極星寮のお兄さん? (ジョニーK)
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〜序章と日常編〜
第一話〜出会いの季節〜


5/3 あらすじと第一話にて紹介されている、オリ主の部屋番号を116号室から103号室に変更しました。

116号室には悠姫が住んでいました。
大変失礼しました。


広大な敷地面積を有する遠月の一角にある『極星寮』。周囲は森に囲まれかなり古めかしい建物。そこの103号室に住まう一人の男子高校生、彼の名前は『諸星 圭(もろぼし けい)』。遠月学園高等部三年生で、髪型はショートで天然パーマの髪色は銀髪。身長170cm、体重70kg、筋肉質ともぽっちゃりともとれない微妙な体型である。目は一重の細目。簡単に言うと平々凡々。穏やかな雰囲気と明るさを持つ。そんな彼の特徴は笑顔。人を惹き付けたり穏やかな気持ちになれるような何かがあると言われている。また、調理の際の真剣な顔とのギャップも凄いと言われている。

そんな彼は窓枠に手を置き外の景色を眺めながら春の陽気を感じ、微笑みつつ心を踊らせているのであった。

 

 

「さて、新1年生はそろそろ式が始まる頃か。寮の皆が帰って来るまでにお祝いの準備をしなくちゃな!よし、あいつにも声かけるか」

 

 

そう言って窓から離れ、寮内を繋ぐパイプ管?に向かって件の人物に声をかける。

 

 

「慧!入学祝?進学祝?まあどっちでもいいや。その準備するから手伝ってくれ!」

 

「………」

 

「あれ?慧!さーとーしー!一色慧くーん!君は包囲されている!大人しく出て、あ、いや、出てこいは違うか…応答せよ!一色慧隊員!」

 

「………」

 

「返事がない。ただの屍のようだ」

 

「何をさっきから一人でぶつくさとくだらない事を言ってるんだい!?うるさいったらありゃしないよ!」

 

 

返事をしたのは、極星寮の寮母である『大御堂ふみ緒』。『極星のマリア』と呼ばれている人物。

 

 

「あ、すみません。ふみ緒さん、慧、知りません?」

 

「一色なら式の方に出てるはずだよ。あんたと違って忙しいんだよ」

 

「ああ、そっか。さすが第七席だ」

 

「というかあんたは行かなくていいのかい?」

 

「いや、あの子達が帰ってきた時に美味しい物でも食べさせてあげたくて?」

 

「なんで疑問文なんだい…はあ…おおかた面倒とかそんなところだろ」

 

 

溜め息をつき、呆れながらもおおよその予想をたて語りかけるふみ緒。

 

 

「いやいや、それは2割で、8割はさっき言ったことだから!」

 

「はあ…とにかく!あんたも顔出すくらいしてきな!あの子たちの晴れ舞台なんだよ?写真でも撮ってきな!料理は私が作っておくから!」

 

「は!?そうだ!皆の素晴らしい晴れ姿を記録に残さなければ!!ふみ緒さん!超特急で行って参ります!」

 

圭は急いで着替えをすませ、式が行われている場所へ向かう。もちろんカメラを持つのも忘れずに。

桜が舞う道を自前の自転車を必死の形相で漕ぎながら、式典会場を目指す。

全ては可愛い後輩たちのために。

 

 

ここまで見ていればある程度はわかると思うが、この男は後輩達が大好きであり、家族のように、弟や妹達と接するように関わっている。それは極星寮のメンバーのみに関わらず、関わる後輩全てである。

もちろん彼も人間、聖人であるわけもなく苦手な人種も存在する。

しかし、その人の良い部分も悪い部分も含め好こうとする。あまりにも酷いもの、迷惑行為や暴力等に関しては、注意というよりは説教を始めてしまう。説教の際は、真剣な表情だか、終わりの際に見せる笑顔が怖いらしい。

そもそも暴力に関しては教員達が許すはずもない。というより遠月学園ではそのような行為は滅多に起きない。

何故ならば、揉め事等にはこの学園特有の『食戟』というものを用いて解決する。食戟については後程説明しよう。

 

 

 

 

 

学園の駐輪場に自転車を置き、式典会場に到着した圭は、寮生や関わったことのある者達を探す。式典は始まっているようで、どうやら学年賞の授与が始まるようだ。

登壇したのは『神の舌(ゴッドタン)』とまで呼ばれる優れた味覚を持ち、遠月学園総帥の孫娘『薙切えりな』だった。

彼女と圭は、圭が高校一年の時からの知り合いである。圭が彼女に試食を頼みアドバイスを貰ったり、逆に圭がアドバイスをする等、それなりに関わりのある生徒である。そんな彼女をまるで自分の妹であるかのように写真を撮りまくる。

 

 

「(うん。えりなちゃんの晴れ姿バッチリだ。後で総帥にも渡そう)」

 

 

そんなことを考えていると、次は遠月学園総帥である『薙切仙左衛門』の挨拶が始まったようだ。総帥のありがたい言葉を聞きながらまず目に入ったのは、極星寮206号室の『一色慧』だ。普段の優しい笑顔とは違い真剣な表情で立ち、圭に気付くと笑顔で応えた。

 

 

『(さとしー!素敵な笑顔をありがとう!)』

 

 

その二つの顔を興奮して撮りまくり笑顔を浮かべながら次を探す。

そうしていると何人かがカメラの音に気付き振り向く。その際に見つけた知り合いを何枚か撮り笑顔で小さく手を振り、後で時間がある時に渡そうと決め、まだ見つけていない寮の男子4名と女子3名を探す。

 

 

「(あっ、発見!峻!善二!大吾!昭二!くぅ〜!四人ともいいね!いいよぉ〜!)」

 

 

発見した4名をこれでもかというくらいに撮りまくる。漸く満足したのか女子3名を探していると直ぐに見つけた。

 

 

「(悠姫!涼子!恵!はぁ〜可愛い!いいよ!最高だ〜〜!)」

 

 

前後計7名の寮生を撮りまくりながら軽くトリップする圭。

そして、一仕事終えたかのように軽く汗を拭うような仕草をしていると、編入生の挨拶が司会の子に注意されながら始まるようだ。

 

 

「じゃあ手短に。二言三言だけ。えっとー幸平創真って言います。この学園のことは正直、踏み台としか思ってないです。思いがけず編入することになったんすけど、客の前に立ったこともない連中に負ける気つもりはないっす。まあ何が言いたいかと言うと、要するに入ったからにはてっぺん取るんで。三年間おねやしゃーす。」

 

「(へぇ〜…また面白い子が入ってきたみたいだね。幸平創真君…か…いいね!記念に一枚!)」

 

 

そう思いながら写真に創真を収めると同時に一年生達からは怒号やら様々な物が壇上に投げられる。そんな光景も写真に撮り会場を後にしようとした。

だが…

 

 

「諸星よ、こんな所で何をしておる?貴様には本日、第二席の『小林竜胆』と仕事があったと思うが?」

 

 

グギギ…と首を動かし声をかけて来た人物に顔を向ける。そこには…

 

 

「そ、総帥。ご、ごきげんよう。いやー、ちょ、ちょっと可愛い後輩たちの姿を一目見ようとおも…「そのカメラはなんだ?」……すみませんでしたー!」

 

 

目の前に現れた総帥に言い訳を言おうとするも、圧倒的な威圧感の前に耐えきれず綺麗な土下座をする圭。

 

 

「直ちに向かわせていただきます!閣下!」

 

「ワシは総帥だ。えりなも撮ったのなら仕事が終わり次第持ってくるように…いいな?」

 

「ハッ!かしこまりました!」

 

 

総帥のツッコミ?をもらい用件を聞き終わると、敬礼をし、その場を後にする。

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜…冷や汗かいちまったよ」

 

 

竜胆がいると思われる校舎の方向へ向かいながら、盛大な溜め息を漏らす。

 

 

「(竜胆との仕事のこと、すっかり忘れてたわ。竜胆にも謝らないとな…)」

 

そんなことを考えながら待ち合わせの場所へ向かう。

 

 

 

 

 

 

4月、それは別れの後に訪れる出会いの季節。

諸星圭、幸平創真、極星寮生、遠月学園に集いし若者達の新たな一年が始まる。




書いてたら入学式がやっと終わりました。
原作に追い付くのはこの調子だと年単位かも?


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第二話〜遠月十傑特別席〜

今回からオリジナル設定を入れてあります。
まあタイトルで察した人がほとんどかと思いますが。
また、書き方を変えてみました。

それではどうぞ!


『遠月十傑評議会』、通称『十傑』。

遠月学園の学内評価上位十名達によって構成される委員会で、学園の最高意思決定機関。総帥の直下にある組織で、彼らの決定には講師陣も逆らえない。

しかし、今年は違う。十名からなる十傑だが、今年は正しくは十一名で構成されている。

第一席〜第十席、そして、特別席。そこに座するのが、諸星圭である。

特別席と言っても基本的にやることは雑務がほとんどである。

薙切えりなや他の十傑のような企業や料亭等の商品の試食等の仕事はほぼない。

目上の者に対して尊敬の念を忘れないその心意気のせいか、ほとんどの同期生や後輩たちにはアドバイス等できるが、年上の者に対しては中々意見が言えない。余程の間違いがあるか、意見を求められない限りは言わない。

それにより、雑務や相談役等といったサポートがメインとなっている。

 

 

 

 

 

 

諸星side

 

式典会場から出た俺は今、遠月十傑第二席の小林竜胆と会うために指定されていた場所へ向かっている。

といっても普段勉強している校舎近くにある中庭なんだが。

 

 

「あ、写真の現像頼んどかなきゃな。ま、校舎内に写真部あるしついでに寄らせてもらうか」

 

 

ぶつぶつと独り言を呟いていると目的地の中庭に着いた。

竜胆を探していると、四方に置かれているベンチに座っているのを発見する。

 

 

「おーい!すまん!竜胆、私用で遅れちまった」

 

片手を上げ声をかけながら近づき、苦笑しながら謝ると竜胆も気付いたようで立ち上がる。

 

 

「圭!お前遅刻するとは良い度胸してるな」

 

 

うん、やっぱり怒ってらっしゃる。しかもかなり。これが噂に聞く激おこってやつかな?

まぁ30分近く遅刻すれば当たり前だよな。

 

 

「いや、マジですまん」

 

今度は相手の前に行き、しっかりと頭を下げる。

 

 

「やだ、許さない。今日の書類処理をお前が全部やって夕飯奢らない限り許さない」

 

 

顔を背け拗ねてしまう竜胆。う〜ん…どうしたものか。書類はやっても良いし夕飯を奢るのも構わないのだが、書類を全部やっても竜胆のためにならないしなあ…うん。ここは提案あるのみ。

 

 

「わかったよ。但し!書類を全部ってのは駄目だ。ちゃんと二人でやろう。竜胆のためにならないしね。」

 

「遅刻したのは圭だろ!何回も連絡したのに繋がらないし」

 

 

そんな心配したみたいな顔をするとは…

 

 

「うぐっ…で、でもな?…いや、全部俺が悪いか。本当にごめん。ただ俺の判断で困る書類は手伝ってくれると助かる」

 

 

もう一度頭を下げ、お願いをする。だってあんな顔をされたらさすがにな。

 

 

 

 

 

 

竜胆side

 

私は今、学校の中庭で待ち合わせをしている。しかし、相手は待てども待てども現れない。

普段は私の方が後のはずなのに、むしろ先に来ることなんて一割未満かもしれない。

さすがに心配になり携帯の方に連絡をしてみるが、何度コールしても相手が出ることはない。

イライラと心配で負のオーラを周囲に撒き散らしているせいか誰も近づこうとしない。

そんななか漸く待ち合わせ相手である諸星圭が現れた。圭は、苦笑しながら謝ってくるが今の私には無駄だ。それほどに待たされたことによるイライラと心配が集っている。

だからイライラを先にぶつけることにした。

すると圭は、しっかりと頭を下げ謝ってきた。でも、まだ怒りが収まらない私はそっぽを向きながら許す条件を提案する。しかし、圭は書類全部は駄目だと言う。

 

私は、料理は作るのも食べるのも好きだが、書類処理やそういった事務作業系は嫌いだ。どちらかというと身体を動かしていたい方なのだ。

 

 

それは圭も知っている。高一〜高三まで一緒に料理を高めあった仲なのだ。授業以外でも遊んだりしたこともある。

だから圭が私のためを想って言っているのもわかる。だから心配したこともつい顔に出てしまったのだろう。

その顔を見た為か、一度何かを言おうとしたが、もう一度頭を下げ謝りお願いをしてくる。

さすがに溜飲も下がり許すことにした。

 

 

「…わかったよ。じゃあさっさと終わらせて飯でも食いに行こうぜ!」

 

 

そう言って圭の首に腕を回し密着しながら、歩き始める。

 

 

「ありがとう…って!?こら!くっつくな!離れろー!」

 

 

こうするとこいつが顔を真っ赤にして照れるのは知っている。

前に現十傑メンバーの一部と圭で遊びに行った時に写真を撮ったことがある。その時にふざけて抱きついたらこのような反応をした。

だから、からかったり何かあった時はこうしたりしている。

 

 

「ふふ、ほらさっさと行くぞ!きびきび歩け!」

 

「わかった!わかったから!自分で歩けるから!!」

 

 

私は首から腕を外し、今度は手を引きながら歩き始める。

 

 

 

 

 

諸星side

 

「はぁ〜…なんか仕事前から疲れた…」

 

「自業自得なんだよ。遅刻したお前が悪い!」

 

「うん。そうだけど…そうなんだけど……」

 

「いつまでそうしてんだよ。早く仕事しないと怒られるぞ」

 

 

中庭から移動した俺たちは今、校舎内を歩いている。つい、溜息を吐き出し愚痴ってしまう。

だって、竜胆のやつは性格は男勝りな部分もあるけど女性らしさも兼ね備えていて、その、なんだ…柔らかいし女性特有のなんか良いにおいするし…って何を考えている!?いやしかし、これは思春期男子ならば考えても仕方のないことだと思うわけで…

 

 

「ふんっ!」ゴン!

 

 

壁に頭突きをし鈍い音が鳴る。突然の奇行に目を見開き驚いている竜胆。

 

「なっ!?圭!?いきなり何をしてんだよ!?」

 

「ふぅ〜、すまんな竜胆。もう大丈夫だ。」

 

 

小さなたん瘤を作りながら謝り、正常に戻ったことを知らせる。

あ、そういえば写真部に行かなきゃ。

 

 

「竜胆、ちょっと写真部に寄ってもいいかな?」

 

「ん?あぁ、別に構わないけど…なるほどね。遅刻の理由はそれか」

 

「そういうこと」

 

 

カメラを見せ写真部という単語から答えに辿り着いたようだ。理解が速くて助かります。

 

 

「んじゃさっさと渡して仕事終わらせるぞ。司がまた涙目になっちまうからな」

 

「いや、涙目にさせてるのはお前だけだから…」

 

 

小さく溜息を吐きながら、司こと“十傑第一席”にして同期生の『司瑛士』のことを哀れむ。

写真部にカメラを渡し必要な書類処理をして、今は別の部屋に向かっている。

 

 

 

「俺、あそこ苦手なんだよな…なんか暗いしエヴ〇に出てくる机みたいなのあるし、ヤクザみたいな後輩いるし。まぁなんか虚勢張ってるみたいで可愛いんだけどさ…エ○ァも嫌いじゃないし」

 

「そうかぁ?私は、気にしたことないけどなぁ。」

そんなくだらない雑談をしながら歩いているといつの間にか目的の部屋に辿り着いていた。

 

 

 

 

 

 

そう、十傑が集うあの部屋に。

 




う〜ん…オリジナル設定大丈夫だろうか…
書いてて収拾がつかなくなりそうで怖いです(笑)
やっぱりプロットって大事ですね。

書き方を変えてみましたが、いかがでしたでしょうか?
感想等いただけると有りがたいです。
よろしくお願いします!


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第三話〜十傑第一席〜

今回は司君と竜胆さんとの絡みです。

5/3 司が住んでいるのは寮ではなくマンションに変更しました。

5/9 司の一人称を『僕』から『俺』に直しました。今週号を読んだら『俺』と書いてありました。申し訳ございません。


『遠月十傑特別席』、通称『十特』。今までの十傑とは選ばれし十名からなるものだが、今年は正しくは十一名で構成されている。

その新たなる一名が、諸星圭である。

そんな圭に与えられた権利と役割とは、

 

一、『遠月十傑特別席』(以下『十特』と表す)は、『遠月十傑評議会』(以下『十傑』と表す)の相談役を主にしサポートをメインとしたものである。

 

二、十特は、十傑とは異なり十傑が有する権利を持たない。基本的に一般生徒と変わらない。

 

三、十特は、十傑が開く会議にて意見が割れた場合、または議決に一ヶ月以上かかる場合は、総帥と相談し最終意志決定ができる、最終意志決定権を持つ。

 

四、十特は、十傑が開く会議には必ず参加をしなければならない。

 

五、十特は、十傑の半数以上が認めた者のみがなることができる。

 

 

 

 

 

 

諸星side

 

俺は今、竜胆と共に十傑会議の開かれる部屋の中にいる。

そこで第一席の『司瑛士』に先程処理した書類を渡す。

竜胆は「お疲れ〜」と言うと自分の席に座り、机にだらしなく突っ伏す。

 

 

「瑛士、遅くなってすまんな。ちょっと私用でな。これ竜胆の書類な」

 

「あぁ、構わないよ。ご苦労様。何となく予想はしていたからね。それにちょうど新作を考えていて時間には困らなかったから」

 

「へぇ〜、瑛士の新作か。今度、試食させてよ」

 

 

詳しく言わずとも理解してくれる友人に嬉しく思いながら二人で談笑していると、自分の席で突っ伏したままの状態で竜胆が割り込んでくる。

 

 

「お〜い〜、仕事が終わったんなら早く夕飯行くぞ〜」

 

「悪い悪い。あ、瑛士も一緒にどうだ?」

 

「う〜ん…折角のお誘いだけど今回は遠慮しておくよ。やらなきゃいけない書類とかもまだあるからね」

 

「え?それなら俺も手伝う…「はぁ!?圭!私はもう待てない!」………」

 

 

俺が瑛士の手伝いを申し出ようとした瞬間、それを察した竜胆が子供のように拗ね始める。

 

 

「あのう、竜胆さ…「やだ」…りん…「やだ」…り…「やだ」…」

 

 

さて、どうしたものかと考えつつ瑛士の方へ顔を向けると、ちょうど向こうと目が合い二人して苦笑してしまう。

 

 

「圭、俺は構わないから。手伝いはまた次の機会に頼むよ」

 

「ん、了解。それじゃまた明日な、えい…「終わったな!行くぞ!またな瑛士!」…わかった!わかったから!だから離れなさーい!」

 

「ははは…また明日」

 

 

俺の腕に自身の腕を絡め密着しながら引っ張って行く竜胆と、それを引き剥がそうと抵抗する俺を苦笑しながら軽く片手を上げ小さく手を振りながら見送る瑛士であった。

 

 

 

 

 

司side

 

俺は二人を見送って事務作業をし終え、部屋を後にする。自身の住まうマンションの部屋に着き、荷物を備え付けの学習机の上に置き近くの椅子に座る。

 

 

「ふぅ…」

 

 

軽く息をつき、目を閉じる。瞼の裏に映るのは今日の二人と俺を含めた三人でのやり取り。と言っても竜胆とは軽く挨拶した後は絡まなかったのだけれど。

しかし、三人で集まると大体はこんな感じだったように思う。俺と圭が話していると竜胆が話を割ってきて、圭か俺のどちらかに絡み、それを片方は竜胆を相手にし、もう片方は苦笑を浮かべながら見ている。そんな時間を二人と知り合った高等部一年の時から楽しく過ごしてきた。もちろん、お互いがライバルであり、何度か非公式であるが対決をしたこともある。圭と対決したのはたったの二回。お互いがお互いの新作を試食することはあるけれど、あの対決以来、圭とは戦っていない。

 

 

「圭…君はいつになったらあの時から踏み出すんだ…」

 

 

そう呟き目を開け、窓から見える月を見る。

窓を開け、少しだけ昔を思いだし熱くなった身体に心地よい風が吹き、熱を冷ましてくれる。

身体を冷やしすぎないように窓を締め、夕飯を用意しなければと思い、調理室に向かいながら、ふとあることを思う。

 

 

「そういえばあの時からか。竜胆が圭を必要以上に引っ張り回すようになったのは」

 

 

何故だろうか?心配なのはわかる。それは俺も一緒だから。それでもあそこまでする必要はあるのだろうか?

圭は強い男だ。それは料理も精神的にもと俺は思っている。だから、きっとあの時からまた一段、いや二段三段と飛び越えて強くなって帰ってくると信じている。それは彼女も知っているはずだ…では何故?思考のループに嵌まりそうになり、それを断ち切り調理室に着いたことに気づき、夕飯の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

諸星side

 

瑛士と別れ、漸く竜胆の密着から解放された僕と竜胆は、次なる目的である夕飯のために夕焼け空の下を並んで歩いている。何故か手を繋がれながら。

 

 

「あのう、竜胆さん…「やだ」…いや、まだ何も言ってないんだけど」

 

 

用件を伝える前に断られてしまった。

 

 

「どうせ手を放せだろ?嫌だね。放したら寮に帰って後輩たちのお祝いに行っちまうだろ」

 

「いや、大丈夫だよ。約束通り竜胆と夕飯食べて帰るよ」

 

 

横に並ぶ竜胆にそう言いながら微笑みかける。

これは本音である。可愛い後輩たちを祝いたい気持ちがあるのは確かだ。

しかし、遅刻をし、さらには約束まで破るなんていう鬼畜にまでは落ちぶれちゃいない。

 

 

「…本当だな?」

 

「もちろん」

 

 

俺の言葉を聞き、心配そうな顔を見せながらも漸く手を解放してくれた。

なんか今日はこいつの心配そうにする顔をよく見るな。それに会議室でのやり取りも、なんかデジャヴを感じる。ああ、中庭でのやり取りか。

いかん。思い出したらまた顔が熱くなってきた。

それを誤魔化すように向けていた顔を前に向けながら竜胆を茶化すように話しかける。

 

 

「あ、もしかしてお前…嫉妬してる?」

 

 

竜胆は少し後ろで立ち止まり肩を震わせると俺の前に立ち笑顔を向けながら話しかけてくる。

 

 

「そんなわけないだろ。私が嫉妬?そんなわけないだろ…ふんっ!」

 

「グフォ…」

 

 

大事なことなので二回言ったのかな?

そんなアホなことを考える俺をよそに、顔を一度下げ、一瞬の間が空き不信に思った俺が一歩近寄ろうとした時、鳩尾に竜胆の拳がドンっと鈍い音をたて刺さる。

腹を抱え苦しむ俺の横に並び肩に手を置く竜胆。

 

 

「そんなわけないよな?圭?」

 

「うんうんうん!」

 

 

禍々しいオーラを出しながら笑顔で問いかける竜胆に対して、俺はあまりの恐怖と痛みから首を激しく縦に振るしかなった。

「よし!じゃあ改めて食べに行こう!」

 

「お、おぉ〜…」

 

 

そう応えると、いつもの笑顔に戻り元気良く右拳を上げ意気揚々と歩いていく竜胆の後ろを、腹を抱えて歩く。

 

 

 

 

痛みも大分引き、楽しそうに鼻唄を歌いながら前を歩く彼女を追いかけながら歩いていると、彼女が振り返る。

 

 

「おーい!早く来ないと店が閉まっちまうよ!」

 

「別に大丈夫だろ。んで、何処に行くんだ?」

 

「ん?回らないお寿司屋さん♪」

 

 

横に並び質問をすると、今日一番の笑顔で応えてきた。

 

 

「Pardon?」

 

言っている意味に頭が追い付かずつい英語で問いかけてしまった。

 

 

「だからぁ回らないお寿司屋さん♪」

 

 

うん。OK。理解した。ってか語尾に音符マークが見えたのは気のせいかな?気のせいだな。

 

 

「あのう、竜胆さん…「約束」…うぐっ」

 

「圭は、遅刻した上に約束を破るような鬼畜じゃないよな?」

 

 

ニヤニヤと人をからかう笑顔を浮かべながら、先ほど心で思っていたことをそのまま口にされる。エスパー?エスパーなの?エスパー竜胆なの?

 

 

「わかったよ。ただし!五皿までだからな!そうしないと俺、困っちゃうから!!」

 

「はいはい。わかってるよ〜♪」

 

 

そんなバカなやり取りをしながら、二人で歩いていく。

 

 

 

 

 

月始めにして残り残高3000円。な、何とかなるよな?

 




なんか、タイトル詐欺な気がします。

一応、次回は竜胆さんの心理描写をしてから、極星寮生たちとの絡みを書きたいと思ってます。


お気に入り登録してくれた方々ありがとうございます!


それでは!


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第四話〜極星寮〜

竜胆side書こうと思ったんですけど、次に回すことにしました。

竜胆、すまん!


『極星寮』、遠月学園の学生寮。大御堂ふみ緒が管理している。

かつては多くの十傑を輩出し、十傑全員が寮生だった黄金時代が存在した。現在では入寮者が少なくなり、『変わり者の巣窟』と呼ばれているが、十傑メンバーである、諸星圭や一色慧も所属していることから寮生の実力は確かである。

 

 

 

 

 

 

諸星side

 

竜胆と食事をしてからあいつの住んでいるマンションまで送り終え、今は自転車と写真部に依頼していた写真を回収して、可愛い後輩たちの待つ極星寮に向かって自転車を漕いでいる。

あ、あとついでにふみ緒さんね。

 

 

「(誰がついでだい!)」

 

 

………気のせいだな。心の声に反応するなんてないし、仮に声に出ていたとしても聞こえる距離ではないしな。うん。そういうことにしておこう。

エスパーふみ緒とか需要はないだろうし。ないよね?

 

 

 

 

 

 

極星寮に着いて自転車を置き携帯で時間を確認すると、既に時刻は21時になろうとしていた。ふむ。充実した時間を過ごしていると時間が経つのは早いな。

 

 

「ただいまー」

 

 

玄関の扉を開け、いつもより声を張って帰宅を告げる。

すると、ふみ緒さんが部屋から出てきた。

 

 

「おや、圭。おかえり。随分と遅かったね」

 

「ただいま。ふみ緒さん。仕事があったこと忘れててね。」

 

「そうかい。それにしたって遅かったじゃないか」

 

「あはは、まあちょっと野暮用がありまして。あ、これお土産です」

 

 

今日行ったお寿司屋さんのお寿司を渡す。

 

 

「あら、ありがとね。後でいただくよ。それよりも早くあの子達の所へ行っておやり。帰ってあんたが居なくて落ち込んでたよ」

 

「おっと、それはいかん!それじゃふみ緒さん、失礼します」

 

「あいよ。あ、圭!」

 

「???」

 

 

自分の部屋に不要な荷物だけを置き、皆の分のお土産と写真を持ち宴会場になっているであろう『丸井善二』の部屋である205号室に向かおうとすると、ふみ緒さんが声をかけてきた。一体なんだというのだ。俺は早く後輩たちとふれあいたいのに!

 

 

「私をついで扱いとは良い度胸してるねぇ。罰として明日の朝食作り手伝いな!」

 

「イ、イエス!マム!」

 

「ん。それじゃ頼んだよ」

 

 

敬礼をして、ふみ緒さんが部屋に戻るまで見送る。

ってか怖い怖い!え?なに!?うちの学校の女性達は皆エスパーなの!?あの声は気のせいじゃなかったのかよ!?ってかあれはテレパシーなの?脳内に直接話しかけてきてるの?あとで使い方教えてもらおう。

 

 

「(あんたにゃ無理だよ)」

 

 

だから怖いって!ってかこの距離で使うなよ!!

大きな溜め息を吐きながら205号室を目指す。

直ぐに205号室に着き、ノックをして向こうから悠姫の「はーい」と言う返事と「ここは僕の部屋だぞ!」という善二のツッコミとワイワイと盛り上がる皆の声が聞こえてくる。

そんなやり取りを聞きながら微笑みを携えながら待っていると扉が開く。

 

 

「はーい、あ!諸星先輩!おかえりなさい!」

 

「おっと、ただいま。悠姫」

 

俺だと気付いた悠姫が抱きついてきて、それを受け止め少し頬を赤らめ微笑みながら空いている方の手で頭を撫でる。

 

 

「えへへ、って違う!帰るの遅すぎじゃないですか!」

 

「「「「そうだそうだ!」」」」

 

 

悠姫のあとに続いて、峻と恵以外の一年生組が悪ノリをしてくる。

 

 

「ごめんな。ちょっと仕事と野暮用でな。それより!ほら、皆にお土産のお寿司だぞ!」

 

「「「「「わーい!」」」」」

 

 

お寿司の入った箱を見せたあと空いているスペースに箱を置くと、またしても峻と恵以外の一年生組がはしゃぐ。

俺はちょうど良い所に座っていた慧の横に座る。

 

 

「おかえりなさい。諸星先輩。はい、飲み物をどうぞ」

 

「ただいま。ありがとう、慧」

 

 

お互いに微笑みあいながら挨拶をし、乾杯をする。

一年生たちの寿司争奪戦を眺めながら、今日のことを慧と話している。

 

 

「そういえば式典の方にもいらっしゃいましたよね?」

 

「ん?あぁ、皆の晴れ姿を撮りに行ったんだよ。ほら、慧もしっかり撮っておいたからな」

 

 

写真を袋から出し、慧の姿が映っている物を渡す。それと他の皆が映っている物を何枚か出し見せる。すると、瞳を輝かせながら写真を見始める。

 

 

「ありがとうございます。おぉ!皆素敵ですね!」

 

「だろ!?これなんか珍しく緊張してる大吾と昭二だ!それとこっちはーー」

 

 

二人で一年生たちの写真を見ながら盛り上がっていると、寿司を食べ終わったのか此方に一年生たちが寄ってくる。

 

 

「今日の式典の時の写真だよ。順番に渡していくからね」

 

「「「「はーい」」」」

 

「「うぃーす」」

 

 

それぞれに渡して行くと、様々な反応をしお互いに見せあっているようだ。ふと、まだ渡していない一人を探して部屋を見渡すと、端の方で一人座る峻に気付き渡しに行く。

 

 

「お疲れ、峻。はい、これは君の分だよ」

 

「お疲れ様です。諸星先輩。ありがとうございます」

 

 

微笑みつつ挨拶をし写真を渡すと受け取る峻。

隣に座り、自分の分を笑顔で眺めていると峻が話しかけてきた。

 

 

「先輩はどうして俺たちの写真を毎回撮ってるんですか?」

 

「あぁ、う〜ん…何て言えば良いのかな…」

 

 

何とかわかりやすく伝えようと腕を組ながら黙考をし、口を開く。

 

 

「趣味ってのもあるけど、そうだね………写真とか動画ってさ、その時の自分とか風景に会えるじゃん?」

 

「………」

 

「料理の道ってのは長くて長くて、ゴール何てあるのかって考える時があるんだよ。それの答えは一人一人が持ってると思う。自分の店を持って料理長になった時、三ツ星認定された時とかさ。でも、壁にぶち当たる時ってあると思うんだ。そんな時にさ、夢を追い始めてギラギラした目をした自分を見るとなんかこう、負けてられないなって俺は思っちゃうんだよ。ほら、これなんて良い顔してるじゃないか」

 

 

峻に渡した一枚の写真を手に取り見せる。

それはとても眩しくやる気に満ち溢れた顔をした峻が映っていた。

 

 

「だから皆にも通じるかはわからないけど、そんな時に役立てくれればなってね」「………」

 

 

話終えて隣を見ると此方に顔を向け、何かを考えているような峻。

峻が口を開きかけた時に、峻とは反対側の視界の外から何かが腕に抱きついてきた。

そちらを見ると驚いてしまった。涙目で腕にしがみつきながら上目遣いで此方を見ている悠姫がいた。その姿に更に驚いてしまい動揺してしまう。

 

 

「ど、どうしたんだ悠姫!?どこか痛いのか!?」

 

「い…「胃!?胃が痛いんだな!?待ってろ!今胃薬をーー」良い話だよ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

立ち上がろうとした瞬間に悠姫が声をあげた。

それにまたまた驚いてしまった俺は、周りに助けを求める為に声を出そうとして止めた。

 

 

「「うおおぉぉーーーん!!」」

 

 

男泣きをしている、大吾と昭二。

小さく鼻をすすりながら目にハンカチをあてる、善二と涼子と恵。

隣の峻は顔を反対側に向けているためわからない。

離れてその光景を優しく微笑みながら見ている慧がいる。

俺は離れている一年生たちに手招きをして、近くに座らせ全員を抱き締めるように優しく包んだ。

 

 

「よしよし」

 

 

落ち着かせるように背中をポンポンと叩く。

 

 

「悠姫、君の天真爛漫な姿は皆を元気にするこの寮のムードメーカーだ。それを皿に乗せれば必ず皆を笑顔をできる」

 

「うん」

 

 

「涼子、君は落ち着いていてお姉さんっぽくて頼られることが多いと思う。けど、たまに見せる可愛らしい笑顔も皆が知ってる。辛くなったら皆を頼ることを覚えていきなさい」

 

「はい」

 

 

「恵、君は人を思いやることができるとても優しい子だ。臆病なところもあるが、大丈夫。君が努力してることもやればできることも、ここに住んでいる皆は知ってる。自信を持ちなさい」

 

「はいっ」

 

 

「大吾、昭二、良いライバルを持ったな。二人がお互いに高めあってるの気付いてるか?そんな関係になれる二人を羨ましく思うよ。大切にするんだぞ?」

 

「「ウス!!」」

 

 

「善二、君は本当に研究熱心だな。その努力する足を決して止めたら駄目だ。今は小さな一歩かもしれない。でも君が歩んできた道に嘘はない。いずれそれが君の宝物になる。頑張れよ。あ、あと体力つけような」

 

「はいっ!」

 

 

「峻、君は寡黙でクールだ。周りのこともよく見ている。それに自分の料理に対する自信も持っている。それは中々できることじゃない。俺にもその自信を分けてほしいくらいだ。その自信と燻製料理が君の支えになっていると思う。そこに皆も混ぜればもっと強固になるはずだ。」

 

「…とっくに混ざってますよ」

 

 

「それならよし!頑張れよ」

 

「うす」

 

 

それぞれに語りかけながら頭を撫でる。

それに対して、各々が返事を返してくれた。

さっきまで泣いていた皆の顔が自然と笑顔を浮かべている。

うん。これなら大丈夫だな。

 

 

「さっ!なんかしんみりしちゃったけど、宴の続きをしよう!」

 

「「「「「「「「おおーーーーー!!」」」」」」」」

 

 

パンっと両の掌を合わせ仕切り直しをし、宴の続きが始まった。

 

 

 

 

 

 

時計の針が天辺を越えてかなりの時間が経った。善二は床で寝てしまっている。そんな彼にそっと毛布をかける慧。

そのタイミングでいつものように片付けずに去っていく悠姫たち女子組と、大吾・昭二の二人が部屋をあとにし、最後に峻が出ていこうとして足を止め、此方に顔だけを向けていた。

 

 

「峻?どうした?」

 

「???」

 

 

慧も首を傾げている。

 

 

「その…ありがとうございました」

 

 

それだけ言うと部屋から出ていった。

俺と慧は顔を見合せつい笑ってしまった。

 

 

 

 

 

ある程度、片付け終わらせ善二の部屋を出た。

慧がもう少し話したいというので今は、俺の部屋で慧と床に座りながら話している。

 

 

「う〜ん…楽しかったな」

 

 

両腕を上げ一つ伸びをして慧に微笑みかける。

 

 

「そうですね。先輩」

 

 

慧もいつもと変わらぬ微笑みを返してくれる。

だが、直ぐに真剣な表情に変えた為、「どうした?」と問う。

 

 

「さっき皆に話している時に顔がその少しだけ…「哀愁でも漂ってたか?」…はい」

 

 

ふむ。上手く誤魔化せてたと思ったんだがな…慧には気付かれたか。

他の十傑メンバーがあの場に居なくて良かった。皆、勘が鋭いからな。特に瑛士と竜胆は鋭すぎて困る。

 

 

「ごめんな。心配かけちまって」

 

「あ、いえ」

 

 

苦笑を浮かべながら謝ると、慧は視線を落としてしまった。

立ち上がり近寄って目の前に膝を曲げて目線を合わせる。

 

 

「ごめんな」

 

「…はい」

 

 

しばらく沈黙が空間を支配し、木々の揺れる音が聞こえてくる。

 

 

「必ず話すからさ。それまで待っててくれないか?」

 

「…わかりました。あ、あの先輩方には?」

 

 

先輩方というのは十傑の三年生たちのことだろう。

 

 

「いや、まだなにも。あいつらにもちゃんと話すよ。もちろん寮の皆にもな」

 

「はい。それでは明日、いやもう今日ですね。また後程。失礼します」

 

「おう。おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 

慧と挨拶をして出ていくのを確認し、ベッドに横になる。

久しぶりにはしゃぎ過ぎたかな…疲れた…

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと目を閉じ、今日の出来事を思い出しながら夢の中へ旅立った。




なんか書いてて某せんせーの最後の方のシーンの「一人一人に挨拶をしていたら時間が足りない」みたいな感じの台詞を思い出しました。


一人一人書くのに中々時間がかかりましたが、これでキャラ紹介みたいな感じにしようかと思ってます。


オリ主が卒業みたいな感じですが、まだしません。
なんかフラグっぽいものがありますが、どうなることやら。作者にもわかりません!


ではでは!(逃)


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第五話〜気づかぬ想い〜

前回書けなかった竜胆sideです。普段に比べて短いですがどうぞ。


竜胆side

 

圭との食事を終えて、私が借りているマンションまで送ってもらい、今は湯船に浸かり今日の疲れを癒している。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 

目を閉じ鼻唄を歌いながら今日のことを振り返る。

中庭で待ち合わせの筈が時間になっても来ないから………うん。ここは思い出すだけでまた怒りが込み上げてきそうだからやめよう。

 

えーっと次は、写真部に行って圭が楽しそうにお願いしていたな。

写真部の子達も当たり前のように受け取ってたし、常連になるまでになったんだなと思いながらその光景を見ていた。

 

その後は私の作業部屋に行って事務作業。

私は何も置かれていない机の奥にある椅子に座り、圭は書類が散らかっている方の机のソファーに座る。

小さく溜め息を吐くと、約束通り黙々と作業をしている。そんな圭を眺めていると手が止まり此方に近付いて来て、何枚か書類を机の上に置く。

 

 

「はい、これだけわからなかったからよろしく」

 

「ん。」

 

 

置かれた書類を手に取り机の引き出しからペンと判子を取り出し、作業を始める。

すると何枚かの書類に疑問をもち作業している圭に問いかける。

 

 

「なあ、これそっちで処理できるよな?」

 

「んん〜?あぁ、ちょっとやり方忘れちゃって。ごめんな」

 

 

圭は、苦笑を浮かべながら右手を顔の前に持ってきて謝ってくる。

ジト目で見ていると、圭は視線をそらして「飲み物でも買ってくる」と言って、とめる暇もなく逃げるように部屋から出ていった。

あいつはいつもそうだ。事務作業の時には決まって基礎的なものもやらせてくる。

あいつ曰く、「基礎は大事なんだ」云々かんぬんと長々と説明されたことがある。

 

 

「はぁ〜」

 

 

大きく溜め息を吐き作業を再開した。

作業が終わると圭がちょうど帰ってきた。

 

 

「ただいま。ほら」

 

「善きにはからえ。ほい」

 

 

パックジュースを受け取り書類を渡す。

圭は、書類をチェックし終えると「ご苦労様」と言って出しておいた封筒に入れていく。

パックにストローを挿して飲んでいると作業が終わった圭が声をかけてくる。

 

 

「よしっと。ほんじゃ行きますか」

 

「あーい」

 

 

そして、部屋を後にした私たちは司がいる十傑専用の会議室を目指した。

 

 

会議室に着いて司と適当に挨拶をして自分の席についてだらけながら楽しそうにする二人の様子を窺う。なんか、仲間外れみたいにされているのが嫌で圭に一声かけたら司に書類を渡して一緒に私と約束した夕飯に行かないかと誘っている。

私も別に構わないのだが、司はまだやることがあるからと断ったのだが、圭が手伝うと言いそうになるのを阻止した。

だってお腹減ったし、二人が作業始めたらまた仲間外れみたいになるしーーえ?仲間外れが嫌なら一緒にやればいいって?そんなの面倒だし、何より私はもう自分の仕事が終わったから気力も湧かないんだよ。ってかあんた誰だよ!?………無視かよ!!

 

あとはいつも通りのやり取りをして、モヤモヤした気持ちを振り払うために圭の腕に自分の腕を絡めてからかう。

相変わらず顔を真っ赤にする圭に満足しながら司に挨拶をして部屋を出た。

 

 

店に向かう道中、私は圭の手を握って横に並びながら歩く。圭の手はちょっとゴツゴツとしていて男っぽさがあった。

恥ずかしいのか手を離すように言ってくる。

人がまばらにいて私たちと同じ街の方へ向かっている。夕陽がそんな景色を哀愁を漂わせるように照らすもんだから、何故か離したらこいつが遠くに行ってしまいそうな感じがして拒否をしてしまった。

でも、それを正直に伝えるのが嫌で圭の住んでいる寮の子達を言い訳に使った。

約束は守ると言ってくるが、まだ言い知れない不安が私を襲う。けど、圭の笑顔を見るとそんな不安も和らぐ。手を離すと先程のお返しと言わんばかりにからかってくる。

この私を不安にさせておいてと今日何度めかになる怒りが込み上げてきて、その場に立ち止まり一発かまそうと決意した私は、圭に近付いて鳩尾に拳をぶつけた。

嫉妬などしていないと圭に言うと苦しみながら首を縦に振って応えた。

すっきりしたので気を取り直して鼻唄を歌いながら店に向かっていると、圭が横に来て何処にいくのか問いかけてくるので、回らない寿司屋と楽しげに言ってやった。

何か言ってくるが適当に流しながら店に向かった。

 

 

 

 

 

 

目を開け、長風呂していたことに気付き脱衣場に行き身体を拭いてパジャマを着て、髪をドライヤーで乾かし終え寝室のベッドに身体を倒す。

 

ふと、あの時の不安についてゆっくりと目を閉じて考える。あの不安を感じたのは別に初めてではない。あの時から時折感じている。

圭に何かあったのは司も他の十傑の三年生たちも気づいているだろう。

でも、あいつは誰にも話していない。頑なに話そうとしないし、その話をしようとすると直ぐにはぐらかす。

だから私たちは待つことにした。あいつの辛そうな顔を見るのは私たちも望んでいない。何よりあいつの辛そうな顔を見ると胸がキュッと締め付けられる。

目を開け身体を起こし、化粧台の上に置いてある写真立てを手に取り見つめる。そこに映っているのは現十傑三年生。これを撮ったのは秋の選抜本選が終わったあと。勝敗はあったけどそれでも圭以外は中等部からの付き合いだ。それぞれが楽しそうに清々しい顔をしている。

圭は編入生として入ってきたため高等部からの付き合いだ。圭の素直で優しく明るい性格と人を惹き付けるあの笑顔のおかげか直ぐに皆と打ち解けていった。

 

 

写真に映る圭を指先で一撫でして化粧台の上に戻すとベッドに戻り横になる。写真をみて少しだけ楽しかった思い出に浸りながらゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

胸に過った不安と圭の笑顔によって暖まる心。

その感情がなんなのか…まだ彼女は知らない。

 




長かった1日が終わりました。
4話消費か…先は長そうです。
といっても創真sideに関してはカットになるかと思います。ご了承下さい。


それでは!


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第六話〜極星寮のお姉さん?〜

宴会時にあまり絡めなかった涼子と絡ませてみました。




諸星side

 

けたたましく鳴り響く音によって目が覚める。

 

 

「ふわぁ…もう時間か…」

 

 

大きな欠伸をし、時間を確認して、準備をする。

上はYシャツに下は制服ズボンを履いてエプロンを持ち調理場に向かう。

調理場に着くとふみ緒さんが既にいた。

 

 

「おはよう。ふみ緒さん」

 

「おはよう。さて、じゃあ始めるとするかね」

 

「はーい」

 

 

献立を渡されチェックしていく。目玉焼きにソーセージ、大根の味噌汁に春野菜サラダっと。

 

 

「ふみ緒さん、これ俺が手伝う必要なくね?」

 

「ウダウダ言ってないで手を動かしな!あんたは目玉焼きとソーセージだよ!簡単な方にしてやったんだ。ありがたく思いな!」

 

「あい」

 

 

やっぱりふみ緒さんには敵わないよ。怖いし、怖いし、エスパーふみ緒だし。俺じゃなかったら今ので、チビっちまってるな………うん。馬鹿なこと考えてないでさっさと作っちまおう。

 

 

 

 

 

「ふみ緒さーん、こっち終わりました」

 

「はいよ。こっちはもうちょっとで味噌汁ができるから先に食べてな」

 

「いや、俺は皆と食べるよ。味噌汁は俺がやっておくから、ふみ緒さんお先にどうぞ」

 

「そうかい?じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかね」

 

「はい。味噌汁できたら持っていきますよ」

 

 

ふみ緒さんが白米をよそってオカズと一緒にお盆に乗せて隣の食堂に持って行く。

 

 

 

味噌汁ができたのでふみ緒さんの分を持って行くと、ちょうど皆が起きてきたようだ。

 

 

「皆、おはよう」

 

「「「「「おはようございます」」」」」

 

「はい、ふみ緒さん。味噌汁できましたよ」

 

「ん。ご苦労様。皆の分と自分の分も持ってきな」

 

「はい。それじゃちょっと待っててな」

 

「あ、私手伝いますよ」

 

「ありがとう。涼子」

 

 

二人以外の分の配膳をして終えると涼子が話しかけてきた。

 

 

「ふみ緒さんの手伝いでもしてたんですか?」

 

「うん。昨日、色々あってその罰って感じかな」

 

「罰って何やらかしたんですか?」

 

 

呆れたあとにジト目で見られてしまった。

やめて!そんな顔で見ないで!先輩傷ついちゃう!

 

 

「いや、ちょっとふみ緒さんをぞんざいに扱ったらな」

 

「あはは、それは御愁傷様です」

 

 

苦笑して慰めてくれた。ええ子や…涼子のご両親様、涼子はとても良い子に育ってますよ。

 

 

「ありがーー「そういえば昨日の野暮用ってなんですか?」………」

 

 

あれれ〜?おかしいぞ〜?涼子の目からハイライトさんがグッバイしちゃってる〜〜。

…ハッ!?いかんいかん!あまりの恐怖で頭脳は大人で身体は子供なあの子みたいになってしまった。くそっ!昨日は上手く誤魔化たと思ったのに!

 

 

「や、やや野暮用は野暮用だよ。ほほほほら、早く朝飯食べないと遅刻しちゃうぞ〜」

 

「な・に・をしてたんですか?」

 

 

アカン。これアカンやつや。正直に言わんと悠姫も交ざって説教コース確定や(震え声)

 

 

 

 

 

時は遡り、あれは俺が十特になってない高校二年の時だった。今の寮生たちは中等部の頃から住んでいたので知り合ってから一年が経過したある日、竜胆と『もも』と外食をして帰る時間が遅くなってしまった。ふみ緒さんに連絡を入れておいたので問題ないと思い、ゆっくりと帰ったのだ。

 

 

「ただいまー」

 

「「おかえりなさい。先輩」」

 

 

玄関を開けるとそこには腕を組んで仁王立ちをし怖い笑顔で妙な威圧感を放つ悠姫と涼子、後ろにはオロオロとしている恵、階段の上の壁から顔を覗かせてなにやらニヤニヤしながら此方を見ているふみ緒さんと男子たち。

な、なんだ?この異様な空間は?

 

 

「お、おう。ただいま」

 

「先輩、こんな遅くまで何をしてたんですか?」

 

 

涼子が表情を変えずに聞いてくる。

あれ?ふみ緒さんから聞いてないのか?もしかしてあまりにも遅いから心配させちまったかな?

 

 

「あぁ、ちょっと友達(女)と外食して話してたんだよ。ふみ緒さんには伝えたから皆にも伝わってると思ってな」

 

「友達(男)ですか?」

 

「そうそう」

 

「本当に?」

 

「え?あぁ。嘘つく理由がないだろ」

 

 

涼子、悠姫の順に問いかけてくるので、正直に応える。

 

 

「「正座」」

 

「え?」

 

「「正座!!」」

 

「は、はい〜〜〜!」

 

 

訳もわからず正座させられる俺と、目からハイライトを無くし此方を睨み付けてくる二人。

 

 

「あ、あのぅ〜「黙りなさい」…はい」

 

「先輩、なんで嘘をつくんですか?」

 

「う、嘘!?嘘なんてついてないよ!」

 

「ついてるじゃないですか!女友達と遊んでたのに男友達と遊んでたって!」

 

「………へ?」

 

「なんでそんな嘘をつくんですか?実は彼女と遊んでたとかですか?」

 

「い、いや二人とーー「二人!?二股してたんですか!?」違うよ!二人とも友達だよ!付き合ってねぇよ!それに友達云々は勘違いじゃないか」

 

「…まぁいいでしょう。でもですね、こんな遅い時間まで若い男女がーー」

 

 

そこから小一時間ほど涼子の説教は続いた。悠姫は聞きながら、うんうん頷いてるだけだし「「「ダァーッハッハハハハー」」」ふみ緒さんと一年男子たちは爆笑してるし、恵は未だにオロオロしてるし、マジカオス。マジ笑えない。

 

結局、竜胆とももとの誤解をとくまで正座させられた。

 

 

 

 

 

 

そんなことがあってから帰りが遅くなる時は、必ず涼子と悠姫に連絡することを約束させられたのだが、昨日は急に決まったのと仕事もしたりと色々なことがあり、すっかり忘れてしまっていた。

 

「も、もも申し訳ございませんでした!竜胆と食事してました!」

 

 

綺麗な土下座をし、白状した。

 

 

「うふふ、それならそうと早く言ってくれれば良いのに」

 

「はい。仰る通りでございます」

 

 

頭を上げると涼子が近付いてきて、あの怖い笑顔を浮かべていた。

 

 

「帰ったらゆっくりと聞かせてもらいますからね。悠姫と一緒に」

 

「か、かしこまりました!」

 

 

涼子は満足したのか、二人分のお盆を持ち食堂に向かって行った。

はぁ〜…と大きな溜め息を吐き、今日の帰宅後の事を考えると憂鬱になる。

 

 

「こら、圭!早く食べないかい!遅刻しちまうよ!」

 

「…あい」

 

 

言い返す気力も無く、朝食をとる。

おかしいな〜目玉焼きが妙にしょっぱいや。

 

 

 

 

 

 

その日の夜、ごまかした事と連絡がなかった事を説教されている圭の姿が確認された。

 

 




うん。涼子と悠姫のは嫉妬なのか家族的な心配なのかご想像にお任せします。まぁ愛にはかわりありませんね。


ちなみに寮の一年組は、竜胆たちの事は知ってはいますが、見たことがある程度です。
逆は、圭から聞いて知っている程度です。


それでは!


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第七話〜薙切えりなとの過去〜

今回はかなりの難産でした。
料理に関する説明とかマジ無理…かなりいい加減です。
お嬢様口調とか難しいし、ももとかキャラ掴めてないからめっちゃいい加減です。


えりなは二度目の、秘書子は初登場回です。


諸星side

 

どうも俺です。

え?俺は誰かって?俺は俺だよ!………オレオレ詐欺には注意しましょう。

さて、俺は今自分専用の仕事部屋にて事務処理をしています。十傑メンバーにはそれぞれ仕事部屋が与えられています。人によっては食戟で手に入れた調理室とか持ってたりします。俺はいったい誰に説明してるんだろうか?

まぁいいや。仕事仕事。

 

 

ピンポンパンポーン

 

 

「高等部三年諸星君、至急総帥室まで来てください。繰り返しますーー」

 

 

ん?呼び出しとか珍しいな。はて?何用ざんしょ?うん。思い当たる節はね有りまくるんだよね。写真ね。渡してなかったもんね。だってさ、朝から帰るまで忙し過ぎてそんな暇なかったんだもの…なんて自分の心の中で言い訳をしつつも総帥室まで全力疾走中。

 

 

「うおおおおーーー!」

 

 

ヤバイヤバイ!とりあえず入ったら土下座して謝るしかねぇ!

あの孫LOVEな爺様の事だから、写真を楽しみにしていたに違いない。下手したら俺、○されちゃう!

 

総帥室前に着き息を調えるのも忘れノックをする。

 

 

「ハァハァ……高等部三年、諸星圭です!」

 

「入れ」

 

 

中からの許可をもらい扉を開け静かに閉める。

 

 

「もろぼーー「申し訳ございませんでした!こちらがブツになります!お納めください!」…うむ。頂戴する」

 

 

総帥の前まで素早く行き、土下座をしながら写真の入った封筒を渡す。フッ、この完璧な土下座を前にしたら怒る気力も削げただろう。(※なぜか知り合いの女性陣に怒られている内に修得しました。注:女性陣には効きません)

 

 

「ふむ。相変わらず上手く撮れておるな」

 

「ハハッ!有り難き御言葉!」

 

「ちょっと!お祖父様!それはなんですか!?」

 

 

そっと顔を上げると、そこには写真に映っている総帥の孫娘である『薙切えりな』がいた。

 

 

「何ってえりなの写真じゃ。」

 

「はぁ〜…またあなたですか…諸星先輩」

 

 

額に手を添えながら何故か呆れられてしまった。しかもジト目付きで。

 

 

「よっす、えりなちゃん。とりあえずその目はやめてください」

 

「はぁ…立ち上がられては?」

 

「スルーですか。よっこらしょっと。それでえりなちゃんはなんでいんの?」

 

「ハッ!?そうだった!お祖父様!なぜ幸平創真が合格になっているのですか!?」

 

「幸平創真?それってあの面白そうな編入生の?」

 

「面白くありません!私は、不合格にしたはずです!」

 

 

あぁ、今年の編入試験の担当はえりなちゃんだったっけ。

うーん…総帥が認めたんならいいと思うけど。

 

 

「ふむ。しかし、えりなも美味しそうに何口も食べていたではないか」

 

「なっ!?べ、別に美味しそうになんてしてません!」

 

 

あらあら、照れてムキになっちゃってまぁ。

でも、えりなちゃんの舌を唸らせる料理か…俺も御相伴に与りたいもんだ。

 

 

「まぁまぁ、えりなちゃん落ち着きなって。ドードー」

 

「落ち着いてます!それに私は馬じゃありません!」

 

「そうじゃ!えりなは可愛いワシの孫娘じゃ!」

 

「うん。総帥は黙っててください。話がややこしくなりそうなんで」

 

 

なんとかえりなちゃんを落ち着かせて、話を切り出す。

 

 

「総帥が認めたんならいいと俺は良いと思うよ。それにもう書類の手続きだって終わってるだろうしさ。」

 

「しかしっ!…わかりました。でも私は彼を認めませんから。失礼します」

 

 

うーん…頑固だねぇ。

 

 

「あ、緋沙子ちゃん。あとはよろしくねぇ〜」

 

 

ペコリと一礼して去る緋沙子ちゃんにえりなちゃんのことをお願いする。

彼女は『新戸緋沙子ちゃん』、高等部一年で、えりなちゃんの同級生であり友人であり秘書みたいなこともしている。周りからは『秘書子』と呼ばれてたりしている。

えりなちゃんとの仲を友人というと「わ、私などがえりな様の友人など、お、恐れ多すぎます!」と言って、否定してくる。それが可愛くてからかうのが面白かったりするのだが、やり過ぎ注意だ。

 

 

「それじゃ俺もこれで失礼しますね」

 

 

そういって部屋を出ようとする。

 

 

「まぁ待て。お前は幸平創真をどう思う?」

 

「うーん…総帥とえりなちゃんの舌を唸らせたんですから、楽しみな後輩、ですかね…あ、あと式典時の挨拶は面白かったですね(笑)それじゃ俺も講義があるのでこれで失礼しますね」

 

「…ワシは昔のお前を思い出したわい」

 

「………」

 

 

つい足を止めてしまった。右手で握っているドアノブを強く握り、左手を強く握りしめる。

やめろ、やめてくれ…

 

 

「皆も心配しておる。特に司と小林はの。他の十傑たちもじゃ。なぜ歩みを止める…別にあれはお前のせいでは…「総帥!!」………」

 

 

反射的に大声を出してしまった。部屋に沈黙が流れる。

わかってる。わかってるんだ…でも、それでも………

 

 

 

 

 

 

俺は…俺は弱いから………

 

 

 

 

 

 

その後は、お互いになにも口にしなかった。

俺はただ黙って一礼をし部屋を出て、講義の担当教師に体調が悪いと言って、仕事部屋に戻り来客用のソファーに寝転がり、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

えりなside

 

部屋を出た後、私は小さく溜め息を吐いた。あの先輩には困ったものだ。ことあるごとに写真を撮ってはお祖父様に渡すし、からかってくるし。

 

 

「えりな様、大丈夫ですか?体調が優れないのでしたらお休みになられては?」

 

「いえ、大丈夫よ。この後の予定はどうなってるかしら?」

 

「はい。この後はシャペル先生の講義となっております。14時からはコンビニエンスストアのマーソンの新作査定です。今日は以上となっております」

 

「そう。わかったわ。行きましょう」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

全ての予定を終わらせ、自室で緋沙子が淹れてくれた紅茶を飲みながら寛いでいる。

 

 

「そういえば緋沙子は最近、諸星先輩と話しました?」

 

「いえ、高等部に進学と共に忙しかったですから」

 

「そう」

 

「諸星先輩がどうかされましたか?」

 

「いえ、なんでもないわ」

 

「???」

 

 

高等部から編入された先輩と初めて会ったのは、中等部二年の冬。

秋の選抜が終わり頭角が出始めた時に、私の話を聞いたらしく会いに来たみたい。

 

 

「ねぇねぇ!君が薙切えりなちゃん?」

 

「そうですが、まず、その“ちゃん”というのをやめてくださいますか?諸星圭さん」

 

「あれ?俺のこと知ってるの?もしかして俺って有名人?」

 

「秋の選抜決勝に出ているんですから、当たり前です」

 

「へぇ〜そうなんだ。あ、そんなことはどうでもいいや。ねぇ!俺の料理食べてよ!」

 

 

秋の選抜をそんなことだなんて、ただの馬鹿なのか、それとももっと上を見ているのかしら?

 

 

「お断りします。礼節もなにもない貴方の料理など食すにも値しません」

 

「えぇ〜…そんなこと言わずに一口だけでもお願いだよ!えりなちゃん」

 

「ですから!“ちゃん”はやめてください。馴れ馴れしい」

 

 

私と先輩が言い争っていると緋沙子が来てくれた。

 

 

「ちょっと!そこの貴方!えりな様に失礼だぞ!離れなさい!」

 

「ん?君は?」

 

「先ずは自分から名乗るのが礼儀かと思いますが?」

 

「あぁ、これは失礼!俺は高等部一年の諸星圭だ」

 

「私はえりな様の秘書をしている中等部二年の新戸緋沙子です」

 

「へぇ〜じゃあ秘書子ちゃんだ!よろしくね、秘書子ちゃん!」

 

「秘書子ではない!緋沙子だ!」

 

 

今度は緋沙子が言い争いを始めてしまった。

小さく溜め息を吐き、先に歩き始める。

 

 

「緋沙子、行きますよ」

 

「あ、はい!ただいま!」

 

 

緋沙子が追い付き一歩下がった所からついてくる。歩いていると走って前まで回り込む先輩。

 

 

「ちょっ!ちょ待てよ!俺の料理食べてよ!あ、今のわかる?キラタクの真似だったんだけど」

 

「食べません。それと私、そういうのに興味がありませんので」

 

「えぇ〜…えりなちゃんってケチだな」

 

 

小さい声で言っているが聞こえてきた言葉とあまりのしつこさに怒りが込み上げてくる。

 

 

「ケチじゃありません!それに“ちゃん”はやめてくださいと何度も言ってるでしょう!」

 

 

パシッ

パリンッ

 

 

つい怒りに任せて彼の持っている皿を落としてしまった。

 

 

「「「あ…」」」

 

 

三人が同時に声を出し、落ちた皿と料理を見つめる。

嫌な沈黙が流れるが、長くは続かなかった。

 

 

「ハ、ハハハ…ごめんね。怪我とかないかな?」

 

「い、いえ。大丈夫です」

 

 

地面に膝をつき壊れた皿を片付けている。手を出して手伝おうとする。

 

 

「触るな!」

 

 

いきなり大声を上げられ手を引いてしまった。

 

 

「あっ…ご、ごめんね。こっちはいいから。さっきは無理言って悪かったよ。じゃあね、薙切さん」

 

「あ、ちょ、ちょっと!」

 

先輩は制止の声も聞かずに歯を噛み締めながら走り去って行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

あの後、先輩は私の前に現れることはなかった。

あの日からずっと先輩が気掛かりでミスをする私を緋沙子が心配してくれたのだったわね。

 

 

 

そして、あの日。私と先輩が仲直りをした日。

 

 

 

私は、我慢ができなくなり緋沙子に内緒で先輩へ会いに高等部の校舎へ向かった。

 

 

「あの、諸星先輩がどこにいるか存じ上げませんか?」

 

「ん?あ、あんた…」

 

「竜胆、どうした…の…」

 

 

声をかけた人は、秋の選抜決勝に出場した小林竜胆先輩だった。そして、駆け寄って来たのは同じく本選決勝に出場した茜ヶ久保もも先輩。

なぜか二人は私を睨み付けてくる。負けじと睨み返してしまった。

 

 

「な、なんですか?」

 

「…付いてきな。案内して上げる」

 

「竜胆!いいの!?この女はーー「ここらで決着付けとかないとあいつがぶっ倒れるよ」…そうだけど…」

 

 

二人は何かを言い合っている。ぶっ倒れる?なぜ?

そう考えていると話し終えたのか、二人は歩き始める。私はそれに黙って付いていった。

 

 

 

着いたのは一つの古い建物。外を回って一つの窓の前で止まる。

 

 

「中、見てみな」

 

 

小林先輩に言われ、窓から中の様子を窺う。

そこには、必死に調理をする諸星先輩の姿があった。

 

 

「あいつ、ある日からああやって講義の時間以外はここにこもってるんだよ」

 

「あいつに絶対俺の料理を食わせてやるんだって言ってね」

 

 

小林先輩、茜ヶ久保先輩の順に説明をしてくれた。

 

 

「あ、あのこの建物は諸星先輩のものなんですか?」

 

「違う。ここは汐見ゼミっていうスパイス関係を主に扱っている研究室の建物」

 

「スパイス?」

 

「そう。ただの料理じゃダメ。まずは香りで相手を惹き付けてあとは味で倒す。そして、絶対美味しいって言わせるってさ」

 

 

小林先輩が真剣な眼差しで見てくる。逃げたら許さないとでも言うように。

 

 

「ねぇ、例えば貴方が自分の店を持って料理も食べてもらえずお客が帰ったらどう思う?」

 

「そ、そんなの…嫌……です」

 

「貴方はね!それをあいつにやったのよ!あいつのっ!料理人としてのプライドを傷付けたのよ!」

 

 

俯いて茜ヶ久保先輩の話を聞いていると、突如窓が開けられた。そして、香ばしい香りが嗅覚を刺激してくる。

 

 

「うるせえ!こちとら寝ずに調理してんだぞ!喧嘩なら他でやれ!」

 

 

そこには諸星先輩が眉間に皺を寄せこちらを威嚇しながら見てくる。

 

 

「あ、あの…」

 

「ん?なんだ、竜胆にももじゃん。あ、もしかしてまた試食してくれるのか?そうそう!やっと納得のできるやつができたんだよ!」

 

 

「あの!」

 

「ん?あ…」

 

 

大声で呼び掛け漸く私に気付いた。

 

 

「あんたを探してたから連れてきてやったんだよ」

 

「そっか。サンキューな竜胆」

 

「私も連れてきてあげたわよ!」

 

「おぅ、もももサンキューな」

 

「子供扱いするな!バカ!ハゲ!天パ!」

 

 

茜ヶ久保先輩の頭を撫でながらお礼を言っている先輩と、頬を膨らませながら罵倒している茜ヶ久保先輩。

 

 

「ハ、ハゲちゃうわ!それに天パ馬鹿にすんなよ!よろず屋の主人公だって天パだぞ!つまり俺も主人公!カッコイイじゃねぇか!!」

 

 

謎理論を展開している諸星先輩。おいてけぼりをくらい、ただ呆然とみている。

 

 

「あ、薙切さん。この間はいきなり悪かった!良ければ俺の新作、試食してくれないかな?」

 

 

突然、頭を下げて謝られお願いされる。謝らなければならないのは私なのに…

 

 

「あ、あの…わかりました…」

 

 

って違うでしょ!まずは謝らないと…

 

 

「よっしゃあ〜〜!じゃあ中に入ってきてよ!盛り付けしとくから!」

 

「あ…」

 

 

嬉しそうに戻って行ってしまった。

 

 

「さ、じゃあ私たちも行きますか」

 

「そうね」

 

「あ、待ってください!」

 

 

スタスタと先に行ってしまう先輩達を追いかけて調理室に向かった。

 

 

調理室の扉を開けるとまたあの香りが襲ってくる。これはカレーかしら?

 

 

「お、来たな。ささ、座ってくれたまへ!」

 

 

言われるがままに大人しく席に座り、料理が来るのを待つ。

待つこと数分、料理が机に置かれる。何故か茜ヶ久保先輩の分だけが無いのだけど。

 

 

「ちょっと!私の分は!?」

 

「さっき悪口いったから無しだ。竜胆に分けてもらいなさい」

 

 

抗議する茜ヶ久保先輩を適当にあしらう諸星先輩。案外子供っぽい所もあるのね。

 

 

「お待たせしました。諸星特製 カレーつけ麺。ご賞味あれ!」

 

「いただきます」

 

 

麺は中太麺ね。つけ汁は香りからして鶏ガラ醤油にカレー粉を混ぜたのかしら。

それでは早速一口………

 

ビクンッと身体が跳ねる。口に含んだ瞬間に広がる濃厚なカレーの香り。それに麺を噛むとまた別のカレーの香り。入っている九条葱は焦がし醤油で炒めてるのだろう。

麺と一緒に食べるとまた香りが代わる代わる襲いかかってくる。

 

 

「つけ汁には数種類のスパイスをブレンドした特製カレー粉を混ぜた。麺はコシのある中太麺にターメリックを練り込んだんだ。そして…これを入れてみてくれ」

 

 

渡されたのはパルメザンチーズの粉末。

チーズを入れ、また一口………

 

 

また身体が跳ねてしまい身体をギュッと抱きしめ震えを止めようとする。

チーズがカレーをまろやかにしてさらにスパイスを際立たせる。

 

 

「お、美味しいです」

 

「そいつはなにより。ささ、残さずお食べ」

 

 

気づけば完食していた。

 

 

「ご馳走様でした」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

諸星先輩は子供のような笑顔で微笑みかけてくる。あ、ちょっと可愛いかも…

 

 

「あの、この間は失礼しました!私、先輩に酷いことをしてしまいました。本当にすみませんでした!」

 

「もういいよ。こうやって食べてくれたわけだしね」

 

「で、でも!」

 

 

食い下がる私をみて考え始める先輩。

そして、思いついたのかパンっと手を鳴らした。

 

 

「そうだ!じゃあさ、これからもこうやって俺の料理の試食をしてよ」

 

「わかりました。先輩がそれで良いのであれば」

「ん。じゃあ仲直りとこれからよろしくって事で握手」

 

「はい」

 

 

そういってお互いに微笑みを浮かべて握手をする。

 

 

「それじゃあ改めてよろしく。薙切さん」

 

「はい。そ、それと、特別に…その…下の名前で呼ぶことを許可します…」

 

「………」

 

 

尻すぼみになりながらも言うが、どうやらしっかりと聞こえたようだ。

ポカーンと口を半開きにしてこちらを見てくる。

 

 

「プッ…アッハッハッハッ〜〜〜」

 

 

いきなりお腹を抱えて大声で笑い始める。

 

 

「な、何が可笑しいんですか!?」

 

「アハハハ、い、いや、ご、ごめんごめん。ふぅ〜…んじゃ、よろしく。えりなちゃん」

 

「はぁ〜…よろしくお願いします。諸星先輩」

 

 

額に手を添え溜め息を吐いた後、お互いに微笑みあいながら仲直りをした。

 

 

 

 

 

 

それから何度か試食をしてきたが、美味しい物もあったけど、不味い物もあった。私や緋沙子の新作を食べてもらうこともあった。お互いに刺激しあって充実した日々を過ごしていた。

でも、ある日から先輩が来ることはなかった。

小林先輩、茜ヶ久保先輩や他の先輩達に聞いてもわからないとの事だった。

たまたま会った時に聞いてみたけれど、何も教えてはくれなかった。だからこれは聞いてはいけないことなのだと思い、それ以上追及することはできなかった。

 

 

「えりな様、そろそろお休みになられてはいかがですか?」

 

「そうね。そうさせてもらうわ」

 

「はい。それでは失礼します」

 

「えぇ。おやすみなさい」

 

「失礼します」

 

 

ペコリと一礼して緋沙子は部屋を出ていった。

さて、明日に備えてもう寝ましょう。

先輩のことも気になるけれど、まずは自分のこと。

そう決意を新たにして目を閉じた。




はい。汐見ゼミ出しときました。これで葉山君とも絡めますね。

原作主人公がまだ一話しか出てないっていうね。
次で創真君には入寮してもらおうかと思います。もし短くなれば、ももとの絡みを書きたいかなって。


それでは!


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第八話〜幸平創真〜

やっと本格登場の原作主人公です。




諸星side

 

ハローボーイズ&ガールズ。マイネームイズケイモロボシ。

俺はなぜいきなり自己紹介してるんだ?ってかなんで英語?意味がわからん。はぁ〜…疲れてんのかな…

そんな俺ですが、今寮に向かって歩いてるわけだが、地味に坂とかあって辛い。普段は自転車なんだけどタイヤがパンクしやがった。誰だよ!道端に画鋲を何個も落とした大馬鹿野郎は!帰ったら修理しなきゃ………犯人見つけたら請求書つき出してやる。

 

 

寮に着いて自転車の修理が終わり玄関に着き扉を開ける。

中からふみ緒さんと誰かの話し声が聞こえてくる。ん?この声…どこかで………

扉が開いたことにより此方に気付く二人。

 

 

「幸平創真?」

 

「ん?あんた誰?」

 

 

状況がいまいち飲み込めず二人して見つめあってしまう。目と目が逢う〜…歌ってる場合じゃないな。

 

 

「あぁ、俺はーー「圭、自己紹介は後にしな。」ん?あぁ…入寮試験やるのね」

 

「そういうことさね。さ、付いてきな」

 

 

そういって調理場に消えていく二人を見送り、俺は自室に向かった。

 

 

しばらくするとふみ緒さんに呼び出され調理場に向かった。

調理場にはふみ緒さんしかいないな。はてさて、どっちかな?

 

 

「ふみ緒さん、あの子はどうだった?」

 

「来たね。これを食べればわかるよ」

 

 

そういって差し出されたのはハンバーグ。おそらくこれを幸平君が作ったのだろう。とりあえず言われるがままに一口。

 

 

「美味いけどこれが?」

 

「やっぱり騙されたね。それは鯖缶を使った鯖バーグだよ」

 

「は!?嘘!?」

 

「本当だよ。私もビックリし過ぎてつい昔を思い出して抱きついたくらいさね」

 

「いや、年考えなよ」

 

「フンッ!女性に年の話はするなって教わらなかったのかい?」

 

「ず、ずみまぜん」

 

 

腹を殴られ口と腹を抑える。いや、今食べてたんだからやめてよ。戻しちゃうだろうが!あ、いいところに卵スープ。これで流しちまえ!

 

 

「ふぅ〜…助かった…」

 

「それも幸平の作ったやつだよ。出汁に使える物はなかったから、あいつが持ってたゲソでとったやつさ」

 

「そいつはまた…こりゃ合格だわな」

 

「あぁ、また面白そうな子が来たね」

 

「そうですね。ご馳走様でした」

 

 

手を合わせ合掌。

そうか。また騒がしくなりそうだ。それ以上に楽しそうだけど。

スキップをして部屋に戻ると風呂場から恵の悲鳴が響いた。

何事!?まさか!?変質者か!?

急いで風呂場に急行すると、脱衣場で腰にタオルを巻いて倒れている幸平君と浴場には裸の恵がいた。

………ん?裸?あ、顔がもっと赤くなった。

その姿を確認して俺の意識は何者かの手刀によって刈り取られた。

 

 

 

 

 

 

意識を取り戻すと、部屋の床に寝かされていた。俺、何してたんだっけか…あっ!やべぇ〜…恵に謝らないと。

そう思い、部屋を出ようとすると上から騒がしい声が聞こえてくる。

ということは、善二の部屋に揃ってるか。

 

 

ノックをして善二の部屋に入ると、慧と幸平君と恵以外が睨み付けてくる。まずい…ここは伝家の宝刀スライディング土下座を抜くしかねえ!

 

 

「申し訳ございませんでした〜〜〜!!」

 

 

 

 

 

あの後、土下座を続けなんとか許してもらえた。しかし、涼子と悠姫から逃れられる筈もなく、また正座で小一時間ほど説教をされた。

それに比べて苦笑しながらも許してくれる恵、マジ天使。

あ、幸平君は入浴時間を知らなかったのと素直に謝ったので直ぐに許されたみたいだ。

そして今は、宴会を再開し幸平君と話しているところだ。

 

 

「幸平君、自己紹介がまだだったね。俺は高等部三年の諸星圭だ。よろしく」

 

「あ、どもっす。幸平創真っす。俺のことも下の名前の呼び捨てでいいっすよ。よろしくお願いします」

 

「じゃあ創真、俺のことは諸星先輩で頼む。改めてよろしく」

 

「うっす」

 

 

男らしい握手を交わす。手を握った後、どうやら俺の技量をある程度認識したっぽい。

 

 

「あ、そういえばなんで俺のこと知ってるんすか?」

 

「あぁ、式典の時に君の挨拶を聞いてたんだよ。面白い子だと思って覚えてたんだよ」

 

「へぇ〜そうだったんすね」

 

 

その後は創真と恵が授業のペアになったことや、シャペル先生が笑ったこと等、この学園のことについて話して盛り上がった。

 

 

ほとんどが寝落ちをし今起きているのは、俺と慧と創真のみになった。

うん。皆の寝顔マジキュート。涼子と悠姫もこうしていれば可愛いのに。

 

 

「もう料理が尽きたね。鰆の切身があったから僕が何か作ろう」

 

「あ、慧!俺の分は気にしなくていいぞ。創真から一口もらうから!」

 

 

笑顔を浮かべ裸エプロンのまま、調理場へ向かう慧を見送り少しの間、創真と談笑していると慧が帰ってきた。

 

 

「さあ、出来たよ。鰆の山椒焼き ピューレ添えだ」

 

「へへ、いただきまーす」

 

 

創真がまず一口目を食べる。

 

 

「美味すぎる!」

 

 

慧の料理に驚いている創真。まぁそうだろ。スペシャリテじゃないにしてもこれくらいこいつはできて当たり前か。んじゃ、俺も一口。

 

 

「うん。美味いな。さすが慧だわ」

 

「ありがとうございます。ところで創真君さ、始業式で面白いこと言ってたよね」

 

 

慧の雰囲気が変わった。ふむ。ここは大人しく見守るとしますかね。慧にも何か考えあってのことだろうし。

 

 

「遠月の頂点目指すって事は、君が思っているほど甘くないかもしれないよ。改めて自己紹介させてもらおう。遠月十傑 第七席 一色慧だ」

 

「あんたが、十傑…だと…」

 

「さあ、お次は創真君の料理を食べてみたいな。君はいったいどんな品を作ってくれるんだろう。見せてご覧。君が皿の上に語る、物語を!」

 

 

なるほど。慧なりの腕試し的な感じかな。

さて、創真はどうするのかね。

 

 

「フッ、お待ちを!」

 

 

不敵に笑い調理場へ向かう創真。

どうやら慧と同じく鰆を使い春をテーマにした料理を作るらしい。

料理を待っていると、悠姫と涼子が起きて、いつの間にか起きていた峻が簡単に説明している。

 

 

「二人が対決!?なんでなんで!?」

 

「さあな。でもこの対決、一色先輩からふっかけてたぜ」

 

 

あ、結構前から起きてたのな。

悠姫と涼子の方へ視線を向けるとじーっと慧の方を見ている。

 

 

「この場合、一色先輩の服装にはコメントいらないよね」

 

「せっかくの対決に水を差すのは悪いわよ」

 

「だよね」

 

 

うん。今さらツッコミをいれても遅いぞ。

実は俺もツッコミたかったんだけど、こう〜流れ的に、ね。

 

 

「完成だ!“幸平裏メニュー その20改 鰆おにぎり茶漬け”だ!本当は鮭で作る品なんだけど、本日は鰆バージョンでアレンジしてみたんだ。皆の分も作ったから、一緒にお上がりよ」

 

 

ほお〜…ん?これはただのお茶じゃないよな。

 

 

「おお、ありがとうな。注いであるのは何かな?」

 

「塩こぶ茶っす。優しい塩気とコクが食事の〆にピッタリっすから」

 

 

なるほどね。しかし、これじゃ普通過ぎるけど、入寮試験みたいなビックリはあるのかな?

 

 

「それじゃ早速。いただきまーす!」

 

「「「いただきます」」」

 

 

悠姫の号令で各々が食べ始める。

んじゃ、俺もいただきますかね。

 

 

「う〜ん美味い!」

 

「うん!美味しいな!箸が止まらひゃい!」

 

 

皆が顔を綻ばせながら食べていく。

うん。皮もパリパリで素晴らしいな!

あ、俺は食うのに集中するから後は慧が進めるでしょ。

 

 

「鰆の身がジューシーで何より皮のこのザクザク感!噛む度に旨味が湧き出てくる!」

 

「ただ炙っただけじゃこの歯応えは出ないわ。一体どうやって…」

 

「ポアレだ。この鰆、ポアレで焼き上げられている」

 

「ぽ!?」 「あ!?」 「れ!?」

 

 

一応言っておくと、順に悠姫、涼子、創真の順ね。

ってか創真は驚くなよ。自分で作ったやつなんだから。

 

 

「ってなんであんたも驚いてんのよ!?」

 

 

うん。悠姫ナイスツッコミ。グッジョブ。

 

 

「いや、ポアレって何かなって思って」

 

「ポアレって言うのは、フランス料理における素材の焼き方、ソテーの一種だよ。素材の上からオリーブ油等をかけて、均一に焼き色を付ける技法だね」

 

 

さっすが一色パイセン!はっくがく〜〜!はい皆、拍手〜〜〜!

 

 

「教えてくれるかな、創真君。何故、君がフランス料理の技法を知っているんだい」

 

「いや〜、この焼き方はうちの親父に習ったんですよ。魚をバリッと仕上げるのには持ってこいだってね」

 

「それじゃ、創真君のお父さんはフランス料理の修行でもしていたのかい?」

 

「いや〜、それが俺にもよくわかんなくて。あ、でも、色んな国で料理してたみたいだけど…」

 

 

なるほど。確かにポアレは皮に厚みがある素材に向いているしな。

国境無き料理って感じだな。このアレンジ力は素晴らしいもんだ。

あれ?慧のやつ泣いてないか?

 

 

「美しい…美しい雪解けだったよ、創真君!」

 

「先輩こそな。清々しい春風、確かに感じたぜ」

 

「いい勝負をありがとう!」

 

 

めっちゃキラキラしながら握手してるし。完全に二人の世界に入ったな、ありゃ。

あ、ご馳走様でした。美味しかったです。

手を合わせ合掌をし、電気を付けた。

皆も食べ終わったのか善二達を起こしにいく悠姫と涼子。俺はいつも通り片付けでもするか。

 

 

「それじゃ解散!」

 

「おう。お前らちゃんと歯磨けよ。虫歯になっても知らないからな」

 

「はーい。おやすみなさい」

 

 

悠姫の返事のあと、大吾&昭二、女子組の順に部屋を後にした。

さて、善二をベッドに運んでやるか。

 

 

 

 

 

 

皆が各自の部屋に戻った後、創真は包丁を研ぎ、俺は善二をベッドに寝かせ掛け布団を掛けてやり、慧はゴミ処理をしている。

 

 

「創真君、この歓迎会で晴れて君も極星寮の一員だ。わからないことがあれば何でも聞いてくれ」

 

「そうだな。答えられる範囲なら俺も答えよう」

 

 

慧と俺から改めて歓迎の言葉を贈る。

 

 

「それじゃあ、まずは…諸星先輩、あんたはどれ位凄いんだ?」

 

「う〜ん…どれ位と言われてもな…少なくとも君よりは凄いかな。一応、俺も十傑だし」

 

「………は?」

 

 

あらら。驚き過ぎて口開けて呆けちゃってるわ。

 

 

「まぁと言っても特別席っていう今年からのやつだからな。それに最近はあんまり自分の料理作ったりしてないから、今は何か作ったり出来ないぞ。材料もないし」

 

「…そうっすか。じゃあ次、十傑ってどうやれば入れるんすか?」

 

 

あの顔、納得はしてないな。いいね!その負けん気の強さ。ってかいきなりブッコんでくるから、二人して作業の手を止めちまったよ。

 

 

「そうだった。君はこの学校のてっぺんを取るんだったね。それほどの執念、何か理由でもあるのかな?」

 

「実は俺、ちょっとした親子喧嘩の最中で。うちの親父に認められるにはそんくらいやらないとダメなんで。さっきの対決は引き分けでしたけど、今先輩に勝ったら…俺が遠月で七番目になるの?」

 

「素晴らしい〜〜!素晴らしい向上心だ!創真君っ!僕は今、猛烈に感動している!極星寮に住まう学生はそうでなくてはいけない!」

 

「実に素晴らしい!最早ここまでとは!凄い!凄いぞ!創真!!」

 

 

慧と二人であまりの嬉しさに大はしゃぎをする。こんな嬉しいことがあるか!?俺達を喰ってやろうってやつが目の前にいる!しかも一年生!

いい!いいよ!!

あ、創真のやつかなり引いてる。

 

 

「…でも、今日の所はお預けだね。我々も休もう、創真君」

 

「そ、そっすね」

 

 

まぁこいつも後々わかるだろうな。てっぺんを取るっていう言葉の重みと、この学園では料理が全てということが。

 

 

 

 

 

 

翌朝、いつも通りに目を覚まし、着替えを済ませて食堂に向かう。

すると入り口で他のメンバーが固まっている。

 

 

「おはよう。皆して何してんだ?そんな所に突っ立って」

 

「あ、おはようございます先輩。それが幸平君が一色先輩に第七席をかけて勝負を挑んでて…」

 

「あぁ…なるほど。とりあえず関係ないやつは席に座って朝飯を待ってな」

 

「「「はーい(うーす)」」」

 

 

昨日お流れになったから再度挑戦を申し込んだと、そんなとこか。

んで、今は食戟についての説明をしていると。

あ、朝食来た。

 

 

「おーい、とりあえず飯来たから、食い終わってから説明してやれ」

 

 

二人はお互いを前にして座り創真の横におそらく補足説明でもしてくれるであろうふみ緒さん。

俺?俺はまた勝負吹っ掛けられても困るから反対側の端に座ってますが何か?

 

 

「元々この学園では、学生の揉め事解決の為に制定された制度がある。そこには幾つかの決め事があるんだ。創真君が、僕の第七席を欲して勝負を挑むなら、それに見合う対価を差し出さなければいけない」

 

「第七席に見合う対価?」

 

「七席に釣り合う条件となると…君の退学を賭けても足りないな」

 

「マジ?」

 

 

マジマジ。あ、茶柱立ってる。良いことあるかな?

 

 

「そう。十傑にはそれほどの価値がある。何てたって学校の最高意思決定機関だからね。十傑評議会が決定したことには講師陣だって逆らえない。かつてはこの寮から何人もの十傑を輩出したもんさ。まさしく極星の黄金時代!それに比べてあんたたちの情けないこと」

 

 

またふみ緒さんの自慢話が始まったか。もう一年の頃から聞いてて耳にタコができちまったよ。ほら、悠姫もちょっと呆れてるし。

 

 

「まぁそんなわけで、もし僕が了承すれば対戦は可能だが、もちろん僕は君が学園を去ることなんて望まない。結論、勝負は成り立たないという訳さ」

 

「マジか〜…今朝五時起きして気合い入れたのに」

 

 

頭を抱え悔しがる創真。五時起きお疲れちゃん。皆もちょっと呆れてるし。悠姫に至っては馬鹿呼ばわりしてるし。

 

 

「それにね、好き勝手にやれる訳でもないんだ。勝負に必要な物は三つある。一つ、正式な勝負であることを証明する認定員。一つ、奇数名の判定員。一つ、対戦者両名の勝負条件に関する合意。以上により初めて勝負が成立するんだ」

 

「へぇ〜…面倒臭いんだな」

 

 

そうなの。めちゃくちゃ面倒臭いの。だからやめよ?そうしよう?

あ、今は慧に挑んでる感じだから俺は関係ないや。とりあえず諦めてるっぽいけど。

 

 

「しかし、逆にいえば、その三つさえ揃えば、この学園の全てが勝負の対象に成りうる」

 

敵対するもの

これ全て

料理を以て

捩じ伏せるべし

 

「遠月伝統 料理勝負一騎打ち。その名も、食戟!」

 

 

慧がカッコイイ!これは写真に納めなければ!あ、カメラ部屋だ。携帯で撮っておこう。パシャリ。あ、そうだ。一応、俺のことも言っておかなきゃな。

 

 

「創真。因みに俺に挑んでも意味ないからな」

 

「なんでっすか?」

 

「特別席ってのは十傑評議会が決めた一人なんだ。だから、この席は賭けることができない。しかも、慧達みたいな十傑の権限とか権利は無いし、基本的には相談役とかそういったサポート系なわけ」

 

「なるほど。わかりました」

 

「わかればよろしい」

 

「つまりは普通の生徒と変わらないってことっすよね?」

 

「ああ、すまん。説明不足だったわ。確かにそうなんだが、俺には十傑評議会で決めきれなかったことを、総帥と相談して決める権利があるのよ」

 

「なんか面倒臭そうっすね」

 

「ああ面倒臭いぞ。食戟よりも面倒臭い。それに…」

 

 

嫌そうな顔をする創真。そんな創真を威圧するように見つめる。

 

 

「俺はこの仕事に誇りを持って仕事してる。十傑からの信頼に応えなきゃいけないんだよ。それと、お前とは積み重ねてきた修羅場が違うんだよ………あまり先輩を嘗めるなよ?」

 

「………」

 

 

全員が息をのむ。

おっと、いかんいかん。ちょっとやり過ぎたな。

 

 

「っとまぁそういうことだから。んじゃ、俺は仕事があるから先に行くよ。ふみ緒さん、ご馳走様でした」

 

 

場の沈黙を吹き飛ばすように微笑みながら食器を持って去る。

本当に面白い後輩だ。

これからが楽しみだな。

 

 

 

 

 

胸中で昂る気持ちを抑えるように、自転車を思いきり漕ぎながら仕事部屋へ向かった。




これでなんとか絡ませられるけど、原作を細かく追っていっても意味がないので、カットする部分は大幅にすると思います。ご了承下さい。

たくさんのお気に入りありがとうございます!
感想や評価もいただけれると励みになります。


それでは!


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第九話〜十傑第四席〜

今回は茜ヶ久保ももの出番です。

ももという平仮名の名前のため、かなり読みづらいかもしれません。
書いている際に片仮名表記にしようかとも思ったのですが、名詞でもありますし、片仮名にすると別作品の人物になりそうでしたので、平仮名表記にしてあります。
ご了承下さい。


創真side

 

一色先輩達の説明の後、諸星先輩は食堂を出ていった。俺はしばらくその場から動くことができなかった。まるで、猛獣の虎にでも睨まれているかのような威圧感だった。

 

今は、寮を出て田所と授業のある校舎に向かっている。

 

 

「あんな諸星先輩、初めて見た。ちょっと怖かったなぁ」

 

 

少し俯いてそういう田所。

 

 

「そうなのか?」

 

「うん。いつもは優しくて皆を大切にするお兄ちゃんみたいな人だから」

「そうか。確かに昨日話した感じはそんな感じだったな」

 

 

正直色々と驚いた。十傑ってのもそうだし、あの人、雰囲気変わり過ぎだろ。でも、料理だけでは誰にも負けたくねえ!諸星先輩達にも、親父にも。

 

 

「まぁとりあえず授業頑張ろうぜ!」

 

「そうだね!」

 

 

いつか倒すと決意して校舎へ走り出した。

 

 

 

 

 

 

諸星side

 

創真が入寮して一週間が経った。今は、いつも通り自分の仕事部屋で事務処理中。

あれから創真と寮の畑仕事を一緒にした。もちろん他の皆も一緒に。あの時の恵のおにぎりは絶品だったな。こう、和むというか人の温もりを感じる、優しい味だった。

 

 

「はぁ〜…後輩成分が足りない…」

 

「なに、キモいこと言ってるのよ…キモ星」

 

「おいこら、喧嘩売ってんのか?チビヶ久保」

 

「黙れ、キモ星天パ」

 

「黙りません〜!第一、天パを悪口にするんじゃねえ!全国の天パに謝れ!」

 

 

今俺と言い争っているのは、数時間前に書類を持って来たももだ。こいつ…俺はただ後輩成分が欲しいだけなのに…。

 

 

「よしっ!ならば書類はもうやらん!」

 

「は?何言ってるの?あんたさっき、ももが持ってきた“桜のカップケーキ”食べたじゃない」

 

 

いや、確かに食べましたよ?美味しかったよ?桜の香りでめっちゃ春を感じましたよ?さすがは第四席にして遠月学園当代きってのパティシエ。ご馳走様でした。

 

 

「は?あれは差し入れだろ?」

 

「あんた馬鹿でしょ?あれは取引よ」

 

「馬鹿って言った方が馬鹿なんですぅ〜!それにそんなこと明言してなかったしな」

 

「………圭は、もものこと、嫌いになったんだね…」

 

 

え?なんかいきなり涙目で訳わからんこといい始めましたよ。この子。

 

 

「な、泣いたってやらないからな!泣けばいいって考えは良くないぞ。うん」

 

「そ、そんなつもりじゃないもん…もういい…帰る…ごめんなさい…」

 

 

あれ、なんか罪悪感半端ないんですけど!?え?俺が悪いの!?なんか鼻啜りながら涙拭ってるんですけど!?アアアアア〜〜〜〜〜!!

 

 

「わかった!わかったよ!やります!やらせていただきます!!」

 

「わかればよろしい」

 

 

口角を上げ此方に振り向き胸を張るもも。

ま、まさか!?

 

 

「嘘泣きかよ!」

 

「騙される方が悪いのよ。早く仕事するわよ」

 

「クソッ!俺の馬鹿!」

 

「知ってるから早くして」

 

「うるせえ!」

 

 

ドカッと椅子に座り作業を再開した。ももはももでソファーに座り直し、作業をしている。

 

 

「おし、こっちは終わったぞ。そっちは?」

 

「こっちも終わったわ。ありがとう。キモ星」

 

「お前は素直にお礼が言えんのか!?」

 

 

ももの髪を乱暴に撫でる。こいつは身長差がちょうど良くて撫でやすいな。涼子とか撫でようとすると向こうから屈んで催促してくるから、色々見えそうで目のやり場に困る。なんで胸元開いてる服ばっか着るんだよ…

 

 

「やめて!せっかくのセットがぐちゃぐちゃになるでしょうが!」

 

「おっと、わりいわりい。いや、ちょうど良い所にあるからついな。」

 

 

ポンポンと頭を優しく叩き手を離す。

ももは髪を整えながら此方を睨んでくる。

 

 

「あんた、他の女の子の髪も撫でたりしてないでしょうね?」

 

 

今度はジト目で見てくる。仲良くなる前はあんな無愛想だったのに、今は百面相である。普段からこうやってればもっと人気者だろうに。見た目は悪くない、というよりは可愛いんだし。

 

 

「ん?まぁ寮の子達とか仲良くしてくれる後輩、後は竜胆くらいかな。あ、竜胆はなんか疲れたからとか言って膝枕要求してくるんだよ。なんか猫っぽくてつい撫でちゃうんだよな。男の膝枕の何が良いんだかわからんが」

 

「はぁ!?人数もそうだけど、ひ、膝枕ってなによ!?」

 

「いや、俺に言われても」

 

「良い!?無闇に女の子の髪っていうのは触っちゃダメなの!デリケートだし嫌がる子もいるんだから」

 

「そうなのか?でもーー「でももへちまないの!わかった!?馬鹿星!」…お、おう」

 

 

なんか凄い剣幕で圧しきられてしまった。そうだったのか。よし、極力我慢しよう。

 

 

「…えっと、圭。ここに座りなさい」

 

 

落ち着いたのか、ソファーに座り横をポンポン叩いている。

 

 

「は?いや、早く書類出して帰りたーー「良いから!」…はい」

 

 

言われるがままに横に座ると頭を膝の上に乗せてきた。

 

 

「えっと、ももさん?これはーー「黙れ。大人しくしてろ」…あい」

 

 

もう泣きたい。早く帰って後輩成分を補給したいのに…とりあえず早く満足してもらうために、ここは大人しく言うことをきいておこう。

 

 

「け、圭、あ、頭撫でなさい」

 

「いや、お前さっき撫でたらダメってーー「ももは良いの!」…はぁ〜…わかったよ」

 

 

つい溜め息をついてしまった。最近、溜め息が多くなったのは気のせいではないな。

女の子って良くわからん。これが世に言う女心と秋の空ってやつなのかね。

 

 

「ふふっ♪」

 

「ん?どした?」

 

「なんでもないわよ、馬鹿星」

 

「???」

 

 

撫で始めると急にニコニコ顔になるもも。そんなに良いもんなのかね。

しかし、こうやって見てみるとなんか犬っぽいな。いや、ウサギか?まぁどっちでもいいや。

 

 

「zzz」

 

 

寝息をたてながらいつの間にか寝ているもも。疲れてたのかな?

はぁ〜…どうすっかなぁ…このままって訳にもいかないし、ももには悪いけど起こすか。

 

 

「おーい、起きろ〜」

 

「う〜ん…zzz」

 

 

起きねえし…しかもワイシャツ掴んで離しやがらねえ。なに、この可愛い生き物。抱き締めて頬擦りした。しないけどな!後が怖いし。

 

 

「…ま、たまにはいいか」

 

 

そう小さく呟きももが起きるのを待った。

 

 

 

 

 

 

ももside

 

今ももは友人である圭の部屋で、一緒に事務作業をしている。

黙々と作業をしていると圭がまたアホなことを言っている。それを適当に流しながら作業をしているとももの発言が気にくわなかったのか、圭が突っかかってきて言い争いになってしまう。

こんなやり取りがももは好きだ。ももは人見知りで初対面の人には冷たくしてしまう。圭以外の十傑とは中等部からの付き合いだから問題はなかったけど、圭とも最初はここまで仲良くはなかった。日々を過ごしていくうちに自然と仲良くなった感じね。今でも素直になれない時もあるけど。

だから圭の扱い方も知っている。ももは嘘泣きをして、帰る素振りをすると、圭はやっぱり折れた。ちょろいわね。嘘泣きに気づいて何か言ってるけど適当に流す。怒りながらも作業を再開する圭。ももも作業を再開する。

お互いに作業が終わる。一応お礼を言ったのだが、キモ星を強調し過ぎたのか髪を乱暴に撫でてくる。せっかくのセットがあああ〜〜〜!

 

 

やめるように言うと、素直にやめる圭。そして、優しく頭をポンポンと叩いてくる。むぅ〜なんかムカつく。髪を直しながら、圭を睨み付ける。ジト目に変え、他の子にも同じようなことをしてるのか聞くと、予想外の答えが帰ってきた。

寮の子達や後輩はわかる。でも、まさか竜胆の名前が出てくるとは思わなかった。し、しかも膝枕しながらですって!?確かに二人の仲の良さならやってもおかしくはないけど…

ももはそんな二人を想像して悔しくなり、女の子の髪を触るのを禁止にした。あ、そうするともう撫でてもらえなくなる…それは嫌だ。

ももは隣に座るように、圭を呼ぶと、嫌そうな顔をする。どうやら早く帰りたいらしいが今のももは止まれない。

無理やり座らせると、勇気を出して頭を圭の膝に乗せる。胸が高鳴る。やばい。鼓動が速くなりすぎてちょっと苦しいかも。でも、ここまでしたなら言わなきゃ。

ももは吃りながらも頭を撫でるように言う。案の定さっきのことを言ってくるので間髪入れずに、ももだけは良いと言う。

ゆっくりと優しく撫でてくれる。すると、先ほどまでの鼓動は収まり、気持ち良くてつい笑ってしまうと圭が見てくる。圭との問答を適当に終わらせ幸せを噛みしめる。ずっとこうしてたいかも。あ、ちょっと眠くなってきたかも。最近、ちょっと忙しかったから疲れてたのかな。

浅い眠りについていると、圭が起こしてくる。嫌だ。まだ終わりたくない。ももは圭のワイシャツを掴み寝たふりをする。

圭は諦めたのか再び撫で始めてくれた。圭の温もりを感じながら残っていた眠気に意識を渡し、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう。大好きだよ。圭。




はい。ヒロインが来ましたね。他の子はどうするか悩んでいます。
その為に、今まで明確に表記はしてきませんでした。どうなるかは皆さんの中で想像してください。
決まっている子ももちろんいます。


気づけばお気に入り100件越えてました。ありがとうございます!励みになります!


それでは!


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第十話〜苦悩する少女と決意する少女〜

気づけば十話も書いてたんですね。


先に言っておこう!
創真と郁魅、ごめんなさい。




『遠月スポーツ』、通称『遠スポ』。学園の黎明期から続く伝統ある校内新聞で、学内とその周辺のあらゆる情報を網羅し、ほぼ毎日発行される。公式行事の特集等を掲載している。

 

 

 

 

 

 

諸星side

 

ももとの作業から一日経ち今は仕事部屋のソファーで寛いでいる。平日は、誰かに呼び出されたり仕事や授業がない限りは基本的にここにいる。

今日は今のところすることがないので、新作を練りながらゆっくりとしている。いや〜仕事がないって幸せだな。あ、そういえば遠スポが発行されてたな。どれどれ…ん?

 

 

「なんじゃこりゃあああ〜〜〜〜〜!!」

 

 

勢いよく立ち上がり俺の叫びが部屋に響き渡った。

と、と、とりあえず落ち着こう。深呼吸深呼吸…よし!落ち着いたところで見直そう。

 

 

『編入生 食戟 対戦相手は肉料理の猛者『ミートマスター』水戸郁魅』

 

 

ソファーに座り直し、額に手をあて呆れてしまう。はぁ〜…早速かよ。しかも創真は丼研の命運と退学を賭けて、水戸さんが負けた場合は部費の増額、調理場の増設と水戸さんが丼研に入るって…あいつはやっぱり馬鹿なのか…?いつか何かをやらかすとは思ってたけど、こうも早いと驚きを隠せない。あれ?でもこの食戟は元々、丼研対えりなちゃんだったような…本当に何があった…

とりあえずもう全部決まってしまったみたいだし、焦っても仕方ない。俺にできるのは信じてやることだけだしな。ってか寮の皆は俺にも教えてよ…あ、昨日は帰ったら直ぐに寝落ちしちまったんだった。ももに膝枕してて軽く寝たけど、眠気が飛びきらなくてそのまま…朝は英士の新作を食べるからってふみ緒さんに断って早く出ちまったから誰とも会わなかったし…

昨日と朝の俺の馬鹿!

 

 

 

 

 

 

食戟の結果は創真が無事勝利した。正直ホッとしたわ。水戸さんのA5和牛を使用した“ロティ丼”に対して、まさかスーパーの特売肉を使った“シャリアピンステーキ丼”とはな。

なんにしても良かった良かった!いくつになっても仲良くなったやつとの別れとかやっぱり辛いしな。

食戟当日は、俺ももちろん会場に赴いた。慧を除いた極星寮生と共に応援をし、写真を撮っていた。周囲の観客達は、俺と特別席にいたえりなちゃんが観に来たことに驚きどよめいていたが、心配が勝りさほど気にはならなかった。

 

 

今は仕事部屋で撮った写真をアルバムに淹れている。いや〜また後輩アルバムが厚くなるな。幸せ〜♪

さて、何故こんなに現実逃避的なことをしているかというと、久しぶりに冬輔と綜明以外の三年の休日が重なったので何かしたいということで、テーブルを囲んで明日の休日について話している瑛士と竜胆とももによる計画のせいである。といっても瑛士と俺はほぼ空気だが。ちなみに冬輔と綜明は、それぞれ料理の試食があるらしく参加できないとのことだ。

 

 

「私は食べ歩きが良いなぁ〜」

 

「ももは買い物したい」

 

「………」

 

 

さっきからこれの応酬である。さっきまで発言してた瑛士は黙っちゃったし。

 

 

「ってかそれぞれでやりたいことやればいいじゃん」

 

 

俺の発言でパァッと笑顔を咲かせ、首を縦に振る瑛士と、此方を睨み付けてくる竜胆ともも。いや、そんな顔で見られても困ります。

 

 

「ほ、ほら。俺も後輩たちとーー「「予定でもあるの(か)?」」…な、無いです…」

 

 

怖いよ!もうこっちの防御力皆無だよ!瑛士なんて両膝抱えて震えちゃってるよ!

 

 

「んで二人はどうしたいわけ?」

 

「そうね。一応聞いてあげる」

 

「だから俺はゆっくり休みーー「「却下」」………」

 

 

ドンマイ瑛士。後で飴ちゃんあげよう。

こうなったら二人とも譲るつもりはないだろう。こうなれば折れるのはこちら側だ。もう慣れたよ…慣れたくなかったけど…

 

 

「はぁ〜…そんじゃ、いっそのこと二つともやればいいじゃん。別に食べ歩きしながらでも買い物はできるしな」

 

 

溜め息を吐き提案をすると二人して、「あ、そうか」みたいな顔をした。竜胆はともかく、ももは普段ならこれくらい気づいただろ…

そんなこんなで明日の予定が決まった。無理やりだけど…

瑛士すまん。俺もお前もあいつらには敵わないんだよ…あれ?なんか泣けてきた…

 

 

 

 

 

 

竜胆side

 

久しぶりに皆の休日が重なった。冬輔と綜明は残念だったけど、仕方ない。でも楽しみだな〜♪

十傑に選ばれてから、中々こんな機会は無かったからな。

自然とスキップをしてしまう。それくらい私は浮かれていた。圭と瑛士は乗り気じゃなかったけどそんなの知ったこっちゃない。楽しければいいのだ。

 

 

自分の部屋に着き、明日の準備をしていると、脳裏に浮かぶのはもものあの表情。

今までもあの表情はうっすらとだが見せたこともある。でも、今日のは恋する乙女の表情だった。恋は興味があるけどしたことはない。漫画や映画だけの知識だけど、ヒロイン達が浮かべていた表情に似ていた。

ももは…圭のことが好きなのか?それなら応援してあげなくちゃな!

ふと鏡を見ると、映っていたのは辛そうな顔をした私の顔だった。

なんで?親友達の幸せを願うのは当たり前だろ!?なんでそんな辛そうな顔をしてるんだよ!?…それにさっき一瞬だけ浮かんだ、圭とももが手を繋いで二人で何処かへ行ってしまう姿に、胸がズキリッと痛んだ。わからない!わからないよ…

 

 

私は訳がわからなくなり、枕を抱いて布団に潜り込んだ。

 

 

「苦しい…助けてよ………圭…」

 

 

 

 

 

 

私の脳裏に浮かぶのは、優しく微笑む圭と、その横に立ち幸せそうな笑顔を浮かべるももの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

ももside

 

ももは部屋に着いた後、明日の準備を終わらせベッドで横になっている。明日は皆でお出かけ。楽しみだな〜♪でも、何よりも嬉しいのは圭と出掛けられること。

この感情に気づいたのは、十傑に選ばれて、あまり圭と遊ばなくなってから。会議や学校では会ったりもするけど、会議は仕事だし、学校で会ったとしても大した時間ではない。

だから、昨日久しぶりに会えて嬉しかった。ちょっと積極的になり過ぎたかとも思うけど、あの鈍感馬鹿にはこれくらいしないとダメ。

 

 

そういえば、竜胆は圭のことどう思ってるんだろう?今日会った時も、特別変わった雰囲気ではなかったし…でも、あの日から竜胆が圭を妙に構い始めたのは確かだし…ただ、友人としての心配なのかな…?でも、たまに見せるあの慈愛溢れる表情は好きな人を思う感じに見える。あの表情を見せるのは、ももが知る限りは圭にだけだ。

 

 

「う〜ん…考えてもわからないや」

 

 

今度、それとなく探りを入れてみよう。

もし、竜胆も圭のことが好きならその時は…

 

 

 

 

 

 

ももはそんなことを考えながら眠りについた。




自分の気持ちがなんなのかわからない竜胆と決意したもも。

今回は女子二人にお互いの観点から主人公との間にある感情等を見てもらいました。

初恋の時ってその時はわからないものかと思い、竜胆には苦しんでもらいました。竜胆らしいかどうかはわかりませんが。

でも、こんな竜胆も有りかな〜って。



お気に入り、評価、感想ありがとうございます!凄い励みになります!
これからも頑張りますのでよろしくお願いします!


それでは!


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第十一話〜休日〜

前回の続きのお出かけ回です。

5/11 電車の中で主人公が「瑛士とももと話している」とありましたが、修正しました。


距離があるのに話すとか間にいる乗客に迷惑極まりないですからね。


諸星side

 

俺達四人は今、繁華街がある駅に電車で向かっている。休日ということもあって、中々に混んでいて乗る際に瑛士とももと少し距離が離れてしまった。まぁ目的地が同じだから問題無いだろう。

そういえばいつもは話しかけてくる竜胆が静かだな。そう思い、俺が立っている前に座る竜胆に話しかけようとすると、舟を漕いでいた。久しぶりだから楽しみで寝れなかったのか?まぁ目的地まではもう少しかかるし、寝かせておいてやるか。

 

 

ボーッと外の流れる景色を眺めていると目的の駅に着いた。

竜胆はまだ寝ていた。ったく仕方ねえな。

 

 

「おい、竜胆起きろ」

 

「う〜ん…なんだよ…?」

 

「駅に着いたから降りるぞ」

 

「う〜ん…わかった…zzz…」

 

「寝るなよ!」

 

 

両肩を揺すって起こしていると発車のアナウンスが鳴り、扉が閉まってしまった。マジかよ…とりあえずこいつ起こして、次の駅でUターンするか。その旨を二人に連絡をし、竜胆を起こして次の駅で降りた。

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

 

まだ眠いのか足元が覚束無い竜胆に聞く。「大丈夫」というがどうにも心配だ。

 

 

「ほら、しっかりしろよ」

 

「あ…う、うん」

 

 

竜胆の手を握り少しだけ引っ張る。顔色を窺おうとするも目深く被った帽子と少し上から見下ろしているせいかわからない。妙に大人しいし、もしかして体調でも悪いんじゃねえのか?

 

 

「竜胆、本当に大丈夫か?」

 

「な、何が?」

 

「いや、だっていつもはこんな大人しくないじゃん。それに顔少し赤くないか?」

 

「だ、だ、大丈夫だよ!ほら、早く行くぞ!」

 

「お、おい!そんな焦らなくても問題ないって!」

 

 

顔色を見ようと近づきながら話しかけると顔を逸らされ、俺の手を引きながら勢い良く歩き出した。本当にどうしたんだ?

 

 

 

 

 

 

あの後、此方から話しかけても竜胆はボーッとしていて生返事ばかりだった。やっぱり疲れてんのか?そんなことを考えていると目的の駅に着き、今度は無事降りることができた。

瑛士に電話をし待ち合わせ場所まで二人で向かうと、瑛士達を見つけた。向こうも俺達に気づいたのか此方を見ている。何故か、口を半開きにして見つめていた。なんだ?何かあんのか?そう思い、周囲を見回しても特に珍しい物は何もない。

 

 

「悪い。待たせたな」

 

 

二人の前まで着き、謝罪をするも反応は返ってこない。

 

 

「「………」」

 

「さっきからどうしたんだよ?」

 

「………手」

 

 

ももが俺達の間を指差しながら呟く。手?…あ、手を繋いだままだった。慌てて竜胆の手を離す。

 

 

「あっ………」

 

「い、いや、これはあれだぞ!竜胆のやつがちょっと危なっかしかったからであって、別段どうこうって訳じゃないから!な、なあ!竜胆?」

 

 

さっきまでは特別意識してなかったが、指摘されると恥ずかしくなり慌てて言い訳をしてしまう。

竜胆の方に助けを求めると俯いている。

 

 

「り、竜胆?」

 

「…そうなんだよ!いや〜実は今日が楽しみであんまり眠れなくてさ、眠気で足元が覚束無かったから圭に支えてもらってただけなんだよ!」

「そうなんだよ!ってか楽しみで寝れないって小学生かよ(笑)」

 

「………」

 

 

竜胆の説明を聞いて納得して笑っていると、瑛士も納得している。ただ、ももだけは竜胆をジッと見つめている。

ももに話しかけようとするが、竜胆に拳骨をもらい中断する。

 

 

「痛っ〜…何すんだよ!?」

 

「うるせえ!笑いすぎだ馬鹿!」

 

 

涙目で訴えるもスタスタと先を歩いて行ってしまう。

 

 

「今のは圭が悪いわね」

 

「そうだね。早く謝った方が良いぞ」

 

 

ジト目で言ってくるももと、ウンウン頷きながら言う瑛士。

 

 

「う…わかったよ」

 

 

二人も俺の返事を聞いて歩き出す。俺は走って竜胆を追う。ってかやっぱり休日なだけあって人多いな。早く追いつかないと見失っちまうぞ…あ、ターゲット発見!

 

 

「竜胆!」

 

 

声をかけながら手首を掴み竜胆を止める。

 

 

「なんだよ?」

 

「さっきはごめん!笑いすぎた」

 

 

頭を下げ謝ると、溜め息を吐き「もういいよ」と言ってくれた。なんとか許してくれたようだ。

 

 

「た・だ・し…」

 

 

頭を上げるとニヤニヤと悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。あ、これは良からぬ事を考えてる顔だ。ヤバイよヤバイよ!いかん、芸人の物真似をしてる場合じゃない!ここは戦略的撤退をせねば、俺の未来はない!

 

 

「食べ歩きの金はお前持ちな♪」

 

 

逃げようと試みるも後ろから抱きつかれ失敗に終わってしまう。

 

 

「無理!今の俺の財布の中身は閑古鳥が鳴いてるんだ!」

 

「じゃあ半額で許してやるから観念しろ!」

 

「い〜や〜だ〜〜〜!」

 

つい道の真ん中で叫んでしまい、周囲の人達がチラチラと此方を見ている。そんなもん気にしてられん!

 

 

「ったく仕方ねえな。じゃあ昼飯だけは奢れよ?」

 

「かしこまりました!」

 

 

竜胆は小さく溜め息を吐き、俺から離れる。なんとか昼飯のみになった。助かった!これだけならなんとかなるだろ。

話が終わったのを見計らってか瑛士とももが近づいてきた。

 

 

「話は終わったかな?」

 

「何やってんだか…恥ずかしくて近寄れなかったわよ」

 

 

瑛士は苦笑混じりに、ももは呆れながら話しかけてきた。チクショウ…俺だってやりたくてやってるんじゃないわい!

 

 

「それじゃまずはももの買い物からでもいい?」

 

 

特に問題も無いので、全員が頷き、ももを先頭に歩き始めた。なんか目的の前にドッと疲れてしまった…

 

 

俺ともも、瑛士と竜胆で並んで歩き、各々で談笑していると目的地に着いたのかももが足をとめる。

 

 

「ブッチーショップ?」

 

着いたのはなんともまぁファンシーな店だった。男だけじゃこんな店には入れないな。

 

 

「そっ。新しいのが出てるかチェックするのよ」

 

「ふーん、んじゃ行きますか」

 

 

店の中に入るとももは黙々と商品を見ては置きを繰り返している。竜胆は竜胆で商品を手に取りももに見せている。俺と瑛士はそんな二人を並んで眺めていた。

 

 

「こうやって見てると二人とも普通の女の子だな」

 

 

瑛士が微笑みながらポツリと言う。確かに料理をしてる時や仕事の時とは違うな。

 

 

「確かにな。久しぶりで忘れてたのかもな」

 

 

そう、彼女達はまだ成人もしていない高校生。料理をしてる時等に見せる年不相応な顔を知っている分、つい忘れてしまう。やっぱりこうして外から見てると二人ともかなりレベルが高いと思う。うん、外から見てる分には良いんだよ。

さっきも歩いてれば男達が二人を見てたし、女達は瑛士を見てたし。俺?眼中にもないらしく誰も見てなかったよ…べべ、別に悔しくねえし!

 

 

「さて、次行くわよ」

 

 

ももが袋を持って俺達の元へ来た。竜胆は満足したのか遅れて出てきた。

 

 

「ほら、貸しな」

 

 

ももから袋を取り持つ。以外と重いな。

 

 

「あ、ありがとう…」

 

「おう。珍しく素直にお礼言えたな」

 

 

ももの頭をポンポンと軽く叩く。うん。素直なことは良いことだと思います!

 

 

「う、うるさい!馬鹿星!」

 

「はいはい」

 

 

ももの罵倒を適当に流し、竜胆達の後を追う。フッ、いつまでも子供の様に言い争いをしたりしないのだよ…俺は日々成長しているのだ!

 

 

「ほら、もも。置いてくぞ?迷子になっても知らんぞ」

 

 

その場に立ち止まりももが来るのを待つ。こいつは背が低いから人混みに入ると見失っちまうからな。

 

 

「馬鹿にするな!この…馬鹿星!」

 

 

近づいてきたと思ったら罵倒+脛蹴り。あまりの痛さに脛を押さえてしまう。

 

 

「痛っ〜〜…蹴ることはないだろ!」

 

「フンッ…んっ」

 

 

ももはそっぽを向き手を差し出してくる。えっと…?

 

 

「あのぅ〜ももさん?この手はいったい?」

 

「んっ」

 

「???…あぁ…はいはい」

 

 

漸く理解し、ももの手を取る。迷子になりたくないのね。人多いもんな。

 

 

「じゃあ行くわよ」

 

「はいはい。もも姫様」

 

 

手を繋いで瑛士と竜胆を追う。あれだけでわかるとか、自分で自分を誉めてあげたい。本当、成長したな!俺!ももの機嫌も直ったし何よりだな。

しかし、手を繋いだだけで機嫌直すとか、今日も大事に抱いているブッチーも相まってなんというか…子供だな。本人には絶対言えないけど。

 

 

「あんた今、失礼なこと考えてるでしょ?」

 

「め、滅相もございません」(震え声)

 

 

いや、だから何で俺の周りの女は人の心を読めるのん?皆エスパーなのん?こんな馬鹿な考えもバレバレなのん?やめて〜〜〜!!

 

 

気づけば二人に追いついていた。またしても口を半開きにしているな。瑛士、端正な顔立ちが台無しだぞ。

 

 

「あぁ…これは人混みではぐれないようにな」

 

「そ、そうよ。ももは圭が迷子にならないように手を繋いであげてるの」

 

 

さすがにこれには俺も瑛士も苦笑いをしてしまう。明らかに逆だろうが。バレバレだぞ。

 

 

「…の………くせに」

 

「ん?竜胆?何か言ったか?」

 

 

別にラノベ特有の難聴系主人公の真似をしたわけではない。周囲の喧騒のせいで聞こえなかっただけだ。

 

 

「???」

 

「何でもねえよ。そろそろ昼飯にしようぜ。私腹減ったし」

 

「ん。そうだな。なにか食べたい物でもあるのか?」

 

 

竜胆は腕を組み思考する。時間も昼飯時はちょっと過ぎてるし人気店じゃなければ問題無いだろう。

 

 

「よし!ラーメンにしよう!決定!」

 

 

そう言ってまた先に行ってしまう竜胆。そんなに腹減ってたのか?

残された俺達は竜胆の後を追った。あ、手は繋いだままです。だって離してくれないし、本当にはぐれちまったら面倒だしな。

 

 

 

 

 

 

適当に空いている店に入り昼飯を済ませた。ラーメンは可もなく不可もなくって感じだった。もうちょっと出汁をしっかりとすれば人気が出ると思いましたまる。あ、ちゃんと奢りましたよ。全員分…だって一人だけって悪い気がして。

その後は繁華街をブラブラしながら食べ歩きをして帰宅中だ。

 

 

「瑛士、大丈夫か?」

 

「苦しい…」

 

 

最寄り駅で家が同じ方角同士で別れた。俺は寮だけど瑛士は学園寄りの方なので肩を貸して歩いている。

最初は各自で買ったものを分けて食べてたのだが、竜胆が気になった物を片っ端から買ってきて皆で食べてたんだが、そのうち女子二人は一口しか食べなくなった。最終的に俺と瑛士が食べることになりこの惨状である。ももなんて途中から食べ物が来る度に、親の仇でも見るかのような目付きだったしな。

 

 

「瑛士!頑張れ!もう少しだ!」

 

「………」

 

「頑張れ〜負けんなあ〜ちっからのか〜ぎり〜い〜きて〜やれ〜〜」

 

「圭…ネタが古いよ……俺は…ミ○姉さん派だ…」

 

 

小○田部長最高だろうが!○ル姉さんも好きだけど!

そんなやり取りをして瑛士を送り、寮に帰った。

 

 

今日は疲れた…が!明日は完全休暇だから後輩成分を補給しまくろう!カメラよし!お土産よし!レッツゴー!!

 

 

 

 

 

 

次の日、屍のように眠る圭が、寮内にて発見されましたとさ。

 




長くなりそうなので、とりあえず主人公sideのみにしました。

これはイチャイチャの部類に入るのかな?

次回は竜胆とももsideを書いていきます。

感想でこの回で竜胆がどうなるのかというものがありました。
申し訳ございません!
次回までお待ちください。


それでは!


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第十二話〜二人の想い〜

さあやって参りました!竜胆の想いは!?
ももの想いは!?



ももside

 

今日は、昨日四人で計画したお出かけの日だ。鏡の前で身だしなみを確認する。髪OK、服装OK、ブッチーOK。今日は楽しくなるといいな♪

 

 

 

駅に到着し、皆と無事合流できた。目的地までは電車で移動だ。休日のせいか中々に混んでいて、圭と竜胆と少し離れてしまった。

暇を持て余していてもしょうがないので、瑛士と話していると目的の駅に着き、瑛士と降り二人を待つがいつまで経っても二人が降りてこない。そして、二人を乗せたまま電車は出発してしまった。

少しすると、二人同時に圭から連絡が来た。どうやら竜胆が寝過ごしてしまったらしい。

 

 

「どうする?」

 

「とりあえず俺達は駅を出て駅前の広場で待ち合わせにしようか。連絡しとくよ」

 

「ん。よろしく」

 

 

 

 

 

 

瑛士と待ち合わせ場所で待っていると、圭達が手を繋いで現れた。え?この短時間で何があったの?瑛士もそう思ったのか二人して口を半開きにして、圭達を見つめる。竜胆が圭に抱きついたりは見たことあるけど、手を繋いでいるのは初めてだったので驚いてしまった。

圭達が近づいてきて、圭が謝罪をしてくるけど、驚きのあまり二人して返事ができなかった。

圭が怪訝そうな顔で私達を見てくるので、ハッとして圭の疑問を解消するために、圭達の手を指差し簡単に「手」とだけ伝える。

漸く気づいたのか慌てて手を離す圭。手を離した時、竜胆が寂しそうな表情を浮かべたのをももは見逃さなかった。

圭が何か言ってるけど、ほとんどがももの耳には入らない。やっぱり竜胆も圭のこと…。

そんなことを考えてて竜胆を見ていると、竜胆が圭に拳骨を落としていた。うわっ…痛そう。相変わらず容赦がないわね。とりあえず、どう考えても圭が悪い。瑛士も同感なのか、追って謝るようにと言っている。こんなことで楽しみにしていたお出かけが台無しになるのは嫌なので、圭を見送り瑛士と歩いて二人を追う。

少し歩くと圭がなにやら叫んでいた。その場で見守っていると、どうやら許してもらったようで、竜胆がいつものように抱きついて圭に昼飯を奢るように言っているが、圭も引き下がらない。見ているこっちが恥ずかしくなるけど、ああやってじゃれあっている二人を見ていると羨ましく思う。ももが抱きついたら圭はどんな顔をするだろう?想像をしてみるけど、恥ずかしくて顔が熱くなる。

 

 

「もも?顔が赤いけど大丈夫かい?」

 

「だ、大丈夫よ。ただ、こんな大衆の面前であんなことをしてる二人を見て恥ずかしくなっただけだから」

 

 

二人を言い訳にして誤魔化した。瑛士は苦笑混じりで「確かに」と言って納得していた。なんとか誤魔化せたみたいね。

決着が着いたようで、竜胆が圭から離れたのを見計らって、二人に合流した。まだ、周囲が好奇の目で二人を見ているし、早くここから離れよう。そう思って、先ずはももの買い物からするということを提案する。三人とも了承してくれたのを確認して、早くこの場から離れたくて先を歩いていると、圭が横に並んできた。ちょっと嬉しいと思ってしまうあたり、ももも相当だなと思い、苦笑を浮かべてしまう。

圭と談笑しながら歩いていると、目的の“ブッチーショップ”に着いたので足を止める。圭は、首を傾げ店名を呟いた。

ショップに来た目的を伝えて、店内に入り物色を開始した。あ、これ新作だ♪やっぱりブッチーは可愛いなぁ♪

 

竜胆も物色を始めて、ももにぬいぐるみを見せてくる。圭と瑛士は興味がないのか二人で話しているみたい。

ももは買い物を済ませ店を出る。竜胆も満足したのか遅れて出てきた。ふふ♪いい欲しいものも手に入ったし良かった♪でも買いすぎたかも。ちょっと重いなぁ。

次に行こうとすると圭が袋を持ってくれた。本当こういうところが狡い。もも達のことを良く見てくれてて、それが嬉しい。変なところは鈍感だけど…

ももがお礼を言うと、頭を優しく叩いてくる。うぅ〜…この子供扱いだけは許せない!

そう思っていつもの調子で罵倒をするけど、軽く流されてしまった。な、生意気な!しかも、迷子になるとかまたしても子供扱いしてくるし…圭はもものこと妹のようにしか見てくれないのだろうか…

そんな哀しみと怒りから近づいて脛蹴りをかました。ももは悪くないもん!圭が悪いんだもん。

そういえば、さっき竜胆と手を繋いでたわね。羨ましいと思うと同時に嫉妬もした。この前の膝枕に比べれば恥ずかしくもないし、ももも手を繋いで圭と歩きたい。

圭に手を繋ぐように手を出すけど、理解してくれない。察しなさいよ!馬鹿星!もう一度要求すると、少し経って理解したのか手を繋いでくれた。ももの小さな手を圭の手が包むように握られる。すごい安心する。ももはどうしようもなくこの人のことが好きだと、改めて自覚した。

 

 

先を歩いていた竜胆と瑛士が此方を見て口を半開きにしていた。さっきのもももあんな感じだったのかな?でも、まだやっぱり知り合いに見られるのは恥ずかしい。

圭が説明をする。それに追従して、ももも説明をするけど、圭と瑛士は苦笑を浮かべていた。

竜胆だけは悔しそうに小さく「私の時はすぐに離したくせに」と呟いていた。圭には聞こえなかったらしく竜胆に問いかけているが、竜胆はすぐに切り替えて、昼食を取ることになった。

 

 

 

 

 

 

昼食は圭に奢ってもらった。おそらく竜胆と揉めた時に竜胆に奢る予定だったのが気を利かせて全員に奢ったのだろう。

その後は、竜胆の食べ歩きに付き合っていた。竜胆…よくそんなに入るわね。あんなに食べてもスタイルは変わらないとか…あの栄養はその豊満な胸にいってるのかと思うとつい胸を睨み付けてしまった。も、ももだってもう少しすれば…圭は大きいのと小さいのどっちが好きなんだろう?圭のことだから、そんなの関係ないとか言いそうだけど。

 

 

最寄り駅で圭と瑛士と別れた。瑛士大丈夫かな?かなり苦しそうだったけど。まぁ圭が付いてるし大丈夫ね。

竜胆と二人で談笑しながら家に向かって歩いていると、公園が見えた。やっぱり確かめといた方がいいかな。

 

 

「ねぇ竜胆、もうちょっとあそこの話さない?」

 

「ん?あぁいいぜ」

 

 

公園に入り、ベンチに座る。公園には少し遅い時間のせいか、もも達以外は誰もいない。

さて、どうやって切り出そうかな…

 

 

「いや〜今日は楽しかったな♪」

 

 

竜胆はベンチの背もたれに身体を預け大きく伸びをしながら、ご機嫌に言う。

 

 

「そうね。ももも楽しかった」

 

 

他愛ない事を話していると少しの間ができた。ここしかないわね。ももは決心して切り出す。

 

 

「ねぇ、竜胆は圭のことどう想ってるの?」

 

「!?…どうって、友達だと思ってーー「本当に?」………」

 

 

一瞬驚いて、取り繕うように言ってくる。でも、逃がさない。

 

 

「わかんないんだ…友達だとは思ってる。…あの日から圭のことが放って置けなくて…」

 

 

俯きながらもポツポツと語る竜胆。ももは黙って聞くことにした。

 

 

「昨日も家で考えたんだ。そしたら、さ…」

 

 

そこで一旦区切るとももの方を見てきた。

 

 

「ももと圭が仲良く並んで歩いてる姿が浮かんできて…私は置いていかれて…それが苦しくて、寂しくて………ももは圭のこと好きなんだろ?」

 

 

いきなりで驚いて目を見開いてしまう。バレてたのね。

 

 

「…いつ気がついたの?」

 

「否定しないんだな。う〜ん…結構最近かな。圭と話したりしてる時、恋する乙女みたいな顔してたしな。まぁ私は漫画とかの知識だけだから、当たってるかどうかはわからなかったけどな」

 

 

竜胆は苦笑を浮かべて応える。それを言うならあんたもよ。そっか、自覚がないのか。ライバルが増えるのは嫌だけど、圭と同じくらい竜胆も大切な親友だしね。

 

 

「そう…竜胆、あんたもそういう表情浮かべてるの気づいてる?」

 

 

「え?」と呟いてももを見てくる。やっぱり自覚なしか。

 

 

「普段はあんまりだけど、今日とか特にそうだったわよ。手を離された時とか、ももと圭が手を繋いでいる時も。圭達は気づかなかったみたいだけどね」

 

「そんな…べ、別に私は…」

 

「それにさっき話してる時が一番そうだったわよ。友達って言う前に少し間があったのだってそうでしょ?…もう一度聞くわよ。圭のことどう想ってるの?」

 

 

竜胆は再び俯いてしまった。きっと今日のことを思い出してるんだと思う。そして、顔をあげて…

 

 

 

 

 

 

竜胆side

 

昨日は結局考えが纏まらずほとんど眠れなかった。化粧台の鏡に映る自分は目の下に隈を作って、ひどい顔だ。

普段は薄くしかしない化粧を隈を隠すために念入りにした。

電車では規則的に揺れる感覚が気持ちよくて、圭に起こされるまで寝てしまった。足元が覚束無い私を、圭が優しく引っ張ってくれる。昨日あんなことを考えたせいか、恥ずかしくて顔を赤くしてしまう。

圭は心配そうに此方を見てくる。バレないように急ぎ足で逆に手を引いて歩いた。

 

 

目的の駅に着いてももと瑛士と合流すると、突然手を離されて、寂しく思った。適当に圭に合わせるとバカ笑いをし始めたからムカついて拳骨をした。先を歩いていると圭が追いかけて来て謝った。先ほどの拳骨である程度は落ち着いたから条件付で許すことにした。いつものように圭に抱きついてみた。少しドキドキするけど、こうやってお互いに馬鹿をやるのが楽しいし安心する。

圭から離れた後は、もも と圭が仲良く先を歩く。瑛士と話すけど、気づくと二人を目で追ってしまう自分がいた。考えていたことが、現実になりそうで、また胸が締め付けられる。

 

 

店に着くとももが先に店内で物色を始めた。私も気持ちを切り替えて、適当に物色をしてももが持っていなさそうなぬいぐるみを見せる。私は特に買いたい物が無いので、ももの会計が終わるのをぬいぐるみで遊びながら待った。

会計が終わり、店を出て次に向かうことになった。多少気が晴れた私は瑛士と話ながら先を歩いて、二人が気になって振り向くと、ももの袋を持って手を繋ぎながら歩く圭とももの姿を見つけた。ついその場で立ち止まってしまった。

 

 

「ん?竜胆、どうし…た…」

 

 

瑛士は私が立ち止まっているのに気づいて足を止めて私の目線の先を追うと二人を見つけ、口を半開きにしていた。私も口を半開きにしてしまいながら、二人を見つめていると、追い付いた二人が手を繋いだまま説明をしてくる。何故か悔しくて、寂しくてまたあの気持ちが湧いてくる。どうして…?

 

 

「私の時はすぐに離したくせに…」

 

 

つい口に出してしまった。マズイと思って咄嗟に誤魔化した。聞こえてないみたいで良かった。

上手く誤魔化せたみたいで昼食を取りに向かった。

 

 

昼食を終わらせて気を紛らわせようとブラブラと歩きながら、食べ歩きをした。圭と瑛士が必死に残飯処理をしていた。

 

 

瑛士と圭と別れて、ももと話ながら歩いていると、ももが公園で話そうと言ってきたので着いていく。

少しの間、談笑しているとももが圭のことをどう思ってるのか聞いてきた。…なんで今なの?

真剣な眼差しで私を見ているもも。少し考えて友達と応えると「本当に?」とまた問いかけてくる。私はわからなくなって昨日考えていたことをゆっくりと話した。黙って聞いてくれるもも。普段は毒舌が多いけど、こういう優しいところもある。そして、考えていて一番苦しかった、ももが圭のことを好きなんじゃないかという気持ちを問いかける。

ももは驚いて少しの間を取っていつ気づいたのか聞いてくる。やっぱりか…。ももの問いに苦笑混じりで応えると、ももは私も同じ表情をしていたことを指摘してくる。え…?私、そんな顔をしてたの?

驚いてしまい応えることができなかった。

ももは止まらない。今までもそういう顔をしていたという。特に今日は顕著に出ていたようだ。

そして、もう一度同じ質問をしてくる。

 

 

「圭のことをどう思ってるの?」

 

 

俯いて、もう一度今日のこと、今までのことを思い返す。圭に心配されて手を握ってもらった時、嬉しかった。圭とじゃれあっている時、話している時、楽しかった。圭に頭を撫でてもらいながら膝枕をしてもらった時、守ってもらってるみたいで安心した。圭とももが手を繋いでいた時、胸が締め付けられるように苦しかった。圭が遠くに行ってしまいそうで寂しくて…辛くて…不安だった…。そっか…私は…

 

 

「私、圭のこと好きなんだ」

 

 

顔を上げて自分に言い聞かせるように言った。ももの方を見ると笑顔を浮かべていた。

 

 

「漸く自覚したみたいね」

 

 

きっとここでもものことを心配したらダメだと思う。お互いを認め合うからこそ…

 

 

「…あぁ、私達ライバルだな」

 

「そうね。ライバルであり親友よ!」

 

「そうだな♪」

 

 

今までの心の中の靄が晴れて清々しい気分になれた。これもこの優しい親友のおかけだ。

 

 

「もも、ありがとうな♪」

 

 

そう言ってももに抱きついた。ももは慌てて離そうとする。

 

 

「こ、こういうのは圭にしなさいよ!」

 

「ん〜?いいのかにゃ〜?今までもそうだけど、意識させたら圭なんて一発KOだと思うけど♪」

 

ニヤニヤとしながらももに胸を押しつけて挑発する。

 

 

「な!?や、やっぱりダメーーー!」

 

 

ももが公園中に響いたのではないかというほどの叫びをあげる。

 

 

 

 

 

 

本当にありがとう。私の大切な親友。そして、絶対負けないからな♪




前回の話や前書きであれだけ煽ってこの雑さ…申し訳ございません!(土下座)

これが今の作者の実力です。
何にしても竜胆がヒロインに決まりましたね。
親友っていいですねb


竜胆をヒロインにするかは正直かなり悩みました。書いててこのままももの応援でも良くないか?とか思ったりもしました。だから、あの苦悩だったわけです。
ギリギリまで迷いましたが、結果はご覧の通りです。

あと、タイトル詐欺じゃないだろうかと思うわけですよ。極寮生がちょっと空気かなって。
これから上手く絡めていきたいなと思ってます。


長くなりましたが、それでは!


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〜宿泊研修編〜
第十三話〜宿泊研修〜


タイトル通り宿泊研修編に入ります。

5/15 宿泊研修と実地研修(スタジエール)を間違えていたので修正しました。ご報告ありがとうございます!


『宿泊研修』とは、遠月学園の高等部一年生全員が参加する強化合宿である。毎日過酷な料理の課題が出され、低評価を受けた生徒は即刻退学を言い渡される地獄の合宿。毎年、多くの生徒がここで脱落していき、酷い年は半数以上がふるい落とされた。

 

 

 

 

 

 

はーい!現場の諸星圭です。いや〜絶好の宿泊研修日和ですね!私は今、遠月学園の高等部一年生達の恒例行事、宿泊研修が行われる遠月リゾートホテル“遠月離宮”にお邪魔しています!では早速、生徒達の顔を観てみましょう!あれれ?皆、元気がないぞ?そんなんじゃこの宿泊研修は乗りきれないぞ★

うん。ごめん。気持ち悪い上にこれ俺のキャラじゃないし。こういうのは創真の初食戟の時に司会してた、“川島麗”さんなんかが良いと思うわ。さて、何故一年生の行事に三年生である俺が参加しているかというと、話すと長くなるから簡単に一文で説明しよう。

 

 

 

総帥に行ってこいって命令されました。ねえ?俺って仮にも十傑だよ?仕事はいいの?帰ったら溜まってるとか、そんなことあっても俺絶対やらないからな!絶対だぞ!

まぁさすがに総帥もそこまで鬼ではないだろう。信じよう。信じないとやってられん…

はぁ…別に研修を受ける訳じゃなくて講師陣のサポートとかだから良いけどさ。あ、やべっ!堂島さんに挨拶しないと。

ノックをし、入室許可をもらい中へ入る。

 

 

『堂島銀』さん、元遠月十傑第一席で歴代最高得点で学園の卒業試験をクリアした第69期卒業生。現在は遠月リゾート総料理長兼取締役会役員という地位にいる。極星寮OBでもあり、極星寮の黄金時代を築いた一人でもある。

ちなみに俺達、第90期生の宿泊研修の時、この人も講師を担当していた。

 

 

「失礼します。高等部三年 遠月十傑特別席 諸星圭です。総帥の命により参りました」

 

「うむ。二年ぶりだな、諸星。話は総帥から聞いている。しっかりとサポートの方、頼むぞ」

 

「はい!」

 

 

直立不動で緊張した面持ちで挨拶をする俺に対し、椅子に座り事務的に返す堂島さん。しかし、俺を見る目は見定めようとするような目であった。

 

 

「えっと…堂島さん?」

 

「ふむ。あの頃からしっかりと成長しているようだな」

 

「ハハハ、さすがに一年の頃から変わってなきゃ残ってませんよ」

 

 

苦笑混じりで応える俺を、先程と変わらない目をして未だに見ている。

 

 

「…諸星、料理人としての道は諦めたのか?」

 

「!?」

 

 

突然、そう言ってくる堂島さん。この人は知ってる側か…大方、総帥から聞いたんだろうな。

 

 

「いえ…諦めた訳では…ありません。ただ……」

 

 

先を言おうとするが、突然扉が勢い良く開き飲み込んでしまった。な、なんだ!?テロリストか!?

驚いて振り返ると、そこには乾さんがいた。どうやら先程の堂島さんとの会話を聞かれていたようだ。

 

 

「乾さん!?」

 

 

『乾日向子』さん、元遠月十傑第二席で第80期卒業生。在学時は『霧の女帝 』と呼ばれていたとのこと。現在は日本料理店『霧のや』の女将だ。

 

 

普段はマイペースでおっとりとした雰囲気の彼女からは想像できない行動に驚いている俺と、深い溜め息を吐いて見ている堂島さん。え?なに…この状況…俺はどうしたらいいの?

 

 

「圭君!料理人を辞めるってどういうこと!?」

 

 

戸惑っている俺を他所にいつの間にか回復していた乾さんが肩を掴み揺さぶってくる。

 

 

「ちょ!?お、落ち着いてください」

 

「これが落ち着いていられますか!?貴方は卒業後、“霧のや”で働いてもらうんですから!」

 

「えぇ〜〜〜!?」

 

 

俺の知らない所でいつの間にか就職先が決まってました。ってかマジで何も聞いてないんですけど!?それよりもいい加減揺するの止めてもらわないと吐いちゃう!

 

 

「日向子、諸星は“リストランテ・エフ”に来るからそれはない」

 

「は!?いや、あのそれよりーー「ナニヲフタリハイッテルンデスカ!ケイハ“テゾーロ”ニクルニキマッテルジャナイデスカ!」…誰か…助けて…」

 

 

いつの間にか現れていた水原さんとドナートさん。助けを求める俺を他所に、次々と俺の就職先が勝手に決まっていく。いや、マジでヤバイ…意識が…

 

 

「お前ら!そこまでにしろ!諸星の顔が青ざめているぞ」

 

「は!?大丈夫ですか!?圭君!」

 

 

堂島さんの一喝で解放され、乾さんに心配される。いや、あんたが原因なんだが…

ぐったりとしている俺に堂島さんが水を渡してくれる。貴方が神か…今ならなんでも言うこと聞いちゃう!

もらった水を飲み、落ち着いてきた。水が上手いぜ!

 

 

「助かりました。ありがとうございます。堂島さん」

 

「気にするな。それより立ち聞きとは感心せんなぁ」

 

 

そう言って入ってきた三人を咎める堂島さん。めっちゃ怖い…

 

 

「私は日向子が叫んでる声を聞いたから来ただけ」

 

「ボクモデスヨ」

 

 

『水原冬美』さん、イタリア料理店『リストランテ・エフ』のシェフで、元遠月十傑第二席の第79期卒業生である。小柄で基本的に無表情のせいか、ちょっと人形っぽいと思ってしまう。本人には言えないけど。

 

 

『ドナート・梧桐田』さん。オーベルジュ『テゾーロ』のシェフで、第80期卒業生。乾さんとは同期生だ。フランクでいい先輩だよな。

 

 

そう事実を述べる二人。乾さんの方に全員の視線が集まると、あわあわと動揺する乾さん。

 

 

「わ、私は“たまたま”通りかかって、そ、そうしたら中から声が聞こえてきたので」

 

「ほお…ここは会場とも乾の部屋からも随分離れているが?」

 

 

堂島さんの威圧に耐えきれなくなったのか「すみません」と言って頭を下げる乾さん。うん、確かに今の言い訳は苦しいな。たまたまを強調しすぎるとこが怪しすぎだし。

 

 

「シャペル先生に挨拶に行ったら、圭君がここにいると聞いて…来てみたらあんな話をされてたのでつい…」

 

「他の二人もそうか?」

 

「「まあ(ハイ)」」

 

 

申し訳なさそうに言う乾さんと堂島さんの言葉に頷く二人。なんというか色々とタイミングが悪かったな。

すると、また別の二人が来た。来たのは四宮さんと関守さんだった。

 

 

『四宮小次郎』さん、パリのフランス料理店『SHINO'S』のオーナーシェフで、元遠月十傑第一席。第79期卒業生で水原さんと同期である。フランスで、日本人初となる『プルスポール勲章』を受章した尊敬する一人の先輩だ。向こうでは『野菜料理(レギュム)の魔術師』と称えられている。

 

 

『関守平』さん、鮨店『銀座ひのわ』の板長で、遠月卒業生である。

ちなみにこの場に集まった全員が第90期の時も来ていた。

瑛士や他の現三年十傑達もリクルートされてたっけな。ももは乾さんとドナートさんにお持ち帰りされそうになっていたな。面白そうだから傍観してたけど。

 

 

おっと、昔を振り返ってる間にも話は進んでいたようで、どうやら二人は堂島さんに挨拶と開会式が始まる時間になり呼びに来たようだ。挨拶が終わった後にリクルートも忘れなかった。

リクルートについては、適当に誤魔化して逃げ、堂島さんとの話も開会式のため、打ち切られた。

 

 

 

 

 

 

会場となるホールに移動した俺達は、壇上の袖に控えていた。そして、シャペル先生の挨拶と宿泊研修の説明がされていた。シャペル先生の紹介で今回の特別講師陣が壇上に姿を現すと一年生達がざわめきだした。まぁそうなるよな。俺達の時もそうだったし。

袖から少しだけ顔を出して一年生達の様子を窺うと、四宮さんが創真の隣の生徒を指差して壇上から降り退学を言い渡した。理由は簡単で、整髪料の問題だ。匂いが強い柑橘系の整髪料をつけていたためだ。御愁傷様と心の中で合掌をする。全員が壇上に戻る四宮さんに視線を集中させていると、今度はドナートさんが恵に近づいて口説き始めた。なにやってんだ!?あの人は!恵は渡さん!渡さんぞ!

そんなことを考えていると今度は乾さんが恵を口説き?始めた。あの、食べごたえがあるってどういう意味ですかね!?やめて!純真な恵をそれ以上汚さないで!

シャペル先生の睨みに気づいた二人が壇上に戻ると、改めて卒業生達の姿を見て名だたる面々であることを確認したようだ。

そして、俺もシャペル先生の紹介で登壇した。

 

 

「今回、諸星には講師陣のサポートをしてもらうことになっている。諸星、簡単に挨拶を」

 

 

そう言ってマイクを渡される。挨拶って…困ったな。適当でいいか。

 

 

「えーと、おはようございます。諸星圭です。俺もこの宿泊研修を体験しました。ハッキリと言っておくと…地獄です。俺達の代でも何人もの生徒が退学していきました」

 

 

地獄と退学という言葉に反応する一年生達。生唾を飲み込み真剣に見つめるやつ、さっきの生徒を思い出してざわめくやつ、様々だ。

 

 

「…ただ、こういったことを乗り越えた先に俺達先輩がいる。また笑顔で再会できることを、祈っている」

 

 

そう言ってマイクをシャペル先生に返し、後ろに下がる。

次に堂島さんがマイクを受け取り挨拶とこの合宿の厳しさを伝え、移動の号令をする。

それぞれが激励等をし、会場から去っていく。一年生達を見送りながら「頑張れよ」と小さく呟いた。

 




無理やり主人公を捩じ込ませました。総帥には逆らえんのよ。


主人公は先輩達を尊敬しているので名字呼びです。
堂島・四宮・水原・関守は主人公を名字呼びですが、日向子とドナートは名前呼びにしました。
卒業生と絡めようと90期生の年も同じメンバーということにしました。

感想やお気に入り、評価ありがとうございます!

それでは!


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第十四話〜研修初日とアルディーニ兄弟〜

お待たせしました。
一話で初日を終わらせようと思ったら長くなってしまいました。

とりあえずお上がりよ!


開会式が終わり、それぞれが担当するバスに向かっていった。さて、俺も移動するかね。

俺は今回の担当である乾さんと同じバスに乗り一年生が乗り込んだのを確認して移動を開始した。どうやら創真と恵が同じ場所のようだ。

しかし、極星寮の後輩と同じだというのに気分が上がらない。それは、隣に座る乾さんと挨拶の時の事があり気まずいからである。と、とりあえずこの空気を払拭しないと!サポートである俺が講師のテンション落としてどうする!

 

 

「「乾さん(圭君!)」」

 

「「………」」

 

 

oh……まさかこんなベタな展開になるとは…この諸星をもってしても見抜けなんだ…しかも乾さん俯いちゃったし。

 

 

「えっとそちらからどうぞ」

 

 

苦笑しながら順番を譲ると、わざとらしく咳払いをして乾さんが話始めた。

 

 

「堂島先輩の部屋の事なんだけど…」

 

 

気を利かせてくれたのか小声で話してくれている。やっぱりその話だよな…

 

 

「いえ、別に料理人を辞めたりはしませんよ。色々とあって、前みたいに料理がちょっと…できないというか…」

 

 

あの時の弁解をし、俯きながら応える。原因はわかってる。全てはあの日から…あれがなければきっと…

 

 

「すみません。せっかくお忙しい所をこうやって来ていただいてるのに」

 

 

一旦話を切り、謝罪を述べると「気にしないで」とでも言うように優しく微笑みかけてくれ、続きを促すようにそのまま黙っていてくれる。

 

 

「ただ…すみません。詳しい事は言えません。まだあいつらにも話していないので…」

 

「あいつら、とは?」

 

「現十傑三年と、極星寮の子達です」

 

 

そう言うと少しの瞑目の後に「わかりました」と言って微笑んでくれた。

 

 

「ただし!」

 

 

乾さんは真剣な表情で人差し指を立て俺の顔の前まで持ってくる。

 

 

「あまり溜め込み過ぎないように。困ったらいつでも私を、私達先輩や先生を頼ること!」

 

 

そう言って最後に微笑んで「いいですね?」と子供をあやすように言ってくれた。俺は「ありがとうございます」と微笑んで頭を下げた。俺は良い先輩に恵まれたな。下手したら惚れてたかもしれないな。

乾さんは、話は終わりと軽く手を合わせ持ってきていた袋からお菓子を出して二人で食べながら会場に着くまでの間、談笑していた。

 

 

 

 

 

 

会場に着き、生徒全員が調理場のある建物に入ったのを確認して中に入り、乾さんの座っている講師用の椅子の横に立ち、開始を待つ。懐かしいなぁ。俺も二年前は向こう側であんな顔してたのかな…おっと、仕事の前に写真撮っておこう!

そう思い、乾さんの許可を取って写真を何枚か撮る。後で新聞部にも渡してやるか。

 

 

「それではーー」

 

 

乾さんが説明を始めて開始の合図がされる。テーマは『和食』で、外に広がる広大な大地から食材を確保してくる…と。

最初、皆が皆、開始されたことに気づかず慌てて出ていく。そんな中、創真と恵、金髪の子とペアであろう太った子が話していた。そして、金髪の子が乾さんの前に来て、創真ペアとの勝負の審査を依頼する。

 

 

「え?なんでですか?課題と関係ないですから嫌ですけど」

 

「へ?あ、そうですね…」

 

 

一瞬時が止まった気がした。いや、うん。ドンマイ。笑いを堪えていると創真が金髪の子にこの空気を指摘し、ペアの子は笑って「カッコ悪いよ。兄ちゃん」と言っていた。ん?兄ちゃん?は?兄弟!?

俺が二人を交互に見ていると今度は俺の前に金髪の子が来た。

 

 

「で、では!諸星先輩!貴方にお願いしたい!」

 

「へ?あ、俺は講師じゃないし、乾さんのサポートとかあるから無理」

 

「へ?あ、そうですね…」

 

 

うん。ごめんな。興味はあるし後輩のお願いを断りたくはないんだけど、立場的に無理なんだわ。そして、金髪の子は創真に捨て台詞を吐きながら弟に連れられ調理場を後にし、創真達も遅れて出ていった。

全員を見送り、持ってきた資料に目を通す。さっきの子は…『タクミ・アルディーニ』と『イサミ・アルディーニ』か。イタリアの大衆食堂『トラットリア・アルディーニ』の跡取りね。中等部二年から編入って事は、俺と創真と同じ編入生なんだな。それに創真と一緒で大衆食堂出身か…なるほど。創真のあの挨拶がタクミ君のプライドでも刺激したかな。

資料に目を通し終えて、乾さんの方を見ると持ってきていた、柿の種を食べていた。

 

 

「乾さん、何かやることあります?」

 

「う〜ん…特にないですね。あ!私の話し相手をお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 

「どうぞ」と隣に座るよう促され、「失礼します」と断り座って、二人で昔話をしながら一年生達を待つ。一年の時は瑛士と組んでたっけ。二年しか経ってないのに本当に懐かしいな。あの頃は十傑なんて遠い存在だったけど、今は末端だけどその席にいるなんてな…「俺もあの頃の十傑達のように目指す存在に成れているんだろうか」

 

 

「ふふっ、大丈夫。きっと成れていますよ」

 

「あ、口に出ていました?」

 

「はい。ばっちりと♪」

 

 

乾さんはクスクス笑いながら応える。なんか、恥ずかしいな…

 

 

「自信を持ちなさい。貴方は私が認めた一人なんですから」

 

 

乾さんは俺の手を取り、微笑みながら諭すように言ってくる。本当に惚れてまうやろーーー!

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

照れながらもお礼を言うと「どういたしまして」と言って、乾さんはまた柿の種を食べ始めた。

 

 

三十分程が経った頃、タクミ君を先頭にして一年達が戻ってきた。ほとんどの生徒が魚や山菜を持ってきた中、アルディーニ兄弟が持ってきたメイン食材は『合鴨』だった。うん。この試験の意図をちゃんと理解してるようだね。人ってのは慣れない環境や状況に置かれると、どうしたって視野や思考等の幅が狭まってしまう。厨房の中だって常に状況とかは変化する。そういった中での対応力や発想力。これがなければ、まずこの試験は落ちる。えーっと創真達はっと…食材は他の子達と変わらないか。これは一歩、タクミ君がリードかな。

そして、アルディーニ兄弟の調理が始まった。イサミ君が包丁を持った瞬間、人が変わったように扱い始めた。いや、変わりすぎでしょ…あれなの?ハンドル握った瞬間人が変わるみたいなやつなの?でも、捌き方は繊細かつ丁寧。凄い後輩をまた一人見つけられたな。

二人の無駄のない動きに他の生徒は作業を止め見ている。いや、観ていたいのもわかるけど、君たちも早く調理しなさいな。創真達と何か話終えると、次は『メッザルーナ』という半月を意味するイタリアで使われる両手持ちの包丁を使い仕上げに入った。俺、あんな包丁使ったことないけど、なんか面白そうだな。機会があれば試したいな。

そして、一番に料理が完成し乾さんと何故か俺にも配膳される。

 

 

「えっと、タクミ君?俺は審査員じゃないから作らなくても良かったんだけど」

 

「いえ、できれば諸星先輩にもご試食していただきたかったので」

 

「まぁ…そういうことなら遠慮なく」

 

「合鴨の香り焼き 緑のソースを添えて。Buon' appetito(ブォナペティート)」

 

 

先ずは乾さんが一口食べ、光惚の表情を浮かべる。しかし、添えられているソース、『サラサベルデ』に対し、一部の生徒が声をあげる。

 

 

「いいえ。このソースはアンチョビではなく、鮎の塩辛、“うるか”を主体に作られています」

 

 

声をあげていた生徒達がざわめきだす。

 

 

「うるかは本来一週間以上かけて作るものですが、これは即席ですね」

 

「はいーー」

 

 

うるかの作り方についてタクミ君が説明をする。んじゃ俺も一口。おお!合鴨の香ばしさと、鼻に抜けるようなソースの清涼感が、より一層味わい深くなっている。

 

 

「そう!これは即席うるかを主体にした、“和風サルサベルデ”です!」

 

「イタリアンのソースを和風に仕上げたのか。むね肉も醤油・辛子・黒胡椒・蜂蜜を混ぜたタレを使って、香ばしくなっていてこのソースとの相性も良い。素晴らしいな」

 

 

思わず拍手をしてしまった。正直驚かされたよ。ここまでの品を食べれるとは思ってなかった。

 

 

「合鴨とサラサベルデ、それぞれに和風のエッセンスをちりばめて、見事に日本料理としてまとめあげている。タクミ・アルディーニ、イサミ・アルディーニ、合格とします」

 

「タクミ君、イサミ君。美味しい料理をありがとう」

 

 

乾さんが合格を言い渡し、俺が礼を言う。

 

 

「「Grazie!(グラッツェ)」」

 

 

拳を合わせお礼を述べるアルディーニ兄弟。うん。文句なしだな。

合格をもらったタクミ君が、創真に何を作るのか聞いていた。創真が応えずにいると、乾さんがさっき断った勝負の審査をすると言い出した。それに対しタクミ君は嬉しそうに、創真がやる気に溢れた反応をする。

 

 

「では負けた方は土下座を」

 

 

あ、やっぱりタダではないんですね。しかも負けた方が相手に「僕は負け犬です」と三回も土下座しながら言わなければならない。

 

 

「待ってください!さすがにそれはやり過ぎーー「ふふっ、圭君?」…なんでもございません」

 

 

待ったをかける俺を威圧による一言で黙らせる乾さん。もうね、好きにしたらいいよ…

土下座に関して恵は免除らしい。乾さん、恵のこと好きすぎでしょ。

タクミ君が仕切り直し、創真を挑発する。さて、創真達はどうするのかね。こうなると一手間かけたくらいの料理だと満足できなくなる可能性も出てくるしな。

創真は何かを思いつき、恵に調達する食材のメモを渡し、乾さんにルールを確認する。そして、柿の種を取り上げた。

 

 

「私のお茶請けーー!」

 

 

乾さんの悲しみに満ちた声が響き、創真は柿の種をタクミ君に渡して食材の調達に向かった。

隣で落ち込む乾さん。どうすんだよこれ。

 

 

「い、乾さん。元気だしてください。まだまだ審査は残ってますから」

 

「はい…」

 

 

なんとか落ち込んだ乾さんを慰め、審査の続きをする。創真のやつ柿の種をどうするつもりなんだ?

創真達が戻ってくる間も審査は続き、ほとんどが魚料理で乾さんが飽き始めていた。何組かは合格したものの、中々合格が出ずに一年生達は苦しんでいた。

 

 

「ふぅ…そろそろ歯応えのある品が欲しいですね」

 

 

乾さんはお茶を飲みながらそんなことを言い出す。確かに似通った品ばかりで飽きるだろうな。

「時間切れまで何度でも作り直して良いですよ」という乾さんの言葉を受け、まだ合格していない一年生達は外に駆けていった。

そして残り十五分、創真達が戻ってきた。創真を確認したタクミ君が、興奮のあまり柿の種を握り潰してしまう。イサミ君にそれを指摘され、慌てて創真に謝る。

 

 

「気にすんなよ。手間が省けた。それにまだ十五分もあるじゃん。定食屋で十五分も待たせたら客が皆帰っちまうよ」

 

 

そう言ってタクミ君から柿の種を受け取り、調理を開始した。

恵が丁寧に山菜の下処理を始め、創真が次の指示を出す。良かった。恵のやつ落ち着いてるな。普段の授業の様子を聞いてた限りで心配してたんだけど。どうやら来るまでの間にしっかりと打ち合わせはしてたみたいだな。

一方、創真は岩魚を捌き、柿の種を袋に入れ砕き始めた。なるほど。柿の種を揚げ衣にするのか。

創真達も役割分担がしっかりと出来ていて流れるように作業が進み、料理が完成し配膳された。

 

 

「諸星先輩、すんません。先輩の分の準備がなかったんで乾先輩が良ければ二人で食べてください」

 

「あ、いや俺のことは気にしなくて良いから」

 

 

創真が頭を下げて言ってくる。俺は審査員じゃないから気にする必要もないのに。律儀なやつだな。

 

 

「じゃあ二人でいただきましょう」

 

 

手を合わせ、微笑みながら此方を見てくる乾さん。

 

 

「わかりました。ではお言葉に甘えさせていただきます」

 

「それじゃ冷めないうちにお上がりよ!」

 

「はい。いただきます。わぁ〜私の柿の種がこんな素敵な揚げ物に」

 

 

乾さんが岩魚の揚げ物を一つ取り、自分の柿の種の使い方に喜んでいた。そして添えられたソースを付け、少し息で冷まして一口。

 

 

「なんて素晴らしい歯応えでしょう!ザックザク♪それでいて中の身はホックホク♪衣に守られ岩魚の旨味が凝縮されています!」

 

 

乾さんの評価を聞き、俺も一口食べようとするが、箸が見当たらない。

 

 

「創真、俺の箸は?」

 

「あ、すんません。なんかもうないみたいで」

 

 

いやいや、そんなことこそないでしょ!だから、乾さん落ち着いて!俺にアーンとかしなくていいから!恥ずかし過ぎるから!

 

 

「あ!そうだ!タクミ君の時に使ってた箸がーー」

 

 

乾さんに取り上げられました…もう勘弁して…(泣)

 

 

「ふふっ、諦めなさい。アーン」

 

「くっ…わかりました。漢諸星!逝きまーす!」

 

 

覚悟を決め勢いで岩魚の揚げ物を食べる。うん。衣にも柿の種の味がついてて美味しい。このソースは卵の素と木の芽のソースか。卵の素に塩と刻んだ木の芽を混ぜ混んで爽やかさを出している。それにより脂っぽさが打ち消されて上品な味わいを作り出しているわけか。添えられている山菜も抜かりなく、岩魚との対比で実に目に鮮やかだ。俺達が味わっている間、恵が創真に今回のアイディアについて聞いていた。どうやらおかき揚げをアイディアの基にしたらしい。うん。美味い!それにこちらもアルディーニ兄弟に負けず劣らずのアイディアだ。

 

 

「名付けて、“ゆきひら流 岩魚のお柿揚げ”だよ」

 

 

創真のネーミングに文句を言うタクミ君。うんうん。少年漫画のライバル同士みたいでいいね!それに美味しくて箸が止まらない。

気付けば完食していた。

 

「幸平創真、田所恵、合格とします!」

 

「とても美味しかったよ。ごちそう様でした」

 

「お粗末様!」

 

 

恵と創真が手を合わせ喜びの表情を浮かべる。

そして、周囲の怪訝な視線に気づいた。あ、美味しくてすっかり忘れてたけど、ずっとアーンで食べてたんだった。やめて!そんな目でみないで!誤解だから!そういう関係じゃないから!

俺が一人で悶えているうちに終了時間が来たようだ。創真とタクミ君が乾さんに勝敗の結果を求めていた。なかなか決まらないでいると、乾さんの携帯電話が鳴り、文句を言っている。

どうやら相手は四宮さんだったらしく慌てて帰りの準備を始めるよう指示し、勝敗の結果は保留となった。片付けを終えてバスに乗りホテルに向かった。

 

 

 

 

 

 

ホテルに着き、皆と別れて次の課題の準備を手伝う。あ、ちなみに乾さんは四宮さんに何処かへ連れて行かれた。助けを求める声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。御愁傷様ですと手を合わせて見送った。

エントランスに残った一年生達が集められ、新しい課題が関守さんから発表された。

悠姫が横にいる人達が誰なのか質問している。

 

 

「近くの施設で合宿中の上腕大学 ボディービル部の皆さんだ。まもなく、アメフト部とレスリング部の皆さんもここに来ることになっている。今日の夕食“牛ステーキ御膳”を各自50食分作ってもらう」

 

 

関守さんの説明を聞いた一年生達が怒号にも似た非難の声をあげる。

また悠姫が自分達の夕食について質問する。悠姫は質問係か何かかな?

その質問に対し、関守さんが冷酷なまでの現実を突きつける。

 

 

「50食あげた者から自分で賄いを作り済ませなさい」

 

「自分で?わ、私達に豪華ディナーは?」

 

「そんなものはない。ちなみに研修中の朝食、夕食は各自で調理してもらうので、そのつもりでいるように」

 

 

悠姫が絶望の表情を浮かべる。そうだよな。ホテルのディナーとか期待しちゃうよな。わかる、わかるぞ!その気持ち!涼子も口に手を添え悠姫を見ていた。頑張れ!負けんな!

 

 

「最後に…60分以内に課題を完遂出来なかった者は、その場で退学とする」

 

 

更に追い討ちをかける関守さん。ほとんどの一年生達の顔が絶望の色に染まり固まった。

 

そして、始まりの合図と共に怒号をあげながら各会場の厨房に入り、調理を始めた。んじゃ俺も仕事しますか。

関守さんの担当会場に移動して、俺も関守さんと同じく、今回は審査の役だ。量の配分等をチェックするというまあ俺でも出来る簡単なものだ。

どうやら、極星メンバーも全員同じ会場のようだ。

 

 

「これとこれは量が少ないから作り直しな。あ、そっちは出して良いぞ」

 

 

一年生達が持ってくる品をどんどん捌いていく。しかし善二のやつ大丈夫か?生まれたての小鹿みたいなってるぞ…課題が始まって数十分すると、創真が男子で一抜けを果たしていた。タクミ君が何やら言っていると関守さんに注意されていた。あの子は失礼だけどアホの子なのだろうか?

峻は落ち着いて捌いてるけど悠姫や涼子、峻以外の極星メンバーは少し焦っているようだ。本当はダメなんだけど一声かけてやるか。

料理を持ってきた担当の極星メンバーに小声で話しかける。

 

 

「後で、適当につまみにでもなりそうな物、差し入れしてやるから頑張れよ」

 

 

そう声をかけると残りの課題を怒濤の勢いで捌いていった。恵も無事合格したようだし、これで極星寮メンバーは全員合格だな。

他の子達にも声援をかけるが疲れのせいか今一成果は出ず、時間が来た。此処でも少なからずの一年生が脱落していった。

 

 

 

 

 

 

担当した会場と他会場の課題の片付けを終え、今は極星寮メンバーが集まっているであろう善二の部屋に差し入れを持って向かっている。誰かに見つかったらまずいからな。渡したらさっさと部屋に戻らないと。

部屋に着き中に入ると悠姫が飛び付いてきた。

 

 

「先輩!お疲れ様です!」

 

「ありがとう。皆も今日一日お疲れ様。これ差し入れな」

 

 

悠姫の頭を優しく撫で差し入れを渡すと、皆の下へ戻っていった。

 

 

「それじゃ、あんまり夜更かしするなよ」

 

「ええー!もう戻っちゃうんですか!?」

 

 

出ていこうとする俺の腕を掴み引き止める悠姫。

 

 

「ああ。仕事もあるしそれに、こういうことは本当はダメなんだ。だから、な?」

 

「わかりました…」

 

「それじゃ皆、明日も頑張れよ!陰ながら応援してるからな」

 

 

悠姫が離れたのを確認して、微笑んで応援を言って部屋を後にした。

 

 

 

無事に誰にも見つかることなく自分の部屋に戻り、残っていた仕事を片付ける。適当に食事を済ませ自分の部屋のシャワーで汗を流し、着替えをしてベッドに寝転がると睡魔が襲ってきた。

 

 

「総帥はなんでここに俺を出したんだろう…」

 

 

そんなことを考えていると、睡魔に勝てずいつの間にか眠りに落ちていた。

 




当初、極星メンバーと何とか絡ませようとした結果がこれだよ…

次は、四宮VS恵・創真です。

それでは!


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第十五話〜響く言葉と料理〜

お待たせしました。
四宮VS恵・創真ペアの食戟です。
初の予約投稿なるものを使ってみました。はい。どうでも良いですね。


それではどうぞ!


合宿二日目の朝、予定より一時間ほど早く目が覚めてしまった。トーストとスクランブルエッグを作り簡単に朝食を済ませた俺は、外を散歩している。清々しい朝…とはいかないか。いやな天気だな。雨、降らないと良いけど…

ボーッと空を眺めていると、目覚ましにセットしておいた携帯が震えた。携帯をポケットから取り出しアラームを止めスケジュール表を確認して、準備のために移動を開始する。今日はバスでの移動はないし、ホテルの各会場での研修か。昨日の調子なら皆大丈夫だろう。善二の体力が心配だけど。

そんなことを考え苦笑を浮かべて、ホテルの入り口を潜った。

 

 

 

 

 

 

午前・午後の準備を済まして担当の会場で午前の講師の人と最終チェックを終えると一年生達が入ってきた。

名簿を見ながら点呼を取り、全員がいることを報告して、午前の研修が始まった。極星メンバーは善二と涼子か。

 

 

「もう!丸井君、シャキッとしなさい!」

 

「ふっ…大丈夫さ。諸星先輩が見てるんだ」

 

 

善二の背中を涼子が叩き気合いを入れると、少しゲッソリとしながらもそれに応える善二。気力はあるけどやっぱりちょっと辛そうだな。多少は回復してるみたいだしなんとか持ちそうかな。

 

 

 

午前の部も終わり、今日の午後はサポートがいらないとのことで今は部屋で書類を整理している。善二と涼子も無事、合格を貰い午後の部へ向かった。良かった。今のところ他のメンバーも脱落の報せが来てないから無事か。

作業をしていると、部屋の電話が鳴る。なんだ?何か不備でもあったか?

 

 

「はい。諸星です」

 

「堂島だ。すまないが午後の部が終わり次第、余った材料を別館にある地下一階の厨房に持ってきて貰いたい」

 

「…何かあったんですか?」

 

「幸平創真が田所恵と自身の合否を賭けて四宮と二対一で非公式の食戟をすることになった」

 

「はぁ〜〜〜!?」

 

 

つい電話越しということも忘れて叫んでしまった。

 

 

「落ち着け諸星」

 

「ハッ!すみません…わかりました」

 

 

小さく深呼吸をして少しだけ速くなった鼓動を落ち着かせる。

 

 

「…堂島さん」

 

「ん?なんだ?」

 

「なんでこんなことに?」

 

「それはだなーー」

 

 

四宮さんの研修を受けた創真と恵。創真は無事合格。でも恵は、料理はできたもののルセット通りに調理をしなかったため不合格。それに対して創真が食って掛かり食戟を四宮さんに挑む。四宮さんが一蹴するがたまたま居合わせた堂島さんと乾さんが試食をして、一考の余地があると判断。堂島さんの説得により、食戟をすることになった…と。

 

 

「ーーというわけだ」

 

「なるほど。わかりました。…堂島さん、俺も見学だけでも良いので居ても良いでしょうか?」

 

「わかった。許可しよう」

 

「ありがとうございます。それでは後程」

 

 

電話を切り、時刻を確認すると、もうすぐ午後の部が終わる時間になる頃だった。あの馬鹿…またやらかしたか。丼研の時といい今回の事といい…しかも相手はあの四宮さんか…再起不能にならないと良いけど…

 

 

 

 

 

 

食材を調達し、指定の場所へ保管していると、今回の創真達の相手である四宮さんを先頭にして卒業生達が入ってきた。

関守さん、水原さん、ドナートさんの三人は審査員として呼ばれたようだ。乾さんは判定が片寄りそうということで、俺と同じく見学とのことだ。

少しすると、堂島さんと創真達がやって来た。

対戦する二組が向かい合う。二組に場所の理由を説明し終えると、恵が此方に気付き驚愕している。

 

 

「ど、どうして卒業生の皆さんが!?そ、それに諸星先輩まで」

 

 

俺は、俺と乾さんは見学、他の三人は審査員ということを説明する。

 

 

「では、これより二対一の野試合を執り行うーー」

 

 

堂島さんが今回の食戟のルール説明を始める。テーマは“今日の研修で余った野菜類を使った料理”。作る品は自由だが、なるべく野菜がメインになるようにする。制限時間は二時間。そして、もう一つの条件が堂島さんから提示された。

 

 

「ーー更にもう一つ条件を付ける。田所恵、君がメインで調理するんだ」

 

 

その条件に創真達の顔が驚愕の色に染まる。恵がメイン…

 

 

「レシピは君一人で決めろ。幸平はサブとしてサポートに回れ。それでは!食戟、開戦だ!」

 

 

堂島さんによる今回のルール説明が終わり、開戦の号令が発せられた。

創真が堂島さんに異議申し立てをする。しかし、元々成立しない食戟を取り持った事、このままでは、結局創真の金魚の糞であること、遠月では生き残れない事を理由にはねのける。

 

 

「今夜、この時…田所君。君がシェフだ!」

 

 

恵の顔色が悪くなっていく。何も出来ないならせめて一声だけでも…

 

 

「めぐーー「諸星!先程の話を聞いてなかったのか?」ーー…っ。すみません…」

 

 

声をかけようとするも堂島さんに遮られ、奥歯を噛み締める。そうだ。俺が恵を…恵達を信じないでどうするんだっ…

四宮さんはメニューが決まったようで、堂島さんに一声かけ調理に入ろうとしていた。

恵は食材の前まで行き、怯えるようにして立っている。

 

 

「へっ、同情するぜ幸平」

 

「何がっすか?」

 

「絶望的な気分だろ。そのノロマの腕に自分のクビがかかってるんだからな」

 

 

四宮さんは恵を鼻で笑い創真に言った。

 

「聞きました?今の憎たらしい言い方」

 

「四宮って本当性格悪いと思う」

 

「ソンナダカラ女性トナガツヅキシナインデスヨ。四宮サンワ」

 

「四宮さん、さすがに今のはちょっと…」

 

 

俺を含めた四人(乾さん、水原さん、ドナートさん)が各々、今の四宮さんの発言に対して反応する。

 

 

「外野は黙ってろ!っていうか日向子、てめえいつの間に縄を」

 

「ガンバレー!私の恵ちゃーん!あんな陰湿男に負けるなー!」

 

「うるせえ!」

 

 

四宮さんと乾さんによる漫才のようなやり取りが終わると、恵が包丁をチェックする四宮さんを見ていた。四宮さんは恵の視線に気付き、一睨みして返すと、恵はまた怯えて視線を外す。何とかしてやりたい…助けてあげたいっ!でも堂島さんの言うように、それじゃあ恵のためにならない…

 

 

「くそっ!」

 

 

顔を伏せ思わず後ろの壁を殴ってしまう。そんな俺の前に堂島さんが来る。顔をあげると頬を叩かれた。周りは呆然とその光景を見ている。一瞬、何が起きたのかわからないでいると、頬の痛みで理解する。頬を抑えながら堂島さんを睨む。

 

 

「…っ。何するんですか!?」

 

「諸星!お前は仮にも遠月十傑に名を連ねる者だろうが!そんな姿を後輩に見せてどうする!」

 

「!?…っ」

 

 

顔を伏せ反省していると肩に優しく手が置かれる。

 

 

「そうですよ。圭君があの子達を信じないでどうするんですか?先輩ならしっかりと結果を見届けなさい」

 

 

乾さんが優しく語りかけてくれる。ああ、そうだ。また俺は弱気になってしまった。俺が信じてやるってさっき決めたばっかなのに。

 

 

「堂島さん、すみませんでした。それに他の皆さんも、ご迷惑をおかけしました」

 

 

顔をあげ、全員に謝罪をし背筋を伸ばして恵を見据える。頑張れよ。俺もしっかりと見てるから。堂島さんは頷き元の位置に戻る。

 

 

「田所ーー「言っておくが彼女のレシピに手を加えるのは無しだ。お前はあくまでスーシェフ、“副”料理長だからな?ーー…っ」

 

 

意識を此方から恵に戻した創真が声をかけようとするも堂島さんに阻まれる。

 

 

「お前は田所に生き残る価値があると思ったんだろ?その彼女の料理が信じられないと言うのなら…今すぐ!勝負から降りろ」

 

「降りるわけないでしょ。俺は料理人すよ。料理人が厨房から逃げ出してたまるかよ!」

 

 

堂島さんをしっかりと見据えてそう言い放つ創真。堂島さんは創真の言葉を受け、口の話を少し上げるだけに留まる。

額から汗を流し呼吸が浅い恵に、創真は合掌をするように言う。恵がそれに従うと、恵の手を両手で挟むように叩いた。

全員がその行動に少しばかり驚いて見ている。

 

 

「痛い…」

 

「実家で教わった緊張を解す裏技だ。一人じゃ出来ないのが難点だけどな」

 

 

創真が微笑みながら恵に説明をすると、漸く恵の緊張が解れたようだ。GJ創真b

創真に親指を立てて笑顔を向けると、あちらも返してくれた。くそ!今の写真に収めたかった!

創真が恵に落ち着いてメニューを考えるよう提案をする。しかし、相手は四宮さんということと、創真のクビがかかっていることを懸念して弱気な恵。

 

 

「俺の親父が言ってたぜ。料理ってのは皿の上に自分の全部を乗っけることだって。相手が何を作るかとか、そういったことは一旦忘れろ」

 

「でも!私なんかの料理じゃ…」

 

「寮の畑で食ったお前のおにぎり…本当に美味かった。余計なことは考えんな。田所らしい料理を作りゃ良いんだ…それで良いんだ」

 

 

創真は諭すように恵に言う。…皿の上に自分の全部を乗っけること……自分らしい料理…か…

 

 

 

四宮さんがまた創真に嫌味を言っていると、恵も作るメニューが決まったようで創真に話しかける。話し合いが終わり、創真は手拭いを額に巻き、気合いを入れて調理に入った。

 

 

「本日限り、“食事処 たどころ”開店だ!」

 

 

ふむ。食事処たどころか。中々良い語呂だな。

そんなことを考えていると、乾さんも同じことを思ったらしく四宮さんにその事を伝えると、四宮さんの命令により、ドナートさんに縄で縛られて連れ戻された。

恵達の調理が始まり、恵が作業工程のミスをすると、それを的確にフォローする創真。余計なことはせず、サポートに徹して恵の作業を邪魔しないように神経を張り巡らせて自分の作業との両立を計っている。その事に卒業生達も感心している。関守さんとドナートさんが創真の資料を見て、感嘆している。関守さんに至っては学生レベルを越えていると言うほどだ。確かに、実家の定食屋で修行しただけじゃあのレベルにはなれないはず…創真…お前はいったい…

 

 

 

 

 

制限時間になり、二組とも料理が完成し、先ずは四宮さんの料理からだ。どんな料理が出てくるのかドナートさんは期待に胸を膨らませている。堂島さんの指示で審査員達に配膳をする四宮さん。俺はドナートさんに分けて貰うことになった。

 

 

「“シュー・ファルシ”!コレハスコシイガイデスネ」

 

 

『シュー・ファルシ』、簡単に説明すると、キャベツの葉で肉や野菜を包んだものだ。洋食でいうロールキャベツだ。

 

 

四宮さんの料理をよく知っている卒業生達は意外なのか、乾さんはいつの間にか縄をほどき、苦言を呈している。乾さんが自分の分がないと文句をたれると、四宮さんはそれを頭へのチョップ一発で黙らせ、水原さんと分けるよう指示をする。

ナイフで切り分け、先ずは香りを楽しむ卒業生達。そして一口…食べた瞬間、身体をくねらせ自身の身体を抱き締める水原さんと、謎のポーズで「美味い!」というドナートさん。水原さん…健全な男子高校生には目の毒です…

水原さんから目をそらしナイフで切り分けて一口食べる。美味すぎる!なんだこれ!?こんな美味いシュー・ファルシなんて食ったことないぞ!

卒業生達が、このシュー・ファルシについて解説している。そして、口を揃えて出たのが…

 

 

「「「まさに、野菜料理の魔術師(レギュムの魔術師)!!」」」

 

 

あまりの美味さに卒業生達が、魔法少女やそれに関するキャラ変身するのが見えてしまった…いや、堂島さんがピンクはキツいです…はい。

全員が食事を堪能し終えると、堂島さんが四宮さんにスペシャリテが食べれるものだと思っていた事を伝える。それに対し四宮さんは、学生に対してそんな大人気ないことはしないと言うが、卒業生達は四宮さんならやりかねないと言う。四宮さんってやっぱり容赦ないのね。でも、恵達が付け入る隙があるとするなら、この絶対的な自信から来る驕り…ここしかない。

 

 

「では田所、幸平。君らのサーブを」

 

 

二人が返事をし恵が配膳しようとするが、皿を持ったまま固まってしまう。不思議に思った創真が恵に声をかけるも返事が返ってこない。きっと審査が怖くて不安なんだろう。

 

 

「大丈夫だ…行ってこい」

 

 

創真が恵の背中をポンッと叩き落ち着かせる。そして恵達の料理が配膳された。

 

 

「これは…テリーヌですね」

 

「はい。七種の野菜を使った“七色のテリーヌ”です」

 

 

俺が料理を見て呟くと、恵が簡単に料理の説明をする。

水原さんが今回の四宮さんの課題が、テリーヌだったことを教えてくれ、四宮さんはこれを自分への挑戦状と取り、恵を威圧する。恵は慌てて自分なりのルセットを見てほしいと弁解する。そんな二人をドナートさんが宥め、審査が開始された。

各々が一口食べる。しっかりと味わい飲み込む。「ウマイ!」というドナートさんを筆頭に全員が顔を綻ばせて頷く。

卒業生達が、解説をし高評価を与える。恵も堂島さんの質問に応えながら料理の解説をし、堂島さんが解説を付け加えながら、四宮さんと恵のテリーヌの違いを述べ、それぞれを評価する。

ドナートさん、乾さん、関守さんの順に感想を述べるが、何故か全員妖怪系に例えていた。いや、恵だと確かに可愛らしいイメージできるけどさ…自身の主張を言い合う大人三人に対し、呟くように水原さんと俺がツッコミをいれる。

 

 

「「ってかなんで全員妖怪系ばっかなのよ(なんですか)」」

 

 

そんな卒業生達を見て、口に手を添え涙ぐむ恵。良かったな…お前の料理が認めてもらえたんだ。

自分のことのように嬉しくなり此方まで涙ぐんでしまった。あ、俺まだ一口も食べてないや…とりあえず落ち着いてから食べよう。

 

 

 

 

 

 

審査が終わり、判定の時が来た。審査員三人に堂島さんからコインが渡され、美味だった方の皿に置くという形式だ。

水原さんから置いていくことになり、全員が置くのを目を閉じて祈りながら待つ恵。俺はしっかりとどちらの皿に置かれるのか見つめている。

そして………

 

 

「実力は歴然。四宮の圧勝というところだな」

 

 

結果は3―0。四宮さんの皿に三枚のコインが置かれた。あの後、俺も試食をした。確かに美味しく恵らしい料理だった。だけど、どちらが美味しかったかと問われると、やはり四宮さんだった。

呆然としている恵に創真が話しかけ励ます。そんな創真の言葉を受けて俯いて涙を流す恵。

事実と嫌味を言って去ろうとする四宮さん。俺は恵達を見ながら拳を強く握ることしかできなかった。ここで今の俺が食戟を申し出ても結果は変わらないだろう。何よりそんなことをして、また恵が悲しむ姿なんて見たくない。………いや、これは言い訳だな…俺も何処か恵に似て自信が無いんだ。更に臆病ときたもんだ。自分で自分が情けない…さっき創真の言葉を聞いて…二人の姿を見て、胸の中に熱いものが込み上げてくる感じがした。あの熱を…あの日より前の、料理に対する熱を取り戻せ!

一歩を踏み出し四宮さんに声をかけようとするも、コインを置く音に遮られた。四宮さんも音に気付き、足を止めてコインを置いた張本人、堂島さんに問いかける。

 

 

「もう勝負はついたはずですが…それはなんの真似でしょう?」

 

「うむ。いやなに、俺はこちらの品を評価したいと思ってな。表を投じさせてもらったまでだ」

 

 

その行動に四宮さん以外の全員が呆然と見ていた。四宮さんだけが堂島さんに意見する。意見に対して「本当にわからないのか?」と言いコインを指で弾き四宮さんに渡す。

渡されたコインを四宮さんが見つめる。

 

 

「田所君の作った料理、その中に答えはあるぞ。四宮…お前今、停滞しているな?」

 

「なっ…」

 

 

堂島さんの言葉を聞き、驚愕する四宮さん。停滞?四宮さんが?

 

 

「本当は気づいてるんだろ?勲章を得た今…次に何処へ向かえば良いかわからなくなっていること。頂に立ち尽くしたまま、一歩も前進できていないことに!料理人にとって、停滞とは退化と同義。この勝負でスペシャリテを出さなかったのは、自分の料理が止まっていることを俺達に知られたくなかったからだろう!」

 

「だまれええぇぇぇーーー!!」

 

 

堂島さんがまくし立てると、四宮さんが怒号に乗せ吼えた。そして、自分と堂島さんの違いを指摘して何がわかるのかと問う。そんな四宮さんに、恵の皿を差し出し「食ってみろ」と言う堂島さん。訳がわからないと皿に手を伸ばさない四宮さんに、皿を置き薦める堂島さん。

四宮さんは皿を見つめ、小さく息を漏らしてナイフとフォークを手に取り、小さく切り分けて一口食べる。酷評をして、もう一口…

 

 

「くっ……」

 

 

ナイフとフォークを置き、両手を調理台の上につき俯く。表情は見えないが小さく震えている肩を見ると何か思うところがあるのだろう。そして………恵の皿にコインを落とした。目元を親指で拭い、顔を上げる。

一呼吸おいて、恵に香辛料として使った“オールスパイス”について問う。

 

 

『オールスパイス』、シナモン・クローブ・ナツメグ等のスパイスの香りを合わせもつ香辛料のことだ。

 

 

水原さんがオールスパイスの説明をし、鳥レバーの臭み抜きに使った事を指摘すると、四宮さんは「それだけの理由ではないな?」と恵に問うと、緊張しながらも「はい」と応える恵。

オールスパイスを使った理由を説明する恵。食べる側の気持ちを考えたその理由に感銘を受けた、乾さんは泣いて、ドナートさんは目頭を抑えながら改めて評価をする。天使や!やっぱり恵は天使やったんや!

 

 

「拙くも響く、そんな料理だったな…田所君は、勝負の場であっても、料理を食べてくれる相手の事をしっかりと見ようとした。お前が頂の先の道を拓くのに必要なことのように思うが?」

 

「ちっ…」

 

 

舌打ちをして自身の掌を見つめる四宮さん。

そんな四宮さんをよそに、乾さんが掛け声と共に五百円玉を恵の皿に勢いよく置く。

 

 

「これで同票。即ち引き分けですね。この勝負、私が預からせてもらいますよ」

 

「むう?引き分けということはつまり、田所君の処遇は食戟開始前のままということだが?」

 

 

乾さんと堂島さんのわざとらしいやり取りを見て、大きく溜め息を吐く四宮さん。

 

 

「何もかもがイレギュラーだ。…とんだ茶番だ」

 

 

四宮さんはそう言って恵を見る。恵は怯えてしまうが、視線を外し嫌味を含んだ励ましの言葉を言って数歩進み立ち止まり、創真を一瞥して小さく笑って出口に向かった。

そんな四宮さんに乾さんが絡むとアイアンクローで乾さんを鎮める四宮さん。そんな光景を見て、思わず笑ってしまった。

出ていく四宮さんを見つめながら恵が戸惑っていた。

 

 

「田所君、食事をする人を温かくもてなそうというその気概、ホスピタリティ、それが君の料理にはある。その強力な武器を遠月で磨いていきたまえ。この三枚のコインは君らの未来に対する投資だ」

 

 

その言葉を聞き涙ぐむ恵と、状況を理解する創真。創真は微笑んで「良かったな」と恵に言うと、ついに緊張の糸が切れたのかその場に泣きながらへたりこんでしまう恵。

 

「うおおおおお!恵!創真!よくやったな!」

 

 

俺も号泣しながら恵と創真を抱き寄せる。本当に良かった…

 

 

「諸星!」

 

「は、はい!」

 

 

喜んでいると堂島さんに名前を呼ばれ、二人を解放して立ち上がり向き直る。

 

 

「お前も前に進む決心はついたか?」

 

「!!はい」

 

「そうか。先程の闘志を燃やした一歩、忘れるなよ」

 

「っ……は…い゛…!」

 

優しく語りかけてくれる堂島さんの言葉に緩くなった涙腺が決壊し返事をする。

卒業生達がそれぞれ、俺や恵達に励ましの言葉を送って部屋から出ていく。

落ち着いた俺達は片付けをし粗方片付いた所で、先に恵と創真を返す。最後まで付き合うという二人を半ば無理矢理返し見送る。片付けが終わり、上の部屋で待っている堂島さんに報告をし出口を出ると、壁に寄りかかる創真を見つけた。

 

 

「創真。どうしたこんな所で?恵は?」

 

 

声をかけると此方に気付き振り向く創真。ん?落ち込んでるのか?

 

 

「田所なら先に帰したっすよ。俺はちょっと反省会みたいな感じっす」

 

 

創真は苦笑を浮かべながら応える。悔しかったのか…そうだよな。こいつは遠月の頂を目指してるやつだもんな。

 

 

「そうか…ってお前!その右手!腫れてるじゃないか!」

 

 

創真の前に立ち視線を下に向けると腫れた右手が目につき、手首を掴んで持ち上げ状態を確認する。たぶん、骨は折れてないな。腫れてるだけか…

 

 

「この位平気っすよ。唾でも付けときゃ治りますって」

 

「この…バカヤロウ!」

 

ヘラヘラという創真に手を離し拳骨を落とす。その場に蹲り頭を押さえる創真。

 

 

「っぅ…何するんすか!?」

 

「お前はまだ研修があるだろうが!」

 

 

蹲りながらも抗議の声をあげる創真を仁王立ちで睨み付ける。

 

 

「たぶん腫れてるだけだろうから湿布もらってはってやるよ」

 

「いや、それくらい自分でーー「返事は?」ーー…うす」

 

「よろしい」

 

 

NOと言わせない威圧を放ち、引き下がった創真に微笑みを浮かべて立ち上がらせ受付に向かう。ああ、こうやってNOと言えない日本人が育つのかも。わからんけど。

ホテルの受付で湿布を貰い、エントランスの椅子に腰かけている創真の隣に座り湿布を貼る。

 

 

「これでよしっと」

 

「ありがとうございます」

 

 

湿布を貼り終えると、お礼を言う創真。

 

 

「こっちこそありがとうな」

 

 

何に対してのお礼なのか理解できず、首を傾げる創真。

 

 

「ああ、ほら。さっきの勝負の時、恵に言ってた言葉があったろ?料理ってのは皿の上に自分の全部を乗っけること…自分らしい料理を作りゃいいんだ…ってさ」

 

 

自分が言った言葉を思いだし、頷く創真。一呼吸置き、言葉を続ける。

 

 

「その言葉がさ、胸に響いたんだよ。忘れてたんだよ。大切なこと…豪華な品も、派手な飾りも要らない。大切なのは皿の上に自分を表現すること。それで相手が喜んで笑顔になれば、それで良いんだって」

 

 

創真は真剣な表情で此方を見つめ、黙って聞いてくれる。

 

 

「それを気付かせてくれた創真に。あと恵もか。だから、ありがとう」

 

「…うす!」

 

 

頭を下げ改めて礼を言うと、笑顔で応える創真。そんなやり取りを終え、創真と別れた。

 

 

 

 

 

 

部屋に着き、うっかり置いていってしまった携帯を確認すると、極星メンバーからの着信やメールがたくさん来ていた。あちゃー…心配かけちまったかな。謝罪の一文を全員に送信して、次に十傑の三年にメールをする。“あの日の事を学園に戻ったら話す”と。

すると、夜も遅いにも関わらず全員から了解の返事が届いた。あの日からあいつらは、先を歩きながらずっと待っててくれたんだよな…

“ありがとう”と全員に送りベッドに横になり眠りについた。今日は良い夢が見れそうだ。

 

 

 

 

 

 

でも、この約束を破ることをこの時の俺は知らなかった。

 




アニメを見返しててこの話しは絶対にやりたかった!
正直なところ、創真との絡みや主人公の心情は宿泊研修編を始める前から脳内で考えていました。やっとここまで辿り着けてホッと一安心しています。
主人公の創真に対するセリフの一部は、一期EDの歌詞の一部を引用させていただきました。気付きましたかね?


また気づいたら多くのお気に入り登録ありがとうございます!
感想やご指摘、応援メッセージもありがとうございます!


それでは!


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第十六話〜宿泊研修終了〜

お待たせしました。
タイトル通り、今回で宿泊研修編が終了です。


それではどうぞ!


宿泊研修も三日目が終了し、今は四日目のプログラムが終了し、残った生徒達が大宴会場に集められたところだ。皆かなり疲れてるな。顔や態度に出てるやつもいれば、平然としつつも疲労の色が隠せてないやつもいるな。う〜ん…この後の死刑宣告に近い発表を受けて精神が持つだろうか…

極星メンバー達はなんやかんやで徹夜で遊んだりお互いの報告もしてたみたいだけど、若いっていいね!あ、これ卒業生とかふみ緒さんの前で言うと、かなり怒られるから決して口には出してはいけない。聞かれた日には………いかん…想像したら冷や汗が…

頭を振り気持ちを切り替え、壇上に出てきた堂島さんに視線を向ける。

 

 

「全員、ステージに注目。集まってもらったのは他でもない。明日の課題について連絡するためだ。課題は、この遠月リゾートのお客様に提供するに相応しい朝食の新メニュー作りだ。朝食はーー」

 

 

堂島さんの説明は続き皆静かに聞いている。メイン食材は“卵”か。新鮮な驚きのある一品ねぇ…はてさてどんな品が出来上がるのか楽しみだ。俺も食べたいな…後で堂島さんにお願いしてみるか。

 

 

「審査開始は明日の朝6時だ。その時刻に試食できるよう準備してくれ」

 

 

朝の6時と聞いてざわめき出す一年生達。しんどいよな。俺も朝弱いからわかる…わかるぞ!この鬼!悪魔!銀!

 

 

「朝までの時間の使い方は自由。厨房で試作を行うも良し。睡眠を取るも良しだ。では明朝、また会おう。解散!」

 

 

解散の号令と共に阿鼻叫喚の嵐。まるで地獄絵図だな…ってか解散って言った時の顔、怖すぎです堂島さん…

創真はタクミ君に絡まれた後、何やらえりなちゃんに話しかけてる。二人の様子を見る限り…仲は良い…のか?

緋沙子ちゃんが来ると二人は去って行った。極星メンバーも悠姫の気合い入れと共に去っていった。ここまで来れば、後は根性だな。頑張れよ!

さて、俺は堂島さんの所にでも行きますか。

 

 

 

 

 

 

堂島さんに明日の試作のお願いをしたけど、ダメだった…最終合格者達へのご褒美の準備を手伝えとの事だ。なんでも卒業生達が、今の実力をチェックしたいとか…え?なにそれ?怖い過ぎる!いや、手伝えるのは嬉しい。何せ、遠月卒業生の実力を間近で見れる滅多に無い機会だ。手伝わせるって事は、それなりには評価を貰えてるって訳だし。でも!怖いものは怖いんだ!ああ…明日は気合い入れないと…

トボトボと部屋に戻ろうと歩いていると、反対側からえりなちゃんが歩いてきた。

 

 

「こんばんは、えりなちゃん。もう試作は終わったのかい?」

 

「こんばんは、諸星さん。はい、先ほど終わりました。そういう先輩は?」

 

「俺?俺は明日の試食をできるようお願いしてきたんだけど…ダメだった…」

 

 

ガックリと項垂れると、苦笑をされてしまった。あ、そうだ。良い機会だから気になってた事を聞いてみるか。

 

 

「そういえばえりなちゃんさ、創真と仲良いの?」

 

「は、はあ!?そんな訳ありません!」

 

 

質問をした瞬間、驚愕するも直ぐに怒りながら否定をされてしまう。

 

 

「そ、そっか。なんかごめんね?怒らせちゃったみたいで」

 

「べ、別に怒ってません!」

 

 

苦笑を浮かべながら謝ると、またしても怒らせてしまった。なんだろう…久しぶりに話したからか対応に困る。いつもは緋沙子ちゃんが一緒で、そっちを弄ってたから少し新鮮かも。

 

 

「お、おう。じゃあそういうことにしとこうか」

 

「じゃあってなんですか!?じゃあって!」

 

 

いかん。何か喋る度に怒りメーターが振りきれてる気がする…息切らせちゃってるし。

 

 

「あ〜…ごめんね?もう休むんでしょ?俺も戻るから」

 

 

乱れた息を整え、落ち着きを取り戻したえりなちゃんは「おやすみなさい」と一言告げて部屋へと去っていった。さて、俺も本当に戻ろう。

 

 

 

部屋に戻り、ベッドに腰かけ携帯をチェックすると、瑛士からメールが来ていた。仕事は問題ないこと。こちらの近況を報告すること。そして…例の説明が終わったら勝負をしたい、と。勝負…か…

お礼と近況を簡単に連絡し、勝負に関しては、卒業迄に必ずすると約束した。瑛士も了承してくれたようだ。少し返信に時間がかかった事から、悩んだのだろう。瑛士的には、直ぐにでもやりたかったのかもしれない。でもまだダメだ。今の俺のスペシャリテじゃ…勝てない。だからもっと高みへ…俺のスペシャリテが進化しなければ…その為にも明日の手伝いは頑張ろう。盗めるものは盗む。もう誰にも負けないように。

瑛士との連絡を終えて風呂に入り、部屋に戻ると携帯が鳴っていた。誰かと思い確認すると竜胆からだった。

 

 

「ただいま電話に出ることが出来ません。ピーっという発信音の後ーー「そういうの良いから」ーーはい」

 

 

悪ふざけをすると、一蹴されてしまった。なんだよ。少しくらい付き合ってくれたって良いじゃん。

 

 

「んで、どした?」

 

「いや、その…元気にしてるかなって」

 

 

なんだろう。竜胆にしては少し歯切れが悪い気がする。

 

 

「連絡ならちょいちょいしてただろ?」

 

「そうなんだけどさ……ああ!もう!」

 

 

少しの間の後、いきなり叫ばれてしまった。驚いて電話を離し、文句の一つでも言ってやろうとするが向こうにいるもう一人に阻まれてしまう。

 

 

「あのなあーー「ちょっと竜胆!代わって!」ーーえっと…ももか?」

 

 

何故かはわからんが、どうやら竜胆とももは一緒にいるようだ。もう遅いし、パジャマパーティーでもしてんのか?

 

 

「そうよ。今、竜胆とパジャマパーティーしてるの。それで聞きたいことがあるから電話したの」

 

 

よっしゃ!正解だ!正解者には豪華景品が贈られます!…いかん。また疲れからか変なテンションになっちまった。小さく息を吐き落ち着かせる。

 

 

「そうか。それで聞きたいことって?」

 

「合宿で何があったの?」

 

 

竜胆が聞こうとしてたのはそれか。

 

 

「えーっとだなーー「待って!スピーカーに変えるから」あ、いや、待て」

 

 

俺の静止が聞こえなかったのか返事が返ってこない。スピーカーに変えたのか「はい、どうぞ」とももから言われてしまう。間に合わなかったか…

 

 

「えーっとだな…その辺も含めて皆が集まってから説明しようかと思ってるんだが…」

 

「………」

 

 

そう言うと、しばらく沈黙が続く。あれ?切れてないよな?携帯を確認するとまだ切れてない。耳に携帯をあて直す。その直後ーー

 

 

「「バカ!!」」

 

 

ーー二人からの大声の罵声が飛んできた。耳痛い…

何か言い返してやろうとすると既に電話が切れていた。あいつら………帰ったらお仕置きだな。

携帯をベッドの上に置くとメールが来た。もう!こっちは早く寝たいのに誰だよ!

確認すると竜胆とももからだった。メールには『待ってる』と一言だけだった。はぁ〜…だったらさっき素直にそう言えよ。

俺はさっきの仕返しも兼ねて『もう少し素直にならないと好きになったやつに嫌われるぞ』と送ってやった。すると、二人同時に『バカ!アホ!天パ!』と返信が来た。…また天パを馬鹿にしやがった!許すまじ!

その後は、いつものようなやり取りが続きメールを終え、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

次の日、一年生達による朝食の試食会が始まった。俺はモニタールームでそれを時間が来るまで見学している。かなり出来の良さそうなのが各調理場の前に並んでいるのが映っている。良いなあ…俺も食べたい。

そんなことを考えていると創真の料理が映る。しかし、映るのはどれも萎んでしまっていた。どうやら、今回のビュッフェ形式において最悪の料理を出してしまったようだ。あちゃ〜、これは不味いかもな…

会場からモニタールームに戻ってきた堂島さんに時間を告げられ、俺はモニタールームを後にした。とりあえず、他の極星メンバー達はなんとか大丈夫そうだったけど、創真が心配なくらいか。

 

 

 

次の研修の準備を終え、ホテルのスタッフから移動の指示をされる。

俺は予定通り、今回のスペシャルコースを作る卒業生達がいる厨房に移動し、簡単に挨拶を済ませて調理器具を準備していると四宮さんが話しかけてきた。

 

 

「諸星、お前は見学だ」

 

「へ?」

 

 

突然そんなことを言われたもんだから、アホ面で呆けてしまった。

 

 

「堂島さんから、見学させてやれって言われてな。今回は特別だ」

 

 

どうやら手伝いの件は、俺をここに来させるための方便だったようだ。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

頭を下げお礼を言うと、卒業生達が調理を始めた。卒業生達の動きは全くの無駄がなく、一つ一つの作業が洗練されていた。やべぇ…マジで凄い…改めてこの人たちの凄さを目の当たりにした。鳥肌が止まらない。っていかんいかん!しっかりと目に焼き付けなきゃな!

その後も調理は続き、料理が完成する。すると、前菜から一皿ずつ順番に離れて置かれた机に並べられた。何事かと卒業生達に近づくと、関守さんが声をかけてきた。

 

 

「諸星、今回はサポートご苦労だったな。これは俺達卒業生からのお礼だ。」

 

「へ?えっと…」

 

「ささっ、座って座って」

 

 

関守さんの言葉に戸惑っていると、乾さんに椅子に座らせられる。未だに戸惑っていると、次は水原さんが声をかけてきた。

 

 

「諸星、何があったのかは私達は知らない。でも四宮と幸平の食戟の時、何か決意したような目をしていた。これは私達からの餞別とお礼だから遠慮すること無い」

 

 

水原さんの言葉に卒業生達が頷く。四宮さんは、鼻を鳴らして顔を背けているけど。

 

 

「ありがとうございます。それでは遠慮なくいただきます」

 

 

前菜から順番に食べていく。どれも本当に美味しい。帰ったら皆に自慢してやるか。そんなこんなで時間は過ぎていき、各々に感想を求められるので順に述べていくと、ホテルのスタッフが合格者数を言って、また卒業生達が調理を始めた。四宮さんが厨房から出ようとするスタッフに創真と恵が合格しているかを確認していた。その姿を見つけた乾さんがまた絡んで制裁を受けているのを見て、つい笑ってしまった。後で、堂島さんにもお礼言わなきゃな。

 

 

 

 

 

 

厳しい宿泊研修を生き残った一年生達が一つのホールに集められた。まだ何かあるのかとざわめく一年生達。そして、堂島さんからの激励の言葉と合図により、別室の扉が開き、ホテルのスタッフに誘導され席に着く。どうやら極星メンバーは一つに纏まってるみたいだ。俺も一声かけとくか。

 

 

「おっす。皆、お疲れ様だったな!」

 

 

そう言って近づくと皆が「お疲れ様です」と挨拶をしてくれた。善二だけは呆けたままだけど。しばらく皆と談笑していると、知り合いを見つけたので移動した。

 

 

「よっ!久しぶりだな。アキラ」

 

「ん?って諸星先輩か。お久しぶりです」

 

 

アキラは俺に気づくと一礼をして挨拶をしてきた。

 

 

『葉山アキラ』、俺がえりなちゃんと一悶着あった時に行った、汐見ゼミの助手だ。あの時に汐見さんと一緒に色々とアドバイスをしてくれた後輩だ。

 

 

「とりあえず研修お疲れ様。汐見さんは元気にしてるか?」

 

「ありがとうございます。潤なら相変わらずですよ」

 

 

丁寧に一礼をして、微笑を浮かべて話すアキラ。相変わらず汐見さんの事が大切なようで。

昔話や今回の研修の事を話す。十分に楽しんだ後、また知り合いを見つけたので移動をする。

 

 

「久しぶり。アリスちゃん、リョウ」

 

「あら、諸星さんじゃない。お久しぶりね」

 

「どもっす」

 

 

食事していた手を止めて二人が挨拶を返してくる。

 

 

『薙切アリス』ちゃん、えりなちゃんの従姉妹で、日本人とデンマーク人のハーフ。遠月に編入するまでは『薙切インターナショナル』で、最先端の理論に基づいた科学的な調理法、分子ガストロノミーを学んでいた。

 

 

『黒木場リョウ』、アリスちゃんの側近だ。常にマイペースでボーッとしていることが多い。ただ、右手首に巻いているバンダナを頭に巻くと雰囲気が一変しかなり攻撃的な感じになる。あれは初見の時、かなり驚いた。彼も編入組で、何でも幼少期にアリスちゃんと出会って勧誘されて側近になったんだとか。そしてそのままアリスちゃんと同時期に編入した。

 

 

二人と出会ったのは、俺が二年になってからで、えりなちゃんに試食をしてもらっている時に、アリスちゃんがえりなちゃんに絡んできた。側近としてアリスちゃんと一緒にリョウもいた。まぁそこで試食やら談笑やらをしていたら仲良く?なった感じだ。その後も、えりなちゃんに試食を頼むと、何故かアリスちゃん達も来てさっき説明したみたいな流れに。学園の敷地内で会えば談笑する程度には仲が良いと思う。リョウは俺からかアリスちゃんが話さないとあんまり喋らないけど。

二人と卒業生達の料理について話すが、リョウは料理に夢中のようで、相槌程度の反応しかない。邪魔しちゃ悪いと思い、話を切り上げて席を離れる。

その後も知り合いの後輩達に声をかけては話しをした。最後にえりなちゃんと緋沙子ちゃんがいるテーブルに行った。

 

 

「二人ともお疲れ様」

 

「お疲れ様です。諸星先輩」

 

「お疲れ様です」

 

 

二人とも礼儀正しく一礼をして挨拶をしてくる。 しばらく秘書子ちゃん、もとい緋沙子ちゃんを弄って遊ん…かまっていると、えりなちゃんがいつものように止めに入る。一段落して、未だに怒っている緋沙子ちゃんを宥めて(逆効果)、本題を切り出す。

 

 

「えりなちゃん、また試食をお願いしたいんだけど、良いかな?」

 

「ええ。構いませんわ」

 

 

正直驚いた。しばらく関わらなかったのに、こうも簡単に了承を得られるとは思っていなかった。

 

 

「どうしてそんなに驚かれるのかはわかりませんが、先輩の目を見れば変わった、いえあの時に戻ったのだとわかります。…最近までの先輩の目は酷かったですから」

 

 

どうやらえりなちゃんには気づかれていたようだ。上手く誤魔化してたつもりだったんだけどな…

 

 

「あんな目をした料理人の料理など食べたくもありませんでしたが、今の貴方なら問題ありません」

 

「そっか。ありがとう」

 

 

この子も見ていてくれたんだな…嬉しい限りだ。緋沙子ちゃんは落ち着きを取り戻したのか、黙って聞いていた。

 

 

「それじゃ、改めてまたよろしくな」

 

「はい」

 

「秘書子ちゃんもまたな」

 

 

そう言って席を離れる。後ろから「緋沙子です!」という声が聞こえて、クスッと笑ってしまった。

少しすると全員の食事も終わったようで解散になった。さて、俺も今日は片付けをしなくていいし、部屋に帰って休むかな。

部屋に向かって歩いていると、後ろから誰かに抱きつかれた。こんなことするのは、今ここには一人しかいないけど。

 

 

「なんだ?悠姫」

 

「えへへ〜バレましたか〜」

 

 

振り返ると、予想通り満面の笑みを浮かべる悠姫がいた。そんな笑顔を見て、つい頭を撫でてしまう。恵とはまた違った癒しだな!

 

 

「先輩!丸井の部屋で簡単な打ち上げするから来てください!」

 

「ん。それじゃ行くか!」

 

 

二人で並んで歩く。部屋に着く間は、悠姫の研修中の話を聞いていた。

部屋に着くと既に全員が揃っていた。

 

 

「お待たせ。それじゃ始めるか!」

 

「「「おーう!」」」

 

 

俺以外の皆が作ってきた賄いを広げ、打ち上げという名の宴会が始まった。

 

 

 

賄いを摘まみながらトランプ等をしていると、気づけば時計の針が天辺を越えていた。もうこんな時間か。明日は帰るだけだけど、疲れてるだろうし解散にするか。

 

 

「よし!そろそろ解散!」

 

「「「はーい!」」」

 

 

さすがにホテルの部屋の為、しっかりと全員で片付けをした。善二がそんな光景を見て、嬉しそうに片付けをしている姿を見て、涙が溢れそうになった。善二…逞しく生きろよ!

 

 

 

 

 

 

片付けを終えて、部屋を出ようとすると涼子に耳打ちをされた。こらこら!近い近い!

悠姫は最近になってやっと慣れたけど、普段あんまりこういうことしない涼子とかだと、未だに少し照れてしまう。

 

 

 

 

「後で、玄関の外に来てください」

 

 

そう言うと小さく手を振り、悠姫達を追って部屋を出て行ってしまった。少しして俺も部屋を出て、玄関の外へ向かった。

 

 

 

外へ着き周囲を見渡すと、玄関から離れた所に涼子が既に居た。小走りで隣に行き話しかける。

 

 

「悪い、待たせたか?」

 

「大丈夫ですよ。私も来たばっかりですから」

 

 

涼子は微笑を浮かべて振り返る。玄関から離れているため、灯りは外灯と月明かりのみ。そんな月明かりをバックに照らされるその顔に少しドキッとしてしまい、顔を逸らしてしまう。

 

 

「…それで?何か話があるんじゃないのか?」

 

「ふふっ、少し散歩しましょう」

 

 

そう言って先を歩いて行ってしまう涼子。訳がわからないがとりあえず後を追い、隣に並んで歩く。横目で鼻唄を歌いながら楽しそうに歩く涼子を見るも、何を考えているのかわからない。

しばらく歩くとベンチを見つけ、そこに座る涼子。それに倣い隣に座る。

 

 

「ああ…涼子?」

 

「なんですか?」

 

 

俺は涼子の方を向き、呼びかけると、涼子は微笑みながらこちらを向き、首を傾げる。

 

 

「話があるんじゃなかったのか?」

 

「そうですね」

 

 

涼子は笑顔を崩さず応える。わからん。涼子が何を考えているのか、全くわからん!

 

 

「ふふっ、先輩が前みたいに元気になってくれたみたいで、良かったなって」

 

 

涼子は顔を上げて、頭上に浮かぶ月を眺めながら話す。

 

 

「…心配かけて悪かったな」

 

 

俺は反対に、俯いて応える。心配をしてくれていたのは知っていた。それでも、情けなくて俯いてしまう。

 

 

「良いんです。私達が好きでしていたことですから。それに…もう大丈夫なんですよね?」

 

「おう」

 

 

顔を俺に向けて問いかけてくる。真っ直ぐと見つめてくる瞳には信頼があるような気がする。それに応えるように、真っ直ぐと見つめ返し応える。

 

 

「恵から話を聞いて、先輩を見て安心しました。他の皆もそうですよ」

 

「そっか。また後でお礼しないとな」

 

 

先ほどまでの真剣な顔を崩し、笑顔で告げる涼子の頭を撫でる。そうしていると、少し距離を詰め俺の肩に頭を預けてきた。かなり照れくさいけど、我慢して頭を撫で続ける。

 

 

「ふふっ、先輩顔真っ赤ですよ」

 

 

肩に頭を預けているせいで自然と上目遣いになっている。そして、普段は見せない甘えるような仕草も相まって余計に可愛く見えてしまう。無理!もう限界です!

 

 

「あ、アホ!先輩をからかうんじゃない!ほら!帰るぞ!」

 

 

頭を離して勢い良く立ち上がり、軽くチョップをして熱を冷ますために来た道を戻る。

少しすると涼子が隣に並んで歩く。「痛かったです」と言って頭を擦っている。

 

 

「先輩をからかうからだ」

 

 

横でブーブー文句を言う涼子を適当にあしらいながらホテルに向かった。

 

 

 

ホテルに着き、涼子と別れ部屋に着くと、ベッドに倒れこんだ。まだ顔が少し熱い。いかんな。シャワーでも浴びてスッキリしよう。

シャワーを浴びて落ち着きを取り戻し、帰宅の準備をして眠りについた。

 

 

 

 

 

 

朝を迎えて、玄関前に集合した一年生と講師陣。極星メンバーの集合写真を撮り、卒業生達が、創真や恵を勧誘していると、時間が来たようで別れ、一年生と講師陣を乗せたバスが出ていった。ちなみに、乾さんが恵とのツーショット写真をご所望されたので撮っておいた。

俺は堂島さんに今回のお礼を言ったり、スタッフの方々への挨拶、卒業生達からの勧誘を受けていたら乗り遅れてしまった。同じく乗り遅れた創真とえりなちゃんがエントランスに居た。どうやらそれぞれ忘れ物をして乗り遅れてしまったそうだ。先に一台だけ出せるということで、創真とえりなちゃんを先に行くよう告げる。え?なんで一緒に乗って行かないのかって?だってせっかく同学年で競いあう仲間なんだから仲良くなってほしいじゃない!

説明をすると、えりなちゃんは納得してないようで、創真は納得したのかどうなのかわからないが車に乗り、少し遅れてえりなちゃんが乗ったのを確認して見送った。

 

 

 

待つこと三十分ほどした頃、次の車が来た。俺はわざわざ見送りに来てくれた堂島さんと、数名のスタッフの方々に挨拶をして、車に乗り込んだ。少しして、山道を下りながら運転手さんと話しているとカーブに差し掛かり、カーブの先からスポーツカーが勢い良く飛び出してきた。慌てた運転手さんがハンドルを切るも間に合わず衝突した。

 

 

 

ここで俺の意識は途切れた。

 




さて、最後に主人公が乗せた車が事故にあってしまいました。果たしてどうなることやら。


今回は、えりなや涼子と絡ませてみました。いかがでしたでしょうか?
他の主要な一年生達との関係も簡単にですが、説明をさせていただきました。どう絡んで来るのかは、作者的にも未知数です。


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それでは!


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〜入院生活と過去編〜
第十七話〜病室での出会い〜


お待たせしました。
事故後の十傑メンバーの動きです。
それと新キャラ登場です。


それではどうぞ!


やけに動きがスローに見える。こちらに向かってくる車もハンドルを必死に切る運転手さんの動きも…これがテレビとかで聞く事象なんだろうか…そんなことを考えていると、衝撃が身体に襲ってきて意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

司side

 

今日は、宿泊研修から圭が戻ってくる日だ。そして、彼があの日の事を話すと約束した日でもある。十傑三年メンバーは今、俺の作業部屋で、各々がどこか落ち着かない様子で帰りを待っている。それもそうだ。何があったのかはわからないが、やっと圭の口から話すと言ってくれたのだから。しかし、気になる事もあるから聞いてみよう。

 

 

「皆、仕事は良いのか?」

 

「「「終わらせたに決まってる(でしょ)」」」

 

 

全員の声が重なる。しかし、ある一人を驚愕の顔で見つめる。当の本人は、全員の反応を見て怪訝な表情を浮かべていた。

 

 

「…なんだよ?」

 

「「「あの竜胆が…仕事をした…だと…」」」

 

 

男性陣のみだが、つい声に出してしまった。ももは未だに信じられないと言ったような顔で見ている。

 

 

「フンッ!」

 

 

綜明、冬輔、俺の順に拳骨を落とされる。それぞれが頭を抑える。いや、これに関しては普段の竜胆の行動が問題なんだから、殴られるのは不本意だ。

でも、竜胆が一番圭の事を気にしていたのは確かだ。きっと今日の為に頑張ったんだろう。そう考えるとさすがに失礼かと思って、謝罪をした。

そんな一悶着を終え、しばらく寛いでいると、何やら外が騒がしい。窓から外の様子を確認すると、何やら講師達が集まって慌てている。何かあったのか?疑問に思っていると、突如部屋の扉が勢い良く開かれる。何事かと、全員がそちらに振り向くと、講師の一人が息を切らせていた。こちらを確認すると、息を整え部屋に入ってきた。

 

 

「失礼した。緊急の知らせのため許してくれ」

 

 

そう言って、もう一度自身を落ち着かせるように、小さく息を吐いた。そして、表情を沈痛な面持ちに変えて「諸星が事故に遭った」と告げた。一瞬何を言っているのか理解できなかった。

その後も説明は続き、事故の詳しい概要はまだわからないが、現場近くの病院に搬送されたそうだ。連絡を受けた学校側からは、総帥と宿泊研修に参加していたシャペル先生が向かうとのことだ。簡潔な説明を終えた講師が部屋を出ていった。俺達はただ、呆然とそれを見送ることしか出来なかった。

 

 

 

少しの時間が経ち、意識を覚醒させ椅子に座り額に手をあてる。圭が事故に遭った…

あまりの出来事に未だに脳の処理が追いつかない。他の皆もそうなのかソファーに座って俯いている。そんな中、竜胆が立ち上がる。

 

 

「竜胆?」

 

「…圭の所に行ってくる」

 

 

竜胆に声をかけると、呟くように告げて、部屋を出ていった。それに続いてももも出ていく。二人が出ていくのを黙って見送る。残った俺達は、先ほど淹れたお茶を一口飲み、お互いに目線を合わせ頷きあった。どうやら考えていることは同じようだ。

 

 

「俺達まで学園を離れるわけには…いかないか」

 

「そうだな」

 

 

綜明は言葉に出して、冬輔は頷いて応えた。仕事をほっぽり出すわけにはいかない。これから秋の選抜メンバーの選考もある。行きたくないと言ったら嘘になる。直ぐにでも圭の所へ行きたい。親友のもとへ行ってやりたい。だが、仕事を滞らせるわけにもいかない。圭のことは、とりあえず二人に任せよう。竜胆とももへ仕事についてのメールを送り、この場にいない十傑へ連絡をする。

 

 

 

 

 

 

竜胆side

 

圭が事故に遭った…最初それを聞いた時、意味がわからなかった。いや、学校側が用意してくれた車に乗って圭の所へ向かっている今も、理解は出来ていない…理解したくない。

司の部屋を後にして、後を追ってきたももと講師に場所を聞くと、事情を察した講師が仕事はどうするのかと聞いてきたから、司達が代わりに処理する旨を伝えると、車を用意してくれた。必要最低限の物を持ち、その車に今はももと乗っている。

 

 

「圭、大丈夫…だよね?」

 

 

お互いにしばらく無言だったけど、ももが呟くように言った。ぬいぐるみを抱き締める身体は小刻みに震えている。

 

 

「大丈夫に決まってるだろ」

 

 

自分でもわかるくらいに声が震えていた。さっきの言葉も自分に言い聞かせていた。膝の上で祈るように握っている両手もじんわりと汗ばんでいる。圭…圭…。

 

 

 

数時間経ってようやく、目的の病院に着いた。私達は車を降りて、受付で事情を説明して圭の場所を聞き出した。どうやら病室にいるらしい。

病室前に着き、名前を確認してノックをすると「どうぞ」と言われたので扉を開け中へ入る。中には総帥とシャペル先生がベッドの前にいた。

こちらに二人が振り向いたから、軽く会釈してベッドの前に行く。そこには、ゆっくりと寝息をたてて眠っている圭がいた。所々に包帯が巻かれていて、痛々しい姿になっている。その姿を見て、辛くなると同時に安堵もした。無事で良かった…とりあえず安心したのかももは、その場にへたりこんでしまった。

出してもらった椅子に二人で座り、シャペル先生が事情を説明してくれた。手術をして、無事に終わったこと。ただ、頭部を強く打ったためかまだ意識が戻っていないこと等。一通り説明が終わると、シャペル先生が席を立ち扉の前まで行く。

 

 

「後で迎えに来る。今は傍にいてあげなさい」

 

「そうだな。ワシも席を外そう」

 

 

シャペル先生が扉を開けて、総帥が先に出ていき、続けてシャペル先生も出ていった。

二人が出ていったのを確認して、ベッドの横にももが移動して圭の手を包むように握る。

 

 

「圭のバカ…もも達にこんな心配させて…起きたら説教ね……」

 

 

我慢していたのか、握った手に額を当てて涙を流していた。私はももの横に座り、ももの手の上からさらに包むように握る。

 

 

「そうだな…説教の後は、飯…奢れ……よな…」

 

 

私も我慢の限界だったみたいだ。ももにつられるように涙を流した。

 

 

 

しばらくして、二人とも泣き止んで圭を見ていると、扉が開かれる。誰だ?と思って扉の方を向くと、知らない男と女がいた。二人が一礼をしてきたので、ももと同時に頭を下げる。二人はベッドの前まで来て圭の様子を見て、安堵の息を一つ吐きこちらに向き直った。

 

 

「初めまして。諸星圭の兄の諸星陽一(よういち)です。こっちは妹で、圭からしたら姉になる諸星麗香(れいか)です」

 

 

お兄さんが自己紹介とお姉さんの紹介をしてくれた。お姉さんは頭を下げる。

お兄さんの方は、圭とどことなく似ている。お姉さんの方は、綺麗系であまり似ていない。こんな綺麗な人が圭のお姉さん?

 

 

「初めまして。あなたが小林竜胆さんで、そっちの子が茜ヶ久保ももさん、で合ってるかしら?」

 

 

私がジーっと見ていると、微笑を浮かべて首を傾げる。なんで私達の事を知ってるんだ?

 

 

「はい。初めまして。改めて私が、小林竜胆です。ほら、ももも挨拶しろよ」

 

 

立ち上がって自己紹介をして、私の背中に隠れるようにして立ち上がったももに促す。相変わらず仕事以外の初対面だと、こうなんだな。

 

 

「はじめ…まして。茜ヶ久保もも…です」

 

 

背中越しだけどしっかりと?挨拶をするもも。そんなももを見て、二人とも笑顔を浮かべる。

 

 

「圭が話してくれた通りだな」

 

「ふふっ、そうだね」

 

 

お兄さんがお姉さんに話しかけると、クスリと笑って頷く。圭のやつは、どんな紹介をしたんだ?

 

 

「この子ったら、会うたびにあなた達のこととか、学校のことを楽しそうに話すのよ」

 

 

お姉さんはそう言って、私達とは反対側に行き、眠っている圭の頭を撫でる。

 

 

「小林さんは、仕事の時はそれなりにしっかりとしてるけど、馴れると仕事相手でも馴れ馴れしい。明るくてグループのムードメーカー。怒ると面倒くさい」

 

 

お兄さんが私の事を言ってきた。圭が言った事はわかる。よし、起きたら拳骨と仕事押し付けよう。拳に力を入れてそう誓った。

そうしていると、もものことについても話し始める。ももの顔が一気に冷たくなった。ああ、ももも同じようなこと思ってるな。

しばらく話していると、ももも少し馴れたのか話しに参加していた。

少しだけ、圭の過去を知ることが出来た。昔は甘えん坊でお兄さんとお姉さんに付いて回っていたこと。街の小さなレストランで育ったこと等。ほとんどが今の圭からは想像できない話だった。こいつにもそんな頃があったんだな。

ふと、気になった事があったから、つい聞いてしまった。

 

 

「そういえば、圭のお父さんとお母さんは?」

 

 

話をふると、二人の顔が険しくなった。どうやら聞いたらまずいことだったようだ。

 

 

「あ、すみません!」

 

 

急いで頭を下げて謝罪する。二人は顔を上げるよう促して、顔を上げると苦笑を浮かべている。

 

 

「圭からは何も聞いてないのかい?」

 

 

お兄さんが質問してきた。私達はコクりと頷いて応える。

 

 

「そうか…」

 

 

お兄さんはそう呟いて、どこか哀しそうな顔を浮かべて圭を見つめる。私は、それ以上聞くことは出来なかった。

そして、面会時間の終わりがきたことを告げるためにシャペル先生が来た。どうやら既に二人には挨拶は済ませていたようだ。部屋を出て、少し歩いた所で私とももはお姉さんに呼び止められ足を止める。

 

 

「少しだけ二人を借りても良いでしょうか?」

 

 

シャペル先生にそう告げると、お兄さんとシャペル先生は玄関で待つということで先に行ってしまった。

 

 

「あの、話って?」

 

 

ももが首を傾げて問うと、お姉さんは真剣な表情になる。

 

 

「さっきのことだけど、圭が話すまで待ってくれないかしら?」

 

 

 

 

さっきのことっていうのは、圭のお父さんとお母さんのことだろう。この質問には答えは決まってる。

 

 

「はい。もちろんです。というか既に圭が話すって約束してくれてますから」

 

 

私は微笑んで、ももはコクりと頷いて応えた。私達の答えに満足したのか、お姉さんは微笑んで「そう」とだけ告げて、玄関へ向かった。私達もそれに倣って後をついていき、学園の車に乗り帰宅した。

とりあえず圭が無事で本当に良かった。面白い話しも聞けたし、起きたらあいつを弄りたおしてやろう♪

 

 

 

 

 

 

ももside

 

圭が事故に遭った、ただそれがももの頭の中で響く。意味がわからない…わかりたくもない。だって、圭は今日帰ってきてもも達に話すって約束したもん。

ももがブッチーを抱きしめて座って俯いていると、横に座っている竜胆が立ち上がって部屋を出ていこうとする。瑛士が竜胆に声をかけると、どうやら圭の所へ向かうようだ。そうだ。こんな所で俯いてる場合じゃない。ももも立ち上がって、竜胆に着いていった。学園が車を用意してくれたから、それに二人で乗って圭のいる病院へ向かっている。

車に乗っている間、ついもしもを考えてしまう。そうしていると自然と身体が震えてしまう。震えを止めようとブッチーを強く抱き締める。でも震えは止まってくれない。だから、そんな不安を飛ばそうと横に座る竜胆に声をかける。

返ってきたのはどちらかというと、竜胆自身に言っているような感じだった。声も震えている。竜胆だって不安なんだ。そう思うと言葉は続かなかった。ただ黙ってブッチーを抱き締めて到着を待った。

 

 

病院に到着して、竜胆が圭の居場所を聞き出してくれた。竜胆に付いていくと、諸星圭と書いてある病室に着いた。竜胆がノックをすると、中から声がした。入室許可をもらって、竜胆を先頭に部屋へ入る。中には先に向かった総帥とシャペル先生がいた。

二人が振り向いたから、一礼をしてベッドの前に行くと、圭が所々に包帯を巻かれて寝ていた。ゆっくりと寝息をたてて眠っている圭の姿を見て、安心してその場にへたりこんでしまった。良かった…生きてて良かった…。

竜胆に支えてもらって出された椅子に座る。シャペル先生が事情を説明してくれた。手術は無事に終わったこと。ただ、頭を強く打ったからか、まだ意識が戻っていないこと。一通り説明を終えた先生と総帥が気をきかせてくれたのか、部屋を出ていった。

二人が出ていったのを確認して、ベッドの横に移動して圭の手を包むように握った。

 

 

「圭のバカ…もも達にこんな心配させて…起きたら説教ね……」

 

 

もう我慢できなかった。額を握った手に当てて涙を流した。すると、竜胆の手がもも達の手を包むように握ってきた。

 

 

「そうだな…説教の後は、飯…奢れ……よな…」

 

顔を上げると、涙を流しながらそう呟く竜胆がいた。それを見て、涙が止めどなく流れてきた。

 

 

 

しばらくして、二人とも泣き止んで圭を見ていると、扉が開かれる。そこには知らない男性と女性が立っていた。ももは竜胆の背中に隠れて様子を伺っていると、二人が一礼をしてきたので、竜胆と同時に頭を下げる。二人はベッドの前まで来て圭の様子を見て、安堵の息を一つ吐きこちらに向き直った。

どうやらこの二人は、圭のお兄さんとお姉さんということだ。お兄さんの方は圭とどことなく似ているけど、体型はお兄さんの方がガッチリしている。お姉さんは、凄く綺麗。圭とは似ても似つかない。二人を観察していると、お姉さんが私達の名前を呼んで確認してくる。竜胆が先に自己紹介をすると、ももにもするように言ってくる。

 

 

「はじめ…まして。茜ヶ久保もも…です」

 

 

竜胆の背中越しだけどなんとか挨拶ができた。うう…緊張する。

そんな私達を見て、圭が話した通りだとお兄さんがいう。このバカ!どんな紹介したのよ!

 

 

「この子ったら、会うたびにあなた達のこととか、学校のことを楽しそうに話すのよ」

 

 

圭を睨んでいると、お姉さんはもも達とは反対側に移動して圭の頭を撫でる。そんな姿を見ると、怒りが収まった。

お兄さんが竜胆について語っている。どうやら圭から聞いたことを話しているみたい。あ、竜胆怒ってる。握った拳震えてるし。

 

 

「茜ヶ久保さんは、お菓子作りが得意で、小さくて恥ずかしがりで毒舌家。よく圭と口喧嘩をしている」

 

 

次にもものことを言ってくる。よし、このバカがどう思っているのかよ〜くわかったわ…これはきついお仕置きが必要ね。しばらく話していると、この二人にも馴れてきた。どこか圭に雰囲気も似ているからか、話しやすいというのもあるかもしれない。

圭の幼い頃のことを、話してくれた。なによ、普段もものこと子供扱いするくせに、自分だってそうだったんじゃない。

 

 

「そういえば、圭のお父さんとお母さんは?」

 

 

突然の竜胆の質問は、ももも気になっていたことだ。二人の様子を窺うと険しい表情になっていた。どうやら触れてはまずい話題だったようだ。

そんな二人を見て、慌てて竜胆が謝罪をしている。二人は苦笑を浮かべて竜胆に顔を上げるよう促している。

 

 

「圭からは何も聞いてないのかい?」

 

 

今度はお兄さんが質問してきた。もも達はコクりと頷いて応えると、「そうか…」とだけ呟いた。でも、圭を見つめる表情はどこか哀しそうな表情だった。そんな表情を見てしまうと、これ以上聞く気にはなれなかった。そして、面会時間の終了を告げにシャペル先生が来た。もも達は部屋を出て少し歩くと、お姉さんが足を止めてもも達を少しだけ借りたいとシャペル先生に言う。シャペル先生とお兄さんは先に玄関で待つと告げて、先に行ってしまった。

 

 

「あの、話って?」

 

 

ももが首を傾げて問うと、お姉さんは真剣な表情になる。

 

 

「さっきのことだけど、圭が話すまで待ってくれないかしら?」

 

 

さっきのことっていうのは、おそらく圭のお父さんとお母さんのことについて。この質問には答えは決まってる。

 

 

「はい。もちろんです。というか既に圭が話すって約束してくれてますから」

 

 

竜胆は微笑んで、ももはコクりと頷いて応えた。もも達の答えに満足したのか、お姉さんは微笑んで「そう」とだけ告げて、玄関へ向かった。もも達もそれに倣って後をついていき、学園の車に乗り帰宅した。

圭は無事。これだけわかっただけでも良かった。起きたら…そうね。しばらくもも専属の料理人にでもしてやろうかしら。もも達を泣かせた罪は重いんだから♪




新キャラについては、そこまで気にしなくて大丈夫です。これ以降、出てくる予定は今のところありません。
オリキャラ紹介みたいなの作った方がいいですかね?

それにしても、女性の感情表現が激しく難しい…全然上手く書けている気がしないです。何かアドバイスをいただけると嬉しいです。


感想・お気に入り登録ありがとうございます!
なんやかんやでもうすぐ300件というところです。ここまで登録されるとは思ってませんでした。
評価なんかもいただけると嬉しいです。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします!


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第十八話〜極星寮にて〜

今回は前回できなかったえりなと極星寮sideです。

文体が三人称?と一人称?があります。言葉がこれで合ってるのかわかりません。申し訳ありません。

何かとほとんどの回の後書きが長くて申し訳ございません。今回も長いです。


それではどうぞ!


極星寮side

 

極星のマリアことふみ緒は、極星一年が全員無事に帰って来るという知らせを聞いて、機嫌良くわけのわからない歌を歌いながら掃除をしていた。そんなところに一本の電話が入った。

 

 

「はいはい。まったく誰だい?」

 

 

電話に出ると、どうやら相手は遠月の講師のようだ。何やら慌てているようで、落ち着くように言って相手を落ち着かせ用件を聞くと、諸星圭が事故に遭ったと報告してきた。

ふみ緒は驚愕して、受話器を落としてしまい、床に落ちた音で我に返り受話器を拾う。講師が心配しているが、まずは状況把握をすることが先決と考え報告を促す。

報告を聞き終わり、受話器を戻したところで一色が焦った様子で戻ってきた。

 

 

「ふみ緒さん!大変です!諸星先輩が!」

 

「落ち着きな。私も今、電話で連絡をもらった。私も行きたいが、今日はあの子達が帰ってくるから行けない。一色、あんたは?」

 

「そうですか…僕も第一席からの命で動けません…どうやら第二席と第四席が向かったとのことで、仕事を分担すると」

 

 

二人も諸星のもとへ向かいたいのだろう。二人の悔しそうな、心配をしている表情がそれを物語っている。しかし、お互いに事情があり動けないようだ。

 

 

「この事は他の子達には?」

 

 

一色がふみ緒に問うと首を横にふった。

 

 

「知らせたら奴の所へ行くと言って聞かなさそうだからね。とりあえずは落ち着かせてから、私が話すことにするよ」

 

「そうですね……わかりました。それでは緊急会議がありますので、僕は行きます」

 

 

ふみ緒は「あいよ」と言って一色を見送った。ふみ緒も掃除の続きをして、落ち着かない気持ちを落ち着かせている。

しばらく掃除をしていると、来客を知らせる呼び出し音が鳴る。一年生が帰ってきたのだと思い、玄関の扉を開けると、そこには予想外の人物がいた。そこに居たのは、創真の父『幸平城一郎』だった。

 

 

『幸平城一郎(旧姓は才波)』、極星寮OBにして元遠月十傑第二席の凄腕。在学中は“修羅”と呼ばれ、堂島銀と共に極星寮の黄金期を築いた男である。性格は非常にマイペース。遠月は卒業せず、遠月を去った後は、世界中の名店で腕を振るう“流浪の料理人”と呼ばれる。

 

 

そんな彼を見て、久しぶりの再会を嬉しく思い、中へと入れる。「ただいま」と言って、城一郎が中へ入る。

ふみ緒は自身の部屋に行こうとするが城一郎の提案で調理場へ行き、お茶を入れる。ふみ緒と城一郎は、椅子に座りしばらく昔話をした後、ふみ緒が現在の状況を説明しておくことにした。城一郎は説明を聞いて、「大変な時に来ちまったもんだ」と言って苦笑をした。極星寮OBとして心配ではあるが、今回は自身の用事と、息子である創真の様子の確認と勝負をしに来たのだ。

 

 

「んじゃふみ緒さん、今日は俺が料理するよ。少しでも後輩達の為に何かしてやりてえしな。ま、元から料理はするつもりだったんだけどな」

 

「そうかい?それじゃお願いしようかね」

 

「あいよ。んじゃ調理場借りるわ」

 

 

城一郎はとりあえず当初の目的は果たそうと思い提案すると、それをふみ緒は快く了承する。調理を始めた城一郎を見て、ふみ緒も掃除の仕上げに向かった。

極星寮に、諸星の無事の連絡がされたのは一年生が帰ってくる、少し前のことだった。

 

 

 

 

 

創真・えりなside

 

今、創真とえりなは同じ車に乗り学園に向かっている。二人とも大切な物を忘れてしまったため、バスに乗り遅れてしまったのだ。そして、諸星の要らぬお節介で、先に二人はホテルを出ている。どうやらえりなが創真を嫌っている節があるようで、創真が何かを言ってもえりなは不機嫌な様子で返答している。

宿泊研修のこと等を話すが、あまりの気まずさに創真は眠り始める。えりなは忘れ物だった一枚の写真を見ていた。それは、えりなが幼い頃に城一郎と撮ったツーショット写真だった。

城一郎のことを考えていると、不意に携帯が震えた。どうやらメールのようで相手を確認すると、第一席である司瑛士からのようだ。

 

 

「えっ…」

 

 

何事かと思い確認すると、諸星圭が事故に遭ったこと、第二席の小林竜胆と第四席の茜ヶ久保ももが向かったこと、そのため緊急会議を開くというものだった。驚愕のあまり声を出してしまい、慌てて口を抑え隣に座る創真を確認する。眠っている創真を確認して、安堵の息を漏らす。しかし、運転手には気づかれていたようで心配されるが、上手く誤魔化してやり過ごした。

ふと、既に遠くなってしまって確認出来ない遠月ホテルの方角を見る。

 

 

「(先輩………)」

 

 

あの時、無理矢理にでも一緒に向かっていればこんなことにならなかったのではないだろうか?と思うと、罪悪感が押し寄せて来た。今の自分に出来ることは諸星の無事を祈ることのみ。そんな自分が情けなくて、一滴の涙を流した。

時間もある程度経ち、少しだけ気持ちも落ち着いてきた頃、隣で呑気に眠る創真にも知らせた方が良いのではないかと思い、声をかけようとした所で車が停まり、ドアが開けられた。どうやら気づかない内に学園に着いていたようだ。よくよく外を見ると、空が赤みがかっていた。そんなことにも気づかない程に気が動転していたのかと、額に手をあてため息をもらして、とりあえず車を降りる事にした。

 

 

「あの、ゆきひーー「んじゃまたな薙切」ーー…もう!」

 

 

起きて車を降りた創真に声をかけようとするが、話しも聞かずにスタスタと去って行く創真。そんな創真を怒りながら見ていると、秘書である新戸緋沙子が駆け寄ってきた。

 

 

「えりな様〜!お迎えに上がりました。あの、どうかされましたか?」

 

「なんでもないわ!」

 

 

緋沙子はえりなの様子が気になり心配するも、怒ってスタスタと歩いて行ってしまうえりな。そんなえりなを追う緋沙子。えりなは追いついた緋沙子にこの後の予定を確認する。

 

 

「今日この後は特に何もありません」

 

「そう。私は用事が出来たので緋沙子は先に戻りなさい」

 

「え?しかし…」

 

「あなたも疲れているでしょう?休息も仕事のうちよ」

 

「…わかりました。それではまた後程」

 

 

えりなは付いてこようとする緋沙子を止め、説得をして別れる。

会議室に向かう途中、先程の連絡に返信を忘れていたことを思い出し、携帯を取り出すと一通のメールが届いていた。歩を止め内容を確認すると諸星が無事とのメールだった。良かった…と携帯を胸の前に持っていき両手で包み、安堵の息を漏らす。

また返信を忘れるわけにもいかず、直ぐに返信が遅れた謝罪と向かっている旨をメールして、会議室に向かった。

 

 

一方、えりなと別れた創真は極星メンバーと合流していた。遅れて来た理由を説明して、無事に帰ってこれた喜びを分かち合ったり、この後の予定を話しながら極星寮へ向かった。

 

 

 

 

 

 

極星寮side

 

宿泊研修に参加していたメンバーが寮に着くと、一色が待っていた。先に会議室で話を聞き、急いで戻ってきたのだ。

一色を見つけた一年生達は、出迎えてくれた一色に「ただいま」と告げて、中へと入っていった。研修の報告をしながら、ふみ緒が待っているという調理場へ向かった。調理場の前に着くと、ふみ緒が迎えてくれた。一年生達が合格したことを祝ってくれるとのことで、はしゃぐ一年生達。

 

 

「おう創真、帰ったか。ちょっと手伝えや」

 

「おう」

 

 

奥からの声に調理場を見ると、創真とふみ緒以外は知らない男が調理をしながら創真に声をかける。創真が声に反応するのをみて、ふみ緒が驚いていた。どうやら城一郎と創真が親子であるということを知らなかったようだ。二人の漫才のようなやり取りを聞いて驚愕する寮生達。

ふみ緒が城一郎のことについて説明する。これにも驚愕する寮生達。なんとも慌ただしい光景である。一段落して、ふみ緒が一年生達に荷物を置いて食堂に来るよう指示を出す。それを聞いて各自が部屋に向かう。

 

 

 

ふみ緒は全員が集まったのを確認して、諸星が事故に遭ったことを説明する。

 

 

「先輩は無事なんですよね!?」

 

「先輩が………」

 

「………」

 

 

説明の途中で悠姫が食って掛かる。恵は一言呟いて口を抑えて涙を流している。他の一年生達は驚きのあまりその場で固まっていた。

 

 

「皆安心して。とりあえず手術は無事成功したって連絡はきてるから」

 

「よ、良かった…」

 

 

一色の言葉を聞いて、悠姫が安堵してその場にへたりこんで泣いてしまう。涼子と恵はそんな悠姫の傍に行き、お互いに抱き締めあって泣いていた。創真以外の男子陣は近くの椅子に座って安堵していた。ただ、まだ驚きから戻ってきていないのか呆然としている。

創真は拳を握って、歯を食いしばっている。

 

 

「(俺があの時、先輩を無理矢理にでも一緒に行かせてれば…っ)」

 

 

付き合いはまだ短いが諸星に良くしてもらった創真は俯いて後悔していた。そんな一年生達を慰めるふみ緒と一色。

そんな中、調理場から城一郎が料理を運んでテーブルに並べる。

 

 

「お待ちどうさま。とりあえず落ち着いた奴から食いな」

 

「親父!こんな時に飯なんか食えるかよ!」

 

 

淡々と料理を並べる城一郎に怒りを露にして食って掛かる創真。

 

 

「こんな時だからこそだ。いいか創真。俺は諸星君のことは知らん。だけどな、お前達を見てれば何となくだがわかる。きっと良い先輩なんだろう。ここまで後輩に慕われてる奴はそうそういない。そんな奴が自分の心配をして、他の奴が倒れたなんて聞いてどう思う?」

 

「………」

 

 

城一郎の言葉を聞いて、創真だけでなく他の寮生達も考える。そんなことになったら諸星はどう思うのだろうか。答えは決まっている。彼なら間違いなく自分を責めるだろう。それほどまでに彼は優しい。

その答えに行きつき、ゆっくりとだが料理の並べられているテーブルに各自が向かう。

椅子に座り、最初に食べ始めたのは伊武崎だった。「いただきます」と手を合わせて言って黙々と食べる。それに続いて他の寮生達も「いただきます」と手を合わせて言って食べ始めた。

全員が食べ始めて少し経つと、次第に城一郎の料理の美味さに引き込まれていく。先程までの陰鬱とした空気も吹き飛び、自然と全員の顔が綻ぶ。そして、城一郎に食べた料理についての質問をし始めた。そんな様子を見て、ふみ緒も一色も安堵した。

料理が完食される頃には解散するには良い時間になり、各自が部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

創真・城一郎side

 

解散の後、創真は城一郎と片付けをして、今は外に出て二人で話している。学園についてのこと、城一郎が今創真が住んでいる部屋に住んでいたこと等。

 

 

「創真、ここは楽しいか?」

 

 

突然そんなことを聞かれるが、創真は笑顔で「おう」とだけ応えた。それに満足したのか城一郎は寮の中へ向かうが、途中で歩を止め、創真の方へ振り向く。

 

 

「そうだ。創真、諸星君はお前にとってどんな奴なんだ?」

 

「???どんな奴って言われてもな…」

 

 

城一郎の質問に少しだけ考える創真。とりあえず思ったままを言おうと口を開く。

 

 

「そうだなあ…優しくて気さくで良い先輩で……。あ!兄ちゃんみたいな感じだ!兄ちゃんいないけどそんな感じがする。後はいつか闘いたい相手かな」

 

 

創真の解答を聞いて「そうか」と微笑を浮かべて言って、今度こそ寮へと入っていった。

創真は城一郎を見送って、一度夜空を見上げる。諸星が早く元気になることを祈って部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

悠姫side

 

城一郎さんの料理を食べて、元気をもらった私はお風呂に入って、部屋に戻ってベッドにダイブして枕を抱き締めて顔を埋める。本当に美味しかったなあ…。

料理でここまで人を現気づけるなんて凄い、正直にそう思った。私もいつかあんな料理が出来るようになるのかな?

そんなことを思って、枕に埋めていた顔を横に向けて外を見る。思い出すのは辛かった宿泊研修のこと。それと、諸星先輩のこと。

 

 

「先輩……諸星先輩っ…」

 

 

諸星先輩が励ましてくれたこととかを思い出すと涙が流れてきた。なんで先輩が…あの優しい先輩が傷つかなきゃいけないの…。そう思うとまた涙が止めどなく流れる。

先輩の名前を呟くと色々な顔や姿が思い浮かぶ。嬉しそうに笑う先輩、苦笑をする先輩、料理している時の先輩、辛そうにする先輩…。早く会いたいよ…。でも、学校を休んで行ってもあの先輩はきっと怒るかな。それと自分を責めるだろう。そんなことはさせたくない。私達後輩にとってお兄ちゃんみたいな存在な先輩。でも、私はいつからかそんな先輩の事が好きになっていた。likeじゃなくてloveの方で。

先輩は高校からの編入で付き合い的には二年とちょっと。最初は気さくで面白い人だった。それが付き合っていく内にお兄ちゃんみたいな存在になって、気づけば好きになっていた。最初の頃は、抱きついたりすると照れてたのに、今となっては慣れてしまったのか、妹を扱うみたいになっている。確かに最初はそれでも嬉しかったけど、今はちょっと不満。もっとドキドキしてくれても良いのに…。

先輩の心配をしていたのに、気づけば愚痴みたいになっちゃった。でも、少しは気が紛れたし良かったのかも。時計を見ると、結構な時間が経っていた。先輩の事は心配だけど、明日もしっかりとジビエちゃん達の世話をしなきゃいけないし寝よう。先輩に会う時にこんな感じだと心配かけちゃうもんね。

 

 

 

 

 

 

涼子side

 

食事会が解散になって、女子の中で今日は最後にお風呂に入った後、自分の部屋に戻って鏡台の前にある椅子に座って、ドライヤーで髪を乾かしながら鏡に映る自分を見る。酷い顔ね…。

城一郎さんの料理を食べて少しは元気が出たけど、まだダメみたい。はあ…ってダメダメ!今、一番辛いのは諸星先輩なんだから。私がこんな風でどうするの!

頭を振って陰鬱な気分を吹き飛ばす。髪も乾き、ベッドに横になる。つい昨日の事を思い出してしまう。昨日は勇気を出して少し先輩に甘えてみた。恥ずかしかったけど、先輩の方が恥ずかしがってたなあ…。普段はカッコイイお兄ちゃんみたいな感じのに、ああいう時は弟って感じで可愛いのよね。

最初の頃は、お兄ちゃんみたいな感じだったのに、一緒に過ごしている内に色々な先輩を見て、感じて…一人の男性として好きになってしまった。きっと先輩の人柄に惹かれたんだと思う。私は自分で言うのもなんだけど、普段からしっかり者でお姉さんみたいなポジションだった。この極星寮に来てからもそうだった。もちろん嫌々お姉さんぽくなった訳じゃない。自然と身に付いていて、そうなった。でも、先輩が来てしばらくした頃、私が授業で失敗して、悠姫達にも言えなくて一人で落ち込んでる所に先輩が来て、私に甘えてもいいって言って、優しく頭を撫でてくれた。それが堪らなく嬉しかった。あの日、初めて先輩の前で泣いたんだっかな。私が泣いてる間も、ずっと傍に寄り添って頭を撫でてくれて…。たぶんあの時に好きになったんだと思う。

先輩が辛いなら、私が支えてあげなくちゃね。

 

 

「先輩、待っててくださいね」

 

 

そう呟いて、決意を新たにして私は目を閉じた。




はい!新しいヒロインが確定しました。竜胆と同じようにこの二人もどうするか、随分悩んだんですけどね。これ以上増えると、作者の頭がパーンしてしまいますので、これ以上は増えません。


詳しい描写はありませんでしたが、他の極星メンバーもかなりショックは受けています。
なんか主人公が死んでしまったみたいな感じになってますが、生きてますからね!


そして、原作とは状況が違いますが城一郎が登場しました。どう絡ませるか悩んだ末の結果です。申し訳ございません。


ご感想・お気に入り登録・評価ありがとうございます!おかげさまで300件いきました。本当にありがとうございます!


それでは長文失礼しました。


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第十九話〜入院生活〜

今回は主人公視点です。

今回の章の名前を変更しました。章の名前を変更した理由は読めばわかると思います。
また、あらすじに注意事項的なものを追記しました。
詳しくは活動報告をご覧ください。


それではどうぞ!


「んっ…ここは…っ」

 

 

目を開けると知らない天井だった。ここが何処なのか知るために身体を起こそうとすると、身体の節々が痛み起き上がる事ができなかった。

痛みが収まり、一息吐いて首だけを動かす。清潔そうな白い壁、カーテン、これは…点滴ってやつかな。ということは、ここは病院か。

とりあえず確認できる範囲の物での場所の推測はできた。次は、なんで俺が病院にいるのか。これは直ぐにわかった。というよりは思い出した。宿泊研修の帰り道で衝突事故に遭ったんだ。うわっ…思い出しただけで恐怖と痛みが……。でも良く生きてたな。結構な衝撃だったぞ。

そんなことを考えていると、入り口の扉が開きナースが入ってきてこちらを確認すると、慌てて近づいてきた。意識がはっきりしていることを確認して、医者を呼んでくると言って部屋を出ていった。聞きたいこととかあったけど、ナースの勢いに負けてそんな余裕がなかった。

 

 

 

少しすると、担当の医者と先程のナースが入ってきた。色々と聞かれたり検査をした後、ナースに指示を出して部屋を出ていった。あ、また聞きそびれた。

はぁ〜…と溜め息を吐き、次の機会には絶対に確認しようと決意した。ふと、身体に違和感を覚える。先程は痛みやらナースや医者との会話で気づかなかったが、両手・両腕が上手く動かせない。他の箇所はしっかりと動かすことができる。麻酔か何かの効果かとも思うが、そういった知識もないのでわからない。また、聞くことが増えたと思いながら、しばらくボーッと天井を眺めていた。

どれくらい時間が経ったのだろうか。ただ、ボーッとしてるのも建設的ではないと思い、新作メニューを考えながら過ごしていた。すると入り口の扉がノックされたので、「どうぞ」と言って、首を動かして相手を確認する。入ってきたのは、担当の医者と総帥と姉さんだった。

 

 

「圭!良かった。目を覚ましたって連絡がきたから飛んできたのよ!」

 

 

俺を見た姉さんが走ってベッドの横まで来て、横になっている俺をいきなり抱き締めてきた。

 

 

「っ…いた…いよ。姉さん」

 

 

抱き締められたことにより、身体に痛みが走る。なんとかそれを伝えるために、口を開いて伝える。その言葉を聞いて、身体を解放してくれた。姉さんの顔を見ると、目から涙が出ていた。涙をポケットから出したハンカチで拭って「ごめんなさい」と言ってくる。

 

 

「いや、いいよ。心配かけたみたいでこっちこそごめんな」

 

 

苦笑を浮かべながらそう言うと、姉さんは顔を横にふり笑顔を浮かべた。

 

 

「良いのよ。弟を心配するなんて当たり前だもの。それよりも生きていてくれて良かったわ」

 

 

そう言ってまた涙を流す姉さん。あーあ、涙で化粧落ちちゃって酷い顔。でも、そんなこと気にならない程に、俺のこと心配してくれたんだもんな。姉さんには悪いけど嬉しいな。そう思うと自然と顔が綻んでしまった。少しして、姉さんを宥めて落ち着かせると、総帥と医者がベッドの横にきた。

 

 

「諸星、無事に目を覚ましてくれて良かった。皆も心配しておったぞ」

 

「心配おかけしてすみません。お忙しいのにわざわざ来てもらったりして」

 

 

頭を下げることができないので、口頭のみで謝罪をする。総帥は「気にするな」と言って、近くにあった椅子に座る。

 

 

「諸星君、起きたばかりで悪いが君に伝えたい事がいくつかある」

 

「あ、その前に俺からもいくつかいいですか?」

 

 

医者が話を始める前に、気になっていた事を聞きたかったので、話を切るため口を開く。医者は首肯して「どうぞ」と言う。

 

 

「まず俺はどれくらい眠っていたんですか?それと、事故に遭った他の人は無事なんですか?」

 

 

俺が質問をすると、医者は順番に答えてくれた。俺は事故から三日程眠っていたらしい。ということは連休終わっちゃうじゃん!ああ…残った寮の皆と遊ぼうと思ってたのに…。ちくしょう!

一人脳内で悔しがっていると、次の質問への解答がきた。まず、俺が乗っていた車の運転手は無事だということだ。エアバックが働いて大きな怪我はしなかったけど、窓ガラスが割れて、破片によって軽く傷がついた程度で命に別状はないらしく、既に退院して警察に事情聴取のために向かったとのこと。ちなみに、救急車や警察への連絡、俺や相手方の救助をしたのもこの人らしい。後で、お礼言わないとな。

次に、相手方の運転手と同乗者も無事らしい。何でもデートであの近辺に来ていて、彼氏(運転手)の方が調子に乗って危ない運転をしたらしい。どちらも命に別状はなく、怪我に多少の差はあれど既に退院して警察に連れていかれたとのこと。とにかく全員が無事で良かった。まあ、彼氏さんにはしっかりと罪を償ってもらわないといけないけど。

 

 

「他には?」

 

「両手・両腕が上手く動かせないんですけど、これは麻酔の効果ってやつですか?」

 

「っ…それは、ですね…」

 

 

医者は苦虫を噛み潰したような顔をした後、応えようとした口を閉じて、姉さんと総帥を一瞥する。二人は小さく頷くだけでそれに応えた。二人も先程の医者と同じような顔をする。なんだ?皆どうしたっていうんだ?

 

 

「諸星君、落ち着いて聞いてください。事故の時、一番重症だったのは君だ。頭を強く打ったのもあるし、何よりもガラスの破片、これが大きくてね。結構な数が君に刺さった。無意識だったろうけど、両腕で顔や頭を守ろうとして刺さったんだ…それが、君の両腕の神経を傷つけてしまった。また検査をしなければ詳しくはわからないが、日常生活はリハビリをすれば問題ないと思われる。ただ、おそらく細かい作業は難しいかもしれない。つまりーー」

 

「大体の料理はできても、お前のスペシャリテのような料理は難しいということじゃ」

 

「ーーそういうことです」

 

 

医者の説明の途中で、総帥が割り込んできた。…は?いやいや、そんな馬鹿な、そんな馬鹿な話があってたまるか!ふざけんな!

痛む身体を腹筋を使って無理やり起こす。上手く動かせない腕を掛け布団から出して医者を掴むけど、上手く力が伝わらない。

 

 

「ふざけんなよ…なんとか、なんとかしてくれよ!あんた医者だろ!頼むから…頼むから、なんとかしてくれよ!」

 

「圭!落ち着きなさい!」

 

「諸星!」

 

 

力が入らない俺は、簡単に姉さんと総帥によって医者から引き剥がされてベッドに横にされる。

 

 

「っ…なんで…なんで俺なんだよ!…訳わかんねえよ…ふざけん…なよ…」

 

 

我慢していた涙が溢れだした。手を使って拭う気にもなれず、涙は頬を伝って枕を濡らす。

 

 

「っ…圭…」

 

 

姉さんが泣きながら俺の頭を抱き締めてくれる。俺は姉さんに甘えるように、しばらく大声で泣き続けた。

 

 

 

「さっきはすみませんでした」

 

 

姉さんに身体を起こすのを手伝ってもらって、小さくだが頭を下げて、医者に謝罪をする。

 

 

「いえ、私も出来る限りの事はしますので。とは言ってもこれだけ元気ならもっと大きな病院へ移って、しっかりと検査をした方が良いでしょう」

 

「それならワシが手配しよう」

 

「何から何までありがとうございます」

 

 

医者の話を聞いた総帥がそう言うと、姉さんが頭を下げてお礼を言う。

総帥は「気にするな」と言って、座っていた椅子から立ち上がり医者と一緒に部屋を出ていった。姉さんは、俺をベッドに横にして二人を追うように部屋を出ていこうとして、扉の前で足を止めてこちらに振り返る。

 

 

「ちゃんと安静にしてるのよ。また来るからね」

 

「わかってるよ。姉さん、ありがとう」

 

 

顔だけ向けて笑顔でそう言うと、姉さんも笑顔で返して部屋を出ていった。

姉さんが部屋から出たのを確認して、もう一度両腕を出して顔の前に持ってくる。包帯が巻かれていて酷い有り様だ。その上、これくらいの大きな動きはできるが上手くは動かせない。さっきはショックのあまり泣いてしまったが、現状を改めて理解して、また涙を流した。

涙も止まって落ち着いたところで身体を起こす。やっぱり痛いな。だけど、耐えられない痛さじゃないな。

カーテンを退けてもらった窓の外を見ると、晴れやかな空が広がっていた。そういえば今は何時かと思い、壁にかけられた時計を確認すると三時になるところだった。皆は元気にしてるかな?心配かけたみたいだし会ったら謝らないとな。

 

 

 

 

 

 

目が覚めてから三日が経ち、学園近くの大きな病院に移動した。教員や生徒と会えるようにという、総帥の配慮だ。移動してから一週間が経った。その間に多くの人が見舞いに来てくれた。十傑メンバー(叡山除く)、極星寮全員、その他学園でそれなりに関わりのある人達や卒業生達。いや、ありがたい。ありがたいんだけどね?こう毎日会いに来られると疲れるのよ。いや、ありがたいし嬉しいよ?でもね?限度とかあるでしょうに。皆、料理とか仕事とかしなくていいの?しかも、差し入れと称して自前の料理持ってくるし。何回婦長さんに怒られれば気が済むの?いや、病院食にも飽きるから嬉しいんだけどさ、俺ってばまだ病院食と果物類以外食べちゃダメって説明されたじゃん。もう一度言うよ?何回怒られれば気が済むの?

というわけで、絶賛俺の病室で正座をして婦長さんに怒られている面々。手前から順に、竜胆・もも・悠姫・涼子・創真。恵も来てくれているが、恵は花束を持ってきてくれたのみだったので、無罪放免でベッドの横でアワアワとしている。

とりあえず恵を落ち着かせようと、椅子に座らせる。ある程度落ち着いたのを確認して、視線を説教を受けている五人に向けると、いつも通りの言い訳タイム中だった。

 

 

case竜胆

「病院食って飽きそうだから」

 

caseもも

「甘いものは体力回復するって聞いたから」

 

case悠姫・涼子

「諸星先輩に早く元気になってほしいから」

 

 

 

case創真

「新作のゲソ料理ができたから食べてほしくて」

 

…うん。創真は俺の体調とかなんもかんも関係なかったな。

いつも通り説教が終わると、料理を没収して婦長さんが部屋を出る。俺知ってるんだ。没収した料理をナース全員で分けて食べてるって。最近説教が甘くなったのもそのせいだって。前なんてリハビリしてる時に付き添いのナースに聞かれたもの。「次のお見舞いはいつ?」って。ちなみに好評なのはももの洋菓子類とのこと。これは先程のナースの談である。

俺がいつこの事に気がついたのかというと、痛みも大分引いて歩けるようになり、夜中にトイレに出た時のこと。用を済ませて少し散歩でもしようとナースステーション前を通り過ぎようとした時に、話し声が聞こえてきたのだ。

 

 

「最近太っちゃって困るのよ」

 

「私もなのよ。諸星君のお見舞いの品が美味しくて」

 

「そうなのよねぇ。没収した料理があまりにも美味しそうで、皆で食べた時のあの感動ったらなかったわ」

 

「やっぱり遠月って凄いのね」

 

「本当にね」

 

 

この会話を聞いて、知ることができたというわけだ。でも、患者の見舞いの品を食べるとか良いのだろうか?…わからん。わからないならまあいいかという結論を出した。あいつらのファンが増えるという事だし、将来的にお客になってくれそうだしな。ただ、容器を洗って返してくれるのは良いんだけど、なんで俺経由なんだよ。…あ、俺が隠れて食べたと思わせて、また持ってこさせようって魂胆ですね。実際こうやってそうなってるわけだし。さすがは大人。やることが汚い!

俺はこんな大人にならないように気を付けようと決意をして、遠い目をしながら窓の外を見つめる。ってか差し入れなら果物類持ってくればいいじゃんとか思う俺はおかしいのだろうか?わからん。

そんなことを考えていると、恵がこの前兄さんと姉さんが来た時に置いていった果物の詰め合わせから林檎を取って剥いてくれたようだ。ああ、やっぱり恵は天使ですな。

 

 

「はい先輩。どうぞ」

 

「ありがとう。恵」

 

 

恵から林檎が乗った皿を掌で受け取り、ベッドに付いているテーブルの上に置き、食べようと刺してある爪楊枝を右手で掴んで口まで持っていこうとすると、途中で布団の上に落としてしまった。まだダメか…。

手の感覚を戻すリハビリをしているが、未だに治っていない。他の箇所は手や腕に比べれば軽症だったため、ほぼ完治してしいる。

 

 

「あ、ごめんなさい!」

 

「いや、こっちこそごめんな」

 

 

恵が謝りながら申し訳なさそうな顔をして落ちた林檎を拾う。そんな恵に苦笑をしながら謝罪をする。くそっ!天使にこんな顔をさせるなんて!この馬鹿右手!早く治りやがれ!

自分で自分の右手を叱っていると、一つの林檎が口の近くまで運ばれていた。林檎の先を目で追うと笑顔の涼子がいた。涼子さん?これは一体なんぞや?

 

 

「はい先輩。アーン」

 

「あ、アーン」

 

 

ぬおおおおお!めっちゃ恥ずかしい!やっぱりいつまでたってもこれだけはなれない。きっと今も俺の顔は真っ赤だろう。誰もいなかったら今頃、ベッドの上で悶えていただろう。

ところで俺が何故ここまで抵抗もなくアーンができたのか疑問に思う人もいるだろう。いや、俺は誰に説明しようとしてるんだ?…まあいいか。

 

 

 

 

 

遡ること数日前、創真を除く今日来てくれたメンバーと、十傑の三年男子メンバーが揃った時のこと。十傑メンバーと一年組で別れて、ベッドの回りに椅子を置いて座り、最初はお互いに自己紹介やらをしていたのだが、話題がなくなり気まずい沈黙が流れた。それもそうだろう。一年組は相手が十傑だし、三年組は俺から話を聞いていた位の相手だし。こういう時に竜胆のフレンドリーさが役立つかと思って視線を向けても、何やら考え事をしてるし。

そんな状態が続く中、瑛士が持ってきた果物の詰め合わせから林檎を出し「食べるか?」と言ってきた。それに俺が頷くと恵が瑛士から林檎を受け取り、今日のように剥いて皿に乗せてベッドに付いているテーブルの上に置いた。しかし、この時も手が上手く使えなかったため、誰かに食べさせてもらおうとお願いした。だが、これがまずかった。突然勢いよく立ち上がる恵以外の女性陣。残りの全員は何事かと驚き固まっていると、四人同時に林檎に刺さっている何本かの爪楊枝を摘まんで牽制しあっている。

 

 

「ここは私が食べさせるからお前達は座ってろってっ」

 

「竜胆は何を言ってるのかしら。ここはももがっ」

 

「いやいや、先輩方にそんなことさせるわけにはいきませんよ。ここは私がっ」

 

「悠姫こそ何を言っているのよ。ここは私がっ」

 

 

皆笑顔だけど、目が笑ってないよ。俺以外の全員怯えちゃってるし。俺?俺はこの顔を何回かされたことがあるから慣れちまったよ。慣れたっていっても少しは怖いけど。

 

 

「「「「圭は誰のが食べたいの(先輩は誰のが食べたいんですか)!?」」」」

 

「ひっ…いや、俺は…えっと…」

 

「「「「はっきりしろ(しなさい)(してください)!」」」」

 

「はい!」

 

 

結局、結論は出せず順番に食べていった。順番はジャンケンで決めた。順番はもも・涼子・悠姫・竜胆の順だった。残った林檎はジャンケンに参加しなかったメンバーで美味しくいただきました。ちなみに俺は恥ずかしすぎて味がわからなかった。そんな俺を男性陣は生暖かい目で見守っていた。いや、助けろよ。

 

 

 

 

 

 

そんなことがあって、今があるというわけだ。あれからというもの、四人が揃って果物がありさえすればこんなことになっている。ちなみに今は悠姫に食べさせられている。涼子の後に竜胆・ももときて、どうやらこれで最後のようだ。君たちいつの間に順番決めたの?ってかいい加減、恵ばっかりに皮剥かせるのやめなさいよ。

 

 

「おお、これが修羅場ってやつか」

 

 

創真が林檎を食べながら物騒な事を呟いている。マジで洒落にならんから、そういうこと言うんじゃありません!

恵なんて慣れてしまったせいか完全に傍観者モードに入ってるし。あ、次はバナナですか。そうですか。

 

 

「あんたたち!またそうやって諸星君に餌付けして!」

 

 

バナナを食べさせられているといつも通り、婦長さんが来て止めていく。そして、第二の説教が開始される。これには何故か俺も混ぜられる。これがいつものパターンだ。しかも、餌付けとか酷くね?解せぬ。

 

 

 

説教が終わり婦長さんが出ていき、皆で少し話した後、恵以外の女子組が仲良く話ながら、創真と恵はそれに続いて帰っていく。君たちいつの間に仲良くなったの?

 

 

「諸星君、リハビリの時間よ」

 

 

皆と入れ替わりで付き添いのナースが来た。

 

 

「ふふっ。今日はどんな差し入れかしら」

 

 

あ、皆とすれ違ったんですね。わかります。

こうして、俺の入院生活は進んでいくのであった。

 




この話のうちに連休は終わっています。これが章の名前を変更した理由です。申し訳ございません。

さて、今回の主人公の怪我についてですが、かなり雑になってしまいました。作者は医者とかでもそういった話にも詳しくないのでツッコミはなしでお願いします。

シリアスばかりも何なのでギャグ的なイチャイチャも含めてみました。主人公爆発しないかな…


感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます!
もっと感想とかくれてもいいんじゃよ?(チラッ
すみません。調子に乗りました。


それではまた!


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第二十話〜過去〜

夏休み、学生にとっては一番長い休みで楽しい期間ではないだろうか。学生の中には地方から出てきて、寮やマンションを借りていて実家へ帰省する学生もいるだろう。遠月学園もその例に洩れず、帰省する学生もそれなりにいる。

さて、何故こんな話を突然始めたのかというと、明日から夏休みに入るからだ。夏休み明けから始まる秋の選抜出場者も発表され、出場者する生徒達はその準備に夏休みのほとんどの時間を費やされることは間違いないだろう。

怪我の治療も終わり、まだ完全とは言えないが、日常生活を送れる程度には回復して退院することができた。手のリハビリや経過報告のために通院はしているが、近くに病院があるからそこまで苦ではない。総帥様様だな。退院する時にナースさん達が泣きそうになっていたのは、俺の退院を喜んでくれたからだよね。決して、見舞いの品が食べれなくなるからじゃないよね?俺は信じてるから!

退院した日、極星寮ではちょっとしたお祝いをしてくれた。久しぶりのふみ緒さんの料理や、皆の料理が出された。食べる際に男女入り乱れてアーンをしてくる。嬉しくもあり恥ずかしくもありで、自分で食べるまでいまいち味がわからなかったのは内緒だ。ふみ緒さんにされた時に「おばあちゃん、ありがとう」とふざけたらめちゃくちゃ怒られた。

 

 

 

夏休みを明日に控えた日の放課後、俺の仕事部屋に十傑三年生が勢揃いし、ソファーに座っている。全員落ち着いた表情をして、俺が話始めるのを待っているようだ。

 

 

「皆、忙しいのに集まってくれてありがとう。それと、心配をかけた。仕事関係とか色々とありがとうな。助かったよ」

 

 

頭を下げて礼を述べ、一つ息を吐き言葉を続ける。

 

 

「それじゃ、随分と遅くなったけど約束を果たさないとな」

 

 

そう言うと、全員が心持ち姿勢を正した。それを確認して、あの日何があったのか俺は話始めた。

 

 

 

 

 

 

「まず、家族についてからかな。父さん、母さん、兄さん、姉さん、一つ下の妹なんだけどな」

 

 

あの日の話を始める前に俺の家族について話そうと思い、簡単に家族構成を説明する。

 

 

「え?お兄さんとお姉さんには何回か会ったこと他の人には会ったことないよな?」

 

 

竜胆が疑問に思った事を口にし、皆を見渡す。全員が頷くと、俺に視線が戻ってきた。俺も頷き、その理由を話す。

 

 

「ああ。父さんと母さん、妹は…事故で死んじまったんだ」

 

 

そう言うと、全員が俯いてしまう。まあこういう反応になるか…。聞いていい気分になる話でもないしな。

 

 

「俺の実家はさ、街の小さなレストランをやってたんだよ。父さんが調理、母さんがホールと事務関係全般てな感じでな。俺は父さんの手伝い、妹は母さんの手伝いをしていてさ。兄さんと姉さんはそれぞれやりたいことがあったからたまに手伝うくらいだったな」

 

 

昔を思い出しながら、そう話す俺は、皆にどう映ってるのだろうか。一つ息を吐き話を続ける。

 

 

「中々人気はあったんだぜ?平日・休日関係なくそれなりに活気もあってさ。妹も看板娘的な感じでお客さん達に可愛がられててさ。俺は厨房だったから、父さんと雇ってた人達に色々教わりながらやってたんだ。ただ、この学園に来るまでは流石にお客さんに出すとかは出来なかったから、妹の飯を作ってたんだよ。妹がさ、俺の作った料理を美味しいって言って食べてくれてたんだ」

 

 

今でも思い出せる妹の笑顔。あの笑顔が見れれば俺は頑張れた。いつか父さん達も驚くような料理を作れるようになってやる、って決めたのもあの笑顔のおかげだろうな。

 

 

「妹のためにもっと美味い料理を作りたい。父さんに負けない料理人になりたい。そう思ってこの学園に来たんだ。無事合格できた時なんて家族皆が喜んでくれてさ。んで、いざ入学してみたらレベルの高いこと。噂には聞いてたんだけど驚いたよ」

 

 

全員を一瞥して微笑を浮かべる。瑛士と組んだ時なんて、こいつ本当に同い年?とか疑ったくらいだし。他の皆もそうだ。こいつらと競いあって生き抜いていく。軽く絶望もした。

 

 

「ただ、負けたくなかった。自分ために、何よりも送り出してくれた家族のために。もう必死だったよ。気づいたら二年になってて、今いる皆と友達にもなれてた。極星寮の子達とも打ち解けて、馬鹿なことやったり、毎日が充実してたよ」

 

 

本当に楽しかった。遊んだり勝負したりするのはもちろんだけど、どんどん成長していく自分が実感できた。これはきっと、俺一人だけじゃ実感なんて出来なかっただろう。皆がいて初めて成り立つものだと思う。友達って存在が、ライバルっていう存在が有り難かった。

 

 

「前置きが長くなっちまったな」

 

 

軽く笑いながら言うと、全員が全員、真剣な表情で続きを促してきた。ふぅ…と息を吐き、表情を真剣なものに変える。

 

 

「二年の夏休みの時に実家に帰省したんだよ。その時に妹が旅行に行きたいって言ってさ。俺は学園があって行けないから、父さんと母さんと三人で行ってこいって伝えたんだ。兄さんも姉さんも、その時には仕事してたから行けなくてな。俺が学園に戻る日に旅行に出かけて、それで…三人を乗せたバスが事故に…」

 

 

そこまで言うと、自然と手を力強く握っていた。

 

 

 

 

 

 

事故が起こった次の日に、兄さんから連絡が来た。バスの運転手が、連日の運転の疲労から運転を誤ってガードレールに突っ込み、山の崖からバスが落ちたらしい。乗客は多くの死傷者と、重傷者が出て大惨事だった。救助隊が来て時には、ほぼ手遅れで、その中に三人も含まれていた。

葬儀が行われたけど、実感が沸かなかった。ただただ呆然と、哀しんでくれる人達を見ていた。兄さんや姉さんも泣いていたけど、俺はその時、泣くことすらできなかった。

葬儀が終わって、実家に戻って店の方に自然と足が向かった。厨房に行けば、ホールに行けば三人がいるような気がした。でも、そこには自分以外に誰もいなくて静寂だけがあった。三人を呼んだけど、返事なんて返って来るわけがなくて、近くにあった椅子に座って周囲を見渡した。あるのは閑散とした風景のみで、浮かんでくるのは楽しそうに接客をする妹の葵。

そうだ、葵のために夕飯を作らなきゃと思って、厨房に向かった。今日は、あいつが大好きなハンバーグにしてやろう。そう思って冷蔵庫を開けると、材料が無かったから買い出しに出かけた。出かける時に、兄さんと姉さんが何か言ってたような気がしたけど気にせず出かけた。

材料を買い終わり、厨房に行き、準備をして調理を始めた。調理をしていると、兄さんと姉さんが厨房に来た。

 

 

「圭、何してるんだ?」

 

 

兄さんが何故か辛そうな表情を浮かべて質問してくる。

 

 

 

 

「何って、葵に夕飯作ってあげないとだろ?今日は、葵の大好きなハンバーグにしようと思ってさ。一工夫してあいつを驚かしてやろうと思ってね。兄さんと姉さんも食べるなら後で作るよ」

 

 

話ながらも手を休めず調理をしていると、姉さんが後ろから抱き締めてきた。

 

 

「姉さん!?」

 

 

顔を横に向け、ソースを仕上げている時だったから包丁は使っていなかったが、危ないので離れるよう促しても、一向に離れる気配がない。背中には冷たい感覚と、鼻を啜る音がしていた。

 

 

「圭…もう…もうね………」

 

 

抱き締める力が弱まったので後ろを振り返ると、涙を流して震える姉さんが俺を見上げていた。

 

 

「葵も…父さんも母さんも、いないのっ!」

 

 

そう言って、その場に崩れ落ちる姉さん。何とかしようと思うもどうしたらいいのかわからず、困り果てた俺は、兄さんに助けを求めるように視線を向ける。兄さんも右手で目を覆って泣いていた。

 

 

「圭、ちょっと来なさい」

 

 

少しして、兄さんが先に泣き止み、俺の右手首を掴み引っ張って歩き出す。一体何処に行くのだろうかと思うも、兄さんの真剣な表情と、有無を言わせない態度のせいか、黙ってついていく。

着いたのは仏壇が置いてある部屋だった。そこには位牌と、三人の遺影が置かれていた。

 

 

「よく見ろ。三人とも死んだんだ…」

 

「………」

 

 

兄さんが手首から手を離し、俺はただ黙ってそれを見ていた。悪い冗談だと思い、厨房へ向かおうとするも、兄さんに腕を掴まれて動けない。

 

 

「離してくれよ…」

 

「ダメだ」

 

「離せよ!」

 

 

振り払おうと最初は軽く動かしていたが、兄さんが強く握りしめてきたため、勢いよく腕を振る。腕が兄さんの顔にあたり、手を離した隙に歩き出す。すぐに回復した兄さんが肩を掴み、振り向かせられた。右腕を振りかぶり平手打ちが飛んできた。

 

 

「いい加減にしろ!」

 

 

平手打ちをもろにくらった俺は尻餅をついてしまい、兄さんはそんな俺に近づいて胸倉を掴んで叫んだ。

 

 

「現実を見ろ!辛いのはわかる!俺だって麗香だって辛い!でもな!…何をしたって、もう三人とも帰ってこないんだよ!」

 

 

そういう兄さんの顔は本当に辛そうで、また涙を流して震えていた。平手打ちをもらったことで、頭が冷えたのかはわからないが、さっきまで灰色だった世界が少しずつ色づき始めた。

気づけば姉さんも近くにいて、兄さんを引き離そうとしていた。やっぱり姉さんも泣いていて、辛そうにしている。三人の遺影を見る。ああ…本当にもういないんだ…

理解をようやくして、俺はその日、初めて涙を流した。声にならない声をあげて泣いた。兄さんと姉さんが泣きながら抱き締めてくる。その二人の優しさが、想いが流れてくるようで、それがまた現実を突きつけてくるようで、俺は眠るまで子供のように泣いた。

 

 

 

一週間が経って、兄さんと姉さんは仕事に戻った。俺も夏休みが終わったため、学園に戻った。まだ、立ち直りきれてなくて皆に心配された。あの時は、本当に酷い顔をしていたと思う。

それから一ヶ月が経って、少しずつ気持ちの整理をつけていった。極星寮の皆や、竜胆を主体にした三年組が気を使ってくれたのか、遊びに出かけたりした。そうして、少しずつ元気を取り戻していった。

でも、何のために、誰のために料理をすればいいのかだけはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

「事故で三人を喪って、どうすればいいのかわからかったんだ。でも、ここにいる皆や、極星寮の皆が俺を助けてくれた。礼を言わせてくれ。ありがとう。皆と出会えて、友達になれて、ライバルになれて良かった」

 

 

ここまで黙って聞いてくれていた皆へ頭を下げて礼を述べ、ゆっくりと頭をあげる。

 

 

「様子がおかしかった理由と原因はわかったよ。それで、どうして今になって話す気になったんだ?」

 

 

瑛士が一つ頷いて質問をしてくる。他の皆も続きを促すように黙ってこちらを見てくる。

 

 

「それはーー」

 

 

俺は、今回の宿泊研修での恵・創真ペアと四宮さんの非公式での食戟の時のことを話した。自分らしい料理、その原点を思い出させてくれたあの時のことを。

葵、父さん、母さんはもういない。でも、三人のために料理をすることはできる。支えてくれた皆のために料理をすることはできる。葵のために作った料理のように、誰かを笑顔に、大切な人達を笑顔にするために料理をする。それがきっと俺らしい料理なんだと気づかされた。

 

 

「ーーてなことがあってな。我ながら何をしてたんだって思うよ」

 

 

説明を終えて、苦笑を浮かべる。一通りの説明を聞き終えて、竜胆が背もたれに寄りかかって、体勢を崩したのを合図に、他の皆もそれぞれ楽な姿勢になった。

 

 

「本当に圭って馬鹿よね」

 

 

ももが溜め息を吐いて、罵倒してくる。それを聞いた皆が、ウンウンと頷いて応える。

 

 

「うるせえよ。自分でもそう思ってるからそれ以上は言うなよ?」

 

「バーカ」

 

「言うなって言っただろぉ!?」

 

 

ももといつものようなやり取りをしていると、誰ともなしに笑い始めた。俺ともももそれにつられて笑ってしまった。本当に、お前らが友達で良かった。

 

 

 

 

 

 

笑いが収まって、少しだけ雑談をした後、解散となり、今は極星寮の食堂に極星メンバーが集まっている。次は、この子達に話さなければならない。あの時に創真はいなかったが、今回の立ち直りのきっかけを与えてくれた創真にも聞いてもらいたくて呼んでおいた。ちなみに、ふみ緒さんは知っているので夕飯の準備をしている。

さっき三年組にした話を聞かせる。全員が真剣に聞いてくれた。話を終えると、全員が泣いていた。慧と悠姫に至っては、感極まって泣きながら抱きついてくるもんだから、かなり困った。宥め終えて、創真に改めてお礼を述べると、先輩の力になれたのなら良かったと言って、笑顔を浮かべた。

どうやら俺の怪我の件については、折り合いをつけれたようだ。今通院している病院に移動した時の休みの日に、創真が来て謝ってきた。何のことかわからないでいる俺に、自分が一緒に乗るようにもっと説得していればと後悔していたようだ。あれは俺が勝手にしたことだと言って、無理矢理納得させたんだけど、やはり気が収まらなかったようで料理を持ってくるようになった。俺もそれで納得できるならいいかなと思って、受け取ってはいたんだけど、食べられなかったし、没収されるしで心配だった。

同じ理由で、えりなちゃんも謝罪に来た。えりなちゃんの場合は、えりなちゃんのスペシャリテを食べさせてもらうということで、手をうった。本人はあまり納得してなかったが、えりなちゃんのスペシャリテを食べれるということがどういうことか、懇切丁寧に説明をすると途中で止められた。まあ“可愛いえりなちゃんの”とか、そういったからかいも入れてたからだろう。顔を赤くしてたし。結局、それで決定してえりなちゃんは去っていった。スペシャリテの件が決まった時に、緋沙子ちゃんがグヌヌってたのは内緒にしておこう。食べたら自慢してやろう。

 

 

 

皆と楽しく夕飯を食べて、自室に戻った後、そういえば今日は忙しくて、担当医に言われたリハビリをしっかりとできていなかったことを思い出して開始する。

リハビリメニューが終わり、ベッドに腰掛け一息ついたところで、部屋の扉がノックされた。誰だろうと思って、入室を促す。扉が開けられ、その先にいたのは涼子だった。

 

 

「涼子?どうした?」

 

 

部屋の中に入り、扉を閉めて俺の前にやってくる。

 

 

「先輩、明日デートしましょ」

 

「………へ?」

 

 

こうして、俺にとって忘れられない夏休みが始まった。



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〜夏休み編〜
第二十一話〜初?デート〜


デート回です。
涼子の服装等は皆さんで想像してください。


夏休み初日、天気は晴れ。俺は、涼子との待ち合わせ場所である、学園の最寄り駅前にある広場の噴水前で涼子を待っている。俺の前を行き交う人々は、ハンカチやらタオルやらで汗を拭っている。暑い…一体どこまで暑くなれば日本の夏は気がすむんだ。

昨日の夜、涼子が俺の部屋に来て、「先輩、明日デートしましょ」と言ってきた。あまりにも唐突過ぎて、アホな顔をしていたと思う。いやだって、デートだぞ?お出かけや買い物じゃなくて、デート。デートってなんだ?今まで、そんなこと経験したことないからわからんぞ…。テレビとか映画なんかじゃ男女が二人で一緒に買い物したり、遊園地とか行ったりしてるけど、それがデートなのか?それなら何回かあるけど、あれはデートだったのか?…わからん!

その場で、頭を抱えて蹲っていると影が射す。視線を上げると、涼子が怪訝な表情をして立って見下ろしていた。

 

 

「先輩、何してるんですか?」

 

「…あ、い、いや…何でもないぞ。うん」

 

 

立ち上がって涼子と向かい合う。なんてことは出来なかった。立ち上がって涼子の姿を見て、目をそらしてしまった。普段、制服姿や部屋着とかは見たことあるけど、こんな明らかにオシャレな格好をした涼子を見たことはない。やべえよ。なんか知らんが直視できねぇ。

目をそらしていると、涼子が上半身を少し屈めて視線の先に現れる。

 

 

「先輩、何か言うことがあるんじゃないですか?」

 

 

目が合うと、微笑を浮かべて問いかけてくる。え?なに?俺は何を言えばいいんだ!?教えて!紳士な人!!

 

 

「えーっと………」

 

 

視線を泳がせながら考える。いかん。完全にテンパっちまってる。落ち着け。落ち着け俺!思い出せ…テレビとかではなんて言ってた…。

 

 

「あ!…ん、んん。涼子、その服装いいな。似合ってるよ」

 

 

わざとらしく咳払いをした後、微笑を浮かべながら服装を褒める。これだ!これしかないだろ!?

 

 

「ふふ、ありがとうございます。先輩も素敵ですよ」

 

 

涼子の反応は、良好のようだ。あ、別に駄洒落を言った訳じゃないよ?本当だよ?

俺の言葉に満足したのか、涼子は俺の右腕に左腕を絡めて身を寄せてくる。

 

 

「りょりょりょ、涼子!?」

 

 

突然の出来事に慌ててしまう。暑い!顔も身体も暑い!なにこれ!?さっきから慌ててばっかなんだけど俺!?

なんか周囲の男共からの視線も痛いし、舌打ちも聞こえた気がする。俺がなにしたっていうんだよ…。

 

 

「先輩、顔真っ赤ですよ。さ、行きましょ」

 

 

涼子はクスクス笑って、俺の腕を引いていく。はぁ…なんか最近、涼子にはドキドキさせられっぱなしだな。

小さく息を吐き、空いている手で頭をかき涼子の横に並ぶ。横に来た俺を見て、涼子は嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

電車に揺られ数分、目的の駅に着き降りる。近くにある大型ショッピングモールに行くとのこと。ちなみに腕は解放してもらいました。さすがに恥ずかしすぎるし…周りからの視線が痛くてしょうがなかったんだよ!主に男共からの!

俺がなんとか涼子に頼んで腕は解放されたが、手は握られている。頼んだ時、涼子は不服そうだったが土下座する勢いで頼んだら、手を握る事で了承してくれた。その光景を見ていた周囲から「チッ…リア充め。見せつけてんじゃねえぞ」とか、「リア充爆発しろ」とか色々と聞こえてきた。勘弁してつかぁさい。

駅を出て少し歩くとショッピングモールに着いた。夏休みということもあってか、家族連れや学生らしき人々が、多く見受けられた。空調も効いていてまさに天国だ。

 

 

「そういえば、ここで何するんだ?」

 

 

デートっていうのと、待ち合わせ場所・時間は聞いたけど、何をするのかは聞いていなかったので聞いてみる。

 

 

「そういえば言ってませんでしたね。とりあえず観たい映画があるのでそれを観て、その後は色々と買い物ですね」

 

 

行き先は決まっているらしく、楽しそうに歩いていく涼子。映画か。ここ最近は色々と忙しくて観てなかったな。

施設内には色々な店があり、映画館もその内の一つだ。八階まである建物内の最上階に映画館はあり、エレベーターに乗って目指す。最上階に着くと家族連れが多く、子供達がはしゃいでいたり、それを宥める親達が見受けられた。おそらく、有名なポケットなモンスター達が出てくるアニメ映画を観るのだろう。さて、俺達は何を観るのかな?と思い、涼子についていく。

先に並んでいた人の後ろに並び、順番が来るのを並んで待つ。

 

 

「すみません、高校生二枚お願いします」

 

「かしこまりました。学生証はお持ちですか?」

 

 

受付に着き、俺はチケットを購入しようと受付の係員に話しかける。係員に言われ、学生証を二人で出す。確認を終えた係員は、学生証を返し、席を選んで、言われた金額を支払いチケットを受け取りその場を離れる。

 

 

「あの先輩、お金」

 

「ああ、いいよ。お見舞いに来てくれたお礼ってことでさ」

 

 

財布を出し、お金を渡そうとする涼子を手で制しながらそう言うと、顔を横に振られてしまう。

 

 

「ダメです。こういうのはちゃんとしないと」

 

 

涼子はそう言ってお金を渡そうと財布から出してくる。最近の一部の女性は、デートの時に奢られるのが当たり前と、何かで見た記憶があるけど、涼子は違うっぽい。

 

 

「うーん…わかった。じゃあせめて昼飯くらいは奢らせてくれ。じゃないと俺の気がすまないし」

 

 

少し悩んで、お金を受け取り、新しく提案する。涼子は、提案を渋々納得し、受付の際に離していた手を握ってくる。それに少しだけドキッとしながら、平常心を保ちながら手を握り返す。

 

 

「はい。これチケットな。入場までまだ時間あるし、飲み物とか買ってくか」

 

「そうですね」

 

 

チケットを渡して、飲み物を買いにまた歩く。涼子の方を、目だけを向けて見ると、また楽しそうに歩いていた。俺なんかでいいのか?とも思うも、楽しそうにしている顔を見ると、口に出すことは出来なかった。そんなことを言って、気を使わせたり、空気が悪くなるのは俺も望んでないしな。

 

 

 

 

 

 

映画を見終わって、ちょうど昼飯の時間になったので、涼子が食べてみたかったというイタリアンの店に入った。昼飯時ということもあり、どこも混んでいるが、運よく入ることができた。

ちなみに映画の内容は、よくある学生の恋愛ものの邦画だった。俺もCMで予告は観たことがあった。主役である男子と、ヒロインである女子の心理描写や動きがよく描かれていて、中々面白かった。

注文を済ませて、しばらく映画のことを話していると、先に涼子が頼んだカルボナーラが届いた。

 

 

「どうぞお先に」

 

「ありがとうございます。それじゃお先にいただきます」

 

 

両手を合わせて、日本人にはお馴染みの挨拶をして、涼子は先に食べ始めた。向かいに座りあっていることもあって、手持ち無沙汰になってしまった俺は、涼子をジッと見つめていた。改めてこうやって見ると、涼子って綺麗なんだよな。気も利くしまさにお姉さんって感じだし。意外と可愛いところもあるし。

 

 

「あの、先輩?そんなに見られると食べづらいんですけど…」

 

 

ジッと見すぎていたせいか、涼子が苦笑を浮かべて食べる手を止めていた。

 

 

「あ、ごめんごめん」

 

 

苦笑を浮かべて謝罪をして、視線をそらす。いかんいかん。つい見すぎちまった。気をつけよう。

涼子は、あっと小さく口に出すと、フォークでパスタを巻いて汁が垂れないようにきり、左手をフォークの下に添えてこちらに差し出してきた。

 

 

「はい、アーン」

 

「いや、別にそういうわけじゃなくてだな」

 

「いいから。この体勢意外と疲れるんですから」

 

 

突然やってくるから、動揺してしまう。渋っていると、涼子はズイッと身を乗り出して口の前まで持ってくる。観念して、周りが見ていないのを確認してから食べた。

 

 

「ふふ、美味しいですか?」

 

「あ、ああ。美味しいよ」

 

 

微笑を浮かべて訪ねてくる涼子に、生返事を返してしまう。いや、恥ずかしすぎて味なんてわかるか!いくら、入院してた時にやっていたとはいっても、こういった他の人の目が多い場所でやるのとは大違いなんだよ!

俺が食べたのに満足したのか笑顔を浮かべながら楽しそうに食事を続ける涼子。まあ、涼子が楽しいなら多少はいいか。

そんなこんなをしていると、俺の注文したドリアが届く。伝票を置いて、店員が去っていく。両手を合わせていただきますをして、食べ始める。おお、パスタ系を推してるからどんなもんかと思っていたけど、美味しいな。

味わいながら食べていると、前から視線を感じる。はい。涼子がお返しとばかりに俺を見ていました。

 

 

「えっと、涼子?そんなに見られると食べづらいんだけど」

 

「ふふ、さっきのお返しです」

 

 

やっぱりかと思い、苦笑を浮かべる。気にしていてもしょうがないから、食事を再開する。しかし、未だに視線を感じる。なんだと思い、視線を涼子に戻すと、ニコニコと笑顔を浮かべている。

 

 

「えっと、涼子?どうした?」

 

「いえ。先輩は私にはくれないのかなって」

 

「ああ、ごめんごめん。ほら、どうぞ。熱いから気をつけてな」

 

 

ドリアの入った器を涼子の方へ近づける。そうだよな。俺ばっかりもらってばっかりはいかんな。

一人納得をしていると、涼子は不満そうな顔をして食べる気配がない。

 

 

「?どうした?早く食べないと冷めちまうぞ」

 

「…先輩、アーン」

 

 

不思議に思って食べるように勧めると、口を開けて待つ涼子。ああ、そういうことね。ええい!こうなったら破れかぶれじゃい!

 

 

「あ、アーン」

 

 

ドリアを手元に戻して、スプーンで一口掬って食べさせる。めちゃくちゃ恥ずかしい。なに?この羞恥プレイ…。

 

 

「ふふ、ごちそうさまです」

 

 

満足したのか涼子は食事を再開する。俺も水を一口飲んで、気を落ち着かせてから食事を再開した。

 

 

 

 

 

 

食事はあの後、デザートを頼んで、このあとの予定を話したりしながら終えた。

今は服を見たいという涼子の提案で、女性ものの服屋にいる。今は涼子が近くにいるからいいけど、かなり気まずい。女性ものの服屋なんて入ったことないし、どうしたらいいかわからん。涼子は涼子で店員となにやら話してるし。

 

 

「先輩、ちょっと試着してくるので待っててください」

 

「お、おう」

 

 

涼子は何着か服を持って試着室に向かっていく。

 

 

「彼氏さんも彼女さんの服、見てあげてください」

 

 

外で待ってようかと考えていると、店員がニコニコ笑顔で話しかけてくる。いかん。完全に勘違いをされている。

 

 

「あ、いえ。俺達はそういうんじゃなくてですね」

 

「まあまあ。そう言わずに見てあげましょう」

 

 

俺が誤解を解こうと話すも、まったく聞く耳もたずの店員。この調子だと一向に話は聞いてもらえないなと考え、店員に着いていく。

涼子の入った試着室前で待っていると、カーテンが開いて、中から着替えた涼子が姿を現す。

 

 

「先輩、どうですか?」

 

「似合ってるよ。良いと思う」

 

「ありがとうございます。じゃ次に着替えますね」

 

 

俺の感想に満足したのか笑顔でお礼を言って、カーテンを閉めてまた姿を隠す涼子。店員にもっと褒めたりしないととか言われたけど知らん。あれが俺の精一杯なんだよ。服の感想とか求められたことないし。せいぜいが妹の葵の服を褒めたことがあるくらいだし。そういえば、今と似たようなことを言って、葵に「そんなんじゃモテないよ?」とか呆れながら言われたことあったっけ。その時は、大きなお世話だと思って適当に流したけど、なんて言えばいいのか聞いとけば良かったか。無い物ねだりをしても、しょうがないか。今度姉さんあたりに聞いてみよう。今は、この場を切り抜けないとな。

 

 

 

その後、二着ほど着替えた涼子は一番始めに着たやつを買って、店を出た。どれが一番良かったか聞かれて、一番目のやつが良かったと応えたら、それにしたようだ。

 

 

「俺のセンスなんかで良いのか?」

 

「先輩が良いと思ったならそれがいいですし、私もこれ結構気に入ったので」

 

 

不安になり聞くと、笑顔で買った服が入った袋を持ち上げて見せてくる。涼子がいいならいいかと思い、少し離れた前にいる涼子の横に並ぶ。

 

 

「じゃ次に行くか」

 

「あっ…はい!」

 

 

服の入った袋を涼子から受け取り、もう移動中はお決まりになっていた手を握る。涼子は一瞬驚いていたけど、すぐに笑顔になって歩き始めた。よ、良かった〜。これで嫌がられたら俺ショックで寝込むところだったわ。無いとは思ってたけど、不安なものは不安なんだよ!彼女いない歴=年齢の男子高校生なめんな!

 

 

 

 

 

 

服屋を出たあとは、色々な店を見て回った。俺の服を涼子が見立ててくれたり、ゲーセンでUFOキャッチャーに苦戦したり、食品コーナーに行って調味料の品揃えの良さに俺が驚いたりと色々とあった。どの時も涼子は楽しそうで、俺も気づけばその時間を自然と楽しんでいた。

今は日も沈み始めて、学園の最寄り駅に着いて駅を出たところだ。これからどうするかと話していると、涼子が腕時計で時間を確認して一つ頷くと、近くにある公園に行きたいというので、そこに向かう。

 

 

「先輩、今日はありがとうございました。凄く楽しませてもらいました」

 

 

「ん?俺も楽しかったし、こちらこそありがとうな」

 

 

ゆっくりと手を繋いで歩きながら公園に向かっている途中、涼子がお礼を言ってきた。お互い様だと思い、俺もお礼を言う。なんだかんだで手を繋いでいるのが当たり前になったなと思っていると、涼子が足を止める。どうやら公園に着いたようだ。公園はそれほど大きくなく、入り口からでも把握しきれる広さのようだ。滑り台に、ブランコ、砂場とベンチが一つ。公園内にはベンチにいるよく知った女の子三人のみだ。涼子は三人を見つけると、手を離して三人の下に向かって歩いていく。俺は、三人が居ることを疑問に思いながら、涼子の後に続く。

 

 

「すみません。待たせちゃいましたか?」

 

「ううん。私たちも今さっき集まったばっかだよ」

 

 

涼子が三人の下に着き、悠姫が応える。残りの二人も頷いて応えている。

 

 

「おっす。仲良くなったとは思ったけど、待ち合わせていたのか」

 

「まあね。もも達にも色々とあるのよ」

 

「そういうことだな」

 

 

俺も皆の前に着いて、挨拶をする。ももと竜胆がそれに応えてくる。入院して新しい方の病院に移動してからしばらくした頃から、この四人が一番見舞いに来てくれていた。むしろ来る時間に差はあったけど、四人が集まるのが多かった気がする。気づいた時には普通に話したりしてたしな。ももは若干まだ距離的なものは感じるけど。

 

 

「じゃあ先輩、私とのデートはここまでです」

 

「え、あ、お、おう」

 

 

涼子が俺の方に振り向いて、突然告げられるデートの終わり。突然過ぎて言葉が詰まってしまった。え?ていうか皆の前でそんなこと言っちゃうの?

 

 

「じゃあ次は私の番ですね。諸星先輩」

 

「は?」

 

「その次は私な」

 

「へ?ちょまっ」

 

「最後はももだからね」

 

「待て待て!次って何んだよ?ちゃんと説明しなさい!」

 

 

悠姫、竜胆、ももの順に何やら順番が決まっていく。何が何やらわからない俺は説明を求めて、ストップをかける。いや、何となく予想はついてるけど、間違ってたら恥ずかしいしな。

 

 

「何ってデートの順番ですよ」

 

 

涼子が首を傾げながら、何を当たり前なことを、と言いたそうな顔で言ってくる。ああ、やっぱりか。流れで何となくはわかっていた。それに最近の態度とか見てれば、こういったことに鈍いとか言われる俺でも、皆の気持ちには気づいていた。

 

 

「なんだ、その…本当に俺で良いのか?」

 

 

だから皆に聞いてみることにした。俺より良いやつなんて、それこそ五万といるだろうに。そう思って聞いてみるが、全員に溜め息を吐かれてしまう。

 

 

「先輩、俺“で”なんて言わないでください」

 

「そうですよ。私たちは諸星先輩“が”良いんです」

 

 

涼子が真剣な表情で、悠姫は笑顔を浮かべて言ってくる。

 

 

「むしろ圭が、もも達の気持ちに気づいていたのに驚きね」

 

「確かにな。結構アピールしてたのに、中々態度が変わらないから、女に興味ないのかと思った時もあったな」

 

 

ももはやれやれといった感じで、竜胆はうんうん頷きながら言ってくる。おい、ちょっと待て。その誤解はあんまりだろ。

 

 

「色々と言いたいこともあるけど…まずはありがとう。ここにいない他の皆もそうだけど、辛かった時支えてくれて。一緒にいてくれてありがとう」

 

 

小さく息を吐き、頭を下げる。そして、今できる精一杯の礼をする。今の俺にはこれくらいしかできない。

 

 

「ま、今すぐ返事をもらえるなんて、もも達も思ってないしね」

 

「そうだな。圭がヘタレなのは今に始まったことじゃないしな。それに今返事するなら今日デートした榊が有利だしな」

 

「あら、それなら私は今返事もらってもいいかも」

 

「ちょっと涼子!あんたダメだからね!」

 

 

もも、竜胆、涼子、悠姫の順に話始める。竜胆には色々と言ってやりたいが、事実だから何も言えない。しまいには涼子の言葉を切っ掛けに、言い合いを始める四人。そんな四人を見ていると、自然と笑いが込み上げてきた。俺が笑っているのに気づいた四人は顔を見合わせて、笑い始めた。

 

 

 

一頻り笑い合って落ち着いた俺達は、今後の予定を話し合って解散した。竜胆とももとは公園で別れ、涼子と悠姫と一緒に寮に戻り、今は自分の部屋でベッドに寝転がりゆっくりしている。今後の予定はこうだ。明後日に悠姫と出かける。これは、悠姫が秋の選抜への出場や帰省の関係でそれに配慮した結果だ。涼子も同じ理由で今日になったらしい。どうやら既に順番は決めていたらしく俺の予定次第だったそうだ。次の週に竜胆ともも。お互いに仕事があるため、予定を合わせた結果、このようになった。やべえ。冷静になって考えると、これが噂に聞くモテ期とかいうやつなのか?あ、やべ。顔のニヤケが止まらねえ。こんな顔、自分の部屋以外でしてたら、何を言われるか堪ったもんじゃないな。

 

 

「先輩?何回呼んでも返事がないので失礼しますよ。秋の選抜のことでそうだ…んが……」

 

 

慧が部屋に入ってきて、俺がジタバタと悶えている姿を見て固まってしまっていた。俺も慧に気づいて固まってしまう。

 

 

「すみません。お取り込み中でしたか。また後で来ますので、落ち着いたら呼んでください」

 

 

そう言って部屋から出ていく慧。

 

 

「ちょ、ちょっと待った!大丈夫!落ち着いたから!だから待って!さとしいいいぃぃぃぃ!」

 

 

慧に説明するのに、数十分。俺の叫びを聞いて、説教しに来たふみ緒さんに数時間。高校最後の夏休み初日の夜は長かった。




残り数話でこの物語は完結させようと思います。
それまでの間よろしくお願いします。


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第二十二話〜大人な悠姫、子供な圭〜

今回はいつもより短いです。


涼子とのデートから二日後、今日は悠姫とのデートだ。なんかこうやって考えると、俺って遊び人みたいな感じがする。いや、そんな軽い気持ちでデートをするつもりはないんだけど、周囲の人達はそう思わないんじゃないだろうか。俺だって漫画やアニメとかでこういう展開になった時、そう思ったことがある。ただ、あれはフィクションという割りきりができるけど、これは現実だ。

 

 

「先輩?大丈夫ですか?」

 

「ん…ああ、すまん。ちょっと考え事してたわ」

 

 

隣に座る悠姫が顔を覗きこんで、心配そうな顔をしていた。今は、動物園に向かうバスに乗って移動中だ。

朝、悠姫と一緒に寮を出て目的地を聞くと、様々な動物たちと触れあえる動物園に行きたいとのことで、そこに向かっている。動物園というところが、なんとも悠姫らしいと思った。

 

 

「むぅ〜」

 

「ど、どうした?」

 

 

気づくと悠姫が頬を膨らませて唸っている。あれ?俺なにかやらかしたか?

 

 

「デート中に何をそんなに考え込んでたんですか?」

 

「あ、いや、色々とな」

 

 

ジト目で問いかけてくる悠姫に、苦笑しながら応える。残念ながらこの回答では納得をしてくれないらしく、問い詰めてくる悠姫。さて、困ったと思っていると、運よく逃げるタイミングが舞い込んできた。誰かが降りることを告げるボタンを押したのだろう。バスが目的地である動物園前に到着し、停車する。

 

 

「ゆ、悠姫。ほら、降りよう」

 

「むぅ〜。仕方ないから、今回は見逃してあげます」

 

 

苦笑しながら席を立ち、悠姫に手を伸ばす。未だに頬を膨らませている悠姫は、渋々俺の手を取って立ち上がり、席を立つ。バスを降りて、動物園の入り口近くにある料金所でお金を払い、いざ入園。そういえば、動物園に行くのなんて何年ぶりだ?

隣を歩く悠姫は、先ほどの不機嫌はどこへやら。入ると同時に、スキップしながら先を行っている。

 

 

「せ〜んぱ〜い!早く〜」

 

「お〜う!あんまりはしゃぐと転ぶぞ〜」

 

 

ゆっくり歩き過ぎたせいか、悠姫と距離が離れてしまっていた。離れたところからこちらに呼びかけてくる悠姫に、冗談混じりで応えながら駆け足で近づく。

 

 

「へへ〜ん。子供じゃないんだから大丈夫ですよ!ってうわっ!」

 

 

悠姫がこちらに向かいながら、また笑顔でスキップを始める。すると、少し段差があるところに躓いてしまっていた。

 

 

「とっとっと、わぷっ」

 

「ととっ、大丈夫か?」

 

 

悠姫が倒れないように、片足で何歩か堪えているところに駆け寄り、胸で受け止め無事か確認する。

 

 

「えへへ、大丈夫です。助かりました、隊長」

 

 

ハニカミながら離れ、敬礼する悠姫。うん。どこも怪我はなさそうだな。

 

 

「それなら良かったよ。さ、行くか」

 

「はい!」

 

 

無事を確認して、微笑を浮かべて手を悠姫に向けて差し出す。悠姫は嬉しそうに手を握る。

 

 

「あんまりはしゃぐとさっきみたいに転びそうになるぞ?」

 

 

俺の手を軽く引っ張りながら歩く悠姫に注意する。悠姫は立ち止まって、胸を張る。

 

 

「大丈夫です!先輩が手を握ってくれてますから!」

 

 

繋いでいる手を持ち上げて、陽だまりような笑顔で悠姫は言う。この笑顔を見ると、こちらまで心が暖かくなる。そんな輝くような笑顔だった。

手を繋いで歩いていると、一つ目のポイントに着いた。ライオンやらゴリラやらが檻の中で自由に過ごしている。小さい頃、幼稚園の遠足で動物園に行った時、ゴリラに唾を飛ばされたことがあったっけ。

 

 

「おお、久しぶりに生でこうやって見ると、迫力あるな」

 

 

今、俺達の目の前では、檻の中で優雅に歩くライオンがいる。つい、前のめりで見てしまう。なんでライオンとか虎を見ると、真っ先にカッコイイという感想が出てくるのだろうか。不思議だ。

 

 

「先輩、はしゃぎ過ぎて柵を越えないでくださいよ?」

 

 

クスクスと笑いながら悠姫がそんなことを言ってくる。なんか、子供に注意する母親みたいだな。周囲を見てみると、俺と同じように、柵を掴んで子供たちがはしゃいでいる。そして、同じように母親らしき人や父親らしき人が、悠姫と同じように子供に注文をしている姿が目に入ってきた。

 

 

「大丈夫だって。そこまで子供じゃないよ」

 

 

苦笑をしながら柵から少し離れる。そんな俺を見て、悠姫はクスクスと笑っている。

 

 

「どうした?」

 

「なんか、こんな子供っぽい先輩見るの初めてな気がして」

 

 

笑っている悠姫に首を傾げて問うと、楽しそうに微笑み応える悠姫。おお、悠姫が大人っぽい。

 

 

「それを言うなら、こんな大人っぽい悠姫を見るのも、初めてな気がするな」

 

「ふふん。私だってもう大人のレディなんですよ」

 

 

胸を張って得意気になる悠姫。うん。いつもの悠姫だな。

 

 

「はは、そうだな。悠姫は大人のレディだな」

 

 

いつもの感じで頭を撫でる。悠姫の頭を撫でるのも何回目になるかわからない。頑張った時とか落ち込んでた時には、よく撫でたっけな。

 

 

「先輩、大人のレディに対して頭を撫でるのはどうなんですか」

 

 

どうやらご不満なご様子。つい、いつもの感じで撫でてしまったが、確かに大人と認めた手前、失敗かもしれない。

 

 

「えへへ。でも、先輩の撫でかたは上手なので許してあげます!」

 

 

しかめっ面から一変、今度は顔を綻ばせて、頭を手に擦り付けるようにして言う悠姫。小さい頃に葵を撫でてた成果かな?結構好評だったし。千葉に住む捻くれたお兄さんのようにスキルが身に付いたのだろう。

 

 

「おう。ありがとな。それじゃ次に行くか」

 

「おー!」

 

 

手を繋ぎ、空いている手を挙げてから歩き出す。近くから「おー!」と元気な男の子の声が聞こえ、足を止めて振り返ると、先ほどの子が右手を挙げて、歩き出していた。きっと悠姫につられてしまったのだろう。その子の父親と母親も微笑ましそうにその子を見てから、三人で手を繋いで歩き出した。

そんな光景を悠姫と見て、顔を合わせてからお互いに微笑みあい、再び歩き出した。

 

 

 

あれから、象やキリン、猿等を見てから、休憩スペースへ移動した。昼には少し早いが、この後は動物たちと触れあえる場所へ行くため、先に食べてしまおうということになった。

俺は焼きそばとおにぎり一個を買い、悠姫はカレーライスを買った。悠姫は少しでも秋の選抜の参考になればと思い選んだとのこと。俺はなんとなくだ。こういう所の食べ物ってなんで美味しいのだろうか。気分とかそういうのも多分に含まれているだろう。あとはぶっちゃければ化学調味料だな。あれを考えた人は天才だと思う。

 

 

「俺も店出そうかな」

 

 

ボソリとそんな言葉が出てきた。将来的には自分の店を持ちたい。でも、父さん達が残していったレストランをまた始めたいという気持ちもある。

 

 

「先輩は、レストランを継がないんですか?」

 

「継ぐっていっても料理とかは、しっかりと教えてもらった訳じゃないしな。まぁでも、レシピとかは残ってるからなんとかなるだろうけど、今の持ち主は父さんの両親だからな」

 

 

店は閉めているが、じいちゃんと婆ちゃんは、今も店を掃除をしてくれている。帰省した時は、俺も手伝っている。兄さんと姉さんは、それぞれの仕事の都合で一人暮らしをしているため、中々帰ってこれていないようだ。三人の命日とお盆には帰ってくるのだが、かなり忙しいようで顔を合わせることは少ない。

 

 

「先輩が継ぐって言ったら喜んでくれるんじゃないですか?」

 

「うーん…そうかもな。俺も継ぎたいって気持ちはあるし、今度帰ったら言ってみるか」

 

「先輩がお店始めたら教えてくださいね?」

 

「もちろん。その時はよろしく頼むよ」

 

 

悠姫は嬉しそうに「常連になります」とか言っているが、学園とは県じたいが違うのでそれは難しいだろう。そう言ってくれるのはありがたいけどな。だから、その事は言わないでおこう。うん。そうしよう。

 

 

 

さて、食事を終えて本日のメインの触れ合い広場に来たわけだが、馬、牛、兎等の動物達が区画分けされている。小さな子供たちが小動物たちと戯れている。

 

 

「さて、俺達も行きますかね」

 

「おー!」

 

 

悠姫は号令と共に兎達の群れに飛び込んでいってしまった。これだと大人なレディは撤回かな?

俺も悠姫の後を追って、兎達の方へ向かった。一匹捕まえて、抱っこしてみる。おーし、いっちょモフりまくってやるか。ああ〜、癒される。

一人で癒されていると、突然前の方からカメラのシャッター音が聞こえる。音の方へ目を向けると、悠姫が携帯で俺と兎を撮っていた。

 

 

「どうした?いきなり」

 

「いや〜、こういう先輩も良いなと思ってつい」

 

 

悠姫はテヘッと言って右手でコツンと自分の頭を軽く叩く。これが噂に聞くテヘペロというやつか。俺も今度、使う機会があればやってみよう。

 

 

「撮るのはいいけど、人に見せたりするなよ?」

 

「ええ〜、どうしてですか?」

 

 

兎をモフりながら、悠姫に一応忠告しておく。その悠姫はかなり不満そうだ。この子、他のやつらに見せる気満々だよ!

 

 

「いや、だってなんか恥ずかしいし」

 

「あ、ごめんなさい。もう寮のラインに送っちゃいました」

 

「おい!」

 

 

俺がツッコミをいれると、またしてもテヘペロをしてきた。確信犯かよ!急いで見ないように注意しないと!

結果から言えば、手遅れだった。可愛いだの、癒されただの、保存しましただのの文字が画面に映されていた。くそっ!こうなったら仕返しに悠姫の写真を撮って、貼り付けてやる。

 

その後、兎に癒された俺は、悠姫と動物たちが戯れている写真を何枚か撮り、ラインに貼り付けた。しかし、反応は見飽きただの、相変わらず可愛いだの、悠姫が世話をしているジビエ達が嫉妬しているだのと書かれていた。冷静に考えれば確かに皆、寮でこういう姿を見ているんだった。悠姫は、勝ち誇った顔で胸を張って立っている。ちくしょう!悔しくなんてないんだからね!

俺はあの後、更なる癒しを求めて小動物達と戯れた。悠姫は悠姫で色々な動物たちと遊んでいた。実家に帰ったらペットでも飼おうかなと真剣に考えたのは余談である。

 

 

 

動物たちとの触れ合いを終えて、動物園を出た。バスに乗って移動をしていると、横に座る悠姫が俺の枕を肩に眠り始めてしまった。あれだけはしゃいでたからな。仕方ないか。

ふと窓の外を見ると、夕焼け空が広がっていた。楽しい時間というのは、早く過ぎるというのは本当だな。今日も楽しかったな。悠姫の寝顔を見て、微笑を浮かべて再び、窓の外へ視線を戻した。

 




悠姫とのデート終了。

おそらく後、多くて5話位だと思います。

お気に入り登録ありがとうございます。
残り数話になりますが、それまでよろしくお願いします。


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第二十三話〜二人だけの旅行〜

遅くなってしまい申し訳ございません。


さて、突然だが俺は今、海に来ている。照りつける太陽、灼けるような砂浜、青々とした海、その中に薄く映るように見える珊瑚礁。そう、珊瑚礁だ。珊瑚礁が無ければ近場、と言ってもそれなりの距離はあるわけだが、電車を乗り継げば着ける距離だ。しかし、今いるのは飛行機に乗り、フェリーに乗って、やっと着いた一つの離島。そこに、海パン一丁で砂浜にパラソルをたて終え、その下に体育座りで座っている俺。どうしてこうなった…。

 

 

 

 

 

 

時は遡ること、五日前。一年組が秋の選抜に向けて、各々が試行錯誤しているのを見ながら、簡単な手のリハビリをしている時のこと。ポケットに入れていた携帯から、メールの着信を報せる音が鳴った。リハビリを中断し、メールを確認すると、竜胆からのメールだった。

 

 

『海パンと金と二泊分の用意をしておけ』

 

 

とりあえずその時、一番に思ったことは、二泊分て何?だ。海パンと金はまあわかる。海にでも行くからだろう。しかし、二泊分ということは、少なからずどこかに泊まるということだ。

しばらく考えてもわからなかったので、電話で聞いてみるかという結論に至り、自分の部屋に行き、竜胆に電話を掛ける。五回ほどコール音が鳴ると、竜胆が出た。

 

 

『もしもし』

 

「忙しいのに悪いな。いや、お前が忙しくしているのなんて見たことなかったな。取り消すわ」

 

『…じゃあな』

 

 

軽い冗談のつもりで言ったのだが、通話を切られてしまった。もう一度、通話を試みる。今度は、中々出ない。

 

 

『なんだよ』

 

 

何コール目か分からなくなり、諦めようとした時、漸く出てくれた。しかし、電話の向こうの様子などわからないはずなのに、怒気を孕んだ声もあってか、冷や汗を流してしまう。

 

 

「申し訳ございませんでしたあああああ!」

 

 

次に会った時に何をされるかわからない恐怖から、少し距離を離した床に電話を置き、土下座をしながら謝罪をした。

数秒程、その体勢を維持し電話を持ち直し、恐る恐る耳にあてる。

 

 

「り、竜胆?」

 

『はぁ…もういいよ。それで?なに?』

 

 

溜め息を吐かれて、やれやれといった感じの声色で許しが出た。

 

 

「ありがとさん。さっき来たメールの事なんだが」

 

『ああ。その事な。泊まり掛けで出かけるからよろしく』

 

 

一応、許してくれたお礼を言って本題に入ると、竜胆はいつもの軽い口調で言ってきた。

 

 

「いやいや。泊まり掛けっていうのもそうだけど、だいたいどこに行くんだよ?」

 

『ん?それは行ってからのお楽しみってやつだな。用はそれだけか?私も色々と忙しいからまたな』

 

「ちょ、お、おい!竜胆!?」

 

 

通話を一方的に切られ、呼び掛けるも聞こえてくるのはツーツーという通話が終了したことを報せる音だけだった。あ、頭が痛い。

結局、その日の夜に竜胆からの待ち合わせ場所やらが記されたメールが届いたのみだった。

 

 

 

 

 

 

初日は移動に時間がかかり、海辺近くの民宿に泊まった。どうやらこの民宿に二日間泊まるようだ。ちなみにこの民宿は、遠月が保有する一つだ。

部屋はさすがに別々だろうと高を括っていたのだが、そんな俺の淡い希望は打ち砕かれた。

 

カウンターで受付を済ませた竜胆がニヤニヤとした顔で俺に近づいてきた。

 

 

「はい。これ鍵な」

 

「お、おう」

 

 

嫌な予感はしたのだが、とりあえず鍵を受け取り、部屋に向かった。部屋の前に着き、鍵を開け部屋の中に入る。その後ろから竜胆も部屋に入ってくる。

 

 

「ふーん。和室なんだな。ふぅ…畳の匂いって落ち着くよな」

 

 

竜胆は部屋の隅に荷物を置き、部屋の真ん中にあるテーブル横に移動し、座布団に座ってリラックスしているのを、入り口近くに立ったまま俺は見ていた。OK。クールになれ俺。とりあえずは俺も座ってお茶でも飲んで落ち着こう。

荷物を竜胆と同じように部屋の隅に置き、備え付けの急須に茶葉をいれ、用意をしておいてくれたのだろう湯沸かしポットからお湯をいれ、二つの湯呑みにお茶を注ぎ、お盆に急須と湯呑みを乗せてテーブルに運ぶ。

 

 

「おっ、サンキュー」

 

「どういたしまして」

 

 

一つの湯呑みを竜胆の前に置き、反対側に座りお茶を一口飲む。竜胆もお茶を飲んで更にリラックスしているようだ。

 

 

「それで?」

 

「???」

 

 

俺は湯呑みを置き、竜胆を見ながら簡潔に問いかける。意図が伝わらなかったのか竜胆は首を傾げるのみだった。いや、わかれよ。

 

 

「なんでお前が俺の泊まる部屋に居るんだ?」

 

 

分かりやすいように質問の意図を伝える。俺の質問に納得したのか、ニヤニヤとした顔を浮かべる。

 

 

「なんでって、私も同じ部屋だからに決まってるじゃん」

 

 

なんとなく予想していた答えを出す竜胆。俺は席を立ち、受付に向かい部屋を別々にできないか聞いた所、他の部屋は既に埋まっていて無理と言われた。ガックリと項垂れる俺に受付の人は苦笑を浮かべるのみだった。

部屋に戻り、竜胆に詰め寄ってどういうことか説明を求めたが、竜胆が予約をした時には、既に他の部屋が埋まっていたとのこと。他の所は無かったのかと聞くと、どこもシーズンでダメだったらしい。それに仮にも高校生二人、しかも男女二人が泊まるとなるとやはりダメな所しかなかった。そこに遠月が保有するこの民宿が見つかり、ここに決まったらしい。これは果たして許可して良かったのか、遠月…。

これ以上聞いても頭が痛くなるだけと悟り、とりあえず風呂にしようということになった。大浴場があるらしく、旅の疲れと現在の状況に対する疲れを癒やそうと向かった。

 

 

 

浴場で他のお客さんと、どこから来たのかとか、ここの料理は美味しい等の話をして楽しい時間を過ごした。こういうのが旅行の醍醐味なのかもしれないな、と思いながら部屋に戻った。

部屋に着き、まったりとしていると竜胆が戻ってきた。お互いにTシャツにハーフパンツというラフな格好で寛いでいる。同じ部屋で寝泊まりするということについては、浴場で諦めた。

しばらく竜胆が持ってきたトランプで遊んでいると、夕食の準備が出来たとのことで、部屋に料理が運ばれてきた。

海鮮料理に地元の料理等が並べられ、舌鼓をうった。特に地元の名産品を使った料理には創意工夫がなされており、二人であーだこーだ言いながら食事をした。

食事の後、部屋で少しのんびりしてから、食後の運動ということで、近場を散歩することになった。離島に着いたのが夕方だったのだが、今はすっかり暗くなっている。浜辺には明日行くので、反対側の住宅街がある方を歩いている。ポツポツとある電灯の灯りを頼りに周囲を見渡しながら歩く。都会とは違い静かなもので、波の音や住人たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 

 

「なあ、圭。今回のこと怒ってるか?」

 

 

前を歩いていた竜胆が立ち止まって、こちらに振り返りながら問いかけてくる。

 

 

「別に怒ってないよ。ただ、戸惑っただけだ」

 

 

苦笑を浮かべながらそう応え、横に並ぶ。続きを歩こうと手を差し出すと、今回は理解できたのか手を握ってきた。こうして異性と手を繋ぐのにも慣れてきたもんだ、と内心で考えながらゆっくりと散策をした。

部屋に戻ると、布団が二組くっつくように並べられていた。それを見て赤面して、竜胆にからかわれながらいそいそと離したのは余談である。

 

 

 

 

 

 

そして時は戻り、現在の状況というわけである。ここまでの経緯を思い出してボーッとしていたせいか、いつの間にか水着に着替えた竜胆が来ているのに気づかなかった。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

あまりにボーッとしていたせいか、心配させてしまったようだ。竜胆に声をかけられ意識が戻り、目の前にいる水着姿の竜胆に視線を向ける。黒のビキニだ。うん。黒のビキニだ。

 

 

「おーい」

 

「ハッ」

 

 

俺の顔の前で手を振る竜胆。思わず見惚れてしまっていた。いかんいかん。

 

 

「わりいわりい。大丈夫。ちょっとボーッとしてただけだから」

 

「なら良いけどさ。さ、泳ぎに行こうぜ」

 

「待った。日焼け止めちゃんと塗ったか?」

 

 

荷物を置き、今にも海へ駆け出しそうな竜胆の腕を掴んで止め、確認する。すると、こちらに振り返りニヤニヤとした顔を向けてくる。

 

 

「なんだ圭。私にオイルでも塗りたいのか?」

 

「なっ!?別にそういうわけじゃねえよ!」

 

 

口許に手を添えてからかってくる竜胆に、つい声を荒げて反論をする。その反応がいけなかった。更に顔をニヤケさせ竜胆が詰め寄ってくる。

 

 

「仕様がねえなあ。仕方ないから背中だけ塗らせてやるよ」

 

「誰が塗るか!」

 

 

荷物からオイルを出し、差し出してくるが、俺は立ち上がって拒否を示す。そんな俺の腕を竜胆が掴んで無理やり座らせられる。

 

 

「まあまあ。そんな怒るなよ。背中は綺麗に塗れてないから頼むよ」

 

 

そう言ってうつ伏せになり、ビキニの紐をほどく竜胆。そんな姿を見て、俺の顔は熱くなる。きっと真っ赤になっているのだろう。

こうなってしまったら放っておくわけにもいかず、仕方なく横に置かれたオイルを手に取り、塗っていく。無心だ。無心になれ俺。

極力、竜胆の身体を見ないように顔を背けながら塗っていく。そんな俺を横目で見て、楽しそうな表情を浮かべつつも、顔を赤くしている竜胆には気づけなかった。

 

 

「さ、今度こそ行くか」

 

「おー…」

 

 

オイルを塗り終わり、意気揚々と海に向かって歩いていく竜胆の後ろを、力なくついていく。海に入る前から疲れた…。

 

 

「ほら!早く来いよ!」

 

 

あまりに気落ちしていたせいか、竜胆は笑顔を浮かべて俺の手を握り、海へと駆けていく。最初は躓きそうになったが、気持ちを切り替えてついていく。

海に足だけ入れると、ひんやりとしていて、波に土がさらわれていくとなんとも言えない気持ちよさを感じた。隣に並んでいる竜胆を見ると、目を細めて同じく気持ち良さそうにしていた。

 

海に来たらやるであろう定番の水の掛け合いをして、ゆっくりと海の中に入り、海の冷たさに身体が馴染み、ゴーグルをつけて潜る。澄んだ海には、小さな魚達が悠々と泳いでいた。息が続く限り潜って、その光景を目に焼き付けた。潜水を終えて浮上すると、竜胆がいつの間にか膨らませて持ってきていた浮き輪を使ってプカプカと浮かんでいた。

 

 

「竜胆は潜ったりしないのか?」

 

 

ただ空を見上げているだけの竜胆は、生返事を返すのみで、何やら考え込んでいるようだった。さっきまでの元気はどこへやらといった感じだ。いつもなら真っ先にふざけたりしてるはずなんだが。

 

 

「なあ、一緒に潜ろうぜ」

 

 

一緒に遊ぼうと誘ってみるも、やはり返ってくるのは生返事のみ。空に何か見えるのかと思って、浮き輪に掴まって同じように見上げてみるも、あるのは青々とした空と雲のみ。のんびりするのはいいんだが、波にさらわれたりするのが怖いし、浜辺に移動した方が良いな。

 

 

「一度浜辺に戻るぞ」

 

 

何を話しかけても返ってくるのはやはり生返事のみ。とりあえず浮き輪を掴んでた手を離して、浜辺の方へ泳ぎながら押していく。

なんとか浜辺に到着して、立ち上がろうともしない竜胆を立たせて、手を引いて荷物が置いてある場所に戻ってきた。

 

 

「なあ、本当に大丈夫か?」

 

「何が?」

 

 

やっとまともな反応をした竜胆だが、こちらに向いた顔が赤くなっている。暑さのせいかとも思ったが、一応額に手を添えて熱を測ってみる。

 

 

「おい、かなり熱いんだが、風邪じゃないのか?」

 

「風邪じゃねえよ」

 

「とりあえず戻るぞ」

 

 

タオルで水を拭き取り、上着のTシャツだけ着て、荷物をまとめて海を後にして、民宿に戻った。

受付で体温計を借りて、エントランスの椅子に座らせて待たせていた竜胆に渡し、熱の測定が終わるのを待つ。

ピピピ、という機械音が聞こえ、脇から抜いた体温計を渡された。37.7度とそれなりに高い体温が記録されていた。

 

 

「ちょっとここで待っててくれ」

 

 

それだけ告げて、受付に体温計を返しに行き、近くに病院があるか聞いた所、診療所があるらしい。相方が熱があることを報せると、受付の人は直ぐに診療所へと電話をしてくれて、部屋に診察に来てくれることになった。

受付の人にお礼を言って、竜胆のもとに戻り、手を引いて部屋に戻った。部屋に着くと、一つ布団が敷いてあり、そこに竜胆を寝かせようと思ったのだが、まだ簡単にしか着替えを済ませていないため、Tシャツ以外は水着であることを思い出した。部屋の隅に置いてある、竜胆のバッグを手に持ち、着替えるように伝える。バッグを受け取った竜胆が、着替えを出し始めたので、部屋を一度出る。

しばらく部屋の前で待っていると、入室許可の声が聞こえたので中に戻った。布団に横になっている竜胆は、毛布を顔まで被っている。

 

 

「なんで無理したんだ?」

 

 

布団の横に座り問いかけてみるも、寝返りをうって反対側を向かれてしまう。どうにも調子が狂うな。朝起きた時は普段通りだったから、あの時から無理をしていたんだろう。

そんなことを考えていると、部屋の入り口がノックされた。扉を開けると、白衣を着た人が立っていた。診療所の医者が来てくれたようだ。部屋の中に入ってもらい、診察をお願いして、俺は飲み物を買いに行った。

 

飲み物を買い終えて、部屋に戻ると、診察は終わっていた。買ってきた冷たいお茶を渡し、診察内容を聞く。どうやら疲労により体調を崩したようだ。薬を受け取り、お金を払ってお礼を言って、先生を見送り、布団に横になっている竜胆の横に座る。きっとこの日のために仕事を早めに終わらせるために頑張ったのだろう。

 

 

「竜胆、ありがとうな」

 

「…何が?」

 

 

相変わらず毛布を顔まで被っている竜胆の声はくぐもっている。

 

 

「色々、とさ」

 

 

改めて入学からのことや、あの日からの竜胆が俺に対してしてくれていたことを思い出す。それを考えていたら自然とお礼の言葉が出てきた。

 

 

「なんだよそれ」

 

 

顔を半分だけ出して、こちらを見ている。まだ顔は赤く少しだけ辛そうだ。

 

 

「ま、とりあえず今はゆっくり休め」

 

 

微笑を浮かべて頭をポンポンと触り立とうとすると、手を握られる。何かあるのかと思って、竜胆を見る。顔を背けてブツブツと何か言っている。

 

 

「手を握ってろ」

 

 

顔を近づけると聞こえたのはそんな言葉だった。苦笑を浮かべて、座り直し手を握り返す。なんで命令形?とも思ったが、これが竜胆だなと勝手に納得して、竜胆を見ていた。

薬が効いてきたのか、しばらくすると寝息をたてて眠り始めた。起こさないように、手を離してゆっくりと立ち上がり、着替えをしてないことに気づいて着替えとバスタオルと携帯を持って部屋を出た。

 

 

 

部屋を出た後、受付で滞在の延長が出来るか確認して了承をもらい、総帥に連絡をして事情を説明し、厨房を借りれるようにお願いをしておいた。とりあえずシャワーだけでも浴びておくか。

シャワーを浴びた後、厨房に向かい料理人の方々に挨拶をして、材料と器具を借りて、卵おじやを作り部屋に戻った。

 

 

「おかえり」

 

「おう」

 

 

中に入ると、竜胆は起きていた。簡単に挨拶だけをしてテーブルに食器を置く。時間は昼を少し過ぎた頃になっていた。

 

 

「飯、食べれるか?」

 

「軽いものなら」

 

「よし。じゃあ食え」

 

 

横になっていた竜胆の身体を起こして、茶碗に卵おじやを盛り付けて、渡そうとするも、受け取らない。

 

 

「?ほれ、早くしないと冷めちまうぞ?」

 

「あーん」

 

 

首を傾げて問いかけるも一向に受け取らない竜胆は、口だけを開けて待っている。また、このパターンですか。そうですか。

レンゲで一口分だけ掬って竜胆の口に運ぶ。ゆっくりと噛んで飲み込む。もう一口と口を開けたので、また掬って食べさせる。なんだろう。親鳥が自分の子供に餌をあげている気分だ。これが餌付けか!

 

 

「美味しい」

 

「そいつはなによりだ」

 

 

美味しい、この一言は料理人冥利に尽きる。色々な言葉を並べられても、最終的にこの言葉を聞ければ何よりも嬉しい。

結局、全部を食べた竜胆に薬を飲ませて、寝かせておいた。俺は、食器を片付けに厨房に行き、お礼を言って自身の食事を取り、部屋に戻った。

窓際に移動して、椅子に座る。窓を開けて外を眺める。部屋は静かで聞こえてくるのは、窓の外から聞こえてくる楽しそうな声だ。本当ならあそこでまだ遊んでいたのか、と思って寝ている竜胆を見る。穏やかな寝息をたてて眠っている。ま、仕方ないか。目を閉じて、楽しそうな声を聞きながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、薄いブランケットが掛けられていたのに気づいた。竜胆が寝ていた方を見ると、もぬけの殻になっていた。どこに行ったのかと、探そうと立ち上がると入り口の扉が開き、竜胆が中に入ってきた。

 

 

「ん?起きたのか。おはよう。いや、時間的にこんばんは?」

 

「まあおはようでいいんじゃないか?」

 

 

俺が起きているのに気づいた竜胆はどうでもいいことを言っていたので適当に返しておく。

 

 

「んで、お前は病人のくせに何をしてたんだ?」

 

「風呂だよ、風呂。海に入ってからシャワーも浴びてなかったしな」

 

 

俺の怪訝な視線を軽くスルーしながら、あっけらかんと恥ずかしげもなく言う。よくよく見ると手にはバスタオルやらが持たれていた。

他の人に移ったらどうするのかと注意すると、ちゃんと人がいないのを確認して入ったらしい。そういう問題かとツッコミをいれようとしたが、過ぎてしまったことは仕方ないので、諦めた。

 

 

「はぁ…熱は?」

 

「だいぶ下がったし、もう大丈夫」

 

 

溜め息を吐き、一応心配してみると、親指を立てて胸を張る竜胆。また、溜め息を一つ吐き、とりあえず安静にしているように伝え、ブランケットのお礼を言って部屋を出る。

また厨房を借りて、竜胆用の食事を軽めの食事を作る。調理中に自分の夕飯も一緒に持ってきてくれるということで、配膳係の人と世間話をしながら部屋に戻った。

元気になったということだったので、口を開けて待つ竜胆をスルーして、食事をした。制裁を与えられたのは言うまでもあるまい。

 

 

 

竜胆の体調も心配だったので、今日は早めに休むことになり、布団一式を用意してもらい横になる。昨日と同じように布団は離している。昼寝をしてしまったせいか、中々寝付けず、ただ目を閉じていた。昼間とは違い、今は波の音が聞こえてくる。その波の音とは、別に横からガサゴソと何かが動く音が聞こえ、目を開け音のする方を向く。

 

 

「何をしてるんだ?」

 

 

竜胆が自分の布団を俺の布団に近づけるように移動させていた。移動を終えると何も応えずに布団に横になっていた。

昨日は何もしてこなかったから油断していた。

 

 

「おやすみ」

 

 

ただ一言、就寝の挨拶をして俺の腕にしがみついて寝ようとしている。

 

 

「お、おい!離せ!さすがにこれはまずい」

 

 

しがみつく竜胆を引き離そうとするも、まったく離してくれない。やだ、この子。知ってたけど力強い!

なんとか離れようともがくも、竜胆も離すまいと力強く俺の腕にしがみついてくる。さすがにこれ以上無駄な体力を消耗しても仕方ないと判断し、溜め息を一つ吐き、大人しく横になる。

 

 

「私の勝ちだな」

 

「はいはい」

 

 

それはもう嬉しそうな笑顔で言われた。適当に流して目を閉じる。目を閉じると、視覚以外の感覚が鋭くなるのか、腕から伝わる女の子特有の柔らかい感触が脳を刺激してくる。いかん。このままじゃ眠れないどころか、色々とまずい。

 

 

「圭。やっぱり私、お前が好きだ」

 

 

さっきまでの思考が吹っ飛ぶほど、強烈な言葉だった。面と向かって言われたのは、これが初めてだ。鼓動が速くなる。意識が目の前で腕にしがみつく竜胆のみに集中する。閉じていた目を開け、竜胆の顔を見る。瞳は潤み、顔は赤くなっている。これは熱のせいではないことくらいわかった。

 

 

「な、なんとか言えよ」

 

 

俺が何も反応しないのを不思議に思ったのか、腕を抱き締める力を強くして話しかけてくる。

 

 

「あ、いや、その…」

 

 

ついどもってしまう。こんな竜胆を見たことはない。綺麗だと思うも、どこかその反応が可愛くて、普段とは似ても似つかない。長く友人としてライバルとして付き合ってきたが、こんな竜胆を見たことはない。

 

 

「…すまん。まだそれには応えられない」

 

 

深呼吸をして、なんとか言葉を紡ぐ。きっと俺は最低なことを言っているだろう。好意をはっきりと伝えてくれた相手に応えられない。それがこんなにももどかしいとは思わなかった。

腕に抱きついていた力が弱まり、ゆっくりと離された。心の中でもう一度謝罪をしていると、手が握られる。

 

 

「今はこれで我慢する」

 

 

そう言って、どこか儚さのある笑顔を浮かべていた。その表情はとても綺麗でつい見いってしまうほどだった。

もう一度おやすみと言って、目を閉じる竜胆に、なんとか返事をし、手に感じる柔らかく暖かい温もりを感じながら俺も目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

結局、竜胆の体調を考慮してもう一日だけ泊まることにし、帰宅した。あの夜の出来事から、中々竜胆を直視出来なくなったのは、仕方のないことだと思う。




やっぱり竜胆は書きやすい。文字数が伸びてしまうのも仕方ない。

さて、後はももだけです。ももを書き終えたら、何話か書くか、最終回に一気にいくかはまだわかりません。


お気に入りと評価をいただきありがとうございます!
残り何話になるかはわかりませんが最終回までお付き合いくだされば幸いです。


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第二十四話〜落ち着く空間〜

さて、もも回です。


竜胆との旅行から帰って三日が経ち、本日は最後の一人であるももとのデートだ。デートなのだが、何故か居るのは俺の仕事部屋だ。家デートならぬ、仕事部屋デートなのか?いや、仕事とプライベートを混同したらまずいだろ。とはいっても、仕事をしている訳ではなく、ただ応接用に置いてあるソファーに二人並んで座って寛いでるだけなんだが。

午前中は急な仕事ができてしまい、処理をしていた。ももに連絡をして、別の日に変えるか聞いたところ、今日で構わないとのことでそれに甘えさせてもらった。仕事を終えてももに連絡をし、待ち合わせや時間はどうするのか確認すると、俺の作業部屋で待つよう指示を出され、今の寛ぎモードという訳である。

 

 

「な〜、どこか出掛けたりしなくていいのか?」

 

「うん。ももはこれでいい」

 

 

つい、本当にこれでいいのか確認するも、ももは頷いてから持ってきた鞄から弁当箱を二つ取り出す。そういや昼飯がまだだったな。

 

 

「はい。これ」

 

「いいのか?」

 

 

ももは弁当箱の一つを俺の前に置き、食べて良いのか聞くと頷いて応える。じゃあ遠慮なく、と言って可愛らしい弁当箱の蓋を開ける。

 

 

「おお、美味しそうだな」

 

 

中身は色鮮やかで、バランスもとても良さそうだ。さすが十傑第四席だ。スイーツ料理を得意とはしてるが、別に他の料理ができないという訳ではない。まあそんなことは当たり前なんだが、久しぶりにもものこういう料理を食べるから、なんとなく新鮮。

 

 

「それじゃいただきます」

 

「いただきます」

 

 

早速、ほうれん草のおひたしを一口。うん。美味い!次は、里芋の煮っころがしを一つ。おほー!これも美味い!美味い!美味いぞおおお!

いかん。あまりの美味さに美味いがゲシュタルト崩壊してきた。よくよく考えると、現十傑の料理を食べれるって結構な贅沢だよな。普段から試食やらなんやらで、その辺の感覚がおかしくなったのかもしれん。

 

 

「デザートもあるから」

 

「マジか」

 

 

ももは当たり前でしょ、と言いながら小さな口に料理を運ぶ。ブッチーは横に置いて、綺麗な所作で食べている。

俺は俺で、ガツガツとドンドン口に料理を運ぶ。そんな俺を見て、少しは味わって食べないさいよ、とももが注意をしてくるが、俺の手は止まらない。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

気づけば完食していた。そういえばお茶を淹れてないと気づき、席を立つ。デザートもあるということだから、少し渋めでいいだろう。

お茶を湯呑みに注ぎ、一つをももの前に置き、もう一つを自分の前に置いて、一口飲み一息つく。ももはありがとう、と一言お礼を言って、一口飲み食事を再開する。ももが食べ終わるまで暇なので、ももを観察してみる。背は低く、童顔。普段はブッチーというぬいぐるみを持っていて、体型も相まって下手したら小学生と間違えても仕方ないかもしれない。

 

 

「圭、今ものすっごく失礼なこと考えてたでしょ」

 

 

ものすっごいジト目で見られた。それと見すぎだと注意をされてしまった。ごめんごめん、と謝罪をするとまた食事を再開した。

また暇になってしまった。ももの観察はもうできないし、食べ終わるまで大人しく待つとするか。

 

 

 

 

数分後、ももが食べ終わりデザートタイムとなった。出来の方は、さすがは遠月きってのパティシエと言われるだけのことはあるガトーショコラで、美味しかった。ここでも自分の感覚がおかしいのではないかという疑問が浮上した。普通の人ならリアクション大の一品なのだが、リアクション小くらいの反応しかできなかった。舌が肥えてきたということで片付けても良いのだろうか、とももの若干不服そうな表情を見てそう思った。さて、デザートも食べ終わり、これからどうするかと考えていると、横からももが袖を少し摘まんで引っ張っている。

 

 

「どうした?やっぱりどこか行くか?」

 

「ううん。今からお出掛けしたりするのもあれだしいい」

 

 

顔だけももの方へ向け、首を傾げて問いかけるも、顔を横に振り否定する。ただ、もじもじとして何かを言おうとしているので待つ。ここでトイレか、と言おうものなら強烈なビンタが飛んでくることは間違いないので、黙って待つ。

 

 

「えっと、その…」

 

「おう」

 

「ひ、膝枕して」

 

 

袖を握る力が強くなり、俯いてしまった。そんなことかと思って、安堵して一つ息を吐く。そんな俺の反応にビクッと反応するももを見て、苦笑を浮かべて自分の太股を軽く叩き、ももを待つ。少しすると、ゆっくりと頭を太股へ乗せてきた。

 

 

「前にもやったことあっただろ。何を今さら恥ずかしがってるんだよ」

 

「うるさい!」

 

 

ももはブッチーに顔を押し付けて耳まで真っ赤にしている。俺的には本当に今さらなんだがな。もっと恥ずかしいことを入院してる時にしてただろ。

 

 

「ごめんごめん」

 

 

ももの頭をゆっくりと撫でながら謝るも無視をされてしまう。どうしたものかと撫でるのをやめ頭を掻く。

 

 

「――でて」

 

「ん?なんだって?」

 

「もっと撫でて」

 

 

最初はブッチーを顔に押し付けているため上手く聞き取れなかったが、二回目は顔からブッチーを少し離して言ってくれたためなんとか聞き取ることができた。

そんな言葉を聞いて、つい苦笑を浮かべてしまい、またゆっくりと頭を撫でる。

 

 

「やっぱり圭に撫でられると落ち着く」

 

「そっか」

 

 

ももはそう言ってブッチーを胸元で抱きしめ、顔を隠すように腹の方へ寝転がる。俺もソファーの背もたれに身体を預け、楽な姿勢になる。

 

 

「ちょっと固いのがいただけないけど」

 

「それは仕方ない」

 

 

そんなくだらない会話を笑いながらする。

しばらく話していると、沈黙が訪れる。外では、セミが忙しなく鳴いている。今頃、一年の選抜に選ばれたやつらは必死に試行錯誤しながら調理をしているんだろうな。

気持ちの良い沈黙に包まれながら、そんなことを考えながら物思いにふける。

 

 

「たまにはこういうのもいいでしょ?」

 

「ん。そうだな」

 

 

なんだかんだこの空気に落ち着いている。安心というか普段通りでいいというか。確かに外に出て遊んだりしたりするのも良いが、こういうのも良い。

 

 

「ももは圭とこうしてるのが一番好きだから」

 

 

そんな嬉しくもあり、恥ずかしくもあることを、平然と言ってのけるもも。さっきまでの照れ屋はどこへいったのやら。

 

 

「そ、そっか」

 

 

少し言葉に詰まってしまった。べ、別に嬉しくなんてないんだからね!…俺のツンデレとか誰得だよ。

 

 

「そうだ」

 

 

ももは何を思いついたのかいきなり起き上がり、ソファーに座り直す。何事かと姿勢を戻し首を傾げていると、ももが自分の太股を軽く叩いている。

 

 

「今度はももが膝枕してあげる」

 

 

ももはフフンと鼻息を鳴らし、ドヤ顔をしている。何を思いついたのかと思えば、そういうことか。確かに、いつもは俺が誰かしらにやったりすることはあれど、やってもらうってのはないな。

 

 

「んじゃ、そういうことなら遠慮なく」

 

 

ももの太股に頭を乗せると、ビクッと反応するもも。なにやらアワアワとしているが、気にせずに膝枕を堪能する。さっき膝枕をする時に感じた甘い匂いがまた鼻腔をくすぐる。少しドキドキするが、なんだか落ち着く。

 

 

「ちょ、ちょっと!いきなり過ぎるわよ!」

 

「いやだって、ももがしてくれるって言うから」

 

 

声を荒げるももに、目を閉じながら応える。うーとか、あーとか唸っていたが漸く落ち着いたのか、小さく息を吐くもも。そんなに緊張とかするならやるとか言わなきゃ良いのに。

そんなことを考えていると、不意に頭を撫でられた。目を開けると、ももが顔を赤くしながら撫でていた。

 

 

「ど、どう?」

 

「ああ。悪くないな」

 

 

不安そうに聞いてくるももに、微笑を浮かべて応える。そんな反応に安心したのか一つ息を吐いて、頭を撫で続けてくる。

 

 

「っていうか悪くないってなによ」

 

 

撫でる手を止めて、今度はジト目で見つめてくる。ごめんごめん、と謝罪をすると今度は溜め息を一つ吐かれ、再び撫で始められる。ああ、本当に悪くない。

 

 

「こういう日も、悪くないな」

 

「そうね」

 

 

お互いに穏やかな表情を浮かべて、また沈黙が部屋に訪れる。

しばらくすると、どちらからともなく寝息をたてて寝始めてしまった。

 

 

 

 

 

 

どれくらいの時間が経ったのだろうか。ゆっくりと目を開けると、窓から射し込む夕陽の陽射しに目を細める。目が明るさに慣れてきたので身体を起こす。軽く身体を解しながらももの方へ視線を移すと、まだ眠っているようだ。

身体を解し終えて、ももの優しく頭を撫でる。手に頭を擦り付けるように身動ぎをするが、起きる気配はない。気持ち良さそうに寝てやがるわ。

せっかく身体を解したのになんだが、二度寝をするのも悪くないかとももの寝顔を見て思い、起こさないようにももの頭を移動させ、膝枕をしてまた目を閉じた。

 

 

 

再び目を覚ました時には、日が沈んでいた。時計を確認すると20時を過ぎた頃で、さすがに寝過ぎたと思い、まだ眠っているももを起こす。

寝惚けているももは、ブツブツとなにやら文句を言いながら目を覚ます。とりあえず現在の時間を告げると、漸く意識が覚醒したのか、慌て始める。

 

 

「ね、寝顔見られた」

 

「いや、そっちかよ」

 

 

慌てていた理由が、寝顔を見られたというなんとも今さら感の強いことだったので、脳天にチョップをするというツッコミをいれてしまった。

 

 

「いたっ、背が縮んだらどうすんのよ!?」

 

 

頭を押さえてこちらを睨みながら抗議をしてくるが、スルーして夕飯はどうするか問う。スルーしたことに対して、文句を言ってくるがこれもスルー。そんなことをしていると、ももは頬を膨らませて拗ねてしまった。

 

 

「悪かった。悪かったよ。んで、本当にどうする?」

 

 

溜め息を一つ吐いてから、苦笑を浮かべて謝罪をする。そんな俺を見て、ももも溜め息を一つ吐いて、こちらを向く。まだ若干怒っているようだが、いつものことなのでももが応えてくれるのを待つ。

 

 

「圭が料理しなさい。ももがサポートしてあげるから」

 

「了解」

 

 

そう言って作業部屋を二人で出ていく。昔、俺が勝ち取った調理場に移動し、夕飯を作る。リハビリも兼ねたかったので、一人で作ることにしてもらい、ハンバーグとサラダを作った。

ハンバーグがなんだかんだで一番作っている料理ということで選んだ。ももにも一応合格をもらい、食事をして片付けをして、ももを送るために部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ここまででいい。今日はありがとう」

 

「こちらこそ」

 

 

ももの住んでいるマンション前に着き、数歩前に躍り出たももがこちらに向き、お礼を言ってきた。微笑を浮かべて右手を挙げ、反対側に戻ろうとすると後ろから足音が聞こえ、振り返ろうとするも誰かに抱きしめられ、できなかった。

 

 

「もも?」

 

 

抱きしめてきた相手に呼び掛けるも、反応がない。これで間違えてたら恥ずかしいな。いや、時間も時間だし、さっきまで周りには誰も居なかったから間違いないだろう。何より、身体と身体の間にあるぬいぐるみの感触が相手が誰であるか伝えてくる。

 

 

「好き」

 

 

か細い声でそれだけを言って離れ、また足音が遠ざかっていく。振り返るとマンションの玄関を潜るももの後ろ姿を確認した。後ろ姿が完全に見えなくなるまで、俺はその場に立ち尽くしていた。




ももはデートというわけではありませんでしたが、こういうのも有りかなと思った今回でした。


さて、これでヒロイン組とのデートは終了。主人公は誰を選ぶのか。はたまた選ばないのか。
おそらく次回が最終回です。
それでは!


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最終話〜光輝く未来へ〜

諸星圭、彼は極星寮にある自室の部屋の窓際に座り夜空に浮かぶ満月を眺めていた。いつもは騒がしいここ極星寮も、夏休みということで今居るのは寮母であるふみ緒と、一つ年下の一色のみだ。そのせいかはわからないが、聞こえてくるのは風が吹き、揺れる木々の音のみ。時刻は午前二時を回ったところだ。少し冷えた風を心地よく感じながらも、その表情は今年の春の朝方に浮かべていた表情とは違い、どこか真剣で、何かを考え込んでいるようだ。何かとは当然彼に想いを寄せている女性四人のことだ。

 

 

「どうしたもんかな…」

 

 

その言葉は小さく呟かれ、ただ呟いたというわけでもなく、彼自身に問いかけているようでもあった。ゆっくりと目を閉じると浮かんでくるのは、この夏に体験した四人の女性とのデートの記憶。そして、彼の横で楽しそうに笑う彼女たち。

目を開け、窓際から離れ備え付けの机の引き出しを開ける。その中にある一冊のアルバムを手に取り、一ページ目からその日を思い出すようにゆっくりと見ていく。次へ、次のページへと捲られていく。写真と写真の間には小さな字で日付と場所、どういった経緯で撮られたものか簡潔にまとめられて書かれている。

最後の一枚を見終えて、一息吐いてからアルバムを閉じて引き出しの中へ戻した。

 

 

「連絡は明日の方がいいか」

 

 

時間を確認して、ベッドに横になる。答えが出たのか、しばらく目を閉じると小さな寝息が部屋を支配した。

 

 

 

 

 

 

翌日、彼が目を覚ますと太陽は昇りきっていた。この時間に起きるのは珍しく、大体は太陽が昇り始める頃に起床し、後輩である一色と畑仕事をするためだ。

一色に一言謝っておこうと、身支度を整えてから一色の部屋に向かう。ノックをして、入室許可をもらい中へと入る。

 

 

「慧、朝は悪かったな」

 

「いえいえ。一応起こしには行ったのですが、あまりにも気持ち良さそうに眠っておられたので、起こすのも悪いかなと思いまして」

 

 

苦笑を浮かべて謝罪をする諸星と、首を横に振り、爽やかな笑顔を浮かべて理由を説明する一色。

 

 

「あんたたち、飯の時間だよ」

 

 

パイプ管からふみ緒の声が聞こえ、二人は立ち上がって食堂へと向かった。

食事を終えた二人は、それぞれ用事があるようで、各自の部屋に戻っていった。諸星は携帯と財布を鞄に入れて持ち、部屋を出る。どうやら、今日も今日とて十傑の仕事があるようだ。彼の仕事は基本的に雑用的なものが主であり、そのほとんどが他の十傑たちから回ってくる書類の処理である。たまに外部からの試食会という名の寸評会に赴くこともある。荷物を見る限り、今日は前者のようだ。

彼に与えられた仕事部屋に着き、奥にある机に鞄を置き中から携帯を取り出して、椅子に座る。

しばらく携帯とにらめっこをしていたかと思うと、メール画面を起動し文章を打ち込んでいる。文章を打ち終えたのか、またしばらく携帯とにらめっこをしている。一つ息を吐いてよしっ、と気合いを入れると送信ボタンを押した。送信先は、件の四人の女性である茜ヶ久保もも、小林竜胆、榊涼子、吉野悠姫だ。

 

 

「やっべ、なんか今から緊張してるよ」

 

 

来る日を想像したのか、掌にはじんわりと手汗をかき、心臓が普段より少しだけ速く鼓動している。今からこんな状態で当日はどうなることかと心配ではあるが、一先ずは机の上に置かれている書類を片付けなくてはならない。また一つ息を吐いて書類に手を伸ばし、作業を開始した。

 

 

 

一方、諸星から送られてきたメールを確認した女性陣も、それぞれ決意を新たにし、当日まで思い思いに過ごしていた。一年の二人は、秋の選抜に向けて実家にて調理をしながら。三年の二人は、各々の仕事をこなしながら、期待と不安を胸にその日を待つ。

 

 

 

 

 

 

そして、諸星が指定した当日。涼子と悠姫は実家から戻り、秋の選抜に向けての準備もほぼ完了した。ももと竜胆もこの日の仕事を終わらせた。諸星に指定された場所、彼と涼子が最初にデートをした帰りに寄った公園に四人は集まっていた。周囲には夜の八時になろうという時間のせいか、人は四人以外にはいない。

お互いに適当な挨拶をして公園にあるベンチに腰を降ろした。約束の時間までもう少し。四人は顔を合わせた最初こそ、夏休みのことなどを話していたが、時間が迫るにつれて言葉数が少なくなっていき、今は誰も話さずに彼の到着を待った。

そして、約束の時間になったと同時に、公園の入り口から一つの足音が聞こえてきた。四人はベンチから立ち上がって、彼が目の前に来るのを待つ。

 

 

「よっ。待たせてごめんな」

 

 

軽い調子で右手を顔の辺りまで挙げてそう言ってきたのは、諸星だった。そんな彼に、四人は呆れた顔をしてやれ、五分前には来いだの、女を待たせるのは感心しないだの、各々文句を言っていた。

そんな、彼らにとっては、いつも通りの会話を一通りして、諸星はまず頭を下げた。

 

 

「改めて、今日は集まってくれてありがとう」

 

 

お礼を述べた後、ゆっくりと顔を上げた。その表情は真剣で、これから今日呼び出された本題が始まるのだと、その場にいる全員が思い、彼の次の言葉を待った。

彼が頭を上げてからどれくらいの時が経ったのだろう。きっとそれはほんの数秒だったのだろう。しかし、彼が口を開くのを待つ四人にとっては、それが数分にも数十分にも感じられるほどの緊張が場を支配していた。四人は四人とも彼から目を離さずに待つ。

 

 

「俺はさ」

 

 

ゆっくりと彼は口を開いた。

 

 

「俺はさ、遠月に来て良かったって思ってる。皆に会えたこと、ライバルと呼べるやつができたこと………好きな人ができたことが、俺をここまで導いてくれたんだと思ってる」

 

 

好きな人、その言葉を聞いた四人は顔を強張らせ、背筋が自然と伸びた感じがした。四人の緊張感は一気にピークを迎えた。だが、彼の口から紡がれるのは、今まで彼が体験したことばかり。一向に彼女たちが望む答えが言われることはない。

いい加減、痺れを切らした竜胆が四人を代表して、そんな彼にツッコミをいれる。

 

 

「おい圭、私たちはお前の昔語りを聞きに来たわけじゃないんだよ」

 

 

そう言った彼女の表情は険しく、そんな彼女を見た諸星はビクッと反応して、口を閉じてしまった。

 

 

「あ〜…その…お、俺だって緊張してんだよ!」

 

 

口を開いたかと思えば、今度は言い訳をし始めた。なんとも情けない男である。そんな彼を見て、四人はまた呆れた表情を浮かべた。先ほどまでの緊張感はどこへやら。四人ともため息を吐き、やれやれと言った表情に変化している。

 

 

「皆してそんな顔しなくたっていいじゃんかよ!だーもう!言えばいいんだろ!俺が好きなのは」

 

 

「「「「わー!待った待った!」」」」

 

 

彼が答えを言おうとすると、全員が止めに入る。それもそうだろう。こんな雰囲気もくそもない形で言われたらたまったものではない。こんな形で言われるくらいなら、まだ先ほどの緊張感の中で言われた方がマシというものである。むしろ、緊張感があった方が自然だろう。現に、彼女らは口々に先ほど言ったような文句を言っている。そんな彼女らに彼はたじたじになり、とりあえず謝罪をする。

 

 

 

数分が経って、漸く全員が落ち着きを取り戻した。本当に雰囲気もくそもあったものではない。これがこれから四人の女性たちに対して、告白への答えをする雰囲気とは思えない。だが、全員が全員笑っていた。これが俺たち、私たちなのだと。一頻り笑いあった後、静寂が訪れる。そこには最初の緊張感こそ無いものの、四人が真剣な顔で彼の目を真っ直ぐと見つめていた。

 

 

「なんか色々とあったけど、言わせてもらうぞ」

 

 

そんな彼女らを、彼も真剣な顔で見つめ返し、そう言う。そんな彼に対して、彼女らは頷くことで応えた。次に言う人物が彼の意中の人物。ある女性は祈るように、ある女性は優しげな表情で、ある女性は堂々と立ち真っ直ぐと見つめ、ある女性はいつも持ち歩いているぬいぐるみをより一層強く抱きしめながら、彼の言葉を待つ。

そして、ゆっくりと彼は深呼吸をしてから口を開いた。

 

 

「俺が好きなのは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諸星が遠月学園を卒業して、数年が経った。彼は両親が経営していたレストランを継ぎ、そこの料理長をしている。両親の世代から近所の評判は良くまた、遠月を卒業した彼が料理長を務めているということで、近所の常連だけではなく、全国各地からその味を確かめようと訪れる客もいるほどの盛況ぶりである。調理場をまとめる彼の回りの料理人たちは、遠月の卒業生もいれば料理人を目指す見習いまでいる。そこはまさに戦場。次々とやってくる注文と皿を各自が捌いていく。

昼の時間の営業が終わり、片付けと昼食を食べ終わり仕込みを諸星一人でしていると、一人の女性が厨房へと入ってくる。

 

 

「どう?もうすぐ出かける時間だけど終わりそう?」

 

「ああ。もうちょっとで終わるよ」

 

 

首を傾げて問いかけてくる女性に、彼は作業している手を止め微笑を浮かべて応える。

 

 

「義兄さんと、義姉さんももう来て待っているわよ」

 

「おっと、じゃあちょっと急ぎますか」

 

 

彼は止めていた手を動かし作業に戻る。

今日は彼の両親と妹の命日であり、その墓参りに行くのだ。

一通りの作業を終えて、副料理長に引き継ぎをして厨房をあとにする。

着替えを済ませて、兄が運転する車で埋葬されている場所に向かう。現地に着き、墓参りを終わらせた後、彼の兄と姉は先に車に戻った。今、墓前にいるのは彼と、その妻になる女性のみである。

 

 

「父さん、母さん、葵、俺さ、こいつと結婚することになったよ」

 

 

そう語りかけながら、隣に立つ女性の肩を掴み抱き寄せ、女性に微笑みかける。女性もまた、そんな彼に微笑み返す。微笑みあった後、墓の方へ二人で向き直る。

 

 

「俺にはもったいないくらいの良いやつなんだ。これからは俺とこいつを見守っててくれ」

 

 

抱き寄せていた肩から手を離して、目を閉じてもう一度合掌をする。女性もそれに習い同じく合掌をする。

 

 

「それじゃ、また来るよ。さ、行こう」

 

 

ゆっくりと目を開け、別れの挨拶をすると、隣に立つ女性の手を握り、その場を去っていく。彼らの握られた手の薬指には、太陽に照らされ光輝くシルバーリングがはめられていた。

春に近づく桜の木には、蕾ができており、彼らのこれからを祝福するように、ゆっくりと今の季節には早い開花をしていた。




ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
これでこの作品は完結でございます。
誰と結ばれたのかは、皆さんのご想像にお任せします。
初作品かつ見切り発車ということで、かなりのグダグダぶりでしたが、皆様のおかげで無事完結させることができました。深くお詫び申し上げます。


次回作は特に決めていません。書きたいなあと思う作品もあるんですが、また書きたくなったら書きたいと思います。


それでは最後まで長文失礼しました。


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