層ごとに別れているのだ。この階はラノベや漫画、この階はその他、みたいな。

 さて、ラノベで見たいものはやっぱり恋愛ものだ。

 個人的に百合系のものも見てみたい。あるかな? 甘甘な物語が読みたいな。いちゃいちゃばっかりとか。

 でも、探そうにも題名だけで分かるものなど小数だ。あらすじが書いてあるのもあるが、ないものもある。というわけで、携帯を使ったりして、いい物を探す。

 まず最初は普通の恋愛ありのラノベ。ハーレム系が多かったので、そればかりが私の持つ籠の中に入る。

 まあ、ハーレムってみんな大好きだからね。仕方ないよ。私も大好き。実際に作るくらい。

 いいのが見つかったら次は百合系のラノベ。

 これは結構少なかった。やはりあまり需要がないのか、それとも書く人がいないのか。

 ただ十八禁のほうはちょっと多かったが。

 あっ、もちろん十八禁は買ってない。年齢がまだ達してないからね。こう言うと達していれば買うってことなんだけど。だって、興味あるもん。

 そうやってラノベを買ったのだが、結構多い。どのくらいかって言うと三十はあるのではないのだろうか。

 か、買いすぎた……。いくらなんでも買いすぎた。

 私は自分の分は買ったということで、簪に連絡。簪のほうも買い終わったようだった。

 

「し、詩織……」

 

 合流してすぐ私の荷物を見て、簪は呆然とする。

 

「買いすぎ、じゃない?」

「私もそう思う。でも仕方ないじゃん。全部面白そうなんだもん」

「だとしても買いすぎ。読み終わる前に……多分また来る、と思うのに」

 

 そんなことは分かっているけど、止められなかった。

 

「だ、大丈夫だよ。そのときには読み終わっていると思うから」

「まあ、いいけど」

 

 簪のほうは私と違って数冊だった。結構少ない。

 

「詩織、そろそろお昼にしよう」

「えっ? もうそんな時間?」

 

 腕時計を見れば現在は二時だった。そんな時間どころか昼は過ぎている。

 そ、そういえばここに着いた時点で結構遅い時間だった。それに加えて店を二店も回った。時間が過ぎるわけだ。

 

「何かいい店ある?」

「ある。でも、詩織が気に入るかどうか。だから選択肢がある。一つ目は普通の店」

「普通の? じゃあ、普通じゃないって?」

 

 そもそも普通じゃない店ってなんだ。店が普通じゃないって想像できない。

 

「それが二つ目。具体的に言うと普通の店がどこにでもある店。普通じゃない店がメイド喫茶」

 

 なるほど。確かにメイド喫茶は普通のとはかけ離れた店だ。

 ど、どうしよう。メイド喫茶か。行ったことないから、迷う。で、でも、興味ないってわけじゃない。お嬢様、お帰りなさいませ! なんて言われたい。

 まあ、月曜日から私が言う台詞なんだけどね!

 

「メイド喫茶に行ってみたい」

「分かった」

 

 そういうわけで今日の昼食はメイド喫茶で食べることになった。もちろん荷物はちょっと時間がかかるけど、部屋としか呼べない荷物置き場に置いてきた。

 メイド喫茶って言ったら美味しくなる魔法だよね。や、やっぱり私も手でハートを作ってやるのかな? 人前でやるのは恥ずかしい。

 そう思っている間に目的地に着く。店外からもメイド服を着た女の子(私よりも年上)が見えた。

 

「うわあ、メイドさんだね!」

「メイド喫茶だから」

「わ、私もあれを着るんだよね?」

「そう」

 

 私はドキドキしながら二人で入った。

 

「「「お帰りなさいませ、お嬢様!」」」

 

 店に入ると待ち構えていた可愛らしいメイドさんたちの高めの声で出迎えられた。

 

「ひゃっ!? た、ただいまです!」

 

 いきなりのことで驚いた私は可笑しな悲鳴を上げ、さらにはそれに答えてしまった。

 隣の簪は顔を伏せて笑い、メイドさんたちは優しい表情でにこりと微笑んだ。メイドさんたちは完全に可愛いものを見たときの反応だ。

 ちなみに現在は生徒会長モードでもないし、生徒会長モードの真似もしていない。なので、可愛らしい反応しかできない。

 別に生徒会長モードではない私は身内のみ公開ではない。ただ女の子にもてるためのものだ。普通のときならともかく、簪とのデート中なので生徒会長モードではない。

 うう、は、恥ずかしい……。し、失敗しちゃったよ。

 私は顔を熱くしたままメイドさんの後に付いていく。案内された席に座り、自分を落ち着かせた。

 隣に簪である。

 

「ふふ、詩織、ただいまって……言ったね」

「だ、だってびっくりしたんだもん。反射的に言っちゃうよ」

「詩織、可愛い」

 

 ほ、本当に恥ずかしい。

 

「ほ、ほら! メニューを見ようよ!」

「大丈夫。もう決まってる」

「えっ、簪は決まったの?」

「詩織のも」

「ええっ!?」

「大丈夫。美味しいから。それにメイド喫茶なら……お決まりのやつ。詩織は大盛りのスペシャルメニューがある、から大丈夫」

「それってなに? いくら私でも好き嫌いがないってわけじゃないよ」

「詩織も食べてたから……嫌いなものじゃ……ない。変なものじゃないから……安心して」

 

 そう言われて私は簪に任せることにした。

 簪は可愛らしいテーブルに置いてある呼び出し鈴を鳴らす。しばらくするとメイドさんがくる。

 メイドさんは笑顔で可愛さ倍増だ。うん、メイドっていいかも。

 

「はい、お嬢様。お呼びでしょうか?」

「これとこれ。お願い」

 

 簪は慣れたように注文した。

 メイドさんは簪の注文を聞いて、可愛らしい声で戻って行った。

 

「ねえ、簪。月曜日からメイドするんだよね?」

「する。冗談じゃない。本気」

「そういうときってここのメイドみたいにやればいいの?」

 

 メイドをやるって聞いたけど、やっぱりどういうメイドがいいのかっていうのはあるよね。私の知識から大きく分けて二つ。真面目で完璧なメイドさんとここみたいな可愛い系のメイドさんだ。

 一応、どっちのメイドもできるよ。前者は生徒会長モード、後者は今の私。これで使い分けられるはずだ。

 私はどっちでも大丈夫! メイドをやって……ふ、二人にエッチな命令をされて……ご奉仕するんだ……。

 想像するとちょっとエッチな気分になってきた。

 

「ん? 詩織、どうしたの?」

「な、なんでもないよ。ただ自分がメイドになるんだと思って」

 

 やっぱり顔に出ていたか。その、するのは夜だからね。今はデートだ。夜に思いっきり発散すれば良い。

 

「で、どんなメイドさんをすればいいのかな?」

「もう決めてる。真面目とここみたいなメイド。この二つ」

 

 そ、そうか。一日だけじゃないから日にちを分けてやればいいんだ。 

 というか、何日やればいいのだろうか? 罰を受けることにしたが、その日数は聞いていない。もしかして、罰だから私次第というやつなのかもしれない。

 それが罰だもん。期間なんてない。

 しばらくして、メイドさんたちが私たちのを持ってきた。どちらもオムライスだ。ただし、一つだけ何倍もある大きさだが。

 

「お待たせしました、お嬢様♪ ご注文の『萌え萌えオムライス』と『大きいのは愛の大きさ! めっちゃ萌えるね♪ めっちゃ萌え萌えオムライス』です」

 

 ……なんだろう、私のオムライスの名前は。とても長すぎる。名前の内容はもうメイド喫茶といことで不思議には思わない。思わないけど、長すぎると思う。

 ただ名前の通りに私の前に置かれたオムライスは大きい。多分これ、三人分だよね? つまり愛の大きさだけではなく、愛の重さも表しているってこと?

 絶対に一人では受け止められない。もしかして、重過ぎる愛は受け止められないってことを表していたりするのだろうか?

 うん、萌え萌えじゃないよ、これ。

 私は引き攣った笑みを浮かべるしかない。

 

「あれ? ケチャップは?」

 

 よく見てみるとケチャップが全くかかっていない。食べられないってわけじゃないけど、オムライスと言ったら卵の黄身の布団とその上にかけられたケチャップである。ケチャップのないオムライスは、オムライスではない。

 

「ふふ、もうちょっとお待ちくださいね、お嬢様♪」

 

 そう言ってメイドさんはケチャップを取り出して、この場で私たちのオムライスにかけていく。しかも、よく見るとただかけるだけではない。何かの絵を描いている。

 そ、そうだった! メイド喫茶ってオムライスにこうやって絵を描くんだった! 緊張していて忘れていたよ。

 おかげで簪だけではなく、メイドさんからも優しい笑みを向けられている。

 メイドさんのほうは私のことを初めての子なんだなと思っているのだろう。

 ええ、正解ですとも。簪が見ていたアニメにメイド喫茶あったけど、それを忘れていましたよ。

 

「はい、完成です♪」

 

 完成された絵は可愛らしいクマだった。熊ではない、クマだよ? 可愛いほうってこと。リアルじゃない。

 その絵の隣にはハートが描かれている。

 まさにメイド喫茶の代表的なオムライスだ。

 

「い、いただきます」

 

 私は食べようとするが、

 

「あっ、お嬢様お待ちください」

 

 と、メイドさんに止められた。

 

「今からもっとも~っと美味しくなるように魔法をかけます。私が『おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪ 萌え萌えキュン♡』ってやるので同じようにやってくださいね」

 

 メイドさんが言葉と身振りで教えてくれる。

 け、結構恥ずかしいだろうによくできるね。こ、これが噂の魔法の美味しくなる魔法か。また忘れていた。

 で、でも、ここでしないわけにはいかない。

 

「じゃあ、やりますよ♪」

 

 メイドさんが元気よく言う。

 

「「「おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪ 萌え萌えキュン♡」」」

 

 私は何とか羞恥を抑えてやりきった。

 私が羞恥から立ち直っている間にメイドさんはもういなくなっていた。

 

「詩織、真っ赤」

「だって、恥ずかしかったんだもん……」

 

 そんな私の手を簪が握ってくる。

 

「ほら、食べよう」

「うん!」

 

 私はさっそくオムライスに手をつけた。

 一口食べるが美味しかった。わざわざこう言うのはこういう店は可愛い女の子がメイドしているんだから、料理があまり美味くなくても別に良いよな。というか、女の子がメイドしていることが料理を食べているってことだよな、的なやつかと思ったからだ。

 これは結構いけるね。

 

「美味しい」

「もしかして……料理はそこそこだって……思って、た?」

「うん。ただ女の子を楽しむだけの店かと思った」

「言い方が……ひどい。それだといかがわしい店」

 

 まあ、この店を見ると男性のほうが圧倒的に多いけどね。

 ちらちらとこちらを見る男性客もいる。言っておくけど、私には恋人がいますからね! 決してかっこよかろうが、悪かろうがあなたたち男性には心が惹かれるということは絶対にありませんよ!

 

「はむっ、やっぱり結構美味しいね! 気に入った!」

「私も……ここが気に入っている。だから……ここに来るときは、大体この店に……通う」

「ここって結構有名?」

「有名。だから昼間は結構多い。今日は遅かったのと……偶然が重なって……入れた。いつもなら……並んでる」

 

 うわあ、そんな有名な店で食べていたのか。まあ、こんなに美味しいし、メイドさんがいるもんね。

 でも、他にもメイド喫茶があるけど、どう違うのだろうか? ちょっと気になる。

 私は簪と色々と話しながらオムライスを食べた。



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第88話 私たちの写真

 私と簪はほとんど同じくらいで食べ終わった。

 

「あ~、美味しかった! もう今度からここに来たときに食べる店は決まったね!」

 

 私は口元を拭きながら言った。

 この店は私のお気に入りの店に決定した。

 そうなったのはもちろんのこと今、食べ終わったオムライスである。私はこの料理に、この店のこの料理に惚れたのだ。

 燃費の悪い私だから味ではなく量が多かったから、なんて思われそうだけど、量なんていつも通りたくさん頼めばいいし、大盛りを頼めばいいだけだ。

 ということで私が量で気に入ったということが分かっもらったと思う。ちゃんと味で気に入っている。

 一方で簪のほうは、

 

「お、おかしい・・・・・・。量が三倍以上あった・・・・・・のになんで一緒に、食べて・・・・・・一緒に食べ、終わる、の?」

 

 と、私の食べるスピードに疑問に思っていた。

 いや、そう疑問に思わないでよ。私、普通に食べているだけなんだけど。別に早く食べてないよ! そんなに真顔で気にならないでよ!

 そうして帰る準備をしているとメイドさんが駆け寄ってきた。

 ん? 何?

 

「お嬢様! おめでとうございます!」

「ふえっ!? な、何が?」

「お嬢様が頼まれたオムライスにはある条件を満たすと特別なご褒美を差し上げるということです。条件は三十分以内に一人で食べ終わるということです」

「と、特別なご褒美・・・・・・」

 

 私は可愛らしいメイドさん言う『ご褒美』に反応してのどをゴクリと鳴らした。

 私が想像したのは裸にリボンを巻き付かせた恋人たち。恋人たちの反応は様々で、恥ずかしがる者、堂々と見せつける者。そんなみんなが『私たちがご褒美です。貰ってください』って言うのだ。

 も、もちろんメイドさんが言っているものがエッチなご褒美じゃないって分かっているよ。で、でも、こんなに可愛い子(私よりも年上)が言っているんだもん。は、反応くらいするよ。

 と、そのとき、私の手に痛みが走る。

 思わず声を上げそうになったが、目の前にメイドさんがいるということで、なんとか声を抑えた。

 痛みの原因は隣にいる簪だ。

 人が周りにもいるせいか、無表情だが、簪が怒っていることはすぐに分かった。

 きっとメイドさんの言葉に反応したからだ。きっと私が想像したものをほぼ正確に理解したのだろう。ただし、相手が恋人ではなく、メイドさんがご褒美になっていると勘違いしたようだけど。

 嫉妬だね。ふふ、全く可愛いんだから。私が身や心を許すのは恋人だけだもん。恋愛感情のない相手となんて考えないよ。

 私はこっそりと簪と手をつなぎ、指を絡ませた。

 それで少しは機嫌がよくなったようだ。

 

「それって?」

 

 またちょっと不機嫌になったみたいだけど、我慢して! 今は言葉にできないよ! いたっ、いたたっ!

 

「はい。複数ありまして、お嬢様がお選びください」

 

 メイドさんがご褒美の一覧が書かれた紙を渡してきた。

 ご褒美は結構な数があって、主に割引き券や物や『メイドさんと~』という券が並んでいた。最後のはメイド喫茶らしいものだ。だからもちろん最後のは料金がかかるが、ご褒美ではなくても体験はできる。

 う~ん、どれにしようか。

 メイド喫茶なのですべてそんなに高い価値(金銭的な意味で)というわけではない。

 

「じゃあ、これで」

 

 ということで選んだのは、メイドさんと一緒に記念撮影するというものだ。せっかくここに来たのだ。メイド喫茶でしかできないことをやろう。割引きや物なんてお金でどうこうできるものだ。写真は違う。その時その時の思い出という価値がある。その価値は金では買えない。

 

「分かりました!」

「あっ、あとこの子も一緒でもいいですか?」

 

 この子というのはもちろん簪のことだ。だって簪とのデートは初めてだもん。初デートの記念の品は必要だ。

 

「もちろん大丈夫です。お嬢様、記念撮影したいメイドを選んでください」

 

 メイドさんたちが私たちの前に並ぶ。みんな可愛い子たち(私よりも年上)いっぱいで迷う。

 しばらくエッチな目で見ながら考えた結果、

 

「じゃあ、全員で」

 

 と答えた。

 メイドさんたちは私の答えが予想外だったようで、一瞬キョトンとした表情浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。

 

「はい! お嬢様!」

 

 メイドさんたちはすぐに準備を始めて、私たち二人も立ち位置を決めた。もちろん場所は撮影専用の部屋だ。

 メイドさんたちは立ち位置を決めた私たちを囲むように立った。

 メイドさんに囲まれるなんて初めてのことなので、若干緊張する。隣の簪はそうではないみたい。やっぱりこういう体験はもう済んでいるのだろうな。

 

「お嬢様、今から撮りますね! にぱーって笑顔を見せてください」

 

 私は言われた通りにする。

 

「はい! オーケーです! 撮りますね!」

 

 そう言ってカメラを持ったメイドさんがパシャリと撮った。それから数枚撮られる

 撮られた写真はもちろんのことその場で貰えることになっている。

 受け取るまでちょっと時間がかかるので待つことになった。今、この部屋にいるのは私と簪だけ。

 

「メイドさん全員・・・・・・なんて、詩織らしい」

 

 簪が話し出す。

 

「そう?」

「うん、ハーレムを目指、している・・・・・・からね」

 

 まあ、確かに私らしい選択と言えば私らしい選択だ。ハーレムを目指しているから出せた選択肢だね。普通はきっと自分好みに合った子を選ぶのだろうけど、私は選ぶなんてできないもん。

 ハーレムはその必要がない。

 もちろん、誰でもなんてことはしないよ。ちゃんと愛せる子だけ。

 

「そういえば・・・・・・詩織。メイドさんに・・・・・・ご褒美って言われたとき・・・・・・何考えてた、の?」

 

 思い出した簪は不機嫌そうに言った。

 ああ、あの勘違いか。

 私は簪の手を握る。

 簪は逃げようとするが、私の手は簪を逃がさない。

 

「そ、そうやって・・・・・・して、も、ゆ、許さない、から!」

「うん? 許すって? もしかして簪はメイドさんの言葉に反応した私がした想像があのメイドさんたちといちゃいちゃだと思ったの?」

「・・・・・・そう」

 

 簪は顔をそらしながら言った。

 可愛い表情♪ そんな可愛い表情されると襲っちゃいたくなるじゃん。

 私はちょっと襲いたくなったが、なんとか我慢する。

 

「残念だけど外れだよ。私が想像したのって、メイドさんとじゃなくて、簪やセシリアたちとのいちゃいちゃだもん」

「!?」

 

 簪は自分が勘違いしたことに気づかされて顔を真っ赤にさせた。

 そんな簪を見た私は顔を簪の耳元に寄せると、

 

「私がね、いちゃいちゃしたい人は恋人だけだよ。絶対にこの体は恋人以外にエッチなことはさせない。だから簪が体を重ね合わせたいって言うなら、私は抵抗なんてしないよ。好きなことをしていいよ」

「わ、分かった・・・・・・から、み、耳元、で・・・・・・囁かない、で! へ、変な感じが、する! んぐっ」

 

 可愛すぎるかんざしにキスをする。舌までは入れないけど、長いキスをした。終わったとき簪はぼーっとしていて、キスの余韻を味わっているようだった。

 ちょっとやり過ぎた。

 それは簪がこうなったことではない。私のことだ。キスしたことで、その、欲求が高まってしまったのだ。

 は、早く夜が来ないかな。簪といちゃいちゃしたい。

 と、互いにキスでダメージを受けていると、

 

「お待たせしました、お嬢様!」

 

 メイドさんが元気よく入ってきた。

 幸いにも大きなダメージではなかったので、メイドさんに違和感をもたれることはなかった。

 メイドさんから受け取った写真はみんなが笑顔だった。

 うん、私の選択は間違ってなかった。メイドさん全員を選んでよかった。こっちの方が賑やかでいい。絶対に選んでいたら寂しいものになっていただろう。

 私たちはその写真を大事にしながら、店を出た。

 

「今度、恋人全員の写真を撮りたいな」

 

 先ほどの写真を見たらつい撮りたいって思った。

 だって私を中心に囲まれている写真ってハーレムって感じだもん。たった二人ではどうしても物足りないものがある。

 う~ん、でもただ囲まれるなんてだけも、ただの仲の良い友人に見えるから、何か工夫が必要だな。思いつかなかったら囲まれているだけでいいや。誰かに私たちは恋人なんですよって示すわけではないのだから。これは私が見ながらニヤニヤするものだから。

 

「ねえ、みんなは良いって言ってくれると思う?」

 

 隣を歩く簪に聞く。

 

「言う。少なくとも私とオルコット、は・・・・・・言う」

 

 二人が私のハーレムをほぼ受け入れてくれたのは、私のためだって言っていたっけ。

 

「ありがとう」

「・・・・・・別に礼は、いらない。詩織の恋人とし、て、当然のことを・・・・・・言ったまで」

 

 うん、本当に最高の恋人だ。こんなにされたり言われたりしたのだ。私も応えられるように頑張る。

 ただ一方的にするされるの関係なんて恋人や夫婦の関係ではない。ただの上下の関係だ。それは嫌だな。

 

「そういえば私と簪の写真ってどのくらいあるの?」

 

 もちろんのこと、二人きりで撮った写真はある。ただ学園から出られるのは二日だけなので、あまり数はないはずだ。

 そりゃ毎日撮ってもいいけど、ちょっと面倒くさいから。あと、似たようなものばっかりになるから。

 私は簪からの返答を待つのだが、全然来ない。

 あれ? そんな難しいものじゃないよね? 数もそんなに多くないはずだけど。

 私はちょっと強引に簪の携帯を奪う。

 

「あっ! だ、ダメ!」

 

 そう言うが、私は素早く簪の携帯にスティック型の機器を取り付けた。謎の機器を取り付けられた簪の携帯の画面は壊れたかのように乱れ、最終的にロック解除状態となった。

 私が使ったのはもう分かるとおり、ロックを強制解除させる機器だ。今のところ解除できないものは私のパソコンや端末だ。大統領しか開けられない? これを使えば関係ないよ。すぐに開けられる。

 まあ、そんな危険なものを私は簪の携帯を見るために使ったのだが。

 さてさて何枚かな?

 私は取り戻そうとしている簪から逃げながら見た。そして、動きが止まった。その瞬間に簪は取り戻す。

 

「か、簪?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 見られたものが私に見られていけないものだと理解している簪は何も言わない。無言で携帯を抱え込んでいる。

 現在、私たちがいるところは人気のない場所なので、暴れても問題はない。

 

「ほら、怒らないから何を撮ったか言ってごらん」

 

 自分の口からは言わない。

 

「……詩織の……写真」

 

 うん、そうだ。私が見たのは私の写真だ。

 

「そうだね。でも、ちょっと違うよね? どういう写真?」

「し、詩織が……寝ている写真」

「うん、そうだね。ただし、胸丸出しにされた私だけどね」

「…………」

「何か言うことは?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 簪の携帯に入っていたのはパジャマのボタンが外され、胸を露にさせられた私や寝ている私と簪がキスをしている写真だったりとちょっと危ない写真ばっかりだった。

 寝ているときにされた写真だったので、特に前者はあまり良い気持ちにはなれなかった。ちょっと怖く感じた。

 だって自分が意識のない間に色々とされちゃったんだよ。これが恋人以外からされるかと思うと……。

 一応、襲われる前に起きることはできるけど、こういう写真を見せられると怖くなる。

 

「いい? 別に私もやっているからやるなとは言わないけど、こうして写真に撮っちゃダメ! そんなに見たかったりキスしたかったら言ってくれたらちゃんとするんだからね」

「写真はダメなのに……やって、いいの?」

「? いいに決まっているでしょ。したいんでしょう?」

「し、したい」

「いいよ。だから、私の許可なしでこういう写真はダメだからね!」

「寝顔は?」

「……別にいいけど」

 

 は、恥ずかしいけど、さっきのとは違うので別にいい。私だって簪の寝顔の写真は持っているもん。誰もいないときにちらっと見たりしている。

 

「じゃあ、次に行こうか。今日は簪と私の時間だからね。夜までだよ」

「う、うん」

 

 最後の言葉の意図に気づいた簪は顔を赤くして頷いた。

 私はもうちょっと人気のない場所に移動した。裏路地ってやつだ。

 

「し、詩織?」

「キスだけだから。もっと先は夜だよ。いいでしょ?」

「で、でも、人が……来るかも……知れ、ない。見られるのは……嫌」

「大丈夫。私が気配を察知するから。それに監視カメラがあったとしてもちゃんと無力化してるから。やろう?」

「……分かった」

 

 私たちは路地に入り、凹んだ壁に体を入れた。これで簡単に私たちの姿を見ることはできない。

 入るとすぐに私は簪にキスをした。

 

「ん、んんっ」

 

 した直後から軽いものではない。もうそれはメイド喫茶のときにやったから。

 侵入させた私の舌は簪の口内を攻める。

 

「ん、んひっ!?」

 

 突然の衝撃が股間部分からして、思わず変な声を上げた。

 どうやら簪の脚がスカートの中に潜り込み、その、私の股間に刺激を与えたようだ。もちろんこれは簪の意思だろう。だって、脚を上手く動かして来るんだもん。これが自分の意思じゃなかったら驚きだよ。

 私は抵抗しようとするが、抵抗に集中した瞬間を狙われて、今度は逆に簪が舌をこちらへと入れてきたのだ。しかも、今いる場所が壁が凹んだ場所なので、狭いこともあり、簪にとって全力をこちらへかけることができるのだ。おかげで抵抗しにくい。



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第89話 私にナンパなんて、女になって出直しなさい!

「か、簪、だ、ダメ! そ、そんなところをされたら私……んっ」

「ぷはっ、別に乱れても……いい。快楽に……溺れ、て」

「そ、それは夜、んぐっ、でしょ?」

「ちゅ、こういうのは……別に一回だけじゃ……ない。何度やってもいい」

 

 簪は何度も何度もキスなどの刺激を与えてくる。

 抵抗も無意味なこの状況で、私の体の力はだんだんと無くなってくる。私は時折体をびくんと震わせながら簪にされるがままになる。

 

「ん、詩織は……何もしなくて……いい。されるがままで……いい」

 

 こうして簪に攻められるのは何度もだろうか? いつも最初は私が攻めだったのに、いつの間にか立場が反対になっている。

 

「ほら、見て。私の脚……濡れている」

 

 視線を落とせば、簪の脚は確かに濡れていた。これは私から出たものだ。ど、どこのかは言わない。

 私は羞恥で顔を赤くする。

 

「ね、ねえ、こ、こんなふうになったんだし、もう止めたほうがよくない? わ、私、これ以上されたら……が、我慢できないよ」

 

 下着が軽くダメな状態になっているが、ま、まだ何とか理性を保っている。

 でも、これ以上されて外だけど我慢できる自信がないのだ。他の人なんてどうでもいい、簪とエッチなことをすることが優先だってなるかも。だから、そんなことになる前に終わらせたい。

 

「よ、夜は長いよ。今はデートしよう?」

「言っておく、けど、誘ったのは……詩織」

 

 い、痛い所を突かれた。

 うん、私が止めようなんて言える立場ではない。誘った私が、ただ返り討ちにあっただけだもん。本来ならば簪が言う台詞だ。

 だから、止めるのは簪次第なのだ。私の意思はない。

 

「そ、そうだけど、や、止めて。夜いっぱいするから」

「……しかたない。続きは、夜、ね」

「う、うん」

 

 簪が私の肩に手を置きながらゆっくりと離れた。私の肩に手を置いているのは私の体の力が抜けているだからだ。

 私は簪に支えられながら体を整える。

 

「大丈夫?」

「だ、大丈夫。もうちょっと待って」

 

 私は簪の方に顔を埋めて、深呼吸をする。

 

「ティッシュ、使う?」

「使う。拭いて」

「じゃあ、寄りかかって」

 

 私は壁に寄りかかる。

 簪は手にティッシュを持って、私の前にしゃがむ。そして、私に私のスカートの裾を持ち上がらせて、行為の跡を拭いていく。

 とても恥ずかしがったが、簪が相手なので最初のころよりは慣れた。恥ずかしいのは分からないが。

 簪は足を伝っているものから下着まで拭いた。

 

「か、簪! し、下着まではやらなくていいよ!」

「でも、ここを拭かないと……同じことに、なる。ちょっと拭かないと……ダメ」

 

 恥ずかしがる私とは反対に、簪は淡々と拭く。先ほどのようなことがなかったかのようだ。

 私は簪に拭われながら、じっと待った。

 う~、どうして私がされる側なんだろう。私の予想では私が前世の経験を生かして、お姉さん的な感じで優しくやるつもりだったのに。

 もういつものことのようになっている立場。年上である(前世を含めて)私はどちらかというと慣れない恋人に優しく教えてあげたいのだ。それなのに簪は最初のときからもそうだったけど、私を攻めてくるのだ。

 いや、確かにいつも最初は私が攻めるけど、結局は反対になる、それが不満なのだ。

 べ、別に攻められるのが嫌というわけじゃない。ただ最後は私が攻めたいのだ。そして、簪は私の物って優越感に浸りたい。

 ならば最初に簪に攻めらせればってなるが、そうなると最初から最後まで簪のターンになるのだ。私のターンはない。ただ攻められるだけなのだ。

 

「終わった」

「……ありがとう」

 

 ことがことだけに礼を言いにくい。

 

「詩織」

 

 身なりを整えていると簪に呼ばれた。

 私は振り返る。

 

「ちゅっ」

「!?」

 

 振り向くと同時に簪の顔が迫ってきていて、キスをされた。

 ぐぐぐっ、ふ、不意打ちは、だ、ダメだって! さ、さすがの私も可笑しな反応しかできないから。

 

「赤くなって、可愛い」

「む、むう」

 

 か、勝てない。最近簪に振り回されてばっかりだよ。最初はあんなに――って、最初から勝ててない? あれ? 負けてた? い、いや、確か最初の最初は勝っていたはずだ。だ、だよね?

 私たちは最後に身だしなみを再確認した後、この場を後にした。

 したのだが、しばらく路地を歩いていると五人の男たちが私たちの行く手を塞いだ。

 男たちは私たちをニヤニヤといやらしい目で見てくる。どう考えても狭い路地を歩いた結果塞いでしまった、というわけではないようだ。完全に私たち、いや、私たちの体が目的だ。

 私はすぐさま生徒会長モードになる。

 私も女の子なので、怖いなんて思うことはあるのだ。だから生徒会長モードになって、その恐怖を抑える。

 私はすぐに簪の前に出て、簪を隠した。

 

「よお、俺たちを遊ばないかい?」

 

 男たちはまさにチャラいって感じで、そのうちの一人が私たちにそう言った。

 

「残念だけど、まだ行くところがあるの。あなたたちとは遊べないわ」

 

 というか、男と遊ぶなんて却下だ。女だったら考えたけど、男は無理。どんなにイケメンだろうが、無理。女になって出直して来い!

 

「まあまあ、そんなことを言うなって。絶対に俺たちと遊ぶほうが面白い。休日に友人同士で遊びに来ているんだ。彼氏、いないんだろう? だったらなおさら俺たちと遊ぼうよ」

「残念ながら私もこの子も恋人がいるの。だからどいてくれるかしら?」

「おっと、そうだったのか。それなのに彼氏と一緒じゃないなんてな。ひどい彼氏だぜ。俺ならそんなことはしないね」

 

 嘘つけ。どうせお前みたいなやつは、下手でも気遣いをしようなんてできないやつだ。それに本気で付き合うのではなく、遊びで付き合うんだろうが。

 私は心の中で悪態をつく。

 にしてもこんな場所で誘うってことは断れば確実にこの場で私たちの体で遊ぼうって狙いだ。はあ……これってどこの薄い本だろうか?

 

「まあ、彼氏がいてもいいや。どうだい? 俺たちは何も告げ口なんてしないから、別の男の味ってものを知りたくはないか? どうせ彼氏とはヤってんだろう?」

 

 全く、女の子に対してなんて下品なんだ。もっと言い方ってものがあるだろうが。前世のときだって私はそんな誘い方はしなかった。まあ、恋人なんて嫁さんが最初で最後だったんだけどね。

 私の中で低かった男たちの評価がさらに低くなった。

 う~ん、この状況からどう脱しようか? 一先ず簪だけは逃がしたい。いくら簪がある程度武術をやっていようとも、この数でこんな狭い場所ではその実力も完全に出すことはできない。

 私? 私は問題ない。だってこう見えても化け物ですから。男五人が相手でも、力で押し切ることができるし、この体は頑丈なので負けることはない。

 これは決して過信ではない。事実だ。

 

「どうせ遊びなんだ。一度きりなんだ。ずっと会うわけじゃない。だから浮気なんかじゃない」

 

 ひどい理論だ。一度でも別の人と関係を持ったらそれは浮気だ。私だったら許さないよ。むしろ遊びで他の人と関係を持ったということに一番怒るね。

 

「嫌よ。私は恋人以外と関係を持つ気はないの。この体を好きにしてもいいのは恋人だけって決めているの。だからあきらめて道を開けなさい」

 

 何度も言おう。この体を好きにしてもいいのは恋人だけだ。恋人以外なんかにこの体を好きになんてさせない。

 

「ちっ、こっちがせっかく優しくしてやるって言っているのに。しょうがない。おい! やるぞ!」

「「「「おう!」」」」

 

 さっきからしゃべっていた男の声に周りの男たちが声を上げる。

 あまり見たくはないのだけど、男たちの股間は大きくなっている。きっと私たちを犯しているところでも想像したのだろう。

 ちなみに簪の目は私の背中で固定させている。簪は知らなくて良いことなのです。

 

「いいの? 私、叫ぶわよ?」

「いいさ。叫べよ。この場所は叫んでも通りに声が響くことはないんだぜ? 知らないだろう」

 

 うっ、まさかそんな所だったとは。はったりという可能性も考えたが、男たちは焦った様子はないし、距離も空いているので本当のことだと思う。

 やはり男たちを倒して逃げるしかないか。

 でも、その前に簪だ。簪を逃がさなければ。

 

「簪、全力で動ける?」

「む、無理」

 

 簪の声は震えていた。やはりこの状況に恐怖を感じているようだ。

 幸いにも後ろが空いている。多分女だからって走る速さを甘く見ていたせいだろう。

 だから簪に先に行かせて、私がここに残る。うん、これがベストだ。いくら簪が恐怖で上手く走れなくても、私がここでこいつらをボコボコにしていれば逃げられるはずだ。

 ただ不安なのは待ち伏せをしていないかってことかな。

 

「簪、後ろへ逃げるよ。簪は私のことは気にせずに逃げて」

「詩織は?」

「こいつらを片付けて後で行くから」

「だ、ダメ!」

 

 まあ、この人数だからね。いくら私が強いと知っていても、普通は勝てるなんて思わない。簪が見たのはセシリアと一夏との試合だけだもん。

 

「信じて。荷物置き場で会おうね」

「……分かった」

 

 私が合図を出して簪は駆け出した。

 もちろんのこと簪も目当てのやつらは追いかけようとする。

 

「ここは通さないわ」

 

 そう言って私は道を塞ぐ。

 男たちの判断は早くて、簪を追いかけるのを止めた。

 

「ちっ、逃げられたか。おい! このままじゃ人を呼ばれる。さっさと気絶させて運ぶぞ! 幸いにもあっちよりも上玉が残ってくれた」

 

 男たちはじわじわと私との距離を詰めてくる。もちろんニヤニヤしながら。

 一応、正当防衛にしたいから、向こうが襲ってくれるまで待とう。

 待っていると一人の男が私へ向かって手を伸ばしてくる。その手は私の手だ。

 とりあえず両手を押さえて、私の抵抗を抑えるってところか。

 その男の手は私の手を掴む。

 避けられたけど、避けたら未遂になるかなって思ったのでね。だから掴ませた。

 

「へへっ、気持ちよくしてやるから大人しくしていろ」

 

 ふんっ、自分だけが、だろうに。

 まあ、とりあえず正当防衛だね。手を出しただけではなくて、言葉でもね。

 

「残念ながらあなたたちと気持ちよくなんてならないわ」

「何――をっ!?」

 

 男が言い終わる前に私は反対の手で男の手首を掴んで、男を回転させた。

 ん? 合気道? 違う。これは相手の力を使わず、自分の力だけでやったのだ。こう、ぐりっと。私だからできることだね。

 無理やり体を回転させられた男は体を地面に叩きつけられ、そして、手首を痛めた。

 まあ、無理やりだから下手をすれば手首を痛めるだけでは済まなかっただろう。よかったねと言ってやりたい。というか、感謝しろ。

 

「な、なにしやがるんだ!」

 

 見ていた男が叫ぶ。

 

「何を言っているの? あなたたちは私の体を犯すんでしょう? 私は犯されたくはない。なのに抵抗しないなんてありえないじゃない。もしかして抵抗されずにって思ったの? だったら大間違いよ」

 

 私は最後のトドメに腹を踏みつけた。も、もちろん手加減はしている。うげえっとか言っているけど、腹に衝撃がきたからだから。ち、血も吐いてないから内臓も大丈夫。

 

「な、なんて女だ」

 

 そのせいか襲ってきたやつらが引いていた。

 

「多少傷がついても構わない! とにかく捕まえろ!」

「ちっ、綺麗なままで楽しみたかったのに!」

 

 男たちは私を殴りにかかる。

 まず一人目が私の顔面へ向かって殴ってきた。

 私はそれを当たる直前に避けて、逆に顔面を殴ってやった。カウンターってやつだ。

 私のパンチは軽くだったが、相手が私を思いっきり殴ってきたため、威力はより大きくなった。

 

「がふっ」

 

 悲鳴がしたが、私は次の相手を見ていた。

 私はそこから裏拳で次の相手の側頭部を殴る。

 殴られた男は私の拳の威力で路地の左右の壁に叩きつけられる。

 結構な威力だったので、気絶していなくてもすぐには立ち上がることはできないだろう。どちらにせよ無力化。

 これで残り三人。

 三人目がこちらに来ようとしていたが、倒された二人を見てすぐにバックした。

 

「武器を使え!」

 

 犯すどころではなくなったとようやく気づいたのか、武器を出してきた。三人が出したのはナイフだ。刃渡り約十センチほどだ。

 おい、完全に殺す気じゃん。シャレになんないんだけど!

 私の警戒度はさらに上げる。

 

「あら、女相手に武器を使うのかしら? 素手じゃないの?」

 

 いくら私が武器相手でも勝てると言っても、やっぱりあるよりはないほうがいいだろう。安全第一だ。

 

「男二人を一瞬で倒す相手に武器なしなんて無理だろうが」

「俺たちだってやられるなんて嫌だからな」

 

 そっちは私を性的に襲おうとしていたくせいに。何がやられるのが嫌だ、だ。

 私はちょっとムカついて、ちょっと本気を出す。手前にいた、つまり三人目の懐に入り込み、掌底を放った。

 男の体は一瞬宙に浮く。

 私はその瞬間を見逃さず、浮いた体に蹴りを入れた。

 男は蹴り飛ばされ、残りの二人のうち一人を巻き込んで壁にぶつかる。

 スカートだけど気にしない。

 

「は、はは、おい、どこの漫画だ? なんで人が飛ぶんだ? あ、ありえねえよ」

 

 最初に喋っていた男は構えることもなく、ただ呆然と言う。

 

「世の中には化け物って呼ばれる人間がいるのよ」

 

 私はそう言って、最後の男も無力化した。



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第90話 私が与える生と死の選択肢

 私の周りには襲ってきた男たち五人が転がっていた。気絶している人と、気絶していないが痛みで立てない人だ。

 こいつらが持っていた武器はもちろん没収している。

 

「さて、リーダー格のあなた。あなたたちには二つの選択肢があるわ」

 

 私がこうしてこいつらに話しているのは、簪が無事に目的地に着いたからだ。

 どうやら待ち伏せはなかったようだ。

 

「ぐううっ、せ、選択肢だと?」

「そうよ。これからこういうことをせずに生きるか、社会的に死ぬか」

 

 こんなやつに選択肢を与えるなんてそもそもありえないのだ。感謝してほしいものだ。

 

「社会的に、死ぬ? どういうことだ?」

 

 おっと確かにどういうことか分からないね。ちゃんと説明しないと。

 

「別に犯罪者となるから、という意味ではないわ。それも社会的に死ぬってことなのだけど、私の言う社会的に死ぬっていうのは戸籍を消すのよ。もちろんあなたが学校に通っていたっていう記録も。つまり、あなたは過去がありながら過去がない者になるってことよ」

 

 それは自分の存在を示すものであり、それがあるからこそ就職や免許などを受けることができるのだ。

 そんな戸籍を全て抹消するのだ。男たちはまだ十代後半から二十代前半とまだ若い。この歳で戸籍がないのは相当不便なことになるだろう。

 

「ああ、もちろん消えたからってもう一度手続きをしようなんてしても無駄よ。その度に消すからね」

 

 まあ、これに関してはちょっと難しいところがある。偽名だったらさすがに抹消するのに時間がかかるもん。顔写真があったら一番楽なんだけどね。

 

「で、できるわけがない! 戸籍だぞ? セキュリティがある!」

「バカね。セキュリティがあっても突破することくらいできるわ。セキュリティ(イコール)絶対に安全というわけではないのよ。多少安全と言ったところね」

「た、たとえそうでもお前にできるわけがない! はったりだ!」

 

 まあ、こんな小娘ができるようには見えないよね。私も私と同じくらいの子がそう言ってきたら疑うね。

 だから、目の前でみせてやろう。そうすれば誰だって信じる。

 私は携帯を取り出す。

 実はこの携帯、私が作りました! なので、普通にはできないことができたりする。例えばこれでパソコンにハッキングできたりする。もちろんケーブル接続のみのコンピュータ相手でも可能だ。ケーブル接続もできる。それにやろうと思えば、ほら、駅とかにある、改札をかざしてハッキングして、入ることができる。

 結構すごい携帯なのだ。こんなものを日常的に使っていいものじゃないやつだよ。

 ああ、もちろんのこと、こいつは私以外は使えないようにしてある。この携帯に対してハッキングもできないよ。

 

「これ、見て。あなたの情報よ」

 

 こいつらの名前は武器を没収したときに財布も取っておいたので、それで知った。

 

「……だからなんだ」

「これってどうやって手に入れたと思う? あなたの言うセキュリティを突破して取って来たのよ」

「う、嘘だ!」

「嘘じゃないわ。逆に聞くけど、どうやってこのような個人情報を手に入れたのよ。戸籍じゃなきゃ、手に入れられないわ」

 

 男はどんどんと顔を青ざめていく。

 どうやらようやく理解したようだ。

 

「さて、このあなたの戸籍、どうしようかしら? 私には消すこともそのままにすることもできるのだけど」

「お、脅すのか!?」

「? 当たり前じゃない。あなたは未遂とはいえ、犯罪者よ。なんで犯罪者に容赦しなければならないの? それに私は無理なことを言っているわけではないわ。ただこういうことをするなと言っているのよ。難しくはないわ」

 

 私のやっていることは過激すぎるのかもしれない。

 だが、こいつらは簪を怖がらせたのだ。許すわけにはいかん。簪、絶対に今も震えているよ。もしかしたら泣いているかもしれない。

 うん、やっぱりこいつらにはこれで十分だ。

 

「さあ、答えを聞かせてちょうだい。戸籍を抹消されるか、心を変えて生きるか」

「……時間は?」

「ないわ。さっさと決めなさい」

 

 これはそういう遊びじゃないのだ。じっくりなんて考えさせない。さっさと決めろ。

 選択肢を与えてやっただけありがたいってさっさと分かれ。

 早く簪の所へ行きたいって思って、ついイライラしてしまう。

 

「…………」

 

 だが、そんな私のイライラに気づかないこの男は無言のままだ。

 ああっ、もう!

 心の中でそう思ったと同時にドガンッという何かが砕けた音が響いた。

 

「ひいっ!?」

 

 つい思いっきり地面を踏みつけてしまい、地面のコンクリートが砕けたようだ。

 

「言わなかった? さっさと決めろ。それとも何? 分からなかった? なら分かりやすく言うわ。死ぬか生きるか。さあ、選べ」

「い、生きる! 生きたい!」

 

 男は必死になってそう言った。

 その姿に襲ったときのような威勢はない。ただ必死になる惨めな男の姿だ。

 

「で、他は?」

 

 その後、他の男たちもリーダーの男と同じように必死に同じように答えた。

 それから男たちを開放した。

 開放した後はすぐに簪のもとへ向かう。

 

「簪!」

 

 私は荷物置き場に入った。

 荷物置き場の電気は消えており、小窓から灯りのみが部屋を照らしていた。

 

「し、詩織?」

 

 部屋の隅からその声は聞こえた。

 そこを見れば涙を流す簪がいた。

 私はすぐさま簪のもとへ駆け寄り、簪をぎゅっと抱きしめた。

 

「そうだよ。私だよ。大丈夫だからね。あいつらはちゃんと追い払ったからね」

「ふぐっ……んぐっ……し、詩織……怖、かった……ぐすっ……本当に、怖かった!」

 

 安心した簪は声を上げて泣いた。

 私はそれを優しく優しく落ち着くようにと頭を撫でてやった。

 簪はISの代表候補生であり、武術をやっているとはいえ、まだ十代の女の子だ。先ほどのように襲われたりしたら、恐怖に震えるただの無力な女の子なのだ。

 私? 私は違うよ。私は簪たちとは違って、長いこと生きてきたからね。それに男だった。だから簪ほどではない。

 どのくらいそうしていたのかは分からないが、外は、傾いていた太陽はすでに見えなくなっており、人工的な光が照らしていた。

 夜となったが、人の声がまだ聞こえる。 この街は夜も賑やかだ。

 

「落ち着いた?」

 

 簪はこくりと頷いて答えた。

 

「じゃあ、帰ろっか」

 

 今日は身体的な疲れよりも精神的な疲れがひどいはずだ。今日はもう帰ったほうがいい。

 簪、大丈夫かな? トラウマとかになってない? なっていたらどうしよう。男相手にトラウマっていうのは、女の子大好きな私には都合がいいことなのだけど、だからといって喜べるわけがない。トラウマって心の傷だもん。

 うう、どうなんだろう? トラウマの治し方なんて知らない。そんなことになっていないと良いけど。

 

「いや、まだ……帰りたくはない」

 

 精神的なことを心配してのことだったが、簪は拒否した。

 

「え!? な、何を言っているの!? 簪、今日は止めておいたほうがいいよ!」

「いや。まだ買っていないものだって……ある」

「そうは言っても、デートはいつでもできるんだよ。だから、ね?」

「だから、嫌。私は……今日が初デート。最後がこれは……嫌、だ」

 

 そう言われるとそうだ。今日のデートは簪との初めてのデートだ。それなのに最後があんな思い出なんて嫌だろう。

 

「ダメ?」

「……だ、ダメじゃない」

 

 ダメなんて言えるわけがない。

 私だって初デートの思い出は最高のものにしたいもん。あんな男たちから襲われるのが初デート最後の思い出は嫌だ。

 そういうことで、再び夜の街へ出向いた。

 もちろんのこと私は簪と手を繋いでいる。ただ、違うのは恋人繋ぎを堂々としていることだろうか。

 先ほど、というか、もう結構前なんだけど、怖い思いをしたからね。他の人にどう思われようがかまわない。恋人だと思われても、本当のことだもん。

 

「どこ行くの? もうこんな時間だから、あまり行けないと思うけど」

「もうすぐ。それにすぐに……終わる、から」

 

 行き着いた場所はコスプレ用の服を専門とした店だった。

 あっ、そういえば、私のメイド服を買うんだったっけ。忘れてた忘れてた。

 店のショーウィンドウにはマネキンがコスプレをしたものが飾ってあった。もちろんカツラも被せてある。

 へえ、現実だとこうなのか。

 ちょうどショーウィンドウに簪と見たアニメのコスプレがあった。

 やっぱり現実で見るとなると結構な違和感がある。やはり二次元は二次元だ。現実にするのは難しいね。

 初めて見るコスプレをじーっと眺めていると、簪に手を引かれる。

 

「詩織、いつまでも……外に、いない。中に入、るよ」

「ごめんごめん。初めて見るから」

「ちなみに……中はもっとある」

 

 中に入ると簪の言葉通り、コスプレ用の服やらアクセサリーやらカツラやらが多く売ってあった。周りをぐるりと見回してもコスプレ関連のみだ。

 

「メイド服ってどこに売っているの?」

「こっち」

 

 本来ならばゆっくりと見回るはずだったのだろうが、今回はあのようなことがあったので、目的地まで一直線だ。

 着いた場所は確かにメイド服が置いてある場所であった。ただ、どういうことか種類が多かった。

 あ、あれ? なんでこんなに多いの?

 てっきりサイズやスカートの丈などが違うだけのメイド服が並んでいるんだろうなと思っていた私は、種類の多さに驚いていた。

 ま、まさかこんなに種類があるとは……。

 

「結構種類が多いね」

「メイド服は……作品によって……違ったり、す、るから。それに色も」

 

 確かに色も黒と白の標準だけではなく、ピンクなどの鮮やかな色のメイド服もあった。

 

「これは詩織が着る、から、詩織が決めて……いいよ。どれがいい?」

 

 そう言われたので、もちろんのこと標準(白黒)でいい。

 コスプレ専門の店ではあったが、スカートが脚を隠すほどの足首まである外国のメイド服もあった。

 私はデザインなどを見て、一着選ぶ。

 

「これ!」

 

 選んだのはスカートの丈が足首まである、外国のメイド服だ。

 ちなみにこれから暑くなるので半袖だ。

 冬のは冬に買う。

 

「スカートの丈、長い、ね。なら次は、短い、の」

 

 続いてスカートの丈の短いのを選ぶ。

 うわっ、このメイド服のスカートの丈、短すぎない?

 私が手に取ったのはスカートの丈が膝よりもはるかに上のメイド服だった。正直、激しい動きをすれば簡単にスカートの中身が見えるほどだ。

 

「それ?」

「ち、違うよ。ただ目に付いただけだから」

「でも、悪いデザインじゃ……ない。良いと思うけど」

 

 まあ、確かにスカートの丈以外は結構いいデザインではある。

 でも、私も恥じらいを持つ乙女である。こんなスカートの下が見えてしまうものを履きたいとは思わない。

 いや、もちろんパンツの上から何か履けばいいというのは分かっている。

 それでもスカートの中身を見られるのは抵抗があるのだ。

 

「で、でも、これ、短くてエッチィもん。嫌だよ」

「なら別に良いと思う。どうせ見るのは、恋人だけ。ダメ?」

「……ダメじゃない」

 

 恋人にエッチなことをされるということに興奮を覚える自分がいる。

 あ、あれ? この思考ってやばい? だって、これって完全に受け身だけね? 攻める側じゃなくて、攻められる側だよね?

 思えばメイドをしろって言われたときに妄想――じゃなくて、想像したときもそうだった。想像のときくらい私がご主人様でいいはずなのにどうしてかメイドのほうだった。それに私はうれしそうに想像していた。

 こ、これって……。

 否定したいと思ってたことが、段々と否定できなくなっていた。これは私が表では攻める側であると信じていたが、裏では攻めるのではなく、攻められる側がいいということの表れなのだろうか。

 

「? どうした、の?」

「ね、ねえ、その、さ。いつもエッチのときって、私って攻める側? 攻められる側?」

 

 も、もちろんエッチと言っても本番の一歩手前だ。本番はまだ先だよ。

 聞いたのは他人からの意見を聞こうと思ったからだ。……ただ他人からの意見を聞いたことでどちらなのかが確定するが。

 

「攻められる側」

 

 簪は疑問系ではなく、断言して言ってきた。

 き、聞きたくなかった……。

 自分で聞いておきながらそう思った。

 

「ほ、本当に? せ、攻めるほうじゃなくて?」

「本当に。多分、みんな言う」

「うぐっ」

 

 さらに追い討ちをかけるように他の恋人も同じ意見だと言われた。

 これで私が攻められる側だと理解した。

 それから私はメイドに必要なものを全てを買った。

 まあ、私みたいな可愛い子がメイド服を買っていたので、周りからの視線がいやらしかった。きっと私のメイド姿でも想像しているのだろう。もしかしたら、私が奉仕をしているのかもしれない。

 そんな視線を感じながら店を出た。

 今日のデートはこれで終わりだ。

 簪が怖い思いをしたというのもあるが、時間がないというのも理由だ。荷物だが、結局配達してもらうことにした。新幹線で来たので、荷物が邪魔になるから。

 そうして、新幹線で帰ってIS学園に帰る前に夕食を取って、IS学園へ帰った。



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第91話 私の初めての前に

 自分の部屋に戻るとやはりセシリアの姿はなかった。

 

「それじゃあ、風呂に入ろうか」

「ん、なら私が……最初に入る」

 

 いつもできるだけ一緒に入るはずなのに、どうしてか簪が一人で入ると発言してきた。

 も、もしかして、男たちに襲われたからそれで?

 簪のいきなりのことに私は不安になった。

 

「ど、どうしたの? いつもは一緒に入っていたよね?」

 

 最近はセシリアがいて、一緒に入るのは順番になっていた。それで簪もセシリアも承諾したはずだ。そういえば今日はセシリアと入る日だった。それ? でも、二人とも独占欲はあるので、いつもの簪なら喜ぶはずだ。

 や、やっぱり襲われたから?

 そう不安になっていると簪が口を開く。

 

「そ、その、今日はエッチを……する、日」

「!!」

 

 簪が顔を赤くしながら言い、それを聞いた私も顔を赤くした。

 

「す、する?」

 

 私が聞くと簪は頷く。

 

「じゃあ、ベッドに――」

「待って」

 

 自分の服に手をかけながら、ベッドへ行こうとしたら簪に止められた。

 

「もしかして、だけど、勘違いして……る?」

「? 勘違いって?」

 

 私は別に勘違いしていないはずだ。今からするのは恋人同士の夜の営みである。

 これは簪が言い出したことであり、今もそう言った。

 それに対して私は用意をしようとしただけだ。

 ここまでに何か間違いはない。いつも通りの行動をしたまでだ。

 

「今日する、のは……ただのエッチじゃ、ない。た、互いの処女を相手にあげるエッチ」

「!?」

 

 あまり言葉に私は驚愕する。

 だ、だってそれって本番ってことだもん。てっきりいつものようなエッチかと思ってた。

 

「い、嫌だった?」

 

 簪が不安そうな顔をしてくる。

 しょ、正直に言うと嫌ではない。ただ本番はまだまだ先のことだと思っていたのだ。だ、だって恋人になってまだちょっとしか経っていない。女の子にとって初めては大切だもん。もっと時間がかかるかと思っていた。

 だ、だから私の心の準備ができていない。

 

「い、嫌じゃないよ。うれしい。た、ただ心の準備ができていないから……。こ、今度は?」

 

 つい弱気になってそう提案する。

 

「ダメ。今日が、いい。今日、本当に……抱いて欲しい」

 

 今日のことがあるので、これ以上もうちょっと待って欲しいなんて言えない。

 だって、簪は怖い思いをしたんだもん。最後のちょっとした買い物だけでその気持ちが晴れるわけがない。ちゃんと体を重ねたほうが上書きできるのかもしれない。

 うん、いつかはやるんだ。それが今日というだけ。それに今はもうちょっと先とか言っているけど、前は近いうちって言ってたじゃん。

 まあ、もうちょっと先って言ったのはへたれたからなんだよね。

 

「分かった」

 

 私は覚悟を決めてそう言った。

 

「今日、簪を抱くよ。今までのようなものじゃなくて、本当に抱くからね」

「うん!」

 

 簪はうれしそうに頷いて言った。

 あ、あまりそうやってうれしそうにしないで! こ、事が事だから恥ずかしい……。

 

「じゃあ、風呂に入って……くる」

「えっ? 汗かくことをするのに入るの?」

「あ、当たり、前。汗とかかいたし、初めて……だから綺麗にして、したい」

「分かった。でも、私も一緒でいい?」

 

 この流れだと私も風呂に入るってことだよね。だったら一人ずつじゃなくて一緒に入ったほうが良いと思う。

 だって、これって絶対に待つことになるよね? めちゃくちゃエッチなことがしたいから早くできるようにと言っているわけではないのだが、待つ時間は緊張でいっぱいになるのだ。

 だったらその時間を少しでもなくしたい。

 

「そ、それだったら……意味がない。きっと風呂場で……しちゃう」

 

 うぐっ、ひ、否定できない。

 

「だから、一人ずつ」

「で、でも、緊張しちゃうよ! そんな状態で待つなんて無理だよ!」

「わ、私だって……同じ。き、緊張、してる。だから詩織も我慢、して」

 

 こうして一人ずつ風呂に入ることになった。

 最初に簪が入ることになり、私はベッドの上でシャワー音を聞きながら待っていた。

 ベッドの上で座って待つ私は、緊張で落ち着かなくてそわそわしていた。

 

「つ、ついに初めてを迎えるんだ……。し、しちゃんだ、簪と」

 

 いくら前世があると言っても、女同士は初めてだ。それゆえに初めての緊張がある。それに今回は前世とは違って、奪う側じゃなくて、奪われる側だ。痛いって聞くので、ちょっと怖いというのもある

 うん、やっぱり私ってもう女の子だ。前世がいくら男でも今は女の子だもん。

 どうしても私は前世と今を比較する。やはり前世があるからか。

 私はベッドに大の字になる。気持ちよくてちょっと眠くなった。このまま寝ると朝まで寝ちゃうので、再び起きる。

 しばらく緊張をなくすために心を落ち着かせていたら、そこにパジャマ姿の簪が出てきた。

 なぜか前のボタンをしていなくて、素肌が見え隠れする。

 簪の顔は妙に顔が赤い。風呂上りだからという理由だけではない。

 

「上がった」

 

 簪はそう言って、私の隣に座った。

 いつもよりもちょっと距離があるのは、しばらくして始まることのせいだろう。互いにそれを意識しているのだ。

 

「詩織、風呂に入って」

「うん」

 

 私は風呂場へと向かった。

 私は体を全て洗い、シャワーを浴びる。

 風呂場にある鏡を見ると、やはりそこにいるのはとても可愛くて美人な月山詩織の姿。まだ誰にも純潔を捧げていない綺麗な体。この綺麗な体を簪に捧げるのだ。

 綺麗なものをそうでなくする。それは確かに興奮するものだ。特に月山詩織という最高のものをそうするのは。

 時々思うけど、双子だったらな、なんて思う。そうしたらたくさん可愛がっていただろうな。そして、初めてをもらって捧げていた。だって、月山詩織がこんなに可愛いんだよ! 双子だったらまず最初の恋人になっていたよ! 血は繋がっているけど、子どもを作るってわけじゃないからね。問題ない。

 まあ、可愛い従姉妹ならばいるんだけど、妹として扱ってきたからねえ。私はともかくあの子がねえ。

 立派な姉として見せてきたから、それを崩したくはない。多分、告白した瞬間に私、あの子に失望されると思う。それは嫌だな。しかも親族だから会う度に……。

 そんなことを考えて風呂から出た。

 選んだパンツはちょっとセクシーなものを選んだ。パンツを選んだ後はバスローブを着る。

 バスローブはどの部屋にもあるものだ。これならば脱がすのも簡単なのでいいかなと思った。

 準備が終わった私は簪の元に。

 

「上がった……みたいね」

「うん」

「その下、見せて?」

 

 もちろんそれはバスローブの下だ。

 

「し、下着だよ。見せるのは、も、もうちょっと後で……」

 

 私と簪、どちらも風呂から上がったということは、それはもうエッチの開始であると捉えられてもしょうがない。

 だから、本当は見せるものなのだが、その、心の準備がまだできていない。先ほど、固まったはずなのだが、いざ本番! となった途端に揺らいだのだ。時間があいたからだろう。

 くっ、へたれめっ!

 

「ん、分かった。なら、何か見る?」

 

 あっさりと簪はそれを了承してくれた。

 見るのはもちろんアニメだった。

 ただ、今回の私はいつものように寝転んで見るのではなくて、簪の足と足の間に座って見ている。

 これはバスローブ姿の私を思ってのことだ。寒くないようにとこうしてくれた。

 いつもはされる側なので、新鮮な気分だ。背中に簪の小さな胸が当たって温かい。最近暑くなってきているが、まだ夜は寒い。

 

「うひゃっ」

 

 何話か見て、エンディングに差し掛かった時、簪から胸を揉まれた。しかも、バスローブの布と布の間に手を入れて生で。

 

「な、何?」

 

 こう言っている間にも簪は胸を揉む。

 

「もう、いい? 私、したい」

 

 簪の顔には我慢できないと書いてある。

 私はぐいっと後ろに体重をかけた。

 普通ならばただ体を預けただけなのだから、何も起こらないのだが、こういう雰囲気である。

 体重をかけた瞬間に簪は後ろに倒れた。

 

「それは……了承?」

「言わなくても分かるでしょう?」

 

 簪のおかげで緊張もなくなった。

 まあ、はっきり言うとアニメ見たので、エッチのこととか覚えてなかったと言うのが正しいが。つまり、現在、勢いである。

 それを自覚しているのだが、これで良いと思う。どうせ覚悟とか決めてたら繰り返しになるだけだもん。

 

「でも、しちゃう前に確認させて」

 

 これからすることは女の子にとって大切な瞬間である。故に聞いておきたいことがある。

 

「本当に最初の相手が私でいいの?」

「? どういう、意味?」

「その、処女を女である私にあげてもいいのってこと」

「そんなの――」

「私も簪もまだ十代。まだまだ若い」

 

 簪の言葉を無視して続ける。

 

「若いってことは色々とやりたくなるもの。例えば、遊びでただかっこいい人と恋人になったりとか。何が言いたいのかって言うと、このまま本番はせずにいつも通りのエッチでもいいってこと。初めてはもっと大人になってからできた恋人にもらってもらうってこと。つまり、夫婦になる人が初めてってこと」

 

 こう言っている間に簪が怒りの顔になっていくのが分かる。

 しかも、簪の上に私が乗っている形なので、その顔が間近で怖い……。

 で、でも、私は言う! 初めては人生の中で一回だけだもん。だから言うもん!

 

「ふざけないで! 私は……本気で詩織が好き! 詩織が言っていること、は……正しいって分かる。でも、それでも、私の想いは本気。私はこれからも……詩織と一緒にいる。これは一時の迷いじゃ、ない!」

 

 それを聞いて涙が出てくる。

 もちろんのこと、私は恋人たちのことを本気で好きだ。そう言いきれるのは、前世の経験があったからこそ分かるものだ。

 でも、簪たちはまだ若くて、今回が初めてのことだ。その思いが私のような本気の愛とは限らないのだ。一時的な別の思いということだってあるのだ。

 だからこのように言った。

 

「何を思って……言ったのか知らない、けど、私、前に言った。私の夢は詩織の、嫁。私は詩織と、結婚する。もちろん、それが幸せばかり、ってことじゃ……ないって分かって、る。でも、詩織といたい。だから、もう二度と似たようなこと、言わない、で。今も怒って……いるけど、次はもっと怒る。いい?」

「うん、ごめんね。そして、ありがとう。私もずっと一緒にいる。放さないから」

 

 私はうれしくて涙を流しながら言った。

 ああ、本当に本当に私は幸せだ。

 しばらく泣いた後、私はエッチな気分になっていた。

 まあ、雰囲気の流れで行くって言ったんだけど、あんな話をして簪にああ言われたんだもん。心の準備だって整っちゃうよ。

 

「か、簪、しよう?」

「する気に、なった?」

「……うん」

 

 そう言うと、再び簪が私の着ているバスローブの内側に手を入れてきた。

 現在、私は簪の隣に横になる形だ。さすがに簪の上に乗っかったままというのはやりにくいからね。

 

「詩織の、やわらかい」

「んっ、いつも言うね」

「だって事実。私のは……小さいから、分から……ない」

「た、確かに小さいけど、簪のもやわらかいよ」

 

 私は簪のパジャマの上から簪のおっぱいを触りながら言う。

 うん、やわらかい。別に簪はないってわけじゃないよ。その、ただ小さいだけだ。

 私の新しい候補の鈴は、そのないほうに含まれるかな。あっても微妙にあるってところ。簪のほうがある。鈴はまさに『ロリ』って言葉が相応しい体をしていたな。

 まあ、なぜ知っているのかって言うと鈴とのスキンシップのせいだ。

 

「むっ、詩織。今、別の女のこと……考え、た?」

「か、考えてないよ?」

「嘘。悪い子には……お仕置き」

「ふえっ? んんっ」

 

 簪がおっぱいの先を指で摘んできた。お仕置きということで強く摘まれたのだが、痛いとともに快感が生まれる。

 

「やっぱり、痛いのが………好き?」

「あんっ、ち、違うもん! こ、ここは、気持ちよくなるところだからだもん!」

「でも、いつもと違って……優しくじゃ、ないよ? ぺろっ」

「んひゃっ!?」

 

 今度は簪がその先の部分を舐めてきた。

摘ままれるときと違って、痛みはないが、ぞくぞくとしたものが這い上がる。

 

「ん、んんっ……んはあっはあっ」

「もう、息切れ、してるね。声、抑えるから、だよ? もっと、声上げて……いいよ。いつもみたいに……出して。はむっ、んちゅ」

「うにゃあああああっ」

 

 舐めた次はカプリと口に含まれ、さらには吸われてしまった。その刺激で私は思わず声を上げる。

 

「あむっ、んちゅ、ちゅう、んっ」

 

 簪は私のを夢中で吸う。

 吸われていないほうは簪の手があり、それが巧みに私の勃起したおっぱいの先を刺激する。

 私と恋人になってやったときよりもその動きは洗練されている。もちろん動きだけではない。私と何度もしたことにより、どの程度の刺激がいいのかも熟知しているので、より高い刺激を与えてくるのだ。

 もちろんのこと、恋人の中でもここまでできるのは簪だけ。これも簪と一番エッチなことをしているからだ。



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第92話 私の初めては激しい

「そ、んなに……んっ! せ、攻めない、で! そ、れに……んあんっ、吸っても、んぐっ、あんっ、やんっ、何も出てこないよ!」

「ちゅう、ぷはっ。それって……吸うんじゃ……なく、て……舌を使って欲しいって……こと?」

「はあっはあっ、えっ?」

 

 与えられる刺激によって頭が真っ白になっていた私は、自分が何を口走ったのか覚えておらず、さらに簪が何を言ったのか聞こえていなかった。

 だから吸っていたはずの簪が、いきなり舌で刺激を与えることに切り替えてきたときは、再び甘い声を抑えきれずに出してしまった。

 

「そう。そうやって……声を出し、て」

「出したく、ひゃんっ!? い、いきなり強くしな、んっ、いで!」

「いきなりも、何、も、今はエッチの……時間。普通のこと、だよ?」

「そう、だけど……ん、んんっ」

 

 私は最後まで喋ろうとするが、簪の刺激のおかげで詰まり詰まりになる。

 というか、やっぱり私って攻められる側だ。

 だから、私もやり返そうともう一度手を簪のおっぱいへ持っていこうとする。

 だが、その手を簪に止められた。

 

「詩織は……まだ、何もしなくて……いい」

「な、んで?  一緒に、んっ、でしょ?」

「それは、あとで。今は……私がする。詩織は気持ちよく……なって」

 

 簪はそう言って再び、指と舌を動かす。

 私は何度も何度も喘いだ。

 

「簪、キス! キスして!」

 

 ついしたくなり、簪に強請る。

 それに簪は舌で刺激を与えるのを止めて、私とキスをする。ただ、されなくなったほうのおっぱいは、もう片方の手で刺激を与えてきた。

 しかも、舌よりも指のほうがやりやすいためか、先ほどよりも自分のおっぱいからの刺激が強い。

 簪の舌は私の口内に入る。

 

「ちゅ、ちゅる、ほら、詩織、舌、動かし、て」

「うん! 動かす!」

 

 私も簪の口の中に舌を入れた。

 簪と私の舌は絡み合う。絡み合うたびに舌がびりびりとする。

 やっぱりキスっていいな。

 そうやってキスされて、おっぱいを弄られていると私の体からは汗が吹き出る。

 

「ぷはっ」

 

 私と簪が一旦離れる。

 私たちの口を繋ぐのは互いのが交じり合った、唾液である。それが切れると私の口の端にぴちょりと垂れた。

 

「詩織、可愛い」

 

 簪はちゅっと私の首元にキスをする。

 私は荒い息を繰り返す。簪の首元へのキスに僅かに身をよじるだけだ。

 

「ほら、バスローブ、脱いで」

「うん」

 

 私はバスローブを脱ぎ、パンツ一枚になる。

 

「詩織の下着、セクシー、だね」

「嫌だった?」

 

 いつもはもっと普通の下着だった。今履いているようなセクシー系ではない。

 なのにわざわざこれを履いたのは、今日が大切な日になるからだ。だから、ちょっとはしたないけど、こういうほうが興奮するよね、と前世の私が好きそうなものを選んだのだ。

 ただ、よく考えれば分かったことなのだが、前世の私は男であり、今回見せる相手が同性であるということを考慮しなかったことだろう。

 この下着はあくまでも男が見て喜ぶものだ。同性である簪が喜ぶかどうかは分からない。

 うう、簪のためにと思って選んだのに、失敗した……。

 まだ答えを聞いていないが、簪のことを思って履いたはずが、前世を参考にしてえらんだんだもん。失敗したって思うよ。

 

「ううん、嫌じゃ、ない。似合ってる」

 

 失敗したと思っていたが、簪はそう言ってくれた。

 

「あ、ありがとう」

 

 簪が恥ずかしげもなく言うので、照れてしまう。

 くっ、ほ、本当に私って攻められる側だ。

 その照れを隠すために簪のパジャマのボタンをはずして、その胸に頭を突っ込んだ。

 

「今度は……詩織がして、くれる?」

 

 私はそれにこくりと頷いた。

 許可を得た私は簪のパジャマを全て脱がし、私と同じパンツ一枚にさせた。

 簪のパンツは私と違って、いつもと同じだ。

 まあ、簪らしいと言ったら簪らしい。

 と、簪の姿を見ていて、気づいたことがあったので、それでからかってみることにした。

 

「簪のパンツ、ちょっと濡れているね」

 

 そう言って、やり返そうと思った。これで簪の顔を真っ赤にしようと思ったのだ。

 ただこのときの私は冷静ではなかった。

 

「そういう詩織も……ね」

 

 それに対して簪は顔を真っ赤にすることもなくそう言い、私の股間部分に自分の脚を押し付けた。

 

「ひゃっ!?」

 

 押し付けられた瞬間、くちゅりと私のパンツが湿った音を立てた。

 もちろんのことそれは私のパンツが簪と同じ状態になっているのだ。ただ、その規模は私のほうが大きい。

 まあ、よく考えれば当然のことなのだ。

 私はさっきからずっと簪に気持ちよくされていたのだ。対して簪が感じた快感と言えば、キスくらい。私のほうが濡れるに決まっている。

 

「私より、も、濡れてる……けど?」

「い、言わないで!」

「先に言ったのは……詩織だけど?」

「ご、ごめんなさい! だ、だから、い、言わないで!」

 

 こういっている間に、簪が私の股間に刺激を与えてくる。

 そして、簪は私の手を取り、自分のおっぱいに押し付けた。

 

「今度は……詩織も、攻めて、いいよ?」

 

 私に刺激を与えならが簪はそう言う。

 私はその言葉に従って――

 

 

 

 私はお昼に目が覚めた。隣に眠る裸の簪はまだ寝ている。

 結局、私たちのエッチは夜が明けるまでとなった。

 男のときと違い、一回、または数回だけで終わるということはない。互いに満足するまでするのだ。

 まあ、こんなに長い時間というのは今回が初めてなんだけどね。

 私たち二人は疲れ果てて寝たので、ベッドの上や私たちの体は行為の跡が目立つ。特に二人分の純潔を散らした赤い血の跡。

 

「いたっ」

 

 私の股間にはまだ痛みがある。

 ああ、ついに私は純潔でなくなったのか。しかも、奪ったのは私の大好きな人。それに幸せを感じる。

 これも女の幸せの一つかな?

 さて、そろそろ起きないと。もう昼だし、体がべたべただし。

 私は隣にいる簪を起こすことにした。

 

「簪、簪。起きて。もうお昼だよ」

 

 いつもは肩を掴んで揺するのだが、今回は簪の胸を掴んで揺らした。

 うむ、やわらかい。最高の揉み心地だ。しかも、生だから余計に。

 夜の行為で何度も吸ったり、揉んだりしたが、何度やってもいいものだ。

 

「ん、んんっ~、まだ……寝る」

「ダメだよ! もう一時なんだから! さすがにこれ以上はダメ! 起きて!」

 

 何度か揺すって簪は目を開けた。

 体を起こした簪は一瞬、顔を歪める。

 きっと純潔を散らしたせいだろう。痛みが走ったのだ。

 

「昨日の詩織……いつもよりも、激し、かった」

 

 昨日の夜、いや、今日の夜かな? とにかく、今回の私は最初はあのようにやられてばかりではあったが、後半からは私が攻めた。

 疲れ果てている簪が『今日はダメ! お、おしまい!』って言っているのを無視して、やったほどだ。

 ふふ、いつもはやられてばかりだったので、ちょっといい気分。

 

「あ、あははっ、ごめんね。でも、互いに満足したし、いいじゃん。ね?」

「……後半は私の意識は朦朧としてた」

「ま、まあ、それよりもお風呂に入ろう? ベタベタだし」

 

 話を逸らしてそう提案する。

 

「ん、確かに」

 

 というわけで私たちはお風呂に入った。

 もちろんのことエッチなことはしていない。連続でできるほど、私も簪も疲れた。

 お風呂から上がったあとはまずはベッドの片づけだ。これはこの部屋の洗濯機で洗うにはちょっと面倒だし、こういうものはちゃんと専用の洗濯機があるので、そこで洗うのだ。

 というわけでそういう行為の後を片付けたあと、ようやく昼食をたべるのであった。

 ちょうど私たちが食べ終わると、そこに一人の女子生徒がこちらに向かってきた。セシリアだ。

 セシリアの頬はやや赤く染まっており、その表情も恥ずかしげである。

 

「し、詩織、その、お、おはよう、ですわ」

「うん、おはよう!」

 

 まあ、もうこんにちはという時間帯なのだが、セシリアがそう言ったのは、きっと夜の行為が普段していることとはもっと別のものだと理解しているからであろう。

 

「その、更識さんも、おはようですわ」

「ん、おはよう、オルコット。でも、もう昼。正確、には、こんにちは」

「わ、分かってますわ」

 

 セシリアが動揺しながら言う。

 

「そ、その、お二人は一線を越えましたの?」

 

 何となく察しているようなセシリアだったが、確信を得られないためか、そう言ってきた。顔は真っ赤である。

 ただ、顔が真っ赤なのはセシリアだけではない。私と簪二人もだ。

 だ、だって、そう言われると夜のことを思い出しちゃうんだもん。羞恥で顔が赤くならないはずがない。

 

「……うん、越えたよ」

 

 私は何とか声に出して言った。

 は、恥ずかしい。

 

「じゃあ、次はわたくし、ですわね」

「そうだね。次はセシリアだね」

 

 セシリアはもじもじと脚を擦り合わせる。

 

「いつがいい? まあ、と言っても週末にしてもらうと時間もあるからいいと思うんだけど」

「? そんなに時間かかりますの?」

 

 いつもの私との行為では二、三時間で、平日にもたまにしていたセシリアが、そう言う。

 

「オルコット、私が、寝たの、は……空が明るく、なってから。多分、五時間か六時間ほど、やってた」

「!? そ、そんなにやったんですの!?」

 

 簪の言った言葉にセシリアは驚く。

 ま、まあ、これは前世が男だからってこともあるかな。前世の私も結構エッチだったし。

 

「わ、わたくし、そんなに持ちませんわ」

「私も、途中から意識が朦朧と……してた。あと、詩織は止めてって言ったのに……無視して……やった」

 

 それにセシリアが怯えた顔をする。

 そ、そんな顔をしないでよ。この人生で初めてのことだもん。ぼ、暴走したってしょうがないじゃん! か、簪だっていつもよりも激しかったし……。だ、だから私だけが悪いというわけじゃないもん! 簪にだって責任があるはず!

 

「だ、大丈夫だよ。簪でいっぱいしたから、セシリアのときは手加減できるから!」

「むうう、更識さんのときは本気で、わたくしのときは手加減というのは……」

 

 先ほどまで怯えていたはずのセシリアは私が手加減してすると言うと不満を持っているようだった。

 おい、待て。なんで張り合おうとするし。その、私だってやりすぎたって思うほどやったんだよ。それにいつもは攻める簪が攻められる側になるほどに。

 

「お、オルコット、別に意地悪という意味で……言うんじゃない、けど、や、止めておいたほうが……いい」

 

 簪が、一時は私を独り占めするためにセシリアを排除しようとした簪が、セシリアの身を案じてそう言う。

 だが、セシリアはそれに気づかない。むしろ、対抗心をむき出しにする。

 まあ、プライドの高いセシリアだ。簪だけが本気でされて、自分だけが手加減というのが嫌なのだろう。

 これはみんな大好き『特別』だもんね。誰だって特別がいいもん。

 

「嫌ですわ! わたくしも詩織に激しくしてもらいたいですわ!」

「くっ、オルコットは……プライドが、邪魔」

「更識さん!? 何を言いましたの!? 悪口ですわよね!?」

「詩織、オルコットは……私にしたとき、みたいなことを……望んで、いる。してやって」

 

 簪はセシリアの言葉に答えずにそう言ってきた。

 そ、その、自分でも簪にやったことがやり過ぎたって自覚がある。それを分かっていながら、いくら本人が望んでいるとはいえ、やりたくはない。

 

「って、更識さん。あなた、悪口を言ったと思ったら、詩織にしてやれとはどういうことですの?」

 

 まあ、セシリアからすれば悪口を言ったら、いきなり親切にするようになった、だからね。そう思うのも不思議ではない。多分、これは私と簪しか分からないだろうな。

 

「で、でも……」

 

 私が躊躇っていると、

 

「詩織、これはオルコットも、望んで、いる。やってあげて」

 

 その顔には『オルコット、後悔しろ』と書いているような気がする。私の勘違いかな? そうだと思いたい。

 

「そうですわ! 詩織、わ、わたくしにもお願いしますわ!」

 

 セシリアは今度は別の意味で顔を赤くして言う。

 うん、思えばこの話の内容ってエッチな話だった。こんな喧嘩をするような話ではないはずだ。

 

「……分かった。セシリアにするときは簪にしたようにする」

 

 結局、二人に負けて同じようにすることになった。

 ただ、やっぱり真面目に話すような内容ではなかったと思う。べ、別に夜の行為を軽視しているってわけじゃないのだけど、真剣な話にエッチな内容というのは合わないという先入観的なもののせいだ。

 まあ、ともかく、私のこの答えにセシリアは喜んだ。

 内容が内容なだけにこっちは複雑な気分だ。

 

「あっ、そういえば詩織。わたくし、まだキスしてませんわ」

 

 上機嫌なセシリアはそう言うと私にキスをしてきた。

 

「も、もう! ひ、人が見てるかもしれないじゃん!」

 

 一応、ここは食堂である。昼を過ぎてからここに来たが、まだ色んな目的でここに居座ったりしている。私たちも食べ終わっているので、似たようなものだけど。



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第93話 私はメイドさんです

「大丈夫ですわ。見えませんもの」

 

 確かにこの角度なら誰にも見られない。

 

「で、でもそういう問題じゃないよ」

 

 例え見られない角度だとしても納得できるものではない。

 

「あら? わたくしとの初デートのときのこと、忘れましたの? あの時はたまたま両隣のゴンドラに人がいませんでしたけど、いたら絶対に見られてましたわよ」

「!!」

 

 そ、そういえばそうだ。観覧車のゴンドラとゴンドラの距離って隣のゴンドラの様子が伺うことができないほど、離れているというわけではないのだ。景色を見ることができるようにと、椅子などを除いて、できるだけ透明になっているのだ。

 つまり、隣のゴンドラの様子を窺おうと思えば、簡単に窺うことができる。

 うう、あ、あぶなかった。

 

「そ、そうだけど……」

「詩織、可愛い」

 

 セシリアとは私を挟んで反対に座る簪がそう言う。

 

「ふふふ、そうですわね。詩織は可愛いですわ」

 

 二人からそう言われる。

 しかも、セシリアから頭を撫でられる。簪は微笑ましく見ていた。

 おい、私は子どもじゃないし! な、撫でられるのは好きだけど、こ、こういうところではお姉さましたいの!

 だが、撫でられるのが結構心地よくて、抵抗しようにも抵抗できない。

 私は俯いて黙って撫でられるだけだ。

 

「詩織、それに更識さん。そろそろ部屋に戻りません? わたくし、詩織といちゃいちゃしたいですわ」

「……セシリアってそう言うことを平然で言ってたっけ?」

 

 私の記憶が正しいならばそういうことはあまり言わない子だったんだと思うんだけど。こ、これも私のせい?

 

「わたくし、あなたと恋人になって分かったことがありますの。それは恋人が複数いるこの中では、待つのではなく、自分から行動することが大切だと」

 

 うん、やっぱり私のせいでした。

 

「だから、わたくしも積極的に言うことにしましたの」

 

 私の体はひとつだけなので、どうしても一度に全員にかまうことはできない。それに私も人間なので、平等に恋人を扱うことなんてできるわけがないのだ。

 これはこの前悟ったことだ。

 そこに自分から私へ声をかけることで、恋人のお願いを断れない私はその子といちゃいちゃ。待っている子は行動する子達のせいで待つ時間が長くなる。

 だから、私からではなく、恋人たちから誘ってもらったりしたほうが私に相手してもらえるということが多くなるというわけだ。

 

「い、嫌なんて言いませんわよね?」

 

 先ほどまでは堂々としていたのに今度は不安そうにそう言う。

 ちょっと可愛いって思った。

 

「嫌なんて言わないよ。セシリアは私も大切な人だもん。部屋に戻ろうか」

 

 そう言うとセシリアはうれしそうに顔を綻ばせた。

 ただ隣の簪は不機嫌になっているが。

 

「あら? 更識さんは不満顔ですわね」

「悪い? 好きな人が私じゃない人と……いちゃいちゃするって言ったら……こう、なる。オルコットだって……昨日の夜のことを……伝えたら……不機嫌、だった。それと同じ」

「くっ、そ、そうですけど、あなたは詩織と初めて寝たのですから、そんな顔をしないでもらいたいですわ。むしろ自慢したほうがいいですわ」

 

 セシリアがそう言うと、簪が顔を赤くした。

 多分、『初めて寝た』というところに反応したのだろう。

 

「くうっ、そ、そんな顔をされるとムカつきますわ! いえ、それよりも羨ましいですわ!」

「あ、あまりその話を……しないでくれる、と、うれしい。お、思い出す」

「追い討ちですの? 追い討ちですの!? まだ抱いてもらっていないわたくしに対する追い討ちですの!?」

 

 確かに簪の顔を赤くするからのその言葉は追い討ちそのものだ。

 しかも、素でやっているからねえ。

 あと、セシリア。だ、抱くとかそういう言葉を言わないでほしい。私も思い出しちゃうから。

 

「ほ、ほら、二人とも。部屋に戻るよ!」

 

 私は立ち上がり、二人の手を引いた。

 

「って、詩織! あなたもですの!?」

「ち、違うよ! た、ただ思い出しただけ!」

「それがわたくしへ追い討ちですの! なんかずるいですわ」

「そ、そういうつもりはないんだけど……」

 

 ともかく私は二人を連れて部屋へ戻った。

 部屋はもう片付けてあるので、もちろんのこと痕跡は残ってはいない。

 

「な、なんだかお二人がここで体を重ねていたと考えるとわたくしまで顔が熱くなりますわね」

「だ、だから、言わないで! こっちも……熱くなる」

 

 セシリアと簪は二人して顔を赤くした。

 そんな二人に私は抱きつく。

 いきなりの行動だったので、二人ともびっくりしていた。

 

「し、詩織、いきなりなんですの?」

「う、うれしいけど、いきなりは……」

 

 戸惑った声だ。

 ただそこにはうれしさがある。

 

「いちゃいちゃするために部屋に戻ったんでしょ? だったらしないとね」

 

 私は二人の頬にちゅっとキスをした。二人をベッドのほうへ向かわせて、そして、ベッドの上に押し倒す。

 そして……。

 ……………………。

 ……………………………………。

 私たちはアニメを見ていた。

 え? いちゃいちゃ? してるよ。だってくっついているもん。それにいちゃいちゃイコールエッチなことではない。こうやってのんびりでもいちゃいちゃだもん。

 ちなみにセシリアも私と簪と同じようにアニメを楽しんでいる。前に見せたらセシリアも気に入ったみたいなのだ。

 こういう時間もいい。なんか日常生活って感じだもん。家族になったらこういう時間が増えるんだろうな。

 その未来を想像すると幸せを感じる。

 

「むう、こういう展開だとは読めませんでしたわね」

 

 アニメのまさかの展開にセシリアが唸る。

 

「アニメはそういうもの。だから……面白い」

 

 簪が誇らしげに言う。

 こういうのって自分が好きなものが褒められたら、なんか気分がいいよね。よく分かる。

 にしても二人って結構仲が良くなっていると思う。多分、私関係ではないことでは、二人は上手くやっていけるのではないだろうか。

 仲良くなるのは良いが、恋人みたいにはなってほしくはないけどね。

 

「そういえば詩織」

 

 セシリアが話しかけてきた。

 

「なに?」

「メイド服、着ませんの?」

 

 そう言い出したのは、ちょうどこのアニメでメイドさんが出たからだろう。

 

「……それは明日だよね?」

「別にいいじゃありませんの。一日早いだけですわ」

 

 そ、そう簡単に言うけど、それは着る側じゃないからだよ。メイド服を着るって結構緊張するんだよ! は、恥ずかしいし。

 コスプレは普通の服とは違うよ。何か抵抗がある。

 ちらりと簪を見るといつの間にか簪はベッドから出て、手に昨日買ったメイド服を持っていた。完全に今日着せる気だ。

 

「詩織、着てみて」

 

 くっ、簪もセシリアも敵だ! この場には味方がいない!

 

「さあ、詩織。わたくしたちに脱がされて、服を着せさせられるか、自分で脱いで着るか、ですわ。どちらにしますの?」

 

 どう考えても逃げられることができない。

 だから結局自分で脱ぐことになった。ぬ、脱がされるのはそっちの気分になるからね。

 もちろんのこと、別室で着替えるってことは無い。というか、二人が許してくれない。

 なので、私は二人に見られながら着替えた。

 まあ、私も、僅かに羞恥はあったものの、スムーズに服を脱いでいた。もう恋人の前で脱ぐのって抵抗がなくなってきている。あるのは羞恥だけだ。

 

「き、着替えたよ。どう?」

 

 着たのはスカートの丈が長いほうのメイドだ。丈が長いにもかかわらず、恥ずかしいのはこの服を着ることがである。下着が見えちゃうからとかは、そんなに気にしていない。

 なんだろうね、メイド服は服なのだが恥ずかしいのだ。

 

「更識さん、スカートの丈の長さはあまり関係ありませんわね」

「確かに。むしろ長いほうが……いい。それでいて、詩織の性格。短くなくても……私たちが、望んだとおりになる」

「ですわね。むしろ、短いほうはダメですわ。それは夜のときですわね」

 

 多分セシリアの言う『夜』というのは、エッチ的な意味だろうな。

 

「決まり。じゃあ、詩織には……しばらくの間、そのメイド服で……過ごしてもらう」

「ただ、どこまで詩織にさせますの? 今の詩織はメイドですけど、あくまでも罰ですわ。詩織にも自分の時間がありますし」

「分かってる。だから、掃除くらいで……いいと思う」

「結構軽いんですのね。もうちょっとあるかと思いましたわ」

「例えば?」

「服の手伝いとかですわ」

「じゃあ、それも」

 

 私の意見を聞くことなく、二人がどんどん話を進めていく。

 まあ、罰なので仕方ない。でも、ちょっと構ってほしい。

 まだ話が続くみたいなので、二人に顔を洗ってくると言って、洗面所へ行く。

 洗面所の鏡の前に立つと自分のメイド服姿を見た。

 そこに写るのは可愛らしい私の姿。メイドの種類で言えば活発なちょっとドジなメイドさんだろう。時折先輩メイドとかに怒られる系のメイドだ。

 くっ、メイド服もいい! こ、こんな可愛いメイドさんがいたら絶対に我慢なんてできない! お持ち帰り決定だ。

 で、次に生徒会長モードにしてみるが、そちらは美しさが際立つできるメイドさんになる。

 やっぱり目つきが微妙に変わるせいかな。

 私はその場でくるりと回る。スカートが翻る。

 よくある行為だが、やはり月山詩織がやるのはとても興奮する。動画にしたいなって思うくらい。

 こ、今度、撮ってみましょうかな。そして、それを時々見て……。

 うん、撮りたい。

 変態的な行為ではあるが、月山詩織のメイド姿なんて貴重だもん。撮っておくべきだ。

 ただ、私の手には撮るための機材はないし、時間もない。もし撮るとしても部屋に私だけのときだ。そのときのために高いカメラでも買っておこう。もちろん録画も可能なカメラだ。どうせ自分のためだけではなく、恋人を写すときにも使うだろうから無駄にはならない。

 よし、今度買おうか。

 カメラを買うと決めた私はもう一度自分の姿を見た。そして、やりたいことをちょうど思い出し、それを実行しようと思った。

 私はスカートを掴むとゆっくり持ち上げる。足元から少しずつ露になる私の脚。

 私は鏡でそれを眺めながら息を荒くして興奮していた。

 ゆっくりとまるで焦らすかのように持ち上げて、ついに私のパンツが見えた。

 うわあっ、や、やっちゃった! め、メイド服でやっちゃった!

 もちろんのこと私服でやったことはある。そのときも結構興奮した。

 鏡に映るのはスカートの端を持ち上げ、下着を露にして顔を赤くしている私。

 さらにそこからスカートを口に咥えて、持ち上げずとも下着が露になるようにした。

 今の私は自分が月山詩織でありながら、第三者の視点で月山詩織を見ているような気分だ。

 う~む、やはり目の前に襲ってくれと言わんばかりに下着を見せた可愛い子がいるのに、手を出せないというのはもどかしい。いや、出せるには出せる。だってそれは自分自身だもん。

 でも、自分の体に手を出すってそれはただの自分を慰める行為であって、私が求めている行為とは違う。私がしたいのは昨晩簪に行ったことだ。

 何度思っても双子がよかったなと思う。

 そうやって自分のはしたない姿に十分見惚れたり変態的な思考を繰り返して、簪たちが話している部屋へと戻った。

 

「結構遅かったですわね」

「そう?」

「ええ、話が終わってゆっくりするくらいは時間がありましたわよ」

「じゃあ、待たせたみたいだね。ごめんね」

「別に気にしてませんわ。さあ、詩織、そこに座ってくださいな。あなたのメイドの役割が決まりましたわよ」

 

 なので、先ほどの座っていたところというか、寝転んでいたとこりに座る。

 

「まず詩織のメイドの仕事ですけど、わたくしたち二人の着替えと部屋の掃除ですわ」

 

 ちなみに今更なのだが、部屋の掃除は基本的に自分たちでやることとなっている。一応、この学園には掃除をするために働いている人がいるのだが、基本的には廊下や食堂などのプライベートのない部分しかしない。

 

「分かった」

「あと、メイド服でいるのは放課後のみですわ。つまり朝のときはメイド服ではなくていいですわ。何度も着替えていたら時間が足りませんもの」

「でも、私、外に出るときがあるんだけど」

 

 私、月曜日から千冬お姉ちゃんの部屋に行くことなっている。その時間帯は放課後だ。ちょうどメイド服を着ている時間だ。

 

「ええ、分かっていますわ。そのときもメイド服ですわよ」

「み、みんなに見られるんだけど」

「問題ありませんわ。多少笑われるかもしれませんけど、いつもの詩織ならば切り抜けられますわよ」

「そうだけど……」

「そういうわけですわ」

 

 うぐぐっ、み、みんなにメイド服を見られるのか。は、恥ずかしいけど、仕方ない。一応罰だ。そのくらいなら別にいい。

 

「よろしく、メイドの詩織」

「よろしくですわ、メイドの詩織」

 

 二人がにこりと笑ってそう言った。

 そんな可愛い顔で言われるとなんだかやる気が出てくる。

 だから、精一杯がんばる。

 私はベッドから降りて、

 

「はい! これからよろしくお願いしますね、ご主人様♪」

 

 ニコリと笑ってそう言った。

 ただ、そのあとに『可愛すぎですわ』とか『ご、ご主人様……』とか言って私に抱きついてきたのだけど。



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第94話 私のメイド仕事

 翌日の帰りのホームルームが終わり、私は千冬お姉ちゃんに呼び止められ、会議室に連れられた。

 会議室に入ると私と千冬お姉ちゃんはキスをする。もちろん頬とかにじゃない。唇にだ。

 お姉ちゃんの腕は私の腰と頭に添えられて、周りから見れば熱い口付けをする恋人だ。

 深いキスはせずにくっつけるだけのキスを長くした。

 

「ん、呼び出したのはキスですか?」

 

 私はキスを止めて問いかける。

 

「違う。私用で呼び出したが、キスじゃない。その、今日から私の部屋に来てくれるのだろう? だから呼び止めた」

 

 そう、今日が千冬お姉ちゃんの部屋に通うことができるようになる日なのだ。

 

「今日、来ていいってことですか?」

「もちろんだ。だから、来てくれ」

「はい! 何時ごろがいいですか?」

「いつでもいい。あと、その、今日は私の部屋に泊まらないか?」

「泊まります!」

 

 私は即答した。

 いや、だって千冬お姉ちゃんとお泊りだよ! 拒否なんてできるはずがない。

 もちろんのこと簪、セシリアのことも考えている。ただ、今日の夜は特に用事はなかった。そういうことで即答したのだ。もちろんのこと、用事があったら拒否していた。

 いくら千冬お姉ちゃんの誘いでもそういうところはちゃんと守る。

 

「じゃあ、夕食を食べてから行きます! 窓から侵入しますから、開けておいて下さい」

「ドアからじゃないのか?」

「さすがにばれます。だから窓からです。夜ですし私なら見つかることはないです」

 

 サバイバルなどで鍛えられたので、気配を消すのは結構得意なのだ。逆にいつも使っているように気配の察知も得意だ。

 

「そうか。詩織がそれでいいならそれでいい。私の部屋は分かるか?」

「はい! もう調べてます」

 

 もちろんのこと好きな人のことについての情報は集めている。その中には部屋の場所もだ。ただ、そんなに詳しいものではない。素人にも集められるほどの情報だ。

 いや、確かに私ならば自分のパソコンなどで大量の情報を集めることができるんだけど、そこまでしちゃうと引かれちゃうかもしれないじゃん。それは嫌だ。

 だからその程度に留めているのだ。

 もちろん敵だったら容赦ないけどね。

 

「私、絶対に行きますからね!」

「ふふ、そんなにうれしそうに言ってくれるとこっちもうれしい」

 

 千冬お姉ちゃんは私の頭を撫でる。

 私は心地よくてお姉ちゃんの胸に顔を埋めてぐりぐりとした。

 はふ~、気持ちいい~。なんか、簪たちとは違うね! やっぱりこれが大人ってやつなの?

 

「なんだか私にも子どもができたみたいだな」

「むう、子どもじゃなくて恋人です!」

 

 子どもみたいに扱われるのは別にいいけど、恋人じゃなくて子どもとして思われるのは嫌だ。

 それだけは譲れない。

 

「すまない」

 

 そう言ったが、千冬お姉ちゃんの顔は微笑んでいるままだ。

 

「だが、そんな可愛い顔で言われても逆効果だぞ?」

 

 うぐっ、そ、そう言われても本気で怒れるわけないじゃん。本気で怒るのは大切な人が傷つけられたときだ。それ以外じゃ、本気で怒らない。

 

「べ、別に怒ってないから問題ないです」

「そうか?」

「そうです。あと、私は千冬お姉ちゃんの恋人やお嫁さんになっても、千冬お姉ちゃんの子どもにはなりませんからね! こ、子ども扱いはいいですけど、自分の子どもみたいには思わないでください」

「それは悪かった。お前は私の恋人だ」

「ですよ。私は千冬お姉ちゃんの恋人です」

 

 そう言い合ってもう一度撫でてもらった。

 本当はこのままもっともっと長い時間、撫でてもらいたかったのだが、ここは自分の部屋ではなく、会議室なので出ることとなった。

 早速部屋に戻ると昨日二人に言われたとおりにメイド服に着替える。

 

「さて、お掃除でもしますか」

 

 二人はすぐには帰ってこない。

 セシリアはISの練習のために。簪は自分のISの最後の仕上げのために。

 帰ってくるのは二時間後くらいだ。掃除するには時間がたっぷりとある。

 で、私は掃除を一時間ほどやって終わらせた。

 もちろんのこと、私の家事スキルは高い。

 勉強ばかりしていたが、それと同時に家事もしていたのだ。

 ふふ、月山詩織は完璧な子なのだ。家事も勉強も武道もできる最強の女の子だ!

 ハーレムを作るんだから、この程度はこなさないとね!

 なんだか旦那様の帰りを待つ、お嫁さんの気分だ。あ、旦那様って言ったけど、もちろん男と結婚なんてしない。ただの表現だ。

 う~ん、キッチンがあればよかったんだけどなあ。キッチンは食堂にある生徒用以外はないし……。

 掃除が終わった今、メイドとしての仕事が終わった。つまり、暇。

 だから、何か夕食でも作ろうかと思ったのだ。

 二人からのメイドの仕事の内容には入っていないが、私はメイドである。ご主人様のために尽くすのが私の仕事だ。

 ……本物のメイドさんの仕事がどこまでかなんて詳しくは知らないんだけどね。

 で、夕食を作ろうと思ったんだけど、この部屋にキッチンはないので、昨日買おうと思っていたカメラをネットで買うことにした。

 カメラはすでに目をつけていたので、すぐに見つかる。値段は……言わない。高いとだけ言おう。

 あと、結局カメラは二つ買った。もう一個はビデオカメラだ。

 よし! これで週末には届くはず。早く届かないかな。届いたら恋人たちのいろんな場面を撮りたい。

 エッチな場面というのもあるが、さすがにそれは許してくれない気がする。

 だから、撮るのは普通の場面だ。

 そうだ! 今度みんなで集合写真を撮ろう! まだ増えるかもしれないけど、増えたらまた撮ればいいしね!

 さて、そうやってしばらく待っていると二人が帰ってくる。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

 私はアニメで見たメイドさんの真似をして言った。

 

「「…………」」

 

 二人は驚いたような顔で固まる。しばらく固まったままだったが、すぐに再起動して私に抱きついてきた。

 

「うにゃっ! ど、どうしたの?」

 

 あ、危ない。もう少しで押し倒されるところだった。

 

「どうしたの? ではありませんわ! 詩織が悪いんですのよ!」

「そう、詩織が悪い。詩織が……可愛すぎる」

 

 二人にそう言われ、つい私は、

 

「え、えっと、ごめんなさい?」

 

 と言った。

 ま、まさか、こうなるとは思わなかった。

 二人は私に抱きついたままで動こうとしない。私の体を堪能しているようだ。

 まあ、私もよくするからいいんだけどね。

 

「ほら、ご主人様。着替えますよ」

 

 今の私はメイドなので、二人の名前を呼ばない。

 いや、嘘だ。メイドでも呼ぶ。

 

「むっ、そうですわね。このままでは皺になりますわね」

「私は……まだこうして、たい」

「更識さん、あなたの気持ちも分かりますけど、着替えが先ですわ。皺の付いた服なんておかしいだけですわよ」

「私は気にし……ない」

「わたくし、あなたの心配をしたんじゃありませんわ。皺の付いたおかしな服を着ているあなたの隣を歩く、詩織のことを思って言いましたの」

「…………」

「もし、あなたが皺の付いた服を着て、詩織の隣を歩いたとしますわ。周りはあなたを見て、詩織はあんなだらしのない方といるのだと思われ、評価が下がりますのよ」

「!? そ、それは……嫌だ。詩織の評価が下がるのは……嫌」

「なら、着替えますわよ」

 

 二人は私に抱きついたまま会話を続けて、ようやく離れた。

 私は二人の着替えの手伝いをする。もちろん下着姿になったときは至近距離からがっつりと楽しんだ。

 メイドだけど私は私だもん。楽しまないのはもったいない。

 

「詩織、目が……いやらしいかった」

 

 着替え終わった簪がジト目で言う。

 

「いつものことですわ。むしろ触らなかったことを不思議に思うべきですわよ」

 

 な、なんだかセシリアの基準がおかしくなってるよ。べ、別にいつも触るわけじゃないよ。

 

「あっ、そういえばご主人様たち。私、今日は千冬お姉ちゃんのところに泊まるから」

「「!?」」

 

 私がそう言うと二人が驚愕する。

 

「ど、どういうことですの?」

「今日は……一緒に寝ない、の?」

 

 二人が私との距離を詰めてそう言う。

 と、というか、せ、セシリア、胸が当たってるよ。それは誘っているの? 簪は……うん、胸の感触、あ、あると思うよ。

 

「ごめんね。今日はお姉ちゃんのところに初めて行けることになったから行きたいの」

 

 二人の顔は行ってほしくないと書いてある。

 

「明日はちゃんと一緒に寝るから」

 

 なんだか子どもに言い聞かせているみたい。

 うん、子どもか。欲しいな。もちろん恋人たちを子どもみたいに扱いたいというわけではない。恋人たちとの愛の結晶という意味だ。

 女同士なのでできないのは分かっているが、前世に子どもがいた私としては欲しい。もちろん恋人たちとの血が繋がった子だ。養子とかではない。

 もしかしたら将来的には可能になるのかもしれないな。

 個人的には私たちが子どもを産むことが可能な年齢までには可能になってほしいところだ。

 でも、きっと無理なんだろうなと思う。十年の間に技術がそこまでの技術になっても、安全性とか法律とか色んな問題で実際にできるようになるのはさらに三十年先とかになるんだろうな。

 もしこの通りならば私は五十代か。はっきり言って子どもができるのは、若い頃とは違って賭けとなる。

 

「絶対ですわよ。わたくし、更識さんと二人きりで寝るのには抵抗がありますの」

「私、も。だからあまり寝たくは、ない」

 

 二人は互いに二人で寝ることに抵抗があるようだ。密かに私の恋人同士が恋仲になっていないかと不安な私としてはうれしいことだ。

 ごめんね、二人とも。

 二人をまだ信じていないとも取れるこの思いを抱いたことに私は罪悪感を感じる。

 

「分かってる。明日は一緒に寝る。それで許して」

 

 私は二人の胸を揉みながらキスをした。

 

「こ、こんなことをされながら言われたら、何も言えませんわ」

「……私、許す」

 

 二人は顔を赤くしながらそう言う。

 

「ありがとうね」

 

 そう言って、もう一度キスをした。

 二人と軽くいちゃいちゃした後は時間も時間なので夕食にする。

 ……もちろん私はメイド服で。

 いくら校舎内以外は私服でいいとは言っても私が着ているのはメイド服。当然だが周りからは好奇の目で見られていた。私に声をかけたのは同じクラスの子だ。その子たちにはゲームに負けて、その罰ゲームを受けているのだと言っておいた。

 これが一番不自然じゃないからね。

 そして、食堂に着き、夕食を食べる。

 

「やっぱりメイド服って目立つね」

 

 食べながらそう言う。

 

「当たり前。メイド服なんて……滅多に見ない」

「ですわ。まあ、わたくしはいつも見ていましたけど」

「オルコット、うるさい」

「なっ!? うるさくありませんわ!」

「一言余計ってこと。あと……本当にうる、さい」

 

 二人って結構仲がいいよね。恋人同士の仲がいいことはうれしい。

 まあ、うれしいとか言っているけど、仲良くなりすぎることを恐れているんだけどね。本当、私って我がまま。

 

「そ、それはあなたのせいですわ!」

 

 ただちょっと喧嘩になりそうだ。喧嘩することは仲のいい証拠なのだけど、私がいないときにしてほしいな。

 

「ほら、二人とも。喧嘩ダメだよ」

 

 とりあえずこれ以上の言い合いを止める。

 

「うう、分かりましたわ」

「……オルコットのせいで……詩織に怒られた」

「違いますわ。元はと言えばあなたが口出しするせいですわ」

 

 二人がこそこそと話し合う。

 

「オルコット、例のこと」

「!? ず、ずるいですわ!」

 

 例のこと? なんだろうか? ちょっと気になる。

 でも恋人だからって何でも聞こうとするのは間違っていると思う。そう思うと聞き出すことに躊躇う。

 いくら私の独占欲が高いって言ってもそういうところはちゃんと弁えているつもりだ。

 

「ほら、終わり」

「わ、分かりましたわ」

 

 どういうことなのか分からないけど、どうやらこれで収束したようだ。

 くっ、気になる! で、でも、恋人たちにもプライベートがある。が、我慢しないと。

 

「こほん、詩織、申し訳ありませんわ。あなたの目の前で喧嘩するなんて」

「ごめん。今回のは……たまたま。いつもの私、たちは……仲良し」

 

 二人はわざとらしく作り笑顔で笑いあう。

 ま、まあ、不自然だけどそう言うことだと思っておこう。

 

「詩織、言わないといけないことが……ある」

「なに?」

 

 簪が私に話かける。

 

「実は……しばらくの間、夕食が……一緒に食べれない。ごめん」

「………………………………え?」

 

 ありえない言葉が簪から出てきたせいですぐに飲み込むことができなかった。ようやく飲み込んだのは数秒後だ。

 う、嘘だよね? 私の聞き間違いだよね? 私の都合で食べれないとき以外は一緒に食べていたんだよ。そ、それなのに一緒に食べられないなんて……。しかも、しばらくの間って言っていたから数日間。

 変わることのないことだと思っていたことが、そうではなくなって私はショックを受けていた。

 だ、大丈夫、月山詩織! か、簪にだって友達がいるんだ。そ、その付き合いだ。そうだ。そうだよ。

 ま、まあ、セシリアがいるんだ。簪がいなくてもセシリアがいる。その間はセシリアと二人きりで食べよう。

 だけど、

 

「あと、オルコットも同じ」

 

 と、私にトドメを刺すかのように言ってきた。



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第95話 私の潜入作戦

「せ、セシリアも?」

「そうですわ」

 

 セシリアも肯定する。

 つまりそれはしばらくの間、私は一人で夕食を食べなければならないということだ。

 一人で食べる夕食……。寂しい……。

 その場面を想像した私は泣きそうになった。

 

「あ、あの、詩織。言っておきますけど、わたくしたちは別に詩織と食べるのが嫌というわけじゃありませんの! 本当に一緒に食べられない理由がありますの!」

「そう。だから、泣かないで」

 

 泣きそうな私を二人が慰めてくれる。

 二人がそうだと分かっていてもやっぱり嫌だった。

 

「ぐすっ、分かった」

 

 私は目元を擦りながら言う。

 

「それって私に言えない内容?」

 

 せめてどんな理由なのか知りたい。それを知ることができれば少しはこの気持ちが紛れるかもしれない。知っていて待っているのと知らないで待っているのは全くが違うから。

 でも、その願いは叶わなかった。

 

「申し訳ありませんわ、詩織。それも、言えませんの」

「でも、全ては詩織の……ためなの。時が来たら……言う、から、待っていて」

 

 二人に言うことができないと言われた。

 再び泣きそうになったが、なんとか我慢する。

 

「……分かった。終わったら何をしてたか言ってね」

 

 二人は頷いてくれた。

 そして、しょんぼりとする私によりくっついて、慰めてくれた。

 

「わたくしはあなたのこと、愛してますわ」

「私も」

 

 そう言って周りから見えないように私の両頬にキスをしてくる。

 キスされた私は自然と笑みを浮かべた。

 私ってちょろい。

 

「二人とも、ありがとうね。うん、私、大丈夫だから」

 

 こうやって二度も慰められたのだ。ある程度は大丈夫だ。

 それから部屋に戻って、食堂とは違って、二人と思いっきりいちゃいちゃする。

 今やっているのはキスだ。触れ合うだけのじゃなくて、ちょっとエッチなほうだけどね。

 こうして激しいキスをしているのはもちろんしばらく一緒に夕食を食べられないからだ。その不満をこうやってぶつけているのだ。

 

「んちゅ、ほら、ご主人様、もっとして」

 

 私の不満をぶつけるので、もちろんのこと私が主導権を握っている。

 なんだか今の私はメイドだから、ご主人様から主導権を取っているってことが結構気持ちいい。

 で、今、相手にしているのはセシリアだ。

 ど、同時は、む、無理! 体が足りない。

 私、ハーレム目指しているけど、こういうときに相手をするのは一人ずつだもん。ラノベのハーレムってどうやって相手にしているんだろう。

 それで、私に言われたセシリアは私の胸をがっしりと掴んで、私にキスをする。私のとセシリアの舌は絡み合い、互いを気持ちよくする。

 しばらくすると私の頭の中はぼーっとしてくる。そのせいか、段々と私の攻撃が弱くなってくる。

 

「ふふ、詩織? あなたの言うとおりもっとしてあげましたわよ。なのに、あなた、あまりしてきませんわね。先ほどまでの威勢はなくなったようですわね」

「んっ、な、なくなってないよ! た、ただちょっと休憩しただけだから!」

「だといいですわ」

 

 セシリアは私の首筋をぺろりと舐める。

 くっ、あ、遊ばれてる……!

 私はその悔しさでセシリアを睨む。

 

「ふふ、この状態でそういうふうに睨まれても痛くも痒くもありませんわね。むしろ興奮しますわ。あなた自身でもそれは分かっているんじゃありませんの?」

「…………」

「あら、目を逸らしましたわね。肯定とことですわよね?」

 

 私は小さく頷く。

 うん、分かる。分かるよ。感じたことあるもん。そのときは本当に心地よかった。

 

「詩織の行動を見ているとわざとやっていますのって思うときがありますわ。更識さんはどうですの?」

「私も、思う。ついいじめたく……なる。素でやって、るなら……怖いほど」

 

 はい、素です。素でやってます! 演技とかじゃないです! まあ、確かに自分の行動を第三者視点から見たら可愛すぎるって思うよ。

 うう、もう一人の私がほしいです。

 

「でも、この様子だと素ですわね」

「ん、一番最高の……パターン」

「ですわね。なら、余計に不安がありますわ」

「どこ?」

 

 ちなみにだが、現在の私とセシリアの体勢だが、最初はベッドに寝転がるセシリアに馬乗りだったんだけど、いつの間にかセシリアが馬乗りしてた。

 

「男性から狙われないか、ということですわ」

「普段は……もうひとつのほう」

 

 こうやって二人が仲良く話しているのだが、セシリアの手は未だに私の胸の上だ。しかも、ただ置いておくのではなく、上達したテクニックを使って揉んでくるのだ。

 だからキスを止めてからもずっと胸だけは刺激を与えられていた。

 おかげで先ほどよりは楽になったけど、息は荒いままだ。

 揉み心地がいいのは分かるけど、わ、私の胸はおもちゃじゃないよ。

 

「でも、最近思うようになったですけど、あの詩織が先ほどのように屈辱でわたくしを睨むのはいい気分じゃありません?」

「む、それも確か」

 

 も、もう! 私が目の前にいるんだよ! そうやって話さないでよ!

 そんな私の思いに気づいたのか、セシリアが簪との会話を止め、私を見てくれた。

 

「ふふ、その目はなんですの? もしかして続きをしてほしんですの?」

 

 私をいじめることがくせになったのか、セシリアはそう言ってくる。

 セシリアは貴族であり、美人さんなのでその様がよく似合っている。

 くっ、綺麗過ぎるよ!

 

「し、してほしいです」

 

 私が恥ずかしそうに言うとセシリアは私にキスをしてくれた。

 私はセシリアに抱きつき、キスをする。

 セシリアとキスしたかった私は先ほどよりも激しく舌と舌を絡ませる。今の体勢から私の中へセシリアの唾液が入ってくるが、私はそれを、んぐんぐと飲む。

 他人の唾液が入るということが、なんだかよりセシリアとひとつになれたと感じる。

 

「オルコット、次、私が……したい。さっきから、オルコットばっかり」

「んちゅ、そうですわね。わたくしも満足しましたわ」

 

 私も激しくセシリアを攻めたが、なぜかいつの間にかやられた私は息を荒くして四肢をだらりと投げ出していた。

 な、なんでいつもこうなるの? わ、私も攻めていたのに……。

 快感やらなんやらで頭がボーっとする中で、悔しげにそう思った。

 私のほうが経験あるもん! なのに、なのに! なんで負けるの! というか、みんな上手すぎるよ! 最初のときの下手なあの子達はどこにいったの?

 そんなことを思いながら息を整えていると、いきなり口を何かで塞がれた。

 

「んんっ!?」

「ん、詩織……」

 

 私の口を塞いだのは簪であった。

 

「やっと、できた」

「い、いきなり、んあんっ」

 

 もちろんのこと簪のほうもキスだけで終わるはずがない。

 セシリアと同じく胸を揉んでくる。

 私の体はすでにセシリアによって気持ちよくさせられていたので、ゼロから気持ちよくなるのではない。なので、体の中の熱は保たれたままだ。

 

「ほら、オルコットにした……みたいに、やって?」

「んちゅ、こう?」

「はむっ、ん、んん、そう」

 

 簪と舌を絡ませる。

 そうやって私は二人とちょっと過激ないちゃいちゃをしていた。

 だが、その時間は終わりがある。それが体力の限界や満足ということならばよかった。その終わりは現在の時刻にある。

 そう、私は千冬お姉ちゃんの所へ行かなければならないのだ。

 ただ、それを快感に溺れていた私は忘れていた。

 それを言ったのはセシリアだった。

 

「更識さん、そろそろ詩織が織斑先生のところへ行かなくてはいけませんわ」

「んちゅ、私……まだしたい」

「そんなことを言ったらわたくしもですわ。というか、あなた。昨夜は随分とお楽しみだったでしょうに。詩織も性欲はすごいですけど、あなたもすごいですわよ」

「し、仕方ない。だって、詩織と……エッチしたい、もん」

 

 簪は力の抜けた私の首筋をカプリと甘噛みして言った。

 

「……あなた、結構正直に言いますわね。聞いているこっちが恥ずかしくなりますわ」

「そういうこと、だから……続き、させて」

「それとこれは話が別ですわ。それに」

 

 セシリアは簪に耳元で何かを囁いた。

 さすがに何と言っているか聞こえない。

 セシリアから何かを言われた簪は一瞬目を見開いて驚く。

 気になる。

 二人は離れる。

 

「オルコット、いい、の?」

「別にいいですわ。詩織が愛してくれるのは分かっていますもの」

 

 ? 愛してくれる? なんでそんな話になるの?

 気になるけど聞けない。だってまだこの火照った体が動かないんだもん。そ、それに、まだ、そ、その、一回も満足、つ、つまり、イってない……。だから体が疼くのだ。ひ、一人でしようかな。

 二人が続きをしてくれないので、ついそう思う。

 た、ただ、二人に見られながらは、は、恥ずかしい……。が、我慢しないと。

 

「詩織、織斑先生の……ところへ行かないと」

 

 さっきまで私とキスをしていたのかと思うほどの発言を簪はした。

 

「ん、そうだね。行かないとお姉ちゃんを待たせちゃう」

 

 私は疼く体を何とか我慢して、二人にキスをして千冬お姉ちゃんの所へ向かった。

 現在、私は千冬お姉ちゃんに言ったとおり、外からの進入を試みていた。外はひんやりとしていて、熱くなった体を冷やす。

 ただ、欲求のほうは治まらないが。

 

「ふ、二人とも……中途半端だよ! わ、私にたくさん気持ちよくさせておきながら途中で終わるなんて!」

 

 体の疼きを感じながらぷんぷんと怒って独り言を言う。

 本当はどこか物陰に隠れてこの疼きを解消したいのだが、さすがにこれ以上は千冬お姉ちゃんを待たすわけには行かない。だから、この状態で向かっている。

 そうやって誰にも見つからずに何とか千冬お姉ちゃんの部屋の窓へと辿り着く。

 部屋の電気が点いているので、どうやらいるみたい。

 私は窓をこっそりと開け、靴を脱いで進入した。

 

「おい、詩織。勝手に入るのはいいが――!?」

 

 勝手に部屋に入った私に千冬お姉ちゃんが叱ろうとしたが、その言葉は私のほうへ振り向いたと同時に途中で止まった。

 

「そ、その格好は?」

 

 あっ、そういえばメイド服だった。

 お姉ちゃんの言葉が途中で止まった理由が分かった。

 そうだよね。私だって恋人がいきなりメイド服なんて着ていたら同じようになってた。

 

「え、えっと、二人に怒られちゃって……」

 

 千冬お姉ちゃんは恋人なので、罰ゲームだと嘘はつかない。

 

「そ、そうか」

 

 そう言いながら私に近づく。

 私は部屋を汚さないように靴を置いた後、近づくお姉ちゃんと向き合う。

 もちろんお姉ちゃんが何をしたいのか分かる。私はただ待つだけだ。

 私に十分に近づいたお姉ちゃんは私を抱きしめる。

 

「詩織……」

 

 千冬お姉ちゃんは私の耳元で呟く。

 

「可愛すぎるぞ」

「喜んでもらえてよかったです」

 

 しばらく抱きしめられて離される。

 お姉ちゃんの部屋は私たち生徒の部屋とあまり変わらない。ちょっと狭いけど、広いのは確かだ。そして、内装だが、あまりオシャレ的なものはない。

 机には書類が散らばっており、その書類の上にはパソコン。で、もう一つある机にはコップが置いてある。

 あと、ソファーがある。

 

「結構普通ですね」

「まあな。どういうものを想像してたんだ?」

「う~ん、今と変わりません」

 

 千冬お姉ちゃんってなんだかおしゃれに興味がないって感じだもん。だから、こういう部屋だろうなと思っていた。

 

「ふふ、だろうな。私はあまりおしゃれなどに興味がないからな。化粧もあまりしない」

「そういえばしてませんね」

 

 千冬お姉ちゃんも束お姉ちゃんも化粧はしていなかった。それでいて綺麗なのだから羨ましいことである。ただ私もしてないけどね!

 

「詩織、いつまでも立ってないで、座っていいぞ」

「じゃあ」

 

 私はソファーにぽすんと座る。

 うわあっ、結構ふんわりとしてる! 結構気持ちいい!

 

「気に入ったみたいだな」

「はい! 気に入りました!」

 

 千冬お姉ちゃんが私の隣に座る。

 私は千冬お姉ちゃんに甘えてその肩に頭を乗せる。

 

「今日は私の部屋に泊まるんだな」

「そうですよ」

 

 私も楽しみにしてた千冬お姉ちゃんの部屋でのお泊り。

 えへへ、やっぱり好きな人とお泊りっていいですよね! 本当に楽しみです。

 

「そういえば風呂は入ったのか?」

「まだです」

 

 本当なら風呂に入ってから千冬お姉ちゃんの部屋へ行こうと思ったんですけど、二人といちゃいちゃしてたらそんな時間、なくなってしまいました。せっかくのお姉ちゃんと会えるのですから、正直に言うと綺麗な状態で行きたかったんです。

 それに今日はお掃除をしました。つまり、私の体にホコリが付着している可能性がある。抱きつきたくても千冬お姉ちゃんを汚してしまうと思うと、思わず躊躇ってしまう。

 

「そうか。なら、ちょうどいい。私と入ろう」

「……はい」

 

 私は顔を熱くさせて言った。

 千冬お姉ちゃんと、お、お風呂……。一緒に寝泊りだけでも興奮するのに、さらに一緒にお風呂だなんて! ねえ、これって夢? 夢じゃないよね? 夢ならさっさと覚めてほしい。一緒にお風呂に入って寝泊りして、そして、夢から覚めるなんて残酷なことにはなってほしくない。



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第96話 私は姉の部屋でいちゃいちゃする

更新を再開しました。半年振りなのでもしかしたら矛盾があるかもしれません。そのときはご指摘のほうをよろしくお願いします。


 千冬お姉ちゃんの脱衣所などもやっぱり私たちのところとあまり変わらないみたいであった。

 なので、ほとんどあまりいつも通りと変わらない感じで服、いや、メイド服を脱いで全裸になった。

 その隣で大人の千冬お姉ちゃんが一糸纏わぬ姿になっていく。

 私はその姿にごくりと喉を鳴らす。

 

「む、な、なんだ?」

 

 私に見られていることに気づいた千冬お姉ちゃんが動きを止めて私を見る。

 

「ちょ、ちょっと興奮して」

 

 私の心臓はお姉ちゃんの裸とこれから起こるであろう展開でバクバクと激しく鳴っている。もう、心臓が動きすぎて死んじゃうんじゃないかってくらい。

 だ、だって、千冬お姉ちゃんの、大人の女性の裸だよ? セシリアよりも大人の色香が漂う大人だよ? そんな千冬お姉ちゃんの体なんて見せられたら、誰だって同じようになっちゃうよ!

 そんな私に千冬お姉ちゃんは私の腰に腕を回し、ぐいっと自分に近づけさせる。

 もう互いに裸なので、色んな部分が私の体に触れる。

 

「なんだ? 本当に興奮しているのか?」

 

 千冬お姉ちゃんが私を壁に押し付け、私の股に足を入れ、その、デリケートな部分に接触させている。

 私のその部分は同居人から中途半端に気持ちよくさせられたということもあり、デリケートな部分からは興奮の証が零れ出ていた。

 なので、千冬お姉ちゃんの脚にそれが垂れているのだ。

 

「こ、これは、か、簪とセシリアが――ひゃっ!?」

 

 二人の名前を出した途端、私の股に衝撃が走る。

 

「詩織。お前はこれから私に会いに行くというのに他の恋人とこんな風になるようなことをしていたのか?」

「ご、ごめんなさい」

「ほう、謝るということはそれが悪いことだって知っていたということだな?」

「ひゃっ!?」

 

 千冬お姉ちゃんが乱暴に私のおっぱいを揉む。

 

「全く悪い子だ、詩織は」

「ううっ」

「お前の恋人である私たちはお前のように恋人を複数人にするなんてことはせずに、お前だけを一心に想っている。その一人である私が詩織が私に会う前に他の女といちゃいちゃしていたなんて知って、どう思ったか分かるか? 嫉妬したんだぞ」

「ん、んんんっ」

 

 千冬お姉ちゃんはそう言っているが、その手は真剣な話とは反対に私を快楽へと導くためにいやらしく動いている。

 私は話を聞きながらも、二つの所から来る快楽に身をゆだね、甘い声を抑えるのに必死になっていた。

 もう何度も千冬お姉ちゃんにその声を聞かれていたけど、やっぱりその声を聞かれるのは恥ずかしいのだ。

 だけど、声を出さないようにしていたのに、千冬お姉ちゃんは無理やり声を出させようとする。

 

「詩織、ここには私とお前だけだ。声を出してもかまわんぞ? 出さないのは恥ずかしいからか?」

「ん、あっ、そ、そう……です」

「もう何度も声を聞いているぞ」

「そういう、ん、んんっ、問題じゃ……ないですっ!」

「まあ、いい」

 

 そう言って、千冬お姉ちゃんは私から離れる。

 千冬お姉ちゃんの体はちょっとだけ濡れていた。そ、その、私のアレで。

 

「お姉ちゃん、止めるんですか?」

「なんだ、やっぱりしてほしかったのか?」

 

 千冬お姉ちゃんは意地悪い笑顔を見せてそう言ってきます。

 

「うぐっ」

「冗談だ。今は風呂に入ろう。その後は……分かっているな?」

 

 その言葉の意味を理解した私はこくりと頷く。

 昨日の夜、自分の処女を失ったばかりですが、その、千冬お姉ちゃんとやりたいなという思いもあって頷いた。

 浴室へ入った私たち二人は黙々と体を洗っていく。この時、風呂ということもあり、互いに全裸であるのだが、先ほどのようなことをせずに黙々と体を洗っていたのはもちろん風呂に入った後に行われるアレのためである。

 私も千冬お姉ちゃんもそれを意識して、今の時間を体を清めることに集中していた。

 も、もうすぐ、お姉ちゃんの純潔を……。

 昨日簪の純潔を奪ったばかりの私だったが、すでに次の相手を決めて実行手前まで来ている。

 体を十分に洗った後はすぐに出て、体に付く水滴を落としていった。

 そこまでは順調だったけど、私たちの動きは止まってしまう。

 それは下着やパジャマを着るという時点である。

 止まっている理由だけどそれはこの後にする行為が関係している。内容は言わなくても分かっている通り、エッチなことだ。なので、服は正直いらない。下着もいらない。

 もちろん下着や服があることでの効果は分かっている。

 その衣類を私の手で少しずつ脱がしていくのって楽しいもん。それに反応が可愛いし。

 でも、今回はそうじゃない。

 すでに私たちの興奮度はいつもより高い、というよりもすでにその段階を終えていると言ってもいい。ただ、もっと激しく鳴る前に風呂に入るという工程が入っただけである。

 だから迷っている。

 このまま裸のままベッドへ向かうか、また下着などを着てベッドに向かうか。

 どちらも私にとってはおいしい話である。

 故に決められない。

 

「あ、あの、千冬お姉ちゃんはどっちがいいですか?」

 

 なので、同じく迷っている千冬お姉ちゃんに聞くことにした。

 

「そう、だな。バスタオル一枚がいい」

「!! わ、分かりました」

 

 な、なるほど。裸でもなく衣類でもなく、バスタオル、ですか。この選択肢はありませんでしたね。

 ということなので、私はバスタオルを自分の体に巻きつける。

 一方の千冬お姉ちゃんも一緒にバスタオル一枚の姿になっていた。

 私のほうはなんかその、詩織は可愛くて美人なんだけど、やっぱり幼さというものが出ているが、千冬お姉ちゃんからは大人の色香というものが出ていた。はっきりにいうとエロいということだ。

 わ、私のとは違う! こ、これが大人!

 また私は大人の魅力というものを見せつけられた。

 前世が男だったから分かる。これは絶対に襲いたくなる雰囲気を醸し出している。

 

「ん? どうした?」

「な、なんでもないです。ただ、ちょっと襲いたくなっただけです」

「ふふ、私も詩織を襲いたいそ?」

 

 そう言って千冬お姉ちゃんは私のおっぱいをさらりと触れます。

 

「え、エッチです」

「ふふ、今更何を言っている。これからもっと激しいことをするだろう?」

「そ、そうですけど」

 

 でも、恥ずかしいことには変わりない。

 私、きっといつまで経っても慣れないだろうな。

 

「ほら、行こう。そろそろ私も我慢できない」

「は、はい!」

 

 私は千冬お姉ちゃんに連れられて、ベッドへ行く。

 部屋は演出のためか、薄暗くなっていて、この状況も私たちを興奮させる。

 ベッドのところまで行くと千冬お姉ちゃんが私にキスをしてくる。

 

「ちゅっ」

「ん……」

 

 やっぱり最初は軽くくっ付ける程度のキス。

 そこから千冬お姉ちゃんは私の唇をむさぼるように激しくキスをしてきた。

 私は千冬お姉ちゃんにされるがままにそれを受け入れる。千冬お姉ちゃんの腕は私の腰に回され、もう片方は私のおっぱいなど、とにかく私の体を触りつづける。

 唇と体のあっちこっちからぞわぞわと快感が湧き出る。その快感に口端から僅かに私の色のある声が漏れる。

 私の手は千冬お姉ちゃんの体に巻かれているバスタオルを握り締めることしかできず、そのまま受け入れる。

 

「詩織……愛してる」

「!!」

 

 キスが終わり、私の首元や耳を甘噛みすると千冬お姉ちゃんはそう囁いた。

 好きな人から耳元で愛を囁かれて、私の体は快感で体を震わす。

 気づくと私の体はベッドの上にいて、バスタオルは今まさに広げられて自分の裸体が露になっていた。

 思わず隠そうとしたが、千冬お姉ちゃんは私に隠す暇さえも与えずに私のおっぱいにしゃぶりついてきた。

 

「ん、あんっ」

 

 先ほどよりも声が大きく、喘ぎ声らしい喘ぎ声を出してしまう。

 

 

「ちゅぱっ、ふふっ、詩織、もっと声を出していいぞ? まだ声を我慢しているみたいだが」

「や、やっぱり恥ずかし――ひゃんっ、い、いきなり吸わないでください!」

 

 いきなり吸われて変な声が出てしまった。

 

「ん、はむっ、まあ、いいじゃないか。私は先ほど言ったように他の恋人と違って、恋人としてお前と会える時間はほとんどないんだ。これくらい許せ」

「むう、わ、分かってますけどぉ」

 

 この会話の間にも千冬お姉ちゃんはちゅぱちゅぱと私のおっぱいを吸い続ける。

 一生懸命私のおっぱいを吸う千冬お姉ちゃんはなんだか可愛かった。

 でも、赤ちゃんみたいなんて思うことはできなかった。だって、吸われている側は快感があるし、吸っているほうはただ吸うだけではなくて、私に快感を与えるために舌も使ったりしておっぱいを弄るから。

 もう見たまんましか思えない。つまり、エッチなことをしているな、とか。

 

「ち、千冬お姉ちゃん! す、吸いすぎです!」

「んっ、私としてはずっと吸っていたいぞ? 詩織が嫌なら止めるが。どうする?」

「う、うう~、そ、それはずるいです! わ、私が嫌じゃないのを分かっていながらそう聞くなんて! やんっ、だ、だから話の途中で敏感なところを触んないでください!」

「ふふ、つい、な。お前の反応が面白いせいでもあるんだ。それよりも、そろそろ……」

 

 千冬お姉ちゃんは最後に私のおっぱいにキスをして、自分の顔を私の下腹部へと顔を動かした。

 まだ私の大事なところは何もされていないけど、千冬お姉ちゃんの顔が下腹部まで移動したため、その吐息が大事なところへかかる。

 み、見られてる……。

 自分の大事な部分をこんなにじっくりと見られているのは、やはり恥ずかしい。

 というか、私、恥ずかしいって思ってばかりだ。

 で、でも、恥ずかしいのは本当なのだ。仕方ない。慣れろと言われてもまだ難しいだろう。その、もっと経験を積まないと。な、慣れるといいんだけど。

 

「もう濡れているな。いや、最初からか?」

「う、うるさいです! あ、あとあまり見ないでください!」

 

 本当は隠したいのだが、脚が開かれた状態で隠すというのは私にとっては余計にエロいと感じるし、隠したところで千冬お姉ちゃんにすぐに暴かれるのは目に見えている。というか、余計に千冬お姉ちゃんを興奮させてしまうだろう。

 べ、別にそれによってさらに興奮した千冬お姉ちゃんに少々激しくされるのは、い、嫌じゃないけど、ほ、ほら! 昨日初めてを迎えたばかりだから! む、無理はいけないよね!

 

「あの、千冬お姉ちゃん。私、昨日初めてを迎えたんです」

「!! 処女じゃなくなったのか」

「は、はい。だから、今日は最後まで、いつもよりももっとしてもいいですよ」

「……そうか。なら、今日は最後までするぞ? だが、詩織。お前はそんなに乱暴にされるのが好きなのか?」

「え? ええっ?」

 

 今の会話からどうして私が乱暴にされるのが好きになるという結論になったのかが分からない。

 

「お前は自分が好きな人が他の人とエッチなことをしていたらどう思う?」

「怒ります!! その、恋人が複数人いる私が言うのもおかしな話ですが、浮気は許しません!」

「そうだろう。お前の先ほどの発言は私を嫉妬させ、その嫉妬を八つ当たりするには十分だ。それにやっぱりお前の初めてが欲しいというのはあったんだぞ。今、やっぱり無理やり奪ってやりたかったと後悔するほどだ」

「ひぐっ」

 

 そう言って千冬お姉ちゃんは私の中に指を――

 

 

 

 翌日、つまり月曜日の朝、私は目を覚ました。

 うう~、一昨日やったばかりだというのに、昨夜も最終的に攻守交替して千冬お姉ちゃんを喘ぎさせながら泣かせてしまった。そして、もちろんのこと千冬お姉ちゃんの初めては貰った。シーツにはその跡が残っている。

 やりすぎたというのは自覚しているけど、泣きながら止めてって言う千冬お姉ちゃん、可愛かったなあ。千冬お姉ちゃんは私に発言に気を付けろなんて言ったけど、そういう千冬お姉ちゃんだって昨晩は私を興奮させていた。あんな泣き顔で止めてなんて言ったら私を興奮させるだけに決まっているだろうに。

 私は昨日の夜のことを思い出しながら、となりで眠る千冬お姉ちゃんを見る。

 千冬お姉ちゃんは私と同じく全裸で、布団で体で隠す程度である。

 

「千冬お姉ちゃん、好きです。愛してます」

 

 寝ている千冬お姉ちゃんにそう言って、再び布団の中へ潜り込む。

 昨日の夜にはたくさん愛を伝えたけど、何か衝動的に言ったような感じもあったので、言っておいた。もちろん、起きたときにも言うけど、今のはただの自己満足。

 潜り込んだ私は千冬お姉ちゃんに抱きつく。

 互いに全裸なので、千冬お姉ちゃんのぬくもりを直に感じることができる。

 あったかい……。

 昨日の夜にはもっと熱くくっついていたけど、こういう熱すぎないぬくもりもいい。

 ふふっ、幸せ♪



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第97話 私、夕食を作ることが決定する

 しばらくしてそろそろ起きないと遅刻になるので、私は起きる様子のない千冬お姉ちゃんを起こすことにした。

 

「千冬お姉ちゃん、朝ですよ」

 

 私は耳元でそう言って起こす。ただ、眠りが深いようで、う~んと唸るだけで起きる様子はなかった。

 仕方ないので、体を揺さぶって起こすことにした。

 

「千冬お姉ちゃ~ん! 起きて! 朝ですよ! 遅刻しますよ!」

「う、う~ん、まだ寝たい……」

「ダメですよ! 千冬お姉ちゃんは先生なんですから休んじゃダメです!」

 

 千冬お姉ちゃんはゆっくりと目を開け、私を見る。

 寝起きのせいか、いつもの凛々しい目は、ぼんやりとした目だ。なんだか可愛い。

 

「むう、もうこんな時間か。いつもならもっと意識がはっきりしているのだがな。やっぱり詩織のせいだな」

「わ、私のせいじゃないですよ!」

「詩織が昨日、あんなにするからだ。止めろと言ったのに」

「だ、だって、千冬お姉ちゃんが泣き顔で言うから」

「!! な、泣いてない!」

「泣いてました~! 潤んだ瞳で『や、やめっ、止めて!』って言ってました~!」

「なっ! わ、私はそんな甘ったるい声で言った覚えはないぞ!」

「私、ちゃんと聞きました! そんな声でした!」

 

 あんないつもは聞かない声だったからこそ、私はさらに興奮してしまい、千冬お姉ちゃんの制止を私を興奮させるための動力としてしまったのだ。

 

「う、うぐぅ」

「というか、ほら! もう時間ですよ! シャワー浴びないと!」

 

 汗を流すようなことをしたので、そのまま登校するというのはさすがに無理である。

 私はまだ眠そうな千冬お姉ちゃんを無理やり起こすとそのまま引っ張って、浴室へと向かう。

 朝で、今回千冬お姉ちゃんが寝不足と言うことで、シャワーの湯の温度は低めにして頭の覚醒を早める。

 千冬お姉ちゃんはまだ少々覚醒していないので、私が最初に浴びる。

 ん~! このちょっと冷たいかなって感じが覚醒させてくれる!

 

「ほら、千冬お姉ちゃんも浴びてください!」

「ん、分かってる」

 

 千冬お姉ちゃんも浴びる。

 シャワーの湯を頭から浴び、その湯は千冬お姉ちゃんの体のラインに沿って流れる。

 

「目は覚めましたか?」

「ん、覚めたぞ。ただやっぱりまだ眠い」

「じゃあ、今日は早く寝てくださいね。多分、疲れていると思いますから」

「そうだな。では、明日は泊まるか?」

「そうですね。泊まります。でも、明日はゆっくり寝ましょう」

「ああ」

 

 平日にしちゃうと今日みたいになる。つまり寝不足ということだ。

 なので、休日にやろう。うん、そうしよう。

 私たちはそれから軽く体を洗って、水滴を落とす。

 私の下着と制服はもちろん持ってきているので、着替えはある。

 鞄のほうは部屋にあるので、セシリアに持ってきてもらうことにしよう。

 

「あっ、そういえばしばらく簪とセシリアと夕食が食べられないんです。千冬お姉ちゃんと食べてもいいですか?」

「いいぞ。だが、食堂で食べると問題になるが」

「あっ、大丈夫です! ここで作りますから」

 

 生徒の寮と違って、教師の寮は生徒の寮の部屋に加えて実はキッチンがあるんです。大きい訳ではありませんが、料理をするには十分なほどの広さを持ったキッチンが。

 なので、夕食くらい作ることはできる。

 もちろん、私、料理を作ることはできますよ!

 ただ、完璧の私ですが、時間がさすがに足りませんので、料理の腕はそんなに上手くないんですよね。せいぜいレシピを見て作る程度。

 まあ、私は作る側ではなくて、食べる側なんですけどね! だってお嫁さんがいますし!

 しかも、確定しているお嫁さんは三人である。一人は、まあ、料理に関しては不安だが。

 練習しているのかな?

 ともかく、そんな私が料理をするのだが、レシピがあれば作れるので問題ない。

 

「そうか。それは楽しみだな」

 

 今度は千冬お姉ちゃんの手料理も食べてみたいですね。

 あっ、でも千冬お姉ちゃんって料理を作ることってできるんだろうか? セシリアのような結果ではないことを願おう。または、作れないと正直に言ってくれるといいが。

 

「材料を見てもいいですか?」

「いや、ない。売店か本土で買ってくれ。お金は渡そう」

「分かりました。ちなみにですが、苦手なものとかありますか? あと、好きな食べ物とか」

「特にないな。好きなものも昔はあったが、最近は気にしていないから、分からない。そうだな、肉にしてくれ」

「はい。肉料理にしますね」

 

 ということで、今夜の夕食は肉料理になった。

 もちろんのこと、ここ、IS学園にはお肉などの食料が売っているなんてことはない。売店はあるけど、他よりも大きいというだけの売店で、食べ物はお菓子やパン、インスタント系である。わざわざ調理しなくても食べられるようなものばかりだ。

 なので、もし料理を作るのならば、食堂で材料を貰い、その場で作るか、本土へ行ってそこで買うしかないのだ。

 今回は本土。

 だって、食堂の食材は贅沢に使えないから。そこが残念なところである。

 まあ、弁当を作るくらいならば十分ではあるが。

 でも、私はそれでは満足できないので、本土で買う。え? レシピを見て作る程度なのに拘りすぎ? う、うるさいです! 別にいいじゃないですか! 料理は技術だけじゃなくて、素材の良さだってあるんだから!

 

「詩織、楽しみにしているぞ」

「はい! 頑張ります!」

 

 とは口で言ったものの、そう千冬お姉ちゃんに言われると緊張してしまう。というか、思わずそんなことは言わないでって言ってしまいたくなる。

 さて、それから着替えて私たちは朝食のために食堂へ向かう。

 あっ、人に見られるとダメなので、残念ですが千冬お姉ちゃんとは別行動になる。

 うう、せっかく千冬お姉ちゃんと結ばれたのに、その翌日はこのように離れ離れになるなんて……。

 くうっ、早く大人になってみんなと一緒に暮らしたい! そうしたらみんなともっといちゃいちゃできるのに!

 

「うう~、簪とセシリアといちゃいちゃしてやります!」

 

 千冬お姉ちゃんとは放課後までいちゃいちゃできないので、それを二人の恋人に向けるとする。

 食堂へ着くとすぐに二人の姿を探す。

 あっ、いた! 簪とセシリアだ!

 私はすぐさま駆け寄る。

 二人も気づいたようで、少々元気のなかった顔が元気でいっぱいになっていた。

 

「簪! セシリア!」

 

 私は二人に抱きつく。

 周りに人がいるが、この程度ならば仲良しにしか見えないので、問題はない。

 

「し、詩織、こ、ここ、人前ですわよ」

「は、恥ずかしい」

 

 まあ、二人は恥ずかしがっているけど。

 はあ~、二人の匂い~! ずっと嗅いでいたいな。

 

「おはよう、セシリア、簪」

 

 十分に二人を堪能したので、離れてそう言う。

 

「ええ、おはようですわ」

「おはよう」

 

 二人は私に向けて笑顔を向ける。

 二人とも可愛い過ぎだよ!

 

「ん? 詩織、髪が少し湿って、る?」

「あら、本当ですわね。朝風呂ですの?」

 

 セシリアは朝風呂かと思っているようだけど、簪のほうは何をしたのか察しているのか、ジト目である。

 さすが経験者。何があったか分かったようだ。

 それを教えるためか、簪がこちらにジト目を向けながら、セシリアに耳打ちする。

 簪に意味を教えてもらったセシリアは突然顔を真っ赤にさせる。

 

「は、破廉恥ですわ!!」

 

 勝手に口から出たのか、その声はとても大きく周りの生徒がこちらを何事かと見てくる。

 セシリアはその視線に気づき、慌てて口元を手で覆い隠す。

 

「セシリア、声が大きいよ」

「だ、誰のせいですの!?」

 

 セシリアが小声で言う。

 

「わ、私のせいじゃないよ。簪のせいだよ」

 

 私のせいではない。私はまだ何も言っていない。ただ、経験者である簪が勝手に言っただけだ。

 

「む、私は悪く、ない。どちらかという……と、それを察せない……オルコットが悪い」

「わ、悪くありませんわ。そ、そのわたくしはまだ、け、経験がありませんもの」

「ふっ、純情ぶっている、けど……詩織とはそれに近いことはしてる……くせに」

「う、うるさいですわ! べ、別に純情ぶってませんわ」

「だといいけど。それよりも、詩織。やっぱり……織斑先生と……した、の?」

 

 簪が恥ずかしげに聞く。

 

「う、うん」

 

 事実とはいえ、このようなことを人に言うのはとても恥ずかしかった。

 その相手が最初にやった人間であるとか関係ない。私のこの羞恥はいつまで経っても変わらないのだから。

 

「ち、ちなみに、織斑先生は初めてでしたの?」

 

 セシリアが頬を染めながら興味深そうに聞いてきた。

 やっぱりセシリアもこういう話に興味があるのだろうな。

 

「そ、それよりも、ほら、朝食食べよう! 私、お腹ペコペコだから!」

「ん、詩織の言う通り。ご飯、食べたほうが……いい」

 

 そう言う簪だけど、簪も興味があるようで、チラチラッとこちらを見てくる。

 やっぱり千冬お姉ちゃんってIS乗りなら憧れの人だから、千冬お姉ちゃんのそういう事情とか知りたいのだろう。まあ、私の分からなくはない気持ちだ。私も二人の立場だったら聞いていたに違いない。

 食べているときにでも話そう。二人は私の恋人だし、不利益になることはないだろう。もちろん、言わないようにとは言っておくけど。

 ということで、適当に朝食を頼んで、話を聞かれないようにと食堂の端っこに陣取る。

 

「それで詩織。教えてくれませんの?」

 

 セシリアが再び言う。

 先ほどは気になる様子だった簪は興味がないようにしつつも、耳だけはこちらに傾けていた。先ほどのように私の援護しないのは、自分の発言で聞けなくなることを恐れてだと思う。つまり、私が断るきっかけを作らないようにするためだろう。

 

「いいよ。でも、その、絶対に私たち以外には言ったらダメだよ?」

 

 私がそう言うと二人は一瞬だけ顔を綻ばせた。

 

「もちろんですわ。織斑先生もわたくしたちと同じですもの」

「ん、私たちは詩織の幸せを……望んでる。そんなこと、しな、い」

「ですわ」

 

 よし、信じよう!

 

「じゃあ、言うね。千冬お姉ちゃんは処女だったよ」

 

 早速結論を言う。

 

「「!!」」

 

 二人は私から発せられた事実に目を見開き、驚愕する。

 

「びっくり?」

 

 私が聞く。

 

「え、ええ。織斑先生も大人ですもの。すでに男女関係があるかと思っていましたわ」

「同じく。でも、なんだか……ありえ、そう。織斑先生は……真面目、だから」

 

 二人もまさか千冬お姉ちゃんが処女であったことに驚いていた。

 でも、まだ驚くことはあるよ。

 

「千冬お姉ちゃんって私が最初の恋人だって」

 

 そう、これである。

 千冬お姉ちゃんは簪の言うとおり真面目である。少々エッチなところもあるが、それは恋人だからであり、将来も一緒にいたいと思っているからエッチなこともしているのだと思っている。

 だから、処女であっても不思議ではないだろう。

 だが、千冬お姉ちゃんのような美人が今まで一度も恋人がいなかったとなるとそれは思わず疑問になるほどだろう。だって、千冬お姉ちゃんならば先ほど言ったように美人なので、選び放題だから。

 

「え!? どういうことですの!?」

「一人も、付き合ってない、の?」

 

 やっぱり驚いている。

 

「告白されたことは何度もあったんだけど、全部断ったんだって」

「それで……詩織が、初め、て?」

「うん。付き合ったのは私が最初だって!」

 

 やっぱり自分が好きな人の初めてであるというのはとてもうれしい。恋人たちは物ではないけど、自分のものにしたという気分になる。もちろん、そのような優越感のために恋人にしたわけではない。ちゃんと一緒にいたいとか好きとかちゃんとそういうものがあって恋人にしたのだ。

 私、本気で将来も一緒にいるつもりである。

 

「なんだか意外でしたわ」

「ん、でも、ある意味……それはいい、ことかも」

「あら、なぜですの?」

「だって、詩織は……ハーレム作ってる、けど……ちゃんと愛してくれるから」

 

 簪は自分の発言に頬を染めながら言う。私のことを言われた私も顔が熱くなる。

 恋人にそのように言われると、は、恥ずかしい……。

 評価が聞けてよかったというのはあるけど、こういう言葉をこういうときに言われると照れる。

 

「確かにそれは同意しますわ。エッチなところはありますけど、ちゃんと愛を感じますわ」

「ん、感じる」

 

 二人が私についてどんどん話してくる。

 私はただ聞いているだけなのだが、それも私のことなので顔を真っ赤にしながら聞くしかできなかった。



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第98話 私の親友、姉に怒りを覚える

 朝食中、私を赤面させる話をさせられ続けられた。

 うう、うれしいんだけど、それは私がいないところでやってほしい。は、恥ずかしすぎる……。

 食べ終わった後はいつものように三人で教室へ向かう。

 ただ、いつものように簪は途中で別れてしまうが。

 

「詩織、今日の夜、は……一緒に寝るから、ね」

 

 簪の教室の前で、簪がそう言う。

 

「うん、今日は一緒に寝ようね」

「楽し、み」

 

 簪は頬を綻ばせて言う。

 

「って、わたくしのことを忘れてません!? わたくしも一緒に寝るということを忘れては困りますわ!」

「あ、忘れてた」

「わ、忘れてたって……絶対にわざとでしょうに!」

 

 二人は喧嘩をしているように見えるが、互いに気を許しあっているからやっている行動だと私には分かる。

 

「詩織、わたくしとも一緒に寝ますわよね?」

「うん、寝るよ。三人で寝ようね」

「ええ!」

 

 セシリアはうれしそうに言った。

 

「簪、あまりセシリアに意地悪しないようにね」

「ん、分かった。ちょっとだけ……手加減する」

 

 う、うん、手加減か。ま、まあ、先ほどのやり取りを見れば、二人の仲は悪くないみたいだから少しくらいはいいかな。

 

「じゃあ、また夜にね、簪」

「ん」

 

 簪と分かれた私とセシリアは自分たちの教室へと向かう。

 

「ねえ、セシリア」

 

 教室に着くとまだ時間があったので、しばらく一緒にいることにした。そして、セシリアに話しかける。

 

「何ですの?」

「今週末はセシリアの番だよ。いい?」

「!! も、もちろんですわ」

 

 もちろんこの意味は夜のアレである。

 それをセシリアも理解しているので、顔はやや赤い。

 

「うう、わ、わたくしもついに大人に……」

 

 それを想像したのか、セシリアは身体をもじもじとさせる。

 もちろん、ただもじもじとしているだけなので、教室であるけれども、誰も不審には思わない。

 ふふふ、可愛いな。襲っちゃいたい。

 その思いが通じたのか、セシリアはさらに私に近寄って、こっそりと私と手を繋いでくる。

 

「こ、このくらいは見られても仲のいい友達ですわ」

「うん、そうだね」

 

 ただ手を繋ぐだけなのは私が満足できないので、私はセシリアの指と私の指を絡ませて、恋人繋ぎをする。

 

「!! し、詩織!」

 

 セシリアが小声でそう言ってくるが、その手はその態度と言葉とは裏腹に離れないようにと強く握ってくる。

 

「ちょっとだけだからね。いいでしょう?」

「い、言い方が卑猥ですわ。もっとありますでしょうに」

 

 何だかセシリアって思考もちょっとエッチな方向になっているかも。

 というのも、絶対に昔ならば私の言葉にそのような答えはしなかったはずだもん。やっぱり私のせいかな。

 

「おい、二人とも。あまりいちゃいちゃするな」

 

 突然、制止の声がかかる。

 その声の主は私の親友といってもいいほど仲が良くなった篠ノ之 箒である。

 箒は私の生徒会長モードと同性愛者とハーレムを作っていることなど、家族と恋人以外で唯一知っている人物である。

 まあ、ただ、私の友達であるので、私の恋人たちと箒の交流はほとんどない。偶然会うときに話すくらいかな。

 その声に反応して、セシリアがぱっと離れようとするが、もちろんのこと私がその手を放すことはない。

 

「あ、あら、篠ノ之さん。いきなりなんですの?」

 

 他人に恋人らしいところを見られたせいか、その顔は言葉とは反対に真っ赤である。

 箒もそれに気づいており、少々反応に困っていた。

 

「あ~、あまりいちゃいちゃするな。あまり見られるのは嫌だろう?」

「ふふ、嫉妬ですの?」

 

 恋人がいるセシリアに対して、箒にはまだ恋人はいない。そのためか、セシリアは強気である。

 ただ、顔真っ赤だよ。

 

「ごほん、ともかくいちゃいちゃしすぎだ」

 

 どうやら図星らしい。

 まあ、私も自分に恋人がいなくて、他の人が見せ付けるようにいちゃいちゃしていたら嫉妬してしまう。ずるいとか思って、嫌がらせの一つや二つするかもしれない。

 だって、そうじゃない? 自分が欲しい幸せが目の前にあるんだもん。手にすることができるかどうか分からない幸せ。自分は不安で仕方ないのに、それをあざ笑うかのようにその幸せを見せつけてくる。もちろん相手にそんな意図などないことは分かっている。でも、分かるからと言って自分の心を抑えられるわけではない。

 なので、箒の言いたいことも分かる。

 とはいえ、ここはIS学園である。つまり、ここの生徒の九十九パーセントは女生徒である。女だらけの学園に私たちのような同性を恋人にしている生徒がいないというわけではないが、友人か恋人かという判別はそう易くない。

 なので、私とセシリアが手を繋いでいるところを見られても、大部分が仲良しだと思うだろう。箒のように思うのは事情を知っているものか、恋人がいるものだけだろう。あと、ちょっと敏いものとか。

 

「そうですの? わたくし、このくらいのこと、普通でしたから気づきませんでしたわ」

 

 とは言っているが、やっぱりその顔は真っ赤である。このくらいのことでも恋愛初心者のセシリアには難易度が高い。

 箒のほうもセシリアの強がりに気付いているようで、言い返したりせずにただ、何と言えばいいのか困っているようだった。

 

「そ、そうか」

 

 ほら、箒も動揺してる。

 

「篠ノ之さんも早く告白したらどうですの? 色々とダメなところはあるみたいですけど、家庭的だと聞いていますわ。今の時代、女も働くときですし、優良物件の一つですわよ。あまり幼馴染だからと油断していましたら、盗られますわよ」

「わ、分かってる。私もそのために行動はしている」

 

 箒もそれはちゃんと分かっている。だから、一夏との交流を無理やり増やして一夏の好感度を上げようと頑張っている。

 今日も一夏と一緒に教室に入ってきていた。

 順調かな?

 

「というか、オルコットは何を自分が告白したように言っているんだ? 詩織に聞いたが、オルコットは告白された側じゃないか。あまり説得力がないぞ」

「うっ」

 

 箒に痛い所を突かれたセシリアは僅かに呻く。

 

「し、詩織! 篠ノ之さんがあなたの友達かもしれませんが、わたくしのこと喋りすぎですわよ!」

 

 おっと、矛先が私のほうへ向いた。

 

「あはは~、ごめんね。箒がアドバイスして欲しいって言ったから」

 

 私も告白した経験なんて前世を合わせても片手で数えるくらいだ。

 そのため、アドバイスをするとなると実際にどのような風にやったのかを言うのが多くなるのである。

 

「もちろん簡単にだからね。細かいのは言ってないよ」

「あ、当たり前ですわ」

 

 あっ、セシリアの顔が赤い。何を想像したのかな? ニヤニヤ。

 

「仲がいいな」

 

 箒が私達二人のやり取りを見て、そう呟く。

 

「えへへ、恋人だからね。箒も私の恋人になる?」

「ば、バカ。私は一夏一筋だ」

「残念」

 

 もちろんこれは軽い冗談。もう前に振られたからね。

 たまに箒が私に惚れないかな、なんて思っているけど、その程度である。本気で惚れさせようとは思ってはいない。

 

「あっ、そういえば、篠ノ之さんは篠ノ之博士の妹でしたわよね」

「……そうだが」

 

 セシリアが束お姉ちゃんの名前を出し、少々姉妹仲が悪い箒が不機嫌になりながら返事をした。

 

「あっ、そんな顔をしないでくださいませ。別に篠ノ之博士について話してくれ、とか、ISを譲ってもらえるように、とか、そういう話ではありませんわ。詩織関係ですわよ」

 

 察したセシリアがそう言うと、箒のほうはすぐに表情を戻す。

 

「あなたの姉である篠ノ之博士が詩織の恋人になりましたけど、あなたはどう思っていますの?」

「そうだな。正直に言うと意外、だな。姉さんは私と一夏と千冬さん以外の人間には興味がなかった人だからな。てっきり詩織が振られて帰ってくると思っていた。なのに、恋人になったからな」

「連絡はありましたの?」

「……あった」

 

 箒の言葉と表情には何だか嫌そうな感じが。

 

「? どうしましたの?」

 

 セシリアもそれを察したようだ。

 

「その、あの姉さんのことだから、詩織のことを何かに役立てるために恋人になったんだと思っていたんだ。だけど、その、詩織が恋人になった日の真夜中、姉さんから珍しく電話があったんだ」

 

 そう聞くとただ単に報告話にしか聞こえない。

 

「普通ですわね」

「ここからだ。最初のうちは無視していた。だが、無視しても何度もかけてくるから、仕方なく出たんだ。出た瞬間、姉さんが嬉々として、その、詩織と恋人になったことを語ったんだ」

 

 それを聞いた私はやや顔が熱くなるのを感じた。

 

「ど、どのような内容でしたの?」

「……本当に詩織のことばかりだった。詩織がどんなに可愛いのかとか、キスをしたとか、そういうものだ。初めてのキスだったとか、結婚が詩織が卒業してからだとか、妹である私があまり聞きたくはない話もあった。なぜ私が姉さんの初キスや初恋人などを知らなければならないんだ。あれは一種の拷問だ」

「そ、それは確かに拷問ですわね。実の姉のそのような情報は知ってもうれしくありませんわ」

「しかも、それを何時間もだぞ? おかげで翌日は寝不足だ」

 

 それを思い出したのか、少々不機嫌気味である。

 うん、私に妹と弟はいないけど、従姉妹たちのそんな情報を知ったらいろんな意味で不機嫌になる。あの子達の初めての恋人とかキスとか、私、許しませんよ! 早すぎです!

 こほん、とはいえ、何だかうれしいという気分はある。やっぱり本人がいないところで話されるのは本心というのがあるから、それが聞けて恥ずかしくもあるがうれしいのだ。

 

「ふふ、詩織、良かったですわね」

「うん!」

 

 うれしい。

 

「だが、詩織。姉さんの恋人になったが、会う頻度というのはどうなんだ? もう次の約束はしているのか?」

「ううん、してないよ」

「いいのか?」

「正直な話をすると嫌だけど、束お姉ちゃんに合わせるかな。私の都合で束お姉ちゃんに迷惑かけたくない」

 

 束お姉ちゃんは世界が探している人物である。下手に姿を現すと様々な勢力が動くのだ。政府だけではない。世界にいるテロ組織だって動くほどである。

 私都合で束お姉ちゃんを呼んでしまうとどうなるかなんて簡単に想像できる。もしかしたらISを快く思っていない勢力に暗殺される可能性だってあるだろう。

 それを考えると呼ぶことはできない。

 

「そう、だな。だが、きっと姉さんは詩織に会いたがっていると思うが。だから、たまには姉さんに会ってくれ。その、私にとってはあまりいい姉ではないが、それでもあの人は私の姉さんだから」

「そうだね。せっかく恋人になったんだもん。無理をいって少し会うのもいいかもしれないね」

 

 私には簪、セシリア、千冬お姉ちゃん、束お姉ちゃんと四人の恋人がいる。

 でも、だからといって、そのうちの一人に会えなくてもいいというわけではない。恋人にして満足するのではない。私はちゃんと愛したいのだ。その愛す対象はハーレムの子たち全員である。一人も欠けてはならない。

 

「そうですわね。恋人として迷惑をかけすぎない程度に会うのがよろしいですわね」

 

 セシリアもそう言ってくれる。

 

「ただ、会うときは一回だけでいいので、わたくしと更識さんの二人を連れて行ってほしいですわ」

「いいけど、なんで? あっ、挨拶とか?」

 

 その挨拶がライバル的なものではないことを祈る。一応、束お姉ちゃんもセシリアたちも私のハーレムを許してくれているけど、内心はどうなのかなんて分からないからね。

 

「違いますわ」

 

 あれ? 違う?

 

「わたくしはあなたと篠ノ之博士が恋人になった日のことについて話し合いをしたいだけですわ。ええ、怒りを交えて」

「え、え? な、なんで?」

 

 や、やっぱり束お姉ちゃんが恋人になるのは反対だったのだろうか? その気配は全くなかったのに。

 しかも、セシリアだけではなく、あの簪までも。

 

「なんでって……。もちろん詩織に怖い思いをさせたことですわ!」

 

 そこで思い浮かぶ、あのときの光景。

 ああ、なるほど。そういえば確かに怖い思いをしたなあ。謎の手紙にあのミサイル型の乗り物。もうトラウマレベルである。

 

「わたくし、大切な詩織を怖がらせておいて、怒らないほど優しくはありませんわ。それは更識さんも同じみたいですね」

 

 その言葉にうれしさを感じる。私のことを思ってくれているのだなと。

 まあ、確かに束お姉ちゃんのアレは色んな意味で悪かったからね。千冬お姉ちゃんが怒ってくれたけど、二人に怒ってもらうほうがいいかな。

 と、束お姉ちゃんに対して怒るのは二人と決まったけど、ここでまたもう一人それに怒りを露にするものがいた。

 もちろん、それは箒である。

 

「……私も行かせてもらう。まさか、姉さんがそんなことを!」

 

 箒も本気のようだ。

 これはこれで違った意味でうれしい。恋人じゃないけど、友達に、いや、親友にそのようなことを言われるのはうれしい。

 

「篠ノ之さん、そのときはよろしくお願いしますわね」

「もちろんだ」

 

 と、何だか変な友情が芽生えていた。



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第99話 私、少しずつ攻略していきます

 箒とセシリアが仲良くなった後、千冬お姉ちゃんが入ってきて、ホームルームが始まり、授業が開始する。

 いつも通り授業を終え、昼休みになる。

 さて、今日は鈴と食べる日だね!

 セシリアと簪は自分たちの友人と食べる約束をしている。

 これはもちろん私が提案したことである。恋人だから別にずっと一緒にいてもいいけど、二人にだって交友があるはず。

 なので、昼はこのようにしている。

 

「あっ、詩織!」

 

 学園の端っこにある庭に着くと私を見つけた鈴が弁当を二つ持ってこちらに駆けて来た。

 

「鈴」

 

 私が名前を呼ぶと鈴は頬を綻ばせる。

 可愛すぎる。これ、私に気があるって勘違いしちゃうレベル! というか、本当にあるんじゃないの?

 そう思わざるを得ない。

 

「詩織、弁当とかって持ってきていないわよね?」

「ええ。鈴が言ったとおり、持って来てないわ」

「よかった。その、もう見て分かると思うけど、弁当を作ったんだけど。た、食べてくれる?」

「もちろん!」

 

 大歓迎である。

 いやあ、まさか鈴が弁当を作ってくれるなんて! 一応、予想はしていたが、やっぱりこうして弁当を見るとそのうれしさというのは予想していたときよりもはるかに大きい。

 私は早速鈴から弁当を受け取る。

 鈴には私の食べる量を言ってあるので、弁当のほうも大きかった。

 この子、できる!

 

「鈴はいいお嫁さんになれるわね」

 

 つい私はそう言ってしまう。

 もちろん鈴の相手は私だけどね!

 鈴の反応とは言うと顔を真っ赤にさせていた。

 私は鈴がどのような相手を想像したのか気になった。

 もちろん、鈴からは一夏が好きだと聞いているが、最近は何だか一夏とは仲が悪いみたいだし、放課後はできるだけ鈴と一緒にいる。ちょっとぐらい私への好意があるはずだ。

 

「そ、そう?」

「ええ」

 

 だから、ちょっとだけ冗談交じりに言う。

 

「鈴のようなお嫁さんなら私が欲しいわね」

「ば、バカじゃないの!?」

 

 言葉はきついが、その反応からは嫌がっているわけじゃないというのが分かる。

 あれ? も、もしかしてこれは……私にもチャンスあり?

 どう考えても鈴のこの反応は脈ありの反応だ。もしかしたら告白すれば成功する可能性が高い。

 そう考えるとすぐにでも告白してしまいたいが、ここは我慢する。鈴には少なくとも一夏という想い人がいる。数年も想ってきたのだから、きっとすぐには返事ができないだろう。もしかしたら気まずくなる可能性だってある。

 そうならないためにも私にも鈴に好意があると言動で少しずつ伝えたほうがいいに決まっている。

 まあ、言動というか、放課後に抱き合っていたりするんだけど。

 ごほん、あれは慰めるという意味もあったけど、今度からするものは恋人がするようなことである。例えばキスとか。もちろん唇にするわけではない。頬とか額とか。

 

「そんなことよりも、食べるわよ!」

 

 鈴は私の手を引いて庭の端っこのあるベンチへと向かった。

 周りには誰もいなくて、二人きりと言っていいほどである。

 

「二人きりね」

 

 私が感想を言う。

 

「そ、そそそ、そうね!」

 

 鈴の反応は本当に私に気があるのではと思ってしまうものだ。

 やっぱり私の気があるのかな?

 それをもっと確かめたいが、今は昼食だ。

 弁当の蓋を開けるとそこにはたくさんのおかずが。鈴の祖国の料理と私の国の料理が組み合わさった料理だ。どれもおいしそうである。

 こ、これでセシリアのときみたいなオチはないよね?

 セシリアの件があるせいか、少し疑心暗鬼になっている。

 

「ど、どうしたの? な、何か苦手なものあった?」

 

 鈴が不安になって聞いてきた。

 しまった。変に疑心暗鬼になってぼーっとしていたせいで、鈴を不安がらせてしまった。

 

「いいえ、違うわ」

 

 そうだ。鈴の両親は確か料理屋をやっていたんだっけ。鈴もその手伝いをしていて、鈴が私に慰められたきっかけは料理関係だった。セシリアみたいなことを疑う必要は全くない。

 

「いただきます」

 

 さっそく食べてみる。

 

「!! 美味しいわ」

 

 やっぱり鈴の料理は美味しかった。

 私は次々と料理を口へ運んで行く。鈴の祖国の国の料理の中には初めて食べるものがいくつかあったが、私の口に合った。

 本当は鈴と楽しくおしゃべりでもしながら食べるつもりだったが、鈴の料理が美味しくてつい夢中になり、食べることに集中してしまった。

 それに気づいたのは最期の一口を口に運んだときだった。

 飲み込んだ後、鈴を見ると食べている途中だった。

 私が鈴に話しかけたのは鈴が食べ終わってからだった。

 

「えっと、ごめんなさい」

 

 まず謝る。

 

「なんで謝るの?」

「その、鈴は楽しく団欒しながら食べたいと思っていたからよ。けれど、私、食べるのに夢中だったから」

 

 私がそう言うと鈴は微笑んだ。

 

「どうしたの?」

「詩織ってば誰かのために弁当とか作ったことある?」

「ないわ。でもどうして?」

「あのね、作った側としては、自分が作ったもの、それもその人のために作った料理を美味しそうに食べているのをみるとね、結構うれしいのよね。話をするなんかよりもうれしいわ」

 

 そう言いながら微笑む鈴はその幼い容姿と裏腹に大人びていた。

 こ、これはもう誰だって惚れるのでは? なに、この子。めっちゃ大人なんだけど! 一夏のやつ、こんな良い子に悲しい思いをさせるなんて!

 いや、そのおかげでこうして仲良くなれたんだけどね。

 そんな大人びた鈴を見た私は思わず抱きしめていた。

 

「し、詩織!?」

 

 鈴が戸惑った声を出す。

 実は私も戸惑っている。なぜならば抱きついたのは自分の意思ではなく、無意識だったからだ。

 し、しまった。つい、可愛すぎて抱きしめてしまった!

 いつも抱きしめているが、これはそのときとは状況が違う。緊張に違いがある。

 私はすぐに離れた。

 鈴の顔は赤くてまだ戸惑っているようだった。

 でも、嫌がっている様子はない。

 

「ご、ごめんなさいね。つい抱きしめてしまったわ」

「だ、大丈夫よ! た、ただびっくりしただけだから!」

 

 き、気まずい……。別に悪い意味ではないのだけど、顔を合わせることができない。

 このまま時間が過ぎる。私達は何かをすることもなく、俯いて顔を合わせなかった。

 

「し、詩織、きょ、今日、部屋に行ってもいい?」

 

 突然鈴がこの空気を打ち破るためか、いきなりそう言ってきた。しかも、さらに私の服を掴んで。

 だ、大胆!

 きっとこの鈴の誘いに乗れば、放課後の私の部屋では良い雰囲気になっている可能性がある! だけど、私はこの誘いに乗ることはできなかった。

 なぜならば今日も千冬お姉ちゃんの部屋で料理を作るからである。買物があるから少しの時間も無理である。

 く、くっ、ど、どっちを選ぶべきなの!? すでに恋人の千冬お姉ちゃんか、まだ恋人ではない、しかもまだ一夏に想いを抱いている鈴か。

 実に悩ましいことである。

 だが、今日の予定を思い出し、すぐに決断した。

 

「ごめんなさい。今日は用事があるの」

 

 選んだのは千冬お姉ちゃんの用事である。鈴を選べば鈴を手に入れるきっかけの一つになるかもしれないが、すでに千冬お姉ちゃんとの約束がある。やっぱり約束は守るべきだ。

 ううっ、鈴のせっかくの誘いなのに……。き、きっとそういう意味で誘ったんだよね? そうだよね?

 そうだと思うと少々思うところがあるが。

 

「……そっか。残念だわ」

 

 本当に残念そうだ。

 それを見ると私はつい、

 

「買い物をして、料理を作るのよ。鈴も来る?」

 

 そう言っていた。

 な、何をやっているの、私!! これだと食事も一緒に食べるってことで、それはつまり千冬お姉ちゃん、私、鈴の三人で食べるってことで、私と千冬お姉ちゃんの関係をしゃべらないといけないってことで! ううっ、何か色々と失敗した!

 

「い、いいの?」

 

 鈴は一転してうれしそうだ。

 これはもう何も言えない。

 

「ええ、もちろんよ」

 

 そうとしか言えない。

 

「よかったわ! 詩織、放課後、あたしの教室の前に来てくれる? その、詩織の教室は一夏がいるから」

 

 本来ならば想い人がいる教室に行くことはうれしいはずなのだが、例の一件以来、関係がぎくしゃくしている鈴には想い人と会うことはうれしいことではないのだろう。

 ふふ、これはやっぱり私にほうが好きなのかな?

 ともかく、放課後はまずいことに鈴と一緒に行動することになった。しかも、夕食まで。

 どうしようかと思いながら、午後の授業を受けたけど、結局悩むばかりで何のいい案はでなかった。

 というわけで、単純に千冬お姉ちゃんに鈴も含めて食べることになったと報告することになった。

 いつものように誰もいない部屋でちょっとだけいちゃついたあと、それを報告すると千冬お姉ちゃんは少々拗ねてしまった。そして、少しの間、自分がどれだけ楽しみだったかと説かれた。

 

「詩織! 遅いわよ!」

 

 少々疲労した私は鈴の教室へと向かったが、教室の前にすでに鈴が仁王立ちしていて、そう言ってきた。

 うっ、こっちはこっちで怒ってるし!

 

「ごめんなさいね。ちょっと用事があって。さあ、行きましょうか」

「ええ」

 

 私達はそれからモノレールに乗った。

 今日は平日ということもあって、誰も乗っていない。私達だけである。

 ちなみにすぐ隣には鈴。

 まあ、離れるっておかしいからね。どうしてもこのように近くになる。

 肩と肩はくっついていて、手と手に至っては触れるどころか、握り合っている。

 も、もちろん私の意思じゃないよ! 鈴からやってきたことである。

 鈴は俯いているが、顔が真っ赤であるのは確認済み。

 前はよく抱き合っていて、そのときはこんなに顔を真っ赤にならなかった。

 それはこれが別の意味だから? 私をそのように思っているから?

 どちらか分からないが、そういう意味で意識している、またはし掛けているに違いないので、このままどんどん意識させていきたい。

 うん、やっぱり今日ちょっと頑張ってみようかな。

 そんな風なことを考えながら、本土に着いて、近くの大きさなスーパーへ行く。

 

「ねえ、何の料理を作るの?」

 

 私と手を繋いでいる鈴が聞く。

 この時点でもう顔は戻っている。慣れたようだ。

 

「とりあえず肉料理にしようかと思っているのだけど、どうかしら?」

「いいわね! じゃあ、酢豚作っていい?」

「いいわよ。じゃあ、鈴が酢豚を作って、私はその間にサラダでも用意するわ」

 

 もちろん私が作るサラダはすでに切られているサラダとかではない。ちゃんと自分で最初から最後まで作る。

 というわけで、早速買物を始める。

 ちなみにお米は食堂のすでに炊いてあるご飯を使う予定。ご飯はすぐにできないからね。

 

「詩織、そういえばお金はどうなの? あたし、その、あまり持ってなくて」

「心配しなくてもいいわ。私が持っているから」

 

 自由にできるお金は少ないけど、別に全くお金がないわけではない。ただ単に使いすぎないようにと制限をかけてあるだけである。

 

「だから、心配しなくてもいいわ」

「そうなの? だったら後で返すわね」

「それも別にいいわ。今日は一緒に食べるのでしょう? それに作ってくれるのでしょう? お金は返さなくていいわ」

 

 ここで私に経済力があると見せ付けたいというのもあるけど。

 いや、まあ、たった一食程度の食費を見せてもねえ。あまり私の経済力があるとはいえない。

 

「そ、そう?」

「ええ。ただ、量は三人分にしてちょうだい」

「三人分? あたしと詩織以外にもいるの?」

「ええ。でも、鈴も知っている人だから」

「ええ!? あ、あたしも知っている人!?」

 

 鈴と千冬お姉ちゃんたちの関係はもちろんのこと把握済み。一夏だけではなく、千冬お姉ちゃんとも交流があったから問題はないだろう。

 

「だ、誰?」

「ふふ、会ってからのお楽しみよ。まあ、鈴と私の知り合いなんて相当少ないけどね」

 

 正直、答えなんて簡単に出てしまう。

 だって、鈴はこのIS学園に来たばかりで、知り合いと呼べるのは少なくとも千冬お姉ちゃんと一夏の二人であり、もし他にもいても私も知っている人物だからやっぱり残るのはかなり高い確率で二人だろう。

 

「う~ん、誰かしら?」

 

 首を傾げながら鈴は考えていた。

 



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第100話 私、料理はサラダが得意です

 買い物を終えた私達はすぐに学園へ帰る。料理する時間を入れると食べるのが遅くなるからだ。

 

「ねえ、そういえばどこで食べんの?」

 

 鈴が聞いてくる。

 

「三人目の部屋よ」

「三人目、ね。誰よ? 一夏じゃ……ないわよね。あいつ、もう一人の幼馴染のご飯が美味いって自慢していたし」

 

 そう言う鈴は悲しみと怒りがあった。

 きっと、自分の好きな人が自分の料理ではなく、他の女性のを食べて喜んでいたことに悲しんで、そして、同時に自分よりも別の女がいいのかという怒りがあるのだろう。

 むむむ、やっぱり一夏、許さない。鈴にこんなに想われるなんて!

 

「鈴、一夏のことは一先ず置いておきなさい。今は私との夕食のことを考えて」

 

 そう言って、私は鈴の手をちょっとだけぎゅっと握った。

 

「わ、分かったわ」

 

 鈴は握り返す。

 さて、それから寮へ入って行く。鈴は寮の廊下を歩いている間、ちょっとそわそわしていたが、段々と向かっている先が教師のいる寮だと気づくと別の意味でそわそわし出した。

 

「ね、ねえ、この先って教師の寮じゃないの? あたしたちが勝手に入っていい場所じゃないわよ」

 

 さすがの鈴も教師相手にはそんなに強気になれないようだ。

 可愛すぎる。

 

「ええ、知っているわ。でも、私の目的地はこっちなのよ」

「ええ!? そうなの!? って、待って。あたしたちが会うのって、ま、まさか千冬さん?」

 

 なぜか恐れるように鈴は言う。

 なるほど。これが普通の生徒と鈴たちのような千冬お姉ちゃんと親しい人の違いか。

 まあ、私はその二つとは違うんだけどね!

 

「そうよ」

「うう……、最悪……」

「嫌いなの?」

 

 何か、めちゃくちゃ嫌そうだったので、聞いてみる。

 

「違うわよ。ただ、千冬さんに怒られてばっかりの記憶がインパクト強すぎて何だか苦手なのよね」

「そんなに怒られるようなことをしたの?」

「べ、別にあたしが悪い訳じゃないわよ! ほとんどが一夏よ! あいつ、あたしも立派な女の子なのに男の子がするようなことに付き合わせられたのよ」

 

 何だかその光景が思い浮かぶ。

 うん、鈴が男の子の遊びをしても何も違和感がない。むしろ女の子がするような遊びをしているほうが違和感がある。

 これは心に仕舞っておこう。さすがにこれを言ったら鈴は傷つくのは目に見えている。

 

「けれど、楽しかったんでしょう?」

「ま、まあ。誘ったのは一夏だったけど、結局はあたしが選んだもの。で、でも、それでも千冬さんは苦手。詩織はどうなのよ」

「私は好きよ」

 

 もちろんそういう意味だけどね。

 

「そうなんだ。やっぱり詩織も千冬さんのファンとか?」

「そうね。昔はそうだったわ。でも、今は違うわね」

 

 だって、恋人だもん。もちろんのこと違う。

 

「そう。あっ、そういえば詩織と千冬さんってどんな関係? 千冬さんとご飯を食べるって普通の関係じゃできないわよね?」

 

 しばらく考える鈴。

 

「まさかとは思うけど、詩織、一夏と付き合っていて、将来義理の姉妹になるから、って答えじゃないわよね?」

 

 その答えを聞いた私はつい、思わず鈴の頭を殴っていた。

 

「い、いったっ!? な、何すんのよ!」

 

 涙目の鈴がこちらを睨む。

 それではっと我に返った。

 どうも嫌な言葉を聞いたせいで、無意識に殴っていたみたいだ。

 

「ご、ごめん。つい鈴の冗談に手が出てしまったわ」

「ついで殴らないでほしいわ。めちゃくちゃ痛いじゃないの」

 

 私はすぐに殴った部分を撫でてその痛みを誤魔化せさせる。

 涙目の鈴はそれを抵抗せずに受け、少々機嫌が直ったようだ。

 

「ねえ、それでどうやって千冬さんの部屋に行くのよ。確かカメラがあったわよね?」

「ええ。でも問題ないわ。あの程度のセキュリティなら簡単よ」

「いや、ここのセキュリティ、相当固いと思うんだけど」

 

 私からしたらそんなに固くない。

 今度、私が改良しておこうか。ここは各国にとって大切な場所。テロリストも狙っているはずだし。うん、ここにはあと二年と半年以上いるから強化しておこう。恋人を危険な目に会わせるような要因は少なくしたい。

 

「あっ、か、カメラ!」

 

 ちょうど教師のいる寮の扉の前に着いて、まずドアの前にあるカメラが目に入り、鈴がそれを言う。

 

「ど、どうすんのよ」

「こうするのよ」

 

 私は何も見なかったかのように普通に入って行った。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 鈴が慌てて追いかけてくる。

 

「大丈夫よ。私たちが入ってくる映像は書き換えられているわ」

 

 あらかじめタブレット端末にそういうプログラムを入れているからである。これを持って出れば、データを改ざんできるのである。

 もちろんのこと、これはネットワークのある施設じゃないとできないことである。つまり、ネットワークを使っていないような施設では私の技術は全く役に立たないということである。

 まあ、今どきの時代、そんな施設は滅多にないけどね。

 

「……それ、大丈夫じゃないわよね? 犯罪なんじゃあ……」

「ばれるようなヘマはしないわ」

「そ、そう。あっ、あとで、あんたと千冬さんの関係、教えなさいよ」

「ええ。来たら説明するわ」

 

 もう鈴には説明しておこうと思う。

 今日だけでも何だかいい雰囲気だったしね。あわよくば告白までいきたい。もちろん、その告白ですぐに返事を得るつもりはない。私に好意があるのは確かだけど、完全に自覚しているわけではないので、きっとすぐに答えを出すことはできないはずだ。

 それに鈴には想い人がいる。すぐに私に乗り換えられるほど、鈴の一夏への想いは軽くないだろう。

 私としてはそっちだといいのだが。

 そして、ついに千冬お姉ちゃんの部屋の前に来る。鍵は合鍵を貰っているので、開けることができる。

 

「こ、ここが千冬さんの部屋……」

 

 隣で鈴が呟く。

 一方の私は簪とセシリアからの罰があるので、メイド服に着替えなければならない。

 

「鈴、私、ちょっと着替えるから先に作っててちょうだい」

「え? 着替えるって?」

 

 私は少々恥ずかしながら、メイド服を出す。

 すると鈴は目を見開いて驚く。

 

「え? 詩織ってもしかしてコスプレの趣味があったの?」

 

 鈴はやや引いているようだった。

 

「べ、別に私の趣味じゃないわ。ただ、罰ゲームよ」

「……その、言っておくけど、別にそういう趣味があってもあたし、いつも通りの関係だから」

 

 そう言っているが、私と距離が開いてある。

 私が一歩近づくと鈴が一歩下がる。

 おい。

 

「と、ともかく、罰ゲームだから私、これに着替えるわ」

「そ、そう」

 

 どうしてか、気まずい空気になってしまった。

 私はさっそく着替える。

 鏡を見て、悪いところがないか見て周り、ないことを確認して鈴の手伝いへ向かう。

 メイド服を着た私を見て、鈴はボーっと見続ける。

 

「? どうしたの?」

「な、なんでもないわ! た、ただ、綺麗よ」

「ふふ、ありがとう」

 

 どうやら私のメイド服姿に見惚れていたようだ。

 

「さあ、作りましょうか」

 

 私はさっと作る。

 私のはサラダなので、ポテトサラダやキャベツを微塵切りにしたサラダを作るだけだ。なので、私のはすぐに終わる。

 私、サラダだけは手伝いでよく作っていたので、その手際もいいのだ。

 え? なんでサラダだけ? それは母の手際のほうが良すぎて、私が手伝い暇がなかったからだ。私もいつでも手伝えるという訳ではなかったのもあるが。

 で、一方の鈴のほうだが、こちらは酢豚やそのほかのおかずや汁物を同時進行して作っていた。すでにほぼ終わりかけである。

 ぐっ、これが私との違いか!

 おかげで手伝えることがない。むしろ、手伝ってしまえば足手まといになる。

 

「そういえばさ」

 

 鈴が料理をしながら言う。

 

「なんで千冬さんの部屋に詩織のメイド服があんの? ここって、詩織の部屋じゃないわよね?」

「……そうよ」

「本当にどういう関係?」

「まだ秘密よ。織斑先生が来てから話すわ」

「とても気になるわね」

 

 さて、作り始めてそろそろ終わりかけという時間に千冬お姉ちゃんが帰ってきた。

 私はさっそく迎えに行く。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

 今の私はメイドなので、こういうのももちろんする。昨日は千冬お姉ちゃんがすでにいたからこれ、できなかったからね。今日はすでに部屋に私がいたので、することができた。

 予告なしの私のお帰りなさいに、千冬お姉ちゃんが私に抱きついてきた。

 

「にゃっ!?」

「全く詩織。お前は私に襲って欲しいのか? そんな姿でそんなことを言われたら私が我慢できなくなる」

 

 千冬お姉ちゃんは私を抱きしめ、私の体を弄る。

 その部分は私の胸やお尻も含まれていた。

 

「ま、待ってください。鈴がキッチンにいるんです。ば、ばれたら……」

 

 小声で千冬お姉ちゃんに言う。

 だけど、千冬お姉ちゃんは全く止めてくれない。

 

「ばれてもいいかもしれないな。私だって独占欲があるんだ。それでお前の恋人が一人減るのならばちょうどいい」

「うう~、だ、だとしてもです! 鈴には好きな人がいるんですから、友人のままで終わるかもしれないじゃないですか!」

 

 これから鈴に全てを打ち明けるのだが、それは今は置いておく。

 今はとりあえず千冬お姉ちゃんを引き剥がそう。

 

「というわけで離れてください!」

 

 もう物理的に離れさせる。

 引き剥がされた千冬お姉ちゃんは名残惜しそうだったが、それは私だって同じである。鈴がいなければもうちょっとそうしていたかった。

 

「ほら、千冬お姉ちゃん、料理もできていますから、一緒に食べましょう?」

「私は二人きりがよかった」

 

 拗ねたように千冬お姉ちゃんがそう言う。

 

「うぐっ、ご、ごめんなさい。明日は二人きりですから」

「だといいが」

 

 拗ねているせいか、優しさがない……。

 ともかく、千冬お姉ちゃんと二人でリビングに当たる部屋へ入る。

 そこにはすでに鈴が料理を盛り付け終わって、並べ終えていた。

 

「ち、千冬さん、お帰りなさい!」

 

 鈴はどこぞの軍隊を思わせるかのようにびしっと背筋を伸ばし、深く頭を下げてそう言った。

 なんだか、誤解されそうな光景である。

 

「ん、ただいま」

 

 千冬さんは鈴を見て返事をした。

 その様子を見る私なのだが、何だか不思議な気分である。

 私の記憶の中の千冬お姉ちゃんは主に恋人としての千冬お姉ちゃんでいっぱいなので、このような他人行儀な千冬お姉ちゃんは新鮮なのだ。

 まあ、それも仕方ない。教師としての千冬お姉ちゃんと話す機会なんてそもそもなかったからね。それに比べて恋人になってからは結構スキンシップするようになったのだ。思い出の質としても恋人としてのほうが高い。

 これが……普通の人の距離なんだろうな。

 一応、鈴と千冬お姉ちゃんは鈴が小学生にいるときに交流があったって聞いたけど、この様子だと千冬お姉ちゃんは、鈴の親しくしているお姉ちゃんではなく、鈴の保護者的な立場であったんだろうなと分かる。

 まあ、普通に考えてそうだよね。友達の姉と仲良くなるってなんだ。普通に考えて意味が分かんない。というか、接点があまりない。というか、というか、年の差があるし。

 そんなことを考えていると鈴が千冬お姉ちゃんにペコペコ頭を下げながら私に近づいてきた。

 

「ちょ、ちょっと! なんであたしばっかり対応してんの!? あたし、千冬さん苦手なの! 詩織もさっさと来なさいよ!」

「はいはい」

 

 私は二人の輪に入る。

 

「さあ、食べようか」

 

 千冬お姉ちゃんがそう言い出して、私達三人はテーブルの席に着いた。

 こうして改めて見ると、うん、どれも美味しそうだ。しかも、鈴が料理に手馴れているせいか、思わず母の料理を思い出す。

 で、食べてみるとやっぱり美味しかった。特に酢豚は一夏にプロポーズの言葉にするだけあって、とても美味しい。

 

「ふむ、鈴も腕を上げたようだな」

 

 食べていた千冬お姉ちゃんが感想を言う。

 千冬お姉ちゃんはプライベートでは名前で呼ぶんだね。しかも、鈴って。

 

「そ、そうですか」

 

 評価をいただいたほうの鈴はまだ緊張しているようだった。

 

「ああ。鈴はいいお嫁さんになるな」

「そうですか!」

 

 それを聞いた鈴はうれしそうに言う。

 だって、一夏のお姉さんに認められたってことだもんね。

 今、私、鈴に嫉妬している。

 だって、千冬お姉ちゃんにいいお嫁さんになれるなんて言われたんだもん。それ、私が言ってもらいたい言葉なのに!!

 幸いにも隣に千冬お姉ちゃんが座っていたので、こっそりと足を踏む。

 軽く踏まれた千冬お姉ちゃんは僅かに顔を歪め、私に顔を向ける。

 何をすると言っているような顔で、どうやら私の行動の原因を理解していない。なので、ぷいっと顔を背けて不機嫌アピールをする。



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第101話 私、つい告白してしまう

 不機嫌な私であったが、鈴には悟らせずに二人との会話を続けた。

 さて、食べ終わると鈴が再び話を始める。

 

「ところで、千冬さん。詩織とどういう関係なんですか?」

 

 そう、鈴が気になっていた私と千冬お姉ちゃんの関係である。

 聞かれた千冬お姉ちゃんはちらりと私を見る。

 私に判断を窺いたいのだと理解した。というわけで、私から説明させてもらおう。

 

「私が説明するわ」

 

 ちょっと緊張している。

 だって、私の性癖とか色々これからしゃべるんだもん。いわば告白である。やっぱり緊張するに決まっている。

 

「詩織が?」

「ええ。これには私が適任だから」

 

 何せ私、ハーレムの主だもん。説明するのは私が相応しいだろうな。

 

「まず、最初にあなたの質問に答える前に私のことを話しておくわ」

「え? 詩織の? 関係があんの?」

「ええ。十分関係あるわ」

 

 むしろ私のことを話さなければ意味がない。

 

「まず最初に私、同性愛者なの」

 

 言った。ついに言った。

 私の心臓はもう激しく鳴っている。激しい緊張で変な汗も。

 

「………………え?」

 

 それを聞いた鈴は時間がかかって内容を読み込めたようだ。ただ、理解しているようには見えない。

 

「え? ええっ? ま、待って。り、理解しきれない。わ、分かりやすく言って」

「分かりやすく、ね。分かったわ」

 

 言葉では脳が混乱して分からないようだから行動で教えようか。

 ならその行動はキスがいいよね! だって、キスは同性でもしないから。え? ハグ? これは友達同士でもやる。ほら、現に鈴と抱き合っていたし。

 というわけでキスである。

 でも、キスは鈴にするというわけでは、もちろんない。私のキスの相手は千冬お姉ちゃんである。

 千冬お姉ちゃんが鈴の詳しく知っている人物ということもあるから、千冬お姉ちゃんとキスすれば鈴もよく理解できるだろうな。

 私は千冬お姉ちゃんに顔を向ける。

 ただ、それだけでは伝わらなかったみたいなので、千冬お姉ちゃんの手を取るとぐいっと引っ張って、こちらに寄せた。

 

「し、詩織」

「キスします」

「ま、待て! 鈴がいるぞ!?」

「分かってますよ。話、聞いてたでしょう? 説明するにはこれが一番なんです」

「だ、だが」

「恥ずかしいのは分かります。私だって恥ずかしいです。一緒ですよ」

 

 千冬お姉ちゃんは渋々受け入れてくれた。

 鈴は私たちを見ている。

 それを確認した私はお姉ちゃんの唇にチュッとキスをした。

 

「!!」

 

 その光景を見た鈴が驚くのが分かる。

 だけど、こんな短いキスではなく、もうちょっと長いキスのほうがいいだろう。

 そう思って、もう一回キスをする。言ったとおり、長いキスである。

 

「!!!!」

 

 さらに恋人らしいキスを見せられた鈴はさっきよりも驚いているようだ。

 私からのキスだけど、千冬お姉ちゃんもキスしているうちに乗り気になったのか、それとも、私たちの関係をはっきりさせるためか、私の腰に腕を回して、体を密着させてくれる。

 ま、まずいなあ。こ、このまま続けちゃうと我慢できなくなるよ。

 ということなので、いつまでも離れてくれない千冬お姉ちゃんを力技で離れさせた。

 

「ぷはっ、どう? これで信じてもらえたかしら?」

 

 私は口元の涎を拭いながら鈴に聞く。

 鈴は顔を真っ赤にして固まっていた。

 むむ、刺激が強すぎたかな?

 鈴が元に戻ったのはしばらくしてからである。

 

「わ、分かったわ。ええ、詩織が同性愛者で、二人の関係が恋人だってことも」

 

 あっ、そういえば私と千冬お姉ちゃんの関係も、私が同性愛者というのを証明するのに一緒に証明してしまった。

 

「ええ。そうよ。私たちの関係は恋人よ」

「な、納得したわ」

 

 鈴の顔はまだ赤い。

 

「引いた?」

 

 私は思わず聞く。

 

「……ちょっとだけ」

 

 鈴は正直に答えた。

 ちょっとショックを受けたが、それが当たり前である。それに鈴は行動にそれを出していないのだから、まだいい方だろう。

 

「その、千冬さん。一夏はこのことを?」

「いや、知らない」

 

 千冬さんが口元を整えながら答える。

 

「言わないんですか?」

「いつかは言うが、今は……恥ずかしいからな」

 

 千冬お姉ちゃんが顔をやや赤くする。

 可愛い。襲いたいな。

 

「な、なんだか、千冬さんのそんな反応、新鮮です」

「そ、そうか?」

「ええ。その、ノーマルな私でも可愛いって思うほどです」

 

 何だか千冬お姉ちゃんの可愛さを理解してもらってうれしいけど、その可愛さを知られることになったことに少々嫉妬する。

 やっぱり恋人の笑顔などは独占したいというのがある。

 

「そういえば、詩織。いつまでそのままなのだ? 鈴しかいないし、私たちの関係はもう話した。いつものお前でいいぞ」

 

 それは生徒会長モードを解除しろということである。

 

「分かりました」

 

 そう言って、私は解除した。

 

「? あれ? 詩織、なんかした?」

 

 解いた瞬間、鈴が私を見て、首を傾げる。

 どうやら、鈴は私の変化に気づいたみたい。

 

「へえ、気づくんだね」

「!? な、何か変わってない!?」

 

 鈴は驚く。

 

「うん、変わったよ。こっちが、う~ん、本来の私?」

 

 ちょっと疑問系になる。

 だって、生徒会長モードは前にも説明したように口調と雰囲気を変えただけであって、別に偽りの姿というわけではないから。

 まあ、これを他の人に言っても、よく理解できないことだから偽りの姿と言われてもしょうがないとは思っている。

 でも、私の中身がどっちのときも一緒であると理解はしてほしいけどね。

 

「な、何だか、めちゃくちゃ――えっと、何て言うの? 可愛くなった?」

「ほう、鈴も分かるのか?」

「え? 分かるのかって?」

「詩織の雰囲気が変わった時点で分かるのは、今のところ篠ノ之 箒と私と他の詩織の恋人たちだけだ」

「へえ、そうなんですか」

 

 とはいえ、それはただ単にそこまで仲がいい人物が少ないだけであって、私がもっと箒のような関係の友人を作れば、私の違いが分かる人は増えると思うが、今の私にそのような気はない。

 別に友人を作りたくはないというわけではないけど、私の違いが分かるほどの人を作りたくはないのだ。

 

「――って、え? ちょっと待ってください。し、千冬さん? な、何て言いました? 『私と他の詩織の恋人たち(・・)』って言いました?」

「ん? ああ、言ったぞ」

「え、ええ!! ど、どういうことよ、詩織!」

 

 鈴が私に近づき、そう言った。

 

「言ってなかったね。私、ハーレムを作ってるんだよ」

「は、ハーレム?」

「そう。私の夢がハーレムを作ることなんだよ。好きな人たちと一緒に幸せに暮らしたいの。で、そのハーレムの子たちを私はこの学園で探しているんだよ」

「……そ、そうなんだ。というか、そういう理由でこの学園に来たの?」

「そうだよ。女子高なんてたくさんあるけど、いるのは日本人の子だけだからね。それに対してこっちはIS学園。世界中の子達が集まるんだよ。本来ならば会えないはずの子と会える。ある意味運命じゃない? だから私はここを選んだ」

「な、何か詩織の本気が見えるわね。って、待って」

 

 鈴が真面目な顔になる。

 

「詩織って同性愛者で、ここにはハーレムを作るために来たのよね?」

「うん!」

「……も、もしかして、あ、あたしもその候補とかだったりする?」

 

 その鈴の言葉に笑顔のまま固まる私。

 ど、どうしよう……。一応、今日全てを話して、鈴に告白、またはそれに近いことを言おうと決めていたけども! で、でも! こ、このパターンは予想してなかった!

 こ、この流れで言っちゃう!? 言っちゃうの!? てっきり私は鈴を部屋に送るときに寄り道でもしてからそのときに言うとか思ってたのに!

 そのまま沈黙が続く。

 その沈黙を破ったのは――

 

「ごほん、詩織」

 

 千冬お姉ちゃんだった。

 ただ、そう言っただけだったが、私の硬直も解ける。

 そして、私は自然と勝手に、

 

「うん、鈴も私のハーレム候補だよ」

 

 と、答えていた。

 って、私、何普通に答えているの!?

 それを聞いた鈴のほうは顔が真っ赤だ。ある意味告白を受けたというわけだもんね。

 ど、どうしよう……。い、いや、言ってしまったのだからもうこの勢いに乗って私の想いを鈴に伝えよう!

 私は鈴に近づき、その頬に手を当てる。

 鈴は頬に私の手が触れた瞬間、びくりと震えた。

 

「鈴、私、ずっとあなたのこと気になっていたんだよ」

「それって……」

「好きってこと。ねえ、鈴が一夏のこと、好きだって知っているけど、私じゃダメ? 私、鈴のこと、一生愛するよ?」

「あ、あたしは……」

 

 鈴の顔は真っ赤のままだ。

 私の言葉に嫌がっている様子はない。

 やっぱり私への好感度はとても高いみたい。さっきみたいに引いたりはせずに、恥ずかしがっているだけだった。

 ただ、すぐに答えがでないのは、もちろんのこと一夏への想いが大きいからだろう。

 ちっ。

 

「別に今、答えださなくていいよ。私はずっと待ってるからね。もし私の恋人になるとき、それが一夏に振られたからって理由でもいいよ。私は受け入れるから」

 

 もちろんのこと、鈴に私に対する恋心がなくていいというわけではない。あったほうがいいに決まっている。

 だけど、それは最終的にである。とりあえず恋人にしておくというのは別に私の中では問題ない。

 うん、問題はないけど、本当のことを言えば恋心があってから恋人になってほしいけど。

 

「分かったわ。で、でも、ほ、本当に、好き、なの?」

「うん。好き」

「ど、どのくらい?」

 

 まだ答えない鈴だけど、私の鈴に対する想いの本気度は気になるらしい。

 

「そうだね。死ぬまでの未来を考えるくらい」

 

 すると鈴はさらに顔を真っ赤にさせ、顔を俯かせた。

 どうやらその言葉の意味が理解したようだ。

 

「そこまで? その、詩織のその思いを貶すってわけじゃないけど、学生の付き合い何だからもっと軽くても――」

「私は無理!」

 

 私は鈴の言葉を途中で遮って言う。

 

「恋人になるんだよ? キスだってするんだよ? え、エッチなことだってやるんだよ? 私には将来を考えないでそんなことできないよ。だから、私は恋人になった子をどんな理由であろうとも決して放さない」

 

 私の考えはきっと現代では重いのかもしれないけど、私はやっぱりこの考えを大切にしたい。箒も同じ考えである。

 

「鈴、詩織はハーレムを作るという欠点はあるが、その、将来の相手として不足はないぞ?」

 

 私を応援してくれるためか、千冬お姉ちゃんがそう言う。

 私の恋人は私の味方である。多分。

 

「ち、千冬さんまでそんなことを言うなんて……」

 

 鈴にとっては自分の知っている千冬お姉ちゃんと違ったのだろうなあ。

 

「鈴、私はさっき言ったように答えは今じゃなくて良いから。ずっと待っているよ」

「……そう」

 

 返事はそれだけだったが、それで十分である。というか、それ以外に何を言えるし。

 ともかく、一先ず鈴への告白(?)は無事(?)に終えた。

 

「じゃあ、鈴。お風呂に一緒にお風呂入ろうか」

 

 夕食も食べたし、言いたいことも言ったので、後は帰るくらいしかない。

 でも、お風呂はまだなので、鈴と一緒に入りたいと思った。

 千冬お姉ちゃんは誘ってない。だって千冬お姉ちゃんはちょっと周りに人気過ぎるから。

 なので、千冬お姉ちゃんはとても拗ねている。

 可愛すぎる。千冬お姉ちゃんはそれを理解しているのだろうか。

 

「え、えぇ!?」

 

 一方の鈴は驚愕している。

 

「ま、待って。詩織はあたしに告白したのよね?」

「そうだね。あまりいい雰囲気じゃなかったけど」

 

 良い雰囲気で告白できなかったので、そこは反省点だけど。まだチャンスあるかな?

 

「その、あたしとしてはあたしのことを好きな人と一緒に入るのは、わ、悪いけど、抵抗があるんだけど。その、性的に見られるって意味で」

「大丈夫! 見ることはあっても襲ったりなんかしないよ!」

 

 無理やりなんてそういうプレイでない限りやらない。

 

「今は友人同士だからね。一緒に入ろう? いいよね?」

「……そうね。分かったわ。でも! 変なことをしたら絶対に許さないから!」

「うん!」

 

 ということで、鈴と一緒に風呂に入ることになった。

 



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第102話 私、裸の付き合いでさらに仲を深める

 風呂に一緒に入ることになった私と鈴は、さっそく風呂の準備をする。

 とは言っても、互いに新しい下着などは持ってきていないので、一旦自分の部屋へ戻ることになる。

 戻る際には鈴がいるというのに千冬お姉ちゃんからキスを強請られて、つい鈴の前でキスをしてしまった。

 目の前でキスを見せつけられた鈴の顔は真っ赤で、初心だなと思ったが。

 

「ね、ねえ、千冬さんっていつもああなの?」

 

 千冬お姉ちゃんの部屋から一緒に出た鈴が聞く。

 

「そうだよ。二人きりになったらキスとかハグとかしてくるよ」

「うわあ、そ、そうなんだ」

 

 何だか千冬お姉ちゃんの自分も知らない姿を見て、鈴の中で千冬お姉ちゃんのイメージがガラガラっと崩れたような気がする。だって、鈴、今、ちょっと引いているんだもん。

 

「ていうかさ、何で詩織は千冬さんのこと、『千冬お姉ちゃん』って呼ぶの? 普通、名前だけじゃない? さんは付けるかもしれないけど」

 

 この通り、私が千冬お姉ちゃんって呼ぶことを鈴はすでに知っている。

 

「ああ、それはね、前に……う~ん」

 

 これを説明するには束お姉ちゃんのことを話さないといけない。

 躊躇うのは鈴がISの代表候補性であり、まだ鈴が恋人ではないからだろう。つまり、私は鈴にISを作った人物であり、世界が探す人物である、束お姉ちゃんの情報を小さいながらも渡していいのだろうかということである。

 私だって鈴のことを信じたいが、私も一度は責任ある大人になった経験のある私である。

 いや、まあ、そんな人間が何ハーレム作ってんだとか、何勝手にハッキングしてんだとか言われたら困るけど。

 ともかく、その私からすると鈴は微妙なんですよね。

 何せ相談相手、または仲のいい友達程度の関係で、親友、または恋人という私の信頼できるレベルには全く達していないのだから。

 う~ん、どうしよう。

 いや、待て。ここは鈴に聞いてみよう。

 

「鈴って一夏のこと好きなんだよね?」

「え? う、うん」

 

 少々躊躇いがあったのは私が鈴のことを好きだと言ったせいだろうか?

 

「じゃあ、一夏が不幸になるのは嫌だよね?」

「当り前よ!」

「じゃあ、言っても大丈夫かな」

 

 束お姉ちゃんの情報、つまり会い方を鈴が自国に渡せば、千冬お姉ちゃんはきっと面倒なことになるに違いない。

 前に千冬お姉ちゃんに聞いたけど、前は確かに各国からそういう情報を引き出すようなことがあったみたい。時には攫われそうになったとか。または殺されかけたりとか。

 今は無駄と分かったのかそういう人は来ないと聞いた。

 でも、いくら無事とはいえ、いつもそうではないのは確かである。きっと千冬お姉ちゃんが怪我をしたことを知れば、一夏は間違いなく悲しむだろう。

 そして、鈴から先ほど聞いた言葉を信用すれば、鈴だって一夏が悲しむ姿は見たくないはず。

 つまり、私が束お姉ちゃんのことを話しても問題ないということである。

 

「私の初恋の人なんだけど――」

「ん? 初恋の人? 関係があるの?」

「あるよ。とは言っても、呼ぶきっかけの一つってくらいだけど」

「そうなんだ。で、初恋の人って誰? 聞いてもいい?」

「いいよ。というか、話の続きになるかな。で、初恋の人なんだけど、じ、実は、そ、その、束お姉ちゃんなんだよね」

「束お姉ちゃん? …………。って! もしかして篠ノ之博士!?」

「そうだよ」

「というか、お姉ちゃん!? ま、まさかとは思うけど篠ノ之博士も詩織の?」

「えへへ、そうだよ! 私の恋人!」

「うそっ!?」

 

 鈴がとても驚いていた。

 

「本当だよ」

「ね、ねえ、詩織って世界征服とか企んでないわよね?」

「むう、企んでないよ!」

 

 前にも言われたけど、そんなことするわけがない。

 そんなことよりも恋人に囲まれていちゃいちゃしたい。そして、えへへ~。

 

「で、話戻すけど、束お姉ちゃんに会いに行くために、千冬お姉ちゃんと一緒に行動してたの。あっ、千冬お姉ちゃんはこのときはまだ恋人じゃないよ」

「ふ~ん、なるほどね。篠ノ之博士に会いに行くのに、詩織一人じゃ無理だものね」

「うん。それで、二人きりになることが多かったんだけど、そのときにくっついていたときについ『お姉ちゃん』って言っちゃったんだよね。それで呼ぶようになったの」

「うん、なるほどね。分かりたくはないけど、分かったわ。ええ」

 

 あの時、つい私が呼ばなかったら、もしかしたら『千冬さん』って言っていたかもしれない。千冬お姉ちゃんと呼びなれた今だと、それは何だか距離を感じる気がする。だとしたら、あのとき、恥ずかしかったけど、『お姉ちゃん』と呼んでよかったと思う。

 

「で、言っておくけど、これ、ほかの人にしゃべったらダメだからね」

「当たり前よ。恥ずかしくてしゃべれるわけがないでしょう」

「そうだけど、そうじゃなくて、束お姉ちゃんのこと。絶対に言わないで」

「分かっているわ」

 

 私のいつにも増して真剣な言葉に鈴もいつも以上に真剣に答えた。

 私はそれを信じよう。

 

「よかった」

「それで、詩織。他の恋人たちってあと何人いんの? 篠ノ之博士と千冬さんの二人以外にもいるんでしょう?」

「うん、あと二人いるよ」

「……あと二人って……。あんたって可愛い顔して、やることはやっているのね」

「えへへ、ありがとう!」

「褒めてないってば……」

 

 さて、それから私達は一旦自分の部屋に戻って、すぐにお風呂の準備をして大浴場の前で鈴と合流する。

 

「鈴と一緒にお風呂とか私、楽しみだよ!」

「あたしは複雑だけどね」

 

 私達はすぐに裸になって、中へ入る。

 脱衣所にはもちろんのこと、大浴場にも生徒たちがいる。

 自分の裸体を隠す人もいれば、堂々としている人もいる。

 ちなみに私は前者である。さすがに私も誰でも構わず見せるという訳ではない。とは言っても、別にがっちり隠している訳でもない。ただ、タオルを前にしているだけだ。

 

「鈴、こっちが空いてる。こっち行こう?」

「ええ」

 

 同じく前を隠している鈴を連れて、空いているシャワーのところへ行く。

 この大浴場は全学年の生徒が入れることを想定しているので、とてもでかい。なので、浴場の端から端までが結構な長さだったりもする。

 もちろん、こんなにでかいので、大浴場を二つにすればいいのではと一度はその案がでたらしいが、その代わり、様々なお風呂があるということでそのままになったらしい。実際、ジェットバスや底が深い風呂などいろいろとある。

 うん、確かにこれだけお風呂があるならばでかくてもいい。

 

「詩織、ここでいいんじゃない?」

「そうだね」

 

 私達は風呂椅子に座って、さっそく体を洗っていく。

 

「……詩織って何かスタイルいいよね」

 

 体を洗っていると鈴が私の裸体をじっと見ながら鈴が言った。

 

「そう?」

 

 私はそう答えるが、心の中では当たり前だと思っていた。

 何せ私の、月山 詩織の体だもん! 可愛すぎて美人過ぎる詩織! もちろんのことスタイルだっていいに決まっている! いつも鏡で見ているけど、いつもそう思う。

 ああ、なんで双子じゃなかったのだろうか。双子だったら

 

「そうよ。何だか羨ましいわ」

「鈴だって可愛いよ」

 

 鈴は小柄で、その胸は、その、うん、ひ、平べったい。も、もちろん、ちょっとあるよ! あ、ある、はず。私の恋人の中で、胸の小さい簪と比べても鈴の胸は小さいが。

 だって、簪は、鈴には悪いけど、揉めるほどの大きさがあるんだもん。

 それに比べて、鈴はそんなに揉めそうにない。

 まあ、私、別に胸に拘っている訳じゃないけどね。

 

「ね、ねえ、その、胸ってどうやったら大きくなるの?」

 

 どうやら鈴は時分の胸にコンプレックスがあるようだ。

 

「気にしてるの?」

「あ、当たり前よ!」

 

 鈴は自分の胸を揉んで、揉んでも大して形の変わらない胸を見せ付ける。

 鈴、私、同性愛者なんだよ。そして、鈴のこと好きなんだよ。それはつまり、鈴の小さな胸でも十分に興奮するということである。

 なのに、鈴は自分の胸が小さいことを示すために、私の目の前で自分の胸を揉んできた。

 鈴はまだ分かってないみたいだね。

 私は周りの視線がないことを素早く確認すると、私は鈴のその小さな胸を揉んだ。

 モミモミ、モミモミ。

 うん、揉み応えが少ない。

 と、私が揉んでいると、ようやく自分の状況ができた鈴が顔を羞恥で赤く染める。

 

「な、何すんのよ!」

 

 鈴は私の手を払い、胸を両手で押さえた。

 

「何をって胸を揉んだだけだよ」

「も、揉んだだけって……。何考えてんのよ! 詩織、まだ恋人でもない相手を襲うなんて最低よ!」

 

 鈴は怒っているようだ。

 だけど、

 

「そういう鈴だって、私の目の前で何をやっていた? 鈴は自分の胸で私が興奮しないと思って、自分の胸を揉んでコンプレックスを見せたかったみたいだけど、私、鈴が好きだって言ったよね? 目の前でそんな行動を見せられたら、私だって我慢できなくなるよ。もしかして興奮しないって思った? だとしたら間違いだよ。胸が小さいとか関係ない。鈴は十分に魅力的なんだよ」

「!! つ、つまりあたしにも問題があったって言いたいの?」

「うん」

 

 じっと私達は互いに見つめあう。

 

「……あたしも悪かったわ。確かにあたしの行動は軽はずみだったわ。そ、そうよね。あたしも詩織が目の前で自分の胸を揉んでたら、変な気分になるし」

「だよね!」

「でも! だからっていきなり胸を揉むっていうのはない!」

「うぐっ、千冬お姉ちゃんとキスしたから、ちょっと我慢できなかった。ごめん」

 

 いつもならば揉んだりせずに、別の方法をやっていたはず。

 なのに、今回は千冬お姉ちゃんとちょっとだけしかキスできなかった。そのせいで私の中の性欲が膨らんだままで、その膨らみが治まる時間もなく、鈴が誘惑してきたために鈴の胸を揉んでしまっていた。

 

「別にいいわ」

「ありがとうね」

「ええ。ほら、洗いましょう」

 

 そうして、体などを洗い終えた私達は湯船に浸かることにした。

 

「ふにゃあ~、気持ちいい~」

 

 いつもは恋人たちといちゃいちゃするために自室のシャワーのみだからこうして久しぶりに湯に浸かるのは気持ちがいい。

 そのせいか、思わず声も出てしまう。

 

「……やっぱり今の詩織っていつもと違うから違和感があるわね」

「鈴が前のほうがいいって言うんなら戻すけど、どうする?」

「今のままでいいわ。別に昔の詩織が嫌いというわけじゃないけど、あたしとしては今のほうが何かしっくり来るから」

「じゃあ、これからもこれでいくね」

 

 私達はのんびりと過ごす。

 隣には鈴がいて、その距離はとても近い。肌と肌が触れ合うほどである。

 先ほどの言葉を忘れたのかと言いたいほどである。

 ……分かっているよね? そ、それとも分かっていて、わざとなの? 私を試しているの?

 ともかく暴走しないように気を付けよう。

 

「ねえ、鈴。私の恋人にならない?」

「……いきなり何よ」

「いや、裸の付き合いしているし、今言ったらいい答えが貰えるかなと思って」

「なら、答えるけど、無理よ。別にあんたのこと嫌いとかじゃないけど、今はあたしには一夏がいるのよ。その想いがあるから詩織の望む答えは出ないわよ」

「その言い方だと一夏への想いがなくなれば私が望む答えをくれるってこと?」

「多分ね」

 

 その鈴の答えに喜びを隠せない。

 やっぱり鈴の好感度は一夏がいなければ恋人になっていいくらいほどの高さがあるらしい。

 だが、やっぱり邪魔をするのが一夏。

 

「鈴にそう言われちゃうと、私、結構期待しちゃうよ」

「別にあたしはまだ詩織の恋人になるって決まった訳じゃないわよ」

「えへへ、そうだけど、やっぱり私の恋人になってくれる可能性があるんだもん。喜ぶよ! 鈴だって脈ありだったら喜ぶでしょう?」

「うっ、そりゃ喜ぶけどさ」

「でしょう!」

「で、でも! 目の前で自分が関係していることに喜ばれても、こ、困るわ! 詩織だって目の前であんたの恋人たちから詩織の好きなところなんて言われたら困るしはずかしいでしょう!」

「た、確かに」

 

 目の前で恋人たちが私の話なんてされたら、確かに恥ずかしいし、どんな反応をすればいいのか困る。

 

「というわけだから、この話はお終いよ」

「は~い」

 

 この後は互いに女の子らしい内容の会話をして、お風呂をゆっくりと堪能した。



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第103話 私、朝から興奮してました

 お風呂から上がった私達は寝巻きに着替えて、脱衣所にある自動販売機から冷たいジュースを買って、それを二人並んで飲む。

 う~ん、美味い! やっぱり火照った体には冷たい飲み物が最高!

 私が飲んでいるのは酸味のあるオレンジジュース。私の好きなジュースの一つである。

 

「美味しいわね」

「うん! 久しぶりに風呂から上がってこうやって飲むのはいいよね」

「いつもは自室の風呂?」

「うん、恋人がいるからね。いちゃいちゃするために自室の風呂を使っているの」

「うん、分かってたわ。そうよね、恋人がいるあなたがわざわざここに来る訳ないわよね。あっ、でも、同室の子はあんたの恋人のこと、知ってるの?」

「うん。というか、知っているも何も恋人が同室だからね」

「ど、同室の子って……。よく恋人になったわね」

「だね。まさか同室の子が私の運命の子だとは思わなかったよ」

 

 言うまでもないけど、簪を恋人にしたのは決して同室だったからなんて理由ではない。もちろんのこと、私が気になって興味をもって好きになったから恋人にしたのだ。

 

「はあ……、何だか自分の好きな人といちゃいちゃできるっていいわね。あたしもしたいわ」

「だったら私と恋人になろうよ! すぐにいちゃいちゃできるよ!」

「嫌よ。というか、今日断ったばかりじゃない」

「それでも、いちゃいちゃしたいって言ってたから」

「た、ただの感想よ」

 

 ああ、顔を真っ赤にした鈴、可愛すぎる。

 

「ふう、飲んだことだし、そろそろ帰りましょう?」

「そうだね。帰ろうか」

 

 帰るというのは二人一緒に同じ部屋、という意味ではない。それぞれの部屋に、という意味である。

 本当は鈴と一緒にもっと二人きりの時間を楽しみたかったのだが、夕飯やお風呂の時間で十時を過ぎようとしている。さすがにこれ以上一緒にいることはできない。

 それに簪とセシリアが私の帰りを待っている。私の予想だと今日は一緒に寝る日なので、きっとそわそわして待っているだろう。そんな二人をこれ以上待たせるわけにはいかない。

 

「鈴、お休み」

「ええ、詩織もね」

 

 私達はそう言って分かれた。

 

「ただいま!」

 

 自分の部屋に戻った私はドアを開けると同時にそう言って入った。

 

「お帰りですわ、詩織」

「ん、お帰り」

 

 セシリアは椅子に座って本を読んでいて、簪はベッドの上でタブレットを弄っていた。

 一見、二人は私と寝ることが楽しみではないというか、別に気にしていないように見えるが、私にはすでにいつでも寝る準備が終えている二人がそうではないと分かっている。

 

「詩織、織斑先生との食事はどうでしたの?」

 

 セシリアが聞いてくる。

 

「楽しかったよ! ただ、他の子も加わったけどね」

「他の子? 誰ですの?」

「鈴って子」

「鈴? ああ、あなたが最近この部屋に連れ込んでいる子ですわね」

 

 た、確かに合っているけど、言い方ってものが……。

 

「むう、ずるい。私……だって、詩織と食べ、たいのに」

「ですわね!」

 

 二人がそう言う。

 そう言ってもらえるとうれしいのだが、

 

「でも、用事があるのは二人でしょう? 私だって二人と一緒に食べたいのに!」

「「うぐっ」」

 

 逆に私も不満を溢す。

 確かに鈴と千冬お姉ちゃんの二人で一緒に食べるというのは新鮮なことで、とても楽しかったが、そもそもは二人が用事があるということで、一緒に食べることができなかったからだ。

 それなのに羨ましいって……。さすがの私だってちょっと思うところがある。

 

「た、確かにそうでしたわね」

「これも、オルコットの、せい」

「ひ、否定はしませんけど、わたくしは強要した覚えはありませんわよ。つまり、そう言われても困りますわよ。了承した更識さんにも責任はありますわよ」

「むう、オルコットの言うことも……一理、ある」

「ですから、一緒に詩織の機嫌を治しますわよ!」

 

 二人でボソボソと話すのが終わったのか、二人がちょっと怒り気味の私のほうを向く。

 

「詩織、明日は一緒に食べますわ。それでどうですの?」

「私も一緒に、食べる。これで……どう?」

「た、ただ、毎日は無理ですけど」

 

 二人が私の機嫌を治そうとそう言う。

 

「……本当に?」

 

 私も別に本気で怒っている訳ではないので、そう聞き返す。

 

「ええ! 本当ですわ!」

「明日は一緒に食べる、から、機嫌治して?」

 

 まあ、明日食べてくれるというので、それ以上はグダグダとは言わない。

 

「分かった。絶対に明日は食べてよ。」

 

 二人は私がそう言うと顔を綻ばせた。

 

「ええ!」

「ん!」

 

 ということで、私たちのちょっとした出来事は終わる。

 それからは軽く雑談をして、寝る準備をした。

 

「じゃあ、寝ようか!」

 

 もちろん川の字に並んで寝るのだが、その真ん中は私である。左右は簪とセシリア。いつも通りだ。

 私の左右にいる二人は私の腕を両手で抱きしめて寝ている。

 二人の胸も感じられて、個人的にはとてもうれしい。

 まあ、うれしいのだけど、朝起きるときは両腕の感覚がなくなることがあるんだけどね。

 そんな感じでいつものように寝ていると動きを感じて、ふと起きた。

 

「んあ? 簪?」

 

 眠くて仕方ないため、あまり目は開けられないが、動きがあったほう、つまり簪をよく見ることができる。目が慣れているためである。

 

「あっ、起こし、た?」

「うん、でも、どうしたの?」

 

 私たちが寝ているベッドの端にある、デジタル時計を見ると、起きる時間まであと数時間程度で、別に今起きても問題はない。

 簪が起きた理由を探ろうとすると簪は密着した状態からさらにくっついてきた。

 

「ど、どうしたの?」

 

 そう言って尋ねるが、簪はじっと私を見つめるだけだ。

 しばらく見詰め合っているのだが、つい恥ずかしくなって顔を背けたくなる。

 

「詩織、好き」

「え!?」

 

 突然の簪の告白に私は驚く。

 

「えっと、私も簪のこと、好きだよ」

 

 とりあえず返答する。

 するといきなり簪が顔を近づけ、私と簪の唇が重なっていた。

 

「ちゅっ」

「!?」

 

 突然のことに動揺する。

 え? 突然キスしてくるのは前にもあっただろうって? あ、あったけど、ど、どうしても慣れない! おかげで、今もそうだけど、キスしたほうは私の動揺した顔を見て、微笑んでるし。

 くうっ、からかわれている……。

 

「い、いきなりキスはダメだって!」

「詩織だって、して、る」

「わ、私はいいの! むぐっ」

 

 またキスしてきた

 

「詩織、もっとして、いい?」

「だ、ダメだって! 隣にはセシリアがいるんだよ? ばれるって」

 

 ちなみに私たちの声は小声である。

 

「でも、私、詩織といちゃいちゃ、したい」

 

 簪はそう言いながら、私の寝巻きの上着の裾から手を入れてきた。その手の向かう先はもちろん私の胸であった。

 

「んあっ」

 

 胸を揉まれ、声が漏れる。

 

「詩織、しーっ」

「む、無理に決まってるでしょう!」

 

 セシリアにばれないようにするために、声を抑えるが、やっぱり無理である。それが分からない簪ではないはず。だって、何度もしてきた行為だもん。だからこれも簪がからかっているのだ。

 簪は最初は裾のほうから手を入れて私のおっぱいを揉んでいたが、さらに興奮したためか、寝巻きのボタンを外し、私の胸を露にした。

 

「だ、ダメだって! こ、これ以上はダメ! キスだけにしよう?」

 

 前世が男ということもあり、性欲はいつもののことながら、とても高い。これ以上されたら我慢なんてできない。

 

「いや。詩織と一緒に気持ちよく、なり……たい」

「!! ま、まさかとは思うけど……」

 

 簪は自分から誘ったにもかかわらず、恥ずかしそうに頬を赤くしながら小さく頷いた。

 もちろんその誘いの意味はいつものような本番直前のものではないは分かる。ついこの間やったアレである。

 

「こ、これも詩織の……せい。詩織が、は、初めてなのにあんなに……する、から」

 

 簪は恥ずかしそうに言う。

 いつの間にか、簪は上着の寝巻きを脱いでおり、裸になっている。このままでは全裸になるのも時間の問題である。

 

「か、簪。ダメだよ。もうすぐ朝だし……」

「分かって、る。なら、あのときみたいに……激しいのじゃなくて、いい。普段のくらいで……いい。して?」

 

 妥協したのか、簪がそう提案してきた。

 そう言われると考えるのは、やらないことではなく、起床時間と満足するまでの時間である。

 結局のところ、私も簪の興奮に当てられて、やりたくなってしまっていた。そうして、考えて私は簪の要望に応える事にした。

 

「……分かった。でも、声、小さくしてね? 隣でセシリアが寝ているんだから」

「ん!」

 

 私と簪は互いの服を脱がし合った。もちろんその間、ただ脱がせあうだけではない。その合間に互いの素肌を撫で、刺激を与え合っていた。

 そのせいもあって、脱ぎ終わったときには互いに体ができあがっていた。

 

「ぬ、脱いじゃったね」

「うん、ちょっと……恥ず、かしい」

 

 簪は大事な部分を隠して言う。

 私はもう隠していない。今更だからね。まあ、恥ずかしいけどね。

 私は簪の大事な部分を隠す手をゆっくりと動かす。少しずつ露になる簪の大事な部分。

 私がじっと見ているせいか、再び簪の手が動くが、私の手が動いてそれを抑える。

 

「そ、そんなに……見ない、で……。見、過ぎ!」

「そう言う簪だって私のを見てるじゃん。チラチラと見ているのが丸分かりだよ」

 

 簪は自分の行動がばれていないと思っていたのか、私に指摘されて顔を羞恥で真っ赤にさせた。

 私にエッチの誘いをしたのに、こういうのはまだ初心なようだ。

 個人的にはこの初心な反応をずっと見ていたいので、このままでいてほしいななんて思っている。

 まあ、そんな初心な反応もいつも事に及んでいる最中に吹っ切れて、とってもエッチくなるんだけど。いつもそれでやり返されているし。

 

「ほら、見て?」

 

 私は簪の顔を私の大事な部分へ無理やり向けさせる。

 恥ずかしくないのかと問われれば恥ずかしいに決まっている。それは体を見せ合った仲とか関係ない。他人に見られるという時点で恥ずかしい。

 でも、今はそういう行為をしているときなので、それを抑え込んでいる。

 私の大事な部分を簪はチラチラ見るのを止めて、じっと私のその部分を見ていた。

 女の子同士とはいえ、すでに何度も行為しているから当たり前だが、そういう部分に性的欲求を感じている。

 互いのをじっと見つめ合った私達は我慢ができなくなり、そっと同じタイミングで手を動かす。その手の先にはまずは互いのおっぱいである。

 私達は互いのおっぱいに触れ――

 

 

 

 

 翌日、というか、数時間後。

 二つのベッドをくっ付けて擬似的に大きくなっているベッドの上に全裸の少女の姿が三人(・・)いた。

 え? 一人多い? どういうことかって?

 それはもう決まっている。セシリアである。

 なぜ寝ていたはずのセシリアがパジャマではなく、全裸なのか。それは、まあ、その、私たちの声が大きくて、セシリアが起きたからだ。起きたセシリアは最初は私達、いや、主に私かな。うん、私に怒鳴っていた。非常識だとか、破廉恥だとか。

 でも、そんなセシリアだったけど、どうやらすぐに起きて私に怒鳴った訳でなくて、少しだけ寝たフリをしていたみたいで、体のほうが準備できていたのだ。そのため、怒鳴り終わると、おい、何で私達怒鳴られたんだって思うほど、あっさりセシリアはおねだりしてきて、三人でやることになったのだ。

 もちろん三人とはいうけど、セシリアと簪同士でキスとか触りっことかさせてない。というか、させない。

 ハーレムだとハーレムの子同士でキスするなんて展開があるみたいだけど、これでも独占欲は強いほうなので、自分の恋人が私以外の者とキスなどをするなんて許せないのだ。

 それを理解しているのか、いつものように二人は私だけを見てくれていた。私だけに専念してくれていた。

 そんな感じで本番はせずにいつもやっていることをやった。

 

「二人とも、シャワーを浴びようか?」

 

 私達三人は寝ていたわけではない。行為が終わって、ただ体を休めていただけである。

 本番ではないので、激しくはしていないのだが、それでも体力は結構使う。

 特に二人は今もまだ息が荒い。

 

「え、ええ、そうですわね」

「……」

 

 セシリアはそう言って、簪は頷いて返事をした。

 でも、部屋の浴室は三人が入れるほど広くはないので、二人ずつ入ることにする。

 え? 二人ずつではない? いえ、二人ずつですよ。私が二回分入るんです。こうすることで仲間外れなく入ることができる。

 というわけで、私は二度シャワーを浴びた。



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第104話 私、想い人の戦闘を見る。

 朝っぱらからいちゃいちゃしていた日から数日が経つ。

 その間あったことといえば、久しぶりに夕飯を簪たち二人と食べたこと、鈴との距離が開くかなと思っていたけど、放課後にいつものように私の部屋に来てくれたこと、千冬お姉ちゃんの部屋に寝泊まりしたこと、親友である箒と一緒に恋愛相談しながら昼食を取ったことと対していつものと変わりのない日々であった。

 さて、本日だけど、今日はあるイベントの日である。と言ってもISが発明されたこの世界ならではのイベント、つまりISを使ったイベントである。その名を『クラス対抗戦』である。

 その名の通り、クラスとクラスがそれぞれの代表者と戦うイベントである。

 で、その試合には鈴と一夏が参加する。簪も代表候補生なので、参加するかなと思っていたけど、どうやらどうにかしてクラス代表を免れたため、参加しないようだ。

 なので、簪は私とセシリアと一緒に観戦している。 

 

「詩織、見る、必要……ある?」

 

 まだ対戦は始まっていないが、簪がそう言ってきた。

 簪がまだ見てもないのにこう言うのは今から始まる試合が一夏と鈴の試合だからだろう。色々と一夏に恨みを持つ簪にしてみれば、一夏が出るというだけで見たくはないのだろう。

 でも、

 

「あるよ! だって鈴がいるからね!」

 

 一夏はともかく、鈴がいるのだ。興味がないはずがない。

 ただ、うれしそうに私が言うものだから、私の両隣にいる恋人二人からは周りにばれない程度に私の足を抓ってきた。

 いたい……。

 

「ふふふ、わたくしたちが隣にいるのに何別の方の名前を呼んで喜んでいますの?」

 

 セシリアは笑ってそう言うが、今もずっと抓ったままである。あと、目が笑ってない。

 

「オルコットの……言う、とおり。私達が隣にいる、のに、別の女の名前、呼ぶなんて。しかも、喜んで」

「別にあなたの恋人が増えようが構いませんけど、あの方はまだ恋人ではありませんわ。だからムカつきますの」

「私も別に恋人が……増えてもいい、けど、凰 鈴音はまだ違う。嫉妬して……当然」

 

 どうやら二人がこうなのは鈴がまだ恋人ではないからのようだ。鈴が恋人になればそれはなくなると言っていると解釈していいだろう。

 

「そもそも凰さんは対戦相手の織斑さんが好きという話じゃありませんの。諦めたほうがよろしくなくて?」

「詩織、略奪愛は……あまり好きじゃ、ない」

 

 二人が諦めるように言ってきた。

 うう、た、確かに傍から見ると略奪愛だけど、べ、別に鈴に一夏の悪口とか吹き込んでないもん!  鈴の思いに任せてるもん!

 だから別に略奪愛じゃない!

 

「……そんな顔をされますといじめたくなりますわね」

「同意」

 

 二人はそう言いながら私をツンツンと突く。

 

「あら? もうすぐで始まりますわね」

「早く……部屋に帰りたい……」

「更識さん? あなたも代表候補生ならばもうちょっと興味持ったほうがいいと思いますわよ? わたくしたちはこの学園の生徒で同じ代表候補生なので、戦う機会は高いですわ」

「わかってる、けど……相手は織斑 一夏。それ、だけで……見る気がなくなる」

「更識さんは少し考えすぎですわ。もっと単純に考えたほうがいいですわよ」

 

 まあ、セシリアの言うとおり、簪はもっと単純でいいと思う。

 簪は一夏が関わっているってだけでこの通りすっかり興味なくすしね。別に悪いってわけじゃないけど、私も思うところがある。それは大人になったときのことである。大人になれば私の嫁として一緒になるのはもちろんのこと当然なのだけど、それでも私の恋人は現時点で複数いる。全員が家事に従事するというわけではない。その仲にはもちろんのこと、働く子だっているだろう。

 え? 私が稼がないのかって? もちろん稼ぐ。

 でも、私一人で稼げる金額で、みんなを養えるわけではない。

 いや、養えないことはない。私には前世から受け継いだ技術がある。ハッキングである。ちょっと私が端末を弄れば、あっという間にお金持ちである。

 まあ、これは最終手段である。あまりしない。

 ともかく、簪が働く可能性だってあるから、もうちょっと柔軟になってほしいのだ。

 まあ、簪は代表候補生ではあるが、ISを自作しようとしていることを考えると、そっち方面の仕事、つまり職人というか、研究系の職業に就けば興味ないものは興味ないでいいかもしれないが。

 

「それはオルコットに……そういうものが、ないから。あったら見たくないって……思うはず」

「分からないまでもないですけど、そのレベル程度ならわたくしは受け入れられますわよ」

「むう、それはオルコットが私じゃない、から、言えること。オルコットが私になった、ら、分かる」

「そ、そこまで嫌なんですの……」

 

 さすがのオルコットもこの返しにはこれ以上何も言えなかった。

 私も簪と一夏のことは知っているし、一夏をボコボコにしてくれって頼まれたから、結構思うところがあるんだなと思っていたけど、なんだか私が思っていた以上かもしれない。

 

「こほん、ともかく見ますわよ」

「……作業があったのに」

「はあ……確かに見るのは自由参加ですけど、あなたが詩織が行くならと自分で来たのでしょう?」

「うぐっ、だ、だって、織斑 一夏の試合が最初なんて……思ってなかった」

「対戦表見ませんでしたの?」

「……面倒だった」

「自業自得じゃありませんの」

 

 ちなみにアリーナはいくつかあるのだけど、使っているアリーナは一つである。その理由は一年生の技術と三年生の技術はやはり大きく違うというのがあり、複数のアリーナで開催すると一年生の試合と三年生の試合があった場合、片方しか見られない。それを防ぐために一つのアリーナで開催しているし、一日全ての時間を対抗戦に割り振られている。

 

「簪、部屋で待っててもいいよ。私も一年生の試合を見たら、すぐに帰るから」

 

 私が見る理由は主に鈴が出るからという理由である。鈴がいなかったら二人と一緒にいちゃいちゃしていただろうな。

 だって、そっちのほうが時間を有効的に使っているって言えるでしょう? え? 周りの生徒の技量を見て学ぶ? 私、別にISの腕を磨きたいなんて思ってない。なので、別にいいのだ。

 それに私の目的は前に千冬お姉ちゃんに言ったようにハーレムを作ること。ISは二の次なのだ。

 

「はあ……詩織は優しいですわね。更識さんはもっと考え方を変えたほうがいいですわよ。ほら、自室ではありませんけど、本来授業がある時間帯に詩織とこうしてくっついていられるんですわよ。いいじゃありませんの」

「むむ、それはいい……考え。なるほど。そう、考えるのも……いいかも」

「ですわよね」

 

 すっかりと簪は気分をよくする。それを表すかのように簪は私との距離を詰めてきた。

 この子、単純だ。

 まあ、私も簡単に喜んじゃうんだけど!

 

「あっ、ほら、二人とも、始まるよ!」

 

 アリーナのステージでは、ちょうど一夏と鈴が出てきて、対峙している。始まる直前だ。

 それから開始の合図が鳴り、二人の試合が始まる。

 それと同時に互いは接近し、互いの武器がかち合う。一夏のブレードと鈴の棒状の持ち手の両端に刃の付いた特徴のある武器。それが激しくぶつかる。

 にしても鈴の武器って、槍みたいに、持ち手の片方に刃ある武器じゃなくて、両端に刃があるから正直使いにくいよね。

 けれど、鈴はそれを巧みに操る。

 それは曲芸ではない。完全な武で、鈴の持つ武器は相手を攻撃するための動きをしている。鈴もやはり達人に近い腕前を持っている。

 まあ、私には勝てないけどね!

 とはいえ、つい最近再び剣道を始めた一夏も中々やる。鈴が少しだけ手加減しているというのもあるが、それでも鈴の攻撃を上手く避けている。

 むむむ、やはり才能なのかな?

 

「ねえ、セシリア。この試合、どっちが勝つと思う?」

 

 私、一応強いけど、それは生身でのことであって、ISを使った戦闘に関してはまだ素人と言えるので、そのプロの一人であるセシリアに聞く。

 

「そうですわね。わたくしは射撃が専門なので、近接同士の戦いは詳しくはありませんけど、普通に考えて凰さんですわね。織斑さんはISの初心者ですもの。剣の腕はわたくしと戦ったときよりも上がっていますけど、これはISの戦いですわ。ISを使った三次元の動きと生身のときの二次元の動きでは、戦い方が全く違いますもの」

 

 セシリアの言うとおり、ISは生身とは違って、三次元的に動く。動きが違うのだ。ISは空を飛べるので、ある意味、ISの戦いでは上下などないに等しい。その気になれば空を地面にして動くことだってできるだろう。そうなった場合、生身で培った武術など意味はなさない。何せどんな武術も相手と自分が同じ(・・・・・・・・)土台の上に立っている(・・・・・・・・・・)ことを前提条件に成り立っているのだから。

 よって、セシリアの予想は妥当なものだと言えるし、私も同じ考えである。

 ただ、別に一方的な戦いを予想しているという訳でもない。

 鈴も達人に近いレベルとはいえ、達人ではない。まだまだ未熟である。

 え? そういう私はって? もちろんのこと、前に説明したように達人ですが?

 こほん、ともかく、一夏が勝つというわけではないが、鈴に対して一撃を加えることくらいはできるはず。

 私としては一夏にはその一撃に期待している。

 期待するのはもちろん、一夏に淡い思いとかそういうのではなく、千冬お姉ちゃんは私の恋人であり、将来一緒になる人なので、つまりはそのときの一夏の立場は義弟である。

 少しは弟として見てやっているのだ。

 

「簪は?」

 

 次は簪に聞いてみた。

 

「私も……オルコットと同じ……意見。織斑 一夏の腕は中々、だけど……相手と比べると技量に差が、ある。あと、ISの腕の、差。織斑 一夏の負け」

 

 そう言う簪はちょっとうれしそうだった。

 どうやら一夏が負けると予想できて、それがうれしいようだ。

 

「やっぱりプロ二人から見ても同じ意見か」

 

 簪も代表候補生である。その目には狂いがない。

 

「当たり……前。というか、常識の話。スポーツ、でも……素人がプロに勝つ、なんて……できない」

「そうだね」

 

 私だって身体能力は高いが、技術を必要とするスポーツでは全く強くはない。逆に身体能力が必要なスポーツでは負けないが。

 と、思っているとセシリアと簪から恋人同士の甘い視線ではなく、ちょっときつめの視線を感じる。見るとどうしてかジト目でこちらを見ていた。

 な、なんだか、ゾクゾクする。あれ? もしかしてこの視線って私にとってご褒美? 新しい扉が開けちゃった?

 

「な、何?」

 

 私がそう聞く。

 

「いえ、そんなプロを倒した素人が目の前にいますもの」

「非常識」

「確かISに乗って二十四時間も経っていないんでしたわよね?」

「詩織、は……一般生徒の枠で入学した、から……そのはず。詩織自身も……言ってた」

「でしたら、本当に何とも言えませんわね」

「詩織って可愛い顔して……残酷なこと、する」

「ですわね」

 

 二人してさっきからひどい。本当に私、目覚めちゃうかもしれないよ! 目覚めたら私、すごいんだからね!

 

「あっ、二人とも鈴が近接から中距離に変えたよ!」

 

 二人が私に対して何か言っている間に二人の近接戦闘は終わり、中距離になっていた。そして、鈴の両肩に浮かんでいる装甲にある武器から不可視の攻撃を始めていた。

 鈴の両肩の装甲の武器はもちろんのことどういう攻撃なのかは調べてあるので知っている。

 武器の名前は『衝撃砲』、装備としての名は『龍砲』と言って、簡単に言えばその名の通り、衝撃を弾として打ち出す武器である。しかも、衝撃であるので、不可視である。

 だけど、この武器は不可視の攻撃だけではない。この武器は死角がないのだ。真後ろでも真上でも真下でも放つことができる。本当に凶悪な武器である。

 その武器の攻撃を一夏は受ける。

 ただ、避けたりもする。

 多分避けられるのはISのセンサーを使ったり、相手の動きで避けているのだろう。

 

「ふ~ん、織斑さんも中々やりますわね」

 

 セシリアが鈴の攻撃を避けているのを見て、そう賞賛した。

 むう、それって一夏のこと、いいかなって思っているってこと? 私、セシリアに一夏をそんな風に思ってほしくない。

 これは別に一夏が相手だからとかではない。私、独占欲は強いのだ。恋人たちには私だけを見てほしい。

 そう思っているとセシリアは頭を撫でてきた。

 

「わたくしが愛するのは詩織だけですわ」

「!!」

 

 私の嫉妬を見抜いたのか、そんなことを言ってきた。

 それがうれしくて、突然のことで、つい顔を熱くする。

 くうっ、し、嫉妬してたときにその言葉は破壊力がありすぎる!

 セシリアの恋人らしいその対応に私は照れながらも、抱きしめたい衝動に駆られた。



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第105話 私たち、緊急避難! それから――

「オルコット、詩織を……口説かない、で」

 

 セシリアといちゃいちゃしていたら、簪がそう言ってきた。

 

「口説いてませんわ。恋人としての当然の行動ですわ。それに口説かなくとも詩織とは十分に愛し合っていますわ。更識さんはわたくしの行動が口説いているように見えましたの? そう見えたのなら、あなたの日頃の詩織への愛の伝え方が分かりますわね」

「ぐぬぬ、未経験の……くせに!」

 

 すでに私と経験した簪が苦し紛れにそう言った。

 

「な!? わ、わたくしだってもうすぐ経験しますわ! そ、それは関係ありませんわよ! というか、論点が違いますわ!」

 

 まあ、私からすると二人からは愛を感じてるんだけどね。

 だから、どっちもどっちかな。

 

「ほら、二人とも。それはあとで私に示して、今は見ないと」

 

 ハーレムの主としては恋人たちが私への愛を競い合う姿を見るのはいろんな意味で見たいのだが、恋人たちには、友人的な意味で、仲良くなってほしいので、二人の言い合いを止める。

 

「とは言っても、この戦いの勝負は決まったようなものですわ。あなたの恋人候補の方の実力は分かりましたけど、相手が素人ではすべての力を見ることはできそうにありませんわよ」

「ん、オルコットの言う、通り。もう見るのは……ない」

 

 二人とももう見ようとはしない。

 先ほどは見たほうがいいと言っていたセシリアさえ簪と同じである。

 まあ、私も同じ意見なんだけど。

 やっぱりISの素人の一夏にISのプロの鈴の相手というのは無理かな。

 

「そ、それでも一応ね。ほら、何かあるかもしれないし」

 

 そう言ってフォローするのだが、

 

「あってもそれほどの何かがあるようには思えませんわ。ここから逆転劇があるとは思いませんし」

「別に一撃を入れても……何か得る、というわけじゃ……ない」

「ですわね。わたくしたちも代表候補生とはいえ、まだ見習いですわ。別に一撃入れられることなんて多々ありますわ」

 

 うぐっ、ま、まあ、二人とも代表候補生で、言わば見習いだからね。完璧に避けるなんてことは相手が素人でも無理な時だってある。実力というよりも経験の問題かな。

 

「よって……見る必要は、ない」

「ですわね」

 

 もはや何も言うまい。

 この二人に何を言っても意味がない。

 まあ、仕方ない。ここは私だけで見よう。

 と、思って視線を戻したとき、突然、アリーナに衝撃が走った。

 

「な、何ですの!?」

 

 セシリアが立ち上がり、状況を確認しようとする。

 私も確認する。

 すると、アリーナの舞台、つまり、鈴たちが戦っていた舞台の中央に土煙が舞っていた。

 どうやら何かがアリーナのシールドを破って入ってきたようだ。

 しばらくして土煙が晴れるとそこにいたのはISだった。灰色で、手足が無駄に長く、肌が見えないように装甲を付けたISだ。顔部分にも装甲があり、顔を見ることはできない。

 正直、不気味であるとしか言えない。

 普通は一部分しか装甲は身に付けない。

 しかし、こちらは肌一つ見せないほど、装甲がある。何よりも手足が無駄に長いというアンバランスさが一番不気味さを増させていた。

 

「な、何ですの?」

「見たこと、ないIS」

 

 セシリアと簪も不気味に感じているようだ。

 ともかく、今は二人の安全を確保しよう。

 アリーナのシールドはすでに修復されているが、それはつまりあの進入してきたISを閉じ込めたと同時に私達に対する危険が増したということだ。どういう意図で、アリーナのシールドを修復したのか知らないけど、これでは私たちの命の危険がある。

 

「二人とも! 逃げるよ!」

 

 私は二人の手を握ってそう言った。

 

「え、ええ」

「ん」

 

 二人はすぐにその準備にかかる。

 だが、逃げようとしたとき、不思議に思った。

 だって、他の生徒たちの人数が全く減っていないからだ。普通、このような場合はすぐに避難しようとして、人数が減るはずなのだが、不思議なことに全く減っていない。

 どういうことかと出入り口付近を見る。そこは人の塊で全く動く気配がなかった。

 

「動いて……ない」

「おそらくは扉をロックされたんですわ」

 

 なるほどね。二人の話を聞いて理解した。

 思えばそうだ。これは襲撃だから襲うためにやっているのだ。逃げさせるようなことはさせないだろうな。

 シールドが修復されたのもそうなのだろう。

 

「ど、どうしますの?」

 

 セシリアが私を抱きしめて不安そうに言う。

 反対側にいる簪も私を抱きしめる。

 こんなときだけど、二人から抱きしめられてうれしい。えへへ。

 

「って、詩織! 何こんなときにデレデレしてますの! 非常事態ですのよ!」

「詩織の、バカ。ぐすっ」

 

 二人が涙目で言う。

 

「ご、ごめん」

 

 確かに不謹慎だった。

 私は必死になって二人を宥めた。

 その一方で舞台にいる鈴のことが心配になり、そちらに視線を向ける。そこで二人は謎のISと必死に戦っていた。

 二人は先ほどまで戦っていて、シールドエネルギーは低い。それに先ほど謎のISはビーム兵器を使っていた。しかも、かなりの高出力の。もしかしたら二人の命の危険があるかも。

 私は自分が戦おうと思った。

 

「さあ、行くよ」

 

 私は再び二人の手を引く。

 

「行くってどうやってですの?」

「扉は……ロック、されて……る。逃げようがない」

 

 私は懐からタブレットを取り出す。

 

「二人には見せたよね? システムに侵入して無理やり扉を開けるんだよ」

「できますの? あの時はシャワー室のロックのみでしたけど、このアリーナのものはそのレベル的にも高いですわよ」

「大丈夫。問題ないよ」

 

 私は二人を引いて、アリーナの端末があるところまで行く。

 その端末の下部分を破壊し、内部を見る。そこには多くのコードがあり、素人では意味が分からないだろう。

 私? 私はプロですから。ほら、ちょちょいのちょいと弄って、ほら接続完了!

 だけど、別に今からプログラムを作るわけではない。というか、そんなの映画の中だけだし。今からするのは少し前にこの学園のシステムに忍ばせておいたプログラムの起動である。

 えっと、これをこうしてこうやって、はい、起動完了!

 あとは待つだけ!

 

「何をしていますの?」

「ちょっとしたハッキングだよ。まあ、ハッキングだと悪いことしているみたいに聞こえるから、この場合はワクチンって言ったほうがいいかな」

「なるほど。今回の問題を片付けるためのものですわね。確かにワクチンのほうがいいですわね。大体どのくらいですの?」

「そうだね。一応、この学園のシステムは最新みたいだし、処理能力も高いからあと一分もかからずに終わると思うよ」

 

 その私の言葉の通り、一分もかからずにシステムの権限を取り戻した。

 

「さて、まずは全ての扉のロックを解除しようか」

 

 再びキーを叩いて、閉じられている扉を開ける。

 扉の周りにいた女子生徒のほうから歓声が上がり、一斉に人が避難していく。

 これでシステムも取り戻したし、十分なんだけど、このまま何もしないままやられっぱなしというのもちょっと嫌だ。というわけで、まだ相手側と繋がっているみたいなので、攻撃してみよう。

 えへへ、こんなときのために攻撃用のプログラム、いわゆる、ウィルスをいくつもの用意してあるのだ! それをこっそりと送り込む。

 

「詩織? どうした、の? 避難、しない、の?」

「ちょっと待ってね。すぐに終わるから」

「でも、オルコットは……もう出た」

「え!?」

 

 簪に言われて周りを見るが、確かにセシリアがいない。

 な、なんでいないの!? ま、まさか自分の命を優先して?

 別にそれが悪いことではないのだが、正直に言うとショックである。

 思わずショックを受けていると簪がいきなり頭を下げてきた。

 

「ご、ごめん。オルコットは……二人……援護のために……行った」

「本当に? 私を置いていったんじゃなくて?」

「違う。本当に……ごめん」

 

 どうやら簪の虚偽の報告のようだ。セシリアは今も謎のISと戦う二人の援護へ向かったみたい。

 ただ、だからといってさっきまであった心のもやもやが取れるわけがない。

 

「簪のバカ!! 言っていい事と悪いことがあるでしょう! しかも、こんなときに!!」

 

 今は万が一にも命に関わることである。そんなときにそんな冗談を言うのは止めてほしい。本当に洒落にならない。

 さすがの私もこの冗談には笑って許すことはできない。今の私は本気で怒っている。

 

「ご、ごめん」

「ごめんじゃないよ! そんなことをして! 私、セシリアに対して嫌な思いを抱いたんだよ!! セシリアはみんなのために行動しているのに!!」

「ぐすっ、ごめん」

「泣いても今回は許さないからね! あとでセシリアに謝ってね!」

 

 私も恋人だからといって怒らないなんてことはない。もちろんのこと、怒る。特にこういうのは怒る。一番怒る。

 

「反省……して、る。ぐすっ、嫌いに……ならない、で!」

 

 私のあまりの怒り様に私が簪のことを嫌いになると思ったのか、簪は私の服を引っ張って必死にそう言った。

 こんなときだけど、その必死な簪が可愛く見える。もっといじめたくなるくらいは。

 

「嫌いになんかならないよ。でも、もうやらないでね」

「やらない」

 

 私は簪の頭を撫でた。

 

「ほら、行くよ」

 

 簪は私の腕に抱きついて一緒に避難した。

 あっ、ちなみにウィルスはちゃんと送っておいた。今頃は向こうは大慌てのはずである。

 

 

 無事に避難を終えた私はセシリアと鈴、ついでに一夏がまだ戦っているということで、私も戦いに行くことを決めた。

 

「簪、今から私、打鉄で三人を助けに行くからね」

 

 簪に何も言わずに行くというのは悪いので、予め言っておく。

 

「だ、ダメ! これは……いつものとは……違、う! 行ったら死ぬかもしれ……ない! それに……詩織はISの初心者。とてもじゃないけど、行けない!」

 

 そう言って簪は涙を溜めて、私を引き止めた。

 

「ううん、行くよ。簪だって本当は私の実力分かっているでしょう? だから大丈夫だよ。それにちゃんと無傷で戻ってくるよ」

 

 私だって痛いのは嫌だし、怪我をして戻ってきて、恋人たちに泣かれたくはない。さっきの涙を流す簪は可愛かったけど、そのときの恋人たちの涙は可愛いとかよりも見ているほうも悲しくさせるものだ。そんな涙は嫌だ。

 だから私は怪我はしないつもりである。そして、そのために最初から本気である。

 そのために必殺技は遠慮なく使うつもりである。

 

「……分かった」

 

 簪と見つめあい続けて、簪がついに折れた。

 私は周りに人がいないことを確認すると、簪とちょっと熱いキスを交わした。

 簪の不安とかを快感とかそういうので上塗りするためだ。

 

「ん、こ、こんなに激しくなくて……いいのに」

 

 キスを終えた後、簪はその真っ赤になった顔を私の胸元に押し付けて隠す。

 

「えへへ、こっちのほうが不安とか吹っ飛んじゃうでしょう?」

「そ、そう、だけど……」

 

 でもね、本当は簪の不安だけを吹き飛ばすためじゃないの。私の不安も吹き飛ばすためでもあるの。

 そう、私は実は不安なのだ。しかも、怖いって思っている。

 私だって女の子なのだ。いくら強かろうと怖いものはあるし、怖いものは怖い。ただ、恋人の前では隠しているだけだ。

 その一番は恋人を安心させるために。

 

「簪、自分の部屋に戻って私を待っててね。絶対に部屋から出たらダメだよ。絶対にね」

 

 私は最後にもう一度軽くキスをして、ISが格納されている格納庫へと向かった。



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第106話 私の攻撃は一回よ!(一撃ではない)

 格納庫へ向かう途中は避難している生徒たちと会ったりもしたが、このような緊急事態なので、周りとは逆方向へ向かう私については誰も何も言わなかった。

 おかげで格納庫までは引き止められることもなく、向かうことが出来た。

 だが、やはりこのような緊急事態ということで、格納庫には先生などでいっぱいである。もちろんISを装着している者もいる。

 だが、全てのISが使用されているわけではないようだ。

 むむむ、どうやってISを装着しようか。人が多くて、辿り着く前に阻止される。

 だけど、二人のことを考えると時間がない。ならば強引に行こう。

 私はそう決断して、すぐさま行動に移す。

 目指すは一番近くにあるISだ。私はそれに向かって全速力で走った。

 

「なっ!? 生徒!?」

 

 ただ、やっぱり気づかれる前にISに乗るというのは無理だったみたい。一人の先生に見つかった。だけど、止まる訳にはいかない。

 周りが私へ制止の声をかけるが、私はISの元へと着いた。そして、すぐに装着する。

 あっ、ちなみにISスーツではなくて、制服だ。ISスーツはISとの接続の手伝いをする役割を持っているだけで、別に動かすだけならば必要ないものだ。もちろん、ISスーツを着たほうがいいに決まっているが。

 さて、装着完了!

 だけど、

 

「待ちなさい! ISを使って何をするつもりなの!? まさかとは思うけど、あそこへ行くつもりじゃないでしょうね? ダメよ。あなたは生徒よ! ここは私たちに任せなさい!」

 

 周りがそう言ってくるが無視だ。

 私がアリーナへ向かっていると周りのISを装着した先生たちが立ちはだかる。

 

「行かせないわ! それ以上の行動は許容できないわ! 今なら軽い処分で済むわ」

 

 そう言われると今すぐ止めたくなるが、今回は二人の命の危機なので覚悟する。

 だけど、覚悟を決めた瞬間、一人の先生が格納庫へ入ってきて、

 

「待て。その生徒の行動は私が許可している」

 

 そう言った。

 

「お、織斑先生!」

 

 千冬お姉ちゃんだった。

 

「しかし、生徒です! 我々教師が対応すべきです! まだ子どもである生徒を危険な目にあわせるなんてことは許されません!」

「そうだ。だが、これは演習ではない。ここはこの問題に対処出来る者が出るべきだ。その生徒の実力は私が保証するし、私が責任を取る」

「で、ですが!」

「くどい!」

 

 千冬お姉ちゃんが一喝した。

 それで周りの先生たちが静かになる。

 さすが千冬お姉ちゃん。

 

「月山 詩織、今聞いていた通りだ。行け」

「はい、行きます」

 

 私は千冬お姉ちゃんの言葉に従い、外へ向かう。

 周りの先生たちは混乱して私を止めるべきなのかを迷っていて、実際に止めようとする者はいなかった。

 ありがとう、千冬お姉ちゃん!

 私は心の中で礼を言ってアリーナへ出た。

 すぐに私も参戦しようとしたが、アリーナでは一夏に向かってビームを放ち、そのビームに向かって飛び込んだ一夏がビームを切り裂き、さらにISをも切り裂いた姿だった。

 つまり、戦闘終了である。

 一夏に切られたISはバチバチというショートした音を立てて倒れた。一夏もかろうじて意識を保っている状態だ。

 ほう、自分よりも格上をやっつけたのか。

 私は一夏を賞賛する。

 とっ、その前に。

 

「鈴」

「っ! 詩織!」

 

 鈴が私に駆け寄ってくる。

 見たところ、大きな怪我はないようだ。

 

「無事?」

「ええ! 一夏がやってくれたわ」

「そのようね」

 

 と、鈴の無事を確認し、一夏が倒れそうだったので、支えようとしたところ、再び空から先ほど倒したISとは別の謎のISがアリーナの真ん中に土煙を上げて着地してきた。

 

「詩織、逃げて!」

 

 鈴がそう叫び、

 

「くうっ、ま、またか……」

 

 意識が飛びかけた一夏が呻く。

 おや、どうやら私にもまだ出番があったらしい。私が出ててよかった。

 私はゆっくりと近づく。

 謎のISは一夏と対峙していて、こちらをロックしていない。

 

「一夏、よく鈴を守ったわね。後は私に任せなさい」

 

 一夏の隣を通り過ぎながら言った。

 一夏はすでに限界なのか、ゆっくりと倒れた。ただ気を失っただけである。

 あとで鈴を守ったご褒美として何か送ろう。

 

「し、詩織!」

 

 鈴が止めようとするが、その前にようやく謎のISが私を認識したようでこちらをロックしてきた。しかも、すでに攻撃態勢に入っていて、すぐにでも攻撃を仕掛けてきそうだ。

 もはやここで行動を止めればこちらの命に関わる。

 武器であるブレードはすでに手に持っているので、こちらもすぐに攻撃できる。

 これからするのは一方的な蹂躙、いや、蹂躙とさえ言えないものだろう。何せ謎のISは私のたった一回の(・・・・・・)攻撃(・・)で終わるのだから。

 それは蹂躙ではない。

 そんな私がするのはただ謎のISに近づいて、一回だけブレードを振るだけである。それを今からするのだ。

 言葉だけならば誰でも出来るようなことだ。

 もちろんのこと、今から攻撃されるというこの状況で、歩いたり、走ったりして近づこうとしても、近づく前に攻撃される。

 だから、私のこの化物のような身体能力を使った移動法である、前に試合で使った『瞬動術』を使うのだ。

 その結果、ほら、この通り、私は相手の懐に潜り込むことが出来た。

 あっ、ちなみにだけど、このISはどうも無人機みたい。なぜ分かったのかだけど、気配云々もあるけど、一夏が倒した謎のISは人間の体がなかったからだ。人間の体かと思った部分はロボットだったのだ。今も血ではなく、何かの液体を流しているし、機械が見えている。

 ということで、目の前の謎のISに対して本気で攻撃しても大丈夫だ。

 相手が実は人間だったとき? そのときは、あ~、しまった、とは思うが、ただそれだけだ。

 何せ相手は襲撃者である。そして、こちらは襲撃された側。相手の命を奪ってしまってもこちらの正当防衛は十分通じる。

 というわけで遠慮はしないのだ。

 

「……『一閃』」

 

 私の必殺技を呟くと共に、得物を持つ私の手は神速の一撃を放った。

 その一閃は謎のISを上下に真っ二つにした。

 だが、人間ではなく、機械が操るISだ。ただ真っ二つにしただけでは倒せなくて、宙にいる上半身が動きを見せる。

 むう、せっかく一回で終わらせるって言ったのに~! ちょっとかっこ悪い。

 ということで、再び神速の攻撃を何度か放ち、謎のISの上半身をバラバラにした。

 そのとき、私の両手で覆えるほどの球を見つけた。配線がくっついている球だが、ISの勉強をしていた私には分かる。ISの(コア)である。

 これがISの本体であり、誰にも中を見ることのできないブラックボックス。

 そうだ。これはあれに使おう!

 ISの(コア)を見て、ある考えが浮かんだ私は、残骸と共に宙に浮かぶISのコアを素早く取ると、今まで以上に力を込めて『一閃』を放った。

 すでにバラバラであった残骸が『一閃』による衝撃により、上空へと吹き飛ばされた。

 これをしたのには理由がある。

 だって、このISたちは今回の襲撃の犯人(?)である。その残骸を調べる必要があるのだ。そのときにISで重要なコアがないというのは怪しまれる。そのためにこうして残骸を上空へ吹き飛ばし、幸いにもIS学園は孤島なので、海に落ちる残骸がある。流されたりもするのでISのコアがないとなっても問題ないわけだ。……多分。

 それにまだ一夏が倒した一体があるからね。調べるならばこれだけでもいいだろう。

 さて、ISのコアをこっそりと懐にしまった私はブレードを最後の締めとして、まるで武器に付いた血を飛ばすかのように一回振った。

 ちなみにだけど、私が移動してからここまでにかかった時間は二秒もないくらいである。その一瞬の出来事である。

 

「ふう、もう来ないよね?」

 

 まだ戦えるが、そんなことよりも簪たちのところに行きたい。

 

「詩織!」

 

 そんなことを考えていたら、もう一人の恋人であるセシリアがこちらに来る。

 セシリアは一夏たちと一緒に戦っていたので、ここにいてもおかしくはない。

 

「セシリア!」

 

 私もセシリアのほうへ向かう。

 セシリアは中距離、遠距離の攻撃が主というせいなのか、見た感じではまったくの無傷だ。

 

「怪我はないみたいだね」

「ええ、わたくしは隙を作った程度ですもの」

「そうなんだ。あとは二人が?」

「いえ、ほとんどは織斑さんの活躍ですわね。織斑さんが作戦を立て、凰さんが手伝った形ですわ」

「そうなの!? 驚きだなあ」

 

 てっきり鈴の作戦とかで最終的に一夏がトドメを刺したって感じだと思ったけど、まさか一夏がやったのか。これには驚きだ。

 まあ、よくやったと言っておこう。素人でここまでやったのだ。ちょっと色々と無謀なところもあったんだろうけど、最後までやって一体倒したのだ。それくらい見逃そう。そもそもはここは先生、または候補生の仕事なんだから。

 え? 一夏に対して優しすぎるって? 私だっていつも一夏に対して悪いことを思うわけではない。それに私の義弟になる男だからね。まさか義理とはいえ、弟に対して憎しみを持つわけがない。

 まあ、それも私の恋人候補に接触しなければという話だが。

 

「とりあえず、一夏と鈴を医務室へ連れて行こう。特に一夏はダメージが大きいみたいだからね」

 

 と思っていると、先生たちが来て、事態の収拾を行い始めた。

 と、同時に私は先生たちに連れられてとても叱られたけど。

 ただ、怒られるだけで、他に罰などはなかった。多分、千冬お姉ちゃんが何か言ってくれたのか、それとも私の活躍のおかげか。

 ともかく、結構長い時間叱られたが、何もなかった。

 解放されるとすぐに私は簪たちのところへ向かった。

 二人は私の部屋にいたので、すぐに会うことが出来た。

 扉を開けてすぐ私は二人に抱きつく。

 

「二人とも! 大丈夫だった?」

 

 見たところ大きな怪我はしていない。

 しかし、小さな怪我をしているかもしれない。もしあれば治療しなければ!

 

「ない」

「わたくしもありませんわ」

 

 二人はそう答える。

 

「本当に? 本当にない? 無理して隠してない?」

 

 今回が命に関わることであったので、しつこくそう聞いてしまう。

 だけど、そんな私に対して二人は二人で私の頭を撫でて何度も答えてくれた。

 ふ、二人が優しすぎる!! 自分でもうざいくらい言っているのに何も言わずに答えてくれるなんて!!

 

「それよりも詩織は大丈夫ですの? わたくし、上から全てを見ていましたけど、一人で突っ込んでいましたわよ」

「!? そんなことを?」

 

 セシリアが心配そうに言い、それを聞いた簪が少々怒った顔で聞く。

 

「だ、大丈夫だよ。傷一つないよ」

 

 事実、私には傷一つない。

 ただ、今日の戦闘で、バラバラにしたときに一瞬で『一閃』を何度も使ったので、筋肉痛になるかもしれないけど。

 一回一回放つのならまだしも、あのように一瞬で連続で使うのはさすがに負担がかかるのだ。そのため、筋肉痛になる可能性が高い。

 これって怪我になるのかな? 明日の朝が怖い。

 

「だそうですわよ、更識さん」

 

 怒った顔の簪をセシリアがなだめる。

 

「そうみたい、だけど、そういう……問題じゃ、ない。私はてっきり……サポートとかそう言う役割かと……思って行かせたの。なのに、一人で……突っ込んだなんて……」

「更識さんの気持ちも分からなくはありませんわ。ですけど、こうして詩織が無傷で帰ってきましたのよ。それはもう忘れましょう? そして、詩織も今回のようなことはあまりしないで欲しいですわ。確かにあなたはとても強かったですけど、それでもわたくしも心配しましたわ」

 

 セシリアは簪をなだめると共に私に忠告した。

 なかなかお姉さんらしい対応である。最初の印象であるちょっと傲慢な、物語に出る貴族は今ではほとんどない。むしろお姉さんである。

 むむ、私のほうが精神的に年上なのに! 何か私、叱られているし!

 

「わ、分かった。今度から、あまりしない」

「ええ、それでいいですわ。今回は助かりましたけど、本来はわたくしたちが対処すべきですわ」

 

 私は頷いたが、もちろんのこといざとなれば今日のように行動するつもりである。

 だって、単純な力ならばきっとほとんどの人に負けないし、技術だってちゃんとある。ISの技術では一歩遅れるが、それ以外にならば上回るのだ。今回のように役に立つことはあるだろう。

 ということで、私も動くときは動く。

 

「ということで、更識さん。あなたはまだ専用機を持っていないようですし、持つまでは詩織のストッパーをお願いしますわ」

「ん、分かった。私も……詩織が怪我をするのは、嫌、だ」

 

 二人はそう言うけど、私だって簪たちが怪我をするのは嫌なんだけど。

 でも、ここで言ってもいたちごっこだろうな。ここは沈黙だ。



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第107話 私の明日の予定

 それからはちょっと怒った簪がこちらを見ていたので、セシリアにも聞こえるようにあの非常事態のときに簪がやらかしたいたずらについて言ったので、簪は私に怒りを向ける暇すらなく、セシリアへの弁解に必死だった。

 え? 仲が悪くなる? 元はと言えば簪が悪い。あれはさすがにやりすぎだ。べ、別に簪からの怒りの視線が怖かったからじゃないし。それでその視線を誤魔化そうとした訳じゃないし。

 もちろんのこと、取り返しの付かないところまでいかないようにはしている。

 結果、二人はちょっと喧嘩したけど、最後は仲直りした。

 

「その、詩織」

 

 例の罰ゲームでメイド服を着て、三人でテレビを見ていると、セシリアが話しかけてきた。

 

「何?」

 

 セシリアの顔はやや顔を赤くしている。

 別にただ単にテレビを見ていただけで、私は何もしていないので、なぜ顔が赤いのか分からない。

 一応、顔が赤いから別にシリアス的なものではないと思う。

 

「その、明日は土曜ですわ」

「そうだね」

「ですわよね。その、詩織はすでに私以外の方と、今まで以上のことをされていますのよね?」

 

 セシリアに問われ、それが何を意味しているのかはすぐに分かる。

 それと同時にセシリアが何を言いたいのかが分かった。

 でも、あえて言わない。セシリアの口から言わせたい。

 

「今まで以上って?」

 

 私がニヤニヤしながら聞く。

 

「うう、し、詩織! 絶対に分かっていますわよね!?」

「え~、何のこと?」

 

 わざとらしくとぼける。

 

「も、もう! その、エッチ、ですわ!」

 

 顔を真っ赤にしてセシリア。

 ああ、その言動が見たかった!

 満足した私は頭を撫でる。

 

「ふふ、そうだね。簪と千冬お姉ちゃんの二人とはしたね」

「で、ですから! その、よろしい、ですの?」

「いいよ」

 

 私はセシリアに口付けをしながら言った。

 

「オルコット、私が……いるん、だけど」

 

 目の前で自分の初めてを貰ってと言われ、自分の目の前でいちゃいちゃされたのだ。特にセシリアの『エッチしたい宣言』の部分で少し引いている。

 まあ、私もそういうエッチな内容を堂々と言ったり、言われたりするのは思うところがあるんだけど。

 

「知っていますわよ。ただ、あなたも詩織とするときは報告してくれましたし、わたくしも言っておこうかと思って言っただけですわ」

「理由は……分かった、けど、いちゃいちゃまで……しないでほしいんだけど」

「それは詩織に言って下さいまし。わたくしというよりも詩織がやってきましたのよ」

「わたしもいるんだから……抵抗してほしい」

「無理ですわよ。詩織からされたら抵抗なんてできませんわ。あなただってできませんでしょう?」

「うぐぐ」

 

 二人が私を挟んで話す。

 ただ、そんなに邪険なものではない。

 

「ともかく、更識さん。その、明日は悪いのですけど、お願いしますわ」

「ん、分かった。明日の夜は……友達の部屋に、泊まりに行く」

「感謝しますわ」

「別に。お互い、様。ただ、その、明日の夜は覚悟したほうが……いい」

「えっと、覚悟ですの?」

「そう。その、前に言ったけど……詩織は暴走する、から」

「そ、そういえばそう聞きましたわね」

 

 二人とも、本人の目の前で悪口みたいに言わないでよ。

 それに、べ、別に暴走してないよ! ただ、私の性欲が強かっただけだもん! それに簪も千冬お姉ちゃんも可愛すぎるのが悪い!

 

「あと、あまり泣き顔とか……見せないほうがいい。詩織が喜ぶ、から」

「ええ……。そ、それって興奮するってことですの?」

「みたい」

 

 だから、二人とも。本人の目の前で言わないでよ。

 あと、セシリア。引かないで。べ、別に泣き顔が好きってわけじゃなくて、可愛かっただけだから。

 

「わ、わたくし、大丈夫かしら。正直、いつものでもいっぱいいっぱいという感じなのですけど」

「だい、じょうぶ。私もそうだった。でも、後半は詩織に任せれば……いい。勝手にして、くれる」

「安心した、と言っていいのか困りますわね。でも、その、されるだけで詩織のほうは満足していましたの?」

「問題ない。詩織、私にだけじゃなくて、自分も満足するようにやる、から」

「なら、問題はありませんわね」

 

 セシリアは簪に夜の話を聞き、簪は自身が体験したことを基にアドバイスをする。

 

「ねえ、二人とも。その本人がいるのってさっきから気づいてる?」

 

 先ほどのように言葉には出さずにしようかと思ったけど、さすがに限界である。そろそろ私がいるということを配慮して話をしてほしい。簪が言っていることは事実なんだけど、聞いているこっちとしてはとても恥ずかしいのだ。

 なんだろう。自分の性癖を客観的に見ているという感じがして、他人の性癖を聞いているって感じなのだろうか。そして、その性癖を聞いて恥ずかしいことだと感じている。

 あれ? ってことはつまり、自分のやっていることは恥ずかしいことなの?

 思わずそんな結論に達してしまう。

 これが主観と客観の違いというやつか。

 うん。こんなエッチな話でそんなことを学ぶなんて……。

 

「もちろん知ってますわよ」

「ん、知ってる」

 

 そんなおかしなことを学んでいる中、二人はそう言う。

 

「わざわざ詩織の目の前で言ったのは……少しは自重してほしい、ってこと……。き、気持ちいいのは……いいんだけど、は、激しすぎる。あれじゃ、体が持たない」

 

 簪が顔を真っ赤にし、俯きながら言う。

 

「うう、そ、それはもちろん、やりすぎたかなって思うときはあるけど、べ、別にいいじゃん! それに毎日のようにやってないし」

 

 朝までしちゃうから平日にしちゃうと翌日の授業に悪影響を及ぼすからね。

 

「当たり前。あんなの毎日……され、たら、こっちの身がもた、ない」

「そ、そんなに……」

 

 セシリアが物理的に引いたような気がする。

 

「さ、更識さん、わたくしちょっと不安になりましたわ」

「大丈夫。私も、初めては……不安、だったけど、されてると不安もなく、なる」

「うう、ここは信じるしかありませんわね……」

 

 セシリアが不安そうにするが、正直こっちの不安というか、テンションが下がるんだけど……。

 これでも繊細なんだけどな。

 

「こほん! 二人とも! もうその話は止めようか。それよりもセシリア!」

「は、はい!」

「セシリアは朝から、その、するってわけじゃないよね?」

「ええ。わたくしとしては夜がいいですわ。詩織が朝からがいいというのならば、わたくしもそうしますけど」

「ううん、夜にしよう」

 

 さすがの私も朝からセシリアと気はない。何というか盛り上がらない。

 まあ、確かに昼間から軽くエッチなことをしたことがないってわけじゃないけど、それは何か興奮する要素、例えば、ほら、観覧車の中とかお風呂場とかシチュエーションというやつがあるのだ。人工的ではない自然にできたシチュエーションが。

 というわけで、朝からはしない。

 では、何をするのか?

 多分それは私もセシリアも決まっている。

 

「じゃあ、昼間はデートにしようか。夜は……ね?」

「ええ!」

 

 ざっくりとした計画だが、セシリアは喜んで頷いた。

 そんなに喜ばれるとやっぱりこちらもうれしくなる。さっき下がったテンションも劇上がりだ。

 えへへ、どこへ行こうかな~。

 

「セシリアはどこか行きたいところある?」

「そうですわね。水族館へ行ってみたいですわ」

「水族館か。いいね!」

 

 水族館へ行ったのはもう小さいときに行って以来である。つまり、数年ぶりというわけだ。

 懐かしいなあ。あの時の私は小さくて、前世で大人だったというのに、あの時はもうただの幼子としてはしゃいでいた。それくらい水族館は興味があるし、好きだ。

 特にイルカなどのショーは結構好きである。

 あの巨体が水面から宙へ大ジャンプをするのはまさかにショーの中でも一番好きなシーンである。

 他にもパノラマ水槽が好きだ。

 通常は見ることのできない魚の群れを見ることだってできるし、大きな魚だって見ることもできる。そして、何よりもある意味、自然の海を見ることができる。

 海に潜るなんて簡単にはできないから、海の中の自然を見ることができる水族館は好きだ。

 

「セシリアはどこがいい? ただ、日帰りになるからそんなに遠いところにある水族館は無理だけど」

「詩織に任せますわ」

「いいの?」

「ええ。その、実のことを言うと前回と同様に水族館に行ったことがありませんの。だから、詩織に任せますの」

「分かった!」

 

 とは元気よく言ったものの、結構責任重大である。

 前回は遊園地で、その遊園地はテレビのCMに出るくらいは有名だった。

 ならば今回も有名な水族館へ行けばいいだろうと思うだろうが、しかし、テレビで水族館のCMはそんなに多くはない。

 なので、水族館は自力で探すしかない。

 むむ、困ったな。セシリアは水族館は初めてだってことだし、変な水族館に行って嫌いになっても困る。

 むう、近くに評判のいい水族館はないだろうか。それを見つけないと。

 

「二人とも……それ以上はダメ。テレビ見よう?」

 

 私達二人が仲良く話していて、仲間はずれになっていた簪が言う。

 そうだった。テレビを見ていた途中だった。

 というわけで、それからは話を止めて、テレビを見ることに集中した。

 デートが明日とはいえ、情報収集だけならばすぐにでも終わる。みんなでテレビを見終わってからでもいいだろう。

 ちなみに今見ている番組だが、動物が出るバラエティ番組である。

 この番組は可愛いだけの動物を紹介するだけではなく、絶滅危惧種や密漁されている動物についても紹介されているので、教育という意味でも為になる。

 なので、結構視聴率などは良いらしい。

 これは日本の番組なので、私と簪はこの学園に来る前から見ていたが、セシリアは今日が初めてだ。

 水族館という行き先が出たのも、この番組が影響しているのかもしれない。さっき、イルカとか出てたし。

 

「はわああ~、可愛いですわね~」

 

 今は先ほどのイルカ繋がりで海の動物の一種であるアザラシの赤ちゃんが紹介されている。野生ではなく水族館にいるアザラシの赤ちゃんなので、画面いっぱいに毛で覆われたアザラシの顔が映る。

 セシリアが声に出してやや色っぽい声を出し、私と簪はだらしない顔を晒す。

 私も簪もセシリアも可愛いものには弱いようだ。

 私達は番組が終わるまでデレデレとした顔を止めることはできなかった。



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第108話 私たちのデート、始まり

 翌日の朝。

 起きた時間は少し早い。

 というのも、テレビを見終わってから、水族館を探していい水族館を見つけたのだが、少々遠かったので、水族館をゆっくり見て回るためにも朝早くから移動することにしたのだ。

 

「ん~、まだ日が昇ったばかりですわね」

 

 起きたばかりのセシリアが伸びをしながら言う。

 

「だね。もしかしてまだ寝たかった?」

 

 いつもはまだ寝ている時間である。実際簪は幸せそうな顔をして熟睡している。

 

「いえ、そんなことはありませんわ。だって、朝早くから今日は、その、夜まで詩織を独り占めできるんですもの。早く起きて嫌だなんて思いませんわ」

 

 全くうれしいことを言ってくれる。

 でも、そうか。ハーレムであるということは二人きりの時間はとても少ないのだ。いわばこのような日は恋人たちにとってとてもうれしいことなのだろう。

 やっぱり二人きりの時間は増やすべきだ! 私はハーレムの主だから、恋人たちとみんなで行動してもいいし、誰かと二人きりでもいいけど、恋人たちにとってはみんなで一緒にというのは、やっぱりどうしても競争みたいになってしまうからね。平等というものは使わないと決めたけど、できるだけそのような競争が起こらないように等しく時間を作っていかないと。

 うんうん、やっぱり日頃のスキンシップが大事だね!

 

「よかった」

「ほら、詩織。今日という時間は有限ですわ。更識さんのことを邪魔とは言いたくはありませんけど、早く二人きりになりましょう?」

「そうだね。あっ、朝食はどうする?」

 

 食堂は夜遅くまで開いているだけではなく、この時間帯からも空いてある。本当に大助かりである。

 

「そうですわね。わたくし、外で食べたいですわ」

「外? いいけど、この時間帯だとまだどこも開いてないよ? それまで待つ?」

「いえ、そういうわけではありませんわ。わたくし、コンビニというものに行ってみたいんですの」

 

 お嬢様的発言である。

 

「分かった。ただ、コンビニだから味とかにはあまり期待しないでね」

 

 コンビニのご飯などが美味しくないというわけではないけど、ここの食堂やセシリアが食べてきたものとを比べると味などは結構ランクが落ちると思う。まあ、私は気にしたことはないけど。

 だって、庶民だし。つまり、庶民の味しか知らない。私が気にするのは美味しいかどうかだけ。

 

「分かっていますわ」

「そう。じゃあ、新幹線が来るまで時間があるから、その間に買おうか」

「ですわね。詩織、着替えましょう?」

 

 顔を洗ったりなどして私達は準備をした。

 一時間後、準備が完了し、出発する。

 

「忘れ物はありませんよね?」

「うん、ないよ」

 

 確認するがやっぱりない。

 他にないよね?

 と、記憶を探っていて、

 

「あっ、やっぱりあった!」

 

 一つの忘れ物を思い出した。

 

「ありましたの?」

「うん!」

 

 私が部屋に戻るとセシリアも戻る。

 私が向かったのは簪が今も眠るベッドである。

 

「? 忘れ物らしき忘れ物はありませんわよ?」

「あるよ。ただ、物じゃないけどね」

 

 私は寝ている簪の頬に手を当てると顔を簪に近づけ、キスをした。

 

「!? な、何を!?」

「おはようのキス。セシリアにはしたけど、簪にはしてなかったでしょう?」

「ぐっ」

 

 寝ているけど、やらないよりはいいだろう。簪にあとから何か言われるよりはマシだ。まあ、簪は寝ているからどう思うかは分かんないけど。

 

「したい?」

 

 キスされた簪に嫉妬するセシリアにニヤニヤしながら問う。

 朝起きてしたセシリアへのキスは簪にした触れる程度よりもちょっとだけエッチなキスである。それなのに嫉妬しちゃうなんて……。セシリアはエッチな子だ。

 

「べ、別にいいですわ! 今日はわたくしが独り占めする日ですもの。いくらでもタイミングはありますわ!」

 

 そうは言うが顔が真っ赤だ。

 

「ふふふ、分かった。あとでいっぱいしようね」

 

 とりあえず私の忘れ物も終わったので、セシリアの手を引いて学園を出た。

 本州へ着いた私達はさっそくコンビニへ向かった。

 コンビニが二十四時間営業ということもあり、まだ開いている。

 しかし、人はまだ少ない。

 

「へえ、ここがコンビニなんですのね」

「そうだよ。どう?」

「結構小さいですわね」

「でも、その小さいからこそ、小さな土地で店ができるんだよ。おかげでたくさんコンビニがある。しかも、二十四時間営業」

「なるほど。商品を見ると結構ありますわね。それを考えますと確かに便利ですわ。さすがはコンビニエンス(・・・・・・・)ストアですわ」

 

 セシリアは商品棚を見ながら自分の朝食を選ぶ。

 私はコンビニをよく利用していたので、すでに朝食は確保している。生徒会長だった頃は結構忙しかったからね。朝早くから登校しなくてはならなくて、朝食をコンビニで買うということが結構あった。

 毎日ではないので、多くは母が作った朝食を食べていた。

 

「う~ん、迷いますわね。いつもは料理ですけど、ここは一品一品選ぶ必要がありますし、わたくしが見てきたものと比べて、その、レベルが違いすぎて何がいいのか分かりませんわ」

 

 セシリアが食べているものと比べたら、うん、レベルが違いすぎる。味とかではなくて見た目レベルで。

 

「私が選ぼうか?」

 

 ベテランとは言わないけど、それでも初心者のセシリアよりは良い物を選べるはずだ。

 

「お願いしますわ」

 

 セシリアからもお願いされたので、早速選ぶ。

 これから新幹線に乗るので、食べやすいものがいいだろうな。

 ということで、私も選んでいるパンにしようか。味は同じじゃなくて、別のものにしよう。セシリアはコンビニのパンは初めて食べるみたいだから、私のと味を比べるようにしよう。と言っても私が食べたことのあるものだ。よく分からないものを食べさせる訳にはいかないしね。

 

「これとこれはどう? 前に食べたことがあるけど、美味しかったよ」

「なら、それにしますわ」

「いいの?」

「ええ。詩織が美味しいという物ですからね。問題はありませんわ」

 

 そ、そんなに言われると期待されているみたいで、ちょっと怖いんだけど。美味しくなかったときにできれば私に当たらないでほしい。

 いや、セシリアのことだからそんなことはしないと思うけど。

 

「飲み物はどうする? 私はオレンジジュースにするけど」

「わたくしはアップルでお願いしますわ」

 

 私もセシリアもジュースである。

 いつもは水かお茶なんだけど、こういう日ぐらいはいいよね。

 

「他は……いいよね。セシリアは他に食べたいものある? お菓子でもいいよ」

 

 一応、学園の売店にもお菓子はあるのだが、やっぱり学園ということもあり、その種類は少ない。自分の好きなものを買おうとしたら、こっち側にこないといけないのだ。これは仕方ないと思うしかない。

 まあ、幸いないことにIS学園へ向かうモノレールがあるということもあり、ここには新幹線を通る路線がある駅もあるし、ちょっと遠いけど、ショッピングモールもあるし。

 

「いえ、お菓子のほうは遠慮しますわ」

「そう?」

「ええ。油断しますと太りますもの」

「ちょっとぐらいいいと思うけど」

「ダメですわ。そうやって今日ぐらいという気持ちで一回やるから、多くの方が太るんですわよ。それに、わたくしはあなたに太ったわたくしを見せたくありませんわ」

 

 最初の部分は真剣な顔をして、最後は恥ずかしそうに言った。

 全く本当に私の恋人たちは私を喜ばせることをやってくれる。もう夜を待たずにセシリアとしたくなる。

 私が悪い訳じゃない。これはセシリアのせいだよ!

 

「じゃあ、これを買って、新幹線の中で食べようか。時間もちょうどいいし」

「分かりましたわ。あっ、でも、奢らなくて結構ですわよ。前回と同様に新幹線と水族館の料金を奢らせてしまいましたもの。これ以上は詩織には払わせませんわよ」

「そっか。残念」

 

 私はハーレムを目指す者だからね。ハーレムの子たちに不自由をさせたくはないから今のうちにみんなを養えるってことを見せたいのだ。

 ともかく、買い物を終えた私達はすぐに駅のプラットホームへと行く。

 新幹線ということと朝ということで並んでいる人は少ない。

 まあ、私としては都合がいい。

 ここが人がいるので、恋人繋ぎをする程度のいちゃいちゃをしていると、時間も過ぎて新幹線がやってきた。

 もちろんのこと、私たちが乗るのは指定席である。そこまで行って気づいたのだが、幸いなことに周りの席に人は座っていなかった。

 

「あ、あまり人がいませんわね」

 

 ただ自分たちの席に座っただけだというのにセシリアの顔は僅かに赤い。

 そして、私も。

 それはきっと前回と似たような状況だからだろう。

 前回は変なことしたからね。どうしても思い出しちゃう。

 

「ま、まあ、その代わりに周りに気を使わないからいいじゃん」

「そ、そうですけど、そ、それはそれで……」

「……」

「……」

 

 互いに無言になるが、それはやっぱり思い出してしまうからだろう。

 ともかく、いつまでも無言になっているわけにもいかないので、コンビニで買った朝食を食べることにする。

 ちなみに目的地へ着くのは二時間ほどである。結構遠い。

 

「はむはむはむ、ごくん。どう?」

 

 隣で同じくパンを食べているセシリアに感想を聞く。

 

「はむはむ、んく。意外と美味しいですわ」

「よかった。気に入ったのはあった?」

「う~ん、それとは別ですわね。特別に気に入ったものはありませんわ」

「そっか。それは残念」

 

 さすがにコンビニの食べ物ではセシリアが気に入るものはなかったみたい。

 それから全てのパンを食べて、ジュースを飲み終わる。

 

「ふう、少しはお腹がいっぱいになったかな」

 

 いつも通り、私はパンを多めに買い、それを食べたが、まだ入る。ラーメン一杯か二杯は入るかな。

 

「本当によく食べますわよね。わたくしは先ほどので十分ですわよ」

「えへへ。燃費が悪いからね。たくさん食べないと元気にならなんだよね」

「いっぱい食べても太らないということですわよね」

「そうだよ」

「それに関しては羨ましいですわ。別に太りやすいという訳じゃありませんけど、やっぱり甘いものを食べ過ぎるとつい体重を気にしてしまいますわ」

 

 セシリアはそう言って、自分のお腹を気にする。

 そんなセシリアを見て、私はセシリアの裸体を思い浮かべる。いや、別にそういうときの裸体じゃなくて、普通に風呂を一緒に入ったときとかのね。

 うん、私からすると痩せすぎず太りすぎず、個人的には大好きな体型だ。

 

「な、何だか体型が気になってきましたわ。今日するのは止めたくなりましたわ」

 

 それは夜のことだ。

 夜するのはエッチだからね。初めは服を着ているかもしれないけど、最後には全てを曝け出す。全てを見られるのだから体型が気になってもしょうがない。

 でも、だからといって、止めるなんて事は無理だ。

 

「ダメだよ。今日は絶対にセシリアの初めてを貰うんだから」

「し、詩織」

「セシリアは体型は気にしなくていいよ。大丈夫。何度も一緒にお風呂に入ったからね。ずっと見ていたから大丈夫だよ」

 

 言っていることは変態だが、結構真面目に言っている。

 セシリアもそれに気づいたようで、くすくすと笑った。

 

「内容が内容だけに喜んでいいか迷いますわね」

「あはは、だね。でも、言ったことは本心だからね。セシリアは綺麗だからね」

「もう、詩織は。本当に詩織は人を喜ばせますわね」

「ふふ、でも、これは恋人たち限定だよ。友達とかには言わないからね」

 

 まあ、家族には似たようなことは言うけどね。

 

「当たり前ですわ。わたくしたち以外に言ったら、わたくしと更識さんで文句を言いますわよ」

「言わないよ」

 

 そう言って、私はセシリアの首筋に顔を埋め、そこにキスをした。

 埋められたときはセシリアは少しくすぐったそうにしていたが、キスをしてからはやや甘い声を出しながら耐えていた。

 周りには誰もいないので、私たちの行為に気づくものは誰もいない。

 そのせいか、キスだけでは我慢できなくて、舌でペロリと舐めてしまう。

 

「んひゃっ」

 

 キスからいきなり舐められたせいか、セシリアは声を上げる。

 セシリアは自分が大きな声を出したことを自覚して、すぐに手で口を押さえ、周りを見た。

 周りに人がいないので、セシリアの声に気づくことはなかった。

 それを確認したセシリアはいきなり両肩を掴んできた。

 

「きゃっ」

 

 いきなり両肩を掴まれたので、私も可愛らしい声を上げてしまった。

 いきなりだったので、油断した……。

 両肩を掴むセシリアの顔はちょっとこちらを睨んでいる。

 お、怒ってる?

 

「詩織! キスしていたのに、いきなり舐めるなんてびっくりしましたわ! せめて一言言ってほしいですわ!」

 

 うん、怒ってはいるけど、私の想像していた内容とは違う。

 

「あれ? いいの? てっきりやるなって言うかと思ったんだけど」

「? 何でそんなことをわたくしが言うんですの?」

 

 ありゃりゃ。どうやら日頃からいちゃいちゃし過ぎたために、その辺の認識がずれているようだ。恋人になった頃だったら舐めること事態に何か言っているだろうに。

 まあ、こちらとしてはうれしいんだけどね。エッチがしたいとかではなくて、スキンシップを取りたいという意味で。

 

「じゃあ、もうちょっと……」

 

 調子に乗った私は今度は一言言って、行為を続けることにした。

 今度は一言を言ったので、問題ないみたい。



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第109話 私たちの目的地に着きました

 セシリアの首元を弄って三十分。

 ようやく私はセシリアを解放した。

 別に疲れたからとか、飽きたからとかではない。私もセシリアも互いに興奮してこれ以上続けているとこれ以上のことをやってしまうから。

 私はそんなエッチなデートというか、一日でもいいんだけど、セシリアはそんなことはしたくないみたいだしね。部屋でゆっくりと落ち着いてしたいみたい。まあ、落ち着いてできるのも最初だけなんだけど。

 ごほん、ともかく、そんな軽いいちゃいちゃをして時間を過ごす。

 

「セシリア~」

 

 ちょっとした行為のあとのせいか、私は甘えるようにセシリアに寄りかかる。

 私もセシリアも体が熱いので、少し服をはだけている。

 もちろん、周りを考えている。セシリアのきわどい部分の肌まで見せたくはないもん。というか、本当のことを言えば、他の恋人たちにも見せたくはない。それぐらいだ。

 

「ん、なんですの、詩織」

「えへへ~、なんでもな~い。名前、呼んだだけ~」

 

 行為の後を堪能するように私達はニヤニヤとしながら、そんなアホみたいなことを言ったりした。

 まあ、後からしたら冷静になって、何バカなことをやっていたんだろう、なんて思ったりするのだが。

 でも、今の私達はそんなに濃いエッチなことはしてはいないけど、似たような余韻を味わっていて、そんな羞恥的なものなんて沸くことはない。ただ、この時間を互いに甘えあって、過ごすだけである。

 

「詩織は可愛いですわねえ」

 

 セシリアもそんなことを言いながら私の頭を撫でてくれる。

 つい、気持ちが良くて、頭をセシリアにグリグリと押し付ける。

 ああ、こうやって過ごすのって私が夢見た一部だね。

 そうやってスキンシップをしながら私達は新幹線内での時間を過ごす。

 もちろん私がセシリアに一方的にされるのではなくて、こちらからもしたりする。

 もう今日は満足しちゃうよ。

 そんなことを考えながらいちゃいちゃして数時間。ようやく目的地の駅に到着した。

 その間は本当にいちゃいチャだけをしていた。

 飽きることもなく、ずっといちゃいちゃだ。

 さて、それから駅を降りて、目的地の水族館へと向かうのだけど、その水族館は駅のすぐ近くにあるわけではない。少し遠くにある。

 なので、ここから再び移動する必要があるのだ。

 使うのはタクシーだ。電車があればよかったんだけどね。

 

「わたくし、タクシーも初めてですわ」

「そうなんだ」

「詩織はよく使いますの?」

「ううん、使わない。私も数えるくらいしか使ったことがないよ」

「そうなんですの?」

「うん。毎日使えたら便利だけど、結構高いからね」

 

 お金を持っているとはいえ、毎日使ったら無駄にお金を消費するだけだ。それに学生である私はそんなに遠くに行かないし、私の家があるのはちょっと大きな街で、自転車で大きなスーパーとか、ショッピングモールとかあるし。

 なので、使わない。

 あっても今日みたいな遠出のときくらいだ。

 

「なるほど」

「さあ、中に入ろうか」

 

 タクシー内に入って、運転手に行き先を伝えるとタクシーは水族館へ向かう。

 その間、私達は何もしゃべらずに座っているだけだ。

 だって、目の前に運転手がいるからね。こんなところで手を繋ぐとかはできない。恥ずかしすぎる。

 静かなタクシーが目的地が着いたのはそれから二十分ほど。

 IS学園から目的地までかかったのは本当に長かった。

 料金を出して水族館へ向かう。

 今日が土曜日の休日ということで、人は多い。

 だけど、歩けないほどではない。多少人が並ぶくらいかな。

 さて、ここからは人がいるけど、今はデートなわけなので、恋人らしいことをすることにする。

 周りから見ると変なのだが、そんなのを気にしたらデートができない。なので、躊躇うことなく互いの指を絡ませて繋ぐ、恋人繋ぎをする。

 セシリアはこのような場所で、繋がれたので、最初はびっくりしていたが、周りの目などよりもうれしかったらしく、抵抗もせずに受け入れた。

 あっ、周りの目って言ったけど、別に今、周りからおかしな目で見られているわけではない。

 二人並んで私たちは中へ入った。

 水族館に入ってすぐ、私たちを向かえるのは道の左右にある熱帯魚の水槽である。

 熱帯魚の彩りのあるその体はまるで魚たちが私たちを歓迎しているようだった。

 そんな道を通り抜けると次は噴水のある広場のような部屋に着く。

 噴水の頂点部分にはイルカの像があり、それが吹き出る水で演出されている。中々綺麗だ。

 

「綺麗ですわね」

 

 セシリアも見惚れている。

 

「だね」

 

 この広場には他にもお店などが多くあった。どうやらここは出入り口も含めているためなのか、お土産や軽食を中心としたものが多いようだ。

 お土産は帰りに買うとして、今は移動時間がながかったせいで、十二時になるからまずは昼食にしよう。

 ここは水族館だけど、軽食などではなく、ちゃんとした食事処はある。

 種類は多くないが、水族館の食事処らしく料理には魚などのデザインのある盛り付けがしてあるようだ。

 そこへ向かおう。

 

「まずはご飯をたべようか」

「ですわね」

 

 その食事処にはすでに人でいっぱいである。

 でも、座る席がないほどではない。少し並んで料理を待っても、多分、埋まることはないだろう。

 そのぐらい広かった。

 

「何だか広いですわね」

「うん。でも、おかげで待たずに食べることができるね」

「ええ」

 

 ここは券売機で料理の券を買うという学園と同じシステムだった。

 私が選んだのはカツ丼とから揚げ定食だ。

 え? 水族館に来たのに何でこれか? 水族館要素がない? だ、だって、これが一番お腹が膨れるんだもん。仕方ないよ。

 その代わり、水族館要素はセシリアの料理にある。

 セシリアが選んだのはカレーだ。

 ご飯がイルカ? の形をしていて、その周りはルウである。

 

「し、詩織、今日も多いですわね」

 

 何せ本来は一人前分の料理が二品だからね。

 おかげでテーブルと店員との間を二往復することになった。

 

「いつもの詩織を知っているから何も言いませんけど、他の方からすれば食べられるのか不安になる量ですわね」

「だね」

「だねって……」

「別に食べられるからね。問題ナッシングだよ!」

 

 ではいただきます。

 はむはむはむ。

 食べてみるが、やっぱり美味しい。

 

「ふふ、美味しそうに食べますわね」

「うん! 美味しいからね! セシリアはどう?」

 

 上品に食べるセシリアにも問う。

 

「美味しいですわ」

「良かった」

 

 デートということで、あ~んとかしたかったけど、料理の種類からしてデザートでやるほうがいいということで、やっていない。

 まあ、イメージの問題でやっていないということかな。何かデザートであ~んのほうがいいって思ったし。

 というわけで全ての料理を食べ終わる私たち。

 

「「ごちそうさま」」

 

 食べ終わったので、残った食器を片づける。

 お腹が膨れた私たちはさっそく水族館のメインである、魚たちを見て回ることにした。

 ここの水族館はいくつかのコースで分けられており、一度にすべてを見回ることはできない。と、同時にコースになっているので、人数が分散され、魚たちを見る時間が増えるのだ。そういう利点がある。

 

「どのコースにする?」

「コースは全部で四つですわね」

「うん。深海の生き物、日本周辺の生き物、クラゲ、日本の川の生き物の大きく分けて四つだね。このほかにもコースじゃないけど、アザラシとかイルカとか見れるね」

「いっぱいいますのね」

「だね」

「では、クラゲから見てみたいですわ」

「分かった。じゃあ、クラゲから見て行こうか」

 

 で、早速見てみるのだが、結構面白い。

 実はクラゲのコースということで、大して期待していなかったのだけど、いろんな種類のクラゲがいて、さらに生態の説明などもあったので、結構面白いのだ。特にキラキラと光るクラゲが一番好きだ。

 

「綺麗ですわね」

「うん。海で見たら厄介だけど、こうして見ると何だか可愛いよね」

「ええ。ただ単に漂うだけですけど、これを見ていると愛着がわきますわね」

 

 お互いにクラゲを気に入ったということもあり、結構な時間をクラゲに費やした。

 うん、本当、クラゲの魅力がすごい。思わず虜にされちゃうところだよ。

 将来、本気でクラゲを飼いたいとか思っていたほどだ。

 

「でも、だからと言って海で見つけたのを触っちゃダメだからね、セシリア」

「わ、分かってますわよ」

 

 あっ、どもった。

 冗談で言ったんだけど、触る気だったんだ。

 

「さ、さあ! 行きますわよ!」

 

 恥ずかしさからか、声を高らかにそう言って先導した。

 次に向かうのは日本周辺の生き物だ。

 早速入るとそこは先ほどとは違い、大きな水槽に入った魚たちが群れを成して泳いでいたり、甲殻類たちがのっそのっそと動いている。

 先ほどとは全く違う光景だ。

 あっちは水槽の流れに身を任せているだけだったので、こっちの自らの意思で水槽内を動くのと違う。

 

「うわあ、見て! 鯛だよ! 大きいなあ」

「ええ。こちらに来てから刺身で食べますけど、本当はこんなに大きかったんですのね」

「だね。いつもは刺身になっているから分かんないけど」

 

 水槽で泳ぐ魚を見て、料理の話になるのは仕方がないと思う。

 だって、私たちが知っている魚って全部料理になっているものだし、そうではない魚は熱帯魚くらいしか知らない。ほかは強烈な印象を抱いたような魚くらいだ。

 例えば太刀魚って魚。その名の通り、太刀、つまり刀のような見た目をしている魚だ。これ、結構強烈な印象を与えるよね。

 他にもクエとか。あれ、でっかくて本当にびっくりした。色々と強烈だよ。

 そういう強烈な魚だったから覚えているというのがある。

 

「何かいっぱい魚いるけど、どうしても美味しそうとかの感想が湧くね」

「よく食べる詩織が言うと食いしん坊みたいですわね」

「ひ、否定できない」

 

 で、でも私のは必要な量を食べているのであって、一般的に言われている食いしん坊とは違うと思う。うん、違うはず。絶対に違う。食いしん坊は必要以上の料理を食べるからね。

 うん、だから大丈夫。

 

「そ、それよりもほら! あそこに可愛いのがいるよ!」

 

 さすがの私も食いしん坊というのは心の来るので、これ以上この話を続けたくはない。

 で、私の言う可愛いのというのは『チンアナゴ』という魚である。

 砂から顔だけをひょっこりと出している魚だ。それが水槽にたくさんいた。可愛すぎる。

 

「確かに可愛いですわね。目が大きくて、小さくて、とても可愛らしいですわ」

「うん、クラゲもよかったけど、こっちも可愛い!!」

 

 ただ、砂から出ているのは顔の部分と胴体の一部なので、それよりも下がどうなっているのかが分からない。とても気になる。

 全身を出してくれないかなあと思うが、全てのチンアナゴたちは顔と一部を出すだけなので、全身を見るとしたら結構難しいのだろうなと感じた。時間は有限なので、諦めるしかない。

 というわけで次に行く。

 

「あっ、見て! 今度は触ることが出来るところだよ!」

「え? 触れるんですの?」

「みたいだよ」

 

 触れると言っても、魚をではない。ウニとヒトデの二種類である。

 多分、魚だとすぐに死んじゃうからだろうなあ。

 

「い、行きますの?」

 

 セシリアが何だか嫌そうだ。

 

「うん。セシリアは嫌そうだけどどうしたの?」

「そ、その、どちらも初めて触りますので、ちょっと怖いんですわ」

「あはは、大丈夫だよ。どっちも噛んだりしないから」

「そ、それは分かってますわ。で、でも、そういうのじゃなくて……」

「まあ、どっちにせよ、勇気を出して触ろう!」

「きょ、拒否権は――」

「もちろんないよ! 大丈夫! 私も触るし、隣にいるからね!」

 

 とうわけでセシリアを連れて、そこへ向かう。

 人がいるが、長い時間並ばなければならないほどではなかった。少し待てば私たちの番である。

 私たちの前では小さな子どもたちが様々な反応をして、楽しんでいる。

 ある子どもは初めて触る生き物におどおどをしながら、ある子どもは怖いもの知らずかのようにがっしりと掴みながら、ある子どもは親に持ってもらい、それを突きながら、とそれぞれ楽しんでいた。

 う~ん、新鮮だねえ。私たちくらいの歳になるとそういう新鮮さなんてないんだよなあ。いわゆる純粋というやつがない。全くないとは言わないけど、子どものときと比べたらみんなそうだ。

 まあ、ある意味成長の証なんだろうけどね。



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第110話 私が最初に触ってあげる

 しばらく待ってついに私たちの番になる。

 水槽にいるのはウニとヒトデである。

 

「まずはどれから触ろうかなあ」

 

 セシリアはまだ触れないので、私がまず触る。

 そのためにどれを最初に触るかを決めることにした。

 私は別にどちらにも忌避感などない。さすがになまこを触れるというのならば、多少の忌避感もあるだろうけど。

 でも、この二つは違う。ウニはとげがあるので、確かに刺さるのかなとか思ったりはするが、そもそも子どもが触る前提なので、刺さるとかそういう危険なことはないだろう。

 なので、別に怖いなどない。

 ヒトデも似たような理由だ。周りの子達が触っているけど、なまこのようにやわらかいというわけではない。しっかりとした体のようだ。

 あとは肌さわりである。

 ヒトデの表面は鱗みたいになっているので、そこまで悪くはないはず。

 

「えっと、じゃあ、セシリアも触れるようにヒトデから触ろうか。セシリアもヒトデだったら、ウニよりは触れるでしょう?」

「ま、まあ、そうですわね」

 

 セシリアも触れるそうなので、さっそくヒトデを触る。

 実は私もヒトデを触るのは初めてなので、ちょっとは怖かったりする。ヒトデの動きがとても遅いのは分かっているけど、どうしてもいきなり襲ってくるのではなんて思ったりしてしまう。

 でも、セシリアにいいところを見せたいので、それを隠してヒトデを触った。

 ヒトデの表面は鱗のような肌触りだった。細かな凹凸を感じる。

 私、蛇を触ったことがあるからそれに似ているような気がする。

 

「ど、どうなんですの?」

 

 怖がっているセシリアが聞いてきた。

 

「ん~、とっても大人しい蛇を触っているみたいな感じだよ」

「……余計に触りたくありませんわ」

 

 そう言ってセシリアは嫌そうな顔をしている。

 

「さあ! セシリアも触ろうか!」

 

 ヒトデは水の中の生き物なので、水の中からは出さないようにして、セシリアのほうへ向いた。

 

「詩織……。あなた、わたくしの言葉を聞いておりましたの?」

「? 聞いてたよ! でも、触るんだよね?」

「(ダメですわね。全く理解してませんわ)はあ……触りますわ」

 

 何か小さく呟いたあと、セシリアが最終的に合意した。

 

「ほら、セシリア。こっちに来て」

 

 セシリアを隣に連れてきて、触りやすいようにヒトデを持つ。

 セシリアは片手を私の服を掴んで、もう片手でヒトデに触れようとする。

 しかし、まだ怖いようでヒトデを触ろうとする指は震えている。

 

「大丈夫。こうやって私が押さえているから。噛んだりなんてしないよ」

「わ、分かってますわ。しかし、そうだと分かって触れるわけではありませんよ」

「うん。だから時間かけていいよ」

 

 今日はあくまでもデートだ。水族館を満喫することよりも、セシリアとの仲を深めることが一番の目的だ。全部回ることが目的じゃない。

 それに全てを回ることが出来なくても、デートをする口実となる。もちろん、恋人だからそんな口実はいらないのだけど、あるほうがいいと思うし。

 それにこんな姿のセシリア、可愛すぎるもん。それを長時間楽しめるなんてこちらには得しかない。むしろ、もっと時間をかけても良いよって話。

 

「さ、触りますわ」

 

 その言葉を機にセシリアはさらにヒトデとの距離を詰める。

 そして、

 

「っ、ひゃっ」

 

 触った。と、同時に可愛らしい声を上げる。

 や、やばい。興奮する。

 

「ほら、大丈夫でしょう?」

 

 私の興奮を隠しながら言う。

 

「で、ですわね」

 

 一回触ってヒトデが安全だと理解したからか、セシリアは何度かヒトデを突いた。

 まだ私がやっているようにがっしりと掴むのは無理みたいだけど、それでもこうやって何度も指で突くくらいは大丈夫になったようだ。

 

「ふう、慣れましたわ」

「そう? じゃあ、次は掴んでみようか」

「ええ!?」

 

 次のステップのことを言ったらなぜか驚きの声を上げられた。

 

「な、なぜですの?」

「だって、そんな突くだけだったらちゃんと触れたってことにはならないもん。一瞬だけだよ? 触れるってことはこうやって接触しなきゃね」

「う、うぐっ、で、ですけど、触れたことには間違いありませんわよ」

「そうだけど、セシリアは私に触れるとき、一瞬でいいの? 突くだけで満足? 私なら無理だよ」

「わたくしだって無理ですわ」

「なら、こうやって触れないと」

「わ、分かりましたわ」

 

 チョロい。

 上手くセシリアを丸め込んだ。

 うん、普通に考えて私とヒトデは全くの別だ。私に一瞬触れるのとヒトデに一瞬触れるのとでは全く違う。

 というか、セシリア。これだと私とヒトデが同等なんだけど。

 いや、私がそう言ったんだけどね。

 でも、うん、ちょっと微妙である。セシリアはそれに気づいていないみたいだし。

 

「さ、触りますわ」

 

 そう言ってセシリアはヒトデに、今度はしっかりと触った。

 ただ、触っているときのセシリアは悶えていて、ちょっとエロい。もちろん、周りの人が見ても問題ない顔である。

 もちろん本当は誰にも見せたくはないのだが。

 ここで誰もいないところへ連れ込むのはデートを台無しにするからね。今は水族館を楽しむためにいるんだもん。

 

「きっちりと触った感想はどう?」

「何だかきめ細かいですわね。そこまで悪くはありませんわ」

 

 セシリアは落ち着いているように見えるが、その顔に僅かに怯えがあるのが見える。

 まだ怖いみたいね。

 そのため、セシリアはゆっくりと私の掌にヒトデを乗せるとすぐに手を引っ込めた。

 ただ、手が濡れているので、引っ込めた距離はとても短いけど。

 

「次はウニだね」

「……それは止めません?」

 

 先ほどよりも本当に嫌そうな顔で言った。

 セシリアがそう言う理由は分かる。きっと棘の塊だから刺さるとか思っているのだろう。

 その点ではヒトデよりも触るのが嫌なのだろうなあ。

 まあ、私のほうは、先ほどの子どもがいるので、怪我をする可能性は低いという理由で、無理なく触れるけどね。

 ヒトデを水槽の底に置いて、次はウニである。

 最初は私もちょっと躊躇ったが、いざ触れてみるとやっぱり棘はそんなに痛くない。

 何だろう。痛いどころか、掌に乗せると気持ちいいとさえ感じるんだけど。

 ほら、基盤の裏の棘棘って言ったら分かるかな? あれを触っているみたい。

 

「痛くありません?」

 

 不安そうに言う。

 

「大丈夫だよ。痛いどころか、気持ちいいよ」

「き、気持ちいいって……。本当ですの? 信じられませんわ」

「触ってみたら分かるよ。ほら、周りを見て。ウニを触っている人たち、痛そうにしてる? してないでしょう? だから大丈夫だよ」

 

 セシリアは周りを見回す。

 私たちの周りにいる人たちは普通にウニを持っていたりして、痛そうにすることはない。

 それをセシリアも見たからか、ごくりと喉を鳴らす。どうやら触る気になったみたい。

 まあ、子どもたちが笑顔で触っているのだ。大人であるセシリアがそれを見て、子どものように触りたくないとは言いにくいだろう。

 私も言いにくい。

 そして、セシリアは触った。

 

「っ」

 

 セシリアはウニを掌に置くと、体をびくりとさせたけど、それ以上はなかった。

 

「ね? 痛くないでしょう?」

「ええ」

 

 セシリアは自分の掌でウニを転がす。そして、軽く握り締めた。

 でも、握り締めてもウニは握ったままで、やっぱり痛くはなさそうだ。それに何度も握っているので、セシリアもウニのさわり心地に気づいたみたい。

 

「結構癖になる感触ですわね」

「でしょう? 私も昔基盤を触っていたときに思ったんだよね」

「基盤? ああ、裏側ですわね」

「うん!」

「そういえば似てますわね」

「やっぱり触ったことあるんだ」

「ええ。恥ずかしながら、何度も触った記憶がありますわ」

「ふふふ、やっぱりセシリアも触るんだ」

「わたくしもISを持っていますからね。一応、わたくしだけでメンテナンスできるようにと学んでいますわ。その過程で基盤を見る機会がありましたの。ただ、さすがにISの基盤でしたからそれには触れずに、こっそりと家庭用電化製品を解体して触りました」

「あっ、それ私もやったことがあるよ。ただ、そのときは初心者だったから元に戻せなくてとっても怒られたけど」

「わたくしもですわ。満足したのはよかったのですけど、戻し方が分からなくて、怒られましたわ」

 

 お互いに笑い合う。

 それから目的であるウニとヒトデを触るというのは達成したので、近くにあった水道で手を洗った。

 

「じゃあ、次だね」

 

 全て見終わったので、次のコースだ。

 残りは二コースあり、一つは日本の川の生物、もう一つは深海の生き物だ。

 私としては前者はあまり興味がないかな。だって、川の生き物だからね。知っている生物ばっかりって感じがする。

 反対に後者は深海なので、見たことのない生物がいる可能性がとても高い。必然と興味も湧く。

 というわけで、深海の生き物を見よう。

 ただ、深海といっても千メートルとかそんなに深いところにいる生き物はいないみたい。多分、その理由はそんなに深いところにいる生き物を捕まえることが困難とかそういう理由と技術的な問題があるのかもしれない。

 ともかく、深海の生き物とは言っても、そんなに深くないところに済んでいる生き物を見ることができるコースだ。

 セシリアは日本生まれではないので、どちらにも興味津々だったので、私の意見でこちらにさせてもらった。

 

「うう、な、何だか怖いですわ……」

 

 コースに入ってすぐ、セシリアが私の腕を掴んでそう言ってきた。

 まあ、その理由は分かる。

 実はこのコース、深海ということで、雰囲気作りのためなのか、深海の生物のためなのか、それとも両方の理由からなのか分からないけど、とても暗いのである。全く見えないほどではないが。

 しかも、深海という静かな雰囲気を出すためか、ちょっと暗めのBGMも流れている。

 うん、これは確かに怖い雰囲気だ。深海っぽいといえばぽいけど、同時に怖い雰囲気でもある。

 はい、今、普通にしているように見えますけど、私、とても怖いです。本当はもう動きたくないです。引き返したいです。

 そう、私はセシリアとの初デートでちょっとだけおしっこを漏らすという醜態を晒すほどの怖い物嫌いなのだ。

 だけど、今回は怖い系(ホラー)ではなく、雰囲気として怖くなっているので、あのときのような醜態を晒すことはない。

 ただ、ちょっとだけ怖いだけである。

 

「だ、大丈夫だよ。わ、私もいるから」

 

 うん、ちょっと怖いだけである。

 

「あっ、そういえば詩織も……」

 

 私の言葉を聞いてセシリアは私が怖いものが嫌いだということを思い出したようだ。

 そのせいか、セシリアは私の腕に絡ませていた両手の一つを放し、私と手を繋いできた。しかも、指と指を絡ませる恋人繋ぎである。

 とてもしっかりと繋いでいる。

 それから分かることは多分、私がおしっこを漏らすほど怖がりなのだから、ここは自分がしっかりしないと! っていうことなのだろうなあ。

 うう、私、立派な大人なのに……。

 でも、セシリアのおかげで精神的な余裕ができたというのは事実だ。情けないけど、ここはセシリアの好意に甘えよう。

 うん、今の私はか弱い女の子。だから仕方ない。

 

「あ、ありがとう」

 

 礼を言う。

 

「当然のことですわ。詩織はいつもわたくしをリードしてくださるんですもの。こういうときくらいは頑張りますわ」

 

 か、かっこよすぎる! セシリアは女の子だけど、かっこよすぎる!

 私はセシリアにまた惚れ直した。

 

「ほら、行きますわよ」

「うん!」

 

 先ほどはセシリアが私の腕を絡ませていたが、今度は私がセシリアの腕に絡ませていた。いつもはされる側だったからちょっと新鮮だ。

 

「ほら、詩織。水槽ですわよ」

 

 びくびくしながら歩いているとようやく水槽の前に来た。魚が見えないほどではないが、水槽の中も暗かった。

 中にいるのは魚と甲殻類だ。

 魚はそこまで激しい動きをする生き物ではなく、ゆっくりとした動きをする魚が多い。

 にしても甲殻類は私の知っている海老から、ちょっと気持ち悪いセミエビっていう、確かにセミみたいな形をしている海老までいた。

 

「うわあ、変な海老だね」

「ですわね。美味しいのですの?」

「えっと、説明を見る限りでは美味しいみたい。しかも、高級食材みたいだよ」

「お、美味しいんですわね」

「こういう変なものなど美味しいんだよね」

「……正直、美味しいと言われても食べたくはないですわね」

「だね」

 

 私も同じく。ゲテモノはちょっと抵抗がある。

 まあ、料理になったら気づかずに、美味しい! とか言いながら食べるんだろうけど。つまりは、料理になる前の姿を知っていなければどんな料理でも食べることが出来るってことだ。知っていたら食べれないだろうなあ。

 セミエビを見ながらそんなことを思っていた。



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第111話 私たちのデートは終盤です

 それから深海の生物を見ていたのだが、慣れた、というよりは水槽の中の魚たちに夢中になったので、暗闇に怯えることはなかった。

 にしても、海老が大きい。伊勢海老というやつだ。あの海老の料理と言ったら思い浮かべるあのでかい海老。

 それが多くいるのだ。しかも動いている。感動もあるが、いくらするんだろうか、とか、美味しそうだとかそういう感想しか思い浮かばない。

 にしても海老ってよく見ると抵抗感があるような見た目をしているのに、どうして美味しそうって思えるのだろうか。

 やっぱり他とは違って、ほとんどそのままの状態で、料理に出るからだろうか。

 

「むむう」

「? そんなに唸ってどうなさいましたの?」

 

 不思議に思っているとセシリアが声をかけてきた。

 

「海老って良く見ると気持ち悪い形をしてるよね?」

「まあ、確かにそうですわね」

 

 セシリアも同意してくれた。

 

「でも、美味しそうだと思うのはやっぱり普段からこの形のままで料理になっているからなんだろうね」

「思えばそうですわね。昔の方はよくこれを食べようと思いましたわね。きっと、小さなエビを食べていたという前提があったのでしょうけど、それでも勇気がいりますわね」

「だね。でも、まあ、その人たちのおかげで美味しいということが分かったんだからありがとうって礼を言うべきかもね」

 

 私達は海老がゆったりと歩く水槽の前でそんなことを話していた。

 さて、深海の生き物を十分に見て、次は日本の川の生物を見ることになった。

 こちらは川の生物ということで、カエルなどの魚ではない両生類も多くいた。

 ただ、やっぱり川の生き物ということで、そんなに大きな生き物はいなくて、正直に言うとちょっとつまらなかった。

 最初に見たらそんなことを思うことはなかったんだろうけど、残念ながらコースの中で最後に見てしまった。

 まあ、インパクトがないせいだね。

 やっぱり見ている側としてはでっかい! とか、珍しい! とかっていうのがほしい。まあ、川の生き物にはそういうのがほとんどなかったのだが。

 というわけで、あっさりと終わったのだ。

 

「ふう、最後は順番間違ったね」

「ですわね。最初にしたほうが良かったですわね」

 

 セシリアも私と同じ意見みたい。ちょっとうれしい。

 

「じゃあ、次はコースじゃないところへ行こうか」

「何がありますの?」

「えっと、あっ、もう少ししたらイルカショーがあるみたいだよ」

 

 水族館の所々にある地図を取って調べた。

 

「イルカショー」

「そう。二十分から二十五分くらいのショーだって。どうする?」

「行きますわ!」

 

 セシリアが目を輝かせて言った。

 うん、私はこの笑顔を見るためにここに来たんだ! 思わずそう思ってしまう。

 だけど、恋人の幸せが一番だからあながち間違いではない。むしろそうだと言えるかも。

 というわけで、イルカショーのある舞台へ向かう。

 

「やっぱり広いですわね」

「イルカショーだからね。多くの人がいるからこのぐらい広くないとね」

 

 観客席は、えっと、スタンド席って言うのかな? 傾斜に席が扇状に並んでいる。

 

「えっと、イルカショーではイルカが跳ぶみたいで、着水のときの水しぶきがすごいんだって。だから最前列は止めたほうがいいね。濡れてもいいなら最前列でもいいけど」

「いえ、さすがに嫌ですわね」

「じゃあ、真ん中あたりに座ろうか」

「ええ」

 

 幸いなことに空いていたので、そこに二人並んで座った。

 それからついにショーが始まる。

 まず最初はアシカのショーだった。

 イルカショーだからイルカのみなのかと思っていたけど、アシカもするみたいだ。

 アシカはイルカショーの前菜というやつだろう。

 アシカのショーはスタッフが投げる輪をアシカが上手く輪に首を突っ込んで受け取るというものやボールを鼻先で受け止めたり、投げたりするパフォーマンスがあった。

 派手ではないが、元は野生の生き物のアシカがこうして芸をこなすのだ。素直にすごいと思う。それに愛らしい。

 周りの観客も同じようだ。皆アシカの動きに見惚れている。

 ああ、何だろう。可愛すぎる!

 

「アシカってとても可愛らしいですわね。何だか興味が湧きますわ」

「私もだよ。そういえばアザラシもいるみたいだよ。あとで見ようか」

「ええ」

 

 立派に芸をやり遂げたアシカを見送りながら、私達はそんなことを話した。

 次はメインのイルカショーである。

 スタッフたちが舞台に立ち、挨拶をする。

 早速始まる。スタッフが二匹のイルカの先に立って、舞台の水槽をすごいスピードで移動する。

 何て言う技なのか分からないけど、絶対に難易度の高い技だ。だって、いくら芸とはいえ、二匹のイルカの上に立って移動しているんだもん。バランスもあるけど、二匹のイルカ同士の息が合っていないとできないことだ。

 

「す、すごいですわね。開幕からいきなりあのような大技をするなんて……」

 

 セシリアも驚いている。

 それから水槽を何周かして、その技が終わった。

 それから始まる挨拶。スタッフたちが自己紹介し、最後にイルカたちを紹介する。どうやらイルカそれぞれに名前があるみたい。

 まあ、私には分からないのだけど。

 

「セシリアはイルカたちの名前、分かる?」

「え、えっと、わ、分かりませんわ。詩織はどうなんですの?」

「う~ん、分かんない! やっぱりいつも見てないと分からないね」

「スタッフの方はどうやって見分けているのでしょうね。やっぱり少し違うのでしょうかね」

「気になるね」

「ええ」

 

 だって、明らかに分かっているみたいだし。

 どこで見分けているのか気になるのは仕方ない。

 さて、イルカたちの紹介が終わるとイルカたちによる芸が始まった。

 内容はイルカたちによるボール遊び、イルカたちの背泳ぎなどでした。

 それらが終わり、最後はイルカたちのジャンプだ。

 舞台の天上から吊り下げられたボールが降りてくる。そのボールはボールの真下の水面から、どれくらいかは分からないけど、結構距離がある。多分十メートルはある? それくらいである。

 スタッフからの合図があると、イルカたちが深く潜り、跳ぶ体勢へ入った。観客席側の水槽の壁は透明な壁になっているため、それがよく見えた。

 そして、すごい勢いでイルカが水面へと上がって行き、イルカは空を飛んだ。

 周りからは、おおっ~という歓声が。私もセシリアも声を出して見ていた。

 イルカはそのまま飛んで、目標のボールを突いた。

 それに対して、また一段と大きい歓声が。

 イルカはそのまま水面へと水しぶきを上げて戻っていった。

 それから何度かイルカが跳び、イルカショーが終わる。

 終わった後は他のアザラシやペンギンのいるところへ行ったりした。

 全てを見終わる頃には日が傾き、空が茜色になっていた。

 

「見終わったね」

 

 水族館から出た私は隣にいるセシリアに少し残念そうに言った。

 だって、見終わったということはデートの終わりが近づいているということだから。

 

「ええ」

 

 返事をするセシリアも同じようだ。

 でも、楽しかったのは事実である。二回目のセシリアとのデートはまだ終わった訳ではないけど、楽しかった。

 

「今日は外で食べようか。今から帰っても遅いし、お腹が空いたままだからね」

「分かりましたわ」

「じゃあ、近くに大きなショッピングモールがあるみたいだから、そこへ行ってそこの飲食店でご飯にしようか。ショッピングモールだからいっぱいあるよ」

 

 ということで、歩いて二十分ほどの距離にある、ショッピングモールへと向かった。

 ショッピングモール内は今日が休日ということで多くの人で、多くの家族でいっぱいである。もちろん、恋人も。

 そんな中を私たちは歩くのだけど、家族連れを見ると少し羨ましく思う。

 いいなあ。私も恋人じゃなく家族になりたいなあ。

 そう思うから羨ましい。

 ちなみに女性同士の私たちが言う家族は一緒の家に住み、ほかの家族のように過ごすことである。私たちの間に子どもが産めないと言うのは本当にとても残念なのだけど。

 

「セシリア、何が食べたい?」

 

 心の中で絶対にセシリアたちを放さないと思いながら、セシリアに聞いた。

 

「わたくしはパスタを食べたいですわ」

「パスタか。分かった。私も久しぶりに食べたいし、ちょうどいいね」

 

 地図を見て探してみるとこのショッピングモールにはその店があった。

 さっそく行って満席ではないか、中を覗いてみる。

 うん、まだ空いているね。

 行列が出来ていたら、その列次第では別の店に行こうかと思ったけど、その必要は全くないようだ。早速中に入る。

 

「何だか落ち着く雰囲気になっていますわね」

 

 中に入って周りを見回すセシリアが言う。

 

「だね。でも、パスタとかの店だから雰囲気とかあってるかも」

「同意しますわ」

 

 店員に案内されてから椅子に座る。

 メニューを取ると何を食べるのかを決める。

 私が選んだのはカルボナーラだ。個人的にはとても好きな食べ物だ。

 

「詩織はカルボナーラなのですね」

「うん。好きだからね。セシリアは? 一応、パスタ以外にもあるよ」

「いえ、パスタにしますわ。詩織のおすすめはありますの?」

「そうだね。たらこパスタとかは? 私、結構好きなんだ」

「なら詩織の言うたらこパスタにしますわ」

「あれ? いいの?」

 

 あっさりと言われるとうれしいというのもあるけど、責任を感じるというか。

 

「詩織がおすすめしたものですもの。良いに決まっていますわ」

 

 ということで私たちの料理が決まった。ただし、責任という名の緊張感が増したが。

 早速店員を呼んで注文をする。

 しばらく待っていると店員が三皿(・・)持ってきた。

 え? 皿の数が多い? いえ、間違ってないです。

 だって、三皿のうち二皿は私が食べるのですから。

 

「……大盛り二つを食べるんですの?」

「うん!」

 

 まあ、今までの私の行動を見れば当然の量である。

 まあ、確かに今回は大盛りが二つと昼間でもしなかったことをやっているという自覚はあるけどね。

 

「ほ、本当に入りますの? 正直、大盛りが二つは見たことがありませんわよ」

「あはは、大丈夫だよ! ちゃんと食べれるから頼んだしね」

 

 たくさん食べる私は基本的に食べ物を残すということをよしとしない。もちろん、例外はあるけどね。

 なので、こういう外食では食べれる分しか、頼まない。つまり、大盛りのカルボナーラ二皿分は食べられるということなのだ。

 

「「いただきます」」

 

 二人で手を合わせ、そう言って食べ始める。

 

「はむはむはむ。ん~、美味しい!」

「ふふふ、詩織はいつもそう言ってますわ」

 

 セシリアが微笑ましそうに見ながら言った。

 まるで、保護者である。

 

「だって美味しいからね。セシリアのほうはどう? 美味しい?」

「はむ、美味しいですわね。何というか、今まで食べたことのないパスタですわ」

「ふふふ、気に入ったみたいだね」

「ええ!」

 

 気に入ってもらえて何よりだ。

 それから私たちは軽く話をしながら、その夕食を楽しんだ。

 

「ふう、ごちそうさま」

「……ごちそうさまですわ」

 

 セシリアと同時に食べ終わった(・・・・・・・・・)

 

「あ、相変わらずどうして一緒に食べ終わるんですの? わたくしの二倍どころか四倍近くありましたわよね?」

「だね。どうしてだろうね」

「はあ……、もう七不思議レベルですわ。そのうち学園で噂されるんじゃありません?」

「あはは、されたら面白いよね」

 

 IS学園は歴史が浅い学園だ。その学園の七不思議とか、そういうレベルになれるのは歓迎である。

 

「笑い事ではありませんわよ。実は結構噂になっているんですのよ」

「え? 本当?」

 

 まさか、冗談ではなく、本当に七不思議化されかけているようだ。

 

「ええ。全学年で、ですわ。もちろん、詩織の耳に入っていない程度の噂ですけど」

「ぜ、全学年で、か。さすがに驚きだよ」

「わたくしだってそうですわよ。まさか先輩方の学年で噂になっているって言われたんですもの。すぐに詩織だと察しましたわ」

「あはは、お恥ずかしい」

 

 まさかそこまで広まっているとは……。もしかしたら私の名前が大食い少女として知れ渡るかもしれない。

 ……それはちょっと嫌だ。七不思議になるのはいいけど、そういう有名になるのは嫌だ。

 私だって女の子である。大食い少女とされて、想像されるのは絶対にぶくぶくに太った私である。さすがに想像でも嫌だ。

 それならば七不思議でもそうではないのかとなるのだけど、七不思議と言われるのだ。ただの大食いでなるはずがない。なるのは大食いなのに太っていないからだ。普通に考えてもとてもたくさん食べていて、太っているのと、たくさん食べて太っていないの二つでは、どう考えても不思議に思うのは後者であろう。つまり、七不思議である。

 なので、七不思議はいいのだ。

 

「一応聞くけど、その噂を確かめに来る人っているの?」

「多分まだ(・・)いませんわね」

「そう、なんだ」

 

 そっか。まだ(・・)、なんだ。うん、近い将来には来るかもしれないってことか。

 そういう未来があるかもしれないということに少々身震いする。



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第112話 私にももっと言ってほしい

 さて、変な茶番は終わりにして、食べ終わった私たちは早速駅へと向かい、帰るために新幹線のチケットを取って、新幹線を待っていた。

 周りを見るけど、あまり人はいない。

 

「今日は土曜日だけど、新幹線に乗る人は少ないみたいだね」

「まあ、今日は休日とはいえ、特別な日ではありませんわ。少なくてもおかしくはありませんわ」

「そっか」

 

 私はこっそりとセシリアと手を繋いだ。もちろん、ただ手を繋ぐのではなくて、指を絡めているけどね。

 

「帰ったらまずお風呂に入ろうか」

「え、ええ」

 

 セシリアの顔が赤い。

 それは今日の夜、何をするのかを理解したからだろう。

 その緊張が伝わってくる。

 

「お風呂は一緒に入る?」

 

 いつもは結構な頻度で一緒に入っているので、初めての夜である今日も一緒に入るのだろうかと思ったのだ。

 今日は初めての夜である。

 これからすることが分かっているので、一緒にお風呂に入って暴走しないなんてことは保障できない。なので、聞いたのだ。お風呂でちょっとだけするのか、我慢してベッドまで待つか、ということだ。

 

「そう、ですわね。一緒には入りませんわ。わたくしも準備がありますわ」

「分かった。じゃあ、私が最初に入って待ってるよ。それでいい?」

「ええ」

 

 こんなことを話すのは何だか雰囲気のぶち壊すような感じですが、これが現実というやつですね。こういうのはちゃんとしていないと絶対に失敗する。

 こういうのはちゃんと話し合うことが大切なのです! 喧嘩は、問題を溜め込むよりはいい方法なのでしょうが、やっぱり喧嘩をしたくはないので、その問題そのものを少なくしたいのです。

 私、ハッピーエンドが好きだからね。

 

「わ、わたくしちょっと緊張してますわ」

 

 まだ新幹線にも乗ってはいないけど、これからの予定のことを話したせいで、セシリアはもう緊張しているようだ。

 まあ、これからのはいつものエッチとは違って、一生の中で大切なことをする日と言っても過言ではないものだ。

 そうなっておかしくはない。

 

「セシリア、言っておくけど、今日絶対にってわけじゃないからね。セシリアの心の準備ができてからでいいんだよ」

 

 無理してやって、セシリアの初めてが嫌な思い出になるよりはマシです。私はラブラブなエッチのほうが好きなのです。嫌な思いをしているセシリアとはしたくはない。

 

「大丈夫ですわ。心の準備はできていますけど、緊張しているというわけですわ。無理はしてませんのよ」

「分かった」

 

 これ以上は何も言わない。

 セシリアは大丈夫だと言ったのだ。それを信じよう。

 しばらく待っていると新幹線がついに来た。それに乗り込み、席に着く。

 

「またあまり人がいませんわね」

「だね。でも、私たちがいちゃいちゃしていても大丈夫だからいいね」

 

 私はセシリアの肩に頭を載せる。

 セシリアは何も言わずにそれを許してくれた。

 

「セシリア、膝枕して」

「ふふふ、肩を枕にしておいて、もう膝ですの? 詩織は我が儘ですわね」

「えへへ、ダメ?」

「いいですわ。いちゃいちゃしても大丈夫なのでしょう? そのくらいは全く問題ないですわ」

 

 許可を貰ったので、さっそく膝枕を。

 何度もやってきた膝枕だけど、いつやっても心地よい。

 ああ~、やわらかいよ~! 気持ちいいよ~!

 別に寝るわけではないので、セシリアの膝、というか、太ももに頬をスリスリとして、堪能する。

 

「ん、詩織、それはちょっとくすぐったいですわ」

「止めちゃう?」

「べ、別に止めろということではありませんわ」

「じゃあ、もっとやっていいんだ?」

「わ、わたくしは詩織の恋人ですわ。わたくしは詩織のやりたいことに従うだけですわ! ええ!」

 

 そうは言っているが、つまりはもっとやってほしいということだ。

 セシリアも素直じゃないねえ。

 まあ、セシリアらしいといえばセシリアらしい。それにそんなセシリアを見るのは楽しい。

 

「そっか。じゃあ、もうちょっとスカートを上げさせてもらうね」

「え!? し、新幹線の中ですわよ!?」

「ふふふ、セシリアは面白いことを言うね。今日の朝も最初のデートのときも似たようなことをしてたじゃん。ね? 今さらだよね?」

「うぐぐっ、そ、そう言われるとそうですけど……。でも、これからは、その、さらに先をのことをしますのよ? 今しなくていいのではありません?」

 

 セシリアが顔を真っ赤にして言う。

 うん、この顔を見たくてこういうことをしたいんだよね。それにセシリアはちょっと勘違いしているよ。

 

「ねえ、セシリア。言っておくけど、私別にお互いに興奮してそういう気分になるまでのことはしないよ?」

「え? し、しませんの?」

 

 その顔には落胆が見える。

 ふふふ、本当にエッチな子だなあ。

 でも、やらないのは本当である。

 

「しないよ。だって後からするんだよね? 今しちゃうとお風呂なんて待ってられないし、今日はセシリアとやるって決まっているから本当にここでやりすぎちゃうかもしれないもん。セシリアだってやりすぎちゃってこんなところで大きな声を出したくはないでしょう?」

「そ、そうですわね。浅はかな考えでしたわ。ではなぜスカートを上げますの? 別に肌と肌の間に一枚のスカートがあるだけですわよ。それにこのスカートは透けはしませんけど、薄い布地ですし」

「ふう、セシリアは分かってないなあ。いい? いくらスカートの布が薄かろうが、それは生身じゃないの。あくまでも布なの。私が堪能したいのはセシリアのその肌。特に今は脚のね。セシリアだって服を着た私と着ていない私だったらどっちを触りたい?」

「……変な問いですけど、もちろん何も着ていない詩織ですわ!」

 

 変な質問に答えるセシリア。

 うん、やっぱりセシリアってエッチな子だよ。

 だって、私、服を着ていないって言ったのに、セシリアは何も着ていないって言ったんだもん。

 私は下着姿のことを言っていたんだけどなあ。

 私がニヤニヤしながらそれを指摘した。

 そうすると別の意味で顔を真っ赤にした。

 

「わ、わたくしはエッチな子ではありませんわ!」

「そう? 何も着ていない私を指定するあたり、もう十分にエッチな子だと思うけど」

「そ、それは詩織が紛らわしい言い方をしたからで……」

「えー、そんなことはないよ。だってちゃんと『服を』って言ったし。それに対してセシリアは『何も着てない』って言ってたよね?」

「~~っ」

 

 どうやら何も言えなくなった様だ。

 

「ああっ、もう! 降参ですわ! ええ、そうですわ! わたくしはエッチな子ですわ! 勝手に勘違いして裸の詩織を想像するエッチな子ですわ!!」

 

 開き直ったのか、セシリアはそう言って自分の言葉を認めた。

 

「へえ、私の裸を想像したんだ」

 

 私がニヤニヤとしながら聞く。

 

「え、ええ」

 

 セシリアは一瞬躊躇ったが、答えた。

 

「想像の中の私はどうだった? ちゃんと鮮明に想像できた?」

「……そう、ですわね。想像の中の詩織は現実と同じで綺麗でしたわ。ただ、鮮明かどうかと言われれば違いましたわ……」

 

 最後のほうはとても残念がっているように聞こえた。

 

「残念そうな声を出さなくても今日はたくさん見れるよ? それに想像なんてしなくても私に頼めばいつだって見せるのに」

 

 私たちは恋人である。よほどの変なことではなければいくらだって願いを叶える。裸を見たいのならばちょっと恥ずかしいけど、もちろんのこと見せる。他の事だって同じだ。叶えられることは叶える。

 もちろん、見返りとして甘えさせてもらうけどね。

 

「そ、そんな、破廉恥ですわ!」

 

 は、破廉恥って……。今さらだよ。

 

「それに女性のわたくしがあなたの裸を見たいというのは……」

 

 セシリアが遠慮がちに言う。

 

「別に女性だろうと男性だろうと関係ないよ。女性にだって性欲はあるんだから。だから、見たいって言ってもおかしくはない」

 

 私には前世があって、それも男性だからこの言葉には実はあまり説得力というものがほとんどない。

 だってこれが前世の影響なのか、それとも女性でもそうなのかなんて分からないんだもん。

 でも、世の中には色んな人がいるし、性欲が女性にもあるのは確かである。間違いではない。

 

「だから、遠慮しなくていいんだよ。破廉恥とかも気にしなくていいよ。恋人だもん。おかしくはないからね」

 

 私は優しく優しくそう言った。

 あっ、ちなみに今現在も膝枕をしてもらっています。

 この状態で話しても問題ない内容だしね。

 

「そう、ですわね。わたくしは詩織の恋人ですものね」

「そうだよ。セシリアは私の恋人。そういう破廉恥なことをしても言ってもいいんだよ。それは恋人の愛情表現の一つなんだもん。言葉だけではなくて、体も使っているというだけ。恋人が仲を深めるんだからそれは間違いじゃないよね?」

「ええ。間違っていませんわ」

 

 何だか洗脳しているみたいな気分だなあ。セシリアの答えも洗脳された人が答えるみたいな答え方だし。

 いや、まあ、ただ単にセシリアもそうだと考えているだけってことなんだけどね。

 

「じゃあ、スカート上げてね」

「しょ、しょうがないですわね。ただ、あまり変なことはなさらないでくださいまし」

「分かってる。やらないよ」

 

 許可は得たので、さっそくセシリアのスカートを下着が見えるギリギリまで移動させる。

 それと同時に体の体勢をセシリアのほうが前になるように変えた。ただ、座ったままではちょっと体勢がきつかったので、靴を脱いで丸まっているけど。

 で、ギリギリだから、セシリアの膝枕で寝ている私からはがっつりと至近距離から見てるんだけどね。

 セシリアの下着、まあ、今見ている下着だからパンツなんだけど、それは少しエッチな下着だった。

 

「ねえ、セシリア」

「な、何ですの?」

 

 先ほどとは違って、直接肌を枕にされ、しかも、スカートがギリギリまで上げられているせいか、セシリアの体は硬い。

 

「今日のセシリアの下着、エッチだね」

 

 私がそう言うと、

 

「なっ!? あ、あなたは何を言いますの!?」

 

 と、羞恥で顔を真っ赤にして言った。

 

「ほら、寝てるから見えるんだけどね、何だか柄とかがエッチだなって思って」

 

 そう言うと見られていることに気づいたからか、気づいていたけど言われたので羞恥でいっぱいになったからか、セシリアがスカートを元に戻そうとしてきた。

 だけど、この状態を維持したい私は当然それを阻止した。

 

「な、なぜ止めますの?」

「見たいから」

「うぐっ、潔いですわね……」

「私たちの仲だからね。誤魔化す必要はないし」

「何と言えばいいか分かりませんわ……」

 

 ともかく、私はセシリアの下着を眺めながらゆっくりとする。

 こんな変態的な体勢だけど、もちろんのこと周り対する警戒はしている。

 もし人が来たら、セシリアのスカートは下げる。膝枕という体勢は変わらないけどね。

 だって、膝枕をしていても、多くの人は仲のいい友人同士だと思う人が多いからね。

 それに大きく体勢を変える動きは逆に怪しまれて、やましいことをしていたんだって思われる可能性がある。

 故にこのままで大丈夫。

 

「セシリアも変なことをしなければ何をしてもいいよ」

「変なことはしませんわ。ただ、そういうことならあなたの髪などを弄りますわ」

 

 セシリアは私の髪を撫でたり、くるくると弄ったりする。

 私の髪は基本的に結んでいないので、弄られてもあまり問題ない。ただ、ぼさぼさになるだけだ。まあ、セシリアはそこまでぼさぼさになるほど弄る訳ではないだろう。

 ふわあ~、心地いい~。

 セシリアは私の頭を撫でてくれる。

 まあ、好きにしていいと言ったので、頭を撫でられるのは問題ない。

 

「可愛いですわ、詩織」

「!? い、いきなり何? び、びっくりするじゃん」

「ふふふ、いつもの恋人としての語らいですわ」

「そ、そうだけど」

 

 いつもは言う側であるので、やっぱりまだ言われるのはまだ慣れない。

 でも、もちろんのこと、うれしいのは間違いない。

 

「ふふふ、顔が真っ赤ですわね。先ほどとは反対ですわね」

「うぐぐっ、もしかしてさっきのやり返し?」

「少しですわ」

「……意地悪」

「詩織には言われたくはありませんわ。詩織だっていつもやるじゃありませんの。わたくしばっかり顔を赤くするのは不公平ですもの。わたくしも、いえ、他の方もきっと同じ意見ですわ」

「そ、そうなの?」

「ええ」

 

 それを想像するとうれしくなる。先ほど言ったようにいつもは言う側である。言われる側は最近は増えてきたけど、やっぱり私のほうが多い。

 だから慣れていないというのもある。

 なので、恋人たちから私が真っ赤になるようなことをたくさん言われているという想像はとてもうれしいのだ。

 あと、興奮もする。

 

「そういう顔をされるともっと言いたくなりますわね。もっと言ったほうがいいということですの?」

 

 セシリアが先ほど私がしたようにニヤニヤとしながら聞いてきた。

 

「う、うん。もっと言ってほしい……」

 

 恋人なので、躊躇いもなくそう言った。



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第113話 私たち、ついにその夜に

 そんないちゃいちゃをしていたらようやく元の場所へと帰りついた。

 その時点ですでに九時を過ぎていたから結構遅くまで外に出ていた。

 うわあ、何だか悪いことをしている気分になるなあ。

 この学園には様々な国の生徒がいるので、門限的なやつは十二時になっている。問題はないのだけど、普通、寮のある学校ってもっと早い門限だからね。そういう気分になってしまう。

 それに家でも家族なしでこんな遅い時間まで出歩くなんてなかったから。それもあると思う。

 

「真っ暗ですわね」

「だね」

「わたくし、こんなに暗くなるまで外を出歩いたことはありませんわ」

「そうなの?」

「ええ。とは言っても家族以外で、という話ですわ」

 

 そう言うセシリアは何だか寂しげである。

 ホームシックってやつなのかな? 私、恋人たちのことは知りたいとか思っているけど、家族とかに関してはあまり聞いていない。

 セシリアの反応を知った私はそういう精神的に癒したいという気持ちから、恋人たちの家族を知ることも必要だなと思った。

 もちろんあまり言いたくはないのだったら無理して聞かないけどね。

 

「私も家族がいないときでは、今日が初めてだよ」

 

 セシリアの表情に気づかないフリをして言った。

 それからは自分たちの部屋へ戻る。

 部屋には誰もいなくて、もう一人の恋人の簪は友人のところかな。今日は朝に寝顔を見ただけだからちょっと物足りない。

 いや、今日はセシリアとの一日だ。今日はそれでいいのだ。今日はこれ以上他の恋人たちのことは考えない。セシリアのことだけ考えないと。

 私だって恋人たちが私と一緒にいるときに別の人のことを考えるのは嫌だからね。

 

「じゃあ、私から入るね」

 

 入ってしばらくは互いにこれからのことを意識して沈黙が続いたのだけど、何とか勇気を出して私が言った。

 

「え、ええ」

 

 セシリアは恥ずかしそうに返事をする。

 それ以上の会話が続かなかったので、逃げるようにお風呂場へ向かった。

 さっそく服を脱ぎ、お風呂へ入る。

 今日はセシリアの初めてなので、いつも以上に綺麗に洗う。

 

「簪、千冬お姉ちゃん、そして、セシリア」

 

 処女を奪った恋人とこれから奪う恋人の名を呼ぶ。

 恋人たちを道具とかのようなただの物扱いする訳じゃないけど、私が奪ったというのは私の物だという証明になると思っているから。だって、消えないものだからね。

 そんなことを考えていたらちょっと興奮してしまった。

 慌てて別のことを考えて冷静になる。

 危ない危ない。今からセシリアとするのだというのにこんなところで一人でしてたらダメだよね。

 しっかりと洗った私は風呂を出て、ちょっとだけエッチな下着を身に付ける。

 女同士なので、普通ではなくとも、少し特別な下着にすればいいのだろうけど、これからすることは性的なことである。エッチな下着で問題はない。それにこれまでの行為で、恋人たちは皆エッチな下着のほうがいつもより興奮するというのは確認済みである。セシリアもそうだ。

 なので、これでいい。

 服のほうだけど、こちらはバスローブを。

 何かエッチな服があればよかったのだけど、ないので、バスローブだ。

 

「やっぱりエッチなの買ったほうがいいかなあ?」

 

 下着の上にバスローブを着た自分を鏡で見て、そう呟いた。

 正直、バスローブなんて脱がせやすいという点でしかメリットはない。興奮は微妙だろうなあ。

 うん、今度買おう。

 さて、私の準備が終わったので、脱衣所を出た。

 

「終わりましたのね」

「う、うん。その、私、バスローブなんだけど、いい?」

 

 これからの相手はセシリアなので、セシリアにこの姿の意見を聞く。

 

「いいですわよ」

「そう? その、あまり色っぽくないけど」

「大丈夫ですわ。今のあなたの姿は十分色っぽいですわ」

 

 セシリア、優しすぎる!

 チョロイ私はまたセシリアに惚れ直した。

 

「あ、ありがとう」

「ふふふ、そんな顔をされたらわたくし、あなたを襲いたくなりますわ」

「うう~」

 

 これから本番をやるので、今は襲ってほしくはないのだけど、襲ってほしいと思っている私がいるので、何も言えず唸るしかなかった。

 ここからはセシリアの判断に任せるしかない。

 セシリアが私を襲いたいのならばそれに身を任せるし、ただのそういう感想で、行為は後からなのならば後からする。

 そう考えて、待っていると目の前に立っている私に向かって、セシリアが近づいてきた。セシリアが近づいたため、セシリアの匂いがする。

 やばい、興奮する。

 その興奮を助長させるかのようにセシリアが私の腰に腕を回し、密着するほど私を近づけた。

 

「ん」

 

 ちょっと強く引き寄せられたから、変な声が出た。

 ちょっと恥ずかしい。

 

「いい香りですわ」

 

 密着したセシリアは私のバスローブの肩部分をはだけさせ、そこに顔を埋め、私の匂いを嗅いだのだ。

 風呂上りなので、抵抗はしない。

 さすがに運動後とかだったら抵抗はしたけどね。まあ、その抵抗が本気の抵抗かどうかと問われれば違うんだけど。

 

「そう?」

「ええ」

「ボディソープとかの匂いじゃない?」

「それもありますけど、詩織の匂いもありますわ」

 

 私の匂い、か。どんな匂いなのだろうか。

 『詩織』の匂いを嗅いで、堪能したいのだけど、私は『詩織』で、『詩織』は私なので、それは叶わない。

 私も嗅ぎたいな。

 

「セシリアもいい匂いだよ」

 

 自分のは嗅げなかったので、代わりにちょうどよく密着しているセシリアの匂いを嗅ぐことにした。

 私の恋人はセシリアだからね。『詩織』のことを考えるのはダメだ。

 

「だ、ダメですわ。詩織と違ってわたくしはまだお風呂に入っていませんわ」

 

 セシリアが離れようとするが、今度はこちらが腕を腰などに回し、その抵抗を防ぐ。

 

「だ~め! 逃がさないよ。セシリアだって私の匂いを嗅いでたもん。私だって嗅いでもいいでしょう? それに別に臭くないよ。いい匂いだよ」

「そ、それでも気にしますわ。いつも言っているでしょう?」

「言っているけど、私もいつも言っているように気にしないよ」

「うぐっ」

 

 いつものことなので、もうセシリアは何も言えなかった。

 その間にも私は臭いを嗅ぎ続ける。

 すう~、はあ~、やっぱり女の子っていい匂いがする。そして、興奮する。匂いで興奮する人の気持ちが分かる。というか、うん、匂いで興奮する人は私か。

 

「詩織、息が荒いですわ」

 

 どうやらすでに私は興奮しているらしい。それも息が荒くなるほどに。

 

「ね、ねえ、セシリア。す、する?」

 

 セシリアはまだお風呂に入っていないけど、興奮しているので、そう言ってしまう。

 

「ふふふ、そんなにすぐにしたいんですの?」

 

 そんな私をセシリアはいじめて楽しむかのように私の体を指先で触るだけで、いつものように思いっきり触ってはくれない。

 本当は思いっきり触って襲ってくるほどの勢いでしてくれていいのに。

 それがわかってセシリアはやっているのだ。

 いじわる……。

 潤んだ私の瞳で甘えるようにセシリアを見るが、それに効果はない。いや、あるけど、余計に私をいじめてくる。

 

「詩織は本当に可愛いですわね。そのような顔をしてよほどいじめてほしいんですの?」

「ち、違うよ! おねだりしているの! もっとしてって!」

「ふふふ、おねだり? わたくしにはいじめてほしいって顔にしか見えませんわ」

 

 嘘だ。そんなはずはない。

 潤んだ瞳で上目遣いをしたのだ。そんな可愛い仕草をした自分を想像するけど、とても可愛くて、いじわるをしたらどんな可愛い顔をしてくれるのだろうかと――あれ?

 おかしい。

 なぜかいじめてしまう。

 

「まあ、いじめるのは後ですわ」

 

 私をいじめるのは確定みたい。

 

「今からお風呂に入りますわ。その、いつもより時間はかかりますけど、それはいつもよりも念入りに洗っているからですわ」

 

 セシリアは恥ずかしそうに言った。

 

「だから、待っている時間が長いからといって、一人でするのはダメですわよ」

「や、やらないよ! ちゃんとセシリアを待つよ!」

 

 これからセシリアとするというのに一人で始めるほど、我慢できない子ではない。

 私がプンプンと怒っている間にセシリアがお風呂へ向かった。

 一人になった私はちょっと寂しくて、その場に小さくなる。プンプンとなっていたものも、空気のない風船のように萎んでいる。

 もっと構ってほしかったなあ。

 私が思っていたのはプンプンと怒った私を、頭を撫でたりして宥めてくれている構図だったのに。

 なのに、こんなにあっさりと……。

 これから構う以上のことをするのだけど、それはそれ、これはこれである。どうせ減らないのだから、ちょっとくらいは構ってほしかった。

 

「早くお風呂から上がらないかなあ」

 

 セシリアがお風呂に入ってからまだ五分も経っていないのにそう思ってしまう。

 寂しいので、ディスプレイを起動して、恋人たちが映った写真を見て、紛らわせることにした。

 別にエッチな写真とかではない。普通の日常を写した写真ばかりだ。こっそりと撮ったものが多いので、カメラ目線なのは少ないけどね。

 

「ふわああ~、やっぱりみんな綺麗だし、可愛いなあ」

 

 盗撮した――ごほん、こっそりと撮った写真は本人が知らぬ間に撮った写真なので、どれもポーズなどは取っておらず、自然体である。ポーズを取った写真もあるけど、個人的には自然体のほうがいい。まるで、実際にそのときの光景を見ていたように感じるから。

 ただ、そんな数多くの写真がある中で不満なことがある。

 それは束お姉ちゃんの写真が全くないということだ。

 千冬お姉ちゃんは同じ学園にいるし、放課後に部屋へ行ったりするので、写真を撮る機会はたくさんある。

 しかし、束お姉ちゃんは違う。

 束お姉ちゃんは世界から身を隠しているということもあり、そう簡単に会うことは出来ない相手である。しかも、恋人だというのに会った回数は片手で数えるほどしかない。

 そのため、全く写真がないのだ。

 一応、インターネットを探せば、ISが出来たころに撮られた写真や動画などがあるのだけど、それはなんか違う。全て撮られることが前提のもので、自然なものがない。

 いや、束お姉ちゃんのことだから、ある意味自然なのだろうけど、家族や恋人の前で見せるものなのかと言われれば違うものだ。

 何となくそれが分かる。

 はあ……、束お姉ちゃん、今、何をしているんだろうかな。

 先ほどはセシリアとの二人きりの時間だから他の恋人のことは考えないとか言っていたが、数多くある写真の中で束お姉ちゃんの写真がないということで、つい考えてしまう。

 

「今度、束お姉ちゃんと話そう」

 

 束お姉ちゃんの連絡先は一応聞いている。

 でも、私が原因で迷惑をかけてしまうのではないかと恐れていた。

 しかし、それで本当にいいのかと思う。

 だって、私たちは恋人である。束お姉ちゃんだって私に会いたいと思っているはずである。……自惚れじゃないよね?

 これを機に話すだけでもするのはいいかもしれない。もちろん、迷惑をかけないように様々な手を使うけどね。

 よし、そうしよう。

 セシリアを待っている間、私は束お姉ちゃんとの交流のための計画を練っていた。



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第114話 私の三人目の恋人も

 計画を練っていたので、どのくらいの時間が経ったのか分からないけど、脱衣所で物音がした。どうやらセシリアがお風呂から上がったみたいだ。

 ごくり。

 つ、ついにセシリアと……。

 すでに二人とやっているのだけど、今までやってきたのと比べると天と地までとは言わないけど、最後までやったエッチはたったの二回なので、そういう意味では経験豊富とは言えないので、未だに緊張する。というか、相手が同じというわけではないので、それもあってか緊張するのだと思う。

 多分、相手が簪か千冬お姉ちゃんだったらこんなには緊張しなかったと思う。

 う~む、これは予想外だ。

 

「で、でも、それはセシリアだって同じだから大丈夫だよね」

 

 そうだ。セシリアだって今からすることは初めてだ。緊張はしているはず。お互いに緊張しているけど、それはそれでいいかもしれない。

 それに前回は最初は緊張しているけど、やっていたら気にしなくなる。だからそういうことならば緊張というものはあまり問題はないね。

 ということで、緊張はしているけど、そう言う考えである意味、解決した。

 またしばらくして、ついに脱衣所の扉が開いた。

 

「!?」

 

 姿を現したセシリアに私は驚愕した。

 何に驚愕って着ているものに。

 セシリアが着ているのは、確かベビードールという下着? だったかな、ちょっと透けているエッチなものであった。

 それを身に着け、なおかつ、セシリアも恥ずかしいためか、頬をほんのりと染めている姿はとても扇情的であった。

 

「し、詩織、何か言ってくださいまし……」

 

 と、そうだった。これは私のために着たものだ。ちゃんと感想を言わないと。

 ただ、この場合って何を言ったら良いのだろうか。いつもは服を褒めるから言葉としては簡単なのだけど、今回のはエッチな服だ。ちょっと種類が違う。

 ちょっと考えるけど、答えはすぐに決まった。

 私たちは恋人だ。しかも、今からエッチをする恋人だ。ならば、この服を着た意味などを考えて、

 

「とても魅力的だよ。とてもエッチで、襲いたくなっちゃうほどだよ」

 

 と答えた。

 もしデートのときだったら最低の言葉だったけど、今の状況だったらこれは正解のはず。

 言われたほうのセシリアは顔をさらに真っ赤にして俯いた。

 嫌そうじゃないから、多分、正解だったんだと思う。よかった。

 

「よかったです、わ。今日のようなときのために選びましたの……」

 

 恥ずかしながらも、セシリアは声を絞るようにそう言った。

 その恥ずかしさを含んだ声にも興奮する。

 

「私のためなんだ」

「ええ。気に入りました?」

「気に入ったよ」

 

 そろそろそのまま放っておくというのは可哀想なので、セシリアへ近づきベッドのほうへと引っ張る。

 セシリアの体は少し震えていて、私よりも緊張しているようだった。

 

「ふふふ、良かったですわ」

 

 緊張しているのに無理しているセシリア可愛い。

 ベッドまで移動したらとりあえず、二人でベッドに腰掛ける。

 座ったまではいいけど、それから沈黙が続く。

 どっちも緊張して何を話せばいいか分からない。

 あ、あれ? おかしいな。簪や千冬お姉ちゃんのときはがばってやったいたはずなのに。

 多分お互いに緊張しすぎなのだ。ちょっとだけ無理やりに行ったほうがいいよね。

 こういうのは誰かが率先して動かないとダメなので、ハーレムの主の私から動くことにした。

 

「セシリア、こっちを向いて?」

 

 その言葉に従ってセシリアがこちらを向く。

 多分、私が何をしたいのか、なぜそういう行動をしたのかを理解したのだろう。こちらを向いたセシリアは私が何かする前に目を瞑り、少しだけこちらに顔を近づけた。

 私も目を瞑るとその唇へ向かって自分の唇を近づけ、唇と唇が軽く触れる。

 ここはいつも通り、軽いキスだ。

 キスをして、すぐに顔が離れる。

 

「いい、よね?」

「ええ」

 

 私の短い問いにセシリアはすぐに答えた。

 その答えを聞いた私はセシリアの腰に両手を置くと、少しだけ力を入れて強引に私のほうへと引き寄せ、再びセシリアとキスをした。

 さっきは軽いキスだったけど、次はエッチなキスだ。まずはちゅぱちゅぱと啄ばむようにキスを何度もする。それと共にセシリアの着ているベビードールの隙間から手を入れて、セシリアの肌を愛撫する。

 触れられたセシリアは少しだけびくりと体を震わせたが、すぐに身を私に委ねた。

 それがしばらく続いたが、セシリアの緊張も解けたのか、今度はセシリアが私の着ていたバスローブを脱がせてきて、私を下着姿にした。

 いつもだったら恥ずかしいと感じていたのだろうけど、そういう気分になっている私にはそのような感情は抱かず、セシリアに触れられることに喜びを感じていた。

 

「ん、ちゅ」

 

 室内は静かで、私たちのリップ音と僅かに漏れる喘ぎが響く。

 

「ん、んんっ、はあっはあっはあっ」

 

 互いに決めた訳でもなく、十分に互いが蕩けたぐあいになったとき、私たちのキスと愛撫は動きを止めた。

 お互いの顔を見合わせ、私の目の前には発情したセシリアの顔が。そして、セシリアの目の前には発情した私の顔が見えているだろう。

 互いに十分に蕩けたので、私は次の行動に移す。

 先ほどまではあえて胸には触れずに他の部分を触っていたが、そろそろ私のほうが我慢できなくなったということで、手をゆっくりとセシリアのおっぱいのほうへ動かす。

 

「あんっ」

 

 セシリアの声に興奮する。

 

「セシリアのその声、興奮するね」

 

 それを言うと恥ずかしそうにする。

 

「わ、わたくしは自分のそういう声は好きじゃありませんわ。はしたないですもの」

「こんなエッチなことをしてるのに?」

 

 私はベビードールとおっぱいの間に手を入れて、直接おっぱいを揉む。

 

「ひゃっ!? は、話の途中で直接触るのはずるいですわ!」

「ふふふ、今はそういうときだよ。話をしているとか関係ないよ」

「むう、それならばこうしてやりますわ!」

「え?」

 

 途端にセシリアが私を押し倒してきた。私が下で、セシリアが上だ。

 自分が有利なポジションな位置に着いたセシリアは妖艶な笑みを浮かべる。

 その笑みを見た私はぞくりとしたものを感じた。

 セシリアってプライド高い系の美人お嬢様だからそういう笑みがよく似合うんだよね。思わずこうしてぞくりと何かを感じるほどに。

 私だって生徒会長モードのときは綺麗って雰囲気だから似合うんだけどね。

 ともかく、妖艶な笑みを浮かべたセシリアは私の身につけていたブラを強引に上げると露になった私のおっぱいを揉み始めた。

 

「ん、んあっ……んんんっ……」

 

 何度も私のおっぱいなどを弄ってきたセシリアの手の動きは私を快楽へ誘うものとなっていた。

 まだセシリアにやり返されて少しだというのに私に抵抗の意思はない。いや、少しずつなくなっていっている。

 

「あら? さっきまでわたくしの胸を楽しんでいたというのに詩織はするほうではなくて、こうしてされるほうがいいんですの?」

 

 私のおっぱいを揉むセシリアは興奮で顔が赤い。そして、私のおっぱいを揉むことを、私の反応を楽しんでいるようである。

 

「ひんんっ……あっ、ああっ……ち、違うよっ……。するほうが……好き、ぁ、だもん」

「そう言っていますけど、詩織はされているほうが好きと顔に出ていますわ。今のほうがうれしそうですもの」

「う、うそっ」

 

 大きな声で言ったと思ったけど、それは喘ぎ声の混じった小さな声しか出なかった。

 

「本当ですわ。それにいつものことですけど、いつも詩織はされるほうじゃありませんの。それが証拠ですわ」

「……」

「ほら、何も言えないじゃありませんの」

 

 もはや毎回のことなので、何も言えない。

 やっぱり私はされるほうが好きなのだろうか。一応、最後のほうでは攻守交替なのだけど、あれは気持ちよくしてもらったから気持ちよくしてあげる的な感じもする。本当はどうなのか私自身のことだけど分かんないけど。

 

「まあ、そんなことは置いておきますわ。今は詩織を弄るほうが優先ですわ」

 

 セシリアはそう言うと手の動きを止めた。

 激しくない動きでジワジワと来るような快感が止まった。

 

「ん、はあっはあっはあっ、どう、したの? しないの?」

 

 先ほどのされるほうが好きだというのを証明するかのように私の口はそう言っていた。

 

「いいえ、もっと詩織を気持ちよくさせますわ」

 

 セシリアはそう言うとおっぱいの先にある、すっかりと勃起している乳首を突いた。

 

「んんんっ!!」

 

 最初に肌を愛撫され、次におっぱいを揉まれ、体の準備ができていた私は、ソレを突かれた瞬間に体を跳ねらせた。

 ただ突かれただけ。それだけなのに私、体中に気持ちいいのが……。

 

「はあっはあっはあっ、んんんっ、はあっはあっはあっ」

 

 おっぱいを揉まれていたときよりも息はとても荒い。

 

「気持ち良かったんですの?」

 

 突いた本人が分かったいるくせにニヤニヤしながら聞いてくる。

 

「し、知らない!」

 

 最後の抵抗なのか、それともセシリアの次の攻撃を期待してか、相手の、セシリアの心をそそるかのような私の状態でそう言っていた。

 だけど、もちろんのこと、そそるような状態で言ったので、結果としては失敗で、成功であった。

 

「ひっ!? んあああっ!!」

 

 セシリアは私の乳首を強く挟み、そして――

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝、というか、昼、私はセシリアよりも早く起きた。

 やっぱりというか、お決まりなのか、最初はセシリアにされてばかりの私だったけど、最後は攻守交替して私がする側となっていた。

 ただ、簪と千冬お姉ちゃんのときのように少しやりすぎた気はする。セシリア、泣いて逃げようとしていたし。

 まあ、逆に逃げようとしていたセシリアに興奮して、ちょっと乱暴にしてしまったんだけど。

 ただ、これでされるほうが好きというわけではないという証明にはなったのではないだろうか。

 え? なってない? セシリアたちと同じ?

 …………うん、そうかも。

 セシリアたちも私のそういう姿を見て興奮していたもん。ただ、私のほうが悪趣味というやつで。

 あっ、でも、されるのが好きなのは私だけじゃないということに――うん、ならないか。やりすぎて泣くほどだから。

 じゃあ、されるのが好きなのは結局のところ私というわけか。

 

「ん、んん、詩織?」

 

 変な考察をしていたらセシリアも起きたようだ。

 セシリアは体を起こし、一糸纏わぬ裸体を晒す。

 

「おはよう、セシリア」

「ええ、おはようですわ」

 

 セシリアはその裸体を隠すことなく、いつも通りに朝の挨拶をする。

 私も隠してはいない。

 

「体のほうは大丈夫?」

 

 セシリアの初めては奪った上にいつも以上に激しかったからね。体には色々と負担をかけているはずだ。何かあったらすぐに病院に行かないと。

 さすがの私も医学については一般人程度しかない。

 

「少し痛みはありますけど、問題ないですわ」

 

 セシリアは偽りなくそう答えた。

 

「よかった。でも、後から何かあるかもしれないから、そのときはちゃんと言ってね」

「ええ」

 

 さて、確認したいことは終えたので、お風呂に入ろうか。

 昨夜は激しかったこともあり、疲れ果ててそのまま寝てしまった。なので、汗とかそういうので体がべとべとだ。

 シーツとかの換えは後からでいいだろう。

 

「セシリア、一緒に入るよね?」

 

 昨夜とは違ってすでに行為は終わったので、一緒に入っても問題ないはずだ。

 

「ええ。入りますわ」

 

 セシリアも承諾してくれた。

 そういうわけで早速浴室へ。

 

「いつもよりも詩織のキスマークが多いですわね」

 

 セシリアが最初にシャワーを使っているとそう言ってきた。

 見れば服を着れば目立たないところに鬱血したような跡がある。全て私が吸って作ったものだ。それが結構な数ある。

 自分にされたものではないけれども、なんだろう、私の独占欲を表すかのように感じてこっちが恥ずかしくなる。

 一方の私の体だけど、私にもセシリアから付けれらた痕はある。

 ただ、セシリアの体と比べるとその数は少ない。

 それも私の嫉妬深さの差を表しているかのように感じる。

 

「詩織のこういうのはわたくしはうれしいですわよ」

 

 私の考えていたことを察したのか、セシリアがそう言ってくれる。

 

「そう? マーキングのしすぎって感じない?」

「感じるどころか、ああ、詩織に想ってもらえているのだ、と感じますわ。多分、詩織には分かりませんわよね。詩織は恋人が複数人ですもの。一人に独占される感じではありませんわ」

 

 セシリアはそう言うが、私には分からない。多分ハーレムだからかな。

 

「まあ、詩織は気にしなくて良いということですわ。他の方も同じですからやってみるといいですわよ」

 

 そういうアドバイス(?)を貰ったので、とりあえず解決かな。



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第115話 私

 さて、セシリアとの初めてをしてから数日の平日のある日のこと。

 私は箒と一緒にお昼ご飯を食べていた。

 いつもならば、箒は一夏と一緒にお昼を食べるのだけど、どうも最近は一夏とは食べていないみたい。あの無人のISがやってきた日からみたい。

 喧嘩でもしたのかなって思ったんだけど、教室内で見る限りそんな様子は全くなかった。

 

「それでどうしたの?」

 

 箒の数倍以上ある量の昼食を口にしながら箒に聞く。

 箒は私の問いかけで箸の動きが止まり、顔を真っ赤にする。

 可愛い。

 

「その顔を見ると悪いことじゃないみたいだね。じゃあ、良い事なんだ?」

 

 言葉での返答は今のところ無理そうなので、勝手に判断する。

 箒は私の推理にこくりと頷いた。

 良い事みたいだね。じゃあ、その良いことはこれまでの箒の行動から察するに一夏関係ではないだろうか。

 一夏のことを避けている(?)のだけど、箒は良いことがあった。ということは、恋人になったわけではないけど、それに近い何かがあったと考えたほうがいい。

 だってもし一夏関係で悪いことがあって、それと同時期にいい事があっても、これだけ一夏のことを思っている箒のことだ。きっと良い事よりも一夏が絡んでいる悪いことのほうが優先されるだろう。

 となれば、箒に言うべき言葉は、

 

「告白でもした?」

 

 恋人になったわけではないのは箒の行動から分かる。というか、あの一夏だ。私の予想では、恋人になったら恥かしがったりなどせずに、普通に積極的に箒と一緒に行動しようとするはずである。たぶん。

 なので、その前段階である告白かと聞いたのだ。

 すると、

 

「は、半分正解だ」

 

 箒がようやく口を開き、そう言った。

 

「!? ついに告白したの!?」

 

 驚きである。

 

「どっちから告白したの?」

 

 私は食べるのを一旦止めて、箒に詰め寄った。

 

「ち、近い! 話すから一旦離れろ!」

「あっ、ごめん」

 

 一夏関係の話だけど、こういう恋愛系の話は結構好きだ。つい恋人たちと自分の妄想をしてしまうから。

 

「それで? 最初から話してもらえる?」

「ああ」

 

 それから箒は語り出す。

 それを大雑把に言うと、あの事件のあと、来月にある、個人で戦うISのトーナメントで箒が優勝したら、一夏と付き合うと宣言したそうだ。

 な、なんというか、箒。無駄にハードル上げたね。個人トーナメントは自主参加だけど、自分たちよりも遥かに経験のある代表候補生は出てくると思われる。まあ、学年別のトーナメントだから、セシリアと簪のことなんだけどね。

 その中での優勝はとても難しい。

 箒がいくら剣道での優勝者でも、ISに勝つのは難しいだろう。

 

「その、詩織が言いたいのは分かる。優勝は難しいと言うのだろう?」

「うん」

「私も今思えば少しだけ後悔している。自分の剣の腕を過信するつもりはないが、それなりに腕はあると自負している。だけど、ISを使った戦いでは、剣の腕だけでは勝てないということも知っている」

「それなのに言っちゃったというわけか」

 

 箒はがくりとうな垂れて、頷いた。

 

「まあ、付き合う条件の部分はマイナスだけど、ちゃんとストレートに付き合うって言ったんだよね?」

「もちろんだ。間違いはない」

「なら、結果的にはプラスだよ!」

 

 もし箒が付き合うという言葉を通常のときに使えば、あの一夏のことだ、買い物に付き合う、なんていうものすごい勘違いを起こす可能性はあったけど、箒の話を聞く限り、二人きりだったそうだ。しかも、わざわざ優勝したらという条件も付けて。

 これならばさすがの一夏もおかしな勘違いを起こすことはないだろう。

 

「よく言ったね、箒。例え優勝できなくても、一夏は箒の気持ちに気づくはずだよ。どっちにしても問題ないよ!」

「そ、そうだな。私は告白をしたんだったな」

「うん! まあ、理想とは程遠いけどね」

「うぐっ、そ、その、恥かしかったんだ! だから仕方ないだろう!」

 

 箒らしい理由である。

 まあ、それでも告白であることには間違いない。

 あとは一夏次第ということだ。

 一夏はどのような選択をするのだろうか。一夏とよく話す女の子は私の知る限り、箒と鈴のみである。他の女の子は少し話すくらい。

 だから、一応候補としては箒と鈴の二人になる。

 そこから考えて、もっとも可能性があるのは箒かな。

 だって、箒のほうは毎日昼食を作って、一夏と一緒に食べているのに対して、鈴のほうは会話はするようだけど、(一夏の)勘違いのためによる喧嘩などで、あまり一夏といい関係を築いているようには思えない。

 この場合、どちらと付き合うかと言われたら、普通の人だったら箒だよね。

 私は一人しか選ばないなんて選択肢はないから二人ともだけどね。

 まあ、ということで、鈴が選ばれることはないだろうと思っている。

 それが分かって私はうれしくなる。

 それは箒のこともあるが、鈴のこともである。

 鈴には悪いけど、鈴を恋人にしたい私からしたら好都合だもん。

 

「じゃあ、とりあえずは優勝を目指して頑張らないとね。いくら負けても大丈夫だと言っても、一夏の前ではかっこいいほうがいいでしょう?」

「当たり前だ」

 

 他の子だったらかっこいいとかではなく、可愛いとかを求めるのだろうけど、箒はかっこいい、だ。とても箒らしい。

 

「先ほどから私の話だが、詩織のほうこそどうだ?」

「私? 私のほうは結構順調だよ。喧嘩もなく、いちゃいちゃしてる」

「ほ、ほう、そのいちゃいちゃというのは、ぐ、具体的には?」

 

 そう興味心身に聞いてくる箒の顔はやや赤い。

 そんな箒を見ると苛めたくなるのだけど、そんなことはしないよ!

 

「へえ、聞きたいんだ」

 

 私がニヤニヤしてそう聞くと、箒は顔を伏せた。

 うん、苛めようと思って苛めなくても、期待通りの反応をしてくれるね。これ、私が事実を話すだけで期待通りの反応を見られるよね。

 

「どんな話がいい? やっぱり一夏が相手だからエッチな話?」

「………………違う!」

 

 結構間が空いた。

 どうやら本当は聞きたいみたい。

 

「しょうがないなあ。教えてあげるよ」

「なっ、ま、待て! べ、別に私は!」

 

 そう言う箒の耳元へ口を寄せる。

 

「一夏も健全な男の子だよ。恋人になれるまで時間は近いんだよ。一夏の期待に答えるためにもこういう話は聞いておいたほうがいいじゃない?」

「い、一夏はそんな……」

「そう? 女である私だって結構興味があるんだよ? 一夏だって興味があるはず。箒だって一夏と結婚したいんだよね? だったら知っておかないと」

 

 自分たちのいちゃいちゃを知ってもらいたいなんていうわけではないけど、箒が慌てる姿は見たい。

 箒って千冬お姉ちゃんと似ていて、クールっていうか、真面目なんだよね。

 まあ、千冬お姉ちゃんはプライベートでは結構だらけているし、私と恋人になってからはこっそりと私といちゃいちゃするようになっちゃったけど。

 

「ま、まだ一夏と恋人になると決まったわけでは……」

「あれ? じゃあ、一夏が自分以外と恋人になっていいの?」

「よくない」

「でしょう? だったらそんなこと言わない。まだ恋人じゃないけど、将来は、近い未来では恋人。いいね?」

「あ、ああ」

「じゃあ、話そうか。幸いにも時間はあるからね。放課後だってあるし」

「そ、そんなに話すのか!?」

「当たり前だよ。恋人たちの可愛さは短時間では話せないもん」

 

 もしかしたら延々の話せるかもしれない。それほどまでに恋人たちのことは話が尽きないのだ。

 

「いや、待て。私が聞きたいのは、詩織と恋人たちの、その、甘い部分だったはずだ!」

 

 真面目な箒は『エッチな部分』とは言わずに『甘い部分』と言葉を濁す。

 別にここは濁さなくてもいいと思うのだけど。人それぞれなのだろうけど、まさかそういう言い方にするとは思わなかったので、思わず笑いそうになる。

 まったくどうして一夏はこういう箒のかわいいところに気づかないかなあ。私が一夏だったら迷いなく箒を選ぶのに。

 まあ、確かにちょっと暴力的なところはあったりするんだけど。

 それが照れ隠しだって知れば可愛いものだ。

 それに今の箒は私のアドバイスに従い、そういう行動はしないように言っている。もし恥かしいときがあっても、暴力的なことはしないようにと。

 少し前に恥かしいところを見られて、暴力的に対応したとか。

 そのような行動は好感度を下げる行為なので、そういう行動を抑えるようにとアドバイスしたのだ。

 

「しょうがないなあ。じゃあ、そういう所だけを言ってあげるよ」

「そ、そうしてくれ」

 

 本当に可愛い。真面目な顔をしてエッチな話をしてくれって言うんだから。しかも、顔を真っ赤にして。

 

「誰のことから言ったほうがいい? 束お姉ちゃんはあまり会えなかったから少ししか話せないけど……」

 

 束お姉ちゃんと気軽に会えればよかったんだけどなあ。

 

「い、いや、さ、さすがに姉さんが絡むそういう話は聞きたくない。正直、複雑になる」

「あっ、やっぱりそう?」

 

 私も従姉妹たちの恋愛話なんて知りたくはない。

 

「だから、姉さん以外に恋人を話してくれ」

「分かった」

 

 というわけで、まずは簪からにしよう。

 今回はエッチな部分の話ということで、恋人になる過程は話さない。それにその過程は箒と話しているうちに結構話していたからね。

 でも、そういうエッチな部分はそんなに話していない。

 まあ、エッチな部分とは言っても、恋人たちの体のことを話すわけではなく、どいういう絡みをしたのかを少しだけ曖昧にしながら話すだけだからね。さすがの私も全てを正直に話すわけではない。

 それから私は昼休みの時間いっぱいを使って、簪とのエッチを話す。

 箒はそういう場面になる度に顔を真っ赤にしていた。

 ただ、同性同士のものだけど、箒はとても熱心に聞いていた。

 で、昼休みだけでは簪のことしか話せなかったので、放課後も話すことに。

 箒は嫌そうな顔をしていた気がするけど、それは気のせいだね。

 というわけで放課後は千冬お姉ちゃんとセシリアのことを話した。

 

「ふう、話した話した」

 

 私と箒の顔は赤い。

 私はそのときの光景を思い浮かべたから。箒は話の内容がエッチだったから。

 

「じょ、女性同士で本当に気持ちいいのか?」

 

 全てを聞き終わった箒が聞いてくる。

 

「気持ちいいよ。試してみる?」

 

 私は箒の膝をいやらしく撫でる。

 

「す、するな!」

 

 こういう雰囲気だから少しは受け入れるかと思ったけど、箒の意思は固かった。即答である。

 

「ふふふ、冗談だよ。やらないよ」

「そ、そうなのか?」

「そうだよ。これでも私、純愛が好きだからね。無理やりは好きじゃないし、やっぱりこういうのは好きな人とやりたいからね。あっ、箒のことを嫌いってわけじゃないよ。私はいつだって箒を待っているからね」

「そんな日は来ないとは思うが」

「あはは、そうだね。私は箒の幸せを願っているから、一夏と結ばれることを願っているよ」

 

 なので、一夏。絶対に振らないように。もし振ったら私が直接文句を言ってやろう。あと、千冬お姉ちゃんにも協力してもらって。



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