この世界の片隅で(更新停止) (トメィト)
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番外編
IF ある日のカルデア


息抜きで投稿。

え?最近息抜きが多いって?
……ハハッ(裏声)

あ、いつものごとくキャラ崩壊注意です。

追記

この話は下の本編とは全く関係ありません。


 

 

人理継続保障機関・カルデア

 

 

魔術だけでは見えない世界、科学だけでは計れない世界を観測し、人類の決定的な絶滅を以下略。

 

ここから先は色々長いし、なによりむつかしい話なので簡潔に言うと、人類の未来が消失しましたとさ。で、その原因は過去のターニングポイントを引っ掻き回されたから、ということがわかり、なんやかんやで俺たちはその原因を取り除いて無事に2016年を迎えようぜということだ。普通に年越した気がするけど。思いっきりお正月イベントやってた気がするけど。

 

まぁ、そこはいいとしよう。

 

人類滅亡なんていう最上級にヘビーな事柄を俺のような一般人に毛が生えた程度の人間になすことは到底不可能だ。しかしそれを可能にしているのが、カルデアの誇る技術によって作り出された安心と信頼、簡単と三拍子揃った英霊召喚方フェイトによって呼び出された英霊達だ。過去に様々な伝説をおっ立てた彼らの力を借りてなんとか今日まで頑張ってこれたのである。もし、彼らがいなかったら今頃人類滅亡というなのバッドエンドを迎えていただろう。

 

「………どうでしょう。正直、先輩1人でなんとかなる気もします」

 

俺の1人語りに唐突に割り込んできた彼女は、このカルデアに来てから一番付き合いが長い少女、マシュ・キリエライトだ。眼鏡属性という素敵属性を持っているにもかかわらず、それをプロローグで早くもかなぐり捨てるという暴挙を犯した貴重な人材でもある。

 

「果てしなく嬉しくない評価です。というか、眼鏡属性の件については今でもしっかりとかけているじゃないですか」

 

そうだけどさ。

 

「って、そんなことはどうでもいいんです。重要なことではありません」

 

……霧が濃くなってきたな。

 

「過去に様々な偉業を成し遂げたサーヴァントと真正面から殴り合うなんてこと一般人に毛が生えた程度の人ができるわけないでしょう。樫原仁慈(・・・・)先輩」

 

何故フルネームで呼んだし。

 

「いえ、先輩の名前を口にするだけで大体の不条理は肯定できる気がして………」

 

自分でもわからないんですと曖昧なことを言うマシュ。まぁ、人間誰しもそういうこともあるし、仕方ないね。

 

 

––––––––––––––

 

………人類の未来が消失したこの世界で、唯一未来を救うことができる人間、樫原仁慈とはどういう人物なのか。彼が今まで召喚してきた英霊達に問いかけてみれば、全員迷うことなくこう答えるであろう。

 

–––理不尽の権化だと。

 

そも、どうして人類の未来が消失しなくてはならないのかといえば、地球規模の危機が迫った時に発動する防衛機能で呼び出されたグランドキャスター、ソロモンが原因である。彼は自らが操る魔神を駆使して人類史の焼却を行った。

 

だが、ここで1つ考えてみてほしい。

どうして、地球の防衛機能の1つであるグランドキャスターがそもそも呼び出されたのかを。それは、何を隠そう地球が呼び出したのだ。

ソロモン本人も気づいてはいないが、彼に下された地球からのオーダーはただ1つ。樫原仁慈の抹殺であった。

 

地球ははるか平行世界における樫原仁慈の理不尽っぷりを知ってしまったのである。地球の意識を代行するものと正面切って戦い、あまつさえ地球規模のリセットである終末捕食すら覆したとなると、何かがあった際こちらの世界でも樫原仁慈(あの化け物)が色々台無しにする可能性があったのだ。

そのため、早いうちから芽は摘んでおこうとソロモンを派遣した。

 

……まさか樫原仁慈を潰すためだけに人類全てを巻き込むとは思ってもいなかったが、地球の意思は結果オーライとして納得することにした。人類が滅亡すれば、一応……一応人類である樫原仁慈も消滅するかと考えていたからである。

 

だが、それがそもそもの間違いだった。なまじ樫原仁慈を非日常へと突っ込むことでその異才とも呼べる才能を開花させてしまったのである。その結果はすでに御察しの通り、ソロモンが呼び出した魔神達を次々屠り、本人がお遊びとして送り込んだ分体もあっさりと消しとばしたのだ。

これに対して、人として色々終わっているソロモンは限界まで顎を広げて絶句し、地球の意思は「もうだめだぁ……お終いぁ……」と頭を抱えて嘆くことになった。

 

––––––––––

 

そんな世界規模の問題視、樫原仁慈はというと………召喚システム「フェイト」を前に虹色に光るモヤットボールのような石ころを大量に抱えて突っ立っていた。その背後には後輩もどきのマシュも立っている。

 

「……あの、先輩?その大量の聖晶石をどうする気なんですか?」

 

「突っ込む」

 

ノータイムの返答。

それに対して、今まで一番長い付き合いであるマシュはため息を吐くしかなかった。何故なら、長い付き合いである己の勘が告げているのだ。「これはヤバイやつだと」

 

「あの、どうしても召喚したいんですか?新しい英霊を」

 

どこか弱々しい声で言うマシュに流石の仁慈もどうしたのかと思い、聖晶石をフェイトの魔方陣の中に入らないよう設置してから彼女に向き直る。

すると、マシュはぽしょぽしょと自分の本心を口にした。

 

「……これ以上、強い英霊が来てしまったら……本当に私が必要でなくなってしまう気がして……」

 

彼女の本心、それは不安だった。

最初は、人員不足も甚だしい状況で、マシュとDr.ロマンの提案で行った最初の召喚で呼び出したテラ子安の爆弾魔と一緒になんとか頑張ってきた。第一の特異点であるオルレアンはテラ子安の爆弾がものすごく効きにくく、マシュが攻撃を受け止めマスターである仁慈がワイバーンの首を切り落とすなんて言う暴挙も行ってきた。しかし、厳しい現状とは裏腹にマシュの心はとても満たされていた。自分は必要とされている、仁慈の役に立てていると。

 

しかし、よくわからないハロウィンで魔力のゴリ押しのみでキャスターとなったエリザベートが来て、呼符と呼ばれる聖晶石の代わりとなるチケットでスカサハを引き、クリスマスで黒騎士王(サンタ)を迎え入れてからは自分の存在意義はなんなのか、わからなくなってきたのだ。

これ以上新しい英霊が来たらきっと自分はいらなくなる……そして何より、後から来た英霊の方がずっと仁慈と仲良くしている気がするのだ。

これらが、彼女の心を不安にしている原因である。

 

「先輩……どうして、私は強くなれないんですか……?どうしてもっと、先輩と仲良くできないんですか?私では、だめなんですか?」

 

「…………」

 

仁慈は考える。

正直、どうしてそうなのかと問われれば、大体庄司の所為としか言いようがない。彼はソロモンより上の次元におり、文字通り次元が違う。主に二次元と三次元的な意味で。しかも彼の宝具、無限の調整(Unlimited Maintenance Works)は対界宝具で自分たちを世界ごと消し去れる存在なのだ。自分たちではどうしようもない。

 

が、仁慈の行動で彼女を不安にさせてしまったことは庄司とか関係なしに彼の過失である。

そのことをわかっている仁慈は、静かに優しくマシュの頭に手を置いた。

 

「悪かった。マシュの気持ちを考えもせずに、自分勝手に行動して。でも、これだけは覚えておいて、マシュは俺の初めてのサーヴァント……それだけで正直、特別な存在なんだよ」

 

それに、彼女だってそこまで弱いわけじゃない。

基本火力のインフレがひどく、やられる前にやれという世界であるため、シールダーというクラスの彼女はなかなか不遇な立場だが、どうしても短期で決着がつかない場合、彼女のスキルかその効果を存分に発揮できる。だから、お前は必要なんだ、と思いを込めて仁慈は言葉を送った。頭を撫でるというオプション付きで。

 

「んっ……ふぁ……せん……ぱ…ぃ……」

 

マシュは安心したような表情で仁慈の言葉となでなでを受け入れた。

 

––––––––

 

 

「先ほどはすみません」

 

「いえいえ」

 

あれから30分、完全復活を果たしたマシュは仁慈に問いかける。それは、彼が召喚しようとしていた英霊についてだ。

 

「ところで先輩、一体誰を召喚したかったんですか?」

 

「オルタニキ」

 

「……それって……」

 

「そう。さっき師匠とマシュと俺でぶっ倒してきた。クー・フーリン【オルタ】」

 

クー・フーリン【オルタ】それは第五の特異点、イ・プルーリバス・ウナムで戦った相手である。女王メイヴが聖杯に願って作り上げたクー・フーリン。それは、最近ギャグキャラに寄りつつある本家とは全く違うものだった。最も、仁慈たちはそれをもブーメランサーに変えたのだが。

 

「クー・フーリン【オルタ】ですか……あの特異点は苦労しましたね」

 

「主にインド勢の所為でな」

 

シヴァとかインドラとか色々勘弁してくれよ、と嘆く仁慈。しかし、そんな彼にマシュが向ける視線はとても冷たい。

 

「でも、先輩も普通に戦えていたじゃないですか。あの時のジェニモロさんとラーマさんの顔見ましたか?」

 

「口をあんぐりと開けてたな」

 

「もうあいつ1人でいいんじゃないかなって言ってましたよ」

 

「つい昨日のことなのに物凄く懐かしく感じるなぁ……っと、こんなこと話している場合じゃない。さっさと召喚しちゃおう」

 

自分の足元に置いておいた聖晶石を魔方陣のほうに転がす。すると、強烈な光を放ちながら、フェイトは光の柱を作り上げた。中から出てくるのは、時計やメガネをかけたイケメンのお坊さん?と優雅(笑)等々だった。

 

「あちゃー、今回もハズレか?」

 

「とか言いつつ礼装の剣を装備しないでください」

 

マシュにたしなめられつつ段々と弱まっていく光を眺める。すると、突然光が黄金色に輝き出し、中から色黒の青年が出てきた。

 

「サーヴァント、アーチャー。名はアルジュナと申します。マスター、私を存分にお使いください」

 

「げ、アルジュナ……」

 

「おや、誰かと思えばあの時のマスターではないですか。……コレはいい、存分に腕を磨けるというもの。そして、いつかは自分の力だけでカルナに……」

 

「もうすでに眠いの師匠がいるんで勘弁してくれませんかねぇ」

 

神代の英霊2人と対戦とか普通に死ねるとこぼしつつ最後の光を放つ魔方陣に目を向ける。

すると再び黄金色に輝きだし、今度は白髪の女性が姿を現した。

 

「私が来たからには、どうか安心なさい。全ての命を救いましょう。……全ての命を奪ってでも、私は必ずそうします」

 

「な、ナイチンゲールさんです。先輩!」

 

「」

 

 

この日、仁慈の胃が死んだ。

このひとでなし!

 




やっぱりfateは書くの難しい。楽しくはあるんだけどね。


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第零章 炎上汚染都市冬木
特異点Fプロローグ


サーヴァントとしてではなく、マスターとしての物語。
簡単に言えば、マスタージンジという感じですね。

もし、仁慈がサーヴァントとしての物語を待っていた方々はすみません。今のところは続きを書く予定はないんですよね。
今、メインで書いているものが終われば書くかもしれませんが。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の家系はいわゆる典型的な魔術師の家……というわけではなかった。いや、この言い方には語弊がある。より正確に言えば、樫原仁慈の家系はかつて魔術師の家系だった(・・・・・・・・・・・・)

 かつて、樫原の性を持つ者たちは、ほかの魔術師と同じような過程を経て根源にいたろうと考えていた。それはなぜか? もちろん前提があるということも重要だが、何より自分たちの興味関心がある内容を突き詰め、極めるためという極めて魔術師らしい考えがあったのだ。

 

 しかし、ある時、一人の樫原は思った。なぜ、魔術で根源を目指すのだろうかと、と。

 その者は魔術回路に恵まれていなかった。魔術を発動できないほどではないが、それでも消費の少ないものしか使えないし、大した効果も発揮しない。才能の有無がもろに出る魔術の世界においてこれは致命的な欠落であった。

 だからこそ、彼は考えたのだ。魔術ではなく、己の肉体を使って根源にいたって見せようと。根源とは言わずとも、それに近いことを成し遂げた英雄はわずかではあるものの存在する……その代の樫原はそれを求めた。

 

 今あげた考えを持った樫原は、刀を極めた。次に生まれた樫原も、彼の考えに同調し、槍を極めた。その次も、その次も、その次も、その次も、その次も、その次も、別に樫原の当主でも何でもない者たちが、自身の才能のなさにもめげず自身にできることを引き継いでいった。

 すると、樫原はそんな彼らにいつの間にか染められていたのか、魔術を最低限に抑え、こぞって肉体での根源到達を目指した。正直、ただの脳筋の集まりだったといわれればうなずくしかない事態である。

 というか、目指している途中で若干趣旨が変わっていた。もはや、当初の目的である根源を目指すということを頭の隅どころか、家系図の端っこの方に寄せて、誰もが好き勝手に自身の体を鍛え始めた。ここに樫原は完全に魔術(物理)に傾倒した家系となったのだ。

 世の魔術師が聞けば指をさして大いに嗤うことだろう。

 

 そんな世間一般の魔術師とは一線を画する……どころか、空間の軸を少しずらしたかのような異次元に存在する魔術師となった樫原たちは、好き勝手やっている割には根源に確かに近づいていた。本人たちは気が付いていないが。

 

 過去の資料を糧に、さらに刀を極めた樫原はその踏み込みで音を置き去りにする縮地――――をもはや通り越して、0.5だけ時間を丸々飛ばすという時間旅行の亜種的なものを生み出し、HAKKYOKUKENを極めた樫原の拳は空間すら越え、敵にその比類なき強烈な一撃を見舞ったという。

 

 ほかの魔術師たちが聞けば、「まるで意味が分からんぞ!?」と発狂すること不可避な所業の数々。それらを成し得ることができる家系に仁慈は生まれた。

 

 彼が生まれてしばらくして、一族は皆仁慈の誕生に立ち会えた時を喜んだという。それはなぜか? 決まっている。それは――

 

 

 ――――樫原仁慈が一族始まって以来の麒麟児だったからだ。

 

 

 彼は一族の集大成ともいえる才能を身に付けて生まれてきた。

 刀を持たせれば、1週間で縮地をしながらあらゆるものを豆腐のように切り裂き、武術を教えれば、たちまち相手をなぎ倒す。弓を持たせればどんな体勢からでも的を外すことはなく、槍を持たせれば疾風怒濤の攻撃で相手に攻め込ませることすら許さない。

 おおよそ、人ひとりが生涯をかけてもたどり着けるかどうかという領域に、齢10を過ぎたころにはたどりついてしまっていた。

 

 そんな鬼才を持って生まれた仁慈が16になった頃、人理継続保障機関カルデアへの招待状が届いた。

 それを見た樫原の一族は大いに喜んだ。己達のやっていたことは間違いではなかったと。幾たびの世代を持って築き上げてきたものは他人に認められるくらいのものになっていたのだと。

 実際は、仁慈の保有する魔力が他よりも圧倒的に多いということをどこかで聞きつけた彼らが数合わせの素人枠として呼び出したのだが、そんなことをこの家の者達が知る由もなく、樫原仁慈はあれよあれよと荷物をまとめさせられ人理継続保障機関カルデアへと半ば強制的に送られてしまった。

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「……なんでやねん」

 

 どうも初めまして。樫原仁慈といいます。家は、代々何かしらの武術を収めていっていること以外は割かし普通の家です。実家は屋敷だけど、なんでも一応は昔からある由緒正しき家系なんだとか。

 そんな感じの家系に生まれた俺はまぁ、普通に武術の手ほどきを受けてきたわけだ。こういう家は本人が望もうと望むまいとやらせることがあるのでその辺は気にしていた。しかし、俺がやるやつはすぐに家の人が止めてしまうのだ。刀は1週間、槍は3日、弓は3週間、武術は半年で家の人からストップがかかった。多分、才能がないんじゃないかな。やめさせる時は決まってなんか微妙そうな顔をされるし。

 

 そんなこんなで、16年間生きてきた俺ですが、16歳の誕生日を迎えたその日に家から追い出されました。

 なんでも、人理継続保障機関カルデアというところから呼び出しがかかったらしい。魔術がどうたらこうたら言っていた。初めて聞いたんですけど、というとそうだっけ? って首を傾げられた。うちの人たち適当すぎィ! つーか、勝手に俺の個人情報を公開しつつ応募とかしないでくれません?

 

 思わず、文句を投げかけるも、なぜかテンションがハイになっている親戚の方々は全く取り合うことなく、いつの間にかまとめられていた荷物を持たされた。さすがにこのままそのカルデアに行けと言われてもまったくもって納得できないので、何とか粘って簡単な概要だけでも聞かせてもらった。

 

 今明かされる衝撃の真実ゥー! うちの家系は魔術という摩訶不思議パゥワーを使う不思議家系だった……!

 武術全般どこ行った。そう突っ込んだ俺は多分悪くない。すると答えはすぐに帰ってきた。

 

 なんでも魔術師という人たちは根源というものを目指して頑張るようなのだが、その中でうちの家系だけは魔術で根源を目指すのではなく己の肉体を鍛え上げて根源にいたろうと考えたらしい。それはもはや魔術師でも何でもないんじゃないかな? と、そんなまっとうな疑問は隅に追いやられた。おい、会話しろよ。というかこの招待状、最後の方に数合わせの素人としてお招きいたしますありがたいと思えとか書いてあるんだけど。大丈夫なの? あ、全然聞いていないんですね分かります。って、ちょっ……何で背中押すんですかね? どうして俺の荷物を背負わせるんですか? どうして家の扉を閉めるんですか? おいィ? ……マジかよ。

 

 というのが、約12時間前の話である。

 現在は飛行機に乗り、電車を乗り継いだ先に到着したどこかの雪山で猛吹雪の中ひたすら山道を歩いている途中です。

 俺の荷物に入っていた「サルでもわかる現代魔術」という教本がなければ即死だった。移動がてら読んで、人目を気にしつつ試してみて本当によかったと思う。おかげで、自身の肉体強化の魔術を使えるようになったぜ。おかげでかなり厳しい雪山でもすいすい歩けちゃう。

 

 魔術のすごさを実感しつつ、さらに2時間が経過した。もしかして遭難したんじゃないかと思い始めた俺の視界に、雪山の景色にそぐわない人工物が見えた。おそらくあれがカルデアなのだろう。そうじゃないと困る。もし違ってもあの建物に入るけど。

 

 魔術で強化した足に力を込めてフッと飛び上がる。すると軽々と俺の体は5メートルほどの高さまで到達した。魔術を使うと俺も忍者のような身のこなしが可能となるのだ。アイエェェェェエエ!!??

 

「どうしてこんなところに造ったんだか」

 

 入口のところまで跳んで来て、目の前にある近未来的な扉を見ながら思わず独りごちる。とりあえず中に入ろうとすると、俺の耳に電子で作られたと思われる声が響いてきた。

 

『――塩基配列……ヒトゲノムと確認。――霊器属性……善性・中立と確認。ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。ここは人理継続保障機関カルデア。指紋認証、声帯認証、遺伝子認証クリア。魔術回路の測定……完了しました。登録名と一致します。あなたを霊長類の一員として認めます』

 

 そっからか。

 俺は霊長類としても疑わしいということだろうか。そうだとしたら、ものすごく失礼な気がする。

 

 

 ……まぁ、いいや。

 取り合えず、来てしまったものはしょうがないし、やれるだけのことはやってみよう。

 

 

 

 

 

 

 




カルデア終了のお知らせ。


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檻(常識)から脱走した猛獣(仁慈)

メインで書いている奴がちょっと行き詰ったので、こちらを投稿。
GEの方はもう少し待ってください、お願いします。

あ、今回はキャラ崩壊注意です。



 

 カルデアにめでたく人間として認められた俺は、カルデアの中に入ろうとする。しかし、一向に近未来的な扉が開く気配がなかった。なにこれいじめ?オメェの席ねぇから!とかそんな感じですか?もしそうなら、この吹雪の中帰るのも嫌なので扉ぶち破ってでも侵入を試みるけど。

 それともあれだろうか。唯の霊長類には興味ありませんというやつか。宇宙人や未来人、超能力者じゃないと入れてもらえなかったりするんだろうか。

 

『………申し訳ございません。入館手続きには後180秒ほど必要です。その間、模擬戦闘をお楽しみください。―――――レギュレーション:シニア。契約サーヴァント、セイバー、ランサー、アーチャー。今回の戦闘は記録に残すようなことは一切致しません。どうぞ、ご自由に戦闘をお楽しみください。――――――召喚システム・フェイト起動。この180秒間、マスターとしての善き経験ができますよう』

 

 その言葉を最後に、俺の視界に映る風景は一変した。先ほどまで死にそうな思いをして歩いてきた吹雪く雪山はどこかへと消え失せ、代わりに緑豊かな平原のような場所が目を通して俺の脳内に送られてくる。

 あまりの変わりように数秒だけ自分の体が硬直するものの、冷静になったとたんにこの場所が現実でないことに気づく。理由は単純、俺の視界に入っている植物に生命の息吹を感じることができないからである。いろいろな武術を触り程度でも齧っていると、そういうことも分かってきたりするのである。つまり、ここはカルデアの科学と魔術が交差して物語が始まるような技術で作られた風景であるということが考えられた。

 

 なにそれ超燃える。まるでSA〇みたいだな、と小学生並みの感想を抱きつつ、左右にくまなく視線を動かす。傍から見たらただの不審者だが、こんなスーパー技術を見せられて興奮しないやつは男じゃないと思う(偏見)

 

 そんなくだらない思考に意義を唱えたようなタイミングで緑豊かな風景に一筋の光が現れる。その光はそのまま人の形となり、全貌が見えるようになった。

 

 身なりはぼろぼろの布を1枚かぶっただけのもので、その隙間からは体全体のラインが見えている。ぼろぼろの布から覗く体は細く、日焼けしていないかのごとき白さであった。そして、その細く白い手には刃こぼれが激しい剣を握っている。

 ……そう、俺の目の前に現れたのはまごうことなき、スケルトン……いわゆる、骸骨だった。

 

「なんでやねん」

 

 どうして急に骸骨がここに来たのかさっぱりわからない。

 カタカタとそこら辺の骨を鳴らしながら俺に近づいてくる骸骨。命の危険などは全く感じることはない。むしろ、シュールですらある。しかもとどめに、サーヴァントという存在が一向に現れる気がしない。

 先ほどの機械アナウンスでは『マスターとしての善き経験をできるよう』と言われたはずなのだが……経験積ませる気ないよね。俺のもとにカタカタ歩きながら近づく骸骨に注意を張りつつ、周囲を見渡してみる。が、視界に入る光景は変わることはなく、サーヴァントも現れる気配をみせない。

 

「――――――!」

 

 結局、サーヴァントらしきものが現れる前に骸骨が俺の前まで来て、刃こぼれを超しまくっている剣を振り上げた。

 

「gain_str(32)、gain_con(32)」

 

 カルデアに来る途中に読んでいた「サルでもわかる現代魔術」に乗っていた身体能力を強化する魔術をつかう。そして、剣を持っている骨を手でつかみそこから先に振り下ろせないようにする。直後、地面を強く踏みつけるように踏み込みつつ背中で体当たりするように骸骨に突進する。

 震脚の力を上乗せしたこの攻撃―――靠撃で襲い掛かってきた骸骨は爆発四散、身にまとっていたぼろぼろの布も刃こぼれしている剣もそして本体も木っ端みじんに砕け散り、あとには何も残っていなかった。

 

「………」

 

 これでいいのだろうか。

 結局マスターとしての経験なんて積めなかったんだけど……というか、武術の才能がない俺の疑似八極拳で爆発四散するとかこの骸骨どんだけ弱いんだよ……。それとも魔術での強化が強すぎたのだろうか?

 

 なんにせよ。出てきた骸骨は倒したので何かしらのアクションが起こると思って再び周囲を見渡してみる。

 予想通り、先ほど骸骨が出現したときと同じような光が現れ、人型を作った。今度はただの骸骨ではなく、頭蓋骨がない暗い青色の骨が数体出てきた。レベル2ってところか。

 

「というか、いい加減サーヴァント出してくれよ……」

 

 相変わらず俺の味方と思われるサーヴァントは現れず、新しく出現した青い骸骨に襲われる。召喚システム・フェイトとか言ってたけど本当に大丈夫なのだろうか。真っ直ぐ振るわれる攻撃をさばき、骨を粉砕していきながらこの施設大丈夫かなととても不安になった。

 

 

 ……いや、待て。逆に考えるんだ。実はマスターというのは先陣を切って戦う人のことだと。うん、きっとそうだな。

 

 

 

 ―――――――――こうして、樫原仁慈に間違った知識がインストールされてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「おぉ、いつの間にか扉が開いている……」

 

 襲ってきた骸骨をすべてばらばらにしてやると180秒経過していたらしい。今まで開いていなかった扉がしっかりと開いていた。締め出される前に扉を潜り抜けると、その外見に遜色ないくらい近未来的であった。さっきも思ったけどやっぱりこういう建物のなかってわくわくするよね。

 少しどうかと思うけど、きょろきょろ周りをくまなく見ながらわずかに湾曲している廊下を歩く。いやー、見れば見るほど創作物に出てくる建物みたいだな。魔術というまさにファンタジーといった技能を使っている俺が言うのもなんだけどさ。

 

 しばらくそうしていたのだが、時間がたって冷静になった頃、俺はふと思った。

 

「……あれ、俺どこに行けばいいんだ?」

 

 よくよく考えてみればこの中に入った後、どこに向かって何をすればいいのか何一つわからなかった。さっきから人とはすれ違うことはないし、これってまずくね?もしかしなくても迷子じゃね?案内役くらい居てもよくね?

 

 ありもしないプライドを投げ捨てて、次にあった人に道順を聞こうと心に決めると早速、自分の正面から声が聞こえてきた。……来た、人キタ、メイン第一住人キタ!これで勝つる!

 

「フォーウ!フォ?フォフォ?キューン!」

 

 来てなかった。話が通じる相手ではなかった。むしろ人ですらなかった。

 正面からやってきたのは見たこともないモフモフの生き物。ちなみにとってもかわいい。抱きしめたい。あ、男の俺がやっても気持ち悪いだけですね。分かります。

 小さい生き物を見たらとりあえずかがんで呼びかけてみる。これ鉄則。というわけでそれに習って俺もその場にしゃがみ込み、いつもより高めの声でこっちに来るよう呼び掛けてみる。まぁ、大体の動物は寄ってこないけどね。

 

「フォウ?フー、フォーウ!」

 

 しかし、このモフモフの生物はそんな前例にとらわれることなく俺の胸に飛び込んできてくれた。なにこれ超かわいい。持って帰りたい。

 

 時間を忘れ、外面から思考を逸らしながらも自分の手の中にあるモフモフの生物を一心不乱にモフモフする。フフフ、ここがええのんかー。

 

「……………………」

 

 うわー、かわいいなー。あったかいなー。小さいなー。このカルデアに来るまでの疲労と全く出てこなかったサーヴァントのことなんて気にならなくレベルで癒されるわー。

 

「…………………あの、色々お見せできない表情なのでそろそろ気を引き締めてください。先輩」

 

「うぉっひょい!?」

 

 いつの間にか後ろにいたらしい人物に声をかけられ、素っ頓狂な声をあげてしまう。というか全く気が付かなかった。どういうことだ。武術の才能がない俺でも気配察知だけは無駄に自信があったというのに……ハッ、もしかしてニンジャか!?アイエェェェェエエ!!??

 って今この子なんて言った?お見せできない表情?ということは今までの醜態がこの子に見られていたということに………。

 

「」

 

「先輩?そんなに固まってどうしたんですか?」

 

 思わず顔を両手で覆ってその場にしゃがみこんでしまった俺は悪くない。もはや道を聞くことすら忘れて俺はひたすら後悔した。……初対面の女の子にあのような醜態をさらすとは何たる失態……!

 

「………あの、どこか具合でも悪いんですか?」

 

 「いや、そうじゃないんだ。肉体面では多少の疲労はあるものの万全の状態といってもいい。だから心配しなくてもいいよ。ありがとう」

 

 精神的には致命的な致命傷を受けましたけどね(ブロント感)お前調子に乗ってモフモフした結果だよ?

 完全に自業自得なので余計もやもやするわー。

 

 ぐちゃぐちゃな内心を一時的に忘却することで何とか平静を保つと、俺のことを先輩と呼ぶ少女のことを気にする余裕が出てきた。髪型はショートだが、前髪は片目が隠れるような長さをしており眼鏡をかけている。服は制服のようなものの上にパーカーを羽織っているような格好だ。

 今まで近くにいなかったタイプの子だと思いつつ、彼女に問いかける。

 

「えーっと……君はどちら様?俺、君の先輩ってわけじゃないよね?初対面だと思うし」

 

「いきなり難しい質問なので、返答に困ります。名乗るほどのものではない―――――とか?」

 

「難しい質問なの?もしかして、名前を教えたくないくらいの変人だと思われたとかでしょうか?」

 

 もし、そうだったら泣けるんだけど。思わず敬語になっちゃうくらいはショックを受けたよ。

 

「いえ、違います!ただ……あまり自分の名前をいう機会がなかったものですから、どうすれば印象的な自己紹介ができるのかと考えていました」

 

「普通でいいよ、普通で」

 

 初対面の人を先輩呼び、そして俺の醜態を見られたということから印象はもうばっちりだから。これほど鮮烈に脳内に焼き継いだ人物はいまだかつていないから。

 

「そうですか?では―――――」

 

「フォウ!キュー、キャウ!」

 

「……失念していました。あなたの紹介がまだでしたね。フォウさん」

 

 眼鏡少女の自己紹介が始まるかと思いきや、俺の腕にいるモフモフの生き物が異議を唱えるように鳴き始めた。眼鏡少女はそのモフモフの生き物の言いたいことがわかるかのようにこの生物の紹介を始めた。

 

「こちらのリスっぽいのがフォウ。カルデアを自由に散歩する特権生物です。私はフォウさんにここまで誘導され、先行していたフォウさんを一心不乱にモフモフしていた先輩を発見したんです」

 

「すみません。忘れてください」

 

 せっかく忘却しているんだから思い出させないでくれよ……。

 

 眼鏡少女の言葉に思わずがっくりと肩を落とす。しかし、責めることはできない。先ほども言ったように俺の自業自得であるし何より彼女に悪気が全くなさそうだからである。

 そうして微妙に気持ちを落としたと同時に、腕に抱いていたモフモフの生き物改めフォウは俺の腕から飛び出し、謎の鳴き声を上げたのちに湾曲した廊下をぽてぽて歩いて行ってしまった。

 

「……またどこかに行ってしまいました。あのように、特に法則性もなしに散歩していきます」

 

「……なんという珍生物」

 

「はい。正体不明のフォウさんですが、あまり私以外には近寄らないのです。おめでとうございます。先輩はどうやらフォウさんに気に入られたようです。二代目お世話係の誕生ですね」

 

「……あれ?勝手に就任させられた?」

 

 いつの間にかフォウの世話係になっていた……。どういうことなの。しかも、結局眼鏡少女の自己紹介聞いてないし。

 

「あ、そうでしたね。私の名前は―――」

 

「ああ、そこにいたのかマシュ。だめだぞ、断りもなしで移動するのはよくないと……」

 

 とことんタイミングが悪いな。名前もわかっちゃったよ……。

 眼鏡少女―――マシュに話しかけてきたのは全身緑のロンゲ版タ〇シっぽい人だった。糸目で浮かべる表情は柔らかい。町で見かけたら10人中8人くらいはいい人そうという印象を抱くだろう。けれど、何か引っかかる。キャラを作っているというか……ゲロ以下のにおいがぷんぷんするというか……。俺の直感(笑)スキルがビンビン反応している気がするんだよ。

 

 俺がそんな失礼極まりない考えをしているとは思ってもいないだろう緑タケ〇は俺の存在に気が付くとそのまま自己紹介をしてきた。この緑タケ〇はレフ・ライノールというらしい。ここの技師とは言っていたが具体的に何を作ったのかはわからなかった。俺のことも聞かれたが正直、ほとんど何も答えることはできなかった。だって俺も自分の意思で来たわけではないもの。むしろ、前情報ほぼなしでここまで来ましたからね。

 

 簡単な自己紹介をお互いに終えた後、この後のことについて教えてもらった。なんでも、中央管制室というところでこれから所長からの挨拶があるらしい。俺と同じく今日からマスター候補生となる人達の浮ついた心をしつけするとか。

 

「大体わかりました。それでは失礼します」

 

「……先輩、中央管制室の場所わかるんですか?」

 

「……………」

 

「わかりやすいくらいのやってしまった顔ですね。よければ案内しましょうか?」

 

「お願いします」

 

「君に一人で動かれると後で私が怒られるんだが……まぁ、私も同行すればいいか」

 

 そうして、てくてくと中央管制室まで歩いていく俺たち。その途中でいろいろな話をした。マシュが俺を先輩と呼ぶ理由。なぜか俺を気に入ったというレフ・ライノール。そこから派生して俺が所長に嫌われるタイプの人間だということ。……最後の一言で盛大に行く気がそがれながらもなんとかたどり着く。

 

「先輩の番号は………一桁台。一番前ですね」

 

「うわぁ……」

 

「仁慈君、いささか反応が露骨すぎるな。所長が睨んできている」

 

 レフ・ライノールの言葉に俺も気づかれない程度に視線を向けると確かに所長と思わしき女性に睨まれていた。

 マークされていることに気づいたのでとりあえず口をチャックして話を聞いていますよ的な雰囲気を醸し出す。

 

「時間通りとはいきませんでしたが、全員そろったようですね。特務機関カルデアにようこそ。所長のオルガm―――――」

 

 何か頭のよさげな単語が敷き詰められたセリフを言っていたが正直、今朝まで魔術のまの字も知らなかった身としては何を言っているのかさっぱりわからなかった。

 そのため、表情だけは真面目に所長の方を向き、頭の中でサルでもわかる現代魔術の中にあった魔術のことでも考えることにしたのだった。

 

 

 

――――――――

 

 

「大丈夫ですか。先輩?」

 

「うん」

 

 あの後、まったく別のことを考えていたことが所長に露見してしまった俺は彼女の平手打ちを右頬に受ける――――ことはなく、ついつい癖で平手打ちしようとした手をつかんで防ぎ、クロスカウンターを決めてしまった。

 そのため俺は初任務を外されることとなった。まぁ、もともと一般枠で来た人間だし、どちらにせよ参加できなかったと思うけど。

 で、メンバーから外された俺は現在マシュにこれから使うことになる自室まで案内してもらっている途中です。ほんとお世話になります、マシュさん。

 

「それにしても見事なクロスカウンターでしたね。私、人が空を飛ぶ光景なんて初めて見ました」

 

「マシュもなかなか着目点があれだよね」

 

 クロスカウンターを決めた本人が言うのもなんだけどもっとこうあるでしょう?

 

「何を言いますか。あの見事なまでの飛びっぷりは見なければ逆に失礼d――――きゃ!」

 

「どこからともなくモフモフが!?」

 

「気にしないでください。いつものことです」

 

 話の途中でいきなりマシュの顔にダイレクトアタックをかましたフォウ。それに対するマシュの対応はものすごく冷静だった。なんというか、長年積み上げてきた歴史を感じさせる対応である。

 

「フォウさんは私の顔に奇襲をかけ、そのまま背中にまわりこみ、最終的に肩へ落ち着きたいらしいのです」

 

「へぇ、ものすごい懐かれっぷりだね。もしかして、名付け親はマシュだったりする?」

 

「よくわかりましたね。なんかビビッと頭に思い浮かんだので、直感でつけてみました。……それを見抜くとは、先輩もなかなかの直感もちと見ました」

 

「うん。結構当たるよ直感」

 

「やはり、そうですか……っと先輩、目的地に到着です。ここが先輩の自室……マイルームになります」

 

 そう言われてきたのはこのカルデアに来た時にも通ったような扉の部屋。カルデアの中の扉はすべてデザインが統一されていてとても分かりにくいな。一人だったら絶対迷うわ。

 そう、考えながらマシュにお礼をいう。彼女は俺とは違いこれからミッションがあるAチームらしく、すぐに今来た道を戻っていった。とても申し訳なくなった。

 

 マシュの代わりに俺の面倒を見てくれるらしいフォウを肩に乗せて自室の自動ドアをくぐる。すると中には既に先客がいた。俺の自室のはずなのに。

 

 

 

 その先客はオレンジ色の髪の毛を後ろでくくっている、白衣を着た男性だった。男でポニテ&オレンジ髪ってなかなかキャラ立ってんな。

 

「はーい、入ってまー―――――――って、うぇええええええ!!??誰だ君は!?」

 

「こっちのセリフです」

 

「ここは空き部屋だぞ、僕のさぼりの場だぞ!?誰のことわりがあって入ってくるんだい!?」

 

「多分所長です。……というか、今まであなたの言った言葉をすべてバットで打ち返しますよ」

 

「うぐぅ……ん?所長が案内したということは、君が最後のマスター候補生か。いやあ、初めまして仁慈君。予期せぬ出会いだったけど改めて自己紹介をしよう。―――――僕は医療部門トップ、ロマニ・アーキマン。なぜかみんなからはDr.ロマンと略されていてね。理由はわからないけど言いやすいし、君も遠慮なくロマンと呼んでくれていいよ」

 

 実際、ロマンっていう響きはいいよね。かっこいいし、どこか甘くていい加減なかんじがするしと付け加えるロマン。なんという適当さ。

 

「………この人ゆるふわ系なんだ……」

 

「ん?髪型の話かい?」

 

「いえ、頭の中の話です」

 

「辛辣!?」

 

 こんな感じの邂逅ではあったが、ロマンとは結構気が合った。どうやら彼も所長に追い出された口らしい。再び現れる専門用語の嵐に頭が爆発しそうになるものの、何とか要約すると、緊張感あふれる現場でロマンのゆるふわ雰囲気は気が抜けるから駄目だといわれたんだとか。医療部門のトップを邪魔者扱いしていいものなのだろうかと思いもしたが、これから彼らが行うレイシフトというものは機械でバイタルを図った方がいいらしいので彼は必要ないんだとか。機械に仕事を奪われた人間……。

 

「その言い方やめて!?そんなことより、ここで暇人同士交流を深めようじゃないか」

 

「まぁ、いいですけど」

 

「そうかい。ではさっそく――――」

 

『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下、慣れてないものに若干の変調が見られる。これは不安から来るものだろうな。コフィンの中はコックピット同然だから』

 

「やあレフ。それは気の毒だ。ちょっと麻酔をかけに行こうか」

 

「ああ、急いでくれ。今医務室だろ?そこからなら2分で到着できる筈だ」

 

「………医務室かと思った?残念、元空き室現俺の部屋でしたっと……」

 

「それは言わないでほしい……ここからじゃあどうあっても五分はかかるぞ……」

 

「自業自得すぎてなにも言えない」

 

「知り合ってまだ間もないけど、君言葉の刃鋭すぎない?」

 

 なんてくだらないやり取りをしつつも準備をして部屋を出ていこうとするロマン。しかし、すぐにそれは不可能なことだということがわかった。

 フッと部屋の電源が消えたのである。

 

「なんだ?明かりが消えるなんて何か――――――」

 

『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、および中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は九十秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避してください。繰り返します。中央発電所、及び―――――』

 

「今の放送は!?いったい何が起こっている!?モニター、管制室を映してくれ!みんな無事なのか」

 

 ロマンの言葉に反応して映し出されたモニターには先ほどまで俺がいて、マシュが向かった中央管制室の変わり果てた姿だった。そこらへんに火が回っており、傍から見てもやばい状況だとわかる。

 

「これは―――――!………仁慈、すぐに避難してくれ。僕は管制室に行く。もうじき隔壁が閉鎖するからね。その隙に君だけでも外に出るんだ!」

 

「いや、俺も行く」

 

「な、なにを言っているんだ!?確かに人手があった方がうれしいけど……」

 

「こうして言い争っている時間も惜しいだろ。それに、俺がロマン背負って管制室に行った方がよっぽど早いぞ。一分でつける」

 

「マジか。なら話は別だ!頼むよ!」

 

「お任せあれ。move_speed()」

 

 自身の移動速度を上げる魔術を使ってロマニを抱え込む。そして、一瞬だけその体勢を低くし、人工的な床を思いっきり踏みしめて加速する。

 一分よりも十秒ほど早く着いた管制室の中に入る。その中は映像で見た通り、勢いの強い炎が燃え広がっていた。

 

「生存者はいない。無事なのはカルデアスだけだ。ここが爆発の基点だろう。しかも、これは人為的に引き起こされたものだ」

 

『動力部の停止を確認。電源量が不足しています。予備電源への切り替えに異常 が あります。職員は 手動で 切り替えてください。隔壁閉鎖まで あと 四十秒。中央区画に残っている職員は速やかに――――』

 

「……ボクは地下の発電所に行く、カルデアの火を止めるわけにはいかない。君は急いできた道に戻るんだ。今ならまだ間に合う。いいな、寄り道はするんじゃないぞ!外に出て、外部からの助けを待つんだ!」

 

 ロマンはそれだけ言って急いで管制室から飛び出していった。本来なら俺もそれに続いた方がいいんだけど、なんだろうな。何か引っかかる。俺の直感がここに残れと轟叫ぶ。

 自らの直感に従いがれきをかき分けていると、不意に、アナウンスが聞こえてきた。

 

『システム、レイシフト最終段階に移行します。座標 西暦2004年1月30日 日本 冬木。ラプラスによる転移保護、成立。特異点への因子追加枠、確保。アンサモンプログラム、セット。マスターは最終調整に入ってください』

 

「電力はないんじゃなかったのかよ」

 

 アナウンスに突っ込みを入れつつ瓦礫を撤去する。

 すると、体のいたるところに傷を負い、今にも死にかけているマシュを見つけた。ケガだけ見ればもう助からないと思うくらいの重体だ。ロードエルメロイ二世……サルでもわかる現代魔術の著者よ、俺に魔術を分けてくれ!

 

「heal(16)」

 

「無駄です。先輩、この傷はとても……」

 

 確かに。俺の付け焼刃の回復魔術では傷を治すには至らなかった。多少の止血程度にはなったものの、根本的な解決にはなっておらず、むしろマシュを苦しめる結果になったと後悔した。

 

「逃げて、ください……このままでは、先輩も……」

 

「heal(16)heal(16)heal(16)heal(16)heal(16)heal(16)heal(16)」

 

「ホ〇ミの重ね掛けみたいなことしないで下さいよ……楽にはなりましたけど……」

 

 だが、俺は諦めない。とりあえず、痛みを感じない程度には治療したところでカルデアスに変化が起こる。光を失っていたカルデアスが赤く光りだしたのだ。

 

「これはやばいな。うん」

 

「冷静に言っている場合ですか」

 

『観測スタッフに警告。カルデアスの状態に変化が起こりました。シバによる近未来観測データを書き換えます。近未来100年までの地球において、人類の痕跡は 発見 できません』

 

 シバとやらが詠うのは希望を摘み取る言葉。人類の未来を観測する機械が告げる絶望の啓示。

 

『人類の生存は 確認 できません

  

 人類の未来は 保障 できません    』

 

 

「カルデアスが真っ赤になっちゃいました……。いえ、そんなことより……」

 

『中央隔壁封鎖します。館内洗浄開始まであと180秒です』

 

 洗浄とはいったい。水でも流すのだろうか。

 

「もう少し緊張感を持ってください。隔壁しまっちゃったんですよ?もう外にはでれないんですよ?」

 

「せやな」

 

「軽すぎる」

 

「まぁ、こうなったら仕方ないよな。それにマシュと一緒だし、無問題」

 

「………」

 

 俺、ここに友達はマシュとロマン、フォウくらいしかいないし。ロマンには悪いけど友人一人を置いておめおめ逃げるとかないしな。そもそも

 

『コフィン内マスターのバイタル。基準値に 達していません。レイシフト 定員に 達していません。該当マスターを捜索中……発見しました。適応番号48仁慈をマスターとして再設定します。アンサモンプログラム、スタート。霊子変換を開始します』

 

「あの…………先輩……。手を、握ってもらっても、いいですか?」

 

 何やら光が漂い始めた中でマシュがそんなことを口にした。

 

「おや、随分かわいいお願い」

 

「うる、さいです……」

 

『レイシフト開始まであと3』

 

 おそらく、この光がレイシフト開始の始まりなのだろう。

 電気がないとか言っておきながらレイシフトを開始するとかどう考えてもバグっている予感しかしない。結構な確率で死ぬだろう。

 だが、恐怖は感じない。なんだろうね。マシュがいる……一人じゃないということの安心感が俺を冷静にしてくれているんだろう。

 

『2』

 

『1』

 

『全行程、完了。ファーストオーダー実証を開始します』

 

 アナウンスのその言葉を最後に俺の視界は一気にブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――さぁ、物語の幕は今あげられた。これから先、樫原仁慈がどう行動していくのか……括目してくれたまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(仁慈が)キャラ崩壊。

結構そのままっぽくなったので長くなってしまいました。ここからどんどん変えていきたいですよね。

後、プロローグなのにマシュのヒロイン力の高さよ……。どこかの闇落ち系後輩キャラとは大間違いd――――(ドロドロデス




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行動開始

今回も全然話が進んでいません。
次からはところどころ端折っていきたいと思います。

しかし、今回はご容赦ください。


 

 夢を見ていた。

 

 自分であって自分でない存在が、数多の化け物を紙屑のように蹴散らし、慕われている光景を観た。

 その自分はとても生き生きとしていて、仲間と一緒に馬鹿をやり、喧嘩をふっかけられ、それに怒りをあらわにしながらも笑いあっていた。

 その光景を見たとき、自分の中に現れた感情は羨ましいという感情だった。理由は定かではないが、どこか距離をとって接してきた人しか今まで近くにいなかったからである。ああやって、お互い遠慮することなく好き勝手言い合える相手がいるというのはまさに自分の理想だったからだ。

 しかし、それを見てばかりもいられない。あそこにいる奴とここで羨ましがっている俺とではまさしく住む世界が違うからだ。どんなに望んでも、彼と同じものが手に入ることはない。ならばせめて、あの彼のように、信頼できる相手を探してみようと……そう、思った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 先程のもはや異世界からの電波と言っても過言ではない光景を見た後、ぼんやりとだが、自分の意識が浮上してきた。だが、からだを動かすことはできない。どうやらからだの方はまだ動けるような状態になっていないらしい。正直、意識が肉体から切り離されているような状態なので把握が難しくて正確にはわからないが。

 だんだんと、意識と身体がリンクしてきた頃、ふと頬のあたりに湿った感覚が走った。生暖かく、なんとも気持ち悪く感じてしまう。

 

「――――ぱい、起き――――い」

 

 聴覚も復活してきたのか、何やら聞こえてくるがそれだけで内容はさっぱりとわからない。

 

「―――――むぅ、起き―――――ね。正式―――敬称――――――べきで――――か」

 

段々と言葉が聞き取れるようになっていった。どうやら俺の他にも誰かいるらしい。

 

「―――――マスター。マスター、起きてください。起きないと、殺しますよ」

 

 殺す―――――その言葉を聞いた瞬間、意識と身体が完全に覚醒する。それと同時に俺を殺すといった人物の腕を掴んで地面に倒す。その反動からその人物に乗ることでからだを押さえつけると、下手に動くことができないように顔の横に拳を叩きつけて脅しをかける。

 ここまで僅か5秒以下、無駄に武術を身につけ(中途半端)身体を鍛えてきた経験から培った技術である。え?普通の人間では無理だって?HAHAHA!教えてくれた人達がおかしいやつらばっかりだったのさ。なんだっけ?外部から特別講師を雇ったとか言って来た目が死んだ神父と褐色白髪の青年が特にな。

 

「お前は誰だ」

 

 師曰く、情報とはとても重要である。吐かせることが可能な状況なら積極的に狙うべきだと言っていた。というわけで尋問開始である。

 

「えっ?へ?せ、先輩……?」

 

 キリキリ吐いてもらおうかーと、なるべくキリリっとした表情で声をかけてみると、何らや聞き覚えのある声が俺の下から聞こえてきた。少しばかり嫌な予感を感じつつ、下に視線を向けてみると、俺が押さえつけているのは何やら黒い鎧のような、インナーのような摩訶不思議な衣装に着替えを果たした摩訶不思議少女マシュであった。

 

 ……マズイ。今の状態は果てしなくマズイ。はたから見れば、いたいけな少女を地面に押さえつけて上に乗っている男となる。……コレは間違いなく強姦魔だ。通報待ったなし。現状証拠だけで有罪確定レベルの絵面である。

 そのことに気がついた俺は、拳を食い込んだ地面から抜いてすぐさま跳躍、マシュより5メートル離れたところまで跳び上がると、そのまま空中で宙返りを決める。そして、地面につくタイミングで膝を折りたたみ、腕を前に出すとそのまま土下座した。この極限まで無駄を削ぎ落とした土下座は先程話題に上がった師匠の1人である褐色白髪の青年に教わった奥義である。彼もこれで数多のピンチをくぐり抜けてきたらしい。師匠、今こそあなたに教わった奥義、使わせていただきます!

 

「通報だけは勘弁してください」

 

「………えっ?」

 

―――お互いに冷静になるまで約10分程かかったのは、仕方がないことだと思う。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「――――――事情はわかりました。此方にも非はある事を認め、今回は不問とします。次はありませんよ、先輩?」

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

 

 感謝……ッ!圧倒的、感謝…ッ!!

不意打ちで強姦擬きをしてしまった俺を許すとか天使だ(確信)

 

「……さて、状況を整理しよう。ひとまず、マシュのコスプレの件について話し合おうか。お腹出してて寒くない?」

 

「切り替え早いですね、マスター。しかし、今いろいろなことがあり過ぎてあまり状況が整理できていないんです。それに加えて、周囲をご覧ください」

 

 マシュの言葉に従って周囲を見渡してみれば、バーチャルの中であった骸骨と同じような奴らが俺たちの周りを囲っていた。

 

「Gi――――GAaaaaaaaaaaa――――!!!」

 

「言語による意思疎通は不可能、敵性生物と判断します。マスター、指示を。わたしと先輩の2人でこの状況、切り抜けます!」

 

「了解。マシュは目の前三体の骸骨の攻撃をそのシールドで受け流して体勢を崩しつつ、反撃を。背後の奴らは俺が相手にするから」

 

「えっ?先輩大丈夫ですか?」

 

「平気平気。gain_str(32)、gain_con(32)」

 

 魔術を俺とマシュにかけて、肉体面の性能を底上げする。俺が魔術を使ったことに驚いたのか、彼女は目を丸くして問うてきた。

 

「先輩……一般枠だったのに魔術使えるんですか?」

 

「一般人だったよ。ここに来るまでは。来る途中で覚えたから」

 

「………先輩が一般枠なんて、どう考えてもおかしいですよ」

 

 ブツブツ言いつつ、目の前から襲いかかってくる骸骨の攻撃を受け止めるマシュ。そんな彼女の姿を見届けた後、俺も背後の骸骨たちに向き直る。カタカタと身体中の骨を鳴らしながらかかってくる骸骨達……マーボー神父の攻撃に比べたら止まって見える。俺は、今の今まで、ずっと背負っていた荷物から刀を一本取り出す。

 どう考えても入るような大きさではないのだが、きっと魔術的なものがかかっているカバンなのだろうと1人納得する。鞘のついた状態の刀で骸骨の攻撃を受け止めると、強化された身体能力をもってして、肋骨の部分に蹴りを入れてその体をバラバラにしながら後方に吹っ飛ばす。前衛が居なくなると同時にその背後に構えていた槍を持った骸骨と弓を持った骸骨が襲い来る。骨の足でありながらしっかりと踏み込まれた一撃が俺の顔面を突き刺そうと、風を切りながら迫る。その攻撃を首をずらすことで回避した後、槍をつかんで自分の方に一気に引き寄せ、弓を持っている骸骨が放った矢の盾にした。骨だからガードしにくかったけど。

槍を持つ骸骨を盾のように構えながら、弓を持つ骸骨に向かって走り抜ける。骸骨なので、完全に信頼できないところはたまに傷だけど丸腰よりはよっぽどマシだった。弓を使えないくらいの距離まで詰め込むと、シールドに使っていた骸骨を振り回して鈍器とし、弓を持っている骸骨に思いっきり殴りつけた。頭から割れた骸骨はそこで動きを停止させる。念のため体も砕いておき、戦闘は終了した。

後ろを振り返ってみるとそこには既に戦闘を終えていたマシュが自身の瞳を擦りながら何度も俺の姿を見てきていた。

 

「どうした?」

 

「……やっぱり、先輩が一般枠っていうのはおかしいですよ……」

 

「そう?」

 

 これでも一族……というか親族の間ではかなり避けられてたんだけどね。多分落ちこぼれすぎて。マーボー師匠も俺に才能はないと言っていたし、褐色白髪の師匠もそういった感じの雰囲気を出していたし。

 

「しかし、どちらかと言えばそれは俺のセリフなんだよなぁ……マシュってあんなに強かったのか?」

 

 パッと見だけど、戦いに向いているような筋肉の付き方じゃなかったんだけど。

 

「そんなこと、傍から見てわかるものなのでしょうか……当たってますけど、それがまた怖いです……」

 

「フォーウ!?」

 

「居たのか、フォウ」

 

「フォ!?」

 

 どうして気づかなかったの!?と言いたげな声を上げるフォウ。そういえば体が完全に覚醒する直前に何か生暖かいものがほほに当たった気がする。あれはフォウの奴だったのか。

 自分の存在を全く認識されていなかったために、抗議をするフォウに頭を下げながら現在の状況を整理する。そもそも、俺たちはカルデアの管制室に閉じ込められていたはずだ。にも関わらず、こうして業火に包まれた町に放り出されているということカルデアスが言っていたレイシフトという奴なのだろう。

 …そう考えると、あまりよろしくないな。一応俺とマシュ両者とも戦えるけど、もし俺たちよりも強い奴が現れた場合どうすることもできない。荷物はそのまま持ってきているから装備は充実してるけど。

 

「この状況どうみる?」

 

「レイシフトによって飛ばされた先、2004年1月31日の冬木という場所でしょう。しかし、この時期、この場所でこのような災害があったことは確認されていません」

 

「歴史にはなかった事象……つまり、これが未来消失の原因であると」

 

「そう考えるのが妥当かと」

 

 つまり俺たちは予期せず人類の命運を担ってしまったわけか。心が重たいわぁ。

 

『––––あぁ、やっと繋がった!こちらカルデアの管制室、聞こえるかい!?』

 

 何処からともなくロマンの声が聞こえてくる。コレは通信機?それとも魔術的なものか?

 どう考えてもカルデアと違う……どころか年月すら違う場所に言葉を飛ばすことができるなんで本当にすごいな。カルデア。

 

「こちらレイシフトAチーム、マシュ・キリエライトです。特異点Fに無事レイシフト、完了しました。同行者は仁慈一名。心身ともに異常はありません。ありませんが………常軌を逸脱していました……」

 

 最後の一言は別に要らないんじゃないかな?というかいらないよね。絶対。まぁ、魔術なんて常識外の技術を使って、さらに過去まで来てしまった身としては否定なんてできるわけないんだけど。

 

『――――やっぱり、仁慈君も行っちゃったか……。いや、でも無事でよかったよ。普通、コフィンにも入っていない状態でのレイシフトはかなり危険だからね。心配だったんだ』

 

「おぉう、マジか」

 

 予想はできてたけどね。こうしてはっきり言われるとやっぱりちょっとビビるよね。

 

『まぁ、それはいいとして……マシュ、その恰好はなんだ!?けしからん!お兄さんそんな子に育てた覚えはありませんよ!?』

 

「あなたはいったい誰なんですか……。これは、変身したんです」

 

『………マシュ、魔法少女を夢見るには少しばかり遅すぎると僕は思うんだ』

 

「――――Dr.ロマン。シャラップ。今度余計な事言ったらその軽すぎる口を縫い付けますよ」

 

『怖ッ!?冗談にしてもたちが悪すぎる!』

 

 絶対冗談じゃない。

 だって目がマジだもの。あの冷めた感情をともしたアメジストの瞳が自分は本気だということを全力で訴えているもの。……安らかに眠れ、わが友ロマン。

 

「……私の状態をチェックしてみてください。それだけで何が起こったのかはわかるはずです」

 

『うん?………なるほど、英霊との融合……カルデア六つ目の実験か……。つまり、今のマシュはデミ・サーヴァントということか』

 

「理解が早くて助かります」

 

 デミ・サーヴァント……彼らの話を聞く限り、普通の人とサーヴァントを融合させた存在をいうのだろう。

 しかし、普通の人間の体に過去偉業を成し遂げた人間の枠に収まらないキチガイたちを合体させたら、壊れたりするんじゃなかろうか。人間の体の方が。

 

『では、マシュ。君の中に英霊の意思はあるのかな?』

 

「いえ。彼は私に戦闘能力を託して消えていきました。最後まで真名を告げることなく。だから、正直に答えると、私は自分がどの英霊なのか、この盾は何なのかがさっぱりわからない状態にあります」

 

『……そうか。でも、それは悪いことじゃない。融合した英霊が必ずしも協力的とは限らないからね。仁慈君、そのことに関してはラッキーとしてとらえてくれていいよ。君にはこれからこの特異点Fのことについて調べていかなければならない。無事なマスターは現状君だけなためこれは決定事項だ。一人、それも初めてとなればいろいろ勝手がわからないだろうが心配しなくていい。できる限りのことはこちらで教えるし、何より君にはマシュという人類最強の武器があるからね』

 

 英霊となったマシュは確かにこちら側の切り札となり得るだろう。たとえ、正体がわからずとも彼女が力を受け継いだのは間違いなく過去に偉業を成し遂げた英霊、普通の奴らに後れを取るはずがないのだから。

 

「最強というのはいささか誇張がすぎます」

 

『いいんだよ。そう形容するにふさわしい存在だということが伝わればね。唯、注意してほしいのは英霊になったマシュは大体の敵には負けないだろうけど、魔力の供給源であるマスターを狙われ、やられたとなると彼らも必然的に消えることになる』

 

「つまり、俺はいつも以上に自身に気を使えということですね」

 

『そういうこと。君さえしっかりとしていればマシュは負けることはないはずだよ。きっとね。……本当はもっと詳しくこのあたりのことについて話しておきたいけど、そろそろ通信が切れそうだから、必要最低限のことを手短に伝えるよ。ここから先、2キロ行ったところに強い霊脈ポイントがある。今はそこに向かってくれ、そうすればこの通信も安定するはずだ。じゃ、頼んd―――――』

 

 言葉の途中でロマンの声は聞こえなくなった。どうやら安定しなかったカルデアの電波が切れてしまったようだ。反応が完全に消失して使えなくなってしまったことを確認した俺は、マシュの方向に視線を向ける。

 

「……ひとまず、ロマンが言ってた霊脈に向かおうか」

 

「おぉ、先輩頼もしいですね。この状況でここまで落ち着いているとは……」

 

「はっはっは。あの師匠たちを相手にしていればこうなるのさHAHAHAHA!」

 

「先輩、目が笑ってません……!」

 

「フ、フォーウ……!」

 

 なぜか引きつった笑みを浮かべているマシュを視界に収めつつ、彼女たちを伴って俺たちは霊脈が強い位置に向かって移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――小話・そのかばんの中は?

 

 

「ところで先輩。その四次元ポケット張りに何でも入るかばんの中には何が入っているんですか?」

 

「刀、槍、弓&矢、鎖鎌。ほかには小太刀とハルバードくらいかな」

 

「………それ、全部使えるんですか?」

 

「一応ね。まぁ、素人に毛が生えたくらいだけど」

 

「(絶対嘘です……)」

 

 ここまで、仁慈がデミ・サーヴァントの自分を差し置いて、様々な武器で敵に対して無双する彼の姿を思い出し、マシュは白い眼差しを彼に向けた。

 

 

 

 

 




人物及びアイテム紹介。


八極拳を教えてくれたマーボー師匠。

言わずと知れた某神父。
体を鍛えることを主な目的としていた五歳のころ、八極拳を教えに訪れた。本人曰く、それをすれば遠い未来に愉悦が生まれるから来てやったとのこと。
仁慈が自分に才能がないと思い込む元凶。
ちなみに彼が言った才能とは自身と同じ存在となり得るかという才能である。武術の方は全く持って関係ない。唯、それが彼に歪んで伝わってしまったためにこうなった。



土下座を教えてくれた褐色白髪の青年

もはや正体がもろばれである。
十歳を迎える手前で彼に弓と簡単な接近戦を教えた。彼の弓を見て、とても年齢が二ケタに達していない子供が放つようなものではなかったため、唖然としている表情を仁慈のネガティブレンズで見られたため、弓も同様に才能がないと思い込ませてしまった。
ちなみに土下座は本人の体験談らしい。
いったい、何バル・ファンタズムなんだ……。


仁慈が使う魔術

唯のコードキャスト。
サルでもわかる現代魔術において、記されている魔術である。その使い勝手たるや、月の勝者も愛用するくらい。著者はロード・エルメロイⅡ世。


四次元ポケット張りのかばん&その中身。

仁慈が今まで収めてきた武器の数々が入っている。
刀が二振り、槍が六本、弓が一つと矢が無数。鎖鎌が一つと小太刀が四つハルバートが一本である。
かばんはかなり昔から家にあったものらしい。おそらく、祖先が名のある魔術師もしくは魔法使いにもらったのではと一族内では推測されている。



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影従者

話がなかなか進まない。そしてどうしても長くなってしまう……。
そんな感じですが、そうぞ。


 ロマンの言葉から現状と次の目的を決定した俺たちは彼の言った通り、強い霊脈があるという場所に向かっていた。その間、先ほど襲われたようなスケルトンが出現することはなかった。まぁ、それと同時に生存者に会うこともなかったけれど。

 

「それにしてもいったい何があったのでしょうか。町の状態と言い、空気中に漂う魔力の濃度と言い……異常の一言に尽きますよ」

 

「まぁ、人類の未来が抹消されるくらいの事態だし……町の一つや二つ壊滅するんじゃないの?」

 

「なるほど。……確かにそうですね。この特異点Fが人類の未来消失の原因だとしたらこの事態も納得できますね。しかも、カルデアが利用している英霊召喚システム・フェイトの原型、聖杯戦争という儀式を行っていたという町ですから……。しかし、ここの町の魔術師は神秘に関しては徹底的に隠ぺいを行っているとのことですが……」

 

「マスターが素人だった。サーヴァントたちがボイコット(反逆)をした。そもそも、聖杯が万能の願望機ではなく厄災を振りまくタイプのものだった………景品が景品なだけにいろいろと理由が想像できるからなぁ」

 

 魔術に素人の俺ですらここまで色々思いつくんだし、魔術に精通していた人間ならその聖杯戦争の穴を見つけ出して、好き勝手できるかもしれない。……その可能性まで考えたらまさしく原因は無数に存在するよな。なんにせよ、今は情報が少なすぎて判断できるような状態じゃないけど。

 マシュは俺の考えを聞いてその整った顔を微妙にゆがませた。

 

「………実はこの特異点Fの調査って私たちが考えている以上にハードになるのでは………」

 

「なるね。絶対なるね」

 

 俺の直感(笑)もそう言っている。そもそも、爆発が起きて、死にかけて、知らないところに飛ばされた時点で既に手遅れ感があるよね。現状も十分に大変なことだと俺は思うの。

 それに、なんていうのかね。これは完全に俺の勘なんだけど、このまま原因の調査で終わる気が全くしない。絶対何かしらのトラブルに見舞うというのが容易に想像できてしまう。そういう星のもとに生まれたのか、なんだかんだでこの人類の未来を抹消した元凶とか出てきそう。

 さらに言ってしまえば、この一回だけで人類の未来は戻ってこないと思う。具体的にはあと七回くらいはありそう。

 

「なぜでしょうか。先輩の言葉を否定しきれない私がいます」

 

「本能じゃない?」

 

 このままでは終わらないということをもっと原始的な部分で分かっているんだと思うよ。正直、人類の未来が抹消された時点で何が起こっても不思議じゃないし。

 ……こんな感じで、適当に駄弁りつつがれきや炎で進みづらい街を順調に歩いて距離を稼いでいく俺たち。するとその直後、先ほど突っ立てたフラグをすぐさま回収するかのように非常事態が起こった。

 

「きゃあぁぁっぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあああああ!!!」

 

 どこからともなく聞こえてくる甲高い悲鳴に、俺とマシュは思わずその動きを止めて、悲鳴が聞こえてきた方向に体を向ける。おかしいな。どっかで聞いたことあるような声だった気がする。

 

「あー……今の声は……」

 

「どう考えても女性の悲鳴です!今すぐ向かいましょう!」

 

「ですよね。……move_speed()!」

 

 ロードエルメロイⅡ世先生本当にありがとうございます。

 頭の中でこの数時間で愛読書になりつつある、サルでもわかる現代魔術の著者に対して感謝をささげつつ、マシュと自分に魔術をかけて、急いで悲鳴が聞こえてきた場所へと急行する。

 

 そうして向かった先には、どこかで見覚えがあるような女性がいた。そう、数時間前に俺がクロスカウンターを決め込み吹っ飛ばしてしまったカルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィアである。

 彼女は今にも例の骸骨に襲われそうになっており、涙目で恥も外聞もなく泣き叫んでいた。なんだろう。彼女から漂うものすごい残念臭は。別にポンコツというわけじゃないんだよね。確か、頭もいいし、魔術回路という魔術を使うかなめの部分も上等なものだったはず。唯、マスター適性がないだけで。

 

「所長、戦えるんじゃないの?見たことはないけど、ものすごい魔術師なんでしょ?マスター適性ないだけで」

 

「所長はものすごい優秀な方ですよ。唯、物凄いチキンハートを持っているだけで」

 

「だめじゃん」

 

 あの人は本番とかで失敗するタイプかな。

 自分に近づいてくる元人間現骸骨の集団におびえながら距離をとる所長。パニックが極まっているのかヒステリックにレフ・ライノールの名前を叫んでいる。

 どうやら彼女はレフ・ライノールのことをものすごく信用しているようだ。というか、もはや依存といってもいいのかもしれない。まるで、幼い子どもが親に助けを乞うような光景だったし。

 

 これ以上怖い思いをさせるのもさすがにしのびなく感じたため、一言マシュに声をかけると、自分の全力を持って地面を踏みしめ、一気に加速をする。

 そして、速度を上乗せした跳び蹴りを頭蓋骨の側面に喰らわせた。

 

「ライダ〇キック!!」

 

 イッテミタダケー。

 哀れ、速度やら質量やら位置エネルギーやらサイキックパゥワーやらその他もろもろを加えた跳び蹴りを喰らった骸骨(の頭蓋骨)は爆発四散!ショッギョムッジョ!

 

 ……つーか、やべぇ、止まらねぇ。

 地面に足が着いた瞬間、自分の持てる限りの力を使ってブレーキをかける。十メートルほど滑ったのちにようやく止まることができた。

 マシュは俺のことなんてほっといて所長に話しかけている。……別に寂しくないなんてないんだからねっ!……うぇっ。

 

 落ち込んでても仕方ないし、自分で自分を気持ち悪がっているのは完全に自業自得なので何事もなかったかのように彼女たちの方に行く。

 すると、急に所長がものすごい形相で殴り掛かってきた。俺はそれを頬に受けて吹き飛ばされる―――――ことはなく、彼女の腕を左手で払いのけ、思わずカウンターを決めてしまう。今回はさすがに吹っ飛ぶようなことはなかったが、軽い脳震盪を起こしたのか地面に膝をついていた。なんかごめんなさい。

 

「うぐっ………何で、毎回反応できる、のよ……貴方……ッ!」

 

「体に刻まれた経験じゃないですかね」

 

 俺に攻撃を仕掛けてくるの大体が八極拳(恐怖)を繰り出してくるマーボー師匠と土下座師s――――褐色白髪師匠だけだったし。あの人たちの攻撃を喰らったら普通に死ねるし。

 

「ま、まぁ……今は、いいわ……それより、貴方……この、子に……何、を……」

 

「………いったん回復魔術かけましょうか?多分、内臓まで衝撃が行っていると思うので……heal(16)heal(16)heal(16)heal(16)heal(16)heal(16)heal(16)」

 

「……もっとまとまったものはないの?」

 

「今朝覚えたばっかりなんで」

 

 文句言われても困ります。もしもっと効果の高い回復魔術が欲しいなら自分でかけてください。

 結局、所長は自分で自分に回復魔術をかけた後、表情をキリッとさせて俺に指を突きつけつつ口を開いた。

 

「貴方!何でマスターになっているのよ!マスターは選ばれた優秀な魔術師しかなれないものなのよ!?いったいこの子になにしたの!!」

 

「………優秀な魔術師の所長がなれないんですから、落ちこぼれの俺がなれても不思議じゃないでしょう?」

 

「……ぐはっ!」

 

 吐血して再び地面に膝をつく所長。忙しいな。

 

「なんて、切れ味……肉体的にも精神的にも攻撃力高いとかどうなっているの……」

 

「なんかごめんなさい」

 

 なかなかに会話が進まないので、最終的にマシュが落ち着かせて状況を説明してくれました。すまない。苦労ばかりかけてすまない。でも進行は苦手なんだ……。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 さぁ、いろいろありましたよ。

 正確に状況を確認しあい、冷静になった所長の言葉から、霊脈地にマシュの盾を突き立てて召喚サークルを作った。

 残念ながら召喚を行うことができる聖晶石という媒体がないため英霊召喚はできないが、カルデアからの補助を受けることができるようになった。その際、ロマンと所長でちょっとしたやり取りがあったがそこはスルーして、再びこの特異点Fの調査を続行することとなった。

 

 そこで俺たちが特異点F―――冬木にある大橋の近くにやってきていた。

 相変わらずそこらへんに炎が回っていて、橋が落ちていないことが不自然に感じるくらいである。

 

「ところで貴方。私が管制室で言ったことは覚えているわよね?」

 

「……………………あぁ、俺を役立たず扱いしてつまみ出したあれですか」

 

「そう、それよ。あの話は人類の未来の話をしていたの。もちろん、そんな重要なことを忘れるわけないわよね」

 

「…………せやな」

 

 殴りたいこのどや顔。

 俺が役立たずなのはあながち間違いじゃないけど、今のところ、怯えるだけのこの人にこんな感じで高圧的に言われると癪に障る。

 

「何その反応。もしかして覚えてないの!?この私の高説を!?今すぐ思い出しなさい。おーもーいーだーしーなーさーいー!」

 

「子どもか!覚えてます。しっかり覚えてますから!」

 

 お願いだから引っ張らないで!頭揺れちゃう。頭の中がシェイク〇ックになっちゃう!

 

「所長!先輩!敵性反応です!」

 

「ひっ!」

 

 所長がマシュの言葉におびえだし、今まで揺らしていた俺を離す。支えを失った俺の体は地球の重力に従って地面へと落ちていき、地面に頭突きをする羽目になった。おかげで、俺の視界にはお星さまが見えている。

 さらにタイミングが悪いことに、俺の視界には星と一緒にマシュが見つけたと思わしき敵性生物がいた。仕方がないのでお星さまを視界に写した状態だが、体を横に転がした。敵の攻撃範囲から離れた後、すぐさま起き上がって腰の入れた拳を叩き込む。どうやらこの敵はかなり脆いらしく、魔術の強化なしの拳でも倒すことができた。

 

「いやー死ぬかと思ったわ」

 

「…………ねぇ、マシュ。こいつ本当に一般枠で募集した人?逸般枠じゃなくて?」

 

「所長。正気を保ってください。カルデアにその枠はありませんでした」

 

「聞こえてんぞ」

 

 

 

 

 微妙に緊張感のない雰囲気で、そのまま港跡、教会跡と捜索を進めていく。途中にマシュが英霊の切り札たる宝具が使えないことが判明したものの、彼女も英霊の身体能力に慣れてきたのかスムーズに戦えるようになったのでおおむね順調といってもいい状態だ。

 

 

「だいぶ、戦闘に慣れてきたわね。これならもう怖いものなしなんじゃないの?マシュ」

 

「それはさすがに言いすぎです。確かに、自分のスペックはわかってきましたが、戦い方の方が……」

 

『ごめん三人とも!話はあとにしてくれ、近くに反応がある!しかもこれは――――』

 

 ロマンの切羽詰まった声が耳に響く。

 彼がそこまで言った直後、それは現れた。

 見た目は人型だが全身に黒い霧のようなもやがかかり。詳しい容姿は確認できない。それでも今までの敵とは桁が違うことはしっかりと肌で感じることができる。というか、気配がマシュと近いということは多分そういうことなのだろう。

 

「な―――ッ!これって!?」

 

 (冷静であれば)優秀と言われているだけあって、所長も気が付いたらしくここ数十分で見慣れた真っ青な表情をうかべていた。喜怒哀楽の怒と哀しか今のところ見たことないわ。あと怯え。

 

『そこにいるのはサーヴァントだ!』

 

 その言葉を皮切りに黒い霧に包まれたサーヴァント――――名称をシャドウサーヴァントとする―――――が上半身を地面ぎりぎりまでかがめると、その態勢から一気に加速し、手に持っている鎖のついた杭のようなものをマシュに突き立てようとする。

 

「マシュ!右だ!」

 

「――――ッ!?」

 

 俺の指示に反射的に従ったマシュの盾は何とかシャドウサーヴァントの攻撃を防御した。俺もその隙に魔術を行使し、攻撃を防がれて僅かな隙をさらしているシャドウサーヴァントを蹴り穿とうとする。

 だが、サーヴァントとは過去に偉業を成し遂げた、もしくはそれに類する逸話を持っているもの達の総称といってもいいものである。俺の攻撃をまるで落ち葉のごとくひらりと回避されてしまった。所長は例のごとく後ろで怯えているだけだった。もう少し威厳を見せてくだしあ;;

 

「マスター!大丈夫ですか!?」

 

「攻撃を回避されただけだから問題はないけど……早いな。さすがに素人二人じゃきついか……」

 

 とりあえず、鞄の中から小太刀二本を引っ張り出して装備する。

 

「マシュ。今から魔術で身体能力の強化をするから、全力で敵の動きを止めてくれ。具体的に言えば攻撃をさばき続けて。隙ができたら俺が強襲しに行く」

 

「了解です!」

 

「では……gain_str(32)、gain_con(32)!」

 

 強化を受けたマシュは今度はこちらから攻撃を仕掛けに行く。経験は圧倒的に足りないが、身体能力を強化したマシュは十分にシャドウサーヴァントの攻撃に対応できていた。

 さて、マシュも頑張っているし俺も頑張らなければ……。

 

 いつぞやに気配察知には自信があるといったことがあったが、実は気配遮断にもある程度の自信があるのだ。まぁ、この二つは小さいころ家の人たちに見つからないように、多くの師匠のうちの一人から教わった技術も同じく利用して習得したという技術なのだが。まさかここで役に立つとは思わなかった。

 

 スッと、自分の意識をうちにうちに向けて存在感を希薄にする。自分の意思という意思に蓋をして、己の存在を世界から隔離するような感覚で。

 自分の気配が完全に世界から隔離されたことを確認するとまるで散歩でもするかのような自然さでマシュと激闘を繰り広げているシャドウサーヴァントの背後を取る。そしてそのまま、まるでそうすることが自然であるかのように殺気を発することなく小太刀を振りかぶり、人型の首の部分切り裂いた。

 

 首と体が分離する。

 しかし、出血はすることなく、俺たちを襲ったシャドウサーヴァントは金色の光に包まれてまるで初めからいなかったかの如くその場から消え失せた。

 

「―――――ふぅ。おっけー。ありがとう、マシュ。よく持ちこたえてくれた」

 

「ハァ……ハァ……勝てた……なんとか、勝てた………」

 

『安心しているとこ悪いけど、今すぐそこを離れてくれ。さもないとおかわりが入ることになる』

 

「うげっ、胃がもたれるわ……そのおかわり、いくつですか?」

 

『二つ』

 

「ちっくしょう。イベントというかトラブルに事欠かないな、ほんと」

 

 もう、おうち帰りたいわ。人類の未来が抹消されたのなら家にいたら確実に死ぬことになるんだろうけどさ。思わずそう思っても仕方ないといえるだろう。言えるよね?

 

「そんなこと言っている場合じゃないわ!仁慈!今すぐここから移動するわよ!」

 

「了解です。マシュは大丈夫?」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 どうやら、精神的にかなりきつかったみたいだ。彼女はさんざん言っている通り、戦いに慣れていない。いくら圧倒的なスペックを持っていてもそれは覆しようのない事実だ。今までは命の危険を感じることのほとんどない敵とばかり当たっていたが、さっきのは別。格上と一対一で常に命の危険を感じながら戦っていた。戦いに慣れていない人間なら消耗するのは当然のことだと言える。

 仕方がないので、もう今日一日だけで何回も使っている魔術を使い、マシュと所長二人を抱えると、力強く地面を蹴って跳躍した。

 

 

 

 

 

「ロマン。どうしてあそこまでサーヴァントが沸いてんの?サーヴァントっていうのはスラ〇ム並みにぽこじゃかわいてくるものなの?初耳なんだけど」

 

『そんなわけないだろ。ここは冬木、聖杯戦争が行われていた町だ。本来ならそこでは聖杯戦争が行われていたんだ。通常聖杯戦争は呼び出された英霊七騎による殺し合いだけど、そこはもう〝何かが狂った状態”なんだ!マスターのいないサーヴァントがいても不思議じゃない。そもそもサーヴァントの敵はサーヴァントだ!』

 

「そんな……ッ!もしかして、私がいる限り狙われ続けることに……」

 

「マシュは聖杯戦争と関係ないでしょう!?あれは唯の理性をなくした亡霊よ!」

 

「すみません。所長。暴れないでください。うっかり落としそうになるので」

 

「…………」

 

 素直でよろしい。

 所長が静かになった直後、俺の直感(偽)が全力でアラームをならす。俺はほぼ反射的に彼女たちを両脇に抱えたまま今までよりも高く跳躍し、空中で体を半分ひねって背後を向いた状態で着地する。すると先ほどまでいた場所に三本の黒塗りの短剣が突き刺さっていた。

 

「――――――――――見ツケタゾ。新シイ得物。聖杯ヲ、我ガ手ニ!」

 

『サーヴァント反応、確認!そいつはアサシンのサーヴァントだ!』

 

「サーヴァントっていうのは全員黒い霧をまとっているものなのかな?あれか、著作権の関係かな?」

 

「本人なんだからそんなものあるわけないでしょ!後、どちらかと言えば肖像権よきっと!」

 

「所長所長。染まってます。先輩節に染まっちゃってます」

 

 マシュさんマシュさん。だんだん遠慮がなくなってきましたね。俺だって心はあるんですよ?

 二人を地面におろすと先ほど使った小太刀を鞄から取り出し、すぐに頭と心臓、首の位置に振るう。

 すると、キン!と甲高い金属音を立てて、投擲されたであろう短剣を打ち落とす。

 

「ホウ。我ガ攻撃ヲ防グカ。面白イ。念ノタメ、モウ一人呼ンデイテ正解ダッタナ」

 

「―――――チッ!マシュ、背後からもう一体来てる!」

 

「わかりました!」

 

 マシュが体を反転させて所長のをかばうように盾を構える。すると、ドンと重い音とともにまるでトラックにはね飛ばされたような衝撃が盾を通じて彼女の腕に響いた。

 

『追いつかれた!さっきあった反応の二体目だ!』

 

「あぁ!もう、面倒くさい!聖杯が欲しいならお前ら二人で潰し合ってくれませんかねぇ!」

 

『気持ちはわかるけど、落ち着いて何とかこの場を凌ぐんだ!』

 

「わかっておりますとも!マシュ!悪いんだけど、もう一度一対一をお願い!」

 

「お任せください!マスターのサーヴァントとして恥じない戦いをします!」

 

「所長はその辺に縮こまっていてください!」

 

「何その言い方!?」

 

 それぞれの人に指示を出し、戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シャドウサーヴァントの話し方すげぇ面倒くさい。
何?仁慈が大人し目立って?逆に考えるんだ。じんじは ちからを ためている、と。


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VS影サーヴァント

今回は独自解釈、設定の捏造、キャラ崩壊などが含まれています。
ご注意ください。


 

 

 

「英霊デモナイオ前マエガ、我ノアイテヲスルト?ミノホドヲ知レ」

 

「うちの師匠はそろいもそろって化け物だったから、大丈夫なはず」

 

 シャドウサーヴァントの馬鹿にしたような言葉に仁慈は特に気負った風もなく普通に言葉を返す。普通の人間のその態度が癪に障ったのか、シャドウ化した弊害か、仁慈と対峙するシャドウサーヴァントはその左手に持っている黒塗りの短剣―――ダークと呼ばれるもの――――を投擲する。

 英霊にまで押し上げられたシャドウサーヴァントが放ったダークは無音にして無拍子で弾丸のように放たれた。普通の人間であれば死ぬことは必然。いくらサーヴァントでもその投擲はとらえることができないであろうその不可視の攻撃に対して、仁慈はまるで見えているかのような正確さでダークを弾き落とす。そのことに少々の動揺をしながらも長年の暗殺者としての経験からか、表に出すことはしなかった。まぁ、黒い靄がかかっているためわかりにくいが。

 しかし、二度にわたり自分の攻撃を防がれたという事実をシャドウサーヴァントは認めることにした。

 

「先ノ言葉ヲ訂正スル。オマエハ我ガ獲物ニフサワシイ」

 

「アサシンならしゃべってないで早く攻撃しにきたら?というか、アサシンなのに正面から戦いに来るとかないわぁ……ほんとに下手だね?」

 

「減ラズ口ヲ!」

 

 さすがに今仁慈が言った言葉は看過できなかったらしい、アサシンのシャドウサーヴァントは自身の体を周囲の風景に溶かして混ぜるかの如くすーっと消失させる。今まで肌で感じていた莫大な魔力と気配は完全に消えてしまった。これぞ、アサシンのサーヴァントが持っているスキル、気配遮断である。これこそがアサシンがアサシンたるゆえん、彼らの強みだ。それはサーヴァントであっても気づくことが困難なものである。普通マスターのような魔術師ならその効果は語るまでもない。気づかない間にあの世行きである。

 

 が、忘れることなかれ。彼の家系は自身の体で根源に至ろうとした生粋の変わり者集団の末裔である。そんな彼は魔術こそそこいらの一般人とほとんど変わらないものの、身体能力だけはそうではない。本人の勘違いから色々制限を喰らってはいるが十分人外に近いものだ。しかも、彼の挑発によってシャドウサーヴァントは冷静さを失っている。

 気配もぎりぎりまで悟らせない状態から放たれたダークを首を僅かに傾けることで回避する。それだけではなく、放たれたダークの場所からシャドウサーヴァントの居場所を割り出して、左手に握っている小太刀をまるでたった今シャドウサーヴァントが放ったかのような無拍子で投擲した。これには先ほど以上の驚愕を迫られることとなった。そのせいで行動がわずかに遅れてしまい、体に浅い傷を作る。

 

「馬鹿ナ!?」

 

 なかなかやるといっても所詮はただの人間。英霊でも何でもないと心の奥底で思っていたのだろう。ごく僅かとはいえ手傷を負わされたシャドウサーヴァントはとても動揺した。一方そのとき仁慈は、相手の位置を確認しつつもマシュの状況を観察していた。

 

「(状況は……ギリギリ均衡もしくは、多少押され気味か……。先ほどの戦闘の疲れに加えて、慣れない戦闘の所為で長くはもたない、か……仕方ない)」

 

 仁慈はこれ以上戦いを長引かせるのは得策ではないと思い始めていた。マシュの表情を見ればそれは一目瞭然だった。彼は仕方がないとして、自身の気配を鎖付き杭を持っていたシャドウサーヴァントを倒した時のように完全に世界と同化させると、後ろの方でおびえていたオルガマリーに近づいて話しかけた。

 

「所長、所長。ちょっとお話が」

 

「ひっ!?な、なによ!早く戦いに行きなさいよ、私にまで被害が来るでしょう!?」

 

「さっき狙っているのはサーヴァントだけだって言ってたでしょ。後、どこまでも自分本位ですね。ここまで来るといっそ清々しいですね」

 

 そうじゃなくてね、と話の軌道修正を試みる仁慈。オルガマリーはプルプルと小動物のように震えつつ、仁慈のことを上目遣いで見る。

 

「所長。あのシャドウサーヴァントに一撃、なんでもいいので攻撃を当ててください。その隙に俺があれをしとめますので」

 

 右手に持っていた小太刀を鞄の中にしまい、槍を一本取り出しつつそう口にした。それを聞いたオルガマリーは首が取れてしまうのではないかと心配になるくらいの勢いで横に振った。だが、そんな彼女の肩に手を置いた仁慈はさらにおびえていることもかまわずにその顔をずいっと近づける。

 

「お願いします!所長は言いましたよね、俺たちは人類の未来を保障するためだけの道具だと。なら、あなたもこのくらいはやってください。正直最高責任者としての義務も何もはたしていない今の状態だとただのお荷物ですよ」

 

「で、でも……」

 

 仁慈の口撃力の高い言葉を受けて若干揺らめきながら、わずかに口を開いた。

 彼女は、自分に自信が持てないでいた。父親が死んでしまい自分が家を継いでからか、カルデアスが人類の未来を見つけることができなくなってからか、マスター適性がないと分かったときからか……いったい何がきっかけだったのかはわからない。だけど、とにかく彼女は自信が持てなかった。

 だからこそ、常に保険をかけて動くし、ここ一番という場面ではしり込みしてしまう。

 

 

「………お願いします。所長……いえ、オルガマリーさん。あなたの力が必要なんです。ほかでもない、あなた自身の力が」

 

「………!………でも、怖いのよ!誰もかれもがあなたみたいに強いわけじゃないの!?誰もかれもが、あなたみたいに一人で立ち上がって戦えるわけじゃないのよ!!」

 

「だったら俺が守りますよ」

 

「……えっ?」

 

 オルガマリーは自分の耳に届いてきた仁慈の言葉を疑った。そんな言葉をかけられたことは今までなかったからだ。それを除いても、彼女は仁慈に数多くの罵倒とひどい態度をとってきた。それと同じくらい自分も肉体的なダメージと精神的なダメージを受けたが、それでも仕掛けたのは自分だ。こんな態度をとられて好きになってくれるのはちょっとばかりアブノーマルな人だけだろう。

 

「か、勝手なこと言わないでよ!そんなの口だけならなんとでも言えるわ!!できるわけないじゃない。……相手はサーヴァントなのよ。私たちの上に位置する上位存在なの。できないことを言って期待させるのはもうたくさんなのよ!」

 

 それはかつてあったことなのか、先ほどまでの震えなど感じさせないほどの形相で仁慈に向かって叫ぶオルガマリー。

 

「……なら、一度だけチャンスをくださいよ。一度だけ、チャンスをください。……そこで、証明して見せますよ。俺の言葉が本当だということを」

 

 しっかりと瞳を見て、真剣な表情で語り掛ける仁慈。

 その真っ直ぐな目にオルガマリーは思わず口を閉じて呆然としてしまう。仁慈の目の奥にとても強い意思を感じたからだ。その強い意思をともす目に彼女は惑わされてしまったのだろう。気が付けば、無意識にオルガマリーは口を開いていた。

 

「………いいわ。一回だけ……一回だけ!やってあげるわ。ただし………絶対に、守ってよね………」

 

「無問題です。所長はいつも通り、無駄に自信満々で突っ立っててくれればいいのです」

 

 話をつけ終わった仁慈が彼女の隣から跳躍すると、シャドウサーヴァントの近くに降り立った。

 

「待っててくれてありがとう。でも、別に攻撃してくれてもよかったんだよ?アサシンなんだし」

 

「フン、攻撃サセル気ナンテナカッタダロウ」

 

 軽口をたたきつつもお互いにすぐに攻撃をできるような体勢をとる。仁慈は先ほどとは違い、両足を程よく広げて腰を落とし右肩を引いた構えをとる。具体的に言えば某青タイツニキと同じだ。

 

「とりあえず、仕切り直しとしますか!」

 

 自分で気合を一つ入れて、地面を踏みしめ加速した。

 サーヴァント相手に正面から特攻するという、他人から見たら完全に自殺と同義の行動に出る仁慈。だが、今回に限ってはそれはいいのだ。なぜなら、今回の目的はオルガマリーの一撃で隙を作るのが目的なのだ。むしろ、仁慈に集中してもらわなければこまる。マシュの様子を見る限りはあまり時間がなさそうなのでなおさらである。

 

「正面カラトハ流石ニ自惚レガ過ギルゾ!」

 

「だったら今すぐ倒してみなさいや!」

 

 投擲されたダークを槍で弾きつつ、その勢いを利用しての突きを繰り出す。シャドウサーヴァントもそれをぎりぎりで回避しつつ、槍の弱点である超至近距離に入り込もうとするが、仁慈も槍の弱点は把握している。一歩下がりながらも、槍を横なぎに振り払って自分の適性距離を保っていた。

 サーヴァントと人間……決して均衡しないはずの戦力が、特殊な条件下のおかげで均衡している。ここにきて、シャドウサーヴァントは焦り始めていた。すぐに倒せると思っていたマスターが思った以上に粘る……どころか自分と均衡し始めている。シャドウ化しているために英霊の真骨頂である宝具は使えないが、片手のままでは不利だと彼は右腕に巻いている包帯をぐるぐると解き始めた。それは、長引いた戦いで培われた慣れが起こした行動だった。

 途中で得物を変えたものの、戦い方の癖はわかってきため、攻撃は防がなくてもすべて回避できるという自信から来るものである。そしてそれが――――――致命的な間違いだ。

 

 するりと振るわれた槍を回避したシャドウサーヴァントは続く第二陣たる下段からの振り上げを回避しようとする。

 が、それがかなうことはなかった。背中に不意打ち気味に衝撃が走ったからである。チラリと顔だけ動かしてそこを見てみると、震えながらも、右腕をシャドウサーヴァントに向けているオルガマリーがいた。自身の最期を悟ったシャドウサーヴァントは最期の抵抗としてダークをオルガマリーの頭と首、心臓の部分に投擲する。

 しかし、死ぬ間際に彼がみたものとは、いつの間にかオルガマリーの隣に移動して自身が放ったダークを見事に回収している仁慈の姿だった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

「助かりました所長。ありがとうございます。本当に優秀なんですね。疑ってすみませんでした。とりあえず、マシュを助けに行ってきますね」

 

 そう言って彼はマシュと戦っているランサーのサーヴァント(亡霊)に手に持っている槍を投げて牽制したあと、新しい槍を鞄から取り出して背中から正々堂々とした不意打ちをしにいっていた。

 

「ウアアアアアアアアアアアア!!??イクサノジャマヲスルトハナニゴトダァァアアア!!??」

 

「何言ってんの?戦なんて不意打ち上等、勝てばよかろうなのだぁぁああ!でしょう?マシュ疲れているんだからさっさとお亡くなりください」

 

「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??」

 

 見るも無残な光景だった。

 不意打ちの投擲に加えて、マシュとその槍に気を取られている間に背中に槍を一本さして足のアキレス腱にも一本あて、最後には頭に容赦のかけらもなく槍をさして完膚なきまでに消滅させた。

 

「……ごめんマシュ。遅くなった」

 

「いえ……というか、本来なら逆のはずなんですよね。私、デミ・サーヴァントですし」

 

「問題ない。英霊も元々は無名の戦士だ」

 

「その発想はありませんでした」

 

「まぁ、師匠の受け売りみたいなものだけどね」 

 

 くすくすと戦場に似合わない会話をしながら話し合っている仁慈とマシュ。その光景を————正確には仁慈を見ながら私はさっきの言葉を思い出していた。

 

 

 

 ――――――――助かりました所長。ありがとうございます。

 

 

 

 

 いったい、いつ以来だっただろう。

 あそこまで純粋にオルガマリー()が感謝されたのは。アニムスフィア(家柄)を度外視して私のことを見てくれた人は。

 

 樫原仁慈。

 カルデアの数合わせで呼ばれた一般枠のマスター候補生。訓練経験なし、魔術の経験もなし、知識もなし……のはずだったのに、彼はものすごく優秀だった。もはや一般枠ってなんだっけ?と思ったのは一度や二度だけではない。しかし、そう思い始めたのはこの特異点Fであったから。

 

 カルデアにいたときは一般枠ということで完全に役立たずだと決めつけていた。いや、普通はそう思うだろう。あれがおかしいのだ。私はおかしくなんてない。

 それにクロスカウンターを決めてきたし、いい印象は持っていなかった。……でも、そんな彼だからこそ、ありのままの私を見てくれたのかもしれない。

 

 魔術師は家系を最も気にする生き物だといっても過言ではない。そんな世界で生きている私も当然家柄で見られてきた。しかし、彼にはそんな魔術師の常識が存在しない。だからこそ、彼は誰でもその人個人として認識して受け入れてくれている。それが、どういうわけか心地よかった。

 

「おーい、所長!次行きましょうか。それとも、腰抜けて動けませんかー?」

 

「あんたほんと神経図太いわね!?そこまでじゃないわよ!」

 

 相変わらず失礼な物言いの仁慈に文句を垂れつつ、彼とマシュの近くに寄る。

 すると、珍しくマシュの方から私に話しかけてきた。

 

「どうしたんですか、所長。何かいいことでもあったのですか?」

 

「えっ?」

 

「何やら笑っていらっしゃるようなので、珍しいなと」

 

 マシュに指摘されて自分の頬に手を当てる。確かに、表情筋が吊り上がっていた。私は恥ずかしくなり、両手でしっかりとほほをこねこねする。

 二人ともそろって首をかしげているところから考えると何もわかっていないようなので隠す必要なないのだが、そういうわけではないのだ。

 

『……所長の笑顔なんて珍しいものを見たな。明日は槍でも降るかな?』

 

「ロマニ・アーキマン。あなた給料10%カットね」

 

『ヴェアアアアアアアアアア!!??』

 

 一気にうるさくなったロマニをスル-して、私は仁慈たちに対して言葉を紡ぐ。

 

「さぁ、少し休んだら次に行きましょう」

 

「………はい」

 

「了解です」

 

 

 マシュの腕についた傷を治療しつつ、なんとなく今までにはない絶好調の体で仁慈に対して足りない知識をつけるための高説を説いてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっべぇ。出るタイミング完全に逃したわ……。というか、あの坊主なかなかいいじゃねーか。ランサーだったらぜひ一合交えたいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こんなことで気を緩くしちゃう所長マジチョロイ(チョロくした本人)
そして、最後の一言……いったい何キャスニキなんだ……。


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力を示せ

「いやー、本当にお疲れ様、マシュ。おかげで助かった」

 

「いえ、先輩のためにできることをやっただけですから。それに、あの黒い霧を纏っていたサーヴァントは宝具を使ってきませんでした」

 

「………それについては簡単よ。私たちを襲ってきたあれはさっきも言った通り英霊ではなく亡霊。姿もろくに表せない奴らなの。英霊を英霊たらしめる宝具を使えるわけがないわ。だって彼らは英霊の成れの果てなんだから」

 

 マシュに感謝の言葉を贈った直後、俺たちの会話を聞いて、少し離れた場所にいた所長が疑問に答えてくれつつ近づいてきた。

 なるほど、あれらは英霊擬き。姿を現すことができないということはそれ即ち、正規の手順で召喚されていない扱いになっているのか。そして、しっかりと召喚されていないから、英霊の代名詞である宝具も使えないと。

 

「なるほど。分かりやすい説明ありがとうございます。やはり、冷静だとものすごく頼りになりますね所長。冷静なら」

 

「何で二回言ったのよ。………もしかしてマシュ、私のこと嫌い?」

 

「はい」

 

「即答!?」

 

「冗談です。嫌いではないですよ。唯苦手なだけです」

 

「それはそれで、傷つくかも………」

 

 マシュの答えに顔を伏せてしまう所長。なんか可哀想にも思えてしまうが、見かけに騙されることなかれ、彼女が嫌われるもしくは苦手に思われる原因の約9割は常日頃の態度と行いなのである。つまり、完全に自業自得だ。

 女性陣の会話を片耳で聞きつつも、俺はある一点に意識と視線を向ける。あのアサシンと戦っているときからもう一体、サーヴァントの気配を感じているからだ。一応、戦いに参加してこなかったことから敵意がある可能性が低いことはわかるのだが、念には念を入れておく。

 

「………ロマン。近くに、サーヴァントの反応ない?」

 

『…………よくわかったね。ちょうど君が向いている方向にサーヴァント反応がある。クラスはキャスターだ』

 

「キャスターね。了解」

 

 ロマンからクラスを尋ねる。さすがに気配だけだとクラスは特定できないからね。仕方ないね。……それにしても、キャスターか。だったら唯々見ているだけだったことも頷ける。一応の警戒をしながらも、俺はキャスターに話しかけることにした。

 すると、キャスターは意外なことに素直にその姿を現した。出てきたのは青いフード付きのローブを纏い、いかにも魔術師といった感じの杖を持った男性だった。

 

「おう、お前さんの方から話しかけてくれて助かったぜ。なんせ、完全に出るタイミングを逃しちまってな……」

 

 と言って、キャスターはカラカラと笑った。何やらサッパリとしたような性格の様だった。全く関わりのない俺にそういう感情を抱かせる何かが彼にあったのだと思う。

 

「別にタイミングなんて気にしなくてもよかったんじゃないの?」

 

「馬鹿野郎。出るならかっこよく出たいだろ。とまぁ、それは半分冗談として……お前らがどの程度戦えるのかというのも見ていたんだけどな。……最低限の力がないと、あいつには絶対勝てねえだろうし」

 

 キャスターはそういった。彼の言い方からすると、彼は今回の元凶もしくはそれに近しい存在を知っているようだった。……もしかして、このキャスターは今回、冬木で行われていた聖杯戦争の参加者だったのだろうか。そして、今回の元凶も同じように聖杯戦争の参加者ではないかと、ふと思った。

 

「……ほお、そこの坊主は気が付いたか。そう、この街をこんな有様にしたのは俺と同じく今回の聖杯戦争の参加者。枠はセイバーだ」

 

 セイバー……マスター名ではなくクラスで言ったということは、もしかして、サーヴァントだけでこれをやったのだろうか。マスターは……多分殺されたのだろう。サーヴァントにとって自分に絶対の命令を出せるマスターの存在は邪魔だろうし。こんな騒動を起こすようなサーヴァントなら尚更だ。

 

「ところで、キャスターはそのセイバーの真名を知っているのか?」

 

「直接戦えばすぐにでもわかるぜ。なんせ、あまりに有名な奴だからな」

 

「それじゃあ遅すぎる。こういう情報は前もって知っていてこそ、何かしらの対策が立てられるんだ」

 

 真名とはその英霊を指し示すというだけのものではない。その名前には彼らの力であり、生き様であり、経験であるものだ。その真名が分かれば前もって弱点等が分かるかもしれない。このキャスターはどうやらこの冬木の現状に不満を持っているらしい。それは元凶であるセイバーと戦う仲間を探していることからも明らかだと思う。

 戦力が増えるということから言えばキャスターはすぐにでも真名を教えてくれるだろうと、思っていた。

 

「………そうだな。一つだけ条件がある。お前さんたちの力を俺に示して見せろ。俺を認めさせることができれば真名だって教えてやるし、仲間にもなってやるぜ」

 

 キャスターにあるまじき結論だな。なんだかこの人からは俺たちに近いにおいを感じるわ。

 

「な、なんでよ!?私たちの力を認めたから姿を現したんじゃないの!?」

 

 ちょっと静かにしてください所長。今ここで対立したら本気で面倒くさいので。ぶっちゃけこのキャスターはさっきまで相手にしていたシャドウサーヴァントとは全く比べ物にならない力を持っていることは想像に難くない。自分の意思を持っているし、普通に宝具も使える。何より、自分の経験をしっかりと活用できる状態だし。だから、本気で対立されると最悪死ぬ。

 

「まぁ、ホントに最低限な力だけだな。でもそれじゃあダメだ。そこの嬢ちゃん、宝具使えないだろ?」

 

「!?」

 

「………わかるのか」

 

「殆ど勘みたいなもんだけどな。……お前さんたちがこれから相手するのは、宝具なしの英霊が戦えるような奴じゃない。今のままだと確実に足手まといになる。だから、ここで力を示せ。それがケルト流だ」

 

この人ケルトって言っちゃったぞ。自分の出典は隠すのが基本じゃないのか、と心中で思った俺は悪くない。

あまりな発言に若干動揺している俺とは違い、マシュは彼の言葉に何か感じることがあったらしく、盾を持っていない左手を強く握りしめた。

 

「――――わかりました。私も、この先宝具無しで戦っていけるなんて思っていません。先輩のお役に立つために、ふさわしいサーヴァントとなるために…全力で挑ませて頂きます!」

 

「おう、いい気迫だ。じゃあ、あとはそれが口だけじゃないことを確かめるために、いっちょ派手におっぱじめるか!」

 

 バサッ!と深々とかぶっていたフードを上げて素顔を現す。フードの中から出てきたキャスターは着用しているローブと同じ青髪で、野性味あふれる風貌だった。性格から外見まで、ことごとくとしてキャスターに合わない人物である。もしかしたら、本来のクラスはもっと別のものなのかもしれない。

 彼は野性味あふれる風貌を獰猛なものに変えてバックステップを踏む。その途中で、右手に持っていた大きな杖を軽く振るった。

 

「まずは小手調べだ」

 

 瞬間、キャスターの振るった杖の軌道から燃え盛る火の玉が出現し、俺たちに一斉に襲い掛かってきた。その速度はなかなかのもので、弾丸ほどとまではいかないものの人が投げるボールなどでは比べ物にならない。そのせいで、所長が俺たちの後ろでおろおろしている。もう少し冷静な状態(カリスマモード)を保ちましょうよ。

 

「マシュ!」

 

「はい!」

 

 所長のチキンハートに呆れつつマシュの名前を叫ぶ。すると彼女はそれだけで俺の言いたいことを察してくれたのか、すぐに前方に立つと、持っているその盾で襲い来る火の玉を防いでくれた。マシュが攻撃を受け止めてくれているうちに俺は鞄の中から弓と矢を数本取り出し即座にセッティングを行う。一度、炎の弾が途切れた時にマシュの盾から飛び出して、弓に三本矢を携えて一気に射貫く。同時に飛び出していった三本の矢は不規則な軌道を描きながらキャスターに迫っていった。

 

「………なんか既視感があるが、まぁいい。弓も使えるとは面白いやつだな!だが、そいつは悪手だ!」

 

 まるで、矢が自ら避けているのではと思うくらいの軌道を描いて俺の放った矢はキャスターを素通りする。しかし、今の弓で俺は彼の敵として認められてたらしい。今までマシュに固定されていた視線が俺の方を向いた。

 

「アンサス!」

 

 先ほどまでとは炎の勢いも速度もまるで比べ物にならないくらいの火の玉がキャスターの言葉とともに放たれる。しかも狙いは俺。

 

「マジか」

 

 ためしに矢を二本射てみるが、当然のごとく燃やされて終わってしまった。それを確認した瞬間、なりふり構わず地面を転がり、迫りくる炎の玉を回避する。俺が先ほどまでいた場所に着弾したそれは、周囲の地面を巻き込みながら爆発し、そこらへんに炎を振りまいた。あれが回避していなかった時の俺の姿だとすると、キャスターの本気具合がよくわかる。というか、本当にこのくらいで死ぬような奴は求めてないんだろうな。だからこそ、こんなことができる。これで死なないならよし、死ぬなら足手まといだったと。……やっぱり、本物の戦場は違うな。マーボー師匠との特訓とはまた別の厳しさがある。

 よしっと心の中で気合を入れなおすと、再び彼女の名前を口にした。

 

「マシュ、盾を構えてキャスターに特攻だ」

 

「了解です!」

 

 キャスターとは、それ即ち魔術師のことである。彼らもしくは彼女らは基本的に接近戦を苦手としているものらしい。中にはその枠に当てはまらないアウトローの連中もいるそうだが、それは本当に例外だ。このことから、俺たちの勝機はあのキャスターが前者であることを願って接近し、物理で殴るしか方法がない。

 俺は自分とマシュの二人に強化魔術をかけると、彼女をキャスターのもとへと走らせる。そして、その後ろに隠れて俺は自身の気配をゼロにしていく。アサシンにも有効だった気配遮断だ。

 

「確かに、その戦い方が一番効率的だろうよ。だが、それをわかってないとでも思ってんのか!」

 

 キャスターの言葉とともに、マシュの足元にあった何かしらの術式が発動し、正面の方からは彼が放ったと思われる炎が迫りくる。前方に走って行っているため、バックステップは間に合わない。足元には地雷と同じ役割の魔術式が敷き詰められており、前方からはもはや炎の壁と言っていいほどの濃密な弾幕が迫りくる。

 デミ・サーヴァントになって間もないマシュでは到底裁くことのできない布陣だ。だが、だからこそ、俺が背後に控えているのである。

 ひょいっとマシュを左腕で抱え込み、開けた視界に炎の弾幕を収める。そして、比較的弾幕の薄いところを狙って跳躍した。

 

「マシュ、盾!」

 

「は、はい!」

 

 彼女の盾で薄い弾幕を無理矢理抜けると、そのままの勢いでキャスターの懐に入ることに成功した。

 ドウモ、キャスター=サン。マスタージンジです。

 

「何ッ!?」

 

「こんにちはっ!」

 

「イヤー!」

 

 キャスターに杖を振るわれる……というか、キャスターが行動を起こす前に俺とマシュで今出せる全力の攻撃をお見舞いする。マシュはシールドアタック、俺は魔術の強化が乗った拳を鳩尾に叩き込む。しかも、マーボー師匠直伝の八極拳である。きっと全内臓に行きわたることだろう。

 

「――――グハッ!?」

 

 力を認めてもらった後、一緒に戦ってもらう――――なんてこと、考慮もせずに殺す気で放たれた俺とマシュの一撃を喰らったキャスターは勢いよく後方に吹き飛んでいった。

 

「や、やった……!?」

 

「いや、まだだ。いくら魔術特化のキャスターでも、俺たちの攻撃一回では倒せない」

 

 喜びの声を上げている彼女にそう言ってたしなめる。流石に過去英雄と呼ばれるようになった存在。絶対に倒せないとは言わないけど、俺とデミ・サーヴァント歴数時間のマシュの攻撃一回で倒せるわけはない。

 

 その証拠に、俺の言葉を丸々実行するかの如く、キャスターは姿を現した。纏っているローブは所々傷ついているものの本人は割とピンピンした様子である。

 

「ペッ………いいな、すごくいい。本当、キャスターの枠で呼ばれたのがもったいないくらいだ」

 

 本当に惜しいと思っているようで、その感情が表情からありありと分かった。

 

「お前らの力はよくわかった。だから、これで最後だ」

 

 言うと、杖を俺たちに向けてキャスターは魔力を溜め始める。そしてそれは彼がずっと攻撃に使用していた炎の玉とは違うことが一目で確認できた。溜めている魔力が彼を中心にして渦巻いているのである。

 これを見れば、この魔術の世界に入って間もない俺でもわかる。あの力は世界を犯す力の奔流。過去に偉業を成し遂げた、英霊の切り札。

 

「いいか、嬢ちゃん。宝具は英霊ならだれでも持っているもんだ。それはもはやイコールと言い換えてもいい。英霊=宝具ってな具合にな。でだ、どうして嬢ちゃんが宝具を使えないかと言えば、単純に気持ちの問題だな。こういうのは、大体気合で何とかなるんだよ。だから、死ぬ気で防ぎな。もし、嬢ちゃんが宝具を発動できないなら、マスター共々お陀仏だぜ」

 

「――――!」

 

 マシュにアドバイスを告げたキャスターはそのまま溜めていた魔力を解放した。

 

「焼き尽くせ、木々の巨人。――――――――――灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)!」

 

 ――――――呼び出されたのは、燃え盛る木で編まれた全長十数メートルにも届きうる巨人だった。胸の部分は檻のようになっており、ただの巨人でないことがよくわかる。まぁ、燃え盛る木々の巨人という時点で普通じゃないんだけど。

 

 燃え盛る木々の巨人は周囲にあるものすべてを破壊しながら俺たちに襲い掛かる。回避は――――できない。相手が大きすぎるし、そこまで距離も離れていないので、回避行動に移る前にやられる可能性が高いからだ。これこそが、英霊の切り札。降りかかる理不尽を乗り越え、英雄にまで至った者たちの力の本質か。

 

 今回ばかりはさすがにやばいと思いながら、自分の取れる行動を頭の中探し出す。その途中で、

 

「――――――えっ」

 

 マシュが巨人に立ち向かっていくのが見えた。

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 このままではみんなが死んでしまう。

 いくら無茶苦茶で、サーヴァントと正面切って戦える先輩も、宝具相手では手も足も出ない。

 私はキャスターさんが発動した宝具を見て思わずそう考えてしまった。これが私にないもの。これこそが、本来の英霊。サーヴァントの真の姿を見せつけられた私は正直、心が折れそうになっていた。

 こんな私でも、先輩の役に立てると思っていた過去の自分を殴りに行きたい気分だ。私はデミ・サーヴァントになっても、先輩の役には立てなかった。あの黒いサーヴァントの時も、私は足止めしただけで、ほとんど先輩が倒したようなもの。自分一人の力ではない。

 では、どうして私は先輩の手を煩わせなければいけないのか……それは私が宝具も使えないデミ・サーヴァントだからだ。先輩の役に立ちたい。あの人に必要とされたい。今まで多くの人に期待されていなかった私に、声をかけてくれて、いたわってくれて、温かい言葉をかけてくれた先輩を助けたい。

 

 ―――――そう考えたとき、体が勝手に動いた。

 

 

 先輩をかばうように前に出ると、自分の意思とは関係なしに体が動く。右手に持っている盾を静かに構えて前に突き出すと、半ば無意識にそれを行っていた。

 

「――――あ、ああぁあぁぁあああああああ!!!」

 

 意識したわけではない。狙ったわけでもない。

 ただ、私の中にあるのは先輩(あの人)を守りたいという意思のみ。

 

 その意思に答えるかのように盾は、中心に十字架を描いた魔法陣のようなものを展開して、燃える巨人を正面から受け止めた。

 宝具と宝具がぶつかり合い、尋常じゃない衝撃が空間を震わせる。

 

 はたして、ぶつかり合っていたのは一分か、十分か……正確な時間はわからないけれど、やがて木々の巨人はその姿を消していった。それと同時に私が展開した魔法陣も消えていく。

 何をしたのか、何が起こったのか、いまいち半分くらいわからないけれど先輩の無事を確かめるために急いで背後を振り返る。

 そこには、

 

「―――ありがとう、マシュ」

 

 守りたいと思った人の笑顔があった。

 我ながら単純だと思ってしまうけれど、それだけで私の胸は満たされた。さっきまでのマイナス思考はどこかに吹きとび、唯々この人が無事でよかったと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 マシュの宝具は無事に解放されたようだ。一応疑似展開という形になり、彼女が融合したサーヴァントの名前も知り得なかったが、まぁ宝具がつかえるようになっただけでも万々歳だと思う。

 

「まさか、あの攻撃を無傷で耐え凌ぐとはなぁ……ハハッ、いい女じゃねえか」

 

 キャスターも自分の宝具が受け止められて、若干悔しそうにしていたものの、そういっていた。ついでにマシュのお尻を触ろうとしていたので、魔術重ね掛けのマジ狩る☆八極拳でサーヴァントの核である霊核のぎりぎりを攻撃して忠告しておいた。彼は素直にうなずいてくれた。うん。物分かりがよくて助かるよ。

 

 さて、こうしてシャドウサーヴァントのことから始まったごたごたはひと段落付いた。そんな時、所長がキャスターに問いかける。

 

「ところで、結局そのセイバーの正体は何なの?」

 

「そうだな。それは移動しながら話した方がよさそうだな。案内するぜ、ついてきな」

 

 

 

 所長の言葉に手短に返したキャスターは、この騒動の原因である大聖杯というものがあるらしい洞窟に向かう途中にセイバーの正体を話してくれた。

 

「ぶっちゃけ、宝具を使えばだれでもすぐに気が付くんだ。それくらい有名で強力な宝具だからな。今回の参加者も、大体はそれでやられた」

 

「強力な宝具……ですか?それはどういう?」

 

「王を選定する岩の剣のふた振り目。この時代において、もっとも有名な聖剣。その名は―――――」

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)。騎士の王と言われている、アーサー王の持つ剣だ」

 

「!?」

 

 キャスターの解説に、聞き覚えのある声が混ざる。

 全員でその場所に視線を向けてみれば、キャスターと戦う前に遭遇したシャドウサーヴァントと同じく、黒い霧に覆われた人型がたっていた。

 

「ったく、言ってるそばから信奉者の登場だ。テメエは相変わらず聖剣使いを護ってんのか」

 

「……ふん。信奉者になった覚えはないがね。つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ」

 

 

 キャスターが黒い人型と何か話しているがそんなことは耳に入らない。なぜなら、今までのシャドウサーヴァントとは違って俺はあの人型の正体を知っているからだ。彼の特徴である褐色白髪と赤い服は見えないが、あの無駄なイケボとひねくれまくっている言動は間違いなく彼のものである。

 

 その結論にしっかりとした確信を得た俺はキャスターと話していることなんて忘れてついつい会話に乱入してしまった。

 

「………そんなに外見を黒くして、イメチェンですか?エミヤ師匠」

 

「私が言うのもなんだが、もっと気に掛けるところがあると思うんだが?この馬鹿弟子」

 

 

 

 この回答で完全に確定した。

 もはや一切の間違いなどありはしない。彼は、今ここで俺たちの道をふさいでいるのはかつて俺の師匠だったエミヤ師匠だ。

 

 

 

 

 




というわけで、キャスニキとの戦闘とマシュの宝具解放、師弟の久しぶりの再会でした。


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自己評価程間違ったものはない

後もうすぐでプロローグが終わります。
そこから幕間の話を二、三話はさんでオルレアンに行きたいと思います。


 

「で、結局エミヤ師匠はこんなところで何しているんですか?」

 

「先ほど言った通りだが?」

 

「へぇー……世界に絶望でもしたんですか?」

 

 人類の未来がかかっているのに、その原因を護っているなんてよっぽどひどい経験をしたのかな。例えば、正義の味方を目指して世界を回ったけど結局自分が思っているのとは違っていたけれど、それでも止まることができず行きつくところまで行ってしまったとか。

 

「別にそういうわけではないが……まぁ、黒い霧を纏っている時点で察してくれ」

 

「無様に敵に操られたんですねわかります」

 

「なぜそんなにあたりが強いのかこれがわからない」

 

 ことあるごとに皮肉をぶつけてくるからここで発散しているんですよ師匠。

 思っていても口には出さず、鞄の中から小太刀を二本取り出し、一本は右手、もう一本は腰に差す。そして、背後にいるマシュとキャスターに向かって言葉を発した。

 

「あ、今回は俺一人にやらせてくれない?」

 

「なっ!?」

 

「―――――――へぇ」

 

 マシュは英霊でもない俺がいくら自分の師だからと言って一人で立ち向かうのはおかしいと思っているのか驚愕の声を上げる。一方キャスターの方は俺の心情を理解できないわけではないらしく、否定的な雰囲気は出していなかった。あの人本当は絶対接近戦のサーヴァントだって。性格が後衛向きじゃないもの。

 

「先輩、今回は人類の未来がかかっているので、ここは確実に三人で戦った方がいいかと思います」

 

「そうよ。なにも無理して挑むことはないわ。ましてや相手はサーヴァント……いくら仁慈でも埋めようのない差が開いているはずよ」

 

  カルデア女性陣から批判が入る。まぁ、当然だよね。普通に考えたらわざわざリスクを冒しに行く俺の方がおかしいんだし。

 

「まぁ、いいんじゃねえの?この坊主にもそういう経験が必要だろうさ。それに危なくなったら速攻で助けに行ってやるよ」

 

「むぅ……それなら、まぁ……」

 

「男の意地ってやつなのかしら?ホント馬鹿ね」

 

 キャスターの弁護のおかげで何とか一対一の権利をもぎ取った俺。やったぜ。キャスターに後でお礼を言っておこう。

 彼らに約束も取り付けたので、一歩前に出てから構えをとる。エミヤ師匠に教えてもらったのは弓、過去に最も得意なのは弓と聞いたこともあったのでクラスは確実にアーチャーだろう。しかし、エミヤ師匠は接近戦もそつなくこなすオールレンジの英霊である。死角はないに等しい。ここでの対処法はエミヤ師匠の技量を純粋に上回るもので攻め立てることだが、今の俺がエミヤ師匠とどのくらい打ち合えるかはわからないため、情報を探りながらの戦いになるだろう。

 今まで以上に気合を入れつつ、緊張で硬くならないように精神を整えると、呼吸のリズムと同時に地を蹴り穿つ勢いで踏み込み、一気にエミヤ師匠との距離をゼロにした。

 

 しかし、流石英霊というべきか。

 俺の縮地なんて珍しいものでもなんともないとでもいうかのように普通に対応を行う。エミヤ師匠は両手に彼の唯一使える投影魔術(昔、この光景をマジックだと思っていたのだが、今ロマンに通信越しに否定されてそう説明を受けた)というもので愛用する夫婦剣を投影すると、俺の攻撃を見事に防いだ。 キィンッ!と金属と金属が接触するとき特有の甲高い音が、洞窟に響き渡る。エミヤ師匠は両腕に力を入れると俺の体を簡単に押し返し、体勢を崩した後俺の腹に回し蹴りを放ってきた。

 

「protect!」

 

 サルでもわかる現代魔術の中の一つ。自身の耐久性を上げる魔法を応用したオリジナル魔術を発動させて腹を防御する。簡単に言うとこれは全身に回していた魔力を1か所に集めることで防御性能を高めたものだ。そのためダメージが微々たるものだが、衝撃までは緩和できないので俺は後方に弾丸のような勢いで吹き飛ばされた。

 その間に、小太刀を鞄の中にしまうと新たに槍を2本取り出す。そのうちの1本を地面にさしてブレーキとする。さらに勢いが殺され、自分の体が止まった瞬間にその槍を地面に見立てて蹴り、一気に加速再びエミヤ師匠に接近を試みる。

 

「ほう?槍まで使えるようになっていたとは、つくづくアレだな」

 

「こんな凡才をほめたってなにも上げませんよ!」

 

「その勘違いも健在か……いい加減、君の周りがおかしかったことに気づけ」

 

 俺の周りがおかしいなんていつものことだろ。むしろ、あの家も含めて俺の周りでは普通の奴がいた方が珍しい。なんていったって俺の周りには非凡人のたまり場みたいなものだった。具体的にはどいつもこいつも武術キチだった。

 

 まぁそれはともかく、今はこの戦いに集中するべきだ。

 俺が最も近年教えてもらった武術。3日間という家から強制された方ではなく、ふらりとうちに立ち寄った年齢不詳の師匠が1週間という短い期間だけ教え、授けてくれた槍の技術。それは昔俺に弓やその他接近戦を指導してくれ、手札が丸見えとなっているエミヤ師匠に対しても切り札となりうるものである。だからこそ、一撃一撃必殺の意を込めて振るえ。

 

「――――穿て!」

 

 距離も残り2メートルを切ったあたりで右手に握っていた槍を投擲する。自分の加速していた分も乗せた槍は目にも留まらない速度でエミヤ師匠に襲い掛かる。距離が短いことからいくら英霊だとしてもこの距離で回避することは不可能。ならば、どうするか?

 

「――――!?投擲だと!?」

 

 予想外の一手だったのか、若干動揺したように夫婦剣を振るい、槍を防御するエミヤ師匠。その際夫婦剣にわずかに罅が入っていた。よし、十分な収穫だ。

 エミヤ師匠が槍を防いでいる間に再び鞄から2本槍を取り出す。さらにだめ押しの一発として左手に持っている槍を第2陣として投擲した。間髪入れずに来たもう1本にエミヤ師匠も夫婦剣の修理を放棄して迎え撃つ。

 そして、2本目の槍が防がれたと同時に夫婦剣は砕け散ってしまった。今が好機!

 

 度重なる防御のおかげで俺は既にエミヤ師匠の懐まで入ってきていた。本来なら、槍使いが必要以上に接近するもしくはされることはタブーだが自分から仕掛ける分には、ぎりぎりセーフと俺はしている。

 回転の力を加えた槍は寸分違わずエミヤ師匠の体を貫いた。

 

「――――甘い」

 

 と思っていた。

 しかし、槍の先から伝わってくるのは肉を貫いた感覚ではなく、もっと硬い鋼鉄のようなものをついた時の感覚と自分が放った衝撃が丸々帰ってくるようなしびれだった。そこで俺はエミヤ師匠の腹に在ったものを見る。するとエミヤ師匠の腹の前に一つの盾が置かれてあった。

 

「―――チィ!」 

 

 攻撃失敗とわかった瞬間、バックステップを踏みながら槍を目の前に突き出した。

 そのことから追撃は来なかったものの、再び振り出しの状態に戻ってしまう。あの投影魔術っていうものがとても面倒くさい。一定の強度を持っていて尚且つすぐに量産可能とかチートすぎやしませんかね。

 

「人間スポンジの君が言っていいことではないと思うがね。まぁいい。それで、これからどうするのかね?君と私とでは私の方に分がある。後ろの彼女たちに手伝ってもらった方がいいと思うが?」

 

「はっはっは!あきらめるにはまだ早いですよ。宝具使えないエミヤ師匠に負けるくらいならこの先、生き残ることはできないでしょうし」

 

「ならば、己の程度を知ることだ。正確に把握できていないからこそ、君はこんな様になってしまった私にてこずっている。……いい加減、自分を凡才と思い込むのはやめたまえ。そもそも、人類の未来がかかっているこの戦いで平然としている時点で常軌を逸脱していることに気付くべきだ」

 

 ……エミヤ師匠の言葉は俺の先を心配しての言葉だった。

 自分の力を見誤るな。まさか、自分の力を低く見すぎているがためにこの言葉を言われるとは思ってもいなかった。こういう言葉っていうのは普通、自分の実力に驕っているいる人に言うべき言葉じゃないの?

 

「どちらにせよ。自分の実力をわかっていないことには変わりがないだろう?……さて、おしゃべりはここまでにしよう。どうやら彼女の方もそろそろ我慢できなくなってきたようでね。食事の時のように急かしてきている」

 

「相変わらず誰かの尻にひかれているんですね」

 

 この人は英霊になっても本当に変わらないな。

 どこに行っても苦労を背負い込み、家事をやっていそうな感じがピンピンする。そして、色々皮肉っているけどなんだかんだで手を貸してしまったりするからさらに苦労と心労が倍になる姿が想像できる。

 

「それは褒めているのか?」

 

「最大級の賛辞です」

 

「嘘をつくな」

 

 最初のように軽い言い合いをしながら、エミヤ師匠の言った言葉を心の中で何度も何度も思い浮かべる。

 己を信じる、か……。生まれてこの方向けられて来た視線がすべて誤解だったと分かったところでそう簡単に自分を信じることなんてできないけれど、エミヤ師匠の言葉だしやるだけやってみよう。

 

「フッ、それでいい。………私にはできなかったが君にならできるはずだ。己を最後まで信じることが。……では、行くぞ馬鹿弟子。魔力の貯蔵は十分か?」

 

「もちろんですとも。師匠こそ、弟子にのされる覚悟はいいですか!」

 

 鞄から、残り2本となった内の1本の槍を取り出す。今回取り出したる槍は家に有ったものではなく、俺が1週間槍を教えてもらった年齢不詳の師匠から授かった槍である。外見は特に変わったところはなく強いて言えば少し赤黒いくらい。これをくれた人も特になんともない凡骨だと言っていた。なんでも沢山持っているから1本くれるとのことだった。

 

 呼吸を整え、次に放つ一撃にすべてを乗せる。

 師匠はようやく、自身のクラスの象徴である弓を持ち出し、剣を矢に見立てて構えている。シャドウサーヴァントとなっているため全力での攻撃はできない師匠だがそれでも俺を殺すくらいわけないだろう。今までは何処か加減をしてくれていたが、この一撃だけは違う。何より俺を信じていてくれているからこその全力攻撃。ならば、俺も彼の期待にこたえなければならない。

 

 視線が交わる。

 合図はない。唯、お互い自分のコンディションが最高の位置に達した時が、始まりであり終わりの合図だ。

 

 

 

 ―――――動き出したのは同時だった。

 

 

 エミヤ師匠が放った矢は風を捻じ切りながら飛来する。俺も、エミヤ師匠が放った矢のごとく一直線に彼のもとへと疾走した。

 矢との距離が詰まるのは一瞬だった。

 

 そして、その矢が俺を貫かんとした瞬間、俺は前面に向けていた体勢をさらに低くしつつ捻りを加えてその矢を紙一重で回避した。しかし、風を捻じ切るほどの勢いで迫ったものだったため、触れていないにも関わらず背中に傷を受けたが、それは後回し。

 エミヤ師匠が第二の矢を放つ前に彼との距離をゼロにする。その後、左手に持っていた、赤黒い槍を突き出す。だがその攻撃は先ほども槍を防がれた盾に拒まれエミヤ師匠の体に届くことはなかったが、盾はしっかりと破壊してくれた。

 これで彼の体を防ぐものはない。

 

「貫き穿て――――!」

 

 八極拳の技術を応用し、突進の勢いを槍に上乗せしてエミヤ師匠の心臓を貫かんと槍を突き刺した。

 ドシュ、と肉を貫く音が耳に届く。血のようなものは出なかったが何か核になっているものは破壊することができたと漠然と理解ができた。

 

「………ふむ、案外あっけないものだな。これで私も色々な意味でお役御免というわけだ。いやいや、よかったよ」

 

「………よくないよくない。あんなこと言っておいてなんだけど、師匠全力じゃないから超えたことにはならないだろうし」

 

「そこは問題ではない。重要なのは、君が己の認識を改めたことだ。それさえできればあとはどうにでもなる。………だが、それでも納得ができなければこれをやろう」

 

 エミヤ師匠はそういって俺に虹色に光るもやっとボ〇ルのようなものを4つ渡してきた。正直これが何なのかさっぱりわからないので、尋ねてみる。

 

「これは英霊の核になるものだ。これを4つ使い魔力を注ぎこめばこれを霊核として英霊を召喚することができる。もちろん、様々な工程を省いている分魔力は喰うが……それでも持っておいた方がいいだろう。もしかしたら、私を呼べるかもしれんぞ?まぁ、しばらくは休ませてほしいがね」

 

 最後に肩を竦めると、師匠はいつもの少しばかり影のある表情で消えて行ってしまった。

 あとに残ったものは俺がそこらへんにブン投げた槍と、彼からもらったレインボーもやっとだけである。

 

 けれど、エミヤ師匠は俺に重要なことを教えてくれた。己を信じるということを。

 

 

 

 ――――よっし……俺は自分を卑下するのをやめるぞー!師匠ー!代わりにできそうなことは積極的にやってみることにするよ。

 

 

 彼が消えていった方向を見ながら心中で俺はそう誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 おまけ・一方観客席の方々


 「やっぱりおかしいですよね」

 「…………フッ、家柄とか遺伝とか……何だったのかしらね……」

 「フォーウ……」

 『もう彼が英霊なんじゃないかな』

 「…………(あの槍……まさか、な)」


 



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王冠指定、開始

ヒャッハー、黒王戦じゃー。


 

 

 

 エミヤ師匠と決着(仮)をつけて、レインボーもやっとボ〇ルを授かった俺たち。休憩中に会話に割り込んでくる敵というユーモアあふれる骸骨や死霊たちを倒しつつ、聖杯の本体ともいうべき大聖杯と呼ばれるものがある洞窟の奥底にたどり着いた。

 

「こ、これが大聖杯………超弩級の魔術炉心じゃない……何でこんなものが極東の島国なんかにあるのよ……」

 

「ほら、極東……というか、日本はもの作りとある文化においては変態的な技術をもってますから、ね?」

 

『確かに!極東のオタク文化には驚かされるよ。ぜひ一回行ってみたいよね。秋葉原とか!』

 

「私も興味があります。もっと外の世界のことを知ってみたいと思っていましたし、先輩の住んでいた国ですよね。日本は」

 

「うん。そうだけど、マシュにオタク文化は早い―――――いや、既に存在がその系統に位置している俺たちなら適応できるか……?」

 

「おっと、何言ってんのかわからねえが、おしゃべりはそこまでだ。奴さんがこっちに気づいたようだぜ」

 

「―――――――――――――――――」

 

 キャスターの視線の先には病的なまでに白い肌を持ち、その肌の色とは真逆の黒い鎧を身にまとった女性だった。だが、そんなことは関係ない。距離があるにも関わらず押しつぶされてしまいそうな重圧を彼女から感じた。流石至高の騎士、滅びゆく国を立て直すために現れたと言われる英雄アーサー王というところだろうか。

 

「……すごい魔力放出です。あれが、アーサー王……」

 

『あぁ、こっちでも確認したよ。何か変質しているようだけど、彼女は間違いなくブリテンの王。聖剣の担い手アーサーだ。性別が違うけど昔だったらよくあることだろうし、アーサー王の近くには宮廷魔術師のマーリンがいる。彼が伝承にある通り、趣味の悪い人物だったらその可能性もゼロじゃない』

 

「あっ、本当だ。女性なんですね。男性かと思いました」

 

 マシュのその何気ない一言に、だいぶ距離が離れている騎士王がびくりと反応した気がした。その証拠に彼女の視線が若干下の方を向いている気がする。………元気出しなよ騎士王。

 

「見た目は華奢だが甘く見るなよ。あれは筋肉じゃなくて魔力放出でカッ飛ぶ化け物だからな。一撃が馬鹿みたいに重い。気を抜くと上半身ごとぶっ飛ばされるぞ」

 

「………魔力放出、馬鹿力……うっ、頭が……」

 

 所長が急に何かを呟きながら頭を抱えだした。視線はこちらに固定しながらである。どうして俺の方を見るんですかねぇ……。所長につられてか、マシュもキャスターも通信越しのはずのロマンさえも俺の方に視線を固定している気がしてきた。

 

「あー………」

 

「そういえばうちにもいたな。魔力にものを言わせてぶっ飛ぶ化け物が」

 

「今すぐぶっ飛ばしてほしいか……!」

 

 ここ数時間で練度がかなり上がってきているからほとんど無詠唱で強化できるんだぞ……!

 何やらとても失礼なことを考えている俺以外の人たちに向かって既に強化が済んでいることを知らせるために、足元の地面を踏み砕く。すると彼らは俺からさっと目をそらし、真面目に話し始めた。もう手遅れな気がしないでもないが。

 

「ま、何はともあれ奴を倒せばこの街で起きたことはすべて消える。それは奴も俺も例外じゃない。それ以降のことはお前さんたちでどうにかしてくれ」

 

 キャスターはそういって杖を構えた。

 マシュもキャスターの言葉に元気よく返事を返して戦闘態勢に入る。俺も同じく鞄から弓を取り出して弦をを引く。

 これから戦いが始まると思ったそのとき、黒い騎士王がふと口を開いた。

 

「―――――ほう、面白いサーヴァントがいるな」

 

「なぬ!?テメエ、喋れたのか!?何で今までだんまり決め込んでやがった!」

 

「ああ、何を語っても見られている。だから案山子に徹していたのだが――――面白い。その宝具は面白い」

 

 まるで死人のような白い肌の顔に浮かばせていた無表情がその形を変えて薄い笑みを作る。整った顔立ちの所為か蠱惑的な笑みであったが、彼女の全身から感じられる殺気の所為で恐怖しか感じられないようなものに変化していた。

 

「構えるがいい、名も知れぬ娘。その守りが真実かどうか、この剣で確かめてやろう」

 

「来ます、マスター!」

 

「わかってる……負けるものかよ!」

 

 騎士王は俺たちの反応を確認する前に既に宝具を発動していた。彼女が持つ、アーサー王を象徴する聖剣・約束された勝利の剣(エクスカリバー)に黒い光が収束していく。その黒い輝きはすべてを飲み込むに値するであろうことは容易に想像ができた。

 

『星の息吹を束ねて放つ攻撃……性質が変化しても、その破壊力は変わらなさそうだ……!』

 

 星の息吹とかなにそれ超すごそう。というか、絶対にやばいだろ……。のんびりと構えている場合じゃない。

 すぐさま俺は右手をマシュに向けると、三つしかないサーヴァントへの絶対権である令呪を使用する。

 

「令呪を以て命ずる。シールダー、全力で敵の攻撃を受け止めろ!」

 

「お任せください、マイマスター!」

 

 一瞬のまばゆい光とともに右手に刻まれていた令呪の一つが消える。それと同時に体の中の魔力が幾分か持っていかれた感覚があった。その魔力はマシュの方へと流れていったようだ。

 

「これは……!すごいです。力が湧いてきます。それに……なんかあったかくて気持ちいいです。……私の中に先輩の熱を感じます」

 

 この土壇場でそのセリフ選びはどうなんだろう。

 ちょっとばかりエロいこと考えた自分に自己嫌悪をしつつ、マシュに宝具の開帳を許可する。

 

「『卑王鉄槌』、極光は反転する……光を呑め―――――」

 

「真名、偽装登録。宝具、展開します」

 

 お互いがお互いに宝具を使用しようとしているためか、魔力がそこらかしこで渦巻いてぶつかり合い、空間を揺らす。そういえばここ洞窟の中だったような気がする。天井がやばいかもしれない。

 と、考えつつも鞄から武器を取り出して、いつでもその場を動けるような態勢をとる。

 

「キャスター、準備しておいて。マシュが敵の宝具を防いだすぐあと、奇襲をかけるよ」

 

「おう。わかった」

 

 さぁ、あとはマシュが宝具を防ぐだけだ。こればっかりは信じるしかない。

 騎士王の持つ聖剣に集まる黒い光が最高値に達したとき、彼女はそれを一気に振り下ろした。それと同時に、マシュも両手で盾を持ち足を程よく広げて耐える態勢をとった。

 そして、ついにお互いの宝具が激突する――――!

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!!」

 

仮想宝具 擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 すべてを飲み込む黒い光の奔流がマシュに向かって殺到する。彼女はがっしりと構えた盾から十字架をあしらった魔法陣を出現させてその黒い光の奔流を真正面から受け止める。じわじわと後ろに下がっていきながらもマシュは決してつぶれることはなく、耐えている。

 

 俺とキャスターは彼女が宝具を受け止めている隙に、マシュに宝具をぶつけている騎士王に奇襲を仕掛ける。

 キャスターと俺はお互いがお互いに強化魔術をかけて今まで以上に身体能力の底上げを行っている。さらに、呼吸を気配を世界と同一化させることで自分の存在を最大限まで薄めることでより気づかれにくくする。この状態ならよっぽどのことがなければ気づかれない——————そう思っていたのだが、

 

「無粋だな」

 

「―――ッ!」

 

 殺気も感じさせることなく、無心で攻撃を仕掛けようとした俺を騎士王はとらえていたらしい。宝具を解除すると、黒く染まった聖剣を俺に向かって振り下ろした。どういう感知能力してんだよ……!こればっかりは昔から自信あったのに……!

 体をひねることで一回目の攻撃を回避すると同時にその回転の遠心力を利用して鞄から刀を一本取り出す。そして、続く二回目の攻撃を刀で受け止めた。しかし、完全に勢いは相殺しきれずに無様に吹き飛ばされた。魔力放出半端ねぇわ。

 

 無様にフッ飛ばされた俺に追撃を加えようとする騎士王だが、キャスターが透かさずフォローに入ってくれた。

 

「アンサス!」

 

「フン!」

 

「ファッ!?」

 

 しかし、効果はないようだ。

 キャスターの放った魔術を正面から普通に突破してきて、接近してきた。マジか。空いている手で鞄の中から槍を出して、エミヤ師匠の時と同じように地面に突き刺す。そしてそれを軸に回って俺に向かって突っ込んできている騎士王の背後を取り、逆に蹴り飛ばした。

 

「ぐっ」

 

「浅いか……!」

 

 地面から槍を引き抜いてバックステップを踏む。そして同じく背後に跳んできたキャスターに話しかけた。

 

「ちょっと、全然効いてないけど!?大丈夫なの!?」

 

「セイバーの対魔力舐めてたわ。俺が本来このクラスじゃないことも相俟って全然きかねえ……」

 

「完全に役立たずじゃないですかーやだー」

 

「言うな言うな。というかこれ俺の立場ねえじゃん。おい、坊主槍一本寄越せ。キャスターでも何とかしてみせる」

 

「いや無理だろ」

 

 だべっていると、急に背筋に冷たいものを感じてその場から飛びのく。隣を見てみるとキャスターも同じように回避行動をとっていた。俺たちがその場を飛びのいたすぐあと、その場所が陥没する。

 砂ぼこりで見にくいが、よく目を凝らしてみると、地面から黒い聖剣を引っこ抜いている騎士王が居た。

 

「あぶねぇ」

 

「やべぇ」

 

「すみません!お待たせいたしました!」

 

 男二人で冷や汗をかきつつ体制を立て直していると、宝具を受け止めていたマシュが回復したのか、合流した。

 

「ありがとうマシュ。おかげで助かったよ。情けない姿を見せて悪いね」

 

「い、いえ。むしろあのアーサー王と戦っていまだに立っていることがもうすでにすごいと思います」

 

「………普通の魔術が効かないとなると……どうするか……ウィッカーマンでもブッパするか?」

 

「こっちもやばいからやめて」

 

 あの巨人に暴れられたらこっちもやばい。

 ……さて、再び三人そろったところで何をするか。向こうさんはまだまだ元気。こっちは消耗しているマシュと決定打を持っていないキャスター。その両方の因子を持っている俺。普通に考えたら詰んでいる。

 

「というか、キャスター。あの騎士王未来でも見えてるの?悉く攻撃が回避されているんだけど」

 

「技量の差もあるが、あれはおそらく奴の直感スキルの所為だろうな。ランクが高いともはや未来予知と言っても間違いじゃないくらいの効果を発揮するらしいぜ」

 

 なにそれ聞いてない。

 ただでさえこちらが不利なのに、未来予知完備とかこんな戦いやっていられるか!俺はカルデアに帰るぞ!(フラグ)

 

「それって身の危険だけですか?」

 

 マシュがそうキャスターに問いかける。

 

「……ランクにもよるな。A+から上にかけてはかなり範囲が広いだろうよ。だが、奴に関しては基本戦闘事だけのはずだ」

 

 むしろそうであってくれないと困るぜ……とキャスターは言った。……自分の魔術が効かないことがだいぶキているらしい。

 しかし、マシュの質問とキャスターの回答で俺たちの取る最後の一手が決まった。かなり分の悪い賭けになるが、これしか策はない。二人を俺のそばに集めて簡単に作戦を説明したのち、騎士王に向き直る。

 

 

 

「――――どうした、もう終わりか?」

 

「終わりにしたいです(迫真)」

 

 冗談抜きでこれはきつい。思わずこうノータイムで返してしまうくらいにはつらい。だが、あきらめるわけにはいかない。

 

「では、我が一撃で楽にしてやろう」

 

「お断りします」

 

「遠慮するな。――――『卑王鉄槌』、極光は反転する……光を呑め――――」

 

 再び黒くなっても衰えることのない星の息吹が、黒い聖剣へと集まっていく。しかし、同じものを何度も撃たせるわけにはいかない。あんな極太ビームをどうしてここまで連発できるのかはわからないが、撃たれる前に、俺たちの最後の策を実行する。

 

 

 

 持っていた刀で刺突の構え取り、静かに一歩進める。

 なぜか刀を持っていると成功率が上がる縮地を以てして、騎士王の正面から刀を突きつける。どうして正面からかって?背後に回っている時間がなかったんだよ。

 

「牙突じゃないよ!」

 

「聞いてないぞ」

 

 正面から刀を構えて現れた俺に騎士王は剣を俺に振り下ろす。そうだ、それでいい。それこそが俺の目的だ。

 俺は対峙する剣から目をそらさずに令呪をもう一つ消費する。

 

「第二の令呪を以て命ずる――――シールダー、騎士王の背後に来い!」

 

「何っ!?」

 

 騎士王が一瞬背後に気配を集中させる。そこにはでたらめでも何でもなく、俺の最初のサーヴァントたるマシュが居た。キャスターを連れて。

 これで騎士王は俺とマシュ、キャスターに挟まれる形となった。剣は既に振り下ろされているため、彼女はもうどちらを斬るかという選択肢しか残っていない。

 

 ――――一秒にも満たないであろう思考の末に、騎士王は背後の二人を攻撃することを決めたようだ。

 当然だろう。唯の人間と、サーヴァント二体……どちらの攻撃が致命的になるかと言えば勿論後者だ。

 

 

 

 ――――――さぁ、ここが正念場だ。

 今ここですべてを決めろ。己が築き上げきた一撃(もの)を信じて―――!

 

 

 刀を右手から離して、代わりに拳を握りしめる。

 今ここに必要なのは鎧すらも貫通する一撃。いまだ道半ばなれど、我が八極の一撃は決して軽いものではない!

 

「――――――――!」

 

「貴様ッ!―――ガッ!?」

 

 マシュとキャスターの方に向いていた騎士王の背中に一撃を入れる。今までのように背後に吹き飛ぶことはしない。その衝撃すら彼女の体の中に閉じ込めた一撃を放ったからだ。

 今の彼女は俺の放った攻撃を余すことなく体内で受けることとなり、がくりと膝を折った。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 アーサー王がこちらを向いて黒く染まった聖剣を私たちに振り下ろしてき。それだけ……ただそれだけなのに、私はものすごい恐怖に襲われた。これが騎士王、滅びの未来が待ち構えていたブリテンを立て直すために王となったアーサー王の重圧……。

 こんなものを正面から受けてもなお、戦いに行ける先輩は私よりもよっぽどすごいと感じてしまう。

 

 そんなことを考えつつも、作戦の成功に私は内心喜んだ。これこそが、私たちの目的。このような状況に陥れば、どう考えても私たちの方に意識が向くだろう。普通の人間とサーヴァントでは重みがまるで違う。アーサー王の判断は誰もが下す正しいもの。

 しかし――――――私の先輩は……普通の枠には収まらない。

 

 一般枠でカルデアに訪れたはずだけど、その実誰よりも逸脱していた48人目のマスター候補。にも拘わらず、サーヴァントと真正面から戦うことができる、現代の英雄とも呼べる人物なのだ。

 

「―――――――!」

 

「貴様ッ!―――ガッ!?」

 

 アーサー王と重なって見えないが、先輩の一撃が背中に直撃したんだろう。彼女は立っていられず、地面に膝をついて息を荒げていた。

 

「ごふっ……フフ、フ……まったく、マーボーといい眼鏡の高校教師といい貴様といい……最近人間離れした奴らが多い……な」

 

「………あれ、前者の人知ってるかも……」

 

 アーサー王にそこまで言わせる人物と知り合いという先輩。やはり、常軌を逸脱した人の環境もまた非常識なものなのでしょうか。

 頭の片隅でそのことも考えつつ今は彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「貴様をただのマスターと侮った私の敗北か……。聖杯を守り通す気でいたが、己の執着に傾いた結果がこれだ。結局、私一人では同じ末路を迎えるということか」

 

「あ?どういう意味だそりゃあ。テメエ、何を知っていやがる」

 

「いずれあなたも知る、アイルランドの光の御子よ。グランドオーダー――――聖杯をめぐる戦いは、まだ始まったばかりだということをな」

 

 その言葉を最後に、アーサー王は黄金の光となって消えて――――

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 最後に盛大なフラグをおったてて騎士王は消えて――――

 

「そういえば忘れていた。ほら、そこなマスター。これを持っていけ」

 

 ――――行かなかった。半分くらい透明になりつつもしっかりとその体を残した騎士王は俺の方に向くと何かを投げてきた。

 反射的にそれを受け取り、視線を向けてみれば……形容しがたいものがそこにあった。柔らかいような硬いような金色の物体で、きれいに湾曲している、かなり細いバナナのようでもある……ほんとよくわからないものだった。

 

「なんだこれ」

 

「私が黒化したときに取れた髪の毛だ。召喚するときに媒体となるだろう。………私を沈めた褒美だ。持っておけ」

 

 それだけ言って彼女は今度こそ消えた。

 ……これは喜んでいいのだろうか。とりあえず、鞄の中にしまっておこう。はじめは何だと思ったけど、今では感謝している。家の人……鞄持たせてくれてありがとう!

 

「帰って来たのならさっきの意味深な言葉の意味を教えてほしかったぜ……っと、俺も強制送還か。……じゃあな、坊主と嬢ちゃん。大して役に立てなくてすまなかったな」

 

「いや、あれは冗談だから。強化のルーン、本当に助かったよ」

 

「私も宝具を出してもらいましたし。口が裂けてもそんなこと言えません」

 

「おう、サンキュ。今度呼ぶときはぜひともランサーで呼んでくれ。そうすれば、今回のような無様はさらさねえからよ」

 

 今まで色々助けてくれたキャスターも騎士王と同じく消えていき、これでこの特異点Fでの騒動は完全に終わったかと思われた。

 

 

 

 だが、騎士王の体からでた水晶体……彼女が異常をきたしていた元凶を回収しようとした時、それは起こった。

 

 

「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ。48人目のマスター適正者。全く見込みのない子どもだからと、善意で見逃してあげた私の失態だったよ」

 

 聞き覚えのあるその声とともに、水晶体は俺がこのカルデアで三番目に知り合った人物……レフ・ライノールへと変化した。

 

 初めからちょっと胡散臭いやつだと思っていたため、そこまで動揺はなかったが、マシュと所長の方はショックが大きかっただろう。特に所長はレフ・ライノールをかなり信頼していたようだし、目に見えて動揺している。

 とりあえず、あれが元凶そうだったので過去最高の速度で弓と矢を取り出しセット&シュート。

 

「全く、どいつもこいつも屑ばかりだ。どうしてこうも人間という生き物はどうしようもn―――――「発射」うぉぉおおおおいいいい!!??」

 

 ちっ、避けたか。

 無駄に反射神経のいいやつだ。

 

「まだ話している途中だろう!?人の話はちゃんと聞けと教わらなかったのか!?」

 

「ふっ、馬鹿め。敵の前で朗々と自分語りもしくは罵りをしている奴は死にたい奴って戦場では決まっているんだ」

 

 言葉を弄するならしっかりと相手の動きを封じた後にするべきだと俺は思う。後、レフ・ライノールは俺に感謝してほしい。あのまま色々言っていると完全に噛ませキャラ化していたと思うし。

 

「な、なにを言っているのレフ……?いつも通り、あなたは私を助けてくれるんでしょう……?」

 

「助ける?私が、君を……?ハハハ、面白い冗談だ。既に死んでいる君を、どうやって助けるというのだね?」

 

 

「………えっ」

 

 レフ・ライノールの言葉に全員の空気が固まる。

 彼はそのことに知ってか知らないでか、所長を嘲笑うように言葉をつづけた。

 

「疑問に思わなかったのか。君にレイシフトの適性はない。しかし、君は今ここにいる。……適性はその人の肉体が決めているんだ。逆に言えば、肉体さえなければレイシフトは可能ということだ。……全く君は私の予想をよく裏切るな。きっちりしっかりと、君の真下に爆弾を仕掛けていたのに、精神だけになってまで人類のために尽くすなんてね」

 

 レフ・ライノールの言葉を彼女は飲み込めないようで、本物の石像のように固まってしまった。だがそれも仕方ないことだろう。自分が既に死んでいるなんていきなり聞かされてはいそうですかと受け入れられる人間はいないだろうし。

 

 その後、レフは空間を捻じ曲げてカルデアとつなげて、人類の未来を焼却したことを俺たちに告げた。人類の未来をつぶしたのは自分たちだと、高笑いをしながら。

 イラッと来たので再び矢を射た。今度は五本同時である。

 

 俺が放った矢は見事にレフ・ライノールの帽子に突き刺さった。自分でやっておいてなんだけどすごいシュールだ。

 

「きぃぃさぁぁぁまぁあああああ!!さっきから何なんだ!?遠くからチマチマチマチマと!?私に何か恨みでもあるのか!?」

 

「人類の未来焼却しておいて何言ってんだよ」

 

 ちょっとあの人情緒不安定すぎやしませんかね。

 

「ま、まぁいい。聖杯がなくなったことでこの特異点ももうすぐ消え去る。お前たちはこのままこの空間と運命を共にするがいい!」

 

「………(ヒュン」

 

「ぐはっ!?」

 

何やらものすごく小物くさい捨て台詞とともに消えようとしているレフ・ライノールに矢を一本だけ追加して当てる。彼は合計二本の矢を体から生やしながら消えていった。

 

さて、黒幕の手下的なレフ・ライノールは追っ払ったが、問題は消えかけているこの空間からどうやって脱出するかということと所長をどうするかということだ。

 

「ロマン、なんとかならない?」

 

『今全速力でレイシフト実行中だよ!ギリギリ間に合うとは思うけど、問題は所長だ』

 

彼の言葉で脱出の目処は立ったが、所長をどうするかがまだ決まっていなかった。彼女の体は既になく、カルデアに帰っても消滅してしまう。代わりの肉体なんて用意できないし……。

 

ぐるぐると頭をフル回転させてこの状況の打破できる策を考える。そこで、俺はふと気づいた。

鞄の中に手を突っ込んで取り出したのは、エミヤ師匠からもらったレインボーもやっとだ。彼は言っていた。

 

 

–––––––––これは、霊核となるものだ。

 

 

そうだ、これだ。

霊核とは即ち英霊が現界している源–––依り代のようなものだ。一か八か、これを所長に突っ込めば英霊に似た存在となって連れて行けるかもしれない。

 

「所長カモン!」

 

「な、何よ。このまま……ここで死ぬ私に、何か用?」

 

完全に泣きが入ってる……。

まぁ、仕方ない。ただでさえ肝っ玉が小さいであろう所長がもう既に死んでいて、さらにここから完全に消滅するなんて聞かされたらそうなるだろう。だが、残念なことに今彼女に付き合っている暇はないのだ。

 

「所長、これを飲んでください!もしかしたら、俺と契約した英霊扱いでカルデアに行けるかもしれません!」

 

俺の言葉を聞いた彼女は少し冷静さを取り戻したのか、顎に手を当てて考え出した。

 

「た、確かに可能性はある……けど、この大きさは無理よ!」

 

「斬っ!」

 

大きいなら小さくすればいいじゃない。今まで使っていなかった方の刀を取り出して、レインボーもやっとを細かくカットする。そして、所長に差し出した。

 

『レイシフト、準備完了!転送するよ!』

 

ロマンのその言葉とともに俺の視界は白くそまっていく。そんな中、所長が意を決して元レインボーもやっとを飲んでいる姿が見えた。

 

 




安定のメインアタッカー。
マスターとは一体なんだったのか……。


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第零章エピローグ

今回はエピローグなので、短めな上にそこまで面白い内容ではないかもしれません。申し訳ございません。


 目を焼くような白い光が治ると、俺は先程まで燃え盛っていた管制室に立っていた。どうやら無事に帰ってくることができたらしい。ロマンと残っていた僅かなスタッフが頑張ったのか、管制室は瓦礫こそまだあるものの炎は完全に消え去っていた。

 ここでふと気付く。マシュと所長はどうなったのだろうかと。視線を遠くではなく、自分の近くに向けて周囲を見渡すと、そこには初めて会った時の姿に戻っていたマシュと所長が、寝っ転がっていた。直ぐに彼女たちに近づき脈をはかる。………気絶こそしているもののどうやら無事のようだった。しかし、ここにいるということは所長の擬似サーヴァント化は成功したのだろう。反射的に脈を測ってしまったが、サーヴァントでも脈あるんだな。

「フォーウ!」

 

「フォウは無事なんだな」

 

「キュ!」

 

 当然と言わんばかりの態度で鳴くフォウ。この不思議生物、なかなかたくましいようである。フォウを肩に乗せて、とりあえずロマンを呼ぼうと出口に向かうと、ちょうど管制室の扉が開き、慌てた様子のロマンと見たことのない美女が入ってきた。前者はともかく後者は誰よ。

 

「ああ、よかった!無事に帰ってきてくれたんだね!」

 

「まぁ、結果的にはね」

 

途中で何回か死にかけたけど。とくに騎士王戦。

 

「いやー初のレイシフト、初の実戦でもオーダーを完了させるとは流石主人公君だ」

 

「どちら様ですか?」

 

 いや、本当に。

 皆さんお忘れかもしれないけど、俺はまだカルデアに来てから1日と経っていないんですからね?急に出てこられてもわからないんですが……。できればまず自己紹介をお願いしたいです、はい。

 

「ん?私が誰か知りたいって?宜しい。教えて差し上げよう。私はダ・ヴィンチ。レオナルド・ダ・ヴィンチといったほうがいいかな」

 

「ダ・ヴィンチさんね。わかりました。初めまして樫原仁慈と言います」

 

「あれー?思ったより淡白な反応。世間一般では私は男だって言われてたのに」

 

「いや、だって。さっき実は女でしたーな騎士王と一戦交えたばかりですし」

 

今更、実は女性でしたと言われても、もう耐性ができたわ。

 

「ふっ、この万能の天才ダ・ヴィンチちゃんをそこらへんの女体化英霊と一緒にしてもらっちゃあ困るよ。私はね、自分でこの体を作ったんだ。私の生涯の中で最も美しいと思った女性の形にね」

 

「流石、万能の天才……」

 

 ソッチ方面への突き抜けも尋常じゃない。というか、確かにこの人はさっきの騎士王とは違うな。自分から進んで女体化しに行った唯の変人だった。同列に扱うのはあの騎士王に失礼だろう。

 

「む、今失礼なことを考えているね」

 

「そんなことないです」

 

 勘のいい人だな、これだから天才は……(呆れ)

 まぁ、ダ・ヴィンチちゃん(自称)のことは放っておいてロマンに再び視線を向ける。

 

「この人のことはとりあえず置いておくとして、ロマン今から二人のことを運ぶだろ?手伝うよ」

 

「それは助かるよ。疲れているだろうけど……もう少し頑張ってくれ」

 

「おっと、無視とは流石に傷つくぞぉ」

 

 そうして、一人で文句たれている変態を残してロマンとともにマシュと所長を両名を医務室に運んだあと、俺はマイルームに戻り、眠りについた。流石にもともと英雄と呼ばれていた者たちと連続して戦っていたため、疲れがかなり溜まっており、すぐに意識は落ちていた。………そういえば、ダ・ヴィンチの声何処かで聞いたことある気がするんだよなぁ……。

 

 

―――――――――

 

 

 次の日、ごく普通に目が覚めた俺はまず医務室に向かうことにした。あの場所であればロマンが居るし、マシュと所長の様子も分かるからな。マシュは英霊となって間もないのに戦闘を任せてしまったし、所長のサーヴァント擬き化もなかなか無茶なことだったし……大丈夫かね。

 相変わらず近未来的な廊下を歩いていく。

 

「ロマン、入ってもいい?」

 

「ん?あぁ、大丈夫だよ」

 

 中にいるロマンから許可をもらったので、スゥーっと開いた扉からぬるりと入室する。どうやらマシュも所長もそれほど大事なかったようで、体を起こして病院食的な何かを食べていた。

 

「マシュ、所長。おはよう」

 

「あ、先輩。おはようございます。ここまで運んでくれてありがとうございます」

 

「…………」

 

 俺を見るや否や挨拶をお礼を言ってくれるマシュ。本当にこの子はいい子だなぁ。一方の所長は食べ物こそ口に運んでいるが、心ここに在らずといった感じであった。

 

「ロマン、所長は大丈夫なの?」

 

「正直、微妙なところかな。なんせ、自分が死んでいるということプラス信頼している人物からの裏切りというダブルパンチだからね。唯でさえ、精神面がぎりぎりの状態だったんだ。立ち直るにはかなり時間がかかると思うよ」

 

 まぁ、そうなるよな。

 今ここに存在できていることが奇跡みたいなもんだしな。

 

「さて………こんなところで悪いんだけど、あの後分かった情報を共有しておこう。まず、特異点Fだけど、あれは見事に消失したよ。本来ならこれで事件解決!って言いたかったんだけどね……残念ながら人類の未来は焼却されたままだ。……そこで僕らは過去に原因があると考えて、人類史を一から遡ってみたよ。すると、この2015年までで、合計七つ特異点Fより大きな歪みが見つかったんだ。………我々はこの七つの特異点を正して人類の未来を通り戻さないといけない。この言い方は我ながらずるいと思うけど、それでも言わせてもらうね」

 

 ここでロマンは一度言葉を切ると、いつもの緩い雰囲気を完全に消し去って口を開いた。

 

「カルデア48人目のマスター候補生にして、最後のマスター樫原仁慈。人類の未来のために戦ってくれないか?」

 

「大丈夫だ、問題ない。ここで断っても結末は同じだし」

 

「まぁそうだろうけど……うん、君ならそう言ってくれると思ったよ。……この特異点の詳しい情報が入ったらすぐに知らせるから、それまでは好きに過ごしてくれてかまわないよ」

 

 そう言うと彼はおいてあったノートパソコンの前に腰を下ろした。チラリと覗いてみると、何やらかわいい女の子がふりふりの衣装を身にまとい歌って踊ったりしていた。ロマンはそれをキラキラした目で眺めている。

 お前……あの話の後にそれはないよ……。

 

 さっきまでかっこよかったのに、とロマンを白い目で見ながら医務室を出ていこうとすると、マシュがベッドから出て起き上がると、とてとて俺の隣まで歩いてきた。寝てなくていいのかね?

 

「私一応サーヴァントですよ?一日寝たら回復しました。……それと先輩、私も先輩のサーヴァントとして精一杯頑張らせていただきます!」

 

「………うん、ありがとう。頼りにしてる」

 

 本当にこの子はいい子やでぇ……(三回目)

 もう、戦わせることがものすごいためらわれるレベルのものなんだけど。しかし、思うだけで口にはするまい。マシュが今のことを聞いたら、きっと自分が役立たずだから戦わせてくれないんだと考えるに決まっている。まぁ、無茶はさせないと決めましたがね!こんないい子に傷はつけられるか!もしそんなことになったら俺がそいつに天誅を下してやる!

 

「野郎オブクラッシャー!」

 

「せ、先輩!?どうしたんですか!?」

 

 やべ、声に出てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――賽は投げられた。これからは人類史をめぐる戦いだ。相手は人類が今まで歩んできた歴史そのもの……さぁ、最後のマスターよ剣を取れ。人類の未来を取り戻すために、人類の作り出していた歴史に反逆せよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




通信制限の所為でイベント参加がつらいぜ……。


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幕間の物語
はじめてのえいれいしょうかん


FUYUKI「(´・ω・`)<やぁ」

カルデア『えっ』


 前書きから意味不明ですまない。けれどこれが一番現状を説明しやすいんだ。

 特異点Fでの出来事から数日過ぎて、ロマンたちが人類焼却の原因である七つの特異点について調べているときに再び消えたはずの特異点Fが復活していたのだ。それが上記の状況につながるのである。

 

 この唐突に復活したこの特異点F、俺とマシュで再びレイシフトを行った。何故なら、俺は思ったのだ。

 あのシャドウ師匠が持っていた英霊の核となる聖晶石。あんなの普通に彼が持っているわけがない。ならばどこで手に入れたのか、と。そうして、一つの答えにたどり着く。それすなわち、師匠が特異点Fであの聖晶石を拾ったのではないかと。その可能性を考えて俺とマシュは聖晶石を捜しに行ったのだ。結果、八個ほど見つけることができた。もう、見つけたときは二人でわーいわーいと跳んで喜んだわ。

 これはエミヤ師匠の言葉を信じるのであれば英霊二体を呼ぶことができるのである。やったね。

 

 というわけで、現在俺が居るのはカルデアにある一室。ここのマスター全てが自分の従者たるサーヴァントを召喚する場所。召喚システム・フェイトがある部屋である。ほかにはマシュを筆頭として、意外とすぐに立ち直ったオルガマリー所長。ロマンにダ・ヴィンチと生き残っているカルデアの主力が勢ぞろいしていた。なんでも、人類の命運を左右することになるであろう英霊の召喚に立ち会いたいからだそうだ。ダ・ヴィンチだけは普通に面白そうだからという理由だったけど。

 

「先輩。なんだか、緊張……しますね……」

 

「まぁ、完全に運だからね」

 

 人類の未来が焼却されてしまったため、媒体となるものが完全に限られてしまっている。一応媒体なんてなくても英霊は呼べるがその場合は本人と相性といい英霊が召喚されるらしいからである。自分と相性のいい英霊なんてわかるわけもなし、普通に運ゲーと言ってもいい。

 

「仕方がないでしょ。媒体もなしに狙った英霊が呼べるような召喚システムなんて本家聖杯でも不可能よ」

 

「まぁ、そうだよね。……それにしても。こういうのなんていうんだっけ………あ、そうだ。ガチャっていうんだっけ」

 

 それ以上いけない(戒め)、酒呑童子なんてなかったんや。おっと、変な電波を受信してしまった。

 まぁ、それはいいとして。

 これから仮にも過去に偉業を成し遂げた英雄を召喚するっていうのに、緊張感のないやつらだな。ただし、大天使マシュは除く。彼女は眼鏡の瞳をキラキラさせて俺の持つ聖晶石と召喚サークルを交互に見ている。ほんと素直でいい子だよ。

 

 そんなことを考えつつ、聖晶石を召喚サークルの中に放り投げる。すると聖晶石が召喚サークルの中心に集まっていき、それを中心とした光の柱が現れる。さらに同じように光の輪が現れて光の柱を包み込む。一瞬だけシンク〇召喚だと思った非力な私を許してくれ……。

 光はやがて人型へと変わっていく。

 その人型の光が完全に人となったとき、俺たちは驚愕した。

 

 

 その光から現れたのは見たことのある顔だったのだ。なにを隠そう、呼び出した彼女は特異点Fにて最後に戦ったサーヴァント。黒い装いに身を包み、馬鹿みたいな威力のビームをブッパしてきた騎士の王。アルトリア・ペンドラゴンだった。

 だが、特異点Fで戦った彼女とは違うところが多くある。顔はそっくりなのだが、彼女が着ているのは黒い鎧ではなく青いジャージ。彼女よりも健康的に白い肌。少年が被るようなつば付きの帽子を被っている。最後にその帽子を貫通してぴょこんと出ているアホ毛。……なんだろう、この時点で嫌な予感しかしない。

 

「黒の気配を感じ取って即参上!セイバー死すべし慈悲はない!至高のアサシン(セイバー)、ヒロインX!召喚に応じて推参いたしました。問おう、あなたが求めるのは至高のセイバーたる私か?それとも排除対象のパチモンセイバーか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 なぁにこれぇ?

 あまりの衝撃と驚愕の所為で俺もマシュも所長もロマンもあのダ・ヴィンチちゃんですらも固まっている。いや、でもこれは誰でも固まると思うんだ。特に特異点Fであの騎士王と戦った経験がある俺たちは尚更。だって見た目だけならそっくりというかご本人と言っても違和感ないくらいのもんだもの。雰囲気は別人だけど。

 

「あれ?どうしたんですか?皆さんお揃いで固まって……何かおかしなことでもありました?」

 

 不思議そうな顔で首を傾げる騎士王改めヒロインX。何かおかしいことって、おかしなことだらけなんですけど。むしろ、おかしなところや違和感しか存在していないんですけど!?

 なにそのテンション、なにその恰好!あなた本当に誰ですか!?というかヒロインXって何さ。

 

「えーっと……アーサー王……アルトリア・ペンドラゴンさん……ですよ、ね?」

 

「アルトリア?ち、違いますよ?私はすべてのセイバー(顔)をアンブッシュしてサヨナラ!させる者。……決して、強くて美しくて最優のセイバーアルトリアではありません」

 

『……………』

 

 もう一度だけ言おう。なぁにこれぇ?……本人がどれだけ否定しようと声と顔が完全に一致しているんだよなぁ。しかも、右手に持ってんの約束された勝利の剣(エクスカリバー)だろ。それ持ってんのあんただけだろ。

 ま、なにはともあれ。彼女が騎士王だということはほとんど変わりないだろ。その彼女がこちらに味方してくれるなんてものすごく心強いわ。

 

「別にヒロインXでもアルトリアでもどちらでもいいよ。ここに君の狙うセイバーはいないけど、これからよろしく」

 

「えぇ、問題ありません。あなたと一緒にいれば、多くのセイバー(顔)と出会うことができそうですから」

 

 ガシッと硬い握手を交わす俺と騎士王改めヒロインX。自分と同じ顔とセイバーに対して並々ならぬ執着と憎悪を持っている彼女が、人類最後の砦たるカルデアに新しい仲間として加わった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 第二回目。ヒロインXを新しく仲間に加え、もう一度聖晶石を四つ召喚サークルに放り投げる。先ほどと同じように光がシンクロ召喚して人型を作る。今回も出てきたのは青色だった。しかし、今度はジャージではなく全身タイツである。しかもボディラインがものすごく出るタイプの奴。手に持つのはどこかで見たことのある赤黒い槍。その表情は獰猛な獣を思わせるもので、強者に飢えてた瞳をランランと輝かせていた。

 俺は……俺たちはこの英霊を知っている。特異点Fで俺たちとともに戦った仲である英霊。あのときはキャスターだったが、今は違う。彼が消滅際に望んだランサーでの現界となる。

 

「おっ、今回はしっかりとランサーで召喚してくれたのな。では、必要ないかもしれねえが様式美ということで聞いてきな。……サーヴァント、ランサー。真名をクー・フーリン。キャスターの時の汚名をここで返上させてもらおうじゃねえの」

 

 クー・フーリン。その名前は誰しも一度は聞いたことがあると言っても過言ではないほどの知名度を誇るアイルランドの大英雄である。

 

「クー・フーリンか。………アイルランドの大英雄か……。あの特異点の時、アーサー王が最後に言った光の御子という言葉でまさかとは思っていたけど」

 

「先輩。私たち、知らないうちにものすごい人と一緒に戦っていたんですね」

 

「確かに」

 

 英雄と呼ばれるくらいだから、誰もかれもすごいことを成し遂げた人が大部分なんだろうけど、やっぱり世界的に知られているという事実があるとさらにすごく感じてしまう。

 

「そんなにかしこまらなくてもいいぜ。気楽にやろうや。まぁ、ともかくこれからよろしくな」

 

 と言ってクー・フーリンはカラカラと笑った。

 かつてブリテンを牛耳っていた騎士たちの頂点に君臨するアーサーことアルトリア・ペンドラゴン……と思われる自称セイバーのヒロインX。アイルランドの大英雄、クランの猛犬、光の御子と様々な言葉で表現されるクー・フーリン。彼らがこれから俺たちが起こす人類への反逆のための剣となり盾となる。

 

 

 ………こうして改めて言葉にしてみると微妙に不安だな。特にX。

 

 

 

 

 




というわけで、仁慈のいるカルデアに兄貴とノッブに次ぐギャグ&メタ要因のXさんが着ました。
カオスが加速するな……。

ps

やっぱり物欲センサーはあるんだね(白目)


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サーヴァントとのふれあい

次からオルレアンだと思います。



 

 

 

 

 英霊召喚を行ってカルデアに新しい仲間が来てから三日後。ロマンと所長、そして無事に済んだ数少ない研究員たちとともに七つの特異点について調べている中、俺も自分にできることを行っていた。ん?それは何かって?まぁ、簡単に言ってしまえば、修行かな。あと料理作り。

 

 ………聞いてくれよ。実はカルデアで生き残っている人たちは、研究一筋、生粋の科学者ばかりで誰も料理を作ることができないらしい。なので現在カルデアの台所は俺が担っているのだ。食糧のほうは科学と魔術が交差して物語が始まりそうなカルデアの技術で栽培できているのだが、それを加工できる人がいないという悲劇。そんなこと耐えられないと俺が立ち上がった次第である。別に一人というわけではなく、俺の負担を減らしたいということと、料理に興味があるということからマシュも手伝ってくれている。マシュマジ天使(ノルマ達成)

 

 さて、そんなこんなでカルデアの食卓を預かっている身の俺なのだが、一つ言いたいことがある。それは――――

 

「すみません。マスター。お代わりよろしいでしょうか?」

 

「…………お前、それで何杯目だ」

 

「三回目です……(ムグムグ」

 

「一桁少ない」

 

 実は三十回目のお代わりである。

 なにこいつおかしいんじゃないの?一応、カルデアの食糧は元々ここにいる従業員の数に合わせて補充されるようになっている。現在ではその従業員の多くがスリープ状態もしくは死亡しているため、食料にはかなりの余裕はあるが……だからと言って好きなだけ食っていいわけじゃないんですよ?

 

「これで最後にしな。そして、お前はもう少し自重を覚えろ」

 

「もっきゅ……もきゅ……もきゅ……んぐっ。……しかし、マスター。腹が減っては戦ができぬ、と言いますし」

 

「まだ腹ペコと申すか」

 

 どうなってんだこの青ジャージ娘。奴の胃袋はブラックホール級か!?

 戦慄する俺。しかし、彼女は動じることなく、新しくよそったご飯を小さい口の中に放り込んでいった。

 

「罪悪感なし……ッ!?」

 

 この腹ペコ王め。令呪を使ってでも飯食い禁止にしてやろうか!?

 吸引力の変わらないただ一つの胃袋、アルトン的なものでどんどん食べ物を吸引していくXを見て俺はハァとため息を吐くのだった。

 

「―――――♪」

 

 すっごく幸せそうだなコンチクショウ。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 さて、話がずれてしまったがもう一度言おう。俺は今改めて修業的なことをしている。と言っても家の人が持たせてくれたサルでもわかる現代魔術を読み直したり、ランサーことクー・フーリンから教わったルーン魔術を色々と使ってみたりとするだけだ。ルーン魔術は意外と使い勝手が良くて、最近ではよく使っている。特に道具にそのルーンを刻むと効果を付属できるのがいいね。これのおかげで俺は無限にやり投げ大会ができるんだぜ。気分は世紀末オリンピック槍投げ部門優勝者の某聖帝。フハハハハ。

 

 と、こんな感じで修行しているとある日クー・フーリンに誘われたのだ。やらないかと。最初に聞いた時はとっさに自害せよランサーと言いそうになってしまったが、すぐに戦闘ということが分かった。紛らわしいわ。主語が足りんよ主語が。

 

 そんなこんなでやってきたのはカルデアにある無数の施設の一つ。トレーニングルームである。カルデアではマスターを育てて人類の未来を安定させるということを掲げていたため、このような英霊とのコンビネーションを鍛えるトレーニングルームなども備え付けられているのだ。さらに言ってしまえば、他のマスター同士で技術と英霊を競い合う時用にかなり頑丈に作られているため、壊れる心配はほとんどない。

 

 殺風景な空間の中で俺とクー・フーリンは大体五メートルの距離をとって対峙する。

 これから戦いを始める、といったところで槍を軽く振り回して調子を確かめていたクー・フーリンがふと口を開いた。

 

「なぁ、マスター。一つ聞いていいか?」

 

「どうした?」

 

「マスターが持ってる槍の中で一本だけ赤黒いやつがあるだろ?あれ、どこで手に入れた?」

 

 鋭い目つきで俺を射貫きながら彼は言う。その瞳には嘘は言わせないという強い意思が感じられた。別に嘘を吐く理由もないから素直に答えることにする。

 

「もらったんだよ。あれは確か………四年位前かな。家で当時教えてもらっていた槍を振っていたら急に年齢不詳の槍師匠がどこからともなく現れて『お前の槍、私が神代の連中にも通じる神槍にしてやろう』って言われて一週間くらい槍を教えてもらったんだ。で、そのあとあの人は来た時と同じようにフラッと消えたんだけど、餞別だと書かれた手紙とともにおいてあったんだ」

 

「………あの女……やりやがった……」

 

 クー・フーリンはどうやら槍師匠の存在を知っているらしい。というか反応が完全に知り合いの様な反応だった。……まぁ、予想できなかったわけではない。クー・フーリンの宝具ゲイボルグと俺の持っている槍師匠からもらった槍がそっくりだし。

 

「……それを聞くことができればいい。……これからマスターも大変になるだろうけど、頑張りな(ボソッ」

 

「今なんて言った?」

 

 おい、なんて付け足したんだ。

 俺だって一応一週間あの人のもとで槍を振るっていたからどんな事やるのかある程度予想ができるんだけどさ。……その呟き聞いてものすごく不安になったんだが。

 

 

「うっし、気を取り直して……さっさとやろうか」

 

 話がだいぶ脱線してしまっていたが、ここに来たのはそもそも俺とクー・フーリンが一線を交えることだったのだ。

 先ほどまで浮かべていた微妙な表情を完全に引っ込めて、戦闘時に見せる獰猛な笑みを浮かべる。この笑みは基本的に楽しめそうな奴と戦う時といい女を見つけたときに見せるものらしい(自己申告)。

 ということは現在俺は彼を愉しませることができる人間として認識されているわけで……大丈夫だよね?俺死なないよね?そんなことを考えつつも家からもらった鞄(もうこれ四次元ポケットって言ってもいいんじゃないかな)から槍を6本、つまり全部取り出す。

 

「なんだ?6本同時に使うのか?いいねぇ、そういうのは大好きだぜ。………いや、まさかマスター相手にここまで期待を寄せることができるとは、今まで、ほとんどろくなマスターに会ってこなかったが、今回ばかりは当たりかもしれねえな」

 

「喜んでいいのか悪いのか、微妙なところだなぁ」

 

 本来、サーヴァントとマスターは正面切って戦わないはずだ。あの特異点Fから帰って来た時にほかの人たちから教えてもらったから。でも、きっとクー・フーリンみたいな英霊もいるだろうと納得して、取り出した槍のうち普通の槍を2本両手に握る。

 

「…………じゃあ、始めようか」

 

「全力で行くぞ!」

 

 お互いに精神を統一させて、自分の敵たる相手をしっかりと視界に収める。自身の気配が世界と同化していくのを感じつつ、一度体を弛緩させ、リラックスした状態を作り出す。そして、その直後、全身に力を入れて爆発的なエネルギーを生み出す。八極拳の技術を応用した踏み込みから爆発的な加速を生み出しつつ、俺は一瞬にしてクー・フーリンに肉薄して槍を突き立てた―――――。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「いや、無理無理」

 

 当然のごとく、俺は負けた。

 いやほんと調子乗ってすみませんでしたと過去現在未来の英霊たちに謝りたい気持である。元人間だから勝てない道理はない(キリッ)とか身の程知らずにもほどがある。やっぱり俺に才能があるなんて嘘じゃないかな?

 

 冗談です。

 若干調子乗ってましたと反省したけれど、それであきらめるようなことはしません。なんとなくここであきらめたら各方面の師匠たちから折檻喰らいそうだし。

 

 自分の心に何とか折り目を付けて呼吸を整えたのちに立ち上がってみれば、微妙に息を切らしていたクー・フーリンが俺の槍を見ながら死んだ目をしていた。

 

「我がマスターながらなんて戦法を思いついているんだ……6本の槍を操りながら近づいてくるとか、あの女を思い出すんだが……」

 

「あれ、槍師匠もあれできるんですか?」

 

「あの女は戦闘事に対してできないことの方が少ないぞ。ま、そこら辺のことは気にすんな。気にするだけ無駄だ」

 

「そうか」

 

 なら気にしないことにする。

 とにかく、クー・フーリンと直接一戦交えたことで俺に足りないものもよく分かったため、今後はそれを集中的に強化していこうか。

 自分の課題を中心として、あともう少しだけ槍でも振るっていようかと思っていたのだが、いまだ帰っていなかったクー・フーリンが口を開いた。

 

「そういえば、マスター。いいことを教えといてやるよ」

 

「ん?」

 

 いったい何なのだろうか。

 表情で続きの言葉を促すと彼は俺が槍師匠からもらった槍を指さして言った。

 

「この槍は俺の師が持っていたものなんだ。品質は少々劣化しているが、それでもそこらの武器とは格が違う。マスターの腕が上がれば、疑似宝具として活用できるかもしれないぜ?」

 

「マジか」

 

 クー・フーリンから教えられた衝撃の真実。アイルランドの大英雄、クー・フーリンは兄弟子だった。というか、このワードで俺に槍を教えてくれたのが誰だかわかっちゃったじゃないか。……クー・フーリンが師匠と呼ぶ人物はただ一人、影の国の女王にして神を殺しまくって人の道から外れたもの。スカサハ。道理で外見の割には老人の様な態度と言葉遣いだったわけだ。実際はそんなもの目じゃないくらいに年上なんだけど。

 まぁ、それはいいとして。もう一つ、なんと宝具を使えるようになるかもしれないということである。人間でありながら宝具を使えるなんて……胸が熱くなるな。

 

 

「あぁ。こういう場合は技量が一定量に達するか、武器が持ち主を認めるかどうかだ。マスターなら近いうちに達成できるだろうし、頑張ってくれ」

 

 そういって彼はトレーニングルームから退出した。 

 一人残された俺は先ほどのクー・フーリンの言葉を参考にしてひたすら槍をはじめとする武器の修行を行った。

 

 サーヴァントを相手するにはまだ弱いと俺は感じ取れた。だからこそ、次の特異点が現れるまでには、疑似宝具が展開できるようになっていたいなぁ。

 

 

 そんなことを考えた、カルデアの12時過ぎであった。




ここの仁慈が料理できる理由。

GEの方の仁慈は家事……特に料理が苦手なんですが、ここの仁慈はそうではありません。
何故なら、料理を樫原家の中で武術として料理を認めたからである。
そこで料理に対しての修行を行い、様々なものの魂を天界へと運ぶことができるようになったらしい。
彼が料理できるのはその影響。本気を出せば、死にすらしないものの服は脱げる。


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第一特異点 邪竜百年戦争オルレアン
第一特異点プロローグ


導入です。


 

 

 

 

 

 

 

「あ、あはは――――ははははは!あはははははははは!!愉しい、愉しいわ、ジル!こんなに愉しいのは生まれて初めてよ!」

 

「ええ――――ええ、そうでしょうとも。それが正しい。それでよいのです。人々に担ぎ上げられ、人々の旗にされ、人々に利用され、人々に見捨てられた―――――だからこそあなたは正しい。この地上の誰が、何が。あなたのその本心を、裁くことができるでしょう……?」

 

「さぁ、幕を上げましょう。醜い欲が渦巻く惨劇の幕を!すべてを燃やしてしまいましょう憎悪の炎で!神々を信じるだけで何もしようともしない家畜共に、裁きを与えましょう!アハハ、あはははあはははh―――――ゲフンゲフン。………慣れないことはするものではありませんね」

 

「おぉ……!ジャンヌ!なんということだ、なんということだ!!あなたの笑い声すら神は否定するのか」

 

「いや、そういうわけじゃないと思うんだけど」

 

「ぬぉおおおおおおお!!やはり、神は何処までも彼女を引き離すのか!?誰よりもあなたにつかえた聖女たる彼女をッ!!」

 

「聞いてよ」

 

 黒い影の二人組は、一時間ほどそのやり取りを繰り返していた。

 

 

―――――――――――

 

 

 

「………何だ今の」

 

「………フォー?」

 

 なんか悪い夢を見ていた気がする……多分。うん、悪い夢だったと思うよ。普通に祭司的な人が殺されていたし。理由を聞けば自業自得が入っているうえに、最後の会話が完全に漫才じみていた気がしなくもないけれど。

 それに助けを求める声も聞こえてきたし。タスケテータスケテーとかはやくきてーはやくきてーとか。……いや、最後のは違うな。あれで呼んでいるのは俺じゃなくて騎士だわ。

 

「キュ?フ、フォーウ!フッ!」

 

 今の思考は俺の口からダダ漏れだったらしく、フォウがすぐさま反応してその短い前足で俺のことをぺシぺシと叩く。どうやらそんなことあるわけないだろうとツッコミを入れているようだった。小さい足を必死に動かして俺の腕をペシペシ叩く姿はものすごく和む光景だった。

 ちょうどいいので、先ほど見てしまった悪夢(?)で削れた精神ポイントをペシペシするフォウを眺めて回復を試みる。いつぞやのように全力でモフモフしに行くようなことはしない。何故なら俺は過去の失敗から学べる男だから。

 数分間じーっと眺めていると、マシュが俺の自室へと入室してきた。しかも、カルデアで着ているものではなく、デミ・サーヴァントの時に身にまとっている鎧の姿で。なんでや。

 

「おはようございます、先輩。よく眠れましたか?」

 

「今日の寝つきはそこまでよろしくなかったかなぁ……。ところで何故マシュはその恰好なんだ?」

 

 もしかして、今から特異点にでも行くのだろうか。それはそれとして、いきなりなんだけどどうしてマシュの鎧はお腹が完全露出しているのだろうか。鎧なのに中身丸見えって機能的とは言えないんじゃないかなぁ。いくら正面は盾で防ぐからと言ってもさ。マシュと融合した英霊の趣味だったのだろうか。

 

「これから管制室ブリーフィングですよ。どうやら、特異点にレイシフトする準備が整ったらしいです」

 

「わかった。今から着替えるからちょっと待ってて」

 

 一度マシュに外へと出てもらい、速攻で着替えてから俺も彼女に続いて外に出る。別に外に追い出すことはなかったんだけどさ。マシュの方が残りたくないと言っていたから外へと出てもらっていた。恥ずかしいから外へと出ていったと俺は信じている。というかそうじゃなかったら俺が泣く。

 そんなくだらないことを考えつつ歩いているといつの間にか管制室の入り口まで来ていた。ウィーンと近未来的な自動ドアを潜り抜ければそこには真っ赤に染まったカルデアスとロマンがいた。ほかにもダ・ヴィンチちゃんとか所長とかいるけど今はいいや。

 

「やぁ、待ってたよ、仁慈君」

 

 にこっと緩く笑った彼の口から聞かされたのはこれからのことである。

 具体的に言うと俺が特異点に行って何をするのかということだ。まずやることその1、レイシフト先でいい感じの霊脈を見つけて召喚サークルを作成する。これをやることにより、レイシフト先でも支給された道具や食料を受け取ることができるから必要なことと言えるだろう。次、特異点の修正。これは絶対条件だな。これをやらなければ何のためにレイシフトしているのかわからなくなってしまう。そして最後は聖杯の調査&回収。特異点と言われている場所に、歪みを作っていると思われるこの聖遺物(笑)を回収しないことにはまたいつどこで時代が歪むか分かったものじゃないからな。

 以上3点がレイシフト先で俺とマシュがすることである。どれも納得の理由ですな。さて、やるべきことも聞いたので俺は早速呼び出した新たな仲間である。ランサーニキと腹ペコXを管制室に呼び出す。

 

「おう、ようやく出番か。いいぜ、任せな」

 

「特異点に聖杯があるとすれば、当然セイバーもいるわけですね。いえ、居ないはずがありません。しからば、私が行かないわけがないでしょう。セイバーいるところに私在り、です」

 

 どちらもやる気が満々なようで大変よろしい。しかし、何かあれば令呪を使うことすら辞さないぞ?いいね?

 

『アッハイ』

 

 こいつらを召喚してから割と経過したけど、大まかな扱い方が分かって来た。ヒロインXには一度、飯をマジで制限してから真面目な時は自重するようになったし。ランサーニキもどうしても言うことを聞かない時はマーボー師匠直伝、激辛麻婆豆腐をちらつかせたら普通に言うことを聞くことになった。……どうしよう。飯こそ最強という適当な理由で料理人を目指した彼は物凄く正しかったんじゃなかろうか。

 

「じゃあ、悪いんだけど早速向かってくれるかな?大丈夫。今回はコフィンを使ったレイシフトだから失敗することはほとんどないよ」

 

「ゼロじゃないけれどね」

 

「何でそんなこと言うんですかねぇ……」

 

 今から行こうって時にどうしてこうも行く気をそぐような言葉を呟くんですか所長。あれか、今回はレイシフト行わないから好き勝手言っているのか。帰ってきたら覚えていたまえ、所長。君だけ飯抜きにしてくれるわ。

 

「――――――――ッ!!??」

 

 まさに絶望という表情を浮かべた彼女はその場に手を付いた。心なしかレフ・ライノールから真実を告げられた時よりも絶望しているようにも見えた。うん、完全に克服したようで何より。頑張って自分の現状を受け入れることができた所長には特別飯抜きはなしにしてあげよう。

 

 さて、相変わらず緊張感のかけらもない会話をしながら俺たちはコフィンの中へと入り込みレイシフトを開始した。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 うぁー。レイシフトの感覚はなんかなれないんだよなぁ。

 なんていうの?荒れた海の中にボートで取り残された感じ?あのぐわんぐわんっていうのが本当に気持ち悪い。吐くほどではないんだけどいい感じに不快感を刺激してくるんだよな。

 

「レイシフト完了。………のどかでいいところですね。先輩」

 

「ん?」

 

 マシュに話しかけられて彼女のいう言葉を確かめるためにざっと周囲を見渡してみる。そこにはどこまでも続いていそうな草原が広がっていた。道端に視界を防ぐような建物や木もなく、見たこともないのにこちらの気持ちを落ち着かせてくれる……そんな感覚である。

 

「確かに、いいところだね」

 

「昼寝したら気持ちよさそうだな」

 

「はい、ここは確かにいい場所です。……視界を遮るものがないので、セイバーが来たらすぐにわかりますから」

 

「相変わらずの判断基準ですね、ヒロインXさん……」

 

 もはやこれがないと正気を疑うレベルだからな。このセイバー狂いがあって初めてヒロインXと言える。これがなかったらただのアーサー王だし。

 

「フォーウ………」

 

 フォウも俺の考えに同意しているようで、短く鳴いた。このカルデアチーム(仮)の中でフォウが上位に食い込む常識人(?)という状況に……。不思議生物と大天使しか俺の味方はいないのか。

 

 

 

 自分の仲間のぶっ飛んでいる事実を改めて思い知らされた俺は思わず天を仰ぐ、すると何やら空に光の輪の様なものを発見した。すかさず、魔術で視力を強化してその光の輪を眺めてみると、いかにも魔術に使っているような文字が羅列されていた。

 

 

「先輩、どうやらこの世界は1431年。現状、百年戦争と呼ばれる戦争があった時代のようです。現在は戦争の休止期間らしいですけれど………先輩?」

 

「マシュ、上を見て」

 

「?……あれは……」

 

『あ、やっと繋がった』

 

『ここまで時間がかかるのはいけないわね。彼らが帰ってきたら改良を加えましょうか』

 

『真面目な所長……珍しい……』

 

『ご飯がかかっているのよ、ご飯が。………今まで市販のレトルトとかで済ませていた地獄を貴方も覚えているでしょう?』

 

『まぁ、確かにそうですね。仁慈君の料理食べちゃったらもうレトルトは食べれませんねー』

 

「おい、サポートしろよ」

 

 いかにも怪しい感じの紋章が宙に浮いてんだろ。

 マシュにこの映像をカルデアのモニターの方に送ってもらう。すると、これは惑星を覆っているほどの規模ということが分かった。こんなもの実際にはなかったものなので、これが特異点を作り出している原因、もしくはその一つであると、所長とロマンは語った。

 あれは彼らが解析してくれるらしいので、俺たちは召喚サークルを作るための霊脈を探すために移動を開始した。

 

 

 

 しばらくこの穏やかな草原を歩いていると、目の前に武装した集団を発見した。マシュによると、彼らはフランスの斥候部隊とのこと。

 正直、何もわからない状態で姿をさらすのは得策とは言えない。誰が味方で誰が敵なのかもわからないからだ。しかし、情報が何もない現状において動かなければどちらにせよ詰むのも事実。どちらを取ろうかと考えていると、ジャージのポケットに両手を突っ込んでいるXが口を開いた。

 

「マスター、別に話しかけても大丈夫そうですよ。私の勘がそう言っています」

 

 彼女の直感はどういうわけか多少劣化しているらしいがそれでも、俺たちに打つ手はないので、どうせなら信じて話しかけることにしてみた。

 そうして、なるべく笑顔で彼らに話しかけると、

 

 

「ヒッ……!敵襲!敵襲ー!」

 

 普通に戦うことになりました。なんでさ。いや、確かに俺たちの格好は良くも悪くもこの時代に合ってないし、不審者と言えば不審者なんだけどさ。

 

「……まぁ、準備運動として軽くひねってやるか」

 

「いいでしょう。今まで見せることができなかった私の実力を思い知らせてやりましょう。宇宙聖剣二刀流の力を見せつけてやりますよ!フォ〇スとともにあらんことを!」

 

『やる気満々マン!?一応そこは正史と隔離された特異点だけど、できれば穏便にお願いね!?情報を聞き出すとかあるから!』

 

「……失敗しました。話しかけるときはフランス語でしたね……」

 

「そういう問題じゃない気がするけど……ええい!仕方ない。とりあえず、話を聞いてもらえる状態まで強制的にしてやるわ!」

 

 

 

 そうして、俺たちはフランスの精鋭部隊と激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鬼殺しの難易度が上がってきましたね。
茨城童子の攻撃力上げてくるとか、卑怯すぎやしませんかね………。


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フランスの今

「ぐはっ………!なんて強さだ……!あいつら人間じゃねえ……特にあの白い服のやつ」

 

「うぐっ、もはや化け物だ……!あの特に白い服のやつ……ッ!」

 

「後ろに目でもついてんのか!?あの特に白い服のやつ………!!」

 

「もうだめだぁ……おしまいだぁ……。勝てるわけがない、相手は伝説の超常識外人(スーパーキチガイ)なんだぁ……特にあの白い服のy「もういいわ」……」

 

 フランスの斥候部隊白い服のやつ(俺)のこと押しすぎィ!この中で一番身体能力が低いのは俺のはずなのに、一番俺が恐れられているとかどういうことなの……。

 

「別にそこまで不思議なことじゃないぜ?」

 

「ええ、そうですよ。私たちは基本的に敵を死すべししているので、今回のように普通の人間を死なないように戦うことはなれていないんです。それに私の聖剣、両方とも刃ですし。峰打とかできませんし?」

 

「私の場合は自分の身体能力を制御しきれていませんから」

 

 程よく加減ができる……というか、一番本気に近い俺が一番強く感じられたとでもいうべきなのだろうかね。いや、流石にそれはどうだろう。微妙に納得できないんだけど……。まぁ、いいか。今は置いておくとしよう。それよりも、せっかく話すことができる状態で地面に沈めたわけだし、この時代のことや現在の状況等色々聞き出してみようじゃありませんか。

 

「おい、待て。何でそんな笑顔で近づいてくるんだ……?なんだその笑顔は、超怖いんだけど!?まて、やめろ……!俺の、俺たちの……俺たちのそばに、近寄るなァァァァアアアアアアアア!!」

 

 いったいどうしてそこまでおびえているんですかねぇ……。俺たちは平和的にOHANASHIしたいだけなのに(ゲス顔)

 まぁ、何はともあれ尋問開始だな。久しぶりにお兄さん頑張っちゃうぞーと心の中で考えつつ、ボス状態のフランス斥候部隊に向かっていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「今の時代、どこもかしこもこんな感じの状況だな……もぐもぐ。戦争の休止中だっていうのにここまで俺たちが衰弱しているのはこういうことがあったからだな………んぐっ、おかわり」

 

『あっ、俺たちもお願いしまーす!』

 

「マスター、私にも後3倍ほどください」

 

「自重ってもんを知らんのかお前は」

 

 露骨に食い気キャラをアピールしてきやがって……!お前セイバースレイヤーというサツバツとした生き物じゃないのかよ。

 

――――――馬鹿弟子よ、理解したか?これが、騎士王を食わせていくということだ――――――

 

 おっと、変な電波を英霊の座あたりから受信してしまった。と言うか師匠、それは別の主人公のセリフだと思います。

さて、現在俺たちがなにをしているのかと言われれば、フランス斥候部隊から情報を聞き出す尋問の真っ最中である。やることは簡単、腹が減ってクタクタであろう彼らの前で飯を食うだけである。こちらにはXという名の最強腹ペコモンスターが存在しており、料理を美味そうに食べてくれるため彼らが堕ちるのは時間の問題だった。そうして、現地で取れた材料を使って彼らの胃袋をつかみ、情報を引き出すことに成功したのである。俺たちも朝ご飯はまだだったし、ちょうどよかったぜ。

 

 それはともかく、フランス斥候部隊たる彼らの話を聞けば結構とんでもないことになっているということがわかった。なんでも、数日前に処刑されたジャンヌ・ダルクが魔女として復活を果たし、数多の竜を従えてフランスの町や人を焼き払っているらしい。百年戦争の休戦もジャンヌ・ダルクには関係がなくフランスはどんどん追い込まれているとのこと。

 

「この時代、フランスに竜なんていないよな。当然のことながら」

 

「居たら大惨事ですよフランス」

 

 

ですよねー。

本当にそんなのが存在していたらフランスはどうやって現代まで残ったのかという話になるし。なにはともあれ、その魔女になり復活したと言われるジャンヌ・ダルクがこの特異点を作り出した元凶と現段階では仮定しよう。そうなると、十中八九向こうに聖杯が渡っていることとなる。これは面倒だぞ。

 

「確かに厄介だ。冬木の時みたいにサーヴァント擬きを大量に生産されたら目も当てらんねえ。強い奴と戦えるのはいいが、堕ちた英霊なんて戦っていてもなんも面白くないからな」

 

 クー・フーリンらしい言葉だな。しかし、今回は状況が違う。冬木にあった泥なんておそらく存在しないだろう。カルデアに帰ったときにそこら辺のことを調べてみたのだが、あれはいつぞやにアインツベルン家が呼んだアンリ・マユという英霊の所為でああなったらしいし。つまり、ここに在る聖杯は純粋な願望機である可能性が高い。出てくるのはシャドウサーヴァントではなく純粋な英霊の可能性もある。というか、竜を伴ってくる時点でほぼ確定だと俺は思うんだ。

 はぁ、今から気が重くなってきたわ。そんなんで、頭を抱えていると俺が作ったご飯をぺろりと平らげたフランス斥候部隊のうちの一人が俺に話しかけていた。

 

「旅(?)のお方。もしよければ俺たちの本拠地に来てくれないか?そこに残っている仲間にもあなたの料理を食べさせてあげたいんだ。それに、そこにいる奴は実際に聖女様が復活したときに現地に居たらしいから」

 

「別にいいですよ」

 

 情報は多ければ多いほどいいから。多すぎて困るという場面は中々ない。唯、この人たちのことがちょっとだけ心配になった。知らないし服装からしてとんでもなく怪しい俺たちのことを本拠地に送るとか正気かよ。これが嘘の可能性もあるけれど、表情から考えるにそれは低いだろう。

 そう結論をつけた俺は自分のサーヴァントたる兄貴とX、マシュに視線で同意を求める。同意ももらえたところで俺たちカルデアチーム(仮)は彼らにてこてこついていくこととなった。野を越え、山を越え、襲い来る骸骨で築き上げた屍の山を越え彼らの言う本拠地へとやって来た。一見すると砦の様なものであるが、ところどころ壁が破壊されていて若干廃墟とも見えなくもない。

 そこを本拠地とする兵隊もぼろぼろで生気を感じられない。だいぶ参っているみたいだな。

先程と同じようにフランス斥候部隊の兵士たちを飯で釣りつつ、情報を引き出そうとする。しかし、そうなる前に上空から聞いたことのない咆哮が響き渡った。それを聞きつけたフランス斥候部隊は全員が怯えた表情を浮かべつつ、戦闘態勢をとった。

 

「ぜ、全員戦闘態勢を取れ!奴らが……ドラゴンが来るぞ!」

 

 隊長と思わしき男の言葉とともに上空から姿を見せたのはワイバーンという種類に分類されるドラゴンであった。その体は緑色をしており、どこか某狩りゲームのワールドツアーを行うドラゴンの、奥さんのようにも見える。サマーソルトなんて撃ってこないだろな。

 

 そんな感想を抱きつつも、上空から襲い来るワイバーンの様子を観察する。数は二桁、少なくとも20はいるだろう。 この状況において20っていうのはなかなかに辛いものがあるなぁ。情報を引き出すためにフランス斥候部隊も守らないといけないし。それにこれが敵によって生み出されたということを忘れてはいけない。死んだら自爆するとか、視覚を共有しているなどというステキギミックがつまっている可能性もゼロではないのだから。

「ランサー、アサシン!2人してなるべく多くのワイバーンを相手にしてくれ!マシュはフランス斥候部隊の前で撃ち漏らしの足止め!俺は遊撃に回る!」

 

「おう、任せな!」

「先輩の期待に応えてみせます!」

「ふっ、いいでしょう。最良にして最強のセイバーたる私が……最強の!セイバーたる!私がッ!その命令、完遂してみせます。……ところで、あのワイバーン。倒したら丸焼きにして食べませんか?」

 

とても頼もしい返事(一部を除く)を受け取り、俺たちは一斉に動き出す。と言うか、セイバー強調しすぎだろ。そんなにアサシンと呼んだことが不満か。

クー・フーリンたる兄貴は、その俊敏さと、宝具を以ってして一度の槍投げで三体の心臓を穿つ。普段はアレなXも、星が精錬した勝利の聖剣をブンブン振り回しつつ上空から襲い来るワイバーンを卸していく。しかし、彼らでも流石に二十体のワイバーンはきついのか、数体彼らの横を素通りしてくる。だがその討ち漏らしもマシュが必死に盾を構えてフランスの斥候部隊にワイバーンが行かないように防いでいた。もちろん俺だって黙って見ているわけではない。兄貴監修のもと、持っている武器のすべてにルーンを刻んだ弓と矢を使ってワイバーンの鱗……は硬すぎるので目や口の中といった比較的柔らかいところに撃ち込み効果的かつ地味な嫌がらせを行う。

 

 けれども、ワイバーンは腐っても最強種であるドラゴンの一種である。弓を構えている俺が邪魔に思ったのか、マシュのことを一端置いておき、三匹のワイバーンが俺のもとへと襲い掛かって来た。位置的有利を利用した強襲に危機感を覚えた俺は弓を消して槍を取り出す。

 そして、逆にこっちから強襲を仕掛けた。槍を持って地面を踏み込み、襲い来るワイバーンの顎をぎりぎりでステップを利用して回避すると脳髄にルーン強化を施した槍を突き刺す。脳髄をぶちまけながら地面に落ちるワイバーンに見向きもせずに第二陣として向かってくるワイバーンの相手をする。

 

「ガァッァアアアア!!」

 

「――――っ!?マジか!?」

 

 一匹目の調子で二匹目も倒してやろうかと思ったが、背後から三体目が既に攻撃を構えていた。まさかの挟み撃ちである。考えたなコンチクショウ。兄貴とXは目の前のワイバーンに気を取られてこちらには気づいていない。マシュは確実に間に合わない。

 一か八か、自分の身体能力を魔術とルーンで底上げしてか槍を棒高跳びのようにして上空へ跳び上がろうと考える。うまくいけばひとまとまりになったところを攻撃できるかもしれないし。

 

 覚悟を決めて槍を地面に突き刺そうとしたその時――――

 

「GUAAAAAAAAA!!??」

 

 背後からワイバーンの悲鳴のようなものが耳に響き渡る。それを聞いた瞬間振り上げていた槍を地面ではなく目の前まで迫っていたワイバーンに突き刺した。自分の安全を確認したのちに背後を振り返ってみると、そこにはXと同じような美しい金髪を後ろで一本の三つ編みにした女性が一人立っていた。手に持っている旗にはワイバーンの血が地味に付着していた。まさか、あの旗でワイバーンを殴殺したのだろうか。

 倒した方法に戦慄していると、俺を助けてくれた彼女はこちらをゆっくりと振り返り、戦闘態勢を取ったまんま震えているフランス斥候部隊の人たちに向かって語り掛けた。

 

「みなさん。水を被って下さい。少しだけですが、あの竜からの炎を防ぐことができます。それに……フランスの方ではない人たちが一生懸命に戦っているのです……我々フランスの民が立ち上がり、戦わずして誰が戦うというのでしょうか!」

 

 鈴の音のような声から紡がれるのはフランス斥候部隊の兵隊たちを振るい立たせる言葉。その言葉はまるで自分たちよりも上位の存在から語り掛けてくれているような錯覚を覚える。

 

「さぁ、立ち上がるのです!我々には神のご加護があるのですから!」

 

『う、うぉぉおおおおおおお!!』

 

 振るい立たされた兵士たちはこぞって水を被り、残りのワイバーンたちに突撃をかましていく。そのため、マシュと俺は斥候部隊に張り付きつつワイバーンたちを狩り始めた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 ワイバーンとの戦いは既に残り数体だったためにすぐさま決着がついた。これで大団円になるかと思いきや、先ほどまで戦っていたフランスの斥候部隊が俺を助けてくれた金髪の女性をジャンヌ・ダルクと言って逃げて行ってしまった。一方、その件の女性の方は少しだけ悲しそうな表情を浮かべたものの、すぐさま引っ込めて毅然とした表情で俺たちに向き直った。

 ………向こうもこちらと話をする気があるらしいので、こちらから話しかける。

 

「色々と話を聞かせてもらっても大丈夫ですかね?」

 

「えぇ、もちろんです。しかしここで話すのは何なので、少し場所を移動させましょう」

 

 ジャンヌ・ダルクと呼ばれた彼女の言葉にうなずくと、ワイバーンの死体に近づいて星が精錬せし勝利の剣を使って肉を切り離しているXに対して呼びかける。ここから移動しますよー。……ワイバーンの肉はもう鞄に詰め込んだからはよ来い。

 

「丸焼きですよ!?それもただの丸焼きではありません。漫画の如き肉を所望します!漫画肉ですよ、漫画に……く……」

 

 テンションアゲアゲで漫画肉を要求しながらこちらに来るXだったが、俺たちの方向を振り向いた瞬間、その顔を下に向けてしまった。違和感を覚えた俺は彼女に再び声をかけてみるも、反応はなかった。俺に対する反応はなかったが、彼女はひとりでに顔を上げて目をカッと見開くと、虚空から冬木の黒騎士王が使っていた黒い聖剣を召喚し、もともと持っていた聖剣とともに構えた。そしてその直後、二振りの聖剣から魔力を放出し、ジェット機の如き轟音と速度をまき散らしながらこちらに突撃をかましてきた。なんで!?

 

「新たなるセイバー(顔)死すべし!!」

 

 どう考えてもセイバーじゃないですけど!?先ほどの戦いを見ていなかったから仕方ないと思うけど、この人攻撃手段は旗でついたり振るったりするんだぜ!?強いて言えばランサーっぽいけど……。もしかして、自分に似た顔にも反応するのかあのジャージ王!

 

 内心ツッコミを入れつつも、ジャンヌ・ダルクの前に立つ。その後、ジェット機のごとくこちらに向かってくるXを視界に収める。一応令呪も使うことができるが、これは本当に最終手段と言ってもいい。このような場面で使いたくはなかった。仕方がないので、こちらに向かってくるXの突進を闘牛士のごとくひらりと回転をしながら回避する。その後、回転を利用した回し蹴りをXの首筋に叩き込んだ。

 

「ワイバーンの丸焼きを作ってやるからさっさと帰ってこい!」

 

 手加減?そんなものはない。生物学上女性だとしても、今彼女は英霊であるし、アーサー王だ。俺の攻撃を喰らっただけで死にはしないのだ。多分。

 バキィ!という人体から決してなってはいけない音を立てつつXの体は地面に沈んだ。マシュと兄貴はドン引きである。仕方ないね。これが一番手取り早いから。

 

 自分で蹴り飛ばして地面に沈めたXを介抱するというマッチポンプと言われても文句は言えないレベルのものなのだが、残念ながら優先順位が違う。

 俺たちはXが目を覚ますまでにジャンヌ・ダルクとこの時代のことに対する情報と俺たちがここに来た目的などを話した。

 

 



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現状確認

ランサーニキは仁慈と一緒に料理つくってました(解体)


 

 

 

 

 

 

 パチパチパチと木々が燃えて、木炭へと変わっていく音が耳に届く。それと同時にいい感じに食欲を刺激するようないい匂いも鼻腔を通じて入ってきていた。ちょうどお腹がすいていたことも相俟って、私はガバッと起き上がりぐるぐると周囲を見渡してしまった。そうすると視界に入ってきたのは私を上から見下ろすマスターの樫原仁慈だった。急に飛び起きた私のことをパチクリと驚愕顔のお手本みたいな表情を浮かべた後にふっと柔らかく微笑み、目の前に大きな肉を出してきた。なんですかこれ。

 

「ご所望のワイバーンの丸焼きverマンガ肉だよ。さっき首筋に思いっきり蹴りを叩き込んでしまったお詫びと思ってくれ。いやほんと悪かった……。まさかサーヴァントを二時間ほど眠らせるほどの蹴りを繰り出せるとは思ってなくて……」

 

(マスター)からマンガ肉を受け取りつつ、私は彼の言葉を頭の中で反復させる。……そこでようやく思い出した。先ほどまで私がどのようなことになっていたのかを。

 そういえば、ジャンヌ・ダルクと呼ばれた彼女の顔を見た瞬間自分の背負った(カルマ)がちょっとばかり暴走し、黒い聖剣も出しながら全力全開で彼女を叩き斬りに行ったんでしたね。正直、悪いことをしたかなと若干思ってはいるんですよ?………ごめんなさい嘘つきました。ぶっちゃけもはやこれは呪いのレベルというか、私が私たる根本的な部分なので覆しようがないんですよね。マスターにものすごく申し訳なさそうな顔をさせてしまっているので、悪いなとは思っているんですけど。………いえ、やっぱり私は悪くありません。悪いのはひたすら増殖を続けるセイバー(顔)の人たちです。うん。本当にね、黒とか赤とか白とか紫とか桜とか色々増えてきて……青はオワコンとか言われるようになって……私に存在する価値がなくなってきてしまったから………ボソボソ………。

 

 次々と思い浮かぶ考えにどんどんと気分が沈んでいっている自分がいることをはっきりと確認できる。

 

「……どうした?やっぱりやばかった?思いっきりキマってた?自分でやっておいてなんだけどさ、本当に大丈夫?」

 

「どうしてそこまで心配そうにするんですか」

 

「Xが差し出された料理を食べないとかもう俺がやらかしてしまったことが原因でしょう。明らかに」

 

 冗談でも何でもない本気で心配しているという表情を浮かべながら今まで聞いたことないほど深刻そうな声音でマスターはそう言った。それに同意するのはランサーたるクー・フーリンとなんとなく親近感を覚えてるマシュ。

 失礼な。そこまで食い意地張ってないですよ。

 なんてことを考えつつも、本気で心配してくれるマスターに感謝する。私をこの状態にしたのは彼だけど、必要とされていない私にここまでしてくれる人はいなかったから。まぁ、セイバースレイヤーなんてやってる私がいけないんですけど。

 

「いえ、大丈夫です。ほら、普通にお腹もなっていますし、このまま食べさせていただきます」

 

 先ほどまで何気に膝枕してくれていたらしいマスターの膝にもう一度お邪魔して、お肉を頬張る。マシュがどこか羨ましそうにこっちを見ているのが見えるが、知らぬ存ぜぬを貫き通すことにする。

 

「俺の膝の上で……しかも寝ながら食べるな」

 

 呆れたような声とともに体が強制的に起こされる。残念。

 ジト目でマスターに抗議をしながら肉をパクつく。すると、私が襲い掛かってしまった憎きセイバー顔……ジャンヌ・ダルクがこちらを見ながら笑っていた。何で笑うんですか。

 

「いえ、いきなり斬りかかって来ようとしたからどんな方かと思っていたのですが、面白い人ですね」

 

「あの時は、あれですよ……ちょっと心のうちから湧き出る衝動というか発作を抑えきれませんでした」

 

「えっ、あれそういう類のものなの?持病かなんか?」

 

 すかさず入るツッコミに再び笑みを作るジャンヌ・ダルク。なんというか、私が知っているジャンヌ・ダルクと違うんですけど。私の知っているジャンヌ・ダルクは割と腹黒いうえに犬耳フリフリミニスカ魔法少女コスプレをした人だったんですけどねぇ。

 

 マスターは脱線しつつある話を一度手をパンと叩くことでリセットしたのちに真剣な表情を作り出した。

 

「とりあえずX。喰いながらでいいからジャンヌさんとまとめた情報を今から言うからしっかり聞いといて」

 

 マスターが口を開く前に、二つ目のお肉を口の中に放り込む。

 

「………現在フランスでは、大暴れしている黒いジャンヌ・ダルクと今俺たちと一緒にいる白いジャンヌ・ダルクの二人が存在している。で、その黒いジャンヌ・ダルクはフランスの王シャルル9世を殺してオルレアンを乗っ取ったらしいんだ。おそらくこれが特異点化の原因だと思われる。何が言いたいかと言うと、俺たちは黒ジャンヌを倒してそいつが持っていると思われる聖杯を回収すればオーダー完了となるんだ。つまり、俺たちのやることは、黒ジャンヌを倒して聖杯を奪取すること………オーケー?」

 

「はい。実に簡潔で分かりやすい今までのあらすじでした。……しかし、疑問も生まれます。私たちの目の前にいるジャンヌ・ダルクは一体何なのですか?サーヴァントというには存在感が薄すぎますし」

 

「そこに関しては謎らしい。本人も数時間前にPONと召喚されただけで、聖杯からの情報ももらえずに投げっぱなしジャーマンを喰らったらしいし。まぁ、それでも十分に戦えているけどさ。俺なんかよりもよっぽど」

 

 襲い来るワイバーンから守られちゃったしとアメリカンに肩を竦めるマスターですが、この人は基本的に身体能力ではなくその身につけている技術で戦うタイプなので、ワイバーンなどの人外生物との相性はそこまでよくないんですよね。それにあれでも……あれでも、マスターは人間ですから、体の構造的に不可能なことはできません。逆に人間と似たような身体構造をしていれば彼の技術はかなりの力を発揮します。それは、クー・フーリンとも正面から渡り合えるほどです。私の場合はさらに身をもって知っていますからね。二時間寝てましたし。

 

「で、ここからが問題。黒いジャンヌ・ダルクは俺たちと行動を共にしている白ジャンヌと同じクラスで復活したのだとしたら、当然彼女にもルーラーの特性が引き継がれている可能性があるんだ。そしてその能力はジャンヌから聞いた限りだと、令呪や真名看破、他にはある程度近くにいればどのクラスのサーヴァントが居るのかわかるらしい。だから、この辺のことを気を付けて。もし黒ジャンヌと遭遇した場合は優先的に手にある令呪を狙いに行くように。手段は問わないから」

 

 この人何のためらいもなく言い切りましたよ。

 令呪を何とかするということはすなわちその手を切り取るということなのですが、それを何の表情もなく言い切れるとは……我がマスターながら生まれる時代を間違えたのではないでしょうか。

 

 彼はそれだけ言うと再び料理(肉を焼く作業)に戻っていった。私は私で、これから一緒に戦うことになるであろう彼女、ジャンヌ・ダルクに謝罪しにいった。行動を共にするのであれば、先ほどのことは確実に謝罪しないといけない事案……むしろ謝罪しても許されないことです。しかし、けじめは必要なのです。マスターに迷惑をかけるわけにはいかないですから。その相手がたとえ憎きセイバー顔だとしても……!

 

「あの、先程は本当に申し訳ありませんでした。ちょっと持病の発作が……」

 

「珍しい病気をお持ちなのですね。それはさぞ大変でしょう。周囲の人に対していきなり斬りかかってしまう衝動を持っているなんて。大丈夫です、先程のことならもう気にしていません。ですから貴女も頑張ってください」

 

 なんですかこの眩しさ。四月一日に星座に関係する戦士たちが居そうな宮殿で戦った魔法少女(笑)的な人とは似ても似つかないです……。

 すべてを許すという正しく聖女らしい笑顔を浮かべた彼女を見ていると自分の中にある汚い部分が余計にわかってしまって精神的にライフゼロなんですけれども……。

 そうして私は苦し紛れに肉を口に詰め込むことで自分の気分を紛らわすのだった。もぐもぐ、おいしい。

 

 

 

 

 

 

 



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ラ・シャリテ

(話が進まないことに対して)許しは乞わん、恨めよ。


 今後の方針としては黒ジャンヌが占領したオルレアンを目指しつつ情報収集をしていく形をとることにした。正直、敵の黒ジャンヌがルーラーのクラスを持っていたら即戦闘になってしまうのだが、その時はその時で考えるので俺は考えるのをやめた。やはりカーズ様は偉大(確信)

 

 カーズ様はともかくこの戦闘で問題になってくるのは十中八九いるであろう相手方のサーヴァントのことである。彼らは過去に自身の偉業を認められた者たちのことであり、当然のごとく人智を凌駕する力を持っている。しかし、デメリットもあるのだ。それは自身の神話や逸話に縛られてしまうというものである。うちのクー・フーリンで言えば犬を食えば 大 弱 体 とかそんな感じだ。そこを付けばかなり戦闘を優位に進めることができる……とはカルデア所長のオルガマリーの弁。流石所長。現場にいなければしっかりとエリートしているあたりなんとなく頼りになるわー。なんとなく。

 

『なんとなくとは何よ。なんとなくとは!』

 

「戦闘ビビッてマスターだけレイシフトさせるデミ・サーヴァントはちょっと……」

 

『貴方がおかしいっていい加減気づいてくれない!?』

 

 気づいてて言っているんですよ。

 でも、俺はともかくマシュは戦闘経験もないのにデミ・サーヴァントとして一緒についてきているんですよ?なのに所長と来たら……。

 

『ぐぬぬ』

 

 こんな感じの緊張感のない会話を交わしつつもやることはしっかりとやっていますことよ? 

 現在は隠れ蓑にしていた森を抜けて、近くにある街――――ラ・シャリテに向かっている最中である。ここで情報がなかったらさらに敵の本拠地(暫定)であるオルレアンに近づかなくてはいけないのだが、現状これくらいしか取れる手立てがないので仕方がない。

 ぶっちゃけ、かの有名なクー・フーリンとアーサー王(断言)が居るからぼろ負けはないと思うのであるが、こちらは数に限りがあるため慎重にならざるを得ないんだよなぁ。向こうは聖杯と言うこの場におけるサーヴァント量産マシーンを持っているからさらに慎重にならなければならないというドМ仕様。これで一番歪みが小さい特異点だっていうんだからやる気も削がれるってもんよ。

 

 なんて、人類最後のマスターが考えてはいけなさそうなことを考えつつも歩みを進めていると、唐突にロマンが通信をよこした。

 

『む、ラ・シャリテの方からサーヴァントの反応だ。けど、ものすごい勢いで離れて行ってる……あ、ロストした』

 

「「!」」

 

 ロマンの言葉にいち早く反応したのはマシュとジャンヌさんだった。しかしそれも当然のこと、サーヴァントの反応が町から遠ざかるなんて理由としてはかなり限られてくる。すなわちそこが本拠地か襲いに来たかのどちらかである。そして、本拠地がオルレアンだと分かっている時点で前者の可能性は消える。つまりは……あのサーヴァントたちはラ・シャリテを襲い終わった後ということだ。その証拠であるかのように、俺たちの目的地であったラ・シャリテは炎に包まれている。

 それが目に入った瞬間、ジャンヌさんはすぐさま地面を蹴ってラ・シャリテに走り出した。彼女を一人にするわけにもいかないので俺とマシュ、Xそして兄貴も彼女の背後を追って走り出したのだった。

 

 

―――――――――――

 

 

「これは――――!」

 

 たどり着いたラ・シャリテはもはや町ではなくただの瓦礫の塊と化していた。そこにはかつて人が住み、営みをしていた頃の風景はない。あるのは、そこらに乱雑する人間だったものと、家だった瓦礫の山、それらを包む赤い炎だけである。

 いや、それだけならどれだけよかっただろう。あろうことか、元町の人が屍人となって俺たちを襲ってきたのだ。

 

「くっ―――――!?」

 

 俺とX、兄貴はともかくこのフランスの民のために立ち上がったジャンヌさんといまだ戦場慣れしないマシュではこの光景は中々厳しいものがあるかもしれない。そう考えた俺はすぐさま兄貴とXに指令(オーダー)を課す。

 

「アサシン、ランサー。全力で目の前の障害を排除だ」

 

「了解」「おう!」

 

 動き出した英霊たちになすすべもなく屍人たちは再び地面に沈められていく。かくいう俺も自分に襲い掛かってくる奴には全く容赦していない。平気で人体の急所を突いているし、頭に思い切り槍だって突き刺す。

 途中で、死体を喰らいに来たワイバーンたちもやってきたが、戦線復帰を果たしたマシュとジャンヌさんのコンビになすすべもなく地面に墜ちていった。

 

「意外だな。マスター、こういうのは平気なんだな。普通の人間だったら吐いてもおかしくない状況だが」

 

「槍師匠がそうなるようにした。というかされた。戦闘中は何があっても動揺しないようにという感じに。まぁ、俺が未熟だからそこまで微動だにしないということはないけれど。このくらいなら問題なし。…………後で吐くかもしんないけど」

 

「(師匠ェ………)」

 

 兄貴が何やら溜息をついているが、今はそんなことを気にしている場合ではない。俺の直感(偽)がささやいているのだ。ここは危ないからすぐさま逃げろと。同じことを思ったのかXも俺とほぼ同時に空を見上げた。

 

『――――ッ!?みんな今すぐそこから離れるんだ!先ほど消えたサーヴァント反応が反転して戻って来た!どうやら君たちの存在を感知したらしい!数は五騎、速度からしてどいつもこいつもきっとワイバーンに乗ってるぞこれは!』

 

「チッ」

 

 タクシー竜装備とは羨ましすぎるな。っとそんなことを考えている場合じゃない。とりあえず逃げなくては。撤退命令を出そうと口を開こうとした時、ジャンヌさんが俺たちの前に一歩踏み出した。曰く、どうしてこのようことをしたのか問いただすらしい。マジでか。確かに情報が聞き出せるのはいいことだけど、こっちは数で負けているうえにマシュもジャンヌさんもお互いにサーヴァントとして完成しているとは言い難い。つまり何が言いたいのかと言えば、質的にも数的にも合計としては劣っているであろう俺たちだと中々につらい状況なのだ。ついでに言うと、マスターの性能が違い過ぎるのも痛い。相手のマスターがサーヴァントというわけわかめなことなのもつらい。マスターの癖にサーヴァントと殴り合えるなんて、インチキもいい加減にしろ!こんなことなら冒頭の部分でもっとしっかりと策を練っておくべきだったか……!

 

『気持ちはわかるけど、今は逃げよう!流石にこの戦力差はマズイ……!』

 

「しかし……!」

 

 なかなか引き下がらないジャンヌさん。……ここで彼女を見捨ててはならないと俺の直感(偽)が告げているため、確認の意味を込めて我らがジャージ王、Xにアイコンタクトを送る。するとゆっくりとしかししっかり頷いた。

 彼女の直感がそう言っているなら俺たちもここに残ろうではありませんか。そう考えを固めてサーヴァントたちに戦闘態勢を取らせる。ロマンももはや何を言っても無駄だと思ったのかあきらめて通信を切ったようだった。ごめんよ。

 

「……とりあえず、相手の情報を抜き出す形で適当に戦うこと。ジャンヌさんはその間しっかりと問答するといいよ。その間の時間くらいは稼げる……はず」

 

「おいおい自信持てよ。俺たちが居るんだぜ?」

 

「そうですとも。セイバーであろうとそうでなかろうと私のエクスk―――ゲフンゲフン無名勝利剣が一太刀のものに切り捨てごめんして差し上げましょう」

 

「私も微力ながら全力でサポートさせていただきます!」

 

「みなさん……ありがとうございます……」

 

 心が一つになったことで、先程から強い気配を感じられる上空のさらに奥の方に視線と意識を向ける。やっていることがDB染みているかもしれないが、これが本当に便利なのだ。エミヤ師匠ほどではないが、それなりに見える目を魔力強化して、敵の姿をとらえる。

 

『来たぞ、上だ!』

 

<エリック、上田!

 

 もう許してやれよ……。

 ロマンの声と同時に俺はもはやテンプレになりつつある弓と矢をルーン魔術を使って手元に出現させると。自分の視界に入った五騎めがけて同時に五本の矢を放った。その後、矢に元々仕込んであったルーンに魔力を流して様々な属性を付属する。そうすることにより、遥か遠く離れた敵でもしっかりと矢が届くようになるのだ。敵サーヴァントと思われる者たちは皆一様に突如飛来した矢に驚いて一瞬だけ固まる。しかし、そこは英霊と呼ばれしもの達、すぐさま正気を取り戻し各々の得物で矢を見事に防いで見せた。

 元々当たればラッキーくらいの感覚で放っていたため、特にリアクションをとることもなく弓をしまうとすぐに槍を右手に出現させてつかんだ。最近、兄貴と戦ってばっかりだから本当に槍寄りになってしまう……剣はともかく弓は汎用性があるからあまり鈍らせたくないのだけど。

 

「…………不意打ちなんて、少しはやるじゃない」

 

 上空からワイバーンで現れた彼ら、その中でも今回の主犯であろう黒いジャンヌが一番最初に口を開いた。

 彼女の肌は、かつて冬木であった黒騎士王にも劣らないほど白いもので、髪の毛も何処か白が混ざっているようにも見える。それ以外は完全に本人と言っていいほどのものなのだが、唯一その浮かべる表情だけは同じ顔のパーツからなっているとは思えないほどのものとなっていた。

 現に今浮かべている皮肉気な笑顔は俺の横にいる彼女とは似ても似つかないものだった。そんなことを思い浮かべつつも、俺に向けて言葉を放っているらしい黒ジャンヌに対して言葉を返す。

 

「戦いにおいて、やれることをすべてやるのは当然のこと」

 

 って槍師匠が言ってました。というか、こうでもしないとあの人俺のこと認めてくれませんでした。使えるものは何でも使う……それがケルトの流儀らしい。

 

 俺の放った発言に、黒ジャンヌの背後にいた金髪にレイピアを持った女性?男性?女性?……その人が少しだけ顔をしかめた。どうやら彼女は割と正々堂々とした戦いをご所望な様子である。

 先ほどの発言で俺が狙われる可能性を計算しつつ、話を続けようとする黒ジャンヌの言葉に耳を傾ける。

 

「いいわね。その考え、私は好きですよ?今日、この瞬間に聞かなければ仲間にしたいと思うくらいにはね。けれど、ダメ。あなたの隣にいるその女。愚かな愚かなジャンヌ・ダルク()の隣にいるのはダメだわ。本当に……なんでこの国の奴らはこんな田舎娘に頼ったのかしら。そこにいる愚かな女に助けを求めるくらいならこの国は亡びるべきd―――――」

 

「セイバァァァァァアアアア!!!」

 

「ちょっ!?まだ途中なんですけど!?」

 

 黒ジャンヌが忌々しそうな表情を浮かべつつ、ジャンヌさんになにかを言おうとしたその時、ついに持病が我慢できなかったXが乱入してきた。解説フェイズの敵に向かっていきなり聖剣でアンブッシュしたのである。これにはさすがの黒ジャンヌも動揺を隠せないようで、いつぞや夢で見たことのあるようなテンションで必死に回避行動を行っていた。だが、元々ジャンヌ・ダルクは神からの啓示でフランスの民を救った聖女。戦場に立ってはいたものの周囲を鼓舞していただけの少女である。正直戦闘向きではないために、Xの攻撃に段々対応できなくなっていた。まぁ、ジャージ着ているとはいえかのアーサー王(断定)だから仕方ないとは思うけど。

 

「くっ―――!バーサーク・ランサー!こいつの相手をしてやりなさい!」

 

 黒いジャンヌが背後に向かって大きく跳躍した。当然Xもその隙を逃すわけもなくここ一番の踏み込みを見せるものの、彼女と黒ジャンヌの間に割って入った人物が彼女の聖剣を受け止めていた。その人物とは、敵陣営の中の黒一点。黒いコートのようなものを羽織り、何処か怪しく光る金髪をなびかせたダンディーな男性だった。渋い。

 

「よい一撃だ。それに美しい……その肉体……その魂……!私の槍で貫いたのであれば、それはどれほど甘美なことか!」

 

「会って早々女性に対して貫きたいとか変態ですかそうですか。しかし、残念でしたね。私の体は既にマスターが予約済みなのであなたの分はありません」

 

「聞いてないんだけど!?」

 

 戦場のど真ん中でそういうこと言うのやめてくれませんかねぇ……。見ろよ我らが味方陣営の目線を。兄貴はヤることしっかりヤっているんだな的な視線を向けてくるし、マシュは泣きそうになるし、ジャンヌさんは真っ赤だし、ついでに黒ジャンヌも真っ赤だ。何なのこいつら。

 

「何はともあれそこをどきなさい変態!私にはすべてのセイバー(顔)を殲滅する使命があります!我がマスターのためにも!」

 

「X、お前後で俺のところに来い」

 

「(あ、これやばいやつだ……)」

 

 今さら気がついても遅いわ。

 久々に切れちまったよ……。

 変態のレッテルを俺に貼るだけでは収まらず、さらに辻斬りの主犯格にしようとするとは許すまじ。

 

「あ、あら?あなたたちに後でがあると思うのかしら?まさか、この私が逃がすとでも?ハッ、舐められたものね」

 

「顔真っ赤で言われても……」

 

「―――――ッ!」

 

 とても悪役っぽいセリフを若干どや顔気味で言っているところ悪いけれど、先程の会話で赤くなった顔がいまだに戻っていないために何処か可愛げのある感じになってしまっていた。

 そのことに気が付いた黒ジャンヌは、さらに赤くなった顔で自分の背後にいた三体のサーヴァントと目の前にいる黒コートの男性に命令を下した。

 

「私のサーヴァントたち!こいつらを蹂躙なさい。幸い彼らは強敵です。思う存分戦いなさい!」

 

 そんな彼女の言葉に彼らは一斉に動き始めた。それに合わせて俺たちもそれぞれの敵へと向かって行く。

 

「へぇ、俺の相手はあんたか。ま、同じ槍使いとして一つ楽しもうや」

 

「ふむ、たまには純粋に武芸を披露するのも一興か……。よかろう、ひとつこの私が相手をしてくれる」

 

 兄貴 VS 黒コートのサーヴァント。

 

「………まぁ、あのセイバー(顔)はジャンヌさんが相手するそうなので、私に付き合ってもらいましょうか。私の直感があなたなら簡単に倒せると言っているのです」

 

「なぜかしら。相性的に絶対に勝てない気がするのは……。ったく、ライダーじゃなければもう少しはマシなのだけどね……」

 

 ヒロインX VS 痴女聖女

 

「あの娘は私がもらうわ。いいわね?」

 

「かまわないよ。私は私で、あの男に用があるからね」

 

「マスター……」

 

「……大丈夫、大丈夫。ジャンヌさんがあの黒ジャンヌと話をする時間を作るだけだから何とかなるんだろう。多分、きっと、メイビー」

 

「……私がしっかりお守りします!マスター!」

 

「あれー?」

 

 俺&マシュ VS 金髪の騎士&SM嬢擬き

 

「…………本当に不愉快な面ですね。ここで消して差し上げますよ」

 

「………………」

 

 ジャンヌ VS 黒ジャンヌ

 

 

 今ここで、様々な組み合わせによる、混沌とした戦いが幕を開けた。

  

 

 

 




ここから先は自己責任で見てください。








もし、仁慈(FGO)が仁慈(GE)を呼んだら。




















 「サーヴァント・バーサーカー召喚に応じちゃったから参上した。どうも、マスター=サン。ジンジです」

 「ドーモ、ジンジ=サン。仁慈です」

 カルデアのある一室。英霊召喚を行う場所にて、今、あってはいけない人物たちが邂逅を果たしてしまった。

 「「イェーイ!」」ビシバシグッグ!

 ―――――――――――魔術王よ、胃薬の貯蔵は十分か?



 オルレアン編

 「ドラゴンって、どうやって倒す?」

 「跳べばよくね?」

 「でかいの(ファフニール)は?」

 「喰らう」


 
 セプテム編

 「魔神柱だってさ」

 「なぁ、お前神だろ!?神だよなぁ!?命 お い て け !!」

 「イヤーーーーー!?」



 オケアノス編

 「この船に勝てr―――」

 「神性持ちは死すべし!」

 「俺も来たぜ!」

 「」



 ロンドン

 「神とは何か?そう!雷だ!」

 「なんだっていい、神(奴)を殺すチャンスだ!」

 「ヒャッハー神様は消毒だー!」



 イ・プールリバス・ウナム

 「チーズ投げようぜ!」

 「ついでにブーメランサーもしようぜ!」

 「」

 「」


 次々と襲い来るサーヴァントたち!それを予想斜め上の方法で解決(物理)していくダブル仁慈!
 今、次元を超えたキチガイたちによる人理修復の旅が始まる―――――!


 この世界の片隅で~キチガイたちが逝く人理修復~
 近日公開しません。 


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理不尽

課題ラッシュがやっと終わりました。



 

 

「なかなかやるじゃねえか。いいところの出身と見えるが……中々どうして、楽しませてくれる」

 

「ククッ、純粋に武芸を競い合ったのは果たしていつぶりであったか………これも又貴重な経験だ……よかろう!この身は吸血鬼なれど、余の全力を以ってしてその身体、貫いてくれる!」

 

 廃墟となった街並みの中で、黒と青がお互いの得物をぶつけあいながら自分たちのギアを上げていく。ぶつけあい、逸らし、敵の身体を貫かんと槍を振るう。その衝撃で周囲の瓦礫がはじけ飛んだりもしているが当の本人たちは関係ないと言わんばかりにより強く槍をぶつけ合っていた。

 黒ジャンヌの召喚したバーサーク・ランサーはその名のとおり狂化が付与されており、自身の身体能力に上方修正を加えている。そのため、クー・フーリンはその打ち合いにおいては不利だ。しかし、その身体能力の差を彼は人智を超える槍さばきで巧みにイーブンまで持っていっている。

 

 

 

 そんなランサー組が激闘を繰り広げている中、ヒロインXとバーサーク・ライダーは一方的な戦闘を繰り広げていた。

 

 

 

「星光の剣よ……赤とか白とか黒とか消し去るべし!」

 

「くっ―――!(魔力放出からの加速ですって!?)」

 

「みんなには内緒だよ。無名勝利剣(えっくすカリバー)!!」

 

「ぐぅうううう!?」

 

 滅多切りである。見事なまでに滅多切りである。

 敵であるバーサーク・ライダーが手も足も出ていなかった。しかし、これには理由がある。黒ジャンヌが召喚したサーヴァントはどのサーヴァントも狂化スキルが付属されている。そのため、力に頼りがちな戦法になってしまうのだ。このことは根っからの英霊と戦う時においては致命的な欠落となる。さらに言ってしまえば彼女、ステゴロの方が圧倒的に強いのである。しかし、クラスがクラスなためにその本来の力を出し切れていないのだ。……さらにさらに付け加えるならば、クラスの相性が致命的だ。狂化付与にライダーというクラスはアサシンのクラスであるヒロインXと大変相性が悪いのである。もちろんクラスに縛られないキチガイ染みた奴らもいるが今回はそれに当てはまらなかった。

 

「ッ!調子乗ってんじゃねえっつーの!」

 

「――――!?」

 

 だが、彼女にも意地がある。自分たちが間違えているとしても一方的にやられるのは性に合わないとヒロインXの攻撃に無理矢理割り込み、拳を振るった。直感から直にその場を離れたヒロインXにその拳が届くことはなかったものの、直撃した地面は陥没しそこらに地割れができたほどだ。これには流石のヒロインXも脂汗を流す。

 

「――――フゥー……。ごめんなさい。私、今狂化をかけられてしまっていて、ちょっと狂暴化しているようです」

 

「………ちょっと?というか、そっちが完全に素じゃn―――「そぉい!」回避ッ!」

 

 再び飛んできたミサイr―――ゲフンゲフン拳。それを紙一重でヒロインXは回避すると拳の範囲から出るために大きく背後に跳んだ。

 

「………予想外のまっするぱわーですね。これは時間がかかりそうです」

 

「言いたいこと言ってくれるわね……!」

 

 微妙にシリアスになりきれないままヒロインXとバーサーク・ライダーの戦いは続いた。

 

 

 

 最後に、バーサーク・セイバーとバーサーク・アサシンと対峙している仁慈とマシュである。……マスターである仁慈が足止めに参加している時点で色々間違っているような気がしなくもないが、そこは今さらなので気にしないでおく。

 

「あら、残念。あの聖処女の方がよかったのだけれど……男なのね……」

 

「男でどうもすみませんね」

 

 そんな返しをしながらパッと見、帝国華撃団のような恰好をしている金髪のバーサーク・セイバーとSM嬢じみたバーサーク・アサシンと正面から対峙する。

 

「(なんだこの二人のコスプレ臭は……)」

 

「先輩どうしましょう?」

 

「(やべぇ、うちの方も大して変わらなかった)」

 

「先輩……?」

 

 さすがに返事を返さないのはまずいと思ったらしい仁慈はいったん自分の思考をカットするとマシュに返事を返した。

 

「どうしたの?」

 

「敵は英霊二体です。やはり私たちで勝つのは難しいのでは?」

 

 マシュの心配はもっともである。なんだかんだ言って普通に人間である仁慈とデミ・サーヴァントとなってから日が浅い二人では英霊に勝ことは困難である。しかし、そのことに関して仁慈はなんてことない風に答える。

 

「さっきも言ったように俺たちのすることは足止めだから。その点に関しては問題ないと思うよ。回避には自信があるし、マシュも耐久型だから十分に耐えられる」

 

 先ほどは自信なさげにその言葉を発した仁慈だったが、今回は違う。完全にスイッチを切り替え、はっきりとした口調でその言葉を口にした。そのことにより、マシュも仁慈を信じて盾を構える。

 

「生意気ね、あなた。どちらが上でどちらが下か、私自ら教えてあげるわ。さぁ、かかってらっしゃい」

 

「そうですか。それでは胸を借りるつもりでいかせていただきましょう」

 

「胸っ――――!?なっ、何を言っているのかしら!この変態!」

 

「えぇ……(困惑)」

 

 予想外すぎる返しに流石の仁慈も困惑を隠しきることができなかった。しかし、その困惑のおかげで周りを気にする余裕が失われ結果的に仁慈へ白い視線を送っているバーサーク・セイバーとマシュに気づかなかったことはきっと本人にとってとても幸福なことだったのだろう。まぁ、その直後にマシュからかけられた声によってその幸福も砕け散ることになってしまうのだが。

 

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

 

 くっ、まさか俺の発言を逆手にとって社会的に抹殺しにかかろうとしてくるとはなんということだ……!おのれSM嬢擬きめ!なんて恐ろしい技を使うんだ……!おかげで、先ほどまで信頼を向けてきてくれたマシュが若干冷たくなってきているんだぞ!

 

 内心でそうSM嬢擬きを罵りつつ、相手の出方を見る。ぶっちゃけ、総合的に劣っている俺たちが突っ込んだらその場でカウンターからのKOしか思い浮かばない。

 

「――――――――――ッ!」

 

 なんて考えていると帝国華撃団っぽい人が俺目掛けて一直線に向かってきた。なんでやねん。

 英霊の例にもれず、高い身体能力から繰り出される素早い動きでこちらに接近してくるが、日ごろから兄貴と馬鹿みたいに槍を交えて鍛え上げられた動体視力を舐めてもらっては困る。振り下ろされた剣を召喚した槍で受け流そう槍を差し込む。だが、

 

「―――――げっ!?」

 

 その衝撃を受け流したにも拘わらず俺の身体は風に煽られたごみのように宙を舞った。

 

「先輩!!」

 

「大丈夫だからそっちの方をお願い!」

 

 俺に意識を向けていたマシュに指示を出しつつ俺も空中で態勢を立て直す。というか、受け流したにもかかわらず人ひとり吹っ飛ばすとかどういう力してんだあの華撃団員。

 槍を地面に刺して、弓と矢を召喚して華撃団員に向けて放つ。エミヤ師匠から習ったことによってそれなりになった弓術から放たれる矢は敵を穿とうとするが、それらをすべて剣で弾くと再び彼女は接近を試みようと足に力を入れていた。

 

「まじか」

 

 さすが歴戦の戦士はやることが違うわ。兄貴もそうだけど、次の行動に移るまでの間隔がなさすぎる。足元、頭、鳩尾、腕それらすべてに自分の持てるすべての技術を乗せた矢を放つ。魔力を浸透させて、普通のよりもはるかに強化されているはずの矢をごく普通にはじく姿を見て憤りを感じざるを得ない。どうしてこうも英霊と言う者は理不尽なのだろうか。ほんと、接近しながら矢を斬るとか頭おかしいんじゃないんですかね(真顔)

 

「はぁぁああ!!」

 

「のわっ!?」

 

 気が付けばすぐ目の前に華撃団員が居たため弓を強化してぎりぎり剣を受け止める。しかし、先程受け流したにも拘わらず吹き飛ばすほどの力を持っている奴だ。強化も虚しく弓が真っ二つに裂けてしまう。

 

「くっ、舐めんな!」

 

 さらに一歩踏み込み刺突の態勢に入った華撃団員と同じく俺も懐に入るように踏み出す。やることはもちろん拳での対応だ。兄貴との戦闘で培った目に任せて刺突を最小限の動きで回避を行う。そのあと行うのはもはやテンプレとなった八極の一撃。愉悦とマーボーでできたような神父である師匠に教わった武術。彼はこの技で数多もの人外を仕留めてきたという。俺にその技が出せるかどうかはわからないが、兄貴にも認められたこの攻撃を今は信じる。

 

 ――――喰らえ

 

八極無名拳!(名前はまだない!)

 

「―――――――!?」

 

 セイバーということで対魔力や前線で残れるだけの耐久力は確かにあるのだろう。だが、内部からの攻撃にはなかなか対抗できないだろう。なぜならそれは、内臓を直接殴られたにひとしいものだからだ。いくら体を鍛えたところで内臓までは鍛えることはできない。今回は黒騎士王に行ったものと同じく、すべての衝撃を体内に残すものを使った。これにはさすがの彼女も耐えきることができなかったらしい。一度膝を折ると最後の力を振り絞って背後に跳び、SM嬢の隣に立った。

 

「ただの人間相手に何をやっているの?」

 

「……ごはっ……ぐっ……内臓に直接、衝撃を送り込まれたんだ……がはっ……はぁ、はぁ……あのマスター、下手なサーヴァントよりも厄介だ。ハハッ、ああいうのを理不尽の塊っていうのかな」

 

「失敬な。理不尽が服着て歩いているような英霊には言われたくないんですけど」

 

「いえ、一番先輩が言えません」

 

 また味方がいないよ。

 近くに来たマシュがまたもや俺の精神を傷つけるようなことを言った。まぁ、それはいいか。

 さて、改めて相手が二人そろったところで俺も次の行動に移る。本当ならもっと遅くに出しておきたいものなのだけど、出し惜しみは死亡フラグとわかっているので遠慮せずに出すことにする。

 

「先輩それは……」

 

 俺が取り出したのは槍師匠からもらったあの槍。

 実はこの槍、兄貴が持っていたものの劣化したバージョンということで神秘ととても相性が良かったのである。で、俺の魔力強化とダ・ヴィンチちゃんの改造を施した結果。真名開放なんてしなくてもある程度の破壊力を持たせることが可能となった。瀕死の敵もいることだし、思いっきりぶつけることにする。

 

「マシュ、ちょっと盾構えといて」

 

「はい!」

 

 マシュに声をかけることによりこちらの二次被害を抑えにかかる。彼女が盾を構えたことを確認した俺は真っ先に槍に魔力を流した。

 

 その槍の色と同じような深紅に光りだす。

 

 

「はぁ……はぁ……あれは、中々、マズイんじゃないかな……?」

 

「人間が何であんなもの使えるのよ……!?おかしいんじゃないの!?」

 

 若干素が出始めているSM嬢と華撃団員。

 しかし、ケルト流戦術を受講している俺が敵に容赦する確率は最初からゼロ%だった(ブロントさん感)。このままあの二人には裏世界でひっそりと幕を下ろしてもらおう。お前ら調子に乗った結果だよ?

 

「投擲!」

 

 魔術とか科学とかが交差した深紅の槍がちょうど敵の足元あたりに着弾する。そして、間をあけずに、あたり一面を吹き飛ばした。

 ドカンなんて音ではない。もはや何なのかわからないくらいの轟音が響き渡り俺たちの視界を光で染め上げた。着弾と同時に俺たちはマシュの構えた盾の後ろに隠れたからそこまで被害はなかったが、轟音が消え、あたりが戻ったときそこにはひどい光景が広がっていた。

 瓦礫が転がっているというレベルではない。もはや隕石でも落ちてきたのかというようなクレーターが出来上がっており、ぶっちゃけ、黒ジャンヌたちが出した建造物の被害なんて無きに等しいくらいの被害を出していた。

 

「……おいおい」

 

「これはまた……派手にやりましたね」

 

「フム……」

 

「な、なんなの?アイツ」

 

「…………」

 

「……えっ、こんなのが来るなんて聞いてないんですけど。ジル?ジルー。………そういえばいないんでしたね……………これ、まずくないですか」

 

 敵も味方もそろいもそろってこの反応である。あえて言わせてもらえば、俺じゃなくでダ・ヴィンチちゃんが悪いと思う。いったい誰があの槍をここまでの破壊力が出るまでの兵器にできると思うのだろうか。

 

「わ、私のサーヴァント達。いったん引きましょう。えぇ、それがいいです。そこの奴らの戦力も分かったことですし、手を考えましょう。ジルも交えて」

 

「マスターの意向であれば仕方ない」

 

「異議はないわ」

 

「私ももう戦える状態じゃないから問題はない」

 

「…………聖処女の血は別の機会にしましょうか。あれのいないところでね」

 

 そう言って彼らは呼び出したワイバーンに乗って去っていく。しかし、その直前に俺が戦っていた華撃団員がこちらを向いて口だけ動かした。

 

「私を止めてくれてありがとう……か」

 

 結果だけ見れば内臓をひっかきまわしただけなのだが、それでもありがとうと言うのは彼女はこのフランスに関わりのある英霊だったのかもしれない。国に忠誠を誓った騎士かシュバリエか何かだったのであれば、フランスを破壊する自分を止めたことに感謝してもおかしくはないし。

 

『サーヴァントの反応ロスト。完全にその場を離脱したようだ』

 

 ロマンの言葉に体の緊張を解きながら一応敵意のある存在の探索を行う。こちらでは反応がなかったが念のためXの方にも確認をとる。彼女も首を振ってくれたので敵はもういないとみていいだろう。ここ最近、Xが完全にレーダーみたいな扱いになっているが俺は謝らない。何故なら直感は物凄い便利スキルだから。

 

 

 警戒を解き、黒ジャンヌが飛んで行った方向を眺めているジャンヌさんに近づく。どうやら彼女の表情を見る限り納得のいく答えは得られなかったようだ。

 

「………すみません。私のわがままを聞いていただいて」

 

「大丈夫ですよ。敵サーヴァントの戦い方なども色々わかりましたし、全員無事でしたし」

 

「本当に、ありがとうございます」

 

 彼女は元々村娘だった。しかし、戦場で先陣を切って戦っているうちに戦術なども分かるようになっていただろう。だからこそ、今回の行動が悪手であることがわかっているのだ。謝りたい気持ちもわかるため受け止めておく。

 

 ジャンヌさんとの会話に一区切りつけたので今度は兄貴とXからほかのサーヴァントの情報を聞き出すことにした。

 

「どうだった?」

 

「あの男は中々やるぜ。特にいたるところから杭を出すなんて愉快なことをしてくれやがる。だが、あれは狂化されていることで攻撃的になっているんだろうぜ。本来なら自分の周りに忍ばしておいて、敵が踏み込んだ時に使った方が有用だからな。おそらくあのサーヴァントは本来防御に傾いた奴なんだろうよ。バーサーク・ランサーと呼ばれていたことから狂化されたランサーってとこか」

 

「私の方はライダーでしたが……正直、拳の方が強いというクラスを投げ捨てたサーヴァントでした。あえて当てはめるとすれば、グラップラーといったところでしょうね」

 

 なにそれ怖い。

 Xと戦っていたのってあの痴女シスターでしょ?あれでステゴロ強いとか超怖い。俺が戦った相手も見かけからは予想もできない力を持っていたけどね。やっぱり英霊は理不尽。

 

「私たちのところは多分、セイバーとアサシン……ですよね」

 

「うん。一人キャスターかと思ったけど、それにしては魔力の運用がかなりおざなりだった。唯、アサシンの特性が何一つとして生かされていなかったから、絶対に何かがあると思う。アサシンの枠に収まる何かがね。もう一人のセイバーはフランス出身の英霊だと思うよ。俺が戦闘不能に追い込んだとき『ありがとう』って返してきたし」

 

『なにごく普通に戦闘不能に追い込んだとか言っているのかしら……』

 

 あーあー聞こえなーい。

 所長のツッコミを塞ぎつつ、これからのことを考えようとした時、ロマンから通信が入った。

 

『ん?七時の方向にサーヴァント反応あり。数は二体だね』

 

「みんな、戦闘準備」

 

 俺の声に反応したマシュたちは一斉にそれぞれの得物を構える。

 

「あら?あらあら、皆さまそんなに怖い顔をなさらないで。別に私、貴方たちと対峙するために来たわけではないの」

 

 聞こえてきたのは何処かふわふわとした声。その声は何処かマシュに似ているような気がした。

 そして、その緊張感に欠けた声とともに一人の女性……正確には少女と言える外見の女性と一人の男性が現れた。

 受けた印象は、真逆な二人というもの。少女とも呼べるようなサーヴァントの方は表情から活発そうな印象を受け、まるで花のような雰囲気を放っていた。逆に男性の方は暗い雰囲気を纏っており、顔はピエロのようにも見える。

 

「この街からあの人たちを追い払ってくれたこと、感謝するわ。そして最後に優雅だったわ!」

 

「見てたのか」

 

 何やらテンションを上げまくっているが、今の一言で警戒レベルを一段上げる。敵対しないからと言って自分たちの味方であるとは限らない。警戒してしかるべきだと思ったからだ。

 

「こらマリア。相手の警戒心を刺激するようなことを言うもんじゃない。そういう言動が君の最後に繋がっているんだよ?」

 

「余計なお世話よアマデウス。そんなことばっかり言っていると女の子に嫌われちゃうわよ?ただでさえ屑なんだから」

 

「ハハハ、知っているとも」

 

『”アマデウス”に”マリア”……ま、まさか!?』

 

 ロマンはあの二人のサーヴァントの正体に気づいたらしく、驚愕していた。彼らのことを聞こうと口を開く前に、先に彼らが自分たちの正体を明かしてくれた。

 

「けれど、挨拶もなしに話しかけたのはだめだったわね。こほん、では改めて……ヴィヴ・ラ・フランス!私はマリー。マリー・アントワネットよ。パンがないならお菓子をたべればいいじゃない♪なんてね」

 

「だからそういう言動をやめなと言っているんだ。そのセリフ、別に君が言ったわけでもないだろうに……。はぁ、まぁいいや。僕はアマデウス。君たちにはモーツァルトと言った方がなじみ深いかな」

 

 

 

 そうやって、簡単に簡潔に彼らは自分たちの真名を口にした。

 ……あまりに有名な二人の登場にその場に数分固まったのは今では情けなく思うことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一体理不尽なのは英霊と仁慈、どっちなんですかねぇ……。


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化け物を倒すのはいつだって英雄かキチガイ

 

 

 

 

マリーアントワネットとヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの自己紹介からしばらくして、俺は一つの予想にたどり着いた。

 彼女たちは別に黒ジャンヌに呼ばれたわけではないらしい。それは彼女たちの瞳を見ればわかる。狂化が付与されている者たち特有の濁りがないからである。で、問題はここから。ここで疑問に思うべきなのは、誰が召喚したわけでもない彼女たちがどうして存在するのかということである。ロマンと所長曰く、これはこの時代の一種のカウンターだろうと言っていた。未来を焼却するとはいえ、元々の正しい流れがある。それを無理矢理捻じ曲げるのであれば修正力が働くのは当然だろうということらしい。で、その修正力がマリーアントワネットとヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトである。彼らはいわゆる歴史の中に現れた病原体(黒ジャンヌ)を排除するための白血球(対抗サーヴァント)として呼び出されたのだろう。

 

 もちろんこの考えは確証も何もないただの予想だ。唯のなんてことのないマスターの予想である。しかし、これが事実だとすると、他にも彼女たちのようなサーヴァントが居るということになるのだ。

 これが本当であれば今現在、戦力的に劣っているこちらとしてはかなり嬉しい話である。

 そのことをみんなに話してみれば概ね肯定的な意見が帰って来た。どうやら彼らも俺と同じ結論にたどり着いたらしい。

 

『確かに、まだかなり大雑把な理論だけど、可能性はなくはないね』

 

「では目下の目標として味方になってくれそうなサーヴァントの捜索かね」

 

「そうですね。おそらく向こうも、私たちと戦ってさらに戦力を増強しようとするでしょうし。………主に仁慈さんのせいで」

 

「なんでさ」

 

 ジャンヌさんの言葉に思わず反応してしまう。一回言ったような気もするけどさ。皆さま勘違いしているようですがあの槍をあんな現代兵器に変えたのはダ・ヴィンチちゃんですからね?俺はあれに魔力流してブン投げただけだから俺は悪くねぇ!

 

「投げれる時点でおかしいんだよ」

 

「解せぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――なんて、呑気に言い合っていたのが今から遡って数十分前のことである。

 

 

 

 

 では、急に数十分前のことを思い返している俺は何をやっているのかと言えば……

 

 

「ちっ、次から次へとわんこそばのようにどんどんやってくるんですけどぉ!」

 

「わんこそば……!自分の限界に挑むことができる素晴らしい食事システム……!これは私の出番ですね!私を倒したければこの三十倍は持ってきてください!」

 

「オメェじゃねえ。座ってろ。ついでに、俺たちが相手しているのはリビングデッドでわんこそばじゃねえよ」

 

 フランスの中にあるリヨンという町で、大量のリビングデッドとダンスっている途中である。正直、ツッコミを入れる気力もないので兄貴のツッコミはとてもありがたかった。俺はリビングデッドに槍を突っ込む作業で忙しいのである。

 どうしてこんなことになっているのかと言われれば話は再び数十分前、ちょうどほかのサーヴァントを探しつつマリーとアマデウスの両名と契約を結んだ頃に巻き戻る。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――

 

 

 

『親方!空からサーヴァントが!』

 

「唯一の仕事でふざけ始めるんじゃありません」

 

 カルデアに帰ったら覚えておけよロマン。

 心の中でロマンの処遇を決めつつ、彼が言ったように空を見上げてみる。するとついさっき撤退したはずの黒ジャンヌたちが乗っていたワイバーンのうちの一体が下りてきた。その上には痴女シスターことバーサーク・ライダーが乗っていた。だが、その身体は撤退する前、Xに傷つけられたままの状態である。どこからどう見ても一度撤退して再び攻めてきたようには見えなかった。

 

「そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ。私に戦う意思はありません。というか、もう戦うどころか現界すら厳しい状況です。………流石にあの数のサーヴァントから無傷で逃げるのは無理でしたから」

 

 ほら、と見せられた手は既に半分ほど透けており、彼女に残された時間が少ないことを知らせてくれた。確かにもう少しで消えるということは理解できるのだが、英霊が消えるプロセスってそんなものだっけ?

 若干疑問に思いつつも、どうして消える間際で俺たちの目の前に現れたのか問いかける。

 

「で、どうして俺たちの前に現れた?もうすぐ消えるっていうのなら、わざわざ俺たちの前に現れる意味が分からないんだけど」

 

「あぁ、それはですね――――」

 

「その前に一ついいですか?………正直、私はあなたの本性を知っているので猫かぶりはやめたらどうですか。猫かぶり系のヒロインは見苦しいですよ?」

 

「本っ当に一言、二言多いわね。ここで決着つけてやろうかしら……あっ。………コホン。な、なにを言っているのですか?これは私の嘘偽りない本心ですけれど?」

 

 嘘乙。

 あそこまでいい笑顔で明らかに嘘とわかることを言い切るとはある意味尊敬に値するメンタル面の強さだな。流石英霊。

 

「別にどれが素なのかとかどうでもいいけどさ。時間がないなら早くここに着た理由を教えてくれ」

 

 うちには最強のシリアスブレイカーことヒロインXが居るからさ。時間をかけると絶対話が脱線すると思うんだ。というかする。唯でさえ時間がないんだし、寄り道して時間切れは本当に格好がつかない。

 

 そんなことを考え、無理矢理話を進めることにした。黒ジャンヌのライダーはどうでもよくないと呟きつつも口を開いた。

 

「貴方たち、仲間を探しているのでしょう?だったらリヨンに向かいなさい。そこには私たちが追い詰めたサーヴァントが居るはずよ。彼ならかなり強力な戦力となってくれると思うわ。何せ、最強の竜殺しですもの」

 

「わざわざそれを言うために戻って来たんですか?敵である俺たちに対して?」

 

「別に私だって好きで街を破壊していたわけではないわ。そりゃあ、たまに暴れたい時だってあるけれど、人を襲うほどじゃないわよ。ほら、私聖女だから」

 

「知らねーよ」

 

 今までの話を総合した結果、この目の前のライダーが聖女という結論に至ることはなかったんですが……。見た目痴女のステゴロ女ということしかないんだよな。

 

「しかし、今さら気づいたんですけど、自分のことを偽るのやめたんですね」

 

「よくよく考えたらあなたたちは私の正体知らないだろうし、別にいいかなって」

 

「思い切りがよすぎる」

 

 1か10かしかないのだろうか。

 ということを考えつつ、光の粒子に変化していくライダーに頭を下げた。色々向こうにも事情があったことは承知だが、敵である俺たちに死に体の身体を引きずってまで情報をくれたことに変わりはないからである。すると、ライダーはフッと微笑み、胸の前で手を組んで祈りを捧げるように目を閉じで言葉を紡いだ。

 

「どうか、すべてを救わんとする貴方たちに神のご加護がありますように……」

 

 どこか粗暴そうな先ほどとは雰囲気から違い、まさに外見通りのシスターもしくは聖女のような言葉を残して彼女は消える―――――はずだったのだが、

 

「あ、そういえば私、貴女の正体わかりましたよ」

 

「えっ、ちょ―――――」

 

 最後の最後、Xの言葉に反応してしまった彼女はどうにも決まり切らない表情で座へと帰って行ってしまった。

 あとに残されたのは気まずい空気である。

 

「もしかしてやらかしちゃいましたかね?」

 

「もしかしても何も、完全にやらかしてますよ……」

 

 冷や汗をだらだらと流しながら俺にそう問いかけるXに返事を返したのは、何とも言えない表情を浮かべたマシュだった。

 

 

 

 ―――――――――――――

 

 

 と、いうことがありリヨンに来てみたものの、ライダーが言っていたとおりかなり激しい戦闘の跡があり、巻き込まれたであろう人たちがリビングデッドとなって俺たちに襲い掛かっているあの状況に繋がるわけである。

 一体一体は大したことないのだが、ジャンヌさんとマシュの精神ポイントと兄貴のやる気ゲージが赤ゾーンで割とピンチである。一応この状況に憤りを感じているマリーが手を貸してくれているが彼女は元々王女であり、戦士ではない。アマデウスと組んで何とかといったところだろうか。決して弱くはないのだが、決定打に欠けているのである。さらに、

 

「GAAAAAAAA!!」

 

「GAROOOOOOOOOOO!!!」

 

「ワイバーン……!」

 

「えぇい!ま た お ま え か!!」

 

 リビングデッドに引き続きワイバーンまでやって来た。正直キレそう。

 仕方がないので、俺に狙いを定めているリビングデッドを八極拳で内側から爆発させ、襲い来るワイバーンの首を相手の勢いや自分の体の勢い、魔術その他諸々を使って引きちぎると兄貴に向かって声を張り上げた。

 

「ランサー!宝具の開帳を許す。ここら一体の敵を根こそぎ殲滅しろ!」

 

「おう!思い切りがいいのは好きだぜ!――――――その心臓、貰い受ける。突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 兄貴―――クー・フーリンの代名詞と言ってもいい宝具、ゲイボルクを撃ち放つ。

 投げた瞬間に当たることが確定するというわけわかめ効果を持つその深紅の槍は、近くにいるリビングデッドやワイバーンの心臓を根こそぎ貫きながら普通ではありえない軌道で敵を殲滅していった。流石本家本元のゲイボルクは違うね。当たらないゲイボルクなんてなかったんやな。

 兄貴の宝具とほかのみんなの頑張りもあり、何とか雑魚ラッシュを切り抜けた俺たち。ここでようやく本命である竜殺しのサーヴァントの捜索を行おうとした時、唐突に一体のサーヴァントが現れた。今まで誰も気づくことができなかったことからクラスはアサシンだと考えることができる。

 

 そのアサシンは顔面の半分を仮面で覆い、その手はおおよそ人のものとは思えない形状をしていた。

 

「私はサーヴァント……竜の魔女よりこの街を支配下に置く者。……人は私をオペラ座の怪人(ファントム・オブ・ジ・オペラ)と呼ぶ。さあ、さあ、さあ。ここは死者が蘇る地獄の只中。――――君たちはどうする?」

 

 不気味な声と表情語り掛けるように問うファントム。しかし、残念かな。

 本人がまさに舞台さながらのセリフ回しをしている間に俺は気配を世界と同化させて彼の背後に回っているのである。

 卑怯?卑劣?外道?鬼、悪魔、仁慈?何をおっしゃるウサギさん。前にも言ったかもしれないが、戦場では口ではなく身体を動かすべきである。ここは物語の中の世界ではなく現実だ。RPGのように魔王は世界の半分をくれないし、こちら側がわざわざ相手の言葉を聞く義理はこれっぽっちもないのだから。

 まぁ、しかし問答無用での攻撃は流石にかわいそうなので一応答えておくことにする。

 

「俺たちがどうするかって?もちろん見敵必殺(サーチ&デストロイ)に決まってるじゃないか」

 

「何っ!?」

 

 背後から回答が帰って来たことに驚いたのかそのままこちらを振り向くファントム。しかし、遅い。初動が認知してからの時点で遅すぎるのだ。

 俺はルーンを利用した転移の魔術で四次元鞄から小太刀を取り出すと、彼が攻撃に移る前にその首をきれいに跳ね飛ばした。

 

 「なんとあっけない幕切れか……だが、お前たちの地獄はここから始まるぞ。せいぜいこの後に来る邪悪な竜に食い破られないことだ」

 

「生首状態でご忠告どうも」

 

 首をはね飛ばした割によくしゃべったファントムは飛ばした首が地面に接触する前に金色の粒子となってその場から消え失せた。完全に出落ちだったな。いや、俺がそうしたんだけどさ。アサシンなのに堂々と現れて演説かますってことはつまりやれってことだったんだと思うんだ。

 

 ファントムに関してそのようなことを考えつつ、彼の言った邪悪な竜という言葉がどうにも引っかかる。

 今までのワイバーンのことでは絶対にないだろうし……おそらくは黒ジャンヌが呼び出したものなのだろうけど……問題はどんなものが呼ばれたかだ。

 うーんと頭を悩ませつつも瓦礫の山と化した町でサーヴァントの捜索を再開すると、このリヨンについてから全く話さなかったロマンが慌てた様子で通信をよこしてきた。

 

『あぁ!やっと繋がった!いきなりで悪いけど、全員撤退をお勧めする!!サーヴァントを上回る超極大の生体反応だ!ものすごい速度でそちらに向かっている!』

 

「チッ、それが邪悪な竜か」

 

「サ、サーヴァントを上回るなんて……そんな生命がこの世に存在するんですか!?」

 

『そりゃするさ、もちろんするさ!なんたって世界は広いからね!というか既に身近に一人いるじゃないか、サーヴァントを上回る生命』

 

『あっ(察し)』

 

「おい」

 

 こっちみんな。さっき実演したばかりで無理かもしないけどこっちみんな。

 

『おっと、こんなことしている場合じゃない。さらにサーヴァントも3騎セットでついてきてるぞ!』

 

「でもお高いんでしょう?」

 

「先輩までXさんみたいなこと言わないでください。これは通販じゃありません」

 

「あれ、流れで軽くdisられました?」

 

 いつもの流れが帰って来たところで、再びたいして良くない頭を回転させる。この邪悪な竜がどの程度のものかがわからないため、普通は逃げるということが最も賢い選択となる。しかし、サーヴァントを上回る竜となるとあのライダーが言った竜殺しのサーヴァントは戦力としてぜひお迎えしたいところだ。…………まぁ、このまま逃げてもじり貧だ。なんせ向こうには汚染されていない純粋な聖杯を所有している。サーヴァントのバーゲンセールということもできる相手に向かって逃げても無駄だろう。なら、味方になりそうな竜殺しのサーヴァントを捜索したほうがいいかもしれない。

 

「皆聞いてくれ。今後の方針を話す」

 

『………』

 

「俺たちはここに残って竜殺しの捜索を行う。ぶっちゃけ、ここで逃げても無駄だと思うし」

 

「はい。マスターの指示に賛成です」

 

「邪悪な竜ねえ……いいぜ、面白い」

 

「その竜、私なら狩れる気がします!なんというか相性的に!」

 

「私もその方がいいと思うわ。というわけでアマデウス。迎撃の準備をしましょう」

 

「拒否権はないんだね………。まぁ、いいさ。僕はやばくなったら一人で逃げるからね!」

 

 方針を決めてそれぞれがやる気(?)を出している中、ロマンには竜殺しのサーヴァントの反応を探るように頼む。

 彼はそれを受けた後、十数秒でその情報を伝えてくれた。

 

『反応キャッチ!結構弱まってはいるけど、その先の城からサーヴァント反応だ!』

 

「了解!マシュとジャンヌさんは一緒に中へ。それ以外はいつでも迎撃できるように外で待機」

 

 指示をだし、二人と一緒にリヨンに立っていた城に入る。探していたサーヴァントはすぐに見つかったが、かなり追い詰められていたのか生きているのが不思議なほどの重傷を負っていた。

 

「ちっ、次から次へと……」

 

 敵と勘違いしているらしいサーヴァントは手に持っていた大剣を振るう。その攻撃をマシュに受け止めてもらいつつ、ジャンヌさんと俺とでそのサーヴァントに今までの状況を簡単に説明した。ぶっちゃけ、ここで嘘だと断じられていたらかなり面倒なことになっていたのだが、彼は竜という単語に色々納得したらしくあっさりと協力をしてくれた。そんな彼を伴い急いで外に出てみれば、既に間違えようのないほどはっきりと敵の存在が感知できた。

 

 

 

 ――――そうしてやってきたのはワイバーンなんて比べ物にならないほどの力を備えた竜だった。

 全身は黒い鱗で覆われており、その全長は相当な大きさだ。唯その場にいるだけなのに押しつぶされそうな圧力を感じてしまう。

 これが、真の竜種……なるほど、サーヴァントを上回る生命と言うことも納得せざるを得ない。

 

 そんな圧倒的な黒竜にまたがっていた黒ジャンヌは俺たちが見つけた竜殺しのサーヴァントを見ると冷たい目線を向けつつ口を開いた。

 

 「何を見つけたかと思えば、瀕死のサーヴァント一騎ですか……。いいでしょう、もろとも滅びなさい!特にそこのマスターは絶対に滅びなさい!」

 

 なぜか名指しをされつつ、強力なブレスを溜めている黒竜を見やる。……推定あと十五秒といったところか。なら――――

 

「ランサー、アサシン。令呪を以て命ずる。全力であの黒竜の懐に潜り込み、あの口を閉めて来い!」

 

「うわー。なんて命令出すんですかねぇ……」

 

「あっはっは!面白れぇこと考えるじゃねえか!」

 

 自分でも酷な命令だと思うが、今考えられる中で一番これが有効だと思う。ジャンヌさんとマシュで受け止めてもらうことも考えたが、とりあえず撃たせないことを考えての采配だ。二人には悪いけどね。

 

「いや、ここいらで頼りになるとこを見せておかねえとな。もう全部アイツだけでいいんじゃないかなって言われかねん」

 

「確かに。ま、マスターに頼られたとプラスに考えておきますよ」

 

 とだけ言って、二人は一斉に駆けだす。

 令呪によってブーストされた二人は一瞬にして黒竜の懐へと移動した。そして、ブレスを放とうとする顎に渾身の一撃を叩き込む。

 

「オラァ!」

 

「カリバー!」

 

「グォォ!!??」

 

 ブレスを放とうとした時に口を閉ざされたため、溜めていた炎は外に出ることなく黒竜の口の中で暴発した。

 その隙に俺は助け出した竜殺しのサーヴァントに魔術をかけた。

 

「mp_heal(32)!」

 

「……む?」

 

 俺がかけた魔術は魔力をサーヴァントに譲渡する魔術。それによって竜殺しのサーヴァントの魔力をある程度まで回復させる。ついでに俺がよく使っている武器にも魔力を回す。

 

「魔力を少し分けてみたけど、戦えそう?」

 

「すまない、感謝する。宝具一回使うくらいは可能だ。早速、与えられた仕事をさせてもらおう」

 

 言って、彼はぼろぼろの身体で一歩前に出る。

 すると、あの黒竜が目に見えて怯えだした。

 

「久しぶりだな邪悪なる竜(ファヴニール)。再び蘇ったというのであれば、再びお前を打ち倒そう」

 

「ファヴニールが怯えている……。あのサーヴァント、まさか――――ッ!」

 

「蒼天に聞け!我が名はジークフリート!かつて汝を打ち倒した者なり!――――――宝具開放、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!」

 

「――――ッ!?ファヴニール、()がりなさい!」

 

 ファヴニールにジークフリート……物語に沿った結果を引き起こしやすい生物としては致命的な一撃を黒ジャンヌは何とか回避した。ジークフリートさんは今まで負っていた傷と魔力切れでその場で膝をつく。それを確認した俺は念のため魔力を流し込んでおいたあの現代兵器じみた深紅の槍を構えて、ファヴニールに向かって投擲した。

 

「トベウリャ!」

 

 なんとなく違う掛け声とともに放たれた深紅の槍はファヴニールの目に着弾、上に乗っている黒ジャンヌもろとも巨大な爆発を起こした。汚ぇ花火だ。

 

「さて、今のうちに逃げようか」

 

 膝をついて驚いているジークフリートさんに肩を貸しつつ、他のサーヴァントにそう声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これから下の小話は本編とは全く関係がありません。







英霊召喚を行うカルデアの一室で、仁慈は一人呆然としていた。
誰にも言わずなんとなくで英霊召喚を行うというある意味で愚行をした仁慈だったが、そんな彼を神が罰したのか英霊を召喚することはかなわなかったのである。
始めはそれで気落ちしていた彼だったが、代わりに召喚された概念礼装をみて彼は呆然としているのだった。

☆5

名前:神機

保有スキル
 
樫原仁慈が装備しているときに限り、すべての身体能力の上昇&自身に神性特攻を200%付与。

解説

別の世界線の遥か彼方の樫原仁慈が使っていた物。
その刀身で数多の神を殺し、あまたの理不尽を翻し、あまたの理不尽を築き上げてきたまさに世界にも影響を及ぼす神殺しの武器。

さぁ、英雄(キチガイ)よ。武器を取れ。世界に蔓延りし神々を一匹残らず喰らいつくせ。それが樫原仁慈だ。


「………」


効果と解説を読み、武器を手に取ってみる。
説明に偽りはないらしく、自分の体に力がめぐって来たのを仁慈ははっきりと自覚することができた。
そこで彼はその武器にルーンを刻んで鞄の中にしまうと、部屋を後にした。



このときから、彼は槍と併用してこの神機を使うことが多くなった。
その結果――――





――――――全敵が泣いた。




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限界

今回、携帯で書き上げたので少々見にくいかもしれません。ご了承ください。


 

 

 

「………うまい具合に逃げられましたか。しかし、ファヴニールの天敵がいるとは予想外でした。これからはコレを使うのも控えるとしましょう。………さて、バーサーカー、セイバー。もうじきバーサーク・アサシンが合流します。合流したら奴らを確実に殺しなさい」

 

私の指示に従い、バーサーカーとセイバーが別のワイバーンに乗って彼らが逃げた方向に向かっていく。それを見送りながらわたしは先ほどのことを考えていた。

 

–––まさか、人の身でファヴニールに傷をつけるとは。

 

ファヴニールの天敵、ジークフリートの宝具を回避されたと同時に宝具にも勝るとも劣らない威力の攻撃を仕掛けてきたあの男。的確にファヴニールの目を狙い爆風で私まで屠ろうとしてましたねあれは。とっさにファヴニールの気配を消してみましたが……おそらくは無駄でしょう。ジークフリートが居ますしあのマスターも自分の実力を理解しているがために仕留めたなんて思ってないでしょうしね。

 

「……ふふっ、何度も何度も驚かされましたが……あそこまで行くとむしろ清々しいですね」

 

あれで向こうはフランスを救おうとしているのだから更に歪なことになっている。やることなすこと完全に悪者のそれだというのにね。

けれど–––––

 

「そっちの方が好ましいわ」

 

清濁併せ持っている方が実に人間らしい。むしろ、どちらも持っていないのは人とは呼べない。人の形をしたナニカでしょう。だからこそ、それに気付けないあの聖女様がわたしを不快にさせるのですけれど。私も人のことは言えませんが。

何はともあれ、この戦いのキーパーソンは間違いなくあのマスターです。何らかの対策が必要でしょうね。

–––しかし問題なのが、一体どうすればいいのかさっぱりわからないことですかね。ほんと、どうすればいいんでしょう。かえったらジルにでも聞いてみましょうか。

 

 

––––––––

 

 

 

「………まさか、マスターもサーヴァントだったとは。世の中、不思議なこともあるものだ」

 

「ちげえよ。うちのマスターは頭のてっぺんからつま先まで純粋な人間だぜ。多分な」

 

 最近マジで怪しくなってきやがったけどな。

 

 たった今背負っている竜殺しのサーヴァント––––ジークフリートの質問に答えながらも俺は走っていた。

その疑問は最もだろう。誰だって、自分の強敵を爆散させられたらサーヴァントかそれを超える何かとしか考えられないだろうさ。

 

「あれで人間か………現代人も捨てたものではないらしい」

 

「あぁ、あれは根っからの英雄(キチガイ)だ。現代人には珍しいことにな」

 

 そもそも、英雄には幾つかの種類が存在する。世界の人々を憂い、自ら立ち上がり強大なものに立ち向かう英雄(勇者)、身近な人のために立ち上がる英雄(ヒーロー)、人に仇なす悪を倒す英雄(正義の味方)だ。

 大体英雄と呼ばれる存在は上記に上げたものの中のどれかに当てはまることが多い。問題なのはうちのマスターである仁慈もがっつりこの条件に一致しているということだな。むしろこれらの条件をすべて鍋にぶち込み、長時間煮詰めたものが仁慈と言っても過言ではないかもしれねえな。煮込んだ結果が英雄(キチガイ)なわけだが。

 

「それにしても驚いたわ!あんなに強そうな竜を倒してしまうなんてね」

 

「これほど敵に回したくないと思った人物はいまだかつていなかったね」

 

「なんて失礼なサーヴァント達なんだ……。こんなんじゃ俺、戦いたくなくなっちまうよ……。まあそれは冗談として、別にファヴニールを倒せたわけじゃない。あれは槍に込めた魔力が爆発してそう見えただけで、おそらく本体はそこまでダメージを受けたわけじゃないと思うよ」

 

 なに?

 しかし、あのとき確実に気配が消える感じがしたぞ。唯でさえ、バカでかい存在感を誇っていたんだし、まず間違いないんだけどな。

 

「それは多分黒ジャンヌの所為だと思う。竜の魔女を名乗るくらいだから竜の扱いはお手の物なんだろうし、それを抜きにしても、聖杯を持っているんだから気配の偽装くらいできてもなんら不思議じゃない」

 

 まぁ、あれだけ強大な力を持っている竜を従えていることもあるし、そう考えるのが妥当なところか。

 

『ーーー!じ、仁慈君。悪いお知らせだ!』

 

「たまにはいい知らせ持ってきて下さいよ」

 

『私達だってそうしたいわよ。でもね、すでに人類の未来が焼却されているこの状況で、早々いい情報なんて入るわけないでしょ』

 

「所長、居たんですね」

 

『くっ、相変わらずのセメント対応ね!料理を盾にとられてなければ……!』

 

–––––––––––カルデアのところの嬢ちゃんはいつもいつも元気だな本当に。

 

流れるように始まる嬢ちゃんいじりに同情せざるをえない。何て言うんだろうな、俺も他人事じゃない気がするんだよ。あれを見ているとな。

 

『って、それは今いいよ!君たちに向かってサーヴァントが接近している。数は4。接近速度からしてワイバーンに乗っている可能性がある!このままのペースだと考えると追いつかれる!』

 

ちっ、ワイバーン何て贅沢な乗り物使いやがって。俺も自分が使ってた戦車が欲しくなるじゃねえか。

 

頭の片隅にかつて愛用していた戦車を思い浮かべる。そうしていると、俺が背負っているジークフリートが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「すまない。特に役にも立たず、無駄に鎧が重くてすまない。何だったら置いて行ってくれても構わないが」

 

「卑屈すぎます……。ジークフリートさんはあのファヴニールを倒すことのできる貴重な戦力です。決して役立たずなどではありません」

 

そうフォローを入れるのはシールダーというエクストラクラスのサーヴァントであるマシュ。いつぞやマスターが言ってたな。彼女は貴重な癒し枠だと……今ではそれに納得できるぜ。

 

他の女性陣なんてヒロインX(セイバー顔絶対殺すウーマン)ダ・ヴィンチ(性別を超越した変態)ぐらいだからな。

ジークフリートもその言葉を聞いたら幾らか気持ちが楽になったらしく、笑顔で全快した時は全力で闘うと言った。これで一件落着みたいな雰囲気が出ているがお前さんたち何か忘れちゃいねえか?

 

『サーヴァント反応もう間近だ!完全に追いつかれたぞ!』

 

『あっ』

 

––まぁ、そうなるよな。

 

 

 

 

–––––––––––––––––

 

 

 

 マシュの天使ぶりにうつつを抜かしていたら思いっきり敵に追いつかれたでござるの巻。こんなことだと、次会った時に槍師匠からぶっ殺されそうだ。

さりげなく未来に立った気がする死亡フラグから必死に目をそらしつつ、俺たちを追ってきたサーヴァントたちに目を向ける。すると、4騎のうち二体は新顔だった。一体は白髪でコートを着込んだイケメン、もう1人は黒い鎧に包まれた男と思わしき人物である。

どうやら白髪のイケメンの方はマリーとアマデウスに因縁がある人物のようで込み入った話をしていた。今回不意打ちはしないでおこう。マリーも話に応じているようだし。問題は黒い鎧の方である。彼?はずっとXの方に顔を固定していた。

 

『…………Arrrrrr』

 

「…………」

 

『Arrrrrrrrrrthurrrrrrrrrr!!』

 

「えぇい!貴方を相手するのは私ではありません!貴方は第四次に参加している私の尻でも追っかけてなさい!」

 

 やっぱり知り合いだったようで、黒い鎧の男?と我がパーティ最強のシリアスブレイカーであるXはお互いの得物を交えた。ビームサーベルっぽいものが混ざっている聖剣と明らかに現代社会にありそうな電柱擬きがぶつかり合って火花を散らす。正直、ものすごいシュールな光景である。

 

「GUAAAAAA!!」

 

「ま た お 前 ら か !!」

 

 この世界に来てからもはや見飽きるほど見ているワイバーンがこちらに向かってきている。更に最悪なことに、リビングデッドのおまけつきである。更に更に、フランスの兵隊まで現れ始めたのである。このトリプルパンチの所為でかなりの人数のサーヴァントがフォローに回れないという事態が起きた。その結果、

 

「……また、会ったね」

 

「こいつの相手はあまりしたくないのだけど」

 

「俺に2人のサーヴァントがつくとか明らかにおかしいでしょ」

 

いや、敵の主力を潰すという点ではとても正しい選択なんだけどさ。周囲を見渡してみれば、近くにいるのは傷ついたサーヴァントであるジークフリートさんのみ。他はワイバーンやサーヴァント、リビングデッドの相手で手が離せないようである。

 

「……微力ながら、俺も参戦しよう。もしもの時、盾くらいにはなる」

 

「お願いします。一応、強化はするので」

 

なにか呪いがかかってるのか、回復系は全く受け付けないジークフリートさんだが、強化系は割と大丈夫だと思う。

試しに、自分の魔力を魔術に変えて行使してみると、見事に成功した。

 

「……これならまだまともに戦えそうだ」

 

「それは良かったです。じゃあ、この2人を倒すような気概で行きましょう」

 

「本当に生意気な子………でも、冗談じゃないのがたちが悪いわ」

 

「願わくば、私が彼女に会う前に殺してほしいね。頼むよ、英雄君。手は抜けないけど」

 

「難儀だなぁ」

 

 

––––––––––––––

 

 

 

 あの後、結局決着がつくことはなかった。どの戦力も拮抗していたためである。状況が固まったその時、この世界に生きていたジル・ド・レェが援軍として参加してくれた。そのおかげで敵は再び撤退していくが、純粋なバーサーカーとして呼ばれた黒い鎧のサーヴァントは未だに残ってXと戦いを繰り広げていた。

 

「ちっ、いい加減帰ったらどうですか!私はアーサー王ではないと何度も言っているでしょうが!私は、神に反逆するものです!主にセイバー顔ばかり増やす神を!」

 

『Arrrrrrrrrrthurrrrrrrrrr!』

 

「聞いちゃいねぇ!」

 

 激しい攻撃を激しいキャラ崩壊とともに防ぐ。しかし、バーサーカーでありながらその腕は卓越したものであるらしく、徐々にXの方が押されていた。そんな彼らの方を見てマシュが若干震えながら言葉を漏らした。

 

「マスター、あの人まっすぐすぎてなんか怖いです」

 

「なら倒そう」

 

「えっ」

 

大天使マシュを怯えさせる黒い鎧のサーヴァント死すべし慈悲はない。

そう決めた瞬間、俺はXに向けて話しかける。

 

「今から加勢するけどいい?」

 

「お声掛けありがとうございます!しかし、今の私はアーサーではありませんから別に一対一を邪魔されたからといって怒ったりはしませんよ。むしろプリーズ!」

 

 本人から許可をいただいたので、フランス兵を相手しているジャンヌさん以外のサーヴァントを招集する。そして、その後、一斉に彼らに指示を出した。内容はあの黒い鎧のサーヴァントを倒すこと。

袋叩き?卑怯?知りませんな。戦いは数だよ兄貴。

 

「Arrrrrrrrrr!?」

 

 Xに集中しきっていたバーサーカーは両サイドから来た不意打ちに対応できなかったようだ。驚いたのような声というか叫びをあげた。

 

「星光の剣よ–––––赤とか黒とか白とか(以下略)えっくすカリバーァ!!」

 

持ち前の適当さから放たれた宝具は混乱の極みにいたバーサーカーにクリィカルヒットしたようでその体を金色の粒子に変えていった。

 

「Arrr………アー、サー。私は……あなたに……」

 

「ですから、それは私の役目ではありませんランスロット卿。しかし、曲がりなりにも同じ人物として言わせていただきましょう。……話があるなら狂化なんて付けずに素で来なさい」

 

 Xの言葉が聞こえたのか聞こえていなかったのか、それは本人のみぞ知ることだが、何はともあれランスロットと言われたバーサーカーはそのまま消えていった。

 

『お疲れ様。敵の反応は完全に消失したよ。当面の間は安全だと思うよ』

 

「次はいい情報をください」

 

『まだ言うかい』

 

 ロマンとそんなやり取りをしながらも、俺は思わずその場に膝をついた。

あ、これヤベェわ。

 

「せ、先輩!?」

 

 どうやら思いの外、魔力の消費が激しかったようで段々と意識が遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 

 




仁慈の露骨な人間アピール


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再誕

別に仁慈が生まれ変わるわけじゃないですよ。


 

 

 

 

 目を覚ましてみると、そこは知らない土地だった。

 うん、知らない土地だった。よくわからない大きな門やあたり一面ものすごい真っ暗で見たこともない魑魅魍魎が闊歩してるんだ。俺が知っているわけない。けれどなんと言うのか……何処か懐かしい気配を感じるんだよね。具体的には会いたいようで今一番会いたくない槍師匠の気配を。

 

 そんな考えがフラグとなったのだろう。唐突に背後から強烈な殺気を向けられた。全身の肌が逆立つような、体の芯から凍り付くような殺気を浴びせられてとっさに回避行動を取る―――――が、俺が考える攻撃よりもよほど速かったため頬の薄皮一枚持っていかれる。それでも相手は関係なしに攻撃を続行した。一つ、二つ、三つと突く度に加速していく突きを何とか素手でいなしていく。

 この突きを俺は知っている。思いっきりフラグを立てたからこそわかる。どう考えてもこれを行ったのは……

 

「仁慈……お主、もしや衰えたか?」

 

「無手だから………なんて言い訳通用するわけないですよね」

 

 年齢不詳。ぴちぴちタイツを着込んだパッと見若めの美女。名前はまだ知らない。俺は普通に槍師匠と呼んでいる。……まぁ、兄貴のおかげでこの人の正体は大体わかるけど。というか、どうして俺はこんなところにいるんですかね。確かレイシフトしてフランスにいるはずなんだけど。色々おかしくない?

 

「私が呼んだ。それで納得しろ」

 

「なんという説得力」

 

 この人なら何しても納得してしまう凄味があるんだよね。なんていうのか、人類が滅亡しても普通に槍を振るっているイメージしかないし。宇宙でも地味に生きていけるんじゃないかな。

 

「それにしても……どうやらしくじったようだな。少しばかり強くなったからと言って慢心しているからだ。この馬鹿弟子が」

 

「返す言葉もありません」

 

 自分の魔力の残量すら把握できていないとか色々うかつすぎる。こればかりは何言われても言い返せない。

 槍師匠は俺の姿を見てそこらへんはわかっていると理解してくれたようで、説教モードに入りかけた口を一度閉じて俺にくれた槍よりもより怪しく光る深紅の槍を構えた。

 

「武器を取れ、仁慈。その慢心に濡れた心を私が鍛えなおしてやる」

 

「だから無手ですって。あと、俺今世界の危機を救おうとしているんですけど?割と誇張抜きで」

 

「知らんな」

 

「ですよね」

 

 知ってた。

 というか、割とマジで死んじゃうので少しは手加減してくれると嬉しいです。そこら辺のところお願いします。今ここで死んじゃうと人類の未来が消滅されてしまうんですよ。

 

「フッ、丁度良いではないか。ここで死ぬくらいなら人理修復など成し得ることはできないだろう。さぁ、かつて私に見せた勇姿をもう一度見せてみよ。さすれば、生き残ることも可能となるだろうて」

 

「せめて俺も槍が欲しいぜ……!」

 

 

 無手のままあなたの攻撃をそらしつつ反撃をかますのは流石に厳しいと思うんですがどうでしょうかね!

 

 と、心中思っていようともこの人はそういったことを全く配慮しない。むしろこの程度の逆境は軽く超えて見せよと言ってくるので俺はおとなしく彼女の槍に立ち向かったのであった。

 

 

 樫原仁慈の拳が、人類の未来を救うと信じて……!ご愛読ありがとうございました!

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「そういえばマスターは人間でしたね……」

 

 開幕から失礼極まりない発言をかますヒロインXさん。しかし、そんな彼女の声に意義を申し立てる人は誰一人としていませんでした。それは通信越しにこの会話を聞いているドクターや所長も同様です。このことから先輩が普段からどれだけ並外れた人物なのかということが分かると思います。

 

 ……現在先輩は私の膝の上ですやすやと眠られています。ドクターが言うには魔力の使い過ぎによる疲れが原因だと言っていました。特にけがをしたというわけではないということでほっと一安心するとともに私は自分が情けなくなりました。デミ・サーヴァントになってからというもの、先輩を護ったことは両手で数えるくらいしかないからです。これでは一体どちらがサーヴァントなのか分かったものではありません。

 

『僕らは彼に期待をしすぎていたのかもしれない。彼があまりにも当たり前のようにサーヴァントを相手するものだからね。しかし、やはり彼も人間だったんだ。それもつい最近まで魔術のまの字も知らない一般人。自分の魔力量の限界値を知らなくても不思議じゃない』

 

「俺と戦う時だって魔力は基本的にカルデアが担っていたから魔力切れになることもなかったしな」

 

 そう。

 どれだけ常識はずれであろうと、サーヴァントと正面から戦えるとしても、たとえ竜種を簡単に葬れるとしても、先輩はただの人間なんです。私たちのように常識から外れた耐久力はなく、一回攻撃を受けてしまえば死んでしまうかもしれない……ただの人間。普段は並外れた危機察知能力と魔術でごまかしてはいますが、攻撃を受け流せなかった場合の結末は考えるまでもないでしょう。

 

『それによくよく考えてみれば、ここまで魔力が保ったこと自体がおかしいのよ。レイシフト先というカルデアの支援が限られている場所で3騎の英霊と契約を交わしただけでなく既に3発の宝具を使っている。そこに自身の強化とあの槍に送った魔力を考えればこの結果は当然よ』

 

 改めて先輩の行ってきたことを挙げるとどれだけおかしいのかがわかる。だからこそ私たちは甘えてはいけなかったのです。彼に任せておけば大丈夫なんて根拠のない盲信を持っていたからこそ今の状況なのですから。

 今までの行動を恥じた私はとりあえず先輩のためになることを行おうと皆さんに声をかけました。

 

「ドクター。この付近に召喚サークルを設置できる場所はありますか?」

 

『ちょっと待って……あった。そこから2キロほど森に行ったところに良い龍脈を見つけたよ。そこなら支援物資を転送することができる。もちろん、魔力の回復を行うことができる薬もね』

 

『どうも、天才たるダ・ヴィンチちゃんが一時間でやってあげました』

 

 流石ダ・ヴィンチちゃんです。いつもは間違った方向ばかりに使われている天才的頭脳が初めて役に立ちました。

 

「すみません。みなさん聞いていたとおりです。先輩……マスターを運ぶので手伝ってください」

 

「えぇ、もちろんです。今の今までこのフランスのため、人類の未来のために戦ってきた方ですから。恩返しの意味も込めて手伝わせていただきます。……このようなことになったのは我々サーヴァントの怠慢でもありますから」

 

「何かを与えてもらっているだけじゃいけないものね。もちろん私も手伝うわ。なんだったらこのガラスの馬に乗せましょうか?」

 

「それだと君が追いつけなくなるだろう……。それはともかく、僕も是非手伝わせてもらうよ。彼は今までにあったことのないタイプの人間だから、もっと色々話してみたいしさ」

 

「すまない。先程、そこまで無理をして魔力を分けてもらったにもかかわらず宝具を外してしまって本当にすまない……せめてもの償いとして俺が彼を運ぼう」

 

「ネガティヴすぎるだろ」

 

「警戒は任せてください。スキル的に適任でしょうからね。私も今ここでマスターに死なれては困ります。彼には私がすべてのセイバー(顔)を倒して、頂点に立つ姿を見ていただかなくてはなりませんから」

 

 この場にいるサーヴァントたちは全員快く手伝いを承諾してくれました。……先輩、無理をさせて本当に申し訳ありません。今度こそ、私はあなたをお守りして見せます。先輩は過去様々偉業を成し遂げた英霊たちにここまで好かれる人なんです。だから、早く目を覚ましてくださいね。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

「魔境の智慧3回連続使用はなしですよ師匠!」

 

 俺の魔術に必中効果を持つ奴はないんですよ。装備している礼装もカルデアから支給されたものだけなので、そのあたりのことはもう少し手加減してくれてもよかったんじゃないんですかねぇ!?

 悉く襲い来る6本もの深紅の槍が視界いっぱいに広がり絶望を振りまきながら飛来してくるので、それを必死に回避しつつ俺はそう叫び散らした。唯でさえ、月とすっぽんレベルの差があるのにさらに回避付与からの攻撃とかムリゲーとしか言えないんですが……。

 あまりに理不尽な状況だったため叫んだのだが、それがよかったのかいつの間にか俺の視界には深紅の槍ではなく黒い2つの山が映っていた。今気づいたけど頭になんか柔らかいのが当たってるし。

 

「先輩、目が覚めたんですね。よかったです」

 

「……マシュ?どういう状況?」

 

「先輩が魔力切れで倒れてしまったので処置を少々行っていました。そのため膝枕をしています。……もしかして、嫌でしたか?」

 

「とんでもありません。ありがとうございます……ありがとうございます……!」

 

 天使の膝枕とかご褒美以外の何物でもありません。本当にありがとうございます。

 にしても、俺が倒れてからずっと看てもらっていたということは槍師匠は俺の精神だけを持って行ったということになるな。……ホント、なんでもありだな。

 

「どのくらい寝てた?」

 

「ほんの30分ほどですよ」

 

 思ったより早かった。槍師匠とは体感で2時間くらいはぶっ通しで戦っていた気がするんだけど。

 

「30分ね。……マシュ、急に倒れたりして本当にごめん。次は大丈夫、2度とこんなことは繰り返さないと誓う。だからどうか見捨てないでくださいお願いしますなんでもしますから」

 

 槍師匠に肉体的にボコボコにされ、なぜか知られている近年の情報から精神的にもボコボコにされた所為で必要以上に卑屈に遜ってしまった。マシュの方も急に低姿勢でこんなことを言い出すものだから驚いて目を丸くしてしまっている。

 

「ど、どうしたんですか先輩」

 

「若干取り乱した」

 

 一度心を落ち着かせるために深呼吸を行う。その間にマシュも言いたいことがあったのか、俺が落ち着いたであろうタイミングを見計らって彼女は口を開いた。

 

「先輩……すみません。私が不甲斐ないばかりに無理をさせてしまって」

 

「別にそんなこと思ってないけど」

 

 今回のことは慢心していた俺が10割悪い。ちょっと自分の攻撃が通用するからと言って調子に乗って魔力を使い前に出た結果があれである。大して使い慣れてもいない魔術を使えばこうなることは明白だった。しかし、俺はその初歩的なことに気付けず、無様をさらすことになったのである。むしろ俺は彼女たちに悪いことをしたと思っている。うろちょろ動きまわるマスターなんて守りにくいったらないだろうし。

 これらのことをマシュに伝え、俺は改めて謝罪と先ほどのこと……見捨てないでほしい旨を彼女に伝えた。すると彼女は、

 

「私も先輩に頼りすぎていました。サーヴァントとしての役目を放棄していたにも等しいことをしていました。……なのでお相子様、です」

 

 と言ってふわりと微笑んでくれた。正直ぐっと来た。

 彼女の言葉もあって雰囲気が軽くなったため、一段体の力を抜いた。すると、自分の頭がより深くマシュの太ももに埋まっていく。そこで改めて自分が膝枕をしてもらっているということを認識し慌てて飛び起きた。

 

「そういえば、膝枕状態だった……。大丈夫?しびれてたりしない?」

 

「大丈夫ですよ。なんたって私はサーヴァントですから。先輩の方こそもう起き上がっても平気なんですか?」

 

「体のどこにも異常はないし大丈夫。魔力の上限も今回倒れたことで完全に覚えたし。むしろ、倒れる前より悪くないんじゃないかな」

 

「それはよかったです」

 

 その場で2、3回拳を振るってみると特に切れがおちたわけでもなかったため問題はないと判断する。 

 話し合いにひと段落付いたころ、森の奥からぞろぞろとサーヴァントたちがやってきて俺達の近くまで集まって来た。

 

「おう、マスター。美少女の膝枕はどうだ?」

 

「最高だった。見てた夢は悪夢に近かったけど」

 

「目が覚めたのですね。よかったです。………本当に、ね」

 

「怖い、怖いよ。ハイライトさん仕事してくれー」

 

「仁慈さん。目が覚めたのですね。よかったです」

 

「ありがとう」

 

「まぁ!目が覚めたのね。本当によかったわ!帰還のお祝いにベーゼを差し上げようかしら?」

 

「いえ、間に合ってます」

 

「皆に好かれているようでなによりだね仁慈」

 

「うれしい限りだよね」

 

「すまない。今の今まで全く以って役に立たなくて本当にすまない」

 

「ジークフリートさん、大丈夫です。大丈夫ですから。そこまで気にしなくていいですから。というかどうしてそこまで卑屈なんですかね?」

 

 あの大英雄にいったい何があったというのだろうか。

 ジークフリートさんのことが若干気になりつつも、この光景を見て改めて思う。かつて慢心しないように……なんて言っていたが、力を持てば人間だれしも心に隙ができる。どうやら俺はまだまだ自分のことをわかっていなかったみたいだ。頭のおかしい師匠たちに囲まれて慢心なんて抱かないと思っていたこと自体がそれなのだと気づかされた。だからこそ、これからはもっと様々なことに気を配っていかなくてはならない。

 

 そう心に決めた俺はとりあえず、ロマンに魔力タンクとなる薬を送ってもらうことにするのだった。

 とりあえず、次敵に遭遇したらこれにものを言わせて宝具をぶっぱしまくってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ふたりはどら☆むすバーニングハート(物理)

タイトルから漂う出落ち臭。


後、使いまわしたかのようなところが多くてすみません。


「ところで、すまないs―――じゃなかったジークフリートさん。傷の具合はどうですか?」

 

「………魔力は回復してきているから戦闘以外は問題なくこなせる。だが、肝心の戦闘はほとんど役立たずと言ってもいいだろうな。すまない、肝心な時に全く役に立たないサーヴァントですまない」

 

「……こいつは呪いだな。回復系のものを阻害する厄介なタイプの奴だ。まずはこれを祓う必要があるな」

 

「そうですね。しかも強力なものが複数かかっています。呪いのタイプから言って洗礼詠唱で解除は可能でしょうけど、私一人では無理ですね。少なくともあと一人は聖人と呼ばれる人物が必要です」

 

 ジークフリートさんの傷を診た二人からの意見に俺は頭を悩ませる。彼はファヴニールを仕留めるうえで欠かせない人材である。だから聖人探しにも問題はない。そもそも聖人が呼ばれているのかということに関しての疑問もあるだろうけど、ファヴニールに対してジークフリートさんが呼ばれていることから、何か対抗できるサーヴァントが呼び出されている可能性が高い。探す価値は十分にある。

 しかし、ここで戦力を分散するのは正直あまり得策とは言えない。こちらの戦力は限られているうえにサーヴァントの能力を十全に発揮するために必要なマスターは俺一人だけ。ぶっちゃけると死亡フラグ的な何かが立ちそうで怖い。ほらあれだよ。”こんなところにいられるか、俺は帰らせてもらう”とかと一緒な感じがする。

 

『聖人が居る可能性はあるよ。竜の魔女に対抗するためにあのライダーが召喚されたようにほかに聖人が召喚されている可能性は十分にある』

 

 だが、そういうわけにはいかない。向こうには俺たちを上回るサーヴァントレーダー搭載の黒ジャンヌが居る。先程ジークフリートさんが俺たちの側についたことを向こうも知っていることから聖人は血眼になって探すだろう。すm――――ジークフリートさんに呪いをかけたのも黒ジャンヌだろうし余計にな。

 

「…………あまり気が進みませんが、二手に分かれましょう」

 

 ジャンヌさんも俺と同じ可能性を懸念していたのか、若干顔が渋りつつもそんなことを口に出した。正直取りたい手ではないが、現状俺達にはそれしかないためにこちらも頷く。

 

「二手に分かれるのはいいとして、問題はどのメンバーで分けるかだなぁ」

 

 下手に偏ったら目も当てられない。かといってサーヴァントによって得手不得手があるから単純な強さで分けても封殺される可能性がある。難しいところだ。

 

「だったら、くじで決めましょう!それがいいわ。というわけでアマデウス、今すぐ準備して」

 

「それは君がやりたいだけなんじゃないか……。けど、こういったことを天に任せるというのは悪くないね。僕たちだけでは決められないことだし、何より失敗したら運が悪かったって言い訳できるから」

 

「解釈が相変わらず捻くれてて最悪ね。あぁ、私にプロポーズしてくれた頃の輝いていたあなたは何処に行ってしまったのかしら」

 

「それはやめてくれ!今すぐくじ作るから!」

 

『あっ、それ割と有名な話で現代にしっかりと伝わっているよ』

 

「悪夢すぎる」

 

 どうしてこうも話がすぐに脱線してしまうのか……(困惑)

 アマデウスがこの世の終わりと言わんばかりの顔をしつつもくじを作っていたおかげで2分ほどでくじが出来上がった。

 そのまま差し出されたくじを特に何かを考えるわけでもなく引く。ちなみに俺とマシュはセットだ。そうでもしないと色々つり合いが取れないらしい。

 全員が引き終わり結果が出た。片方がジャンヌとマリー、兄貴。もう一方のグループが俺&マシュとヒロインX、アマデウスである。

 

「やったね兄貴、ハーレムだよ」

 

「おいやめろ」

 

 流石に冗談だよ。 

 しかし、くじ引きで分けた割には結構バランスのいいパーティーになったと思う。全員が全員生存という一点に関しては一級品のサーヴァント達で固まっているからである。攻撃面も兄貴が居ることによって十分だろう。こっちもサポートのアマデウスと俺、防御を担うマシュ、メインアタッカーのXとバランスの良いパーティーだ。

 

『くじで分けた割にはかなりいいバランスでわかれたね』

 

『悪運が強いというか、なんというか……これも仁慈の日ごろの行いかしら……?』

 

「おい外野」

 

 好き勝手言ってくれるじゃないですか。分かっていないようだな。お前らの胃袋は俺が握っているということを。

 

「…………………すまない。いい感じで盛り上がっているところ水を差してしまって済まない。どちらに入っても足手まとい確定で本当にすまない」

 

「………」

 

 しまった。全く以って触れられなかったせいでジークフリートさんのスイッチが入ってしまった。

 この人、体の頑丈さと引き換えにメンタルの強さを犠牲にでもしたのだろうか。いくら何でも謝りすぎでしょう?しかし、実際ジークフリートさんはどうしようか。足手まといと言わないにしてもそれなりにきつくなることは確定だからな。

 

「私はジャンヌさんたちの方に入れた方がよいと考えます」

 

「セイバーが同じチームにいるから殺しそうで……っていう言い訳はなしだぞ」

 

「そこまで見境ないわけではありませんよ。セイバー顔ならわかりませんがね。まぁ、それはともかく。理由としては私たちのグループよりも守りに特化している分彼を護りやすいということ。移動に関してもランサーの俊敏さを考えると移動にもある程度の余裕ができるということ。そして何より、そちらのグループが聖人を見つけた場合、すぐさま呪いを解除できるということです」

 

 あと、直感ですと彼女は付け足した。最後のもさることながら普通にしっかりとした理由のもとでの発言に割とびっくりしている。

 

「マスターは私をバーサーカーか何かと勘違いしていませんか?私はれっきとしたセイバーですよ?」

 

「アサシンだろうが」

 

 久々に病気が発現したらしい。真面目モードの反動とでも思っておけばいいのだろうか。

 やいのやいの言い立てるXをここ最近習得し始めたスル-スキルを使って受け流しつつXの言葉を踏まえて考える。

 ………うん。悪くない。というか現状一番いいだろう。直感が後押ししているのも割と大きいし。

 

「ジークフリートさん。あなたはジャンヌさんと一緒に行ってください。よくよく考えてみれば、こっちには既に大して戦えないのに先頭に突っ立つ馬鹿()という完全無欠の足手まといが居るのを忘れてましたわ」

 

『はははっ、ご冗談を』

 

 ノータイムで否定とは喜んでいいものかどうか地味に迷うな。まぁ、大丈夫。今後は積極的に先頭に立ったりはしないようにするし。向こうから狙って来たら知らないけど。だからそこまで足手まといにならない……はず。

 

「元々足手纏いなんて思っていませんよ先輩」

 

「正直、君が足手纏いだったら僕の立場はどうなるんだい」

 

「魔力ポーションも手に入れましたし、問題ないと思います」

 

「ん、ありがとう」

 

 なんとも情けないことに慰めてもらい何とか平静を取り戻す。本当に師匠の攻撃が精神的に効いていたようだ。次からマジで気を付けようと思います(真顔)

 

「では仁慈さん。私たちの方はもう行きますね。どうぞお気をつけて」

 

「了解です。そちらこそ気を付けてくださいね」

 

 ジャンヌさんたちはいち早くほかの街に向かった。

 俺たちもそろそろ向かうとしようかね。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「神は言っている。帰ろう今すぐ帰ろうgo homeだ、と」

 

「マスター。現実逃避したい気持ちは痛いほどわかりますがダメですよ」

 

「しかし君の意見には僕も同意するよ。キンキンキンキンうるさいったらありゃしない。ほんとあのくそ女共m――――おっと、汚い言葉は禁止されているんだった」

 

「ここにセイバーはいないようですね」

 

 皆が皆(俺を含める)がとても好き勝手何かを宣っている状況であるが責めないでほしい。これには相応の理由があるのだ。

 

「むむむ……っ!」

 

「うふふ……っ!」

 

 目の前でサーヴァント二人が睨みあっていたら誰だって帰りたくなると思わないか?しかも周囲に敵が居てもお構いなしだったんだぜ?おかげで何とか被害を最小限に抑えつつ敵を殲滅する羽目になった。

 いい加減終わっただろうと再び視線を向けてみれば硬直状態に陥っていたというわけである。この二人は会話から聖人じゃなくて竜や蛇と言うことが分かっているしスルーしてもいいと思うんだけど。

 

「しかし敵がほぼ無限にサーヴァントを呼び出せる可能性を考えれば、会ったサーヴァント皆に声をかけるべきだと思いますよ」

 

「わかってるよ。ただの現実逃避」

 

 マシュとそんな会話を繰り広げているとあちらの会話(喧嘩)はさらなる盛り上がり(デッドヒート)を見せていた。今にも首に噛みつきそうな顔で睨みあっている。というかとびかかっていた。

 

「「たぁぁぁぁああああ!!」」

 

「はいストップストーップ!そろそろやめよう。主に周囲への被害が大変なので」

 

「引っ込んでなさいよ子ジカ!」

 

「無謀と勇気は違いますわよ、猪武者ですか?」

 

「……OH。取り付く島もないとはまさにこのことか。まぁいいや。すみませんこの辺で聖人のサーヴァントを見かけませんでした?」

 

「人の話聞いてないの!?」

 

「その耳、しっかりと機能してますか?」

 

「ハハッ、鏡見てからその発言したらどうですか?トカゲと蛇の爬虫類コンビ」

 

「マスター。出てます!素が、本音が口からポロリと零れ落ちちゃってます!」

 

 狙ってやったから問題ない。今の会話とそれまでの会話でこの二人の煽り耐性が低いことは明白だ。そしてそれでいて目の前のことに集中しすぎて全く以ってほかのことに意識が向いていない。だからわざと煽ってこちらを意識してもらおう考えたのである。それに……こちらに攻撃を仕掛けてくれれば正当防衛&頭を冷やすことができるだろうしね。

 

「………カッチーン。今のは来たわ」

 

「来ましたね。その暴言、地獄で後悔しなさい。行きますよエリザベート!」

 

「えぇ、そこらの雑魚ワイバーンを倒したからって調子に乗らないで!真の竜種の恐ろしさを見せてあげるわ!」

 

 エリザベートと呼ばれたフリフリドレスの女の子が槍を取り出して構え、和服を着こんだ白い女の子は扇子をこちらに向けた。狙い通り、やる気満々のようだ。

 それを確認した俺はダ・ヴィンチちゃんからもらった魔力ポーションを取り出しつつ、俺のサーヴァントたちに言葉をかけた。

 

「マシュ以外のサーヴァントに命じる。宝具開帳、消滅しない程度に蹴散らせ」

 

「「えっ」」

 

 令呪は使っていないが、ありったけの魔力をアマデウスとXに分け与える。

 ついでに俺自身も深紅の槍へと魔力を込める。

 

 魔力回復ポーションがあるからこそできるこの技を使用すると、俺に敵意を向けていた二人は一気にその顔を青く染めた。

 まぁ、開幕からサーヴァントの切り札である宝具を発動する人はいないだろう。それは自分の正体に気づかれ、弱点を相手に教えることになるかもしれないからだ。が、そんなことは関係ない。複数のサーヴァントたちが近くにいる俺たちはお互いにフォローに回ればいいだけだからだ。

 それぞれの得物から光があふれ出し、宝具が使える状態になったことを知らせてくれる。そのことを確認した俺は全員に合図を下す。

 

「撃ってよし。投擲!」

 

死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)!」

 

無名勝利剣(えっくすカリバー)!」

 

『』

 

 目の前を覆いつくす閃光。それを視界に入れつつ、ちょっとばかしやりすぎたと後悔するのだった。ごくごく。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

「ま、まさか。開幕から宝具を撃ってくるなんて……」

 

「こ、今回だけは…み、見逃してあげるわ……」

 

 なんということでしょう。

 あそこまで威勢の良かった二人が、今ではここまでしおらしくなってしまいました。あまりの変わりように街の建物もびっくりしてその場から消え失せてしまったではありませんか。

 ……今度ダ・ヴィンチちゃんと一緒に改造しよう。無駄に放出する破壊力を内部に送り込むようにする八極拳要素を取り入れた槍なんかいい感じだと思……っと思考が脱線した。槍は今はいいとして、そろそろ頭が冷えたであろう二人にもう一度問いかける。

 

「ねぇ、俺たちのほかにサーヴァント見たりしなかった?」

 

 そう問いかけると、エリザベートと呼ばれたサーヴァントの方は黒ジャンヌ側の狂化が付与されたサーヴァントとは遭遇しているらしい。

 しかし、それ以外のサーヴァントはどうやら知らなさそうな雰囲気を漂わせている。ここははずれかと内心で落胆していると、

 

「エリザベートはともかく、私を外れ扱いとは不遜にも程があります」

 

「いや、俺君のこと知らないし、そもそも今は聖人以外にかまっている暇はない」

 

「む、臆せず切り返すとはなかなか肝が据わっている様子。……それにしても聖人ですか……」

 

「知っているのか白子!?」

 

「白子ではありません私は清姫です。さて、心当たりが有るか無いかと言われればありますよ。この国に深く根付いている教えの聖人なら会いましたよ。真名をゲオルギウス……確かこちらでは有名な聖人でしたよね?」

 

 ゲオルギウス……竜殺しと聖人のハイブリットか。この人は是非とも仲間に入れたいところだな。

 早速ゲオルギウスが向かった方向を尋ねてみると俺達とは反対側、つまりジャンヌさんと同じ所へと向かって行ったらしい。これはいい、向こうにはすまないさんが居るからすぐにでも洗礼詠唱で呪いを解くことができるだろう。

 

「マスター!ジャンヌさんから通信で町が竜の魔女に攻撃されているそうです!」

 

「チッ、回収が早すぎる……!」

 

 黒ジャンヌ空気読みすぎだろ。

 

「今から急げば間に合うかもしれませんよ?」

 

「X君の言う通りだ。向こうには耐久に特化したサーヴァントが何人もいるから、そう簡単に負けやしない」

 

「ですね。……では、マスター。急ぎましょう!」

 

「全速力で向かおう」

 

『残念ながらここで敵だよ!しかもワイバーンだ!』

 

 ここで邪魔が入るか。

 上空から強靭な顎を見せつけながら滑空するワイバーンの攻撃を回避しつつ何とか突破口を探し出そうとする。

 しかし、どいつもこいつもうろうろして全く狙いが定まらなかった。宝具は先ほど解放したためあまり使いたくはない。

 

 このまま地道に倒していくしかないかと思われたその時……俺の頭に電流が走った。

 それはまさに天啓と言ってもいいものだっただろう。どうしてこのような考えが浮かんだのかは全く分からないが、賭けてもよさそうなものだったので俺はそれをすぐに実行した。

 

 深紅ではない普通の槍を取り出して魔力を流し、コーティングする。その後、俺目掛けて滑空してきたワイバーンの首に跳び乗ると槍をワイバーンの文字通り目の前に設置する。そして、自分の持てるありったけの殺意をワイバーンにぶつけると、言葉を通じないことが分かっていながらもこう語りかけた。

 

「死にたくなかったらこのまま西に向かえ」

 

 ワイバーンはそれを拒否し、俺の頭を喰らおうと首を反転させようとする。しかし、それを実行される前に槍を目に突き刺し、脳髄まで貫通させその命を刈り取る。

 墜落していくワイバーンから離れ、別のワイバーンに同じことを繰り返す。四体目でようやく俺の言葉を理解してくれたのか、素直に乗せてくれるワイバーンが現れた。

 この行動にサーヴァント一同は苦笑していたが同じ方法を取り、ワイバーンと言う名の乗り物を手にすることができた。

 そうして、空の便を手に入れた俺たちはすぐさまジャンヌさんたちのいる西へと向かった。

 

 ちなみになぜか竜(自称)娘コンビもついてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここで仁慈のスキルに騎乗スキルが追加されました(嘘)


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決戦前

今回登場人物のキャラが著しく異なる場合があります。ご注意ください。
今さらなのは承知ですけどね。


 

 

「なんでこうもタイミングが悪ぃんだ?聖人見つけたとたんに敵の大将と遭遇するなんてよ」

 

「向こうも聖人を探していたと考えられますし、むしろ襲われる前に接触を図ることができたのは幸運と言っていいのでは?」

 

 そうとも言えるが、いくらなんでもこれはなぁ。

 

 

 

 ……マスターと別れた後、俺たちは西に位置している街に来ていた。そこではまだいくらか人が残っていて、そいつらを避難させているのが俺たちの探し求めていた聖人だった。名をゲオルギウスと言い、この国では有名な聖人だ。

 そのゲオルギウスは一度黒ジャンヌたちと交戦したこともあって、俺たち側に協力してくれると二つ返事で承諾してくれた。だが、聖人と言われるだけの人格者だからか、ひとまずは市民の避難が最優先ということらしい。普通に洗礼詠唱を発動するだけでいいのだが、最初にこの街のお偉いさんから頼まれたからそっちを優先するということ。せめて早く終わるように俺たちもそれに協力していたら黒ジャンヌが現れたというわけだ。マスターから言わせれば、フラグ回収と言うんだったか。こういう状況のことを。

 

「おや、まだそこのセイバーの呪いは解かれていないようですね。何をしていたのやら………聖人特有の偽善ですか?フフッ、それで負けていては世話ないですね」

 

「勝手に負けたことにすんなよ。おい、ゲオルギウス。ここは俺が引き受けた。だからさっさと避難終わらせて、ジークフリートの呪いを解いてくれや」

 

「……しかし」

 

「問題ないわ。だって私も残るもの。……これでも、私だって怒っているのよ?」

 

「ハッ、その意気込みやよし。向こうも大して人数はいないしあのバカでかい竜もいねぇ。個人の戦いだったら不満を抱いているところだが、今回は別だ。敵は倒せるうちに倒しておいた方がいいに決まってる」

 

「私を倒すと?マスターに活躍どころをことごとくと奪われている貴方が?」

 

「それは言っちゃいけねぇよ。それにあいつはな、師匠の弟子なんだ……弟子なんだよ」

 

 竜の魔女……黒いジャンヌ・ダルクが残念なものを見るような視線をぶつけて来るが、そんなことは関係ない。師匠が自ら見込んで会いに行ったやつが普通なわけねぇだろ。いい加減にしろ。

 

「それにな。マスターが強くて出番を奪うからって、俺が弱いとは限らねぇぜ?」

 

「……吐いた唾は飲み込めませんよ」

 

「発言の撤回なんて情けないことはしないさ。さぁ、口上での無意味な争いはここまでだ。後は戦闘で語ろうぜ!」

 

「脳筋が……」

 

「へっ、こういう戦いは何も考えない方が燃えるんだよ!時と場合によるけどなァ!」

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 黒ジャンヌとクー・フーリンが、そして先程触れられていなかったがマリー・アントワネットとその彼女を処刑したシャルル=アンリ・サンソンが戦っている最中、何とか避難を終わらせた聖人組&ジークフリートは洗礼詠唱を行おうとしていた。

 

「今から洗礼詠唱を行います。ゲオルギウスさん、準備はよろしいですか?」

 

「えぇ、問題ありません」

 

 同意も取れたことで早速詠唱を行う二人であったがそこをクー・フーリンと戦闘中のはずである黒ジャンヌに見られてしまう。彼女自身はクー・フーリンの相手で邪魔する余裕などはないが、彼女が引き連れてきたワイバーンたちは別である。万が一を警戒してファヴニールを連れてくることこそしなかった彼女だが、ワイバーンだけは腐るほど連れてきていたのだ。

 竜の魔女と言うだけあり、声に出さずともワイバーンに指示を下す。ワイバーンたちも彼女の指示に従い一気にジャンヌとゲオルギウスのもとへと殺到した。

 そのことに気が付いた両者は一度その場で回避行動を行う。そして、反撃として襲い来るワイバーンに攻撃を仕掛けて絶命させた後、再び詠唱を開始しようとするも同じようにワイバーンに邪魔されてしまった。

 

「くっ、数が多い……!ここは一度撤退したほうが……」

 

「確かにそれが最善ですが……とても逃げ切れるとは思えません」

 

 確かに戦力の方ではジャンヌたちが有利だろう。英霊が五体もいるため、ワイバーンなど物の数にはならない。しかし、逃げるとなれば話が変わってくる。唯でさえケガしているジークフリートが居るのだ。ワイバーンを使って移動してくる相手から逃げることはできないし、そもそも足止めをすることができるのは聖人でないマリーとクー・フーリンだけ。その彼らも二人の英霊の相手をして手がふさがっている。移動にも微妙に支障をきたしているジークフリートを連れて逃げるのは難しい。洗礼詠唱を行うとなれば尚更だ。

 

「ですね……。くっ、ハァ!……仁慈さんがこちらに向かっているとのことですし、それまで持ちこたえましょう」

 

「耐久戦ですか。いいでしょう、我が名に懸けて完遂して見せましょう」

 

 気合を入れなおし、自分たちを襲うワイバーンを改めて蹴散らしていくジャンヌとゲオルギウス。それを視界の端に収めた黒ジャンヌはクー・フーリンと戦いつつも自身の頭をフル回転させた。

 

「(撤退をしないということはまだ理解できます。しかし、それだけではあの表情を浮かべることはない。あれは戦場で援軍が来るまで持ちこたえる兵士たちの顔によく似ている。ということは、ここにもうしばらくで援軍が来るわけですか……。いない人物を考えるとあのマスターと残りのサーヴァントでしょう。あまり長居はできませんね)」

 

「戦いの最中に考え事とは余裕じゃねえかよ!」

 

 クー・フーリンの槍が黒ジャンヌの衣服をかすめる。その攻撃は衣服だけにとどまらず、肌まで届いていた。黒ジャンヌの病的なまでに白い肌から赤い液体が宙を舞う。相手はケルトの大英雄クー・フーリン。考え事をしながら相手できるほど生易しい相手などではない。

 黒ジャンヌは思考を一度カットし、改めて目の前の強敵の相手を始める。

 

 

 一方、マリーとサンソンの戦いは一進一退の攻防を見せていた。防御特化と言われた性能は伊達ではなく、サンソンの攻撃を見事にやり過ごしてくマリーと生前のことにとらわれていていまいち攻め切ることができないサンソン。

 

「あぁ、どうして避けるんだい?おとなしくしていれば、最高の快楽を君に与えることができるのに」

 

「さっきも言ったでしょう?倒錯趣味の人はもう間に合っているの。それに口づけなら首じゃなくてほっぺたにお願いしたいわ」

 

「頬に(口づけ)が欲しいなんて、中々難しいことを言うんだねマリー。でも、君のためなら僕はそれすらもこなしてみせるよ」

 

「狂化がいけないのよね。きっと」

 

 交わされている言葉は漫才擬きなれど、実際には弾幕と刃が躍る戦場の中でのやり取りだ。周囲から見たらドン引きものであるが、ただひとつわかることは勝負はまだつきそうにないということであった。

 

 

 

―――――――――――――――――一方そのころ仁慈たちは

 

 

 

 

 

「ジャンヌさんのところまであとどのくらい?」

 

『あと十分ってところね。通信から戦闘に入っていることはわかっているし、正直もう少し速度を上げた方がいいわ。街に人が居たりしたら、彼女やゲオルギウスはきっと彼らを庇う筈よ。守りを考えなくちゃいけない分私たちの方が圧倒的に不利だわ』

 

「でしょうね。もっとスピードを上げましょう」

 

 ちょくちょく通信機をロマンから奪い取って話をしてくる所長にそう返事を返しながら、俺はワイバーンに向けている殺気の濃度を一段階引き上げる。するとワイバーンはブルリと身体を震わせるとさらに速度を上げた。

 

「マスターの騎乗スキルは中々のものですね。私も馬に乗っていましたが、竜を乗りこなすことはできませんでしたよ」

 

「そもそも竜なんていなかったのでは……?」

 

「というかこれは騎乗スキルに入れていいものかい?あれか、騎乗スキル(脅迫)とかそんなところか」

 

『そのスキル、仁慈君なら間違いなくAランク以上だね』

 

「お前らに騎乗スキル(脅迫)使ってやろうか……」

 

「そんな……!私の上にまたがるなんて……!いけません先輩、まだお昼です!」

 

「あっ(察し)」

 

「騎乗スキル(意味深)」

 

「やめろォ!」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「クッ、どうして……?僕はあれから何人も処刑してきた。そのたびに、腕を上げた。痛みもなく恐怖もなく、快楽すら感じるくらいのものを作り上げてきたのに……どうして……」

 

「……」

 

 遥か上空で仁慈たちが馬鹿みたいな会話をしている中、マリーとサンソンの決着がついていた。

 サンソンは地面に手を付き、致命傷を受けたにもかかわらず自問自答を繰り返している。マリーはそんな彼にゆっくりと近づいて語り掛けた。

 

「そもそもサンソン。あなた勝つ気なんてなかったんじゃないかしら」

 

「――――ッ!?違う、そんなことはない!僕はもう一度君を処刑するために……!」

 

「なら、おかしいわよ。いくらあなたが処刑人だとしても、いくらお互いがサーヴァントになったとしても、王室で過ごしていた私を一対一で殺せないなんて」

 

 マリーの言っていることは正しい。

 いくらサーヴァントになったからと言ってもそれはサンソンも同じことである。まして、マリーは戦闘など経験したことのない王妃。いくらサンソンが処刑人であり戦士でないからと言ってもこの結果はおかしい。まして、彼はマリーの死の原因である。伝説や史実をたどるサーヴァントたちにとってそれは絶対的と言ってもいいアドバンテージだ。にもかかわらず地面に手を付いているのはサンソン。このことが意味するのはただ一つ。彼自身がマリーを殺す気がなかった。それに尽きる。

 やがて観念したのかサンソンは静かに口を開いた。

 

「………僕は処刑が好きじゃなかった。当たり前だ、誰が好き好んで人を殺すこの職業を好きになるものか。当時は処刑人に対する差別だってあったこともそう思わせることに拍車をかけた」

 

 マリーは黙ってサンソンの言葉を聞いていた。これはサンソンの抱え込んでいたもので、彼女自身にも関係あるものだと感じていたから。

 

「でも、それでも僕は君と君が治めたこの国が好きだった。だからこそ、処刑が必要な人間を処刑し、それで培った医療技術で人々を癒したんだ。………愛していたんだ、君とこの国を」

 

 彼の独白は続く。

 その言葉には表現しがたい悲痛な想いが込められていた。

 

「それがどうだ!僕は最終的に、愛する君を手にかけた!誤解を受けていることをわかっていながら、君と同じ場所(断頭台)に立たされることに恐怖を抱いて手にかけた!僕はずっとそれを後悔していた………。だから、君に会った時僕はとても嬉しかったんだ。ここで君に殺されれば、許されると思っていたから………!」

 

 史実において、サンソンは自分がマリーとその夫を処刑した日に密かに鎮魂のミサを上げていたらしい。このことから当時どれだけ彼らを愛していたかがうかがえるだろう。何故ならこのようなことがバレてしまえば処刑は免れないからだ。いや、もしかしたら彼は見つかって処刑されたかったのかもしれない。彼女を殺したものと同じところに立とうとしたのかもしれない。

 

 そう瞳を潤ませながら言うサンソンに、マリーは慈愛の籠った笑みを浮かべてサンソンを優しく抱きしめた。

 

「もう、本当に可哀想でかわいい人なんだから。――――私は最初からあなたのことを恨んでなんかいないわ。元々、許される必要なんてなかったのよ。それに、私知っているの」

 

 ――――――――私を処刑するとき、貴方が気づかれないように泣いていたことを

 

「―――――ッ!あ、あぁ………!マリー……マリー……」

 

 サンソンは、マリーの言葉を聞いて今度こそ泣いた。それはまるで、迷子の子供がようやく自分の親と会えた時に流すような、安堵の籠った涙であった。

 

「―――――――ありがとう」

 

 その一言と、狂化を感じさせない笑顔とともに、苦悩の中でも生涯処刑人として生きたシャル=アンリ・サンソンは黄金の光となって消えていった。

 マリーは光が舞っていくその先をしばらく眺めた後、ジャンヌたちのところへと加勢をしに行ったのだった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「……これで三人目。皮肉なものですね。見込んだもの程早く消えてしまうとは」

 

「人生なんてそんなもんだ。嫌な奴ほどしぶといもんだぜ。……さて、この状況圧倒的にお前さんが不利だと思うが………引き下がる気はあるか?ないならないで別にいいぜ。ここで討ち取って終いだ」

 

 黒ジャンヌは黄金の光となったサンソンを見ながらそう言葉を溢し、クー・フーリンはそれに軽口で返した。

 

「確かに、分が悪いですね。しかし、せめてあの竜殺しだけは始末させてもらいます」

 

 黒ジャンヌがパチンと指を鳴らす。

 すると、大きな咆哮と共にファヴニールほどではないものの巨大な竜がジャンヌたちの上空に現れた。

 

「んなっ!?」

 

「こんなこともあろうかと、というやつです。いいのですか?おそらく彼らだけでは足りないと思いますが?」

 

「チッ!」

 

 黒ジャンヌの言う通りである。

 ゲオルギウスという竜殺しが居るものの、数多のワイバーンに囲まれている状態では巨竜がいいところだろう。クー・フーリンは逃げていく黒ジャンヌを尻目にジャンヌたちの方向へと駆けて行った。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 走行中という、不安定な状態ながらも自身の宝具を解放しワイバーンの集団に向かって投擲する。その破壊力は仁慈の投擲と比べても強力なものと察することができ、直撃していないワイバーンたちも根こそぎ細切れにして吹き飛ばした。

 

「おい、上を見ろ上を」

 

「これは……!?」

 

「む?かなり巨大な竜ですね。それが二体とは……」

 

「これは結構まずいかしら……」

 

 一応全員が合流したが、気づくのが遅すぎたのだ。巨竜は既に目と鼻の先に来ており、二体同時に葬るのは難しい状態となっていた。イチかバチか、全員で宝具を解放して乗り切ろうかと考えていたのだが、そこでマシュからもらったカルデアの通信機が反応した。

 

『ジャンヌさん。そこから見て右側の竜に向かって宝具を解放して倒してください。残りはこっちで何とかします』

 

 聞こえてきたのはここで知り合ったマスターの声。人類の未来を取り戻すために数体のサーヴァントともにこのフランスに現れた人類の救世主。そして、常識はずれな行動を起こす頼もしい人。

 その言葉を聞いてから彼女とそのほかのサーヴァントの反応は早かった。既に宝具開放の構えを取っており、狙いを右の巨竜に定めているのだ。

 そして、全員が己の宝具を解放し右の巨竜を倒した時、同時に左の巨竜の首がゴトリと落ちてきた。視線を向ければ、黒い聖剣を召喚し首のない竜の体にまたがったヒロインXの姿が確認できた。

 

 そこで全員はひとまず何とかなったと体の力を抜くのであった。

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 仁慈たちとジャンヌたちが合流するとジャンヌとゲオルギウスは早速ジークフリートに洗礼詠唱を唱えた。その間、マシュは疑問に思ったことを素直に口にする。

 

「さっきは突っ込みませんでしたけど、なにナチュラルについて来ているんですか」

 

「別にいいじゃない」

 

「私たちが居て何か不満が?戦闘も手伝って差し上げますのに」

 

「別にそれはありがたいんですけど……」

 

 そう言われてしまえばそれ以上踏み込むことができない。マシュはとても納得しがたい思いを抱きつつもそのまま引き下がった。

 一方、マシュからどうしてついてきたんだと言われた当の本人の片割れである清姫は何事もなかったかのように仁慈に声をかける。

 

「ところでマスター」

 

「それ俺のこと?」

 

「えぇ、そうです。突然で悪いのですが、私と仮ですけど、マスター契約を結んでくれません?」

 

「まぁ、かまわないけど」

 

「そうですか。では小指を出してもらえますか?そう、それで結構です」

 

 戦力が増えるという意味でも、手綱が握れるという意味でも仮契約してもいいと考えた仁慈はあっさりと小指を出す。それに対して清姫も自分の小指を出してその細い指を仁慈の小指に絡ませた。

 

「ゆーびきーりげーんまーん、うそついたらはりせんぼんのーますー」

 

「指きったっと……。これで契約になってんの?」

 

「はい。これで契約成立です。今後、私に嘘ついたら針千本丸呑みしてくださいね」

 

「笑顔で言い切りおったで……」

 

 仮でよかったと安堵する仁慈だったが、この選択が大いに間違ったものであったと感じるのはもうしばらく後のことである。

 戦慄しつつ安堵をするという貴重な体験をしている仁慈にマシュからジークフリートの解呪が完了したとの知らせが入る。

 

 ジークフリートは既に持ち前の回復力で傷を癒しきっており、先ほどまでの痛々しい姿はなりを潜めていた。ここにいるのは、邪竜ファヴニールを倒した大英雄、ジークフリートその人だ。

 

「俺のために態々骨を折ってもらい感謝する。これまでの恩返しとして、仁慈―――――いや、マスター。君にこの剣を捧げよう。今から俺はマスターの剣。マスターの盾だ。真名ジークフリート……この戦いにおいてマスターに勝利をもたらすために尽力させてもらおう」

 

 その佇まいは、今まですまないと謝っていた姿からは想像できない頼もしさを感じた。

 

「さて、戦力もそろった。後は何をするか当然わかってるよね?」

 

「「正面突破」」

 

 仁慈の問いかけに竜娘二人が答える。それについて問いかけた本人は大いにうなずいていた。しかしそこに待ったをかける人物が居た。集団を率いて戦った経験があるジャンヌとジークフリートである。ちなみにXは普通に沈黙を貫いている……というか仁慈が作った軽食をパクついていた。

 

「待て。確かに正面突破という発想は悪くない。個人個人の質はこちらが勝っているし大して人数もいない分固まって動こうとするのは当然の結論だ。しかし、それで行くならそれ相応の準備が必要となる。そこはどうする?」

 

 ジークフリートの質問に仁慈はこう答えた。

 

 

「敵が本拠地にしている場所はわかっているんだ。だったらさ、ゆっくりとある程度のところまで進軍して相手にオルレアンで決戦をするつもりと思わせてオルレアンに戦力を集中させる」

 

 ここで一度言葉を切り、仁慈は無駄にきりっとした表情で口を開いた。

 

「遠距離からオルレアンごと敵を吹っ飛ばす」

 

『…………』

 

 仁慈が放った言葉にサーヴァント全員が言葉を失ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




流石仁慈、俺たちが思いつかないことを平然と思いつく。そこに呆れる、絶句するぅ!


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やはり脳筋だった!

今回と次回ですまないさんがジークフリートに進化する!?(FGOのCM並みの正確さ)


 

「………賛同しかねます」

 

 仁慈の意見に異議を唱えたのはジャンヌだ。いくらこのフランスを滅茶苦茶にした相手を倒すためだからと言って、街そのものを吹き飛ばすのは流石に違うだろうと彼女は思ったのである。それに、自分の国が壊されているところを見ていて気分の良い人間はそうそういないだろう。聖女として国のために戦った彼女であればなおさらである。もちろん、口には出さないがマリーも賛同はしていない。

 

「まぁ、気分はよくないよね。けど、これが一番勝率が高い方法だと思うよ。こちらは一人一人の戦力こそ群を抜いているものの、魔力源はそろいもそろって俺からの魔力だ。聖杯を握っていて、ほとんど無限と言っていいほど手駒を作れる相手にはかなり分が悪い」

 

 ジャンヌもそれを言われたら反論ができない。しかも、仁慈は全人類の未来を背負っているのだ。当然のごとく失敗は許されない。いくら非道な手段でも、特異点を正せば元通りになるということから実行することも辞さないこともあるのだ。そのことを知っているジャンヌは彼に強く出ることはできなかった。

 

「マスターは他人の心がわからない(ボソッ」

 

「X、聞こえてんぞ」

 

 Xの茶々に仁慈がそう返す。すると、ここでジークフリートから待ったがかかった。

 

「しかし、その宝具が防がれない保証があるのだろうか?もし、防がれたらマスターはただでは済まないぞ」

 

 単純に考えて、英霊数人分の宝具開放を同時に行う。それは通常の魔術師であれば一瞬で魔力が枯渇し死んでも不思議ではない蛮行である。仁慈と言う世界が生み出したバグとしか思えないマスターとダ・ヴィンチ印の魔力回復ポーションがあるからこそできる力技と言えるだろう。

 だが、その魔力回復ポーションも数が限られており、残りは二つ。敵の総力が正確に把握できない段階で保険たる魔力ポーションを使い切るのはかなりギャンブル要素が強いと考えられた。

 

『そもそも、僕たちの目的の中には聖杯の奪取も含まれているからね。今の行動、どう考えても聖杯ごと吹っ飛ばすことになるよ』

 

「………あっ」

 

 どうやら聖杯回収のことを完全に忘れていたらしい仁慈は間の抜けた表情を浮かべた後へなへなと地面に手を付いた。そして、その後このような方法を提案したことをジャンヌとマリーに謝罪した。流石にフランスラヴな二人相手にこの作戦はまずいものがあると考え直したのだろう。

 一方彼女たちも彼が好き好んでこのような方法を提案しているわけではないことを知っているためにあっさりと許す。なんとも和やかな雰囲気が充満するが、問題は何一つ解決していない。むしろ振り出しに戻っている。

 遠距離から根こそぎフッ飛ばそうぜ作戦が瓦解した今、これを超える作戦を思いつかないでいた。なにをどう考えても正面突破しか思い浮かばないのである。もはや世界の強制力が働いているのではないかと思うくらいには何も出なかった。

 

 そうして、一時間が過ぎ去った頃。仁慈は意を決してこれからの行動を口にした。

 

「小細工なしの正面突破を行います」

 

 話し合いとは何だったのか、この時その場にいた誰もがそう考えた。散々頭を悩ませた結果が脳筋を通り越した脳死作戦(笑)だったのだ。仕方ないことと言える。

 

『いや、いやいやいや。どうしてその結論に行きつくのさ!?何のための話し合いだったの!?』

 

『もう少し何とかならなかったの!?』

 

「えー……じゃあいいよ。聖杯が壊れない程度の威力を遠距離からぶち当てればいいんでしょ。というか、遠距離から俺と兄貴が槍投げ大会やっとけばいいんじゃないかな」

 

『投げやり!?』

 

 二重の意味で投げやりっぽい仁慈にオペレーター組は驚愕を隠せない。先程まで真面目に話し合いを取り仕切っていた彼は何処に行ってしまったのだろうか。やる気スイッチがぶっ壊れたのではないかと懸念したのはここだけの話である。

 実際仁慈は投げやりだった。何故なら本来の彼はこういったことを行わない。もちろん無謀に突っ込むということもしないが、戦いが始まったのであれば今までの経験をもとに直感で動くタイプの人間である。どれだけ脳筋ではないアピールとして策を練っても根本のところで脳筋なので直にぼろが出る。今の状態がまさにそれだ。

 

 ここまで色々うだうだと言葉を弄したが、結局のところ言いたいことは一つ。仁慈の頭がオーバーヒートしたのである。

 

「けど、突き穿つ死翔の槍(投げる方)は爆発するぜ」

 

「大丈夫でしょ。なにもオルレアンごとフッ飛ばそうってわけじゃないし。黒ジャンヌたちが寝床にしているところにそれをぶつければいいだけだよ」

 

「その場所の把握はどうするんだい?まさか、君やX君の直感だよりというわけじゃないだろう?」

 

「ロマンに任せる」

 

『僕!?』

 

「サポート、期待してるよ。本当に」

 

『含みがある言い方だね』

 

 回復ポーションを送ったこと以外には特にこれといった活躍がないことは彼自身も自覚済みなため、そこまで強く言い返すことはかなわなかった。ポーションも作ったのはダ・ヴィンチだし。

 

「まぁ、ここまで作戦会議的な何かで色々時間取らせて申し訳なかった。結局脳筋プレイの正面突破となったけど、宝具使いたい時には一言俺に言うように。急にブッパとかやったら俺が背後から座に還すから」

 

 仁慈の言葉に全員が震えながらうなずいた。

 それに満足した彼は、一瞬だけ笑顔を浮かべた後、再びきりりと表情を引き締める。

 

「オルレアンに行くぞ。最終決戦だ」

 

 

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

 

 道中、今までにないくらいの強力な狂化をかけられていたもふもふさんを俺と兄貴の槍で一突きして退場させつつたどり着いたオルレアン。

 人間である俺でも目視できる距離まで近づいたところで兄貴と視線を合わせる。そしてお互いに槍を構えてロマンが示す場所に槍を投擲しようとした。

 

 

―――だが、人生っていうのはいつだってうまくいかないものである。

 

 

『―――ッ!?サーヴァント反応あり!場所は君たちの目の前……種別はルーラーにセイバー、ランサー、アサシンだ!』

 

「アイエ!?」

 

 ロマンの通信に思わずニンジャ的な返答をしてしまったが俺は悪くない。そもそも、俺と兄貴が槍を構えたのはロマンから彼女たちの居場所を受け取ったからである。先程の反省を活かし、なるべく被害を最小限にしようと居場所を把握してから槍投げ大会を始めるつもりだった。

 が、結果として今、城にいたはずの反応が目の前まで来ているというか実際に肉眼でとらえることができている。これは一体どういうことなのだろうか。

 

「フフッ、別に。そこのマスターがやりそうなことを考えただけよ。街一つ消し飛ばすとか平気で言いだしそうでしょう?」

 

「ぐぬぬ」

 

 当たっているから何も言い返せない。ぐぬぬ状態になるしかないのである。愉快そうに笑う黒ジャンヌを若干力の籠ってない目で睨む。

 

「敵の方がマスターのことわかってますよ」

 

「つまりマスターは悪だったのね!」

 

「やめろやめろ」

 

 そういうこと言っちゃいけない。俺は戦場において善悪を持ち出すなって教育されてきただけだから。日常生活は普通に良識的だから。

 相も変わらず自分の味方であるサーヴァントにツッコミを入れていると、黒ジャンヌの後ろにファヴニールと大量のワイバーンが現れた。まさか、向こうから出向いてくるとは思ってなかった。こういうボスは裏でふんぞり返っているもんじゃないのかよ。

 

「まぁ、何はともあれよく頑張ったと一応褒めてあげましょう。しかし、それもここまでです。見なさいこの数多の竜を!もはやこの国は彼らの巣窟と成り果てました。これで、この世界は完結する。これで人類の未来は消滅するのです!これこそが、真の百年戦争……いや、邪竜百年戦争だ!」

 

 高らかに宣言するとともに彼女の背後から複数の人影が飛び出す。誰もかれも一度この特異点の中で交戦したことのある者たちだ。

 

「やあ、君たち健勝そうで何よりだ!特にそこのマスターはね。……正直な話、あまり戦いたくはないのだけど、召喚の仕様上そうもいかなくてね。色々発散するために付き合ってもらおうかな!マスター君!」

 

「上位存在が格下を指名するとかどうかと思うんですけど!」

 

 出てきて早々剣を構え、突撃してくるセイバーの斬撃を回避すると同時にカウンタ―気味に拳を突き出す。

 だが、この程度の攻撃を喰らう筈もなく難なく回避し嵐のような刺突を繰り出してきた。すぐさま全身の魔術回路に火をともして強化を施し、剣の腹を手の甲で弾きながら隙を伺う。馬鹿みたいに神経を使う動作だが、ぶっちゃけ武器を出している暇がないのでこうしてやり過ごすしかないのだ。

 

「ハッハ!やっぱり君はその辺の人間とは一味も二味も違うよね!テンション上がってくるよ!」

 

「前より狂化、進んでんじゃないの!?」

 

 前回戦った時よりも明らかにテンションがおかしいセイバーの斬撃&刺突を防御しながらなんとか状況を打破するために頭を使う。

 

「マスター!」

 

「っ!?」

 

 ここで、マシュが俺とセイバーの間に入りセイバーの剣を大きく弾く。その隙をついて俺もこの前彼女を沈めたものと同じ攻撃の体勢に入り、すぐさま拳を突き出した。しかし、セイバーはこれを弾かれた体勢からバク転をすることにより回避、地面に着地すると同時に地面を蹴り、速度を上乗せした神速の突きを放ってきた。それに対して、やることは変わらない。神速の突き、今までのように腹を甲で弾こうとしても手を貫かれるだけだ。ならば――――

 

 

――――狙うべきは武器を持っている手から腕にかけての部分。神速で放たれた突きの軌道と速度を計算し、自分の手をそれに合わせるように設置する。そして、計算通りの場所に来た瞬間腕に力を込めて腕をつかみ、そのまま下に方向性を変換する。

 

「フフッ」

 

 セイバーは体勢が崩れ、地面に叩きつけられそうになっても笑っていた。このとき、俺は忘れていたのだ。彼女が見かけによらない怪力の持ち主だということを。

 地面につく寸前でフリーになっている左手でセイバーは地面に接触するのを防ぐ。そして、想像を絶する力からハンドスプリングで起き上がりつつ、その勢いを利用して俺を放り投げた。迂闊……っ!

 

「これでとどめ!」

 

「舐めんな!」

 

 突きではなく、俺を真っ二つにするべく上から下へとその胆力に任せ剣を振り下ろす。当然、空中に投げ出されている俺は回避することができない。ならば、

 

 虚空より刀を取り出し、すぐにその斬撃を受け止める。もちろん、セイバーの筋力を空中で受け止められるわけなどもなく再び先ほどの勢いを超える勢いで後方に飛ばされる。まるでドラゴン〇かと思われるくらいには飛ばされたが、追撃を喰らって真っ二つになるよりは全然ましだった。というか、いい加減空中で移動できるようになりたいな。魔力で足場を作ったりはできないのだろうか。

 脇道にそれた思考を一瞬だけ行いつつも、体に染みついた癖からしっかりと受け身を取ってセイバーに向き直る。 

 ちなみにマシュは邪魔をするなと言わんばかりに集まって来たワイバーンの対処に追われており一緒に戦うことはできない。一対一で俺とやりたいってか。

 

「早く私を止めてくれよ。マスター君。正直、このままいくと彼女に剣を向けそうで気が気じゃないんだ」

 

「既に狂っている件について。後、そんなに死にたいならさっさと死んでくれよ」

 

「できたら苦労しないよ。この狂化は君が思っているよりも面倒なものなんだ。だから……」

 

「もう普通に別の英霊と戦ってろよ……」

 

 マスターである俺のところにやってくるから簡単に死ねないんだからさ。その旨を彼女に伝えるが静かに首を振られることで俺の意見は否定された。なんでさ。

 

「私はね。君に倒してほしいんだ。自分でもよくわからないけど、初めて君と戦った時から君のことが頭から離れなくて……」

 

「狂化で思考回路と倫理、思想まで狂ったか」

 

「体が疼いt(ry」

 

「やめい」

 

 ふざけて会話をしているように見えるけどしっかりとこれには意味があるのだ。このような時間の間でも魔力回復に回さなければ後半でばててしまう可能性がある。なるべく無駄に会話を続けて何とか魔力切れという事態を防がないと。あ、今誰か宝具使った。

 

「っ……。そろそろ我慢するのがつらくなってきたから、次で終わりにしよう。大丈夫君なら私を殺せるって信じてる」

 

「ありとあらゆる意味で複雑だ」

 

 と、言いつつ呼吸を整えて全身の力を抜く。

 向こうは筋力ももちろんのこと耐久も中々に優秀らしく正しく前線職の鏡と言えるほどのステイタスを誇っている。そのため、馬鹿正直に槍で貫くよりも、防御や耐久無視のこっちの方が有効なのだ。え?サーヴァントには神秘しか効かない?大丈夫だ。俺が師匠から教わったのは唯の八極拳ではなくマジ☆狩る八極拳だから。神秘の範疇。

 

「スゥー……」

 

 一度息を吐ききってからセイバーを真っ直ぐに見やる。

 ……そして、俺が先にセイバーが一歩遅れて動き出した。

 

 お互いがお互いに接近しあっているために、その距離は一瞬で詰まる。地面を蹴ってから一秒後には目と鼻の先にセイバーの顔があるくらいだ。

 セイバーから放たれた剣先から視線を逸らすことなく、見据える。タイミングを計り、自分の体にそれが接触する時間を計算し、回避を実行に移す。その工程を経て俺はセイバーの剣を紙一重で回避する。多少の誤差があったのか、前髪がいくらか切られてしまったが、そこは完全に無視。今の俺がすべきことはこの一点を以って目の前のサーヴァントを倒すこと。前回のように不完全なものではない。今度こそ、完全に殺しきる。

 

「シッ!」

 

 ドンッ!と地面に足をつけた瞬間我ながら人間が出すとは思えないくらいの重音が周囲へ響き渡る。そこから体に伝わってくる勢いをすべて攻撃へと変換し相手の内臓すべてをバラバラにする勢いで体から逃げないように叩き込む。

 

「―――――――――」

 

 声すら出せず、その身体が光の粒子へと変換されていく。そんな中でもセイバーは笑顔だった。前に戦った時もそうだったが、やはり彼女はこのフランスに縁のある人物なのだろう。今だってマリーのことをなんとも言えなさそうな表情で見ているし。

 体も半透明になり、実体化が維持できなくなってきたころ、セイバーは再びこちらに視線を固定した。声は出ないためか、この前と同じく口パクだったが言いたいことははっきりと聞き取ることができた。

 

 言葉が伝わったことを向こうも感じたのか、狂化しているときは決して見せることがなかった穏やかな顔を浮かべた後セイバーは消滅していった。

 その光を見送った後、全体の戦況を把握し、今からファヴニールに突撃をかまそうとするジークフリートさんのもとへと向かったのであった。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

「マスターか。そっちの方は決着がついたらしいな」

 

「つけましたとも。意地でもね」

 

「お見事です仁慈殿。……そして申し訳ないのですが、ここでファヴニール討伐にもどうか手を貸してくれませんかな」

 

「別に問題ないよ」

 

「私もマスターと一緒に行きます!」

 

 ワイバーンの相手が終わったらしいマシュも含めて俺、ジークフリートさん、ゲオルギウスさんの四人は今からファヴニールを倒しに向かおうとしていた。

 ここで、唯一にして無二の討伐経験者であるジークフリートさんにどの様にして倒すのかということを聞いてみる。

 

「正直なところ、何をどうすればいいのかわからない上に成功率は物凄く低い。当初、どのようにして勝てたのか今でもわからない」

 

「ちょっ!?いきなり不安になるようなこと言わないでくれませんか!?」

 

「どうしてそんなに自己評価低いんですかあんた!」

 

「すまない。……だが、それは事実だ。あれは勝って当然の戦いではなく無数の敗北の中からわずかな勝利を引き上げたに過ぎない。もう一度、同じことをやれと言われても中々難しいだろう。あれは相反する二つを同時に行うというような矛盾を乗り越えないと絶対に倒せないような怪物なのだから」

 

 戦いの直前でとんでもないくらいの不安を煽ってくるじゃなの。

 けれど、

 

「大丈夫ですよ。矛盾した行動なんて、存在そのものが矛盾しているマスターにとっては容易いですよね!」

 

「笑顔で毒吐くのやめーや。……でもそうだな。自分の持てる全力を出しますよ。出しますとも」

 

 

 

「フッ、大胆なマスターで何よりだ。―――――――邪悪なる竜よ。お前が何度でも復活し、その力を振るうというのであれば、俺は何度でもお前の前に立ちふさがり、黄昏へと叩き込もう。かつて受けた剣戟を再びその身に刻み、地に沈め!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今週から来週にかけてテストがあるので投稿が遅れます。申し訳ありません。
ジークフリートさんの活躍(予定)は少々お待ちください。


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竜殺し(ジークフリート)

テスト期間中に投稿する学生の屑です(自覚済み)

六章は面白かったですね(小並感)
ただ、高難度より高難度してましたけど。あれ初見はきついでしょう……。


 

 一方、仁慈たちがファヴニールと戦う少し前。

 

 

 一合、二合、赤と黒の閃光が何度も交わりあう。その速度は普通の人間ではぶつかり合った時に発生した火花すら見て取ることはできないだろう。そのような通常ではありえない戦いを行うのはもちろんのこと普通の人間ではない。英霊と呼ばれる過去に偉業を成し遂げた者たち。片方は全身のラインが浮き出るタイプの青タイツの男。もう一人はその青い瞳に狂気を宿していてもなお気品を出している黒い服を身にまとった男。この二人は過去に一度ぶつかっている。前回は中途半端なところで終わってしまったのだが、今回はもう最終決戦である。もはや邪魔するものもいない。

 

「やっぱりやるじゃんか。狂化かかってんのが勿体ないくらいだ」

 

「ふむ……。そこは許せ。今回余に与えられた役目は戦士ではなく道化だ。やるからには全力を尽くすのが私の性分なのだよ」

 

「だからと言って、全力じゃないあんたを相手するのもなぁ」

 

「何を言う。狂化のかかった余など、軽く屠ってみせよ。アイルランドの英雄よ」

 

「ハッ、面白ぇ!」

 

 青タイツの男、クー・フーリンは長年の間自分とともにあった独特の構えをとり神速ともよべる速度で槍を突き出す。それは並みの英霊であれば一突きで終わるほどの勢いであったが、彼の相手はかの有名なヴラド三世。のちに吸血鬼の代表とも言える人物になる。彼は多くのオスマン帝国の兵から領地を護ったほど護りに長けている人物であり、今回は吸血鬼の部分が多く表出しているため通常の身体能力とは一線を画する。

 神速の突きを特に問題もなく自分が持っている槍で弾く。そして、弾かれた隙をついてヴラド三世の方も槍を突き出す。だが、クー・フーリンは槍の達人。この程度で隙をさらすくらいならば彼は英霊となっていないであろう。彼はヴラド三世のカウンターを難なく防ぐ。

 

 お互いの実力が拮抗しているため一進一退の攻防が続く。どちらが負けてもおかしくない。そんな状況においても彼らは笑みを絶やさなかった。いや、むしろさらに口の端を吊り上げた。

 楽しんでいるのだ。クー・フーリンは言うまでもなく戦いを楽しむことができる性分であるし、ヴラド三世の方も狂化も相俟って相手の身体を突き刺す感覚が、己の体に突き刺さる感覚が楽しくて仕方がなく感じている。

 

「は、ははっ、ハハハ。よい、よいぞ。それでこそ戦いだ。これこそが戦いだ!圧倒的な力で蹂躙するのも悪くはないが、この均衡こそが心地よい!……だが、いつまでも楽しんでいるわけにはいかん」

 

 その言葉とともに、ヴラド三世は英霊と狂化に任せた力でクー・フーリンを弾き大きく距離を取った。

 

「捧げようその血、その魂を。――――血に塗れた我が人生を……!血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)!」

 

 ヴラドが自身の宝具を解放する。すると、彼の髪が、服が、周囲に散らばっていた瓦礫が、木材が、黒い杭となりヴラドの身体から射出された。その速度、その数はかなりのものだがクー・フーリンも自身の持っている槍をまるで己の体の一部のように振り回して叩き落していく。

 だが、急に発射されたと同時に距離を取ると言ってもそこまで離れていなかったことがここにきて効いている。防いでいても物量には勝てず、そこかしこに傷ができていた。ヴラド三世が放つ杭の勢いは衰えることなくむしろさらに多くの物量を以って襲い来る。やがて、あたりには砂ぼこりが撒き散らされクー・フーリンの姿が見えなくなる。

 

「………フッ、まぁ楽しかったぞ」

 

 そうして彼は砂ぼこりの中にいるクー・フーリンに向けて言葉を放った後にその場を後にしようとした。普段の彼であれば、絶対に起こすことのない落ち度。かつて自分の領土を護るために過剰にも取れる制裁を行っていた彼とは思えないほどの迂闊なこの行動は正しく狂化が付与されているためであった。

 いくら意識があるとはいえ、召喚された際に付与された狂化の影響を完全に消し去ることなど不可能だ。彼はその所為で無意識に次なる獲物を求めに行ったのだ。

 

 

―――――――それこそが、彼の止めとなった。

 

 

 ざくり、と近くから肉の貫く音が聞こえてきた。

 ヴラドはその音の方に視線を向けてみると、自分の胸から赤い槍が生えているのが見て取れた。当然、これは彼の宝具によるものではない。彼の出すものは基本的に黒い杭であり、赤い槍などではなかったのだ。

 

刺し穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)………その心臓、確かに貰い受けた」

 

「………そうか、やはり……余は道化であったか………。よく、あの中で生き延びたものよ」

 

「あれくらいで死ぬくらいなら俺は英霊になんてなってないんでね。……しっかし、残念だ。あんたとは全力で戦いたかったんだがな」

 

「それは次の機会としよう。なに、そこのマスターが余との因縁を持っていればすぐにでも巡り合うだろう」

 

「うちのマスターならいけそうだなぁ……」

 

「フッ、関係が良好なようで何よりだなアイルランドの英雄よ。それは、何事にも代えがたきことだぞ」

 

「知ってるっつーの。いったい俺が今までどんだけマスターに恵まれてなかったと思っていやがる。挙句の果てには大体死んでんだぜ?自害せよランサーってな」

 

 からからと笑うクー・フーリンにヴラドも軽く表情を柔らかくした。そして、最後にファヴニールと戦うために作戦会議をしている仁慈たちの方を見て口を開く。

 

「何かあれば、余のことを思うがいい。人理を護る貴様に、我が槍はとても栄えることだろう」

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、ワイバーンが多すぎる。しかも僕の攻撃は効きにくいし……!これがこうかはいまひとつだ!というやつなのか……!音楽家であり引きこもり上等な僕に対してなんと卑劣な!」

 

「そんなこと言っている場合じゃないわアマデウス。もっともっと奏でて頂戴!貴方のピアノを、そしてそこのワイバーンたちを魅了しちゃいなさい!ヴィヴ・ラ・フランス!」

 

「そのガラスの馬便利だなぁ!?」

 

「ワイバーンが一匹ワイバーンが二匹、ワイバーンが三匹、お肉が四個、お肉が五個………フフフ、テンション上がってきましたよ!」

 

「くふふ……ますたぁの邪魔をするものは……逃しません」

 

 クー・フーリンとヴラドの戦いがひと段落付いた時、周囲を覆いつくすほどのワイバーンを相手にしている彼らも大詰めに入っていた。

 誰もかれもが無駄口をたたきながらも、真っ直ぐ自分の敵に向かって攻撃を仕掛けている。なんというか、色々な意味でここだけ空気がおかしかった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「はぁぁぁぁああああ!!」

 

 場面は戻って相手側の切り札ともよべるファヴニールを倒す側の仁慈たちは、今まさにファヴニールに向けて突撃をかましているところだった。現在、先行して盾を構えたマシュが周囲のワイバーンの攻撃を受け止めながら、後ろから来た仁慈が止めをさしている。ジークフリートとゲオルギウスはファヴニールを倒すために体力を温存中だ。

 ファヴニールとの距離が縮まっていくたびにワイバーンの密度は上がっていく。おそらく、彼らは本能で分かっているのだろう。

ジークフリートをファヴニールに近づけてはいけないと。そんな、健気なワイバーンの妨害も人類最新のキチガイの前では無力であった。マシュの鉄壁に攻撃を防がれ、一瞬発生した隙に彼らは一匹、また一匹と落されていく。まるでごみのようだった。

 

「………ここまで来たならいいだろう。マスター感謝する。ここからはサポートに回ってくれ」

 

「了解」

 

 ファヴニールとの距離が100メートルを切ったとき、ジークフリートがそう声をかけた。仁慈が静かにうなずくとマシュを下がらせ、彼の邪魔にならないようにする。そうして、自分が持てる魔力を彼に注ぎ込んだ。会ったばかりの時に使った魔力譲渡の魔術である。

 

「―――――」

 

 ジークフリートは受け取った魔力をフルに使い、爆発的な加速を生み出しながらファヴニールへと一直線に向かって行く。当然、その行く先をワイバーンたちが防ぐが、竜殺しの代名詞と言っても過言ではないジークフリートの前には無力。

 

「邪魔だ」

 

 身体を宙に浮かばせ、回転をつけて一匹を速攻で切り捨て、その勢いを利用して、背後から向かってきていたワイバーンも同時に切り捨てる。

 しかし、ワイバーンはまだまだ存在した。上から来るもの、再び背部から来るもの側部から来るもの、完全に四方八方ワイバーンに埋め尽くされていた。それをチラリと確認したジークフリートはまず、自分の持っているバルムンクを頭上にいる一体に向けて放り投げた。そのおかげで一匹は倒せたが、他のワイバーンたちを倒せたわけではない。武器を失った今がチャンスだと、彼らは一斉にとびかかる。

 そのことをジークフリートは当然のごとく読んでいた。ワイバーンたちが自分に接触するかしないかのぎりぎりのラインで地面を強く蹴って跳躍、宙に放り投げたバルムンクを空中でキャッチすると、そのまま下に溜まっているワイバーンたちの首を根こそぎ地面に落とした。

 

 ――――これこそが、竜殺し。

 

 幻想種の頂点に位置する竜を殺してしまえる、生粋の英雄。

 英霊となった存在でも成し遂げることが難しいであろうことを生前成し遂げた者たちの力。

 

 ワイバーンの血が付いたバルムンクを軽く振るって血を落とすと、ジークフリートは再びファヴニールに向けて駆ける。

 一歩踏み出すたびに一匹のワイバーンを殺し、10メートル距離を詰める頃には100匹のワイバーンを屠る。もはや、サポートとは何だったのかと言いたいほど、圧倒的だった。あまりの無双っぷりにジークフリート以外の人は口を開けるしかなかった。

 

 それは仕方ないことだろう。

 他にも、向かってくるワイバーンを串刺しにして盾にした挙句、それをブン投げほかのワイバーンに当てて墜落させるなんて誰が思いつくのだろうか。筋力B+だからこそできる荒業と言えるだろう。

 

 

 

 

 そして、ついにファヴニールとの距離が10メートルを切った。

 ここで向こうも桁外れな咆哮を行うことでジークフリートを威嚇すると同時に、周囲にいた残りのワイバーンをすべて掻き集めてきた。

 

 ジークフリートの方にも彼によりそうように、とても密かなフォローを行っていた仁慈たちが並ぶ。

 

「マスター。これから俺は完全にファヴニールに専念する。本当に勝てるかどうかはわからないが、できる限りは当然する。だから周囲のワイバーンを頼む」

 

「了解」

 

 竜殺しである彼の言葉に素直に従う。

 そして、ジークフリートの進む先に現れたワイバーンたちを仁慈がまとめて槍で吹き飛ばした。その隙にマシュとゲオルギウスがワイバーンたちのタゲを取ることに成功する。その隙を塗って、ジークフリートはファヴニールに急速に接近した。

 

「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 ファヴニールは挨拶代わりと言うかのごとく、口から強力な火炎を吐く。しかし、流石は一度戦ったことがある相手というべきか、紙一重でその火炎を回避するとファヴニールの体にバルムンクを突き立てる。本来なら、生半可な攻撃は受け付けないファヴニールの鱗であるが、自分を倒した相手と武器であるなら話は別である。黒くつやのある鱗を切り裂きながら体内に侵入してくる剣に危機感を覚えたのか、その強靭な顎を見せながらジークフリートの身体を噛み砕こうと頭を動かす。

 

「――――ッ!ジークフリートさん!」

 

 それに気づいた仁慈は魔力を送ると同時に身体能力向上の魔術を使う。ジークフリートはそのことに感謝しながらも、近づいてくる口の中にバルムンクを突き立てた。

 

「AAAAAAAAAAAAA!!??」

 

 口内を貫通し、顎下まで貫通したバルムンクにのたうち回るファヴニール。その様子に慢心することなく、ジークフリートは剣を自分の前で構え両足をそろえ、自身の剣に仁慈からもらった魔力と自身の魔力を注ぎ込む。

 

「………かつての俺は、お前に一人で挑んだ。だからこそ、いくつもの敗北の中から勝利をつかむことになった……。けれど、今回は数奇なものでな。お前を前にしてもまったくひかない肝の据わったものが仲間になってくれたんだ。………それが圧倒的な敗北の要因だろう」

 

「UGUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

 

 口の中を傷つけられながらも、ここまで圧倒されるのはファヴニールとしても看過できなかったのか先程とは比べ物にならないくらいの火球をその口内で作りだす。しかし、遅すぎた。圧倒的強者であったファヴニールは、かつての宿敵相手でも初めから全力を出すことはできなかったのだ。

 

「―――――――――邪悪なる竜は失墜し、世界は今、洛陽に至る。撃ち落とす―――――幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 ジークフリートが振り下ろした剣から放出されたのはかつてかの邪竜を撃ち落とした黄昏の波。竜種にとっては致命的となる、ジークフリートの宝具である。

 彼の放った幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)は火球を放出する前のファヴニールに見事に直撃した。あまりの衝撃でファヴニールの身体を砂煙が包み込んで隠してしまう。誰もがこれで終わったと確信した。

 

「GUUUU……」

 

 が、ファヴニールは生きていた。

 その強靭な肉体をボロボロにしていようとも、黒ジャンヌから与えられていた強化のおかげでしっかりと生命活動を行っていた。そしてその瞳にはジークフリートを殺すという意思が込められている。

 普通であれば仁慈たちは万策尽きて、この場でファヴニールに殺されてしまうだろう。けれど今回だけはその限りではなかった。

 自分を屠った攻撃を何とか耐えて、反撃を行おうとしているファブニールが見たのは――――

 

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)

 

 ―――――もうすでに二発目を放ってきている自分の怨敵の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「フハハ!これはまた、面白いものができたなぁ!いや、流石は私。失敗してもただでは転ばないとはね!あはは」

 カルデアにある一室。
 カルデアきっての変人であり変態でもあり天才であるレオナルド・ダ・ヴィンチの工房ともよべる部屋にて、絶世の美女が色々怪しい言葉と共に外見に似合わない豪快な笑みを浮かべていた。
 
 「ふふふっ、早速これを試そうとしようか」

 そう言って、彼女が部屋から持ち出したものは、サーヴァントのクラスが描かれている七枚のカードだった。


――――――――


 「で、俺のところに何の用ですか」

 怪しげなカードをもってダ・ヴィンチが自身の工房を出てから数分後、このカルデア唯一のマスターである仁慈は唐突に現れた来客者に向けてとても迷惑そうな視線をぶつけていた。
 その視線を向けられていた人物は先ほど不審者と化したダ・ヴィンチである。
 彼女は仁慈からの視線なんてもろともせずににこやかに話を進める。

 「いや、実は私がたまたま発明したものの中に面白いものがあってね。君にぜひ試してもらいたいのさ」

 「そうですか要件はわかりましたお帰りはあちらです」

 最速の回答だった。
 まさに流れるような回答だったと言えるだろう。これだけで、彼がどれだけ彼女の発明品に苦しめられてきたのかがわかる感じだった。

 「あるぇー?まさかの速攻拒否?話くらいは聞いてくれてもいいと思うんだけどなぁ」

 「無理です」
 
 「そうか。では説明しよう!」

 仁慈の言葉なんて関係ないと言わんばかりに話し出すダ・ヴィンチ。仁慈の方も慣れているのか溜息一つ吐いて、聞く態勢に入った。

 「これはクラスカードと言ってね。簡単に言えば、座に接続して英霊の力の一部が使えるようになるものなんだ」

 「そんなもの失敗ついでに造んな。……で?それを俺に試してほしいと?」

 「そういうこと」

 にこにことする彼女の手には、しっかりと七クラス分のカードが握られていた。
 正直何が起こるかわからないためにやりたくはないのだが、素直に従わない場合はそれはそれでひどくなるので、仁慈はおとなしくカードを一枚とる。


 「およ?何でバーサーカー?仁慈君ならランサー当たりだと思ったんだけどね。そっちの方が危険はないし」

 「なんとなくです」

 仁慈は無意識にバーサーカーのカードを取っていた。確かに、彼の戦闘スタイルであればランサーのカードを取った方がいいにもかかわらずである。
 ダ・ヴィンチはそのことを少し疑問に思いつつもカードの使い方を口にする。

 「それを持って夢幻召喚(インストール)っていうだけでいいよ」

 「なんか日曜日の早朝にやってそうな掛け声ですね。……では、夢幻召喚(インストール)」

 軽い感じでそういうと、途端に仁慈の身体は光に包まれた。
 しばらくの間、あたりに閃光が飛び交い、目を開けることができなかったが、しばらくしてから光が収まってくる。実はこの間、仁慈の服がなぜか消えて別の服装になっていたり、ちゃっかりそれを光を遮断する眼鏡をかけたダ・ヴィンチが見ていたりするのだが、そこは置いといて。
 光が収まったとき、仁慈はカードを使う前とは違う外見をしていた。
 
 白を基準とした色合いの服装は変わらないのだは、それは上半身のみで、しかもジャケットに代わっている。したは黒いズボンにいくつかのポケットがついていた。
 変わったのは服装だけではない。日本人らしい黒髪はこのカルデアが立っている場所を思わせる白い近い銀髪となり、普通に黒かった瞳の色は血のように赤く染まった居る。そして、何より違うのは右腕についた黒い腕輪と自分の身長程ある機械仕掛けの槍……それらが混ざり合い絶妙な奇妙さを醸し出していた。

 「なにこれ」

 「それこそ、君が座から読み取った英霊の情報だよ。なんの英霊はわからないけどね」

 肩を竦めるダ・ヴィンチ。しかし、そんなしおらしい態度を示していたのも一瞬のこと、すぐに瞳を光らせて仁慈にある提案をした。
 それを聞いた仁慈はさらに深いため息を吐くことになる。



――――――――



 そうして、仁慈がやって来たのはオルレアン。彼が二回目にレイシフトしたところである。そこで、スケルトンや未だに何故かいるワイバーンを仁慈は相手にしていた。
 理由は単純、夢幻召喚を行った自身の性能テストである。これには今カルデアにいるほとんどの人が管制室にやってきて、仁慈の様子を見守っていた。
 
 『それじゃあ始めてくれ。なるべくその手に持っているバカでかい武器を使ってくれよ?』

 「わかってますよ」

 軽い調子で答えた仁慈は本能のままに自分の武器を使う。




 そのあまりの威力に本人含めてあんぐりと口を開けることになるのはまた別の話である。

 更に更に、これから敵対する者(神性持ち)が泣かされるのもまた別の話である。








――――もしも、仁慈が夢幻召喚を使ったならば―――――

                             完





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第一特異点 エピローグ

投稿が大変遅れてしまって本当にすまない(すまないさん感)
自分から話の流れを乱しておきながら、話の到着地点を見つけることができなかったんです。
今回は無理矢理ひねり出した&久しぶりなので人物の性格などがおかしいかもしれませんがご容赦ください。





あと………タマモの水着がドストライク過ぎてやばいわ。


 

 

「バーサーク・セイバー、ランサー、アサシン、ファヴニールまでもやられましたか……。まさかここまで追いつめられるなんて」

 

 私と相対している黒いジャンヌ・ダルク……省略して黒ジャンヌは今まで常に浮かべていた憎々しげな顔をさらに歪めてそう吐き捨てた。その行動、その発言に私はどうしても違和感を感じてしまう。

 いくら考えても、何度自分を見つめなおしてもあのような感情が私の中にあったとは思えなかったのだ。あれが元々同じ自分だったとは全く考えられない。

 

「………これ以上の抵抗は無駄だと思いますが?」

 

「ハッ、何を言ってるの?この私がこのくらいであきらめるはずがないでしょ?それくらいわかるでしょう。残りカスとは言え、貴女は私なのだから」

 

「………そのことなんですがね。貴女、本当に私なのですか?」

 

 自分の中にあった疑問を当の本人に尋ねてみる。

 

「ここにきてそれを言う神経だけは認めてあげるわ。反吐が出そうですがね。まぁ、潔癖症な哀れな聖女様にはふさわしい言動だけれど」

 

「では一つ質問します。貴女は神からの啓示を受ける前、どこで何をしていたのですか?」

 

「随分と苦しい言い分ね聖女様。そんなの決まっているでしょう?………えっと」

 

 最初は威勢よくこちらに噛みついていた黒ジャンヌも記憶を探っているうちに何度か首を傾げていた。そして、どうして思い出せないのかと焦りのようなものが表情から出てきていた。

 ……やっぱり思い出せませんか。

 

 「…………まさか」

 

 黒ジャンヌは心当たりがあるのか、自分たちが陣取っていたオルレアンの中心部をチラリと睨みつけた。

 その後、すぐにこちらに視線をずらし竜を一体呼び出して、それに跨ぎオルレアンの方に飛び出そうとした。

 

「逃がしません!」

 

「焦らなくても後で相手してあげますよ。そもそも、一人の女の子を寄って集って倒そうなんて体裁が悪いでしょう?」

 

 意味不明な言葉を残して逃げようとした黒ジャンヌ。しかし、そこで黒ジャンヌの逃亡を拒む人物が居た。

 この状況の中で容赦なく敵を叩き潰す精神を持った、人間らしい人間の最後のマスター。

 

「まぁ、もう少しゆっくりしていけ」

 

 樫原仁慈。

 人間にしてマスターと言う存在にも関わらず、もうサーヴァントでいいんじゃないかなと言いたくなってしまうような戦闘力を誇る常識の範囲外にいる人。

 

 彼は相変わらず全く気配を悟らせないというサーヴァントでも再現が難しい技術を用いて黒ジャンヌの乗っているワイバーンに近づいた。その後、言葉を放ちながら流れるように丸太よりも太いワイバーンの首を斬り落とし、黒ジャンヌを地面に叩き伏せた。

 地面に落とされた黒ジャンヌは唐突なことながらもしっかりと受け身を取り、跳躍して一気に距離を取った。

 

「サーヴァントよりも早く行動を起こすマスターとかちゃんちゃらおかしいわね。本当にどうなっているのかしら」

 

「ケルト式ブートキャンプの成果、とだけ言っておく。詳しいことはうちの兄貴に聞くと良い」

 

「お断りだわ。自分から行ったとはいえ、何度もやりたいようなものじゃねーし、そもそも思い出したくもない」

 

「………何だろう。後々盛大にとばっちりを喰らう未来が見えた。兄貴と一緒に」

 

 言っているうちに、今までそれぞれ戦っていた皆が黒ジャンヌを取り囲むように集まって来た。

 

「この絵面、完全に貴方が悪役に見えると思うのだけれど?」

 

「特異点がなくなったらこれらは全部なかったことになるらしい。つまりはそういうことだ」

 

「その言い分はどうかと思うわ」

 

 ――――――――激しく同意します。

 

 今までとはうって変わって、これまでの彼女の行動を無視してでも味方になりたいくらいには思いっきり同意した。心の中で。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 ふざけたようなやり取りではあったものの、彼らは誰一人として黒ジャンヌから目線をそらすことはなかった。彼女が一歩でも動けば即座に捕らえ、場合によっては殺すこともできる態勢をキープしている。それでもなお黒ジャンヌに止めをさしに行かないかと言えば、彼らは聖杯の回収をも目的としているからである。聖杯の在り処が分からないうちに彼女を倒してしまうと回収が面倒、もしくは別の誰かに渡ってしまう万が一の可能性を考えているからである。

 黒ジャンヌもそれが分かっているからこそ、むやみに動いたりはせず唯々自分の味方であるジル・ド・レェを待っているのだ。普段は彼のことをうっとおしがっている彼女ではあるが、彼が自分のピンチに現れないことはないと確信している。だからこそ、この硬直状態でなるべく時間を稼ぎたいと黒ジャンヌは考えているのだが……

 

「やっぱり聖杯とか関係なく止めさしに行こうか。よくよく考えたら、何とかできるのであればすでにやっているだろうし」

 

 ここで仁慈の呟きが戦況を大きく変えることとなる。今の今まで聖杯を警戒してきた彼だったが、黒ジャンヌが動きを見せない事から既に手はないと踏んだらしく、サーヴァントたちに止めをさせるように魔力を流し込んでいた。

 黒ジャンヌはこのままではまずいと考え、一か八かこの数のサーヴァントたちの魔力タンクとなっている信じられない存在の仁慈を殺そうと一歩踏み出そうとした。だが、結局彼女が踏み出すことはなかった。何故なら、それよりも先に仁慈に襲い掛かった人物が存在したからである。

 

 その人物とは――――――――――

 

「貴様らぁぁああああ!!我等が竜の魔女たるジャンヌに何をしているかぁぁぁああああ!!??」

 

 カエルのようなぎょろ目をぎょろぎょろと突撃をかまそうとしてくるジル・ド・レェだった。

 彼は自分がキャスターのクラスで呼ばれる要因でもありある意味元凶と言い換えてもいいかもしれない螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)からよくわからない触手の生物を量産させながらワイバーンを乗りこなしつつ仁慈に一直線に向かってきていた。

 子どもが見れば大号泣不可避なこの光景を受けても仁慈はびくりともしなかった。むしろ、表情を一切変えることなくパチンと右手で指を鳴らした。

 

 すると、それに反応したジークとXがジルの乗るワイバーンを滅多切りにして機動力を奪い、クー・フーリンが仁慈から渡された槍を巧みに操り、マシュが構える盾に磔にした。これを外側から見ていたほかのサーヴァントたちはそろって震えあがったという。清姫だけは仁慈の方だけを見て別の意味で震えあがっていたが。

 

「ちょっとジル!?いくら何でも早すぎない!?こういうのはもっとこう……か、かっこよく助けてくれるもんじゃないの!?」

 

「おぉぉおおお……申し訳ございませんジャンヌ。ジルは、ここまでの……よう、です………ガク」

 

「ちょっと!まだ一撃ももらってないでしょうが!」

 

 初めからあったかどうかわからないシリアスな雰囲気は霧散して、彼らの繰り広げる漫才についつい仁慈たちも警戒を緩めてしまう。というか、既に仁慈のやる気は底辺に落ちてしまっていた。

 この二人のやり取りを見て、少しでも真面目に戦おうとしたのが馬鹿だったとでも言わんばかりの雰囲気である。今まで戦ってきたサーヴァントたちが報われないと仁慈は静かに合掌した。

 そして本気で馬鹿らしくなった仁慈は空間からダ・ヴィンチが改造を施した槍を取り出すとやる気のない声でこう言った。

 

「もう面倒くさくなったから二人纏めてここで倒しちゃおうか。聖杯は、障害が消えた後ゆっくり探せばいいしー。というわけで、全員宝具の開帳をかいちょー。これが最後だろうし……諸君、派手にいこう」

 

『MATTE!!』

 

 やる気のない声と表情のまま指をパチンと鳴らした仁慈は黒ジャンヌとジル・ド・レェを囲っているサーヴァントたちに宝具の開帳を命じる。

 それぞれのサーヴァントが自分の魔力を練り込み、自身の象徴とも歴史とも言える宝具を発動しようとした時、殲滅対象となった二人は仁慈に待ったをかけた。

 

「こんな最後でいいわけ!?これでも私たちラスボスよ!?それがこんな出落ち染みた退場していいと思ってるの!?」

 

「その通り!我々にも戦う理由があるのですよ!?それを話も聞かないうちから殺すなどと……恥を知れ!」

 

「おい、鏡見ろよ」

 

 黒コンビ(特にジル)の方を見ながら仁慈は言葉短く返す。今の今まで誰の話を聞くことなくいくつもの町や人を殺しておきながらよくそんなセリフが言えたと仁慈は思った。彼も彼で人的被害はともかく建物の破壊率は彼らとそう大差ないのだが、そこにツッコミを入れる者は幸いなことにいなかった。

 

「じゃあ、四十秒間構えるまで(・・・・・)待ってあげるから早くしろよ。1、2、3…………」

 

 腕を組み、静かにそう告げる。その様はまさに勇者の前でふんぞり返る魔王そのもの。完全に立場が逆転していた。

 しかしそんなことを気にしている暇わないと言わんばかりにジルと黒ジャンヌは立ち上がり自分の持っている得物を構え、仁慈に突撃した。四十秒待つという彼の言葉を信じ、その前に倒してしまおうという算段だった。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――だが

 

 

 

 

 

 

「やれ」

 

 先ほどよりも短く簡潔な言葉。

 それだけでマシュとジャンヌが仁慈の前に現れ、疑似宝具を展開され黒ジャンヌとジルを囲っていたサーヴァントたちの宝具が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ………どう、して……?」

 

 数多の宝具が飽和状態になった円の中心部。そこにぎりぎり形を保っている黒ジャンヌが仁慈に問いかける。ちなみに、ジルは既に霊核を破壊されて現界を保つことができずに消えていた。そのような普通なら消滅するような攻撃を叩き込んだ仁慈はなんでもないという風に軽く口を開いた。

 

「俺は構えるまで待つ、と言ったんであって四十秒間待つとは言っていないんだが……」

 

「詐欺だわ………覚えて、おきなさい。今度会う時は、様々な……サーヴァント(イケメン)を連れて……復讐しに、現れてやるわ………」

 

 それだけ言い残し、彼女はスゥと消えていく。そして今まで黒ジャンヌが居た場所には冬木で回収したものと同じ聖杯が宙に浮いていた。仁慈はそれを手に取り、異次元鞄の中に放り投げる。

 

『聖杯の回収を確認!それと同時に人理の修正が始まった。これから転移が始まるぞ!』

 

 ロマニの声に反応するかのように、このオルレアンであったサーヴァントたちの身体を金色の光が包み込んでいく。彼らの中核を担っていた聖杯が消えたことで、彼らの現界も難しくなったんだろう。

 それぞれ己の役目を終えたことを悟った彼らは今回行動を共にしたマスター(仮)の仁慈に別れの言葉を継げた。

 

「………今回はそこまで出番がありませんでしたが、次はもっと活躍して見せますよ」

 

「……俺も、彼が居れば誰でも狩れると思う。だから気が向いたら呼んでほしい。ただ………セイバーピックアップ中に出てしまったら本当にすまない」

 

 一番初めに消えたのはゲオルギウスとジークフリートの竜殺しコンビだった。彼らは仁慈の前まで行くと握手をしたのち、それぞれそのようなことを言いながら消えていった。そんな彼らを仁慈は微妙な顔をしながら見送る。

 

 次に彼らの前に来たのはマリーとアマデウスだった。

 

 

「本当に色々とありがとうマスター。唯、あの方法はどうかと思うわよ?」

 

「マリア。確かに君ならそう言うだろうと思ったけどね、僕はいいと思うよ。君は本当に面白い。何かの縁で召喚されたときは、君を題材に曲を作ってみたいものだね」

 

「もうまたそんなこと言って………。けれど、本当に感謝しているわマスター。おかげでアマデウスのピアノも聴けたもの」

 

「………確かにそうだね。仁慈君、先程の言葉を訂正しよう。是非、僕らのことを呼んでくれよ。マリアと一緒に僕の演奏を聴かせてあげるからね」

 

 最後は二人ともいい笑顔で消えていった。この時、仁慈は彼ら二人をカルデアに向かい入れることを決意したという。

 凸凹フランスコンビの次は妄想系ドラゴンガールである二人だった。

 

「まぁ、中々悪くない采配……というか、私でも若干引くくらいえぐい采配だったわね。とてもよかったわ。だからそのお礼に召喚された暁にはサーヴァント界のトップアイドル、このエリザベート・バートリーがカルデアというところで、貴方の為だけに特別コンサートを開催してア・ゲ・ル♪」

 

「結構です」

 

「あぁ……あぁ。ここでお別れですが、悲しまないでください旦那様(マスター)。私はすぐにあなたのもとに参りますから。………本当に、すぐ、参りますから」

 

「いや、(向こう)でゆっくりしててください」

 

 どちらもノータイムで切り返す。だが、妄想系ドラゴンガールの二人は聞く耳を持たず、むしろ仁慈の言葉を自分に都合のいいように捻じ曲げそのまま消えていった。先程とはうって変わり、この二人だけは絶対に召喚しないと誓うのだった。

 

 最後に残ったのは、オルレアンであったサーヴァントの中でも一番長い時間をともに過ごしたジャンヌである。彼女は何処か浮かない表情で仁慈に近づいてきた。理由は単純である。あの黒ジャンヌとジルにした仕打ちが彼女にとっては納得いかないものだったのだ。

 

「………すみません。喜ぶべきことなのに、素直に喜べない自分が居ます」

 

「あー……あれは、アンタの性質を考えると仕方ないことだな」

 

 ジャンヌの言葉を肯定するクー・フーリン。

 マシュも心の中で彼に同意する。しかし、Xだけは未だ黒ジャンヌ(アルトリア顔)を倒したことで悦に浸っているので特に何も言うことはなかった。

 そんなXのことは放っておいて、仁慈はジャンヌの言葉を正面から受け止めた。彼だって状況がもう少しよければマシな手段を取ったのだが、ケルトインストールの影響と、自分たちの置かれている状態からどうあがいても卑劣に見える手段も交えていかなければならないと考えている。そのため、正面から言葉を受けて止めるだけになってしまっているのだ。

 ジャンヌもそのことが分かっているのか、息を一つはいて、笑顔を作り出した。

 

「けれど、あなた方がフランスを救ってくれたことは事実。……ありがとうございます。私たちの故郷を護ってくれて」

 

 それだけ言ってジャンヌも消える。それと同時に仁慈たちもカルデアへレイシフトしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一特異点 邪竜百年戦争オルレアン 人理復元………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに今回分かれたサーヴァントはカルデアに来た場合、一週間で仁慈に慣れ、二週間で染まり切る模様。

流石、キチガイ量産機である。


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幕間の物語Ⅱ
くるーきっとくるー


疲れている仁慈に追い打ちをかけていくスタイル。
まぁ、邪ンヌたちにやった所業を考えれば当然だね(暗黒微笑)


 

 

 

 

 

 

 

「いやー……流石、英霊と肩を並べるほどの実力の持ち主。発想、行動がすべて常軌を逸脱しているね!そこに痺れる!憧れるゥ!」

 

「喧嘩売ってんのか」

 

 オルレアンの聖杯を回収し終えてカルデアに戻って来た俺たちを出迎えたロマンの言葉にとりあえず拳を構える。誰がラスボスか。こっちはれっきとした人類の救世主(笑)やぞ。……自分で言ったことだけど、これはないな。うん。キャラじゃない。

 

「やめて!筋力Aのサーヴァントと正面から戦える仁慈君のパンチなんて受けたら、もやしボディの僕は爆発四散してしまうよ!」

 

 ステラァァァァアアアア!!(爆発四散)と、七個目あたりの聖杯回収でネタにし難くなりそうなことを思いつつも、構えていた腕を引っ込めて管制室を後にする。

 こんな感じでも意外と疲れているのだ。正直早く自分の部屋のベットに入って泥のように眠りたい。そんな俺の状態を見破ったのか、ロマンは先程まで浮かべていたふざけた表情を一気に消して、カルデア内の医療部門のトップとした表情を表に出した。

 

「おっと、いくら君でも限界だったか。今日は部屋に帰ってゆっくりすると良いよ。詳しい検査などは明日行うことにするから。マシュもそれでいいよね?」

 

「はいドクター。はっきり言いますと、私の方にもそれなりに疲労がたまっていまして……今すぐにも休憩したいです」

 

「うん、わかったよ。今回は自ら動いた初めての人理復元だったことだし、疲労も前回とは比べ物にもならないだろう。あとのことは僕と所長に任せてゆっくり休むと言い」

 

「ではお言葉に甘えて。あっ、そういえば先輩。ここでレムレムしないでくださいね」

 

「レムレム?」

 

 なにそれ響きが可愛い。しかし心当たりが全くないんだけれど……。

 俺の反応にマシュはわたわたと手を顔の前で振ってなんでもありませんと先ほどの言葉を訂正した。その後に、小さく首を傾げていたけれどきっと別世界からの電波でも受信したんだろう。この世界では稀によくあることなので気にしてはいけない。

 

「それじゃ、お先にマシュ」

 

「あっ、はい!お疲れさまでした先輩!」

 

 笑顔で答えたマシュに俺も笑顔を返して自室へと戻った。

 

 

 

 白を基調とした自室は生活に必要なもの以外はほとんど外に出ていないのでどことなく病室を思わせるものだ。俺の私物だって基本的に四次元鞄に突っ込んでいて、さらには武器の類しかし待っていないためさらに質素なイメージを加速させていく。

 まぁ、見えないところにはXがどこからか持ってきたアホ毛に似た何かやライトセイバー擬きなんかが置かれていているのだけれども。

 

「ふぅー……」

 

 設置されたベットに腰を下ろし、長い溜息を吐いた。

 今回の特異点を振り返り自分の足りないところをあぶりだしていく。……やっぱり、マスターの分際で前線に出すぎていることが一番の問題だろうか。次の特異点ではなるべく後方支援に回った方がいいかもしれない。接近戦は既にXと兄貴がいるし、後方支援の懸念である隙の大きさもマシュが居るから問題ないし。

 

「……次の特異点が出てくるまで弓や魔術の方に行った方がいいかもしれない」

 

 苦手なことをいつまでも残したままというのもよくないだろうし。

 そこまで考えると、ついに限界が訪れたのかふらりと意識が一瞬だけなくなる。と言ってもこれはとんでもなく強力な睡魔が進撃を開始しただけで、特に具合が悪いというわけではない。とはいえ、流石にこのまま眠るのはどうかと思うわけで、最後の力を振り絞って何とか服を着替えるとそのまま倒れるようにベットに向かう。

 

 いつ手入れをしているのかわからないけれど、ここに住み始めたときに感じた反発性が疲れた体を包み込む。そのままこの柔らかさに任せて眠ってしまおうと瞼を下ろした直後、俺はあることに気が付いた。

 

「(なんかあったかい……?)」

 

 ここは俺の部屋であり、ついさっき帰って来たばかりだ。このことから、布団がこうまで暖かいのはおかしい。座っていたのは別の部分だし、そもそもこの暖かさは布団に残っているぬくもりとはまた別のもの……完全に生き物を触っている感じのぬくもりだった。なんだろう。とんでもなく嫌な予感がするんだが……。

 

 よくよくその場所を観察してみると、丁度人が一人入っているかのような膨らみが見て取れた。眠気に侵食された頭では認識できなかったことでもこうして覚醒した状態なら普通に認識できてしまった。

 気配を全く感じさせないその隠密性に驚愕しつつも意を決して掛布団を引っぺがす。

 

 

 するとそこには――――――――――――――

 

 

 

「お待ちしておりましたわ安珍様(ますたぁ)

 

 

 

 ついさっきまで一緒に行動し、そして英霊の座へと還って行ったはずのバーサーカー・清姫がその白い頬を若干赤く染めながら寝転がっていた。

 なんでさ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

「で?」

 

「で、とは?」

 

 清姫の登場で完全覚醒どころかそれ以上まで行ってしまったため眠気がなくなった俺はとりあえず俺のベッドを陣取っていた清姫を引っ張り出して、彼女と向き直る。そして、何をどうしてあのような状況になったのかという説明を求めた。

 

「何であそこに居たの?というか、どうしてここに?聖杯がなくなった所為で座に還ったんじゃ」

 

「確かに一度、私は帰りました。しかし、私と安珍様(ますたぁ)にはしっかりと縁がありますから」

 

 というと、彼女は右手の小指を愛おしそうに撫でながら恍惚とした表情を浮かべた。まさか、一時的に契約したときに行った指切りの小指か?

 いくら契約と言っても、それをたどって自力で座からやってくるとかどう考えてもおかしいと思う。

 

「まさかそれでここまで来るとは……」

 

 さらに付け加えれば、こちらから英霊を呼ぼうと召喚システムフェイトを使ったわけでもないのだ。きっかけすらなしにカルデアまで来るとは本気でおかしいとしか思えない。

 

「いいですか?旦那様(マスター)。愛に不可能はないんですよ?」

 

「愛と言えば何でも許されると思うなよ……」

 

 しかし、彼女の話を聞けばそれもまたあり得ることだと思えてしまう。思い込みだけで竜へと変貌を遂げた彼女は某憂鬱の少女と同じような能力でも所持しているのではなかろうか。

 

「いいえ。愛はすべてを超越するのです。いえ、この話はもういいですね。重要なのはここにどうやって来たのかという過程ではなく、今私がここにいて旦那様と共にいるという結果なのですから」

 

 言って、彼女は俺の身体に寄りかかるように身を寄せ、耳元で静かにささやいた。

 

「これからよろしくお願いしますね旦那様(マスター)。くれぐれも、私に嘘はつかないように。嘘は幸せな家庭を壊してしまう猛毒ですから」

 

 別に俺たちは家族でも何でもないというツッコミを入れる気力は既になかった。

 話がひと段落ついたというか、無理矢理つけたといっても過言ではない状況に今までの疲れが二倍三倍になって帰って来たことを自覚する。

 

 

 とりあえず、今は早く寝たいわ………。

 

 

 

 これから起こるだろう厄介事のことを考えないようにしつつ、俺はそんなことを考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やめて!清姫の炎で今の仁慈が焼き払われたら、疲労がマッハで弱っている仁慈の魂ごと燃え尽きちゃう!
お願い死なないで仁慈!あんたが今ここで倒れたら人理復元はどうなっちゃうの!?
ヤンデレゲージはまだ残ってる!ここを堪え切れれば、清姫を撒けるんだから!


次回「仁慈死す」デュエルスタンバイ!


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弱点の克服……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局あの後、清姫の勢いに負けた仁慈は彼女と共に同じベッドで寝ることとなった。しかしよくあるような昨夜はお楽しみでしたね、という事件というか事案にはなっていない。理由は意外なことに、生まれながらにして狂化EXを完備している清姫がうぶだったということが原因なのである。彼女は生前十代前半で死んでいるため、そこら辺の知識が不十分なのである。まぁ、そのおかげで仁慈はロで始まりンで終わる犯罪者予備軍にならなくて済んだのだが。

 ノリと勢いだけでベッドには潜り込むことができたものの、そこから先にはどうしても踏み込むことができなかったと後々に本人が語ることとなる。彼女自身は一緒に寝れただけでも十分幸せそうだった。ちなみに仁慈は清姫とは正反対で精神的疲労と全く休めていないことから少しだけ不機嫌気味だった。

 

 とまぁ、こんなことがありつつもカルデアに清姫が来たことには変わりがない。急遽とんでもない方法でカルデアにやって来た清姫に元々居たロマンやオルガマリーをはじめとする職員たちは引き気味だったものの、なんと一日で彼女は受け入れられていた。

 その理由は、あの仁慈を止めることのできる唯一の人物というこの一点である。彼女が仁慈に突っかかり、それに対する彼の対応から見て仁慈が清姫に弱いということを見抜いた無駄に優秀な職員たちは、「来た、嫁キタ。メインストッパー来た!これで勝つる!」と大歓迎な状態だった。

 日常生活では清姫のストッパーを引き受けている仁慈としては大変不本意な扱いだったことは言うまでもない。

 普通は戦力増強という面で喜ぶのでは?というマシュの疑問は大多数の歓喜の声に消えていったことをここに記しておく。

 

 話を戻そう。

 

 こうして清姫の存在を受け入れより一層の戦力強化を行ったカルデアだが、仁慈は召喚システムフェイトがある部屋へと訪れていた。ご丁寧に、聖杯と共にいつの間にか手にしていた聖なるもやっとボール――――別名聖晶石――――を大量に抱え込んでである。その数はなんと40個。

 この前清姫を戦力に加えたばかりだろうと考える人もいるだろうが、仁慈にとってそんなことは重要ではなかった。今彼に必要なのは、戦力増強による代償(自分の精神)を癒すためのサーヴァントである。それを呼び出すために彼は今日ここに来たのだ。

 

「このままだと、次回予告がガチのネタバレになる……」

 

 既に半分ほど精神を清姫に焼かれつつも、40個もの聖晶石をまとめてブン投げる。すると、聖晶石の存在を確認したフェイトは神秘を内包した存在を召喚するために起動した。目を焼くような光とシンク〇召喚を思わせる円を出現させ、出てきたものは……。

 

 黒鍵×7 アゾット剣×3

 

「………」

 

 溢れんばかりの黒鍵と優雅(笑)を殺しそうな短剣だった。

 しかも、黒鍵に関しては一回の召喚で三本出てくるのでさらに多い。

 

「……人類史を取り戻す戦いなのに、どうして俺たちに優しくないんだ……」

 

 溢れでる黒鍵を指の間に挟んで軽く振るう仁慈。本格的にマーボーを食す神父の師匠を思い出したとのことでこれらの武器を四次元鞄にぶち込んで仁慈は逆に考えることにした。

 

 ―――――使い捨ての武器が多く手に入ったと考えればいいじゃないかと。

 

 そう考えればあら不思議。そこまで悪くない結果に思えてくるよ、なんて無理矢理自分を納得させて彼はその部屋を後にした。

 

 

 ちなみに、その後すぐに清姫に遭遇してから何のために自分が召喚システムフェイトのある部屋へと行ったのかということを思い出しかなりのショックを受けるのだった。

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「―――――疾ッ!」

 

「ハッ!そんなんじゃ当たってやれねえなァ!」

 

 再び時は飛んで仁慈が自身のストレスから起こした大爆死事件から二日後。

 第一特異点から帰って来た仁慈が感じていた遠距離攻撃の少なさを思い出した彼はカルデアに取り付けられている訓練室にて、クー・フーリンと共にその精度を高めていた。

 一応、はじめは一人で的に向かって弓や剣の投擲、簡単な魔術をぶつけていたのだが、途中で訓練室に入って来たクー・フーリンにやらないかと誘われた仁慈はそっちの方がいいかとほいほい模擬戦を受けて現在に至っている。

 

 ちなみに今戦いに参加していないながらも、ここにはマシュも清姫もいる。後々様々なシチュエーションで戦闘の訓練を行うためにクー・フーリンが呼んだのだ。

 

「というか今さら気が付いたんだけど、兄貴に遠距離オンリーってつらいというレベルじゃないだろう……」

 

「矢避けあるしな」

 

「的から自動的に避けていく矢なんて初めて見たわ」

 

 絶望的な状況にもめげずに矢を射る。

 通常ではありえない矢の三本同時発射。しかも何かしらの魔術を加えているのか不規則な軌道を描いてクー・フーリンへと殺到する。

 だが、彼にも矢避けの加護という遠距離に対する優位に立てるスキルを持っているためその矢がクー・フーリンの身体を貫くことはなかった。

 結局、その日の勝負は仁慈の攻撃が一度も当たることなく敗北で終わった。

 

「…………いや、無理だって」

 

 苦手な分野で相手するにはレベルをかなりの段数フッ飛ばした訓練だったのでその言葉も当然だろう。

 いきなり、矢避けの加護を持っている英霊相手に弓を当てられたら正直、アーチャーがカルデアに来た時直接教えを乞うほうが効率がいいだろう。

 

 清姫もなんとか追い出して一人で広々と使える自室のベッドにて肢体を弛緩させて投げ出しながら仁慈はぼんやりと頭を働かしていた。そもそも、魔術だって家から持ってきた本を一冊読んだだけなので基礎的なことしかできない状態で遠距離オンリーでクー・フーリンに攻撃を当てるなんて無理なのだ。それは今日の模擬戦でよくわかっている。ではどうするのか、仁慈は考え、考え、考え抜いた上に一つの答えにたどり着いた。

 

「………よし、これにしよう」

 

 作戦が決まったのか、それ以上は考えることなく仁慈は眠りについた。

 

 

 

 そして、次の日。

 クー・フーリンと対峙するのは昨日と同じく仁慈とそれに加えてマシュである。曰く、そもそも遠距離攻撃をするのは前線にいるサーヴァントのフォローに回れるようにするためなので、ついでにコンビネーションの方も鍛えるということである。クー・フーリンも槍兵の自分と接近戦を封じられた仁慈との一対一では結果が見えているので許可をする。

 え?清姫?参加はしないけど、今日も仁慈を見ています。

 

「よし、じゃあ始めるか」

 

「せい!」

 

「先輩、早いです!」

 

 クー・フーリンの言葉と共に弾丸よりも速くクー・フーリンに向けて一直線に飛来する魔術の加護を受けた矢。

 だが、彼はそんなことを予想済みとでも言わんばかりに槍を振るってその攻撃をいなす。直後、今度は自分の番だと言わんばかりに踏み込み一気に仁慈との距離を詰めた。残り彼らの距離が3メートルを切ろうとした時、マシュが体を滑り込ませてクー・フーリンの槍を自分の盾で受け止める。

 仁慈はその隙に上方に弓を構えて射る。放たれた矢は少しだけ天井へと向かうが、すぐにその向きを下へと変えて重力を味方につけてクー・フーリンへと向かって行った。それを一秒の間に無数に繰り返して一瞬にして矢の雨を完成させる。それを確認したクー・フーリンはすぐさまバックステップを踏んだ。

 だが、仁慈はそれを狙っていたのである。

 

 弓に矢をセットし、地面を魔術での強化を施した足で蹴りあげて加速する。これだと、いつも通りなのだが今回は違う。仁慈は地面を蹴る時さらに魔力を放出してジェット機の如き推進力を手に入れ、

 

「―――――ッ!(ドヒャ!」

 

 まるで何処かの汚染をまき散らしながら戦う山猫たちが出すような音とともに一瞬で背後に回る。そのままほとんどゼロ距離で矢を射た。矢は見事にクー・フーリンの背中にヒットした。そのことに仁慈は喜びつつ、そのまま追撃として二、三発射る。

 それを受けたクー・フーリンは自ら負けを認めて槍を下ろすが、

 

「(これ、遠距離攻撃じゃないだろ)」

 

 と心の中でツッコミを入れるのだった。

 

 

 

 

 こうして仁慈は今日も色々間違えながらも自らを鍛えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 タララッタッタッター♪

 仁慈はレベルが上がった。

 弓の技術が1上がった。
 機動力が―――上がった。
 魔力放出を覚えた。


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もうやめて!敵(主にレフや小便王)のライフはゼロよ!

一番やってはいけないことをやってしまう。そんな感じの回です。
これでひとまず幕間は終わり、次から敵側に永遠の狂気が訪れる第二章が始まります。


 

 

 魔力放出便利すぎワロエナイ。今までの身体能力強化の魔術とはいったい何だったのか……。消費量はそれなりにかかるんだけど生み出す効果が半端じゃないよ。兄貴ともまともに打ち合えるようになるなんて信じられない……。こんなに力が出るのは初めて、もう何も怖くない……!

 

「それはダメな奴だぞ、マスター。それにしても、本当に魔力放出でカッ飛ぶ化け物になったのか……」

 

 兄貴のおかげですありがとうございます。

 

「なんて余計なこと言ったんだ過去の俺……」

 

 まぁ、魔力放出を覚えた代わりに本来の目的であった遠距離攻撃の話は完全にお流れになったんですけどね。やはり俺は接近戦でしか戦えない脳筋だったらしい。自分が脳筋なのはちょっとだけわかってはいたけどこれで確定してしまったな。

 

「何で誇らしげなんだよ……。今度師匠に会ったらなんて言われるかわからないぞ」

 

「多分喜ばれるんじゃないんですかね」

 

 知的に見えるけどあの人も脳筋でしょ。ケルトだし。

 しかし、魔力放出を手にしたはいいけど、本当に魔力の消費量がネックなんだよな。普段であればそこまで気にならないんだけど、レイシフト先だと大部分の魔力は俺から持っていかれる。そうなると、中々使えないんだよね。

 

「というわけで、いい感じに魔術回路を増やすすべを知りませんかね兄貴」

 

「んなもんがあれば世の魔術師は皆とんでもないレベルになってるだろうよ。ないこともないが、どれもろくなもんじゃねえぞ」

 

 聞いてみたものの返ってきた答えは予想済みのものだった。だろうな。魔術回路は才能みたいに後付でどうにかなるようなものじゃないらしいし。

 

「つーか、マスターの魔力量は十分規格外の領域だぞ。ぶっちゃけ、神秘が極限まで薄まった現代でどうして生まれてきたのかわからないレベルのもんだ」

 

 時代が時代なら確実に英雄になっただろうよ、と兄貴は言う。

 本物の英雄からのお墨付きとかやばいな。ちょっとだけ調子に乗りそうになった。自分を律しつつもそう簡単にはいかないかと思いつつ兄貴にお礼を言ってから訓練室を後にした。

 

「………今さらだが、俺相手に互角に打ち合うマスターとかサーヴァント要らないんじゃねえか……」

 

 

――――――――――――

 

 

 魔力のことで困った俺はとりあえず、カルデアのドラえ〇んと名高いダ・ヴィンチちゃんに相談を持ち掛けることにした。そんなわけで今回来たのはダ・ヴィンチちゃんが不正に占拠して改造したと噂が立っている魔術工房である。

 

「いらっしゃーい。ダ・ヴィンチちゃんの素敵な工房にようこそ。今回はどんな用事で来たんだい?まぁ、最近人が全然来なくて暇だったから用がなくても大歓迎だけどね」

 

「ぼっちなの?」

 

「ふっ、天才は凡人の中に馴染めないものだよ」

 

「典型的な言い訳乙」

 

「ち、違うから。純然たる事実だから……(震え声)」 

 

 声が震えているんですがそれは……。これ以上この話を続けるのは相談に乗ってもらえなくなってしまう可能性が出てくるのでこの辺で切り上げることにする。

 ゲフンと咳ばらいを一つして、空気を入れ替えるとここ最近の悩みである魔力のことに関する相談をした。

 

「ん?魔力の量を増やしたい?もうすでに十分なくらいの保有量なのにかい?」

 

「ほら、最近また考え直したんだよ。足手まといとなっているなら、そうならないくらいの戦闘力を身につければいいじゃないかと」

 

「流石だ仁慈君。常人ではたどり着けないところに何の迷いもなくたどり着くとは……やはりキチガイ(天才)か……」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが他人に対して天才というのは珍しいなと思いつつもいい方法はないかと回答をそれとなく促してみる。すると彼女はうーんと唸ってしまった。やはりダ・ヴィンチちゃんでも難しいのか。

 

「別に天才である私にかかればそのくらいは簡単なんだけど……ぶっちゃけどれもまともな方法じゃないのよね。君だって一から解剖された後に組み立てられたくはないだろう?」

 

「プラモデルじゃないんだから……」

 

 ばらしてから組み立てなおすとか怖いことサラッと言わないでくれませんかねぇ。それ以外の方法でお願いしますと頼むと彼女は再びうーんと唸り始めたのちにハッと顔を上げて口を開いた。

 

「聖杯でも取り込めばいいんじゃないかな」

 

「ダメだろ」

 

 そもそも聖杯って個人が取り込んでいいものじゃないでしょう?英霊を召喚できることとあの莫大な量の魔力から取り込んだ個人がどうなるかなんて想像に難くないと思うんだけれど。サーヴァントなら冬木の黒王とかオルレアンの邪ンヌとかの前例があるけど人間は流石に……。

 

「君の懸念も分かるけど。正直半分サーヴァントみたいな君なら案外いけるんじゃないかなと私は考えているよ。私から見ても君の存在は神秘にだいぶ近い感じだしね」

 

「何で?」

 

「さぁ?そこまでは流石にわからないけど。君の無駄に豊富な師匠達の中に君を神秘に近づけるような存在がいたんじゃないかな」

 

「………」

 

 心当たりあるなぁ。不老不死でよくわからない世界に居座って、ある時期からちょくちょく人の睡眠時間を奪い取って真っ暗に近い世界へと引きずり込んでくる人とか居るなぁ。………もしかしなくてもそれが原因か。ちくしょうやってくれたなあのタイツ師匠……。

 

「んー……。とりあえず、試してみる?聖杯との融合」

 

「俺らの一存で決めていいものなのかな。それ」

 

「別に平気じゃないかな。私の第六感が囁いているよ。聖杯は特異点の数だけでなくこれからもっとあふれかえるだろうと……ッ!」

 

 万能の願望機がそんなぽんぽんと出るわけないじゃないですかーやだー。

 

「あっ、信じてないね?私の言うことはほとんど当たるんだよ。まぁ、これは後々判明することだからいいとして……どうする?聖杯との融合、ちょっとばかりいっとく?」

 

「ノリが軽すぎる……。というか、失敗したら聖杯から魔力が逆流して爆発四散するんでしょう?」

 

「色々混ざりすぎてよくわからないことになっているけど、そこら辺は問題ない。何故なら君の目の前にいるのは万能の天才であるレオナルド・ダ・ヴィンチだよ?失敗したとしても、君を元の状態に戻すことなんて造作もないことさ」

 

 ここで彼女はいったん言葉を切って俺の表情を伺い、言葉をつづけた。今の間は何だったんだ。

 

「それにね。融合といっても本当に君の中に聖杯をぶっこむわけじゃあないんだ。正確にはパスを君の中に入れるんだよ」

 

「聖杯との繋がりを直接埋め込むってこと?」

 

「そう。一応これでも自分の許容量以上の魔力を一気に吸収してしまって容量オーバーでドーンなんてこともあるけれど、君の容量はおかしいくらいに大きいし、レイシフト先では常に消費して溢れ出ることなんてないだろうからそこは問題ない。レイシフトしていない時はどうなるのって言われると………そこは個人のさじ加減で」

 

「んな適当な……」

 

 俺の身体が爆発四散するか否かが一応かかっているからあまり適当に扱われすぎても困るんだが……。

 

「気にしない気にしない。君も私と同じなら細かいことは気にしないことだよ」

 

「これは細かくねえよ」

 

 ナッパも天さんもいないのに自爆なんてできるわけないだろいい加減にしろ。

 

「はいはい。………じゃあ聖杯を仁慈君の身体にシュート!」

 

「投げた!?」

 

 話し始めに比べて雑過ぎませんかね。ダ・ヴィンチちゃん。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

「聖杯って本当に何でもできるんだな」

 

「ふふん。もっと褒めてくれてもいいんだよ?この万能の天才をっ!」

 

「ありがとう!ダ・ヴィンチちゃん!お礼にこの溢れ出る魔力の捌け口第一号という称号を与えよう」

 

「やめて(真顔)」

 

 なら投げんな。

 聖杯(正確にはそのパス)を肉体にシュゥゥゥゥー!超☆エキサイティン!されてから十分後、一応無事に融合というか聖杯のバックアップを受けられるようになった俺達の会話内容がこれである。

 いきなりだったから心の準備とかその他の準備とかできてなかったし、割と本気で危うかった。

 

「あともう少しで逆流してたぞマジで」

 

「『あなた方はラインアークの主権領域を侵犯しています。速やかに退去してください。さもなければ、実力で排除します』」

 

「それには逆流王子いないじゃん」

 

 エミヤ師匠ならいますけどね。速攻で水底逝きだけど。

 

「何はともあれ、どうだい?魔力には不自由しなさそうだろう?」

 

「確かに魔力切れの可能性は一気になくなったけど、これ願望機としての機能はどうなってんの?」

 

「ないね。この繋がりは願いを叶えられるほど強固なものじゃないから。行ってしまえばただの魔力タンクだよ」

 

 聖遺物の一つを魔力タンクとして扱うなんて贅沢だねーと言いながら脇腹をつついてくるダ・ヴィンチちゃんを払いのけつつ、簡単に身体能力強化の魔術を使ってみる。すべてのステータスを上げる魔力をそれぞれ二重で使ってもちっとも魔力が減った気がしないことからかなりの量の魔力が送られてきていることがわかった。

 

「おぉ……」

 

「これなら魔力放出と身体能力強化、サーヴァントたちの宝具開帳を重ねて行ってもぶっ倒れるということはないはずだ。一応、魔力回復ポーションも作っておくから魔力面は心配しなくてもいいよ」

 

「ありがとう。これで大分楽になった」

 

 いざとなったら即ブッパができるようになったということが精神的にすごい余裕を作ってくれている。

 しかしここまで至れり尽くせりでいいのだろうか。

 

「いいに決まっているだろう?君たちは人類最後の希望なんだから、結果的に勝てば過程や方法など、どうでもよかろうなんだよ」

 

「レフ・ライノール涙目だわ。これは」

 

 近い未来対峙するであろうレフ・ライノールに俺は静かに合掌した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、合掌が必要な状態にするのは俺達だろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




レフ「ん?何やら寒気のようなものが……」


仁慈(絶対に敵をぶち殺すマン)にやられるかアルテラ(絶対に文明を破壊するマン)にやられるか……レフ・ライノールの明日はどっちだ!?


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なんかもう、カルデア側が永続狂気な第二特異点 セプテム
プロローグ


二章のはじめなので特に書くことはありません。
内容もないです。


 

 

 

 

「ふぁー………ねむ……」

 

「ほら、安珍様(ますたぁ)起きてください」

 

「……………ほんと、当然のごとく何時もいるよなぁ。清姫」

 

「えぇ、もちろんです。何故なら私は貴方様の嫁であり、良妻ですからっ」

 

「それなら部屋の主に断りを入れてから部屋に入るくらいの常識を見せてほしいなぁ……」

 

 清姫が来てから毎日繰り返される夜這い擬きに完全に慣れてしまった仁慈は当然のごとくとなりで寝ていた清姫の言葉を軽く聞き流しつつ、着替えを始める。生まれつき狂化がかかっている清姫もいつぞや言ったように初心な少女であり、思うことだけはできても実行となると固まってしまうくらいである。そんな彼女の目の前で着替え始めればどうなるか、想像に難くないだろう。

 

「―――――――――ッ!もうっ、着替えるなら先に言ってください!」

 

 顔を真っ赤にしながら部屋を飛び出していく清姫。これも少しの間ながらも濃密な時間の中で培った経験からわかっていた仁慈は特に気にすることなく着替えを続行した。

 

 丁度着替え終えたとき、再び部屋の扉が開いた。清姫が帰って来たのだろうかと視線を向けるとそこには戦闘態勢を取っているマシュがいる。これは今度のレイシフト先は決まったのだろうと過去の経験から推測した仁慈は持つべきものだけを持ち彼女の方へ向かう。

 

「おはようございます先輩」

 

「おはようマシュ」

 

「フォーウ!」

 

「フォウもおはよ」

 

 マシュの肩から顔をのぞかせ自分の存在を主張するカルデア産不思議生物系マスコットの存在に気付いた仁慈はフォウにも挨拶をかわすと軽くそのもふもふの頭をなでる。かつて一心不乱にフォウをもふった経験のある彼はそれで満たされたような表情を作った。

 そんな中、唐突にマシュが仁慈に対して口を開く。

 

「ところで先輩。今日の夢見は如何でしたか?何か夢を見たというのはありますか?」

 

 マシュにしては珍しく何の関係もない話を振ってきたことに少し疑問を覚えつつ、仁慈は彼女の問いに対して素直に返す。

 

「いや、特にこれといった夢は見てないけど……どうかした?」

 

「いえ。ダ・ヴィンチちゃんの話では契約したマスターとサーヴァントは同じ夢を見るらしいのでもしかしたらと思ったのです」

 

「へぇ」

 

 今の言葉で仁慈はマシュの問いかけの意味が分かる。要するに彼女は何かしらの夢を見たのだろう。だからこそ、同じ夢を見ていないかと仁慈に問いかけてきた。彼女が夢を見なければ特に問うてくる理由はないからだ。

 

「なるほどなるほど……差し出がましいかもしれないけど、マシュはどんな夢を見たの?」

 

 自身の予想を信じて今度は仁慈がそう問うた。

 仁慈の質問に対してマシュは恥ずかし気に頬を赤らめる―――――ことはなく、どこか戸惑い気味にその夢の内容を口にしていく。

 

「えっと……なんといいますか………銀髪の先輩が、巨大な鎌を持って未知の怪物を仲間たちとなぎ倒しまくっているという内容で……」

 

「なぁにそれぇ?」

 

 驚きの声を上げる仁慈。その反応にまぁそうなりますよねと返すマシュ。この世界にいる二人にはどう頑張っても意味不明な光景だった。しかし、マシュにはわずかでも感じるものがあった。それ即ち、仁慈は何処の世界に居ても仁慈なのだということである。こればっかりは本人に言わないことにするできた後輩だった。

 

 そんな、異常系マスターの仁慈と常識系後輩デミ・サーヴァントマシュの朝の一幕である。

 

 

―――――――――――

 

 

 

「やぁ仁慈君、マシュ、おはよう」

 

「おはようございます、ドクター」

 

「おはようロマン。で、今回のレイシフト先は何処?」

 

「単刀直入だね。そこで寝ぼけている天才様に関してかける言葉はないのかい?」

 

「果てしなくどうでもいい」

 

「わぉ、辛辣ぅ!おかげで目が覚めたけどね」

 

 流れるような会話をしつつも、ロマニが一つ咳ばらいをして雰囲気を変えようとしていることを察するとマシュも仁慈も真面目な雰囲気を醸し出す。ちなみに、ダ・ヴィンチはそこら辺の雰囲気を察しつつも我関せずを貫くことにした。

 

 

 ロマニが言った次のレイシフト先は一世紀のヨーロッパ、詳しく言うと古代ローマ帝国らしい。ローマということで歴代皇帝に興味を持っていたらしいダ・ヴィンチが先ほどのわれ関せずな雰囲気を自ら壊して会話に割り込んでくるも、ロマニに両断されて隅でいじけるという事件が発生したが、彼らはそれを軽くスルーした。彼らはこのカルデアで確実に図太くなっているのである。

 

 そんな精神的にも成長した彼らに言い渡されたのは今回も舐めてんのかと言いたくなるような情報量だった。レイシフト先は帝国首都ローマというところこそは設定されているものの聖杯の在り処はわからず、何が原因で特異点となったかどうかすらあやふやという有様である。冬木、オルレアンと続くこの待遇には流石にどうかという思いがないわけでもないが、ロマニをはじめとするスタッフが手を抜いていないことも彼らはよく知っているためいつものことだと笑った。

 

「まったく!どうしようもないわね!大体……『ドンッ!』……ヒッ!」

 

 自分がレイシフトするわけでもなく文句を垂れるオルガマリーを仁慈が地面を思いっきり踏みつけて大きな音を出すことで強制的に黙らせる。そして視線を合わして今日お前はレトルトなとカルデアにおけるもっとも重い罰を執行した。オルガマリーはそのアイコンタクトを受け取った瞬間目の前が真っ暗になり、先程まで嫌味を言われていたスタッフはこぞって彼女に同情した。

 

 

 大まかな方針を決定した彼らはコフィンの中へと乗り込んでいく。そして、前もって知らされていた英霊メンバーも彼らとともにレイシフトの準備を行う。今回ついていくメンツも前回のオルレアンと同じだ。アイルランドの大英雄である光の御子クー・フーリン。十中八九アーサー王であろうヒロインXである。ちなみに清姫は仁慈の精神衛生上の健康を加味してお留守番となった。

 

 これからすぐレイシフトが始まる。そんな時、事件は起こった。

 魂レベルで相手をストーキングする清姫がこれについていかないわけがないのである。正妻であるなら隣で支えるのが当然と思っている彼女はあろうことかレイシフトの直前でクー・フーリンを押しのけ自分がレイシフト先へと向かってしまう。立場を奪われたクー・フーリンは静かに泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このようなことが起こりつつも、彼らは一世紀ヨーロッパのローマ帝国へと旅立っていった。彼らがどのようにして人理を復元するのか、それは今のロマニ達や当の本人でさえも予想はできないが、少なくとも敵――――正確には仁慈が敵と認識したもの――――がひどい目に合うことは間違いないと、彼らを送り出したロマニは考えた。

 

 

 

 

 大体あってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




現在のパーティー。

魔力ほぼ無限、完全脳筋魔術師兼マスター。仁慈。
セイバー&アルトリア顔絶対殺すウーマン、自称セイバー他称アサシン。ヒロインX。
旦那様の為なら何でもやるしなんでも燃やす嘘つき焼き殺すガール。清姫。
チームの鎮静剤、仁慈やカルデアの癒し、彼女に手を出したら主に仁慈が黙っていない。肉盾(?)系後輩マシュ。
マスコット兼マラソンランナー。フォウ。



うーん、何だろうこの不安になるメンツ。


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恐怖!高速機動の変態!

サブタイトルが最近一番の難敵となりつつあります。


 

 

 

 

 

「ふぅ……。無事レイシフト完了です。大丈夫ですか?先輩」

 

「大丈夫。ありがとう……ってあれ?兄貴は?」

 

「フフフフフフ………」

 

「「あっ(察し)」」

 

 レイシフト先で直前まで居たはずの兄貴の姿が見えず、代わりに清姫が居ることからXと共に彼が今ここにいない理由が分かった。どうやら、兄貴は清姫に無理矢理追い出されてカルデアに置いて行かれたらしい。兄貴ェ……。

 

「ところで先輩上を見てください」

 

「上?」

 

 マシュの言葉を受けて視線を上に向ける。するとそこにはオルレアンにもあった光の輪が上空に浮かんでいた。

 やはり今回もこれがあるのか。………これは特異点に必ずあるものとして考えていいだろう。

 

「ロマン。あれ結局何?」

 

『光の輪のことかい?正直サッパリだよHAHAHA!お手上げだね!』

 

「おい」

 

 返しが軽いわ。

 もう少ししっかりしてくれよ……。

 

『所で、そこはどう考えてもローマの中じゃないよね?』

 

「ローマってすげぇな。ここまで自然豊かなんだぁ。まるで丘陵地帯ミタイダナー」

 

「先輩先輩。みたいではなく丘陵地帯なんですよ」

 

 知ってますとも。いくら何でもここが本気でローマなんて思っていたわけじゃない。確かローマって石畳とかだった気がするし。いくら何でもここが本気でローマなんて思ってないよ?

 

「ならいいです」

 

 心を読まないでください。

 

「嫁なら必須スキルですよ?安珍様(ますたぁ)

 

 心を読まないでください(切実)

 マシュならまだいいんだけど貴女はマジでやめてください。お願いします。

 

 清姫の言葉を必死に聞き流しながら、周囲に視線を巡らせる。

 付近に敵影はなし。唯、どこかで大勢の人がぶつかり合っている音がするな。結構な規模だ。

 

「ロマン。周囲に敵影はないけど音が聞こえる。声は大勢の人間が戦闘している音だ」

 

『なんだって?時代からして今はまだローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウスがしっかりと人々に愛され、栄華を極めている時だ。そこまで大規模な戦いは歴史上確認されていない』

 

「ということは―――」

 

「既にこの時代で何かが起きているということですね」

 

 Xが俺の言葉を続ける。彼女の言葉にその場にいる全員で頷く。

 

『とりあえず、音のする方へ行ってくれるかい?』

 

「了解」

 

 ロマンの言葉に従って俺は音が聞こえてきた方向へと進んでいく。すると音が聞こえるだけあってすぐに大人数の影を確認した。しかし、片方の集団はかなり少ない。ぱっと見、攻め手である集団の半分以下ほどしかいないのである。

 

「何であれで拮抗で来てるんだ?」

 

「……マスター。あれを見てください」

 

 首を傾げる俺に声をかけたのはヒロインX。彼女の指さす先には大人数の敵をほぼ一人で相手取っている一人の女性が居た。……ん?どこか見覚えのある顔だな。なんだろう、毎日毎日普通に顔を合わせているような顔……あっ(察し)

 

 隣でマシュがロマンに現状を報告していて、今後の方針を決めているのだが、そんなこと関係なしにXが突っ込んでいきそうなオーラを出していた。理由は単純明快、小規模な方の部隊で獅子奮迅の活躍をしている女性が剣を使いXと似たような風貌をしているからである。

 これはマズイ。どう考えてもXのセンサーに引っかかっている。オルレアンで邪ンヌを倒してから多少この病気も収まって来たと思ったが、やはり本物を前にすると我慢できなくなるらしく今も聖剣を持つ手がカタカタと震えていた。

 

「やめろX。彼女からサーヴァント特有の気配を感じない。完全にこの時代の人だぞ。顔は似てるかもしれないが、セイバーじゃないんだぞ」

 

「いいえマスター。彼女は放置していると必ず私の障害になると直感が告げてきています」

 

「なんというスキルの無駄遣い」

 

 Xにとってはこれ以上に重要な使い道なんてないのかもしれないけどさ。

 

『確かに仁慈君の言う通り彼女はサーヴァントじゃない。でも、普通の人間にも拘わらずあの力……いったいどうなっているんだ?こんなの前例が……あっ』

 

「あっ」

 

「……………何?その『ここに居た』と言わんばかりの表情」

 

 話の流れからして言われるとは思っていましたけどね……。

 それはともかく、大規模な範囲に展開されている部隊の目的は彼らの進行方向からしてローマ帝国だろう。小規模部隊の方はローマの防衛部隊とみるべきか……ならどちらに味方するのかは決まってるな。

 

「あの少数の部隊を掩護するよ。このままいくとあの大規模部隊、ローマに攻め入りそうだし」

 

「はい。私も賛成です」

 

安珍様(ますたぁ)のいうことであれば異義はありません」

 

「私はあります。なんといいますかこう……今がチャンスな気がするのです。あの憎き赤を屠るチャンスは……!オワコンの汚名を晴らすチャンスは、今しかっ、ないのですッ!」

 

 ジャンヌの時以上にものすごい気合を入れていらっしゃる。いったい彼女とXの間に何があったというのだろうか。けれども、ここでうんいいよというわけにはいかない。彼女はこの時代で俺たちに協力してくれる人なのかもしれないのだから。

 

「………ここで我慢してくれたら帰った後Xの望みをできるだけ叶えてアゲヨウカナー」

 

「ん?今なんでもするって言いました?」

 

「できる限りとも言ったけど」

 

「本当ですか?本当ですよね?もし嘘だったらマシュにあることないこと言いますからね?」

 

「おいバカやめろ。俺の唯一の癒しだぞ」

 

 マシュに嫌われるようになったら泣くんだけど「先輩最低です」とか言われたらもう立ち直れないよ。人理復元とかどうでもよくなるかもしれない。

 

「その時は私が癒してあげますよ?安珍様《ますたぁ》」

 

 声が似てるから本気でやめてください(土下座)

 天使かと思ってつられていったら清姫だったとかいう落ちが来ると本当に立ち直れないので。貴女は………せめてそのままで居てください。

 

「まぁ……!ありのままの私をそんなに愛しく思ってくれているなんて……!」

 

「あー、うん。それでいいよ」

 

 これ以上相手にするのは時間の無駄……とまでは言わないけれど俺の精神がゴリゴリ削られるのでスルー。話をXに戻す。

 

「で、どうする」

 

「ぐぬぬ………。ここであれに引導を渡すのもいいのですが、普段全くデレることのないマスターにアレやコレをやらせる機会を得るというのも捨てがたい………」

 

 しばらく悩んでいたXだったが、やがて決めたのか俺の方を見て一言「帰ってから楽しみにしたいと思います」とだけ言った。どうやら俺に対するお願い権にしたらしい。

 

「じゃあ、行きますか」

 

『はい!』

 

 一応サーヴァントは居ないけど人数が多いから気を付けないとな。

 そう考えながら、強化魔術と魔力放出を並行して使いローマへと進行する大群の中に身を躍らせた。

 

 

―――――――――

 

 

 そこにあるのはもはや防衛戦ではなく一方的な蹂躙だった。それはそうだろう。いくら相手が大群とは言え、仁慈たちが率いているのは英雄たちだ。それぞれが一騎当千の猛者と言っても過言ではない。それが三人もいるのだ。数だけで構成されている彼らに勝てる通りはない。そして何より、

 

「……」(ドドドヒャァッ!!

 

 とんでもない速度で気持ちの悪い軌道を描き動き回っている仁慈の存在が止めとなっていた。彼が自分にかけた魔術やその他諸々の所為で台風かと見間違うくらいの活躍を見せているからである。

 右へ左へと、残像を残しつつ一人ひとり確実に敵の意識を刈り取っていく姿はまさに

変態。にやりと唇の端を吊り上げていることから敵の精神にも大変よろしくない。精神を切り崩し仲間を一人ひとり刈っていくことでもはやローマに攻め入ろうとした者たちは戦う気力を折られていた。

 やがて、仁慈立ちが好き勝手に暴れまわった結果か、それとも仁慈本人が変態的すぎた所為か大群は引いてきた。去り際に仁慈の耳に届いてきた「なんだあの変態強すぎる……」という声を本人は無視することにした。

 

「戦闘終了。お疲れ様です先輩」

 

「お怪我はありませんか?安珍様(ますたぁ)

 

「うん。問題なし」

 

 さっと体を確認し終えた後報告をして、俺たちが助けるまで一人であの大群を相手取っていた女性に視線を移す。

 

「先の戦いでは助かったぞ。貴公ら。余は貴公らの戦いを高く評価する。……特に、美男美女がそれぞれ信じられないような戦いを見せるのが気に入った。そこな男の戦い方も実に思考が巡らされて実に無駄のないものだったな!うむ、あの戦いを評価して貴公らには余と轡を並べて戦うことを許す。至上の光栄に浴すがよい!」

 

 おぉ、なんだかものすごく偉そうだ。一応部隊を率いているのだから立場が低いってわけじゃないだろうけど、この話し方はどうにもおかしい気がする。まるで彼女がもっと偉い立場にいる人間なのではないかと思わせた。

 

「ははーっ、ありがとうございます」

 

 何はともあれとりあえず乗っておこう。

 

 今の状況を総合的に考えるに彼女達はローマの人たちで間違いない。そして、大群が攻めてきたにも拘わらずこの少なさは、今のローマに戦う人材がいないことを知らせてくれている。

 そこに、ある程度以上の実力を持って明らかに不利であった自分たちに味方してくれた俺たちを逃がすほど彼女の眼は節穴ではないだろう。十中八九俺たちをローマに連れていき戦力として活用したがるはずだ。それを見越してのノリである。

 

「うむうむ。では、貴公らの報酬についてはローマに帰還した後にしよう。存分に期待するがよいぞ。………ただ、貴公らは異国の者か?少々露出が過ぎるのではないかと余は思うのだが……」

 

 俺の狙い通りローマでそれなりの待遇を約束してくれた彼女はそういう。しかし、その言葉をぶつけてきた彼女の格好だって北半球は丸見えだし、下なんて思いっきり透けて、下着が丸見えである。人のことは言えない。だからと言ってここでツッコミを入れて気分を損ねるのもあれなので、

 

「そうですね。特に盾を持っている彼女の服装は私もそう思います(キリッ」

 

「せ、先輩!?」

 

 これを機に、マシュの鎧のデザインについて意見することにした。

 前にも言ったけど腹は隠そうぜ。

 

 

 

 

 何はともあれ、こうして俺たちはローマへと無事たどり着くことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 

「それにしてもXが随分と静かだなぁ。交換条件を出したとはいえ、思いっきりにらみつけるくらいは想定していたんだけど」

 

「彼女なら………あれです」

 

 清姫に指された場所に視線を移す。するとこそには、

 

「いったいマスターに何をさせましょうか?私だけ豪華な食事をするということは?いやしかし、一日中一緒にいてもらうという選択肢も悪くはない。……いっそのこと私こそが最強のセイバーとマスターの口から言ってもらうことも…………ブツブツ」

 

 ……………………欲望ダダ漏れじゃねーか。

 

「>そっとしておこう」

 

「私もそれがよいと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Xはマイルームのボイスからしてマスター大好きだと思ってます。
特に「セイバーなんてどうでもいい~」というセリフからの勝手な思考ですが、マスター大好きなXはかわいいと思うんだ。


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だからさっさと戦えと(ry

セプテムとか、結構前過ぎて話を全く覚えていない……。
というわけでストーリーを再び読み返しつつ書いています。


 

 

 

 

 

 妙に偉そうで貫禄がある赤い彼女に連れていかれながら目的のローマへと目指して突き進む俺達。

 しかし、そこで再び目の前に大群が現れる。先程追い返したにも拘わらずこの短期間で帰ってくるとは近くに彼らの拠点でもあるのだろうか。

 

「えぇい……!余の行き先を邪魔するだけでは飽き足らず、目の前にいる美しい少年少女らとの語らいも邪魔するか!盾の少女よ、余の盾役を命じよう!あの不届き者どもに天誅を下そうぞ!」

 

「えっ、私は先輩の盾なのですが……先輩どうしましょう!どこか逆らえないような雰囲気です……!」

 

「あー……マシュ。今だけは彼女を護ってあげて。彼女サーヴァントじゃないし。この中では一番危ないでしょ」

 

「先輩もサーヴァントじゃありませんよね?」

 

「どうせ誰も俺が怪我するとか思ってないでしょ」

 

 今の発言で視線をそらした奴(赤い人の部下も含める)の顔を覚えつつもそう口にするとマシュはしぶしぶ納得したのか赤い人の前で盾を構えた。ごめんね。別にマシュの実力を疑っているわけじゃないからさ。今は我慢してくれ。

 

 アイコンタクトでその旨を伝える。その後すぐに清姫とXに好きに暴れていいことを伝えた。特にXは赤い人を斬れなかったストレスもあることから今回の戦いで少しでもガス抜きをしてほしいと考えてだ。清姫?彼女なら俺が望めば勝手にやってくれるでしょう。なんか女を自分に依存させて寄生する屑男みたいな思考回路だが、実際に寄生されているのは俺の方なのでお相子ということにしてほしい。

 

 特に報告することもなく再び襲い掛かって来た大群を潰す。………敵からしたらものすごい悪夢だろうな。何倍もある兵力差を個人で埋めてくる化け物を相手にするなんて考えたくもなかっただろう。このような圧倒的な物量が有利となる戦争においては尚更だ。リアルで無双するやつとか相手するには怖すぎるし。

 

「……ふむ。何とか凌いだか。このような物量差は戦争の常であるが……少数の方は疲れる。すっごく疲れる。貴公らが居なければ本当に危うかったやもしれぬ。これは褒美もはずんでやらねばな!そうだ!余の愛人として―――――」

 

「大丈夫です。間に合ってます」

 

「むっ、余の言葉を遮るとは無礼な。しかし、そうだな。今のは余も急ぎすぎた。これだけの上玉たちだ。ゆっくりと口説き落とすとしよう」

 

 そうじゃねえよ。

 可愛らしいどや顔で見当違いなことをおっしゃる赤いお方に溜息を吐く。……さて、ちょっとした小休憩を挟んだところで大物を相手にしなければ。

 

「っ!?マスターこれは!」

 

「サーヴァントが来た。X、清姫、マシュ。準備しろ」

 

『マシュ、仁慈君!君たちならどうせ感じてると思うけど、サーヴァント反応だ!』

 

『クラスはバーサーカーよ!油断したらアッという間に全滅させられるわ!』

 

「あっ、所長いたんですか」

 

『私だってカルデアで頑張ってるのよ!唯、通信に出ないだけで!しっかりと!働いて!いるのよっ!』

 

 何のアピールですか。知ってますから、大丈夫ですから。アレ、せっかく助けた所長働いてないんじゃね?とか思ってませんから。普通にご飯だしますからここでそんな必死こいてアピールしなくても……。

 

『私はね……次にいつご飯を抜かれるか、気が気じゃないの』

 

「いくら何でもあんた俺の飯に依存しすぎでしょ」

 

 俺の料理は純粋カルデア産の食材を使っているのであって決して依存性のある危ない薬などは配合していないんだが……。

 まぁ、それはともかく今一番考えなくてはいけない問題はバーサーカーのサーヴァントのことだろう。

 

「我が、愛しき……妹の、子よ」

 

「伯父上……!」

 

 どうやらこのバーサーカー、この赤い人と知り合いらしい。サーヴァントと生きている人間が知り合いしかもそこまで遠くない血縁者ということに違和感を覚えるも俺たちのやることは一つである。

 バーサーカーとはその特性上、正面から戦うとかなり厄介だ。狂化によってそのステータスにはかなりの上方修正がされている。唯の十三歳の少女であった清姫も、そのステータスは底辺に近いものの狂化EXという規格外のアレっぷりでそれを補っている。しかし、英霊の最も大切なものの一つである理性を犠牲にしているため正面突破でなければそこまでではない。無意識レベルまで研ぎ澄まされた力を持つ英霊であれば多少の苦戦は強いられるだろうが、十二分に不意打ちから戦闘不能まで持ち込むことができる。今俺が行っているのはバーサーカー特有の注意の散漫+知り合いで因縁のあるであろう赤い人との会話で気がそがれているあのバーサーカーを囲って、隙ができたら速攻で倒すことができる陣形を作っている。マシュには一応赤い人の守りを頼んでいる。相手はバーサーカーだしいつ赤い人に襲い掛かってもおかしくないからだ。それに彼女にこういう攻め方は似合わないということが普通にわかったし。適材適所というやつだ。

 

 俺達が配置に着くと赤い人はバーサーカー――――カリギュラという名前だったらしい――――を睨みつけて堂々と敵宣言をした。身内であろうと、自分たちを襲うのであれば、自分の国に敵対すればしっかりとそれなりの対応をする。見事だと思う。

 なので俺たちはそれに報いるために戦闘態勢に入った。そして、カリギュラが口を開いた瞬間、お得意の不意打ちを行う。実はアサシンのXよりも隠密性が高いのだ俺は。本人隠れる気がないから仕方ないのかもしれないけど。アサシンの癖に気配遮断スキルねぇし。

 

「余の、振る舞い、は、運命、で、ある。捧げよ、その命。捧げよ、その―――――」

 

「――――――――――――」

 

 何やら口上を述べているようだがそれを華麗に無視。どうしてこう、サーヴァントは戦場で口を動かすのだろうか。普通に体を動かすべきだと思う。あれかな。自分たちが強くなるとこういった不意打ちとかには頼らなくてよくなるからだろうか。などと考えつつ、声も気配も一切漏らさず、まずは身体能力上昇の魔術をかけた状態で接近。攻撃を当てる瞬間にだけ魔力放出でさらに出力を向上させる。

 カリギュラがこちらに気づいたようだが、もう遅い。俺の蹴りは既にカリギュラの首を捕らえていた。

 遠慮も手加減も何もない蹴りを意識外から受けて、その場に踏ん張ることのできなかったカリギュラは思わず吹き飛ぶ。そしてその先には先ほど囲った時にスタンバっている清姫。彼女は持っている扇を自分の前に出すと自身の代名詞。自分が生きていた証でもある宝具を開帳した。

 

「これより逃げた大噓吐きを退治します―――――転身火生三昧……!」

 

 自身の身体を大蛇と変化させ、自分の方向に吹き飛んでくるカリギュラを飲み込む。蛇とも炎ともいえる体に焼かれながら、バーサーカーとは思えないタフさでなんとか清姫の宝具を耐えたらしく、蛇が通り過ぎた後もその原型を保ち、カリギュラは立っていた。

 

「グッ、オォォオオオォオオオオ……!」

 

 雄たけびを上げて自分を振るい立たせるカリギュラ。

 しかし、残念ながら彼のターンは回ってこないのである。

 

 ドゴンッ!

 

「――――ッ!!??」

 

 どこからともなく轟音と共にカリギュラに砲撃が飛んでくる。それはヒロインXの謎スキル。一体どこから発射されているのかと疑問に思う支援砲撃である。これにはスタン効果が付いており一定の確率でサーヴァントの行動を一定時間封じることができる。バーサーカーということでこういった搦め手に対する耐性がないカリギュラはこれをレジストするすべを持たずそのまま拘束される。

 

「ォォォオォォォオオオオオオオオオ!!」

 

 それでもなお動こうとするカリギュラに、ヒロインXは召喚した黒聖剣も使って彼との距離を一気にゼロにした。

 

「星光の剣よ………赤とか黒とか白とか桜とか、ありとあらゆるセイバー顔を消し去るべし!!みんなには内緒ダヨ?スターバースト……間違えたえっくす、カリバァァァー!!」

 

 アイツ自分の宝具名間違えたぞ。やっぱりソード・アート・オン〇インなんて貸すべきじゃなかったかもしれない。X見たときから似てるなとか考えてたからやってみたけど過去の自分の行動を若干後悔している。

 

 真名開放で間違えたにも拘わらず既存の威力をしっかりと発揮したその宝具は情けも容赦もなくカリギュラの身体を切り刻んでいく。

 

「お前は……ネロ……?」

 

「私は赤ではなぁぁぁぁあぁあああい!!」

 

 カリギュラの言葉がヒロインXの逆鱗に触れたらしく、彼女の剣戟の速度がさらに上昇する。彼女に対してあの赤い人と間違われることは何より許しがたいことのようだ。

 結局カリギュラははじめよりもさらに激化した剣戟に身を引き裂かれ続け、

 

「我が、妹の、子よ。なぜ、捧げぬ、なぜ、何故、ナゼ………」

 

 うわごとのように呟いてカリギュラはオルレアンで散々見た光の粒となって消えた。一応気配の方とロマンの方にも確認を取ってみるがしっかりと消滅したようである。こういった手合いは他の奴と組ませると物凄く面倒くさいのだ。一人で暴走し、止める人もフォローをする人もいない今の状況でしっかりと仕留めることができたのは幸先がいいと言えるだろう。

 

「清姫、X、それにマシュもお疲れ様。サーヴァント一人撃破してこれでいくらか楽になったと思う」

 

『うーん、相も変わらない容赦のなさ。本当にどうしてこの子はこうなったんだろうか……』

 

 多分環境の所為だと思う。

 俺の周りには奇人変人しかいなかったから。俺の師匠はもちろん、俺の家の人だって傍から見たら十分におかしな人たちだったと断言してもいい。

 つまり俺がこうなったのは必然。俺は悪くない。

 

「いえ、先輩。環境だけではどうあがいてもそうなりません。本人の資質もあると思います」

 

「だからナチュラルに心を読むなと……」

 

 これ以上になってくると俺の頭が上がらなくなるので本当に勘弁してください。マシュさん。

 

「大丈夫です。先輩が何を考えていても私は受け入れますから」

 

「うぁお、いい笑顔」

 

 けど、その言葉だと俺がいつもよからぬことを考えている変態に聞こえるのでちょっと複雑ですわ……。

 

「マスターマスター。今の私は大変不機嫌です。先程、私のことをそこの赤と間違えた不届き物を切り刻んで宇宙の塵に変えましたけれど、この怒りは収まるところを知りません。というわけで、私はマスターに尽くされながらの食事を所望します」

 

「急すぎる……」

 

安珍様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)。私は生まれてきてありがとうから、よい人生だったという大往生まで一緒にいてほしいです」

 

「重すぎる……」

 

 そんないつも通りのやり取りをしつつ俺たちは赤い人と共にローマへと再び歩みを進めた。その間、彼女と微妙に距離が開いたのはおそらくカリギュラに対する仕打ちが原因だと思う。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 攻められている割には活気づいている。

 それが俺の印象だった。おそらく、ここにいる赤い人改めネロ・クラウディウスが色々手を回しているのだろう。林檎を分けてくれた店の店主も普通にしていたし、ここに住む人の顔には恐怖がない。狙われていることがわかりつつもこういった表情をみんなが出せるのは目の前にいる彼女の采配だと素直に思うことができた。俺だったら絶対に無理ですわー。

 

「ところで、貴公らの目的は私を守ること……で良かったのか?」

 

「結果的にはそうですね。まぁ、正確な目的は違うんですけど、今貴女が敵対しているであろう勢力が自分たちの欲しいものを持っている確率があるので……」

 

「目的は違えど、相手する輩は同じ。であるが故に、協力体制を引けそうな余も守った、と?」

 

「簡単に言えば」

 

 もっと正確に言うと、本当に結果が伴っただけで狙ってネロを守ったわけじゃないんだけどね。そこは黙っておこう。相手が好意的であるなら自分からそれを崩すこともない。

 

「ふむ……大まかなことはわかった。貴公らの言うことが確かなら、こちらも話すことがある。余の館に向かうぞ。そこで詳しい話し合いを執り行おうではないか」

 

 ネロの言葉に従い、彼女の館とやらに向かう。

 道中トラブルがあったものの軽くひねって館にたどり着くと、ネロの――――ローマ帝国が置かれている状況について聞いた。

 

 なんでも現在ここは連合ローマ帝国なる複数の皇帝が統べる連合に攻撃をうけているらしい。現状何とか持ちこたえているものの、徐々に戦力は衰えていき既に風前の灯火という。彼女の伯父であり、俺たちが先ほど屠ったカリギュラもその中の将だったらしい。

 

 話を聞く限り、おそらく敵は聖杯を手に入れ、英霊として歴代ローマ皇帝をよびだしているのだろう。そうでもしないと複数の皇帝などは現れない。誰かが偽って名乗っているならまだしもカリギュラが出てきたことからその可能性もほぼないと言っていいだろう。

 ネロの話では敵に、かなりの魔術を操るものがいるという話も聞いたし、もしかしたらレフ・ライノールが直接聖杯を使っているのかもしれない。これで俺たちの戦うべき相手は決まったな。

 

 と、頭の中でまとめていると、ネロが俺たちに客将となってほしいと言ってきた。代わりに聖杯の回収を手伝うと。

 元々こっちもそのつもりだったので彼女の提案を呑み、俺たちははれてこの世界での基盤となるところを確保したのだった。

 

 ちなみに、

 

「マスター。膝枕を要求します。あと、そこの果物切って食べさせてください」

 

 Xは昼間の件を完全に覚えており、色々と要求された。

 こんなこと言いたくないけどさ。従者(サーヴァント)主人(マスター)を使うなよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦う前に口上を垂れる奴は総じて仁慈と相性が悪いです。


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遠征(遠足じゃないよ)

スパルタクスさんは書き手に回るとすごく面倒臭いですね。
書いてて実感しました。


 

 

 

 

 ローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウスと同盟のような関係になってから、数日。特に進展らしい進展はなかった。

 襲い来る連合ローマ帝国とやらを追っ払うために世紀末オリンピック槍投げ大会を開催したり、物資をえるために必要なサークルを作るついでに邪魔しに来る奴らを蹴散らしたりしただけである。どちらもサーヴァントが投入されていなかったため、簡単に片付いたのは幸福なことだった。

 さて、そんな感じで過ごしている俺たちにネロはガリアに来てほしいと頼んできた。自分が行くことでそこで戦っている配下の士気を上げるんだと。

 こういう人が上だと下も助かるよね。アクティブな上司は困ることもあれど有事の時は総じて頼もしいと相場が決まっている。彼女もきっとそのタイプなのだろう。

 

「皇帝自らが遠征を行う!準備せよ!」

 

「ハッ!」 

 

 40秒で支度しな!と言わんばかりの勢いで指示を出すネロ。その甲斐あって、30分もしないうちに準備を終えた。早い(確信)。

 ガリアまではそこそこ距離があるらしく、馬を使って移動するとのことだ。マシュには騎乗スキルがあり、ヒロインXは元々がアルトリア(断言)だっため、馬に乗れる。俺もオルレアンでワイバーンに乗ったので何とかなると思う。清姫はそれといったスキルがなかったため、自分のではなく誰かの馬に乗ることとなった。

 ……ここまで言えばわかるだろう。当然乗る馬は俺が乗っている馬である。

 

「あぁっ、乗馬がこんなにも良いものだとは知りませんでした……!合法的に肌と肌を触れ合わすことができるなんて……ッ!昂ってしまいます!」

 

「やめろ清姫!落ち着けぇ!それ以上(淫らな)気を開放するなァ!」

 

 年齢に似合わないものを押し付けながら興奮する彼女に俺は某伝説の息子を持つアスパラのように懇願するしかなかった。どうしてこの子はこうも積極的なのだろうかもう少し周囲の目を気にしていただきたい。こういったことを公衆の面前で行うと下がるのはいつも男の評価のだから。もうマイルームでは添い寝くらいしてあげる(諦め)からさぁ……。

 幸い、ここには清姫の奇行に慣れている人と、若干ものの見方が違うネロしかいないのでそこまで酷いことにはならなかったが、本当にこれを直してもらわないといつか致命的な隙になりかねない。狂化EXの清姫をどのように教育したらいいのかと考えていると、いつの間にかガリアについていたらしい。途中で連合ローマ帝国の奴らと鉢合わせした気がするけど気の所為だった。ゴミ屑のように飛んでいく人間なんていなかった。うん。

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「ガリア遠征に志願した兵士諸君。よくぞ今まで持ちこたえてくれた。是より余も遠征の力となろう。さらには、ここに一騎当千……を上回る力を持った将もいる!この戦い負ける道理はない――――――余と、そなたたちの愛するローマに勝利を!」

 

 ガリアの遠征に参加している兵士に向かってネロが演説を行う。彼女の目論見通り、自分たちの大将が体を張って最前線に来てくれたということで兵士の士気はうなぎ登りだ。今も、鼓膜が破れるかと錯覚するくらいの歓声があたりを包んでいる。

 

「す、すごい歓声です」

 

「ふむ………流石赤。注意されるだけのことはありますね。やはり消した方が……」

 

「X!新しい菓子よ!」

 

 暗黒面に落ちかけたXにネロに頼んで作らせてもらった菓子を投げて落ち着かせる。くそっ、戦力的には申し分ないのにそれ以外が致命的すぎる。これは菓子がなくなるまでにガリアを奪還しなければならないか……ッ!

 

 マシュとロマンがシリアスムードを醸し出す中、俺もシリアスだった。具体的に言えばどうやってこの狂犬どもを大人しくさせようかということであるが、これは意外とシャレにならないのである。Xを放置しておけばローマからも連合ローマ帝国からも狙われかねん事態になるし、清姫だって敵味方関係なく焼き尽くす可能性もあるのだからどれだけしっかり手綱を握っていられるかというのは重要なものなのだ。

 

「おー。思ったよりお早い到着だったね。ネロ・クラウディウス皇帝陛下。……ん、そっちの初心そうな男の子が噂の客将かな。見た目に反して強いんだってね。遠路はるばるこんにちは。私はブーディカ。ガリア遠征軍の将を務めてるよ」

 

 それぞれがそれぞれのシリアスを醸し出していると、二体のサーヴァント反応が感じられ、そのうちの女の人の方が自己紹介をしてきた。

 どうしてこの人も胸元を開けているのだろうか。ちょっとだけそう疑問に思った。

 

「ブーディカ?」

 

「そう。ブリタニアの元女王ってやつ。で、こっちのでかい男が―――」

 

「|ω・`)ノ ヤァ」

 

『…………』

 

「うわ、珍しい。スパルタクスが誰かを見て喜ぶなんて滅多にないよ。――――いや、ごめん訂正。他人を見て喜んでいるのに襲い掛からないのなんて滅多にないわ。あなた達すごいね」

 

 ………いやいやいやいや。

 俺からすれば、今の顔文字擬きでそこまでの意思を読み取ることのできた赤毛の貴女の方がすごいと思うんですけど。というか、あの短い動作の間にそこまでの意味が込められていたとでもいうのか!?

 

「(ロマンどういうことだ。まるで意味が分からんぞ)」

 

『(僕に聞かれても困る)』

 

「(どうしましょう。あの筋肉の言葉がまるで翻訳できません。いったいどこの言葉なのでしょうか……)」

 

『(仁慈君。君なら何とかなるんじゃないの?)』

 

「(俺は英語も熊本弁も収めてない。当然あれもわかるわけがない)」

 

「(⊃・ω・)⊃*名前* 」

 

「(おい、さらに重ねてきたんだけど。ロマン何とかしてくれ)」

 

『(無理無理無理無理。そもそもあの筋肉で顔文字を駆使しているという光景自体が既にきつい。あの顔で顔文字再現とかどうなってんのさあのサーヴァント!?)』

 

 カルデア勢、混乱の極みである。

 ゴツゴツの筋肉ダルマともよべる二メートル越えの成人男性の顔から繰り出される顔文字は俺たちに見事混乱の状態異常を付けた。

 これにはブーディカと名乗った女の人も助け船を出してくれた。

 

「あはは。やっぱり、あったばっかりでスパルタクスの相手は厳しかったね。彼は今君たちに名前を聞いているのさ」

 

「(・ω・)( ._. )(・ω・)( ._. )」

 

 わかるわけがない。そもそも分かろうと彼の顔を直視した瞬間噴き出してしましそうになるためどちらにせよ理解できるわけがない。マシュだって顔には出していないが、肩を微妙に震わせている。ロマンは若干声が漏れていた。

 

「マシュ・キリエライトです」

 

「謎のヒロインXです」

 

「清姫です。どうぞ、よろしくお願いします」

 

「樫原仁慈です。よろしくお願いします」

 

「うんうん。よろしくね。と、言っても名前はこっちにまで届いて来てて知ってるんだけど。なんでもお気に入りの客将なんだってね。皇帝陛下?」

 

 一通り、自己紹介を済ませるとブーディカがからかう様にネロに話を振った。しかし、彼女は頭痛がひどいらしく現状の説明をブーディカに投げテントの中に入っていった。………ネロ・クラウディウスって確か頭痛持ちだったか。

 

 ブーディカがどこか不安そうな面持ちでネロを見送った直後、兵士の一人が足早にやってきて報告を行った。

 なんでも敵の斥候部隊がこの付近に居て、今離脱を図ろうとしているらしい。追撃を加えようにも敵の足が速すぎて追いつかないとのこと。

 

『まずい。こっちの情報を持っていかれるぞ……!』

 

「敵の規模は?」

 

「は?」

 

 唐突に俺がそう尋ねたため兵士は一瞬だけ呆けた顔でこちらを見た。しかし、すぐにブーディカと普通に一緒にいることから客将だと判断した兵士は規模と場所、そしてその進行速度を知らせてくれた。

 彼の報告を聞いた俺は、その兵士に追撃に向かわせているこちらの兵士を下げろと指示を出した後、異次元バックから改造済みの紅い槍―――――フェイク・ゲイボルク(verダ・ヴィンチ)を取り出して速度を計算し、敵集団がいる方向に構える。

 聖杯のバックアップがあるため特に遠慮することなく魔力を込めていき、限界寸前まで溜め終えたところで、兵士から撤退が完了したとの報告が入る。それを聞いて待ってましたと言わんばかりに全身の筋肉を無駄なく使い、フェイク・ゲイボルク(verダ・ヴィンチ)を投擲した。

 

「えっ!?」

 

「先輩……まさか……」

 

 投げたフェイク・ゲイボルクは紅い線を残しながら真っ直ぐ逃げようとしている部隊へと狙いを定め、彼らの中心に着弾。例外なくその部隊の人間を吹き飛ばした。

 

「ロマン。反応は?」

 

『綺麗さっぱりなくなったよ。………ほんっっっと容赦ないね。時々僕らは本当に人類史をあるべき姿にしているのかと疑問に思えるよ』

 

「してるさきっと。そう信じようじゃないか」

 

『よりにもよって元凶に慰められた!?』

 

 ぎゃーぎゃーうるさいロマンはとりあえず無視するとして、これで敵に情報が渡らなくなった。ついでに必要以上の魔力を込めて派手にしておいたから相手にも迂闊に近づけばどうなるのかは伝わったはず、他にもいる可能性もあるけれどひとまずは安全とみていいだろう。後は、

 

「X、敵の斥候部隊は他に居そう?」

 

「人数が多すぎで把握しにくいのですが……それらしき気配に心当たりはありません」

 

「わかった。ありがとう」

 

 なら、ひとまずは安心してよさそうだ。

 

「あぁ……っ、ますたぁ。流石ですわ!その激しさを床の上で私にも……!」

 

「やっても途中で気絶すると思う」

 

 やる気はないけどね?

 清姫の純粋さから言って普通に容量オーバーからの気絶まで行くと思うんだ。視線を清姫からそらしてみれば呆然とこちらを見ているブーディカと目があう。

 

「どうかしました?」

 

「いや………噂に違わぬ力だなぁと。今攻めているガリアにいる敵将はかなり強くて、君たちがどのくらい援軍として期待できるか試そうと思ったんだけど……必要なかったみたいだね」

 

 苦笑気味にそう言われた俺はいつものことですと返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後、彼女の身の上について聞いたのちに風呂に入ろうという話で盛り上がり、案の定清姫に突撃されかけたりしたが関係のないことだろう。

 

 

 

 




次のDEBU戦。不意打ちしちゃうと聖杯の在り処を聞けなくなるんですよねー。どうしましょう。


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動けるDEBUは総じて曲者

あれ?


 ――――――そのDEBUは暇だった。

 あるお方から現ローマの領地の一つであったガリアを奪いとり、ローマに攻める算段をつけ、それに対抗するローマ軍が自分の兵力と激突し激しい戦いを繰り広げられていれば彼もここまで暇を持て余すことはなかった。しかし、現状戦力はこちらの方が有利であり、特に彼自身が手を下すまでもなかった。これが逆ならば彼の持っている知力をあるだけ絞り出し、勝利をつかむという楽しみ方もあっただろう。

 

 が、現状は先程言った通り、いわばオートプレイでも勝てるゲームのようなことになっておりまったくやることがない。唯一彼を動かした二体のサーヴァントは一度交戦してからはすっかりその姿を眩ませているため本当に楽しみがないのだ。

 

「―――――退屈だな」

 

「はっ?」

 

「退屈だ、と言ったのだ。これも戦争であるし、大した被害もなく勝てるのであれば当然それに越したことはないだろう。だが、それにしても退屈が過ぎる」

 

「は、はぁ……。しかし、貴方様は我々の――――」

 

「よい、皆まで言うな。この私が分からないと思っているのか。名将たる、この私が」

 

「も、申し訳ありません……」

 

「よい。私も少々口が過ぎたようだ。………さて、そろそろこの戦いも幕引きと行こう」

 

 よっこいせ、と文字通り重い腰を起こして立ち上がろうとするDEBU改め連合ローマ帝国に呼ばれた皇帝の一人であるガイウス・ユリウス・カエサル。

 しかし、ここに来て、願ってはいけないはずだった彼の願いを叶える伝言が届いた。

 

「ハァハァハァ……申し上げます!僭称皇帝ネロ率いる小部隊が現れましたぁ!………現在、かなりの勢いを以ってこちらに進軍中とのことです。如何いたしますか?皇帝陛下」

 

「………………どうもせん。放っておけ」

 

「はっ」

 

 カエサルの言葉を聞いた妙なテンションの兵士はそのまま頭を下げて彼の前から消えていった。なにもしないという言葉に特に疑問を持つことなく下がっていくその姿は考えなしとも取れ、主君の言葉に間違いはないと確信している忠実者とも思える対応であった。

 その兵士が消えた後、元々カエサルと居た兵士は彼に詳しいことを尋ねた。一応、彼もカエサルの言葉を他の兵士に伝える役目を負っているため、解釈の違いなどで間違った指示を出さないための処置である。

 

「皇帝陛下。失礼ながら、一つお聞きしてよろしいですか?」

 

「うむ」

 

「何もしない、というのは……?」

 

「どちらにせよ、奴らの相手は同じサーヴァントにしか務まらん。であれば、奴と戦う役目が私に来ることはもはや必然よ。そのために、我々はここで待っているだけでいい。向こうも私を探しているのだ。こちらから動く必要はない。精々歓迎の準備をして待って居ようではないか」

 

 くつくつと、黄金に輝く剣に視線を向けつつカエサルは笑った。それに対して兵士は不安を感じていた。

 自分たちは真のローマであると信じているにも関わらず、自分たちには親愛にして絶対の支配者である真の皇帝陛下が居るというのに、

 

 ドカン!ドカン!ドカン!

 

 今もなお絶えることなく聞こえてくる轟音と仲間たちの叫び声を耳にするとほんとうに不安で仕方がなかった。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 ドカン!ドカン!と一撃一撃に尋常じゃない効果音を付属しつつ仁慈たちは突き進んでいた。

 自分たちよりも多い敵兵も何のその。誰もかれもが一騎当千の実力を持つサーヴァントと+αの前には平均的な物量など何の意味もない。今目の前で繰り広げられるのは大多数の人間から見れば悪夢のような光景である。物量で潰せない個人など、どう制すればいいのかわからないからだ。

 残念ながらここには大多数の人間はおらず、どいつもこいつも頭のねじを外しているような輩なので関係はなかったが。

 

「フハハ!フハハ!フハハ!人類最後のマスターに逃走はないのだ!」

 

「マスターの槍投げスイッチが入ってしまいましたか……!くっ、誰か一緒に止めていただける方は……」

 

「お前ら、セイバーだろ!?なぁ、剣持ってるしセイバーだよなァ!?首 お い て け 」

 

「私と安珍様(ますたぁ)の逢引を邪魔だてしようなんて不遜もいいところですわ。………邪魔なので消えてくれませんか?この世から」

 

「そうでした。ここにはブレーキの壊れた人しかいないんでした……!こうなったら……マスター、正気に戻ってください。じゃないと、これから三日間日常生活で言葉を交わしませんよ!」

 

「――――――――――ッ!!!???」

 

 暴走するカルデア勢を前に、唯一の清涼剤であるマシュは切り札を切る。それに反応した仁慈は高笑いと槍投げを即座に切り上げ、自分に向かってくる敵兵を風圧で飛ばしながら全力でマシュの元までやって来た。これではどちらがマスターでサーヴァントなのか分かったものではない。

 

「申し訳ございませんでした!」

 

「日頃からストレスを抱え込んでいるのもわかります。この軍勢を前に、無双ゲーのような爽快感を求めてしまう気持ちもわかります。けど、私は心配なんです。マスターが……先輩が強いのはわかってます。私よりもはるかに強いなんてことも知っています。けれど……」

 

「…………いや、俺が悪かった。ごめんなさい。心配してくれてありがとう」

 

「はい!」

 

 唐突に始まったラブコメ擬きに周囲は動揺を隠せない。ブーディカだけはまるで娘に彼氏ができた瞬間の親みたいな顔つきで涙を流しながら幸せになるんだよなどと口にしている。ネロも笑顔で頷いている。Xはその剣戟に鋭さが増した。清姫は炎の火力が上がった。敵はその悲鳴を大きくした。

 

 だが、それでも敵に囲まれているという表現も間違いではないこの状況においてラブコメっている二人は恰好の的である。

 特に、仁慈をサーヴァントたちの司令塔と薄々ながら感じていた者たちは一斉に襲い掛かかる。いきなり戦場のど真ん中でいちゃつくような奴らだ。どれだけ強い力を持っていても……否、強い力を持っているからこそそこまで周囲に気を配ることはないだろうと、自覚していない恐怖心から来る浅知恵な行動だった。

 

 彼らの行動は間違っていない。

 致命的な隙を見せたのであればそれを突き、なるべく迅速に仕留めるべきだ。

 ただそれには、本当に相手が見せた隙であった場合という前提があるのだが。

 

「マシュ」

 

「はいマスター」

 

 お互い短い言葉とアイコンタクトだけで意思疎通を済ませると、お互いの背後に迫っていた敵をなぎ倒し、位置を交代する。それと同時にお互いに自分から見て右側にいる敵を薙ぎ払い一掃した。

 

『うぁお、息ぴったり。いつの間にそんな仲になったのさ』

 

「確かに最近は周りが騒がしくなったからあまりかまってあげられなかったけどさ。マシュはこの中では一番長い仲だし、ねぇ?」

 

「先輩の奇行を一番近くで見てきたのは私ですから。考えをトレースするくらいどうってことありません」

 

『あのマシュが。いつの間にか仁慈君と熟年夫婦みたいになっちゃって……嬉しいけど、ちょっと寂しいね』

 

「親か」

 

 通信越しに割り込んできたロマニに仁慈はツッコミを入れつつ、集団の遥か後方にいる赤くふくよかな男の姿を発見した。

 彼を視界に入れた瞬間仁慈は確信する。あれが、この集団を纏めているサーヴァントだと。

 仁慈はこの大量に手に入った黒鍵を三本ほど取り出すとそのまま赤くふくよかな男に向けて投擲した。例のごとく強化に強化を重ねた身体から放たれた黒鍵はもはやサーヴァントからの攻撃と比べても劣ることのないものと化していた。

 通常の人間では捉えられないであろう攻撃を赤くふくよかな男はまるで初めからその攻撃を予見していたかのように自然な動作で剣を振るい、黒鍵を叩き落し、そして、ニヤリと笑って仁慈を見やった。

 

「………なるほど」

 

 仁慈はこの男に不意打ちは通じないと感じた。それと同時に、自分たちを迎え入れる準備を済ませているだろうとも。

 彼は今の動作が不意打ちを警戒していないとできない動きであると感じ取っていた。行動に迷いが感じられなかった。気配を察知してからの行動にしては動きが緩やか過ぎた。それこそが彼の用心深さと、ありとあらゆる状況に対して対策を取れる、頭の回る男だと証明していた。

 

「……どうやらあれが皇帝の一人らしいな。あの不意打ちを防ぐとは、敵ながら天晴だな。正直、余では不可能だったぞ」

 

「マスターの不意打ちを防ぐとは……斬りがいのあるセイバーが居て何よりです。DEBUなのは若干納得いきませんけど。実力の方はマスターの不意打ちを防いだことからお墨付きでしょう。くくくっ、今宵の無名勝利剣は血に飢えてますよ……」

 

 顔がそっくりな二人の感想を受けて、仁慈は清姫に宝具を使うよう指示、赤くふくよかな男までの道のりに列なる兵士たちを纏めて掃除する。

 

「ブーディカ、スパルタクス。ここは任せてよいか?」

 

「ん、行ってきな。ここは私たちが責任を持って足止めしておいて上げるよ。こういったことは私の専門でもあるしね」

 

「(。・`ω´・。)9」

 

 後方のことを任せこうして仁慈たちにしては珍しく敵と真正面から対峙した。

 

「来たか。待ちくたびれはしたが……先程の催しはよかったぞ。実に楽しめた。それに………我らが愛しきローマを継ぐ者もまた美しい。これは私が待つだけの甲斐があったというものよ。さぁ、名乗るがいい。現皇帝に異国の者よ」

 

「………よかろう。ネロ・クラウディウス、それが余の名だ。僭称皇帝、貴様を討つ者の名だ。しかと心に刻むがいい!」

 

「よいぞ。そうでなくては面白くない。――――――――」

 

 過去と現在のローマ皇帝が交わる中で、仁慈(@結局名乗ってない)は気づかれない程度に周囲へと気配を配らせていた。仁慈が気にしているのは自分の不意打ちを感知した手段。彼が何らかの準備をしたうえで自分たちを待ち受けていたのは既にわかっているのだが、その具体的な手段が分からなければ意味がない。

 ものによってはこれから行われる戦闘にも支障がでる場合があるからだ。

 

「ロマン、そっちで感知できるものはある?」

 

『………魔術関連のものがいくつか。どれもこれも、感知センサーみたいな役割で攻撃性はないけど』

 

 

「了解」

 

 ロマニの言葉を聞いた仁慈は視線を赤くふくよかな男――――カエサルに定める。向こうも向こうで話が盛り上がっているようで、自分に勝てば聖杯に関する情報を吐くと口にした。

 この言葉に仁慈のテンションはMaxに達した。ここでこのDEBUを殺さない程度に倒せば情報が手に入ると。

 ……師匠の気まぐれで修行をつけられ、意味不明な速度で順応していかなくてはいけなかった仁慈は情報の大切さがわかっている。ついでに聖杯以外のことも少しだけ教えてもらおうと考えながら彼らはカエサルと激突した。

 

 

 

「さぁ、私に剣を執らせたのだ。それ相応の愉しさを以って踊れ」

 

「余こそが、黄金である。黄金劇場を作り上げた余こそがな!妙にふくよかな男よ。カラーリングが被っていることもついでに加えて存分に語り合おうぞ!」

 

「血にも肉にも飢えている私です。最高速度の宇宙剣でボンレスハムにしてあげます!」

 

「なんだったら、丸焼きでもいいですよ」

 

「戦闘開始。マスター敵サーヴァントを撃退します!」

 

「作戦:ガンガン(敵が)逝こうぜ、で行くぞ!」

 

 

 

 こうして、ローマに来てから初めて(まともな)サーヴァント戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 




おかしい。DEBU戦まで行かなかった……。


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ピコン!

いやーこれこそが戦いですね(白目)


 

 

 

 

 

 

「たまには振るってやらんとこの剣も報われん。さぁ、この黄金剣……黄の死(クロケア・モース)の力、とくと味わうがいい」

 

 黄金の剣を携え、構えるカエサル。それと同時に彼の隣に岩でできたゴーレムが現れた。魔術によるものである。

 

「探知用の魔術だけじゃなかったのかよ」

 

『どうやら、見事に隠されていたようだね。すまないこちらの力不足だ』

 

「まぁ、あのDEBUは今までの奴らと違って物凄く頭が回るようだしね」

 

 仁慈は意外なことに一歩引いて、しっかりとマスターらしく戦況を見ていた。ゴーレムと戦うマシュと清姫に強化魔術を使用しつつ、弓でカエサルと戦うネロとXを支援している。

 どうして今まで脳筋を極めていた仁慈がこうして一歩引いているのかと言えばそれもカエサルの所為である。ここまで頭の回る相手は今までいなかったために警戒しているとも言える。だからこそ、一歩引いたところで何があってもすぐに対応できるようにしているのだ。

 しかし、カエサルは仁慈の援護とネロ、Xの攻撃を余裕とは言えないもののしっかりと捌き切り時々反撃にも出ていた。

 

「くっ、このふくよかな男は化け物か!これでも密度のある攻撃を仕掛けているのだがな……!」

 

「私以外のセイバーぶっ飛ばぁす!」

 

「そら、どうした!ローマの皇帝がこの程度では、民も失望ものだぞ」

 

 余裕がないはずなのに、嗤いながら剣を振るうカエサル。それに対して彼女らの表情は硬い。元々、サーヴァントに近い力を持っているが人間のネロと、一人でヒロイン狩りを行い最近ではマシになって来たものの俺はソロだ(キリッ)していたXではいまいち攻めきれていないからである。

 仁慈も仁慈で隙を埋めるために弓を放っているが、それも効果があったのは初めの方だけで今は新しく現れたゴーレムたちが身代わりとなってしまっていた。

 

「ちっ、あのDEBU。俺の射線上にうまい具合にゴーレムを配置してるな」

 

『仁慈君がここまで攻め切れないの、初めて見た……。こういうこと言っている場合じゃないのに、物凄く新鮮だなぁ』

 

「不意打ち、自分の隙をすべて把握したうえで戦っているな、あのDEBU。こういう手合いは厄介だけど………それは自分の尺度内での話だ」

 

 弓の矢に魔力を通し、貫通力を高めて矢を放つ。

 その甲斐あってゴーレムを貫通しカエサル本人の左腕へと矢が食い込こみ、矢が爆発した。……そう、これこそが仁慈。

 生前では体験できなかったであろう奇抜であり不可能とも思われることをまるで息をするかのように自然に行う、サーヴァントと比較しても劣らない非常識にして神秘の塊のような男だ。

 

「ぬぐっ!?……くくっ、あれが本来のマスターということか。私の予想を軽々と超えるとは……実に面白いものだ。先の不意打ちに引き続き、愉しませてくれる………」

 

 矢が爆発して千切れてしまった左腕を見やりながらカエサルは笑う。それと同時にマシュと清姫がゴーレムを倒し終え、カエサルを囲った。片腕を失ったカエサルと彼を取り囲むサーヴァント……勝負は見えたも同然である。

 

「強い、強いな。貴様ら、よいよい。どの女も強く、美しい。その身体もあり方も。マスターの方も実に力強く、私の居た時代にいなかったことが惜しまれるほどだ。……私をここまでにした褒美として、貴様らに聖杯とやらの在り処を教えてやろう」

 

 黄の死と呼ばれた剣を地面に突き立て、カエサルは語る。

 

「聖杯なるものは我が連合帝国首都の城に在る。正確には、そこの小憎たらしい宮廷魔術師が所持しているがな」

 

「その魔術師の名前を教えていただけませんか?」

 

 マシュがそう尋ねるとカエサルは表情を険しくしてマシュの言葉を断じた。

 

「それは出来ぬな。貴様らに与える褒美は終わりだ。それ以上くれてやる道理はない。………さて、私も聖杯を欲する理由がある。私が立てた約束もある。だからこそ、次は本気だ」

 

 口にした瞬間カエサルの身体から膨大な魔力が放出される。その魔力は今は亡き左腕に絡みつき、巨大な腕の形へと変貌を遂げた。そして、地面に刺していた剣を抜き構える。

 

『まさか!自分で魔力を抑えていたってことか!?くっ、今までのは本気じゃなかったってわけかい……!』

 

「本当に化け物染みているな……!しかし、余は皇帝である。僭称の皇帝などに負けるわけにはいかぬ。余と、余のローマを信じてくれている民の為にもな!」

 

「マスター、どうしましょう」

 

「やることは変わらない。………令呪を以て命ずる。我らがサーヴァント達、全力を以って目の前のDEBUを蹴散らせ。聖杯の在り処も聞いたし、宮廷魔術師についてもある程度の目途はたったから遠慮は無用だ」

 

『わかりました』

 

 腕に刻まれている令呪が一つ消え、仁慈の中にある魔力の塊が各サーヴァントの中に流れていく。仁慈の方も一気に決めるつもりなのだろう。令呪を使い魔力が流れた後でも自身に対する魔力強化を行い前線に出る。聖杯という反則的なまでの魔力タンクがあるからこそ、できることだった。

 

「これが現代でいう最終ラウンドだ!と、言うやつか。ふっ、ならば私は答えよう。私はガイウス・ユリウス・カエサル!私は来た。見た。ならば―――次は勝つだけだ……!」

 

 剣を掲げ、その黄金を開放する。

 それはユリウスの宝具が展開される合図である。

 

「――――――――黄の死(クロケア・モース)

 

 彼の持つ黄金の剣が振るわれる。

 何度も何度も、常人ではとらえきれないほどの速さで、仁慈たちに迫って来た。それに対峙するはセイバーを憎み、今までのうっぷんをため込みにため込みまくったヒロインX。彼女は黒い聖剣を召喚し、魔力を開放、目の前に迫る剣戟の嵐に正面から斬りかかる!

 

「――――星光の剣よ。赤とか黒とか白とか、目の前のDEBUとか消し去るべし!マスターの礎となれ!えっくす、カリバーァ!!」

 

 黄金の剣と黄金の聖剣、そして黒く染まった聖剣がぶつかり合い激しい火花を散らす。実力は拮抗しておりどちらも手を抜けば切り刻まれるというぎりぎりの状態だ。それはつまり、他の者たちが完全にフリーだということ。

 

「マシュ、剣戟を適度にガードしつつXを掩護してくれ。清姫、行くぞ!」

 

「かしこまりました」

 

「お任せくださいマスター」

 

「余も行くぞ!」

 

 仁慈の指示で二人の間に割って入ったマシュはXの代わりにいくつかの攻撃を仁慈の指示を頼りに防いでいく。その分攻撃に余裕ができたXは今度こそ自分の身であのDEBUセイバーを切り伏せようとさらに精度を上げた剣を振るった。

 セイバー殺し、アルトリア顔殺しと言いつつ、なんだかんだでその力をまともに振るえなかった彼女は今最高にハイってやつだった。

 

 そして、カエサルの命を狙っているのはXだけじゃない。聖杯の情報を引き出した仁慈はもはや手心を加える気もなかった。爆発する矢をわざわざ左腕に当てたのも喋れる程度に負けを認めさせるためでもあったのだ。警戒をしていた割には余裕のある男である。

 

「清姫、火球をいくつか放ってくれ。当たっても当たらなくても構わないから」

 

「では、はぁっ!」

 

 清姫が持つ扇子を仰ぐようにして振ると複数の火球がカエサルに襲い掛かる。剣をXとマシュで使っているためカエサルはこの攻撃を受けざるを得ないと誰もが考えた。しかし、彼の身体は先程とは違うところがあった。

 

「ヌゥン!」

 

 それは爆散した左腕の代わりに形作られた巨大な手である。バランスの悪そうなそれは清姫の火球をなんなく消し去る。形は左腕だが正体は超密度な魔力だ。これくらいは造作もないことなのだろう。

 だが、それこそが仁慈の狙い。あの左腕は傍から見ても何かあると分かるようなものだった。それを使わせた今、カエサルは裸も同然。

 

「行くぞ仁慈。余に合わせよ!」

 

「皇帝陛下の仰せのままに」

 

 ネロと攻撃を合わせるということで冬木以来使っていなかった日本刀を取り出した仁慈はネロの攻撃に合わせて腕を引き絞る。

 

「死んだ者は、死んだ者らしく大人しくしておれ!僭称皇帝!」

 

「――――――!」

 

 ネロの持つ剣、自ら鍛えた真紅の剣、隕鉄の鞴『原初の火(アエストゥス・エストゥス)』がカエサルの身体に食い込むとともに、仁慈が突き出した刀がカエサルの霊格を突く。それによって剣を振るう腕が止まりXの剣戟をも自らの身体に受けることとなった。

 

「く……はっ……!が、は。ははは、やはり私に一兵卒の真似事は無理があったようだな。元々、この体格からわかる通り肉体労働は本職ではない。全く、あの御方の奇矯には困ったものだ」

 

「あの御方……?」

 

 カエサルが語り掛けた内容にネロが興味を示す。それを見て仁慈は構えていた止め用の剣を四次元鞄に仕舞いその話を聞くことにした。

 

 カエサルが言うには、その御方とは歴代の皇帝もしくは自分のような皇帝と呼ばれる前の者たちも逆らえない人なのだそうだ。そして、それに会ったときのネロの反応が楽しみだと言った。

 

「では、貴様らのこれからに期待するとしよう。特にネロと結局名前を名乗らなかったマスターの貴様にはな」

 

「座でポップコーンでも食って眺めてればいいよ。できればの話だけど」

 

 カエサルの言葉に仁慈はそう返す。

 その言葉を最後にカエサルはカリギュラと同じように光の粒になって消えていった。その様を見てネロはその整った顔を歪ませる。

 

「これが、こ奴らの死か……」

 

『………そうですね。皇帝カリギュラの時もそうですが、サーヴァント……過去に偉業を成し遂げ、こうして復活した者たちの死はこれです』

 

「では、先日討った伯父上も今の名君カエサルも」

 

「―――えぇ、今ので死にました」

 

「そうか……余は、カエサルをそなたたちの手に掛けさせたのか」

 

「別に気にしなくてもいいですよ。それこそが俺たちの役割ですから」

 

 仁慈は特に気負うこともなくそういう。

 ネロには悪いが、仁慈は敵として歴代皇帝が出てこようと問答無用でぶっ潰せる。この時代の人間はローマこそがすべてであり、その時代のローマそのものと言っていい皇帝を倒すことにひどい戸惑いを覚えるだろうが、別の時代、別の国からやってきた仁慈には思い入れがないのだから。それに、どこかの女王の所為で敵対する者には容赦のかけらも持たない性格になっていることも1つの要因だ。

 

「そうか……。いや、情けない姿を見せたな。ともかく、余たちは皇帝の一人を撃退し、ガリアを取り戻した。強大な帝国に一矢報いたのだ。今はそれでよかろう。これを積み重ねていけば余が、民が渇望したローマが戻ってくるのだからな!」

 

 この中で唯一この世界に生きる彼女からすればカエサルの撃破は思うところがあったのだろう。だが、士気を下げまいと気丈にふるまう彼女を見て許可が下りればこの世界ではないだろう現代の料理でもふるまおうかと考えた。

 

「DEBUセイバーよ。感謝しましょう。貴方のおかげでストレス解消と、セイバー殺しとしてのアイデンティティを保つことができました」

 

「お前なぁ……」

 

 いつでもどこでも平常運転のXに溜息を吐きながら。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 カエサルが言った連合帝国首都の城の王室において、二人の男性が居た。

 

「……カエサルが敗れたか」

 

「あぁ、そのようだ。まったく、願いがあるというから使ってやったものを……。まぁ、さして問題はない。サーヴァントなどいくらでも私が用意してやる。しかし、どいつもこいつも唯の人間を仕留めるのにいったいどれくらい手こずっているのだ。本当にサーヴァントというものは使えんな。過去に偉業を成し遂げたものも無理矢理枠に当てはめてしまえばこの程度か。不自由なものだな。ハハハハ!」

 

「………」

 

「おっと、失礼。そういえば貴方もサーヴァントだったな。―――――――だからこそ、私に従うしかない。お前に運命というものがあれば、それが私だ」

 

 二人のうちの一人である緑色のスーツを着て、穴が開いた帽子を被ったレフ・ライノールがもう一人の男に向かって憎たらしい笑みを浮かべる。そしてそのまま、言葉を続ける。

 

「この時代の完全な破壊。皇帝ネロの死と、ローマ帝国の崩壊、そして人類史の死。それこそが我が王から賜った、私の責務だ。―――――――そろそろ戦力の補強が終わるか」

 

 返答を求めない自己陶酔に染まり切った独白を終え、レフは英霊召喚を行う魔法陣に目線を移す。

 

「カルデアとは違い、私は真に自在にサーヴァントを呼び出すことができる。我らはそのようにできているのだから」

 

 魔法陣が激しい光を放つと、頭に金の兜を被り、大きな槍と盾を持ち炎までも携えた大男が現れる。

 

「サーヴァント、ランサー。真名をレオニダス。これよりあなたにお仕えします」

 

「ほう、テルモピュライの英霊か。悪くない。全力を以って皇帝ネロを抹殺せよ」

 

「ハッ!」

 

 レフの命令を受けて退室していくレオニダスを見送ったレフは先程まで浮かべていた笑みを引っ込め、憎々し気な表情を作った。それは、自分たちが呼び出した英霊、カリギュラとカエサルを屠ったカルデアのマスターに向けられたものである。

 

「樫原、仁慈……!」

 

 人類最後のマスターとして自分たちに仇名す愚かな人間。ちっぽけな存在でありながらサーヴァントたちを次々と屠っていく異常性がレフの神経を逆撫でする。本人が聞けば「知るかボケ」と言いつつ、容赦のない攻撃が飛んでくることを考えながらレフは自身の尻をさする。

 そこは、彼がカルデアに正体を明かした際に仁慈に攻撃されたところだった。彼は冬木から帰った後痔を患ったのである。そのことについてレフが言うあの方から失笑を喰らったのは記憶に新しい。

 

「貴様だけは、簡単には死なさん……!場合によっては、どんな手を使おうともだ!」

 

 ここでレフは、仁慈が大切にしているマシュ・キリエライトの存在を思い出す。あれは使えるのでないのだろうかと。彼女をうまい具合に手に入れることができれば、樫原仁慈を嬲り殺しにできるのではないかと。

 

「―――――クックック、そうと決まれば。アサシンでも呼び出すか」

 

 彼は今考え付いたことを実行するために再び英霊召喚を行うのだった。

 ――――――背中に走る尋常じゃない悪寒を無視しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後まで読めば、サブタイトルの意味が分かるはず。


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地中海の島?知らない子ですね

見返すまで、キャット、エリザ、ステンノが出てきたことなんて覚えてませんでした。


 DEBUを倒し、ガリアを奪還した俺たちはその小さいながらも確かな成果を喜んでいた……というわけではなかった。

 ガリアを奪還し、ネロのテンションが降下したもののそれなりに明るい雰囲気で歩いていたはずなのに、帰還途中に聞えてくる噂が明るさを奪い言いようのない不安を掻き立てていた。その噂とは、地中海にある島に古い神が現れたというものである。

 この噂の所為でマシュとロマンはそちらの方に思考回路が寄っており、ネロも今までのことからローマに関する神が敵に呼び出されたのではないかという推測を立てていた。

 一方俺とXはお互いに顔を近づけて小声でその孤島について話し合う。もちろん、彼女の直感からどの程度の重要度がその島にあるのかということを決定づけるためである。

 

「と、言うわけなんだけど。どう?ちなみに俺の第六感は全力でその島に関わるなと言ってる」

 

「同じくですマスター。あの島には神というにふさわしいねじ曲がって、とんでもなく厄介な連中がいるという旨の宇宙からの電波を受信しました」

 

「なぜいきなり電波キャラに……」

 

 普通に直感でいいじゃないか。最近キャラがブレブレすぎるぞXェ……。

 

「電波ではありません。大宇宙からの意思です。っと、それはともかくマスター、その古の神がいるという島に行くのはお勧めしません。ぶっちゃけ、聖杯とも何の関係もないということも感じますし。絶対骨折り損のくたびれ儲けになるかと」

 

「………だよなぁ」

 

 このことに関しては完全にXと同意見だった。

 確かに情報は重要だ。不確定な要素はできるのであれば排除するべきだ。しかし、しかし……それでもその理屈を凌駕し、本能が近づきたくないと叫ぶこともまたあるのだ。今回は特にそれがひどい。古の神とやらもやばそうだが、その付近に居そうな者達もやばいとビンビンに告げているのだ。

 このままではまずいと、俺は話の修正に乗り出す。

 

「別に島のことは気にしなくていいと思うよ。藪をつついて蛇を出す必要はないし、今の俺達には余計なことをしている余裕が欠片もないんだから」

 

「む?そうは言うがな、仁慈よ。余は気になって仕方がなくなってしまったのだ」

 

『そうだそうだー。神代の神が実際に現界しているかもしれないんだぞー。このロマンが分からないのかい、仁慈君!』

 

「………皇帝陛下。今我々のすることは僭称皇帝が率いる帝国を倒し、民と自分が築いてきたローマを取り戻すことでしょう。目的を忘れてはいけませんよ」

 

 ネロの目を見てしっかりと言葉にする。

 俺自身が行きたくないという理由も当然ながらある。しかし、俺たちは既にがけっぷちにいるのであり、ガリアを取り戻したからと言って決して優勢であるわけではないのだ。向こうには宮廷魔術師なるものが持ってる聖杯がある。その宮廷魔術師が何者であろうと、強力な英霊を大量に召喚することが可能なはずだ。対するこちらは英霊の数に限りがあり、総大将たるネロは人間。常軌を逸脱しても耐久だけはどうにもならないことを何より俺が知っている。

 厄介ごとに首を突っ込むということはそれ相応の体力も消費するのだ。ここで寄り道するわけにはいかない。

 

「……うむ。そうだな。この余を前によく言った。褒めて遣わすぞ仁慈!」

 

「光栄です」

 

『………まぁ、言われてみればそうだよね。確かに』

 

「俺たちはピクニックで来てるわけじゃないんだ。個人的な探求心よりも確実性を取った方がいいと思う」

 

『そうだね。流石に今の発言はサポーターの領域を越えすぎた。反省するよ』

 

「罰として一日レトルト&非常食で手をうってやろう」

 

『なんだって!?』

 

 横暴だぁ!というロマンを華麗にスルーしつつ、俺たちは何事もなく帰った。

 ほら、飼い主として躾はしっかりしないといけないし。

 

『いつの間にか家畜の位置に!?僕の立場低すぎィ!』

 

 流石に冗談だよ。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ローマ帝国に最も近い領地であったガリアを奪還し、帰って来た俺たちを待っていたのは大量の敵兵だった。

 

「おかしいな」

 

「むむむ……。近郊のガリアは既に奪還したはずだが……。まさか別のところから?いやしかし、それでは斥候が気づくはず」

 

『気づいた斥候を口封じできれば、バレないで済みますよ。………その証拠に、大量の敵兵の中にサーヴァント反応が一つ混じってる』

 

「くっ、待ち伏せされておったか……」

 

 目の前に広がる大量の敵兵を前に苦々しい表情を浮かべるネロ。その思わず零れたという言葉に対して意外なところから返答が帰って来た。

 それは敵兵をかき分けて最前線へとやって来た敵のサーヴァントだった。強靭な肉体を隠そうとせず、頭に炎を乗せた男である。持っている武器からランサーだろうか。

 相手のクラスを予想しつつ、清姫にごにょごにょと一つ問いかける。それに対する彼女の答えはお任せくださいという頼もしいものだった。

 ……こういうところは本当に良妻のようである。

 

「待ち伏せではない。私はここを防衛すると決めただけのこと。我が拠点に、貴方たちは侵入したのです。すなわち―――――」

 

「清姫、宝具」

 

「転身火生三昧!」

 

 別に領地だとか防衛戦だとかどうでもいいです。

 この中で唯一、広範囲にわたって被害を及ぼすことができる宝具を持つ清姫に頼み、マッスルサーヴァント諸共大量の敵兵を薙ぎ払う。……兄貴には悪いけど清姫を連れてきて本当によかったかもしれない。

 ヤル戦いすべてが無双ゲーを思わせるような敵の数なんだ。広範囲用の宝具を持ってないとやってられない。

 元々は唯の少女だったとはいえ、思い込みで変化した清姫の炎は致命傷を与えるには十分なものだった。サーヴァントは所々焼け焦げているだけでまだ立っているが、彼が率いていた数多の兵士たちはサーヴァントの宝具に耐えることができず、完全に沈黙をしてしまっている。

 

「むァだむァだァ!!私が、防衛戦において負けることはあってはならない!いきなり宝具を放ってくるとは計算が狂ってしまったが、私が……このレオニダスが立っている限りは、何人たりとも通しはしない!」

 

「なんと、あのスパルタのレオニダス王だと………」

 

「そうなると、これは長い戦いになるかもしれませんね」

 

 レオニダスは圧倒的数の差を埋めて、強大な軍勢に多大なダメージを与えた防衛の英雄である。そのため、戦力を削っても彼があきらめることはない。むしろ、死ぬ間際まで自ら率先して戦い続けるのだろう。しかも、確か彼は馬鹿ではなく普通に頭の良い人物だったはずだ。圧倒的物量差を覆しそうなくらいの戦果を挙げたことがそれを証明している。普通に戦えばとんでもなく厄介な手合いであることは間違いない。

 まぁ、まともに戦えば、の話だ。

 

「―――――――――――」

 

「ぐほっ!?」

 

 全体に影響を及ぼす宝具である転身火生三昧は、威力に見合う分だけの派手さがある。蛇の形をした炎が相手を飲み込みながら向かってくるのである。どう頑張ったってそっちの方に視線が行ってしまうことは仕方ないことと言えるだろう。

 だからこそ、それを利用した。

 派手ということはその分注目されるということ。

 注目されるということはそれ即ち、他がおろそかになるということでもある。

 

 転身火生三昧に紛れて敵の懐に潜り込むなんてことは、平気でできるわけだ。そんなことをしたら俺も宝具に巻き込まれてしまうが、そこは流石の清姫である。自身の思い込みだけで人外の化生へと変化した彼女からすれば、その伝承をかたどった宝具の対象から俺を外すなんて楽勝だ。実際に俺はダメージを全く受けていないのだから。

 ……こうして考えると、俺と清姫って相性は悪くないのかもしれない。

 

 そうして炎に紛れた俺はレオニダスの懐に入り込み、そのまま霊核をざっくりと貫いたのだ。

 

「ま、まさか……宝具に紛れて接近するとは……考え付きませんでした……」

 

「………」

 

「いえ……。私の心の持ちようもあったのでしょう。暗殺など、一番初めに思いつかなければならないこと。それをおろそかにした私は、やはり………」

 

 最後まで言葉を紡ぐことなくレオニダスは消える。

 俺は俺で、味方からドン引きしたような視線を受け取るという若干いつも通りのような光景を目にすることとなった。

 

 

 

 

 

 レオニダスと一戦交えるというハプニングがあったものの、無事にローマに帰って来た俺たちはローマを挙げての宴でもみくちゃにされた。

 いくら何でも来るもの全員を振り払って雰囲気を壊すのもよくないために、そのままなし崩しで受け入れていたのだが、その所為で無駄に疲れた俺は宴(というか祭り)が終わった後、用意された椅子と机でぐったりとヘタレてしまった。

 

「あぁ、先輩がふにゃふにゃになってしましました……。表情が緩み切ってます」

 

 俺の顔をつんつんしながらマシュが言う。くすぐったいからやめてくれませんかね。

 そんなことを思いつつも振り払う気になれない俺はぐるりとほかの人の様子を見てみる。

 Xは未だ祭りで出されていた料理をパクついては首を傾げていて、清姫はへにょっている俺の横から抱き着いてきていた。

 

「ふぅ……。仁慈もそうだが、他の者たちも今日は疲れたことだろう。与えられた自室にて、ゆっくりと休息をとるがいい」

 

 ネロの言葉に甘えて俺はへにょったまま立ち上がり、自室へと向かった。

 祭りでの疲れもあるけど、宝具ブッパとDEBU戦で使った魔力の方が結構効いてるかもしれない。

 いくら聖杯によるバックアップによって魔力が大量にあろうとも、一気に消費する負担までは減らせないだろうからなぁ……。

 

 

 結局その後は、そのまま俺は与えられた部屋にて泥のように眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

「サーヴァント、アサシン。ハサン・サッバーハ。召喚に応じて参上いたしました」

 

「………まぁ、アサシンというのであればそれが必然か。……ネロ・クラウディウスの暗殺とマシュ・キリエライトを連れて来い。山の翁、アサシンという者の基となったその力を以てすれば造作もないだろう」

 

「その通りでございます。必ずや、その任を達成してみせましょう」

 

 レフ・ライノールに召喚されたアサシンはそう言うと同時に城を飛び出し、自身のターゲットが居るローマへと向かう。

 

「暗殺、誘拐……その程度、このザイードにしてみれば他愛なし。フフフ、マスターに期待されたのは一体いつ以来か……こうして私だけが召喚されていることから、様々なイレギュラーが発生していることは間違いないだろう」

 

 そこまで考えるが、彼は―――ザイードはその足を止めない。

 彼にとって、自身が期待されるということは何事にも代えがたいものだからである。

 

「しかし、そんなことは関係なし。ここまで心が軽いのは初めてだ……私にもはや迷いなし!騎士王、英雄王、征服王に続く第四の王……暗殺王ザイードの名を知らしめて御覧に入れましょう!(集中線)」

 

 暗殺者とは思えないテンションで、ザイードは夜の闇に紛れて駆けた。

 

 

 

 




フラグにフラグを重ねていくスタイル。

後、活動報告にてアンケートを行っています。
このセプテム編の流れを大きく変えるものなので、よければ覗いてみてください。


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逆鱗、そして――――

仁慈狂化ルートに入りました。
そちらが気に入らないというのであれば、ご注意ください。


更に、狂化ルートにはいったことから一つ設定を変更します。
ザイードさんの幸運値を元ネタ通りEXにしました。
これで彼も真の暗殺王(白目)になりましたね!


 

 

 レフ・ライノールの召喚に応じた自称暗殺王ザイード。

 彼は今、非常に焦っていた。

 

 何故なら、暗殺対象の名前だけは聞いたのだが、それ以外の情報がまるでなかったからである。彼もアサシンだ。はじめから自分の姿が見えていないという前提さえあればどのような暗殺も誘拐も行える自信を持っていた。

 が、今回の場合はそれ以前の問題だ。ネロ・クラウディウスについては何とかなるだろう。彼も幾多の王族や人々を屠って来た人物だ。経験からそういった人物の割り出しは行うことができる。

 だが、誘拐対象のマシュ・キリエライトという少女……特徴が全く分からない。ついでにその実態もわからない。性別ですらザイードにとって確実な情報ではなかった。ここに来て一度本拠地に戻り、特徴を聞いてこようかとも考えたが、そうしてしまっては夜が明けてしまう。暗殺者にとって最も重要なことはその姿を見られないことだ。

 その前提があることによって暗殺者は無敵となることができる。魔術師が自分の魔術工房を作って準備をするのと同じようなものだ。

 

「私としたことが……。少々はしゃぎすぎたようですな」

 

 移動している間に冷静になったザイードはちょうど目の前に見えてきたローマへとさらに足を速めた。マシュ・キリエライトについてはその時、誰から聞き出せばいいと考えたのである。

 

 ザイードは難なくローマに侵入し、そのまま闇を縫うようにローマで最も大きな建物に向かう。時に壁に、時に障害物の陰に隠れながらとうとうザイードはネロの屋敷と思われる場所へとやってくることができた。

 

「他愛なし」

 

 そのまま、持ち前の気配遮断スキルを使用して屋敷……というより城に侵入を果たす。音を立てない完璧な足運びで城内を詮索する。

 ここで補足をしておこう。

 このザイード、特殊な召喚の所為で宝具を使えないというかなりのデメリットを背負っているのだが、その見返りとしてか幸運値EXという常識外のステータスを誇っているのである。つまり、何が言いたいのかと言えば、適当に歩いていても目的の場所にたどり着けるのだ。

 

 しばらく歩いていると、明らかに他とは違う豪勢なつくりをした場所を見つけた。おそらくここが皇帝ネロの部屋であろうと暗殺者の勘と幸運が言っていたので、彼はそこに近づこうとする――――しかし、すぐさま自分の方へとやってくる気配を察知し、彼は一度身を潜めた。

 

 ザイードが感じ取った気配の正体はXと清姫であった。 

 彼女たちはため息を吐きつつもネロが居る扉の前に立ってそのまま各々が好きなことをやりだした。

 彼女たちがいるのは当然ネロの護衛の為だ。彼女が死んでしまえば人理復元ができなくなる。このことから仁慈は常に寝るときは彼女たちをつけていた。Xが不満を抱き、仁慈にひと手間かけさせたのは言うまでもない。

 

 ザイードは考えた。この二人を相手してネロを殺すのはどう考えても現実的ではないと。彼の気配遮断スキルは強力なものだが、攻撃に移行するときその効果が薄れてしまうのだ。ここまで近くに居るとその一瞬で不覚を取る可能性もある。

 また、入る前にザラリとこの建物の構造を把握しているが、どこもネロの部屋へと繋がるルートはなかった。おそらく、何時暗殺者に狙われても問題ないようにという配慮だろう。

 これらの万全な対策から暗殺は厳しいと考えていた。

 

 そのままXと清姫はネロのドアの前で二人小声で語り合っていた。マスターについて。

 

 彼女たちの本人が聞いたら戦慄しそうな会話を受け流しつつザイードは思考する。

 本来ならば、護衛が付いたあたりで一先ず撤退するか、力量に圧倒的な差があれば、この人物たちを排除してもターゲットを殺すということができる。しかしサーヴァントとしての性能は向こうの方が圧倒的に有利、しかも二人だ。

 

 だが、このままおめおめと帰るのは流石にマズイ。

 そう考えたザイードは標的を変更してマシュ・キリエライトを探しに行った。

 

 

 

 

 惚れ惚れするような手際で兵士を拷問してマシュ・キリエライトの居場所を聞き出したザイードは兵士に口封じを施すと音を立てずにその場所へと急いだ。

 ……普通ならば、マシュもキチガイの権化の仁慈もそう簡単にことを運ばせないだろう。だが、この自称暗殺王ザイードの幸運はEX。神々にでも溺愛されているレベルの幸運を持っている彼はそのステータスを存分に振るっていた。

 仁慈も戦闘中はキチガイで意味不明でなにこれぇ?な存在であるものの人間である。カエサルとレオニダスというサーヴァントを一日で立て続けに相手をしたことにより滅多なことでは起きないほど熟睡していた。自分が狙われているというのであればケルトインストールを行ったこの男は目を覚ますだろう。だが、アサシンに命に係わらないことを狙われて気づけるかと言われれば厳しいものだった。

 上記と同じ理由でマシュも精神的な疲れから休息をとっていたこともザイードにとって良い方向に働いた。

 

 結果として、彼は特に苦労することなくマシュ・キリエライトを誘拐することに成功したのである。

 すやすやと眠る彼女を背負い、音も振動も立てない快適な安眠を確保しながらザイードは自分たちの本拠地へと帰って行った。

 

「……他愛ない」

 

 こうして、幸運値EXという前代未聞の暗殺者はキチガイの巣窟からお姫様の誘拐に成功したのである。

 

 

 だが、ザイードは気づかなかった。

 自分の幸運値によってもたらされたこの成果が、のちにその辺の不幸なんて幸せと思えるくらいの不幸(キチガイ)を運んでくるという皮肉な結果になるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰還したザイードはいち早く主であるレフ・ライノールに報告を行った。

 ネロの暗殺に失敗したということで一時、ザイードのことをかなり罵倒したレフだったが、マシュの誘拐に成功したということでその怒りを少しだけ抑えつけた。

 

 レフは、すやすやと眠るマシュをゴミを見るような眼を向けた後、本拠地にある牢屋に閉じ込めておけと命じた。

 ザイードはその言葉にしたがい、彼女を極力起こさないように運び、体に傷がつかないように鎖でつないだ。イレギュラーな召喚の所為か妙に紳士なザイードだった。

 

 レフは最期にマシュを誘拐したということと返してほしければという要求を手紙にしたため再びザイードに渡した。曰く仁慈に渡してこいとのことだった。

 もはややっていることは暗殺者なのではなく運送屋か何かになってしまっているザイードだったが、こうして何かを頼まれることはもちろん、仲間はずれが嫌いなはずの百の貌の中で若干仲間外れにされていた彼にとっては喜ばしいことであった。そのため彼は全身で喜びを表しながら再びローマへと向かった。

 

 それを見送った若干疲れ気味の表情をしたレフは、やがてその表情を糸目の目を見開き唇の端を避けそうなくらい吊り上げた笑顔に変える。

 

「くくく……これでお前も終わりだ。樫原仁慈。ゴミはゴミらしく、大人しく潰されていればいい」

 

 その様を彼に召喚されたサーヴァントの一人はなんとも言えない表情で見つめている。

 

 

 夜明けは近いが、何故かレフの周りには先を見通せないほどの闇に飲まれているとそのサーヴァントは漠然と感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん?仁慈よ。マシュはどうしたのだ?」

 

「えっ?あれ、居ない。珍しいないつもは決まった時間に必ず起きるのに」

 

 一方、マシュが誘拐されたことなんて知らない仁慈たちは呑気にそんな会話を行っていた。

 いつもは一緒に居るはずの癒し系後輩が居ないということで仁慈は驚き、彼女が使っている部屋へと向かう。数回ノックをしたのちに返事を待つが、中は全くの無音。それどころか人の気配すら感じなかった。

 

 マシュに気配遮断スキルなどないことはマスターである仁慈なら当然知っている。ならどうして人の気配がしないのか………。

 

 言いようのない不安に駆られた仁慈は勢いよくドアを開いた。

 すると仁慈の視界に入って来たのは、誰もいないベッドのだけだった。

 

 

 

 ――――――――――そこから仁慈の行動は速かった。それはもう引くくらい。

 

 

「ロマン。この部屋にある魔力の残滓とマシュの反応を今すぐはじき出せ」

 

『えっ』

 

「現在マシュはこの城の中にいない。一応パスは繋がっているけど近くに居る感覚はないし、気配も感じない」

 

『わ、分かった。ちょっと待って!』

 

「四十秒で終わらせな」

 

 それを言った後、仁慈はマシュの寝ていたと思われるベッドに触れる。

 仁慈が触れたそれは完全に温度を失っており、ついさっき起床してお花摘みに行ったという感じではないということを教えてくれる。

 

『な、なんだって!?どうしてこんなところに!?』

 

「驚いてないで結果を言え」

 

『ま、マシュが居るところは連合帝国の本拠地、その城の中だ!そんないつの間に……!?』

 

 その言葉を聞いて仁慈は確信する。

 彼女は昨晩のうちに攫われたのだと。

 

 どうして気付かなかったという後悔が、彼の中を駆け巡った。こんな状況になっているにも関わらず、のうのうと惰眠を貪っていた自分を殺したくなった。

 だが、何よりも―――――――――――こんなことをした奴を、――――したくなった。

 

 

『――――!?仁慈君、サーヴァント反応だ!クラスはアサシン。しかもその部屋にわずかに漂っていた魔力と反応が酷似してるぞ!』

 

 それを聞いた瞬間、仁慈は動いていた。

 

 感情の昂りと共にあふれ出していた膨大な魔力をすべて自身の強化に割り当て、己が勘を信じて自身の背後に音速すら越えた右腕を突き出す。

 

 

 

 一方、右腕を突き出されたザイードは驚きを隠せないでいた。

 カルデアの魔術師が反応があると言っただけでどの場所かまでは言っていない。それにも関わらずノータイムで自分の居場所を割り出してくる仁慈に驚愕せざるをえなかったのだ。

 音速すら越えたそれは、ザイードが動揺した隙に既に彼の身体を捕らえていた。ちょうど首の位置をつかまれたザイードはそのまま部屋の壁に半分埋め込まれる形で押さえつけられた。

 

「ぬぐぁっ……!!??」

 

「………」

 

 体を壁に半分埋められ、さらに人間とは思えない力で首をぎちぎちと絞められているザイードは思わず苦悶の声を上げる。それに対して仁慈は全くの無表情だった。

 

「ぐ……ぃ、ぁ……ま……」

 

 首を絞められすぎてもはや言葉が出てこない。

 それを知った仁慈は少しだけ首に込める力を弱めた後、開いている左手に黒鍵を一本出現させた。

 

「マシュを攫ったのはお前か?」

 

「…………」

 

 ザイードがとった行動はレフから預かった手紙を渡すことだった。

 元々彼がここに来たのはこれを渡すためである。予定が多少……いや、多大に違うものの自分の状態を鑑定に入れず、結果だけを考えるのは実に暗殺者らしい。

 

 手紙を受け取った仁慈は右腕を緩めず、黒鍵を仕舞ってフリーになった左手で器用に手紙を開いて中身を読みだす。

 時間にして三十秒くらいだろうか、仁慈の視線が一番下まで向かうと彼は読んでいた手紙を捨てると黒鍵でザイードの首を何のためらいもなく切り裂いた。

 

 いつもなら霊核を狙う筈の仁慈がわざわざ首を狙った……ロマンはそれだけで理解してしまった。

 

 

 

 ――――――――言うなれば、

 

 

 

 聖杯と繋がっている身体から濃密にして膨大な魔力が吹き荒れる。

 その魔力は術に変換をしていないにもかかわらず、ベッドを飛ばし、壁を剥がし、床を抉る。

 

 

 

――――――今の仁慈は

 

 

 

 目は限界まで見開かれ、人間というよりは獣の方が近かった。

 そして彼はその獣の如き眼光を丁度連合帝国の方に向けた。

 

 

 

―――――――――超絶、キレている。

 

 

 

「レフ・ラァァァアアイノォォォオオオオルゥゥゥァァァァァアアアAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA、■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■―――――――――ッ!!!」

 

『うわっ!仁慈君が壊れた!ついでに壁も!』

 

 その怒号、否。

 もはや咆哮と呼べるものを発した仁慈は、次の瞬間にはその場から消え失せていた。

 

 残ったのは濃密な魔力と、ぶち破られたと思われる壁のかけらだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして彼は生まれ出る 

 

 

 

 良いも悪いも、善も悪も平等に蹂躙する

 

 

 

 この星の天敵たる者が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




幸運EXというか、運でどうにかなるレベルではなかったんだよ……。

今回は入りで、次から戦闘です。頑張らなければ。

今の仁慈は完全にプッツンしているので、令呪による召喚とか全く考えていません。
まぁ、レフの方でもそれようの対策を用意しているので無駄なんですけどね。


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じんじは ちからを ためている

流石だぜ、ロムルス(ローマ)!


 

 

 

 仁慈は激怒した。必ず、かの邪智暴虐なレフ・ライノールを血祭りにあげ(ピー)して(ピー)して(ピー)(ピー)すると決意した。仁慈には世界や人類の未来などわからぬ。仁慈は、ちょっと武術が盛んだった家の人間である。剣を振り、槍を突き、矢を放って、拳を構えるだけだった。けれど、癒しには人一倍敏感であった。

 

 幼少期から意味不明な師匠共に囲まれ、鍛えられ、家が勝手に決めたことでカルデアを訪れ、その場の流れから特異点を正常に戻すというハード極まりない人生を送って来たからである。

 マシュの存在は仁慈にとってどれだけの救いだったのだろうか。

 睡眠をとればランダムで影の女王に攫われ、起きれば扱い注意の自称嫁が、部屋を出れば職員の食事を、それが終われば自身を鍛える……思えばこの生活も彼女が居たからこそなのだ。もし彼女が居なければ今頃仁慈が人類を滅ぼす側に回っていたかもしれない。

 

『――――――――――ッ!!!!』

 

 ローマと連合帝国の間に広がる広大な大地を、仁慈は魔力放出を使って音速で移動していた。これにはさすがの連合帝国の兵士たちも驚きを隠せない。しかも、彼を見た瞬間に自分は衝撃で宙を舞っているのである。彼らが誰一人例外なくポルポル状態になったのは言うまでもない。

 

「弓兵!か、構え!この化け物を我らが皇帝に近づけてはならない!ここで絶対に仕留めるんだ!」

 

『うぉぉおおおおおお!!』

 

 それでも彼らは諦めなかった。

 自分たちがやられてしまえば彼らが信じるローマにして皇帝が倒されてしまう可能性があったからである。彼らにとってローマとは全てであり、皇帝もまた全てである。かの皇帝の為なら自分の命など喜んで差し出すのだ。

 だからこそ、彼らは持ち直した。せめて皇帝のためにダメージでも与えようと、自分の命が潰えてもほかの仲間があの化け物を止めてくれることを信じて彼らは戦った。

 

 弓を放ち、剣を構え、槍で突く。

 一人一人の実力は確かに頼りないものだった。だが、彼らには仲間がいた。この平原を埋め尽くすとまではいかずとも大部分を占める信頼できる仲間がいた。これならばきっとあの化け物を倒せると、彼らは信じて戦った。

 

 

 

 

 

――――――――――しかし、現実は非情である。

 

 

 

 

 

『■ ■ ■ ■ ■ ■――――――!!!』

 

 魔力放出をやめて、その場に立ち止まった仁慈はその場で咆哮を行う。これだけならば唯の威嚇程度だが、仁慈が行ったことは違う。魔力放出で推進力として使っていた魔力を今の咆哮に混ぜて集団に向かって放ったのだ。

 魔力を纏った咆哮は唯の威嚇ではなく、威力を持ったれっきとした攻撃へと変貌したのだ。

 

 放った矢、突撃していった兵士、そしてその背後に控える者たち、それら全てを無慈悲に吹き飛ばした本人は、四次元バックから使い捨ての槍を一本取り出し、それに暴力的なまでの魔力を注ぎ込む。

 元々、魔力との親和性もなく、耐久力がそれほどあるわけでもない槍はそれだけで壊れそうになっていたが、その槍が壊れる前に仁慈はそれを投擲する。

 

 

 そして、敵軍にそれが当たった瞬間、槍は崩壊し中に詰められていた魔力が解放される。その光景はまるで空爆のようでもあった。

 

 これには連合帝国兵も一歩たじろいだ。

 敵は確かに強かった。しかし、こちらにも何千……いや何万の軍勢が居たのである。それにもかかわらず傷をつけるどころか近づけすらしないとは一体どんな悪夢だと彼らは思った。

 

 仁慈は、敵の心情など知らぬと言わんばかりに先ほど自分がこじ開けた場所を再び魔力放出を駆使して音速に足を踏み入れつつ突破した。

 

 

 

 ―――――――レフ・ライノールとの邂逅は近い

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………どうやら、目当ての者がこちらに来ているようだ」

 

「ふむ。そのようだな。まぁ、アレが直接私と邂逅を果たしたいというのであれば望み通りにしてやろうではないか。――――ロムルス」

 

「……捕らえた娘を連れて来い」

 

「ハッ!」

 

 レフはロムルスと呼ばれた男にマシュを連れてくるように指示させた。なぜ自分ではそうしないのか?答えは簡単である。彼が命令しても部下が動かないからだ。彼らはローマの、ロムルスの部下でありレフの部下ではないからだ。これにはレフもイライラしているが、後でこの特異点諸共すべてを壊すつもりでいるため我慢していた。

 

 しばらくして、一人の兵士が肢体を拘束されたマシュを連れてくる。ロムルスは兵士を下がらせると静観する姿勢をとった。

 

「レフ・ライノール……!」

 

「立場をわきまえろ出来損ない。貴様の命は、私が握っているのだ」

 

 自分たちを裏切り、多くの人間たちの命を奪ったレフをマシュは睨みつける。それに対するレフの反応は淡白なものだった。彼にとってマシュを含めた人間は虫のようなものだ。鬱陶しいとは思うが、真面目に相手をすることもしない。

 最も、仁慈は別だが。

 

「さて、君をここに連れてきたのは他でもない。奴……あの樫原仁慈の枷になってもらうためだ。実はあの忌々しき樫原仁慈がこちらに向かっていると連絡があってね」

 

「!」

 

 ここでマシュは自分が仁慈に対する人質なのだと確信した。それと同時に彼女は自分自身に激情を向けた。マスターを守るはずのサーヴァントがマスターを追い詰める人質となるとは在り得ないことだ。しかも彼女はシールダー。守ることが本質ということも彼女の怒りを助長する一要因となっていた。

 

「……いや、人質と活用する前に、君には樫原仁慈を倒すための手伝いをしてもらおう」

 

 かつてカルデアに居たころ浮かべていた表情を作るとレフは部屋の扉を開けて何人かの兵士を招き入れる。そして、彼らにこう言った。

 

「あそこの小娘を好きにしてもいいぞ」

 

「!?」

 

 その言葉にマシュは驚愕と恐怖を隠し切れなかった。

 

 ―――レフの考えは、マシュを助けに来た仁慈に、精神的なダメージを負わせようとマシュを凌辱することを思いついたのである。助けに来た人物が既に癒えようのない傷を負っている。これは常人には耐えがたいことだろう。こういったことに対する頭の回転は無駄に速いレフだった。

 

 彼の言葉を聞いて乗り気になった兵士は一歩一歩、マシュに近づく。

 普段の彼女であれば、苦戦することもない一般人。しかし、現状は肢体を拘束されていることに加えレフの所為か力も入りにくい状態だった。

 

 レフはその様を見て他人が引くようなゲス顔を浮かべている。ロムルスはこのようなことは珍しくないのか無表情。兵士たちはマシュの美しい肢体を蹂躙する楽しみで大変な顔になってる。

 ここでマシュは自身の感じている恐怖を抑え込み、仁慈が来るまで凌辱に耐えきる覚悟を決めた。自分が捕まった所為で仁慈にまで迷惑をかけているのだ。せめてそれくらいしなければ仁慈のサーヴァントでないと、己を奮い立たせて。

 

 兵士の手が、マシュの瑞々しい肢体に伸びる。マシュは強い意思が宿った瞳でその兵士を睨んだ。

 

 

 

 凌辱が開始されるという、このタイミングで、奇跡は起こる。

 

 

 

 ドゴンと近場で何かが破壊される音が響く。

 今まで室内だったため感じることのなかった風を肌で感じる。

 外の日差しが眩しく感じる。

 

 室内で起こり得ないことを体験したその場にいた者たちは一斉に音の発生源である場所を振り向く。

 するとそこには、

 

 

「―――――――ミツケタ」

 

 

 元々真っ白だったカルデアの礼装を返り血で赤く染め、真っ赤な服へと変えた仁慈が見開き血走った目でレフたちを捕らえていた。

 正直マシュは、その光景が今まで生きてきた中で一番怖いと思った。

 

「……随分早い到着だったな。樫原仁慈。ちょうどいい、今からそこの小娘の凌辱ショーを始めるところだったんだ。ゆっくり見ていくといい。おっと、そこから一歩でも動いてみろ?小娘の命は―――――」

 

 自身が優位と疑わなかったレフは、得意げな顔のまま向こう側の壁に叩きつけられた。その後、仁慈はマシュに近づく兵士の首を纏めて刈り取ってその命を散らしたのちに、魔力放出で胴体部分を消し炭に変える。さらに、仁慈はフェイク・ゲイボルク(verダ・ヴィンチ)を取り出してレフが叩きつけられた地点に投擲する。

 そしてその直後、マシュに近づき彼女の拘束を一秒にも満たないスピードで外すと彼女を思いっきり抱きしめた。

 

「ふぁ!?せ、先輩……!?」

 

「よかった……!」

 

 心からの安堵である。

 仁慈にとってマシュは替えの利かない大切な存在だ。癒しとしてもそうだが、カルデア内において一番付き合いが長い。友人としても、仁慈にとって一番大切な人なのだ。誘拐され、ここでは言えないようなことをされそうになったものの、無事に救出できてよかったと仁慈は本気で思った。

 そして、マシュの腰に回した右手を片方解いて、黒鍵を異次元バッグから取り出しレフの方に投げつけた。ついでに魔力の塊も飛ばした。

 

 一方、マシュは仁慈が震えながら自分のことを抱きしめていることから物凄く心配させてしまったのだと思った。しかし、自己嫌悪することを後回しにして、マシュの方からも仁慈に腕を回す。

 

「すみません。先輩。私は、先輩のサーヴァントであるにも拘わらずここまで心配をかけさせてしまって……」

 

「マシュがこうして無事ならいい」

 

 即答である。

 その答えを聞いてマシュは不謹慎だと考えつつもとても嬉しいという気持ちを抱いてしまった。

 彼女が生きてきた中で仁慈ほど自分を必要としてくれる存在は居なかった。だからこそ、嬉しい。自分が今最も一緒に居たいと思える人物がここまで自分を必要としてくれる。自分の存在を認めてくれる。これは生物としても人間としても重要なことなのだから。

 

「はぁー……。本当によかった」

 

「ご心配をおかけしました」

 

「ん、大丈夫」

 

 お互いに落ち着いてきたのか相手に回していた腕を解いて、笑い合う。ついでに仁慈はこの前の召喚で出てしまった儀式用の短剣を四本全部レフの方に高速で捨てた。

 

 

 

 

 ちなみに、仁慈が来る前から空気に徹していたロムルスは―――

 

 

「(………今はまだ私が出る時ではない(ローマ))」

 

 

 ――――――空気を呼んだ結果空気に徹していた。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ぐっは……!人間風情がぁ………!」

 

 

 マシュと仁慈がイチャイチャしており、ロムルスが空気に徹しているとレフが叩きつけられた壁からようやく出てくる。しかし、その身体は短剣やら黒鍵やら深紅の槍やらが生えており、人型版の針山のようでもあった。どう考えても無事ではない。

 レフは自分をこんな無様な姿にした仁慈を睨みつけるが彼はマシュと談笑に徹していた。その様子はお前など眼中にないと言われているようだった。

 実際は全く違うのだが。

 

「ロムルス!そこの人間と出来損ないのデミ・サーヴァントを――――」

 

 レフはロムルスを仁慈にけしかけようとするが、その言葉が最後まで言い切られることはなかった。何故なら、先程まで談笑していたはずの仁慈が無表情でレフの首にラリアットをかましているからである。

 これの所為で、言葉を紡げないだけでなくレフの身体は後ろに思いっきりのけぞり、そのまま重力に従って地面に倒れた。

 

「ゲフッ、ゲッホッ!一度ならず、二度までもこの私に屈j――ぐはっ!?」

 

「………」

 

「あまり調子n―――ゲフッ!?の、乗るなよ人g――ぎぃ!?」

 

「…………」

 

「ちょ、ゲホッ!?まっ、グハ!?ゲフ!?ゴホッ!?」

 

「………」

 

  

 これはひどい。

 地面に仰向けに倒れたレフは、当然ながら仁慈を罵ろうとするのだが、そこで仁慈が待ったをかけているのだ。具体的には一発一発殺意を持って腹に踵を振り下ろしている。おかげでレフはまともに話すことすらできていなかった。しかも、ここまで仁慈は完全な無表情である。

 

「ウボァー………ええい!いい加減に――――ブロゲショッバッ!?!?」

 

 いい加減やめさせようとレフが立ち上がろうとした瞬間、仁慈は標的を腹ではなく首に変え、美しい回し蹴りを脊髄に叩き込んだ。

 再びボールのように吹き飛ぶレフ。追い打ちに今度は通常の槍を二本投擲していた。槍はちょうどレフのスーツに突き刺さり、張り付け状態にする。

 

 そして仁慈はそのまま、壁に張り付けにされたレフで八極拳の練習を始めた。その様子に流石のマシュもドン引きだった。

 一撃一撃を打ち込むごとにレフが張り付けられている壁に罅が入っていき、二十にも届かない当たりで壁が崩壊し、レフは解放された。最も、その様子は無事とは言えるものではなく身体も服もボロボロだった。

 

 マシュが確保されようが言葉が言えるようになろうが、はじめから唯一つ変わってないことがある。それは、仁慈は未だブチ切れているということだ。

 だからこそ、彼には珍しく正面から、嬲るように攻撃しているのである。

 

 

「ち、調子に乗るなよ……人間。このレフ・ライノールが貴様らのような凡庸な人間に負けるはずがない………貴様らに特別に見せてやろう。王の寵愛を受けた私の力を!」

 

 

 仁慈専用のサンドバッグと化していたレフは、今までの憎々しげな表情を一転させて笑い、自身の身体を変貌させていく。

 

 

 

 

 

 そうして、変身が終わった時、そこに居たのは圧倒的な存在感を持つ存在だった。

 元々人型だったとは思えないそれは一言でいうなら肉の柱という表現が一番しっくりくるだろう。それに隈なく不気味な目玉がついている姿を想像すれば大体それが変身後のレフの姿だ。

 

 その姿を見たマシュは感情や頭ではなく本能で感じ取った。

 これは自分たちとは次元が違う生き物だと。

 サーヴァントや幻想種ではない、本物の化け物なのだと。

 

『改めて自己紹介をしよう。私はレフ・ライノール・フラウロス。七十二柱の魔神が一柱である!樫原仁慈。ここで自らの所業を悔いながら、苦しみ逝け!!』

 

 圧倒的な強者からの言葉を受けた仁慈はマシュに下がるよう手で指示を出したのちに嗤った。

 

 

「キキ、キシシシシシシssssss!!!アッハハハハハッハアハハハhッハアハ!!!!」

 

 

 再三繰り返すが、マシュを取り戻したからと言って仁慈の怒りが衰えているかと言われれば否である。

 むしろ凌辱なんて無駄なことをしようとした所為で余計怒りは増していると言ってもいい。だからこそ、彼は嗤っているのである。

 別に人型だろうと肉柱だろうと、仁慈のやることは変わらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

やめて!仁慈のキチガイ攻撃で魔神柱をばらばらにされたら、魔神柱と化しているレフまでばらばらにされちゃう!お願い死なないでレフ!あんたが今ここで倒れたら、人類の焼却はどうなっちゃうの!?
HPはまだ残ってる!ここを耐えきれば、仁慈に(十万分の一で)勝てるんだから!

次回「レフ死す!」デュエルスタンバイ!



……正しい次回予告の使い方をやってみました。


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バーサーカーソ〇ル

これはひどい。


 マシュは今仁慈とレフ・ライノールの戦いを黙って見ていた。デミ・サーヴァントとしては異例の事態だが、そもそも仁慈自体がマスターとして異例なのでそこまで問題ではなかった。

 それはともかく、問題は彼女の目に映し出されている光景である。

 

 王の寵愛という言葉を残して変身を遂げたレフの存在感は圧倒的だった。見るだけでも人の精神を削っていくような外見と、存在感に見合った内包魔力の存在をはっきりと感じることができたのである。

 マシュはもし、自分が一人で対峙するのであれば確実に心が折れるだろうという確信を抱いてしまった。

 

 だが、人類最後のマスターにしてマシュのマスターである仁慈は表情を変えるどころか、嗤いながら正面から肉の柱と化したレフへと構えていた。いや、それだけではない。対峙するだけではなく、レフ曰く魔神柱と化した相手に対して圧倒的な強さを見せつけていた。その様はもはや戦闘とは言えない。蹂躙……と言い換えた方がいいのかも知れない。

 

『マシュ!マシュ!?無事だったかい!?』

 

 一人の人間が魔神柱を蹂躙するというショッキングな映像を呆然と眺めていると、ロマニが通信越しにマシュの心配をして声をかけてきた。彼も、仁慈暴走の原因を知っている人物なのだ。当然マシュの安否を気にしていた。

 

「あ、ドクター。私は大丈夫です。体調面、精神面ともに良好な状態です」

 

『はー………よかったぁ~。……ん?アレ?でも、仁慈君は?』

 

「先輩ならあそこです。今映像を送りますね」

 

 マシュは手慣れた様子で仁慈の戦闘映像をカルデアに送る。すると通信越しにロマニの大きな驚きの声が聞こえてきた。ちょっとだけ音量が大きかったため、マシュは耳を塞いだ。

 

『な、なんだアレ!?魔力も、その在り方も、普通のサーヴァントや幻想種たちと異なるんだけど!?マシュ、あれは何!?』

 

「ドクター。興奮するのは別に構いませんが、音量を下げてください。耳が痛いです」

 

『す、すまないね。……フゥー。それで、あれは一体?』

 

「あれはレフ・ライノールです。彼曰く、王の寵愛を受けた結果があれだそうですよ。先程、自信満々に自己紹介してました。『改めて自己紹介をしよう。私はレフ・ライノール・フラウロス。七十二柱の魔神が一柱である!』と」

 

『無理してまねしなくてもいいよ。違和感すごいから。……それにしても、七十二柱の魔神にフラウロス、か』

 

 マシュからの情報に気になるところがあったらしいロマニは、自身の気になったワードを口に出して頭の中で考えを組み立てる。

 

「やはり、ドクターもそこが気になりますか」

 

『うん。考えたくはないけど、七十二柱の魔神でフラウロス……さらに王と来てしまえばレフ・ライノールの言うあの方の正体の目星はついたね。はぁー……。尊敬してたんだけどなぁ………』

 

 どうやらレフは再び余計なことをしてしまったらしい。

 仁慈を覚醒させるだけでなく、自分の親玉の正体のヒント(ほぼ答え)まで残していったようだ。心中ロマンは、実は彼が味方なのではないかと若干思い始めている。冗談半分でだが。

 

『それにしても……今の言葉が本当なら仁慈君の強さは本当に凄まじいね』

 

「そうですね。もはや、私たちサーヴァントなんて要らないんじゃないかと思ってしまいます」

 

 ひと段落付いたロマニとマシュはそうして仁慈とレフの戦いに再び目を向けた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 マシュとロマニが話し始める少し前、先に動いたのはレフだった。

 魔神柱となり、機動性を完全に失った代わりに彼は王から授かった圧倒的な力を見せつけるために、まず仁慈をひと睨みした。

 体全体にくまなく存在するイクラのような目に見られた仁慈は本能的にその場を飛びのく。するとその直後、仁慈が先程まで立っていた地点が爆発したのである。

 回避してホッとしたのもつかの間、すぐに別の目が仁慈を捕らえその爆発の中へといざなおうとする。仁慈は身体能力強化と、魔力放出の二つが生み出す変態的機動でそれらをさばききっているが、このままではじり貧だろうとレフは考えていた。実際は、聖杯のバックアップを受けている仁慈に魔力切れは起きないに等しいので見当はずれなのだが。

 

『フハハ!逃げるので精一杯か!?どうした、遠慮せずに反撃に出ていいのだぞ!!樫原仁慈!』

 

 次々と爆発を起こしながら、逃げ回る仁慈を嘲笑うレフ。しかし、仁慈はその表情を全く変えない。

 しばらくレフの様子と爆発の規模、速度を測っていた仁慈はついに反撃に出た。

 

 今まで抑えていた出力を開放して、レフの目に止まらない速度で移動をし、がら空きの胴体に魔力で強化した蹴りを叩き込む。

 だが、これに対してレフは大した反応を見せなかった。仁慈はいったん距離を取ると今までの情報からレフの大まかな強さを計算していく。

 

『この姿になった私に人間の攻撃など、通じるわけがないだろう!さぁ、何もできないまま死にゆく恐怖を感じるがいい!』

 

 キャラを投げ捨て、理性も若干投げ捨てているレフが再び無数の視線を仁慈に送る。一方仁慈はもはや見切ったという手慣れた様子でそれを回避すると頭の中で出た結論に基づき行動を開始することにした。

 

 四次元バッグからフェイク・ゲイボルクを呼び出すと、仁慈はそれに魔力を回す。これは彼が大量の敵を殲滅するときに行っていた行動だが、今回は違った。

 

 ここで一つこの槍について話をしよう。

 この槍はかのゲイボルク職人である某影の国の女王が作り出した失敗作だ。しかし、普通のゲイボルクよりはランクが落ちるものの立派な宝具なのである。最初の方は、彼が槍に認められていなかったためその真価を引き出すことができず、結果ダ・ヴィンチによる改造ということで宝具級の攻撃力を放てるようにした。

 だがしかし、仁慈の今までの所業と先の狂化がきっかけだろう。この不完全なゲイ・ボルクは彼を認めたのである。

 

 つまり、今から魅せるは、曲がりなりにも影の国の女王から授けられた槍の真価。

 科学と魔術が交差して物語が始まっちゃいそうなものへと改造されても、その根源までは変えなかった健気な槍の真の力。

 ある意味で、マシュよりも近くで仁慈の奇行を見守って来たものであり、ある意味で誰よりも彼の力となった物……その力が今、解放される――――

 

 

 

 

 魔力放出により、一気にトップスピードへと移行した仁慈はそのまま爆発を躱しつつレフに肉薄する。

 そして、槍の射程圏内に入ったとき、彼は体を引き絞って槍を構え、その真名を開放した。

 

 

「真名開放、宝具展開……!穿て!――――――貫き崩す神葬の槍!」

 

 

 静かに解放されたその宝具は先程仁慈の蹴りを拒んだ肉柱の内部に容易く侵入した。そして、その内包された膨大な量の魔力を一気に注ぎ込む。仁慈の魔力をその身に宿し、そして槍の性質をそれに搦めて敵の内部に注ぎ込む。

 

 神葬と謳っているものの、その本質は人外殺しである。

 仁慈がその槍を持って今まで打ち立ててきたことがここに来て真名開放を行った槍の性質を決めたのだ。これは失敗作として生まれてきたが故の弊害だが、ことこの場においては何よりも幸運なことだった。

 

 人外殺しの概念を纏った魔力を体の内側から流され、レフは自分の身体が猛毒に冒されているかのような感覚を味わった。

 

『ぐ、オォォオオオオオォオオオオオオ!?!?!?』

 

 その身を蝕む魔力の痛みからか、自身の身体から生やした目をギョロギョロとせわしなく動かしながら苦しみの叫びをあげる。

 やがて、魔神柱状態すら維持できなくなったのか、いつの間にか人間の姿に戻っていた。

 

「王wのw寵w愛wwwwwwwwwww。七十二柱の魔神wwwwwwww」

 

 これはうざい。

 人間状態になっても本質的に人外のレフは未だ自身の中で暴れている魔力に苦しんでいる。そんな中、仁慈は腹を抱えてレフを思いっきり煽っていた。それは未だ出番がないはずの某海賊を思わせるほどのうざさである。

 

「グ、ガァ……キサマぁ……!」

 

「wwwwwwwwぶっほwwwww。フゥー………面白かった」

 

 ひとしきり煽り、笑った仁慈はレフの身体に近づき、彼の身体から自分の魔力を回収した。そしてその後、回復魔術をかけて彼の傷を全快させる。

 これにはさすがのレフも罵倒すら忘れて困惑の表情を浮かべざるをえなかった。

 

「……どういうつもりだ?」

 

「ん?あぁ、回復させたことか。そんなの簡単さ。―――――――まだ殴り足りないから早く起きろってことだよ」

 

「」

 

 イイ笑顔だ。

 とてつもなくイイ笑顔だ。

 

 レフは今までの所業、発言、その他諸々を初めて後悔した。こんなことになるくらいなら大人しく自分の呼び出したサーヴァントにレ/フされた方がマシだったと、大宇宙の電波を感じながら思った。

 

「まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ!」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

「あきた」

 

「」

 

 数十分後、そこには真っ白に燃え尽きたレフの姿があった。

 本当に色々試した……。

 再び魔神柱と化したレフの目玉をすべて潰して攻撃手段を奪ったあと、どの攻撃が効果的なのかを検証したり、ひたすら打ち込みをしたりと色々やらせてもらった。

 

 おかげで大分怒りは収まった。うん。すっきりすっきり。

 やることもやった俺は死に体のレフを蹴りながら運びマシュのところに戻って来た。

 

「お待たせー」

 

「先輩がものすごいイキイキしてます……!」

 

『あの眩しいばかりの笑顔の下には死に体のレフ・ライノールが居ることを考えるととんでもなく怖いんだけどね!』

 

 今は機嫌がすごくいいから気にしない。

 取り合えず、死に体のレフから聖杯を奪い取る。

 

「おい、もじゃ緑。お前、他に何か情報を話す気とかある?」

 

「…………誰が貴様らなんぞに話すか。人理復元などそもそも不可能なのだと、何故気づかない。それはもうすでに終わっていることなのだ」

 

「………ほかに話すことは?」

 

「ない」

 

「じゃあ死ね」

 

 魔力で強化した足でレフの頭を踏みつぶし、その死体をマシュの目の届かないところまで蹴とばす。この一連の流れはマシュの目と耳を塞いで行っているので問題はない。

 

『おい。おい人類最後のマスター。その容赦のなさはどうなの?こう、善良な一般市民として』

 

「どうせロマンも俺を常人とか思ってないでしょ。それに、これが教えだからね。仕方ないね」

 

 適当に会話をしつつ、俺は今の今までずっと空気だった褐色の男に視線を向ける。

 

「それで?あんたはどうする?俺から聖杯を奪ってローマを潰すか?」

 

「………そもそも、私の目的にローマの侵略はない。あれは先の男の目的であった」

 

「?」

 

「ローマは永遠だ。そして、それを証明するためには世界もまた永遠でなければならない。……ここで私が再びローマになってしまってはそれこそ本末転倒というものよ」

 

 なるほど。

 ローマは永遠。だからこそ世界も永遠でなくてはならない。ここで自分が暴れたら人理は崩壊し、ローマは潰えるからネロや今のローマをどうこうする気はないと。

 

「なら、このまま消えるのか?」

 

「――――――――だが、私がローマであるが故に、見極めなくてはならない。(ローマ)の愛し子である黄金の者が、ふさわしいものかどうかを」

 

「現皇帝を試すということか?」

 

「然り」

 

「殺そうとするのか?」

 

「否。私はローマがローマである確証があればそれでいい」

 

 しばし、無言の時間が続く。

 

「なら、決着は勝手につければいい。聖杯は手に入ったし、こちらの皇帝陛下もあんたとは決着をつけたそうだったしな」

 

「…………」

 

 褐色の男、レフにはロムルスと呼ばれた男は、俺が散々破壊した部屋の中で無事だった椅子に腰かけると、真っ直ぐとこちらを見た。

 

「…………ローマを証明するために私は待ち続けよう」

 

 その言葉を最後に、俺とマシュはネロのところへと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――帰った後、Xと清姫に無茶苦茶怒られた。

 

 

 




ぶっちゃけ、ロムルスとネロの戦いについては書かなくてもいい気がしてきました。

まぁ、要望というか、手抜きすんなコラァ!というのであれば書きますけどね。


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第二特異点 エピローグ

許しは乞わん。恨めよ。
今回の内容で批判される覚悟はできています。しかし、どうか手心を加えてください(土下座)




 

 

 

「………うむ、実に善きローマであった。我が愛し子よ」

 

 その一言を残し、この特異点最後の敵であるロムルスは消えた。

 あとに残ったのはロムルスを見送り、瞳に涙をため込んでいるネロとそれを遠目で見ていた俺達カルデア勢だけだった。

 

 

 

 レフを屠った後、俺はXと清姫に説教されつつネロにロムルスが待っているという旨を伝えた。ローマを作り上げた神祖ロムルスが敵としていたことに酷い動揺を覚えていたネロだったが、それを自力で払いのけ、自分が先陣を切ってロムルスとことを構えることを決めた。やはり、こういった決断がすぐにできるあたり、彼女は上に立つ者だと思った。

 

 そうして、一日を準備に費やしたのちにネロは連合帝国の本拠地へと乗り込みロムルスと刃を交えた。

 まぁ、ロムルスは話に聞いていた通りネロを殺す気はなく、あくまでローマを任せてもいい者かを確かめるように戦っていたが、それでもその強さは圧倒的だった。神の子どもだけあって肉体面では覆しのないほどの差があるのだ。

 だが、ネロもネロで中々に人外じみた逸話が残っているからか粘りに粘った。どれだけの差があろうとも決して剣を下ろさず戦い続けたのである。

 

 そのことを確認したロムルスは最期の試練として自身の宝具を開帳した。すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)。真名開放をした際のその宝具は、過去・現在・未来のローマで敵を押し切る圧倒的な物量兵器なのだが、今回は試すというだけあって、樹木の操作だけだったがそれでも十二分に脅威となる質量兵器である。その樹木もローマを守護する大樹から来ているのだから。

 

 一方それに対抗して彼女が行ったのは、世界の上書き(建築)

 かつて自身が作った建造物を魔力で作り出し、自分の都合のいい舞台を作り上げる、どこかの誰かさんとは似て異なる大魔術。

 彼女はそれでロムルスの大樹を上書きして消して、自身こそが現皇帝だということをしっかりと示したのである。それを見てほんのわずかにロムルスが表情を緩めたのは物凄く記憶に残っている。

 

 彼自身も自分が圧倒的に不利となる舞台で大立ち回りを演じるが、元々戦いに掛ける意気込みが違うためにロムルスは敗れたのであった。最も、それが本当の望みに近いものだったというのだから勝てた気がしないんだけれども。

 

「………」

 

「神祖ロムルスの消滅を確認。これでこの時代の修正も完了ですね」

 

「そうだなぁ。元々聖杯は昨日かっぱらったし、本来ならそこで終わりのはずなんだけど……あのローマが頑張ってたからなぁ……。ほんと、神祖は伊達じゃないわ」

 

「ぬ!?おい、マシュ!仁慈!そこの白子と帽子も!か、体が消えとるぞ!」

 

「誰が帽子ですか。私が消える前にその無駄にたわわに実った乳房をそぎ落としますよ」

 

「白子とは……新鮮ですわ」

 

「言うとる場合か!?もしかして、そなた等も神祖や伯父上のように消えるのか?」

 

「……はい。私たちもこの世界にとっては異物ですから。歴史が正された以上、いなくなることは当然の結果です。ここで起きたことももう少しでなかったことになるでしょう」

 

 マシュの言葉にネロはその表情を悲しみ一色に染め上げる。今さらだけれども本当に感情豊かな人だな。

 

「そうか、そうか……。それは正直に言ってすごく残念だ。無念だ。余はまだ、そなたらに何の報奨も与えてないのに」

 

「別にもうこれを貰っているから、他のものはいいよ」

 

 そう言ってレフから奪い取った聖杯を見せる。

 これでも一応万能の願望機だから報奨としては破格のものと言ってもいい。これを貰っておきながらさらにネロから何かを貰おうなんてガメツイ性格はしていないつもりだ。最も、ここでもらっても持って帰れないけど。

 

「……ならよい。確かにそなた等との別れは惜しいが、かといって悲痛な面持ちで最期を飾ることもあるまい。――――だから、礼だけ言わせてもらおう」

 

 ここで一度言葉を切ると、ネロは今まで見てきた中で最上の笑顔を浮かべながら、言葉を紡いだ。

 

「―――ありがとう。そなたたちの働きに、全霊の感謝と薔薇を捧げよう!」

 

 その言葉を最後に俺たちはその世界から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり。オルレアンに引き続いて聖杯の回収お疲れ様」

 

「どうも。あ、ダ・ヴィンチちゃんこれ、回収した聖杯ね」

 

 カルデアに帰還するとロマンとダ・ヴィンチと所長が居たのでそのうち二人に言葉をかける。え?所長?彼女の方から話しかけてくることができたら考えます。

 

 くだらないことを考えつつ、俺はダ・ヴィンチちゃんに聖杯を投げる。彼女はそれを普通にキャッチすると鼻歌交じりに管理室を後にした。

 

「ちょ、聖杯を投げるとかやめてくれない!?小心者の僕が死んじゃうよ!ストレスで!」

 

「聖遺物なんだから落としたくらいで壊れたりしないでしょう。多分」

 

「ここに信者が居たら完全に怒り狂いますよ……」

 

 マシュに呆れられたことにより、俺とロマンは一端話を止める。そして、ロマンはすぐに真面目モードに切り替えてから再び口を開いた。

 

「さて、軽口はここまでにして。本当にお疲れ様。今回のレイシフトは得るものがとても多かったよ。なんせ、レフ・ライノールが慢心で様々なことを教えてくれたからね」

 

「何で、あんな感じの奴らはこぞって自分の正体を言いたがるんだろうね。本気で理解できない」

 

「そりゃ、自己紹介の代わりに暗殺してくる君にはわからないだろうさ」

 

「先輩、ドクター。話がずれています。……ドクターが言っている情報とは、フラウロス、七十二柱の魔神……そして王の寵愛というところでしょうか?」

 

 マシュの考えにロマンは静かに頷く。

 

「そう。そのワード。そこから導き出される答えはもうほとんど決まったも同然だ。あそこで仁慈君たちを殺す気満々だったレフはおそらく嘘はついてないとは思う」

 

「ということは……」

 

「あぁ。レフ・ライノールの言う、あの御方とは十中八九魔術王ソロモンだろう」

 

 こんな早くからラスボスの正体がわかっていいのだろうか。と思いつつも、ロマンが必要以上に落ち込んでいる姿をぼーっと見ていた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ローマの特異点から帰って来た次の日。

 再びいつの間にか持っていた聖晶石を手に抱えて召喚システムフェイトの部屋に向かう。今回は黒鍵祭りを気にして、二回しか回さないつもりだ。しかし、その二回だけでも俺は自信に満ち溢れていた。何故なら今回、俺には心強い味方も来てくれているのである。

 

「どうして私は呼ばれたのでしょうか?」

 

「そこにマシュが居たからさ」

 

「意味が分かりません」

 

 いや本当なんだよ。

 我らが癒しにして大天使マシュが居ればなんとなくいい引きになるような気がしなくもなかったので連れてきました。実際彼女が居てくれることにより俺の意識がフェイトの方に向かず物欲センサーをスルーできる可能性がある。

 ………人類の未来とか、その他諸々がかかているんだから、物欲センサーも休暇取れとも思うけど、奴らは日本の社畜の如き働きを見せるからこうするしかないのだ。

 

「まぁ、居てくれるだけでいいから」

 

「わかりました。先輩の絶望を、このマシュ・キリエライトがしっかりと見届けます!」

 

「引く前から嫌なこと言うのやめてね?」

 

 などなど言い合いながら一回目の召喚を開始する。

 相変わらずシンクロ召喚に似通ったリングが出現し、溢れ出る光が人の形をとる。そこから現れたのは、

 

「やぁ。セプテムではほとんど出番がなかったブーディカさんだよ」

 

 ブーディカさんだった。

 

「えっ!?ブーディカさん!?」

 

 これにはマシュもびっくりである。

 しかし、当の本人はそんな驚きの表情を浮かべるマシュに抱き着きながら俺に説明を行ってきた。マシュを抱き枕にするとかなにそれうらやま。

 

「ほら、言ったでしょ?私とこの子たちは縁があるって。その伝手だと思うよ」

 

「ふむふむ。まぁ、知っている人で良かったですよ。これからよろしくお願いします」

 

「おねーさんに任せなさい!」

 

 マシュに抱き着いた状態で言われても……。

 なんて思いつつ、第二回目の召喚を決行する。目の前に広がった光景は先程と同じくレベル3モンスターを素材にシンクロ召喚をするかのごときものだった。つまり出現するのはサーヴァントということだ。

 ブーディカさんの時と同じようにその光が、人型へとなっていく。

 

 そうして現れたのは

 

 

 「――――――――――」

 

 

 褐色で白髪の人物だった。

 

 

 

 その人物は自分の身体と、周囲を一度見まわし、そして俺の方を見てくる。

 その後、無表情気味だったその表情を緩めて口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「サーヴァント、アーチャー。召喚に応じて参上した」

 

 

 

 

 そう、その人物とは、黒化した状態であっても一度冬木で会った人物。俺に弓を教えてくれた(ただしそこまで活用していない模様)師匠の一人である、エミヤだった。

 

 「………休暇はしっかりととれましたか?エミヤ師匠」

 

 「あぁ、十分すぎるほど休ませてもらったよ。しかし生憎、私は生粋の日本人だったようでね。逆に苦痛に思ったくらいさ」

 

 「社畜の鏡ですね」

 

 「フッ、ま、だからこそこうしてカルデアに来たのさ馬鹿弟子。いや、今はマスター……と呼んだ方はいいのかね?」

 

 「気持ち悪いのでやめてください」

 

 「くくっ、そうかね?……まぁ、そこらの話はあとにしよう。この身は贋作者なれど、その培った経験と戦闘力は本物であると君の下で証明してみせよう」

 

 「えぇ、期待してます」

 

 

 こうして、カルデアはまた一段とにぎやかになった。

 ついでに俺の労働(家事)も減った。

 

 エミヤ師匠まじバトラー。

 

 

 

 

 

 




エミヤとブーディカを召喚した後日



クー・フーリン「ハンッ!残念だったな!マスターは既にこっち側(槍を使う者)なんだよ!」

エミヤ「何ッ!?この馬鹿弟子、よりにもよってアレに誑かされるとはどういうことだ!?」

ダ・ヴィンチ「なんだ?┌(┌^o^)┐か?┌(┌^o^)┐なのか!(わくわく)」

マシュ「モホォ……?」

オルガマリー「………(チラッチラッ」

X「フム……マスターの総受けとは、その発想はありませんでした」

清姫「安珍様ぁ……?同じ過ちを繰り返そうというのですかぁ?」

仁慈「お前ら(マシュを除く)纏めて串刺しにするぞマジで」(槍を取り出す)


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幕間の物語Ⅲ
エミヤ師匠の華麗なる一日 だいじぇすと


アーチャーの主力がアルジュナ君しかいない私としては、単体アーツのクロは救世主です(唐突)


 

 

 

 

 ついこの間、召喚された英霊エミヤ。人類最後のマスターにして人類最大のキチガイで常識はずれな化け物の師匠の一人であり、冬木にて仁慈の楔を抜き放ってしまった張本人である。遠回しに、自分のことを酷使してきたモノに復讐しているとしか思えない行動である。

 

 それはともかく、そんなエミヤの一日は割と早くから始まる。英霊とはその名の通り生きているものではなく睡眠や食事も基本的に必要としない。だからこそ、誰も起きていないであろう時間から活動を開始するのだ。

 

 そうして早々に活動を開始したエミヤは仁慈が来るまで全く使われず、何のために取り付けたのかと思える台所に向かって朝食の用意をした。

 三十分ほど下準備をすると、人類最後のマスターである仁慈も台所に姿を現す。昼食や夕食ならともかく朝食を作るのは時々な仁慈が台所に来るのは珍しいことと言えた。

 

「こんな朝早くからどうしたのかね?まさか料理の匂いに釣られてつまみ食いしに来たわけじゃないだろう?」

 

「ヒロインXじゃないんですから……そんなことするわけないでしょう。というか、俺は貴方の側ですよ?生産できる消費者ですから」

 

「あぁ………そういえばそうだった。すまない。今の今まで君のような人間は私の周りには居なかったのでね」

 

 遠い目をするエミヤ。その表情からはいい思い出と取るか苦労話と取るかという葛藤が見て取れた。その表情から、仁慈も彼の心情を察してそれ以上追及することをやめた。仁慈だって戦闘時が特別おかしいだけで普段は常識を持っているのである。多分。

 

「まぁ、エミヤ師匠が来てくれて本当に助かってますよ。おかげで負担が減りました」

 

「そうだろうな。その気持ちは痛いほどわかる。なんせ私もそうだったからな」

 

 不思議と、ここで会話をしているとお互いのテンションが下がっていくのである。そんなこんなでエミヤの華麗な一日が本格的に始まるのである。

 

 

 

 

 

 朝食を終えて、仁慈と共同でその他の雑用を終わらせるとエミヤはカルデアにある訓練場に向かう。

 そこには既に先客がおり、仁慈が初めて呼び出したサーヴァントである。ヒロインXとクー・フーリンが仁慈と打ち合っていた。二対一で。サーヴァント二人掛りでマスターと。

 常人なら度肝を抜かれるような光景であるが、カルデアに来てから訓練されたエミヤはそのくらいでは驚かない。

 もちろん、来た当初は、冬木のこともあり久しぶりに稽古をつけてやろうと仁慈と戦ったが、あの時とは似ても似つかない仁慈の様子に終始圧倒されっぱなしだった。ぶっちゃけいうと油断して負けた。そのこともあり、今さらサーヴァント二体を相手取ろうと奴ならやりかねないと考えているのである。

 

「ちょっとこれどうなっているんですか!?マスターに一太刀も浴びせられてないんですけど!?」

 

「俺が知るか!つーか、お前の方が詳しいだろ!マスターがここまで強くなったのはこの前の特異点から帰って来てからじゃねえか!いったい何があったんだよ!?」

 

「いつも通り過ぎるくらいいつも通りでしたよ!」

 

 醜い争いを続ける英霊二人。仁慈はそんな彼らの隙を突き、真名開放をしていない槍で一気に二人を吹き飛ばした。

 

「言い争うくらいなら別々でやろう。思いっきり二人で邪魔しあってるじゃん」

 

「普通はお互いに邪魔しあっていてもあしらえないはずなんですけど!?くっ、流石マスター。意味が分かりません……!」

 

 Xの言葉にエミヤは心底同意した。というか、その感情に関してはこの場にいる誰よりもエミヤが実感している。仁慈の師匠として、彼の小さい頃のことを知り、影の国の女王のようにキチガイへの切符を渡したわけでもないのだから当然と言えるだろう。

 ちなみに、エミヤは仁慈の存在と同じくらいXのことを意味が分からないとも思っていた。

 

 それはともかく、エミヤは戦いを終えた仁慈の方に近づくと、自身が愛用している弓を投影して彼に話しかけた。

 

「久しぶりに見てやろう」

 

「おー、いいですね。最近は全く使わないんですけど、だからと言って錆び付かせていいわけじゃないですよね」

 

 そんなやり取りをしているとそこに異論を唱える者が現れる。先程仁慈と戦っていたクー・フーリンだ。

 

「おい、弓兵。出しゃばるな。今は俺と戦ってるんだ。てめぇの出る幕じゃねえ」

 

「フン。あれほど無様に吹き飛ばされたにも拘わらずそんな口を叩けるとは……流石は大英雄だ。私では到底真似できん」

 

「んだと!?」

 

 肝心の仁慈そっちのけで言い争いを始める二人。

 この光景も何度も見ているからか、仁慈の対応は鮮やかかつ迅速だった。

 

「じゃあ俺Xと組むので二対二でやりましょう」

 

『なにっ!?』

 

 ぐちぐちと文句を言う二人に対して、Xと仁慈の不意打ち卑怯はウェルカムのド外道コンビは情け容赦なく襲い掛かった。

 

 

 

 

 仁慈達との訓練(笑)を無事に乗り切ったエミヤだったが、その表情は硬かった。いや、むしろ先ほどの訓練よりも険しい雰囲気をかもしだしている。

 その場には仁慈とエミヤと同じくしてカルデア入りを果たしたブーディカも居て、どちらもエミヤと同じようは雰囲気を放っている。

 

「さて、二人とも覚悟はいい?」

 

「うん。大丈夫だよ」

 

「問題はない。いつでも始められる」

 

 仁慈の問いかけに答える二人、それを見て仁慈は宣言した。

 

「これより夕飯の支度に入る。ここ最近、料理を作れる人が増えたからか、Xがどんどんギアを上げてきている………俺達もそれに対抗していかなくてはならない。さもなければこのカルデアはXによって滅ぼされる」

 

「似たようで違う存在でもここ(ハラペコ)は同じとは、な」

 

「いやーいっぱい食べることはいいことだけどさ。限度ってもんがあるよね。流石に」

 

 仁慈の言葉を誰も疑いはしない、確実にあり得ることだと彼らは認識していた。

 

「さぁ、俺たちの聖戦(調理)を開始しよう」

 

 その宣言と共に各々が己の戦いへと入っていった。

 

 

 彼らの料理はこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。どうやら今日も無事に乗り切れたようだ……」

 

 疲れを明日に残さないために仁慈を先に眠らせたエミヤは一人で大量の食器と戦いながら一人呟く。

 これが彼が来てからのカルデアの日常だった。

 

 数日前来た時にはこのカルデアで起こること一つ一つにリアクションを取り、ツッコミを入れていたのだが、一日が数十日ばりの密度を持っているために、彼はもう慣れてしまった。

 Xの対応も今では慣れたものである。主に彼女があんなのなわけがないと言い聞かせただけなのだが。

 

 そんなにぎやかであり得ないようなカルデアの日々を思い浮かべつつ食器を片付けた彼はエミヤはしばらく仮眠を取りつつ、再び朝食の準備を行うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




三章をやるかイベント編をやるか……迷いますね。

活動報告でまたアンケートでも取りましょうか。


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ハロウィンイベント お祭り素人が行く、カボチャの城編
パーティーの始まり


三章を前に、イベント編を始めることにしました。
ストーリーにしか興味がない、という方には申し訳ありません。

こ、これもFGOリスペクトと取っていただければ……(言い訳)


 

 

 

 第二特異点を無事に復元して帰って来てからというもの、しばらくの間は次の特異点に向かうことはできなかった。発見は一応できているのだが、どこか不安定らしくその状態で送っても無事に到着する確率はゼロに等しいらしい。失敗したら最後、カルデアに戻る事もできずに消滅ENDを迎えるとはダ・ヴィンチちゃんの談。

 

 そこまでのリスクを背負ってまで第三特異点に行く気になれない俺たちは、しばらくの間それぞれが好き勝手にカルデアで過ごしていた。

 

 当然今日も今日とてそういう感じで過ぎていくのだろうと、朝食の食器を洗いながら考える。しばらくして、全ての食器を洗い終え、台所を後にすると後ろからマシュが小走りで近づいてきた。可愛い(確信)。

 

「先輩先輩。とても丁寧で奥ゆかしい封筒が届いてますよ。あて先は先輩です」

 

「………なに?」

 

 マシュの口からこぼれた言葉に思わず首を傾げる。

 俺に封筒が届いた?それは一体どういうことなのだろうか。こうしてカルデアで生活していると忘れてしまいそうになるが外の世界はとっくのとうに滅ぼされていて、人類も俺たちを残して他にはいない。

 ここで一緒に生活をしている以上は、こういった感じで封筒を遠回しに渡す必要もないのだ。にも、拘わらず俺に封筒が届いた。しかも差出人は不明……。正直に言おう。超怪しい。危険物……とまでは言わないけれど、それに似た匂いを感じる。

 

 マシュの言った通り、無駄に丁寧な封筒を観察してみると、そこには「ハロウィンパーティーにご招待!」と書かれていた。どうやら、これはハロウィンパーティーの招待状らしい。これを見てますますわからなくなった。本当にどっからやって来たんだろうか。この招待状は。

 

「ハロウィンパーティーですって。どうしますか?先輩」

 

 怪しげに招待状を睨んでいる俺の下からひょっこりと覗き込んでくるマシュが問う。自然的に上目遣いを行っている天使系後輩デミ・サーヴァントに戦慄しつつも俺は管制室に向かうことにした。

 こういったものの犯人は大体ロマンかダ・ヴィンチちゃんって相場が決まっているからな。とりあえずロマンの方から潰していこう。

 

「にしても、ハロウィンなー」

 

「急に遠い目をしてどうしたんですか?」

 

「ほら、ハロウィンって元々ケルトが行っていた行事でしょ?」

 

「はい。年末を祝う日でしたよね」

 

「そう。だからね、ハロウィンにいい思い出はないんだ」

 

「……?」

 

 何が何だかわからないという顔をするマシュ。まぁ、普通に何の事情も知らない人からすればケルトの祝い事だから何だって話になるよね。だが、残念ながら俺にとってはそれが何よりも重要なのである。

 今でこそ正体が分かった槍師匠がハロウィンの日にマントを携えたかぼちゃを大量に召喚して俺に刈らせてきたのだから。しかも一体一体が無駄に強い。油断したら普通に死ねる。そんな感じだった。

 あの人、一週間しか戦い方を教えていない俺にそこまでしたんだよ……。おかげでハロウィンはあまり得意ではない。

 

 地味に自分のトラウマ(?)を想起しながら管制室に行くと、そこには今日も必死こいて特異点を観測しているスタッフとロマン、所長が居た。スタッフへの挨拶もそこそこに、ロマンと所長の下へと向かう。

 封筒とその簡単な内容、そして俺宛というところを話すとロマンは物凄く軽い調子で答えた。

 

「いいね!なんかこういかにもイベント!って感じで楽しそうだよね!うちではこういうのやったことなくてさー」

 

「何を当たり前なことを言っているのかしら。ここは人類の未来を見通し、見守る機関で学校じゃないのよ?」

 

「そりゃそうですけど」

 

「それに、祭りなんて何がそんなに面白いのかしら?あれって要はぼったくりと詐欺が横行している汚い大人共の狩場でしょ?」

 

「考え方が卑屈……というより色々偏ってる……」

 

「先輩。きっと所長はそういうところに行ったことがないのでしょう。もちろん私もありませんけど」

 

「あー……所長はボッチだったから。一人でお祭りはきついよねー」

 

「ロマニ・アーキマン。誰がボッチですって?もう一回言ってみなさい?」

 

 相変わらずこの二人は勝手に喧嘩擬きに発展していくな。

 いつものなら放っておくのだが、今回はそう行かない。

 

「喧嘩は後でやってください。俺が聞きたいのはこれがどこから来たかってことです。今の話を聞いて二人じゃないことはわかりましたけど」

 

「多分、ダ・ヴィンチちゃんも違うと思うよ。あの手のタイプはこんな回りくどいことはしないで直接呼び出すか、乗り込むかするはずだから」

 

 納得。そしてその光景がありありと想像できるわ。

 所長もボッチでそもそも行事ごとにいい思い出も持っていないので無視。Xはパーティーを開くくらいなら飯を食うので除外。その他の人もいまいち理由に欠ける。

 

「とりあえず、中身を確認してみたらどうだい?」

 

「そうですね。そうしましょう」

 

「爆発しないわよね?剃刀入ってないわよねっ?『誰がてめぇなんて誘うかバーカ』とか書いた紙が入っていたりしないわよね?」

 

「最後のは実体験っぽいなぁ……」

 

 所長の闇を感じつつ中身を開く。

 

『前略、仁慈様。素敵なハロウィンパーティーのお知らせです。

 このたび、我が監獄城チェイテがリニューアル!

 クラシック&ドラゴニックな装いで食べちゃうぞー☆

 エレガントに、そしてワンダリングに。貴方を一夜の夢にご招待します。

 パーティー会場では世界各国から集められた素晴らしい南瓜料理と可憐なアイドルが歌う素晴らしいセレナーデと美麗な令嬢が歌うセレナーデ、そして至高のディーバのセレナーデが貴方をお待ちしております。

 ああ、誰もが心浮き立つ素敵な舞踏会がアナタのハートをバイティング&テイスティング。

 まさに身も心もデラックス!

 悪夢のような非日常な気分に浸りませんか?

 

 合言葉は『スイート・ブラッド・メルヘン・トーチャー』。

 早めの参加をお待ちしております。                        』

 

 

「これは ひどい!」

 

「あの丁寧な封筒から出てきたとは思えないくらい酷い内容だ……」

 

「どうして歌の部分を三回も強調したのでしょうか?物凄く不安なんですけど……」

 

「悪夢のような非日常って……やっぱり祭りは狩場だったのね……」

 

 若干一名ほど誤解が加速した気がしなくもないが、全員がその手紙の内容に疲弊していた。なんだこの内容は。見るだけで精神を汚染してくる手紙とか強力にして無慈悲過ぎるでしょう?

 というか、この文面から見てわかる残念臭と必要以上に歌に執着する人物を知っている気がする。確か彼女の名は、エリザb―――――

 

「やめるんだ仁慈君。それ以上はいけない!名前を認識してしまったら、それはもう確実にかかわることになるんだぞ!」

 

「……危ないところだったぜ」

 

 ロマンの冷静な判断によって俺の首の皮は一枚繋がった。

 しかし、

 

「あの、先輩。結局この招待には応じるのでしょうか?」

 

「ん?どうしてそんなことを?」

 

 どうやらまだ綱渡りは続いているらしい。

 名前を口にしなかったと安心したのもつかの間、今度はマシュが遠慮がちに口を開いた。

 

「あ、あの……。私のわがままなんですけど、こういった催しものは……その、行ったことがなくてですね……。興味があるのです。なので、先輩と一緒に行ってみたいなーなんて………」

 

「…………」

 

 なんという……なんという凄まじい破壊力……!

 先程も見せたあざとさを感じさせない上目遣いと、若干恥ずかしそうにしているしぐさと表情がこれ以上ないくらい俺の心を乱している……! 

 つい反射的にオーケーを出したくなってしまったぜ。

 

「さぁ、どうする仁慈君。正直今のマシュは殺人級の強さを誇っているよ?」

 

「フッ、決まっているじゃないですか。………マシュがそう言うなら行こうか」

 

「本当ですか……!ありがとうございます!」

 

 眩しいばかりの笑顔を振りまくマシュ。ふっふっふ、その顔を見ることができただけでもトラウマと不吉な予感を振り払ってまで行くと決意した甲斐があったというものよ。

 

「仁慈君……よし、僕も君の覚悟に応じよう!実はその手紙をたどって名前を言ってはいけない気がする彼女がいる場所は掴んでいるんだ」

 

「なんでこういう時だけ仕事早いんだ……」

 

 無駄な有能さを見せつけたロマンに呆れつつ、今もテンションが上がっているマシュに俺はこういった。

 

「じゃあ、一緒にお祭りへ行こうか」 

 

「はい!ぜひ、御指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

 

 こうして俺たちはエリz………名前を言ってはいけない気がする彼女の下へと向かうことになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(チラッチラ」

 

「……」

 

「(チラッチラッ……チラッ」

 

「所長も行きます?」

 

「……!?ふ、フン。私がそんな……ま、祭りになんて行くわけないでしょう!」

 

「そうですか。じゃあ、マシュ行こうか」

 

「で、でも!どうしても来てほしいと言うのであれば、仕方なくついて行ってあげるわ!」

 

「…………なら、どうしても行きたいので一緒に行きましょうか」

 

「しょ、しょうがないわね!(パァ……!」

 

「(仁慈君。よくやった。見事なまでの、大人の対応だ)」

 

 

 

 

 改めて、俺とマシュそして所長を加えた三人でパーティーに行くことになったのである。

 ……大丈夫だろうか。

 

 




大人になった仁慈君。
ちなみに三人では終わらない模様。


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ずれてるずれてる

タイトルに意味は特にありません。
正直、GEみたいに話数だけにしておけばよかったと後悔しています。


 

 

 

 

 

 

 

 「さて………」

 

 レイシフトを完了させた俺は改めて今回この怪しさ満点のハロウィンパーティーに訪れた人たちを見まわしてみる。まず一人、今回最もこの特異点の参加に意欲的だったマシュ。彼女はレイシフトをした今、周りに広がる光景が珍しいらしくしきりに目を光らせている。可愛い。

 

 次に視線を移すと、俺の後ろでおびえつつ周囲を見回しているオルガマリー所長。森の隙間から見える幽霊っぽいものを見つけるたびに体を震わせて涙目になっている。この調子で大丈夫だろうか。

 

 そして最後の一人は俺の横でニコニコと笑みを浮かべて佇む清姫である。周りに幽霊が居ようとも所長が俺の後ろに隠れて居ようとも、マシュが静かにテンションを上げて居ようともその態勢を崩すことはなかった。

 改めて、今の状況を分析して思うことは……大丈夫なのだろうかこの面子は。とんでもなく不安なんだが。

 

 ちなみに、他のサーヴァントがついてこなかった理由は以下のような感じである。

 

クー・フーリン

「いや、ぶっちゃけハロウィンとかさ。過去の出来事からしていい予感が全くしねえんだよ。だからパス。マスターもわかるだろ?あれの所為だよ」

 

エミヤ

「一応、サーヴァントが全員出払ってしまってはいざという時に困るだろう。それに家事を行える者はとても少ない。わずかな間とは言え、ここを無防備にするのは忍びない。マスターも私の御守が必要というわけでもないだろうし。しっかりと楽しんできたまえ(それに、複数の女性というのはあまりいい予感がしないのでね)」

 

ヒロインX

「勘です。確かに、最初はおいしいごはんやお菓子にありつくことができるでしょう。しかし、私の直感スキルが叫んでいるのです。それ以上にやばいものが後々待っていると。なのでマスター。食べれるお土産を希望します!」

 

ブーディカ

「ほら、お姉さんがマシュの邪魔をするわけにはいかないしさ。皆で楽しんでくると良いよ。あっ、でもあまり遅くならないようにね?」

 

 

 以上である。

 これはひどい。俺のストレスがマッハで過ぎていく気がするが、こう言ったら普段からストレスをかけられている分ですとか言われそうなので言わないけど。

 

「とりあえず、この森に居てもわかるくらい大きなあの城に、名前を言ってはいけない気がする彼女が居ると思うので、あそこを目指そうと思います」

 

「異議はありません。……早くいきましょう?先輩。このちょっと怖いけど、わくわくする感じがとても面白いです……」

 

 めっちゃウズウズしてる。

 抑えきれないくらいに荒ぶっていらっしゃる。ここまでテンションの高いマシュは初めてな気がするのですごく新鮮だ。

 周囲には幽霊っぽい奴らがせわしなく動き、ジャック・オー・ランタン(俺のトラウマ)がゆらゆら飛んでいるけどな。

 

「ち、ちょっと。この森で迷わないように私が手を握っていてあげるわ。さ、さぁ……手を出しなさい」

 

「素直に怖いから手をつないでって言えばいいのに……」

 

「にゃ、にゃにおう!」

 

「所長。キャラ。キャラが崩壊してますよ」

 

 こっちはこっちで抑えきれないくらいに荒ぶっていらっしゃる、主に恐怖で。仕方がないので彼女の手を左手で握ってあげつつ森を進んでいく。

 

「………まぁ、これは見逃してあげますわ。広い器を見せることも正妻としての役目ですもの」

 

「俺は一人もそういう相手は居ないからね?誰とも将来を誓い合ったりしてないから」

 

 そもそも俺は法律的に結婚できる年じゃありません。法律を適用しているところは既にないけれども。清姫も、英霊化しているとはいえ十代前半だし手を出したら速攻でお縄だ。その組織もいま燃え尽きてるけど。

 

『それにしても、予想以上に本格的だったね。これは少々油断していたようだ』

 

「そうですね。なにザベートさんのことですから、もっと適当だと思っていたんですけど……予想以上の雰囲気です!」

 

「さらっと毒吐いたわよこの子。えっ?マシュってこんな子だって?」

 

「大体あの緑帽子と旦那様(ますたぁ)のせいですわ」

 

「おのレフ」

 

 今は亡きレフにすべてをなすりつけつつ、へっぴり腰で中々進まない所長を引っ張りながらどんどん森を進んでいく。というか、所長。少しは自分で歩いてくれませんかね?これもう俺が引きずっているのと大差ない状態なんですけど。

 

「だ、だだだだって!骸骨が!カボチャが!踊っているのよ!?」

 

「貴方もあの骸骨たちの親戚みたいなもんでしょうが」

 

「イヤー!!」

 

『――!?仁慈君!所長で遊んでいる場合じゃないぞ!少々弱いけど、敵性反応を感知した』

 

「えっ、襲ってくるんですか?ハロウィンなのに!?」

 

『お菓子を持っていれば戦闘回避ワンチャンあるよ!』

 

「お菓子持っていないので確定バトルですね」

 

 ロマンの言葉に多少警戒レベルを上げて城を目指す。

 すると、先程まで居た幽霊やジャック・オー・ランタン(俺のトラウマ)とは明らかに違い、敵意を持っている幽霊が俺たちの前に立ちふさがった。

 

『トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃ、APと石、ついでに金林檎を頂くよ!』

 

『おいてけー、おいてけー……APとか石とか☆5とかおいてけー』

 

『でも、金時はやめてー』

 

「なんか出た……」

 

 やたらと明るい雰囲気の骸骨系幽霊が現れたんですけど。つーか、態々そんなこと言わなくても林檎なんて配られた分使ったわ(実話)

 

「むむっ……!はじめはゴースト系ですか。スタンダードです。王道です。しかし、それもまたよし、です。お化け屋敷は基本中の基本で大事だと書いてありました。――――では、気を取り直して幽霊退治です!」

 

「今日のマシュは一味違うな」

 

 積極的に幽霊系エネミーに突っ込んでいく姿に思わずそう思うしかなかった俺。

 マシュが目の前の敵と交戦すると同時に今まで踊ったり浮かんでいたりするだけだった幽霊やジャック・オー・ランタン(俺のトラウマ)にも変化が訪れる。なんと、こちらに敵意を向けてきたのだ。

 

「ひぃっ!?」

 

「ハッハー。やっぱりハロウィンて殺意高いわ」

 

「私、はろうぃんなるものはわからないんですけれども、旦那様(ますたぁ)の言っていることだけは違うと分かりますわ」

 

 敵意を向けてきてから直に攻撃態勢に移行した幽霊とカボチャは一斉に俺たちに襲い掛かる。

 

「いやぁぁぁぁああ!!」

 

「所長、ちょっとばかり失礼しますよ!」

 

 自分の下に四方八方から骸骨やカボチャが襲い来るという普通に怖い絵面に所長が叫ぶ。俺はそんな彼女をひょいっと抱き上げて抱えると、そのまま魔力強化を行った蹴りで幽霊&カボチャを薙ぎ払う。

 

「お姫様だっことか羨ましい、妬ましい……!」

 

 これを見た清姫は黒すぎるオーラを発する。

 幽霊たちは自分なんかよりも禍々しい気配を発する清姫に恐れをなして逃亡するものもいた。これで女の嫉妬は幽霊をも凌駕するということが証明されたな(現実逃避)

 

 ロマンが弱い敵性反応といっただけあって、絵面的にはえぐかったけど実力はそこまでではなく五分後には大体の殲滅が終わっていた。

 

「はっ!そういえば、お化け屋敷の基本では幽霊に攻撃してはいけないと……!」

 

「それは中に人が入っているからで、中に何も入っていないスカスカな骸骨系幽霊は大丈夫」

 

「終わった?ねぇ、終わったの?」

 

「終わりました。だから早く降りてくれませんか?このヘタレ女」

 

「ヒィ!?」

 

「清姫、正妻の余裕はどうした」

 

旦那様(ますたぁ)には妻が居ないそうなので、別に女の子らしく嫉妬してもいいかな、と思いまして」

 

「しまった。否定ではなく流すべきだったか……」

 

「先輩!出口が見えてきましたよ!」

 

「はいはい。今行くよー」

 

「ぐすっ、ほら、手……つないで?」

 

「では私は腕を頂きます」

 

「…………」

 

 ………なんだこれすっごく疲れる。

 かわるがわる自分の要求を突き付けてくる女性陣。いつもは大天使のマシュもお祭りの空気(?)に当てられて、普通の少女マシュになってしまっているので今回に限り俺に味方は居ない。

 ……ほかにもサーヴァントがカルデアに残るのであれば無理矢理エミヤ師匠を引っ張って来ればよかったかもしれない。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 森を抜けてみれば、そこには見事にハロウィン色に染め上げられた町が広がっていた。そこらかしこにカボチャが飾ってあり、街灯までカボチャのランタンに変えているという徹底っぷり。

 

「すごいです。まさかここまで本格的なものが出てくるなんて。期待以上の仕上がりですよ先輩!」

 

「あのガサツにして粗暴なドラ娘にしては、随分手が込んでいますね」

 

「ね、ねぇ?仁慈。あれ動かない?動かないわよね!?」

 

「いくらなんでもビビりすぎでしょ」

 

「貴方たちにとっては弱小エネミーでも、私にとっては立派な強敵なのよ!」

 

 所長の怒りを受け流しながら清姫の言葉を思い返す。

 確かに、名前を言ってはいけない気がする彼女には悪いが、正直あの子がここまで手の込んだことを一人でできるとは到底思えない。レイシフトをする必要がある場所もこうして手に入れているわけだから、何かしらのきっかけがあるはずだ。

 そう考えると一番考えられるのは聖杯なんだけど………まさか、街一つをハロウィン仕様にするためだけに聖杯を使うなんてことは、ことは……。

 

「………」

 

「先輩?どうしたんですか?」

 

 あれ?普通に有り得そうだぞ。というか、オルレアンで出会ったアサシンな彼女ならともかく、ランサーな彼女の場合は自分にふさわしいステージをという感じの願いを叶える姿しか浮かばない(偏見)

 

旦那様(ますたぁ)。知らなくてもいい割と厄介な出来事に関係する事柄をふとしたきっかけから知ってしまった時のような顔をしてどうしました?」

 

 鋭い……!

 あてずっぽうのようで物凄く具体的な問いかけだ……!正妻を名乗るだけのことはある。

 

「別に何でもない。さて、この街をパパっと見まわしてからあの城に向かおうか」

 

「賛成です!あそこにあるパンプキンパイを食べてみたいです」

 

「あ、私も……」

 

「了解」

 

 まぁ、これはあくまでも予想だし、今は別に黙ってていいだろ。

 ただ聖杯の場合だと、十中八九サーヴァントが出てくることになるんだよな。所長、大丈夫かね。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「どう?招待客はしっかりと来ているかしら?」

 

「ククク、来ているもののあれだけ送っておいて結局来たのはお一人様だけ、つまり今いるのが仮初のご主人のラブレターに応じた最初で最後の一人と言うわけだ。正しく運命だな」

 

「別にラブレターじゃないんだけど……確かにあれは私の本命だけど。っと、それはともかく、盛大に持て成す準備は出来ているのよね!?」

 

「任せろ!料理は出来たワン!七色のスパイスのチキンターキーだ!うまいぞ!」

 

「流石ね。万能メイドの触れ込みで雇ったけど、偽りなしとは恐れ入るわ。あ、でもメインディッシュは私がやるからね。ちゃんと残しておきなさいよ?」

 

「残す……?斬……飯……?修羅肉……森?むぅ、中々難しいこと言うな。このトカゲ」

 

「支離滅裂なあなたに言われたくないんだけど!?というか今トカゲって言った!?言ったわよね!?」

 

「そうカリカリするな仮初のご主人。成長しないぞ色々と」

 

「喧嘩売ってんの!?見せつけるように揺らしてくれちゃって……!そんなに大きいのがいいのかぁ!」

 

「落ち着け仮初のご主人。この城の主ならもっと余裕をもって優雅たるべきだ。野生でも、ボスはちょっとのことではうろたえない」

 

「そ、そうね。そうよね。城の主たる私はこの程度のことでうろたえないわ。……ごほん。話を戻すけど、皆配置についたのよね?」

 

「準備万端、四面楚歌。宴の準備は問題ないワン!これであのちぇんそー背負った鴨葱もさぞ楽しめるだろうさ。だから貴様は城主らしく、ここででーんと待ち構えていろな?」

 

「そのたとえはどうかと思うけど……確かに、あの子たちにはたっぷりと愉しんでもらいましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、やっぱり私も暇だから、会いに行っちゃだめかしら?」

 

「んー?殺すぞ?」

 

「じょ、冗談よ、冗談!ちょっと言ってみただけだってば!(目がマジだわ!)」

 

 

 

 

 

 以上、仁慈が目指している城の主とそのメイドの会話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タマモキャットが超難しい……。
どうすればいいんですかねぇ……これはスパさん以来の強敵やで。


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樫原仁慈はうろたえない

予定としては後、二話三話で終わる予定です。
しかし、私の予定はFGOのCM映像並みの精確さです。

P.S

イリヤコラボのミッション100まで無事終わりました。
クロまじ強い。


 

「美味しかったですね。先輩」

 

「確かに、あれは師匠の料理に勝るとも劣らない見事なものだった……(モグモグ」

 

「♪(ハムハム」

 

旦那様(ますたぁ)。歩きながらものを食べるのは少々いかがなものかと思いますよ?」

 

 清姫に正論をぶつけられた俺は口の中の料理を胃へと流し込む。それを見て清姫は満足げに笑った。この子、俺を安珍と思わず、狂化もかかっていなかったら間違いなく良妻だったのになぁ。天は二物を与えずというのは本当だったらしい。女性としてのスキルを得る代わりに人間として大事なものを犠牲にしたのだろう。

 

「何か失礼なことを考えていませんか?」

 

「いや、別に」

 

 あまりに正確なその言葉につい短く返事をしてしまう。

 頭の中で清姫悟り説を立てていると、町を抜け、ようやく森の中からでも見えたドでかい城の門へとたどり着いた。見た限りは普通の門であり、下にあった町のようにハロウィン仕様にはなっていないようだ。森の中での幽霊や、パンプキンパイを食べているときに襲い掛かって来た骸骨のようなエネミーの気配もない。

 だが、しかし。俺の予想は若干あっていたようでサーヴァントの気配はした。これは十中八九聖杯が名前を言ってはいけない気がする彼女の手にあるのだろう。

 ………まぁ、聖杯が一つ手に入ると考えればいいか。

 

「先輩。サーヴァントの気配です」

 

「ですわね。旦那様私の背後に………隠れなくていいですね。むしろ私を守ってください」

 

「おいサーヴァント」

 

 凛々しい顔つきで俺を庇おうとした清姫だったが何を思ったのか言葉を訂正し、俺を盾にするしまつ。一応マスターなんですけど。俺が守られる立場なんですけど?

 

「でも、先輩。大人しく守られてくれないじゃないですか」

 

「うぐっ!?」

 

 正論……!圧倒的、正論……ッ!

 そりゃ、マスターが全身全霊を以て前線に出ていくんだから守る必要なしと考えても仕方ありませんね(自業自得)

 

「普通、一流の魔術師でもエネミーに勝てるくらいのはずなのに……」

 

「先輩は魔術師としては三流であっても普通じゃないので、所長の話には当てはまらないかと……」

 

「大丈夫ですわ、旦那様。英霊とは英雄の一部を無理矢理クラスに当てはめたものも居ると聞きます。つまり、生前の方が強い場合も有るのです。マスターは生きているからそれらの英霊に勝てても不思議ではないですわ」

 

「でも、それって元々の器が英雄級じゃないと成り立たないでしょ」

 

しかも、今まででクラスに無理やり当てはめられてんのはキャスニキくらいしか会っていない気がする。

 

「人類救うために戦っているんだから英雄でしょ?」

 

「ホントだ!」

 

 所長の指摘に思わず納得する。

 ぶっちゃけ人類の未来なんて深く考えていないけれども、心持はともかく行動は英雄そのものだった。いや、気づかなかったわ。

 

「ところで、清姫さん」

 

「なんでしょう?」

 

「今さりげなく先輩のことを旦那様と呼んでいませんでした?」

 

「しました。それが何か?」

 

「いえ、それは……意味合い的に正しいのかな、と」

 

 そういえば、さっきさりげなくそう言われてたな。しかし、残念ながら先程も言った通り、彼女は俺のこと自体を旦那としているわけではなく、俺を通してみている安珍が旦那様らしいのでノーカンである。ぶっちゃけ俺自身は関係ない。

 

『ちなみに旦那は面倒を見てくれる人っていうのが語源だから、男女どちらに使っても僕はいいと思うんだ!』

 

「どこにサポート入れているんですかね……」

 

 どうでもいいところのフォローはバッチリ行いやがって。もっと普段からサポートしてくれませんかね?特異点の時とかさ。

 ロマンのタイミングがいいのか悪いのかわからないフォローに呆れていると俺たちの耳に歌声が響いてきた。一瞬だけ、例のあの子かと身構えたが、別にそこまで酷いものではなかったのでとりあえず安心する。

 しかし、歌が大きく聞こえることに比例して先程感じ取ったサーヴァントの気配も近づいていることからその件のサーヴァントの歌声であることが予想できた。

 

「ラー、ラー、ラ~♪……こんばんわ。いい夜ね。若くて、甘い夜。貴方は若くて、苦い男かしら?」

 

 意味不明な歌と言葉を放ちながら現れたのは少々きわどい恰好をした踊り子のような女性であった。ま、気配はサーヴァントなので唯の踊り子ではないことは一目瞭然だけど。

 思っていたのとは違っていたので、少々怪しいもを見るような目を向けていると、隣にいる清姫が震える声で言った。

 

「ど、毒婦の気配……!旦那様、下がってください!那由多の彼方まで!」

 

「別に行ってもいいけど、もう帰ってこないと思う」

 

「まぁ……!私と離れたくないだなんて、なんて嬉しいことを言ってくれるのでしょう」

 

「畜生、都合のいいところだけ狂化フィルターかけやがって……」

 

「フォウ、フォー………」

 

「〝もうこれダメじゃない、アンチン的に“ですか……?ダメですフォウさんそれは皆わかっているのですから黙ってないと。そもそも安珍さんはマスターばりにぶっ飛んでいないでしょうし」

 

「今更だけどフォウ………居たのね」

 

「フゥー!?」

 

 マシュの言う通りだ。俺が安珍だったら清姫に沈まされるわけないだろいい加減にしろ!……いや、やっぱりあるかもしれないけど、安珍はきっとケルト師匠の教えを受けていないからやっぱり俺じゃないな。

 

「あらあら、かわいい招待客さんたちね」

 

「今の会話のどこにかわいい要素が……!?」

 

 確かに外見は可愛いどころが集まっている。しかし、ふたを開ければマシュ以外は地雷というとんでもトラップ集団だというのに……!

 

「幻想飛び交うハロウィンパーティーへようこそ!私の名前はマタ・ハリ。今宵限りのお祭り騒ぎ、楽しんでいってくださいませ」

 

 なんかそれっぽいこと急に言い出したぞこの人。散々幽霊仕掛けておいて……料理は普通においしかったし楽しめたけど、常人なら最初の幽霊でお仲間入りだった気がする。そこら辺のことはしっかりと考えていたのかしら?

 

「それでは拙いので恐縮ですが、私の踊りを楽しんでくださいね………よいしょっと(ぬぎぬぎ)」

 

『!?』

 

『●REC(ガタッ』

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!!何で急に脱いでいるんですかっ!?」

 

 唐突に衣服を脱いでいくマタ・ハリにマシュが反射的にツッコミを入れた。ちなみに彼女と俺以外は再起不能とまではいかなくとも目の前の光景が予想外すぎてフリーズ中である。清姫と所長なんて顔が真っ赤だし。フォウもなんか荒ぶっていらっしゃる。ロマンはその名の通り男のロマンを求めているようなのでそっとしておく。どうせ後で誰かが折檻するだろう。

 それよりも今は早急に対処すべき問題があるのである。

 マシュからのツッコミを受けたマタ・ハリだったが、その表情には何をそこまで騒いでいるのかという疑問が見て取れた。

 

「あら。だって私は、こういうのが得意なのです」

 

「この場は全年齢対象の超健全空間なので、唐突なストリップはやめてください。俺の近くに居る二人がそういったことに耐性がないので」

 

「あらあらー」

 

 全然揺らがないなこの人。生前はそういうことを軸になんかやってた人かもしれない。あまり、歴史とかに詳しくないからマタ・ハリがどんな人物だったのかなんてし在らないけど。

 

「せ、先輩は全く動揺しないのですね。……年頃の男性としては来るものがあったのではないのですか?」

 

「いや、昔とここ最近、改めて敵が何しても問題なく対処できるようにさせられたから大丈夫。多分、今なら女の人が全裸で迫ってきても敵なら即座に殺せる」

 

『うわぁ。マジかい』

 

 ドン引きされました。

 しかし、これに関しては正直自分でも引いているので大丈夫。ロマンの気持ちは十分に理解できる。だが、残念かな。影の国の女王直々の修行という名の拷問はそこらの催眠術よりも深くに根付くのだ。もはや性格の改ざんと言ってもいいレベル。

 俺の発言の所為で微妙な雰囲気が漂い始めたのだが、そこで復活を遂げた清姫が空気を換えてくれた。

 

「キャーーーーーーー!はしたないはしたないはしたない!だだだだだだ旦那様!これよりむやみやたらに柔肌を曝すこの毒婦を成敗いたします!」

 

「俺からすると、普段の清姫もあんな感じなんだけど」

 

「私があの毒婦と同じですと!?」

 

 流石に聞き捨てならないとばかりに異議を申し立ててくる。だが、実際に行動には移さないが、発言と言い、本番直前まで全力で進んでいく姿勢といい割と似通っている気がするんです。

 

「私は旦那様だけにしかやらないからいいのです!それより、成敗ですよ!旦那様もさっさと敵に認定してしまいましょう。そうすれば、容赦なく攻撃するようになるんでしょう?」

 

「俺のこと敵絶対殺すマシーンとでも勘違いしているのか?」

 

「間違っていないですよね?」

 

「フォーウ……」

 

 そこまで言うか。俺の今までの所業は………うん、言い逃れは出来ませんね。

 

「フフフ、何はともあれ戦うのならそれはそれで構わないわよ?」

 

 いつの間にやら脱いだ服を着こんで戦闘態勢バッチリのマタ・ハリ。その様子にロマンは舌打ち一つしながら画面越しで録画を解除したようだ。本人は気づかれていないつもりかもしれないが、残念ながらそういうのは結構目立つのである。

 

「先輩。どうやらすっかり相手は戦闘態勢のようです」

 

「そうだね。………じゃあ、さくっとやってしまおうか」

 

 俺の後ろに居て滅多に発言しなかった所長を下がらせると俺は全身に魔力を巡らせて身体能力を強化する。

 敵はダンスが得意みたいだし、そのお手並みを見せてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「あ、あらあら。負けちゃいましたね………」

 

 数十秒後、そこには若干ボロボロになりつつ苦笑を浮かべているマタ・ハリの姿があった。お祭りというだけあって敵の強さもそれなりに良識の範囲で収まっているらしい。つい、特異点レベルの戦闘を行ったら速攻で終わってしまった。途中から完全にお祭りだってこと忘れてたし。

 

「ちょっと、予想外だったけど、素直に道を開けるとします。……まだまだ歌も踊りも料理もあるので、引き続き楽しんでいってくださいね」

 

 それだけ言い残すとマタ・ハリは暗闇に紛れて消えた。ロマンの話ではアサシンのクラスだったらしいのでそれも納得である。ついでに瞬殺された理由もなんとなく察した。

 

 何はともあれ、道を塞ぐものはなくなったのでようやく俺たちは例の彼女が待っているであろう城にはいることができた。

 

 

 

 

 中は普通だった。

 普通すぎるくらい普通だった。多少、ハロウィンの演出なんだか普段からそうなのかわからない血痕などを発見したもののそれ以外は特に何もない普通の城であった。

 若干拍子抜けしつつも、廊下を歩くと前方に見たことのある影が、床の汚れと必死に戦っていた。

 貴族の仕事じゃないのに……とか、全然落ちないなどと愚痴をこぼしながら掃除している姿は本当にシュールだった。

 

「先輩、先輩!見てください。典型的な魔女です。しかも、おとぎ話とかで出てくる悪い魔女的なポジションです!」

 

「確かに」

 

 見た目も相俟ってむしろ魔女にしか見えないまである。

 ここで気づかれたら面倒なことになるのは確定的に明らか(ブロント感)なので抜き足差し足で、必死に床の汚れと戦っている彼女の後ろを通り過ぎようとする。頑張れ、超がんばれ。

 

「あぁ、もう!汚れ風情が!我慢の限界よ、喰らいなさい……ファントム・メイデン!」

 

 俺の心中応援は効果なかったようだ。

 最終的にこの魔女は周辺の床ごと汚れを消し去った。

 汚れが消えたことか、もしくはそれ以外なのかもしれないが、どこか満足そうにしている彼女。渾身のどや顔である。それを見ながら結局散らかしていることには気づいてないのだと察した。

 

「まぁ、酷い。あの人絶対バーサーカーですわ。ほら、見てください旦那様。あの腰が入っていない姿を。あんなのではしつこい汚れが取れるわけありませんわ。まぁ、当然私の家事スキルはA+++で、あの程度の掃除など、子守を行いながらでもできますわ」

 

 マジでか。

 

「あの、清姫さん。そんなスキルは存在しないのですが……」

 

「作りました。大丈夫です。旦那様に会う前の私ならまとめて燃やせばいい的なことを言いだしていましたが、今の私はあのバトラーから家事のいろはを叩き込まれていますので、言葉に嘘偽りはありませんわ」

 

「嫁スペック高いなー」

 

 それを補って余りあるくらいのマイナス(狂化)があるからそこまで目立たないし、意味がないけどね!

 

「というか、何時から居たのよ。貴方たち」

 

 普通に会話をしていたため、普通にカーミラにバレた俺達。だが、彼女に攻撃の意思はないらしく、オルレアンのように戦闘を仕掛けてくることはなかった。せっかく反撃の用意をしていたのに。

 

「少し前、具体的に言えば、ファントム・メイデンを使った経緯あたりからですね」

 

「ピンポイントで見られたくないところに……」

 

 マシュの言葉に頭を抱えるカーミラ。まぁ、あの姿を見られたら頭を抱えるのもわかる。汚れに宝具ブッパとか流石にアレだし。

 

 俺達の視線が生暖かいことに気づいたのかカーミラは抱えている頭を開放すると、ぐちぐちと自分の現状を愚痴として吐き出し始めた。

 

 曰く、例の彼女に家政婦的な立場として呼び出されたらしい。だからこそ、自分で掃除をしているし、トマト料理も作ったのだとか。それを聞いたマシュたちは聖杯があることに驚いていたが、俺とロマンは特にそこまで驚くことはなかった。俺は始めらへんから予想を立てていたし、この世界をある意味外側から見ることができるロマンもここがほかの特異点と似ていることが分かっていたのだ。

 

 さて、そんなこんなで愚痴だけでなくそれなりに有益な情報を手に入れることができた。この情報を誰よりも喜んだのは清姫である。

 

「ふふふっ、あのドラ娘から聖杯をひったくって私が願いを叶えれば………」

 

 お見せできない顔で笑っていたのでそっとしておくことにした。

 

「では、私たちは先に行きますのでカーミラさん。頑張ってくださいね」

 

「えっ、戦ったりしないの?一応私にも歓迎しろと命令が下っているのよ」

 

「――――――――ほう?オルレアンの時の続きがしたいと、申すか?」

 

「先行ってもいいわ。あとサーヴァントはあのバカ娘以外に二体居るわ」

 

「ありがとうございます」

 

 狂化がかかっていない彼女はある程度まともだったので話し合いで戦闘を回避し、他の情報までもらって俺たちは再び城内の捜索を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、所長。全然話していませんでしたけど、どうしたんですか?ずっと黙っていると存在感が消えますよ?」

 

「……………むしろあなたはどうして元々敵対していたサーヴァントと普通に話しができるのよ」

 

 

 ちなみに、所長が話さなかったのはカーミラが怖かったかららしい。

 

 この人、初期に比べてだいぶビビりになった気がする。これが素なのかはわからないけど難儀だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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イベントで真剣勝負だって!?こんなの普通じゃ考えられない……

この話でエリちゃん一歩手前まで行く予定だったのですけど、予想以上にヴラドがシリアスしていたので、ヴラドさんだけになってしまいました。


 

 

 さて、城の中に居たとてもとても優しい家政婦(偽)さんが快く道を開けてくれたので案外早く次のステージへとたどり着けたようだ。ファントム・メイデンで破壊された廊下をまっすぐ進んでいくと開けたパーティー会場として使えそうな場所にたどり着いた。そこに居たのはまさかのヴラド三世である。カーミラと言いオルレアンで戦った連中が軒並みやってきているな。多分、吸血鬼の逸話を持っているからだろう。ちょっと例の彼女、人選が残酷すぎやしませんかね。

 

「ふむ、ここまでたどり着いたか。カーミラが手を抜いた………わけではなさそうだという予定だったのだが、思いっきり手を抜いたなあやつ」

 

「仕方がないと思うけどね。だって、こいつと戦うことになるんだし」

 

 若干呆れ顔のヴラド三世に所長がそう答えた。あのビビりな彼女がこうして話すのは珍しいというか初めてである。そこまで俺と戦闘を避けたことの正当性を主張したいのだろうか……。嬉しくない所長の成長に肩をおろす。一方、所長の説得(?)を聞いたヴラド三世は大変納得したようだ。

 

「なるほど。戦闘を以てしてこの地位を築きあげたわけではなかったカーミラでは荷が重かったか。……よかろう。英霊を戦わずして避けさせるその武勇。この悪魔公、ヴラド・ツェペシュと戦うに値する」

 

「俺の戦闘経歴はそこまでに値するものになっていたのか……」

 

「十分だと思いますわ。それにしても今回はいつにもましてまっとうな戦士なのですわね。クラス的には私と同類ですのに。あっ、当然私もお淑やかさで右に出る者はいないバーサーカーでございますが」

 

「でも話聞いてくれないじゃないですかーやだー」

 

 話を聞かないお淑やかより、たとえガサツでもしっかりとこっちの話を聞いてくれるこの方がいいです(真顔)

 

「そこなマスターの言う通りよ。笑わせるな人食い。罪深さで胃の腑から焼けただれるぞ?余も貴様も破たんしているという点では共通よ。今さら正道などに戻れるとは思わないことだ」

 

「…………いま、少しだけ苛立ちました。こう、喉仏らへんにある鱗に触れてしまったような」

 

「当然である。余興とはいえ、これは宴。であれば―――――――道化であれ、本気でかからなければ面白くも何ともあるまい。国を守る者ならば、祭りの重要性は理解している。娯楽なくして人の世は収まらぬもの」

 

 なんだ、この雰囲気は……このヴラド公、本編よりもシリアスしてるぞ……!いったいどうなっているんだ!?やっぱり例の彼女に吸血鬼として呼ばれたことを怒っているのではなかろうか。

 

「すごいです先輩……!あのヴラドさんは正気です!一人だけ明らかに空気を読めてません!オルレアンの時よりヴラド公してます!」

 

 正直に言ってしまったマシュ。

 彼女の言葉にロマンも続いた。

 

『なるほど、ある意味バーサーカーということだね。周りがおかしいと自分一人だけ正気になるとか』

 

「それもう唯の天邪鬼じゃないの」

 

 確かに。所長の言う通りそこまで行くと唯の天邪鬼だろう。もはや狂ってるのとはまた別物だと思う。

 内心彼女の言葉に賛同していると、カルデア勢にぼろくそに言われたヴラド三世が異議ありという感じで口を開いた。

 

「――――――いささか心外だな。余とてユーモアを解する紳士なのだがね」

 

 だったら一人だけ真面目な空間を展開しないでくださいよ。その固有結界に当てられて俺まで真面目な戦闘モードへ入りそう。

 

「まぁ、いい。………先も言った通りこれは余興。本来なら歌や踊りを行うものだ。故に余も鮮血の(うた)を送りたいところなのだが……そこは許すがよい。残念ながら余が得意なのは刺繡であって、歌ではないのだ」

 

「え、マジで?」

 

 ヴラド三世から放たれた衝撃の真実に俺たちカルデア勢に衝撃が走る。

 

「え……?ヴラドさんは刺繍が得意なのですか?もしかして、その豪華なお召し物はご自分で?」

 

『そういえば、ヴラド三世は牢獄の中で刺繍をやっていたという言い伝え的なものが……』

 

 なにもない牢獄の中での唯一の暇つぶしが趣味にまで昇華したということか。……清姫とヴラド三世だけだから断定はできないけど、バーサーカーっていう割にはあんた等多芸だな。

 

「ははは。嬉しいことを言ってくれるなレディ。だが、これは専門の服飾が仕立てたもの。余も一度仕立ててみたかったのだが、残念ながら立場というのがある。――――うむ、少女よ。望むのなら後ほど手ほどきをしよう」

 

「本当ですか……!」

 

 なにやら乗る気満々のマシュ。だが、一つ待ってほしい。

 

「待ってくれ」

 

「どうした?別に、そこの少女を誑かすわけではないぞ?心配はいらない」

 

「違う。――――――――俺にもお願いします」

 

 時が止まった………そんな気がした。マシュも所長も清姫もフォウも画面越しのロマンもヴラド三世でさえも見事に固まっていた。そこまで変なこと言っただろうか?

 疑問に思いつつ、彼からの返答を待つ。

 シリアスモードを冠するだけあって、一番初めに復帰したヴラド三世は少々間を作りつつも口を開く。

 

「よかろう。自ら率先して物事に挑戦するその姿勢は褒められるべきものだからな」

 

「よし」

 

 これで自分の戦闘服とか仕立て上げよう。ダ・ヴィンチちゃんと協力して。

 

 脳内で新しい礼装擬きの構成を練っていると、ヴラド三世が手に持っている槍を構えた。どうやら、まったりした雰囲気はここまでのようである。

 

「さて、残念ながら刺繍教室の前に荒事だ。こちらも盛り上げてくれと頼まれているのだ。――――この宴を面白おかしく盛り上げるために、貴様らにはそれ相応の悲鳴を上げてもらおう。それでは前菜だ。痛みに骨を軋ませながら喰らうがいい」

 

「先輩、敵のバーサーカーが戦闘態勢に入りました!」

 

「わかった。こっちこそ、後々の刺繍教室に支障が出ないように手と声だけは無傷で片付けてやる!」

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 なんて粋がったはいいものの、事態は拮抗していた。それもそのはず、ここにいるヴラド三世はバーサーカーの枠に収まっているものの理性をしっかりと残した戦士なのである。当然、生前の経験を活かして戦うことが可能なのだ。

 清姫が炎を吐いて、ヴラドの行動範囲を制限し、そこへ俺が重心移動を乗せた拳を振るう。回避され、反撃をされそうであればマシュのシールドで防ぐ。ここまでやっても彼らは攻め切れないでいた。

 リズムが今一つかみきれない仁慈たちはこれ以上の接近を許すとマズイと考え、マシュに指示を出す。

 マシュはヴラドの槍を受け止めると、俺からの強化を受けた身体能力を使って全力で攻撃を弾いた。そうして、できた一瞬の隙に俺がその身をヴラドの懐に滑り込ませる。そして、破壊ではなく衝撃を重視した拳を見舞った。

 ドン!とダンプカーが衝突したのではないかという音とともに後方に飛ばされるヴラド。清姫が追撃として炎を飛ばすが、ヴラドは体から黒い杭を出してそれらを相殺、その後、杭を地面に刺して勢いを殺す。

 

「うむ、宴は楽しい。あの小娘に付き合った甲斐があるというもの」

 

「………あの小娘というとやはり?」

 

「当然だ。全サーヴァントの中でもこれほど甘い妄想を臆面もなく広げられる者など、そうはおるまい」

 

「まぁ、確かに」

 

 もっとドロドロした奴とか、バイオレンスな奴とかエロティックな奴とか超絶カオスとかなら適応者は多いだろうけど、ハロウィンを再現してそこに誰かを招待しようなんてスイーツ(笑)な願いをするサーヴァントはそういないと思う。

 えっ?清姫?彼女の場合、甘いは甘いけど、ここまで爽やかな奴じゃなくてもっとドロドロしてそうだから除外で。

 

『けど、ことはそこまで甘いもんじゃないぞ。いくら聖杯の力とは言え、サーヴァントがサーヴァントを召喚するなんて……』

 

「ロマニの言う通りよ、これが誰にでも適応されるのなら大変なことに……」

 

「別に、オルレアンでもやってたじゃん。今さら驚くことじゃない」

 

「そこのマスターが言う通りだ。我々がオルレアンでいかにして呼び出されたのか思い返してみよ。それに、あの小娘に関しては我々の方から応えてやったのだ」

 

「マジですか」

 

「あれが持っているのは聖杯の欠片とでもいうべきものだ。時代を焼却可能なほどの力は持ち合わせていない。大方、オルレアンの時に偶然拾ったのだろうよ。あの中で最も無害なサーヴァントの下に行くとは、これも神の恩恵というべきかもしれんな」

 

 オルレアンの時に偶然拾ったものか……。俺と一体化した聖杯は別に欠けているわけではなかったし物理的な意味ではないな。多分、聖杯の余波か何かを受けてそうなってしまった疑似聖杯ってところか。最も、一つの空間を作り出し、合意の上とは言えサーヴァントを呼び出していることからそこまで劣化しているわけじゃなさそうだけど。

 

「私にはあの方が無害には思えないのですが」

 

「あれの発想は幼子と同じよ。幼子の発想を本気で実現させようとする、実に大人げないサーヴァントだ。善悪ではなく、夢や欲望ですらもなく、唯己の楽しさに溺れる。……だが、それがいいのだろう。我らのようなしがらみのない、純粋な愉悦だ」

 

 なんだろうか。ヴラドが唯のお父さんか、親戚の伯父さんに見えてきた……。

 

「さあ、悪いが本気で戦わせてもらうぞ。歴史に名を刻みし余の串刺し刑。そう温くないと知れ!」

 

 お父さんみたいとほっこりしているのもつかの間、ヴラドは自分の槍を地面に刺すとそこから黒い液体を地面に広げていく。そして、そこから無数の黒い杭が次々と生えてきた。

 これに似た攻撃をどこかで見た気がする。……神機、特異点、アルマ・マータ……うっ、頭が……!

 

 思い出してはいけないというか、それ以上はいけないと訴える本能に従い、その考えを振り払った俺はヴラドの攻撃を避けつつ思考を戦闘用に完全に作り替えた。それと同時にヴラドが俺に接近してきてきた。

 

「まずは一番厄介な貴様から退場してもらおうか!」

 

「無理矢理退場を強要してくる祭りとか怖いわ!」

 

 ヴラドは既に槍をこちらに突き出している。今から俺も槍を取り出しても遅すぎる。ならば、当然取るべき手段を一つ。

 魔力を纏わせ、強化した左腕で槍の進路をずらして、そのまま右こぶしを振るう。だが、ヴラドの体から突き出てきた杭に俺の拳は防がれてしまった。体からも出せるんだっけか。流石兄貴とやり合ったサーヴァントだ。

 

 両腕を防がれたので、俺はレフに対してキレたときに使った技を使用することにした。肺に空気を流し込み、そこで空気を溜めつつ魔力を混ぜ込む。そして、俺の限界が訪れたとき、吸っていた空気をすべて口から吐き出した。

 

「■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■―――――ッ!!」

 

「なにっ!?」

 

 超至近距離で衝撃波を起こす咆哮を喰らったヴラドは思わず何歩か後ずさる。その隙に俺も魔力放出を使ってまで背後に跳んだ。

 俺がヴラドから離れた瞬間マシュと清姫が俺の代わりに懐へと入っていく。俺の超音波をもろに喰らっているため、よろめき隙だらけのヴラドにマシュと清姫の攻撃をクリーンヒットした。

 確実に決まったと思っているのか、マシュと清姫は声に出していないものの「やったか?」的なことを思っている雰囲気を醸し出していた。残念ながら、やったか?は思っただけでもフラグになるんだよ。

 

 俺の予想通りヴラドは全然平気だった。むしろ、ゆっくりと顔を上げながら絶望を演出する余裕まである。ちゃっかり宝具も発動してるし。

 あの発動段階だとマシュの宝具でも間に合わないな……。

 

 俺はもはやおなじみの動作で紅い槍を取り出すと、即座に真名開放を行う。そして、魔力放出を利用して全力でヴラドに接近する。

 

「しっかりと加減はするから安心したまえ―――――血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)!」

 

「光の速さで私の後に続け!なんてね。―――――真名開放、宝具展開!穿て!突き崩す神葬の槍!」

 

 ヴラドの宝具がマシュと清姫に直撃するギリギリのタイミングで俺の宝具的な何かを滑り込ませて相殺する。

 

「あの距離から間に合わせてくるか!」

 

「あのくらいでやられるとは思ってなかったから!一応構えておいたんだよ!」

 

 宝具同士がぶつかり合い、弾き合う。

 だが俺は後方に飛びそうになる体を魔力放出で無理矢理押しとどめ、逆に前に進むくらいに調整する。

 

 聖杯のおかげで魔力の残量を気にしないでいいっていうのは本当に楽でいいわ。などと考えつつ、魔力でコーティングした拳をヴラドの鳩尾に叩き込んだ。

 

 拳が入ったタイミングから一瞬だけ遅れて再びトラックが事故を起こしたかのような音が周囲に響き渡る。

 

「ふむ、ここまでか……」

 

「ピンピンしてますね!」

 

 俺の拳を受けて槍を下ろしたヴラドが言うと、すかさずマシュがツッコミを入れた。しかし、その言葉に対してヴラドは苦笑を返す。

 

「いや、そうでもない。流石にあの一撃は余に届いた。今は意地で立っているだけにすぎぬ。………後の認識にて吸血鬼に歪められたこの身体をここまでボロボロにするとは………人類を背負う者の拳は重いということか」

 

『そこは仁慈君が異常なだけだと思うな』

 

「ふっ、やはり貴様はあらゆる意味で特別のようだな。……まぁいい。これで余の役目も終わりだ。次に進むがいい。そして最後まで付き合ってやるがいい。……あれはあれで貴様が来るかどうか不安で仕方がなかったようだ」

 

「あら、顔に似合わずお優しいのですね。まさか本当に縁でもあるのですか?」

 

「なに、同類相哀れむ、というやつだ。吸血鬼として見られるのも、些か応えるものでな」

 

 やっぱりお父さんみたいだな。

 なんだかんだ言いつつ、例の彼女のことを気にかけているヴラドを見ながらそんなことを思った。

 

 

「ところで旦那様。のど飴などお持ちですか?先ほど炎を吐き過ぎで、のどが痛くなってしまいまして……」

 

「飴はないけど、回復くらいならできると思う。唯、喉に触れる必要があるから、逆鱗に触ってほしくないというのなら―――――「ぜひお願いします!」」

 

 食い気味で答えられた。

 ヴラドには言葉の綾とは言え、キレていたので一応聞いてみたのだが、普通にOKだった。

 ひと声かけてから、苦しくないように添えるように右手を彼女の喉に当てて、魔術を使う。

 

「応急手当」

 

「あぁ……!旦那様のモノが流れてきます……しかもこの姿勢はいつでも旦那様が私の命を奪うことができる姿勢………この殺生の自由をゆだねている感じがたまりません……!」

 

「……………………」

 

 引くわー。その発言は流石に引くわー。 

 

 恍惚とした表情を浮かべる清姫にドン引きしていると使っている右手とは逆の裾をちょいちょいと引っ張られた。そちらを向いてみれば若干むくれているマシュが居た。あら可愛い。

 

「先輩、私にも、して……ほしいです」

 

 ………なんかよくわからないけど、とりあえず死にかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、フォウ。戦闘ができない人には人権(出番)がないなんて酷い世の中よね……(モフモフ」

 

「フォウ、フォーウ(そもそも人じゃないです)」

 

「そう。分かってくれるのね」

 

「ファ!?」

 

 どことなくかみ合っていない二人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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祭りの終わりはにぎやかに

これにてハロウィン編は終了です。
本編を楽しみにしていた方はお待たせいたしました。
次回から普通にオケアノスに行きますよ。多分。


 

 

 

 

 

 

「ワオーーーーーーーーン!!荒ぶるネコの波動!」

 

「うぉ!?なんだ、新手の奇襲か!?」

 

 おふざけ満点シリアス皆無なはずのハロウィンパーティー会場にて本編を上回るシリアスを見せつけた刺繍公をやり過ごしてさらに進んだ俺たちを待ち構えていたのはパッと見ただけでもキャラが濃いとわかる猫のようで狐っぽいサーヴァントだった。口に出している叫びは犬のものだけど。キャラを闇鍋にぶち込んで熟成させたような感じになっている。なんだこいつ。

 

「おっす、我タマモキャット!ご主人(仮)、これはもう散歩に行くしかないな!」

 

「お、おう」

 

 どういうことなの……?

 というか、前回とのテンションに差がありすぎて若干ついて行けないのだが。しかも初見でご主人(仮)認定されたんですけど。なにこれどういうこと?どっちとしてのご主人?ペットか、それともメイド的な意味で雇い主としてなのか!?

 

「ま、待ってくれ。一寸だけ待ってくれタマモキャットとやら。正直展開と会話が怒涛過ぎてやばい。何一つ理解できてない」

 

「ふむ?別に理解する必要など皆無だご主人(仮)。基本的にアタシの言葉は考える物じゃない感じるんだ。ちなみに私がご主人(仮)をご主人(仮)と定めたのは野生の勘だ。なんというか服従しなければ(使命感)というやつだな」

 

「………………」

 

『すごいぞ、あのサーヴァント。仁慈君が手も足も出ていない』

 

「というか、フリーズしてます」

 

「清姫に続く仁慈のストッパーになり得るのかしら?」

 

「フゥー……」

 

「いえ、あれはどう考えてもブレーキが壊れた車ですわ。それにしても、侮れませんわね。唐突に登場したにもかかわらず、そこにいるのが当たり前とでもいうかのように堂々としていらっしゃいますわ………しかも、旦那様をご主人と仰ぐとは何たること……!」

 

 何やら対抗心的な何かを燃やしている清姫だが、残念。今は彼女にかまっている暇はない。目の前にいる理解不能な珍生物の相手に全リソースを回しているのだから。リソースは有限とは偉い人はとんでもないことを言ったもんだよ。

 

「ふぅ………。まぁ、俺がご主人(仮)なのは分かった。もうそこにはツッコミを入れない。俺が聞きたいのはここでお前もほかのサーヴァントと同じように戦うことになるのかということだけが聞きたい」

 

「まずは話し合いということなのだな?よかろう。手短に事情を話すぞ。アタシはハロウィン用のトラップを仕掛けたりカボチャゴーストを調理する門番だ」

 

「あれ食べれるんですか!?」

 

good(キャッツ)

 

 森で襲ってきた俺のトラウマたるジャック・オー・タンタンがまさか食用だったとは……このメイドできる……!

 そうすると、彼女の後ろに並べられている料理は全部この珍妙なサーヴァントが作ったということになるのだろうか?会話がかみ合っていないことからスパルタクスと同系統のバーサーカーであると予測できるけど、やっぱりバーサーカー家事に長けている奴多くね?

 

「だが、カルデアでは二番目だ。鼻をつまめば何とか!所詮は低級幽霊。生臭いにもほどがある。あははははは!」

 

「私のメル友の眷属とは思えないくらいの廃テンションですわね。………いえ、あの方も案外こっちが素に近いのでしょうか?シリアスな場面を進んでブレイカーしちゃう系なんでしょうか……」

 

「もう何が何だかわからないわね……。あ、でも料理はおいしい。ほらフォウも食べてみる?」

 

「フォウ!」

 

「勝手に喰うな!」

 

 めっちゃ緩い雰囲気であるとはいえ、敵が用意したものをホイホイ食べてどうするんですか所長!?フォウも食べるな!万が一に毒とか入ってたらどうするんでs――――いや、今の所長は普通の体じゃないし大丈夫なのか?

 

「よーし盛り上がって来たーーーーーー!!行くぞ、ご主人(仮)最終らうんどだ!さぁさぁ、パンプキンゴーストパイの時間だ。お腹がはちきれて中身をぶちまけるくらい食べて行ってくれたまへ!コン、コンっとな!ちなみに毒は入ってないから安心してよいぞ!この中に一つだけ、現ご主人が作ったものが混ざってはいるがナ!」

 

「それは嫌な予感しかしませんね……!」

 

「むぐっ!?ぐはっ……!」

 

「ふ、フォーウ………」

 

「早速被害者出てるし!」

 

 言わんこっちゃない!

 今回のことは完全に自業自得なので、適当に胃薬だけを彼女の近くにおいて放置を決め込む。

 それにしても、勝負とは一体何なのだろうか。

 

「それではご主人(仮)始めるぞ!ここの料理を全部食べ終えるまで先には通さないワン!」

 

「平和的だった!」

 

 最終ラウンドとか言ってくるから普通に戦闘するのかと思いきや、以外とそうじゃなかったでござる。

 

「もちろんだご主人(仮)。私の恰好を見よ。メイドだぞ?フリフリなのだぞ?料理を用意してまで、戦うわけがなかろう」

 

「くっそ意味が分からない!」

 

 しかし、こんなことなら無理矢理にでもXを引っ張ってくるんだった……!あいつなら喜んで喰いそうなのに。

 内心でXを置いてきたことを後悔しつつ、目の前にある食べ物に手を付ける。そして、

 

「ごはっ!?」

 

 吐血した。

 衝撃的なまずさだった。こんなものがこの世に存在するのかというくらいのものだった。これはもはや食材への冒涜と言ってもいい。これは料理ではない……!食材の、墓場だ……!

 

「ヌハハハ!一つといったな、あれは嘘だ。実は失敗作もいくつか混ざっている!それも含めてコン、コンっと完食してほしいワン!」

 

「せ、先輩!大丈夫ですか!?今まで見たことのないくらい青い顔してますけれど!?」

 

「旦那様、やめましょう!ここであの廃テンションなあれを倒して進めばいいじゃないですか!」

 

「………いや、これは祭りだ。娯楽だ。こういった要素もお笑い要素として楽しまなければならない。……recover()!!」

 

 自分が持てる最大の回復魔術を使用して、料理を食べたことにより発生したダメージとバッドステータスをすべて消し去る。ありがとうエミヤ師匠のくれた赤原礼装……!

 

 何かと俺のピンチを救ってくれるエミヤ師匠に感謝しつつも倒れていた身体をゆっくりと起こす。

 

 ――――こっちには胃薬も魔力もまだまだあるんだ。俺はまだ戦える。このとんでもないロシアンルーレットをマシュや清姫にやらせるわけにはいかない。ここは、男として、料理を作るものとして……絶対に引いてはいけない場面だ!

 

 回復魔術を行使したにもかかわらず震える足に力を入れて立ち上がると、俺は今でもにこにこ笑うキャットに向かって宣言した。

 

「いくぞ、タマモキャット。―――――――料理の貯蔵は十分か?」

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

「―――――――――――俺の勝ちだ、キャット」

 

「―――――――――――うむ、そしてアタシの敗北だにゃん」

 

「語尾が普通です。キャットさん、飽きてきたと見ました」

 

 エミヤで士郎とかわけわかんねぇな、と自分でツッコミを入れつつ一息つく。

 割とこの部屋いっぱいに敷き詰められていたと言われても違和感がなかった量の料理を食べ終え、流石に俺も腹がいっぱいだ。特に、おいしい料理の中に時々不意にやってくるこの世全てのメシマズ(アンリ・マズ(イ))が厄介すぎた。やはり意識外からの一撃というのは精神的にも肉体的にもクるものがある。とりあえず、これを作った張本人であろう例の彼女には後で俺とエミヤ師匠が料理のいろはを叩き込んでやる。

 

「さて、こうして完膚なきまでに敗北してしまったわけだが……困ったこれではご主人に合わせる顔がない。うむ、合わせる顔がないので素直に裏切ろう。というわでゴールまで案内するが、いかが?」

 

「お前それでいいのか……?いや、客を主人のところに案内するという意味では本来の役割であるメイドっぽいのか?」

 

「そうだぞ。実は元々ご主人(真)を案内するのが役割だったのだ」

 

「じゃああの料理完食対決は?」

 

「ぶっちゃけ要らない」

 

「マジかよ」

 

 あの苦労は一体何だったのか。正直、今までの中で一番のピンチだったんだけどね。キャットが案内をしてくれるということで、マシュにフォウを任せ所長を負ぶって彼女の後に続く。

 

「では、今回の黒幕にして招待状の主、この城の支配者の下に案内するワン。ドキドキわくわくの対面だな!」

 

「もう正体バレバレなのですが……動機が分かりませんね。一体何を考えてあのドラバカ娘はこんなことをしたんでしょうか?」

 

「会えばわかると思いますよ」

 

 マシュの言う通り、何を思ってこんなことをしたのかはこれから会うであろう本人に聞いてみた方が早い。ま、彼女の場合特に考えもなしになんとなくという理由でも驚かないけど。

 

 相も変わらず無駄に広い廊下を歩いていくとキャットはある一室の前でその歩みを止めた。どうやらこの先に例の彼女が居るらしい。

 

「もとご主人、もとご主人。準備はイイカー?」

 

『ちょ、ちょっと待ってね!えーっと、あれはよし、これもよし、それも……多分OK。というか元ご主人って何!?』

 

「いいから早く開けるのだあーかーとーかーげー」

 

『誰が赤トカゲよ!?竜でしょ、竜なの!もう少し待ちなさい!』

 

 準備する期間ならいくらでもあったと思うんだが、特にヴラドと戦っている時とかキャットと戦っている(食べている)時とかさ。カーミラとマタ・ハリ?知らない子ですね。

 

『よし、多分オールオッケー。もういいわよ!』

 

 どうやらやることをすべて終えたようだ。威勢のいい声が耳に届く。

 それならば遠慮はいらないと、その扉を静かに開けた。すると俺の目に飛び込んできたのは―――――――

 

 

 

 

 

――――――――――――すっかりハロウィン仕様に変身を遂げた我が愛しのマイルームだった。

 

 

「――――ふふふっ、来たわね子イヌ(?)たち!って、あら?あなたまで一緒だったの?」

 

 何やら例の彼女――――エリザベート(ハロウィンのコスプレ済み)は俺達と一緒に来たキャットに驚いているようだが、こちらは勝手に自室がリフォームされ劇的ビフォーアフターされている方に驚いていた。

 別に文句はないけどさ。元々真っ白で必要最低限のものしかなかったし、ここまでにぎやかになったなら逆に嬉しい。

 

「驚いたようね子イヌ(?)。そう、貴方たちが戦っている間に聖杯の力を使ってちょいちょいっと改装させてもらったわ」

 

「便利ですね、聖杯……」

 

「万能の願望機は伊達ではありませんね。まさかこんなくだらないことまで律儀にかなえてくれるなんて」

 

 けど、普通にやってもできることだよね。ちょっとばかし聖杯が可愛そうな気がしてきた。こんなことに使われるなんて聖杯も思ってなかっただろうし。

 

「……ね、驚かないの?」

 

「「……?」」

 

「何がですか?旦那様の部屋に繋がっていたことならとても驚きましたが……」

 

 唐突に訪ねてきたエリザベートにそう答える清姫。しかし、彼女の答えでは不服だったらしいエリザベートは頭をブンブン振るった。帽子もそれに合わせて揺れていた。重そう。

 

「ちーがーうー!あの謎の招待状を送ったのはこの私!鮮血魔嬢のエリザベート・バートリーなのよ!もっと天地がひっくり返るくらいに驚いてもいいんじゃなくて?」

 

「わー(パチパチ)」

 

「フォウー、ォウー、ウー(相槌を打っている)」

 

「何よその気の抜けた返事は!そこはもっとこう……グァーって驚くところじゃないの!?」

 

 若干涙目でそんなことをいうエリザベート。しかしそんな彼女には悪いのだが、滅茶苦茶最初の段階で思いっきり正体バレたんですよ……。

 

「ライブ云々言う存在はかなりかぎられてくるから……」

 

「なん……ですって……!?」

 

「それに貴女、会場を監獄城チェイテにしている時点で思いっきりバレバレですわ」

 

「―――――――!」(ピシャーン!)

 

 その時エリザベートに電撃走るというやつか。

 まさに盲点だった的な顔で驚くエリザベートについつい溜息を吐いてしまう。確かに発想が幼い子どもレベルだ。いくら何でもガバガバすぎる。

 

「やっぱり気づいてなかったんですね……」

 

「別にそんなことはどうでもいいんですよ。このドラバカ」

 

「どうでもよくないわよ!というかドラバカ!?」

 

「今回の目的は一体何なのですか?」

 

「ほえ、目的?」

 

 流石清姫、エリザベート相手に容赦なく会話をぶった切っていくスタイルを普通にとってくれる。この時ばかりはありがたい。

 

「あの監獄城でサーヴァントたちと戦わせた目的です。まぁ、まともに戦ったのはヴラド三世とあの毒婦だけでしたけど」

 

「えっ、そうなの?あのババア……!ふっ、まぁいいわ。そこまで言うのならおしえてあげようじゃない!」

 

 そうして、自信満々な彼女の口から語られたのは衝撃的な事実だった。なんでも、此度のハロウィンパーティーはすべて前座。本命は多くのサーヴァントと戦って疲労困憊の状態で聞くエリザベートの歌だったという。なんでも苦労した分だけ報酬を手に入れたときは大きな喜びに変わるからだそうだ。

 

 確かに、そうだ。

 達成感というのはそれ自体が報酬と言っていいほど、人によっては大事なものである。その達成感を味わうためだけに様々な難題に立ち向かう人たちだって世の中にいるだろう。それを味わいつつ、自分の求めるものを手に入れた時なんて絶頂を覚える位に違いない。だが……

 

「(ヴラドとシリアスな戦闘を乗り越え、キャットと血反吐を吐きながら料理を食った果てに得るものが、彼女の歌なんて……!完全にとどめを刺しに来ているじゃないか……!)」

 

 その事柄が何にでも当てはまるかと言われれば当然、それは否である。今回こそがそうだ。骨折り損のくたびれ儲けなんてレベルじゃない。骨折った後にダンプカーにひかれてその場で冥途逝きレベルだぞ。

 

「と、いうわけで……私の歌を聞いていきなさい!」

 

「――――ッ!?先輩!名前を言ってはいけないような気がする例の彼女から強力なエネルギー反応です!」

 

「このドラバカ、宝具で歌う気ですか!?」

 

「ははははは!盛り上がっているなもとご主人!ならば、にぎやか死として呼んでいたパンプキンヘッドたちを召喚しよう」

 

『語感がおかしい!』

 

 いや、ある意味正しいと思う。これは客じゃなくて唯の道連れだもの。地獄への片道切符だもの!

 

 このままでは地獄絵図がそのまま現実のものとなってしまう……!ならば、ここは俺がどうにかするしかあるまいよ!

 

 既にマイクを片手に歌う態勢に入っているエリザベートを一瞥してこちらも準備を進める。この前本当に暴走してよかったと思うよ!

 

「さぁ!この私、エリザベート・バートリーの全力全壊ライブ!脳が蕩けるくらいに盛り上げてあげるわ!」

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「あー……歌い切ったわ、私。……ま・ん・ぞ・く……」

 

 その一言と共に彼女の体から離れた聖杯をすぐさま奪取する。そして、ようやく終わったと俺はその場に座り込んだ。

 

「先輩。どうやったのですか?エリザベートさんの歌声が全く聞こえなかったのですが……」

 

「そうですね……。私も、耳が一週間使い物にならなくなるという程度は覚悟していたのですが……」

 

「あぁ……。やったことはヴラドに行った咆哮と変わらない。唯、エリザベートの歌の周波数と真逆の音を出してそれを相殺したってだけ」

 

 一応エリザベートのは宝具扱いだったから魔力も込めなきゃいけなかったけど、何とかうまく相殺できたようで何より。本人も、歌うこと自体に集中していてそれ以外のことは全く気にかけていないことも幸いしたかも。

 

「先輩がどんどん人間離れしていっている気がします」

 

「想像で別の生物に変化した私が言うべきことではないのかもしれませんが、人の身であそこまでできるのもどうかと思うのですが……」

 

 人間の防衛本能ってすごいよね。

 既に胃がテロられて、色々限界が近かったんだ。この状況で音響兵器なんて喰らったら本気で死ねるからな。

 

 まぁ、何はともあれ、目的の聖杯も手に入れたしこれで今回の騒動は終わりだな。

 

 一気に魔力を消費したことと、最大限の注意を払ってエリザベートの歌を相殺していた俺は疲労でその場に座り込む。流石に辛いわ。

 肩を回して、体をほぐして魔力の回復を待っていると、唐突にエリザベートが口を開く。

 

「確かに私は満足したけれど、当然あなたたちはまだよね?なんて言ったって今回はハロウィンという一夜限りの特別仕様なんですもの!こんなのを一回で済ませてしまうなんてあなた達も不満だと思うわ。だ・か・ら、この私からのファンサービスとして、アンコール、行くわよっ!」

 

「」

 

「」

 

「」

 

「」

 

「」

 

『』

 

「ヌハハハ!流石もとご主人!よほど他人の絶叫が好きだと見える。ある意味これほどハロウィンに合っているものもないのだな。これなら、例えなくてもお菓子を上げておかえり願いたくなるナ!」

 

 体力は赤ゲージ。

 声量もキツイ。

 魔力は十分だが、気力がない。

 

 つまり、終わった。

 

「は、はははっ。………腹を括るか……」

 

『あの理不尽の権化とも言われた仁慈君が諦めた!?』

 

 えぇい!どうせ逃げられないのなら最後まで聞いてやる!これが、先程小細工で歌を聞かなかった罰だというのなら渋々ではあるが、それを受け入れてやろう……!

 

「ここまで来たら大人しく聞いてやる……!かかってこい!名前を言ってはいけない気がする何ザベートよ!」

 

「何で私が寄生ハゲみたいな呼ばれ方してんのよ!しかも半分くらい言ってるじゃない!けど、その意気込みはいいわ子イヌ(?)!存分に、私の歌を聞いていきなさい!!」

 

「先輩、もうやけくそですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、俺はあの殺人ライブを聞き切った。一曲一曲が宝具級のそれをすべて聞き終えたのだ。最後の方で感想を聞かれたので酷評しておいた。

 

 そんなことがあり、翌日。

 いつものように誰かの気配を感じて目を覚ます。……こうして誰か(主に清姫)が来ることに慣れつつあるのが若干へこむ。

 

 だが、今日は清姫ではなかった。

 俺の寝ている間に部屋に侵入してきたのはまさかのエリザベート(ハロウィンVer)だった。

 なんでも、戻り方を忘れたらしい。普通のエリザベートに戻ることができず還ることができなくなったので、ここにおいてくれとのことだ。………まぁ、戦力が増えることはいいことだし、エリザベートの宝具は防ぐのが難しいため、味方にも被害をもたらすということを除けば有効的だ。なので、俺はその話を受け入れることにした。

 

「本当!?いいの!ありがとう!貴方ってちょろいのね!」

 

「君に言われたくないなぁ……」

 

「失礼ね!誰がチョロインよ!………まぁ、その……カルデアの正式な召喚で呼ばれたわけじゃないけれど、これから精一杯尽くすから、よろしくね!マスター!」

 

 ……笑顔だけはアイドルでも違和感ないな。それ以外は致命的だけど。

 

「こちらこそ、よろしく。むやみやたらにライブを行わないことだけ約束してくれ」

 

 こうして、ハロウィン仕様のエリザベートがカルデアの新たな一員として加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私もいるぞ!ご主人(真)!」

 

「マジかよ」

 

 ちなみに、台所に行ったらタマモキャットもいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告


『仁慈君新しい特異点へのレイシフトが完了したよ!今回は見渡す限りの大海原だ!』

次の特異点は海の上。

「ドクター!海の上に放り投げられました!船とかなかったんですか!?」

初めてのトラブル。

「貴様!オルレアンではよくも、描写なしで瞬殺してくれたな……!」

襲い掛かる過去の因縁(?)

「はははっ、この大英雄ヘラクレスに勝てるわけがないじゃないか!」


今までで最も強い敵の出現。そして――――


「――――ふっ、奇しくも縁があるらしいな。ならば、今回は越えさせてもらおう」


―――――今ここで

「勝敗は決していない。―――いくぞ、大英雄。今度は前回の利子として、12個すべてもっていかせてもらう……!」


――――以前は成し得なかったことを


「――――――無限の剣製」


第3章、封鎖終局四海オケアノス編 近日公開

































もちろん嘘です。










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ヘラクレスがラスボス(確信)な第三特異点オケアノス
第三特異点プロローグ


前回の予告が嘘になるか真になるか、それは私のやる気にかかってます。つまりほぼ無理ということですね!


 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、待たせたね仁慈君。ようやく時代が安定したからもうレイシフトできるようになったよ。今回は1573年。見渡す限りの大海原だ!」

 

「範囲がアバウトすぎやしませんかね………」

 

 海の上を探し回れとか言われたら完全にムリゲーだぞ。ドラゴンレーダー的な探索装置が必要になるレベルだ。実は聖杯は深海のさらに奥でしたとかいうオチも勘弁してほしい。

 

「流石にそれはないよ。……ぶっちゃけると、特異点となるくらいだ。もう既に誰かが聖杯を所有して使っている可能性の方が高い」

 

「まぁ、過去の事例を見ればそうなるか……」

 

「一応聖杯があるかもしれないっていう海域は決まっているよ。唯、そこには小さな島がいくつか存在するだけだ。これは予測だけど、恐らく聖杯が関係していると思う」

 

「聖杯の力で新しい海域を作り出したってことですか?」

 

「予想だけどね。これを含めて至急原因を突き止めてほしい」

 

「了解」

 

 にしても、いきなり海と来たか……。いつもとは全く違う状況での戦闘を強いられることになるだろうし。いつも以上に慎重に行かなきゃいけないな。マシュも海上や不安定な足場での戦闘はきついだろうし。そこら辺を踏まえて戦闘を行えるサーヴァントを選出しないといけないなぁ……。

 

「そういうことなら私が行こう。せっかくこうして呼び出されたんだ。流石に家事だけやっているわけにはいかないだろう?」

 

「あ、エミヤ師匠。じゃあ、一人は決定ということで、後もう一人くらいは欲しいですねー」

 

「マスターここに優秀なセイバー殺しが居ますよ?聖剣二刀流ですよ?水の上も走れて超お得ですよ?(チラッチラ」

 

 名乗り出たエミヤに続いてアピールをするのはヒロインX。そういえば彼女は自分でアピールしていた通り、湖の精霊の加護がついていたはず……というか、聖剣といいこの加護のことと言いやっぱり隠す気ないだろう。こいつ。

 そういうわけで今回の特異点のお供はエミヤとXに決まった。この二人は何処かぎくしゃくしている―――というかエミヤ師匠が一方的に気にしているっぽい――――のだが、まぁ戦闘にまでそれも持ち込むような人じゃないし。そこは気にしてない。ついでにヒロインXの出現率も高い気がするが気にしない。どうせ、皆使えるサーヴァントなら回数とか気にしないで使うだろうし。孔明とか。

 

「そういえば、ドクター。レイシフトした際に、何もない海上に転移してしまった場合はどうすればいいんですか?」

 

 ごちゃごちゃと考えているうちに話は進み、マシュがロマンに疑問をぶつけていた。彼女の言う通りレイシフト先が大海原だとしたら、万が一にでもそのど真ん中にレイシフトしてしまう可能性が高くなるから当然の疑問だ。

 

「はっはっは、大丈夫だよ。そういったことも含めてレイシフトの際は細心の注意を払っているんだ。君たちだってレイシフトして、いしのなかにいるみたいなことにはなったことないだろう?」

 

「あったら即死なんだが?」

 

 いつも割と気軽に行っているレイシフトは、自分の制御が利かない分下手な戦闘よりも厄介だな。この時を狙われたらひとたまりもない。

 

「だから、心配しなくていいよ。それにもし、海上にレイシフトしてもさ。どうせ仁慈君なら大丈夫だろ?」

 

「どうせってなんだ」

 

「ドクター。冗談を言っている場合ではありません」

 

「大丈夫、大丈夫。こんなこともあろうかと―――」

 

「ババーン!私が浮き輪を作っておきましたー!カッコイイだろ?デザインはヒト〇マンを参考にしているんだ」

 

「何で普通の奴にしなかった……」

 

 ヒトデ〇ン型ってようは唯の星型だろ?しかもすっごく扱いにくいんだけどこの星型。どこ捕まって浮けばいいわけ?下手に先っぽ掴んだら沈むぞ、これ。

 ダ・ヴィンチちゃんが抱きかかえているソレを受け取った俺はなんとも微妙そうな顔をしていたことだろう。実際俺の心境はかなり微妙だ。一応俺だって泳げないことはないんだけど、服を着ている状態で海のど真ん中に放り出されたら死ねる。

 

「大丈夫さ!さっきも言ったようにレイシフトには最善の注意を払っている。万が一だって起こりやしないさ」

 

「むぅ……少々不安が残りますけど、時間もないのでそれで納得しましょう……しかし、先輩の身にもし何かあったら、何かしらの処罰は覚悟してくださいね?」

 

「マシュがちょっと怖い……」

 

「ミスターレッド。この度はよろしくお願いします」

 

「あ、あぁ………。(思い出すらも、綺麗なままではいられなかったか……)」

 

 ま、そんなこんなでいつものごとく、グダグダな感じで俺たちはレイシフトを開始した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 ドボーン!!!

 

 

 

 水しぶきが上がる。

 海水が口に少し入ってしょっぱい。

 服が水を吸って完全に重くなってしまっている。

 

 現在の状況はこういうことだ。これらが何を示すか……答えは簡単、海に落ちたのである。あれほどきれいにフラグを立てたのだ。この回収は当然と言えるだろう。

 

「………ドクターぁ?」

 

『ヒッ!?ま、待ってくれ!落ち着くんだマシュ!それ以上気を高めるな!流石にこれはおかしい!僕だって冗談で済む範囲と済まない範囲はわきまえている!!』

 

『いや、あれだけ言ってたから、フリかなって……』

 

『君ってやつはぁぁぁああああ!!!!』

 

 ロマン激おこ、ついでにマジ怒りである。

 温厚とヘタレが服着て歩いているとまで言われているロマンがここまで怒りをあらわにするのは珍しい……のだが、それも当然か。一応俺は最後のマスターという貴重な存在になっている。それをくだらないおふざけでダメにしてしまえば本格的に罪だからな。

 

「そういえば、マシュは大丈夫?鎧の分重くない?」

 

「どうやら大丈夫みたいです。これもおそらくデミ・サーヴァント化のおかげかと」

 

「エミヤ師匠は?」

 

「濡れただけだ。何も問題はない」

 

「Xは?」

 

「そもそも沈みません。海の上だろうと地面の上だろうとそこまでの違いはありませんし」

 

 海上での歩行をセールスポイントにしたXは当然のごとく水の上に立っていた。それが目的で連れてきたとはいえ、なんか釈然としない。

 

 大きな波が立つようになる前に何とかこの状況を脱したいと考えている俺たちの前に、運のいいことに一隻の船が近くを通りかかっていた。どこに向かうのかはわからないがこれは足になる。

 そう思った俺はマシュとエミヤ師匠に呼びかけた。

 

「今からあの船に乗り移るから、ちょっと俺の服掴んでて」

 

「えっ、え?な、なにをする気ですか?先輩……」

 

「諦めることだ。この馬鹿弟子が馬鹿弟子である限り、私たちの物差しで測ることはできない」

 

「ちょ、エミヤ先輩!?」

 

 エミヤ師匠はどこか悟り切った風にそういった。失礼な人だな。これからすることはそこまで特別なことじゃない。無駄に有り余る魔力を持っていれば後は細やかな制御ができない者でも可能なことだろう。

 

「X、船が一番近づいたら跳ぶから」

 

「はい」

 

 そうして、俺たちは船が自分たちに一番近くなるのを待つ。一番近づいた時でも普通であれば乗り移ることは不可能な距離だ。しかし、残念かな。今まで数多の英霊と子と構えてきた自分を今更普通とは言えないのである。

 

 乗り移るタイミングが訪れたとき、俺は水中で魔力を爆発させた。聖杯からのバックアップを受けた魔力の爆発だ。衝撃は十分なものだろう。それを利用して海中から脱出、そしてそれと共に船の甲板に届く高さまで跳び上がる。Xもそれに続いてきたのを確認し、今度は前進するように魔力放出を行う。かつて、ACのような軌道を行った俺からすれば唯の前進なんて造作もないのだ。

 

 前方への推進力を得た俺は、そのまま甲板のど真ん中に着地を果たす。

 ドスンという音に、甲板に元々いたいかにも海賊ですと言った感じの男たちが目を見開いてこちらに注目していた。

 

 そんな視線を華麗にスルーして、エミヤ師匠とマシュを下ろす。

 

「正直、私を抱える必要はあったのか?」

 

「ついでですよ。ついで」

 

「む、無茶苦茶です……」

 

「今さらですねマシュ。こういったことは気にしてはいけないと神も言っています。まぁ、私はセイバー顔ばっかり増やす神は許しませんけど」

 

 こうして、たまたま近くを通りがかった海賊船っぽいもの(乗員の恰好から推測)に乗ったのはいいものの、向こうから見たら俺たちは船に乗り移って来た侵入者なわけで……。

 

「親方!空から色々な人がっ!」

 

「なんだって!?えーっと……なんか知らんがやっちまえ!」

 

『アイ、アイ、サー!』

 

 当然襲われるのである。

 

「ど、どうしたらいいんでしょうか?」

 

「とりあえず大人しくさせましょう。話を聞いてもらうには落ち着くことが必要不可欠です。というわけで喰らいなさい!みねうちカリバー!」

 

「………確か、聖剣にみねうちは出来なかったはずだが……」

 

「これはOHANASHIですわ……」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「すみませんでした。なんでもするので許してください」

 

「こっちも、急に押し入ったからお互いさまということで……」

 

 数秒後、そこには無傷に近い状態のまま投げ出される海賊たちと、そのリーダー格と思われるものの姿が転がっていた……!正直、済まないと思ってる。

 だって、いきなり人が海から跳んで来たら誰だって混乱して思わず攻撃するのも仕方がないというもの。今回はこれのことと情報提供があるので普通に会話をしている。

 

「さて、ここまで暴れておいて悪いんだけど、何かこの周辺に関する情報とか持ってない?」

 

「さぁ?俺達も気が付いたらここに居たのさ。羅針盤も地図も役に立たねぇし、俺たちも多分にいちゃんたちとそう変わらないと思うぜ?」

 

 彼らの話を聞く限りだと、本当に突然の出来事だったらしい。いつの間にかこの海域に居て、地図も羅針盤も使えなくなっていたそうだ。この人たちもそれなりに長いこと海賊をやってきていてもこういったことは初めてだと言っていた。聖杯が絡んでいるだけあって既存の海域ではないのだろう。

 

「と、なるとこれはマズイな……」

 

「一応あてはあるぜ?なんでもこの近くに海賊島があるらしい。同業者から聞いたんだ。これからそこで水と食料を分けてもらうつもりなんだよ。……なんだったら、兄ちゃんたちも行くか?」

 

「……いいのか?」

 

 ぶっちゃけ、俺たちは勝手に上がり込んで勝手にボコしてきたトンでも集団だけど。

 

「旅は道ずれってやつよ。それに、にいちゃんたちみたいな強い奴が居れば、何があっても安心ってもんだ」

 

「そういうことなら、海賊島までよろしく」

 

「おう!……聞いたかテメェら!このにいちゃんたちに海の男ってやつをみせてやるぞ!」

 

『アイ、アイ、サー!』

 

 リーダーの男に続いて今まで転がっていた海賊たちも立ち上がって声を上げる。なんだろう、無駄にいい男たち過ぎて罪悪感がマッハだわ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに、先程の海賊たちの脳内はこんな感じ

「(おい、なんかすごそうなのが来たぞ!)」
「(あぁ、すごいな……【胸が】)」
「(あの男たち何とかすればいけるんじゃね?)」
「(でも、あの褐色の男は超強そうだぞ?)」
「(白いのちょろそうじゃね?こいつを人質にとれば……)」
「(確かに。細いし、なよなよしてそうだな……それで行こう!)」

『うぉぉおおおお!!』(仁慈に突撃)


尚、全員もれなく返り討ちに合った模様。


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海の悪魔と人の皮を被った悪魔

タイトルでもう、落ちている(確信)


 

 

 

 

 

 

 道中に起きたトラブルを乗り越えて、海賊たちと共にやってきました海賊島。見た限りは普通の島であり、特に変わったところはなさそうだった。ちょくちょく人の気配を感じること以外は無人島だと言われても違和感がないレベルだ。少なくともこの付近は。

 

 俺達を運んでくれた海賊船の船員たちも準備を終えたようで一緒に島へと乗り出す。すると、俺達と一緒にいた海賊とはまた別の海賊らしきものが俺たちを視界に入れてテンションを上げながら襲い掛かってきた。

 

「ヒャッハー!女だ!獲物だ!狩りだ!楽しそう!」

 

 海賊にはこんなやつしかいないのだろうか……。後、女だ獲物だ言ってたくせにどうして俺に来るんだ。

 

 世紀末的なテンションで襲い来る海賊の一人を魔力を込めた拳で後方へと思いっきり吹き飛ばし、彼の後に続いていた海賊を諸共吹き飛ばす。そして、海賊たちが動揺している隙に俺は肩を回しつつ脅しの意味も込めて低い声と殺気を振りまきながら、海賊たちに宣言した。

 

「そうだな。獲物を狩るのは愉しそうだよな。本当に。―――――と、いうことで今から始めようか?」

 

『マジすみませんでした』

 

 見事なまでの土下座であった。俺がエミヤ師匠から教わったものに勝るとも劣らない出来である。とりあえず、海賊の中で一番無事そうな奴を引っ張ってきて話を聞くことにした。

 ちなみにそんな俺の行動を見て、Xは頷き、エミヤ師匠は天を仰ぎ、マシュはもう諦めたような表情をしていた。まぁそんなことはどうでもいいんだ重要なことじゃない。

 

「許してやるから、キリキリ情報を出せ。じゃないと海に捨てちゃうぞー」

 

「ひぃっ!?」

 

 大の大人がビビっている姿はなんとも情けないものだった。

 

「まず最初の質問。ここって海賊島で合ってる?」

 

「(コクコク)」

 

 とりあえず、この前提が間違っていたら話が進まないので念のためということでこの質問を行うと海賊は怯えたように頷いた。

 よし、もしここが海賊島じゃなかったらまた行く当てもなく大海原をさまようことになる羽目になるから助かったわ。

 

 内心で安堵しつつ続けてもう一つ質問を行う。

 

「じゃあ次、この海賊島について一番詳しい人は?」

 

「あー……だったら姉御かと」

 

「姉御とはどんな人物なのですか?」

 

 マシュも疑問に思ったのか海賊に問いかけていた。

 するとどうだろう。さっきまで小動物のごとく震えていた海賊の男は急に自信を取り戻し、不敵に笑った。

 

「ふっふっふ、聞いて驚け。その姉御とは、我等が栄光の大海賊。フランシス・ドレイク様だ!!」

 

『何で急に態度を大きくしたんだろうか……』

 

『うーん、多分海賊としての必死のキャラ立てなんじゃないかな。と、思う私なのだった』

 

「無理してキャラ作る必要はないと思うのだが……」

 

「気にしてはなりませんミスターレッド。キャラ立てというのは、既にキャラが立っている人にはわからないかもしれませんが、そうでない人にとってはとんでもなく重要な案件なのですよ」

 

「………」

 

 あの二人は会話をするだけで微妙な空気になるな。やはり人選を誤ったかもしれない。今度エミヤ師匠に差し入れを持っていこう。

 とまぁ、あの二人のことは後で考えるとして……

 

「なら、そのフランシス・ドレイクのところに案内してくれないか?」

 

「い、いいだろう!ここここ、後悔しても遅いんだからねっ!お前たちなんて、姉御にかかったら一瞬で海の藻屑だい!」

 

「なんなんですかね。この人は……先程の時より、キャラ立ちがすごいのですが……」

 

「マスターのプレッシャーで混乱しているのでしょう。あれ、常人にはクるものだと思いますし」

 

 失礼な。これでも明確に敵対しない場合や、利益になる場合は容赦も情けもかけているつもりなんだけど。

 

「その分、敵となったときは容赦ないようだがな……まったく、どうしてこうなってしまったんだか。少々、後悔しているよ」

 

 いくら何でもディスりすぎじゃないですかね……。身から出た錆とはいえ、ここまでの集中砲火はちょっと泣けてくるぜ。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 キャラが立っていないようで実は物凄く個性的な海賊に案内され、仁慈たちはドレイクの隠れ家へと向かっていた。そんな中、マシュによるフランシス・ドレイクってどんな人?のコーナーが始まっていた。

 仁慈の知識は偏っている上に正確性に欠けている。英霊という過去に何かしらの功績を遺した人物たちと戦う身としては、こういった知識を持っていて損はないのである。どこぞの魔王殺しのように、口づけで知識を貰うことなどできないのだから。

 

「―――――以上がフランシス・ドレイクという人物が行ったことです。人類で最も早く世界を生きたまま一周した航海者であり、当初最強にして決して沈まない太陽と言われていたスペインを落とした……その偉業から海の悪魔(エル・ドラゴ)とも言われていたのです」

 

「なるほど」

 

 マシュの説明をきいてうんうんと頷く仁慈だが、彼も十分にそういう類の人間である。敵から見れば仁慈はまさに人の皮を被った悪魔だろう。

 特に第一特異点と第二特異点を共に戦ってきたXとカルデアの修行風景から仁慈のアレさ加減を嫌でも理解させられたエミヤは強くそう考えた。彼も立派な悪魔だろうと。むしろ、魔神柱(笑)よりもよっぽど魔神だろうと。

 

「姉御ー!姉御ー!敵……じゃなかった、客人です!姉御と話をしたいと言ってます!」

 

「あん?ったく、人がせっかくいい気分でラム酒飲んでるっていうのに……で?その客人は海賊かい?」

 

「いえ、多分違いやす!ウチらよりも幾分か上品で、遥かに乱暴な上に化け物みたいに強いです!」

 

「なんじゃそら………まぁ、いいさ。面白そうだ……連れてきな!」

 

 何か自分の興味をそそられることがあったのか、仁慈達との会合を望んだドレイク。彼らを案内していた海賊はその言葉に大人しく従い、仁慈たちをドレイクの下へと連れて行った。

 

 そうして、邂逅したドレイクはマシュの解説で説明されていた性別とは違って女性だった。長いピンクの髪を無造作に伸ばし、胸元は大胆に曝け出している。顔に大きな傷も入っていたが間違いようがないくらい女性だった。

 だが、仁慈はこの程度のことで動揺などしない。既に前例が何人も現れているため今更女性だろうが男の娘だろうが両性類だろうが驚かない程度には耐性ができていた。

 

「…………こりゃまた、随分と奇天烈な奴らを連れてきたねボンベ」

 

「へい。しかし、見どころはありますよ」

 

 仁慈を案内した海賊――――ボンベといくつか会話を交わすドレイク。その間放置されていた仁慈達も自分たちで話をしていた。

 

「奇天烈とは失礼なことを言ってくれますね。私のどこが奇天烈だというのでしょうか……」

 

「聖剣にジャージ、マフラーと帽子を身にまとった英霊………これを奇天烈と言わずしてなんというのだ」

 

「いいじゃないですか。ジャージ。動きやすさ重視ですよ?」

 

「あの、そろそろ話が再開しそうですので……」

 

「あぁ、済まない」

 

 マシュに窘められ会話を中断するエミヤとX。彼らが視線を戻してみれば、ドレイクと自分たちのマスターである仁慈が話し合いを始めていた。

 

 

「大体の話は聞いた。あんたら、一体何者だい?うちの阿呆共が世話になったようだけど?」

 

「追いはぎされそうになったら反撃しますよ普通。……ってそうじゃない。俺たちは簡単に言うとちょっとばかり遠いとこから来た旅人Aってところです」

 

「面白くない冗談だね。私のお楽しみタイムを邪魔したんだ。もう少しましな冗談を言いな」

 

「………カルデアっていう組織に所属しています」

 

 仁慈は正直に答えるものの、彼らの言う事実も冗談と大して変わらないため消極的だった。

 普通に考えて未来から来ましたなんて言っても信じてもらえるわけがないため、組織名だけを口にした。一応何者かという答えにはなっていた。

 

「カルデアぁ?星見屋が何の用だい?新しい星見の地図でも売りつけてきたのかい?」

 

『うわっ!?意外と博識だぞ、この酔っ払い!カルデアの起源を知っているとか……!』

 

「………なーんか薄っぺらい気配がするねぇ。アタシが一番嫌いな弱気で、悲観主義で、根性なしで、そのクセ根っからの善人みたいなチキンの匂いだ」

 

 散々な言われようである。これには通信越しのロマニもがっくりと肩を落とす。その隣で彼らの状況をのぞき見していたダ・ヴィンチは大爆笑だった。

 

「完璧です。先輩、彼女の分析……というよりも直感でしょうか?とにかく完璧にドクターという人間を認識しています!」

 

 へこんでいるところに仲間からの追撃が入る。

 ロマニはカルデアの管制室でしばらく泣いた。ダ・ヴィンチは腹を抱えて先程よりも大爆笑した。

 そんなことは知らないドレイクはそのまま仁慈に視線を向けて、ニヤリと笑った。

 

「けど、アンタは悪くない。その清濁併せ持った目は割とアタシの好みだよ。これで悪党に傾いていれば言うことなしだったんだがね。そこらの男なんかよりもよっぽど骨もありそうだ……アンタに免じて話だけは聞いてやろうじゃないか」

 

 そうして仁慈とマシュは話を自らの状況を説明した。この時代で感じているである異常とそれを修正するために来たこと。そしてそれに協力してほしい旨を伝える。

 だが、ドレイクは海賊でろくでなしだった。このような状況でも楽しむことのできる人間だったのである。

 

 

「そんなアタシに話を聞いてほしいなら、このフランシス・ドレイクを倒して見せな!」

 

「そう来るか……」

 

 彼女が酔っていることもあるだろう。しかし、元々フランシス・ドレイクとはこういう人物なのだ。

 ここでどうするか困ってくるのはカルデア側である。彼女は英霊になるほどの器であるが今は人間である。英霊や、それが混じっているマシュが相手することはあまり好ましくない。エミヤなら丁度いい感じに手加減をすることができるだろうが、ドレイクの視線は仁慈に固定されたままだ。

 

「なぁ、アンタ。今来ている連中のキャプテンなんだろ?ここは一つ、大将同士やってみないかい?」

 

 酒を持っていたビンを投げ捨て、両手に銃を持ったドレイクが笑う。対する仁慈はそれに答えるかのように、右手に一本の槍を出現させる。

 

「勝てば、話を聞いてくれるんですよね?」

 

「あぁ。アタシに二言はないよ!」

 

「わかりました」

 

 ドレイクが銃を構えて、仁慈が槍を構える。

 サーヴァントたちはそれを静観している。こんなようなことは今まで何回もあった。今さら騒ぎ立てることではないと考えているのである。

 

「往くよ!」

 

「――――――」

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

「かぁ~っ!効いた効いた。ラム酒なんて問題にならないレベルだねえ。まさか、弾丸全部その槍で弾いてくるとは思わなかったよ!」

 

 二人の戦いは数分で終わった。

 ドレイクの弾丸を仁慈は槍ですべてはじき返して反撃に出るものの、ドレイクも持ち前の勘と経験で回避していたのであるが、魔力を使える分仁慈が当然有利なのである。むしろ、人の身で数分持ったことを英霊たちは称賛していた。

 彼らにとってあのキチガイから数分生き延びることは偉業と判断されたらしい。

 

「いや、これくらいできないと生きていけない環境下に置かれていたので……」

 

「ハッハッハ!本当に面白いさねアンタ。……けどまぁ、何はともあれアタシの敗北だ。煮るなり焼くなり、抱くなり、好きにしな!」

 

「なら、俺たちに協力してください」

 

『すごいぞ仁慈君。即答か』

 

「ドクター。復活したんですね」

 

「協力ねぇ……さっき言ってた探し物のために足が欲しいってところかね。あんたたちは見た感じ海に不慣れそうだし、海賊であるアタシに頼るしかないわけだ」

 

「まぁ、極論を言えば。けど、足の意味もそれ以外の意味も含めて俺たちは貴女が……フランシス・ドレイクが欲しい」

 

 何やら致命的に言葉を間違えているかもしれないが大体あっている。彼らが聖杯を探すために船は絶対的に必要であるが、それに乗っている人も強いに越したことはない。その点、ドレイクは第二特異点の時のネロのように戦える側の人間なのだ。これを逃す手はないと仁慈は考えていた。言葉は間違っているけど。

 

「へー、ふーん、はーん。そうかい。ま、敗者であるアタシに選択権なんてないね。OK、なんでもやってやろうじゃないか」

 

 

 

 

 こうして仁慈たちはフランシス・ドレイクと手を組んだ。その後の会話で既に彼女がサーヴァントと遭遇して交戦していることと、この世界に元々あった聖杯をドレイクが手に入れているということ、そして、この特異点はドレイクさえいればぎりぎり今の状態を保っていられることが判明した。

 

 

「どちらにせよ。アンタたちに協力しないとこの宝も何もなさそうな海でずっとさまよい続けるってことかい」

 

「そういうことになる」

 

「だったら、協力するしかないねぇ……」

 

 一戦交えたおかげか、ドレイクからかしこまった口調はいいと言われた仁慈が答えるとドレイクは自らが盗って来たという聖杯で酒を注ぎながら答えた。

 

「おーら野郎ども!明日からの航海は今まで以上の無理難題だ!生きて帰れる保証なんてどこにもないから一生分飲んどきな!」

 

『おぉぉおおお!!』

 

 船員を煽った後、彼女も酒を口に運んでいく。その姿はここにいるどの海賊よりも様になっており、男らしかった。

 そんな彼女を視界の端で収めつつ仁慈も空を眺めて静かに酒を呷った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい雰囲気で誤魔化さないでください。先輩」

 

「未成年の飲酒は禁止だぞ」

 

「ちっ、流せなかったか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




仁慈と姉御の相性は悪くないと思うんだ。多分。


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失態

オケアノスをざっと見返している途中なんですけど、なんか長くないですか?
私の気のせいかなぁ。


 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、出航だ!帆を掲げろ、黄金の鹿号、出撃だ!ついでに景気づけと確認も兼ねて大砲をぶちかましな!」

 

 ドレイクが言うと、部下の海賊たちが大砲を撃つ。ドカン!と派手な音を立てて飛んでいった黒い玉はそのまま海に落ち、大きな水しぶきを上げる。景気づけとはいえ、随分と遠慮なくぶっ放すんだなぁ。まだまだ替えの弾はあるのだろうか。

 

「おぉ……!派手にやりますね。なら私も景気づけカリバーを……」

 

「もうやめてくれ……!聖剣が泣いているぞ!」

 

 エミヤ師匠。Xの言葉を真に受けて居たらきりがないので適度に流すことが重要ですよ。マジで。ま、それができないから苦労人なんだろうけど。冬木の反応から見て、X……というかアルトリア・ペンドラゴンに何かしらの縁があるみたいだし。

 ここに来てから苦労を背負いまくっている師匠を視界に収めて心中でアドバイスをしながら海をボーっと眺めているマシュに話しかける。どうやら彼女は見渡す限りに広がる海の光景に圧倒されてたらしい。

 

「はい、見渡す限りの海というのは初めてです」

 

「どう?見てみた感想は?」

 

「正直なところすごい、という言葉にしかできません。すみません先輩。どうやら私ではボキャブラリーが足りないようです」

 

「いや、いいよ。本当にすごいものに出会った時は、ポンポン言葉が出ないもんだし。マシュがそうなら、この光景はとてもすごいものなんだ。きっと」

 

「……そう、なのですか……?」

 

「多分ね」

 

 会話を終えたマシュは再び海に視線を向ける。

 初めの方から思っていたことだが、どうやら彼女はカルデアの外というものを知らなさすぎるようだ。俺よりも知識としては持っているのに、どれもこれも体験したことがない。そんなことをよく言っている。

 ……気にならないと言ったら嘘になるが別に急いで聞くことでもないだろう。こういうのは大体接しているうちに自然と耳に入ってくるもんだ。それが本人からか、別の人からなのかはわからないけど。

 

 しばらく、マシュと共に海を眺めていると、自分たちとは違う海賊が、船ごとこちらに向かってきているのが視界に入った。

 ドレイクに視線を向けると戦闘用意に入っているのか、大砲の照準を向けていた。ついでにこちらもエミヤ師匠に声をかける。

 

「エミヤ師匠。あの海賊船を沈めますよ」

 

「随分と簡単に言ってくれるな……」

 

「いや、俺もやるんで矢ください」

 

「………………」

 

 なんとも微妙そうな表情で俺はエミヤ師匠が投影魔術で作り出した偽・螺旋剣を弓に引っ掛ける。

 エミヤ師匠のこの投影魔術は本当に便利だと思う。一回教えてくれと言ったのだが、どうやら彼の投影は特別らしく普通の人が真似しても決して同じ効果は得られないらしい。……そうだ。後でゲイボルクを大量に投影して貰おう。投影した宝具はランクが一つ下がるらしいのだが、人間の俺が使うにはちょうどいいはずだ。

 

「……?普段よりも投影に使う魔力が少ないな……」

 

「あ、それ俺がバックアップしているからです。これでも聖杯と繋がっているので、魔力だけなら無尽蔵にありますし。と、言うわけで後でゲイボルク大量にください」

 

「……………少しは遠慮というものを知りたまえ。Xだけでなく、君まで私の胃を破壊したいのか?」

 

「英霊ならセーフ」

 

「なんでさ」

 

 ブツブツとつぶやくエミヤ師匠をスルーして、彼からもらった偽・カラドボルグに魔力を込めていく。確か、師匠の得意技で壊れた幻想という投影宝具専用と言ってもいいんじゃないかと思える攻撃があったので、それの為の準備だ。

 

 魔力を込め終わり、こちらに近づく海賊船に向かって偽・カラドボルグを放つ。俺が放った偽・螺旋剣は海賊船に穴をあけつつ内部で爆発を起こした。エミヤ師匠もそれに続き、攻撃を開始する。

 二度にわたり強力な攻撃を受けた海賊船はなすすべもなく沈んでいく。しかし、船全体が沈む前にスゥーっと消えてしまった。まるでそこには何もなかったかのようにきれいさっぱり消えてしまったのである。

 

「……あんたらの大砲ばりの攻撃にも驚いたけど、海賊船がスゥーっと消えちまったねぇ……。なぁ、仁慈とマシュ。これはあんた達的にはありなのかい?」

 

「……どうなんでしょうかドクター」

 

『ん?あぁ、ありだよ。ありあり。あれはね。この海域に記録されている海賊の概念みたいなものだろう。詳しいことは面倒だし省くけど、簡単に言うと、量産型海賊の幽霊みたいなものさ』

 

「んー?結局どういうことなのさ?」

 

「実体のある幽霊ってところ。実力はドレイクが戦った大砲の効かない超人の足元にも及ばないレベルだ。多分、ドレイクの部下も奴らに対抗できると思うよ」

 

「つまり、倒したら消えるだけの人間みたいなもんか。なら、安心だ!」

 

 心の底から安心したといったドレイク。もしかしたら彼女は幽霊やその手の類は苦手なのかもしれない。まぁ、その理由は攻撃が当たらないとかそういう理由っぽいけど。

 

 

 幽霊(物理)船という矛盾の孕んだ敵を沈めてしばらくしてから、暇を持て余したドレイクが俺たちに話しかけてきた。

 

「ところでさー。昨日話したことなんだけどねぇ。本当にこの海域に財宝はないのかい?」

 

『別にそんなことはないよ。ここはおそらく大航海時代の海の再現だ。さっきの海賊もその一部だしね。だから、財宝も同じようにある可能性は確かにある。ただ、もしかしたらさっきの海賊たちみたいにその財宝を狙う連中もいるかもしれないよ?』

 

「あっはっは!いいねえ!早い者勝ちっていいのはわかりやすい!」

 

「でも、姉御。財宝の当てがないっすよ、全然」

 

「お馬鹿。あてを見つけるところから始めるんだよ」

 

 そう彼女は笑う。

 まぁ、宝探しっていうのは案外探している時や、時々出てきたり出てこなかったりする謎を解く方が楽しかったりするからな。海賊のドレイクなら余計そう思ったりするんだろう。そういった気持ちはわからなくもない。自分のしたいことっていうのは、それを達成するまでに立ちふさがるものも楽しく感じてしまうもんだ。

 

「………ふむ、島が見えるな。東北東方面に一つ」

 

「マジか」

 

 エミヤ師匠に言われて俺も眼球に魔力強化を施してその方角を見やる。すると確かに島があった。なんかさっきまで居た島と似ているような感じがしているがなんとなく気のせいということにした。

 

「あんた達目がいいねえ。おい、あれは本当かい?」

 

「へい。確かにあの赤いのと、兄貴の言う通りです!東北東に島が見えます!」

 

「ようし、野郎ども。あの島に向かいな!」

 

 ドレイクの指示によって乗っている船が島に向かって進みだす。すると、島が近くなるにつれてもう慣れ親しんだ気配が俺の感覚に届いてきた。この反応はサーヴァントである。

 

『仁慈君。どうせ気づいているだろうけど一応知らせておくよ。あの島にサーヴァント反応がある』

 

「了解。後、ロマン。そんなに拗ねないでくれませんかね?男が拗ねても可愛くないんだけど」

 

『君が居るとね!僕の存在意義が疑われるんだよ!正直、自分でも〈もう仁慈君だけでいいんじゃないかな?〉と思っているんだよ!』

 

 怒られてしまった……。

 なんなんだろう。ちょっとだけ理不尽だと思いました(小並感)。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

「あんたらは船を守ってな。どうやらここにいる奴は例の超人らしくてね。ちょっくらアタシと仁慈達でブッ倒してくる」

 

「へい!お気をつけくだせえ」

 

 ドレイクの部下に船を任せて島へと上陸する。

 パッと見た感じ近くにサーヴァントが居るということはなさそうであった。

 

「慎重に進みましょう。先輩。まだ、そのサーヴァントが敵か味方かわかりませんから」

 

「会ってみればわかるさ。殺意をむき出しにしたら敵ってことで、敵意までならぎりぎりセーフ」

 

「その基準はどうなんですか……」

 

「んー、そのあたりか?」

 

 マシュとサーヴァントの対応について話し合っているとドレイクが急に銃を撃つ。その所為でマシュはビクンと身体を跳ねさせて驚いていた。

 

「ど、どうしたんですかドレイクさん!?敵ですか!?」

 

「いや、なんとなく撃ってみた」

 

「『何となく』『撃ってみた』……!?」

 

「いやさ。こういう嫌な予感がしたらとりあえずブッパっていう発想も必要だよ」

 

「あーわかるわかる」

 

「やっぱり?アンタは本当に話が合うねえ!どうだ?今からでもアタシと一緒に来ないかい?」

 

「……まるで先輩が二人に増えたみたいです」

 

 肩を落とすマシュ、その肩に手を置き悟り切ったような顔を浮かべるエミヤ師匠。その後ろで聖剣をブンブン振り回す下手なバーサーカーよりもバーサーカーしているX。「出番をよこせやー」と言いながら宇宙的アトモスフィアを漂わせる聖剣を振り回す姿はまさに狂気だった。そっとしておこう。

 

「ま、とりあえず様子を見てくるよ」

 

 てくてくと先に行ってしまうドレイク。 

 流石にサーヴァントが居る状況で一人にするわけにはいかないため俺達も急いでその後を追った。

 

 森の中をかき分け、突き進んでいくと、前方を走るドレイクが何かを発見したようで俺たちのことを呼んでいた。

 少々速度を上げて彼女に追いつく。するとそこには石版がぽつんと立っていた。そしてそれには何かが書かれている。多分、ルーンか何かだろう。兄貴や師匠が使っているところを見たことがある。読むことはできないけど。

 

「なんか刻んであるんだけど、解読できそうかい?」

 

「これはルーン文字ですね。先輩、解読はできそうですか?」

 

「悪いけどできない。最低限魔術に使うルーンしか覚えてないから。ドクターはどうよ?」

 

『おっ、やっと僕のでb『ふむふむ、随分と新しいルーン文字だね。刻まれたのはおおよそ一週間前だ』………』

 

 ロマンェ………。

 せっかく回って来た出番を横から搔っ攫われて意気消沈している姿が目に浮かんでくるぜ……。

 

『えーっと、何々?「一度は眠りし血斧王、再びここに蘇る」………大雑把な意味合いはこんな所かなぁ。んー?血斧王……どこかで聞いた気がするんだけど……』

 

『…………………この僕も悲しみを背負うことができたよ。ちなみに血斧王は九世紀、ノルウェーを支配したヴァイキングの王だよ』

 

「バイキングの王ですか!?」

 

「てめぇじゃねえ座ってろ」

 

 ロマンが無想転生できそうなんだが……。それでもしっかりと解説をしていくスタイルにロマンの執念を感じた。ついでにヴァイキングの王をバイキングの王と間違えたXにも執念を感じた。主に食に対しての。

 

『って、ふざけている場合じゃない!気を付けて!その石版、今まで相手にしてきていた海賊たちと同じ反応がする!』

 

 悲しみを乗り越えていつものロマンに戻ったと、同時に俺たちに向かってくる気配を察知した。これは敵意と殺意、気配からして今まで相手にしていた海賊たちと同じ感じのようだ。

 

「敵ですね」

 

「あぁ、そのようだね。チクチクと嫌な殺気だ」

 

「となればやることは一つ、先手必勝ですよ」

 

「さぁ、マスター。指示を下せ」

 

「わかっておりますとも。やられる前にやる。戦いの基本です。……というわけで者共、やっておしまい」

 

 ここにいるのは、セイバー絶対殺すマンに弓兵、天使に海賊、そして人間のマスターだ。つまり、戦いに無駄な流儀を入れない連中ばかりである。そういった相手に勝負を仕掛ければどうなるか………考えるまでもない。

 

『我らが王、エイリークのたm――――』

 

「やれ」

 

 無防備に出てきた瞬間を刈り取るまでの話だ。

 罠を仕掛けて、敵を囲い、尚且つ一人で一騎当千の活躍をしそうな奴らを連れてきてから出直せ。

 

 森の方からやって来た敵は、顔を出した瞬間。俺たちに一斉に襲い掛かられることとなった。

 もちろん、元々個人の戦力に差がありすぎるのに不意打ちを喰らって敵が長く持つはずもなくあっけなく消滅していき、一分もかからないうちにすべての敵を処理し終える。もはやそれは戦闘や蹂躙ではなく、唯の作業だった。

 

「戦闘終了です」

 

『近くのサーヴァント反応がさっきから動いてないな……。もしかしたら気づいていないのかもしれない。とりあえず、そこを離れよう』

 

「それがいいね。……それにしても仁慈。見事な手並みだったよ。やっぱり、アンタはいいねえ!その容赦のなさとか特に」

 

「ドレイクも、流石海賊だけあって戦い方をわかっていらっしゃる」

 

 ロマンの言葉に従って移動しつつドレイクと会話を繰り広げる。彼女は自分が海賊でろくでなしということを自覚しているため、戦いに美しさを求めない。思考回路が完全に勝てばよかろうなのだァ思考だった。

 俺も、槍師匠という最大のケルトキチによって培われた教えの所為でこういう考えなので実に話しやすい。もしかしたら俺は混沌・悪なのかも……。

 

「あー……それにしても財宝近くにないかね。くんくん」

 

「ドレイク船長。財宝は匂いませんよ」

 

「いや、マシュよ。何も彼女は本当に匂いで財宝を探しているわけではないと私は思うのだが……」

 

「食べ物ならわかります」

 

「ヴァイキングの件といい腹でも減ったのかX」

 

 いつも通りの彼女にツッコミを入れつつ、マシュとドレイクの会話を耳に入れていく。どうやら、彼女はマシュに賭け事を仕掛けたようだ。内容はこの先に財宝が本当に存在した場合、俺たちを連れて世界一周を行うこと。俺たちの戦力と人柄を見て欲しくなったらしい。マシュも世界一周という言葉を繰り返し、まんざらでもない様子だ。

 

 ………しかし、それは難しい。俺達には人理を復元するという目的がある。ついでに言ってしまえばここでの騒動の原因である聖杯を手に入れてしまえば、復元が始まり彼女たちの記憶からも俺たちのことは消されるのだ。ぶっちゃけ、一緒に行くことは不可能なのである。

 

「どうだい仁慈。あんたが行くっていえばマシュもそこの赤いのも、青いのもついてくるだろ?」

 

「Xを連れていくことだけはお勧めしないよ。途中で絶対に食糧難だ。でも、もしドレイクがこの賭けに勝って、この騒動を解決した後に今の約束を覚えていたら(・・・・・・・・・・・)……その時は世界一周に付き合おうじゃないの」

 

「………………そうかい。なら、さっさと終わらせないとね!」

 

 しばらく間をあけてから彼女は笑ってそう言った。

 おそらく俺の答えた感じからして、そのことが不可能であると悟ったのかもしれない。本当に勘の鋭い人だと思う。

 

 少々湿っぽくなってしまった雰囲気の中、突然ロマンの切羽詰まった声が響き渡った。

 

『―――っ!サーヴァント反応が動いた!君たちのところに急速接近中だ!』

 

 全員で一斉に戦闘態勢に入る。

 エミヤ師匠はもしかしてアーチャーなのに弓よりも使ってね?でお馴染みの干将・莫耶を投影して構え、Xは聖剣を居合切りのような態勢で持っている。マシュも盾を構え、ドレイクは銃の弾を入れ替えていた。もちろん俺もエミヤ師匠にちょっとばかし投影して貰ったゲイボルクを手に一本、地面に二本刺して構えている。

 

「―――先輩。話の通じるサーヴァントだと良いですね」

 

「そうだね。でも―――――――――」

 

 

 

「ギギギギギギギギギギ、ギギギギィ―――――!ワガッ!ナハ!エイリーク!イダイナル、エイリーク!ジャマヲ、スルノ、ナラ、コロス!!ギギギギギィ―――――――!!」

 

「―――――――――こりゃ無理だろ」

 

「そうですね。その通りだと思います」

 

 出てきたのはどう考えてもバーサーカー。その殺意はこちらに向いており、大きな石斧を豪快に振り回している。どんなに頭がお花畑でも、これがお友達になりに来たなんて思えないだろう。

 

 そう判断を下し、右手に持っているゲイボルク(投影)を自己紹介してくれたエイリークに投げる。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 投影であろうと、俺が投げようと、真名開放されたゲイボルクはエイリークと名乗ったサーヴァントを貫くまで止まることはない。それが、ゲイボルクなのだ。

 

「ギィ!ガァ!!」

 

 自分のことをしつこく狙うゲイボルクに対して脅威を感じているのか手に持っている斧でゲイボルクを弾く。

 しかし、何時までもゲイボルクと遊んでいるおかげで実に隙だらけだ。今回戦っているのは槍だけでなく英霊二人に、人間二人、デミ・サーヴァントが一人なのだから。

 

「X。合わせろ」

 

「いいでしょうミスターレッド。貴方が二刀流というのなら私もまた二刀流で行きますとも!」

 

 エイリークに突っ込んでいく二人、その二人が到着する前に、ゲイボルクに込めていた魔力を爆発させて相手の視界を塞ぐ。

 エミヤ師匠は千里眼を、Xはその直感を以て相手の居場所を割り出し、そこに向かって己の得物を手加減抜きで振るった。

 

「ギギギギギィ!!??グオオオオオ、ユルサン!!」

 

 斧を振り回して二人に反撃をしようとするエイリーク。しかし、こちらには心強い盾が居るのである。

 エイリークとエミヤ師匠、Xの間に体を滑り込ませたマシュはその巨大な斧をシールドでしっかりと受け止める。彼女は今までの戦いで強い力を分散して防ぐことを覚えているため今やちょっとやそっとじゃびくともしない。

 マシュが攻撃を受け止めてできた隙を突くようにドレイクが銃を連射。適当に撃っているとさえ思えるのに、その弾丸は見事なまでにエイリークを狙い撃ちしていた。

 

 聖杯の補正があるため効果のある弾丸をまともに受けてよろけるエイリーク。その巨体が揺れ動いた瞬間、俺も地面に刺してあるゲイボルクを手に取って、加速する。

 ケルトから受け継ぎつつも、なんだかんだで今まで行えていなかったこの業を受けてみよ。

 

「その心臓、貰い受ける。――――――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!……ニレンダァ!!」

 

 その槍は結果を作ってから原因を作る因果の槍。回避は不可能……とされている。少なくとも俺のは当たる!――――はず。

 

 若干言いようのない不安に襲われたものの、どうやらしっかりと因果は仕事したらしく、エイリークの心臓に槍が突き刺さった。二本とも。

 

「グ、ガガ………アレハ、オレノ、モノダ………」

 

 そう言い残し、消えていくエイリーク。

 しかし、その消え方はいつもの消え方ではなかった。金色の光とならなかったのである。そのことに気づいた俺はすぐさま気配を探るが、この近くにサーヴァントの反応はなくなっていた。ロマンに聞いてみても、反応はないという。

 十中八九逃げたのだろう。獲物を仕留めそこなうとか、とんでもないことをやらかしてしまった……。それにしても、エイリークを相手していると体の動きが若干鈍かったよな気が……いやいい訳か。今回あれを逃がしてしまったことは紛れもない事実だ。これがどのような結果につながるのかはわからないけど、覚悟だけはしておこう。そして次はしっかりと止めをさせるようにゴォレンダァ!!にしようと思う。

 

 

 その後、ドレイクはエイリークが乗って来たと思われる船からここら周辺の海域のことが書き記されている地図という名の財宝を発見し、賭け事に見事勝ってみせた。

 

 やはり、本物の海賊の勘は侮れないようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに、どうして仁慈がエイリークを仕留め損ねたかというと、支援呪術のせいです。これの所為で仁慈のステータスとついでに宝具ランクを一段階下げられたので仕留めそこないました。
本人は、そのことを知らず、唯々自分の落ち度だと思っているので、次発見したときは容赦なく殺す気でいます。


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やればできるんだよ。普段はやらないだけby仁慈

オケアノスは今までで一番長くなるかもしれません。

後、明日から学校が始まるので、今までのように一日一話更新という頭のおかしい速度は維持できなくなります。予めご了承ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、俺たちは今謎の迷宮の前にいます」

 

「先輩、誰に向かって言っているんですか?」

 

「ヤツの突発的な行動は今に始まったことじゃない」

 

「その通りです」

 

 サーヴァントのみんなが冷たい件について。

 まぁ、それはともかく、前回の引きよりもだいぶ物事が進んでいるのでちょっとばかし簡単に説明をしよう(メタ話)

 

 

 エイリークの地図から島を見つける→上陸して調べる→大きな地震で船が心配になる→結界を張られて閉じ込められた!→結界を張った本人を探して迷宮にたどり着く←今ここ

 

 

 地下迷宮とはまたすごいことになって来たと思う。もはやなんかのアトラクションでもやっているかのような気分だ。まぁ、迷宮内にはいくつかの反応があるし、その中で大きいのも二つほどあるというのは漠然と感じているけれど。なんというか、その大きな反応の位置が安定しないのである。まるで霧をつかむような感じで、靄がかかっているようだった。もしかしたら、この迷宮は感覚を狂わす何かがあるのかもしれない。

 

「おー!地下迷宮じゃないか!海賊の血が滾るねえ!」

 

「ち、ちょっと待ってください。地下迷宮の規模もわかっていないんですから、一度撤退してみてはいかがでしょうか?」

 

「大丈夫だよマシュ。ちょっと待ってて……」

 

 撤退を提案するマシュを少しばかり呼び止めて、自分の耳に魔力強化を行う。そして、迷宮の地面をコンコンとニ、三回叩いて音を出した。魔力で強化された耳は音を反響した音を拾い、その長さでこの迷宮の道を割り出していく。

 

「この辺の地形は把握した。どうやらこの先いくつか分岐点があるみたいだ」

 

「あんた本当に多芸だね。便利にも程がある……けどちょっと面白くなくなっちまったよ……」

 

「大まかな地形を把握できるだけだから財宝の在り処なんて言うのはわからないよ」

 

「それでも面白さ半減さね」

 

「我慢してくれ。流石にここで死ぬわけにはいかないから……」

 

 ちょっとだけ機嫌を損ねてしまったドレイクを宥めつつ、地下迷宮の中を進んでいく。途中、ラミアだの動く骨だのとてもテンプレートな敵が湧いて出てきたりもしたけれどもサーヴァント二体の時点で負けるわけがない。なので、適当に蹴散らしつつ道順だけはドレイクの勘に従って進んでいく。

 

「あ、そうだ。先輩。離れないように、手をつなぎましょう。そうすると嫌でもはぐれませんから」

 

「いいでしょう(即答)」

 

 断る理由などあるのだろうか?マシュからのお誘いである。しかも、手をつなごうというお誘いである。別にこれだけ固まっていればはぐれることなどないし、もしはぐれたとしても俺一人でもある程度何とかなるし、最悪令呪を使えば転移などで合流できるのだが……そこは言わないでおこう。何度でも言おう。マシュからのお誘いである。断る理由などありはしない。ここで断るなんて言うやつは次元を超えて槍をくれてやる。

 え?手がふさがった状態だと戦えないし、マシュも盾を構えることができないって?問題ない。マシュを抱えて俺が足で戦えばいい。

 

 というわけできゅっと手を握る。冬木にレイシフトする以来の手つなぎであるが特に何かあるというわけではない。思うことと言えば妙に懐かしく感じるなーということと、自分よりも幾分か体温が高いということ、そして柔らかいということだけである。

 

「随分と初々しいじゃないか仁慈。君もその根幹は男だったか……」

 

「私はマスターの剣ですから。大丈夫ですよ。えぇ」

 

「ヒュゥー!なんだ、妙に大人びているかと思ったけど年相応のところもあるじゃないか!」

 

外野がうるさい。

 ほら、お前らの所為でマシュの顔がとんでもなく赤くなってしまっているじゃないか。これで速攻で手を離されたらどうするんだ。

 

 なんて心配していたのだが、そんな必要はなかったらしく、マシュはさらに強く手を握って来た。

 

「なんだかこうしていると、あの時のことを思い出しますね。まだ、それほど時間がたったわけではないのにすごく懐かしく感じます」

 

「まぁ、あの日から一日一日が濃すぎるからなぁ……」

 

 思えば、まだあれから半年たってないのか。大体四か月くらいってところかな?もうとっくに半年は過ぎていると思ったんだけど……思えば色々あったな。オルレアンの時なんてまだ未熟だったら一回ぶっ倒れたっけ。いやぁ、懐かしい。

 マシュのぬくもりを感じながら過去に思いを寄せていると、俺の鼻によく覚えのある臭いが漂ってきた。職業柄嗅ぎなれているであろうドレイクも気づいたようだ。

 

「ちょっと待って。臭うな……」

 

「これは血だね」

 

「あぁ………発生源はこれか」

 

 ドレイクが見つけた血痕は点々と続いており、この怪我を負っている人物の足取りを俺たちに教えてくれていた。

 

「ふむ、この感じはそこまで時間は経っていないな。少なくとも、三時間以内といったところだろう」

 

「どうする?追ってみるかい?」

 

「出血量から言って、そこまでの怪我を負っているというわけじゃあなさそうだ。これなら、この地下迷宮内の敵にやられていなければ会えるかもしれない」

 

「唯一の手掛かりですし、追ってみましょう」

 

「(馬鹿な。この私が、会話に入っていけないだと……!?)」

 

 一人で戦慄するXには誰もツッコミを入れなかった。エミヤ師匠でさえついにスルーし始めたのである。彼女はしばらく固まっていたが、俺たちが先に行ったことに気づいたのかすぐに後を追ってきた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「なんか、嫌な予感がするねえ……」

 

 だいぶ前に頼りにしていた血痕を見失い、適当に突き進んでいる最中にドレイクが唐突に呟いた。

 彼女の勘が唯のあてずっぽうじゃないのは短い間共にしただけの俺達でも十二分に理解している。こういう時は頼りになる直感もちのXに話を振ってみるに限る、というわけでXに話を聞いてみることにした。

 

「何かいる気配はします。唯……それに対していつも通りの対応をすると、取り返しのつかないことになりそうなんですよね」

 

「取り返しのつかないこと、だと?」

 

 Xの曖昧な言葉にエミヤ師匠が首を傾げる。俺たちがいつもしている対応っていうのは、恐らく敵になるものは容赦なく攻撃しているということだろう。正直これ以外にいつも徹底していることはない。

 ただ、これをしてしまうと取り返しのつかないことになるということは、仲間になってくれる可能性があるサーヴァントが襲ってくるとかそんな感じだろうか。頭をフル回転させて思考を巡らせる。ここの選択肢は間違ってはいけない気がするのだ。

 

 そもそも、どうして結界などが張り巡らされたのか。敵が俺たちを逃がさないためか?いや、それなら張った時点で襲ってこないのはおかしい。閉じ込めて時間稼ぎをするためか?これも違う。ドレイクが持っている聖杯がある限りこの時代の破壊は成功しない。相手方も彼女が持っている聖杯を欲しているはずだ。となると………人理をぶっ壊した俺たちの敵とは関係ない、もしくは敵対しているサーヴァントが自分のことを守るために、結界を張った………?

 今までの流れからして、確実に人理を破壊するために召喚された英霊たちとそれに対抗する為に呼び出されたサーヴァントの二種類が居るはずだ。もしかしたらここで結界を張っているのは、そういったサーヴァントかもしれない。

 

 そう、結論をつけた瞬間。俺たちの方にまっすぐ進んでくるサーヴァント反応を確認した。この迷宮の仕様なのかロマンと通信が通じないために相手のクラスが分からないのがちょっとばかし辛い。

 

 もう全員気付いているだろうが、一応声に出して臨戦態勢を整えるように言っておく。

 こちらが戦闘準備を整え終えたとたんにそのサーヴァントは姿を現した。

 

 牛の頭を象ったような鉄の仮面をつけて、上半身は裸で傷だらけ、両手には大きな斧を持っており、その身長は二メートルを優に超えている。

 

「………しね」

 

「で、でかっ!?何だいコイツ……!?」

 

「この、あすてりおすが、みな、ごろしに、する……!」

 

「どうやら、ここは彼の……領域だったようです!アステリオスとは一般的に知られているものだとミノタウロスですから!迷宮はつきものです!」

 

 彼女の言葉を耳に入れる。

 ミノタウロスか、それはまた随分と有名どころが来たもんだ。だけど、相手の言語能力とそのミノタウロスという正体からおそらくクラスはバーサーカー。ここは相手のホームグランドなれど、逃げなければ大してそのアドヴァンテージは変わらない。

 で、あれば――――――

 

「Xの直感のこともあるし、適当に戦闘不能にするぞ!」

 

「無茶を言う……!」

 

「あの化け物相手に手加減だって!?正気かい!?」

 

「大丈夫ですドレイク船長!手加減が必要なのは主に、先輩とXさんだけです!あの二人の力と何より容赦のなさは折り紙付きですからっ!」

 

「任せてください。マスター!」

 

 まず仕掛けてきたのは相手側、アステリオスだ。

 その巨体からは想像できない速度で跳び上がり、そのまま両手にもった斧を振り下ろす。ここは迷宮で通路上での戦いだ。避ける場所は少ないため有効的な攻撃だと言えるだろう。しかし、こちらには頼りになるシールダーが居るのだ。

 

「マシュ!」

 

「はい!」

 

 彼女に対して全力の魔力強化を行う。普段よりもステータスが高くなったマシュはアステリオスの攻撃を真正面から見事に受けきってみせた。流石の防御力である。エイリークの時に見せた力の受け流し方もバッチリだ。

 

 攻撃を受け止められてできた隙を縫って俺とエミヤ師匠、Xががら空きの背後に回る。エミヤ師匠にもらった投影ゲイボルクを手に持ってアステリオスの背中にそれを突き立てようとするが、マシュへの攻撃をいったん中断して、大木のような腕を振るって斧を横薙ぎにして振るう。

 

 俺はそれをかいくぐるように姿勢を低くして回避するが、鉄球の付いた足も振り回してきたため、後退せざるをえなかった。

 そして代わりに第二陣としてエミヤ師匠が干将・莫耶を両手に向かって行く。その背後にはXも控えており、前方には盾を構えたマシュとドレイクもいる。

 

 初めの方は両手を振り回し、斧を無造作に振るって攻撃を回避していたのだが、体力も消耗して段々と傷が目立つようになってきた。

 

 結局、数の暴力には勝つことができなかったアステリオスは五分後には傷だらけの状態で地面に膝をつくこととなった。

 

「ふぅ……戦闘終了……!?なっ!?」

 

「ウ……グッ、う、うぅ……!」

 

「あれだけ鉛玉を喰らってまだ立つかい!大食漢にもほどがある!」

 

「ま……もる……!」

 

 守る、ねぇ……。やっぱりこの結界は俺たちを閉じ込めるために張った物じゃないっぽいな。

 そう確信を持った俺はさらに強い銃を取り出そうとするドレイクに静止の声をかける。すると、その言葉がどこかの誰かとかぶった。

 

「ドレイク、ストップ」「お待ちなさい!」

 

 俺と同じタイミングで静止を呼び掛けた人物はサーヴァントだった。とてもひらひらした衣装に薄紫色の美しい髪をツインテールにして縛っている。その外見はとても可憐であり、神々しさすら感じるものだった。ま、内面は酷そうだが。

 

「わかった!私がついて行けばいいんでしょう!?煮るなり焼くなり好きにするがいいわ!」

 

「え、えっ……えっ?」

 

 マシュ、大混乱である。

 わからなくもない。急に食い気味に私を連れて行きなさいというサーヴァント相手にどう対応していいのかわからないのだろう。エミヤ師匠とXはこのサーヴァントが不意を突いてこないか警戒しており、ドレイクもなにがなんだかわからないという感じなので代わりに俺が話を進めることにした。

 

「ちょっと、ストップ。俺たちは別に、君たちを狙ってきたわけじゃない」

 

「はぁ?何言ってんのよ。あんた達は私をアイツのところに連れて行こうとしているんじゃないの?」

 

「アイツっていうのが誰のことだかわからないが、俺たちは君たちに用はない。唯、この島に張り巡らされた結界を解除してほしいだけだ」

 

「え?じゃあなんでアステリオスと戦闘してるのよ?」

 

「襲われたらそれなりの対応をする……当然のことでしょ?」

 

 現に今回はしっかりと先手を譲ったのだ。

 普通にいつも通り相手をするなら気配を察知した段階で先制投げボルクくらいはしている。それに、待ってと言われて待つわけがない。さっさと止めを刺す。

 

「えっと、もしかして?」

 

「………とりあえずこちらの状況を説明するわ」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 俺はお互いに少しだけ冷静になったために今までの状況をアステリオスを庇った少女に説明した。すると彼女は力の限り叫んだのである。

 

「な・に・よ・そ・れーーーー!!あんた達、紛らわしいのよ!」

 

「ま、これはお互いさまということで納得してもらうほかない」

 

 怒りをあらわにする少女にそう言いつつ、アステリオスに回復魔術を施していく。一応警戒はしているのだが、戦闘の意思がないことくらいはわかってくれているのだろう大人しく治療を受けてくれていた。

 少女は傷がいえていくアステリオスに安心している。治療にはもう少しかかるため、今度は相手側の事情を聴くことにした。

 

 

 

 

 

 

「変態サーヴァントに追われた……ねぇ……」

 

 

 話を聞き終わった後思わずそうつぶやいてしまう。少女―――女神エウリュアレが言うには、とんでもない変態サーヴァントに追われていたためにここで結界を張って籠っていたのだという。

 籠るという選択肢を取らざるを得ないということは彼女一人ではかなわなかったのだろう。そうすると、敵はかなり強い個人か、複数人いるということになる。今までの感じから言ったら後者だろう。

 

「うーん。だったらあんたら二人ともアタシたちと一緒に来ないかい?私はね。面白いものと金になりそうなことが大好きなんだ。アンタは金になりそうだし、そこのアステリオスもよく見りゃいい男だしね!」

 

 思考を巡ららせているといつの間にか勧誘が始まっていたでござる。意外な展開に俺は動揺を隠せない。ま、エウリュアレはわからないがアステリオスは戦力になりそうだしいいかもしれないけど。

 

「……どうする、アステリオス?」

 

「おまえ、が、いくなら、いく。ひとりは、さみしい」

 

「――――そう、ならいいわ。船に乗ってもいいわよ。あ、でもね。私専用の個室を用意してもらうわそれからね―――――――」

 

 どうやらドレイクの誘いに乗るようだ。少しばかり要求が多い気がするが、女神というのなら納得できる。ドレイクはその要求にたいして豪快に笑っていた。自分の船に女神が乗るのならそれも安いと思っているのかもしれない。

 ま、何はともあれ丸く収まってよかったよ。

 

 

「X。どうもありがとう」

 

「いえ、私は直感に従ったまでですから。それに――――マスターの役に立てるのであれば、私はそれで充分です」

 

「ありがとう」

 

 Xにそう返した後エミヤ師匠にもお礼を言う。

 

「エミヤ師匠もありがとうございます」

 

「ふん、手加減する余裕がない男にお礼を言ってもいいのかね?」

 

 うわ、微妙に拗ねている。心は硝子かな?

 

「そう卑下しないでくださいよ。弟子である俺まで低く見られちゃうじゃないですか。それに助かっているんですよ?エミヤ師匠の投影」

 

「……ま、それしか能がないのでね」

 

 皮肉気に嗤うエミヤ師匠。どうしてこの人はこうも素直じゃないのだろう。俺もそんな彼に苦笑しつつ、なら遠慮はいらないとゲイボルクの追加を頼んだ。師匠は泣いていた。皮肉ばっか言っているからですよ。

 

 そして、最後にマシュに対して労りの言葉をかける。

 

「マシュもお疲れ様。防御の仕方も堂に入って来たね」

 

「はい!ここ最近、先輩と一緒に訓練に参加していてよかったです」

 

 眩しい笑顔を見せるマシュ。あー心が浄化されるんじゃー。

 心底彼女を眺めて癒されていると、マシュは少しだけきょろきょろと周囲を見渡した後に上目遣いで視線をよこしてくる。そして、

 

「あの、先輩。……ご褒美、いただいてもよろしいですか?」

 

 この後輩、俺を殺す気らしい。

 

 

 

 このあと無茶苦茶ご褒美(なでなで)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




仁慈もやろうと思えば、手加減できるのです。


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黒髭惨状!ついでにエイリークも

大乱闘スマッシュブラザーズばりにごちゃごちゃしています。

※なんだかんだで50話行きました。いやーはやいなー(棒読み)
というか、このままだと確実に100話超える気がする……。


 

 

 

 

 

 地下迷宮でアステリオスとエウリュアレを仲間にした俺達、なんだかんだで一緒についてくることになったのでアステリオスに結界を解除してもらい、船へと乗り込んだ。

 アステリオスが船に乗り込ん際、ドレイクの部下たちが若干怯えつつ驚いていたのは仕方がないと思う。初見だと普通にビビる外見しているし。だが、ドレイクはそれを一蹴、海賊たるものこの程度で驚くなと言っていた。超男前である。二人の名前を覚えてはいなかったけど。

 

「名前くらい覚えなさいよ……。私はエウリュアレ。こっちがアステリオス。一応言っておくけど、私たちはあのマシュっていう人間と同じ存在だから……手を出したら殴るわよ?」

 

「そんな攻撃的な……」

 

「こういうのはね。一番最初に釘を刺した方がいいのよ」

 

 とエウリュアレは答える。女神っていうくらいだし色々あったのかもしれない。まぁ、外面は女神というだけあって物凄くいいし、何か苦労でもしたのだろう。

 

 そんなことがありつつも出航。

 島から離れてしばらくは特に敵と遭遇するわけでもなく、平和な航海を続けていた。ドレイクは天気がいいから酒を呷りたいと言っている。マシュに突っ込まれてたけど。飲兵衛っていうのは何かに理由をつけて酒を飲みたがるのさ。ツッコミを入れるだけ無駄なんだよ。

 

「姉御!また見たことのない旗の海賊船を発見しました!」

 

「ようし、こいつらを片付けて祝宴と行くか!」

 

 戦闘はすぐに終わった。

 まぁ、ぶっちゃけまた俺とエミヤ師匠が弓で船を沈めただけの簡単な撃墜方法である。そもそも、船を近づかせなければこちらに被害が出ることはない。そういった意味でこの戦法はとんでもなく有効だった。数分もかからないうちに敵を倒したのだが、いい加減あの旗が気になったのでロマンに聞いてみることにした。

 

「というわけで、あの旗がどこの海賊のモノかわかる?」

 

『僕を都合のいいように使って……酷いよ仁慈君!所詮僕と君は身体だけの関係だったんだね!』

 

「殺すぞ」

 

『うひゃあ!?えっ!?仁慈君の殺気って時空を超えるの!?背筋が思いっきり寒くなったんだけど!?』

 

「今の一言に殺意を抱いた俺は悪くない。ということで、あの旗の解析をお願い。早くしないと沈み切るよ」

 

『え?あぁ……船を沈めるなんていう生身の人間では考え付かないようなことをやるからそうなるんだよ!――――っと、ぎりぎりセーフ!』

 

 何とか俺の言葉に反応したらしいロマンはその旗をすぐさま調べ始める。ロマンは飄々としてなよなよしている外見とは裏腹に普通に優秀だ。ダ・ヴィンチちゃんは凡人なんて言うけれど、彼の本分は医療。にも拘わらずこうしてオペレーターのようなことも行うことができる。ダ・ヴィンチちゃんの言う通り凡人だとしても、努力で自分のできることを増やす、まごうことなき秀才だ。

 

『うわっ!?マジか……』

 

 検索結果が出たらしいロマンが驚きの声を上げる。この段階で面倒事の予感しかしない。そんな中、他の人たちはエウリュアレの歌を聞いていた。おぉう、のんびりとした時間が流れているぜぇ。特に、アステリオスはエウリュアレの歌に乗せて身体を左右に小さく揺らしていた。体格に似合わず、幼い精神から来る行動だろうか。妙にほっこりとした。

 

『……もういいかい?』

 

「あ、ごめん」

 

「大丈夫だDr.ロマン、話を続けてくれ」

 

「エミヤ師匠居たんですか」

 

「生憎と、こちらの話が歌よりも残ってしまってね」

 

 どうやら美しい歌に聞き入ることができない野蛮な男たちが集まったようだ。まぁ、歌を楽しむなんて機会には恵まれなかったからね、仕方ないね。

 

『もう言っちゃうよ。……あの海賊船の旗は、恐らく史上最も有名な海賊のものだ』

 

「史上もっとも有名な海賊となると……」

 

『気づいたようだね。そう、黒髭。真名をエドワード・ティーチ。君たちが行動を共にしているフランシス・ドレイクの約百年後に現れた、大海賊だ』

 

「これはまたとんでもないビックネームが飛び出して来たものだ……いや、今更か」

 

 エミヤ師匠の言う通り。人理復元を目指すならどんな有名人とあっても不思議じゃない。別に世界一有名な海賊が相手だろうと別にやることは変わらない。味方の可能性があるなら協力してもらえるように努力するし、敵なら倒す。単純明快で分かりやすい。

 

「物騒だな……」

 

「でも、否定なんてしないでしょう?これは戦場の常ですよ。まぁ、カルデアに来る前は模擬戦だけで本当の戦場なんて知りませんでしたけどね」

 

 だからこそ余計恐ろしいよ、とエミヤ師匠とロマンに突っ込まれた。解せぬ。

 ま、何はともあれ、次あの旗の船に遭遇したら気を付けるということだけを意識して、通信を終わらせるはずだったのだが……

 

『―――っ!仁慈君。強力な魔力反応を確認した。かなり規模が大きいぞ!』

 

 ロマンが言ったその言葉と共に、ドレイクの部下である海賊も敵の海賊船を発見したと報告を上げた。ドレイクもその方向を向き、俺たちと会う前にあの海賊船に追いかけられたことを明かす。マジか。

 エミヤ師匠と共に魔力で強化した視線を海賊船に向ける。甲板には、女性のサーヴァントが二人と、黒髭と思われる男が一人、そして機械の右腕を持っている男性が一人と仕留め損ねたエイリークを発見した。サーヴァントは全部で五体か。結構な数がいるな。

 

「どう見る?エミヤ師匠」

 

「ふむ、バーサーカーが一人、ランサーが一人、黒髭はライダーとみるべきだろう。あそこの女性のサーヴァントは……セイバーとアーチャーか?」

 

「ま、見た目からだとそうだよね」

 

 とりあえず、敵の船に偽・螺旋剣を発射。沈められるかどうかだけを確認する。初弾は命中。しかし、傷はつかなかった。どうやらあの船、普通の船ではなさそうだ。黒髭の宝具かもしれない。ロマンも魔力反応の規模がでかいって言っていたし。

 

「エミヤ師匠。船を沈めるのは無理そうですね」

 

「……そのようだな。仁慈、私はしばらく偽・螺旋剣を投影しておく。それまで何とか戦闘を遅らせてくれ」

 

「了解」

 

 作業に取り掛かるために後方へと下がったエミヤ師匠を見送りつつ、ドレイクと合流をする。彼女は自分のことを散々追い掛け回した黒髭に対して文句を言っているところだったのだが、相手の一言によってそれ以上の言葉を紡げなくなってしまう。

 

「はぁ?BBAの声など一向に聞えませぬが?」

 

「……………は?お前、今、なんて、言った?」

 

「だーかーらー。BBAはおよびじゃないんですぅー。なにその無駄乳ふざけてるの?いや、顔の刀傷はいいよ?いいよね刀傷、そういう属性はアリ。でも、年齢がねぇ?ちょっと困るよね。ま、その年齢が半分くらいだったら拙者の許容範囲でござるけどねえ。デュフフフフ」

 

「……………」

 

「姉御?姉御ー?ダメだ、死んでる………(精神的に)」

 

「ダメね。凍っているわ。……ムリもないわね。私も最初に遭遇したとき、こうなったもの………よく生き延びたわね、私」

 

「んほおおおおおおおお!やっぱりいたじゃないですか!エウリュアレちゃん!あぁ、やっぱり可愛い!かわいい!kawaii!ペロペロしたい!されたい!主に脇と鼠蹊部を!あ、踏まれるのもいいよ!素足で!素足で踏んで、ゴキブリを見るような目で見下されたい!蔑まれたい!」

 

「うぅ、やだこれ……」

 

「………」

 

「ちょっと、そこのでかいの!邪魔でおじゃるよ!」

 

 黒髭の視線と言葉に耐え切れなくなったエウリュアレをアステリオスは無言で自分の背後へと隠す。やだ、紳士。特に何も言わないですっと自然に隠すところがポイント高いと思う。なんという男前。

 

 ………にしても、あの黒髭と思われる人物。表情と口は糞みたいなオタクっぽいが、目が笑ってない。ああいうタイプは自分を低く見せて油断させるタイプの人間か。まぁ、色々な意味で有名な黒髭がそう簡単に現代のサブカルチャーに汚染されるわけはないわな。多少素が混ざってそうなのもいい感じでカモフラージュになっているのだろう。

 

「……………はっ!?すみません、意識が遠ざかっていました」

 

「まぁ、無理もないと思うよ。マシュも俺の後ろに来な。多分、標的になるよ」

 

「失礼します!」

 

 食い気味に答えたマシュはすっと素早く俺の背後に隠れる。盾のサーヴァントだということだが、今回は仕方がないと思う。

 

「な、なんですか?あれは……?」

 

「黒髭だろ」

 

「嫌です。私はあれをサーヴァントと認めたくありません」

 

「ま、仕方ないね」

 

 演技だろうと、あれは女性にとってかなりつらいものがあるだろう。

 けど、さっきも言ったようにああやって自分から道化を行う連中は厄介だと相場が決まっている。普段飄々とした奴ほど強い。これは漫画の鉄則だからなぁ。

 

 そんなことを考えていると、黒髭の視線がマシュに向いた。それをマシュも感じたのか背後でびくりと震える。

 仕方がないので左腕を後ろに回して彼女の手を握って落ち着かせた。ついでに空いた右手で槍を召喚して黒髭に投げておく。

 

「うぉ!?あぶね!……へいへい!そこの少年よ、美少女に密着されながら攻撃しかけるとかどういう了見なんですかねぇ?というか、うらやまけしからん!今すぐ拙者と交代するでござる!」

 

「うちの子が、アンタの視姦に耐えられないからあらかじめ守ってるの。ついでにその眼も潰しておこうかと思って先制攻撃をね?」

 

「何あのガキすごい怖い。特に何の気負いもなく目を潰すと言ったあたりが」

 

「貴方の方がもっと恐ろしいことをしてきたでしょうに……」

 

「というか、向こうのマスターは気遣いができてまともだね。そして何より自分で戦うこともできる。……今からマスターを変えたい気分だよ」

 

「なんです?メアリー氏。なんだったら拙者が守って差し上げましょうか?背後に庇って『俺の女に手を出すな』と言って差し上げましょうか!?」

 

「死ね」

 

「ドゥフww辛辣wwwwボクチン悲しいでおじゃる」

 

「「……はぁ」」

 

 黒髭の船に乗っている女性サーヴァント二人組が黒髭に呆れかえっていた。本人はそれも悦んでいるが。

 ここで、今までフリーズしていたドレイクが復活した。その顔にはすごい怒りの表情が浮かんでおり、確実に限界を超えたことを知らせてくれた。

 

「大砲」

 

「はい?」

 

「大砲。全部。ありったけ。いいから。撃て。さもないとアンタたちを砲弾の代わり詰めて撃つ」

 

「ア、アイアイ………マム!」

 

 ドレイクの部下もさすがに混乱していたが、ドレイクが本気だと分かったのか一斉に動き出す。

 

「あれ?BBAちゃん?もしかてして、おこなの?激おこなの?ぷんすかぷん?」

 

「船を回船しろッ!あの髭を地獄の底に叩き落してやれぇええええ!!」

 

「あらまぁ。んー、じゃあブラッドアックス・キングさーん!あの船に行ってBBAのあれを取ってきてくれない?その間に拙者はエウリュアレたんをprprするという人類の義務に勤しんでくるから」

 

「……ギギギ」

 

 どうやら向こうは本格的にやる気のようだ。

 ならばこちらも対応しなければならない。特にあのエイリークには前回取り逃がしてしまった分、容赦はしない。最初から全力全壊。動きが鈍かろうとどうなろうと、しっかり仕留める。

 

「……そこの仁慈。それとサーヴァント。あの史上最低フナムシがこっちに来ないように、しっかりと私を守りなさい。いいわね?幸い私のクラスはアーチャーよ。援護くらいならしてあげるわ」

 

「アステリオス!エウリュアレを守ってあげてくれ。これはお前にしかできない」

 

「……ん。えうりゅ、あれ。まも、る」

 

「よし、いい子だ」

 

 アステリオスにエウリュアレを任せて、俺たちはこちらに乗り移って来たエイリークの相手をする。

 

「エミヤ師匠。偽・螺旋剣はどうですか?」

 

「もう問題ない。いつでも攻撃は可能だ」

 

「だったら、それを敵の甲板にお願いします。X、エイリークに止めさすぞ!宝具の開帳を許す!」

 

「了解しました。くたばれ、もじゃもじゃバーサーカー!星光の剣よ(以下略)無名勝利剣!」

 

 バーサーカー一体で乗り込んでくるとはまさに無謀。エイリークがここに来た瞬間、Xの宝具を使って先制攻撃をおこなう。

 エイリークは持っている斧でその攻撃を防いでいるが、二刀流と化したXの剣戟について行くことができず、段々とその傷を増やしていった。その隙に俺とマシュはエイリークの後ろを取って、彼女の盾でエイリークの脊髄を攻撃する。英霊化していたとしても元は人間、首に一撃を貰ったらただでは済まない。実際、エイリークは首を抑えてXの攻撃を防御できなくなる。

 

 Xがその隙を見逃すはずもなく、今までよりもむしろ剣戟の速度を上げてエイリークを切り刻む。それでも彼が倒れることはなかった。明らかにXの宝具の威力が下がっている。もしかしてそういったスキルを所持しているのかもしれない。

 

――――――まぁ、俺には関係ないけれど。

 

 

「刺し穿つ―――――死棘の槍!ゴォレンダァ!!」

 

 エミヤ師匠から渡されていた突き穿つ死棘の槍を五本、真名開放を行ってすべてエイリークの心臓に突き刺していく。そして、さらに八極拳を利用した拳を使って、突き刺した槍をさらに体内に抉り込ませた。

 

「コロス……コロス……チクショウ、セイハイテニ……」

 

 それでも尚、言葉を発するエイリーク。ここまで来ると呆れるくらいしぶといな。そう思いながら、新しく一本普通の槍を召喚して頭蓋骨に突き刺した。

 そうしてようやくエイリークは息絶えた。その証拠に金色の光となって消えていく。これが確認できたのでもう大丈夫だろう。

 

「やりました。エイリーク血斧王撃破です」

 

「ヒョヒョヒョ!喜ぶのはまだ早いですぞwwwwwエイリーク血斧王など、我が黒髭海賊団の中では最弱の存在。それに血なまぐさいし、脇はむわっと臭うし、油足だし、いいとこなしですぞー!」

 

「それは全部船長だよ」

 

 仲間から突っ込まれてるぞ黒髭さんよ。

 いくらキャラとは言え、あれでいいのだろうか……。

 

 まぁ、いいや。気にすることじゃない。

 問題なのは、マシュがずっと相手している緑色の方か。

 

「ずっとしつこいんですよこの男!」

 

 マシュにそこまで言わせるとはすごいな。あの大天使マシュ相手に。そういう意味では黒髭も伝説的だけど。

 

「隙が無いねぇ。いい子いい子。マスターを手っ取り早く始末できればどうにでもなると思ったんだけどねェ……。―――いやはや傑作だ。いったいどんな英霊なのやら。ま、この程度で潰れるくらいなら生かしておく価値も――――ッ!?」

 

「ちっ、外したか」

 

 さっきから俺のことを狙ってマシュが相手していた緑の奴が意味深なことを語りだしたため、久しぶりに気配を殺して背後を取り、突き崩す神葬の槍で霊核を潰そうとした瞬間に、気づかれたようで回避されてしまった。一応、気づくのが遅かったために左腕を貫通してから抉り取ったものの、本体を落とせなかったことはかなり痛い。厄介そうだったから早々にご退場願いたかったんだが……。

 

「おいおい。聞いてないよ?マスターって宝具振り回して、積極的にサーヴァントを脱落させに来るものだったっけ?」

 

「どうした?隙だらけのマスターを倒しに来たんじゃないのか?自分が隙をさらしてちゃあ世話ないと思うけど」

 

「……ははっ、全くその通りだ。やっぱり年を取るっていうのはつらいなぁ。自分から攻め手に回るなんて慣れないことはするもんじゃないな、まったく」

 

 長居する気はないのか、緑のサーヴァントは黒髭の下へと戻っていく。その隙をエミヤ師匠が狙撃するも、片腕だけで器用に槍を操り、やり過ごしていた。

 その隙にドレイクは黒髭の船から遠ざかるらしく、いつの間にやら繋がれていたロープを銃を使って焼き切っている。

 

 それを見た向こうの女性サーヴァントが、動いた。

 赤い服を着た方のアーチャーと思われる女性の銃弾がこちらの船の底目掛けて撃ち込まれる。しかし、こちらにだってアーチャーは居るのだ。

 

I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)

 

 エミヤ師匠がひたすら投影し続けた偽・螺旋剣が相手の攻撃を相殺する。さらにエミヤ師匠は相殺のために矢を撃った後、既に二発目をアーチャーと思われる女性に向けていた。俺も、そこらに置いてあった偽・螺旋剣を手に取って弓に番えて構える。

 

「プレゼントのお返しだ」

 

 エミヤ師匠の言葉と共に放たれた偽・螺旋剣。それは真っ直ぐに赤い服の女性の下へと向かうのだが、近くに居た黒い服の女性に弾かれてしまう。

 ……が、それだと甘い。エミヤ師匠の投影は特別性。ただ弾けばいいというものではないのである。

 

「壊れた幻想」

 

 その言葉と共に偽・螺旋剣の中の魔力が暴走し、強力な爆発を引き起こす。黒い煙がその女性を覆っている間に俺も追撃として一発打ち込み魔力を暴走させて二回目の爆発を起こした。

 

 こうして足止めをしているとやっと黄金の鹿号は黒髭の船から遠ざかることができた。……今回の戦いは引き分けってところだろう。サーヴァントは一騎落したけど、あの船を攻略できない限り、こっちはずっと不利のままだ。なんて言ったって、今まで俺たちがやってきたように船を沈められたらアウトだからな。

 

「そうだ。とりあえず、加速の意味も込めてこれをやっておきましょうか」

 

 思考を巡らせていると、Xが急に船の最後尾へと赴き、背後に構えている黒髭の船に向かって持っている聖剣を振り下ろした。

 

「さよならさんかくまた来ますカリバー!!」

 

 もう無茶苦茶である。

 何を言っているのかわからないし、真名開放となっているのかもわからない言葉を発しつつ振り下ろされた聖剣。だが、星の作り出した聖剣は物凄く健気だった。原型などない名前にも拘わらず、束ねた星の息吹か宇宙のコスモパワーか何かをビームとして発射。黄金の鹿号の加速をしつつ敵にしっかりと攻撃をしていった。

 

 その光景は思わずエミヤ師匠が白目をむいてしまうほどの威力である。というか、お前の剣はビーム撃てたのか。

 

「撃てるように改造しました」

 

「マジか」

 

 マジで聖剣を改造していた事実に驚愕しつつ、俺たちはとりあえず黒髭の船から逃走を図るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これはひどい(平常運転)


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モンスタ〇ハンター(前編)

最近創作意欲が落ちてきてしまってな……(唐突な言い訳)


 

 

 

 

 

「ふぅー……何とか逃げ切れたようだね」

 

「そうだな。後方に敵影は見えない。完全に撒いたとみていいだろう」

 

 今日までで一番有名な海賊である黒髭と一戦かました後、先を見たドレイクは逃走を図り、どこかの島にたどり着いていた。さっきぶっ殺したエイリーク血斧王の地図は既に使い物にならない領域に来ていた。つまり、ここからは地図なしの航海になるのだ。別に、行き当たりばったりなのは今までと変わらないので特に気にしてはいないけれども。

 

「ドレイク船長。どうしてあの場面で逃走を?サーヴァント……大砲でも倒せない超人は一人倒しましたし、戦力的には圧倒的に有利だったはずですが……」

 

「確かに、アンタたちはアタシの予想を簡単に飛び越していくくらいは強かった。けどね、あんたらが強くても、何よりその足場が弱かったんだよ」

 

 そう。ドレイクが気にしていたのは自分の船である黄金の鹿号。ドレイクの所持している聖杯のおかげで、この船は通常ではありえない耐久力を誇っているが、それでも黒髭の船には傷をつけることはできず反撃を受けるだけだった。

 たまたま、大きな損傷はなかったのだが、あのまま続けていれば確実に沈んでいたと彼女は今までの経験から断言できたのである。

 

『おそらく、あの船自体が黒髭の宝具なんだろうね。真名はアン女王の復讐(クイーン・アンズ・リベンジ)で間違いないだろう。生前、黒髭ことエドワード・ティーチが旗艦として使っていたと言われている船だよ』

 

 ロマンからの補足情報があの船こそ、黒髭の宝具なのだという確信を持たせてくれた。確かにサーヴァントたちは一騎当千の強者ばかりだ。それは英霊という存在になっている時点で普通にわかる部分である。だが、決して無敵ではない。生前の逸話には勝てないし油断もする、俺のような人間に敗れ去る時だってある。であれば、あそこで深追いせずに敵に損害だけを与えて逃げたことは決して間違いなどではないだろう。

 それに、いくつか考えたいこともある。あの黒髭とは別の意味で軽い男……槍を持った緑の人物がどうにも気にかかるのだ。黒髭もそうだけどああいうタイプが一番の切れ者で一番厄介な連中だと相場が決まってる。警戒しておくことに越したことはない。

 

「とりあえず島に着いたことですし、その辺の木を切って補強でもしますか?私、改造は得意ですよ?」

 

 ビームを飛ばすだけでなく、聖剣をライトセイバーよろしく青色発光させることができるという確実に湖の精霊涙目な機能を搭載することができる彼女なら船の改造も可能だろう。唯、黄金の鹿号が宇宙戦艦的な何かにならないとも限らないけれども。

 

「なら、頼もうか。このまま逃げるっていうのは性に合わない。というか、BBAとか言ったあの髭は絶対ぶっ飛ばすと決めたからね。そこの帽子が言う通り、補強工事と行こうかねえ」

 

「それなら先に森に居る魔物を片付けた方がいいんじゃないの?ほら、あれ」

 

 エウリュアレが指を向ける方向には確かに魔物と呼ぶにふさわしい生物が居た。しかし、こういった生物が居る島なら、思ったよりも役に立つ補強素材があるかもしれない。そんな期待と共に、吼えながら襲い来る魔物を全力で蹴散らした。

 

 

―――――――――――――

 

 

「と、言うわけで私はここでもしもの時のために残っている」

 

「わかりました。では、よろしくお願いしますエミヤ師匠」

 

 自分のことを師匠と言って、分かりにくいものの慕ってくれているマスター兼弟子である仁慈を見送ったのちにエミヤは船の近くから海へとその視線を向けた。エミヤの戦闘スタイルはもっぱら、干将・莫耶による白兵戦だがこれでもクラスはアーチャーだ。例え、立ち絵で持っている弓を使用することがなくてもアーチャーなのだ。遠くのものを見るなど造作もないことなのだ、アーチャーだから!

 

「赤い服の旦那」

 

「どうかしたのか?」

 

 周囲の警戒に当たっていたため、ドレイクの部下から話を振られたものの口だけで返答に留める。

 雑談にうつつを抜かして敵の接近を気づくことが出来ませんでしたなんて事態はお笑いごとにすらならないからだ。そのことをドレイクの部下もわかっているのだろう。エミヤが自分の方を向かなくても話の続きを紡いだ。

 

「何か俺に……いや、俺たちにできることはないんでしょうか」

 

 その言葉は無力な自分たちに対する蔑みと悔しさを含んだ言葉だった。彼らはドレイクの下で海賊をやっている者である。ほとんどは彼女に惹かれ、こうしてついて来ているのだ。

 今までは、彼女の役に立てた。だが、今回はこれまでとは状況が違い過ぎる。相手は常識外の存在である英霊。神秘を秘めた攻撃以外は効かず、その攻撃は自分たちにとって致命的だ。普通の人間である彼らにとってはどうしようもできない存在。それをなまじ理解できてしまうからさらに苛立ちが募る。自分たちが敬愛するドレイクの力に成れていないと。

 

 その悔しさや蔑みはかつてエミヤ自身が経験したものと酷似していた。彼だって聖杯戦争を行った時、自分が召喚したセイバーことアルトリアが傷ついていくのを黙ってみていることしかできなかったのだから。

 自分が我慢できずに、突っ込んだ時には大体、事態は悪化した。それが理解できて余計悔しかった。

 ドレイクの部下たちはかつて自分が経験したものを現在進行形で経験しているのだろう。だからこそ、彼は自身が学んだことを教えることにしたのだ。

 

「そうだな……。君たちの気持ちは理解できる。私もかつてはそうだった。遠くで見ていることしかできず、自分が介入すればむしろ状況は悪化した。……何もできないのかと、自分に失望すら覚えたよ。だが………私は勘違いをしていた」

 

「勘違い……ですか?」

 

「そうだ。介入の仕方が悪かったのだ。自分の力量をわきまえず、考えなしでことに当たったからこそ、無様な結果を引き寄せた。しかし、自分にできること、できないことを認識するだけでそれは大きく変化する」

 

「………」

 

「英霊の攻撃が飛び交う中、ほぼ無傷の状態で逃げ切った手腕は称賛されるべきものである。そして、あのドレイクのことをこの場で誰よりも理解できるのは他ならない君たちだ。そんな君たちであれば、何をすればいいのか、どうすれば役立てるのかわかるのではないかね?」

 

「…………」

 

 エミヤの言葉に黙り込むドレイクの部下。そう、人間誰しも自分の領域を越えたことを成すことはできない。むしろ、それでいいのだ。破綻しているにも関わらず、なまじできてしまったが故に生んだ後悔も彼は知っているのだから。

 

「君たちの本業は海賊で合って戦士や兵隊ではなかろう?………何、無責任なことだと自覚はしているが、恐らくは大丈夫だろう。オレにもできたんだ、アンタたちにだってできるさ」

 

「………へへっ、そうか。そうだよな!俺たちは海賊、最後に財宝を手に入れればいいのさ」

 

 元気を取り戻したドレイクの部下を一瞬だけ視界に収めると再びエミヤは海の警戒に当たった。その隣では先程の部下が双眼鏡を手に同じく警戒に当たってたという。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「そういえばさ、ロマン。黒髭の宝具があの船だろうことはわかったけどさ。ドレイクの黄金の鹿号も聖杯の影響をうけているんだっけ?」

 

『え?あ、うん。確かにそうだけど……僕、そのこと言ってないよね?』

 

「いや、感じ取れた」

 

『これだからキチガイは……』

 

 酷い偏見を見た。

 

『ゴホン……。さて、話を戻すよ。確かにドレイク船長の船、黄金の鹿号には聖杯のブーストがかかっている。そのおかげでそこまであの黒髭の船との差はないはずなんだけど』

 

「あいつらを撒けたことから、船の性能にはそこまで差はないと思うよ。唯、あの装甲の硬さがねぇ……」

 

「ちっ。史上最強に気持ちの悪いフナムシの分際で随分と厄介じゃないの。できるだけ迅速に記憶を消し去りたいわ」

 

「……や、ろうか?」

 

「えっ?アステリオス、できるの?」

 

「つよい、しょう、げき。あてれば、いい」

 

「思っていた以上に原始的でした!」

 

「と、言うかアステリオスの腕で殴られたらエウリュアレの頭が吹っ飛んじまうよ」

 

『ちくしょう……すぐに話が脱線してしまう……』

 

 やばい。ここ最近ロマンが悲しみを背負いすぎている。このままでは本当に伝承者への階段を上ってしまうことになりかねない。俺はすぐさま手を叩いて全員の注意をこちらに向ける。そして、ロマンにパスをした。

 

『君たちが話を脱線させて、楽しく話している間にさっきのログを見ていたんだけどね。君たちが本格的に戦闘してからすぐに、黒髭の船から感じられる魔力が下がったことが分かったんだ。ちょうどその時、何かしなかった?』

 

 どこか棘のある言葉と共にそんな質問を飛ばしてくるロマン。そこでみんなが一斉に残っている記憶を引っ張り出す。すると、ハッと気が付いたのかマシュがこう言った。

 

「ちょうどその時間は先輩がエイリーク血斧王を瞬殺してました」

 

『……………あー!そういうことか!』

 

 マシュの証言から答えを導き出したらしいロマンはしばらくの間考えを纏めてから俺たちに改めて説明しだす。

 

『仁慈君、よく聞いてくれ。やっぱり黒髭の宝具はあの船「アン女王の復讐号」だろう。そしてその宝具の効果は「部下が強ければ強いほど」船の強さが上がるのかもしれない』

 

 なるほど。そう考えると、色々とつじつまが合う。

 あそこまでのサーヴァントを乗せているからあの船はあんなに頑丈だった。英霊の数で強さが変わるからこそエウリュアレを求めた。本人の趣味もあるだろうけど。

 

「だからエウリュアレさんを必要としているのですね。己の宝具を強くするために」

 

『ついでに聖杯のことも狙ってたしね。実力行使はもはやお約束だろうから力をつけておいても損はない』

 

「海賊らしくどちらも貰っていくって寸法かい」

 

 ……とりあえず、黒髭の宝具「アン女王の復讐号」のことについてはこれで考えよう。どちらにせよ自分たちの船を補強するのは決定事項だ。上のことは適当に覚えておけばいいだろう。隙があったら敵を倒す。なかったら作って倒す、だ。

 

「今の話を聞いて余計、捕まりたくなくなったわ」

 

「ん。だい、じょうぶ。えうりゅあれ、は、まもる」

 

「……あら、言うじゃない。駄妹よりも大きい図体の癖に」

 

「なんですかその罵倒は……」

 

「照れ隠しってやつだよマシュ。いやー見せつけてくれるねー。熱くてかなわないよ!」

 

「ふぁ!?」

 

 いじられて顔を真っ赤にするエウリュアレ、首を傾げるアステリオス、苦しい罵倒を追及してしまうマシュ、それら全体を見渡してにやにやと笑うドレイク、そしてそれらを外から見る俺とX。さっきまでサーヴァント同士の切った張ったをやっていたとは思えないだろうな。

 

『みんなで楽しそうにしているところ悪いんだけど敵だよー。ワイバーンが出たよー』

 

「ドクターのやる気が一気に急降下しました……」

 

「ハブられるっていうのは想像以上にきついもんだから仕方ない」

 

「肉ですかそうですか。オルレアン以来ですね。……フッ、この私にライダーの分際で襲い掛かろうなんて笑止千万。一匹残らず食材に変えてみせましょう!」

 

 言うが早いか、先程まで談笑していた組を置いてけぼりにして襲い来るワイバーンに突撃していくX。彼女の言う通り、オルレアンで肉のためにワイバーンを何匹も狩り倒した彼女に戦いを挑むのは愚策である。何故なら、彼女は最小限の労力で倒すためにひたすらワイバーンの生態というか、行動パターンを把握しているからである。もはや疑似的なドラゴンスレイヤーと化していると言ってもいいくらいだ。

 

 突撃に対して首を刈り、噛みつこうとした相手には開いた口からさっくりと真っ二つに裂いていく。尻尾で攻撃するものには部位破壊と言いつつちょん切って、最終的に飛べないように翼すら切り落とされる始末である。これはひどい。その後もXは手慣れた手つきでワイバーンたちに処理を施していった。

 

「ふぅ。六体ですか。微妙ですね」

 

「魚の解体は見たことあるけど、ドラゴンの解体は初めて見るさね」

 

「逆に見たことある方が驚きよ」

 

 ドレイクやエウリュアレが解体されたワイバーンを見ている中、マシュだけはワイバーンの死体を見ながら何やら考えているようだった。

 

「どうかした?」

 

「いや、何かぼんやりと思いついた気が………」

 

「ワイバーンを見て?」

 

「はい」

 

「鱗でも切って防具でも作る?」

 

 気分はモンスターでハンターな感じ。竜の鱗とかまさにそんな感じがする。あれって必要な時に限って鱗とかでないんだよね。

 

「それです!」

 

「ん?」

 

「ドレイク船長の船をワイバーンの鱗で加工するんですよ」

 

「おっ?これでアタシの船を補強するのかい?」

 

「いいと思うわよ?竜種の鱗は鎧に加工すれば鋼よりも頑丈よ。一応、加工には強い力が必要になるけれど……あなた、いける?」

 

「う」

 

 なんかリアルにモンハンのようになってきたな。

 専門の鍛冶を行う人物も、エミヤ師匠の残っている船の方にいるらしく、後で合流してから補強を行うらしい。今はアステリオスが簡単な加工をしているところである。しかし、Xが解体した分では足りなかったらしい。

 マシュが、ダ・ヴィンチちゃんに聞いた限りだと後三十頭は必要だという。

 

「それくらいなら、巣を見つければ何とかなりそうですね。先輩」

 

「これもうモンハンじゃないかな……」

 

「船の名前、黄金の竜号に変えた方がいいのかね………」

 

 問題はそこかよ。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 仁慈たちが、竜の巣を探しに森へと入った時、同じく森には別のサーヴァントが存在していた。

 一人は、全身真っ白の美しい女性。もう一人(?)はミニサイズの熊のぬいぐるみ的なものである。

 その二人のうちの一人である女性は近くにあった草と、その辺で取った肉に適当極まる調理を施し、箱にフュージョンという最終工程を行ってから人形の前に出していた。

 

「はい、だーりん!私の愛の籠ったお弁当!」

 

「待って。工程の一から十までお弁当じゃないから。肉は焼いただけだし、それ以外はその辺の雑草を適当に詰め込んだだけじゃん」

 

「えー?そんなことないよぉー。きっとおいしいよ」

 

「お前のその自信はあの作業工程のどこから出てきてるの?マジで」

 

「もう、ダーリンは贅沢なんだから……。あら?」

 

 楽しそう……うん、楽しそうな会話をしている二人だったが、唐突にその会話が途切れる。そして、二人そろって丁度仁慈たちが入ってきた方向に視線を向けた。

 

「なんか来たな。サーヴァントっぽい何かが三つ。サーヴァントが二つ、人間の反応が一つか」

 

「敵かな?味方かな?」

 

「別に可愛ければ俺はどっちでも――――」

 

 クマのぬいぐるみがそういうと、女性が目にも留まらない速さでクマのぬいぐるみを捕まえ近くにあった木の幹でこすり始める。普通ならぬいぐるみに乱暴をする危ない女性で済んだ(?)のであるが、このくまのぬいぐるみは喋るのだ。つまり、叫び声を上げるのである。

 

「イタタタ!!??というか熱い!さっきのは謝るから無力な私を木の幹にこすりつけないでくださいお願いします」

 

 ぬいぐるみの必死の懇願に女性は木の幹からぬいぐるみを回収してその腕に抱いた。

 

「でも、丁度良かったかも。そろそろ退屈してきたしー」

 

「そうだな。敵でも味方でも、とりあえず情報が欲しいよな。何で召喚されたのかも不明のままだし」

 

「なら、待ち伏せだね!」

 

「なんでちょっと楽しそうなの?お願いだから、話を聞く前に攻撃とかいうのはやめてね?」

 

 

 そう、会話をしながら、彼らは仁慈たちが来るまで暇をつぶすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




GE仁慈「素材の剥ぎ取りと聞いて!(ガタッ)」
FGO仁慈「お前じゃねえ。座ってろ」


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モンスタ〇ハンター(後編)

オケアノス編もなんだかんだで折り返しまでやってきましたね。

けれども創作意欲が自力で脱出して行ってしまうよハルトォォォォォオオオ!!瑠璃ィィィィイイ!!


 

 

 

 

 

 真っ白な女性とクマのぬいぐるみという愉快なコンビが夫婦漫才を繰り広げているのと同時刻。仁慈たちはちょくちょくやってくる魔物や魔物、それから魔物と戦いを繰り広げていた。

 

「魔物しか出てきませんね……」

 

「この顔はもう飽きたわ」

 

 狙ったかのようにワイバーンを除いて多種多様な魔物が出てくることからマシュとエウリュアレが思わずつぶやく。一方、海賊が故にこういったことには多大なる耐性を誇るドレイクはまだまだ余裕の笑みを浮かべており、アステリオスはこういったことについてとんでもなく疎いのでそこまで苦ではない。仁慈に関しても、物欲センサーという存在を知っているために耐性があったのだ。むしろ、残り一体になってからが本番だと思っている。

 

「ドクター。近くにワイバーンの反応はありませんか?」

 

『魔物の存在はいくらでもいるんだけどワイバーンはなぁ……いくつかは点在してるけど、今ある反応を全部倒しても30には満たないかなー……ん?なんだこれ』

 

 マシュの質問に答えつつ、ワイバーンの数を伝えるロマンだったが、何かに気づいたのか疑問の声を上げる。どうしたのかと、仁慈が尋ねてみる。すると彼から意外な返答が帰って来た。

 

『サーヴァント……サーヴァント?反応が一つと、使い魔みたいな物凄く小さな反応がある』

 

「こんな島に使い魔ですか?」

 

『いや、使い魔のそれともちょっと違うかもしれない。だけど、そこまでの魔力が計測されているわけじゃないから大丈夫だとは思うよ?』

 

「ロマン。それ、死亡フラグじゃないか?」

 

『某野菜人の如く、魔力量を変化させることができるってことかい?戦闘力ならまだしも、僕らが計測しているのは保有している魔力だから平気だと思うけど』

 

「それならいいや」

 

 大体、機械で読み取った数値はあてにならず、それを基準に舐めた真似をしていると速攻で退場。これは戦闘においては空想、現実関係なしに起こり得ることなのだ。こういったいわゆる死亡フラグに反応するのも仕方がないと言えるかもしれない。

 

「ところでドクター。その反応っていうのは何処なんですか?」

 

『もっと奥に行ったところかな』

 

 ロマンの言葉を元に、ワイバーンを探しつつその反応の下へと仁慈たちは向かった。それは反応があったサーヴァントがもしかしたら自分たちの仲間となってくれるかもしれないからだ。

 Xと仁慈を先頭に、襲い来る魔物をすれ違いざまにスライスしていくと、Xや仁慈が搭載しているセンサー(気配察知能力)にも反応が出てきたようだった。そのすぐ後に、残りのメンバーも気づき始める。

 

「確かに居ますね。先輩」

 

「どこかで感じたことのある妙なサーヴァントが一体とその近くに小さいけど妙な魔力反応……間違いない」

 

「……て言うか、もうあれよね?私みたいな存在が居るってことよね。これ」

 

「う?えうりゅあれ、ふえる?」

 

「増えないわよ」

 

 いつも通りのやり取りを行う仁慈達。そんな彼らの会話内容が耳に入ったのか、ロマニが感じ取った気配はその場から移動し、丁度仁慈たちの前に現れた。

 

 そこに現れたのは大きな弓を持った真っ白な女性。出るところは出ていて普通の男であればよだれモノの姿態だろう。その顔も又男性なら誰しもクラリと来るような整ったものであり、どこかエウリュアレを最初に見たときのような感想を仁慈たちに抱かせた。また弓を持っていない方の腕には、どこか原始人の恰好を思わせる装飾を身につけたクマのぬいぐるみを抱えていた。

 

 まだ完全に味方かどうか、判断が付かなかったため、一番先頭に居るXがライト聖剣エクスカリバーを構える。戦闘の意思はないが、いつでも始められる態勢だ。仁慈をはじめとするほかのメンバーも露骨に表には出さないもののいつでも仕掛けられていいようにしている。

 そんな彼らを見て、女性の方も弓を僅かに上げるが、腕に抱えているくまのぬいぐるみがそんな彼らに待ったをかけた。

 

「おい、いきなり弓を構えようとするな。そっちの人たちも、ひとまず武器から手を放してくれるとありがたいです。はい。危害を加えるつもりは毛頭ないので」

 

 クマのぬいぐるみが動きながら丁寧な言葉を話すシュールさに思わず気が抜けてしまう仁慈達。油断はせずとも、武器を持っていては話し合いにならないと考えた彼らは一度構えた武器を下ろしお互いの情報を交換し合うことにしたのであった。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

「――――なるほどね。大体の状況は理解した。ついでにそこの胸の大きな女性が独身ということも理解した」

 

「先輩、どうしましょう。この人(?)先程の例のあの人と同じ匂いがします」

 

「そうね。汚らわしい匂いだわ。近づかないで、この不細工ぬいぐるみ」

 

「俺だって好きでこんな体になったわけじゃあないんですがねぇ………」

 

 何やら目の前で真面目なんだかそうでないのかわからないような雰囲気を出すぬいぐるみとマシュ。傍から見たら、ぬいぐるみに話しかける美少女という何処かの魔法少女系アニメに在りそうなワンシーンになるのであるが、生憎とそのぬいぐるみの中身が魔法少女の従者などこなせなさそうな人格だった。様々なところにツッコミを入れている限りある程度の常識は兼ね備えていることは読み取れるが。

 

「じゃあこの世界って永遠?えたーなる?」

 

「仮にこの時代がそうであったとしても、外枠がなくなるので消滅すると思います。そうなってしまえば、我々の敗北であり、人類史の終焉です」

 

「………ちぇー」

 

「お前今、この世界で永遠に暮らしたいとか考えていただろ」

 

「やだ、私の考えていることがわかるなんて相思相愛っぽい。素敵……」

 

「永遠に生き続けるくらいなら地獄に落ちたほうがマシだ」

 

 実に息の合った会話を見せつける女性とぬいぐるみ。このどこかお似合いのようでずれている感じ、なんか色々すごいと思う。視覚的にも会話的にも。

 森で出会ったくまさん(ぬいぐるみ)とお嬢さん(おそらくエウリュアレと同じ)のコンビを見守っていると、横からつんつんとマシュに突っつかれた。

 

「先輩先輩。私、この二人………一人と一頭(?)の関係が微妙に釈然としないんですけど……」

 

「そう?いい関係だと思うけど」

 

 正直、実際にはどちらも同じくらい酷いと思うし。似た者同士はひかれあうものなんだと思う。

 

 っと、別に今更クマのぬいぐるみが大好きな女性サーヴァントが増えたところで、サーヴァントとはそういう存在がなるものだとある程度割り切っている。問題なのはこの人たちが俺達の味方になるかどうか……この一点だけだ。

 

「それで、結局どうします?仲間になってくれるんですか?」

 

「んー……どうするダーリン」

 

「どうするも何もなぁ。人類史が消滅する時点で協力する以外の選択肢はないんだよ、この馬鹿!」

 

「馬鹿じゃないもん!女神様だもん!」

 

「えぇい!この駄女神が!」

 

 ぺちぺちと人形の身体で女性を叩くクマ。それに対して、DVだと声高らかに叫ぶ女性。話が全く進まない。なんだこの二人は、固有結界でも発動しているのかと疑いたくなるレベルで話が停滞する。

 エウリュアレも呆れ顔で彼らのことを見ていた。そんな彼女を抱えてここまで運んできたアステリオスは、近くに咲いている花に視線を固定している。こっちもこっちで自由だった。ちなみに、Xは近くにワイバーン(肉)が居ないか付近を捜索中である。流石食の探求者、まだまだsatisfactionは遠いようだ。

 

「……ところで女神様。あんた、名前は?」

 

「え、アルテミスだけど」

 

「はぁ!?」

 

『何ィ!?』

 

「………はぁ」

 

「………」

 

「う…………?」

 

 白い色の女性改め、アルテミスの返答に俺たちは呆然となるばかりである。誰しもが一度は耳にしたことがある名前だろうからである。俺でも聞いたことあるほど有名な女神だ。確か狩猟と貞淑の女神だった気がする。

 

「……これはまた偉い大物がやって来たもんだね……。語りでもなさそうだしどうしたもんか」

 

「で、ではそちらの変なぬいぐるみは……?」

 

「これ?これはね、私の恋人のオリオンよ。聖杯戦争で呼ばれるって聞いて、心配で代わりに出てきちゃったの」

 

『な、なるほど。神霊のランクダウンによる代理召喚か。こういう例はないこともないらしいけど……』

 

 オリオン。

 確か、アルテミスの恋人でアポロンによって頭がパーンしたポセイドンの息子だったかな。

 

「どうもオリオンです。召喚されたら、なんか変な生物になっていました。変な……変な………生物に……」

 

「うわぁ………」

 

 表情はクマのぬいぐるみであるがゆえにわかりにくかったがその身に纏う雰囲気は切実にその悲しさを俺に知らせてくれていた。……静かに彼の肩(?)をぽんぽんと叩いて慰めた。

 

「あ、めっちゃもふもふする」

 

「ズーン………」

 

 ついつい出てしまった本音でさらにオリオンがへこんでしまい、それを慰めるのに少しだけ時間がかかったのだが、今はおいておこう。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 紆余曲折を経て、何とかアルテミスとオリオンを味方へと引き込んだ俺達。ここで自分はアルテミスに寄生していないと何もできないと男らしく宣言したオリオンが早速その言葉を裏切りとても有効な情報を教えてくれた。オリオンが言うにはワイバーンというか、竜の巣というのは大体今いるような荒涼とした場所にあることが多いらしい。流石、狩りが得意だっただけのことはある。

 女性の対応は除くけれども、それ以外はアルテミスの暴走思考を止める常識人でもあるので物凄い助かる。エミヤ師匠とか意外と喜びそうだ。

 

『おぉ……オリオン君の言う通りだ。近くに竜の反応が多数ある』

 

「では、サーヴァントの皆さん。レッツハンティングです」

 

「一狩り行きましょう!マスター!!」

 

「Xは落ち着け」

 

 そんなことを言いながら全員ノリノリで武器を構える。普通は恐れられる竜種がもはや唯の獲物としか思われていない。大天使マシュですらレッツハンティングとか言うくらいになってしまった。………いったい誰がこんなことを……(震え声)

 

「先輩!行きましょう!」

 

「今行くよー」

 

 エミヤ師匠作、投影ゲイボルクを取り出して構え、サクッと真名開放。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!」

 

 いくら竜種でも生物であるがゆえに頭と心臓という弱点は防ぎようがない。宝具のランクが下がっていようとも、攻撃力なら後付でどうにでもなるのだ。というわけで、早速一体目の心臓を刈り取る。なるべく傷が少ない方が、加工できる部分も多いはずだし。

 

 そんなこんなで、オリオンとエウリュアレ以外の全員を狩りだして行われた竜種を三十体倒せのクエストは後一匹を除き、狩りつくすところまで来ていた。ちなみに、アステリオスが簡単に加工した鱗は俺の四次元ポケット入りである。……今更だけど、この道具実はとんでもなくすごいものなのではなかろうか。流石の我が家。未知がいっぱいである。

 

「ねーねーだーりん」

 

「なんでぇ」

 

 ここで、戦闘モードなのか、来ていた服を赤く変えたアルテミスがオリオンに質問を投げかける。

 

「この竜たちって雄雌あるの?」

 

「親は知ってるけど、雄雌はきいたことねえなぁ」

 

「親?」

 

「あぁ、ワイバーンのような亜竜種じゃない。奴らを生み出すのは純粋で上位の竜種だ。親ってよりも、手下っていった方がいいかもしれないな」

 

 オリオンがそういった瞬間、俺たちの目の前に今まで倒して来たワイバーンなんて比較にならないくらい巨大な竜が舞い降り、その大きさに似合った迫力を誇る咆哮を放つ。

 確実に今オリオンが行ったであろう上位の竜種の出現にマシュは表情を固まらせ、ドレイクは笑みを浮かべる。アステリオスは竜を見上げて感嘆の声を上げ、エウリュアレは興味なし。Xは巨大な肉キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!とハイテンションである。

 

「えっと、やっぱり部下であるワイバーンを刈り倒していたら、興奮とかするのでしょうか」

 

「そりゃするだろうねー……」

 

「先輩……」

 

「乱入クエスト……胸が熱くなるな……」

 

「ダメです。先輩、久々にアレモードに入ってます!」

 

 ここまでモンハンに徹してきたのだ。これは最後まで貫かざるを得ない。

 俺たちが狩りつくしていたワイバーンたちの親玉と思われる竜はもう一度咆哮すると、その巨大な身体に似合う尻尾を振るう。

 もちろん俺たちはそれを受け止めるなんて真似はしない。各々、別の方向に跳躍しつつそれを回避する。すると、尻尾は効かないと思ったのか、竜が上空に向かって火球を放つ。

 そしてそれは分裂したのち、地球の重力に引っ張られ、俺たちに降り注いだ。あの竜頭いいぞ。

 

 マシュは盾で、アステリオスは両手に持つ斧を振り回し、Xはお得意の二刀流で、ドレイクはマシュの背後に隠れつつ火球をやり過ごしていく。俺はしばらく槍を振り回して火球を防いでいたが、そろそろ反撃に移る。

 

「X!」

 

「了解です!」

 

 ライト聖剣エクスカリバーが放つその光で軌道を描きながらXは火球を切り抜け、一気に本体まで向かっていく。そして、俺もその後に続く。火球の処理はドレイクとアルテミスがやってくれているので対応する必要はなく、目指すはあの竜の心臓部分である。

 ついに、火球の範囲外である懐に飛び込むことに成功した俺とX。そしてXは黒いライト聖剣エクスカリバーを取り出して、クロスするように竜の腹に切り傷を付けた。

 

「マスター!」

「――――――刺し穿つ、死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 Xがその名の通りに付けてくれた切り傷の中心。そこに向かって宝具を発動。ぶっちゃけ、この宝具の特性上態々皮膚を切り裂いたりする必要はないのだが、それはそれ。格好いいからいいのだ。

 俺が放った因果の槍(偽)は寸分違うことなく巨竜の心臓を貫いた。そのおかげで竜の動きが止まる。Xはその隙に完全に敵を殺すためにぶっとい首を切り裂き、地面に落とすのだった。

 

 今回はプロが大活躍だったな。本当に。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ようし!船の補強も終わった!余った素材で衝角に装備させた!ようは準備がととのったってことさね。さぁ、野郎ども!これでもう心配はなくなった。黙ってアタシについて来な!今度こそあの髭野郎を海の藻屑に変えてやる!」

 

『うぉぉおおおおおおおおお!!!』

 

 流石のカリスマである。

 士気も上々の状態で出航する黄金の鹿号(?)

 これで唯一の問題であった耐久をクリアした。前は状況的にこちらが有利だったとはいえ、今回もそうとは限らない。俺たちと同じくらいに黒髭たちも俺たちの情報を持っている。既に俺が油断させて相手を誘い出すという手段も通じないだろう。相手のサーヴァントの腕を引きちぎっちゃったこともある。

 

「さて、あの黒髭の船。どうするかね……」

 

 部下の士気を上げ終わったドレイクがこちらにやってくる。

 一応、向こうの戦力は低下しこちらの戦力は上がっている。ごり押しで行けなくもないが、それでは万が一が起こる可能性もあるのだ。だったら――――

 

「ドレイク。それは俺に任せてくれない?」

 

「なんだい。何か作戦でも?」

 

「まぁ。派手に花火を打ち上げようと思ってね」

 

「………先輩、まさか……」

 

 付き合いが長いマシュは気づいたらしい。

 Xもニヤリと笑ってライト聖剣をちらつかせる。

 エミヤ師匠も、溜息を吐き、呆れ顔を見せながらもその唇の端は吊り上がっていた。ノリがよさそうで何より。

 

「あ、後アルテミス。少しだけ、パスをつないでもいい?」

 

「どうしてー?」

 

「魔力を供給するから。黒髭の船を見つけたら甲板に向かって全員宝具開帳……とはいかないけれども全力で先制攻撃を、ね?」

 

「面白そう!いいよー」

 

「どうも」

 

 簡単に魔力供給の道だけを作って、視線を海の方に向ける。

 これで準備は整った。聖杯の方もしっかりと準備万端である。

 

「――――三時の方向に船を発見!黒髭の旗です!」

 

「ついでに本人も乗船しているようだ。……仁慈?」

 

「えぇ、行かせてもらいますとも。―――――――さぁ、サーヴァント達。全力全壊であの船に叩き込め」

 

もう勝利しか残されていない剣(エックス・カリバー)!!」

 

「―――――偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)………ゴォレンダァ!!」

 

「―――――突き穿つ死翔の槍(ゲイボルク)……ゴォレンダァ!!」

 

月女神の愛矢恋矢(トライスター・アモーレ・ミオ)

 

 やっぱり先制ブッパ(これ)だよね。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 時間は少し巻き戻り、黒髭たち。

 

「ウッヒッヒッヒッヒ……ヒョッホッホッホッホ…………。はっ!?……おぉ、夢から覚めてしまえばハーレムは遥か彼方。ここにいるのは先生と二人だけの空間を作り出している百合ップルだけである。……まぁ?拙者百合もいけるでござるがぁ……一人はさみしいなぁ(チラッ」

 

「―――すごい、アン。この船長、同衾を求めてるよ」

 

「好感度ゼロどころかマイナス面まで天元突破していらっしゃるにも拘わらず大した発想だと思いますわ。というか私たち、その夢に出てきていませんわよね?出てきてたら、二度とそんなことできないように、この銃でその風船よりも軽い頭をたたき割って差し上げますけど」

 

「んー……出てきたヒロインが多すぎて覚えてないですなぁ」

 

「すごいよアン。この船長、僕たちを有象無象のサブヒロインにしたよ」

 

「うん♪やっぱり殺しましょう♪」

 

「いやいや、待ちなされアン氏、メアリー氏。いくら何でも夢の中でのことに嫉妬しなくても大丈夫ですぞ。拙者、ロリも大人の女性もいける、スーパー紳士ですのでwwwwwあ、BBAは無理」

 

『やっぱり、殺そう』

 

 仁慈たちに負けず劣らずにぎやかな甲板。

 そうしてどんちゃん騒ぎをしていると、緑色の服を着て、槍を持った英霊がドレイクの船を見つけた。

 

「………ん?おい、船長さん。敵がおいでなすったようですよ。例のフランシス・ドレイク」

 

「エウリュアレちゃん来たの!?聖杯も!?」

 

「多分そうなんじゃないんですかねぇ。……思ったよりも早いご帰還だ。さて、今度は一体何をしてくるのやら……腕一本で足りるかねぇ」

 

「ヒャッハー!皆の者ー!出迎えの準備ですぞ!」

 

「やれやれ、お仕事しますか」

 

「今度は一体どんな手で来てくれるんでしょうかね。少々楽しみですわ」

 

 そんなことを言いつつ、それぞれが準備を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――しかし、そんな彼らを待ち受けていたのは、ドレイクの船ではなく、視界を埋め尽くさんばかりの光と、それに追随する、強大な攻撃力を持った数多の投擲物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近、仁慈のキチガイ成分が足りないというので初心に帰りました。


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一つの終焉、一つの開戦

………あれ?


 

 

「たーまやー。いやー黒髭ことエドワード・ティーチは強敵でしたね……」

 

そんなことを言っても違和感ないくらいには、今の状況は酷かった。

仁慈考案というか、いつものと言っても差し違えない基本行動である先制ブッパによって敵である黒髭の船は壊滅的な被害を被っていた。一応、黒髭の宝具ということで沈没は免れたものの、それぞれのサーヴァントは無視できない程のダメージを負っていまっている。

 

「あのクソガキ………!」

 

これには流石の黒髭もキャラを投げ捨て素を出しながら憤慨した。まさかまさか、遠距離から一斉に宝具が飛んでくるとは夢にも思ってなかったのである。

 黒髭のこの考えは一般的に正しい。普通の人間では何人もの英霊の宝具を同時に発動することはほぼ不可能と言ってもいいからだ。答えは単純、魔力が足りないのである。だからこそ、飛んできてもサーヴァント一体分の宝具であるはずなのだが……残念かな、人類最後のマスターに選ばれたものは人類で最も新しい基地外だったのだ。聖杯という魔力タンクも内蔵していることから、このような常識はずれな行動がバンバン取れてしまうのである。

 

「………まさか、こんな手でくるとは。いや〜、時代も進んだもんだ」

 

呑気に話す緑色の服を着たサーヴァント。だが、その内心では全くもって余裕のない状態である。何とか黒髭の部下をガードベントとして利用し、直撃こそは免れたもののビームと爆発物相手に無傷とはいかず、左腕も加えて体中ボロボロである。

 普段であれば、海に飛び込むなりして回避することもできたのだが、今回はそれを行うことができない理由があった。

 

「ちっ、降りてきませんでしたか………」

 

 仁慈の指示によって黒髭の船近くで待機していたXが居たからである。ジャージを着こもうと帽子をかぶろうと、聖剣をライト聖剣に改造していようとも、たとえ本人が隠しているつもりであっても彼女はアーサー王(仮)なのだ。湖の精霊から受けた加護のおかげで浮くことができるのだ。

 そこで、仁慈は彼女に宝具を回避するためにサーヴァントが海に降りてきたら一方的に殴り倒してやれと伝えておいたのである。まさに外道。それ故に有効的だった。Xが下で聖剣をブンブン振り回しながら待っているために黒髭たちはその場で踏みとどまるしかなかったのである。

 自由に動くことができない海の中よりは船の上で黒髭の宝具の影響で生み出された海賊たちを使ってガードベントした方がまだましだと考えたのだ。それなりに距離が離れており、本来の威力で飛んでこないだろうと考えていたことも理由の一つとして挙げられた。まぁ、それでも黒髭たちが大ピンチなことには何ら変わりないのだが。

 

「ぐっ……つぅ、随分と派手にやってくれたもんだね……」

 

「しかし、あれだけ大量の宝具を開帳すればマスターもただではすみませんわ」

 

「……いや、どうやらそういうわけでもないみたいだなぁ。これじゃあどっちが敵側だかわかったもんじゃないね」

 

 メアリーとアンもそれぞれダメージを負いつつ、この采配を行ったであろうマスターの状態を予想する。だが、彼女たちの予想は味方の緑色の服を着たサーヴァントによって否定された。

 彼女たちは一度、そのサーヴァントの方を見てから相手となるドレイクたちの船にその視線を移す。するとそこには、ビームこそないものの、偽・螺旋剣と突き穿つ死翔の槍が飛来してくる光景があった。

 

「なっ!?」

 

「あぁ、もう!勘弁してほしいです!」

 

 自分たちの予想を超えてランクが低いとはいえ宝具級の攻撃をドンドン飛ばしてくる仁慈たちに悪態をつきつつ、銃を持ったアンはひたすら飛来する武器を撃ち落す。

 本来なれば決して不可能ではなかったその行動だが、ダメージを負ってしまった今の体では処理に間に合わずいくつかの攻撃が自分たちに降り注ぎ再び爆発を起こした。サーヴァントたちは全員が敗北寸前。その所為か黒髭の宝具である船、アン女王の復讐号も徐々にダメージを負い始めていた。

 

「くっそ野郎が!あの爆発物を追撃しようにも自分の近くで撃ち落せばどちらにせよダメージは免れねえ。かといって、遠くから落とせるのはアン・ボニーただ一人……」

 

 敵からの効果的すぎる攻撃に、黒髭は必死に活路を見出すために思考を巡らせる。しかし、彼の頭が弾き出すのは不可能という三文字だけ。逃げることは向こうの船の方が機動力が高いために不可。ここから巻き返すのは絶望的。何より戦力の差がありすぎる。黒髭たちは本人を含めて少なくないダメージを負ってさらに、向こうには水の上を移動できる変態サーヴァントが居る……これらを正確にとらえているが故の結論である。

 

「まさか、現代にあんなブッ飛んだ奴がいるとはな゛ッ!?」

 

 するとここで、黒髭の身体に違和感が駆け巡る。違和感を感じる部分に視線を向けてみれば自分の身体から見覚えのある槍が生えていた。それはもちろん仁慈が持っている物ではなく、彼の味方として共にいた人物が持っていた武器。

 

「……まさか、ここで裏切ってくるとは思わなかったぜ。ヘクトールさんよ。テメエだけじゃあのぶっ飛んだガキとBBAの相手はキツいんじゃないかね?」

 

「いやいや。本当に厄介なお方だよ、船長。まったく隙を見せずに、常に懐の銃を握っているんだからねえ。どうやらこちらの思惑にも多少気付いていたようだし?……おじさん感心しちゃうぜ」

 

「狙いは俺の聖杯か……」

 

「ま、それはついでだったんだけどね。本命はちょっと俺には荷が重そうなんで、これだけ持って帰ろうかと……ね!」

 

 槍を引き抜くと同時に黒髭の聖杯も奪い取った緑色の服を着たサーヴァント、ヘクトールは前もって準備していたボートを使って逃走を図った。

 

 一方、聖杯を奪われ体に穴も開けられた黒髭はその身体を引きずって甲板の端に立った。そんな彼の先には先ほどよりも距離が縮まった黄金の鹿号が存在している。仁慈たちは思ったよりも重症だった黒髭に驚きの表情を浮かべて攻撃をいったん止めた。黒髭はその隙に、自分の身体を度外視して口を開く。

 

「すまんBBA!勝負つけられそうにねえわ!」

 

「だったらもう少し態度に出したらどうなんだい!」

 

「wwwwwwwwそwwれwwwはwwww無理でござるwwwうぇwwwww――――しかし、横やりでお宝を奪われるとは俺も落ちたもんだよなぁ?BBA」

 

「…………海賊の最後なんてそんなもんだ。アタシらは自分の好きにやって、奪い、荒らした無法者。無様に死んで地獄行きがふさわしい末路なのさ」

 

「なんという正論。これは何も言い返せないでござる。くやしいのぅwwwくやしいのぅwwww」

 

 黒髭とドレイクは言葉を紡いでいく。

 そこには仁慈には、いや、仁慈達にはわからない海賊だからこそ、自分勝手に生きることを選んだ者たちだからこそ理解できる部分が含まれた会話であった。

 黒髭の身体を黄金の光が包み込んでいく。聖杯を失った彼がたどる末路は決まっているのだ。

 

「では、海賊らしく一つ情報を残しておくとしますかな。……俺をやったのはヘクトール。狙いは俺が持っていた聖杯ともう一つ本命があるらしい。さぁ、クソガキ。この遺言(地図)を以てして、見事に聖杯(俺の宝)を手に入れてみな。……なんてwwww最近、海賊王が言ったこの言葉から始まる漫画が流行っているらしいので言ってみますた(キリッ)」

 

 冗談のような口調で言っているが、その言葉は普段の黒髭と同じく目が笑っていなかった。そのことを読み取った仁慈は今の言葉が嘘偽りないものだと、感じて己の心に刻み込む。

 その様子を見た黒髭は再びドレイクに視線を戻した。

 

「じゃあBBA。先に地獄でいっぱいやっているでござるよ?」

 

「BBA言うな。さっさと逝っちまいな。―――――一応、アンタの話はマシュとロマニから聞いてる。今度はその首忘れずに持っていくんだね」

 

「当然。拙者、大海賊なのでその辺は抜かりなし!いや、裏切られた時点でぬかってる?細かいこと言いなさるな」

 

「誰に向かって言ってんだい」

 

「紳士は次元の壁すら超越できるもんなのですよぉ?しっかし、やはり拙者は……俺は大海賊だった。こんな終わりの間際になって、誰よりも尊敬した女に!思い焦がれた海賊に看取ってもらえるうえに首まで取っててくれるとは!生前では決して手に入らなかった宝だろうよ!は、はははははは!さらばだ人類!さらばだ海賊!黒髭は死ぬぞ!くっ、ははははははは!!」

 

 その高らかな笑い声を最後に仁慈たちの前に立ちふさがった大海賊、黒髭は消滅した。最後に、自分が最も欲したものを手に入れて消えていった彼は、誰の目にも等しく大海賊として映っただろう。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 黒髭が消えたことにより、彼の宝具であったアン女王の復讐号も消え失せる結果となる。そうして残ったのは爆発物の雨を卓越した狙撃技術で防いだアン・ボニーとメアリー・リードは仲良く海に浮かぶ羽目となり、そこを魔力放出を利用した飛行術によって飛んできた仁慈に引き上げられて簀巻きにされていた。

 

「さて、とりあえず二人には選択肢が二つある」

 

 彼女たちを回収した本人である仁慈は簀巻きにされて動けない二人に向かった人差し指を立てながら口を開いた。

 

「まず、選択しその1。ここで死ぬ」

 

 彼が言った瞬間、仁慈とアン&メアリーの前に彼の真に所持していると言える宝具である突き崩す神葬の槍がどこからか現れ、突き刺さった。アン&メアリーは名の知れた海賊である。本来であればこの程度の脅しなんてへでもないのだが、仁慈の瞳がどろどろとした深淵を思わせるものであったためにわずかに恐怖を助長させられた。

 そんな二人に気にせず、仁慈は中指を打ち立ててピースの形を作り出す。

 

「で、2つ目。黒髭の言ったヘクトールの情報を吐いて、俺たちと共に、ヘクトールを含めた連中を潰す…………どうする?」

 

『………………』

 

 二人は考える。

 しかし、すぐに答えは出た。彼女たちは海賊であり、自分の好きなものは奪い取ってでも手に入れる。黒髭はあのような性格で、とんでもなく変態的だったが、それでもあの時だけは彼女たちのボスだった。そんな彼が奪われたものを奪い返すのは当然であろう。奪ったら、あの世か英霊の座にいるであろう黒髭を煽ってやろうとも考えていたが。

 

「………いいよ。仲間になる」

 

「海賊のものを奪ったらどうなるか教えて差し上げなくてはなりませんからね」

 

「交渉成立。これからよろしく。アン・ボニー、メアリー・リード」

 

「うん、どうもよろしく」

 

「私たちは二人でサーヴァントなんです。うまく使ってくださいね?」

 

 見事にサーヴァント一騎(?)を味方へと引き入れた仁慈。するとそのタイミングでXからの念話が入る。今の今まで使うことのなかった念話。実はつい最近その存在を明かされ速攻で覚えたというエピソードがある。

 

『マスター。ヘクトールの船を追いかけています。現在は東北東に移動中で、その動きに迷いがないことから確実に目的地があります。恐らく、黒髭とは違う戦力かと』

 

「了解。こっちはXの反応を追ってすぐにそっちに向かう。なるべく気づかれないように」

 

『はい。このX。セイバーもアサシンのどちらもいけることを証明してみますとも』

 

 念話を終了した仁慈は、方角をドレイクに伝えてその方角へと全速力で急ぐように部下に伝えた。

 

 

 

 

 

 

 そうして、途中でXを拾ってヘクトールの後を追いかけていくと、目の間に船を一隻発見した。

 ドレイクの部下が言うには見たことのない船らしい。その船にヘクトールが乗り移ったことを確認した仁慈はエミヤに甲板の様子を見るように言った。彼も、仁慈の考えをある程度トレースすることは可能なため、それを既に行っていた。

 そうして、甲板に居る面子を見て、エミヤはその表情を固めた。

 

「……やれやれ、ランサーとまでは言わないが、あれとも縁があったらしいな」

 

 思わずこぼれたといったような言葉に仁慈が質問を投げかける。

 その質問にエミヤが答えようとした時、目の前の船が自分たちの方に向かっていることに気づいたドレイク。エミヤの言葉を遮る形で大砲を撃つように指示を出すものの例の如く大砲は効かなかった。ドレイクはまたこのパターンか、と舌打ち一つした。

 

「はぁ……仕方ない。せっかく作ったんだ。衝角を使って攻撃でも仕掛けようか」

 

「宝具ブッパしなくていい?」

 

「一応、無限に撃てるらしいけど、そういうのには疲労を感じるのことが世の常だからね。あれは一端休みな。魔力?ってやつには問題ないけど、実際疲労感は感じてるだろ?」

 

「バレたか。でも、これくらいはさせて」

 

 ドレイクに気遣われ、宝具ブッパはやめた物のXを呼んで二人して、船の最後尾に向かう。そして仁慈がこんなことを言った。

 

「X。加速」

 

「ダイナミック魔力放出というわけですか……。というわけで加速カリバー!!」

 

 仁慈の端的な指示を正しく理解し、それを速攻で行動に移すX。聖剣が泣いてしまうような扱い(今更)をしつつ、ビームをブッパする。その反動で機動力を得た黄金の鹿号はその爆発的な加速を利用して衝角から自分たちに向かってきている船に突撃をかましたのであった。

 

 

 ぶつかり合った2つの船が大きく揺れる。

 誰もが船にしがみついて、振り落とされないようにしている中、エミヤだけは敵の船に乗っている黒い筋肉隆々の男に鋭い視線を向けていた。それは相手側も同じであるようで、ヘラクレスもエミヤのことを視界にとらえてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに、過去どこかで行われた戦いの第2ラウンドが始まろうとしていた。

 その結果がどうなるのか、それは人類最後のマスターである樫原仁慈(キチガイ)がカギを握っているかもしれない。

 

 

 




………さて、どうやってアタランテとダビデに会わせようか。
流石に無計画が過ぎたようです。もしかしたら書き直すかもしれません。


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現代の神話(前編)

すみません。もしかしたら、この話は前・中・後になるかもしれません。

後、超高難度イベントのヘラクレスマジヘラクレス(白目)


 

 

 

 

 

「はっ、あっはっは!!突撃とは、馬鹿にふさわしい手段じゃないか!―――――よし、見つけたぞ。それじゃあヘラクレス。挨拶代わりにあそこの有象無象のガラクタ共に挨拶をしてあげようじゃないか」

 

 黄金の鹿号とぶつかり、ヘクトールが合流した船に乗っていた金髪の男がそう言いながら隣に居た巨人と見間違うような巨躯を持った巌のような黒い男が岩を黄金の鹿号に投げつける。

 その岩は真っ直ぐに仁慈たちを襲うのだが、彼らの側にはアステリオスが居る。彼は仁慈達の前に出ると、敵の男と同じ巨躯を最大限に生かした力で岩を受け止めて、海へと進路をそらした。

 

「あっはっは!ギリギリで受け止めたか!あそこに居る野蛮人は……なんだアレ獣人か?」

 

「あれはおそらくアステリオスさまですわ。神牛と人の間に生まれた悲劇の子です」

 

「なんだ!人間のなりそこないか!俺達英雄に倒されることを運命づけられた、滑稽な生物。向こうも人材不足のようだな!あっはっはっはっは!………ところでヘクトール。その様は何だ?女神は……まぁ、おびき寄せたからいいとするが、その成りは?」

 

「すみませんね。奴さん思ったよりやりますわ」

 

「………チッ、使えないやつめ。まぁ、聖杯を取ってきて女神をおびき寄せてきたこともあるし、今回だけは寛大な心で許してやるよ。ヘクトール」

 

 ヘクトールから聖杯を奪い取った金髪の男はそれをヘクトールの身体へと傾ける。その直後、ヘクトールの追っていた傷はきれいさっぱりなくなっていた。宝具で傷ついた身体も、仁慈が引きちぎった左腕までもが戻っていた。

 その力に満足するように頷いた金髪の男性は、精悍な顔立ちを醜く歪めて嗤いながら仁慈たちに向かって宣言した。

 

「さて、せっかくだ!ここで一切合切決着をつけようじゃないか!君たち世界を修正しようとする邪悪な集団と我々世界を正しくあろうとさせる英雄たち。――――――――――聖杯戦争に相応しい幕引きだ!」

 

 

 金髪の男の言葉を聞いていたオリオンとアルテミスは一瞬だけ相手の船を見渡してやがて確信を持ったように口を開いた。

 

「あれ、もしかしてアルゴー号?」

 

「多分正解だぞコンチクショウ。あれは正真正銘のアルゴノーツだ。金羊の毛皮を探して旅立った冒険者たちの船。世界最古の海賊船と言っても過言じゃねえ。まぁ、こっちの船長であるドレイクに比べて、向こうのトップはまだケジラミの方がマシってくらいの人格を持っているがな」

 

「アルゴノーツのリーダー……つまり、イアソン」

 

 マシュはリーダーのことを知っているようだった。その言葉が聞こえたのか金髪の男―――イアソンが答えた。

 

「私の名前を知っているのか。やはり、偉大な人物って言うのは時代を越えても語り継がれていくもんだな!さぁ、かかってきなさい!こちらは君たちみたいなガラクタが使うような卑劣なことはしない。真正面から押しつぶしてやろう!全く以って気分がいいな!正義というのは!」

 

 イアソンの言葉に、二つの矢が走る。

 それは目にも留まらない速さでイアソンの両目に吸い込まれていき、あわや目玉事その脳みそを貫かんとした瞬間、近くに居たヘクトールが間に割って入り、卓越した槍さばきでそれらを弾き落とす。

 ヘクトールの視線の先には、全く同じ体勢、つまり矢を放った後の体勢で静止していた仁慈とエミヤの姿があった。

 

「いや、済まない。あまりにも隙だらけなもので、ついつい射ってしまったようだ」

 

「全くですね。てっきり死にたいのかと思って反射的に矢が飛んで行ってしまいましたよエミヤ師匠」

 

 謝る気ゼロである。むしろ思いっきり煽りに来ていた。

 精悍な顔立ちのイアソンが先程の顔面崩壊が可愛く見えるほど鋭く二人を睨みつけていた。 

 だが、そんなイアソンの表情と殺気にも二人は全く反応することはない。むしろ、鼻で笑って出直せと口パクで伝えるレベルである。

 そんな二人に対してロマニが慌てたように通信を入れた。

 

『ちょ、ちょっと!何挑発しているのさ!あれが数多の英霊たちを乗せたアルゴノーツだとしたら、その中で破格の存在が居るんだ!』

 

「―――ギリシャ神話最大の英雄。ヘラクレスだろう?問題はない。既に交戦経験がある。なに、そう簡単に負けはしないさ」

 

 焦りに焦るロマニの言葉に気負うこともなく返すエミヤ。だが、イアソンはそんなエミヤの言葉を大きな声で嗤い上げた。

 

「はははは!!無駄だ、無駄無駄!勝てるものか!時間稼ぎすらできるものか!数多の怪物たちと、戦い、一つでも困難な試練を十二個も乗り越えた英雄達(俺達)ですら憧れた最強の英雄だ!君たちのような二流三流とはわけが違う。無造作に引き千切られるが、雑魚敵の運命だ!」

 

 イアソンはここで一度言葉を切ると、仁慈の方に視線を向けて言い放つ。

 

「そこで一つ提案だ。そこのマスターらしき者よ。先程私にした不敬な攻撃を泣いて謝り、そこに居るエウリュアレをこちらに渡せば、ヘラクレスをけしかけることだけはやめてやってもいいぞ?」

 

「少しは自分の力で交渉に挑んだらどうです?さっきから聞いていれば、ヘラクレスにおんぶにだっこ……生きてて恥ずかしくないんですか?」

 

「――――――――」

 

『――――――――』

 

 空気が凍った。というか死んだ。その場に居る者(マシュとXは除く)たちは全員が固まった表情で仁慈に視線を向けていた。

 だがしかし、当の本人はそれに気づいていないかのように話を続ける。

 

「ほらほら、少しは自分にあるもので何か言ってみてくださいよ?待っててあげますから。ほら!ハリーハリー!!」

 

「………」

 

「…………なんも言わないのか。はぁー………ちっ、虎の威を借る狐かよ。つまらないうえにくだらなさすぎる……もう英雄名乗るのやめたら?」

 

 見せつけるように溜息を吐き、首を振ってやれやれと言う仁慈。もはや何様だと言ってやりたいくらいのふてぶてしい態度だが、こう見えてもこの仁慈。人間の癖に数多のサーヴァントとの戦いを最前線で生き抜いてきた実績を持つのだ。同じリーダーでもイアソンとは文字通り次元が違った。

 

「―――――――――ゴミ屑風情がッ!言ってくれるじゃないか!サーヴァント諸共消え失せろ!……メディア!私の愛しいメディア!」

 

「はい、お呼びでしょうかマスター?」

 

「私の願いはわかるよね?アイツらを、特にあの人間を粉微塵にして殺してほしんだ!君が自分の弟をバラバラにして殺した時みたいにね!あぁ、安心して。私はもう反省したから。二度と君を裏切らないとも!」

 

「また、頼ってるし……本気で何もできないのかアレ」

 

 メディアと呼ばれた薄い青髪をポニーテールにしている少女を呼びつけて仁慈たちを殺すように指示を出すイアソンに呆れた声を上げる仁慈。同じようなポジションに収まっているものとして憤りを感じているのかもしれない。

 

「元船長とは別のベクトルで屑だね、アン」

 

「元船長とためを張るレベルでゴミ屑ですわねメアリー」

 

「私知ってるよ。あれ、DVっていうんだよね!」

 

「そんなもんじゃねえぞ!あいつらどちらもお互いのことを見てねえ!」

 

「……神々と同じレベルには質悪いわね。……アステリオス。貴方は将来あんなゴミにも劣るような男になってしまってはダメよ?」

 

「ん。わかっ、た。えうりゅあれが、そういう、なら、そうする」

 

「あれが世界最古の海賊船の船長かい。………がっかりだねぇ。まだ黒髭の方がましだよ」

 

「さりげなくdisられる黒髭ェ……」

 

「ミスターレッド。言ってはなりません。彼の扱いは自業自得なのです」

 

「というか、先輩。妻を最前線に出して自分は高みの見物って……もしかしてイアソンは……まごうことなき人間の屑なのでは?」

 

「今までの会話からそんな感じはしたよね。マシュにまで言われるとか相当だな。アレ」

 

 散々に言われるイアソン。

 既にキレていた堪忍袋は爆発してしまい、イアソンは吼えるようにヘラクレスの名前を叫んで仁慈たちにけしかけた。それに加えて聖杯で完全復活を遂げたヘクトールも加わり、本格的な全面戦争が勃発した。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「仁慈!ヘラクレスの相手を少しだけしてくれないか?」

 

「了解。マシュ!」

 

「―――――!」

 

 仁慈の声だけで、マシュは反応し彼の傍へとやってくる。エミヤは少しだけ距離を取りながら、小さく、しかし確かにその言霊を紡いでいく。

 

「―――――――――I am the bone of my sword. 」

 

 それは、エミヤという英霊が歩んできた生涯を示す言葉。

 

「―――――――――Steel is my body, and fire is my blood. 」

 

 彼の本質を引きだし、自分の力を最大限に使うための言霊。

 

「――――――――I have created over a thousand blades. 」

 

 エミヤの身体から感じる違和感にヘラクレスも気づいたのか、もしくは過去の記憶がエミヤと同じで残っているのか、仁慈とマシュを無視してエミヤへと攻撃を仕掛けようとした。

 だが、仁慈がそれを許すはずもない。

 

「行かせるか!」

 

 一瞬のうちに魔力強化と魔力放出を使ってヘラクレスの前に瞬間移動よろしく現れるとそのまま、全力全壊、魔力放出の勢いも利用した回し蹴りを見舞う。しかし、それは鎧のようなヘラクレスの身体には通らない。実際に傷一つ攻撃を受けたところには傷がなかった。

 が、衝撃だけは殺しきれなかったのか、わずかに後ろに下がる。そのことで仁慈を脅威と捉えたヘラクレスは仁慈にターゲットを変更し、斧剣を振り下ろす。

 神速と言っても過言ではない速度と、鋭さに仁慈はすぐさま突き崩す神葬の槍を取り出して応戦する。

 

「■■■■■―――――――――!」

 

「うぐっ……な、め、るなぁぁぁあああ!!」

 

 大きな傷を負ってこそないが、徐々に仁慈の薄皮が切り裂かれていった。いくら仁慈が最新最狂のキチガイでも、生きてきた年月が、積み重ねてきた経験の濃さが、彼の前に壁として立ちはだかっていた。

 

「はぁぁあああああ!!」

 

 一人であれば、確実に持たなかっただろう場面でも仁慈には頼りになる後輩が居るのである。

 仁慈がこのままではまずいと言うことをわかっていたのだろう。マシュが彼らの間に入るようにしてヘラクレスの斧剣を受け止める。それだけで立っている船の甲板がわずかに軋んだ。マシュの身体も今まで受けたことのない衝撃に節々が悲鳴を上げていた。仁慈は、マシュが作ってくれた隙を利用して彼女に強化魔術を付与。身体能力の底上げを図ると、すぐさま、自らの宝具の真名を開放した。

 

「―――――突き崩す、神葬の槍!」

 

 マシュが攻撃を受けている間にヘラクレスの視覚へと入り込んだ仁慈、自らの宝具を解放しそれをヘラクレスの首筋に突き立てた。彼の槍は人外に対して多大な効果を発生する。

 ヘラクレスとはその偉業を達成したのちに神の末席に収まった英雄である。もちろん、神とて人外の存在。仁慈の槍は十分な効果を持っている。

 

 彼の槍がその首筋に突き立てられるかどうかという、その時――――

 

 

「あっ、ぐぅううう!?」

 

 マシュが吹き飛ばされ、ヘラクレスが仁慈の方に体を回転させた。

 

「ちっ!」

 

 横薙ぎに振るわれる斧剣をとっさに槍をぶつけて防ぐことに成功する仁慈だったが、ヘラクレスの攻撃はそれですまなかった。素早く斧剣を構えると第二陣を仁慈に向かって振るう。

 一方仁慈も魔力放出を利用した反動で空中を移動してその第二陣を回避した。このままではまずいと仁慈はすぐに甲板に戻るが、そこでは既にヘラクレスが待ち構えており斧剣が振りかぶられていた。

 ギリギリで、槍を盾にしたもののヘラクレスの攻撃をそんなもので防げるわけもなく、左の肩から右の脇腹までバッサリと斬りつけられながら仁慈は後方に吹き飛んだ。

 

「ぐっ!先輩!」

 

「―――――――――ッ!recover()!」

 

 有り余る魔力を回復魔術へと流し込み、緊急治療を完了した仁慈は自分が持っている突き崩す神葬の槍をヘラクレスに向かって投擲する。

 不安定な態勢で投擲されつつも、かなりの速度を誇ったその槍は真っ直ぐにヘラクレスに向かっていくが、あっけなく斧剣で弾かれてしまう。

 

「ヘラクレス強すぎィ……!」

 

 弾き飛ばされた神葬の槍をルーンを利用して自身の手の中に再召喚をして構える。ヘラクレスにぶっ飛ばされたマシュも、軋む身体を無視して仁慈の隣に立った。彼女の状況を見て仁慈はすぐさま回復魔術をかけた。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして。……というか、ヘラクレス超強い。なんか、久しぶりに命の危機を感じてるわ」

 

「久しぶりって……」

 

「某、ケルト師匠が時々振ってくる無茶振り試練がね。生存本能全開でいかないとマジで死ぬから」

 

 なんて軽口をたたいているが、ぶっちゃけそうでもしていないとすぐに余裕を失ってしまうからこそのものであった。

 

 ヘラクレスは未だに無傷、それに対して仁慈たちは傷こそ治ったものの疲労を感じている。他のサーヴァントは全快したヘクトールとメディアの相手にてこずっていて増援を期待することはできなかった。

 

「■■■■■―――――――――!!!」

 

 ヘラクレスの咆哮が響き渡る。

 ―――――そして、それと同時に仁慈とマシュの前にエミヤが立った。

 

 彼は振り返ることなく、仁慈たちに対して言葉を紡ぐ。

 

「仁慈、マシュ。君たちは、ヘクトールの方に行ってくれ。そして、ヘクトールを倒した後、私たち全員でヘラクレスに挑む。それが、一番勝算のある方法だ」

 

「エミヤ先輩……」

 

「…………行けるんですか?エミヤ師匠」

 

 仁慈の静かな問いかけにエミヤは簡潔に答えた。

 

「無論だ。私はお前の師だぞ?弟子にいい恰好ばかりされてしまうと、私の面目が丸潰れだ。あぁ、でも、君がそうしたいのであればほかの手を考えるが?」

 

「これだけ思わせぶりなことしておいてそれはないでしょう……じゃあ、頼んでいいんですね。時間稼ぎ」

 

「もちろんだ。だが、仁慈。時間を稼ぐのはいいが―――――――――――――別に、あれを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 エミヤの言った途端その表情を思いっきり引きつらせる仁慈。

 そんな彼に気づかず、エミヤは己の切り札を、彼に唯一許された魔術、その極致を発動した――――!

 

 

 

「――――So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.」

 

 

 

 エミヤを中心として別の世界がこの世界を侵食していく、そんな中、仁慈が早口でマシュに告げた。

 

 

「マシュ!ヘクトールの方に行っといて!俺はエミヤ師匠の方に行くから!」

 

「どうしてですか!?」

 

「――――――ちょっと、フラグを折りにね!」

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 広がるは、無限の荒野。

 周りを見れども果ては見えず、唯々、数多の剣が墓標のように突き刺さるのみ。

 空は厚い雲が覆いつくしており、他にも巨大な歯車が音を立てながらくるくると回っていた。

 そんな中に、赤い聖骸布を着込んだ褐色白髪の男と、巌のような男が向かい合ってたっている。

 

「ここにこうして招待するのは二回目だったな。ヘラクレス」

 

「―――――――――」

 

「本来なら、ここは一対一でリベンジを果たすようなところなんだろうが、」

 

 エミヤはここで言葉を区切る。すると、そのタイミングでエミヤの隣に一人の少年が立っていた。

 白い制服を着こみ、その髪型は何処かエミヤの親代わりであり、彼に願い(呪い)を埋め込んだ人物によく似ている少年が。

 

「―――――どうやら、幸運値が低い私でもマスター運だけはどこぞの猛犬とは違っていいようでね。二人で挑ませてもらうぞ。こちらにも負けられない理由がある。………行けるな?マスター?」

 

「違和感がすごいですけど、今回だけはそれで我慢します」

 

 エミヤにマスターと呼ばれ体をよじりながらも彼に身体能力強化の魔術を施す。そして、お互いがお互いの得物を持って目の前の高い壁、ヘラクレスへと同時に宣言した。

 

「往くぞ、大英雄ヘラクレス。命の貯蔵は十分か?」

 

「今回、こちらの勝利は揺るがない。――――その命、全て貰っていくぞ!」

 

「■■■■■■■■■■――――!!!■■■■■■■■■■―――――!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 広がるは、無限の荒野。

 周りを見れども果ては見えず、唯々、数多の剣が墓標のように突き刺さるのみ。

 空は厚い雲が覆いつくしており、他にも巨大な歯車が音を立てながらくるくると回っている。

 そんな中、赤い聖骸布を着込んだ褐色白髪の男と巌のような男、そして、白い服を着込んだ少年が居た。

 

 

 彼らは、誰も見て居いないこの世界において、合図もなく同時に激突するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




誰もが一度は考えたヘラクレスとエミヤの再戦。
それ故に、私にかかる負担は尋常じゃない……!感想と評価が怖すぎる……ッ!


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現代の神話(中編)

ついにできてしまった主人公不在回。
それ故にキチガイ成分はかなり控えめですがよければ見て行ってください。

今回は残されたマシュ達VSヘクトールです。


 

 

 エミヤが自身の切り札たる魔術、固有結界を発動し、ヘラクレスを疑似的に隔離することに成功した。だがしかし、その一方で取り残されたサーヴァント達はどういうことだという混乱の中に居た。当然である。自分たちの司令塔たるマスターがここに居ないのだから。

 

『えっ!?何で仁慈君はよりにもよって一番死亡率が高いであろう場所に自ら飛び込んで行っちゃったのか!?』

 

「エミヤ先輩の死亡フラグが云々とおっしゃってました!」

 

『なら仕方ないね!』

 

 マシュの語った理由にロマニは何やら納得したらしい。ヤケクソ気味ながらも彼は仁慈の行動を支持したのだった。それと同時に、仁慈が自分たちとは違う場所であの化け物みたいなヘラクレスと戦っていることを知ったためか、サーヴァント達は各々の得物をヘクトールとメディアに向けた。それは宣戦布告。これからお前を潰すという、意思表示である。

 

「……それでは皆さん最終決戦です!先輩たちが帰ってくる頃には既に終わっているくらいの勢いで頑張りましょう!」

 

「おうともさ!」

 

「はーい!」

「もう少し真剣な返事をしろよ……」

 

「貴方は無駄に図体が大きいの。だから、敵の攻撃には十分注意しなさい。アステリオス」

 

「う」

 

「貴方が喰らいたいのは右手の聖剣ですか?左手の聖剣ですか?え、どちらもいらない?あなた方は正直な方ですね。その正直さの褒美として二本とも喰らって行ってください!」

 

「気に入らないけど、あの髭の弔い合戦と行こう」

 

「そうですわね。……私たちのコンビネーションと海賊の意地を見せてあげましょう!」

 

 ……エミヤ達に比べて残された者たちのカオス加減と言ったら通信越しに状況を窺っていたロマニですら呆れるほどであった。

 しかし、カオスだったのもその宣言のみ。彼らは誰もかれもが歴戦の戦士であり、海賊であり、人智を越えた存在である。空気の切り替えは速い。

 

「―――――行きます!」

 

 マシュの声と同時に味方となっているサーヴァントも敵であるサーヴァントも同時に動き始める。アーチャークラスのエウリュアレとアルテミス、そしてアンは後ろへと下がり、他の前線で戦うサーヴァントたちは一気に前へと踏み込んだ。

 

 一番槍としてヘクトールと切り結んだのはヒロインX。普段の態度と言動からは想像もできないかもしれないが、彼女は伝説の聖剣を二つ扱えるほどのスペックを持ったとんでもない存在なのである。普段は本人の残念さから目立たないだけで。

 

「マスターのためにその首か、ロケットパンチ飛ばせそうな腕を置いていきなさい!」

 

「いくら何でも物騒すぎやしないか?」

 

 ブン!というよりはヴン!といった実に宇宙的な音を立てながら軌道を残しつつヘクトールに迫るライト聖剣エクスカリバー。冗談のような存在が振るう冗談みたいな武器は正確にヘクトールの身体を狙い撃つものの、それに対してヘクトールは完全に対応して切っていた。

 彼はあの神々に愛されたと言ってもいいほどの英雄。アキレウスにも引かなかったトロイア戦争の英雄なのだ。先程までは仁慈の不意打ちによって左腕を落とされ、宝具ブッパによるダメージを追っていたからこそその、実力を発揮することはかなわなかったのだが、今はイアソンの聖杯によって完全に回復している。並みの英雄では相手にならず、一流の英雄でも攻め切ることは容易ではない。

 

「はぁぁぁああ!!」

 

「ウォォオォオオオオオ!!!」

 

 Xとヘクトールが正面から剣と槍を交える中、その場に乱入するものが居た。メアリー・リードとアステリオスの二人であった。今、Xとヘクトールの実力は均衡しているように見えていた。それ故に、この隙をついて一気に攻め込んでしまおうと考えたのである。

 だが、相手はヘクトールだけではない。イアソンの妻であり神代の魔術師、ヘカテーの弟子でもあるメディアが前線に出張っており、その攻撃を見逃すはずもなかった。彼女は自分の周囲に魔術の術式を三つ高速で展開すると、純粋な魔力弾を作り出し、そのままヘクトールに襲い掛かろうとしている二人に向かって飛ばす。攻撃が得意というわけではないが、決して無視できるダメージではない。

 

 メアリーとアステリオス目掛けて寸分の狂いもなく放たれた魔力弾だったが、二人は回避行動に移ることはなかった。そのままヘクトールへの奇襲を続行した。

 なぜか?答えは簡単だ。戦っているのは彼らだけではないからである。背後に跳んでいたアーチャー組のエウリュアレとアンがお互いの相棒に迫る魔力弾を打ち消した。それと同時にドレイクはメディアに向かって銃を撃った。

 

 これにより、ドレイクの対応を余儀なくされたメディアはヘクトールの援護に回ることは出来ない。邪魔者は居なくなったことで二人はそのまま己の得物をヘクトールに振りかぶった。

 マシュを含めたカルデア側の全員が獲ったと確信する。だが、アキレウスとやり合った英雄がこの程度の状況に対応できないわけがない。

 ヘクトールは槍で受け止めていたライト聖剣エクスカリバーを右の機械腕を利用して思いっきり押し返す。その影響で体勢をを崩すX。その後、ヘクトールは右腕の勢いを利用して槍の後ろでアステリオスの鳩尾を突き立てた。

 

「う゛ォッ!?」

 

 天性の魔を持っているアステリオスでも半分は人間の血が確かに流れており、そのために人間としての性質も持ち合わせている。そのため、不意に来た鳩尾攻撃に耐えることができずその場で行動を止めることとなった。

 ヘクトールはアステリオスの行動を止めると、もう一人自分に襲い掛かってきているメアリーに向かってその槍を振り払った。

 

「ぐっ、ぁぁぁあああああッ!!」

 

「メアリーさん!」

 

 ヘクトールの槍によって体を肩から腹まで切り裂かれてしまったメアリーは攻撃を続行できる筈もなく、そのまま攻撃を受けたことによって発生した衝撃のまま吹き飛ばされてしまった。

 

「メアリー!ぐっ……!」

 

 相棒であるメアリーが吹き飛ばされてしまったために叫び声を上げるアン。それと同時に彼女はその場で膝をついた。彼女とメアリーは二人で一騎のサーヴァント。それ故に発生するメリットは計り知れないが、このようなデメリットも発生してしまう。いくら人格と身体は違えど、霊格は共有しているのだ。だからこそ、このようダメージのフィードバックが起きてしまったのである。

 

 メアリーを沈めたヘクトールは未だ動けないでいるアステリオスに止めを刺そうとするが、そこに体を滑り込ませて彼の攻撃を防いだものが居た。

 

 マシュである。

 彼女は未だ未熟な見慣れど、盾を掲げ、守ることに重点を置いたシールダーのサーヴァント。守るという一点において、彼女の隣に並び立つ者はそういない。

 

「また君か。本当に傑作だ。しかし、厄介だ」

 

「これ以上は傷つけさせません!」

 

「防御という一点に特化した奴っていうのはこんなにも面倒なものだったんだねぇ。アイツの気持ちが少しはわかった気がするよ」

 

 そんなことをぼやきながら槍を振るう。それに対してマシュは盾をぶつける。槍と盾がぶつかるたびに火花が散っていく。だが、それでも実力が均衡しているわけではない。積み上げてきた歴史の分だけマシュが不利である。それ故に彼女は少しずつではあるが傷を負う様になってきた。しかし、逆に言うとその歴史的差を蹴とばし、致命傷だけは受けておらず、マシュの心もいまだに折れてはいない。

 そうして、二人が戦っているうちにマシュたちの最終兵器にして最大戦力である彼女が動いた。隠れるつもりなど毛頭なく、ハジケまくっているけれども頼りになるサーヴァント……ヒロインXが再びヘクトールへと向かってきたのだ。

 

「首、おいてけ!」

 

「戻ってきたか!はっちゃけ小娘!」

 

 マシュへの攻撃を中断して、自分に向かって振り下ろされた二本の聖剣を紙一重で回避する。そこからXとマシュの二人がヘクトールへと襲い掛かるのだが、ヘクトールは防御、防衛戦で名を上げた英雄であり、この程度のことに対応できないはずがなかった。時に受け止め、時に受け流し、最後には二人が踏み込んでくる位置を調節し、お互いがお互いの邪魔になるよう巧みに誘導した。

 

「いやはや、敵ながら見事な立ち回りですね」

 

「感心している場合じゃないですよ」

 

「えーい!」

 

「ふっ……!」

 

「やっぱだめかー」

「全ッ然効きやしねえな」

 

 もちろん、アーチャー組であるアルテミスが何もしていないわけではない。マシュやXが攻めている間、ずっと攻撃を仕掛けていたのだが、クラス相性とヘクトールの立ち回りもあり、攻撃が当たらなかった。やはり、オリオンの代わりとして召喚されたことによるランクダウンが響いているようだった。また、エウリュアレがアステリオスの回復まで前線を引いたことも又原因の一つだろう。

 攻撃が止んだ時、メディアがヘクトールへの疲労回復のために魔術を使用しようと杖を構えた。

 

「――――――――ッ!?」

 

 だが、それは叶わない。

 彼女が魔術を使おうとした瞬間三発の銃弾がメディアへと飛来した。ギリギリでそれに気づいたメディアはあらかじめ発動しておいた防御魔術を使用してその銃弾を翻す。

 

「よそ見してんじゃないよ。あんたの相手はこのアタシさ」

 

「フランシス・ドレイクさんですか……わかりました。お相手させていただきます」

 

 メディアはドレイクが来たことにより、完全にヘクトールを回復する機会を失ってしまった。少々の不安を抱きながらも、よそ見しながら勝てる相手ではないと感じているメディアはその視線をドレイクへと固定する。メディアからの視線を受けたドレイクはニィっと唇の端を吊り上げていかにも悪人らしく笑った。本人は悪人だからと答えそうだが。そんなことを挟みつつ、ドレイクとメディアもまた激突したのであった。

 

 一方、再びヘクトールの方。今では復活したアステリオスとエウリュアレも加えてヘクトールを攻め立てるが、それでも彼には通じない。かすり傷をつけることは可能でもそれ以上……致命的なダメージを与えることは未だに叶うことはなかった。

 

「どうなってんのかしらね、あのオジサン!」

 

「流石アキレウスに何度も食い下がった男。攻め切るのは至難の技だなぁ……」

 

「私の弓も上手く躱されてるもんね。どうしようか、ダーリン」

 

「俺にはどうしようもないなぁ」

 

 ヘクトールと同じく神代の神霊である二人はヘクトールの実力に納得しているように言っている。

 だが、マシュの内心は穏やかなものではなかった。彼らはマシュ達がこの大人数で戦っていることに対してヘラクレスに二人で挑んでいるのである。勝つと彼女は信じているが、勝って帰って来たとしても疲労困憊であることは明白だ。その時、ヘクトールを倒しきれていなければ、マスターである仁慈がその隙をついて殺されてしまう可能性があるからである。いくら仁慈が人外に近いキチガイだとしても人間である以上、ゲテモノ料理に負けることはあるし、餓死することもある。弱点なんていくらでも湧いて出てくるのだ。

 

 故に、そのことを思い出したマシュはここで勝負を決めることにした。

 

「皆さん。私なんかが、急にこんなことを言うのはおかしいことだとは思うんですけれど。このままマスターが先に帰ってきてしまいますと、疲労の隙を突かれてしまうかもしれない………なので、ここで決めたいと思うのですが、どうでしょうか?」

 

『異議なし』

 

 マシュの言葉に全員が一斉に頷いた。その様子を見て、マシュは今ここで自分たちに味方してくれているサーヴァントたちに感謝した。仁慈とは違い、マスターではない自分の提案に、迷うことなく乗ってくれる彼らに、心の底から。

 

「それでは――――――マスター。樫原仁慈のデミ・サーヴァント、マシュ・キリエライト。行きます!」

 

 盾を持ち、力強く宣言する。そんな彼女に続き、イアソン達に反逆する者達は一斉にまた、ヘクトールへと向かって行った。

 

「――――はっは。まるでオジサンが悪者みたいじゃないか。まぁ、いいんだけれども。……でも、悪いね。ガキ共。俺は自分でも嫌になるくらい、守ることに関しては得意なんだよね!」

 

 ヘクトールもマシュ達の気概に応えるかのように声を上げ、今までとは違う鋭い殺気を放つ。それこそ、まさにアキレウスと鎬を削った英雄であると相応しい殺気だった。しかし、マシュ達もそれに引き下がることもなく、勢いを落とさないでヘクトールへと向かって行く。

 先程のことを踏まえ、マシュ、X、アステリオスは攻撃時間を少しずらし、お互いが隙を無くすように立ち回る。

 

「はぁ!」

 

「セイバー!」

 

「うぉおぉぉおおおお!!」

 

「ほら、もっと隙を無くさないと反撃を喰らっちまうよ!」

 

 だけれども、ヘクトールは崩れることはなかった。むしろ、反撃を入れてくるほどのものである。

 それぞれが、それぞれの得物をぶつけ合う。状況は3対1という戦力差ではある程度均衡しているのだ。ここにアーチャーであるエウリュアレとアルテミスが加われば、戦況はマシュ達へと傾くことになる。

 

「往きなさい!」

 

「そぉれ!」

 

 2柱の女神が放った矢はぶれることなくヘクトールの頭へと飛来していく。先程も述べた通り均衡している中でヘクトールにこの矢を防ぐ術はない。故に彼はアステリオスの攻撃に合わせて回避することを選んだ。

 もちろんバックステップを踏んだことでできた隙はある。が、ここでヘクトールに追撃をかませば味方であるエウリュアレとアルテミスが放った矢の前に自らの身体を曝すことになる。それを踏まえたうえでの行動であった。

 

 

 ―――――だが、ヘクトールはミスを犯していた。それはかなりの大人数を相手にしていたがために仕方がなかったことであるが、そういったミスが致命的なものにもなり得る。

 彼は完全に忘れていたのだ。マシュ達には、二人で一騎のサーヴァントが居るのことを。

 実際に、マシュ達も後ろに下がるヘクトールを見て、静かにその唇の端を僅かに吊り上げていたのだ。

 

「残念だったね。正義の味方諸君。ここで一端仕切り直しだ。さぁ、オジサンと力尽きるまで戦おう――――ッ!!??」

 

 へらへらとした笑みを浮かべながら言葉を発していたヘクトールの言葉が意図しないタイミングで遮られる。

 その理由は唐突に自身の身体を襲った激痛が原因である。激痛を感じる場所である背後に視線を送ればそこには、体を真っ赤にしながらも不敵な笑みを浮かべたメアリーが居たからである。

 

「はぁ……はぁ……。あれで、死んだと、思ったんだろ……ヘクトール……ははっ、舐めた舐めた、ことしてくれるじゃないか……なぁ?アン」

 

 息も絶え絶えなメアリーの言葉に、銃を杖にしながらも立ち上がったアンも反応を示す。

 

「全くですわ。……あの程度、で、私たちが、死ぬわけないじゃないですか……なんて言ったって海賊ですもの……!」

 

 言い終わると同時に、アンは自分の持っている銃を担いでしっかりと立った。それを合図にメアリーも、最後の力を振り絞るように剣を構えた。

 

「………アン・ボニー……メアリー・リード……!」

 

 もはや彼の顔に余裕などはなく、その視線はしっかりと、メアリーを己の敵として認識したものになっていた。

 だが、もう、遅い。

 

 

 

 

「「舐めるなよ、海賊を!」」

 

 

 

 

 

 先程までフラフラだったとは思えないほどの跳躍を見せたアンがへクトールの身体に銃を振り下ろす。

 そしてその背後からはメアリーが剣で斬りつける。 

 片方が攻撃したところを向かい側に居るもう一人が合わせるようにして敵の身体を刻んでいく。そして、二人は最後の止めとして跳び上がり、アンは銃を、メアリーは剣とは違う武器を取り出して、下に居るヘクトールに狙いを定めた。

 

 

 

「「比翼にして連理(カリビアン・フリーバード)!」」

 

 

 

 そして最後の止めとしてお互いがトリガーを引いて、丁度二人の銃弾が重なる時、丁度ヘクトールの身体にある霊格に当たるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

「はっ……。やっぱり、慣れないことはするもんじゃねえなぁ……それにリーダーがダメだとやっぱり駄目だわ………はぁ、今度はもっと面白いマスターがいいもんだ」

 

 

 

 

 

 と、自嘲しながらヘクトールは金色の光となって消え失せた。

 こうしてトロイア戦争の英雄は、ある意地と誇りを持った海賊に、敗れて消え去ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アンメアの宝具、名前こそ普通のものですけれども描写の参考は水着アンメアの宝具です。
理由?そっちの方がかっこいいからです。


次回は皆さんお待ちかね(?)のヘラクレス編です。



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現代の神話(後編)

期待にこらえられなかったら申し訳ありません(開幕謝罪)

ご都合主義全開、設定のずれもあるかもしれない。それでも、よろしいという方だけ進んでください。お願いします。


 

 

 

 ヘクトールとマシュ達の決着がついた時から時間は少し巻き戻る。

 固有結界に隔離されたエミヤと仁慈もそろそろ戦いを始めようとしていた。

 

「往くぞ、大英雄ヘラクレス。命の貯蔵は十分か?」

 

「今回、こちらの勝利は揺るがない。――――その命、全て貰っていくぞ!」

 

「■■■■■■■■■■――――!!!■■■■■■■■■■―――――!!!!」

 

 二人の宣言と、ヘラクレスの咆哮が行きかう。

 そして、エミヤと仁慈は自らの宣言と同時に無限に広がる荒野の地面を抉りながらヘラクレスへと向かって行く。

 

「マスター。ヘラクレスはその伝説の通り、十二個の命を持っている。そして、一度殺された攻撃に耐性を持つ。十分に気をつけろ」

 

「あの強さで十二回殺せとか馬鹿なんじゃないんですかね……」

 

 改めて自分たちが今から戦う存在のでたらめさを再認識し、呆れつつも仁慈は突き崩す神葬の槍を投擲。間髪入れずに地面に生えていた剣を二本引き抜いき、ヘラクレスに向ってさらに加速していく。

 

「■■■■■■■■■――――!!」

 

「うぉおおおおお!!」

 

 大英雄の振るわれた一撃。その速度、威力は数多の怪物を屠り、一つでも乗り越えられることができれば英雄と呼ばれるにふさわしい試練を十二個乗り越えたものに相応しい一撃で合った。 

 それに対して仁慈が取った行動は単純だ。ギリギリまで引きつけ、攻撃が当たる直前のところ……紙一重のところで己が引き抜いた剣を利用してヘラクレスの斧剣を受け流す。

 更に、その受け流した時の力を自分への攻撃へと転換し、持っている剣でヘラクレスの首筋に突き立てた。だが、それではヘラクレスに傷をつけることは叶わない。彼のスキル、十二の試練は合計十二個の命を保有するだけでなく、ランクB以下の攻撃を一切無効化してしまうのである。

 ここに刺さっているのはどれもこれもが、宝具ともよばれる傑作品であるが、それでも、エミヤが視て来た武器たちの贋作。彼の投影は万能ではなく、投影したものはランクが一段階下がってしまうのだ。今回仁慈が選んだ武器はどうやらランクが足りなかったらしい。

 

「硬っ……!?」

 

 そのこともあり、わずかに体を仰け反らせる仁慈。ヘラクレスがその隙を見逃すわけもなく既に整えた態勢から巨大な斧剣を横薙ぎに振るった。仁慈は魔力放出を利用して空中に身を乗り出してその横薙ぎを回避する。そして後方に宙返りをしながら距離を取ると、持っていた剣を魔力で強化しヘラクレスに投げた。が、結果は変わらずヘラクレスの身体に弾かれるのみ。

 仁慈は一度立て直すためにエミヤの方へと戻った。

 

「エミヤ師匠。この武器では歯が立たなかったんですが……?」

 

「ヘラクレスのスキル。十二の試練はランクB以下の攻撃を無効化する能力もついている。ここに在るものは基本的に私が視たことのある武器の贋作だ。選ばなければヘラクレスに傷をつけることすら叶わん」

 

「先に言ってくれませんか!?そんな状況でマスターにだけ突っ込ませるとかなに考えているんですか!?」

 

「剣の補充を少々」

 

「それも前もって準備しててくださいよ……。で、エミヤ師匠。一度交戦経験があるらしいですけど、ヘラクレスとどう戦っていたんですか?というか、どこまで行けたんですか」

 

「捨て身覚悟で、確か六回だったか」

 

「すげぇ!」

 

 ここまで話して居れば当然、ヘラクレスは彼らへと襲い掛かってくる。

 彼はその巨体からは考えられない速度で剣の荒野を疾走し、右手に持っている斧剣を振りかぶる。

 

 仁慈は振りかぶられた斧剣をギリギリのところで回避し、先程と同じ要領で攻撃を仕掛けようとするが、狂化を付与されているとは言え、ヘラクレスの絶技は並みの英霊を凌駕している。当然仁慈の行動にも対処することが可能であった。

 振り下ろされた斧剣を途中で止めると急にその軌道を変更させ再び仁慈へ斧剣を走らせる。ギリギリでそこの途に気づいた仁慈は、襲い来る斧剣の刃ではない腹の部分に魔力放出を利用したジェットパンチとも言える拳を叩き込み、軌道を無理矢理自分から外した。そして、副次的な作用としてわずかに態勢を崩したヘラクレスの懐に潜り込み、霊核がある部分を正確に捉え、魔力と魔力放出を最大限に使った拳を見舞った。

 もちろん魔力のコーティングが加わっているだけの唯の拳ではない。八極拳をも使ったもので魔力だけでなくその他の力も加え、内部を壊すようにする破壊の拳である。最も、威力に重点を置いているだけあり、そうそう多用はできない。すれば魔術でも回復しきれないほど壊れてしまうからだ。

 今回はそんなことを考えている場合ではないのでためらいなく使っているが。

 

「■■■■■■■■■――――!!??」

 

 ヘラクレスの背中から、収まり切れなかった魔力が突き抜けていく。ヘラクレスはそれと同時にルビーのように輝く赤い瞳に光がなくなった。

 仁慈はその隙に再び、後ろへと下がる。エミヤが言った、十二の試練。Bランク以下の攻撃を無効化し何より、十二の命のストックを持つことができるというその効果を覚えていたためである。

 

「我がマスター。我が弟子ながらイカレているという表現が適切なくらい、行動が予測できんな……まさか、自分の肉体だけでヘラクレスの命を消費してみせるとは……」

 

「驚くのはいいから、本当に援護してくれませんかねぇ……」

 

「いや済まない。今度こそ負けるわけにはいかないのでね。入念に準備をしているんだ」

 

「俺、マスターですよ?」

 

「私は君のキチガイさ加減(実力)を信じている」

 

「なんか釈然としない」

 

「■■■■■■■■■■■――――!!!!!」

 

 ここで、ヘラクレスの蘇生が完了したらしく、再び赤い瞳を光らせて咆哮を上げる。その雰囲気は先程とはどこか違って、より鋭く強靭なものになっているようにも感じられた。

 

「どうやら、ここからが本番のようだな」

 

「一回目は舐めプってことですかね」

 

 軽口をたたきつつも戦闘態勢を整える。すると、エミヤが自分の周辺に数多の剣を投影し、その中から二本剣を選び、それ以外を仁慈の近くに突き刺した。

 

「援護を頼む」

 

「了解です」

 

 短い言葉を交わし、今度はエミヤがヘラクレスと対峙した。

 エミヤがヘラクレスへと挑む直前に仁慈はエミヤに強化魔術と魔力を分け与える。それにより本来の性能よりも、上昇したステータスでヘラクレスへと襲い掛かった。

 

 ヘラクレスの斧剣と、エミヤの投影した剣が幾重にもぶつかり合う。投影であるがゆえに衝撃に耐えきれず壊れるエミヤの剣。だが、壊れてもすぐに代わりの剣を投影し迫り来る斧剣を受け止める。

 嘗ては完全に翻してもなお、余波でダメージを受け、斧剣を受け止めるだけで遥か後方に吹き飛ばされていたのだが、今回は強化魔術のおかげか対等とはいかないものの、派手に吹き飛ばされたりはしていない。

 

「■■■■■■■■■――――!!」

 

「マスターがもう少しだけマシであれば、我々は手も足もでなかったかもしれんな」

 

 思い返すのは、彼の義理の姉に当たる少女。イアソンはカリスマ性はあるもののそれしかないと言ってもいいほどで、基本的に指令には向かない。己の思う通りに物事が進まないだけで冷静さを失うとは上に立つ者としては致命的すぎる。まぁ、それは仁慈にも言えることだが、彼には後から教えていけばいいと考えていた。あれでも仁慈は己を顧みることができる人間である。その裏には自分のダメなところを顧み、克服していかないと確実に死ぬような状況にあったということがあるのだがそのことをまだエミヤは知らない。

 

 エミヤがヘラクレスの意識を引きつけている間に、仁慈はエミヤから受け取った投影された宝具たちを矢に見立てて魔力を通し、自分の弓にかける。そのまま弦を引き絞り、エミヤとヘラクレスの様子を見ながら矢を放った。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!」

 

 斧剣を振り切ったヘラクレスの頭を狙って偽・螺旋剣を放つ。振り切ったことにより、防ぐ手段がないヘラクレスはとっさに空いている左手で頭を庇った。エミヤがこの偽・螺旋剣を放った場合正確なランクは不明だがA以上の威力は出るらしい。仁慈はその領域には至っていないが、彼には彼の攻撃手段がある。それは魔力にものを言わせた戦法。人間たる彼が、聖杯という願望機を魔力タンクとして使用して手に入れた、ある意味彼だけの戦法。

 

 左腕に刺さった偽・螺旋剣につぎ込んだ魔力を暴走させて爆発させる業、壊れた幻想を発動し、仁慈の膨大な魔力がそのまま爆発となってヘラクレスに襲い掛かる。そのことが分かっていたエミヤは前もって距離を取っていた。

 ゼロ距離、それも頭の近くで起きた爆発に流石のヘラクレスもその態勢を崩す。その隙に仁慈は念のためにもう二本、矢を射た。ちょうど心臓の部分と頭から偽・螺旋剣を生やしたヘラクレスはその命を確かにまた一つ消費した。

 

 順調にヘラクレスの命を奪って行っている彼らだが、これでも決して優位に立っいるとは言えない。ヘラクレスを殺せば殺すほど、彼を殺す手段がなくなっていくのである。

 故に、エミヤは策を弄した。

 ヘラクレスが復活するまでのわずかの間に干将・莫耶を投影、それをヘラクレスに向って投げる。

 

鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ むけつにしてばんじゃく) 

 心技 泰山ニ至リ(ちから やまをぬき) 

 心技 黄河ヲ渡ル (つるぎ みずをわかつ)

 唯名 別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)  

 両雄、共ニ命ヲ別ツ (われら ともにてんをいだかず)

 

 夫婦剣がお互いに引きあい、ヘラクレスへと殺到する。そこでヘラクレスの復活が完了し、彼は動けるようになった瞬間から目の前に宝具が飛んできているという状況に陥った。

 しかし、彼は狂戦士ながらも自分を傷つける攻撃が何なのか、しっかりと把握しているらしく、干将・莫耶を払うことはなかった。ヘラクレスの身体に弾かれた夫婦剣だったがお互いに引きあう性質を利用し、再びヘラクレスの下へと戻っていく。そこでエミヤは壊れ幻想を使って意識をそちらの方にずらすと、最後に投影した干将・莫耶を持ちながら接近する。

 干将・莫耶をオーバーエッジと言われる形態へと、変化させ跳び上がるとそのままヘラクレスへと振り切った。復活のタイミングを完全に読まれ、状況を把握できないままにその攻撃を受けたヘラクレスはすぐに三つめの命を失うこととなった。

 

「あと9回。先は長い……」

 

「さて、問題はここからだ。私たちの何よりの欠点は火力が足りない。ヘラクレスの十二の試練とはこの点において相性最悪と言ってもいいだろう。しかし、その分手数は多い。この手数を何とか致命傷レベルの威力に持っていきたいところだな」

 

 干将・莫耶オーバーエッジ、偽・螺旋剣、そして仁慈の拳。1つどこかおかしなものが混ざっている気もするが、今までヘラクレスの命を奪った攻撃はこの三つであり、特に前者二つに関してはエミヤの最も得意とする戦法や攻撃手段だった。

 それとは別、そして尚且つその威力はランクBを上回るほどの攻撃力を付与して戦わなければヘラクレスを殺しきることはできないということである。

 

 自分たちの状況を改めて把握し、再びヘラクレスに視線を向けたとき……そこには目の前で既に斧剣を振り下ろしているヘラクレスが存在していた。

 

「――――ッ!?」

 

「なんだと!?」

 

 エミヤは適当な剣を、仁慈はとっさに突き崩す神葬の槍を召喚して、その攻撃を防ぐが強化されている身体であってもその攻撃には耐えることができず、二人そろって後方に吹き飛ばされた。と、同時にヘラクレスも吹き飛んだ二人を斧剣で地面を削りながら追いかけていく。

 一方、吹き飛ばされた方の二人は防御こそ間に合ったものの、空気すらも切り裂くその斧剣によって発生したかまいたちで受けた切り傷を飛ばされながらもなんとか治療する。そして、追撃に入っているヘラクレスを迎え撃つ。

 

 エミヤは、周囲に刺さっている剣をつかんで後方へ向かっている勢いを一瞬だけ殺すと、別の剣を握って地面に無理矢理着地する。そして、ブレーキとして使った剣と新たに投影した剣でヘラクレスの追撃を受け止めた。

 ドン!というまるでダンプカーとぶつかったような衝撃と音に体を軋ませながらも何とか耐える。

 仁慈はエミヤと違い、生えていた剣を飛ばされながらも荒野から引き抜くとそのままの状態で弓にかけ、間髪入れずに射た。

 

「■■■■■■■■■■――――!!!」

 

 しかし、効かない。

 なんとヘラクレスは今までとは明らかに違う強烈な咆哮を放って仁慈が射た矢の威力を弱めたのである。勢いの弱まった矢はヘラクレスの身体を貫通することなく、カンっという音を立てて虚しくはじき返された。

 矢のことなど、気にしてもいないといったヘラクレスはエミヤに対する攻撃を続行、一撃一撃剣戟を重ねていき、再びエミヤを吹き飛ばす。

 

 仁慈は己の方向に飛んできたエミヤを受け止め、交代するような形でヘラクレスと対峙した。

 

「■■■■■■■■――――!!!」

 

「ぐぉ……っ!?」

 

 ―――違う。先程までとは明らかに違う。 

 同じように斧剣の進路をずらすために腹を狙って拳を放った仁慈は確信した。ヘラクレスが確実に強く、否、本来の力を引き出しつつある。今まで手を抜いていたのか、それとも三つ命を奪われようやく英雄としてのナニカが帰って来たのか……仁慈にはわからないが、唯一つ彼でもわかることがある。

 

 それは、このままでは確実にやばいということだ。

 受け流してもなお、自分を傷つけていく剣戟を前に、己が中で経験してきたことを全て生かしてそれらをさばいていく。

 

 上、右、下、右、左、上、左、下、上、右………。

 

 あらゆる方向から縦横無尽に襲い来る剣戟を読み取り、ずらし、回避する。時々、反撃として八極拳の技術を利用した攻撃を見舞うが、一度命を失ってしまったためか、全く以って効いてはいなかった。

 懐に潜り込んでしまったがために、敵の射程圏内から出にくくなってしまった仁慈にヘラクレスの凶刃が迫る。が、それは先程吹き飛ばされ、仁慈に受け止められたエミヤが放った矢によって方向をずらされ仁慈に直撃することはなかった。

 方向がずれ、斧剣が地面に沈む。

 その隙をついて、仁慈は一歩後方に下がった。仁慈が下がったことを確認したエミヤは逃走ように偽・螺旋剣を投影して放つ。

 直接ヘラクレスの命を奪うことはできずとも、威力は無視できるものではなく、壊れた幻想の爆発は時間稼ぎに使うこともできるからである。

 

 風を切りながら、飛来する偽・螺旋剣に仁慈が予想だにもしない行動に出る。

 

「ゼェアッ!!」

 

 自分の隣に偽・螺旋剣が来たタイミングで、飛来したそれに強化した回し蹴りを放ったのである。

 自らの弟子であり、マスターでもある仁慈の行動にエミヤも顔を顰めるが、すぐにその表情が呆れの混ざった笑顔に変わった。仁慈が蹴った偽・螺旋剣はその勢いを更にましてヘラクレスに殺到したのである。

 仁慈の予想だにしていなかった行動によって急激に速度が変化した偽・螺旋剣は再びヘラクレスの身体を―――――貫くことはなかった。どれだけ強力であろうとも、一度受けた攻撃は二度と効かないのだから。

 

「■■■■■■■■■■――――!!!」

 

「やっぱり無理か……バーサーカーにあるまじき耐久度だ!」

 

 わかっていたけれど、むざむざと十二の試練の理不尽さに嘆きつつ仁慈自身もヘラクレスに立ち向かっていく。

 彼のような巨大な斧剣を振るっていて尚且つ巨大な身体をしていると自分の身体周りは特に攻撃の当てにくい場所となる。バーサーカーであり、彼本来の武人の面が潰されてしまっているのであれば尚更効果的と言えるだろう。

 

 ヘラクレスは更に、速度を上げて自分の懐に潜り込んできた仁慈に対して一瞬だけその反応が遅れてしまう。本来ならば、気にもしないようなほんの一瞬。しかし、達人同士、人の限界を超えた者同士の戦いにおいて、その一瞬は大きな時間となる。

 

 ここで、仁慈は今まで当てていなかった自身の宝具を召喚する。

 船の上でははじき返され、投擲しようとも徹底的に弾き落とされてきたその槍。仁慈は知らないことであるが、それこそヘラクレスが最も警戒しているモノ。彼らの天敵とも言える、対人外宝具。

 

 

「――――――突き崩す、神葬の槍……ッ!!」

 

 真名開放をされた仁慈の宝具は自身の色と同じ深紅に光りながらヘラクレスの鳩尾部分に突き刺さる。巌のような黒い肌を貫通し、人外を、英雄を、悪魔を、そして神でさえも屠るその槍は確実にヘラクレスの命を蝕んだ。

 それは、一つの命を奪うだけではなく、彼のストックしている命をも奪っていく。あらゆる偉業を成し遂げ、最終的に神の末席にまで加わったからこその威力だった。

 

「■■■■■■■■■■――――!!!???」

 

 これには流石のヘラクレスも驚いたらしく仁慈から距離を取り、自身に突き刺さった槍を無理矢理引っこ抜いた。

 その後、仁慈に向かって人外的な速度で投擲を行う。

 仁慈はこれを体をそらして回避し、逆に自分の横を通り過ぎようとする槍をつかんで再び構えた。

 そこに、いつの間にか仁慈の近くに居たエミヤが彼に話しかけた。

 

「マスター。すまない、待たせた」

 

「遅いですよ」

 

「ちょっとばかり、私の中に違和感を感じたのでね。それの解析にてこずっていた。――――だが、その価値はあったぞ」

 

 エミヤの因縁のはずなのに、割と積極的にたたかっているのが仁慈ということで不満を口にする。それに対してエミヤは少し申し訳なさそうにするものの、その後に続けた言葉からは自信が感じられた。

 

「時間稼ぎは?」

 

「問題ない。……どうやら、マスターの宝具で奴のスキルにも傷がついたらしい。本当に恐ろしいものだな。その宝具は」

 

 エミヤの言う通り、仁慈の宝具によってヘラクレスの十二の試練に不具合ともいうべきことが発生していた。十二の試練とはヘラクレスが神へと至るまでに欠かせないものである。故に神性を多く帯びているために、命のストックを通してスキルまでその傷をつけたのである。

 故に、今のヘラクレスは命のストック、ランクB以下の攻撃の無効化は出来ても、一度受けた攻撃を無力化するということは出来なくなってしまっていた。

 

「―――――――さて、マスター。すまないが、魔力を回してくれ。……決めに行く」

 

「ついでに令呪も持って行ってください『令呪を以て命ずる。アーチャー、全力で勝て』」

 

「ふっ、承ったぞマスター。―――――――――投影、開始」

 

 静かに呟かれたその言葉と共に、エミヤの手に造られていく剣。

 それは仁慈にとっても馴染み深い剣であり、そして仁慈が知っているそれとは遥かに違うとも言える物だった。

 

 黄金に輝くそれは、セイバー殺しなんぞに燃えてなく、まさに人々の願いが生み出したと分かるような美しさを持っていた。唯そこに存在するだけでも心にこみあげてくるものがあったと、仁慈ですら思った。

 エミヤは投影したそれをゆっくりと、上に運んでいきある程度の高さで止める。

 

「マスターには悪いが、私にとって聖剣とはこちらのほうだ」

 

 冗談を挟みつつ、エミヤが掲げた剣に光が集っていく。

 それは、人々の願い。

 それは、担い手の願い。

 それは、未熟だった少年が抱いた、理想(願い)

 

 本来なら投影することはできないであろうソレ。

 特異点という歴史があいまいになった空間で、固有結界を発動し、そして何より、聖杯と繋がりを持っているというマスターが居るからこそできる裏技中の裏技。

 

 エミヤの出した、ソレ(・・)を見たヘラクレスはあれを受けた先の自分を本能で感じ取ったらしく、バーサーカーとは思えない回避行動を取る。けれども、この場にはもうマスターと言えどももう一人存在しているのである。

 神格を傷つけられ、一度喰らった攻撃への耐性を失ったヘラクレスに対して、神葬の槍を持った仁慈が逃げないようヘラクレスの前に立ちふさがっていた。

 自分の神格を傷つけた槍を警戒しているがため、仁慈が少なくとも一筋縄でいかないことを理解しているからこそヘラクレスは仁慈を突破するか否か、その判断を迷った。

 

 何度も言うが、英霊同士の戦いにおいて一瞬というのは十分に活用が可能な時間である。本来のヘラクレスであるならば、そんなミスは起こさなかっただろう。バーサーカーとして召喚され、宝具のほとんどを自身の技術に依存しているためにステータスは高いものの、戦闘の運び方で差が出てしまったのだ。

 まぁ、色々言葉を弄したが、何を言ってももう遅い。エミヤの投影したそれは既に放つことができる状態まで来てしまっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――この光は、永久(とわ)に届かぬ王の剣。………永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 エミヤの投影した剣、永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)によって放たれた眩く見惚れるほどの光がヘラクレスへ迫る。

 

 ヘラクレスがその時見た光景は、いつか何処かで、目の前の英霊を思わせる少年から受けたものと酷似していると、狂化された思考の中でそう考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もうオケアノス編終わりでいいと思う。


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第三特異点 エピローグ

この次からまたイベント編に入るかと思われます。
四章はそのイベントを消費してからでしょうか。まぁ、イベント要らねって意見が多いのであれば飛ばして四章行きますけど。


 

 

 

 

「なっ!?へ、ヘクトール!?」

 

 アルゴー号の上で悠然と戦況を観戦していたイアソンはヘクトールが倒されたことにより、動揺していた。

 プライドが高いイアソンが己の船に乗せるということは彼流にせよヘクトールの実力を信頼していたことに他ならない。戦闘力が皆無とも言っていいイアソンにとっては彼らこそが自分の力なのである。

 だが、ヘクトールが倒れた瞬間にヘラクレスが居た位置へ展開されていた固有結界が解除されていった。これを見てイアソンは一気にその表情を明るくする。

 あれが解除されたということはイアソンにとって術者であるエミヤが殺されたということに他ならないからだ。例え、ヘクトールが居なくてもヘラクレスさえいれば、イアソンが思い浮かべる中で最も強い彼であればこの戦力差なんてないようなものだと。

 

「メディア!私のメディア!こっちへ来るんだ。一緒にヘラクレスが行う正義の執行を見届けよう」

 

「――――はい。マスター。貴方がそれを望むのなら」

 

「行かせるか!」

 

「いえ、行かせてもらいます」

 

 銃弾を魔術で防ぎ、一瞬で目を焼かんばかりの閃光を発動させるとその閃光でドレイクが目を塞いでいるうちにイアソンの隣へと移動した。

 そして、イアソンは余裕の笑みを浮かべながらメディアは感情の読み取れない笑みを浮かべて消えていく固有結界を見ている。

 

 完全に固有結界が消え去り、その中から現れたのはイアソンの予想していたヘラクレス――――――――――ではなく白い礼装と赤い礼装を身に纏った男たち。樫原仁慈と英霊エミヤであった。

 

「なにっ!?」

 

「ヘラクレスが敗れましたか」

 

 仁慈とエミヤの出現にイアソンはこれ以上ないほどに目を見開く。だが、メディアは何処か予想していたかのように静かに事実だけを口にした。一方で仁慈達カルデア側の味方であるサーヴァントたちも驚愕をしつつ喜びの声を上げる。

 

「おかえりなさい。先輩方」

 

「素直に感心するわねー。ね、ダーリン」

「そんなもんじゃねえだろ。まさか、本当にヘラクレスを倒しちまうなんてなぁ……何であんな神代にも中々いなさそうな人間が現代に居やがるんだ……?」

 

「う。ますたー、つよい」

 

「恐ろしいわね。アステリオスが可愛く見えてくるわ」

 

「ふむ、ミスターレッド。貴方私を差し置いて神の聖剣とか言われているものをつかいませんでしたか?」

 

「流石!アタシが認めただけのことはあるね。あの大男を倒しちまうなんて本当に大したもんだ!」

 

「はぁ……はぁー……すごいねアン。あの怪物染みた奴を倒せるなんて」

 

「全くですわ……はぁ、はぁ。人類始まってますわね」

 

 もはや完全に勝った流れである。誰もイアソンについては言及しなかった。仁慈とエミヤも既に「勝った 第三部完!」とでもいうような雰囲気である。

 ヘラクレスが倒されたことと、自分の存在を無視されたことによりイアソンは激怒して仁慈に突っかかった。

 

「ふざけるな……!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるぁぁぁぁああぁぁあああ!!!貴様ァ……!ヘラクレスはどうした!?」

 

「俺とエミヤ師匠がここに居る時点で察することができるだろ?」

 

「あのヘラクレスだぞ!俺達が憧れ、挑み、一撃のもとに返り討ちにされてきた頂点だぞ!?それが貴様らのような三流サーヴァントと人間に負けるものか!!」

 

 イアソンの言うことも確かである。

 本来なら英霊と刃を、拳を魔術を交えることすら困難であるというのだ。

 が、あろうことかヘラクレスと戦った彼らは普通ではないのだ。異常とも言えるこの神秘渦巻く世界においても特大の例外。

 様々な手段を行使しつつもイーブンまで持っていき、あまつさえ少なくとも三度ヘラクレスの命を奪った人間。そして、その成り、性質、戦い方……すべてが異質であるサーヴァント。異常と異常が合わせた結果は単純な足し算ではなかったのだ。何より、一番の敗因はヘラクレスのクラスがバーサーカーだったことだ。狂化でステータスを上げようとも元々高ステータスを誇るヘラクレスには意味がない。むしろ武人として、戦士として鍛え上げられた思考能力が使えず、尚且つ宝具にまで引き上げられた武芸を使えないことが何よりも枷となった。

 

 このことは仁慈もエミヤもわかっている点である。

 ヘラクレスが狂化されていなかったらおそらくこの特異点で自分たちは力尽きたであろうと。

 ま、そのことを態々イアソンに言う通りはない。仁慈はイアソンに対して一瞥するだけで特に言葉を返すようなことはしなかった。

 

「如何いたしましょうか。マスター。降伏は不可能。撤退も不可能。私は治癒と防衛しか取柄がない魔術師……中々難しい状況だと思いますが」

 

「うるさい、黙れッ!妻なら妻らしく、夫の身を守ることだけを考えろ!」

 

 どこか余裕そうな声音で話すメディアを怒鳴りつけるイアソン。しかし、それでもメディアの笑みは変わらない。相変わらずイアソンを見て微笑んだままだ。余りにも変わらないその表情はまるでお面のようにも感じられるが、むしろしっかりと心の底から浮かべているということがわかるからこそ不気味という表情でもあった。

 イアソンもメディアから一歩引いている。

 

「当然、マスターの身を守ることだけを考えていますわ。それこそがサーヴァント、ですもの」

 

「……っ!何なんだ、なんなんだよ!?どうしてこの状況で笑っていられ―――――ゴホッ……!?」

 

 メディアへの恐怖を口にしようとするイアソン。だが、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。それは、イアソンの口から出ていたものが言葉から血液に代わってしまったからである。

 言葉を発しようと必死に口を動かし、酸素を補給するが、出てくるのは血だまりばかりだった。イアソンが視線を動かすと、自分の肺の位置に刺さっている槍が一本あった。更に別の場所に視線を向ければそこにはちょうどものを投げ終えたような態勢でイアソンを見やる仁慈の姿があった。

 これだけ条件が揃えばだれでもわかるだろう。イアソンは仁慈の放った槍に貫かれたのだ。

 

「ぎ……ぎざま…………」

 

「――――正直、こっちとしてはお前たちの話なんかに興味はないんだ。さっさと聖杯を渡して座にでも帰ってくれ」

 

 まさに外道。まさに人間。まさに仁慈。

 これこそ、唐突にやってくる命の危機に準備不足で挑み続けたものの姿である。ゲリラ方式でやってくるケルト式合宿を乗り越えてきた仁慈だからこその理論。殺せるときに殺せ。隙あらば殺せ、何が何でも気合で殺せ。さもなければ死ぬのは自分だ。

 

 無表情ながらもどこか喜びを帯びた声でそういった影の国の女王の言葉を思い出す。これらの経験から培ったことを元に自分の勘に従った仁慈は、イアソンとメディアを放置することなく速攻で仕留めることに決めた。それこそ、殺気を感じさせずに槍を投擲するほどに。

 

「ぐっ……悪の軍勢ェ……!卑劣な、マネ、を……!メディア!私の、傷を……」

 

 イアソンは自分の負った傷を治癒を専門とするメディアに治してもらおうと彼女に声をかける。だが、先程までは欠かさず聞えていた返事が今は聞こえなくなってしまっていた。どういうことだと先程までメディアのいた場所に視線を向けてみれば、そこにはもう誰もいなかった。唯、仁慈の宝具である突き崩す神葬の槍がコロンと転がっているだけである。

 これだけで、何があったのか予想することは容易だった。先程仁慈が投擲した槍は一本だけではなかった。自分に突き刺さったのは二本目の槍であり、一番初めに投擲されたのはメディアが居た場所に落ちている方なのだと。しかもメディアに放った槍は人外に対して強い効果を持っている突き崩す神葬の槍……仁慈が確実にメディアを本気で殺そうとしていることが一目でわかることだった。

 

「ぐそっ!ぐそぉおおおお!!今度こそ、今度こそ……!自分の国を作ることができると、その機会が巡って来たのだと思ったのに……!こんな、卑怯な連中なんかに……!」

 

「力で正義を執行しようとしたんだし、力で返されるのは当然でしょう」

 

 もはや立つ力もなく、アルゴノーツの甲板に倒れ伏すイアソン。そんな彼に仁慈は軽く跳躍することで彼の近くまで近づき、自分の顔を睨みつけているイアソンの頭に槍を突きたてた。

 

 肉を突き潰す、嫌な音を響かせながらイアソンはその体を黄金の光へと変え、その場に転がっている聖杯へと戻っていった。仁慈はイアソンの血だまりの中から聖杯を持ち上げてそのまま数回振って血を落とし四次元鞄の中に放り込んだ。

 

 散々、仁慈たち側に言われてきたイアソンだが、この時だけは大部分のサーヴァントたちが消えていったイアソンに同情したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 仁慈が聖杯を回収したことによりこの時代の異常も少しずつ修正されて行っているようで、ドレイクがいち早くその変化に気づいた。

 

「ん?風が止んだ……ああ、こりゃ終わりだね。もうどうしようもない。けれど、これはいい終わりだ。新しい誕生だ。――――アタシたちの海が帰ってくるね」

 

 ドレイクの言葉に黄金の鹿号に乗っている海賊たちが一斉に喜んだ。

 まぁ、彼らにとってここにいる間は生きた心地がしなかったことだろう。仁慈達と会う前にサーヴァントたちと遭遇して攻撃され、仁慈達が仲間に加わってからも結局サーヴァント達との戦いに参加していた彼らなら、不可解なものが闊歩する海から逃れられることを喜ぶのも無理はないと言えた。

 

「ヒャッホーイ!!こんな意味不明な海ともおさらばだー!」

 

「やったな野郎ども!でもちょっと寂しいぜ!この海にはロマンがあふれていたからな!」

 

「赤い人!俺はあんたが言ってくれたことを忘れないぜ!しっかりと魂に刻み込んだからなっ!」

 

 次々と声を上げては消えていく海賊たち。恐らくは元々いた場所へと戻されていっているのだろう。

 

「おぉ!バンバン消えていくじゃねえか俺ら!やっぱり雑兵から退場するのが世の常かー……世知辛いぜ。とにかくじゃあな!仁慈、マシュちゃん!赤い人、青い人!今度から見た目で襲う人は決めないことにしたぜ!」

 

 海賊たちの最後に、仁慈たちをドレイクの元まで案内した海賊が消えていった。すると次は仁慈達に力を貸してくれた英霊たちの身体も黄金の光に包まれる。

 

「はぁー……これでやっと帰れるわ」

 

「愛の逃避行ね!ダーリン!」

 

「お前もう少しシリアスになれないわけ?ねぇ?……いや、やっぱり何も言うな絶対に疲れが増す。あっ、そういえばマシュちゃん。最後に別れのキスなんかどう?」

 

「お断りします」

 

「バッサリいかれたなー……」

 

「その調子で逝きましょうか?ダーリン……?」

 

「すんません、すんません、すんません!……あ、最後に一つ。仁慈、もし召喚することがあったらよろしく。特にこいつのことを」

 

 最初に消えていったのはアルテミスとオリオン。恐らく無理な召喚がたたって一番に限界が来たのだろう。二人は最後まで相変わらずのやり取りを繰り返して消えていった。

 次に消えかけたのはアン・ボニーとメアリー・リードである。いつ死んでもおかしくない重傷を負いながらもヘクトールを仕留め、ここまで生き残ったのは驚愕と言わざるをえなかった。

 

「次は僕たちかー。まぁ、かなーり短い間で一緒に戦ったって言えるほどじゃないけど、楽しかったよ」

 

「貴方の無双ぶりは爽快ですもの。……身をもって知ってますわ……」

 

「なんかごめん。でも、ヘクトールを仕留めてくれたんだってね。ありがとう、正直かなり助かった」

 

「かまいません。私たちの個人的な感情ですもの」

 

「そうだね。僕たちは海賊の意地を見せただけ。別に君の為じゃないよ………でも、次は君と一緒に色々冒険するのも悪くはないかな」

 

「私たち、始まりはあの変態でしたからねぇ……」

 

 しみじみと、そんなことを呟きながら二人も消えていく、最後に残ったのはエウリュアレとアステリオスの二人だ。

 次々とサーヴァントが消えていくのをアステリオスの肩に乗りながら見ていたエウリュアレが口を開く。

 

「これで私たちの役割もおしまい。全く、なんて酷いお仕事だったのかしら。変態に襲われるし、戦場の真っただ中には置かれるし、おまけに(ステンノ)駄妹(メドゥーサ)もいないんだもの」

 

「う?えうりゅあれ、このたび、いやだった?ぼくは、うれしかった、たのしかった。みんな、ぼくのなまえをよんでくれた、おびえないであそんでくれたから!」

 

「……そうね。酷いお仕事だったけど、つまらないわけじゃなかったわ。貴方も居たし、さっきの女海賊たちの言う通り、仁慈の無双っぷりは見ていて痛快だったもの。だから仁慈?あなたが望むのならご褒美に接吻くらいはしてあげましょうか?」

 

「いや、結構です」

 

「何よ。失礼ね。……ま、それでこそ貴方って感じもするけれども。何はともあれ、これからも好きにがんばりなさいな。気が向いたら貴方の元へ行ってあげてもいいわよ?」

 

「ますたー、ありがとう。また」

 

 微笑みながらそう言ってのけるエウリュアレと、大きな手を小さく左右に振るアステリオス。最後の最後までよくわからないけどいいコンビだったと仁慈は思った。

 

『いやー、今回も仕事がなかったなー。終盤とか何の役にも立たなかったなー……』

 

「そう拗ねるなロマニ。帰ったら好きなものを作ってやる」

 

「本当ですか!?」

 

「君じゃないから座っていなさい」

 

 いつも通りのやり取り、しかし、ここにロマニが加わっているともう終わったのだという気持ちになる仁慈。基本的に戦闘中にロマニと漫才染みた会話を行うことはないのでそう感じてしまうのも無理はないことであった。

 

「ドレイク船長。今回は本当にありがとうございました。貴女に会えていなければここまで順調にことは運ばなかったと思います」

 

「確かに。海に詳しい航海者が居たことは大きいよね」

 

「良いってことさ。アタシはアタシに従っただけだしね。あんた達との航海も楽しかったし言うことはないよ!ただ……この修正ってやつが終わったらあんた達に関する記憶も消えちまうのかい?」

 

「まぁ、そうですね」

 

「……あんとき仁慈が言った言葉の理由がようやくわかったよ。覚えていたらってこういうことだったんだね」

 

「すみませんね。結果が見えているようなものを賭けに使ってしまって」

 

「別にいいさ。見抜けなかった私が悪いのさ。それにね、海の人間にとって唐突な別れなんていつものことさ。大砲にフッ飛ばされて、波にさらわれて、挙句の果てに行き先を見失って死んでいく。……それらに比べたら生きたまま別れるなんて悲しみの内にはいらないさ」

 

 と言ってドレイクは出会った時と変わらない、豪快な笑みを浮かべた。

 

「しかし、貴女は、これから………」

 

「ん?あぁ、わかってる。死ぬんだろう?けど、それが当り前さ。自分の好きなことをやって生きて来たんだ。自分の最期がそれは酷いものだろうと自覚してるさ。けどね、私は愉しくやっていきたいんだ。そのために生きているんだよ」

 

 楽しみがない人生なんて死んでいることと同じさと付け加えるドレイク。この豪快さこそ、彼女である。

 世界で初めて生きたまま、世界を一周した星の開拓者。その本質は、どこまでも自分の欲求を満たし、未知を、宝を、刺激を求める無法者。

 大半の人間から見ればそれは考えなしの愚者に映るかもしれない。しかし、そういった愚者や愚か者、馬鹿と呼ばれる者たちが世界の常識を書き換えていくのである。

 

「じゃあね。元気でやんな。あんた達ならきっと、人類の未来とやらを取り戻せる……そのためにアタシだって、覚えてなくてもそれなりのことをやってやるさ」

 

「えぇ、ありがとうございます。船長」

 

「じゃあ、ドレイク。機会があればどこかで」

 

 それだけ言い残し、仁慈たちはカルデアへと帰還するのであった。

 

 

 

 

 

 

 




フォルネウス「…………」
アタランテ「………」
ダビデ「………」

彼らは犠牲となったのだ……。


これからのことについて活動欄でアンケートを行っております。


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ぐっだぐだだよ、本能寺
ぐだぐだな始まり


アンケートの結果については面倒かもしれませんが、活動報告欄にお願いします。

更に今回は色々酷いので注意です。


 フランシス・ドレイクやその他の英霊たちと共に過去最強と言っていいほどの強敵、ヘクトールとヘラクレスを打倒してから数日後。実は回収した聖杯に魔神柱が守護者として宿っていたり、それを仁慈が自身の宝具でサクッと殺してしまったりといったことが起きていた。やはりカルデアは世紀末である。そうした中、今日も今日とてカルデアは騒がしかった。

 

 レイシフトを行う管制室にて、俺は目の前で無駄にシリアス顔を決めているロマンを見やる。

 

「簡単に説明しよう。現在カルデアは外部から侵入者が現れている。それと共になんかよくわからないモノにも侵食されているんだ。このままだと、カルデアの要となっている機材にも多大な影響を及ぼしてしまうかもしれない!」

 

「な、なんだってー」

 

「先輩。返事にやる気が感じられません」

 

「いやだって侵入者ってこれでしょ」

 

 そう言って俺がロマンとその隣に居るダ・ヴィンチちゃんに見せつけたのはノブノブと謎の言葉を発するこれまた謎のちんまい生物。軍服のようなものに身を包み、何故か片眼しか見えないというツッコミどころ満載の存在である。そして、これの気配もまた首をひねるに十分なもので、エネミーのような英霊のような気配がしていた。にも拘らずシャドウサーヴァントではない……こうなってくると本格的にお手上げ状態だ。凡人の俺には正体なんて見当もつかぬ。

 

「というわけでダ・ヴィンチちゃんパス」

 

「ノブっ!?」

 

「オーライ……はいキャッチ。……ふむふむ、何とも不思議な生物だね。解剖でもしてみようか」

 

「是非もないよネ(諦め)」

 

『喋った!?』

 

 唐突に諦めを多大に含んだ声音で言葉を発する謎の生物。表情は一切変わらないのに、その瞳は何処か死んでいるように見えて非常に不気味だ。余りこのことについては深く考えないようにしつつ、会話を遮る的な意味でロマンが俺に質問を投げかけて来た。

 

「ところで仁慈君。それは何処で拾ってきたの?」

 

「それは――――「私が襲われたのよ!」――――というわけ」

 

 ロマンの質問に答えようとした俺の言葉を遮ったのは実は先程から俺の後ろで服を引っ張りつつ、ついてきたオルガマリー所長である。彼女こそが、この珍妙生物と邂逅した原因だからである。

 

 簡単に言うと、いつものように朝起きた俺が台所に行こうとした時に廊下で襲われている所長に遭遇したというわけである。ノブノブ言うちんまい珍妙な生物に襲われ(?)おろおろしていた所長を放置をするのもどうかと思った俺はその生物の首の後ろをつまんで持ち上げてついでに今何が起きているのか知るために管制室に来たということだ。

 

「―――――なるほどね。なら、この生物は既にカルデア内にいくつか存在しているんだろう。……仁慈君、悪いんだけどさ」

 

「わかってる。とっとと片付けてくる。ついでに居なくなったサーヴァントでも探しておくよ」

 

「あ、先輩。私もついて行っていいですか?」

 

「もちろん。この前のヘラクレスやヘクトールに比べたらかなり弱いだろうし、サクッと片付けよう」

 

「はい」

 

 自ら同行を申し出たマシュをパーティーメンバーに加えて、俺はカルデアの管制室を後にするのだった。

 

「ねぇ、何で私の手を引っ張ってるの?ねぇ!?」

 

「所長。こういう時に動かないと、貴女の身体はカルデアスに取り込まれてバラバラにされてしまいつつ、存在が消えてしまうからですよ」

 

「何それ怖い!冗談よね?冗談よね!?」

 

「はっはっは(棒読み)」

 

「冗談って言いなさいよー!!」

 

 既にどこかぐだぐだな雰囲気を纏いつつ、今度こそ管制室を後にした。

 なんだか、この適当具合こそが今回のことに関係してそうなのはどうしてだろうか。

 

 

 

 

「………ふぁー。仁慈君たちが向かったのならもう大丈夫だね」

 

「確かに。彼ならもうだめという現実を消し飛ばして何もなかったという幻想を引きずり込むくらいのことをしても私は驚かないよ。彼は天才の私にすら測れない」

 

「だったら、僕は二度寝するよ。昨日はパソコンにかまけすぎて、寝れなかったからね」

 

「―――――――ん、そうするといいよ。私はこの生物と事象について調べるから。たまにはゆっくり休むことだ。医者の不養生なんて、かっこ悪いだろう?」

 

「そうする」

 

「よろしい。凡人は適度な休息を入れないとだめだよ?私も、この完璧な身体を維持するために、日々の休息は欠かしていないからね」

 

「最後のがなければよかったのに……というか、君に休息は必要ないだろ」

 

 

――――――――――――

 

 

 さて、管制室から出て廊下にいつの間にか溢れているノブノブいうちっこいやつを探している俺達。既に数回戦いを繰り広げているが、自爆テロなんてやってくるとは聞いてないぜ……。

 

「爆発、爆発したわ!」

 

「所長、私の後ろから離れないでくださいね。吹っ飛びますから」

 

「ふっとび……!?」

 

「ノブノブー!」

 

「はい、さようなら」

 

「ノブッ!?」

 

 マシュの背後で怯えている所長に向って黒い陶器を持ちながら特攻をかまそうとするちんまい珍生物を適当に取り出した槍で頭を貫いて倒し、そいつが抱えていた爆発物を持ってその後ろから近付いてきた別の奴にぶつけて爆発させる。所長が今度は俺に怯え始めた。別に貴女にこんなことしたりしないんですけどね。

 

「―――!先輩、サーヴァント反応です」

 

「うん――――――――そこか」

 

 気配を感じた場所に槍を投擲。しかし、その槍はあっさりと弾かれて防がれるだけでなく俺たちの方に帰ってきていた。俺はそれを回避しつつ掴んで自分の右手で再び扱う。

 

「中々、良い不意打ちでした。しかし、あれほどの攻撃を何のためらいもなくできるとは……さぞ名高い戦士なのでしょう」

 

 俺の不意打ちに対してそんなことを言いながら出てきたのは薄いピンクの着物を羽織った女性だった。その顔はどこかヒロインXやかつて戦ったアルトリア・ペンドラゴンと似ているところがあり、ここにヒロインXが居たのであれば激戦間違いなしだと確信できた。いや、俺の不意打ちも十二分に開戦の理由としてはあり得るけれども。なんだろうか、この人とは気が合いそうな気がする。

 

「どうもこんにちは、俺は樫原仁慈。こっちはサーヴァトのマシュです。よろしく」

 

「………はっ、ご紹介に預かりました。マシュ・キリエライトです」

 

「で、その後ろで怯えているのが所長です」

 

「名前は!?」

 

 最近彼女のツッコミスキルが少しずつ成長している気がする。

 ぎゃーてーぎゃーてー騒ぐ所長をスルーしつつ、俺は薄いピンクの着物と袴を纏っているその女性に視線を向ける。

 

「あ、これはこれはご丁寧に。私は新選……じゃなかった。えーっと……桜セイバーとでも呼んでください」

 

 明らかに偽名だった。というか名前ですらなかった。マシュと共になんとも言えない表情を浮かべていると、桜セイバーと名乗った女性の後ろから更に一人の少女がやって来た。

 その外見は、今まさにこのカルデアに出現しているノブノブいう生物と同じ物であり、思わずその少女を拘束する。

 

「✖✖時✖✖分。被疑者確保」

 

「なぬ!?何故じゃ!?どうしてこの三千世界に名を轟かせる超ぷりちー美少女のわしが捕まっとるんじゃ!?」

 

「ちっこいお前みたいな生物に襲われたから」

 

「あぁ……これは疑われても仕方ないの……」

 

「むしろ、バリバリ関係ありますもんね」

 

「あのー一先ずお話を聞かせていただけますか?」

 

「うぁあ!まってその前にアレ!アレやっつけて!」

 

 本当に今日はなんか締まらないなぁ…………。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 その後、桜セイバーとノブノブの本体こと自称第六天魔王の魔人アーチャーの会話を纏めると、彼女たちの世界にある聖杯が暴走した結果こんなことになってしまったらしい。ここに出現したのは魔人アーチャーが聖杯の中核に落ちた際に奪われた彼女の力そのものだというのだ。

 

 大体彼女たちの事情を把握したところでダ・ヴィンチちゃんからそのはた迷惑な聖杯があるであろう場所の特定が終わったらしい。

 ということで、このたびどこか残念な空気を発する桜セイバーと魔人アーチャーと共に、レイシフトを行い、こんな可哀想な使われ方をしている聖杯を回収しにきたのだった。

 

 

 そんなこんなでやって来たレイシフト先。

 場所は何故か夜であり、俺達が居る森を抜けた先には物凄い露出度の高い恰好をした少女と厳つい顔に似合わずどことなく苦労人臭を漂わせた大男が居た。その周囲には先程までカルデアに侵入していたちんまい珍生物も一緒である。

 

「どうやら、サーヴァントが例の生命体を使役しているようですが……」

 

「ふーむ……どうやら聖杯が英霊たちを洗脳して使役しているようじゃな……」

 

「確かに英霊の様子がどこか変ですね。召喚時に余計な因子でも混ざったのでしょうか?」

 

 彼らに言われて改めて目の前のサーヴァントたちを見てみる。

 

「ベン……いえ、雪斎。一気飲みしなさい。三秒で、これを」

 

「この量を三秒でですか!?もしかして殿、酔ってらっしゃいますか?ますよね?敵がいつ襲ってくるのかわからないのですよ?」

 

「いいからやってください。それに私は天才なので、酔っぱらった状態でも問題ありません」

 

「いえ、ですが……わかった、わかりましたから!飲みますから」

 

「よろしい。では行け(ドン!!)」

 

「さっきより増えてんじゃないんですか!!」

 

 ……別におかしくないんじゃないかな。

 本来の彼らのことを何も知らない身ではあるけれども、あれはあれで自然体だと無駄に鍛えられた俺の勘が囁いているんだけど。

 

「まぁ、それはともかくどうしましょうか?流石にあの戦力差は覆しがたいと思います」

 

「遠距離から爆撃する?」

 

「そんなことが可能なのですか?」

 

「まぁ」

 

「実はお主サーヴァントなんじゃないかの………前線で爆撃を行えるマスターなんて聞いたことないんじゃが……」

 

「魔人アーチャーさん。気にしてはいけません。先輩に対して大体の事柄は当てはまらないんです」

 

「やだ。うちのシールダー攻撃力高すぎ……?」

 

 俺の魔力強化を抜けて直接ダメージを受けた感じがした。防御無視の攻撃をもつシールダーとか新しすぎる。

 

「しかし、それだけでは不十分でしょう。私が囮になります」

 

「えー……おぬしが行くのか?無理じゃね?わしがいったほうがいいんじゃないんじゃない?なんて言ったってわしはかの有名な織田―――」

 

「桜セイバーさんだけで大丈夫ですか?」

 

「聞けよ!?せめて聞こうと努力しようよ!」

 

 ここで名乗りを上げたのは桜セイバー。なんでも生前の経験から複数人の相手は慣れているらしく、爆撃で確実に減った人数なら問題ないとのこと。何やら魔人アーチャーがごちゃごちゃ言っているけれどもそこはスルーする。

 

「そこで、そこまで行かないサークルの飲み会に誘われた挙句に見知らない人の中に放り込まれて仕方なく飯だけを食べているメンバーみたいな所長もなにかありますか?」

 

「紹介の仕方……!」

 

 流石に言葉を選ばな過ぎたらしい。ものすごい形相で所長が睨みつけてくる。そんな中、先程までやる気に満ちていた桜セイバーの身体に異常事態が発生する。

 

「ごふっ(吐血)」

 

「ええええええええええええええ!?」

 

「桜セイバーが死んだ!?」

 

「この人でなし!(織田何某復活)」

 

 やる気満々な彼女の口から出たのは意気込みではなく血液。それはもうシャレにならないレベルで吐血している。

 慌てるマシュ。それに対して桜セイバーは穏やかな顔で真っ赤な口を開いた。

 

「ご、ご安心を。これは私のスキルのようなものですから。……時々、敵の目の前で直立不動になったり、無防備になったりするだけですので」

 

「前衛職として致命的なスキル!」

 

「うぅ……どうせ私は使えない隊士ですよぉ……こんな幕末に誰がした……!」

 

 さっきの魔人アーチャーこと織田何某といい、ここの桜セイバー改め幕末隊士といい正体隠す気あるのだろうか。桜セイバーの方はまだ特定はできないけど、結構絞り込めているんだけど。

 あまりの適当さ加減に呆れていると、流石に騒ぎ過ぎたのか敵の兵と思われるものに気づかれてしまう。そうしてここから現れたのは、弓を持った男の人。身体的特徴はこれと言ってないが、その存在感から相当な強者とうかがえた。

 

「貴様ら、さてはよしつね様を狙う不届きな輩か?この大軍に向かってくるとはいい度胸してるぜ。よし、その度胸に免じて先陣を務めるのはこの海道一の弓取り――――いや、東洋一の弓取り、松平アーラシュが成敗してやろうじゃないか!」

 

『本当に東洋一じゃないか……!何やってんですかアーラシュさん……!』

 

 さっき強者と思ったのは間違いだった。この人、聖杯の侵食が尋常じゃないくらい進んでる……!なんかもう色々、なんかもうアレだぞ。

 

「先輩。もう何が何だかわかりません!」

 

「是非もないよネ!」

 

「ゴフォッ!?」

 

「とにかく戦いなさいよ!」

 

 ヤケクソ気味に所長が叫び、俺たちは一斉に向かって行く。相手はなんかよくわからない聖杯に侵食されているもののアーラシュと名乗っていた。日本ではそこまでの知名度はないらしいが世界的に見れば大物もいいところ。アーチャーの語源にもなった文句なしの大英雄。ヘラクレスとは別の方向ではあるものの、侮っては居られない。

 俺は真っ先に突き崩す神葬の槍を取り出すと、そのまま魔力放出を使って全速力で彼の身体に槍を突きたてる。彼は確か先祖返りか何かで強大な身体能力を持っていたはずだ。油断はできない。

 

 彼が矢を放つ前に、空気を切り裂き、アーラシュの背後を取る。そしてそのまま槍を彼に突き立てた。

 

「ぐぁぁぁぁああ!」

 

「ええええええええええええええええ!!!!????」

 

 そして刺さった。普通に刺さった。見事なくらいに刺さった。

 回避の動作も取られず、その強靭な肉体に阻まれることなくサクッといった。余りにあっさりといってしまったため攻撃した俺が驚いている。

 

「なんてこった。この俺が……だが、これじゃあ終われねえ。見せてやるぜ……俺の全身全霊をかけた渾身の一撃……!」

 

「うむ。あっさりと負けを認めた割には物凄いパワーを溜めているんじゃが……。あ、嫌な予感が……」

嫌な予感が……」

 

「先輩。彼がアーラシュさんであるなら、全身全霊をかけた一撃は……」

 

『全力で逃げてくれ!自爆テロ(ステラ)だ!』

 

「無駄だ!俺の弓の射程距離はずばり、2500km!!」

 

「それ本当に弓なのかと!」

 

 魔人アーチャーがツッコミを入れつつ、俺たちは全力で走る。しかし、先程まで吐血していた桜セイバーが滅茶苦茶早く、マシュと魔人アーチャーが遅れ気味になってしまっていた。

 仕方がないので、二人を両脇に抱えて、更に所長を俺の背中にしがみつくように指示して、俺も身体能力強化と魔力放出を使って全力で逃げる。その過程で、先程倒そうとしていた集団の前を横切ったけれどもそんなこと気にしている余裕はない。

 

「……何だったんでしょうか。彼らは」

 

「わかりませんな。というか、物凄い綺麗な……まるで流れ星のようなものが空に……」

 

「ステラ―――――ッ!!」

 

 背後から聞こえる轟音。 

 大量のちんまい珍生物と共に、まるで流れ星の如く夜空を飛ぶ先程の二人組。

 

 なんというか、

 

「ぐだぐだですね」

 

「ぐだぐだですねー」

 

「グダグダだなぁ」

 

「ぐだぐだね」

 

「是非もないネ!」

 

 もう帰りたい。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 場所は変わり、荒れ果てる荒野。

 目の前に佇むのは色黒を通り越して真っ黒な全身にものすごい文様が入っており、像にまたがっている大男とどこかエウリュアレに似たような雰囲気の女性。

 

「■■■■■■■■■■――――!!」

 

「ついに決着をつける時が来たな、尾張のうつけ、とお館様は申しております」

 

「■■■■■■■■■■――――!!」

 

「我が武田騎馬軍の前に屍をさらすがよい、とお館様は申しております」

 

「貴様が乗ってるの、どう考えても像なんじゃが……」

 

「というか、一々翻訳しないでいいんじゃない。面倒だし、早くやって早く終わらせようサクッと」

 

「その意見には賛成です……うっ」

 

「桜セイバーさんがピンチです先輩!」

 

「ダメダメじゃないこのサーヴァント!」

 

「はい戦闘開始!」

 

 ついさっき見たような流れで戦闘を開始する俺達。マシュは所長と桜セイバーを守るためにその場にとどまってもらい、魔人アーチャーと共に向かう。しかし、今の魔人アーチャーは聖杯の中へと入り、力を奪い取られてしまった影響で、かなりの弱体化を図られているのである。当然、

 

「ぬあーー!!??」

 

 こうなる。

 ちっこい生物にフッ飛ばされたー!された魔人アーチャーは奇跡的な軌道を描いてマシュの盾の後ろへと入っていった。うちのサーヴァントがグダグダ過ぎて役立たずな件について。

 

「ちっくしょう。やってやる!野郎オブクラッシャー!」

 

「■■■■■■■■■■――――!!」

 

「それは死亡フラグだ、とお館様は申しております」

 

「やかましいわ!」

 

 叫びつつ、俺に群がるちっこい生物を使い捨ての槍を使って纏めて吹き飛ばす。ノブノブ言いながら消えていくそいつらに対して意識は向けずに真っ直ぐ黒い大男に翻訳女性へと向かっていく。

 

 本来なら英霊二体なんて無茶な相手だろう。しかし、今の彼らは聖杯の効果で弱体化&変な因子を埋め込まれているらしい。そこに勝機がある。

 最初に向かってくるのは翻訳女性の方。

 かなりの速度でその場で踏み込み、こちらに向かって杭を突き立ててくる。俺は杭を持っている腕をつかんで固定すると地面へと背負い投げのような要領で投げた。地面を陥没させつつ叩きつけられた女性に止めを刺そうとすると、もう一人の男が襲い掛かって来た。

 それに気づき一気に距離を取る。マシュの隣までやってくると、桜セイバーが戦える状態かどうかを尋ねた。

 

「桜セイバーは!?」

 

「問題ありません!私、さくっと敵を倒しちゃいますよー!どっかの誰かと違ってしっかりと戦えるサーヴァントであることを証明してあげましょう!」

 

 マシュの盾から飛び出した桜セイバーはそういって、黒い大男へと向かって行った。それをみて、俺もいつ吐血しても大丈夫なように桜セイバーに注意しつつ翻訳女性へと向かって行った。

 

 

 

 

 決着はすぐについた。

 アーラシュの時も思ったけど、聖杯のマイナス補正が強すぎる。これは色々酷い。

 

 

「沖田さん大勝利!」

 

「おい。おい真名」

 

 

 ついに言ってしまった桜セイバー。とりあえず聞かなかったことにした。

 

「■■■■■■■■■■――――!!」

 

「宝具を撃つまで生き残れない……とお館様は申しております。……え?もう出番おしまいですか?やったー」

 

 ふぅー………何とか終わったか。

 この普通の戦闘とは違った感じで疲労がたまっていく感じ……今まで体験したことのない感覚だ。ぶっちゃけ物凄いつかれる。

 

 戦闘が終わったことにより、盾を構えていたマシュが非戦闘員(魔人アーチャーを含む)を連れて来た。しかし、それと同時に新たなる敵も。

 

「やぁやぁ!我こそは軍神、上杉アルトリア!武田ダレイオス!宿命の対決を――――」

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあああ!!面倒くせぇ!!!」

 

 ヒロインXとも冬木で会ったアルトリアとも違うおそらく本家だと思われるアルトリアがおかしなテンションと名前と共に現れた。

 

 これでも意外とストレスが溜まっていたらしい。色々と限界突破した俺は弾けた。のこのことやってきた上杉アルトリアとやらに、全力で槍をブン投げたのである。

 

「―――――――世界を越える神殺しの槍!!」

 

 

 怒りで限界突破したせいか、それともこのぐだぐだにしてメタメタの世界が生み出した偶然なのか、俺が投げたエミヤ師匠からの投影ゲイボルクは、いつもの深紅ではなく機械的な槍に変わり、上杉アルトリアに向かって行った。

 

 

「ぐっ……この私が……型月のドル箱たるこの私が出落ちで終わるなんて……ご飯三倍でとどめたのが原因でしょうか……というより、この世界の私(ヒロインX)ってキャラ立ちすぎじゃありませんか……?」

 

 

 それだけ言って本当に上杉アルトリアは消えていった。

 だが、聖杯にはまだたどり着いていない。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――むっ!?今、私のアイデンティティが奪われた気がします(モグモグ)」

 

「何言ってるの?ところで、おかわりいる?」

 

「お願いします!」

 

「はい、どうぞ。………ところで、エミヤ君はどこに行ったんだろうね……?」

 

 

 カルデアにある食堂にて、こんな会話があったとかなかったとか。

 

 

 

 

 




イベントでは割と仁慈が苦労している気がする。


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ぐだぐだ中盤戦

こ れ は ひ ど い(色々な意味で)

最近、クオリティーが落ちている気がする……急ぎすぎですかね?いや、元からなかったかも。


 

 

「何でこんなことになったのよ………」

 

 青い空、白い雲、太陽の光を反射してキラキラと輝く砂浜。そう、ここはどっからどう見ても美しい海であった。そんな砂浜の中で呆然と立ち尽くすのは三人の男女。

 一人は魔術師というようなローブを纏った女性。その風貌は美しく、尖っている耳が特徴的な美女だった。そして、その他の二人の男性は今この場に居ない仁慈がよく知っている人物である。

 

「本当にどうしてこうなったんだろうな。しかもお前らと組まなきゃいけねえなんてよ」

 

「召喚されれば従わなければならないのがサーヴァントであるが、今回ばかりは辞退したいものだ……。この組み合わせにも悪意を感じるものがある」

 

 クー・フーリンとエミヤ。仁慈が呼び出したサーヴァントの中でも良識を持っている方であり、男性ということと、戦闘面でのつながりが強いことから仁慈にとって頼れる兄貴分として陰ながら慕われているコンビである。

 

「私だって同じよ!大体何なのこの謎空間は!?魔力の流れもおかしなことになっているし………またろくでもないことに聖杯が使われているわね。たまにはまともに聖杯戦争する気はないの!?」

 

 若干ヒステリック気味に叫ぶ女性だが、それも仕方がない。彼女が召喚された聖杯戦争はよりにもよって最初から勝者ですら何も得ることのできない名ばかりの聖杯戦争だったのだから。一応、彼女自身が勝ち残れば聖杯を正しく使うことができたのだが、最古の王ギルガメッシュが受肉して潜んでいるためほぼ不可能だっただろう。唯でさえ、聖杯戦争では不利なクラスであるのに流石に不憫であると言えた。

 

「ほう。流石神代の魔女。今回のからくりもお見通しというわけかね」

 

「当然でしょ。最も、知っていてもどうしようもないのだけれどね。ほら、死体の肉を集めて作る使い魔がいるでしょ?フレッシュ……シュタイン?そんな感じのもの。この聖杯はそれと同じようなものよ。後付で色々弄られた結果おかしなものになってしまった……」

 

「そりゃ難儀なこった。というか、どうして俺は幼名なんだろうな……」

 

 そう呟き溜息を吐くクー・フーリン。

 キャスターのクラスであろう女性の説明によればフランケンシュタイン擬きと言える聖杯からクー・フーリンが割り当てられた名前は島津セタンタというものであった。彼はこのセタンタという名前で呼ばれることを苦手としており憂鬱としていたのである。

 

「貴方は本名なんだからマシでしょ!私なんて毛利メディナリよ!?ツッコミどころ満載だわ。毛利って何よ。戦国武将?戦国ってなによ。極東の歴史なんて知らないわよ!」

 

「ふむ。裏切りの魔女に稀代の謀将とは、聖杯も酷なことをする」

 

「そこ、一人で分かったような顔しないで。とりあえず、今ここいらに聖杯を探している奴らが来ているそうよ。とりあえず作戦でも立てましょうか」

 

 ヒステリックから一転、彼女が割り振られた役割の武将に相応しい頭脳を以てして彼女たちの領域内に来た侵入者に対抗しようと作戦を考え始める。するとここでクー・フーリン改め島津セタンタが「あっ」と間の抜けた声を上げた。当然彼のその声は他の二人の注意を引きつけるには十分なものであり、メディナリとエミチカも島津セタンタの方へと視線を向けた。

 

「何よ、どうかしたの?」

 

「そういえば、これ当然の如く聖杯に呼ばれたんだよな。俺達」

 

「私たちが現界している以上それは当然だろう」

 

「聖杯があるなら多分ここも特異点とまでは行かなくても、次元の歪みくらいは作るはずだよな」

 

「そうね。聖杯と素直に認めるには業腹すぎるけど、あれは立派な聖杯。貴方たちの言う特異点になっている可能性は十分にあるわ」

 

「………ここに向かっている侵入者ってマスター……いや、こっちの方が分かりやすいか。仁慈が来るってことだよな?」

 

『……………………』

 

 島津セタンタの言葉を聞いた瞬間、メディナリとエミチカの表情が完全に固まる。ここで思い返すのは人類最後にして人類最新のキチガイ。持っている技能も、魔術回路も、魔力の質も、戦闘経験も、常人をはるかに超えるサーヴァント要らずの人間である。

 

 その時、彼らは思い出した。

 彼は……樫原仁慈は、人間であるが故に、ケルトであるが故に、どこまでも非情になれる人物なのだと。敵に回った瞬間、元仲間でも容赦なく殺しにかかる生粋のキチガイであることを。

 

 ―――――――こうして、彼らは真面目に作戦会議に取り組んだ。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

「ってなわけで、その心臓おいてけやぁぁぁあああ!」

 

「うわぁあああああああ!?わしの心臓がぁああああ!!??」

 

「まだ取られてません!」

 

「逆にあんたがおいてけ兄貴!!」

 

「ぬわぁあああああ!?俺の心臓がぁああああ!?」

 

「だからまだ取られてませんってば!?」

 

 のっけからぐだぐだである。

 ま、何はともあれ襲ってきたのは兄貴ことクー・フーリン。そこにはいつものタイツ姿ではなく、なんかイケメン度が増し増しな兄貴がそこにいた。反応を見る限りかっこよくなったのは外見だけで中身は聖杯の影響なのか残念なことになっていたが。

 

「と、とにかく追撃しないと……。じ、仁慈!早く何とかしなさい!」

 

「はいはい。それでは皆さん戦闘の準備ですよー。と言っても戦うのは俺だけだけど」

 

 周囲を見渡すとそこには相性最悪、本来の実力すら出せない魔人アーチャーと病弱スキルだけは無駄に絶好調の桜セイバー。戦闘力皆無……とは言わないけれど、対魔力を持っている兄貴相手では分が悪すぎる所長。そして、それらを守るために盾を構えるマシュ。

 ほら、戦えるのは俺だけだ。

 ………どう考えてもおかしいよな。この状況。

 

「おっ、やっぱり仁慈が来るか。ちっとばかり、聖杯の所為でおかしなことになっているが、丁度いい。いつもとは違って実戦同様の稽古をつけてやる」

 

 ニヤリと笑ってそういう兄貴。しかし、この時俺は他のことを考えていた。この世界にある聖杯がこの兄貴を召喚したとしても見たところマスターとなる人物は居なさそうだ。ということは、俺との契約も実は生きているのではないのだろうか。

 

 独特の構えから深紅の槍を突き出す兄貴。それに対して俺も突き崩す神葬の槍をぶつけて相殺しつつ、近づいてきたこの隙に自分の中にパスが通っているのかどうかを確かめてみる。

 ……結果、あった。

 この世界を作った聖杯……わかりやすいようにぐだぐだ聖杯と仮称する。そのぐだぐだ聖杯はその性質からどうも適当が過ぎるようだ。カルデア側のサーヴァントを使役するならマスターとの契約くらいは切っておくべきだと思う。そんなことを考えつつ、一度

兄貴から距離を取る。

 

「あん?どうした、打ち込んでこないのかよ?」

 

「兄貴。俺はもう疲れたんだ。役に立たないぐだぐだなサーヴァント。廃テンションな敵サーヴァント達……正直、早くカルデアの愛しいマイルームでぐだぐだ過ごしたいんだ……」

 

「お、おう」

 

「だから、ごめん。後でなんでも詫びるから、今だけは死んでくれ」

 

「はっ?」

 

 俺の言葉が唐突過ぎて理解できないのかキョトンとした表情を作る兄貴。そんな彼に向かって俺は令呪を兄貴に向けると、静かに告げた。

 

「自害せよ。ランサー」

 

「マジかよ!?」

 

 俺の言ったことが信じられないと言わんばかりの表情。だが、それに対して俺は無表情を向けるしかなかった。

 済まない。兄貴。まともに戦っているのはもう面倒くさいんだ。これ以上は真面目に戦闘したくないんだ。

 

 今まで俺に向けていた深紅の槍が自分の心臓へと向かって行く。そうして、彼はそのまま自分の心臓を突き刺した。しかし、彼はこれくらいでは死なない。兄貴には自身の逸話からしぶといくらいのスキルを保有しているのである。

 本当にごめんと思いつつ俺は神葬の槍を兄貴に突き立てた。

 

「……帰ったら、思いっきりやるぞ。それでチャラだ」

 

 ……兄貴の最期の言葉を聞いて罪悪感がMaxだった。

 

「ランサーが死んだ!」

 

「この人でなし!なのじゃ!」

 

「……ほんとに容赦ないわね。仁慈」

 

 そんな目で俺を見るんじゃありません。自覚しているから。

 

 

 そんなこんなでクー・フーリンを倒した俺達。

 再び進んでいると、遥か後方から風を切りながら飛来してくるものを捉えた。マシュにひと声をかけてそれを防いでもらうと、盾の前で爆発を起こす。この爆発の仕方には見覚えがあった。俺だって何度もお世話になった壊れた幻想。今の魔力の流れは確実にそれだった。ここで俺はようやく気付いたのである。カルデアに人が少なかったのはここに呼ばれていたからだと。

 

―――――――――まぁ、だからと言って容赦するとは限らないけど。

 

「自害せよアーチャー」

 

『やめろ!令呪の力は、お前を孤独にするぞ!』

 

 なんか幻聴が聞こえた気がするけど気にしない。気にしている余裕もない。遠距離攻撃を行ってきたアーチャー(おそらくエミヤ師匠)もサクッと倒して、ここにいる最後のサーヴァントであろう女性の前にたどり着いた。

 

「………こうやって実際に見てみると凄まじいものがあるわね。この坊や」

 

「初対面に失礼な……。まぁ、いいです。どうせ戦うんでしょう?さっさとやりましょう。ほら、行きますよー」

 

「いくら何でもやさぐれすぎじゃないかしら!?けれど、容赦なく令呪を使ってあの島津セタンタと長宗我部エミチカを倒すとはやるじゃない。しかし、この毛利メディナリはそう簡単にはやられないわ。私には日輪の加護があるのよ。きっと。日輪よ照覧あれ!」

 

「それなんか違う」

 

 そういって意気込む女性改め毛利メディナリ。唯のオクラじゃないんですかやだー。なんて心中で突っ込んでいると、病弱によってお荷物と化していた桜セイバーが急にふらふらと立ち上がった。

 

「毛利?島津?長宗我部?……土佐?」

 

「おや?桜セイバーさんの様子が……?」

 

「うおおおおおおおお!!……哀しみと八つ当たり的な感情を力に変えて、今こそ着込みましょう。我が誓いの羽織を!薩長死すべし、慈悲はない!」

 

 キィィィィン!と音を立てた彼女。いつの間にか先程まで着込んでいた薄ピンク色の羽織と袴を一新させてどこかで見たような羽織を背負った桜セイバー。というか、ぶっちゃけ真名わかっちゃってるんだけどね。前回で。

 

「えっ。なんか急に雰囲気変わったんだけど。なにこの子。すごい怖い」

 

「説明するのじゃ!この病弱セイバーこと桜セイバー。実は……」

 

「あ、もう知ってるんでいいです。前回思いっきり沖田さん大勝利って言って名乗ってたし」

 

「何しとるんじゃあの人斬り!?力のないわしが唯一活躍できる場面なのに!?」

 

 直接戦闘で役に立てない魔人アーチャーは、説明の機会を奪った桜セイバー改め新選組一番隊隊長沖田総司に向けて怒鳴りかかる。

 だが、残念かな。薩長絶対に殺すマンとして覚醒した彼女に魔人アーチャーの言葉は届かなかった。それどころか、唯々彼女の変化についていけていなかったメディナリにたいして思いっきり斬りかかっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 しっかりとメディナリたる女性に止めを刺した俺たちはダ・ヴィンチちゃんが追加情報としてくれた特異点反応の中心点である大阪に向かっていた。しかし、そんな中、急に魔人アーチャーが口を開く。

 

「いい加減飽きて来たんじゃが」

 

「そんないい加減な!?」

 

「――――――――――」

 

「うぉわ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 魔人アーチャーが発した言葉に反射的に槍を取り出し彼女の顔面に当たるか当たらないかの距離で止める。

 ついつい彼女が発した言葉で俺のストレスが刺激されたらしい。というか、元々お前らが原因だろうがコンチクショウ。

 

「わかった。もう無神経なことはいわんからその槍をどかすんじゃ!マジでシャレにならん!」

 

 必死に訴える彼女の意思を尊重し、仕方なく槍を下げる俺。そうしてひと段落したところで、マシュが桜セイバーと魔人アーチャーに質問を投げかけた。

 

「あの、そういえば、お二人は元居た世界ではどのような間柄だったのですか?」

 

「どういったと言われても……目障りな奴じゃなとにかく。ワープとかうざいし」

 

「それはこちらのセリフです。そもそも貴女が聖杯を爆弾なんかに変えようとしなければこんなことにはならなかったんです」

 

「「聖杯を爆弾に!?」」

 

 これには今まで恐怖から静観を決め込んでいた所長も反応せざるを得ないものだった。聖杯は願望機としても魔力タンクとしても十分な代物である。どうしてそれを態々爆弾なんかに………あっ(察し)

 

「うむ。画期的な発想の超兵器じゃ!しかし、聖杯を再構成中にその中へと落っこちてしまっての。おかげでこのような事態じゃ」

 

「やっぱり手前のせいか……!」

 

「ぐりぐりはやめれー!」

 

 どこかどや顔で聖杯を爆弾に変えたことを誇った彼女の頭をぐりぐりした。

 そんな俺たちにマシュと沖田、挙句の果てには所長までもが哀れみに満ちた視線を向けてきたのだった。おい、そこの病人。お前も俺がこうなった原因なんだけど?

 

 なにはともあれ、もうすぐで終わりそうだと俺の勘も言ってるし、早く終わらせよう。

 

 

 明らかにローマな街並みの自称大阪を視界に捉えつつ俺はそんなことを考えていた。

 




ぐだぐだしまくってますね。しかも二話で終わらせるといったにもかかわらず三話目突入ですよ……。すみません。次回で必ず終わらせます。


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ぐだぐだえぴろーぐ

これにてぐだぐだ本能寺は終了です。
次は、師匠降臨イベントですよー。これはちょっと時間がかかるかもしれません。


 

 

 

 

「どうやら着いたようですね。ここが、この特異点の中心である大坂……のはずなのですが……」

 

「どう見ても南蛮街なんじゃが……」

 

「先輩先輩。私これ何処かで見たことあります」

 

「……私も記憶の片隅に引っかかるものが」

 

「多分ローマだと思うよ」

 

 この街並みはドレイクと共に回収した聖杯の一つ前の特異点でネロの治めるローマで見た光景と実によく似ていた。多分、これも聖杯の所為だろう。決して新しい背景を描くのが面倒くさいとかではないはずだ。そう信じている。

 

「先輩、メタメタな思考がだばだば流れてます」

 

「マジかー」

 

「未だかつてここまでやる気のそがれた仁慈を見たことがないわ……」

 

 戦慄している所長だけど、しょうがないでしょうよ。この特異点……と言っては微妙なところだけど、とりあえずここの戦闘は弱体化の影響で大したことはないのだけれども精神的にものすっごい疲れる。おかげで思考回路と行動する気力が失われていき俺までぐだぐだな状態に……。もう名前も改名しようかな。ぐだ男とかに。

 

 自分でもわかるくらいに思考回路が世紀末っていると、どこからともなく物凄い偉そうな高笑いが響き渡って来た。それだけで、碌でもないやつが出てくるってわかってしまうからこの人の高笑いはすごいと思う。

 いやいやながらもその方向へと視線を向けてみれば、これまた無駄に美形な青年が金色の髪を後ろに流し、金色の鎧をガチャガチャ言わせながら現れた。

 

「フハハハハ!よく来たな雑種共!……我が名は黄金の国ジパングの主にして人類中世の英雄王、豊臣ギル吉!!黄金と言わず、茶器と言わず、全ての財は我のものだぎゃ!」

 

「これはひどい」

 

 俺は初見だけれども、何処か別の世界線で違う俺が戦ったことがあるようなないような感じがあるため、あれが違うとなんとなくわかる。元々の英霊の名前もギルしか入ってないし、ほとんど豊臣秀吉じゃないか。予想くらいは立てれるけどさ。英雄王とギル、財……多分ギルガメッシュだろう。

 

「ん~、なんとなくサルを思い出すのー」

 

「豊臣秀吉ってあんな人だったんですか……」

 

「絶対に違うと思う」

 

「勘違いするなよ雑種!この程度の泥で我が存在は揺るがぬ!此度は別件だ!」

 

「別件ですか?」

 

 どうやら豊臣ギル吉は何か頭にきていることがあるらしく、こうして出向いてきたらしい。しかし、全く以って心当たりがない身としては首を傾げるしかない。俺の疑問の代わりにマシュが彼に対して質問を投げかけてくれた。すると、豊臣ギル吉は形のいい眉毛を吊り上げつつ口を開く。

 

「忘れたとは言わせんぞ、我が財宝下賜の件だ!……満を持して宝物庫を解き放ったというのに……やれローマの方が太っ腹だの、やれ黒をよこせだのなんやので雑種の癖に好き放題ぬかしおって!………白とか黒とか、我だって欲しかったのだぞ!我はつらい……とてもつらい……だが、青ジャージ。貴様は要らぬ」

 

「Xェ………」

 

 こいつに拒否されるとか完全に地雷扱いだな。泣けてくる。俺もその名の通り、ヒロインとは思ったことないけど。

 

 ……しかし、話を聞いてみて思ったけれど、やっぱり身に覚えがない。ローマっていうのは多分ネロのことだろうけど、ネロからもこの豊臣ギル吉からも何か貰った覚えは全くないんだけれども………、

 

「なぜ、何故……我の十連には、唯の一人もやってこなかったのか……ッ!」

 

 ――――あの嘆きは俺にまんま突き刺さるんだが。特に第二特異点が終わった後、礼装祭りを体験した俺としてはとんでもなく。

 

「……あの英霊がどういう英霊なのか今一確信が持てないけれど、少なくともあのキャラは本来のキャラからブレまくっていることはわかるわね」

 

「数多のマスターが抱いている嘆きを代弁しているようにも見えます」

 

「少なくとも今ここでやることじゃないと思うんじゃが」

 

「だが、我はくじけぬ。手に入らないモノこそ美しい……。フッ、逆に考える健康法、というやつだ。いずれ来る記念のために力を溜めるのみ……。それまで、この国の黄金やら地味な茶器やらを集めて誰が真の王か知らしめてやろうではないか!」

 

 言っていることがもう無茶苦茶である。いったい何がしたいのか、何を言いたいのかさっぱりわからない。隣を見てみれば、マシュや所長だけでなく、どちらかというとあの豊臣ギル吉よりの沖田と魔人アーチャー(信長何某)までなんとも言えない表情を浮かべていた。

 

「先輩。あの人が何を言っているのかわかりませんが、とりあえずラスボスっぽいので倒しましょう!私そろそろ疲れてきました。別の意味で!」

 

「賛成」

 

 マシュの提案を飲み、全員がその場で戦闘態勢に入る。すると豊臣ギル吉はギャグっぽい顔を一瞬だけ引っ込めた。

 

「フン、日輪たる我に歯向かうというのか雑種。いいだろう。半兵衛、官兵衛、策を申せ!」

 

 だがその真面目な雰囲気は一瞬だけで、仲間を呼んだあとはすぐにそれは消え去った。後に残ったのは完全にギャグの波動に飲み込まれてしまった英雄王と彼が半兵衛、官兵衛と言って呼び出した、眼鏡で青髪の少年と、ピエロのような恰好をした紫色の不気味な男だった。

 

「策なんぞあるかこの馬鹿め。大体なんだこの低クオリティな世界観は!なってないにも程がある!ええい、二次元のものを三次元の映画にするなというに!」

 

「いやはやなんとも残念無念ですねぇ!しかし、まぁこういう機会ですし?同じ馬鹿なら踊らにゃ爆死とアジアでは申します。ここは一つ派手にはじけるとしましょうか!え?お前最近影薄くないかって?またまたまた!クリスマス仕様メフィストわんちゃんありますかぁぁぁぁぁあ!?」

 

「ありません!」

 

「というか、どっちがしゃべってんのかわかりずらい!そして、お前は今でも時たま見るよ!ガチャでな!」

 

 

―――――――――――――

 

 

「フハハハハ!!喰らうがいい!これぞ刀狩令で集めた数々の刀よ!」

 

「そのゲートの使い方間違っているだろ絶対!」

 

 腕を組み、高笑いをしている豊臣ギル吉の背後に現れるは黄金の波紋。しかし、そこから飛び出してくるのはどれも一流の宝具というわけではなく、可もなく不可もない幾つもの凡刀だった。

 英雄王と言えばあらゆる贅沢を尽くした王の中の王。あんな凡刀を持ってフハハと笑っているとは考えにくい……やはり浸食が進んでいるのか……?恐るべし、ぐだぐだ聖杯。

 

「愚か者め。貴様、これらが凡刀だと?否!これは、我が奪った武士たちの魂が籠った刀。同じ型は幾重にもあれど、傷の付き方、歪み方……それらはかつてそ奴らが戦った証であり、唯一無二のものである!」

 

「なんかすごい、いい感じのことを言いだした!?」 

 

 やっぱり、浸食は重症じゃないですかやだー。三倍とか必要ないくらいにどっぷり浸かっているじゃないですかやだー。

 

 ズドドドドとマシンガンの如く放出される刀。それを俺はいつものように槍を取り出して、くるくると自分の前で回しつつ直撃しそうなものをそらす。いくつか体をかすっているが、問題はない。これくらいなら魔力の消費が少ない回復魔術でも全快は余裕だからだ。

 

「ぬははははは!ここまで役立たずの名をほしいままにしてきた(不本意)わしじゃが、ここは一つ決めてやるとするかの!いくら、☆1ほどに弱体化していたからと言って、低鯖が廃産じゃないということを知らしめてくれるわ!」

 

 ここまで守られるのが常とされていた魔人アーチャーが、急に立ち上がる。そして、豊臣ギル吉に対して、腰に指していた剣を抜いた。

 

「本来は違うようじゃが、今はサル。しかも神性を帯びていると来た!ならば、大人しくわしの前に屍を晒すがよい!」

 

 大々的にそういった魔人アーチャー。

 その直後、すぐに変化は現れた。敵にいる豊臣ギル吉の背後にある刀を出している黄金の波紋と同じような風で、彼女の背後にも無数の火縄銃が出現したのだ。魔力の流れを見るにあれは彼女の宝具。……真名こそ明かしていないものの、恐らく、当時最強と言われていた部隊を打ち倒した、まさしく日本の歴史を動かした、その原点。

 

「三千世界に屍を晒すがよい……天魔轟臨!これが魔王の三千世界(さんだんうち)じゃ!!またの名を無限の銃製!!」

 

「エミヤ師匠に謝れこの野郎!」

 

 俺のツッコミもそこそこに、背後から現れた火縄銃が次々と発射されていく。それは当然俺達にも当然のごとく襲い掛かって来た。どうやら敵味方選ぶことのできない宝具らしい。豊臣ギル吉の刀を魔人アーチャーの銃に任せ、俺は跳躍、青髪の少年とピエロに向かって行き、吐血している沖田をぎりぎりで回収した後、マシュが構える盾の後ろへと避難した。

 

「あ、ありがとうございます。あのままだと私、完全にハチの巣になってました……」

 

「本当にきついなそのスキル……治せたりしないの?」

 

「スキルなので、消せないと聖杯からのお墨付きです」

 

「OH……」

 

 ごふごふと血を吐き出す沖田の血をぬぐいつつ、話を聞くと希望も何もない返答が帰って来た。なにこれ超泣ける。

 

「………近代兵器ってあそこまで強いのね……」

 

「別に近代じゃないですよ所長。確か火縄銃といいましたっけ?先輩」

 

「そう。連射性能は普通に現代のものに負けるけど、威力はかなり強い。ぶっちゃけ当たれば即死。鎧とかも貫通するから昔にしては破格な性能を持ってる。精度はもちろん現代には負けるけど、使いこなせる人は割といたらしいよ」

 

「「へー……」」

 

 魔術師というだけあって、そのくらい昔の武器なんかは知らないのだろう。マシュと所長が感心したかのように声を上げた。それと同時に外の銃撃も止んだので盾から少しだけ顔を出してみる。

 するとそこには既に金色の光となっている三体のサーヴァントがいた。三千世界つよい(確信)

 

「わし、神性特攻があるんじゃよ!そういった類の相手には負けんぞ。それ以外はしらん」

 

「すげぇ」

 

 相性がものを言うのは割といつものことなので気にしない。というか、とがってでもいいからこれは任せろ!というのがあった方が普通にありがたいわ。

 

「まさか……我が撃ち負けるとは………露と落ち露に消えし我が身かな……。ウルクのこともまた夢の中の夢……ウルクの民募集……中……がくっ……」

 

「よし、これで仕事は終わったな。竹中アンデルセンという名前の響きが面白かったので協力してやったが……馬鹿の阿呆笑いにはうんざりだ。大体日本という設定がまずわからん。どこかで頭の茹った尼に遭遇しないとも限らん。早々に退場するとしよう。……お前らも、適当なところで切り上げておけ。こういうことは真面目にやるだけ損だぞ」

 

 豊臣ギル吉は最後までおかしく、竹中アンデルセンと言った青髪の少年は疲れた表情でそんなことを言い残しつつ消えていく。次は最後に残ったピエロっぽい奴の出番だ。

 

「いやぁ、残念無念、それにしても童話作家殿は案外お優しいことで。我ながらどちらがしゃべっているのかわかりにくかったのですがそれはそれ……あなた達にはこの茶釜をプレゼントしましょう」

 

「これはどうもご丁寧に……」

 

「受け取らなくていいから!」

 

 素直に茶釜を受け取ったマシュ。その素直さはいいことだけど、むやみやたらにそういうのはやめましょう。危ないから。

 

「それにしても、極東の侘び寂び文化は実に興味深い。爆発する茶釜とは実にエキセントリックですな!それではご一緒にカウントダウン!!3、2、1……」

 

 ドカンまでは言わずに消えていくピエロ。それに対して、マシュは彼の言葉をまともに受けてしまったらしくおろおろと茶釜を持って慌てていた。近くに居る所長はそれはもう驚くくらいの速度で俺の背後に隠れた。見捨てるの早い。

 

「せ、せせせせ先輩……!どうしましょう!?」

 

「爆発はしないから大丈夫。膨大な熱量も感じないし、魔力も暴走したりしてない」

 

「仁慈の言う通りじゃ。爆発するのは松永のだけじゃよっと………ふむ、どうやらこの茶釜が変質した聖杯の核のようじゃの。うむ、これでわしの力も戻るし一件落着だの……」

 

 と、言葉ではそう言っている彼女だが、その身体からは魔力があふれ出ていた。それは力を取り戻したからということではない。攻撃的な魔力の流出。ついでに敵意を確認。

 

「アーチャー……さん……?」

 

「アーチャー……まさか!?」

 

「そうすべて我の思うがままよ………」

 

 

 聖杯を左手で扱いつつ、魔人アーチャーは先程の豊臣ギル吉に負けず劣らずな高笑いを披露する。

 

「ふはははは!!今までご苦労じゃったなお前たち!」

 

「………(無言の槍召喚)」

 

「此度はわしの思うが通りにことが進んだわ!」

 

「………(無言の魔力充填)」

 

「十二体のサーヴァントの生贄、そして力を取り戻したわし!最後に聖杯の力を使って貴様らの世界に乗り込んでくれるわ!」

 

「突き崩す神葬の槍」

 

「なんじゃとぉ!?」

 

 ちっ、回避しやがったか。いつもの如く面倒くさい前口上をたらたらと垂れていたら速攻であれこれしてやろうとしたのに。

 

「普通、何の話もしないで攻撃するかの!?しかも、さっきまで一緒に戦ってきたあいてじゃぞ!?」

 

「前回、俺は師匠と兄弟子を自害させましたが?」

 

「この人でなし!」

 

 あんたも似たようなもんだと思うんだけど。人の頭蓋骨使ってコップにするとか流石に引くわ。

 

「ま、まぁ良い。とりあえず貴様らはこの第六天魔王織田信――――」

 

「自己紹介はさっき聞いたんでいいです」

 

「えっ?何で知っているのじゃ!?」

 

「さっきお昼ごはん食べたときに勝手に自分でバラしてたじゃないですか」

 

「え、何してんのわし」

 

「ふっ、馬脚を現したな!」

 

「この声は……!」

 

「そう、わしじゃ!」

 

 ――――――ぐだぐだが極まってきました。現在の状況。何故か分裂する魔人アーチャーあらため織田信長。この段階でもう相手するのが面倒くさくなってきましたよ。というか俺もう面倒くさいしか言ってないまである。

 

「信長さんが二人!?」

 

「ぐだぐだが極まってきましたねー」

 

「………もう正体とかどっちが本物だとかどうでもいいからどっちも平等につぶせばいいんじゃないかな」

 

「その手がありましたか!」

 

「「えー……」」

 

「しかも、俺ら的にはいわゆる偽物?の方のノッブの方が敵を倒したし役に立っているんだけど……」

 

「マジで!?」

 

 衝撃の真実に思わず仰け反る本物(仮)のノッブ。

 うん、入れ替わったタイミングはおそらくさっきのお昼で花摘みに行ったタイミングだろう。そうなると、やっぱり、偽物の方が役に立っていることになる。

 

「ぬはははは!これでどちらが必要とされているのかわかったであろう!」

 

「いや、お前もこっちに来るっていうなら潰すから」

 

「なんじゃと!?……えぇい!ならば、わしが逆に貴様らを潰してゆっくりと征服してくれようぞ!いざ―――――――――三界神仏灰燼と帰せ! 我が名は第六天魔王波旬、織田信長なり!」

 

 そう、彼女が唱えると、俺たちが今まで居たローマのような街並みの大坂に勢いよく燃え盛る炎が出現したのだった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 見渡す限りの炎。

 奥には寺のようなものが燃やされており、織田信長が出したということにどこか意味を感じさせる。本能寺かもしれない。

 

「ふはははは!!いくら仁慈と言えど、神をも殺す我が力にはかなうまい!そのまま跪け!」

 

「皆の者、騙されてはならぬ!神をも殺すのではなく、神しか殺せぬなのだ!ぶっちゃけわし相性ゲーしかできないのじゃ。敵が神なら無類の強さを発揮するがそれ以外にはそこまで有効な攻撃は出来ん!さぁ、力を合わせて戦うのじゃ!」

 

「神殺し特化と来たか……だからさっきの豊臣ギル吉にあんなに刺さったわけか」

 

「関係ないわ!とくと味わえ、魔王の三千世界を!」

 

 敵のノッブの言葉と共に先程は敵に向かっていた銃がこちらに標準を合わせている。そこで俺はマシュにアイコンタクトを送った。彼女もしっかりと意味を理解してくれたのかコクリとうなずいてから盾を構えて、宝具を展開する。

 

仮想宝具 擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 久しぶりに登場したマシュの宝具。盾を基点として記された魔法陣はしっかりと敵の攻撃である三千世界を防いでいく。こちら側のノッブが言っていた通り、神格もち以外にはそこまで有効的な手段がないらしく、マシュはまだまだ余裕を持って銃弾を防いでいた。

 

「ところで貴女は使えないんですか。あれと一緒のやつ」

 

「できんことはないが……威力が全然違うんじゃ。普通に押し切られるぞ?なんて言ったって、ほとんどの力を持っていかれてしまったからの」

 

「………俺が、魔力と強化魔術を使えばどうよ?」

 

 同じ宝具をぶつければ何とかなるんじゃないかと思い、俺はそう提案する。すると、ノッブは少しだけ考えた後、何とかなるかもしれないと答えた。

 

「よし、じゃあ仮契約だ」

 

「……わしがいうのもなんじゃがいいのか?ほとんど力がない故、わしが使う力のほとんどをお主に依存することになるんじゃぞ?」

 

「問題なし」

 

 ここでサクッと仮契約を交わすと、ノッブに全力で魔力を回す。すると、彼女はおぉ……?といった感じの反応をしつつも、自分の手を握ったり解いたりしていた。どうやらそれなりに力が戻ったようだ。

 

「ふむ……☆4ってところかの……。マスターの魔力で回しているにしては破格な性能じゃ。これなら、行ける。……わしこそが真の第六天魔王、織田信長也!」

 

「……マスターに依存する第六天魔王(ボソッ」

 

「静かに」

 

 余計なことを言う沖田の口を人差し指で塞いだ後、三千世界の処理をノッブとマシュに任せると俺と沖田は別口から本体へと近づいていく。

 

「沖田ってワープ使えるんだっけ?」

 

「縮地を少々」

 

「なるほど」

 

 彼女たちの会話を聞いていた俺は、ノッブが縮地うざいと言っていたことを思い出した。であれば俺もそれを利用しない手はない。

 先程だした突き崩す神葬の槍を一度しまい、いつぶりだったか忘れたレベルで久しぶりの刀を取り出す。忘れているかもしれないが、刀を握っていると縮地を使えるようになるのだ(地味設定)

 

 刀を持って、沖田と一緒に尋常ならざる速度で敵ノッブに接近する。

 

「私が先行します。恐らくあなたの接近までは予想してないはずです。……縮地使えるとか私も初めて知りましたし」

 

「言ってないからね。仕方ないね」

 

 と言いつつ、ノッブの背後を取った俺達。

 まずは打ち合わせ通りに沖田が敵ノッブに襲い掛かった。

 

「一歩音を越え、二歩無間、三歩絶刀!――――――無明、三段突き!」

 

「ぬっ!?お主がその技を成功させるとは珍しいの!」

 

「ここで失敗したらアレですよ。………しかし、どうして普通に立っているんですか」

 

「どうやら、ここの世界ではわしの方が相性がいいみたいだの。人斬り」

 

「そうですね。私だけでしたら、ですけど」

 

「なぬ!?」

 

「はーい、私です」

 

 テンションがおかしくなりつつ、刀を引っ込めて取り出していた槍を構える。そしてそのまま呆けた顔のノッブの胸にそれを突き刺したのだった。

 

 

「お、己……常識的に考えて、ここまでマスターが前線で戦うとかありえんじゃろ……しかし、わしは死なぬ。何度でも蘇るさ!貴様らが大地への感謝を忘れたときとかな!」

 

 

 最期のセリフがこれである。なにはともあれこれで真に終了したといことでいいのだろう。

 敵であったノッブが消えたことによりこの燃え盛る風景も消えてきているし。ついでに言えば彼女たちも消滅し始めていた。

 

「ふはははは!これでわしも真の力を取り戻した。貴様らご苦労だ――――――「槍投げどーん」――――ぬわーーー!?」

 

 

 これ以上の面倒事を増やそうとするノッブに槍を投擲、見事に回避された。やめて!ただでさえこれ以上ないくらいにぐだぐだなのにここでまた戦いに入ったら俺の精神が燃え尽きちゃう!

 

「というわけで、余計なことをせずに素直に消えてくださいお願いします」

 

「超丁寧!?」

 

「なんか、本当に申し訳ありませんでした……。そしてお世話になりました。今度は是非、私たちの世界に遊びに来てください」

 

「え?このぐだぐだが常に展開されている世界にですか?」

 

「違いますから!今は大戦の真っ最中ですから、しっかりとシリアス出来ますから!」

 

「えー……」

 

 にわかには信じがたい。

 

「そういう視線を送るでないわ。それにしても、本来交わることのない世界じゃったとは言え、お主たちのことは気に入った。どちらも破天荒……実に良いことじゃ!もし、わしを召喚するようなことがあったら、第六天魔王の力、存分に振るってやろう!」

 

「私も、この剣を仁慈。貴方に捧げましょう」

 

「呼べたら、その時はよろしく頼むよ」

 

 どうせ呼べないだろうけど。

 

「さようなら信長さん、沖田さん!お昼のたくあんは美味しかったです!」

 

 ニコニコと最後は笑顔で帰っていった二人、実にぐだぐだなものだったけれども、最後はなんだかんだ言って丸く収まったんじゃないだろうか。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

「お、帰って来たの仁慈、マシュマロサーヴァント!わしじゃ!」

 

「デミ・サーヴァントです。さっきまで普通でしたよね!?」

 

「というか何でいる?」

 

「普通に来れたぞ。一人で」

 

「所長。カルデア、ガバりすぎじゃありませんかね……」

 

「………ダ・ヴィンチと一緒に対策を考えておくわ」

 

 

 帰ったら、さっき別れたノッブがカルデアに居座っていたでござる。どうやら彼女は自力で召喚されたようだ。清姫と同じタイプか。

 ………まぁ、彼女は神性特攻を持っていて神にはめっぽう強いらしい。織田信長ってこともあり、奇襲とかその辺の作戦には文句を言うことはないだろう。……あれ?結構相性がいいのではなかろうか。

 

「……うん。今思い返してみれば、普通に相性がよさそうだし、よろしくお願いします。――――――ただ、毎日俺に爆撃は仕掛けてくるなよ?」

 

「うむ。些か早い再会で若干格好がつかないというか、ぐだっているが、是非もなし。爆撃に関しては保証しかねるが……一つよろしくの!」

 

「爆撃したら自害な」

 

「慈悲もなし!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぐだぐだの癖に、意外と文字数があるというね……是非もなし。


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師匠登場!?仁慈(と兄貴)が死んだ!この人でなし!
魔境の主


ついにやってきた師匠登場回。



 

 

――――――――地獄というのは、まさにこのことを言うのだと思った。

 

 

 ある日、自宅にて俺は家の人から課せられていた槍の修練を行っていた。槍を突き、重心に気を付けつつ振り回していると、いつの間にか絶世の美女ともよべる人物が隣に居た。まぁ、その恰好は黒い全身タイツという今考えたらこの人やばくね?若干痴女入ってってね?という感じであったが、当時の俺はその美しさにそんなことを思っている余裕なんてものはなかった。

 ……どこから現れたのかわからない女性であったが、彼女はしばらく周囲を見渡した後、俺の顔に視線を固定した。俺が色々な意味で呆然としている間にその女性は俺の方へと向かって来て言ったのだ。

 

「お主、私の下で槍を振るってみないか?拒否権はないがな」

 

「…………じゃあ、何で聞いてきたんですかね」

 

 当時の俺はそう返すのが精一杯だった。

 そこから俺が言う槍師匠、クー・フーリンこと兄貴曰くスカサハ師匠との修練が始まったのである。

 彼女の修練は半端なものでは全くなかった。ついでに容赦という言葉をどこかに忘れていたような感じでもあった。次々と自分に襲い来て、薄皮を掠めていく深紅の槍。どこだかわからない場所に飛ばされてからのサバイバル……からのどう考えても魔獣の類の連中との一対一。それらに何の準備もなしに突っ込まれた身としては幾度となく死を覚悟したものである。と言うか、我ながらよく死ななかったと思う。だが、現代で馬鹿みたいに死にそうな経験を積んだおかげで俺は一週間という短期間では考えられないくらいには強くなることができた。それでもあの人にとっては手慰み程度のレベルらしいが、なんとかそこまでたどり着いたのである。ぶっちゃけ、その後に待ってた仮免許試験的なものが最大にして鬼畜な試験だったんだけど、そこは大体予想もつくだろうし省略しよう。

 少なくとも、俺の人生の中でもそんな地獄を身近に感じるような時があったということだ。

 

 

 ……さて、問題はどうしてこんなことを急に語りだしているのかということだろう。もちろん今の回想には意味がある。むしろ関係がないのであればこんなこと思い出そうとはしない。

 

 現在俺が立っているのは燃え盛る炎の街の中。多分だけど一番最初の特異点Fこと冬木だと思われる。これだけなら別に問題はないのだけれど、俺はそもそもレイシフトをした覚えがないのだ。寝ている隙をついて誰かが送りだしたという線もない。そもそも近づかれたら俺が気づくしそれに。

 

「……先輩?」

 

 ここには既に戦闘態勢を整えているマシュが居るのである。当の本人もどうしてこのような場所に戦闘準備が済んでいる状態で佇んでいるのかわからないという顔をしていた。あの戦闘態勢だけは外部からの干渉じゃどうにもならない部分だと思うのでレイシフトの可能性も殆どないと言っていいだろう。

 となると、心当たりが一つしかないのだ。その心当たりというのが先程の回想に繋がってくるのである。最も、もし本当にあの人がやったというのであれば、どうして俺だけではなくマシュまで招いたのかということになるのだが。

 

「えっ……あれ……?私は先程まで薬を飲んでベッドに……?えっ?」

 

「まぁまぁ、一旦落ち着こうかマシュ。はい深呼吸してー。大丈夫、こんなような事態には慣れてる。超慣れている。もはやプロ」

 

「すぅー……はぁー………。すみません、少々取り乱しました。……それにしても、流石ですね先輩。説得力が違います」

 

「まぁね」

 

 無駄に胸を張っていった俺に若干引き攣りながらもそんな言葉をかけてくれたマシュ。本当にいい子。

 マシュの表情と言葉に傷つけられ、癒されつつも俺は周囲の建物などを強化した視力で見渡していく。魔力強化によってアーチャーばりの視覚補正を手に入れたその眼で見てみると、どこまでも燃え盛る冬木の街並みが広がっており、実物というわけではなさそうだった。それに加えてカルデアの通信機がつながらないどころか起動すらしないときている。これらのことから、断言こそできないものの、レイシフトで送られた可能性は低いとみていいだろう。

 

 そして、それと同時に冒頭で考えた槍師匠の仕業と言うこともよくよく考えてみるとないという判断を下した。あの人ならこんな面倒なことをする前に影の国へと引きずり込んでそこに住む魔獣と戦わせるか、本人が直接現れてくるはずだからだ。

 

「あっ、先輩。もしかしてこれはサーヴァントとマスターが視るそれぞれの記憶の断片ではないのでしょうか?私の記憶が正しければ、最後に意識があったのは自分のベッドの上ですから……その可能性は十分にあるかと思われます」

 

「マスターとサーヴァントってそんなものも見るんだ……。しかし、今回に限ってはどうなんだろう?目の前にある炎は普通に熱いけど」

 

 サーヴァントの夢を見る……それが彼らの人生の体験であれば炎を熱く感じることはあるかもしれない。が、どれだけ推測をしようとも、結局は唯頭で考えただけ、ヒントも何もないとまではいかないものの、かなり少ない中で正解なんてたどり着けるはずもなく俺たちは適当にそこら辺を探索しようとマシュに提案をする。

 

「とりあえずここら辺を探索してみようか」

 

「はい」

 

「それじゃあとりあえずこっちにk――――――っ!?マシュ、下がれ!」

 

「―――――――――ッ!」

 

 しかし、もはやお約束と言わんばかにり会話を振り払うかのようなタイミングで深紅の槍が飛来する。マシュは俺の言葉にすぐ反応したこともありすぐにバックステップを踏んでいたため、傷一つ負ってはいなかった。このまま彼女の方に向かうかと思いきや、なんと槍たちは俺に標的を絞ったのかおかしな軌道で進路を変更すると俺に対して一気に飛来した。

 俺は何処か不安に思いつつもルーンを発動する。するといつもの如く四次元鞄から神葬の槍を召喚することに成功した。OKいい子だ。

 

 どうやら武器の類は取り出せる世界らしい。余計この世界に関する疑問を募らせつつ、第一撃として、一番近くまで来ていた槍を弾く。そしてその弾いた槍がまた別の槍を弾いて連鎖的に飛来してきた槍を全て叩き落とす。だが、それだけで安心するようなことはしない。これを行った人物はこの程度で姿を現したり、攻撃を中断するするわけがない。絶対に追撃をかましてくる。むしろ気を抜けば命を代償に持っていかれてしまうことになる。

 

 少々間をおいて、思っていた通り再び深紅の槍が降り注ぐ。その量は先程のものを遥かに凌ぐ量だ。だからこそ先程と同じような行動を取りつつ、それでも取りこぼした槍は空いている左手でつかんで別の槍に対して振り下ろす。平行して槍に魔力を

込めて侵食を果たし、俺の魔力で満たされたその槍を振り注ぐ槍の群れに向って投擲する。そして、

 

「壊れた幻想!」

 

 自分に対して飛来してきた槍を特攻させてその大軍をやり過ごす。もちろんこれで終わりじゃない。神葬の槍を右側に向かって思いっきり振るう。すると、先程まで影も形もなかった槍が飛んできていた。

 

「せ、先輩!?大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫大丈夫!むしろこれは、逆に手助けしたらやばい。助けられたら死ぬ。俺が」

 

「えぇ!?」

 

 両目を見開いて驚くマシュ。そのリアクションと表情は当然なのだが、残念なことにケルトに常識なんぞはないのである。

 そんなこんな考えているうちにどうやらウォーミングアップが終了したのだろう。俺の目の前に黒い全身タイツのような服を着用した美しい女性が現れた。彼女こそ、俺に槍を教えてくれた師であり、兄貴ことクー・フーリンの師。影の国の女王、スカサハである。このことを知ったのはつい最近だけど。

 

「今回のことは師匠の仕業ですか?」

 

「開口一番随分な挨拶だな仁慈。このような場に招くようであれば、私が直接出向いていく。………今回は妙なことが発生しているということに気づいてな」

 

「ですよね」

 

「安心するといい。お主も、マスターとして人理復元に一役買っていることはわかっている。流石に命を奪うようなことはしない。……腕の一本や二本は持っていくかもしれないがな」

 

「流石師匠。容赦のよの字も感じられない」

 

 はぁ……と溜息を俺が付いたと同時に師匠はその場から音もなく姿を消した。そしてすぐに俺の左斜め後ろへと姿を現す。相変わらず無茶苦茶な速さである。自分の周囲に槍を出現させながら向かってくる師匠に対して、俺もエミヤ師匠からもらっていたゲイボルクを召喚して地面へと突き刺す。

 師匠は接近と同時に彼女の周りにストックされていた槍を射出した。それに対して俺は地面に突き刺したゲイボルクを地面から引っこ抜いて宙に浮かせるとそれをそのまま蹴り放つ。師匠の槍をそれで処理したのちに、本命である師匠本人の槍に俺の神葬の槍をぶつけた。

 

 無表情ながらも美しい師匠の顔が目の前に現れる。何も知らなければ見惚れてしまうような容姿だが、中身を知っている身としては恐怖を感じられずにはいられなかった。

 

「ほう。私の顔を見て表情を引きつらせるか仁慈よ」

 

「滅相もございません」

 

 師匠の力がこの所為か強くなり思わず後方へと倒されてしまう。このままでは地面に倒れてそこを突かれてボロボロにされるためにとっさにバク転へと移行。地面に転がるのを防ぎつつ体勢を立て直そうと試みる。

 だが、師匠がそんな隙を逃すはずもなく、一歩踏み込んでくるものの、バク転で足が地面から離れる瞬間に蹴りを放ち師匠の握っていた槍を叩き落す。

 それと同時に持ち直した俺は先とは逆に俺の方から彼女の懐へと潜り込んだ。

 

「はああああ!!」

 

「………」

 

 全力全開。殺す気で突きを放つ。何度も言うようだが、手加減をした瞬間に死ぬのは俺の方なのだから。

 

 我ながら今までで一番早い突きだったと自負できるのであるが、結果ははずれ。どうやら師匠は魔境の叡智を発動していたらしい。

 ぬかったと心の片隅で反省しつつ、頭を切り替えて再び彼女の気配を感じたところへと槍を突きだした。するとそこには俺の喉元ギリギリで槍を止めている師匠の姿が。

 

「………あれから反応するか。先の攻撃に引っかかったのは減点だが、最後のこれだけはよいぞ。これからも精進せよ」

 

「わかってます。さぼったらその時点で串刺しにされそうですしね」

 

 実際、時々夢の中に乱入してくるんだ。それも俺がしくじったタイミングで。このことから彼女が時々俺のことを監視していることがわかる。監視とまでも行かなくても俺の状態を知る何かがあるのだろう。そんな状況の中、修練をさぼってみろ。死ぬぞ。

 

 内心で戦々恐々としていると、今の今まで黙っていたマシュがおずおずと手を上げた。かわいい。

 

「あの………すみません。少し質問よろしいでしょうか?」

 

「そうだね。色々と聞きたいことがあるかもしれないし、とりあえず簡単に説明しておこうか?」

 

 




スカサハ「仁慈よ。もっと強くなれ。もっともっと、私を殺せるようになるまでな」
仁慈「ヤダこの人超怖い」


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ケルトってなに?ためらわないことさ

前回は誤字がひどすぎて申し訳ありませんでした。
修正してくださった方、報告してくださった方ありがとうございました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えええぇぇぇぇえ!!??」

 

 マシュ、絶叫。ついこの間起きた、無駄にぐだっている二人組と行動を共にした時を超える位には絶叫している。不謹慎ながら、普段物静かな子が超驚き顔で叫ぶのは可愛いと認識できるくらいには物凄い驚きようだった。仕方ないね。なんて言ったって師匠は有名だもの。日常の中からちょくちょく答えは出てたけど。俺も正体はカルデアに来てから初めて気づいたけど。

 

「まぁ、そういう反応になるよね」

 

「……お主、この娘にいったい何を吹き込んだ?ことと次第によってはこの場でお主の修練をしてやってもいいのだぞ?」

 

「ステイ師匠。俺は事実しか言ってない。ウソイツワリナドアロウハズガゴザイマセン」

 

 だからその刺し穿つ死翔の槍を仕舞ってくださいお願いします。

 

「どうして先輩はそう落ち着いていられるのですか!?スカサハですよ?神霊級とも言われている神殺しの超人。ケルト神話、特にアルスターサイクルとして知られる一世紀ごろに逸話を残した人物です。冥界に相当する超常の領域の支配者にて、私たちもお世話になっている大英雄クー・フーリンの師として知られている無双の女戦士、同じくして大魔術師でもあるのですよ!?」

 

「………そういえば、マシュの前で師匠の話はしなかったな……」

 

 俺が師匠の話をするときは、大体兄貴と二人で槍を交えている時であり、その内容はあの人やっぱりおかしいよ……的な愚痴が殆どだった。マシュも加えて兄貴と修練したときもあるからてっきり知っているかと思ったけれども、その時は愚痴を出すことはしなかったみたいだ。

 

「でも、おかしいです先輩。今の彼女からはサーヴァントに似たような反応も

感じることができます。しかし、スカサハは英霊の座に登録されていません」

 

「ん………?あぁ、そうか。師匠は本来死ねないから、死後登録される英霊にはなれないのか」

 

「ふむ。そこの娘……名前は確かマシュと言ったな。正解だ。点数をやるぞ。そうさな………やや、早口だったのが惜しい故、星三つだ!」

 

 マシュに視線を向けて先程の解説に対して点数をつける師匠。するとマシュは先程すごい勢いで話したのが恥ずかしくなったのか、顔を赤くしながらお礼を言った。尊い。普段から、ヒロインXやタマモキャット、清姫にエリザベート(かぼちゃ)最近加わった信長そして目の前の師匠というエキセントリックな女性たちとしか関わる機会がないので、ブーディカさんやマシュのような存在は貴重だ。主に俺が女性に対する不信感を抱かないために。彼女を見ることによってやはり、あの人達がアレなのだと再認識することができるのだ。

 

「お主の場合は、静かに語った方が効果的だ。何事も内に潜め、静かに燃える炎であるがいい。……っと、これは私の悪い癖だな。仁慈、それにマシュよ。今回は故あってこうして姿を見せた。この夢で起きていることを終結させるために、な。そら、こたびの異常……その根源、人ならざるものが姿を現したようだぞ」

 

 師匠の言葉と同時に視覚に黒い靄のようなものが現れる。それと同時に敵の魔力も感じることが可能となった。その黒い靄は何処か見覚えのあるような人型になっている。まぁ、どんな奴が相手だろうと、たとえ近くに師匠が居座り、こちらを穴が開くくらいに見つめて居ようともやることは変わることはない。敵なら倒す。いや殺す。

 

「先輩。目視と同時に姿を確認できました!敵、接近中です!」

 

「向かってくるならやることは一つ。迎撃を開始しよう」

 

「了解です。……迎撃戦闘開始します……!」

 

 盾を構えて黒い霧を見据えるマシュ。俺も、四次元鞄を通じて神葬の槍を含めて合計六本の槍を呼び出した。そして、神葬の槍を手に取りほかの槍を地面に突き刺して迎撃の準備を整えた。

 

 しかしここで予想外のことが発生する。こういったことには基本的に介入することのない師匠が、トレードマークとも言っていい紅い槍を持って俺たちの隣に立った。

 

「よっと……!さて、仁慈。私にも一席用意してもらおうか」

 

「わっ、スカサハさん……!?」

 

「珍しいですね師匠がこうして介入してくるなんて。普段ならこの程度自分の手で振り払ってみせよ、くらいは言うかと思ったんですけど」

 

 実際、一番初めにサバイバルへと駆り出され、魔獣と戦わされたときはこの程度自分で対処しろ的なことを言われた気がする。

 

「なに、ほんの気まぐれだ。このように肩を並べて槍を握ったことはなかったからな。長く生きていると、何かと刺激が必要になるものだ。……では、戦いだ!まず戦う。考える前に戦う悩み惑うは戦の後、生き残った生者の特権よ。故に戦え、戦え、戦って勝ち取れ!それがケルト流だ!」

 

「フハハハハハ!相変わらずケルトは世紀末だぜ!」

 

「先輩!?」

 

「あ、マシュは気にしなくていいよ。うん、そのままで居てくれ」

 

 彼女がこのノリに染まってしまったら俺は死ぬ(精神的に)

 とまぁ、こんなことがありながらも俺たちはその靄と激突した。

 

 

 

 俺が対峙した靄はまさかの師匠である。

 黒い靄で形作られているものの、その槍や外見は正しく俺の隣で槍をブンブン振り回している師匠と瓜二つだった。マジか。

 

 師匠(靄)は一直線に俺の方へと近づいてくる。彼女のトレードマークと言える紅色の槍は靄の所為で黒くなっているが、その太刀筋は俺のよく知る師匠と同じものであった。その攻撃を神葬の槍で防ぎ、近くにあった槍を引っこ抜いて黒い靄の師匠に向かって突き出す。

 それに対して師匠(靄)は魔境の叡智で対抗。その姿を消したのちに、背後に現れる――――

ことはなく上空へと移動していた。そうして同じく黒い靄を纏った槍を雨のように降らせる。すると対抗する手段は自ずと限られてくるのだ。左腕に持っている普通の槍を投擲、ここ最近お世話になりっぱなしの壊れた幻想で一瞬だけ間をあけさせる。その間に身体強化と魔力放出を利用して駆け出し、一瞬で師匠(靄)の背後を取り、踵落としを喰らわせる。

 一応攻撃を受けたものの、手ごたえはそこまでではなかったが、地面に叩きつけることはできた。追撃として神葬の槍を投擲する。そして、

 

「―――――喰らえ!」

 

 真名開放ができるようになってからやらなくなった科学の側面を押し出す。ダ・ヴィンチちゃんの改造した部分を使って俺の魔力を増幅、爆発させる。周囲を巻き込まないようにはしているが、そこそこの範囲爆発させた。

 

「仁慈。その槍の件で後で話がある」

 

「OH……」

 

 さりげなく近くに居た師匠から耳打ちされ冷や汗を流しつつも、俺は更に追撃をするために爆心地の近くに槍を構えて突っ込む。重力と魔力放出による後押しによって莫大な破壊力を含んだ槍を突きたてるが、師匠(靄)はそれを難なく回避した。くっそ唯の偽物って感じじゃないのが更にむかつく。

 そして何よりもあれなのが既にマシュと師匠が戦い終わっているということである。なに?俺のだけ?こんなに強いの。

 

「マシュにはあの靄がどう見える?」

 

「それは今まで戦ったことのある相手、主にスケルトンやゴーストなどでしたが……スカサハさんは違うのですか?」

 

「いやもう、唯の煙かモヤよ。なんせ死なんてものを明確に予感したことは一度もないのでな」

 

「では、先輩が戦っているのは……」

 

「仁慈のあの戦い方、表情、筋肉の動きからして相手は私だろうな。あやつにとって明確に死を感じる相手とはどうやら私のことらしい。フフフ……また、話すことが増えたな」

 

 なんで知らないうちに死亡フラグ的なものが立っているんですかね。今の僕には理解できない。

 

 考えつつも、意識の大半は目の前の師匠(靄)をどう倒すかということに注がれている。奴がこちらの想像に左右されるような存在であれば俺の考えようによって弱体化する可能性があるが、残念ながら俺の記憶に刻まれた師匠は全く以って弱体化しない。むしろ考えれば考えるほど勝てる気がしなくなってきている気すらする。あれ、詰んでない?

 

「はぁー………すぅー………よしっ」

 

 逆に考えよう。

 俺だって今まで戦闘経験を積んできた。普通なら在り得ない、古今東西の、時代すらも越えた英雄たちと激突してきたのだ。それらを信じれば己の中にあるトラウマという名の師匠も越えることができるはず。

 

「――――――フッ!」

 

 やることは、単純。

 想像上とは言え、あれは師匠だ。打ち合いになれば十中八九負ける。なら、どうするか?人間なら人間らしく、卑怯卑劣な手を使ってでも勝利をもぎ取らければならない。それこそが人間であり、弱者の立場に立たされているものにできることなのだから。

 

 四次元鞄から、エミヤ師匠に投影して貰った残りのゲイボルクを全て取り出して、師匠に投擲し俺もそれに続くように彼女に近づいていく。そして槍と俺が師匠と接触する直前、壊れた幻想を発動させる。

 それと同時に俺は身体能力と魔力放出を自分の身体が耐えることができる限界レベルまで引き上げて、更に爆発の勢いを受けて加速する。

 

 自分でも知覚できないほどだったが、それでも何とか自我を保つと、左手に持っていた強化だけを施した普通の槍を地面に刺してこれを基点に体を回転させる。そして、師匠(靄)の影を背後から奇襲した。

 

 

――――そうこれこそが俺の最大の武器。正面から戦うこともできる。条件が揃えばそれで戦いを優位に進めることもできるだろう。しかし、俺にとってはこれが一番手っ取り早く確実なのだ。人外殺しの槍を手に入れたのであれば尚のこと。少なくとも今俺が身を置いている環境下で人間というのは物凄く少ないのだし。

 

 

 師匠(靄)の背中から胸にかけて俺の神葬の槍が貫通する。本来ならこれで死ぬかどうかも怪しい彼女だが、そこは靄ということだからだろう。そのまま霧散して消え去った。

 靄の気配と魔力反応の消失を確認した俺はその場で息を吐くと今まで使っていた槍を全て四次元鞄に収納した。投影ゲイボルクのストックがなくなったし、そろそろエミヤ師匠に補充を頼まなければいけないかもしれない。

 

「ところで、師匠。あれは何だったんですか?」

 

「なんと説明したらよいのやら……そうさな、簡単に言えば、あれらは死にさえ置いて行かれた残骸共。こうして浮かび上がっている街も、今戦った連中も、お主たちが人理を守らんとして戦った時に見た死だ」

 

「見放された……ねぇ……」

 

「でも、どこからそんなものが?」

 

「別にそれらはお主の中から湧き出たものではない。これらの原因はすべて外的なものだ。これがまっとうな滅亡なら冥界が死で溢れかえるだけで済む。だが、人類焼却はその死すらも焼き尽くす偉業だそうだ」

 

 感心するように、しかし何か思うことがあるような声音でそう口にした。

 けれどもぶっちゃけよう。なにを言っているのか全然わからない。

 

「師匠。結局、これの原因と今の状況は何ですか?」

 

「ふっ、教えを乞うだけでは解決などしないぞ?だが、このようなことを理解せよというのも少々酷だな。答えてやろう」

 

 なんで若干楽しそうにしているんですかね。さっきのマシュに対する点数付けの時も思ったのだが、段々と人に槍や戦い方を教えているうちに楽しみを見出すようになったのだろうか……。

 

「今お主たちには先に言った溢れた死に置いて行かれし残骸が居座っておる。ここにな」

 

 そういって師匠は自分の胸に手を当てた。それにつられてマシュも自分の胸に手を当てる。

 

「と、言ってもお主のマシュマロの中じゃないぞ。その内側(こころ)にだ」

 

「!?」

 

「既に侵食済みってことですか」

 

「そうさな。お主でもこれに対応できなかったようだな……フフッ、巷では散々な物言いをされているようだが、やはりお主も人間だったようだな」

 

「貴方にだけは言われたくない」

 

「せ、先輩?どうして、いつも通りなんですか?私たちは……」

 

「大丈夫、大丈夫。このくらい日常茶飯事。寝てたら死にかけるなんて普通だから(白目)……それに、今までどれくらいの英霊たちを相手に大立ち回りしてきたか思い出してみなよ。特にヘラクレスとヘクトール。あれらに比べたらわけのわからない残骸の十万や二十万くらい余裕だって」

 

 ヘラクレス十二回殺せって言われた方がよっぽど絶望感あったわ。俺の残骸は師匠(靄)っぽいけど、一度そいつを経験したことにより何とかなりそうだし。……後から師匠(真)にぼこぼこにされて再びトラウマ刻まれそうだけど。

 

「……そうですね。なんだかんだね、何とかなりましたしね。今までも」

 

「そうそう」

 

 ま、強引になんとかなった結果を引き寄せたって感じだけどな。とりあえずマシュが安心しているのであればそれでいい。

 

「方針は決まったようだな。では、往くとしようか」

 

「あ、本気で来るんですね」

 

「当たり前だ。お主たちを生かすためには私もいた方がいいだろう。それに、死にたくても死ねないということのどうしようもなさを、私は知っている。――――ならば、私が救うしかないだろう。神が救わぬならばな」

 

「で?本心は?」

 

「失礼な奴だな。これも本心だ。しかし、そもそも挑まれたら断る理由もないということも一因ではあるがな」

 

「ですよね」

 

 助けるだけ、という理由では決して動かない人ですよね、師匠は。

 それでは行くぞと先行する師匠。彼女に対して圧倒されたように固まるマシュ。そんな彼女たちの間に立ちつつ、俺たちは燃え盛る街を歩くのだった。

 

 

 

 

 

 



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あるべき姿へと

エリザベートちゃんイベントが再び……今度はキャスターじゃなくてセイバーなのでしょうか……。

>何度も出てきて恥ずかしくないんですか?


 

 

 

 

 

 

 

「………つまらん」

 

「いや、つまらないってあなた……」

 

 轟々と燃え盛る炎。それは現実とも言えない世界の中に在っても肌を焼くような感覚を俺の脳内に送り付けてくる。どうやらこの光景を俺たちの中から引っ張り出して見させている連中は相当にキているらしい。だからと言って俺とマシュに当たられても困る。どうせならこれを起こしたであろうソロモン(仮)にしてほしい。どんな理由にせよ多分そいつの行いが死をも焼却する偉業とやらまで昇華したのだと思うし。っと、そんなとこよりも今は師匠の方をどうにかする方が優先度は高い。この人なら俺たちのわからないところでアクセルを踏み倒して暴走する可能性がありまくりだから。

 

「お主の槍のことは後々じっくりと話し合うにしても、本当につまらん。襲い掛かってくる黒い靄は私にとって唯の靄。先程まで私と重ねていた仁慈の靄も雑魚にかわりおったしな………自分で自分の意識を弄ったな?」

 

「そりゃ、向かい来る大量の師匠を相手にするわけにはいきませんから」

 

 いくら相手が靄だろうと。いくら相手が俺の小さいころに見たスカサハ師匠の再現だとしても、いくら彼女ほどの叡智と戦闘経験を持っていなくても、普通の相手なんかよりはよっぽど強力だ。それが物量を伴って襲い来るだって?ハハッ、しねる。

 

「……ふん。まぁそこはよい。それにしても、便利なのもある程度わかるが、外部から力を高めるとは本当に人間らしいな」

 

 なんとも言えない表情でそういう。

 おそらく師匠の言う外部からの力というのは俺が魔力タンクとして使用している聖杯のことだろう。

 状況が状況だし、どんな手を使ってでも勝つのはケルトというか戦いの基本だけれども、こうして実際に目にするとどこか腑に落ちないんだろう。しかし、師匠。残念ながら俺が英霊と渡り合うにはこうでもしないとやってられないんですよ。

 

「これは人間の定めみたいなものなんですよ……」

 

「私とて理解できているが…………そうさな、こうするか。ちょいさ」

 

 俺の言葉に不機嫌、とまでは言わないもののわずかに棘のある声音で返事をしたのちに何を思い立ったのか、魔力を纏った手刀を俺の胸のあたりにサクッと振り下ろした。だが攻撃というわけではなかったのかダメージを受けるわけでも、秘孔を突かれてひでぶするわけでもなかった。

 

 ……だが、違和感はすぐに訪れることになる。

 なんと、聖杯とのパスを繋いでいたラインが切れたらしく、供給がなくなってしまっていた。無限に魔力が沸き上がる感触は完全に消え失せ、自分の魔力のみを感じる。なんだろう、この〇獣の力だけを引き出されたような感じは……。

 

「師匠。もしかしなくても、聖杯とのパスを切りました?」

 

「気づいたか。その通りだ」

 

「す、スカサハさん?なんでそんなことを………」

 

「聖杯なんぞに頼り過ぎて、むやみやたらに魔力を放出するだけの戦いでは、そう遠くないうちに破綻するのは目に見えている。ちょうどこの場には私が居る。仁慈、自身の力でこれから戦ってみよ」

 

「耳が痛いなぁ……」

 

 思い返してみれば、魔力の回復速度という名の供給速度に胡坐をかいて効率の悪い魔力放出の連打。宝具のブッパをひたすらやりまくっていたからなぁ……。これは文句言われても仕方ない。

 

「せ、先輩は悪くないと思いますよ……!聖杯を魔力タンクにするっていう発想、というか当然だと思います!」

 

「そこまで必死にフォローせんでもよい。私もその有用性と、利用しようとする発想力は理解しておる。だがな、奴はわずかな時間なれど、我が槍術を教わった身なのだ。外付けの力だけで得意がられては困る」

 

「相変わらずグサグサと……」

 

「どうだ?泣き所を突かれた口撃はさぞ痛いだろうな?」

 

「今すぐ頭を抱えてのたうち回りたいくらいには。さっき手刀を喰らった胸なんて張り裂けているのか疑うレベルですよ」

 

 普段から無表情で有名な彼女の唇が若干ながらも吊り上がるくらい楽しんでいらっしゃる師匠。本当にごめんなさい。しかし、これからも精進します。しっかりとさせていただきます。少なくとも普段の修練の時には使いませんから……!

 

「その言葉に嘘偽りはないな?では、この件を済ませたのちに、そちらに邪魔するとしよう」

 

 ………………すまない、兄貴。非力な弟弟子を許してくれ……。

 

 

 

 

 

「GAAAAAA!!!」

 

 

 するとここで、オルレアンでよく聞いたような咆哮を耳が捉える。そちらの方に視線を向けてみればそこには見間違うことないくらい立派な竜が居た。

 

 

 

「師匠。めっちゃ大物が出て来たんですけど?」

 

「これはちょうどいい。さあ、仁慈。マシュ。この残骸を見事超克してみせよ」

 

 師匠が指さして越えてみよというのはかつて戦ったことがある邪竜ファヴニールに勝るとも劣らない巨大な竜。いや、よく見たらまんまファヴニールだわ。

 

「せ、先輩………これは流石に………」

 

「……やるだけやってみようじゃないか」

 

 ファヴニールと言うことを理解したのかマシュが指示を仰ぐ。だが、残念ながら今の俺に後退などはない。後退すれば最後、俺の背中は無限の槍製と化す。

 

「……失礼を承知で聞きますけど、先輩正気ですか?」

 

「残念。今この場に居るケルトはどいつもこいつも正気じゃありません」

 

 正気ではやっていけません(真顔)

 冗談とも思えるやり取りを真剣に行いつつ、傍観者を気取り始めた師匠を一瞬だけ見やる。一応、かなーりピンチになれば俺を――――おそらく正確にはマシュを――――助けてくれるのだろう。小さく首をたてに振った。

 

「やはりケルトは格が違うんですね……」

 

「俺の中ではインドにも並ぶやばいとこだと思ってる」

 

 こればっかりは自分の実体験が入っている分余計に恐ろしく感じることもあるのかもしれないな。

 そんなことを考えながらも俺とマシュはファヴニールと対峙した。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「やぁぁぁああ!!」

 

「――――ッ!!」

 

「GAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 唐突に現れた巨大な竜と仁慈、マシュが激突する。その様を見ていたスカサハは、二人の動きに終始視線を固定していた。

 

「……仁慈は派手な動きを無くしたな。最小限の動きで消費を抑える気か……そのような器用な真似ができるのであれば初めからすればいいものを……」

 

 呆れたように溜息を吐きつつも仁慈の動きを見やる。そこには繰り出される尻尾や爪、翼をぎりぎりのところで翻し見事にファヴニールの意識を引きつけている。更に、その攻撃を翻すついでに自身の持っている槍を突き、少しずつ着実に傷をつけていた。例えるのなら、それは切れ味の足りていない武器で飛竜の鱗を攻撃するかの如く。

 

 聖杯を封じられても割といつも通りだった仁慈にスカサハは小さく笑みをこぼしつつ、マシュの方に視線を向ける。

 盾を持っていながらも仁慈が注意を引きつけているうちに攻撃する役目を背負っているマシュは今、大きく宙へと飛びあ上がっていた。そして、ある程度上まで上がったところで持っている盾を下に、自重を加えつつ落下する。着地地点はファヴニールの頭。

 

 これは仁慈の立てた作戦だった。彼曰く、頭を打撃系武器をぶつければスタンをすると言うことらしい。いつぞやのモンスタ〇ハンターを未だに引きずっているらしい。

 そんなバカみたいな推測から決行された作戦なのだが、マシュの攻撃はほどなくしてしっかりとファヴニールの頭蓋へと叩き落された。デミとは言え、サーヴァントの攻撃を不意打ちまがいにくらい、尚且つ彼女が仁慈からの強化魔術が施された状態である。いくらファヴニールと言えども頭に喰らったことも相俟ってその巨体を震わすには十分な威力だった。

 

 そして、ファブニールの揺らぎにいち早く反応したのはもちろんそのことを見越してこの阿保みたいな作戦を考え付いた仁慈である。

 嘗てファヴニールを屠った英雄、ジークフリートには及ばないものの、仁慈もオルレアンにてかの邪竜討伐に一役買っている。そして、今は人外殺しの槍も持っているのだ。正真正銘のファヴニールであるならばともかく、残骸には違いないこの竜であれば、問題はなかった。

 

「―――――――――喰らえ……!」

 

 キィィィン!

 

 仁慈の神葬の槍に光が集う。聖杯のバックアップこそないものの、元々持ち合わせている強大な魔力が神葬の槍の力を最大限に引き上げていた。

 

 もちろん、命の危機を感じ取り、そのまま棒立ちをかます生物などは居ない。それは伝説的な邪竜であっても当然同じことだ。ファヴニールはその強靭な顎を仁慈の方へとむけて、爆発的な熱量をその口内にため込んでいく。そして、そのまま発射。いつぞやのように間をあけて放たれたそれとは違い、威力は劣るもののファヴニールへと目掛けて進んでいる仁慈を仕留めるには造作もない攻撃であった。

 自分の命を刈り取るに値する火球が仁慈へと殺到する。だが、仁慈は回避をするどころか更にその場で加速を始めた。魔力放出こそないもののそれでも早い速度で彼はファヴニールの懐を目指す。どうして彼は回避行動を取らないのか?それは単純だ。彼には自分なんかよりもよっぽど攻撃を受け止めることを得意としている相棒が居るからである。

 

「はああああああ!!」

 

 仁慈へと向かい、彼を焼き殺さんとする火球にマシュは飛び込んでいった。そして、己の持つ魔力と仁慈から送られてくる魔力を手のうちにある巨大な盾に込めてその火球を受け流す。

 

 仁慈を筆頭としたキチガイ面子の所為で低く見られがちだが、竜種とは幻想種の中でも文句なしで上位に地位を食い込ませている種族である。それが今彼らの目の前にいるファヴニールのような純粋な竜種であればなおさらだ。その攻撃を正面から受け止めるには城壁でも足りない。それを受け止めることなどほぼ不可能だ。

 今までもそうだった。彼女が相対した相手はどれも彼女よりも強かった。勝っていることは何処もないと感じていた。だからこそ、自分でも対抗できるように工夫した。仁慈にクー・フーリンに、Xに……名だたる英霊(若干一名違うが)たちに鍛えられたマシュの受け流し技術は今やカルデアでも上位と言ってもよいほどだ。

 

「先輩、お願いします!」

 

「――――――突き崩す神葬の槍」

 

 もはやお決りと言っていい静かな宣言。

 それと共に放たれるは人外にとって猛毒と言ってもいい人外殺しの槍。突き立てるは胸にある紋章だ。

 

 真名開放と共に真の力を開放したそれはとんでもなく堅いファヴニールの鱗を貫通し、心臓までその槍を届かせる。

 

「GUAAAAAAAAAAAAAA!?」

 

「……………やはり、面白いな」

 

 竜退治であれば、彼女をまだ人間が認識できた時代にも成す人物はいた。だが、それはそれなりの環境があってこそ。そのような人外魔境であれば自ずと人間たちもそれに大なり小なり対応するだろう。しかし、彼は少々事情が異なってくる。

 彼が生まれた時代はまごうことなき現代。神秘という概念は薄れ始め、昔のような英雄など、もはや必要とさえされなくなった時代である。

 

 何を以てして、このような時代にあのような存在が生まれ落ちたのか。まるで今起きている人理焼却を予想していたかのような………。

 

「いや、どちらにしても私には関わりのないことか……」

 

 そこまで考えてスカサハは己の考えを振り払う。彼女にとって重要なのは仁慈がいかにして生まれたのかではない。彼がどこまで行くのか、そして……自分を殺せる領域まで届くのか……。それだけが彼女の気にすることなのだから。

 

 

「仁慈。先の戦闘にて話がある」

 

「ふぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダ・ヴィンチ「ん?仁慈君と聖杯のパスが切れた……うわっ、しかも結構乱雑だ。これは少々手間だなぁ……彼は一体何をしたんだか。私はおおよそ万能だけれども、ドラえもんとは違うんだけど」


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確定

邪ンヌなんてなかった。いいね?


 

 

 

 

「――――――大体だな。以前しごいてやったというのに、再びつけあがるとは何事だ?確かに貴様はこの時代の人間としては破格の強さを持っていると言ってもいい。私が人に知られていた時代と比べても遜色はないと言ってもいいだろう。だが、その強さも慢心しては意味がない。慢心は圧倒的な力の差を覆される大きな要因となるだろう。お主も心当たりがあるのではないか?先の特異点では血斧王エイリークごときに後れを取っていたこともある。そこらのことをしっかりと理解できているのだろうな?いや、理解しろ」

 

「ハイ………」

 

 正論が……正論が痛いよ……。自分の非がはっきりと理解できる分ダメージ倍率は更にドンと来ている。今の癒しは俺の横でハラハラとこちらのことを心配してくれているマシュだけだ。

 

「聞いているのか?」

 

「もちろんでございます」

 

 だめだ。下手に視線を逸らそうものなら師匠からの説教も二倍になる。つまり俺に逃げ場なんてなかったのだろう。泣けるぜ。

 

「あ、あの……スカサハさん。そろそろいいのではないでしょうか?先輩も、人類の未来という大きな重荷を背負って数多の英霊たちと戦っていたのですから……」

 

「無論。そのことはわかっている。しかし、だからと言って魔力による力押しを許すわけにはいかん。どれだけ動けようと、仁慈は人間なのだ。外付けの力だけでは必ずどこかで限界が来る。重要なのはその人間の持つ技そのものなのだ」

 

 もし、魔力のラインを切るような相手が現れたときはどうするのか。サーヴァントとの契約を切れるような武器、宝具を持っている相手と対峙したときはどうするのか……。時間を稼ぐにしても倒すにしても、それらを成すには常軌を逸した技量を求められる。

 残念ながら俺のそれは未だその域には達していない。よく、考えることがおかしい。それを実行するのはおかしい、というか軽くキチガイじゃね?とは言われるが所詮、動揺を誘えた時に使える一時凌ぎだ。それで仕留められればわけないがもし倒し損ねてしまった場合はその戦法が通じないばかりか普通に戦うことになってしまうのだ。オルレアンの時はそれで何とかなったが、今後特異点における戦闘は更に激化するだろう。師匠が言う様に、ここいらで何とかしておかなくてはいけないかもしれない。……だからと言ってここでやらなくてもいいんじゃないかとは思うけれど。

 

「そ、そうなんですか……」

 

「うむ」

 

 先輩でもまだまだ未熟なんですね、スカサハさんにとっては……と口にして感心したようにスカサハを眺めた。

 尊敬するまでならいいけど、弟子入りはやめてね?するならブーディカさんにしてください。この人たちは攻撃を翻すか、一撃で仕留めるか、ゲリラ戦しか出来ないから。盾で受け止めるなんて考えない人だから。

 

「そういえば、仁慈。お主は槍以外もそこそこつかえていたな?」

 

「一応は」

 

 確かに、扱うことはできる。それは偏に樫原という家系が武術に傾倒していた一族だからである。しかし、それに実力が伴っているかと聞かれれば首を傾げる。できると言ってもそれは所詮普通の人間レベル。師匠をはじめとする人外から見ればお粗末とも言える物が殆どだ。だからこそ、宝具に覚醒する前から神秘を纏い、ダ・ヴィンチちゃんに改造してもらったことから槍を愛用してきた。一番時間は短くともそれを補って余りあるくらいに濃密な時間だったしね。

 

「……そうさな。仁慈、やはりカルデアに私の席を用意してもらおうか。人理が焼却され、ある程度は自由となった身だ。ここでセタンタ諸共お主を扱ってやるのも悪くなかろう。私は槍以外にも修めたものがあることだしな」

 

 済まない兄貴、非力な弟弟子をゆるs(ry

 

 これにて、スカサハ師匠によるカルデア参観が決定してしまったのである。実はこの残骸たちをしのぎ切っても俺は死ぬんじゃなかろうか。あぁ、何処か遠いところで自分の死期を悟って穏やかな表情を浮かべる兄貴が見える……。

 

 と、馬鹿なことを考えつつ冬木の街中をずんずん進んでいく。 

 そうして俺たちがたどり着いたのは、ある橋の下だった。近くには川も流れている。まぁ、燃えているからそこまでいい景色じゃないけれども。

 

「はー……昔の先輩はそんな感じだったんですか……」

 

「あぁ。あれは昔から機転だけはよかったな。適当な場所にサバイバルとして突っ込んだ時、まずは自分に近いサルなどを使って食べることのできる物を判別していた時はさすがの私も驚いた」

 

「……それは動物愛護団体か何かに訴えられそうな方法ですね。先輩」

 

「生きるためには致し方なかったんだ」

 

 それにそのサルは俺のことを狙って襲い掛かって来た野生の猿。それを俺が返り討ちにしたのだ。その時点でサルの命は俺が握っているも同然なのである。態々野生のルールに従ってやったのだから文句を言われる筋合いはない。

 

 というか、勝手に俺の過去話とかはじめないでくれませんかね?普通に恥ずかしいんですけど。マシュに聞かせたくないような話も当然あるんですけど?俺のプライバシーとかどうなっているんですかねぇ……。

 

「―――――どうやら、話はここまでのようだな」

 

 ここで、マシュと雑談を交わしていた師匠が会話を切り上げ、厳格な声で告げる。その直後、あたりをかなり大きな揺れが包み込んだ。震度にすると4くらいだろうか。割と大きな揺れだ。

 そして更にそれと同時に膨大な魔力が沸き上がってくるのを感じることができた。しばらくしてその全貌が現れ始める。どうやら結構な魔力を感じさせながら現れたのはいつぞやの肉柱だったらしい。

 

「大気中の大源(マナ)を取り込んで自動的に肥大化している……!しかも先輩、この外見は……!」

 

「レフ・ライノールが変身した姿。もしくは第三特異点で回収した聖杯に張り付いていた肉柱。魔神を名乗る、唯の案山子ですな」

 

「魔神柱です!」

 

 マシュからツッコミを貰いつつも、俺はしっかりと神葬の槍を構える。最近槍しか使っていないって?この人外殺しの性質がとても便利なんだすまない。

 もちろんツッコミをしているマシュだって戦闘準備は出来ている。冬木を含めた四つの特異点のおかげで彼女もスイッチのオンオフが自然にできるようになってきた。師匠は元々構えらしいものを取らない。槍を持って敵を正眼に捉えるだけでも十分なのだ。

 

「■■■■■■■■■■――――!!!」

 

 魔神柱が明確な敵意と悪意を以て、こちらを睨みつける。柱にびっしりと敷き詰められているイクラのような目に見つめられるのは気分が悪いが……逆に言えばそれだけだ。それだけなのだが、マシュはどうだっただろうか。俺が平気だからというからマシュが平気というわけではない。あの魔神柱は存在感だけなら並みの英霊すらも凌駕する存在だった。もしかしたら、そのことが彼女の中に少しだけでも残っていてこうして姿を現したのかもしれない。師匠曰く、ここでは自分が今まで見た死、そしてこれから見るであろう死をも再現してくるらしいし。

 こうして唯の案山子が出て来たのもマシュが思った死の形なのだろう。そうであるならばここで越えよう。彼女にもこれはどれだけ案山子なのか教えてもいいと思う。もちろんケルトに染まらない程度にね。

 

「マシュ・キリエライト、行きます!」

 

「さて、魔神柱とやらの力。見せてもらおうか」

 

「魔神柱の解体作業はーじめーるよー」

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 カット。

 結論から言えば、地面から生えている肉柱を三人で寄ってたかって淡々とボコボコにしていただけだった。魔神柱は確かにその存在は通常のものではなく、その攻撃は絶大な破壊力を持っている。しかし、過去にも言ったかもしれないが、魔神柱の攻撃は基本的に柱についている目を媒介として行われていた。それが分かった瞬間どうするか?答えは明確だ。全員で目を潰して回ったのである。

 いくら柱にびっしりと敷き詰められていようと、師匠の操る槍の雨と俺の人外殺しという毒、そしてマシュの硬い防御を使えばその程度のことは余裕だった。だからこそ、結果としてできあがあったのはサンドバッグと化した肉柱だったモノである。

 

「目標の消失を確認しました。先輩」

 

「お疲れ様、マシュ。よく頑張ったね」

 

「はい!」

 

「ん~……………………」

 

 魔神柱をサンドバッグとして倒したのちにお互いを労わり合う。マシュは特に晴れ晴れしい笑顔を浮かべており、やはりあれは彼女が作り出したものだったのではないかと思った。もちろんそれを指摘するようなことはしなかった。

 そんな中、先程まで魔神柱が居た場所を見て師匠が唸る。いったい何があったというのだろうか?

 

「うむ。あれはあれで異界の美であろうし、我が国の土城を支える支柱としてはそう悪くない」

 

「いえ、醜悪だと思います」

 

 あんなのが支えている城とか想像するだけでも恐ろしいんだけど。少し悪趣味すぎやしませんかね……。あのマシュですらその表情が引きつっている。そりゃそうなるよね。

 

「そうか?まぁ、そんなことはどうでもいい。……しかし、あまり褒められたものではないな。よりにもよって、随分とねじ曲がった命名をしたものだ」

 

「スカサハさんはもしかして、あれがなんであるのかわかっているのですか?」

 

「深淵たる魔境の身なればある程度の先見もするが、いいや。今回は知っているのではなく、あれに連なる未来の一端を垣間見ただけに過ぎぬ。つまり人理の焼却だ。まぁ知っていることはお主らとさして変わりはせぬよ。……こういったものは多く見えるがな!」

 

 悪趣味な柱に想いを馳せる空気から一変、師匠は唐突に槍を振るう。よくよく見るとそこには何かが確かに存在しており、そこに向かって振るったことがわかる。だが、その一撃は当たることはなく、虚しく空を切った。

 

「……あれを躱すか。成程、破壊の大王なぞ名乗るだけのことはある、か」

 

「それはこちらの言い分だ。私の剣でも破壊されない、その槍……なんだ?破壊する。旧い文明も新しい文明も。この惑星にある知性の痕跡を、一掃する。私は、私の前に立ちはだかるすべてを破壊する」

 

「これもまた残骸か……人理の焼却とはこんなものにまで行き当たるほどに、歪めてしまうものなのか……」

 

 そう師匠が呟く。

 彼女の前に対峙しているのは一人の女性。髪の色と肌はエミヤ師匠にも似ている褐色に白髪だが、随分と露出度の高い布のようなものを纏っているような恰好であり、何より赤、青、黄色、の三色が無駄に光って自己主張していた。字面だけ見れば見事に信号機カラーである。

 だが、その身体から発せられる存在感は決してふざけている場合ではないことを知らせてくれている。これは聊か以上にまずいかもしれない。確実に、ヘラクレスに並ぶ強敵と言っていいだろう。

 

「師匠、あれを知っているんですか?」

 

「これでも数多の神々を屠って来た身なのでな。少なくともお主達よりも知っておるよ。……しかし、過去と未来を、しまいには次元すらも越えて来たか」

 

「す、スカサハさん。彼女は一体……?」

 

「あれは、そうさな。言ってしまえば別の世界でのお主らが対峙した敵、とでも言っておくか。とりあえず今確実に言えることは……この戦闘機械擬きを残骸として顕すにはいささか以上にまずいと言うことだ!」

 

「マジか」

 

「戦闘開始します!」

 

 師匠が聊か以上にまずいと言ったからには本格的にやばいのではなかろうか。これは少しばかり気合を入れていかなければならない。少なくとも、ヘラクレスに挑んだ時くらいの意気込みは必要だろう。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

「そぉれ!!」

 

 掛け声とともに、スカサハは跳び上がり、どこぞの英雄王よろしく影の国へとゲートを繋ぐ。そこからゲイボルクの模造品と言える槍をいくつも取り出すと、そのまま褐色白髪の女性、アルテラに放った。

 

 だが、それは容易く回避される。彼女が持つペンライトにも似た剣がその槍を破壊するとまではいかないものの完全に捉え、全て振り払う。無造作に散らばる槍に目もくれずスカサハは地面に降り立つと第二陣として再び槍を放った。が、これも無意味。無造作に振るわれた剣により、深紅の槍は唯の一つもアルテラに届くことはなく見当違いの方向へと突き進んでいく。

 しかし、ここで現れるのはスカサハに曲がりなりにも教えを乞うた仁慈である。彼は四方八方に飛び散っていくゲイボルクをいくつか掻っ攫うと、そのままアルテラに突撃、自重を加えた刺突を見舞う。

 

「―――――――」

 

 いつもの如く、気配も音も感じさせず繰り出されたそれはアルテラにまるで初めから来ることが分かっていたかのような緩やかな動きで防がれた。仁慈はすぐさま持っていた槍を投擲してアルテラの気を逸らしてその場から離れる。

 

 仁慈と交代するようにマシュが前に出ると、仁慈に対して追撃を加えようとしたアルテラを牽制した。その隙に、スカサハが彼女の盾を隠れ蓑にしながらアルテラの前に飛び出す。

 しかし、これも失敗。マシュに気を取られていたにもかかわらずスカサハの攻撃はアルテラに届かなかった。逆に、剣の形をしながらも時折ムチのようにしなやかな軌道を描く武器に反撃を受ける。しかしそこは仁慈が剣ではなく持っている腕を標的として、黒鍵を投擲したためにアルテラは一時的に攻撃を中断した。一方の仁慈達も一度後方に下がって三人で固まる。

 

「先輩。この感じどこかで覚えがあるんですけど……」

 

「あれじゃない。黒騎士王と戦った時」

 

 今は懐かしき最初の特異点と言ってもいい冬木にて、戦った黒騎士王ことアルトリア・ペンドラゴン〔オルタ〕のことを想像しつつ仁慈がそう告げた。

 このまるで見て来たかのような反応は、高いランクの直感を所持していたアルトリアによく似ていた。

 

「槍の効きが悪い……?相性差ができているとでもいうのか?……いや、今は詮無きことか……致し方ない。……仁慈!お主の魔力を少々間借りするぞ!」

 

 返事は聞かずに作業に入る。とりあえず聞くだけ聞いてみたといういい見本である。

 

「我が『門』から来たれ、螺旋の虹霓よ。神なる稲妻の具現をその手に携えしもの、古きアルスターの守り手よ。来たれ、来たれ、いざ戦え!螺旋なりし虹の剣!」

 

 仁慈の中の魔力が勝手に使われた感覚を覚えながらも背後に浮かび上がった魔法陣を彼は一瞬だけ見やる。

 が、それをすぐに中断するとペンライトのような光る剣を携えて跳び上がりつつ上段から斬りかかるアルテラに集中する。

 

「マシュ!」

 

「はああああ!!」

 

 マシュがアルテラの上段攻撃を受け止める。

 もちろん仁慈はマシュを盾にしただけではない。攻撃を受け止め隙ができた際に反撃を行う。二人でいるときはこれが基本スタイルだ。

 

「せぁぁああ!!」

 

「効かぬ」

 

 己の込められるすべてを込めてその槍を放つ。だが、それでもアルテラに傷をつけることはできない。

 と、ここでスカサハの行ったことの結果が出たらしく、彼は自分の後方で大爆発する音を聞いた。

 

「ははは!!ようやくか、いやよかったよかった!あまりに呼ばれないんで、あのまま寝に入ってしまうところだった!」

 

 爆発音の次はとんでもなく大きく、豪快な声で響き渡る笑い声。声音からして豪快な気質を持つ男だということがはっきりと理解できる。

 仁慈は前から繰り出される縦横無尽な攻撃をマシュと一緒になって捌きながらも背後のおそらく召喚されたサーヴァントの口上に耳を傾ける。

 

「アルスターの赤枝騎士団が若頭!フェルグス・マッグ・ロイ、召喚に応じて参上した!いやはやもう出番はないのかと気をもんだぞスカサハ姐!さて、俺が相手にするのはそこの身体の細い娘か!」

 

 なんかすごいのが出て来た。

 仁慈の言い分はこれに尽きたのだった。

 

 

 彼こそはクー・フーリンの師匠の一人。

 あらゆる宝具の原点とすら言われる虹霓剣の使い手にして、ケルト族の洗礼を受けし者である。その実力は疑うまでもない。

 

「その通りだ。……私たちはここで油を売っているわけにはいかないのだ。なんせこちらにもタイムリミットがある」

 

「それに関してはこちらでも把握しているさ。……ハハハ!あれを見ていると股間の芯がぎゅうぎゅう締まる!下手するとスカサハ姐以上の逸品!」

 

 心底楽しそうにフェルグスは笑う。

 彼の反応は予想通りだったのだろう。スカサハは彼に対してこの場を任せるような言葉をかける。それに対して彼が返す答えなどはわかりきっていた。

 彼らにとって挑まれた戦いをわざわざ断る理由もない。どいつもこいつも三度の飯より戦好きというような連中だ。たとえそれが負けるのが半ばわかっている戦いも相手が強敵と言って喜んでいくだろう。

 

「では」

 

「あぁ……久しぶりに、滾るぞ!色々な意味でな!」

 

 仁慈とマシュは完全に置いてけぼりである。

 しかし話の流れからして召喚されたフェルグスがアルテラの相手をしてくれるらしい。

 

「いいんですか?」

 

「ふっ、問題なし!弟弟子の前で良い恰好を見せることもまた兄弟子の務めだ」

 

 豪快に笑いながら答えるフェルグスは、頼もしいと思いつつも心中で思わずこう思ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 タケシ、と。

 




今、正式に仁慈と兄貴にフラグが立ちました。しかも席と来ています。これは居座る気満々ですわ……。


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もうアイツ一人でいいんじゃないかな

後半かなり駆け足気味ですが、どうぞ。


「……よし、行ったな。これからイイ女を絆そうというのだ。こどもが居たら本領もだせないだろうよ。……さて、やろうか。一切の憂いが残ることのないような殺し愛をしよう」

 

「………」

 

「しかし意外だった。まさか素直に見逃してくれるとは」

 

「―――私にとっては何も変わらぬ。ここでお前を潰した後、あの人間たちも破壊する。私は私の視界に入ったものを破壊する。私は、そう作られている」

 

 タケシのようなモブ顔の男、フェルグスに対してアルテラは無感動に還す。その様はスカサハが先ほど口にした戦闘機械もどきという表現はしっくりくるとフェルグスは感じていた。

 

「はっはっは!そうかそうか。しかし、そう簡単にここを越えられるとは思わないことだな。あの二人、今は子どもだが、将来絶対にいい戦士になる。それを摘まれるわけにはいかない。あれ等は俺が熟成したときにいただくからな!……それに、この身体を焼き尽くさんとする滾りも沈めてもらわねばならない。無論、お前さんの身体でな!」

 

「目標一体……直ちに破壊する」

 

「ふっ……この剣は古き神々の欠片!さあ、破壊の大王。この剣は貴様を削ぎ落すにふさわしいものか、確かめさせてもらうぞ!」

 

 お互いに言葉を発すると同時に轟音が大気を揺らす。

 フェルグスもアルテラもお互いに破壊を得意とする人物である。かつて栄えていたローマ帝国を滅ぼしたと言われるアルテラ。様々な魔剣や聖剣の下とされた、剣光だけで丘を三つに分けたと言い伝えられている虹霓剣を持つフェルグス。

 

 

 戦いの内容は五分と今のところは言っていいのだろうが、フェルグスはこれがそう長く持たないことを感じ取っていた。だからこそ、自分が目一杯楽しんだのちに何が何でもこれを倒し、仁慈とマシュを食べる(性的)算段でもつけておこうかと思いつつ、虹霓剣の回転数をさらに上げてアルテラの持つ三色ペンライトの如き剣にぶつけていくのだった。

 

 戦いはまだ、終わらない。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

「フェルグスさんは、大丈夫でしょうか……」

 

 唐突に出現した見覚えのない褐色白髪の女性、文明絶対破壊するウーマンことアルテラから逃げ切った仁慈一同。落ち着いてきて思考をする余裕が出てきたのかマシュがそのようなことを呟いた。これに反応したのはこのなかで最もケルト値が高いスカサハである。

 

「別に気にすることではない。アルスターの戦士にとって強者と戦うのはもはや習慣のようなものだ。あやつの場合はあの戦闘機械もどきが好みの外見をしていたということもあるだろう。今、お主たちが存在しているということは生きているにせよ死んでいるにせよ役目は果たしたということだ。………こういった場合は唯笑い飛ばしてやるだけでいい」

 

 スカサハはそういうもののマシュにはある程度の常識というものが備わっている。生まれてこの方カルデアでほとんどの時間を過ごして来た彼女は世間一般から見ればずれているところもあるが、それでも常識的だ。それと照らし合わせてしまえばフェルグスのことに関して笑い飛ばすというのは聊か無理な話で合った。マシュの表情からそんな風な感情がありありと感じ取ることのできた仁慈。そこで、彼はすかさずフォローに入る。

 

「別に気にすることはないよ。これはケルトというか師匠達の言い分だから。この人も自分の教え子ではない人にまで思考の強要をするような人物ではないから」

 

「フム。マシュのような娘には合わなかったか………いや、別に悪く言っているわけではなないぞ?生命を慈しみ、愛しく思うことは文句なしの美徳と言えよう。残念ながら私にはもう、そのような感情は死んでしまったが」

 

 スカサハは数多の神々や死霊を屠ったが故に、不老不死となって世界の外へと追放された身の上である。不老不死となり、長きにわたる時間の中で自分の心すら死に、完全な人外の者となったと彼女は言葉に表さずとも語る。

 

 まぁ、仁慈は修練をしている時、あるいはするように強制している時のスカサハを知っているがために「感情が死んだとか絶対に嘘でしょう……」と思ている。何はともあれ、元々の性質と不老不死という存在になってしまったが故に彼女にとって命とは特に思い入れのあるようなものではなくなっているのだと、本人は語る。しかし、そこで仁慈のフォローが入る。

 

「別にそんなことはないんじゃないんですかね。今回俺達の前に現れたのは俺達の命が危なくなったからですし。少なくとも、何とも思っていない……感情が死んだということはないと思いますよ」

 

 内心で修練の時の笑顔は感情が死んだというにはおかしいくらいいい笑顔だったと、文句を垂れる。

 幸運にもこの度はそのことに気付かなかったらしいスカサハ。彼女は仁慈からの予想外のフォローに目を丸くした後小さくつぶやくような声で、

 

「あぁ、そうだな」

 

 と答えた。

 それに対して今度は仁慈とマシュがあっけにとられる番だった。何故ならこの時彼女が浮かべた表情は、今日この時知り合いになったマシュはもちろんのこと、ちょくちょく彼女と遭遇させられている仁慈ですら見たことのなかった柔らかい笑みを携えていたからだ。女神の如き美貌を持つスカサハに二人そろって見惚れる。彼らが正気に戻ったのは、頭の中からフェルグスの存在感が限りなく薄まった頃だったと、のちに仁慈は語った。

 

 

―――――――――――

 

 

 

 フェルグスさんの犠牲を無駄にしないためにも歩き続けること三十分。まさかのスタート地点に戻るという結果に。

 

「こうも歩き続けて元の場所に戻るか……。どうやらここはよほどお主らの―――いや、正確にはマシュの方か。お主の心に死を刻みつけたのだろう」

 

 師匠は言った。ここの残骸はかつて合った死の形やいずれ巡り合う死の形が集う場所であると。ファヴニールもそうだった。魔神柱も彼女にとってはそうだった。あの白い人は無視するとして、前二つの前例を見ると、この街はマシュにとってよっぽど死を意識したところだということになるらしい。

 

「……そうですね。ここに来た時の私は、直前で死にかけデミ・サーヴァントとなったばかりでした。いくら先輩が居たとはいえ、心の奥底ではここでの恐怖が焼き付いているのかもしれません」

 

「なるほどな。それでは死に置いて行かれた残骸共がうろつくのも道理というものか」

 

「確かに、貴女の言う通り、多くの嘆きと苦しみを以てこの街に残骸があふれることもあろう」

 

「来たな。私が用立てた最後の英霊。第二の時代より来たりし、栄光の騎士団の一番槍」

 

 師匠の言葉に何処からともなく返事が返ってきたと思ったなら師匠も師匠でそれを待っていたというが如き反応を返す。

 燃え盛る建物の瓦礫を踏みつける音が段々と大きくなっていき、そうして現れたのは、

 

「真名、ディルムッド・オディナ。此度の仮初の召喚ではランサーのクラスとして現界した。最後の試練、貴方たちと共に戦おう。スカサハ、盾の乙女、そして仮初のマスターよ」

 

 半裸の男である。

 鍛え上げられたことがわかる無駄のない肉体を惜しげもなくさらし、二本の色と長さの違う槍を持って居た。その表情はかなりの美貌であり、目の下についている黒子はなんとも言えない色気を生み出している。

 

 イケメンである。色気もある。だが半裸だ。要するに変態だ。思わず俺の視線が不審者というか変質者を見るような目になってしまったことは許していただきたい。フェルグス?彼は一応羽織ってるからセーフ。

 

「ディルムッド・オディナ……!ケルト神話における第二時代、フェニアンサイクルの勇者ですね。神霊殺しの大英雄、フィン・マックールと共にフィオナ騎士団の栄光を築いた人物であり――――」

 

「マシュ、ストップ」

 

「え?あっ―――――」

 

 何やら苦虫を噛むような顔をしていたディルムッドに気づいた俺はマシュに静止呼びかける。師匠の時と同じく少々熱が入っていたマシュは俺の言葉で正気に戻りディルムッドの様子に気が付いたようだ。

 

「申し訳ありません。口走りすぎました」

 

「いや、気にすることはない。盾の乙女よ。伝説に語られる事柄はすべて私の不徳と不実の具現。自業自得というものだ」

 

「英雄の果て。裏切りと死。栄光の男の最期は必ずしも幸福なものではなかったということだ」

 

「ま、そうでしょうね」

 

 英雄の最期なんてのは何処でもそんなところだろう。

 多くの英雄は戦争などの戦いで名を上げた者達であり、それはすなわち平和になれば彼らほど強く、厄介事を引き起こしかねない人物たちは居ないということだ。戦いが終われば程度はあれ、必要とされなくなる。その捨てられ方は千差万別だけれども、その多くはろくなものではない。

 もちろん、戦いが終わった後に王や貴族になった人物などもいるだろうがそういった連中の最期は総じて女か金、権力と相場が決まっている。どちらにせよ、いい最期とは言えないもんだろう。

 

「お主は英雄になるなどと言い出したりはしないのか?昔からそうだったが」

 

「この時代は平和なんですよ?本来なら。だったら英雄になる必要はないでしょう。普通にしていればそれなりの人生はある程度まで約束されているんですし。それに、英雄になる=師匠の修練みたいなのが永遠と続くってことですよね?俺、そんなのごめんですよ」

 

「ハハハ………」

 

 実際に英雄となったディルムッドから乾いた笑いを受け取ってしまった……。やっぱり事実なんだな。英雄とは恐ろしきものだ。

 

「何はともあれ、私は伝説に記されたことを悔いています。故に、ここであなたの力となりましょう。生前には成せなかったことを奇跡のような今この瞬間を使って」

 

「仲間が増えることはいいことだし、短い間かもしれないけどよろしくディルムッド。一応、戦略上卑怯なことも多々あるとは思うけど、そこは見逃してくれると嬉しい」

 

「………この状況がどのようなことを引き起こすのかは理解している。むしろ、こうして前もって言ってくれた方がこちらとしてはありがたい」

 

「こっちとしても、努力はするよ。別に勝たなくてもいい勝負なら余計な口出しはしないし。そういった場面での一対一であれば邪魔はしないから」

 

「配慮もしてくれるとは……なんという親切設計……。よろしい。ここまで言われてまで全力を振るわなかったとなれば騎士の名折れ!このディルムッド・オディナ、全霊を尽くして貴殿の槍となりましょう!」

 

 こちらの特性上どうしても、卑怯な手段は必要となってくる。かつて神霊を相手に戦ってきた騎士団の一員というだけあって一応そこら辺のことに関しては心得があるのだろう。大事なのはこちらのスタンスをしっかりと説明して納得してもらうことだ。些細なすれ違いから不和を生み出したら、最悪自害してもらうしかなくなるし。

 

「うむうむ。やはり相性は悪くなかったようだな」

 

「スカサハさんはこの結果が分かっていたんですか?」

 

「これでも多くの勇士を育てた身、人の相性なりはそれなりに見る目があると自負している」

 

「まるで縁結びの神様のようですね」

 

 俺とディルムッドの様子を見ていた師匠とマシュの会話が耳に届く。俺は見合いを進める親戚のおばちゃんみたく思ったわ。実際に被害を受けたのは俺じゃなかったけど。いや、それもないか。あの人はおばちゃんなんて生易しいものじゃ――――殺気!?

 

 バッと、何かに弾かれたようにその場から跳躍してみせる。すると先程まで俺のいた場所にはいくつものゲイボルクが突き刺さって針山のようになっていた。

 少しでも反応が遅れればすべての槍を俺が背負っていたことになっただろう。こんなことをするのは一人しかいないわけで………。

 

 錆び付いたブリキのおもちゃが如きぎこちない動作でその原因と思われる師匠の方へ視線を向ける。するとそこにはとってもイイ笑顔を浮かべて師匠が佇んでおられた。いつもいつも思うんだけどあの人どうして俺の思考が読めるんですかねぇ……。

 

「覚えておけよ。仁慈」

 

「今のは自業自得として謹んでお受けいたします」

 

 このやり取りをマシュとディルムッドはわけがわからないという風に首を揃って傾げていた。

 

 こんなやり取りをしていたせいで忘れてしまいがちだが、ここは残骸蔓延る冬木(再現)である。ここには俺たちの敵として存在している残骸がうようよいるのだ。これまでは普通に対応することができた。あの褐色白髪の女性もフェルグスのおかげでどうにかなった。

 であるならば、俺たちの敵である靄はどうするか?更に強力なものを再現しようとするのだ。

 

 

「――――――どうやら、おしゃべりの時間はここまでのようだな。最後の残骸が来るぞ」

 

 師匠の言葉に全員の視線が一点に集中する。

 今度底に現れた残骸は先程の褐色白髪の女性のように知らない人物ではなかった。むしろその逆、知っている人物だったのである。

 

 現れたのは、白い恰好を黒い靄で覆った一人の女性。そこにかつてあった明るさはなく、唯々、通常の気配ではありえないものを纏ってその場に佇んでいた。

 

「あれは……!」

 

「英霊オリオン、否、貴様はオリンポスの古き神々がひと柱。月の女神、アルテミス。しかしその姿はどうしたことか。あぁ、成程。人間に恋をしたという話は真実だったようだな。ならば、その姿も納得か……」

 

「前会ったときと、威圧感が全然違います……!」

 

「そうだろうよ。あれは過去、お主たちがあった奴とは違う。分霊であるが正真正銘のアルテミス。第三の特異点で現れた代理召喚ではないのだから。先の戦闘機械もどきといい残骸というのは厄介なものばかり再現するものだ。その獰猛と凶猛のさまはかの魔猪にも匹敵するだろうよ」

 

 師匠が誰を引き合いに出したのかはわからないがとりあえず、あれは代理召喚で神格を落としたというわけではないアルテミスということだろう。俺とマシュは前の印象もあり少々準備に後れを取ったが、元々こういった連中と戦っていたディルムッドと師匠の対応は速かった。 

 

「獰猛と……凶猛………!凄まじい殺気と敵意の塊です……!」

 

「お主たちの過去における残骸か、未来における残骸か……果たしてどちらなのやら。何はともあれだ。分霊であることは変わりない。ふふ、はははは!久方ぶりの神殺し!これはさすがの私も血が滾るというものだ!貴様を殺すぞアルテミス!人間の真似事した神など、悪趣味にもほどがある!」

 

「テンション高いっすね!」

 

「いやなに、地中海の神なんぞは久々なのでのぅ。これは腕ばかりか胸まで鳴りよるわ!」

 

 神と戦るということでテンションを上げる。まさに正しきケルト人よ。

 なんてことを考えているうちに向こうは戦闘準備ができたらしく、光線のような矢を無数に放つ。

 その速度は見かけに負けないほどであり、仁慈たちを正面から射こうと迫り来る。それに対して俺と師匠の対応は簡単だ。槍で追撃する。ただそれだけである。

 

 師匠は言わずもがな神殺し、死霊殺しとして人外にまで至った人だから問題ないし、俺の槍は人外……特に神に関することには強い効果を発揮しているために問題はないが、素早さ重視のディルムッドとアルテミスのギャップから来る迫力に押されていたマシュは少々手こずっていた。

 なので、槍を振るって雨の如く降り注ぐ矢の中を搔い潜り、マシュの下へと向かった。

 

「マシュ。大丈夫。ディルムッドも師匠だっているんだから、死にゃしないよ」

 

「先輩……」

 

「だから落ち着いて、いつも通り行こう」

 

「そう……ですね……。こんな状況の中でも先輩はいつも通り在り得ないことを平然とやってのけてますし。そんな先輩が近くに居れば、何の問題もないですよね」

 

 素直に喜んでいいのだろうか……。屈託のない笑顔でそういわれてしまっては俺もどう反応すればいいのかわからないんですけど。

 しかし、それで緊張は解けたようで、それからマシュは矢を正面から受け止めるようなことをせず、しっかりと身体と盾を動かして矢を受け流すようにし始めていた。もちろん俺が居ることにより矢の密度は二倍になってしまっているものの、そこはしっかりと自分でカバーしている。

 

 一方、純粋のケルト組はというと、雨の如く降り注ぐ光の矢をそれぞれの方法で翻しつつ、とんでもない速さでアルテミスへと接近していた。

 相手は弓を使い、彼らは槍を使っている。間合いに入ってしまえばこちらのものだ。

 

 そうこうしているうちに二人はアルテミスを挟み込む形で各々の槍を振りかぶった。だが、そこは流石神とでもいうべきか、ほぼゼロ距離にまで接近されたにも拘わらず、一瞬にして二人に対して矢を放ってみせたのである。まさに、文字通りの神速の射貫きだった。

 これには流石の二人も攻撃を中断せざるを得ないのか、師匠は槍を召喚して、ディルムッドは構えていなかったほうの槍でその矢を打ち消した。

 

「それでこそ神よな」

 

「流石ですね」

 

 まだまだ余裕の無表情であるスカサハ。それに対して、ディルムッドは所々に傷を負っていた。決して深くはない傷だ。あの距離から矢の雨を浴びせられたというのに、よくあれで済んでいると思う。

 

「そら仁慈。いつまで矢と戯れておる。早くこっちに参加せんか」

 

「久しぶりの無茶振りキター」

 

 文句を言っても始まらない。ここでいかなければ後々師匠から死にそうな目に合わされるのだからそれに比べれば矢の雨を突き進むくらいはどうってことないのだ。そう思えるくらいのことを過去にさせられているからね。悲しき習性よ。

 

 自身に降り注ぐ分の矢を槍の性質を使って突き進みつつ、師匠達に合流する。少しだけ遅れてマシュも合流した。

 

「ところで師匠。何か策はあるんですか?」

 

「神と戦うのに策などいらぬ。己の磨いたものを駆使して戦うのみよ」

 

 変なところで脳筋なんだからこの人は……。ほらディルムッドさんだって呆れ……てないな。むしろうんうんと頷いていらっしゃる。あれかな、騎士団の一番槍ということでとりあえず特攻しておけばいいや的な思考がわずかながらにあるとかそういうのじゃないよね。

 

 思いつつも、師匠とディルムッドさんが先行するため俺とマシュも後方からついて行く。

 

 

 そして、結論から言おう。

 

 

 

 

 俺達要らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 久方ぶりの神殺しで血が滾る……その言葉に嘘偽りなどなかったのである。神と対峙するからと気合を入れてみればただテンションの上がった師匠のキチっぷりをまじかで見るだけという有様。

 この光景を俺の隣で見ていたマシュはまるで俺のことを見ているようだと口にしていた。どうやら、マシュの視点から見れば俺はああ見えているらしい。これで俺も立派なケルト人だね(白目)

 

 閑話休題

 

 でだ、その後どうなったかと言えば普通にアルテミスは消滅した。最後の最後で正気に戻った感はあったのだが、そんなことより師匠の戦いっぷりが印象に残りすぎてて覚えていない。

 

「………………唯の一度の戦い、それも殆ど働きもしなかったわけですが、お役に立てたのであれば、この上ない喜びです。盾の乙女そして仮初のマスターよ。時の果てを越えて、また再び巡り合う時もあるでしょう。それまでさらば。あぁ、そしてスカサハよ。―――――――あなたの慈悲に幾万の感謝を」

 

 最後の方はなんとも閉まらない感じではあったが、それでもディルムッドは何処か満足げに消えていった。

しかし、今回は殆ど師匠がやってましたよね。あれは、本人のスタンスとしていいのだろうか……。

 

「今回は特別だ。私だって、はじけたい時くらいある」

 

 ストレスでも溜まっていたのだろうか。実はここに来たのも何かにつけてストレスを発散しに来ただけという可能性も……いや、これ以上考えるのはやめておこう。

 

「スカサハさん。貴女は先程あれが最後の残骸だと言っていましたね?ということはこれで戦いは終わったのですか?」

 

「正解だ。マシュ、満点をやろう。そして同時に私がここにいる意味もなくなったというわけだ」

 

「そう………ですね……」

 

「なに、そんな不安そうな顔をするな。残骸は確かにお主たちの内側から排除された。それに、あの残骸を見て未来に不安を覚える必要もない。……そこにいる仁慈はまだまだ未熟だが、発想力と実行能力だけは群を抜いているからな」

 

 そして、と師匠は言葉を続ける。

 

「人理を救って英雄となれ。お主たちならば、その程度は余裕だろう。これでも、人を見る目はそれなりにあるのだ」

 

 師匠にしては珍しく、そんな励ますようなことを言ってくれた。それを聞き届けた瞬間に不自然なくらいに瞼が重くなる。

 そしてそのまま、起きようという意思が湧かないくらいにあっさりと俺はそのまま眠ってしまったのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 ふと目が覚める。

 初めに視界に入ってくるのは燃え盛る街並み―――――ではなく見慣れた自室の天井だった。研究機関ということで娯楽の類の道具は全くおいていない質素なつくりの部屋で俺はしっかりと目を覚ますことができた。しかし、先程までの記憶や経験は俺の脳内に難くこびり付いてる。

 我ながらとんでもない体験をしたと思う。師匠が夢の中に現れることというのは特に珍しいことではないのだが、ああして色々な人と巡り合うのは初めてであった。正直そこまで楽しいものでもなかったので二度目は勘弁してほしいと思うが。

 

 眠気覚ましに洗面所へと向かって顔を洗う。

 するとここでタオルを出し忘れていたことに気づいた。既に顔は濡らしてしまっていたためにどうしようかと思考を巡らせていると、急に横からタオルがにゅっと出てきたような感覚がした。

 ありがとうと言いつつ俺はそれを受け取って顔についている水滴をふき取る。ここで、ふと気が付いた。先程までこの部屋には俺しかいなかった。しかし、こうしてタオルが俺の横に来ていることから誰かが居るのは明白である。

 いくら寝ぼけていたからと言って、入って来た時には自動ドアの駆動音が絶対に聞えるはずだ。それすらも聞こえず、かつ俺に気配を悟らせない人物は正直今一名しか思い至らない。

 

「一応、仕方がないとはいえ、少々だらしがないのではないか?私が敵で合ったら今頃お主は冥界逝きだぞ?」

 

 ……待って待って。確かにカルデアに来るとは言ってた。それは聞いた。だからこそ内心で二回くらい兄貴に謝った。だけどさ、いくらなんでもさ………召喚システムフェイトすら使ってないのに俺の部屋に来ないでくれませんかね……。

 

 

 そう考えた俺を責められる人はいないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、仁慈。お主に複数の槍の使い方と、他の武器の使い方も教えてやろう。ついでにセタンタも呼んで来い」

 

「マジですか(あと兄貴ごめん)」

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

師匠がカルデアへとやってきてしまったがために、ついに仁慈の胃が限界を迎えてしまう!

寝込む仁慈!それを看病しようとするサーヴァント達!

やる気もあって普通に先輩想いのマシュ!
人格、発言、行動、それら全て仁慈のためにやっているようでそうでない清姫!
言動は意味不明だが、家事は万能タマモキャット!
なんか発光しているぞヒロインX!
善意しかないのにとどめを刺しに行く系アイドル、ハロウィンエリザベート!
もう普通にお母さんじゃね!?ブーディカ!
そして我らが大本命、皆のオカンであるエミヤ!

総勢七人による、仁義なき看病対決が今始まる!

「病人で遊ぶな………」







次回予告に進みますか?

>はい  いいえ

こっちがほんとー、次回予告ー!


大河「みんな大好きタイガー道場、出張版始まるよー!」

イリヤ「でも師匠。私たちこのgrandorderには出てませんよー?出たとしても礼装ですよれ・い・そ・う」

大河「ぬぁにィ!?このfateシリーズのメインヒロインにして看板ヒロインの私が礼装ですって!?」

イリヤ「それはセイバーなんじゃないかと私は思うんですけど……」

大河「そんなことはどうでもいいのよっ!というか、弟子一号!貴女はなんだかんだで出ているじゃない!プリズマで魔法少女しているじゃない!そういうの私にはないわけ!?」

イリヤ「あれだって正確には私じゃないですけど……」

大河「ずるいずるい!私も魔法少女やりたいー!」

イリヤ「師匠、年齢を考えた方がいいですよ」

大河「なんだとぉ!?これでも昔はイケイケだったんだぞ!?あー!こうなれば直談判だ!待ってろお偉いさん!セイバー顔より、私の出番を増やせー!!」

イリヤ「色々危ない!?じ、次回FINAL DEAD LANCERS!お楽しみに!」



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FINAL DEAD LANCERS

タイトル詐欺。


 

 

 

 

 

 

「そら!受けてみよ!」

 

 威勢のいい声と共に放たれるのは、無数の赤い槍。それに対峙するは俺こと樫原仁慈とアイルランドの大英雄にして俺にとって色々な意味で先輩にあたるクー・フーリンである。

 普段とは比べ物にならない密度を誇るその弾幕に俺たちは一人で対応することを諦めると、お互いに一瞬だけ視線を配らせ頻繁に位置を変えつつ槍をはじき返す。兄貴はクラスに収められ弱体化しながらもなお猛威を振るう技術を使い、俺は今までの経験から弾いた槍で別の槍を弾いてやり過ごした。

 

 これくらいは予想の範疇だったのだろう。師匠は槍を放出するのを辞めて左手にもう一本槍を取り出すと、二本とも携えて俺たちの間に体を滑り込ませた。

 

「っ……!マスター!来るぜ!」

 

「はいよ!」

 

 兄貴の呼びかけに今までに培われてきてしまった身体が勝手に反応を示す。師匠が右手の槍を振りかぶると同時にこちらも神葬の槍を彼女の右手に向って突き刺す。当然彼女の右手を貫くには至らなかったが、それでも師匠が槍を振り下ろすことは出来なくなった。彼女もこの槍の効果は一応認めているらしい。多少の無茶をしつつも俺の槍を相殺しに行ったことにより、隙ができる。

 もちろん右手に向かって槍を突きだしている俺はその隙を突くことはできないが、彼女と対峙しているのは俺だけではない。兄貴だっているのだ。

 

「その心臓――――貰い受ける!」

 

 嘗て師匠から貰い受けた槍を持ってして彼女の心臓を奪いにかかる。それこそが兄貴にその槍を授けた師匠の望みであるからだ。

 発動することで結果を確定させてから過程を作るという因果逆転の性質を持つ槍を兄貴は何のためらいもなくその真名を開放する。

 

刺し穿つ、死棘の槍(ゲイ・ボルク)!!」

 

 死を告げるその槍は兄貴の宣言通り、確かに師匠の心臓を射貫く――――――――――ことはなく、遥か彼方へと進路を変更。俺たちが今現在使っているカルデアの訓練室の、その天井へと飛んでいきそのまま突き刺さってしまった。おかしい。オルレアンにて、兄貴はこの槍でサーヴァントの命とワイバーンの命を数多く奪い取ってきている。ここでいきなりゲイボルクがボイコットを起こすとは考えにくい。兄貴の技量だって、聖杯戦争という仕様上生前のポテンシャルには届かないが卓越したものを誇っているはずなのだ。

 

 呆然と天井に生えた槍を見やる兄貴。

 確かに自分の宝具が持ち前の効果を投げ出し、相手とは180度真逆の天井に突き刺さりに行ってしまったとあればそうなってしまうのも仕方のない話だと思う。しかし、俺たちが敵対している人物を忘れてはいけない。いくら不測の事態でも呆然という選択肢だけは取っていけない。それ即ち、師匠に付け入る隙を与えることと同義であるからだ。案の定、師匠は飛んでいった槍を見ている兄貴に狙いを絞っていた。対応できるのはその行動を読んでいた俺のみだ。

 俺から体を放そうとした師匠の行く先に神葬の槍を投擲して、一瞬だけその動きを留めさせ、その後に無防備にさらされた横っ腹に魔力を練り込んだ拳を叩き込んだ。地面を陥没させ、周囲に轟音をまき散らしながら放たれたその拳を受けた師匠は紙屑のように吹き飛ばされる。が、そのくらいで師匠が死なないことは既に把握済みな俺はそれで安心することはなく四次元鞄から例の礼装祭りのときに手に入れていた黒鍵を取り出して8本投擲する。更には黒鍵の後に続くように俺も彼女に向けて突撃をかます。師匠は吹き飛ばされ、内側で魔力が荒ぶっていても動揺することはなく冷静に態勢を立て直す。その後軽々と俺の放った黒鍵を弾き迎撃態勢を整えていた。このまま突っ込むのは少々恐ろしいもののここまで来てしまっては後戻りなどできるはずもない。訓練室の床を蹴って更に速度を上げた俺は勢いも含めた全力の回し蹴りを放つ。

 

「はは!そういえば、お主にはそれもあったな。私が視て来た勇士の中でも己が肉体を極めたものは中々思い至らないからな。よいぞ、新鮮で実にいい!」

 

「まだまだ余裕そうですねコンチクショウ!」

 

 もちろんただ速いだけの回し蹴りなんぞ当たるわけもなく、体を逸らされて回避されてしまう。だが、俺の狙いはそれだ。回避のために逸らした視線……その一瞬の間に、遥か遠くに行ってしまった槍を回収し終えた兄貴が帰ってきた。兄貴はそのまま反撃に出ようとする師匠の死角から奇襲を仕掛ける。

 

 けれども、まぁ俺が気づいていた兄貴の接近に師匠が気づかないなんてことはなく。どこからともなく召喚された紅い槍にしっかりと防がれてしまった。兄貴はその雨を回収してきたばかりの槍を回転させることによって防御をすると深追いはせずに俺の隣へと降りた。

 

「すまねえなマスター。ちょっとぼさっとしちまった」

 

「あれはしょうがないと思うマジで」

 

 多分だけど、不死である師匠の因果を見つけることができなかった結果があの大暴投だと思うし。通常ならまずありえないからね。アレは。

 

「セタンタ。お主、もしかしなくとも弱くなっているな?仁慈に助けを求めるなど、以前のお主では考えられなかっただろう」

 

「へいへい、どうせ俺は弱くなっているし、必中宝具を大暴投に変える青色全身タイツだよ。……ったく、仕方ねえだろ。俺だって弱体化したくてしているわけじゃねえんだよ」

 

「………ま、原因が何であろうと答えは単純だ。弱くなったのであればまた強くなればいいだけのこと。そら続きだ。そのコンビネーションを以てして私をもっと楽しませるがいい!」

 

 やる気を更に上げる師匠。その証拠に、彼女は自分の背後にシャレにならないくらいの槍を出現させて待機していた。もはやいつぞやに戦った英雄王のようである。

 

「師匠のやる気はMaxか……。マスター、こっからが本番だぞ。気合を入れろ!」

 

「ですよね…………おっし、やるぞ!」

 

 俺達の勇気が師匠を倒すと信じて!

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、いう夢を見たんだ。

 

 

 

 

 

「んっ、んう?」

 

 朧げな意識の中で俺は頭に当たる柔らかさとぬくもりによって意識を覚醒させた。それはいつか何処かでマシュから受けた膝枕に大変似ている。

 

「あっ、先輩。気が付いたんですね。よかったです」

 

 というかその光景のまんまだった。

 いつぞやのように俺はマシュから膝枕されているような状態であったらしく、俺の目の前には見覚えのある2つの豊かな山が存在していた。激しく自己主張するその山から視線を逸らしつつどうして俺が膝枕を再び受けるようなことになったのか思考を巡らせる。

 すると、マシュが俺の思考に気づいたのか、答えを先に口にした。

 

「あの後、先輩とクー・フーリンさんはスカサハさんにやられて気絶していたんですよ」

 

 そう笑って言う彼女。夢じゃなかったかぁ……。

 それは置いといて、うちきり漫画の如き覚悟を示した俺たちが気絶した時の状態はもう少し酷い状態だったらしく、マシュやロマンをはじめとした初対面の人間まで食って掛かるほどの酷さだったという。しかし、具体的な内容を聞いたら割と大したことがなかった。別に槍で空中コンボされるくらいケルトにとっては普通である。

 マシュの話だと俺は人間でマスターだからこそそれで済んだのだが、槍を外し、俺と肩を並べてしまった様を見て大層お怒りだったらしく今でも寝込んでうなされているとのこと。兄貴ェ……。

 大体状況の把握が済んだので、頭に感じている柔らかい感触に注意しつつ、周囲を見渡す。ここはカルデアの医務室だろう。清潔感のある部屋にベッドがいくつも並べて在り、鼻には消毒液の匂いが漂ってきた。隣を覗くと俺と同じく師匠にやられたらしい兄貴が寝ており、反対側にはいつもの赤い聖骸布を脱ぎ捨て、髪も前に流しているエミヤ師匠が寝ていた。…………え?何で?

 

「ねぇ、マシュ」

 

「なんですか先輩」

 

「隣でエミヤ師匠が寝ているのは何故でしょうか」

 

「…………」

 

 俺の問いかけにマシュはそっと視線を逸らした。口では何も言わないもののその表情は何よりも雄弁だった。曰く、嫌な事件だったね……というところだろうか。

 何があったのか物凄く気になるのでとりあえずじーっと彼女を見つめることにした。マシュは俺からの視線が恥ずかしいのか徐々にその白い肌を赤く染めていったかわいい。

 

「…………なんで黙って私のことを見ているんですか?」

 

「エミヤ師匠のことを教えてもらおうと」

 

「……………わかりました。言いますから、ちょっとだけ、むこうの方を向いてくれませんか?顔を戻すので」

 

 赤くなった顔をむにむにほぐすマシュから仕方がなく、本当に仕方がなく視線を逸らす。するとマシュの方も顔を元に戻しながらエミヤ師匠のことについて語った。

 

「流石に、マスターである先輩が倒れたとなれば、当然カルデアに居る人たち全てにその話がいきわたります。そうして回って来た情報からスカサハさんに苦言を呈したのがエミヤ先輩だったんです」

 

 曰く、修練に怪我等は付き物だが、いくら何でもあれはやりすぎということでエミヤ師匠が師匠に言いに行ったらしい。それだけならば、師匠と口論するくらいで済んだのだが、彼が俺の師匠と言うことを明かしたのがいけなかったらしく、あれよあれよと戦うこととなったらしい。で、結果は見ての通り、エミヤ師匠はカルデアのフカフカベッドのお世話になる羽目になったとのこと。

 

「とんでもなく申し訳ない気持ちになる」

 

「仕方がないと思いますよ。あれはどう考えても先輩のせいではありません」

 

 フォローを入れてくれるマシュに感謝しつつ、俺は必ず師匠にある程度の自重をさせようと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 まぁ、そんなことあの人が聞いてくれるわけもないんだけどね。

 

「遅いぞ、仁慈、セタンタ、エミヤ。そら、目覚まし代わりの修練だ。今日こそは私に一太刀浴びせてみせよ」

 

 それはこの光景を見てみればわかるだろう。

 俺が兄貴と一緒に倒れて膝枕されてから三日後、こうして今度は三人でスカサハ師匠に対峙する俺達。この人は意地でも俺たちを鍛えることをやめないらしい。

 

「なぜ私まで……こういう役回りはランサーである君たちの役割ではなかったか?」

 

「ほざけ弓兵。こうなりゃお前も道連れだ。精々、死なないように死力を尽くせよ」

 

「二人が協力してくれるのはいいんだけど、それが味方と戦う時に限ってって……」

 

 ある意味その辺の敵よりボスしてるから更に質悪いんですけどね!

 言いつつ、俺たちはそれぞれの武器を手に、師匠へと向かって行くのだった。

 

「ゲイボルク・オルタナティブ!」

 

「ぐっは!?」

 

「ランサーが死んだ!」

 

「この人でなし!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束事

 

 1、師匠はむやみやたらに周囲を巻き込んで修練をしない。以上、これさえ守れればいいです。

 

                  by仁慈

 

 

 交換条件

 

 セタンタ、仁慈、エミヤの三人と早朝に修練を行う。お主らにはまだまだ伸びしろがある。私がそれを育ててやるから、私を殺せるほどにまで成長してくれ。

 

                 byスカサハ

 

 

 

  




アーチャー(紅茶)も死んだ!この人でなし!

それはともかく、次回からは四章を開始します。すみません。サンタオルタについてなんですけれども、流石に長期休暇時とはわけが違うので、今後書かなかったイベントストーリーにつきましては本編の方がひと段落してから書き始めるというスタンスでいこうと思います。
納得できない方もいるかもしれませんがご理解のほど、よろしくお願いいたします。


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キチガイ(達)が引っ搔き回す第四特異点
第四特異点プロローグ


投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。
リアルで色々ありまして……ちょっと書く時間がなかったのです。………P5楽s(ry



 スカサハ師匠がカルデアにやって来た。

 それを自覚した当初は豪く動揺したものであるが、人間の適応能力は馬鹿にできず、そんなものも二週間かそこらで慣れてしまい、今では日常の一部として組み込まれてしまっている。カルデアの職員もである。

 何気にカルデアの職員の適応能力も中々だと思う。

 

 さて、そんな二週間を含めてあれから一か月ほど経過したのだが、この一か月で何か変わったことがあるかと言われれば………これが物凄いある。

 

 まず、俺の起床時間が早くなった。元々俺は朝食を作るために起きていたけれども、そこから更に師匠による修練が入ったために更に早くなってしまった。まぁ、それはエミヤ師匠が肩代わりしてくれるようになったということで事なきを得たのだが、負担はむしろ増えることになるよね。毎朝毎朝、兄貴とエミヤ師匠と共にしごかれる日々を送っている。

 これを受けているにも関わらず食事を作ってくれているエミヤ師匠にはもう足を向けて眠れないかもしれない。

 変わったことはこれだけではない。二つ目に変わったことは聖杯のバックアップをしばらく受けることができなくなってしまったのである。それを言い渡して来たのは我らがカルデアのドラえもんとも言えるダ・ヴィンチちゃんだ。

 

 

――――――――――――――

 

 

「彼女……・スカサハ女史が来た前日の夜にね、聖杯とのパスが無理矢理切られたようなんだ。これが厄介な切り口をしていてねぇ。修復には時間がかかるんだ。まぁ?これを機に、聖杯をオルレアンのものからエリザベートちゃんが持ってた聖杯の欠片にバックアップ先を変更もしようと思っていることも一因かな」

 

「ん?なんか色々おかしくない?」

 

「別におかしなことはないよ。願望機の機能を備えているその聖杯よりも、欠片のようなあの聖杯とは単純な存在としての格が違う。いざという時は万全の聖杯を使おうという寸法さ。魔力タンクの役割としてなら欠片とも言えるあの聖杯でも十分だしね」

 

「聖杯の修復っていうのは?」

 

「物凄いざっくりした切り方だったから聖杯に直接ダメージが入っているんだよ。幸いにも?天才であるこの私がいるから何とかなるけれどもぉ?普通だったら、魔力の逆流からの爆発オチだったねー」

 

「マジでか」

 

 

 

―――――――――――

 

 

 割とシャレにならない事態だった。そのことを師匠に問いただしてみれば「私でもミスをするとも」とどや顔を決められた。思わず頭を叩いた俺は悪くないと思う。その後三十倍返しされたけど。

 聖杯に関しては普通にこれでもよかったと今では考えている。普通にこのまま魔力タンクとして使ったら師匠からぶっ飛ばされる……で済めばいいレベルで色々されるだろうし、魔力タンクの件は俺がもっとふさわしい技量備えてからにすればいいだろう。

 

 そして最後にして一番変わったことがこれである。

 

「メリー。煙突から失礼。召喚に応じて参上したサンタクロースのお姉さんだ。貴様が私のトナカイか?」

 

「いえ、人違いです」

 

「…………」

 

「…………」

 

 聖夜に現れた黒いサンタクロースと化したあのアルトリア・ペンドラゴンがカルデアに訪れたのである。

 どこをどうしてこうなったのかという過程はのちに語らせてもらうけれども、一つ言えることはまともではなかった。魔力放出でカッ飛ぶそりと、それに引きずられるトナカイ(アステリオス)なんてどう対応すればいいのかさっぱりわからなかったもの。

 

 

 と、このようにある意味でいつも通りのカルデアだったのだが、それすらも慣れてしまった今日この頃、ロマニから連絡が入った。これまでと同じようにマシュが俺の部屋へと訪れ合流してから管制室へと向かう。

 中に入ればこれまたおなじみの光景が広がっていた。ついでに俺が今までに呼び出したサーヴァントも大集合である。

 

「お、来たね。じゃあ早速今回のorderの詳細を説明しよう」

 

「何故ネイティブに言ったし」

 

 不意打ち過ぎてビビったんですけど。

 

「ん゛ん゛……では改めて。第四の特異点となるのは十九世紀、冬木を除く七つの中では最も現代に近い時代だ。けれど、驚くことはない。産業革命、人間の今後を大きく左右したこれが起きたんだ。特異点となるには十分すぎる」

 

「確かに」

 

「そして具体的な転移先だけど……絢爛にして華やかなる大英帝国、首都ロンドンに設定されている。もしかしたらこの特異点はそこまで足を棒にしなくてもいいかもしれないよ。なんせ、馬車も鉄道もあるんだからね」

 

「まともに使えればの話でしょうが」

 

 十中八九使えないと思うけれど。何かしらの理由をつけては使えないに決まってる。

 

「別にいいと思いますよ?先輩はちょっとやそっとでは疲れないでしょうし」

 

「今までのことがあるから文句を言えないんだよなぁ」

 

 マシュからの冷たい言葉を粛々と受け入れるしかない俺。オルレアンから行った強制ライド、ローマでの魔力放出ダッシュ、そしてオケアノスでは船の旅……まともに移動した記憶が全くと言っていいほどなかった。

 

「何はともあれお願いするよ。…………それにしても、いいなぁ。霧の都、ロンドン。可能なら僕も行ってみたかったなぁ……シャーロック・ホームズに会ったらサインとかもらえたり……」

 

「ドクター。レイシフトは旅行ではありませんし、そもそもシャーロック・ホームズは架空の人物です」

 

「ぐはっ!?」

 

 マシュからの マジレス! ロマンはちからつきた! 

 おお、ロマン。しんでしまうとはなさけない。

 

「はいはーい。死んでしまったロマンを置いといて、ここからは私が説明をしてあげよう!」

 

『マジか』

 

「冷たい反応をありがとう!さすがの私でも心が折れそうだよ!コホン……それでは仁慈君。第四特異点に行くメンバーを選出してくれたまえ!」

 

 前に出た瞬間、向けられた冷たい視線に笑顔で返しながら俺に語り掛けるダ・ヴィンチちゃん。

 

 ……メンバー選出は物凄く重要な意味を持つ。特にここからは。ローマでもロムルスやオケアノスでのヘラクレス、ヘクトールと言った英霊達が現れたのだ。半分に差し掛かる今回の特異点では少なくともそれらと同等の連中が出てくることが予想される。そういった意味では師匠を連れていくことができれば物凄く安心なんだけれども……。

 

「ん?どうした仁慈。私に熱い視線を送って。一晩相手してほしいのか?」

 

「違いますけど?」

 

「ハッハ、即答か。まぁ良い。私を連れていくなら悪いが諦めてくれ。私はこれからしばらくの間、セタンタに我が槍の真髄を一から叩き込まねばならないが故にな。第五の特異点には間に合わせる故、今回は見逃せ」

 

「はぁ!?ちょっと聞いてないんですけど!?」

 

 俺が反応を返す前に兄貴から驚愕の声が上がった。うん。まぁそんなことだろうと思った。あの師匠が兄貴に事前連絡を行うわけがない。受けてたらあんな余裕を持ってここにいるわけがない。今みたいに死んだような目をしているに決まってる。

 

「お主、もしや肝心なところで外す槍を携えて人理復元などに赴くつもりではあるまいな?」

 

「オルレアンでは外してないんですけど!?」

 

「たわけ。私には大暴投だったではないか。いざという時あれを出されては目も当てられん」

 

「ぐっ、言い返せねぇ……」

 

 どうやら決着はついたようだ(というか、元々ついてる)

 何人かのサーヴァントは笑ったり、憐れんだりしているが、明日は我が身とも言える自分としては笑えるはずもなかった。

 未来の自分の姿とも言える兄貴の後姿を目に焼き付けつつ、他に残ったサーヴァントたちを見て行く。するとブーディカとエミヤは苦笑いしながら首を横に振った。

 

「悪いね仁慈。助けてあげたいのは山々なんだけど、食事と職員のメンタルケアにも人員が必要なのが現状でね」

 

「私も、ある程度の心得は持っているが故、今回はそちらの方に回ろうかと考えている。ロマニも君たちのオペレーションで手が空いていないだろう。聖杯のバックアップもなくなり、あまり多くの英霊を従えることはできないだろうしな」

 

 エミヤ師匠の言葉に俺は納得した。

 ただでさえ、人員が不足しているカルデア。今いる人たちのケアも十二分に重要な仕事だ。いい方は悪いが貴重な人員を使いつぶす余裕はないのである。彼らも、今までこの仕事をしてきたプロフェッショナル達だし、損害は大きい。

 

「となると……」

 

 そうして俺は残ったメンバーを見渡す。

 俺の視界に移るのはヒロインX、清姫、キャスエリ、ノッブ、自称素敵なサンタさんタマモキャットの6騎……。

 

 これは酷い。誰を選んでも似たよううなものというかどうあがいても絶望というか……八方ふさがりというにふさわしい事態だ。

 

「………マシュはどうする?」

 

「うぇ!?私ですか!?」

 

 マシュに尋ねると彼女たちの視線は一斉にマシュへと注がれた。それに気づいた彼女は目に見えてわかるくらいに委縮してしまっている。これは酷いことをしたかもしれない。

 やっぱり俺が決める、と口にしてマシュの視線を一手に受けれた俺は意を決して連れていくサーヴァントを口にした。

 

「今回連れて行くのは、キャスエリとノッブそれにタマモキャットだ」

 

 言葉を言った瞬間に選ばれた面々は雄たけびを上げた。それとは逆に選ばれなかったサーヴァントたちはがっくりと肩を落とした。

 みんなには悪いと思うけれどなんとなくこの面子で行った方がいいと思ったんだから仕方がない。特に、Xは絶対に連れていくなと俺の勘が囁いていた。

 

「散歩の時間だな?よろしい。それではご主人、首輪を持て。ご主人のメイドにして妻たる私の力を見せてやるワン!」

 

「フフン。期間限定仕様のこの私!エリザベート・バートリーが選ばれるのは、ドラゴンが火を噴くのと同じくらい当然!さぁ、行くわよ子イヌ(?)。ロンドンという街並みにアタシの華麗で美麗な歌声を響かせるのよ!」

 

「こうして本場へと赴くことができるとはのー……。人間、生きていれば何が起きても不思議ではないということかの。まぁ、わしは死んどるけど。しかし……うむ、なんかわくわくするの!」

 

 …………早くも自身の発言を撤回したくなってしまった。どいつもこいつもピクニックや旅行、ライブ気分で居やがるではありませんか。これなら多少の勘をスルーしてでもサンタオルタを選出するべきだった……。

 

 こうして俺は若干の溜息と共にレイシフトをすることにしたのだった。

 

 

「……………………」

 

 

 

 




サンタオルタは後に書きます。

ちなみに、ロンドンだし時計塔に行くので所長を連れて行こうかと思ったのですが、全くうまく動かせない気がしたのでやめました。……本当に所長を助けた意味はあったのでしょうか。
無計画とは恐ろしきものよ……(自業自得)


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あーあ、出会っちまったか

大変お待たせいたしました(本当に待っていたかはともかく)


 

 

 

 

 

 

 

 前にも思ったかもしれないが、俺たちが一番無防備になるかもしれないレイシフトをちゃっちゃか終わらせやって来たのは十九世紀のロンドン。何かと事件が起きたり、シリアルキラーが現れたり、無駄に万能な探偵が事件解決(物理)とかやらかしてしまう魔境の地である(偏見)

 

「レイシフト完了しました。……それにしても、この霧は……」

 

「前が見えねぇ……」

 

 ロンドンと言えば霧という感じにも思える位に霧を取り上げているものが多かったけれども、これは流石に予想外すぎるでしょう。

 

 俺の視界に移るのははっきりと目視できるくらいの霧。すぐ近くの街並みは確認できるが、もう少し遠いものを見ようとするのであればはっきりと確認することができない。魔力強化も試してみたものの効果は芳しくなかった。

 

「ほんと、全然見えないわね」

 

「まるで元ご主人の心中を表したような天候だな。実に面倒くさいゾ」

 

「…………ねぇ、前から思ってたんだけど、貴女私のこと嫌い?嫌いよね?絶対嫌いでしょ!?」

 

「わはは!」

 

「答えてよ!」

 

「なんじゃ、騒がしいの……。それにしても、せっかく南蛮の街並みを見ることができる機会だというのにこんな霧じゃあのぉ……」

 

「ほとんど現状に関係ない呟きですね……」

 

「普通に人選ミスったかも」

 

 緊張感がないのはこの際もういいけれども、どいつもこいつもこの現状について何も考えないという使えないという有様。

 

「それにしても、すごい濃度ですね」

 

『空を覆い尽くす程の霧、煙。産業革命時代としては全然おかしくないことなんだけれども……まぁ、当然の如く普通の霧煙ではないね。とんでもなく高濃度の魔力を観測できる。いや……これはちょっと濃すぎるんじゃないかな!?大気の組成そのものに魔力が結びついているクラスだよ!』

 

「結局何が言いたいのよ?」

 

『間違いなく生体に有害だよ。マシュや仁慈君は体調に変化などないのかい?』

 

 ロマンから尋ねられるも正直俺に変化は感じない。普通にいつも通りである。マシュもデミ・サーヴァントであるからだろうかどこにも問題はなさそうである。

 

「私は問題ありませんね。先輩は……」

 

「いつも通り。どこも変わったところはないよ」

 

『うーむ。デミ・サーヴァントであるマシュはともかく、一応……一応人間である仁慈君にも影響はなし、か。流石仁慈君。僕たちにできないことを平気でやってのける。そこに痺れる憧れるぅ!………まぁ、もしかしたらマシュと契約していることが大きいのかもしれないね。彼女はシールダー。様々なことに耐性を持っている守ることに対するスペシャリストと言ってもいいからね』

 

 仁慈君なら素で毒を無効化していても不思議じゃないけれどと最後に付け加えるロマン。否定したいところだが、俺でも自覚できるくらい変態が集まっている我が家系の歴史の中で人間の対抗能力の限界を突き詰めていた樫原が居てもおかしくはないために否定はできなかった。

 

 今更ながら樫原という家のキチガイ具合を把握しつつ、この毒霧ィ……(杉田ボイス)の影響の所為でゴーストタウンと化している街を捜索しようと声をかけようとした瞬間、カタカタ、ゴトゴトと何やら駆動音のようなものが俺たちの耳に入って来た。

 

「――――この音は?」

 

「む?」

 

「あら?」

 

「おぉ?」

 

『生体反応は……なし?しかし動体反応は複数体!ものすごい勢いでこちらに近づいてきている!魔力反応は………あぁ、ダメだ!この濃い霧の所為で感知できない!』

 

「そうですか」

 

 とりあえず何かが近づいているということが理解できればそれでいい。俺たちは段々t近づいてきている音の方向に対してそれぞれ警戒を強めていく。

 

 数秒後、霧の中からその音の原因が飛び出して来た。

 その正体とは、何かの人形のようなものであった。どこかマネキン人形にも似たそれはカタカタと所々人間では不可能な動きをしながら俺たちに襲い掛かって来た。こちらもその人形を返り討ちにしようと追撃態勢を整えたところで、一番近くまで接近していた人形の一体がバラバラに引き裂かれた。

 

『!?』

 

 俺達が驚く中、それを行ったと思われる人物は俺の前にすたっと静かに着地して、濃い霧の中でも失われることのない輝きを携えた西洋剣を人形の群れに向けた。

 

「ふっふっふ。マスターのピンチに颯爽と現れる……これぞセイバーに相応しき活躍だと思いませんか!?」

 

 無駄に廃テンションで声を上げたのは、特徴ありすぎな少女。唾付きの帽子からアホ毛を貫通させ、サーヴァントとは思えないジャージ装備。その美貌を台無しにするくらい残念な言動。どれをとっても間違えることなどできないくらいに濃いキャラであるヒロインXであった。

 

「何でいるのさ」

 

「私が黙ってお留守番していると思いました?残念!黙ってついて来てしまいました!だって私、アサシンですし!」

 

「都合のいい時だけ暗殺者名乗んな」

 

「あだだだ!?マスター、帽子が……!私のトレードマークが……!」

 

「やかましい」

 

 ドヤ顔を決めてくれたヒロインXに向ってアイアンクローを繰り出し、ぎりぎりと締め上げつつ宙に釣り上げる。

 必死に俺の腕をタップするヒロインXだが、それくらいではこれをやめることはできない。戦力が増えることはいいことだけれども、魔力の分量とかその他諸々を色々考え直さなきゃいけないじゃないか。聖杯のバックアップがあったときとは違うんだぞ。

 

「先輩!今は思いっきり敵の前ですよ!」

 

 普段から油断すること、話していることが悪いというだけあって、不意打ちされても文句は言えない。そんなわけで俺がアイアンクローを行っているところに人形が一斉に襲い掛かって来た。

 しかし、自分が効果的とわかって行っていることに対して何の対策を持っていないかと言われれば否である。この場合には腕にちょうどいい弾丸があるためにそれを射出することにした。

 

「行け!謎の弾丸X!」

 

「正気ですかマスター!?」

 

 お仕置きの意味も込めて、襲い来る人形の集団にヒロインXを投げ込んだ。文句を言いつつも飛んでいったヒロインXは俺から受けた勢いを利用しつつ、聖剣を握る手に力を込めた。そして――――――

 

「―――――――――」

 

―――――すれ違いざまに一閃。

 

 それだけで、人形たちは俺の前ですべてスクラップへと変貌してしまった。

 ……実力だけは確かなのに本当に残念な存在である。

 

 

『仁慈君!まだ終わってないぞ!』

 

 ロマンの声と同時に再び聞こえてくる駆動音。今度は俺達を囲むように四方八方からその音が耳に届いてきた。もはや聞くまでもないが、思いっきり囲まれているらしい。

 

「これは……」

 

「どうやら囲まれているようじゃの。自動で動く絡繰り人形か……ワシらの歓迎パーティーというわけではなさそうじゃ」

 

「うむ。どう考えてもパーティーという雰囲気ではないな。しかしこの雰囲気には覚えがある。なにを隠そうキャットが時々行う狩りの時と同じ雰囲気であるが故にな」

 

「さっき思いっきり襲い掛かって来たわよね……はぁ、これが私のファンであれば一曲特別サービスで歌ってあげたのに……」

 

「ここでこのガラクタ共を蹴散らせばワンチャンマスターに許してもらえるかもしれませんね」

 

 敵に囲まれているという状況の中で在り得ない言葉であるが、彼女たちは歴戦の英雄?……英雄、うん英雄達なのである。

 たかが人形に囲まれたくらいでは問題にすらなるわけがないのである。一斉に襲い来る人形。効果的とはいえ、複数の相手はこれしかやることがないのかと思いつつも、人形をさばいていく俺達なのであった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 そして数分後。俺たちの目の前には先程まで襲い掛かってきていた人形たちの残骸が転がっていた。やはり、なんにしても英雄というカテゴリーに位置する者達からすれば人形などは物の数には入らなかったようである。

 

「………この人形、こっそり持って帰ってしまおうか……」

 

「人形相手に歌っても意味ないし、ほんと無駄な時間だったわね。子イヌ(?)ー。のど飴とか持ってないかしら?」

 

「ご主人。仕事の報酬を要求する。ニンジンか散歩で頼むぞ」

 

 さて、自由な三人組はとりあえず放置するとして、問題はこのヒロインXだ。素直に戦力が増えることはいいことだ。それもなんだかんだで、うちの戦力でもトップに近い実力を持っているヒロインXならば尚更。

 だがしかし、どうにも俺の勘が引っかかる。それだけが唯一の懸念となっているのだが…………ここまで来たらもうどうでもいいか。何か問題が起きたらその時で対処すればいいだろう。

 

「はぁ……仕方ない。X、あまり余計なことはしないでくれよ」

 

「何を言いますか。私はセイバーが居なければ普通に大人しいでしょう?」

 

 くくりがでか過ぎるんですよ。もう少し限定的にしてくれませんかね。あと、お前が大人しい時はぶっちゃけない。

 

「先輩が言えることではない気がします」

 

「マジか」

 

 どうやらマシュからすると俺はヒロインXと同類だったようだ。肩を叩いて笑顔を浮かべる彼女の姿がとても頭にきた。そんなことを思いつつも人形に邪魔された町の捜索、もしくはこの時代で起きたことの手掛かりを探しに行こうとするのだが、再びこのタイミングでアクシデントが起きた。なんでこうもこの場から動くことができないのだろうか。

 

『話がまとまった?ところ悪いけど、生体反応だ。一応さっきみたいな人形の類ではないと思うけれど、この霧に耐性を持った一般人か魔術師、サーヴァントかどうかすらはわからない。くれぐれも注意してくれ』

 

 また何かがここに向かって来ているようだ。

 一応、皆にいつでも戦闘ができるように心構えだけはしておくように声をかけてからここにやってくる人物を待つ。

 

 そうして、数メートル先すら見渡すことのできない濃い霧の中から現れたのは何処か見覚えのある風貌の少女だった。

 見覚えのある顔、見覚えのある金髪。多少髪質はとがっているものの、髪型までもがそっくりなその少女はどう考えても今俺の隣に居るヒロインXと言うよりいわゆるアルトリア・ペンドラゴンと同じ顔、もしくは限りなく近い顔を持っていた。

 

「ん?なんだお前ら。あの人形どもを追って来たんだが………!?」

 

 ガサツさを感じる口調で何かを問おうとしたアルトリア・ペンドラゴン似の少女だったが、向こうもこちらに居るヒロインXを視界に収めた瞬間目を見開き、口をだらしなくあんぐりと開けた。

 

 俺の直感が言っている。これはヒロインXの病気という名のセイバー絶対ぶっ殺す精神だけでなく、向こうの少女は少女で非常に巡りあわせが悪いと。

 

 

 常識という檻から解き放たれた自由三人娘すら黙らせる雰囲気の中、ヒロインXに視線を固定していた少女は、実に間の抜けた声で叫び声を上げた。

 

「ち、ちちち……父上ー!?」

 

 まさかの娘さんだった。

 ヒロインX(アルトリア・ペンドラゴン)を父?……親として仰ぐということはあの少女はもしや反逆の騎士モードレッドだったりするのだろうか?もしそうだったらまずいぞ。先程人形を追いかけてきたという旨の発言から考えるに、彼女は確実にこの街についての情報を持っている。それを聞きたいのだが、色々こじれた因縁があるであろうアーサー王と行動を共にしている俺達と話をしてくれるかどうか、とても不明瞭だ。無闇に突っ込むのはよくないと思い、ひとまず静観を決め込むことにする。

 

 素っ頓狂な声を上げたモードレッド(暫定)の発言に対して、ヒロインXはゆっくりとその顔を上げて、静かに口を開く。

 

「そうですかそうですか。モードレッド。………貴方まで、私の邪魔をするというのですね………」

 

「えっ?ちょっ?父上?」

 

「――――――このドラ息子。城の窓をたたき割って回ったことも含めてじっくりと私が教育してあげます」

 

「父上が認めてくれた………ドラ息子って言ってくれた………!しかも、剣で語ってくれるとか、よっしゃ!テンション上がって来たぜ!」

 

 ………カオスだなー……。もう収集つかないなー。会話に入るのも面倒くさいなー。しばらく放置しよう。

 

 既に観戦モードに入ってしまった能天気三人娘を視界に収めつつ、急に剣を交え始めた親子(暫定)

 こんな状況で俺が取れる手段はなかったのだ。

 

 そうだなとりあえず、マシュが妙に優しい表情をしながらヒロインXとモードレッドの戦いを見ていたことが印象に残ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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奇跡のめぐりあわせ

ハッハ!私がシリアスなんて書けるわけないじゃないか!

例の如くキャラ崩壊注意。


 

 

 

 

 

 

 

 

「父上、戦い方変わった?いつぞやはかなり正々堂々を素で行ってたと思うんだが……オレの戦い方にも何も言わないしさぁ……」

 

「そうですか?気のせいでしょう。とりあえず大人しく斬られなさいカリバー!」

 

「うぉっ!?……へへっ、不意打ちもしてくるのか。ちょっとばかり複雑だが、面白れぇ!」

 

 あーあ、出会っちまったかな二人、ヒロインXとモードレッドが剣を交える。ヒロインXはアルトリア顔のセイバーということで、冗談とは思えない殺気をモードレッド目掛けてぶつけているが、相手をする当のモードレッドは笑顔である。

 彼女からすれば、並々ならない執着を抱いていた相手が自分のことを無視することなく戦ってくれている上に、自分と似たような戦い方をしているのだ。嘗ては否定された自分の剣術。剣を投げ、足を使い、真正面からの戦いに強いこだわりは持たない……そんな剣術と似たようなものを扱うヒロインXを見て彼女は自分が認められているような錯覚に陥ったのである。こちらもこちらで中々にこじらせていると思う。もはやこじらせすぎていて別世界の彼女が混ざっているのではないかと考えるほどであった。

 

 当然、その様を遠目から眺めている仁慈たちはどうにかしたいと思いつつも、どうにもできないでいた。

 強制的に仲裁に入っても、今後の関係に何かしらの悪影響を及ぼしそうだと考えていたからだ。彼らの名前と戦いぶりを見ればその因果関係など一目瞭然。むやみやたらに敵を増やすことは決して得策とは言えない・・・・・それが仁慈の考えだった。

 

「あの二人、随分と盛り上がっているようじゃのぉ……」

 

「この私を無視とは失礼しちゃうわ。……いっそ、ここで歌って視線を奪ってやろうかしら」

 

「やめるがよい元ご主人。そんなことになれば、このキャット。わずかながらの理性すら野生に還して襲い掛かるワン」

 

「ぶ、物騒なこと言わないでよ……。あと、やっぱり私のこと嫌いでしょ?」

 

「とりあえずハロエリの案は却下。………ま、このままここで突っ立ってても仕方ない。この近くを軽く見回ってみるか……」

 

 二人の戦いは苛烈を極める一方であり、まだまだ終わりそうになかった。そのため仁慈は一回時間を置くためにヒロインXをその場に残して周囲の探索へと乗り出したのであった。……これでは彼女の同行を許可した意味がないじゃないかと思いながら。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 そこから二時間後、近場の調査を一通り終わらせた仁慈達だったが、流石に近場の調査だけでは限界があるらしく、そこまで有益な情報を得ることはできなかった。彼らがこの二時間で掴んだ情報と言えば、自律人形以外にも蒸気機関を搭載した男のロマンを刺激する機械が存在するくらいだった。

 そんなことがありつつも、無事に元居た場所へと帰還を果たした仁慈たち。二時間も経っていることから多少の変化はあっただろうと勘ぐっていた彼らだったが、その予想を裏切るような光景が仁慈たちの目に飛び込んできた。

 

 あの二人、まだまだ元気にやりあっていたのである。

 特に大きな傷を負うこともなく、二時間前と変わらないように剣を交える二人。これには先程まで優しい表情を浮かべていたマシュも苦笑を浮かべていた。

 

「まるで変化がないわね」

 

「…………はぁ」

 

「しっかりしてください先輩」

 

「いや、だって。これは横から口出ししたら絶対に面倒くさいパターンだと思うんだけど」

 

「わしも同意するぞ。この手の因縁に横から手を出した者は大体結託された当事者たちにやられるもんじゃ」

 

「ですよねぇ」

 

 信長の発言に仁慈は力なく同意する。

 わかっているのだ。ここで止めに入るということは今後モードレッドを敵にする可能性が高いということくらい。しかし、何時までもここで待ちぼうけを喰らっているわけにはいかず、また貴重な情報源である彼女をみすみすヒロインXに殺されるわけにはいかなかった。やるにしてもせめて情報を貰ってからにしてくれと心底思っていた。故に、彼はここで多少のいざこざが残っても止めることを決意する。もしここで敵対者となった場合には最悪速攻で倒すという考えを頭の片隅に置きながら。

 

「X-!そこの騎士にこの街の状況を聞きたいから少しだけ戦いをやめてもらってもいい!?」

 

「無理です!」

 

「誰だお前は?邪魔すんな!」

 

「知ってた」

 

 聞く耳は持たなかった。

 仁慈は予想通りの結果に再び溜息を吐く。もとより言葉で止まるとは思っていなかったが、まるで相手にされていなかった。

 がっくりと肩を落としつつ仁慈は背後にいる信長とハロエリに視線を向ける。一方向けられた彼女たちはコテンと揃って首を傾げた。

 

「死なない程度に」

 

「「えっ?」」

 

「死なない程度にあの二人を止めてきて。信長がモードレッド、ハロエリがXでお願い」

 

 仁慈の口からで出た言葉に思わず固まる二人だったが、そんな反応をしたところで仁慈の発言が覆ることはなかった。この男、言葉で聞かないのであれば実力で黙らせる気である。当て馬として相性のいい二人を指名していることから確実に自覚があっての指示だろう。通信越しにこれを聞いていたロマンは静かに合掌した。

 

 指名された二人は簡潔な言葉に固まっていたものの言葉の意味を理解した後はごく普通に動き出し、首を縦に振った。もとより容赦など欠片ほど……は言いすぎなもののそこらの人間よりも持ち合わせていない人物たちである。殺さない程度に殴り倒す程度で彼女たちが揺らぐわけがなかった。

 

「よかろう。任せておくがよい!」

 

「この後のライブに備えてちょっとだけウォーミングアップと行きましょうか!」

 

 戸惑うどころかノリノリで駆け出していく二人。仁慈は彼女たちに対してパスを通した魔力強化でサポートを行う。いくら聖杯がないと言っても、仁慈は『ぼくたちがかんがえたさいきょうのにんげん』のようなステータスを持つ人物である。魔術にも使い慣れた今の彼ではこの程度何の負担にもならないようなものだった。

 ということで、元々存在する相性差と仁慈による強化魔術のおかげで二人の鎮圧にそう時間はかからなかったという。

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「………流石にこの対応はどうかと思うんですが?」

 

「いいところだったのに邪魔しやがって……!」

 

 同じような顔の二人から睨まれる仁慈。並みのマスターやサーヴァントであれば震えあがるような光景だが、生憎と仁慈はそれ以上の修羅場を知っている。そのため、そんな二人に対して殺意丸出しのステキな笑顔で対応した。二人は顔を青くして黙り込んだ。

 

「まったく……X。今回は最悪この街のことを聞ければそのまま戦ってもいいからさ。今はおとなしくしててくれ。本当に」

 

「はい」

 

「まぁ、Xはいいとして……問題はこっちか……」

 

「………なんだよ」

 

 明らかに不機嫌ですという表情を浮かべるモードレッド。バリバリの殺意を向けられるよりはマシなのかもしれないが、それはそれで対応に困る態度だった。この反応は流石の仁慈も予想外であり、少々動揺しながらも彼女に対して問いかける。

 

「Xと戦いたいというならこちらは邪魔しない。唯、俺たちは今このロンドンで起きている問題をどうにかしたいと思っているんだ。だから、知っていることがあれば教えてほしい」

 

「……………ふん。そのことはもう父上から聞いてるよ。なんでも人理復元ということをやってるらしいじゃねえか。一応、俺の目的とお前たちの目的は一致してる。……腕前もそこまで悪くねえらしいな。それなら別に構わねえ。なんにせよ戦力が増えることは悪いことじゃないしな」

 

 意外とまともで協力的な言葉だった。再び予想外の回答に仁慈は更にたじろく。その様が面白かったのかモードレッドはくつくつと笑いながら再び口を開いた。

 

「はっは。狂戦士じゃねえんだ。話くらいはできるさ。それに今のオレは機嫌がいいからな」

 

 どうやらヒロインXと斬り合ったことが彼女にとってもいい変化をもたらしたらしい。これも正真正銘のアルトリア・ペンドラゴンと言えないかもしれないヒロインXだからこそ起こり得た変化だということを仁慈は知らないのだが、それはそれ。彼はこれをチャンスだと受け取り、モードレッドと簡単に自己紹介を交わしたのちに彼女が根城としている家と協力者の下へ歩き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




モーさん。思いっきりぶつかって多少丸くなるの図。
ヒロインXと戦ったというのも割とポイント高い。


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染まった人、そうでない人

なんかパッとしませんね……。


 

 

 

 

「えーっと………これは一体どういうことなの……かな?」

 

「なんか大人数で駆けこんでしまって申し訳ありません」

 

「一応、こちらでしっかりと目をつけておきますんで」

 

「いやそうじゃなくてね………」

 

 ヒロインXと剣で語り合って多少のいざこざを洗い流したらしいモードレッドに連れられて向かった先はロンドンのとある一室。彼女の協力者が住んでいる住居だった。流石海外。たとえ一室だとしても結構な広さを誇っている部屋だった。まあ、それでも少々きついくらいの人数を連れてきてしまったために協力者である穏やかそうな青年の表情が微妙に引きつっていた。本当に申し訳ない。

 開幕からそのような謝罪を交えつつも、モードレッドの説明を元に俺たちの状況そして、彼らの状況を把握していく。

 

 モードレッドに協力している彼の名前はヘンリー・ジキルというらしい。ここロンドンで碩学―――科学者のようなことをしているとのことだ。そのジキルに話を聞くと、現在ロンドンの街に充満している霧はおおよそ三日前に発生したものらしい。ロマンが言ったように人体に悪影響を及ぼすものであり外に出るにはマスクが必須とのこと。しかも、それでも霧の濃いところには足を運べないそうだ。更に更に、ロンドンの街を脅かしているのはその霧だけではない。

 俺達も戦った謎の自立人形や、ホムンクルス、ロマンあふれる怪機械、最後に連続殺人鬼切り裂きジャックと呼ばれるものも出現しているとのことだ。まさに、ロンドンを舞台にする創作物の宝庫と言ったところだろう。一応この霧は室内に入り込むことは無いようだが三日間も孤立状態では近い未来に限界が来るだろう。

 

「……このまま放置しておけば、」

 

「ロンドンの市民は全滅……」

 

「その通りさ。………だからこその提案なんだけれど、僕たちと手を組む気ないかな?」

 

 ジキルがそう提案する。

 彼からすればここに来て一気に霧の中を歩ける人材が増えたのだ。是が非でも手に入れたい人材だろう。自分たちとしてはそれでもかまわないのだが、一応こちらにもここにきた目的というものがある。それを口にしようとした瞬間に通信越しに会話の内容を聞いていたであろうロマンがジキルに向けて話しかけた。

 

『こちらとしてもそれはとても助かる。多分僕たちの利害は一致しているだろう。この霧を生み出しているのは十中八九聖杯……もしくはそれに近いものが関わっているはずだから』

 

「ありがとう。………正直ほっとしたよ。なんせ――――」

 

 ロマンの返答に安心したのだろう。力を入れていた肩をリラックスさせて息を吐いたジキルはふぅと息を吐きつつモードレッドの方に視線を向けてから、続きを口にした。

 

「君たちのところに居たあのそっくりさんに、セイバーがぞっこんだからね……」

 

 そう。こうして会話している間でも、ヒロインXとモードレッドはべったりとくっついていた。正確にはモードレッドが近づこうとしてヒロインXがそれを拒んでいる形になっているのだが……傍から見てもわかる。恐らく俺たちが別々に行動することになったとしたら彼女は間違いなく俺たちの側……正確にはヒロインXの元に行ってしまうだろうと。

 

 そのことに気づいた俺は四次元バックの中からいざという時のために作っておいたお菓子を少々取り出してジキルへと手渡した。すると彼から物凄い穏やかな顔でありがとうとお礼を言われた。泣いた。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 俺のだしたお菓子をお茶うけにして軽い息抜きを行い、何気に霊脈の真上だったジキルの部屋に召喚サークルを作成した後、俺たちは再び濃霧が漂うロンドンの街へと繰り出していた。 

 ジキル曰く自分の協力者であるヴィクターという人物の様子を見てきてほしいそうだ。というわけで、ジキルの護衛用にヒロインXとタマモキャット、ハロエリを置いて俺たちは出てきたのである。

 

『まさかジキル氏の協力者にフランケンシュタイン氏が居るとはね………連絡系統などはどうなっていたのかわかるかい?』

 

「その辺はジキルの管轄だ。唯、あいつの話だと少なくとも昨日の夜までは無事だったらしい」

 

 なら意図的に無視しいているのか、通信に出れないくらいに忙しいのか切羽詰まっているのか……もしくは死んでいるかのどれかということになるだろうな。

 

「………厳しいことを言うようじゃが、生存の確率はそこまで高くないと言えるだろうよ」

 

「だろうね」

 

 何やらは何込んでいるマシュとモードレッドの前を歩きながらノッブと話を行う。当然これは誰でも思いつく可能性なため、モードレッドもジキルもその可能性にたどり着いていることだろう。しかし、それでも行ってみる価値は十分に存在する。土地勘をつかむことにもつながるしな。

 

「それにしてもあのおっぱいマシュマロは何を話しておるのかの」

 

「さあ?なんか色々あるんじゃないの」

 

「デミ・サーヴァントです!というかそれは唯のセクハラですよ!」

 

「………聞こえていたのぅ」

 

「そろそろそれ、やめてくれませんかね?彼女の溜まりに溜まった負債がどこで爆発するのかわかったもんじゃないから」

 

 普段怒ることのない人が怒ると怖いというのは鉄板だろう。その時に何とかして事態を収束させるのは間違いなく俺になる。彼女がそうなるとは思わないが、何事も確定などはしていない。十中八九そうなる前に俺は原因を潰しにかかるけれども。

 

 なんにせよ、マシュに余計なストレス等を抱え込ませるなとノッブを殺気で脅しておく。世の中にはオルタ化というものがあるのだ。冬木であったアルトリア・ペンドラゴン然り、オルレアンで会ったジャンヌ・オルタ然り。この流れでマシュ・オルタとか出てきてみろ。絶望しかないぞ(俺が)

 多分、いや……絶対に勝てない。戦おうという気すら起きない。そのまま精神的にサヨナラコースだ。

 

「………前々から思っておったんじゃが……お主のその、神聖視とも言える対応は何なんじゃ?あのマシュマロが尊いものであることは当然わしも理解している。色々言われていても、お主はあくまで人間じゃからな。しかし、それにしてはちと、度が過ぎておらんか?………何かほかにあるのであはないか?」

 

「………さて、どうだろう」

 

 別に特別なことなんてない。

 少々特殊な家に生まれて、色々なものを兼ね備えて生まれただけで、そこまで深いものを抱え込んでいると良いわけでもない。マシュをそこまで思っているのも、ほとんどが癒しという意味で相違ないし。

 

「ま、深くは尋ねんよ。わしとしては割とどうでもいいし」

 

「おう貴様この槍が目に入らぬか」

 

「アーチャーであるわしにそれは効くからやめれ」

 

「慈悲はない」

 

「是非もないよネ!」

 

 いつもの流れを復活させてどことなく暗い雰囲気を消し去る。

 そして、チラリと背後にいる二人を確認したのと同時に、今までの街並みでは見ることのできなかった家へとたどり着いたのであった。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

「よっし、着いたな。このでかい屋敷がヴィクターじいさんの家だ。ジキルみたいな半端ものとは違ってじいさんは正真正銘の魔術師だからな。気を付けた方がいいぜ。結界やら不可解な何かやらが大量に仕掛けてあってな、当たるとサーヴァントでも地味に痛い。……初めて来たときは大変だったぜ」

 

「そうなんですね。私も気を付けます。……先輩も気を付けてくださいね」

 

「おう。……………ヒロインXが居ないと割とまともなんだな(ボソボソ」

 

「そうじゃな(ボソボソ」

 

「?」

 

 とんでもなく失礼な感想を平然と本人の前で口にする仁慈と信長。幸い、モードレッドの耳に届いてはいなかったらしく不思議そうに首を傾げるだけだったが、ロマンは聞こえていたため、内心同意しつつも話を変えるために自分の考えを口にした。

 

『ゴホン……それにしても街中にそんなデストラクション工房を作るなんて……随分と肝の据わった、用心深い老人だったようだね……』

 

「……………どうやらそれも、大して意味がなかったようじゃがな」

 

「ちっ、遅かったか」

 

 しかし、ロマンの気づかいは無に帰すこととなる。

 何故なら仁慈たちが今から入ろうとするフランケンシュタイン宅のドアの前に既に先客が存在していたからである。

 その人物は、到底フランケンシュタインの客であるとは言いにくい恰好だった。まるで道化師のような格好をして笑みを浮かべながら佇んでいる。

 

「マシュ、戦闘態勢」

 

「……はい」

 

 仁慈の雰囲気が戦闘時のものへとなっていることを感じ取ったマシュは彼の言葉に従い盾を構えた。その隣では既に信長が火縄銃を手に取り、いつでも発砲できるような態勢を整えていた。

 

「へぇ……流石父上を召喚するだけのことはあるな。……そこのお前。阿保みたいに臭うぞ。血と臓物と火薬の匂いがな。お前、殺したな。ヴィクター・フランケンシュタインを」

 

 モードレッドの言葉にピエロ然とした男は彼女たちの方に視線を向けて唇の両端を釣り上げた。

 

「えぇ、えぇ。確かに、確かに。彼のご老体はもう二度と食事をすることも、歯を磨くことも、息をすることもありませんけども。えぇ、有り体に行ってしまうと絶命しているのでしょう」

 

「うっとおしい話し方」

 

 どこかもったいぶるように、意味のない言葉を繰り返すピエロ然とした男に仁慈が思わず感想を呟く。だが、向こうはその呟きを全く以って気にすることなく続きの言葉を紡いでゆく。

 

「残念なことです。彼は最後まで『計画』に参加することを拒んだ。しかししかし、だが、けれどもしかし。誰がヴィクター・フランケンシュタインを殺したのか?……それはとても難しい質問かもしれません。何故なら彼は一人でに爆発したのですから!」

 

 今までで一番の笑顔を携えつつ、両手を広げて高らかに、歌う様に、そう宣言する。マシュはその様に押され、その表情を引きつらせた。

 ピエロ然とした男はそれに対して申し訳なさそな顔をしつつ、自分の自己紹介をしていく。

 

「おやおや、美しいお嬢さんを怖がらせてしまいましたか?これは失礼しました。わたくし、見ての通り悪魔でございます―――――――――というのは冗談で、期待に背くようですが英霊です。貴方たちと同じサーヴァント、真名はメフィストフェレス。クラスはキャスターです」

 

「隠す気がありませんね……」

 

「隠す必要がないからですよお嬢さん。皆さま既にお判りでしょうが、これは純粋な聖杯戦争などではありません!即座の総力戦、それも既に片方が聖杯を持っているという状況なのですから。……我々はマスターなきサーヴァント達、およそ地上に在って最強の戦力としかるべきでしょう。しかし……そちらには哀れにもマスターが居るご様子。ようくお守りなさい。出なければすぐに――――――」

 

「ごちゃごちゃと、薄気味悪ぃ笑みを浮かべながら御託を並べやがって……てめえ、そんなにジジイを殺すことが楽しかったか?」

 

 内心では怒りを抱きながら問いかけるモードレッド。それに対するピエロ然とした男……メフィストフェレスの答えは簡潔なものであり、尚且つその場にいる誰もが予想していた答えだった。

 

「まあ、えぇ―――――我等の『計画』を拒むものであれば、言ってしまえば仕事だったのです。仕事ということはしなければならないというものでして……これがまた実に厄介なのですよ。故に、楽しめるようにしました。―――――――最期の瞬間、あの表情……生から死への切り替わりを理解してしまった人間の顔!絶望!嘆き!ああそれこそが―――――!」

 

 心の底から愉しいと、笑いながらあるいは嗤いながら口調を強めていくメフィストフェレス。しかし次の瞬間には冷静になったように静かな口調へと転調した。

 

「というわけで、ええ、まあ……退屈しのぎ、にはなりました?」

 

「――――そうか。俺が召喚に応じた理由はな、自分のものに手を出されるのが我慢ならなかったからだ。移民とはいえ、あの爺もブリテンの民……つまりは俺のものだ」

 

「――――はて?」

 

「――――要するにお前を殺すってことだよ!この道化師野郎!」

 

 彼女の怒りに呼応するように、紫電を帯びた魔力が彼女から放出される。アルトリア・ペンドラゴンを模しているが故に所持している強大な魔力をバチバチと散らしながらモードレッドはメフィストフェレスに彼女の剣を向けた。

 

 大気も振るえるモードレッドの怒りを向けられたメフィストフェレスは特別恐怖することなく真っ直ぐに対峙する。その様子からは向けられる怒りを楽しんでいる雰囲気すら感じ取れるものだった。

 

「いやはやなかなか!殺しますか、私を!殺せますか、私を!貴方様は血の気が多いお人であるようだ!よろしい、ならばその期待に応えましょう!それでは精々爆発にはお気を付けくださいませ!なんせ、我が宝具は既に設置済み。我が真名、メフィストフェレスの名に懸けて、皆様方を、面白おかしく絶望の淵へと叩き込みましょうではありませんか!」

 

 右手に持っている鋏を構え、これからショーを開催する道化師の如く、両手を広げて宣言するメフィストフェレス。

 

『くそっ、設置したって何をだ!?霧が濃くて感知できない!みんな、十分に気を付けるんだ!』

 

「どうしてこう爆発物には縁があるのかの……やっぱり、聖杯を爆弾に変えようとしたのが悪かったか……」

 

「ヴィクター・フランケンシュタイン氏を引き入れて行おうとしていた『計画』……それも含めてすべて話してもらいます!」

 

「それでは始めましょう!人智を越えた存在たちが織り成す、面白可笑しい恐怖と狂気の宴を!」

 

「―――――――――そうだな」

 

 

 これから戦いが始まる。

 誰の目から見ても明らかなその雰囲気の中、メフィストフェレス目掛けて深紅の光が軌跡を描きながら飛んでいった。

 余りにも意図していない部分から飛来してきた攻撃をメフィストフェレスは対応しきれずに直接受けてしまう。幸いというべきか、致命傷に至る部分ではなかったために、そのまま座に還ることはなかったが、絶頂とも言える状態だったが故に放心にも近い状態になってしまっていた。

 

 メフィストフェレスは自然と、自分の身体に刺さっている深紅の刀が飛んできた方向に視線を向ける。

 するとそこには、いつの間にか自分の周りを同じく深紅の色をした様々な武器が刺さっておりその中心点に先ほどメフィストフェレスが馬鹿にした彼女たちのマスターが立っていた。

 

「さて………俺を守らなくっちゃ即座に、なんだっけ?」

 

 問いかけつつ、自強化した身体能力をフルに使い、近くに刺さっていた槍を投擲する。それは、サーヴァントですら一瞬見失う程の速度であり、キャスターのクラスで現界しているメフィストフェレスには捕らえられないほどの速度であった。

 

 再び深紅の光が、ロンドンに蔓延る霧を切り裂きながらメフィストフェレスに突き刺さる。モードレッドとメフィストフェレスが呆然とする中、この状況に慣れに慣れたマシュと信長だけが追撃に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 あれだけ長々と話しているんだもの。準備くらい余裕だよね、ということであのピエロもどき――――メフィストフェレスが面倒くさい言いまわしで色々情報?を吐いているうちに準備を整えた俺はすぐさまに攻撃を開始したわけだ。今回は不意打ちとは言えないだろう。俺は目の前で堂々と準備をしていたんだ。自己陶酔をして周囲を見ていなかったあれが悪い。

 

 

――――というわけで、サクッとメフィストフェレスを倒しましたとさ。

 

 

「あぁ……今回の現界ではそこまで楽しむことはできませんでしたね。やはり、マスターの存在も必要だと――――」

 

「情報を吐かないのなら、さっさと消えろ」

 

 ついでに余計なことを言おうとしたメフィストフェレスをそのまま座へと還す。こういう輩は情報を吐かせようとして生かしておくと余計なことしか言わないタイプの輩ということは戦う前の話を聞いていればなんとなくわかっていたために、一切の容赦もなく即座に座に還したのだ。

 

「…………さて、それじゃあ中に入ってみるか」

 

 ただ、何処か釈然としないという表情をモードレッドだけが浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、フランケンシュタインの自室。何か計画の手掛かりはないかとがさ入れをしているところである。途中で何かの仕掛けが発動したこともあったが俺は元気です。

 

「あの距離の爆発でもピンピンしておるマスターっていったい……」

 

「ケルト式生存術講座(強制参加、授業料は自身の命と時間)を受けて居なければ即死だった」

 

「おいお前ら、なんか見つかったか?」

 

「はい。博士の残したメモが見つかりました。どうやらこれを書いている途中に襲われたようです」

 

「そっか。最後まで閉まらないじいさんだな」

 

「……………読み上げますね。『私は一つの存在の計画を突き止めた――――――』」

 

 マシュの読み上げた内容は、フランケンシュタインがこのロンドンを覆っている霧を使った計画の存在。そして、それの主導者と思われる人物のそんざいだった。なんでも三人ほどいて、「P」「B」「M」というらしい。彼の予想では人智を越えた存在……すなわち英霊ではないかとの予想も立てられていた。

 

「ふむ……そういえば先程戦った奴はメフィストフェレスでMじゃな」

 

「あれは主導者って感じではないと思うけど」

 

「まぁ、その辺のことは帰ってジキルにでも考えさせればいい。それよりも、オレも面白いものを見つけたぜ。ほら、入って来いよ」

 

「………ゥ」

 

 モードレッドの声に反応して入って来たのは純白のドレスを来た女の子だった。しかし、その外見は普通の女の子とは違い頭にユニコーンの如き一角が生えている。うん…控えめに言っても普通の人間ではないと思う。

 

「女の子?……あの、貴女はサーヴァントですか?」

 

「……ゥゥ」

 

 考えても仕方がないと思ったのか、マシュが直接女の子に話しかける。けれども帰ってきた答えは先程のような呻き声だけだった。ここで俺の頭に一つの考えがよぎる。フランケンシュタインという本来博士の名前が本命であるかのように思われがちである怪物の存在を。

 

「まさか、フランケンシュタインの怪物……?」

 

「正式な名前はわからねえが多分そんな感じじゃないか?こいつが居た棺桶に説明書きみたいなものがあったんだが、そこには祖父ヴィクター・フランケンシュタインが一番最初に作成した人造人間って書いてあった」

 

『なら、確定かな。霧の影響で詳しいことはわからないけれど。話を聞く限りは間違いないだろうね。……ええっと、僕の声は聞こえるかな?君はフランケンシュタインの怪物かい?』

 

「………ァ……ゥゥ……ゥ……」

 

「どうやら言語能力は備わっていないようですね。しかし言いたいことは何となくわかります。流石に怪物何て名前は嫌ですよね」

 

「そうか?わしは好きじゃが」

 

「自ら第六天魔王を名乗る人のセンスはちょっと……」

 

「なんじゃと!?かっこいいじゃろ!?」

 

 すっと目を逸らす。するとノッブはがくりとその場に倒れ伏した。ブツブツと何百年経とうと時代はわしに追いつかないのいうのか……!?と呟いていた。ノッブの場合は別次元だから時間は関係ないと思う。

 

「先輩。何かいい名前を考えてあげてください」

 

「唐突に無茶振りをするねマシュ。……んー……シンプルにフランでどうよ?」

 

「……ァゥ」

 

「ん、気に入ったようだな。じゃあフラン。とりあえずオレたちと一緒に来い。ここに居たらほかの連中が来る可能性もあるな」

 

「…………ゥ」

 

「よっし、じゃあいったん帰るか」

 

 こうして、フランという新たな仲間を加えて俺たちはジキルの部屋へと帰るのだった。

 

 

 

 

 

「フランより、嘆きの花嫁とかの方がいいんじゃないかの?」

 

「それは名前じゃなくて通称とか、通り名みたいな感じだろ。しかも、ダサい」

 

「――――――(チーン)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




メフィストフェレスの話し方すごくめんどくさい。何だアイツ……。


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ドラ〇エ7のようなことは勘弁してほしい

突発的な思い付きその二。二の舞にならないように気を付けます(なお既に手遅れ気味の模様)

何時か余裕ができたら完全な日常回を書いて出番の少ない人たちを出したいな(願望)


 

 

 

 

 

 

 

 ………前回のフランケンシュタインの一件から薄々思っていたけれども、何処かドラ〇エのお使い染みて来たよね。

 

 そのような考えに至った原因はついさっき、フランケンシュタインの怪物改めフランを引き連れてジキルの部屋へと帰還したときにさかのぼる。ここでジキルによってめでたくフランがこの時代の人間?だと分かった後、このロンドンで室内にまで侵入して人間を襲う人とそう変わらない大きさの本が現れたという。今度、俺たちはその調査に行こうというわけだ。実際に人が襲われていて被害も出ているということで急を要するとのことで早速再び霧が蔓延するロンドンの街並みを歩くことになっている。

 

 今回俺たちについて来てくれているのは、信長に代わってハロエリである。なんでも退屈が極まってしまい構えとのこと。このサーヴァント、本当に残念である。良識の欠片を持った結果、その他諸々のパラメーターを捨ててしまったんじゃないのだろうか。

 

「ちょっと子犬。いま失礼なことを考えなかった?」

「ソンナコトアロウハズガゴザイマセン」

 

 時々発現される勘の良さから来る指摘に冷や汗を垂らして話を逸らしつつ、俺は適当にハロエリを流した。

 ばれないようにそして尚且つ彼女が満足できるように話を流すという作業を俺がしている中、マシュとモードレッドは再び二人で話し合いをしていた。これが疎外感というものか……。というか、モードレッドの反応とか、冬木のアルトリア・ペンドラゴンの反応からして絶対にマシュの英霊は円卓関係だと思うのだろうがどうだろうか。

 まぁ、所詮俺の妄想だし、そもそも言葉に出していないから返事を返す人物もいないんだけれども。

 

「オレ達も結構な幻想種と戦ってきたぜ?あれはあれで中々面白かったぜ」

 

「そんなことが……」

 

「まぁ、俺だってそれっぽいのと戦ったこともあるし、円卓があった頃ならそんなものなんじゃない?」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

 

 全員で一斉に見られた。

 うん、カルデアに来て、こういう世界を本格的に知った後だからこそ気づいたんだけど、師匠に修練の一環として相手した奴らが多分幻想種とまではいかないけれどそれに準ずる連中だと予想できた。だって、滅茶苦茶大きかったし、何か謎のモノ飛ばしてきたし。

 

「………お前、本当に意味が分からないな。オレが言うのもなんだが、人間か?」

 

「正直、竜でも何でも何か混ざってないと納得できないレベルよね」

 

「先輩には神様でも憑いているんじゃないのでしょうか………」

 

『在り得ない……と、断言はできないなぁ……』

 

 何やら言いたい放題言われているのだが、どうにも否定しにくい。いや、これが間違いであることはわかっているのだけれど、俺じゃない俺がそれに酷似しているような……。

 ま、まぁ、それは置いておくとして。先程までドン引きの表情を浮かべていたモードレッドが急に気配を鋭いものに変化させた。恐らくは敵が来たのだろう。こちらでも大まかな存在を感知できている。

 

「この感じ、自動人形が多い感じだな」

 

「あれ自律人形じゃなかったんだ……」

 

「どっちにしても倒すなら同じよ。人形相手っていうのは少し不満だけど、私たちのハロウィンはこれからよ!」

 

「――――行きます!」

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

――――カット(ワラキーボイス)

 

 自動人形との戦いなんて一方的な蹂躙にしかならないがためにとりあえずスルー。簡潔に結果だけを伝えるなら、再びガラクタの山が築かれたというくらいである。無駄に数は多かったもののそれでも多少時間がかかるくらいのものだったしな。

 そうして戦いが終わりひと段落したこのタイミングでロマンからの通信が入った。なんでもジキルが俺たちに通信をよこしたいらしい。そう、一言入れてからロマンは通信をジキルに明け渡した。

 

『あーあー……聞こえているかな?』

 

「はい。感度良好です」

 

『うん。大丈夫そうだね。それにしてもカルデアの技術はすごいね。これが未来の技術ってやつなのかな』

 

「おい、無駄話をしたいわけじゃないだろ?」

 

『ごめん。――――じゃあ改めて、追加情報だ。さっき言った本の具体的な被害が明らかになった。なんでも、そこに出てくるホムンクルスや自動人形みたいに人を殺すようなことはせず、深い眠りに誘うらしい』

 

「魔術か?それとも薬物か?」

 

『そこまではなんとも……。ただ、薬物なら君たちには効かないだろうね』

 

「はい。私とモードレッドさん、そしてエリザベートさんはサーヴァントですし、先輩にも耐毒スキル(仮)がありますからね」

 

「へえ、そいつはいい。ただ、これが宝具の類だった場合は気負付けろよ。オレやそこの盾野郎の対魔力スキルでも直撃は危ういぞ………お前が素直に当たるとは思えないがな」

 

「あぁ、ここでも子犬に汚染された被害者が……」

 

「言い方……っ!」

 

 被害者とかハロエリだけには言われとうなかった……!

 

『うん。仲が良くて大変結構。それはともかく、被害のあった町に着いたらまずは僕の言う古書屋に立ち寄ってほしい。そこに情報提供者がいるはずだ。まだ、本に襲われていなければ、の話だけどね』

 

「フランケンシュタインの二の舞だけは勘弁してほしいなぁ……」

 

「全くだぜ。しかし、幸いにも目的地は目と鼻の先だ。さっさと行くか」

 

 モードレッドの言葉にうなずき、サーヴァントの全力を以って目的地に向かい駆け抜けていく。それだけで身体能力強化の魔術を使ってしまったが、一応は非常事態として割り切ることにする。

 

 

 

 

 

 

「………ようやくか。待ちくたびれたぞ馬鹿め。おかげで読みたくもない小説を一シリーズ

、ニ十冊近くも読み潰すハメになった。だがまぁ、おまえたちがヘンリー・ジキル氏の言っていた救援だな。では、早速こちらの状況を伝えるとしようか」

 

 急いで向かった古書店には青髪に眼鏡をしたとんでもなく低くいい声をした少年が居た。ぱっと見、ここの店の子どもかと思ったが、話し方と本が襲ってくるという状況下においてもこの冷静さを保っていることから普通の子どもでないことは容易に予想することができた。それに気配がどことなくサーヴァントに似ていることもなるしな。

 

 さて、メフィストフェレスとまではいかないがどことなく彼を思わせる声と話し方をする少年の言葉を簡潔に説明するとしたらこうだ。

 

 この街の大部分の人は既に本に襲われてしまったらしい。今彼が居るこの古書店の店主も被害者だという。そして肝心の本はこの古書店の二階に眠っているらしいのだ。

 

「その本。二階にいるんだよな?襲ってきたりはしなかったのか?それとも、お前は狙われないのか?」

 

「………ほう?お前、どうやら俺の正体に気づいたらしいな。そこのいかに盲信脳筋と目隠れ隠見少女とは少し違うようだ。……その通り、この本は俺達サーヴァントを襲うようなことはしない。何故なら、こいつははぐれのサーヴァントだからな」

 

『っ!?』

 

「………なら、まさか人間を襲っているのは」

 

「おそらくお前が予想している通り。……答えはマスター探しさ。こいつはマスターの精神構造を読み取って実体化するサーヴァント……いや、サーヴァントになりたがっている魔力の塊だ」

 

「………色々聞きたいことはありますど、とりあえず今はまだ実体化していないということですね」

 

「その通りだ。まるで創作物の中から出てきたような主従だなお前ら。どれだけ絶望的な状況もひっくり返し、わずかなヒントから答えを導き出す……まるでメアリー・スーだ」

 

 ふぅ、やれやれと俺とマシュの言葉を聞いた少年が息を吐きつつ首を振る。何やら失礼なことを言われた気がしないでもないが、その発言は今スルーするとする。

 俺はモードレッドとマシュ、ハロエリに視線を向けて本を外へと誘導するように指示を仰ぐ。万が一ということもあるための処置である。最も、俺がここでやることがうまくいけば戦う必要はないのだが。

 

「さて、と。そこの君、このサーヴァント擬きはマスターの精神構造を読み取って実体化するんだったな?」

 

「細かな理屈は多々あるが、大体はそんなものだ」

 

「なら、ここで俺がマスターとなれば解決なんじゃないか?」

 

『……早まるな仁慈君!君の精神構造を読み取らせるなんて正気なのか!?もしまかり間違って君が二人に増えてみろ、世界は終わりだ!』

 

「あれ?俺の役職は世界を滅ぼす魔王だったかな?」

 

 ロマンからの必死の抗議に一瞬そう思ってしまった俺をいったい誰が責められるだろうか。

 

「しかし、魔力の方は大丈夫なのですか?先輩」

 

「あの本は町の人を使ったものの、ここまで自力で形作ったんだから、俺が消費する魔力もそこまで酷いものではないと思う」

 

「後先考えないとは間違うことなく馬鹿だな。お前が終わればゲームオーバーじゃないのか?だからと言って俺がどうこうするわけじゃないがな」

 

「なんかメフィストフェレスとは別のベクトルで面倒くさいな君」

 

 いい声で次々と罵倒を繰り出す少年に呆れならも外に誘導した本に対して契約を結ぶ。俺と本の間で魔力のパスがつながれたことを自覚する。

 

 その直後、今持っている魔力の半分ほど持って行かれる。だがそれによって起きた変化は顕著だった。今までただの本という外見だったのだが、今はもう違う。そこには既に浮いているだけの本はない。

 

 ただ、かなり小柄なイケボ少年よりも更に身長の低い女の子が立っているだけだった。黒いゴスロリドレスに、編み込んでいる髪を二本に分けた女の子である。色々わからないことはあるが、これが俺の精神構造を読み取ったが故の結果でないということだけはわかった。

 

「君、話が違うぞ」

 

「馬鹿め。俺の言葉を馬鹿正直に鵜呑みにした結果だ。……が、今回ばかりは予想外と言っておこう。どうやらよほどこの本を愛読した人間が居たらしいな」

 

 形容できない微妙な顔をする少年。

 どうやら、かつていたであろうマスターを象った姿がいまだに残っているということなのだろうか。

 

「………ありす、ありすは何処にいるの?」

 

「……お前にマスターはいない。いや、正しくはこの時代に居ないというべきか」

 

「ありすという子のことはわからないけど、一応今は俺がマスターということになってる」

 

 虚空を見ながらうわごとのように呟く元本の少女。そんな彼女に俺は正直に現状を話すことにした。ここで彼女が俺に攻撃を仕掛けるとするのなら仕方がないが、倒すしかない。

 

「……………そういう、こと、なのね……。ここにありすはいないのね………。いいわ、私はこれから貴方の本。貴方の為の物語。これからよろしくね。マスターさん」

 

 契約は一応うまくいったらしい。元本の少女は契約に応じ、この場ではサーヴァントとなってくれるようだ。ただ、ありすというおそらく前のマスターであろう人物に対しての想いもなくなっているわけではないだろうし、しばらくの間、取り扱いには十分な注意が必要だな。

 

 

 

 

 




「ここまでうまくことを運ぶとはまさに主人公だな。全く面白味の欠片もない奴だ」

「もうどうすればいいんですかねぇ……」


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お巡りさん、こいつです

エクステラ買いました(唐突)
しかし、まだ開けていません。これを書き終えたらやります(フラグ)


 

 

 

 ひたすら皮肉と俺に対する罵倒を繰り返すとんでもなく面倒くさい性質を持ったぱっと見少年に見えるサーヴァント――――あとで教えてもらったのだが、真名はアンデルセンと言うらしい――――である彼と、元人を襲う本にして今現在は俺のサーヴァントとなっている仮称ナーサリー・ライム(アンデルセン命名)を新しく仲間に引き入れた俺たちは再びジキルの家へと向かっていた。ジキルがこの時代の人間で、外へと出れないからと言っても、なんというかこの移動で無駄に体力を削られて言っている気がしないでもない。

 

「どうしたのよ子犬。どこか元気ないじゃない。……私が元気づけてあげましょうか?主に歌で」

「やめて。後、そこまで心配することはないから大丈夫。……移動ばっかりで精神的に来

ているだけだから」

 

「そこまで言う!?」

「うん」

 

「しかも即答!」

 

 当たり前じゃないか。ここでハロエリの聴覚テロを受けたら確実に戦闘不能コース一直線だわ。

 いくら今までとは違い、ロンドンという街の中という限られた場所の中での活動だとしても、霧の所為で普段よりも更に神経を使って歩くことになるし、同じような場所を何度も往復させられるしで精神的な負担がかなりかかってきているのだ。単調な作業程退屈で疲れるものはないということである。

 

「なんだ、このくらいでもうへばっているのか?情けない奴だな」

 

「そんなこと言うくらいなら、お前はどうなんだよ?」

 

「馬鹿め。俺は作家だぞ?肉体労働なんて専門外だ。恐らく、正面からそいつと戦ったら一分で負けるぞ」

 

「………無駄に自信満々なのね……?なぜそこまで誇って言えるのかしら?不思議だわ」

 

 自信満々に言い切るアンデルセンに、心底理解できないと首を傾げるナーサリー・ライム。どちらも子供の姿ということもあり微笑ましい光景に見えなくもない。蓋を開けてみれば皮肉しか言わないし、目に見えない地雷がそこら辺に埋まっている危険物件という有様ではあるのだが。

 

『――――――和やかな雰囲気のところ済まないね。ここで重要な情報を追加させてほしい』

 

 二人の外見子どもコンビを眺めてくだらない思考をしていると、アンデルセンと合流する前に聞えたジキルの声がまたもやカルデアの通信機器を通じて俺の耳に届いてきた。

 あ、これは再びミッションというか頼みごとの流れですね。分かります。もうやめて。流石に無休憩でエンドレス活動ができるほどに人間をやめているわけではないんです。

 

『うん。仁慈君の言いたいことはわかるんだ。これもカルデアが相手の映像まで送り届けてくれるから、察せられるんだけど……けど、これは今までで一番優先順位が高いと言ってもいい。……君たちがアンデルセンと合流している当たりの時間かな?その時にスコットランドヤードの通信を傍受したんだけど………ついに、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)が現れたらしい』

 

「ついに来たかあの野郎!」

 

 ジキルの出した名前に一目散に反応したのはモードレッド。鋭い犬歯を見せて獰猛な笑みを浮かべつつもその瞳は全く笑っていなかった。

 それにしても、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)か……。確か、今俺たちが居る十九世紀のロンドンに現れた連続殺人鬼。その正体は一世紀経った現在でもはっきりとしたことが分かっていない。殺した人の正確な数は不明なものの、少なくとも五人の女性は殺したと推測されている……こんなところか。切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)に関しては現代でも割と有名なためある程度の知識は持っている。だからと言って、何らかの対策ができるわけではないけれど。真名はおろか、正体すら判明していない人物だ。正体不明という点でアサシンかなという予想くらいしか現段階では立てられない。

 

切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)。実際に居たとされる殺人鬼ですね。警察に直接犯行予告などを送り付けたこともあり、劇場型犯罪を最初に行った人物とも言われています。そして、その正体は今現在でも議論されている最中ですね。最も有力な説は、医者であるということでしょうか」

 

『………これほど、技術が進んだ君たちの時代でも正体がわからないのか……。なら、もしかしたらそれが彼の宝具かもしくはスキルにまで昇華されている可能性があるね』

 

「どういうこと?」

 

切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は自身の情報を曖昧にする能力のようなものを持っているということさ』

 

 疑問に答えたジキルだったが、それでも今一容量をえないというか理解できないために首を傾げる。よく見ると隣でナーサリー・ライムとハロエリも同じようなことをしていた。

 すると、ここでモードレッドが分かりやすく説明してくれた。

 

「オレも何度か戦ったことがあんだよ。アイツとな。けど、あいつがどんな顔をしてて、どんな得物を使っているのか、男なのか女なのか、それすらも思い出せねえんだ。なんか記憶に靄というか霧がかかった感じになってな」

 

『僕はこれこそが宝具、もしくはスキルになっていると考えている』

 

『そうだね。切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)の存在、逸話からその可能性は限りなく高いと言ってもいいね。断定はできないけど、クラスはアサシンってところかな』

 

 まぁ、今日までに伝わっている情報から言ってそれが一番濃厚だろう。それだったら、不意打ち対策としていつもより何割増しかで周囲に気を配らなくちゃいけなくなるけれども。

 

「こうしちゃあいられねえ、さっさと行くぞ!」

 

 散々苦汁をなめさせられてきたんだろう。モードレッドは反論の隙すらも許さない勢いで何故かてこでも動かないぞとでも言わんばかりのオーラを放っていたアンデルセンを引きずりながらスコットランドヤードの方へと行ってしまった。引きずられている時にアンデルセンが、色々言っていたような気もするがモードレッドは耳に届いていないのか爆走を続けていた。

 

 ……実は彼女バーサーカーだったりするんじゃないのだろうか。俺という人間がいるにもかかわらず普通の速度では決して出せないスピードで駆け抜けていくモードレッドを見つつ、改めてジキルの苦労を思って溜息を吐く。その後、流石にはぐれるわけにはいかないので、皆で追いかけることにした。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 と、こんな感じでやって来たスコットランドヤード。外見的には変化がないのだが、それは本当に外見的なところだけだ。匂いは数多の血がその辺にこべりついているのではないかというくらい濃く、むせ返りそうだった。

 匂いの感じから言ってその場にいた人間は既に皆殺しされている可能性があるな。

 

 

 血の匂いで一層警戒心を強めた俺は、ないよりはましだと自身の目にも強化を施す。すると、血の匂いと死の気配が充満しているこのスコットランドヤードで立って居る人物を二人ほど見つけた。

 

 一人は顔に傷を負っている銀髪の女の子。その外見は小さく、十代前半に見える。恰好もかなり過激なもので特に下半身の防御については紙レベルだった。そして、そのすぐ近くには薄い笑みを浮かべて佇む高身長で白衣にも思える服を着こんでいる男性が居た。これは事案か?警察を呼びたいところだが、このロンドンの警察はもう既に全滅しているとみていいためにそれは無理だと頭の中で決着をつけた。……流石に思考がふざけすぎた。現実逃避はやめてさっさと状況把握に努めるとしよう。

 

「……あれ?そっちから来てくれたんだ。ふふ、良かった。こっちから行く手間が省けて。もうお腹もぺこぺこだし、お巡りさんだけじゃお腹いっぱいにならないところだったんだ。だから……わたしたちは貴方たち、とくにそこの白いお兄さんを食べてお腹いっぱいにする」

 

「間に合わなかったか………」

 

『残念ながら。ここには君たちの反応のほかには、その女の子ともう一人、彼女の隣に立っている男性だけだ』

 

「不明のサーヴァントと認識します。そこの男性、貴方は何者ですか?」

 

「……えぇ、まぁ、そちらも理解しているとは思いますけれども。……私はキャスターのサーヴァント。貴方たちの知る『計画』の主導者……その一人です。こちらの事情故に真名を明かすことはできませんが、『P』とでもお呼びください」

 

 雰囲気的には、メフィストフェレスとは似ても似つかぬ物言いだが、それでも全滅した状態のスコットランドヤードに居る奴だ。まともな神経をしているとは思えない。なにされてもいいように、前と同じく戦いの準備をしつつ、相手の話を聞くことにする。あ、間違えて弓出しちゃった。

 

「残念ながら、貴方たちは遅かった。スコットランドヤードは既に全滅しています。……すべてが惨たらしい死にざまでした。あの子には慈悲の心が備わっていないのです。しかし、必要な犠牲だった………。そう、表現することがせめてもの手向けです。人は慈しまれるべきです。愛も想いも、どちらも尊く眩い物には違いない。ですが―――――哀しいかな。時に大義名分はそれすらも上回ってしまう」

 

 何やら勝手なことをべらべらと宣っているが、キャスターというクラスは敵の目の前で演説をかますのが好きな連中が成るクラスという規定でもあるのだろうか。何かしたらの対抗策を用意しているのだろうが、それにしても隙だらけが過ぎるというものだ。

 

 ―――――――――やることはメフィストの時と大して変わらない。考えれば考えるほど出典が不明な四次元鞄から、お節介というレベルをはるかに超越したレベルである数多の武器を象ったグリードの身体を取り出し、戦いの場を整える。幸い、Pの在り方に疑問を持ってくれたマシュが彼との問答を繰り返しているために、気づいてはいない。銀髪の女の子の方はモードレッドが噛みついているのでこちらも問題はなかった。

 

「――――――矛盾を感じます。貴方の語る想いと、やっている行動が一致していません。現に、あの女の子を使ってこのようなことをしている貴方にこそ慈悲の心が備わっていないのではないですか?」

 

「(そうかしら?私はそう思わないんだけれど……ここでそれを口にすると怒られそうだからやめておきましょう。私、空気を読めるアイドルだもの。天然を気取って場を乱すだけの女になんかにはならないわ)」

 

「(あの子も、同じなのね。きっと。いえ、もっとひどいかもしれないわ。でも、ごめんなさい。私では貴方たちを満たすことはできないの)」

 

「(いい加減、俺を開放してくれないものか………たっく、激情型の人間はこれだから面倒くさい。よくわからんところで導火線に火が付き、勝手に爆発する。するなら俺のいないところでやってほしいもんだ)」

 

 それぞれの思惑が、一瞬だけ垣間見えた気がした。

 特にアンデルセンなんかはそれを全面的に表情へと出しているのだが、モードレッドはそもそも後ろを振り返ったりはしないので全く効果がなかった。

 

「ええ、そうかもしれませんね。今の私こそ、悪逆非道の魔術師に他ならないでしょう。だからこそ、今もこうして言うのです」

 

 全体を把握している身としては、マシュとPのシリアスがシュールな光景に思えてくるから不思議である。

 鞄に入っている武器をある程度引き出し終えたあたりで、Pは唐突に言葉を切った。そしてそのままモードレッドの殺気にさらされている銀髪の女の子に向かってある言葉を口にした。

 

「ここは任せましたよ。ジャック。好きにしなさい。彼女たちは貴方たちの母親かもしれませんよ」

 

「え……?本当……?ふうん、そうなんだ。なら、おかあさんたちみたいにするね?帰らせてね。わたしたちを、貴方の……おかあさんの中へ」

 

 Pの言葉に一気に戦闘態勢へと移行したジャック・ザ・リッパー。Pもキャスターというクラス上、残しておくと確実に面倒くさい連中の類たのだろうが、それ以上に向こうのジャック・ザ・リッパーの方がこちらとしては厄介な問題だった。

 

 彼女は事実として数多の女性を解剖してきたサーヴァント。その逸話故に何かしら、女性に対しての特攻を持っていたとしても不思議なことではない。なので、彼女には男性を当てが居たのではあるが………今この場に居るのは俺とやる気ゼロのアンデルセンしかいないという絶望的な状況。これは泣きそうですわ。

 

「ダメだ。テメエは座に直行だ。ここで殺す」

 

「先輩。彼女……アサシンはここで止めるべきだと思います」

 

 しかも、お二人ともやる気満々のご様子。今さら戦わないでと言ったらなんて言われるか分かったもんではなかった(特にモードレッド)ために泣く泣く戦うことを決意する。

 

「一応、向こうはジャック・ザ・リッパーだ。女性特攻等のスキルを持っていても不思議じゃないから、注意してよ。マシュ」

 

「はい!」

 

「アタシは!?」

 

「頑張れ」

「雑っ!」

「愛だよ愛」

 

 好きな子はいじめたくなるんですよーっと。

 

 流石にここにいる全員(ショタロリ以外)は戦闘に慣れているのでふざけたやり取りを行いつついつでも攻撃を仕掛けることができる状態に移行する。

 

 

「ちょっと待て。もしかして、俺も戦力に数えられているのか?だとすると、貴様らの頭にはきっとマッシュポテトでも詰まっているんだろうな!俺は作家だぞ?肉体労働なんぞもってのほかだ」

 

「大丈夫だ。元々お前に戦いなんて期待してない。いざという時の盾にするだけだ。オレが覚えていないだけで、特攻なんてものも持っているかもしれないからな」

 

「ガッテム」

 

 ………モードレッドも容赦ないなぁ。それで、罵詈雑言をやめないアンデルセンも対外だけれども。

 

 ここで俺は漫才じみたやり取りを行う二人から目をそらして、つい先程仲間にしたばかりのナーサリー・ライムに視線を向ける。

 

「ナーサリーはどうする?」

 

「尋ねる必要はないわ。マスター。私が望むことは、貴方がたとえ、外見だけでもありす()のことを覚えてくれればいいの。それ以外に、望むものはないわ」

 

「なら、少しだけ働いてもらうよ」

 

「えぇ、いいわよ。さぁ、楽しい楽しいお茶会を始めましょう」

 

 

 

 

 

 




そういえば、クリスマスのロリジャンヌが来ますね。これは全力でやらねば(使命感)


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正義とは一体なんだったのか……

中々話が進まないですね。本当に申し訳ありません。

申し訳ないついでにもう一つ、年末ということで色々忙しいので更に一週間周期すら保てなくなってしまうかもしれませんが、ご了承ください。


 

 

 

 

 

 

 

「解体するよ」

 

 動きは一瞬。

 敵である切り裂きジャックの姿がブレ、消える。それは、ロンドンの霧に加え、ジャックのステータスもあるのだろう。魔力強化を施されている仁慈の視力でもとらえきれない。

 だが、彼女は先程口にした通りに魔力を求めているらしく仁慈を一直線に狙ってきた。一番殺しやすそうな奴から攻撃するのは定石だ。彼女には自分を捕らえることができないだろうという自信があった。今まで何度か剣を交えたモードレッドをはじめとするサーヴァントならいざ知らず、魔術師とはいえ人間に防がれるわけがないと。

 

 事実として仁慈はジャックを見失っていたし、当然そのような可能性はあったのだ。だが、忘れてはいけない。ここには彼の剣となり、盾となるサーヴァントが居ることを。

 

「させません!」

 

 ジャックと仁慈の間に体を滑り込ませたマシュはジャックの小柄な体の前に自身の身長と同等の大きさを誇る盾を構え、行く手を阻む。彼女は一度だけその盾に持っているナイフを突き立てるが効果がないことを悟るとすぐに盾を蹴って距離を置く。

 

 深追いをせず、一度後退した隙を逃すことはない。ここでモードレッドは一歩踏み込みジャックを追い立てる。遠距離専門(一部を除く)と言っても過言ではないキャスター組に位置するナーサリー・ライムとハロウィン・エリザベートもここぞとばかりに魔力を酷使し、魔術を使う。

 

「ふふっ」

 

 完全な、とはいかないものの大きな隙を狙ったはずなのだが、ジャックはそれをものともせずに回避する。むしろあの形容は攻撃の方から回避していったと表現してもよいものだった。仁慈はこれと似たような現象に見覚えがある。なにを隠そう彼をここまでのキチガイに仕立て上げた大体の元凶であるスカサハが使う回避スキルが発動した時もこのような現象が起きるためだ。仁慈はそれを確認した瞬間内心で舌打ちをした。このスキルを持っているということは長期戦になる可能性があるからである。背後にキャスターのPが控えていていることもあり早々に決着をつけたい仁慈からすれば、女性特攻疑惑も相俟って最悪の相手と言ってもよいだろう。

 

「あぁ、もう、うっぜえな……!そういえばこういう野郎だったぜ!」

 

 モードレッドも暖簾に腕押しというような状況にストレスが溜まっているようだ。仁慈は心底同意した。

 

「………うん。もう、殺そう。お腹もペコペコだし、せっかく目の間に居るんだからそうしないと勿体ないもんね」

 

 ジャックの不吉な言葉が耳に届く。

 仁慈とモードレッドはそれを聞いた瞬間自身の中にある直感が警報を鳴らしていることに気が付いた。これは宝具が飛んでくると。

 

「先輩、彼女の攻撃にはこれと言って私たちに有効な攻撃だとは思いませんでした。ということはつまり……」

 

「多分、宝具にあるんだろう」

 

 英霊が生前を象るのであれば、ジャック・ザ・リッパーである彼女が女性特攻を持っていないはずがない。

 仁慈をはじめ、特に女性陣は警戒態勢に入った。モードレッドなんて既にナーサリー・ライムよりも後方に逃げていたアンデルセンを引っ張ってきて盾の代わりにしている。

 

「いきなりつかんできたと思ったら何をしているんだ?」

 

「宝具撃ってきそうだから盾にしているんだよ。それくらいわかれ」

 

「理解できないししたくもないな。そもそも本気で俺を盾にする気か?俺は作家だぞ、キャスターだぞ?宝具の盾になんぞなるわけがない。だから今すぐ開放するんだ」

 

「そうか。なら身代わりにでも使うわ」

 

「どうあっても離さない気だな。無駄に強固な意志を感じるぞチクショウ」

 

 仁慈はすっと視線を逸らした。今は、彼らのやり取りよりも中止するべきところがあるのだから。

 殺す気満々になったジャックは体勢を低くするとそのまま段々と周囲に広がる霧へと解けるように消え始めた。ここで既に宝具を展開していることに気づいた仁慈は自身で攻撃を行いつつキャスター組にも攻撃を行う様に支持を出す。

 

 形を成した魔力と、武器がジャックを射貫く――――――――ことはなく、彼女は完全にその姿を溶け込ませてしまった。

 これはマズイ、と仁慈は考えた。何故なら宝具の効果か霧の影響か、ジャックの気配を捕らえることができなくなってしまったのだ。これではどこから攻撃が飛んでくるのかわからない。しかし彼女の声だけは彼らの耳に届いて来ていた。

 

『――――此よりは地獄。わたしたちは、炎、雨、力―――――――殺戮をここに……!』

 

 直感もちの二人だではなくその場にいるサーヴァント全員が感じた。来ると。

 

 仁慈は自身の持ち得る感覚を全てをつぎ込みジャックの気配を探る。これは唯一初期から自信を持っていた彼のスキルなのである。ここでとらえられませんでしたということで誰かを倒され、あまつさえ自分すらも殺されるなんて言う事態になれば、今自分の兄弟子に当たるクー・フーリンをしごいているであろうスカサハに地獄まで来られてぼこぼこにされるに違いない。

 

 そうして―――限界まで研ぎ澄まされた仁慈の感覚は、今から攻撃しようとするジャックの動きによって生じた空気の流れを感じた。その狙いは、ナーサリー・ライムである。仁慈はそれを理解すると同時に地面を蹴り、ナーサリー・ライムの前に先ほど自分が庇われたように体を滑り込ませ、ゲートオブ何某と言ってもいいのではないかとヒロインXが密かにささやいている四次元鞄から深紅の日本刀を取り出し、そのまま薙ぎ払う。

 

―――正面から来たジャックは初めに両手に持っているナイフを一回ずつ振るう。それに対して仁慈は空気の動きだけでそれらを防ぐ。正面からの攻撃を防がれたジャックは勢いを殺さないまま彼の背後まで駆け抜ける。そして、すぐさま体を反転させ、無防備な仁慈の背中に今度こそナイフを突き立てんとする。

 

「『聖母解体(マリア・ザ・リッパー)!』」

 

 宝具の真名を開放して更に出力をました凶刃が背中に迫る。

 しかし、姿も見えず、捕らえることもできず、気配すら感じられない相手に空気の流れだけで対応をしてきたキチガイが、最後の攻撃にも反応できないわけはなかった。彼は先程ジャックが行ったのと同じように体を反転させた。そして、既に持っている刀を振れる状態にすらしてある。

 

「――――ッ!」

 

「―――――」

 

 そして、ついにロンドンを恐怖に陥れた凶刃と、人類史に仇名す敵たちを絶望の淵に叩き落す刃が交じり合った。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

「………そう、ですか。えぇこれが正しい形なのでしょう。さようなら愛を知らぬ可哀想な子。いつかあなたが真に愛を得ることができるよう」

 

 消えていくジャックを眺めながらキャスターたるPはそう口にする。

 

「――――さて、本来ならここで私も貴方たちの刃にかかるべきでしょうね。悪逆の魔術師は英雄に倒される。それは、私の望む回答の一つでもある。ですが、まずは私の役割を果たす。願わくば、貴方たちが悪逆を倒す正義の味方であり続けますよう―――」

「残念それは俺に関係ないことだ」

 

 もう、いつも通りの光景である。

 もはや誰と明言しなくてもいいだろう。彼はPの言葉を遮り、メフィストフェレスの時と同じように武器を投擲する。

 仁慈の手から放たれた武器は寸分の狂いもなくPの両手に突き刺さり、彼の身体をそのままスコットランドヤードの壁に貼り付けた。

 

「―――っ!?」

 

「相手の役割、言い分を一々聞き入れる義理も人情もない。………先程の言葉に嘘偽りがないのであれば、何かしらの情報を残して消える道を選べ」

 

「…………」

 

 壁に貼り付けられながらも黙り込むP。彼は聖杯を使って自分の本拠地へと帰る算段になっているため、それが来るまでの時間稼ぎを行っているのだが、どうにも先程からそのようなことになる気配が全く起きなかった。どういうことだと首を傾げる反面、それでもいいと諦めてしまっている彼もいた。

 

「………では、正義の味方であり続けるであろうあなたに、一つ情報を与えましょう。その少女と、先程のジャックを含めた英霊はすべて霧から召喚された……元々はどちらの陣営にも所属していないサーヴァントなのです。………それだけ言えば、いくつかの予想を立てることができましょう」

 

「……………有益な情報をありがとう。じゃあ、さようなら」

 

 後腐れなく、ここで適当に生かして後々出てこられたり、まかり間違っても逃げられてたりしたら目も当てられないために仁慈はためらいもなくPに止めを刺した。欲を言えば、彼らのメンバーとその潜伏先くらいは聞いておきたいと考えていたのだが、欲に駆られ過ぎれば確実にしっぺ返しが来るということを理解しているためにそれをすることはなかった。

 

「………先輩、いつもいつも、嫌な役回りをさせてすみません。本来ならこういうことは私たちがやるべきことなのに………」

 

「……ん、戦闘中は普通に割り切れるから大丈夫。……というか、そうされた。まぁ、慣れたしいいよ」

 

 一週間という期間だけ鍛えられるということで逆に想像を超える過酷な環境に叩き込まれたことによる弊害だなぁ、と仁慈は死んだ目で話す。

 

 その後、彼らはロマニに先ほどPが言ったことを改めて伝え、拠点に居るジキルに前もって伝えていくれるように頼むとそのままジキルの拠点へと向かったのであった。

 

 

「………いい加減はなせ」

 

「……おう。なんつーかあれだ。アイツを見ているとどこか釈然としない気持ちにさせられるな」

 

「考えない方が身のためだな。あれはおそらくそういう生き物だ」

 

 

 ……後ろから聞こえてくる失礼な言葉を聞き流しながら。




次からは飛ばし飛ばしで行こうと思います。

もう流石に往復する気にはなれない。


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つかの間の休日(大体三時間ほど)

七章超楽しいです。物凄く燃えました。
ジャックちゃんつおい。


 

 

 名前も知らぬこの特異点の原因と思われるサーヴァント、Pを倒した俺たちはあの後、一日ずっと寝ずに活動していたせいで限界を迎えたためにすぐさまジキルの部屋へと戻り仮眠を取った。

 そうして、数時間ほど寝てすっきりしたのちに、俺たちは最後にPが残した言葉を確認するためにモードレッドとXを引き連れて適当にロンドンの街並みを歩き回った。彼の言葉が本当というのであれば、サーヴァントが霧から召喚されるということであり、これ以上敵に戦力を回さないために監視の役割もあった。ついでに、霧からサーヴァントが召喚されることを考えると、この霧は九割九分聖杯が生み出しているものあると、すっかり存在を忘れていた所長が教えてくれた。

 

 これらのことを踏まえてロンドンの街並みを歩き回っていると本当にPの言う通り霧から新たなサーヴァントが召喚されている場面に出くわした。その風貌はかっこいい年の取り方をしたおじさまという感じであったのだが、口を開いた瞬間にそんな雰囲気は霧散してしまう。

 

「さぁ、吾輩を召喚せしめたのは何処のどなたか!このキャスター・シェイクスピア。霧の都にはせ参じました!――――いや、しかしどうやら此度の聖杯戦争は通常のものとは一癖も二癖も違っているご様子。これは困りましたね。我が傍観すべき物語は、吾輩の心を、魂を揺らし、なんかいい感じにインスピレーション溢れるというか、デンジャーでデストロイな物語はないものか…………いや、まさかそこに在らせられるは……おぉ、間違いないこれこそまさにマスターというもの。神はやはり私を見捨てていなかった。そして、幸運なことにこのマスターは確実に吾輩の魂を揺さぶるような物語をつづっていきそうな顔立ちではないですか。誠に結構でございますな!」

 

―――――――――うん。こんなコンタクトだったんだから、上記のような印象が一瞬で霧散……というか四散してしまったことに納得してくれたと思う。正直、関わりたくないと思ってしまったし、現在進行形でも思っている最中なのだが、それでも彼はサーヴァント。向こう側につかれてしまうと厄介極まりないため、仕方がなくキャスター・シェイクスピアを仲間にすることにした。ジキルの部屋に着くなりに、アンデルセンと一緒に好き勝手しだしたあたりで、仲間ではなくて座に還すべきだったと思ってしまったのはここだけの秘密である。

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 と、まあこのような経緯がありながらも一体サーヴァントを増やした俺達。この後、俺がロマンを感じた機械人形などが大量発生したことと、特異点のことを聞いたアンデルセンが疑問に思ったことの答えを探すためにロンドンにある魔術教会を訪れることにした。恐らくそこにならそう少なくない資料が保管されているとのことで、現状の解決に一役買ってくれそうだと良いことが理由である。

 やることと言えば、P以外の首謀者を考えることか、外を歩き回っている人形やら何やらを殲滅するくらいしか仕事がないために、アンデルセンとジキルの案を採用。サクッと資料をあさりに行った。まぁ、途中で絡まれた機械人形擬きに引っ付かれてそこまで詳しく調べられたわけじゃないけれど。それでも、ジキルがハイドになったり、眠気も覚まして気分爽快になったりしているうちに資料の読み取りは終了していた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――ということで、以上が今までの経緯である。

 

 現在俺たちが居るのは相も変わらずジキルの根城。そこにハイド化?するための薬を飲んだ副作用によって床に臥せるハイド氏に代わってあのアンデルセンが話を切り出していた。なんでも彼はずっと聖杯戦争と聖杯、そしてマスターとサーヴァントということ自体にずっと疑問を抱いていたとか。

 

 そうして抱いた疑問に対して彼は行動を起こした。ロマンに聖杯戦争のこと英霊召喚のことなどを聞いて、そしてそれと同様に魔術教会の魔導書等もそれらしいことが書いてあるところに目を通して来たのだという。

 

「俺は呼び出した英霊たちを戦わせる、というところに少々引っ掛かりを覚えてな。魔術教会の方でも調べてみたんだが……それを含めて言うと、『儀式・英霊召喚』と『儀式・聖杯戦争』はシステムこそ同じなれど、ジャンルは違うと言える。『聖杯戦争』は元々あったものを人間が利己的に利用できるようにしたものなのだろう。だが、英霊召喚は違う。―――――あれは元々、一つの強大な敵に対して最強の七基を投入することが目的だということだそうだ」

 

 つまり、人類ないし世界が危機に陥ったときのカウンターというか、対抗策のようなものだろうか。

 

「おそらくはな。………もしこれが本当であれば、元々割り振られていた七体は一体どんな霊基を持っていたのやらな」

 

 呟いて彼は口を閉じた。ついでにこの資料をあらかじめ見やすいように整理していた者がいるのではないかということも最後に付け加えていた。……正直そこら辺のことはこちらには関係ない。というよりわからないことなので一度棚に上げることにした。確かにその聖杯戦争や英霊召喚のことについても気になるけれども、現状優先すべきはこの街に出没している自動人形とは別のロマンあふれる機械――――ヘルタースケルター(最近覚えた)の止め方だったのだ。それが達成されていない時点で、魔術教会への遠足()は半分くらい失敗と言ってもいいかもしれない。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 次の日。

 昨日一昨日でフル稼働したためにどうにか休憩を取ろうとしたのだが、ジキルが俺に貸してくれた部屋にはなんと現地で会った作家組に加えてサーヴァント界ナンバーワンなコメディアンと焼き討ち大好きな南蛮かぶれ、ついでにことあるごとに油とガソリンと火炎放射器と消火器を同時にばらまくかの如き混沌をもたらすタマモキャットが居るために全く休んだ気がしなかった。一瞬だけ見れた夢の中でも兄貴が師匠にボコられている光景がチラリと見えた気がしたし、俺、ここに来てからまともに休めてないんですが……。このままだと死にそう(小並感)

 

「あ、おはようございます先輩。昨日はゆっくりとお休みになられましたか?」

 

「ごめん無理。あの面子の中で穏やかに休めるにはまだまだ胆力が足りなかったようで」

 

「え……?確か先輩のお部屋は………あっ」

 

 どうやら察してくれたようである。

 一応、例の如く頭のおかしいタイツ師匠のおかげで短い休憩で万全に近いコンディションに持っていく技能は持っているから二日くらいならいいんだけれども。精神的に来るものがあるのである。特に、ハロエリが歌いだそうとした時は槍を取り出したし。

 

「―――――貴女の服は綺麗ね。まるでおとぎ話に出てくる花嫁そのものだわ」

 

「………ァ……ゥゥ……?」

 

「えぇ、綺麗よ。とってもね」

 

「………ゥゥ…………」

 

 あぁ、なんということだろう。ついさっきまでアレでアレな光景を見ていたせいで、ナーサリーとフランのやり取りにとても癒される。相変わらず何を言っているのかはわからないが、フランの頬が微妙に染まっていることからナーサリーに褒められて照れているのだろう。なんといういじらしさ。とってもいいと思います。マシュも、俺の隣で頬を緩めている。

 

「つつ………。何とか筋肉痛は抜けて来たなぁ……。あれ、アンデルセンたちは何処へ?」

 

「俺に割り振られた部屋で面白おかしく原稿を書いてるよ。どこに出すのか全く分からないけれど。うるさいったらなかった。あの人たちは何か話してないと死ぬんだろうか」

 

「あはは……。心中察するよ。……モードレッドとヒロインX、だっけ?彼らは?」

 

「朝早くから剣を交えに言った。多分、多くのヘルタースケルターをはじめとする敵を巻き添えにできるところで派手に立ち回ってるんじゃないかな」

 

「……………街を壊さなければいいけど」

 

「ビームは封印するって言ってたから大丈夫だと思う。………多分、きっと、メイビー」

 

「不安なんですね」

 

 セイバー(バーサーカー入ってそう)と自称セイバー(霊基はアサシンの模様)の二人だからなぁ。なにが起きても不思議ではないと思うんだ。

 などと、ジキルと共に心配していたのだが、意外や意外。二人は案外普通に帰って来た。追っている傷も許容範囲内。適当に回復魔術をぶっかけて何をしていたのか聞くことにした。

 

「で、こんな朝早く……かどうかはわからないけど、何をしてきたんだ?戦ったにしては妙に傷が少ない気がするけど」

 

「ふっ、マスター甘いですよ。私がいつまでたっても学習しないと思いましたか?少なくともこの特異点にては過去のことを忘れ、セイバー殺しも我慢しているこの私が」

「うん」

 

「日頃の行いって重要なんですね……」

 

 信頼できる要素などどこに在ろうか。

 遠い目で俺から視線を逸らすヒロインX。そんな彼女を見かねたのかモードレッドが間に入ってきてさっきまでやっていたことを説明してくれた。内容はどちらが多くのヘルタースケルターを狩れるかという競争を行っていたらしい。……円卓の騎士と騎士王が揃って何をやっているんだか。

 

 若干あきれの混じった視線で彼女たちのことを見ていると、全くこちらに関わることのない所長が珍しく通信画面に映し出された。久しぶりに見たな。正直、最高責任者はロマンになっているのではないかと思い始めていたし、意外性倍ドンである。

 

『変な言い方やめてくれない!?私はオペレーションを行っていないだけでしっかり仕事してるわよ!今からその証拠を見せてあげるわ!』

 

 勇ましく切り出した所長。彼女が俺たちに見せてくれたのは今まで相手にしていたヘルタースケルターの正体。何やら長々と彼女は語っていたのだが、俺の凡俗な頭では理解できなかったのでカット。とりあえず重要な部分としては、あのヘルタースケルターは何者かの宝具であり、自律に見えたあの動きもどこかに大本となるものが存在しているということである。これが本当であれば、今現在町で一番多いヘルタースケルターを無力化することができる。やはり所長はお飾りではなかったんや……!

 

『って、ダ・ヴィンチが言ってたわ』

 

「……素直なのはいいことですね」

 

 それ言っちゃうんだ………。ちょっとだけ好感度が下がった気がするけれども、素直に白状するその潔さは普通に美徳だと思うので結果的に所長に関する好感度が上がった。

 

 

 

 で、それが分かったからと言って正直、その操っている奴の場所がわからなければぶっちゃけ無意味である。そこのところ我らが便利屋、ダ・ヴィンチちゃんはどう考えているのだろうか。

 

『彼もそこまではわからないってさ』

 

『ちょ、ちょっとロマン!あんたは少し休んどきなさいって言ったでしょうが!もうわ私の言ったことを忘れてしまったのかしら!?』

 

『大丈夫です。問題ありません。このままだと今度は僕が空気になりそうだったので』

 

『そんな理由!?』

 

 カルデア式漫才は放っておくとして本当にどうしようか。本体ということは他のに比べて魔力量とかが違う筈なんだけれども、この霧だ。魔力での探索は不可能と思っていいだろう。マシュも、モードレッドも、ジキルもヒロインXもお手上げといった感じで腕を組んで考え始めてしまった。

 

 いっそのこと、複数に分けてしらみつぶしに探していこうかと考えた瞬間、視界の端っこで、ナーサリーとお話ししていたはずのフランがこちらにちらちらと視線を向けていることに気づいた。

 

「マスター。どうやらこの子、話があるみたいよ?」

 

 ナーサリーがフランの背中を押して、こちらに送る。すると、当然俺たちの視線はフランに集中するわけだ。

 

「…ァ……ゥゥ…………」

 

 注目を浴びすぎて縮こまってしまった。仕方がないので、彼女が平時に戻るまで少々待ってみる。

 

 すると、数分したのちに彼女はガバッと下げていた頭を上げて、身振り手振りを使って俺たちに何かを伝えようとしてくれた。彼女には悪いが俺には何が何だかさっぱりわからない。分からないのだが、こちらには彼女の意思を完全に読み取ってくれる人とそれに近しい人がいる。

 

「ふんふん」

 

「ほうほう」

 

「……ァ……ァァ……ゥ……」

 

「それはすごいです!」

 

「お手柄だなフラン」

 

『………できればこちらにもわかるようにしてほしんだけど』

 

「うん。マシュ、フランはなんて言ってた?」

 

「それなんですがね。――――実はフランさん。分かるそうですよ」

 

「わかるって、もしかして」

 

「あぁ、そうだ。ヘルタースケルターの本体のところ、フランならわかるらしいぜ。な?そうだろ?」

 

「(コクン)」

 

 モードレッドの問いかけにしっかりと答えたフラン。これで少しは攻め手に出れそうだな。

 モードレッドに頭をわしゃわしゃとされ、ナーサリーとマシュにあたたかな表情で見守られているフランを眺めながら俺はこの特異点の終わりが近いと漠然と感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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もう、ゴールしてもいいんじゃないかな

七章が終わり、課題も終わり、小便王が来るということなので、勢いで投稿。


 

 

――――――――期待はずれにも程がある。

 

 ここ最近、家の中には入らないとはいえ物凄い量で街中を動き回るヘルタースケルター。流石にこのままではあれかと何か打つ手はないのかと頭を悩ませる中。カルデアのドラえもんことダ・ヴィンチちゃんの解析であれらはある意味宝具に似たものであり、全てのヘルタースケルターに指示を出している奴もいるという。その言葉でその司令官的な役割を背負う機械を見つけ出すために、そいつらの居場所がわかるというフランを引き連れてロンドンの街に切り出した。

 

 そうして、実際にその機械に会ってきたわけだが……外見も中身もただでかいだけのヘルタースケルターだった。とんだ期待外れである。攻撃パターンまでそこまで変わらない。変わったことと言えばその強度だろう。今まで一突きで壊れていたのが三回突き刺して爆散するということに変わっただけだった。しかもこれでしっかりとすべてのヘルタースケルターが停止するという有様。もっとロボット然としているかなぁとか淡い希望……もとい妄想を抱いた結果がこれである。流石にへこんだ。

 

「マスターが妙に落ち込んでいます……。おかしいですね。ヘルタースケルターは停止して私たちの活動がしやすくなったはずなのに……」

 

『マシュ。漢はね。誰しもロマンを背負っているものなんだ』

 

「?」

 

 流石ダ・ヴィンチちゃん。自分の求める最高の女体を目指し、最終的に自分がそれになるという変態的偉業を成し遂げたある意味での先達者。憧れはしないがその並々ならない執着には敬意を表せるレベルだ。ま、俺の心情はどうでもいいとして、結果を見れば敵の主戦力とはいかないが先兵もしくは目の役割を持っていたであろうヘルタースケルターを潰すことだ出来ただけでも十分だったと言えるだろう。今日はもう寝よう。昨日、主に作家組とうちのどこに出しても恥ずかしい低能サーヴァント(某月の数学者並みの感想)たちの所為で寝れなかったしな。そろそろ一回本格的に休んどかないと死ぬ。

 

 そんな感じで、今回は作家組のサーヴァントにも強制的に退場(物理)をしてもらい、ぐっすりと一日寝ることにして、実際にぐっすりゆっくりすることができた。おかげで体調はロンドンに来てから一番いい。

 ……ま、俺の体調が回復したと同時にまたヘルタースケルターが起動し始めたようなんですがね。

 

 その報告を受ける過程でフランケンシュタインと知り合いであり、本来この時代には生きていないはずのチャールズ・バベッジという人物の存在をジキルから知らされたがそんなことより今はヘルタースケルターだ、という感じで言った本人を含めてそこまで真面目に取り合っておらず、フランを連れてさっさとこの前のようにリモコンを見つける作業へと向かって行った。俺は先導するモードレッドの背中を見ながら、これってBじゃね?と考えていた。いや、だって。本来この時代に生きていない人物がいるとか怪しいと思うじゃん?

 

 

 

 

 

 

 

――――――――フランのレーダー(仮)を頼りに昨日と同じく司令塔の役割を持っているような奴を探すが、今日は中々ヒットしなかった。昨日と打って変わった状況に俺達もそろって首を傾げる。もちろん。最初は中々見つけられないのかとか、敵の方も対策を取って来たのかもしれないと考えたが、明らかにフランの様子がおかしかった。先導する足取りにも迷いが見えていて、しかもそれは場所がわからないからではなくどうすれば遠ざかることができるのかという感じの足取りだった。

 俺が気づいたのだから、勘の鋭いモードレッドが気づかないわけもなく、案の定フランに問いただしていた。

 

 それに対する答えは、肯定。

 なんでもフランはこのヘルタースケルターという存在、そしてそれを動かしている人物に心当たりがあるらしい。しかし、彼女の知っているその人物はこんなことをするような人間ではないらしく庇っているとのことだ。心優しいフランらしい庇い方だが、そこにモードレッドが待ったをかけた。曰く、そんな人物がこんなことをしているということは何らかの理由で協力せざるを得ない状態にされているのではないか、と。

 

 モードレッドの言葉を聞いたフランはその発想はなかったという表情を浮かべたのちに早くしなければと体全体を使って俺たちを急かし始めた。モードレッド含めた俺たちは苦笑を浮かべつつも急ぐ彼女を追うことになった……。

 

 

 

 

 と、言うのが現在に至るまでの経緯である。さて、そんな語りをしている俺が今どこで何をしているのかと言えば……。

 

 

「ほぉ………」

 

 

 たどり着いた場所は街の中心に噴水。ここはもう既に何度か通ったこともある場所であるが、どうやら濃すぎる霧で分からなかったようだ。灯台下暗しとはまさにこのことだろう。

 フランの言葉にしたがい、魔力で限界まで視覚を強化し、目を凝らす。すると、濃い霧の中にぼんやりとした輪郭が浮かび上がった。恐らくこれが大本なのだろう。そう認識した瞬間、ヘルタースケルターの大本と思わしきものが、ピコンという音とともに起動する。シューシューという蒸気の音と駆動音をまき散らしながら、その機械は一歩、また一歩とこちらに踏み出して来た。

 

 そうして、しっかりとその外見を確認できる位置までやってくる。

 明らかになったその身体はヘルタースケルターとにたデザインでありながらその大きさはそれをはるかに超えている。そして何より、動く度に蒸気を噴き出す音と、地面を踏み鳴らして揺らしているさまは一昔前のロボットのようであった。これはテンションを上げざるを得ない。警戒心からむやみに近づいたり触ったりすることはないが、蒸気で動くソレとかロマンの塊だぞ。

 

「先輩の瞳がとんでもなくキラキラしています……」

 

『男の子だからね』

 

『ふふ、その気持ちは大いにわかるよ仁慈君!』

 

 呼び名からロマンあふれる男(ロマニ・アーキマン)ロマンを極めし者(レオナルド・ダ・ヴィンチ)からの援護が入る。が、マシュには理解できなかったのか首をコテンと傾げていた。それもまた致し方なし。多分、お持ち帰りをしようとした南蛮大好きノッブならわかってくれるかもしれない。

 

『―――――――聞け、聞け、聞け。我が名は蒸気王。在り得た筈の未来をつかむこと叶わず、仮初として消え果た、はかなき空想世界の王である。そして、魔霧計画の首魁が一人、魔術師Bである』

 

「ちっ、確定かよ単純すぎて全く気づけなかった自分に腹が立つ。まぁ、いい。それは後だ。いいか、よく聞け鉄くず。お前の知り合いの娘がほかでもないお前を止めに来たぜ」

 

 後押しを受けてフランが一歩前に出る。魔術師B―――チャールズ・バベッジもフランのことは覚えているのか、彼女の悲痛な呼びかけにしっかりと応対していた。もちろんこの間俺が不意打ちをかますことはない。フランが必死に呼びかけていることもあるし、会話が通じるのであればそれで解決するに越したことはない。フランが説得してくれれば首魁の一人から情報を聞き出せるという打算もあるけども。何も、誰もかれもを問答無用で攻撃するほど世紀末ではないのだ。しっかりと敵と認識したあたりで攻撃を仕掛ける。…………………戦闘準備だけはしておくけどね。

 

 

 せっせと俺が武器を用意する中、フランとバベッジの様子はどうかと言えば、傍から見ている限りではしっかりと効果が表れているようだった。バベッジも人の身体を捨て、あそこまでロマンあふれる体になったとしても理性が残っているらしく、フランの手を取ろうとシューシュー言いながら巨大な身体をこちらに一歩動かした。

 

 だが、協力体制を敷く暇もなく、バベッジは暴走に近い状態へと陥ってしまう。ロマン曰く、聖杯を通した令呪の仕様が確認されたと言っていた。恐らく彼は令呪によりこちらを攻撃しなければいけない状態にされてしまったのだろう。いまだに呼びかけを続けるフランだが、モードレッドは既に無駄と割り切っているらしく、フランを後ろに下げると俺に視線をよこす。

 モードレッドはフランの守りに入るために援護はできない。つまり、バベッジは俺とマシュで相手にするしかないのだ。他のサーヴァントは召喚サークルもある重要な拠点であるジキルの部屋を守っているためいないし。ま、何とかしますけれども。

 

「先輩。敵、大型サーヴァントのチャールズ・バベッジです」

 

「了解。フランのために、速やかに終わらせよう。なるべく壊れないようにね」

 

―――――――――サーヴァントだし手加減なんて必要ないし、したら俺が死にそうだけど念の為ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――いやぁ、チャールズ・バベッジは強敵でしたね……。

 

 激闘の末、俺とマシュは何とかバベッジを止めることができた。しかし、その過程で彼の身体は既に半壊、特に霊核を傷つけたためにもう現界することは不可能な状態になってしまった。

 予想以上に令呪が強く、ちょっとの損傷で彼は止まらなかったのである。そのため、こちらとしても仕方なく彼の霊核を直接攻撃し止めることとなったのだ。フランには正直申し訳ないと思っている。

 

「……ゥゥ…」

 

「―――――――これで良いのだ。ヴィクターの娘よ。所詮私はかつて見た夢の残滓、消え切らなかった想いの具現。命なきものだ。人間を捨て、我等が碩学の何たるかということでさえ忘却した時、こうなることは決定したのだ」

 

「……ァァ………ゥァ……」

 

「……シティの地下に行くがいい。そこに、聖杯を核とした巨大蒸気機関アングルボダがある。それがこの霧を発生させている原因だ」

 

「それは本当か?」

 

「事実だとも、遠き世界の隣人よ。この世界は確かに、私が想い、焦がれた世界とは違う。だが、それでも、隣人たち、の、世界を、終わらせようとは、思わ、ない――――」

 

 

 最後にそう言い残し、チャールズ・バベッジは光の残滓となって消えていった。

 

 

 シティの地下。

 このシティの地下にそんなものがあったのか、と思いつつ俺は天を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 バベッジとの一戦から再び一夜明け、入念な準備を整えてから俺はバベッジに言われた通り地下に訪れていた。ちなみに戦力はカルデアから来たサーヴァント達全員とナーサリーである。本当はナーサリーもフランやジキルと一緒に待っていて欲しかったのだが本人がどうしても聞かなかったのだ。

 

「ごめんなさいね。わがままを言ってしまって」

 

「別に構わないけど、何か心境の変化でもあった?」

 

「そういうわけではないわ。只、ジメジメした空気と濃い霧に飽きたのよ。そろそろポカポカなお日様の下でお散歩でもしたい気分だわ」

 

「なるほどね」

 

「マスターマスター。そろそろセイバー出てきますかね?ぶっちゃけ、私この特異点に来てから全くと言っていいほど活躍していないんですけど。そろそろ私の華麗な剣技を、セイバーとしての実力を見せつける必要があると思うのですがどうでしょうか」

 

「ヘルタースケルターを腐るほど倒してきておいて何をいまさら」

 

「のう、マスター。わしさ。お主と役割被ってると思うわけよ。ほら、わしの神性特攻持ってるし?………これわしの出番なくね?」

 

「大丈夫大丈夫。俺のは複数に当たったりはしないから。爆発はするけど。それにノッブは騎乗特攻あるでしょ」

 

「……そういえば私も影薄くない?おかしいわよね?スポットライト浴びてないわよね?これアイドルとしてどうかと思うわよね?」

 

「問題ないんじゃない?いつか日の目を浴びる日が来るよ」

 

「ご主人。散歩の時間だ。首輪を持て。あと、キャット的にこの先の展開上、殺意溢れ結果になりそうなのだが、タマモ地獄を見せるということでよろしいか?」

 

「よろしくない落ち着け。………そんなに暇なら目の前で道を塞いでいる連中を殴りにでも行って来い」

 

 ここぞとばかりに話しかけてくるサーヴァントたちを追い返しながら俺は溜息を一つ吐く。

 現在、シティの地下とやらに居るのだが、道のいたるところに敵が潜んでいるのだ。そりゃ、敵にとっては計画の中枢だし無防備だとは思ってないけれども、ここまで大量にいると果てしなく面倒くさいです。

 

 聖剣が光り、火縄銃が入り乱れ、カボチャが降ってきて、人参も飛び交う謎現場を眺めている間にさっさと目的地と思わしき場所に着く。

 本来ならこういった場所に着くと、意気込みというかそういったことを言ってから突入するのかもしれないが、この面子でそんなことをすることもない。普通に侵入する……どころか。

 

 

「突き崩す神葬の槍!」

 

 

 開幕ブッパをかますのだった。

 

 

 

 敵の本拠地って言われたら、もうこうするしかないと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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善性を持った悪逆、清濁併せ持つ善行

もう既に魔神柱三本折られててワロタ。
まさかソロモンも、世界の命運をかける戦いで素材探索を優先して魔神柱と戦うマスターたちとは夢にも思わなかったんじゃないかと思う。

ガチ勢怖すぎィ!


 

 

 

 

 耳に届くは空間を揺るがすほどの爆音。飛び散るは吹き飛んだと思わしき地面の欠片。それらが一斉に、地下空間へと侵入した俺たちを歓迎した。原因は俺だけれども。

 

「ちっ、完璧な不意打ちだと思ったんだけど。ここ最近全然きまらないな……」

 

 聖杯を核とした機械、バベッジ曰く巨大蒸気機関アングルボダの膨大な魔力は当然のことながら、その近くにあった一人分の気配も先程と変わらずそこに存在していたことから自分の不意打ちが不発に終わったことを悟る。これ、もうそろそろ師匠からの指導が入るのではないのだろうか。今、カルデアかレイシフトした先のどこかで夜空に輝く星になりそうな兄貴が未来の俺の姿かと思うと足が震えて仕方がないわ。

 

「意外と、他の特異点からの情報が出回ったりしているんじゃない?」

 

 態々時代をさかのぼって聖杯をばらまくような奴が元凶だしそれも十分に在り得そうだ。……まぁ、たとえそうでも俺が指導されるということは変わらないだろう。これは死にましたわ。次回のレイシフトまで生きていられるかも若干怪しいかもしれん。

 

『これは……』

 

『冬木で観測した数値と一致している……間違いない。そこに聖杯……それを核としたアングルボダが存在しているはずだ』

 

 所長の呟きとロマンの解説にみんなの視線が一気に煙の晴れた空間へとむけられる。そこには冬木で見た空間と同じような光景が広がっており、冬木では聖杯があった部分に巨大な機械、アルトリア・ペンドラゴンが居た場所に一人の男が立っていた。

 

 ……ただ、その男は遠目からでもわかるくらいに疲弊しており、姿勢こそ立っているもののその足はプルプルと小刻みに震えていた。その様は正しく生まれたての子ジカという表現がふさわしい。

 

「く、奇しくも……ハァ、ハァ……パラケル、ススの……ハァ……言う通りとなった、か………。悪逆を、成す、者は……ゴホッ、善を成すものに、阻まれなければ……ハァ……ならない……と……」

 

 というか既に死にかけていた。誰ださっき全く変わらない気配があるとか言った奴は(すっとぼけ)

 これならあと一押しで行けるのではないか?と考えた俺は、ルーンを使い、先程投擲した槍を回収する。そして、再び魔力を通して槍を投げる態勢に入る。ついでに、ここにいるサーヴァント全員に宝具の開帳を言い渡した。恐らくだが、これがこの特異点最後の戦いとなるだろう。出し惜しみは必要ない。あそこで既に半分死にかけた人と、ついでに聖杯をフッ飛ばすいい機会だ。

 

「フッ……お主は一掃がお好みか。よかろう!三千世界に屍を晒せ……天魔轟臨!」

 

「思いっきり好きにしていいっていうなら遠慮なくいくわよ!サーヴァント界一のヒットナンバー、ハロウィンバージョン!私にかかれば年がら年中ハロウィンよ!豚みたいに泣いて、兎みたいに喜んで跳ねなさい!」

 

「フム。ご主人からのオーダーであれば仕方がない。本来ならお昼寝セットが付いてくるのだが、人参と散歩を担保に更なる野生を引き出そうじゃないか。というわけで、見るがいいご主人!タマモ地獄をお見せしよう」

 

「ヤる気満々ということですね。つまりようやくこの私の出番ということでしょう!もはや相手がセイバーでなくとも、アルトリア顔でなくともどうでもいい。とりあえずブッパです」

 

「宝具を使うのね?いいわ。ありす(わたし)の物語を、見せてあげる!」

 

「………………(黙祷)」

 

 流石カルデア組今までの経験値の分だけその対応は速い。誰もかれもが英雄に相応しい戦闘のイロハというかむやみに手加減、施しはしないということをわかっているために実にスムーズだ。

 

「やっぱり、これが一番早いよなぁ!―――これこそは、わが父を滅ぼす邪剣……!」

 

「私を滅ぼすとは大きく出ましたね!」

 

「えっ、あっ!」

 

「は、はははっ!これではどちらが善でどちらが悪かまるで分らないな!」

 

「いやいや、これこそ私が求めていた者ですぞ。彼はやはり面白い。その経歴もさることながら、本人がどうしようもないくらいずれていますからな!これほど執筆が進む存在も中々いない」

 

「フン。ぶっ飛びすぎてて面白くなどなるものか。大半にとっては理解できないものになるに決まっている。そもそも、強すぎる主役なぞ、話の展開に困るだけだ」

 

 カルデア組に影響されたのか、ここロンドンで会ったサーヴァント達……というのはおかしいな。作家組は何もしようとしてないし。モードレッドも自身の宝具を開帳していた。それは、かつてエミヤ師匠が見せてくれたような莫大なエネルギーの奔流……あの光のように見惚れる、というよりは背筋が凍るような悪寒を感じるようなものだがその威力に間違いはないだろう。

 

「くっ……!貴様ら正気か!?問答無用なんぞ、善性を掲げる人間のすることではないぞ!?」

 

「―――いや、別に俺たちは善性がどうのこうのなんて考えてないし、ましてや正義の味方なんてものでもない。そもそも――――戦いに善悪もない。勝てなきゃ死ぬ。それだけだ。…………いや、ほんと。それだけなんだ………」

 

 パラケルススのことを上げた段階であれが敵ということはほぼ確定している。であれば、何かをされる前に迅速に対応をするべきだ。敵、倒すべし。

 

 

「―――突き崩す、神葬の槍」

「―――三千世界(さんだんうち)!」

「―――鮮血特上魔嬢(バートリ・ハロウィン・エルジェーベト)!」

「―――燦々日光午睡宮酒池肉林(さんさんにっこうひるやすみしゅちにくりん)!うーん、ぐっもーにん」

「―――真・約束された勝利の宇宙剣(ネオ・ギャラクシー・エクスカリバー)!」

「―――仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!」

「もうあの子はいないけど、これこそが、存在の証明……『越えて越えて虹色草原、白黒マス目の王様ゲーム――走って走って鏡の迷宮。みじめなウサギはサヨナラね?』」

我が麗しき父への反逆(クラレントブラッドアーサー)!」

 

 いじめかとも思えるほど濃い密度の攻撃。その一つ一つはその名の通り、宝具であり普通の英霊どころか大英雄ですら軽く屠れるだろう。まさにそれは破壊の波だった。だが、仕方がないのだ。これこそ確実に相手を倒すための手段。魔力の消費は馬鹿みたいに大きいがそれ故に強力だ。

 

「本当に撃つだと!?我が、悪逆の結晶にして希望諸共吹き飛ばすつもりか……!?くっ、破壊の空より来たれ!我らが魔神――――!」

 

 数多の宝具に埋め尽くされようとしている男からその一言が俺の耳に届いた。

 

 

―――――――――

 

 

 

「「―――――やったか!?」」

 

 織田信長(カルデア一の問題児)ヒロインX(カルデア一の暴走列車)が食い気味にフラグ(その言葉)を発する。もうそれを聞いた瞬間、仁慈は頭を抱えた。ただでさえ、攻撃に飲み込まれる前に不穏な言葉を呟いていた相手なのだ。そこでその言葉を言ってしまってはもはや生存しかありえないだろう。

 

「どうやらあの二人、やらかしたようだな。どうするご主人。望むのなら、あの者たちにタマモ地獄を見せてもいいゾ?」

 

「別にいいよ。……それより、起きろ」

 

「残念ながらそれは無理な相談だナ。アタシはこれからたっぷりと休憩を取らなければならない故に。というかご主人ニンジンを所望するぞ」

 

「キャットに宝具を使わせたのは軽率だった……」

 

 後悔の言葉を口にしながら、仁慈は宝具の攻撃によって発生した黒煙の方に視線を向けた。そして―――――

 

「ちっ、マシュ!」

 

「はい!はぁぁあ!!」

 

 自身の勘に従い、マシュを呼んだ直後にその場で防御を取る指示を視線で送る。仁慈の意思を寸分の狂いもなく受け取ったマシュは疑うことなくそれを実行し、仁慈に迫っていた不可視とも思える光線をはじき返した。

 

 

「先輩、今のは……」

 

「もう恒例になってる魔神柱だ。ほら」

 

 先の光線のおかげで爆心地を覆っていた黒煙が晴れる。そして、先程まで一人の男が立っていた場所には、その男とは似ても似つかぬ肉柱が地面に寄生するように突き刺さっていた。これこそ、仁慈は第二の特異点で屠ったレフ・ライノール・フラウロスと同じ魔神柱だ。

 

『わ、我は七十二柱の魔神が一柱。魔神バルバトス。―――これが、我が王が私の中で巣窟っていた醜き悪逆をくみ取った姿……消え去れ、ド畜生!』

 

「お前にだけは何故か心底言われたくない気がするぞ!肉柱!……さて、相手はまだまだやる気十分だ。というわけでもう一発往くぞ!」

 

『おぉ!』

 

 まさかのセリフに魔神柱はその数多の瞳を全て仁慈に集中させた。だが、その後すぐに笑いだす。

 

『ははは!もうお前にはそれほどの魔力は残っていないだろう。正直、英霊六体の宝具を撃てただけでも奇跡ともよべる事態だ。それを再び放とうなど、夢物語に過ぎない!』

 

 嘗て魔術師だったバルバトスだからこそわかることだ。通常では英霊六体分の宝具を回せるだけの魔力があるだけでもおかしいというのに、それをもう一度続けるなど、魔術回路が焼き切れるということであれば運がよく、命がいつくあっても足りないような事態だ。故に二回目などはないと、魔術師の常識から判断したのである。

 

 だが、しかし、しかしだ。これまで多く語って来たとおり、樫原仁慈は物事の常識や世間の認識から浮くことが得意中の得意と言ってもいい男だ。それに加え、今回彼はカルデアのバックアップとして懐かしき、ダ・ヴィンチちゃん印の魔力回復ポーションを大量に抱え込んできたのである。聖杯からの魔力供給がなくなってしまったための保険として頼んでおいたのだ。

 早速仁慈はそれを取り出して一気に呷ると、全身を再び駆け巡る魔力の感覚を確かめる。そして、十分に魔力が駆け巡ったことを確認した仁慈はその場にいる全員にあるだけ幾分かマシというレベルの強化魔術をかけ、再びポーションを煽ってから全員に宝具の開帳第二弾を告げた。

 

「ぬはははは!大盤振る舞いではないか!ようし、ノッブ頑張っちゃうぞー!この地下にでかい花火でも咲かせてやるとしようかの!」

 

「アンコール?アンコールなのね!?子イヌが私を求めているのね?そういうことならいいわ。歌っちゃうわよ!」

 

「キャットはもう昼寝したゆえにな。宝具は撃たない。代わりにご主人の身をしっかりと守ってやるワン!」

 

「それは私の役目なのですが……いえ、二人で守ればいいですね。そちらの方が確実ですし。何より、先輩自身も自分で守れますから効果も高いでしょう」

 

「私の聖剣は二刀流ですから、当然の如くもう一陣ありますとも!」

 

「寝る前に二冊も読むなんて悪い子ね。でも、いいわ。深い深い眠りに誘ってあげる」

 

「ハッハァッ!街中で暴れられなかった分イライラしてんだ。父上が撃つならオレが休んでいるわけにはいかねえよなァ!」

 

「「………(無言の執筆)」」

 

 

 ノリノリのサーヴァント+マスター。再び、宝具発動の前兆か、それぞれに膨大な魔力が渦巻き始めたのを確認した魔神バルバトスは自身の選択肢が大いに間違えていることをここで悟ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 一面に広がるは一番初め、仁慈が不意打ちで作ったクレーターを可愛いと思えるくらい破壊された地面だった。正直、天井が崩れなかったことが奇跡と言ってもいいかもしれない。

 そんな最終戦争よろしくな被害の中心地に、聖杯をアングルボダの核としようとし、計画を進めていた最初の指導者である魔術師Mが転がっていた。先程まで魔神柱と化していたおかげだろう。あれほどの攻撃を受けたにもかかわらず、その身体は原型を保ち、尚且つしっかりと呼吸を行っていた。もはや、自分で立つことすら叶わず、いまだに焦げている地面の熱を黙って感じていた。

 

「……」

 

 そこに無言で近づいてきたのは先程まで相手取っていた人類最後のマスターと書いて人類史上最新のキチガイ、樫原仁慈である。ついさっきこのMによってド畜生という名前も更新された。

 

「……まさか、ここまで、一方、的、だとはな……」

 

 ボロボロの身体で言葉を紡ぐM。

 一方仁慈はその言葉を聞く気がないのか既にその手に持っている刀を振りかぶり、Mの首にその標準を定めていた。あと10秒もしないうちにMの首は胴体と永遠の別れを告げることになるだろう。アングルボダの方も、宝具の攻撃によって半分は崩壊している状態になっている。後数分しないうちに霧も止まるような状況だ。だが、そんな絶望的な状況の中でもMはニヤリと笑った。

 

「最後、に一つだけ、教えてやろう」

 

 仁慈が、刀を握りなおす。

 

「お前の行動をずっと見ていた私が、黙ってお前たちが来るのを待っていたと思ったのか?」

 

 仁慈の刀が振り下ろされる。

 

「既に手は打ってある、ということだ――――」

 

 それだけを言い残してMは絶命した。

 仁慈は血の付いた刀を一回振るって血を落とすと、半壊しているアングルボダに視線を向ける。

 

 壊れ、もうその機能を失ったはずのアングルボダだが、停止の様子は見せずむしろ今までロンドンを覆っていた霧の魔力を取り込み始めていた。それと並行して強力な存在がこの地に呼び出されようとしているのか、桁違いの魔力が渦巻き始めた。

 

『――――っ!?まさかこれは英霊召喚!?マズイぞ仁慈君!』

 

「予め、術を組み込んでいたんだろうなぁ……。魔神柱じゃなくて先に聖杯を何とかするべきだったか……」

 

 ロマンの通信から自分の失敗を悟る仁慈だが、すぐに気持ちを切り替えるとすぐさま味方のサーヴァントが集まってるところに戻る。その直後、アングルボダの目の前に激しく電撃が走り出した。

 

 バチバチと音を鳴らしながら、徐々に電撃はその勢いを増していき、やがて眼を開けて居られたないほどの明るさになっていく。これは雷に関係する英霊の召喚だろうとあたりを付けた仁慈は魔力回復ポーションを再び呷り、各サーヴァントたちに、召喚された瞬間に飽和攻撃をくらわして速攻でおかえり願おうという旨を伝えて待ち伏せを開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――だが、しかし、そこにMが召喚しようとした英霊が現れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




仁慈の持ち物。

魔力回復ポーション 残り一つ。
聖晶石 一つ。


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今日のロンドン:落雷、時々嵐

ソロモン(仮)せこすぎワロエナイ。あの回避連打何とかしろよマジで……。


 

 

 英霊が召喚されない。

 この事態に戸惑いを感じていたのは何も現地に居る仁慈達だけではなかった。彼らのことを観測し存在を保証し続けることやその他諸々のサポートを行うカルデアの職員たちやロマニ、そしてオルガマリーも同様に戸惑いを覚えていたのである。

 

「確かに召喚、並びにそれによって現れる英霊の存在を感知したのに……」

 

「数値は依然として変わっていません。英霊召喚の予兆はありますが……」

 

 観測を行っている職員の言葉にロマニは頭を抱えた。数値が安定して上昇し続けている以上召喚が失敗したということは殆どない。しかし、仁慈たちの話によればその英霊は姿を現していない。一体どういうことなのだろうかとロマニは必死に考え込む。

 すると、隣で考えを纏めていたであろうオルガマリーが仁慈達に通信を入れた。

 

「現在、目視できる範囲で状況を報告しなさい!」

 

『おぉ……久しぶりに凛とした頼りがいのある所長の声を聴いた気がする……』

 

「無駄なこと言ってないで早く!」

 

『すみません。……一応目視できる範囲で言うなら、もうここには何もないですね。さっきまで出てた雷もどこかに消えてしまいました。一応、英霊っぽい気配を感じることはわずかにできるんですけど……』

 

「わかったわ。……そこの貴女、今から言う場所に計器を向けなさい」

 

「は、はい!」

 

 必要な情報はそろったのか、素早く指示を出す。今までのヘタレっぷりを返上できるくらいの働きにロマニはぽかんと口を開けて固まっていた。いったいどういう心境の変化だろうか。

 

「――――ッ!反応ありました!」

 

「思った通りね……こっちの計器が正確でないこと、何よりロンドンの霧が全て聖杯によるものということを見逃していたわ……。仁慈!よく聞きなさい。先程貴方が倒した魔術師の呼んだ英霊はしっかりと存在しているわよ!貴方たちの真上にね!」

 

『……そういうことか。了解です。すぐに向かいます』

 

 頭がおかしく、一般枠という言葉に素で喧嘩を吹っかけているような存在であるカルデア最後にして人類最後のマスターの返事が聞こえた瞬間オルガマリーは体から力を抜いた。

 

「ふぅー……これで間に合えばいいのだけれど……」

 

「お疲れ様です所長。……ところでどういうことか説明してくれません?」

 

「本当に仕方ないわね……。まぁ、貴方の担当は医療だし、仕方ないでしょう。いいこと?ロンドンに充満している霧は聖杯から出たもの……いわゆる聖杯の持っている膨大な魔力そのものと言い換えてもいいわ。そんな街だものどこからでも英霊召喚なんて行えるわ。実際に霧の中から出てきたの知ってるでしょ?」

 

「あ、あーー!!そうか、そういえばそうだった!どうして見逃してしまったんだろう……うわぁぁぁあぁあ………。ま、まぁ反省は後にして……。それにしてもどうして召喚される場所を変えたんだ……?」

 

「そこは確かによくわからないけど……英霊本人かあるいは聖杯が考えたのかもね。このまま出ていったら出落ちにされるから別の場所で召喚しよう、なんて。馬鹿な想像だけど」

 

「…………まぁ、仁慈君相手ならそれでも納得できるというところが何よりも恐ろしいことですけど」

 

「否定できないわね……」

 

 オルガマリーとロマニ、そしてそんな二人の会話を聞いていたカルデアの職員たちは自分たちの希望となっている最後のマスターの頼もしさとイカレ具合を改めて認識し、何とも微妙な気分に浸りながらも再び仕事に戻ったという。

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

「―――――私を、呼んだな。雷電たる私を。天才たる私を。インドラを、ゼウスすらも超えた新たなる神話をもたらした。この、雷電の大天才たるニコラ・テスラを――――!………ん?」

 

 

 未だ霧に包まれたロンドンの中で、雷電を纏いながら現れた一人の男の言葉が虚しく見渡すことのできない空に響く。そこで望まれていた反応が返ってこないことに疑問を持ったのかそのニコラ・テスラと名乗った男はきょろきょろと見まわしてみる。

 聖杯が急に召喚場所を移動させ、街中へと召喚したために当然の如く彼の周りに人はいない。先程の向上は無情にもただの大きい独り言へと変貌してしまった。しかし、自ら大天才を名乗り、他人からも天才と称される彼にそのようなことで恥じるような心は存在しない。天才とは総じて偏屈で変人で理解できないものだと誰かが言ったように、彼もその例から漏れることはなかった。

 

「誰もいない……。しかし、この身には召喚者たる者の望みが刻まれている。少々厄介なものもついていて、私に自由の意思はなし……か……」

 

 ニコラ・テスラはその天才的頭脳を駆使して現在の置かれている状況を把握し、自分がどっからどう見ても敵役ということを自覚させられた。ついでに自分を止めに来る人間が、本当に人間と定義していいのか怪しい、自分に負けず劣らずな変人であることを理解した。

 

「は、ハハハハハ。まぁ、それもよかろう!私は召喚されたものとして……碩学たちがこぞって願ったものでもかなえてやるとしよう。幸い、目的地の近くであることもあることだしな。人類の新たな道を開拓した私が人類史に終焉をもたらすということも、皮肉にして一興だろう。ハハハハハハハハ」

 

 ニコラ・テスラとしてはどちらでもよかった。自分がこのまま目的を達成し人理を焼却するようなことになるならそれもまたよし。頭のおかしい人類最後のマスターが来て、自分を止めてもよしと。そも、今の彼には思考する余地はあっても行動の自由が縛られている。であれば、その状況を楽しめるように考え方を変える方が建設的だと彼は考えた。

 

「さぁ、来たれ。私はこれから天に昇らん!運命の上空集積地帯への足場をここへ!」

 

 まるで、これから行うことを宣言するかのような言葉と共に、ニコラ・テスラは電流を流す。

 すると、先程まで何の変哲もなかったロンドンの街の中に紫電が走る階段が現れた。

 

「私を止める者は現れなかったか………」

 

 何処か落胆したような感情を乗せ呟くニコラ・テスラ。だが、そんな彼に、帰ってくるはずのない返事が送られる。

 

「そんなにやりたくなきゃ、自分から降りりゃいい話だ。簡単だろう?」

 

「―――ほう?」

 

 返事が聞こえたと同時にニコラの周囲に走っていた紫電が活性化する。それを受けた彼は疑問符を浮かべながらもその表情に笑みを浮かべた。

 

 ――――そうとも。このままうまくいきましたではつまらない。いかに天才と言えども何かを成すには、困難の一つもないとやる意味がない。

 

 ニコラの思考に応えるかのように天から落雷が降り注ぐ。その色はニコラの生み出す紫電ではなく、黄金のような輝きを放つ金色。それと同時に一人の男がニコラの生み出した道の前に現れた。

 

「雷電を、受けて輝く黄金(ゴールデン)。どこからか、助けを求める声がする。理不尽にも屈する者たちの声が届く。届いちまったもンは仕方がねぇ。例え、それが魔性の退治でも、鬼殺しでなくとも聞こえちまったら行くしかねえ。オレは、悪鬼を制し、羅刹を殴り、鬼神を絶つゴールデン!……縁も縁もない場所だが、一応名乗らせてもらおうか。英霊・坂田金時。只今ここに参上だ。おう、そこの背広組。悪いがこっから先は通行止めだ。無様に逃げ帰って女々しく泣いてな」

 

「―――なるほど。こういうこともあることにはあるのか。雷電を媒体として新たな英霊が召喚される……」

 

「どうやらそうらしいな。ま、その辺の細かいことはどうでもいいぜ。オレの嗅覚が告げてんだ。アンタを止めなきゃ世界がヤバイ……そうだろ?」

 

「ふぅむ。見事な理解力だ。キントキ・サカタ。まるで稲妻が如き鋭さ、迅速さだ!」

 

「そいつぁどうも。………さて、面倒くせぇ話合いはここまでだ。オレたちの目的は真正面から交通事故状態。どちらの脇道、回り道は叶わねえだろ?」

 

「ハハハハハ!その通りだ。私はこの道を往き、我が雷をこの島に轟かせる!」

 

「そうして、俺はお前を止める。――――――それじゃあ、派手に喧嘩をおっぱじめようぜ。同じ雷人同士、とんでもなく痺れる位のものをなァ!」

 

「よかろう。こういった肉体労働はあまりしないが苦手というわけでもない。何故なら天才なのだから――――!」

 

 

 こうして、世界を変えた天才ニコラ・テスラとここロンドンから遠き極東の地にて圧倒的知名度を誇る自称ミスターゴールデン・坂田金時の異色のマッチが実現してしまった。

 

 

 

「えっ、何ですかこの少年漫画に在りそうなあって数分でのバトル展開……。おーい、金時さん。もしかして私のこと嵌めましたー?……ちょっと会いたくないというか全力でご退場願いたい気配もあるので私早く帰りたいんですけどー?」

 

 

 そんな中、盛り上がっているびりびり男の横で、勝手に金時の召喚についてきた獣耳和服という属性てんこ盛りな女性が呆然としてしまったのだが、生憎彼女のことを気にしてくれるような人物はこの場に存在しなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

『呼び出された英霊の動きが止まった……!仁慈君。今がチャンスだ!どうやら、彼は新たに召喚された英霊二体と戦っているらしい!』

 

「マジですか」

 

 所長からの指摘を受けて地上を目指して全力で駆け抜ける俺たちに対してロマンの通信が入る。なにをしようとしているのかはわからないが、ロマン曰く。読み取れる範囲だと呼び出された英霊は上空を目指しているらしい。まぁ、ここに来て意味のない行動を取ろうとすることは考えにくいというところから確実にろくでもないことであるとロマンは結論をだした。心底同意する。

 

「――――――――!」

 

 主人が消えたにもかかわらず健気にも行くてを阻む自動人形やホムンクルスを数秒でばらばらに解体していると、隣に立っているキャットの様子が変化していた。具体的には全体的に逆立ってきている。バーサーカーというか、典型的に根本のところでずれているタマモキャットのこのような姿は初めて見るため、結構動揺している。

 

「ど、どした?」

 

「この気配は――――――ペロリ……!オリジナル!つまり謎はすべて溶けたワン。オリジナル殺すべし。目覚めよキャットの野生!良妻獣耳サーヴァントの枠は二つも要らないのだナ!」

 

 疑問に思って話しかけてみても、いつもよりおかしいことを言いだしたキャットは、今までよりも更に速度を上げて俺を追い越してどんどんどんどん先へと行ってしまった。なんだこれどういうことだ。

 

「先輩!タマモキャットさんが……!」

 

「うん。なんか先に行っちゃったんだけど……やだ、なにこれ……」

 

「あれは、増えすぎた己を狩りに行く目ですね。えぇ、えぇ。あの目には大変覚えがあります。具体的には毎日鏡で見てますとも」

 

 ヒロインXの発言があれなのはいつものことなのでスルーするとして、もしかしてかつてカルデア内で聞いた「ほかのナインは殺す」ということのお相手が現れたということなのだろうか。もしそうであれば、今頑張って止めてくれているサーヴァントに喧嘩を売るということになる………。

 

「うぉぉぉぉおおおお!全体強化!!」

 

 ホムンクルス殺している場合じゃねえ!

 滅多に使わないカルデアの魔術を使って自身およびそのほかの英霊に許可を施し、身体能力面を全面的に底上げする。それにより、ホムンクルスたちを一撃でまとめて粉砕できるようになった彼らを引き連れて、一人で特攻したキャットを止めに走るのだった。本当に暴走するサーヴァントしかいないな!

 

「是非もないよネ!」

 

「くっそ!」

 

 

 

 

 

 ズダダダダ!という音と共に大急ぎで地面へと上がって来た俺が視たものは、今まさに自分そっくりの女性に襲い掛かろうとしているキャットの姿だった。それを見た瞬間俺の身体は反射的に動いた。持っている槍をその場に突き刺して、加速する。その後、襲い掛かるために跳び上がったキャットと身構えた女性の間に体を滑り込ませ彼女の爪を喰らわないようにその細腕をつかんで正面から抱き着くようにしてその身体を止める。

 

「オウ、大胆なのだなご主人。もしかしてそういうプレイがお好み――――」

 

 受け止めるだけでは留まらず、そのまま地面にシュート。上から抑えつけて動けないようにする。

 

「フギャン!?」

 

「反省しなさい。急に不意打ちかまそうとするとか………なんかすみませんね」

 

「え、あ、いえ……?」

 

 何やら困惑気味なタマモ似の女性をスルーして金髪にサングラス、そして裸ジャケットととんでもなくワイルド極まりない服装をした男性と、スーツもどきを着込んで紫電を纏っている男性の戦いを観察する。ぶっちゃけ、どっちが召喚された英霊なのかわからないんだが……。

 

『仁慈君。恐らく紫電を纏っている方が呼び出された英霊だ。下で観測した霊基と一致している!』

 

「了解!あのなんかワイルドな人を掩護しに――――」

 

 いこう、と言葉をつづけようとしたがその続きを紡ぐことはできなかった。自分たちに向ってくる莫大な魔力の存在に気が付いたからである。咄嗟にバックステップを踏むことで何とか事なきを得るがそれでも、助かったとは言えないような状況であることはわかる。

 

 

 ―――――呼び出された英霊が向かおうとしていたのであろう。天にそびえる建物の頂点に町中の霧が集まっているのが見える。そして、それはすぐに人型へとなった。

 

 

「――――――――なっ!?」

 

「―――――――っ」

 

 

 現れたのは見たことのある顔だった。それはかつて冬木で戦ったアルトリア・ペンドラゴンの面影を残しつつもそれよりも更に成長しているように見える。何より、彼女の代名詞と言ってもいい聖剣ではなく黒き槍を持ち、なんかでかい馬にまたがっていた。

 

『なんだ、この反応は……!いま観測できるどの魔力反応よりも膨大だぞ……!』

 

「―――――なんで、このタイミングで現れるんだ……。ご丁寧にオレを殺した時の槍まで持ち出して……」

 

「話しても無駄ですよ。アレには理性がない。どうやら、どこからか余計なものまで拾って現界したみたいですから。……全く、気に入りません。カラーリングからしてオルタという感じで私の敵ですし、聖剣を捨てて、とんでもなく邪魔な脂肪の塊をぶらさげていますし、何より………あっさりと自我を捨てていることが気に要りません」

 

 呆然とするモードレッドとは反比例するようにヒロインXは自身の魔力を開放していく。堂々と立っている彼女の瞳には様々な形の憎悪がありありと浮かんでいるように感じた。

 

「いいですよね。マスター。あれの相手は私がします。あれは私が倒します。私が倒します!」

 

「あれは敵だから、そこまで念を押さなくても存分に、好きなだけ戦っていいから……」

 

「言質取りましたからね!……さあ、行きますよバカ息子!あんなの私と認めません。でもアルトリア顔判定入るから殺します!」

 

「えっ、ちょっ!この空気で行くのか!?帽子の父上!?」

 

「当たり前です。行きますよ!その首、その命、そして何よりその乳置いてけカリバーァ!」

 

 

 魔力放出で、出現したアルトリア・ペンドラゴンの元へ一直線に向かうヒロインX。もはや隠す気なしである。

 

 

 

「……と、とりあえず、あの斧を持った男性サーヴァントに助力をします!」

 

「なんだがぐだぐだじゃのぉ……」

 

「常々思うけど、本当に楽しいわね。子イヌ?」

 

「絵本にしたいくらいだわ」

 

「えぇい、うるさい。この面子でシリアスをやれって方が無理なんだよ!とりあえず、突撃。首 お い て け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




結局、クリスマスを過ごし終わることができる魔神柱はいなかったですね……。人類最後のマスターは伊達じゃないということか……。


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霧の都での連戦(前編)

あ、花のお兄さん引きました(唐突な宣戦布告)


 

「ひとまずは、あの金色の人に加勢するとしましよう」

 

 ロンドン中に充満している霧を使って召喚されたと思われる嵐の具現、槍を持つアルトリアの方へと向かって行ったヒロインXとモードレッドの二人を見送った仁慈は改めて自分たちが戦うべき相手を視界に収める。彼も、サーヴァントたちが仁慈なら何とかしてくれるという思いを抱いているのと同じくヒロインXなら色々ありつつも何とかしてくるだろうとある意味で信頼しているからだ。

 

 敵を絞った彼らはひとまず戦いに参加することはせずにまずは自分たちの準備を進めることにする。ノッブの場合はあるだけ火縄銃を取り出し、まるで某何も怖くない人のように地面に突き立てて準備をしているし、詠唱の隙を埋めるためにナーサリーも既に魔力を使って術の発動を行っている。タマモキャットに関しては彼女と瓜二つな容姿の女性に夢中になっていて戦う気配がないので放置するとしてマシュだっていつでも動けるように重心を低くして自分の身長程ある盾を構えている。

 

 そんな彼らの様子を確認した仁慈は、金髪の男性に向けて声を張り上げて忠告した。当然そんなことをしてしまえば相手方にも聞こえてしまうのではあるが、そんなことは関係ねえ!と言わんばかりに遠距離専門組の攻撃が炸裂する。

 

 バンバンバンと妙に耳に良い音を響かせながら鉛球を発射する火縄銃と、子どもたちの想像によってその在り方を変えることができるナーサリーからの多種多様な魔術が一斉にニコラ・テスラへと殺到する。

 

「ハッハ!ライトニング!」

 

 が、相手もそう素直に攻撃を喰らうわけはない。彼は胸や腕に付けている機械で増幅あるいは精製した雷を鉛球や魔術に当てることで相殺する。むしろ、それだけにとどまることはなく、仁慈達の攻撃を貫通してナーサリーと信長を襲った。

 

「させないわよ!すぅーーーー………LaAAAAaaaaaaa!!」

 

 予想外の威力に驚く中、動いたのはハロウィンエリザベートである。彼女は横から空気を振動させることで発生する超音波による衝撃波を駆使して、相手の雷をかき消すことに成功した。いくら、ナーサリーと信長の攻撃で弱まっているとはいえ、声だけで雷をかき消すとは流石の超音痴兵器である。

 攻撃をかき消された隙をついて、先程狙われていた信長が真っ先に動く。火縄銃を両手に装備し一気にニコラ・テスラとの距離をゼロにする。そこからノータイムで発砲するものの、彼女の鉛玉はすべてニコラ・テスラが纏う帯電した霧に当たって本人に届くことはなかった。その光景に信長は一瞬だけ硬直するものの、すぐに復帰しその場から退避し、仁慈の隣まで帰ってくる。

 

「あの霧、中々に厄介じゃな。近づくだけで魔力が吸い取られるし、何より纏っている電気が英霊由来のもので半端な攻撃をかき消してしまう。……相手も西洋の神を語っているだけで神性はないようじゃし、わしではちょっとばかし決定打にかけるかもしれん」

 

「……その霧はどうすればいい?」

 

「魔力を吸われることから長期戦はこちらが不利じゃ。だからと言っても、先にあのジャージと乱雑騎士は出払ってしまったしのう……今いる面々では微妙かもしれん」

 

 ヒロインXとモードレッドが抜けたことにより、今ここにいるのは仁慈にマシュ、信長とハロウィンエリザベート、タマモキャット、ナーサリーライムだ。タマモキャットの宝具であればバーサーカーの補正もあり行けるかもしれないが、撃ったら昼寝をするが故にリスクが高すぎる。仁慈の槍も、人外であれば刺さるのだが、あの英霊はおそらく人を由来とするものだと彼らは予想しているため、そこまでの効果は見込めないと考えていた。そしてなにより、マスターである仁慈の魔力を吸われることはカルデア組にとって致命的と言えるので手出しはできない。

 

「……ここはオレの出番じゃんかよ」

 

 若干詰んだのでは?ヒロインXでも呼び戻そうかと考えていた信長と仁慈の元に声がかかる。それは仁慈達が助けに参戦したほうの男性。金髪に裸ジャケットというワイルドな坂田さんちの金時君だった。

 

「しばらく一対一でおっぱじめてて、ちっとばかり厳しいかもしんねえが、それでもアイツに宝具一発ぶちかますくらいは余裕だぜ」

 

 自身の代名詞たるまさかり(ゴールデン)を担ぎながら、豪快に笑う。仁慈はこの時思った。この人外見で誤解されるタイプなのではないかと。どう考えてもあっち系統のひとっぽいのに常識を兼ね備えまくりである。しかもバーサーカー。……カルデアの人たちに見せてあげたいと彼は本気で思った。ちなみに、通信越しに見ていた職員たちはこの姿を見て仁慈がまともになることを願っていた。知らぬは本人たちばかりである。

 

「と、言うわけでいっちょ行こうぜ。ヒーロー」

 

「なぁに格好つけちゃってるんですか金時さん。その状態で行ったら宝具撃つ前に即チーンですよ。紙装甲極小火力で前線張ってた私が言うのですから間違いありません。なので、ちょっとだけ待っててください」

 

 これからかっこよく戦いへ――――とはならず、タマモキャットに危うく暗殺されそうになった玉藻の前が金時の元へとやって来て、簡単な術をかける。すると完全とはいかないが、それでも後一戦は問題なく戦える程度までは持ち直すことができた。それを見た仁慈は思わず勧誘しそうになるが、今回は何も言わずとも味方してくれそうなのでスルーすることにした。ちなみにタマモキャットはその様子を見た後、再び襲い掛かりそうになっていた。

 

「おうサンキューフォックス。しっかし、意外だな。アンタはこういったことをしないタイプだと思ってたぜ」

 

「えぇ。そりゃ、普段の私ならどこの誰だか知らない人間がその辺で死のうが知ったこっちゃないんですけどね。ほら、これは一応全人類の危機とも言える状況じゃないですか。もし本当に滅びたりでもしたら私とご主人様のあんまーいイチャらぶ生活にどんな影響があったかわかったもんじゃありませんしぃ」

 

「お、おう……やっぱお前らはそうだよな……」

 

 明け透けな物言いに引き気味の金時だが、この時仁慈は満面の笑みである。曰く、無償で協力するよりこういった理由を言ってくれる方がよっぽどいいとのこと。

 

「………ご主人。やはりアタシはあれを八つ裂きにしたいのだが、許しを貰えるかな?」

 

「やめて。こういったサポートもこなせるサーヴァントは貴重なんだから……」

 

「むぅー……むむむむむ………」

 

「帰ったら散歩してあげるから」

 

「ニンジンもよろしく頼むぞご主人」

 

「とびっきりのを用意させていただきますとも」

 

 ヒロインXの件と言いタマモキャットの件と言い、物で釣る男である。

 と、こんなことがありつつもなんとか綺麗に纏まりニコラ・テスラに戦いを挑もうとする面々。………ちなみに、どうしてこうも悠長に話ができているのかと言えば、

 

「ちょっと!もうソロ活動はいいから助けてくれないかしら!?この人笑いながら雷しかとばしてこないんですけどっ!」

 

「ライトニング!ライトニング!もういっちょライトニング!」

 

「ぎゃー!びーりーびーりーすーるー」

 

「酷いのだわ、酷いのだわ。こんな人とか弱い乙女二人で戦わせるなんて酷いのだわ。悪いマスターにはありすのお友達(ジャバウォック)を呼んでしまいましょうか」

 

「やめて(迫真)」

 

 仁慈は自身の第六感が全力で回避せよと訴えているジャバウォック召喚を阻止するために、簡単な会議を行った後にすぐさまニコラ・テスラへと一斉に攻撃を開始するのだった。

 

 

――――――――――

 

 

 

「ようやく全員で向かってくるか!いいぞ、勇者たち!この新しき神話系の主神。ゼウスすらも凌駕する雷を操る私を倒して見せろ!」

 

「人の身で神を名乗るとか、ちょっと不敬にもほどがありません?別にあの節操なしが何言われても気にしませんけど、同じものとしてはみこーんと来るものがあるんですけどっ!」

 

「これは、古き神話系の匂い!……本来であればこの私。貴婦人には紳士たるのだが、今は状況が状況だ。遠慮なくいかせていただくとも」

 

 主神を語るニコラに対してまじモンの神霊たるタマモが言い返しつつ、着物の袖から呪符をバッと取り出して一斉にばらまく。それら全てが不可解な軌道を描きつつニコラに襲い掛かるが、雷を纏った霧が信長の鉛玉と同じようにそれを阻み、さらには反撃と言わんばかりに紫電が走った。だが、この結果とて彼らにとってはわかり切った結果である。目的は神霊の気配を微妙に漂わせているタマモに注意を一瞬でも引きつけることなのだから。

 

 

 ニコラが放った紫電と玉藻の前に滑り込む薄紫色の影。カルデア組のメイン盾。頼れる後輩マシュがタマモを守るようにして盾を構え、その紫電を打ち消す。もちろんそれだけでは終わらない。突っ込んできたのはマシュ以外にも存在してるのだから。

 マシュが割り込んでくると同時にニコラは弾かれたかのように首を回した。そう。そこには珍しく火縄銃ではなく腰に指した刀を抜いている信長と、殺意にあふれるタマモキャットが居たのだから。

 

 彼女たちは霧に魔力を吸われることすら構わずに自身の得物をニコラに突き立てる。一方のニコラは帯電している霧と自分の身体に電流を流すことで二人の攻撃を逆に利用して反撃を行った。ビリッとした感触と共に体を離す二人。それを隙と見たニコラは今度はこちらの番だと言わんばかりに発明した機械に電気を走らせるが、まだまだカルデア側に人員はいる。

 

「さっきのお返しよ!」

 

「さぁ、みんなパーティーの時間よ!」

 

「ぬぉぉおおおお!!??」

 

 ニコラは反撃に転じようとしていた分だけ隙を曝している。さらに言うならば、今度の彼女たちは霧に吸われきれないような濃度の攻撃をぶちかましているために霧の自動防御は発動しなかった。故に、わずかとはいえ彼の身体に攻撃が届く。圧倒的な物量による波状攻撃に流石のニコラも厳しいと言わざるを得ない状況だった。

 

「ハッハッハ!だが、卑怯とは言うまい。そうだ。勇者とは、抗う者たちとはそうでなくてはいけない……!」

 

 心底楽しいとでも言わんばかりに笑いながらニコラは霧が吸った分の魔力を取り込みそれをそのまま電気へと変換させて放出する。全身から放電することによって四方八方に紫電が飛び交い、軽快に攻めていた仁慈達も行動を止める。

 

 しかし、これは逆にチャンスでもあった。

 放電を行っている以上ニコラの視界は残念ながら封じられたも同然だ。眩い電光が誰よりも彼の視界を奪っているのだから当然と言える。本来ならこれでいい。魔力を潤沢に取り込んだこの紫電はおよそほとんどの攻撃を飲み込み焼き尽くすことができるだろう。

 

 けれどもここには金時が居る。ニコラと同じ雷に携わる者にして、霧を持っている状態のニコラに一歩も引かなかった雷人。彼は自身が持つ鉞に魔力と雷撃を込めて既にスタンバっているのだ。

 

「アンタ、ぴかぴか光りすぎだぜ。雷ってぇのはな……一瞬で光って消えていくもんだぜ!―――――――――吹っ飛びな!黄金喰い(ゴールデンイーター)

 

 まさかりに内蔵されている雷を込めた15個のカートリッジを全て開放し、爆発的に攻撃力を高めたそのひと振りは、まさに落雷の如し。鼓膜が敗れんばかりの轟音とニコラの放電を切り裂きつつ、金時の宝具はニコラに到達するに至った。

 

 

「―――は、はははははっははは!はーはははははは!!」

 

「こいついっつも笑ってんな」

 

 金時のまさかりを受けてもなお原型をとどめ、豪快に笑いだすニコラ。それにツッコミを入れたのは今回珍しく何もしていない仁慈だった。本来なら、倒すべき敵がこうして生き残っている以上、全力でとどめを刺しに行くのが仁慈なのだが、既にニコラの身体の半分は瓦解しているために追撃を加えることはなかった。仁慈からすれば、一応槍を持ったアルトリアも控えているために無駄な魔力などは消費したくないという思いがあったこともある。

 

「目的を達成できなかったのに随分と楽しそうじゃな」

 

「何を言う。私はこれでも星の開拓者。真に人類の終焉など願うわけもなし。そこのところはMr.ゴールデンも理解していたはずだ」

 

「まぁな。オレだって、そいつが心の底から願っているのかそうでないのかくらいは判断できる」

 

「と、言うわけだ。それにしても見事だ勇者たち。まさか宝具すら撃たせてもらえないとは……」

 

「物量で勝っているのだからこの戦法は当然」

 

「ふむ。まっとうな結論だ。……では、そろそろ限界のようなので私は帰らせてもらう。では、さらば!」

 

 

 後腐れなく消えていくニコラ。だが、その消え際の姿を仁慈は見送ることもなく、ニコラとの戦いで消費しなかった分の魔力を槍に込める。そして、

 

「―――――突き崩す、神葬の槍――――!」

 

 黒き槍から嵐のような暴風をまき散らしているアルトリアに向けて思いっきり投擲をかますのだった。

 

 

 



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霧の都での連戦(後編)

こちらは同時投稿の後編です。もし最新話から来たのであれば、お手数ですが一話前から閲覧をお願いします。


 

 

 

 

 

 時は少し遡り仁慈達がニコラとことを構える頃。槍を携えたアルトリアの元へと向かっていたヒロインX(本家っぽい何か)アルトリアの子ども(モードレッド)。勢いよく飛び出し挑み込んだ二人だったが、現在最初の勢いはそがれ全く彼女に近づけないでいた。彼女の周囲には嵐と見間違うほどの強風が吹き荒れており、さらにはそれらが殺意を持って二人に襲い掛かってきていたからである。自然災害と同じく対策が難しいそれに殺意がプラスされとんでもない悪夢と化してヒロインXとモードレッドを潰そうとしていた。

 

「……くっそ、これじゃあ近づけねぇ……!」

 

「泣き言を言っている暇はありませんよバカ息子。それに、むやみやたらに魔力を放出させているだけです。全く問題はありません」

 

「(それはかつての父上と全く同じなんじゃ……いや、よそう。オレの勝手な想像で父上の機嫌を損ねたくはない)」

 

 嘗て、配下の騎士が王は聖剣をブッパするのが仕事ということを言っていたことを思い出したモードレッドだったが、それを口に出すようなことはしなかった。恐らくヒロインXレベルまで突き抜けると自覚したうえでそれを行っている可能性がなくはないのだが、それでも見える地雷に態々突っ込むような真似は避けるべきであると考えたモードレッド。賢い。

 

 それはともかく。

 

 ヒロインXは正しく暴風と化しているアルトリアの攻撃を、普段は宝具の時にしか出さない黒い聖剣すらも取り出し、魔力放出を以てしてかつての仁慈の様な変態機動を再現していた。おかげで仁慈の魔力もじわじわと持っていかれていく始末である。これはひどい。隣で自分の父親がハッチャケているのを見てモードレッドもそれにならい、クラレントに魔力を流し込んでから爆発させることで機動力を手にし、二人そろって嵐を切り裂きながら肉薄する。

 

「――――――――」

 

 アルトリアは高速で動き回る二代目変態達にも動じることなく黒い槍を引いて、神速とも言える速度で突く。その平均的なサーヴァントではそれだけで消滅し、即座に消えるような攻撃を、ヒロインXは、相手がアルトリアなためか、ごく一部が育ちすぎている故の恨みのパワーか、両手に持つ聖剣二本で完璧に対応をしてみせた。そして、生まれた一瞬の隙を縫い合わせるようにモードレッドがクラレントを上段から下段へと振り下ろす。

 だが、アルトリアもこれを馬のラムレイをたたき上げ、後ろに下げることに回避、と同時に再び踏み込み剣を振り下ろした直後のモードレッドを串刺しにしようと接近する。今度はモードレッドが不利になる番だった。だが、モードレッドとて、伊達にアルトリア・ペンドラゴンを追い詰めてはいない。騎士に似合わぬ戦法は煙たがられる反面実に有効だったことを誰よりも本人が理解している。

 

「ハッ、甘く見るな!」

 

 彼女は、自分の上半身を逸らせると同時に後ろへと飛び、バック転で貫かんとする攻撃をやり過ごす。それだけにとどまらず、彼女は腹筋を使って足を持ってくる際にアルトリアの槍をひっかけ、そのまま上へと弾く。

 

 アルトリアも槍を落とすという愚行こそ冒さなかったものの、それ故に上半身がわずかに逸らされ確かな隙が生まれる。

 当然、そこまでわかりやすく見え透いた隙を逃すわけがないヒロインX。今もなお増殖を続けるアルトリア顔ヒロインたちに激おこなセイバースレイヤーは笑顔で不肖の息子を褒めつつ生き生きとした笑顔で斬りかかった。

 

「よくやりましたモードレッド!後で、何かしてあげましょう!」

 

「じゃ、じゃあ、キャメロットの窓を割って回ったことを許してくれー!」

 

「許しません」

 

「ちっくしょう!」

 

 円卓漫才+親子漫才という生前では絶対に在り得なかったであろう会話を交えながらヒロインXは自らの持つ聖剣に魔力を通す。右手に持つ聖剣には、その名にふさわしき極光を、左手の黒き聖剣には目の前に存在してるアルトリアのように、絶望を感じさせるにふさわしき黒光を。

 

「久しぶりのまとも宝具(自覚あり)―――――――――星光の剣よ。赤とか白とか黒とか、目の前にいる牛乳とか消し去るべし!みんなにはナイショだよ?無名勝利剣(エックスカリバー)!」

 

 左右両方の手から持っている聖剣が交互に繰り出される。それは、一つ、二つと振るうごとに段々と加速していき、ついには目にも留まらないほどの速度まで昇華されていた。

 

「――――――!」

 

 モードレッドに槍を弾かれ、体勢を崩していたアルトリアはラムレイを動かして回避を試みるが、悲しきかな彼女はヒロインX。例え、厳密な本人と言わずともある程度の予測くらいなら問題ない。普段はぶっ飛んでおり、よくわからない言動ばかり繰り返すヒロインXだが、彼女は戦闘に置いてカルデアの中でも頭は一つほど抜き出ている。そんな彼女が自分の恨み(逆恨みの模様)でブーストされているのだ。逃れることはできない。

 段々とアルトリアの鎧がヒロインXの鎧が聖剣によって切り裂かれて行き、彼女の肌がさらされていく。それには、女性的に発達した肢体も晒されるということであり――――

 

「■■■■■■■■■――――!!」

 

―――彼女の更なる怒りを誘発することとなった。これは酷い。いくら何でも自分で勝手に攻撃をして勝手にキレるなど理不尽にも程がある。

 

「―――――!」

 

 いかに理不尽であろうともアルトリアは唯でやられる気はないらしく、何とか槍を使ってヒロインXを後方へと弾き飛ばし、そのまま槍を回転させ始める。同時に、ロンドン中にばらまかれている霧やらニコラの紫電やらを取り込み、混ぜ合わせるかのように、槍に纏わせるかのようにしていく。

 戦い始めていた時の嵐なんて目ではない。それ以上のものが来ると、じかに見ずとも、頭で考えずとも、直感を働かせずとも理解できた。

 

「モードレッド!」

 

「わかってる!」

 

 大声の応答。それだけ余裕のない二人は、恐らく宝具であろうその嵐を防ごうとアルトリアを仕留めに入るが、先程とは比べ物にならない嵐が邪魔をして思う様に動けないでいた。魔力放出による強行突破も途中でばらばらになりそうな風の壁に阻まれ行えそうにない。

 

「ジャージの父上。あれやばいよな!?絶対やばいよな!?」

 

「ええ、やばいですとも。あんなの撃たれたらこの街が吹っ飛びますよ。えぇい、私め!最低限の理性すらも残ってないのですか!」

 

 ここに仁慈が居れば『お前が言うな!』と叫ぶだろうことを呟きつつ、彼女は自分の聖剣に魔力を注ぎ込む。黒い聖剣を消して、フリーになった左手もしっかりと聖剣を

握って上段に構えた。

 

 その姿は、本当にかつてのアルトリア・ペンドラゴンを思わせる姿だった。いや、本人ではあるのだが、そう思わざるを得なかったのだ。きっとこの光景を見たらエミヤであったとしても認めるだろう。普段では絶対にありえないが。

 

「―――――へっ。そこまで殺したいっていうのなら……いいぜ、あん時の再現をしたいっているならやってやるよ」

 

 ヒロインXの姿に触発された所為か、モードレッドも獰猛な笑みを浮かべると自身の愛剣を強く握りしめ、その真なる力を開放する。

 

「――――束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流。受けるがいい!」

 

「――――これこそは、わが父を滅ぼす邪剣……!」

 

 収束していく。星々と人々の願いと希望を束ねた光が、父に認められず、愛するが故に破壊に進んでしまった子どもがたどり着いた暴力の具現が。

 

約束された、勝利の剣(エクス、カリバァァァァア)!!」

 

我が麗しき父への反逆(クラレント・ブラッドアーサー)!!」

 

「――――――――――!!!」

 

 吹き荒れる。ぶつかり合う。喰らい合う。人智を越えた膨大な魔力がお互いを喰らい合おうと鎬を削る。彼女たちがもっているのはどれもこれも文句なしに一級品の宝具だ。その真名開放による威力を想像することは容易い。だが、同時にロンドンの街に与える被害は想像もつかなかった。最低でも街一つを纏めてフッ飛ばすことは確実だろう。これはマズイと考えた二人は宝具の角度を調整すると同時に二人を押し切ろうと更に魔力を巡らせようとして――――――急にアルトリアが爆発した。

 

「―――!?」

 

「なにっ?」

 

「これは…………」

 

 全員が一斉に視線をずらす。そこにはちょうど槍を投げ終わったかのような態勢で固まっていた仁慈の姿があった。ヒロインXはこれまで合計三つもの特異点に付き合ってきたのだ。今さら彼が何をしたのかなんて考えるまでもなかった。

 

「余計なこと、しやがって……!!」

 

「言っている場合ではありませんよ、モードレッド!貴方だってそこまで正々堂々と戦うような質ではないでしょう!」

 

「否定できない……!そしてそれを父上が言うことにとんでもなく複雑なんだがっ!」

 

 この親子、いくら何でもノーガードすぎやしないだろうか。元々の関係だと絶対に在り得ない光景ではあるが、元々騎士という質ではないモードレッドと、王としての責務をかなぐり捨て、唯々セイバースレイヤーとして、アルトリア顔絶対殺すウーマンとして再誕した外道成分増し増しなヒロインXとの相性は悪くないのかもしれない。

 

「さぁ、このまま押し切ってしまいましょう!」

 

「くっ……ジャージの父上に免じて許してやる……!あ、でも向こうも父上だわ……」

 

 複雑な思いを抱くモードレッドに対して、相手が自分であるにも関わらず――――いや、相手が自分だからこそ、容赦の欠片もないヒロインX。感じることは真逆でも、やることは同じである。二人は仁慈の槍を受け集中が途切れた隙をついてアルトリアをその極光の中に飲み込んだ。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 こうして魔術師M(暫定)に呼ばれた英霊と黒い槍を持ったアルトリアを倒してめでたしめでたし……とはいかない。俺たちはさっき半分ぶっ壊したアングルボダの中から回収するのを忘れた聖杯を取りに再び地下へと訪れていた。

 そこには何故か、先の最終決戦に不在だった作家組の二人も存在している。今さら何しに来たんだろうか。

 

「よっし、後はこれを回収して終わりか。はぁー……これでやっと解放されるぜ……ジャージの父上ともやることやったし、結果的には降りてきて正解だったかもな」

 

「ほう。あの反逆の騎士殿が随分と丸くなったようですな。これはこれは、またなんとも……」

 

「フン、唯絆されただけだろう。見てみろあの顔を、『こんなのもたまには悪くない』とでも言わんばかりの顔じゃないか」

 

「………今さら現れといて随分なものいいじゃねえか。よし、お前らそこに直れ。一人ずつ丁寧に首を斬り落としてやる」

 

「おいおい、せっかくきれいに丸く収まったんだ。ここで流血沙汰はやめとけよ」

 

「それで止まる方は中々いないと思いますがねぇ……あ」

 

「む?おい、セイバー。シェイクスピアを斬り刻むのは止めんが、それより先にあそこの狐耳をやれ。あれは相当面倒くさい女とみた。具体的には最低最悪にして災厄のあれと同類だ」

 

「相変わらずですねぇ、このマセガキ」

 

「全くである。コレはともかくアタシは主人に尽くす忠猫、忠犬?忠狐?……とりあえず亭主関白もバッチな良妻系サーヴァントである」

 

「この……っ!言うに事欠いて私のセリフを……!」

 

「少し落ち着いてください……!」

 

「……今回ばかりはあの狐に同情するわ。自分と同じ存在が目の前に現れるってとっても頭痛くなるもの」

 

「収拾が着かない……!」

 

 ただ聖杯だけを回収しに来たというのにこの乱れようである。もはや誰が何をしゃべっているのか全く理解できないまである。

 はぁ、と溜息と付きながら俺は半壊したアングルボダに接近し、聖杯を回収しようとする。

 

「のう。その聖杯ちょっと爆弾に変えたらだめかの?」

 

「やったらお前が爆散な」

 

「ちょっ!」

 

『……ははっ!なんか急ににぎやかになったね。いつものことだけど、今はそれに輪をかけてね。いやーカオスだねー』

 

「ロマン!今すぐそのカオスたちを引き連れてそっちに帰るよ!ついでにロマンの部屋で打ち上げ会やるよ!ハロエリが歌うよ!」

 

『やめて!』

 

 こんな、バカげたやり取りをロマンとしつつ、なんとなく一つ余った魔力回復ポーションを呷りながら聖杯に手に掛けようとする。だが、それが行われることはなかった。何故なら、後ろでバカ騒ぎをしていたサーヴァント達と隣のノッブ、そしてロマンと俺の直感が一斉に言葉に言い表せないような寒気を感じたためである。

 

『なんだこれは!?地下の空間全体が歪んでる……!?気を付けて、そこに何かが出現するぞ!召喚とは違う方法で何かが!』

 

 ロマンの言葉が真実であると背後にいる歴戦の英霊たちの反応を見れば理解できた。故に俺は本能的にその場から離脱し、皆の場所へと下がる。

 

「先、輩―――――。変です、何の異常もないのに、寒気が――――――」

 

「おいおいおいおい、ここに来て随分とやべぇ奴が来たんじゃねえか?」

 

『空間が開く……来るぞ!』

 

 

 

 

 

 そして、それは現れた。

 

 

 

 

 

「魔元帥ジル・ド・レェ。帝国神祖ロムルス。英雄間者イアソン。そして神域碩学ニコラ・テスラ。多少はできると思ったが、まさか小間使いすらできないとは……興覚めだ」

 

 

 ここからでもわかる。圧倒的な魔力量。そこにいるだけ、唯存在するだけでこちらを押しつぶそうとしてくるほどの重圧感。正しく、今まで相手取ってきた連中とは桁が違う。

 

 

「くだらない。くだらない。やはり人は時代を重ねるごとに劣化する」

 

『あぁ、くっそ。シバが安定しない!音声しかダメか……!マシュ、仁慈君!今どうなってる!?』

 

「わ、わかりません。何か人型のような影がゆっくりとこちらに向かって来ていて……」

 

 マシュの容量を得ない言葉が耳に届く。だが、言いたいことはわかる。正直あれをどう形容していいのかわからない。あれは一体何なのだろうか。どういうことなのだろうか。あんなのは、師匠との修行でも遭遇したことのないものだ。いや、出会ってたら死んでるな。うん。

 

 

「嬢ちゃん、下がってな。ありゃ、まっとうな娘が視ていいもんじゃねえ」

 

「どうやらそのようですね。私も一本だけだと穢されてしまいそうです」

 

「では、私に喰われるか?物理で」

 

「ちょっとは空気を読んだらどうなんですかねぇ……」

 

「今世紀最大のお前が言うなだワン」

 

「あれはセイバーなのでしょうか……」

 

「ジャージの父上、それは流石にないと思うぞ……。だが、この魔力量……竜種なんてめじゃねえ、もっとくくりのでかいもんだ」

 

「そうですな、伝え聞く悪魔か天使、いやそれでは足りますまい……」

 

「いうなれば神の領域、と言ったところかの」

 

「なに、あれ……鳥肌がとまらないわ……」

 

「……まさに桁違いってことね。……バットエンドが大好きなアンデルセン。貴方はどう見る?」

 

「別に俺はバッドエンドが好きなわけじゃあないぞ。世の中こんなことばかりだという、現実の糞さを書いただけだ。……で、質問の方だが、正直俺達では歯が立たん。よりにもよってこのタイミングで大本命が来たか」

 

『大本命だって……!?じゃあ、まさか―――――』

 

「ほう、私と同じで声だけは届くのか」

 

 

 俺達の会話に、ロマンの通信すらも聞こえているらしき、その影は再び口を開いた。その言葉には俺たち人類に対する悪意とも、憎悪ともほかのものともとれる感情がごちゃまぜになって乗っていた。

 

「カルデアは時間軸から外れたが故、誰にも見つけることはできない。そう、それは忌々しいことに私の目も例外ではない。だからこそ、貴様らは今も生きている。無様にも。無残にも。無益にも。決定した滅びの瞬間を受け入れず、いまだ無の海を漂う哀れな船だ。それがお前たちだ。樫原仁慈という個体だ」

 

 名前を呼ばれた瞬間に、意識が切り替わる。それは先程のような戦闘が終わったときのものではない。これから戦闘が始まる。負けられない戦いが始まる。これで負ければ自分が死ぬ。そういったものが始まる瞬間だと自分に自覚させることによって切り替わる、戦闘用の意識だ。

 

「燃え尽きた人類史に残ったシミ。私のなした事業に唯一残った、私に逆らう愚か者の名、か」

 

「―――ドクター。今私たちの前に現れようとしているのは……」

 

「お前は誰だ?」

 

 予想はついている。しかし、それでも決めつけはよくない。というかこういったことの事実確認は重要だ。そんな意味を込めて問うたのだが、向こうは本気で分からないからこそ聞いているのだと思ったらしく、実にいい嗤い顔を晒しながらゆっくりと口を開いた。

 

「ん?既に知り得ているはずだが?まさかそこまで言わなければ理解できないサルなのか?」

 

「何言ってんだ。珍しく名乗らせてやるって言ってんの」

 

 俺の所業を見よ。ほとんどが不意打ちだぞ(自慢できない)

 

「くっ、その強がり。まことに無様で面白い。いいだろう。その笑いに免じて名乗ってやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我は貴様らが目指す到達点。七十二柱の魔神を従え、人類を王座にて滅ぼすもの。―――名をソロモン。数多無象の英霊ども、その頂点に立つ七つの冠位の一角と知れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒロインXはともかく、モーさんは誰これレベルだよね。


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第四特異点 エピローグ

これにて第四章終了です。

(内容について)許しは請わん。恨めよ。


 

 英霊ソロモン。確かに仁慈たちの目の前に現れた男はそう名乗った。彼の宣言にその場にいる英霊たちも、通信越しに仁慈たちの様子を窺っているであろうロマニも息を呑む。予め予測を立てられたとはいえ、こうして実際の圧力を以て対峙するのは違うのだろう。

 

『まさか、そんなバカな……ほんとうにソロモンなのか……?』

 

「はい、ドクター。残念ながらはっきりとそう名乗りました」

 

「ハッ、そいつはまたビッグネームじゃねえか。つーとあれか、てめえも英霊か。二度目の人生で人類を滅ぼそうってか?」

 

 モードレッドの言葉にソロモンは表情を変えることなく淡々と、答える。曰く、自分が人間に呼ばれることはなく、この身は自分で復活させたものだということ。英霊でありながらマスターを、魔力供給を必要としない。もはや生前とほとんど変わらない。英霊でもあり、生者であると。

 

「そうだ。私は誰に命令されたからでもない、貴様ら無能のように、下等な誰かに使役されてこのようなことをしているのではない。私は私の意思で、この事業を開始したのだ。愚かなことを続ける人類の――――この宇宙にして最大の過ちである貴様ら人類を一掃するために」

 

「世界を滅ぼすなんて、まっとうな英霊のできることではないはずじゃが……」

 

「………話の流れからして、そういうことはないのでしょうね」

 

「その通りだ。どこに出しても恥ずかしい低級サーヴァント。できるのだよ私には。その手段があり、意思があり、事実がある。現に、お前たちの時代は既に消滅している。時を越える七十二柱の我が魔神によって」

 

 これこそ、ソロモン本人からのネタバラし。仁慈達が今までへし折って来た合計三匹の肉柱は間違いなくソロモンの従える七十二の魔神だったらしい。ロマニはそのことに当然驚愕を覚えたが、それを既に三本折っている仁慈の存在に気づき戦慄した。だが、彼は新たに疑問に思った。それは魔神の姿があまりにも伝承と違っているところである。まぁ、既に何人もの英霊たちのおかげで伝承の精度もそこまであてにならないことくらいはわかっているのだが、ロマニにはどうしてもここで聞いておかねばならなかった。これだけは尋ねておかねば納得できない部分だったからである。

 

「ふん。カルデアの、人類最後の砦の魔術師は随分と古い発想だ。魔神たちは私の復活と共に新たなる器に受肉したのだよ。だからこそあらゆる時代に投錨する」

 

 ソロモンは未だに淡々と語る。魔神たちの役目はその時代の楔となり、この星の自転を止めることだと。特異点の空に常に浮いていた光帯こそが、ソロモンの宝具であると。

 

「天に渦巻く光帯――――まさか、かく時代に会ったあの光の輪は……!」

 

「そうだ。あれこそ我が第三宝具『誕生の時きたれり、其はすべてを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)』それらの光帯の一条一条が聖剣のほどの熱線だ。アーサー王の聖剣、それを幾億も重ねた規模の光。すなわち、対人理宝具である」

 

「なに……!?父上の聖剣の何億倍もの熱線、だと……!?」

 

「おい。私のカリバーを単位にするのはやめろ。それともいまここでぶちかましてほしいんですか?ちなみに私、相手がキャスターでも余裕でブッ殺できますよ?だってセイバーですから」

 

「しかし、お主はアーチャーに弱くないじゃないか」

 

「その時はアサシンしてますので」

 

「汚いわね。流石忍者汚い」

 

 ラスボスの前だというのに妙に緊張感のないカルデアのメンバー。その安心と信頼の姿に少しだけその士気を持ち直す。

 

「――――――――さて、貴様の質問には答えた。今度はこちらの番だ、カルデアのマスター」

 

 ソロモンの視線が仁慈へとむけられる。戦闘モードになっていた仁慈はそれと同時に自分の四次元鞄を開けたまま宙へと放り投げる。すると、その中にしまっていた武器たちが仁慈を避けるようにして次々と降り注いだ。仁慈が鞄を回収するころには、現段階で仁慈が持っている武器たちが彼を守るように地面に突き刺さっている状態である。なんか背中で語りそう(エミヤ感)

 

「どうやらやる気みたいよマスター。あの人は私のお友達と遊んでくれるのかしら?」

 

「なんか根本的な出力が違う気がするんじゃが……ま、やれるだけのことはやってみようかの」

 

 ナーサリーや信長と言ったサーヴァントたちの言葉を皮切りに、次々とその場に居たサーヴァントたちがおのが武器を構えて対峙する意思を見せる。しかし、そこに一人マシュだけはソロモンの重圧に押し負けそうであった。

 

「すぅー……ふぅー………よっし、行くか」

 

「ま、待ってください。先輩。あのサーヴァントは、決して―――――」

 

『マシュ!しっかりするんだ。まずは心を保って、敵をしっかりと見る!どんな相手であれ、サーヴァントはサーヴァントだ。必ず勝機はある。それに、君の中にいる英霊だって聖杯が選んだんだ。英霊の格としては引けを取らない!』

 

「は、英霊の格だと?とんだ知恵者かと思えば、どうやら買いかぶりすぎだったようだな。もはや、私の興味はその盾の小娘だけだ。……さぁ、楽しい会話を始めよう。なに、今回はその健気さに免じて四本で留めといてやるよ」

 

 宣言と同時に地面から生える四本の魔神柱。

 本来であれば絶望をするような場面だ。凡百のサーヴァントたちがいくら集まっても倒せるかどうかわからない魔神柱が四体も現れて、さらにはソロモンまで居るのだから。彼自身が手加減をすると宣言していても、それは十分に仕留めきれると考えているからである。

 

 だが、もう何度も何度も繰り返すようだが、ここにいるのは凡百から最もほど遠いと言える樫原仁慈をはじめとしたカルデア組が存在しているのだ。それだけで、ボスラッシュを切り抜けた直後であってもできると、思えるようになるのである。

 

「助けを乞え、怯声を上げよ。苦悶の海で溺れる時だァ!」

 

「ほざけ頭足類!千切って解体してタコ焼きにしてやる!」

 

 仲間を鼓舞するように、自分を鼓舞するように、盛大に啖呵を切りながら地面に刺した武器類を次々と引き抜き構えながら彼らはうねうねと生える肉柱たる魔神柱に向かって行った。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 それは、まさに死闘と言えるものだった。

 

「いいぞ!いいぞ!そうでなくては」

 

 今の今まで魔神柱をないものとして扱っていた仁慈達が今更四本が同時に来たからとはいえ、そう苦戦することなどありはしない。であれば、命運を分けているのは今までにない部分。そう、ソロモンがその場にいるかいないか、ということに直結するのだ。彼は魔術の王、現代に伝わる魔術のほぼすべてを彼が築いたと言ってもいい、偉大なる王である。故に、魔神柱の超絶強化くらいわけないのだ。

 

 ピカーンピカーンと光る瞳。それらを翻しながら仁慈たちは必死にチャンスを窺う。それぞれが己の特性を最大限に生かし、相性のよさそうなものと組んで戦っていた。

 

「くっそ、なんだこの肉柱ァ!超堅ェ!」

 

「文句言ってないで何とかしてくださいよ。無敵の金時さん!」

 

「無茶言うな。バサカで殴る時代は終わったんだよ!」

 

 メタメタなことを吐きつつも攻守そつなくこなす日本出身サーヴァントコンビ。タマモが何とか防御面をやりくりしつつ金時が持ち前の火力を以て殴り飛ばす。単純故に強い組み合わせである。

 それと似たような組み合わせに仁慈とマシュの姿もあった。

 

「やあぁぁああ!!」

 

「―――――――!」

 

 幾重もの瞳から放たれる光線の網目をくぐりぬけ、ソロモンの強化故に魔力周りが良いなかも怯むことなく突撃をかましていく。獲物を振るい、自身に降りかかる攻撃を翻しつつも、お互いに迫り来る攻撃があればカバーをしていくその様はまさに相性抜群。流石は長い時を同じにしてきた二人であった。

 

「先輩!」

「―――――貫く……!アンド、久々の八極拳!」

 

 まだまだ、他にはハロエリとタマモキャットというなんとも不安に満ち溢れたパーティーが揃って一柱を相手取っていた。竜種になったが故に無駄に有り余っている魔力を好き放題に使って魔術を使い、魔神柱の攻撃を相殺しつつ、バーサーカーということで火力が申し分ないタマモキャットがゆっくりと三枚におろしていく。

 

「うねうねしてて気持ち悪いわ!」

 

「フム。このフォルムはタコに……見えなくもない。持ち帰ればご主人の為のご飯となり得る可能性がワンチャン……?」

 

「ないからね!」

 

 口ではなんだかんだ言いつつも流石同じ特異点で主従関係を結んだだけあり、相性はバッチリだった。

 

 

「なんか、わしらのところだけムリゲーくさくね?」

 

「そうかしら?私、こう見えてもやるのだけれど。あと、貴女はもう少し真面目にやった方がいいとおもうの」

 

「そんなこと言われたものぅ……」

 

「貴方は魔王なのでしょう?神を焼き討ちにするくらいなんでしょう?なら、ちょっと大きいだけのタコの足なんかに負けないでしょう?」

 

「あやつらに神性はなさそうなんじゃがな……。まぁ、よかろう!第六天魔王波旬、織田信長の力、南蛮街に轟かせてやろうぞ!」

 

 ナーサリーに煽られ、ノリノリになった信長。調子に乗って火縄銃をかなりの量を用意し、強化された魔神柱へそれを撃ち込む。当然今までの魔神柱とは訳が違うためにその攻撃のほとんどが意味をなしていないのだが、本人は気にしない。赴くままに高笑いを入れつつひたすらに鉛玉を放り続けた。

 

 そして、余っているキャスター二人は気まぐれに苦戦している面々の補佐を行い(しかし、ほとんど参戦していない模様)ヒロインXとモードレッドは魔神柱を強化しているソロモン本人に特攻を仕掛けている。と言っても彼らも自分たちだけで倒せるとは到底思っていない。他のサーヴァントたちが魔神柱を倒すための時間稼ぎをしているというだけだった。

 

「どうした型落ち英霊!そんなことでは足止めすらできんぞ!」

 

「私が型落ちとかふざけてんですか!なんならもう死ね!」

 

「全くだぜ!」

 

「口だけ達者でも無意味だ」

 

 ……時間稼ぎだけのはずなのだが、ヒロインXはそんなこと関係ないと言わんばかりに斬りかかっており、モードレッドもその流れを助長する。どう考えてもブレーキが足りなかった。これは酷い。だが、時にその酷さも助けとなるのだろう。結果的にヒロインXとモードレッドは十分にソロモンを引きつけることに成功していた。まぁ、当の本人も楽しい会話と言っていた分本気を出しているわけでは当然ないのだろうが、それを含めても、彼を引きつけることはかなりのファインプレーといえるだろう。

 

 その甲斐もあり、彼らは四本の魔神柱を何とか潰すことができた。消耗も激しいが、それでも誰一人として欠けていないまさに快挙と言えるだろう。

 

「―――――ほう。面白い。我がしもべたる魔神柱を全員沈めたか。只の型落ちどもかと思えば、思ったよりやるではないか。だが―――――」

 

 ソロモンが片手を無造作に仁慈達へと向ける。その行動に言いようのない悪寒を覚えた者たちは半ば無意識に自身の得物を振るった。それが功を奏したようで、彼らの目の前で目を覆うような光と共に目の前が爆裂していた。事なきを得た面々であるが、もし反応できなかった場合どうなっていたかは想像に難くない。

 

「―――っ!ドクターレイシフトを!このままだと全滅です……!」

 

『それが、そいつの力場が強すぎてアンカーが届かない!そこにソロモンが居る限りレイシフトはできないんだ!』

 

「私より卑怯臭いですね!」

 

「自覚あったんじゃな」

 

「コントしてる場合じゃあないと思うぜ……」

 

「残念だけど、これが真面目で平常運転なのよね……」

 

「なんですかこの面々、シリアスになり切れないとか流石のタマモちゃんもドン引きなんですけど」

 

「自分の顔を鏡で見てからそのセリフを言ってみてはどうかなオリジナル」

 

 流れるような会話。

 ラスボスの前でも余裕を忘れない英霊の鑑である。

 

「まだ、足掻くか。先の戦いで勝ち目がないことくらい、とうに悟っているであろう。貴様たちとは力が、器が、立っている場所が違うのだ」

 

「……フン。まさにその通りだな」

 

「なんだ物書き。有象無象の陰に隠れて怯えることをやめたのか?」

 

「物書きが肉体派サーヴァントを盾にして何が悪い。俺の専門は貴様が言った通り書くことであって、戦うことではない。それに―――――隠れてもできることなどこの世界には腐るほどある。例えば、ソロモン。貴様の正体とかな」

 

 今までほとんど働かず、もはや何のために貴様らは来たんだといいたくなるような作家組の片割れ、アンデルセンが唐突に前に出るとそうソロモンに言葉を叩きつける。一方のソロモンは彼の物言いに興味を持ったようで、自分の正体とはどういうものかと語るように促した。

 

「面白い。語ってみせよ即興詩人。耳当たりの言い賞賛なら、楽に殺してやろう」

 

「ああ、存分に聞いていけこの俗物めが。……俺が読んだ時計塔の記述にはこう書いてあった。英霊召喚とは抑止力の召喚であり、抑止力とは人類存続を守るもの。彼らは七つの器を以て現界し、ただ一つの敵を討つ……」

 

 ここまで静かに語るアンデルセンだが、次の言葉からは声を少々荒げながら紡いでいく。

 

「では敵とは何か?決まっている。それは我等霊長の世を阻む大災害!この星ではなく、人間を!文明を築き上げてきたものを滅ぼす終わりの化身!其は文明より生まれ文明を食らうもの―――――自業自得の死の要因に他ならない。そして、それを倒すものこそあらゆる英霊の頂点に立つモノだ」

 

「――――そうだ。七つの英霊は、その害悪を倒すために現れる天からの使い。人理を守るその時代最高峰の七騎。英霊の頂点に立つ始まりの七つ。降霊儀式・英霊召喚とは元々、霊長の世を救うための決戦魔術だった。それを人間の都合で使えるようにしたのが、今貴様らが使用している召喚システムだ」

 

「だからこその格落ち、か」

 

「その通り。単純な話だ。俺たちとアレとでは用意された器が違う。俺たちは人間個人に対するものだが、向こうは世界に対するもの……その属性は英霊の頂点に立つもの。すなわち冠位(グランド)の器をもつサーヴァントということだろう」

 

「そうだ。よくぞその真実にたどり着いた。故に、我のことはこう呼ぶがいい。王の中の王、キャスターの中のキャスター。―――グランドキャスター、魔術王ソロモンと!」

 

 高らかに宣言するソロモン。それは下等生物の癖によくぞたどり着いたという上から目線全開のものでもあった。

 

「――――さて、褒美だ即興詩人。貴様の五体は懇切丁寧に斬り刻んでから燃やしてやろう。ありがたく思え、人間に呼び出されなければ何もできない人形が、私に消されるという名誉を受け取ることができるのだから」

 

 言葉と同時にほぼノータイムで魔術の祖とも言えるソロモンの攻撃がアンデルセンに向かう。肉体労働専門外を自称する本人はもちろんのこと、そのほかの英霊たちですら反応できなかったその攻撃にただ一人だけ、反逆するものが居た。

 それは、逆に奇跡とでも言えるめぐりあわせによってなんだかんだ特異点を修復してきたカルデア最後にして人類最後のマスター、樫原仁慈である。

 彼は、たとえ失敗作だったとしても自身の師匠から請け負った槍を構え、アンデルセンの前に立ちふさがると、そのまま全身全霊で槍を振るった。

 

 人外殺しの概念が付与されているそれは、人間以外の天敵とも言える。それはたとえ格が圧倒的な上であっても変わることはなく、ソロモンの攻撃をギリギリで防ぐにあたいした。

 

「…………」

 

「――――――――スゥー……」

 

 ゆっくりと息を吐き、キッとソロモンに視線を固定する仁慈。一方ソロモンはそんな彼に関しては殆ど表情を変えない能面のような表情で対峙していた。

 

「………なぜ抗う。全く……貴様らを理解できない。貴様らの命に価値などない。だからこそこの私が一人残らず有効活用してやろうと、我が享楽の道具にしてやろうというのに」

 

「――――っ!?享楽の道具……!?ソロモン、貴方はレフ・ライノールと同じです。あらゆる生命への感謝がない。人間の、星の命を弄んでいる……!」

 

「娘。人の分際で生を語るな。そもそも、その言葉が事実だとして―――それのどこが悪い?そんなことは貴様らが最も得意とするものではないか。生命への感謝、命を弄ぶ……そんなもの貴様らとさして変わらん。お前たちも、生命への感謝など捨て去り、戯れで生命を摘んでいく……。だからこそ、私が有効活用してやろうと言っているのだ」

 

「………」

 

「………」

 

 

 しばらくの間、両者は無言で観察を続ける。やがて、ソロモンは能面のような表情のまま、自身の魔力を仁慈達に向け始めた。それは今までの攻撃など比較にならないほどのもの。

 先の魔神柱など目ではない。先の不意打ちなど目ではない、自らの意思でアンデルセンを焼き払おうとした時ですら―――目ではない。今までにないほどの圧力。それが本気なのかどうかはわからないが、少なくとも、ソロモンと対峙した時間の中で一番の本気であることはうかがい知ることができた。

 

「いや、これ以上の問答は無用。いい加減、目障りだ。消え失せろ」

 

 

 無慈悲にも放たれる攻撃。

 その場にいる英霊たちは、その威力を全員が正確に把握している。どうやっても防ぎきることはできない。今からでは回避すらも間に合わない。

 叩きつけられる冠位の魔力に、文字通り、存在している次元が違う攻撃に誰もがその行動を止めてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

―――――ただ、一人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 唐突だが、ここで一つ話をしよう。

 ここにいる人物であれば知らないものはいないであろうカルデアのマスター樫原仁慈のことについてだ。

 彼について、知っている人間は数多く存在するだろう。頭がおかしい。お前本当に人間か?もうマスターだけでいいんじゃないかな?……カルデアの職員だけでなく、彼の下に集っているサーヴァント達ですら時々考えることである。

 

 ではそもそもどうして樫原仁慈が頭のイカれたマスター扱いになっているのかと言えば、それは当然ケルトの所為と答えるだろう。

 当時、元々の家からしておかしかったがそれなりに穢れていない(まともであった)仁慈を穢しつくした(キチガイにした)のは何故か外へと現れたスカサハであることはもはや本人の口から常々語られている事実である。彼は神秘が平気で存在していた時代の人物でさえ死に絶えるほどのものを耐えきりここまでのキチガイ性を手に入れた……これが多くの人間が認識している仁慈がイカれた原因である。

 

 

 それが間違っているとは言わない。

 現に仁慈はそれの所為で、ここまで数多くの英霊たちを白目にしてきたのだ。だが、逆にそこを逆に考えてみて欲しい。

 

 どうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということに。

 樫原仁慈という人間がそういうものという認識でも間違って居はいないのだが、そもそもどうして彼は人外殺しという概念が付与された槍を所持しているのか?予測だがそれは数多の人外たちを屠って来たから、その所業の所為だと誰かが言った。だからこそ、こうも言った。もうこいつの起源は人外殺しなんじゃないかな、と。

 

 だが、それはあくまでも結果である。今問題なのはどうしてそれを成すことができたのかということだ。

 

 

――――――――その答えは、単純明快。彼の起源が、人外殺しではなく、もっと根本的なところからきているということだ。

 

 

 

 

「……――――――、――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、気が付くとそこに広がっていたのはソロモンと戦っていたロンドンの地下だった。それを確認した瞬間俺は先程までの状況を思い出し、ソロモンの姿を探す。

 しかしそこにソロモンの姿はなく、唯々自分の味方をしてくれたサーヴァントやカルデアから連れて来たサーヴァントたちが気絶しているだけだった。今一状況が飲み込めないが、ソロモンが発する尋常じゃない寒気も感じることはないため一先ずは安全なのだろうと見切りをつける。

 とりあえずは、先に聖杯の方を回収しなければと、俺はアングルボダの方へと駆けだした。

 

 

 

 

 それからしばらくして、協力してくれていたサーヴァントたちは軒並み目を覚まし始めた。全員が全員、状況を理解できていなかったようだが、ひとまず危機が去ったことを感じ取ると目に見えて力を抜いてリラックスし始めた。そこから早くもお互いの健闘を叩い合いそうな雰囲気になるが、仁慈が既に聖杯を回収してしまったがために、この時代に呼ばれていたサーヴァントたちが消え始める。

 

「おや、ここで退場ですか……残念です。まだあなたの愉快な生を書いていたかったのですが………」

 

「あ、今回本気で何にもしていなかった人ちーっす」

 

「もちろんしてません。私、頭脳派の参謀担当です故」

 

 皮肉も通じなかった。シェイクスピアのメンタル半端ねぇ……。これ以上相手にしても無駄だということで、今度は最終決戦の折だけ手を組んだ金髪ゴールデンな人とキャットの元だと思われる人物にお礼をいう。

 

「ハッハ!いいってことよ。流石に世界の危機とあっちゃあ俺だって戦わないわけにはいかなかったからな!それに最後は全く役に立ってねえんだ。そこまでかしこまらなくていいぜ」

 

「金時さんの言う通りです。人の身であの場を切り抜けただけでも十分に賞賛されるべきことでしょう。私が協力したのも所詮は利害の一致ですし」

 

 ええ人やでぇ……。

 改めて二人に頭を下げた後今度はなんだかんだ言って、物凄く助けになってくれたアンデルセンとナーサリーのところまで向かってお礼を言う。

 

 俺のお礼に対しての二人の反応は対照的だった。

 

 

「どういたしまして、マスター。もうきっとわたし(アリス)が呼ばれることはないでしょうけれど、それでも悪くはない夢だったわ」

 

「礼なんぞいるか。俺は今までの労働分のものを対価として差し出しただけだ。だが、そうだな。貴様のことは大嫌いだが、先程助けてもらった恩もある。一つだけ、言っておいてやろう。―――――己を見誤るなよ。樫原仁慈。おおよそ万人にとってそれは、気づけなくても仕方がないで終わるかもしれんが、貴様はそうではない。これを精々そのぶっ飛んだ頭のどこかに刻み付けておけ」

 

 大人びた言動だが、その時に浮かべたナーサリーの笑みは年相応の笑みだった。それとは反対に、アンデルセンは何処まで行ってもぶれることはなかった。一応アドバイスっぽいものを残してはくれたけれども、どうあがいても俺に対する毒舌が混ざっていた。泣けるぜ。

 

「さて、最後はオレか。つってもオレはジャージの父上とばかりいたからなぁ……今さら話すことなんてないんだが……」

 

「ですよね」

 

「だが、無理やり言葉をひねり出すとすれば、やっぱりこれか……。いいか、父上のマスターってことで特別に言ってやるよ。―――――いいか?結局な、英霊だのなんだの味方につけても、頑張らなきゃいけねえのはその時代に生きている人間なんだよ。かつて偉業を成し遂げた英霊だってマスターが居なければ、そもそも呼ばれなければ、戦うことすらできやしねぇ。だからこそ、仁慈。ジャージの父上に恥じないように、手前があの魔術王とやらを追い詰めろ。数多の困難を乗り越え、残り三つの聖杯を回収して、他でもないお前が、あれを倒せ。今この時じゃなくてもいい。遠く未来になってもいい。だが、このことだけは忘れるなよ」

 

「……………」

 

 失礼な話、飛んでもなく真面目な言葉に俺は面を食らってしまった。いつぞやにも言ったけど、俺的に彼女はヒロインXと共に暴走している姿が多すぎて多すぎていかんせんギャグキャラのイメージが強すぎる。

 

「………(お口あんぐり)」

 

 ほら、Xだってこの通りだ。

 

「そんじゃあな。また縁があって、気が向いたら一緒に戦ってやるよ」

 

 最後にそう言い残し、モードレッドは消えていった。

 その後、カルデアから通信が入り俺たちはレイシフトを開始、死の霧が立ち込めていたロンドンから帰還することとなった。

 

 

 

 

 

 

 更にその後、妙にヘタレて自己嫌悪に陥っていたロマンをマシュと一緒に活を入れ、ついでに俺の手料理をふるまうことで何とか立ち直らせた。

 更に更にその時、ロマンが抱え込んでいた不安の一部を夜通し聞いていたら、何故かその次の日に俺がホモなのではというわさが流れ始めてそれを沈下するのに丸々三日をかけることとなった。くっそ、どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あ、すみません。今さらなんですけど、ひとまず完結優先ということで、ストーリーに全く関係のないイベントは後回しということにさせていただきます。

まぁ、小川マンションと監獄塔はストーリーにがっつり関係あるからやらざるを得ないんですけどね(涙目)


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幕間の物語Ⅳ
とある天文台の男性会議


イベントに入る前に久々の幕間です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――此処はカルデアのとある一室。別に特別なつくりでも何でもない部屋だ。だが、使っている人がその何もない部屋をとんでもない特別なものにしている。そう、その部屋はカルデア唯一のマスターの樫原仁慈のモノであった。

 カルデアにおいて、マスターの部屋というのはとんでもなく重要なものだ。それはレイシフトを行う管制室にも匹敵する。何せ、カルデアの戦力とも言える数多の英霊たちと契約を交わしているマスターの自室なのだから、ここを落とせばカルデアは終わったのと同義と言ってもいいだろう。最も、同じ施設内で部屋の主であるキチガイをぶち殺すことができる者は少ないし、時間をかければ英霊たちも十中八九来るのでムリゲーとも言えるのだが。

 

 

 それはさておき、

 

 

 以上のことから、仁慈の癒しであるマシュ以外は容易に入ることができないある種の聖域となっているこの場所には珍しく、複数の人影が存在していた。

 

「……この程度でいいだろう。よし、出来上がったぞ、適当につまんでくれたまえ。お茶はすぐに入れる」

 

「おー……!待ってましたよ。エミヤ君!」

 

「ホント、何で俺がこの弓兵と仲良く茶しばいてんだ……」

 

「別にエミヤ師匠と兄貴いうほど仲悪くないでしょ」

 

 今仁慈の部屋にいるのは、その部屋の主である樫原仁慈にカルデアの頼れるヘタレ、ロマニ・アーキマン。仁慈のキチガイっぷりの一要因でもある英霊エミヤに仁慈をこんなことにした大体の元凶であるケルト師匠の弟子にて仁慈の兄弟子である英霊クー・フーリンだ。

 彼らは月に一度、こうして男たちだけで集まる機会を作っていた。理由?それは当然仁慈含め自分たちの息抜きである。……何故か、何故かこのカルデアに男性は少なく、自覚はなくとも常に気を張っている状態である彼らにとってはこうした同性同士で集まる機会が必要なのだと、仁慈が提唱したのだ。

 といっても、話し合う内容は特別なものではない。ごく普通に男同士でしか話せないような馬鹿なことを話したり、女性陣に対する愚痴をこぼしたりするだけである。

 

「……うん、とりあえず話し合う前に、仁慈君第四の特異点の修復お疲れ様。色々予想外というか面倒臭いことになったけどよく無事で帰ってきてくれたよ」

 

「まぁ、自分でもどうして無事に済んだのか謎だけどねぇ……」

 

 改めて、魔術王ソロモンと対峙した時のことを思い出す。確実に死ぬかもしれないという衝撃を受けたのちに気絶。目を覚ませばだれもいない地下に投げ出されていただけなのだから。

 

「その話もいいが、この集会の目的は日頃のストレスを貯め込まないためだ。Dr.ロマン。そういった話が悪いとは口が裂けても言えないが、この時はやめておこう」

 

「そこの弓兵の言う通りだ。人間鞭だけじゃ限界が必ず訪れる。こういった飴がひつようなのさ。……世の中には飴を与えず地獄に叩き落す鬼もいるがな」

 

 クー・フーリンの呟きに仁慈は心当たりがあるのか、天井を仰ぐ。ケルトの弟子たちの心情は確実に一致していた。これはマズイ空気だと思うロマニは慌ててその雰囲気を吹き飛ばすために話題を変えた。

 

「そ、そういえば。皆がカルデアに来てからしばらくたったし、仁慈君に対して踏み込んだ質問をしてみてもいいかな?」

 

「え?急に改まってどうしたんですかねぇ……?」

 

「フフン。こういった話題は女の子の特権とされているけれども、そんなことはない!

男女平等を掲げるのであれば、僕らがこうしたことを話題にしても問題ないということだよ仁慈君!」

 

「テンションたけぇ……」

 

 先程までの空気を完全に一掃するためなのか、不自然に思えるくらいの高いテンションで話題を振ろうとするロマニ。内容に関してはノーコメントである。

 

「結局、何を聞きたいのさ」

 

「それはずばり、いまカルデアにいる女性陣をどう思っているのか、ということさ!」

 

「あー……」

 

 ロマニが男女平等を例に挙げたことを理解した。世間一般ではこうしたいわゆるコイバナと言えるものを話し合うのは総じて女性側でアリ、男性だとしも話が多いという認識があるからだ。

 

「お、面白そうだな。弟弟子の人間関係を知るのも兄弟子の特権だよな」

 

「では、私は師の権限ということにしておこうか」

 

「ノリノリだなこの野郎……まぁ、兄貴はケルト出身ですからそういったことにはオープンそうですし、エミヤ師匠の方は……うん、言うに及ばずと言ったところでしょうか」

 

「ちょっと待て。その認識について私として議論を起こさざるを得ない。それに、私にそういった経験はない…………見せつけられたことなら腐るほどあるが……」

 

「えぇ~?ほんとにござるかぁ~?ちなみにロマンは?」

 

「………ぼ、僕にはマギ☆マリがいるから(震え声)」

 

『あっ(察し)』

 

 ロマニが死んだ!この人でなし!

 

 まさにこれこそ、同性同士の遠慮ない会話。おかげでロマニにダメージが言ってしまったが、それはコラテラルダメージである。致し方ない犠牲だったのだ。

 

「僕のことはいいんだよ!問題は仁慈君さ!ちなみに、仁慈君。ここに来る前そういった経験はあるかい?」

 

「逆に聞くけど、俺がそういったことできると思う?」

 

 仁慈の言葉に三人が思い起こすのは普段の彼の姿。骸骨を、ゾンビを、敵を、容赦なく刈り倒し、サーヴァントを地面に沈め、不意打ち上等な彼の姿を思い浮かべ、全員が声をそろえてこういった。

 

『ないな(ね)(ねぇな)』

 

「でしょ?」

 

「だったら、余計に気になるねぇ。中身はともかく、ここにいる連中の外見は誰もかれもが絶世の美女、美少女だぜ?」

 

「ま、そこは否定しないけどさ……」

 

 マシュは言わずもがな、エリザベートや清姫だって、外見だけで言えば極上に含まれる類のものだ。男性であればそういったことを考えてしまっても仕方がないとも言える。

 

「じゃあ、まずはタマモキャットからだ。彼女のことはどう思う?割と好意的だと思うけど」

 

「うん。家事もできて気配りができて正直物凄い優良物件だとは思う。けど、うん……こういっては何だけど、疲れる。主に解読に」

 

 言わんとしていることはわかる。別に言うことを聞かないわけではない。だが、ストレートに伝わらない。彼女と会話をするときいかに無駄な単語を削り、真に言いたいことを聞きとるかがカギとなる。それ故に、リスニングにはなかなかの疲労が伴うのだ。

 

「ならば、清姫はどうだ?器量がいい点で言えば彼女もなかなかのものだと思うが?」

 

「確かに彼女もそういった点で言えばいいけど………流石に、人違いはちょっと………」

 

 清姫は仁慈のことを安珍だと思っていることは既に周知の事実である。器量よしや容姿いい、狂化が入っているなどと言ったものの前に、そもそも自分に向けられていない感情をどうしろと仁慈は考えていた。エミヤもその理由に納得したの黙り込む。

 

「じゃあ信長?かなり仲いいよね?」

 

「あれは友人って感じだし、そういった対象ではないかなぁ……。悪友って表現がぴったりくるよね」

 

「ならブーディカ」

 

「人妻でしょうが」

 

「ケルトなら普通」

 

「自分現代日本出身なんで……」

 

 遠慮なくブーディカと名前を上げるクー・フーリンにツッコミを入れる仁慈。何度も言うけれども良識はあるのだ。

 

「エリザベートならどうだ!」

 

「なんというか、小動物って感じ……?」

 

 打てば響くという感じが面白可愛いらしいがそういう対象では見れないとのこと。

 

「なら、何故かサンタの袋を持ったアーサー王ならどうよ?」

 

「結構好きよ?けど、恋愛方面と言われれば首を傾げるかなぁ……。向こうも俺のことはトナカイくらいにしか思ってないだろうし」

 

「では、アーサー王のようなナニカは?」

 

「ヒロインXも悪友みたいなもんかなぁ……」

 

 次々思い浮かべる人を言っていくのだが、考えていたような反応は中々帰ってこない。故にロマニは切り札を切ることにした。

 

「なら、マシュは?」

 

「当然好きです(キリッ)」

 

「はやい!」

 

「もう反応したのか!」

 

「流石すぎる!」

 

 予想通り過ぎて予想以上の反応となった仁慈の返答に、呆れ半分興奮半分で馬鹿どもが声を上げる。だが、安心してほしい。彼らが飲んでいるのはエミヤが、メル友から教えてもらった紅茶であり、決してアルコールを摂取しているわけではないのだ。

 

「やっぱり、マシュの嬢ちゃんが本命か」

 

「順当な結果だな」

 

「僕としては複雑だなぁ……。あんないい子をここまでぶっ飛んだ仁慈君に預けることになるのかぁ……」

 

「?何言ってんの?マシュは俺の癒しであり、最優先事項……嫌いなわけがない」

 

『………』

 

 ここで三人は気づいた。これはどう考えても家族や友人に対しての好きだということに。

 まさか自分たちの切り札たるマシュですらこの反応で返されるとは予想していなかったために両手を上げる三人。そんな彼らに仁慈は静かにこういった。

 

「そもそも、俺にそんな感情を抱く暇があったと思いますか?まさか、カルデアに来てからそんな余裕があったと?」

 

『……なんかごめん(すまない)』

 

 この後無茶苦茶謝罪した。




ちなみに。


ロマン「どうしてスカサハ女史のことを話さなかったんだい?」
仁慈&兄貴「話題に上げるまでもなかったから。もはやそういう話題に出す必要すら――――――」
エミヤ「おい、今深紅の槍がそちらに向かったぞ。必中だから躱せないと思うが」








<ピチューン


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空の境界コラボ ~キチガイさん、ようこそ幽霊マンションへ~
……すごくいい夢だった。だって戦闘がないんだもの


ここから空の境界イベント開始です。
セイバーウォーズ?既にXがいるので無効です。


 

 

 

 

 

 

 

 ふと、何かに呼ばれたようなというは普段とは明らかに違うなという感じ目を覚ます。

 するとそこは例の如く俺が眠っていた部屋なのではなかった。しかし、だからと言って師匠の気まぐれであの冥界とも言ってもいい影の国に連れていかれたわけでもなさそうだ。何故なら、目に映る風景には桜のような花がそこら中に舞い散っており、空気も死んでいる影の国ではありえない雰囲気だからである。

 

「……しっかし、なんか温かいというか、懐かしい感じがするなぁ……」

 

 うまくは言えない。

 けれど、来たことがないのに言いようのない安心感を覚える。実に不思議なところだ。まぁ、ここ最近は特異点に行ってたし、こう落ち着けるところにこれるのはありがたい。夢で別次元に飛ぶとかもう普通のことだって割り切ってるし。

 

「あら。ここにお客様が来るなんて、どんな間違いかしら」

 

 どうやらここにいるのは俺だけではないらしい。声のする方向を見てみると、そこには結構値の張りそうな着物に身を包んだ女性が立っていた。ついでにその顔はヒロインXがアルトリア顔と判定するか否かの微妙なラインに立っている。うん。でも不思議なことに彼女ではどうあがいても勝てない気がする。

 

「夢を見ているのなら、元の場所におかえりなさい。ここは境界のない場所。名前を持つアナタが居てはいけない世界よ?」

 

「いや、自分から来たわけじゃないんだけど……」

 

「あら?求めてきたわけではないの?なら――――ごめんなさい。縁を結んでしまったのはこちらの方みたい。今のうちに謝っておくわ、仁慈君。……でも、一方的に私が悪いわけじゃなさそうよね。……ふふっ、私達意外と似た者同士なのかも」

 

「はぁ……」

 

 縁を結んだ等のところはわからないけど、似た者同士というところには少々心当たりというか予感はある。なんというんだろう。貴方とは他人の気がしない、わけではないけど、完全に初対面って感じでもないという曖昧なラインだ。

 

「けど、簡単に仁慈君がこっちに来た理由は大方読めたわ。どうせ、外で切った張ったのロマンスの欠片もない事件の所為でしょう。ちょっとだけ、今の自分にできることを見誤っちゃったのね」

 

「………さっきから意味深な発言ばかりしてるけど……何か知ってるの?」

 

「いえ。これは全部予想。普段は眠ってるしね。このことも含めてもっとあなたとお喋りしていたいのだけど――――――――残念。もう夜が明けてしまいそう。夢は終わる頃みたい」

 

 その女性の言う通り、自分の意識が外へと引っ張られる感覚がする。これが夢だというのであればおそらくもうじき目が覚めるということなのであろう。あれだけ視界にちらついていた桜のような花びらも徐々に見えなくなっていき、女性の姿もおぼろげになる。

 しかし、わずかに機能を残していた聴覚が最後に女性の言葉を拾ってきた。

 

「もしまた会えることになったら、その時は、どうか私の名前を口にしてね?」

 

 

 

―――――――

 

 

 

「やあ、深夜零時だけどおはよう仁慈君。仮眠中、起こして済まない。けど異常事態でね、無理を承知で通信したんだ。すまないけど管制室に来てくれ」

 

「ま、非常事態ならしかたないよね。ロマン、おはよう」

 

「うん、おはよう。異常事態だけどそこまで切羽詰まっているわけじゃないから準備ならゆっくりしてくれていいよ」

 

「なるべく早くいくよ」

 

 ………通信が切れたことを確認して俺は心中で考える。ロマンっていつ休んでいるのだろうか。深夜ということだが、あの声音は普通に起きている時の声音だ。起きて来たばかりという寝ぼけの混じったものではない……。今度、エミヤ師匠とかに相談してみよう。

 

 

「先輩!」

 

「フォウ、フォーウ!」

 

「こんばんは、マシュ。ついでに久しぶりな気がするねフォウ」

 

「ンキュ!」

 

「こんばんはです。……はっ、挨拶は古事記に書いてあるくらいに大事なことですが今は緊急出動要請が出ていたんでした。管制室に急ぎましょう。先輩」

 

「そうだね。………ついでにマシュ。古事記の下り、誰に教えてもらったの?」

 

「Xさんです」

 

「絶許」

 

 ロマンの体調のことを考えつつ外に出るとマシュと遭遇。挨拶を交わし、ついでにマシュに余計なことを吹き込んだであろうXに文句をつける算段を付けつつ俺たちは管制室に向かう。

 

 

 特に誰とすれ違うわけでもなく管制室にたどり着いたレ俺たちは、険しい顔をしているロマンの下へとやって来ていた。

 

「ああ、二人ともそろったね。まとめて説明できるからよかったよ。早速だけど、モニターを見てくれ。世界地図の日本のあたりね」

 

 ロマンの言葉通りにそこに視線を向けてみれば、俺たちが一番初めに修復した冬木の特異点を見つける。いつもは日本にある特異点はそれだけなのだが、今日は違う。その近くに妙なものが存在していた。

 

「……フユキの隣になにかありますね」

 

「そう。この揺らぎは冬木のものとは別でね。数日前から観測されているんだ。はじめは小さい誤差で、特異点F修復の揺り戻しなんて考えていたんだけどね……いつまでたっても消えないからちょっとシバの角度を変えてみたんだ。そしたら、」

 

「生体反応がありますね。座標は燃え尽きているはずなのに」

 

「それだけじゃない。生体反応はごくわずかだけど、動体反応はとんでもない数だ。おまけにシバをどう弄っても規模、時代ともに不明。完全にブラックボックス。この座標にレイシフトしないと分からない状況だ」

 

「なんだいつものことか」

 

 つまりはいつものことじゃないですかヤダー。今までの特異点だって時代と場所がわかっていただけだし、その中で何が起こっているのかという点については不明のままだった。それを考えれば時代と規模なんて俺にとっては関係ない。日本ってだけで、今までよりははるかに有利に働くはずだ。

 にしても、動体反応だけはあるなんて、自動人形やゾンビみたいな連中がウヨウヨしてるってことだよなぁ……バイオでハザードな特異点なのだろうか。

 

「どうして生体反応が少なくて動体反応だけは多いのかと気になっている子はいないかー?」

 

「あ、間に合ってます。……どうせゾンビとかその辺の連中がウヨウヨしているということだろ?」

 

「まぁそういうことだね!流石仁慈君!略してさす仁!……っとこんなこと話している場合じゃない。別にゾンビ云々は脅威になり得ないからどうでもいいんだけど……ゾンビ以外の厄介な問題があるんだよ」

 

 ダ・ヴィンチちゃん曰く。この特異点擬きは人類史にとっての穴であり、どういう理屈かわからないにしろサーヴァントたちを引き寄せて閉じこめているらしい。それはここカルデアも例外ではない。カルデアに居るサーヴァント達もいくらか自発的にそちらに行ってそこから帰ってこないとのこと。一応契約は生きているらしいのだが、かえって来ないということは、自分から帰ってこないかあるいはそうならざるを得ない状況にされているかということだ。

 

 故に、この特異点の調査をしてほしいとのこと。こちらとしても戦力であるサーヴァントたちがいないのは物凄く困るために当然了承した。

 

「ま、ホントはこういう場所に行くためには所長の了承が必要なんだけど……オルガマリーが寝ちゃっててね……。まぁ、僕の独断でおkということで」

 

「雑だな……とりあえずそれはいいや。ところで、誰が居なくなったのさ」

 

「えーっと……エミヤ君とタマモキャット、清姫以外の全員……かな?」

 

「マジか」

 

 予想以上に居なくなってしまっている件について。これはなんとしてでも取り戻さざるを得ないな。

 

「因みに、今回こちらからのバックアップはできない。サークルも設置できない。完全に君たちだけで戦うような状況だ。だから、無茶なことはしないように。……あと、これはついでなんだけど、これから見るだろう光景は君にとって馴染みの深いところだろう。だから、マシュに色々教えてあげて欲しいんだ。彼女はそういう風景を見るのは初めてだろうからね」

 

「了解」

 

「?」

 

 コンクリートジャングルを見て特に言うことなんてないが、マシュが知りたいのであればこの樫原仁慈、全力を出さざるを得ない!

 

 

―――――――

 

 

 レイシフトした先は俺の予想通り。日本でよく見る光景だった。そこら辺にそびえたつマンションをはじめとする建物。設置するだけでかなりの電力を持っていく自動販売機。そこら辺に乱立している街灯は、真夜中と思われる今の時間でもしっかりと周囲の光景を映し出してくれている。カルデアに来てから久しく見ていなかったコンクリートジャングルだった。

 特異点を回っているからか、この光景がとても懐かしく感じるなぁ……。なんて感慨に受けっていると、隣のマシュがプルプルとその身体を震わせていた。

 

「アスファルトで舗装された車道……壁のようにそびえる高層建築……これは……これは……!間違いありません。ここは二十一世紀の日本の都市部です、先輩!」

 

 超テンション上がってる。なんだこれ、今までに見たことのないわけではないが、それでも上位に入るくらいのテンションだ。しかも、恰好は戦闘時のもので、でかい盾を持ちながら興奮しているさまは何処かシュールだった。

 

「見てください!破壊されていない自動販売機があります!公衆電話も、バス停もあります!ああ、あのお家っぽいものはトイレですね!そして、どこもかしこも清掃が行き届いています。街も静かで人影もない、パーフェクトな治安です!噂の不夜城、コンビニエンスストアが見当たらないのは残念なのですが、それはそれ。本当に資料通りの街並みなんですね………マシュ・キリエライト、夢が一つ叶いました!」

 

「くすっ、それはよかったね。……ま、人理修復が終わったら、色々別のところを見て回ればいいよ。所長も許可を出してくれるでしょ」

 

『あー、てすてす。通信、映像、ともに良好っと。それにしても、予想通りやっぱり日本の首都部か。……けど、ここまで正常な都市部だとは思わなかったな。冬木ほどひどくないにせよ、ところどころ壊れているのかと思ったけど……』

 

「……そうですね。普通であることが逆に怪しいです。通常の生命体は私と先輩の二つ、高次元の生命体反応はあのビルに確認できますが……それ以外は皆無です。これだけの住宅が立ち並んでいるにも関わらず、です」

 

 マシュが指さすのは一つのマンション。

 この建物だけは他のものとは違い、丸いフォルムを持っていた。そして、傍から見るだけでもよくない雰囲気を漂わせているのが分かる。

 ……しかもよく見たらひとりの人影とその人影に群がるゴーストまでいた。雰囲気どころのレベルじゃなかった実際に見えるまである。

 

『!そのマンションの近くにサーヴァントっぽい反応と敵正反応あり!おそらくゴーストだ!』

 

「先輩!」

 

「とりあえず行ってみよう」

 

「はい!」

 

 そういってマシュと二人でその人影のところへと駆けだしていく。ま、傍から見るだけでも助けが居るとは思えないな。現にその人影は特に動揺したわけでもなくポケットからナイフを取り出してゴーストに斬りかかっている。俺たちが着くまでには片付くだろう。実際に、斬られたゴーストはスゥっと消えたらしい。

 

『!ゴーストの反応は一気に消失!?霧散じゃなくて消失だって!?消しゴムで消すみたいに残留思念が消えた!ナニコレ怖い!どんな異能だ!?』

 

 ゴーストって今まで消失じゃなくて霧散だったんだ……。知らなかったわ。

 そんなことを頭の中で浮かべつつ、現場に向かってみれば、遠目から見ても不機嫌そうな顔をした女性が立っていた。………何だろう。とっても見覚えがある。具体的には夢であったような気がする顔つきをしてる。髪の毛は短いし、着物の上から赤い上着羽織ってるけど。

 

「あれは、ナイフを持って着物を来た少女……でいいのでしょうか?先輩、一応聞いておきますけど、あの方と知り合いってことは……」

 

「ないね」

 

「ですよね。……とにかく会話を試みてみます」

 

「その必要はない。アンタらの話は長そうだし。善人であれ、悪人であれ、頭にこれを突き刺せばこんな現実からはおさらばだ。厄介事に首を突っ込んだのはその頭だろ?なら綺麗さっぱり、元居た場所に帰してやるよ」

 

 取り付く島なし。

 着物+上着という何処かミスマッチなナイフを持つ女性は言い終わると同時にこちらに向かって駆けだした。その瞳は先程までの黒色ではなく中心が青くその周辺が虹色に近い輝きを放っている物へと変化させて。

 

「来ます!わけがわかりませんが、とりあえず応戦を!」

 

「………」

 

 あの眼、絶対にやばい奴だ。散々鍛えられた(強制)第六感が囁いている。あの攻撃には一度も当たるなと。これはちょっとマシュだと相性が悪いかもしれない……。

 

「マシュ、ちょっと申し訳ないんだけど、この戦いで盾の使用は控えるように。ついでに攻撃にも当たらないで」

 

「は、はい……?」

 

 首を傾げているようだが、ここで説明している暇はない。相手の得物はナイフで超近接型なのはほぼ確定だろう。ならば、ここで取り出すのは同じ得物。既に先手を許している以上今更距離を取るなんてことはできない。なら、多少無茶でも同じ土俵に立つしかないのだ。

 

 槍ではなく、ナイフを取り出して素早く構えると、俺は彼女のナイフを受け止めた。しかし、そのナイフは相手の攻撃を受け止めただけで崩れ去る。一応、師匠が夜なべして作ったゲイボルク(ナイフ)だぞ。それを一撃で壊すとはやはりやばい。ナイフから特別なものを感じない以上、確実にあの眼だ。

 遮るものがなくなったために、はじめの目的通り、ナイフが俺に襲い掛かる。しかし、そこは我らの頼れる後輩。マシュが横からシールドバッシュを行うことによって攻撃は中断された。まぁ、攻撃事態はヒットしなかったけどね。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「ありがとう。助かった」

 

「いえ、それが私の役目ですから……。それより、先輩、そのナイフはそこまで壊れやすいものでしたか?」

 

「そんなわけない」

 

 と、会話している場合ではない。向こうはこちらの死角に入りながら再びそのナイフで俺たちの命を狙っているのだ。このタイプは今までであまり見ないタイプ。俺と同じく勝つためには手段を選ばず、不意打ち上等のタイプだ。なら、狙うべきところもわかるし、誘導も容易い。

 

 するりと懐に入り込んできた相手のナイフに手をかけようと右手をのばす。しかし、流石にそう簡単には取らせてくれないらしくするりと交わされてしまう。

 だがそれこそがこちらの狙いだ。一瞬でも意識がナイフのほうに向かってくれればいい。その隙に俺は渾身の蹴りを相手の腹を蹴とばす。

 

「ち、不覚……。けど、なんかいいなアンタ。面白い。なんか気が合いそうだ」

 

「」

 

 ニヤリと笑った。どうしよう、師匠とは別ベクトルで面倒くさい気がする。気が合いそうっていうのは否定しないけど。まぁ、相手が殺しに来ているんだし、こっちもその気で行かないと速攻で殺されそうだ。

 

 心配そうにこちらを見やるマシュに指示を出しつつ、俺は気を引きしめた。



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小川ハイム 一階

あー……早く最終章書きたいです。
最終章で生命院サブナックに「誰てめぇ」って言わせたいです。


 キィン!

 

 金属同士がぶつかり合った時に聞える不愉快な高音を鳴らしながら俺と、着物ナイフの女性はお互いに逆方向へと弾かれる。厄介だ。なにをどうしているのかはわからないが、彼女はこちらの武器を大体一回の攻撃で破壊してきている。種は全く分からないがある程度の条件くらいならよめた。彼女は俺達に攻撃を乗せる際に、人体の急所や、それ以外のとことを見ている時がある。特に武器などの場合はそれが顕著だ。恐らく、彼女はものを一撃で壊せるところを読むことができるのだろう。人体に関して言えばわからないが、マシュの盾にも所々傷がついているところから、人体および、サーヴァントにも効果があると推測するべきだ。

 なので、それに気づいてからはもっぱら俺は彼女の視線のみに注意を向けていた。彼女が狙うのは一撃で壊せるところ。ならば、彼女の視線から狙いを読み、ずらしてやれば回避は可能ということ。

 

 というわけで、まともに打ち合えるようになってからはこのような硬直状態が続いている。こちらが二対一で有利なはずなのだが、如何せん向こうは勘がいい。マシュや俺が攻め手に回る瞬間を巧みに読み取り、深追いせず戦線を維持しているために決定打にかける状況となっていた。

 

「………やめた」

 

「……えっ」

 

 そんな中、もう何回目か数えるのも面倒くさいくらいの打ち合いを終えて、お互いに吹き飛んだ時唐突に相手方がそう呟いた。

 

「途中から、対応してきたのは面白かったけど、アンタ真面目に戦う気ないだろ」

 

 別にそういうわけじゃない。ただ、あの夢の人がちらついていて力を出せないというか、その能力が厄介すぎてまずは対処優先で動いていたといいますか……。はい、正直に言います。ぶっちゃけ、その能力が怖すぎて無意味に手出しできなかっただけです。普段は俺がやっていることをまんまやり返された感じがしたわ。

 

「別にそういうわけじゃないんだけど……」

 

「まぁ、集中してないなら、それでいい。アンタはアレらの仲間じゃなさそうだし。突然斬りかかって悪かったな。じゃ、そういうことで」

 

「えっ……!ちょっ……!?」

 

 余りに流れるようにどこかに行こうとしたのでかなり動揺したようにマシュが慌てて止めに入る。ついでに彼女が急ぐ理由もどさくさに紛れて聞いてみた。

 

「?どこに行くかって、それはもちろんあのマンションを解体しに行くんだよ。あんなの放っておけるわけないだろ。中身ホラー映画みたいになってんだ。動く死体とか、幽霊とか、そういうのが跋扈してんだよ。ここ最近、あのマンションに移り住んできたそこの盾持ってる奴みたいな存在がな」

 

『サーヴァントの所為だって?』

 

「ああ。おかげでここはお祭り騒ぎだ。サーヴァントって実態持ってる幽霊みたいなもんだろ?そりゃ、他の連中も調子に乗るさ。……ま、ここではオレもそのサーヴァントってものにさせられてるんだけど」

 

「おおかた、ここに因縁があるから呼び寄せられたんだろ。ホント、いい迷惑」

 

「……えーっと、つまり、我々の目的は一致している、とみていいのですか?一応私たちもあのマンションに移り住んでいるサーヴァントに用事がありまして……よければ橋梁区などは……」

 

「嫌だよ。そこにいる奴、マスターなんだろ?そんなことしたらそれこそサーヴァントみたいだ。オレはたまたま呼ばれただけの異邦人。誰とかかわる気もな―――――」

 

「フォーウ、フォーウ!」

 

「…………」

 

 あ、勝ったわ。

 マシュの勧誘に難色を示す着物ナイフの女性だったが、マシュの盾からひょっこり顔を出したフォウを見て、表情を固まらせ、チラチラと見ている姿を見たとき、これは同行が許されますわと確信した。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 フォウが発する無敵のマスコットパワーにより、着物ナイフの物騒な女性改め両儀式が仲間に加わった。マスコットの力は万国共通と見える。もうフォウが最強でいいんじゃないかな。

 

 彼女が仲間に加わったことにより、あのマンションの実態が少しだけわかった。色々な仕掛けと動く死体、幽霊が闊歩しているらしい。あとマンションの背景としてはとある魔術師があらゆる死を蒐集しようとした場所でもあるらしい。なんとも物騒なところである。

 

 そして、最後に彼女の持っていた能力について、ロマンから説明が入った。なんでも彼女は魔眼という神秘を帯びた眼を持っているらしく、この式が持っている魔眼はその中でも一番上位に値する虹色を帯びた眼。死の概念を直接捉え干渉する眼らしい。

 まぁ、流石に見ただけでは殺せないようだが(殺せたら俺たちはもう死んでいる)それでもモノの寿命を見ることはできるらしく、そこを切るかなぞるかしてものを殺していたらしい。師匠お手製の武器が次々と犠牲になったのはそういった背景があったとか。避けといて正解だったわ。

 

 と、まぁそんなこんな話しつつ、式曰く小川ハイムの中である。

 確かにこれは幽霊マンションと呼ぶにふさわしい。そこら辺ふよふよゴーストが浮いているし、死体っぽい何かが闊歩していた。それらを三人で蹴散らしながらとりあえず近くに会った101号室と書かれた部屋の扉を開いてみる。

 

「ちなみに、どの部屋に何が居るのかとかわからないの?」

 

「知るわけないだろ。そもそも、そいつらがお前たちの知り合いかどうかもわからないしな。一個一個地道に確認するしかないぞ」

 

「うわぁ……」

 

 どうやら結構な数があるこのマンションを一つ一つ探していかなければいかないらしい。面倒だと考えつつ、中に入ってみるとそこには――――

 

「―――お、オォオオオオオオオオオオ!!」

 

「すみません間違えました」

 

 何やら憎悪に塗れた長身の男が居たので思わず扉を閉めて退室をする。……あれはカルデアに居たサーヴァントじゃないし、普通にスルーしてもいいんじゃないかな。見たこともなかったし。

 

「先輩、あれは……」

 

「なんだ、あいつはお前らの知り合いじゃないの?」

 

「知らない人ですね」

 

 関わり合いなんて一切ない。見たことくらいはあるかもしれないけど、少なくとも目的のサーヴァントじゃないことは確かだ。

 

「あ、そう。でも無視は許さねえよ。ここにいるサーヴァントは例外なく帰してもらうから。マスターなんだろ?」

 

「別にあの人のマスターってわけじゃないんだけど………」

 

 まぁ、一応こっちは式に協力を依頼している立場だし、利害の一致っていうことになっているし処理しますけどね。

 先程閉じてしまった扉をもう一度開けて、中で恨みつらみを呟いている男のサーヴァントと向かい合う――――――――――こともなく、式、マシュと共に死角に入り込み、その首を一閃。速攻で座におかえり願った。

 

『サーヴァントランサーの消失を確認。相変わらず容赦がないなぁ……』

 

「まだるっこしいことをしないのはいいことだ。それに首を撥ねに行くのもいいセンスしてるぜ」

 

「物騒ですね。式さん」

 

「倒すにはこれが一番早いってだけだ」

 

「ま、次行こうか次」

 

『………怖いなー。この人たち超怖いなー……』

 

 まぁ、是非もないよネ!ということで、次行ってみようか。

 

 

 

―――102号室

 

 

「―――着いたぜ。ここ、表札ないだろ。間違いなくサーヴァントが住み着いてる」

 

「どうしましょうか?」

 

「ちなみに、扉を開けて、部屋の中爆散っていうのは?」

 

「認められるわけないだろ。部屋の中での戦闘は認めるけどな。流石に部屋ごと吹っ飛ばすのはだめだ。そら、今回は特別にそのカギをくれてやるよ」

 

「ダメか……」

 

「それはそうでしょう……では、先輩。開けますね」

 

 よくよく考えてみれば、下の階をぶっ壊してマンション自体が落ちてきたりでもしたら目も当てられないか。では仕方がない。なるべく先手を取れるようにしておこうと考えつつ、マシュが開けた扉をくぐった。

 

 

「ええ、ええ。ようこそ、カルデアのマスターにデミサーヴァントのお嬢さん!この怨念渦巻く部屋に転居したるはもちろんこの私。悪魔メフィストフェレスでございますとも!」

 

「さて、処理するか」

 

「OH!情けも容赦も尺もないとございましたか!いいのですかぁ?私はこの事件の黒幕ですよぉ~?」

 

『あっ』

 

「ギルティ」

 

「よし、やっちまうか」

 

「えっ……?えっ!?話とか聞いたりは――――――」

 

 メフィストフェレスを突いてもまともな話はできないのでやるべきことは一つ。とりあえず駆除安定です。

 

 

 

 

 

 駆除しましたー。

 

 

「おぉ……なんということでしょう。ほんとに何もしゃべらせてもらえないまま倒されてしまうとは……。人の話を聞かないとはまさに悪手、敗着、駄目の極み……!推理ものなら迷宮入り待ったなしですよォ?けどまぁ、最近では犯人が序盤で死ぬものも結構ありますしぃ?精々面白おかしく頭をひねってくださいな」

 

 い つ も の。

 別にメフィストフェレスがそのまま事実を語るなんてこれっぽっちも思ってない俺としては別に惜しいことをしたとは考えてない。情報を引き出してほしいならそれ相応の信頼を築いてからにしてほしいもんだね。

 

「先輩、これでよかったのでしょうか?もしメフィストさんの言葉が本当なら、私たちは唯一の手掛かりを自分たちの手で壊してしまったことになります。ダメ探偵です……」

 

『うーん。探偵かぁ、探偵ものだったのかぁ……』

 

「犯人を自分で殺しに行く探偵ものとか嫌すぎるでしょう……?」

 

「殺ったのお前だけどな」

 

 まさか式からツッコミを入れられるとは思わなかった。

 

『けど、やっぱり惜しいことをしたかもしれないね。せめて尋問なんか行ってから倒すべきだったかも……』

 

「どうせ、何も話したりしないでしょ。メフィストフェレスだし」

 

「ええ、ええ。そうでしょうとも。私、カルデアのマスターがとてもよく理解してくださっていてサーヴァント冥利に尽きますとも!」

 

「せい」

 

「ヒョッホー!?」

 

 つい反射的に背後からメフィストフェレスの声がしたので、珍しく忍ばせておいた短刀をつかんで振り向きざまに水平切りを行う。が、その攻撃は奇声を上げながら頭を下げたメフィストフェレスに回避されてしまった。おしい。

 

「表情も変えずに斬りかかってくる……噂に違わぬキチガイぶりですねえ!」

 

「どこの噂何ですかねぇ……まぁ、いいや。とりあえずもう一回座におかえり願おうか――――」

 

「ちょーっとお待ちを。私実は、先程倒されたメフィストとは別のメフィストなんですよ。強いて言えば、先程倒しのは悪いメフィスト。ここにいるのは善いメフィストです!クフフっ、私悪いメフィストじゃないですよぉ(ニヤニヤ)」

 

「うわ、なにこいつ胡散臭いぞ」

 

「いつものことです。初見の時もこんな感じでした」

 

『なんでもいいけど、これは味方……ととらえていいのかなぁ……』

 

「味方にしても、いつ爆発すか分かったもんじゃない不発弾になると思うな……」

 

 悪いメフィストじゃないとか言いながらにやにや顔を浮かべている時点で怪しさ満点なんだよなぁ……。

 

「ご心配なく。この善いメフィスト、仁慈様の忠実(笑)なサーヴァントですよぉ?」

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

『……………』

 

 胡散臭い。物凄く胡散臭い。これ以上ないくらいに胡散臭い。

 

『どうする仁慈君?処す処す?』

 

「とりあえず、この事件の真相を二行で語れば許す」

 

「お、いいね。そういうの嫌いじゃないぜ」

 

「えー、二行で語れとか流石に無理がありますよォ!まぁ、やりますけど(笑)私はハーメルンの笛吹、無実の客寄せ道化なのです!」

 

「二行です!」

 

「やればできるじゃないか」

 

 意外とノリがいいと判明したが、メフィストフェレスが黒幕ということはないようだ。思いっきり無実の客寄せ道化とか言ってるし、ただの勧誘要因ということなのだろう。

 

「その通りでございます。えーっと、たしか、私たちのクラスの一つ上?とって最も偉い?方に召喚されまして。『お前はこっちであれこれしてる方がそれっぽいだろ』とか言われてしまいまして」

 

 十中八九ソロモンだろうな。グランドキャスターとか名乗るくらいだし。メフィストフェレスのクラスもキャスターだったはずだからまぁ、間違いないだろう。

 

「それで私はその魔術王の隙をみて契約を解除して、こうしてあなたのことを待っていたのですよ!いや~信じていましたよ。人類最後のキチガイ――――失礼、マスターであるあなたが来てくれることを!」

 

「訂正できてないからな」

 

 このままこいつを連れていくことに言いようのない不安を覚える。正直、彼は居てもそこまで戦力にならないむしろ、戦況を引っ掻き回す可能性すらあるからここで始末しておいた方がいいんだけど……。

 

「フォウ!」

 

「先輩、フォウさんが先を促してますし、諦めて連れて行きましょう」

 

「………致し方ないか……。メフィストフェレス。裏切るそぶりを見せたら即座にその首を撥ねるから注意するように」

 

「ご心配なく。私勝者には絶対服従です。ええ、そもそも?物騒さで言えば、そこのアサシン嬢とどっこいどっこいですし?私も面白ろおかしく協力しますとも」

 

「…………だ、そうですが、そうなんですか?式さん」

 

「はぁ?あんなのと一緒にするな。ハサミよりナイフの方が切れるに決まってんだろ。それに、そこにもう一体物騒な奴がいるし、人のことは言えないな」

 

『ツッコムところそこなんだ!あと、否定できない!』

 

 否定してよ。

 

 

 

――――104号室

 

 

 

 悪いメフィストフェレスを倒し、善いメフィストフェレス(仮)を仲間に加えて再び外見と一致しないくらい長い廊下を歩く。その間の暇つぶしなのか、このマンションのことやメフィストフェレスが式の魔眼のことを聞いていた。

 なんでもあれが無機物だろうと幽霊だろうと死体だろうと問答無用に殺せるのは死、忘却、崩壊……あらゆる終わりを全て混同してみているからだという。聞けば聞くほど、とんでもない力だ。まぁ、その眼を通してみる世界はろくなもんじゃなさそうだけど。その辺に線だらけとかおちおち歩いても居られなさそうだし。

 

『―――仁慈君、気を付けて。その廊下の行き止まりにサーヴァント反応だ。今までの流れからして、絶対にまともなサーヴァントじゃないぞ!』

 

 ロマンの言葉を聞いて警戒レベルを上げながら、廊下の行き止まりまで歩いて行く。するとそこにはとても優しそうな表情を浮かべた金髪の青年。ついこの前一緒に事件解決に動いたジキルの姿があった。………ま、彼の来ている服にべっとりと赤い血がついている時点であの時に会った苦労人たる彼ではないことはわかってしまうのだが。

 

「ようこそ怨念の庭へ。歓迎するよどこかで見た気がする君。僕は四号室のジキル。この階の管理人でもあるんだ。……君たちはここに来てから間もないし、まだ変質もしてないんだね。なら上の階は早い。大丈夫、この寒さにも時期慣れるからさ。僕の部屋でゆっくりしていくかい?ちょっと散らかってるけどね」

 

 その声、その表情は確かに俺たちがロンドンでみたジキルそのものだ。しかし、その血は拭えよ。普段通りでも、そのほかのすべてがおかしい状況下であるのなら、普通が異常となるんだからさ。

 

「先輩、あのジキルさんは……なんといいますか……どこか恐ろしいです……」

 

「まぁ、腹に血がべっとりだもんな……」

 

「それに、メッフィー、汚部屋とか基本的に受け付けないたちなので。私、性癖を暴くのは大好きなのですが、見せつけられるのは嫌いなんですよねぇ……。というわけで、ジキル氏の誘いは断りなさいマスター。そもそも貴方もサーヴァント(従者)なら、片付けくらい自分でしたらどうなんですか?それともぉ―――――――アナタ、片付けられない方なんですかねぇ?」

 

 イイ笑顔である。確実にわかっているのに遠回しで攻めていくスタイル。いったいこれのどこが善いメフィストなのか教えてほしいレベルだ。が、今のメフィストフェレスの発言で確信が持てた。あれはジキルではなくハイドの方なのだろう。腹についている赤い血、そして、わずかに漏れ出ている殺気からそうじゃないかなとは考えていたけれども。

 

「え、うん。実はそうなんだ。整理整頓は苦手だし、なにより、ほら―――――――――すぐ真っ赤に汚れるからさぁ!一々片付けなんてしてられませんよねぇ!?」

 

 図星を突かれてすかさず変身。素早い動きでナイフを投擲する。しかし、それは既にナイフを用意していた式がはじき返した。

 

「ハッ!ノリのいい奴が一人いるじゃねえか!けど、何防いでくれちゃってんの!?今のは完ッッ璧な奇襲でしたよねェ!?さてはあれだな。お前、オレ様ちゃんと同類だろ?まともなふりして人の首を撥ね飛ばしたくて仕方がない殺人鬼ってわけだ!」

 

「…………ちぇ。なにそれすっごい失望。楽しみにしてたのに。ほんと、待望の出会いだったのに。気づいたら小川ハイムに居て、サーヴァントなんかになってて、恨み言しか言わないゴーストと戦って、変なマスターと会って。あ、いや、それは別にいいや。悪いことじゃないし、仁慈が本気になれば大いに楽しめそうだし。でも不満はいっぱいだった………それでもやる気を出したのは予感があったからだ。本物に会えるかもしれないって」

 

 手にもっているナイフを投げて弄びながら、式は言葉を切って、視線をジキル――いや、ハイドに向ける。そこには彼女の言葉通り、失望がありありと見て取れた。

 

「オレの大先輩。世界で一番有名な二重人格の殺人鬼!なのに、何それ。ふざけてるの?やっと楽しめると思ったのに、ショックで寝込みそう。ねぇ、さっきの優男に戻ってよ。その方が強いし、オレの好みだから」

 

「はぁ?なにいっちゃてるんですかぁ?貧弱なジキル君から――――――」

 

 なんだこれ。なんだこれ(真顔)

 一体何が悲しくて殺人鬼同士のこだわりというか、そういったことを聞かなければいけないのだろうか。ぶっちゃけこのまま攻撃したい。不意打ちをしたい。さっさと終わらせたい。

 でもなぁ……ここで不意打ちかまして、式に機嫌を損なわれると非常に厄介だ。もう一度彼女と対峙するとか面倒くさいし何より体力の無駄遣いである。彼女の見ている死の線を予測して攻撃を翻すのはすごい集中力を使う。うん、静観してようか。あと、マシュの耳を塞いでおこう。なんかメフィストフェレスまで会話に加わってるし。

 

「?先輩、どうしたんですか?」

 

「いや、これは聞かない方がいいよ。うん」

 

『仁慈君ナイス!』

 

「フォ!」

 

「――――真剣じゃないの燃えないってか!そっちも大概にイカれてんなぁクソ女!んじゃまぁ、楽しくダンスと行きましょうかねぇ!!」

 

「ちっ、仁慈。変わってくれない?」

 

「二人で楽しくやっててくださいません?」

 

「何で敬語なんだよ。まぁ、仕方ないか……これ以上失望させてくれるなよ、先輩!」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 決着は、着いた。宣言通り、式は圧倒的な力というか技術でハイドを翻弄して、見事に致命傷を与えてみせた。式強いなぁ……。もうアイツ一人でいいんじゃないかな。

 

「……う、ぐっ……あぁ、また、ハイドが出て来たんだね……。ごめん……僕もハイドも、あいつに操られてて……仁慈君。気を付けて、メフィストは信用できない」

 

「えぇ……私?私が信用できないですって?」

 

「心配には及ばない。基本的に信用してないから」

 

「OH MY GOD!」

 

「神様なんて信じてないくせに何言ってんだか」

 

「ぐ……霊基何故かが保てない……視界も暗くなっていく……仁慈君、手を、手を出して……最期に渡さなきゃいけないものが……」

 

「…………」

 

 まぁ、貰える者があるなら貰っておこう。ぶっちゃけ、不意打ちされても問題ないように右手に武器を持って、左手を差し出す。

 

「……あぁ、よかった。まだ人を信頼する心を持ってる。………君は、僕が願った通りのマスターだ。さあ―――――これが上に行くための鍵だ―――――これを使って上の階に――――――」

 

 ここで感じるは殺気。

 普段のジキルでは絶対に出さないであろう殺気。これは、ハイドになったときに感じる殺気だ。

 どうやら、ハイドは俺を仕留めたと思ってわずかにその唇の端を吊り上げているが……この程度で殺せるなんて思われるなんて。

 

「上の階に行く前に死ねぇぇぇぇぇええ!!」

 

「お前が死ね」

 

 ナイフを投げるよりも早く、用意してあったナイフで心臓を貫く。そして、ハイドが投げようとしたナイフを取り上げて、それを肺に突き刺した。後ろでマシュとロマンの引く雰囲気を感じたけどそこは関係ない。スルーさせていただく。

 

「あ、鍵だけはありがたく貰っとくわ」

 

「………イカれてんのは、あのクソ女だけじゃなかったのかよ………」

 

「何言ってんの。こっちは快楽じゃなくて命かかってんの。一緒にしないでほしいわ」

 

 心臓に突き刺したナイフを更に奥へと抉ってハイドを座に還す。そして、付いてしまった血液を振るって落として仕舞い込む。

 

 

「………なぁ、やっぱり今からでも全部をかけた殺しあい、しない?」

 

「しないしない」

 

「クヒヒヒヒッヒヒ!いいですねぇいいですねぇ!これだけのことをしておきながら、罪悪感を抱かない異常性!」

 

「…………やっぱり、先輩は先輩ですねーフォウさん」

 

「……………フォーウ」

 

『これは酷い』

 

 

 

 



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小川ハイム 二階、三階、四階

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジキル―――じゃなかったハイドだハイド。というわけでハイドを倒したのちに、先程のハイドにはジキルが居なくなっていたということに疑問を持った式がメフィストフェレスに問いかける。

 彼曰く、このマンションはサーヴァントの属性を変質させる効果があるらしい。具体的に言えば恨みがましくなるんだとか。生前にそれを抱いた人物にはクリティカルヒットとのこと。ジキルもそれに飲まれて消えてしまったということらしい。

 生前に恨み辛みを抱いて死んだ英霊ねぇ……。基本的に、英雄と呼ばれた人物たちが死ぬ場面というのは総じて救えない場面だ。そうでもしなければ英雄と呼ばれた人物たちが死ぬ条件がそろわない。恨み辛みを持っていない連中の方が少ないのではないのだろうか。ジキルだってそれがヒットしてああなったわけだし。これはかなり厄介かもなぁ……。

 

 

 

――――204号室

 

 

 

「クヒヒヒ!いいですねぇ、いい感じで焦げ臭い。臭います、臭いますよぉ。これは私と同類の匂いがしますねぇ。生前の悪行から噂され、恐れられ”あんなことをする奴が人間なわけがない。きっと怪物に違いない”と死後に相応しい罰を受けたクリーチャーの匂いがねぇ!」

 

 場所は一階上がって二階。1、2、3と表札がかかっていてようやくそれがない4号室。下の階と同じくくらいひび割れたその部屋に入った瞬間、メフィストフェレスが声高々にそう宣った。どう考えてもこの部屋に住んでいる住人を煽っている。流石悪魔。こんなの言われたらプッツンしますわ。と、考えて居たら、意外にも帰って来た声はメフィストフェレスを咎めるものではなく賛同する声だった。

 

「―――ハッ、その通りよ。しっかりと喋れるじゃない道化。なに?今さら引っ越し祝いにでも来たわけ?アタシが暗いレンガの部屋に引っ越したから」

 

「エリザベートさん………」

 

 マシュの呟きが耳に届く。そう、メフィストフェレスの言葉に返事をしたのは俺達のカルデアに居るエリザベートだった。最もその衣装はオルレアンで会った時のものになっており、ハロウィン仕様ではなかったが。しかも、変わっているのはそこだけではない。いつも無駄に自信に満ち溢れ輝いていた瞳は完全にハイライトがボイコットを起こしたレイプ目と化していた。普段の彼女を見慣れている俺達からすればその様子は異質と言える。

 まぁ、彼女の属性と反英霊という性質から本来はこっちの方がらしいのかもしれないが。どちらにせよ俺たちが知っている彼女でないのは確かだろう。

 

「いえ、あれは確かめなくてもわかります。あれは私たちが知っているエリザさんではありません」

 

「もしかしてダークエリz……ゴホン。なんでもない」

 

「今なんて言おうとしたのかしら。まぁ、いいわ。今の私は正真正銘の無辜の怪物ってワケ!いい得物連れて来たじゃない道化!さて、どうしてやろうかしら?エビみたいに生きたまま肢体を捥ぐ?それとも豚みたいに内臓を焼いてやろうかしら?まぁ、どちらにしても殺すわ!さぁ、始めましょう殺し合いましょうニンゲン!精々その断末魔で私を楽しませなさい!」

 

「―――ッ!エリザさん戦闘態勢です!」

 

「――――一応、聞いておくけど、戦わないっていう選択肢は?」

 

「あるわけないでしょ!家畜の癖に気にくわないわ!」

 

 だろうね。こうなることはわかり切っていた。高いところからありを落としてもありが無傷で静観するくらいにはわかり切っていた。これは唯の形式というやつだ。まさか、普通に帰ってくる気があるのにいきなり倒しにかかったらこっちが悪いし。

 

「そうだ。ロマン。ここで彼女を倒したらどうなる?まさか、また召喚しろとか?」

 

『いや、彼女との契約は生きてるし、カルデアに居る英霊たちは基本的にカルデアをホームとしてくれている。だから、倒してもこっちで勝手に再召喚されるよ』

 

「―――――――うん。それを聞いて安心した。じゃあマシュ。やろうか」

 

「はい」

 

「俺には何もなしか。まぁいいけど」

 

「いつまでも余裕ぶっこいてんじゃないわよ!」

 

 しびれを切らしたエリザベートが元のクラスに戻ったことで手にした槍を持って突撃をしてくる。その動きはサーヴァントということと無辜の怪物の補正により凄まじいことになっている。だが、残念ながら、彼女は本来貴族。戦う者ではないのだ。いくらステータスが高くても高い技術を持った相手には勝てない。

 エリザベートの槍をマシュが一歩も下がることなくその場で受け止める。その隙に俺と式は両サイドをとり、式はナイフで俺は無手で彼女に向かう。

 

「甘いのよ!」

 

 それに対してエリザベートは無辜の怪物のスキルによって生えている尻尾で応戦しようとする。部屋にある壊れ気味の家具が吹き飛ぶものの、俺と式には当たらない。危なげもなく回避すると、まずは俺が懐に入り込む。そして、いつものように拳に魔力を流して、震脚を行う。

 震脚の威力と魔力、そして重心の動きを乗せた拳をエリザベートの身体に情け容赦なく突き刺す。

 

「ッ、アァァアァァッァ!!??」

 

 震脚により踏ん張りがきかず後方に飛ばされた彼女。しかし、ここは部屋の中。すぐに壁は迫り思いっきり叩きつけられることとなった。そこに追撃を加えるのは直死なんて卑怯臭いスキルを持っている式。

 彼女はその瞳を青いものへと変化させ、恐らく寿命の線があると思われるところ目掛けてナイフを振るう。

 

「――――――――ッ!!」

 

 効果は覿面。エリザベートは声にならない悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。そういえばメフィストフェレスは全く役に立ってませんね。

 

「ッ、くっ……痛いじゃない……痛いじゃない、痛いじゃない!……やめてよ。教えないでよ。殴られることが、お腹を切られることが、こんなに痛いことだなんて教えないでよ……!今さらニンゲンは皆同じ作りだったって教えないでよ!そんなこと、言われてももうしょうがない!どうしようもない!貴方たちがニンゲンなら、私はもっと下等な生物じゃない!」

 

 嘆く、喚く、叫び散らす。

 その咆哮は確かにエリザベートのものだ。歪んだ貴族の社会に生まれ、何が悪いのか、理解しないままに生きてしまった少女の歎きだ。

 

「トカゲみたい、トカゲみたい、トカゲみたい……!地面に這い蹲って無残に踏みつぶされろっていうの!?……耐えられない。アタシはそんなこと耐えられない!だから、大人しく殺させなさいよ。殺されなさいよ!お願いだから――――――――私を容赦なく殺してよぉおおおおお!!」

 

「サーヴァント・エリザベート消失を確認しました。しかし、今のは……」

 

「えぇ、間違いなく彼女の本音でしたな。私には悲鳴にしか聞こえなかったですが。まぁ?いいガス抜きにはなったのではないでしょうか?あの方、品性というかプライドだけは無駄に高そうですし」

 

「………ま、確かに。普段ならあんなこと絶対に言わないだろうし。本音を出すっていう点ではよかったんだろう」

 

 惜しむべきはそれが根本的な解決になっていないということなんだけど、残念ながら、それはどうしようもない。彼女の性質から言ってどうにかなりそうな気もするしどうにもならない気もする。……その辺は本人次第というところだろうなぁ。

 

『そうかなぁ……。今のが間違いなく彼女の本音だとしたら、そのうち自家中毒で本当に怪物になったりなんて―――――』

 

『たたた、タイヘンだロマニ!理由はわからいけど、急にエリザベートがうちの工房に攻め入って来た!”今は気分がすっきりしてるから特別に料理を作ってみたの!喜んで、泣きながら食べなさい!”とかいって!あ、ちょっと待って。何で皿が溶けてるのかな!?……なん……だと……ゴーレム三体を焼いてお団子クッキーにしてみただって……?あぁ、助けてロマニ!一人じゃなんともでき――――』

 

『…………』

 

「…………」

 

「…………」

 

『――――よし、何事もなかった。カルデアはいつものように平和だ仁慈君。だから君は気にせずに探索を続行してくれ。僕も全力で君のサポートに取り掛かる。むしろそれ以外はしない!』

 

「………せめて、まるごしダビデくんがあれば……!」

 

 とりあえず、現状エリザベートには問題がなさそうなので、適当にロマンに言葉を返すことにした。

 

「ちょっと俺、空気過ぎないか?」

 

 

 

 

――――――304号室

 

 

 

 なんか、色々すっ飛ばしてね?と思うそこのあなた。残念。このマンション思ったよりもガバガバです。二階にはエリザベートしかいなかった。そして、三階はこの部屋が最後である。

 

「お邪魔しまーす」

 

 マシュが扉を開けてご丁寧にそういうと、中から明るい声ではーいと返事がした。返事がしたということで中に入っていくと、今までの部屋とは打って変わり罅割れても折らずきれいに整頓された部屋の中でカルデアの二大お母さんであるブーディカが鍋を回していた。決してから鍋ではない。

 

「やあ、こんばんは。マシュに仁慈。アタシの部屋にようこそ。もしかして迎えにきてくれたの?」

 

「まぁ、そんなところ」

 

「ふふ、それはありがとう。あ、丁度シチューができたところなんだ。よかったら食べていく?」

 

「は、はい!よかったです。先輩!ブーディカさんはいつものブーディカさんでした!いつもの、頼りになって、優しくて―――抱きしめられたらほわっとするブーディカさんです!」

 

「え、私そんなハグ魔だったかなぁ……?」

 

 ………一見、普通に見える会話。しかし、先程俺が迎えに来たと言った時彼女は確かに敵意を抱いた。それはエリザベートとは違う。相手がしっかりと定まっている燃え盛る憎悪だ。一回目は何とか耐えたあたり、完全に変質したというわけではないのだろうけど、もう次は耐えられないだろう。マシュも彼女が普通と判断してしまった以上この後帰ろうと笑顔で語り掛けるだろう。その前に、言っとくか。

 

「いや、シチューはカルデアに帰ったから貰うことにするわ」

 

「――――カルデアに帰る、ね。それは私も一緒に?」

 

「ブー、ディカ……さん?」

 

「もちろん。俺たちの目的はカルデアから消えたサーヴァントをカルデアに戻すことだし」

 

 一緒に帰る。連れて帰る。その言葉を肯定した瞬間、部屋の風景が一変する。綺麗なだった部屋はもはや見慣れた罅割れたものに変わり、彼女もグレードの上がった盾と剣を持って武装完了状態だ。

 

「あたしは帰らない。私に帰る場所なんてない。だって―――――全部お前らが奪って行ったんだ!あの人の親族は私たちだけだった。王には私と娘しかいなかった!だから私が相続したのに―――――女には相続権がないとか言って―――――お前たちが!ローマ(お前たちが)!全部奪って行ったんだ!……私は忘れていた。人類を守るとかいう大義名分の前に忘却してしまっていた。この怒りを、この憎しみを、この憎悪を――――――!」

 

「ブーディカさん……」

 

「―――――マシュ、戦闘準備」

 

「それを邪魔するものは誰であろうと許さない。勝利の女王の名の元に、その首を晒すがいい……!」

 

 ブーディカが初めて発するだろう殺気、そして恨み辛みの感情。それを直接叩きつけられたマシュはその身体を固まらせてしまう。……まぁ、無理もないことだ。時に母親のように慕い、時に姉のように想った彼女から殺気をぶつけられるなんて思いもしなかっただろう。

 敵との心構えは出来て来たけれど、何らかの事情で仲間だった者と戦う覚悟はまだできていないのだろう。そういう場面は限りなく少ないし仕方ないことではある。が、このブーディカはこちらの事情なんてお構いなしに襲い掛かってくる。ということは、当然俺の取るべき手段は決まっている。踊りかかった彼女の攻撃を後ろに身を引くことによって軽減しながら受け止めつつ、マシュに話しかける。

 

「きついなら、見てるだけでもいいよ」

 

「――――――――いえ、やります。エリザさんの時と同じです。つらいなら、苦しいなら早く解放してあげなくてはいけません」

 

「―――そうか、ならよし!式も手伝ってくれます?」

 

「今回はしっかり声もかかったし、さっきよりもやる気だしてやるよ」

 

「舐めるな!」

 

 勝利の女王。その名前に偽りなどない。集団を動かす力も強く個人の武勇も立つ。だが、残念。こちらは単純計算にして4人。約一名は全く役立たずといってもいいのだが、式とマシュが居ればこちらは常勝である。

 

 一度俺から距離を取った、彼女だが、マシュが逃がさないと言わんばかりに一歩踏み込み、ブーディカに距離を取らせないようにしている。

 

「くっ!このっ……!」

 

「はぁぁぁぁあ!!」

 

 ブーディカの剣と盾による連続攻撃を的確な盾捌きで完璧に防いでいく。盾の英霊、その名は伊達ではない。

 

「邪魔……するなぁ!!」

 

「いくらブーディカさんのお願いでもそれは聞けません!!」

 

 今度は憎しみの籠ったブーディカの叫びを受けても一歩も引かずむしろ言い返すくらいの気概を見せていた。それを見た俺はもう心配ないと判断して、気配を消し、ブーディカの死角を取った。同時に式がブーディカの背後を取る。

 

「バレバレだよ!」

 

 バッと上空を振り返り、式の方に盾を置く。………盾と剣、両方使った彼女にもう攻撃を防ぐ手段はない。スッと時間をかけず彼女の懐に入り込んだ俺は、エリザベートの時と同じく魔力を込めた拳をブーディカの脇腹に見舞う。今回は一発だけでは終わらせない。吹き飛ぼうとした、彼女の身体の反対側に回り込み、もう一発見舞い逆方向に吹き飛ばす。

 

「……ああ……あたし……何を……。あ、そっか、アハハ。恥ずかしいところ見せちゃったかな?勝利の女王(ヴィクトリア)なんて……あたし、大事な大戦ではいつも負けてたのにね?」

 

 自嘲するブーディカ。それに対して、マシュは優しく微笑みながら、消えていくブーディカを抱きしめた。その光景はいつもとは全くの逆。

 

「そんなことはないですよ。……大丈夫です、大丈夫」

 

「あ、あは、は……ホント、情けないなぁ……。仁慈もごめんね。先にシチュー作って待ってることにするよ」

 

「楽しみにしてる」

 

 俺の返答と同時にブーディカは消えた。

 

「サーヴァント、ブーディカの消失を確認しました」

 

「ん、ならさっさと帰ってシチュー食べに行こうか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

「やっぱり、アサシンのお嬢さん。私と同類なんじゃありませんか~ァ!?こうして無視されているところなんて特にねぇ!」

 

「戦闘にすら出てないお前と一緒にするな」

 

「ヒャーキビシー!ヒヒヒヒ」

 

 

 

 

―――――404号室

 

 

 

 一階以降の階層がマジで過疎っている件について。二階三階四階と結局二部屋しかサーヴァントがいなかったんだが。四階も最後のところまで来てしまったし。

 

「でも先輩。一階と同じパターンだとするなら、そろそろハイドさんと同じような人が現れるかもしれませんよ?」

 

 マシュの指摘は十分にあり得る。というか、どうやら彼女の言葉に反応して向こうからやってきたようだ。

 

「―――立ち去れ、ここより先は死霊の吹き溜まり。生者が足を踏み入れていい場所ではない」

 

「――――――――(唐突な馬の登場に唖然としている)」

 

「敵性反応現れました。先輩、戦闘準備に入ります!」

 

 現れたのはこちらもロンドンで遭遇した槍を持ったアルトリア。顔は相変わらず見えないが、嵐を先、槍をぶつけた相手だからこそ見間違うことはない。正直、オルタでアルトリアならそこまで酷い汚染はされていない気がする。元々オルタがそれっぽい変化だし。そして、マシュがブーディカの件もあって張り切りまくってる。おかげで向こうさんまさかの動揺である。

 

「………む?」

 

「なんという禍々しい、魔力でしょう……!これはメフィストさんですら上回る、混沌・悪のサーヴァントと断定します」

 

「いや、まて」

 

「っ!甲冑越しの眼光を受けるだじぇでも感じるこの寒気……なんて血も涙もないサーヴァントなんでしょう……!気をつけてください!彼女は話の通じる相手ではありません!」

 

 ……言いたくはないのだが、現状一番話が通じないのはマシュなんだ……。ほら、相手の槍を持ったアルトリアのその動揺がよく感じられるんだけど。

 

「えぇい……!いい加減気づかぬか、マシュマロ娘!」

 

「マシュマロ!?」

 

「クックック……話を聞く必要はありませんよぉ!あれはまごうことなき邪悪なサーヴァント。きっと中身もないスケルトンナイトに違いないのですから!」

 

「誰がスケルトンだ、この道化師もどき。よく見よ!」

 

 言われようのない風評被害に痺れを切らしたのか槍を持ったアルトリアはその鎧を脱ぎ捨て自身の顔と何故か体までも晒し始めた。Xとは比べるまでもない豊満な肉体を惜しげもなくさらすその姿はヒロインXが居なくてよかったという安堵を思い浮かばせるには十分なものだった。

 

「――――――――――!(唐突な露出に呆然としている)」

 

 ついでに式のキャパシティーもオーバーしてしまったようだ。

 

『なんとー!?RECだ!久しぶりにRECの準備だーっ!』

 

 ロマンのロマンを越えてしまったようだ……。なんだろう。色々カオスなんだけれども、これこのままスルーしてもいいのだろうか。

 

「待てトナカイ。この状況を無視しようとするんじゃない」

 

「いや、こんなのスルーしたくなる―――――ってちょっと待って、今トナカイっていった?」

 

 彼女から聞くはずのない言葉に俺は耳を疑う。あれはサンタクロースの恰好をしたアルトリアが言うものであって、決して目の間に存在する槍を持ったアルトリアが発言するものではない。

 

「………まさか……」

 

「フッ、その通りだトナカイ。この通り、霊基すら変化してしまったようだが、元はみんな大好きサンタクロースのお姉さんである」

 

 絶句、というのはまさにこのことだろう。隣でぽかんとしている式を馬鹿にできない。いったい誰がこのようなことを予想できるのだろうか。というかどうしてここにいるのだろうか。クリスマスなんてとっくに終わっているんだけど。

 

「何を言う。私がいる限り、一年中クリスマスだ。むしろ、私の存在がクリスマスであることの証明だ。……それはともかく、ここには報われない子どもたちも存在している。ということであれば、子どもたちの味方である私の出番だということだ」

 

 普段は決してついていない豊満な双山を大胆に逸らしながらドヤ顔をかます槍を持つアルトリアに見せかけたサンタオルタ。彼女曰く、周囲に侍らしている幽霊もすべて子供の幽霊であるとか。なんなんだこの人。

 

「―――――――で、俺たちは戦うのか?」

 

 とりあえず、浮かぶ疑問はすべて丸投げして本題を切り出す。すると、サンタオルタ(槍トリア)は首を横に振った。

 

「私の役割は、力なきものがここから上に行くのを阻止すること、そして子どもたちへプレゼントを配ることだ。トナカイであれば、実力など試すまでもない。そこに、死を視る眼を持つ者もいるようだしな……というわけで、これが先に進むための鍵だ。持っていくがいい。ちなみに、私はすべてが終わったら勝手に帰る」

 

 それだけ言い残して、その姿を消す。

 …………なんとも微妙な感じで鍵を手に入れた俺は、馬が現れたり、露出したりでキャパシティーオーバーになっていた式を叩き起こして上に向かうことを決めた。

 

 

 

 

 




ロマン「ところで、どうして令呪を使って自害をさせなかったんだい?ブーディカとエリザベートを。まさか相手が女性だから使わなかったってわけじゃないだろ?」

仁慈「……回数に制限があるし、物に当たりたい時もあるだろ」

ロマン「………ちなみに面白いから的な理由でこの場にとどまっているサーヴァントは?」

仁慈「自害……は令呪が勿体ないから、数で潰す」

ロマン「知ってた」



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その根幹は

プライミッツ・マーダーの霊長類に対する絶対的殺害権って具体的にどんなの何でしょうか?うーむむ、わからん。

なので、その辺結構適当です。ツッコミどころは多々あるかもしれませんがなるべくスルーでお願いします。


 

 

 

 

 

 なんだかんだでマンションの半分ほど上り詰めた俺達。まともに戦えば強敵だったであろうサンタオルタ(槍)から上に行く許可を貰い、そのままに上に行くことが解決への最善の近道なのだが……所変わってマンションの敷地内にある茂みに足を運んでいた。

 マシュやロマンは俺の行動が理解できないらしく「何をやっているんだ?」という視線を向けられるが、正直俺にもわからない。只一つ言えることと言えばかなり面倒くさい奴がここに巣窟っているということだけだ。むしろ、これの所為で上に上がれなかったと言ってもいい。

 俺の行動に何かしらの意図があることを察したマシュが俺に問うてきた。

 

「先輩、どうかしたんですか?」

 

「いや、なんとなく何かが居ると思ってちょっとね……」

 

『………仁慈君が気にかけるほどの相手だって?そんな馬鹿n―――――………』

 

「ドクター?……ドクター!………ダメです。カルデアとの通信、繋がりません」

 

 ロマンが何やら失礼なことを言っている途中、不自然な形で言葉が切れる。それと同時に俺の曖昧だった予感が確信へと変わった。ロマンの通信が聞こえなくなったと同時に俺たちに絡みつくかのように不快な感情が渦巻き始めたのである。それは人間の持つ感情の中で最も根強く、最も厄介で、最も……感情を抱いた本人に牙を剥く感情……憎悪だった。

 

「……?式さん?」

 

「ったく、仁慈の勘もここまで来れば異次元だな。何でここまでやばそうな奴をホイホイ見つけるんだか……おい、そこの隠れて居る奴、出て来い。オレたちの寝首を掻くのであれば睡眠中を狙うんだな」

 

 マシュをさりげなく下げつつ、言葉を投げかける式さんマジイケメンだと思います。

 心中、馬鹿みたいなことを考えてはいるものの、警戒を怠るようなことはしない。明らかに怪しい場面で気を緩めるなんてどうぞ殺してくださいと宣言しているようなものだからだ(洗脳済み)

 

 おそらくカルデアとの通信を妨害しているであろう存在はそんな式の言葉に返事をしつつその姿を現す。

 

『殺意など抱いていない。俺が抱くのは、正当な憤怒だけだ』

 

 現れたのは、黒。

 これ以外に表現の仕様がない存在だった。気配は感じる。朧げではあるが、人型ということも判別できる。サーヴァントという魔力も感じはする。しかしそれ以外は驚くほどに見通せない。性別、外見、得物、まるで、小学生になってしまった高校生探偵の物語に出てくる犯人の如くだ。

 

「サ、サーヴァント!?でも……見えない、何も見えません!シャドウサーヴァントのように真っ黒なのに、全く違うものです!それに、今までのどのクラスにも該当しません!」

 

 混乱極まる様子で叫ぶマシュ。俺たちが知っているクラスと言えば、マシュが該当しないと言われた通常の七騎とオルレアンで会ったルーラーのだ。だが、どのクラスにも該当しないと言われている以上、ルーラーということもないだろう。そもそも、あのような真っ赤でドロドロしたものが調停者(ルーラー)だったら色々やばいと思う。正体不明の敵と遭遇した場合の対処は色々あるが、最も確実なのは撤退だ。この時、相手の情報を奪い取ることができればいいのだが、未知の敵である余計な行動は極力なくしたほうがいい。………ま、その最善を俺たちが取れるかと言われればまた別の話なのだが。

 

『フン……そんなことは、どうでもいい。オレが言いたいことは、唯々オレの邪魔をするなということだ。……ここにいる魂は生ある時から報われず、無念から死を迎えることすら叶わない。安寧を捨て、無を選んだ敗北者。生に見捨てられ、死にすら置いて行かれたもの―――そう、名前もなく姿もない怪物どもだ』

 

『彼岸にすら行き場のない魂に、安息を。地獄が彼らを拒否するならば、新しい地獄を作る。この塔は怨念に満ち満ちてなければならない。それこそが、我が信仰にして存在意義なのだから』

 

 言いたいことだけ言って、その黒い影は消え失せる。おかげで俺たちの周囲を覆っていた不快な感情は消え失せた。まぁ、その代わり――――

 

『――――、――――――』

 

 ――――――超弩級の面倒事を置いて行ってしまわれたのだった。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

「フォウ、フォウ、フォーーウ!」

 

「かつてないほどフォウさんが興奮しています!」

 

「動物の本能か何かであれがやばい奴だってわかったんじゃないかな。もしくは、単純に驚いているか」

 

 軽い言葉を返している仁慈だが、決して彼は余裕というわけではなかった。彼の額には傍から見てもわかるくらいの冷や汗が流れている。彼は理解しているのだ。ケルトによる無茶無謀の訓練によって培われた、獣にも負けない第六感によって、目の前の存在は自分たちにとっての天敵であると。

 それを理解しているのだろう。外に出てから一言話すことなく、静観に徹していたメフィストフェレスが、彼にしては珍しく本当に心から惜しいと思っているような表情を浮かべつつ言葉を紡いだ。

 

「あーあ、これはいけません。いけませんよぉ、マスター・仁慈。あれは超回復、超体力、超スキルというチートを人類に対する度を越えた恨みだけで搭載した、怨念の最終形態みたいなやつです。魔術世界には、霊長類だけ確実に殺害するなんちゃらマーダーっていうやつがいるみたいですけど……目の前のあれはそれの一歩手前に位置している名もなきゴーストのようです」

 

 メフィストフェレスの言葉を心の中で吟味して飲み込む。つまり、目の前のこれは霊長類特攻という馬鹿みたいに範囲の広い特攻を引き連れて戦ってくる連中ということなのだろう。くっそ、人外特攻とか使っている俺が言えることじゃないが、卑怯臭いぞと仁慈は心中でごちる。

 

「あぁ、全く以って残念です。マスターの破滅は私の望むところですが……ほら、私達ここで全滅してしまいますし?」

 

「その言いよう……いや、何も言うまい。後で色々清算させればいいだけだ」

 

「おや?その物言い、もしかして勝つ気でいます?アレに?あなた様の天敵にですかァ?………ほっ、それはそれは。しかしぃ……やる気をそぐようで悪いのですが、不可能ではないかと思いますよォ?」

 

 仁慈は実感がわかなかった。超回復、超体力、超スキル――なるほどそれはすごい脅威だろう。この戦力では対抗は難しいかもしれない。霊長類を確実に殺害するという意味も正しく理解できていない。撤退が可能であればもちろん仁慈は迷わずその手段を取る。

 が、この状況で撤退をできると思っていられるほど彼の頭はおめでたくない。具体的な手段が分からないが、向こうが霊長類に対する絶対的な殺害権を持っているのだとすれば、ここに居ようと逃げようとしても無駄なのだろう。なら、かけるしかないではないか。呪いのようなものでなければなんとでもなる。何より、こちらには式がいる。彼女であればおそらく葬ることも不可能ではない。不思議な力によって殺されそうになっても隣に居る霊長類か怪しいメフィストフェレスを盾にすればいいとすら思っていた。

 

「もちろん、逃げられるなら逃げる。……でも、それが無理なら戦うしかない。……戦わなければ、生き残れない」

 

 その言葉には仁慈のすべてを含んでいる言葉だったと言えよう。彼の人生、ごくわずかにして一部の時間にしても、そう考えなければいけなかった時期があったからこそ、言えるのだ。

 

「―――――――えぇ、その通り。諦めるには早すぎるわピエロさん」

 

 仁慈の言葉を肯定する声が横から入る。

 それはその場に居る人間にとって聞いたことのある声音でありながら、それを全く感じさせない何かを纏っていた。……ただ一人、仁慈を除いては。

 

「相手が本物のガイアの怪物なら仕方がないけれど、実際はアラヤの怪物の劣化品。相手が死に狂った末の亡霊なら、こちらも死に物狂いで戦えばいいだけですもの」

 

「し、式さん――――え、ええっ!?」

 

 マシュが驚くのも無理はない。聞いたことのある声とはそれ即ちこの特異点擬きで行動を共にすることになった式の声だった、それは間違いない。だが、マシュがいざそちらの方を向いてみれば、確かに外見こそ式だが、その恰好は白を主にした着物に身を包み、日本刀を携えているのだから。

 

「はじめまして、マシュさん。そしてこんばんは、仁慈君」

 

「こんばんは。……意外と早い再会だとは思うけど」

 

「あら、もしかしてもう私と会うのは嫌だったのかしら?」

 

「そんなわけないです(迫真)」

 

「ふふ、即答ね。……ま、今回は、相手が相手だし、仁慈君も()()()()()()()()()()()()こうして出てきちゃった。少しの間だろうけれど、もし私でよければ使ってあげて」

 

 そうやって微笑む姿は、外見が式と全く変わらないにも関わらず、本来の式とは正反対の印象を覚えると仁慈は感じた。ついでにその意味深な発言もやめてほしいと心底感じだ。

 

「せ、先輩!式さんが……式さんが……!なんというか、こう……いつの間に着替えたんですかとか、そういうことではなく……花が散るほど穏やかな女性と言いますかっ!風光明媚とはこの事ではないでしょうかっ!ぶっちゃけますと、先程までの式さんとは比べ物にならないくらい女性的です!」

 

「あら、驚くのはそこなのね。普通の女の子っぽくて不思議だわ。それにしても、貴方本当に戦いに向いていないのね。そこは、少しだけ残念だわ。……あと、あの子も可愛いところ、たくさんあるのよ?中々出さないから……こんな風に思われてしまうけれど」

 

『――――――、――――――――!』

 

 変質かそれとも変身か、もしくは変心か……どれか説明は着かないものの、お淑やかさマシマシの式が現れると先程まで霊長類ということだけで反応していた亡霊が、意識的に理解できない音を発する。それはまるで、この状態の式を警戒しているようだった。

 

「……もう風情のない。せっかく悲しくてあったかい気持ちだったのに……。ここまでのものが育つなんて土地が悪いのね。そうに決まってるわ。………さて、仁慈君。準備はいいかしら?大丈夫、余計なものはすべて私が引き受けてあげる。だから、普段通り、己の往くままに戦えばいいの」

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて。――――マシュ!」

 

「はい!マシュ・キリエライト、何時でも行けます!」

 

 亡霊には物理ではなく、槍の方がいいといつもの得物を取り出す仁慈と彼に応えて、盾を構えるマシュ。メフィストフェレスはその展開に目を細めながら舌を出して嗤っている。まさにお手並み拝見といったところだった。

 

「――――さて、私としても、地獄を作るだなんてことは見逃せないわ。それは閻魔の仕事ですし何より恨み声の蓄音機だなんて地獄の鬼ですら真っ平ごめん―――――その見果てぬ夢ごと、両義の狭間に消えなさい」

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

『――――、―――――――、―――』

 

 人類への恨みを溜めに溜めた亡霊が声なき声で叫びあげる。それは、その名もなき亡霊に与えられた権限。目の前の霊長類を葬る力。ひとたび受ければ耐えることなどできず、人類であれば死ぬしかないものだ。

 けれども、今の仁慈達には心強い味方がいる。……長く白い振袖を纏いつつも乱れのない式の剣先が亡霊の権限を、呪を、無効化していく。彼女がいる限り、そういった攻撃は不可能だ。本物の足元にも及ばない、贋作ですらない劣化品ではそれも当然のことだろう。だが、それを差し引いても名もなき亡霊が持つ数々の能力は脅威となるだろう。それは、式の眼に頼らざるを得ないほどに。

 

「」

 

「はぁ!」

 

 が、だからと言って彼らが戦わない理由にはならない。インチキ効果を防いでくれている時点で式は十二分に働いていると言える。そこから更に敵を倒してくれなんて何もしないうちから口にするほど仁慈は堕ちていなかった。戦わなければ生き残れない、この言葉を実行するためにも彼は己の槍を振るう。

 彼のもつ槍だって、仁慈の現代人とは思えないイカレタ経歴を元に、人外殺しという概念として纏っている立派な魔槍だ。劣化品であれば効果のほどだって見込めるだろう。

 

『―――――――!』

 

「っ!今ですっ!」

 

「――――――刺ッ!」

 

 たとえ、確殺の概念を飛ばしてこずとも、人間である仁慈にとっては敵すべての攻撃が致命傷となる。一撃で殺されなければ魔力にものを言わせた回復魔術も使えるが、それには隙ができるし、何より後々の戦いに響きかねない。何より、人間の耐久値で一撃死しないなんてことは、仁慈が反応できなければ在り得ないのだ。故に、彼はマシュを信頼している。彼女であれば自分を守ってくれると信じている。だからこそ、こういった場面に置いて仁慈は無茶な攻撃に移ることができるのだ。

 

 人外殺しの概念を纏いし槍が亡霊を貫かんと迫る。だが、相手も一筋縄ではいかない。彼らはあらゆる死を集め飾ったこのマンションでその内に秘めたる怨念を貯め込み続けたのだから。彼らは亡霊らしからぬ動きで片腕だけ犠牲にする形で仁慈の攻撃を回避する、それと同時に反撃に転じた。

 だが、疑似オワタ式を採用している仁慈がその程度の反撃を予測できないわけがない。突き出したままの勢いを利用し、体を回転させる。突きという攻撃の勢いを利用し、威力をました薙ぎ払いと化した攻撃をそのまま反撃に転じた亡霊に直接叩きつけた。吹き飛ぶ、とまではいかないが、それでも確かにその動きにふらつきが見えたため、マシュがここで追撃として圧倒的質量を持つ盾を押し出した。亡霊にして質量に押し出されるという矛盾を孕みながら、吹き飛ぶ名もなき亡霊。しかも、その吹き飛ばされた先には運が悪いことに、刀を抜き放って亡霊を見据える式が居たのだ。

 

 さて、ここで問題だ。先程仁慈は既に十二分に働いている式にこれ以上の仕事を押し付けるのは申し訳ないということと、自らの考えのもとにこの相手と対峙している。が、彼は考えていなかったのだ。態々出てくるほど、こちらに味方してくれている彼女が今更、アラヤの怪物にすらなり切れていない存在をその一太刀の元に切り伏せるくらい大した労力とは言えないと。むしろ、彼女は喜ぶだろう。自分が出てくるだけの価値はあったのだと。己が救った人間は確かにいるのだ、と。

 

 こうして、仁慈はとくに活躍することすら叶わず相手を倒されてしまったのである。この男、最近色々重なり過ぎである。しかし、あの式が出てきてしまったら仕方がないとは思うが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あ、一応、このカルデアに居ない英霊は外します。
なのでサーヴァントはあと三、四体ってところです。


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一先ずの解決、からのガチギレ

キャラ崩壊注意。


―――――504号室

 

 

 あの式さんだけでいいんじゃないかな?した後の俺達。結局、あの式(?)はその場にとどまることなく消え、いつの間にか着物の上から上着を着ている物騒な式にフォルムチェンジしていた。どういう原理なのか全くわからないが、まぁ、夢であるような人物だったので深くは考えないようにする。只、彼女が出ていた時の式に記憶はないらしく、木の幹に足を引っかけて転び、気絶していたと本人は思い込んでいた。……自分の身のこなしを振り返ってそんなことはないと思わないのだろうか。それとも意外とそういったことをするタイプなのかと若干気になった。

 

 それはともかく、なんちゃらマーダー擬き……とも言えないような亡霊を屠ったのであれば、残っている理由もなし再びマンション探索へと乗り出した。で、現在はサンタオルタ(槍)が立ちふさがっていた階層よりも一つ上がって五階にやって来ていた。ロマン曰く、この階層は一番魔力が濃く、その辺の亡霊よりも数段強力な反応が観測されているという。そしてその霊基はこの特異点擬きを構成しているものと酷似しているらしくそこにこの特異点擬きを作り出した元凶がいるとのこと。要はここにいる奴を倒してしまえば万事OKということらしい。我ながら呆れるような脳筋思考だが、大体あっているので今回は問題ない。というか、物理で解決できるならその分面倒がなくていい。

 

「確かにそうだ。チマチマ考えるのは今一性に合わない。切って解決するならそれが一番だ」

 

「イヒヒ、おやおや随分と物騒な発想をお持ちなようで。私、そういうことは少々苦手です。何せ、悪魔ですから。余りにあっさりと片付けてしまっては勿体ないではありませんか。素材はしっかりと下ごしらえと味付けをしないとおいしく戴けませんよ」

 

「どちらも甲乙つけがたいくらいえげつないですね。……先輩、廊下も終わりが見えてきました。恐らくあれが最後の部屋みたいですけど、何か感じますか?」

 

「ロマンの言う通り、強い魔力を感じる。………けど、ぶっちゃけついさっき相手にしたなんたらマーダー擬きの方がよっぽど強いかね」

 

「あれと比べてはいけませんよぉ。あれは例外中の例外。むしろ、あんなのがぽんぽん出てきてしまわれては悪魔(私達)の立つ瀬がありませんので。それに一応、この騒動の元凶……いわゆるラスボスですよぉ?その正体、興味ありませんか?私はありますけどねぇ!一体どんな愉快な存在なのかね!」

 

 メフィストフェレスのテンションがうなぎ登りである。元々、悪魔は欲望に忠実だときくし、彼もその類なのだろう。俺としては元凶なんてどうでもいいけど……こんな余裕のない時にサーヴァントの誘拐なんて愉快なことを実行してくれた相手は拝んでおきたい。

 

 そんな思いを抱きつつ、俺たちは504号室に手をかけ、中へと入る。

 

 

 すると、開けた瞬間にその部屋が異常だということがわかる光景が目に飛び込んできた。今までだって、壁にはひびが入り、全体的に呪われているということがまるわかりなくらいに薄ら寒い部屋しか見てなかったが、ここはそういう次元ではなかった。ここには何もない。深淵の如き暗闇が広がっているだけで、もはや部屋でも何でもなかった。明らかに外装と内装が一致していない。

 

『んなっ!?この部屋、境界線がない!スカサハ女史が居る影の国のようなものだ!こんなの放っておいたら―――――』

 

「ようこそおいでくださいました皆様、楽しんでいいただけましたかぁ?」

 

「おや、私こんにちは。そして境界式の監視ご苦労様です」

 

 ロマンの言葉に俺は顔を青ざめる。あそこはやばい。世間一般の人が想像するような地獄ではないものの、それでも十分にマズイ。意味不明なくらい強い亡霊がうようよ点在しているし、空気も冷たくその場に立っているだけでも生気を失っていくくらいだ。厳密には影の国とは違うのだろう。だが、それが発生するという時点で嫌な予感しかしない。

 いつの間にか、悪い方のメフィストフェレスが現れ、「メフィストフェレスが二体……来るぞ遊馬!」状態になっているのだが、そんなことはどうでもいい(迫真)この空間がまかり間違って影の国判定を受けてしまったら師匠がここを占拠して、訓練場に改造し、サーヴァントたちを閉じ込めかねない(物凄い偏見)なんとしてでも阻止しなければ。

 

「せ、先輩!何やらメフィストさんがまた二人に増えてしまっているのですが……!」

 

「どうせ、悪魔だから悪の心はそれこそ何個もあるってオチでしょ」

 

「流石マスター仁慈!一時期の契約と言えど、私のことを深く理解してくれているようで、とても嬉しいですよォ!」

 

 メフィストフェレスに褒められてもなぁ……と微妙に思うが、要するにあの悪のメフィストフェレス二号の後ろに存在しているバカでかい死霊を倒せば問題は解決するということなのだろう。で、あれば。やることなんて一つしかない。人外に通じる槍を以てしてさっさとあれを除霊するだけである。

 

「おや、流石にもうわかっているご様子。しかし説明させていただきましょう!あの悪の私の後ろに存在している大死霊……あれこそ、この特異点擬きの要石!この空間を支える柱でございます!」

 

「―――――でかいな。なんだあれ、死の線が見えすぎててきりがない。どんだけ死ににくいんだ、あいつ」

 

「キヒヒ!そりゃもう、何億という死のコピーペーストですからねぇ。皆様にもこの死霊の一員となってもらいますとも。ですが、その前にぃ――――――――私、どうしても気になることがあるのですよねぇ……いえ、仁慈さんのことです。この件に関して、貴方は全く関係ないはずです。ここは特異点擬きで、人類史には全く関係ありません。例え放置してい置いても影響はないでしょう。ここに来たサーヴァントだって、自ら望んで変質したのです。……そんな彼らを貴方はどうして助けるのです?態々こんなところまで訪れて!」

 

 と、メフィストフェレスが俺に問う。

 余りに馬鹿馬鹿しい質問だ。こんなもの態々答えるまでもない質問だ。ぶっちゃけどうして聞く必要があるのかわからない。しかし、向こうも本気で分からないという感じの表情をしているので、答えておこう。質問に答えながらのほうが、あのドでかい死霊を倒す準備も捗るというものだ。

 

「――――関係ないわけがない。だって、ここには俺たちが呼び出したサーヴァントもいた。彼らを放置する?関係ない?そんなわけにはいかない。人類史を取り戻す戦いということで普段から戦力不足なカルデアだぞ?せっかく召喚に応じてくれた仲間達(サーヴァント達)をこんな精神衛生上どう考えてもよろしくないホラーマンションなんかに置いとくわけないだろ」

 

 そう。彼らは俺達の召喚に応じてくれた貴重な戦力にして頼りになる仲間である。エリザベートだって色々トラブルは起こすけれども、そんなトラブルがカルデアの職員たちにとって息抜きとなる。だって被害を受けないで外から見ていられるから。ブーディカだって俺たちのお母さん的な存在だ。カルデアの職員たちのぎりぎりな精神面を支えてくれているおかげで俺たちは今もこうしてレイシフトをすることができる。ノッブだって、ヒロインXだって、頼りになる戦力だ。頭おかしいけど。そんな彼らを置いて行けるわけがない。心情的にも、実情的にも。

 

「―――そうですか。なんとも、予想通りで面白くない答えですねぇ………」

 

「むしろほかに何があるのというのか……。まさか、俺が皆を助けたい的な理由でここに来たと思ったのか?……いやー、ないない」

 

 自分で言うのもなんだけど、俺は結構俗物だ。相手に会わせて態度だって替えるし、噓も吐く。興味のないことには首を突っ込んだりしないし、自分のことが一番かわいい。誰かのために動くなんてそれこそ英雄みたいな真似はどう頑張っても無理だ。

 

「聞きたいことはそれだけ?今さら面白くもない人間性を確かめたところでどうなるかわからないけど……その後ろの奴は俺のためにさっさと成仏してもらおうか」

 

「いやー、回答は面白くもないものでしたが、そういう方の方が悪魔としてはとても好ましいことも事実!さぁ、始めましょうか!」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 結論を言おう。圧倒的だった。カルデア勢力たちは、悪のメフィストフェレスを封殺し、大死霊を根絶やしにした。それはもう酷いものだった。マシュの盾はシールダーというだけあって恐らく最も防御に優れたものだろう。億という途方もない数の死を重ね合わせた死霊でも、プライミッツ・マーダー擬きが持っていた人類特攻を持っているわけでもない。呪いというものも、毒をはじめとする数多の状態異常を無効化するマシュの対魔力の前では文字通りの無意味。つまりこの段階で大死霊は彼らのことを害せない。となれば、方法は仁慈達の体力切れまで粘ることだけとなる。普段であれば、億という死を塗り固めた大死霊が速攻で倒されることはない。粘るという点では不足などなかった。

 

 ただ、問題は相手方にあったのだ。死人、死霊の死すら捕らえる眼を持つ式と、彼の経歴、英霊に置き換えれば逸話と言ってもいいものの影響をもろに受けて人外殺しの概念を纏った深紅の槍を携えた仁慈は圧倒的に相性が悪かった。式のもつナイフが体を掠めるたびに、大死霊の身体は削られていき、仁慈の槍が当たるたびにほころびが生まれると同時に修復ができない。しかも、彼らの陣形を邪魔しようとした悪のメフィストフェレスも仁慈達と一緒に居た善のメフィストフェレスの妨害により手出しができなかったのである。

 

 式に斬られた死霊は問答無用であの世逝き、仁慈に貫かれた死霊もあの世逝きに追加で周囲に対する回復阻害効果をまき散らす。……そう、どう考えても詰んでいたのだ。

 

 しばらくして大死霊は何をするわけでもなく、消え、ついでに悪のメフィスフェレスも式の直死によって斬られ、実に満足げに消えていった。悪魔メフィストフェレスにとって直死の魔眼の味は格別だったらしい。

 

「敵サーヴァント及び巨大ゴーストの消失を確認。私たちの勝利です」

 

「ん、お疲れ様。……メフィストフェレスもな。よりにもよって自分の妨害を試みるなんて随分と意外なことをしたねぇ……お前の性格上、そんなことは絶対にないと思ったけど」

 

「く、クククク!ここまで怪しい人物にお疲れと来ましたか!いやはや、貴方様は冷徹無慈悲な人間だと思ったのですが、中々どうして!面白いですなぁ」

 

「……心外だなぁ。確かに俺は俗物だけど、敵じゃなければそこまで辛辣じゃないぞ」

 

「私を敵ではないと?心にもないことをおっしゃる!しかしそれもまた新鮮でよいですなぁ!―――――まぁ、こんな機会、此度の現界だけでしょうけれども。私、悪魔ですし」

 

 クスクスと笑いながら、メフィストフェレスの身体が先ほど消滅した悪のメフィストフェレスと同じように光の粒子となる。

 彼らは二つに分かれたとしてももとは同じもので、善と悪という切り離せない存在。片方が消えればもう片方も消える。それは当然のことだと仁慈も思っていた。だってよくあるパターンだし。だからこそ、余計な口出しはしない。

 

「――――!?メフィストさん!?どうして、善のメフィストさんまで!?」

 

「おや、意外ですか?そんなことはありませんとも。私たちは元々一つだったのですからこうなることは必然です。それに、どちらか一つが生き残るなんてさみしいじゃないですか。ほら、ヒトは一人では生きられないといいますしぃ?まぁ、私は悪魔なのですが!」

 

「――――――。おい、ハサミ男。随分とご機嫌そうだが、そこまで楽しかったか?」

 

「ええ、ええ。少なくとも、私がこの別れを惜しむくらいには。ここまでぶっ飛んだもの(人間)は中々見れませんからネェ!」

 

 むしろ、式や仁慈級の人間がゴロゴロいたらそれは紀元前や、一世紀近い時代なんじゃないかと錯覚しそうである。

 

「それでは皆様、これで私は死霊の仲間入りとなります!マスター・仁慈。実に見事なキチガイっぷりでした!いつまでもその異常性が失われないことを悪魔たる私は願っておりますよ!ええ、それは心底ね」

 

 最期の最期まで実に愉快そうに、実に悪魔っぽく消えたメフィストフェレス。この特異点の核たる大死霊も倒し、いずれこの特異点は崩壊を迎えるらしい。しかし、それまでは時間があるという。一応このまま放っておいてもこの空間の崩壊と同時にサーヴァントたちは帰ってくるらしいのだが……仁慈は、自ら望んだにせよ、無理矢理にせよ様子だけは見たいので、そのまま上に行くことにした。

 

 

 

 ちなみに、用件が済んだはずなのに全く帰れる気配がないということから式がカルデアに来ることが決定した。理由は仁慈をはじめとするサーヴァント連中の様子を見てみたいらしい。面倒事が嫌いそうな顔をしながら自ら面倒事に突撃していくスタイル……仁慈は妙な親近感を抱いたという。

 

 

 

 

 

 

――――――――704号室

 

 

 

 

 上に上がっている途中で明かされる衝撃の真実。式の目的は近隣住民の苦情の原因であるであろうサーヴァントの撤去作業だった。ここまでカルデアに居ないが、有ったことのあるサーヴァントたちとの戦闘でこのことを知った仁慈たちは大変驚いたものである。なんでも、このマンション今は式の実家が持っているらしい。

 そんなこんなで、各特異点であったサーヴァントたちの主にだらしのない一面を視させられ呆れつつ、上に上がること二階ぶん。そろそろ屋上が近くなってきた七階最後の部屋に仁慈たちは訪れていた。

 

「おう、新しいお客さんかい?遠慮せずに入って来な。別に取って食いやしねえよ」

 

「…………………」

 

「先輩の眼が死んでます……。これが、直死……」

 

「流石に一緒にするなよ」

 

 部屋に居たのはまさかのクー・フーリン。しかも、いつものランサーではなく彼らが一番初めに会った冬木の時に当てはめられていたキャスターの姿でその場に座っていた。いなくなった段階でここに居ることは予想できたものの、それでもショックは大きかったようだ。こいつは何をしているんだと。

 

「って、なんだマスターか。まぁ、いいや。とりあえず座ってゲームを選びな。一応カード、ダイス、ルーレット、バックギャモンとバリエーションに富んでるぜ」

 

「……バクチ……式さん。近隣住民の苦情にはなんて?」

 

「深夜になるとゾンビがうるさい。裸のゾンビが泣きながら出てくる……こんな感じのだ。……まぁ、深く考えなくてもマンション賭博だな。問答無用で逮捕案件だ」

 

『ゾンビを普通に表記して尚且つ苦情を寄せるなんて、なんてたくましい近隣住民なんだ……』

 

「いえ、確かにそうですけど……クー・フーリンさん……貴方という兄貴は……!」

 

「ご名答~、つい暇だったんで、趣味に走ってカジノとかはじめてみました☆……なんかここに来たらクラスがキャスターに変わってるしよ。この杖があれば、ダイス操作も楽だしな」

 

『違法ギャンブル!しかもドルイド能力を使ったものだって!?才能の無駄遣いにもほどがある!』

 

「何をしているのですか……というか、クー・フーリンさん。貴方は確かスカサハさんとの修練中だったのでは?」

 

 堂々とイカサマをしていると明かし、ケラケラと笑うクー・フーリン。それに対してマシュが当然の疑問をぶつけた。そう。彼は第四の特異点に参加せずにスカサハに連れられ久しぶりにケルト式修練を受けていたはずである。

 聞かれたクー・フーリンは、それこそが原因だと言いながら、ここに来るまでの経緯を語った。 

 

 曰く、全く成長しないと毎日罵倒されまくった結果大喧嘩をしたというのだ。元々サーヴァントとは完成されたもの。成長ということを行うには生前の姿に霊格のを近づけていかなければならず、修練等でどうにかなるものではない。が、そんなことは関係ないとひたすらやられ続けた結果、先程言った喧嘩が発生したという。決め手は歳についての言及らしい。

 

「で、俺はここにぶち込まれたってこった。曰く、反省しろだと。ったく、俺はどこぞの猿かよ」

 

「……その境遇には同情しますが、駄目ですよ?女性の年齢についての言及は」

 

「マシュの嬢ちゃんほどの美人からの忠告なら聞くしかねえな!どうだい?バクチはそこそこにして、別の遊びをしていくかい?美人な嬢ちゃんなら大歓迎だぜ?」

 

 ………さて、ここで、ほとんど言葉を発していない人物がいることにお気づきだろうか。本来のクー・フーリンであれば、このような行動、このような発言はしないだろう。ましてや、弟弟子である仁慈の前だ。ほぼ絶対にないと本人も周囲の人間も言うだろう。だが、今の彼はスカサハと喧嘩してぶち込まれたという精神的隙とマンションの性質を受けてしまったせいで普段の彼ではなくなっている。それは他のサーヴァントたちに比べれば誤差の範囲と言える。精々少々欲望に忠実になった程度だ。だが、それが今回は逆にいけなかった。ほとんど彼の知るクー・フーリンと乖離していないからこそ、割り切ることができなかったのである。

 

「――――――兄貴……」

 

 そう。はじめを除き発言をしていない仁慈はマシュを誘うクー・フーリンに声をかけようとして、

 

「フォウ!フォーウ!」

 

「うむ。フォウはいいことを口にするな。”怠ける戦士はその槍で灸を据えよ”とは」

 

「す、スカサハさん!?」

 

「残念ながら私はケルト最強かつ最美の女戦士ではない。名もなきクノイチである」

 

 何やらおかしなことを言いだした仁慈とクー・フーリンの師匠であるスカサハ(本人は否定している)に遮られた。

 

 そのことに再び無言になる仁慈だが、ケルト出身の二人は気づいていないのか、そのままやり取りを続けていた。

 

「では、死ねクー・フーリン。一日に二度も三度も死ね」

 

「えー、知りませんー!アナタどなた様ですかーぁ!ここにはクー・フーリンなんていいないんですけどーォ!」

 

 今にも槍を以てクー・フーリンを串刺しにしそうなスカサハと、フードを被り、必死に他人を装うクー・フーリン。その様子にマシュは困惑を隠せないでいる。

 そして、あわや、二人が激突しようかという瞬間に、まるで首元にナイフを突きつけられたかのような寒気を帯だ声が、部屋全体に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正座」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場にいた者たちは、その声をはじめは誰が発しているのかわからなかった。それはあまりにも普段聞いているものと違っていたからである。

 恐る恐る、その場に居る全員が声のした方を向くと、そこには視線と顔を下に落としているために表情を窺えない仁慈の姿があった。これはやばい。その場に居たものは全員がそう思った。いまの彼からは、むやみに逆らえない、動けない『すごみ』をかんじた。

 そんな彼らを華麗にスルーして、仁慈はもう一度、口を開く。

 

 

 

 

 

「師匠、兄貴、正座」

 

 

 

 

 

 まさかの名指しである。特にスカサハは自分すらも指定する仁慈に驚きより一層固まった。一体どういうことなのだろうかと。クー・フーリンも同様である。今までに見たことのない仁慈の姿に動揺を隠しきれなかった。

 

 

 そして――――――――――それがいけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正座……しろっつってんだオラァァァァァァアアア!!!!」

「ぐぼぉ!?」

「ぐっ!?」

 

「えっ!?」

「は?」

『えぇ!?』

「ファ!?」

 

 

 

 

 

 全く動かない二人を見て、反省する気というか、言うことを聞くきがないと判断たらしい仁慈はその場から一瞬で消え失せると、スカサハとクー・フーリンの頭を両手で掴むと音速で床に叩きつけた。

 

 スカサハは、持ち前の性能と判断によってギリギリ両手を床に着くことで頭をぶつけることは回避するも、キャスターとなっているクー・フーリンは反応できず、床に頭を思いっきり埋める結果となった。

 唐突な暴挙に動揺を隠せない一同、特にカルデア組の動揺はすごかった。仁慈が普段は頭が全く上がらなないスカサハに対して令呪(物理)をかましたのだ。その動揺は計り知れない。

 

 しかし、当の本人はそんなこと関係ねぇと言わんばかりに説教を始めた。

 

「……兄貴。いくら相手が師匠だからって余計な口出しばっかりしないでもらえます?確かにあの人は理不尽の塊だし、無駄に馬鹿強いから溜め込むものが多くなることもあるけど……その時は俺がしっかりと聞くんで、師匠に年齢という爆弾として打ち返すのはやめてマジで」

 

「……………………」

 

 へんじがない ただのしかばねのようだ。

 

 実際、彼の顔は床と一体化しているので返事などできようはずがない。そのことを気にせず仁慈は視線をクー・フーリンからスカサハに変更した。

 

 

「師匠も、無理を通して道理をひっこませることができるのは貴方だけということをわかってください。兄貴が、全盛期の実力なら確かに遠慮なんていらないかもしれませんが、ここ居る兄貴はサーヴァント、本来のクー・フーリンという存在の一部を切り取っているだけなのですから無理なこともあります。それを押し込ませて我を通させるのはやめてください。まぁ、無理しなければ強くならないというのも身をもって知っているのでこの辺のことに関しては強く言いませんけど、せめて、お仕置きと称して未知の特異点擬きなんかに閉じ込めないでください!まかり間違って敵として出てきたり、もう二度と召喚できなくなったらどうするんですか!」

 

「フン、そのときは私が責任を取る。それより仁慈、私にこんなことをしてただで――――――」

「うるさいです黙ってください。自分の立場を自覚してください。師匠どうせ遊ぶでしょうが。それに自分よりもはるか年下の小僧に説教を受けている身で偉そうにしても威厳なんてありません」

 

「……むむむ」

 

「――――さて、続きですけど―――――――――」

 

 

 この後も説教は続いた。口答えをすればその場で正論を言って黙らせる。一度だけスカサハが武力行使を試みようとしたが、その時はなんと、カルデアの礼装に登録されていた魔術、ガンドを使って彼女の動きを封じてまで説教をつづけた。その様子は鬼気迫るものを感じ、今まで自由奔放だったスカサハに対して言いたいことがたまりにたまった結果だと医療トップのロマニは語った。

 

 

 最終的に仁慈の説教は二時間続き、その後、二人そろってカルデアに帰るところを仁慈に監視されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クー・フーリン「………どうした。随分と大人しいじゃねえか」
スカサハ「………説教なんて、初めて受けたかもしれんな………」
通信越しの仁慈「いい話風にしようとしてますけど、帰ったらまた説教ですからね?…………逃げたらどうなるか、お分かりですね?」


クー・フーリン「」
スカサハ「」


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固有結界ギャグ空間な八階

空の境界コラボ、次回で最終回です。そこから巌窟王イベントに移行します。
五章はもう少々お待ちください。
ま、休みがもうすぐ終わってテストやらなにやらが始まるので、ここまで早いスペースで更新することはもうできないとは思いますけれども。


 

 

 

 

―――――801号室、もしくはぐだぐだ本能寺 劇場版ノブの境界 炎上螺旋

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

『……』

 

「……」

 

 扉を開ければあらびっくり、こんな変化は他になかったというレベルでその一室はおかしかった。まず目に飛び込んでくるのはどこかで見た覚えのある燃え盛る寺。五階で遭遇した大死霊の部屋ですらここまで空間を無視するようなものではなかったというのに、これを作り出したであろうノッブはそれを更に超えていた。うちのサーヴァントは本当に大人しくできない連中ばかりである。これはカルデアに帰った後、いい歳こいて調子にのった馬鹿(キチケルト)共と一緒に説教コースだな。

 カルデア組はもうこれだけでここに誰がいるのか理解できてしまえるために、呆れたような疲れたような顔をしている。式も、どうなってんだと少々その表情を険しくした。

 そんなどう考えても歓迎されていないという雰囲気の中で堂々と馬鹿笑いをしながら現れる人影が一つ。もう、隠す必要もないだろう。この部屋を不法に占拠しているカルデア三大問題児のうちの一人、第六天魔王織田信長である。

 

「よくぞたどり着いたカルデアの精鋭たちよ。ここに坐は第六天魔王、つまりはわしじゃ!」

 

「よーし、ノッブ。今から大人しく帰るか、今すぐ串刺しにされるか選ばせてあげちゃうぞー」

 

「もう既に槍を投擲しているんじゃが!?」

 

 当たり前だろう。見た感じどう考えても変質しているというわけではなさそうだ。というより、俺たちのカルデアでヒロインXとタメはれるレベルのギャグ補正を持っているノッブがそうやすやすと闇落ちするとは限らない。ここの部屋がどこか本能寺染みてるとかその他諸々突っ込みたいところもある気がしなくもないが、気にしなくてもいいという精神で俺は往く。

 ノッブ、俳句を読め。カイシャクしてやる。

 

「ま、待て待て待て!ちょっとはわしの話を聞いてくれてもよいではないか!?わしとて一々お主を困らせる……というか、怒らせるようなことをするはしないぞ!?だってどれだけ容赦がないか知ってるからネ!」

 

 是非もなし。敵と意図して足を引っ張る仲間に容赦など不要。敵ならば滅殺し、足を引っ張る仲間であるならば調教、もしくは教育するに決まっている。今回ノッブは後者……つまり、一回ボコボコにするということだ。

 

「確かにそうですね。……先輩の恐ろしさを知っている信長さんが、態々こんなことをするなんてことは考えにくいです」

 

「恐ろしさって何?」

 

 久しぶりに喰らったマシュからの口撃に心を痛めつつ、ノッブの言い訳を聞いてやる。

 

『なんだろう。遺言を許したようにしか感じられない』

 

 失礼な。

 

「おう、わかっておるのうマシ―――いや、マシュマロサーヴァント!」

 

「先輩、やっぱりやっちゃいましょうか。相手は信長さんです。どうせ碌な理由じゃないでしょう」

 

「熱い手のひら返し!」

 

 ギャグキャラ特有の自らを追い詰めていくスタイル……。ノッブも学習しないなぁ……。一応一度了承した手前もあるので無言でノッブの言い訳を聞くスタイルに入る。さっきまで味方だった対俺特攻のマシュを失ったせいか、先程よりも若干震えつつ、ノッブは口を開いた。

 

「わしはな、腹を立てているんじゃ!誰に対してか?それは当然あの人きりじゃ!あいつがな、『いやー、素敵で可愛い沖田さんは今日もがっぽりとフレポ稼いじゃいましたー!ちなみにノッブのフレポは……あっ(察し)』と、煽りおるんじゃ!全く、イベント中はノッブ可愛い、ノッブ最高!とか言っていたのに……イベント終わったとたんに沖田ばっかり活躍しているんだが!?」

 

「仕方ないね」

 

 沖田は強すぎるから仕方ないね。大体俺のフレンドは諸葛亮孔明先生か沖田さんだからね。セイバー層が薄い俺としては大変助かっています。……まぁ、彼女が最終霊基再臨まで行かなかったことも拍車をかけているんだろう。あのイベント、鯖がいなかった人には辛すぎたからな。復刻はよ。

 

 まぁ、それはともかく。

 

「だからこそ、わしはここから、ノッブのノッブによるノッブの為の新イベント、劇場版『ノブの境界』の礎となってもらうことにしたのだ。わはははは!」

 

 

――――だからと言って、謎の特異点に引きこもることを正当化できたわけではないからな?

 

 式に誰かと聞かれ、無駄にご丁寧に返すノッブを視界に収めつつ、俺は槍を投擲、それと同時にノッブの死角を縫ってその身体を彼女の背後に滑り込ませた。

 ギリギリで槍の存在に気づいた彼女はそれを華麗に回避すると同時に、背後に居た俺の存在にも気づいたようだ。どこから出したんだとツッコミたくなる場所から火縄銃を二つ取り出し俺に発砲する。

 マスターに対して容赦のない行動だが、そんなことは関係ない。予め取り出しておいたナイフと短刀を使って迫り来る弾丸を両断、そして丁度、後ろを向いたことにより背中側に居るマシュに指示を出した。

 

 聡い彼女は名前を呼ぶだけで俺の指示を把握したのか、盾を構えて真っ直ぐノッブに向けて駆けだした。式はそんなマシュの盾に隠れるようにして追従する。ノッブは背後に迫るマシュの存在に当然気づいているが俺のことを警戒して中々背後に振り返ることができないでいた。

 そんなことをしているうちにマシュがノッブを自分の攻撃範囲内に捕らえる。このまま挟み撃ちはマズイと彼女はダンッと元床、現燃え盛る地面を蹴り咄嗟に右側に避けるが………盾から飛び出した式には気づけなかったようだ。

 

「げっ!?初対面の人!?」

 

「じゃあな!」

 

「なんの!このノッブ、そうやすやすと倒れん!」

 

「いや、倒れろ」

 

「ファ!?」

 

 残念ノッブ。

 ぶっちゃけ、君も俺達三人が来た時点で詰んでいると言ってもいい。むしろ契約が切れていない以上ノッブはどうあがいても俺に勝てない。一応こうした戦闘の形をとっているけれども、令呪があるからねぇ……。ま、というわけでおとなしくカルデアに帰ってくれ。

 

「震脚、肘撃、そして、靠撃!」

 

「容赦の欠片もないネ!ぐぼぁ!?」

 

 ここ最近使っていないことで若干錆び付いている疑惑がある八極拳を用いてノッブの身体をフッ飛ばす。何かを諦めたような顔をした彼女は、抵抗も虚しく遥か後方に吹き飛ばされていった……。

 

 

 

 

「……わかっていたとはいえ、本当に容赦がないの。まぁ、お主と敵対した時点でこの結末はわかり切ってたけどネ。……ではわしは一足先に帰るとするかの。お主たちも心残りなどないようにしておくんじゃぞ?コラボイベントはその機会を逃すともう取り戻すことはできないのだからな。ノッブとの約束だぞ?」

 

 

 最期まで若干メタメタしつつノッブは消える。その消え方にマシュは暗い表情を浮かべるものの、別にそんな必要はない。恐らく彼女のことだ、忽然とひょっこりと現れるに違いない。

 

 

「いやー、今日も沖田さんは大活躍でした!ノッブー、帰りにアイス買ってきましたよー!何味がいいですか?」

 

「わし抹茶!」

 

「えっ」

 

 フラグ回収が早いなぁ……。

 帰ったはずのノッブは何故かいた沖田のアイスに反応してちゃっかりここに戻ってきていた。アイス食べ終わった後に帰ってくれるならいいけど、もしまた残るようなら今度こそ令呪使おう。

 

「あ、オレはストロベリー」

 

「式も要求すんのかよ!」

 

 

 

―――――804号室

 

 

 

「最後の住民は私ですかそうですか!しかし、文句はいいません。こうしてマスターが迎えに来てくださったんですから。……ですがマスター申し訳ありません。私はまだ帰るわけにはいかないのです。そう……後から来た新参者の分際で、なんだか物凄く大きくなった乳房をこれ見ようがしに揺らして自慢し来たアレを倒すまでは……!」

 

「………いやー、見事なまでに予想通りだなぁ。ねえ?マシュ」

 

「はい。先程の信長さんの件と言い、どうやらこの階の空間は歪んでしまっているようですね……」

 

 何やら復讐の炎を燃やしているヒロインXではあるが、一つだけ引っかかることがある。彼女があれなのはいつものことなのだが、恐らくいま彼女が殺したいと言っているのは四階で遭遇した槍を持ったサンタオルタのことだろう。しかし、彼女ではヒロインXがここにくる理由にはなり得ない。何故ならサンタオルタの変化はこの特異点擬きに来たことによるものであり、ヒロインXには知りようがない事実だからだ。このことから、ほぼ確実に彼女がほかの目的でここに来たということになる。まぁ、サンタオルタの変化を知ってここに来た可能性が無きにしも非ずだが、カルデアからそこまで詳細なことを知らされなかった以上それも難しいと思う。

 

 このことが、気になったので、とりあえず本人に聞いてみた。

 

「え?私がここに来た理由ですか?ええ、元々私がここに来た理由はこの特異点に好反応のセイバー反応をキャッチしたからです。それはもう、これを知った瞬間に行くしかないと思いましたね。だって、その反応はアルトリア顔が出すものとほぼ一致していたのですから。すべてのセイバーと戦うことは私のノルマですが、全てのアルトリア顔を殺すのは私の悲願です。その二つが合わさり最強に見えた結果私は今ここに居ます」

 

 大体いつも通りだった。

 しかし、ここで一つ疑問に思うことがある。ここにあの槍トリアを越えるほどのアルトリア顔にしてセイバー反応を出すような奴なんていただろうか?マシュも心当たら胃がないらしい首を傾げていた。アルトリア顔ということならなんとなく式がそう見えなくもないと言ったところだが、彼女はアサシンだ。うん。そんなことを思いつつ彼女に視線を向けてみると、

 

「もう。なにをしているの二人とも。早く戦闘の準備をしないと。宇宙の生き物なんて――――あら珍しい。鮮度が落ちる前に切れ味を確かめておかないと」

 

 なんちゃらマーダー擬き戦でとても活躍してくれたお淑やかな式が、花柄の着物と後ろで団子を作ってまとめた髪型で佇んでた。その表情は興奮しているのか、微妙に頬が赤くなっていて大変色っぽい。言っていることはかなり物騒だけど。

 

「えっ、何ですかこの人。着物に日本刀とかガチ過ぎて怖いんですけど。……しかもどうして私が宇宙から来たギャラクッティックセイバーということを知っているんですか。やっぱり超怖いんですけど。……なんかこの人にはギャグ補正も仕事しない気がしますし……」

 

 あのヒロインXがガチ引きである。これは珍しいものを見たと思ったが、相手があの式なら仕方ない。あの人の強さは近くで見ていた俺も自覚済みである。

 

「…………すみません、やっぱり人違いでした!マスター私大人しく帰りますので、何とかしていただけませんか!」

 

「まぁ、素敵。勇ましいだけじゃなくて奥ゆかしさもあるのね。ますます弄りたくなっちゃうわ。お相手してくださらないかしら旅人さん?私、こう見えて十字に斬るのは得意なの」

 

「ごめん。これは多分俺にも止められないと思われ」

 

「よーし、緊急脱出失敗!我ながら自業自得ですかそうですか!マスター、何とか直死の魔眼なんてチートは使わせないようにお願いします!」

 

「努力はしてみる」

 

 覚悟を決めたらしいヒロインXは、勇ましく初めから全力で式に襲い掛かる。一方の式はとても余裕を持った表情で日本刀を構えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「当たり前のように戦闘描写はカットですかそうですか。せっかく華麗な私の勝ち姿が……」

 

「嘘つくな」

 

 戦いを初めて数分。ヒロインXはそれはもう抵抗した。物凄い抵抗したのだが、やっぱり式さんには勝てなかったよ……と言わんばかりに床に倒れ伏している。むしろ、この状態の式にある程度対抗できた彼女を褒めたたえたい。

 

「くっ、ま、まぁいいです。とりあえず、ここでの用事が解決したということであれば用はありません。私はこの特異点が消える前に下にいるであろうアレを滅殺してきます!それではさらばです。そこのセイバーさんも、今度会ったらおせちでも食べさせてください。では、アディオス!」

 

 それだけ言い残すと足早に消えていくヒロインX。どうやら彼女にとってこの式は天敵とも言える存在らしい。終始借りた猫みたいになってたからなぁ。

 

「ヒロインXさん、無事に撤退してくれました。恐らく、すぐに帰って来てくれると思われます」

 

「それはよかった」

 

 あれでもうちのカルデアの中でもトップに位置するサーヴァントだからな。こんなところで何かあったら困る。

 

「残念。せっかく星を斬るチャンスだったのに。次会ったら、まずあのくせっ毛を斬り落とすわ」

 

「やめたげてよぉ!」

 

 それはヒロインXにとって死活問題ではないのだろうか。というか彼女のアホ毛は取ってはいけないと俺の勘が囁いている。それに、その式にも生えているアホ毛を斬ってしまっていいのだろうか。

 

「あら、私にもあるの? なら、斬ってしまうのは善くないことね」

 

 よくわからない理論だが、彼女は納得したらしい。俺はひとまずヒロインXのアホ毛の無事を確保することができたのでホッと息を吐くのだった。

 

 

 

 

 



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空の境界イベント エピローグ

次から監獄塔イベントです。

題名は、監獄塔で復讐鬼は泣くです(笑)


 

 

 

 

 

 

 

 

「これですべての場所の見回りが終わりましたね。先輩」

 

「その通り、ご苦労さん仁慈。これでオレのアルバイトもようやく終わりだ」

 

 ヒロインXを撤退させ、タンスの角に小指をぶつけて気絶したことになっていた式と共に八階までのすべての階を見終えると、二人から言葉をかけられる。今回も中々一筋縄ではいかないところだった。特に最後のあたりが。俺の精神ポイントをゴリゴリ削ってきやがって。

 

『お疲れ様、仁慈君、マシュ。さて、ここからは両儀くんのこともあるし、カルデアに帰ってくるかい?』

 

 ロマンがそう声をかけてくれるが、マシュや式の表情は固かった。恐らく、このマンションの外で出会ったあの影のサーヴァントのことを気にしているのだろう。彼は仕事があると言っていた。それはここを新たな地獄とすることであるとも言っていた。で、あれば本来この空間の要である大死霊を倒そうとした時に現れなければおかしい。地獄を作ることをあきらめたのか、もしくは別の理由があるのかそれはわからない。まぁ、こうしている間も襲ってくるわけでもなし、態々余計なことに首を突っ込まなくても別にいいのだが……。

 

 チラリ、と再び二人に目を向けるが、先程とあまり変化はない。多分二人ともあのサーヴァントのことが気になっているのだろう。まぁ、ここで断ってもいいんだけれども、新しくカルデアに来ようとしている式の機嫌を早々に損ねるのはマズイ。

 

「いえ、まだ私たちが相手しなければならない者がいます。―――メフィストさんはサーヴァントたちを連れてくるだけで変質はさせていないと言いました。で、あれば、変質させるように動いた人物、もしくはここをそういう風に変えた人物がいるはずです」

 

「っていってももう、結論はわかってるだろ。外で会ったあの真っ黒黒助だな。ま、深く考えなくてもそいつが黒幕なんだろ。ここまで来たんだし、ついでに最後まで行っちまおうぜ」

 

 どうやらやる気満々のお二人。確かに積極的に仕留めにいく理由もなければこれと言って絶対に拒否するという理由があるわけでもない。要は断る理由もないので二人について行くことにした。

 途中、屋上に出るための扉を発見するも鍵がかかっており、蹴り破ることも出来なさそうだったが、いつの間にかフォウが外で戦った亡霊から鍵を奪っているというファインプレーをしたことによって俺たちは無事に屋上に侵入することができた。

 フォウにはカルデアに帰ったら精一杯ご飯を作ることを褒美とした。とても喜んでいて可愛かったです(小並感)

 

 

 

 

 

 

――――さて、そんなこともあり、場所は俺達が今まで探索していた小川ハイムの屋上である。カルデアに来てからというもの、こういった建物の屋上には出ていないからか、どこか懐かしい感じがした。月も普段より大きく見え、その分距離が縮まっているのだと感じさせる。

 

「空が近い――――外見からは考えられない高度です。あと、とても月が綺麗ですね」

 

「月が綺麗な夜には気を付けろよ。うっかり、殺人鬼なんかに遭遇しかねないからな。……それはともかくとして、仕事とやらは終わったのか、真っ黒黒助」

 

「――――――――終わるものか。我が恩讐が晴れることはない。永遠に」

 

 式のセリフに呼応するかのように現れる黒い影。相変わらずその輪郭はかろうじて人と判断できるレベルの明瞭さであり、性別すらも断定はできない。只、左目と思わしき部分が赤く光っているのみだ。

 

「確かにこの空間はお前たちの手によって無に帰するだろう。だが、オレの仕事は終わらない。絶望の島、監獄の塔、宝の城。その姿を思い出すまでは」

 

「っ、敵サーヴァント戦闘態勢に入りました!こちらも準備を!あれはこの世に居てはいけない英霊です」

 

 影のサーヴァントは相変わらず、不気味というかこの世の負を塗り固めたかのような異質な気配を放っている。それに反応してしまっているのだろうマシュもあの影を最大限に警戒していた。

 

「ハッ、クハハ!ハハハハッハハ!この世に存在してはいけない英霊だと?舌を焼かれるぞデミ・サーヴァント!死霊も英霊もさして変わらん。どちらもともに世界に陰を落とす呪だ」

 

 影の嘲笑う声と共に、この特異点擬きの要として戦った大死霊が出現する。その魔力反応は前よりも一層濃くなっており、どう考えても五階で戦ったものと、同じものとは思えなかった。どうやら、死霊は死霊らしくやられた分の恨みをきっちりと力に変えて復活してきているようである。

 

「あの巨大ゴーストは……!」

 

「………もう一体目……?いや、違うな復活したのか……」

 

「その通り。このゴーストは呪いであり、呪いとは消えないものだ。別にあの時消えたのも消滅したからではない。この呪いは魔術王がオレに押し付けた、完成された呪いの循環だ。人間たちの負債のだ。……他者が居る限り、恨み殺し、それが再び別の復讐を生む……つまりは永遠だ。無限に、そして無間に続く生き地獄だ。………ようは、これは不滅の現象。――――いと深き場所の神だ」

 

 神……その言葉にいつぞや相手にしたアルテミスの存在が蘇る。あのアルテミスは分霊でありながら圧倒的な気配を持っていた。師匠が居なければ勝てないと思わせるには十分なものが。

 それに比べて、この死霊のなんて儚いこと。恐らく元々そういう存在ではないということもあるのだろう。所詮これは数多の人々の死のコピーペーストを塗り固められてた偽りのもの。真に何百年と人の死を蓄積させたのであればともかく量産型のコピーペーストで作ったのもであれば、迫力に欠けるというものだ。

 

 そして、何より、俺の近くには死なないし、戦うたびに強くなっていくキチガイ染みた師匠が居るのだ。今さらそんなとを言われたってふーんくらいの反応しか返せない。

 

 

 

 

 

 

「故に、貴様らにこれは殺せない―――――」

 

 

「―――――殺すよ。生きているのなら殺す」

 

 

 

 

 どうやら式も同じこと……というわけではないのだが、諦めてはいなさそうである。影のサーヴァントの言葉を遮り、鋭い目で上着のポケットから取り出したナイフを構えている。その瞳に一切の迷いはない。彼女は本当にあの死霊を呪いを殺す気でいるらしい。

 

 

「――――ほう、不滅の現象を。オマエは殺せるというのか」

 

「一万年か、一億年か、もしくはそれ以上の年月”在る”としても、それが人間にとって不老不死に見えるだけの話だ。万物には綻びがある。未来永劫、不変なものなんてこの宙の元にはありえない」

 

「消えろ復讐鬼。どれだけ長く、偉大な命だろうと――――――それに終わりがあるのなら、オレは神様だって殺して見せる――――!」

 

 

「……そこの人間、お前も同じ意見か?」

 

 

 どうしてここで俺に話を振るんですかねぇ……。このまま戦闘に入ってもいい感じの雰囲気だったじゃないですか。しかし、これだけかっこよく式が啖呵を切ったのだからこっちもそれ相応のことを言わなければいけなかったりするのだろうか。ま、いいか。その辺は個人のさじ加減だろ。

 

 

「当然。人間には、目に見えた不可能に挑戦することができるという特権を与えられている。これは本能のみで活動する動物や、絶対的強者には不可能なことだ。月並みだけど、俺たちはこうして弱いからこそ、不可能を可能にすることができる。………となれば、多少死ににくいだけの亡霊だなんてとるに足りない」

 

「ハッ!クハハハハハハハ!!いいだろう。その心意気確かに受け取ったぞ冒涜者たちよ!では、後は証明するだけだ。人の悪意を否定することができるかどうか……永遠に消えぬものなどないということをな!」

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 影のサーヴァント、その宣言により再び仁慈たちの前に立ちはだかった数多の死、その具現が声なき声を上げる。

 一度それを見て、知っている仁慈は復活した大死霊を視界に入れず、しばらく影のサーヴァントのみを注視していた。

 たとえ、大死霊がその巨大な両手を振るおうとも、大死霊☆ビームを放とうとも、持ち前の危機察知能力と感覚、そして経験からそれらを全て翻し、影のサーヴァントから視線を外すことなく観察し続ける。

 

 そうして、仁慈が得た情報は、あの影のサーヴァントがこの戦いに参加しようとはしていないということだった。現に、今もマシュと式にぼこぼこにされ、若干涙目と見えなくもない大死霊を前にしても一ミリたりとも動いていなかった。

 

「……つまり、本当に知りたいだけ、ということか……」

 

 彼は言った。永遠がないものと証明してみよと。どうやらこの戦いに置いては自分の言葉通り静観を決め込む三段らしい。そのことに確信を抱いた、仁慈は影のサーヴァントから視界を切り、今度は先程までガン無視を決め込んだ大死霊の方へと視線を向けた。

 

 だいぶ式にズタズタにされたらしいその死霊はまたその魔力を増やしており、逆にマシュと式には多少なりとも疲労が見て取れた。だが、仁慈が影のサーヴァントに中止しつつも攻撃を受けていないということはどれだけ強くなっても攻撃手段は変わらないということなのだろうと彼は予想付ける。

 そこで仁慈は相手の攻撃性のについて大まかな予測を立てると、今度は防御面での性能はどう変化があったのかを確かめるために、いつもの槍を右手に持つと、そのまま大死霊の顔面と思わしき部分に投擲する。

 

 見事クリーンヒットした槍は、頭蓋骨を盛大に削って現代の夜空へと消えていく。しかし、抉り取れた頭蓋骨は瞬く間に修復され、もとの骸骨に戻ってしまった。防御面はともかく、再生という点におていてはかなりのランクアップを果たしたとみていいだろう。

 

「おい、遅いぞ。なにをやってたんだ?」

 

「ちょっとばかり観察を。で、マシュ。相手は大体どんな感じ?」

 

「はい。攻撃は私の盾で問題なく防ぐことができます。攻撃事態も式さんが居るので何の問題もありません。ただ……」

 

「やっぱり、きりがない。元々一つの存在じゃなくて、複数の存在の寄せ集めだから継ぎ接ぎだらけ……これは大本の核を潰さないとどうしようもないぜ」

 

「…………」

 

 呆れながらいう式だがその瞳に諦観の色はない。仁慈も彼女はいかにも負けず嫌いというか、自分で言ったことを曲げようという性格ではないということは大まかに察していたので特に驚くこともなく思考の海に沈む。

 

 そうして、しばらく大死霊を適度に削りつつ、必死にない頭を回転させていた仁慈に一つのアイディアが浮かんだ。

 

 

 彼は言った。これは魔術王が生み出した完成された呪いであると。恨みを蓄積し、再びあの形となって強力になって甦る。倒さることで恨みも溜まることから復活しないということはあり得ないということなのだろう。

 

 だが、再びその恨みをもって形を成すには、ひな型となる原型……もしくは集まるための核が必要となる。元々が、億という死のコピーペーストの集合体なのだ、そうでもしないと説明がつかない。もし、そんなものがあればとっくに式が自身の眼を使って切り殺しているところではあるが、生憎相手は存在そのものが死。核なんて見えなくなるくらい外装も死で塗り固めているような化け物だ。それができなかった可能性は十分にある。

 

「……なるほど」

 

「その可能性はありますね。……しかし、どうやってその外装を外しますか?今のゴーストは破壊と再生を即座に繰り返していますが………」

 

「その件に関しては私にいい考えがある」

 

 若干フラグっぽいものを立てながらも仁慈が自信満々に宣言した。そんな彼を不安ながらもほかにやることもなしと式とマシュは受け入れる。

 

「マシュ。少しだけ準備に時間がかかるから、守り任せた」

 

「はい!お任せください!」

 

 盾を構えさせたマシュの後ろに佇み、四次元バックからできるだけ槍に分類される武器を取り出して小川ハイムの建物に突き立てる。そして、全ての槍を取り出し終えたのちに仁慈はその槍に一文字ずつ紋章のようなものを書いていく。

 

「はぁ―――!」

 

 マシュが大死霊の攻撃を受け止めているからと言ってのんびりなどできないと考えていた仁慈は迅速にその作業を終わらせると、攻撃が止んだタイミングでマシュの盾から飛び出した。それと同時にマシュに追従するように伝える。

 

 全力で大死霊へと向かって行く二人。当然雨のような密度で攻撃が飛んでくるものの、盾のことにおいては右に出る者はいないマシュの守りはそれだけで貫通することはできない。

 そうこうしているうちに懐に潜り込んだ仁慈は手に持っている槍を死霊に突き刺した。すると、どうだ。彼が刺した槍に向って先程まで小川ハイムに突き刺さっていた槍が殺到し始めたのである。これは彼が修練で教わったルーンである。今まで使うことがなく、このままそんな機会すらないのかと不安に思われているものだった。効果は磁石のようなもので、あるマークに対してもう一つのマークが書かれたものを引き寄せるというものである。

 

 これによって連続的に攻撃を受ける死霊はみるみるうちにその外装であるゴーストたちを失っていく。再生しようにも次から次へと襲い来る槍に再生が間に合わないでいた。一体仁慈の鞄にどれほどの槍が入っていたのかということを突っ込んではいけない。今もなお、カルデアの食堂にてその腕を振るっている彼の苦労を忘れてはいけないのだ。

 

「――――見えた。仁慈、ナイスだ」

 

 

 この好機を逃す式ではない。

 自分たちの目論見がうまくいったとみるや否や、彼女はその黒い瞳を蒼く染め、ニヤリと片方の唇の端を吊り合げる。そして、ナイフをしっかりと握ると、思いっきり地面を蹴り穿った。

 

 

 

「―――――――直視………―――――――!」

 

 

 

 その能力を加味しなくても脅威と言える速度で振るわれるナイフ。その切っ先は間違いなくこの大死霊の核ともよべる場所を貫き、見事この世から消して見せた。

 

 さらさらと消えていく大死霊。今度は、復活の兆しも見せず、大人しく消えて言っていることから三人はこの戦いが終わったことを感じ取った。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 では、この特異点の大黒柱たる大死霊を倒した後の話をしよう。

 影のサーヴァントはその後、逃走を図ろうとしたが、なんだかんだあって式に倒されることとなる。なんでも彼女曰くナイフをもう一本忍ばせておくのは女の嗜みらしい。影のサーヴァントも含めたその場にいる全員が心中でそんなわけあるかと突っ込んだことはこの特異点に居るものではわからなかった。

 

 そんなこんなで、消えつつある影のサーヴァントに、ロマニ・アーキマンは問うた、君にこんなことを依頼したのは何者かと。

 

 影のサーヴァントはそれに対してお前らと敵対しているものだとしか答えなかったが、曰く頼みに来たものは復讐というような感情を抱いていなかったから協力しないと口にした。それ以上は特に何を言うべきでもなく影のサーヴァントはこの特異点から消失した。

 

 最期、正体を聞いたロマニに対して、―――待て、しかして希望せよ、と言い残して。

 

 

 

『――――さて、今度こそこの特異点の大黒柱たる亡霊は消えた。これで本当に解決、この長い夜もやっと夜明けを迎えることができる』

 

「それは確かに喜ばしいことなのですが……結局あのサーヴァントについては何もわからずじまいでした。……あの口ぶりでは私たちの敵のようですし、再び戦うことになるのでしょうか?」

 

 マシュの不安そうな呟きに対して意外なことに式が仁慈よりも早く返事を返した。

 

 

「さあな。只、あの手の奴は案外一度手を取り合ったらコロリと転げ落ちるもんだからな。案外、心強い味方にでもなるんじゃないか」

 

「そうなのですか?」

 

「そうなんだよ。マシュ。人間が人間に復讐する理由は知ってる?」

 

「え、いえ……生憎と私はそういったものには疎くて……」

 

「仁慈はどう?わかる?」

 

「そうだなぁ……大方、愛が深すぎるからとかじゃないかな。ほんとにどうでもいい相手には何もしようと思わない。むしろ存在すら認知しないからなぁ」

 

「ん、正解。好きなものに裏切られたとき、人は恨みを持つ。愛憎劇なんてその典型的な例じゃないか?だから、多分。あの真っ黒黒助は基本的に人間が大好きなんだろ」

 

『かもね。まぁ、今はこんな時代というかこんな状況だ。縁があればまたすぐに会えるだろう。なにはともあれお疲れ様。両儀くんの歓迎会もあるし、なるべく早く帰ってきなよ』

 

「お、気が利いているな胡散臭いの。ストロベリーのハーゲンダッツよろしく」

 

『高い!遠慮がない!そもそもコンビニなんてないから、それは―――』

 

『フッ、私の出番のようだな。……行くぞドクター。冷蔵庫のスペースは十分か?』

 

「何やってんですかエミヤ師匠」

 

 最後の最後で話が脱線してしまったが、それでも、まぁ、平和に解決したとも言えるだろう。

 

 まぁ、小川ハイムに行ったごく一部のサーヴァントにはこれから仁慈の説教が待っているのではあるが、仕方あるまい。

 

 みんなで笑い合う光景を見て、フォウを抱えたマシュは柔らかく微笑んだのだった。

 

 

 

 

 




まぁ、あの前書きのことは冗談として、実は仁慈を倒すということに対して最も相性がいいのは巌窟王です(唐突)


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復讐鬼とキチガイは監獄塔にて哭く
プロローグ


山の翁がくるなんて聞いてないんですけど……。石が消えてしまうではないか……ッ!

あ、今回はプロローグなのでかなり短いです。


 

 

――――――人を羨んだことはあるか?

 

 

――――――己が持たざる才能、機運、財産を前にしてこれは叶わないと屈したことは?

 

 

――――――世の中は不平等が満ち、故に平和は尊いものだと噛みしめて涙にくれた経験は?

 

 

――――――答えなくてもいい。どうせあったとしてもろくなことじゃないだろう。

 

 

――――――自らの心を覗け。目を逸らすな、それは誰も抱くもの。誰一人として逃れることはできない。

 

 

――――――他者を羨み、妬み、無念の涙を抱くもの。嫉妬の罪。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――― 

 

 

 

 

 

 さて。

 この状況、どう説明したものか。と、俺は()()()()()()硬質なベッドに腰かけながら頭を抱える。

 

 いや、こうなった経緯を説明するのは簡単だ。式を迎えた後に、自室へと眠りに行こうとし、マイルームの扉をくぐったらこのカルデアとは似ても似つかない……まるで監獄のような部屋に入ることとなったである。

 そう説明だけなら簡単だ。が、全く分からない。なにがどうしてこうなったのかさっぱりわからない。ロマンとの通信は繋がらないし、夢の可能性も考えて頬を抓ってみてもただ痛いだけだ。壁をぶっ壊そうと思い、八極の極意を乗せた拳をぶつけてみても全く反応はなかった。正直八方塞がりである。

 

 そして何より、

 

『キィァッァァアアアア!!』

 

「うるさい」

 

 ふと、湧いて出てくる亡霊の叫び声が物凄くうるさい。特に何もしていないにも関わらずどこからかやって来て俺に襲い掛かってくるのである。幸い、魔力を纏わせれば殴り飛ばせるので全く問題ないのだが、唯々うるさい。

 

「………仕方ない。とりあえず、一発で壊れないことが分かったし、何度も同じところを攻撃するほかないな」

 

『やめろ脳筋。と、いうか、まっとうな人間ならあの亡霊にがたがた震えているべきだと思うのだがどうだ?』

 

「ははは(棒)心にもないことを。俺のことをまっとうな人間なんて思ってないだろ。………真っ黒黒助」

 

『は、冒涜者の言葉を借りたか。お前の可愛い可愛い後輩の口を借りればこの世に存在してはいけない英霊、冒涜者の言葉を借りれば真っ黒黒助……碌なものがない』

 

 姿は見えない。気配も感じない。だが、確かにそこにある。

 声が聞こえる、式とあった小川ハイムにて感じた、確かにして明確な敵意、悪意、殺意……ごくごく最近受けたばかりだからこそ、間違う筈のないものだ。

 

『しかし、このままでは話が進まないのも事実。お前にここがどういうところか教えてやろう。――――――此処は地獄。恩讐の彼方たるシャトー・ディフの名を有する監獄塔!……だったところだ』

 

()()()……?」

 

『その通りだ。本来であればここは、数多の罪人たちの恩讐で満ち溢れ、実に人間が作り出した地獄と呼ぶにふさわしい場所だった。………だが、お前と邂逅を手引きしたものが、よりにもよってこの場所にも余計な手を入れたのだ』

 

 その声は、俺たちと対峙した時には感じられなかった明確にして強大な憎悪が見て取れた。どうやらこの真っ黒黒助は恐らくソロモンであろう人物のことを大層気に入らないようだった。

 

「なら、俺がここにいるのは」

 

『当然ながら、オレとの邂逅を手引きした者……十中八九魔術王によるものだろう。お前が想定以上にできるようだったらしいな。ここに閉じ込めてしまおう、臭いものには蓋をしてしまおうということだろう。………フン、人間のことを何一つ理解できない割には人間臭いことだ』

 

 吐き捨てるように答える真っ黒黒助。声は全く似ていないのにどこかアンデルセンを思い浮かべさせた。

 

「ま、そのことはどうでもいい。俺が聞きたいのは唯一つ。今回お前がどちらにつくかということだけだ」

 

『………オレは誰の傍にも寄り付かない。オレはそういう存在だ……。だが、こと今回に置いてそれは別だ。ここはシャトー・ディフ。いわば()()が生まれた場所とも言い換えていい。そして、敬愛する―――――も………。そこに不完全な肉柱なんて撒かれれば誰でも頭にくる、というものだ』

 

 要は、この真っ黒黒助も自分の知るここを魔術王―――ソロモンに好き勝手に弄られて頭に来ているらしい。しかも、自分のポリシーであろうことも捻じ曲げる位には。

 

『故に、俺の手を取れ。仮初のマスター。この監獄塔に蔓延りし、無粋な肉柱を一匹残らずへし折ってやるために、な』

 

「………そうだな。そちらが正体を表せば考えるかな」

 

 

 俺の言葉に一瞬だけ間をあける真っ黒黒助。しかし、その条件を飲むこととしたのだろう。彼が言葉を発する。それと同時に俺の眼の間にはっきりとした人型が浮かび上がって来た。

 

『――――いいだろう』

 

 そうして、はっきりと姿はが浮かび上がった。

 ポークパイハットを被り、その肌はサンタオルタに匹敵するほど白い。もはや病的と思わせるほどだ。だが、弱弱しさは感じない。むしろ、そこまでぶっ飛んだ格好でもないのに言いようのない威圧を感じさせる……そんな不思議な外見だった。

 

「―――俺は英霊だ。お前のよく知るものの一端……世界に影を落とす呪の形。哀しみによって生まれ、恨み、怒り、憎しみ続けるが故にエクストラのクラスを以て現界せし者。そう―――――アヴェンジャーと呼ぶがいい」

 

 

 そう言って、彼はわずかに唇の端を吊り上げた。

 

 

 




監獄塔イベント始まります。


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嫉妬

来週からレポートだの、テストだので投稿が難しくなると思われますがご了承ください。


 

 

 

 

――――――――簡単に説明をしてやろう。

 

 

 どうして俺がここに来たのか、お前は誰なのか、ということの答えを受け取った後、この監獄塔の本来の役割を聞いていた。ここは、生きているだけで俺達(人間)の奥底に秘められている本質を知ることができるそれはそれはステキな場所らしい。また、ここから無事に出るためには七つの『裁き』を乗り越えなければならないとアヴェンジャーは口にした。拒否をすれば死ぬ。行動を放棄すれば死ぬ。当然、裁きを乗り越えられなければ死ぬ。ここは本来そういう場所であったという。だが、今のここはどうやらそれとは勝手が違うらしい。

 

「元々、この場所は監獄塔の形を模した魔術王の作り出した狩場だった。だが、先も言った通りお前が予想以上だったらしいな。心底忌々しいことに、余計な手を加えた。それが肉柱……お前らの言葉を使うなら魔神柱だ。………今ネタバレをしてしまうのは大変つまらないが、七つの裁きは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。人ですらない連中など、この場所には不要だ」

 

 小川ハイムで俺たちに向けた物よりも一層激しい憎悪を抱きながらアヴェンジャーは言う。俺はここでふと式の言葉を思い出さした。人は好きなものに裏切られたときこそ復讐へとはしる。故にあいつは人間が大好きなんじゃないか?という言葉を。

 ここに来てからそこまで時間がたったわけではない。アヴェンジャーのこともお世辞にも知っているとは言えない。しかし、彼女の予想が間違っていないことを俺は確信した。彼の言葉からは魔神柱に対する憎悪と人間のありのままの感情、姿を想う雰囲気を感じることができたのだ。だからこそ、魔神を冠する連中が邪魔だと断じているのだろう。

 

「……あぁ、言い忘れていた。今のお前は己の肉体から剥離させられた魂、のようなものだ。あの第一の塔……マンションで使っていた槍は持ち込むことはできん」

 

「……なるほど。じゃあほかの武器類も全滅か……けど、魔力は使えるみたいだけど」

 

「特別サービスだ。元々マスターとしての役割を果たすために最低限の魔力を使うことは許されていた。……が、恐らくオレは魔神柱をへし折る作業で忙しい。故に多少の無理はきかせてある。元来、ここの支配者はこのオレだからな」

 

 俺の力であれば、七つの裁きのうち最後以外は特に問題はないだろうがとアヴェンジャーが付け足す。これは信頼されているのかどうか迷うところだが、特にツッコミを入れることもなくスルーする。そうこう話し合っているうちに第一の裁きを受ける場所にたどり着いたようだ。

 数多くの牢獄に繋がっていた廊下を抜け、今までで一番開けている場所にでる。ぱっと見円形の形となっているその場所はローマに作られたコロッセオのような闘技場を思わせるものだった。

 

 

「――――さあ、第一の裁き。おまえが七つの夜を生き抜くための第一の劇場だ。七つの支配者は誰もがお前を殺したくて疼いているぞ?……見るがいい、味わうがいい、第一の支配者はファントム・ジ・オペラ!美しき声を求め、醜きもの全てを憎む、嫉妬の罪を以てしてお前を殺す化け物だ!」

 

 アヴェンジャーの妙に堂に入った宣言と共に姿を現したのは、第一の特異点で対峙し、俺がアンブッシュを決めて速攻で座に還したファントム・ジ・オペラ。彼は相変わらず人とは思えない赤く、禍々しい手と顔の半分を覆う仮面を携えて俺達の目の前に立ちふさがっていた。

 

「クリスティーヌ……クリスティーヌ、クリスティーヌ!クリスティーヌ!」

 

 正気とは思えない、狂気を多大に孕んだ声で彼は愛しきクリスティーヌへの愛を歌に乗せて語り始める。常人にはとても禍々しいものに思えるものであるが、アヴェンジャーは平気な顔をして耳を傾けていた。ああいうのはいいのだろうか。彼は。

 

 アヴェンジャーの趣味に若干引いていると、歌を中断したファントム・ジ・オペラがいつぞやの仕返しと言わんばかりにその禍々しき爪を振り上げて俺の顔目掛けて振り下ろして来た。

 バーサーカー入ってそうな彼も実はアサシンのサーヴァント、不意打ちをするなど造作もないだろう。しかし、不意打ちを常日頃から行うものがその対抗策を講じないのかと聞かれればもちろん否である。

 素早く地面を蹴り、後方に下がることでその不意打ちをやり過ごす。そして、地に足が着くと同時に今度は俺の方からファントム・ジ・オペラに向って蹴りを放つ。推進力を力に変えたその蹴りは残念なことにファントム・ジ・オペラを捕らえることはできなかった。記憶があるのかどうか定かではないが、向こうも学習はしているらしい。

 

 一連の攻防を見ていたアヴェンジャーはとても愉快そうに笑い、その整った顔を醜く歪めながら俺に語りかける。

 

「さあ、どうする!あれはお前を殺しに来るぞ!自身のすべてを以てして!己の身を焼くかの如き嫉妬を以てして!殺しに来るぞ、他ならぬお前を!」

 

 いったいどんな言葉を期待して、俺に問いかけてきているのかはわからない。が、敵に攻撃され向こうも臨戦態勢。こちらも武器はないものの五体満足……このような状況に置かれたとき、俺が取る行動など一つしかない。もとより、これしかできない……これしかないような環境に置かれていたのだ。今さら戸惑うこともない。

 

「どうするも何も、俺のやることは変わらない。倒さなければならない相手であれば倒す。相手がサーヴァント?俺は人間?差は歴然?大丈夫、()()()()()()()

 

 

「クッ、クハハハハハッハハハ!!その通りだ。カルデア、いや人類最後にして我が仮初のマスターよ!であれば、往け!乗り越えろ、あれこそは人間の持つ七つの罪源である!」

 

 心の底から愉しそうなその声を聞き届けると同時に、俺は魔力を全身へと循環させ肉体を活性化させる。そして、足の裏から爆発を起こしながら地面を蹴り、再びファントム・ジ・オペラへの攻撃を開始した。

 

 

――――――

 

 

 

 仁慈がファントムに襲いかかった時、彼の近くに立って居たアヴェンジャーはその光景を見ることはなくファントムに……いや、正確には彼の遥か背後、この部屋の壁に位置する空間に視線を固定していた。

 

「フン。無粋にも程がある。お前のような非人間に、この場に踏み入れる資格などない。まして、ほかの人間(あの男)の試練に関わろうなど、言語道断だ。故に、我が恩讐の果てに消え失せるがいい」

 

『――――!』

 

 溢れんばかりの憤怒を放出するアヴェンジャー。それに反応したのか、彼が見据えていた方向からも敵意のようなものが彼を貫いた。しかし、そんなことは関係ないと、アヴェンジャーは一瞬とも言える時間で彼が憤怒を向けた方向に移動する。

 その状況を危機と捉えたのか、アヴェンジャーが向かった先で、大きな肉柱にも見えるそれ……通称魔神柱がその姿を現した。

 

「うわ、本当に出やがった!」

 

「視線を逸らすな。そら、嫉妬の化け物が、お前の細首に手をかけようとしているぞ!ま、オレにはお前が死のうが生きようが関係ないがな」

 

「クリスティーヌ!」

「やかましい」

 

 本当に現れた魔神柱の存在に仁慈の意識がそちらにずれるが、意外なことにアヴェンジャーがそれをたしなめる。どうでもいいと言いつつもしっかりと注意喚起をしてくれている当たりそこまで悪く思っていないのかもしれない。

 

 仁慈の方も彼の言葉を素直に受け入れ、視線をファントムに戻すと、彼の攻撃を見極め、紙一重のところで回避する。もちろんそれだけでは終わらない。攻撃を外し隙を晒すファントムの鳩尾に魔力と技術を込めた肘鉄を叩き込み、彼の動きを一瞬だけ封じた。その後、重心を乗せた拳をファントムにぶつけて後方に吹き飛ばす。

 その光景を視界の端で捉えつつアヴェンジャーは己の思うがままに行動をする。本来の役目とは全く違ってしまっているがそれはそれ、彼は気にしないことにした。

 

『――――――妬みを!』

 

「(………魔神柱って話せるのか!?……しかも妬みを!って直球じゃない?)」

 

「変なこと考えているならさっさと終わらせるなりなんなりしろ」

 

 悲報、魔神柱喋る。

 

 いま仁慈の頭の中にはこの知らせが走り回っていることだろう。戦いから意識を逸らすことこそなかったものの、頭の中では余計な考えが蔓延り始めていた。スカサハがいればさぞ怒り、仁慈に地獄を見せるべくゲイ・ボルクを手に取ったことだろう。そんな彼に呆れるアヴェンジャー。仁慈に反論の余地などなかった。

 

 それはともかく、魔神柱の掛け声?とともに、柱に生える無数の目玉がアヴェンジャーの姿を捕らえ、光る。それは既に仁慈達も体験している攻撃。目玉が光るのは攻撃前の予備動作のようなもので、その後に繰り出される圧倒的魔力の爆発は並みのサーヴァントを一撃で消し炭にすることができる威力なのは疑いようもない。

 

 だが、その圧倒的な爆発を前にしてもアヴェンジャーは止まることはない。例え彼の隣が爆発をし、その爆風が襲って来ても……目の前で爆発が起こり、視界を塞がれたとしても、鋼の如き意思を以て、前へ前へと突き進む。

 

「クハハ!どうした、英霊一人も止められないか!そんな無様を晒すからアレに大敗を期することになるのだ!」

 

 人理の焼却を果たした魔術王ソロモンの僕たる魔神柱を嘲笑いながら、アヴェンジャーは戦いを終わらせるべく動く。しかしそれよりも魔神柱の方が早く大きなアクションを起こした。

 今までの攻撃でも十二分に強力な魔力だったのだが、これはそれをはるかに上回るほどの濃度である。誰でもこの後に来る攻撃はこの魔神柱の切り札であると考えることができた。

 

『――――罪源、解放。深き愛よ、愛しき者よ。それらの交わりがあるが故、人は羨み羨望し、嫉妬する。焼却式、グレモリー』

 

 比較にならないほどの暴力。そう表現することがふさわしいほどの威力と魔力を孕んだ攻撃。数多の英霊すらも葬ることができるソレが、唯一人アヴェンジャーを消し去るためだけに放たれる。

 対抗する、アヴェンジャーはポークパイハットの唾を軽く触ると、その後限界ぎりぎりまで唇の端を吊り上げた。

 

「ハッ、ハハハハハハ!クハハハッハハ!!人間でもない、下僕共でも己の本質を歪まされるか!面白いものを見せてくれた礼だ。我が力、その身に焼き付けて消えるがいい」

 

 宣言と共に彼は更に加速。もはやその姿はとらえることはできず、彼の動いた後が光となり、その軌跡を描くのみだった。

 

「我が往くは恩讐の彼方――――虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)!」

 

 真名開放。

 英霊の切り札たる宝具の効果を最大限に高めることができるそれを行ったアヴェンジャーは、肉体、時間、空間という牢から脱し、本人の視点から見れば時間停止をしているにふさわしい所業を起こす。この状態の彼を止めることは同じ次元を生きている者では叶わない。たとえそれが人とは似ても似つかない存在であろうとも例外ではないのだ。

 

 

 結果、魔神柱はその宝具を抵抗することもなく受け、自身の崩壊を受け入れることとなった。

 

 

 

 

 アヴェンジャーが決着をつける一方で、仁慈とファントムの戦いも終わりが近づいていた。

 仁慈は冷たい瞳でファントムに視線を固定しており、対するファントムは服と仮面、そして肌に無数の傷を負っていた。一見して仁慈の方が圧倒しているようにも見えるが、一撃でも喰らえば致命傷になるため、紙一重だと言ってもいい。

 

「ォォオオオオォォ……!認められない、認められぬのだ、この心を……オォ、クリスティーヌ!」

 

 ボロボロの身体を引きずりつつ、それでも尚仁慈を殺そうと立ち上がるファントム。最後の力を振り絞り、彼は己の宝具を展開した。

 

地獄にこそ響け我が愛の唄(クリスティーヌ・クリスティーヌ)!!」

 

 それは彼の妄執とも言える感情の形なのだろう。

 幾重もの人の亡骸をばらし、パイプオルガンのような形状に組み上げた見るも無残な装置を召喚し、そこからファントム自身の歌声と共に、魔力を含んだ音による衝撃波を放った。魔力を纏いしこの攻撃は物理で防ぐことが可能ではあるが、その手段を今の仁慈は持っていない。ここに彼の武器はなく己の肉体しか頼ることができない以上回避することが一番有効な手段と言えるだろう。

 

 が、それを行うにはあまりにも距離が近すぎた。もはや、どこに逃げても回避しきることは難しいと判断を下した仁慈はかつて第二の特異点で己が行ったことを思い返す。

 

 それはマシュがレフ・ライノールに攫われ、一種の暴走状態に陥ったときに行った行動。自分の声に魔力を乗せて衝撃波としてはなった、奇しくも目の前の宝具と同質の攻撃方法だった。仁慈はそれを思いついてから即座に実行に移す。空気を吸い込み、肺に魔力を循環させて馴染ませると、そのまま攻撃として放出する。

 

「――――――ッ!!!!!」

 

 轟ッ!!と二つの音が決して大きくはない部屋に響き渡る。耳を塞ぎたくなるような音量同士のぶつかり合いに戦いを終えたアヴェンジャーはわずかに顔を顰めた。

 

 数秒間だけ拮抗していた二つの音だったが、すぐにその拮抗は崩れ去ることとなる。元々出力で言えばサーヴァントという常識を外れた存在の方が高いのだ。むしろ宝具相手に数秒持った方が奇跡と言えよう。

 己の声が負け始めたことを察した仁慈は声を出し、ファントムの攻撃が当たることを遅らせつつ射程範囲ギリギリまで歩みを進め、そして打ち負けると同時に攻撃範囲から脱出をした。

 

 体を転がせるようにして、ファントムの宝具を回避した仁慈は、転がった勢いを利用して即座に体勢を復帰させ、一目散に駆け抜ける。

 

 そして、流れるような身体運びで肉薄すると、そのまま彼の心臓部分……英霊で言うところの霊核がある部分に正確な正拳突きを放った。

 ファントムの肉体に触れてもなお減速しないその拳は体内へと侵入を果たし、そのまま彼の霊核を崩壊させたのであった。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 ファントム・ジ・オペラと魔神柱、嫉妬の顕現グレモリーを葬った仁慈とアヴェンジャー。二人は、ファントムの嫉妬を聞き届けたのちに、仁慈が目覚めた部屋へと向かっていた。

 

「流石、と言っておこう。我が仮初のマスター。お前は正しくオレの思った通りだった」

 

「お眼鏡にかなったようで………。まぁ、それはいい。アヴェンジャー。お前はファントム・ジ・オペラを嫉妬の怪物と言ったな?」

 

「ああ」

 

「そして、先程の魔神柱は嫉妬を名乗った……。それはつまり」

 

「予想の通りだ。あの肉柱はあと六柱存在している」

 

「やっぱりか……」

 

 仁慈は頭を抱えた。そして同時に理解した。アヴェンジャーが言っていたのはこういうことだったのだ。裁きの間に罪を背負いしものと、魔神柱の両方が存在する。故に無理にでも魔力を使わせ、一対一の状況を作ろうとしたのだろう。己が魔神柱を屠るために。

 

「しかし、仮初とはいえマスターが居るだけでこうも変わるか……サーヴァントというのは不便なのか便利なのか……」

 

「不便の方だと思うけどな、令呪もあるし」

 

「それについては同感だ。だが、道理ではある。獣にせよ兵器にせよ、安全策というものはいくつも打ち立てておくものだ……。さて、仮初のマスターよ、ひとまず第一の裁きを乗り越えたことに賞賛を送ろう」

 

「別にいい。あと六つ残ってるんだし、どうせなら全部終わってから聞くことにする」

 

「フッ、そうか」

 

 

 ここから先に会話はない。

 だが、二人の雰囲気はそこまで悪いものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと、巌窟王がちょろすぎたかもしれない。

が、後悔はしていない(キリッ)


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色欲

息抜きとしてこれを書く学生の屑。

そして、次から戦闘シーン抜くかもしれません。ちょっと長すぎるので。


 

「いい加減、目を覚ませ。仮初のマスター。そうしなければここでお前の首を撥ね飛ばすぞ」

「シッ!」

「ぬぁっ!?」

 

 唐突にぶつけられた殺気によって俺は目を覚まし、その殺気を飛ばしてきた方向に無意識に拳を振るった。無意識ながらも確かに魔力が込められていた俺の拳は標的を貫くことなく空を切る。その際、衝撃によって発生した風圧が俺が寝ていた部屋の床や鉄格子を揺らした。

 殺気によってはっきりと覚醒した意識の元部屋を見渡してみれば、そこには俺の拳をぎりぎりで避けた状態のアヴェンジャーが突っ立っていた。相変わらずポークパイハットを被り、その辺の女性よりも白い肌を限界まで見せないような服装をしていた。只、その顔には若干の冷や汗が流れている気がしないでもない。恐らく、俺のことを起こそうとして殺気を飛ばした結果、もはや本能レベルにまで刻まれている防衛本能による反撃を食らったのだろう。自業自得だから、フォローはできないけど。

 

「おはよう、アヴェンジャー。起こしてもらってなんだけど、その方法はお勧めしないぞ?」

 

「………ああ、身を以て思い知った。……しかし、よくこのような部屋で深い眠りにつけるものだ。常人であれば、寝ることすら困難だというのにな」

 

「ハッハッハ。ベットがあるだけ上等上等。いや、むしろ安全が保障されているだけでそれはもう極上の環境と言えるな」

 

「やはり、お前は生まれる時代を間違えているな………。まぁ、起きたのであれば問題はない。第二の裁きに赴くぞ。この牢獄に巣窟っている肉柱共はまだまだ存在している」

 

「……了解」

 

 アヴェンジャーが俺を頭数に入れていることに関してはもう言及しないでおこう。それよりも、早く七つの裁きを乗り越えてカルデアに帰ることが先決だ。今の俺は魂だけの存在らしいし、こういった状況は魂が肉体から離れている時間が長ければ長いほど元通りにはいかない、ということはお約束とも言っていい。こういった懸念が振り払えない以上は早めに事態を解決しなければいけない。

 

 彼の言葉に俺は頷き、軽く服を整えてから自室として使っている牢獄からアヴェンジャーを引き連れて出るのだった。

 

 

 

 

 

「だれ、か……あぁ……だれか、いないの……です、か……」

 

「ん――――――」

 

 自室として使っている牢獄から出て、昨日(?)と同じく、いくつもの牢獄に繋がっている廊下を歩いていると、何処からか女性の声が聞えて来た。それにアヴェンジャーも気づいたらしく、彼も小さく言葉を漏らす。

 

 さて、どう考えてもまともとは言えない場所に女性の声が聞こえたとなれば十中八九罠だろう。そも、ここには支配者となるサーヴァントと魔神柱、そしてここに住み着いていたであろう悪霊しか存在していない。在り得る可能性としては、悪霊が俺をおびき寄せるために発しているもの、もしくは支配者たるサーヴァントの声ということがあげられる。

 

「どうした、この声の主が気になるのか?別に助ける助けないはお前の自由ではあるが………お勧めはしない」

 

「それは分かってる。罠の可能性が高すぎるし、もし違ってもお荷物が増える可能性もある」

 

 しかし、それはこう……人間としてどうなのだろうか。いや、別に声が女性だからとかそういう理由ではない。よくよく考えてみれば、この場で話すことができるのはサーヴァントだけだし、支配者は基本的にあの裁きの間にしか現れず、あんな言葉を言うような存在でないことはファントム・ジ・オペラを見ていればわかる。もしかしたら、仲間として引き込めるんじゃないかと考え始めている俺がいる。え?さっきと話が180°違うだって?何のことやら(震え声)

 

「行く気か?意外だな、こと戦闘に置いてはほぼ合理的で冷徹なお前なら聞かなかったことにすると思っていたのだが」

 

「戦力が増える可能性があるから一応ね。………もし、これで『だまして悪いが、仕事なんでな』なんてことされたら、全力を以って叩き潰す」

 

「……前言撤回だ。意外でも何でもないな」

 

 釈然としないが、アヴェンジャーからの同意も得たために俺たちは声の聞こえる方へと向かった。

 

 

 魔力で強化していない耳にも届くということからそこまで離れたところにはいなかったのだろう。案外すぐ近くに声の主はいた。来ている服は軍服のような服装。上は赤色、下は黒のスカートであり、白色の長い髪が三つ編みに結ばれていた。その血のように赤い瞳は不安の色をありありと見せながら俺とアヴェンジャーに固定されている。

 

 気配はおそらくサーヴァントだろう。しかし、敵意も殺意も感じないことから少なくともこの場で戦闘ということにはならなさそうだ。

 

「助けて、ください……。私は、気づいたら、この場所に居て……ここは、何処でしょうか?……なんと言いますか、暗くて、怖気がするのですが……」

 

「説明を求めてるっぽいけど……」

 

「フン。如何でもいいヤツに態々そんなことをする義理などオレにはない。……それよりも女。貴様、名は在るのか」

 

 この場の誰よりもこの場所に詳しいであろうアヴェンジャーに話題を振ってみるも取り付く島もなく却下される。しかし、この場ではいさようならとするわけではなく、目の前の女性に名前を尋ねていた。やっぱりこいつはツンデレなんじゃなかろうか。

 

「おい、今とんでもなく不名誉かつ不愉快なことを考えただろう」

「何故バレたし」

 

 サラリと心を読んでくるアヴェンジャーに戦慄をしつつ、意識を女性に戻す。しかしどうやら彼女は名前を思い出せないようで、どうしてここにいるのかという疑問と相まって軽いパニック状態に陥ってしまっていた。

 俺は何とか彼女を落ち着かせるために背中をさすりつつ、できるだけ優しい声音で言葉かけを行う。すると、落ち着いてきたのか自分の覚えていることをできるだけ思い出そうとしてくれた。

 

 が、残念ながら彼女が口にしたこととは、とても大切な何かを探しているということだけだった。……さて、彼女は一体どういう扱いなのだろうか。アヴェンジャーと同じ俺たち側か、支配者側なのか……記憶も名前すらもわからないのでは判別の仕様はないな。

 密かに自分の身体全体に魔力を行きわたらせて身体能力の上昇を図りつつそんなことを思考する。

 

「フン。記憶と名前を奪われた女か……面白い。ならば貴様は今からメルセデスと名乗れ」

 

「メルセデス………」

 

「嘗てこの監獄にて名前と存在のすべてを奪われた男に関係する女の名だ」

 

「嘗てこの監獄にて名前と存在のすべてを奪われし男………ねぇ……」

 

 彼の言ったことを反復して口にする。……その男は目の前のアヴェンジャーのことではないかという予想が頭をよぎるが今は関係ないために口には出さず頭の中かにとどめておく。

 

 まぁ、何はともあれ、俺たちはこうして記憶と名前を失った女性……メルセデスを新たに加えて第二の裁きを受けるために昨日と同じあのコロッセオのような部屋へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「劣情を抱いたことはあるか?第二の裁きの間にて、オレはお前に問いかけよう。仮初のマスター。一個の意思をもつ他者の肉体に触れたいと思ったことは?その理性と倫理をかなぐり捨て、獣の如き情に身を任せ、貪りたいと思った経験は―――」

 

 

「無論あるとも!!」

 

 

 おそらく……というかほぼ確実に仁慈に問いかけているであろうアヴェンジャーの言葉に仁慈よりも素早くそして力強く返答する声が、コロッセオの如き部屋に響き渡る。その声の持ち主は豪快な物音を立てながら仁慈たちの前に着地し、力強い口調のまま言葉を紡ぎだす。

 

 仁慈はその人物の姿を見て絶句した。彼の眼に飛び込んできた人物は、かつて仁慈がみた夢の中に現れた男の姿と一致していたからである。そう、仁慈が目にした人物とは、影として現れたにもかかわらずスカサハにとんでもない判定を食らった白い少女を食い止めるために単騎で戦った男。フェルグス・マック・ロイその人だったのだ。

 

「天地天空大回転!それが世の常というもの。無論ありまくるに決まっているだろう!獣欲の一つも抱かずして如何な勇士が英雄か!俺を止めたければスカサハ姉を三人もってこい!!」

 

 勇ましく堂々と、あまり誇れないようなことを言い張る彼は確かにかつて彼があったフェルグス・マック・ロイその人だった。しかし、何処か違和感を感じる。彼ら共通の師匠であるスカサハを某王の如く三倍もってこいというあたりが、特に。

 

「俺の在り方が大罪であるならばそれも又よかろう。俺は大罪人としてここに立つまでだ。俺は!赤枝騎士団筆頭にして元アルスターの王たる俺は!」

 

 

 

「主に女が好きだ!」

 

 

 

「主に?え、今主にって言ったよね」

「確かに言いましたね」

 

「……心を覗け。目を逸らすな。それは誰しもが抱く故に、誰一人逃れられない。……逃れることはできないのだ」

 

「おい、声震えてんぞ」

 

 鋭いツッコミが飛び、アヴェンジャーは思わず目を逸らした。目をそらしてはいけないのではなかろうかと仁慈は思い浮かべるが気持ちは大いにわかるので言及することはなかった。

 

「あれこそが、他者を求めて震え、時にあさましき涙を導きしもの――――色欲の罪」

 

「なァにが浅ましきだッ!!抱きたい時に抱き、食いたい時に食う。それが人の真理、人の生であろう!」

 

「……いやぁ、それはどうなんだろう。それこそ人として」

 

「ははははは!そしてそこな女よ。俺にはわかる、わかるぞぉ!お前は尊敬に値し、組み伏せるのが困難な女だ!―――より、具体的に直球にいうのであれば魅力的だ!特に、そのよく突き出た胸がいい!」

 

「わ、わたし……ですか……?」

 

 ここに来て、仁慈達と行動を共にしているこの空間唯一の女性である仮称メルセデスにフェルグスの意識が固定される。その獣欲に塗れた瞳を向けられたメルセデスはビクリと身体を震わせ、仁慈の背中に半分隠れる。

 

「そうとも、お前だ。このようなしけた場所に、酒もなく一人でほっぽりだされたときはどうしたものかと思ったが……よいよい。今宵は最高だ。――――今までたまった分も含めて、俺は!お前を!戴く!!」

 

「………っ!」

 

 余りにも堂々とした宣言。言っていることは最低最悪でも、彼は性にも戦にもその名を轟かせたフェルグス。力の籠った宣言は、記憶を失いもはや唯の無力な女性と化しているメルセデスには刺激が強すぎた。

 ただでさえ不安で染まっていた表情にははっきりとした恐怖の色が浮かび上がり、その身体を完全に仁慈の後ろに引っ込めてしまう。

 

「ふむ……そうくるか。……まぁいい。仁慈、そして見慣れぬサーヴァント。お前らはあれだ。イラン。邪魔だ。殺す」

 

 あっさりと口にされる殺すという言葉。

 普段であればそこまで気にはしない。ケルトにとって、殺す、死ねなんて言葉はおはようとこんにちはレベルの話だからだ。……が、それは彼らが普段放つことのない黒い殺意であれば話は別だ。ケルトの戦士にとって試合でも殺意を飛ばすことなど当たり前のことであるが、そこには一切の不純物はない。只、純粋に相手を殺す気で戦うと言っただけなのだが、今仁慈達が向けられているのは他の欲望が入り乱れ、ドロドロと混ぜ合わさった殺意である。本当にごくわずかの時間しか行動を共にしていなかったが、仁慈にはフェルグスがこんな殺気を放つような人物には思えなかった。

 

 

 まぁ、彼がどう考えたところで事実は変わらないために、戦闘態勢を取るのは変わらないのであるが。

 

「俺から女を奪うというのなら、力ずくで取り返す……強いものが生き残る、これこそが自然界の掟なり。さぁ、唸れ虹霓剣!」

 

「これはちょっとまずいか……?」

 

「……あぁ、お前にはあれが彼のアルスターの勇士フェルグスだと思っているのか。水を差すようだが、それは違う。あれは中世、この世ならざる異界へと送られ恐怖を識った騎士、トゥヌクダルスが見たモノだ。主が作り出した煉獄の第四拷問場―――簡単に言ってしまえば地獄で見た煉獄の悪魔だ」

 

「あぁ、私は何故かそれを知っています。中世欧州に伝わる煉獄伝説。かつて主は異教の神を信仰している勇士たちを捕らえていたと……!」

 

「やっぱり神様って碌なもんじゃない………」

 

 博学な二人の話をざっくりと聞いた仁慈は思わずそう呟いた。大体そんなもんである。伝説に語られる神様なんて誰もかれもが人間よりも人間らしく、とんでもない理不尽の塊なのだから。

 

「その女を寄越せェェェェ!!!」

「ヒッ……!」

 

 元から外れかけていたタガがついに壊れたのか、今にも襲い掛かりそうな見た目フェルグス。

 

「さぁ、マスター。お前はどうする。気前のいい英雄とやらに見知らぬ女をくれてやるのか?それとも、見知らぬ女を――――」

 

「うん。悪いんだけど、メルセデスは関係ない。目には目を歯には歯を、敵意には攻撃を、殺意には殲滅を以て戦うだけだし。相手が本人じゃなくて皮だけなら十分に勝機はある」

 

「――――いいだろう!半分人智を超越しただけの身が、煉獄の獣鬼に通じるのか否か。このオレが見届けてやる!無論、邪魔など入らないように肉柱をへし折った後でな」

 

「………私は、いったいどうすれば……?」

 

 誰もが疑問に思うだろうメルセデスの守り。しかし、その当然の疑問に男性陣は答えることなく、それぞれの敵に駆け出していった。

 

 

――――――――

 

 

「フン、相も変わらず隠れて生えるだけの肉柱、か……。まぁ出てこないならそれでもいい。その場で静かに灰と化せ。――――――我が往くは恩讐の彼方……虎よ、煌々と燃え盛れ!」

 

 前の裁きでも使用したアヴェンジャーの宝具。思考を加速させ、肉体・時間・空間をも超越し、それを肉体に無理矢理適応させるが故に疑似的な時間停止を可能とする宝具。彼の鋼の如き意思が可能とする、彼だけの宝具。その威力は前回の魔神柱で実証済みである。

 

 だが、敵もそのことが分かっているのだろう。ことが終わり、攻撃が自身に接触するかどうかという瀬戸際で、魔神柱は隈なく生えている目から爆発を起こしてアヴェンジャーの謎ビームを防御した。それだけではない、宝具を相殺したことによって発生した爆炎は近くまで来ていたアヴェンジャーの視界を奪ってしまう。

 

 彼は冷静に煙の外に出ようとするが、その行動よりも早く、先程自分の宝具を相殺した攻撃が飛んでくることを察知した。

 

「チッ」

 

 地面を右足で蹴り、後方へ飛ぶのと同時に体をひねる。するとそこには一筋の光が走り、部屋の床を破壊しながら一本の線を描いた。直撃こそ避けたものの、マントの端を少々持っていかれたアヴェンジャーは眉にしわを寄せた。

 空中で体を一回転させ、地面に着地するとマントをばさりとはためかせ、再びその場から跳躍する。

 

 するとその一秒後に彼がいた場所が爆発した。行動を読まれている……元々思考能力にたけているアヴェンジャーがその結論に至るのに、そこまでの時間はかからなかった。宝具すら読まれているとなると厳しいが、打つ手がないわけではない。彼の何よりの武器はその鋼の如き意思なのだから。

 

「フン、それで勝ったつもりか」

 

 カッ、と靴を鳴らしながら再びアヴェンジャーは加速する。一見すると無謀な特攻に見えるだろう。彼の切り札たる宝具を防がれて間もないうちに、特攻……それも宝具の疑似時止めがない状態で突っ込んでも勝機などは万に一つもない。

 が、アヴェンジャーの武器は彼の宝具の効果によって得た驚異的な身体能力でも、疑似的な時止めでもない。疑似的な時止めを可能にするほどの高速思考だ。その頭脳がある彼ならば、この僅かな間でも十分に解決策を導き出すことが可能だ。

 

『――――原罪、解放。理性亡き者、獣と変わらず。古くからある衝動に身を任せる者、己の破滅を知らず。抱いて反し、しかして堕ちる。焼却式、ゼパル』

 

 一見無意味に思える行動。しかし、魔神柱は容赦をしなかった。確実につぶせるであろう己の切り札……その真名を開放し、いつでもそれを放てる状態に整えた。アヴェンジャーはそんなこと気にせず、変わらず正面から突破を試みる。

 

 残り五メートルを切ったところで魔神柱ゼパルは宝具に匹敵する攻撃を開始。アヴェンジャーの償却を試みる。だが、彼はここで己の宝具を使い、疑似的な時止めを再現。その窮地をあっさりと脱する。五メートルという距離を更に縮め、魔神柱の表面に近づいた。彼は右腕を振り上げ、魔神柱の体内に直接己の攻撃を刻みつけようと試みるがその前にいくつもの目が彼を捕らえていたために、爆発が発生する方が早く攻撃するには至らなかった。

 

 けれども、アヴェンジャーの表情に焦りなどはない。むしろ、暴力的ともいえる壮絶な笑みを浮かべ、再び宝具を仕様して嬉々とその場から飛びのいた。ここで魔神柱は過ちに気づくが時すでに遅し。

 流した魔力は既に形を成しており、いまさら止めることなどできはしない。目標を本当に直前で失った攻撃は再びアヴェンジャーを捕らえることは叶わず、自分で放った攻撃を他ならぬ自分で受けることとなった。

 

『――――ッ!?』

 

「クハハ!復讐者(オレ)を舐めたな化け物!こと意地汚さ、生き汚さに置いてオレたちに追従するものなどないだろう!」

 

 いつもの高笑いを上げながら、彼は後ろに下がることをやめ、三度目の接近を行う。流石に自分の魔力はきいたのだろう。いまだに行動を起こすことのできない魔神柱に対してアヴェンジャーは先程の続きとして己の右手を高く振り上げるとそのまま魔神柱の体内に食い込ませ、手のひらから圧縮された魔力を放つ。

 彼の放った魔力は魔神柱の中を余すことなく駆け回り、通常の生物とは異なる内蔵を蹂躙してその命ともよべるか怪しいものを停止させた。彼は魔神柱がグズグズと崩れていくのを確認すると、肉片がわずかに付着した右手を振りそれを落とす。そして、彼は既に戦いを終えていた仁慈の元へと歩き出したのであった。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 時は戻り、アヴェンジャーが急に宝具を発動したあたり、仁慈もフェルグス(偽)に挑んでいた。しかし、いくら本物ではないとはいえ、形を借りているだけのことはあるらしくまったく隙が無い立たずまいをしており攻めあぐねている。彼が得意とする槍がないこともこの状況を作り出している一要因となるだろう。

 が、戦場に置いて、ケルトにおいて武器がないから負けましたでは三流以下、もはや戦うものとしての資格すらないほどの欠落である。というか、そんなことをしたら人類の存亡がかかっているこの状況でも仁慈が殺されるだろう。何よりスカサハに。

 

「ウォォオオォオオオ!!」

 

 獣欲に支配されているが故か、それとも本物でないが故か判別は難しいがお世辞にも巧い攻撃とは言えない振り下ろしが仁慈を襲う。まぁ、技術的に拙い部分が目立つだけで、その身体能力から繰り出される攻撃事態には殺傷能力が高い。仁慈はそれを紙一重のところで回避することで、彼の次の出方を窺うことにした。

 

 結果は、想像以上。

 彼の持つ虹霓剣は既に振り下ろされていたにも関わらず仁慈が回避したと判断するや否や、その軌道を仁慈の回避方向に修正したのである。凄まじい筋力によってなされるごり押しが如き軌道修正に仁慈は内心で舌打ちをしつつ、その場にしゃがみ込む。頭上ぎりぎりのところを通り過ぎたのを感覚で理解した彼は、足を払うために左足を軸として体を回転させ、右足でフェルグス(偽)のダウンを狙う。

 

 しかし、流石に肉体のスペックが違過ぎたのであろう。只の足払いが通じるわけもなく当たりこそしたものの彼の足はその場でフェルグス(偽)の身体に無情にも止められてしまった。

 それを認知した瞬間、仁慈は両手をフェルグス(偽)に向けると、今まで封印してきた魔力放出を使って彼の顔面を攻撃すると同時にその場から緊急離脱を果たした。

 

「くっそ、やっぱり地の能力が違いすぎるか……!」

 

 肉体と魂が一体になっていれば、体に刻まれたという言葉がある通り、無意識的に魔力強化や武器を使ってある程度の対抗は可能となっている。けれども今の彼は魂だけで武器となるものも持ってはいなかった。ファントムの時は彼自身戦うようなサーヴァントではないことで誤魔化してはいたものの、今回の相手はバリバリの武道派。例え本物でなくても荷が重いと言える。可能性があるとすれば彼が全身全霊を込めた八極拳による一撃だろう。ダメージであればそれ以外、彼が意識して攻撃すれば何とかなるかも知れないが、こと大ダメージや止めに置いては必ずそれが必要となる。

 

「ォオォオォォオオ!!」

 

 正面から魔力の塊を受けても大して傷を負ったわけではないフェルグス(偽)は咆哮と共に、再び仁慈へと接近をしてきた。その様は本物の彼からは想像もできないくらいの大雑把さである。本来の持ち味の半分は殺しているであろうその突進も仁慈からしてみれば脅威ではあるが、それでも対応できないほどではない。

 

 傍から見ればバーサーカーかと見間違うほどの突撃をかましながら、ドリルの形をした剣、虹霓剣を突き出す。既に回転をしているそれは空気を切り裂き、軽いかまいたちを発生させながらも仁慈の命を奪おうと差し迫る。空気の層が存在していることによりぎりぎりの回避を行えない仁慈は、大きく後ろに飛ぶと、部屋の壁に張り付いた。そして、フェルグス(偽)が虹霓剣を突き出したと同時に壁を蹴り、また別の壁に着地、そこから再び蹴って飛び跳ねる。それを数回繰り返して仁慈は彼の背後を取った。

 

「――――――――――」

 

 ここでありがちな、声を出しながらの攻撃―――なんて愚行は犯さない。それではせっかく背後を取った意味がないからだ。態々敵にこれから攻撃するなんていうことを知らせる必要なんて皆無なのだから。

 殺気すらも殺し、まるでそれが自然だと言わんばかりに足を振り切る仁慈。先程の反省を活かし、一点に魔力を溜めて威力の底上げを図ると同時に人体の弱点である首元を狙って放たれたそれは、吸い込まれるようにしてフェルグス(偽)の首に吸い込まれていった。

 

「ぬゥ!?」

 

 ダメージこそなさそうにも見えるが、流石に首を攻撃されては立ってられないと体を僅かに揺らす。それをチャンスと捉えた仁慈は、地面を思いっきり踏みしめて震脚を放つと、そのまま衝撃を次の攻撃に上乗せし、フェルグス(偽)の脊髄に叩き込んだ。

 

 ふらついたということで踏ん張りがきかなかったのか彼の身体は先程とは反対に吹っ飛んでいった。それに追撃を加えるために、仁慈も態勢を低く保つと、そのままフェルグス(偽)の後を追う。

 彼は持っている虹霓剣を地面に刺すと、ガリガリガリと削りながらも勢いを殺してその場に静止、仁慈に狙いを定めようと顔を上げるが、追撃に入っている仁慈は既に彼の目の前にまで来ており、強化が入った膝蹴りを顔面に受けることとなる。

 

「ぐぬゥ……ぅぅぅぉぉぉおおおおおあああああ!!」

 

 咆哮を一つ上げ、同じような無様は繰り返さないと言わんばかりにフェルグス(偽)は膝蹴りを食らった頭で仁慈を逆に吹き飛ばした。

 

「何っ!?」

 

 まさかの反撃に驚愕の反応を見せる仁慈だったが、一方で冷静な部分もあったのだろう。態勢の立て直しを図り再び一定の距離が保たれた状態でお互いに向き合う形となる。ここから更に戦いが激化していくかと思いきや、ふとフェルグス(偽)の視線が仁慈から外れた。仁慈も釣られるようにしてそちらを見やると、そこには一人でぷるぷると震えていたメルセデスが居たのである。

 

 ここで仁慈の脳内にはこの後の場面がもう未来予知なんじゃないかと思われるくらい正確に思い描くことができた。

 あれは何度も言う様に皮こそフェルグスだが、中身は違う。アヴェンジャー曰く煉獄の悪魔、仁慈からしてみれば欲望に忠実な獣だ。しかも今は飢餓一歩手前の状態と言ってもいいだろう。そんな中、皿にのせられた御馳走(プルプルと震えるメルセデス)を見つけたらどうなるか………当然、そちらの方に行くに決まっているだろう。

 

「やっべ……!」

 

 仁慈は両足に魔力を込め、地面を蹴ると同時にそれを爆発させる。その二つの効果により殺人的な加速を生み出した仁慈は、フェルグス(偽)が行動を起こす前に移動することができ、尚且つメルセデスを流れるようにお姫様抱っこをして持ち上げるとその場から離れる。その直後、つい先程までメルセデスがいたところに視界に移るか映らないかくらいの速度でフェルグス(偽)が通過していった。その様はまさに暴走列車か車のようだった。

 

 フェルグス(偽)はメルセデスを確保できなかったとみると、すぐに体を転換させて仁慈の方に狙いを定めた。一方仁慈もメルセデスを背後に立たせ庇う様に前に出ると、深呼吸を行い体のコンディションを整えると同時に全身にしみこませるかのように魔力を馴染ませていった。

 

「スゥー……」

 

「ォォオォオオオオオ!!――――カラド……」

 

 どうやら、このままではらちが明かないと考えたらしく、フェルグス(偽)は己のもつ虹霓剣の真名を開放する準備を行いながら仁慈に突っ込んでいった。

 流石に仁慈も真名開放を許すわけにはいかない。彼が、真名開放を行おうと口を開けた瞬間に、フッと消えるかのように移動を開始、真正面からやってくるフェルグス(偽)に向けて魔力、気力を練り合わせた拳を霊核が存在していることが多い場所、鳩尾にそれを放つ。

 

 無論、これは唯の一点集中させ力を上げた拳などではない。ここから、彼は己が練り上げた魔力や気力をこの攻撃を通して相手の体内に侵入させる。今回の攻撃は運のいいことに霊核の真上、そんな場所に人間の仁慈の魔力とは言え、流されあばられたのであれば………死は免れない。

 

「ボル……!?ぐほっ……!」

 

 もはや彼が真名を紡ごうとした口からは紅い液体しか出てこず、言葉を出すことは叶わない。それでもあきらめることをしないのがケルトのアルスターの戦士である。彼らを模している以上、ここにいるものだって諦めることをしない。腕も足もまだ動くのであれば、それを最大限に活用するのだ。

 右手に持っている虹霓剣を振り上げ、仁慈の首を刈り取ろうと最後の力と己の欲求を込めて振り下ろす。しかし、既に死に体の身体。そんなもので繰り出される攻撃は仁慈に通用することはなかった。

 

 左手で、手首をつかまれ、虹霓剣を封じられると、震脚をもう一度使い再び霊核の真上に仁慈の拳と魔力を受けることとなり、獣欲の化身ある彼は消えることとなったのである。

 

 

 

―――――――

 

 

 

「―――見事、お前は第二の裁きも乗り超えた。人の身でありながらも獣欲の化身、煉獄の悪魔を屠った功績はお前のものだ。さぁ、その功績を胸に第三の裁きへと進むのだ」

 

「その前にまた寝かせてくれ」

 

 しっかりとフェルグス(偽)が消滅するところを見届けた仁慈にアヴェンジャーがそう言葉をかけ仁慈が上記のように返す。

 どこか、気さくさすら感じるやり取りは前回、嫉妬を乗り越えたときと同じであったが今は違う。この場には獣欲の対象者であったメルセデスも存在しているのだ。彼女はどこか悪いかなと感じつつも二人の会話に入っていく。

 

「すみません、私はこれからどうすればいいのでしょうか?」

 

「ついて来ればいいよ。別に今更置いて行ったりはしないから」

 

 もちろん。それが致命的な隙、もしくは決定打になりうるのであれば仁慈は彼女を見捨てるだろう。最も、先程咄嗟に助けに入ったことも含めて本当に実現するかどうかは不明だが。

 

「生きずりの女を連れてくる余裕があるのか?いや、その程度の余裕とそれを受け入れる度量があることは既にお前が証明してい居たな。ならばよし。仮初とはいえ、お前はオレのマスターであり、これはお前の問題ということある。余計な口出しはしないでおこう」

 

「もう手遅れな気がしないでもないけどなぁ」

 

「…………ハッ、まさかオレがお前の安否を気にかけているとでも思ったのか?クハハ!おめでたい奴だ」

 

「………フフッ」

 

「女、何故笑った?」

 

 意外……でも、なんでもないだろう。仁慈は戦闘が絡まなければ常識の下で行動をすることができるし、アヴェンジャーも基本的には人間大好きである。そんな彼らがメルセデスを置いて行く可能性はゼロに等しかった。あった当初ならわからなかったが、彼らは彼らの意思で同行をさせたのだ。必要最低限のことは行うだろう。

 

 こうして、シャトーディフ(肉柱付き)ツアーに新たなる参加者が加わることとなったのであった。

 

 

 

 



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堕ちた怠惰、純粋な憤怒

テストが終わるまで投稿はないと言ったな。あれは嘘だ。


 

 

 

 

 仁慈が肉体と魂を剥離され、よくわからない監獄に連れていかれ、さらにその場で出会ったツンデレ染みた中二系の青年と、年齢・名前・出身地・その他諸々が不明な巨乳女性と共にただひたすらサーヴァントやら肉柱と化した魔神柱をぼこぼこにしている頃。

 当然のことというか、カルデアにある仁慈の肉体は魂が剥離したことにより、彼の肉体は三日間目を開け、呼吸もしている状態で自室のベッドに伏せているいわゆる植物人間状態になってしまっていた。

 人類最後のマスター、それも頭のおかしいことで余りにも有名な樫原仁慈の植物状態はすぐさまカルデア内に駆け巡ることになった。最初は誰しも冗談だろうと鼻で笑っていたのだが、カルデアのトップであるオルガマリーと実質リーダー的な役割を担っているロマニ、そして普段は無駄に自信満々の笑みを浮かべているダ・ヴィンチですらその表情を曇らせていることから今ではその話の信憑性を疑うものはいなくなっていた。実際に職員の一人が仁慈の様子を見に行ったということもあるのだ。

 現在の彼らは、マスターが不在という状況でぐだぐだ異変の時のように誰かに侵入されないように必死に世界最新技術の塊と睨めっこをしている。

 

「………やはり状態は変わらない……か……。身体的には何の異常もない。魔術回路も問題ないんだけど……流石に三日間もこの状態じゃあ、数値的には正常でもおかしいよねぇ……」

 

「先輩……」

 

「ふむ、時々魔術回路を使用したような感じがあるし……案外、彼の精神だけどっか別のところに飛ばされたりしちゃったんじゃないかな」

 

「はっはっは……流石にそれは―――」

 

「ないとも言い切れんぞ」

 

 ダ・ヴィンチの推測をロマニがあり得ないと否定しようとした時、タイミングよくスカサハが入室し、流れるようにロマニの言葉を遮った。だが、遮られた当の本人はそれを不快に思うことはなくむしろ「ですよねー」と納得の表情を浮かべていた。

 

 彼だって当然わかっているのだ。このような異常事態が発生したのだから考えられるあらゆる可能性はゼロにはならないと。

 

「ふむ……どうやらもぬけの殻、というところか。今の段階ではこちらで何をしても無駄であろう」

 

「な、何か分かったんですか!?」

 

 したり顔でつぶやくスカサハにマシュは食い気味に迫る。流石に今の彼女は仁慈だから、といういつもの理由で安心できるほどの余裕はないようだ。スカサハもそこら辺のことは察しているらしく勿体ぶることもなく素直に告げた。

 

「この身体には中身がない。ようは、精神・魂と呼ばれる部分がこの肉体に宿っていないのだ。その中身がどこに行ったのか……そこまでは、私でも把握できないがな。少なくともこちらの干渉でどうにかなる次元ではない」

 

 何を隠そう、スカサハ自身も時々同じような方法を取って修行をつけている人物である。現象の解析くらいわけがなかった。

 一方スカサハの答えを聞いて焦ったのは他でもないカルデアのチキンハートことロマニである。

 

「なっ!?た、大変だ!魂が肉体から離れているなんてとても許容できない状態じゃないか!仁慈君の様子から言って既に三日も魂は離れたまま……このまま行ったら確実に戻ってこれなくなる!」

 

「えっ……?」

 

 魂が無ければ肉体は死ぬ。今の彼らは知る余地もないが、そのうち訪れることになる第七の特異点でも似たようなことが発生しているために、その言葉の信憑性は疑う余地もない。

 まぁ、そんなことがわからずとも、普段見ることのない顔色が悪い仁慈を見てしまっていたマシュからすればロマニの言葉は真実と変わりないものに聞えてしまうのだが。

 

「な、何とかなりませんか、スカサハさん!」

 

「無理だな。今の私ではどうにもできん。……まぁ、たとえどうにかできたとしてもそれを実行に起こす気はないがな。恐らく、これはあやつにとってもいい機会になるだろう」

 

「…………先輩」

 

 スカサハですらどうにもならないというのであれば、もうマシュにできることなど何もない。彼女は、仁慈が見たらそれこそショックで真に寝込みそうな表情を浮かべながら寝ている彼の手を握る。

 その様子に、自分にできることは最大限行うことを改めてロマニは誓った。

 

 

 だが、その決意は早くも瓦解することとなる。

 

 

「ロマニ。決意を新たにしているところ悪いんだけど、私たちの仕事はまずアレが先になりそうだよ」

 

「あれ?」

 

 そう言ってダ・ヴィンチが指示したところをロマニも追うようにして視線を向ける。するとそこには、

 

 

安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)ますたぁ……あぁ、安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)

 

「ヒィ……!」

 

 とんでもない地雷と化した清姫がひょっこりと顔を覗かせており、そのあまりにも恐ろしい様にロマニは腰を抜かしてしまった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「……………ん」

 

 ゆっくりと目を開ける。

 もはや生まれたときから行ってきたその行動に意識を割くことなどない。ごく自然に、いつも通りに心地の良いまどろみから意識を覚醒させる。ぼやけが薄れはっきりとしてきた視界にはしみったれた石の天井が映し出されており、俺がいまだ帰れていないことを如実に表していた。

 

「あ、お目覚めですか……?」

 

 わかってはいたけれども七つの裁きを越えなければだめか、と僅かな落胆を抱えているとすぐ隣からアヴェンジャーの元とは絶対に思えない女性の声が聞こえた。何事かと振り返ってみればそこには姿勢正しく正座したメルセデスの姿がある。どうやら俺の近くで一緒に休んでいたらしかった。……俺が近くで寝ていたにも関わらず殺気どころか敵意の一つも見せないとなれば、彼女は白と言えるだろう。

 

 正確な時間は分からないが、会った当初割と物騒な想定をしていたことを心中で謝り倒しつつ、俺は軽く体をほぐしてから跳び起きる。余り寝心地がいいとは言えない硬質な寝床ではあるが、前にも言った通り殺意を感じることなくゆっくりと眠るということが何よりも俺にとってはありがたいことであるため問題はない。昨日の疲労もあらかた抜けたことを確認した俺はそのまま部屋に視線を回した。

 

「……目覚めたか。ほう、そこの女が無事なところを見ると、どうやら襲い掛かることはなかったようだな」

「えっ」

 

「……その戦闘狂みたいな言い方はやめてくれない?俺にとって戦いは娯楽じゃなくて生存に必要な過程だし。理由がなければ戦うなんてしない」

 

 逆に理由があれば何の問題もなく戦いはする。だってそうしなければ生き残れないから。殺意に優しさなんて返していたらいつか絶対に寝首を搔かれる。目に見えるような神秘なんてものはカルデアに来てからしか経験していないけど、それ以外の命の危機なら割と頻繁に来てるからな?ちょくちょく命の危機とランダムエンカウントの日常だからな?

 

「……地味に私は命の危機に瀕していたのでしょうか………」

 

 さっきも言った通り俺は快楽殺人者ではないので理由もなしに襲ったりはしないから安心してほしい。やましいことがあるのなら話は別だけど、そうでないなら過度に怯える必要もないし。

 

「フッ、まぁこのようなくだらない話は隅に置いて、だ。我が仮初の主よ。お前は怠惰を貪ったことがあるか?自身がなすべき数多くの事柄を知っておきながら、立ち向かわず、努力せず安寧の誘惑に溺れたことはあるか」

 

「…………」

 

 あった、のだろうか。ぶっちゃけ俺は生まれてこの方そういったことはしていないように感じる。多大なる誤解を抱きながら過ごしていた家でだって、親や親族に言われたありとあらゆる武を極めようと体を動かしていたし、師匠から受けたことだってこなしていなければ今ここで俺は息をしていることはないだろう。そういった意味ではやるべきことはすべてやって来たというべきなのだが……アヴェンジャーはそう考えたわけではないらしい。

 

「いや、答えなくてもいい。お前の表情を見れば大体察することができる。確かにお前の主観ではそうだろう。しかし、事実とは残酷であり己だけでは見えないことの方が多いのだ」

 

 ……どうしてこう、この前の式(お淑やかバージョン)といい目の前のアヴェンジャーといい勿体ぶるのだろうか。自分の身に関わらることだし、何か重大な秘密があるならさっさと知りたいんだけど。

 

 などと考えていると、俺の不機嫌オーラが飛び出していたらしくアヴェンジャーがこちらの方を向いてフッと笑った。

 

「そう不満げにするな。いずれ分かる、そう遠くないうちにな。……では、仮初のマスター。お前がここに来てから既に三日という時間が流れている。これ以上は元に戻るというお前の目的に支障をきたす可能性も出てくるぞ。さぁ……今すぐ第三の裁きに赴くか?」

 

「当然」

 

 ここで惰眠を貪っていてはそれこそ怠惰と言える。ていうか、そろそろマシュとかに会わないと俺の精神が止んでしまう。別にこの環境が悪いとは言ってないけどさ。やっぱり日々を彩る要素として癒しというものは欠かせないと俺は思うんだ。

 

「フッ、では往くぞ」

 

「アヴェンジャー様。仁慈様。お気を付けください」

 

「行ってきます」

 

 何やら複雑そうな顔で送り出していくメルセデス。

 うん、きっとたぶん知らないうちに自分が危機的状況に居たことの真偽を問いたいのだろう。けれどもそのことは事実であり、言及するだけダメージを受けると思うので俺はあえてスルーをした。というか、俺が元凶のようなものだしね。こう考えると……うん、俺もろくでもない存在の一員と言えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

「おぉ、主よ!ここなる舞台に私を引き落としたのは貴方なのですか!」

 

『――――――』

 

「やはりそうなのですか……。よろしい!この身はとうに悪逆に堕ち、神すらも呪った……さぁ、正しき道を行こうとする生者よ!輝かしき者よ、我が冒涜に打ち震え、我が嘲りによって穢れて地に落ちるがいい!!」

 

 裁きの間に入るとそこに居たのは、フランスでジャンヌ・オルタを作り出し、俺が袋叩きにして潰したキャスター。青髭の異名を持つ元フランスの英雄、ジル・ド・レェが珍しく最初から姿を現していた魔神柱と話しながらこちらに宣言をしていた。

 

「あれが……怠惰……?」

 

 俺にはとても働き者に見える。働く方向性は、人を陥れたり、凌辱したり、神様に対して呪いの言葉を吐きかけたりと言った感じだけれども。

 

「ハハハ!何を言う仮初のマスター!あれこそ怠惰の極みであろう!騎士たる己の本懐と高潔さを忘れ果て、傍の聖女とやらが掲げた物すら忘却した男!唯堕落するがままに魂を腐らせた……あれが人のなれの果てというものだ。容易く転げ落ちるお前たちの末路そのものと言ってもいいだろう。その点において、奴は実にわかりやすい教科書と言える」

 

「お 褒 め に 預 か り 恐 悦 至 極 !!」

 

「満面の笑み!」

 

 とっても嬉しそうな顔をしおって。このろくでなしめ。

 

 今更確認するまでもないことを改めて確認し終えた俺は、自分の思考を戦闘用のものへと切り替えて、この場所で唯一使える武器と言っても過言ではない己の肉体と魔術回路に全力で魔力を回す。

 

 すると全身を駆け巡る血液のように、魔力が循環し、いつもと比べて格段に体が軽くなったということを自覚する。息を整え、何時でも動けるように程よく体から力を抜いた。

 

「準備はいいな?マスター。では、今まで通り、己の道を、己の力で切り開いて見せろ!直接手を貸しはしないが、露払いくらいは請け負ってやる!」

 

「そもそもお前の目的は魔神柱をへし折ることだろうが、恩着せがましいぞ」

 

「クハハ!」

 

 笑ってごまかすかの如く、一足先に地面を蹴り穿ち、ジル・ド・レェの隣に生えている魔神柱へと走り抜ける。相変わらずよくわからない速度だが、サーヴァントの外見なんてなんの意味もないので深く考えるようなことはしない。目の前には俺を殺そうとする敵がいて、俺の身体は戦うことができるのだから。

 

「魂にも痛みはあります。それを受けた時、たとえ人の枠から逸脱したものですら、絶望の淵へと叩き込まれるでしょう。……貴方にそれをした時が実に楽しみです。人類を救わんとするその高潔な魂。私の手で穢しつくしてあげまs―――――」

「――――――喝ッ!!」

 

 ま、戦えるということでもう既に攻撃をするという行動に移っているんですけどね。だから何度も、幾度も言っているだろう。

 

 

 前口上を言うくらいなら、さっさと攻撃するべきだって。俺だって、アヴェンジャーと話し合ってたんだから、その時に攻撃すればよかったのにね。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 と、いつもの如くジル・ド・レェを粉砕・玉砕・大喝采した後は特に何をするわけでもなくここ三日ですっかり慣れてしまった無機質なベッドへとその身を放り投げて一晩を明かした。

 

 なんだかんだでここでの生活も四日目に突入してしまい、本格的に肉体の方が心配になってしまっている俺である。栄養が不足したりとかはしていないとは思うが、体の面倒を見ているのはロマンなのかとか、師匠が情けないと嘆いて倒れている俺の身体に蹴りを入れていないかとか、清姫が病みをこじらせていないとか色々あるんだけど……。

 

「お目覚めですね。ここは獄中で、外の様子がうかがえないので朝かどうかは分かりませんけど、おはようございます。仁慈様」

 

「……おはよう。……ところで、メルセデス。アヴェンジャーは何処に……?」

 

「あー……アヴェンジャー様……ですか……」

 

 昨日と同じくメルセデスに起こされたらしい俺の視界には彼女の顔が映り込んでいるが、ともに戦場を駆ける(しかし個々に戦っている模様)のアヴェンジャーの姿がなかった。なので、寝ているのかずっと起きているのかどうか定かではないが、確実に俺よりも何かを知っている可能性があるメルセデスに問いかけてみる。

 

 しかし、意外なことに彼女は即答をしなかった。なんというか、俺に言いにくそうにしている。彼女がこの状態ということはアヴェンジャーに何か起こったのだろうか。まぁ、言いたくないのであれば自分で確認すればいいだけの話ではあるため、俺も無理してまで言わなくていいと彼女に伝える。

 

「いえ……別にそういうわけではないのですが……えーっと、なんと申しましょう……」

 

 とても困っている。言いにくいというかどう表現したらいいのかわからないというニュアンスも混ざっているようにも感じられて俺は余計混乱した。

 

 そんなこんなでお互いが若干困惑していると、件の騒動の原因であるアヴェンジャーが部屋の中に入って来た。悠々と。

 

「クハハハハハ!!目が覚めたかマスター!次は第四の裁きだ。早々に準備しろ!」

 

「お、おう……」

 

 やだ、アヴェンジャーのテンション、高すぎ?

 

 普段よりも若干……いや、ごめん嘘だわ。かなりテンションの高いアヴェンジャーの姿に思わずメルセデスに視線を向ける。しかし、彼女は黙って首を横に振り、口パクで私にもわかりませんと俺に伝えて来た。

 

 確かにこれは表現に困る。いったい何がどうしてこうなってしまったのだろうか。この監獄塔のどこかに捨てられたキノコかなんかでも拾い食いしたのだろうか。いくら考えても答えは出ない。とにかく俺はアヴェンジャーの言う通り第四の裁きに挑むために部屋から出ることにしたのだった。

 

「アヴェンジャー様もあんな感じですので、くれぐれも……くれぐれもお気を付けください」

 

「アッハイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の裁きは憤怒、俺が感情の中で最も強いものと定義する感情だ。この憤怒は良くも悪くも人を惹きつける。時に怒りが招く悲劇でさえも人は称えるだろう。見事なかたき討ちだとな」

 

「古今東西、老若男女問わず。お前たち人間は復讐譚を好み、愛おしむのだ」

 

「それがテンションの高い理由?」

 

「………そうだな。それは正しくもあり、誤りでもある。……本来の憤怒の化身は、その場を任されながら決してその感情を認めようとはしない、人間要塞のような者だった。本来はな」

 

 ここでアヴェンジャーはいったん言葉を切った。その顔は実に満足げな顔をしている。話の流れから察するに俺たちが相手にする憤怒の化身はその人間要塞という人物ではなくなったのだろう。

 

「だが、今いるのは―――――いや、ここから先は裁きの間に入ればわかる。往くぞマスター。憤怒の化身が奴でなくなったことから死ぬ確率は上がっているが、お前なら問題はないだろう」

 

 それだけ言って俺の前を再び無言で歩くアヴェンジャー。色々考えることもあるがどちらにせよ、何も知らない俺は答えにたどり着くことはできないだろう。故に俺は思考を断ち切り、どのように立ち回るかということだけを考えることにしたのだった。

 

 

 

 もう四度目ということで見慣れてしまった裁きの間。相も変わらずコロシアムのように丸い部屋の中央には一つの人影が立っていた。その人影も、ジル・ド・レェのように見覚えのあるものである。

 

 そう、そこにいた人物とは―――――

 

 

 

「おや、もう二度と見たくもない顔が見えますね?……ふふっ、何ですかその笑える顔は、まるでハトが豆鉄砲を食らったような顔をしてますよ?」

 

「………ジャンヌ・オルタ」

 

「――――覚えていたのですね。気持ち悪くて虫唾が走りますわ」

 

 

 

 昨日倒したジル・ド・レェと一緒に倒した、彼の願望によって生み出された本来存在しない英霊。ありもしないフランスの聖処女、ジャンヌ・ダルクの暗黒面であるジャンヌ・ダルク〔オルタ〕だった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 まさかの人物。ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕と対峙した仁慈は予想外の人物に驚愕していた。彼が考えている通り、ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕は神をフランスを全てに絶望し、そして恨みを抱き、青髭と呼ばれるようになったキャスターのジル・ド・レェが第一の特異点において聖杯を使って作り出した英霊であり、本来であれば現界することはない。

 

 仁慈は、少しだけ精神を落ち着けるために大きく息を吸って吐くと、アヴェンジャーに対して視線をぶつけた。対する彼は余裕そうな表情で返す。

 

「ここはあらゆる怨念を引き寄せる。彼の魔術王が手を加え、肉柱を埋め込んだために普段よりもずっとな。だからこそ、認知されずとも、確かに存在していたという証明さえできれば、再び現れることもできるだろうよ」

 

「これでも、サーヴァントと言ってもいい状態ではありましたから。そこらの雑魚に飲まれるわけでもなく、こうして逆に私の力とさせていただきました」

 

 彼女は、右手から黒い炎を一瞬だけ出して仁慈に見せる。するとそこには確かに仁慈に向けて放たれるジャンヌ・オルタ以外の怨念を見つけた。これは彼がアヴェンジャーと会った時に相手した生者を恨む怨念ということにも気づくことができ、彼女の言葉に嘘偽りはないと確信する。

 

「で、彼女の憤怒はあれか。変わらずフランスへの復讐心なのか?」

 

「そんなもの、目の前に本人がいるのだから、そちらに聞けばいいだろう」

 

「それもそうだ。というわけで、そこのところどうなの?」

 

「………ふふふっ、私が憤怒を抱いている理由ですって……?」

 

 仁慈の問いかけにジャンヌ・オルタはその顔を下に向けて身体を振るわせ始める。これが仲間ということであれば仁慈は、泣いたかもしれないと一瞬くらい思うのだが、残念ながらジャンヌ・オルタは敵であり、何より今までの話の流れから言って泣くというのはまずない。つまり、彼女は今、十中八九怒っているということだ。やべぇ、余計なことを言ったと内心で思う仁慈だが、時すでに遅し。

 

「憤怒なんて抱きまくりよ!特に樫原仁慈!あんたにはッ!……よくもオルレアンではボコボコにしてくれたわねッッ!!」

 

 彼女の怒りは生前?の扱いと、今の発言の所為で有頂天である。この怒りはしばらく収まることを知らないだろう。なんせ、ジャンヌ・オルタにとってはほぼ詐欺に近い内容で宝具の一斉攻撃を食らった後に容赦なく聖杯を回収されたのだから。

 

「あんた、あんなの受けて恨みや怒りの一つも抱かなかったら頭おかしいわ!」

 

「クハハ!!流石だな、マスター!この時代で、サーヴァント連中に因縁をつけられるのはお前だけだろう」

 

「嬉しくない……」

 

 がっくりと肩を落とす、仁慈――――しかし、その後すぐに彼は弾かれるように後ろへと跳んだ。直後、仁慈が先程まで居た場所にゴウッと炎が沸き上がる。仁慈も反射的にジャンヌ・オルタの方を見ると、堂々と舌打ちしていた。犯人確定の瞬間である。

 

「私がやられたように不意打ちで倒してNDKしてやろうと思ったのに……」

 

「自分でやっていることに対策をしていないとでも思った?残念!しっかり行ってました!!」

 

 仁慈の言葉に更なる怒りを覚えたのか今度は炎だけでなく、黒い剣を飛ばし始めたジャンヌ・オルタ。仁慈はその攻撃を先程と同じく回避しつつ、黒い剣だけは自分で手に取り武器として活用しだす。

 

「ちょっと!それ反則じゃない!?それはオルレアンで呼んだバーサーカーの宝具でしょ!」

 

「あれだってもとは純粋な技量から来たものだからセーフ!」

 

 文句を言いながらも常人では見切れない速度で斬りあう二人。時々ジャンヌ・オルタが炎を使い仁慈を焼き尽くそうとするものの、彼も彼で色々おかしい日常で培われた第六感でそれらを回避していく。

 

 二人がそうして戦っている間、アヴェンジャーは一人だけ、魔神柱を探していたのだが、どうにも見当たらなかったらしく、しばらくしてから仁慈とジャンヌ・オルタの方へと語り掛けた。

 

「おい、ところで、肉柱はどうした。目が多くついている悪趣味なアレだ」

 

 仁慈とジャンヌ・オルタは丁度一度距離を取ったところだったのか、ある程度距離があったので答える余裕はあった。しかし、彼女は反応しない。それは当然である。なんせ彼女の目の前には絶対に隙を逃がさないマンこと樫原仁慈が存在しているのだから。ここで反応なんてしたら一瞬で死ぬとジャンヌ・オルタは悟っていた。

 

「………マスター。今は流石によせ。焦って功を逃すということもある。待て、しかして希望せよ、だ」

 

「それ今使うセリフじゃないだろ」

 

 と言いつつも、彼は一度体から力を抜いた。ジャンヌ・オルタはその隙に三度炎を出現させるも脱力した状態から一気に駆け出した仁慈を捕らえることはできず、虚しく空気を焼いた。

 

「貴様も、少しは待て。後でじっくりと相手させてやる」

 

「ハッ!どうして私が貴方たちの言うことを聞かなければいけないのかしら?私たちは敵同士、話し合いの余地なんて存在していないのですよ?」

 

「……ここで答えなければ、そこのマスター(キチガイ)を全力で仕向けるぞ」

 

 ジャンヌ・オルタはアヴェンジャーの言葉に思わず仁慈の方向へ視線を向ける。するとそこには、体から目視できるほど魔力を巡らせ、首を回しつつ手を軽く振っている仁慈の姿があった。この男やる気満々である。

 しかし、この状況ではどちらがサーヴァントでどちらがマスターか分かったものではない。そのことに関してツッコミを入れる人物は残念ながらこの場にはいないのではあるが。

 

「………あの気持ち悪い肉柱なら焼きました。邪魔だったし、私の趣味じゃないですから」

 

「……そうか。………わかった。なら、マスターと存分に打ち合え」

 

「おい。ここに魔神柱がいないなら手伝ってくれてもいいんじゃないの?というか相手サーヴァントなんだけど?」

 

「ハッ!今更常人ぶるなど、冗談にすらならないぞ?」

 

「…………」

 

 黙り込んだ仁慈は仕方がなく、アヴェンジャーの言う通り一人でジャンヌ・オルタと対峙することになる。

 そのことにジャンヌ・オルタはその整った顔を歪めて笑った。彼女の表情にはようやく復讐することができるという感情がありありとみることができる。

 

「ようやく、叶う。私はジャンヌ・ダルク!憎きあなたに復讐するために、アヴェンジャーのクラスを以てこの監獄に現界せし者!さぁ、人理を救わんとするマスター(キチガイ)よ。ここで決着をつけましょう!」

 

「こんなの絶対おかしいよ……戦うけど!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




純粋(仁慈に向けた100%)な憤怒。

嘘はないな(確信)


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悲痛の暴食、強欲の宴

フフフ、いい加減監獄塔を終わらせねばと必死乞いている私です。
あともう少しで終わるとは思うんですけどねぇ……。


 

 

「………うぅ……覚えときなさいよぉ……私は何度だって蘇るんだから……」

 

 グズグズと涙を携えながらもジャンヌ・オルタは俺をキリっと睨みつけた。それと同時にとても怖いことを呟いている。確かに始まりこそ俺のせいだったかもしれないけれど今のはしっかりとした一騎打ち。しかもなるべく卑怯な手を使わないようにしたはずなのに俺が悪いみたいな感じになっているんだが……。

 

「ハハ、ハハハハハ!!」

 

「嗤うな!!」

 

「クハハハハハハハハハハ!!いいぞ、いいぞ。それでこそ憤怒だ!ここまでやられながらも消えることのない復讐の炎……それこそが、オレたちの望むものだ!」

 

「テンション高っ」

 

 アヴェンジャーの性格からか、ジャンヌ・オルタのことを偉く気に入ったらしい彼はとても楽しそうに笑うのだが、ジャンヌ・オルタはそれが馬鹿にされていると受け取ったらしく顔を真っ赤にしてアヴェンジャーの方に叫びかけていた。なんだろう。ジャンヌ・オルタのポンコツ臭がオルレアンにも増して濃くなっている気がするんだが、今後は大丈夫だろうか。あの子―――――。

 

 

 

 

 

―――――なんてことがあったのが前日の出来事であり、今日は監獄塔に来てから五日目に突入してしまっていた。

 

 結局あの後ジャンヌ・オルタは泣きながら消えていったのだが、消えるときのエフェクトが金色の光が出ていないことから完全に消滅したわけではないのだろう。アヴェンジャーに問うてみても肯定する旨の反応が返ってきたためほぼ間違いないと思う。

 

 そんなこんなで五日目。

 もはやお約束となりつつあるメルセデスの顔を視界を眺める。よくよく考えたらこれはとても貴重なことなのではなかろうか。朝起きたら間違いなく美女の顔があるってすごいと思う。………これで完全な白ならいいんだけどなぁ。こんな場所で一人で居たし、何より記憶喪失だからなぁ……限りなく白に近いグレーという判定ではあるけれど、安心するには後一歩足りないんだよなぁ……。

 

 と、残念な気持ちを抱きつつ、アヴェンジャーが部屋に入ってくるのを待つことにする。すると、珍しいことにメルセデスの方から話しかけてきたのだ。

 

「そういえば、毎日あなた方は戦っていらっしゃるのですね。あの裁きの間の支配者たちと」

 

「急にどうしたのさ」

 

「いえ……ただ、私だけが取り残されているようで……。仁慈様は確かな記憶と目標を持って、それを達成するために戦っていらっしゃいます。けれど、私にはそれがない。行っていることと言えば、貴方様の帰りをここで待っているだけ」

 

 ……どうやら彼女は自分がただ一人安全な場所に居ることを気にしているようだ。けれども俺からかける言葉はない。未だ心のどこかで敵なのではと疑っている俺に一体なんて声をかけろというのだろうか。

 

「アヴェンジャー様は言いました。此処に集うのは、総じて何かに囚われている者たちだと。それは英霊と呼ばれる人を超越したものでさえも。私はそのような立派な存在ではありません。しかし、確かに此処にいる………であれば、私も何らかの罪の具現として現れたのかもしれません」

 

「………まぁ、その辺はいずれ分かると思うよ。記憶の戻る気配がないのであれば、今考えても仕方ない。アヴェンジャー風に言うのであれば、『待て、しかして希望せよ』だ」

 

 このセリフ。言ってて思ったけど割と使い勝手がいいな。

 メルセデスは俺の慰めともいえない苦し紛れの言葉に対して笑みを浮かべながらありがとうございますと答えた。

 

 そのタイミングで、アヴェンジャーが牢獄の中へと入ってくる。随分といいタイミングで入ってくるな。実は狙っているのではなかろうか。それとも、一緒の牢獄内に居ないのは自分がいつ襲われるか分かったもんじゃないからとかいう理由じゃないよな?ないよね?

 

「おい、その言葉を無暗に使うのはやめてもらおう」

 

「昨日お前が無駄うちしただろ」

 

「…………第五の裁き、その準備が完了した。生きたいのであれば立て、マスター」

 

「お前誤魔化すの超下手だな」

 

 露骨に話を逸らすことすらせずに正面からガン無視というある意味男らしいスタイルを取ったアヴェンジャーに溜息を吐いて俺は彼を連れて牢獄から出ていった。

 

「先に支配者の正体を教えてやろう。奴は、暴食の化身だ。この世のあらゆる快楽を貪り、溢れてもなお満たされず、飽き足らず、食い散らかした悪逆の具現。……対応としては難しいものではない。只、殺す。それだけでいいのだ」

 

「要はいつも通りってことじゃないか」

 

「クハハ!その通りだ。そのようなこと、実に今更だったな……」

 

 何を今さらという風に返してみれば、彼は実に機嫌がよさそうに笑った。おかしな奴と思いつつも深く突っ込むようなことはせず、ただひたすらあらゆる牢獄に繋がるくらい廊下を歩くのだった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「―――――来たか。未だ人理を取り戻そうとする組織に属し、人類最後の守護者足り得る者よ。………何を驚く。我が狂気は月の女神の恩恵によるものだ。時に失われもする。陽の光すらも遮るこの場所なら、僅かな時間の身とは言え月の女神の眼すらも欺けるだろう」

 

「………」

 

「………」

 

「フッ、どうやら余程意外なことだったらしいな。それも当然だろう。お前と余が合いまみえたのは、我が愛し子と共に行動し、敵対していた時のみ。バーサーカーとして現界した余は碌に人の言すら持ち合わせていなかっただろう」

 

 ……なんだこれ。なんだこれ。

 

 俺の目の前には、ジル・ド・レェとジャンヌ・オルタと同じく特異点で敵として遭遇したネロ・クラウディウスの伯父であるカリギュラ。ぶっちゃけ、ジャンヌ・オルタと同じく……いや、それ以上に酷い不意打ちを食らわせて退場してもらったサーヴァントだったのだ。しかし、今の彼には嘗ての狂気はなく、極めて理性的である。……暴食の化身とは一体何だったのか……。話が違うじゃないかと横を向いてみれば、アヴェンジャーも意外そうに目を丸くしていた。お前も想定外なんかい。

 

「………」

 

「―――――フッ、お前が疑うのも無理はない。だが、余は感謝している。お前のおかげで余は愛し子たるネロを陥れ、あまつさえ殺すなどと言ったことをせずに済んだのだからな」

 

 おそらくはこれが暴君と謳われる前のカリギュラの姿ということなのであろう。確か彼は暴君と言われる以前は名君でもあったはずだ。もしかしたら、月の加護とやらで狂気に陥ってから暴君と呼ばれるようになってしまったのではないか。そう思わせるほどの理性を今、彼は持っている。

 

「ま、そういうことなら素直に受け取っておくわ」

 

「それでよい。――――グッ、ウォォ!……………ふぅ。そろそろこちらでの役目を果たすとき、か」

 

 しかし、彼の理性もそこまで時間があるというわけではないらしい。一瞬だけだが、彼の瞳にかつて見た狂気の色がともったのが見えたのだ。恐らく、もう数分と持たないだろう。こういうのは一度発症すると驚異的なスピードで侵食していくようなものだろうし。

 

「……最後に聞いておくが、肉柱はどうした」

 

「ォォォオオ………あの実に非ローマ的柱なら余が折っておいた。こやつと語り合う上で邪魔にしかならなかったが故にな」

 

「そうか……」

 

 あ、二回連続で魔神柱を相手にできないから露骨にテンション下げやがった。落ち込む割には俺の試練と言って手を貸そうとはしないんだから俺にはどうしようもない。とりあえず放置を決め込むことにする。

 

「さぁ、人理の守護者足り得る者、樫原仁慈よ。貪り喰らう者たる我が身を、このカリギュラを越え、て、見せヨ―――ォォオォォオォォォオ!!」

 

 限界を超えたカリギュラの瞳は完全に狂気に染まり切り、人の言葉を話すことはなくなった。恐らく、今の彼は詐欺でも何でもなくすべてを貪り、喰らい続ける暴食の化身に相応しいことになっているのだろう。

 で、あれば。俺としてやるべきことは一つにしていつも通りだ。先程アヴェンジャーが言ったこと、それをそのまま行えばいいのである。要するに、己が生きるために、己の生を確立するために、相手を殺す。

 

「―――ウォォオオオオオオオオオオオ!!!」

 

「―――疾ッ!」

 

 

 狂気を含んだ咆哮を合図に、俺は一気に地面を穿ち、加速する。アヴェンジャーの援護は期待できない。で、あればいつも通り正々堂々隙をついて、相手の視覚からの攻撃を仕掛けるのみである。

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

「―――スゥー………」

 

 肺に溜まった二酸化炭素を一気に吐き出すかのように、深く息を吐く。そして、そのまま吐いた時間と同じくらいに息を吸い込み、再び吐く。

 戦闘で高揚した気持ちと身体から、熱がある程度抜けたのを確認した俺は軽く身体をほぐしてから裁きの間を後にした。

 

「流石だな、マスター。実に無駄のない動きだ。本当に人間なのかと疑うほどにはな」

 

「次あたりは働いてくれよ?割とマジで。このままだと何のためのサーヴァントなのかわからなくなる」

 

「以後気を付けるとしよう」

 

 嘘だな。

 隠す気がないということまで読み取れる表情でアヴェンジャーは答える。次あたりは意地でも手伝わせてくれようか。

 悠々とマントをなびかせながら前を行く彼の背中を見送りつつそんなことを思った。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 監獄塔生活六日目。そろそろ俺の肉体がコールドスリープかなんかされてそうで怖い。流石にそんなことはされていないだろうとは思っているものの、それでも長時間留守にするというのは恐ろしい。

 一体カルデアにいるサーヴァントたちがどうなっているか全く分からないし。下手に放置を決め込むととんでもなく面倒な連中がいるということも把握している。だから余計に怖いよ。

 

「どうしたマスター。どこか上の空のようだが?」

 

「いや、今のカルデアを憂いてちょっと……」

 

「己の想い、その向う先があるというのは悪いことではない。その想いが、純粋なものであれ、薄汚れたものであれな。……だが、次の裁き、第六の支配者は強欲の化身。人の限りない欲望を体現せしめた存在……いわゆる難敵というやつだ。彼の強欲さには驚愕を覚える。富を、金を、名誉を得ようと己の娘すら捧げようとした男でさえ、彼には遠く及ぶまい。あれはそういう男だ。なんせ、彼の欲は世界に及ぶ」

 

 珍しく機嫌のよいアヴェンジャー。その証拠に普段より、二割増しほど声音が明るく、言葉量も多かった。どうやら彼という人物を余程気に入っているらしい。

 

「気に入っているのか、だと?……そうだな。そうとも言えるだろう。なんせ、この世のすべてに善を成そうとした男……言い換えてしまえば世界を救おうとした男だ。その無謀、高潔、強欲はあ喝采を送るに相応しい。……故に我が恩讐にて破壊する。オレの黒炎は正しき想い、尊き願いにこそ、燃え上がるものだ」

 

 いつになくやる気満々である。

 前もって貰える情報から整理してみれば、第六の支配者たる強欲のものは、世界平和を願うほどの人物らしい。性格的にはある程度常識があるとみて間違いないだろう。たまにナチュラルで狂っている人物もいるが、現状でそこまで予測に入れてしまっては収集が着かないためにスルーしよう。

 なんにせよ、高潔な人物が相手ということになるのか……。

 

「これは面倒臭そうだ」

 

「けれど、壊すのだろう。殺すのだろう。道を遮るのであれば、無理を通し、道理を蹴とばして進むのだろう?」

 

「―――当然」

 

「ハハハハハ!それでいい。その不動の意思こそ、ここを生き残るために必要なものだ。――――さぁ、往くぞ。マスター」

 

 ここ二日間で失いつつあった復讐者としての威厳を前面に押し出しつつ、唇の端を吊り上げたアヴェンジャー。俺もそんな彼に特にツッコミを入れることもなく、続くのだった。

 

 

 

 

「………来ましたね。私は貴方を待っていました。世界とヒトを憎悪し続けるように定められた哀れな魂、アヴェンジャー」

 

「なっ……!?」

 

「ジャンヌだと……」

 

 だが、俺たちの目の前に現れたのは調停者というクラスに収まっているアヴェンジャーと同じくエクストラのクラスを冠する者。ジャンヌ・ダルクだった。憤怒の化身として俺に襲い掛かったオルタではない。この監獄塔に全くと言ってもいいほどに会わない真っ白い方の彼女である。

 

「違う、違う違う!何故貴様がここにいる!確かに貴様も裁きの間に適性を持つ者だろう。だが……あぁ、なんというタイミングの悪さだ旗の聖女よ!」

 

 アヴェンジャー。まさかのガチギレである。その形相は正しく鬼の如く、復讐鬼には実によく似合っている者になってしまっているが、ここまで怒りをあらわにするのも珍しい。どうやら、彼にとってジャンヌ・ダルクはそこまでしなければならない相手らしい。

 

「どうしてそこまで?」

 

「オレが、オレであるからだ!あの女は、憤怒の存在を認めない。それはオレの否定に他ならない!」

 

 なるほど。人間の醜い部分を是とし、それがあるが故にアヴェンジャーとして存在している自分の否定にも相応しい思想をしているから憎むのか。確かに、彼女は憎しみとかそういった感情とは無縁そうだし、そのようなものに囚われている者がいれば手を差し伸べようとするだろう。

 普通であればそれでいいのだが、生憎とアヴェンジャーはそういった類の奴ではない。その所為でああなってしまっているわけか。

 

 

 

 俺が思考している間もアヴェンジャーとジャンヌの話し合いは続いていた。彼女は言う。アヴェンジャーの復讐の炎がいかに強力だろうと、一度救われ道を踏みなおした貴方であれば救われるはずであると。

 対してアヴェンジャーは煌々と吼えるように言い返す。己の黒煙は請われようと救いを求めず、己の怨念は誰にも赦しを与えない……それこそが、巌窟王。人類史に刻まれた永遠の復讐者であると。

 

 彼らの主義主張はお互いに平行線を行き、決して交わることはなかった。故に、アヴェンジャーは素早く戦闘をする準備を整える。一方ジャンヌは未だ話し合いでどうにかするつもりなのか、構えを取ってはいなかった。だが、そんな彼女に対して語り掛ける第三の声が唐突に乱入を果たす。

 

「――ようやく来たか。本来の強欲の支配者。……復讐者一人に対して調停者が二人とは……あぁ。面白い。そうだろう。サーヴァント・ルーラー!天草四郎時貞!」

 

 不機嫌そうだった声音を僅かに回復させ、アヴェンジャーは声の方向に向って吼える。するとそこから、十字架が描かれたたマントを身につけ、神父服を着こみ手に日本刀を持っているという和と洋が何故かフュージョンしている白髪褐色の青年が現れた。どこか少しだけエミヤ師匠に似ている気がするのは気のせいだろうか。

 

 まぁ、俺の些細な疑問は置いておくとして、二人の言い分を噛み砕いていうなれば、彼ら二人はアヴェンジャーを、巌窟王を救いたいらしい。故に二人して手を組むようだった。

 

「ジャンヌ・ダルク。貴方のお力をお借りいたします。ともに、この場所に配置されている支配者ではなく、ルーラーとして戦いましょう」

 

「えぇ。天草四郎時貞。私たちの目的は一致しています。お互いが彼のことを救い――――そういうのであれば、ともに手を取り合い戦うべきです。共闘するなら、あなたほど心強い相手はそういません」

 

「やったねアヴェンジャー。二人から言い寄られてモテモテだぞ!」

 

「残酷なことだ……。マスターよ、その冗談はかけらも面白くないぞ」

 

「ですよね。……というか、傍から見たらこっちが悪役じゃねえのこれ」

 

「クハハハハハ!!なんだ、面白い冗談も言えるのではないか!それは、いい。中々皮肉がきいているぞ。―――――さて、ひとしきり笑ったところで往こうかマスター。もはやオレとお前は一心同体。ここから生き残るにはこいつらを殺すほかない。あらゆる救いを絶たれたここで、しかして希望し真に生きたいと願うものは、()()()()()()()()()()()!お前を!導けるのは!オレだけだ!」

 

 煌々と吼えるアヴェンジャー。少し引っかかる言い回しだったが、今は気にしても仕方がないために一端頭の片隅にでも置いておくとして、戦闘を行うために態勢を低くし、いつでも対処できるようにしていると――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――突如、見覚えのある炎が俺たちと、ジャンヌたちの間に燃え上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と、面白いことをしているじゃない?……私も混ぜてもらおうかしら」

 

 そういいながら、悠々と歩いてきたのは俺達の目の前で対峙しているジャンヌと似たような容姿を持つ少女だ。

 俺達が二日前の憤怒戦にして、倒した少女。アヴェンジャーから確認を取り、消えていないことを確認した唯一のサーヴァント、

 

 

「ねぇ、いいでしょう?聖女様」

 

 

 新たに生誕したアヴェンジャー。ジャンヌ・オルタである。

 

 

 

 

 

 

 

 




珍しく仁慈が空気だな!


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裁きの終わり

次で最後です。


 

 

 

 

 

「クハハ!これは面白い。かつての再現というやつか?それとも、我がマスターの危機でも察して助けにでも入ったのか?」

 

「誰があんなキチガイを助けるもんですか。というか、あの男なら助けなんてなくても自力で何とかするでしょう。心配するだけ無駄だわ」

 

「ほう?では、向こう側に回って復讐の続きか?それでもオレは構わんぞ。どの道、ルーラー二人はオレが相手するつもりだった。そこにマスターの援護が入るようになるかならないかの違いだけだ」

 

 仁慈達とルーラー達の戦いを邪魔するかのように炎を出現させ派手に登場したジャンヌ・オルタ。そんな彼女の言い分に対してアヴェンジャーこと巌窟王は挑発をするかのようにそういった。この時、話の中心部に近い仁慈の姿が忽然と消えてしまっているのだが、ジャンヌ・オルタの登場によってその意識を奪われているジャンヌと巌窟王に視線を固定している天草はその事実に気づいてはいなかった。

 

「ハッ!私があの聖女様の味方をするですって?在り得ないわそんなこと。私は私であの女と戦うだけ。貴方たちのことなんて知らないわ」

 

「………ははは、ハハハハハッハ!!いいだろう。周りの事なぞ気にも留めず、唯己の身体を焼き尽くさんばかりの炎に身を任せ暴れまわる……それでこそアヴェンジャー、それでこそ憤怒の化身!」

 

 ジャンヌ・オルタの返答に満足したのか、巌窟王はそのマントを翻し、自らの宝具である巌窟王(モンテ・クリスト・ミトロジー)の出力を上げる。それに伴い彼を纏うように弾けている電撃が勢いを増し、彼全体を黒く包み込んだ。その形態はかつて彼と対面した時と似通ったものになっている。

 

「さぁ、ルーラー共。オレたちアヴェンジャーの、憤怒の炎を消してみよ!」

 

「いつぞやの続きと行きましょう聖女様」

 

「くっ、仕方ありません。その魂、主に変わって私たちが救済します……!」

 

「それでは、始めましょう……!」

 

 こうして、対戦カードを改めて今度こそ、戦いの幕が上がることとなったのだった。

 

 

――――――――

 

 

 

「汝の道は、既に途絶えた!」

 

「いいえ。まだまだ、道は続いていますとも!」

 

「はぁ――—!」

 

「ゼェア!!」

 

 戦いは熾烈を極めた。クラスでいうなればお互いが例外クラス。それも真反対と言ってもいい二つの戦力のぶつかり合いだ。

 ジャンヌとオルタの対決は、一見してオルタが押しているようにも見えるが、ジャンヌも持ち前の守りの高さから確実に反撃の機会を窺い、一撃一撃を確かに返している。オルタの方は、火力こそ比較にならないがその分守りの面では薄く、如何に反撃を受けないようにするかどうかが勝負の要となる様子であった。彼女たちの戦いはまさに矛と盾の戦いと言えるだろう。

 

 一方、天草四郎と巌窟王の戦いは剣が飛びビームが飛かう勝負となっていた。時々どちらも接近戦を仕掛けることがあるのだが、お互いが決定打というものを入れられずにいる。お互いにどちらもこなせるオールラウンダーだ。彼らは同時に攻めににくい相手であると感じていた。

 ただ、どちらかの攻撃が入ってしまえばその均衡は崩れ去ると、漠然とした予感が彼らの脳裏をよぎり、戦いの手を緩めることはなかった。

 

 

 このような均衡した激闘の中、唯一人空気となり、放置されている男がいた。そう、魔術王ソロモンによりこの監獄塔へと送られてしまっている樫原仁慈である。特に彼らとの因縁があるわけでもない彼は珍しいことに空気を読み空気に徹しているのだが、ここで彼は思い出す。自分は一刻も早くこの場所からでなければならず、ここで倒さなければならないのは何を隠そう傍から見れば正義の味方と思われるルーラーコンビなのだ。

 

 ここで仁慈は考える。敵であれば容赦なく潰し、自分の生命の確保に奔る現代のライトケルトである彼であるが、流石にこの流れで不意打ちするのはあれなのではないだろうかと。例え、人間であるが故に相手にそこまでのダメージを与えられずとも、今このタイミングはアレすぎるのではないかと。

 

「(さて、一体どうしようか……)」

 

 珍しく良心を働かせた仁慈。その時、脳内に電波が届く。彼の頭に届いた声は彼にとって聞きなれた物であり、現在でも滅多なことでは逆らえない某師匠の声にとても似ていた。

 その声は彼にこう囁いた。戦いであれば、容赦など不要である、と。この声を聴いた瞬間仁慈の脳裏には今までの戦い、というよりはカルデアに来る前に受けた理不尽ともよべる試練の数々を思い出していた。

 

 森でのサバイバル&ラスボスとして構えていた、なんか神性を帯びた熊との対決。直接修行をつけてもらった一週間とは別に、ちょくちょく夢の中で拉致られ、影の国へとドナドナされるだけにとどまらず、影の国の女王とひたすらに1on1。低級だろうが神話に出てきそうな化け物と死ぬ気の鬼ごっこ等々、様々な場面を彼の頭の中を通り過ぎていく。

 そのことによって、彼のスイッチが一瞬にして入れ替わる。この時を以てしてルーラー二人は仁慈にとって敵となった。頭が切り替わった仁慈は今まで通り空気に徹しつつ、その場で体勢を低くすると音もなく消え失せ、次の瞬間にはアヴェンジャー組と戦っているルーラー達に狙いを絞っていた。

 

 そうして狙われたのはジャンヌではなく天草四郎である。ジャンヌは仁慈の中に残ったほんの僅かな理性がかつて味方として戦っていたことを覚えていたらしく攻撃することに躊躇していたが、今回初顔合わせである天草四郎にはそのような遠慮は一切ない。

 仁慈が彼の背中を取った時、丁度天草は巌窟王の攻撃を回避するためにバックステップを踏み、仁慈の方へと向かって来ていた。この好機を逃すようでは今現在生きていない、という現代社会ではありえない生活をしてきた彼がこのまま黙ってみているはずもなく、静かに練り上げた魔力と気力とその他諸々を拳へと込める。

 

「――――!……………」

 

 巌窟王はそんな仁慈に気づいたのだろう。声をかけ、自分の獲物であることを叫ぼうとしたが、既に間に合わないことを悟ってしまった。故に彼は自分の攻撃からバックステップで回避する天草を追うことはなく己が被っているポークパイハットをつかみ、深く被った。

 

 その行動に疑問符を浮かべる天草であったが、次の瞬間自身の身体に突き刺さる衝撃によって巌窟王の行動の真意を得た。

 

「――――がァ、あぁ……!?」

 

 唐突に走る衝撃。それは肢体をバラバラにするのではないかと思えるほどの衝撃であった。

 

「残酷なことだ……」

 

 一瞬だけ見ることができた仁慈の表情には見覚えがあった。それはかつての自分である。ファリア神父に会い、自分が嵌められたことを知った時の自分と同じ、なんとしてでも生き残るという強い意思を見ることができた。いったい何がどうしてそうなってしまったのかということまでは分からないが、あのような表情をしている人物を止める資格を彼は持たなかったのである。

 

「ま、まさ……か……。貴方は……」

 

 完全に仁慈の存在を忘却してしまっていたのだろう。天草は背後で自分の背骨に拳を食い込ませている仁慈に在り得ないようなものを見る目を向けていた。しかし、そんな彼に対して仁慈は大した反応も見せず、無慈悲にも第二撃を一撃目と同じ場所に叩き込んだ。

 

 ドゴォ!とまるで時速100キロを超えたトラックがぶつかったと思えるような轟音と共に地面が陥没し、その反動を力に加えた拳が天草の身体に突き刺さる。彼の胸からは背後から受けた衝撃の半分が貫通していき、それ以外は彼の肢体を含めた身体全体にくまなく駆け巡ることとなった。彼は己のプライドからか、叫び声こそ上げなかったものの、口から大量の血液を吐き出す。

 

「は、はは。どうやら、最近の、マスターは、サー、ヴァントと変わりない……人が、多いよう、です、ね……」

 

 仁慈を見て、確かな敵意を彼に向ける。しかし、仁慈はそれには反応せず、彼の身体が金色の光に包まれ、粒子と化していることを確認したのちにその場から再び消え失せた。

 

 一方、天草がやられたことを察したジャンヌ。ここで彼女はある意味で最も放置してはいけない人物を思い出した。

 

「しまった!ここには仁慈さんも居たんでした!」

 

「アハハ!今更思い出してももう遅いわ!けれど、私の復讐の邪魔はさせないわよ!」

 

 仁慈が居るという事実に気づき、焦りだしたジャンヌ。ジャンヌ・オルタは仁慈の存在に気づいたジャンヌを嗤うものの、このままでは自分の復讐を邪魔されると思い彼女に攻撃を仕掛けようとしていた仁慈を止める。

 

「―――――――」

 

 仁慈はジャンヌ・オルタの攻撃を回避すると、その場で止まる。その直後、理性のないような瞳に光が灯り、正気に戻ったような顔をした。どうやら先ほどまでは一時的な狂化状態に置かれていたようだった。もう普通に治療が必要なレベルのトラウマなのではなかろうか。

 

「………まぁ、俺も積極的に倒したいわけではないし、任せるよ」

 

 正気に戻った仁慈はその場をジャンヌ・オルタに任せることにしたのだった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 結局、ジャンヌ・オルタとジャンヌの戦いはジャンヌの消滅ということで決着がついたのだった。監獄塔に支配者として召喚されたということで、本物とは似ても似つかないほどの弱体化を受けたジャンヌと監獄にてほかの怨霊の力を吸収したジャンヌ・オルタでは長くは持たなかったのである。

 しかし、ジャンヌ・オルタはジャンヌが消失すると同時にその霊基を保てないようになってしまっていた。理由としては、いくらこの監獄塔と彼女が相性がいいとしても所詮は存在していない英霊。どうやら、彼女がこの監獄塔に召喚された本当の理由は彼女のオリジナルたるジャンヌが居たからこそ果たされた奇跡であったらしい。

 

 そのことに本人は気づいていたものの、素直に認めることは癪な上に元々の目的として彼女を倒しに来たらしい。仁慈と戦ったことは、本来の彼女出番を奪うという嫌がらせと自分自身の復讐のために来たのだとか。

 

「本当は貴方に復讐をした後に、気持ちよくあの聖女を殺してやりたかったんですけれど……」

 

「そう?なんなら今すぐ止めを刺してあげようか?」

 

「本当にしそうなのが怖いわ……。まぁ、今回は貴方の実力を実感できただけでもいいとしましょう。……聖女サマの方はそもそも弱体化していたことだし。いつかは貴方と共に地獄に送り付けてあげるわ。……後、最期にあなたに伝えておきましょう。言われるまでもないかもしれないけれど、あまり他人を信用しすぎない方がいいですよ?」

 

 ジャンヌ・オルタは消え始めた身体を確認してからそのようなことをそのようなことを口にした。仁慈はジャンヌ・オルタの忠告を聞いた後、そうかと短く答えて彼女の消滅を見送った。

 

「何やらオレの存在意義が揺らぎ始めているが、見事第六の裁きも乗り越えたようだな。残る裁きはあと一つ。これを乗り越えれば晴れてお前は生還することができる」

 

「長かったな」

 

「ここで大変の一言も出ない当たり流石というべきか……。まぁ、裁きを乗り越えるにせよ、屈するにせよ。明日が最後の一日となるだろう。早めに戻ろうとしよう、マスター」

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 目が覚めるとそこにはメルセデスが居なかった。ここ最近、彼女の顔を見て目が覚めることが日課と化していたからその変化にはすぐに気づくこととなる。……さて、この流れはどう見るべきだろうか。俺が寝ている間にどこかに消えたのか、それとも――――。

 

「おい、女は何処だ」

 

 

 そこまで考えたところでアヴェンジャーが牢獄に入って来た。彼もメルセデスが居ないことにすぐに気が付いたのか、その居所を俺に尋ねて来た。残念ながら俺も知らないのですよ。まぁ、俺のセンサーは敵意があるかないか、もしくは害になるかならないかで発動するというガバガバなもんだからなぁ……。

 

「俺は知らないよ。案外、裁きの間にでもいるんじゃないの?」

 

「……ふん、まぁいい。あの女が今どこに居ようと関係ない。それよりも最後の裁きの間の準備が整ったようだ。第七の支配者を殺せ。いままで通りにな。どちらにせよ、それしか道はないのだからな」

 

 黒いマントを翻してアヴェンジャーはその牢獄から出ていった。俺はメルセデスのことを考えつつ、彼の背中に続いた。

 

 無言でアヴェンジャーはいくつもの牢獄に繋がる廊下を歩いて行く。俺もその背中について行きながら思考を回転させる。

 

 メルセデスは元々、ここに記憶を無くして居た存在だ。では、どうしてこんなところに居たのだろうか。答えは二通り存在する。一つは彼女がソロモンに連れてこられた可能性。もう一つは、元々この監獄塔において支配者の役割を当てられていたが、何かしらの不具合により記憶を無くしてしまった場合である。

 

 そこまで考えたところで、珍しいことにアヴェンジャーが俺に対して話しかけてきたのだった。

 

「お前は、運がいい。この監獄塔の地獄ともよべる部分をほとんど知らないでいる。拷問の雨による肉体への打撃も、監修された者どもによる呻き、死にかけの大合唱による聴覚への打撃もない。まぁ、この監獄塔は伝説上のものとは異なる。それはオレの在り方に影響を受けているのだが……それはいい。随分とオレとは異なる道を歩むものだな」

 

 フッと、珍しく笑った彼はそのまま裁きの間の中へと入っていった。唐突にどうしてそのような話をしたのかと考えたが、俺に考えてもわからないだろうと結論を付け、そのままいつの間に近くになっていた裁きの間へと入っていった。

 

 中の様子はいつもと変わらない。今まで幾度となく支配者と戦いをしてきたいつも通りの裁きの間だ。唯一つ、違うことと言えばその場には支配者という地位についていたサーヴァントが居ないということだろうか。

 

「準備ができたって言ってなかった?」

 

「―――一つ、昔話をしてやろう。暇つぶしだ」

 

「さっきといい随分と珍しいことを言うね。今日が最後っていうのが寂しくて、急にお話でもしたくなった?」

 

「戯け。……年上の話は聞いておくに越したことはないぞ?」

 

 フッと先程と同じように薄い笑みを浮かべながら彼は話し始めた。それは、世界で最高の復讐劇と言われる物語。彼曰く、愚かな男の物語。

 ある罠によって無実の罪で監獄塔へと送られ、十四年間を無駄にしたのちに無事監獄を脱走し、復讐鬼となった男の話。

 

――――巌窟王。

 

 それは、目の前の男をさす言葉。世界で最も有名な復讐鬼(アヴェンジャー)。モンテ・クリストの名で数々の復讐を行った、本名エドモン・ダンテス。

 

「――――と、こういうことだ。まぁ、こうして男の人生はある悪質な小説家の手により世界中に広まってしまった。あるいは物語こそ男の人生だったのだろうか。どうでもいい。こうして男の魂は大衆が望む形で人類史に刻まれたのだ。いつまでも、復讐の炎を抱き続ける荒ぶる者として。そうして男は魔術の王が人理を焼こうとした時に限って―――」

 

「――――ひどく歪な形で、エクストラクラスという形で現界した。それが貴方ですね。アヴェンジャー」

 

 彼の言葉を遮って現れるのは、ここ数日で聞き覚えのあるものに変わった声。しかし、印象は今までとは異なるものとなっている。

 普段聞きなれたどこか不安を孕んだ声とは逆にその声は凛としていて、尚且つ芯の通った声であった。

 

「……やっぱりかぁ………」

 

「どうやら仁慈様は薄々気づいていたようですね。――――いえ、すみませんが今は仁慈さんと話をするために来たわけではありません。貴方です、アヴェンジャー様」

 

「そこをどけ。女。オレは積極的に女を殺しはしない。どこかの鬼畜男とは違ってな」

 

「何で俺を見て言った?」

 

 積極的に女を殺す人間として見られているとなれば俺はアヴェンジャーと対話しなければならないな。主に拳で。

 

「この塔は悪しきモノです。そしてアヴェンジャー様。貴方も、この世に居てはいけない人物です」

 

「ほう。面白い。再びオレに対してそういってのける女がいるか。メルセデス。否、否。己を失い彷徨う女。まさか、このイフ塔に存在しながらオレの存在を否定するか?か弱い女であるものか。貴様はあの聖女にすら匹敵する魂の強さだ。本性を現せ!このオレが、世に在ってはならぬのなら!」

 

「――――示せ。お前の全力を以って殺してみせろ!」

 

 やる気満々、というより殺す気満々と言った風なアヴェンジャー。対するメルセデス、いや名前もない女性は困惑したように言葉を紡ぐ。

 

「私は未だに自分が誰だかわからない。どうして此処に居るのかさえも。けど、こんな私にも力を貸してくれるものが居る」

 

 彼女の言葉通り、その傍らには名状しがたき黒い影が存在していた。

 

「力ヲ、カソウオンナ。……我等、英霊ニナレヌ死霊ナレド……貴女ノコトヲ忘レタコトハ、カタトキモナイ……」

 

「は、ハハ!どうやらお前はよほどの英霊だったのやもしれぬな。怨念のない死霊にここまで慕われるは。――――だが、怨念なき死霊など、微風にも等しい」

 

 黒き影はどうやら名もなき女性を慕う死霊らしいが、その死霊をアヴェンジャーはくだらないと一蹴する。流石、世界一有名な復讐鬼にて、人類からそうあれと望まれた巌窟王。彼が身に纏った闇は名もなき女性の隣に佇む死霊よりもはるかに濃いものであった。

 

「オオオォォオオ……!アヴェンジャー、アワレ、なワタシよ……。コノ方コソ、我ラガ光。――――唯一、ノ、救い。其レスラモ、オマエハ拒まなければ、ナラヌ! 救われぬ、救われぬ……!せめて死ネ!燃え尽きる蛾のように……!」

 

 その叫びは敵でありながら、アヴェンジャーへの気遣いが見えた。だが、その死霊たちの取った姿に俺は驚愕を強いられた。何故なら、死霊たちが戦闘態勢へと入り、変化した姿は、まさかの魔神柱の姿だったからである。

 

『コレハ、モトモト此処に、在った皮ヲ模シタモノだ。この、チカラをモッテお前をコロス……!』

 

「ハハ、クハハハハハハハ!!!!オレを殺すだと!その姿で、怨念無き貴様らが!?やってみせろ!我が恩讐の黒炎を、消して見せろ!」

 

 

 

―――――――

 

 

 

 決着はすぐについた。当然だ。いくら何でも魔神柱の皮を使うなど、死霊の束ごときでできるわけがない。制御どころかろくに戦うことすらできない肉柱に後れを取るほど、アヴェンジャーは弱くなかった。

 

「クハハハハハハハ!!死ね、死ね!跡形も残さず消え失せろ!怨念無き力なぞ、余りに無力!確かに、相性の点では有利だが――――女。お前の刃は優しすぎた」

 

「その、ようですね……」

 

 死霊を倒す傍ら、彼らの戦いに巻き込まれたのか或いは、あの死霊が彼女と深くつながっていたのか名もなき女性の身体には金色の光が纏わりついていた。

 

「私は決して本物のメルセデスではないけれど、貴方の行く先に光があることを祈っています。アヴェンジャー……いえ、―――エドモン・ダンテス」

 

 最後にそれだけ言い残し名もなき女性はその場から消滅した。しかし、アヴェンジャ―は彼女から言われたことを明確に否定する。その声はまさに咆哮のようだった。

 

「死に間際まで何を言うかと思えば!オレがエドモンだと!?否、否!それは無実の罪で投獄された憐れな男の名!そして恩讐の彼方にて、奇跡とも言える愛を手にし、救われた男の名であり、決してオレの名ではない!この身はアヴェンジャー!永久の復讐者なれば!ヒトとして生きて死んだ人間(エドモン)の名など、相応しいわけがあるまいよ!」

 

 一通り叫んだ後、アヴェンジャーは俺の方へと視線を向けた。その顔は無表情であり、この監獄塔で一番見慣れた表情である。

 

「……これで、このシャトー・ディフは役目を終える。七つの裁きは超えられたのだから当然の結末だ。後は、光差す外界へと歩むのみ。だが―――――シャトー・ディフを脱獄した人間はいない。そう、唯一人を除いては。オレにいくら引っ張られていようとそれだけは変わらない。()()()()()()()()()()()

 

 言わんとすることはわかる。

 この場には俺とアヴェンジャーの二人が存在している。しかし、彼の言うことが確かであるならばここから出ることができるのは一人しかない。なら、やるべきことは一つ。ここでどちらかが残るということだろう。

 

「残される一人は当代のファリア神父となる。絶望を挫き、希望を導くものとしてその命を終えることとなる。それはそれで、嗚呼、意義深きことだろうよ」

 

 その意見には同意する。己の死が、誰かの助けとなるならばそれはとても意味のあることであり、大体の人間はそれを救いとして死ぬことができるだろう。だが、俺に死ぬ気は毛頭ない。まだ死ぬには早すぎる。

 

「フッ、その顔を、今までのお前を見ていればお前の言いたいことは分かる。お前がここで死ぬつもりなど毛頭ないことを――――あぁ、そうだとも。オレと行動を共にすることなく、この監獄に送られた時でさえ、お前の眼は決して死んでなどいなかった!さぁ、僅かながらも我がマスターを務めた男よ!人理の為、愛する者の為、何より己自身のために生きたいというのであれば――――」

 

 アヴェンジャーの身体が黒い闇に包まれる。

 そして、彼の身体から溢れんばかりの魔力が俺の身体を刺すように殺到した。だが、既に戦闘準備をしている俺には特に効果はない。

 

「――――(オレ)を、殺せ!」

 

 アヴェンジャーが言い終えると同時に俺たちは同時にその場を蹴った。

 




ヒロインXオルタだって……!?
これは初課金を検討しなければならないか……!


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巌窟王

これにて監獄編終了です。
そこまで面白くもないこの章にお付き合いいただきありがとうございます。

後、UA100万突破しました。これも皆様のおかげでです。本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

活動欄にてアンケートもどきを設置しました。もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。


 監獄塔の中にある、裁きの間。

 既に七つの裁きを越え、用済みになったはずのその部屋で二つの影がぶつかり合っていた。一つは、黒き闇と、紫電を身に纏ったポークパイハットを被っている男。もう一人は、支給された白い礼装に身を包み、何を間違ったのか世界の命運を背負ってしまった一人の少年。

 彼らはそれぞれ、黒と白の閃光で己の軌道を描きながら幾度となく交わっていた。

 

「ハハ、ハハハッハ、クハハハハ!!どうしたどうした!お前の実力はこんなものか!?まだ足りないぞ、想いが、願いが!何よりも、生への渇望がッ!」

 

「やかましい!」

 

 ポークパイハットの男。アヴェンジャー……巌窟王エドモン・ダンテスは高らかに謳う様仁慈をなじる。一方の仁慈はエドモンの攻撃に防戦一方であった。相手は、確かに古い人間であり、彼自身生前は特別な力なんて持っていなかった。彼自身は己を人間と区別するものの、仁慈のサーヴァントや知り合いに比べたらよっぽど人間染みている。只の槍に概念として付属できるほど、彼の身体に染みついている人外殺しも全くの無意味というわけだ。そして、さらに仁慈にとって不可解なことが一つあるのだ。

 

「(いつもに比べて、身体が重い……!?)」

 

 仁慈の感じる違和感。それは自身の身体の重さである。いつもであれば、己の思い道理に動く身体。それは、条件が揃えばサーヴァントですら相手取れる肉体である。しかし、今この時限りは違った。その重さは普段であれば気にしないようなものではあるが、サーヴァント戦に置いてその僅かは大きな違いになる。

 

「どうした?動きが悪いぞ」

 

「大きなお世話だ」

 

 何度目か、数えるのも億劫なほどの激突。

 自身の宝具である巌窟王によって、強大な力を有しているエドモンの攻撃は仁慈の身体を再起不能にするには十分な代物だった。それを紙一重で回避しながら彼は今の力でどのようなことができるかを計算していた。

 

「ハハハ!どうやら不思議で仕方がないようだな。いや、だが、そうではない。そうではないのだ。元々、オレとお前に差などない。オレは極めて人間(お前たち)に近い存在。さらに言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。故に()()()()()()()()()()()()()()

 

「なん……だと……?」

 

 巌窟王エドモン・ダンテスの言葉に思わず言葉を失う仁慈。普段の彼であれば絶対にさらすはずのないその隙を、この七日間行動を共にしてきた巌窟王エドモン・ダンテスが見逃すはずもなく、右腕から魔力の塊を放った。

 半分遅れて反応することができた仁慈は慌てて回避行動を取るが、そもそも気づくのが遅かったせいで完全に避けることはできず、その左腕に決して軽くはない傷を負うこととなる。

 

「ちっ」

 

 チラリと左腕の様子を見た仁慈は慰め程度に回復魔術をかけてみるものの、傷の塞がり具合からこの戦いでは使い物のにならないことを悟って舌打ちをかます。そして、現状の不利を悟った仁慈は思考を全て断ち切り、頭の中を完全に戦闘状態へと移行させた。

 だらりと垂らした左腕のおかげでいつもよりバランスが悪いせいか、多少不格好ならがも態勢を低くした仁慈は、魔術回路に魔力を流し名がら、強化した足で力強く床を蹴り穿ち加速をする。

 

「―――――――!」

 

「それでいい。どの道お前にはこのオレを倒すしか道はないのだからな!」

 

 仁慈の突撃を眺めて嗤いながらも、巌窟王は体に奔る電撃をさらに強め、正面から迎え撃とうと己も仁慈に倣って地面を蹴る。

 お互いが向かっている所為で、五秒も満たずにその距離がゼロとなった。巌窟王は手刀を作り、右斜め上から仁慈の身体を切り裂こうとその手を振り下ろそうとする。だが、ここで仁慈はありったけの魔力を使い物にならなくなった左腕へと回し、動かないはずのその左腕を遠心力を使うことによって振りあげ、巌窟王の攻撃を受け止める盾とした。当然、想像を絶するような痛みが彼の身体を駆け巡るが、仁慈はその表情を一切変えることなく身体をさらに半回転させ、左腕と同じく遠心力を乗せた打撃を巌窟王に向けて放つ。

 

 彼が繰り出した打撃は見事に巌窟王の鳩尾を捕らえ、そのまま穿った。外見からは想像もできないほどの魔力を込められていたのだろう。鳩尾に突き刺さった打撃はその衝撃を決して外に漏らすことなくそのまま内部に留めて破壊しまわるという荒業を見事に成し得てみせた。

 

「……!!」

 

「―――まだまだァ!」

 

 持ち前の意思によって無様な叫び声すら上げなかったものの、身体を駆け巡る予想外の衝撃に一瞬だけ完全に停止する巌窟王。もちろん仁慈がその隙を逃すことなく、鳩尾に置かれている右手を足を使ってさらに奥へと抉り込ませていく。

 

「……っ!」

 

「――――はぁあ!!」

 

 仁慈はその勢いを弱めることなく、巌窟王の身体を宙へと浮かせた。そして、無防備にも浮いている彼に全身全霊を込めた回し蹴りを叩き込んで裁きの間の壁際までまるでミサイルが飛ぶかのような勢いで吹き飛ばした。

 が、巌窟王もただでやられるわけではない。吹き飛ばされながらも両手から魔力を放ち仁慈への攻撃を行う。回し蹴りを行った後であったため、隙だらけの仁慈はその攻撃の一つを左腕で受け止めるがもう一撃は胴体に直撃し、一メートルほど後ろへと戻された。

 

「あぐっ…!……ぺっ」

 

 撃ち抜かれた胴体の状態を素早く把握。内臓は無事か、傷の程度はどれほどか、動きに支障はあるかどうかを右手で軽く確認する。左手については見るだけでSAN値が減少するほどえぐいことになっているのでもう無理だと諦めているため確認することはなかった。

 

「(内臓に傷はなし。けど骨に少しだけ罅が入ったか……動きには問題ないから今はいいか。一応回復魔術だけ軽くかけておくけど)」

 

 傷の把握が終わった仁慈はその直後、何かに弾かれるようにその場から跳躍した。彼が急いで現状把握に努めてみれば、先程まで居た場所にはいつの間にか巌窟王が存在しており、地面を陥没させているところであった。恐らく己の宝具を部分的に開放したのだろうとあたりを付けた仁慈は単純な高速化の厄介さを改めて実感することとなった。

 

「……見た目は派手だが、やはり威力にかけるな」

 

「人間である俺に何を期待しているのかと」

 

 五メートルほど距離を保ちながら対峙した二人。

 その構図は勝負が始まる前の状態と酷似していたが、本人たちの様子は天と地ほどの差があった。巌窟王たる彼は、所々に破壊された床の破片が付着しており、埃をかぶっている程度の変化で済んでいるが、仁慈の場合はかなりひどい。左腕は完全に使い物にならず、脇腹も巌窟王の攻撃の所為で礼装が破けて青いあざが浮き出た肌が見えてしまっていた。

 

「……随分と粘るものだ。オレとお前の相性は最悪だと、骨の髄まで理解したはずだが」

 

「正直言っていることが理解できない。なので相性云々も、何で身体が重いのかも理解できてないというね。……まぁ、それでも戦いうけど。生きるためだし」

 

 話し合いに興じるものの、その実油断などはしていない。お互いがお互いに少しでも隙ができたのであればそのまま襲い掛かるような状態である。

 

「生きるため……そう、お前はそれでいい。人間とはそういうものだ。だが、それだけでこのオレを倒せると思ってはいまいな?」

 

 仁慈と五メートルほどの距離を置いていたはずの巌窟王の姿が一瞬にして消え失せ、先程よりもはるかに近いところから彼の声が仁慈の耳に響き渡る。仁慈は、消えたことに対しての動揺などは一切見せることなく、声が聞こえた角度、気配のする位置、動く度に起こる空気の振動や風の揺れ幅などを察知し、巌窟王のいる場所を特定その場所に己の足で蹴り穿つ。

 

 まさか不意打ちを仕掛けた自分に反応し、あまつさえ反撃を受けるとは思っていなかったのか巌窟王の表情が驚愕一色に染め上げられる。だが、先程のようにその場で固まると言ったような愚行を犯すことはなかった。

 突き出された足を腕で掴み、態勢を逆さにする。そのまま宙で自由になっている足を仁慈の脳天に振り下ろした。

 

「ぜぁ!」

 

「―――ガンド!」

 

 仁慈は自分の頭に振り下ろされた足に向けてガンドを撃ち抜きその動きを封じてから距離を取る為に背後へと跳躍する。そして、地面に足を着いた瞬間反発するように再び地面を蹴り、三度接近。巌窟王へと向かうために付けた速度を上乗せし肘鉄を彼の顎に見舞った。

 

「ガッ―――!?」

 

「もう一撃……!」

 

 いくらサーヴァントと言えど、肢体を捥がれれば痛みを感じ、腹を割かれれば臓物が零れ落ちる。つまり、そういった部分は人間と変わらないのだ。故に、巌窟王も仁慈の肘鉄によって顎を撃ち抜かれ脳を揺らされてしまってはまともな態勢を維持することは難しい。

 態勢を立て直せないことをいいことに、仁慈は巌窟王の胸倉を掴み、そのまま背中で背負う様にすると勢いのまま地面に叩きつけようとした。

 

「―――舐めるなァ!」

 

「――――!?」

 

 が、地面に叩きつけられようとする刹那。巌窟王は脳震盪から解放されると変幻自在のマントを地面に突き刺し、そのまま固定逆に仁慈を地面へと叩きつけた。

 

「―――あ゛がァ……!」

 

 意識外からの一撃により、予想よりも大きいダメージを追う仁慈。巌窟王はそんな仁慈に対して蹴りを入れて後方に蹴とばすと、その無防備な身体にいくつもの魔力弾を放った。

 

「さぁ、耐えてみせろ!」

 

 その声が、仁慈の耳に届いた瞬間、想像を絶する衝撃が仁慈を襲った。

 

 

 

―――――――

 

 

 まさか、自分がここまでのダメージを負うことになるとは。

 

 これが今の俺の、正直な感想だった。

 別に何も俺がここまでダメージを負う相手がようやく現れたか的な慢心染みた感想ではない。純然たる事実によるものだ。

 

 そう。今にして思えば明らかに俺の繰り広げて来た戦いはおかしいものだった。どうしてか?そりゃお前、師匠が師匠だからに決まってんでしょ。

 相手をするのは自分の実力を軽々と超える魑魅魍魎やサーヴァント、そしてどこに部類分けしていいのかわからない師匠が一人だ。基本的に、このような傷を負う前に死んでしまうのである。何故なら俺は普通の人間で、耐久力はその辺の奴らと比べて正しく紙同然なのだから。

 だからこそ、ここまでのダメージを負いながら生きているという現状が不思議な感じなのだ。

 

「死んだか……。フン、己を強者と見誤るからそうなるのだ。お前の用途は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アヴェンジャーの言葉がとても遠くに聞える。……このまま、俺が地面に倒れていれば当然の如く、アヴェンジャーに止めを刺されることになるだろう。そうなってしまえば、ここから出ることもかなわず二度とマシュやほかのサーヴァントに会うこともない。まぁ、向こうは俺なんか待ってないかもしれないけれど俺はとても帰りたかった場所ではある。はぁ、残念だなー。このまま若くして死ぬとかないわー………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――なんてね。

 

 ネガティヴなことを考えてはみたものの、俺の脳内に巡るのは生きたいという一点のみ。

 前述したことも当然重要なことだが、俺にとって何よりも重要なことは自分の生……我ながらなんて醜いと思うが、残念ながらこんな自分本位の思考をしなければここまで生きてこれなかったのである。多少は大目に見て欲しいね。

 

 さて、このままだと死んでしまうと言ったわけだが、身体もまだまだ活動できる。傷は決して軽いものではないけれど、今もなお魔術回路と血管を通じて魔力をガン回ししているので少なくとも動けないというわけではない。一度聖杯とパスを繋いでいたおかげで自分の魔力回路+αに関しては結構詳しく把握できているからこそできる技とも言えるだろう。これを極めた人はたとえ自分の意識がなくとも復活とかできそうだけれども。

 

 そんな今考えてもどうしようもないようなことを頭で思い浮かべながら俺はフッと立ち上がる。

 身体はボロボロ。左腕は相変わらずくっついているだけし、他の肢体も活動に支障がないというだけであって多かれ少なかれ出血はしている。どう頑張っても長い時間活動できるわけではないだろう。で、あれば次の一撃で決着をつけるほかない。

 

 立ち上がった俺に対し、目を丸くする巌窟王の顔を眺めながら俺は体に回していた魔力を足と腕だけに集中して流しほかに回る分は出来る限りカットする。

 

 さぁ、己の意識を切り替えろ。相手は巌窟王エドモン・ダンテス。彼は俺と戦いを繰り広げていたアヴェンジャーではなく俺を殺そうとする敵だ。そして何より()()()()()()()()()()()()()()

 神秘の有無ではない。戦闘面の実力というわけではない。人間としての格が、至高深く、気高きあの魂が。俺よりも圧倒的に優れている。故に――――、

 

 

「――――往くぞ、巌窟王」

 

「ク、クハッ、ハハハハハハハ!!そのボロ雑巾のような身体に残った力を一つに集約し、一か八かでオレを葬るつもりか?……普段であれば、諦観から来る自爆かと嘲笑ってやるところだが……お前の眼を見ればわかる。―――いいだろう!」

 

 どうやらアヴェンジャー……否、巌窟王も俺の挑発に乗ってくるようで、彼を纏っている闇が晴れていき体内へと吸い込まれていく。

 

「―――我がマスター()()()男よ。我が復讐の炎にて、恩讐の彼方に消えるがいい!」

 

 それは、宝具を発動させる合図。

 己の思考を肉体から、空間から、時間からも脱獄させ主観的に時止めを再現する宝具。彼が持つ人外的な思考能力のおかげで成し得るまさに大魔術。別名スタープラ〇ナ。

 

―――――あぁ、そうだろう。アヴェンジャー。お前なら、俺が全身全霊を込めた力を見せれば自分の最高の技で迎え撃ってくれると思っていたさ。なんだかんだ言いながらも、人間のことが大好きなお前なら、俺の覚悟に報いてくれるだろうと。

 

 

――――けれど、気づいているか。アヴェンジャー。お前の宝具は、発動するその瞬間。思考を脱獄させるために体の動きが止まるんだ。魔人柱では、慣性を使ってごまかしていたが、この態勢ではそれができない。故に、

 

「―――我が往くは恩讐の―――「ガンド!!」―――なッ、ぁ……!?」

 

 

 ―――その瞬間に受ける攻撃は、ほぼ100%ヒットするんだ。

 

 

「―――悪いな、巌窟王。俺は俺らしく、正々堂々と正面から、不意打ちをかますことにした。()()()()()()

 

「―――………ハッ」

 

 巌窟王はすべてを察したのか、戦闘中に見せるものとは思えない、とても満ち足りた表情を浮かべた。

 俺はそれに気づかないように、一瞬にして距離を詰めると、彼の心臓部分。霊核がある場所目掛けて今放てる限り最大威力の攻撃を突き刺すのだった。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

「……ク、ククッ。オレの戦い方を……いや、性質を見破っていたか。流石、と言っておこう」

 

「悪いね。唯々生きたいなんて実に人間らしい願望を、欲を抱いている俺の誘いには大体乗ってくると踏んで一計案じさせてもらった」

 

「クハハ!いいや、いい。存外悪い気分ではないからな。……あぁ、そうとも。これこそがオレの望んだ結末だ」

 

 巌窟王は、その言葉通り確かに満足そうな顔をしていた。しかし、仁慈にとってはそれが不思議でならなかった。何故なら、彼も自分と同じくここを脱出するために戦た筈であり、敗北した結果その願望は叶わないのだから。

 

「……かつてのオレを導いたただ一人、敬愛すべきファリア神父……貴方のように!オレも絶望に負けない誰かを……おぞましい罠に堕ちた、無辜の者を、せめて我が希望として――――」

 

「それが、お前の真の目的か。アヴェンジャー」

 

「その通りだ。分かっているではないか、我がただ一人のマスター!()()()()!お前はオレを殺してくれた!オレを勝利へと導いたのだ」

 

 心の底から愉快極まりないという風に笑い上げる巌窟王。その反応に、仁慈はきょとんとしていた表情を無くし、フッと力なく微笑んだ。

 勝利とは、千差万別である。相手を負かすことを勝利とするものもいるし、相手よりも優れたとこを見せつけることを勝利とするものもいる。仁慈のように、生き残ればそれで勝ちと思う者もいるのだ。であれば、この結末を勝利と呼ぶ存在もいるだろうと納得を付けた。

 

「そうだ。オレは勝利を知らずにいた。復讐者として人理に刻まれながらも、最後には救われたエドモンが故に。復讐を成し遂げられず、勝利の味を遂に知らぬままオレという復讐鬼を持て余したのだ。……だが、仁慈よ。お前はオレと行動を共にし、障害を自らの手で打ち砕き、塔を脱出する。それはなんと希望に満ちた結末であろうか」

 

 彼は笑う。

 いつもの嗤いとは当然違い、先程の愉快極まった笑みともまた違う笑み。まさに、満ち足りたという後悔のない笑みであった。

 

「そこまでか」

 

「その通りだとも。復讐者として、勝利を知らなかったこのオレに。導き手としての勝利を与えてくれたのだから」

 

「え?俺のこと…導いてた……?ほんとでござるかぁ~?」

 

「フン、言っていろ。まぁ、過程はともかく、結果はオレたちの勝利だ。魔術の王とて全能ではないということだろう」

 

「やっぱりアレのせいか……」

 

 ドでかい溜息を吐く、仁慈に対して巌窟王はクツクツと笑いながら彼に言葉を返す。

 

「ロンドンでお前が一戦構えたときに盛られた猛毒だ。どうやら余程焦ったらしいぞ?あの肉柱を添えるあたり、本気度が上がっていると見える。が……結局は終わったものとして見逃すあたりあれの甘さが知れるな。しかも、オレなんぞをこの役目に選ぶ始末。バカ者め!ざまあない!」

 

「基本、人間大好きだもんな。アヴェンジャー」

 

「誰が人間(お前ら)なんぞを好きになるか。オレは、魔術王(あれら)とは一切合うことはない。只、それだけの話だ」

 

 皮肉気に返すあたりで、巌窟王の身体が段々と消え始めていた。仁慈はその様子をみて、彼の最期を悟り、巌窟王も己の最期を見て言うべきことを言うために仁慈の返答を待たずして言葉を紡いだ。

 

「……もはや、お前の道を塞ぐ者など誰も居ない。魂の牢獄ですら脱獄したお前であれば、いずれは世界をも救うだろう。―――だが、決してこれだけは忘れるな。お前の本懐は天上を相手するほどに発揮される。常に己の位置を把握し、その場に相応しき牙を選ぶことだ」

 

「……うん。こんだけボコボコにされれば、その忠告は受けざるを得ない……。……それはそれとして、アヴェンジャーはどうなる?まさかお前、消えるのか……」

 

「……特に不自然ではないのだが、どうしてここまで邪な気配を感じるのか……。だが、我がただ一人のマスター、仁慈よ。もしも、このオレとの再会を望むのであれば、オレはこういう他ない」

 

 

 

 

 

「❝―――待て、しかして希望せよ❞と!」

 

 

 

 

 その言葉を最後に彼は光の粒子となって消えていった。それと同時に仁慈の意識も何処か外へと引っ張られる感覚を覚えた。直後、すぐに彼の意識は消えることとなるのである。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「…………」

 

 随分と長い夢を見ていたようだった。まぁ、あの牢獄での出来事がリアルタイム換算だと、実際に七日間寝ていることになっているから長い夢というのは間違いじゃないんだけど。

 ふと思い立ち左腕を上げてみると、そこには何の怪我も追っていない左腕が存在していた。どうやら向こうでのダメージは現実に換算されないらしい。最も、こちらでもそれなりに長く寝ていたのか、全身の筋肉が低下しており、左手を動かすのも億劫だけれども。

 

 フッと息を吐いたところで、俺の身体に別の温かみを感じた。軋む身体を無視しつつそちらの方に視線を向けてみれば、そこには我が愛しき癒し(キモイ表現)であるマシュが居た。彼女は誰かからかけられた布団だけを被り、俺の身体の上に頭を乗っけて寝ていた。頬を伝う涙の後を見る限り随分と心配させたのかもしれない。

 

「―――ただいま、マシュ」

 

 とりあえず、俺は筋力の衰えた左腕で彼女の頭を軽く撫でる。すると、それだけで起こしてしまったのか、マシュはごそごそと首を動かしたあとゆっくりと目を開けた。

 

「え……せん、ぱい……?」

 

「あー……心配、させてごめんね……?」

 

 実は心配してくれていないんじゃないかと疑った罪悪感もあり、疑問形になってしまった俺の言葉。しかし、そんなことは彼女に関係ないのか、マシュは口をしばらくパクパクした後ガバッと俺に抱き着いてきた。

 胸部に備え付けられている強力な戦闘力を持ったマシュマロが身体に当たって、何とも形容し難い感触を受けた。

 

「よかったです……!先輩!目が覚めて、本当に……ッ!」

 

「……うん、ごめんね。いや本当に。とりあえず、ただいま」

 

「―――――はい!おかえりなさい!先輩!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、

 

 

 

「あぁ、久しぶりの旦那様!安珍様!ますたぁ!!もう……逃しません……」

 

「本当に心配したんだからね!七日間も寝るときは、前もって言ってもらわないと困るよ!料理も作っちゃったしさ!」

 

「……いや、ブーディカ。しかりつけるところは、そこではないと思うのだが……」

 

「寝坊だトナカイ。罰として今から来年のクリスマス用のプレゼントを調達しに行くぞ。……なに?動けない?えぇい……!ならば、私と一緒に雷光に乗ればいいだろう!」

 

「久しぶりだな。ご主人。早速だがワタシのことをよしよしするがいい。散歩でもいいぞ?ニンジンでも可!……ただし、心配させた分キャットの野生は爆発している。精々酒池肉林にならないように気を付けることだナ!」

 

「子ジカ!とっても、とっても心配したんだからぁ!心配で、血も喉を通らないし、寝れないし!どうしてくれるの!?」

 

「ようやく帰って来たか。うむうむ。え?このカオスな状況をどうにかしてほしいと?……これだけ心配させたということじゃろう。大人しく受け入れるんじゃな」

 

「マスターマスター。ここ最近真の私のパチモンが現れたんですが。まさか、うつつを抜かしてなどいませんよね?ヒロインXの可愛くない方とか私のことをそう表現してませんか?大丈夫ですか?」

 

「ほう。幾分かマシな顔つきになったではないか。だが、無様にも呪いをかけられるとは堕落しているぞ。こい、リハビリがてら私が組み手をしてやる。……クー・フーリンと一緒にな」

 

「また俺もか!……まぁ、それにしても無事でよかったぜ。……ただ今後の無事は保証できないがな」

 

 

 目が覚めた後滅茶苦茶説教された。

 

 

 




―――次回予告。

「誰であろうと関係ない。俺は壊すだけだ。望まれたからそうする。単純な話だろう」

―――過去、最強の敵。それは仁慈たちが慕う兄貴分の変わり果てた姿。その力は自然災害のようで、まさに暴力の権化と言っても過言ではなかった。

「ここまで堕ちたか。私自ら引導を渡してもいいのだが……いや、ここは私が出る幕ではないだろう。なぁ?」

―――普段であれば、絶対に許さないであろうスカサハは、今回だけは自分の役目ではないと引き下がる。

―――仁慈達にとって最悪と言ってもいいその男、クー・フーリン〔オルタ〕を倒すのは、

「―――セタンタ」

「―――おう。テメェの不始末は、テメェでつけるさ」

―――何を隠そう。カルデアのクー・フーリンだった。


 彼らはぶつかり合う。お互いが己の方が強者と言うことを証明するために。
 

第五特異点 北米神話大戦イ・プルーリバス・ウナム 開幕。

「――ハッ!態々やられる側(クリード)に染まりやがって!そんなに死にてぇなら殺してやるさ。その心臓、俺が貰い受ける―――!」













もちろん嘘です。





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幕間の物語Ⅴ
波濤の獣


巷では描けば出るという言葉があるらしい。
であれば、絵を描けない私はどうすればいいのか…………書けば、でるか?(錯乱)


 

 

 

 

 

 監獄塔にて、とっても親切な復讐者と共に魔術王の仕掛けた罠をブチやっぶってから二週間。この期間はできるだけに衰えた体力を戻すために師匠達との訓練、修練に当てられていた。できるだけっていうのは、ちょくちょく心配させたお詫びとかで半日くらいそれぞれのサーヴァントに付き合っていたから殆どなんだけど、それ以外は本当にひたすらに身体の機能を戻すためのものだった。

 ………ホントウニサーヴァントノミナサンニツキアッタダケデスヨー。

 

 監獄塔では槍はおろかほかの武器すら触れることができなかったから、久しぶりに使っている感じがして少し感動もした。うん。やっぱりリーチがあるのはいいことだよ。人間がゼロ距離で戦うなんてできるだけ避けた方がいいに決まっているしね。

 

「余計なことを考えるな、仁慈。集中しなければ、すぐにでも貴様の命を奪ってしまうぞ」

 

「状況の整理くらいさせてくれませんかねぇ……」

 

 身体能力が大よそ戻ってきたあたりで本当に組み手をやるとかどうかしているのではと思う。俺の身体能力がフル活動できる状態でも勝てないのに、どうして調子の戻っていない時にやらせたりするのかこれが分からない。

 実際の戦場に置いて、こちらの体調なんて考慮されないというのは前々から言われている者の、師匠は程よい手加減を知らないから……。最悪本気でここで殺されそうなんですが……。

 

「それっ!」

 

「ぬわっーーー!?」

 

 マジで殺意を乗せた槍を飛ばしてくる師匠に対して、こちらも教えてもらったはいいものの使う機会が全くなかったルーンを使い、師匠と同じように武器を浮かせて飛ばす。いくらかは相殺できたものの、やはり熟練度が違うために幾分かうち漏らしが存在している。まぁ、そこはいつもの如く自分で打ち払うので問題はない。

 飛来する紅槍を同じようなデザインの短刀で打ち払い、視線を師匠へと改めて固定した。

 

「………うむ。これで元通り、と言ったところか」

 

「そうですね。身体を動かすときに感じていた違和感は大体消えました。これであれば前と変わらない動きができるかもしれません」

 

 いやむしろ前よりもいい動きができる可能性すらある。

 俺の身体のメディカルチェックをしていたロマンや、ダ・ヴィンチちゃんから俺の魔術回路が強化されているという報告が入ってきているのだ。どうやら俺の身体は寝ている間にも魔術回路をガンガン使って行き、それの所為だろうと言っていた。恐らく監獄塔で戦っていた影響が出ていたのだろう。どうやら、あの中での出来事の一部はしっかりと肉体に反映されているようだ。

 

「いや、訂正しよう。以前よりも、良い顔つきになった。余程のことがあったと見える。例えば…そうさな。復讐を語る者に、待て、しかして希望せよと言われたか?」

 

「貴方俺がどこで何をしていたか知ってんじゃないんですか……」

 

 師匠の例えがピンポイントすぎる。もはや例えではなくただの正解だ。この人なら不思議ではないけれど、あの監獄塔のどこかにひっそりと潜んでいたのではあるまいなと勘ぐってしまう。

 

「フフ。さて、それはどうか……。ただ、師の前で隠し事が通じるとは思わないことだ」

 

「ヒェ……ッ!?」

 

 一瞬、師匠にいつもとは違うベクトルの怖さを見た気がした。具体的に言えば清姫に近い何かを。

 

 と、とりあえず当初の目標には到達した。二週間という時間はかかったものの一応身体は本来の性能を取り戻したのだから。もちろん、だからと言って修練をさぼるというわけではない。俺の実力は無くては困るが、あり過ぎて困ることはないのだ。サーヴァントたちの最もやりやすい弱点は俺なのだから。

 

「………」

 

 やばい。今の思考が師匠にばれてしまったのか?

 何やら真剣な表情で俺を見つめ、また何かを考えているかのように時々ブツブツと呟いている。さて、俺の甘い考えを見抜いたためのお仕置きを考えているのだろうか、それともかつての悪夢。ドキドキ☆ケルト式、一日耐久ぼすらっしゅ☆が再び猛威を振るう時が来てしまったのだろうか。

 

「……仁慈。お主、時間はあるか?いや。あるな」

 

「断定するなら聞いてこないでくださいよ」

 

「よし。ならば少しお主の時間を貰うぞ。ついてこい」

 

 ハッハ、当然のごとくスルーですよ。

 この反応にも慣れたもので、こちらを気にせず踵を翻す師匠に倣い、俺も大人しく彼女について行くことにする。

 さて、今回はどうなるのかな。鬼が出るか蛇が出るか………。むしろ、鬼や蛇で済めばいいけれど。

 

 

 

――――――

 

 

 

 連れてこられたのは、何処か見たこともない海の上。どんな原理なのか理解できないけれども海の上に立つなんて貴重な体験だと思う。けど、こんなところに連れてくるとは一体どういうことなのだろうか。

 パッと見る限り、波一つない静かな海であり、何かしらの罰を与えるにせよ鍛えるにせよ適している場所とは思えないのだけれども。

 

「まぁそう焦るな。直にわかる」

 

 師匠は俺の表情から疑問に思ったことを読み取ったのだろう。普段通りの無表情から少しだけ笑みを浮かべた。嫌な予感しかしない。

 

 そう、俺が思った直後―――

 

 

 

―――――――――▪▪■ッ!

 

 

 

―――想像を絶する殺意が俺たちに向けて叩きつけられた。その殺気に震えるかのように今まで静かだった海も荒ぶりはじめ、足場が安定しなくなってきた。叩きつけられた殺気に対して反射的に構えを取った俺は無意識のうちに殺気が飛んできた方向に視線を向ける。

 

 するとそこには、ここからでは全貌が見渡せないほど巨大な、まさしく怪獣と言えるべき化け物が存在していた。

 

『―――――■■■■ッ!!!!!!』

 

 怪物が咆哮を上げる。

 それだけで海は更に荒れ、それどころか竜巻すらも発生する始末である。ちょっと待って、今から一対一であれを相手取れとか言いませんよね師匠。流石にあれを一人は無理ですよね。大丈夫ですよね?ね?

 

「相も変わらず騒々しい獣だな。……さて、仁慈よ。アレがお前の相手だ」

 

「くっそ!貴方は大馬鹿野郎だ!」

 

「これでも私は女だ」

 

「違うそうじゃない!」

 

 こんな時に天然を発動しなくてもいいんだよ。俺が欲しいのはそういう返しじゃないんですよ。普通に考えてこんな怪獣サイズの化け物と戦えるわけないでしょうが。普通に考えてくださいよ、普通に!

 

「まさか『普通に考えて』などと情けない言い訳を心中で漏らしているわけではあるまいな?」

 

「……ぎくっ!」

 

「………はぁー。まさか、お主。肉体だけではなく精神まで衰えたのではないか?それらを鍛える意味でも、アレと一戦交えて来い。あやつは海獣クリードとそれなりに名の知れた怪物だ。決して退屈なぞしないだろうよ」

 

 死ぬって。本気で死ぬって。超範囲攻撃とか、俺に一番やっちゃいけないやつですって。

 

「ではな」

 

 短き一言を残してその場から消え去る師匠。その素早さはまさに光の如し。一瞬にして気配すらも感じられないところへと向かって行ってしまった。

 どうやらこれは本気で来てしまったようだ。久しぶりの無茶苦茶な試練が。改めて俺は身体を怪物の方へと向ける。

 

 体は巨大で、目は青く光り、全身は鎧のように何重にも皮膚と思わしき部分が重なり合っている。

 俺にとっての地面の役割を果たしている海も怪物の出現によって不安定なものへと変わっており、有利な条件は何一つないと言ってもいい状況だった。

 

「――――うん。覚悟を決めよう」

 

 さあ、なんだかんだ言いながらも俺に道を示してくれた彼の言うべきことを思い出せ。今目の前にいるは文句なしの上位種。現代ではお目にかかれない弩級の化け物である。要するに、()()()()()()

 

「これで死んだらどう責任取るんですか師匠ォ―――!!」

 

 ごめん。全然いつも通りじゃなかったわ。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「………自分の力を、いや……自分の本懐を多少は悟ることができたのだろうな」

 

 仁慈の元から離れ、再び戻ってきたスカサハはその光景を見て普段から浮かべている鉄仮面のような無表情を少しだけ綻ばせた。戻って来た彼女が見た光景は、数十メートルはあるであろう巨大な怪物……海獣クリードの死体とその上で力尽きたように寝ている仁慈の身体だった。

 

 クリードの死体は見るも無残なものだったと言ってもいいだろう。クリードの血によるものだろう。周囲の海は赤く染まり、外殻の部分はあらゆる方向から抉られている。そして、そこから内部を攻撃したのだろうか、抉られている外殻から全身に至るまで内側から爆発したようになっていた。

 

「頭蓋骨を一切傷つけず殺すあたり、こやつは分かっていたのだろうか。……まぁ、どちらでも構わないがな。……フフフ」

 

 ぐったりとした仁慈の身体を背負ったスカサハは、クリードの死体を手慣れたように解体した後、二人と切り取った死体を手にしてその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日談として、スカサハは本調子に戻ったばかりの仁慈に無茶振りを行ったとしてカルデアのお母さん事ブーディカとエミヤから説教を受けたのだった。

 

 

 

 




仁慈が行ったお詫び。

マシュ→マイルームで半日間ずっと背中合わせで読書もしくは雑談をしていた。

エミヤ&ブーディカ→三人で新しい料理の開拓と味見。

ノッブ→レイシフトからの南蛮めぐり+素材集め。

タマモキャット→一緒にお昼寝(意味深)

兄貴&スカサハ→修練。

エリザベート→ひたすら歌の練習に付き合う。

サンタオルタ→プレゼント集めとジャンクフードめぐり。

清姫→デート

ヒロインX→セイバー撲滅に対する熱い意思を語られる+「私が一番の剣ですよね?」


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番外編、カオスと切実な願いを

この話は、活動報告で上がった話と私の欲を満たすための話です。別に見なくても全く問題ないので、見るには自己責任でお願いします。


 

 

 

―――もしもカルデアに仁慈(GE)が召喚されたら

 

 

 

 いつか何処かの時間軸。今や人類最後の砦となったカルデアで唯一のマスターである仁慈は召喚システム「フェイト」が置かれている部屋へと向かっていた。目的はもちろん英霊召喚という、暗黒空間もびっくりな闇の儀式を行うためであった。彼はその部屋で英霊召喚を行うたびにこう思っていた。この機関は本当に人理を救う気があるのか、と。

 何故なら彼がここ最近呼び出すものはもっぱら礼装と言われる装備品のようなものがその殆どを占めており、サーヴァントを呼び出すことが稀になってきてしまっているからである。始めこそ、バンバンと良い調子でサーヴァントを引き当てて来た彼だが、スカサハがカルデアに来たことを最後にサーヴァントを呼べないでいた。余りにサーヴァントを呼ぶことができず、仁慈が自ら引いた礼装を装備して単独でレイシフト、むしゃくしゃした結果八つ当たりで素材を掻き集めてくるという悲劇すら引き起こしたこともある。

 

 そのような結果があり、今の彼は英霊召喚に対してあまり積極的とは言えなかった。今回も、カルデアの所長であるオルガマリーが急かさなければ絶対に行うことはなかっただろう。

 溜息を吐きつつ、特異点先以外では滅多に見かけることのない聖晶石を召喚システムに突っ込んでグルグルと光の帯が連なる様子を眺めていた。いつもはここで、一つの光の帯が形作り、礼装となるのだが今彼の目に映る光の帯は三つ連なって回転していた。これはサーヴァントが構成される合図であり、仁慈は思わずその場でガバッと立ち上がる。

 

 三つに連なった光の帯はやがて合わさり、一つの光の柱となり、器となるものを形成していた。こうして仁慈は最近見ていなかった英霊の召喚に立ち会ったのだった。英霊召喚とは名ばかりシステム「フェイト」とこのままでは改名しそうだったので仁慈は大層その結果に喜ぶこととなる。

 

 しかし、彼の笑顔は召喚された英霊の姿を見ることによって曇ることとなった。何故なら召喚されたその英霊の外見は細部は違うものの、仁慈にとって見慣れ過ぎたものだったからだ。

 

 

 銀のように光を反射する白髪に、血のように紅く鮮やかな瞳。上着は今仁慈が身につけているカルデア礼装と同じく白色だが、そのデザインはカルデアのものではなかった。穿いているズボンも、仁慈と同じ黒色のものであるが、向こうの方が幾分か動きやすくまた、何かが入るように小さいポーチが腿の部位に付けられている。

 そして、何より目に留まるのは召喚した英霊が持っている武器である。全長は二メートルには及ばないものの確実に180センチは超えているであろう大鎌であり、鎌の刃の近くにはたたまれたシールドと銃火器のような部分が付属されていた。

 

 持っている武器、来ている服装、そして、髪や瞳の色と先ほども言ったように細部は所々違うものの、その姿はまさに――――

 

 

「……これで3回目。……一体全体どうなっているんですかねぇ……。召喚判定ガバガバすg―――――いや、これは納得だわ。これ以上ないくらいの媒体じゃん」

 

「始めまして、()。召喚に応じて参上した。クラスはバーサーカー。真名を()()()()……うん。扱いにくいとは思うけどこれからどうぞよろしく。マスター」

 

「――――――――マジかー」

 

――――英霊召喚を行った、マスターである樫原仁慈にそっくりだったのだ。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

『ハッハ、彼が二人いる。これは世界崩壊のカウントダウンかな?』

 

 

 これが、新しく召喚したサーヴァント。樫原仁慈をカルデアの職員含め全員に紹介した回答である。それはもう寸分のずれもなくそう答えてくれた。これには流石のダブル仁慈も苦笑いであった。

 しかし、彼らの考えもわかる。ただでさえ、現代のマスターとは思えないくらいのポテンシャルを備え、サーヴァント?神秘?何それ美味しいの?むしろ俺自身が神秘じゃオラァ!と言わんばかりに戦っている仁慈が正真正銘のサーヴァントになって呼ばれてしまったんだからこのような反応をしても致し方ないと言える。

 

「あ、ちなみに俺はここの樫原仁慈とは全くの別人だと思うので、あしからず」

 

 更にはこんな爆弾発言までぶっぱなすあたり、別の方向でもぶっ飛んでいるのではないかとカルデアの善良な職員たちは考えたりしていた。

 この発言によって、魔術師であった人々は魔法だなんだと騒ぎ始め、ダ・ヴィンチちゃんはどこぞの金髪マッドサイエンティストを思わせる動きで英霊仁慈の身体を調べようとしている。他のサーヴァントたちは世界が違っても仁慈は仁慈と納得を始め、ケルトの某師匠はアップを始める始末である。

 

「……あぁ、カルデアの収集が着かなくなっていく………っていうか、自分と全く同じ顔が居るってすごく気持ちが悪い。ヒロインXの気持ちが分かった気がする」

 

「そうでしょう、マスター!では早くセイバーを殺しに行きましょう!死すべしですよ、死すべし!」

 

「そこまで過激にはいかないけどね」

 

「というか、殺されそうになったら全力で抵抗するけど……」

 

 仁慈の呟きにそう返す英霊仁慈。声質は英雄仁慈の方が成熟しているためか、低いもののどちらともそう変わらないものでさらに周囲は混乱極まってきている。だが、そんな状況の中でも今の英霊仁慈の言葉を聞き逃さない人物が居た。そう、ケルトキチことスカサハである。

 

「ふむ。では、このサーヴァントの実力を測るために、一戦交えてみるか。………仁慈が」

 

「ふぁっ!?」

 

 まさかの指名に仁慈は気の抜けた言葉を発する。それはそうだろう。サーヴァントの実力を測るためにマスターをけしかけるなどどこの馬鹿がやらかすというのか。流石にこの世界にそこまで詳しくない英霊仁慈の方もその提案は丁寧に断りを入れた。けれども、

 

 

『どうしてこうなったんだ』

 

「では始めるぞ」

 

 

 結局、ダブル仁慈VSスカサハ&クー・フーリンというよくわからないタイトルマッチが始まることとなってしまったのは相手が悪かったとしか言えないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、その後の話をしよう。

 英霊樫原仁慈は、対人戦に置いてはそこまでの実力を発揮することはなかった。精々が一流に近い二流程度であり、技術面で言えば、マスターの仁慈に劣る様ではあった。しかし、相手が巨大な化け物であったり、神性が混ざっていれば別である。彼はぶっ飛んだ発想と、今までアラガミ相手に培ってきた経験を存分に発揮し、巨大生物をなぎ倒し神性を含んだサーヴァントや神獣たちを蹴散らしていった。特に第六の特異点や第七の特異点では無双とも言える活躍をしたのである。

 

 それらを確認したカルデア勢はやはり()()()()にはおかしい奴しかいないということを確認するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ヒロインXオルタよ来い、という思いで書いた話。

 

 

 

 

「マスターさん、マスターさん。この和菓子は何処の和菓子ですか?……あんこの甘さ、口どけの良さ、そしてお茶との相性……全てがぱーふぇくとです。さぁ、さぁ早く吐くのです。私はこれからこの商品を銀河amazonuの亜光速便で運んでもらうためにぼたんをぽちぽちする作業が残っているのですから」

 

「おう、この前よくわからないところから和菓子お取り寄せしておいて言うじゃないかこら」

 

 なんだかよくわからず、宇宙から来たとか名乗る人にハンコ求められた俺の気持ちわかりますか?しかも無駄に現実的な値段で俺の給料が天引き状態なんですけど。前もって申告してないから経費で落ちなかったんだけど?そこの所どうしてくれるんですかね?反省が足りないようだな……。

 

「なんです?たとえマスターさんが相手だとしても、和菓子の邪魔をするのであれば容赦しませんよ?マスターさんの部屋にあった役立たずのエアコンみたいにバラバラにしますけど、よろしいですか」

 

「よろしいわけないだろうが。……はぁー」

 

 普通にして入れば、バーサーカーとは思えないくらい静かで話も通じるとてもいい子ではあるのだが、和菓子や自分のこだわることとなると急に暴走するからどうしようもない。バーサーカーで召喚されている分ヒロインXよりは潔いのではとは思うけれどもね。

 このままでは本当に俺と一戦交えそうな雰囲気だったので、俺は観念して彼女が今ももぐもぐと食べている和菓子の出先を教えることにした。

 

「ちなみに、それはお前のいう銀河amazonuでは買えないぞ。なんせ、カルデアのお母さんたるエミヤとブーディカ、そして俺で作ったオリジナルだから」

 

「―――――ッ!!??」

 

 その時、X・オルタに電撃が走る。とでもいうのだろうか。彼女は心底驚いたかのように両目を見開き、俺から一歩、二歩と下がりながら残った和菓子をぱくりと口の中に入れる。それでも食べることをやめない彼女には若干の尊敬の念を抱く。

 

「マスターさん。貴方が、私の仕えるべき、マスターだったのですね……」

 

「唐突な手のひら返しである」

 

 和菓子が無ければ俺に対して無反応だったくせに。

 

「仕方がありません。私の魔力転換炉、オルトリアクターにはある種の糖分が不可欠で、それには手作りの和菓子が最適なのです。まさか、ここに理想の魔力供給手段があるとは……」

 

「俺としてはそれがとても怪しく感じるんだけど……」

 

「事実なので仕方がありません。というわけで、おかわりを要求します。ええ、今すぐ。いーまーすーぐー」

 

 ええい、袖を引っ張るな。ダダこねているように見せているが、無表情+抑揚のない声に殆ど恐怖しか感じることができないんですけど。

 

 ダダこねるX・オルタに負け、俺は彼女をカルデアの厨房に通す。ついでにブーディカとエミヤ師匠を令呪を通じた意思疎通機能を使って厨房に呼び出した。

 

「何か用かね?」

 

「どうしたの?また何か新しい料理でも作る?」

 

「ん」

 

「じー……」

 

『あっ』

 

 ここまで僅か十秒である。

 流石ヒロインXとサンタ・オルタという前例を知っているだけある。X・オルタを見た瞬間に俺の言いたいことが分かったらしい。特にエミヤ師匠なんてどこか悟ったように遠くを見始めてしまった。ヒロインXとサンタ・オルタで大分精神を持っていかれているにも関わらず、頭痛の種であるXのオルタと名乗る彼女まで来てしまったからね。仕方ないね。

 

「それじゃあパパッと作ろうか。悪いけど、手伝いをお願い」

 

「……構わんよ」

 

「うん!腕が鳴るね!」

 

 俺の急な呼び出しにも嫌な反応を返すことなく準備に取り掛かってくれる二人に心から感謝しつつ、俺も自分の作業に取り掛かるのだった。

 

 

 

―――――――

 

 

「むぐむぐ……フフッ♪」

 

 おいしそうに作ったばかりの和菓子をパクつくX・オルタ。その姿はとても愛らしいのだが、彼女の前に置いてある皿に盛られている和菓子の量がとても可愛らしくない。彼女の腹は某ピンクの悪魔なのではないのかと間違いそうなほどであった。

 ちなみに、先程までともに戦った戦友の二人はもう既にこの場にはいない。エミヤ師匠は自室へと戻り、ブーディカはマシュの所に行っているのだ。エミヤ師匠がその場に居たくない理由はなんとなくわかるけれどブーディカがどこか焦ったようにマシュの元に言ったことが若干気がかりだった。

 

「そんなに食べると糖尿病になりそうだ……」

 

「むぐm……問題ありません。私のオルトリアクターはそこまで貧弱ではないのです。……はむ」

 

「夢中すぎでしょう……?」

 

 俺の言葉に必要最低限の言葉で返すとすぐさま目の前の燃料(御馳走)にかぷり突くX・オルタ。

 

 結局俺たちが作った大量の和菓子は十分と立たないうちにX・オルタの胃袋へと消えて行ってしまった。アルトリア系の胃袋は本当に不可解なくらいに容量があるなぁ。そんなことを思いつつ、彼女の頬に付着したあんこを指で掬いティッシュで拭きとる。慌てて食べるからこういうことになるだよ……。呆れながらX・オルタに視線を向けると、彼女はいつもよりもさらにけだるげな表情を浮かべた。

 

「………そこは、普通自分の口へと運ぶものじゃないんですか?」

 

「ハハハッ、何をたわけたことを」

 

 そんなことをするのはラブコメの世界だけですよ?現実でやったらドン引き間違いなしじゃないですか。

 

「…………………マスターさん。今すぐスターバックスのトールダークマターチョココスモキャラメルウィズダークチョコソースエクストラホイップエクストラグラビティを入れてきてください。大至急です」

 

「ファッ!?」

 

 今、確実に一回じゃあ覚えることが不可能な商品を注文された気がするのだけど。気のせいではないだろう。だって彼女の視線は今のトールダークなんちゃらを早く入れて来いと訴えかけているのだから。

 

「はりーはりー」

 

「うわっ、なんてむかつく」

 

 ヒロインXとは別系統で疲れるよ、この子。そんなことを思いつつ、なんとなくフィーリングで作ったカプチーノ擬きを彼女に渡すと、特に文句を言うことなくそれをおいしそうに飲んでくれた。

 

 マイペース過ぎて本当によくわからないな、彼女。只、自分で頼んだそれを俺に飲ませる意味は一体あったのだろうか。

 

 改めてそんなことを考える俺なのであった。まだまだ、ヒロインXと同じくらいに謎の多いサーヴァントである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………とっても、甘いです」

 

 仁慈が食堂を出て言った直後、態々持ち手を変えて、仁慈が入れたカプチーノを飲んでそう呟いたX・オルタが居ることを、本人以外誰も知り得ることはなかった。

 

 




書けば出る。というか、出てください(土下座)

なんだかんだ課金する勇気がない私。何故か、少し未来の自分が背中で、「その先(課金)は地獄だぞ」と語り掛けてくる気がするんですよね。


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第五特異点 北米神話、お前ら自国(家)でやれください大戦
第五特異点 プロローグ


プロローグなのでとっても短いです。

あと、課金しました。爆死しました。私はもう課金しないことを決めましたとも。ええ。


 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 出てくる人影はとても朧気で聞こえてくる音にもどこかノイズがかかったような音質だったが、その夢はここカルデアで生活していた誰かのだということが推測できるくらいには覚えている。恐らく、あれは彼女の見た夢なのだろう。彼女の感じていたことなのだろう。

 

「………よし、今日もいつも通りの時間だ」

 

 近くに置いてある若干近代的な時計を眺めて現在の時間を確認する。……今見た夢に関して気になるところは多々ある。()()()()()()()、誰の視点から見たのか、話している相手は誰だったのか………まぁ、大体の予想は出来ているけれども、それは向こうから話してくれるのを待つとしよう。こういったことを、相手から一方的に突っ込まれるのはいい気分がしないしなぁ。

 

「……フォーウ……」

 

「お、久しぶりの出番だね。フォウ。これいる?」

 

「フォー、キュ!」

 

 いつの間にか俺のベッドへと潜り込んでいたらしいこのカルデアの不思議系マスコット兼ランナーのフォウが何やら神妙な面持ちでこちらを見ていたのでお腹がすいたのかと思い、こんな時のために備蓄してあった彼専用に開発した食料を用意する。

 もぐもぐと食料を食べるフォウの姿に浄化をされつつ、俺はカルデアの礼装に着替えて管制室を目指す――――前に食堂で朝食を作るためにそちらへと先に足を運ぶことにしたのであった。

 現在、朝の5時である。

 

 

 

 

「ではいただきます」

 

『いただきます』

 

 食堂。

 職員たちは皆が交代交代で働いてくれているために大体この時間にいるし、サーヴァント達も睡眠等は特に必要がないため、カルデアの朝食は割と早い。いただきますの挨拶については、俺とエミヤが徹底してそういい含めたために面子を見ると少し間抜けな様にも見えるが揃えて言う様にしている。アイサツは重要だからね。仕方がないね。

 

「って、そういえば仁慈君。こうやってのんびりと食事をしている時間はないんだ。次の特異点へレイシフトする準備が整ったんだ」

 

「じゃあロマンの食事はしまっちゃいましょうねー」

 

「あぁー!ごめんなさいごめんなさい!食事、ジュウヨウ、絶対!」

 

 いい年した成人男性が涙目で両手を精一杯伸ばすという光景に憐れみを覚え、取り上げた食事を返すことにする。ロマンは「美味しいって自分から思える料理は初めてだから、とりあげないでー……」と言いながらパクついていた。そこまでロマンの食事情は酷かったのだろうか……。いや、酷かったんだろう。だって所長が俺の料理なんかで即堕ちするくらいだし。やはり研究機関というか、そっち系に特化しすぎたのが駄目だったんやな。

 さりげなくロマンやカルデア職員の近くに食べれる量のおかわりを配置すると、俺は一足先に食器をかたずけ、先に食べ終えた人の食器や、その後に運ばれてくる食器を洗う作業に入るのだった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

「コホン、それではブリーフィングを始めます。まず、仁慈。今日もご飯は美味しかったわ」

 

「ありがとうございます。所長。ところで久しぶりですね。てっきり死んだものかと……」

 

「私を助けてくれた貴方がそれを言うの……!?」

 

「あはは、所長も順調に仁慈君に汚染されていますねー」

 

「料理の感想をまず最初に言ってくるあたり、結構芯まで漬かってるよねぇ。これ」

 

「そこ、うるさいわよ!」

 

 指をさして医療部門と技術開発部門のトップに対して注意をするカルデアの最高責任者。字面はとても仰々しいが、実際に状況を見てみるとそこまで緊迫したような感じではない。これがレイシフト前の空気である。いったいどうしてこうなってしまったんだ……(すっとぼけ)

 

「……ん‶んぅ。それでは話を元に戻します。まず、前回の特異点において私たちの敵がはっきりとしました」

 

「あの魔術王ですね」

 

「そうです。人理の焼却を行ったのは本人の発言から見て、魔術王で決まりでしょう。……今後とも魔術王が私たちの妨害に来る可能性がないわけでもないのですが……そこは気にしなくても大丈夫でしょう」

 

 珍しく確信に満ちた声音でそう断言する所長。基本的にヘタレで保身を第一に考えがちの彼女からすればとても珍しいことである。

 

「おそらく、魔術王はこれからも己のやるべきことを優先するでしょう。しかし、あの時『お前たちの時代は既に消滅している』と言いました。……つまり、魔術王にとって人理焼却は既に()()()()()()()()()()、やるべきことではないと予想できます」

 

 なるほど。

 確かに、魔術王はぶっちゃけて言うと詰めが甘い。一つ一つのアクションでとても強力にして絶対に近い結果を叩き出せる所為か、手を一つ打つだけでそれを終わったことだと片付けている傾向にあるように思える。俺が監獄塔に送られたことだった、魔神柱が設置されていたものの、結局はそれだけだった。万全を期すならもっとムリゲー仕様にするべきである。例えば、7つの支配者ボスラッシュとか。……ほんと、ここ最近の高難度はなんでも高い体力のサーヴァントを連続して出せばいいと思っているから困る。

 

「……どちらにしても、私達には特異点に赴き、その時代の修復をしていくこと以外に道はありません。邪魔するにせよ、してこないにせよ選択肢なんてありません」

 

「極論ですねぇ。真理ですけど」

 

 結局俺たちにできることは邪魔する連中は蹴散らして、目的を達成することだけで、ラスボスがたとえ途中でちょっかいだして来たとしても物理で押しとおるしかないのだ。

 

「ところで今回の特異点はどこなんです?」

 

「……今回の特異点は北アメリカ大陸です。いわゆるアメリカ合衆国でしょうか」

 

「ここは魔術的にはそこまで重要な部分ではないのだけれど、人類史の観点で見ればローマにも匹敵するくらい重要なところだからね」

 

 まぁ、確かに。独立とか現代では世界でもかなりの力を持った国でもあるし、世界的にも影響力はかなりあるからね。納得。

 

「あそこかぁ。私的には勝手に暗号を書いたことにされた国だなぁ。描いている途中そんな余裕なんてないっつーの。精々クライアントに対する愚痴くらいだっつーの」

 

「………あぁ、ダ〇ヴィンチコードか」

 

 というか、そのクライアントへの愚痴が暗号と誤認されているのではなかろうか。つまりは自業自得……いや、やめよう。俺の勝手な想像で周りを混乱させたくない。脳内でくだらないことに思考を費やしているとロマンがさらに補足で説明を入れた。

 

「でも、魔術的に重要ではないからと言って全く魔術がなかったわけではないよ。向こうには精霊を呼び出したりする……なんて独特の魔術があったらしいからね」

 

「それに、サーヴァントの存在を前もって確認しています。その数や具体的な場所は不明ですが……かなりの人数と見ていいでしょう。決して油断しないように」

 

「了解です」

 

 ロマンと所長の話を聞き終え、隣にいるマシュに視線を送る。彼女も真っ直ぐにこちらを見つめ返してきている。どうやら準備は万全のようである。さて、それじゃあレイシフトとしようか。

 

 

 




あえて特異点に行くサーヴァントを晒さないスタイル。


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まぁ、こうなるよね

第五章は書くことが多すぎて困る。
登場人物の多さもそうですけど、何より連れてきている面子がもう、ね?


 

 

 

 

 夢を見た。

 いつも頼りになる。傍から見ると少し……いえ、とってもおかしいと感じてしまう大好きなマスターの夢。恐らくこれが、サーヴァントとマスターの過去を契約のパスを通じてみることができるという現象なのでしょう。

 

 先輩は自分とは違う普通の人間であるはずなのに、彼が生まれた家から出ることは殆どありませんでした。毎日毎日、自室と道場と思わしき広い場所まで行き、日本刀や槍、空手、投擲、鎌等を振るっている毎日でした。……ほとんど数日で修めるという結果になってしまっていましたけど。

 関わる人は彼を生んだ両親くらいで他は武器の扱いや、身体の動かし方を教えている先生としか関わることができない毎日。本人にとってはそれが当たり前だったのです。

 

 おそらく、他の人からしたら、それなりに疲労する生活を送っていたのではないのではと思います。私は似たような生活しかしたことがないので今一実感をすることはできないのですが、職員の皆さんの話を聞いているとそう思います。

 

 けれど、そんな先輩にも明確な変化が訪れました。それは今カルデアにも召喚されているスカサハさんとの出会いです。恐らくこれが彼とスカサハさんの初邂逅なのでしょう。どこからともなく現れたスカサハさんを先輩はとても怪しんでいました。当のスカサハさんはまったく気にしていないようで、ぐいぐい話は進んでいきました。そうして、先輩にとって地獄とも思える二週間が始まったのだと思います。

 

 スカサハさんの槍は容赦なく先輩の身体を貫いていました。流石に実際の槍を使ったわけではありませんでしたが、スカサハさんの技量で模擬槍を振るわれても十分死ぬ危険性はあると思います。それを彼は必死になって回避したり、後ろに飛んだりと何とか致命傷いならないように立ち回っていました。

 そんな中、彼から話してもらったサバイバルの様子も見ることができました。……先輩はとてもコミカルにただ大変だったと話してくれましたけれど、そんな言葉で片付くようなものではないです。出てくる動物一つ一つ、どうやらスカサハさんが何かしらの細工をしていたのか、確実に普通の猛獣たちよりも強かったと断言できます。象が足を踏みしめただけで地震が起きたり、縮地じみた速度で襲い掛かるチーターなんてどう考えてもおかしいですから。

 

 ……ただ、そんな生活の中で先輩のねじは外れてしまったのではないかと思いました。サバイバルの終わり間際で既にその片鱗は見え始めています。普通に考えて、こちらを喰らおうとした口の中に手と共に武器を捻じ込み、口を閉じられる前に口内から頭を狙うなんて思いつかない上に実行しようだなんて思わないと思います。けれども先輩はそれを平気な顔をして行っていました。

 それを機に日々の修練や、夢で行われるスカサハさんとの戦いでも明確な違いが現れました。前に比べて躊躇というものがなくなったように思えます。そして、その様を見て何よりも疑問に思ったことは―――

 

 

――――そうして、どう考えても逸脱してしまった思考を手にしながら、まるでその状態が()()()()()()()()()姿()であるように()()()()()()()()()()()()()()()()でした。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「ふぅ、レイシフト完了ですね。ここは1783年アメリカ―――のどこかの森ですね。正確にはまだアメリカではありませんけれども、この年で終結する独立戦争によってアメリカ合衆国が誕生することになります。……けれど、言ってしまいますと独立戦争の勝敗によって歴史が大きく変わることはありません。独立の意思を見せた段階で、何十年か遅れることにはなるでしょうが、どちらにせよアメリカ合衆国は誕生していたでしょう。なので、ここで起きる特異点化の原因は不明瞭ですね……」

 

「いつもの事だし、どうってことないない。只……今回の範囲はアメリカで、すっごく広いんだよなぁ……」

 

 特異点となるくらいだから、そこまでわかりにくい変化ではないとは思うんだけれども、それでもアメリカという大陸はでかい。今まで以上に疲れる探索になることは間違いないだろう。

 

「というわけで、遠見のルーンとかありません?」

 

「そんなことで魔力を消費していいのか?何があるのかわからんのだ。できるだけ節約したほうが良いだろう」

 

「足が使えるなら使っとけ。それで見つからなければ使えばいいだろ。……というか、そこの弓兵に見てもらえばいいんじゃねえの?」

 

「なに?私の力が必要だと?いいだろう。()()()()()としての眼を存分に使おうじゃないか」

 

 妙にアーチャーを強調するエミヤ師匠。自分がアーチャーじゃないと思われている自覚でもあるのだろうか。アーチャーと思われたいのであれば、前衛に出なければいいのではないかと思うのですが(←前に出るマスター)

 なんて俺の内心を悟ることができているわけもなく、エミヤ師匠は自分の眼を使用して森の中の付近で最も高い木の上に登って周囲の状況を見る。三十秒ほどしてエミヤ師匠はすぐに下に降りてくる。

 

「どうやらこの森の外で、かなり厄介な状況になっているようだぞ」

 

『君たちは本当に僕ら泣かせだな!仁慈君、今エミヤが言った通りだ!森の外でかなり大規模な戦いが繰り広げられている。ちょっと急いだほうがよさそうだぞ!』

 

「了解」

 

 ロマンからの通信を受けて、この特異点に連れて来たサーヴァント。師匠と兄貴、エミヤ師匠に目配せをしてから森をでる。森の中は素早く迅速に移動するとともに、森の出口では気配に気負付けつつそこから出ていく。

 

 森からでた俺たちが目にしたのは、鎧に近接武器や弓を装備した今まで目にしたような兵士たちと、量産型アメリカンカラーバベッジとしか言えない機械と銃を装備した人間が戦っている姿だった。どちらも視界に入りきらないような人数であり、俺たちは丁度その二つの勢力がぶつかり合っている中間地点に出現してしまった形になっている。これはマズイ。ほぼ確実に両方の陣営から攻撃を受けるパターンだ。

 

「……セタンタ、これは」

 

「あぁ、恐らくこいつは……」

 

 兄貴と師匠は今まで見てきたような兵士たちに心当たりがあるのか、神妙そうな顔つきをしているが、残念ながらじっくりと考え込む時間はなさそうである。どちらの陣営も俺たちがお互い敵としている奴らの増援だと思い込んでいるらしい。俺たちの近くに居る兵士たちをそれぞれ派遣して、攻撃を開始していた。お前ら同時に攻撃しているのをみて俺たちが第三勢力ってわかんねえのか。

 

『―――ッ!?仁慈君戦闘準備だ!結構な数が居るから気を付けて!』

 

「了解。というわけで戦闘開始」

 

「はい!この特異点での初戦闘、開始します!」

 

 号令と共にそれぞれがそれぞれの相手と戦いを開始する。普通の兵士の方は今までの兵士よりは強かったものの、それでもまだサーヴァントと呼ばれる存在を倒すにはまだ足りない。師匠や兄貴と言った真の強者に根こそぎ倒されていた。けれども彼らの表情は今一晴れない。やはり何かしら引っかかっているようだ。後で聞いておこうと心の中で決めると同時にこちらも量産型アメリカンバベッジへと向き直る。

 

「機械の兵隊なんて……随分と近未来の戦いだったんだなぁ。独立戦争」

 

「いえ、先輩。実際の独立戦争にこのような兵器は使用されておりません」

 

「というか現代でも使われていないぞ。ほら、無駄口を叩いている暇があるなら戦うことだ」

 

 エミヤ師匠に注意された俺は、いつもの如く四次元鞄から彼が精製した剣と、師匠が作った武器類を上に向けてばら撒く。そしてその直後に例の如く隠れて居るマシュの盾から飛び出した。同時に彼女にもアイコンタクトで好きに暴れていい旨を伝える。

 

 盾から飛び出した俺を狙う量産型アメリカンバベッジ。しかし、銃は撃たれてしまえば対応が難しいが、照準を合わせるという工程を踏まなければいけない。それは戦いにおいて致命的な隙となる。

 まず、俺の正面で照準を合わせる量産型アメリカンバベッジに持っていた短刀を投げつけ、銃を使えなくする。その後、先程ばら撒いておいた武器を引きぬきつつ接近、頭と思わしき部分に刀を突きさした後に、その更に後方で銃を構えている別の機械兵(略称)にぶつけた。ぶつかりあった機械兵たちの状態を確認しないまま俺はその場で跳躍し、後方から向けられ、放たれていた銃弾を回避しそのまま空中で身体をひねって背後を振り返る。その流れで手に持っている刀を投擲し後方にいた機械兵の胴体部分を突き刺す。

 

 その状態で手にあらかじめ刻んでいたルーンを発動する。するとばら撒いていた武器のいくつかが俺の手元に吸い寄せられるように飛来してきた。飛来する武器を掴むと同時に投擲、掴んで投擲、投擲、投擲、投擲……それらを繰り返しながら落下するころには周辺の機械兵はすべて鉄くずと化していた。

 

「ば、馬鹿な!?閣下から頂いた強化外骨格ハードワークMk-2が全て破壊されただと!?しかもあんな華奢な女の子やひょろい男の子にか!?ま、まさかあれが報告にあったサーヴァントタイプか!ちっ、前衛後退!援軍が到着するまで下がれ!」

 

 この前線の司令官と思わしき人物の号令と共に、機械兵たちはその場から引いて行く。とりあえず近代的な部隊の方は何とかなったかと思い、師匠達の方を確認すると向こうも戦いを終えていたらしく、槍を下ろして一息ついていた。

 

「戦闘終了です」

 

「お疲れ様……とりあえず、この場から離れようか。さっきの言葉を聞くに少なくとも量産型バベッジを使っている連中は援軍を要請しているようだし」

 

「そうですね」

 

「確かに一旦落ち着ける場所の方がいいな。マスターに報告したいこともあるしな」

 

「そうさな。―――仁慈、此度の特異点。一筋縄ではいかないかもしれんぞ」

 

 師匠の言葉を聞いて俺の精神的疲労感がMAXになった。この人がこんなことを言うのだから十中八九事実なのだろう。今から先が思いやられる。はぁ……と溜息を吐いた時、エミヤ師匠の焦った声が届いてきた。

 

「―――避けろマスター!」

 

 彼の声に指摘され、俺は反射的にバックステップを踏む。するとその直後、俺が先程まで居た場所に大砲のようなものが飛来していた。もしエミヤ師匠の言葉がなければ俺はあのままあの大砲に潰されていたことだろう。

 彼に礼をいい、いち早くこの場から離れることを決意した俺は、再び俺たちがレイシフトした際に居た森の中に入っていくのだった。

 

 




早速ナイチンゲールとであうフラグをへし折っていくスタイル。
内のマスターは自分で戦えちゃう系マスターだからね、キリモミ回転なんてことにはなりませんとも。


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え、あなたどちら様?

そういえば、バレンタインの高難度クエストは糞ゲーでしたね。
最近、高難度は体力の多い鯖を連続で投入してくるばかりでとても怠いのですけれど……。


あ、後100話行きました。これソロモンやることには200超えるんじゃないんですかねぇ……(戦慄)


 

 

 

 

「まず、一報入れておくとしよう。仁慈、あの機械連中とぶつかり合っていた連中はおそらく私たちと同郷だろう」

 

「……師匠達と同郷ということは……」

 

『ケルト神話の兵隊……。つまり量産型仁慈君と言うことか………』

 

「ロマン。その換算方法について帰ったら話し合いだから」

 

「そんな……!先輩が、大量に……!?」

 

「ふっ、これは終わったな」

 

「そこの二人、その反応は一体どういうことなのかな?」

 

 場所はレイシフトで訪れた森の中。一先ず周囲の安全を確認して問題がなかったので先程の戦闘を踏まえてわかったことを話し合っている途中である。そのはずなのにいつの間にか勝手にみんなが推測をして絶望を始めた件について。この反応には流石の俺も遺憾である。

 

『いや、貴方レベルのキチガイが分隊で襲ってくるなんて想像するだけでも恐ろしいわ。彼らの反応は納得できるもの、むしろ当然と言えるものだわ』

 

「所長まで……」

 

「そこは心配しなくてもいいぜ。そもそもコイツレベルに突き抜けた連中がそうそう居て――――いや案外いるかもだが、少なくともあの連中は違う。有象無象の雑兵だ。俺達なら問題はねえだろうよ」

 

 兄貴がそういった瞬間今までの混乱は何だったのかと思うくらいに冷静になるケルト勢以外の人たち。凄まじい手のひら返しに全俺が泣いた。

 

「フォーウ?」

 

「大丈夫、慰めてくれてありがとう。ところでお前はいつもフッと現れるなー。もしかして自力でレイシフトしてんじゃないのかー?」

 

「ファッ!?」

 

 俺のことを慰めてくれているのだろう、フォウがもふもふでぷにぷにの肉球でぽんぽんと身体を叩いてくれる。そんなフォウに対して和みつつ今までずっと疑問に思っていたことを言いながらもふると彼はびっくりしたように身体を跳ねさせた後、物凄い勢いで首を振った。相も変わらず意思疎通ができていると思えるくらい見事な動作だ。

 

「冗談冗談」

 

「ンキュ!」

 

 脅かすなと文句を言うかの如くペシペシ手を叩いているフォウを抱きかかえつつ、俺は自動的に脱線してしまった話を元に戻す。

 師匠や兄貴の言うことが正しいのだとしたら、ケルト兵を率いている方が特異点を作り出した原因の可能性が高い。何故なら独立戦争終結間際のこの国にケルト兵が居ること自体がおかしいからだ。それに、量産型バベジンと正面切って戦える奴はどう考えても普通の兵士ではない。師匠達が攻撃を避けたことから考えて、サーヴァントを傷つけることくらいはできるようだし、どう考えても神秘を含んでいる。そのような連中がこの時代に居るわけがないのだ。そんな奴は、もっと神秘が多く残っていた時代の連中だけだろう。

 

「はい、私も先輩の考えを支持します」

 

『うーん、となると中々に厄介だなぁ……。ケルト神話出身ということはほぼ確定だとしても、肝心のサーヴァントには遭遇できていないし……』

 

「そのことなのだがな、しばし私の方で探りを入れてみようと思う」

 

「ふぁっ!?」

 

 唐突に放たれた言葉に思わず情けない言葉が漏れ出すものの、師匠の方はお構いなし。普段と同じような無表情で佇むのみだ。

 

「……それ、本気で言ってます?」

 

「無論。なに、戦力に関して問題はない。クー・フーリンも以前に比べて力を生前のものに近づいているし、そもそもお前自身早々くたばるとも思っとらんしの」

 

 褒められているのかけなされているのか、微妙な気持ちを抱えつつ、俺は考える。ここで師匠と別れるリスクは大きい。マスターと離れることで現界が保てなくなる―――ことは彼女を召喚した経緯から心配ないとは思うけれど、一応パスは通っているため離れればその分魔力の方が厳しくなる。現界には問題ないけれど逆に言えばそれだけだ。戦いのなればまた別であり、師匠は師匠なので早々ピンチに陥ったりはしないと思うけれど、万が一ということもあるんだよなぁ……。この人、死にたい願望もあるし。

 

 しかし、逆に師匠であれば何とかなるんじゃないかという安心感も確かに存在している。この中で誰に単独行動を許すかと言えば俺は間違いなく師匠を選ぶだろう。それほどまでに師匠の力は隔絶されているのだから。

 

「……わかりました。師匠には独自に動いてもらいます。いざという時の保険にもなるし」

 

 ……戦闘の規模を見る限り、確実にアメリカの半分は使って戦っているだろう。それほどの距離を離れてどの程度効果があるかわからないけれど、一応令呪もある。俺達に何かあった時にはそれを使って別行動している師匠を呼ぶことができると考えればそれなりに利点はあるだろう。

 

「……弟子が師の安否を気遣うな、お主に気遣われるほど落ちぶれてはいない……と言いたいところだが、その気持ちだけは受け取っておこう」

 

 それだけ言い残して師匠は音もなくその場から消え失せた。行動早すぎィ!

 

「……師匠の方はもういいとして、これから俺たちはどうするか……」

 

「私としては、機械兵を連れていた連中と接触……とまではいかずとも、あちらの陣営の様子を見る位はしておいた方がいいだろう」

 

「エミヤ先輩の言う通りですね。ケルトの軍勢の方が今回の原因とするならば、バベッジさんたちの方は私たちの味方になってくれるかもしれませんから」

 

「ま、そうだな。そこの弓兵の言っていることは間違ってねえ。今俺たちに足りないのは情報と戦力だからな」

 

 兄貴、エミヤ師匠、マシュの同意も得ることができたので俺たちは再び森をでて、量産型バベッジを使っていた連中が撤退していった場所へと歩みを進めるのであった。というか改めて思うけどほんと今回範囲広すぎじゃね?

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 たどり着いた先はおそらく野戦病院の役割を果たしているであろうテントやほかの兵士たちが休息しているテント群だった。恐らくここがケルトの軍勢と戦っている連中の前線ということだろう。

 先程も、奥にあるひときわ大きなテントに重症を負った兵士が連れていかれたところを確認したため、奥の方のテントが先程言った野戦病院だと考えられる。この光景にマシュは少しだけ顔を顰めた。エミヤ師匠も何ともいえなさそうな顔をしている。兄貴だけはいつも通りだった。

 

「………兄貴」

 

「あぁ。あのテントの中にサーヴァントがいるな」

 

 念のため兄貴に確認を取ってみると彼も俺と同じようなことを返してくれた。その言葉にマシュやエミヤ師匠も意識してテントを見ているようである。それと同時に俺はロマンにテントの中の反応を解析してもらう様に頼む。

 

『……うん。間違いない。あの中にはサーヴァントが居るね。多分、バーサーカーだ。……相変わらず呆れるほどの勘の良さだね……』

 

「流石、クランの猛犬。鼻が利くな」

 

「うるせえ。つーか、弓兵であるお前が気づかなくてどうすんだよ?それともお前やっぱり弓兵じゃなくて執事か?」

 

「はーい、二人ともそれ以上言い争うようならこの場で串団子にしますからねー」

 

『………………』

 

「お二方の顔がものすごい勢いで真っ青に……!」

 

 いい歳した大人がくだらない言い争いを始めないでくださいよー。うっかり殺気とか敵意とかが漏れそうですからー……。

 

 と、子どもよろしく言い争いを始めた二人を宥めてテントの様子の観察を再開する。するとしばらくして、一人の兵士があわただしくテントの方にやって来ていた。そして早次に何かを話すとほかの兵士たちも慌てて跳び上がり、戦いの準備を始める。

 おそらくこの様子から考えるにケルトの軍勢が攻めてきたのだろう。そうして、戦いの準備を始める兵士たちだったが、野戦病院の役割を持っていると思わしきテントの中からサーヴァントの気配がする女性が兵士たちを止めて奥の方へと引っ込ませてしまった。

 彼女はそのまま敵が攻めてきた方に一人で向かって行った。……ところであの人影物凄く見覚えがあるんですけど……。具体的にはつい最近、ポークパイハットを被った某巌窟王と共に駆け抜けた監獄塔で出会ったことがあるような顔をしていたんですが。

 

「………マスター。あのサーヴァントが向かった先からケルトの軍勢と思わしきものがやって来ている。数はそこまで多くはないが――――」

 

『―――!みんな、そちらに近づいてきている軍勢の中に二騎サーヴァントが混じっている!交戦するなら気を付けてほしい!』

 

「―――というわけだ」

 

 ロマンとエミヤ師匠の言葉を受け取り、俺は頭を回転させる。ここで様子見をするメリットとデメリットの計算だ。

 ここで待っているメリットは、あのメルセデス(仮)が奮闘した場合、敵サーヴァントの戦い方法をエミヤ師匠が捕らえることができるということではあるが、十中八九彼女は負けるだろう。ロマンの言葉では彼女はバーサーカー。監獄塔にて出会った感じの英霊であれば戦闘能力に期待はできない。……あれ、ならメリットなくね?逆に助けに入って仲間アピールをして情報聞き出した方が早くね?

 俺が、そんな身もふたもない結論に辿り着くまで時間はかからなかった。急いで結論をだし俺は待機しているみんなへと伝える。

 

「賛成です先輩。あのままあの人を見捨てることなんてできません」

 

「まぁ、それが一番合理的だろう。断定はできないが、今回の敵は十中八九ケルト側だろうからな」

 

「マスターがいいって言うならいいぜ。まぁ、任せろ。これでも対軍の戦い方は心得てる」

 

「よっし、やる気満々なようで何より。じゃあ行くぞ!」

 

 そうして俺たちは戦場に駆け寄る……前に、気づかれていないことをいいことに遠距離から軍勢の勢いを削ぐために攻撃を開始する。エミヤ師匠はそのクラスを存分に生かして矢の雨を降らせ、俺と兄貴は槍を投げ込み軍勢をなぎ倒す。マシュは遠距離の攻撃手段がないため、一直線に軍勢へと走って一騎当千の力を発揮していた。師匠と兄貴の言う通り向こうはサーヴァントに対処できるほどの練度はないらしくマシュとメルセデス(仮)の攻撃によって次々と倒されていった。

 いや、ちょっと待って。俺の知ってるメルセデス(仮)じゃないぞあれ。俺たちと一緒に居た彼女は大声で殺菌!とか言いながらサマーソルトは決めないし、そこら辺に銃を乱発するトリガーハッピーでもなかった。何あれ怖い。

 

 槍投げを兄貴に任せ、槍を構えて軍勢の腹部、その上空を取る。そしてそのまま真下に投擲すると同時に別の槍を構えさらに第二波として投擲を行う。小さいながらも確かな爆風を上げながら飛来した槍にケルトの軍勢は吹き飛び、体勢を崩した。その隙を我等がエミヤ師匠と兄貴が逃すはずもなくしっかりと止めを刺していく。

 

「………貴方たちは?」

 

「説明はあとで。とりあえず味方だと思ってもらえれば……」

 

 流石に怪しすぎたか……?

 監獄塔の時には見せなかったとても鋭い視線が俺の顔を貫く。ギャップもあってかなり堪えた。

 

「…………嘘は言っていないようですし、今だけは信じましょう。ここは協力をした方が多くの命を救うことにもつながるでしょうから」

 

 まるで自分に言い聞かせるように、そう呟いた後彼女は俺に背中を預けるように背後を振り返り、そこに居た兵士を発砲した。……やっぱり俺の知ってる彼女じゃないわ。

 そんなことを思いつつ、俺も目の前にいる敵に集中するのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、粗方の軍勢を片付け、エミヤ師匠を除き全員が前線で大暴れしている頃、耳に痛いばかりの声が届いた。

 

『先程のサーヴァント2騎が来た!』

 

 ロマンの言葉に弾かれたように軍勢に視線を向けると確かに居た。サーヴァントの気配が二人分。

 一人は既に一度邂逅したことがあり、オリオン……いや、アルテミス狩りを助けてもらったディルムッド・オディナ。そしてもう一人は初めて見る金髪ロンゲのイケメンである。

 

「………これは、どういうことでしょうか?我が主」

 

 俺達に気づいたのだろうか、ディルムッドは飛んでもないものを見たような顔で俺たちを―――――正確には兄貴を見ていた。

 それに追随するかのように金髪ロンゲも兄貴の方を見て表情を固める。当の兄貴は全く身に覚えがないのか首を傾げるばかりだった。あれかな。ケルト神話の大先輩が目の前に現れたから驚いてんのかな。

 

「これは……いや、これは戦争であっても聖杯をめぐる戦いでもある。こういったこともあるのだろうよ。ディルムッド」

 

「……先輩、ディルムッドさんです。そして、先程の会話から推測するに、その背後に控えているのがフィン・マックールであると思われます」

 

「……へぇ。おもしれえ。同郷の英霊と一戦交えるなんて中々出来ねえ経験だからな。思いっきり暴れさせてもらおうか」

 

 マシュの推測に反応したのは兄貴だった。景気よく師匠から授かった朱槍を振り回し、実にいい笑顔を浮かべている。メルセデス(仮)は彼らが病原菌なのですね……とブツブツ呟いているが戦う意思があるのか銃を構えて既に発砲していた。やっぱり俺の知っている彼女と違う。

 

「フッ……!急に発砲するとは、なんというg「消毒!清潔!」―――くっ、話が通じないタイプか……!」

 

「ハッハッハ。口より手を動かせということではないかな。―――さて、気になることは多々あるが、私も行かせてもらおうか」

 

 少しグダグダになったものの、戦闘態勢へと移行するディルムッドとフィン。どうやら、ディルムッドの方は俺たちのことを覚えていないのか、特にアクションを起こすこともなく槍を構えていた。

 それに習い俺も武器をばらまくと同時に槍を構えて戦える準備を整えつつ、令呪のパスから俺の魔力をサーヴァントたちに回した。ここで景気よく敵のサーヴァントは落としておくに限るからである。

 

「戦闘開始します!」

 

「いっちょ派手に暴れますか!」

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 戦いはこちらが終始押す形となっていた。当然だろう。何故ならこちらにはサーヴァントが四騎おり、向こうの倍の戦力となっているからだ。逆にそれでも未だに戦い続けることができる向こうの生存能力は伊達ではないと思うう。

 

「―――ふむ。我々二人でも押し負けるか……。流石は名高き戦士クー・フーリン殿だ。それにほかの英雄達も歴戦の勇士と言うに相応しい。……しかし、これは戦争だ。だからこそ――――」

 

 フィンはマシュを始めとするサーヴァントの実力を褒めつつ、こちらの方に視線を向けた。そして、槍を構えてこちらに突っ込んでくる。

 

「―――弱点を狙うことも考えるべきだよ。特に真名を明かせぬシールダーのサーヴァントよ」

 

 英霊たちの弱点であるマスター、つまりは俺を此処で潰してしまおうという魂胆であろう。槍を持っているだけのマスターなんて軽くひねれる、そう思っていることを余裕の表情が伝えてくれる。当然このまま某立ちしていては俺は串刺しにされて死んでしまうだろう。……が、正面からこうしてやって来てくれているのだ。態々素直にやられている義理はない。ましてや相手は俺の命を狙う敵なのだから。

 

「存分に恨むと言い。私と、ここに来てしまった自分自身を」

 

 槍が俺の心臓目掛けて突き出される。もちろんそのまま俺の心臓をくれてやるわけにはいかない。魔術で強化した身体能力を生かして既に初動は行っている。フィンの繰り出す槍を身体を半身にすることによって回避すると同時に蹴り上げて重心と態勢を崩す。

 槍が撃ちあがったことにより一瞬の隙を見せたフィンの懐に俺は潜り込みその霊核があると思わしき胸の中央部分に震脚を乗せた肘鉄を叩きこんで彼を後方に吹き飛ばし、追い打ちとばかりに手に持っていた槍を投擲する。そして、パスを通じてエミヤ師匠に吹き飛んだフィンに向けて攻撃をしてほしい旨を伝えた。

 流石は弓兵エミヤ師匠。俺の言葉を聞いた直後にフィンの身体に剣製され、矢として放たれた武器たちが殺到していた。

 しかし、それは途中で身体を滑らせ間に入ったディルムッドに防がれてしまう。彼を相手にしていた兄貴やメルセデス(仮)はどうやらケルト兵の妨害にあって隙を与えてしまっていたようだった。

 

「主!?無事ですか!?」

 

「ハッハ、唯のマスターと侮っていた私の自業自得さ。やはり戦う前に親指カムカムしておけばよかったかもしれないな……。ディルムッド、流石にこの状況はマズイ。マスターですら一筋縄ではいかないというのであれば、一度撤退したほうがいいだろう」

 

「ハッ、かしこまりました。……しかし、この兵たちが聞き入れるでしょうか?」

 

「聞き入れなければそれで構わないさ。彼らは女王を母体とする無限の怪物。いくらでも補充は利く」

 

 会話の流れから言って彼らは撤退するようだ。フィンは足に刺さっていた槍を引き抜き、こちらに投擲すると踵を翻した。ディルムッドもそんな彼を庇う様に後ろに続く。俺は逃がすかと久しぶりに我が愛槍の真名を開放する。

 

「――――突き崩す、神葬の槍!」

 

 フィン・マックール、ディルムッド・オディナ彼らは人間ではあるものの、俺の槍は爆発する為広範囲攻撃としても一応使えるのだ。故に追い打ちとしては最適である。

 そうして放たれる俺の槍だったが、直線にケルト兵たちがこぞってその前に飛び出し、身を挺して彼らを守った。

 

 爆風が晴れたころには既に二人の姿はなく、念のためエミヤ師匠の眼で探してもらうが、捕らえることはできなかったそうだ。足に槍が刺さったっていうのに逃げ足の速いことである。

 まぁ、何はともあれ、一応撃退は出来たのだ。とりあえず前のように大砲などで狙われていないか、気配だけでなく空気の振動にまで気を使って周囲を警戒し問題なかったので槍を下ろす。

 

 戦いが終わったことを実感して一つ溜息を吐いてみんなをねぎらおうかと動き出そうとしたら、後ろから銃を突き付けられた。

 

「戦闘は終わりました。とりあえず、貴方が何者か話してもらいましょうか」

 

 殺気も何もなかったから油断してた。というかこの人やっぱりやばい。監獄塔の彼女は一体何だったんだ。皮だけ借りた別人だろ絶対。

 そんなことを考えつつ、俺は両手を上げると俺たちのことを一から話し始めるのだった。

 




悲報 師匠単独行動する。

悲報 監獄塔で知り合った人がオカシすぎる。

悲報 フィン・マックール、求婚できず。

朗報 仁慈はいつも通り。


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おのれインド

すみません。少しだけ創作意欲がなえてしまいました。
一応は回復したはずなので、流石に四日も空くことはなくなると思います(休み中のみ)



 

 

 

 両手を上げて抵抗の意思がないことを示し、アイコンタクトでマシュに彼女を攻撃しないように指示を出す。その後、俺たちがどうやってここに来たのか、そもそも何をしに来たのかということを時間をかけて!念入りに!何とか!説明し、理解させた。久しぶりにバーサーカーらしいバーサーカーにあった気がする。基本的にカルデアのバーサーカーは一応意思疎通はできるからねー。ここまで本格的に会話が通じない相手は敵以外いなかったのではなかろうか。メルセデス(仮)の頃とのギャップの所為で倍疲れる。

 この人、本当に話を聞かなかった。関係ない話と判断するや否や上空に銃を発砲して話を戻そうとしてきたのだ。……控えめに言って頭おかしいと思う。ぶっちゃけ、俺は選択を間違えた気がしないでもない。外見がメルセデス(仮)にそっくりだと油断したことが運の尽きだったのかと思われる。

 ぶっちゃけ、彼女に協力を依頼しても意味がないと思うなぁ。本当にバーサーカーしている彼女では何かあったときに致命的な亀裂を生みかねない。

 

「とまぁ、そういうわけなんですよ」

 

『もしよければ、私たちに協力してくれませんか?』

 

「そちらの事情は分かりました。しかし私の役目は一人でも多くの患者を救うことです。ええ。例えその患者を殺してでも私は患者を救うでしょう」

 

 ……彼女の行動基準は分かった。バーサーカーになってでも、いや、バーサーカーとして呼ばれるほどに強力な執念を彼女は持っていたのだ。故に行動の基準はそれに準じ、それと関係ないものには関わらない。

 であれば、彼女は無理にでも引き込むのは得策とは言えないな。召喚したサーヴァントなら最悪令呪があるけれど彼女はここに召喚されているようだし。この様子だと敵にも回ることはないだろうしね。

 

「……わかりました。それでは俺たちはここで――――」

「――――しかし、」

 

 向こうも乗り気でないことを利用して早々に退散しようと踵を翻そうとするが、俺の肩にか細く、しかし骨を軋ませるような力で握りしめる手が置かれた。何を隠そう目の前の彼女の手である。嫌な予感を感じつつ、そちらの方を振り返ると、そこには顔を限界まで近づけて覗き込むメルセデス(仮)が居た。

 

「貴方もかなりの病気を患っている様子ですね。えぇ。それも、本人は自覚していない上に肉体的にも現れない厄介なものです。故に、貴方には私と行動を共にしていただきます。具体的に、私の治療をサポートしてもらいながらあなたの治療を行います」

 

「おっと……(汗)」

 

 これは流石にやばいかもしれない。まさか、逃がそうとせずに逆にこちらを拘束する方に奔るとは……。力尽く……としてもサーヴァントには勝てるわけがない。というわけで、エミヤ師匠、兄貴、マシュに視線で助けを求める。

 

 エミヤ師匠……黙って首を振るレベル。

 兄貴……槍を持ち出した。物理は流石に却下です。

 マシュ……自信あり気に頷いてくれた。流石マシュ。頼りになるぜ。

 

 というわけで、俺はマシュにすべてを任せることにした。

 

 

―――――――

 

 

 

「どこに行くのかしら、フローレンス?軍に置いて身勝手な行動は銃殺もの……さっさと治療に戻りなさい。さもないと、ひどい懲罰が待ってるかもよ?」

 

「……貴女の方こそ持ち場に戻りなさい。私はもっと根本的にこの病気を解決できそうなので、そちらの方に向かうというだけです。何も矛盾したことは行っていません」

 

 どうしてこうなったのだろうか。

 今の仁慈の内心にはこの一言しか浮かんでこなかった。

 仁慈が頼んだ通り、マシュは素晴らしい手際でメルセデス(仮)改めナイチンゲール・フローレンスに俺たちの状況とどのようなことをすればいいのかということを、彼女の興味ある事柄と絡めて説明を行い、見事に協力関係を《《穏便に》》結んで見せた。

 最悪逃走もしくは戦闘を視野に入れていた仁慈からすればこれ以上ないくらいの成果だったのだ。こうしてナイチンゲールを仲間に引き入れた彼はほんの僅かな不安とマシュの努力を無駄にはしないという意思の元、行動を開始しようとした時、今ナイチンゲールと対峙している女性―――エレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー。

 ナイチンゲールを最初に引き入れた戦力、アメリカンバベッジを使っていた陣営に所属しているサーヴァントのようで、引き入れた戦力であるナイチンゲールが抜けることを拒んでいるようだった。相手の言い分は十分に理解できた。彼らはケルトの軍勢とことを構えている。その状況でサーヴァントが一人抜けるという欠損はかなり痛手であろう。

 しかし、仁慈達を見つけた瞬間彼女の態度は一変した。どうやら戦力不足ということを実感しているらしくぱっと見三体のサーヴァント+マスターを見つけたことにより、さらに戦いが楽になると考えているのだろう。エレナは王様が喜ぶと笑顔を見せていた。

 

「王……?」

 

「あら、アメリカの現状を知らないの?今この国は二つに分離して絶賛内戦中なの。一つがただ滅ぼすことしか能のない野蛮人、つまり向こう側ね。それともう一つが―――あたしたちの王様が率いるアメリカ西部合衆国。南北戦争ならぬ東西戦争というわけよ」

 

『なるほど……。話はもはや南北戦争、というわけではなくて全く未知の敵とことを構えているわけか……』

 

「それにしても滅ぼすことしか能のない野蛮人、か……」

 

 エミヤはエレナの言葉を無意識に呟いたのちに、その向こう側に位置する英霊と、どちらかと言えば向こう側……というかお前完全に向こう側でいいんじゃね?と思われるマスターに視線を向け、そして独自に納得した。

 

 そこからさらに話は進み、結局は交渉は失敗した。

 向こうからすれば仁慈達は自分たちの戦力を引き抜こうとするある意味敵となるためである。今さらナイチンゲールはいいですなんて言ったところで、根本的な治療……特異点の復元という手段を知ってしまったナイチンゲールを止めることはできず、撤回は利かない。仁慈は思う。こちらから声をかけておいてなんだが、切り離すことができず勝手についてくる様はまるで呪いの装備のようだと。

 

「あーあ、仕方ないか。こちらも虎の子を呼び出さないといけないわ。じゃ、まずは彼らからね。機械化歩兵、前に出なさい!」

 

 彼女の号令と共に仁慈達の前に先程相手にした量産型にしてアメリカン仕様のバベッジが現れる。

 仁慈はエレナの言葉が気になり、量産型バベッジに視線を固定しながらも周囲に気を回すのだった。

 

 

―――――――――

 

 

 

――――量産型バベッジなんて目じゃないくらいやばい奴がいる件について。

 

 エレナの号令と共に戦いを開始した俺達だったが俺は、彼女の言葉……虎の子、そしてまずは―――という言葉が引っかかり、範囲を広げて周囲の索敵を行った。反応こそはなかったものの、エレナの余裕の表情が切り札を予感させるには十分だった。それ故に、一応マシュ、エミヤ師匠、兄貴に俺が感じたことの旨を知らせたのだ。

 

 そうしたのちに、量産型バベッジを全員スクラップに変えたところ、エレナが一体のサーヴァントを呼び出した。それはカルナという英霊らしい。ぶっちゃけ俺は存じ得ないがマシュとロマンの驚愕、尚且つインド出身ということからそのやばさを直感で感じ取る。インドはマズイ。あそこの神はステップ踏んだだけで世界を滅ぼす連中なのだ。そこ出身の英霊とかヤな予感しかしない。

 

「カルナー?悪いけど彼らのこと捕まえてくれないかしら?一応ほら、敵に回るみたいだし」

 

「その不誠実な憶測に従おう」

 

 そうして降りてきたのは、病的にまで肌の白い線の細い青年だった。見た目だけはそこまで強そうには見えない。だが、それは誤りだ。彼の身につけているものはどれもこれも俺がこの前相手にしたグリード並みもしくはそれ以上の威圧を感じるし、本人も常に余裕を持っている態度から並みの英霊ではないことくらいわかる。ここで彼とやり合えるとするなら兄貴がワンチャンあるくらいだろう。

 

「異邦からの客人よ、手洗い歓迎だが悪く思うな。梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)

 

 カルナの言葉と共に飛び道具のような目からビームのような、なんとなく正体がパッとしない攻撃が放たれる。このようなふざけた描写をしたもののその速度はかなりのもので初見で翻せるかと言われれば否と答え、不意に喰らったら100%当たるだろうと思えるくらいのものであった。しかし、こちらとて警戒はしており、防御するくらいの心構えは出来ているのである。まずエミヤ師匠が前に素早く出ると右手を前に突き出した。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

 一枚一枚が古の城壁と同等の防御力を持つ代物ではあるが、流石にインドステップ→世界崩壊神話出身の攻撃は厳しいのかしばらく持った後に破壊される。破壊されたと同時にエミヤ師匠はすぐさま後ろに下がり、今度はマシュが宝具を発動する。

 

仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 エミヤ師匠の熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)によって威力を大幅に減少させられているカルナの攻撃をシールダーのクラスを冠するマシュが受け止める。彼女は、デミ・サーヴァントとなったばかりの冬木でも黒騎士王の宝具を受け止めた実績をもつ。こと防御に関してうちのカルデアに彼女以上のサーヴァントはおらず、何処に出しても恥ずかしくないうちのメイン盾だ。彼女の盾の前でカルナの攻撃が爆ぜる。

 そのことにより一瞬だけ凄まじい光と爆音に視界が消え失せるのだが、俺と兄貴には関係がない。なんせこちとら滅ぼすことしか能のない野蛮人らしいからな(根に持っている)

 

 気配を頼りに俺はエレナへ、兄貴はカルナへと殺到する。しかし、カルナの方は気づかれたのか俺の後ろで武器と武器がぶつかり合う音が響いていた。それを無視し、俺はエレナの背後に素早く回り込んでその華奢な背中に槍を向ける。

 

「動くな」

 

「!」

 

 こちらを振り返るエレナ。その隙に俺は量産型バベッジを相手にした時にばらまいていた武器を、手に刻んだルーンを使って収束、四方八方エレナに触れる直前で静止させる。後は俺がルーンが刻まれている手を握ればこの武器はエレナを黒髭危機一髪よろしく串刺しにするだろう。師匠が夜なべして作り出した武器の数々だ。使い手が俺だとしても重症は確実だ。

 カルナと兄貴が撃ち合っている間に、エミヤ師匠をカルナの方へ、マシュを俺の隣へ来てもらいこちらの優勢を維持しておく。ナイチンゲールさん?ああ、彼女はこちらを見ているようで全く見ていないよ、うん。いや、サーヴァントとして契約しているわけじゃないから意思疎通ができないんだ……。仕方がないね。

 

「……もしかして、貴方もサーヴァントだったりしたのかしら?」

 

「残念普通にマスターでした。令呪もありますよ?」

 

「―――そう。それで、私はこれからどうされちゃうのかしら」

 

「……別にどうもしませんよ?俺達がここから離れることを黙認してくれれば、それで」

 

 問答無用で攻撃からこちらを捕らえようとした向こうとしてはこの状況に言い返すことはできないだろう。なんせ、俺たちが今行っていることは向こうが行おうとしたことと同じなのだから。

 

「………なら、妥協案を出しましょう。貴方たちはあたしたちの王様と一度邂逅してもらうわ。実際に話をするの、それくらいの時間は割いてくれてもいいでしょう?……じゃないと、カルナを本気でけしかけちゃうわよ?」

 

 今度は俺が黙る番だった。チラリとカルナの様子を見てみるが、彼は今兄貴とエミヤ師匠相手に一歩も引いていない。数と手数の利から攻められるということには今のところ陥っていないが、それでもほぼ完全に防がれている。ぶっちゃけ、こんなレイシフトしたばっかりから宝具を二個も使っているために結構ギリギリなのだ。一応今の段階ではこちらが有利だが、兄貴たちがやられた場合あれ程の英霊ならこの状況くらいいくらでもひっくり返すことが可能だろう。彼の手綱を握っているエレナが妥協としてこう言ってくれたのであれば乗るのも手かもしれない。王様とやらを説得できれば彼女たちが味方になるかもしれないし、そうでなくてももっと詳しい情報を得られる可能性もある。

 

「………もし、王様との交渉が決裂した場合に素直に逃がしてくれることを条件とするなら」

 

「よくってよ。そのくらいならね。……カルナー!一端戦闘中止!この子たちを王様の元に連れていくわよ!」

 

「………承知した」

 

 カルナが動きを止めると同時にこちらも槍を下ろす。そして、四次元鞄にすべての武器を収納したのちに、兄貴とエミヤ師匠にカルナと戦った感想を言ってもらった。

 

「アレはちと厳しいな、倒せと言われれば全力を尽くすが、確実に倒せると保証は出来ねえ」

 

「……正直、こちらにクー・フーリンが居なければ危うかったと言わざるを得ないな。あれは私が相手した中で過去最悪の相手を思い起こさせる……」

 

「……あぁ、あの金ぴか……」

 

 何やらエミヤ師匠と兄貴の表情が露骨に歪んだ気がしたが、それは別にいい。とりあえず今は、すぐにでも飛び出しかねないナイチンゲールとそれを全力で止めているマシュの援護に向わなければ。

 

 

 

 

 

 

 ……さて、相手があの口約束を素直に守るとは思えないし、ダ・ヴィンチちゃんから貰っていた霊薬でも飲んでおこうか。最悪、こちらの宝具ブッパで乗り切る必要があると思うし。……はぁ、兄貴が知名度Maxの究極完全体兄貴で呼ばれていればなぁ……。

 

 

 

 




そういえば、前回フィンの求婚で仁慈が激おこ不可避とか色々書かれていましたけれど、そんなことはありませんよ?

前にも感想を頂いたのですけど、うちの仁慈は別にマシュの恋人でも何でもないので。彼女の嫌がることをする連中には容赦ないですけど、求婚で無理矢理迫ったりしなければおーけーです。実際に実害が出始めると………まぁ、御想像の通りということで。


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王様と言えば王様

今回は試験的にセリフの間隔を短くしてみました。
もし見にくいというのであれば、次回から戻します。これがいいのであれば続けてこれで書いていきます。


 

 

 

 

 

 

「あー……すごい、移動が楽だ」

「確かにそうですね。結局ロンドンでは馬車に乗ることはできませんでしたし、こういった乗り物を利用するのはここが初めてかもしれませんね」

「まぁ、体力を温存できるならそれに越したことはねえよ」

「………四方八方、何処を見ても敵に成り得る連中が居るというのに……旅行に来たわけではないのだがね」

「……心音安定。いい傾向ですね。その調子でリラックスなさい。それが治療の第一歩となるでしょう」

 

 仁慈達は現在、エレナと交わした約束により彼女たちの言う王様と邂逅するために彼女たちが乗って来た輸送車のようなものに乗り込み同行していた。一応、話し合いで解決した手前今すぐに攻撃されるとはないだろうと考えているようだが敵がわんさかいる状態での緊張感のない態度にエミヤは若干呆れ顔である。カルナは特になんとも思ってなさそうだが、エレナはそんな仁慈達を愉快そうにまた興味深そうに眺めていた。

 

「会話からなんとなくわかっていたけど、やっぱりいくつもの特異点を乗り越えて来たマスターだけあるわね。実に興味深いわ。私たちの時代ですら神秘が薄れてきていたのに、貴方のような存在が生まれていることも同じようにね」

『……ブラヴァツキー夫人の言いたいことも分かる。仁慈君は人類史が燃え尽きた現在ではそこまで問題ではないけれど、通常時なら魔術師が喉から手が出るほど欲しい実験体であり、封印指定待ったなしの存在だからね』

「軽薄そうだけど常識を持っているのは好ましいわ、あなた」

『何でみんな初対面で僕のことをディスるんだい?何か悪いことしたかなぁ、僕……』

 

 スケルトンやその時代の兵士たち、果てはワイバーンを始めとする竜種そしてサーヴァントと一騎打ちを行い生還をするということは現代で言うところの執行者がギリギリ当てはまるかと言ったようなところだろう。こんな人材が一般枠で入ってくることに改めてロマニはエレナの言葉にへこみつつ、この世界は間違っていると確信した。

 

「……ところでレディ・ブラヴァツキー。貴女が王様という方に肩入れをする理由を聞いてもよろしいですか?先ほどのような状況に陥ってまで私たちを引き入れようとするには何かしらの理由があるとは思いますが……」

「まぁ、レディ!いいわね。あなた、とてもいい。礼節っていうのをわかってるわ!マシュちゃんって言ったっけ?あなたに免じて答えてあげる」

 

 彼女の語った理由は単純なものだった。王様に肩入れする理由は生前に因縁があったから。どうやらそれなりに関係の相手だったために肩入れしているらしかった。それ以外の理由としてはケルト勢が自分たちケルトの人以外を認めようとしないからということだった。彼女曰く、自分が降参したところで殺されるか、生贄にされるかの二択だろうと言った。

 

「………」

「兄貴、なんかすっごく見られているんだけど?」

「すまんな。否定はできないんだ」

「俺の出身日本だからね?なんか最近ケルトでひとくくりにされているけど、出身地日本だからね?」

「あら、あなたやっぱケルト神話出身の英霊だったのね。……もしかして、あなたたちは向こうのスパイか何かなのかしら?」

「そういった冗談は言わない方がいいぞ。ミス・ブラヴァツキー。こちらには狂犬が二匹ほど居るからな。時折、考えられないようなことをしでかすこともある」

「ふふっ、冗談よ。貴方たちが特異点となっている時代を修正していることも、ここに来たばかりということも理解しているから」

 

 くすくすと笑うエレナに対してエミヤは黙って肩を竦めながら、彼女はどうやら聡明であはあるが、何処か子どもっぽいところがあるのかもしれないと分析をした。

 

「それでも、私としてはどちらかの陣営に所属することをお勧めするわ。二つの勢力にちょっかいを駆けたらあなたたちは真っ先に潰されることにもなるし」

「それはこっちで決める。王様というその人の話を聞いてからね」

「そう。なら覚悟しておくことね。……彼のインパクトはすごいわよ。あとかなり面白いわ。顎とか脱臼しないようにね」

『え、なにその言い方。そんなに愉快なのかな、王様っていうのは……』

「究極の民主主義国家であるアメリカで王を名乗っているのです。面白いのは当然でしょう」

「……喋った……普通に会話に加わって来た……」

「………貴方は私を何だと思っているのですか。私とて会話はします。今現在近くに急患はいませんし、こうして語り合うこともいい刺激と気分転換になるでしょう」

 

 ナイチンゲールの意外なところを見た仁慈は驚き、目をパチクリさせた。その反応を見たナイチンゲールは少しだけ不機嫌そうにその眼を鋭くして仁慈を睨む。睨まれた仁慈は何処か釈然としない風に彼女から視線を逸らし、王の本拠地とやらに思いをはせることで彼女のことを頭の中から追い出すことにしたのだった。

 

 

――――――――

 

 

 

 エレナに案内された先はまさに城というつくりの建物だった。彼女曰くホワイトハウスは占拠されたそうなので新たに拠点として作り上げたらしい。俺はパッとその城の城壁の様子や、通路の有無、壁の高さなどを頭に叩き込む。交渉決裂のちに戦闘となった場合俺たちは十中八九逃走することになるだろう。カルナを相手にした場合無事でやり過ごすことはできないだろうことは容易に予想ができる。故に逃走経路を確保するためにこうしたことはしておいた方がいい。……退路の確保はサバイバルの基本。勝てる確証がなければ一時撤退も辞さない……これ鉄則。

 

「ブラヴァツキー夫人、カルナ様。大統王がお待ちかねです。直においで下さい」

『聞き間違いかな?いま、だいとうおうとか聞えた気がしたんだけど……』

「はい。私にも確かに聞こえました。大変言いずらいのですが、すごく短絡的というか……」

「でしょ?でもそこがいいのよ。私達にはない発想だし」

「この先に貴女の雇い主が居るのですね……」

 

 そう誰に言い聞かせるわけでもなく呟いたナイチンゲールは自分の腰に潜ませている拳銃に手をかけてた。しかし、それに待ったをかけたのはカルナである。彼はナイチンゲールの言葉を受け止めつつ的確に直球に言葉を投げかけた。あわや激突かと思われたが、最終的にはカルナの言うことを聞き、ナイチンゲールはその拳銃をホルスターにしまう。なんだあの説得スキル、あの人すっごいこちらに欲しい。

 

「カルナさん。俺達と一緒に来ません?」

「すまないが、俺がここで仕えるべき者はもう決定している。……それに、お前のような存在であれば俺の助けなどなくても、この先を歩んでいけるだろう」

 

 ……断られたはずなのに励ましとも思える言葉を受け取ってしまった……。なんだこの人は、もしかして、彼はマシュに続く癒し枠となるのでは(錯乱)

 

 そんなある意味で正解な気がすることを考えつつ、先行するエレナに続く。別に目隠しをされて移動しているわけではないので、遠慮なく俺はこの城の内装と入って来た場所までのルートを頭の中に入れるのであった。別にこれだけなら何の問題もないからな。

 

「連れて来たわよ、王様~」

「了解しました。大統王閣下が到着されるまで、後一分です」

 

 エレナの言葉に恐らく警護の者と思われる機械化歩兵が答える。……エレナが王と仰ぐ人物だ。当然、このアメリカ西部連合国の中心人物であろう。王だし。その彼に対する護衛が機械化歩兵ということは本気で戦力が足りていないんだな。今のところサーヴァントの気配はカルナとエレナの二人、後は「王様」と思われるものが一つの三つだけだ。……そう考えるとよくこの戦力でケルトの猛攻を防いでいると感心する。

 

「……なんだか緊張してきましたね、先輩。一体どんな王さま何でしょうか……」

「実際に目にしてみればわかるさ。だから緊張しなくてもいいと思うよ」

「おう、そうだぞ。流石にマスター並みに……なんていわねえけどよ、あんまり気を張りすぎてもいいことはねえ」

「……緩めすぎるのも問題だがな。張りすぎるのもまた問題だ」

『―――どうせ気づいているとは思うけど、近づいているサーヴァント反応が一つある。十中八九、王様という奴だろう。……ただ、この反応が妙なんだ。具体的にはまだ言えないけど……なんかこう……うん、これは見てもらった方が早いな』

 

 ロマンの言葉と同時に機械化歩兵がやって来た。どうやら大統王閣下とやらが到着したようだ。

 

「お待たせいたしました。大統王閣下、御到着です」

「おおおおおおおおお!ついにあの天使と対面することができる時が来たのだな!この時をどれほど待ち焦がれたことか!ケルト共を駆逐した後に招こうと思っていたが、時期が早まるのであればそれもまたよし!うむ、予定が早まることはいいことだ。納期を延長するより余程良い!」

「……はあ、相変わらず歩きながらの独り言は治らないのね。せめて独り言ならもう少し小さい声でやってくれないかしら」

「独り言なんですか!?」

 

 マシュが驚くのも無理はない。王様と思わしきものの声はこの城内によく響き渡り、離れている俺達の耳を程よく攻撃してきている。どう考えても独り言の声量ではない。いや最悪人間の声量ですらないかと思えるくらいだ。

 そんなことを思っているとついにその王様という存在がその姿を俺たちの前に現した。

 

「―――率直に言って大儀である!みんな、初めまして、おめでとう!」

 

 なんともよくわからない一言を伴って現れたそいつに俺たちは揃いも揃って驚愕した。それはマシュや俺はもちろん兄貴、エミヤ師匠、そしてナイチンゲールですら驚きで言葉を失っている。ロマンなんて驚きすぎてモニターの故障を疑うレベルだ。しかし、その気持ちはわかる。痛いくらいにわかる。何故なら目の前に現れたその王様とやらはまるでアメコミヒーローを思わせるような風貌をしていたのだから。

 

 全身は兄貴のような青いタイツもどきのようなものを着込み、手の部分は赤くなっている。そのカラーはアメリカとスーパー〇ンを思わせるカラーリングだ。また、両肩からは電球のようなものを生やしており大変目に優しくない。極め付けには頭部のパーツだ。まるで合体事故のように獅子の顔が今言った胴体に鎮座していた。身体はいくらかツッコミどころがあるが確かに人間のものだ。しかし頭部が致命的に違う。確かに王だ。あれは世間一般から王と認識されている存在だ。だがそれは百獣の王ということであり、人間でいうところの国王とかではない。

 

「もう一度言おう!諸君、大儀である、と!」

「ね、驚いたでしょ?ね、ね、ね?」

「…………それはまあ、驚くだろうな」

 

 悪戯が成功したような無邪気な笑顔を見せるエレナと俺達に心底同意するかのように頷くカルナ。どうやらこの反応は織り込み済みだったらしい。まぁ、想像は容易だろう。言った誰が王様と聞いてアメコミヒーローのコスプレをした百獣の王がやってくると思うのだ。

 

「確かに王様だけども……これは、いいのか?大丈夫なのだろうか。こう、著作権的に」

「…………でも先輩。こういった状況に慣れ始めている自分が居ます。どうしましょう」

 

 ……まぁ、アーサー王の性転換から思えばこの手の変化は見慣れていると言ってもいいかもしれないからなぁ。耐性、出来ちゃったかー。黒髭も内面的には酷い変化を伴ってたし。なんというか、そこまで成長しなくてもいい部分まで成長しちゃったか……。

 

 マシュの成長に複雑な感情を抱きつつ、俺は彼(?)に問いかけた。

 

「それで、貴方が大統王?」

「いかにも。我こそは野蛮なるケルトを粉砕する役割を担ったこのアメリカを統べる王―――サーヴァントにしてサーヴァントを養うジェントルマン!大統王、トーマス・アルバ・エジソンである!」

 

 俺達二度目の絶句である。兄貴はピンと来なかったようだが、現代にも精通するエミヤ師匠や生前に知り得ていたであろうナイチンゲール、そして俺たちにとっては正直魔術王がラスボスということが分かった時よりも驚きの情報だ。

 俺ですら知っている発明王エジソンがまさかの人外疑惑浮上中なのだから、今まで見て来た写真もどきはどうなんだという話になる。

 

 まぁ、本人の口からこれは本来の姿ではないと説明がその後すぐに入ったけれども。本人的には頭脳はなんも変わらないのでOKとのこと。見た目に囚われないその発想は素晴らしいと思うよ。うん。

 

 さてここで話が終わっていればギャグ漫画のような感じで終わったのだろうがそうはいかない。こちらとしても、真面目な話をしなければならないのだから。

 ……どうやら彼は、国民すべてをあの機械化歩兵にしてケルトの軍勢と対抗するらしい。そうしてケルトを下した後は自分が手にした聖杯を使ってこのアメリカを正規の歴史から切り離し、独自の発展を遂げていくのだという。他の国など知ったことではない。人類の未来など知ったことはない。只、アメリカという国があればいいと、彼は言った。

 

 それに対してナイチンゲールは抗った。例えカルナが目の前で彼女を抑えようとも、彼女は言う。こういう目をした人間は必ず破滅を呼び、最後には無責任にもこんな筈ではなかったということを口にするのだと。

 

「人類最後のマスター、樫原仁慈よ。お前はどう思う?私と共にケルトと戦い、聖杯を取るべきではないか?三分間時間を与えよう。それまで選ぶがいい」

 

 こちらにも話が回って来たので彼の言う三分を使いカルデア陣営で作戦会議を行う。ロマンは一応この話に乗る気らしい。結託してケルトから聖杯を奪い取った後、彼らの考えを正せばいいと。あと、彼もナイチンゲールの考えに同意しているらしくこの手のタイプは絶対に後で手痛いしっぺ返しを受けると歴史的にも証明されているからということらしい。エミヤ師匠もそれに同意している。俺もそう思うんだけれども………一応、交渉が決裂したとしてもある程度の安全は保障されている(0.5%くらい)

 ここでこの話を断り二つの勢力で潰しあってもらい聖杯を掻っ攫うという方法の方が苦労は少ない気がする。それに……

 

 俺はここでナイチンゲールを見る。

 

 半分くらい成り行きとは言え、彼女を味方に引き入れた。そしてその彼女はエジソンに好意的ではない。……この二人を同じ陣営に入れておくのは双方にとって利益にはなり得ないしな。と、いうわけで

 

「悪いけど、そちらの陣営にはつかないことにした。アメコミヒーロー」

「……意外といえば意外だ。君はどちらかと言えば私と同じ人間……合理主義者だと思っていたが……」

「こと戦闘に置いては多分そうだろうね。でもほら、俺は若者だから感情を優先することだってあるんだよ」

 

 第二の特異点でマシュを取り返そうとした時なんてそれが如実に表れているからね。それにこの結論だって非現実的ではあるけれど、実現したときの利益は図りれない。今回はたまたま別の案を取ったという、ただそれだけのことである。

 

「そうか。その応え、トーマス・アルバ・エジソンとしての私は尊重したい。――――しかし、大統王としての我々はお前たちをここで断罪せねばならん」

「思ったより短気だな」

 

 機械化歩兵を呼び出し、攻撃準備をさせているエジソン。その数はかなり増えており、ぱっと見総数は数えきれないほどにまで膨れ上がっている。そんな状況の中俺はエレナに視線を投げかけた。

 

「(で、こうなったわけだけど?)」

「(やっぱりこうなったわね……悪いんだけど、一度捕まってくれないかしら?逃げられるようにはしっかりと手配するし、この特異点の情報を補足してあげるから)」

「(…………)」

「(信用ならない?なら、マハトマに誓ってあげる)」

「(マハトマってなんだよ………けど、その話には乗った。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ)」

 

 以上のことを一瞬のアイコンタクトで済ませた俺は、マシュ達に念話を使ってそれを知らせると適当に機械化歩兵を蹴散らし、大人しく彼らに捕まることにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――――一方そのころ。

 

 

 

 

 

 

 

「下がってろ、メイヴ。お前が居たら、邪魔で仕方がねえ」

「………はぁ、これはあれか。あやつや仁慈を無茶させたツケが回って来たとでも言うつもりか……」

 

 ここに血のように赤黒い魔槍を持ちし者が対峙していた。一人は言わずと知れたクー・フーリンとキチガイ仁慈の師匠であるスカサハ。

 そして、もう一人は……

 

「じゃ、殺り合うか」

「啓示、かの。……あまり無理をさせ過ぎるとグレるという」

 

 今仁慈達と共に行動しているクー・フーリン。それと全く同じ顔をしつつも、彼とは似ても似つかない禍々しい気配を持ち、獣然としたクー・フーリンだった。

 

 こうして仁慈達が捕まっている傍らで、ある意味でクライマックスというに相応しい戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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弟子と師と弟子と

すみません。今回はあんまり進んでいません。


 

 

 

 

 

「――――そら」

「フッ!」

 

 赤黒く光る朱槍が別々の軌道を描いて交じり合う。火花を散らし、甲高い音を響かせ、何気にメイヴがばら撒いて行ったケルト兵をなぎ倒す。それはまさに天上の者たちの戦いだっただろう。決して弱いとは言えないケルトの兵士とてなすすべもなく吹き飛ばされるばかり、天災を前にした人間のような有様なのだ。

 しかし、それも仕方がないと言えるだろう。片方はケルト神話の英霊その代表格とも言えるクー・フーリン。度肝を抜くような逸話が数多く存在する文句なしの大英雄だ。そしてもう片方は、そんなクー・フーリンの師。己の力で敵を、魔物を、神をも殺しこの世の外側へと弾き出された生粋の外れ者にして影の国の女王スカサハである。その二人の戦いが常識という物差しで見ることができる範囲に収まるかと言われれば否と答えるしかないだろう。

 

「追加分だ。遠慮せず貰っていけ」

「寝言を言うな」

 

 スカサハが召喚した朱槍がまるで独自の意思を持っているかのように自由な軌道を描いてクー・フーリンへと向かうが、流石は弟子にして大英雄。堕ちていてもなおその技術は錆び付くことはない。自身が握る朱槍を振り回し、ひとつ残らず叩き落とすと、防御に使った槍を投擲した。真名こそ開放していないものの、その槍は確かに宝具であり呪いの朱槍である。直撃すれば傷は免れない。さらにその速度は到底捕らえられるほどではなくまるで赤い流星のようでもあった。

 しかして、その槍を受けるのは何度も言う様にクー・フーリンの師であるスカサハである。彼の技術の基は彼女が作り出したと言っても過言ではない。故に、何を行うか、どういった軌道で来るかは当然理解できている。……ましてや、ここ最近ではカルデアに居るクー・フーリンと幾度となく戦いを繰り広げてきたのだ。影の国で怪物を倒して回ることでも十分修行となるだろうが、対人戦の経験もここ最近積んできた彼女が変質したとはいえ同一人物の攻撃をむざむざ受ける道理はなかった。

 

 迫り来る朱槍を回避することでやり過ごすスカサハだったが、その直後己の失策を悟った。

 彼女がクー・フーリンに視線を戻した時、既にそこに居たのは()()()()()()()ではなかったのだから。

 

「―――なっ!?」

 

 元々、外見は普段のものと違っていた。一目でわかるほどに全体的に尖っており、何より尻尾も生えていた。その段階で緊張感のないことを口にしながらも警戒はしていたのだが、スカサハにとって予想外だったのは対峙しているクー・フーリンの堕ち具合だった。まさか、波濤の獣にここまで近づいているとは思っていなかったのである。

 

 そう、今の彼は自分の真の宝具を解放していた。その身を彼らがもつゲイ・ボルク……その素材となっている獣の骨格を再現したかのような鎧が包み込む。

 予想だにしていなかったその光景に一瞬だけ滅多に見せることのない隙を見せたスカサハ。当然、本来のクー・フーリンよりも貪欲に戦いを求めている彼がそれを見逃すことなく通常よりも遥かに強化されたステータスで一気に加速、スカサハとの距離を一気を無へと還し、腕に纏った爪でスカサハを八つ裂きにする。その後、力を溜めて彼女の体内を抉ろうと腕を突き出した。

 

 隙を突かれ咄嗟にその攻撃に反応できなかったスカサハであったが、己の身体を八つ裂きにしようとする爪の攻撃は致命的なものだけは確かに防いでおり、最後の止めとばかりに突き出された腕は回避することに成功していた。本来であれば、己が教えていない攻撃を即座に見切ることなどは難しかっただろう。が、先程も言ったようにスカサハもクー・フーリンに修行を付けていた頃から成長していないというわけではない。特に最近では、仁慈を相手にしているのだ。自分の教えたことを使いつつ、何処から考え付いたんだと思えるようなあの手この手を使って生き延びようとしている彼との戦いが不可解な事態に対する対応力を養わせる結果となっており、それ故に致命傷は何とか避けることができたのである。もちろん致命的な攻撃を受けていないというだけであり、普通に重症ではあるのだが。

 

「―――っ……!その姿……そうか。そういうことか。……ふむ……さて、ここからどうするべきか。今の状態では、お主に引導を渡すことは不可能。かといって殺されてやる気分でもない……」

「呆けたか?元からお前に選択肢なんてねえ。今のを躱されるとは思ってなかったが…結果は見えたも同然だ」

「いいや、殺されてやらん。……そうさな、様子見ということであれば十分であろう。引くか」

 

 そう呟くスカサハ。

 一方のクー・フーリンは彼女の放った言葉と態度に驚愕の表情を見せた。彼が知っているスカサハであるならば未だ戦えることの状況で尻尾を巻いて逃げるなんてことはしない。自分の在り方を認めていないが故にどうあっても殺しにくると彼は考えていた。だが、今の彼女は戦う意思を見せないだけでなく逃走の算段まで立てているのだ。関りが深かったからこその反応と言えるだろう。

 

「腑抜けたかスカサハ」

「なに、ジジババのように同じことを繰り返す生活から脱したが故の変化、というやつだ。あやつはいい刺激になる」

 

 彼女はそういってクスリと笑う。

 

「くだらねえ。もういい、そのまま死ね」

「わからん奴め。殺されてやらんと言っているだろう。それに、あやつ等を嗾けてみるというのも面白そうだしな。―――死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)

 

 心底失望した、という反応のクー・フーリンがスカサハに止めを刺すべく、鎧を纏ったまま再び攻撃の体勢に入る。だが、その時には既に彼女の宝具が発動していた。

 本来であれば敵を影の国へと強制的に引きずり込み魔力と幸運判定で失敗すると即死させるというある意味でクトゥルフ的な宝具なのだが、今回ばかりは脱出用のどこでも〇アとして利用し、己をその中へと入れたのちにその門を閉じた。

 間一髪のところでスカサハを取り逃がしたクー・フーリンは纏っていた鎧を解除すると不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「大体予想通りだったとは言え、悪いわね。牢屋に入れる形になっちゃって」

「この後出してくれるならなんの問題もない。牢屋なんて入り慣れた」

 

 まさかここで監獄塔での経験が役に立つとは思ってなかったけれども。…っておいロマン。お前の呟きは聞こえているぞ。牢屋に入れられ慣れているというのは普通に豚箱にぶち込まれた経験が豊富というわけじゃないから。むしろカルデアに来てからの経験だから。此処に来るまでは一度もなかったから!だから犯罪者を見るような目を向けないでくれません?ほら、所長も怯えてるし。

 

「なんにせよその内助けが来ると思うからそれまで我慢して入っててちょうだいな。……その間に私は貴方のことを聞けるだけ聞くから」

「なんだその眼」

 

 ロマンと所長の誤解を何とか解いたと思ったらエレナにロックオンされていた件について。どうやら彼女も例に漏れることなく研究者のような体質らしく興味のある者には一直線と見た。直接本人に聞いてみると俺の想定していたような答えを得ることができ、また俺がどうしてサーヴァントと正面切って戦えるのかどうか知りたいらしい。修練の成果じゃないかな(白目)

 

「それもあるとは当然思うわよ?ただ、それでも神秘の塊であるサーヴァントを現代の魔術師擬きとも言えるあなたが戦えるのはおかしいと思うのだけれど………うーん、こんな状態でなければ詳しく調べることができるのに……」

 

 心底残念と言った感じのエレナだったが、その後フッとひらめいたのか、俺にメモ用紙の一部のようなものを手渡して来た。

 彼女曰くこれが自分の媒体となるものらしくカルデアに帰ったら是非私を呼んで欲しいとのこと。どうやら意地でも俺のことを調べたいらしい。そんな彼女の様子にマシュは呆気にとられ、エミヤ師匠は顔が引きつり兄貴はモテモテだなとからかってきた。

 

 そんなことをしていると、唐突にナイチンゲールが口を開いた。こうしてエレナが俺達に協力する以上本気でアメリカを真の意味で独立させ人類を滅ぼす気はないのだろう、なのにどうしてエジソンに味方するのかと。

 

「今のアメリカには彼が必要だからよ。答えがたとえ間違っていようとも今日この時までアメリカと言う国を存続させ今もケルトと戦っていられるのは彼のおかげだから。私なら今頃挫折してるわ。だから、よ」

 

 最後にさんざん言っているけど生前から付き合いがあるしねと付け加えるエレナ。彼女の言い分は最もだろう。この時まで一騎当千のサーヴァントたちを相手に前線を持たせてきたのは彼の製作や発明品、そして策略によるものだろう。だからこそ味方をして長く前線を持たせなければならないということか。人理修復も、特異点が完全なものとなりもう歴史的にも修正が不可能になってしまってはもうどうしようもないし。

 

「あら?………お話はここまでみたいね。じゃあ、適当に見張りの者と交代してくるから頑張って脱出してねー」

 

 何かに気が付いたのかエレナはよっこいしょという掛け声とともに身体を起こしてこちらにそう言葉を投げかけるとそのまま外へと出て行ってしまった。それとほぼ入れ替わるようにして見たこともない褐色の男性が俺たちの前に現れた。その男性は褐色の肌によく映える白い線を縦に丁度身体が二分割できるような位置に引いていた。なんなんだろうかこのひとは。道路?

 

「何やらとても不名誉な考えをされたような気がするが……まぁ、いいだろう。少し大人しくしていてくれ。今、牢から出そう」

『サーヴァント?……おかしいぞ!言葉を発せられるまで全く気付くことができなかった!?』

「そのまま入ってはインドの大英雄に気づかれてしまうからな。ある男から借り受けた宝具のおかげだ」

 

 そう説明しつつ俺たちを助けに来たというサーヴァントは牢の鍵を外して俺たちを開放してくれた。まぁ、別にいつでも出ることはできたんだけれどもこういった演出があった方がいいだろうとエレナが気を利かせてくれたのだろう。恐らくカルナだって気づいていても彼のことを通してくれただろうし。

 

「貴方は一体……?」

「ん?ああ、確かにこちらの名を明かさねば信用は得られないか。とはいえ、私の真名はおいそれと口にするべきものではないしそもそも言ったところで通じないだろう……故にこう呼んでくれ。ジェロニモと」

『ジェロニモ!アパッチ族の英雄にして精霊使いだね。成程、確かにこの英霊なら彼らの方に加わらないということも分かる』

「本来であれば問答無用で敵同士なのだが、今はそうも言っていられないからな。一先ずここから脱出しよう。交代の兵士が来るまでまだ時間はある。一先ず私たちの拠点に案内しよう」

 

 そう、助けに来てくれたサーヴァントジェロニモは言った。俺達も特に異論はなく黙って彼の後について行くことにした。

 俺達の味方であると決まったわけではないが、それでも敵というわけではないだろう。ロマンの言い方からすれば彼は元々この地に住んでいた部族であることがわかる。ここを支配せんと進行するケルトの軍勢と手を組んでいるとは考えにくい。

 

 彼の後について行っている途中俺の魔力がごっそりと削られるような感覚に陥った。それはよく宝具を開帳した時に味わう感覚と似ており、ここに居るサーヴァントたちは当然の如く宝具を発動させてはいない。つまり此処に居ない人物、師匠が宝具を使用したというわけだ。彼女がそれを使うというのであればそれなりに厄介な状態なのかもしれない。

 

 俺は確実に来るであろう苦労と、強大な敵の存在に思わずため息を吐くのだった。

 




軽傷というわけではないけれど、戦線離脱に成功した師匠。
言った何時から、彼女が成長していないと錯覚していた……?


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集いし者達

巌窟王かっこいい!
(多分)セイバーオルタかっこいい!
邪ンヌかっこいい!
でも誰も持ってません(泣)

次の舞台は新宿ですか……やっぱり新宿は魔窟なんやな。
あ、金曜日から投稿が滞てしまうかもしれません。理由?……ほ、ほら、新宿に行く予定が、ね?


 

 ジェロニモに連れていかれた先はアメリカ西部連合が拠点としているところから南に行った場所にある小さな町だった。しかし彼曰くケルトの猛攻により住民はとっくに避難しているらしい。此処に居るのは彼が匿った負傷したサーヴァントと兵士だけだという。どうやら彼の目的は戦力の増強の他にもナイチンゲールの話を聞きつけ、怪我をしているサーヴァントを治してほしいという目的もあったらしい。

 当然、その話を聞いていたナイチンゲールがその怪我人を放って置くわけはない。ジェロニモの会話を聞いた瞬間、怪我人は何処ですか!と尋ねているのに道を教えてもらう前に突っ込むという実にバーサーカーらしい行動を行いつつずんずんと住居の中に入っていった。相変わらず苛烈な人物である。メルセデス(仮)のことはもう忘れるとしよう。

 なんて考えてきたらナイチンゲールが怪我をしたサーヴァントを引き連れて俺たちの元へと戻って来た。治療に人手が足りな語ったりしたのだろうか。そんなことを思いつつ怪我をしたサーヴァントに目を向ける。

 

 そうして俺が目にしたのはどうして生きているのか不思議でならないくらいの傷を負った赤髪の青年―――いや、少年の姿だった。体のあちこちは傷だらけ、一応致命的とは思えない傷であるが出血がまぁ酷い。放置すれば取り返しのつかないことになるだろう。だが、この時だけはあまり関係がないようにも思えた。何故ならこの少年が負っている傷の中で一番深いのは心臓に追っている傷だったのだ。その被害、なんと心臓の半分が抉り取られているという惨劇である。師匠の修練によってグロ耐性を付属していなければ即死だったであろう。

 

 それはともかく。

 

 心臓の半分を抉られれは普通死んでいると思うのだが、その少年のサーヴァントは生きている上に意識を保っているらしく、呻きながらも治療を施そうとしたナイチンゲールに優しくしてくれと懇願していた。これには兄貴もエミヤ師匠もびっくりである。

 

「ぐっ……!」

「この傷で良く生きてるな……。普通の人間なら、いや、普通にサーヴァントでも即死だろう」

「まあ……頑丈なのが、取り柄だからな……ぐっ……!?」

 

 頑丈が取柄とかそういうレベルじゃない戦闘続行は間違いなくスキルとして持っているだろう。そのような考察をしていると兄貴がとても真剣な表情で少年の心臓を眺め始めた。彼が反応するということは何かあるということだろう。相手にしていたのがケルトの軍勢ということで俺も少し彼の傷を注視してみる。すると、彼の心臓からうまく表現できないがよくない気が出ているようにも思えた。恐らくあれは唯の重症ではなく呪いの類なのかもしれない。実際にナイチンゲールの治療もその効果を成していない。只の治療ではない。バーサーカーとはいえ、現代の医療に多大なる影響を与えた英霊ナイチンゲールの治療が、だ。

 

「―――こんな傷は初めてです。しかし、見捨てるつもりはありません。安心しなさい少年。地獄に落ちてでも引きずり出して見せます。……まずは手始めに余計な部位を切除しましょう。ええ、具体的に言えば肺をのこして肢体を全部」

「ちょっ!?イタタタタ!?もっと優しくできないのか?余は見ての通り心臓を潰されているのだぞ!?」

「私としては心臓を潰されて話せている方が驚きです。……ともあれ、心臓の機能も正常に機能していない以上、余計な部位に血を巡らせることは得策ではありません。故の切除です」

「待て待て待て!余はここで戦う術を失うわけにはいかんのだ!だから、心臓の治療を頼む!切除はなるべくしない方針をだな!?」

 

 必死に懇願する少年だが、そんなもの彼女が聞き入れるはずもない。切除と言いつつなぜか拳銃に手をかけ始めたナイチンゲール。だが、兄貴がその彼女の手を取って止めた。

 

「やめとけ。酷なことを言うけどよ。これはアンタには治せねえ。呪いの類だからな」

「……何ですって?」

「―――き、貴様はっ!?」

 

 止めに入った兄貴の言葉に人が殺せそうな目で振り返るナイチンゲール。彼女の様子はまあわかるのだが、兄貴の顔を見て少年が驚愕の表情を見せたことが少し引っかかる。ケルトの方のサーヴァントが何故此処に居るというような理由であれば納得できるのだが、あれはまた別のものな気がするな……。

 

「おいボウズ。その傷はゲイ・ボルクだな?」

「くっ!確認するまでもないだろう!これをやったのは他ならぬ貴様ではないか!」

「―――なんだと?」

 

 兄貴が言った、少年の心臓を蝕む呪いの正体……そして今少年が兄貴に向って放った一言は決定打となった。これは考えられる可能性の中で最悪に近いものを引いた可能性があるかもしれない。なんせ、あの発言で確定してしまったのだから。敵に兄貴が―――クー・フーリンが存在しているかもしれないということが。この目の前の少年がゲイ・ボルクに貫かれたというの出ればキャスターのクー・フーリンがやったわけではないことは明確だ。それはつまり、キャスター、ランサー以外のクラスで現界し尚且つ呪いの朱槍を持っているクー・フーリンということ。

 

『しまった。そうだよな。ケルト神話の英雄たちが勢ぞろいなら、当然いるよなぁ……クー・フーリン』

「どうするマスター?ここでこの青タイツを始末するか?」

「やっちゃいます?」

「冗談でもそういうこと言うのやめろよな……。にしても、まさか自分と敵対する日が来るとはなァ……」

「……?……いや、よく見たら貴様は確かにクー・フーリンだが様子が違うな……すまない。どうやら余の早とちりだったようだ」

「いや。これが他人ならまだしも本人にやられたって言われちゃあ仕方がねえ。ある意味、誤解でもなんでもねえわけだからな……」

 

 まぁどのクラスで現界しているかはわからないけれど、それはクー・フーリンの一面であることはほぼ間違いないし普通に自分自身だよね。

 

「ところで、貴方は一体?……おそらくこの国の英霊ではないですよね?」

「む?余か?余は、コサラの偉大なる王、ラーマであrダダダダダ!?ちょっ、治療するならもう少し丁寧にだなっ!」

「そのような悠長なことを言っているのですか。怪我、病気はこちらの都合を一切気にしません。のんびりしていてはそれだけ生存率が下がってしまいます。治療は正確に迅速に行うべきなのです」

「言っていることは理解できるのだがっ……!」

 

 患者とそれを治療する者とは思えないやり取りを傍から見守りつつ、恒例のサーヴァント解説に耳を傾ける。ロマン曰く彼がゲイ・ボルクの呪いにかかりつつ生きているのは『ラーマーヤナ』で主人公張るレベルの英霊であるラーマだからこそ成し得たことらしい。流石頭のおかしさでは世界有数のインド、その中でも主人公として語り継がれている者である。放てば心臓を破壊するという結果を起こしてから放たれる因果の槍……普通であれば必中必殺の攻撃を受けて生きるなどまさに主人公。

 

「――――それは分かりました。それで彼を救う方法はどうですか?……私は生きたいと願っている命を救いたい。生きたいと願っている人を見捨てるわけにはいかない!教えてください。私の知らないその対処法を、技術を!」

「そいつに関しては簡単だ。その呪いを付けた奴を倒せばいい。そうすれば、呪も溶けて治療もその効果を発揮するだろうよ」

『でも、それは難しいだろう。今は戦力も十分に整っているとはいいがたいうえに、ケルト側には最低サーヴァントが3騎……それに全部がド級の英霊と来た。槍を放ったのがクー・フーリンだし、ぶっちゃけ槍を壊す前にラーマが死に追いつかれる方が早い』

 

 そのような前置きをしながらもロマンは解決方法を口にした。……この時代はどうやらかなりグラグラしている状態らしく、この状態ならば彼の存在力とやらを強化すれば因果が消えるかそれに近い状態になるらしい。ぶっちゃけどのような理屈でそうなるのかは全く理解できないが、簡単に纏めるのであれば、ラーマのことを生前から知っている存在が居れば彼の元々の身体が分かり存在力を補うことができるらしい。その後ナイチンゲールの治療を施せば助かるだろうと言った。

 

「しかし、生前から交流のあるものがそう都合よく召喚されているものかね?」

「……一人だけ心当たりがある。余の妻であるシータだ。何処に居るのかはわからないが、この地のどこかに召喚されていることは間違いない」

『なるほど、ラーマの妻シータ、か。彼に引きずられる形での召喚かな?けど、その話が本当ならこれ以上の適任はいないと思うよ』

「……ラーマはこの地に召喚されているサーヴァントの中でも最強格の英霊だ。万全の状態ならあのカルナとも五分の戦いを繰り広げるだろう」

 

 ジェロニモがそう口にする。それが確かであるならばこちらとしてもラーマの復活を援助せざるを得ない。恐らくここはアメリカ西部連合国とケルトの軍勢、どちらにも所属していないサーヴァント達だろう。俺達が望んでいる戦力に限りなく近い人たちだ。それにあのカルナ達と渡り合えるサーヴァントというのも大きい。ナイチンゲールもやる気満々だし、ここは行動を共にした方が得策だろう。視線でマシュ達に問いかけるも全員が頷いてくれた。これで方針は決まった。

 

「ラーマの治療はひとまずの方針を得た。であるならば、後はエジソンとケルト兵たちをどうするか、だ」

「それに関してだけど、恐らく放置しておいていいと思う」

 

 俺の言葉にジェロニモはどうしてだという疑問をありありと表に出した顔を俺に向ける。ロマンも俺の答えは意外だったのか黙り込んでしまっていた。まぁ、俺だって確証があるわけではないけれど、一応言っておこう。こういうのは色々意見を出し合った方がいい。

 

「今、ここで大きな戦力はエジソンたちのものとケルトの軍勢の二種類。お互いがお互いのことを潰しあっている状態だ。はっきり言ってしまえば俺達は見向きもされてないと思う。ケルトからすればエジソン側を潰してしまえばそれで目的は達成されるし、エジソンたちの方もケルト側を潰せば聖杯が手に入る……とまぁ、このように目的を達成できるからこその構図だと思うし」

 

 確かにサーヴァントという戦力を引き連れている俺達に勝手に動き回られては困るということで狙うこともあるだろうが、恐らくそれはケルト側のみ。少なくともアメリカ……エジソンは俺達を狙う余裕はない。あそこに居るのはエジソン本人を含めて三人のサーヴァント、その内二人は肉弾戦に弱いと来た。いくら大量生産の聞く兵士を持っているとしても俺達を突きあげている余裕なんてないだろう。それはそのままこの均衡を崩す要因にもなるんだけれど、彼の手腕から見てもうしばらくは持つはずだ。

 

「いずれ限界が来るとしても、今はそれなりに拮抗している。エジソンが持ちこたえている間はケルトもこちらに向ける戦力は少量と見て間違いない。だから、彼らにはこのまま潰しあってもらう」

 

 その間に俺たちはラーマの治療を含めた準備を済ませた方がいいだろう。エジソンの話では、どちらにも所属していないサーヴァントが結構いるらしいし、それを引き込むための時間も含めたね。

 

「なるほど。私としては、敵の頭を叩く策を考えていたのだが……」

『僕もそうだね。確かフィン・マックールはあの時、これらは女王を母体とする無限の化け物と言っていた。この発言からおそらく本気で彼らは無限なんだろう。だからこそ、その親玉を暗殺しようと思ったんだけど』

「カルナと五分の戦いができるであろうラーマですらあの様、いくら暗殺とはいえ、その成功率は低い……それに相手は兄貴、どのクラスで召喚されても暗殺に対する対抗くらいはしてると思う。―――そして最後に、さっきは言ってなかったけど魔力をごっそり持っていかれた。多分、師匠が宝具を使ったんだろう。それが兄貴相手だったかはわからないけど、少なくともケルト側に一体は師匠の宝具を使わなきゃいけないような相手が居るということだ」

 

 複数人で攻められたという戦もあるけれど、それくらいで宝具をあの人が使うわけがない。通常攻撃でも頭のおかしいくらい強いのだ。これは半ば勘だけど、宝具を使わせたのはあちらの兄貴だと思う。もし、そうなら絶対に暗殺なんて無理だ。少なくともこの戦力では不可能と断じる。

 

『……げっ、それなら確かに厳しいかな』

「……言われてみれば、お互いに潰し合わせるという発想はなかったな。……ならここは君の言う通りにしよう」

 

 ジェロニモとロマンが納得の意を示した。うん、それがいいと思う。少なくとも、暗殺の件は師匠が帰って来てからでも遅くはない。

 

「では当初の予定通り、ラーマの治療に専念、それと同時進行して私と同じようなサーヴァントを仲間に加えに行くとしよう」

 

 彼の言葉に俺は頷き返し、俺とマシュ、兄貴、エミヤ師匠そしてラーマをお姫様抱っこしたナイチンゲールは街を後にした。

 この時、ラーマがお姫様抱っこは恥ずかしいと抗議していたのだが、ナイチンゲールに無理矢理拘束されていた。……心臓が抉れているのに元気だな。インドマジパネェ。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 改めてジェロニモからこの地の現状を説明される。民間人はアメリカ西部連合国にてあの機械化歩兵量産のための労働力となっているらしい。しかし、殺されるよりはマシということで避難しているのだとか。その判断は正しい。なんとしてでも生きるというのは生物として自然のことだ。その先が社畜地獄というのは心底同情するが。

 そのようなことを聞いているケルトの斥候部隊と思わしき者たちに襲われることとなった。まぁ、いくら無限に現れると言っても所詮は有象無象の兵士たち。英霊たるサーヴァントにはかなわず思いっきり蹴散らされることとなるのだが。

 

「……疑問に思っていたのだが、彼はマスターではなかったのか?」

「確かに。それは余も疑問に思っていた。具体的にどのくらい気になっていたのかというと、患者であるはずの余を背負いながら真っ先に敵軍のど真ん中を突き進んでいくこの女性ばりに疑問だ」

「その疑問に簡潔に答えるとすれば、彼はマスターだ。純粋な人間だ。決して、神や化生の類が入り乱れた混血ではなくな」

「……そ、それはなんとも数奇なものだな。うむ、失礼もしくは余計なお世話かもしれないが同情せざるを得ない」

「まあ、環境が生み出した純粋な人外とでも言った方が適切かもしれん」

「余が言うべきことではないが、純粋な人間とは何だったのか……哲学だな」

 

 何やら現地で会った系サーヴァントとエミヤ師匠との間で不名誉な会話が繰り広げられている気がするものの、今それはスルーしておこう。ロマンの通信から俺達が向かっている街に複数のサーヴァント反応と敵性反応があるらしい。どうやら襲われているようだ。それを聞いた瞬間にナイチンゲールがいち早く飛び出していった。その行動の速さには戦慄せざるを得ない。というわけで俺たちも慌てて彼女の後を追うことになった。

 

 そんなこんなで街の中。そこは襲撃を受けたからか既にボロボロの廃墟となった建物がいくつ存在していた。

 外見だけで人がいないことは一目瞭然だが、人以外の者はいるようだった。ロマンの言う通り多くのケルト兵の中に緑色の人影と、左手に拳銃を持った金髪の青年、そしてラーマを背負ったナイチンゲールが立っており、ケルトの兵を見ているこちらの気分がスッとするほどの派手にぶっ飛ばしていた。これは酷い。

 

 このまま楽勝ムードかと思われたその時、ロマンの焦った音声が耳に届く。曰く、こちらに未だ見たことがない敵性反応が現れたらしい。

 その言葉を受けた数秒後、ロマンが指示した方向にあらわれたのは何やら煙のようなものを纏った獣だった。その風貌はどこか見覚えがある。……あ、シーサーだこれ。

 

「こんなところに動物だなんて。不衛生極まりません。処理します」

「不衛生と言っているあたりで既に銃を放っているではないか……」

 

 ラーマのツッコミ虚しくナイチンゲールの放った凶弾は新種の生物に命中した。どうやら目に当たったらしく、その場で悶え始める。その隙を好機と見た俺達。エミヤ師匠がすかさず矢を放ち、俺とマシュと兄貴でそれぞれ獲物を構え一気に叩き伏せる。するとその獣は一瞬で動かなくなってしまった。哀れ、場所をわきまえれば死なずに済んだものを……。

 

「よ、おたくらがジェロニモが言ってた援軍かい?」

 

 獣を憐れみつつも、先程の戦いで怪我したらしいナイチンゲールにパパッと治癒魔術を振りかけていると元々ここに居たサーヴァントの一人、緑色の青年が話しかけて来た。

 彼の言葉を肯定すると、彼らは孤軍奮闘状態から解放されたからか一先ず安心したようだ。とりあえず周囲に敵がいないことを確認したのちに俺たちはそれぞれ自己紹介と情報の共有を行った。

 

 緑の青年はロビンフッド。拳銃を持っている金髪の青年の方はウィリアム・ヘンリー・マッカーティ・ジュニア―――通称ビリー・ザ・キッドというらしい。どちらも名前だけは聞いたことがあり、アーチャーということで援護もバッチリだ。特に緑色の青年、ロビンフッドはいい。ゲリラ戦が得意であり、戦いに卑怯も何もないという考えが言葉の節々から見える。気が合いそうだ。

 

「なるほどね。とりあえず優先して行うべきはそのラーマの治療ってわけかい」

「それとできれば戦力増強だな。バランス的にはいいが、敵に戦力を渡さないという意味でもサーヴァントはできるだけ味方に引き込んでおきたい」

 

 ビリーの言葉にジェロニモが付け足すように言葉を加える。それを聞いた瞬間ロビンの顔が若干だが歪んだ。どうやら心当たりがあるらしい。

 そのことについて言及してみると彼はビリーと遭遇する前にサーヴァントとあったらしい。けれども戦力になることは確かだが、会うのはお勧めしないとのこと。

 

 が、あまり選り好みしている余裕はない。敵を増やさないという理由から会うだけはしておきたいとなんとかロビンを説得して、俺たちは彼がサーヴァントたちに会ったという場所に案内してもらうことにした。

 

 

 これが、地獄への片道切符だとも知らずに。

 

 

 




ラーマ君が若干ボケキャラになった気がしないでもない。


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Assassin(マスター)

新宿よかったです。
二日間使って完走しました。これを投稿できなかったのはそういう理由です。
………ほら、仁慈君もそうだけど、私もマスターだから……(震え声)


 

 

 

 緑の人ことロビンフッドについて行きながら歩くこと数時間。ようやく目的地と思わしき街が俺たちの視界に入って来た。流石アメリカとても広い。エジソンたちが持ってた乗り物がとてつもなく欲しくなってきたわ。……逃げるときに一つくらいパクっておけばよかったと今更ながら若干後悔している。

 

 それはともかく。

 

 街に近づくにつれて先程ロビンとビリーに合流した時のように、ケルトの兵が街を襲っている様を見ることができた。……もしかしたら、ロビンたちのように既に襲われており、交戦しているのかもしれない。

 と、普通であれば考えるのだろう。だがしかし、俺のシックスセンス(笑)が囁いている。あの街に近づいてはいけないと。なんと説明すればいいのだろうか。師匠とは別ベクトルで背筋が凍るような感覚に襲われるというか……耳に来るというか……頭痛が痛いというか……。

 

「?……先輩、どうしたんですか?」

「なんというか……急に行きたくなくなってきたというか……上手く表現できないんだけどね」

「なに?もしかしておたく既に知っている感じ?」

「ただの勘だけど……」

「そう?なら、いい勘してるぜアンタ。きっと長生きするタイプだな……やべっ、マジで行きたくなくなってきた。……戦力とか暗殺とか色々もう俺が頑張るから帰らねぇ?」

「……一昔前に流行ったやれやれ系主人公ばりに捻くれてやる気がないグリーンがそこまで言うだなんて……」

「あんた俺の何を知っているんですかねぇ……ま、ここまで来て引き返そうっていうのは流石に冗談ですけど……ホント、覚悟はしておいた方がいいと思うぜ」

 

 そこまでトラウマ級の何かが居るのだろうか。ぶっちゃけ、俺のトラウマと言えるようなものは師匠と与えられた地獄のデスマッチ&サバイバルくらいだけど……、

 

 

 なんて、思っていた時期もありました。

 

 街に近づくだけで耳に届いてくる聞いたことのある声。そして何故か街に近づく度に顔色が悪い状態で襲い掛かってくるケルトの兵士たち。さらにさらに近づけば、もう間違えようがないし無視することもできないレベルのものが俺の耳に届いた。というか、もはやテロレベルで俺の耳を襲撃してきた。

 その音は、とても美しかった。いや、決して上手いというわけではない。歌声というより声質は悪くないのだ。むしろ可愛らしいと言ってもいい。どこぞの男の子なのにヒロインしている子のような声をしているのだ。只、その恵まれた声質からは想像できないレベルの……はっきり言えばゴミ屑としか思えない音程と歌詞が全て壊すんだ!していくのである。

 

「………マスター。一体我々はいつの間にカルデアに帰って来たのかね」

「弓兵。現実逃避もそこまでにしておくんだな。周り見てみろ。まるっきりアメリカじゃねえか。……まぁ、多少アメリカではありえない服装の兵隊共が寝っ転がってはいるが」

「あれは気絶というのでは……」

 

 ハロウィン仕様と特別な感じの彼女がうちのカルデアにはいる。クラス、恰好は違うものの、その中身は紛れもなく彼女であり、当然歌の腕前が上がっているなんていう奇跡はクラスチェンジ如きで起こる……なんてことはない。

 天は二物を与えず、まさにその通りである。あんまりな物言いだと思うかもしれないが、彼女の歌は実際ヒドイ。一日侘びとして付き合った俺が言うのだからまず間違いない。

 

「~~~~♪」

「―――――ッ……!?」

「――――!――――!?!?」

「―――――………」

 

 これは酷い。

 街の中、道の中央で歌うのはもはや言わずと知れたエリザベート。その恰好はオルレアンで会った時のモノとは違い、ハロウィンの時の恰好を思わせるフリフリしたドレスだったが、クラスチェンジと同様衣装が変わったくらいで歌の実力は変わらない。本人は気づかずに歌い続けているが、その音波兵器とも呼べる歌によって、ケルト兵たちも皆地面に伏せてしまっていた。何度も言うがこれは酷い。下手に殺すよりひどい。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「………な?」

 

 だから言ったじゃん、と言わんばかりの表情で俺達に振り返るロビン。わかるわ。俺もエリザベートとかだったら積極的にOKなどは出さない。まぁ、戦力になるならもちろん声はかけますけどね!

 

「あ、今の語尾を強調したほうがよかったかも!こう、振り返る感じで、尻尾も地面をたたいて……あぁ、この才能にこの練習量……我ながらメキメキと実力が上がっていくのを感じるわ!ふふっ、待ってなさいセイバー!次にまみえるときは、以前のアタシじゃないわよ!」

 

 気づかぬは本人ばかり。自分のことだから誰よりもわかっているみたいなセリフを聞くけど、あれは真っ赤な嘘だよね。自分の事なんて、自分自身より近くに居る人間の方がよっぽどわかっているものなのだ。古事記にもそう書いていてある。今のエリザベートを見ればさらにその考えは加速する。

 

「ちなみに俺は連れて来ただけで直接的な声掛けとかはやらないから」

「………マジで?」

「俺苦手なんだよ。アレ」

 

 何か特別なトラウマでもあるのだろうか。ロビンフッドとエリザベート……どこかの聖杯戦争とかで戦ったりしたんだろう。普通に考えてこの二人が因縁を持つならそういったことしかありえないし。 

 と、ロビンに対する考察もほどほどに、問題はどうやってエリザベートに声をかけるかということだ。ハロウィンの霊基を持っているエリザベートはうちに居るけど、此処に居るエリザベートが一体全体どのような一面を切り取ったものなのかということがわからない。オルレアンの記憶があれば話は早いんだけど……。

 

「先輩……ここは一つ的確な言葉をかけてあげると思うのですが」

「………俺かぁ」

「はい。言うべき言葉は唯一つ、先輩ならそれを言ってくれると信じています」

 

 妙に押しが強いマシュ。いったい何に背中を押されているのだろうか。周囲を見渡してみても、ロビンはもとより、彼女の歌を聴きそしてその呟きすら聞いたジェロニモとキッドは明後日の方向を向いていた。また別のところに視線を向けてもエミヤ師匠は黙って肩を竦めるのみ。兄貴も死んで来いなどと口にする始末。一日で令呪が回復することを知っておきながらその態度とは。よかろう、この特異点が終わったら覚えておくがいい。

 

「では、張り切ってどうぞ!」

 

 本当にどうしてしまったのだろう。マシュ、まさかそこまでいい笑顔でエリザベートを口撃させるなんて……。

 何かにとり憑かれたかのように俺の背中を押すマシュを心配しつつ、彼女に強く頼まれたら断れない俺は、言う通り自分の内心に思い浮かんだ言葉を言うのだった。

 

「何度も出てきて恥ずかしくないんですか?」

「ちょっ!?いきなり人に誹謗中傷を叩きつけるのはどこの誰よ!言っとくけど、この召喚は望んだわけじゃないから!世界ツアーみたいで素敵なんて思ってないから!」

 

 語るに落ちているんですがそれは……。

 まぁ、いい加減ふざけていないで真面目な話をしよう。彼女と話をしていて分かったことと言えば、どうやらこのエリザベートはオルレアンに居たときの彼女と同じかもしくは同一の記憶を所持しているらしく、俺のことを覚えていた。しかしハロウィンの記憶はなかったことから、今カルデアに居る彼女とはどっかで分離したのだろう。その内エリザベート(ランサー☆4)とエリザベート(キャスター☆4)でオーバーレイしそうだし別人でFAだと思われる。

 エクシーズの話は置いといてどうしてここで歌っているのかと言えば、彼女はここを自分のブロードウェイとすべく何やら歌を聴きに来てくれていると思っていたらしいケルト兵に向けて一生懸命歌を披露していたのだとか。その涙ぐましい努力は報われる気配を全く見せない当たり、彼女の業の深さを感じる。しかし、その妄想を語る本人の眼は爛々と輝き、その表情だけは本業アイドルに負けないくらいの輝かしい笑顔だった。

 

「……誰か止めてあげなよ」

「なんで俺を見るの。嫌だよ俺。というか、別に放っておいてもいいじゃないの?ホラ、夢を見るのは個人の自由だし」

 

 酷い言い草だ……。人の事言えないけど。

 

 

――――――

 

 

 その後、紆余曲折あったもののエリザベートは巧みなマシュの交渉術により仲間になってくれることを了承した。うちの後輩が優秀過ぎてやることがない。ロビン曰く次に仲間になってくれそうなサーヴァント・クラスセイバーはさらに東に行った街に居るとのこと。そのサーヴァントもこのエリザベートに負けないくらいのものらしい。どういった意味で彼女に負けないくらいのサーヴァントなのだろうかと疑問に思うところだけど、深くは考えないでおこう。

 

 東に行く途中に置いてかなり巨大な木々が生い茂る森の中に入ることとなった。エリザベートがその森を怖いと言っていたけれども気持ちはよくわかる。ここまで巨大な森だとサバイバルの時の記憶が想起されて若干泣きそうなのだ。

 

「どうした?スカサハがまた魔力でも使ったか?顔色悪ぃけど」

「ちょっとトラウマが……」

「…………」

 

 トラウマならしょうがねえなと俺から目を話す兄貴。流石、わかっていらっしゃる。只、そんな俺の方を何やら悲し気な目で見ているマシュが少しだけ気にかかった。故に彼女にどうしたのか話を聴こうとすると、俺のシックスセンス(トラウマ)が俺達以外の生き物の気配を感じ取った。それと同時にエリザベートもとある方角を指差して口を開く。

 

「あんな所にゴリラがいるわ。棒をもって手を振ってる……サイリウムでも降っているのかしら?」

「どこだ…………エリザベート。あれはゴリラではなくこの森に棲む獣人であり、手に持っているのは棍棒だ。つまり奇襲だな」

「呑気に言ってる場合じゃありません!奇襲ならすぐさま応戦しないと……」

「……大丈夫じゃないかな?ほら」

 

 奇襲ということで少しだけ慌てるマシュだったが、ビリーが彼女を落ち着かせた。それもその筈、なんせこっちには奇襲のエキスパートたちが居るのだから。既にロビンは近くの木の上を陣取っており、己の得物を構えている。同じくアーチャーであり、比較的俺達にゲリラ戦が得意なエミヤ師匠も同じくだ。そして俺だって、過去の経験から既にほかの連中の後ろを取って武器を構えている。攻撃をする前に合図を出し、俺達は他の人と獲物が被らないように奇襲を仕掛けようとしていた獣人たちを先制して攻撃、そのまま殲滅を行った。

 

「いやー、いつ見てもひっでえなコレ。戦うマスターっていうのは割と見たことあるけどよ。ほんと、スカサハに目を付けられたのはいいことなんだか悪いことなんだか」

「今の時代ってあんなのがゴロゴロいるんだ……」

「……本当に凄まじいな。この特異点……いや、今起きている人類史焼却という事態を想定していたのではないかとも思えてしまうな」

「…………」

「実はどこぞの神話出身だったりするのではないか、アレ」

「患者がしゃべるのはあまりいいこととは言えません」

「余には発言の自由すらないというか……」

 

 ラーマの悲痛な呟きが聞こえた気がしなくもないけれど、敵を処理している俺は気のせいだと思うことにしたのだった。……というか、黙ってないで助けにとかは来てくれないんですね。

 

 

 

 

 

 という風に後から考えたら住居として使っていた森を守るために奇襲をしに来たのではないかという獣人たちを蹂躙した後に辿り着いたのは、これまたエリザベートを仲間にした時と同じような風景の街。それに近づこうとした時、俺達が目的地としている街の方角から銃を持った兵隊が現れた。銃器を持っていることからケルトの兵ではないようだ。その兵士はジェロニモに話しかけ何かを報告していくと、彼から引き続き調査を頼むと言われ、再び去っていった。彼曰く、どうやらケルト兵たちがどこから来ているのかということを探らせているらしい。……未だに帰ってこない師匠だけどもいったいどこで何をしているのだろうか。

 

「―――――――ッ!」

「……どうかしたのか、ランサー」

 

 ジェロニモから説明を受けた直後、兄貴が何かを感じ取ったようで、今までのリラックスした雰囲気から一転し、戦いの……それも結構な強敵が相手の時、もしくは師匠を相手にする時と同じピリピリと肌を刺すような威圧を纏った雰囲気になった。それに気づいたエミヤ師匠がいち早く声をかける。

 

「あそこに、フェルグスがいるな」

「なんだと?」

 

 兄貴の言葉に俺達に緊張が走る。

 フェルグスもクー・フーリンと同じく並の英霊ではない。虹霓剣という非常に強力な武器を持っているし、師匠を以てして少しやばいと思わせたあの白髪のサーヴァントの足止めもこなせる戦士である。出身、時期を同じくしている兄貴はよくわかっているのだろう。マシュも初めて師匠と会ったあの夢の中での出来事を思い出しているのか、顔を青くしていた。

 

「……それ、ぶっちゃけここで対抗できるのはアンタしかいないってことじゃね?」

「まぁ、な。だが、確実に勝てるってわけでもねえ」

「じゃあ、勝てる手段を使おう。……兄貴、フェルグスに関する情報頂戴」

「あん?いいけどよ………何する気だよ……」

「まぁまぁまぁ………エミヤ師匠、魔力を全力で回すからこれ作って。あと、ロビン。確か姿を隠す宝具あったでしょ。それ使って先に行ってて。他の人も、エミヤ師匠を除いてついて行ってね」

 

 全員が首を傾げているようだがコレデヨイ。実際に通じるか否かはわからないが、やらないよりはマシだろう。

 ぶっちゃけ、特異点での戦いは唯の聖杯戦争ではなく、文字通りの戦争だと道中でラーマは言った。その通り、この戦いは戦争だ。どれだけ強い将を倒しても、大将が生き残っていればいくらでも再建の機会はあり、数に負ける可能性だってある。ゲームじゃないんだから、戦闘を終了すれば負ったダメージを回復するというわけでもない。……なら、なるべく負担が少ない道を選ぶべきだ。

 

『あ、これはいけないやつだ』

「ドクター。もう手遅れです」

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「ふんふんふ~~ん♪」

 

 一人の女性がとても機嫌がよさそうに鼻歌を歌いながら土台を作り上げていく。そう、彼女こそロビンが会ったもう一人のサーヴァントであり、クラス・セイバーで現界したサーヴァント、ネロ・クラウディウスである。本来であれば本人が男装と譲らない赤い衣装を纏っているのだが、今回の彼女が身に纏っているのは全身が白く、まるで花嫁が着る様な衣装であった。まあ、実際に花嫁が着るにはチャックに南京錠と少々倒錯的なデザインであるのだが、本人は気にしている様子はない。

 自画自賛しながら彼女は準備を進めていった。どうやらこの街を舞台に自分が主役の何かを撮ろうとしているらしい。しかし、準備を進めていくうちにカメラマンがいないことに気づき、彼女は嘆いた。脚本も音楽もディレクターもプロデューサーも主演も彼女の皇帝特権で何とかなるかもしれないが、画像に残すにはカメラを撮る存在が必要だ。一応カメラを固定すれば撮れないこともないが、彼女がそんな妥協を許すわけもない。

 途方に暮れる若干アホの子なネロの元に、一人の男が話しかけた。

 

「ほほう、ハリウッド、か。面白いことを考えるサーヴァントも居たものよ」

「む、何者だ?カメラマンでなければ用はない」

「失礼。我が名はフェルグス。かつては赤枝騎士団で禄を食んでいた者よ。本来ならカメラマンを自称し、そのままお前を口説くのも吝かではないのだが、今は込み入った事情があってな、」

 

 フェルグスはここで一度言葉を切った。その直後、今まで隠していた殺気を前面に押し出して言葉を紡ぐ。その様はかつて仁慈達のピンチを救うために現れた彼の面影は存在しない。只の騎士。己に課せられた勅命を果たすために殺生を行う者の眼であった。

 

「―――問答無用でお前を殺す。恨むなら、俺だけを恨むがいい。何せよ我欲だ。お前を殺すのは唯の我欲でしかないのだからな」

「ふむ。確かに込み入った事情がありそうだな。しかし、この余を、ネロ・クラウディウス。そう易々と殺されるほど、安いサーヴァントではないぞ?」

「……あのローマ帝国の暴君ネロか!これはまた希有なサーヴァントと遭遇したものだ。成程、他の凡庸な奴らとは輝きが違う筈だ」

「凡庸な連中?」

「然様。実はこれまで3騎のサーヴァントを屠っていてな。お前で4騎目ということだ」

 

 それはサーヴァントを3騎殺して来たという宣言。直接戦うネロにとっては、フェルグスというだけでも厳しい相手だということが理解できる。そんな相手からお前が4騎目であると言われたのだ。普通であれば恐怖に心が震えるだろう。が、彼女はそうならない。

 

「そうか。だが、残念ながらそれはハズレだ。偉大なる騎士の一人。フェルグス・マック・ロイよ。―――――()()()4()()()()

 

 ネロの堂々とした返しにフェルグスも騎士としての仮面を一瞬だけ脱ぎ、本来の顔を見せて豪快に笑った。どうやら彼にとって彼女の返しは予想外のモノだったらしい。そして彼はネロに対する考えを改めた。彼女は唯玉座から兵に指示を出すだけの存在ではないのだと。

 

「面白い。いいだろう。セイバー。フェルグス。女王の騎士として相手をしよう」

「だが、何より見誤っているのは貴様自身の命運だろうな。貴様は本当に運がない」

「何?」

「居るのだろう?顔の無い王よ!」

「―――ッ!?」

 

 ネロの言葉に反応したフェルグスは反射的にその場から飛退く。すると先程まで居た場所に一本の矢が飛来していた。彼に落ち度はないはずだ。姿などは見ることはできず、気配も感じない。それもその筈、歴戦の戦士の彼が気づけないのは偏にもここに現れたサーヴァントの宝具が発動していたからだ。

 

「よ、ちんまい皇帝陛下。よく気づいたな、あんた」

「第六感というやつだ。余は観客の気配には敏感な故な」

「相変わらず自分が大好きなようで何より。ま、駆け付けたのはオレだけじゃないけどね」

 

 ロビンが姿を現したのと同時にロビンと行動を共にしていたサーヴァント達も現れた。ナイチンゲールに、その背に背負われているラーマ。ビリーやジェロニモなどの現地サーヴァントだけでなく、マシュやクー・フーリンと言ったカルデアのサーヴァント達まで合流した。

 

「ネロさん!?」

「む?どこかで会ったことがあったか?……いや、何処か懐かしいような……」

「あ、そういえばこの前のネロさんは生前でした……。コホン、失礼しました。ネロ・クラウディウス皇帝陛下。マシュ・キリエライトと申します。微力ながら私たちも協力させてください」

「むぅ、やはりどこかで会ったことがあったか?会ったことがあるなら信用に足りる。というか貴様は好みだ!余と肩を並べて戦う栄誉を与えよう!」

 

 普通であれば自分の知らない人間が親し気にしてきたら怪しむだろうが、ネロは持ち前の気質でそれをあっさりと流してマシュを隣に置くことを行う。マシュも彼女は英霊になっても生きている時でも変わらないと改めて認識した。

 この盛り上がって来た状況でピンチを迎えているのは、当然これらのサーヴァント達と対峙することになる英霊フェルグスである。流石の彼と言えども、総勢6騎のサーヴァントそのうちの1騎は戦える状態ではないとはいえ、クー・フーリンも居ることから明らかに戦況は不利であろう。

 

「……まさかそちらにもクー・フーリンがいるとはな。お前、何時の間にそこまで増殖するに至ったんだ」

「うるせえよ。……あんたが敵なのは惜しいが、この数でも容赦はしねえ。今のマスターの方針がそういうもんでね」

「それについて恨みは抱かん。俺達は戦場で会えば笑顔で戦う。そういった連中だからな。……だが、この人数差で戦うのは無謀。かといって俺に撤退は選べん。で、あるならば――――――こちらも女王の力を借りるとしよう。出て来い、誇り高きケルトの兵たちよ!」

 

 状況を正しく理解できるものならそうするであろう。フェルグスは指揮もこなしていた為にそういった手段を使うことに躊躇いなどはない。彼は己の女王であるメイヴから借り受けた兵士を呼び出すために声を張り上げる。だが、何時まで経っても彼が呼ぶ兵士たちが現れないのだ。

 

「いったい何が――――ッ!!??」

 

 おかしいと思った瞬間、ロビンの攻撃を回避した時と同じように彼はその場から横に転がるようにして移動した。すると、まるで先程の焼きまわしをするようにその場に矢が刺さっていたのだ。フェルグスがすかさずその方向に視線を向けると、赤い外套を羽織った褐色の男性、エミヤが矢を放ったような態勢で静止していた。彼が放ったのは偽・カラドボルグ。自身の投影し、矢として放たれたその宝具はランクAに匹敵する威力を持っている。回避できたことは幸運と言えよう。

 

 だが、その幸運をあざ笑うかのように、一人の死神ともよべる存在が上からフェルグスのことを狙っていた。

 

「ぬっ!?がぁ……!?……いつの、間に……」

「―――――」

 

 現れたのは、クー・フーリンが持っている朱槍とは違う赤い槍を持った少年。白い礼装に身を包み、色からも目立つはずなのに一切の気配を悟らせることなく、音もなくフェルグスの肩に持っている槍を突きたてた彼は、当然の如く先程の援軍の中に姿が見えなかったカルデアのマスター、樫原仁慈である。

 

「気配はない……ということ、は、アサシン、か……?」

「………いや、マスター」

 

 短く答えた仁慈はそのまま背後まで跳んだ。彼がフェルグスに突き立てたのは、彼のオリジナル概念礼装と言ってもいい突き崩す神葬の槍。人外……特に神性を帯びた存在に対しては、ヒュドラとまではいかないものの、それに差し迫るような猛毒にもなり得るものである。

 フェルグスは七百余人分もの神の力を宿したと言われている大戦士。彼の身にその槍はものの見事に刺さっていた。彼のヘラクレスとまではいかないものの、今のフェルグスは自身の最大の力を振るうことはできず、その実力も十分の一以下にまで落とされていた。

 

「は、ははは……。まさか、アサシンまがいのマスターがいるなんて予想外にも程がある!」

「……そいつはスカサハの最も新しい弟子だ。えげつないことも平気でやる。仕方ねえよ」

「なんと、スカサハ姐の弟子だと!?ハッハッハ!!……本当か?」

「おう。マジもマジだ」

 

 豪快に笑っていたフェルグスだったがクー・フーリンのマジ顔に思わず素で訊き返してしまっていた。それに対する答えは当然肯定である。フェルグスはその後まるで錆び付いた機械のように仁慈の方を二度見して再び笑った。

 

「そうかそうか。で、あるなら……これは俺もこのまま無様に敗れるわけにはいかんなぁ……」

 

 もうほとんど力も入らないだろう肢体を己の意思で無理矢理に動かす。その動きだけでも大地にひびが入った。彼は己の愛剣である虹霓剣を肩に乗せると仁慈を真っ直ぐと見据える。

 

「弟弟子というのであれば、兄弟子としての意地を見せなければなるまい。クー・フーリンだけでなく、他にもこういう男が居るのだとな!」

「―――マジか」

 

 唐突に始まった戦い。

 正直あの一撃で弱体化させて全員で袋叩きにしようとしていた仁慈にとっては予想外の展開だった。何故なら、最早この場の空気は戦争ではなく同じ者を師と仰ぐ者同士の稽古場のような雰囲気になってしまっていて、誰も助けに入ろうとしていないのである。

 これは彼にとって予想外だったが、すぐに諦めた。これも彼がサバイバルで得た経験則である。どうしようもないなら現状の問題を一つずつ解決する案を練った方が効果的であるという。

 

 仁慈は諦観が色濃く残る表情を浮かべながらフェルグスに対峙したのだった。今さらながらマスターをサーヴァントと戦わせるとかどうなのだろうか。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 決着は早々についた。普段であれば、たとえ十分の一の実力しか出せないフェルグスでも、魔術師一人捻りあげることは赤子の手を捻ることと同義である。が、相手は頭のおかしい師匠に見定められてしまったある意味で存在自体が神秘みたいな存在だ。紆余曲折あったものの、何とか仁慈は勝利を収めたのだった。

 

「ここまでやられたか……。ハッハッハ!これは言い訳の仕様がないな!」

「豪快過ぎる……」

 

 しかし、力が十分の一になっていようとフェルグスの攻撃が仁慈にとって致命的なのは変わることの無い事実だったために、彼の疲労は結構なものだった。

 

「さて、想定よりも気持ちのいい最期を迎えることができた。……死人は満足してさっさと消えるとするかな」

「ま、待てフェルグス!余の后を知らないか?ラーマという男の、妻シータを知らぬか!」

「………そうさな。お前の妻かは知らぬが、お前にそっくりの見た目をした少女は見たことがある」

「―――!それはどこでだ!?シータは今何処に居る!?」

「……ふむ、いいだろう。あれは女王の立てた計画の中でも特に気に入らないモノであったし、弟弟子が俺を打ち倒した褒美としても申し分ないだろう」

 

 うんうんと己を納得させるように数回頷いたフェルグスは、今までの笑顔を引っ込めて真剣な表情で、ラーマを見据えた。その瞳からは確かに真実を語ろうとする真摯な気持ちが見て取れた。

 

「西へ迎えラーマ。アルカトラス島、そこにお前の后がいるかもしれん」

「アルカトラス島だと!?」

『ちょ、脱獄不可能と謳われたあの島!?』

「そうだ。まぁ、お前たちなら問題はないだろう。では、クー・フーリン、そして俺達の弟弟子樫原仁慈よ。願わくば、お前らが勝利を収めることを」

 

 言い残しフェルグスは消えていった。

 そして、それと同時に仁慈達の次の行き先が決まったのである。次の行き先は今までとは逆の西。脱出不可能のアルトカラス島。ラーマの本来の力を取り戻すために、仁慈達は今まで来た道を逆走して西へと向かうことにしたのであった。

 

 

 ちなみにネロ・クラウディウスの説得は頼りになる後輩マシュが担当し、ほとんどエリザベートと同じ手段で口説き落としたのだった。この光景を見ていた某赤い弓兵はマスターとサーヴァントの役割を入れ替えた方が絶対にうまくいくのではないか、世界はいつもこんなはずじゃなかったということばかりだと肩を竦めながらつぶやき、その様を見て、緑の弓兵がお前が言うなと内心で突っ込んだらしいが仁慈にそのことが伝わることはなかった。

 

 

 

 

 

 




……ボブミヤのデザインはもう少し何とかならなかったんですかね……いや、文句を言っているわけではないのですが……。


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つかの間の休息と語らいと

10連引いて爆死して、単発引いて新宿のアサシンが来ました。
……違う、君じゃないんだ。私が欲しいのは、ワンチャンという名のアヴェンジャーなんだ……!


 

 

 本当に予想外の展開だった。

 この特異点であとどのくらい戦うかということを考えれば、ここで正面からフェルグスと事を構え消耗することだけはどうしても避けなければならないことだった。だからこそ、彼が潜ませていた伏兵の排除と、兄貴の話から弱体化が狙える可能性のある槍を確実に当てるために策を講じた。まあ、言ってしまえば兄貴を前面に出してフェルグスの注意を兄貴に集めてしまおうという単純で尚且つごり押し染みたものだけれども、生前から関わりがあり、そこ実力を具体的に想像できてしまうからフェルグスは兄貴に集中を割かざるを得なかっただろう。数でも負けている状態ならなおさらだ。

 で、俺の企みは確かに成功した。誘い込みでできればダメージを負ってくれればいいな程度の囮であるエミヤ師匠の攻撃を見事に避けたフェルグスは、槍に貫かれ大弱体を受けた。………のに、まさかあそこで一対一を行う羽目になるとは。想定外のタフさ。ケルト神話の英雄は化け物か。そういえば兄貴も何でその状態で死なないの?という重傷を負いながらも集団相手に暴れまくってた気がする。こいつらデフォでこれか。最初の方に戦ったフィンとディルムッドはもっと慎重に尚且つ確実に丁寧に倒した方がいいのかもしれない。

 

「……先輩、そろそろネロさんとエリザベートさんを止めないと」

「ですよね」

 

 現実逃避はそこまで。

 俺は頼りになる後輩マシュの言葉で思考を一端切る。そして、目の前のドル友にしてライバル的なことを言い合っているネロとエリザベートに視線を戻した。この二人どうやらそういうことらしい。キャラ的にというか、なんとなく突き抜け感がとても似ている。英霊になってから聖杯あたりに余計な知識でも吹き込まれたのだろうか。このまま行くと、せっかくシータの居場所が分かったにも拘らず因縁の対決が始まってしまい、行動が不能となってしまう可能性が出て来ているのだ。しかも、ロビンとロマン曰くネロの歌も酷いものだという情報がつい先程入って来た。彼女たちの対決がここで行われるのだとしたら、エリザベートと合流した時に居たケルト兵なんて目じゃないくらいの惨劇が広がること間違いなしである。いったいどうすれば……。

 

「フッ、お困りのようだな」

「エミヤ師匠……」

 

 不敵な笑みと共に隣へと降りて来たエミヤ師匠。その表情からは不敵な笑みとは別に溢れんばかりの絶対的な自信が見て取れた。何か策があるというのだろうか。

 

「その通りだとも。ここは私に一つ任せて欲しい」

「………頼みますわ」

 

 俺は彼に賭けることにした。

 嘗て俺に弓の絶技を見せてくれた彼を。なんだかんだで家事に戦闘に生産に……あらゆる面で俺を凌駕し、サポートしてくれるエミヤ師匠を……!彼なら、彼ならきっとやってくれる!一流シェフ百人とメル友ということは伊達ではないということを見せてくれ……!

 

「ちょっといいかね」

「む?」

「何よ?」

 

 お互いに盛り上がっていたところを第三者に介入され少し不機嫌そうな顔をする二人。しかし、数々の修羅場(意味深)を越えて来た彼にとって女性二人が不機嫌そうな顔をしたところで怯むなんてことは在り得ない……!俺は、知っている。ここ最近、彼がオペレーターのお姉さんと結構いい感じになっていることを!少なくとも、お姉さんの方は割とガチで入れ込みそうになっていることを……!

 

「直接対決をするにしても人理焼却なんていう土壇場ですることはないだろう。それにすぐに決着を付けようとしても割と発揮できないものだ。そこで……あそこに居る彼に一先ず歌を聴いてもらうというのはどうだろう?」

「ほう」

「へぇ……」

 

 そこに居る彼。

 エミヤ師匠はそう言い、指をさした。その指が示す方向は――――俺である。

 

「なんと彼はカルデアにて、キャスターのエリザベートの歌に半日間付き合ったという実績を持っている。そんな彼ならば適切なアドバイスができると思うが?」

「―――!」

「―――!」

 

 まさに天啓、と言わんばかりに瞳を輝かした二人。そのまま視線はエミヤ師匠からスライドされ当然審査員(暫定)に選ばれてしまった俺へと注がれることとなる。その視線は純粋で、とても耳を壊す音痴攻撃を繰り出す人とは思えない。俺はその視線から逃げるように目線をずらし、エミヤ師匠の方を見る。彼はやり遂げてやったぜ的な笑顔を浮かべていた。

 

「その案は良いな!」

「そうね!それに確かにこのままここで決着っていうのは相応しくないわ。もっと万全の状態にして100%……いいえ、120%の力を発揮できるようにしなくちゃね!」

贋作者(フェイカー)ァァァァァァァアアアア!!!」

 

 俺を裏切ったのか!

 

「私は救ったさ。1を切り捨て、それ以外をな」

「ちくしょう」

 

 しかしもはや賽は投げられた。自称歌姫二人組は止まることはないだろう。ジェロニモたちは巻き添えを喰らってはたまらないと言わんばかりに先に西の方へと歩き出していて道連れは望めない。マシュだけは少し心配そうに見ていたものの、兄貴に引っ張ってもらった。彼女は巻き込めない。

 

『あ、そういえば仁慈君。今から西に向かうならその道中に召喚サークルを作れる場所があるから作っておいて。物資を支給するk―――ってどうしたの?』

「いや、ちょっとライブチケットを二枚貰いまして……」

『あっ(察し)』

 

 それだけでロマンは察してくれたらしい。訝しげな表情から同情しか見ることのできない顔を一瞬だけ現しそこから先は何も言うことはなかった。サンキューロマン。帰ったらまた特製のお菓子で茶会をやろうぜ。

 

 

――――――――

 

 

 再び森に入り、原住民と思われる獣人たちを蹴散らし召喚サークルを作成したところで丁度日も降りてきたために一夜を越えるための準備をする。一応俺も貫徹くらいは余裕でこなせるが、ここは特異点で相手にするのはケルトのサーヴァント。万全に越したことはない。こういった時自分がサーヴァントだったらという念に駆られるのだが、人理復元完了したら俺も英霊の座に登録とかされたりするのだろうか。

 

「~~~~♪」

「La――――♪」

 

 いや、されるだろう。うん。この音波攻撃を双方から受けてもまだまともな聴覚と意識を保っているのだから、もう偉業って言ってもいいんじゃないかな。

 

 未だ衰えることを知らない二人の歌に少しげんなりしつつも召喚サークルを通して送ってもらった食料と霊薬を整理する。一応俺は観客に甘んじなければならないために、今回のシェフは我等がおかんにして俺にとっての裏切り者であるエミヤ師匠である。早く作ってくれ。そうすれば俺は解放されるから。

 そんなことを思いながら俺は霊薬を飲み干す。すると今まで消費していた魔力が徐々に回復していくのを感じた。これでまたしばらくは持つだろう。

 

「さ、簡単なものだが食べないよりはマシだろう。サーヴァント達も食べたければ食べてもいい。我々に栄養摂取は無意味だが、精神的な安定を図る意味では有意義だ」

「~~~……その通りだな。そこのアーチャーは良くわかっておる。どれ、余もいただくとしよう」

 

 ネロが食べると宣言したことでハードルが下がったのか皆はエミヤ師匠が作ったご飯を突っつき始めた。

 するとそこでとても馴染み深い……というか馴染みすぎてやばいレベルの気配を感じ取った。兄貴もご飯から顔を上げて振り返ったことから俺は確信する。

 

「遅かったですね。師匠」

「なに、少しばかり寄り道をな……。それにしても……まさか呑気に飯にありついているとは。お主少しは心配とかしたりしないのか」

「師匠に心配……?ハハッ(失笑)」

 

 俺が師匠に心配とかおこがましすぎる。というか貴方死なないじゃないですかやだー。何より師匠の心配をする前に俺は自分の心配をしないと流れ弾とかでぽっくり死にかねないんですよ。

 

「フン、屁理屈を……。エミヤ、こちらにも一杯寄越せ」

「了解した」

 

 流れるようにご飯を要求する師匠に対して同じく流れるようにご飯を支給するエミヤ師匠。流石すぎる。

 しかし、サーヴァントが一体増えたとなれば当然ほかのサーヴァントたちは驚くわけで、俺達が親し気にしているのを見て戦闘態勢に入りはしなかったものの、説明を要求する声が届いたのでパパッと説明をする。その真名に驚いていたものが大半だったが、何故かラーマだけは納得したようにうんうんと数回頷いていた。

 

「ところで師匠。東側どうでした?」

「ん?ああ、敵の大将くらいは分かった。敵はクー・フーリンにメイヴ……気配からして聖杯を持っているのはメイヴだろうな。……よかったなセタンタ。自分と戦えるいい機会だぞ?」

「ニヤニヤすんな。確かに楽しみじゃないと言えば噓になるが、時と場合によってはマスターの言い分に従うさ」

 

茶化すような言葉に鬱陶し気に答える兄貴。この辺りは何となく生前からの知り合いという気兼ねなさを感じる。

 

『女王メイヴか……。ケルト神話、アルスター伝説に登場するコノートの女王で数多くの王や勇士と婚約し、結婚し、時には肉体関係のみを築いた恋多き少女、もしくは永久の貴婦人とも呼ばれているね。……なるほど、彼女ならフェルグスが下についていても不思議じゃないし、何より女王という、彼らのワードにも引っかかるね』

 

 ロマンの解説を聴き終えた師匠はその言葉を肯定しつつもさらに言葉を紡いだ。

 

「ああ、その通りだ。そして、クー・フーリンの方だが……一戦交えた結果、あれは相当に拗らせていると見える。実際私も逃げ帰ってきたようなものだ」

 

 この時俺達の受けた衝撃は計り知れないものだった。何故ならあの師匠が己から逃げ帰って来たと言ったのだ。……俺にとって師匠とは理不尽の塊だった。しかし、それと同時に絶対に負けることがない、自分の中では最強の代名詞と言ってもよかった。その彼女が負けを認め、帰って来たということは、少なくとも今のままでは向こう側のクー・フーリンには勝てないということである。

 

「珍しいじゃねえか。そこまで言うなんてよ」

「事実を言ったまで。お主たちには少々厳しい相手やもしれぬ。もし暗殺等を考えていたのであればやめておけ。無駄死にだ」

 

 影の国の女王。技術だけで神殺しにまで上り詰め、人間を超越した女戦士。その話を知っている、もしくは聖杯から与えられていたジェロニモたちもその言葉を聞いて暗殺は不可能であることを悟った。

 

「……やはり重要なのは戦力か」

「そういえば、師匠はラーマの心臓にかかっている呪いとかどうにかできたりしませんか?」

「消すことは無理だ。少なくとも今の状態では不可能だろう。そやつの妻、シータ……其奴に会えばあるいは……というところだろう」

 

 妻に会ってようやくワンチャンというところか。まあ、普通は死んでいるし確率が存在するだけでも儲けものだろう。とりあえず、今日は寝た方がいいかもしれない。一日中歩き疲れたし、フェルグスと戦ったしそれに……双方からダブル音痴攻撃を受け続けたしね。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 仁慈と一応デミ・サーヴァントのマシュが寝入った頃、サーヴァントであり睡眠を必要としない者たちは、周囲の様子を探りながらお互いに軽く話し合っていた。まあ単に語りたくない者は聞きに徹していたし、語りたい者は勝手に語るというかなり大雑把なものだったが、戦闘で役に立つ意味でも意味のあるものだったと言えよう。この話の中でエリザベートやネロからラーマがその出典の伝説の内容が故に顰蹙を買うことがあったものの、それでもあまりギスギスした雰囲気はなかった。これは殆どのサーヴァントが現状を理解したうえで協力が必要と感じ、実行に移せる者達だったというのが大きい。

 支給された食料の余り物をつまみに話していると、話題は自然にカルデアのマスター仁慈のことに移る。

 

「そういえば、スカサハとエミヤはマスターの師なんだよね?いったいどうやって出会ったの?」

 

 ビリーがエミヤとスカサハを見ながらそう尋ねる。本来であれば、英霊たる彼らを師にするというのはカルデアで召喚された後に弟子にしてもらったとみるべきだろう。しかし、ビリーや他のサーヴァント達も、彼らの関係がもう少し昔から作られているというのを薄々感じていた。

 

「………私は生前に一度、彼の家を訪ねたんだ。彼の家は特殊でね。私は彼らの協力を得るための交換条件として、彼に弓を教えたんだ」

 

 当時のエミヤは世界で活動するための前準備を行っていた。それに目を付けた樫原家は彼のことを調べ上げ、望むものを与える代わりに仁慈に弓を教えてほしいと条件を付けて呼んだのである。

 

「へえ。でも、それだけで教えたの?」

「それだけが理由ではないがね。強いて言えば彼は私が知っている誰かに似すぎていたのだ。これは後から気づいたことだがね」

「ほう。どんな者に似ているか聞いてもよいか?」

「そうだな……。強いて言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「歪んでいた……とは?」

「人として持ってて当たり前のものを持っていなかった。ただそれだけだ。どこぞの誰かのように破綻した願いを抱いていないだけまだマシだったが……それでも自分と重ね合わせてしまったのだろうな。今の私であれば教えはしなかっただろうが、当時の私はそういった理由で教えてしまったのさ」

 

 そこまで語り、彼は最後に「最も、彼が今よく使っているのは槍で私の教えはあまり意味がなかったがね」と付け加えた。その瞳には嬉しいような悲しいような視線が複雑な思いが見て取れた。

 エミヤの話を聞き終えたのち、今度はラーマがスカサハに問いかける。

 

「では、スカサハはどうだったのだ?確かスカサハと言えば……」

「そうだ。私は影の国から出ることはできない。存在から外れたが故に、あの国へと追いやられたのだからな。――――だが、そうだな。ここで語ってもいいか」

 

 スカサハは少しだけ考えるよう目を瞑り口を結んだが、直に目を見開き言葉をつづけた。その言葉は周囲に驚愕を与えるには十分すぎたようで、誰もが言葉を失っている。特にエミヤの反応が一番大きかったと言えた。

 

「お主らは仁慈がああなったのは私の所為だと言うがな。こちらとて巻き込まれた側だ」

「ノリノリで鍛え上げた段階でもう加害者だけどな」

 

 クー・フーリンのツッコミに素早い手刀で応えたスカサハ。ケルトパワーを多分に含んだ手刀をうけた彼は悶絶しその場で転げまわった。

 

「はぁー……子ジカも難儀なものね……」

「………成程。そういうことだったのか」

 

 エリザベートはオルレアンのことも仕方ないかと諦めを含んだ視線で仁慈を見て、驚愕から脱したエミヤは納得がいったとばかりに天を見上げる。

 

 そして、誰しもが思った。

 樫原仁慈というマスターの行く先に幸が多く訪れることを。

 

 

 

 




さーて、そろそろシータが出てくるぞぉ!彼女はどうしようかな。


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羅刹を討った皇子

許しは請わん。恨めよ(三回目くらい)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着しました。向こう側に見える島がアルカトラズ島です」

 

 一晩明けて体力も気力も満タンに近い状態になったところで森を一気に駆け抜け、島が見える場所までやって来た俺達。マシュが指す場所には確かに島が見え、魔力で強化すれば砦のようなものも確認できた。恐らくあれが刑務所の役割を果たしているのだろう。

 

「意外に近いな……。最終手段として泳ぐのも手か?」

「ラーマの傷で泳いだら確実に死ぬんじゃないかなー」

「そんなことよりシータd(BAN!」

「患者はおとなしくするべきです」

「背後に銃弾を……!?」

『というか、普通に泳ぐのは無理だね。サーヴァントならともかく、仁慈君には少し厳しい。潮流も速いし水温も低い。泳ぐのには極めて不向きな場所だ』

「なら跳ぶか」

「マスターの意見とは思えんな……」

 

 ああでもない、こうでもないと話し合ううちに、そもそも船の様な水場を渡れる何かを探した方がいいのではないかという結論に達した。しかし、近くにボートの類などはない。そこでマシュが近くに居たおじさんに船を貸してもらえないか相談をする提案を出した。代案があるわけではないので俺達はそれしかないと、ゾロゾロと歩きながらおじさんに声をかける。なんだかんだあったものの、渋々船を貸してくれた。只、そのおじさん曰くあそこには竜種が存在してるらしい。まぁオルレアンで散々やり合ったし今さらな気もするけど。

 さて、準備が整ったのでいざ出発……と本来であればそう言いたいところではあったのだけれども、ここに来て予想外の出来事が発生してしまう。

 

「先輩、問題があります。流石にこの人数は乗り切れません」

 

 此処に居るのは俺達カルデア組で五人。マーラ、ナイチンゲール、ジェロニモ、ロビン、ビリー、エリザベート、ネロで七人……合計で十二人の大所帯だ。おじさんから借りた船では到底全員乗り切れない。

 

 

 やはり跳ぶしかないかと思っているところ、影の国の師弟である兄貴と師匠が何かを思いついたらしく、少しだけ待ってろと言い残して森の中に戻っていく。言われた通りに待っていると、三十分ほどして二人が帰って来た。それも、出来立てのボートを担ぎ上げて。

 

「アイエエエ!?ボート、ボートナンデ!?」

「ふっ、愚問だな」

「ちっとばかりあそこで自作してきた。喜べマスター。師匠のルーンが刻んであるこのボートはちょっとやそっとじゃあ沈まねえぞ」

 

 やだ、このランサー達逞し過ぎ……。

 兄貴と師匠のファインプレーによって、重量制限という強敵を何とか乗り越えた俺達。一応マスターである俺は、安全であろう師匠達が作った方のボートに乗り込み、アルカトラズ島に上陸を試みる。

 

 泳ぐのには不適切なこの海域も、元々距離がそこまで離れていないということで問題なく渡ることができた。

 おそらく向こうも気づいたのだろう。ワイバーンに似た気配が俺達の方に近づいて来ているのが分かった。

 

『確かに、ワイバーンの反応は君たちに近づいてきている。けど、他に存在しているサーヴァント反応は一歩も動いていない……』

「どゆこと?」

「おそらく試しているのだろう。俺はここに居る、かかってこいというやつだ」

 

 首を傾げるエリザベートにそう答えるラーマ。この人数相手にそう言えるということは、よほど腕に自信があるのだろう。これは油断できない。フェルグスのこともある。これは一撃で仕留めるような心意気でいかなければいけないだろう。その結果、取ることになる戦法が遠距離攻撃ブッパによる制圧戦だったとしても。

 

「余程腕に自信があるのだろうな。そうでなければこうも堂々と待ち構えるようなことはしないだろう」

「成程。そのサーヴァントを倒さなければ、シータという方には出会えないということでしょう。分かりました。それでは一直線に、最短距離で行きましょう。それが患者を治す一番早い方法です」

 

 言い切ると同時に地面を蹴り、バーサーカーが故に強化された身体能力を以てして一目散に走りだすナイチンゲール。その様子に他のみんなも慣れたようですぐさま自分たちも、と走り出していた。

 

「シータという姫君を助けるために竜たちをなぎ倒す……まるでおとぎ話のようだな!余は燃えて来たぞ!必ずやあの者たちを会わせてやらねばな!」

「いいわよねぇ。ロマンチックだわ……。露払いっていうのはちょっとアレだけど、シータがラーマを一発叩けるように頑張るわよ!」

 

 彼女たちはどうやら昨日俺が寝た後で色々話を聞いたのだろう。ナイチンゲールに次ぐくらいにはやる気満々である。

 俺も彼女たちに少し遅れながらも後を追っていく。するとロマンの言葉通りにワイバーンたちとケルト兵が往く手を阻むために現れた……のだけれども。なんというのだろうか、こちらには少なくともやる気……むしろ殺る気になったサーヴァントが二人とそれ以外にもサーヴァントが九人居るのである。単騎でもとんでもないのにそれが集団になって襲い来るなんて、もう結果が見えているのと同じことである。案の定、俺達に往く手を阻まんとする彼らはものの数分で片が付いてしまった。

 

『これは酷い。一騎当千の猛者たちが数で攻撃とか悪夢以外のなにものでもない……』

「しかも、ロビンやビリー、ジェロニモと言った前線で戦わないサーヴァントが隙を埋めるからさらに酷いことに」

 

 碌に作戦を立てずともその場でなんとなく連携ができるのはすごいと思う。ケルト兵というか名もなき兵士たちなら完封できるくらいには。

 

 順調に足を進めていき、特に何の問題もなく俺達は森を抜けた。すると、少しばかり距離があるものの、俺たちの視界に刑務所とその前に立っている傷だらけの男性を見ることができた。少し遠すぎてわからないが、あの笑みはおそらくサーヴァント、しかも師匠や兄貴たちのように戦闘が大好きな部類と見た。

 

「……あの英霊は、恐らくベオウルフだな。あの手に持っている赤い剣は赤原猟犬(フルンディング)……それを扱うのは彼しかいない」

赤原猟犬(フルンディング)……エミヤ師匠がカラドボルグと同じくらいに使って使い捨てるあの……」

「おい弓兵。お前もしかしたら狙われるんじゃねえか?」

「フッ………援護に徹するとしよう」

 

 むしろ囮にしてやる。昨日俺がやられたようにベオウルフ(暫定)の前でこの人オタクの宝具を爆発させたり散々な使いようですよとか言ってタゲを集中させてやる。遠くから宝具を射出して会う前に倒すという戦法も一瞬だけ頭に浮かんだものの、外したら背後にある刑務所、ひいてはシータの方にも被害が及びかねないために自重することにする。

 

「おう。アルカトラズ刑務所にようこそ。入監か?襲撃か?脱獄の手伝いか?とりあえず希望を言っておきな。殺した後にどうするか考えてやるから」

「こちらの患者の奥方がこの此処に監禁されているようで。治療に必要なのでお渡し願います」

「なんだよ面談かよ。おいおい、戦いに来たんじゃないのかい?」

「まさか。看護師が戦いに来てどうするのです。看護師が戦うのは病気と負傷だけと決まっています」

『えっ』

 

 何を当たり前のようなことを聞いているという風に堂々と毅然と返すナイチンゲール。もちろん、この特異点に来てから行動を共にしてきた俺達、そして何より彼女に背負われて散々振り回されたラーマの反応は鳩が豆鉄砲を食ったようなものだった。普段の彼女の行動を見て、いったい誰が病気と負傷としか戦わない看護師だと思えるだろうか。

 

「そりゃごもっとも。確かに命を奪った看護師なんてのは正気じゃねえ」

「その通りなんだよなぁ……」

 

 バーサーカーで召喚されている時点で少なくとも正気ではないはずである。けど、完全に狂っているというわけでもないんだよな。うちのカルデアで例えればタマモキャットみたいな感じがする。

 

「しかし残念ながら俺はここを通す気がない。通るにしても一戦俺と交えてもらおうか?」

「……………分かった。全員、宝具開帳」

 

 もちろん、この全員というのは俺と契約しているカルデアのサーヴァント達であり、他の人たちではない。俺達の目的はあくまでもラーマをシータと会わせてナイチンゲールに治療させることであり、最悪誰かがここで足止めをしてしまえばいいのである。幸運なことにこちらのサーヴァント数は十一人。数の利はこちらにある。

 

「く、クハハハ!いいねえ!その数のサーヴァントたちの宝具を一気に使わせるなんて、正気じゃねえのはそこの奴も一緒だったか!派手好きだなァ、乗ったぜ!」

 

 宝具開帳を目の前にしてもベオウルフは恐れることはなかった。逆に彼は、ワイバーンとは違い純粋な竜種を呼び出して俺達に対抗しようとして来ている。やはり戦闘狂が入ったサーヴァントだったか。であれば目を盗むことなど容易い。

 

「(ロビン。姿を隠す宝具でナイチンゲールとラーマを先に通してあげて)」

「(……あいよ。まぁ、俺がここに居てもそこまでやることなさそうだしな)」

 

 宝具を一気に開帳する俺に対してか、この戦力差でも戦いを楽しもうとするベオウルフに対してか、溜息を吐いた後、少しだけ疲れたような笑みを浮かべて今にも飛び掛かりそうなナイチンゲールの元へと向かっていく。その姿を見届けた俺達は、まず目の前に立ちふさがる竜種と竜殺しを倒さなければならない。……なんとなく、このままではうまくいかない気もするので早めに処理をしたいところである。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 さっさと倒さなければ……そう思っていた時期もありました。

 割かし無傷でベオウルフをやり過ごした俺は何処か拍子抜けた感じで先程のことを思い返していた。

 まず、俺がエミヤ師匠をベオウルフの前に突き出し、この人は宝具を無限に作り出せるすごい人ですと口にした後、フェルグスとの戦いのとき、念のためで作ってもらっていた赤原猟犬をベオウルフに向けてブン投げ、そのまま壊れた幻想をぶち込む。あたかもエミヤ師匠がそれを行ったかのようにカモフラージュしたそれは大いに効果を成し、彼のヘイトが完全にエミヤ師匠に向いた。その隙に、他のサーヴァントたちはベオウルフが従えていた竜に群がった。

 いくらワイバーンとは異なる純粋な竜種と言えども、こちらに居るのは一騎当千のサーヴァント達であり、尚且つ神殺しやら何やらが得意な人も居る。俺の槍も使い、宝具をブッパしまくったおかげで竜はすぐにその身体を地面に沈めることになった。そして、ここから予想外のことが起きた。竜と俺達との戦いを見ていたベオウルフは俺達の中で特に戦いがいのあるサーヴァントを選出していたようで、エミヤ師匠を巻き込みながらその相手である兄貴に躍りかかったのだ。それはもう、他にもその場に居た筈の俺達すら無視して。

 ロマンが言うにはベオウルフもバーサーカーとして召喚されており、感情が昂った結果ではないかと言っていた。というわけで、俺達は二人しか見えなくなったベオウルフをスルーして刑務所の中へと侵入したのである。普段であればその隙に横から攻撃くらいはするのだけれど、これは仕返しだからね。仕方がないね。

 

「む、どうやら居たようだな」

 

 ジェロニモが指す方向には確かにラーマと彼に似た少女、そしてナイチンゲールがいた。しかしラーマは意識を失っており、そんな彼の手をラーマに似た少女が握りしめた状態でナイチンゲールが治療を行っているようだった。気絶とかどうしたんだろう。

 

「彼女の姿を見て気を抜いてしまったのでしょう。眠るように気絶してしまいました」

 

 心でも読めるのか。手を動かしラーマを治療しながらもナイチンゲールが短くそう答えた。しかしそんな彼女の言葉に待ったをかけた人物がいた。それは今ラーマの手を握っている少女―――恐らくではあるがシータであった。

 

『どういうことだ?彼女の霊基がラーマのモノとほぼ一致している……!?』

「これは……何かの魔術でしょうか?どこからか声が聞こえてきますね……。けれど、その声の方の言う通り()()()()()()()

「どういうことですか?」

 

 皆が皆驚きの声を上げる中、彼女は語る。彼女とラーマは己の伝説の中で呪いをかけられているらしい。その効果はラーマとシータが出会えない、同じ場所に居ることができないというもの。彼女曰く、ここでラーマが目を覚ましてもシータはラーマの前からいなくなってしまう……そういう風になってしまっているらしい。

 

「聖杯戦争でもそうなのです。サーヴァントとして参加する場合、私か彼のどちらかがラーマとして召喚される……同時に召喚されることはないのです」

 

 例え、人類史が焼却されたとしても、例え正しい歴史から逸脱しているこのような特異な場所でもそれは変わらないと彼女は言うが、本人に悲観的な部分はない。むしろ、こうしてラーマの手を握り、彼の顔を眺めているだけで……ただそれだけでいいという気すら感じる。

 

「―――それだけでいいの?心からの謝罪は?全身を込めた愛の告白は?」

「そういったものが、欲しいとは思わぬのか?」

「この人は、十四年間も私を求めて戦い続けました。ラーヴァナを相手取り、一年間しか共に過ごしていなかった私を。新しい妻を娶ることもできた筈なのに、この人はそうしなかった。―――それでいい、私はあの恋と、あの愛を知っている。だからこの先もずっとお互いを求め続ける。それが叶わぬ願いだとしても――――いつか、叶うと信じて」

「……そう。短い間だったけど、貴方たちはとても幸福な出会いをしたのね」

 

 エリザベートやネロももう何かを言うのは無粋と思っているのか、それ以降口を開くことはなかった。開けるわけがない。これ以上何かを言うのは無粋というものだろう。本人たちが納得しているのならそれで……。

 

「……修復は大体終わりました。ですが、やはり心臓に巣窟っている何かが邪魔ですね」

「ゲイ・ボルグの呪い、ですか……」

「……師匠、どうですか?今の状態だと何とかなりますか?」

「ふむ……………そうさな。少々分の悪い賭けになるが一応方法のほどはある。……どうする?」

「やりましょう」

「では、お主。シータと……そしてラーマと契約せよ」

『えっ?』

「一か八かではあるが、お主たちの望む最高の結果を導き出せるやもしれぬ。コイツ次第だがな」

 

 そう言って俺の方をぽんぽんと叩く師匠。……まじっすか……?

 

 

――――――――――

 

 

 

「ちっ、このままいけば気持ちいいくらいの全滅だったていうのによォ……タイミングが悪すぎだぜ」

「あん?」

「ランサー、後ろからケルトの部隊だ。先頭にはフィン・マックールとディルムッド・オディナがいる」

 

 仁慈達が刑務所に入った後、スケープゴートに使われたエミヤとクー・フーリンはその後、順当にベオウルフを地面に倒していた。元々、ベオウルフとは圧倒的力にものを言わせた戦士である。確かに彼の肉体は天性のものではあるのだが、技術には乏しい。かつて、数多の格上を相手に立ち回って来たエミヤとその武勇に偽りなどないクー・フーリン相手には分が悪かったのだ。

 そうして、彼に止めを刺そうとしたところで二人は背後に近づく部隊の存在に気が付いた。それはこの特異点に来てから初めて遭遇したサーヴァントであるフィン・マックールとディルムッド・オディナの気配であった。

 

「フム……カルデアのマスター、そして彼に付き従う美しい盾の乙女は中、か……。惜しいな、一言求婚をしたかったのだが……」

「王よ。あの手練れたちを相手にそれは聊かどうかと思います」

「ハハハッ。流石、女性の方から声をかけられる男は言うことが違うな!」

「なっ……!そのようなことなど決して……!考えてはおりませぬ!」

「はっはっは!冗談だよ。まったく気にしないでくれ」

「…………いや、流石にそれは酷なことだと思うのだがね」

 

 ブラックジョークを交えるフィンと、それに脂汗を浮かべながら答えるディルムッドの姿に我慢ならないという風にツッコミを入れるエミヤ。何処か緊張感に欠ける光景だが、それでも状況はエミヤ達の圧倒的不利である。フィンたちは何百、何千……いや、もしかしたらそれ以上かもしれない数の兵を率いてやって来ていた。対するはエミヤとクー・フーリンの二人。いくら二人が一騎当千の英霊だとしても、相手にも英霊は存在するためそのまま他の兵の差が戦力差となっていた。

 

「それにしても、これは中々壮大な光景だな」

「ハッ、こんなもん。とっくに経験済みだっつの。……手前は弓兵らしく後ろにすっこんでてもいいんだぜ?」

「何。普段頭のおかしいマスターの所為で悉く出番を奪われているのでね。ここいらでただ飯ぐらいではないことを見せておかなければ、後が怖い」

「怒らせた結果がここに釘付け状態じゃねえのかよ」

「リスク管理は得意なんだ」

「答えになってねえ」

 

 罵り(?)合いつつも、お互いに既に獲物は構えている。エミヤは投影した干将莫邪を、クー・フーリンは朱槍をそれぞれ自分に慣れ親しんだ武器を。

 

「……向こうのやる気は十分と。では、ベオウルフ君。君はどうするかね?」

「ん?ああ。俺は東に戻るとするさ。なんせ元々好きでやってた仕事でもねえしな」

「わかった。好きにするといい。……では、ディルムッドよ。いいな?」

「はい。我が槍は今度こそ、最期まで王……貴方のモノです」

「よし。――――では、往けッ!!」

 

 フィンの号令と共に突き進んでいくケルトの兵士たち。女王―――メイヴから作り出されたためか言語は発さない。しかし、声にならない雄たけびを上げながら突き進むその姿は相手に威圧感を与えるには十分だった。並みのモノであればその光景に恐れをなし、恥も外聞も投げ捨てて逃げ出すことは間違いないだろう。

 しかし、彼らは違う。エミヤもクー・フーリンもこれくらいで怖気づいてしまうほど肝の小さい者ではなかった。二人とも不敵な笑みを浮かべながらその集団を相手取ろうとしたその時――――

 

「――――羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)!!」

 

 ケルト兵へと唐突に円盤が上空から飛来し、ケルト兵を根こそぎなぎ倒していったのである。

 不意打ちくらいなら予想はしていたものの、この宝具に該当するものはフィンたちの情報にはおらず、また上空からということで全員がその方向へと視線を向けた。するとその直後にクー・フーリンとケルト兵の間に着地する影が一つ。その姿はまごうことなきコサラの王。燃えるような赤髪をなびかせて登場したその人物とは当然、完全復活を遂げたラーマであった。

 

「完全復活である!今の余は絶好調だ、斬り捨てて欲しい者からかかってこい!」

 

 しかし様子がおかしい。いくら自ら戦うことができるようになったとしても、ここまで高いテンションになるだろうか。エミヤとクー・フーリンがそう首を傾げたところで、彼らの耳に聞きなれない声が聞こえて来た。

 

「頑張ってください。ラーマ様」

 

 二人にはそれだけでもう合点がいった。

 今の声こそが、彼の后であるシータなのだろうと。そして同時に思った。これは自分たちの出番はないな、と。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

『………なんであれで成功するんだ……いや、考えるのはやめよう。仁慈君とスカサハだからだ。うん。彼らは僕たちの理解の及ばないところに生きているんだよ……』

「うわ、あの王サマ絶好調ね」

「シータにいいところを見せたいと頑張っているのを考えると微笑ましいものよな!」

「いやあれそういうことじゃないでしょ。どこぞの無双ゲーみたいになってるんだけど」

「ジェロニモの言ってることは本当だったねー。あれは心強い」

「………予想よりもさらに強いんだがな」

「うむ。うまくいったようだな」

「お疲れ様です先輩」

 

 いや本当に何で行けたのか今でもわからないんだけど……。そう疑問に思いつつ、つい先程のことを思い返してみる。

 

 

 

 師匠が俺に言ったことは単純明快。俺が彼らと契約して、存在の補強を行いつつ俺が突き崩す神葬の槍でゲイ・ボルクの呪いとシータにかかっている呪いを両方潰すということであった。

 

 普通に考えれば無理である。そもそも俺の槍は人外とか神性とかに特化しているだけの槍であり、普通に実害があるんですけど。

 

「そもそも契約で存在の補強って何ですか」

『契約していることで令呪を通して存在を繋ぎとめるということ……まぁ、現界を維持するということを言いかえれば何とかそう言えるかもしれないけどさ……』

「その通りだ。そして、サーヴァントとマスターはお互いに夢という形で色々見えることもあるだろう?それを利用する」

 

 曰く。俺の神殺しというかそういう概念系は結構強力らしい。師匠から貰った只の出来損ないだった槍に、人外殺しという概念を付与するくらいには。なので俺が意識してそういった力を契約したサーヴァントに魔力を通すのと同じように行ってみればワンチャンあるで、ということらしい。一応第三の特異点で、ヘラクレスの権能ともいえる能力、十二の試練をも侵食したその浸透力があればゲイボルクの呪いも神話で得た呪いもなんとかなるだろうという根拠という名のこじつけを見たが……実際にそれでうまくいったんだからしょうがない。こんなの絶対おかしいよ……。なんで呪いだけピンポイントで除くことができたんだよ……。一応令呪を一画使ったけど、それでも割に合わないとは思った。

 

「今の余を倒したければこの三倍と頭が十、腕をニ十本持った奴を三体もってこい!」

「カッコイイですよ。ラーマ様」

「ふははは!ありがとうシータ。愛してるぞぉぉおおお!!」

 

 …………うん。もう、色々考えるのが面倒くさくなってきた。とりあえず、ラーマは好きなだけ暴れると良いよ。

 

 

 

 

 

 

 




低評価を覚悟している。
支離滅裂なのも理解している。
しかし済まない……私ではこれが限界です……。

師匠「細かい操作は私がやった」


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当然の結果

ラーマとシータ大人気過ぎィ!皆さんわかってますね!
しかし、今までにないくらいの高評価の嵐で続き書くのがすごく怖くなりました……。


 

 

 

 空を飛ぶ……それは等しく誰もが一度は夢見ていたことだと思う。もちろん、空を飛ぶと言っても飛行機やヘリコプター、気球などの乗り物に頼ったものではない。自身に翼が生えたかのように、自由に空を飛ぶということである。

 ……今、俺の目の前にはそんな夢のような光景が広がっている。数多の人間たちがその身体を大空へと投げ出し、実に綺麗な放物線を描いて空に浮かぶ雲と一体になっていた。

 

 

 

 

 ………まぁ、ネタ晴らしをするとただラーマにフッ飛ばされているだけなのではあるが。

 

 

 

「ははははは!このような心持で戦うなど、初めてのことかもしれん!体が軽い、剣が軽い!もはや何人たりとも余を止めることは出来ぬ!」

 

 シータと誰よりも再会を心待ちにしていただろうラーマ。今この時、彼は己の逸話を越えて少なくとも心情的には過去最高の高ぶりを見せていると思われる。その結果、敵のケルト兵たちが次々と犠牲になっていった。敵なので特になんとも思わないし、むしろいいぞもっとやれとも思うけれど、出番を奪われた兄貴とエミヤ師匠が少し不憫でならない。

 

「はっはっは!あれを見てみなさいディルムッド。あの眼はまさに己が好いた女性にいい所を見せたいと願う少年そのもの。いやはや、あそこまで純粋に一人の女性を思い、剣を執るなど何処かの男を思い起こさせるね?(チラッチラッ」

「も、申し訳ありません……」

「ああ、済まない。別に責めているわけではないんだ。ほんの踏み込んだ冗談だ。あれは私がいけなかったのだ。うん、我ながらこの性格はどうしようもならないな」

 

 何やら重苦しい話をしている敵将の二人組だが、戦場に慣れている二人はすぐにその雰囲気を改め作戦を練ることに決めたらしい。こちらとしてはこのまま後ろからあの二人を攻撃して、作戦を阻害もしくは直接倒すということをした方がはるかに効率的なんだけれども……。

 

「羅刹王すら屈した一撃……その身で受けてみよ!」

 

気円斬(ブラフマーストラ)まで持ち出したラーマの邪魔をしたくないという気持ちもある。それに彼は若干テンションを上げ過ぎている所為か、こちらの魔力をどんどん消費してっているのだ。霊薬はあるし、それに見合う分だけ敵を殲滅してくれているし、尚且つシータがいるし心情としてはそのまま突っ走ってほしいので文句は言ってないけど……この状態で不意打ちをかますのは厳しいという現実的な部分もあるんだ。

 

 改造した剣を回して円盤の斬撃に変えそれを手段に投擲する。高速で回転するその剣にケルト兵は為す術もなく切り裂かれていった。しかし、それだけではない。飛んでいった気円斬(ブラフマーストラ)はある一定のところまで進むと左右にその向きを変えて、集団を刈り取るように移動し始めた。……あの宝具操作できんのかよ……。まるで某宇宙の帝王のように円盤型の攻撃を操るその姿は確かに羅刹王を倒せそうなものではあった。

 

「……もしかしてこれはあれかな。物語でよくある覚醒後のイベントかなにかなのかね?ディルムッド」

「……我が王。お言葉ながら、聖杯を所持し、人理焼却を目論む側についている我等ではこうなることはもはや必然かと……」

「うーむ。ついた側が悪かったのかどうなのか……。まあ、それはどうでもよいか。若武者よ。我等はともに戦える。こうして柵もなく戦えることが至上の喜びなのだから」

「………無論、無論でございます王よ!」

「神の化身が相手であれば、フィオナ騎士団の役割とそう大して違いはしない……我が槍、その身体に刻み込め!」

 

 生前の柵を彼らは確かに消したのだろう。既にフィンの表情にふざけた物はなく、ディルムッドの表情にも残っていた後悔が少なくとも現在は全く見えていない。そこにあるのはおそらくかつての自分たち。只、弱き者のために災害とも言える神々や、それに属する超常の存在と鎬を削った彼らの本来の姿。歴史に名を刻む腕前に決して偽りなどはない。その実力は確かなものだろう。………最も、今回は相手とコンディションが悪すぎた。

 

「その意気込みやよし。この身はヴィシュヌの化身。恐れずしてかかってこい!羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)!」

 

 恐れずしてかかってこい(無慈悲の宝具)

 ラーマのテンションが天井知らずである。かかってこいと言いつつ無慈悲の宝具ブッパ……あれ、何処かで見たような。

 と、どこかの誰かを見ているような光景を前にしてもフィン・マックールとディルムッド・オディナは怯むことはない。彼らに追随する兵士たちをなぎ倒して来たあの宝具をまともに受けることはせずに己の技量を頼りに狙いを悉くとずらす。シータと会ってから操作性があるという以外過ぎる宝具は当然、彼らを必要以上に狙う。しかし背後から来る攻撃は彼のフィンの部下であるディルムッドがしっかりと守り、主人であるフィンに通すことはなかった。今のラーマに武器はない。彼が持っている武器は絶賛気円斬と化しており、ディルムッドが引き付けている最中だ。

 

「―――届いたぞ、コサラの王よ。その首を頂戴する!」

「―――よく届かせた。…………だが言っただろう。今の余は、絶好調であると。偉大なる者の腕(ヴィシュヌ・バージュー)!」

 

 彼がそう言った瞬間。何もなかったはずの彼の手には三叉の槍が握られていた。だが、彼のことをよく知らない俺でもあの槍がとんでもないものということが分かった。あの槍が発している力が尋常じゃないのだ。ヘラクレスと戦った時に感じたものと同等か、あるいはそれ以上のものを感じることができる。

 

『あれは……もしかして……!』

「知っているのですかドクター!」

『彼は元々神々では殺すことのできない魔王ラーヴァナを倒すために、ヴィシュヌが人間として生まれ変わった存在と言われている。そんな彼は、話の中で聖人ヴィシュヴァーミトラにより、あらゆる神魔に対抗するために授けられた武器が数々も存在するんだ。その中の武器の一つなのかもしれない』

「強い(確信)」

 

 武器召喚というか、武器で攻撃するところまで宝具のようだけど、どちらにせよ無手と思い込んだところを不意打ちで槍を召喚されたフィンは流石に予想外だったらしい。彼は反応できずにラーマの召喚した三叉槍に心臓部にあった霊核を貫かれた。

 

「―――ッ!王!?ぐっ!」

 

 そして、ディルムッドもまた自分が王と仰ぐ人物が貫かれたことにより意識がそれた。その結果、気円斬をその身体に受けることとなった。が、身を削られた時に槍を上から突き刺し、羅刹を穿つ不滅を力尽くで消し去った。その身体は既に切り裂かれてとても助からないものではあったが、それでも彼はラーマの宝具を消し去ったのだ。

 

「ハハ……まあ、仕方あるまい。元々、自分たちの付いた側があれだった時点でこの結末は予想できた。いやいや、満足だ。存分に戦いつくすことができたのだから。……だが、お前は不満そうだなディルムッド」

 

 心臓をラーマの三叉槍で貫かれたにも拘わらず、彼の言葉は穏やかだった。声だけ聴きとれば、とても致命傷を背負っているとは思えないくらいの。一方のディルムッドもそうだ。生きているのが不思議なほどの重症、胴体は削れ、左の腕など繋がっているのがやっとという惨状でも、彼は消えることなどなかった。それこそ最期まで主と共に居ると表現するように。

 

「はい。今度こそ、貴方様に勝利を……と思っていましたので」

「そうか。しかし、私にとって勝敗はどうでもよかった。……生前の私はどんどん薄汚れていった。政に財宝、権力、義理……年を取るたびに柵が増えて雁字搦めだ。―――それを自覚しているから、愛に殉じたお前が妬ましかったのかもしれん」

「………貴方、は」

「けれど、此度は最期まで純粋に戦うことだけを楽しんだ。純朴に勝利だけを共に、と……。この瞬間まで私はこの私のままで居ることができた。それが何よりなんだ」

「………そうですか。では、このディルムッド・オディナ。貴方様の供回りを務めさせていただきます」

「そうか……。では、敗れたものは未練がましく残ってないでさっさと逝くとするか。……見事だったコサラの王。こちらに組した私たちが言うのもなんだが、君たちの勝利を祈らせてもらおう」

「その言葉、しかと余が受け取った」

「………なら良い。ではさらばだ!秩序の守り手たちよ!」

 

 フィンはその最期、俺達全員に視線を投げかけそれだけを言い残して消えていった。それと同時にディルムッドの身体も光の粒と消える。こうして、敵側から二人のサーヴァントが退場することになった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 フィンとディルムッドを座に還した完全版ラーマ。その力は計り知れず、ぶっちゃけこちらの味方の中でトップレベルの強さを誇る味方となった。しかし、その反動に。

 

「………」

「………」

 

 シータから離れない。特に話し合うわけでもなく、幸せそうにお互いに見つめ合って手を絡ませている。……つまり自分たちの世界に入っているともいう。具体的に言うと、対非リア充宝具閉鎖的愛情空間(オール・ラブ・オール)を発動させているので俺達では彼らに干渉できないのだ。固有結界ミタイダナーと思いつつも彼らの経歴が経歴なので、一度俺の頭から彼らのことを度外視して現状を整理する。

 

「さて、あの二人には後で俺が念話を入れておくとして……こうして敵の将二人を倒したわけですが、師匠どうですか?これでケルト側の弱体化は望めましたか?」

「無理だな。向こうには聖杯がある。その気になれば戦力の増強など容易くやり遂げてみせるだろう。恐らく、今頃西の連中も押され始めている頃だと思うぞ?」

 

 師匠から凡そ予想通りの返答を貰うことができた。やはり聖杯があるというのはでかい。暗殺もいいのだけれど、相手に師匠を返り討ちにするレベルとなった兄貴が居る段階でそれは不可能に近いだろう。

 ここで取れる手とすれば、エジソン側にこのままでは負けるから俺達を入れればええんやでと脅迫まがいの交渉に行くことだけど、向こうにはカルナがいる。ともに戦うことを計算に入れると物騒で尚且つ強引な手段は使えない。

 ……あ、そういえば……。

 

「師匠。昨日はサラッと流しましたけど、確か女王メイヴが聖杯持っているって言いましたよね?」

「ああ、そう言ったが?」

「……助けてロマえもん。メイヴの死因を教えてー」

『色々な方面から怒られそうなことを……今が人理焼却中で良かったね。…えーっと、メイヴの死因は頭部にチーズが飛来したことで死亡したとされている。なんでも彼女に対して復讐する人が練習として投石器に設置したチーズがたまたま直撃してしまったらしい。……もちろん、チーズと言っても君たちが普段口にしている奴じゃなくてその元の奴ね。大体重さは30kgにもなる。殺すにしては十分なものだ』

「……へえ」

 

 成程ね。再現は十分に可能ということか。

 

 嘗て所長から教わったことがある。英霊とは自身の出典たるものから外れることは難しいと。エミヤ師匠が言うには完全に不可能ということはないのだそうだけれども、基本的には己の逸話を越えることは難しいらしい。だからこそアキレウスはアキレス腱が弱点だし、オルレアンで会ったジークフリートも背中が絶対にして克服できない弱点だという。

 今回も同じだ。死因たる要因を用意すれば、ある程度因果が引っ張られて倒せるのではないかと俺は考えた。

 

 故に、イチャイチャしてこちらに気づかなかったラーマシータの肩を叩いて正気に戻してマシュが召喚サークルを出した森の中に戻り、そしてカルデアから物資を送ってもらう。主に俺とエミヤ師匠でカルデアのロマンがぐー〇るで検索した手順を再現し、大きさ重さともに十分なチーズを錬成し、さらにそれを俺の四次元鞄に突っ込んだ。この作業だけで一日使ってしまったもののこれで準備は整った。

 

「今日はここで一晩を明かして、明日あたりにエジソンの所に行こう。この凶器と情報、そして今の現状を知れば、恐らくは受け入れてもらえると思う。向こうだって滅びたいわけじゃないんだから」

「……私が言うのもなんだけど、エグイわね。子ジカ」

「……これが人理を守る戦いか……うむ、何とも世知辛いものよ……ちと余の肌には合わないが」

「やはりこれくらいでなければ人理を守ることは叶わないというのだろう」

「うーん、スカサハの話も合わせて中々笑えないなー」

「俺としてはやりやすくていいけど」

「……余も、カルデアの……いや、マスターの采配に不満などはない。まともに戦って危ないのであれば策を弄する。上に立つ者としては当然のことだ」

「ラーマ様を助けていただいたのです。私に言うべきことなどはありません。只、この人といられるだけで……」

「シータ……」

 

 再び固有結界染みた何かが発動した気もするけれどもそれはいい。本番は明日からだ。投石機であればおそらくエジソンは簡単に作る。逆に前時代過ぎて却下される可能性もなくはないけれども、有用性を説けばほぼ確実に乗ってくるだろう。……まあ、説得(物理)になる可能性もなくはないけれどもそれはそれ。とにかく、全ては明日にかかっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、内心で思い返し、俺はエミヤ師匠と共に夕食を作るのだった。

 

「―――ついてこれるか?」

「エミヤ師匠の方こそついて来やがれ!(ノリノリ)」

 

 作るのだった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




外道砲の玉が仁慈の懐に入りした。
まあ、真名が分かってそれが聖杯の所持者だとすればこうなるよね。


ちなみに、私が頑張って考えたラーマとシータの再会理由。
仁慈と契約して存在を保つ楔とする。
       ↓
ゲイボルク呪いは仁慈の能力とマシュの守護で消し去る。
       ↓
シータの呪いは仁慈の能力で消し去る。ただし、この時彼女の神性ごと削ったため戦力としては数えることはできない。

大体こんな感じ。ちなみに、シータには持続して仁慈の概念を魔力と共に流し込んでいるので復活しようとしている呪いを殺し続けている状態です。

  


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真、マジカル☆八極拳

李書文先生。考えれば考えるほど、仁慈の上位互換で笑いました。


 

 

 

 

 

 

 

「呵々!唯の小僧かと思ったが……非礼を侘びよう。この李書文、まずはお主に対してこの槍を向けよう」

「どうしてこうなった」

 

 ……今現在、俺の目の前に居るは李書文。

 

 近代の英霊であり史実の存在であるにもかかわらず、その経歴はまさに作り話のようなものだ。特に有名と言っていいのが二の打ち要らず、一つあれば事足りると謳われていたことだろう。牽制として放った一撃で相手を倒すことからそう謳われていたらしい。生涯、真剣勝負に置いて負けはないとも言われており、実は槍を極めるために八極拳は学んだだけなのに二の打ち要らずと言われる化け物でもある。……マーボー師匠すらも凌駕しそうなスーパー武道人。……以上、ロマペディアから引用。要するにリアルスーパーサイヤ人(史実)という質の悪い人物である。

 

 そんな危険人物と何故俺が正面切って向かい合っているのかと言われれば、当然理由はある。実はこの人、単独行動を行っていた師匠のことを偶然発見してしまったらしく、その実力を見ただけで感じ取ってしまったという。師匠の強さは確かに異次元と言ってもいい。その異次元染みた力に自分の実力が通じるのか否かという衝動に駆られた李書文が、師匠のことを態々追いかけて来たというのだ。

 対する師匠。本人も李書文を見つけて割とやる気満々だったのだが、彼の戦闘スタイルが槍と無手であることを見抜いた彼女は実に悪い笑みを浮かべて俺を指名、彼の目の前に差し出したのである。

 ここで確認するけど、俺ってカルデア……つまりは人類最後のマスターで、一応人理修復の希望的な役割だったと思うんだけど。どうしてこう、率先して危険な場面に送り込まれるの?

 

「ハッ、何を今さら。自分から前に出たがる者に、そのような言い訳が使えると思っているのか」

「すいません」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。しかし、言い訳させてもらうとこの性格は師匠の所為だと思う。なんせ、頼れるものは己の身体のみ。尚且つ受け身の姿勢で居れば、ただ獲物になるのを待つだけになる……だったら行動するしかないじゃない!

 訴えかけるもこの場に居るのはマシュと元凶の師匠しかいない。他のサーヴァント?彼らなら今頃メイヴが聖杯を利用して生み出されたワイバーンやらケルト人上位種やらシャドウサーヴァントやらを駆逐して、俺達の戦闘スペースを生み出してくれていますけど何か?誰か俺を助けようというまともな感性のサーヴァントはいないのか!?

 

「おい、マスターがなんか言ってるぜ?」

「相手にするな。どうせ何とかする」

「……うむ。余もほんの僅かしか行動を共にしていないが、心配が杞憂に終わることくらいは理解できる」

「…………えーっと……それは少し過信しすぎなような気が…」

「いいのいいの。気にしないで。子ジカはある意味別次元に生きてるから、心配するだけ無駄よ」

「エリザベートの言う通りだシータよ。あやつは早々に敗れたりはせんだろう」

「マスターとはいったい……」

「気にしすぎない方がいいよ。ジェロニモ。はげるよ?」

「サーヴァントは変化しないだろうよ………ハァ……この場所に来てからオレの中の常識とか正しいマスター像とか色々崩壊してるんですがねぇ……」

「緊急性の高い方から処置します」

 

 反応はなし。エミヤ師匠や兄貴ならともかく、この特異点で知り合ったサーヴァント達までこの反応なんて、ちょっとおかしいんじゃないんですかね。

 

「なに、意気込んだが儂とて一対一で戦えなどとは言わん。強くなる分には何も問題などないからな。そこのサーヴァントも共に戦っていいぞ」

「え……先輩……」

「ごめん。マシュ。戦闘準備をお願い。……ああいうタイプは何言っても止まんないから。ソースは後ろの人」

「……ハハッ。言うじゃないか。………………帰ったら久しぶりに稽古をつけてやろう。直々にな」

 

 ヒェ!選択肢ミスった。

 

「……マシュ、戦闘開始!」

「先輩先輩。スカサハさんはそれでは騙せないのではないかと」

 

 知ってた。

 

 

―――――――――

 

 

 

「甘いぞ!多少の覚えがあるようだが、まだ功夫が足りん」

「……だ、だいぶ前に倣ったから錆び付いているだけだし(震え声)」

「先輩、会話をしている場合ではないと思います!」

 

 マシュに怒られる。けど、正直軽口も叩きたくなるってもんですよ。向こうは完全に俺の上位互換だ。隙を探そうにも向こうは武術の達人、早々にそんなものを晒すわけもない。お得意の気配遮断を行おうとしても、どうやら向こうは完全に見えているらしく、むしろ待っているかのようでもあった。

 ここまで相性の悪い相手は師匠以来ではなかろうか。師匠も人の身で人外に至っただけで、兄貴みたいに神交じりの人じゃないし。この人も人外的に強いだけで人外というわけではない。……マシュがいなければ死んでいた。というか功夫が足りないってなんだ。うちの師匠は愉悦が何たるかしか教えてくんなかったぞ。興味なかったけど。

 

「雑念が浮かんでいるぞ!フンッ!」

 

 李書文が握る槍がしなり、俺とマシュを叩こうと迫る。しかし、回避は不可能。本人にとって牽制となるだろうその一撃は、彼の言い伝えの通り俺達にとって致命傷となるに相応しい一撃である。

 俺が受け止めようとしても胆力が足りないだろう。マシュに目を合わせ、それを攻撃の先にずらすことで受け止めてもらう様に指示をだす。意図を正確に読み取った彼女は自身の身長程あるその大きな盾て槍を受け止めた。攻撃を貫通させるようなヘマなどはしない。盾のスペシャリストとも言っていい彼女にとってそんなものは無縁のものだ。

 

 受け止めた盾から飛び出すかのように疾駆し、李書文に一気に肉薄する。だが、相手からすれば恰好の得物が飛び込んできたようにしか思えないだろう。いくら槍を弾かれたからと言ってもここは李書文の距離と言ってもいい。

 

「槍を弾かれればその分隙ができると思っていたのか!」

 

 李書文はなんと自分の槍を真上に投げると足を開いて中腰となり、拳を構え始めた。ですよね。知ってましたとも。誰だってそうする、俺だってそうする。李書文は己の足を地面に叩きつけ、こちらの動きを阻害しつつ生み出した衝撃を加算する震脚。その完成度は比べ物になるわけもなく、こちらの動きが嫌でも止まってしまう。

 

「捕らえたぞ!」

「知ってた……マシュ!」

「了解……なんとしてでも防ぎます!」

 

 人間である俺が彼の震脚で止まるなんて当たり前のことだ。そもそもパラメーターが違うんだから。しかし、先程李書文は槍を上に投げた。それはつまり頼りになる後輩をフリーにしたということ。後輩、最高です。え?女の子を文字通り盾にして恥ずかしくないのかって?恥ずかしくありません。こうでもしないと生き残れません。そもそも俺が守ろうという立場がおかしい。レフ?あれは仕方ない。

 

「面白い!受けてみろ!」

「はぁッ!!」

 

 本命とまではいかないだろう。だが、今までの牽制とはまた違う一撃であることも確か。その威力は先程まで受けていたものとはもちろん毛色も威力も異なるだろう。二の打ち要らずと恐れられていた通り、致命傷足り得る一撃となる。マシュ以外では。

 

 目の前でまるでトラックでもぶつかって来たのかと思えるほどの轟音が響き渡る。面の陥没具合を見るにその威力はとんでもないものということは容易に想像ができた。けれどもマシュは立っている。その細い体で大きな盾を構えて、その場から動くこともなく、かなりの衝撃を持っているはずの一撃を受け止めていた。

 

「流石マシュ!」

 

 バッと彼女を飛び越えるようにして跳躍、空中に浮いたままマシュと李書文の間に躍り出るとそのまま李書文の顔面に渾身の蹴りを放つ。その攻撃は彼の腕にしっかりと防がれてしまい、そのまま掴まれてしまうが、マシュがシールドバッシュを行い李書文を後方に吹き飛ばした。だが、吹き飛ばされる直前、上に投げた槍をキャッチしていたのは流石に驚いた。どういう神経しているんだあの人。吹っ飛んだ彼に追撃するかのように鞄の口を開けて中身が空中に出るようにして振りまわし、出て来た武器たちを投擲する。狙いは当然李書文であるが、直前に槍を回収されたのが痛かった。撓る槍を巧みに操り危なげもなく投擲された武器を叩き落し、一定の距離で止まる。

 その表情にダメージを受けたような感覚はなく、まだまだ余裕であることがうかがえる。リアルサイヤ人は格が違った。

 

「……近代の英霊とは思えない強さです……」

「いや、それはこちらの台詞よ。……まさかここまで儂に食い下がってくるとは。本気で殺し合えばどちらに天秤が傾くかわからぬか……」

 

 ここで何やら一考するようにして瞳をつぶる李書文。しかし、すぐに目を開けると俺達の戦いを黙ってみていた師匠にその鋭い視線を向けた。

 

「スカサハよ。先の話は棚上げにさせてもらおう」

「ほう、良いのか?もっと痛めつけてくれても構わんのだぞ」

「それは魅力的な提案だが、儂とて好き好んで世界が滅びるさまを見たいわけではない。お主たちであればケルトにその牙を届かせることができるだろう。……その大盾で世界を守護するがいい。サーヴァントよ」

「……はい」

「そしてそこのマスターよ。ついでに一つ教えておこう。あくまでも儂の見立てだが、あの発明王、何かに憑依されてるな」

「ライオンにか……」

「ハハッ!そうかもしれんな。……どちらにせよ、一発ぶん殴ってやれば正気に戻るかもしれんぞ?」

「ありがとうございます」

 

 なんとここまで親切にしてくれるとは思わなかった。あの人師匠と同列の人かと思ったけれども実はいい人なのでは?

 

「それではな。先に言っておくが一緒に戦うことは出来ん。此処には儂を刺激するものが多すぎる。だが、どこかで共闘する機会はあるだろうよ」

 

 彼はそれだけ言い残して、先程まで戦っていたことなどなかったことのように、悠々とその場を後にしていった。

 

「行ってしまわれました……」

『さすが全盛期の李書文。触れれば切れるナイフのような荒々しさだ』

「……それでは患者を治療しに行きましょう」

 

 唐突にナイチンゲールがそう切り出す。理由は言わずともわかっている。彼女にとってもやはりあのエジソンはおかしいと考え居ていたらしい。それはもちろん頭が獅子になっているとかということも含めて言っているのだろうが、彼女曰く、与えられた知識と照らし合わせるとどうにもズレが生じているとのこと。その理由が何かしらの憑依であれば治療しに行かない訳にはいかないということだろう。

 

「その意見には賛成するよ、もちろん。どちらにせよ、エジソンとは同盟を組もうと思っていたんだから」

「同盟よりもまずは治療ですいいですね」

「アッハイ」

 

 ここで無駄に言い争っても仕方がないので頷く。まぁ、憑き物が落ちた状態の方が交渉は進むだろう。あの状態では何を言っても暖簾に腕押しという感じではあったし。優先順位は治療(物理)の方が高い。

 

「ねぇ、みどり。ちょっと喉乾いたから水くれない?」

「余にも欲しいぞ!」

「俺に言うなよ。あるけどさ……」

 

 あるんだ。

 

「シータ。僕の戦いぶりはどうだった?」

「はい!勇ましく素敵でしたよ」

「そうだろう!そうだろう!」

「……ジェロニモ」

「言うな小僧……言わないでくれ」

 

 ジェロニモがorz状態に……。だ、大丈夫だから。ラーマはとんでもない戦力だから。あのフィンとディルムッドを一蹴するほどの強さを持っているから。それに比べれば固有結界の常時展開くらいわけないから!責任を感じないで!

 

「仁慈。一応、覚えておけよ?しっかりとこの脳裏に刻まれているからな。お主の稽古」

「あっ(察し)」

「リスク管理は大事だとあれほど……」

 

 聞いてないです。エミヤ師匠から教わったのは弓と土下座だけだ。

 

『またいつもの空気に……ほら。漫才やってないで、エジソンの所に行くんでしょ!』

 

 ロマンに窘められ俺達はようやく歩みを進めるのだった。

 

「そう言えばマシュ。さっきは本当に助かったよ。ありがとう」

「いえ。私は先輩の盾ですから!当然です!」

 

 とても明るい笑顔で答えてくれるマシュ。後輩、最高です。

 

 

  

 




話は全然進んでいません。すみません。
……書文先生が強いのが悪い。


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イイハナシダナー

いやー、遅くなってしまって申し訳ありません。


 

 

 

 

 

 李書文と一戦交え、死刑宣告を受け、広大な大地を駆け抜けた結果、俺達は何とかエジソンたちが本拠地とするアメリカの西部に辿り着いていた。ちなみに機械化歩兵の警戒を掻い潜ったのはロビンの機転のおかげである。その辺で襲いかかって来たケルト兵を一人だけ殺さないようにして、気絶させぐるぐるに縛り上げる。そして、何時の間にかロビンが知り得ていた合言葉的なことと共に敵を縛り上げましたとか言って進んでこれたのである。いくら敵を縛り付けたからって本拠地のすぐ近くまで通すとか正直ガバガバではないかと思う。

 まぁ、今は戦力の確保が重要事項であり、結果的には戦えれば問題はない。戦闘回路もかなり単純化しているようだし、そこまで細かい識別能力は尖兵を務めている方の機会化歩兵には必要ないのかもね。

 実際に、

 

「止まりなさい。ここから先は国有地です。直ちに撤退した後に、アメリカ西部合衆国陸軍機械化歩兵部隊に入隊届を出しなさい」

「ちっ、殺伐としてやがる。ディストピアっていうの?吐き気がする」

 

 本拠地に通るには強制的に入隊してからじゃないと無理そうだし。そもそも入隊させてくれるかどうかも微妙だが。

 こちらに銃口を構えている機械化歩兵を見て、思わずそんなことを考える。これじゃあ入隊する前に死にそうですね。

 

「あら、私は好きよ。その他大勢が規律に従うのはいいことよ」

「へいへい、どうせ俺は根っからのレジスタンスですよ……。ここから先は誤魔化しきれねえ」

「むしろこの人数よくここまで通したというレベルだよねー」

 

 サーヴァント十二体だもんな。かなり豪華な戦力だと俺も思うよ。それはともかく、ここまでというのであれば仕方がない。強行突破だ。道順はこの前連れてこられた時に把握が完了している。

 

「ということで突撃!諸君、派手にいこう」

「貴様らには水底が似合いだ」

『どうしたんだ!?そこには池も川もないぞ!』

 

 この言葉に即座に反応できるエミヤ師匠流石です。こちらの号令を切欠に機械化歩兵たちも一か所に集まり、俺達の排除へと動き始めた。それぞれが銃口をこちらに向けて一斉に射撃を開始する。囲んで叩く、それは確かに基本的で尚且つ有効的な手ではあるが、相手にそれを悟られているという前提を考えれば悪手となる。

 

 この態勢であれば全員跳躍して回避するのは自明の理である。その結果、仲間同士で自分たちが放った弾丸の味を確かめることとなる。一応機械と銘打たれているだけあって銃弾程度では再起不能に陥ることはなかったが、所々火花が散っている。部位破壊成功というところだろう。

 生身の人間と違い、破損しても痛みなどによる戦力低下は狙えないために、火花を散らしながらも向かってくる機械化歩兵。それを一番になぎ倒したのは他でもない我等が婦長である。今の彼女はエジソンという患者を見つけてある意味で絶好調と言える状態だ。そんな彼女の前に出るなんてことはとても愚かしい。

 

「お引きなさい!病人が待っているんのですから!」

「うむ、実に励まされる言葉だな」

「機械化歩兵を蹴とばしながら言っていなければ、尚の事響いただろうぜ……」

「やはり機械か……単調過ぎてつまらん」

『いや、量産できるような性能のモノに、貴女が満足するようなものはいないと思いますけど……』

 

 ロマン……あんたは間違っちゃいない。

 

『……しかし、なんか本当にサポートのし甲斐がないねー。まるで高レアサーヴァントで攻略を進めているみたいだ……ん?なんだこれ、バースト通信……?わ、わ、わ……!?』

 

 ロマンは特異点に電波を飛ばすだけでなく、次元の壁まで超えられたのかと少しばかり思った矢先、彼からの通信が途絶えた。その代わり空中のホログラムに映し出されたのは何日かぶりに見たアメコミヒーローの姿であった。ロマン、通信機の主導権持ってかれてんじゃん……。

 

『おのれ、貴様らケルトに屈するとは…!それでも英霊か!』

「マスターですけど」

『シャラップ!貴様がマスターなんてもう信じられるか!そして何より我がマドンナ、クリミアの天使よ。貴女ほどの信念の人が、何故我々の信念を介さない!失望極まる!ここまで悲しいのは失業率が三割を超えたとき以来だ』

 

 それは悲しすぎる上にかなり深刻だなぁ。ナイチンゲールはここまでエジソンに買われていたのか……ケルトに屈するっていうのはちょっとわからないけど。むしろ今でも反逆しまくってるはずなんだけどな。

 

「失望?何を言うのです、まだ望みはあります。何故なら私たちは貴方を裏切ってなどいない。只治療をしに来ただけなのです」

『治療……?殺伐な雰囲気を纏っておきながら治療に来たとは思えないのだが……いったい誰の治療をしに来たというのか?』

「それは貴方です。改めて見ればわかります。貴方は病気です」

『あちゃー……とうとう言っちゃったかー……本人を前に言い切っちゃったかー』

 

 はっきりと、ナイチンゲールらしく断言する。その言葉に反応したのは言われた本人ではなく、恐らく今エジソンの近くに居るであろうエレナだった。映像には映ってないモノの、額に手を当てて空を仰ぐ姿が容易に想像できる。とり憑かれているということを前提として話すけれど、そのせいでこんな感じで若干情緒不安定になっているのだとしたら、向こうも結構苦労しただろうしな。

 

『――――無礼な。私のどこが病んでいるというのだ。この強靭な肢体。はち切れんばかりの健康。研ぎ澄まされた知性。……何処からどう見てもスタンダードではないか!』

「あの頭が通常と言い切ったぞ………この特異点には余の常識が通用するところはないのか……!」

「こんなに私達と彼らとで意識の差があるとは思いませんでした……」

「黙りなさい。病人に病気と告げることのどこが無礼ですか。甘えたいのならば、母親か妻にでも頼みなさい。世界を救う力がありながら、世界を崩壊させようとする……それが病以外の何なのです。……大人しくベッドにいなさい。直にそちらに向かいます」

 

 俺は君たちがこの短期間でその言い回しを覚えていることに戦慄しましたとも。いったいどこからそんな言い回しを吸収したのだろうか。聖杯か、聖杯なのか?おかげで大真面目なナイチンゲールの話が半分頭から出てしまったんだが……。

 

 話に集中できない人間がいても、容赦なく展開は進んでいく。ナイチンゲールに言い負かされたのか、それとも何を言っても無駄と思ったのか、エジソンはハッキングをやめたらしく、通信機からはいつも通りロマンの顔が見れた。……そうだよ。エジソンの方から通信を切ったんだよ。俺は直前で聞こえて来た銃声なんて聞えなかったもの。

 

『あ!戻った……。ちょっとばかり通信がつながらなかったんだけど、何かあったのかい?』

「エジソンに通信を乗っ取られた」

『うわぁ……前回の会談で見ただけのはずなのに……まさか取ってくるとは流石エジソン』

「先輩。通信は銃を使えば切れる……。覚えました!」

「今すぐ忘れてね」

「……えー……」

 

 そこでしょぼんとするのか。こんなこと覚えていったい何に使う気なんだろう。この子は。

 

「さあ、無駄話をしている暇はありません。踏み込みましょう」

 

 あなたはいつも通りですね。本当に。

 こちらに一切気を遣うことなく、行きましょうと言いつつ既に走り出している彼女の背中を見ながら内心そうごちる。けれどもそれが彼女を英霊足らしめた要因であれば仕方がないのかもしれない。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 砦の中に入り一番最初に遭遇したのはやはり、というべきかカルナだった。どうやら彼は俺達がここに来ることがわかっていたらしい。それは当然先程伝えられた……というわけではないだろう。ぶっちゃけ、俺達が逃げ出す際エレナが手伝ってくれたことも分かっていると思う。

 そんな彼に向ってナイチンゲールはいう。彼も病人の一人であると、ここに居てはいけないと。

 しかし、そんなナイチンゲールに対してカルナは普段と変わることのない平常で返した。自分を頼り、助けを乞うてきた彼を見捨てることはできないと。それに彼は生前カルナを友と呼び彼を助けた王に似ていると。

 ……つまりはどちらも後ろに引くことはできないということだ。いくらカルナと言えども、この人数差を覆すことは難しいだろう。こちらにはカルナと同等の完全体ラーマに、どうして敗北したのか今でも謎な師匠を筆頭にかなり強力なサーヴァントたちが居る。明らかにこちらが有利だ。けれども戦うことはやめないだろう。そういう目をしている。

 

「遠慮することはない。お互いに譲れないものがあるなら、全力を尽くしぶつかるのは当然だからだ。……始めよう。四つの試練を越えて来たその力を俺に見せてみろ―――――ん?」

 

 やる気満々で闘気をあらわにしていたカルナ。そんな彼の雰囲気が一変する。何やら耳に手を当てて少しばかり視線は上を向いていた。俺は耳に注目してみると何やらイヤホンのようなものを付けていることに気づいた。もしかしてあれはエジソンが作った通信機だろうか。カルナの風貌で通信機とは中々違和感があるな。

 

「―――戻ってこいとはおかしな命令を。だが、そうか――――自分の手で決めたくなったか。……すまない。あれほどの啖呵を切っておいてなんだが、どうやらエジソンは自らの手で決着を付けたくなったらしい」

「一度引くのか」

「ああ……場所はお前たちが初めてエジソンと邂逅した時に居たところだ。恐らく、そちらのマスターが道順を覚えているだろう。……そこで……最大戦力が待っている」

 

 その言葉だけを残してカルナは引いて行った。追撃も考えたが、元々俺達は同盟かもしくは協力を取り付けにしたのだ。関係悪化を招くような行動は控えるべきだろう。と、言ってもおそらく言葉による説得というのは不可能だろう。もし可能であれば、とっくの当に同盟を結べて居た筈である。十中八九戦闘になるだろうが、重要なのはやむを得ずに交戦したということである。積極的に攻撃してはそれが満たせない。エジソンが(おそらく)正気に戻り同盟を組んでくれる時、負い目として利用したいからこその選択だ。

 

「最大戦力というと……」

「アメリカ西部合衆国大統王エジソン、そしてその参謀……のようなもののエレナ、最後に先程居たカルナ。これが最大戦力だろうな」

 

 エジソン側の戦力を知らなかった現地サーヴァント達にエミヤ師匠がそう伝える。簡単に伝えてくれてとてもありがたい。そろそろ彼女が我慢の限界っぽいから。

 

 ズカズカと装飾された内部を突き進んでいくナイチンゲールに置いて行かれないように、小走りで彼女の後ろについて行く。

 やがて、エジソンたちの居るであろう場所に続く扉を発見し――――

 

「では行きましょう」

 

 バン!とサーヴァントのステータスをそれはもう余すところなく発揮した開け方だった。扉の状態が気になるくらいの力強さで彼女は開き、そのままつき進んでいく。その様はとても堂々として頼もしいものだ。頼もしいんだけども……。

 

「よくも来たな……ッ!嘆かわしき裏切り者たちよ……!」

 

 鬼の形相―――実際はライオンなのだが――――を浮かべたエジソンがこちらを睨みつける。裏切り者とか言っているけど、そもそも俺達はケルト側に属していない。例え属していたとしても、今の俺達は味方でも何でもないので裏切り者はおかしいと思う。口には出さないけど。

 

「何故、私の正しさを理解できないのだ!さては貴様も陰謀論に振り回されているのか!?やれエジソンは資本主義の権化、だとか!真の天才は商売などに傾倒しない、とか!」

「ミスター・エジソン。陰謀論に振り回されているのはそちらの方かと」

 

 冷静にツッコミを入れるあたり、話が完全に通じないわけではないことを改めて実感する。ただ単にブレーキが壊れているだけなんだろうな。きっと。

 

 そのツッコミの後も当然会話が続くが、お互いに平行線を行くばかり。というより、どちらも等しく話を聞かないと言った方が正しいだろう。エジソンの眼には俺達がケルトに属した裏切り者にしか見えておらず、ナイチンゲールもそんな彼を治療することのみを考えている。

 結果的に、売り言葉に買い言葉でどう考えても戦闘を行うような雰囲気になって来ていた。そこに待ったをかけたのは冷静にこの場を見ていたエレナである。

 

「……本当にこのまま戦うというの?」

「その通りだとも。もはや、知性無き者との交流など不可能だ!それに、これが一番早い」

「確かにわかりやすくて速いことはいいことだし。状況によっては直接対決も肯定するわよ。……でも―――」

 

 エレナはこちらをチラリとみる。彼女がエジソンに確認を取っている間にこちらも一応ナイチンゲールの説得ということを試みていた。……最も、既に念話で戦闘準備を整えるようには言ってある。さっきも言ったように、あくまでも相手が戦いを仕掛けてこなければならない。故に形だけでも止めているのである。

 

「―――……(あれと戦うっていうの?マスターの子なんてかなり獰猛な雰囲気を纏っているんだけど。まるで息をひそめて得物を待つ肉食動物みたい)」

「戦うのだ!そして知らしめるのだよ。この発明王の発明がいかに偉大なのかを―――!そして、直流こそが王道なのだと!!」

「うぇっ!?……ああ、仕方ない覚悟を決めるわ!」

「今回は、邪魔など入らない。全力で来い」

 

 エジソンの掛け声とともに訪れる雷撃。それを皮切りに他の二人も攻撃を開始する。それを確認した俺もここで皆に攻撃開始の指示を出すのであった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 仁慈達カルデアとエジソン達西アメリカ合衆国の戦いはすぐに決着がついた。そもそも戦力が違うのだ。確かにカルナは破格の英霊である。彼がいれば並みの英霊など物の数ではない。が、仁慈達にも超弩級のサーヴァントが存在する。カルナと同郷にして同等の力を持ち、ヴィシュヌの化身でもあり、尚且つ妻と再び対面してあらゆる面でハイになっているラーマ。そして単純な力では到底計測できないスカサハなどがいる。そうしてカルナを抑えられてしまえばあとはキャスターが二人だけだ。残り十人のサーヴァントを相手にするなど到底できるわけもない。

 

「ぐっ……!戦士として及ばぬのであれば、科学者としてすべてを捧げよう!このトーマス!今こそ大変革、大変身の時である!この人間味あふれる紳士の身体を捨て……今こそ、今こそ獣の如き力を手に入れる時だぁ!」

「現状で既に大変身状態なんですがそれは……」

 

 そうして、負けを悟ったエジソンは己が開発したドーピングコンソメスープ……改め超人薬を服用しようとした。

 しかし、戦いを中断したカルナによってそれは防がれてしまう。

 

「……悪いがエジソン。ここまでだ。これ以上、滅びの道を歩ませるわけにはいかん。それに第一、その薬は体に悪いぞ」

 

 カルナの言葉を受けて一同は無残にも床に散らばったエジソンの薬に目を向ける。するとそこには典型的な薬とでも言わんばかりに濃い緑色の液体がドロドロと広がっていた。

 

「ノー!良薬は口に苦しだ!それに、私が立たねば誰がこの国を守るというのだ……ッ!」

「―――――守る、守る……ですか。その割には随分と非合理な戦い方ですね。エジソン」

「な、に……?今、私を、非合理と言ったか……?」

 

 尚、戦うとするエジソンに対して、等々怪我・病絶対消滅させるウーマンことナイチンゲールのメスが入れられる。

 

 まず、この機械化歩兵のことについて。相手のケルト兵は生まれてから死ぬまで戦いで明け暮れた存在であり、そもそも兵としての密度が違う。尚且つ相手は聖杯を利用しポンポンとまるでGのように湧いて出て来ている存在だ。そんなものに正面から生産力で戦っても無意味だということ。トーマス・アルバ・エジソンの天才性。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということにこだわり過ぎたのだと指摘した。

 それだけではない、次に彼の頭が獅子であることを否定する。史実に置いてそういう記述がないということは他から力を受けているということだと言い、彼に力を注いでいる存在について指摘を行った。

 

 エジソンは自分に力を与えているのは現在、過去、未来の大統領たちであると言った。彼らは自分たちだけではケルトに勝てないことを悟り、自分たちの力をエジソンに集中したのだと、だからこそアメリカという国をなんとしてでも守り抜かねばならないと言った。

 

 だが、ナイチンゲールは言う。アメリカとは様々な人種からなる国であり、それ即ちあらゆる国の子どもであると。だからこそ()()()()()()救おうとするからこそ苦しくなるのだと。

 

 ここまで言われ、エジソンはぐぬぬ顔で黙って聞いていた。事実であるが故に否定できなかったからだ。これでもエレナ曰く繊細なエジソンには来ていたのだが、それでもナイチンゲールは治療をやめない。病原体にとって、そして、エジソンにとって最も聞く一撃を遂に見舞った。

 

 

「そんなだから、同じ天才発明家として―――ニコラ・テスラに、敗北するのです。貴方は」

「GAohoooooooooooooo!!??」

 

 エジソン絶叫。恐らく最も気にしていることであったであろう言葉を、恐らく心の底から尊敬していたであろうナイチンゲールにぶつけられた彼は精神的に多大なるダメージを負った。その結果、外見にとても合う獣の如き咆哮を上げたのちにその場に倒れ痙攣を始めた。

 

「(一番重いの言っちゃったー!)」

「(……手加減してやってほしかったのだがな……)」

「これは酷い……」

 

 余りにも容赦のない口撃に仁慈もドン引きである。とても先制攻撃をさせて手を組むときに立ち場を上げようとした人間の表情ではなかった。

 

『え、エジソン氏生きてる……?』

「け、痙攣を起こしてはいますが、脈はあります」

「命に別状はありません。エジソン、答えなさい」

「鬼だ……」

「え、遠慮ないわね」

「あそこまではっきり言ってくれる方が余は好みだぞ!」

「その通りだな。あれでこそ、彼女はとても頼りになる」

 

 

 

「エジソン、貴方はどうしたのですか?」

「―――――そうだな。認めよう。フローレンス・ナイチンゲール。私は歴代の王に力を託され、それでも合理的に勝利できないという事実を導き出し……自らの道をちょっとだけ踏み間違えた。愚かな思考の迷路を、彷徨っていたようだ……」

「ちょっとだけ?……まあ、いいです。病を癒すには、まず認めることから始まります。貴方はようやくスタート地点に立ったのです」

 

 エジソンは己の過ちを認めた。

 それに対してナイチンゲールは今までの苛烈な一面ではなく、看護師としての一面であろう穏やかな笑顔を浮かべてそう告げた。

 

「これだけ市民を犠牲にして尚スタート地点か……。これは厳しいな、厳しい。……これから私はどうすればいいのか」

 

 おそらく、ここに召喚されて初めて溢したであろう弱み。今にも消え入りそうな声音で呟かれたその疑問に答えたのは、生前から付き合いのあるエレナだった。彼女は戦闘によって少しだけボロボロになった体を治しながら口を開く。

 

「え?エジソン貴方、わからないの?簡単よ。貴方はいつも通りやればいいの。貴方は、ニ十回の挑戦でダメなら二十一回目に挑戦する。……何回失敗したって、周囲に苦労を掛けても、ちゃっかり自分だけは立ち上がる。貴方の人生はいつもそうだったでしょ?あなたの才能は、そういうところだったでしょう」

「ブラヴァツキー………褒められているようにも、貶されているようにも聞こえるのだが……。しかし、ありがとう。やはり君は私の友人だ。そうだな。最終的に上回ればそれでいい。それが私の人生(けつろん)だった。――――だが、私は負け猫だ。臆病者だ。告訴王だ。もう一度、この国を導くなんてことは――――」

 

 

「それは違う。間違えるなエジソン。お前は道に迷ってはいたが、お前が目指していた場所は正しいものだ。名も知らぬ誰かを救うことも、闇を照らす光を普及させたことも。自信をもっていい願望であると、俺は断言する。どれほど自らに負い目があり、屈折した自己嫌悪があり、時に小心から悪事をなすことがあるとしても―――」

 

 

 

「――――何かを打倒することでしか救えぬ英雄と異なり、おまえの発明はあらゆる人間を救って来た。最終的には、世界を照らす光となったんだ。その希望を、その成果を糧に立ち上がれ。現状は最悪だが、まだ終わったわけではないだろう。………何より、その最悪な状況をひっくり返して来たその道のプロも居ることだしな」

 

 言って、彼は仁慈の方をチラリと見た。流石に半神の英霊は色々見えているらしい。仁慈はその視線を受けて少しだけ目を逸らした。

 

「そろそろ目を覚ます頃だ。偉大なる発明王。お前の頭脳には未だ多くの資源が眠っているのだから」

「……そうか。発明とは程遠い、私たちの世界とはかけ離れた君がそう言うのか。……私の心の友バベッジ君もモールス信号で告げている……破産するまで負けてないと。であれば――――そう、であればッ!発明王、大統王は死なぬ、何度も立ち上がらねば!詠歌の夢、ここに復活!ブラヴァツキー嬢、カルナ君。迷惑をかけたな!」

「いいのよ、友達でしょ」

「そうだな。差し出がましいが、友人だな。ここまでくると」

「フッ、私はいつもいい友人に恵まれる。こればかりは、あの素っ頓狂にも及ぶまい。私だけの財産というわけか」

 

 そこにはもう、勝つことに妄執した獅子頭の獣はいなかった。彼は確かに自らが言ったように知性を兼ね備えた紳士となったのである。そして、彼は仁慈達の方を向いて謝罪を行った。

 

「そして謝罪し、感謝する。樫原仁慈。彼の助けとなるサーヴァント達にもだ」

「別に気にしてないから大丈夫。こういったこと慣れてるから。……それよりも、ケルトたちの無限の軍勢をどうにかする策があるんだけど……どう?」

「ほう!面白い。是非とも聞かせてほしい」

 

 どこか子どものようにわくわくした雰囲気を纏いながら言うエジソン。

 

「投石器って作れる?」

『あ、仁慈君。メイヴの暗殺のことを言っているなら作ってもらう必要はないよ?あれ、手で使うやつだから。多分君が想像しているのは大きい岩とか飛ばすやつでしょ?』

「…………………………………」

「……」

 

 空気が死んだ。

 仁慈は、しばらく身体をそのまま固めた状態で居るが、やがてなんとか自力で立ち直ったのか再び口を開く。

 

「と、とりあえずこっちが得た情報を共有しようか。うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに、エレナとエジソンは師匠とラーマを覗くサーヴァントに袋叩きにされました。
こんなマスターに謝罪と感謝ができるエジソンは聖人(確信)


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やはり看護師は侮れない

今回、ちょっと場面転換が多いかもしれません。ご注意ください。

……そしてここ最近、六章を真面目にするかギャグに落とすか地味に迷ってます。また後日改めてアンケートするかもしれませんけど。


 

 

 

 

 

「それでは会議を開始する。諸君、席についてくれ」

 

 エジソンの号令を元に用意された椅子に腰かける皆。数が大変なことになっているがそこは気にしない。机の広さも十分余りがあったので、何とか皆入ることはできている。

 

「まずはこの地図を見て欲しい。見ての通り、ケルト達の領土は北米大陸の東側全土だ。故に彼らはそれぞれ南側と北側の二ルートから攻めてくるだろう。先程聞いた仁慈君の考え、そしてこのアメリカ西部合衆国の状況を踏まえると戦力は十分に足りていると言えるだろう。此処に集ったのは合計十五人ものサーヴァント達だ。私たちが問題視していた質量の問題……いわゆるサーヴァントの数は十分補充できている」

『今までのデータを見る限り、ケルト側にある程度領土を占領されたら実際の歴史との差異が大きくなって特異点の定礎復元は不可能になる。まるで戦略シミュレーションゲームだ。けど、エジソン氏の言う通り安心はできないけれど、大丈夫だとは思う』

 

 机の上からホログラムだろうか、このアメリカの地図が現れ、そして丁寧にケルトとアメリカ西部合衆国で色分けされていた。これを見る限り確かに東と西で綺麗に分かれている。ここまで前線を持たせたのはかなりすごい。実際にサーヴァント連中と戦ってみてわかったけれど、奴ら相手には前線を維持することも苦行であったと容易に想像ができる。

 

「問題は敵の本拠地、そしてこの元凶だ。彼らは聖杯を持ち、話ではシャドウサーヴァントという英霊のなりそこないや、ワイバーンなどの強力な敵を無限に生み出せる。かといって聖杯の持ち主を叩こうとすれば……」

「ああ。文字通りの狂犬に咽元を喰われることになるだろうな」

 

 エジソンの言葉を師匠が継いで答えた。

 そう、現状兵力であれば五分にまで持ち込めているとは思う。こちらのサーヴァントは増え、向こうのサーヴァントは少なくとも三騎脱落している。また新たに呼び出していることも考えられるが、シャドウサーヴァントを利用していることから、現在は出すことができない、あるいは出す必要がないと思っているということだろう。何時天秤が傾くかはわからないが、ちょっとやそっとでは押し切られない。

 問題は無限に生産できるという点であり、尚且つその工場の役割を果たしている者を暗殺できないことだ。聖杯の持ち主は、向こう側に居る兄貴にべったりで離れようとしないらしい。師匠すらも引かせたスーパー兄貴を相手にしながら聖杯の所有者を叩くなどはほぼ無理だ。

 

「いや、そうでもないぞ」

 

 俺の考えを見抜いたのか師匠が言う。本当だろうか。確かにこの人の言うことはなんだかんだ言って正しい。けれどもそれ相応の代償が伴うんだよね。

 

「おそらくだがな。この場に居る仁慈とマシュそしてセタンタ。こやつらであれば、アレに対抗できるだろう」

 

 師匠の言葉にみんなが驚く。特に、ラーマの反応なんかは一番大きかった。当然だろう。この場で師匠を除けば彼だけが真のスーパー兄貴の実力を知っているのだから。身を以て知っているからこそというやつだ。

 

「待ってくれ。いや、そこの光の御子は理解できる。何せ自分自身だ、やりようならいくらでもあるだろう。しかし……」

「お主の言いたいことも理解できる。だが、これは確かである。なんせ、今のあ奴は王で化け物だからな。まっとうな連中には滅法弱い」

「………まさか、」

「そうだ。……仁慈も、あれを使うことを許す」

 

 兄貴は師匠の言いたいことに気づいたようだが、ぶっちゃけ俺には何が何だかわからない。そしてさらにあれを使ってもいいと言われても、あれが何なのかもわからない。あれ……師匠から使用が制限されているもの……制限されているもの……あっ。

 

「……あー。わかりました」

 

 それで勝てるというのであれば、当然断る理由なんてない。目的が遂行できるならそれでいい。

 

「うむ」

「……よくわからないが……。君たちに任せていいのかね?」

「俺みたいなやつがマスターなわけないんでしょ?……マシュも兄貴も居るし、何とでもなるでしょう」

「フッ……よろしい!!ならば任せるとしよう」

 

 とりあえず一番重要なところは決まっただろうか。後は戦力のバランスを考えて北と南に分けるだけである。

 

「と、言うかこのまま仁慈に決めてもらえばいいんじゃない?アンタ、一応これまで色々な困難乗り越えてきたんでしょ?」

「………む?そうなのか、いや……何か心当たりがある気もするが……うむ!とりあえずエリザベートの言うことである!信用しよう」

 

 それは丸投げっていうんじゃないんですかね。しかも、俺は指揮するというか、脳筋戦法でサーヴァントと一緒に特攻するくらいしかしてないんだけど。

 

「エリエリにしてはいいこと言うわね!」

「エリエリって何よ!それアタシのこと!?」

 

 おィ、それでいいのか。

 ふと周りを見回してみれば、全員がそれでいいんじゃないかと言わんばかりの表情である。中にはきっと頭のおかしい策でこの状況を乗り切ってくれるだろうと呟いている奴すらいる。

 

「……後からこいつとは嫌だとか言う文句は聞かないからな……あと、エジソンちょっと話が」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 夜。何となく夜空を見たくなり、当てられた部屋から静かに出ていく。フフフ……気配遮断が得意な俺にとって、この程度などお手の物よ……。

 今にして思えば、こうして改めて全権を委ねられたことってないんじゃないだろうか。なんだかんだ言ってその場のノリで何とかしてきたし、何とかなって来た。それで十分だった。

 それを考えると今回から偉く難易度上がった気がする。インドとかケルトとかその他の有名な方々とか、バーゲンセールに安売りされているかのようにポンポン出しやがって。第五の特異点でこれとか残り二つがとんでもなく不安になる。

 

「さて、どうしようか。とりあえずロビンとエリザベートとネロは一緒にするとして―――」

 

 と、いつの間にか考えていることが口に出ていたらしく、丁度通り過ぎた扉からナイチンゲールが飛び出して来た。一番やばいのに見つかったんじゃないだろうか。彼女であれば睡眠は重要ですとか言いながらベッドに引っ張られていく姿しか想像できない。

 

「い、今から寝ようと――――」

「あの会議の後です。今すぐ寝なさい……なんて言いません。もしかして、散歩ですか?」

「―――まあ、気分転換で」

「おや、貴方でも気分転換をするのですね」

「俺のことを何だと……」

「貴方がいつも私に言っていることですよ」

 

 鋭い……。思いっきりバレていたらしい。曰く、病人の精神状態を含めて把握できるものこそ真の看護師だという。すごすぎる。

 ナイチンゲールの言葉に感心しながら、砦において壁の上から迎撃する部分であろう場所で夜空を見上げる。そこには現代では見られない、満点の星空が広がっていた。この時代ではまだ見れたようである。それとも場所が違うからであろうか。

 

「……エジソンの病は癒えました。恐らく、彼の身体に歴代大統領の妄執とも呼べるものが蔓延っていたからでしょう。経過を見ていくことになりますが、心配はないと思います。残る病は二つです」

「二つ?」

「ええ。一つはこの世界を死に至らしめんと蔓延っている(ケルト軍勢)。もう一つは貴方ですよ」

「そういえばそんなことを言ってましたね」

 

 そもそもナイチンゲールと行動を共にした切欠は、この世界に蔓延る病ことケルトを何とかするということ、そして何より俺が彼女曰く病人であるということが始まりだった。

 しかし、具体的にどこが病気だかは聞いてなかったな。

 

「そういえば、どの辺が病気?」

「良い質問ですね。病気は自覚するところから始まります。……貴方は、()()()()()()()()()()

「?」

 

 彼女の言ったことに俺は首を傾げる。割り切りがよすぎると言われても、そのくらい誰でもあるものではないのだろうか。

 

「いえ。貴方のは度を越しています。……通常、サーヴァントと正面切って戦えと言われた場合にはもっと動揺します。今回のことについてもそうです。貴方はこの世界……そして全人類の存亡をかけた選択を何でもないように決定するのですから」

 

 それは唯の考えなしと言われているような気もするんだけど。いや、確かにそこまで難しいことを考えて行動しているわけではないけれども。

 

「いえ。どんな考えなしでも頭の片隅に浮かぶでしょう。人は、自分で責任を負うとなればそのことを考えられずにはいられません。……確かに貴方は迷いもするでしょう。戸惑いもするでしょう、時には躊躇うこともあるかもしれません。……けれど、それも一瞬、すぐに割り切ることができる。割り切った後はもう戸惑いも躊躇いもしません。……事が事なだけにこれは不自然です。そう、()()()()()()()()()()()()()()()です」

「…………」

 

 そんなことを言われても困る。自分のことなど割と自分自身程把握できていないものだ。俺もその例に漏れることはない。自分の状態でわからないことなんて腐るほどある。しかし、それは()()()()()()()()()()()()。今考えることは、チーム分けである。

 

「……………そろそろ身体が冷える頃です。戻った方がいいのでは?」

「そうする。お休みナイチンゲール」

 

 気分転換になったかどうか微妙ではあるが、外の空気を吸ったことだろうか頭だけは冴えている。寝る前にパパッと考えようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自覚症状なし、ですか……。私ではおそらく時間が足りないでしょう。はぁ……なんとも心苦しいのですが、他の方に託すしかなさそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

「はーい、チーム分けを発表します」

「ここは小学校かね……」

 

 ここで俺はチーム分けを発表した。簡単に言ってしまえば、カルデア組(師匠&エミヤ以外)+ラーマとシータ、ナイチンゲールそしてカルナが南側。それ以外が北側である。

 ここで疑問が爆発した。ですよね。普通に考えて結構偏った編成していると俺だって自覚しているもの。

 

「どうしてこんな編成なのだ?」

「北側に偏っているのはぶっちゃけ、勘なんだけど……持久戦をしてもらうという意味でも多くしてる。南側の俺達はそのまま本拠地に突っ切るからかなり派手に暴れるし、それができる戦力は確保できているしね」

 

 面子を見てみればそれがわかるだろう。カルナにラーマ、そして兄貴にナイチンゲールである。戦力で言えば俺たちの中でもトップクラスだ。一応師匠は向こうに分けてあることにも理由がある。それは先程の勘に由来しているのだ。なんというのだろうか。何かしらのやばい保険をかけているような気がしてならないんだよなぁ。

 

「こっちも任せた手前、文句は言わないわ。貴方の勘なら当たりそうで怖いし、精々私なりにやるわよ。キャスターだけどね」

「ブラヴァツキーの言う通りだ。北側の方は任せてもらっていい。なあに、これだけの戦力が整っているんだ。無様な姿はさらさないとも。それと、君たちが率いることになる機械化歩兵だが……お望み通りの機能を付けておいたぞ」

「ありがとう」

 

 エジソンの言葉を受けて俺は自分たちが率いることになる機械化歩兵を見やる。確かにこちらのスピードについてこれそうなブースターもついているし、何よりあれができるようになっている。これであれば何とかなるだろう。

 ……さて、これだけ派手に動くんだ。向こうも打って出てくるであろう。其れならそれでいい。引きこもられるよりも戦場に出て来てくれた方がこちらとしては好都合だ。

 

「そうだ仁慈君。勝つにせよ負けるにせよ、私たちはここでお別れだろう。……何度も言うが迷惑をかけた、そしてありがとう。君の発想は面白いものばかりだった。いい刺激になったよ。余裕があれば私のことを呼んでくれ」

「こっちこそ色々無茶言って悪かったね」

 

 エジソンと言葉を交わしていると、他のサーヴァント達も色々と話をしてくれた。ロビンからは縁と運があればという簡単なものを、エリザベートとネロからはコラボライブを聞いてくれという誘いを、ジェロニモから力みすぎるなというアドバイスを、ビリーからは任せといてくれという頼もしい言葉を貰った。エレナは笑顔で私を呼びなさいと言われた。ハイ、ガンバリマス。

 

「それじゃ行きますか。ラーマ、指揮をお願い」

「生前は猿しか率いたことはないのだが……」

「そっちの方が難易度高いでしょ」

「――――では、皆の衆!」

 

 俺の言葉を受けてやる気を出してくれたラーマが声を張り上げる。その迫力は一気に周囲を巻き込んだ。

 

「己の国を己の手で取り戻す時が来た!余が、そなたたちの道標となろう!他のことを考えずとも好い、……ただ、己のすべてを!全身全霊を賭け、戦え!!」

 

 カリスマ持ちは流石というべきか、機械化歩兵であるにも関わらずどこかやる気を出しているようにも見えた。

 そうして盛り上がっている時、カルナが俺の横までやって来て小さく耳に囁きかけた。曰く、この戦いで自分を先行させてほしいとのこと。こちらとしては力の温存をしておきたいし願ったりかなったりなのだが、どうしたというのだろうか。

 

「オレの方も確証はないのだが……オレが抑えなければならない相手が居る、恐らくだがな」

「……カルナで抑えられるくらい?」

「心配するな。負けるにしても時間稼ぎくらいはできる」

 

 行く前から不安になることを言わないでほしいのだが、向こうも勘だというし先に勘を持ち出した俺に文句を言う権利はない。

 そうして、俺達は大量の袋とチーズを持った機械化歩兵たちを率いて東へと進行した。

 

 

 

 




プロトセイバーとか予想外すぎワロタ。
まあ、プロトは知らないので引かないですけどね。



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乱戦

後もう少しで五章も終わることでしょう。きっと、多分。メイビー。


 

 

 

 

 

「ねえ、王様。死んだわ。フィン・マックールとディルムッド。やはりサーヴァントは侮れないわね」

「向こうにはオレともう一人師匠の弟子がいるんだろ。本人も合わせればそれくらいはできるだろうよ。まあ、死んだ奴の事なんてどうでもいい。問題は今生きている奴らのだ」

 

 いつかスカサハが侵入し、クー・フーリン【オルタ】と交戦した場所。彼らがアメリカから奪ったワシントンにて、そこの主の座に収まっているクー・フーリン【オルタ】と彼に付き添う女王メイヴはマイペースにも現状の把握に取り掛かっていた。

 するとそこに図ったかのようなタイミングで一人のケルト兵が彼らの前に現れる。

 

「ご報告いたします」

「おう、話せ」

「はっ、アメリカ軍は南北二部隊に分かれております。現在南の軍勢がこちらに進行中です」

「あら?最終決戦がお好み?」

「背後に控えさせていたサーヴァントも率いております。まず、間違いないかと。そしてその軍を率いているのはエジソンやブラヴァツキーではありません」

「成程な。師匠が言っていた連中か」

「……その中には、その……」

 

 ここまでスムーズに報告をしていた兵士の言葉が途切れる。その様子はまさに報告していいものかと迷っているものだった。しかし、王たるクー・フーリン【オルタ】にとってはそんなことはどうでもよく、さっさと報告の先を促した。

 

「ハッ!クランの猛犬と呼ばれた英霊が……」

「回りくどい。要するに俺が現れたってことだろ。他には?」

「軍を率いている少年のサーヴァント、看護師のサーヴァント、盾を持ったサーヴァント、そのマスターと思わしき少年……そして先行している者が輝ける槍を持った細身の槍兵カルナです」

「……ちなみに北側の主な戦力はどうなの?」

「エジソン、ブラヴァツキー、緑色のアーチャー、金髪のアーチャー、褐色の肌を持ったサーヴァント、白いドレスを着たサーヴァント、ピンクのドレスを着たサーヴァント、赤い外套のサーヴァント、最後にスカサハです」

「………物凄い増えてるじゃない!!」

 

 兵士が上げていく戦力を確認したメイヴが思わず叫ぶ。それはそうだろう。三人のサーヴァントを相手にしていたと思ったら、いきなりその3、4倍のサーヴァントに増えていたというのだから。

 そして彼女が何より厄介だと感じたことはどちらが本命だかわからないことだ。戦力的に鑑みればどちらも本命のようにも感じる。今は南側が先行しているが、北も十分に自分たちを攻めることができる戦力だと考えていた。

 

「連中、手を組んだと見て間違いないな」

「うそ!あのエジソンが組んだの?……もしかして、諦めることを諦めた……?」

「だろうな。アイツらはアメリカを守ることを諦め、世界を奪うことにしたわけだ」

「んー……ちょっとまずいわね。総力戦となれば万が一があるかもしれないし」

 

 総力戦、その不確定さを理解しているのかメイヴが考えるように顎に手を添える。だが、クー・フーリン【オルタ】はもう既に結論を下していたようだった。彼はすぐに報告しに来た兵士に出陣する旨を伝える。

 兵士はそれを聴き、すぐさま彼らの前を後にした。

 

「ちょっ!?討って出るつもりなの!?」

「当たり前だ。このまま放置するつもりかお前」

「いいえ、いいえ!狂王の名に懸けてそんなことはしない。私の全軍を以て叩き潰す。彼らは進軍することで王を侮辱し、挑発した。でもそれは彼らがそれほどまでに必死だだということ。……必死な人間は好ましいわ。だって、私たちを怒り、憎んでいる人間の絶望は、凡庸なものよりよっぽど色が濃いのだもの。……いいわ。北はベオウルフに、南はアルジュナに任せましょう」

「……斥候部隊の情報から見て恐らく本命は南側だな。本命の方にサーヴァントの能力を十全に発揮させることができる世界最後のマスターを置くだろうからな。……メイヴ、全力を投入するぞ」

 

 全力……クー・フーリン【オルタ】のその言葉が何を指しているのか理解できているらしいメイヴは、困惑したように先程まで浮かべていた笑顔を曇らせた。

 

「それはいいけど……準備には時間がかかるわ。本命が南とすれば北側は問題ないけど……」

「南側は俺が抑える。アルジュナに兵を率いさせ、俺が片っ端からサーヴァントを片付ける。ついでに厄介なマスターとやらも潰しておくか」

「スカサハの方にはいかないの?」

「王である俺が我欲で戦うか。俺は国家を成立するための機構だ。敵対するものを殺戮する武器に徹する。であれば、一番殺しやすく尚且つ中核を担うやつを狙うのは当然だ」

「……わかったわ。行ってらっしゃい王様」

 

 メイヴの言葉を待たずにクー・フーリン【オルタ】は己が座っていた玉座から立ち上がり部屋を出た。残されたメイヴは唯その姿を見て笑い、自分たちには向かう者たちを倒す光景を夢想するのであった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「カルナやべぇな」

「そうですね」

「これは喜ばしいことだぞマスター。敵が敵なら一瞬でこちらの狙いが露見するからな」

 

 まあ、機械兵がよくわからない袋を抱えて俺達に追随するだけでもすごく怪しいからな。その中に入っているチーズも一応対策はしてあるけどどこでにおいが漏れるかわからないし。本人もしくはその側近、同郷ならピンとくる可能性もある。チーズを投擲する前にこのアメリカンバベッジを壊されたら困るし、カルナが片っ端からケルト兵を潰してくれることは物凄く助かるぜ。

 

 その後も魔術で視力の強化を行って自分でカルナが吹き飛ばしたケルト兵を見たり、本来ならアーチャーで呼ばれるのにその枠をシータに譲るためだけにセイバーに鞍替えした経緯を何気に持っているラーマの眼に頼り、遥か先の状況を知らせてもらったり、マシュと兄貴と一緒に自分の武器に細工を加えたりしていると順調に先行していたはずのカルナからの通信が入った。

 ちなみにサーヴァントには全員通信機が支給されている。もちろんエジソン製である、彼が一晩でやってくれました。既存の物を改良し、低コストで量産するのは自分の十八番、そのプライドというやつらしい。

 

 それはさておき、問題のカルナからの通信だが、彼の勘が当たったらしい。カルナ曰く自分と因縁のある相手、アルジュナが出貼って来たとのことだ。その実力は誰よりもわかっているからこそ任せてほしいとの事だった。

 詳しい話をラーマと行動を共にしているシータに聞いてみた。するとアルジュナとはカルナと出典を同じくする英霊であり、授かりの英雄ともよばれているらしい。彼はあのカルナと戦い勝利を収めたのだとか。要するにカルナやラーマ級の英霊(インド)が出てきたということだろう。

 

「もう故郷でやれよお前ら」

 

 規模のおかしいインド英霊たちの大惨事大戦に巻き込まれるアメリカ大陸が不憫でならない。

 

「返す言葉もないな……それはともかく、全軍に伝えろ!今のカルナと交戦しているサーヴァントには近づくなとな。巻き込まれるぞ」

「はい!」

 

 ラーマが機械化歩兵とは別に率いている人たちにそう指示を出す。その直後俺達の目の前で閃光が弾け、轟音と爆風が襲い掛かって来た。

 そして当然ケルト兵たちを蹴散らしていたカルナがアルジュナによって抑えられてしまっているために、アルジュナが率いていたと思わしき兵たちがこちらに流れてきた。

 

「来たな」

「まあ待てよラーマ。ここは俺達に任せろ、ちょっと準備運動がてら叩き潰してくるからよ。いいだろマスター」

「オッケー。こっちとしてもあの機械化歩兵たちを倒させるわけにはいかないし。マシュ、行くよ」

「了解です」

 

 というわけで追撃開始。

 雄たけびを上げてこちらに来るケルト兵。その獲物は千差万別。槍に弓に剣にナイフとバリエーションに富んでいる。

 だからと言って、こちらがやられるというわけではないけれど。確か、一度に6人だか7人だかを同時に相手できる人はどんな大人数とも戦えるらしい。それは一度に襲い掛かることができ、尚且つ連携が取れる人数の限界がその値だからという話があるが……遠距離はカウントに入るんですかね。

 

 前方と右方向から向かってくる槍と、後方から襲い来る剣、そして上から来る矢を見ながらそんなことを呆然と考える。とりあえず、槍を振り回して近くに居たケルト兵の得物を弾きつつ、その勢いのまま上から飛来する矢を撃墜する。その後跳躍をして周囲に群がるケルト兵の上を取り、いつもの四次元鞄を振りまいた。

 すると当然の如くその中に貯蔵されていた武器類が降り注ぐ。地球の重力を受けて勢いを増したその武器たちはケルト兵を次々と串刺しにしながら地面へと突き刺さっていった。

 ケルト兵が武器の雨から距離を取った隙に俺は地面に着地、手に持っている槍と地面に刺さっている武器を引き抜きながら、下がった軍勢に追い打ちを行った。

 

 兄貴も同じように追撃している。というか、今更だけど兄貴は師匠に稽古をつけてもらったおかげなのか、前と構えを含めた動作がまるで別人のように変わっている(モーション変更)

 かなり派手に動き、一件無駄が多いと思われる動作も行っていた。しかし、それは本人からしてみれば今の自分の身体の状態を確認しているのだろう。可動域、脳からの伝達速度、それらを改めて確認しこの戦いに終止符を打とうという気兼ねが見える。気の張り過ぎ……などと考えることはない。なんせ今回の相手は兄貴にとって自分自身であり、あの師匠を地につけた存在なのだから。少なくとも霊基は全盛期の兄貴に近いのではないかと思う。

 そしてマシュも大分戦い方がわかって来たらしい。はじめのころからは想像もできないくらい自由に盾を振り回し、峰打ちで相手をボッコボコにして言っている。改めて言おうマシュ。盾に峰打ちなどはない。

 婦長?もう、諦めたよ。

 

「ちっ、メイヴとかいう女王。こんなものまで呼び出して来たかッ!」

 

 背後の方からラーマの声が響いた。どうしたのか、という疑問を口に出す暇はなかった。何故なら彼が感じた異常をすぐに理解することになったからである。俺達の目の前にはファブニールとまではいかないがそれに迫るくらいの大きさの巨竜が現れたのである。ズシンと地面に着陸するだけで大きな揺れが感じられる。この時代では見ることができないであろう巨大な生物にラーマが率いていたアメリカの兵士たちも流石に恐怖を覚えたらしく、一歩だけ下がっていた。が、残念。俺達はもう慣れている。今頃巨大な竜が現れたところでなんとも思わない。

 

「おうおう、向こうさんも結構な戦力をぶつけてくるじゃねえか」

「こっちが本命と気づいたか」

「おそらくはそうだと思われます。……突出して先行しているのでそれは仕方のないことだとは思いますが」

「先輩」

「わかっている。兄貴、マシュ。ブレスを吐かれたら厄介だ。その前に仕留める」

「おう」

「はい」

 

 兄貴、マシュ、ナイチンゲール。奴にジェットストリームアタックをかけるぞ!というわけではないけれど、短く指示を出してその後三人で一息に突っ込む。ナイチンゲールも俺達の行動に合わせて地面を力強く蹴っていた。彼女、軍に居ただけあって色々思考が重なる部分があるのかもしれない。もしくはあれが目下一番の病原体と見たかどちらかかな。

 

「GAOOOOOO!!」

 

 こちらに気づいたらしく咆哮を上げる。だが、遅い。威嚇なんてしている暇があるのであれば攻撃やらなにやらをするべきだ。まあ、そういう小細工は人間の役割であり、生まれながら強者である竜とかはしないだろう。むしろ、不意打ちしてくる強者とか怖すぎる。

 

 大きく口を開けた瞬間に拾っていた武器を投擲。無防備にも弱点たる内部を覗かせたそこを突く。

 俺の放った槍は見事に刺さり、さらにその槍を基点として地面に刺さっていた武器たち……正確には刻まれているルーンを起動させ、基点となっている槍に向って放つ。

 

 その結果、半分は竜の鱗に阻まれたがそれ以外は竜の首を串刺しにした。普通の生物であればこれで確殺なのだが、相手は竜。やったか!?なんて不確定なことで放置など決め込まない。

 

「殺菌!」

「やあ!」

 

 マシュとナイチンゲールの打撃が竜の腹部に突き刺さる。そして、鱗が少し剥がれ薄く皮膚もしくは内臓が見えたあたりで心臓を穿つ死槍を持った兄貴が獰猛な笑みを浮かべて腕を引き絞った。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!!」

 

 彼の真名開放と共に一斉に竜から距離を取る。投げる方の槍は爆発するのだ。近くに居たら巻き込まれる。兄貴の放った槍は寸分足りとも狂うことなくマシュとナイチンゲールが露見させた場所へと飛来しそのまま内部へと侵入した。さらに爆発。

 流石の巨竜もこれには耐えきることができなかったらしい。呻き声を上げながら地面に横たわった。俺と兄貴はその竜の首を落として進軍を再開する。

 

「巨竜が出落ちとは」

「わかってはいましたが、凄まじいものですね。……本当に」

 

 ラーマとシータが何か言っているようだけど気にしない。

 と、そこまで思ったところでソロモンと対面した時……とまではいかないがそれに迫るくらいの悪寒が脳裏を横切った。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 おそらく、この光景を見たものは口をそろえてこういうだろう。

 

 ―――――それは神々の怒りであると。

 

 それほどまでに……そうとしか表現できないほどにカルナとアルジュナの戦いは苛烈だった。しかし、それは当然と言える。なんせ二人とも神の子どもであり、尚且つ神から直々に武器を授かった超弩級の英霊。権能にも迫るのではないかと思われるほど強大な力を振るえる存在だからだ。

 アルジュナがその矢を構え、放てば荒野にある数十メートルは下らないであろう規模の岩が一瞬にして瓦解する。カルナがそれを受け止めるために槍を払えば瓦解した岩と無事だった部分がまとめて灰と化す。まさに全力の戦い。行動一つ一つが大地に傷跡を残す、まさに神話の大戦であった。仁慈は言うだろう。自重せよインドと。

 

「武具など無粋。真の英雄は眼で殺す……!」

「なっ!ビームだと!?」

 

 流石のアルジュナもカルナの眼からビームが出たことには驚きを隠せないようで、咄嗟に回避行動を取る。想定外の出来事故に今まで距離、行動を計算しながら矢を放っていた彼の行動に狂いが生じた。その隙をカルナは当然の如く突く。これ幸いと距離を詰めるとそのまま今度は槍兵の距離でアルジュナを追い詰めていった。

 

 やはり、弓兵では距離を詰められると辛いものがあるのか思う様に反撃ができないアルジュナ。それでもなお、唯でやられているわけではないのは流石授かりの英雄ということだろう。

 

 このまま戦いが続けばカルナが勝つだろう。そう、誰もが思った。しかし、実際そうなることはなかった。

 

「―――抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)

 

 冷徹な男の声が響く。それと同時にカルナの身体から朱槍が顔を覗かせていた。それはゲイボルク。ケルト神話に置いてかなり有名な呪いの朱槍である。そしてそれを使ってくる英霊は数少ない。そのうちの二人はカルナと同じく世界を救うために今も戦っている。ということは自然と答えは出てくる。

 

「………クー・フーリン……」

「クー・フーリン……!貴様!」

「おっと悪く思うなよ施しの英雄。何せこれはルール無用の殺し合いでね。……そしてお前。俺が何時一騎打ちを命じた。お前の望みを叶えるのは余裕のある時だけだと言っただろうが」

 

 クー・フーリン【オルタ】がアルジュナを睨む。そして彼に殺さなかっただけありがたいと思えと吐き捨てた後、クー・フーリン【オルタ】は巨竜を倒し先行しているラーマの軍……正確には仁慈に標準を合わせた。

 

「あれが、例のマスターか」

 

 唇の端を僅かに吊り上げ、彼はたった今カルナに致命傷を与えた槍を構えて仁慈に向って投擲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




………五章から急に文章量増えましたよね。本家。
完結させられるかなぁ、これ。


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そのための機械化歩兵です

さぁ、五章もクライマックスです!


 

 

 

 

 己の勘に任せて地面を転がるようにして回避する。すると、先程まで俺の居た位置を妙に刺々しい朱槍が通り過ぎていっていた。恐らくあれはゲイボルクだろう。兄貴が俺に対してそれを投げるとは思えないし、そもそも兄貴のゲイボルクはあそこまで刺々しいものではない。

 素早く槍が飛んできた方向に視線を向ければそこには妙に刺々しい恰好をした兄貴が立っていた。成程、あれが師匠の言っていた兄貴か。冬木のアルトリアを思い出す。さしずめ反転していると言ったところだろう。クー・フーリン【オルタ】とでも名付けようか。

 よく見るとカルナが胸から血を流していた。まさかやられたのか。それにしては今まで気配がなかったけど――――ッ!

 

 そこまで思考したところで再び何とも言えない寒気を感じ、今度はその方面に向かって突き崩す神葬の槍を振るう。すると先程回避したはずの朱槍がいつの間にかその切っ先を俺に合わせてきていた。ちっ、投擲してんのに因果持ちか。

 

 バン、と半ば自分も弾かれるように何とかその槍を防御する。ぶっちゃけあのまま受け止め続けて居たら押し切られていたところだった。多少状況の整理も終わったために急いでマシュを呼び戻す。

 

「マシュ!」

「了解です先輩!……はぁぁぁぁあああ!!」

 

 弾いたことが功を奏したのかマシュと合流するまでの時間稼ぎをすることはできた。彼女を呼び戻して、俺を狙おうとする槍を受け止めてもらう。彼女は少し押されつつもいつもと同じ様に俺のことを守り通してくれた。もう、ほんとお世話になりすぎて俺は感謝してもしきれないですよ。俺の後輩は最硬なんだ!(イアソン感)

 っと、内心でおどけている場合じゃない。なんせ敵の総大将が出てきたんだから気を引き締めなければ速攻で死ぬ。あのカルナが死にそうな状態なんてただことじゃないし、師匠の話もある。

 

「……なんだその盾は。そこまで強固なものは記憶にない。伝承にもない。だが、確かに宝具だ……」

 

 クー・フーリン【オルタ】はマシュの盾が気になるのか、どこか考え込むようにしていた。その隙に俺は兄貴に令呪を通して不意打ちするように指示を出す。それと同時にラーマにも同じ旨の指示を出した。

 

「―――ふん」

「ちっ、やっぱり気づかれたか」

 

 だが向こうもそのような行動は織り込み済みだろう。兄貴の背後からの突きを目を向けることなく防ぎ、ラーマがシータから借り受けた弓より放たれた強矢も何やら鎧のようなものを具現化させた左腕で捕まえていた。予想していたということもあるだろうけど、反応速度も化け物だな。少なくとも兄貴の槍を防いだ後、同時にラーマの矢に対応するか。それも左腕に何かしらの強化を施している。見たところアーマーのようにも……いや、この気配……まさか。

 

「……俺はここまで弱かったか」

「ハッ!随分と言ってくれるじゃねえか。試してみるか?」

 

 兄貴が槍を独特の型で構える。一方クー・フーリン【オルタ】はそんな自分の姿を無感情な瞳で見つめていた。あれは本来の兄貴のように戦闘を楽しむタイプじゃないな。物事の過程と捉えるタイプだろう。かといって戦闘を回避したりはしないし、力で示すタイプの頭と言ったところか。

 

 頭で見た情報を纏めていると、先程矢を放ったラーマも合流した。彼は弓をシータに返し剣を手に取ると兄貴の隣に立つ。クー・フーリン【オルタ】は借りのある相手である。自分で落とし前を付けたいのだろう。

 

「クー・フーリン。余にも一席用意してもらおうか」

「構わねえさ。こいつは戦争、ルール無用の殺し合いだからな」

 

 まるで意表返しのように言ってのける兄貴だが、これでもクー・フーリン【オルタ】は反応を返さない。それどころか、いつの間にか手にしていた朱槍を構えてこちら側に向って引き絞っていた。

 

「―――今度は確実に仕留める。―――死棘の魔槍。『抉り穿つ――』」

「……灼き尽くせ―――日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)……!!」

「チッ、後ろか!」

 

 しかし、クー・フーリン【オルタ】が己の宝具を発動させることはなかった。その前にカルナの宝具が炸裂した。傷の具合からみてもう動くどころかその場で消滅してもいいほどの損傷具合であったにも拘わらず、彼は最期の力を振り絞り、宝具を放ったのだ。ラーマと言いカルナと言い、インドの英霊の生命力はとんでもないと思う。

 

「カルナさん!」

「………」

「この威力では届かなかったか……さらばだ、マスター」

 

 瀕死だった故か、カルナの攻撃はクー・フーリン【オルタ】を倒すとまではいかなかった。だが意識を逸らすことは十分にできている。俺は黄金の光となって消えていくカルナを見ながら切り札たる令呪を切った。

 

「令呪を以て命ずる。―――クー・フーリン、ラーマ。宝具を開帳せよ!」

「任せなァ!」

「いいだろう!」

 

 俺の右腕から令呪が一つ消え、それと同時に魔力が減った感覚を覚える。

 

「―――その心臓貰い受ける……!」

「羅刹王すら屈した一撃、その身で受けてみよ!」

 

 二人の構えを見て回避行動を取ろうとするクー・フーリン【オルタ】だが、残念ながら逃がさない。俺の見立てが正しければ今の彼は確実に神の一面だけではなく確実に化け物側である。であるならば、この一撃も牽制くらいの役割は果たせるだろう。

 

「―――突き崩す、神葬の槍!」

 

 疑似真名開放を行い、そのままお得意の槍投げ攻撃を実行する。安心と信頼の槍投げである、この手しか知らないともいうが。

 クー・フーリン【オルタ】は俺の槍を防ごうとするが、こちらはヘラクレスの十二の試練にも影響を及ぼしたもの。半神であり、明らかに人外に飛び込んでいる彼には効果抜群である。

 

「―――何!?」

 

 さすがの彼もマスターにぶち抜かれるとは思っていなかったのか、ようやく驚愕の表情を見ることができた。それと同時に行動が一時止まってしまう。……強者故の過ちと言ったところだろう。歴戦の戦士なら、どの程度の力で攻撃を防ぐことができるのかということが自ずと理解できるものだ。長期戦を行う場合はそれぞれ最低限の力で最大のパフォーマンスを発揮することが求められる。だからこそ、俺の攻撃には無意識に最低限の力で反応してしまったんだろう。

 

 

 

―――――――――

 

 

「やったか!?」

「おいバカやめろ」

 

 思わず、と言った風にラーマが零した言葉。それに即座に反応したのは仁慈だった。彼は知っている。往々にしてこういうセリフを言った相手は死んでいないものであると。宝具の飽和攻撃とまではいかないものの連続してはなった所為か、クー・フーリン【オルタ】が先程まで立っていた場所には煙が待っており、その姿形は確認できない。しかし、自分の背中を逆撫でするような不気味な寒気だけは未だ仁慈の脳内に存在してアラームを鳴らしていた。

 

「ほらやっぱり!」

「余の所為か?余の所為なのか!?」

 

 仁慈は騒いでいるラーマを無視し、比較的近くにあった武器を引き抜き、そのまま煙の中に向って構える。感じる寒気と気配から大よその位置を割り出し、先程の体格を踏まえて致命傷と至る部分を弾き出した後、その場所に投擲をする。

 

「手ごたえなし。こりゃだめだ」

「手ごたえなしって……もしかしてクー・フーリンさん……」

「ああ、少なくとも俺の槍は心臓を外した。……ったくこれだから俺の槍は当たらねえとか師匠に馬鹿にされんだよ。因果逆転の呪い以上の何かが俺の槍にはかかってんのかね」

「細菌類呪いとか?」

「なんじゃそりゃ」

 

 彼らがのんびりと話すことができたのかここまでだった。

 ドン!という音がクー・フーリン【オルタ】の居る場所から響き渡り、その音を置き去りにする勢いで彼が仁慈達に向って飛び出して来たのだ。

 それにすぐさま反応したのはクー・フーリンとラーマである。彼らはマスターたる仁慈に被害がいかないように先行し、クー・フーリン【オルタ】の突撃を止め、まるで流水のように繰り出される槍に対応していた。

 

 だがその打ち合いも長くは続かない。カルナの宝具は直撃、その後の宝具二連打は致命傷こそ避けたものの、それでも回避できたという様子ではなかったのだ。その分だけクー・フーリン【オルタ】が徐々に押され始める。そのことをわかっているのか、彼は接近し、マスターである仁慈の命を奪うことを諦めたようで後方に大きく下がった。チャンスと思われるこの瞬間だが、仁慈は深入りすることはなかった。正直、彼の耐久力を図り損ねており、倒しきれる保証がなかったからだ。 

 

「……成程、あの師匠が目を付けるわけだ。伊達に今まで生き残ってきたわけじゃねえみたいだな。……この場はこのまま引く。決着を付けたいならワシントンに来い。そこで殺してやる」

 

 クー・フーリン【オルタ】はそう言い残し、はじめにカルナを刺した時のようにまるで霧のように消えていった。

 気配が完全に消えて少しだけ仁慈達は気を緩めた。もちろんカルナの近くに現れたときの手段が判明していないために安心はできないのだが、クー・フーリン曰くクー・フーリン【オルタ】は言った通りワシントンで待っているだろうとのことだった。オルタ化していてもさすがは自分と言ったところか。オルタ化とはまた別の部分で違っているようにも仁慈は感じていたが、とりあえずはクー・フーリンの言葉を信じることにした。

 と、ここで仁慈はナイチンゲールの存在を思い出す。改めて思い返してみれば、彼女は先程の戦闘には参加していなかった。周囲に居るケルト兵でも相当しているのかと視線を向けてみる仁慈。するとすぐに彼女は見つかった――――――――アルジュナと戦っている、その様子を周囲に遺憾なく見せつけながら。

 

「マジかよ」

 

 仁慈には難しいことはわからぬ。何故ああしてナイチンゲールがアルジュナと戦闘をしているのかがまるで理解できなかった。それだけではない、一見割と均衡して言う様に見えるのもおかしいと彼は感じていた。どうなっているのか、今自分は夢を見ているのかと思った。

 仁慈の視線を追ったらしいマシュ、クー・フーリン、ラーマ、シータも彼と同じようにナイチンゲールとアルジュナの戦闘を見て驚愕することとなる。それはそうだろう。何処の世界に神様染みた英霊とやり合う看護師が居るというのだろう。

 

「……すみません、マスター。クー・フーリンを追い払った直後で申し訳ないのですがこちらの治療を手伝っていただけますか?」

「その前に何がどうしてこうなったのかを説明して――――」

「―――シャッァ!!」

「―――危なーい!」

 

 戦闘が終わったことを感じたのか仁慈の隣まで下がり救援を要請したナイチンゲール。それに対する反応は当然というか疑問をぶつけることであった。だが、状況がそれを許さない。アルジュナの放った光弾とも呼べる矢は仁慈の隣に居るナイチンゲール――――ではなく何故か仁慈を捕らえていたのである。咄嗟に反応した仁慈はルーンで己の槍を引き寄せてその矢を反射的に弾く。炎神の咆哮(アグニ・ガーンディーヴァ)という神様が直結している武器だからか彼の槍は問題なく矢を消し去ることができた。

 

「――――説明している暇はないのでとりあえず付き合っていただけますか?」

「そうね。話し合っている暇ないね。是非もないね……ちくしょう」

 

 クー・フーリン【オルタ】の後にアルジュナという大英雄を相手にすることからか、思わず悪態を吐く仁慈であったが婦長の前には無意味。しかし、彼女がこだわるということはすなわちそれは治療ということである。きっとこれが意味のある行動だと信じて仁慈はアルジュナに向き直ったのであった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 アルジュナとの戦いは無事終わりを告げた。はじめから話を聞いていたわけではないが、どうやらナイチンゲールの行動は吉と出たらしい。彼はともに行動することはできないが自分の行いの清算は己で行うと言い残して去っていった。

 正直、彼がこちらに組するかということは重要ではない。只、あの様子では少なくともクー・フーリン【オルタ】の側に着くことはないだろう。味方こそ増えなかったが、敵は一人減った。それで十分だ。

 

 というわけでその後はクー・フーリン【オルタ】級の敵もアルジュナ級の敵も出てくることはなかった。そもそもサーヴァントが出てこなかった。出てくるのは竜種もどきのワイバーンのみである。

 今更その程度で止まるほどやわではない俺達は、日が沈むころにはワシントンのすぐ近くまで迫ってくることができていた。しかし、敵陣地の近くであるため睡眠はせず、夜が明けるとすぐにワシントンに攻め入ることができるように位置を調整しながらゆっくりと進軍している。

 その間、俺は今持っている道具の残量を調べていた。四次元鞄の中に頭を突っ込み大よその武器の数を数える。……一応師匠お手製の暗器や槍、刀などは先程すべて回収したのだが、エミヤ師匠が作ってくれた武器のいくつかが壊れた幻想になってしまったのだ。この特異点から帰ったらまた作ってもらおう。

 

「エミヤ先輩の扱いが……」

「ハハッ、完全に母親だな。ざまぁねえぜ」

「エミヤ……あぁ、あの赤い外套の英霊ですね。彼も中々拗らせていそうでした。要観察です」

「母というより武器庫だな」

「少しかわいそうですね」

 

 しかし、私の身を守るためには致し方がないのです……。すまないエミヤ師匠。これもリスク管理(笑)を教えてくれた結果なのだ。

 

「……それにしても、もうすぐ決着か……」

「なんか寂しそうだね」

 

 俺の発言が図星だったのか、ラーマはぐっと胸を押さえた。なんか、典型的なリアクションを見た。

 

「……そうだな。その通りだマスター。悪いこととわかっていながら、余はこの状況を楽しいと感じてしまっている、そういう部分があることも確かだ。今の余には頼りになり、対等に接してくれる仲間がいる。ぱっと見て小僧にしか見えない余に付き従ってくれる部下も居る。ねじが緩んではいるが頼もしいマスターと看護師、何より余の妻シータが居る……こんなことは、生前……いや、今後も含めてもう巡ってこないであろう。余にとっては夢のようなひと時なのだ」

 

 まあ、魔王ラーヴァナを倒す時だって猿を率いて倒したし、その後頑張って取り戻した妻であるシータは不貞を疑われて、結果証明するために大地に飲み込まれたこともある。この状況が楽しいというより嬉しいというのは分からなくもない。正直、俺だって時々楽しいと思う時はある。なんというか飛び出す絵本というか、教科書を覗いている気分になるのだ。……神話級の化け物が割と出てくることは一端置いておいてね。

 

「ラーマ様……」

 

 彼の心中を聴いてラーマの手を握るシータ。うん。実に初々しいよ。俺がいないところで存分にやってほしい。無理だけど。

 

「……だが、心配するなマスター。ここで負ければその感情すら無意味なる。カルナの死も、余の想いも、全てな。だからこそ、手は抜かぬ。この身はマスターの剣となり、人理を纏う暗闇を切り開く道標となろう」

「もちろん。嫌というほど働いてもらうつもり」

「おっ、余計なことを言っちまったようだな。こうなると本当に酷使するぞ、こいつは」

「フッ、シータが近くに居る余に不可能などないぞ。クー・フーリン」

「あー……はいはい、お熱いことで」

 

 投げやりな兄貴。そこで俺は兄貴に師匠とはどんな感じでしたかという爆弾を突っ込んで今度は一緒に兄貴をいじり倒すことにした。

 特に理由のない集中砲火が兄貴を襲う!

 

 

――――――――

 

 

 

「そろそろ来るわね、王様。体は大丈夫かしら?」

「修復は半々ってところだな。だが、問題はねえ。十分に戦える」

「もしもの時はこっちに()()を持ってくるわ」

「必要ねえ。むしろあれはあのマスターのカモだ。連中は北部の戦線に叩き込め。それで戦争も世界も終わりを告げる」

「――――そうね。あーあ、楽しい女王さまごっこもこれでおしまいかぁ……」

「楽しいか?」

「ええ。とても楽しいわ。だからこそ、最後の最後まで楽しみたいものね」

「クーちゃんは楽しくないのよね」

「どうだかな。おまえは勝手に楽しめばいい。俺はお前が願ったような王としてあり続けるだけだ。何があろうと」

「ん。クーちゃん。愛しているわ。……さあ、終わりの戦いを始めましょう。みっともなく足掻いて、もがいて、立ち上がって。決死の眼差しでこちらを睨め付ける彼らを。……造作もなく踏みつぶしてあげましょう!あぁ……最高に楽しみ!」

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

「着いたな」

「着いたね」

「着きましたね」

 

 一夜明けてワシントンの中に俺達は入ることができていた。周囲の斥候を行ってみるが敵の影はない。ここまで来れば()()()()()()()()。エジソンの話ではワシントンの何処に居るかということは既に聞いている。適当に投げれば勝手に因果が云々かんぬんされてポーンってしてバン!スウゥ……。ってなるだろ。

 

「では、機械化歩兵の皆さん。お願いします」

「準備に入ってー」

『Yes sir』

 

 俺とマシュの言葉に答えるはここまで無傷で連れてきた機械化歩兵。何故、無傷でこの機械化歩兵を守り抜いてきたか……それは単純明快。この機械化歩兵に戦闘技能は何一つ取り付けられていないからである。これらはすべてメイヴを殺すためだけに俺が考えエジソンが作り上げたメイヴ絶対殺すマシーンだからだ。

 数はたったのニ十体。その内十体は内蔵された投石器から弾丸たるチーズを投擲する役割を持つ射撃部隊。もう一つはその体内でチーズを生成し、ついでに冷凍加工を加えて強度を増して射撃部隊の補充を行う補充部隊である。

 ……確かに、思考パターンを単純化された機械化歩兵ではケルトの兵力には対抗できない。しかし、単純に尚且つ単調に、正確に物事を行うのは機械に限るのである。疲れを知らない。ミスを知らない。使いどころを見極めれば、この機械化歩兵は相手の親玉を容易く屠ることができるのだ。

 

「準備はどう?」

『はっ、予備の弾丸(チーズ)及び、射撃部隊の装填、完了いたしました』

『いつでも発射できます』

「よろしい。では、君たちを生み出した偉大なる発明王の力を証明するとしよう。全員、構え」

 

 号令と共に射撃部隊が手に取り付けられている布を振り回し始める。このチーズの勢いがピークに達したとき、弾丸が放たれるのだ。

 緊張が高まる。正直、どの程度歴史が補助してくれるかどうかわからない。そもそも邪魔されたら当たらない可能性すらある。ワンチャン因果で当たってくれえるかなーと期待をしつつ、俺は十分に回っている布たちを視界に入れた。

 

「よし、じゃあ―――」

「――――来ちゃったのね」

 

 発射と言おうとした瞬間、現れた人影。それはクー・フーリン【オルタ】が出現した時とそっくりだった。しかし出てきたのは彼ではなく見たことのない女性だった。ここで俺の第六感が囁く。彼女こそメイヴだと。故に、

 

「やっぱりシャドウサーヴァントじゃ相手n―――」

「目標、目の前の女王メイヴ。射撃部隊。放てッ!」

『Sir yes Sir!!』

 

 恰好の的が出てきたのでこれ幸いと目の前の女性(推定女王メイヴ)に向けて大量のチーズを射出したのであった。

 




花のお兄さん「……王の話w――――キャスパリーグ。僕の出番は?」
フォウ「フォーウ(あるわけないだろ)……マーリンシスベシフォーウ」


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因果応報

チーズ(笑)


 

 

 

 

 思い違いをしていたのかもしれない。

 相手は取るに足らないやつだと。正義を語り、みっともなく足掻いてきた弱者であると心の底から考えていた。……私が作り出した王様が負けるわけがない。この女王メイヴが負けるわけはないと。聖杯……ダグザの大釜を持っているから、敗北などありえないと。彼らは私たちが好きに蹂躙して楽しむおもちゃだと認識していた。

 

 けれど、実際に結果はどう?

 

「くっ!あぁ……!調子に乗らないで!」

 

 彼らの前に現れた瞬間、私は何故かチーズを大量に投擲された。エジソンが作ったガラクタから飛来するチーズはサーヴァントである私を傷つけることはできないはずなのに。どうしてそんなことをするのかと、あそこに居るマスターを馬鹿にした。

 けれど、私の身体にチーズが直撃する直前に気づいたの。サーヴァントは生前の逸話に縛られること、そして私のあの忌々しい死因を。それに気づいた時には咄嗟に腕を使ってガードし、後ろに下がっていた。でも反応が遅かったのか、防ぐために頭の前に出した腕にチーズが当たった瞬間、その腕は使えなくなった。そこで私は悟った。これは唯のチーズじゃない。一つ一つが私を殺すことができる立派な凶器であることを。

 

 だからすぐに私は戦士を召喚した。それだけじゃない。ダグザの大釜の力を利用して竜種もシャドウサーヴァントも大量に呼び出した。そして、そのまま私が呼び出した戦力を彼らにぶつけることにする。

 狙いは当然私に向ってチーズを大量に投げつけてくるガラクタ共。あれを狙えば十中八九向こうのサーヴァントは妨害に入ってくるはず。その隙に彼らの中核を担う人物であるマスターを狙ってしまえばいい。向こうにはクー・フーリンが居るようだけどそれはもういい。私にはクーちゃんが居るもの。だからここでそのマスターごと死んで頂戴。

 

 呼び出した戦力たちにガラクタを狙う様に指示を出す。すると呼び出された戦士や竜種たちは一斉にガラクタ達へと向かって行った。いい子ね。私の言うことを素直にきく子は好きよ。こちらの狙いが分かったのか向こうのサーヴァントはすぐにガラクタを守ろうとして動き出した。その中にはクー・フーリンの姿もある。相変わらずいけ好かない。こちらの方を全く見もしない。……此処であなた達を倒した後じっくりと嬲り殺してあげる。さっきは油断したからいけないだけ。今の私に油断はないわ。あれらはおもちゃではなく倒すべき敵よ。

 

 狙い通り、マスターからサーヴァントが離れたところで私も動き出す。ここで新しい戦士たちを呼び出したりしたらサーヴァントたちが警戒して戻ってくるかもしれない。だからこそ、私は自分で動く。

 ガラクタの視界から私を守るようにして召喚した兵たちを置く。その役割は肉壁と姿を隠すこと。

 

 そうして私は世界最後のマスターのところまでやって来た。世界最後のマスターは周囲を警戒しながらサーヴァント達に指示を出しており、こちらに気づいている様子はなかった。近くで見ると結構好みの顔かもしれない。クーちゃんが居るから手は出さないけど。自分が救おうとした世界の終わりを見せてあげてもいいかも知れない。なら、殺すのではなく人質のほうがいいわね。

 

 そんなことを考えながら、世界最後のマスターに近づいた時――――彼がゆっくりとこちらに視線をぶつけてきた。

 

「えっ……」

「―――――」

 

 そして、視線をぶつけられたと同時にそのマスターの姿が私の目の前まで来ていた。呆然としている私の腹部に痛烈な痛みが走る。それを認識した瞬間、視界が一瞬にして暗くなり、吐き気が込み上げてきた。それと同時にかなりの風圧を体で感じることになる。

 

「が……ああぁッ……!」

「射撃部隊!」

『隊長がいつの間にか、目標をフッ飛ばしているぞ!』

『我々も負けるな!偉大なる発明王の名誉のために、彼の邪智暴虐の女王に我等が弾丸(チーズ)を放つのだ!』

『Yeah!!』

 

 追い打ちとばかりにぶつけられるチーズ。

 普通のチーズであるはずなのに、私の完璧な身体を次々と傷つけていき、力を削いでいく。正直、ここから逆転することはできないだろう。けれどそれでもいい。もう既に北側に()()を投入している。それだけで彼は私のことを認めてくれる。褒めてくれる。私のものになってくれるもの。

 ここでふと、私をここまで追いつめる最後のマスターの顔を見てみた。一体どんな表情をしているのかしら。いい女を痛めつけるという罪悪感かしら。それとも、今までの仕返しが出来たことに対する愉悦かしら。それとも……ストレートにメスが屈服する姿をみて興奮しているのかしら。

 諦めかけた思考の中、私は最期のマスターの顔を見た。……見て、しまった。

 

「――――ッ!!」

「………」

 

 私が視たのは無表情だった。

 女王メイヴをもうすぐ倒せるという喜びではない。敵を蹂躙する愉悦でもない。相手を倒すことに対する罪悪感でもない。そう何もなかった。最後のマスターは……あの男は()()()()()()()()()()()()()()()

 その事実を知った時、諦めかけていた私の心が完全に息を吹き返した。気に食わない。私のことを取るに足らない相手だとみるその眼が。その辺の石ころのように無意味に想われることが!嘗て経験したあの男(クー・フーリン)を思い出させるから!

 

「その眼をやめなさい……私は女王!この世のすべてを統べる女王なのよッ!!!」

 

 傷ついているものの致命傷は受けていない。だからこそ私は聖杯の力を使ってさらに強力な存在を生み出そうとする。このまま死んでやるものですか。チーズなんかに、私を無価値と思っている連中なんかに……!

 そう、自分でもはしたないと思うくらいの大声を上げて最後のマスターに視線を向ける。……けれど、

 

「居ない!?」

 

 その姿は何処にもなかった。

 ただ、代わりに……

 

「えっ」

 

 ザクッと何度も聞いたことのある肉を引き裂き、突き進んでいく音が聞こえ、私の胸から朱槍が生えてきていた。でも、クー・フーリンじゃない。彼は私に直接手を下そうとはしなかった。最後に残った力で後ろを振り返る。

 すると、そこには当然というべきか、人類最後のマスターが無言で佇んでいた。そしてそのまま……私を貫いた槍を動かして私を地面に叩きつけた。これ以上は無理だった、そこで私の意識は途切れたのだった。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

 所変わってここは北側の戦線。

 作戦段階で割と余裕なのではないかと思っていた彼らであったが実際はそうもいっていられなかった。一応、この戦線を率いていたベオウルフは通りすがりの魔拳と殴り合いを始めていたのだが、ただ単純にその物量が半端ではなかったのだ。

 

「ぜぇ……ぜぇ……全く、次から次へと……ッ!」

「押しかけてくるなんて観客としてマナーがなってないわッ!」

「あんたらだけには言われたくないでしょうよ。というか、俺の近くで歌わないでくれません?いや、マジで」

 

 既に百に届くほどの竜種、ケルトの兵士、シャドウサーヴァントを前線で屠っていた彼らは限界が近かった。それでも軽口を忘れないのは、常に他人に対して元気と希望を振りまくアイドルという職業に憧れている故なのかもしれない。まあ、近くに居たマネージャー(了承してない)は不平不満をぶちまけまくりだったが。

 

「エリエリ、ネロ!」

「そしてロビン君!一度下がりたまえ!彼らが代わりに前線を受け持つ」

「出番か。それもよかろう、さあ儂を仕留めてみせよ!」

「実に壮大な光景だな。まさに戦争、……あまり気は進まないのだが仕方ない」

「さあ、僕の早撃ち。存分に見ていってよ!」

 

 エジソンとブラヴァツキーの言葉にすぐ反応し、後方に跳ぶ三人。それと入れ替わるようにして出てきたのはエミヤ、スカサハ、ビリーの三人である。ランサーにアーチャー二人と前衛が足りないようなパーティーではあるが、侮ることはなかれ。エミヤは世にも珍しい……わけでは全くない弓を滅多に使わないアーチャーなのである。仁慈が居る時は彼の指示と本来の役割を存分に発揮させることから弓を多用していたが、ここにその仁慈は居ないためある意味いつも通り(?)の働きを見せようとしていた。

 

「そらそら、その程度ではこのスカサハの首なぞ取れん!ケルトの兵士ともあろうものが堕落しておるぞ!せめて仁慈くらいには粘らんか」

「いや無理だろう」

 

 ゲイボルク二槍流と初めの頃カルデアにいるクー・フーリンを失意のどん底に突き落とした戦闘スタイルで次々と襲い掛かる敵をなぎ倒していく。そこにはケルトの半分人間をやめた上位の兵隊や竜種やシャドウサーヴァントも関係ない有様だ。これは酷い。

 

 一方でここまで活躍らしい活躍をしていないことを地味に気にしているビリーは眼にも留まらぬ早打ちで装填されている弾丸を全て命中させる。もちろん被弾場所は何処も生物の弱点とも言える場所であり、一撃で相手を沈めていた。しかし、彼は銃を使う英霊であるために装填の時間が存在する。その装填の時間が隙だと判断した敵は六発すべてを撃ち切ると見るや否や、ビリーに一気に襲い掛かった。 

 だが、ビリーはニヤリと笑い、銃を持っていない方の腕、その近くに備え付けられていたホルスターからもう一丁銃を取り出してそのまま発砲する。その隙に片手と口を使いながら始めに使っていた銃の装填を済ませると再び彼の拳銃が火を噴くのであった。

 

 エミヤもここ最近使っていなかった干将莫邪を投影し、それを伴いながら敵の手段に突っ込む。弓兵にして過去の経験から突き詰めた実践的な剣術は本気ではないとはいえ、クー・フーリンの槍をやり過ごすことができるほどの腕前だ。近代の人物で尚且つ知名度補正がない彼がそれを成すことがどれほどの偉業か。それが実現できるほどの腕前を彼は弓兵にして持っている。さらにその武器を量産できるというのだから驚きである。

 壊れた幻想を併用しながら彼も順調に敵の数を減らしていった。

 

「精霊よ、太陽よ。今ひととき、我に力を貸し与えたまえ!その大いなる悪戯を……大地を創りし者(ツァゴ・デジ・ナレヤ)!!」

 

 ジェロニモが己の宝具を開帳する。彼の宝具は彼の部族に伝わる伝承の小規模再現。アパッチ族に伝わる巨大なコヨーテを召喚し、彼に煙草を奪われた太陽がそのコヨーテを追いかけるという宝具。

 これにより敵は太陽光による割とシャレにならないダメージを受けると同時に守護者でもあるコヨーテが味方たる者達に加護を与えるのだ。

 

「む、私の体力が……」

「楽になったわね。心なしか魔力も回復しているように感じるわ」

「………今は私情を挟んでいる場合ではない。此処に居る者すべてが結託しなければ、世界を救うことなどできないのだからな」

 

 侵略者側の人間であるエジソンも回復の対象に入れた理由をそう語り、彼は再び前線で戦う者たちのフォローに回る。

 エジソンは心の中でジェロニモに感謝しながら再び自慢の直流電気を敵にぶつけ始めた。

 

 順調に足止め……どころか殲滅を行う彼ら。しかし、ここでエレナとスカサハが異変に気付いた。

 

「―――これは……」

「超高濃度のエーテル反応…!皆、下がって!!」

 

 咄嗟の注意喚起ではあったのだが、そこは歴戦の英雄なだけある。誰もが瞬時に反応して背後に回避行動を行う。するとその直後、先程まで彼らが居た場所を中心に超巨大な反応が現れたのだ。

 

 そうして現れたのはおよそ彼らの予想をはるかに超えるものだった。何故なら、そこに現れたのは彼の魔神柱二十八体というトンでもないものだったからである。

 

「……これ、やばくない?」

「うむ。これはあれだな、超ビッグゲストというやつだな」

「違うでしょうよ。こんなのがゲストで開催されるアンタらのライブなんて地獄でも早々見られたもんじゃない光景になっちゃうでしょうよ」

「げっ……やばそうなのが……」

「なんという、魔力の奔流……!」

「これは、勝てない……!どうすればいいのだ!?」

「お、落ち着いてエジソン。とり乱しちゃだめよ!」

「しかし!これ一体でも複数のサーヴァントが必要だというのに!それが二十八体もだぞ!どう考えても押し切られる!」

 

 エジソンの叫びはもっともだった。魔神柱とはその姿形こそ肉柱だが実際には肉体を以て現界した神話の魔神達である。いままで何かと酷い扱いを受けてきた気がする彼らだが、本来であればエジソンのような反応が正しいのだ。

 

「……これは魔術王の物ではないな。……成程、二十八人の戦士か。メイヴのやつめ。中々に考えたではないか……」

「言っている場合かね。これは厳しい……という言葉では片付かない事態だが」

「そうさな。しかし、悲観してても始まることはない。そもそも、儂はあ奴の師である。まだ超えられるには早い。故に……儂とて魔神殺しくらい成して見せよう」

「結局精神論か……しかし、それが馬鹿にできないのもまた事実というもの」

 

 スカサハとエミヤはそんなことは関係ないと言わんばかりに二十八体の魔神柱に向き直った。既に交戦経験があり、尚且つ魔神柱を相性が良すぎるとは言え一人で消し飛ばした人間が居るのだから自分たちのプライドにかけて負けることは許されないと思っているのだろう。

 それに引きずられるようにエリザベート達も又立ち上がる。倒す必要などはない。要するに仁慈達が聖杯を取り戻すまでに前線を持たせ西側を征服されなければいいのだから。

 彼らのことだ。直に聖杯を奪取するに違いないと彼女たちは信じていた。

 

「そうね。別に勝つ必要ないわ」

「マスターたちが聖杯を手にするまでの時間稼ぎをすればいい……成程な。であれば余たちの出番である。このあらゆる才能を持った余があの手この手でこやつらの足止めをしてやろう!……本来ならば、こういう前座みたいなことはあまり好みではないのだが……仕方ない」

「というわけであんたも気合れなさい緑」

「いい加減名前覚えろよ……。でももちろんやりますとも。時間稼ぎ、嫌がらせは大得意だからな」

 

「もとより諦めるつもりなどはない。例え奪われた後だとしても、ここは私たちの土地であり、故郷だ。これ以上くれてやる場所などはないのだから」

「そうそう。……僕たちだって、奪った側としての義務がある。古い神話の生物はおよびじゃないよ」

 

「……だ、そうよ?」

「ふぬぬぬぬ……ッ!彼らがそういうのであれば、大統王の―――いや、それはもう関係ない。友たる彼らがそのようなことをいうのであればこの私も諦めるわけにはいかないではないか!というか、私だけ屈してバカみたいじゃないか!ちょっと情けないところ見せすぎじゃないか私!?」

 

 心の底から叫んだのではないか、という言葉に一同から笑いが漏れる。

 ……実際に状況が好転したわけではない。むしろ今もなお悪化の一歩をたどっている。どれだけ気合を入れようとも戦力差は歴然であり、彼らには長期戦における疲れも溜まっているのだ。

 だが、此処に居る誰もがやられる気なんて毛ほどもなかった。全員が全員まとめて肉柱をへし折る気であった。

 そして、その想いが奇跡でも呼んだのだろうか……唐突に魔神の一本に目にも留まらない速さの光弾が飛来する。爆音を響かせ、一本の魔神柱にダメージを与得るほどの攻撃を行ったのは当然、今いるエジソン達ではない。

 攻撃の方向は彼らの居る場所とは真逆の所から放たれたのだから。

 

「―――その戦い。この私にも参加させてはくれませんか?」

「……貴様は、」

「己の行いを清算するため、いやそれよりも私が立てた誓いとアイツからの契約を守るために」

 

 現れたのは眼に眩しいほどの白い服を纏いながら、それとは真逆の黒い肌を持つ青年。その肢体は何処か細く感じるが、その力はこの中でもトップレベル。彼らの仲間、カルナとタメを張り、あるいはそれ以上の実力を持っている人物。

 

「アルジュナ……」

 

 カルナと戦い、ナイチンゲールから治療を受けた彼の授かりの英雄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Mr.すっとんきょう「私の出番は……?」
子どものヒーロー「ハハハハハハ!貴様の出番などないわ!」
Mr.すっとんきょう「おっと、電気が滑った」
子どものヒーロー「直流が滑った」



―――システムケラウノス!!
―――ワールドフェイスドミネーション!!



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英雄から人間へ

※独自設定、独自解釈です。OK?


そういえば、ぐだくだ本能寺復刻来ましたね。やったぜ。これでノッブを再臨できる。


 予想外の人物の登場とはまさにこの事だっただろう。

 一応、ロマニの通信から彼が敵として存在することは聞いていた。そして、彼がカルナと戦っていたことも又一部のサーヴァントは知っていた。エジソンには落ち込むとか士気が下がるとかで伝えてはいない。だが、彼であれば通信の傍受くらいは容易いので確実とはいえないが。

 

 それはともかくとして、彼が敵側なのはこの場に居る全員が知り得ていることだった。当然困惑するだろう。

 しかし、ロビンは彼の言葉をしっかりと拾っていたのだ。アルジュナは言った。己の行いの清算、もしくはアイツとの契約を守るためであると。自分が持っている情報、更には彼が敵対していたという情報、アルジュナという存在からある程度推測し、ロビンは確認を取るつもりで口を開いた。

 

「勝算は?」

「もちろんあります。私の炎神の咆哮……その真の力による宝具であの魔神を纏めて焼き払います。私の全てをかけて」

 

 成程それは確かに可能性がある……どころの話ではないとロビンは思った。彼の持つ炎神の咆哮は本来の持ち主であるものが使えば宇宙を破壊すると言われ、アルジュナが全力で使っても地球を七回焼き尽くすほどの威力を秘めているらしい。そんなことをすれば当然彼は抑止力によって消されることになるだろうが、その真の力は彼も封じている。……けれどもそれほどの威力を持つ神造兵器だ。サーヴァントとして現界しており、尚且つ真の全力は出せずとも彼の魔神達を消し去る可能性は高い。

 

「まあ、待て。確かにお主の全力であれば倒すことはできるだろう」

 

 異を唱えたのはスカサハである。

 彼女はここで一度言葉を切ると、アルジュナの元へと近づきその耳元で彼にだけ聞こえるように小さく呟いた。

 

「いい機会だ。此処ならば鬱陶しい神々の干渉もない。……一度、己を見定めてみよ。施しの英雄からの契約……などと与えられたものではない。お前が真に何を望むのかを、何を成したいのかと」

「―――ッ!?」

「それにな。―――儂とてプライドがある。何、たかが受肉した魔神だ。生きているということが分かればいい。儂の宝具を死ぬまで連続で投げ続ければいいだけのことだ」

 

 脳筋ここに極まれりと言わんばかりの理論を当たり前のように口にするその様は、まさに仁慈の師に相応しい有様だったという。これには隣のエミヤも苦笑いである。

 

「でも、そんなこと言ってもこの数は流石に……」

 

 スカサハの言葉に反論を返したのはエレナである。彼女はスカサハと並んで魔神柱の存在を察知した存在であり、彼らの実力や格がこの中でも最も理解できている人物だと言えるだろう。そんな彼女だからこそ理解していた。啖呵を切っておいてなんだが、あれを倒せるのはアルジュナしかいないだと。

 

「何。人間死ぬ気で行動を起こせばどうかなるものだ。仁慈はその完成形だぞ?」

 

 この瞬間、その場に居たサーヴァントたちは全員仁慈に同情した。状況は違えど、似たような危機に常に叩き込まれていたが故の結果だったと全員が気づいた時にはもう遅い。本人はここではない東の地で今も戦闘を行っているであろう。全員が無意識に取っていたのは敬礼の姿だった。

 

「馬鹿なことをするな。独断で決めたのは悪く思っているがな……どうにも、外とかかわるようになってからお節介が過ぎるようでな……」

 

 長年影の国という冥界と同一と言ってもいい場所で過ごして来た。過去に来ていたような弟子たちはもう訪れることはなく、そこに居るのは自分も含め、理を歪めた化け物のみ。そのような環境から一転、仁慈とのかかわりを始めとして、久しぶりに外に触れていた所為か変わったと彼女は言う。故にだろう。恵まれた英雄。その才能に、境遇に、時期に……大よそ人生を象るすべてに愛され順調に周囲が望む()()()()()となった彼に、たとえそれが英霊として現れたとしてもその変化を見てみたいと思ってしまったのだろう。

 アルジュナはある意味では潤沢に水と肥料を貰いすぎてしまった花なのかもしれない。本人の素質もあり、周囲を惹き付けるほどに見事に咲くことになったが、そのどこかで無理をしている。腐っている部分がある。仁慈とかかわり、英霊となったかつての弟子と関りその変化を目の当たりにしてしまったが故に無意識にアルジュナにもそれを求めているのかもしれなかった。

 

「……おっと、どうやらおしゃべりはここまでのようだな。向こうもようやく目覚めたと見える」

 

 スカサハも自身では測れていない内心を分析していたのだが、二十八の戦士の枠に押し込められて現界した魔神柱たちの魔力の増減が活発化しだした。それを受けて真にあれらが目覚めたことを確信する。確信すると同時に、スカサハは死溢るる魔境の門から呼び出した朱槍を左手に持ち、そのまま宝具を発動する。

 

「――――刺し穿ち、突き穿つ……貫き穿つ死翔の槍(ゲイボルク・オルタナティブ)!」

 

 二槍になったと同時に地面を蹴り、まるで赤い流星の如く二十八体の魔神柱……その人柱に向かう。そして、直接魔神柱に一本の槍を突き刺すとすぐに後退しそのまま残るもう一本を投擲した。はじめに刺さった槍が相手を拘束するおかげで後続の投擲は必中である。

 スカサハの宝具を喰らった魔神柱はうねうねと苦しそうにもがいた後、その場に力なく倒れる。

 

「うそっ!?」

「倒したァ!?」

「いいや、まだだ。どうやらこやつら。まとめて召喚された弊害か、群にして個という性質を持っているらしいな」

「尚更アルジュナに任せるべきではないかね?」

「もちろんこれは儂のわがままであると理解しているとも。だからこそ、責任は取るつもりだ」

 

 言い終えると同時に、彼女の背後から先程とは比べ物にならないほどの数の朱槍が降り注ぐ。傍から見ればそれは正しく赤い雨。人によっては血の雨と表現するかもしれない。その光景を見た英霊たちは唖然とした。そう。何を隠そう彼女が今大量に召喚した槍こそ普段から愛用している彼女の槍なのだから。言ってしまえばこれらは全て宝具。影の国にて、あまりにもやることが無さ過ぎるので暇つぶしで作成しているうちに、ゲイボルク職人を余裕で名乗れるレベルにまで至ってしまった彼女が作り上げてきたもの。まるでどこぞの英雄王だ。

 

「―――ちょっぴり、本気だ」

「そんなレベルじゃないでしょ……」

 

 あまりのガチさ加減に全サーヴァントが一斉にドン引きした。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 そのようなギャグのような一コマがあり、各英霊たちがなんだかんだそれにつられて奮起している間にアルジュナは考える。己のしたいこととは何か。己が真に望んでいることとは何かを。

 

「……そんなことは決まっている」

 

 そう。彼の中で真に自分がしたいことなど決まっている。太陽の如き英雄。初めて会った時から、たとえそれが正しい選択でないとしても倒さなければならない相手、施しの英雄カルナをこの手で討つこと。それこそが己のしたいこと。己の望みであり、誰から押し付けられたわけではない彼だけの業である。

 

 ここではそれが叶うと思った。かつてあった神々の干渉もここではない。純粋に決着をつけることができると思っていたのだ。だが甘くはなかった。ここは確かに彼の地ではないが、それと同時に一騎打ちをする場ではなく、アルジュナもカルナも生前のままではなかったのだ。

 彼らはサーヴァントという存在になり、この場は戦場であった。それだけのことである。

 

「…………」

 

 ふとここで、自分はどうしてここに来たのかと思った。思ってしまった。

 カルナとの契約。人類最後のマスターと静かに狂った鋼鉄の看護師との誓いを守るため……はじめは確かにそう思っていた。

 けれども何かが違う。もとより世界の破滅などに興味はなく、約束を交わした人類最後のマスターもアルジュナに何かを期待するような態度はかけていなかった。生前の経歴から彼はその手の気配に対しては人一倍敏感であるため間違いはない。カルナとの契約もそうだ。もはや憎悪と言ってもいい感情を抱いていた己がそれをホイホイと叶えようとするだろうか。

 アルジュナは周囲が思っているほど自分が聖人でないことは分かっている。むしろ彼自身は自分のことを邪悪とさえどこかで思っているだろう。そんな自分が本当に行くだろうか。

 

「…………」

 

 沈んでいく。

 己の考えが、己自身がその思考の海へと沈んでいく。そうして幾重にも考えを重ねに重ねた結果。彼の中に残るのはやはりカルナの事であった。だが、今までは彼に対する憎悪という結論に落ち着いていた思考が今だけは別の物へと移り変わった。

 今までの経験を改めて主観を抜いて観測し、事実のみを摘出していく過程で彼の中にある仮説がもたらされた。

 

 それは即ち、

 

「私は、嫉妬していた―――」

 

 口にするとそれはもう止まることはなかった。

 そう、きっと彼はカルナに嫉妬していたのだろう。

 自分とは正反対。あらゆるものから剥奪され、裏切られ、蔑まれたとしても己の信じるものを貫いて、貫いて、貫き通した。

 それは確かに自分には無いものだったのだ。あらゆる神々と環境、家族に恵まれながらも自分が手に入れることができなかったものを彼が持っていたから……。それはまるで、自分の欲しいものを持っている子どもに暴力を以てそれを寄越せとわがままを言っているようで――――

 

「ハッ……」

 

 思わず、失笑が漏れた。

 これは確かにあの看護師に病気と判定されてもおかしくはないと。この歳になってまで己の感情を理解できず、コントロールもできないとあれば病気を疑われても仕方がないと。

 

 ここまで自覚してしまえばあとは楽だった。

 己がここに来た理由。

 それは、知りたかったのだ。

 

 あらゆる叡智を持ち、神に愛された授かりの英雄が嫉妬を向けた相手がどんな感情を持っていたのか。

 己を省みず、他者に尽くすというのはどういう想いが生じるのか。……彼がサーヴァントとした役割を全うするという判断を下したのはどういった経緯でどのような想いがあったのか。体験してみたかったのだ。

 

 それは、誰かに与えられた意義ではない。

 自分で見つけた行動原理。

 人間として何ら不思議ではない知的好奇心。もしくは憧れたものの模倣だろうか。

 どちらにしてもアルジュナには関係がなかった。結局はどちらとも己が出した結論であり目的なのだから。

 

「―――――さて、」

 

 そうしてアルジュナは前を向く。

 彼の目の前に広がるはもはや新たなる神話。敵は人類を滅ぼさんとする魔術王の下僕である魔神達。立ち向かうは古今東西時代も場所も強さも知名度も選らばぬ数多の英霊。彼らは今も東の地にてこの世界を救わんと戦っているただ一人のマスターを信じて戦っている。

 

「―――む。どうした。腹は決まったか?」

「ええ。おかげさまで。なので、ここは一つ私に任せて欲しい」

「………フッ、良い面構えだ」

「感謝します。―――――では、待たせた分。私の全力をお見せいたしましょう」

「いいだろう。前座はきっちりと果たした、存分に魅せてみろ。――――皆下がれ!」

 

「おっと、でかい花火の打ち上げか?とりあえず退散退散っと」

「何あれ超やばそう」

「やはり余は前座だったか……分かってはいたがちょっと寂しい……」

 

「ジェロニモ、文字通り超弩級のが来るっぽいよ」

「分かっている」

「うぇ!?あの化け物に追随するほどのエーテル濃度。神造兵器ってやっぱりとんでもないわね」

「言ってる場合じゃないぞブラヴァツキー!早くしないと我々も巻き込まれてあれらと共に丸焦げn―――っていないぞぉ!?」

 

 

 なんかもう色々と台無しだった。

 これが彼らの本来持っている性質なのか、頭のおかしい被害者とも加害者ともとれるマスターと一時期とはいえ行動を共にしてしまったからなのかはわからないがとにかく色々あれだった。

 

 だがしかし、アルジュナはそれくらいで取り乱すことはない。彼は持っている炎神の咆哮を消し去り、右手に野球ボールよりも少し大きい目の球体を出現させた。外見こそ、それほどの大きさしかない光の玉ではあるが、そこに居る誰しもがその威力を見抜いていた。

 

「神性領域拡大。空間固定。神罰執行期限設定、全承認。シヴァの怒りと、我が意思によって汝らの命を此処で絶つ―――――破壊神の手翳(パーシュパタ)!」

 

 次の瞬間。

 光が辺りを包み込み、彼が設定した範囲内。数多の英霊たちによって抑え込まれていた二十八体もの魔神柱が一瞬のうちにして跡形もなく消滅したのだった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「……凄まじいな」

 

 いち早く目を開けたエミヤ。そんな彼が目にした光景は、先程の魔神柱が跡形もなく消滅している光景とまるで隕石でも落ちたのではないかと思わせるほど陥没している大地だった。

 先程の魔神柱を跡形もなく消滅させておいて尚この威力である。そして彼は、あの宝具はあれでも未だ多くの制限を残していることを悟っていた。故に戦慄する。まさに世界を破壊するための力。シヴァ神の名は伊達ではないと。そうして彼は改めてインドパワーの強大さに溜息を吐いた。

 

「………ふぅ。これで当分の間は持つでしょう」

 

 この光景を作り出した当の本人はことなさげなことを言って、下がっていった他のサーヴァント達に向き直った。

 

「うっわぁ~……」

「あれが同じアーチャーとか……考えらんねえ……」

「流石にあれを再現は難しいよねー」

「あれが敵だったとは…」

「末恐ろしいものがあるな……」

「やっぱり神秘の濃い時代はおかしいわ」

 

 向き直った先ではアルジュナの宝具の威力を見て驚きを浮かべるサーヴァント達の姿があった。当然だろう。ここまでの規模の宝具を発動できる英霊はそう居ない。英霊の中でもかなり上位のみに許された力と言える。

 

 そんな中、エジソンは一人彼の前に立って。一言、アルジュナの眼をはっきりと見据えて口にした。

 

「すまない。本当に助かったよ。ありがとう」

「………礼など不要です。私は自分の意思で、行ったのですから」

 

 それに、と彼は続けてカルナが討たれた原因である自分にお礼の言葉を投げかけなくてもいいと彼は言った。

 そう。もはや彼にとってはもう礼などは必要ないのだ。己のなすべきことを自分で見定め実行することができた。そして……カルナ。この場に居れば絶対に今のアルジュナと同じようなことをしたであろう彼の気持ちが少しだけ理解できた気がするのだから。

 彼にとってはそれで十分なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は皆さまお待ちかね(?)仁慈達VSオルタニキです。


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やったか!?

いいタイトルが思いつかない(n回目)

タイトルが思い浮かばない時は大体オチになっている気がします。


 

 

「ねえ何で?俺聖杯に嫌われてんのかなぁ……?」

『うーん、否定できない』

 

 ロマンの通信を聴いて俺は改めて溜息を吐いた。どうしてか?そんなことは決まっている。メイヴを倒した。それはいい。彼女が持っている聖杯が出現した。これもいい。だけど、出てきた聖杯が俺の手からこぼれてホワイトハウスの方にひとりでに飛んでいくとかどうなってんですかねぇ……。

 

「まるで、あいつと決着を付けろと言わんばかりの動きだったな」

「……ここまで来るともはや運命と言えるのではないだろうか」

「正直、物語みたいですよね……」

 

 みんなの感想が胸に刺さる。

 俺だってこのまま聖杯GETで定礎復元ヤッターしたかったのに。

 

「別に責めちゃいねえよ。俺としてはアレと決着つけるいい機会だ」

「私としては不必要に先輩を危ない目に合わせたくはないのですけど」

『ラーマ君とシータちゃんが言う様に、運命とか誰かが操っているとしか思えないよね。ここまで来ると』

「フォーウ……」

 

 フォウ、居たのか。

 そんな感想を抱きながらも俺達はホワイトハウスに歩みを進めた。その途中で北に魔神柱が二十八体出現したとか、二十八体一気に消失したとか目まぐるしく変わるロマンの実況を耳にしながらもクー・フーリン【オルタ】の情報を纏める。

 

 こちらの実力と向こうの実力は前の戦闘の時点では若干こちらが有利と言えるレベルっだった。だがそれは向こうの無意識の油断、そしてカルナの決死の宝具によるものだ。素の状態であれば五分。そして今戦えば少なく見積もって3:7でこちらが不利と考えるべきだろう。

 なんせ、カルナの宝具を瀕死の状態とはいえ無防備にも受けた。さらに令呪で強化した兄貴とラーマの宝具でも仕留めきれなかったんだ。

 

 しかし、こちらにも対策はある。

 師匠が言い残した(別に死んでない)俺と兄貴が有効な手段を持っているという言葉。それの意味するところは十分に理解できる。であれば、最悪俺と兄貴で相手をした方がいいかもしれな――――ッ!?

 

「不意打ち!」

「――チッ!」

「―――ッ!?」

「(パンッ!!」

「シータ!」

「!」

 

 咄嗟にでた割と間の抜けた声に反応してみんなが一気に下がってくれる。その後、俺達が居た場所には見たことのないような見たことのあるような化け物たちが一斉に襲い掛かって来ていた。

 ……って、ちょっとまてよ。マジでこいつら見たことあるぞ。

 

「兄貴、これは……」

「――――マジかよ。影の国に居た連中も混じってやがる……」

 

 ですよね。

 そう、俺達に襲い掛かってきた生物。その大半は影の国で見たことのあるようなやつらばっかだったのである。俺は実際に見たわけではない。夢で見ただけであるが、実際に矛を交えたこともあるためにわかっている。どいつもこいつも超絶面倒くさい連中ばかりだ。だって影の国産だもの。

 

 兄貴の呟きにラーマ達の眼も変わった。此処には油断できる敵は居ない。誰もかれもが神獣とはいかないが結構な格を持つ奴らだ。そして―――

 

「その通り。これは戦争。なら数で攻めるのは当然だろう?」

「耳痛いな、その言葉」

『だろうね』

 

――――その獣たちの後ろ。

 

 クー・フーリン【オルタ】が無表情でこちらを向いたまま佇んでいた。その左手には先程俺の手から逃亡を図りやがった聖杯を持って。

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『何はともあれ、仁慈君。あのクー・フーリン。姿が変わっているだろ?どうやら聖杯が力を与えているらしい。霊基再臨というやつだ。あれは昨日戦った時よりもはるかに強いぞ……!』

「あの女は恐らく俺を王にするために聖杯を使ったんだろ。じゃねえと俺があんなろくでもないモンになるわけがねえ。願いの内容は大方、自分と並べる王に……もっと言ってしまえば最狂の王にしてくれってところか」

 

 ロマンの観測結果から仁慈達の味方であるクー・フーリンがそう口にした。どうやらそれは的を射ていたらしく、クー・フーリン【オルタ】の唇はわずかに吊り上がった。

 

『そうか。一度仁慈君たちに撤退を余儀なくされたからこそ、聖杯が霊基再臨を図り、尚且つ王様であれと願われたからこそ配下が呼ばれる……』

「成程。その配下がこの魔獣どもというわけだな」

 

 ラーマはシータを庇う様に立ちつつ、魔獣たちの様子を窺う。どれもこれもサーヴァントには及ばないが、それに追随するほどの力量を感じ取ることができた。彼らも影の国というある意味で修羅しか居ないところに生息していただけあって、幾分か人との戦いということも分かっているだろう。数で負けている今ではかなり厄介な存在と見て間違いなかった。

 

「……これはもしかしなくても二手に分かれなければならない状況なのでは?」

「その通りですシータ。このような病原菌まみれの空間ではオチオチ治療もしていられません。仕方がないので、残念ながら……非ッッ常に残念ながら。あのクー・フーリンの治療は彼らに任せるとしましょう」

 

 ナイチンゲールが見据える先には既に槍を構えている全身青タイツ(カルデアのクー・フーリン)ビックリドッキリキチ(樫原仁慈)、そしてその彼の横で盾を構えているマシュの姿があった。その段階でラーマは己の役割が露払いであることを悟った。

 

「………余もあのクー・フーリンに雪辱を晴らそうかと思っていたのだが……こういう状態であれば仕方がないか」

「我慢しなさい。私も治療を投げ捨ててこれらの殺菌を受け持ったのですから」

「………ラーマ様。ナイチンゲールさん。ここに居る敵を早めに倒すことが出来れば、仁慈さんたちの援護に行くことができるのではないでしょうか?」

 

 渋々といった様子の二人にもはや天啓とも言える(主観)シータの言葉が届く。そして気づいたのだ。己の勘違いに。

 確かに足止めは必要だ。この数の魔獣を相手にしながらクー・フーリン【オルタ】の相手をしようなどとは無謀極まりない。向こうは愉悦を捨てて王に殉じようとする者である。勝つためならば手段を選ばないことも十分に考えられた。ソースは彼らのマスターである仁慈だ。

 

 しかし、それを全て排除してしまえば当然チームを分ける必要などはない。むしろ仁慈のことだ。こちらが有利になればいいと積極的に参戦を認めるだろう。メイヴを倒すために行った戦法からもその容赦の無さが窺えるのだから。

 

「その発想はありませんでした」

「流石だなシータ、つまり……」

 

 倒してから援護すればいいということを気づかせてくれたシータに二人はお礼を言いながら、手始めとして目の前に接近してきた魔獣に対して発砲と剣による斬りつけを行う。ナイチンゲールの意味不明な強さと、ラーマによる魔獣絶対殺す効果により一撃でその身体を塵に変えたそれを見届けつつ、二人は同時に声を揃えて口にした。

 

『つまり―――これを全て倒してしまっても構わない、ということでしょう(だな)』

 

 召喚された影の国の獣たちは彼らの瞳にかつて自分を殺しに来た勇士(キチガイ)達の姿を見てしまい、一歩また一歩と後ろに下がる。だが、もう遅い。シータの言葉によって目覚めた彼らはもはや狩りつくすまで止まらない。

 そうして、ピンチのはずなのに一方的な蹂躙劇が開始されようとしていた。

 ちなみにシータは、ナイチンゲールとラーマが同時に言った言葉が途中まで完全なステレオに聞えて戸惑い、その後自分の愛する夫の声を聴き分けられなかった自分に少しだけ自己嫌悪することになった。まあ、このことに関して彼女を攻める者など誰も居なかったが。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「始める前に質問。聖杯を渡す気は?」

「欠片もねえ。これはゲッシュだ。メイヴっていうのはどうしようもねえ悪女だが、時代をどうこうできる願望機を俺の心を奪うために戸惑いもなく使いやがった。その心意気だけは貰っておかねえとな」

「――――気持ちわりぃ。自分と対峙するっていうのはこんな心境だったのか。一度はやってみてえと考えたこともあったが……その考えはここで捨てるか」

 

 クー・フーリン【オルタ】の様子に一番の嫌悪感を覚えたのはもちろんクー・フーリンだ。自分ではない自分が何かを言っているのは気味が悪いと言えるだろう。今ならばきっと彼が鬱陶しいと思っている某赤い弓兵が優しく肩を叩いてくれること請け合いなしだ。

 

「交渉決裂……ですね……」

「まあ、わかってた」

 

 ここで素直に聖杯を渡すだなんて欠片も考えていなかった仁慈は自分の鞄に手をかけ、クー・フーリン【オルタ】がクー・フーリンに意識を割いている隙を突いて中身を周辺にばら撒こうとする。

 だが、彼が手にしようとした鞄は唐突に飛来した槍によって弾き飛ばされてしまい、その中身を開放することは叶わなかった。

 

「ハッ。小僧、お前自分以外に対する危機の配り方が雑だぞ?」

「チッ」

 

 内心で強者は強者らしく猪口才なことをしてないで直接戦いに来ればいいものを、と吐き捨てながら念話を通してクー・フーリンとマシュに指示を出した。それと同時に彼も決してクー・フーリン【オルタ】から目を話すことなく弾き飛ばされた鞄の方へと向かって行く。

 

「オラッ!」

「フン」

 

 仁慈からの指示を受けたクー・フーリンが音の壁を越え、クー・フーリン【オルタ】の懐へと肉薄する。その勢いを殺すことなく愛用の朱槍に乗せた彼はそのままオルタの霊核、心臓の部分へと槍を突き立てようとするが、当然奇襲でも何でもないその攻撃はオルタが持っている槍に防がれる。

 そしてもう一本の槍を身体から取り出すと、その槍を以てクー・フーリンを逆に突き立てようとした。

 クー・フーリンは自分の攻撃を防いだ槍を弾き、それと同時に槍を回転させて位置を変え、自分の身体よりも後ろの方にあった部分で左から来る槍を防いだ。回転の勢いを上乗せしているからか、オルタの槍を防ぐだけで留まることはなく本人にも迫る勢いであった。

 しかし素直にオルタが攻撃を喰らうわけもない。一歩後ろに下がることによって攻撃を翻した後に両手に持っている槍を投擲した。投擲する際にオルタの両手がズタズタになっていくが、すぐにルーン魔術によって癒える。代わりに残されたのは、己の身体を壊す勢いで放たれた豪速の槍のみ。

 それをクー・フーリンは紙一重の所で回避する。真名を開放したわけではないその槍に追尾性はなくそのまま彼を素通りするが、どうやら狙っていたのはクー・フーリンだけではないらしい。

 槍の先には鞄を手に取った仁慈が居た。マシュが急いで間に入り、何とか一本は凌いだものの、マシュが割り込むより早く通過していた槍はそのまま仁慈へと突き進んでいく。

 

「先輩!」

 

 が、不意打ち染みているとはいえ距離は離れており尚且つマシュの声によって前もってその槍を感知していた仁慈は半身を逸らすことでその槍を回避。それだけにとどまらず、その槍の一番脆いところを把握したのちに全力で己の拳を叩き込む。一点集中で、魔力を浸透させるその拳は見事に飛来した槍をへし折った。

 

「――――!?」

「よそ見すんなよ!」

 

 余りの光景にオルタは動きを止める。その隙にクー・フーリンが己の槍をオルタに向けた。別のことに気を取られていたが故に反応が遅れたオルタは不覚にもその槍を受けてしまう。

 

「オラ、もう一発だ!」

「舐めるな」

 

 追撃にもう一度迫り来る槍。それをオルタは持ち前のタフさで傷を負っていない状態と同じようなパフォーマンスで迎え撃った。

 元々は同じ槍、しかしそうとは思えない朱槍同士が幾度となくぶつかり合い、火花を散らす。一合、二合と撃ち合うたびに槍は加速していき、もはや常人の眼に見えるのは赤い光が舞っている光景のみだ。

 

 だが、その打ち合いも長くは続かない。現界に使っている霊基の違いか徐々にクー・フーリンが押され始めていた。互角だった打ち合いも次第にクー・フーリンの方が防御に回ることが多く、攻撃に転じることができない。致命傷はなくとも細かい傷は増えている。それでも彼は動じない、怯えない、引くことはない。己の役割を全うするため、強い奴との戦いを愉しむ為……全部ひっくるめて自分とプライドの為に。

 

 霊基は違えど、その差を培った経験で埋めているクー・フーリンが前線を持たせている間に、仁慈は先程邪魔された己の準備を済ませていた。武器をばら撒き、近くに居る魔獣たちを牽制し、ラーマとナイチンゲールのフォローをしつつ、その中から今の状況にあった武器を選ぶ。そして、隣まで来ていたマシュにひそひそと耳打ちをする。

 

「――――」

「……了解です」

 

 仁慈の話を聞いたマシュは彼の目の前で盾を構えながらオルタに向けて突進をしだした。オルタは当然それに反応する。単純に考えればサーヴァントが二人掛りで自分の所に襲い掛かってきているのだ。

 オルタはクー・フーリンへの攻撃の手を緩めることなくマシュの方にも注意を割いていた。そして何より、彼女の盾の後ろに仁慈の気配を感じることができたのである。あれの向こうにはカルデアのマスターが居る。そう考えていた彼はクー・フーリンを牽制しながらマシュへの攻撃方法を考えていた。

 

「―――」

「何ッ!」

 

 ―――そう考えていたのだがここで予定が狂った。盾の後ろに居た筈の仁慈が、いつの間にか自分の目の前に居るのである。

 流石の彼もこんなことをするとは思っていなかった。接近戦で不利なことくらい仁慈は十分に理解していたし、彼が不利ということをオルタも理解していた。実際に、先の戦いで仁慈がオルタに近づくことはなく、この戦いにおいても前線には中々上がってこなかった筈なのである。さらに言ってしまえば彼は己の切り札をオルタに晒していた。尚更近づいてくるわけがないと考えていた。

 それが一転してここまで近くに来るとは、効率を突き詰めた考えをしている彼では思いつかなかった。驚愕の表情を浮かべるオルタにクー・フーリンがニヤリと笑う。そう、カルデアで過ごすうちに彼を知ったクー・フーリンは絶対にこうすると思っていた。効率を重視し、己の重要さを理解し、敵との力量差を理解し、リスクも正しく認識している……にも拘わらず自ら前線に出ていく珍妙さ。この理解されなさ、矛盾こそ彼の持ち味、彼の武器。発想の異常さであればスカサハが認めるほどのものである。そんな彼が敵に予想されるような行動をするはずがなかった。

 

 それだけではない。

 今仁慈が持っているのは槍ではなく刀であり、ここまでは縮地で接近してきている。彼が今いる位置がさらに曲者で、刀にとっては適切な距離でも槍にとっては振り回しにくいほど接近されているのだ。

 

「―――一歩音を越え、二歩無間、三歩絶刀……!」

「くそっ」

 

 何処かで聞いたことのあるセリフを吐きながら、懐に入り込んだ仁慈はそのまま無防備な彼の身体に刀を振り下ろす。サーヴァントの身体であるが故にそこまでのダメージを見込めるほどのものではなかったが、それでも今までの中で深い傷を負ったことには変わりがない。

 

 オルタがクー・フーリンへの攻撃を一時中断し、槍を己の懐に居る仁慈に向け、横から突き刺す。

 仁慈はオルタが向ける槍に貫かれる直前、オルタの両肩を掴むとその腕を基点に身体を持ち上げオルタの上で逆立ちをするような形をとる。そのまま彼の背後へと倒れるようにして移動すると、両手で肩を押し空中に己の身を投げ出した。それだけではない。そのまま彼は右手で銃の形を作ると彼に向けて魔術を放った。

 

「ガンド」

 

 真っ直ぐに飛来したそれは普段の彼であれば気にも留めない魔術だ。しかし、今現界しているクラスはバーサーカーであり、魔力耐性は皆無と言ってもいい。

 ガンドが直撃したことにより、一瞬だけその動きを止めてしまう。

 

「―――見事だマスター。止めは任せろ」

「お願いします。クー・フーリンさん!」

 

 動きを止めたオルタの背後で盾を構え、そのまま突撃をするマシュ。背後からの推進力を受け前に進むオルタの目の前には、既に自分の心臓に向けて朱槍を構えている己の姿があった。

 

「―――その心臓、貰い受ける」

 

 仁慈を通してクー・フーリンへと魔力が注がれ、それが彼の朱槍に魔力を流す。これから放たれる一撃を予感しているのか、既に魔力が溢れ始めているのか、彼の持つ槍は鮮やかに輝き始めていた。

 

刺し穿つ(ゲイ)、」

 

 放たれるは文字通り必殺の一撃。

 何の因果か己の槍は当たらないと嘆いていたクー・フーリンであったがその力は強力無慈悲。発動した瞬間に結果を残し、後から過程を発生させる因果の朱槍。

 

死棘の槍(ボルク)――!!」

 

 この特異点において数多のサーヴァントを屠り、あのラーマですら何度も死の淵をさまよった宝具。それが今までそれを使っていたオルタに向けて放たれる。だが、彼の表情に諦観の色はない。王という機構として存在しようとする彼だから表情を現さないのではない。只、諦める必要がないから平然としているのだ。

 己の心臓が穿たれる直前、彼は近くに居るマシュとクー・フーリンに聞えるか聞こえないかという小さい声で、言葉を漏らした。

 

「―――全呪、開放」

 

 

 

 

 

 




シータちゃんは悪くない。
さて、散々煽っておきながらこれですよ。直接対決(前座)……。

許しは請わん恨めよ。


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ゲイ・ボルク

 そろそろ五章が終わりそうなので一つ報告を。

 イベントの扱いなんですけど、前に書いた時は七章終わった後にまとめて書こうと思ったんですが、七章から終章はノンストップの方がいいのではと意見を頂き確かにと思ったので、六章が終わったら入れます。
 結構短めになってしまうと思いますけれども。
 で、イベント配布鯖の扱いは基本的にこれから入れないようにします。既に入ってしまっているハロエリとノッブ、ストーリーないけど出してしまったサンタオルタ、そして式はいますけれども他の鯖については少なくとも七章までで起用することはありません。もし期待していた方がいらしたら申し訳ありません。

一応、もし終章まで終えましたら色々と鯖は出す気ではいます(そこまで続くかは未定)


 

 

 

 

 

 

 

「チィ……!」

 

 クー・フーリン【オルタ】の肩でハンドスプリングをしているために、その光景がありありと見ることができた。ガンドで行動不能は流石に無理があったらしい。兄貴の槍がクー・フーリン【オルタ】を穿つ直前、向こうは恐らく切り札を切って来た。全身に纏ったのは禍々しい鎧。いや、それを鎧と表現していいのかわからないな。鎧のようにも見え、何かの獣の骨格のようにも思える。特に一度見たことがある気がする。

 

 とりあえずその鎧を装備したクー・フーリン【オルタ】は腕の部分に装着されたかぎ爪のような部分で槍を受け止め、別の腕で兄貴の身体を穿っていたのだ。彼の立っている地面には夥しい量の血が広がっており、何処からどう見ても致命傷と見ていいだろう。

 

噛み砕く死牙の獣(クリードコインヘン)

 

 真名開放と思われる名前をクー・フーリン【オルタ】が口にする。すると兄貴の背中から無数のゲイボルクが突き出し更に傷を広げていた。これはやばい。

 そう感じた俺はすぐさまマシュに念話で指示を出す。その内容は俺が兄貴を回収するまでこのクー・フーリン【オルタ】を引き付けておいてくれという我ながら無茶苦茶極まりない指示であった。しかし、この状況はそうでもしないといけない。俺があれの目の前に立ったら速攻で殺される可能性大だ。

 

「やぁ!」

 

 クー・フーリン【オルタ】の背後からマシュがシールドで殴りかかる。少なくとも相当な質量の攻撃と英霊の筋力を加えた攻撃になっている。バーサーカーとして現界しており、防御性能が今一な彼には効果があるだろう。そう、思っていたのだが。

 

「!?あぁ……ァ!?」

 

 どうやらあの鎧。見た目通り鎧の役割も補っているらしくマシュの攻撃を受けてもびくともしていなかった。そのことに対して驚愕している彼女の隙を突き、右手のかぎ爪でマシュのことを殴り飛ばした。抵抗もできずに彼女は後方に吹き飛ばされる。最悪だ、いくらシールダーとはいえ、サーヴァントの攻撃を受けてびくともしない状態なんて。

 一応、マシュに攻撃する隙を突いて兄貴を救出してさらに距離を取ったはいいものの、状況は好転しているとはいいがたい。クー・フーリン【オルタ】のあの形態。少なくとも筋力と耐久は今までとは比較にならないくらい上がっているだろう。敏捷はよくわからないが、それらのステータスは軒並みアップしていると考えよう。

 クー・フーリン【オルタ】の能力、その解析と予測を行いながら俺はマシュに念話を飛ばす。すると一応返事が返ってきたことから少なくとも再起不能になったわけではないことに安心した。しかし、今抱えている兄貴が致命的すぎる。回復魔術を使いたいけどそんな隙を与えてくれるような相手ではないし、かといってこのまま兄貴を抱え続けたまま戦うというのも無理だ。確実にどっちも死ぬ。

 

「患者はここですか!」

「キタ、婦長来た。これで勝つる」

 

 ナイスタイミングで現れたナイチンゲール。思わず声を上げてしまったがそれはそれでいい。彼女は兄貴を見た瞬間、俺の腕から兄貴を奪い取るとそのまま治療に入った。ところで彼女が此処に居るということは魔獣は全て片付いたということでいいのだろうか。

 

「ナイチンゲールぅ!!どこ行ったのだ!?」

 

 あ、これちげえわ。患者の発生をいち早く察知して勝手に抜け出して来た奴だわこれ。

 とても深刻そうに声を荒げるのは当然ラーマである。彼は今、かなりの数の魔獣を一人で相手しているのだろう。しかもシータを守りながら。かといってこのままナイチンゲールを魔獣の露払いに充てると兄貴の霊基が保てなくなりこっちが終わる。

 

「(ごめんラーマ。そのまま一人で持ちこたえて)」

「(こいつ、直接脳内に……!)」

 

 余裕そうじゃねえかラーマ君よぉ。

 ということで、どこで拾ってきたのかわからないネタを披露するくらいの余裕はあったらしい彼のことは綺麗さっぱり忘れるとして、こちらは兄貴が復活するまでの時間稼ぎをしなければならない。俺としてもあそこまで頑丈な兄貴があっさり死ぬなんて信じていない。それはともに師匠との稽古を受けていることから十分に理解している。元々アルスターの戦士は死ににくいしな。

 では、俺がやるべきことは一つ。マスターという己の身分を囮として使い、全力で時間を稼ぐことだ。

 

 未だ、クー・フーリン【オルタ】の攻撃を受けて吹き飛ばされたままのマシュに念話を行い、飛び掛かるタイミングを指示する。了承の意思を確認した俺は早速行動に移すことにした。できればこんな死にに行くような真似はしたくないし、己が生き残るためなら割と何でもするが、今回はこれが一番生存率が高い方法という末期状態である。つまりは()()()()()ことなのだ。

 

 態勢を低くし、左手も地面につける。四つ這いのようなその恰好は獣のようにも見えた。仁慈はその態勢から己の肢体に一斉に力を加え、地面を抉る勢いで己の身体にすさまじい推進力を付けた。音の壁すらも超越するその移動は普通の人間であれば確実に肉体が削ぎ堕ちていくほどの速度である。しかし、彼はその問題を己の魔力で全身をコーティングするという脳筋方法で解決したのだ。

 

 音速で肉薄する最中、先程ばら撒き損なった四次元鞄の中身を地面に突き刺しながら、彼は真っ直ぐ鎧を着こんだクー・フーリン【オルタ】に向かって行く。それと同時に彼の背後から先程まで吹き飛ばされていたマシュも進撃を開始する。

 

 だが、クー・フーリン【オルタ】は迷わずこちらに追撃を加えようとして来ていた。そうだろう。マシュの攻撃が効かないのは既に把握している。であれば、カルナを倒した時に見せた俺の槍の方が厄介だと感じるだろう。俺が既に武器をばらまき戦闘準備を整えていることは向こうも当然把握していることだし。けれど―――

 

「やれ、マシュ!」

「はい先輩!」

『何?』

 

―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺の自信満々のトーンに反応したのか、クー・フーリン【オルタ】は鎧に隠れた顔を少しだけ背後に向けた。するとそこには右手に俺の槍、もはやこの場に居る誰もが見慣れている朱槍を持っているマシュの姿があった。

 

『チッ、あの時か!』

 

 そう。俺が盾に隠れ刀を取り出して特攻した時、俺はそれを渡していたのだ。師匠が暇潰しで量産した武器たち(オルタナティブ)ではない。その朱槍には己を宝具足らしめる雰囲気が、神秘がしっかりと纏わりついていたのだった。

 マシュが俺の朱槍を持っていると分かった瞬間、クー・フーリン【オルタ】は優先順位を変えた。致命傷を与えられる武器を持っていない貧弱なマスターよりも先に、サーヴァントであり致命的な傷を負わせる可能性のある武器を持っているマシュに狙いを引き絞ったようだ。完全にその身体は背後を剥き、俺のことを追撃するのは半ば自立しているようにも見える尻尾だけである。それを確認した俺はニヤリと笑った。

 

 既に己の射程圏内まで肉薄していたマシュはそのまま握っていた槍を―――クー・フーリン【オルタ】に振るうことなく左手に持っている盾をそのまま叩きつけたのだった。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

「えぇい!ナイチンゲールが帰ってこない!マスターも返事を寄越さない!こんなんじゃ余、戦いたくなくなってしまうぞ!」

「ラーマ様ラーマ様。ナイチンゲールさんどうやら重傷を負ったクー・フーリンさんを治療しているようです」

「なら(何を言っても)しょうがないな!」

 

 諦観の言葉と共に目の前で己に襲い掛かろうとして来た魔獣を切り伏せる。これで彼が倒した魔獣は二桁にも上る数になったのだが、それでも未だにわらわらと湧いて出て来ている。ナイチンゲールと減らした分があるために囲まれるようなことはないが、それでも圧倒的な数の差がそこにはあった。サーヴァント一歩手前の魔獣たちと戦って今も尚この戦線が持っているのは、偏に完全体ラーマの強力さ故のことである。この状況で彼がいなかったらほぼ完全に詰んでいたと言ってもいい。

 

「それにしても……この魔獣の強さをマスターが知ってるのは聊かおかしくないか?」

「スカサハさんの弟子ですから不思議ではないかと」

「ことはそれで片付けてはいけないような気がするんだが……」

 

 左下から上に上げるように剣を切り上げ、そのまま身体を回転させると側面に居る魔獣の頭蓋を切り裂く。切り裂いた魔獣の頭蓋を左手に持ち、魔獣が屯している場所に投擲する。その死骸に態勢を崩された魔獣たちにラーマはすかさず己の宝具たる気円斬を放ち、更にシータから借り受けた弓で剣では届かないところに居る魔獣たちを蹂躙する。もはや、作業ゲーと化していると言われても納得するほどの手際の良さと緊張感のなさであった。

 

 だが、その油断が致命的な()()を招く。

 

 音もなく忍び寄って来ていた魔獣がラーマではなく、シータを狙っていたのである。シータが気づいた時にはもう遅かった。魔獣はその鋭い牙と爪を彼女に向けて構えており、ついでに言えば飛び掛かっても居たのだから。普段の彼女、それこそラーマとして召喚された彼女であればそのような失態は犯さない。しかし、今の彼女はその力をラーマに与え、本人は魔力タンクであるはずのマスターよりも非力な存在となってしまっている。その牙を()()で逃れる術はなかった。

 

「GURUOOOO!!」

「……ぁ……」

 

 小さく、言葉を漏らすシータ。

 それは近くに居る者ですら聞き逃すような音量であり、本当に漏れ出ただけのものに過ぎない。これを聞き逃したものを攻めることなどできないだろう。そう万人が答えるほどに小さかった。

 

 が、どんな小さな声でもそれがシータの物であれば聞き逃すはずのないシータ狂い(ラーマ)がここに居る。

 

「何をしている」

 

 言葉が魔獣の耳に届くころには既にその魔獣の額には矢が刺さっていた。それ以上言葉を紡いでいるようだが、もうシータを襲おうとした魔獣に続きを聴くことはできない。聴覚どころか生命の鼓動すらも失った魔獣にはどうあがいても不可能なのだから。

 

「この獣畜生供、今、余のシータを狙ったな?」

 

 尋常ならざる怒気がラーマを中心に展開される。それに当てられた魔獣たちは己の本能からか、意識せずとも足が数歩後ろに下がってしまっていた。

 

「狙ったな。確かに狙った……。余とシータを再び引き裂こうとしたな?」

 

 一歩、ラーマが前に出た。

 右手にはセイバーとして召喚される要因となった剣。左手には神の腕。己の神性に応じて神の武器を引き出す破格の宝具。

 呼び出されるは多種多様な神具とも言えるべき武器たち。それを一瞥したラーマは堂々と獣たちに宣告した。

 

「疾く失せよ。己の所業を後悔しながら、天上の者たちの礎となるがいい」

 

 これは酷い。

 油断したのはラーマだが、致命的な失敗を犯したのは魔獣の方という理不尽。この場を仁慈が見ていれば、責任転嫁もいいところだとツッコミを入れつつ敵が減るのでいいぞもっとやれと言っていることだろう。

 ………どちらにせよ、彼のことを止める人間などいなかった。彼は己の神性と腕をもって宣言通り魔獣たちを後悔させるような蹂躙劇を始めたのだった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 ズゴン、とあたりに鈍い音が響き渡る。マシュの盾による攻撃はオルタによって完璧に防がれてしまっていたのだ。

 だが、オルタの表情は優れることはなかった。それはそうだろう。彼女の手には己にとって致命的な傷を負わせることが可能であろう最後のマスター、樫原仁慈が持っていた槍なのだから。それを使った方が早いに決まっている。では何故それを使わなかったのか。……答えは簡単だ。そもそも、仁慈が致命的な攻撃を()()()()()()()()()()()()()()()。彼が声を荒げる理由はたった一つ。フェイクに用いる時のみである。

 

『――――――この小僧!』

「遅い」

 

 振り返ったオルタが目にしたものはマシュも持っていた朱槍ではある。だが、ここまで接近すれば彼には嫌でもその正体が分かった。この槍こそが、あの戦闘で己に傷を付けた真の槍――――突き崩す神葬の槍である。そもそも、この槍は仁慈と共にあり、仁慈の人外殺しを近くで見守り続けていたが故にここまでのものになった宝具擬きである。その槍を彼以外の者に使わせようとしても槍は反応しない。真実の意味でこの槍は仁慈専用となっているのだ。

 それを使用者である仁慈は当然知っているが、オルタは知らない。なまじ量産型のゲイボルクを見て、それを散々仁慈が使っているのを見て誰でも使い込めると思い込んでも仕方がないと言える。仕方がないが、それが致命的になることもあるのだ。

 

「――――突き崩す、神葬の槍」

 

 真名開放された仁慈の槍は真の力を遺憾なく発揮しながらオルタへと突き進んでいく。オルタもただでやられる気は更々無いらしく、生えている尻尾を槍に巻き付けてその勢いを殺し始めた。

 これをされてしまうと困るのは仁慈である。筋力を始めとするステータス面で半端ではないデメリットを背負っている彼からすれば、この態勢は非常にまずいものだ。故に、彼はすぐに槍を手放し後退することを選らんだ。

 そしてその判断は実を結ぶことになる。彼が突き出した神葬の槍はオルタの尾に捕まれそのまま両手の鉤爪でぽっきりと折られてしまったのだ。

 

「」

「」

 

 それを見て、完全にアドバンテージが無くなったと判断した仁慈はアイコンタクトでマシュを招集。そのまま己の隣といういつもの定位置に着かせた。だがマシュの身体は僅かに震えていたのである。

 それは何を隠そう先程の光景が原因だった。これまで幾度となくその強敵を屠って来た仁慈の切り札。……その槍が砕かれた光景は彼女の精神を揺らがすには十分なものだ。……これはあまりに強力な武器を持ったが故の弊害とも言える。頼りのもの、支えとなるものがなくなれば後は崩れ去るのを待つのみ。今のマシュは無意識ながらにそう思ってしまっているのだろう。表情には一切出ていないが、身体の震えからそれが想像できる。

 

 仁慈もこんな戦場でなければ励ましの言葉の送りたかった。しかし、生憎状況がそれを許さない。クー・フーリンが復活する兆しも見せないため、まだまだ自分は時間稼ぎをしなければならないのだから。

 

 一方オルタの方である。向こうは今まで煩わしかった槍を砕いた――――のまでは良かったが、それでもアレに正面から対抗したのがいけなかったのだろう。己の身体に変化が訪れてた。

 

『――――ぐっ、グ、グgg』

『これはっ!?―――仁慈君、マシュ!まずいぞ、そのクー・フーリン霊基がもはや彼の物ではなくなっている!!』

「は?」

 

 唐突なロマニの言葉に仁慈も素で返した。

 流石に今ので伝わるとは思っていなかったらしい。短いながらもロマニは言った。仁慈の槍を破壊したことにより、オルタの中に入っていた神の因子が弱まり逆にオルタをオルタ足らしめている因子の侵食が急激に進んだという。つまり、今のオルタは先程よりもさらに獣然としているというわけだ。

 

「判断に迷う」

『理性を失ったことはいいことだけど、ほぼ例外なくすべてのステータスにかなりの補正がかかる。二ランク上昇が最小値だと思ってくれ!』

 

 仁慈は一瞬だけ意識が遠退いて行ったがすぐに意識を自分の身体へと叩き戻す。性能は上がったが理性無き獣であればまだ勝算はあると考えたためである。

 

『――――――シね』

「――――――ッ!?」

 

 しかしその考えは甘すぎると言わざるを得ない。仁慈が無駄に意識を飛ばしている間にもオルタは迫ってきているのだから。彼が気づいた時にはもう遅い。ほぼ回避は不可能と言ってもいい位置まで距離を詰められていた。

 

「宝具、展開します!」

 

 当然マシュがそこで守りに入る。ロマンの言葉を受けて宝具を展開し、何としてでも受け止めようとするのだが―――

 

 

「なっ!」

『ドけ』

 

 彼女の宝具に罅が入る。普段の状態の彼女であればそれこそ完全に防ぐこともできたかもしれない。しかし、今の彼女には迷いがあり、不安があった。それを見た仁慈がやばいと感じ、すぐさま令呪を切った。

 

「令呪を以て命ずる!シールダー、全力で防げ!」

「はい!そのオーダーを遂行します!」

 

 令呪によって強化されたマシュの宝具はオルタの攻撃を防ぐことはできたが、それでも彼は止まることはなかった。一度盾にはじき返されても再びこちらに突進をしてくる。

 

 けれども、その分時間は出来た。仁慈がその時間を無駄にするわけではない。彼は、すぐさま横に転がると、その過程でいくつかの武器を拝借しそのままマシュと並走して駆ける。

 突然得物たる仁慈が方向転換したにも関わらず、オルタは勢いを殺すことなく直角に曲がり仁慈の追跡を行う。

 ステータスの差が露骨に表れているのかすぐに追いつかれた仁慈は、スカサハから教わったルーンを使って周辺にある武器たちを浮かせ、自分の周囲に漂わせそのまま射出した。

 オルタは迫り来る武器を二つの鉤爪で次々と粉砕しながら命を奪おうと肉薄する。そこでこのままでは逃げ切れないことを悟った仁慈は跳躍すると同時に、自分の周囲に浮かばせていた武器をその場に固定することで足場として宙に逃走する。マシュはその前で構えてオルタの攻撃の妨害に入るが、当然オルタは逃がすことなく仁慈に倣い跳躍、そのまま空中戦と相成ったのである。

 

 

 

――――――

 

 

 

 ぼんやりと、外の景色が見える。

 そこにはまだまだガキの癖に、いっちょ前に人の前に立って、俺達の時代とは違う筈なのに馬鹿みたいにぶっ飛んだ弟弟子が暴走した自分と戦っている。盾の嬢ちゃんはそんな弟弟子を庇って今も懸命に攻撃を受け止めている。全く以って情けねえ。唯でさえ、黒歴史みたいな俺の相手をさせてるっていうのにそれに重ねてここまでズタボロにされる姿も見られちまった。師匠がいたらさぞブチギレるだろうよ。

 

 ―――いや、そんなことを考えている場合じゃねえ。自分の落とし前くらいは自分でつけなきゃなんない。厳密に言えばあれは()ではねえ。かなり多く余分なものが混ざってはいるがクー・フーリン()であることには確定だ。自分の尻拭いを弟弟子にさせるなんて、ケルトのいい嗤いもんだぜ。

 

 おそらくこの特異点で会った看護師、そのおかげで幾分かマシになった身体を起こす。そしてすぐに身体の調子を確かめてみた。

 痛みはあるが、この程度は問題なし。すべての肢体はくっついているし、動かないというわけでもない。つまり戦うには問題ねえってことだ。

 

 確認を終え、握っていた朱槍を肩から担いで立ち上がる。

 看護師がなんか言っているが俺の眼を見ると諦めたのか黙って首を振った。へえ、こいつでも諦めることはあるんだな。意外だ。

 

「本来ならその身体で動くことは絶対に推奨できません。……ですが……」

「ハッ、この程度なら怪我のうちにも入りゃしねえよ。アンタのおかげでな」

 

 そう。身体が痛む。血が出ている。その程度で戦えないなんて根性なしはケルトに存在しねえ。そんな奴がいたらまず生き残れない。それに生前はもっと厳しい条件下で戦ったことがある。五体満足、マスターも居て味方も居るならそれはとんでもない好条件だ。

 さて、今の今まで……積もり積もった負債を一気に返却するとしよう。そろそろ本気で当てないと必中(笑)。因果(笑)とか思われそうだし、何より……王、クリード……外から受けた要因が悉く気に入らねえ。

 

 

 

――――――――

 

 

「マシュ、さっき渡した槍は!?」

「この盾の中です」

「そんな便利な機能が!?」

「先輩の鞄もいい勝負だと思うんですけど」

 

 マシュの緊張を溶かすためか、激しい戦闘中にも拘わらずいつも通りのやり取りを行う仁慈。しかし行うべきことはちゃっかりと実行するのが彼である。彼はマシュに預けていた槍を握った。

 ―――――そう、オルタが間違えたこの朱槍は、ある意味で本当で本物だ。これはゲイボルク。仁慈が持っていた専用のものではない。この特異点に行く前、スカサハに倒してこいと言われて倒した海獣クリードの頭蓋骨から作り上げた正真正銘のゲイボルク。これこそ、オルタを倒す手段としてスカサハが推奨したものだ。

 

 彼女は既にオルタがクリードと深い部分で繋がっていることに気づいていた。それはそうだろう。彼女は一度彼に宝具を向けられていたのだ。自らが倒したこともあり気づくのは容易だっただろう。

 そして、ここからが重要な部分である。ゲイボルクとは先程も言った通り海獣クリードの頭蓋骨から作られる武器。それは即ちゲイボルクが存在するということは、()()()()()()()()()()()()ということと同義なのだ。

 彼女はそれに着目した。すなわち、ゲイボルクを持っているものこそオルタを倒すべきことができる存在であると。英霊は生前の縛りには逆らえない。死因は英霊となった今でも覆すことの難しい呪いだ。その法則を当てはめればクリードと繋がっているオルタにもある程度適応される。

 今までは彼の神性のおかげで助かってはいたものの、突き崩す神葬の槍によってそれは失われてクリードの面が肥大化している。この状態であれば十分葬れる可能性はあると言わけである。

 

「と、いうわけ」

「もう疑問に思いませんけど、サラッと何個も宝具持たないでくださいよ……」

『仁慈君はほら……一人で神話作ってるから……あ、後クー・フーリンが復活したようだよ』

 

 マシュに盾を使いオルタの攻撃を受け流してもらっている間に言うべきことを伝えた仁慈。それに対するマシュの反応は正論ど真ん中であった。一方のロマニは既に諦めているのか、若干投げやりになりつつクー・フーリンの復活を告げた。

 

「マジでか」

「おう。マジもマジだ。待たせて悪かったな」

 

 言葉通り復活したクー・フーリン。その身体にはいくつもの傷がついており、特にゲイボルクが内側から生えてきた背中は完全に傷が塞がっている訳では無いらしく夥しい量の血液が流れ出ていた。マシュが心配そうに尋ねるも彼は笑って問題ないと答える。

 

「俺が寝てる間に随分と追い詰めたみてえじゃねえか」

「多分これで射程圏内だと思う。当てれば恐らく一発」

「んじゃ、まあ」

「うん」

 

『いっちょブチかますか』

 

「ごめんマシュ。いつもいつも露払い的なものをやってもらって……」

「いえいえ。私は先輩の盾、先輩のサーヴァントですから。いかなる場合も、好きなように使ってください」

 

 マシュの言葉に歓喜極まった仁慈は思わず彼女を抱きしめそうになったが状況が状況なので鋼の意思でそれを堪えると、一目散にオルタへと向かった。

 何を隠そうこのオルタ。クリードに侵食された影響か判断力が鈍っている。先程から必要以上に仁慈を追いかけ、仁慈しか見ていないのがその証拠だ。それは捉えようによってはピンチだ。先程のように火力に長けた者がいなければ、こちらの体力が消費される一方で利点はない。

 しかし、クー・フーリンがいる現在は違う。弱点たる武器を持ち、技量も十分。幸運値はちょっと足りないがそれは仁慈が補うから問題なし。この最大戦力が攻撃を当てやすいという利点が発生する。

 

「―――疾ッ!」

『―――――ッ!!!!』

 

 誘導を行うために積極的に攻撃を仕掛ける仁慈。オルタは彼の握る朱槍を適切に回避しながら反撃を行う。だが、仁慈も獣に堕ちたオルタに負けていない。防御が必要なもの、必要のないものを瞬時に見分けて最小限の動きでそれに対処し、カウンター気味に槍を振るう。所々に傷が増え、出血も見られるようになってきたが、仁慈はそれでも攻撃をやめない。 

 

 このままでは埒が明かないと感じたのか一端後方に引こうとするオルタであったが―――彼が行こうとした方向には既にマシュが待ち構えていた。

 仁慈にしか目が向かないためにそのことに気づくことができなかったオルタは、その無防備な首筋にマシュの盾を受けて地面に思いっきり陥没する。ダメージこそ無さそうではあったが衝撃までは吸収できなかったらしい。また不意打ちということも大きかっただろう。受け身も取ることができなかったのだから。

 ……オルタがオルタのままで居ればこんなことはなかった。けれど今ここに居るのはもはやオルタの皮を被っただけの獣に過ぎない。

 

「今です!」

 

 マシュの掛け声とともに跳び上がるは二つの影。

 眩い太陽の元でもよく見える、朱色の軌道を描きながらもその二つの影は真っ直ぐ、自分たちの得物を捕らえていた。

 

「今度は外さねえ。――――因果を操る必死の槍、その身でとくと味わえ」

「……いざ」

 

 仁慈は身体にある魔術回路をフル活動させて手に握る正真正銘の宝具に力を注ぐ。クー・フーリンも幾度となく扱ってきた己の槍を握りしめ、その真名を開放した。もはやこれより先に失敗の文字はない。あるのは必死という結果のみ。

 

刺し穿つ(ゲイ)――――死棘の槍(ボルク)!!」

突き開く(ゲイ)――――死獄の槍(ボルク)!」

 

 もはや真名は解放され、因果は決定した。これから先は覆すことなどできぬ。

 地面に埋まりつつも視線を仁慈達に向けたオルタは自分に近づいてくる二人に向って宝具を発動しようと両腕を前に突き出そうとした。

 だが、その腕が前に突き出るよりも早く二人の槍はオルタを貫いていたのである。ビクンと、一度だけ撥ねたオルタだったが、それまでのようで、前に出そうとしていた腕はだらりと地面に倒れることとなった。




バサクレスの時も思ったけどこれで完!って感じが半端じゃない。敵のバーサーカーはラスボス補正でもかかるのだろうか。


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第五特異点 エピローグ

第五章完!


 

 

 

『よし!クー・フーリンの霊基崩壊を確認!やったか(やってない)なんてことはない。君たちの槍は確かにクー・フーリンの霊基に止めを刺したんだ!』

「やりましたね先輩!」

「ふぅ……」

 

 ロマンのオペレートを聴いた直後俺は思わず思いっきり息を吐いて脱力してしまった。戦場でやるにはあまりにも危険な行為ではあるが今回だけは見逃してほしい。ぶっちゃけヘラクレス以来にやばかった。クリードの時もやばかったけれど、何というか唯の獣にはない……強化されていても何処か残っている戦士としての技術がとんでもなく精神力を使わせるのだ。

 

「良い様だな」

「ちっ、俺も焼きが回ったか……。しかし、偉そうにしているお前は一回ぶっ殺されかけてるだろうが」

「最期に立っている奴が勝者だ」

「違いない。……さて、よくやった小僧供。これで狂王である俺の役目は終わりだ。―――後は、この聖杯を守護する魔神様を召喚しなきゃな」

 

 魔神の召喚。その言葉で一気に俺達はクー・フーリン【オルタ】の方に視線を集中させた。それと同時に俺は疲れて地面に倒れ込んでいる身体に鞭を撃ち、跳び上がると急いで消え始めているクー・フーリン【オルタ】に止めを刺すためにゲイボルクを構えた。

 だが、それは遅かった。既にクー・フーリン【オルタ】は魔人柱を現界させるための言葉を言い終わっていたのだ。

 こちらの魔力は既にカラに近く、疲労も大きい。兄貴だって未だ傷が完全に癒えているわけではない。この状況で呼び出されたらいくらただの的だとしてもつらいところがある。

 

「―――顕現せよ。牢記せよ。これに至るは七十二柱の魔神なり!」

 

 もはやロマンに計測してもらうまでもない。明らかにクー・フーリン【オルタ】の霊基が別の何かに変化して言っていることがわかる。もはや魔人柱化を止めることは不可能だと断じた俺は、最後の霊薬の蓋を開けて一気に呷る。消耗が激し過ぎた結果、回復したのは全体の半分くらいだが、それでもないよりはマシだ。

 クー・フーリン【オルタ】との戦いですっかり消えてしまった強化魔術を己にかけ直し、再び槍を構える。そういえば突き崩す神葬の槍はぶっ壊されたんだった。これはかなり厳しいか……。

 

「全ての毒あるもの、害あるものを絶ち――――人々の幸福を導かん!我はすべての毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・プレッジ)!」

 

 自分たちの状況を確認して戦力差にどうしようかと頭を悩ましていると、唐突に後ろの方から頼もしい声が聞こえてきた。それと同時に俺たちの傷が癒えていく。宝具の性質と、声の感じからしてナイチンゲールが発動したものだと一瞬で分かった。

 

「ナイチンゲールさん…!」

「サンキュー」

「私は看護師として当然のことをしただけです。―――さあ、マスター。救命の時間です。傷は私が癒しましょう。何度でも、どんなものでも、私が治します。なのでこの理不尽を乗り越えましょう」

 

 実に頼もしい言葉だった。マシュと兄貴の様子を見てみれば、ほとんどの傷が治っていた。兄貴は元々負っていた傷の大きさからして完全に塞がっているわけではないのだが、これなら傷が再び開く可能性は低い。マシュに関して言えばほぼ完全に無傷の状態に戻っていた。

 よし、これならば行けるかもしれない。流石に精神的疲労までは回復できないようだが、肉体的に十全であれば何とかなる。

 

「余を忘れてないだろうな」

 

 ここでさらに追加の声が聞こえる。それは当然、先程まで露払いに徹していたラーマだ。クー・フーリン【オルタ】の配下である魔獣たちが彼の霊基が消失したと同時に消えたために俺達の増援に来てくれたのだ。

 

「いい加減、余も積極的に混ぜてもらおうか」

「きた、ラーマ君来た!これで勝つる!」

 

 何やら緑のような紫のような液体が身体のいたるところに飛び散っている気がするが、見えないなー。戦いが始まる前よりもシータとの距離感が縮まっていることも見えないのである。だって何があったのか大体予想できるもの。

 

『七十二柱の魔神が一柱。序列三十八。軍魔ハルファス。この世から戦いが消えることはない。この世から武器が消えることはない。定命の物は螺旋の如く、戦い続けることが定められている』

「―――いいえ!いいえ!否、と幾千幾万と叫びましょう!失われた命より、救われる命の方が多くなった時、螺旋の闘争はいつか終端を迎えるはず!いや、迎えさせる。それこそがサーヴァントたる私の使命。だから、この世界から退くがいい魔神。千度万回死のうが、私は諦めるものか!」

『我は闘争を与えし者。平和を望む心を持つ者たちよ。汝らは不要である……!』

「そっちこそ要らんわ。過去からの置物。そんなに闘争を、武器を望むなら……お望み通りお前の身体に刻みつけてやる」

 

 こちとらできれば平穏……とまではいかなくていいが、少なくとも世界の命運をかけるような戦いなんてしたくないというのに……!元凶たるお前にそんなことを言われる筋合いは全くないわ!

 

「魔神柱殺すべし!」

 

 というわけで死ね。

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

『略奪に努め』

 

 魔神柱についている無数の眼が光る。仁慈達は既にこれが攻撃の合図だと分かっていた。特にマシュと仁慈に関してはこれまで三体の魔神柱と対峙したことがあるのだ。往々にして戦い方というものを理解していた。

 

「くっそ、範囲攻撃ばっかりやりやがって……!」

 

 理解しているからこそ悪態を吐いた。

 仁慈にとってもっとも脅威となるのは範囲の広い攻撃である。彼はいわゆるチキガイであり、常人には理解できない戦い方をする。神秘?何それ美味しいの?むしろ俺自身が神秘だオラ!という感じでサーヴァントも相手取る。だが、そんな彼でも純粋なステータスの差を覆すことはできず、総じて敵の攻撃は回避が基本的な戦術となるのだ。広範囲攻撃の場合は往々にして回避することは難しく、また防ぐこともできないのでやりにくいと彼は感じている。なので、

 

「マシュ!」

「お任せください!」

 

 こういう時は迷わず頼りになる後輩を頼るのだ。人間の屑、根性なしと罵る者はこの場にいない。自分の性能を確かめ、かつ有効に運用することができる判断を下す彼を罵倒するほど愚かな人間はここに居ない。そして何より、マシュが仁慈に必要とされることを望んでいるのだ。外部の人間が何かを言うのはお門違いというものだろう。

 

 魔神柱の攻撃、爆炎のようなものをマシュの盾がしっかりと防ぎ、そのまま攻撃の中を直進していく。仁慈はそんな彼女の後ろを陣取りながら、彼女に強化魔術を施していた。

 仁慈の強化の甲斐あって何とか攻撃の中を突破することができた仁慈はそのまま魔神柱に接近。己が持っている朱槍、ゲイボルクを目玉の一つに突き刺した。だが、幾重にもある目玉の一つが潰されたくらいでは戦闘力を落とすことはないのか、別の眼が仁慈の姿を捕らえていた。

 

 先程の範囲攻撃が仁慈目掛けて放たれる……その瞬間、

 

「余達のことは眼中にないと?」

「てめえの眼球はどれもこれも節穴か?」

 

 それを許さない者たちの猛攻が仁慈への止めを防ぐ。己の技術とステータスを遺憾なく発揮したその斬撃と突きは、魔神柱の狙いを逸らすには十分な威力を持っていた。思わず彼もそちらの方を確認してしまう。

 仁慈はどうしてその無数にある眼でこちらの敵を複数補足しないのかと疑問に思いながら地面に着地し、折れてしまった突き崩す神葬の槍―――その切っ先の部分がついている方を握りしめる。そして、その視線を再び魔神柱へと移した。するとそこには―――

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!!」

羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)!!」

 

 神の血を引き、もしくは神の生まれ変わりである英霊たちの宝具を受けて苦しんでいる魔神柱の姿があった。どうやら幾分か聞いているようで、小さく呻き声のようなものを溢していた。それを見た仁慈は追い打ちとばかりに切っ先しかない自分の槍を投擲した。

 

「突き崩す神葬の槍!」

 

 一か八か、真名開放を行い投擲したそれは普段よりも小さいが、確かな光を放って魔神柱ハルファスの体面に刺さった。しかし、やはり折れてしまったが故だろう。前のようにもはや触れただけで効果を及ぼすようなキチガイ染みた効果を発動することはなかった。仕方がないので仁慈が自力で体内に埋めようと動き出そうとしたが……その前に仁慈が今から実行しようとしていたことをいち早く行っていた者が現れた。何を隠そうナイチンゲールである。彼はなんだかんだ言ってこの特異点で最も仁慈達と共に居た現地サーヴァントだ。当然彼の持っている槍の特性を知っていた。クー・フーリン【オルタ】の攻撃すらも退け、神性を破壊した実績を持つことも。それ故に彼女はいち早くハルファスに近づき、表面で刺さっているそれを力の限り蹴り飛ばした。

 

「殺菌!!」

 

 気合の入った掛け声とともに体内に埋め込まれていく槍の切っ先。流石に中から攻められれば為す術はないのか、魔神柱は眼に見えて苦しみだした。

 

『魔神柱ハルファスの反応が小さくなってきている……今ならいけるぞ!』

 

 ロマニの言葉に全員が目を合わせる。

 そして、同時に動き出した。狙うべきは先程仁慈の槍、その切っ先が埋め込まれている場所。効果が持続しているのかその傷口は塞がっていない。彼らはその穴から槍をさらに中へと押し込めると同時にそこから内部に直接攻撃しようとしていた。

 当然魔神柱もただでやられるわけではない。己のうちに渦巻く強大な魔力を凝縮し、仁慈達を纏めて吹き飛ばすために彼らの切り札を切った。

 

『ッ!―――今を以て汝ら不可解なり。汝ら肉共互いを赦し高め尊び、されど慈愛に至らず孤独を望む。もはや我等の理解は彼岸の果て。死の淵より汝らの滅びを処す。奪いたまえ。焼却式ハr』

『遅い!!』

 

 自分のピンチに切り札を切った。それは正しい行いである。だが、そうして発動する技がいけなかった。既に行動を開始している相手に対して使うものではなかった。もしくは不完全でもすぐに発動するべきだったのだ。この場における魔神柱ハルファスの優先順位は仁慈達を近寄らせないことであり、彼らを消し去ることではなかったのだから。

 

 傷口に塩を塗り込む……というレベルをもはや超越して総攻撃を受けた魔神柱はその巨体を徐々に崩していくこととなった。余りにも不憫である。

 

『フフハハハハ……フフフハハハハハ……!』

「――――」

 

 おそらく、闘争を否定した仁慈達が闘争によって自分を倒したことがおかしいのだろうが仁慈にとってそんなことはどうでもいい。彼が行いたいことは聖杯の回収であるのだから。魔神柱ハルファスがどのようなことを嗤っていようが関係ないのだ。

 彼は徐々に消えていく魔神柱に対して練り上げた魔力を込めた拳を叩き込み、残りの時間を一気に消失させた。これにより、魔神柱は完全に消え去り後には聖杯のみが残されることとなったのである。実際ヒドイ。

 

 

 

―――――

 

 

「む、どうやら終わったようだな」

 

 遥か北の地。

 魔神柱の苗木と化した二十八の戦士を倒し見事に西アメリカの地を守り切り、暇を持て余した結果雑談や何故か勝負をおっぱじめ始めた連中がいる中、スカサハがいち早く仁慈達の勝利に気づく。

 するとその言葉を皮切りに全員が一度己の行っていたことををやめた。

 

「―――そのようね。はー、疲れたぁ……!フランス、ローマ、そしてアメリカ!アンコールも大概にしてほしいわ!」

「なんだと!?エリザベートはそんなに出演していたというのか!?ずるいぞ!何故余には声がかからない!?」

「うわっ、そんなに出てたのかよこのおぼこ娘。一体どんだけ酔狂な聖杯なんだか。……お前さん、もしかしてあの魔神達に好かれてんじゃないの?」

「いやぁー!それは嫌すぎるわ!そもそも趣味じゃないわよ、あんなの!」

 

 ロビンの言葉が刺さったのか耳を塞いで頭をブンブンと振るう。今のドレスだからこそ違和感を感じるその行動だが、フランスで召喚されたときに纏っていた衣服で同じことを行えばヴィジュアル系バンドのヘッドバンキングと間違えられそうだった。

 

「にしても、我等がマスターもよくやるよ。こんなのをもう五つも越えてるわけだろ?どんだけ頑張ってんだよ。いや、あのマスターなら納得ものだけど」

「仁慈は儂が育てた(ドヤッ」

「私も育てた(ドヤッ」

「あんたらはもう少し反省しなさいよっ!」

 

 自信満々にドヤ顔を披露するエミヤとスカサハにエリザベートのツッコミが飛び交う。混沌・悪に超ド正論なツッコミを入れられる中立・善と中立・中庸がいるらしい。ちなみに悉くとスルーを喰らっている白い皇帝は涙目で「無視するでない。無視すると泣くぞ……泣くぞ!」と訴えかけていた。そしてそのまま光の粒となって消える。仁慈達が聖杯を回収したために座へと還ったのだ。

 

「……ふう。これで、本来の流れに戻る……我々の犠牲も無駄にならずに済む」

「本当にありがとうね。ジェロニモ」

「礼を言われることではない。ここで何もかもなくなってしまっては、我々の想いが、決意が無駄になる。それは許されないことだ。過去は変えるものではなく、教訓として糧として、前に進むためのものだからな……ま、復讐で戦士になった私が言えることではないが」

 

 自嘲気味に笑うジェロニモにビリーはもう何も言わなかった。只自分が持っている銃をホルスターに終い、戦いの傷跡が多く残る大地を見渡す。自分がこれを見ることがどれだけの犠牲の上に成り立っているのかということを想いながら。彼らは消えていった。

 

「ちっ、今の今まで空気を読まないでずっと殴り合ってたっつうのによ。結局負けか……」

「その天性の才は確かに脅威だ。だが、振るうものが未熟であればそれも持ち腐れというもの。座に還り、学ぶがよい。ベオウルフ」

「わりぃがお断りだ。なんか考えて殴るのは性に合わなねぇからな。野蛮上等、それが俺だ。其れよりあんたは良かったのか?あの槍兵と戦いたがってたんじゃねえのかよ」

「……フッ、それはまだ早いとこの前知らしめられてな。今しばらく時間をおこうと思ったまでの事よ。―――呼ばれるのが一番早いのだが、それは時の運だろう」

「ハッ、そりゃいい。確かにあの兄ちゃんの元なら気持ちよく拳を振るえそうだ」

 

 今の今までずっと殴り合いをしていた二人はお互いに笑い合いながら消えていく。

 その横ではこの特異点で影の功労者と言ってもいい二人が話し合っていた。

 

「ミスタ・エジソン。よかったわね。これで世界は救われたわ」

「うむ、そうだな。……これで、良かったんだ。多から成立した国家(イ・プルーリバス・ウナム)。アメリカだけでは成立しない存在である。絶望に屈し、この国だけでも――――その考えが最初の躓きだった……」

「別に間違ってはないでしょ。その判断があったからこそ、彼らが来るまで持ちこたえることができたんだから。過程を間違えることはよくあること。それでも正解を拾い上げるのがエジソンでしょう?」

「―――ありがとう。君の言葉に何度私は救われたことか……」

「でも、これで終わりではないでしょうね。まだまだ特異点は残ってる。さあ、あの子は私が渡した媒体を使ってくれるかしら?」

「………まて、そんなものを渡していたのか?しまった!私も恰好つけないで渡しておけばよかった!あの発想は私にはないもの……是非とも親交を深めたかった……もっと具体的に言えばカルデアとやらに召喚されて、色々な機械とか見たかった!」

「ま、その辺は彼に頼むのね」

「ォォォオオオオオ!仁慈くーん!是非とも私を呼んでくれぇぇぇええ!!!」

 

 前半の真面目は何処に行ったのか。やはり、この特異点での彼は大統領たちの妄執に取りつかれていたのだろう。

 もはや初見の時に会ったキャラクターは亡き者となっており、そこにはコミカルなアメコミライオンの姿があった。そしてそのまま座に還される。それでよかったのか。

 

「…………」

「どうだ。答えは、見つけたか?」

 

 明るいムードが漂う中、一人で佇んでいるアルジュナにスカサハが語り掛ける。彼は振り返ることなく、返事をした。

 

「完全に……とはいきませんが、以前よりはスッとしています」

「そいつは重宝。お主の弓、腕は確かだ。そのまま腐らせるのは惜しいからな」

 

 余りの理由にアルジュナは苦笑した。

 彼女が謙遜ではなく心の底からそう思っていることが分かっているのだろう。

 

「では、期待に応えるとしましょう。もし次に会うことがあれば、また見せてあげましょう。このアルジュナの弓を」

「面白い」

 

 その時彼が浮かべた笑みは授かりの英雄……周囲が称えた理想の英霊という側面ではなく彼だけが自覚している邪悪な部分が表面化している笑みを浮かべていた。

 

 最後に残ったのはカルデア勢のスカサハとエミヤだけである。

 

「それにしても、よくぞあの状態のクー・フーリンを仕留めたな。これは流石に褒美が必要だろう」

「……明日の天気は槍になるやもしれんな」

「今すぐ降らしてやろうか?」

「遠慮しておこう」

 

 というか確信があったんじゃないのか……と思わず白い眼を向けるエミヤ。しかし、当のスカサハは涼しい顔をしてそれでもやると思っていた。お主も奴らの性質を知っているだろう?と言った。

 その言葉にエミヤは返す言葉を持たなかった。

 

 

――――――

 

 

「聖杯の回収を確認しました。……ナイチンゲールさん。ラーマさん、シータさん!ここまで本当にありがとうございました!」

「本当に助かったよ。マジで。ラーマとシータそしてナイチンゲールがいなかったらこの特異点は危なかったわ」

 

 初期の方でこいつ置いてこうとか思って本当にごめんなさい。ナイチンゲール。心の底からごめんなさい。

 

「礼などは不要だ。むしろ、余の方が感謝したい。―――ありがとうマスター。余の……余達の積年の願いを成就させてくれて」

「その通りです。ありがとうございました」

「こちらも感謝などは無用です。もとよりそういう契約だったのですから。―――ようやく治療は終わったようですね。独りのではなく、この国全体の大きな傷が。感謝は無用ではありますが……レディマシュ・キリエライト。ミスタークー・フーリン。どうか握手をしていただけますか?」

 

 唐突の申し出に兄貴とマシュはそろって首を傾げる。するとナイチンゲールはこの特異点の中でもかなりの小さい頻度でしか出さなかった微笑みを携えて口を開いた。

 

「連れ添った患者が退院するとき、こうして手を握り合うのが、私の密かな楽しみだったのです」

「………もちろん喜んで」

「おう。お前さんほどの美人であればこっちからお願いしたいね」

 

 そうして握手を交わす二人。俺に握手がないことに別に驚いたりはしない。だって俺は彼女曰く病人らしいし、多分退院した扱いになってはいないのだと思う。

 

「そしてミスター樫原仁慈。まずは自分の病を自覚するところから始めることです。いいですね?もし行わなければこちらから赴きます」

「ハイ」

 

 師匠とは別の意味でやりそうだから困る。

 俺は縮こまって頷いた。

 それに満足したのか、彼女は再び先ほどのような笑みを浮かべ、静かに右手を差し出して来た。

 

「?」

「ともに戦った同僚に握手することは間違ったことではないでしょう?」

「………プッ」

 

 俺が一人だけ抜け者にされたことを気にしているとでも思ったのだろうか。真偽の方は定かではないが、素直に右手を差し出すことにする。

 

『いい雰囲気のところ悪いんだけど、そろそろ時代の修復が始まるよ。……今回は初めて味方のサーヴァントが倒れてしまった。だけど、一人で済んだことが奇跡と言ってもいい。君たちは胸を張って帰還してくれ』

「はい」

 

「最後にミス・マシュ。一つだけいいですか?」

「なんですか?」

「―――貴女は貴女の目的のために、これからの時間を生き続けてください。そして、その目的を夢ではなく、願いにしなさい。人間、夢としてしまうと途端にそれが遠く感じてしまいがちです。けれど違う。限りなく現実を睨み、数字を理解し、徹底的に戦ってこそ道は拓かれるのです。それこそ、人間に許された唯一の歩き方です。――丁度、私たちのマスターのように」

 

 それだけマシュに言うと今度は俺に向き直り、マシュのことをどうか支えてあげてくれという旨の話を受け取った。当然答えはYESである。

 返答に満足してくれたようでナイチンゲールはそのまま座へと還っていった。

 

「さて、最後は余達だな。と言っても伝えたいことは大体先程言ってしまったのだ。だからこそ余計なことは加えない。代わりにこれを」

 

 言って、差し出されたのは彼の左手に着けている籠手、シータからは髪の毛が数本送られてきた。

 

「この特異点は無事解決された。だが、これよりも厳しい戦いがまだまだあるだろう。だから、余の力が必要な時はそれを使ってくれ。すぐにでも駆け付ける。その場にたとえシータがいなくともな」

「私も同じです。この場では戦っていないので少し信用できないかもしれませんが、ラーマ(この人)の名に恥じない戦いを約束します」

「―――ありがとう。ありがたく受け取っておく」

 

 俺に媒体となるものを渡した彼らは手をつないだまま座に還った。これから彼らがどうするのかはわからないが、かえったら召喚を試みてみるかね。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 レイシフトのなんとも言えない感覚を体験し、目を覚ますとそこはコフィンの中であった。そのまま外へと出ると久しぶりの生ロマンが出迎えてくれた。その近くには所長の姿もある。今日も働く姿を見ることはできませんでしたね。

 

「こっちは貴方たちの存在を保つために必死にモニターにかじりついていたんだからもう少し言い方ってものがあるんじゃないかしら!?」

 

 マジおこだった。

 流石に冗談が過ぎたために俺は素直に頭を下げる。

 

「さて、これで歴史的に必要不可欠なアメリカ合衆国が誕生したわけだ。何はともあれお疲れ様二人とも。聖杯の方はこちらで預かっておくから先に部屋に戻って休むと良いよ」

「ではお言葉に甘えますね。行きましょう、先輩」

 

 歩き出す彼女に合わせて俺も歩き出す。普段から俺の盾となってくれている小さい背中を見やりながら俺は壊れた槍をどうするか考える。この槍を直さなければ彼女にかかる負担は今以上になることは確定的に明らか。アメリカに行く前に見た夢のことを考えるとこれ以上の負担は絶対によくない。とりあえず万能を謳うダ・ヴィンチちゃんに相談しようと心に決めた。

 

「先輩。一つ、いいですか?」

「ん?」

「今回の戦いでは哀しいことがありました。――――だけど、私……こんなことを言うのは不謹慎だと分かっているのですが、楽しいんです。こうして先輩と共に時代を駆け巡り様々な人、英雄たちと出会う――――それは、どの魔術師でも経験したことのないことで、歴史には残らないけれど私たちの記憶にだけ刻まれる旅。……そのどれもが初体験で、嬉しくて、悲しくて、大切なそんな思い出。それをずっと大切にしたいと思います」

「……そっか」

 

 それはいいことだと思う。人類を背負うという悲壮で後ろ向きな覚悟よりも明るい方が活力が湧く。今回クー・フーリン【オルタ】との戦いで折れそうになっていたけれどもなんとか大丈夫そうかな?

 そんなことを想いつつ、それぞれの部屋に分かれようとした時……、

 

「それで、は……せん、ぱい……?あれ、おかしい、な……わたし、立って―――――」

 

 マシュが頭から血を流してこちらに倒れ掛かって来たのだった。

 

 

 

 




活動報告でアンケートやります。
内容は以前言った六章についてのものですね。


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幕間の物語Ⅵ
このサーヴァントにしてこのマスターあり


活動報告のアンケートですけど、今日の21時に締め切りたいと思います。


 

 

 

 

「――――以上が僕が語れるマシュの話だ。ここカルデアは国連主催の組織だけど、その内情は魔術教会……アニムスフィアの研究施設だ。人類を守るという大義名分の下で非人道的なものもいくつか行われてきた。その一つが英霊と人間の融合―――デミ・サーヴァント実験だ……」

「あ、そこから先は語らなくてもいいよ。所長も辛そうだし、何より予想しやすい」

 

 マシュを急いで医務室に運び、その知らせを聞きつけて飛び込んできたロマンと所長から彼女の生い立ちを説明された。

 と、言っても俺はサーヴァントの記憶を夢で見るという経験から大凡予想することはできていたので特に不思議がることはない。彼女の稼働活動年月が18歳までと聞いたのは初耳ではあるが。そして彼女の稼働できる時間はあと1年あるかどうかということらしい。つまり17歳。俺より年上じゃん……。どうしよう先輩って呼ばれにくくなるな……。

 

「君にしてほしいのは、彼女をそういった色眼鏡で―――」

「大丈夫、見ないし見れない。俺に彼女は一番頼りにしている存在であり、尚且つ俺の唯一といっていい癒し……それ以外は別に何だろうと気にしない。……というか、今さらデザインベイビーで動揺するほど、軟な人生は送ってない」

「成人していない人とは思えない台詞……普段であればただの世間知らずの薄っぺらい言葉なのに……しかしッ!説得力がまるで違うわ!」

 

 フハハハ!若干16歳の俺に今まで訪れた試練の数々!麻婆の愉悦講座、エミヤ師匠の土下座講座……そして何よりスカサハ師匠の~これで今日から君もケルト人!~サバイバル編、武術編を乗り越えてきた俺の説得力は凄まじいだろう!俺と似たような体験をしている人がいるなら是非とも呼んで欲しい。朝まで語り合えると思う。

 

「確かに説得力が違うねー。でも、それが一番いいのかもしれないね。ロマンにしては落としどころもしっかりしてるし文句なしだ」

「うわっ!? ダ・ヴィンチちゃん!? 隠れて聞いていたのかい!?」

「もちろん。この期に及んでロマンがチキって言わない可能性もあったからね。……今から考えればどうあっても仁慈君に吐かされていた気がしないでもないけど」

「素直に言ってくれて俺も助かった」

「何それ怖い。僕何されるところだったの? ねえ……?」

 

 ハッハッハと笑いながら俺は医務室をあとにする。マシュのことについてはとりあえずある程度のことは理解した。これからはそのことも加味して戦いに参加させるか否かを決めなければならない。ま、そこまで過剰にする必要はないけど、戦闘中の万が一に備えることは必要だ。今まで大丈夫だったから……それは自分を追い詰める思考の始まりとも言えるしね。

 

 ―――とりあえず、新しい戦力の増強から始めようか。今回は本人たちから渡された媒体もあるし、流石にサーヴァント呼べるだろ。ぶっちゃけそろそろ呼べないともう召喚自体を諦めるレベル。そろそろライオンのぬいぐるみとか、セルフ・ギアス・スクロールとか、麻婆豆腐以外のものが召喚されて欲しいと願うのは贅沢なのだろうか……。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 仁慈がでていったあと、このカルデアでも重要な部分に関わっており、尚且つそれらを把握している人物たちは先程の仁慈の様子を見て話し合っていた。

 

「うーむ。ナイチンゲールが言っていたこと……これは本当に当たっているかもしれないねぇ」

「仁慈君の精神が逸脱してるって話?まぁ、それはそうだとは思うけど……」

「そんなのいつものことじゃない……」

 

 ダ・ヴィンチの指摘に確かそんなことを言っていたと記憶を探るロマニと今さら何をというオルガマリー。それらの指摘について彼らは特に疑問を思っていなかった。その中でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この反応にダ・ヴィンチは更に続ける。

 

「私が気になったのはナイチンゲールが言った()()()()()()()()()()っていうところさ。それを聞いた時私は目から鱗が落ちる心境だったね」

 

 ダ・ヴィンチは語る。

 仁慈の判断力の速さは異常であると。通常、()()()()な人間の選択には常に葛藤が混じる。それはサーヴァントであっても同じことだ。仁慈だってそれなりに時間をかけて思考するところは当然にある。しかし、まるで普通の人間と思わせるかのような思考を行っているのだ。日常生活ではそうではない。しかし、特異点などではこれが顕著に表れているようにダ・ヴィンチは感じていた。

 

「日常生活の彼は違和感を感じるほどじゃないさ。でもね、戦闘時の彼は一瞬たりとも迷ってないと私は考えて居るよ。ごちゃごちゃ色々なことを言っていてもそれでも既にやるべきことは決まっている」

 

 思考したのちに行う行動に躊躇いが見られないのがいい証拠だと言った。しかしロマニは反論する。

 

「でも、それはスカサハを始めとする意味不明とも言える体験が起こしたことかもしれないよ?」

「その線もある。常人には耐えられない環境に適応するためにそうなったのかもしれない。……けど、それならナイチンゲールが後付けなんて言わない。その場合はトラウマとも呼べる経験の所為で感情が失われた、もしくはそれに似たような表現になるんじゃないかな」

「成程……」

 

 激しい議論を繰り広げる二人を見ながらオルガマリーも一度仁慈のことをよく知ってみようとカルデアに会った情報から彼の素性を割り出したことがあり、その時の記憶を引っ張り出していた。

 

 樫原仁慈。樫原という武家の最高傑作と呼ばれている者。最高傑作というだけあり、ほぼすべてのジャンルで平均をはるかに超える能力を引き出していた。また、魔力回路も非常に良いもので、保有している魔力も多い。それ故に一般枠として招集された。

 けれど樫原という家のことをたどっていくと彼らの家系は元々魔術師であったことが分かった。はじめは魔術師らしく根源を目指していたらしいのだが、彼らは良質な魔術回路を持っておらず魔術による根源到達は不可能と判断したらしい。その結果、武術をきわめて根源を目指そうとした生粋のキチガイ集団だった。

 

 一応、正当な魔術師であるオルガマリー。その文面を見て彼女はげっそりとした。普通の魔術師であればそのような反応になることも頷ける。どう考えても頭おかしいもの。

 とりあえず、彼女は思い出したその情報をロマニとダ・ヴィンチに伝えた。

 

「……末代がキチガイなら祖先もそれ相応、か……」

「発想が私でもドン引きするくらいだねー……。………ん?待てよ。根源……なーんか引っ掛かりが…………あっ!」

 

 ここでダ・ヴィンチが何かを思いついたのか、オルガマリーにずいっと顔を近づけた。急に顔が目の前に現れたのでオルガマリーは思わず後ろに仰け反ってしまう。しかし、そんな彼女の状態は眼に入っていないのだろう。ダ・ヴィンチはそのまま食い気味で彼女に問いかけた。

 

「オルガマリー。君はさっき仁慈君がおかしいと言っていた時、首を傾げていたよね?それはどうしてだい?」

「何故って……。そんなことは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ロマニ!君は今まで仁慈の行動にツッコミを入れまくってたよね?」

「ここ最近は、仁慈だし仕方ない……なんて思い始めてきたけどね。まあツッコミを入れていると言われればしているのかなぁ……?」

 

 これでダ・ヴィンチは確信に近い答えを得た。彼女だって悪乗りで彼ならしょうがないなんて言ってはいたけど、心底染まっているわけじゃない。だからこそナイチンゲールの発言に気づき思考することができた。しかし、ロマニとオルガマリーは()()()()()怪しい状態となっている。それこそつまり……。

 

「薄々絶対に働いているだろうとは思ったけどさ……これはそういうレベルの話じゃあないかもしれないぞ……」

「―――一体何に気づいたのさ、レオナルド」

「もう、これだから天才は……!自分だけで納得してないで周囲に伝える努力もしなさいよ!」

 

 答えが理解できないのかロマニとオルガマリーの言葉がダ・ヴィンチに向けられる。そこで彼女は限りなく答えに近いヒントを言うことにした。

 

「君たちならわかると思うけど。人理焼却、人類滅亡なんて危機に現在私たちは陥っているわけだけど……そういった時、真っ先に働きそうなモノがあるだろう?」

「――――まさか……」

「待て、待て、待ってくれ……いや、確かに……でも本当に……?」

「でもこれだと大体の辻褄があう。何故、彼が遥か格上のサーヴァントを相手取ることができるのか。何故、彼は悉くと不可能と思われることを成すことができるのか。何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉が決定的なものとなったのだろう。

 どうやらロマニとオルガマリーは答えに辿り着いたようだった。それは魔術師であれば大体は知っているだろう。なんせ、彼らの目指すものに必ず付随してくる問題みたいなものだからだ。

 

「そう。恐らく彼は―――――」

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「よくってよ。このキャスターが、貴方を導いてあげる。ちゃんと約束通り呼んでくれたみたいだしね」

「――サーヴァント・セイバー。偉大なるコサラの王、ラーマだ……なんてな。これからもよろしく頼むぞマスター」

「――サーヴァント・アーチャー。真名をラーマ……ではなくシータです。呼んでくれてありがとうございます」

 

 

 召喚した結果。媒体ありだからだろう、そのまま3人普通に呼ぶことができた。しかも、ラーマとシータまで呼ぶことができた。これは一体どういうことだろうか。あれかな。いつもはサークルの代わりになっているマシュの盾がないから適当に折れてしまった突き崩す神葬の槍を媒体にしたから呪いだけいい感じにカットしたんだろうか。

 

「シータ!」

「ラーマ様!」

 

 そして感動の抱擁。なんと別れてから一時間も経過していないうちの出来事であった。しかし幸せそうでよかったよ。

 

「ふーん、ここがカルデアの内部ねー……。面白いじゃない。ねえ、マスター?もっと案内してくれないかしら?」

 

 こっちはこっちで興味津々という風に話しかけてきていた。外見と相まって子どものようにも見える。やりたいことが多くあるのは仕方がないのだけれども、とりあえず彼らがこれから過ごすことになる部屋に案内することにした。特にラーマとシータはそのルームで存分にいちゃついて欲しいと思う。ここは戦場ではないんだから。

 

 

 

 

 




……なんだかんだで、もう六章ですか……。
こんなこと自分で言うのは何なんですけど、結構頑張ったな。私。


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ここ最近のカルデア

アンケートの結果ですが、とても優しい方が多くて私の好きに書いてくれという意見を多く戴きました。なので過剰なギャグを期待していた方には大変申し訳ないのですが、普段通り書かせていただきます。

……と言っても仁慈であり、(ある意味)最終兵器彼女は連れていくことは確定しているので必然とギャグ寄りになるかもしれませんが、しっかりするところはしっかりするという感じで行くと思われます。

アンケートにご協力してくださった方々、本当にありがとうございました。
次から第六章です。


 

 

 

 

 マシュが目を覚ました。とても良いことである。

 心配させてすみませんと謝る姿は尊いものだった。速攻で許した。そもそも謝られることではないので気合を入れた料理を持っていった。

 ロマンに止められた。仕方ないね。

 

 そんなことをしつつ、現在のカルデアの状況を報告しよう。まず、小川ハイムという巌窟王がラスボス擬きをやっていた場所で仲間になった彼女、式。実は普通にカルデアにいるのである。監獄塔とか、その後の第五の特異点とかで特に言及はしていなかったけど普通にカルデアへと召喚されていた。その彼女は今ではすっかりこのカルデアになくてはならない存在となっている。その理由は単純明快―――

 

「これでよしっと」

「おぉ……すごいねぇー、これが本格的な日本食かぁ」

 

 彼女も料理できる勢だったからである。

 基本的に此処での料理は全体的に俺、エミヤ師匠、ブーディカが請け負っているのだが、ぶっちゃけここ最近ではブーディカに任せっきりになってしまっているのが現状だ。

 俺としてはここ最近相手がかなり強力になってきていることもあり修練が欠かせない存在となっている。エミヤ師匠もひたすらに武器の補充やその他の家事等を手伝ってもらっているため、「戦闘ではちょっと役立てそうにないから……」と申し訳なさげに行ってきた彼女が自分から請け負ってくれているのだ。しかし、ずっと同じメンバーで料理を作っていれば飽きがくる。そんな時に現れた式、彼女のおかげで一番の負担となっていた料理面での問題が解決に近づいたのだ。

 

「……こういう使い方もあるわけだな」

「エミヤ師匠の眼がマジだ……」

 

 料理研究に余念がなさすぎでしょう。ガチ過ぎて引くんだけど。いや、うちも似たようなもんだっけ。樫原の分家に料理で人は殺せると言って毒を入れずその料理のうまさだけで相手を倒すことを目指した生粋の変わり者がいたって話だし。その影響で俺も料理させられてたし。

 

「ま、気が向いたらまた作ってやるよ」

 

 と言いつつ、意外と頻繁に作ってくれているので非常に助かってます。ありがとうございます。

 

「ただ、あの手作りハーゲンダッツ?くれ」

 

 

 

 

――――――――

 

 

「済まないな、マスター。余たちのわがままに付き合ってもらって」

「まあ、こっちとしても用事があったから別にいいよ」

 

 所変わってここは特異点……とは到底言えないけど、何かしらの歪みがあったから様子を見てきて欲しいと言われてきた場所。そこに今ラーマとシータを連れて俺達は訪れていた。第六の特異点の環境も安定しないし、何よりもマシュがまだ回復しきっていないためにそういったことを行っている。

 ちなみに彼らを連れてきたのはデートの場所に困っていたからである。こうして外の景色を見ることが出来るのはVRで再現されたところか、こうしてレイシフトした先しかないからね。

 

「ちなみにお弁当あるけど食べる?」

「何から何まで本当に申し訳ありません……」

『準備いいなー。仁慈君』

「フフフ、実は俺もこの時間を休憩と割り切っていたのだよ………ほら、カルデアはさ。一段とにぎやかになったから……」

 

 この第五の特異点のことを受けて師匠も本格的に己を高めようとちょくちょく兄貴と俺と何故かエミヤ師匠まで連れ出して自分の強化とこっちの修練を同時に行ってきたりしているし、それ以外にもラーマ達と同時に呼び出したエレナにひたすら身体を調べられたり、その見返りとしてまともな魔術を教えてもらったりと色々しているし、ストレスのたまった式の魔眼から逃げつつ軽い殺し合い(強制)をさせられたりしているのだから。割とマジでカルデアでも休みがない。だからこそ、このマシュとタメを張るレベルの癒し要素であるこの二人を連れてのんびりするつもりだ。

 

『一応ここにも異常があるってことで来てもらっているんだけどなー』

「でも、サーヴァントの反応はないんでしょ?こっちとしてもそれらしい気配は感じてないしたとえ、竜種が来たとしても今更それくらいどうとでもなる」

『やっぱりおかしいよねーこの会話。インフレが激しいよー助けてマギ☆マリ……』

「ここでサイト開いたら、叩き折るからねノーパソ」

『鬼!悪魔!仁慈!』

「おう、もういっぺん言ってみろや」

 

 この俺が悪魔や鬼と同列とはどういうことだ。全力で今すぐ謝ってほしいんだけど。

 

「そうだぞロマニ。それでは鬼や悪魔が可哀想だ」

「まさかの裏切り」

 

 おのれラーマ貴様も敵だったというのか。弁当分けてあげないぞ。なんて、ことを考えつつ四次元ポケットからあらかじめ用意しておいたブルーシートを取り出してその辺に敷く。

 更にお弁当が入った箱を三人分取り出して、魔法瓶と紙コップを用意した。

 

『装備がガチ過ぎる……』

「ぶっちゃけ近いうちにVRの方でもいいから行こうと思ってました。……全部終わったらカルデアのみんなで宴会でもする?」

『………いいかもね。その時にサーヴァントのみんながまだカルデアに残っているのかどうかは定かではないけれど、残っているみんなでぱぁーっと騒ぐのもありだね』

 

 少しだけ間をあけたことが気になったけれども、それでも肯定を貰ったので頭の片隅で計画を練り始める。

 うん。もしこの戦いが終わってもブーディカやエミヤ師匠、式には少しだけ残ってもらおう。俺一人じゃ絶対に回らないし。

 

『―――来たよ。仁慈君。特異点の修復過程で出た取りこぼしだろうね。敵性反応が数体だ』

「了解。……この反応は―――ワイバーンが数体にスケルトンってところか」

『精度上がってるなー。その通り』

 

 ロマンから肯定の言葉を受け取ったので、お互いの口に俺のお弁当を入れているラーマ&シータのコンビに声をかける。邪魔をするようで悪いけどお仕事ですよ。

 

「そうか。ではさっさと片付けて続きと行くか」

「援護は任せてください」

「敵が可哀想だ」

 

 まあ、可哀想だと思うだけで普通にぶっ潰しに行くけど。

 

 

 

―――――――――

 

 

「うーん、やっぱりあなたの身体からはマハトマと似たものを感じるのよねー……面白いわ」

 

 だからマハトマってなんだよ(二回目)

 

 特異点擬きとも言えない残党処理を終えた次の日、俺はエレナの所を訪れていた。彼女は俺の身体がかなり気になるらしくすごく真面目に研究している。それこそ、身体を直接解剖したりはしないが、成分やらなにやらまでくまなく調べ上げていた。

 そこでよく耳にする言葉がマハトマという言葉である一体それは何なのか一度聞いてみたことがあったのだがこっちが理解できなかったのでもうあきらめて心の中でツッコミを入れることだけにした。

 

「で、何か分かった?」

「そうね。貴方の良質過ぎる魔力回路。そして、戦闘時に見せる在り得ない戦闘力。まさに戦うだけに……ううん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()の物ね」

「用意された……ねえ……」

 

 心当たりとしてはないわけではない。

 現代では何故残っているのかと疑問になるくらいの武家に生まれ、その祖先は元々魔術師。師匠になってくれた人は三人のうち二人が英霊になっていると来た。一般枠でたまたまカルデアに呼ばれ、そのまま最後のマスターとなる……。まあ、冷静に考えてどこの主人公だって話だよね。ここ最近自覚は持ち始めたけれどもそういうこともあるかと考えれば、割と何とかなる。

 

「気にしないの?」

「ん?」

「自分の事なのに、まるで誰とも知れない誰かに操られているみたいで気持ち悪いとは考えないのかしら?」

「どうだろう。何だかんだ言って、俺にあるのは生存本能だけなんだよね」

 

 なんで今こうして戦っているかと聞かれれば生きたいからと答えるだろう。前にも言ったかもしれないが俺にとって人理は割かしどうでもいい。けれども、()()死にたくない。

 結局俺の根幹にあるのはそれだ。師匠との戦いも死にたくなかった。だから頑張って生き残った……それだけだし。

 

「ふーん。自分の命を度外視したキチガイだと思ったけど、意外とまともな考えをしているのね」

「ひどすぎる……」

「だって、貴方が動揺しているところって中々見ないし。戦闘中は全く見せなかったじゃない」

「タイミングが悪かっただけでしょ」

「そういうものかしら……よしっ。今日はここまでにしましょうお疲れ様。……じゃ、ここからはお勉強と行きましょう」

「はーい」

 

 魔術が使えないわけではないのだけれど、やはり技術とは基礎を理解してこそである。読んだ本に乗っているもの、よく使うルーンなどはできるけれど。こういった知識は持っていて損はない。

 

「では始めようかしら。今日は古きものを教えてあげる。紙とペンを用意しなさい!」

「せんせー。そのセリフは少々早いと思います」

 

 なんか全てを終えた後で待ってそうな老紳士が泣いている姿が脳内で浮かび上がったんだけど。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 エレナの研究と講義を終えた後、夕食の準備をして片付けを他の人に任せた俺はダ・ヴィンチちゃんの工房にやって来ていた。目的は当然折れてしまったうちの槍、突き崩す神葬の槍をどうするべきか相談しにやって来たのである。

 過去に俺の槍を大量破壊兵器に変えた実績を持つ自他ともに認める天才である。今回もなんとかしてくれないかなーというちょっとばかり浅はかな考えと共に俺はその扉をくぐった。

 

「ダ・ヴィンチちゃんいる?」

「ダ・ヴィンチちゃんの素敵な工房へようこそ。今日は何の御用かな?」

「うぇ?おぉ、マスターではないか。珍しいの、ここに来るなんて」

「俺としてはノッブが居ることがの方が驚きなんだけど」

 

 工房の中に入るとそこにはまさかのノッブがいた。その手にはよくわからない物体が握られており、かつて聖杯を爆弾に変えたというエピソードが頭をよぎる。なんだろう、嫌な予感しかしない気がするんだけど。

 

「わしか?わしはしばらく出番がなさそうなんで、いつでも万全の状態で行けるようにちょっと火縄銃を改造しようかと」

「モーション変更で我慢しろよ……」

 

 えー……と残念そうに声を上げるノッブ。

 そんな彼女は無視することとして、俺はダ・ヴィンチちゃんに槍のことで相談があるということを持ちかけた。

 

「―――ってわけなんだけど……」

「成程ねー。確かに、君の代名詞とも言えるこの槍が折れた状態じゃあ怖いことも多いし。直すに越したことはないんだけどー……」

「いや、無理じゃね?」

「ですよねー」

 

 俺の槍は見ての通りぽっきり真っ二つに折れてしまっている。しかし、一応効果は発動できるのだ。即死とまではいかないけれどもあの魔神柱に大ダメージを与えていたことからその効果は保証済みである。

 

「いっそのこと溶解して別のにしてみればいいんじゃないかの?ほら、弾丸とかロマンあるじゃろ」

「人外殺しの概念を纏った銃弾を敵に向かって放つってこと?」

「面白そうだね」

「じゃろ?なんならわしの銃でぶっ放してやってもよい」

 

 しかし、それだと弾丸の数に限りがある。今のところこの槍しかないわけだしそれを溶解して限りある弾丸にしてしまうのはもったいない気がする。

 

「ま、そうだよね。んー……別に接着だけなら問題はないけれど、戦闘に耐えきれるかどうかは保証できないかな」

「まぁ、そうなるよね」

「けどなんとなくなんじゃが、そのまま持っててもいいんじゃないかの?ぶっちゃけマスターならそのまま持ってていつの間にかグレードアップした槍を振るっててもおかしくないしの」

 

 ノッブの言葉にありそうありそうと笑い転げるダ・ヴィンチちゃん。ひでえ。

 

「うーん、取り合えず。今持ってる突き開く死獄の槍に頼るしかないか……」

「平然と我等がマスターが宝具を所持している件について」

「是非もないよネ。あ、聖杯みっけ」

「余計なことすんなよマジで」

 

 この後無茶苦茶のんびりした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次章予告

「今回は今までとは違う。この特異点自体があってはならない存在なんだ。だから、この特異点の人理定礎評価はEX……。今まで以上に気を引き締めて欲しい」

――――告げられるは、測定不能を現す評価。しかし、仁慈達はいかねばならない。人類の滅亡を回避するために、何より己が死なないために。

――――そうして、レイシフトしたさきで見たのは白銀の騎士たちが、一般市民を大量に虐殺していたり、骸骨の面をしたサーヴァントが闊歩したり、エリちゃん系褐色エジプトが徘徊していたりとかなり面倒くさいところだった。

――――それに切れるわ我等がヒロイン達。

「すみません先輩!どうしても我慢できませんでした……!」
「マスターあそこのバスターゴリラ切っていいでしょうか!?いいですよね?いくら何でも一般市民をぶっころはギルティですよね!」

――――その標的になるのは円卓の騎士たち。

「えっ、はっ?我が王!?」
「待ってくれこれは誤解だ!だからそのゴミを見るような目は……!」
「父上ひゃっほぉぉぉおおお!!」
「(ポロロン)」


――――立ちふさがる強敵たちをなぎ倒した仁慈達の前に現れるのは、王と呼ばれし者達だった。

「地上に在ってファラオにh(ry」
「首を出せ」
「――――汝らではどうすることもできない。諦めよ」

――――しかし、彼らは立ち向かう。もとより、ここであきらめるのであれば特異点を巡る旅なんてしていないのだから。

「認められません。私たちは、籠の中の鳥ではありません!自分たちの足で歩むことができるのです!」
「そもそも槍を持ってれば巨乳とか舐めてんですか?聖剣が最強に決まってますよ。だから死ね」


――――今ここに、お互いの譲れないもののために激突する。

「それは全ての疵、全ての怨恨を癒す我等が故郷。顕現せよ―――」
「聖槍が聖剣に勝るというのなら、まずはその幻想をぶち壊します」



「――ロード・キャメロット!」
「――エクス、カリバー!!」




――――そして、


「先を紡ぐは人也。もとより導きなどは不要。であれば――――」



――――ついに彼が真価を発揮する。



「――――『天上よ、地を這え』」























   *      *
  *     +  うそです
    n  ∧_∧  n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
     Y     Y    *






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第六特異点 混乱極大円卓キャメロット
第六特異点 プロローグ


これから第六特異点の始まりです。


 

 

 

 

 

 

――――――夢を見た。

 

 

 それはかつて私が視た記憶。先輩の体験してきた出来事。けれど、これは違う気がする。何故ならこの記憶には私やカルデアに呼ばれたサーヴァント達が映っているのだから。これが先輩の過去ということは考えられない。そして過去ではないと判断できる要因がもう一つある。先輩は今まで以上に高い戦闘能力を持っていたのです。

 

 敵はぼやけててよく見えないけれど、その戦いは壮大なものでした。今までともに特異点で戦ったサーヴァント達が一堂に会していて、見たことのないサーヴァントとも戦っていました。その中でも先輩は他の皆さんと比較しても劣らないほどの強さを誇っていました。

 

 けれど、それは同時に先輩がどこか遠い存在になってしまっているような気もして酷く不安になりました。

 盾である私よりも前に出て、見たことのない武器を振るうその姿はまるで正義の味方のようで、自分を蔑ろにしているようで――――夢とわかっていても、先輩のことを止められずにはいられませんでした……。

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

『第六特異点、レイシフトできるってよ』

 

 という連絡を朝から貰ったので、身支度を整えていつも通りに管制室に向かう。当然の如く我が部屋にて俺の寝顔を眺めていた清姫は軽く流すことにした。……あれはきっといつの間にか俺の部屋に置かれていた等身大の置物なんだよきっと。ほら、ロマンなら持ってそうだし、等身大美少女人形。多分製作はダ・ヴィンチちゃん。

 ……意外と本当に作ってそうだ。俺の勝手な妄想なのに若干二人の好感度が下がってしまった。許せ。

 

 なんだかんだ言って簡単に半年を通り越し、一年に届こうかという時間利用している湾曲した廊下を歩いて管制室の中に入っていく。そこにはいつも通り、休まず働いている職員たちとロマニ、カルデア一の天才にして変態ダ・ヴィンチちゃんがいた。マシュの姿がまだ見えていないのは意外だったが、恐らく病み上がりということもあり少しずらして知らせる気でいるのだろう。

 

「おはよー」

「おはよう、よく眠れたかい?仁慈君」

「体調管理も含めて修練を行った俺に隙はなかった……。そういうロマンも、いつもより顔色がいいね。久しぶりに寝れた?」

 

 さらりと宣言した言葉にロマンが胸を押さえる。どうやらばれていないと思っていたらしい。

 

「……ばれてた?」

「うん」

「あはは……隠し事もできないとか我等がマスターは本当に万能だなぁ……」

「万能?」

「あ、ダ・ヴィンチちゃんは呼んでないです」

 

 反応早いな。

 まあ、雑談はここまでにして本題を聴こうか。なんにせよ、マシュが来るまで特異点の話はしないだろう。彼女を今更メンバーから外すというわけにはいかない。いかにその身体に限界が差し迫っていようともそのようなことを彼女自身が望んでいないと思っているためである。

 で、あれば俺が先に呼ばれたのは別の用事があると見てほぼ間違いない。

 

「というわけで、改めてなんか用?」

「ん、あぁ……もう少し待ってくれ。多分もう来ると思う――――ほら、来た」

 

 ウィンと管制室の扉が開く。

 職員たちは全員がその機械と睨めっこしているし、サーヴァント達も既にこの管制室で思い思いの待機をしている。であれば入ってくるのはマシュと所長だけだ。しかし、先程の予想からマシュの可能性を排除すると、今扉の近くに居る人物は自ずと一人だけとなる。

 

「所長、おはようございまーす」

「呑気ね」

「で、本題は?」

「早い……。ふぅ……貴方抑止力から強大なバックアップを貰ってるでしょ?」

 

 そう問いかけられた。

 ………何やら確信を持って俺にそう問いかけているようだが、生憎とこっちは何のことかさっぱりわかってない。抑止力?何それ、課金を止まらせる働きを持つ機関のことかな?……いや真面目に考えてないと言われればそうなんだけれど、本当に心当たりがない。もしかしたらナイチンゲールが言っていた病に関係あるのかもしれないけれども自覚がない。

 

 俺の反応が著しくないのを感じ取ったのか所長が焦ったように「あれ、違った?」と言っていた。どっからどう見てもパニック状態である。ちなみに抑止力云々言った時にエミヤ師匠がガタッ!と言った感じで立ち上がった。貴方じゃありません座っててください。

 

「だから言ったじゃないか……。仁慈君に自覚はないんだって……」

「ま、大体そういうもんだからねえ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんとロマンはこの結果が分かっていたらしい。ならなぜ止めてやらなかったのか。今も目が泳ぎまくっている所長はとりあえず置いておくとして、何やらわかってます的な雰囲気を醸し出している二人を問い詰める。

 

「こうなることが分かっていたなら何で止めなかったのさ」

「この私に隠し事なんて……!って感じでこっちの言うこときくような感じじゃなかったし……」

「どうせなら、うまくいけばいいかなーという感じで送り出したわけさ」

「要するに捨て石にしたってことでしょ」

 

 これは酷い。

 カルデアの責任者、所長という役職は一体何だったのか考えさせられるな。それぞれの部門責任者にいいように利用される施設内最高役職……組織として致命的なのではなかろうか。

 

「ま、とりあえず俺にその抑止力ってやつに対して心当たりはないね」

「だろうね。悪かったね、こんなくだらないことで早くに呼び出して」

「くだっ……!?」

 

 さりげなく言葉の槍が所長の胸を抉る。やめたげてよぉ。彼女のメンタルが弱いのはロマンも知ってたじゃないか……。

 そのようなことを言っていると再び扉が開いて、マシュがフォウをその肩に乗せて走ってこちらに向かって来ていた。その様子にロマンがとんでもなく動揺している。所長も動揺している。ダ・ヴィンチちゃんだけそんな二人を見て呆れた顔をしていた。色眼鏡で見ない、平常を装うとは一体何だったのか……。

 

「すみません。マシュ・キリエライト到着しました。……何やら皆さん既に集まっていらっしゃったので少し急いできたのですが……もしかして遅れちゃいました?あと、ドクターと所長の慌て具合は一体……」

「いーや、時間通りだよ。これからブリーフィングを始めるところさ。それとそこの二人はほっといていいよ。君が倒れたってことで動揺しまくってるだけだから」

 

 遠慮のない言い様ではあるが事実なので、二人はひとまず放っておくことにして俺もマシュに調子はどうかと聞いてみる。すると体調は完全に回復したとのことだった。大変結構。

 

「ま、まあそれじゃあみんな揃ったところだし、第六の特異点の話をしよう。――――事態は十三世紀。場所は聖地と知られるエルサレムだ―――」

 

 なんでもこの場所、特異点として選ばれるということが素直に頷くことができるほど人類史にとって重要なものであるらしい。俺としては歴史にそこまで詳しくないので深くは理解できなかったが……それでも後からマシュに知識を補完してもらいつつ頑張っていこうと思う。

 話は更に進み、ここは今までの特異点とは違い、放置して置いたらその時点で人類史に大ダメージを与える特異点と化しているらしい。つまり、たとえソロモンを倒したとしてもここが残っているとそれはそれでアウトということだという。それ故に難易度は過去最高というか規格外のEXと来ている。

 ……さぁ、今からいい予感が全くしないぞぉ。これは過去最高に面倒なにおいがする。

 

「じゃあ早速、レイシフト―――する前に、メンバーの選出をしてね」

「はいよー……」

 

 ロマンから言われて俺は待機している人たちを見る。

 といっても今回既に連れていく英霊たちは決まっている。……正直その判断基準はいつもの如く勘だけど。前もって出てくる敵の情報とか知れたら便利なんだけどさ。そんなわけにはいかないからなぁ。

 

「とりあえず、今回連れて行くのはXとサンタオルタね」

「正気ですかマスター!?」

「……おい、トナカイ。私をこの色物と一緒に連れていくなんて正気か?」

「誰が色物ですかミニスカサンタ。狙いすぎですよ。相性的にも私に勝てる要因ゼロのくせして生意気な」

「フン。色物以外でどう表現しろと?聞けばお前、トナカイに行く先行く先で苦労を強いているらしいな。そんなものが文句を言うなど片腹痛い」

「クリスマスに無理矢理マスター拉致ったミニスカに言われる筋合いはないんですー!というか、私の特異点参加率は断トツトップ!脅威の四回ですよ?新人の貴方にどうこう言われる筋合いとかないですしおすし!」

 

 喧嘩するなよ……。

 他の人たちの視線が痛い。何でよりにもよってこの二人を組ませたのかという疑問がありありとみることができるのだが、仕方ないじゃない。これの方がいいと囁いているのだから。

 

「じゃ、行くか」

 

『この状況で!?』

 

 大丈夫だって。こっちで何とかするから。

 

「X-、サンタオルター……早くやめないと――――置いてくよ」

『ちっ』

 

 渋々という感じで一応争いをやめてくれる二人。これはお詫び不可避ですね……。無茶だと分かっていてもナイチンゲールの時のようなこともある。仲間の仲が悪いことはあまりいいということではないのだが、彼女の時のようにそういったことがいい結果を招くことにもなるかもしれないしね。

 

「じゃあ、改めて行くよー」

『はーい』

 

 帰ってくる返事が一つ多かった気がする。

 とりあえずコフィンの中に入り込むメンバーを確認してみる。マシュ&フォウ。割といつもの事なので問題なし。ヒロインX&サンタオルタ。こっちから指名したため問題なし。レオナルド・ダ・ヴィンチ――――おかしい。

 

「ファ!」

「ちょ、ちょ、ちょ……!何やってんのキミィ!?何で余ったコフィン開けているんだい!?」

「何でって……そりゃ、相手は前人未到の人理定礎評価EX。仁慈君には天才の助けが必要さ」

「仁慈君に助けなんているわけないだろ、いい加減にしろ!」

「ちょっと待とうか」

「ハッハッハ、いや別にエルサレムの造形が気になるなーなんて思ってないよ?」

「それは認められないぞ!?一度レイシフトしたら人理定礎を修復するまで帰ってくることはできない!」

「……今のカルデアに必要なのは人間(キミ)だよ、ロマニ。私は、唯の気楽なサーヴァントさ。それに私の代わりはエレナ君にもうお願いしてあるんだ」

「よくってよ!」

「―――はぁ……。分かったよ。協力まで依頼されているんじゃあ仕方ない。精々仁慈君に振り回されると良いよ」

「だから……!」

 

 なんで一々俺を引き合いに出すんだ。いい感じの雰囲気を出しやがって……!この裏では俺の犠牲(名誉)があるんだということを忘れるなよ……。

 

 

 

 

 

 

 



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前途多難

六章はちょっとあれなのでちょくちょく本編見直しながら書いていきます。
なので、少し更新速度が遅くなるかもしれませんがご了承ください。


 

 

 

 

 

 

――――無双。

 

 その言葉が丸々当てはまるような状況でした。

 相変わらず、共に戦っているサーヴァント達の姿しか確認するとはできないけれど、敵であるはずの巨大な()()は次々と倒されてしまっていました。それは正しく無双と呼ぶに相応しいのでしょう。

 

 けれど、どれだけ敵を倒しても私の前を行く先輩の表情が明るくなることはありませんでした。むしろ、どんどんと表情がなくなっていっているのです。けれども、動きはそれに比例しているように鋭くなっていきました。

 そう――――まさに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、前に見た時よりもさらに先輩が遠くに行ってしまうようでした。それがとても怖くて、恐ろしくて、必死に引き留めようとして手を伸ばすけれど……どうしても、届きませんでした。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 レイシフトが完了した。普段と同じように、空間を移動する微妙になれない感覚に身を任せた後にゆっくりと目を開く。……なんとなく開きたくないけど、目を開く。するとなんということでしょう。あたり一面砂嵐。一寸先は闇……というほどではないけれど、ずっと目を開けていると砂が目に入りそうで怖い。

 手で目を庇いながら薄目で周囲の状況を把握してみる。けれどもあたり一面変わらず砂嵐で特に建物とかが見つかることはなかった。エルサレムって砂漠の中にあるものだったのだろうか。その辺詳しくないからわからないんだけど……。

 

「っていうか、あれ……」

 

 そこでようやく気付く。

 普段近くに居るはずの気配が存在しない。それどころかパッと感じ取れる中で生物の気配がしない。

 ……だらだらと冷や汗が流れる。まて、待て待て、待て。ちょっと待とうか。確かに前振りとしては十分だった。重い腰を上げた天才。今までとは勝手が違う特異点。脅威の人理定礎評価EX……これだけ揃えばなにか起きることは予測できるものだった。……だけど、さ。

 

「―――サーヴァントと離れるってどうよ……」

 

 これ冗談抜きで死ぬぞ。

 とりあえずカルデアとの通信を試みてみるもののあえなく失敗。ですよねー。しかしここで俺が存在できているということは、少なくともカルデアから存在は補足されているはずである。

 

「さて……こういう場合には下手に動き回らないことがセオリーなんだけど……」

 

 再び黙ってぐるりと見渡してみる。

 ―――この状況で助けが来るとは思えない。何よりマシュ達がどこに居るのかもわからない、ぶっちゃけ普通の人間である俺がこのままここに突っ立っててもそのまま死ぬ。それはもう申し開きできないくらい死ぬ。

 とりあえず、砂嵐を抜けたいな。これが解消されれば通信も回復するとは思うんだけど……。

 

 まぁ、いいや。

 俺が今優先して行うことはマシュ達と合流することだし。こういう時こそ培った勘に頼るべきだ。

 

 判断を下した俺は四次元鞄の中から人ひとりを包み込むことができる布を取り出す。これこそはエミヤ師匠が夜なべして作ってくれたただの布である。効果は特にない。只、こういった布を被るだけでも日射病とかを予防することにつながるということで貰ったのである。

 もう、この状況を見越して言っていたのではと思うほどのタイミングの良さに俺は驚きだ。さすエミ。

 

 というわけで一人旅開始。

 なんだかんだこうして一人で歩くのは師匠主催「ドキッ、原生生物だらけのサバイバル!(命の)ポロリもあるよ!1週間ライト版!」以来である。あの時は酷かった。何が酷かったかと言えば、サバイバルの知識ゼロ。戦闘技能も師匠に修練を付けてもらう前だから、今より全然弱い状態で森の中に放り込まれたんだよなぁ。

 

 なんとなくやることもないので意味もなく過去を思い返しつつ、俺は強化魔術を使用する。全身の血管をなぞる感じで魔力を馴染ませ、くまなく強化を行いそのまま強化された脚力で不安定な砂浜を蹴り上げる。

 下が固定されていないために若干疲労の度合いが大きいが、このように立地が悪い場所で移動することは初めてではない。なので俺はそのまま気にせずに移動を続行する。

 何分出口が見えないだけにどこまで行けばいいのかもわからないが、俺の勘は生きることに特化していると言っても過言ではない。それ以外であればたまにさぼることもあるけれど、生命保持に関しては信じている。故にこの先に行けば合流ないし通信回復くらいはすると思うんだけど……。

 

 そんなことを思いつつ、しばらく移動していると。目の前から何人かの人影を発見した。誰もかれもが俺と同じく何かを深くかぶっていて、顔はおろか体格すら確認することはできない。只、その集団を率いているのは間違いなくサーヴァントだった。気配が人間のそれではない。未だ遠めなのでよくわからないが、何処か髑髏の面をしているようにも見える。

 

 遮蔽物がないため、隠れることは難しい。というか恐らくもう手遅れであると思われる。俺が補足できているのだ、サーヴァントである向こうが気づかないわけがない。

 案の定、向こうはこちらに気づきその動きを止めた。その隙に他にいる者達が俺の周辺を囲い始めた。

 

「―――百貌さま。どうやら旅の者と思わしき風貌ですが……」

「この地にて一人旅なんぞ馬鹿な真似をする奴が普通の者とは思えないが……この気配は先程の盾の女や、変な女、白い袋を持った謎の女に、言動がおかしい女サーヴァント達とは違う……人間だ。食糧は持っているだろう……」

「奪いますか?」

「そうだな。――――こいつに恨みはないが、弱肉強食がこの世界の定だ」

 

 食料狙いと来たか。一応鞄の中に食料は入っているけど全て原料なんだよなぁ。……なんて考えている場合ではない。あのサーヴァントは確かに盾の女、変な女、白い袋を持った女、言動がおかしい女のサーヴァントと言った。……このワード、心当たりがあり過ぎる。十中八九マシュ達だろう。そんな奇妙な組み合わせが特異点に二つとない。あったら怖い。アーサー王のサンタなんて二人も存在していいわけがない。ギャラクティカサーヴァントなんておかしな称号も二つとあって溜まるものか。

 

 さて、向こうは既にやる気満々。周囲を囲っている人たちは武器をチラつかせ、髑髏の面をかぶっているサーヴァントもこちらを脅すために武器を構えている。

 

「食料を渡せ。もし渡せば危害は加えん」

「………食料を渡すのはいいけど、いくつか聞きたいことがある。それに答えてもらえれば食料は渡してもいい」

「我々には時間がない。直に渡せ」

 

 何やら焦っているようにも見える。もしかして追われているのか……?よくわからないだけれども話し合いで終わらせるわけには行けないらしい。我慢ができなくなったのか周囲に取り囲んでいる人たちと髑髏の面を付けたサーヴァントは既に砂漠の砂を蹴り上げていた。

 ―――相手はサーヴァント。敵は複数。こちらはサーヴァントも居ないどこか味方すらいないと来た。()()()()()()()()()()()()()()()()

 この砂漠、食料が必要となれば向こうの立場は大体予想が付く。こういった手合いは自分たちの生命がかかっているためになんでも行う。向こうの殺すという言葉に嘘偽りはないだろう。なら、こちらも対抗するんだ。このままだと死ぬのだから。

 

「―――お命頂戴!」

「―――――」

 

 全身に送る魔力量をさらに増やす。

 先程とは比べ物にならないほど出力を増した強化魔術を感じながら、俺はゆっくりと拳を構えた。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 私たちは確かに第六の特異点にレイシフトいたしました。それは無事に成功したはずなのに、どういうわけか先輩の姿だけが見当たりません。周囲をくまなく捜索してみましたが人影が見つかることはありませんでした。……いくら先輩と言えども特異点の中で一人というのは相当危ない状況だと思われます。なのに……

 

「皆さん!いくら何でも落ち着きすぎじゃないですか!?」

 

 共にレイシフトしたダ・ヴィンチちゃんやXさん、サンタオルタさんは全く慌てないどころかどこ行ったんだろうねーと言っている始末です!これはちょっと危機感が足りないのではないでしょうか!

 

「フォフォ、フォーウ(まぁまぁ、落ち着き給え^^)」

「フォウさんまで!」

 

 皆さんいくらなんでも慣れすぎです!確かに先輩は、私たちに降りかかる理不尽をそれ以上の理不尽で撥ね退けてきましたけど……今回は状況が違うと思うのです。この砂漠、この砂嵐の中一人でレイシフトさせられてしまった場合、生命としてどうしても逃れることのできない要因で死んでしまうことだってあり得ます!

 

「確かに、それはそうだね。この砂漠、この砂嵐、何よりこのエルサレムの時代とは思えない濃厚な大気中の魔力……どれをとっても普通の人間には辛いだろう。……ただね。一応、この近く――というわけではないんだけれど、少し行ったところにオアシスの反応があるんだ」

「それがどうかしたのですか?」

「仁慈君には驚異的な勘があるだろ?それこそ生き残るという一点においては予知と言い換えてもいいくらいの精度のやつ。……彼がこの状況に置かれれば真っ先にそのオアシスに向かうと思わないかい?」

「!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの話は納得できるものでした。

 普通の人であればまずありえないことですが、先輩は普通の人間ではないのでノーカウントですし、同じく遠くのオアシスをなんとなくで感じ取って向かっていてもおかしくはありません。

 

「どうだい、直感持ちのダブルトリア君達。我々はこのままその方面で行って大丈夫だと思うかい?」

「万能の変人、その呼び方はやめろ。お前の工房にある物をこの袋に詰めてもいいのだぞ」

「一括りはやめてください。もし次行ったら相性の差なんて無視して宇宙的サーヴァントパゥワーであれこれしますから……」

『で、マスター(トナカイ)のことなら大丈夫です(だろう)』

「……ね?」

 

 Xさんとサンタオルタさんがそういうのであれば……。

 そうして私たちはダ・ヴィンチちゃんの指し示す方向に歩き始めました。

 

 

 

 しかし、途中でこの土地の原生生物やら、スフィンクスやら髑髏の仮面を被ったサーヴァントから捕まっていた女性を助け出したり、助けた女性に襲われたり、スフィンクスを嗾けられたり、ルキウスを名乗る人物と共闘したりするのでした。

 ……ただ、ルキウスさんがXさんとサンタオルタさんを見てひどく動揺していたのはどうしてなのでしょうか……?今もブツブツと何かを呟いていらっしゃいますし……。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

「ただの人間……のはずだろうがァ!」

「何故切れられているのか、これがワカラナイ」

「なんてこと言いながらッ!的確に我々の数を減らすなぁ!」

 

 襲われたので撃退したら切れられるという理不尽。なんということだ。

 戦いが始まってから数分。向こうのサーヴァントは切れていた。戦況は恐らく4:6で俺の不利。周辺の人たちには少しの間砂漠で寝てもらっている。別に殺してもよかったんだけど、後で話を聞く際に殺してしまっては余計に話がこじれる可能性もあるためだ。

 で、今はサーヴァントと一騎打ちの真っ最中である。……おそらく向こうはアサシンのサーヴァントだろう。他とくらべて気配が察知しにくいということと、何より他のサーヴァント程ステータスが高くないという点から予想しただけで確信はないけれど。

 しかしこのサーヴァント、そういうスキルを持っているのか増えている。姿形は違えど反応はサーヴァントということから分身のスキルだろうか。いや、一人一人の強さが下がっていることからどちらかと言えば分身ではなく分裂の方が近いのかもしれない。

 

 平均的な骨格をしている髑髏面の男の鳩尾に肘を撃ち込んでその動きを止め、そのまま左手を頭に振り下ろして下の砂漠の熱そうな砂へ叩き込む。

 そうしているうちに取り囲んでいる三人を攻撃が早い順番から処理をしていき、最後に背丈が一番大きく、拳も丸太よりも大きい男に立ち向かう。

 その剛腕から振るわれる攻撃を翻し、逆にその腕を蹴って跳躍、そのまま重力を加算した踵落としをその巨漢の首筋にぶつける。普通なら死ぬが相手はサーヴァント、何の問題もない。人間の攻撃ごときでサーヴァントが死ぬわけない。(前科としてヘラクレスの命を一つ奪っている)

 

「貴様ッ!何故我等の気配を……!」

「焦っているからか結構雑だけど……」

 

 というかアサシンが正面から戦いを挑む時点で気配云々もないと思うんだが。

 そのような思考をしつつも戦いの手は緩めることはない。近く似た分身体(分裂体?)の身体を掴み取り、それを武器として振り回す。他の者たちを巻き込んでブン投げた後に、追い打ちとして助走をつけた跳び蹴りを見舞った。

 

 そして、残るは目の前に居る女のサーヴァントただ一人である。

 

「くっ……!殺せ」

「何でやねん」

 

 こんなところでくっころ見なければならないのか……。そんなことを思いつつ、俺は誤解を解くために話をすることにした。

 こういったことはいつもマシュに任せているところがあったからなあ。少し手こずったがここまで見事に返り討ちにしておいて何もしないということが功を奏したのか、一応話を聞いてくれる態勢になってくれた。

 

 なので、俺は自分の四次元鞄から材料を取り出すとそれを手渡し、報酬としてこの世界の事と彼女が遭遇したというサーヴァント達のことについて聞き出すことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「―――大体はこのような状況だ。ちなみに私たちがあった変なサーヴァント集団は向こうの方角に居る」

「ありがとう」

 

 彼女の話を指さした方向を確認しお礼を言ってから食料を手渡す。

 色々有益な情報を手に入れることができた。この世界に現れた騎士達にピラミッド……騎士達が行っていることにピラミッドの近くに居る化け物たち。どうやらこの特異点は半年前からこういった感じになってしまったらしい。ロマンも前から観測できてはいたけれどレイシフトできる状態じゃあなかったということから、その間にも状況は進んでいたのだと見て間違いはないだろう。

 

「私たちは嘘を言っているとは思わないのか?」

「え、嘘なの?じゃあ―――」

「いや!待て待て!本当だ!だから拳を振り上げるな!……ほんと、何なんだ貴様……。しかも貴様の戦い方はどこかで見たことがある気がする……全然いい感じではないのだが……」

 

 なぜか勝手に落ち込んだサーヴァント。

 情報を引き出すことには引き出せたので彼らと別れ、俺は再び全身に魔力を流して動き出した。

 ……あのサーヴァントが言っていた情報を整理すると、攫ったピラミッドを建てた側のサーヴァントをマシュ達が助けたらしい。しかしそのサーヴァントは連れ去るために眠らされていたという。

 彼女であれば助けた後は、そのサーヴァントの目を覚まさせるだろう。そしてきっと目を覚ましたサーヴァントの誤解によって戦闘もしくは敵対してしまうに違いない。だって俺が返り討ちにしたあのサーヴァントの話だと、そもそも彼女たちをピラミッド側の尖兵もしくは騎士達と間違えて襲ったらしいし。こういった状況での勘違いはある意味でお約束とも言えるからな。

 

 ――――つまり、俺が追いつく可能性が残ってるってことだ。

 ここで俺は久しぶりの魔力放出を開放し、さらに移動速度を上げることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 




百貌「なんだあれ怖い」
麻婆「愉☆悦」

これは酷い。


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処方箋は胃薬で

もうやめて!まともなサーヴァント達のライフはゼロよ!

そして話が中々進まない……本当に申し訳ないと思っている。


 

 

「行きなさいスフィンクス!この者たちに偉大なりし太陽王の裁きを!」

 

 私たちが正体不明のサーヴァントから助けた女性――――ニトクリス。どうやら彼女はこちらが誘拐した犯人だと思い込んでいるようで先程から臨戦態勢をとっています。彼女だけでも格としては遥かに高く、強敵であることには間違いないのですが、それよりもさらに絶望的なのがスフィンクスという存在でした。

 ダ・ヴィンチちゃんの説明では魔獣の中でも最上位に組している存在で時に竜すらも越える神獣です。今の私達では完全に消滅させることなど不可能でした。

 

「ちっ、どこぞのハロウィンで着飾ったような性分の癖に面倒な」

「むしろ彼女と同類だからこそ、この対応とも言えます。そうですね……この方はエリちゃん風褐色エジプトと呼びましょう」

「なっ……!何のことかは、その……今一よくわかりませんが、何やら馬鹿にされていることだけは伝わりました。えぇ!もう容赦なんてしませんとも!」

 

 Xさーん!オルタさーん!火に油どころかガソリンをばらまいてからさらに風を起こすような真似はやめていただけると嬉しいのですが!

 

「カオスだねぇ、仁慈君のありがたみが感じられるねぇ。これ、もしかしなくても私が振り回すほうじゃなくて振り回される方になるのかな?」

「そんなことを言っている場合じゃありませんよ!」

 

 というか、既に向こうはやる気満々でいらっしゃるんですけど!皆さん何処か緊張感ない雰囲気ですけど、スフィンクス相手はかなり辛いものがあると思うんですけど!?私の盾も通じるかわからないですし。

 

「いや、貴女の盾はいかなる神獣であろうと砕けない。だから、顔を上げなさい」

「何者……!?」

 

 大変な状況(主に味方の所為で)に陥って、焦っている私にどこか落ち着いた男の人の声が聞こえてきました。

 それは、冷静さを失っているニトクリスさんにも聞こえたらしく、威厳に満ちた声で男の人に反応しました。けれどもすみません。どうにも誤解から私たちに攻撃を仕掛けてくるところや、寝起き云々の言葉で威厳の方は……。

 

「まだ名乗るほどの因果は持ち合わせていません。なのでどうか敵t――――!?」

「あ、ベディ君ですよね?」

「どっからどう見てもベディヴィエール卿だな」

 

 自然な流れでこちらに味方をしてくれそうだったいかにも騎士という男性の人の表情が固まりました。しかし、Xさんにサンタオルタさん。さらりとあの人のことをベディヴィエールと言っていましたね……。

 

「ベディヴィエール。円卓の騎士の一人だね。また最期までアーサー王に付き従った忠義の人としても知られる。彼だけは最期までアーサー王のことを信じてその最期を看取ったとも言われている……また隻腕にも拘わらず槍の腕は他の兵士の三倍の強さだったとか。……まあ、長々と語ったけど、彼は色々複雑な円卓の騎士の中でもかなりまともな部類の騎士だったんだ……。なのに、その彼がよりにもよって彼女たちと出くわしちゃうかー」

 

 あちゃーという風にダ・ヴィンチちゃんは義手がついていない方の手を額に当てました。気持ちは痛いほどにわかります。私も知識としては知っていますし、何故かこう胸の奥がぎゅっと締め付けられる気持ちになります。

 

「我が王―――?……いや、まさか。在り得ません。世界には同じ顔の人が三人はいると言います。きっと他人の空似でしょう。えぇ、そうですとも。我が王が何やら未来に生きて居そうな装備を持ったり、何処かで見た子ども達に夢を配るようなお仕事をして居そうな恰好をするなんてはっはっは……」

「こんなところで何をしているベディヴィエール卿」

「あの円卓という名のオワタ式サークルのストレスが限界に達して一人旅でもしてました?」

「」

 

 あぁ、ベディヴィエールさん(ほぼ断定)が白目をむいてその場で立ち尽くしてしまっています……!明らかにいい人に見えるのに、むしろそれが原因で大きなダメージを受けているように感じます。

 これはいくら何でも救われません……!

 

「この不敬者ども……!いい加減こちらを向きなさい!」

『あっ、すっかり忘れてた……』

「まともそうな子にまで!?……くっ、この方たち、実は本当に助けてくれたのでは?と考えていた私が愚かでした!改めて太陽王の裁きを受けなさい!」

「ついに痺れを切らしたか。これは戦うしかなさそうだぞぉ!」

「正直、今何を言われても反論できない気がしますが行きます!」

 

 あの、そろそろ戦闘が始まるのでいい加減現世に帰って来てもらっていいでしょうか!?

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「ちょっと、この気持ち悪い生き物キャスター判定なんですけど!?どうなってんですかこれ!」

「フッ、やはり貴様ではあてにならん。この私に任せておくがいい。―――スフィンクスよ、その身体サンタたる私に捧げよ。来年はお前に乗ってトナカイと共に世界中の子どもたちにプレゼントを配ることにするぞ」

「それもうトナカイ要らないじゃないですか!」

「――――あれが、我が王……?」

 

 混沌、カオス―――現状を伝える言葉にこれほど相応しいものはなかった。そこには存在するもの全てが幸せになることができない空間が広がっていた。

 敵対するニトクリスは目の前で太陽王なる人物から借り受けたスフィンクスが復活する様子もなく倒されるところを見せられて。ベディヴィエールは偽物と言いたいはずなのにずば抜けた王センサーが反応して彼女たちは間違いなくアーサー王であるということを確信することになって。ヒロインXはキャスターしかいないこの場所そのものが厳しい状況ということで。サンタオルタはトナカイ(乗り物)候補だったスフィンクスが消え去って……それぞれがそれぞれの理由で、それはもう誰もよい思いをしない空間が出来上がってしまっていた。

 例外として、一人だけダ・ヴィンチがこのカオスすぎる状況を愉しんでいるが、そのせいで味方であるはずのマシュから盾を喰らう始末である。……これは酷い。緊張感などどこにも無かった。何より一番かわいそうなのがスフィンクスである。どうしてここまで色物極まった連中に倒されなければならないのか、消えていく彼の目は切実にそれを訴えていた。残念ながらその意思を汲んでくれるものは誰一人としていなかったが。

 

「あ、あわわ……ファラオの神獣が……オジマンディアス様から預かった尊い神獣が……。完全に消え去るなんて……な、なんだというんです――――!?」

「あの騎士の右腕は、アガートラムかぁ。ケルトの戦神ヌァザの神腕、神霊クラスの武器だね。何でベディヴィエールが持っているのかは全く分からないけど」

 

 ダ・ヴィンチの解説もマシュがどうしてでしょうと聞いているだけで、他のサーヴァント達の耳には届いていない。ダブルアルトリアはじーっとベディヴィエールのことを眺めており、当の本人はその視線がとても気になるらしく、あからさまに冷や汗をだらだらと流していた。

 

「と、とりあえずニトクリス殿。彼女達は確かに貴女を助けました。山の翁たちに連れ去られそうなところを義によって救ったのです」

「しかしですね……。エジプトの民でもないかの者たちが、私を助ける理由など……」

「では逆に問いましょう。聖都の騎士が貴女を攫う理由があると?」

「うっ……そうですね。そもそも、あの場に忍び込めるのは山の民を置いて他にはいませんでした……」

 

 経緯はどうあれ一端話を聞く態勢になったところを見逃さずに、ベディヴィエールはニトクリスが抱いているマシュ達の誤解を解いていく。その様は、自分に向けられている二人分の視線からなんとしてでも逃げ延びたいというか、あってはならないことだけどここから早く逃げ出したいと考えていた。

 

 結局誤解は解けた。

 ニトクリスは彼女たちの訪問を許すことにしたのである。しかし、その彼女達という括りの中にベディヴィエールの姿はなかった。彼はやるべきことがあると言ってそのまま立ち去ってしまったのである。

 当然、これに異……ではないが意見したのがヒロインXとサンタオルタ。どうせならこのまま一緒に来ればいいじゃないかと誘う彼女たちに対し、彼はどのような反応を返していいのかわからないのか曖昧な笑みを浮かべて首を横に振ると足早にその場を離れてた。

 どう考えても逃げている。円卓の騎士で一番の忠義を持つと言っても過言ではないベディヴィエールでも……いや、だからこそあの二人は耐えることができなかったのだろう。しかし、人間性を取り戻したという一点においては彼にとっても幸運な出来事であったことだろう。そうあってほしい。そうでないと救われない。

 

「風よ!しばしその任を解くがいい。ニトクリスの名において、天空の見晴らしをここに!」

 

 ニトクリスが声を張り上げて宣言する。すると砂嵐はたちどころに消えていき、その見栄えの良さは先程までとは雲泥の差であった。空を見上げれば雲一つない晴天をみることができ、それと同時に今までの特異点でも確認された光帯が浮かんでいた。

 ダ・ヴィンチが呟くとニトクリスは忌々しいという感情と共に天で輝くのは太陽だけで良いのに……と溢した。

 

 そこからマシュ達はニトクリスの護衛を行いながら、彼女が住みかとしている神殿へと行くことが決まった。その途中、彼女たちはカルデアのことをぼかしつつ自己紹介を行ったり、どこからか湧いて出てきたかもわからないzeroっぽいタコ擬きを処理しつつ、カルデアの戦力(マスター不在)たちはニトクリスから情報を引き出していた。主に彼女たちがいるエジプトのことについてである。この砂漠、この先にあるオアシスに神殿。それらは全て彼のオジマンディアスが復活した際に同時に呼び出されたものであるということを順調に聞き出していった。

 しかし、スムーズに進んでいた会話はある単語によって崩される。ニトクリスはオジマンディアス率いるエジプトの勢力と対抗しているところがあると言った。それは先程彼女を攫おうとした山の民ともう一つ聖都に居る民たち。

 ダ・ヴィンチは聖都をエルサレムと言い表した。けれども、その発言でニトクリスはマシュ達に再び疑いをかけた。

 

 ニトクリスは言う。

 エルサレム……彼の聖都はとっくに滅びたのだと。それを知らない民はもはやこの地にはいないということも。

 

 それが致命的となったのか、ニトクリスは再び砂嵐を巻き起こし、スフィンクスを呼び出した。当のニトクリスはマシュ達に助けてもらった返礼として戦うことはしないようだが、それでも神獣との連戦により彼女たちは消耗していた。さらに言ってしまえば、近くに仁慈が居ないということにより、どれだけ魔力を使っていいのかすらもわからないのである。下手に使いすぎた場合、どこかで仁慈の魔力が切れてしまうかもしれない。……口では散々と言いたい放題言っていたが、誰しもが心配しているのである。そういった事情もあり、全力が出せない一同であった。

 

「貴方たちは選べます。この地で太陽王に奉じるか否か……。拒むのであればこの砂漠が貴方たちの終焉の地となるでしょう。あるいは獅子王の……いいえ。いいえ、それはありませんでした。運命は全て我等が王、オジマンディアスに集まる!獅身獣よ、今一度この者たちの真を私に見せたまえ!」

 

 何処か葛藤を抱えながらもスフィンクスに指令を下す、ニトクリス。だが、此処でダ・ヴィンチが気づく。あのスフィンクスは本来のスペックの一割ほどしか力を以ていないと。

 ダ・ヴィンチは憐れむ。あれでは少し可哀想だと。それにサンタオルタも同意した。

 

「そうだな。人を越えた力、人を越えた役割……それを担うには、あの女の精神は常人と変わらなさすぎる。……そういった役目を果たすのであれば、少なくともトナカイ並みの逸脱具合が必須条件だ」

 

 嘗て、人の身には余るだろう理想の王を目指していた人物の言葉として、ソレには重みがあった。

 

「内緒話は後にしなさい!今はあなた方の身の潔白を――――」

 

 サンタオルタの解説が作戦会議に聞えたのか、先程のように無視されることを恐れてか、すかさずニトクリスがカルデア勢の注意を引き付けようと声を荒げる。 

 けれども、その言葉は最後まで紡ぐことができなかった。何故なら、上空から凄まじい勢いで飛来してきた物体があるからである。

 

 その物体は、頑丈そうな棒にどう考えても折れてしまっている槍の先端を括りつけただけの不格好極まりない武器を携え、ニトクリスが呼び出したスフィンクスの頭上を取り、そのまま貫通してしまう。

 当然、スフィンクスはそのせいで亡き者となり、本来すぐに修復されるはずの霊基も完全な消滅とまではいかなくても、かなりの時間がかかりそうではあった。それはまるで、修復しようとする霊基を拒もうとしている何かがあると感じることができた。

 

「あぁっ……もう!今度は一体何なのですか!?というかどうなっているんですか!?」

 

 ここまで散々自分の行動をよくわからない闖入者たちに邪魔されてしまっているニトクリスは、ファラオの態度とか自分の短気な性格とかその他諸々を全て青空に放り投げて叫ぶ。

 

「やった、追いついた」

 

 叫ぶが、この惨状を作り出した当の本人はニトクリスに見向きもせずにマシュ達の方を見やった。そして、セーフ?と問いかけるかのように首を傾げる。……まあ、当然と言えば当然、上空から飛来し、スフィンクスの頭をぶち破って登場したのははぐれていた仁慈であった。

 ちなみに、セーフかアウトかという彼の問いかけに対してはサーヴァント達が満場一致でギルティと答えることになったのであった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「砂嵐が止んだ……」

 

 現地で切り結んだサーヴァント・アサシンから情報を貰い大よそ、マシュ達の位置を特定した仁慈は強化魔術と魔力放出を併用して全速力でその方向に急いでいた。かなりの速度で走っているため、砂嵐が仁慈に確かなダメージとなって襲い掛かっていたのだが、何故か砂嵐が止んだためにこれ以上の負傷をすることはなかった。

 

 そのように多少の怪我を負いつつも順調に進んでいる彼の目の前に巨大な体躯の生物が現れる。四足歩行のそれは背に大きな翼を生やし、顔に当たる部分は人と同じものを持っている。そう。マシュ達が相手にしていたスフィンクスである。この砂漠には守護獣として彼らが多く存在しており、派手に移動をしている仁慈も当然そのスフィンクスに遭遇していた。

 

「SAN値減りそう」

 

 くだらないことを呟きつつ、スフィンクスを見やる。向こうが自分に興味を示すことがないのであればそのままスルーしようとしていたためである。が、仁慈は知る余地もないが彼らはここの守護獣。見るからに怪しい男を通すわけにはいかない。前足を上げ、地面に振り下ろしつつ、雄たけびを上げて仁慈を威嚇した。

 スフィンクスの威嚇に対して仁慈の返答は当然の如く逃げの一択である。危険を冒してまで戦う必要はない。そのまま迂回してスフィンクスをやり過ごそうとしたが、彼らの速度ではすぐに追いつかれてしまい、巨大な体躯を支える前足が仁慈に向けられていた。

 これではこのまま通るどころか逃げることもままならないという判断を下した仁慈はすぐさま身体を反転させ、鞄の中から適当な刀を一本用意した。

 剣を握れば縮地が殆どの確率で成功するという謎理論を持っている彼は砂漠の砂を巻き上げつつ、縮地の名に相応しい動きでスフィンクスの背中をとった。彼は更に身体を反転させてスフィンクスの翼に目を付けるとそのまま刀を持ち、地球の重力に身を任せる。

 先程まで補足していた仁慈の姿が消えたことに動揺していたスフィンクスはそのまま片翼に彼の刀を受けることになった。切り落とすというほどではないモノの、その傷は決して浅くはない。

 これに激怒したスフィンクスは両目を光らせ狂ったように暴れまわる。体躯に見合うだけの翼は暴風を巻き起こし、激怒からか仮面の奥にあるであろう目からは赤い光がこぼれている。

 

 まるで、闘牛のような様子にスフィンクスを激怒させた当の本人は大した感情を抱かない。肌を裂くほどの暴風を身に纏ったその突撃を彼は真上に跳躍することによって回避する。砂場ということから普段より上昇する高さはなかったものの、それでも回避するには十分である。

 そのままスフィンクスの真上を取った仁慈は自分の地点を追い越すように抜けていった姿を見てから地面に降り立ち、唯一風のシールドを纏っていない後方から再び縮地で肉薄する。

 気配を殺しているからか、砂に塗れた筈のその踏み込みは、神獣たるスフィンクスに気取られることなくそれが当たり前であるかのようにその距離をないものとした。

 

 そのまま仁慈は刀を突き出しスフィンクスに突き刺し、それだけでは留まらず突き刺さった刀を蹴飛ばして体内へと無理矢理押し込めた。そして―――、

 

「壊れた幻想」

 

 久しぶりに使うエミヤのそれ。内部から武器が爆発したことによりスフィンクスの霊基はあえなく崩れ去った。ここまでの流れ、まるで決められた動作を淡々と行う機械のようである。

 しかし、機械のような正確さでスフィンクスを葬ったがそれは完全な消滅とはいえない。時間が立てばそれは直に復元される。その光景を見た仁慈は仕留めきれる相手ではないと悟り、修復している間に目的地へと再び走り出した。

 

 

 このような光景がこの先いくつも見ることができた。

 なんせ本人は気づいていないが、マシュ達が向かっているところはこのスフィンクスが守護する建造物がある場所。当然、近くなるにつれて警備も厳重になっていく。途中からこのスフィンクスが神獣ということに気づいた仁慈は、折れてしまった突き崩す神葬の槍、その先端を別の武器に取り付けることで微弱ながらも効果を扱いその厳重な警備を搔い潜っていた。

 

 そうして移動すること一時間。マシュ達がスフィンクスと対峙している場面を発見して乱入したのであった。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

「えぇっと……に、ニトクリスさん。この場合、どうすれば……?」

「うっ……――――えぇい!ここまで奇妙な縁を引き寄せるとは、それ即ち太陽王にその力、その意思を認められていることと同義!であればこれから先の案内など不要!恐れずこの嵐を抜けるがいい!王の慈悲は光輝となって汝らを迎えるだろう。さらばだ!………本当に、どうしてこのような……」

 

 マシュ達が相手にしようとしていたスフィンクスを上からアンブッシュしたら近くに言ったエリちゃん風褐色エジプト系サーヴァントのような人がフェードアウトしていた。正直状況がよく呑み込めない。これはしばらく様子を見るべきだったのであろうか。

 

「空気が読めていないことは確かだけど、こうして合流できたことは喜ばしいことだよ。……というか、私たちも信じていると言った手前こう言うのもなんだけど、良く生きてたね」

「やはり心配されていなかったか……」

 

 まあ、わかってた(諦め)

 

「先輩……!無事でよかったです……とても心配したんですよ?」

 

 やはりマシュは天使だったか。……なんか、自分でも久しぶりに彼女に癒された気がする。おかしいな。前だったら日常的に癒されてもおかしくないのに……。

 

 そのようなことを疑問に思ったが、まあいいと気持ちを切り替える。今必要なのはお互いに持っている情報の確認であり現状の把握だ。

 とりあえず俺は交戦したサーヴァントからの情報を彼女たちに伝え、逆に俺は彼女達から今の状態とわかる限りの情報を得た。

 

「……ふむ。話を纏める限り、ここには三つの勢力があるようだね。仁慈君が交戦し、ニトクリスが自分のことを連れ出せると言った勢力……山の民。そしていま私たちが向かおうとしているエジプト勢力……最後に聖都を支配している獅子王。こんなところか」

「聞くだけでもろくでもないな」

「三つ巴ですからねー……。しかし、その聖都とやら。何故か私のセンサーがビンビン反応しているのですが。何故でしょうか」

 

 見てみれば帽子から飛び出るアホ毛が上下左右と縦横無尽に暴れまわっていた。どうやら値的にはカンストと言っていいだろう。

 

「Xさんのセンサーが反応しているとすると……」

「まさか、」

「聖都にはいるらしいな。()が」

 

 言ってはいけないことをサンタオルタが口にする。私が居るという言葉だけならあまりにもおかしなものだが、誰も不自然さを唱えたりはしなかった。もう俺達の中ではアルトリア、もしくはアーサー王は増えてナンボという認識が出来上がってすらいるし、そもそも彼女が俺たちの前に立ちふさがったのは過去二回。周期的にもそろそろ来て言いと思われる。

 

「ベディ君も居ましたし、間違いないでしょう」

「アーサー王にして直感持ちの二人がそう言うならほぼ確定したようなもんだね。やれやれ、人理修復の旅は本当に地獄だぜ!」

 

 この旅で一番被害をこうむっているのは実はアルトリアなのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、俺達はニトクリスというサーヴァントが消えていった場所を目指すことになった。

 

 




こんなに早くに合流させるならはぐれさせる意味はなかったんじゃないかって?
いや、それだと百貌さんが……ね?


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もっと腕にシルバー巻くとかサ☆

タイトルに意味はないです。

後、更新遅れて申し訳ありません。ちょっと風邪でぶっ倒れてました。


「でかっ」

 

 実はニトクリスが去った後に再び発生した砂嵐の中を突き進んでいると、やがて砂嵐が自然と止んだ。そしてそれと変わるようにして巨大な建造物が出現する。エジプトと言えばこれと言っても過言ではない建物。奴隷たちが頑張って作ったとか、実は奴隷じゃなくて普通に仕事で作ってたとか、別に丸太を下に引いて石を運んでいたわけではなかったとか、遥か遠い未来で好き勝手に掘り返されていたりする建造物……そうピラミッドである。千年アイテムとかありそう(小並感)

 

「これはすごいです!まるで砂の海に浮かんだ海上都市のようです!一目で素晴らしい建築物だと分かります!」

「流石建築王の異名も持つ古代エジプト最大最強のファラオ、オジマンディアスの建造物だ。この造形は私を持っても見事としか言えないねぇ」

「こう大きい建物を見ると、ぶち壊したくなりますね」

「…………ここに煙突はないのか」

 

 マイペース過ぎる。

 ダ・ヴィンチちゃんの反応まではぎりぎり許容範囲内だけどWトリアの感想が……。ただ、ここで気になる単語が出てきた。オジマンディアスってどなただろうか。

 

「さっき言った通りだよ。太陽王オジマンディアス、正しくはラムセス二世。最大最強のファラオにして、色々と異名を持っている万能人さ。私ほどじゃないけどね?」

「へぇ」

「ところでカルデアとの通信は回復したかい?」

「いえ。カルデアとの通信は未だ不通のままです」

 

 カルデアとの通信は未だ回復してはいない。原因と思わしき砂嵐は抜けた筈なんだけど。

 俺には全く見当もつかぬ、な状況だが彼はそうではないらしい。自分の考えが正しいということを確信したように二、三回頷いた後に口を開く。

 

「うん、これで私の仮説は立証された」

「そんなこと言ってましたか?」

「やめろ。天才というやつは大体自分の中で結論を出すから、口にも出していないことをあたかも出したかのように言うんだ。だから私の袋の中にあるパイリンガル(天才翻訳機)をやろう」

 

 どっから仕入れて来たんだ。そんなもの。

 

「それ私が作った奴じゃん。別にいいけどさ。……ってそうじゃない。今までの失礼な発言を取り上げていると全く以って話が進まないから今は無視するけど、忘れたわけじゃないからね?」

  

 と、前置きをしたのちにダ・ヴィンチちゃんは己の仮説とやらを語りだした。

 俺達がレイシフトしたのは十三世紀の中東である。しかし、少なくともこの砂漠とこの建物のあるところはその時代ではなくもっと古代のものらしい。彼女が持っている杖には魔力計としても使え、その魔力計がそういう数値を示しているのだとか。どうやら先程説明してもらった最大最強の遊戯王(ファラオ)が収めていた領地事召喚されたとのこと。更に更に計器によると、このエジプト領内にさらに異常な反応もあるという。異常の中の異常って……。ほんと、この特異点なんかおかしいよな。しょっぱなから神獣も出てくるし。

 

「領地もまとめて召喚とか……」

「円卓を呼べない我等に対する当てつけだろうか」

「卑屈に受け取り過ぎでしょ」

 

 それに今の恰好をみればそれも正当だと思う。少なくとも、宇宙で戦争もしくはバーチャルの世界で英雄になってそうな恰好をしているXと、まんまサンタクロースなサンタオルタには円卓勢呼べないだろうな。これで呼べたらすごいよ。

 

「……此処で話していても状況は好転しないし、流石に熱いし中にとりあえず中に入ろうか」

「はい!私、エジプトの建物に入るのは初めてです!」

 

 俺もマシュも籠の鳥っぽかったしそれも致し方ないだろう。というか、エジプトの建物なんて早々入らない気がする。世界旅行しているなら話は別だけど。

 そんな感じでとりあえず建物の中に入っていくのだった。……ただ、建物の中に入ってすぐに誰かに監視されている気がするんだけど気のせいだろうか。

 

 

 

 

 

「――ところで、ここはさっき言った通り古代エジプトの環境下なわけだけど……仁慈君、体調とか平気かい?」

「特に不調は感じてないかな。むしろ魔力が満ちている分調子がいいかも」

「………やっぱり、君は現代人じゃないよね」

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

 普通にピラミッド(神殿)の中に入っていったのだが、特に妨害や武器の取り上げなどをされることなくそのまま流れるようにオジマンディアスと思わしき者のところまで連れていかれた。

 一段と広いその空間には壮大にして巨大な椅子が設置されておりそこにとても眠そうにしている褐色の男性と、近くにはエリちゃん風褐色エジプトのサーヴァントの姿も見られる。彼女が平伏するのです!と言っている当たり、あそこに座っている男性がオジマンディアスと見てまず間違いないだろう。

 

「……さて、おまえたちが異邦からの旅人か。我が名はオジマンディアス。神であり、太陽王であり、地上を支配するファラオである」

 

 意外にも自己紹介から入ったオジマンディアス。しかし彼の口から語られる事実は驚愕の連続であった。

 最初に、俺達のことを知っていた。今まで何をしていたか事細かにというわけではないが大まかに把握しているようであった。理由を尋ねるとファラオだかららしい。ファラオぱねぇ。そして次にこの時代の聖杯は彼、オジマンディアスが己の手にしてしまっているらしい。実際に証拠としてそれを見せてもらっているのでまず間違いない。なんでも十字軍から奪い取ったのだとか。

 その話を元にダ・ヴィンチちゃんがこの特異点はオジマンディアスなのか?と本人に問いかけてみるもそれは違うと返された。一体それは誰なのか……それを言おうとしたところで――――オジマンディアスの首が《《横にずれた》》。

 

「ドフォーーーーウ!?」

『――――――――』

 

 フォウ君絶叫、他のカルデア勢は絶句である。それも仕方ないだろう。いきなり目の前の人の首がずれこみ、さらに何事もなく戻ったのだから二重の意味で驚きを隠せない。もはやマジックの類ではないかと疑ってしまうくらいだ。

 ……ただ、首がずれ込んだあの時わずかにオジマンディアスの瞳孔が開いた。このことから少なくとも彼自身がそれを行ったことではないことが伺える。もしや何かがこの中に居るのではないか?と疑問に思い、周囲を警戒してみるも俺が感じ取ることができる気配は何もなかった。……ただ言いようのない悪寒を気のせいかとわずかに感じるくらいである。

 まぁ、何度周囲を見渡してもこの部屋に隠れる場所なんてものはなく、感じ取れる気配もこの場に居る全員の物のみ。正直あれが俺達に起きたら何の抵抗もできずにさよならだ。……どうにかしたいけど、どうにもできないような気もする。

 

「―――どうしたのだ」

「あ、あのですね!オジマンディアス王!」

「く、首が……スッパリと」

「まるでマジックのようだったな……マジック……マジック、道具……ハッ!」

「旅の疲れであろう。不敬だが、一度のみ許す。……そして話を戻すが、ここを異例の特異点とし、人理を完膚なきまでに蹂躙したのは余ではない。それを行ったものは、エルサレムの残骸。絶望の聖都に座している。通り名を獅子王。純白の獅子王と謳ってな」

 

 獅子王。

 オジマンディアス曰くその人物がこの特異点を異例のものに変化させた原因であるらしい。……十中八九アルトリアの中の誰かだろうなー。丁度Xのセンサーが指示した位置も聖都だったし。

 

 情報を吟味しながらついでに聖杯は貰えるのかダメもとで聞いてみる。すると、意外な返答が帰って来た。

 

「―――それは時が来ればいずれ持つべき者の所へと収まる。いずれ貴様らはこの時代に暴君として君臨する余と矛を交える時が来るだろう。だが、今ではない。その時が来るまでこの世界を巡り、その真実を、残酷な現実を見聞してくるがいい。―――よって、貴様らを今からこのエジプト領より追放する」

 

 えっ。

 唐突に告げられた追放宣言。その発言に間違いなんてなかった。あれよあれよと俺達は運ばれ、結構な量の水と食料を持たされてピラミッド(神殿)の外まで追い出されてしまったのである。何故かニトクリスまで一緒に来てくれたけど。

 

「………嵐のような展開でした……。もっと建築の事とか聞きたかったです……」

「何の不満があるというのです!王は貴方たちに水と食料まで分けてくださったというのに」

 

 エジプトの領内で死なれては面子が立たぬ―――そういう理由ではあったけれども本人が言っていた通りこの砂漠を越えるのは並大抵のことではないということが分かっているんだろうな。暴君と言っていたけれども、あれは自分の領地の民からは名君と言われるタイプだろう。流石最大最強のファラオ。さすファラ。

 

「うんうん。しかも、神殿にあった資材も使わせてくれたしね」

「……当然です。王は無慈悲な方ですが、勇者には寛大な方です。……ただそれも一度きり、ファラオ・オジマンディアスは恐ろしい方です。次に会う時があなた方の死の運命。……それを決して忘れないように」

 

 エリちゃん風褐色エジプトなんて表現をしていたけれどもとてもいい人じゃないか。これもマシュ達が助けたおかげなのだろう。

 

 今彼女は、そのマシュとどこか楽しそうに話している。それを眺めながら俺は考える。恐らくあの建物の中で感じていた見られているという感覚はオジマンディアスのものだ。本人に邂逅するときに視線と同じものを感じたし、ダ・ヴィンチちゃん曰く、あの建物も彼の宝具である可能性があるらしい。建築王と言われていることから十分に考えられる。そして、あれ全てが宝具なら内部をどこでも監視することができるだろうから。その後、ニトクリスはスフィンクスに乗って帰っていった。改めてみるとすごいなこの光景。

 

「いいなぁ、私も一度乗ってみたかったなぁ……スフィンクス」

 

 ガチャガチャと何かをいじりながらうらやましがるのは当然ダ・ヴィンチちゃんである。こういうのは聞いておくのがお約束というものだろう。

 

「というわけで、何やってんのさ。さっきから」

「ん~、こういう時だけ空気読めるね仁慈君。よくぞ聞いてくれました!どうやら今回は長時間の肉体労働になりそうだからね。――――このように砂漠移動用車などを作ってみましたー!名付けて、万能車両オーニソプタースピンクスさ!」

 

 ててーん!と見せてきたのはバギーのような車。というかバギーそのもの。

 オジマンディアスから分けてもらった資材ということで全て木材で作られておりその外見はスフィンクスをモチーフにしていることが伺えた。

 

「フォウ、フォォォーーーーーーーーーウ!!(ダ・ヴィンチちゃんって馬鹿だよねーーー!!)」

「これは……何処からどう見てもバギーです!十三世紀にあってはもはやオーパーツかと!」

「いやー。この時代からあまりにも離れすぎた技術を使うと成功しにくいからさー。この時代で何とかなりそうな範囲でちょちょーっと作ってみたのさ」

 

 ダ・ヴィンチちゃん曰く基本的にバギーなので免許はいらないということではあるのだが、エンジンとして魔力を消費するために60キロほど出るらしい。やっぱ免許必要だろそれ。

 

「私の騎乗スキルに任せろ」

 

 そういえばライダーいたわ。

 

「60キロと言わず、120でも180でも出してやる」

 

 魔力放出やめろ。やっぱり俺が運転するわ。

 

「先輩、先輩!えぇっと、後で私にも運転させてくれませんか?」

「むしろ今からやってもいいよ」

「では、お任せください!このマシュ・キリエライト。必ずや首位で先輩につないでみせます!」

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「………本当によかったのですか?連れてきてしまった私が言うにはあまりも差し出がましいかもしれませんが……」

「よい。それはお前に何も教えていなかったことが原因である。……それよりニトクリス。余の決定に異論でもあるのか?」

「いえ!そのようなことは……ただ、どうして態々あのようなことをおっしゃったのか……」

 

 それでも疑問を浮かべるニトクリスに仕方がないという風にオジマンディアスは口を開く。

 

「――――言ってしまえば、恐らく今の奴らでも解決できるだろう。この余からも勝利はともかく聖杯を持ち帰ることくらいは可能だろうな」

 

 その言葉にニトクリスは驚愕する。

 だが、オジマンディアスにとってそれは当然ともいえる結論であった。何故ならかつてここではないどこかの聖杯戦争において彼が認めたアーサー王……それに限りなくよく似た別人とも言えるアルトリア達に加え、()()マスターも存在している。

 

「だがそれでは足らん」

 

 オジマンディアスは己の王としての目を持ってその発言をした。故にニトクリスは本当にそれが可能であることを悟る。

 

「この特異点は超えることができようとも、必ず何処かで綻び生じる」

 

 彼は断じる。

 ただ人理修復することだけが解決につながるわけではないことを。彼らには何が必要なのかを。しかし、最も重要視する理由があるのだ。

 

「―――そして、それこそが真の勇者になる道筋となるのだ」

 

 彼は王だ。このエジプト領を統べ、民を導く義務がある。彼はファラオだ。王にして神を名乗る太陽王は、己に歯向かう愚か者を態々生かして返すことなどしない。しかし、彼は人を統べる王であり神であると同時に建築王でもあった。

 

 より機能美にあふれ、より美しい外装にできるものがあるのであればデザインしてみようと思うものである。只、それがこの場合は仁慈達だったということだけだ。

 

「この余が携わったのだ。無意識の奴隷(道具)ではなく、全てを堕とす乖離者()となって見せよ」

 

 



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違和感

多分、皆さんが期待されていた展開とは違ったものになっていると思います。と、言うことで先に謝っておきます。すみませんでした。


「走れラムレイ3号!フルスロットルだ!」

「俺の魔力馬鹿食いしながら暴走するのやめーや」

「万能車両オーニソプタースピンクスって言ったはずなんだけどなー」

「この色物サーヴァント!もう少し速度落してください!本当に切り捨てますよ!?」

「Xさんがツッコミ回っています……!凄まじいボケです……!」

「フォォォオオウ!!??」

 

 

 

 

「――マシュ・キリエライト!このまま首位を独走します!」

「待て、落ち着くんだマシュ。後ろには誰も居ないしこの砂漠にコーナーもコースもない!だからもうすこし安全な運転をだね!?」

「イヤーカゼガキモチイイナー」

「中々の腕前だ。……流石だな。マシュ」

「フォフォ、フォーウ!!(別の意味でデンジャラス・ビーストだね!キチマス、何とかしろ!)」

「おぉう!何言ってんのかわかんないけど俺を攻撃するのはヤメロォ!」

 

 

 

 

「私も運転するよ。……あ、左腕の籠手が邪魔だ………いいや、片手で運転しよう」

「ダ・ヴィンチちゃん!浮いてます!方車輪浮いてますぅ!」

「片手運転はやめろって!」

「ほら、私万能者だから平気平気」

「そういう慢心が事故の原因ってデータにはありますけど……」

「せめて速度は落そうよ!」

 

 

 

 

 

「………このまま俺が運転するからね?」

『ハイ』

「フォウ」

 

 オジマンディアスから追い出され、砂漠をダ・ヴィンチちゃんが作り出したバギーで走行していた俺達の一幕があり、その結果、最終的には俺が運転することとなった。異論は認められない。この状況でどこまでも悪乗りをかましたダ・ヴィンチちゃんと主犯格のサンタオルタ。そして、テンションを上げ過ぎてしまったのだろうけれども結果的に事故を招きかねない運転をしたマシュにそう言い聞かせる。本人たちも自覚はあるらしく粛々と運転をする俺の結論を受け入れていた。

 ……この場で一番まともだったのはXだったんだよ。この一言だけでどれだけカオスな状況だったのかわかっていただけただろうか。大学生の小旅行じゃないんだからさ……。テンション上がるのは分かったからもう少し落ち着こうか。

 

「……運転中に余計なことしたら振り落とすからそのつもりで」

「フォー……(激おこだ……)」

 

 シャレにならない速度で暴走されればそうなる。俺も運転はしたことないけど、その分慎重に行うから問題ない。何故か騎乗スキルを持っている人たちはハンドル握ると暴走するからな。

 

 砂嵐は晴れているが時々舞う砂に目を取られないようにゴーグルをダ・ヴィンチちゃんから貰い、そのまま一時間ほど運転を続ける。いくら何でもこの砂漠長すぎないか?と思っていたところでようやくその砂漠の終わりが近づいてきた。近くにはジャンプ台、その奥に待ち構えるように敵が待っていた。いかにもここから飛び越えてくださいと言わんばかりのシチュエーションであった。

 チラリと一瞬背後の方を振り返ってみれば全員がキラキラとした瞳でこちらを見て来た。あっはっは。跳べってか。

 

「どうする、フォウ」

「フォーウ?(跳んでやれば?)」

「………マシュ、翻訳できる?」

「良いそうですよ」

「じゃ、跳ぶか」

 

 アクセル……の代わりに魔力を回して速度を上げるとそのまま加速しつつそのジャンプ台の役割を持っている丘に突っ込んだ。

 一体だけ、跳び越えようとした敵の中に石像のように大きい奴が居たのだが、その剣が当たりそうになった時、咄嗟にサンタオルタがモルガンエンジンを発動させて事なきを得ることとなった。……落下時の衝撃がすさまじかったけど。

 

「よし」

「………此処に来て私のキャラ喰われまくってませんか?破天荒、無軌道、無鉄砲、無秩序は私の本懐だったはずなんですけど」

「大丈夫大丈夫。Xはもうある意味で別格だから。むしろ別枠だから。おんりーわん」

 

 まぁ……正直二人とも同じ畑の人ではあるよね。ぶっちゃけ。

 キャラ被りを気にしているらしいXを適当に宥めつつ、改めて周りの風景に目をやる。……そこにはあるのは、砂漠と似たような光景であった。草木は枯れ堕ち、もはや炭と化していると言ってもいい。大地は罅割れ雑草の一つも生えてやしない。感じる温度は砂漠とそう変わりなく、むしろ砂漠よりも直接自分たちの肌を焼きに来ているのではないかと錯覚を起こす程であった。

 ……言ってしまえば土地そのものが死に絶えている。そう表現するのが最も適切と言えた。これが本来の十三世紀の中東ということでは無いだろう。見たことはないが、そう確証はできる。こんなもの人が住んでいける土地ではない。俺もキツイ。

 

「トナカイ、これをもってろ。少しは楽になる」

 

 言葉と共に俺に渡される氷。どうしてサンタオルタがこんなものを持っているのか今は聞かないが、それを首に当てて全体の体温を冷やそうと試みる。先程よりはマシになったがやはり簡単に克服、というわけにはいかなかった。まぁ、砂漠で耐性を得た分そこまで酷いことにはなっていないが。

 

「気温48℃、相対湿度0%。大気中の魔力密度0.3ミリグラム……砂漠も酷いがここも酷いな。とても人が暮らせる環境じゃない。人理定礎を乱すとここまで来るか。これが人類史、その一切を焼き払った魔術王の偉業……その一端ってことかな」

「今までの特異点ではここまで人理定礎が乱れていなかった……だからこそ影響はなかったのですか」

「その通り。もしくは特異点だけは例外的に影響されないとも思ったけど……そういうわけじゃあなさそうだ」

「……もしかして、本当にアルトリアさんがこんなことを……」

「これはもうブッ殺事案ですね!マスター!」

 

 清々しいまでの笑顔。外見がいいだけにその表情には何とも言えない魅力がある。……んだけど、言っていることは物騒すぎる。何処がサンタオルタにキャラが喰われている、だ。どちらも等しく濃すぎる。

 

 そして改めて思い返してみると俺達が会ったのは敵として遭遇するアルトリアかネタに振り切った混沌じゃないけどカオス属性のアルトリア、その二種類の存在しかいないことに気づく。……やっぱりこの戦いで一番割喰ってるのはアルトリアなんじゃなかろうか。重苦しい空気をXがぶち壊してくれたところで――――俺を含める全員が何かに弾かれたかのように顔を上げる。

 

 すると、移動してきたのかここで待ち伏せしていたのかはわからないが、俺が身につけているような全身を覆えるほどの布を被った集団がじりじりとこちらを囲う様にして接近してきていた。わずかに覗く顔からは生気が全く感じることができず一瞬だけゾンビか何かかと見間違えるほど……しかし、気配は純粋に人間の者であり、ゾンビでもましてやサーヴァントと言った存在でもなかった。

 

『食べ物だ……食べ物だ……。水もあるぞ、うまそうな女もいるぞ……。きっと太陽王の所に居る化け物から逃げて来たんだろうなぁ……ありがてぇ……ありがてぇ…………オレたちに喰われるために生き延びてくれてありがてぇ……!』

 

 生きながら死んでいる。この表現が的確に当てはまる。恐らく彼らは厳しい環境の中で《《ああ》》成ることでしか生き残ることができなかった人なのだろう。

 

「こ、この人たち……は、人間です……!サーヴァントでも、幻影でもない……れっきとした……」

「……これはもうダメだね。彼らは半ば屍鬼化してしまってる。あそこまで行ってしまったらもう人としてはだめだ」

「―――容赦はいらん。むしろ殺してやるのも救いだろう」

「介錯も又一つの救いですよ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんがXが、サンタオルタがそう言い聞かせる。

 心配はいらない。そんなことは分かっているし、そもそも明確に敵対するのであればもとより容赦なんて加えない。下手に逃がして仲間を呼ばれても困る。けど――――

 

「………ッ」

「フォ……」

 

―――――まあ、仕方ないか。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

『くそっ……くそぉっ!何で大人しく死なねぇんだよぉ!!』

「え?殺してほしいの?」

『――――ちくしょう!』

 

 襲われたら返り討ちにする。当然のことである。というわけで、俺達は特に苦戦をすることなく食料その他狙いで襲い掛かって来た集団を撃退することに成功した。最終的に死ぬ一歩手前まで痛めつけてようやく止まったのが一割ほど……俺が遭遇したアサシンの連中も含めてここの世界は大部分が死んでいるとみて間違いないだろう。

 

「――戦闘終了、です……」

「お疲れ様」

「奇跡的に死者はゼロ。こういっては何だけどよくやったねこんなこと」

「そういう日もあるある」

 

 嘘である。殺さないように撃退するということは結構な負担であることはもはや疑いようがない。しかし、久しぶりの対人戦ということでマシュの負担を考えればこれくらいはやってもいいと思ったのだ。彼女の守りは重要でありそれを担う本人が参ってしまっては元も子もない。

 

「ま、そういうことにしておいてあげるよ」

「あ、あの……この方たちに食料を分けてあげることは可能でしょうか……?」

 

 うーん。ダ・ヴィンチちゃんが言った通り、このヒトたちはもはや終わっていると言っても過言ではない。今さら食料を渡したところで僅かな延命にしかならず、むしろ争いの種にもなりかねない……。しかし、彼女のことを考えて彼らを生かしたんだ。そのまま見捨ててしまったら助けた意味がない。

 この中でどうしても食事が必要なのは俺とマシュだけ。他の三人はサーヴァントであるために絶対に必要というわけではない。唯の趣向品のようなものだ。そして問題の食糧はオジマンディアスの所で貰った分も含めて結構の余りがある。ここでばらまくくらいは別にいいだろう。後程争いの種になるかもしれないが、そこはもう範囲外である。

 

「ここまで来たらいいと思うよ。好きにしたらいい」

「私たちも流石にこの状況の中ご飯をくださいとは言いませんよ」

 

 サーヴァント達の許可も貰えたので、彼らに適当に食料をばらまいてからダ・ヴィンチちゃんの作り出したバギーに乗り込む。すると、食料の効果か一時的に正気を取り戻した彼らが俺達に忠告をくれた。聖都には近づかず、生きて居たければ砂漠に居た方がいいと言っていた。やっぱりろくでもないじゃないですかー。

 

 

 

 そうして―――バギーを走らせること数時間。流石にこれ以上の運転は危ういので何やら宇宙船を運転した経験を持っているというXに少し前に運転を交代してもらい、死んでいる大地の光景に目を向ける。

 砂漠の時には真上にあった太陽も今は沈みはじめ空は茜色に染まり始めていた。そこまで走ったあたりでようやく通信状態が良好になったらしい。ロマンの焦りを多分に含んだ声が聞こえて来た。

 

『やっと繋がった!みんな大丈夫かい!?』

「へいきへいき」

「はい、問題はありませんドクター。私たちは元気です」

『なんていうかこっちの心配が必要ないくらいに本当に元気だね君たち!』

「やっほー」

『レオナルドォ!なんて暢気なんだ!』

「何故私だけ……」

 

 自分だけ何故か怒られ気味な感じに納得できないのか彼女にしては珍しく本気で困惑したような声を上げた。

 そんな彼女を若干無視しながら俺達は今までにあった情報をロマンに伝えていく。そんな彼はやはりというべきか、今も聖杯をもっているオジマンディアスが厄介なものと踏んだらしい。しかし、こちらは妙に精度の高いセイバーセンサーを常備しているXの話から聖都に恐らくアルトリア顔の誰かが居ることが分かっている。さらにこの特異点には銀の腕を装備したベディヴィエールが居ることも含めるとロマンもその推測に頷いてくれた。

 

『けど、ダ・ヴィンチちゃんの話では聖都にいるのは獅子王なんだろう?そして、謎のヒロインXとサンタオルタの言葉ではアーサー王が居る、と………おかしいよね?』

「言いたいことは分かるけどさ。それはこれから確かめてばいいよ。今の状況、誰が味方で誰が敵かもはっきりしてない。聖杯をもっているオジマンディアスが完全に敵かどうかも怪しいから」

 

 その通りだ。もし完全に敵であればあの場で俺達を殺しにかかるだろう。実際、今までの奴らはそうであったはずだ。

 けど、彼が言い残したのは俺達にこの世界を見て来いという曖昧な言葉を残しただけで、攻撃どころか物資を支援する始末。これは完全に勘だが、正直聖都にいる奴よりも山の奥の方からとてつもなくやばい気配がする気がする。これは根拠なんてない完全に勘というかあれだけど。

 

『――!そこから50メートル先に強力なサーヴァント反応!ついでに生体反応もある!』

「ではスピンクスはここに止めておきましょう。様子、見に行きますよね?」

 

 Xが確認のために顔をこちらに向ける。それに全員頷き、彼女は慣れた手つきでバギーを止めた。 

 できるだけの隠密行動を心掛けながらその五メートルという差を着実に埋めていく。そうして目標の近くまで来た俺達が見たものは、明らかに一般人と思われる人とそれを庇う何処かで見たようなアサシンのサーヴァント。そして、糸目で赤毛であり弓と思われる武器を持ったアーチャーのサーヴァントだった。

 

「鳥公じゃないですか」

「あの寝てるのか起きているのかわからない表情、間違いなくトリスタン卿だな」

 

 また知り合いか。

 

「先輩……私、あのサーヴァントを見ると寒気が止まらないのですが……」

「―――いつぞやの俺と同じく外付けで何か付けてる気がする」

 

 それも、この特異点探索で嫌というほど感じた神性によく似た気配を感じることから、確実に何らかの神格から受け取っているということも。

 

「――――あれはだめだ。我々では殺される」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが初めて見るほど真剣な表情でそういった。それと同時に一般人と思わしき人たちを守っていたサーヴァントが己の首を切り裂いた。何を思ってそれを行ったのかどうかわからないが、恐らく後ろの人には手出ししないでということを言ったのではないだろうか。

 しかし、赤毛のアーチャー――――Xとサンタオルタにトリスタンと呼ばれた恐らく円卓の騎士であろうそのサーヴァントは一般人の首を容赦なく斬り落としその場を去っていった。

 ……成程、あのアーチャー。弓を使わないのか、いやあの武器が弓じゃない。どちらかと言えば楽器のようだったな。

 

 完全にトリスタンの気配が消えたのを確認したのちに俺達は先程攻撃をされた場所へと足を運んだ。

 誰しもが首を切られていて、生き残っている気配は何一つない。

 

「……一体何を思ってあの鳥公はこのような凶行を行ったのでしょうかね。まさか、私からの指示とかですか?」

「反転していれば不思議なことではない。只、オジマンディアスが言っているようにこの世界を見てみないことには何とも言えんな。――――が、あの行動。トリスタンが起こしたにしては違和感を感じる……。あのランスロット卿とゴミみたいな話で盛り上がれるほどだぞ。しかし今のトリスタン卿はむしろ『人の心がわからない』と言われる側になっている」

 

 

 はてさて、真意のほどは一体どうなんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 



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歎きの壁(胸じゃない)

遂に来てしまったか、CCCコラボ(予定)……これは阿鼻叫喚の光景が予想できますよ……。


 

 

 

 

 

「これもう絶対聖都ってその言葉通りの所じゃないですよね。アレですよ、聖都とは名ばかりで、思考停止した人間が日々決まった行動を起こすだけのロボット王国みたいなことになってますよきっと。私が視た星の中でそんな所ありましたし」

「ランクが下がってても直感持ちが言うと信憑性があって怖い……」

 

 円卓の騎士………なんか想像していた騎士と行動がかみ合わないので俺の中で(仮)ということにしておくけど、その円卓の騎士(仮)である鳥公だかトリスタンだかの行動を見たXは、俺と運転を交代したため後ろの席に座りながらとてつもなく嫌なことを言ってくれた。

 

 

 

 そして、その予感は現実のものとなる。

 

 

 順を追って説明しよう。

 あれから俺達は心なきゾンビ擬きとなってしまっている人から襲われている難民を見つけ出し、スピンクス号で軽く引くことで彼らを助けた。曰く彼らが言うには、聖都では月に一度、その聖都の中に入る人の厳選を行っているらしい。……この段階で既に嫌な予感しかしない。Xとサンタオルタも同じことを思っているのか耳打ちしてきていたので余計にそのことを感じた俺達は、サーヴァントと自分に補助魔術を使うことにした。

 助けた難民から話を聞いた後、日こそ完全に落ちてしまったもののようやく聖都と思わしき場所に辿り着くことができた。

 そこは白く巨大な壁でどこまでも覆われた要塞を思わせるつくりをしていて――――というかやはり完全に要塞である。外からの攻撃を守る役割を持っていることは想像に難くないが、どこか中からの脱出も拒んでいるように思えた。

 門と思わしき場所の近くにはいくつものテントが建てられており、いったいどれだけの人がここでセイバツの儀(難民から聞いた受け入れの事)を心待ちにしているかがよくわかった。

 

 まあ、着いたとたんになんか追いはぎを行う商人みたいなやつらを死なない程度にボコボコにしたのだが、それは別にいいだろう。

 問題はセイバツの儀とやらを行いに現れた騎士たちである。大層な鎧に身を包んだ騎士たちは聖都(要塞)の中から出て来るや否や、まるで難民たちを囲い込むようにして佇みはじめた。さらに円卓の騎士、サンタオルタからはガウェイン卿と、Xからは脳筋バスターゴリラと呼ばれていた要するにガウェインが出てきたわけだが、彼が姿を現した瞬間に美しい星々をみることができた夜空が一転して昼間の輝きを取り戻す事態となった。

 ガウェインからもトリスタンと同じような、何処か普通のサーヴァントとは違う何かが混ざっている感覚がするので親玉たる獅子王から何かしらの能力を賜っているとみてまず間違いないだろう。彼は日中では聖者の数字というものの効果で身体能力を始めとする戦闘技能が三倍になるという某赤い人仕様らしい。

 念のために襲ってきた商人から強d……借りた布を全員で被り難民として紛れる。しかし、ダ・ヴィンチちゃんとマシュの二人はとても隠せそうにない巨大な装備を持っているために全身を布のみで隠すことができる俺とX、そしてギリギリアウト染みたサンタオルタが彼女たちを隠しながらなんとか声が聞こえるあたりの場所まで移動したのだ。

 

 ガウェインが難民達へ演説を行った後に、彼らの身体から感じることができる力をさらに強大にしたような気配が現れた。

 その姿は獅子をモチーフにしたのだろう、立派な鬣のようなものを備えている兜をかぶった人物。その外見から性別は判断できないが声の感じからしてあれは女性だろう。その獅子をモチーフにした兜を装備したあの人物こそ獅子王であると、あたりを付ける。 

 その獅子王は短く言葉を紡いだ後に自らが持っている槍を掲げ、そこから眩いばかりの光を放った。すると、その光に呼応するかのように難民の中から三人の人物が輝き始めた。

 それを見届けた獅子王はその身体を翻し聖都……ガウェインの話ではキャメロットと呼ばれる都市の中へ。その後――――難民たちの周りを囲ってい居た騎士が光を放っていた難民を捕まえ、それ以外の難民に攻撃を仕掛けた。

 

 振り下ろされる西洋剣に難民たちは為す術もなく切り裂かれていく。身体を縦に真っ二つにされたもの。上半身と下半身を分けられたもの。庇った子どもごと切り裂かれたもの、首を刈り取られたもの……一貫して言えることはどうあっても生き残ることはできないだろうと確信できる傷を負わせているところだった。容赦ないな。

 

「………難民は大混乱、既に囲まれてしまっていて逃げ場はないと言ってもいい。しかし我々ならまだ逃げることができる。後は分かるね?」

「はい……この包囲網をこじ開けます!」

「よく言ったマシュ。……普通のオルタであれば、ここまでではなかっただろう。しかし、今の私は子どもに夢を届けるサンタオルタさんだ。……いつぞやのマッシュポテト、そしてビームブッパをするだけの簡単なお仕事とほざきやがった恨みをぶつけてやろう」

「えっ」

「珍しく気が合いましたね。あのバスターゴリラ、どういうことか問い詰めなければなりません。それに、セイバー顔でなくてもやはりセイバーは殺すべし。慈悲はない」

「えっ」

 

 嫌な予感というのは実によく当たるものだった。しかし、この光景を見てマシュは怒りの方が強いようだ。恐らく後で思い返して落ち込むこともあるかもしれないが少なくともこの場で立ち止まったりすることはないらしい。

 

「これで、今後の展開は決まっちゃったかな……?」

「……まぁ、ダブルアルトリアがいる時点で彼らとの敵対は決まっているようなものでしょ」

「だよねぇ……仕方ない。万能者、その所以を此処で見せてあげよう!流石に全員は既に不可能だが、百人くらいは逃がしてやるとも!」

「ダ・ヴィンチちゃんも意外と人ができてるよね」

 

 それだけ言い放ち、俺達はお互いに弾かれたかのようにその場から離れ、特攻をしていったマシュ達へと続いていくのだった。

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図。人々は泣き叫び、誰しも生き残ることはないと思われた空間。

選ばれたらしい女性の一人も既に愛すべき我が子を守るためにその命を散らしていた。まるで救いという言葉が忘れ去られたが如き空間に、彼らを殺して回る騎士たちとはまた別の人物たちが現れた。

 それは、守るべき人々を守るために使われる盾を振りかざしている騎士のような恰好をした少女であったり、どう考えても異国の文化を多分に含んだ白い袋を持った少女だったり、SFチックな装備を身に纏った少女だったりした。

 

「はぁぁぁぁあああ!!!」

 

 その中の盾を持った騎士―――マシュは懸命に己の心を震わせながら、難民を殺して回る騎士、粛清騎士の排除に動いていた。彼らを手に掛けんとする剣を身長程の盾で受け流すと、質量で勝るそれを振り回して騎士たちを殴打していく。

 難民はその隙にマシュが開けた包囲網から次々と逃走を行った。彼女はそれをチラリとわき目で確認すると再び別の場所へと赴き難民を殺そうとする粛清騎士の元へと赴き、その盾で凶暴な刃に晒されそうな人々を守っていた。

 

 仁慈はマシュのことを横目に見ながら戦場となった地を駆け抜ける。未だ被っている布に隠れて居る四次元鞄から小回りが利く小太刀とナイフを手に取り、地面に倒れている難民へ止めを刺そうとする粛清騎士の背後へ接近。鎧の隙間から生身の部分を即座に見破り、己の刃をそこに浴びせる。

 

 まずは手に持っている西洋剣を落とし、痛みに悶える粛清騎士の首元……そこから見える首筋に小太刀を滑らせ、切断する。首が落ち、まるで英霊のように光の粒になって消えた粛清騎士を見た仁慈は、彼らの正体がサーヴァントに近い、肉体を持たないものであるということを理解した。

 

 だからと言って、この場で何かすることはできないので、消えたのを確認したのちにすぐ近くに居る騎士に躍りかかる。弓を構え、矢を放つ粛清騎士に狙いを定めた仁慈は雨のように降り注ぐそれらを回避、ないしは武器で切り裂きながら接近。勢いを殺すことなく跳躍する。跳び越えるようにして上を取った仁慈は頭をしっかりと手のひらで掴むと己の推進力を利用してそのまま首を半回転させて捻じ切った。続けざまに、宙にいる仁慈に槍を突き出す粛清騎士に狙いを変更し、左手に持っていたナイフをルーンで操り一時的に足場として踏みしめることで突き出された槍を回避した。そのまま槍を伝って肉薄した彼は兜の隙間から武器を突き入れ、防具されていない無防備な頭を突き刺した。 

 

 ダ・ヴィンチちゃんはそんな仁慈のフォローに回っていた。確かに彼女は万能人ではあるが限度があり全能ではない。キャスターというクラス柄接近して戦うことは難しいために、主に仁慈が助けた難民を軽く守ったり、仁慈の手が回らないところの足止めを行っていた。彼女は思う。いくら考えてもマスターとサーヴァントの役目が逆であると。その内なる考えは声に出せば途端にロマニが肯定してくれるであろうものだった。

 

 一方、図らずとも仁慈やマシュ達とは少し遠くに行ってしまったXとサンタオルタはお互いがお互いに干渉しないように戦っていた。それは当然何かしらトラブルが起きてしまうということを懸念しての行動である。

 

「無事か?けがはないな?……よし、であるならばそこの母親とすぐさま逃げるがいい。貴様が生きていたら来年の冬にプレゼントをやろう……何?私が誰かって?サンタだが……む?知らないのか……じっくり教えてやりたいところだが今はそんな暇はない。早く行け」

 

 背中から斬りかかろうとした騎士を黒いエクスカリバーで横薙ぎに切り払いうと、サンタオルタは立ち上がった。流石にど派手で、他の難民を巻き込みそうな宝具などは解禁しない。しかし、彼女は最終兵器ビームがなくともセイバーとして申し分ない実力を持っているのだ。

 左右から交互に襲い来る粛清騎士を黒いエクスカリバーとプレゼントがやや過疎気味な袋で叩きつぶしていきながら、己の道を進む彼女は優先的に子どもがいる場所へと向かって行く。サンタさんは良い子の味方である。そう宣言したからには、己の教示を曲げることがない彼女が子どもたちを見捨てることなどありえないのだ。

 

 打って変わってヒロインXは積極的に粛清騎士の方へ向かって行っていた。それも、西洋剣を使っている者たちだけではない。弓や槍を持っている粛清騎士にも「おのれ、粛清騎士ゆ゛る゛さ゛ん゛」と言わんばかりに必要以上に攻撃を行うほどである。

 

「私以外のセイバーぶっとばぁす!弓も槍も持っている騎士は、セイバーじゃないかもしれませんが……ぶっちゃけ一般市民に手を出したあたりでギルティです!モストギルティ!私は、最優にて最可愛なセイバー・アルトリアとは何の関係もありませんが……流石にこれは見逃せませんね!属性、善ですし!」

 

 善の前に混沌が付き、これはかの有名なギルガメッシュと同じ属性であることを彼女は知らない。

 ……しかし、口ではふざけながらも仁慈達を冬木を除くほぼすべての特異点で仁慈たちを支えてきた彼女の実力にもはや疑いなどはない。ただでさえ星が製造した聖剣二刀流という冷静に考えれば異常極まりないことを常日頃から行っている彼女である。両手に魔力(フォースではない)を込めれば淡く光り出し、刃ではなく高熱で焼き切るというえぐさカンストの武器となる聖剣を難民に当てないよう、巧みに操りながらも粛清騎士たちに無慈悲とも言える正確さで当て、鎧事中身を焼き切っていく。右手と左手、お互いに邪魔をすることなく振るわれる剣戟はまさに嵐の如く。生半可な攻めすらをも切り伏せ確実に敵の数を減らしていった。

 

 

 

 

 順調に数を減らし、難民を全体で見れば大したことはないかもしれないが確実に何百人か退避させた頃。撤退しようとしていたマシュの傍に、まるで絵にかいたような美青年でありながらこの場を昼にした張本人である円卓の騎士が一人、ガウェインがその退路を塞いだ。

 

『くっ……!何故か西側も攻撃されている今なら何とかなるかと思ったんだけど……!』

「逃がすということはありません。私はこの聖罰を任されたものとして、貴女方を処罰しなければならないのですから。――円卓の騎士、ガウェイン。我らが王の命により、その命を頂戴します」

『やっぱり彼女たちの予想通りか……!』

「ドクター……逃げ道などは……!」

「ありませんよ。貴女方は難民を救うためにこの中へ一人で赴いてきた。見事な暴動でしたが、それは我々の包囲網に自ら飛び込むということ。すなわち獣の腹に自ら飛び込むことと同義です。……その程度の事、既に予測済みだったのではないですか?」

「敵を前におしゃべりとはちょ~とばかり余裕すぎやしないかな?もしかして油断?」

「これは油断でありませんよ。今し方貴女が言ったように余裕です。……貴女方では私を倒すことはできないのですから」

 

 語り掛けながらも隙などは見つけることができない。彼は油断なく、いつでも万全の態勢を持ってマシュとダ・ヴィンチを倒す準備を整えていた。一方のマシュは何処かガウェインに対して雑念が混ざっていた。圧倒的な力差から来る怯えではなく、もっと別な何かが彼女の心の奥にしこりとして蔓延っているのである。

 

「―――それでは、」

 

 ガウェインが剣を構える。彼が持つのは彼のアーサー王が持つエクスカリバーの姉妹剣。太陽の力を内包した強大な一振りである。それを構えた彼は、真っ直ぐにマシュとダ・ヴィンチを捕らえ―――――しかし己の剣を後ろに振り切った。

 

 ガキィン!と響く金属音。それは彼の持つ聖剣が己に届かんとしていた刃をはじき返した音に他ならない。

 攻撃が失敗したと踏んだその人影は深入りをすることなく跳躍してマシュ達の近くに着地する。二人とも布を着込んだ人物であったが、ガウェインはその人影のうち一人を見て驚愕に目を見開いた。

 

 何故なら、その人影が握っている得物は間違いなく聖剣であり、本人も実際に幾度となく目にしてきたものなのだから。

 

「その剣は……まさか……!」

 

 そう。その剣こそかの有名なエクスカリバー。ガウェインを始めとする円卓の騎士が仕えていた騎士王の剣。

 それの所有者は彼らにとって唯一人。

 

 思わず聖剣を持つ手が震える。しかし、視線はまるで釘で討たれたかのようにその人影に固定されてしまっていた。

 すると聖剣を持つ人影は己が被っている布に手をかけそのままバッと勢いよくそれを外した。

 そこには当然――――仁慈達と行動を共にしていたヒロインXが立っている。その恰好は余りにも現代染みているというか……もはや現代を通り越して宇宙に進出してしまっているが、顔は紛れもなくアルトリア―――アーサー王である。

 

 ガウェインは、未だ震えが止まらない体で、一言呟いたのだった。

 

「えっ」

 

 

 



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王は騎士の心がワカラナイ(困惑)

今週から休みも開けるのでまた不安定な更新になってしまうと思いますが、これからもよろしくお願いします。
………4月1日の嘘話?そんなものは上げません。


 

 

 

 

 

 

 

 完璧な騎士。そう呼ばれていたのも今は昔の話……。というわけではないが、割と完璧に近い騎士であるガウェインは今、その完璧さなんてかなぐり捨てて硬直をしていた。騎士として……いや、戦士として三流もいいところの行動ではあるが、その混乱を鑑みれば同情の余地があるかもしれない。

 完璧を形にしたような騎士だったガウェイン……それを唯一完璧でなくした存在。彼にとってのある意味でアキレス腱と言ってもいいアーサー王。ガウェインは彼の王を屈辱されると冷静さを欠き、倒されたという逸話が残っている。それは英霊となった彼にとっても致命的と言えるものだった。

 ……まぁ、今回に関してはもはや冷静さ云々の話ではないのだが。彼はもうどうしようもなく理解してしまっているのだ。目の前に居る奇天烈な恰好をしている少女が、己の王であることを。

 

「何をしている、疑似セイバー。さっさと止めを刺せ」

「私でもドン引きする発言ですね……言われなくてもやるつもりですけど」

 

 ただでさえ混乱の渦に身を投じているガウェインに、天はこれでもかといわんばかりに更なる爆弾を叩きつけた。

 アーサー王と思われる……いや、アーサー王であると確信できてしまう人物がもう一人現れたのだ。黒いゴスロリドレスに似た格好をし、黒い聖剣を持っている見どころ満載な恰好をしつつもその手に持っている巨大な白い袋が圧倒的存在感を放っている。そう、彼女はあからさまにサンタクロースなのだ。

 もう頭が割れそうだった。いや、実際に頭を何回も鈍器で殴られているのではないかと彼は思った。己が手を下した円卓の騎士たちの怨念なのかと血迷ったことを一瞬考えもした。……それほどまでに、目の前の光景は信じられないものだった。

 

「なん……です、と……?」

 

 言葉が出なかった。頭がおかしくなって死にそうだった。とりあえず一人でじっくりと考える時間が欲しいとガウェインは切実にそう思っていた。しかし――――今までの行動のツケなのか。彼のことなど知らないものとして事態は進んでいく。

 

「――――じゃあ、このゴリラどうしましょうか?動揺してますし今ならこのまま潰せるんじゃないんですかね。というか、潰していいですよね?マスター」

「潰せるなら。ただし、援軍を呼ばれる可能性もなくはないからあまり時間はないけど」

「りょーかいです。……さぁ、いきますよバスターゴリラ!お前の罪を数えろ!」

 

 まず斬りかかるは最初に不意打ちをかましたヒロインX。頭の整理が全くついていないガウェインに向けて彼が持つ聖剣、転輪する勝利の剣の姉妹剣。約束された勝利の剣である。

 三倍の力を持っている午前のガウェインでも、精神的に万全の状態でなければ卓越した技術は振るうことができない。相手が約束された勝利の剣を武器としてアーサー王そのものと言ってもいい容姿を持った彼女相手では余計に実力を出せないでいた。

 

「お、王よ……」

「おっと、私は最優にして最強クラスのセイバー・アルトリアとは何の関係もありません。唯の通りすがりのセイバーです。…………どちらにせよ、無辜の民を虐殺する騎士なんて私知りませんけどね」

「―――っ……!」

 

 ヒロインXの精神攻撃にガウェインの剣筋が鈍る。その隙を狙って襲い来るのはもう一人のアーサー王。反転化したアルトリア……が、オルタの悪印象を払拭するためにサンタクロースになったという経由で生まれたわけのわからない出典のサンタオルタである。反転化しているが故に一騎打ち等のこだわりはない。どちらかと言えば勝てばよかろうなのだ寄りの思考回路となっており、実に仁慈の好みに合ったサーヴァントである。むしろ、ヒロインXとサンタオルタがそう言った性格だからこそ仁慈に召喚されたと言える。

 

「更に王が……増えた……!」

「どいつもこいつも我が王我が王と崇めるからそう混乱するのだ、太陽の騎士。獅子王を崇めるのであれば、せめてそれを全うしろ。―――それが、円卓の意味をはき違えた貴様にできる唯一の事柄である」

「……ッ!!」

 

 ヒロインXとサンタオルタはガウェインに次々と剣を突き立てる。それはある意味で、セイバーばっかり増やす神の計らいにより実現したコンビネーション。彼女たちは騎士……ではないが戦士である。戦うものである。己の力量を理解しているし自覚もしている。故に彼女たちはまさに隙も無い攻めを行うことができるのだ。例え、それがかつての己と余りにもかけ離れた姿でも……!

 傷をつける……というところまで行かないものの、それでも確実にガウェインを二人は追い詰めていた。ぶっちゃけ、実態を持つ剣よりも彼女たちがその攻撃と同時に放った言葉の刃の方がよっぽどガウェインにダメージを与えていた。もうガウェインの表情にマシュ達を追い詰めていた時の余裕は残っていない。既に彼の表情は何処か親に怒られるのを恐れている子どものようだった。

 

「―――すみません、Xさんサンタオルタさん……私も加えてください……!」

「………いいですよ。断る理由もありません。どうせ、普段から割れている円盤です。今さら四分割されようが別にいいでしょう」

「そうだな。というか、私はもう割り切った。円卓のように」

 

 サンタオルタが何気なく放ったその一言は、ガウェインの相手をしておらず、地味に囲もうと近づいてきていた残りの粛清騎士を逆に粛清()していたダ・ヴィンチと仁慈の表情を引きつらせた。笑えないと。

 

「私は、貴方を敵と見ることができません。――――しかし、それでも私は貴方を、あなた方を止めたいと思います!」

「――――……まさか、貴女は……!?」

「おぉっとそこから先は言っちゃだめですよゴリラ。この話はもうちっとだけ続くんですから」

「その通り。貴様はこのまま、座に還れ」

 

 マシュの加入によりさらにその強固さを増したカルデア陣営。もとより実力などを度外視して円卓特攻を持っているアーサー王とマシュの防御力によりこれ以上ないほどに勢いづく。 

 一方、精神に次々と叩き込まれていく言撃。それが逸話のことも相俟って三倍の性能を生かしきれいないガウェイン。

 このままではたとえ日中であったとしても彼が傷を負い、聖者の数字を発動できなくなるかもしれないと思われた。

 

 が、ここで仁慈が恐れていた事態が発生する。

 彼は相手にしていた粛清騎士の首を捻じ切った後、左手に持っている小太刀を素早く投擲した。通常の人間……普通の人間ではなく半分サーヴァントと言える状態である粛清騎士すらも反応できない速度で投擲された小太刀はガウェインの身体を見事に掠ることすらせずに通過した。

 そこで、戦場に似つかわしくない音が彼らの耳に届いた。得物同士がぶつかり合うことによっては決して聞くことがない、楽器の音。

 

「サー・ガウェイン。一体何を遊んでいるのですか。聖罰が終わったら速やかに聖都に帰還する……それこそが貴方の職務。我らが王より賜りし事柄でしょうに」

 

 出てきたのは赤毛の優男。手には弓と思わしき武器を持ちながらも一度も矢をつがえることはない。常に閉じられている瞳。見えないのかと思えば、その動きは眼が見えているとしか思えない身のこなし。

 そして何より彼らにとってその優男は一度見たことがある人物だ。そう、彼らが介錯したアサシン。それを呼び起こす原因になった無抵抗の一般市民、無辜の民の首を全て刈り取った男。ヒロインXとサンタオルタがトリスタンと言った人物である。

 

「トリスタン……」

「来たな鳥公」

 

 円卓の騎士が一人、トリスタンの登場に誰しもがその方向を向いた。仁慈は周囲の敵をダ・ヴィンチちゃんに任せてマシュ達の場所へと戻ろうとする。

 

「いやちょっと待とう。流石の君でもアレの相手は荷が重すぎると思うんだけど……!?」

「そうだけど。それはマシュ達にも言えることなんだよなぁ……」

 

 マスターが遠くに居れば不測の事態に対応することができない。令呪の切り時、撤退のタイミング……なにより仁慈とてこれまでの特異点探索で培っていた技術と魔術がある。特にエレナが来てからサーヴァントの補助に対する魔術はかなりの成長を見せていた。そのことを知っているダ・ヴィンチも最終的には彼の意見を通す。彼女とて、マスターなしにトリスタンと渡り合うことなどできないと考えていたのである。

 

「この声……まさか、我等が王……!?おぉ……まさか、王が召喚されていたとは……私は悲しい」

「悲しいのはこっちですよ。何が楽しくて無辜の民を虐殺する嘗ての仲間をみなきゃいけないんですか」

「私はかつて、村を見捨てた。それは事実だ。そのことに関して貴殿等に思うことがあったのも又理解している。……だが、それでも自ら民を殺しに往けと、命じた覚えはなかったが……」

「そうでしょう。そうでしょう。嘗ての私ではこの事態に耐えることはできなかったでしょう。自分が起こして来た行動、その残酷さに自決を選んでいたかもしれません。ですが……獅子王の円卓となった私にはそれがありません。……それらは、我等が獅子王の元では何の役にも立たないのですから」

「――――ちっ、この気配……反転か!」

「自身の行いに耐え切れず属性を反転させましたか……。そこまでするならあのバカ息子を見習って反逆の一つでもおっ立ててばよかったものを。というか、反転ってどこまでが反転なんでしょうか?もし反転してこの忠誠心だったら生前の彼は……」

「それ以上いけない」

 

 ヒロインXの呟きに既に彼女たちの近くまで来ていた仁慈が待ったをかける。それ以上言ってしまってはここから先―――主にギャグルートで出て来た時のトリスタンの株が大変なことになってしまう。彼の忠誠心は、反転の性質をもってしても侵すことのできなかった不可侵にて完全なものであると思っておけと彼は言葉にせずとも語っていた。

 

 などと、ふざけ合っていてもこの増援は見逃すことのできない事態だった。ガウェインについては彼のメンタルが弱まっているおかげで何とか優位を保てていたが、実力的にもそして何より精神面でも強大なトリスタンが来たとなれば、今の仁慈達に対抗できる手段はない。マシュの防御もトリスタンの不可視な攻撃に対してどれほど有効なのかわからない。故に仁慈は実は内心結構焦っていた。

 

「―――それに、たとえ我が王とて今はサーヴァント。であれば不遜にも従えているマスターがいるはずです」

 

 見えないはずの視線を仁慈に向けるトリスタン。そして、すぐに彼は持っている武器・妖弦フェイルノートを奏でた。瞬間、仁慈は弾かれるように後ろに下がる。そしてその後、下がった身体―――その上半身を逸らせバック転を行うとそのまま三転。さらに休むことなくその身体を空中へと躍らせる。

 仁慈が通った軌跡に不可視の矢と化した音が次々と殺到した。宙に移動したことを目以外の五感で感じたトリスタンはそちらに向けて狙いを定めると素早くフェイルノートを奏でようとして―――マシュの攻撃を察知して回避行動を行う。

 

「なんと、初見でこれを見破られるとは……大したものですね」

「二回目だから」

「…………」

「後でともに王の裁きを受けるとしましょう。トリスタン」

「私は悲しい……」

 

 ポロロンとフェイルノートを奏でながら悲しみを露にするトリスタン。奏でられた音は当然矢となり仁慈を強襲するが、サンタオルタが射線上に割り込みあらゆるプレゼントをありったけ詰め込むことができる強度を誇る袋で叩き落す。

 多少、気の抜けた雰囲気が流れるがそれでも油断できない状況であることは理解している。

 ……本格的な戦いが始まる前に、一言ヒロインXがガウェインとトリスタンに問いかけた。

 

「最後に一つだけ聞きます。この命令を下しているのは、獅子王ですか?」

「その通りです」

 

 何の躊躇いもなく答えたトリスタンにもはや語るべき言葉はないと片手に聖剣もう片方に堕ちた聖剣を構えた。

 

 

――――その瞬間、今まで周囲の敵を一掃することに尽力し、それが終わったダ・ヴィンチちゃんが叫んだ。

 

「さて、皆!口を開けて目を閉じ、ついでに耳もね!」

 

 唐突に出されたその指示。普段であれば即座に反応することは難しい。けれどもカルデアに関しては別だ。彼らにとって不測の事態、急な指示、全てが日常茶飯事。これくらい即座に対応できて当たり前である。やはりカルデアは地獄だった。

 

 さておき、仁慈達の返答を待つことなくダ・ヴィンチはガウェインとトリスタンの間にある物体を投げ込んだ。それは彼女特性の閃光玉。音、光ともに最高峰のものだ。目は数分間完全に見えなくなり、耳だって三半規管に影響を及ぼすレベルの爆音を搭載している。何故ならあれはハロウィンエリザベートの音波をダ・ヴィンチちゃん式驚異のメカニズムで内包しているので、下手すると三半規管ではなくそれ以上の何かに影響する可能性もある。

 

「これは、目がっ……」

「あ”ア゛ア゛ア゛ア゛!」

 

 この閃光玉に何よりに被害を被ったのはトリスタンである。目を使うことができないために他の五感が鋭くなっている彼にとって耳を攻撃されるということは何より辛いものだったのだ。

 仁慈達は閃光玉の効果が切れた瞬間、すぐさまこの場から撤退をした。今の彼らでは少なくともガウェインを排除することはできない。トリスタンも耳が使えず絶叫しているとは言え、流石に近くまで来たら何かしらの反撃が来るかもしれない。

 まぁ、遠距離の宝具は使うのだが。

 

「サンタオルタ!」

「任せろトナカイ。円卓は円卓でも、椅子の高さが均一でないなら意味ないではないかモルガーン!」

 

 真名開放が適当……どころか開放してすらいないのだが、それでも彼女の黒い聖剣は魔力を溜め込み黒い極光を放つ。そして、目を塞ぎ込んでいるガウェインと耳を塞いで悶えているトリスタンを無慈悲に飲み込んだ。仁慈はそれを見届けたのちにすぐさまこの場から離れる。あれだけ派手な攻撃をぶっ放せば確実に増援が来ると理解しているからである。

 

 こうして、仁慈達は助け出した難民の殿を務めながら聖都から離れていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ベディ「……あれ?」

すまんな。既に閃光玉投げる位の隙はこちらの戦力(精神攻撃込み)で十分なんだ……。

後、実は四月馬鹿全開の話は活動報告に上げてます。


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逃走と迷走

今回は短めです。
あと、前にも報告したと思いますがもう休みが明けてしまうので週に一、二回あるかないかという更新速度になるかもしれません。ご了承ください。


 

 

 

 

 現在逃走中である。

 急かもしれないが、それが的確な言葉であった。とりあえず、元部下の醜態に我慢できなくなったWアルトリアとマシュの所為というかおかげというか、結果的に難民の人は少なからず助かった。ついでに相手の主要サーヴァントと思わしき人物二人にまとめてサンタオルタの宝具をぶつけることに成功した。いくらドーピング染みたことをしていたとしても、いくらそのクラスをライダーに変え、騎士王からサンタクロースにジョブチェンジしたとしても、黒き聖剣の力は冬木の時から劣ることはない。少なくとも「何なんだぁ今のはぁ……?」という最悪の事態にはなっていないと思う。派手に暴れたおかげでこれ以上の増援が来る前に、速やかに撤退をしている最中だ。ついでに助けた難民たちの殿を務めている。助けたのならできる限り責任は取るべきだからね。言い方は悪いけど、ペットと一緒だよ。

 

 背後から追いかけてくる無駄に頑丈な騎士たちを適当につぶしながら撤退していくと、西の方から別の集団を見つけることができた。それは俺達と同じく難民が避難している様であり、真っ直ぐこちらに向かって来ている。その周辺にはガウェインの効果が消え、本来の闇を取り戻した空間でも、色褪せることのない輝きを放つ腕を持っていた。あれが話に聞いたベディヴィエールだろう。どうやら彼もガウェイン達のやることに我慢ができずに助けに入ったと見える。俺が言うことではないのだろうが、騎士って本来こういう感じじゃないのかね。

 

 チラリと味方陣営の様子を窺ってみれば、もう既に救う気満々である。サンタオルタは子どもがいるかどうか目を細めて確認しているが、乗り気だった。ですよね。ダ・ヴィンチちゃんを見る。しょうがないなぁ……なんて呟きながらも彼女も乗り気であった。ここまで来れば意見は一致したも同然だろう。

 

 この場にダ・ヴィンチちゃんと俺を残して他のサーヴァント達が難民との合流口を創るために自ら食い破るように騎士たちを蹴散らし始めた。こちらも近づく騎士たちの防具が無いところを切り裂きながら、隙を突いては弓を射る。すごい久しぶりな気がする。何処かでエミヤ師匠が泣いている姿が見えるようだ。

 

『うわぁお、まるで吸い込まれるように飛んでくねー……。ほんと、君は戦うことに関しては天才と言ってもいいんじゃないか?』

「俺で天才なら他の英霊たちはどうなるよ?神?」

「比較対象がおかしいんだよなぁ……ん゛ん゛、そうじゃなくて、実際自信をもってもいいと思うけど」

「自信はあるよ。少なくとも、カルデアに来たときは自分でも頭おかしいんじゃないかという勘違いも正したし。只……下手に自信を付けると慢心するから。慢心したら、送られるから。地獄に」

 

 あっ(察し)という反応。そうでしょうそうでしょう。今の俺に妥協は許されず、停滞も死を意味する……つまり、飢え、探求し、追求し、求道しなければ俺はこの先生き残れないんだよ(集中線)

 

「反逆者め……!隙を見せたな!」

「なんで声を出すのかこれがワカラナイ」

 

 何度も言っているけれども、前口上・隙あり!の言葉と共に繰り出される攻撃……どうしてこうも敵に気配を気づかせてくれるようなことを言ってくれるのか。こんなことを師匠の前で、師匠の用意した獣の前でやってみろ。次の瞬間には自分の身体から赤い花が咲くことになる(実体験)

 

「呆れながらも容赦の欠片もない攻撃……最近さらに容赦がなくなったよね?」

「……?別にいつも通りじゃ……」

『自分で言っちゃうんだ……』

 

 自分を受け入れることで強くなる……古事記にもそう書いてある。くだらないことを言い合っているうちに騎士たちの追撃をしのぎ切り、無事ベディヴィエールが助けたと思われる集団と合流することができた。そこで、大地が死んでいるのはいただけないが少しだけ休憩を取るつもりで皆に休むように提案した。

 流石に人種も目的も分からない俺達を信用できないと考えている人たちが大半ではあったものの、ここまで守った甲斐もあり休憩の提案は受け入れてもらえた。

 

「すみません。助かりました」

「いえ、当然のことです!」

「やはりベディ君はまともだった!」

「………やっぱり、力だけではだめだな。うん」

「あ、あはは………そういっていただけたようで何よりです」

 

 なんだかベディヴィエールの顔色がすごい悪くなっているんだけど。褒められているはずなのに銀の右腕で自分のお腹をさすり始めたんだけど。どうしたのだろう。まるで自分はそんなことを言われる資格がないと言わんばかりの表情だけど。

 

「そうですよ。円卓に足りなかったのはこういう人ですよ。常識的というか、自分を持っているというか……はぁ。何でああなってしまったんでしょう。パッと思いつくだけで、碌な騎士が思い浮かびませんねぇ……」

「ロリ巨乳好きの三倍ゴリラ、起きてんのか寝ているのかわからない赤髪。ホモ疑惑持ちのコミュ障、下半身に脳みそがついているNTR騎士、ヤみ全開の反逆騎士………」

「アルトリアさん、いくら何でもそれはひどすぎるのでは……?」

『だが、事実だ』

「…………………」

 

 あ、ベディヴィエールが全力で目を逸らした。そして再び胃を抑え始めた。……サンタオルタとヒロインXはよほど円卓に恨みでもあるのだろうか。あるんだろうなぁ……。

 

「このまま時間を無駄にすることは効率的ではないし、私は先に彼らに水と簡単な食料を配ってくるよ。……ただ、足りるかどうかわからないけど」

「じゃあこれ持ってって」

 

 俺は鞄の中から食料をダ・ヴィンチちゃんに受け渡す。Wアルトリアを連れていくならこのくらいに備えは万全である。

 

「……君もおおよそ万能だよね」

「考えられる状況に対する手立てを用意しているだけだよ」

 

 溜息つかれた。なんだよ。準備がいいだけっていかにも心配性の凡人ポイじゃん。

 

 

――――――――――

 

 

 

 一方、Wアルトリアにいいようにやられてしまったガウェインとトリスタンは一度キャメロットの内部へと戻り、円卓が一堂に会する場所へと帰還していた。当然、彼らに向けられたのは白い目である。彼らにとって獅子王の指示は絶対であり、それを破った者は円卓の騎士であっても死の懲罰は免れないからである。本来であれば。

 

「――――――――」

 

 だが、この場合は例外である。

 何故なら帰還してきたガウェインとトリスタンの恰好が異常にボロボロだったのだ。……獅子王からギフトを受け取った彼らがこのようなことになったということは、即ち自分たちを―――獅子王を脅かす存在が現れたことを意味するからである。

 

「……何があった。ガウェイン卿、トリスタン卿」

「おいおい、まさか油断しすぎて難民にボコられたわけじゃねーよな?」

「トリスタン卿が出ていったのだ。ガウェイン卿の甘さはここまでになる要因とはなり得ない。もう少し考えてからものを言え。モードレッド卿」

「ヘイヘイ、悪かったよ」

 

 茶々を入れるモードレッドに深いしわを持つ黒い騎士が言い放つ。モードレッドは渋々とその言葉に従い大人しくした。それを確認した黒い騎士はその鋭い眼光をガウェイン……ではなくトリスタンに向けた。

 今の彼は獅子王のギフトによりその性質が反転している。故に冷徹であり、ある意味で残虐。余計な私情を挟むことなくありのままに報告をしてくれると考えたためだ。トリスタンは黒い騎士の期待通り、ありのまま自分たちの身に降りかかったことを報告した。

 

「単純な話ですよ。アグラヴェイン、聖罰を妨害したサーヴァントがいた。ただそれだけです」

「言葉が足りん。全てを話せ。この程度のことで陛下の手を煩わせるわけにはいかん」

「……人理の守り手ですよ。彼らが率いたサーヴァント……それが私たちを邪魔した存在の正体です」

 

 ガウェインが紡いだ言葉にその場にいる円卓の騎士たちの表情が強張る。何故なら、彼らは知らされているのだ。人理の守り手が訪れたとき、最果ての塔が崩れ去ると。最果ての塔……この言葉に心当たりがある彼ら、というか心当たりしかない彼らは何があってもそれを起こさせるわけにはいかなかった。

 

「そうか。……だが、まだ語っていないことがあるだろう。それを報告せよ」

「我等が王……アーサー王が二人、人理の守り手側についていた……ただそれだけですよ」

 

 表情が強張る―――なんて生易しいものではなかった。その場に居る人物は誰しもがその表情で動揺を語っている。

 自分たちの王であるアーサーが二人もカルデア側に着くという意味。そして何より、彼ら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……このことに彼らは何より動揺した。

 自分たちを召喚した獅子王。彼女は確かにアーサー王だった。しかし、長き時を聖槍ロンゴミニアドと過ごす間に()()()()()()()()()()()()()()。反転していないトリスタンは召喚されていた当初、後悔に後悔を重ねた。自分たちを呼んだアーサー王。獅子王となったアーサー王を見て見れば、自分たちと共に生き抜いた彼女がどれほど人間味あふれていたか理解したからである。真に人ではないということを、彼はその瞬間にむざむざと知ることになったのだ。彼が反転のギフトを賜った理由もこのことが関係している。

 

「なん……だと……」

「父上が……二人……!」

 

 アグラヴェインは頭を抱えた。文字通り抱えた。生前あれ程の無様を晒し、見事に円卓を叩き割った自分たちが、再び割れる……そう思わせる爆弾が向こうからやって来たのだ。頭を抱えても仕方がないだろう。そもそも、この世界に召喚された瞬間に円卓は獅子王の手によって真っ二つに割られているのだが、そこは気にしないことにした。

 モードレッドは驚愕から歓喜を現した。自分が焦がれた王。それが二人も敵として出現したのだ。反逆のし甲斐があると、賜ったギフトの名に恥じぬ暴走っぷりだった。

 

「―――――しまった。策として予めランスロット卿に賊の捕縛を命じていたのだった」

 

 この時、円卓勢は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……我等が王が二人。

 最悪あの騎士裏切るな、と。

 




褒められているはずなのに、胃が痛くなるベディ君。
この特異点に来るベディ君は聖剣返せなかったからね……仕方ないね。


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神風スピリッツ?奴は死んだよ

オチなしです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この常人にまねできないドリフトを見たまえ!実に無駄のない動きだろう!」

「おぉ、すごいすごい!」

「確かに無駄がない。限りなく無駄がなく、果てしない無駄な行為だ……」

 

 聖罰の儀より一夜明け。聖都を根城としている円卓の騎士を始めとする粛清騎士たちから見事に逃げおおせた仁慈達は難民の子どもを安心させて上げるために遊び相手を買って出ていた。今はダ・ヴィンチがスピンクス号に乗り込み、片手で無駄に洗礼された無駄のない無駄な技術を披露している。一体どういうものなのか理解ができなくてもそこそこの速さで動く物体は男の子にとってロマンなのは変わらないらしく、うけは上々だった。

 ……しかし、それは仁慈によって中止させられることとなる。子どもの前で危険な行動を行うということはある意味で自分たちが乗っている時に行ったドリフトよりも危ないものである、と彼が考えたからだ。ダ・ヴィンチは同じように天才に不可能はない(キリッというかもしれないが、もはや問答など無用である。

 

 瞬間移動かと見間違うほど一瞬にしてスピンクス号に乗り込んだ仁慈はダ・ヴィンチの肩を軽く叩き、そのまま運転を止めるように指示した。その声音は地獄の底から響いていると思えるものであり、命の危機を感じたのは二回目だとダ・ヴィンチを震え上がらせていた。

 

「あまり危険なことをしないように。この年頃の男の子は色々真似したがるんだから」

「私だってわかってるよー。それにねぇ、何度も言うけどこの私がこの程度のことを――――『やめようね?』hai!」

 

 圧倒的凄味。ここ最近感じたことのある威圧感を再び味わったダ・ヴィンチはおとなしくスピンクス号から降りると別の発明品を取り出して子どもの相手をしだした。注意されてもなおやめない当たりダ・ヴィンチの人柄が出て来ている気がする。まぁ、幼いうちから自分の発明品の素晴らしさを宣伝しているだけの可能性も僅かばかり存在するが。

 しかし、その様子に安心した仁慈はそのままダ・ヴィンチから目を話すと丁度聖都の方へと視線を向けた。魔力を眼に回し、周囲の斥候を行う。

 

『西で難民のために戦っていたのはベディヴィエールだったんだね。円卓の騎士、片腕の騎士でありながらその槍は他の騎士の三倍の力を有していると言われている―――君が味方してくれるなら心強いよ』

「円卓の騎士としての実力から言えば末席もいいところですけれどね。それに難民の救助も、貴方達の存在が合ったからこそ成功したようなもの―――特別なことはしていません」

「いえ、そんなことはありません!一人で向かって行くなんて、簡単にできることではありませんから」

「その通りです。騎士とはやはり本来こうあるべきですよね!………何でそこで私を見るんですか?」

 

 ベディヴィエールのことを褒めたヒロインXがカルデア勢からお前が言うな的な視線を向けられる。しかたがない。彼女の戦法も仁慈好みの騎士道の欠片もないものであるのだから。ちなみに、色々な意味で同じ穴の狢であるサンタオルタは彼女達から視線を逸らし、皆に褒められているにも関わらず胃を抑えつけているベディヴィエールへと視線を固定していた。見られていることに気づいていないベディヴィエールは昨日のうちにちゃっかり渡されていた胃薬を飲み込んだ。

 

「―――恐らくもう少しで山の入り口へ着くと思う」

「分かった。―――もうしばらくの辛抱だ、全員気を引き締めろよ」

 

 子どもたちと遊んだり、食事を与えたり、何より彼らが見返りを求めていたことにより仁慈達を信用した難民の一人がそう言った。

 今向かっている村は山に隠された村であり、案内が無ければ早々に辿り着くことができないらしい。現在、仁慈達はそこに向っている途中だ。目的地が近いことでサンタオルタも難民たちを元気づけた。

 

 だが、もう少しで着く――――この発言がフラグとして機能したのか、視力を強化して様子を窺っていた仁慈がこちらに近づく人影を見つけた。それは当然というべきか、粛清騎士とそれらを従える円卓の騎士と思わしき人物の姿だった。彼らは馬に乗り、こちらにまっすぐ向かって来ている。このままでは追いつかれるのは時間の問題と言えるだろう。

 

「騎士が来た。できれば急いで」

 

 静かにけれどもよく通る声で騎士たちの接近を伝えると難民たちははぐれないように一つに集まり、進む速度を上げた。一方戦う術を持っているカルデア勢+αは仁慈の元へと駆け寄り彼が視線を向ける先を見据える。

 確かにそこには騎士たちがいた。そしてWアルトリアとベディヴィエールが様子を確認しに来たことにより、仁慈達に向かって来ている円卓の騎士の正体も判明する。

 

「紫色の鎧―――よりにもよってランスロット卿が来ましたか……!」

 

 焦るベディヴィエール。仁慈は情報を得るために彼に問いかけた。

 ―――ベディヴィエール曰く、ランスロットは円卓の騎士の中で一番の技量を持っている最強の騎士らしく、三倍のガウェインとも渡り合える技量を持っているという。仁慈はそれを聞き、確認の意味を込めてWアルトリアを見る。彼女たちも無言でうなずいた。

 

「あれの腕は確かなものだ。正面から戦うにしては聊か分が悪い」

「まぁ、セイバーで召喚されているみたいですし。私は優位に立ち回ることができると思いますよ?精神揺さぶって不意打ちすればいい線はいくと思います」

 

 仁慈は頷く。ヒロインXはアルトリア顔のヒロインを滅殺するために、スキルとしてセイバー殺しを持っている。スキルに昇華するレベルの怨恨を抱えているということではあるが割と役立つ場面は多い。そして、彼女は自重を捨てたアルトリア(のようなもの)の円卓の騎士相手でも自分のことを棚に上げて効果的な口撃を行うことができるだろう。

 

「いや。このまま逃げ切ったとしても俺達の居場所はすぐにばれる。距離もあるし、できればサンタオルタの宝具でまとめて吹き飛ばしたいところではあるけれども、あれはかなり目立つからこれも又居場所がばれる可能性がある……」

 

 仁慈はヒロインXの提案で不安な部分を上げた。そう。彼らは現在逃走中であり、難民たちは受け入れ先を探している。この状態で敵を引き付けたまま村に入れてもらえるわけはない。むしろ余計な火種を持ち込むだけとなってしまう。

 故に、仁慈は四次元鞄の中からぱっと見普通の弓と矢を取り出し、構えた。

 

「何をしている?」

「馬を潰す」

 

 サンタオルタの問いかけに簡潔に答えた。彼らが自分たちに追いつきそうなのは、単純明快、馬に乗っているからである。実際に戦ったが故に知っている事柄ではあるが、彼らの鎧は生半可な攻撃が効かない程度には防御力に優れている。サーヴァント級の攻撃も意識していない攻撃では一撃で倒すことができないと断言できる。―――そしてそれ相応の防御力を発揮するには当然重装備でなければならない。その重さは移動に多大な支障をきたすことを仁慈は知っていた。昨日も追いかけられたのだ、そのことは既に把握済みである。

 故に彼は馬を潰してしまえば早々に追いつけないと考えた。少なくとも粛清騎士は足止めを喰らう。円卓の騎士最強のランスロットに関しては分からないが、一応同じように馬を攻撃してみる算段だった。

 

「でも、あのNTR騎士。日頃の行いはともかく実力だけは確かですよ?正直、唯の矢では効果が薄いと思います」

「こんなこともあろうかと、こちらの矢はエレナと共同開発した特注の矢なのでたぶん行ける」

「えっ」

 

 衝撃の事実だった。

 用意がいいことは知っていた。こんなこともあろうかと、まるで某カードゲーム主人公のようにその場に適した武器を出してくることも確かにあった。それでも自分で作り出してくるようなことはない。遂にこのキチガイは制作にまで手を出したのかとみんなはあきれ果てた。只一人、ダ・ヴィンチを除いて。

 

「そ、そんな……面白いことを、私の与り知らないところでやっていた……だって……?こんなの、普通じゃ考えられない……!」

「別にそこまで特別なことしたわけじゃないから……」

『いや、まず君には色々仕事をしてもらわなくちゃいけないから遊ぶ暇はないよ?』

「作業なんて並行してできるに決まってんだろこのヘタレ!」

『何故僕は罵倒されるのか』

 

 周りが騒いでいるがこれを華麗にスルーしながら仁慈が矢をつがえ、そのまま引き絞る。

 今仁慈がつがえている矢はエレナと共同開発した矢の一つ。見た目は普通の矢であるが、中に魔術を内蔵しているというものだ。効果は矢によって違っているが、どれもこれも仁慈が魔力を込め矢を射るることでスイッチが入り、一定の衝撃を受けることによって魔術が発動する仕組みになっている。

 パッと見は魔力を帯びたただの矢と感じることができるので高確率に不意打ちを狙える。実際、こっそりクー・フーリンに撃った際には槍で弾こうとした瞬間に魔術が発動し見事に喰らっていた実績もある。

 

「ランサーが死んだ!」

「別に死んでないと思いますよ?」

 

 魔力を込め、そのまま粛清騎士の乗っている馬に向けて矢を射る。この矢の効果は爆発。接触、もしくは衝撃を受けた時点で込められていた術式と過剰な魔力が暴走し、広範囲を爆発させる威力を持っている。このキチガイ、明らかに一発で巻き込む気満々であった。

 

 一方矢を射られた方であるランスロット達であるが、当然彼はすぐに飛来するそれに気づいた。何処かの世界ではAUOの宝具すら見切り、やり過ごすほどの実力者である。その彼がいくらキチガイとは言え、マスターが放った矢に反応できないはずもない。馬に向って真っ直ぐ進んでいたその矢を彼は自分が持っている剣、無毀なる湖光を振るう。完璧なタイミングのそれは難なく仁慈の放った矢を弾いた。

 

 ――――それによって、魔術発動の条件がそろう。

 ランスロットが防いだはずのその矢は、剣が接触した瞬間に矢ではなく質の悪い爆弾と成り、暴走した魔力に任せ周辺を巻き込む爆発を起こした。

 

 仁慈達の所にもわずかに聞こえるほどの威力。あれでランスロットが死んだとは欠片も思っていないが、少なくとも彼らが乗っていた馬は耐えることができないだろうと仁慈は踏んでいた。

 仁慈はヒロインXについてくるように指示を出すと先程と同じように矢をつがえるとその場から跳躍し、先程とは別の場所から同じように矢を射る。それは難民たちの場所を悟らせないようにと考えたためであり、尚且つ爆発による視界阻害効果を持続させるためである。

 

 当然、円卓の騎士最強と言われたランスロットがその程度で仕留めきれるわけもなく、彼は近くにあった石ころを掴んで仁慈が居る場所へと投げた。それも一回ではない。幾つも、彼がいる場所を予測し投擲してきたのである。だが、弾丸の如き速度をもって飛来するそれは仁慈の身体に触れることなくヒロインXの聖剣に行く手を拒まれ塵と化す。

 作ってきた矢(爆発)が無くなるまで放ち続ける仁慈。するとぎりぎり矢のストックが切れる前に難民たちは山の中に入ることができた。それを遠目で確認した仁慈はヒロインXに合図を送ると魔力放出と肉体強化、そして気配遮断を使い、その場から離れた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「皆の者無事か?」

 

 仁慈とヒロインXの襲撃をやり過ごした円卓最強の騎士、ランスロットは見通しが良くなった周囲を確認しながら自分たちが引き連れて来た騎士たちの状態を確認する。すると、元気とは言い難いが、確かに生きている彼らの声が帰って来た。

 

「は、はい。しかし、馬の方は完全にやられました……どうします、追いますか?」

「そうだな。あの方角から山に向かったことはほぼ間違いないだろうが……この状態では確実性がない。……ここまでできる相手だ。反逆者も只者ではないだろう。この付近にある砦へ向かい、治療と馬の補充を済ませることにする。ついでにあの山岳地帯、その地形に詳しい人物の確保もな」

 

 踵を翻しながらランスロットは考察する。

 弓の腕前からして向こうにはアーチャーが居ると彼は仮定した。自分たちが確認できないところから矢を射るなどということが可能なクラスはアーチャーしか該当しないからである。いると想定することで想定外の事態を一つ減らすためだ。まあ、彼はこの考えを間違いだとは思っていないが。

 

「(しかし、あの矢……アーチャーでありながら魔術を齧っている……もしや純粋な戦士ではないのか?)」

 

 もしくは純粋な技量ではなく、外から取り入れ他を補った戦士―――その可能性もあるのではないかと考えた。

 

「(何にせよ、厄介極まりない)」

 

 この攻撃手段から少なくともこのアーチャー(?)には少なくとも自分たちと同じような正面切って戦うことを花とする英雄でないことは確定していると言っていいだろう。この相手は勝つためであればどのようなことでも行うと同時に、自分たちの立場をわきまえている厄介な相手であると予測していた。終始、こちらを錯乱させるような行動が何よりの証拠だ。飛来してきた矢に自分たちを仕留めようという気は無かったことを、戦場に身を置いていた騎士である彼は感じていた。 

 

「(アグラヴェインの判断は間違っていなかったようだな……)」

 

 己の主。もはや人を王を越えた存在となったその主から文字通り祝福を受けた円卓の騎士たちはサーヴァントの中でも最上級に値する。そのことを当然ランスロットも理解している。

 しかし――――

 

 

 彼は考えをいったん打ち切り、先程まで自分のことを攻撃していたアーチャーがいたであろう位置へ視線を向ける。

 

 

「(何やら嫌な予感がする)」

 

 敵なしであるはずの自分たちにいとも簡単にとどめを刺せる存在がどこかに潜んでいるではないかという正体不明の寒気を背中に感じた彼は、再び正面に視線を戻しその歩みを速めた。まるで、手遅れになってしまわないように。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「ただいま帰りました」

「またエレナと矢を作り直さないとなー」

『よくってよ!なんなら今からでも作ってあげるわ!今度は直接攻撃だけじゃなくて、再現が難しかった搦め手もね』

「おっと、今度はハブらないでくれよ?仁慈君、かつて君の槍を改造した実績を持つ私に話を通さないとかもう許さないからね?」

「お、おう……」

 

 どうやらハブられたことがマジで堪えていたらしいダ・ヴィンチちゃん。今度は俺がマジ顔で釘を刺される番だった。そこまで加わりたかったのか……。なら仕方がない。今度は一緒に誘おう。

 

 ランスロットに嫌がらせかと言わんばかりに矢を放った俺は何とか無事に合流することができていた。

 気配遮断もしっかりと行ったはずだから多分大丈夫だとは思う。只、向こうもあのまま諦めるなんてことはしないだろう。身体を整え、足を補充し、道を攻略するための策を練って再びやってくるはずだ。それまでにこの難民たちを送り届け、ついでに戦力の補充を行いたいな。

 

「無事でよかったです……」

「ごめんね」

 

 心配をかけさせてしまったようで申し訳ない。

 

「しかし、君のおかげで助かった。ここまで来れば後一日で到着するだろう」

「貴様もここまで先頭での案内ご苦労だった。ここらで一度食事にするか」

「良いですね、食事。それは人間に必要なものですよ。ええ……」

「別に何を食べても栄養価は変わらないのではないでしょうか?」

 

 その一言で、空気が凍った。

 

 発言者は今まで苦労を背負いに背負ったベディヴィエール。何が引き金となるのか、よく胃を抑えている円卓の常識人枠である。しかし、その彼も今は完全に地雷を踏み砕いていた。

 ここには食に関して口うるさい対極の二人がいるのだ。手間がかかった料理、コッテコテのジャンクフード……好みの違いはあれど、どちらも()()()()()()であることには違いない。

 

「ベディ君……」

「ベディヴィエール卿」

「………えっ」

 

 がしっと掴まれるベディヴィエールの肩。彼は高身長であり、普通の身長では届かないが故に少しだけ背伸びしてもなお肩を掴んでいた。その姿に仁慈は鋼の意思を感じる。

 

「確かに、私たちの時代はそうだった」

「けれども時代は確かに進んでいるんです」

「えっ……えっ……?」

 

 隠し切れない戸惑いを顔に浮かべたまま、ベディヴィエールはずるずると二人のアルトリアに引きずられていく。これは確実にOHANASHI案件ですわ。何か助けを求められているような気がしなくもないが、うん。俺は何も見ていない。

 引きずられていく彼を遠目にみつつ、ダ・ヴィンチちゃんとみんなの為のご飯を作り始めるのだった。

 

「ごはん?」

「そう、ご飯。もう少し待っててね」

「はーい」

 

 ――――お、お待ちください我が王!私は食事を侮辱したわけではなく……! 

 ――――ダメです。もう手遅れです。

 ――――その通り。あの一言で全ては決してしまった。……卿だけは、と考えていたが……残念だ。

 ――――我が王。僭越ながら、それは私の台詞でもあるかと……な、なんですかそれは!?考え直してください。それは、それは―――――

 

 

「……マシュお姉ちゃん。何か聞えてくるけど、これなに?」

「ルシュド君は気にしなくていいんだよ」

「よし、水の錬成完了!」

「料理もできたし、食べようか」

 

 

 

 

 




道具:エレナの矢

魔術師なのに、魔術使わないじゃないですかやだーとエレナにツッコミを入れられ、魔術を教わる傍らでその成果として製作してみようというのが始まり。
未だ完成しているのは魔力暴走を利用した爆発だけとなってるが、そのほかにも一応主要な属性の効果を持つ矢も作ることには成功している。只威力が実践レベルではないため改めて狩りようが必要。

現在、改良と並行して毒を始めとするいわゆる状態異常を再現できるかどうか試している。


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晩鐘

―――言い訳など無粋、真の投稿者は字で謝る―――!

どうもすみませんでした!


 

 

 

 

 

「難民の受け入れに関しては納得した。しかし、貴様らは別だ。聖都の騎士のような恰好のサーヴァントがいる……これだけで既に我々にとって容認できぬ」

「大丈夫です!ベディヴィエールさんはガウェイン卿みたいに強くはありませんし、これと言った逸話も存在しません!」

「…………………………えぇ、そうですね」

「(ベディ君ェ……)」

「(あの柔らかい身体から出たとは思えない刺々しい言葉だ……)」

 

 円卓の騎士。皆さんが言うにはランスロット卿を撒いた後、山岳地帯を歩きました。初めての山岳に少々足を取られたりもしましたが、案内を頼りに一晩を再び明かして、何とか目的の村まで無事誰一人かけることなく来ることができました。

 

 しかし、村に入る直前アサシンのサーヴァントに呼び止められました。難民の皆さんは山の翁と彼のことを表しました。髑髏の仮面に骨と皮しかないのではないかと疑うほどに細い身体。そして、その細い体とは裏腹に何重にも巻かれた布に包まれた腕。正直、今まで対峙したサーヴァントたちと比べればそこまで強くはないと思います。けれど彼らはアサシンの語源となった暗殺集団の首領たち。油断はできません。

 

「―――では、貴様らには悪いがここで死んでもらおう。彼らを助けた、それは事実。が、こちらとて譲れないものも―――」

 

 布を巻いていない……仮面をつけているからか本当に骨のように細い左腕に短刀のようなものを指の間に備えている。戦闘は避けられないのでしょう。私たちもこのままここで死ぬわけにはいきません。あの……聖都の、様子を見てしまっては―――。

 

「―――おい。そこのマスター……と思わしき者。どこを見ている」

 

 アサシンのサーヴァントの言葉で全員が先輩の方に視線を向ける。すると、そこには普段の先輩では考えられないことをしていた。その意外性はXさんとサンタオルタさん、果てはダ・ヴィンチちゃんまで絶句するようなことでした。

 なんとそこには戦闘態勢を整えているアサシンのサーヴァントがいるにも拘わらず、戦闘態勢を整えるどころか、視線も向けていない先輩の姿があったのです。

 

「アサシンよ」

「……何だ?」

「―――作戦タイムを要求する」

「―――認める」

 

 アサシンのサーヴァント、絶対いい人ですよ……。アサシンなのにアサシンしてませんけど絶対いい人です。アサシンさんと呼ぶことにしましょう。

 そしてそのいい人ことアサシンさんの為にも早く先輩にはいつもの先輩に戻ってもらわないと。

 

 一度アサシンさんに頭を下げたのちに反応がどこか鈍い先輩の肩を叩きます。先輩、しっかりしてください。いつも平気で不意討ちとかしているんですから。本来なら、普段の付けの分しっぺ返しを受けたりする場面なのにあのアサシンさんのおかげでいまだに攻撃されていないんですよ?だから、あの人の為にもしっかりと意識を向けてください。

 

「アサシンさん、とは……それは私のことか?そこの少女よ」

「先輩、しっかりしてください」

「無視か……」

 

 ゆっさゆっさと声をかけながら肩を揺するとようやく意識を私たちの方に向けてくれたようでゆっくりと先輩の瞳が私の方へとむけられました。

 

「あ、マシュ」

「ようやく気付いたんですね。……ではまず、アサシンさんにお礼を言ってください。彼はアサシンというクラスの優位性を投げ捨てて、無防備な状態の先輩を攻撃しないでいてくれたんですから」

「え?本当に?……そこのアサシン。いや、アサシンさん。なんかすみませんね、気を遣わせたみたいで……」

「いや、別にそういうわけじゃないのだが……というかしばし待て。先程から妙になれ慣れしすぎやしないか貴様ら?――――体調がすぐれないのであれば、貴様のみ見逃してやってもよい。マスターということも加味してな」

 

 こっちの心配までしてくれています。どうしましょう。私、戦意という戦意を全て根こそぎ持っていかれた気がするんですけど。周りを見てみればダ・ヴィンチちゃんもあきれ果て、Xさんとサンタオルタさんもいつでも戦える準備だけはしていても戦意そのものは殆どないような状態です。

 

「あぁ、別に体調が悪いというわけじゃないんですよ。問題はないので、遠慮はいりません。認めてもらうために一戦交えるんでしたっけ?」

「違う。貴様らを此処で排除するために戦うのだ」

「……わかりました。こちらも死にたくないので全力で行きます」

 

 先輩のスイッチがようやく入ったことを私は感じることができました。この状況にもしスカサハさんが居合わせて居たら確実に強化合宿(ケルト式)待ったなしでしょうが、今彼女はいません。

 やる気になった先輩は魔力を自身に、私達サーヴァントに、回してアサシンさんと戦闘を開始するのでした。

 

――――ただ、戦う前に気になったことが一つあります。敵に集中していない時の先輩は、小さく震える声で「……が聞こえる」と呟いていました――――

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 アサシンさん(確定)を倒した。うん、倒した。そもそもアサシンである彼が正面から戦ってくれた時点でこちらの勝ちは確定したようなものなのだ。俺達はヴェディヴィエールを含めるとサーヴァントが五体。一方向こうは正面からの戦闘が得意とはお世辞にも言えないアサシンのサーヴァントが一人。結果など火を見るよりも明らかである。

 

 マシュのいい感じのシールドバッシュを受けたアサシンさん(いい人)はそれでも倒れようとはせずに俺達と戦おうとした。しかしその戦闘に待ったをかけた人物――いや

英霊がいた。

 

 彼は自分のことをアーラシュと名乗り、アサシンさん――――呪腕という単語が聞こえた―――を説得して村の中へと入れてくれた。説得されたアサシンさんはそのまま村の中へと引っ込んでしまったが、小さくつぶやいた難民の受け入れという言葉に俺の好感度は加速した。あの人は絶対いい人。

 そして、戦いを止めてくれたアーラシュさんも気さくないい人だった。彼は自分のことを三流サーヴァントだと名乗った。確かに俺は彼のことを知らないが、三流という言葉が偽りであることくらいは分かる。彼から感じる力が半端じゃないのだ。後でロマンに聞くと、西アジアでは絶対的な知名度を誇り、弓兵こそ彼と言っても過言ではないほどの人物だという。

 

 そんな感じで割と想像していたよりもあっさりと難民たちの受け入れと俺達の受け入れをしてもらった。もちろんただとは言わず、この村を襲いに来る心を失った人だったり、化け物だったり、魔獣だったりを狩り倒したりもしたのだが、この程度いくつもの特異点を越えて来た俺達にとってはもはや敵でも何でもないので問題はなかった。

 

 最初の方は当然、村の人から白い目で見られた。それはそうだろう。この村はパッと見てわかるほど裕福ではなく、ぎりぎりで食いつないでいるというところだ。そこに大量の難民と明らかに聖都を支配した騎士たちを想わせる格好の人までいるのだから。

 

 しかし、それもこの村にて何日か過ごすうちに次第に緩和されていった。俺達は先程も言った通り、アーラシュさんに引き連れられて村を守るために戦ったり、限られた食料を可能な限りおいしい状態で出して配ったり(宗教的にアウトな奴もしっかり除いて)、ルシュド君と他の子どもたちと遊んだりして何とか溶け込むこともできた。……時たまベディヴィエールが胃を抑えたりしているけれども大まかには平和と言っていいだろう。

 今日も村を守るために戦い、一足先にこの村で暮らす間お世話になっている家で一人で休んでいる。マシュはベディヴィエールが話があると連れて行った。

 

 このような生活を続けて一週間。すっかり村の人とも仲良しになることができた俺達。獅子王のこともそろそろ考えていかなければいけない時期ではあるのだが―――――――正直に言おう。俺は、今、そんなことを考えている暇がない。正確に言えばそんなことを考えている暇が()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 初めに違和感を感じたのは山岳地帯を上り、村が近づいてきた時だ。その時には、まるで師匠に後ろからじっと見つめられ、戦い方を観察されているような寒気を感じた。次に、村に入り、アサシンさん――――呪腕さんと初めて邂逅した時には遠くから直接頭に響くかのような()()()()()()()()()()()そしてそれは、今もなお頭に響いている。これが何を意味するのか俺にはさっぱりわからないが、いい予感はまるでしなかった。

 

――――で、どうしてこんなことを考えているのかと言えば、当然それが現実のものとなったからである。

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

「あ、ベディ君とマシュさんがいますね……」

「――――あの様子、どうやらベディヴィエールも気づいたようだな。気づいていたが確かめに行ったというべきか」

 

 時刻は夜。

 一週間、アーラシュと共に村を守るために戦っていたカルデアのサーヴァント達。その中のヒロインXとサンタオルタは二人っきりで話し合っているマシュとベディヴィエールの姿を発見した。

 彼らの顔は至って真剣である。傍から見たらとてもお似合いの二人かもしれない。と言っても二人からすればマスターという壁が彼女には立ちはだかるため、もしそっち系の話だったとしても困難極まるだろうが。

 

「ベディヴィエールはマシュに力を貸した英霊のことを聞きだした、と。君たちはそう見るのかな?」

 

 彼女たちの予想を聴きながら作業をしていたダ・ヴィンチが会話に加わる。万能者として会話をしながら開発など余裕なのだ。ちなみに彼女が今作っているのはあの閃光玉である。あれがあれば少なくとも厄介なトリスタンの行動を制限することができるのだから、大量生産できるならしておいてくれと仁慈に頼まれたのだ。頼む方も頼む方だが、作る方も又大概である。

 

「彼も円卓(笑)の騎士の一人。彼女に力を貸している英霊が誰なのか、一週間も居れば察することは容易い。私は初見で気づいた」

「ドヤ顔しないでくれます?私だって気づいてましたー」

「ふむ……気づいていたのに何故言わなかったのか、と聞いてもいいかな?」

 

 彼女の言葉にヒロインXとサンタオルタは分かり切っていることを聞くなという表情を浮かべる。ダ・ヴィンチとてそれは分かっていた。本気で調べればマシュに力を貸したのが誰なのか、解明しようと思えば解明できたかもしれない彼女は、恐らくこの二人のアーサー王と同じなのだから。

 

「ロマンですよ、ロマン。こう、覚醒させるべき場所で覚醒させるという感じです」

「要するに、無駄に初めから強い力を覚えてしまっては後に響くということだ。それに巨大な力を扱うのであれば、それ相応の精神が必要になる。()()()()()()()()()()な」

 

 その説明にダ・ヴィンチは静かに頷く。

 まさにその通りだ。強大な力を使うにはそれ相応の精神力が必要となる。そうでなければ自分自身の力に自分が飲み込まれて終了だ。そのような結末をたどる物語などそれこそ無数に存在する。同じ結末をたどらないようにするには、月並みだが己を越えていくことが重要になるのだ。

 

「ロマン、ロマンねぇ……。うん、まあそうだね」

「……まぁ、今の理屈で行ったら真っ先に出てくるのはマスターなんですけどね」

「パッと見は弱者が強者を倒す王道を言っているからなトナカイは」

 

 サンタオルタの言葉を聞いて三人は一斉に想像する。人類の破滅が約束された世界で、救うことができるのはランダムで選ばれた一般枠の魔術師未満の人間。けれども彼は数々の英霊たちと縁を結び、神話に名を連ねる者達をなぎ倒していずれは世界を救う――――――確かに王道の物語。絆と努力の物語と言えるだろう。そこまで想像した二人は続いてそれを実際に見た光景に当てはめてみた。

 

 人類の破滅が約束された世界、救うことができるのはランダムで選ばれたはずの一般枠……の皮を被った逸般人枠で来た人間(?)数々の英霊たちと縁を結び、神話に名を吊られる者達を不意打ち、袋叩き、外付け装備でなぎ倒して、いずれは世界を救う――――。

 

「―――戦争だな」

「―――戦争ですね」

「―――戦争だねぇ」

 

 ―――戦争だった。想像してみたらもう唯の戦争だった。もはや物語ではなく戦記とかそんなものになっていた。三人は改まって彼の物騒さを自覚する。いったい何を間違えたらこうなるのだろうと。

 

 そんな時、不意にロマニの焦った声が通信機越しに聞えて来た。別に彼が焦っているのはいつもの事なので、三人は至って冷静に聞いていた。

 

「どうしたロマニ。そんなに慌てて」

『レオナルド!君は……いや、君だけじゃない、君たちは何をしていたんだ!』

 

 しかしその様子は焦りと同じほどに怒りを含んだものだった。首を傾げる彼ら、するとロマニは怒鳴り散らすかのように声を張り上げた。

 

『仁慈君の反応が消えた!カルデアの観測では死亡だぞ!?何があったんだ!?』

 

 死亡―――その言葉に全員は弾かれたかのように飛び起き、仁慈が寝ているはずの部屋まで上がり、ドアを蹴り破った。するとそこには、仁慈の姿がなく、唯々空っぽになった寝床がぽつんと置いてあるのみだった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 呼ばれた気がした。

 いや、確実に呼ばれていた。そう、確信できる、何かが俺の身体を動かした。普段の俺であれば考えることもできない行動。仲間を呼ばず、人間である俺がただ一人で行動するなんて、自殺行為もいいところである。実際、数多の怨霊に襲われる始末。普段であればこのようなことはせずに踵を翻して帰るところであるが、まるでその方向に引っ張られるかのように、身体は依然と村の方に向かうことはなかった。

 立ちふさがる数多の怨霊をなぎ倒し、山を全力で超え、一刻程走り続けると俺は一つの建物に辿り着いた。いや、建物ではない。近づくだけでまるで死そのものが襲い来るような感覚を覚える。であればこれは決してただの建物ではない。どちらかと言えば霊廟に近いものだと直感で感じ取った。

 

 これ以上進んではいけない、と俺の本能が訴える。ケルト式ブートキャンプで鍛え上げられた第六感が。生きるために身につけて来た技術が、それを覚えた身体が、全てが訴えかけるのだ。これより先に進むなと。

 だが、やはり俺の意思とは反対に体はこの霊廟の奥へ奥へと進んでいく。本能が警告をするほど強くひきつけられるように。

 

 

 中へと足を進める。

 それは外で感じるよりもより濃い死の気配を漂わせていた。もう、自分に内蔵された警告はレットゾーンを通り越してぶっ壊れたかのように静かになってしまった。こんなことは今までで一度もない。ぶっちゃけ俺はここで死ぬんじゃないかとすら感じた。

 

――――その時、

 

 

 

「――――――ッ!?」

 

 

 

 風を切る音が聞こえた―――いや、わざと()()()()と言った方がいいだろう。なんせ、攻撃する気配も、そもそも存在自体を悟らせないような人物が、武器の音を消せないはずはないからだ。

 俺は、わざと耳に届かされた音を頼りに回避行動を行う。しかし、それでも未だ足りないのかカルデアの礼装を断ち切り、左肩を切り裂かれてしまった。決して深くはないが、それでも行動に支障をきたすレベルではある。

 

「recover()!」

 

 瞬時に魔力を回して魔術を発動させて傷口を塞ぐ。もちろん精密に発動している暇などないので魔力に物を言わせた術の発動であり、その分ムラも魔力の消費も大きいがそんなことは言っていられない。

 攻撃を仕掛けた何かは未だ姿も気配も悟らせない。何処に居るかもわからない。くまなくあたりを見回すが、どうしようもない。

 

 けれど、これだけは分かる。

 ―――――俺はここに存在しているモノには絶対に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こんなこと、あのソロモンと対峙した時ですら感じることはなかったものだ。足はすくまない。身体も震えることはない。汗も吹き出ない。身体はいつも通りなのに、それでも――――

 

『―――魔術の徒……否、万人の隷属者か』

 

 声が響く。

 それは地獄から直接聞こえてくるのではないかと思わせるほど濃密な死の気配を漂わせたものでありながら、同時に祝福を告げる鐘の音であるかのように思わせる。意味が分からない印象を抱く声だった。

 

『我が剣は時代を救わんとする汝の意義を認めている』

 

 その声は、許さなかった。

 抵抗を、知覚を、抵抗を、認識を――――生存を。

 

『が、この廟に足を踏み入る者は悉く死なねばならない』

 

 しかし、それでも一つだけ許されたことがあった。

 

『――――――それは不要。その首は晩鐘に選ばれた――――』

 

 それは、

 

『――――――――』

 

 このまま、黙って斬られることだった―――。

 

  

 

 










この世界の片隅で


                                 BAD END










というわけで、完結です。
いやー、長引きましたね。しかし、完結できたのは皆さまが応援してくださったおかげです!本当にありがとうございました!





















まぁ、嘘ですけどね。


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自己

最終回じゃないですよ?まだまだ続くんじゃよ。


 

 

 

 

 

 

 山岳地帯に位置する小さな村。その立地条件故に未だ円卓の騎士にも砂漠を作り出したファラオ達にも発見されていないであろうその場所は、つい先日仁慈達を受け入れたという出来事を除いて平和と言ってもいい日常を謳歌していた。戦えるものが来たことにより、アーラシュだけに限らず魔獣を退治することができるようになったのでそれも当然と言えよう。

 このように、難民を助け出した時とは真逆と言っていい日々を過ごすことができる村ではあるが、現在その村の中の一部―――カルデア組が寝泊まりしている民家はその雰囲気と真逆の重苦しい空気に支配されていた。

 

 

 

「先輩がいなくなった……ですか……?」

『うん、まあ大体あってるけど、ことはもう少し深刻だからね?』

 

 

 

 その原因は明白、部屋で休んでいる間に忽然と姿を消していたマスター、仁慈のことについてである。彼が消えるのは割とよくあることではある。戦闘中なんて気配を殺して不意打ちのためによくやっていることだ。しかし、それは戦闘中のできことであり普段はそんなこと行わない。例え戦闘中であったとしても、誰にも言わずに消えるなんてことは絶対に行わない。

 普段の彼では絶対に行わないであろうことが、現在起こっている。それに加え、カルデアが常に観測しているバイタルを含めたあらゆる情報の遮断。不安を煽るには十分な状況と言えるだろう。

 

「……さて、これはどう考えるべきかな」

「少なくとも襲われた―――ということではないだろう。トナカイを誘拐するメリットはほぼ無いと言っていい。その場で殺してしまえばそれで終わりだ」

『そんなことを言ってる場合じゃ――――』

『ロマニ。少しは落ち着きなさい、あのキチガイが早々にくたばると思う?……本当にどうやったら死ぬのかわからないような奴なんだから』

 

 通信越しに聞える女性の声。それはもちろんロマニの声ではない。冬木を乗り越えてから、仁慈に胃袋を掴まれ、最高責任者にも拘わらずオペレーターの座をロマニにむざむざ取られた所長。オルガマリーのものである。

 

『うわっ、所長!な、なんで……』

『観測する対象がいなくなったからこっちに混ざりに来たのよ。今は別の子が解析してるけど……望みは薄いでしょうね。―――ほんと、この特異点に来てから通信系統ボロボロよ……』

「帰ったら改良してあげるからもう少し頑張ってねーオルガマリー」

『言ってくれるわね……。それはともかく、よく考えてみなさい。確かに仁慈の姿は何処にもないけれど、彼が契約しているサーヴァントはまだそこに存在しているでしょう?それは少なくとも生きている証明になるわ』

 

 サーヴァントとの契約は現地においてマスターの魔力に依存する。カルデアからの電力は使えない。つまり、マシュはともかくそれ以外のサーヴァントが未だ現界しているということは、必然的に仁慈が生きていることに他ならない。そのことに気づいたロマニはあっ、と呟いた。優秀なのに、妙にメンタルが弱いところがたまに傷であると、彼らは思った。

 

「それを考えると今先輩がいるところは、カルデアに一切の情報が行かない場所……ということでしょうか?」

『付け加えるなら、死亡判定にされてしまうような場所ね。……案外知らないうちに冥界にでもいるんじゃないかしら』

 

 冥界そのものではないがそれとほぼ同義である死の国の女王に見定められ、しごかれ続けた仁慈である。可能性はあるのではと誰しもが考えた。が、ここでヒロインXが帽子から出ているアホ毛を揺らしながら口を開いた。

 

「………とりあえず、今言った条件が揃いそうなところを聴きに行きましょうか。多分呪腕さんなら何か知ってるんじゃないんですか?」

 

 冗談を断ち切りそう切り出したヒロインX。今言った条件とは当然、情報が遮断され死んだ扱いになってもおかしくない場所のことだ。その条件に合った場所を探し出すには彼らはこの村で過ごした時間が足りなさすぎる―――故に知ってそうな人から聞き出そうという提案である。

 ほかに代案もないために、全員が頷き、一斉に家を出る。ロマニが観測した場所からアサシン―――呪腕のハサンの場所を割り出して、サーヴァントの身体能力を駆使した軌道で向かった。

 当然、呪腕のハサンは唐突に現れた彼女たちに驚きの声を上げる。サーヴァント四体が一斉に駆けよってくるなんて、味方であったとしても肝を冷やす光景と言えた。

 

「ぬぉ!?―――み、皆揃って何事ですかな?」

「実は――――」

 

 簡単な事情を説明する。

 仁慈が居なくなったこと。その反応が死亡として観測されること。しかし、サーヴァントとの契約が切れていないこと。

 それらを聴き終えた呪腕のハサンは髑髏の仮面を被っていても雰囲気で伝わるくらいに顔を顰めた。時々唸っては、どうしてこうなった……と呟いている。その様子から彼に心当たりがあると踏んだらしく、カルデア勢の質問攻めは更に勢いを増した。

 

「知っているのか!?呪腕!?」

「できれば教えてくれませんか?(チラッチラッ」

「教えてくれるととても助かるなー」

「吐け」

「す、少しばかり落ち着いてはもらえませぬかな?」

 

 ズズッと顔を近づけて来た彼女達から距離を取る呪腕。そして、ここぞとばかりに咳ばらいをした後、真面目な雰囲気に切り替えて口を開いた。

 

「……確かに、私はその場所について知ってはいます。だが、こればかりは教えるわけにはいかないのです」

「どうして、ですか?」

 

 当たり前のようにぶつけられる疑問。だが、呪腕がその疑問に答えることはない。唯々言わなければならないことを言う様に言葉を紡いでいく。

 

「あそこに足を踏み入れれば、それはもう生者ではなく死者。私も、魔術師殿の人柄はここ一週間で理解はしています。故に、彼の者があの場所へと赴いたのは本人の意思ではないでしょう――――しかし、それこそ問題。彼が呼ばれたというのであれば、我々ができることは何も無いのです」

 

 納得はできない。理解もできない。説明が不足している。それらの不満は誰しもが感じていた。だが、それと同時に呪腕がこれ以上口を割らないことも理解できた。できてしまった。この場に居る全員が気づいたのだ。彼の身体が震えているということに。それも、恐怖で。

 呪腕がカルデアのことについて始めこそよくない感情を持っていたが、ここ最近ではそれもなくなっていたことを此処に居る誰しもが理解していた。その中心人物たる仁慈をこの場で見殺しにしてもいいことなど何もないということを彼はしっかりと理解している。しかし、手を出せない何かがある。それに近づこうとするのであれば、全身全霊を持って止めるという意思すらも感じることができた。

 

「――――黙って帰ってくるのを待て、そういうことですか?」

「その通り。現在できることは、祈ること……ただ、それだけなのです」

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 斬られた。絶たれた。断たれた。

 その感覚は確かにある。あの時俺は死んだ。そう理解させられた――――にも拘わらず、今の状況は一体どういうことだろうか。

 

 意識がある。身体が脳の伝達事項に反応する。視線を動かすことができる。斬られたはずの、断たれたはずの首が、繋がっている。実際に体験した出来事と現在の状況がかみ合わず、俺の脳内は混乱状態であった。しかし、その混乱もすぐに収まることとなる。他ならない、俺を斬りつける前に聞えたあの声によって。

 

『――――万人の隷属者たる汝は死んだ。これより汝は、死者である。故に、死者として戦い、生をもぎ取るべし。その祭儀をもって、汝の行く末を見定めよう』

「――――っ!」

 

 一方的に言い終えると、その声の主はついに姿を現した。

 その身長は見上げるほどに大きく二メートルに近いと思われ、顔と思わしき部分には大きな角の生えた髑髏の面を付けていた。来ている甲冑も、同じく所どころ髑髏があしらわれており、まさに死の騎士と言った印象を受ける。手に持っている獲物は黒い大剣。その剣には死の気配が絡みついているが、それよりも濃い感情が渦巻いていた。今まで見た感じ、信仰のようなものだと予想できた。

 

 なんて、冷静に分析しているように見せて、実は内心ビビりまくりである。先程まで不調なんて訴えなかった身体からは汗が噴き出るし、身体は震え重心は定まることはない。心臓は破裂するんじゃないかと思わせるほどに早く動き、体温もそれに伴い上がっているはずなのに、背筋は凍るようだった。

 

 先程とは打って変わった様子。生物としての本能がアレに関わるなと告げているようでもある。俺は今すぐその本能に従って逃げ出したくなった。だが、そんなことは何より目の前のモノが許さないだろう。今は大剣を持ち佇んでいるが、向こうがその気になれば一瞬で、それこそ俺が気づく間もなく殺すことができるのだから。

 いつでもできるのに、それをしないということは何かしらの理由があるということ。それが分かれば、俺にも生き残ることが―――

 

『―――』

「っ!」

 

 ―――目の前のモノの剣がきらめく。それは明らかに手加減された一撃。俺にも視覚出来るほどの攻撃。それを俺はあろうことか、()()()()()()手に構えていた武器で受け流そうとしてしまった。……気づいた時にはもう遅い。目の前の存在は、俺が受け流せるような存在をとうに超越しているのだ。

 直接斬られることはなかったものの、逃がすことのできなかった衝撃が暴力的に俺の身体を襲った。トラックに吹き飛ばされたような衝撃を感じた瞬間、身体が宙を舞った。

 

「―――ぁ……!」

 

 肺の中にある空気が全て吐き出され、一瞬だけ呼吸が止まる。受け流せなかっただけでこれとか頭おかしい……!

 咳き込みながらなんとか空中で体勢を立て直し、地面に着地する。そしてすぐにアレの姿を探そうとするが、先程までいたところにあの黒い影をみることはできなかった。

 

『どこを見ている』

「なっ!?」

 

 唐突に背後から聞こえる声。確認するがもう遅い、既にアレは青く揺らめく炎と共に姿を現しており、黒き大剣を振り下ろしていた。致命傷だけは避けなければならない。だが、先程あの黒い大剣を受けてわかる通り、筋力で対抗などできるはずもない。俺が取れる行動は必然的に回避行動一択になる。

 身体をひねるように動かすが、元々反応が遅れているのだ。命に係わるような一撃ではなかったが、代わりに手に持っていた武器を完全に粉々にされた。……やはり一度壊れた神葬の槍を取り付けたのがいけなかったのかと、現実逃避気味に思考する。

 それと同時に脳内にはある言葉がリフレインしていた。それは、この目の前の存在には勝てないということ。ここで死ぬしかないのではという思考だった。

 

 目の前の存在は第四の特異点で対峙したあの魔術王と同等。もしくはそれ以上のものを感じさせている。そんな存在に、身体も思う様に動かせない俺が勝てるわけがない。

 一度そう考えてしまうとその思考は止まらない。どんどん、どんどん悪い方へと転がっていく。

 

「ガッ……ぐっ……!」

 

 向こうはそんな俺の精神を考慮してくれるわけもない。動きが止まった俺に対して黒い大剣の腹で殴りつけて来た。まるでゴム鞠のように弾かれた身体は二、三回バウンドした後に野ざらしされたように転がった。……今のは確実に骨が逝ったと思う。

 

 ガシャリ、ガシャリと甲冑を鳴らしながらそれは近づいてきた。今まではそんな音を響かせることもなく近づいてきたにも拘わらず今はそのようなことはしない。完全に舐められている。

 だが、それが当然だ。俺はその程度で殺すことができる存在なのだから。無駄に気を張ることもないだろう。

 

 ガシャリ、ガシャリ。

 音が近づく。俺の命を刈り取る、死の音が。……それがとてつもなく()()()()。ゆっくりと近づ居てくる死の足音に、心が凍り付きそうだった。正直、どうかしていると思う。今まであまり感じることのなかった恐怖を始めとする感情。いや、感じたこともあるけれど、ここまで強烈なのはなかった。身体を動かすことができなくなることなんてなかった。

 ……全く以って情けない。色々と調子ぶっこいた結果がこれかと思うと呆れてものも言えない。

 

 そして、ふと思う―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――マシュはいつもこんな感じだったんじゃないかと。

 

 戦うことなんてしたことがなかっただろうに、いきなりデミ・サーヴァントなんてものになって、攻撃の前に自分の身体を晒して、皆の為に守る……。彼女が防いだ攻撃はどれも死の危険性があるものだった。それを、諸共しないで、俺の指示で、自分の意思で割って入り守ってくれた。……今までだってわかっていたつもりだけど、ここに来てその真の偉大さを自覚することができた。やはり後輩、最高です。

 

 ……くだらない考え。死に際に何考えてんだ、ともしここに他人がいたら呆れられるような考え。

 けれど、そんなくだらない考えでも生きる活力が湧いてくるのを感じた。うん、我ながら単純なんだけど。そのことを考えて居た何故か途端に感謝を伝えたくなった。急なことだとは思うけど、ほら失って初めて大切さに気付くことだってあるしきっとそんな感じだと思う(曖昧)

 

『――………』

 

 理由はともかく、死にたくないのであれば動かなければならない。死はもう目の前にまで迫っている(比喩なし)のだ。

 全体的にボロボロな全身に回復魔術をかける。折れた骨なんて治したことはなかったが問題なく治すことができた。……ただ、無茶苦茶痛かったけど。

 魔力不足がちの身体に力を入れてゆっくりと立ち上がる。目の前に居るアレは何のつもりかは分からないが、俺が立ち上がるのを唯々眺めていた。―――もうわけがわからないが、とりあえず目の前の存在の目的は考えないことにする。

 

 俺が今考えるのはどうやって生きて帰るか、その一点だけだ。その為に―――全身になけなしの魔力を通して今行える最大の強化魔術を施した。

 

 今の俺ではどうやっても目の前の存在に勝てないだろう。そんなことは対峙したあたりで明白だ。

 だが、それで戦闘を放棄していいのか?戦うことを諦めていいのか?否である。無駄、無意味……そう言われる行為であるかもしれない。自分でも勝てないと分かっていても戦うなんて余計に苦痛を引き延ばすだけかも知れない。けれども、それでも無価値にしてはいけない。ここで諦めたら、それを今まで行って来てくれた彼女に申し訳が立たない。

 

『―――何故、立ち上がる。魔術の徒。汝は理解している。私には届かぬと、立ち上がることは無意味であると』

「……全く以ってその通り。このまま立ち上がっても無残に殺されるだけの可能性が多い。勝つことに関してはほぼ0%だと思う。――――――けど、それが()()()()()()にはならない」

 

 生きることを諦めないのであれば、もがくしかない。例え可能性が低くても、目の前のモノと戦うことになっても、生きたければ全てを行え。最初、初めて死にそうな思いをした時もそうだっただろう。それと一緒と考えるんだ(震え声)

 それに、散々後輩にそれを強要しておいて、自分だけもがかないであっさりお亡くなりになるとか余りにも情けなさすぎると思う。

 

 

 

 

 

 相変わらず、身体は震えているし、頭の中は警報ガンガンだし、冷や汗は出ている。パッと見れば強がりなのは一目瞭然だ。

 それでも――――今芽生えている()()()()()()()に従って、生きるために―――俺は目の前の存在。死の具現とも言える甲冑の男に向って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

「うぉぉおおお!!」

 

 

 静かな空気、神聖な空気、死の空気……それらが交じり合った霊廟にて少年の雄たけびが響き渡る。それは少年が今まで上げることはなかったもの。不意打ちを愛しているのでは?と思えるほど行ってきた仁慈であれば上げることのないもの。普段であれば存在を気取られるだけで絶対に行おうとしなかったそれを、彼は今己を奮い立たせるために上げていた。

 

 一歩一歩、地を踏みしめるごとに魔力を放出し、爆発的な加速を行う。なけなしの魔力しか持っていないが、かといって目の前の存在相手に時間稼ぎなんて無駄である。であれば、はじめから全力で行くしかない。彼はそう思っていた。手に持つ者は何もない。武器を出している暇などはない。故に、彼は己の肉体のみを武器として、死の権化、甲冑の男に肉薄する。

 

『―――何処だ』

 

 甲冑の男が着けている骸骨の面。その瞳が赤く光る。すると仁慈が居る場所に青い炎が一気に立ち上った。急に炎が出現したが、仁慈は第六感に任せて直前にサイドステップを踏みそれを回避する。回避したのち、さらに速度を上げ一瞬で残りの距離を詰めた。

 

「くらえ!」

 

 肉薄した時に勢いを震脚に利用し、さらにそれを乗せた拳を突き出す。が、その程度の攻撃で仕留められるくらいであれば彼も死を覚悟したりはしない。既にその場所には甲冑の男はいなかった。

 そう、彼は既に仁慈の後ろに姿を現していた。

 

『では、死ねい』

 

 剣が振り下ろされる。それと同時に仁慈の身に幾重もの斬撃が襲い掛かって来た。振られた回数は一度のみに関わらず、実際に襲い掛かってくる攻撃は数回となっている。その現象に度肝を抜かれながらも仁慈は、できるだけ最小限に回避しようとする。しかし、当然同時にやってくる攻撃を防ぐことができるはずもなく、身体のいたるところが傷ついていった。

 

「がァ……!ちっ!」

 

 久しぶりに感じる痛み。その後、やって来たのは全身を焼くかのような熱だった。斬られた場所が熱を帯び、まるで焼けるようである。だが、痛みに悶え動きを止めている暇など仁慈にはない。悲鳴を上げる全身を無視しながら、再び拳を突き出した。

 

「本当に当たんねぇ!」

 

 が、駄目。

 甲冑の男はそこに実態がないかのようにその場から再び、消え失せた。いい加減にしてほしいと思いつつも仁慈は眼を閉じる。どうせ目ではとらえることができないのだから見ても見なくても同じ。で、あれば今唯一聞かせている音と感覚を頼りに位置を割り出した方がいいと考えた結果だった。

 

「―――――――」

 

 ……攻撃してこないこの隙に仁慈は四次元鞄から武器を取り出そうとする、すると―――再び背後から剣を引き絞る音が聞こえた。

 仁慈はそれを聞いた瞬間にすぐさま身体を反転させる。そこには既に右手の剣を突き出している甲冑の男が存在していた。このままでは先程の焼き増し。いたちごっこでありじり貧だ。それ故に――――仁慈は賭けにでる。

 

 

――――ズブ……。

 

 

 

 肉に何かが食い込む音が聞こえる。

 ポタポタと滴が垂れ落ちる。

 それは、当然だ。……なんせ、甲冑の男が突き出した大剣は仁慈の身体を貫いているのだから。

 

 

『――――ほう』

「っ!……はぁ!!」

 

 

 ―――――そう、しっかりと貫いていた。仁慈の左手を。

 ……仁慈は自分の身体の一部をわざと貫かせ、それで相手を拘束しようと考えたのだ。けれども彼の男が持っているのは大剣であり仁慈の手のひらなんて真っ二つにすることは容易い。故に仁慈は剣が己の手を貫いた瞬間に回復魔術を限界まで使い、剣の部分を避けた他の肉体を再生させることで今も現在進行形で大剣を封じ込めているのである。

 

 流石の甲冑の男もこの方法は予想外だったのか、感心したかのように一度その動きを止めた。

 仁慈はそれを最初で最後のチャンスと思い、先程囮としていた刀で思いっきり斬りつけた―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 仁慈の刃は甲冑の男を捕らえることはなかった。当然だ、その男は仁慈よりも力が上であるが故に剣をすぐに引き抜き、離脱もしくは回避することが可能だったのだから。尤も、仁慈としても拘束は建前であり、直接受け止めるという虚をつこうとしての作戦だったために引き抜かれたことに対しての驚きはなかったが、悔しそうにしていた。

 

「はぁ……これでも、ダメ、か…………」

 

 今思いつく限りのことを行い、それが無駄だと悟った仁慈は、再び四次元鞄に手をかける。無手のままではどう考えても不利であり、もう傷もついてしまったために多少のリスクを背負ってでもまだ戦える状況を作り出そうとしての判断だった。

 鞄に手をかけ、中身をばら撒こうとした仁慈だったが、その前に行動を起こした目の前の男に彼の手は思わず止まってしまう。

 

「……何故?」

 

 甲冑の男が起こした行動とは、今まで片手で持っていた剣を地面に刺し、その柄を両手で持っているという格好をし始めたからだ。明らかに戦おうとする態勢ではないために、仁慈も困惑の表情を浮かべる。

 

『――――これ以上は不要。汝は、万人の隷属者ではなく確固たる己を示した』

「……んぇ?」

 

 以外過ぎる展開に気が抜けまくっている言葉を発する仁慈。しかし、それも仕方がないだろう。彼からすれば急展開と言ってもいい状況であるからだ。先程まで敵意を向け、殺す気満々だと思っていたが、急にやめるだなんて彼の性格からすれば恐ろしく感じるのも当然の反応と言える。

 

「………どういうこと?」

『いずれ理解するときが訪れるだろう……。時代を救わんとする魔術の徒よ。汝は既に確固たる己を示した―――――故に、それを忘れることなかれ。己を精査し、行動せよ。さすれば、()()は汝だけのものとなるだろう』

 

 

 ただそれだけ言い残し、甲冑の男は消えた。

 あとに残されたのは魔力切れであり、身体がボロボロであり、頭に多くのクエスチョンを浮かべた仁慈のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




流石主人公!生き残るなんてすごいなー()
……いやー、タグをつけててよかったです。


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返って来た()

次回、円卓の騎士の一人が……。


 

 

 

 

 

 

 樫原仁慈の反応が消えてから数時間。

 カルデアのサーヴァント達と騒ぎを聞きつけたベディヴィエール、そして彼らを引き留めた呪腕のハサンは焦っていた。未だサーヴァントの現界が維持されている以上生きてはいる。しかし、それは魔力が供給されているということだけであり、無事であるという保証ではない。さらに言えば、あの後冷静になった皆の前でロマニが言った言葉も悪かった。

 

『……令呪取られてたらどうするのさ!』

 

 彼も不安で一杯一杯だったのだろう。思わず口にしてしまった言葉なのだろう。致し方ないとはいえ、その不安は全体に伝搬する結果に終わった。マシュは特に心配しているためか、先程から両手を握りしめて俯いてしまっている。いつの間にか姿を現していたフォウが彼女に寄り添っていた。

 

 ……一方、仁慈がどこに向かって何をしているのか、大体の見当がついている呪腕のハサンも焦っていた。マシュ達から話を聞いたところ、この村に来て初めて会った時から彼は鐘の音を聴いていたという。それはつまり、仁慈が彼ら山の翁の初代である人物の何かに触れるものがあったということだ。それが絶つべき存在であるのか、またそれ以外であるのかどうかはわからない。しかし、並大抵のものでないことは呪腕のハサンが―――歴代のハサンが全て理解していた。

 初代山の翁は広い心の持ち主である。異教徒も過剰な毛嫌いをすることなく誰にでも晩鐘の名のもとに平等である。……が、そんな彼にも例外が存在する。その例外に仁慈が触れてしまっていたら――――

 

「(マズイ……非常にまずいですぞ……!)」

 

――――もしかしたら、この村だけでなく人類全体の危機であるかもしれない。己らが恐れ敬う初代山の翁がそのことを知らないとは思うものの、彼は不安で仕方がなかった。

 

「(―――最悪の場合、我等の首も献上しなければならない事態になるやも―――)」

 

 様々な人の憶測(首出せ案件等)が飛び交い、最終的に全員が不安になるという悪循環を作り出していた嫌な空間に再びロマニの声が響き渡った。

 だが、それは先程のような切羽詰まった声音ではない。むしろ抑えきれない歓喜の色が見て取れた。

 

『―――!やった!仁慈君の反応が復活した!』

『距離はそこそこ離れているけど、生きてはいるようね。―――何故か魔力とバイタル反応が不安定だけど』

 

 その報告にカルデアのサーヴァント達は皆そっと胸をなでおろした。仁慈が生きている。であれば、彼は如何なる手段を使ってでも生きて帰ってくるだろう。生身でサーヴァントと戦おうとすらする頭のおかしさを持っている彼であれば、そのくらい軽くこなすと彼らは確信を持っていた。

 

「よかったです」

「これで一安心ですね。ふー……」

「………いや、いやいやいや。魔力とバイタルが不安定とおっしゃられてましたし、この時間は夜行性の獣が多く闊歩しています。安心するのはまだ早いのではないですか?」

 

 この場で唯一無二の常識枠を獲得している円卓の騎士が良心、ベディヴィエールがその空気に意義を唱えた。

 ……それこそが常識的に正しい反応ではある。現代の魔術師擬きが、この時代に一人で放浪(本調子ではない)しているのだ。普段であればこちらから急いで迎えにいく事態だ。例え、彼がサーヴァントやそれに追随する実力のある粛清騎士をゴミのように処理する力を持っていようとも。

 

「その心配は無用のものだ。ベディヴィエール卿」

「しかし……仁慈殿は人間で……」

「生前の円卓の騎士を思い起こしてみるがいい。――――我がトナカイはあれらと同類だぞ?」

「…………………」

 

 想像に難くなかった。

 どちら等とも自分の目で確かに見ているのだ。よくよく考えてみれば、ランスロットを撒く際に行ったのはマスターによる弓矢の狙撃であり、彼は見事それを完遂した。円卓の騎士最強のランスロット相手に。彼は馬を狙ったからと言っていたが、それでもである。

 結局ベディヴィエールは考えるのをやめた。彼が生前の円卓の騎士と同じような存在であれば内情のもつれさえなければ大丈夫だろうと思うことができた。内心複雑ではあるのだが。

 

『そうこう言っているうちに仁慈の反応がかなり近くまで来ているわ。もうそろそろ村に着くかもしれないし、出迎えてあげたら?』

 

 オルガマリーの一言に同意した彼らは一斉に腰を上げた。そして、ぞろぞろと自分たちに割り当てられた家から出ていく。ベディヴィエールもそれに続き、呪腕のハサンは自分の悪い予感が外れてくれたことにホッとしつつ、彼に対してどのような対応をすればいいのかという案件で再び頭を悩ませることになった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 頑張った。今回ばかりは頑張ったと自信を持って言える。俺は超がんばった。

 

 あの後、アドバイス(?)のようなものを残して甲冑の大男はその姿を消した。それはもう見事な消しようで、はじめからその場に存在しなかったのではないかと思わせるほどに自然に、痕跡を残さずである。まあ、俺の身体には先程まで甲冑の大男がいたと言わしめる確固たる証拠があるので夢とは思わないし思えないけれど。

 

 それは別にいい。

 問題はここからの帰りにある。言った通り俺の身体はボドボドであり、残っている魔力もそれはもう搾りかすほどしかない。傷こそ最低限に塞がって入るものの激しく動けば再び開くことになりかねないし、何よりカルデア礼装がボロボロで血だらけである。傍から見れば歩く死体と見られても文句は言えなかった。

 

―――要するに、腹をすかせた夜行性の獣と自分たちのお仲間に一体加えようとする怨霊の群れに襲われまくったのだ。

 一体一体はそこまで強くはなかったが、問題は集団で現れたということと俺の身体がボドボドなことである。それはもう酷いくらいに苦戦した。一撃でも貰えばもれなくあの世行のスペランカー状態。それは割といつもの事なのでいいのだが、本調子じゃないのがとても辛かった(小並感)

 

 と、まあこんな感じで頑張って村まで帰って来たわけである。

 村の近くまで来れば流石にもう安心で、村を見張っている斥候の人(アーラシュさん)に挨拶をしたのちに、俺は割り当てられていた家を探すためにマシュ達の気配と地形を見回した。

 

 すると、マシュ達の気配が驚くほど近くに居ることが分かった。彼女達だけじゃない、何故かベディヴィエールと呪腕さんの気配もあるのだからさらに驚きである。どうかしたのだろうかと疑問に思いつつも彼女たちの方に行ってみれば、そこには実にわかりやすく怒りの表情を浮かべていた。ですよね。

 

「――――先輩」

「はい」

 

 後輩の一言に一瞬で正座をする俺情けない。だが、それも仕方がないのだ。これは勝てない(確信)いつの間にかいるフォウですら身体をぶるぶると震わせているくらいだ。マシュ:クラス、デンジャラス・ビーストである。

 

「おっと、マスター」

「我々を忘れてもらっては困るぞ?」

「ふっふっふー、災難だね。ま、諦めるんだね?」

 

 フォローの言葉はない。慈悲もない。が、こちらに圧倒的非がある。大人しく受け入れるほかない。そうして俺は治療と説教を同時に受けるという大変貴重な体験をすることになった。……何気に心配されて怒られるっていうのは貴重な体験だと思う。カルデアに来るまではそんなこと一回もなかったからな。

 ……ただ、この光景をとても羨ましそうに見ていたベディヴィエールと何度も俺に見えて尚且つマシュ達には見えないところで頭を下げ続ける呪腕のハサンがとても印象に残っていた。どうしたんだろうか。

 

 

 説教地獄から解放され、全員が一先ず就寝となった時、俺はマシュを呼び留めた。何故かと聞かれればそれは当然、お礼を言うためである。

 

「……どうかしましたか?先輩」

「いや、ちょっと話があるんだけど……大丈夫?」

「珍しいですね。先輩から話なんて」

「――――そうかな」

 

 自覚はないけれどこうして改まって話をするということは確かになかったかもしれない。いや、男性会議は例外としてね?

 とりあえず、マシュが話を聞いてくれる態勢を取ってくれたので、日ごろの感謝を込めてお礼を言おう。

 

「話って言っても大したことじゃないんだ。只、マシュにお礼が言いたくて」

「お礼……ですか……?急にどうしちゃったんです?こんな改まって」

「ちょっとね」

 

 改めて言うとなるとどこか照れくさいな。……なんて、キャラじゃないし男のテレ顔なんて誰得なんだって話だしね。

 

「まぁ、それはいいよ。とにかく、マシュ。いつもありがとう。いつ死ぬかもわからないこんな阿保みたいなマスターを守ってくれて」

「自覚あるんですか」

「すみません」

「………別に怒ってませんよ。正直、その行動に助けられたことはいくつかありますから……本音を言いますとあまり危ないことはしてほしくないですけど」

 

 助かった。終わったかと思ったよ。

 これで許さないとか言われたら、ショックでもう特異点に赴けなかったかもしれない。……この阿保過ぎる考え実は久しぶりなんじゃないかと思いながらも、重要なことを言えたけれどもこのまま寝るのは惜しいので、彼女に許可を取ったのちにもうしばらくこの会話を楽しむことにするのだった。怪我人だし、早く寝ろっというツッコミはこの際なしで。マシュと過ごすこと以上に重要なことはない(キリッ

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 翌日。

 寝不足は寝不足なのだが、身体の調子は悪くない。治療もしてもらったし、何よりあの絶対に死ぬと思った空間を生きて帰れたということが一番の要因だと思う。なんというか心が軽いこんなの初めてもう何も怖くない状態である。

 

 俺の現状はともかく、今はとりあえずこれからどうするのかということを考えているところだ。

 現状、聖杯を持っているのはエジプト領でピラミッドを建造したオジマンディアスである。それを手に入れることができればこの時代は修正され、召喚されたサーヴァントも全員消える。故に円卓の騎士と獅子王を相手にする必要は必ずしもない―――というのが今までの特異点の話だ。しかし、今回の人理定礎評価はEX。Aの上というわけではないが、良くも悪くも規格外ということ。正直、聖杯を手に入れてハイ、終わりで終わるとは思えない。どう考えてもこれ以上ないくらい目立っている円卓の騎士たちは相手にしなければならないだろう。むしろそういう想定で動く。

 

 となると俺達だけでは戦力が足りない。円卓の騎士たちがどいつもこいつもガウェインのようなギフトを持っているとなると、個々の戦力で押すというのではどうしても弱くなってしまう。できるだけ数を集めた方がいい。

 

「そうだな。戦いは基本的に数。いくら一騎当千の猛者と言えども一万人の雑兵には勝てないものだ」

「まぁ、万夫不当の英霊だって腐るほどいますけど。円卓は内情のもつれで粉々に砕け散るほど精神面は脆弱です。なのでそこから崩していけば一騎当千くらいで収まると思いますよ?ただ、消耗は避けられません。獅子王とか名乗ってるふざけた私をぶっ殺すには、少々荷が重くなるかもしれませんね」

 

 各個撃破できればその限りではありませんが、とXは付け加えた。

 確かに。精神面を攻撃できるというのはとても強い。一部の者、具体的にはトリスタンが該当するが、ガウェインにはWアルトリアが効いたこともある。その辺をうまく使えば何とかあの中に入ることができるかもしれない。が、やはり数をそろえる必要がある。

 

「……ハサン・サッバーハ殿に助力を乞うのは如何でしょうか?……この一週間近くこちらで生活して分かったのですが、彼らはどうやら戦力を整えているようです。恐らく聖都を支配する円卓の騎士たちに対抗する為に」

 

 ベディヴィエールの発言は同意できるものだった。

 ……多分、彼らは既に敵と認定されているのだろう。聖都に行く前、トリスタンがアサシンのサーヴァントを殺しているところを既に目撃している。それを見て彼らと円卓が同盟相手なんて考えられない。

 

「―――というわけなんだけど……どう?呪腕さん」

 

 そんなこんなでカカッとその話を切り出してみた。ここで断られたら?それはそれで仕方のないことだと割り切り、俺達は村を出ていくことになるだろう。いや、脅しとかじゃなくて本当に、純粋に好意で。

 円卓を相手取り、既に反逆者として扱われているであろう俺達がいつまでもここに居たらやばいだろうし。現状でもギリギリアウトと言ってもいいくらいだしね。別に強制ではないので今の段階でどう考えているのか教えてくださいと言ったはずなんだけど………。

 

 ―――呪腕さん物凄い悩み始めた。

 何を考えているのかというのは今一聞き取れなかったものの、なんかその場でうずくまって頭を抱えて必死に考え込み始めた。どうしてそこまで真剣に考えるのだろうか。さっきも言った通り気軽に堪えて欲しかったんだけど。

 

「ほら、呪腕君は私たちと違ってもの凄く真面目だからさ。世界を救う戦いを差し置くことはできないんじゃないかな」

「俺達が適当だと申すか」

 

 ダ・ヴィンチちゃん中々言うじゃないか。俺は全力で真面目に取り組んでるでしょいい加減にしろ!

 

「真面目に取り組んだ結果地獄が出来上がるということですね。分かります」

「少しは手を抜いたほうがいいんじゃないか貴様」

「もう俺にどうしろっていうんだ」

 

 全力で戦わないことを強いられている(集中線)んですかね。

 

「―――あの御方の試練を越えたお方を軽々と扱っていいものだろうか……いや、しかし……完全に疑念が晴れたわけでも………だが、この疑いはあの御方に対する――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そんなに悩むならいっそ断ってくれてもいいんだけど……。

 

 

 

 

 

 




もう、自分たちにとって頭が上がらないどころじゃない人が認めた仁慈のことをどう扱っていいのかわからないハサンさんの図。


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あっ(察し)

 

 

 

 

 

「――――その申し出を受けましょう。魔術師殿。アサシン教団歴代主導者が一人、ハサン・サッバーハ。あの方の試練を乗り越えたのであれば、もはや疑いの余地などありますまい。例え円卓に連なる騎士とその主人を従えて居ようとも、我等はあの御方の慧眼を、己の見たものを信じることにしましたがゆえ」

「……そこまで悲痛な覚悟をしなくても……ほら、嫌なら嫌ではっきり言ってくれた方がいいし」

「心配は無用です。…………貴殿の言う通りかなり頭を悩ませたことではありましたが、結論は出ました。しかし、他のハサンがなんと言うかはわかりません。こちらの方で説明は当然行いますが……」

「あー、その辺はこっちでも何とかするから大丈夫……多分」

 

 悩みに悩みぬいた末に私はそう結論を出した。鐘の音が聞こえていた……それは即ち初代様が目の前の魔術師を自ら呼び寄せたということだ。そして、何かしらの理由で呼ばれたにも拘わらず、その首が繋がっているのは相応の理由があったに他ならない。

 であれば、もはや疑うことはすまい。彼のお方が見定めた彼の隣に立ち見定めようではありませんか。

 

「え、もしかしてマシュも円卓の騎士だったのか!?」

「アーラシュ殿……」

 

 大英雄、それもこの地には良く伝わり、アサシンの語源が我らが教団であるように中東においてはアーチャーの代名詞だと言ってもいい彼も何処か抜けているところがある。……だが、村の様子を見てみるとそれも悪くはないということがよくわかる。彼の性格は村の人を安心させることができる。説得力を持たせることができる。……それはこの小さく、閉鎖的な村では精神的不安の伝搬は致命傷となる可能性が高い。ある意味で村を犯す病と言ってもいいそれを防ぐことができるそれはとてもありがたいものだった。

 しかし、少し空気を呼んで欲しいとも思ってしまうのだ。せっかく真面目な雰囲気を作り出していたというのに……。

 

「ははは、そう呆れるな呪腕の兄さん。にしても意外だったな……俺はてっきり一戦交えるのかと思っていたんだが」

「―――当然、その考えもありましたが。事情が変わりましてな」

 

 初代様のことは言えるはずもない。故にこのように下手な誤魔化しを言うのだが、アーラシュ殿は感じるものがあったのか変わらぬ笑顔でそうかとだけ言った。助かりますぞ。

 

「では改めて、マシュ・キリエライトです。よろしくお願いします呪腕さん!」

「謎のヒロインXです。一応座にはこれで登録されているので、偽名とかではないので。そこの所よろしくお願いします。同じ穴の狢(同じクラスのよしみ)として」

「聖夜に夢と希望を与えるサンタクロースのお姉さん。サンタオルタだ。覚えているか知らんが、かつてひと時でも同じ陣営にいたもの同士。遠慮はいらんぞ?」

「レオナルド・ダ・ヴィンチ。ちょ~と万能すぎる天才さ」

「―――円卓の騎士、ベディヴィエールです。私のようなものも信じていただきありがとうございます。義に準ずる山の翁……」

「最後にマスターw」

『マスター兼サーヴァントの樫原仁慈です』

「なんで君たちが言うの」

 

 誠に遺憾であるとその顔で示す魔術師殿ではあったのだが、私も彼らの言葉に賛同した。いったいどこのマスターに我々サーヴァントとの戦いに介入(物理)を行い、剰えあの御方から生き延びることができるというのだろうか。

 

 和やかな空気が流れる――――願わくばこのまま数日は過ごしたいのだが……どうやらそうはいかないようだ。

 斥候の任についている者が大慌てでこちらにやって来ており、私のことを呼んでいる。その表情からしてかなりの大事と見ていいだろう。

 

 

――――――――

 

 

「頭!西の村から連絡用の狼煙が上がっています!」

「……その狼煙の色は?」

「―――狼煙の色は黒。接近間近ってところだな。旗は赤い竜と、その竜の首を断ち切る赤い稲妻か……」

「王の首を狙うと公言する旗を掲げるのは唯一人、遊撃騎士モードレッド……!まずいですぞ、このままでは皆殺しにされてしまう」

 

 モードレッドと、呪腕さんは確かにそういった。モードレッドと言えば四つ目の特異点で遭遇し、Xと無駄なバトルを繰り広げながらも最後まで共に戦った騎士の名前である。その彼女が召喚されていて、尚且つ皆殺しにされると言われるまでになっているとは想像しにくかった。マシュもそう思っているのだろう、彼女の表情には濃い動揺の色が見て取れる。

 一方、Xとサンタオルタはそこまで驚いているようには見えなかった。逆にあの時Xが驚いていたことから本来はこのような性格なんだろうか。

 

「いえ、別にそこまで野蛮ではありませんでした。粗暴で、雑で、騎士道の欠片もない奴ではありましたが」

「大体想像は着く。大方獅子王とかふざけたことを名乗っている私の指示だろう。目に映るものを全て壊せだなんて、アレ好みの命令だろうしな。歪んだ感情もいいガソリンになっているのだろう」

 

 冷静な分析ありがとうございます。……西の村に行かなければ、その場所に居るハサン諸共全滅しかねないと呪腕さんは言った。しかし、無常なことだが、この村から西の村までは二日間かかるらしい。アーラシュさんによると向こうにいるハサンは時間稼ぎが得意らしいが持って半日だという。正直、期待はできない。

 そこで俺達―――カルデア組の視線は自然とダ・ヴィンチちゃんの方へと向いて行くことになる。この万能の天才なら何とかなるんじゃないかという淡い期待の所為だが、本人は申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「私は万能だけど、全能じゃない。アーラシュ君、円卓の騎士――モードレッド卿が近づいているっていうけど、具体的にはあとどのくらいで着きそうなんだい?」

「―――半刻もないな、ありゃ」

「すまないけど、それなら無理かな。スピンクス号を作る時も言ったけど、あまり時代から逸脱したものを作成しても、それが成功する確率は伴わない技術の分だけ落ちるものだからね。せめて二時間あれば、空から強襲できるかっこいいものを創れたんだけどねぇ」

 

 かっこいいとかは聞いてないけれど、とにかくダ・ヴィンチちゃんでもどうにもならないということが分かった。俺としては戦力が減るのは好ましくないし、見ず知らずの人間であろうとも《《見捨てたってわかったら気分が悪くなる》》。殺されるのは敵でも兵士でもない無辜の民らしいし。

 

「空から――――そうか、その手があったな」

 

 頭を必死に回転させている皆を尻目にアーラシュさんは普段と変わらず何の気負いもなくそう言った。どうやら彼にはこの状況をどうにかする秘策があるらしい。自信満々に彼は言う。

 この方法であれば確実に襲撃前に間に合わせることができると。その分リスクもあるが速さはお墨付きであると。

 

 ……もはや、迷うことはなかった。誰よりも先にマシュとベディヴィエールが返事を返した。分からなくもない。彼らにとって円卓の騎士及び獅子王の暴挙は耐えがたいことだろう。かつての仲間がとても認められないような行動を起こしている、無辜の民を殺して回っている……忠義の騎士としては当然の反応だと言えるだろう。

 

「この強襲にはそこまで多くの人数を連れていくことはできない。いくらか人数を厳選させてもらう。人選は俺は当然として道案内用に呪腕の兄さんを連れていく。あとは先に決めてくれ」

「俺とマシュはとりあえず確定ね」

 

 マスターである俺と守ることに置いて右に出る者はいないマシュ。ぶっちゃけこれは固定メンバーである。あと一人、誰を連れて行こうかと俺は考える。―――が、この話が出てからそれはもう言葉に出さない猛アピールをしてくる奴がいる……当然というべきなのだろう。その人物とはXの事であった。

 

「マスター。相手はセイバーです。アルトリア顔です。霧の街で会った時のように味方としてではなく完全に敵としてのバカ息子です。これは私を連れていくしかないのでは?むしろ、私以外の誰を起用するというのでしょうか?」

「私欲しかないけれども正論中の正論なんだよな……」

 

 彼女のスキルはセイバー(アルトリア)絶対殺す編成。そして今回の相手は彼女のスペックをフルで使うことができる。……ただでさえ、聖剣二刀流なんてふざけたことをする彼女がさらにエグイことになるのだ。……まぁ、サンタオルタとダ・ヴィンチちゃんには悪いけど今回も彼女を頼らせてもらおう。

 

「状況が状況だ。山の中で私の宝具を撃ったら二次被害も心配されるからな。賢明な判断だ」

「私も肉体派じゃないからね。大人しくこの場で留守番してるさ。それに―――こっちにも敵が来ないと決まったわけじゃないしね」

「……では、私も行きましょう。この銀の腕であれば彼らのギフトも切断できる筈です」

 

 居残り組の許可を取った俺達はアーラシュさんについて行く。時間にして一分ほど、状況が切迫しているために急いでやって来た場所には、何やら板を粘土で固定しているようなものがあった。よく見てみると取っ手と思われる所もついており、とりあえず唯の板でないことは分かる。

 

「説明は後だ。全員そこに乗り込め。とりあえず振り落とされないようにしっかりと固定しておけよ?」

 

 ……縄を通したあたりで俺はこれから何をするのかということが分かった。これは確実に飛ぶ。特大の矢と思わしき部分にも繋がっていることからそれは明らかだ。凄まじい衝撃が身を襲うと考え、できる限り自分の身体を強化する。

 

「ま、待ってください。アーラシュさん。もしかして……」

「ハハハッ……まさか、そんな……」

「いえ。現実を受け入れてください。あれはどう考えてもヤる人の目をしてます」

「その通りだ。土台と矢を繋ぐ。つないだ矢を放つ。土台も飛んでいく。20キロ先まで届く。完璧だろ?」

「分かりやすくていいね」

「ふっ、仁慈は分かってるな。んじゃ、口開けるなよ!舌嚙むぞ!」

 

 忠告はした。返事は聞いていない。そう言われている気がした。何故ならば、返事をする前に俺達を乗せた板は宙を舞っているのだから。

 

「あ、あああああぁぁあぁ―――――!」

 

 マシュの絶叫が聞こえる。

 だろうね。この移動方法、ジェットコースターを始めとする絶叫マシーンなんて目じゃないくらいのスリルがある。見ろ、Xだって。自分のアイデンティティである帽子を必死につかむことしかできていない。ベディヴィエールに関しては頬肉がブルブルしてイケメンが台無しになっていた。

 

「だだだだだだだ、だいじょーぶですかー……レレレレ、レディー!みなさーん!」

『ははは、見てごらん仁慈君。ベディヴィエールの頬が気流でぶるぶるしているぞ!』

「ののの呑気なことを―――言ってるんじゃ―――なーい!」

 

 気流の所為でうまく話すことができない。これ以上口を開くことは得策ではないと悟り、口を閉ざす。

 

「おっ、そろそろ着陸か。総員衝撃に備えろよ!激突した瞬間土台はバラバラだからな。なんかいい感じで受け身を取れ」

「説明が雑です!アーラシュ!」

「―――2、1―――――」

 

 ゼロ。

 

 アーラシュのカウントに合わせて自分でも数字を数えると俺は乗っていた土台から跳躍。土台が弾ける音を聞き届けながら四次元鞄を宙で振り、中のものを適当に取り出す。刻んである術式とルーンを発動させ、それらを固定すると俺はそれに捕まって衝撃を受けることなく地面に着地した。

 

「――――我ながら正確な射撃だった……」

「うん。見事な射撃だと感心するがどこもおかしくはない―――っと」

「しまった。ここは獣の巣だったのか……いい感じに開けた場所だと思ったんだがなぁ」

 

 周囲には巣を荒らされたことによって興奮状態になっている獣たちとアーラシュ式筋肉飛行術の所為で死屍累々となったサーヴァント。今すぐに動けるは仁慈とアーラシュという世紀末状態だ。

 

「時間がないんだ。悪いが、邪魔をするなら射殺すまでだ」

「とりあえず、皆はこれを片付けるまでに本調子に戻しておいて」

「援護は俺に任せて思う存分に暴れな!」

「お言葉に甘えて」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

『もうツッコミなんてしてあげないからね……サーヴァントですら気が滅入る飛行をして仁慈君だけが何故か無事でも全然驚かないからね。こんなのはいつもの事なんだ……』

「ドクター。その発言が既にツッコミに含まれると思います」

「そうですね」

 

 

「……あの、出来ればもう少し緊張感を持っていただいても?円卓の騎士の軍勢はもう目と鼻の先に居るのだが……」

 

 

 注意を促す呪腕のハサン。流石できるサーヴァントは格が違った。彼には仁慈達も相応の恩があるため、普段の会話を断ち切り真面目に押し黙る。

 何を隠そうもう彼らはモードレッドの旗を持っている軍勢の背後に既に到着しているのだ。ここから先は僅かな油断も許されないことになるだろう。彼女にはアルトリアに

劣るものの十分に脅威と言っていい直感があるのだから。

 

「……見えたぜ。奴さんの部隊のケツがな」

 

 いち早く気が付いたのはアーラシュ。アーチャーの代名詞ともいわれる彼の視力をもってすればいち早く敵に気づくことなど容易い。そして、全員がその姿を確かに確認できる位置まで移動した。彼らは正々堂々後ろから不意打ちをかますことにしたのである。

 残念ながら、この場には騎士道を投げ捨てた宇宙セイバー(自称)と弓兵、アサシンにキチガイしか居ないのだ。ベディヴィエールは自ら割り切りマシュもいつものことと受け入れている。要するに不意打ちを止める人物はいないということで……結果的には、

 

「なっ、何処から現r――――」

 

 部隊の誰もが気づく間もなくその身体を淡い光へと変えていくこととなる。だが、一番後ろにいるというだけであり、まだまだ部隊は存在していた。仁慈はその人数に若干億劫になりつつも再び気配を殺して接近。暗殺もプロであるアサシンと、一応アサシンのクラスに位置しているヒロインXを伴って奇襲をかける。

 混乱に陥った部隊にマシュとベディヴィエールが突撃し、他の粛清騎士たちをアーラシュの矢で牽制もしくは無力化していく。流石大英雄と言ったところだろう。知り合ってまだ一週間、共闘した時間はそれほど短い時間なれどもそれぞれの動きを把握し、邪魔にならないように、そして相手の行動を阻害するように矢を射っていた。

 

「アーラシュさんが居ると楽でいい」

「おう。じゃんじゃん頼ってくれ。俺は矢を射る位しかできないからな」

 

 その矢を射るという行為をアーラシュ・カマンガーが行うこと自体がとてつもないことであるということをこの会話をしている仁慈とアーラシュ本人は知らず、理解している周囲のサーヴァント達とロマニは苦笑を浮かべる。

 

 と、ここで気配に鋭いアサシンと仁慈が同時に自分たちが潰した部隊の向かう先を見据えた。その顔は強張っており、いい知らせを受けたというわけではなさそうだった。

 

「呪腕さん」

「……うむ。どうやら急がねばならないようです」

「そろそろ百貌の姉さんが限界を迎えてるってところか。よっし、ならみんなここから先の部隊は俺に任せて先に行きな。普通に姿を現して素通りしてって構わないから」

「感謝しますアーラシュ殿」

「いいってことよ」

 

 呪腕のハサンはお礼を述べるといち早くその場から駆け出した。仁慈もアーラシュに頭を下げて他のサーヴァント達を引き連れてその場を離れる。

 一人残されたアーラシュは、仁慈達の姿を捕らえ殺そうとする騎士たちの姿を捕らえる。

 

「さて、自分で言ったことには責任を持たないと、な」

 

 

 

 

 

 一方先に言った仁慈達はその速度を速めた結果、西の村に居るハサン―――百貌のハサンが倒される前に増援として加勢することができていた。奇襲を仕掛けようと当然の如く考えていたものの、その行動はモードレッドのスキル直感によって見事に防がれることとなり、仁慈としては業腹であった。……しかし、彼も実際第六感と称して数々の不意打ちを回避してきたので人のことは言えなかった。

 

「おっ、お前らもしかしてあのランスロットが逃がしたっていう反逆者か?こいつはラッキーだ、まさか獲物の方からきてくれるなんてな」

「モードレッドさん……」

 

 姿も声も、仁慈達がロンドンで遭遇したモードレッドと同じではある。が、彼らは頭ではない部分で理解していた。あれは自分たちと共に戦ったモードレッドではない。座に居る彼女から切り離された別のモードレッドであると。

 

 そんな彼女は愉しそうに仁慈達の様子を見ていたのだが、ある人物でその視線が止まることになった。と言ってもその人物とは決まりきったようなものである。そう、ヒロインXだ。初期のころからカルデアにて二振りの聖剣を振るい、仁慈の助けとなって来た宇宙的騎士王型サーヴァントだ。

 

 当然父上大好きっ子であるモードレッドはその存在に歓喜した。マシュに力を貸している円卓の騎士の事や、王の最期を看取ったベディヴィエール……ヒロインXがいなければ注目したであろうそれらの事には目もくれず、モードレッドは先程までいたぶっていた百貌の存在すら忘れてヒロインXに斬りかかった。

 

「オレは運がいいぜ!まさか、ここまで来て父上と戦えるなんてなァ!」

「ちっ、相変わらずの年中反抗期ですか……ロンドンでは見逃しましたけど、今回ばかりは見逃しませんからね。セイバー云々、その他諸々を含めてさっさとあの(闇鍋)の中に還してあげましょう!」

 

 二人の少女は同時に地面を抉った。モードレッドは鎧を被り、赤稲妻を放つ剣を持って正面から斬りかかる。ヒロインXは右手に持った聖剣でそれを受けとめすぐに左手に堕ちた聖剣を召喚、腹を掻っ捌こうと横薙ぎに振るった。

 己の腹を掻っ捌こうと迫る剣を前にして彼女は冷静であった。地面を蹴り上げ身体を宙へと浮かせる。そしてそのままヒロインXの頭上を飛び越え、蹴りを彼女の脊髄に叩き込もうとする。が、ヒロインXは直感を持っている。コスモパワーに染まった所為か本来よりも性能が落ちているそれはしっかりと仕事をし、彼女に危機を伝えていた。

 蹴りが己に入る瞬間に彼女は身体を半回転させて先程空振った聖剣を蹴りを放っている足にぶつける。鎧の所為で完全に切り裂くとまではいかなかったが、蹴りを防ぐと同時に足を潰すことに成功した。

 

「ははっ、流石だ父上!」

「斬られて喜ぶとか本気で勘弁してほしいんですけど」

 

 決して軽い怪我とは言えない傷を負ったモードレッドだが、その猛攻は衰えることがなかった。獰猛な笑みを浮かべ、犬歯をむき出しにして狂ったようにヒロインXに斬りかかる。一方、攻撃を受けている彼女は、唯々冷静に己が葬り去らなければならないアルトリア顔のセイバーを具体的にどんな方法で行うかということに思考を回していた。

 

「そらそらそらぁ!」

 

 剣を振るい、時に投擲し、蹴りを混ぜ、意識外からの攻撃をも行う。それは騎士道の精神から外れた剣術であり円卓の騎士から煙たがられる要因の一つでもあった。本来の騎士王たるアルトリアも清廉潔白であり、この戦法にいい顔をすることはなかった。故にモードレッドはこれを目の前のヒロインXにも使う。それが目の前の騎士王(擬き)の意識をさらに自分に向けることができると思って。

 

 だが、残念なことに彼女が相手しているのはヒロインX。外道とも思える戦法も平気で行いセイバーを殺すためには手段を選ぶことのないサーヴァントなのだ。彼女は先程怪我を負った足を中心に攻撃を行い、時に宇宙からの支援として相手にスタンを発生させるスキルを使って攻撃を行ったり、あえて息子と呼んで動揺させたのちに斬りかかったりとこちらもこちらでやりたい放題であった。

 それ故にモードレッドがこの言葉を言ってしまうのも必然であったのかもしれない。

 

「……おい」

「なんですか」

「お前、父上じゃないな」

「―――――――――――」

 

 モードレッドの言葉に固まるヒロインX。

 その様子を図星と取ったのかモードレッドは言葉を続ける。

 

「オレの知ってるアーサー王はそんなことは絶対にしなかった。むしろ、オレみたいな戦法を嫌ってた……」

「――――――――――――」

「もしかして、父上の()()か?」

 

 決定的な一言を放つ。それはヒロインXにとって最も触れてはならないことであった。彼女の怒気を感知した仁慈は思わず百貌のハサンに施していた治療の手を止めるほどである。

 

「フ、フフフフフフフ。……この私が、パチモンですと?よりにもよって貴方にそれを言われるなんて―――――」

 

 ヒロインX、昨今急激に増え始めたセイバー顔のヒロインの所為で色々と被害を被っているドル箱(自分)の名誉を回復し、唯一のヒロインとして返り咲くためにセイバー殺しを誓った彼女。

 その彼女にアルトリア顔でセイバーで微妙に赤っぽい(重要)が偽物と言ったことにより、ついにヒロインXは今までたまっていたストレス諸共己の魔力と殺気を爆発させた。

 

 

 爆音が響き渡り、彼女の立っている地面には見事なクレーターが出来上がる。手にしている二本の聖剣は怒りに呼応するかのように眩しいほどに輝いていた。もはや彼女を止めることなんてマスターである仁慈にも不可能であろう。

 

「……な、なんだ、こりゃ……」

 

 状況が飲み込めていないのかヒロインXの逆鱗を逆撫でしたモードレッドが呆然と呟く。

 

「―――――コロス」

 

 しかし、この場に居るのは彼女に懇切丁寧に状況を教えてくれる人物ではなく自分のことを絶対に殺すという意思を持った殺戮者がエントリーしているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 



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執念タリテルー

 

 

 

 

 

「な、なんと凄まじい……」

 

 仁慈の治療を受けていた百貌のハサンは思わずという風に言葉を溢す。その言葉はこの場に居る全員の心境を代弁でもあった。

 目の前に広がるのはもはや騎士同士の戦いではない。自然災害と化したヒロインXが一方的にモードレッドを攻撃している―――蹂躙劇なのだから。

 

 なんだかんだで第一特異点から行動を共にしている仁慈達ですら見たことのない剣戟。左右交互に振り下ろし、モードレッドの鎧を抉りながらも加速するそれは、彼女自身が放出している魔力も含めてまるで台風のようだった。モードレッドも己の持つクラレントを振るいヒロインXの剣戟に対応していくが、手数が、技術が、力が明らかに違っていた。

 ……それもそのはず。モードレッドの授かったギフトは暴走。使い捨てを前提としたそのギフトは彼女の魔力を含めた全てを暴走させる代わりに爆発力に置いて、右に出る者はないほどの破壊力を発揮することができるのだ。しかし、デメリットは当然存在する。暴走しているが故に細かい調整は当然効かないし、それ以外の戦いにも暴走の影響が出てしまうのだ。

 そんな状態の彼女にとってヒロインXは相性の悪い……いや、最悪と言ってもいい相手だろう。生半可な攻撃では魔力放出を加味したヒロインXの筋力に押し返され、手数も二刀流であるが故にどうあがいても劣る。モードレッドの持ち味であるなんでも利用する戦法も何より目の前のXが同じようなことをしてくるため、不意打ち効果なんて狙えるわけもなく意味がない。

 

「――ハッ!まだまだぁ!」

「■ ■ ■ ■ ■ ■ ■―――――!!」

 

 鎧をボロボロにして、血反吐を吐きながらもモードレッドは屈することなくヒロインXの剣戟を剣で、身体で受け止めていく。その様子を見てヒロインXは今まで以上に剣戟の速度を上げ、モードレッドを血祭りにあげようと狂ったように聖剣を振るう。その様子に反応したのは外野である。

 

「ぬぅ……あれは少々まずいのではないか……?」

「冷静さを無くしている。あれでは隙を突かれるぞ」

 

 百貌のハサンと呪腕のハサンはヒロインXの姿を見て感想を溢す。戦場でも暗殺においても精神を乱したものが失敗もしくは死んでいく。彼らの言葉は正しく真理だった。だが、付き合いの長い仁慈とマシュは彼女の目を見て彼女の理性が死んでいないことに気が付いた。

 

「……もしかしてXさん」

「多分誘ってるんじゃないかな。さっきまで理性のある攻撃だったのに、今は露骨に大振りだし」

 

 そう。付き合いの長い仁慈とマシュはそもそもヒロインXが理性を飛ばすとは思っていなかった。いや、確かに彼女はある意味で常時狂化されているようなものではあるのだが、仁慈はこう確信していた。彼女が食を除いて異常なこだわりと執着を見せる彼女が、アルトリア顔セイバーを殺すときに限って《《理性を無くすはずがない》》のだ。何故か?勿体ないからである。殺すのであれば自分の意思で、引導を渡すはずだと彼らは確信していた。一体彼女のことを普段からどういう目で見ているのだろうか。

 

「―――!そこだ……!」

 

 仁慈が見抜いた隙をモードレッドが突く。

 冷静に考えてみれば、何処か誘っているものだと理解することができたであろう。しかし暴風のような攻撃に見舞われ、ギフトを授かった円卓として反撃にも出ることができないという焦りと見るからに理性を失っているであろうそのしぐさに彼女も反射的に攻め込んでしまう。

 

 大振りの剣戟の間を縫って懐に入ったモードレッドが、ヒロインXの華奢な胴体に己の愛剣クラレントを横薙ぎに振るう。確実に入ったと思われる一撃。彼女は犬歯を向きだにして笑みを浮かべた。―――と、同時にヒロインXも今まで行っていた狂化の演技をかなぐり捨ててとてもイイ笑顔を浮かべる。

 

「かかったなアホがッ!」

「!?」

 

 反射的に反応したモードレッドだが時すでに遅し。投げられた賽を止めることは叶わない。いつの間にか、普段から来ているジャージ姿ではなくどこか宇宙チックなバトルスーツに着替えたヒロインXは待ってましたと言わんばかりに掬い上げるようにしてクラレントを弾く。

 魔力放出によって多大なる筋力詐欺が行われた結果、反射的に振るわれているクラレントは虚しく宙に浮くことになる。ヒロインXはその隙を逃すことなく、間髪入れずにモードレッドの腹に蹴りを放って後方に吹き飛ばす。それと同時に彼女は二本の聖剣を後ろに向けると聖剣から魔力を爆発させて驚異的な推進力を生みだし、自ら吹き飛ばしたモードレッドを追った。

 

「――――サー・モードレッド。己の発言をあの世で悔いなさい!」

「えっ」

「―――星光の剣よ。目の前の反逆の騎士を消し去るべし!目の前の不届き物を座に還してやります無名勝利剣(えっくすカリバー)!イヤー!」

「っ!あぁぁっぁぁあああ!!」

 

 滅多切り。状況は唯この言葉に尽きるものだ。先程まで振るっていた剣戟とは比べ物にならない速度。モードレッドの身体を斬りつけるたびに振るわれる聖剣は加速していく。普段よりも遥か長い時間維持された宝具を受けたモードレッドは体中をボロボロにされ自らの血だまりに沈むことになってしまう。

 

「ぁ…ぅ……ぐ、そ……!」

 

 致死量の出血をしてもなお、彼女の身体が消えることはなかった。血だまりの中にその身体を沈めていても、エメラルドの瞳には未だ強い意志が宿り偏にヒロインXを睨みつけている。一方力強い瞳を向けられているヒロインXは唯々モードレッドを見下ろすだけである。

 

「…………」

「こ……の……ま、ま……死、ねるか…ってん、だ」

 

 ここまで来れば、さっさと座に還った方が確実に楽であろう状態に置いてもモードレッドは目の前の敵を倒すことを諦めてはいない。最後の力を振り絞り、彼女が授かったギフト―――暴走の力を利用し己に残っている魔力をその名の通り暴走させる。どうせこのままくたばるのであれば、彼らを巻き添えにしてやろうという魂胆だ。だが、

 

「何しようとしてるんですか」

「ゴッ……!?」

 

 心臓の位置から少ししたところに黒い聖剣を刺し、奇妙な魔力を断ち切るヒロインX。ギフトとのつながりを切ったわけではないのだが、ギフトに力を回そうとすることすらさせないようにするためだ。

 

「さて、貴女を殺す前に一つだけ聞きたいことがあります」

「………こふっ」

 

 傷口を抉るようなことこそしないモノの、胸を抉っている剣を支えとして身体を倒してモードレッドの顔を直接覗き込んだヒロインXはそのまま彼女に問いかける。

 

「―――円卓の騎士は、何人いますか?」

「―――誰が、教え……ぅか……ばーか……」

「そうですか」

 

 短く返事をした彼女にヒロインXはもう用はないと、いたぶることもなく胸に突き刺していた黒い聖剣を引き抜いてそのまま首を刈り取った。

 

 

 

――――――――――――

 

 

『うわぁ……』

 

 一通り、ヒロインXの戦いを見ていた俺達であったが誰もがその様子にドン引きしていた。容赦の欠片もない一方的な蹂躙劇。血だまりで倒れ伏すモードレッドを剣を刺しながら問い詰める姿なんてどっちが敵だかわからない様子だ。

 

『サーヴァントはマスターに似る……いや、マスターがサーヴァントに似るのかな?』

「犬猫ペットじゃないだから……というか、その理屈で行ったらマシュもこっち側に……」

『じゃあ何かの間違いだね!―――でもマシュはその場で契約したからノーカンなんじゃ……いや、よそう。これ以上ツッコムのは良くない。もしこの仮説が正しければカルデアのサーヴァントはキチガイだらけということに……!』

 

 英霊は皆キチガイだと思うんですけど(名推理)

 と、このような感想を言い合っていると、返り血を所々に浴びたヒロインXがとてもすっきりした顔で帰って来ていた。そしてこちらに向かってきて頭をずずっと突き出して来た。何のつもりだろうか。

 

「マスター。私はあの空気読めない赤セイバーの所為で深く傷つきました」

「無傷に見えるんだけど」

「体じゃなくて心ですよ。精神的ダメージです」

「清々しい笑顔がさっき見えたんだけど」

「―――――何か?」

「すみません」

 

 ヒロインXの笑顔()には勝てなかったよ……。仕方がないので彼女の頭をなでることにした。この対応であっていたらしく薄く笑みを浮かべた。隣でマシュが複雑そうな顔をしているが彼女もしてほしいのだろうか…………ないない。

 

「で?唐突にこんなことを強要する意味は?」

「いや、私が最も優れた剣であることを再確認してもらおうと思いまして」

「撫でる意味は果たしてあるのだろうか……」

「―――――…………」

「気を落としてはなりません。レディ……」

 

 あ、ベディヴィエールがとても複雑そうにマシュを励ました。

 

「ありますよ。私の殺る気ゲージが満タンになります。円卓の騎士の人数は聞き出すことができませんでしたけど、大体はセイバーで召喚されるような人材ばかりです。私、役立ちますよ?」

 

 そう言われては撫でざるを得ない。

 ぐりぐりとXの頭を撫でまわしつつ、俺は呪腕さんと百貌のハサンの方へと視線を移した。何やら呪腕さんが俺達の手伝いをしてくれるのかどうかということを交渉してくれているらしい。

 

「(……その話は本当なんだろうな?)」

「(脳内に直接晩鐘を鳴らすお方を他に知ってはいまい?ましてやここはあの霊廟がある場所……これだけ揃えば疑う気にもならぬ)」

「(その通りだが……これは、このまま協力したほうがいいのか?食料の借りもあるが………いや、やはり信用できん)」

「(そうか)」

 

 ……話が終わったようで呪腕さんから離れた百貌のハサンは静かにこちらへと近づいて、口を開いた。

 

「……我々はこのままお前たちを信頼することなどできない。この村には備蓄すらも残されていない状態だからな。だが……それなりの証拠を用意すれば、信用してやらんこともない」

「その条件は?」

 

 真面目な話し合いが始まろうとしているためXの頭に当てている手をどかしながら百貌のハサンに向きなおる。

 仲間になるのに手順が必要なのか……などと文句は垂れない。呪腕さんと同じく長たるもの体裁などは必ず必要になるのだろう。そのくらいの手間くらいなら負っても大丈夫だとは思うし。

 

「……聖都の騎士共が占領しているある砦。そこに我々と同じ山の翁の一人が囚われている。その翁を救出する……それだけだ」

 

 付け加えるならば、俺たちの仲間内一人を此処に人質としてXをこの村に置いて行ってくれと言われた。……まあ、理由は理解できる。人質というのは建前でこの村の防衛に一人サーヴァントを当てたいのだろう。特に、円卓の騎士であるモードレッドを一人で血祭(誇張なし)を行った彼女がいれば問題ないと思っているに違いない。

 実際はXとの相性が極端によすぎた結果あのようなことになったのだが、そのことを知らない百貌のハサンには是非とも残ってもらいたいだろう。

 

「意外と数がいたなー。おっ、どうしたそっちはもう終わったのか?」

 

 ここで後方で粛清騎士を牽制もしくは制圧していたアーラシュさんがやって来た。相変わらず見ていて安心する笑みを携えている彼は特に疲れた様子を見せてはいない。まだまだ余裕がありそうだった。流石です。

 状況が飲み込めずに首を傾げているアーラシュさんに俺達は今までの経緯を話す。すると彼は笑って自分も残ると言い出した。……どうやら彼はXの力をよくわかっているらしい。というより、彼は彼でちょくちょく自慢の視力でモードレッドとXの戦いをチラ見していたようだ。もうアーラシュさんだけでいいんじゃないかな(適当)

 

 とりあえず結論として、俺達はその話を了承した。山の翁救出作戦の結構は明日。向かうメンバーは呪腕さんと百貌、俺、マシュ、ベディヴィエールとなった。……ま、救出作戦なら何とかなるでしょう。本職のアサシンがいるしね(慢心)

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 朝。

 カカッと時は過ぎて次の日。早速俺達は西の村を出ていた。途中砂嵐に見舞われたが、ハサンたちが言うにはこの方が聖都の騎士に見つかりにくいという。砂嵐に慣れているんだろうか。俺達もぶっちゃけ聖都の騎士と変わらない視界になると思うんだが…もしもの時は頼ろうと思う。

 

 しばらく順調に進んでいたのだけれども、そのまま平和に砦へと向かうことができたかと言えばそんなことはない。もう、なんなら何か起こるところまでテンプレである。お馴染みとなったロマンの緊急事態通信が耳に届いた。なんでもこの近くにAランクのド級サーヴァントがいるらしい。

 円卓の騎士かもしれないと身構えた全員ではあるが、円卓の反応ではないという。もう何なのかよくわからないが、考えるよりも先に女性の悲鳴が砂と風に紛れて運ばれてきた。

 

「―――っ!さっきこちらで観測したサーヴァント反応があったところだ!キラキラして、ふわふわしていて、がっしりしている……そんなカラー豊かな反応の所だ!」

「えっ、初耳なんですけど?」

 

 というかそれって色物……これ以上増えるんですか。

 

「きゃ――――!助けて――――!誰か何とかしてぇ―――!」

「先輩。これはかなり切羽詰まっている感じではないのでしょうか?」

「考えるまでもないと思いますよ!行きましょう!」

「………ま、しょうがないか」

 

 なんというか無視できなくなったし向かってみるだけ向かってみてもいいかもしれない。先行してしまった騎士(?)二人の後を追いかける前に呪腕さんと百貌に視線を向ける。百貌は呆れたように額へと手を当て、呪碗さんは苦笑をしているようだった(仮面で見えないため予想である)

 

 

 そして、俺達が見たものとは……!

 

 

 巨大な石像に襲われるとんでもなく露出度の高い服……服?に身を包んだ女性の姿だった。

 

 

「やめて―――!あっ、そうだ。私、実は食べるとおいしいって専らの噂なの!だから乱暴しーなーいーでー!」

 

 服装についてはもうツッコムことはしないけれどもある意味でツッコミどころ満載の絵面ではある。普通に考えれば女性が化け物に襲われているという一見不自然そうでどこも不自然ではない光景なのだが―――あの女性。どう考えてもサーヴァントなのである。恐らくロマンが言っていた色物サーヴァントだろう。そのサーヴァントである彼女がああやって逃げ回っているのは少しおかしいのではないかと思う。戦いが苦手なサーヴァント、もしくはロンドンで会ったアンデルセンのようにそういう逸話がないサーヴァントであれば納得もできるが、ロマンからAランクと言われていた以上並み以上であることは確実。であればあの程度の奴に後れを取ることは考えにくい……。

 

「あ、食べられるー!?いや―――!もう誰でもいいから助けて―――!後、お腹減った!トータのバーカ!」

 

 実は余裕なんじゃなかろうか。

 

「くっ、目の前で女子どもが襲われているのであれば、無視することはできぬか……。今の私が薄情なザイードでないことが恨めしいわ!」

「とまあ、色々言ってますけれども。どうぞお気になさらずに。先にあの方の救出を行いましょうか」

「ありがとう」

 

 百貌もなんだかんだ言って見捨てられないようだ。やはりハサンはいい人たちじゃないか(歓喜)これからは彼女もさん付けで呼ぼう。

 ―――しっかし、あの格好何処かで見た気がするんだけど気のせいか?なんというのだろうか記憶にもないのだけれども後々追加されるようなそんな気がする。

 

 

 マシュに襲われていた女性を守ってもらうように指示を出し、ベディヴィエールと共に彼女たちの安全の為、化け物(動く石像)の注意を引きつけつつそのようなことを考えた。

 

 

 

 




……イベントは後々追加するからね。仕方ないね(ボソリ


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すにーきんぐ、みっしょん

相変わらずカタツムリ並みの展開スピードですけど、なにとぞよろしくお願いします。


 

 

 私は嘗て見た王の笑顔を忘れないだろう。どれだけ長い年月世界を旅していても、他の記憶が悠久の時の中で石化し、塵と化したとしても。それだけは未だ脳裏に焼き付いている。―――――私が知っている王は、己の事ではなく他人の幸せを見て微笑むことができる……そのような王だった。

 それが今では――――

 

「―――帰ったら魔力供給を要求します。具体的に言えば食料的な物で!」

「一番効率の悪い魔力供給方法じゃないか。そんな誤魔化しを使うなら普通に初めから飯を食わせろと言ってくれた方が潔くて好感持てるんだけどなー」

「ご飯ください」

「はやい!もう白状したのか!」

 

 ―――立派な人間になられた(白目)

 トリスタンが言ったようなことはもうない。王は人の心がわからないという時代は終わっていたのだ。今の王は、その『王』という責務からも解放され、一人の少女として己の欲にあそこまで素直になった。決してそれは悪いことではない。むしろ喜ばしいことと言ってもいい。

 

「………ついでにスイーツも要求してもいいですか?」

「エミヤ師匠、帰ったら修羅場確定だね」

『よかろう。戦場(台所)の準備を整えておくとしよう』

 

 エミヤ、と呼ばれた仁慈殿の知り合いと思わしき男性の声が耳に届く。彼はロマニ殿と同じように遠い時代に居るらしい。しかし、今のやり取りだけで彼らが幾重にも戦いを繰り広げた歴戦の戦士(調理師)であることが容易に予想できた。

 えぇ。なんて言ったって私は二人の王から直々に食とは何なのかと言うことを叩き込まれ、今までの常識を完膚なきまでにぶち壊されたのですから。あれだけ食に傾倒しているの王を満足させられる時点でそう言わざるを得ない。

 

 

 食のことはともかく、そんな彼らを見て私は改めて決意する。この時代で、新しく理想郷キャメロットを築こうとしている王をこの手で今度こそ殺すのだ、と。例え我らが王があのように笑う可能性があったとしても、それはもう失われたもの。我々円卓の騎士が王の御心を知りもせず、知ろうともせず自由に振舞った結果……我々の自業自得。故に、殺す。

 それが、嘗て王の命に背きこの事態を引き起こした元凶たる私の唯一の贖罪なのだから………。食材ではありませんよ?

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「うぅ~……ひっく……えぐっ……、こわかった……こわかったよぅ………。何で人が泣いている時にこう、ぐわーってくるのよぉ……何も悪いことしてないのに―――いや、ちょっとだけ水飲み場を独り占めしちゃったけど………それでも動物たちの分は残してたのにぃー……」

「何やら女性が一人で泣いています。どうしましょうか?」

「こういう時はまず手を差し伸べるのですよ。仁慈殿」

「キャーベディヴィエールサーン」

 

 流石円卓の常識人。頼りになるぜ。しかし、見ず知らずの女性を前に手を差し伸べることができるとは……流石イケメンは格が違った。只、女性関係のあれこれは円卓にとって核爆弾レベルのアレなのでそれでいいのかとも思ってしまうが。

 

「大丈夫でしたか?」

 

 安心させるような柔らかい笑みと共に左手を女性に対して差し伸べるベディヴィエール。まるで少女漫画のようだ。芋けんぴ探さなきゃ(使命感)

 それはさておき、ベディヴィエールに声をかけられた尼さんのような女性は彼の言葉に耳を貸すことなく泣き終えたかと思うと今度は一人で勝手に話し始めた。悟浄がどうとか悟能がこうとか悟空に帰れだとか、こちらの言葉が耳に届いていないようだった。……話を聞いているとこの人が誰だか大体予想できるんだけれども。

 

 とりあえず、話を聞いてもらうためにベディヴィエールに代わって彼女の肩を叩こうとした時――――こちらに接近してくる巨大生物の気配を察知する出来た。しかも何処かで一度感じたことのあるような気配である。嫌な予感がする。

 

「GUUUUUUUUUAAAAAAAAA―――――!!!」

「な、なぁ!?なんだあの巨大生物は!あんなのこの砂漠には存在していないはずだぞ!?」

「そんな、あれは……!」

 

 百貌さんの驚愕の声を上げると同時に、自分の世界に入り込んでいた女性が顔をあげ、説明を始めた。彼女は俺達の存在を認知しているのかしていないのかどちらなのかよくわからない。

 

「知っているのか!?尼さん!」

「……あれは食べ物がないから白龍様に助けてもらおうかなーと考えて召喚、そのまま失敗して“悪いけど返せないから諦めて”と言ったら逆上して襲い掛かって来た――多分フランスあたりで人々を苦しめていた魔竜なの!?」

「一から十までお前が悪いじゃねーか!すまないさーん!ジークフリートさーん!助けてー!!」

「先輩、私確信しました。この方、絶対に面白いサーヴァントです!」

「言っている場合ではありませんよレディ!盾を構えてください。ぶっちゃけあれは冗談で済まされるレベルではありません!」

「くそっ、こんなことなら無理矢理でもザイードを引っ張りだしておくべきだったか……!」

「ハッハッハ、仁慈殿はいつも賑やかですなぁ」

 

 どうして第六特異点にまで来てドラゴンスレイヤーの真似事をしなくちゃいけないんだ!そんなの竜殺し(大英雄)か竜殺し(農民)にでも任せておけばいいのに……!こちらに向かって咆哮を放ち、やる気と自分の威厳を見せつける多分フランスあたりで人々を苦しめていた魔竜。ファブニール本体というわけではないだろう。あれほどの威圧感は感じない。しかしそれに準じる力は持っているはずだ。恐らくワイバーンとは違い純粋な竜種であるが、ファブニールには劣るというレベルだろう。

 

『久しぶりの竜退治だ!……ぶっちゃけ、ファブニールすら普通に相手していた君たちに言うのは聊か無粋かもしれないけど油断はしないようにね!』

「了解です、ドクター。それでは―――」

「――行くぞ!」

 

 いざ行かん、久しぶりの竜退治。

 どこの誰だか大体予想が付いている女性も流石に戦いに参加するようで俺達に続いていた。これで一人見物決め込もうとしていたら置いて行ったかもしれない。

 

 竜の行動パターンは大体理解できている。注意すべきは口から吐き出されるブレス、もしくは火球だ。時々尻尾を振り払う攻撃も行ってくるが、基本的に口からの攻撃にのみ注意を裂く方がいい。肢体を使った攻撃はぶっちゃけ動きが鈍く回避は容易いからだ。……早速多分フランスあたりで人々を苦しめていた魔竜は前脚を大きく振り上げそのまま死んだ地面に叩きつける。

 多分フランスあたりで人々を苦しめていた魔竜の重量が加算されているそれは地面を揺らすには十分な力を持っていた。このままでは足を取られてしまうだろう。しかして、既に交戦経験のある俺とマシュがそれに引っかかると思う浅はかさは愚かしい。

 

「全員跳べ!」

 

 この一言で全員が一斉にその場から跳び上がる。

 

「うぇ?」

 

 ―――違った。唯一人を除いて、それ以外の人たちが跳び上がったのだった。何やら置いてきぼりを受けた元凶たる女性の手をもって抱えそのまま跳び上がる。胸の中で女性が少し暴れているがそれを無視して多分フランスあたりd(以下略)魔竜の様子を見る。向こうは思惑が外れたことに気づき、真っ先にこちらに顔を上げた。そう、大きな口を開けブレスを準備しているというおまけ付きで。

 

「もう放しても大丈夫?」

「えっ」

「いや、サーヴァントだし大丈夫かな」

「えっ!?」

 

 一応抱えている彼女に声をかけてみると、明らかにダメそうな反応が返って来た。戦う覚悟ができていないからこうなのか、それとも素なのか。いや、出典が俺の予想通りだったら戦うの苦手そうだけどさ。

 仕方がないので代わりにマシュに念話でやるべきことを伝える。彼女はそれに頷いた。故に俺は彼女の近くに武器を飛ばして固定し足場とする。マシュはその足場を蹴り一気に加速すると上から多分フランs(ry魔竜の上顎に持っている盾を叩きつけ――――ようとしたのだが、実はそれよりも早く動いていた人物がいた。

 

「こらー!それはおいたが過ぎるわよ!」

 

 その人物は意外や意外。先程まで一般人上等とばかりに混乱の極みにあった抱きかかえていた女性がいつの間にやら俺の腕の中から脱出し、その細腕で多分h(ry魔竜の頭を殴り飛ばしていたのだから。つーか戦えるなら最初から戦ってくれ……と思った俺は悪い子でしょうか。教えて偉い人。

 

 ――――首を出せ。

 

 聞かなかったことにした。

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 多分フランスあたりで人々を苦しめていた魔竜はサーヴァント達の集中攻撃によってあえなくその巨体を地につけた。こっちには経験もあるし、数の利も得ている。なんなら知能だってあるのだから、この結果は当然と言えるだろう。やたら物理で殴るあの女性の助力もあったことだしね。元凶でもあるけど。

 

「さて、一段落付いたところで一体どこの誰だか聞いてもいい?」

「んー?あたしのこと?いいわよ、教えてあげる。わたしは玄奘三蔵!御仏の導きによりこの地に召喚されたサーヴァント。クラスはもちろんキャスターよ!」

「キャス……ター……?」

 

 立派な胸部の装甲を反り返らせながらそのようなことを宣う女性改め玄奘三蔵さらに改め三蔵法師。そこで思い出すのは先程フランス(ry魔竜を倒した際の戦い方。戦法は専ら物理特攻。何処からか取り出した鍬を振り回し、自分の御供の物と思わしき棒で袋叩きに参戦していた姿。どう考えても物理系統です本当にありがとうございました。キャスター要素ゼロじゃないですかヤダー………などと、思っていても口に出すなんて愚行はしない。どうせ口に出したところでマスターだってマスターしてないじゃないですか的なことを言われるだけだからだ。

 

「……とりあえず、納得はした。けどやっぱり腑に落ちない部分もある。具体的に言えばそれだけの実力があったにも関わらずどうしてあそこで助けを求めていたのか、ということになるんだけど……」

 

 宗教的な意味で手を上げてはいけないという制約を受けているのであれば、それはそれで納得ができる。けど、普通に魔竜は殴ってたし、鍬を突き立てていたし、何より棒でぶっ叩いてたし……相手に手を上げることができないというのは少なくともないと思う。

 

「あたし、一人になるとだめなのよぉ……寂しくて」

 

 なんということでしょう……ここまである意味でとんがったサーヴァントが嘗ていただろうか?……いや、居たな。これはカルデアに居るハロウィンエリザベートに近しい空気を感じる。いわゆるダメオーラだ。

 

「………………」

「………………」

 

 これには流石のハサンさんたちも唖然―――むしろ呆れ顔。レアですね。

 とりあえず泣き出しそうになった彼女をあの手この手で慰めつつ何とか彼女の経緯を知ることができた。

 

 曰く、半年ほど前に召喚された彼女は弟子と仏の声を失いながらも己の勘を信じて歩み続けた結果、ここに辿り着いたのだという。ここに着いてからはどのようなことになっているのかを己の目で確かめるために聖都にお邪魔してみたり、あの地獄のような砂漠を越えたりしたんだと。

 それをなんとなくで成すのは流石に高僧と言ったところか。本家の物語で似たようなことをやっている―――むしろこの場合は今昔と同じことをしているのかも知れない―――人は経験が違った。

 

 ついでに聖都に住んだということで中の様子を聴くことができた。聖都キャメロットの中はまさに理想郷のようなところだったと、彼女は言う。悪人はおらず、皆が笑顔を浮かべ、伸び伸びと過ごしているらしい。それを語った当の本人は自分の居場所じゃないからと理由で出て来たらしいが。

 

「……理想郷、ねぇ……」

 

 彼女の言葉を聞いて俺は考える。俺達が見た光景はそのような街を作り出すには程遠いものだったのだから。放たれる光、その光に反応したもののみを選別し、他のものは例外なく皆殺しにする。感情も持たず機械的に処理をしていく様。例え血縁であろうとも、容赦なく引きはがし、永遠の離別を強いる。それがその理想郷とやらに入るために必要なことだ。

 ―――俺達が直接見たあの光景。それは今まで行われたことの中のほんの一部にすぎにないのだろう。少なくとも数回は確実にあれと同じような光景が繰り広げられていたはずだ。にも拘わらず、聖都の中は理想郷だったとは、少しばかりおかしいのではないかと思った。

 

 まぁ、俺の勝手な予想もしくは妄想は置いといて、彼女。実は俺達と向かう場所が一緒だった。なんでもこの特異点で遭遇して弟子にした人が、聖都の騎士たちに捕まり彼らが管理する砦に閉じ込められた!されたらしい。そこは百貌さんと呪腕さんと同じ山の翁が囚われている場所でもあったのだ。

 というわけで俺達はなんと三蔵法師を仲間に加えることになったのである。少し―――というにはいささかおっちょこちょいかもしれない彼女、戦力として一応期待させてもらうことにする。てれれてってってー、玄奘三蔵が仲間になった。

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 玄奘三蔵………三蔵法師を仲間にしてからは特にトラブルもなく順調に進むことができた。何もなかったのかと言われれば首を傾げる程度ではあるけれども、まぁ先程の魔竜に比べればなかったも同然である。

 

 そんなこんなで時刻は夜。夕方を通り越して太陽は沈み、例の如く現代では見えない星々を眺めることができるようになる時刻に、俺達は聖都の騎士たちの砦へとたどり着いた。

 パッと見た感じ見張りが15人以下、下にも数人誰かいるけれどもそこまで強い気配は感じない。サーヴァント反応は二体。そして彼らが全く動いていないことから拘束されている可能性が高く、消去法として俺達が救出しに来た二人であると予想できた。……見張りが粛清騎士ですらないということに少しばかり疑問を抱くが、それでもチャンスであることには変わりないだろう。

 

「という感じかな」

『頼もしいくらいの精度に僕は泣きそうだよ。本当にナビゲーションする必要があるのか疑問に思うくらいにはね』

『いい加減割り切りなさいよロマニ、なんならこっちに来て観測でもしますか?』

『それでもいいかもしれませんねぇ……』

「所長、ドクター!ナビゲーションはそのまま続けてください!」

 

 大丈夫。俺では英霊の出典とか全然わからないから。ほら、メイヴの時を思い出して!逸話を聴いたおかげで対策で来たから。チーズの祭典からのフルボッコが可能になったから必要だから!

 

 必死の説得によりロマンのやる気ゲージを再び戻し、改めて砦攻略の話し合いを始める。唐突に始まったカルデア漫才にももはや反応を返さないWハサンさんとベディヴィエールのスル-スキルに戦慄しつつ、作戦を提示した。

 

「スニーキングミッション、という感じで行こうと思うんだけど反論はあります?」

「いや、ありませんな。そも、我々の役割はそういった分野ですので」

「正面から騒ぎを起こせば増援を呼ばれることもあるでしょう。なるべく……」

「と言ってもそのスニーキングが少し難しいかもしれないんだよね」

 

 改めて兵士たちの様子を強化した魔力で確認する。喋っている兵士もいるけれども、全身の筋肉は硬直し、動きも何処かぎこちない。過度な緊張状態に見舞われていると見て間違いないだろう。

 モードレッドの撃破を悟られているとすればその態勢も頷けるが、一日やそこらで彼女の脱落がばれるのだろうか?ぶっちゃけ、モードレッドは円卓の中で最も嫌われている人物だろう。ベディヴィエールの様子を見てそれは容易に予想が付く。残されている逸話から見てまず間違いない。

 そんな彼女が聖都に近づくことを他の騎士、そしてモードレッドの反逆により様々なものを失った獅子王が許可するだろうか?呪腕さんが遊撃騎士と言っていたこと、そして百貌さんが本人から直接聞いた出来事を総合すると、それが原因というわけではない。……さて、どういう理由だろうか。

 

『普通に聖都の前でガウェイン卿とトリスタン卿を纏めてカリバーした所為だと思うけど……』

 

 ………そういう考え方も、ある。

 

 

 周りからの白い目線に耐えつつ、ひとまずは様子を見ようという結論に至った。緊張状態は長く続かない。必ず何処かで隙ができるはずだ。それを待とうということだった。

 しかして、その考えはすぐに改めることになる。何故なら、円卓の騎士が一人アグラヴェインという人物がこの砦に来ると兵士たちが会話をしていたからだ。なんでも円卓の中でも随一の尋問能力を持っており、ここを守っている兵士たちも身体をぶるぶると震わせて恐れていた。

 俺達よりもその辺に詳しいであろうハサンさんたちを見ても、其れだけの人物であることが伺えた。

 

「アグラヴェイン卿は常に王のそばで適切なサポートを行っていました。……我々にはそこまで好意的に接しては来ませんでしたけれど。後、あの兵士たちの言っていたことも事実です。円卓の騎士は……なんというか、脳筋の集まりとも言えまして……我々では手の届かない政治やらなにやらは、ほぼすべてアグラヴェイン卿が取り仕切っていましたから」

 

 尋問能力も相応に高いです、とベディヴィエールも肯定した。

 であればここで手を拱いて居ているわけにはいかない。ぶっちゃけ脳筋じゃないやつというワードだけで絶対に面倒な相手であるからだ。

 ……千里先に落ちた針の音ですら聞き取れるらしい呪腕さんの耳には馬の足音がこちらに近づいているのが聞こえているらしい。つまり、そこまで猶予がないということだ。そこで呪腕さんは言う。

 俺達を救出組と足止め組で分けようというのだ。その意見に対する反対意見はなく、スムーズに誰が足止めを行うのかという話になる。

 

 すると、ここで百貌さんが己の仮面を取ると同時に口を開いた。

 

「その役目は私に任せてもらおう。陽動、奇襲は私の仕事だ」

「……そういえば、百貌さんは増えることができたね」

「然り。アグラヴェインであれば、恐らく他の円卓は同行してはいまい。サーヴァントであれば別だが、普通の兵士など恐るるに足らず」

 

 かなり頼もしい一言を頂いたので、陽動は彼女に任せることにする。他の人たちは全員潜入だ。普通、潜入には少人数で行うことがセオリーなんだけど……まぁ、呪腕さんがいるし大丈夫。

 

 

 

 何はともあれ、ミッションスタートである。ダンボールはないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




……定期メンテナンス廃止かぁ。……石(ボソッ


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予想外デス

この結果を予想できた人は……特に何もありません。


 

 

 

 

 ひとまず暗闇に紛れて砦の中に侵入することはできた。全員が音を立てず、尚且つ兵士たちに気づかれることもなかった。流石に四次元鞄と言えども元々入っていないものは取り出すことはできない。結果的にダンボールは今回お流れとなった。

 砦内に侵入と同時に呪腕のハサンの尽力あって、すぐさま地下牢への入り口を見つけることができた。彼曰く、人間の心理を突けばこの程度は造作もないらしい。こういった場合、仁慈はエコーロケーション擬きしかないため、若干羨ましそうにハサンを見ていた。

 

 しかし、すぐさま仁慈は顔を真剣なものへと変貌させた。同時に呪腕のハサンも同じように弾かれたように顔を上げる。これまで幾度となく見て来た仁慈の対応にマシュが気付き戦闘態勢に入る。

 

 ――仁慈と呪腕のハサンが感じた気配。それは彼らにとって感じ慣れた気配と言ってもいいものだ。呪腕のハサンは言わずもがな、仁慈に関してもこの手の気配は小川ハイムと監獄塔でそれこそ嫌になる程知り得たもの……それ即ち、この世ならざる者達のもの。生きている者たちを羨み、妬み、憎み……自分たちと同じ領域に引きずり堕とそうとする者達。すなわち怨霊である。

 

「ふぅむ……此処の地下牢、昔あったものをそのまま使っているようですな。どうにもよくない者たちが住み着いてしまっているようだ」

「数は十と少しってところか……」

『その通りだよ……。というわけで、ゴーストのエネミー反応が接近してきている。できるだけ、他の兵士たちに気づかれないようにしてくれ』

「え、何?怨霊?なら私に任せて!観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空、度一切―――さぁ、みんなまとめてぶつけなさい!どんな未練を残そうとも、まとめて成仏させてあげる!」

 

 怨霊ということで名乗りを上げる。そう、いくら抜けていようともそれでも彼女は高僧である。こういったことはお手のもの……いや本業なのだ。しかし、そのまま戦闘に入ってしまっては兵士たちに気づかれてしまう可能性がある。そこで仁慈は三蔵と呪腕のハサンに耳打ちをした。

 

 仁慈が耳打ちしたこと。それは、呪腕のハサンが三蔵を抱え怨霊たちに音もなく気配もなく接近し、耳元で三蔵が経を唱えていくというものである。呪腕のハサンの気配遮断と足を以てすれば暗殺にも似た成仏をも可能としたのだ。……まぁ、周囲から見ればこれ以上シュールな光景もなかったと思われるが。

 

「骸骨の人!次はあっちお願い!」

「承知」

 

 山の翁として生きているためか粛々と仕事をこなしていく呪腕のハサン。彼は文句を言っていいと誰もが考えた。

 

 

 怨霊を全員まとめて成仏させた仁慈達は再び明かりが不十分な道を進み始めた。しかし、兵士の気配は愚か捕らえられているはずの人たちの気配すら感じ取れずにいた。そこで痺れを切らしたのが三蔵である。彼女は今にも泣きだしそうな顔で「トータ」と恐らく彼女がはぐれた仲間であろう人物の名前を呼んでいた。

 

 返事がない――――それがさらに三蔵の不安を煽りたてる。……もしかしたら、という畏怖を感じた彼女だったが、彼女の考えを否定するかのようにいつの間にか再び現れていたフォウが吠えながらどこかに走り去っていった。どうしたことかとマシュが先にフォウを追いかけ、さらにマシュに他の人たちが続いた。

 

 フォウが見つけたのは隠し通路だった。ご丁寧に結界を張り、気づかれにくくなるような加工が施されている。その結界はどうやら他人の盲点を突くようなものであったため、物理的な障害ではなかったようだった。

 マシュが、三蔵を呼び彼女が返事をする。その二人の会話に聞いたことのない声が割り込んできた。三蔵はその声に対して「トータ」と心底安心した声を上げる。どうやら、彼女の目的となっている人物を発見することができたようだ。ただ……。

 

「ぎゃー!みんな、敵よ!迎撃、げいげーき!」

 

 トータという人物を見張っていたらしい動く石像のようなエネミーに当然の如く気付かれ、応戦することになったのだった。

 

 

――――――

 

 

 

「ほほぅ、どうやらそろそろ働き時と見た。では動くとするかっと……」

 

 トータと呼ばれた人物は、外見からして日本のサーヴァントだと予想ができた。…だって着物っぽいの来てるし、米俵担いでるし、弓持ってるし……一つ一つならともかく特徴が三つ……来るぞ遊馬!されてしまってはそう考えてしまうのは何処もおかしくないな。

 

「えぇ!?今普通に出てきましたが……」

「いつでも出られたからな、寝て過ごしてた。時たま此処の兵士に飯を分けたりしながらな。だが、それも飽いた。三蔵をも仲間にするお人よしが此処に来た――――そろそろ動くときなのだろうよ」

「こらトータ!意味深なことを言うよりも先にまずいうべきことがあるでしょう!猿ですか貴方は!」

「おっと。確かに拙者は名乗ってなかったか。済まぬ、どうやら己で思っていたよりも舞い上がっていたようだ。――――――サーヴァント、アーチャー。真名は俵藤太と申す。そこに居る三蔵の世話をしていた者だ」

「お世話じゃなくて護衛でしょ!全く、弟子はお師匠を守る者なんだからね……だから、もう勝手にどこかに行っちゃだめよ」

 

 しおらしい三蔵ちゃんである。これには藤太というアーチャーも予想外だったようで若干たじろいていた。その後に聞いた話だと、この砦を面白そうと言って突撃した三蔵について行った挙句置いて行かれてこうなってしまったらしい。……何も言うまい。

 

 もっと詳しく話を聞くと彼は紫色の鎧を身に纏った騎士と遭遇し、自分の身体のコンディションと実力差から早々に降伏。こちらで捕虜として捕まっている間に睡眠などのことを行って回復を図っていたらしい。凄まじい度胸である。

 

「それよりもトータ。この骸骨の人と同じような人、知らない?」

「……?―――っ!?しゃれこうべとは面妖な……」

『文字通り?』

「ロマン、お黙る」

『はい……』

「―――ふぅむ、同じ仮面をつけているかどうか、ということは分からぬがこの奥に後一人、囚人がいるはずだ」

 

 藤太の言葉で全員が奥の方へと視線を向ける。この近くに罠なんて合っても驚かな――――そうだ。

 

「ごめん、ちょっと先に行ってて」

「……仁慈殿?」

 

 そこで俺は思い出す。

 この地下牢はまるで迷宮のようになっており、入るものを捕らえるようなつくりをしている。しかし、この隠し通路の中は比較的道が狭く作られており、奥に続く道も基本的には一本道だ。

 

「ロマン、地上の反応は?」

『……もうアグラヴェインたちは到着するだろうね。目と鼻の先だ。正直、脱出する前にこちらに来る可能性は決して低くない』

「了解。ありがとう」

 

 その言葉を聞いて、俺は実行することにした。

 一本道で、尚且つ俺達が脱出するまでに間に合わないというのであれば、ここに罠を仕掛ければいいのである。

 百貌さんを信じていないわけではないが……ほら、あの人どこか抜けているというか……うっかり属性というか……捨て駒にされた挙句再び捨て駒にされて愉悦されそうなオーラが出てるからさ。

 

「というわけで、先に行っといて」

「いやぁ、しかし……」

「では拙者が此処に残ろう。済まぬが、こやつを頼んだ」

 

 言って名乗りを上げたのは俵藤太。彼は背負っていた三蔵を呪腕さんに渡すと俺のすぐ近くまでやって来てどっしりと腰を下ろした。一応サーヴァントが近くに居ることと、それ以外にもそこまで距離が離れていないことから彼らは納得して先に行く。その間に俺は自分が持っている道具を鞄から取り出すと同時に、ルーンや魔術の発動に必要な紋章を書き記していく。

 えーっと、確かこれが悪夢を見せられる魔術。こっちはトラウマが再発するルーン……んでもってこれは……。

 

「ほう、これはこれは。摩訶不思議なものから原始的な物まで、千差万別よな」

「同じものばっかりだとすぐに対応されそうだし」

「道理だな。どれここは拙者も手伝うとするか。ほら、物を渡せ」

「ありがとう。これはこう取り付けてね」

 

 どうやら手伝ってくれるらしく、一度下ろした腰を彼は上げた。お礼をいってから俺は鞄の中に存在している武器と道具を取り出して彼に託す。……上の方が少しだけ騒がしくなってきたところを見るとどうやらアグラヴェインたちが到着し、百貌さんと戦いを始めたのだろう。

 

「……こんなものか?」

「そう。これで最後っと……。よし、行こうか」

 

 今仕掛けられることは全て仕掛けることができた。

 目的を終えた俺達は改めてこの通路の奥にある牢獄へと向かう。

 

 

 そして、俺達が見たものは。

 

 

 床にべったりと固まった血の跡。

 壁に並べられている明らかにR-18(Gの方)規制がかかりそうな器具の数々。

 そして、

 

「―――♪」

「えーっと、どうすればいいのでしょうか?」

『キマシタワー?』

 

 困惑するマシュ。その背後にくっついている褐色の肌を持った少女の姿だった。

 ……まるで意味が分からんぞ!?

 

 

 

――――――――――

 

 

 

『と、今までの状況はこんな感じかな』

「はぁ……」

 

 ロマンから説明されたのはマシュにくっついている少女の事。彼女はここに囚われていた山の翁の一人であり、先程発見した時はかなり衰弱しきっていたようだった。そんな彼女に優しくマシュが話しかけた結果ああなった……というわけではないらしい。

 何やらサーヴァント特攻がついている(呪腕さんの予想)らしい黒い鎖をベディヴィエールの銀の腕で切り裂いて解放した際に、少女―――静謐のハサンは体勢を崩してしまったらしい。それをマシュが受け止める―――どうやらこの行動が原因らしい。

 

 なんでも彼女の身体は蟲毒のようなものらしく、あらゆる毒物を含んでいるらしい。故に彼女に触れれば死ぬし、吐息を吸い込めば死ぬし、近づけば死ぬ。このことを本人は酷く気にしていたというのだ。が、ここで自分に触れても何ともない存在――つまりマシュが現れた。彼女の中に居るサーヴァントはあらゆる不浄を清める性質を持っていると予想されており、その効果は俺にまで及ぶほどに強力だ。当然それを使っている本人が毒にやられるわけもない。静謐も静謐で自分に触れて死ななかった人は初めてらしくその……えらく懐いてしまったのだという。

 

「ど、どうしたらよいのでしょうか……?」

「うーむ、それは俺よりも呪腕さんに聞いた方がいいと思うよ」

「これ静謐の。今は控えよ」

『そ、そうだね。百貌のハサンがどのくらいの時間持つのかわからない。合流も無事にできたことだし早く外へ……』

 

 

 

<な、なんだこの槍は!?

<ちっ、用意周到な。

<あ、頭の中から……トラウマが逆流する……!ギャァァァッァァァ!!??

 

 

「………思ったよりも早かったな。もう少し余裕があると思ったけど」

『そんなことよりも、君は一体何を仕掛けたのかな!?』

 

 今あるもので最大級に凶悪なものを数個ほど。

 

「よっと……」

 

 悲鳴が聞こえてきたということは少なくとも隠し通路まで進行して生きているということ。そして、ここまでは一本道で遮るものも少ない。つまりここから飛ばすものを遮るものは何も無いということだ。それは向こうにも言えることだが、叫び声を聞くにそんな余裕はないろう。

 

「―――投擲!」

「成程、そうするか。では拙者も―――疾っ!」

「シャッ!」

 

 状況と俺の行動でやりたいことが分かったのかここぞとばかりに遠距離攻撃をぶちまける。

 ベディヴィエールからの視線が痛い。しかし、これが俺達のやり方だ。正々堂々?フハハ!そんなものは知らん。勝てばよかろうななのだァ――――!!

 

「これは酷い……」

「慣れてくださいベディヴィエールさん。これが常なので」

「………」

 

 ひたすら撃つ、撃つ、撃つ。

 弓矢のストックがなくなるまで撃ちまくる。……数分間撃ち続け、俺の矢のストックがなくなった段階で攻撃を中断する。とりあえず気配の方を探ってみると、残っているのはサーヴァントの反応が一つと、粛清騎士に()()何かの気配が三つ。どうやらその三体がアグラヴェインと思わしき存在のことを守ったのだろう。俺達が放った矢のいくつかは弾かれていたようだ。

 

「………随分な挨拶だな。そうは思わないかね?時すらも越えた展望台の魔術師殿」

「聖都ではあれよりも熱烈な歓迎を受けたし、こっちの時代の文化はこんなのだと思ったんだけど、違った?」

「フン、食えん奴だ」

 

 アグラヴェインは俺から視線を外し、そして三蔵に視線を向けていた。あっくんだのなんだのと三蔵は三蔵で緊張感に欠けるやり取りをしていたが、その会話の内容は一聴の価値がある。この世界には既に果てがあり、オジマンディアスですら自軍を守るという方針を取っている。それは何処の勢力も変わらないという。そして尚且つアグラヴェインは言う。難民たちを聖罰するのは無用な混乱を避けるため。聖都という場所に対しての恨みを残さないようにするためだという。……ただ生きることが困難なこの荒野で野垂れ死にするくらいなら―――という慈悲でもあるとも言っていた。

 

 結局会話はアグラヴェインが打ち切る形で終了したのだが、三蔵が彼に問いかけたこと。獅子王はもはや人の心を持っていないという言葉が妙に気になる。

 

「―――自らの足であの砂漠を越えたか。どうやら私は貴女を侮っていたようだ。……交渉は決裂だ。粛清を開始する」

「ちょっと、シツモンに答えなさいよー!そんなことだとあたし本気出すわよ!」

「………嘗て宮廷で逆上し、多くの同胞を切り殺した挙句、自国に逃げた愚か者がいる。この粛清騎士たちはその男を参考にして強化してある。あさましい狂犬の剣だが、反逆者には相応しいだろう」

 

 そうして前に出てきたのは先程俺達の矢を弾いたと思われる粛清騎士。姿形から理性は感じられずクラスで表すとしたらバーサーカーというところだろう。

 

「先輩。どうしてでしょうか……あの騎士たちを見ているとどこか胸がムカムカすると言いますか……」

「えっ」

「宮廷で暴れた愚か者……あぁ……納得です」

「えっ」

 

 ベディヴィエールも納得するとかどういうことなの……。その辺のことは気になるが、とりあえずやるべきことは――――

 

 

「粛清開始―――対象は、そこのマスターだ」

「えっ」

 

 アグラヴェインの号令と共に粛清騎士はその場にいるサーヴァント達を全て無視して俺の方へと向かってきた。足運び、剣の振り上げ速度、そして狙い。強化したということは嘘ではないらしい。

 そしてここまで頭脳戦というかまっとうな戦い方をする相手は初めて出会った気がする。そうだよな。戦いを行うなら中心人物を狙うのは当然のことだよな。

 

 

 妙な感動を覚えつつ、俺達はこの特異点に来てから何度目かわからない粛清騎士たちとの戦いを開始した。

 

 

 

 

 

 

 




遅くなって申し訳ないのですが、さらにこれから更新速度は遅くなると思います(CCCコラボ)


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ドン引きです……

 

 

 

 

 

「―――ッ!先輩!」

「チッ!」

「させません!」

 

 アグラヴェイン直属の粛清騎士たちは目の前に居るサーヴァント達を全て無視して彼らのマスターたる仁慈に肉薄する。が、マシュ達も黙ってそれを見送るわけはない。直に彼らの動きに合わせ、仁慈を守るために立ち塞がろうとする。

 英霊に相応しい身体能力から繰り出される速度さえあれば順当に間に合うだろう。だが、その程度のことを予測できないアグラヴェインではない。何かと脳筋しか居ない円卓の騎士においてメインブレインの役割を担っていた彼は既に対策を用意していた。そう、全力の陛下、イケメンのバスターゴリラ、起源傍迷惑、妖怪自覚した屑等々数々の問題児たちの手綱を握ってきた彼は自らが持つ黒い鎖を展開してサーヴァント達の動きを封じ込めていた。

 それは三蔵たちと話している時には用意してあったものである。そもそも話を聞くと言ってもそれ以外何もしないとは言っていない。むしろ敵を目の前に雑談に興じる方に非があるのだから。

 

「――!この鎖は!?」

「不覚……!」

「マズイ、間に合わない!」

 

 三人―――特にベディヴィエールは焦る。あの粛清騎士が一体誰を参考にして強化されたのかを正確に理解できるが故に。嘗て宮廷で暴れた愚か者、彼がそう形容する人物は一人しかいない。円卓の騎士最強にして、数ある問題児のうちの一人。ランスロットである。彼の技量の高さは知っており、それ故に流石の仁慈でも相手にできないであろうと予想していた。

 

「ぬぉ、何時のまに……」

「こらー!あっくん、卑怯よー!」

「卑怯も何もない。そのまま粛清を執行せよ」

 

 三蔵の訴えに当然止まることなく後押しをする。強固な指令を受け取った粛清騎士はそれぞれ上段、横薙ぎ、下段から自らの剣を振りぬく。一つ翻すだけでも英霊ですらない人間にとっては困難な状況。だが、それでも――――今彼らが狙っている仁慈にとっては慣れ親しんだ状況に成り下がっていた。偏に今までの経験がおかしいが故に。

 

「――――そらっ!」

 

 いくら参考元の人物の技量が高くともそれを完全に再現することはできない。ランスロットはバーサーカーで召喚され、理性を失っても色褪せることのない圧倒的な技量と問答無用で自分の武器にする強力な宝具――もしくはスキルを持っていた。だが、その技量も、技術も目の前の彼らは持ち合わせていない。むしろ、狂化というステータスがついているために連携にも綻びが見て取れた。仁慈がそれをむざむざと見逃すだろうか?答えは否である。見せた隙は容赦なく突くし、隙が無ければ作ってその隙を突く、ついでに相手が隙と思っていなくても勝手に隙にして突くという鬼畜の所業を行ってきたのだ。相手が自分から作ってくれたそれをご丁寧に見過ごすなど天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

 狂化を付与されたが故の乱れ、すなわち攻撃のタイミングのずれを見出した仁慈は一番早く己に到達する剣を見切りその側面に蹴りを放つ。軌道を見事に逸らされた攻撃は、仁慈を叩こうとするが故に近接していた他の粛清騎士の剣を遮った。それを見届けることなく仁慈は追突事故の被害を免れた粛清騎士に向き直る。

 地面を踏みしめることにより推進力を得た身体が剣を持っている腕をつかみながらも懐に入り込み、そのまま鎧を貫通するように衝撃だけをぶつけた。仁慈が習ったマジ狩る☆八極拳のうちの一つ、寸勁である。腕の衝撃だけでなく仁慈の場合は魔力や気も撃ち出されるためその威力は高い。

 それを受けた粛清騎士は剣を落とし、そのまま尋問室の壁まで吹き飛ばされた。一人を吹き飛ばし、もう一人の粛清騎士に対して回し蹴りを放ち首を刈り取る。そして最後の粛清騎士に接近する―――――と同時に、その粛清騎士を蹴り、仁慈は背後に跳んだ。その程度の蹴りで粛清騎士を倒すことなどできない……首を傾げる行動だったがすぐに理由が理解できた。

 

「オ゛ォ……!」

「…………」

 

 そう、後ろからアグラヴェインが剣を突き出していたのである。仁慈はそれに気づき、目の前の粛清騎士を盾として使ったのだ。アグラヴェインは普段から険しい顔つきをさらに険しくすると自分が刺している粛清騎士を振り払う。一方仁慈もその姿を黙って見ているわけではない。鞄を上に投げ、そこからランダムに武器を出すと同時に仕込んでいる魔術に魔力を通す。そして、全員を縛り付けている黒い鎖を残らず破壊した。彼の鎖はサーヴァントに強い影響力を持つが、人間が相手では丈夫なだけの鎖となるのだ。アグラヴェインはそれを見て若干上を向いた。これで仁慈が人間であることが確定したからだ。

 ……元々、マスターということを知っているがために人間と思っていたのだが、今の行動でその予想が外れて欲しいと密かに願っていた彼からすれば頭を抱えたくなったのである。

 彼の予定であれば、ここで長期戦を仕掛けるつもりであった。粛清騎士は複数人連れてきていたのだから。しかし、仁慈が仕掛けた罠の所為でその計画は崩れ去る。槍に貫かれ、魔術に焼かれ、自らのトラウマで逆流する……始まる前から戦力を減らされたアグラヴェインは現状己の不利を感知していた。

 

「―――引き時か……」

「……まぁ、今引き返すなら見逃してもいいけど……」

『―――!?』

 

 仁慈の言葉に何処かで驚愕したような気配があったが今は無視を決め込むことにする。

 彼の言葉を信じるわけではないが、この場では不利であると正しく悟っているアグラヴェインに選択肢などない。だからこそ彼は踵を翻し、来た道を戻ろうとする。彼は獅子王の行く末を考え、サポートしていかなければならない立場にあるのだ。この場で死ぬことは許されない。

 

 ――――しかし、それはアグラヴェインの事情であって仁慈の事情ではないのだ。

 

「―――ッ!」

「なにっ!?」

 

 翻すことができたのは奇跡だと自分でも思っただろう。アグラヴェインは不意に飛んできた攻撃をかつての経験を以て回避した。前回はそのまま切り殺されるという無様を演じたがその忌々しい経験のおかげで仁慈の一撃を回避することができたと言えよう。

 

「ちっ……!」

 

 アグラヴェインは激怒し、疾駆した。必ずやあの鬼畜外道のマスターを排除すると決意した。一度見逃してから攻撃だなんて卑劣なことを平気でやらかす人物を獅子王に合わせるわけにはいかないと心に決めた。……自分が逆の立場であれば同じような手段を取ったことは気にしないことにして。それに……彼は気づいていた。彼が捕らえていた静謐のハサンが己の宝具を使い自分に対して毒を撒いていたことに。これ以上深追いすれば確実に動けなくなる。

 

「(……次の手を急がねばならないな……)」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「やっぱり考えることが似てると効果は薄いかな……」

 

 アグラヴェインの役割、そしてこの尋問室……という名の拷問室、三蔵との会話。その辺を聴けば相手が騎士の皮を被った汚れ仕事専門ということは簡単に予想することができる。

 しかし、向こうもそういったことをやっているということは、自分がやられる側になった時はその知識を丸々応用できるのである。不意打ちなんて効くわけも無い。しかも相手は生前からそのような役割を担っているという。年季が違うというものだろう。

 

 ―――しっかし、何処かで思ったような感想だけど彼を逃したのは痛手だな。あの手の輩に同じ手は通用しない。これからはより狡猾な罠が必要となるだろう。不意打ちにも気を付けなければならない。最悪不意打ちを狙われてこちらがやられる。

 

 このように必死に思考を巡らせているのにはそれなりの訳がある。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 周りからの視線が痛いのだ。なんというかドン引きされている気配がビンビンする。いや、訂正しよう。確実にされている。今まで引かれることは多々あったがここまでのものは始めてだ。やっぱりアレだろうか。見逃してやると言ったな、あれは嘘だ……がいけなかったのだろうか。

 ベディヴィエールと三蔵、藤太に引かれるのは納得できるけど、まさか呪腕さんや静謐にまで引かれるとは思わなかったなぁ。

 

『いや、あれはないでしょ』

『ないわね。自分にやられたら泣くわ。えぇ、絶対』

 

 ロマンと所長からの意見が飛ぶ。当然彼らの意見は引く側のものだ。知ってた。外道な戦法しか取れない卑怯者ですみません……。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 結局あの後、アグラヴェインは逃げ出した。それを百貌さんも見ていたために俺達が合流した時に彼女は笑っていた。あの逃げ出した姿は見せたかったと。とても爽快だったようだ。

 

 百貌さんと合流した後、静謐を引き連れて西の村に戻る。そして、俵藤太の世にも奇妙な宝具――――お米を無限に出すことができるその宝具でお米を召喚して宴を始めた。これを見ては俺も本気を出さざるを得ない。お米とわずかに残っている野菜で出せる限りの料理を出してあげましょう。

 

「というわけでできた料理がこちらになります」

『三分クッキングも真っ青なキングクリムゾン……』

 

 ネタを詰め込みまくったロマンの言葉を無視し、料理を人々に配っていく。それはサーヴァントであろうとそれ以外であろうと変わることはない。全員が飯を食い、酒を飲み、騒ぎ合っている。

 そこに、村人も異那の住人もサーヴァントも……恐らく()()()()()()()()も誰もわけ隔てはない。どいつもこいつも好き勝手に騒いでいる。……まぁ、ごく一部の人―――呪腕さんとかは一人で警備に向ってるっぽいけど、俺達を誘わない当たり気を使ってくれているのだろう。相変わらずできるお人である。

 

「……………」

 

 ふと、月を見上げる。

 俺はここで自分の状況をまとめることにした。……と言ってもこの特異点に来てからのことだけど。

 

 オジマンディアスにはこの世界を見て来いと言われた。そしてギフトを持った円卓の騎士たちと対峙し、難民たちの生活を見て、仲間に入れてもらい――――とても強くて恐ろしい甲冑の男に遭遇して死にかけて、静謐のハサンを助けて、今に至っている。

 言葉にすれば激動過ぎる流れだ。けれど、その中でも特に気にかけていることがある―――――――当然、あの骸骨の人。黒い騎士、甲冑の男との戦いの事である。万人の隷属者、確固たる己……それはつまり今までの自分が自分ではないということ。俺は、誰かの人形だったのだろうか。

 

 ……まぁ、最初の方ならともかく第四、第五の特異点は確かに所々ひとっぽくなかったかもしれないけど。それでも――――

 

「あー……だめだ」

 

 全然わからないのでとりあえずその考えは放置することにする。今は違うらしいしそれはとりあえずいいだろう。

 問題は完全に砕けてしまった俺の槍。一応宝具たるゲイ・ボルグは俺に残っているけれど、あれは本当に正真正銘の宝具。突然変異を起こした宝具擬きではない。人間の俺が扱うには荷が重く、一回使うと代償は高くつく。魔力は分捕られるし力もろくに入らなくなる。

 

「どうしようか……」

 

 この先、アグラヴェインのように俺を一番に攻撃しようとする輩が現れるだろう。その場合、高確率でマシュ達の助けがない可能性がある。時間稼ぎとして回避に徹するのもありだけれども、それでも攻撃を防げる武器は欲しい。宝具を見せびらかすのもあまり得策とも言えないしね。え?神葬の槍?知りませんな。

 

「………………………」

 

 ふと、視線を空へと向ける。そこにはこちらを見下ろすように浮かぶ月と魔術王が生み出したと思われる光の輪が相変わらず漂っていた……。



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進まない会議はテンプレ

……大変お待たせしました。


 

 

 

 静謐のハサンを助け出し、宴を終えた俺達は東の村へと帰って来ていた。やっていることは今後のことを話し合っている最中である。カルデア勢に現地で会ったベディヴィエール、三蔵法師、俵藤太―――そして、山の翁+α(アーラシュさん)である。百貌さんは他の村を率いている山の翁と村で戦えそうな人たちに声をかけてくると言っていた。

 

「私が知っている聖都の中はこんな感じね。……最も、この情報も役には立たないとは思うけど……」

 

 聖都の中へと入ったことがある三蔵。彼女の話を聞き、内部の地図を作っている。それでも重要部分の詳しい構造は知ることができなかった。まぁ、外部の人間を招き入れるのであればその程度の警戒はして当然だし、何より向こうにはアグラヴェインがいる。あの騎士というよりは参謀と言える彼がいる限り、ここで弱いところを見つけたとしても既に改善しているはずだ。

 あそこで取り逃がしたということは向こうにある程度の戦力が割れたということ。今回は相手が油断していたからこそよかったものの、次からは俺のことをマスターとは見ずに排除の対象として見てくるだろう。……それらを考えると次の激突は中々に厳しいものになる気がする。

 一応、あの壁を乗り越えその上に乗りひたすら攻撃を繰り出すということもあるが、聖都に居る一般人と言える人たちを巻き添えにする上に非効率的で尚且つそんなことをやったら確実に潰されるだけである。

 

「アグラヴェインも逃がしちゃったからな。確実に対策は立ててるだろう」

「特に仁慈殿には手痛い仕打ちを受けているが故、その警戒度は並ではないでしょうな」

 

 本当にあの場面で意地でも仕留めておけばよかった。……まさか、マシュと俺以外全員静謐の毒で軽い麻痺状態に陥っているとは思っても居なかったわ。アーラシュさんは連れてくるべきだったと思いました(小並感)

 

「考え直してくれてよかったと思うよ。私はね」

 

 だって悪役ルート確定しちゃうから、と付け加えた。それに関しては完全に同意である。俺だってそれはないなと思ったからね。そもそも現実味もないし。

 

「次に仕掛けてくるときは迂闊に単独行動はとらないと思われます。……マシュ様の話を聞く限り、我々は既にモードレッドの撃破に成功している為もはや取るに足らない敵と見られることはないでしょう」

「うむ。恐らくあれは一人につきサーヴァントが複数人。最低でも二人、安全をより確実なものにするためには3~4騎は必要であろうよ」

「藤太君の意見に私は全面的に同意するよ。獅子王から賜ったギフトの力は相当に厄介だ。……今の私達には対円卓の騎士用の秘密兵器(という名のアルトリア’s)が居るからわかりにくいけど、正面から戦えば三騎で相手しても危ないかもね」

 

 自他ともに天才と認めるダ・ヴィンチちゃんは改めてその事実を口にした。そう、確かにそうなのだ。ここに居るのはどのサーヴァントも一級の力を持っている。ハサン達だって直接的な戦闘能力は低いかもしれないがそもそも畑が違う。彼らには彼らの強みがあり、また乱戦の中ではその強みもいくらか引き出すことができるのだから、戦力としては申し分ない。

 

 だが、獅子王の与えたギフトがその戦力差を均衡、いやそれ以上に引き上げている。あのギフトには恩恵を与えるほかにも何かしらのブーストがかかっているのだろう。それこそ聖杯のようなナニカによって。

 

 彼らが獅子王から賜っているギフト。聖杯はオジマンディアスが持っていることからこれを経由していないことは明白である。ということは獅子王は自力でそのような恩恵を与えることができる存在となる。しかし、そのようなことが本当に可能なのだろうか。獅子王もこの地に召喚されたサーヴァントではないかと思うんだけど……。

 なんてことを考えている時、ふとこちらに向かって来ている視線を感知した。意識を向けてみればそこには静謐のハサンにギュッと抱きしめられた頼りになる後輩の姿が。改めて見てみると物凄く百合百合しい絵面だと思う。何事か、と視線で尋ねてみる。

 

―――静謐さんが様付けで呼んで来て尚且つ離れてくれません。どうすればいいですか、先輩!

 

―――諦めてください。

 

―――!?

 

 済まないマシュ。非力な私を赦してくれ。正直、そんな女の子の対応なんてわかるわけないのだから。

 

 これまで五つの特異点を越えたことによって可能になったアイコンタクトでそのようなやり取りを繰り広げつつ、話題は残っているであろう円卓の騎士や彼らが持っているギフトに変わっていた。

 まぁ、円卓の騎士がどの程度居るのか、なんてことは物語によって違うらしいので正確な数は分からないとのこと。ヒロインXやサンタオルタだって円卓の騎士はどのような人物だったのかということは教えてくれが、何人この特異点に居るのかはわからないと言っていた。

 では現在遭遇している円卓勢のことはどうか聞いてみた。

 

「あー……今まで確認できている円卓の騎士たちについてですか……」

「ふむ。簡潔に答えよう。ガウェインは料理を根本的に勘違いしている借金取り、ランスロットは自覚無き傍迷惑、トリスタンは空気が読めず、アグラヴェインは真面目……こんなところだろう」

 

 すごくざっくりとサンタオルタが言ってくれたのだが……これを真実と受け取っていいものなのだろうか。このサンタオルタ、ベースがアルトリア・オルタのままなのでくだらない冗談を言うような性格でないことくらいは当然把握している。しかし、今彼女の口から出て来た言葉を肯定するのはどうにもはばかられた。特に、彼らの出現によって辛酸をなめさせられまくっているハサン達の前では。

 

「すみません、マスター。一から十まで全部本当なんです」

「くっそマジか」

「この情報ではだめだったか……」

「そりゃそうですよ。今の情報、戦闘に全く役に立たないじゃないですか。全くこれだから脳内プレゼントボックスは……」

「常時スレイヤー思考の危険人物だけには言われたくないがな。そこまで言うのであれば言ってみろ」

 

 売り言葉に買い言葉、というにはあまり殺伐とした感じはないけれども何はともあれ今度はXが円卓の騎士たちのことについて話してくれるそうだ。まあ、何十分の一くらいの比率で期待している。

 

「フフフ……いいですかマスター。手始めにガウェインです、彼はロリ巨乳好き。次に鳥公、あの野郎は人妻スキーです。ランスロットは女ならだれでも口説きますし、アッくんはホモです」

「―――――――――――――――」

 

 

 ……やっぱり駄目なんじゃないかな。円卓。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

――――ゴーン、ゴーン。

 

 あれからのことだけれど、結局話し合いは発展することはなかった。なんていうのだろう。アーサー王直々の部下紹介で皆お腹いっぱいになったのだ。もはやギフトだなんだという話題にすら行く気がなくなった。時間がないのは百も承知なんだけれども、流石にあの後に真面目な話に行こうとは思わなかったらしい。

 

 というわけで睡眠をとっているわけなのだが。

 

「油断した……」

 

 特異点の中、ついでに言えば師匠も居ないから夢の中であれば安全だと思い込んでいた。だが俺の現状はどうだ。周囲を見渡してみれば先程まで俺が寝ていた部屋など見る影もなく。唯々蒼い炎が薄暗い周囲を照らすだけの空間。つい最近訪れ、とんでもない化け物みたいな人物に殺されかけた最新のトラウマ地点である。寝る直前に妙に聞き覚えがあって尚且つ寒気を覚える鐘の音を聴いたと思ったらこの様だよ。即堕ちニコマと同レベルの伏線回収速度だ。

 

 さてこれが現実か夢かによって対応はかなり変わってくる。夢であればこのままゆっくりとこの場を立ち去るし、現実であれば自分の持てるすべての力、技術を以てして脱出を図る。当たり前だ。誰が嬉しくて精神に負担がかかる場所に止まらなければならないのか。

 

『―――魔術の徒よ』

 

 はい、逃げられませんでした。

 忽然と現れたのはいつぞや対峙した甲冑の男。相変わらず髑髏をあしらった鎧と髑髏の面を付けていて威圧感が半端じゃない。

 ただ今回は前回のように戦うという感じではないらしい。少なくとも前回使っていた剣を杖よろしく地面に刺している時点で今すぐやり合おうということはないだろうし…………しかし怖いもんは怖いんだけどね。

 

「はいなんでしょう」

 

 恐怖のあまり敬語が自然に出てくる始末。これほどの相手は師匠以外、ほとんどいなかったわ。

 

『怯えずともよい。ここは汝の夢想の内、実体に影響など出ぬ』

 

 親切にも教えてくれました。髑髏の仮面を被っている人には律儀な人しかいないのだろうか……その辺のことを考えつつも俺は内心で驚愕していた。 

 この人、人?(多分)人のことを知っているわけでは決してないのだが、それでもこの人は今の俺のように他人に対して過剰に反応するタイプには見えない。どちらかと言えば厳格な対応で、何事にも一先ず対価を貰ってからというイメージがある。勝手なものだけど。

 

『此度、我が現れたのは乞われたからに他ならない。そもそも、このような真似は出来ぬが故にな』

「乞われた……?」

『人理を決定づける時代―――狂わされた5番目のそれに置いて、何の役にも立てなかった侘びだと、そう言伝を預かっている』

 

 つまり彼は頼まれてやって来たということだろうか。誰が頼んだのかは知らないけれど、とりあえず心の中でお礼を言っておこう。

 

<アハハ~コレカラサキノコトヲカンガエレバコノクライヘイキサ―

 

 幻聴が聞こえたような気がしたけれども聞かなかったことにした。

 

「それでその人の要件とは……?」

『――これである』

 

 言って、甲冑の男が出したのはクー・フーリン【オルタ】に砕かれ、目の前の人物によって完全にバラバラになったはずの突き崩す神葬の槍であった。馬鹿な、奴はもう死んだはず……!

 

『これを汝に受け渡す。それが此処に現れた理由だ』

「は、はぁ……」

『――――しかし、渡し方は一任されている』

「えっ」

 

 こちらに出された槍を受け取るために手を伸ばすが、俺の手が槍を掴むことはなく虚しく空を切った。

 ――――ちょっと待とう。このパターンは何処かで見たことあるぞ。強制戦闘に進む流れだろう。散々師匠で予習(強制)してきたからわかるぞ。

 

『構えよ』

「あっ」

 

 地面に突き刺していた剣を引き抜き、身体から黒い煙を出し始めた甲冑の男を見て俺は悟る。これから始まるのは、夢の名からだからという免罪符を手に入れた奴らが行う蹂躙劇。常人には耐えられず、たとえ耐えたとしてもそれ以上の地獄が待っているというまさに地獄の一丁目(入口)である。満足さん大歓喜だ。

 

『彼のものの粋な計らいにより、現実とはほぼ完全に隔離されたも同然……我が信仰()による取捨選択をとくと刻むがいい』

「取捨選択……?」

 

 どうしてどいつもこいつも直接的な言い回しじゃなく、態々遠回しの言葉を選ぶんでしょうかねっ!

 

 表現が悪いがコンロの火を一気につけたような音を立てたのちに、蒼い炎が甲冑の男の姿を包み込みすぐに姿が消える。その後やはりいつぞやのように俺の死角に彼が蒼い炎と同時に出現した。けれど前回よりも気配の隠し方が巧妙になっている当たり、今の俺であればこの程度いけると捕らえられたのだろうか。少しだけ複雑である。だって死にそうな気持になるんだもの。

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

 

「ははっ、全くあいつらは面白いなぁ」

 

 月も空の上に現れて輝いているような時間。独り、村の外にでて斥候を行っていたアーラシュは一人でそう呟いた。

 彼が思い返すのは昼間行っていた作戦会議の様子である。もはや会議というのではなくただの雑談に近いものだったが、それでも緊張に緊張を重ねたような空気を打ち壊すことくらいはできたであろうと彼はそう思っていた。

 

「呪腕殿は責任感強いからな。近々動き出すってこともあって気づかないうちに自分を追い込んでいることもあるから……そういう時に限って人間ってもんは失敗するしな!」

 

 思い返すのはガリガリの身体に自分の顔に縫い付けるような面を付けた呪腕のハサン。この特異点に召喚されてから結構な時間一緒に居るのだから似たような場面も見て来た。真面目すぎるが故に責任感が強い彼に緊張感を完全になくせとは言えない。しかし溜め込みすぎてもよくはないのだ。

 その点を踏まえればカルデア勢はいい仕事をしていると言える。天然ものの漫才は見ているだけで緊張をほぐしてくれるようであったらだ。

 

「…………」

 

 そこまで考えて、アーラシュは視線をある一点に向ける。そこには何もないただ普通の山道が続いているだけではあるが、どうにも彼はその一点が気になった。そこに確かな確証や証拠はなくしいて言えば勘としか答えられない。けれども、そういった獣染みた勘は時として奇跡をもたらすことがあるのだ。そう、例えば――――

 

「―――――っ!?」

 

 唐突に繰り出された認識外からの攻撃を回避するといった具合に。

 

 アーラシュが反射でその場から飛退いた直後、彼がいた地点に物体が通過していった。空を鋭く裂く音が響き、刃に触れずとも斬られてしまうのではないかと思わせるほどの剣戟。故に反射的に回避行動を取ったアーラシュは完全に翻しきれずにその身体に浅くはない傷を負った。

 常人よりもはるかに頑丈な身体を誇る自分を傷つけた事から彼は遂に円卓の騎士たちが攻めてきたことを悟った。そして、自分が対峙しているのは恐らく何らかの形で気配を消すことができるスキルないし宝具を持っているのだと。

 

「……今の一撃で終わらせるつもりだったのだが。やはり一筋縄ではいかないか。成程、アグラヴェインが警戒するだけのことはある」

 

 現れたのは紫の甲冑を着込んだ騎士。その瞳と髪の色は鎧と同じ紫色をしており、女性を何人も虜にできそうな甘いマスクであった。その情報からアーラシュは今日の会議にて手に入れた情報と照らし合わせていく。

 

「成程、お前さんが藤太殿が言ってたランスロットだな」

「私を知ってもらっているのか。光栄だな」

 

 アーラシュの指摘に動揺することもなく答えるランスロット。どうやら彼は自分の一撃をやり過ごすほどの相手に名前を覚えてもらっていることが嬉しいようである。しかし、その感情も次の瞬間には霧散することとなった。

 

「あぁ。うちでは最大級の警戒対象だ。通称、女殺しのランスロット。半径十メートル以内の女は視線だけで孕ませるってな」

「いったいどこの誰だそんなこと言った奴は!?」

 

 嫌な覚えられ方だった。これなら無銘状態の方がまだましであるとランスロットは切に思った。そして必ずやこのような謂れの無いことを広めた人物を粛清すると心に決めた。

 が、現実は非常である。彼のこの呼び名を広めたのは何を隠そう彼が敬愛してやまないアーサー王その人なのだから。

 

 

 

 

 

 こうして今一締まらないまま、静かに初戦は始まった。

 

 

 

 

 

 

 



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MK5(マジで消え去る五分前)

 

 

「俺の矢は大地を割るぜ」

「なら我が剣はその矢すらも退けてみせよう」

 

 なんとも締まらない一言で始まったこの戦い。だが、対峙するはどちらも一級の英霊だった。片や、知名度はかなりのもの。かの有名な円卓の騎士……その中でも最強と名高い湖の騎士ランスロット。もう一方は中東に置いて弓兵の代名詞とされるアーラシュ・カマンガー。この戦い、本来であれば自分の距離に持ち込んだ方が戦況を有利に進めることができるだろう。

 しかし、今回に限ってはそうもいかない。アーラシュはランスロットの不意打ちにより負傷している。その為本来の力を引き出すことは難しいのだ。むしろ、致命傷ではないとは言え、傷を負いながらもランスロットの距離をこれ以上詰めさせないようにしている彼は流石弓兵の代名詞と言える。生まれ持った頑丈さもあるだろうが、精神力も大したものだった。尤もそれが長時間続くかと言われればその限りではないのだが。

 

「(あの攻撃が結構響いてるな。このままじゃジリ貧でお陀仏―――となると……)」

「(流石正統派弓兵の代名詞、というところだろう。我が盟友のように弓を勘違いしていない手堅い運び方だ……。が、今回ばかりは私の方が有利。ここは少々強引に突破する……)」

 

 お互いに思考し、同時にその考えを行動に移す。ランスロットはこのままではらちが明かないと防御を捨て、己の技量と鎧の強度に任せた強行突破を、アーラシュはスキル弓矢作成で四本の矢を生成して取り出し、5本の矢をつがえそのまま一度に放った。放たれた矢は各自自在な軌道を描きつつも偏にランスロットへと向かって行った。目まぐるしく軌道が変わる5本の矢を前にしても湖の騎士は平然とする。何故なら、彼が放った矢にはそれぞれ僅かな時間差が存在しているからだ。その隙を突けないようでは円卓最強は名乗れない。

 

 一番に殺到する矢を首を僅かに傾けることで回避、続く第二撃は上段からの振り下ろしで真っ二つにする。剣を振り下ろしたところに迫る第三撃の矢を剣を持っていない左手で掴むと、そのままその矢で第四撃を相殺する。最後に迫って来た矢は既に構えなおしていた剣で振り払い……加速。これ以上の追撃を行われないように全力を以ってアーラシュの懐へと潜り込んだ―――いや、正確には潜り込もうとした、だ。

 アーラシュは接近戦が本懐であるランスロットに迫られても険しい表情一つ見せなかった、いやむしろ笑っていた。ランスロットも当然これには疑問を抱く。そしてそれはすぐに目に見える形で現れた。

 

 キィィィィィン!!

 

「なっ!?」

 

 唐突に響き渡る閃光と不快な音響……そう、ダ・ヴィンチちゃんがトリスタンに使った閃光玉――その弓矢バージョンである。これには流石のランスロットも虚を突かれたらしく一瞬だけ動きが鈍くなる。

 アーラシュはその一瞬を活用し、その場からすぐさま離脱。バックステップを踏むと同時に同じく弓矢作成で作り出した矢を八つセットし、時間を置くことなく放つ。それだけではない。八つの矢を同時に放った後、彼はすぐさま第二矢を用意し、再びセット、発射する。それはまるで矢の雨だった。何なら疑似宝具とでもいえる有様だった。訴状の矢文が何処かで泣いているようだ。

 

 予想外の出来事による動揺と、弓兵の代名詞たるアーラシュが降らす矢の雨。並みの英霊であれば一撃貰うどころかとっくに座に還ってもいい猛攻である。が、相手は湖の騎士ランスロット。その技量は聖者の数字の加護を受けたガウェインの攻撃をも耐えきり、勝利するほどの人物。動揺を突かれたとしてもすぐさま我に返ると目にも留まらぬ剣裁きを披露し、ことごとく矢を打ち落としていく。

 

「(……この調子であればこちらは致命傷を受けはしないだろう。だが、同時に動くことができない。我が王から加護を受けているとはいえ、それでも無視できるような攻撃ではない……)」

 

 一瞬だけ巡る思考。彼は獅子王からのバックアップを受けている為、普通の英霊では太刀打ちできない力を持っている。今は余りにもアーラシュの戦い方がうまいだけで、並みの英霊では一太刀の元に切り伏せられていることだろう。

 そのような危機的状況でも、アーラシュは普段と変わることのない―――いや、普段よりも好戦的な笑みを浮かべている。ランスロットはそのことが気がかりになり、すぐにその理由を知ることとなった。

 

 彼とアーラシュの間に西洋剣が顔を出し、ランスロットの往く手を阻んだ。そのまま剣を振り下ろせば彼の顔は設置されている剣によって真っ二つになるだろう。まさか己の感知に引っかかることなく接近されることになるとは、と相手の手腕を認めながら振り下ろしている途中の剣を寸止めして後方に大きく飛退く。

 

「何者だ」

「――――久しいな、ランスロット卿。紆余曲折を経てフランスに引きこもった時以来か?それとも、いつぞやの聖杯戦争で剣とコンクリート棒を交えたとき以来か?」

「―――――(いや待て落ち着け、落ち着くんだ私。冷静に考えるんだ。今の聞き覚えのある声は幻聴だ。そう、私の愛が……我が王への愛が幻聴を聞かせるレベルにまで昇華されてしまったんだ。きっとそうに違いない。そうであってほしい、そうであってくれ……!)」

 

 声の主がいると思われる場所にゆっくりと視線を向ける。そこに先程まで凛々しく戦っていた騎士の面影は微塵も感じることはできない。見て取ることができるのは悪いことが見つかり、ゆっくりと怒られるのを待っている子どものようなオーラのみである。ギギギ……と錆びれたブリキ人形のようなぎこちない動きで何とか目標物を視界にとらえたランスロット。そして彼の動きは完全に止まることとなる。

 

「まぁ、いつどこで顔を合わせたのかなどと、最早どうでもいいことだ。私が気になるのは唯一つ――――――この地で何をしているランスロット卿?」

「…………OH」

 

 現れたのはランスロットにとっては最悪とも言える人物。こちらも獅子王とは別のベクトルでアーサー王とは認識できなかった。何故なら恰好は鎧のよの字も見当たらない服装であり黒いミニスカート。肩には体の三分の一は優に超える白い袋を携えているのだ。何処からどう見てもサンタクロースなのである。自分たちの主人が騎士を放り投げてサンタやっているだなんて誰も信じたくはないだろう。けれども―――それはそう思われているサンタオルタであっても、この場にはいないやばい方のアルトリア事ヒロインXであっても同じであったはずだ。嘗ての部下が、人理の焼却に一役買うばかりでなく、進んで無辜の民を手に掛けるなどたとえ反転し本来のアーサー王でなくても見たくはない。故に、

 

「―――貴殿が何を思い、考えこのような行動を取っているのか私にはわからない。だが、一線を越えてしまったものに向ける容赦も又なし。現マスターの方針によりランスロット、貴様をどんな手を使ってでも座に還す」

 

 彼女は戦おう。これ以上過ちを積み重ねさせぬように。生前は出来なかった王らしく、己の家臣を導こう。

 

「……あの嬢ちゃん、真面目な雰囲気も出せたんだな……」

「あれでもれっきとしたアーサー王だからね。割とまともな部類だよ彼女は。……おっと動かないでくれよ。治療しにくいから」

 

 サンタ・オルタの啖呵をちゃっかり気配を気取らせずにランスロットに近づく仕組みを生み出したダ・ヴィンチちゃんはランスロットの注意がサンタオルタに向いている隙を突いてアーラシュの治療を始めるのだった。

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

「私は悲しい。私の接近にすら気づくことのできない程度の輩に我が王の行動が妨げられていると思うと……悲しい……」

 

 そう、一人呟くのは円卓の騎士の一人トリスタン。背後には粛清騎士たちを従え、見開かれることのない目を仁慈達がいる村に向けていた。しかしそれもすぐに終わる。彼は相変わらず何の感情も見せず、なんのためらいもなく己の武器であるフェイルノートに指をかける。

 彼の武器は音を奏でて矢として放つ、アーチャーの根底をガン無視した武器である。故に初見での対処はほぼ不可能、故に彼はこの地で多くの命を奪ってきた。それは偏に彼らの主である獅子王の為なのだ。

 

「それでは――――」

「――――さようなら。常時睡眠野郎」

「」ポロロン

 

 

 ひとまず村に残っている人々を纏めて皆殺しにしようとしたその時、彼の頭上から一度耳にした声が届く。トリスタンは視線を上に上げることなくフェイルノートの弦に指をひっかけ弾いた。

 すると、フェイルノートから出た透明の糸のようなものが彼の頭上に張り巡らされ上からの襲撃を防ぐこととなる。頭上から強襲をかけた人物は舌打ちを一つしたのちに、トリスタンの目の前に着地を果たす。

 

「相変わらず面倒で厄介なトリですね。しかし――」

「――――苦悶を溢せ……妄想心音(ザバーニーヤ)!」

 

 トリスタンを強襲した人物の言葉を繋げるようにしてもう一つの声が響く。その声は同時に赤く細長い異形の腕を伸ばしてきていた。トリスタンは反射的にその腕に触れてはいけないと感じ、素早く弦をはじいた。

 美しい音色と共にあらゆるものを断つ見えぬ矢が殺到する。だが、不可視の矢が異形の腕を捕らえることはなかった。もう一人の襲撃者が当然のように邪魔をしたのだから。

 

「邪魔させませんよ」

「感謝いたします!」

 

 矢の妨害を受けることがなかった腕はそのまま引き続きトリスタンに触れようとする。だが、彼は自分の後ろに控えさせていた粛清騎士を一人目の前へと突きだし肉壁にした。

 既に宝具を発動してしまっている呪碗のハサンは己の宝具が後戻りできないところまで行ってしまっていることを自覚し、粛清騎士の疑似心臓を握りつぶして絶命させた。これには呪碗も堪えたらしい。仮面で良く見えないが、それでも苦虫でもかみつぶしたかのような顔を浮かべているだろう。それほどまでの好機だったのだ。今は。

 

「触れた相手の心臓を模倣しに握りつぶす――――なるほど、系統としては呪殺に入るわけですね……これが知れたのはいいことです」

「良いことじゃねーですよ。鳥公。今すぐ馬鹿な真似はやめて獅子王あたりを説得しに行きなさい。なんなら私が直接直談判しに行きますけど?」

「そのようなことをしても無駄です。もはや王は人という枠を超え、一つ上の次元へとその存在を昇華させたのですから」

 

 唇の両端を吊り上げて語るトリスタン。その姿はとても似合っているが、ヒロインXと呪碗のハサンはそんなこと考えている場合ではなかった。正直、ここまで攻め込まれてきたことが予想外だったのだ。山の結界仕事しろと言いたくなったものの自重をすることにした。下手なこと言えば首出し案件になる可能性があるからだ。

 

「さぁ、天を見上げてみなさい」

 

 指を真っ直ぐと上に突き出したトリスタン、そしてその指に釣られて視線を空へと上げ、彼らは度肝を抜かれることになる。

 

 夜にも拘らず太陽と変わらない強烈な光を放つ筒状のものが空を駆け巡る。それは超巨大な流れ星のようで一直線に西の村へと向かって行った。――――そして、響き渡る轟音と共に西の村を一瞬にして無に変えたのである。

 

「なっ――――!?」

「ここまで堕ちましたか……というか、鳥公。貴方円卓の騎士としてよりも、獅子王に仕えようというのですか」

「何を言うのです。我々は獅子王の円卓として此処にあるのですよ?」

「ギフトにはタチの悪い洗脳効果でもついてるんですかねぇ」

 

どう考えても正気ではない。さすがのヒロインXでももはや茶化している余裕すらもなかった。幾ら何でも反転したというだけで此処までなるのはおかしいと考えているのだ。それに事実、村単位で攻撃をされ、跡形もなく消し飛んでいるところも見てしまった身としては、なんとかしてこの状況を覆さなければならなかった。

 

「……そろそろ時間ですか。それでは、アサシンとなった我が王。私は撤退させていただきます。皆殺しにはできませんでしたが、足止めの任は十分に果たしましたので」

 

踵を翻し、トリスタンはその場から去って行く。残されたのは、この村があと数分後には跡形もなく消え去ってしまうかもしれないという事態になることを知っているアサシン二人組だけであった。

 

 

 

 




一方その頃。

「聞くがよい(3回目)、晩鐘は汝の名を指し示した(3回目)……告死の羽根、首を断つか(3回目)ーーー死告天使(3回目)」
「ウボァー」

「あぁ……!なぜか先輩の身体が透けて来てます!?」


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月夜に

この調子で行くと六章と七章の話数がとんでもないことになる気がします。


 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッ!」

「どうしたランスロット卿。円卓にて振るわれた卓越した技術……同じ騎士たちを散々ドン引きさせたそれをどこに置いてきたのだ。貴殿は『我が王』の命でここに現れたのだろう?」

「そ、それは―――!」

「言っている傍から剣筋が乱れている。騎兵として召喚された私ですら手間取るとは腑抜けに腑抜けたか」

 

 一度、また一度とお互いの剣がぶつかりあり、火花と共に甲高い音を月夜に響かせる。聖剣にして落ちてしまった剣であるエクスカリバーといずれ落ちてしまう宝剣アロンダイトが交わう姿は何処か込み上げるものがあると、その光景を見ていたダ・ヴィンチは思う。一方治療の済んだアーラシュは手を出そうかどうか考えていた。状況をみるのであれば確実に手を出すべきだ。元々ギフトを持った円卓は一英霊でどうにかできるような存在ではない。今サンタオルタが有利な状況にあるのはランスロットの心が乱れに乱れているからであり、もし通常の精神状態に復帰されれば勝ち目は極端に薄くなる。

 しかし、アーラシュはそこで短絡的に間に入るのではなく逆に考えた。サンタオルタというアーサー王が単騎で向かって来ているからこそあそこまで精神を乱すことができているのではないかと。実にままならない。

 

「お、王……」

「貴殿が王と仰ぎ、騎士として名を連ねているのは獅子王の円卓であろう。ならば、私を王と呼称することは貴殿の不忠を現すことになるぞ?」

 

 サンタオルタの言葉その一つ一つが確実にランスロットの精神にダメージを与えていた。もはや彼女が騎士の欠片もないサンタコスであることなどランスロットにとってはどうでもいいことである。今の彼は嘗ての王に咎められているのと何も変わらない心境にあった。……まぁ、それはそれで彼の望むとおりだったりするのだが。

 しかし、彼の後ろに道などできていない。例え獅子王が嘗てのアーサー王に似ても似つかないナニカに変貌していることに感じていても、騎士としての振る舞いではなく駒としての振る舞いを求められようとも、無抵抗の人々を殺そうとも――――既に此処に召喚された時点で彼は取り返しのつかない過ちを犯したのだ。生前のみならず死後呼び出されても、己の同朋をその剣で切り裂いたのだ。一体いまさらどのような面を下げて獅子王に物申そうというのだろう。既に道は決し退路もない。であれば己の足が止まるまで走り続けるしかないのだ。

 

 そう心中で決心したとしてもそこまで簡単に割り切れることではない。それは普通の人間であろうと英霊であろうとも、知性を、心を持つ存在であれば当然の事であった。内心穏やかとは言えないランスロットの隙を突き、サンタオルタのプレゼント袋が彼の顔面に直撃する。何が入っているのか全く分からず予想もできない袋の持つ謎の質量にランスロットは後方に吹き飛ばされることとなる。

 

「ゴッ……!?」

「はぁ……」

 

 例えどれだけ強くてもそれもそれを扱うことができなければ宝の持ち腐れ。嘗て聖者の数字の加護を受けたガウェインを退けた際に使うこととなったその戦法が自分に適応されるとは何たる皮肉だろう。

 現在は敵として立ちはだかっているとはいえ円卓最強と言われた騎士の姿にサンタオルタも溜息を殺すことができなかった。プレゼント袋をぶつけられて吹き飛ぶ姿なんて誰が想像したというのだろう。最早、このまま倒してやるのが王の務めであると思い肢体に力を込める。だが、込めた力を開放する時が訪れることはなかった。何故なら月明かりだけが周囲を照らす夜空に光の柱が唐突に出現したからである。

 

「なっ!?」

「っ!?」

 

 例外なくその場に居た人物たちがその光に視線を向ける。遠目で分かるほどの圧倒的な魔力。サンタオルタはその魔力は獅子王のものであると直感で理解した。が、解せないことがある。それはランスロットの表情だ。彼の表情は驚愕で埋め尽くされており、前もってことのことを聞かされていたとは思えない。つまりこれは獅子王が騎士たち―――少なくともランスロットには何も伝えてないで行ったことであることが推測で来た。

 そして、恐らく次はここを攻撃するということも理解できた。元々ここは既に敵対者として認識されていた山の翁たちの本拠地。仁慈達が居る居ないに関係なしにそれは行われる。

 

「――――――」

 

 同じ結論をランスロットの中でも下したのだろう。彼はすぐに態勢を立て直すとそのまま背後に大きく跳び上がる。そして、恐らく自分が乗って来た馬に飛乗りそのまま逃走を図った。このまま居ては巻き添えを喰らってしまうし、何より今の彼に勝ち目などはなかった、賢明な判断だと言える。

 

「―――これはただ事じゃなさそうだな」

「これほどの魔力反応―――聖剣に匹敵あるいは上回るほどの熱量だ」

「こちらもすぐに引き返す」

 

 ランスロットに逃げられた一同はとりあえず東の村に帰還することにする。逃げるせよ、対抗するにせよ一先ず集まらなければ始まらないのだから。というか、いい加減マスターである仁慈を起こさなければならないし。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

「―――聞くがよい(五回目)晩鐘は汝の名を指し示した(五回目)告死の羽、首を断つか(五回目)――――告死天使(五回目)」

「もう聞けるかぁぁぁぁあ!!―――――――――はっ!?」

「うわぁ!ど、どうしたんですか、先輩?」

「えっ、マシュ?……あぁ、そういえば寝てたんだっけ……」

 

 目が覚めたらマシュに膝枕をされていた。何処かで体験したようなシチュエーションだったけど、それは別にいい。只、どうしてこうなったのかがわからずすぐに記憶を辿り直すと会議が停滞して、とりあえず寝ようというところになった場面まで思い出した。そして眠りについた俺は霊廟に連れていかれてさっきまで散々晩鐘を聴かされ続けていたということか……。

 

「結局、槍を渡してはくれなかったんだが……」

 

 ここで俺があの甲冑の大男と戦っていた理由を思い出す。第五の特異点で助けに入れなかったお詫びとして突き崩す神葬の槍を直してもらい、それを受け取るためにあのおっかない存在とひたすら戦っていた(告死天使を受けてただけ)のだけど。それらしい動作はなかった。もしかして夢の中に置きっぱなしとかあるのだろうか。もう一度寝たらもらえるとかそういうことになるのだろうか。

 

「よかったですね。マシュ様」

「静謐さん、様はいらないです。あと、心なしか距離が近すぎる気がするのですが……」

「気のせいです」

「そ、そうですか。コホン、それにしても先輩。無事に目覚めてよかったです。途中身体が薄くなっていったときはどうしようかと思いました」

「フォウ」

「マジか」

 

 現実に影響を及ぼしている件について。いや、むしろあれだけの攻撃を五回も受けつつ実際には消えかかる程度で済んだことがすごいのだろうか。もう色々ぶっ飛びすぎててよくわからないのだけれども。あまり寝た気がしないのだが、それはそれ。取り合えずまだ朝ではないために水だけ貰って再び眠ろうと思っていると、Xとサンタオルタの両方から同時に念話が入った。

 

『マスター大変です!すぐに出て来て下さい!』

『トナカイ緊急事態だ。早急に起きてこっちに来い』

「うるさっ……」

 

 声のトーンからしてかなり切羽詰まった状況だということは理解できる。であれば動かなければならないだろう。

 マシュに令呪を通した念話が聞こえたことを伝えて割り振られた民家から出る。そして、彼女たちの気配がある場所へと足を運んだ。そうしてダブルアルトリアことXとサンタオルタの元へとやって来たのだが、状況説明を聞くとどうやら獅子王がやらかしてくれたらしい。先程西の村がその攻撃にやられて消滅したというのだ。……正直、結構来ている。いや、普通に最近一緒に宴会をやって料理振舞った人が全員消えましたっていうのはクる。いくら頭がおかしいと言われていてもくる。

 

「………とりあえず、このままだとこの村も消滅するってことか」

「大体あってます」

 

 ひとまず思考を切り替えよう。少なくとも今考えてどうにかなることじゃない。このまま行くと俺達も二の前になってしまう。この場面を切り抜けてからじっくりその辺は考えることとしよう。

 さて、敵の攻撃は強大でしかも超遠距離攻撃が可能と来た。これで連射性があったら確実にアウトだが、恐らくこの段階で獅子王とやらは俺達が此処に居ることを知らないだろうから恐らく第二撃はない。一発でいいなら手段はある。

 

「仁慈、なんなら俺がやってもいいぜ」

「アーラシュさん……」

 

 名乗りを上げたのはアーラシュさん。確かにこの人なら何とかなるだろう。宝具も自信をもってそういえるほどに強力なものであると断言できる。しかし、それを使えば彼の肢体は爆発四散で座に還ることとなる。遠距離からの攻撃方法があまり充実していない俺達としては彼を無為にすることはできない。それに今回は先程も言ったように素電い手段があるのだ。

 

「今回は大丈夫です」

「そうか?」

「うちには負けず嫌いが二人もいますので」

 

 そうして、俺が視線を向ける先に居るのは当然ヒロインXとサンタオルタの二人組。アーサー王は負けず嫌いということはこの二人と過ごしていればすぐにわかる。しかも、相手は聖剣ではなく聖槍を手にいれた彼女達。聖剣の不老不死性を捨てて成長している彼女自身。聖剣を有している二人としては色々な意味で負けられないのではなかろうか。

 

「よく理解できているじゃないか。褒めて使わす、後でターキーを寄越すがいい」

「そうやって意外と私たちの好きにさせてくれるとこX的にポイント高いですよ」

 

 二人ともどうやら満足してくれたようである。

 

 

 

 空を見上げれてみれば、月明かり以外に光源と成り得るものが確認することができた。それは西の村を消滅させた破滅の光であり、俺達の居る東の村を消滅させようとする絶望の光であり、相手にとっては聖罰の光なのだろう。

 しかし、こっちだって一応人類全て背負い込んでいると言っても過言ではないのだ。未だに自分のことが一番かわいいが、それでも、他のものがどうでもいい……なんて考えなくなる程度には変わってきているのだ。変わってきているのだから、ここでどうにかしてみせよう。この光を、俺達が背負っている命の光で。

 

「令呪を以て命ずる。――――宝具を開帳しろ、アルトリア」

「――いいだろう」

「――承りました」

 

 令呪を一画使用してXとサンタオルタに魔力を回す。出し惜しみはなしだ。ここで討ち負けてハイ全滅しましたー、なんてことは許されない。であれば俺達は俺達らしく最初から全力で、遊びなどは一切せずに、ぶつかるべきだ。

 

 俺からの命令と魔力を受けて、二人のアルトリアは顔の前で構えた聖剣に魔力を回す。例え、セイバーのクラスで召喚されていなくても。例え、騎士の代名詞たる甲冑を着込んでいなくても。例え、円卓の騎士を従えて居なくても。例え、その恰好が威厳なんてホッぽり投げた姿であったとしても―――彼女たちは間違いなくアルトリア。滅びの決まった国を必死に守り続けた、知名度最高ランクの王。尚且つ彼女たちが扱うのは人々の願いの結晶。既に人理が燃え尽きようとも、受け取った祈りを己を媒体に束上げる。まぁ、片方は反転しているので集めているのは主に自分の膨大な魔力なのだが。

 

「「―――束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流……受けるがいい……!」」

 

 魔力が吹き荒れる。その場で立っていることすら困難になりそうな爆風だ。

 その様子に気づいてくれたマシュが俺の前に立ち盾を構えてくれた。できた後輩である。やはり彼女は天使。

 

約束された(エクス)――――」

約束された(エクスカリバー)―――」

 

 ゆっくりと両手で構えた聖剣を振り上げる。そして、決して村に被害が及ばぬように角度を調整し、Xとサンタオルタはアイコンタクトでお互いのタイミングを図ることなく、それでいて全くの同時に真名開放を行った。

 

「――――勝利の剣(カリバー)!!」

「――――勝利の剣(モルガン)!!」

 

 人々の願いを乗せた光と闇の光源は空から強襲を図る獅子王の光と正面から激突した。

 ……確かに獅子王の力は強大だ。ギフトなんてものを聖杯を使わないで他のサーヴァントに付与できる時点で、普通のサーヴァントとは一線を画す力を秘めているに違いない。……けれど、戦いとは個人の強さを求められることもあるが基本的には数だ。どれだけ強力な個であろうとも完全に混ざり合った群に勝てる存在は少ない。

 

 唯々、純粋な光は強力だ。人々を引き寄せる力がある。それは理想だから、誰もがそれを目指す。獅子王が放っているのはそういう類の光だ。けれども、人間は善性(それ)だけでは生きていけないのだ。善性(それ)だけでは人とは呼べない。欲がある。目を逸らしたいくらいの深いものも、どうしようもない悪性も人間には存在しておりそれも必要なのだ。清濁併せ持ってこその人間と言っても過言ではないのだから。

 

 故に――――

 

 

「「はぁぁぁぁぁぁああああああ―――!!!!」」

 

 清濁(光と闇)あわせもったこちらが負けることは決してない。

 

 

 

 

 Xとサンタオルタが放った宝具は襲い来る破滅の光を食い破り、そのまま天へと駆け抜けていく。その後光の柱が消滅し、彼女たちが放った魔力が光の欠片となって俺達の元に降り注いだ。まるで星を砕きその雨を浴びているかのような感覚に陥ったのだが。まぁ、キャラじゃないし口にするのはやめておこうと思う。

 

 

 




CCCイベント皆様お疲れさまでした。メルトがとてもヒロインしててよかったと思います(血涙)

ま、まぁ、BBちゃんというアヴェンジャーキラーが来ただけいいとしましょう(震え声)

………そういえば、最終章で魔神柱たちを逃がす暇もなくボコボコにすればアラフィフと快楽天ビーストと戦わなくていいんじゃないでしょうか。


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こちらもある意味被害者

すみません。今回は極端に短い上に、女性陣もサーヴァントですら出てきません……本当にFGOなのか……()

P.S

新キャラがかなり追加されたおかげで茨木童子ちゃんのサンドバッグ度が跳ね上がりましたね……可哀想に(Wマーリン、オジマンディアスでワンターンキルゥしながら)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はこのままでいいのでしょうか……どう思いますか、仁慈殿」

「ど、どうしちゃったんですかねぇ……」

 

 余りのいたたまれなさに私は無意識のうちにこの時代を修復しに来た人類最後のマスターである仁慈殿にそう言葉を溢していた。急にそのようなことを言われて仁慈殿も混乱したのだろう、頬に汗をかきながらかろうじて返事をしてくれた。確かに、いきなりこのようなことを言われても彼のような反応を返すことが普通でしょう。このままでいいという状況の説明を行えていないのですから。サラリと人間の範疇を越えた行動を行う彼ですが、時々このように年相応で常識人のような反応をするのは微笑ましいと思いつつ自分の感情を発露しました。……言い方は悪いけれど、これは我が王――――(の一面)―――や彼の力を受け継いだレディ・マシュには言いにくいことであり、そこまで関りの深いわけではない彼になら問題なく言えるようなことであるということです。

 

「私は貴方たちと行動を共にしてきましたが……前線に立つことなく、ほとんどが戦いに参加していない……確かに私は円卓の騎士たちの中では最弱でした。しかし力の優劣だけで戦いに加勢しないのかと問われれば否と答えます。嘗ての仲間たちが道を踏み外した今だからこそ、私は誰よりも前に出て戦わなければならないと思うのです」

 

 そういった意味では彼の下に召喚された我が王たちが率先して戦っている現状に文句などは言えません。けれど、それでも私は納得ができないのです。

 

 私の考えを聴いた仁慈殿は納得したような表情を浮かべた後に苦笑をしました。気持ちはわかるけれど、誰よりも何よりも私が前線で戦うことができないのは我が王たちの戦果であり仁慈殿の戦果でもあるのですから。ここまで戦力が充実していなければ私が戦うということもあったと思います。……実際はこのまま聖都キャメロットに攻め込んでもいいくらいには充実しているのですけれどね。

 

「まぁ、ベディヴィエールの気持ちはわからなくもない―――というか誰よりもわかってるかな。マスターという本来なら後ろで引っ込んでいないといけないポジションの俺が前線に出て言っているのは心情的に納得できないということもあるしね」

 

 そう言ってくれる仁慈殿。けれどそれは違うということを私は知っていました。ここ数日はそうでもないですが、邂逅したばかりの頃は必要であるからこそ前に出ているというような印象でした。遠慮なくレディを盾にしているところなどは顕著な例であると言えるでしょう。それも信頼と言われればそうですけれど。

 

「けど―――――その右腕、そんなに多く使えるわけじゃない……」

「―――っ!」

「当たったみたいだね」

 

 しまった。どうやらカマをかけられたらしい。私の強張った表情を見て彼は確信したように頷きました。さ、流石数々の時代を踏み越えて来たマスター。この程度のことは朝飯前ということでしょうか。……彼のような人物が円卓に居てくれれば、と少しだけ考えてしまいながら、少し彼のことを睨みつけます。

 

「それに、サーヴァント……ってわけでもなさそうだね」

「………」

 

 つい先程も失敗したため、表情に表すことなどはしなかったもののそれでも内心驚きを隠すことはできません。……この事には誰も気づいていないはず。ダ・ヴィンチ殿やレディ・マシュ、それに我が王たちですら気づかれていないと思います。何故ならこれをやったのはあのマーリンなのですから。

 

「アグラヴェインの黒い鎖―――サーヴァントに強い影響力を持つって言われてたけど、ベディヴィエールはそれを斬ったらしいね。そこでちょっと」

「――――あー」

 

 自業自得でした。 

 あの時は流石に騎士として見逃せなかったので手をうたせてもらったのですが、裏目に出るとは……。

 思わず左手で自分の額に触れて、天を仰ぐ。これはどうあがいても私が悪いですね……すみません、マーリン。

 

「まぁ、深くは聞かないけど……でも、元々難民に混ざって聖都に入ろうとしていたベディヴィエールには何か目的があるんでしょ?……円卓の騎士ないしは獅子王にさ。だったら、それは温存しておくべきだと思うんだけど」

「…………」

「ベディヴィエールは円卓の騎士にしては珍しく―――というか稀少な常識枠だから罪悪感がすごいかもしれないけどさ。優先順位も大切だと思う」

 

 ――――仁慈殿の中の円卓の騎士像がどのようになっているのか、このことについて小一時間ほど問い詰めたくなりましたがそれはひとまず脇に置いておくとしましょう。彼の言葉はまごうことなき正論でした。三度目のチャンスすら不意にした私には文字通り跡がない。このまま失敗すれば、私が渡り歩いた時代が全て無駄になることになります。しかし、それでもまだ納得ができない自分が居ました。ここまで面倒な性格だったのかとこの歳になって新しい自分を発見していると仁慈殿が黙って肩に手を置いて―――

 

「――不安がる気持ちはわかるけどさ。ほら、こっちにはヒロインXとサンタオルタが居るからさ」

 

 そうして仁慈殿が指す方向には相変わらず我が王とは信じられない服装をしながらもしっかりとエクスカリバーを持った二人組がどこか火花を散らしながら歩いていました。

 ……不思議なものです。こうして移動している姿からは嘗ての王の面影は全く見て取れません。ヒロインXと名乗る彼女は時代設定を間違えているような近未来的な服装に身を包んでいて、サンタオルタと名乗る彼女は時期を思いっきり間違えている服装に身を包んでいる。この姿が我が王だなんて円卓の騎士の何人―――特にアグラヴェイン卿は発狂するでしょう。

 しかし、思い出すのは戦闘中の姿。服装は騎士とかけ離れ、もう我々の知っている我が王は存在していないんですね……と思わず天を仰いでしまう次元ですがその戦い方は変わらない。常勝の王として我々の上に立っていた頃のアーサー王だったのですから。

 

「そうですね。すみません仁慈殿。ただでさえ負担がかかる貴方にそれ以上の重みを背負わせてしまって」

「いえいえ」

 

 なんてことのないという風に仁慈殿は異常な魔力濃度の砂漠を歩いて行く。その歩みに迷いなどなく、まるで影響を受けていないようでした。……こういうことを地でやるから周りから異様な目で見られるのではないでしょうか、と考えましたがすぐに改めます。きっとそのギャップも彼の魅力なのでしょう。何時の間にか少しだけ軽くなった心持で私も周囲を警戒しながら歩みを進めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ベディがヒロインって昔から言われているらしいので()


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能力と人格は比例しない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃー!落ちてます、すごい浮遊感です!」

「いやー!暗い!怖い!助けてとーたー!」

 

 二人の少女が叫び声を上げながら落ちていく。まぁ、その声の主はマシュと三蔵のお二人なわけだけど……それも致し方ないのかもしれない。なんせ特に心構えなんてしていない時に急に落とし穴に落ちたのだから。それも結構な深さのものである。内臓がふわりと浮かぶ独特の感覚が身体を支配する。

 

 さて、どうして俺達が現在落ちているのかというのか。そのわけを簡単に説明しよう。

 

 ベディヴィエールとの話し合いを終えた俺は、当時の目的通りオジマンディアスが居るピラミッドへと再び足を進めていた。円卓の騎士とも遭遇することなくのんびりと歩みを進めていたのだが、明確な領域と言える部分に差し掛かったのだろう。スフィンクスが露骨に増え始めた。そしてさらに進めば俺達の接近に気づいたニトクリスが巨大な映像と共に注意勧告をして来たりしたのだ。口調こそ強めだったがその内容はこれ以上進むと安全の保障はできないから早く帰ってという何とも彼女らしい理由だった。一応スフィンクスが襲い掛かってきたりもしたのだが、ぶっちゃけ今の戦力はあり得ないほど充実している。アーラシュさんまじパネェっす。

 

 と、ここまでは順調だったのだが、スフィンクスを倒して再び歩みを進めようとしたら急にマシュが落とし穴へと吸い込まれるように落ちてしまったのだ。暴れているうちにその地点へと向かってしまったのだろう。続けざまに三蔵まで堕ちてしまったので俺達も彼女たちを追いかける形でその穴に落ちていったとそういうわけである。

 

 

「おっと、仁慈君上は見ないでくれたまえ。スカートの中身が見えてしまうからね」

「あ、ダ・ヴィンチちゃんの下着とか興味ないので」

「トナカイ。上を見たら殺す」

「一々言わなくても見ないから……」

 

 そもそも落とし穴の中は暗くて見えないってば。

 上から俺達を追いかけるようにして落ちてきているアホ二人組を適当にあしらうと、鞄の中から武器を取り出し、落とし穴の壁に突き立てる。普通なら壊れてしまうような扱い方だが、そこは師匠が作り出した武器。何の変哲がなくても丈夫さは一級品なのだ。

 ガリガリ壁を削りながら重力に従い下へ下へと落ちていく。時間にしてみれば三十秒ほどの時間ではあるが落下でこれは中々長い。普通の人間なら両足くらいへし折っても何ら不思議ではない距離だった。

 

 勢いを殺したおかげで大した負担もなく落とし穴の底に着地する。……三蔵は着地に失敗して潰れたカエルのような声を出していたが、それ以外の面々はそれぞれ無事に着地で来たようだった。流石サーヴァント。この程度の高さはどうってことないのか。

 

「―――っ……!すみません真っ先に落ちてしまって。皆さんは無事ですか?」

 

 ちょっとだけ痛かったのだろう。一息堪えるような吐息を漏らした後マシュが他の面子の安否を確認する。その問いかけに対して俺を含めX、サンタオルタ、ベディヴィエール、ダ・ヴィンチちゃん、アーラシュさんに藤太は普通に返したが三蔵だけ若干涙目で返事をした。

 

「聊か情けないぞ三蔵……。ところで結構な距離を落ちたな、空気は存在するようだが」

「案外地下にある秘密の工房とかだったりしてな!」

 

 涙目で尻をさすっているであろう(予想)三蔵に対して藤太が呆れつつ、冷静に現状を確認する。アーラシュさんはその情報から冗談交じりでそんなことを口にした。

 

「―――――流石、名だたる大英雄。その慧眼、見事なものだよ」

 

 すると、俺達以外の声がアーラシュさんの言葉を肯定した。どうやらここには俺達以外に人がいたらしい。敵意は感じないが、どう転ぶのかはわからないので取り合えず今の情報を纏めてみよう。気配からして普通の人間ではない。明らかにそれはサーヴァントのものだ。声の低さから見て男性。声のトーンによどみがないことから少なくとも俺達に対する怯え等の感情はなし。……残念ながら現在わかるのはこの程度のことだ。せめてクラスだけは分かるようにしたいなぁ。

 

―――やめて!これ以上僕の仕事を取らないで!

 

 何処からかロマンあふれる電波が聞こえた気がするけどそこはいいや。

 

「……ははっ、警戒するのはもっともだけどもう少し君は肩の力を抜いたほうがいい。―――ともかくこのまま暗闇に紛れて話していては疑われても仕方がない。どれ、明かりをつけるとしよう」

 

 瞬間、暗い空間に順応し始めていた目が強烈な光を感知する。その為少しだけ眩暈にも似た感覚を覚えたものの数秒で慣れた。少し見渡してみれば、そこには静謐のハサンを助けたところで見たような石塚でできた空間が広がっておりパッと見るだけでもいくつかの道に分かれている。

 そして何よりも重要なのが、その空間で一人佇んでいる男性の存在である。彼はインバネスを着込み片手にはパイプを持っている。顔は大多数のサーヴァント達に漏れることなく整っており、袖口からは虫眼鏡のようなルーペのようなものがついている機械の触手のようなものを生やしていた。

 全体的にそこまで強そうには思えないが、英霊たちに対して外見での印象は役に立たない上にこいつの表情は何処か胡散臭い。なんていうのだろうか。強いて言えばダ・ヴィンチちゃんに近いイメージがある。自分だけ理解しており次々と物事を進めていくようなそんな頭のいい奴特有の雰囲気を感じた。

 

「姿が確認できたところで改めて、ようこそ諸君。神秘遥かなりしアトラス院へ。私はシャーロック・ホームズ。世界最高の探偵であり唯一の顧問探偵。探偵という概念の結晶。明かす者の代表――――キミたちを真実に導く、まさに最後の鍵というわけだ!」

「……うわぁ」

 

 満面の笑みでそんなことを伝える不審な男―――改めシャーロック・ホームズ。はっきり言おう。全く以って信用できない。だって人間性は底辺言っているし、薬物依存症だし……。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 シャーロック・ホームズ。

 ミステリー系主人公として彼ほど有名な人物も居ないだろう。頭脳の怪物と呼ばれるほど頭の回転が速く、バリツという謎武術を始めとした物理にも強いというマルチ探偵である。相棒のワトソンに迷惑かけたり、死にかけたり、薬物中毒だったりと割とろくでなしな部分もあるけれど。

 

 とりあえず長々と何かしらを語っていたけれど簡単に言ってしまうと協力はするけれども仲間にはならない。ロンドンで情報を整えておいたのは私だ。これから先には色々なことが知れる場所があり、それを防御する脅威を取っ払ってもらおうの三本だった。

要するに露払いが欲しいらしい。シャーロック・ホームズはバベッジさんにこの人類史を焼却しようとする事件の真相を追って欲しいと依頼を受けたからこそそう行動するのだといった。

 そんな彼にマシュは大興奮である。嘗てロンドンにレイシフトする際にはシャーロック・ホームズうんぬんでロマンにツッコミを入れたというのに実は彼女も結構なファンだったらしい。

 

 ともあれ、そのような経緯を経て利害の一致から行動を共にするようになったわけだ。彼は移動中、戦闘中に限らず色々なことを聞いても居ないのに教えてくれた。この場所――――アトラス院がどのような施設なのかというのが最たる例だろう。どうやらここは結構な秘密兵器を開発したりするところであるらしいとか、俺の采配の感想だとかである。後はそう――――魔術王のことについて聞かれた。

 

 それは物凄い食いつきようだった。この事件(人理焼却)の真相を追い求めているのだから魔術王の情報については意地でも知っておきたいのだろう。けれど、正直に言うと、あの時は細かく観察している余裕なんてものは全くなかった。必死に抵抗しているだけだった。マシュもXもそうだったのか具体的なことは殆どわからなかったが、其れとは同時にXだけは何処か決定的に違うという印象があったらしい。ホームズはそれこそが重要だと言ってマシュにスケッチをお願いした。スケッチで何かわかるのか……。

 

 

「――――成程。実に有意義な情報だった。恐らく、魔術王の正体……そのほんの一端だけだがね」

「今ので何かわかったのかい?」

「その通り。恐らく魔術王は鏡のような性質を持っているのだろう。彼に問いかける人物によってその性質を変化させる。乱雑なものが問えば粗暴に、賢明なものが問えば真摯に答える。残忍な者は彼を残忍な者と捉え、穏やかなものは彼を穏やかな者と捉えるだろう。自分を持っていない……ということではない。複製の属性を持ちそれらの中で対峙する者に最も近しい性質を引き出しているのだろう」

「ですが、あの時魔術王はこちらにまるで興味がなさそうでした。そのような性質を持っている人は――――」

「――――さて、そこの所は確信が持てないから私の口から言及することはできないな」

 

 ……一瞬だけこっちを見たのは気のせいだと思いたい。

 こうしてシャーロック・ホームズは次々とその考えを披露していった。今までに出なかった発想がこうもポンポン出てくるのは流石世界一有名な探偵と言ったところだろう。只、後ろで歩いているダ・ヴィンチちゃんがひたすらに表情を引きつらせていたのが印象的だった。小さく「成程、こう他人から見えているのか。これはうざい」と呟いている。人の振り見て我が振り直せ。どうやらシャーロック・ホームズはダ・ヴィンチちゃんにとっての鏡になったらしい。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ところで君たちはここに山の翁の話を聞いてやってきたのかね?」

「……呪腕さんの事ですか?」

「いや彼の事ではない。初代山の翁と呼ばれる人物のことだ」

 

 初代山の翁という言葉にその場に居たほとんどの人物が首を傾げた。だが、仁慈だけ心当たりがあったようでガタガタと震え始める。どうやら彼の中で初代山の翁はスカサハに次ぐトラウマになってしまった可能性があった。

 

「まさか私の推理が外れるなんて……」

「何で俺を見るんですかねぇ」

 

 チラチラとホームズは仁慈に視線を向ける。一方、ホームズ()から熱烈(意味深)を送られていた仁慈は己の身体を抱いて自身の身体能力をフル活用し、列の最後尾へと跳んだ。身の危険でも感じたのだろう。

 

 そんなことがありながらも彼らはアトラス院の中心部に到達した。その場所はカルデアの管制室に似た構造をしており、上には地下にも拘わらずどこまでも澄み渡った空が存在している。アトラス院が地下にある以上偽物なのだろうが、本物と謙遜のない風景であった。中央には天高くそびえたつ鉄柱のようなものが何本か作り物の空を穿たんばかりに存在していた。

 

「あの中心にあるオベリスクがアトラス院最大の記録媒体。疑似霊子演算器トライヘルメス。カルデアに置かれている霊子演算器トリスメギストスの元となったオリジナルというわけだ」

 

 仁慈達はそこでこの光景がカルデアの管制室に似ていることに気づいた。砂にその大部分を隠しつつも面影が残っているその風景を見ている仁慈たちを置いてホームズはあらかじめ回収しておいたアクセス権を使って彼の知りたいことを検索しようとする。

 

「で、結局君は何を知りたいのさ」

「これはレオナルド・ダ・ヴィンチじゃないか。……何か用かね?」

「用なら今言ったはずなんだけどね……」

 

 

 

「ははっ、わかっているとも。英国紳士たる者冗談の一つも言えないといけなくてね。――――さて、私の知りたいことだったね。それはあらゆる記録、記述から抹消された事件。2004年日本で起きた聖杯戦争の顛末を」



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人類最後のマスターとは

遅くなって申し訳ありません。
今回はいつも以上に頭を空っぽにして見てください(ジャンピング☆土下座)


 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

「―――――」

『―――――』

 

 誰もが言葉を発することができなかった。ホームズが知りたいことが、2004年特異点Fと呼ばれていた場所で行われていた聖杯戦争ということの顛末だということは分かった。唖然としているのはそのことに対してではない。それを調べた結果に仁慈達は唖然としていた。

 特異点Fについて調べるにつれて、仁慈達に惜しみなく力を貸してきてくれた人物に怪しい疑惑が持ち上がったのだ。

 まず特異点F……2004年に行われた聖杯戦争の勝利者である前カルデアの所長、マリスビリー・アニムスフィアであったという。……だが、それが人理焼却の引き金になったのかと言えばその可能性は低いという。実質カルデアを崩壊させたレフがカルデアにスタッフとして入って来たのは2004年以前であったらしいからだ。だからこそ記録、記憶からどうしてこの顛末が抹消されたのかがわからなかった。ついでに、その聖杯戦争が起こった翌年に医療部門トップに着いたロマニについても同様である。間違いなく普通の人間にも拘らず、その経歴は一切が不明と来ている。トライヘルメスでも検索は可能だがその時間はないらしい。そう……特異点Fの真相の一端を知った結果、今まで仁慈達に惜しみない協力をしてきたロマニに疑いの目が向いたのだ。

 最終的にホームズはロマニを何の関係もないけれど物凄く謎の人物と表現した。―――ここまでシリアスに語り、ロマニのことを信頼できないと言った最終的な結論がこれである。大なり小なり口がきけなくなるのは正常な反応だと言えよう。

 

「………つまりはミスリードの為に出て来た人物ということに……?」

「どこかドクターらしいですね」

 

 本人が聞いたら涙目で両手を地面につけるだろうことを宣う仁慈とマシュ。カルデアに居る面子が濃すぎておかしいだけで、ロマニも十分に濃い気がするのが、ロマニを霞ませている本人たちには自覚などなかった。

 

「私としては笑い事ではなく彼は重要参考人なのだ……。なんせこの聖杯戦争のことを黙っていたのは確かなのだからね―――っと、カルデアの経歴を探しているうちにミス・マシュに力を貸している英霊の正体がつかめてしまった」

「……えっ」

 

 思わず、という風に言葉――いや、もはや吐息と言ってもいい音を漏らしたのは当然指名を受けたマシュである。今までは知る機会のなかった自分に力を貸してくれる英霊の正体。それは嘗て彼女が心の底から望んだものだった。

 しかし、周囲の反応は微妙と言えば微妙なものであった。ぶっちゃけてしまえばマシュ以外の人たちは彼女の中に居る英霊の名前を大まかに予想できてしまっているからである。特にベディヴィエール、ヒロインX、サンタオルタなんて一目見た瞬間からあっ(察し)というレベルだったのだ。

 

 故に考える。これは少しばかりロマンがないというか、こんなあっさりばらしてしまっていいのかという問題である。このまま普通にホームズがマシュに力を託した英霊の名前を出すことに実害などは起きない。唯一の懸念と言えば、真名を知っても尚彼女が真の宝具を発現させることができないことがあげられるが、そんなものがなくても十分彼女はカルデアで唯一無二の立場を獲得しており、今更宝具の有無なんかで拒絶したりしない。何より彼女自身も落ち込みはするが、歩みを止めることはないだろう。そう、問題は何もないのだ。強いて言えば周りの人間の心情がパッとしないということだけである。当然、そんな超個人的な上に割かしどうでもいいレベルの葛藤なんて本人の意見の前には無力なので、マシュが此処でホームズに真名を聴きたいと望めば粛々と従うしかないのだが。

 

 周囲の人たちが(色々な意味で)ドキドキと見守る中、マシュは静かに口を開いた。

 

「……すみませんミスター・ホームズ。その答えを、聞かないという選択肢はありませんか?」

「理由を聞いてもいいかね?私の見立てでは君は真実から目を逸らすような愚か者ではないと考えていたのだが」

「とても個人的な理由で恐縮なのですが、やはりここまでお世話になった以上は私自身で気づくことが重要なのではないかと考えました。教えを乞うことは決して恥ずべきことではありません。けれど、一度も自分から探求せずに、安易に答えを受け取るのも違うと思います。―――それに、私も結構なミステリー好きなので……その……」

 

 後半に連れてその声の大きさを小さくしていくマシュだが、ホームズには彼女の真意が伝わったらしい。一度だけ目を大きく見開くと今度は眼ではなく口を開けて笑い出した。

 

「ッハッハ!そうだったね。君は私たちの話を深く読み込むほどこの分野に傾倒していたのだった……であれば、謎の一つや二つ自分で解決したくなるのも心情だろう」

 

 一体何が何だか、変なところで学が浅い仁慈には理解できなかったが、これだけは理解できた。ホームズはマシュの中に居る英霊の名前を口にすることはないということを。

 妙な安心感がヒロインXを始めとする円卓の騎士たちの中に満ちる。だが、自らを明かす者の代表と語っただけのことはあるホームズ。このまま何も解き明かさないまま口を結ぶかと言われればそんなことなどまるでないのだ。彼は安心しきっている仁慈達に見せつけるかのようにニヤリと唇の端を吊り上げた。そして、次の瞬間驚くべき言葉を口にしたのだった。

 

「では、そこに居る人類最後のマスター。樫原仁慈のことについて解き明かすとしよう」

 

 再び、誰も言葉を発することができなかった。

 そしてこの場に居た全員が思う。世界最高の知名度を誇る名探偵は、その称号を受け取るに相応しい頭脳と経歴を持つ代わりに、人に対する配慮や物事の過程とその説明を神にでも差し出したのではないかと。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「仁慈君のことを解き明かすだって……?」

「その通り。実は先程まで未解決の事件やらその他私情を多分に含んだ理由から色々調べて回っていたら、そこの彼が起こす事象が次々と出て来たものでね。つい」

 

 つい、なんて軽いノリで俺のプライバシーが損害されていくことなんてありえるのだろうか。これは酷い。こんなんじゃ俺、世界を救いたくなくなっちまうよ……。

 

 というか皆さん驚いているだけで、誰一人としてホームズを止めに入らないんですけどどうしてなんですかね。とりあえず我らが頼れる後輩にアイコンタクトで意思疎通を図ってみれば、そこには私気になりますと目を輝かせた後輩の姿があった。

 その瞬間マシュが俺の味方になってくれないことは確定したので、別の人物に片っ端から視線で語り掛ける。しかし、誰も彼もが俺と目を合わせることはなかった。まさか、あのアーラシュさんやベディヴィエールからも目を逸らされるとはこの仁慈の目を以てしても見抜けなかったわ。

 

「さて、ここで話してほしくない人物など居ないと思う。それは推理するまでもない。見ただけではっきりとわかる。……では、なぞ解きを始めようか」

 

 俺の方を見なかったのは何故なのか理由を小一時間問い詰めたいと切に思った。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「本来事象とは個人の行いには使われないのだが……仁慈君のは観測されている。それは何故か……調べていて初めに抱いた疑問はそれだった。しかし、その中身を見て驚いたよ。彼は不自然極まりないことをごく自然に行っていた。君たちにもいくらか身に覚えがあるのではないかな?」

 

 話を振られて思い浮かぶのはマスターという立場に関わらず常に最前線を走り続ける仁慈の姿。英霊は愚か、おとぎ話に出てくるような怪物たちすらも一蹴して歩く現代人とは思えない一般枠マスターの姿である。一方本人である仁慈も想像を膨らませていた。主にスカサハとの修行とか修練とか稽古とか……晩鐘とか。

 

 それらは決して鍛えていたという次元で何とかなる相手ではなかった。条件としてはYAMA育ちなら可能性があったであろうが、生憎仁慈はそれ相応に続くキチガイの家系ではあったが決してYAMA育ちではなかった。けれどもそんなことは関係ないと言わんばかりに彼は己の道を突き進んでいく。普通であれば、オルレアンは愚か冬木で死んでいるだろう。けれどもこうして生き残っている。

 

「まぁ、これについての考察は簡単だね。事象として現れるほどのものが彼に細工を施した――――こういった場面で一番出張ってきそうな存在を私たちはもう知っているはずだ。優秀な魔術師であれば尚の事」

「……抑止力」

「その通り」

 

 出来のいい生徒を褒めるかのようなものいいにダ・ヴィンチの頬が引きつる。よく見るとこめかみに若干血管が浮かんでいた。何処からどう見ても同族嫌悪だった。

 

「レオナルド・ダ・ヴィンチが言った通り、仁慈君に細工を行ったのは抑止力であり……それも人類の持つ破滅回避の祈りの方……アラヤだ。基本的に彼らはその名の通り起きた現象に対してのカウンターを行うものだ。つまり、あれにこの人理焼却の要因を取り除くことはできない。しかし、その分彼らはその要因に対して規模を改変し、絶対に勝てる数値で現れる――――それが……」

 

 ホームズはこれ以上言葉を発することはなかったがその瞳を仁慈にへと固定していた。もちろんこの意図を汲み取れないほど愚鈍なものはこの場に存在していない。全員が全員彼の言いたいことを察し、驚愕の表情を浮かべていた。

 つまり、抑止力・アラヤによって対人類焼却用の対策として作られていたのが目の前でマスターをやっている仁慈だということだろう。

 

 要するに仁慈のこれまでの歩みは仕組まれていたのだ。現在人理焼却という前代未聞の危機に対してのカウンターとして。それは到底普通の人間では受け入れられないことだろう。己の選択で生きて来たと思えば、それら全ては自分とは無関係に限りなく近いところで仕組まれていたことであり、そこに本当の意味での自分等存在しない。只万人のための最善を引き当てるための媒体に過ぎないのだから。

 

 マシュはどちらかと言えば仁慈に限りなく近い存在だ。他者の願望によって作られた存在である。故に自分ですら気づけなかった……気づけないようになっていた情報を知らされてどのような心境に在るのかが想像することができた。それは彼女が常日頃から感じていることと同じことなのだ。

 

「……へぇー」

 

 感心したように間の抜けた言葉を漏らす仁慈ではあるが、その声音に諦観や絶望などと言った負の感情はまるで乗っていない。きわめてごくごく自然に彼はその反応を返していた。強がりではない、我慢しているのではない、まして魔術で己の精神を弄っているなんてこともない。

 

 この反応に驚いたのは意外にも仁慈に全てを語ったホームズではなく、彼と行動して未だ日が浅い現地英霊たちである。彼らは皮肉なことに常識的だった。それはもう仁慈が驚くほど自分たちの感性に近かったのである。それがこうして仁慈の正気を疑うことになるなんて誰が予想したことだろう。

 一方、仁慈と行動を共にしてきた英霊たちは違う。仁慈が常人と違うことは今まで超えて来た五つの特異点でとっくの当に気づいている。むしろ、彼女たちにしてみれば、少しくらいうろたえてもらった方がよかったとすら思っていた。

 

「全く動揺していない……やはり、末恐ろしいよ君は。アラヤの後押しなど関係なしにね」

「普通にその程度は予測できたんでしょ?そう確信してないとこんなこと話せないだろうし」

 

 きわめて常識的な仁慈の癒しともとれる現地英霊たちの予想は全うで正しい。只、その対象が真っ当ではない人物筆頭の奴だっただけで、普通の人間なら発狂とまではいかなくても放心。最悪人理修復が続行できないということになりかねない。いくらホームズがろくでなしだとしても流石に人類に対する致命的な行動は起こさないだろう。故に彼は初めから仁慈がこの程度のことで自我を崩壊させるなんて思っていなかったのである。だからこそのカミングアウト。ここまで計算しての発言なのだ。

 

「―――当然だとも。あの晩鐘を五回も聞いておきながら、平然と目を覚ますほどの精神力を持っていることは既に調査済みだからね。……その精神は正直感服するほかないけれど」

「慣れって怖い」

 

 ここに来るまでそれこそ精神を病む勢いで無茶を続けて来たためであろう。仁慈はそういったことに対してダメージを受けない。むしろその抑止力というやつの所為でこれまでの仕打ちを受けて来たのかと怒りを燃やす始末である。

 ホームズはその様子の仁慈を見てわずかに笑うと、彼に近づいて行き耳元であることを呟いた。それを聞いた仁慈は怒りの表情を一転させ、一瞬だけ目を見開くとホームズと同じように薄く笑ったのであった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 (勝手に行われた)俺の話が一段落した(トラウマによる閉廷である)のち、ホームズは次の話題に話を移す。その話題とは即ち獅子王の目的についてだ。彼女の目的はオジマンディアスと変わらない。己の民たちを守ることであるらしい。しかし、その方法は聖槍ロンゴミニアドの外殻である聖都キャメロットに善性しか持たぬものを収容して修めてしまうという方法であった。それも自分たちの民以外の全てを崩壊させてまで実行するという最悪の情報付きであった。自民を守るためだけなら納得する者も居たのだが、他の全てを犠牲とするのであれば認めることなど不可能である。特に厳密にいえば同一人物のようでそうでないが、大体同一人物なヒロインXとサンタオルタ……彼女たちは特に獅子王の所業を認めることはできないと持っている聖剣を強く握りしめる。

 

「これは許しがたいな」

「全く以ってその通りです。そんなことをしていると赤のパチモンセイバーあたりからやはり青はオワコンとか言われて煽られるに決まってます!……もう既に二回もカルデアの前に立ちふさがっているんですからこれ以上敵対なんてしたらまたアーサーかなんて言われかねませんよ」

 

 ここまで気にするのがそのことなのかと呆れ半分の俺であはあるが、しかしそれでも彼女たちが下した結論についてはおおむね同意見である。別に自国民を守ることは悪いことではないのだが、それ以外の全てを滅ぼすとなれば話は当然別である。さらに正直なことを言ってしまうとここは決してブリテンではなく獅子王は王ではなく部外者だ。ぶっちゃけそこまでしてここで統治する資格なんてものはない。

 

「君がその結論を下したのであればそうすればいい。私も自身の調べ物は済んだことだし、退散するとしよう」

 

 これまで散々引っ掻き回してくれたホームズを先頭に、トライヘルメスが置いてあった部屋から離れ、地上へ帰るための道を行く。もちろんアトラス院の性質から外へ出ようとする者に対して過剰と言えるまでの防衛装置が働いてきたのだが、ここには一騎当千の英霊たちが存在しており、所詮魔術師用に用意されていたそれは呆気なく突破されることとなった。

 

 そして、出口が目と鼻の先まで迫って来たあたりでホームズは俺達と距離を取った。どうやら話の中でも出てきたように彼はロマンや所長、ひいてはカルデアを信頼していないのではとマシュが問いかける。だが、意外なことに彼の返答は肯定ではなく、やることが残っているため行動を共にできないというものであった。用事があるならば仕方がないと言って引き下がるマシュ。その様子にダ・ヴィンチちゃん渾身のガッツポーズである。

 

「そうだ、最後に伝えて起こう。魔術王がどうして2016年を起点として人理焼却に踏み切ったのかということだ」

 

 別れ間際、ホームズがそう語りだす。

 話の内容は単純明快。魔術王がどうしてこの2016年という時代で人理焼却を始めたのかということだった。仮に人間が憎いなら自分が生まれている時にすればいいものを、彼はそうしなかった。態々自分が生きていた時代から大よそ3000年経ったこの時代を選んだのか。その理由は何なのかということを念頭に入れておくといいと、最後にホームズは言い残す。

 

 こういったところで、質問を投げかけるだけ投げかけたまま消えないで欲しい。心の中のもやもやが大変なことになるから。

 今は見えなくなってしまったホームズの背中、それがあった場所に俺は静かにそう呟いた。

 



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アッケナイモノヨ……

※この話に農民は出てきません。

……それにしても回を追うごとに更新する日が多くなってきている気がします。大変申し訳ないのですが、少々事情がありまして……恐らく後三か月はこのようなペースもしくは不定期更新のタグが働くほど空いてしまうかもしれません。
それでも更新できるのであればしていきたいと考えていますので何卒よろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 ホームズを本意ではないのだけど見送り俺達も自分の目的のためにアトラス院から脱出する。外に出てみると、相も変わらず肌が焼けそうなくらいの熱量を放つ太陽と、それらの熱を最大限に生かす砂漠が出迎えてくれた。先程まで太陽の光が届かず、尚且つ地下で涼しかったアトラス院に居たためそのギャップで体感温度がエグイことになっていた。

 

「うわっ……」

 

 急に10℃近い気温差にさらされた所為で少しだけ眩暈を覚え、頭を抱える。するとすかさずマシュが近くにより俺の身体を支えてくれた。その気づかいがとてもありがたい。やはり彼女は天使(確信)……これも久しぶりな気がする。

 

「どうしたの仁慈?もしかして太陽の光に目をやられちゃった?」

「三蔵よ。仁慈殿はあれでもマスターであり、人間だ。先程の場所とこことの気温差にやれられてしまったのだろうよ」

「…………そっか。仁慈ってば英霊じゃないのよね。すっかり忘れてたわ」

 

 忘れられてたかー。

 ダ・ヴィンチちゃんの開発した万能機器によって水分を補給する。それと同時に全身を魔力でコーティングしてこの砂漠に来た当初と同じ状態に持っていく。しばらくすればここにも対応できると思う。

 

「ッハハ!まぁ、仕方ないよな。仁慈はぶっちゃけマスターって感じはないしな」

「……(苦笑)」

 

 これには流石のベディヴィエールも苦笑い。この特異点においては彼が一番俺達との付き合いが長いためにフォローができないので居るのだろう。彼は俺に遠慮するように笑った。苦笑だけど。その気づかいはとても嬉しい。しかし何だろうどこか胸が痛かった。

 

「―――――ッ……!和やかな空気はそこまでです」

「こちらの行動は読まれていたようだな」

 

 無言の攻撃に胸を痛めている際、この中で最も色物枠のサーヴァント二人Xとサンタオルタが異常を感知したらしく己の得物を取り出して戦闘態勢を整えた。そこで俺も近づいている気配を悟る。

 我がカルデア屈指のギャグキャラである彼女達がここまで過敏に尚且つ真面目(シリアス)になる相手は少なくない。それはこの第六特異点において明確に敵として定義できる者達。そう、円卓の騎士たちである。

 二人が視線を向ける先には馬に乗った騎士たちがこちらからもはっきりと確認することができた。来ている甲冑は鮮やかな紫色。その風貌には身に覚えがある。俺達が呪腕さんたちが住みかとしている村に行く際に追跡をしてきた円卓の騎士であり、その中でも最強と言われている湖の騎士ランスロットである。

 

「ランスロット卿。発見しました。例のカルデアという機関に所属している人間かと」

「……相変わらず、この手の読みは鋭いな……。敵の姿は私の方でも捉えている。アーラシュ・カマンガーに三蔵法師殿。私が相手にしたアーチャーも居る………ッ!?」

 

 俺達でも捉えられるくらいに近づいているのだから当然向こうも気づいている。その証拠にランスロットの表情はこわばっていた。今までの対応からして恐らくXとサンタオルタを見て驚愕しているのだろう。ガウェインですらそのような反応を返したのだから予想はできる。

 これで精神的に動揺して実力が鈍ってくれればいいんだけど……甘くは見ないでおこう。彼女たちに説得してもらうようにはしてもらうけど。一々戦っていたらこちらの戦力が持たない。……多分オジマンディアスの所で戦闘になるだろうしねぇ。

 

 それらのことを含めた視線を彼女たちに贈ると、二人は渋々頷いてくれた。普段どれだけふざけていても流石は王様。大局を見据えてらっしゃる(熱い手のひら返し)……それはともかくとしてどこかマシュから怒気というか、黒いオーラというか……不吉な気配を感じるのだけれど気のせいだろうか。

 さりげなく声をかけてみるが、マシュはとてもイイ笑顔でなんでもありませんと還すだけだった。一体どういうことだろうk――――いや待てよ。ランスロット、マシュに力を貸している英霊の正体、その関係………あっ(察し)

 彼女が不機嫌な原因のようなものに辿り着いた俺は答え合わせとして、同じく円卓の騎士であったベディヴィエールに確認を取る。

 

「(ベディヴィエール、ベディヴィエール。あちらをご覧ください)」

「(?どうしたのですか、仁慈殿――――あっ)」

「(もしかしてマシュがああなっているのは……彼女に力を貸している―――)」

「(十中八九そうでしょう。いや、むしろそうでなければレディ・マシュがああなる理由が見えません)」

 

 お墨付きをもらったところで俺はこれから起こる事態を想像することができた。これはどうしよう。止めた方がいいのだろうか。いや、可能性の話としてマシュが自身の感情を完璧に抑え込み、普通に戦うという選択肢もあるやもしれない。結論を下すにはまだ早い。

 

「王……?」

「えぇ、王様ですよ。貴方たちが愛してやまないアーサー王ですよ。……そこの黒いのが」

「私に振るのか」

「いえ、今更ながら私は謎のヒロインXということを自覚しまして。最近謎してないなぁと思ってしまいまして……」

「安心するがいい。はじめから謎などなかった」

 

 お前らもいつも通りなのかよ。

 先程までの真面目な雰囲気を早くもかなぐり捨てて普段通りのやり取りをするWアルトリア。どうやら目の前のランスロットはスルーされているご様子。湖の騎士も困惑顔を浮かべていた。

 

 こちらとしてはその隙にいつでもことを構えられるようにしてある。三蔵は普段通りだけど、藤太とアーラシュさんは弓に矢をつがえ始めている。ベディヴィエールも自身の右腕を構えていた。一応そう簡単に使うことはないと思うけど、彼は彼で頑固だ。きっとこちらが不利になったらすぐに使うだろう。その辺のことも考えてなければいけない。彼の右手は獅子王に取っておいてもらわないと困るし。ダ・ヴィンチちゃんもキャスターらしく後ろに下がって眼鏡をかけていた。あれが戦闘態勢なのである。

 

「―――いや、我が王はあの御方のみ」

「……意外です。ガウェインよりも動揺するかと思いましたが、そこまでではなかったようですね」

「私とて騎士の一人。一度誓った忠義は違えません」

 

 Xの言葉に彼は言葉を震わすことなく毅然とした態度で言い返した。その様子を見て俺は少しだけ反省する。ランスロットは言い伝えからして少し思うところがあった。実際の円卓の騎士たちの様子を見てその考えは更に加速した。けれど、実は俺が思っているよりもよっぽどまともな人だったのかもしれない。

 

「格好つけているところ悪いが、ランスロット卿。足腰が震えているぞ」

 

 サンタオルタの指摘に俺はそちらに視線を移す。すると、毅然とした上半身とまるで相反するように小刻みに震える下半身があった。それはもう、まるで上半身分の震えすらも下で引き受けているのではないかと思うほどのバイブレーションである。少しだけ気持ち悪い。そしてそのバイブレーションの所為で少しだけ身体が砂漠に埋まっていた。

 その様子に彼の部下たちである粛清騎士たちは何も言わない。只自分たちの前で剣を携えこちらを警戒しているだけだった。これは武士の情けならぬ騎士の情けなのだろうか。

 

「これは武者震いです。――――では、こちらもいい加減覚悟を決めましょう」

「……私たちとことを構えるということでいいのだな。ランスロット卿。……それは獅子王のやろうとしていることを真に捉えている上での事だと?」

「その通り。我が王は我々を召喚した差にご自身の目的を包み隠すことなく告げています。その上で、我々円卓の騎士たちに選択肢を与えました。すなわち、王に追随するか、抵抗するかを」

「……で、貴方は服従を選んだ―――んですよね。聞くまでもありません。既に宿しているギフトがその証ですし」

「故に―――覚悟を決めていただきます。異を唱えるのであれば、我が王の前で語っていただきます!例え綺麗な女性が相手だろうと、今回ばかりは容赦しません!」

 

 問答を終えたランスロットは、今までの情けない様子から一転しすぐさま歴戦の戦士の風格を醸し出す。それはまさに円卓の騎士最強を名乗るに相応しい覇気、技量も又その肩書が決して言葉だけでないことを示していた。

 ゼロから瞬時に加速することで彼の姿が一瞬ぶれる。それを合図に彼の背後に控えていた粛清騎士たちも動き出した。だが、彼らは既に矢を構えていたアーラシュさんと藤太の矢に牽制され、動くことができないでいた。

 一方初めに飛び出したランスロットは目の前に居たサンタオルタとXの横を通り過ぎ、一直線に俺の方へと向かって来ていた。アグラヴェインが居るからか、中心人物を狙うことに躊躇いはなさそうだった。

 魔力で強化していても対応できるかギリギリな速度で接近されているが、大人しく斬られるわけではない。できる限りの速度で回避行動を行う。

 

 だが、彼の剣が俺に振り下ろされる前にその剣の往く手を阻むものが居た。その人物はもちろん最高にして最堅であるマシュである。彼女の盾はランスロットの剣に押されることなく完全に抑え込み、尚且つ弾き返した。

 自身の剣を防がれたことに驚いたのか、後方に飛退いたランスロットは俺の前で盾を構えているマシュを驚愕した表情で見つめていた。

 

「私のアロンダイトを正面から受け止める……?それにその盾、いや……まさか……!」

「先輩、お怪我はありませんか?」

「も、問題はないけど……」

 

 チラリと様子を見るためにこちらに振り返ったマシュの様子を見てみる。浮かべている笑顔はとてもキレイだ。けれども、それ以上に背筋が凍るように寒くなる。まさに絶対零度。レジアイスもびっくりの冷たさだ。

 

「どうかしましたか?」

「なんというか……マシュさん怒ってます?」

 

 確実に先程よりも怒っている。最早疑いの余地はない。全身から私怒ってますオーラが感じ取れるくらいには怒気を放っていた。

 

「怒る……?おかしなことを言いますね先輩。私のどこが怒っているっていうんですか?」

「アッハイ」

 

 その口調が既に怒っていると思うんですけど言いません。怖いから。

 スッと彼女から目を静かに逸らした俺をいったい誰が攻められようか。普段天使天使しているマシュの怒気はそれはもう恐ろしく、下手に刺激して俺もそれにさらされようなら1日は立ち直れない自信がある。故に俺は眼を逸らすという戦略的撤退を取ったのだ。

 

 と、彼女から逃げるように目を逸らすとその先には俺―――正確にはマシュだろう―――に対して指を向けているランスロットの姿があった。

 彼は先程Wアルトリアと話をしていた時以上に身体を震わせながら恐る恐る口を開いた。

 

 

「……もしかして君は、ギャラハッド!?」

「―――――――」

 

 

 

 

 空気が死んだ気がした。

 ギャラハッド―――その名前が出た瞬間に、こちらを包囲しようとしていた粛清騎士たちも、それを足止めしていたアーラシュさんと藤太も、いつでも動けるように準備していたダ・ヴィンチちゃんと三蔵、Xにサンタオルタそしてべデイヴィエールも等しく動きを止めた。

 

 原因は分かり切っている。

 俺の目の前で盾を構えているマシュの雰囲気が一変したからだ。

 

 それは魔力の膨大な魔力の流れ。これまでは感じることのなかった渦巻きがマシュを中心に表れているい。これほどの魔力を纏った彼女を見たことはなく、正直何が起こっているのかわからない。只、俺が此処で言えることと言えば――――

 

 

 

 

「ホームズですら我慢してくれた真名(秘密)を此処でバラすのか……」

 

 

 

 

 という一点のみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 マシュを中心として現れていた魔力の渦はすぐに収まった。特に周囲に被害を与えることはなかったが、だからと言って何の影響もなかったというわけではない。何よりマシュ本人に見違えるほどの変化を起こしていた。

 どこか守るところが少なかった鎧はその防御範囲を拡大させ、腰には細い剣のようなものが差さっていた。何より、先程とは段違いの魔力を彼女から感じることができた。まるで、英霊の身体を構成している霊基の質が一つ上がったような……はまりかけのピースが完全に収まる場所へと収まったような雰囲気だ。

 

「ギャラハッド……フフッ」

 

 ランスロットの言葉を受けてマシュは笑う。それは決して大きな声ではない。只、我慢できないという風にこぼれた静かな笑みだった。しかし、その場に居る全員の注目を集めるには十分なナニカを纏っている。三蔵法師は若干涙目であり、いつの間にか仁慈が着ているカルデア制服の袖をつまむ始末だ。仁慈に関してももはやどうすることもできまいと激流に身を任せるような心持をしていた。

 

「全て合点がいきました。私がここまで昂っているのも、ガウェイン卿を見て心を痛めた理由も、特異点Fでアルトリアさんを見たときの衝撃も、全て」

 

 静かに言葉を紡いでいくマシュ。その声音は――――冷たい。

 

「合点がいきましたので、改めて――――決闘です。サー・ランスロット。私は私の霊基(カラダ)が叫ぶままに貴方を叩き潰します。こう、マシュっと」

「………えっ」

 

 その時、余りにも間の抜けた声を漏らしたランスロットを誰も攻めることはできなかった。

 こうして時間を超えた奇妙な親子対決が幕を開けることになったのである。その場に居るサーヴァントのほとんどを置きざりにして。

 

 

 




ホームズですら気を遣えたというのにランスロットェ……。


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堕天使

割とよくあるタイトル落ち。


 

 

 

 

 

 

『先輩―――いえ、マスター。シールダーであるこの身ですが、今だけは最前線に出ることを赦していただけないでしょうか』

 

 我らカルデアでも天使と名高い最堅の後輩ことマシュ・キリエライトは普段と変わらない笑顔で俺にそう言い残して、目の前の敵へと向かって行った。……しかしその気配は今までにないほどの気迫と覚悟に満ち溢れている。故に俺に止めることはできなかった。今の俺にできることは彼女の無事を祈りこの場で待ち続けることである――――。

 

 

 

 ―――――なんて、かっこいい表現をしてみたのだが実際にはそこまで緊迫した状況ではない。マシュが俺の元から離れて盾としてではなくサーヴァントとして戦いに行ったのは事実なんだけれども……俺の視界に移る光景はもはや戦いと呼べるものではなかった。

 

「これで……倒します!」

「くっ…!例え、君が相手でも大人しくやられるわけにはいかない!」

「貴方の答えは聞いていません。大人しく潰れてください……!貴方の存在は先輩の教育に大変悪影響を及ぼします。これ以上アレになったらどう責任取ってくれるんですか?」

「えっ」

 

 後輩と思っていた人物がまさかのお母さんだった疑惑が浮上……?流石にそんなことはないだろうけど。まさかそんなことを考えていたなんて思いもしなかった。若干俺もディスられている気がしなくもないけど。

 

「先輩……それは、あそこに居るマスターの事かな?」

「サー・ランスロットそんなことは貴方に関係ないです」

「……貴様ァ!我が王だけでなく……!」

 

 矛先こっちに剥きだしたんだけどどうしてかしらね。ランスロットが親の仇を見るような目で俺を睨みつける。ついでに常人なら気絶しそうな殺気も丁寧に付属されている。しかし現実は非情である。親であり仇のように思われているのは何を隠そうランスロット本人なのだから。

 こちらに意識を向けている間にもマシュの攻撃は苛烈になっていく。アルトリアの宝具を始めとする数々の高ランク宝具を受け止めて来た彼女の盾の強度は既に保証されておりその強度から繰り出される攻撃は到底無視できるものではない。そしてさらにもう一つだけ、ランスロットがマシュの攻撃を無視できない理由があるのだ。

 

「これで……終わりです……!」

「待て、待ってくれ。君は私の何を……ナニを終わらせたいのだ!?」

「私は盾、シールダーのサーヴァントです。故にこれから貴方の剣にかかる相手を守るために……これ以上、犠牲者を増やさないために……此処で、断ち切ります!」

「な、何という気迫……いったい何がそこまで君を!」

「私の霊基が叫ぶんです!サー・ランスロット(穀潰し)の手にかかる女性の方々(犠牲者)を救ってほしいと……!」

 

 とても熱い場面なのだろう。マシュの願いは盾を持ち、守りたいと良く気持ちを強く持っている彼女らしいとは思う。聞いていて何の違和感もない。ないのだけれども、何処か何かが引っかかる。なんていうのだろうか。言葉としては何も問題はないのだけど言葉の裏にはどす黒い何かが隠されている……そんな予感がひしひしとしているのだ。

 

 けれども、何か含むところがあろうともマシュの気迫は本物だ。実際にギフトを受け取り一級サーヴァントの中でも最上位に位置するであろうランスロットがみるみるうちに押されていた。このままではまずいと彼も直感で感じたのだろう。自身が誇る技術を巧みに使い、マシュの質量による攻撃を、アロンダイトで受け流す。そして―――先程と同じように俺に矛先を向け、そのままサーヴァントの性能をフル活用して接近を試みようとしていた。

 

「貴様が、私の娘をこんな風にしたのか……!」

「あんたの子どもじゃねえだろ」

 

 接近すると同時に血迷ったことを口にするランスロット。その剣先は怒りに包まれていても鈍ることはなく真っ直ぐに俺の頭蓋を捕らえていた。このままでは直撃コース。しかし、一旦ヘイトが向かったことによってこちらの準備は既に万端である。回避する用意ならできている。

 無詠唱で発動できるまでに馴染んだ強化魔術を使って俺は剣を振り下ろす直前のランスロットの懐に入り込む。こういう時は逆に近づく。定石である。

 もちろんランスロットもそのことを理解している。ぶっちゃけ彼ほどの人物であれば懐に獲物が入り込んだ程度で攻撃を与えられなくなることはないだろう。それに今の彼はギフトを受け取っている。マスターである俺に対して警戒することは何もないはずだ。しかし――――令呪を使い捨てではなく、むしろ何回でも使えるようにしているカルデアの技術を舐めてはいけない。俺が着ている礼装にもいくつかそのカルデアから魔術をインプットされているのだ。令呪ですら回復できる技術が詰まっている魔術……弱いはずがない。

 俺は剣が振り下ろされる前にランスロットの鎧に手を当てると、そのまま自分の魔力を流し込みながら、魔術を発動した。

 

「ガンド!」

「―――!?」

 

 これこそカルデアが誇る最強(暫定)の魔術―――ガンド。その威力は第三特異点にて既に実証済み。神話級の大英雄。文句なしの最強格、公式チート主人公と言っても過言ではないヘラクレスですらその呪縛からは逃れることはできなかったのだ。いくらセイバーの対魔力があったとしても、流し込まれた魔力を経由し内部からの発動では分が悪いだろう。それに、これはカルデアの技術を凝縮したもの。…こんな好条件なのに破られたら冷たい目で見られちゃう。

 

 内心でくだらないことを考えつつ、ガンドの効果によって行動が一時的に不能になっているランスロットの腹を思いっきり蹴りつける。いくらサーヴァントと言えども、無防備な腹に魔力で強化した蹴りを受ければ仰け反るくらいのことはするのだろう、体勢を崩した彼は地面に線を残しながら後退していく。

 これだけでは彼に対して止めなど刺せるわけはない。そんなことは分かっている。だが、白状すると俺は唯の時間稼ぎだ。そもそもランスロットは一体誰と戦っていたのだろうか。そのことを忘れてはいけない。

 

「マシュ、新しいランスロットよ!」

「ありがとうございます先輩!」

 

 ランスロットが飛んでいった場所には既に自身の身長と同等の大きさを持つ盾をしっかりと構えているマシュがスタンバイしている。そのことに気づいたのかランスロットは必死に身体を動かそうとするが如何せんガンドの所為で身動きが取れない。彼の表情に一筋の光が走る。

 太陽の光を反射させて地面へと落ちていく其れはまごうことなき彼の冷や汗だった。それも仕方がないだろう。彼女が狙っているのは戦いが始まってからブレることはなかった。人体の急所。ただし頭でも、鳩尾でも、首でもその他諸々でもない。―――生殖器がぶら下っている―――いわゆる股間である。

 

「決着です。最期に言い残すことはありますか?」

「ま、待っt――――――いや、では一つだけ言わせてもらおう。……お父さん、女の子が乱暴するのはどうかと思うんだ」

「――――さようなら。穀潰し」

 

 もはや取り繕うことすらもやめた彼女ははっきりとランスロットに穀潰しと言い放ち、何と背後から彼の急所に衝撃が行き渡る一撃を放ち、見事円卓の騎士最強のランスロットの意識を刈り取るのであった。

 後に残ったのは戦闘後の静寂と、すっきりした顔のマシュ。太陽の光の熱を吸収した熱々の砂の上で白目をむいて痙攣するランスロット。呆れ顔の女性陣と俺と同じく冷や汗を流す男性陣が残されたのであった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

「………いやはや、拙者はどうすればいいのだろうか。強敵を倒せたことを喜べばいいのか、それともあのようなことで敗北をしてしまった彼を嘆けばいいのか」

「うーん、何はともあれ人数は減ったしいいんじゃないかな?」

「まぁ、いつも通りですね」

「真面目に戦えば円卓最強……なのだが……ハァ」

「あっはっは、苦労してんだな」

「娘は強いねー」

 

 普通に和気藹々と話しているようだけど、実はランスロットがダ・ヴィンチちゃん特性伸びびーるロープでぐるぐる巻きにされている挙句、ずっとマシュに冷たい目で見られているからね。

 みんな気にしていない当たり対応力があると取っていいのかそれとも適当なのかわからないけど。

 

「フォーウ!!(てしてし)」

「で、フォウ君はどうして俺のことをペシペシ叩いてくるんだろう」

 

 急に現れたことに関してもうツッコミは入れない。俺は割り切った。フォウ君は何処にでも現れていつでも消えることができる系マスコットなのだろう。

 

「フォウフォウ!(特別訳:ちょっと目を放した隙にあのマシュがとんでもないことになってるんだけど!?何かしたのかこのキチガイ!)」

「何言ってんのかさっぱりわからない」

 

 てしてしと肉球で叩かれているので痛くはないのだが、なんか妙に心が痛む。そんなフォウ君を肩に乗せつつマシュの元まで移動する。ランスロットが痙攣しているのだけれどもそこは俺の精神衛生上スルーを決めるとしてとりあえず彼女にはお礼を言っておかないといけない。経緯はどうあれ、結果としてランスロットという確実に強敵となり得るサーヴァントを無力化してくれたんだから。

 

「マシュ、ありがとう。おかげでランスロットを倒せた」

「――先輩のサーヴァントとして当然の事ですっ!」

 

 よかったいつものマシュだ。

 こんなことを言ってくれる彼女が先程まで暴風のような戦い方をしていたわけではないんだ。それが現実だとしてもきっとギャラハッドに当てられてしまった結果一時的にバーサーク状態になってしまったんだろう。そうに違いない。だって目の前の彼女はこんなに今まで通りじゃないか。

 

「なので――――――――これにもしっかりと止めを刺しますね!」

「ステイ」

 

 くるりと身体を一回転させた彼女はあろうことかせっかく巻き上げたランスロットのに狙いを定めて盾を振り上げ始める。やばい。マシュがオルタ化している。これ以上彼女が暗黒面に浸かるのはよろしくない。カルデアはマシュを清涼剤、鎮静剤として稼働している節もある(主に俺の所為)故にここで彼女の暴走を止めておかなければならないのだ。

 

「ちょっと待とうマシュ。いきなり殺るのはよろしくない。ほら、色々な情報持ってそうだしあの円卓メンバーの中では一番会話の余地がある人物だから……ね?」

「…………………そう、ですね。分かりました」

「うん。ありがとう。後お疲れ様、大金星だぞ」

「頑張りました!」

 

 本当にありがとう。

 マシュの太陽にも負けない眩しい笑顔を見て心の底からそう思う。……なんて、ここで終わればいい話で済むんだけども……どうやらランスロットが目を覚ましたらしくこちらを今すぐにでも殺しそうな目で見つめていた。だからマシュはあんたの娘じゃないでしょうが……。

 

 盛大に溜息を吐きながらどうしたものかと天を仰ぐ。

 すると太陽光が目に直撃し、危うくムスカになるところだった。

 それにしてもあの天使マシュさえ、あそこまで荒ぶる結果になろうとは……どれだけマシュに力を貸したギャラハッドの怒りが大きいのかが知れるなぁ。円卓の騎士、最高峰の騎士たちの集まりではあるんだろうけど……色々と内面的な問題抱えすぎじゃね?

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 何はともあれ完全に一段落したので、こちらを睨みつけていたランスロットに話しかけてみる。しかし残念。野郎はお呼びでないのか、娘(偽)を誑かした悪い男だと思われているのか彼は俺の話を全く聞いてくれなかった。小さく「我が王までこの男の毒牙に……!」とかわけのわからない言葉も聞こえた気がするけど、聞えなかった。うん。

 このままだんまりされるのも面倒くさいので俺は一度下がり、円卓の騎士たちが愛して止まないアルトリア(のようなナニカ×2)と見かけだけは極上の美女であるダ・ヴィンチちゃんをぶつけることにする。すると彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 獅子王と呼ばれているアルトリアの事と、円卓の騎士たちの事。そして彼らに与えられたギフトの正体なども教えてくれた。どうやら彼は彼で獅子王のやることに何か感じるところがあったのだという。それで止めに入れない当たりあいつは一生らんすろのままだ、とはWアルトリアの弁。

 何はともあれ、俺達は真の騎士()に目覚めたランスロットを開放し、彼が匿っている難民の元へと向かうことにした。

 普通であればここで真っ直ぐとオジマンディアスの所に行った方がいいのかもしれないけれども、そうもいかない。何ども繰り返すが俺は人間である。高濃度の魔力とかは割とどうにかなるのだけれども生物として正常な反応には逆らうことはできないのだ。簡単に言うと水が心もとないので食料と水を少しだけ補充するために行くのである。

 

「わぁ、すごい!本当に色々な人が居るわ!山の民、砂漠の民に難民の人まで!」

「……聖罰を行うのは恨みを残さぬため。であれば私の下で働かせ、食料と水を確保できればその必要はなくなるのだ。それ以上の意味はない」

「おっと、これは意外にもできた人物だったのかな……?」

「本当に能力は高水準なんですけどねぇ、いざという時に限ってポンコツ化するというかやることなすこと裏目に出るというか」

「しかし、見直したのも事実だ。その心意気、見事であるサー・ランスロット」

「………ありがたきお言葉」

 

 あそこまで低かった好感度をここまで回復させるとは……ランスロット、やはり天才か……。

 

「ほら、マシュからも何か言ってあげたらっ?」

穀潰し(穀潰し)!顔と日頃の行動に似合わずやりますね!」

「辛辣っ……!圧倒的辛辣……!」

「フォーウ……」

「あの嬢ちゃんがあそこまでになるなんてほんと、あの兄さんは何をしでかしたんだろうな」

「あ、あはは……」

 

 スッと静かに目を逸らすベディヴィエール。やはり円卓の騎士たちの闇は深かった。それはともかく、ここはどうやらオジマンディアスたちの領域ではないようで今の今まで全くつながる気配のなかったカルデアからの通信が聞こえて来た。もちろん繋がってから一番最初に聞くのはロマンの焦りに焦った声だった。

 

『――――t……よかった!やっと繋がった!仁慈君、マシュ!大丈夫だったかい?』

「大丈夫。何にも問題はなかった……うん、なかった」

『その返答はものすごく反応に困るなぁ。全然大丈夫そうじゃないんだけど……』

 

 ロマンは知らないままの方がいいと思う。ぶっちゃけ、マシュの親代わりって実はロマンだと思ってるし、そんな彼女があのような暗黒面を手にしたと知ってしまったら卒倒しちゃうんじゃないかな。

 

『……マシュの霊基が各段に上がってる……仁慈、私たちと通信がつながらない間に何かあったの?』

「あっ、居たんですね所長」

『…………ふぅー……。……えぇ、居たわよ?トッポみたいに最初から最後まで意地でも居るつもりよ?』

 

 トッポなんて知ってたんだ。てっきり見たこともないのかと思ってたけど。所長ってお嬢様っぽいし。

 

「そのことに関しては簡単さ。マシュに力を貸してくれて居る英霊に真名が判明したんだよ」

『何ィ!?そんな感動的な場面を僕は見逃したのかい!?』

『…………』

『えっ、なにこの空気』

 

 感動的ではなかった。驚愕ではあったけどね。やっぱロマンはあの光景を見るべきじゃなかったよ。

 

 なんとも微妙な空気になったものの、話自体は順調に進んでいる。ランスロットは自身の命を懸けてでも主人の行動を止める真の騎士()になった。反逆のことに関してもギフトは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。食糧と水の補給も完了した。というわけで今度こそオジマンディアスに協力を求めに行こう。俺はあの時ホームズから受け取った小さなメモ用紙をポケットの上から触った後に、何時の間にが四輪バギー改良型なんてものを作っているダ・ヴィンチちゃんたちの元へ向かった。

 

 

 

 

 




やはりガンドは強い(確信)


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ファラオ・オジマンディアス

 

 

 一方仁慈達が一度訪れた太陽神殿。長い歴史の中でも最も偉大なる王として知られる人物。ファラオ・オジマンディアスは神殿の最深部にて何かを待っていた。もちろん、その何かとは改めて口にするまでもない。一度見逃し、しかして再びこの神殿へと足を運んだ遥か遠い時空からの異邦人たち――――すなわち仁慈達の事である。今回此処に足を踏み入れるということはそれ即ち、勇者として現れたのと同義。であれば、優れた王であり、暴君であり、何より勇者たちの敵として立ちはだかる存在であるオジマンディアスは迷うことなくそうするのだ。

 

 そのことを知りながらも、同じ場所にて佇んでいるニトクリスは少しだけ、その端整な表情を歪ませていた。これは彼女が真にファラオとして未熟だからであり、それ故に誰しもが持っている当たり前の人間性を捨てていない証拠だ。……彼女は王となるには優しすぎる人物なのである。そのことを当然見抜いているオジマンディアスだがあえて言及はしていない。ファラオたるもの、その程度のことは己で対処して当然だからである。

 

「……ファラオ・オジマンディアス」

「よい、ニトクリス。貴様が何を思い、何を口にするかなどを予想するのは容易だ。……そしてこの神殿はもはや余の身体と言っても過言ではない。ネズミの一匹や二匹を知覚することなど造作もないわ」

「失礼いたしました」

「一度のみ許す。……しかし、何とも面白い駒をそろえてきたものだな」

 

 呟いてオジマンディアスはたった今自分の領域に侵入してきた人物を一瞥する。柵から解放されたマスターにそのマスターを健気にも守る盾の乙女。自ら性別を逆転させた飛び切りの変態(天才)、東方の武芸者、オジマンディアスに無断で砂漠を横断するという失礼ながらも偉業を成し遂げた僧、過ちを正すために生きて来た騎士と楔から解き放たれた騎士………果てには嘗て対峙した弓兵にそれと協力してた勇士の別の可能性が二人と来ている。まるで闇鍋でも開かれるのではないかと思えるほど統一感のないその集団に対して彼はクツクツと笑う。

 

 次に対する時には敵対するとニトクリスが伝えていたはずだ。にも拘わらず、この集団に緊張感などはない。彼らに対して仕向けていたスフィンクスを危なげもなく処理し、着実にその歩みをこの最深部へとむけていた。本来であれば不敬と断じるところであるが、王たるオジマンディアスは違う。むしろ、実に楽しみだと言わんばかりの笑みを浮かべて彼らの様子を確認していた。……最高の王にして暴君である彼にとって、勇者とはこれほどまでの存在でなくてはならない。この身を止めるのであれば、ごく普通に委縮する凡骨はいらない。彼が求めるは勇者。その名にふさわしい非凡を見せつけなければ面白くないのだ。その点で言えば、彼らは十分に合格だった。戦力とても現段階であれば問題はない。そして何よりも異邦人であるマスター―――樫原仁慈が《《己のことを少しは理解している》》ということもある。

 

 そう、紆余曲折あり未だ完全とまではいかないモノの、あのマスターは確かにオジマンディアスの期待に応えたのである。王が課した試練を越えた勇者たちには褒美を与えるのが真にできた王というもの。

 

「ただそれだけよ」

「……」

 

 ニトクリスはそこまで聞いて改めてオジマンディアスの偉大さに感服すると同時に、それだけではないということに気づいた。なんせ、彼の表情が明らかに楽しそうなのだ。その原因は果たして自分の目に合う勇者がやってきたことなのだろうと彼女は予想を立てる。

 

 ……このことに関して正解を求めることは流石に酷である。なんせオジマンディアスが思っている楽しみとは勇者の件もあるが何よりここではないどこかで行われた聖杯戦争に置いて彼の目に叶ったサーヴァントが仁慈達の所に居ることが理由だなんて彼女に分かるわけがない。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「一度来た時にここの構造は覚えています。こちらが恐らくファラオ・オジマンディアスがいる最深部です」

「さすマシュ」

 

 改めて神殿というよりピラミッドに潜入すると、マシュが道案内をかって出てくれた。一度来た時に覚えることができるあたり本当によくできた子である。後ろの方でランスロットが何やら騒いでいたが、マシュはこれを一撃で黙らせて何事もなかったかのように先に進み始めた。

 

 そんなこんなでオジマンディアスが待っている場所へ向かっているのだけれども、ここでおかしいところが一つある。神殿に入る前には砂漠でよく見かけたスフィンクスたちに襲撃を受けた。ここが自分たちの王であるオジマンディアスのいる場所であるためにこの行動に何ら不思議はない。けれどもそれがこの中に入ると一変して、俺達の往く手を阻もうとする者たちの姿がパタリ消えたのだ。スフィンクスも兵士たちもない。只ただ広く目に悪そうな構造の建物を進むだけとなっている。正直何処かトラップかなんかで一網打尽にされそうで怖い。

 

「なにもないことが不安か?」

「アーラシュさん」

 

 表情に出ていたのであろうか、普段と変わらず柔らかい笑みでアーラシュさんは話しかけてくれた。彼の言葉に俺は首を縦に振る。すると彼も気持ちは分かると言って軽快に笑った。

 

「気持ちはわからなくもないけどな……多分、平気だ。なんせこの場所でのファラオの兄さんはとんでもなく強いからな」

「……アーラシュさんはオジマンディアスと戦ったことが?」

「あぁ。……奴さん、この建物の中だと霊核を破壊しても再生するんだよ。多分、この建物から色々と受け取ってんだろう」

「そういえば、このピラミッドもオジマンディアスの宝具だって言われてた……」

 

 自分の領域に置いては不死身。それはとてつもなく厄介である。単純な力押しでは勝てない。恐らく根本的にこの宝具とのかかわりを断つか、もしくはこのピラミッド事フッ飛ばすしか対処法はないだろう。こちらとしてはまず会話による交渉から入るからそこまで物騒なことは考えたくないけれども……正直無理だと思うんだよなぁ。このピラミッドから離れるときにニトクリスも次会った時は―――みたいなこと言ってたし。

 

「―――まぁ、そこまで心配しなさんな。これまた俺の予想だけどな。向こうもそこまで俺たちの事悪く思ってないだろ」

 

 アーラシュさん曰く。このピラミッドはオジマンディアスの宝具である。故に此処に侵入した人物は逐一彼に把握されているのだ。それを利用して俺達の排除を行うことは簡単にできるのだという。

 けれども俺が不安に思った通り、俺達の追撃に現れた敵は誰一人としていない。……これはオジマンディアスが自分から俺達を呼んでいるのだと彼は言った。

 

「―――着きました。この先が、ファラオ・オジマンディアスのいる最深部です」

 

 先行していたマシュが歩みを止める。かなりの人数が居るので押しかけた瞬間怒られそうだなと、心の片隅で思いながら不安を払拭する。いざとなったら……その時の俺に任せるとしよう。うん。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「来たか」

 

 オジマンディアスは自分の領域に不敬にも大人数で乗り込んできた仁慈達に視線を向ける。その行いは不敬ではあるが、世界には他人の家に勝手に上がり込んで箪笥をあさっていく勇者も居るし、何より目の前に居る彼らはそれらを赦すほどの価値がある。誰も彼も自分には遠く及びはしないが有名どころの一級サーヴァント達。今後の見通しを確かなものとするついでに自身の退屈を潰すにはもってこいの人材である。

 

「このまま刃を交えるのもよいが、余は王である。直に力を向ける獣などではない。……異邦の魔術師、再び余の前に現れた用件を述べることを赦す」

「では遠慮なく……自分たちと協力して獅子王を倒しませんか?」

「…………ふむ、それは余が獅子王と不可侵の条約を結んでいると知っての事か?」

 

 オジマンディアスの問いかけに対する答えは当然はいである。態々口で言うべきことではないので首を縦に振ることによって肯定する。

 ぶっちゃけ、この条約別にどちらもそこまで守る気はないんじゃないかと思う。要するに自分たちの目的の邪魔をしなければどうでもいいのだから。お互いにお互いの目的を持っていて、それを実行するには時間が必要だった。だからこそ、その時は不可侵の条約を結んだんじゃないかと予想して居る。アーラシュさんと話す前、三蔵が言っていた。ここはキャメロットと同じであり、シェルターとして機能すると。彼も獅子王と同じことができるらしい。この特異点が、人類史が滅びたとしてもこのエジプト領も永久に存在し続けることができるのだろう。

 だがここで俺は疑問に思うのだ。歴代最強のファラオにして一度邂逅しただけで天は自分の上に人を作らずという態度が伝わるようなオジマンディアスが果たしてこのまま逃げるように穴熊を決め込むのかと。故に、もしこのまま交渉が決裂するようならこれを使って何とかして動こうという意欲を持ってもらおうという算段だ。

 

「……フン、大方貴様が考えていることなど読み取れるわ。この余に対してそのようなことを考えるだけでも極刑ものだが――――己の本質を知った褒美だ」

 

 なんか知らないうちに許された。というよりも俺の思考が完全に読まれていた。流石長年の歴史を持つエジプトの中でも最強の王として語り継がれるだけのことはある。改めてオジマンディアスという存在を認識したところで当の本人が今度は自ら言葉を紡いだ。

 

「―――魔術王の企みは実に見事な手前だった。人類史を止められることなく焼き尽くすという偉業、過去・現在・未来を以てしてもこれにならぶ偉業はそう現れないことだろう。それはこの余と獅子王が己の民たちを詰め込み、絶対的に安全なものを作らなければならなかったという点からしても確かなことである。……この余に協力を仰ぐということは魔術王の偉業を打ち破るのと同義。貴様たちにそれを成し遂げる力はあるのか?」

「できる」

「ほう?たかが二十も言っていない未熟者が吼えるではないか。だが――――――勇気と無謀をはき違えるなよ。余は愚者に対して寛大ではない」

 

 即答した俺に熱烈な殺意を向けてくるファラオ。しかし、負けない。殺気なんてこれまで何度も受けてきているし、その問いかけも予想できたものだ。

 

「ご存じないのですが、ファラオ・オジマンディアス。勇者とは――――大多数から見れば夢見がちな愚か者に見えるものですよ?」

 

 勇者とは往々にして人々を虐げる魔王や王様などを退治しに行く弱いものの味方。それは万人の憧れではあるが、実際にそんな人物がいた場合の反応はこの一言に尽きる。「そんなことできるわけがない」……しかし、できないと思っていることを夢想し、進んだものこそが勇者と成れる可能性を秘めている。であれば、多少馬鹿っぽくても突き進んでみようじゃないの。

 

「――ハハ、ハハハハハハ……クハハハハハハハハハハ!!言うではないか!そうか、そうか勇者は愚か者こそがなる、か。ハハハ!貴様が言うと説得力があるな」

 

 それは現在進行形で愚か者と言われているのだろうか。其れだと少し複雑なんだけど。なんてことを考えている俺は当然無視だ。きっと、ファラオはそんな小さいことを気に掛けることはないのだろう。

 

「クック……貴様の理屈は理解した。だが、口先だけでは勇者(愚か者)には慣れん。―――――――――故に、余自らが貴様らに試練をくれてやる」

 

 そういって彼は自分の懐から聖杯を取り出した。まさか、自分の魔力ブーストに使うのだろうかと思っていたのだが、予想に反して彼は聖杯を持ったまま左手に傷をつける。さらにその傷から流れ出た血を聖杯に注いで、それを自分で飲み干した。

 何をしているんだと首を傾げることができたのは一瞬だった。何故なら、彼の魔力量が今までとは比較にならないくらいに上がっているからである。……オジマンディアスの身体が光り、霊核を中心とした肉体が変化していく。

 

『おいおい、これはまずいぞ。オジマンディアスの霊基パターンが変化!このパターンは………魔神柱だ!』

 

 そういえば聖杯には魔神柱が憑き物でしたね……。

 ロマンの通信越しの声に俺は内心でそのように返すのだった。

 

 

 



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アモン・ラー

イタタタ……。


 

 

 

 

 

「聖杯に宿りし魔神の陰よ。魔神アモンなる偽の神。是に、真なる名を与える」

 

 自分の血液が入った聖杯を煽ってそれを飲み干したのちにオジマンディアスはそう言葉を紡ぐ。ロマンが観測した通り彼の身体はみるみるうちに別の何かに―――具体的に言えば地面から生えている柱のようになっていった。

 だが、今までの魔神達と違う点がいくつかある。まずはその色である。今までの魔人たちは黒もしくは灰色と暗めの色でカラーリングされていた。しかし、目の前に現れた魔神柱はどうだ。その色は輝ける黄金。オジマンディアスの神殿の中でそびえたっていても違和感を感じない金ぴか成金カラーである。それは何もボディーだけではない。柱に大量についている目玉も身体と同じ金色になっていた。

 その姿には今までの魔神柱とは違い禍々しい気配ではなくどちらかと言えば、オリオン……の皮を被ったアルテミスに近い気配を纏ていた。……多分あれは魔神ではなく、神の類なのではないかと思う。

 

「七十二柱の魔神が人柱、魔神アモン―――いいや、真なる名で呼ぶがよい。――――我が名はアモン・ラー。余の神殿に祀るに相応しい、正しき神の人柱である!」

「ひゅー。随分大きく出たね、彼。アモン・ラーは古代エジプトにおける最上の権限を持っている神の一柱だよ。魔神柱を使って無理矢理引きずり出すなんてね!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんべた褒め(?)である。つまり今の話が本当であれば俺達が今から相手するのは完全体ではないとは言えエジプトの最高神というわけである。ぶっちゃけ魔神柱よりも高位の存在なのだろう。こちらの戦力は十分とはいえ、元々サーヴァントであった存在が神霊になるなんて初めて過ぎて、何をしてくるのか全然予想が付かない。何はともあれ、今確定している情報としては過去最高の強敵であるということだろう。

 俺は静かに魔力の循環を早めていく。どちらにせよここまで来たのであれば引き返すことはできない。ここで無様を晒して殺されるくらいなら是が非でも生きたいと足掻いた方がマシである。

 それに、俺だって修羅場は潜り抜けてきている。特に最近は夢の中で何度も鐘の音と共に首を切り落とされたのだ。ちょっとやそっとの事では怖気づかない。

 

「それでも―――彼を倒さなければ、私たちは前に進めません……!」

「マシュの言う通りです。どのみち聖杯はこちらで確保しなければならないのですから、早いか遅いかの違いです」

「フン、キャスターに態々転身とはご苦労だなピラミッド。私がその柱の中に眠っている宝を袋の中にしまって全国の良い子に配ってやろう」

「まぁ、皆がやる気なら私だけひきさがるわけにはいかないよね」

 

 魔神柱という存在に若干慣れ始めて来た俺達だからこそ、このアモン・ラーという存在は等身大以上に恐怖だった。ここ最近、魔神柱なんて地面に繋がっているだけのサンドバックじゃないかと少しだけ思っていたのである。が、目の前のそれは違う。外見こそただの色違いであるが中身が完全に別物だった。

 それでもここで戦い、勝たなければならない。マシュを皮切りに俺達も戦う覚悟を持つ。

 

「……我が長年の責務を邪魔させはしません……!」

「全くわからずやなんだから!悟空みたいね……お釈迦様パンチで説法ね!」

「大百足を相手にしたことはあるが、巨大金柱は初めてだ!面白い、拙者の技量で通じるかどうか、試させてもらおうか!」

「ファラオの兄さんと戦うのは二回目だが……流石にこれは予想できなかったなぁ。ま、俺は俺にできることをやるだけか」

「言葉は不要だ、全ては剣で語るのみ!」

 

 初魔神柱の皆様は油断などはなく、そういったものとして既に覚悟が完了しているようだ。流石英霊にまで昇華された人たち、心強い限りである。さて―――いつもなら馬鹿みたいに前線に突っ込むところだが、向こうは今までの敵とは一回りも二回りも違う、言い方は悪いが皆に戦ってもらい様子を見よう。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 戦闘開始から数十分。

 これまで戦い続けて俺達は一つの結論に達した。……それは今のままでは絶対に勝てないということである。

 

『シェプセスカーフ!』

 

 人間味の感じない言葉と共に覆い尽くすような閃光が弾け、それと共に轟音と爆風が襲い掛かる。

 

「やらせません!」

 

 その爆風をマシュに守ってもらいながら、俺は他のサーヴァント達に強化魔術を付与、それと同時に鞄の中から弓と矢を素早く取り出して、構える。

 

「アーラシュさん、藤太!」

「おうとも!」

「任せな!」

 

 タイミングを合わせて俺達はアモン・ラーの瞳を抉るために矢を放つ。俺が取り出したのは某マハトマ少女と共に作り出した矢である。今回の効果はただ単に頑丈というだけだが、それはそれで強いのでそのまま放つ。タイミングを合わせてアーラシュさんと藤太も矢を一息に2本、3本と放っていた。

 

 飛来する矢の全ては例外なく、それぞれ狙っていたところに当たった。声を出さないために反応は分からないがそれでも確実に効いているだろう。だが――――

 

『メェエエリィイアメン』

 

 ――――次の瞬間にはその傷は跡形もなく消滅し、憎たらしいほど金ぴかで鏡にできるんじゃないかという姿に戻ってしまっていた。そう、俺達はこれ等を延々と繰り返しているのである。一撃一撃が広範囲かつ高火力な上に常識はずれの回復まで加わって完全に鼬ごっこ……いや、じり貧だった。

 今のところ全員が回避もしくはマシュに防御して貰っているがそれももう限界に近い。何より、どれだけ攻撃してもダメージが入らないということが精神を圧迫していくのだ。このままでは誰かの心が折れてそこから瓦解していくだろう。

 

「ちょっと、どうなってるんですか!?早めにアヴァロン効いてますかー!?」

「少し落ち着けなんちゃってセイバー。貴様の支援スキルでどうにかならんのか」

「残念!ピラミッドの中にまで砲撃は届きません!」

「使えんな」

 

 Xの支援スキルが微妙なのは今さらだろいい加減にしろ!というかそれ使ったことあったっけ?などと内心で考えつつ、アモン・ラーの不死性……その原因を探そうとするが正直わからない。

 

「ちょっと、全然説法が効かないんだけど!」

「説法物理………うむ、悪くないな」

「またレディに床にへばりつく虫を見るような瞳で見られますよランスロット……しかし、ここまで来たら私のあれを使うしか……」

「ちっ、あの姿になっても神殿からのバックアップは受けるのかよファラオの兄さん。そりゃ反則ってもんだろ……」

「――――――!」

 

 所々から聞こえてくる愚痴。それら全てに全面的に同意するが、その中で一つ聞き逃せないようなものが混ざっていた。そう、アーラシュさんの発言である。そういえばここに来る前に彼は言っていた。嘗て戦った時も同じ神殿の中。そしてそこでは例え霊核を破壊しても復活するほどの不死性を持っている……それがファラオ・オジマンディアスであると。

――――なら、勝機はある。恐らくオジマンディアスも本気であっても全力ではないのだろう。先程から理性が感じられない言葉を発している。彼が大人しく意識を飲ませてやるとは思えない。もしかしたらアレをオジマンディアスが言っているかもしれないが声が違うので多分その可能性も低いだろう。何が言いたいのかと言えば、恐らく理性的な行動はほとんどしてこない。格が高いだけでやることは第四の特異点で相手にした魔神柱よりも低いだろう。

 よし。やるべきことは決まった。ならば今度は実行するまで。

 

「マシュ、少しの間全力で俺のことを守ってほしい!」

「えっ、どうs――――いえ……了解しました。シールダー、マシュ・キリエライト。是より先にはどんな攻撃も通しません!」

「ありがとう。……皆、この状況を打破できる策を思いついたから、少しの間お願い!」

 

 理由を聞くこともなく了承してくれるマシュ。その信頼に背くわけにはいかない。それに俺がそう頼み込んだ瞬間全員が不満を出さずに笑顔でアモン・ラーに対峙してくれているのだ。ここで失敗したら……うん、俺が人類最後のマスターやっててごめんなさいって感じになる。

 

 などという考えを打ち破り、自身のやるべきことに集中する。それは、アトラス院を出るときにホームズから言われ、渡された事。俺の起源に対することである。今まで俺の起源は『逆転』だったらしい。これはアラヤが俺を作る際に設定したとされるもので、どうしてこれにしたのかはもはや語るまでもないだろう。人間である俺が強大な存在と渡り合うにはそのようにひっくり返すものが必要だったということだ。しかし、彼曰く今の俺は半ばアラヤから切り離され起源の方にも変化が表れているらしい。普通はそうポンポン起源は変わらないのだが、俺の場合は常時上書き状態にあったのだろうと言ってくれた。

 

 それはともかく、本来の起源はまさに人間である俺だからこそ意味のあるものだと言っていた(なんでも俺の元があるらしく其れの影響が強いのだろうと言っていた)。

 ……自分の起源を意識しするように体に魔力を循環させていく。こちらの起源は魔術などにして撃ち込むことはできない。いや、できなくはないが効果が薄まるために直接触れなければならないようだ。けれど、そのリスク分のリターンは十分に得ることができる。

 

「―――天上に在りし者達よ、その光景を焼き付けよ」

 

 ホームズ曰く、言霊というものは馬鹿にできないらしい。そのあたりは魔術が存在している段階で分かっている。故に俺の起源を使用する際にはそのカギとして何かしらの言葉を発することが効果的なのだという。なるべく長い奴で自身が考えたものがいいと教えられた。 

 なので今適当に言葉を考えながら、それでも自身の中に在るトリガーを引くような感覚で言葉と魔力を紡いでいく。

 

「もはや人間(我等)神々(大いなる存在)など不要。その権能、その傲慢、その在り方……等しく失墜せよ……!」

 

 正直、自分でも何言ってるのかわからない。

 その辺のことはもう後から考えることにした。今はとりあえずこの状況をどうにかする方が先決である。準備を整えた俺は、契約サーヴァント達に令呪のパスから念話を送り、準備が整ったことを知らせる。それを受けた彼らは近くに居る人たちにもそのことを伝えてくれた。準備は整った。後は突っ込むだけである。

 

『サフラー!』

「マシュ!」

「了解しました!」

 

 ここでアモン・ラーの攻撃が俺達全員に飛ぶ。既に起源の発動に対して大半の意識を持っていかれている俺は回避などできないが、そこにはもう毎回毎回攻撃を防ぐ実績を持っている安心と信頼の最硬の後輩が守ってくれる。いつもお世話になってます。

 爆風をやり過ごすと同時に俺はマシュの盾から飛び出し、そのままマシュの盾に思いっきり押してもらう。

 

「先輩砲!」

「そんなことをマシュが言うなんて……!」

 

 彼女が放った言葉に驚愕しつつ、弾丸のような速度でアモン・ラーに向かって行く。攻撃パターンは今まで図らずとも見ているところから問題はない。一撃一撃の威力が高いためか連続で攻撃できるのは三回まで、その後は少しだけ間があるのだ。そして先程の攻撃は三回目……攻撃攻撃の間だって長いわけではないが、もう射程圏内である。

 

「――――『天上よ、地を這え』―――」

 

 アモン・ラーの身体に触れて俺の魔力を流し込む。その流れは先程ランスロットにガンドを撃ち込んだ時と同じだ。が、先程のものはついでだったが今回のは違う。念入りに魔力を込めて撃ち込んだためにその効果は絶大である。

 

『―――――ッ!?』

 

 向こうも自身に起きた違和感に気づいたらしい。声や表情が分からなくても理解できる困惑の雰囲気が感じ取れた。当然だろう。今まで受けていた神殿からのバックアップが感じ取れなくなったのだから。

 

「―――今ならダメージが通る。だから全力全壊でぶっ飛せ!」

 

 俺の言葉に待ってましたと動き出すのは当然の如くあの二人。ブリテンの王――――の中にほんのわずかに存在しているんじゃないかな?という二人組。カルデアきってのギャグキャラであると同時に頼りになる存在だ。

 

「任せてください、全力全壊でやってやりますとも!」

「さぁ、プレゼントの時間だ!」

 

 Xの二振り、そしてサンタオルタの一振り―――合計三つの聖剣に魔力が込められていく。もちろんその分魔力は俺から消費されることになるが、出し惜しみしてまた復活させられるよりはマシである。

 

「では拙者も肖らせてもらおう」

「御仏の加護見せてあげる!」

 

 向こうにもやる気満々のコンビが居たらしく、自分たちの宝具を構えていた。魔力のチャージは一瞬、これまで意味不明な回復量で理不尽に再生してきたこの最高神様に全力で仕返しをしてもらおう。

 

「「|約束された勝利の剣《エクス、カリバー/エクスカリバー・モルガン》!!」」

「五行山・釈迦如来掌!」

「八幡祈願・大妖射貫!」

 

 実に壮大な光景だった。

 三蔵が宝具で地面に生えていると思わしきアモン・ラーを空中に吹き飛ばしその後、藤太の宝具である弓矢が貫く。その刺さった矢を目印にするかのようにXとサンタオルタが放ったビームが通り過ぎていく。

 

『魔神柱―――いや、アモン・ラーの消滅を確認したよ!……正直、信じられない……』

 

 ロマンの声で俺達は勝利したということ自覚することができた。……とりあえず、とんでもなく疲れましたわ。

 




急で申し訳ないのですが、恐らくこの話を最後にしばらく更新できません。この時期は少し忙しいので投稿している時間が無くなってしまうためです。
恐らく更新を再開するのは10月ごろになるかと思われます。……正直、そこまで長い時間開けると跡形もなく忘れられそうで怖いんですけどね(笑)
また更新が再開されたときはなにとぞよろしくお願いいたします。


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アーラシュ・カマンガー

お久しぶりです。思いっきり仁慈君のキャラを忘れてしまったクソトマトです。
取り敢えず忙しい時期を乗り越えたのでちょくちょく更新していくと思います。よければ、またよろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ、実に有意義な余興だった」

『魔神柱になって、ついでにその枠もぶち破ったにも関わらず何事もなかったかのように王座に座りなおした……!』

「異邦の魔術師よ、一々茶々を入れるのではありません!ファラオ・オジマンディアスは偉大な王なのですからこの程度、余裕なのですきっと!」

 

 様々な英霊たちの一斉攻撃を受けて、その反応を消した魔神柱擬きアモン・ラー。その核となった英霊であるファラオ・オジマンディアス。当然、彼は無事では済まないと誰しもが思ったのだが、そんなことはなかった。ごくごく自然に五体満足を維持し、優雅に玉座に座りなおしている。これには小心者のロマニもツッコミを入れざるを得なかったようだ。

 いや、彼だけではない。声に出さないだけで、カルデア組の心情は一致していた。まさかあれだけの攻撃を受けても無傷で居るなんてと。逆にファラオ・オジマンディアスの実力を知っているアーラシュだけはただただ相変わらずだと笑うだけであった。

 

「―――さて、本来ならここで前座を乗り越えた貴様たちへ余に挑む権利を与えてもう一戦交える処だが……それは良い。此度は既にそこに居るマスターが余の試練を越えている。故に異邦の魔術師、人類最後のマスターとなった者よ。そなたの提案を受け入れよう。余と共に戦うことを赦す」

「ありがとうございます」

 

 玉座に肘をつき、顔を乗せながら言うオジマンディアスに仁慈は静かに頭を下げた。そんな彼に対して王たる彼は先程自分の血の入れ物として扱った聖杯を一瞬だけ眺めながら、仁慈達の方へと放った。

 唐突に放られた聖杯に驚きながらもマシュが回収し、自身が持つ盾の中に収める。咄嗟の行動で回収してしまったが、マシュの瞳はオジマンディアスに向けられた。その真意は当然、回収してしまってもいいのかという疑問だ。

 長いエジプトの歴史に置いて最も優れている王に名を連ねるオジマンディアスには彼女が何を考えているのかすぐに理解できる。故に彼は鼻を鳴らしながら口を開いた。

 

「余にとって聖杯の有無など些細なことよ。あれば使ってやらんこともない、その程度の物だ。先程の魔神柱化とやらも気分の良いものではなかったこともある。―――だが、この特異点は聖杯を回収すれば人理が修復されるというわけではないがな」

「もちろんそれは理解しているとも。だからこそ、貴方を味方につけるために頑張ったんじゃないか」

「余と共に戦うのだ。あの程度は当然の事である。――――しかし、戦力としては神獣兵団を貸し出すが余が自ら戦場に赴くことはない」

「それは一体どうしてなのですか?」

「盾の乙女よ。王とは常に広い視野で万物を視るものだ。……恐らく他にやるべきことがある。そこの奇抜な装飾を纏った王には理解できるのではないか?」

 

 オジマンディアスがそう問いかける先には同じ王であり、直感という未来予知にも近いスキルを持ったヒロインXとサンタ・オルタの姿があった。彼女達はオジマンディアスの言葉に首肯した。相手取るのは既にアルトリアではなくなった獅子王。魔神柱化ですら自在に行う規格外のサーヴァントであるオジマンディアスが同盟を組むほどの相手なのだ。保険はいくらかけておいてもいいだろう。その場に居る全員はそれで納得をした。只アーラシュだけが、共闘できないことを少しだけ残念がっていたが。

 

「……であれば疾く山の民の元へと向かうがよいだろう。聖都攻略まで刻がないことも理解している」

「……何から何までありがとうございます。ファラオ・オジマンディアス」

「この程度造作もないことよ。――――さて、異邦の魔術師。人類最後のマスターよ」

「……なんです?」

 

 マシュのお礼を軽く受け取ると、彼はその視線を仁慈に向けた。仁慈もその声に合わせて彼の方に改めて向き直る。

 オジマンディアスからは自然と王威があふれ出し、並大抵の人間であればそれだけで視線を逸らしたり、かしずきたくなるようだった。しかしそれでも仁慈は視線を逸らすことはしない。自分は彼に共に戦うことを認めてもらったのだから。ここで目を逸らすということは先程勝ち取った信頼を丸々ドブに捨てるかのようなものだと彼は思ったのである。

 

「その双肩に、余の期待が在ること。努々忘れるな」

「伊達に日頃から死にかけてませんよ。……問題なんて何もありませんとも」

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

 オジマンディアスとの交渉を終えて、村に帰って来た俺達は百貌さんに神獣兵団を借りることができた旨を伝えた。すると向こうからも様々な人たちからの協力を得ることができたらしい。

 山の民や聖都周辺で暮していた人たち。果ては俺達のことを最初は襲ってきた反死人みたいな人たちまで協力すると言い出したのだ。なんでも彼らはマシュから人間扱いされたことがとても嬉しかったらしい。殺さずに食料を分けたことだろう。純粋であるが故にそう言ったことができるマシュは本当に素直にすごいと思う。あの時マシュがいなかったら彼らの協力は得ることができなかっただろうなぁ。

 

「それでは、仁慈殿。最後の進軍前の最期の確認と行きましょう」

「そうですね。他の皆はどうする?作戦の方は俺が聞いておくから好きにしてもいいよ」

「ふむ。では拙者は向こうの方でうまい飯でも振舞ってくるとしよう」

 

 俺がそう言った瞬間に、藤太は村の方に向かってそう言った。彼の宝具と腕なら士気上げにはちょうどいい。ついでにルシュド君を始めとするやんちゃな子どもたちの相手をしてもらった方がいいだろう。

 

「良いと思うよ」

「かたじけない。藤太殿、どうかお願いいたします」

「任された」

「私ももちろん行くわよ。突然上半身裸の男が現れて、驚かれたりしたら大変だもの!」

「衣服で言えばどっこいどっこいだと思うのだがなぁ……」

 

 藤太は頭を掻き、三蔵の言葉を聞き流しながら広場の方へと歩いて行った。そして、その二人の背後に視線を送り続ける者もいる。

 

「……マシュとX、あとサンタ・オルタも行って来れば?」

 

 名前を呼ばれたマシュはびくりと身体を震わせた。どうやらばれていないと思ったらしい。しかし残念。この特異点に来てから妙に冴えわたる俺の観察眼(ストーカーじゃないよ)からすればその程度のこと、見破るのは容易い。

 ちなみに二人の王は言葉が出た後すぐに二人の後を追っていた。……食欲、ということもあるのだろうが、今回はストレス解消も兼ねているんだろうな。普通に考えれば自分の仲間があんなことしてるんだから、色々溜まっていて同然だ。

 

「マシュもいいよ。皆と話したいことあるでしょ」

「フォーウ」

 

 三度いつの間にか近くに居たフォウがマシュの後押しをするように鳴いた。いや、後押しというより若干俺から遠ざけようとしている気がする。なんか必至だし。

 

「え?フォウさん……?」

「ほらマシュ。フォウもそう言ってるんだからさ。遠慮しなくてもいいんだよ」

「え、えっ……?」

 

 頭に疑問符を浮かべながらもフォウとダ・ヴィンチちゃんに押されて彼女も村の広場に向かう。

 戦力は整った。向こうには西の村を焼き払った遠距離攻撃がある以上、まとまった戦力をいつまでも動かさないままにするのはリスクが高い。ともなればもう進軍してもいいぐらいというところまで来ている。それはつまりここの人たちと話すのも今日が最後だということだ。彼女には積もる話もあるだろうしなるべく彼らと話す時間に割り当てた方がいいだろう。

 

「うむ。マシュ殿にはそれがよいでしょう。皆も彼女との話に胸を躍らすに違いありません」

「……今ならこの不届き物を亡き者にできるのでは……?」

「ランスロット卿。いい加減にしてください。私はこれ以上、ともに戦った者達の痴態を視たくはないのです」

「ベディヴィエールも中々キてるなぁ……」

 

 さらりと放たれたベディヴィエールの毒。思わず苦笑するしかなかった。やだ……ランスロットんの株低すぎ……。

 

「―――改めて。我々はこれから荒野に降り立ち各地に散らばっている者達と合流。聖都に向けて進軍いたします」

「その際の道案内は私が致します。荒野における凹凸と、死角となっている場所は把握している為見つかることはないでしょう。……唯、聖都付近に死角となる場所はありません」

「ランスロット卿の言う通り、聖都付近は見渡しが善く隠れる場所は存在していません。故に我々は最後の休憩を取ったのちに闇夜に紛れて聖都へと向かいます」

「到着の時間は分かりますか?ハサン殿」

「恐らく夜明け頃になりますな。近づいてしまえばもう総力戦。聖都側は守りを固め、我々はそれを突破、聖都を攻略し獅子王を打倒する……という流れですな」

 

 作戦を改めて聞いて、これは厳しい戦いになると判断を下す。こちらのサーヴァントはその半数以上がハサン。彼らは暗殺者であり、正面から戦う戦士ではない。だが、この作戦では正面から戦力と戦力のぶつかり合いとなる。こちらの戦力が本来のスペックを発揮できない状態でこれはつらい。

 付け加えるならば、向こうにはアグラヴェインがいる。彼は一度撤退した結果、こちらの戦力の想定を修正していることだろう。ランスロットが知っている時よりも警備を強化しているだろうし、ランスロットとの因縁上、彼に隠して何かしらの最終兵器を持っていたとしても不思議ではなかった。

 

「……聖都の城壁は壊せないかね?」

「それは恐らく不可能だ。キャメロットの外壁はあらゆる脅威から守る不浄の盾。害意ある攻撃で、崩れ去ることはない」

 

 俺の言葉を否定するのはランスロット。彼のいうことが本当であれば登ることはできるが、壊すことはできないということだろう。まぁ、登るのもあの高さだと無理か。そうなるとガウェインを相手にしなきゃいけないわけだ。……前回同様、貧弱メンタルなら何とかなる。だが、あれで耐性を付けてきた場合は相当辛い。今までは精神的優位でギフト持ちにも優勢を保っていたが、それが使えないとなると途端につらくなる。技量、スペック同様に高いというのは厄介極まりないな。

 

「――――だったら、城壁を崩すその役目。俺がやろうか?」

 

 誰もがガウェインとことを構えなければならないと頭を悩ませている時に、突然そのような言葉が投げかけられた。

 全員でその方向に向いてみれば、そこに居たのはミスター・アーチャー。ギフトを所有するランスロット相手に援軍が来るまで見事に耐え抜いた規格外のサーヴァント。皆の頼れるお兄さんこと、アーラシュさんが立っていた。

 

「アーラシュ殿……」

「ルシュドやマシュ殿と共に広場に向かわなくてよかったのですか?」

「向こうに行っても子どもたち皆飯を奢る兄さんに持っていかれるのが関の山だ」

 

 普段と変わらず軽快に笑いながら、会話に混ざっていく。

 しかしアーラシュさんの言っていたことは本当だろうか。害意ある攻撃を無力化する壁を壊す方法なんてパッと考えただけでも全く思い浮かばないのだが。

 

「なんだ仁慈、信じられないか?」

「そういうわけじゃ……」

「まぁ、普通はそうだな。しかし、呪碗殿なら分かるんじゃないか?俺の逸話知ってるだろ。となれば俺の宝具についても大体予想がつくはずだ」

「………!アーラシュ殿、まさか……」

 

 呪腕さんはどうやら分かったらしい。

 

「俺の宝具は元々大戦を終わらせるための国境づくりのために放ったものなんだ。まぁ、分類としては対軍宝具になってるけどな。英霊は伝承に引っ張られる。……もしかしたらチャンスがあるかもしれないぜ?」

 

 元々が攻撃用の技で放ったわけではなかった。つまり、害意はない。只、国境を作る過程でたまたま近くにあった城の壁が壊れるだけ……。でも、その代償は……。

 

「……いける?」

「いけるいける」

 

 確認の意味も込めて尋ねてみても、本人は何の気兼ねもなくそう答えた。成程、これは大英雄だ。……はぁ、こんな人がカルデアに居たらなぁ。

 

 

 ついついそんなことを思いながら、これからの作戦について更に色々と話し合うのだった。

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 既に進軍を開始していた俺達はその途中、聖都の城壁となる場所で休息をとっていた。

 それぞれが最後の休息を堪能する中、唯一人空を見上げる。空には相変わらず美しい星空と、今までの特異点で嫌というほど見て来た光の帯が浮かんでいた。

 

「ん?……おぉ、仁慈か。何してんだこんなところで」

「アーラシュさん」

 

 そうして暫く星空を眺めていると、斥候を買って出てくれたアーラシュさんがやって来た。どうやら一人で佇んでいる俺の周りを警戒してくれていたらしい。お前さんなら必要ないかもしれないがな、と言いながら彼は俺の横に腰を下ろした。

 

「ねぇ、アーラシュさん。一つ聞いてもいいかな?」

「おう。構わないぞ。俺に答えられることならどんどん答えようじゃないか」

「なら遠慮なく。アーラシュさんは宝具撃ったら死ぬよね?なのにどうしてあんな提案をしたのかと思って」

 

 そう。アーラシュさんの宝具は強力だ。国境云々は知らなかったけど、その威力と射程距離は到底弓矢に出せるものじゃない。

 しかしその分反動も大きい。彼の宝具は撃った後、自身の肢体がバラバラになってしまうのだ。いわゆる人間版ブロークンファンタズムというわけである。死ぬのが怖くないのかと聞きたくなってしまうのだ。

 いや、何を今更と言われるかもしれないけど。これでも死ぬのは人並みに恐ろしいと思っているよ?ただ今まではアドレナリンとか抑止力とか慣れとかで気にならなかっただけで。

 

「あー……そうか。そうだな……」

 

 アーラシュさんは考え込むように少しだけ唸る。

 だが考えを直に纏めたのであろう。十数秒後には再び言葉を紡いだ。

 

「仁慈。俺達はな、英霊で死人なんだ。今こうして現界しているが生きてはいない。既に終わってしまった存在なんだよ」

「それは分かってるけど……」

「というか座に登録された時点で何回だって死ぬことになるんだ。今さら気にしてなんて居られない。特に俺の場合は宝具が宝具だからな。一回の戦闘で七回死んで、七回流星一条とかよくあることだ」

 

 なにその世紀末。超怖い。一体どういう想いでアーラシュさんは七回も散ったのだろうか。というかそれどこの世界の話?修羅の国の話なの?

 

 唐突に出て来たトンデモ体験談の所為で若干引きつつも、何とか意識を切り替えて、彼の話の続きに耳を傾ける。

 

「おっとそれはともかく。要するに俺は死人で現代に生きる人間じゃない。俺達の生はもう終わったんだよ」

「……」

「んで、そんな死人にできることは今を生きる者達の礎となること。それは残された遺産だったり、文献だったり、俺達のような英霊だったりと形は様々あるけどな。だからこそ、人類焼却という未曾有の危機には俺達だってできる限り手を貸す。だが、根本のところはお前たちがやるんだよ」

「………つまり」

「お前のために死ぬなら悔いはないさ……」

「何故知ってるし」

「聖杯からのバックアップでな」

「本当に余計なことしかしないなあの聖遺物」

 

 ……何だろう。真面目な話を続ける雰囲気ではなくなってしまった。息を一つ吐いた後、立ち上がった。

 何はともあれ、アーラシュさんは既に決めており、それを覆すことは不可能ということだけは分かった。であれば、一先ず思考を切り替えよう。頭を切り替えてアーラシュさんが紡ぐ先をどう活かすのかを考えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あぁ。お前はそれでいい。そうやって()()()()()()()()――――」

「…………ま、それは今更俺が言うことじゃないよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




済まない、アーラシュさん。
私は貴方のフル詠唱が書きたい……。なので、貴方をステる(ステラさせるの略)。
許しは請わん、恨めよ。


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聖都に訪れるは聖夜の告げ

今回は短い上にステラしません。


 

 

 

『目の前には聖都。こちらの士気は十分だ。尤も―――』

「―――やはり策を講じて来たかアグラヴェイン。城壁に居る弓兵の数が想定の三倍以上にまで膨れ上がっている。……これでは戦力の半分聖都に辿り着ければいい方と言ったところだろう」

 

 ようやくたどり着いた聖都。目と鼻の先には相変わらず立派な城壁を備えた都市が鎮座していた。

 ランスロットの言葉を受けて城壁の上に視線を向けてみれば、確かにそこにはかなりの数の弓兵が存在していた。背後には補給部隊の姿も見えることから弓矢が切れる、なんて状況は待たない方がいいだろう。だが、それと同時に向こうは弓兵にかなり力を入れていることが伺えた。地上部隊の数が明らかに少ない。間違いなく、味方の被害を抑えるためだ。

 

「……その辺は神獣兵団と合わせて戦力を分散させるしかないと思う。こちらもできる限り応戦するよ」

「弓矢と言えばおれだからな。残された時間、やってやるさ。存分に」

 

 もちろん。俺達だけでフォローなんてできるわけがない。戦いに置いて数は力だ。一騎当千の英雄であろうとも万の兵にはかなわない。……まぁ、ここに居る英霊は万夫不当の英霊たちだけど。そこはキニシナーイ。

 

「弓兵の方は壁に張り付き次第我々の方で間引きいたしましょう。魔術師殿、アーラシュ殿には我々が行くまでの間、お願いいたします」

「任せろよ、呪腕殿」

 

 俺達がこの特異点に来る前から行動を共にしてきた二人。最早言葉は不要というような会話だった。

 それを眺めているとマシュが一つ声を上げる。

 

「正面の門はアーラシュさんが破ってくれるということですが、ガウェイン卿の相手はどうしますか?」

 

 彼女が上げたのはガウェインの相手をどうするのかということだった。今の彼は夜という弱点を消した完全な騎士。常時三倍の状態だ。そのようなサーヴァント相手に立ち向かうことができる戦力は限られている。

 

「ガウェイン卿の相手は私に任せてもらおう」

 

 静かに声を上げたのは、相変わらず状況に似合わない白い袋を掲げた黒服ミニスカの騎士王。カルデアのカオスな方のアルトリアが一対、サンタ・オルタである。

 その恰好こそシリアスブレイカー的な雰囲気を作り出していたが、彼女の顔はごくごく真面目であった。……確かに、この場に置いて、常時三倍の彼を止めることができるのは技量で勝るランスロットか、彼らの王であるアルトリア二人だけだろう。しかし、意外だった。俺はてっきりXが出てくるのかと思ってた。相手セイバーだし。

 

「今回私は鳥公の方に向かうので、三倍マシュポテトはそこのパチモンにくれてやったんですよ。今の彼に対抗できるのは私だけでしょうから」

 

 ……Xの言葉には納得できるところが多かった。正直、今のトリスタンに対抗するのであれば、俺達では相性が悪い。その点、戦闘に置いて色々な意味で頼もしいヒロインXは相手として問題ない。心情的にはセイバーのガウェインよりもそちらに行ったことがとても気になるのだが、こういった場面では流石に空気を読むということだろう。

 

「サンタ・オルタは何か秘策がある?正面からは勝ち目は薄いと思うけど」

「任せておけ」

 

 とても頼もしい一言をくれた。

 

「……そろそろ、向かいましょう。呪腕殿、号令をお願いします」

「―――本来であれば、暗殺者の仕事ではないと断りを入れさせていただくところですが……お任せください」

 

 ベディヴィエールの言葉にこの集団に所属する大部分の人たちの頭である呪腕さんが頷き、そのまま闇夜と一体化するかのような黒い衣をはためかせながら集団の前に躍り出た。

 

「皆の者、武器を取れ。是より我等は進軍を開始する。―――信仰を取り戻すのだ」

 

 

 呪腕さんの言葉と共に、天に届かんばかりの声が響き渡る。大地を揺らしていると錯覚できるほどに張りつめられたそれは、まさにこの世界に生きる人々の生きる力だと、そのようなことを思った。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「伝令です。ガウェイン卿。遂に賊が攻めてきました。敵の数はおおよそ2万ほどだと思われます」

「アグラヴェイン卿の予想通りですね。……当初の予定通り、賊の処理は弓兵を主とします。我々はその矢に当たらぬよう注意を払いながら、うち漏らした敵の掃討です」

「ハッ!」

 

 あらゆる害悪、悪意から発せられる攻撃。それを完全に防ぐことができるキャメロットの城壁の前で、円卓にて彼のアーサー王が所持していた聖剣エクスカリバーとの姉妹剣を所有する騎士――ガウェインは静かに淡々と指示を出していた。

 

 報告によれば攻め込んできているのは約2万の兵。しかし、その殆どは難民たちからなる者であり、練度はほぼゼロに等しい。アグラヴェインはそのことを理解しているからこそ、弓兵を大量に配置した。

 戦いの心構えができていないものに、視界を覆い尽くすほどの弓を降らせればどうなるか。目の前で仲間が死んでいく様を見せつけられればどうなるか。そのことを容易く予想できるからこそ、この手段を取った。また、彼らが放つのはただの矢ではない。その殆どには即効性の毒が塗りつけられている。掠っただけでも全身を侵し、激しい激痛の最中に死んでいくような……いかにも不安を煽るようなものだった。

 

「………愚か……。いや、どんな側面とは言え、アーサー王が組している。であれば、態々倒されに来るような策をとるはずがない……」

 

 ガウェインはアグラヴェインの用意した策を進んで肯定することはなかったが、また否定することもなかった。相手にはアーサー王と既に五つの特異点を越えて来た人類最後のマスターが存在している。ガウェイン自身も彼ら相手に一度失態を演じてしまっているのだから。付け加えるならば、既にモードレッドにランスロットまでもが彼らに下されていることもある。

 

「考えられることとすれば、弓矢に対する対策ができているということ。しかし、あのマスターが矢避けの加護を付与できるような存在とは思えない」

 

 自分の得物である聖剣。転輪する勝利の剣を携えながら、思考する。五つもの特異点をどのようにして乗り越えて来たのか。その光景を直接見ていない彼にとっては全てを見通すことはできない。

 しかし、嘗て邂逅した時のことを加味して考えるのであれば、おおよそ普通のマスターとしての役割を全うして越えてきたわけではないだろうと考えていた。粛清騎士を千切っては投げ千切っては投げ……などとしていくような人間が真っ当な職務に当たるとは欠片も考え付かなかった。判断材料は円卓に転がっている為に割愛する。

 

「―――しかし、何をしようとも変わりません。我々がするべきことは、我等が王の……獅子王の目的を成就させることなのですから。もう、迷いません」

 

 握りなおす。

 一度揺らいだ忠誠心。それは、己が抱いた後悔を呼び起こすには十分なものであった。故にもう太陽の騎士は迷うことはない。此度こそは揺らぐことのない忠誠を誓い、最期まで共に居ようと――――

 

 

『―――聖夜に沈め……!』

 

 

―――何故でしょうか。今猛烈に嫌な予感がするのですが。

 

 

 自分の勘に従い、もしかしたらギフトに何かしらの不具合が生じたのではないかと思ったガウェインは思わず天を見上げる。そこには獅子王から与えられたギフト『不夜』によって輝く太陽があった。……だが、変わらず輝く太陽を見ても嫌な予感が収まる気配はない。

 長い間戦いに身を置き、強敵と戦ってきた自身が警告する。今すぐその場を引けと。

 

「―――!」

 

 確信を持ってから回避するまで、時間は必要なかった。

 彼の身体は意識に後れを取りラグを出す、などという無様を晒すことなく脳から送られてきた指令を忠実に実行してガウェインの身体を宙に躍らせる。すると、その直後―――

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガァァァン)!!』

 

―――黒い光の奔流が、彼がいた地点を飲み込んでいった。

 

 ガウェインは素早く見覚えのある攻撃が飛んできた方向に視線を向ける。するとそこには予想通りの人物が、予想外のモノに乗ってやってきていた。

 

「―――見たかトナカイ。これで弓など恐るるに足りず。ユガンダイトの見解など私の前では何の役にも立たん」

「まさか真の意味でトナカイをやらされるとは思わなかった……。そして、隙あらばランスロットディスるのはやめて差し上げろ。人のこと言えないけど」

 

 モノ―――その表現は正しくないだろう。

 適切なものに言い換えるのであれば、者。……そう、ガウェインが予想した通りの人物。アーサー王の側面(?)であるサンタ・オルタは自身のマスターである仁慈の背中に乗りながら宝具を撃ってきたのだ。

 

 ツッコミどころは腐るほどある。

 なぜマスターに乗っているのか。そのような不安定な場所で宝具を撃つのか。そもそもどうして射線上に居るはずのマスターが無事なのか……挙げればキリがなかった。

 

「――――!」

 

 ガウェインは決意した。

 必ずやこの珍妙不可思議なアーサー王を獅子王に合わせてはいけないと覚悟した。先程とは別の意味で、しかし明確な意図を以てして剣を握りしめる。

 

 跳び上がっていた体が再び地面に降り立つ。対峙するのは、己の主。姿、正確、クラス……そのすべてが見覚えのない者であろうとも根幹は変わっていない。彼の知る騎士王は確かにその中に居る。

 

「多少はマシな面になったようだな」

「―――えぇ。お陰様で」

 

 その口調は、王に向ける者ではなく敵に向けるためのもの。

 サンタ・オルタはこれで確信を得る。目の前に居るのはまごうことなき太陽の騎士。円卓の中でも卓越した技量を持つ完璧な騎士。ガウェイン卿であると。

 

「我等が王に仇なす者として、貴女を排除させていただきます」

「ちょうどいい機会だ。貴公にも教えておこう。―――決して王とは、ビームを放っているだけの存在ではないことを……!」

 

 円卓の時代には―――否、今後も決してあることはないだろうカード。騎士王・アルトリアとその右腕であるガウェイン。ある意味で夢のカードと言ってもいいその戦いが今幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――陽のいと聖なる主よ……」

 

 

 

  

 




ライダー(真)


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