オーバーロード 活火山の流れ星《完結》 (日々あとむ)
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Prologue

 
よくある話だし、きっとコラボ的な意味でこういうモンスターもいたよねって話。
 


 

 

 ひゅうひゅうと、風が山頂から吹き寄せていた。

 いつもなら涼しげな空気であるその風は、その日何故かいつもと違う温度を漂わせていた。

 

 ――熱い。

 

 山頂から吹き寄せる風は、何故か熱を持っている。熱い風であった。このような熱気を感じるなど、彼が生きてきた中で一度も無かったというのに。真夏の時でさえこのような熱い風が吹く事はない。

 その奇怪な熱気に首を傾げながら、彼は山の傾斜を登っていく。周囲は木々に囲まれて、その葉群の隙間からは済んだ青空が見え隠れしていた。

 ひゅうひゅうと吹き寄せる熱い風。そして気づく。その熱い風に乗って、不快な臭いが運ばれてくる事に。

 

 彼は山頂から運ばれてくる不快な臭いに、唸り声を上げた。この一帯は自分の縄張りである。その自分の縄張りに入ってくる敵を許すわけにはいかぬ。彼は敵に知らせるように木々を騒めかせるような咆哮を上げ、臭いのもとへ向かって行った。

 山頂へ。ひたすらに木々をその巨大な体躯で薙ぎ倒しながら真っ直ぐに突き進んでいく。

 だが近づくにつれ、凄まじい熱気が彼の身体を押し戻すように叩きつけていく。熱風は、既に燃え盛る炎のような熱さを感じさせ、彼は次第に足の進む速度を緩めていった。

 彼のもっとも自慢すべき攻撃手段は、その頭脳である。他の同族達と違い、舌先三寸こそが彼の得意技。その彼の自慢の狡賢さが、彼に最大音量で警戒音を鳴らしていた。

 彼は自らの勘に従い、歩をゆっくりと進めていく。魔法を使って木々で自分の体躯をカモフラージュし、体色も相まって彼の身体を見辛くした。風下であるため、臭いで気づかれる事もないだろう。

 

 ひゅうひゅう。山頂から、熱い風と焼け焦げた臭いが吹き寄せてくる。次第に彼の自慢の尾は、腹に巻きつくように下がり曲がっていった。

 そろり、そろり。恐ろしさに身体を震わせながら、彼は先へ進んでいく。そして――

 

 そこで、彼は見た。

 

 それは自分と同じ、巨大な爬虫類を思わせる姿をしていた。しかしその体躯の巨大さが違う。村の小屋程度の大きさという人間より巨大な彼の体躯が、まるで鼠のように小さい。人間の世界で言うところの、ちょっとした貴族の館ほどもあろう大きさをそこにいた者は持っていた。

 全身はアダマンタイトより硬いであろう事を思わせる、金属のような光沢を放つ真っ赤な鱗で覆われており、今は折りたたまれている左右の翼は蝙蝠のそれに似て、太い骨格に薄い被膜がついている。

 頭から尾の先までは背骨に沿い、鋭く立派な棘が何本も突き出ていて、頭部には特に大きな棘が斜め後ろに向かい六本も生えていた。尾の先端にある四本の棘も同様に鋭く、大きい。巨大な咢からは、恐ろしく鋭い牙が幾本ものこぎりの刃のようにびっしり生えていた。

 

 その姿を、彼は木々の隙間から震えて見つめる。あの巨大で真っ赤な彼と比べ、自分はなんと矮小な生き物なのだろう、と。まさに月とスッポン。ゾウとアリ。鼻息一つで、彼は軽々と飛ばされてしまうだろう。

 真っ赤なソレは、足元に何かを捕まえていた。彼はじっとそれを見つめて――それが自分の縄張りの近くに棲む、黒い鱗の夫婦の片割れだと気づき――真っ赤な鱗で気づかなかったが、アレの口から血が滴っている事にようやく気がついた。

 前脚で押さえつけられている黒い鱗の片割れが、痛みと恐怖で悲鳴を上げる。そのみっともない叫び声と、一つの感情に支配され歪んだ顔を見た赤い鱗の巨大な者は、表情を歪めた。

 

 そしてその表情を見た彼は、喉から悲鳴が出そうになったのを何とか抑えて、来た道を逃げ出した。気づかれないように必死に走る。背後から悲鳴と、バキバキと色々なモノが砕けてひしゃげて、潰れて千切れる音がした。彼は自らの優れた知覚を呪いながら、必死に山を下っていく。

 

 もう、この山は駄目だ。出て行かなくてはならない。この山はあの赤い鱗の巨大な者に渡そう。あの山は、全てアレのものだ。

 逆らおうとは思わなかった。そんな恐ろしい真似は、決して一度も頭に思い浮かばなかった。

 頭に浮かぶのは赤い鱗の巨大な者が、黒い鱗の片割れに見せた嗜虐の貌。恐怖に震え、悲鳴を上げるその姿を瞳と頬を吊り上げるように歪めて嗤った、あの表情だ。

 赤い鱗の巨大な者は、弱き者が最後に見せる断末魔を、瞳と頬を吊り上げて嗤い喜んでいた。それが何よりの喜びである、と。

 ……背後で、雷鳴のような空気を揺らす轟音が鳴り響いた。それは赤き鱗の巨大な者の咆哮であった。その音に追い立てられるように、ついに彼は悲鳴を漏らし木々を薙ぎ倒しながら一刻も早く森を抜けようと走った。

 森を抜けて広い草原に出た時、その緑の翼を広げて彼は空へ飛び立つ。一刻も早くこの山から離れるために。

 背後では、相変わらず雷鳴のような咆哮が響いている。それは逃げる彼を嘲笑うような哄笑を思わせる、引き攣るような轟音であった。

 その咆哮に追われて、彼は必死になって山を飛び去った。恐怖に歪んだ表情を貼りつけて。

 

 

 

 ――それから、どれほどの時間が立ったのであろうか。必死になって空を飛び、山を下りて山脈付近の大森林に降り立った彼は、空を不安になって振り返る。何度も、何度も。

 空を飛んでいる間は逃げる事に懸命で気にならなかったが、今となっては追いかけてくるのではないかと不安で仕方なかった。

 だが、何度も空を見上げても、赤い鱗の巨大な者の影は全く見えなかった。あれほどの巨大さだ。追いかけてくれば、一目でそれが分かるだろう。しかしその影は一向に見えない。

 その事に安堵しながらも、彼はトボトボと歩き出した。この森で、新たに縄張りを作らなくてはならない。あの山に自分の宝物も何もかも、全て置いてきてしまった。しかしあの山に帰って回収しようとは思わない。そうなると一からやり直しだ。

 とりあえず、まずはこの森の力関係を調べる事から始める事になる。気に入った場所に先住民がいれば、追い出さなくてはならない。そいつを使って先程の事で傷を負った心を慰めるのもいいだろう。

 彼はそう決意し、あの赤い鱗の巨大な者の事は忘れて森を駆け回った。先程と違い、吹き抜ける風は涼しく熱を感じさせない。それが嬉しく、彼はつい調子に乗って森を駆け回った。

 そうして駆け回った先で、彼は大きな湖を見つけた。彼はこの森にひょうたんのような形の大きな湖がある事は知っていたが、それほど巨大ではなくとも大きな湖がある事は知らなかった。彼は喜びを顕わにしながら湖に近寄り、中に数多の魚達がいるのを見つけて喜んで頭を突っ込み片っ端から捉えて胃の中に収めていく。

 周囲は騒々しくなり、二本足の蜥蜴達が自分を見て震え、怯えたように様子を窺うのも気分が良かった。湖には幾つも敷居が立ち網が張っており、賢い彼は二本足の蜥蜴達がわざと食料の魚を溜め込んでいる事が分かったが、彼にはどうでもいい事だ。

 二本足の蜥蜴達は、彼の足元にも及ばないほどに弱い。彼らは自分にダメージを何一つ与えられはしないだろう。それが分かっているからこそ、彼は二本足の蜥蜴達を無視して魚を食い漁っていく。

 

 ――少しして、何だか更に騒々しくなった。しかしどうでもいい事だ。今はただ、こうして魚を追っていたい。腹いっぱいに食い漁っていたい。悲壮な覚悟で自分と戦う事を決めたのだろうが、彼にはどうでもいい事なのだ。後で相手をしてやるから静かにしていろ。

 彼はそう煩わしく思いながら、頭を湖に突っ込んだまま、魚達を魔法を使って捕まえていく。

 そうやって夢中になっていると、身体をトントン、と叩かれる感触がした。煩わしく思い、尾をくねらせて邪魔をするなと意思を示す。

 

「――オイ」

 

 だが、更に身体をトントンと叩かれ直し、声をかけられた。ギチギチとした、硬質で酷く聞き取り辛い音だ。水の中に頭を突っ込んでいるせいかとも思ったが、それにしても変な音質である。

 そうして気になると、先程の二本足の蜥蜴達よりも背の高い位置で身体を叩かれた事に気がついた。二本足の蜥蜴達では、軽く叩かれた箇所は背丈が足りないだろう。だというのに感触があった事実。それを不思議に思い――彼は水の中に沈めていた頭を持ち上げて、ようやく視界にソレを入れた。

 

「――――」

 

 そこにいたのは、二・五メートルほどの大きさにライトブルーの甲殻を持つ二足歩行の昆虫だった。蟻とも蟷螂とも思わせる歪み切った顔立ちは、悪魔に歪められて作られた融合体を思わせた。

 全身を包む甲殻には冷気が纏わりついており、彼らと同じ種族にも似たたくましい尾からは、鋭いスパイク状の棘が無数に飛び出していて、その咢は人間の腕程度なら軽々と噛み千切るだろう。

 更に鋭い鉤爪を備えた四本の腕を持ち、それぞれに煌びやかな手甲をつけている。首からは円盤型の黄金色のネックレス。足首には白銀の足輪。そして腕の一本には透き通るような美しい刀身を持つ大太刀が握られていた。

 ――その全てが、彼が今まで見た事も聞いた事もないような一級品の――伝説めいたマジックアイテムだと一目で分かる。

 いつもであれば喜びの笑みを湛えてそれを献上するよう強く命令するであろうが、今回の彼にそんな余裕は存在しなかった。……おそらく、先程の赤い鱗の巨大な者のせいであろう。感覚が麻痺していて、いつもならば気づけるはずの気配も気づけなかった。

 その姿を確認した彼は、全身を雷撃が貫いたような気分に襲われた。自慢の緑の鱗が全て逆立ち、全身からぶわりと汗が滴り落ちる。

 だが、彼がそんな自分の変化に気がつく事は無かった。その姿を見て――そしてもとの縄張りで遭遇した赤い鱗の巨大な者を思い出し――彼はふっと意識を失ったからだ。

 だが、意識を失ったのは一瞬だった。生存本能が刺激したからか、いや、単純に現実がしっかりと認識出来なかったからであろう。彼はすぐに目を覚まし、なんだ夢かと再び目蓋を開き――

 

 そこにやはりライトブルーの昆虫型の悪魔を見つけて、彼は再び気絶した。

 この間、実に三秒の出来事である。

 

 気絶した彼を、ライトブルーの昆虫型の悪魔と二本足の蜥蜴達は、ぽかんとした表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 ――蜥蜴人(リザードマン)達の朝は早い。彼らは朝早くに目を覚まし、まずは自分達の崇拝する神――アインズ・ウール・ゴウンを象った石像に捧げる献上品の花を森の中に取りに行かねばならないからだ。

 蜥蜴人(リザードマン)は湿地帯に集落を構え、棲息している。水の中にいる魚を主食としている、という事もあるがそもそも彼らの足は陸地を歩くのに適していないのだ。

 だからこそ、陸地である森の中は彼らにとって危険である。しかし、湿地帯には美しい立派な花は咲かない。咲くのは小さくて慎ましい花ばかりだ。それが美しくない、とは言わないが神に捧げるには少しばかり敬意が足りないと言わざるを得ない。近くにある手頃なもので済まそうなど、信仰心が足りないと折檻されても文句は言えないだろう。

 そのため、彼らは危険な森の中に花を取りに行く。それは優れた狩人や戦士達の役目だ。他の者達は聖殿の掃除や、生け簀の中のもっとも立派な魚を選び献上しなくてはならない。

 彼らの朝はそうして始まる。この日も、彼らの朝はそう始まった。

 

「そういえば、そろそろアインズ様のもとからコキュートス様がこの村の様子をご覧になられる頃か」

 

 この蜥蜴人(リザードマン)の村のリーダーであるシャースーリューは、生け簀の様子を見ながらふと呟いた。隣にいた弟の妻――クルシュがその独り言に反応し、同じように生け簀の様子を見ていたが顔を上げる。

 

「……そうだったかしら?」

 

 クルシュの腹は少し大きい。シャースーリューの弟、ザリュースの子を身籠っているためだ。とは言っても、まだそれほど大きくはない。だが過剰な運動は既に禁止されている。

 クルシュはシャースーリューの言葉に首を捻り、少し考え――確かにそうだと納得し頷いた。

 

「そう……そうね。確か今はアインズ様のもとに人間の国の王が謁見に来ているんだったかしら?」

 

 コキュートスはナザリック地下大墳墓の警備部門の責任者でもある。かつてはこの蜥蜴人(リザードマン)達を統治する任務をアインズから授かり、蜥蜴人(リザードマン)達の新しい集落の見回りなどをしていた。だが、ある程度の統治が完了したので現在はもとのナザリック地下大墳墓へと帰還し、警護の任務に戻っている。現在は蜥蜴人(リザードマン)には時折様子を見に来るだけになっていた。

 

 そしてコキュートスからシャースーリュー達が〈伝言(メッセージ)〉で聞いた定期連絡によると、人間の国の王がアインズに謁見に来ていると言う。その謁見が終わって少ししてから、コキュートスが再びこの村の様子を見に来る事になっていた。

 

 シャースーリューとクルシュが会話していると、慌てて村の若者がやって来た。若者はシャースーリューに口早にコキュートスがやって来た事を告げる。

 

「コキュートス様がいらしたか。では、俺はコキュートス様に挨拶をしてくる」

 

 シャースーリューはクルシュにそう告げ、若者と共に慌ててコキュートスの待つ聖殿まで駆けて行った。クルシュはそんな養兄の姿を、手を軽く上げてひらひらと振って見送った。

 

 

 

 シャースーリューが村の聖殿まで辿り着くと、聖殿の奥からライトブルーの武人が姿を現した。コキュートスである。

 ナザリック地下大墳墓から来た者達は、まず必ずこの聖殿の最奥にあるアインズの石像に頭を下げ、忠誠を示してから村を見て回るのだ。シャースーリュー達もまた、決まった時間に必ず礼拝するようにしている。神に対して当然の事だ。

 

「コキュートス様、ようこそいらっしゃいました」

 

 シャースーリューがコキュートスの前まで行き、頭を下げるとコキュートスは一つ頷いて口を開いた。

 

「ウム。今回ハ、少シバカリ話ガアル。時間ハアルカ?」

 

「は……大丈夫です。ではコキュートス様、こちらに」

 

 コキュートスの言葉に内心で首を傾げながら、シャースーリューはコキュートスを別の建物に促した。コキュートスはいつも通り、自分の配下の者達を数人連れている。

 コキュートスとかつては話し合いをしていた時の建物に促し座ると、コキュートスは口を開いてシャースーリューにこれからのナザリック地下大墳墓についての事を少しばかり教えてくれた。それはシャースーリューにとっては驚きの連続であった。

 

 ……数日前。人間の国……バハルス帝国の皇帝がアインズに謁見しに来たのは知っていたが、その際に同盟を結んで建国の手伝いを許可してやったのだと言う。

 まず異形種の国を建国する、というのも驚きではある。しかし、これは少し考えればなるほどと思わなくもない。そもそも、アインズほどの神のごとき存在にひれ伏す者がナザリック地下大墳墓の者達とこの蜥蜴人(リザードマン)の村だけ、というのも変な話だからだ。信仰を広げるために国を造るのはそう間違った事ではないのだろう。

 驚いたのはその建国を、人間達に手伝わせてやる事であった。蜥蜴人(リザードマン)は基本的に自らの生まれ育った村で一生を終えるので、それほど人間という生き物を知っている者は少ないが、知っている数少ない旅人――ザリュースやその友人であるゼンベルなどは、人間の話題についてはあまりいい顔をしないのだ。

 それだけで、シャースーリューはあまりよくない生き物なのだろうと思っていた。そんな生き物達に建国の手伝いをさせるとは、自分が思っていたより人間は好意的な生き物なのであろうか。

 ただ、その人間を語る時のコキュートスの表情は、間違っても好意的ではなかった。不快な気持ちを押し殺すように、コキュートスは一息つくと更にシャースーリューに語っていく。

 建国するにあたり別の人間の国と戦争をするため、現在ナザリック地下大墳墓は兵達を集め、動きにきちんと統制が取れているか確認の最中なのだとか。そのため、今はほとんどの者達がナザリック地下大墳墓に帰っており、コキュートスも少し様子を見て回ったらナザリック地下大墳墓へ帰還すると言う。

 シャースーリューはコキュートスから話を聞き、了解したように頭を下げた。

 

「かしこまりました。では、現在の村の様子をご説明させていただきます」

 

「ウム」

 

 シャースーリューはコキュートスが離れていた間に起こった出来事や、村の外の様子などを全て報告していく。とは言っても、全く問題など起きていないのでそれほど複雑な報告はない。

 コキュートスはシャースーリューの報告を黙って聞き、全て聞き終えると満足そうに頷いた。

 

「ソウカ。アインズ様モコノ村ノ様子ニ御満足シテ頂イテイルヨウダ。コレカラモ一層ノ忠義ト信仰ニ励メ」

 

「かしこまりました」

 

 シャースーリューはコキュートスの言葉に深く頭を下げる。神が喜ぶのは好ましい。

 ……そうして話を終えた頃であろうか、コキュートスやその部下達が途端に席を立ち、建物の出入り口を見つめる。見れば少し臨戦態勢を取っているようにも感じた。

 その姿に驚き、シャースーリューも慌てて立ち上がり、臨戦態勢を取る。少ししてシャースーリューの耳にも慌てたような足音が聞こえてきた。

 そして、その足音はシャースーリュー達のいる建物の前で止まると、ドアを叩く。コキュートスが許可を出したため、シャースーリューは慌ててドアを開けた。すると、村の者が息を切らして飛び込んでくる。シャースーリューはそのただならぬ様子に目を丸くした。

 

「一体どうした?」

 

 落ち着くように背中を撫で、村の者を促すと彼は口を開いて震える声で叫んだ。

 

「む、村に大きな緑竜(グリーンドラゴン)が出たんだ!」

 

「なんだと!?」

 

 シャースーリューは仰天し、叫ぶ。この付近では目撃例の無い魔物だ。いたとしても森のもっと奥――アゼルリシア山脈に近い場所にあの(ドラゴン)は縄張りを作る。そのため、シャースーリューは一度も見た事がなかった。おそらく、他の者達も見た事がある者は数えるほどしかいないだろう。

 村の者曰く、急に姿を現し、自分達を無視して生け簀の中に頭を突っ込み、魔法で魚を食い漁り始めたのだとか。そして、今も自分達を気にせずに頭を突っ込んだままなのだと言う。

 緑竜(グリーンドラゴン)は植物系の魔法が得意な、強力な(ドラゴン)だ。とてもではないが、シャースーリュー達の勝てるような相手ではないだろう。おそらく、かつて戦ったアインズ謹製のアンデッド――イグヴァなどより遥かに強い相手だ。たとえこの場にザリュースやゼンベル達がいても勝てまい。

 コキュートスにもそれが分かっているのだろう。コキュートスは話を横で聞くと頷いて、シャースーリュー達を促した。

 

「オ前達デハ荷ガ重カロウ。我々ガ行コウ。ドコダ?」

 

「コ、コキュートス様……!」

 

 シャースーリューと村の者は、そんなコキュートスに必死に頭を下げ感謝を示す。コキュートスは構わぬと手を軽く振って、部下達を促し建物から出て目的の生け簀の方へと向かった。

 目的の生け簀の方へ近づくと、明らかに巨大なモノがそこにいる。翼を折りたたんではいるが小屋ほどの大きさもある体躯を持ち、首の長い頭部を持つ緑の鱗を持つ爬虫類のような巨体。……それは明らかに、緑竜(グリーンドラゴン)と呼ばれる(ドラゴン)の一種であろう。

 その体躯から感じられる力強さに、シャースーリューは身を強張らせる。あれは駄目だ。絶対に勝てない。勝敗を競う事さえ愚かしい。仮にかつての湖の近くでこの巨体に出遭ったならば、シャースーリュー達は為す術無く見つめる事しか出来なかっただろう。

 しかし、今は違う。この場には自分達よりも遥かに強いコキュートスやその部下達がいる。いつかはこの(ドラゴン)よりも強くなりたいと思うが、今は無理だ。

 コキュートスは緑竜(グリーンドラゴン)をじっと見つめると、無造作に近づいていく。慌てて部下達が近寄りコキュートスを守ろうとするが、コキュートスはそんな彼らを手で制して緑竜(グリーンドラゴン)の傍に立った。

 緑竜(グリーンドラゴン)は何の反応も示さない。コキュートスが傍に立っているというのに、まったく気にしたそぶりがない。コキュートスに気づいていないのか、それともコキュートスの事を気にも留めていないのか。

 全員が不安そうにコキュートスと緑竜(グリーンドラゴン)を見つめる中――コキュートスは四本ある腕の一本を上げると、トントン、と軽く身体を叩いた。

 しかし緑竜(グリーンドラゴン)はそれでも気に留めた様子もなく、煩わしいと言うようにその巨大な尾を振って、拒絶を示す。その頭部は相変わらず生け簀の中に突っ込んだままだ。

 コキュートスを無視するその仕草に、コキュートスの部下達が怒りで色めき立つが、コキュートスは部下達を再度止めると再びトントンと軽く巨体を叩いて緑竜(グリーンドラゴン)の視線を自分の方へ促した。

 ついに緑竜(グリーンドラゴン)も覚悟したのか、面倒臭そうに頭部を持ち上げる。水の中から現れた頭部は鼻先から鋭い一本の角が突き出ており、口の中にはびっしりと鋭い刃が揃っていた。

 緑竜(グリーンドラゴン)はコキュートスをひたりと視界に入れると、目を見開き――

 

「え?」

 

「ム?」

 

 スウゥゥゥ……と静かに倒れた。鋭い瞳は白目を向き、完全に意識を失っている。巨体が地面に倒れ込む音が周囲に響くが、シャースーリューは勿論、コキュートスも驚きで動きを止めていた。

 その後すぐに緑竜(グリーンドラゴン)は覚醒した。先程の気絶は気のせいかと錯覚したその時――

 

 やはり、緑竜(グリーンドラゴン)は白目を剥いて気絶した。今度は口から泡を吹いてのおまけつきである。あまりの出来事に誰もが呆然とその様子を眺めた。

 この間、実に三秒。三秒の間に緑竜(グリーンドラゴン)は二度気絶した。

 

「…………」

 

「え、えぇー……?」

 

 周囲に微妙な空気が流れる。目が合った瞬間気絶されたコキュートス本人は、呆然とした様子で緑竜(グリーンドラゴン)を見下ろしながら呟いた。

 

「解セヌ」

 

 

 

 

 




 
彼(緑竜)の名前はハイエナのパッチ。
この作品内でもっとも不幸な登場人物である。
 


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Ⅰ 火竜の狩猟場

 
 待っていて下さった皆様、遅くなりまして申し訳ありませぬ。
 


 

 

 その日は、いつも通りの快晴であった。

 山の天気は移ろいやすいと言われるが、しかし空を見上げても雲一つ無い青空が広がっている。周囲を見回せば自分と同じような者達が、せっせと洞窟の奥から台車で届いた土と鉱石を広げて分けていた。

 これが彼らの日課。当たり前のルーチンワーク。

 危険は大きいが、普通の村仕事よりもよほど金になる。

 その日も、いつも通りだと思っていた。

 こんな生活がずっと続くのだと、誰もが何の疑いも無く信じていた。

 空に、影を見つけるまでは。

 

「おい? あれはなんだ?」

 

「……鳥、か?」

 

 空に小さな影が浮かんでいた。その影は仲良く二つ。鳥のような小さな影は仲睦まじく、二匹揃って大空を何の不自由もなく飛んでいる。

 影は山の頂上へと向かっていく。その姿を見送って、彼らは再び仕事に没頭した。

 

 ……少しして、遠くから雷鳴の唸り声が聞こえてきた。どうやら、天気が悪くなってきたらしいと彼らはその音で作業を中断し、それぞれ空を見上げてみる。

 空は快晴であった。雲一つ無い青空であった。

 再び、轟音が鳴り響く。遠くで、一斉に鳥達が木々を飛び立つ羽音が鳴り響いた。

 その音に驚き、彼らは互いの顔を見回して、ふたたび空を見上げる。

 響くのは、雷鳴のような轟音。しかし空は、やはり雲一つない青空で、快晴であったのだ。

 

「…………?」

 

 作業をしていた者達は首を捻り、互いの顔を見回して空を見上げた。……その雲一つない恐ろしいほどに澄み切った青空が、彼らが見た最後の光景であった。

 

 

 

 

 

 

 ――大空を舞いながら、苛立たしげに鼻から一つ息を吐き出す。炎交じりの鼻息はすぐに後方へ流れ、溶けていった。

 風に乗っているために翼を動かす必要はほとんどないので、空気を斬る翼と身体の感触が心地よい。

 だが……彼は腹を立てていた。

 

 目を覚ました時、彼は見知らぬ地にいた。周囲を見渡しても見覚えのないものばかりであり、それは彼を気分よくさせた。山頂近くの草原に横たえていた巨体を起こし、両翼を伸ばして動かす。発生する風は地面に生えている草を揺らし、その草の踊りが心地よい。

 機嫌良さげに身体を揺らして空を見渡していたが、その時黒い鱗のつがいが視界を横切っていった。それに再び彼は機嫌を良くして、大空を舞う。黒い鱗のつがいは彼に気づき、威嚇音を鳴らしたが彼は二匹を容易く両腕で捕まえる。

 些細で無駄な抵抗をする二匹に更に機嫌を良くして、まずは片方の見ている前で片方の頭に齧りつき、そのまま食い千切る。もう片方の見ている前でくちゃくちゃと音を鳴らして食べていると、手の中で震えあがっている気配が察せられた。

 その様子がとても楽しい。まだ生きているそれに対してぎゅっと力を込めれば、悲鳴が上がる。その様子をじっと見つめて、彼はにやりと笑った。彼はこうやって死を前にした獲物の悲鳴と恐怖と絶望の顔を見るのが、何よりも楽しい娯楽なのだ。別に肉が美味いとも、腹が減っているからという理由もないが、知恵あるモノの断末魔は面白い。かつては、最低一年に一度はそうやって原住民から生贄を強制していたものだ。

 彼の巨大な咢に呑みこまれた黒い鱗の者を、高らかに嗤う。そして近くまで様子を見ていたらしい何者かに、追い立てるように再び笑い声を届けてやった。狩りの始まりである。

 ……空を飛び逃げる緑の鱗の者をゆっくりと追いかける。追いつくのはわけはないが、着かず離れず追い立て、決して逃げられないと悟らせるまでが狩りの楽しいところなのだ。彼は大空を舞ってゆっくりと追いかけたが、しかし途中で悲鳴を上げた。

 

 魔法の力(・・・・)が働いている。

 

 彼は怒りの声を上げた。なんだこれは、ふざけるな、と。ここは彼の知識に無い知らぬ地である。だというのに、何故忌々しい魔法の呪縛が我が身を縛っているのであろうか、と。

 彼は怒り狂った。この山からは出られない。それを強く理解してしまったからだ。

 去っていく緑の鱗の者を名残惜しく思いながらも、仕方なく翼を旋回して踵を返す。そして、苛立たしい気分で空を舞っていると、更に忌々しいものを発見してしまった。

 山の中をちょろちょろと動く複数の小粒の影。間違いない、彼を奴隷の立場へと叩き落した者達と同じ種族の者どもである。

 怒りの咆哮を上げ、深く息を吸い込む。そして、一気にそこへ向かって吐き出した。

 彼の巨大な咢から、巨大な炎が吐き出された。それは見る者が見れば、噴火して溶岩を吐き出す巨山のように見えたであろう。

 そうして忌々しい小粒ども――人間達を焼き殺した彼は、鼻息を荒くして大空をそのまま舞う。おそらく、この山のどこかにあるはずだ。

 彼を縛るモノ。かつて、数多の人間達がそれを望み、しかしそのことごとくを彼は返り討ちにしてきた。

 数多の英雄達が夢見た竜退治(ドラゴンスレイ)――その果てに手に入れられるとされる、究極のマジックアイテム。

 

 担い手をこの世の支配者に錬成すると謳われる伝説の世界級(ワールド)アイテム――“支配の王錫”。

 その誰もが求める秘宝の姿を、彼は忌々しげに求めた。

 

 

 

 

 

 

 外界は肌寒く、雪の降るような季節となったが、ナザリック地下大墳墓にとっては地上の天気も気温も関係の無い事だ。

 しかし現在、ナザリックはかつてないほどの騒がしさに包まれている。これは異世界に転移して、数ヶ月ぶりの事であった。

 人間達の国で毎年行われる、バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の戦争。本来ならば秋頃に開戦されるそれは、今年に限って言えば時期をずらされる事となった。その原因はナザリックにあるのだが……その真相を知る者は少ない。

 本来ならばこのまま戦争も起きないのではないか、となっていた空気の頃にナザリックの働きかけによって帝国は王国と開戦する事になった。ナザリックが国として独立する晴れ舞台にして、この異世界で存在を主張するための切っ掛け。ナザリックとしてもこの戦争では気合いが入っていた。

 ……もっとも、人間という脆弱な種族にとっては、ナザリックという存在は悪夢にしかならないであろうが。

 

「アインズ様。こちらが戦場に参戦する、魅せ用の我が軍のリストです」

 

 執務室で書類に目を通していたアインズは、そう新たにアルベドから示された書類にも目を通す。その書類にはアインズが今までちまちまと作成していた死の騎士(デス・ナイト)などの中位アンデッドが載っていた。

 

「確かこちらの世界では中位アンデッド級が伝説のアンデッド級だったか……。そう考えると、やはりこの数と種類が妥当だな」

 

 アインズがそう呟くと、アルベドが静かに頷く。アインズ達からしてみればレベルが五〇もない雑魚の群れであり、幾ら徒党を組もうが塵山以外の何物でもないのだがこの異世界では話は別だ。この異世界では下位モンスターが主な生息モンスターであり、ユグドラシルでは当たり前に存在した上位モンスターの類はまったくと言っていいほど存在しない。

 アーグランド評議国の竜王(ドラゴンロード)達のように、どこかにはいるのであろうがまだこの異世界に転移して一年も経過していないアインズ達には分からなかった。

 

「……さて、私はそろそろエ・ランテルへ向かう。ナーベラルとハムスケ、それからパンドラズ・アクターを呼んでこい」

 

 全ての書類に目を通し終わり、ナザリックでの仕事を終わらせたアインズはそう執務室にいたメイド――フォアイルに告げる。

 アインズが王国で作った仮の身分――冒険者モモンとして行動する際にナーベラルとハムスケは必要なメンバーだ。ナーベラルは本来は戦闘メイドなのだが、人間の国で人間の真似事をする以上、見た目だけでも人間にしか見えない存在は必要なのである。アインズは本来後衛の魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだが、モモンの時は前衛の戦士の姿をしているので、魔法詠唱者(マジック・キャスター)のナーベラルが適任であったというのもある。ハムスケは現地で仲間にした魔獣であり、ナザリック出身ではないが現地では伝説の魔獣と恐れられていた存在なため、モモンに箔がつくという事もありアインズのペットという地位に納まっていた。……ちなみに、時折アルベドのハムスケを見つめる視線が怖いが、アインズは気にしない事にしている。

 そして今回、その一人と一匹の他にパンドラズ・アクターが追加される。

 

「アインズ様、パンドラズ・アクターは宝物殿では?」

 

 アルベドが首を傾げて訊ねるが、アインズはすぐに答えた。

 

「既に〈伝言(メッセージ)〉で話は通している。今後のモモンはほぼパンドラズ・アクターが化けることになるからな。その練習だ」

 

 ナザリックが国として確固たる地位を確立すれば、当然その支配者であるアインズは早々動けなくなるだろう。そのため、アインズに変身する能力があるパンドラズ・アクターにモモンの役をやらせる必要があった。

 ……アインズは内心、パンドラズ・アクターに支配者役をやらせたいのだが、さすがにそれはどうかと思ったので泣く泣くモモン役を諦めた。

 モモンはそもそも、アインズが支配者ロールプレイに疲れて癒されるために生み出された役柄であったのだが、もはやそれさえ今となっては懐かしい。パンドラズ・アクターはモモン役というのではりきっているが、それがアインズに余計胃を痛くさせた。

 なにせ、パンドラズ・アクターは自分の生ける黒歴史であるが故に。

 歌って踊る黒歴史。もはや視界に入れるのさえ拷問に等しい。誰とは言わないが、おそらくアインズのかつての仲間……ギルドメンバー達の中にもアインズと同様自らが生み出したキャラクターが動き出したら血反吐を撒き散らす者がいるだろう。

 

 ――そう、かつての世界ユグドラシルとは単なるゲームであり、このナザリックに存在する者達はただのNPCなどといったデータに過ぎなかったのだから。それが現実になるとは、一体誰が想像するだろうか。

 

「しっかり私自身で見張っていないと、上手くやれるかどうか分からないからな。ナーベラルとハムスケも対応を間違えてもらっては困る」

 

 パンドラズ・アクターはナーベラルやハムスケと共に別室で自己紹介でもしている頃だろう。今までは暇な時にコキュートスにアインズ同様稽古をつけてもらい、前衛戦士としての動きを学ばせていたのだ。これからは演技に気をつけてもらう事になる。

 

(うっ……無いはずの胃が痛む、気がする……)

 

 アインズはパンドラズ・アクターを思うと、どうしてもじくじくと感じる恥ずかしさに悶え苦しむ。パンドラズ・アクターだってちゃんと生きていて、「かくあれかし」と設定したのはアインズ自身なのだからそういう思考はよくないとは思うのだが、こればかりはどうしようもない。

 

 パンドラズ・アクター……このナザリックの中で唯一創造主が未だ存在する、ナザリックでもっとも幸福なNPCであったが、同時にもっとも不憫なNPCであった。

 

 

 

「……やれやれ。しかしエ・ランテルへ行けばすぐさま移動とは……」

 

 アインズはそう溜息をつく。現在はエ・ランテルのいつもの宿屋の一室で、中にはナーベラルとモモンの格好をしたパンドラズ・アクターが跪いていた。アインズはいつもの格好で、ソファに座っている。ハムスケはいつも通り外の馬小屋で暇を持て余していた。

 

 アインズは先程まで不可視化の魔法で姿を隠しており、モモンの格好をしたパンドラズ・アクターとナーベラルを間近で観察していた。パンドラズ・アクターはやはり演技の方が得意ならしく、本領発揮とばかりに生き生きとモモンとして振る舞っていた。少しばかり仕草が過剰であるが、問題は無いだろう。むしろ、ナーベラルの方が緊張していつも以上に無口になっていたほどだ。もっとも、回数を重ねれば次第に慣れるだろうとアインズは思っている。

 

「すぐさまリ・ブルムラシュールへ向かいますか?」

 

「そうだな……。厄介事はなるべく早く済ませておきたい」

 

 パンドラズ・アクターの言葉にアインズは頷く。

 エ・ランテルへ向かったアインズ達は、どうやらアインズ達の帰りを待っていたらしいアインザック組合長にすぐさま呼ばれ、会議室の一室で話を聞く事になった。

 曰く、リ・ブルムラシュールにあるアゼルリシア山脈の一つ……そこでちょっとした問題が起きたために、アインズ達に指名依頼をしたいのだとブルムラシュー侯から連絡があったのだとか。

 ……これと似た依頼をアインズは受けた事がある。かつて王都に巣食っていた裏組織、八本指の制圧に手を貸して欲しい時に受けた指名依頼とそっくりなのだ。

 勿論、アインズは今回も同時に裏向きの依頼を聞いている。

 

 ――――ブルムラシュー侯の領地である鉱山に、火竜が出没した。アインズに出された依頼とは、この火竜退治である。

 

 現在、王国は帝国との戦争に向けてとてもそのような些事(・・)に付き合っていられない、との事で軍の派遣は無い。他のアダマンタイト級冒険者に依頼しようと思ったようだが、ヤルダバオト襲撃の例の悪魔事件により、アインズがアダマンタイト級冒険者の中でもっとも強い、という認識を王国ではもたれているために、念には念を入れてアインズに指名依頼が来たのだ。断られたら、ちゃんと近くの王都のアダマンタイト級冒険者……蒼の薔薇などに依頼する気でいるらしい。

 

 勿論、アインズは引き受けた。この異世界の(ドラゴン)をアインズ達はまだ目撃しておらず、噂だけしか聞いていないのだ。

 それに何より、ドラゴンハイドは貴重なのである。魔法を羊皮紙に込めて作成される巻物(スクロール)……第十位階魔法を込めるにはその中でも最高級の竜の皮……ドラゴンハイドでなければ作成出来ない。現在、この異世界が未だ不明な点が多い事からアインズは彼らの乱獲を禁止しているが、向こうから来たのならば話は別だ。まさに、カモがネギを背負ってやって来た、である。

 

 今まで影も形も見えなかった火竜であるが、当然、(ドラゴン)ならば幾らかの知恵を持つ可能性もある。ナザリックにとって存在価値は計り知れない。王国にとって火竜は厄介事であるのだろうが、ナザリックにとっては幸福の赤い鳥と言ったところか。

 

「念のためアウラと合流したら、すぐに出発するぞ」

 

 野伏(レンジャー)技能を持つアウラに〈伝言(メッセージ)〉を入れて、アインズ達は出発した。アウラとは途中で合流する事になるだろう。

 

 ――そして、アウラと合流した後、一応数日ほど空けてリ・ブルムラシュールへと辿り着いたアインズ達は、ブルムラシュー侯の使いと顔を合わせた後すぐに件の山へと向かった。現在、その山は閉鎖状態となっている。火竜が出没したのが原因なのだが、民衆には噴火の可能性が出始めたために立ち入り禁止としたのだ。

 

(まあ、実際に火竜が活を入れると死火山が活火山になっちゃうかもしれないけどさ)

 

 そうなる前に、出来れば済ませてしまいたいものである。

 

「それで、アインズ様。これからどうなさいますか?」

 

 途中で合流したアウラが、元気よく声を上げながらアインズの采配を待っている。今はナーベラルはそのままであるが、パンドラズ・アクターはモモンの姿を解いて本来の姿に戻っていた。

 現在、アインズ達は山にはまだ入らずその手前で立ち止まっている状況だ。これからどう行動するかアインズの言葉を全員待っているのである。

 

「アインズ様、やはり交渉から入られるので?」

 

 パンドラズ・アクターがアインズに訊ねる。パンドラズ・アクターはナザリックでも頭がいい部類であり、アルベドやデミウルゴスと同等の知力を持つと設定しているので、アインズが何を悩んでいるか既に察しているのだろう。

 

「ああ。(ドラゴン)ともなると慎重に交渉した方がいい相手だからな。勿論、あまり図に乗るようならお灸を添えてやらなければならないが……逆に頭が悪いようなのはマジックアイテムの材料にでもすればいいだろう」

 

「……、かしこまりました」

 

 パンドラズ・アクターが頭を下げる。アインズは一瞬パンドラズ・アクターが別の単語を発しようとしたのを見逃さなかった。ドイツ語ダメゼッタイ。

 

「さて、ではアウラ。火竜がいる場所まで案内してくれるか?」

 

「わかりました!」

 

「ナーベラル、ハムスケ。お前達はここで待っているように」

 

「かしこまりました」

 

「わかったでござる!」

 

 レベル的にナーベラルとハムスケは、念を入れて連れて行かない方がいいだろう。アインズが残るように告げると、ナーベラルが頭を下げて了承した。ハムスケも慣れたもので、文句の一つも言わない。

 

「よし――では行くぞ、お前達」

 

 アインズはアウラを先頭に、パンドラズ・アクターと共に山を登っていく。

 その山は、冬だというのに異様な熱気に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 アインズ達が山を登っている頃、アルベドはアインズの私室にいた。

 

「あふぅ……」

 

 アルベドは誰が聞いても艶めかしいと答えるような溜息をつく。アインズの寝室のベッドの中に潜り込み、いつものように一生懸命体臭を擦りつけていたためだ。傍らにはやはりいつも通り、アインズの姿が編みこまれた抱き枕が転がっている。

 

「くふー!」

 

 興奮し、再びぐりぐりごろごろと全裸で悶える。

 これがアルベドの、アインズがいない時の日課だ。愛するアインズがいないのだから、せめてアインズの気配が色濃く残る場所で過ごしたい。

 デミウルゴスなどは「アインズ様の部屋で何しているのかね?」という冷たい視線が送られてくるが、しかしアインズ自身から許可を取っているのだから、誰にも文句は言わせない。アルベドは心置きなく、毎日アインズのプライベートルームで妄想に耽っていた。

 ……まさかアインズも、アルベドが自分の寝室でこのような狂態を晒しているとは夢にも思うまい。これからも、心の平穏のためにアインズは知らない方がいいだろう。

 

「あー、アインズ様の匂いがするわ。幸せぇ……」

 

 えへえへとヤバい笑いがこぼれ始めているが、アルベドを止める者は誰もいない。そもそも主人の私室に無断で入るような従者がいるはずがなく、そしてアルベドの奇行はナザリックの者達にとって周知の事であるので掃除に来た一般メイドさえもはやアルベドに一礼するだけで無視している。

 

「くふふふふ」

 

 ごろごろ。ごろごろ。アルベドはアインズのベッドの中で悶える。枕に顔を埋め、すーはーすーはーと呼吸をする。そして、ガバリと体を起こした。

 

「忘れるところだったわ」

 

 ポツリと呟き、アルベドはベッドから名残惜しげに出る。そして一目散に私室のゴミ箱に直行した。小さな黒いゴミ箱の中身は空だ。だがアルベドはゴミ箱を手に取ると、ゴミ箱の中に手を突っ込み底を引っ掻く。爪が底に引っかかり、底が外れた。二重底である。本当の底には、アインズが必要としなくなった万年筆が入っていた。

 

「くふー! よしよし、ちゃんとバレなかったわね!」

 

 アルベドは大喜びでペンをゴミ箱から拾い上げる。恭しく手に取り、目の前に両手で掲げた。

 

「ああ……あの御方が直接手に取った万年筆……素晴らしいわ……素晴らしい……」

 

 うっとりと眺め、愛撫するように手を滑らす。そして、きょろきょろと周囲を見回すと、ゆっくりと顔に近づけた。

 

「……アインズ様の味がするわ」

 

 つつぅっとそれを這わせて、味わって一言。そして再びゴミ箱を元の二重底に戻すと、万年筆を手に取ってベッドへと戻った。

 

「くふふふふ……幸せぇ……幸せぇ……」

 

 ごろごろと寝転がり、悶える。そうしていると――

 

『――アルベド』

 

「――あら、コキュートス?」

 

 頭の中で響いた呼び声に、アルベドは反応し身を起こす。〈伝言(メッセージ)〉の魔法による通信だ。現在コキュートスは蜥蜴人(リザードマン)達のもとへいるため、当然アルベドの狂態など見えていない。もし目撃していれば顎を外して絶句していただろう。なにせ、あのデミウルゴスでさえ沈黙させるほどなのだから。

 

「どうしたの?」

 

『――先日報告シテイタ緑竜(グリーンドラゴン)ニツイテナノダガ……目ヲ覚マシタ」

 

「ふぅん……」

 

 数日前に蜥蜴人(リザードマン)達の村に緑竜(グリーンドラゴン)が出没した事については、既に報告を受けている。何故かコキュートスの姿を確認した後気絶し、それからコキュートスは話を聞くべく目を覚ますのを待っていたのだ。おそらく、目を覚ましたため話を聞き出して、その報告にアルベドに繋げたのだろう。

 しかし、アルベドに直接連絡を入れるとは、何かあったのだろうか。アルベドは首を傾げる。

 

「それで、その(ドラゴン)は何だったの? 一応、アインズ様から用が済んだ後は色々な材料にするよう言われているのだけれど」

 

 (ドラゴン)は現在、ナザリックにとって希少価値の存在だ。何せ様々な材料に使え、無駄なところが無い。そのため、アインズからは「絶対に逃がすな」とアルベドは仰せつかっている。

 

『ウム……実ハダナ……』

 

 ――それから、コキュートスは語った。曰く、この緑竜(グリーンドラゴン)はアゼルリシア山脈にある山の一つに棲息していたらしい。

 だが、ある日大きな火竜が出現しあまりに恐ろしくて山から逃げ出したのだとか。その逃げた先がトブの大森林であり、そこで運悪くコキュートスと遭遇したという事だ。

 コキュートスは新たな火竜の出現、という事ですぐに報告を入れた方がいいだろう、と〈伝言(メッセージ)〉を入れたらしい。

 

「…………」

 

 アルベドはそのコキュートスの話を聞いて、考え込む。火竜という情報に、聞き覚えがあったからだ。

 確か現在アインズがモモンとして受けている依頼が、リ・ブルムラシュール領の鉱山に出現した火竜退治だったはずである。アウラがその手伝いとして招集されたため、アルベドも連絡を受けていた。

 

「ありがとう、コキュートス。確かアインズ様がモモンとして今受けている依頼が、鉱山の火竜退治だわ。たぶん、その火竜ね。大きさとかは訊いたの?」

 

『ウム。貴族ノ館ホドモアル大キナ巨体ダッタラシイ。自分ト同ジクライ強イ、ツガイノ黒竜(ブラックドラゴン)ヲ容易ク喰イ殺シタソウダ』

 

「そう……確か、そいつのレベルは四〇程度だったかしら」

 

『ソノ通リダ』

 

「ありがとう、コキュートス。早速、アインズ様に〈伝言(メッセージ)〉でその情報を伝えておくわ。貴方はその緑竜(グリーンドラゴン)から他にも色々な情報を入手してちょうだい。逆らうようなら、ニューロニストに回しなさい」

 

『了解シタ』

 

 コキュートスと会話を終えると、アルベドはベッドから降りてすぐに服を着る。そして、抱き枕の中にこっそりと万年筆を隠すとアインズの私室の掃除をしていた一般メイドに抱き枕を押し付けた。

 

「これを私の部屋に置いてきてちょうだい。分かってると思うけれど」

 

「かしこまりました、アルベド様。勿論、例の部屋は開けません」

 

「よろしい」

 

 アルベドはメイドに抱き枕の片づけを頼むと、急いでエントマを探す。エントマは第九階層でユリと廊下で何か話をしていた最中であった。

 

「エントマ」

 

「アルベド様、どうされましたぁ?」

 

「どうかされましたか、アルベド様」

 

「アインズ様に報告があるから、〈伝言(メッセージ)〉を頼めるかしら」

 

「……何か緊急のご予定ですか?」

 

 ユリの言葉に、アルベドは頷く。

 

「ええ。現在アインズ様が引き受けている火竜退治の依頼なのだけれど、件の火竜は推定レベル六〇以上が予測される事が別の情報源から分かったの。その程度ならどうでもいいでしょうけれど、ザイトルクワエ以来の高レベル生命体よ。報告しないわけにはいかないでしょう?」

 

「なるほど」

 

 話を聞いて、エントマが急いで〈伝言(メッセージ)〉を使おうと符を取り出す。そして――エントマの持つ符がぼろぼろになり、地面に紙吹雪が舞い降りた。エントマは仮面の虫で表情を作っているだけなので表情が変わる事はないのだが、雰囲気から驚愕したのがアルベドやユリは見て取れた。

 

「どうしたの、エントマ」

 

 ユリが優しく訊ねると、エントマは焦燥感煽る焦った声を発した。

 

「アインズ様に、〈伝言(メッセージ)〉が届きませぇん……」

 

「――――」

 

 そのエントマの言葉を聞いたアルベドとユリは固まり……アルベドが悲鳴染みた声で命令を下す。

 

「エントマ! アウラとパンドラズ・アクター、ナーベラル、ハムスケ他にも試しなさい!」

 

「は、はいぃ!」

 

「ユリ! セバスを呼んで来なさい!」

 

「かしこまりました!」

 

 ユリが急いでその場を離れる。アルベドの目の前でエントマが符を幾つも出しそれぞれ試し始める。

 

 ――アウラ、反応無し。

 ――パンドラズ・アクター、反応無し。

 ――ナーベラル。

 

「――よかった! 繋がりましたぁ!」

 

 エントマがそうアルベドにも分かるように叫び、そのままナーベラルと話し込む。アルベドはほぅっと息を吐いた。全員と繋がらなかったらどうしようかと思っていたのだ。

 

「――アルベド様、セバス様をお連れしました」

 

「――アルベド様、どうしましたか?」

 

 エントマがナーベラルと話している内に、ユリとセバスがやって来た。血相を変えたユリに呼ばれたため、セバスも驚いている。

 

「ええ、実はねセバス――」

 

 そしてアルベドがセバスへ説明しようとした時……エントマがナーベラルとの会話を終えてアルベドに話しかけた。

 

「あの、アルベド様ぁ。アインズ様はアウラ様とパンドラズ・アクター様と三人で山を登っていったそうですぅ……それでぇ、そのぉ……ナーベラルも、〈伝言(メッセージ)〉が繋がらないってぇ……」

 

 そのエントマの報告で、セバスもこれが緊急事態であると察した。

 アルベドはエントマの報告を聞くと、即座にその場の者達に指示を出す。

 

「私は玉座の間に行ってアウラ、パンドラズ・アクター、ナーベラルの状態を確かめるわ! エントマ、貴方はコキュートスにすぐにナザリックに帰還するよう伝えて! セバス、ユリ、貴方達はシャルティア、マーレ、デミウルゴスに即座に玉座の間に集まるように伝えてちょうだい!」

 

「かしこまりました!」

 

 全員急いでその場を離れる。アルベドは指輪の機能を使って玉座の間の前の大広間へ出た。

 

(アインズ様!)

 

 頭の中に浮かぶのは、ひたすら主人の安否だけだ。アルベドは玉座の間に入ると、急いで玉座へ向かいマスターソースを開いた。アウラ、パンドラズ・アクター、ナーベラルの状態を確かめていく。

 そして――異常なし。敵対もしていなければ、死亡している様子も無い。アインズより後にアウラやパンドラズ・アクターが死亡する事はナザリックのNPCとして絶対にあり得ないと断言出来る。そのため、アインズは未だ無事である事が窺えた。

 アルベドはほっと息を吐き、その場にへたり込む。そして、マーレの指輪で転移したのであろう。程なくして残りの守護者達とセバスもやって来た。

 

「アルベド! アインズ様は――」

 

 デミウルゴスが血相を変えて訊ねるのを制し、アルベドは口を開く。

 

「大丈夫よ、アウラもパンドラズ・アクターも無事だし、ナーベラルも洗脳を受けている様子は無いわ」

 

「そうですか……しかし、まだ安心は出来ません」

 

「すぐに編成を組み、アインズ様のもとへ向かいましょう」

 

「ソレガヨカロウ」

 

「……あ、あの……シャルティアさん? な、何見てるんですか?」

 

 静かなシャルティアが気になったらしく、マーレが不思議そうに訊ねる。見れば、シャルティアは本を開いていた。あの本はアルベドの記憶にある。確か、アインズ様がシャルティアに渡したシャルティアの創造主ペロロンチーノの百科事典(エンサイクロペディア)だ。

 

「シャルティア、どうしたの?」

 

「……ちょっと待っておくんなまし。その話、何か引っかかるものがあるんでありんす」

 

 シャルティアはパラパラとページを捲っている。おそらく、何度も何度も読み返したのだろう。既に目的の項目がどの辺りか見当がついているらしかった。

 そして――ついに発見したようだ。

 

「あった! ありんした! このページでありんす!」

 

「どうしたんだい、シャルティア」

 

「このページを見ておくんなまし! (ドラゴン)のことについて幾つかペロロンチーノ様が書いているんでありんす!」

 

 以前は決してアルベドやアウラに見せてくれなかったのだが、今は興奮しているのかそのページが全員に見えるように掲げている。一番近くにいたデミウルゴスがそのページを読んだ。

 

「えぇっと……何々……高レベルの(ドラゴン)は一定領域下の転移系魔法及び、情報伝達魔法を阻害す、る……」

 

「…………」

 

 ――今、全ての謎が解けた。

 

「なるほど。つまり、現在アインズ様が受けていらっしゃる依頼の火竜は、高レベルの(ドラゴン)、ということだね。これなら、〈伝言(メッセージ)〉が繋がらない理由が分かる」

 

「と、ということは……アインズ様は、ご無事ってことですよね……?」

 

 全員で安堵の息を漏らす。そこまで切羽詰まった内容ではないと分かったためだ。

 

「高レベルの(ドラゴン)相手だとよくあることのようだね。やれやれ、アインズ様もお人が悪い……。おそらく、私達の危機意識の向上を狙ったのだろうが……」

 

「……そうね。シャルティアが持っているペロロンチーノ様の百科事典(エンサイクロペディア)を調べれば、すぐに分かるということはそういうことでしょうね」

 

 アルベド達はこの事態をアインズが自分が場を離れていた場合のナザリックの危機意識の認識度、冷静な判断や対応は可能か、という事を調べようとしたものだと判断した。

 ちなみに、一部のガチャ産の(ドラゴン)などには無い機能であるため、マーレは知らなかったのであった。

 

 ……そして勿論、アインズは単純に伝え忘れただけである。至高の御方補正はさすがであった。

 

「不安にさせたナーベラルにこの情報を伝えましょう。それから、万が一のことを考えてすぐに行動出来るよう、編成準備を」

 

 それで、この話は終わりだ。アルベド達はそう判断する。

 

 

 

 ――――そして、〈伝言(メッセージ)〉が繋がらず不安になっていたナーベラルはアルベド達から聞いた話で安堵し、ハムスケと共に目の前の山を見上げる。

 

「……アインズ様」

 

「殿……」

 

 晴れた空に、雷鳴のごとき咆哮が響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 山の木々の間を、アウラのペットであるフェンリルが音を立てずにするする進んでいく。その上にアインズが騎乗しており、アインズの横をぶくぶく茶釜に変化しているパンドラズ・アクターが、その少し先をアウラが進んでいた。

 

「アウラ、もう少しかかりそうか?」

 

「そうですね……相手は火竜なんで、熱気のもとを辿ればすぐに着くとは思うんですけど……どうも、山全体がナザリックの第七階層みたいに熱気に包まれていて、少し分かり難くなってます」

 

「なるほど。……どうやら、相手はとっくに鉱山に活を入れて活火山に変えているようだな」

 

 つまり、下手をすれば噴火の可能性がある。さすがにそれは避けたいところだ。まだブルムラシュー侯には使い道がある。この金鉱山を捨てるのも惜しい。

 

「アインズ様、向こうはこちらに気づいているのでしょうか?」

 

 パンドラズ・アクターが口を開くと、先を進んでいるアウラが振り返り、嫌そうな表情をした。

 

「おそらくな。高レベルの(ドラゴン)の索敵能力は下手な野伏(レンジャー)より高い。気づいている可能性の方が高いだろう。……ところでアウラ、いい加減に慣れろ」

 

「あ、はい。すいません、アインズ様。ただ、どうしてもぶくぶく茶釜様の格好をされると違和感が凄くて……」

 

 アルベドもそうであったが、さすがに創造主が相手だとパンドラズ・アクターの変身も見分けがつくらしい。セバスはアインズに化けたパンドラズ・アクターに気がつかなかったようだが。

 

「仕方あるまい。ぶくぶく茶釜さんは防御特化なのでな、ガードとして優秀なのだ。不快だろうが、少しだけ我慢してくれ」

 

「すみません、大丈夫です」

 

 アウラは謝りながら、再び前を向いて歩く。少しして、雷鳴のごとき咆哮が響き渡り、地面が揺れた。

 

「……ふむ。随分とご機嫌のようだな」

 

 あるいは、不機嫌が極まったか。

 

「うるさい奴ですね。ただ、先程の咆哮で場所は大体特定出来ました」

 

「よし。向かうか」

 

 そして再び歩き始め、しばらくしてアウラが歩を止めた。

 

「えっと、この辺りで肉眼で確認出来る距離です。向こうはこっちに気づいているみたいですけど、興味無いみたいですね。こちらに注意は払ってないみたいです」

 

「そうか。どんな火竜か分かるか?」

 

「えっと、結構大きな火竜です。マーレの(ドラゴン)より大きいです。鱗は真っ赤で、頭と尻尾に角がたくさん生えてますね。ちょっとあたしが知らない種類の(ドラゴン)みたいです」

 

 アウラはビーストテイマーなので、モンスターの種類に詳しい。そのアウラが見た事もない(ドラゴン)だという事は、この異世界特有の固有種なのかも知れなかった。

 

「…………」

 

 アインズのコレクター魂が疼く。それは、是非とも手に入れたい。しかし同時に警戒もした。この異世界の固有種だとすると、まったく自分の知らない魔法や特殊技能(スキル)を持っている可能性があるからだ。

 

(油断は禁物か……俺が自分で見て確認する必要がある、か?)

 

 アインズはアウラ達に待機を命じ、下位アンデッドの骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)を作成して魔法で視界を繋げる。そして、それを空に飛ばした。ある程度上空に飛ばした後、アウラの言っていた方向に視線を向ける。

 

「――――」

 

 そして、アインズはその火竜と目が合った(・・・・・)

 

「――――」

 

 思わず口から漏れ出そうになった悲鳴を手で押さえる。火竜は下位アンデッドを見つめながら身を起こし、両翼を広げた。その瞳はアインズの予想通り――憤怒に狂している。

 

「パンドラズ・アクター! 弐式炎雷さんに変化しろ! アウラ、乗れ!」

 

「え?」

 

「この場から離脱するぞ! ――走れ、息の続く限り……!」

 

 火竜の咆哮が周囲に鳴り響く。地面が揺れ、火竜が翼を動かした事により突風が巻き起こる。アウラはアインズの命令に従い、すぐにフェンリルに乗り山を下るよう指示した。パンドラズ・アクターは一番敏捷特化である弐式炎雷に変化し、その後を追う。

 アインズはアウラと共にフェンリルに騎乗しながら、更に幾つもアンデッドを作成し、囮にする。

 彼らの頭上を、巨大な火竜が通り過ぎた。

 

「ア、アインズ様、あの……!」

 

「いいから急げ。この戦力でアレはまずい……!」

 

 アインズはアウラにそう告げ、急かす。アウラはそれで疑問を呑みこみ、フェンリルに急ぐよう促した。

 

(――馬鹿な!)

 

 アインズは心の中で絶叫する。あの火竜をアインズは見覚えがあった。あの火竜は、ユグドラシルのモンスターだ。それもただのモンスターではない。期間限定のイベントモンスター。

 

 ユグドラシル運営が過疎り始めたゲームで、プレイヤーを呼び戻すために用意したとある一つの作品(せかい)を代表するワールドエネミー。

 

 ――その名を。

 

 

 

「――ユグドラシルから我々と同じように召喚でもされたか、魔竜シューティングスター……!」

 

 

 

 日本のファンタジー小説『ロードス島戦記』に登場する火竜。かつてユグドラシルで猛威を振るった、人間と魔法詠唱者(マジック・キャスター)嫌いの化け物が、この異世界の空を飛んでいた。

 

 

 

 

 




 
 流れ星さんは基本激おこぷんぷん丸。魔力系魔法詠唱者相手にはムカ着火ファイヤーとなり、人間相手にはカム着火インフェルノォォォオオオウに。
 ちなみに人間の魔法詠唱者にはげきオコスティックファイナリアリティぷんぷんドリームに変貌します。
 


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Ⅱ 遠い日の思い出

 
↓期間限定イベント中に某大型掲示板にたったスレ
【シューティングスターが】お客様の中にアシュラム様とカシュー王はいませんか(震え声)【倒せない】
 


 

 

 ――これは、かつてアインズがまだモモンガと名乗っていた頃。ユグドラシルでギルドの皆と遊んでいた頃の話である。

 

「モモンガさん」

 

「? どうしましたかタブラさん」

 

 ユグドラシルは過疎化が進み、アインズ・ウール・ゴウンも空席が目立ち始めた頃だ。円卓で数人ほどで雑談していたところ、ログインしてきたタブラ・スマラグディナがモモンガに話しかけてきた。

 

「今のイベント、一緒に参加しませんか?」

 

「今のイベントって言うと……あのコラボボスですか?」

 

 過疎化が進んでいる事に悩んだ運営が企画したコラボイベントをモモンガは思い出し、タブラ・スマラグディナに訊ねる。タブラ・スマラグディナは興奮したような声色で答えた。

 

「そうです。そのコラボボスです。どうしても挑みたいんです」

 

「……今のコラボイベントってなに?」

 

 同じく円卓の間にいたペロロンチーノがモモンガ達の会話を聞いていたのか、訊ねる。それにはぷにっと萌えが答えた。

 

「『ロードス島戦記』っていう昔のファンタジー小説で出てきた火竜退治ですよ。なんでも、見事倒したチームには世界級(ワールド)アイテムがもらえるとか」

 

「え? それマジ?」

 

「あー……俺も聞きましたね、それ」

 

 モモンガと先程まで会話していた弐式炎雷が答えた。

 

 ……一昔前まではイベントがあれば必ず調べて参加していたが、今はリアルが忙しいたっち・みーやぶくぶく茶釜、やまいこ、ウルベルト・アレイン・オードルなど半数以上が既にギルドを引退しているため、ほとんどイベントに参加していなくなっていた。ヘロヘロのように、忙しくとも現実から逃げるように時折顔を出す者もいるが、大半は忙しくなればギルドを抜ける。あるいはゲーム自体がマンネリ化して楽しみを見出せなくなり、ギルドを抜ける者もいた。

 幸い、アインズ・ウール・ゴウンは「飽きたからやめる」という気分を削ぐような理由で引退するメンバーは明確にはいなかったが、それはアインズ・ウール・ゴウンは社会人のギルドだからだろう。他のギルドは、ギルド長にとってはもっと悲惨な理由でやめているのをモモンガは聞いた事がある。

 

 現在ギルドメンバーでログインしているのはこの場にいる五人だけだが、十分多い日と言えた。

 

「その『ロードス島戦記』ってなに?」

 

 ペロロンチーノの疑問に、タブラ・スマラグディナが興奮したような声色で答える。声がかなり上擦っていた。

 

「『ロードス島戦記』というのは、二十世紀頃に流行った日本のファンタジー小説ですよ。もともとはTRPGがネタだったそうですが、その世界観で小説が書かれたんです。確か、このユグドラシルのゲームデータの元ネタと同じTRPGだったはずですよ」

 

「へー」

 

「それでですね――」

 

「へー」

 

 もはや、タブラ・スマラグディナの言葉は止まらない。ペロロンチーノは棒読みで何度も相槌を返していた。そんな二人を放って、モモンガはぷにっと萌えと弐式炎雷に話しかける。

 

「確か、シューティングスターって言いましたっけ。その火竜」

 

「そのはずです。なんでも、勝利したチームには使い捨てタイプの世界級(ワールド)アイテムを配るとか」

 

「使い捨て? 二十でもないのに、一回しか使えないんですか?」

 

「その代わり、チームに一つだからギルド単位で考えると複数所持出来るよ。十分凄くないモモンガさん?」

 

「あー、確かに」

 

 三人でそれぞれ糞みたいな運営に思いを馳せる。そして、アバターの表情は変わらないが今までの付き合いで揃って苦笑いしたのが分かった。

 

「絶対、まともなモンスターじゃないですよね?」

 

「そりゃあの糞運営ですから。……バランスなんて考えてないでしょうね」

 

「今までのイベントから考えても、絶対頭おかしい」

 

 それぞれ好き勝手に運営を罵倒する。愛もあるが、当然憎しみも宿っていた。プレイヤーのユグドラシル運営に対する感情は複雑だ。まさに愛憎溢れるという言葉が正しい。

 

「確か、分類はワールドエネミーでしたっけ?」

 

「そのはずですよ。今までもコラボボス出した時は、確かワールドエネミーに分類されていたでしょ?」

 

「“一つの世界観を代表するのだから、この扱いは当然”って言われても――間抜けな顔のスライムがワールドエネミーだったり、不意打ち過ぎるわ」

 

 コラボイベント自体は初めてではない。他にも過去の有名な作品では『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』などがあった。脆弱モンスター代表と今でも言われている間抜け面のスライムが、いきなり超位魔法を使ってきた時には仰天したものである。

 

「タブラさん、シューティングスターってどんな火竜なんです?」

 

 モモンガが未だペロロンチーノに『ロードス島戦記』の事を熱く語っているタブラ・スマラグディナに訊ねると、タブラ・スマラグディナは話を中断しモモンガに答える。ペロロンチーノはタブラ・スマラグディナの背後で「モモンガさんありがとー」という意味で、申し訳なさそうなアイコンをモモンガに出していた。

 

「シューティングスターはかなり長生きしている火竜ですね。火属性なのは間違いないです。魔法も使えますよ。見た目や戦闘面は(ドラゴン)らしいと言えばらしいですけど、アイツ性格が邪竜そのものですね」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。小説だとわざわざ飲食する必要もないくせに、人間に生贄を必ず一定周期で求めて、その理由が獲物が食べられる瞬間恐怖に怯えるので、その姿を見るのが何よりも楽しみ、と言っていますから」

 

「完全に邪竜じゃないですか」

 

 むしろ邪竜以外の何物でもなかった。

 

「それと、宝物にはまったく興味ないみたいですね。金銀財宝を集める趣味は全然無いみたいです」

 

「? (ドラゴン)なんですよね?」

 

「ええ。でも、そういう趣味は無いみたいです。人間の魔術師に呪いをかけられて、特殊なマジックアイテムを守るよう命令されていまして、それが煩わしくて仕方ないという設定です」

 

「唯一の趣味が獲物の恐怖に怯える顔を眺めることとか、どんな設定の(ドラゴン)だよ……」

 

 ひでぇ設定のキャラがいたものである。

 

「ただ、そのおかげで行動範囲は狭いですよ。そのマジックアイテムに縛られているので、基本的に遠出が出来ないらしいですから。調べたら、今回のイベントでは山一つから出られないみたいですね」

 

「それで、勝ったら世界級(ワールド)アイテムがもらえるわけか」

 

 ぷにっと萌えが納得したように、タブラ・スマラグディナの話に相槌を打つ。タブラ・スマラグディナは他にも既に情報を調べていたようで、今回のイベントについて説明してくれた。

 

「掲示板とか覗いてみましたけど、どうも今回はパーティー縛りがあるみたいですね。最大で六人までしか一度に挑めないみたいです。六人以上で行くと、ランダムで強制的にエリア移動させられるみたいですよ」

 

「……それって、もしかして残った六人が全員鍛冶師とか糞パーティーになる可能性もあり?」

 

「ですね」

 

 溜息を全員でついた。

 

「マジか。ワールドエネミーなのに、挑めるパーティーは一つだけとか。絶対運営頭おかしいわ」

 

「あの糞運営、人を呼び戻す気があるんですかね……?」

 

「あいつらバランス調整って言葉を母親のお腹の中に置き忘れてきたんじゃ……」

 

「知ってる」

 

 タブラ・スマラグディナが申し訳なさそうな声でモモンガに訊ねた。

 

「それで、そのぉ……モモンガさん。出来れば記念に挑みに行きたいんですけど。私、『ロードス島戦記』のファンなんで、是非シューティングスターに会いたいというか……」

 

「えー……ちょっと待って下さいね。皆さん、どうですか?」

 

 モモンガはその場にいる弐式炎雷、ぷにっと萌え、ペロロンチーノに訊ねる。彼らは三人とも、快く了承してくれた。

 

「じゃあ、この五人で今から行きますか」

 

「あー、でも、この五人ヘイト管理出来る前衛がいなくないですか? ぷにっと萌えさんも、タブラさんも、モモンガさんも後衛でしょ? 俺は前衛でもアタッカータイプですし、ペロロンチーノさんもどちらかと言うと後衛タイプですから、防御無理ですよ?」

 

「弐式炎雷さん、紙装甲ですもんね……」

 

「俺も防御力心許無いなー……火竜なら、火属性完全無効の特殊技術(スキル)だけつけてりゃ、あとは飛行で何とかなりますかね?」

 

「いや、五色如来とかいましたし。貫通してくるかも……」

 

 五色如来はワールドエネミーの一種だ。この五色如来は、本来なら状態異常が一切効かないはずのアンデッドにさえ状態異常にする技を持っていた。その例があるため、完全無効系の特殊技術(スキル)はワールドエネミーが相手の場合あまり役に立たないというのが通説だ。

 

 五人で云々と唸っていると、更に一人ログインしてきた。ヘロヘロである。

 

「ちはー。お久しぶりです、皆さん……」

 

 声に覇気がない。名前の通り、実にヘロヘロであった。自虐的にもほどがある。しかし、同時にちょうどいいタイミングで来てくれた。

 

「こんにちは、ヘロヘロさん。お久しぶりです。ちょっといきなりですけど大丈夫ですか?」

 

 モモンガはそう言い、ヘロヘロにコラボイベントの事を訊ねた。ヘロヘロは話を聞き終えると、疲れてはいるが明るい声で了承した。

 

「全然かまいませんよー。じゃあ、私も入れて今からイベントに挑みに行きますか」

 

「大丈夫ですか? 疲れているなら休んだ方がいいんじゃ……」

 

 ペロロンチーノが心配そうにヘロヘロに声をかけるが、ヘロヘロは朗らかに答えてくれる。

 

「いえいえ。むしろ、じっとしているのは気分が滅入るのでちょうどよかったです。皆でイベントボスに挑みに行きましょうよ」

 

 ヘロヘロに促され、それでヘロヘロに対する遠慮は終わりだ。早速、モモンガ達は今度のコラボイベントボスであるシューティングスターについて知っている情報を共有し、このメンバーで出来そうな作戦を立てる。

 

「どこで遭遇するんですか?」

 

「ミズガルズに今の期間だけ、ロードス島が出現しているんですよ。そこの火竜山に行くと遭遇出来るらしいです。火竜山の中でランダム遭遇らしくて、事前にバフかけるのは難しいですね」

 

「はあ? なにそれ? ふざけてるわあの糞運営。ワールドエネミーと戦うのに事前バフ無し状態で行けとか、絶対勝たせる気無いわ」

 

「どうせ今までのコラボボスと同じように、ユグドラシル用に魔改造されてるんだろうけど……今回のキャッチコピーなんだっけ?」

 

「確か“当時のパーンの気分を味わおう”だったはずですよ。パーンっていうのは、『ロードス島戦記』の主人公の名前です」

 

「他にも何か情報無いんですか?」

 

 おそらく事前にしっかり調べたはずであろうタブラ・スマラグディナにモモンガは訊ねるが、タブラ・スマラグディナは首を横に振った。

 

「いえ。残念ながら……やっぱり、あまり人がいないので挑んでいるプレイヤー自体が少ないようで。挑んでいるプレイヤーもほとんど情報を漏らしてないんで……精々、まだ倒したプレイヤーはゼロだってことしか分からないですね」

 

「まだ誰も倒したことないんですか……」

 

 それなら、情報が出揃わないのも納得だ。ただでさえユグドラシルは情報に莫大な価値のあるゲームである。イベントボスの攻略法なんて、ほとんど漏れた事はない。

 

「とりあえず、私達じゃあ高レベル(ドラゴン)を索敵するのは難しいから、遭遇した場合の対処法だけ考えよう」

 

 ぷにっと萌えの言葉に、全員が耳を静かに傾ける。

 

「まず、火属性に対する防御力が上がるマジックアイテムは全員持っておくこと。特にモモンガさんは火属性が刺さるんだから、忘れずにね。遭遇した場合はヘロヘロさんと弐式炎雷さん、ペロロンチーノさんの三人でヘイト管理して私達に攻撃が飛ばないようにして。モモンガさんと私はバフ要因、タブラさんは火力よろしく」

 

「了解でーす」

 

「最初は翼狙いで行きましょう。飛ばれるとヘロヘロさんと弐式炎雷さんの攻撃がほとんど届かなくなるから、なるべく飛行させないように」

 

 そう、幾つか注意する事項を確認していく。ほとんど通常の(ドラゴン)系モンスターを狩るのと変わらないが、ワールドエネミーが相手だと石橋を叩き過ぎるという事はないので、気を引き締める意味でも必要だった。

 

「それじゃあ、モモンガさん」

 

 ぷにっと萌えに促され、モモンガは宣言する。

 

「はい。では今から、コラボイベント『火竜山の魔竜退治』に向かいましょう」

 

「おー!」

 

 ユグドラシルから人は少なくなり、アインズ・ウール・ゴウンもギルドメンバーが減って少なくなった。しかしモモンガ達は気にせず、久々のイベント参加を楽しもうとナザリックを出た。

 

 

 

 ――モモンガ達はDQNギルドとして有名であり、嫌われ者であるため外を歩くのにも注意が必要だ。普通にモンスターに遭遇してリソースを割くのも嫌だが、他のプレイヤーに遭遇すればまず間違いなくPKに遭う。

 そのため、細心の注意をしてヘルヘイムから出てミズガルズに向かわなければならなかった。

 しかしモモンガ達も慣れたもので、プレイヤーの総数自体が減っている事もあり無事ミズガルズのイベント舞台ロードス島へと到着した。

 ロードス島は無駄に凝っており、タブラ・スマラグディナが大喜びでモモンガ達にNPCや町の事などを説明していく。……もっとも、モモンガ達は異形種なので、人間の都市や城などにはペナルティがあり入れないのであるが。

 タブラ・スマラグディナによるロードス島ツアーが終わり、いよいよシューティングスターがいる火竜山だ。当然、全員復活ペナルティを緩和する指輪を装備している。ユグドラシルにおいて初見クリアが可能なボスはほぼゼロに等しく、モモンガ達もナザリック攻略時を初め、数えるほどしか初見ボス攻略を成功させた事はない。

 

 火竜山を登り始めたら、誰もがそれぞれの役割分担でもって周囲を探りながらシューティングスターを探す。通常のレイドボスは決まった場所でしか遭遇しないものだが、シューティングスターは特殊なレイドボスで火竜山をぐるぐると無軌道に飛び回っているらしい。

 そのため、いつ遭遇するか分からないためにバフ効果のある魔法を先にかけておく事前準備は不可能だった。遭遇した時にはバフ効果が切れるかもしれないためだ。その場合、無駄にリソースが減ってしまう。

 

「うーん、いませんねぇ」

 

 中々遭遇せず、モモンガはポロリと告げる。弐式炎雷が相槌を打った。

 

「確かに。どっかで別のプレイヤーパーティーと戦ってるのか?」

 

「ありえるかもしれない。ちょっとタイミング悪かったかな」

 

 ぷにっと萌えが肯定し、少し弛緩した空気が流れる。アクティブ系のレイドボスでは稀によくある現象で、タイミング悪く遭遇しないプレイヤーは、本当に遭遇しない。

 

 しかし――――

 

 ――――轟音。機械音で作成された咆吼が響き渡り、モモンガ達の索敵範囲に巨大なモンスターが引っかかった。

 

「おっしゃー! きたー!」

 

「準備! ちょ、モモンガさんバフ早く!」

 

「はいはーい。ちょっと待ってくださいねー」

 

 弐式炎雷が喜び、ペロロンチーノがモモンガに慌てて声をかける。モモンガはバフ効果のある魔法を全員に重ね掛けていった。そして、巨大な赤い影が空から舞い降りて地上に立つ。

 

『忌々しい有象無象共め!』

 

「あ、イベント会話か」

 

「これ、ヘルヘイムの城主の声じゃね?」

 

「まーたあの親父、ここまで出張してんのか。声優の使い回しやめろや」

 

「こんなに凝っているのだから、運営はもう少し声優にも気を配った方がいいと思いますねぇ」

 

 タブラ・スマラグディナが最後にポツリと呟いて、そのままシューティングスターの話を聞く。当然、その間に距離を取って初期位置を決めるのも忘れない。

 

『再びオレの偉大さを冒涜しようなどと思わぬよう知らしめてくれよう!』

 

 シューティングスターはそう言うと、戦闘態勢を取った。モモンガ達もそれぞれ行動を開始する。そして――シューティングスターの口から、巨大な炎の大海が吐き出された。

 

「は!?」

 

「え、ちょ」

 

「は、範囲ひろ」

 

 一つのエリアを覆うほどの巨大な炎の大海嘯。初撃でシューティングスターは全体攻撃らしい〈炎の吐息(ファイヤーブレス)〉を吐き出した。

 

「あ」

 

 それは凄まじい攻撃力であり、アンデッドであるため弱点属性による攻撃でもあったモモンガは、その一撃で体力を根こそぎ持っていかれ死亡する。一応、火属性への耐性と共に完全耐性用マジックアイテムも持って行っていたのだが、やはり貫通攻撃であったようで文字通りモモンガは灰になった。

 

「ぎゃー! モモンガさんが溶けたぁああああ!」

 

 残され、何とか上空へと回避が間に合ったペロロンチーノが一番にモモンガの死亡に気づき、悲鳴を上げる。地上に残された他の四人はなんとか生きていた。

 

「ヘロヘロさん、防御! 弐式炎雷さん、ヘイト!」

 

「りょう!」

 

「りょう!」

 

 ぷにっと萌えがごっそり減った体力を回復させるために魔法を唱え、その間の防御を体力が残っているヘロヘロが前に出る。弐式炎雷はぷにっと萌えに攻撃が向かないよう、ヘイトを稼ぐため前に出てシューティングスターを攻撃しようとする。

 ペロロンチーノとタブラ・スマラグディナは待機だ。まずは全員の体力を回復させなければ、もう一度あの全体攻撃の〈炎の吐息(ファイヤーブレス)〉が来たら完全に詰む。弐式炎雷の敏捷性と回避性能なら物理攻撃は避けられる確率が高いため、ヘイト稼ぎにこのメンバーならばちょうどいい。ペロロンチーノにヘイトを稼がれるとシューティングスターが飛行する可能性があるし、タブラ・スマラグディナだと攻撃を避けられない。

 そして、弐式炎雷が攻撃を仕掛けたのを確認した後、ぷにっと萌えが信仰系魔法を唱え体力を回復させようとした時――

 

「――はい?」

 

 全員が、思わず素っ頓狂な声を上げた。シューティングスターが片方の前脚を振り上げ、拳を叩き込む。しかしその先にいるのは、ヘイトを稼いだはずの弐式炎雷ではなく――タブラ・スマラグディナだったのである。

 

「ちょ」

 

 予想外の行動によって、タブラ・スマラグディナに完璧な右ストレートが決まり、タブラ・スマラグディナが昇天する。後衛の錬金術師であるタブラ・スマラグディナは、魔法で回復もされていない状態で物理攻撃を受けて生きていられるほど頑強ではない。

 

「――ま」

 

 シューティングスターには複数回連続攻撃可能な特殊技術(スキル)がついているのか、タブラ・スマラグディナに右ストレートが叩き込まれた後、続いて左ストレートがぷにっと萌えに飛んでくる。

 

「う、うおぉぉおおおお!」

 

 ヘロヘロがそれを何とか防ぎ、ぷにっと萌えを守るがそのままシューティングスターは尻尾を振り回し薙ぎ払う。

 

「あ」

 

 ――それで、ぷにっと萌えも無事逝った。後には、尻尾の薙ぎ払い攻撃にも生き残ったヘロヘロと、その攻撃を回避した弐式炎雷、飛行していたため攻撃を食らわなかったペロロンチーノが残される。

 

「…………」

 

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)系が全滅し、残された三人は「あ、これ詰みましたわ」と静かに微笑んだ。

 

 

 

「あ、おかえりなさい」

 

 モモンガ、タブラ・スマラグディナ、ぷにっと萌えの三人で円卓で会話していると、少しして残りの三人――ヘロヘロ、弐式炎雷、ペロロンチーノの順番でデスルーラをしてきたようで円卓の間に帰ってきた。

 

「えっと、三人ともどうでした?」

 

 無言の三人に、モモンガは訊ねる。するとヘロヘロがまず最初に口を切った。

 

「……あの後、空に飛び上ってからの魔法攻撃に移行されました」

 

 それで、ヘロヘロの耐久力でも耐えきれず死亡したらしい。続いて、弐式炎雷が口を開く。

 

「ヘロヘロさんが死亡してすぐあとに、また全体攻撃の〈炎の吐息(ファイヤーブレス)〉が来て死んだわ」

 

 全体攻撃は回避出来ない仕様のものが多く、シューティングスターは攻撃力にかなりステータスを振っているのかそれで弐式炎雷も死亡したようだ。

 

「それは、むごい……で、ペロロンチーノさんはどうなったんです?」

 

「…………」

 

 ペロロンチーノは無言だ。最後に残されたペロロンチーノは、どのような死に様を迎えたのであろうか。

 ペロロンチーノは、ポツリと呟いた。

 

「……超位魔法を食らいました」

 

「え」

 

「高速詠唱化で詠唱が三分の一まで短縮されたっぽい超位魔法をくらって、乙しました」

 

「…………うわぁ」

 

 散々たる結果であった。アインズ・ウール・ゴウンの『火竜山の魔竜退治』初戦は、完全な惨敗で終わってしまったのである。

 

「っていうかさ、なんなのアイツ? ヘイトガン無視でなんで後衛狙うの? 意味わかんない!」

 

 ペロロンチーノが怒りアイコンを出して、地団駄を踏む。全ての発端はそこだ。モモンガは最初の全体攻撃で死亡したのでどうしようもないが、その後はまだ何とかなる余地があったはずである。しかし、シューティングスターが前衛を完全に無視してヘイトを稼いでいないはずの後衛を狙ったので、一気に総崩れとなった。ゲームのシステムを無視している、と言えなくもない。

 

 だが、その原因は先に後衛三人で会話していた時に、推察された。ぷにっと萌えが告げる。

 

「あー、うん。タブラさんから話を聞いたんだけど、あのシューティングスターは人間と魔術師嫌いの設定があるみたいで。どうも運営はその設定を再現してたぶんだけど、シューティングスターのシステム周囲を弄って本来のヘイトを無視して、魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)を狙うみたい」

 

「……それって、つまりヘイト稼ぎがうまく機能しないってこと?」

 

「たぶん」

 

 全員で溜息をつく。

 

「く、糞運営! 糞制作! そんなところの設定は忠実に再現せんでええっちゅうに!」

 

「シューティングスター戦になると、前衛がヘイト稼ぎ無意味になるくらい魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)にヘイト積まれるのか……。これは、前衛にガーディアン系がいないと厳しいぞ……」

 

「前衛だけの脳筋パーティーでも、後衛だけのインテリパーティーでも(ドラゴン)系ボスの相手は無理ですね……」

 

「いや、しかし攻撃力も頭おかしいレベルで高いし。後衛だと物理攻撃はほぼ一撃じゃん」

 

「これ……今のギルメンで倒せなくない……?」

 

 現在、アインズ・ウール・ゴウンは半数以上が引退しているのだ。特に前衛として優れているたっち・みーやぶくぶく茶釜などがいないのが厳しい。ぶくぶく茶釜なら位置の入れ替えでタブラ・スマラグディナを守れたし、たっち・みーならばそもそも、モモンガが死ぬ事になった初撃の全体攻撃も〈次元断層〉で防ぎきれたはずだ。

 

「うーん、このイベント諦めちゃいます?」

 

 モモンガがそう言うと、タブラ・スマラグディナがモモンガに頼み込んだ。

 

「モモンガさん、そんなことおっしゃらずに! デスペナ緩和の指輪渡しますから! お願いします!」

 

 タブラ・スマラグディナの頼みにモモンガは困惑する。よっぽどのファンらしく、どうしても挑みたいらしい。

 モモンガは周囲を見回して、他の四人に訊ねた。

 

「えーっと、私は行ってもいいと思ってるんですけど。他の皆さんはどうですか?」

 

「うーん。別にいいんじゃない? 今度はいつ、皆でイベント行けるか分からないし。ちょうどいいんじゃないかな」

 

 ぷにっと萌えの言葉に、その場の全員が頷いた。快く引き受けてくれたギルドメンバーに、タブラ・スマラグディナは礼を言って回る。

 

 ……デスペナルティを気にせず挑むのには、当然理由がある。もはやユグドラシルは過疎っており、いつサービス終了してもおかしくないからだ。サービスが終了すれば集めたアイテムは所詮データ。消える運命である。

 それならば、せっかく集めたのだからこのイベントで放出しようと思ったのだ。もはや皆、こうやってイベントに楽しく参加する可能性がほとんどない事に気がついている。

 

 だから――せめて最後くらい、パーッと散財しようと思ったのだ。奇しくも、今この場にいた六人はナザリックを攻略した時にいたアインズ・ウール・ゴウンの初期メンバーである。

 

 ――それから、六人はイベント期間中何度もシューティングスターに挑んだ。ヘロヘロも疲れているだろうに、イベント期間中はずっと参加していた。

 けれど、悲しいかな。彼らは結局、一度もこのイベントをクリアする事無くイベントは終了した。もはやアインズ・ウール・ゴウンには、イベントボスを倒すような力は無かったのである。

 

 ……後は、それぞれ再び気の向くままにログインする日々に戻った。やがて彼らも引退し、最後にモモンガだけが残されたのである。

 

 

 

 

 

 

 ――シューティングスターとは、モモンガ……アインズにとっては、そのような苦い記憶であった。

 そして今、あの活火山の流れ星は異世界の空を飛んでいる。

 

(まさかシューティングスターまで転移してくるとは……!)

 

 アインズはアウラと共にフェンリルに騎乗し、山を下りながら内心で舌打ちする。明らかに、この三人で挑めば死ぬだろう。あの〈炎の吐息(ファイヤーブレス)〉だけで、一発だ。

 今、シューティングスターは囮のアンデッドに夢中であるが、いつアインズに向かって攻撃が向かってくるか分からない。気の抜けない逃走劇の始まりであった。

 いや、そもそも――あの魔竜から逃げる事は可能なのだろうか。

 

(……大丈夫だ! おそらく、シューティングスターは山から出られないはず……! 出られるのなら、もうとっくに山から離れているだろう。今まで目撃情報が無いのはおかしい!)

 

 アインズはあのイベント期間中、タブラ・スマラグディナに促されて原作の小説を読んだ事がある。その時のシューティングスターのキャラ設定ならば、自由に大空を飛び回っていないのはおかしい。数日前からいると言うならば、既に人間の国の一つや二つ、火の海と化していなければおかしいのだ。

 だが、その様子は無い。目撃情報は山の中に留まっている。

 ならば答えは一つ。――シューティングスターは設定通り、未だ“支配の王錫”に囚われ、一定領域から離れられないとみるべきだ。

 

 ならば、アインズ達は山から何が何でも出なくてはならない。それさえ成功すれば、無事にナザリックへ帰還出来るだろう。

 

 アンデッド達を蹴散らし、シューティングスターが烈火のごとく怒り狂いながら、アインズ達を探す。限界までアンデッドを囮に作成したので、アインズ達はかなり山から下りたがしかし未だ出てはいない。

 

 青い空を、赤い流星のような巨影が舞う。そのスピードは風を斬り、明らかにアインズ達の速度を抜いていた。

 

「アウラ! 周囲のモンスターや動物を適当にテイムして、あの火竜の囮にしろ! こちらに近づけるな!」

 

「は、はい!」

 

 シューティングスターは残虐な性質でプライドが高いため、向かってくる獲物は容赦なく叩き潰す。そうして段々と距離を稼ぎ――

 

「アインズ様」

 

 パンドラズ・アクターがアインズに声をかけた。

 

「――なんだ」

 

 おそらく、パンドラズ・アクターが言いたい事は分かっている。しかしそれを無視して、アインズは気づいていないかのようにパンドラズ・アクターに訊ねた。

 

「このままでは追いつかれます。私が囮役として最適でしょう。私が残ります」

 

「駄目だ!」

 

 大声だった。間髪入れずに、アインズはそうパンドラズ・アクターの提案を却下する。アウラが頭上の大声に驚いて身を強張らせた。

 

「山さえ下りれば、おそらく何とかなる! お前の囮役は許さん……! 絶対に……、絶対にお前達NPCを囮にする行為は許さん……!」

 

「……差し出がましい真似をいたしました」

 

 アインズの言葉に、パンドラズ・アクターは沈黙し再び無言で並走する。アインズの自分達を大切にする言葉に、アウラが涙ぐんだ。

 

 ……アウラもパンドラズ・アクターも、アインズがどうして逃亡を選んだのか未だ理由は分かっていない。しかし、今のメンバーで勝てないと言うのなら、アインズの言う通りなのかもしれない。実際、アウラもパンドラズ・アクターも守護者の中でトリッキーではあるが真正面からの戦闘は得意ではない。

 だから、必死になって山を下りる。しかし、アインズは気づかなかったがアウラとパンドラズ・アクターは既にこっそりとアイコンタクトを終えていた。

 

 ――いざという時には、自分達がアインズの盾になるという事を。

 

「――――」

 

 必死になって山を下っていく。風を切る音が近づいてくる。灼熱のような熱気が、もうすぐそこまで迫って来ている。

 チリチリと、空気が燃える音。火打石が鳴るように、何か鋭い――牙のようなものが擦られる音がアインズ達の背後から響いて。

 

 アインズ達の視界に、ナーベラルとハムスケの驚愕したような姿が目に入った。山の森を抜ける。

 

「アインズ様! ――きゃ」

 

 ナーベラルが叫び、前に出ようとする。それに転がり落ちるようにしてアインズ達が激突し、パンドラズ・アクターは背後を振り返ってぶくぶく茶釜へと姿を変える。

 空気が叩きつけられ、パンドラズ・アクターを除いてアウラ達がその叩きつけられた空気で数メートルほど吹き飛んだ。

 

「ぐ――」

 

 アインズは急いで身を起こす。パンドラズ・アクターがアインズを守るように目の前に立っていた。そして――忌々しげに咆哮しながら、赤い鱗の巨大な(ドラゴン)が空中で旋回し、山の頂上へ上がっていく姿を見る。

 

「――――」

 

 その姿を見て、アインズはほっと息をつく。やはり、予想した通りシューティングスターは山から出られない決まりのようであった。

 

「アインズ様! ご無事ですか!?」

 

 アウラが急いでアインズに近寄る。パンドラズ・アクターは未だシューティングスターを警戒しており、山の方を見つめているためだ。

 

「大丈夫だ。すまんな。ナーベラルとハムスケ、フェンリルは大丈夫か?」

 

「う……大丈夫、です……」

 

「うぅ……ちょっと痛いでござるが、大丈夫でござる」

 

 フェンリルも鳴いて、無事な事を示した。

 

「あの、アインズ様……あの赤いの、一体何なんです?」

 

「…………」

 

 アウラの言葉に、アインズが口篭もる。はっきり言っていいものか悩んだためだ。しかし……少し悩んだ後、隠しておいてもしょうがないのだから、告げる。

 

「アレは……ワールドエネミーだ」

 

「――――」

 

 さすがのアウラも絶句した。ナザリックの者達は自分達こそが至高であり、最強であると信じているが何事にも例外はある。

 一つは、アインズ達と同じくプレイヤーと呼ばれる類の者達。さすがのナザリックの守護者でも、一対一でプレイヤーに負ける可能性くらいはある、と考えている。……実際は、PVPになればほぼ確実に負けるのだが、NPC達の設定や認識ではこれは仕方ない事と言えた。

 そしてもう一つはワールドエネミー。存在そのものが世界一つと同等、あのシャルティアを問答無用で洗脳したマジックアイテムと同格の、特殊個体である。

 

「名前は、シューティングスター。……ロードス島という一つの世界からやって来た、活火山の流れ星だよ」

 

 アインズはそう言うと、立ち上がる。

 

「ナザリックに帰るぞ、お前達。これから奴に対する対策を立てねばならない」

 

「は、はい!」

 

 アインズの宣言に、アウラ達は頷いてアインズに続く。アインズはナザリックに帰る前に、ふと振り返った。

 

 赤い流れ星が、青空を切り裂いてその活火山の上を舞っていた。

 

 

 

 

 




 
↓シューティングスターの糞AI
1.全体貫通ブレス攻撃→モモンガ乙
2.複数回連続攻撃(人間の魔力系魔法詠唱者狙い。いなければ人間。それもいなければ魔力系優先の魔法詠唱者狙い)
右ストレート→タブラ乙
左ストレート
尻尾薙ぎ払い→ぷにっと萌え乙
3.飛行
4.魔法攻撃の集中砲火→ヘロヘロ乙
5.全体貫通ブレス攻撃→弐式炎雷乙
6.詠唱短縮の超位魔法→ペロロン乙

以下ローテーションという糞使用。
 


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Ⅲ 魔竜シューティングスター

 
 前回のあらすじ。シューティングスターは糞AI。
 


 

 

 ナザリックへと帰還したアインズは、心配するNPC達に一言二言告げて、自室へとやって来た。

 

「一人にしてほしい」

 

 そう告げて、部下を全て追い払い一人寝室のベッドに寝転ぶ。いつも通り、アインズを落ち着かせるフローラルな香りがシーツから漂う。

 アインズは先程遭遇したシューティングスターについて考えた。

 

 ――魔竜シューティングスター。『ロードス島戦記』という日本のファンタジー小説に登場する火竜であり、人間と魔術師をひたすらに憎悪する邪竜。

 運営が過疎化するユグドラシルに再び人を寄せ集めようと開催した、コラボイベントのボスでありワールドエネミー。

 その強さは規格外であり、結局最盛期ではなく既に落ち目であったアインズ・ウール・ゴウンでは勝てなかったイベントボスだ。

 

「……シューティングスターが、この異世界に……」

 

 何故、どうしてという疑問はある。しかしアインズ達が転移した理由も不明なのだ。シューティングスターが転移してきた理由など分かるはずもない。

 アインズに分かる事は一つ。あのシューティングスターは、早々に始末しなくてはならないという事だけだ。

 

 シューティングスターには呪いがかけられている。世界級(ワールド)アイテム“支配の王錫”を守るために、“支配の王錫”から一定以上離れられないのだ。その呪いをかけたのは古代の人間の国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、シューティングスターは殊更人間と魔法詠唱者(マジック・キャスター)を憎んでいる――という設定だ。

 今もあの鉱山……いや、今は活火山か、そこから出られない様子から、おそらく未だその呪いは有効なのだろう。放っておいても、山一つの犠牲で済む。

 そう楽観的に判断出来ない理由が、アインズにはあった。

 

 ――生まれながらの異能(タレント)の存在である。

 

 この異世界にはユグドラシルには存在しない異能があり、ンフィーレアの異能を初め凄まじい効能の異能が多数存在する。中には、“あらゆる呪いを解呪出来る”という異能持ちがいてもおかしくはないだろう。

 

 その異能の存在が、アインズには恐ろしい。

 

 例えばアインズがこのままシューティングスターを放っておくとしよう。当然、最初はモモンが「アレは退治出来ないので放っておけ」とでも言う事になる。その際に、呪いの事も話す事になる可能性が高い。

 そうすると、いつまでも隠しておけないのでこの大陸中でシューティングスターの存在は知られる事になる。シューティングスターはワールドエネミーなので、シャルティアを洗脳した世界級(ワールド)アイテム持ちが名乗り出る事も無いだろう。

 我こそは――そう言う冒険者も出るだろうが、すぐに身の程を知る事になる。そうして次第に――表立って国を造ったアインズのもとにもシューティングスターの件は届くだろう。退治出来ないか、と。

 その場合、アインズはやはりモモンと同じように「勝てないから放っておけ」という事になる。

 さて、その場合――アインズが勝てないと明言した相手と、交渉しようとする人間が出ないとは言い切れない。アインズでも分かる。おそらく、ジルクニフ辺りが色々な話を仕入れて、ちょっかいをかける可能性が高い、と。

 そうして奇跡的に都合のいい異能を持つ人間がいたとする。そして、奇跡的に呪いを解けたとする。

 その後は――阿鼻叫喚の地獄絵図だ。シューティングスターは、国の一つや二つ壊滅させた程度では止まるまい。たとえ止まったとしても、その後は生贄を要求するだろう。奴の残虐な趣味故に。

 自由になったシューティングスターに、アインズは勝てる気がしない。今でさえ勝てる気がしないのだ。“支配の王錫”に縛られず、自由行動が可能なシューティングスターを殺し切るのは不可能と言える。

 

 ――だから、シューティングスターは今の内に仕留めなければならない。何がなんでも。

 

「――だが、勝てるメンバーがいないんだよ!!」

 

 アインズは瞬間的にキレて、怒鳴る。すぐに感情は沈静化されるが、それで不安が解消されるわけではない。

 

「当時のギルメンでも勝てなかったんだぞ? そりゃあ、たっちさんとかギルメンも半分以上いなかったし、決まった六人で行ってただけだけどさ。――それでも、どうやって勝つんだよ。今のところ、俺しかプレイヤーはいないってのに」

 

 法国に行けばいるかも知れないが、それが一〇〇レベルとはかぎらないし、更にアインズに協力的とはかぎらない。装備品だって、ナザリックほど揃えられているかどうか――。

 

「一人で勝てるか? ……いや、絶対無理だ。相手はワールドエネミーだぞ? 勝てるようなら、そもそもタブラさん達と参加してた時に勝ててる……」

 

 誰もいない。アインズとともに異世界に転移したプレイヤーは、アインズの近くにいない。息の合った連携の出来る仲間がいない。

 

「無理だ……」

 

 結論は、それだった。どんなにアインズが考えても、一人でどうにか出来る相手ではない。今の内に何とかしなくてはならなくても、今の内に何とか出来る方法が皆無だった。

 

「糞がぁ!!」

 

 もはや、シューティングスターに対しては後手に回るしかない。シューティングスターの危険性を理解出来て、かつアインズと同レベルの強者が都合よく現れるはずはなかった。

 

 アインズはシーツに蹲る。そして――寝室のドアが、控えめにノックされた。

 

「……誰だ?」

 

「アルベドです、アインズ様」

 

「――入ってもかまわんぞ」

 

 ベッドから身を起こし、座った後にアルベドにそう声をかける。普段なら自分から寝室を出るが、今はそんな気分になれなかった。

 

「――失礼いたします」

 

 アルベドが頭を下げ、入室する。そしてアインズの前に跪くと、口を開いた。

 

「……アインズ様、先程アウラとパンドラズ・アクターから話を聞いたのですが」

 

「ああ……シューティングスターの件だな」

 

 つい、気分が滅入る。主人の機敏を敏感に感じ取ったのか、アルベドが慌てたように口を開いた。

 

「ワールドエネミー討伐のための編成を用意致しました。その御許可をいただきたいのです」

 

「――ああ」

 

 詳しい説明は全くしていないが、アルベドは二人に多少教えておいた情報から、早急にアインズと同じようにシューティングスターを始末するべきだという結論に至ったらしい。

 だが、アインズとアルベドには明確な意識差がある。

 アルベドはシューティングスターに勝てると思っていて、アインズはシューティングスターには勝てないと知っている事だ。

 

「……アルベド、その編成は無意味だ。編成を解除し、もとの仕事に戻しておけ」

 

「ですがアインズ様、そのワールドエネミーは早急に始末するべきです」

 

「分かっている……!」

 

 少し語気を荒げてしまい、アルベドが慌てて頭を下げた。

 

「も、申し訳ございませんアインズ様! 差し出がましい真似を……!」

 

「いや……こちらこそすまなかった、アルベド。お前は悪くない」

 

 額に地面を擦りつけるアルベドを見て、アインズは慌てて立ち上がり、アルベドの傍にしゃがむとアルベドの頭を上げさせる。

 アルベドの頭を上げさせた後、アインズは溜息をついて再びベッドの上に座った。アルベドはそんなアインズの姿を見て、おずおずと話しかける。

 

「あの……アインズ様。何かお悩みがあれば、他の何を放っても、アルベドは御身の苦悩を解決する覚悟がございます」

 

「……いや、そうだな……」

 

 少し考えて……アインズは思い出を語るように、ぽつぽつと語った。

 

 シューティングスターがどのような存在か。そして、今の奴がどのような状況なのか。かつてタブラ・スマラグディナ達と共に火竜退治に赴いた事。その結果。

 

 アルベドはアインズからシューティングスターをついぞ退治出来なかった事を聞くと、驚きで目を見開いていた。

 

「至高の御方々が協力しても、討伐出来なかったのですか?」

 

「――意外か? そうでもないぞ。その時のメンバーは全盛期のメンバーではなかったからな。当時は既に半数以上がギルドを抜けていたから、最高のメンバーで挑めなかった。それが出来れば、もう少し違った結果になったと思う」

 

 そう――たっち・みーがいれば、ぶくぶく茶釜がいれば、やまいこが、ウルベルト・アレイン・オードルが、ブルー・プラネットが――彼らがいれば、初見は無理だろうがいつかは討伐成功出来たかもしれない。

 

 しかし、そんな“もしも”は存在しない。彼らは既にギルドを引退していた。ユグドラシルにログイン出来なかった。だから――そんな可能性は存在しないのだ。

 

 だからこそ――シューティングスターはアインズにとって苦い思い出なのだ。時間の無情さをまざまざと見せつけられた、憂鬱なイベント。

 

 しかしそれも単なる思い出であれば許容できた。だが――シューティングスターは思い出となってくれなかった。あの魔竜は、再びアインズにその威容を見せつけてきた。

 

 もはや誰もいない――モモンガだけのアインズ・ウール・ゴウンへと。

 

「…………」

 

 それが、アインズには許せない。癇癪のままに叩き潰してやりたいと願う。しかし感情は鎮静化され、理性がアインズに「勝てるわけがない」と告げてくる。それがもどかしかった。

 アルベドはアインズの話を聞き終えると、意を決したように口を開いた。

 

「アインズ様……あの火竜には、ナザリックでは勝てないのですか?」

 

「――私は、そう踏んでいる」

 

 アルベドの不安に揺れる瞳を見ながら、アインズは呟いた。ワールドエネミーには勝てない。シューティングスターは討伐出来ない。

 アルベドの不安に揺れる瞳に、アインズは出来るなら「否」と言ってやりたかった。だが、それは出来ない。そう言ってしまえば、アルベド達はアインズの言葉を信じ、シューティングスターと戦うだろう。

 これは、アインズが叡智ある支配者を演じるのとはわけが違う。その勘違いは即座に死に至る。かつての仲間達が残した子供達を殺す選択肢なぞ、アインズには選べなかった。

 

「――アインズ様。ルベドを起動させても、無理なのですか?」

 

「……まず無理だろうな。ルベドはたっちさんより強いが、それは相性差が大きい。そもそも、ワールドエネミーはレイドボスのようなもので、いくらシューティングスターが六人縛りのレイドボスと言っても…………」

 

 アインズは、そこでふと気づく。アルベドをじっと見た。

 

「? ア、アインズ様?」

 

 じっとアインズに見つめられて、アルベドが困惑する。困惑するアルベドを他所に、アインズは今気がついたと言わんばかりにアルベドを見た。

 

 ――アルベドは、防御特化のプレイヤー(NPC)だ。

 

「――待てよ。そうか……!」

 

 ナザリックのNPC達は外に出られるのだ。もはやこれはゲームではない。シューティングスターの脳にあるのは運営が作ったAIではなく、あの火竜自身の思考回路だ。

 そして、シューティングスターが今いるのはあの火竜山などではなく、つい最近まで人の手が加わっていた鉱山である。

 

「あるぞ――勝てる手段が……!」

 

 当時はどうしてもシステム上出来なかった戦法だが、今なら可能なはずだ。

 

「アルベド!」

 

「は、はい!」

 

 アインズに話しかけられ、アルベドは姿勢を正す。

 

「すぐにナーベラルとパンドラズ・アクターにリ・ブルムラシュールへ行き、鉱山の洞窟の地図をもらってくるように伝えろ。それと、コキュートスにあの緑竜(グリーンドラゴン)をナザリックまで連れてくるよう言え。知りたいことがある」

 

「かしこまりました」

 

「それと――」

 

 アインズは迷う。はたして、本当にいいのだろうか。おそらく、アルベド達はアインズに命令されれば、それがどのような命令でも聞き入れるであろう。

 だからこそ、それはとても伝え辛かった。

 

 だが、それでも言わなくてはならない。

 

「――アルベド」

 

「――はい」

 

 アインズの静かな声に、アルベドもまた静かに答える。

 

「――――私のために、お前達は盾になってくれ」

 

「無論です。アインズ様」

 

 アルベドは、優しくアインズに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 ――その日、彼らは上機嫌だった。

 

 彼らは王国に拠点を置くワーカーチームの一つである。ワーカーは冒険者とは違い、冒険者組合などには所属していない。そのため依頼を受ける際には本来組合が安全の確認を取ってくれるが、ワーカー達の場合は自分達で判断して依頼を受けなくてはいけなかった。

 そして、今回彼らに依頼をしてきたのは王国の裏組織である八本指である。八本指はワーカーにとってはある意味でお得意様だ。犯罪を黙ってさえいれば、金払いのいい客だからである。

 金のために命を賭ける――ワーカーとはそのようなものだ。例えば、家族の借金を返すためだとか、孤児院の子供達の生活費のためだとか――そんな理由でワーカーになるのは極一部である。ワーカーのほとんどは、表舞台に出られないかあるいは――表舞台に出る気がない、そんな者達であった。

 

 今回八本指から依頼を受けたワーカーチームは、よく八本指から珍しい動物や魔物の密輸などを依頼されていた者達だ。

 彼らは思う。おそらく、八本指から依頼を受けたワーカーチームは自分達だけではないだろう、と。

 何故なら――彼らの依頼は、あのアダマンタイト級冒険者にして大英雄モモンとその相方ナーベの戦利品を、掠め盗る事なのだから。

 

 

 

 ――鉱山で漆黒の討伐した(ドラゴン)の遺骸を、盗み出して欲しい。

 

 

 

 これが、今回の依頼内容だ。最初に依頼内容を聞いた時は、馬鹿を言うなと思ったものである。

 

 あのモモンから、獲物を掠め盗る。

 

 これほど自殺志願としか思えない依頼は聞いた事がない。まず間違いなく、普通なら断るべき案件だろう。

 モモンの英雄譚は既にワーカー達は聞き及んでいる。あの悪魔事件の際、難度二〇〇という大悪魔ヤルダバオトを相手にして追い払ったという伝説は、既に王国では有名な話だ。幾らか誇張はしているだろうが、あのモモンが生きる伝説であるという事実は覆しようがない。

 そんな大英雄から、獲物を奪い取れ。冗談ではない。

 

 八本指は高額の報酬を出したが、最初は尻込みをした。しかし少し情報を集めれば――これが、実においしい依頼であると気がついたのである。

 最初に調べたのは、モモンがまず(ドラゴン)討伐などという依頼を受けているかどうか、だ。これは冒険者組合を探ったが、そんな依頼内容は無かった。

 しかし代わりに、モモンが組合から依頼を受けてリ・ブルムラシュールに向かっていた事。鉱山は現在噴火の危険性があるため立ち入り禁止になっていた事を突き止めた。

 そして、モモンの動向だが――相方のナーベや騎乗魔獣の森の賢王と共に、リ・ブルムラシュールで貴族の館に招待され、既にモモンは依頼を完了しているような様子が窺える事。そのモモンが、何か大きなモノを運ぶための台車を複数手配している事を突き止めたのだ。

 

 ……以上の事から、彼らはこれが好機であると踏んだ。今なら、楽に八本指の依頼を完遂出来る、と。

 そして彼らは、喜び勇んで鉱山へと侵入した。

 

 彼らは知らない。八本指が既にとある別の組織に既に完全に掌握されている事を。

 彼らは知らない。大英雄モモンの正体を。

 彼らは知らないのだ。依頼内容は偽物で、掴まされた情報も偽物であるという事を。

 

 ――雷鳴が轟いている。

 その日珍しく、冬の鉱山は大雨だった。

 

 

 

 

 

 

「――あの、次はこっちです偉大なる御方、ハイ」

 

「――よしよし、いい子だな」

 

 アインズは自分達の先を歩く、パッチという緑竜(グリーンドラゴン)へ満足そうに声をかけた。

 パッチはコキュートスが拾ってきた(ドラゴン)である。アインズが詳しい話を聞くためにコキュートスにナザリックへ連れてくるよう伝えていたのだ。

 アインズは守護者達が揃う玉座の間でパッチを出迎えたが、パッチは震えあがっていた。そんな怯えるパッチからアインズはどこから来たのか、どこに棲んでいたのか訊ね――洗いざらい吐いたパッチに、道案内を任せたのである。

 その際にまたデミウルゴスから「さすがアインズ様」事件を起こされたが――ここでは省略しておく。

 

(俺がコイツに道案内を頼んだのは、偶然なんだけどなー)

 

 デミウルゴスはアインズが全てを見透かして、パッチの正体も分かった上で今回の作戦を思いついたと思っているようだが、とんだ買い被りである。

 

(うーん。それにしても今回の作戦、デミウルゴスがまさかあんなに取り乱すとは……)

 

 作戦を伝え、アインズが直接出ると伝えた時のデミウルゴスの取り乱し様は凄かった。アインズは何度も、デミウルゴスにナザリックに残るように言われた。しかし――

 

(悪いな、デミウルゴス。それは出来ない)

 

 プレイヤーにしてギルド長のアインズが死ねば、ナザリックのNPC達も死んでも復活出来なくなるだろう。だが、それでもアインズ自身が出なくてはいけなかった。

 感傷ではない。シャルティアの時のような感傷などではなく――純粋に、アインズが出なくては勝率がゼロであるためだ。

 ナザリックNPC達ははっきり言って、赤子同然である。かつて魔樹のザイトルクワエと討伐した時の連携は酷いものであった。正直に言えば、あんまりな連携に頭を痛めたほどだ。

 そんなNPC達に作戦を任せれば――断言出来る。確実に、シューティングスターに殺されるだろう。

 そもそも、アインズがかつての仲間達とこの作戦で戦っても、勝てるかどうか分からないのに。

 

「――アインズ様」

 

「どうした、アルベド」

 

「その……本当にこのメンバーでよろしかったのですか? 正直に申し上げますと、アインズ様を回復する事が出来るシャルティアくらいは連れてくるべきだったのではないかと」

 

 完全武装したアルベドがアインズに訊ねる。今この場にいるのは案内役のパッチとアインズの他にアルベド、セバス、パンドラズ・アクター、マーレだけだ。他の守護者達はナザリックに留守番である。

 

「シャルティアは確かに強い。そして、私の体力を回復させられるヒーラーにもなれるだろう。だが、それならばパンドラズ・アクターがやまいこさんなどに変化すればいい。アンデッドというのは、私もそうだが炎に対してすこぶる弱いからな。はっきり言って、シャルティアは今回の作戦では役に立たない」

 

 さすがにアインズほど体力が低くないので、ブレス攻撃の一撃で蒸発はしないだろうが、それでもおそらく今連れている者達ほどはもたない。スポイトランスでちまちま回復しても、確実にそれ以上のダメージを負うだろう。

 

 ――なにより、シューティングスター戦は、レイドボス戦は連携が上手く取れなければ死ぬ。シャルティアやアウラ、コキュートスはかつてザイトルクワエ戦の時に単独で突っ走った過去があった。

 ……別に、それが自分達より弱い相手ならまだ許容出来る。だが今回それをされては困るのだ。

 アインズは分かっている。自分でも無茶な事を言っていると。ナザリックの者達はどれほどアインズが言おうと、ナザリック外部の者達を嘲笑し、下等生物だと見下す事をやめようとしない。

 ナザリックこそが至高で、他は下等。セバスやペストーニャのような善属性の者でさえその大前提で行動しているのだ。そんな者達に言葉で説得するのは不可能だ。きっと、一度痛い目に遭わなければ納得しない。

 ……アインズがこの場に連れてきたメンバーは、その中でもアインズの命令に従い、勝手な行動を起こさない者達だとアインズが思っている者達である。

 

 アルベド。

 セバス。

 パンドラズ・アクター。

 マーレ。

 

 ――おそらく、この四人ならば戦闘中勝手な行動を起こさない。NPC達の経験値不足は、アインズが補うしかないのだ。たとえどれほど些細であろうと、命令違反されては困る。

 

「しかしアインズ様、私達六名でよろしかったのですか? 他の守護者の者達やルベドを動かした方がよいのでは?」

 

「いや、駄目だ。ユグドラシルではシューティングスターは六人でなければ挑めないルールがあった。この異世界でもそれが有効である可能性はゼロではない」

 

 パンドラズ・アクターの言葉にアインズは告げる。そうして少しして――先頭を歩いていたパッチが振り返った。

 

「あの、偉大なる御方……着きました」

 

「……ア、アインズ様の言う通り、ほ、ほ、本当に無事に、着きました……ね……」

 

 マーレが目を丸くして呟く。アインズ達が目指していた場所――火口に一番近い鉱山の洞窟へ。

 

「――やはりな。囮を使えば何とかここまでは近づけると思ったぞ」

 

「あんな下等生物なんかより、明らかに私達の方が危険人物でしょうに。何故襲ってこなかったのでしょうか?」

 

 アルベドの疑問にアインズは答える。

 

「シューティングスターに秘宝の太守を命じ、奴隷にしていたのは人間の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だからな。奴は基本的には人間に向かっていく。それに、そこの緑竜(グリーンドラゴン)には〈跡なき足取り〉があるからな。雨も降っていて匂いも消える以上、気づけないさ」

 

 〈跡なき足取り〉は自然環境下では追跡を不可能にする特殊技術(スキル)だ。一定以上のレベルの緑竜(グリーンドラゴン)が持つ生態であり、パッチは条件を満たしていた。アインズ達はそのパッチの影響下を歩く事で、発見を困難にしたのである。

 ……たとえ気づいても問題は無い。シューティングスターは、まず間違いなく囮に使ったワーカーを追う。わざわざワーカーを八本指を使って雇ったのはこのためだ。安全に、アインズ達が山頂の洞窟付近まで近寄るための。

 

「それでは、第一条件はクリアという事ですか?」

 

「そうだ、セバス。コイツがアゼルリシア山脈出身で助かったよ」

 

 アインズはパッチを指差す。パッチは正確には今いる鉱山の隣の山に生息しているのだが、よくこの鉱山にも遊びに来ていたらしい。そもそも、(ドラゴン)の縄張りは広い。そして彼らは、多少縄張りが被っていても気にしないのだ。その縄張りが被っているところは交渉なり何なりをするためにある。

 

「さて――よくやってくれたぞ、パッチ。トブの大森林に行くがいい」

 

「は、はい! ではお元気でー!!」

 

 パッチはアインズに促されると、急いで山を離れるために走り去っていった。その姿を尻目にアインズはアルベド達を促す。

 

「行くぞ、お前達。――魔竜退治だ」

 

 

 

「――――」

 

 シューティングスターは、ぐるりと顔を上げた。

 

「――――」

 

 忌々しい人間達を全て喰い殺し、怒りの咆哮を上げていた時であった。呼び声が聞こえてきているのだ。それはあの忌々しい“支配の王錫”からの警報であった。誰かが、あの秘宝へと近づいてきている。

 

「――――」

 

 シューティングスターは怒りの咆哮を再び響かせた。引き摺られる。引き摺り戻されていく。気がつけば、自らが巣穴と定めた洞窟内におり、目の前には美しく輝く秘宝の姿があった。

 

 下等生物共が――。シューティングスターは怒りで全身を震わせる。

 

 この巣穴に引き摺り戻された時点で、シューティングスターには五人の侵入者がいる事に気がついていた。彼がもっとも忌々しいと思う人間の匂いではなかったが、しかし濃い魔力の匂いがする。五人の中には、魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいる。

 

 待った。待ち続けた。気配はどんどん近づいてきている。彼らは引き裂かれる事をお望みなのだろう。

 

 そして、姿を見せた彼らに、シューティングスターは怒りの咆哮を上げながら、洞窟内という逃げ場のない閉鎖空間で、炎の吐息(ファイヤーブレス)を吐き出した。

 

 

 

「……この辺りでいいか。お前達、バフをかけるぞ」

 

「? まだシューティングスターの姿は確認しておりませんが? それに、戻ってきている様子もありません」

 

「いや、アルベド。奴は既に戻ってきているだろう。おそらく、“支配の王錫”が呼び戻しているはずだ。そろそろ洞窟の終点――火口だよ。“支配の王錫”はそこにあり、シューティングスターはそこで待ち構えているだろう」

 

 アルベドの言葉にアインズは答えてやり、それぞれにバフをかけていく。パンドラズ・アクターも変化させて、二人で分け合って節約する。

 

 鉱山の洞窟の繋ぎ、シューティングスターの特徴。その全てから、おそらく本来の位置から“支配の王錫”の場所は変わっていないのではないかとアインズは予想した。シューティングスターの行動範囲が、それを証明している。

 

 そしてアインズは、アイテムボックスから目的の物を取り出した。

 

「これが合図だ。お前達――作戦は、取るべき行動は分かっているな?」

 

「勿論でございます」

 

 アルベドが代表して頭を下げながら、告げる。パンドラズ・アクターも既に予定の人物に姿を変えていた。そう、ペロロンチーノへと。

 セバスもまた既に竜人としての本来の姿に戻っており、マーレは杖をぎゅっと握った。

 

「いいか? 誰一人としてしくじるな。予定以外の行動を取る事も、私の命令に違反する事も許さん。たとえ、お前達がよかれと思おうと。私がダメージを負おうと、だ」

 

「――――」

 

「アルベド」

 

「――かしこまりました」

 

 アルベドの返答を待ち、アインズは他の者達も見回す。それぞれが、全員苦渋に満ちた表情で頷いた。

 

「よし。では――行くぞ!」

 

 アインズの言葉に、それぞれが持ち場へ着くために先へ向かう。洞窟の奥底へと。熱気に導かれるように。そして――

 

 その魔竜の姿を全員が視界に入れた瞬間――シューティングスターが、怒り狂った咆哮を上げながら炎を吐き出した。

 

「――――」

 

 アインズは、手に持っていたマジックアイテムを解放する。

 

「――やはり、な」

 

「――――」

 

 しかし、その炎の大海嘯はアインズにダメージを与えない。何故なら、これはゲームではなく現実だから。

 

「でかい障害物を置けば、必ず死角が出来る。基本だな」

 

 アインズの前に、十メートルはあろうかという巨大なゴーレムが現れた。それは跪くようにしゃがんでいるからであり、本来ならば三〇メートルはあろうかという巨体であった。――そう、ガルガンチュアである。

 

「いけ、お前達。各々の役目を果たせ」

 

「は!」

 

 そのガルガンチュアが塞いでいる洞窟の隙間からアルベド、セバスが飛び出す。その小うるさい蠅達にシューティングスターが咆哮を上げ、両前脚を振り上げて叩き潰そうとする。

 その隙間を縫うように、アインズと同じくガルガンチュアに隠れたままのマーレが杖を振り上げた。

 

「えい――!」

 

 杖を地面に突き立てる。すると局地的な地割れがおき、シューティングスターが唐突な地震に驚きたたらを踏んだ。アルベドとセバスは攻撃を受けず無事接近する。シューティングスターは反応出来ない。何故なら、地割れから逃れようと翼を拡げた瞬間、ガルガンチュアの隙間からパンドラズ・アクターが矢を放ち、片翼を撃ち抜いたからだ。たかがその程度でシューティングスターの飛行能力に支障はないが、それでも一瞬動きが止まる。

 アルベドとセバスは接近を果たすと、特殊技術(スキル)を使って攻撃を叩き込む。シューティングスターの意識が地面から逸れ、その地割れはシューティングスターの片後脚を引き摺り込み挟みこんだ。

 

 飛ばれたらまず勝てない。だからこそ、マーレは必要だった。だが当然、普通に地上でこういう事をしてもシューティングスターは平然と空に浮かび上がるだろう。

 だからこその洞窟内だ。この場なら上空から一方的に攻撃を叩き込まれる事はない。狭いからこそ障害物としてガルガンチュアが機能する。

 もっとも……ガルガンチュアは普通に連れてこようと思えば目立ち過ぎ、途中でシューティングスターに見つかる。そのためにわざわざ課金アイテムを使用したのだ。ガルガンチュアを小型化させ、閉じ込め、アインズがアイテムボックスに入れて持ち運んだ。

 

 これで、六人。アインズがシューティングスターを狩るために用意したパーティーである。

 

「パンドラズ・アクター。お前も行け。マーレ、私とともに攻撃魔法を叩き込むぞ。奴のブレス攻撃が来たらガルガンチュアを盾にしろ」

 

「――――」

 

「は、はい!」

 

 パンドラズ・アクターは即座にアインズの意を汲み、再び別のギルドメンバーに変身して前線に出る。マーレはアインズの言葉に頷き、アインズと共に攻撃魔法の準備に入る。

 

(――シューティングスター。本当のお前はさぞ強いのだろうな)

 

 ――――そうして、激闘が始まった。アルベドとセバスが攻撃を叩き込み、パンドラズ・アクターが二人のサポート。アインズとマーレが攻撃魔法を撃ち、ガルガンチュアが後衛の盾になる。

 

 ……本来、こんな拙い連携の戦法など通じないだろう。しかし通じる。通じてしまっている。

 それはやはり、どこまでいってもリアルとゲームの差なのだ。

 

 シューティングスターは強い。今のナザリックでは絶対に勝てない。このような狭苦しい洞窟内ではなく、地上で戦えばアインズ達に勝率は無いに等しくなるだろう。

 だが、ある特定条件下――このような狭苦しい場所で、飛行を封じてしまえばシューティングスターはユグドラシル時代より弱くなる。弱くなってしまう。

 

 何故なら、今のシューティングスターには痛みがある。自分で考える思考回路がある。

 かつてシューティングスターはその設定から、必ず魔力系優先の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、あるいは人間を最初に狙うという縛りがあった。

 それが、今のシューティングスターには無いのだ。シューティングスターは当たり前に、痛みを与え、鬱陶しいと思う者から始末しようとする。即ち、本来のヘイト管理が機能するようになってしまった。

 ブレス攻撃とてそうだろう。全体貫通という本来の能力が損なわれている。このような狭苦しい場所でガルガンチュアのような巨大な壁を用意されると、どうしても炎の届かない死角が出来る。後衛はそこに逃げ込めばいい。

 

 何より――シューティングスターはナザリックのNPC達と同じだ。実際の戦闘経験値がほとんどない。ユグドラシル時代のAIで行動していた時の経験値は、NPC達を見るかぎりは溜まらない。プレイヤースキルが無いのだ。

 

 これは、ここまで状況を整えられた以上致命的だ。

 

「戦いは、始まる前に終わっている、か」

 

 アインズは寂しげに呟いた。その独り言はシューティングスターの絶叫にかき消され、隣のマーレにさえ届かない。

 ユグドラシル時代はナザリックのNPC達は拠点から出られなかった。そのため、アルベドといった防御専門前衛などが存在せず、後衛は物理攻撃で簡単に死亡した。

 道中平然とガルガンチュアを連れていける今は、障壁としてブレス攻撃をガルガンチュアに防がせる事が出来、尻尾の薙ぎ払い攻撃もガルガンチュアが防いでくれる。

 シューティングスター最大の利点であった、早々に後衛が脱落するという状況が今は作られにくい。

 

 そう、戦いは始まる前に終わっているのだ。ここまでうまく状況が機能した以上、シューティングスターは詰将棋のように徐々に追い詰められていくしかない。

 

 シューティングスターが両翼を無理矢理に広げ、絶叫を上げている。

 

 ――オレは逃げたいのだ!

 

「……知っているとも」

 

 シューティングスターは“支配の王錫”に興味は無い。あんな杖、好きに持っていけとさえ思っているだろう。

 だが、シューティングスターにそれは許されない。何故ならば、それがシューティングスターに刻まれた設定だからだ。あの魔竜は決して、あの秘宝を捨てて大空に飛び立つ事は叶わない。

 ナザリックのNPC達が、アインズ・ウール・ゴウンという創造主達の設定に縛られているように。

 

 ――オレは、逃げたいのだ!

 

 “支配の王錫”が光り輝いている。シューティングスターは翼を拡げるが、一向に飛び立つ気配は無い。ついにシューティングスターはアインズ達の攻撃も無視して、自らの後脚に噛みついた。そう、地割れに巻き込まれている片脚へ。

 そのまま、シューティングスターは自らの片脚を噛み千切る。その光景に、マーレは「ひっ」と悲鳴を上げ、アルベド達も思わず動きを止めた。片脚を失ったシューティングスターはしかし気にせず、洞窟の外へ飛び立とうとする。奥にある火口から、どこまでも広がる大空へと。

 

 しかし――“支配の王錫”は、決してそれをシューティングスターに許さなかった。

 

 ――オレは逃げたいのだ!

 

 シューティングスターは焦がれるように絶叫する。彼は、どこまでも広がる大空へ訴え続けていた。まるで、流れ星に願い事を告げるように。

 

「さらばだ、魔竜シューティングスター。活火山の流れ星よ。お前が逃げる(逝く)べき場所は、あの世(ヘルヘイム)しかもはや無いのだ」

 

 ――超位魔法。

 

 アインズは片手に砂時計の形をした課金アイテムを持つ。アインズの周囲に巨大な魔法陣が出現し、シューティングスターが絶叫を上げてアインズを睨み付けた。シューティングスターもまた、周囲に巨大な魔法陣を生み出し超位魔法の詠唱に入る。

 許さない。絶対に許さない。このような呪いを与えた魔法詠唱者(マジック・キャスター)を、シューティングスターは絶対に許さない。

 その憤怒に燃えるシューティングスターの両眼は、アインズにそう訴えているようで――

 

 ……アルベド達がアインズの魔法に巻き込まれまいと、身を引いていく。アインズは空に焦がれる傷だらけの魔竜に――課金アイテムを砕いて、その魔法をシューティングスターより早く叩き込んだ。

 

 ――〈失墜する天空(フォールンダウン)〉。

 

 シューティングスターを超位魔法が燃やし尽くす。その閃光はシューティングスターどころか、アインズも、アルベドも、セバスも、パンドラズ・アクターも、マーレも、ガルガンチュアも包み込むがバフによって魔法防御を極限まで高めた彼らにはそこまでのダメージは無い。死にかけのシューティングスターのみが、その閃光で燃やし尽くされていく。

 

「――ああ」

 

 シューティングスターが肉体を燃やし尽くされながらも、ポツリと呟いた。

 

「――オレは、空を自由に飛びたいのだ」

 

 その言葉を最後に、シューティングスターが頽れる。閃光と熱が収まり、アインズ達に視界が戻った時――魔竜の灰となった身体は砂絵のように空気へと溶けていった。

 

 

 

 

 




 
 さよなら、僕らのシューティングスター。
 


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Epilogue

 
 「Ⅲ 魔竜シューティングスター」の読み忘れに注意。
 


 

 

 ――魔竜シューティングスターはついに倒れた。魔竜の身体は灰となり、砂絵のように空気に溶けて無くなっていく。

 その姿を確認して、アインズ達はその場に座り込んだ。

 

「――それで、お前達。ワールドエネミーと戦った気分はどうだったか?」

 

 誰もが、満身創痍であった。無傷な者は一人として存在しない。幾らガルガンチュアを盾にしていようと、狙撃型の魔法攻撃ならばアインズやマーレにも届くのだ。無傷な者など、どこにもいない。

 鎧を最後の一枚になるまで砕かれて、座り込んでいたアルベドはアインズの傍に近寄ると、囁いた。

 

「私共の不肖を恥じ入るばかりでございます。アインズ様が考えてくださった作戦が無ければ、更なる苦戦を強いられたかと思われます」

 

(更なる苦戦っていうか、絶対負けただろうけどなー)

 

 地上で戦う、という事はシューティングスターに上空から一方的に魔法攻撃やブレス攻撃を叩き込まれるという事だ。アインズはそのブレス攻撃一発で死亡するし、前衛も魔法攻撃ばかり受けるとヘロヘロのようにやはり死ぬだろう。

 しかし、兜の隙間から見えるアルベドの瞳が、セバス達の瞳が彼らの気持ちをアインズに伝えていた。

 

 

 

 ――やはり、ナザリックこそが至高。アインズ・ウール・ゴウンこそが最強である、と。

 

 

 

「…………」

 

 アインズはそんなアルベド達に溜息をつく。まさかシューティングスターと戦っても自分達が最強無敵である、という認識を改めないとは思わなかった。

 

(意識改革、やっぱりいるよなー)

 

 おそらく、勝ったからよくなかったのだろう。シューティングスターの糞にでもなって復活させたら、考えを改めたかもしれない――とアインズは思ったが、さすがに可愛い子供達をシューティングスターの糞にはしたくなかった。

 

(まあ、それは追々考えていくとして――)

 

 アインズはアイテムボックスからアイテムを出し、ナザリックを視界に入れると残った魔力で〈異界門(ゲート)〉を開く。そこにガルガンチュアを突っ込ませ、先に帰還するように促した。

 

「さて、帰る前に――記念の“支配の王錫”でもいただいていくとするか」

 

 アインズはそう言うと、立ち上がろうとして――自分達の上、天井を何かが過ぎっていくのを見た。

 

「――――」

 

 それは、緑色の影であった。先程まで一緒にいた、道案内を任せていた者だった。緑竜(グリーンドラゴン)のパッチである。

 

「お前! 何のつもり!」

 

 アルベドが慌てて声をかける。しかしパッチはフラフラのアルベドなど気にせずに天井を翼を拡げて飛びながら、先へ進んでいた。

 

「――まさか」

 

 アインズは思いつく。アレはある意味で、典型的な(ドラゴン)だ。一般的な(ドラゴン)と違うところは、アレが陰謀や嘘が大好きだというところだろう。

 

 つまり――――

 

「シューティングスターを我々に始末させて、秘宝を盗み出すつもりか……!」

 

 パッチはよほど宝物に目が無いのだろう。洞窟の天井スレスレをパッチは飛び、秘宝を目指す。

 

「おのれ……! させるものですか……!」

 

「まったく……! 身の程を知るべきです!」

 

 アルベド、セバスが立ち上がり、ふらつきながらもパッチを追いかける。パンドラズ・アクターやマーレはアインズの護衛に残った。

 

「アインズ様、我々も――」

 

「ああ、行くぞ」

 

 三人で、パッチ達の後を追う。ほどなくして、全員はパッチに追いついた。

 しかし、パッチは既に口にそれを咥え込んでいる。

 

 巨大な水晶を掲げた、美しい短杖。パッチはそれを咥え込み、火口へと向かって突き進む。火口の火を避けながら、そこから空へ出るつもりなのだろう。今のアインズ達では、パッチを捕まえる事は出来ない。シューティングスターが先程までいたため、ナザリックはこの現状を知らない。

 パッチの企みは成功するかのように見えた。

 

「――――え?」

 

 しかし、パッチは急にバランスを崩す。パッチ自身、酷く驚いた顔をしていた。何故自分がバランスを崩したのか分からない表情だった。

 

 空中で体勢を整えようと旋回する。出来ない。何故か分からないが、パッチは体勢を整えようとする度にバランスを崩し、火口へと落ちていく。それがアインズ達には分かった。

 

 意味が分からない。意味が分からない。意味が分からない。

 パッチは最後まで、自分が火口へ落ちていく理由にさっぱり気がつかないまま、アインズ達から見ればまるで自分からわざと落ちていっているのかと思われるほどに、不可解な状態で“支配の王錫”と共に火口へと落ちていった。

 

「――あれは、一体なんだったのでしょうか?」

 

 あまりに不可解な死に様に、アルベドが首を傾げてアインズを見る。セバスも、パンドラズ・アクターも、マーレもアインズを見た。

 そんな事、アインズが訊きたい。どうしてパッチは火口へと転落していったのか。その理由は――

 

「――――あ」

 

 そこで、アインズには閃く事があった。『ロードス島戦記』における、“支配の王錫”の末路だ。

 ……“支配の王錫”は最後、火口へと落ちて姿を消したという。最後まで、その秘めたる能力を見せる事なく。

 

 だとすれば、これは――

 

「ク……ククク……」

 

「アインズ様?」

 

「フハハハハハ――」

 

 アインズは思わず笑う。すぐに鎮静化されたが、それでも大笑いしたくなったのだ。

 ずっと気になっていた。ユグドラシル時代、最後までシューティングスターを倒せなかったアインズ・ウール・ゴウン。そしてイベント終了最後まで、決して誰も名乗り出なかったイベントクリアプレイヤー達。

 今まで、ずっとイベントをクリアしたプレイヤーはいないのだと思っていたが――

 

「フ、フフ……あの糞運営。最後まで人を腹立たせおって……」

 

 アインズは笑う。笑うしかない。

 ――最後まで、誰も名乗り出ないのは当然だろう。こんな目に遭うんだったら、絶対誰にも教えずに同じ目に遭わせてやりたくなる。

 

 つまり――“支配の王錫”は所有したら火口へと身を躍らせてしまうように出来ているのだ。それが、あの世界級(ワールド)アイテムの能力――。

 

「帰るぞ、お前達」

 

 アインズは踵を返す。火口に背を向け、ナザリックへと帰還する。

 

「あ、はい!」

 

 アルベド達はアインズの後を追い、共にナザリックへ帰還した。

 アインズは、最後に振り返る。

 

「さらばだ、シューティングスター。我がアインズ・ウール・ゴウンの思い出よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大空の風を翼一杯に受けながら、彼は白い草原の上を滑るように飛んでいく。

 気分がいい。とても気分がいい。大空をこのように自由気ままに飛ぶ事が、こんなに気持ちのいい事だったなんて、彼はしばらく思い出せなかった。

 

 ――オレは自由だ!

 

 彼はそう、嬉しそうに叫びながら大空を舞う。血の様に真っ赤な空。逢魔が時。果ての無い黄昏の空を。

 

 ――オレは、自由だ!

 

 彼は飛ぶ。どこまでも。流星のように。彼は気ままに飛んでいく。

 地表では白い骸が折り重なって、まるで草原のようであった。

 

 ――オレは、自由なんだ!

 

 赤い流れ星はどこまでも飛んでいく。白い骸で出来た草原の上を。血のように真っ赤な、果ての無い空を。死者の国(ヘルヘイム)の世界を。

 どこまでも。どこまでも――――。

 

 

 

 

 




 
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