篠ノ之束の憂鬱な日常 (通りすがりの仮面ライダー)
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零章 プロローグ
1/邂逅


 

 

──アイツとの初めての出会いは、小五の時にまで遡る。

 

 

▲1/邂逅

 

 

 

 四月。新学期の始まりだ。が、かくいう私は授業などそっちのけで他の作業を行っていた。

 

「............」

 

 カタカタと音を刻みながら指が躍り、ノートパソコンの画面に数式を紡いでゆく。それは証明というよりむしろ記録で、その証拠に数式の合間に説明らしき文章は一切ない。どうせ誰かに見せるためのものではないのだから当然だ。私だけの中で完結していれば、それで事足りる。

 そんな形式だけの行為はさして意味を持たないが──

 

「............」

 

 まあ目の前で行われている、小学生向けの授業に比べれば幾分か有意義ではあることだろう。今さら四則演算を習うなど、馬鹿にしているのかと呆れてしまう。義務教育でなければとっくに引きこもっている所だ。

 そんな事を脳の片隅で考えていると、響き渡るチャイムが授業の終わりを告げた。教師の号令と共に30人前後の小学生が揃って礼をする。勿論、私は除いてだ。

 

......一人だけ座ったままキーボードを叩いていると、担任教師の視線が一瞬だけこちらへ向けられた。その諦感と僅かな怒りが混じった目に鼻で笑って返し、教師は視線を外す。小三辺りからずっとこれなのだ、すでに私は無いものとして扱われている。そしてそんな教師の雰囲気に当てられたのか、クラスメイト達も私に話しかけてくることはない。喧しくなくて結構なことだ。

 

「............下らない」

 

 そう吐き捨て、半分ほど書き上げた数式のみのレポートを再び打ち出していく。新学期早々のことだが、どうやら今日は担任教師に用事があるらしくいつもある"終わりの会"とやらがないらしい。結構なことだ、このままノーパソを叩いていても問題ないだろう。

 

 

 そう考えた私がレポートもどきを書き上げたのは、二時間後のことだった。

 

 さすがに二時間もキーボードを叩いていれば、肩も凝る。んっと声を漏らしながら伸びをした後、ふと私は呟いた。

 

「で、いつまで見てるの?」

 

「ありゃ、バレてたか」

 

 そう言って頬を掻きながら、教室後方のドアの影から出てきたのは一人の少年だった。

 

「一時間くらい前から、ずっとそこにいたよね。暇なの?」

「別に暇じゃねぇけど......ちょい聞きたいことがあったんだけどさ、声かけづらくて」

 

 それで私の作業が終わるまで待っていた、と。

 

「ふぅん、あっそ。けど待っていたとこ悪いけど、私はオマエに興味ないんだ。消えてくれない?」

 

 いっくんとちーちゃん、そして箒ちゃん以外の人間に興味などない。有象無象の凡人如きに構ってられるほど暇じゃない─────

 

 

「......はーん。成る程ね、こりゃ重症だな。想像を遥かに越えてイタい人だわ」

「はぁ?」

 

 振り返れば、そこには今にもうへぇ、という声が漏れそうなほど歪んだ顔だった。

 

「もしかしてシノノノさんってアレ? "孤高なワタシって超かっこいいわー"とか思っちゃってる系の人? ちょっと時期的にそれは早いよーな気がするんだけど、そこんとこどう思ってる?」

「......は? 何言ってんの、オマエ」

「あれだな、邪気眼系厨二のほうがまだマシだわ。もうね、こういう孤高系厨二はほんとイタい。というか痒い。ムヒ持ってる?」

「は────ぁ?」

 

 何を言っているのかよくわからない。だが一つだけわかるのは、こいつが恐ろしく苛つく存在だということ。

 

「単刀直入に聞くけどさ。シノノノさんってなんで授業中とかもずっとそれつついてんの? なんかの中毒とか?」

「......別に、聞く価値もないだろ。それならこうしてた方がまだ有意義だ」

「なんだそりゃ。それでずっとノーパソつついてると?」

 

 呆れたように眉を上げて、少年は嘆息した。

 

「わざわざセンセーの神経逆撫でするような真似して、楽しいのか」

「......へぇ、そのためだけに私の所に来たの? ご機嫌取りってわけ?」

「おいおい、質問に質問で返すアホかよ。ちなみに別にそんなんじゃねぇぞ。で、答えは?」

 

 天才たる私がよもや凡人にアホ呼ばわりされたことに酷く苛つかされ、私は半ば反射的に言葉を叩きつけていた。

 

「ハ。何で天才()が凡人風情に気を使わなきゃいけないわけ? そこからして前提が間違ってるんだよ、凡俗が」

 

 だからさっさと出ていけ。

 そういう意味を込めて睨み付ける。しかし返された視線は、予想外なことに────失望に染まっていた。

 

「あっそう、ふぅん..................なんだ、ただの社会不適合者(サイコパス)かよ。期待して損したわ」

 

「なっ─────!?」

 

 よりによってサイコパス扱いされたことに驚愕と憤怒を覚え、思わず立ち上がる。

 

「ふざけんな、オマエ、何言って」

「実際その通りだろ。それともあれか、自分は特別扱いされてもいいんだー、とか幼稚なこと言い出す気?」

 

 笑える、と呟いて続ける。

 

「つーかさ。お前、自分のこと天才だって思ってるみたいだけどそうでもないぞ。天才なら何でもそつなくこなすもんだろ。人間関係や生活態度、その他諸々もこなして尚且つ特別な才能を持ってる──人として成り立ってることを前提として、天才って言うと思うんだけど」

「な、な、な......!」

「今のお前は、単なる協調性のないクソガキだよ。ちょっと頭の良い、な」

 

 実績も何もない、相対性理論を発見したわけでも重力子を観測したわけでもIPS細胞を発見したわけでもなく──路傍の石(凡人)と大差ない、と。

 そう、少年は嘲笑した。

 

............今思えば、それは暴論にも程があると言いたいもの。しかしながら小学生の私は酷く自尊心(プライド)を傷つけられ、子供特有の金切り声で詰め寄るしかなかった。

 

「お──お前には関係ないだろうが! わざわざ人の事に首突っ込んで、結局何が言いたいわけ!?」

「別に、何も」

 

 胸ぐらを掴み上げられながら、少年は嘲笑の切れ端を表情に乗せて吐き捨てる。

 

「ただ、さ。────お前、すっげえムカつくんだよ」

 

 純粋な敵意。憎悪とすら言っていいそれを叩きつけられ、私は思わずたじろいだ。

 

「さも自分が特別だとでも言わんばかりに孤立して、勝手に壁作ってさ。自分から拒絶して、それで勝手に見下して、悦に浸って、それで"誰にも自分を理解できない"とか、"孤高な自分カッコイイ"とか思ってるわけ? 端から見たら──滅茶苦茶イタいぜ、お前」

「っ............!」

 

 怒濤の如く吐き出される言葉の数々に一瞬詰まるも、次の瞬間、私も怒鳴り返していた。

 

「言わせておけば──オマエこそ何様のつもりなんだよ!? イタいだとか何だとか、何でオマエなんかに言われなきゃいけないんだ!」

「はン────だから言ってんだろ、ムカつくんだっつの」

「それが訳わからないんだよ!」

 

 ただ、吼える。

 

「勝手に見下して、悦に浸ってる? ふざけるなよ、勝手に決めつけたのはオマエらのほうだろうが!」

 

 そして。傷付けられた心から、感情が溢れた。

 

「私が異常だと決めつけて、勝手に拒絶して、切り捨てて、腫れ物みたいに扱って。オマエらが先に始めたんだろうが......!」

 

 思い出すのは、目だ。

 私を恐れる目。信じられないモノを見るような目。怪物を見るような目。拒絶する目。

 

 異物を観察するような、目。

 

「だから。だから、私は」

 

 オマエらが、先に区別したんだろうが。

 

「"天災"だと─────っ!?」

 

 

 

「はいストップ。そこまで」

 

 気付けば、視界が塞がれていた。

 声を出そうにもくぐもったものしかでない。暖かい感触。

 そして後頭部を撫でる手の感覚を知覚し、抱擁されているのだという事実にようやく気付いた。

 

「............!」

 

 驚きに声をあげかける。しかし、それは次の言葉によって掻き消された。

 

「辛かったな」

「──────」

 

 何を、今さら。

 

「すまなかった」

「─────ぁ」

 

 何で、今さら。

 

「よく、頑張ったな」

「────ぁ、あ」

 

 耐えて、塗り固めて、押し潰して。

 押し込めてきたものが──そこで決壊した。

 

「あ......あぁあぁぁぁぁあああぁあ────!!!」

 

 とんとん、と一定のリズムを刻んで首の付け根を優しく叩かれる。それは子供をあやす行為そのものだったが、嗚咽は止まらず。

 泣きじゃくる私の頭を抱きながら、彼は黙ってそこに立ち続けた。

 

 

 

 

「落ち着いたか」

「............ん」

 

 どれくらい経っただろうか。

 ようやく涙も枯れ果て、私は若干しゃくりあげながらも身を離した。よく見れば彼のシャツには──その、なんだ──色々なもののせいでぐちょぐちょになってしまっていて、少しばかり罪悪感が沸く。

 

「......その、ごめん」

「いいよ、気にすんな。......それにわざととはいえ、俺も色々言い過ぎたしなぁ」

 

──ああ、成る程。要するに、私を一度追い詰めたかったわけか。

 何がしたかったのかを理解し、その結果として随分と心が軽くなったのを自覚する。涙には自浄作用があるというが、まんざら嘘でもなかったということなのだろう。

 

 しかし。そうして目の前の少年がぽりぽりと頭を掻く姿を見ていると、ふと疑問が口から零れた。

 

「......なんで」

「ん?」

「なんで、こんな事したのさ」

「あー。うん......まぁ色々あるけど、やっぱりムカついたからってのが大きいな」

「..................」

 

 あれは嘘、というわけではなかったらしい。

 

「ま、まぁ、あのまま色々抱えたまんまほっといたらいずれパンクするか......どっちにしろろくなコトにならなかっただろうし。少しはすっきりしたろ?」

 

 こういう時は一度全部吐き出してみるもんだ、と言って彼は笑った。

 

「要は、あれだ。──自己満足ってヤツなんだろ、きっと」

 

 これが、彼と私の最初の邂逅。

 

 後に私の無二の理解者(親友)となる、"六条計都"との出会いだった。

 



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2/日常

 

 

 

 

「おーい、飯食おうぜ篠ノ之」

「......後で食べる」

「そう言ってお前、ほっといたら普通に飯抜きで済ますだろ。ぶっ倒れるぞ?」

「別に。六条には、関係ないだろ」

「いーや、あるね。だって今日の餌やり当番俺だし!」

「はぁ!? 私は家畜か何かか!?」

「一日おきに交代、明日は織斑の番だな」

「何勝手に決めてんのさ、ちーちゃん!?」

 

 中学に上がっても、私の学校生活における態度は変わらない。

......ただ、少しだけ世界が広がったのだと。そう思った。

 

 

 

 

▲2/日常

 

 

 

 

 中二の夏。エアコンをガンガンにかけた部屋にピンポン、と音が鳴り響く。

 頼んでいた部品でも来たのだろうか、と扉を開ける

が───アパートの一室の前にいたのは、見慣れた例の馬鹿の姿だった。

 

「たーばーねちゃん、あっそびーましょ」

「名前で呼ぶな気持ち悪いうるさい帰れ」

「ドクペとコーラとファンタどれがいい?」

「..................」

 

 相変わらず人の話を聞かない。私は溜め息を吐き、半ば強制的に握らされたドクペを見下ろした。すでにアイツはするりと猫のように侵入を果たしている。追い出そうにも無駄だろう。

 

「......なんでいつもドクペなのさ」

「博士系キャラと言えばドクペだろ?」

「私は別に高笑いもしないしタイムリープもする気ないんだけど」

 

 そう返すと、六条は「お、見たんだ」と言って笑う。薦められてみたものの、途中が中々重い内容のアニメだった。タイムマシン系列のものはしばらく研究する気が失せるほどに。

 

「もしかしたら出来るかもよ」

「......多分、あれなら作れそう。後五年くらいあれば、だけど」

「わーお。冗談に聞こえないから怖いわ」

 

 若干顔を引きつらせている六条には悪いが、出来るか出来ないかで言えば恐らく"出来る"。しかしそれは前提条件に十分な設備が整っている、というものがあってからこそだ。それに一応可能になるというだけで、成功率100%なわけではないだろう。出来たとしても下手すれば同じくゲル状になるかもしれない。それでも一応過去にはいけるのだから、まあタイムマシンと言えばタイムマシンなのだろうが。

 

「うわー......篠ノ之がなんか悪いこと考えてる顔してやがんぜ」

「別に考えてない。あとそこ、勝手にパソコンつつくな」

 

 しかし勝手知ったるなんとやら、だ。アイツが弄っているのはすでに使っていないノーパソであり、つつかれても全く問題のないもの。本当に(タチ)が悪い。

 

「つーかこれ、出回ってる奴の中で最高スペックのやつだろ? 何で使ってないんだ?」

「別に。自分で作ったやつのほうが性能良いのはわかったから、もうそれいらないし」

「マジっすか。一台欲しいわ」

 

 戦慄したのか、五台ほど(・・・・)並んだ我が家のパソコン達を見上げて口笛を吹く。......頼まれたら作ってやらないこともないんだけど。

 

「つっても、俺にゃPCなんざネトゲするための道具くらいでしかないからなぁ。いわゆる宝の持ち腐れになりそーだわ」

「だろうね」

 

 そう言って深く頷く。六条は私ほど才能があるわけではない。中学生にしては突出して学力は高いものの、異常だと言えるレベルじゃないのだ。......何故か精神年齢は高そうだけど。ついでに言えば、他人の思考や心情を読むのが恐ろしく上手い。これはかつての私が経験した通りだ。

 

 身体能力は人類の頂点レベルのちーちゃんと、天才の私と、妖怪(サトリ)のコイツ。私が言えたことじゃないけど、些か人外が多くないだろうか。

 まぁ、それはともかく。

 

「で、何の用?」

「涼みに来ただけですけど?」

 

 無言でその寝転がっている背中を踏んづける。「ぐぇ」と潰れた蛙のような声が漏れるが、そのまま体重をかけていく。40キロもないから、そう大した重しにはならないだろうけど。

 

「で、何の用?」

「謎の既視感............さてはタイムループか!」

「邪魔しにきただけかよオマエは」

 

 呆れた。本当に暇人だったとは。

 

「うむ。そう言えば篠ノ之、少し苦言を呈したいんただけど」

「......なに? 重いとか言ったら殺すよ?」

「うん、いや、それもあるけどそうじゃなくてだな」

 

 うつ伏せになったまま、六条は厳かな声で告げた。

 

「スカートでこの角度はちょっと色々問題あるぞ」

「───────っ!? 死ね!」

 

 足に込める力を増して抉るようにぐりぐりと動かす。同時に「痛ぇ!?」という声が上がり、反射的に持ち上がりかけた頭部を蹴り飛ばす。

 そのまま跳躍して距離を取ると、私はスカートを抑えながら床に這いつくばって呻く馬鹿を睨んだ。死ね、箪笥の角に小指ぶつけて死ね。

 

「ぐふ......俺が何をしたと......」

「うっさい死ね変態」

 

 変態死すべし慈悲はない。というか、思春期の女子相手にその対応はどうなのさ。ここは知らないふりして見ないのが普通だろうに。

 

「俺は本当のことしか言えない純粋な少年なんだ!」

「授業中、ちーちゃんに嘘の答え教えて大恥かかせたのは何処のどいつさ」

「............過去は振り返らない主義でな!」

「やかましいわ!」

 

 その後ちーちゃんに折檻されてグロッキーになっていたというのに、反省した様子が全く見られないのはどういう事なのだろうか。後で言っておこう。

 

「......ちーちゃんに言いつけてやる。覗かれたって」

「おいこらちょっと待てそれは誤解だ。つーか洒落にならんぞおい。織斑に竹刀で滅多うちにされるとかそれなんて地獄......!」

 

 うん。私も最近のちーちゃんの戦闘力の上昇率は少し怖いと思う。中二で高三の門下生をしばき倒すとか異常だ。

 

 だが、それとこれとはまた話が別。変態にかける情けなどないのだ。

 

「あ、もう送ったから。あと十分くらいでくるんじゃない?」

「総員撤退ッ!」

 

 慌てて起き上がると、六条が逃走準備に入る。しかしその瞬間、リビングにチャイムの音が鳴り響く。

 

「嘘だろ、まだ三十秒も経ってないぞ」

「多分丁度近くにいたんじゃないかな」

「織斑の一族は化け物か......!」

 

 

 その後、六条が修羅の如き顔をしたちーちゃんに折檻されたことは言うまでもない。ざまーみろ。

 

 

 

 







主人公はサトリ。適切にカバーすることもできるけど、逆説的に言えば悪意を以てトラウマを抉り出すことも出来る。


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3/分岐点

 

 

 

 

また一年を経て、私は中学三年生になった。その間に修学旅行とか色々イベントがあったんだろうけど、まぁ私には関係ない。行かなかったし。

 

 

「ん。邪魔するぞ」

 

 よく知る声が玄関口から響き、ちらりとそちらへ視線をやる。

 

「いらっしゃい、ちーちゃん」

 

 予想通り、そこに立っていたのは織斑千冬(ちーちゃん)だった。

 肩からスポーツバッグを下げ、ポニーテールに纏めた髪がさらりと揺れる。所属は剣道部で全国大会優勝、成績はほぼ毎学期でオール5。まさに文武両道を体現している完璧美少女中学生。

 そんなちーちゃんが私のような問題児の友達なのだから、世の中わからないものだ。

 

「よっす」

「六条か。......というか、二人揃って何してるんだ?」

「「モンハン」」

 

 また六条に薦められて買ってみたものの、これがなかなか面白い。たまにバグがあったりしてイラつくこともあるが、六条曰く「それも含めて良い」とのこと。

 いや、それでもこの当たり判定は修正して欲しいんだけど。

 

「この美脚魚野郎、明らかに当たってないタックルなのに吹っ飛ぶんだけど」

「気にするな、アフリカではよくあること」

「何処のアフリカに空間超えてタックルしてくる巨大魚がいるんだよ」

 

 しかもこれ、異常に攻撃力は高いわスタン値高いわでどう考えても詰む。壁際に追い詰められてあえなく三墜ちし、私は溜め息を吐いてゲーム機をソファーの上へと放り出した。

......やっぱり下位防具じゃキツいか。

 

「もう中三だというのに、余裕だな」

「だって、別に高校入試レベルだったら何処だろうと余裕だし」

「ま、束はそうだろうな」

 

 納得したように頷き、ちーちゃんは続けて六条へと視線を向けた。

 

「で、六条はどうなんだ?」

「んー......そこのみたいにぶっ飛んで頭良いわけじゃないけど、まぁ藍越くらいだったら余裕だろ。別に日本最難関ってわけでもないし」

「足元掬われるかもしれないぞ」

「掬われるほど遊んでるわけじゃない。夏休み以降は真面目に勉学に励むよ」

 

 ぷらぷらと手を揺らして六条が返し、ちーちゃんは「そうか」とだけ言って口元を緩める。......目付きとか言い方とか若干キツい時もあるけど、ちーちゃんは基本的に割りと優しいほうだ。私はともかく、六条を少し心配していたのだろう。

......心配するだけ損な気がしないでもないが。

 

「じゃあ束、シャワー借りるぞ」

「どうぞー。あ、タオルとか洗面所の使っていいから」

 

 廊下の奥へと消えるちーちゃんの背中を見送り、私は寝転がってPSPをつつく馬鹿に目を向ける。正直、この状況は普通の男子中学生からしたらなかなか羨ましいものなのではないだろうか。私を含めて美少女二人と同じ屋根の下、うち一人はシャワー中なのだ。レアなんてものじゃない。

 それが少し気になって、私は煽るような口調で声をかけた。

 

「ちーちゃん、シャワーだってさ。覗きに行かないの?」

「ほう。貴様は俺に死ねと言いたいわけだな」

「それで死ねるなら本望じゃない?」

「アホか。"シャワー中の女子中学生覗いて撲殺された"なんて死因、俺は嫌だぞ」

 

 本当に嫌そうに顔を歪め、六条はカチカチとボタンを操作する。ふぅん、と私は漏らしながら何とはなしにその顔を見つめていた。

 

「本当に興味ないんだね。枯れてるの?」

「んなわきゃねーだろ。人様程度には興味あるっつーの」

 

......随分と堂々とした宣言だけど、そこからして色々と外れてるような。普通そういうのは言葉を濁すとかするもんじゃないのか。間違っても同年代の女子──それも私レベルの美少女を前に言うことではない。

 

......ひょっとして、女子として見られてないのだろうか。

 

「別にお前や織斑が女としての魅力がないとかそういうやつじゃないから安心しろ。客観的に見れば確実に全日本で上位3%以内には入るだろうさ」

「......そいつはどうも」

 

 この妖怪め。まだ何も言ってないというのに。

 

「あれだ、俺基本的に二次元にしか興味ないからさ。遠慮なくシャワーとか浴びてくれたまへ」

 

 HAHAHA、と笑いながらそう告げられる。......なんかうまく話を逸らされた気がするけど、まぁいいか。

 

「あ、そう言えばさ。ちょっと篠ノ之に聞きたいことがあんだけど」

「? ......何さ?」

 

 強引と言えば強引な話題転換。しかし本気で気になっているような声音のそれに、私は尋ね返した。

 

 

「お前って、なんか夢とかあるわけ?」

「────」

 

 思わず、驚きに目を見開いた。

 

「......いきなり何さ。どういうつもり?」

「いや、別に。もう中三だし、お前が将来何するつもりなのかちと気になってな」

 

 横になって、六条はモンハンを続けながらそんなことを言う。その表情はこちらからでは見えない。

 

「織斑はあれだ、世界最強でも目指しそうな感じがするけどさ。お前は何する気なんだ? 世界征服とか?」

「オマエは私を何だと思ってるんだ」

 

 失敬な。そんな面倒なことするわけないだろ。

 だが、まぁ。

 

「......夢、というかさ。六条がいう"将来の夢"みたいなのじゃないのならあるけど」

「ほーん?」

 

 適当な相槌。呑気な声に若干の苛立ちを覚えながら、私は口を開き────

 

 

「..................やっぱ言わない」

「そこまで溜めといて言わねぇのかよ」

 

「言ったら絶対笑うし」

「笑わねーよ、ほら言えって」

「本当に笑わない?」

「ホントホント」

「本当に本当に本当?」

「ホントのホントのホントだ──っていつまで続くんだよこれ」

 

 ほら早く言えよ、と急かす声。私は渋々ながら口を開いた。

 

 

「..................宇宙(ソラ)をさ、飛びたいんだ。宇宙服みたいなゴツゴツしたのに囚われたままじゃなくて、自由に」

 

 一瞬の空白。

 そして暫しの沈黙が場を支配し────ブフォ、と吹き出す音が背後から響いた。

 

───この野郎。

 

「ちょ、おま、痛ぇ!?」

 

 ちょっとキレたので脛を蹴り飛ばした。それだけじゃ収まらないので転がして背中を踏んづける。いつかの再現だが、今回はスパッツを履いてるので無問題(モーマンタイ)

 

「だから言いたくなかったんだよ! 悪かったね、子供っぽい夢で!」

「ぐふッ!?──いや、別にお前の夢を笑ったわけじゃないんだけどさ」

 

 そこで切ると、六条はへらりと笑いながら。

 

 

「案外、篠ノ之ってロマンチストなんだなーと思って」

 

「~~~~~ッ!?」

 

 あろうことか、そんなことを言い放った。

 

 あまりの羞恥に血が上り、顔が真っ赤に染まる。思わず叫びたくなるような衝動に駆られ、代わりにがすがすと背中と頭を蹴りつける。下で「ぐふぉ!?」とか「や、ちょ、タンマ──」とか声が漏れているものの知ったことではない。

 

「だ、れ、が──ロマンチストだぁッ!」

「ステイ! 篠ノ之さんステイ! このままだとフルボッコになってまう!」

 

 

 

 数分後。私はふー、と唸りながらも一応足を止める。だがこいつを許したわけではない。というか絶対許さない。

 

「......私も言ったんだから、六条も言いなよ。不公平だろ」

 

 ぎろりと真下の馬鹿を睨みなから、そう告げる。結構踏んだり蹴ったりしたのだが、案外けろりとしているのがまた腹立つ。もう一回蹴ったろうか。

 

「んー......まぁ、そうだな。別に特にはないんだけど」

 

 そこで切って、むむむと六条は考え込んだ。

 

「織斑が世界最強で、篠ノ之が世界征服だろ?」

「違ぇよ」

 

 今までなに聞いてたんだ、こいつは。......いや別に聞かなくてもいいんだけど。

 

「なら、俺は────世界平和、とかかね?」

「はぁ?」

 

 思わず顔をしかめる。何を言ってるんだ、こいつは。

 

「そんな柄じゃないだろ、オマエ。なに、正義の味方にでもなるわけ?」

 

 国境なき医師団にでも入る気なのだろうか。

 そう考えながら吐いた言葉だったのだが。

 

「あー、うん、そうか。"正義の味方"、ねぇ」

「......?」

 

 

「──成る程。悪くない」

 

 

 この時のアイツの表情がどんなものだったかは、詳しくはよく思い出せない。

 

 だけど、この時私が僅かに──ほんの僅かに抱いてしまったのは。

 紛れもなく、『恐怖』だったのだ。

 

 

 






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4/決別

 

 

 

 

『ご覧下さい、各国から飛来したミサイルが次々と謎の戦闘機......いえ、人形らしき兵器によって撃墜されていきます! 色は銀色に近いようですが────』

 

 教室に設置されている大画面のテレビ。教室中の生徒達が唖然としながら報道している生中継のニュースを食い入るように見つめていた。

 かくいう私もその一人だ。だがそれは驚きというよりも、安堵だ。そして少し可笑しくも感じる。

──まさか、今こうして私が抱えているノートパソコンが、世界各地のミサイル管制基地を数分前までハッキングしていたとは夢にも思うまい。

 

......そこでふと、私は何気なく隣を見やる。隣の少年、即ち六条計都の表情は簡単に視界に入ってくる。

 しかし。

 

(──え?)

 

 2341発。それだけのミサイルがこの日本に飛来してきたのだ。これだけで前代未聞だというのに、そのミサイルを未知の兵器が防いでいるのだ。私以外、普通の人間ならば驚いてしかるべき事態だろう。だというのに。

 

「............へぇ」

 

 中三の初め頃からかけ始めた、黒い眼鏡の奥。

 人畜無害そうなその顔は、まるであらゆる感情が欠落したかのように──無表情だった。

 

 

 

 

▲4/決別

 

 

 

 

「..................」

「..................」

 

 互いに無言。いつもと同じ時間、いつもと同じ空間にいるというのに、私達の間には重苦しい空気が漂っていた。

 否、これは単に私が一方的に抱いているだけなのかもしれない。ひょっとすると、六条は何も感じてないということも有りうる。

 そんなことを考えながら視線を上げれば、見事に視線が合ってしまう。

 

「..................」

「..................」

 

 再びの無言。思わず耐えきれなくなって視線を逸らすと、溜め息を吐かれた。

 

「あれさ。お前がやったのか」

「............うん」

 

 頷き、肯定する。同時に次の六条の反応が恐ろしくて、私はぎゅっと自分の二の腕を掴んだ。

......情けないほどに震えているそれは、糾弾を恐れているから。ならばあんな真似をしなければよかったではないかと言われそうだが、そうもいかない。

 

 あれは、成すべきことだった。人類が次の段階へ進むために、強制的にでも認めさせるべきだった。それに人一人殺していないのだ、称賛こそされても咎められる所以はない。

 

──いや、違うか、と私は唇の端を噛み締める。

 それは単なる言い訳のための正論だ。単に、私は認められたかっただけなのだ。社会の中の異物に過ぎない私が存在価値を証明するための行為。昔、こいつに見透かされた恐れの発露。

 私は天才たる証拠を打ち立てなければならない。そうでなければ私は、何の価値も持たない塵芥と同類なのだから────

 

 

「......あのさぁ」

「っ」

 

 あー、うー、とか迷うような声。言葉を選ぶのに迷っているのだろうか、と私はまるで裁決を待つ罪人のような心持ちで目を瞑る。

......瞼の裏に映るのは暗闇。直後、否が応にも研ぎ澄まされた五感は大気が動くのを感知する。想像したのは振りかぶられた手。そして、私は体を強張らせ、

 

「............え?」

 

 わしゃわしゃと──まるで犬を撫でるかのように髪を掻き回す手に、戸惑いの声を漏らした。

 

「いや、色々言いたいことはあるけどさ。別に怒るつもりはないというか」

 

 そんな私を見下ろしながら、何処か困った風に眉を寄せて、六条は嘆息する。

 

「そんな捨てられた犬みたいな顔されたら、怒るに怒れねぇだろ」

「..................っ」

 

 羞恥に思わず手を払い除けたくなる衝動に駆られたが、乱雑に撫でるその手は予想以上に心地よく、上げかけた手をそのまま下ろしてしまう。......まるで本当に犬のようだと思わなくもないが、手はすぐに退けられたため文句を言うタイミングを逃してしまった。

 というか。少しだけ残念に思ってしまった私は少し問題があるのかもしれない。

 

「じゃあ、まず第一に。あの白い変なのの中身は、織斑か?」

「え......なんでわかったの?」

「今のお前の反応でわかったよ」

 

......しまった。カマかけられた。

 

「うん、まぁそれで篠ノ之のアレには織斑も関わっていたと」

「うん」

「で、俺には何も言わなかったと」

「うん」

「──や、なんで言わねーのよ。あれか。俺だけハブなんですかそうなんですかそうなんですね」

「あ、え!?」

 

 六条は若干不貞腐れた様子で溜め息を吐き、私は言い訳を考えて口ごもる。正直、その後ろめたさもある。確かにこいつに話すことも考えはしたのだが──

 

「よく考えなくても俺が出来ることなんざないからなぁ。ま、それはいいか」

「あー......うん」

 

 察しが良いのか、また考えていたことを読まれたのか。納得した六条を前にして、私は微妙な顔をした。

 

「それにしてもあの織斑が協力するとは意外だな。なんか持ち掛けでもしたのか?」

「......うん。ちーちゃん家が、その、あれなのは知ってるよね?」

 

 そう言って私はちーちゃんが纏っていたあの兵器──《インフィニット・ストラトス》について概要を説明していく。勿論詳しい構造などは六条の頭じゃわからないだろうから省いている。

 

「......ふむ。つまり織斑を"軍人"にするということか?」

「違うよ」

 

 それだけは明確に否定する。私は親友を戦争へと送り込むほど鬼畜外道ではない。

 

「国家代表。ようはオリンピック選手みたいな立場にするんだ」

「......それは、本気で言ってるんだな?」

「何か問題でもある?」

 

 苦虫を噛み潰したようなその表情を見て、私は眉をひそめた。

 

「......篠ノ之。お前は少しばかり、ヒトを良いほうに見積もりすぎだ」

「大丈夫だよ。ISは侵略兵器なんかに使わせない。核兵器を禁止してるように、ISは戦争には使用できないようにして──」

「違うよ、篠ノ之。お前はわかってない」

 

 そう言って、六条は視線を落とした。

 

「それは無理だ。お前がISを広めようとする限り、人類はそれを争いに使うだろうよ。お前が思っている以上にヒトってのはバカだ。いずれ必ず、ISは災厄を撒き散らす」

「な、にを」

「お前の話を聞いた限り、ISは核なんて比じゃないほどに危険だ。特に"個人で運用できる"って部分がな。禁止しようがどうしようが、個人の意思が関わってしまう以上暴走は絶対に起こる」

 

 完全なる断定。その言葉に頭が真っ白になる感覚を覚えながら、私は言葉を紡ぐ。

 

「ち、がう」

「ISが兵器としての側面を......それも究極の機動兵器としての力を見せてしまったことで、各国はもう動き出している。そして力ってのはどう統制しようが何処かで暴発するもんだ。何処かで必ず殺戮が撒き散らされる。それこそ、戦争が根絶でもされない限り──」

「──違う、違う違う違う違う違う! ISはそんなのじゃない、ISは......!」

 

 聞きたくない。ISは絶対なんだ。私の最高傑作なんだ。なのに、なんで、どうして。

 

 私の夢を肯定してくれた六条(あなた)が、ISを否定するの?

 

 

「おい待て、落ち着け篠ノ之。何もIS全てを否定したいわけじゃない──」

「うる、さい馬鹿ぁ!」

 

 肩にかけられた手を振り払い、私は吼えた。それに顔を歪め、六条はくそ、と呟き。

 

「話を聞け。俺が言いたいのはそうじゃなくて───ッ!?」

 

 そして、六条の目が大きく見開かれかれた。

 

「伏せろ、篠ノ之────!」

「あ、えっ」

 

 何故か押し倒されるようになり、私は混乱しながらも戸惑いの声をあげる。

 

「ちょっと何のつもり..................って、え?」

 

 私にのし掛かるように倒れた六条を押し返そうと肩に手をやり、ずらす。

 

 そしてそのまま何の抵抗もなく、ずるりと滑るように六条の体が崩れ落ち──視界に飛び込んできたのは、余りにも鮮やかな赤で。

 

「ぁ............ぇ...........?」

「ぁぐッ......くそ、早すぎ、だろう」

 

 べったりと私の掌を濡らしているのは、血だった。

 

「............逃げろ」

 

 そう、六条は耳元で囁くようにして告げる。力ない言葉だが、それも当然。血が流れすぎている。動脈が傷付いたのか。

 

──嘘だ。なんで、あなたが。

 

「................................................()

 

──そうか。私の、せいか。

 

 窓から狙撃されたのだと、遅まきながらその事実に脳が辿り着く。

 早く助けなければ。情けないほどに戦慄く唇が開かれ。

 

 

 

「──殺せ、試作型壱式(プロトゴーレム)ッッッ!!!」

 

 吐き出されのは、憎悪に染まった殺害命令だった。

 



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5/転成

お気に入りが増えると同時に色々意見が増えてるようですが、まぁ気に入らなければブラバどうぞ。無理してまで読まないで結構ですから。







 

 

 

 

 六条は、かろうじて一命はとりとめた。というより、私が無理矢理生かした(・・・・・・・・)というほうが正しいのかもしれない。

 

 あれは本来なら致命の傷。驚異的な速度で私を特定した某国の狙撃手による弾丸は、六条の"心臓"を傷付けていた。急速に失われた血液と機能停止した心臓はもはや取り返しがつかない領域にまで届いていたに違いない。

 

──だが。それでも私は彼を"生かした"。醜悪だと蔑まれるのを覚悟して、外法に身を染めたのだ。

 糾弾ならば受け入れよう。弾劾ならば正面から受け止めよう。きっと私は地獄に堕ちる。それだけの事をしている。

 

 それでも。私は、六条計都に生きてほしかった。

 

 

 

 

▲5/転成

 

 

 

 

「────ちーちゃんっ!」

『ああ、聞いてるよ。六条が目覚めたようだな』

 

 その事を知ったのはほんの数分前。スマートフォンを介して伝わる、思いの外冷静なちーちゃんの声に私は驚きを禁じ得ない。

 最初六条が撃たれたと私が伝えた時、ちーちゃんは血相を変えて私に詰め寄った。あっちがどう考えているのかは知らないが、私達にとって六条計都は"友人"なのだ。真正面から伝えるのは憚られるが、少なくとも私からすれば数少ない──というか二人しかない、打算も何もない対等な親友の一人。そして、それは恐らくちーちゃんも同様だろう。

 だからこそ、その朗報に余り驚かないちーちゃんに驚いてしまったわけだが────

 

『都内だな? "暮桜"を使ってでも行く──って、しょっぱ!?』

 

............ああ、恐らくコーヒーに塩を入れたんだろうなぁ。電話の向こうで吹き出す声を聞いて、私は前言を撤回する。なんだかんだ言って向こうも冷静ではないらしい。

 

「私もすぐ行くから。......拾って行こうか?」

『ああ、そうしてくれると助かる。五分以内で頼めるか?』

「冗談。三分で十分だよ」

 

 さすがに国家代表であるちーちゃんでも勝手に"兵器"たるISを動かせば国際問題になりかねない。だが、この"篠ノ之束"ならば問題はない。

 何せ──私は"天災"なのだ。ヒトの枠に縛られることなど馬鹿馬鹿しいと、そう思わせるだけの存在だ。

 

「待て、篠ノ之博士! 勝手な行動をされては──」

「うるさいよ。退け」

 

 羽虫をあしらうようにして自称(・・)ボディーガードの黒服の男達を除けて、展開したISを利用して空中へと飛び立つ。勿論光学迷彩やレーダー探査等のようなベタなものへの対策も万全な、偵察型のISである。下手なことをして六条のことが知られるわけにはいかないのだから。

 

「......っ」 

 

 彼は、私を赦すだろうか。

 この先にある言葉を想像し、私は身を竦ませながらIS学園へと飛んだ。

 

 

 

 そしてその十数分後。私とちーちゃんの目に飛び込んで来たのは。

 

「よう。三年ぶり、だったか? 久しぶりだな──織斑、篠ノ之」

 

 すっかり痩せた顔を歪ませて笑う、六条計都の姿だった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

──六条計都には心臓がない(・・)

 それに代替する機械が埋め込まれているのだ。しかしかつての技術で心臓の役割を完璧に果たす装置が存在している筈もない。ならば何を埋め込んだのか。

 簡単な話だ。世界最高峰の技術の結晶とも言える存在。宇宙での活動すら可能にする超高機動マルチフォーム・スーツたる《インフィニット・ストラトス》。その中核(コア)が、彼には埋め込まれていた。

 

 心臓が破壊され、酸素が極短時間とはいえ行き渡らなかったことによって損傷した脳細胞。その修復にナノマシンを利用し、またその制御中枢としても機能するISのコアを心臓の代替として埋め込んだのは最適だったに違いない。

 

──しかし、それは称賛されるようなことなのだろうか。

 ナノマシンを活用して無理矢理再生した脳細胞。もはや半機械のようにISのコアと融合した肉体。果たして、それは純粋な人間だと言っても良いのだろうか?

 それに、このような施術を行われたのは古今東西に彼一人のみ。どのような変化が彼に表れても不思議ではない。つまり、これはリスクすら把握せず実験的に行われたことなのである。

 

 弾劾されて、当然の行為だった。

 

「............そうか」

「ごめん」

 

 全ての説明を受けて尚、六条計都は表情を変えることなく私を見つめている。その視線に耐えきれず、私は目を伏せた。

 

「......怒らないのか」

「いや。怒るも何も、まだよくわかってないからなぁ。実感がないというか」

 

 ちーちゃんの言葉にそう返し、六条はぺたぺたと自分の胸に触れる。確かに鼓動を刻んでいるものこそあるが、取り出して見るわけにもいかない。違和感なく馴染んでいるのだろう。安堵すべきことではあるのだろうが──それは同時に彼が半機械の異形として完成してしまっていることき他ならず、直視が躊躇われた私は再び視線を落とした。

 

「何も、思わないのか?」

「んー......まさか俺が近未来サイボーグみたいなのになるとは予想してなかったけどさ」

「そうじゃないだろう」

 

 ちーちゃんは苛立たしげに唇を噛む。そこにあるのは一抹の不安だ。

 自分が自分でない異物感。義手だって慣れるのに時間を必要にするのだ、改めてその存在を認識した彼はどう感じているのだろうか。

 最も恐れているのは、彼が自分で自分の胸を裂いてしまうような事態だ。表面上は何ともなさそうに見えるが、内面はどうなのか────。

 

「あー、そういうことね。別に、何も問題はないよ」

「......だと、いいけど」

 

 こちらの顔から何かしらを悟ったのか、彼はひらひらと手を振ってその懸念を否定する。何処まで本当かはわからないが、今すぐ問題が出るほどではないらしい。というより、今の私はその言葉を信じるしかない。

 

「......六条」

「ん?」

「その、ごめん」

「いいよ、別に」

 

 余りにも軽い返答。思わず口を開くも、それを制して六条は言った。

 

「俺がお前を庇った事に関してなら、それを俺に謝るのはお門違いってもんだ。それにこうして生きてることはむしろ俺が礼を言うべきだろう?」

 

 それは、違う。

 そう返したくて再び言葉を発そうとするも、六条はこの話は終わりだと言わんばかりに遮った。

 

「これに関しては、恐らく何処まで行っても平行線だろうさ。だから、まぁ、なんだ。......気にすんなよ」

「......うん、そうだね。六条がそう言うなら」

 

 ちーちゃんの方をちらりと一瞥すれば、無言で頭を横に振られる。六条本人にこう言われ、ちーちゃんにまで言われたとなれば引くしかない。......私自身は、まだ納得していないのだが。

 

「......んー、じゃああれだ。俺が寝てる間に何があったのか話してくれよ。三年もあったら、随分と変わったんじゃないのか?」

 

 苦笑する六条がそう提案し、私とちーちゃんは三年もの間に何があったのかを語り始める。

 ISがアラスカ条約で規制されたこと。モンド・グロッソという競技大会のこと。そしてちーちゃんが日本代表としてそこに出場し、あろうことか各部門を総なめにしたことから慌てて"ブリュンヒルデ"の称号が作られたという裏話まで。

 

 そうして日が暮れるまで、三年という空白(ブランク)を埋めるかのように私達は語り合い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「............良いんですか?」

「おいおい、俺を誘ったのは君達だろう? 何を今さら」

「いえ。とても仲が良さそうだったので」

「ああ、そうだね。俺には勿体無い友達だよ............いや、だった(・・・)、と言うべきかな?」

 

 

 

 

 その三ヶ月後。

 六条計都は、失踪した。



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一章
6/幻想


 

 

 

 最初に抱いたのは、既視感だった。

 

 それは小学五年生に上がった時のことだっただろうか。教室の隅でひたすらノートパソコンに向かい合っている少女はあまりに印象的で、今でも思い出せる。

 それは世間に興味を持たない、いわゆる天才と呼ばれる人種のように見えて──一方で、単に意地を張った少女のようにも見てとれた。眉間に皺を寄せながらカタカタとキーボードを叩く顔は、泣きそうになるのを堪えているようにも見えて。

 

 そしてそれを遠巻きにして見ている教師や級友を見て、俺は殺意にも似た敵意を抱いた。

 

 何故誰も認めてやらない。何故あの様を見て何も思わない。幾重にも重なっている心の防壁。徹底的に他人を無視しようと努めるその様子は、今までどのような思いをすればああなるのだろうかと思わせられる。

 

──理解が出来ない? それはお前が放棄しているだけだろう。

──自分たちとは人種が違う? それは大きな勘違いだ。

 

 あれは人間だ。例え天才だろうが、人間なのだ。他人に認めて貰いたい、受け入れて貰いたい、愛して貰いたいと願う人間なのだ。

 それを『怪物』だと。あまつさえ規格外の化物だと言うのなら──それを"怪物"にしたのは、人間そのものだろう。

 

 そんな余りにも痛ましい怪物(天災)を見ていられなくて、俺は殻を無理矢理にでも叩き壊して引きすりだした。ああ、それは端から見ればただのマッチポンプだろうさ。だがそれでも、俺は彼女を"人間"にしたかったのだ。

 

──だからこそ。俺は彼女の夢を、叶えたいと思った。思ってしまったのだ。余りにも純粋なその夢を。

 

 

「そのためには、世界(お前)が邪魔だ──」

 

 

 これは彼女の夢から溢れ堕ちた幻想(ユメ)にすぎない。所詮は借り物であり紛い物。あの美しい夢にはなり得ず、そしてどう足掻いても不可能な理想だ。

 

 "世界平和"。だがそんな馬鹿げた幻想(ユメ)を実現するため、ここに愚者()が立っている。

 

 

 

 

▲6/幻想

 

 

 

 

 六条計都が失踪した。その事実が巻き起こした影響は多大なものだったと言わざるを得ないだろう。

 まず第一に、IS開発者たる篠ノ之束が国外へと逃亡したことが挙げられる。というより諸々の問題のほとんどがそれに起因しており、これによって日本が持ち得る技術的アドバンテージが失われたことは様々な論争を巻き起こした。

 

 無論、日本とてこのような事態を静観していたわけではない。様々な追っ手を──それこそISすら投入して篠ノ之束を拘束すべく全力を傾けた。

 それは他のIS開発国も同様であり、アラスカ条約に批准した二十一ヵ国の全てが追っ手を差し向け──そして、その悉くを挫かれて終わることになる。

 

 だがそれもそのはず、最先端の技術を生み出す原点たる篠ノ之束にとってはISすらも既存の技術に過ぎないのだ。自身が生み出した兵器故にその弱点も構造も何もかもを掌握している。

 第一世代など歯牙にもかけず、第二世代のISですら一蹴されて終わる──そんな規格外の存在に、いつしか各国は篠ノ之束を確保することを諦めていた。ISを投入されても壊されて返されるのだ、損失が余りにも莫大すぎる。

 

 

 

 そして。様々な事件の渦中に位置する張本人、"天災"たる篠ノ之束は、香港に位置するとあるビルの屋上で溜め息を吐いた。

 

「うん、また駄目だったよ」

『そうか。......無理はするなよ?』

「あはは、心配性だねちーちゃん。私は"天災"だよ?」

『っ、束......!』

「あはは──うん、ごめん。ちょっとふざけた」

 

 ISコア同士のネットワークを介した通信の向こうで織斑千冬は声を荒げ、篠ノ之束は摩天楼を見下ろしながら謝罪した。

 無理矢理にでも狂人を演じ(テンションを上げ)なければ、鬱々とした感情に呑み込まれそうになる。重苦しい溜め息が高層ビルの屋上を吹き抜ける風に散らされ、束は何処か遠くを見つめていた。

 

「......アイツさ、何処行っちゃったんだろうね」

『さあな。だが、どうせろくでもない事を企んでるに決まっている』

 

──六条計都は失踪した。だがそれには不可解な点が多い。

 そもそも六条はISのコアを取り込むことで生き永らえているとはいえ、三年の間に身体能力は大きく低下している。よってそんな遠くに──それも篠ノ之束ですら追えないほどの深淵に身を隠すことは不可能に近い。つまり、六条計都は何者かによって連れ去られたと考えるのが妥当だ。

 しかしながら、それにしては抵抗した痕跡もなく、むしろ発覚を遅らせるため布団の中に枕を詰めるという古典的手法で誤魔化そうとした形跡すらある。加えてその誘拐犯が潜むには、あまりに病室は狭い。六条に悟られず長期間潜伏するのは困難を極めるだろう。

 

──つまり。六条計都が自ずから誘拐された(・・・・・・・・・)と考えると、全ての辻褄が合ってしまうのである。

 

「......なに考えてるのか知らないけど、ぶん殴ってでも捕まえる」

『当然だな。しかし本当、何を考えているのやら──』

 

 昔からあっちへふらふら、こっちへふらふら。猫もかくやという自由さで以て何処かへ行ってしまうことはあったが、今回のそれもその類いなのだろうか。

 そう内心で思いを馳せていると、束はふと背後に誰かの気配を感じ、振り向くことなく声をかけた。

 

「クロエちゃん?」

「はい、束様」

 

 揺れる白髪に、黒いメイド服。まさに人形のような白磁の美貌を誇る少女 "クロエ・クロニクル" は束の背後で一礼する。

 

「六条様を拉致した組織が、恐らくですが掴めました」

「......ガセだったら許さないよ?」

「そう(おっしゃ)ると思いまして、全ての情報について既に洗っています。九分九厘これで間違いないかと」

 

 己を主と仰ぐ少女からISコアネットワークを介して送られてきたレポートを端末で読み込みながら、束は目を細めた。

 

「"亡国機業(ファントム・タスク)"──ねぇ?」

「各国の中枢に手を伸ばしている組織です。規模からして五十年以上前から存在しているようですが」

「......下手をすればそれ以上前。ルネサンス時代から世界の裏で暗躍する奴等か」

 

 馬鹿馬鹿しい、と一笑に伏すにしてはその存在を肯定しているデータは多い。考慮の内に入れる価値はあるかと判断し、束は眼光を鋭くする。

 

「ありがと。これは、少し近付けたかもしれない」

「御身の助けになればこそ、至上の喜びです」

 

 千冬に先程のレポートをペーストしたものを送信し、束はやりにくい、と一人ごちた。

......欲に塗れた目をした輩に下手に出られることは慣れていても、幼い少女にかしずかれることには慣れていないのである。無論、表立ってそのような感情を示すことはないのだが。

 

「あと、報告することある?」

「......一夏様、箒様のご入学くらいでしょうか」

「ああ、そうだったね。いっくんと箒ちゃんがIS学園に入るのかぁ......何か送ってあげたほうがいいのかな?」

「お言葉ですが、突き返されることになるだけかと」

「だよねぇ」

 

 一夏はともかく、束を嫌悪する箒はろくに開きすらしないだろう。それはそれで傷付くのだが、と束は苦笑した。この"天災"たる篠ノ之束を『傷付ける』ことができる存在などそうそういるものではない。

 

「......束様。一つ、よろしいでしょうか」

「いいよ。何だい?」

「一夏様は、何故ISを扱えるのでしょうか」

 

 ISは女性にしか扱えない。それはもはや常識であり、絶対的価値観だ。故に女性権利団体等が暴走し、軍事にまで手を伸ばした結果としてこの『女尊男卑』の歪な世界が成立してしまっている。勿論別に全ての女性がISに乗れるわけではなく、単に最低条件を満たしているに過ぎない。しかしながら偏見や一度根付いた思想に常識など通用するはずもなく、こうして全世界にこの差別思想は成立しているのだ。

 

───しかし。織斑一夏はIS乗れて"しまった"のだ。もしこれが他の男性でも可能なのだとすれば、全ては一気に逆転する。

 

「何故いっくんがISに乗れるか。それはね......残念ながら、まだ分かってないんだよね」

「え」

 

 目を見開くクロエの姿に、束は薄く苦笑した。

 

「なんだい? その顔は」

「......いえ。少々意外でして」

「私だって何でも知ってるわけじゃないよ。私にわかるのは、知ってることだけさ」

 

 篠ノ之束は天才だ。しかし同時に、自分以上の才覚を持つ超人が過去の歴史を掘り返せば何人も存在していることを理解している。天才ではあるが全知には至らない。万能ではあるが全能ではない。

 故に、

 

「だからクロエちゃん。これからもお願いね?」

「御意のままに、御主人様(ミロード)

 

 篠ノ之束は、他人に頼ることを知っていた。

 

 

 



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