エルフの国に舞い降りしプレイヤー 《完結》 (ラッキー鍟(らっきーきんぼし))
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ep1 エルフの国

“脳内妄想執筆伝”の改稿です。


 エルフの国は危機に貧していた。

 

「グオオオオオオオオオ!!」

 

 エルフの王座に土足で上り剣を掲げるオークは咆哮を上げ、辺りには幾人ものエルフの死体が転がっている。

 

 ――そこに、突如

 

 美しいエルフが……現れた。

 現れたと言うのは間違っているのかも知れない。何故なら何もない場所に突如として出現したのだから。

 十三英雄を伝え聞く者が見たら、それは英雄とされたエルフの王だと思うだろう。身を纏う防具は素人が見ても一級品だと一目で分かる装備で、非常に美しかった。

 

 

 

 

 

 

 隣国のオークでは雄のオークしか産まれない。これは誰もが知る常識で、故に旅をする人間種からは恐れられていた。

 この世界にはモンスターも居るし動物も存在する。広義での亜人種は人間種を醜い存在だと忌み嫌い、また人間種も亜人種を嫌っていた。しかし隣国のオークの好みの雌は人間種に限られている。その中でも人類とエルフ類は人気が高い。

 彼らの生息域は人類未到達のエリア。人という脆弱な種族では見晴らしの良い平地以外では生き残れないので当然とも言えよう。そんな場所ともなるとエルフの女くらいしか生息しておらず、エルフが生息する側にオークが暮らすことで効率良く繁殖することが出来ている。

 かつては人間やエルフを育てる計画も立てられ、実際に家畜として飼育もしていた。しかしオークの粗暴な性格では満足に飼えるはずもなく、貴重な赤子を殺してしまう結果となった。今ではエルフの国を他の種族から守ることで、見返りとして年十体のエルフを要求していた。

 毎年連れ去られるせいでエルフの繁栄はしないが、彼らも子孫を残すので減ることもない適切な数となっていた。このことに不満を持つエルフは多く、全てのエルフがオークへの不快感を抱いていた。

 自然の魔法を得意とするエルフだが、今となっては王族を残して生活魔法がやっとの有り様だ。これはオークがエルフを守るために多種族と戦うことで自らを鍛えてこなかったったつけが回ってきたせいだ。

 連れ去ったらエルフはオークの中でも優秀な者しか孕ませることが出来ない。エルフは長命。産む気になれば百年で百人だって可能だ。だが美醜の違うエルフからすればオークは醜い化け物。そんなオークに犯され、あまつさえ化け物を孕むことは耐え難いストレスとなる。多くのエルフは脳が産むことを拒否し、閉経してしまう。精神が壊れ雌奴隷として受け入れるエルフも居るが、数年に一人現れる程度。そのため屈強な戦死、強大な魔法使い、信仰を深めた者。そう言った屈指のオークしか血を残せず、それ以外の者は閉経したエルフを慰安としていた。

 

 何人かのエルフが泣きながら帰ってきた。彼女らはオークへの貢ぎ物ではなく薬草を採取しに出掛けた者達だ。それが引き金となり、不満が爆発したエルフ達がオークへの差し出しを拒否したのだ。知性を持つオークはエルフへの謝罪を提案するが、多くのオーク達は力で分からせてやればいい、オークに逆らったことをその身で償わせてやろうと野蛮な性格を顕にしていた。

 第3位階の魔法を修めるエルフの王だが、無勢に多勢。実戦経験の無い魔法使いが出来ることなど何もなかったのだ。

 

 呆気ない。エルフは皆、絶望していた。最早エルフの国はオークハウスの眷属となったも同然だ。これまで以上の地獄がエルフ達を待ち受けているに違いない。

 これまでは王が統制する独立国として一応の形を成していたが、纏める者が居なければただの集団にすぎない。

 首の無いエルフの王を横目に絶望するエルフ。それに対し雄叫びを上げ鳴り止まない興奮を顕にするオーク。

 

 もし神が存在するのであれば、エルフに味方したのだろう。そうとしか思えなかった。

 有り得ないから奇跡。それが実現するのなら奇跡でも偶然でもなくただの必然である。神など信じないエルフ達は皆口を揃えて言うだろう。

 

 奇跡だ。その身に纏う装備は神々しく、王として君臨すべく産まれたのだろう。

 凛々しく、そして美しかった。

 

 

 

 

 

 

「ここはいったい……」

 

 状況を理解しきない。私はどうしてここに居るのだろう。利用料金のみが毎月引き落とされ続け、数年間ログインをしていなったゲームが終わりを迎えることを知り、かつての仲間達に会えるかも知れないと思うも、それは杞憂だった。

 誰も彼女を知る者はおらず、暇を弄びながら祭りを眺めていた。無数の花火が同時に上がり、大爆発を見たときは驚いたものだ。 

 

 カウントダウンが終わり、視界が暗転し景色が変わる。

 そこ王城だった。狭いながらも王室だと分かるそこには見渡す限りのオーク。横たわるエルフ。

 大将を失ったエルフに戦意はなく、最早風前の灯火と言えよう。

 

「そ、そこのエルフ様! どうか我等にお力添えをして頂けないだろうか!!」

 

 絶望の中、光を見いだしたエルフは叫んだ。この機会を逃せばオークに完全に支配されてしまう。降臨したエルフが何者かは知らないが、同じエルフであれば味方になってくれるかも知れない。そう考えたのだ。

 

「一体ここは何処? 一体何が起きてるの?」

 

「オークです! オークの者達に進行され、陛下……この国の王が討たれてしまったのです! 不躾ながらお願いします!! オーク達を撃退して下さい!」

 

 オーク討伐クエスト。この依頼を受ければ何か報酬が貰えるのだろう。いやサービスが終了したのにクエストが発生するのはおかしい。だが目の前のオークは待ってはくれず襲い掛かって来た。考えても仕方がない、オークなど私からしたら蟻のようなものだ。醜いオークを倒してから考えれば良いだろう。まずはクエストを受けることから始めるか。

 

「受けるわ! そこのオークを倒せば良いのね!」

 

「馬鹿ナコトヲ言ウ。力デ劣ル、魔法ハ貧弱。ソンナエルフガ武装ヲ整エタ所デ、コノ差ハ埋メラレナイ」

 

 だみ声で喋るオーク。私の知るオークは鳴き声は用意されているが喋ることは無い。機械音声が用意されていないのだから言葉を発しないのは当たり前だ。このエルフは他の人が声を当てているのだろう。いや久し振りのログインだ。もしかしたらパッチが当てられたのかも知れない。と言うか何故サービスが終了したのに……いやそれは後で良いか。

 

「エルフの中でも屈指の実力を誇る私に感謝しなさい! オークなんて一振りよ!」

 

 杖を振う。刹那、空間が割れたような……いや実際に割れているのだ。《現断》(リアリティ・スラッシュ)と呼ばれるそれは高位の攻撃魔法で、集団を組んでいたオークは真っ二つに裂けていた。

 血しぶきすら上がらない。倒れたオークからはじわじわと血が溢れ出している。血の海に相応しい光景だ。

 

「はあ……、こんな低レベルなら弱い魔法で戦闘を楽しんだ方が良かったかな。でも夜も遅いし早めに終わらせてセーブしたいから仕方ないよね」

 

 現実離れした光景を目にし、呆気にとられるエルフ達。いやここはお礼を述べるのが先だろう。このまま去られてしまえば怒り狂ったオークが隊を成して攻め入るかも知れない。オークが完全に支配すれば安心して暮らすこともままならないのだから。

 これまではランダムでエルフの娘を渡していた。これは長命なエルフだからこそ可能な芸当とも言えよう。幾百年と生きるエルフにとって十数年育てた娘が居なくなってもまた産めば良いのだ。

 生娘を連れ去られた両親は居た堪れない気持ちで胸が締め付けられる思いだが、これもエルフを守るためには仕方のない行為。他のエルフ達は心を鬼にして親から引き剥がしていた。

 しかしオークが侵略してしまえば、自分達にまで危害が及ぶことだろう。それだけは避けなければならない。

 

「貴方様はもしや真なるエルフの王ではないのですか!?」

 

 十三英雄の一人にエルフの王が居たと伝わっている。我が国のエルフではないが、もしや伝え聞く王が助けに来たのかも知れない。

 

「王よ! どうか我が国を……我がエルフをお救い下さい!」

 

(あれ?クエスト終了じゃないの?眠いんだけどなあ。でも続きも気になるし少しだけならいっか)

 

「えっと、先ずは事情を聞かせてくれる?」

 

(カクカクシカジカ……なるほど)

 

「でー、私にこの国の王をやって欲しいの?」

 

本拠地。かつてはコミュニティに参加はしていたがギルドには所属しておらず、仲の良い人達と交流する程度だった。

 

(よし、この本拠地を貰ってから寝よう)

 

「うん、良いよ。でも亡くなったこの国の王は良いの? 貴方達はあの人に創られたんじゃないの?」

 

「いえ、我々エルフを纏めていたのは確かですが、王との繋がりはありません」

 

 創られたNPCかと思ったが、ゲーム側が用意したキャラなら自由に使っても文句を言う人は居ない。それどころか本拠地にPOPするモンスターなら私の下部とも言えよう。

 

「うん、分かった。この国の王になるよ!」

 

「ウオオォォオオオ!」

 

 周りのエルフが喜んでいる。

 

(うんうん、久し振りに遊ぶゲームはやはり面白い。システムも進化してるから新鮮味もあって今でも楽しめる。こんなに面白いのに終わっちゃうのがゲームの難しいところだよね。いやまだ終わってないみたいだけど。もしかして延期になったのかな)

 

「えっとあの、来たばかりで悪いんだけど休めるところってあるかな? もう眠くて眠くて」

 

「あ、はい。来客用の部屋が荒らされておりませんので、そちらを一時的にご利用ください。ここは私達が片付けておきますので」

 

「了解、案内をよろしく」

 

 歩くこと数分。ホテルの一室のような部屋に入った私は、セーブをしようとコンソールを起動した。

 正しくは()()()()()()、だが。

 

「起動……しない? え、なにログアウト出来ないの?? もしかしてバグか何かが起きてるの?? それとも別のゲームに……いやいや、キャラも魔法も同じでそれは有り得ないから」

 

 ゲームを遊んでいる最中に寝落ちして夢を見ているのだろう。ならば寝よう。夢で寝るのは変な感じだが、眠いのだから仕方がない。

 

「おやすみなさい」



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ep2 王になったエルフ

 朝。それは変わらぬ日常の始まりであり、繰り返される日々だ。学生は学校、社会人は会社に縛られる生活となる。同じことの繰り返しだが、人は見知った状況に安心するものである。

 では目の前の光景は何だろうか。ゲームであればログアウトが出来るはずだし、夢なら覚めている。いや覚めて欲しい。

 

「昨日のことは夢じゃなかったのかな……ログアウトが出来ないゲームなんて有り得ないし」

 

 過去にはログアウトが出来ず、多くの人が犠牲になった死のゲームが存在した。しかしそれも過去の話。コントローラーで人を殺すことは不可能だし、仮にコンソールが出なくてもゲーム機に搭載された緊急用コマンドが存在する。これはAlt+Ctrl+Delと同じでOSが絶対的に優先される物だ。システム上阻止することは不可能なので、これが使えないゲームは存在しない。

 

「えっと、上上下下……っと」

 

……。

 

…………。

 

 ログアウト出来ない。何故だ。何故ログアウトできないのだ。

 考えられることは脳の異常。ゲームが脳内に悪影響をもたらし、昏睡状態に陥っている可能性が高い。そうであれば、覚めない夢も納得が行く。

 仮にログアウト出来ないゲームだとしたら、既に警察が捜査し私の身の安全が確保されているはずだ。大元のサーバーを止めてしまえば通信エラーによる排出が行われる。そうでなくともコントローラーのボタンを押せばデバイスを安全に外すことが出来る。

 人は考える生き物。考えるのを止めることは死ぬことと同義と言う人が居るが、この状況で考えても仕方のないことだ。情報が足りないのだから。

 

「おはよう!」

 

 窓を開け朝陽を浴びる。これは目覚めの覚醒に大事な好意だ。日差しを受け空へ挨拶を済ませると辺りを見わたす。

 

「知らない場所……よね」

 

 窓から見える景色は国と言うよりも集落に近い。平屋ばかりだし、日本風な家は皆無だ。

 私が寝泊まりした部屋は宿屋の一室を連想させる。ベッドと衣装タンスしかない味気ない部屋だが、客室として最低限の体は成している。

 

「今日はどうしよう。昨日はオークを倒してそのまま寝落ちしちゃったからここの情報が皆無だし……それに村人と会話するのはロープレの基本中の基本。落ち込んでても仕方ないしね」

 

 コンコンコン。扉が三度叩かれ、音のした方向に視線を向けるが開く気配がない。「ああ、」と声を漏らし。

 

「入って良いですよ」

 

「失礼します」

 

 私の知っている人達は挨拶代わりにノックを使ってくる。ノックと同時に扉を開けるのだ。コンコンガチャ。

 

「朝食のお時間です。ご用意が出来ていますので、食卓までご足労お願いします」

 

 お腹が減っていては頭も回らない。まずは脳に栄養を送ることから始めようかな。

 何処で食べるのだろう? 王と言われたのだから、やはり長いテーブルで食べるのだろうか。

 前の王様は……そう言えばオークの下敷きにされてたエルフが何人か居たけど、その中に居たのかな。首が飛んでたりでハッキリとは覚えていないけど。と言うかいきなりの状況で殆ど覚えていない。

 

 案内された先は食堂、大衆食堂をイメージする場所だった。エルフがごった返しており、非常に賑やかな光景だ。小学校の学食を思い出す。

 

「陛下、食事をお持ちしました」

 

 席に着いた私に声をかけたのは今朝起こしに来てくれたエルフだ。王だからと言って特別な食事が振る舞われるでもなく、周りのエルフ達と同じ食事が用意された。前の王と同じ対応をしているのだと思うけど、先王は変わり者なのか代表として選ばれただけなのかは分からない。けど王族として代々使えてる感じはしないわね。見ず知らずの私を陛下呼ばわりするの彼はシステムなのか、私が王としての貫禄を持っていたのか。

 

 こう見えても彼女はエルフの中でも最高位の種族を納めており、ユグドラシルでは指折りの存在であった。長期のブランクはあるが、それでも全盛期に戦ってきた経験は体が覚えている。十年ぶりに乗った自転車を数分で慣れるのと同じことだ。

 食事を終え、「満腹満腹」とお腹をさすると横に居たエルフに声をかけられる。

 

「お食事がお済みのようなので、この後のご予定を説明します。昨日、ご光臨された衣装で他のエルフ達に新たな王になられたことを発表いたします。当時周りに居たエルフ達、上の者も納得しており、新たに即位された陛下のお言葉を大衆に伝える必要がございます」

 

 あー、王様が高いところから国民を見下ろして喋るあれね。テレビで見たことある。

 ぶえぇ!? そんなこといきなり言われても何を喋ったら良いの!!? そもそも私を王だって大半のエルフは知らないってこと!?

 言われてみれば、周りで食事をするエルフからは見知らぬ同族を観察する視線を感じるが、王としての敬意を全く感じないのだ。以前の王と同じ対応をしているのかと思ったが、知らないのなら当然とも言えよう。

 

「あ、あの……私大勢の前で喋ったことなんて無くて……なんて言うか、何を喋れば良いか分からないって言うか…………」

 

「ご安心ください。昨日の今日でいきなり話の内容を考えるのは酷かと思いまして、予め文章をご用意させていただきました」

 

「あ、ありがとう……助かります」

 

 言い訳すらさせてくれないのかと怒りそうになった気持ちを抑えつつ、渡された半紙に目を通した。

 どれどれ……うん、読めない。なにこれどこの国の言葉。

 友人に教師が居たことから、会話する程度の英語は知っていたが、これは未知の言語だ。アラビア語を産まれて初めて見たら同じ感想が浮かぶだろう。

 

「ごめんなさい……読めない」

 

「なるほど、遠方より来られたのですね。先の来客質まで戻って書き直しましょう。どうやら言葉は通じる様ですし、私が読んだ内容を陛下が記録すれば宜しいかと」

 

 

 

 

 

 

 書き直した文字から要約した内容を頭の中に叩き込み、後は文章を脳で復唱するだけ。もう何度読み直したか覚えていない。

 

「大衆の面前で喋るなんて産まれて初めてだよ……校長先生の話は長くて嫌いだったけど、数百人の視線が集まる中あれだけ喋れるなんてすごいことだったんだ」

 

 もし着込んでいる服に体温調整の魔法が付与されていなかったら汗で服が貼り付いているだろう。張り詰めた空気の中、覚悟を決め歩き出す。

 

「「ウオオオオオオオオ!」」

 

 拍手喝采……とまではいかなかったが、式典に相応しい雰囲気と言えよう。軽く片手を挙げることで静寂が訪れる。

 

「皆の衆、私が新たな王として戴冠した女王――と申します」

 

 戴冠とは言うものの、式は行われていない。本来なら現行王が次期王に王冠を渡すのだが、肝心の王が殺されてしまったことと慣習を重んじるエルフが少ないことに起因する。 式典なんて興味は無いが、オークに打ち勝ったエルフに縋りたいと民衆が集まったのだ。

 

「先王がお隠れになられたことは大変遺憾に思い、この場をお借りしてご冥福を申し上げます。

 これまでオークの言いなりにされていたのはエルフが弱かったことが原因と言えます。しかしオークが居なければ外敵から守られないのも事実。これまでは受け入れざる負えなかった」

 

 握り拳を胸の高さまで持ち上げ、言葉を続けた。

 

「しかし! 我が国に侵入したオーク達を一掃し、彼らに力の差を見せつけることに成功した! 今こそオークを滅ぼす時ではないだろうか! 必ずやオークを討伐し、これまでの行いを償わせるべきだ!!」

 

 力強く、そして自信に満ち溢れた声で大衆へ伝えている。

 

「この国には力ある者が少ない。しかし私が従える者達が守りを堅め、私は単身オークハウスへ向かう。そこでオーク共を駆逐するのだ! この私に賛同してくれるか!!」

 

 一人、また一人と声を上げ、気が付けば見渡す限りのエルフが全て賛同しているではないか。

 バカだ。こいつらは今までオークに守られていたのに、それを潰してしまえば誰がエルフを守ると言うのか。今は私が居るから何とかなるが、私が守れる範囲なんてたかが知れている。

 課金ガチャやレアドロップで入手したクリスタルを使えば、中に封じ込められたモンスターを使役することは可能だ。しかし貴重なアイテムを昨日会ったばかりのエルフに使う気なんて起きない。

 NPCを出して守らせてみようかな。私が創ったNPCは精鋭ぞろいと言っても過言ではない。一部のエリアでは傭兵NPCのみならず、自ら手掛けたNPCを含むチームで冒険が出来る。本拠地を持たないユーザーでもオリジナルのNPCが使えるようにと運営が配慮した結果だ。レイドボスとは戦えないし、経験値やお金は分割されるからメリットは少ない。NPCはレベルキャップがあり成長しないし、お金は所持できないので落としてしまう。落としたお金は消えて無くなるので微妙とも言える。相性の悪いモンスターと戦うときや、パワーレベリングがしたいときに使う程度だ。しかしパワーレベリングが出来るほど強いNPCは課金ガチャでも非常に珍しい。60lv以上のNPCは貴重な存在だ。彼女も低レベルのNPCしか持っていなかったが、サービス終了もあり90lvを超える“空のNPC”が投げ売りされていたのを見て衝動買いしたのだ。専用ソフトを使い既存のNPCからデータを移植。僅か数分でNPCのパワーアップは終わった。

 最もギルドとしての拠点地を持っていれば、与えられた拠点地ポイントで最大100lvのNPCを創ることが出来たが、ギルドに加入していなければ拠点地も持っていない彼女には縁のない話であった。

 

 

 

 

 

 

 執務室へ戻った彼女は、“空のNPC”が使えないか試している。某猫型アニメに登場するコピーロボットに似た姿をした人形の入ったクリスタルはピクリともしない。当然ながらコンソールは出ないし、ハンドパワーで種族や職業を念じても効果は無い。

 

「うーん、使えないなら“すぐに使用しないボックス”に送った方が良いのかな」

 

 ユグドラシルには無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)が存在し、重量制限があるが全ての場所で使うことが出来る。頻度の高いアイテムをショートカットに登録することも可能だ。

 その逆に本拠地――ギルドメンバー以外が居ないときに限る――や購入した家、宿の一室と使える場所は限られるが無限に収納できるボックスもある。例外としてNPCは予めパーティー設定を済ますことでボックスに入れたまま使うことが出来る。これはNPCの種族によっては一体で背負い袋の重量である500kgを超えることに起因する。

 空のNPCをボックスに戻し、今度は私が創ったNPCを出してみよう。

 

「お久しぶりです。我が主よ」

 

 片膝をついた女性の騎士がそこに居た。騎士と言うと王に仕えるイメージがあるが、これは彼女がそう呼ぶよう設定したからに過ぎない。

 

「久しぶりと言うか……昨日ぶり?」

 

 外に居たエルフと言い、この世界のNPCは動きが細かい。それどころか喋り方も違和感なくまるで生きているようだ。ゲームの世界じゃないことは分かったけど、じゃあ夢の世界……うーん考えても杞憂ね。

 

「女騎士さんは……私のことどう思う?」

 

「私を創造しました神のようなお方です。脆弱だった私を素晴らしい肉体にして下さったことは感謝しきれません。今まで以上に主のお役に立ちたく思います」

 

 私が神様? 昨日まで社会人だった私が神に近いとか昇格し過ぎでしょ。

 

 扉が叩かれる。私の返事を聞き扉が開かれると、朝の件と言い挨拶のカンペと言い色々と世話になっているエルフが入ってきた。

 

「おや……陛下、そのお方は?」

 

 今もなお片膝ついた女騎士に視線を送り。

 

「えぬp‥‥仲間よ」

 

「おお! このお方が演説前に話されていた者ですか。なる程、大変お強い……私などでは一秒と持ちませんね」

 

「昨日攻めてきたオークでも即死だと思うけど?」

 

 フフっと入って来たエルフが笑うと要件を伝えに来たことを思い出す。

 

「早速ですが陛下、隣国のオーク討伐計画についてご相談が」



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ep3 コーヒーブレイク

「話もまとまった事ですし、私はこれにて失礼致します」

 

 途中、昼食を挟んだが数時間も喋ると疲れるものだ。それもこれも魔法知識の無さに由来する。いや知識はあるのだが、調味料を作る魔法やお湯を沸かす魔法。植物の成長を促進する魔法など戦闘とは無関係なものばかりだ。

 私が使える魔法やその知識を一から話す必要があるため長引いてしまった。

 小腹も空いたから何か軽食を……紅茶と一緒に飲みたいわね。

 

「すみません、ここって紅茶とかありますか?」

 

「紅茶……えーっと、葉を乾燥させて云々のやつですよね。葉を摘むには森の奥へ進まなくてはなりません。昔はこの近辺でも葉が採れたと聞きますが今は……申し訳ありませんが採取することが出来ません」

 

 ティータイムは心の癒やし。古事記にもそう書いてある。それが出来ないのなら死んだ方がマシよ。どうして栽培しなかったのか。バカなのここのエルフ。

 

「ですが、他のお飲物でコーヒーでしたら、ご用意できますよ。この地域は原料となる豆が良く育つので、非常に香り高くなっています。他の豆は無いので比較はしたことありませんが」

 

 コーヒーは心の癒やし。それを栽培するとは分かってるわねここのエルフ。

 

「じゃあコーヒーと……うーん、ケーキなんかはあるかしら」

 

「ケーキ……ですか、原材料はあるので作れなくはないのですが予め予約をしておかないと無理です。作るのに時間がかかるので、手軽に創れる和菓子が良く食べられますね」

 

「和菓子も作るのが大変じゃ無いの? それとも昔からのノウハウがあるのかしら」

 

 和菓子は一種の芸術品。非常に繊細な作りなのに、それを食べて無くなる食品で魅せるのだ。ケーキも大変だが、和菓子ほど細かくはない。私が知らないケーキで緻密な物があるかもだが、知らない物は比較できない。

 

「ご安心を。一部の者は自身の体力を使い、手から和菓子を創造するクリエイト魔法を修得しておりますので」

 

 ここのエルフ独自の魔法だろうか。生活魔法と言うそうだが、私が知らない魔法分野だ。それなら紅茶くらい創ってくれても良いのに。

 

「じゃあコーヒーと和菓子で決まりね。さっきの食堂で作って貰えるの?」

 

「ここの食堂は沢山の食材を同時に加工しているので、個々に対しての料理は対応していません。この城を出て――にあります。地図を書いておきま……あの、読めますか?」

 

 今朝の文字が読めなかったことが原因だろう。地図と文字は違う気もするが、中には地図の見方を知らない人も居るだろう。そんなに私って脳筋に見えるかなあ。

 

「バカにしないでくれる? 知ってるわよ地図の見方くらい!」

 

「じゃあこれは?」

 

 記号。いやいや文字が読めないのだから記号か読めないのも仕方ない。これはドローね。いや地図ってことは……そうか!わかったわ!

 

「方位記号ね」

 

「なら問題ないですね。いえ、陛下が迷子だなんて周りの者に示しが付かないので……杞憂でした」

 

 

 

 

 

 

「この角を曲がって……っと。ここがメキシカンコーヒーのお店ね」

 

 看板の文字は読めないが鼻は嘘をつかない。ここが珈琲店なのは間違いないだろう。

 

 ガチャ……チリンチリン

 

 控え目な間接照明、五月蝿い客も居ない落ち着いた雰囲気。残念なのはダンディーなマスターじゃないことね。

 彼女は空いている席に座り、メニュー表に目を向ける。

 

「うん、読めない」

 

 ふざっけんなよあのエルフ! なーにが「お一人の方がお気楽でしょう」よ! 聞かなかった私も私だけどメニューが読めないんじゃ頼みようが無いじゃない。お店の人に聞くのも変だし、文字が読めないと思われるのもなんか気恥ずかしい。

 ここは私の知識を総動員して和菓子を予想する必要があるわ。和菓子……和菓子ってあの花みたいな形のよね。和菓子なんて饅頭以外何も知らないし。たい焼きは……違うわね。うぐぅ。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 ちょ、ちょっといきなり声掛けるの無し! まだ心の準備がまだなんだから。

 

「え、えーと……お薦めはなんでしょうか?」

 

「はい、本日は女騎士館(メキシカン)珈琲(コーヒー)にフルーツ大福のセットがお薦めです」

 

「美味しそうね。それにするわ」

 

「畏まりました」

 

 決まった! 流石私。本番に強いってことね。

 

 皿の前で軽く目を閉じる店主。軽く呼吸をすると唱える。

 ――和菓子創造(クリエイト・ジパングスウィーツ)

 初めに小分けされた果実が現れ、雲のように柔らかな生クリームが周囲を覆い、それら全てを包み隠す様に丸いお餅のような食べ物が誕生した。これが和菓子を創る魔法……ね。

 竹製の棒を添えて完成した。コーヒーも煎れ終わり、テーブルまで運ばれる。

 

「大変お待たせ致しました。コーヒーとフルーツ大福になります」

 

 ありがとう、と言うと店主は軽く笑い、カウンターの奥へ戻った。

 

「さて……お味は、っと」

 

 コーヒーを軽く口に含んだが、それは非常に苦く、芳香はあまりない。

 どうしてこんなに焙煎したんだ! 心の中で叫んでしまった。

 コーヒーは苦い方が甘い菓子との相性が良い。とは言え少し苦味が強い気もする。

 フルーツ大福は果物の甘さを大福が包み込んでくれる。甘ったるい口の中にコーヒーを流し込むことで中和され、それぞれの良さだけが残る。胸が時めく美味しさだ。

 

 できれば件のNPCも連れてきたかったが、この国ではエルフ以外の種族は目立つから止めるようにと言われてしまっては仕方がない

 持ち帰り用の豆があったら……うーん、煎れる道具が無いわね。

 インスタントコーヒー的な物がれば欲しいけど、私が知る喫茶店で持ち帰り用のコーヒーは煎れた豆しか知らない。

 読書が出来ないのが残念だけど、それは仕方のないこと。今は何も考えたくない。ゆっくりコーヒーを味わうことにしよう。苦い。

 

 リラックスも済んだし会計会計っと。ここに来る前に貰った銅貨数枚で支払えるはず。

 

「ん? あれは……ティーパック!?」

 

 まさかお茶が飲めるだなんて夢にも思わなかった。いや待て、葉が採れないのだからお茶以外の何かかも知れない。

 

「すみません、あそこにあるパック……ですか、あれは何ですか?」

「あちらは“おまん紅茶”になります。紅茶独特の苦みもなく非常に飲みやすい味に仕上がっております」

 

 おまん……おまんk!? 一体この店員は何を言っているのだろう。

 

「そ、そこの紅茶を頂けますか? えーっと取り敢えず一袋でお願いします」

 

「はい畏まりました。ではおまかせセットと、おまん紅茶で合わせて銅貨――枚になります」

 

 あ、やっぱりおまん……なんだ。あれかな、外国語だと挨拶してるのに発音を日本語に充てると下ネタになる的な。某湖とか某クパッカさんとか。

 財布から銅貨数枚を取り出した。これは先のエルフより貰った物だ。

 

「はい……確かに。こちらがティーパックになります。保存の魔法が付与されていますが、なるべくお早めにお飲みくださいね」

 

 確かに乾燥した葉が入っている。ほのかに香るそれはティーパックその物。一体何処に葉があったと言うのか。聞いてみるとその辺の葉っぱに魔法を付与して紅茶を作る自作の魔法が最近成功したとのこと。

 昔旅のエルフが持ち込んだ紅茶の味が忘れられず研究をしていたら偶然出来たという。その紅茶とは全くの別物だったが、せっかくなので売ってみることにしたらしい。

 開発したての魔法ならあのエルフが知らなくても無理はない。研究が進めば今以上に紅茶に近づくのかな。

 そんなことを思いながら店を後にした。



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ep4 オーク

「馬鹿共が! 勝手なことをしおって!」

 

 オークは焦っていた。これまでの均衡が崩れたことはオーク側にとって存続の危機となる。緊急の会議を開き、オークとしては今後どうするのかを決める必要があった。

 だみ声で喋るオークが多い中、知恵に富んだ彼らは饒舌に言葉を紡いでいた。

 

 

「落ち着いて下さい長老、攻め行った彼らが戻ってこなかったのは事実ですが、それでもエルフが力を得たとは考えにくいでしょう。数の暴力で倒したとも考えられなくは無いのです」

 

「有り得ません。エルフを監視していた者の証言では真っ二つに切断されたオーク達が塀の近くで火葬されているのを目撃しています」

 

 死者ですら悪しき魂が肉体へ宿り猛威を振るうこの世界。エルフは死者を灰へと変えることで恐ろしいアンデッド化を防いでいた。死者にのみ有効な炎を操り、骨すら残らない魔法を行使するのだ。最も生者どころかアンデッドにすら効果がないので微妙な魔法ではある。灰になっても復活の魔法は有効なので、アンデッド化を防ぐ火葬目的でしか使い道がない。

 上半身になったオークの死体もアンデッドになるので、わざわざ村はずれの穴まで運ぶのだ。

 エルフの行動など興味はないが、それを攻める外敵が居ないか見張る必要はある。その時見かけたのだ。自分達の周囲を見張ればエルフの周りも視野に入るのでついでとも言える。

 

「彼らを倒したとなると、エルフが自衛する術を得たと言えます。断面は一刀両断。その様な戦士は私ですら難しいですね。死体なら可能ですが、戦の中だと相手も抵抗するので全員を……となると不可能です」

 

 オークの中でもトップを独走する剣士に言われ、辺りがざわつく。

 

「つまりは貴方ですら不可能な所行を成すエルフ……いえ、貴方より強いエルフが……居ると言うのですか」

 

 溜め息混じりになるのも無理はない。下手をしたらこの集落のどのオークよりも強いことになるのだから。

 魔法を得意とするオークも中には居るが、第5位階が限界だ。後衛が主な役割の彼らでは、下手をすれば詠唱前に殺されて終わるのかも知れない。それ程強い戦士の可能性があるのだ。

 

「しかし何故今の今までエルフ達は何もして来なかったのでしょう。力があるなら我々に従う必要も無いでしょうに」

 

「別のモンスターや他部族のエルフが手伝った……いえ、見張りからの報告がなかったのでそれは違いますね。突然変異のエルフ……うーん、情報が少なすぎます」

 

「先ずはエルフに謝罪をするのが先でしょう。力を付けたエルフと戦うだなんてごめんですよ。強いのが一体なら兎も角、複数いないとも考えられませんから」

 

「流石に戦士殿より強いエルフが複数……とは信じがたいです。隠れて鍛えていた、だがオークより強いのか分からない。だからより力を求めていた。それが先の戦いで証明されてしまったのでしょう」

 

 剣先を研いたものの相手の力が計れず攻めるには至らなかったと言うこと。これまでは倒せるか不安だったが、今のエルフにならオークを滅ぼせる。モンスターから守ってくれた者より強ければ存在する必要がないのだ。

 

「うーむ、謝るだけでは許して貰えるとは思えんのう。謝罪とエルフの解放が最低限……じゃな。エルフを諦めこの地を去らなければならぬかも知れぬ」

 

 意見をまとめ、長老のオークが悲壮な面持ちで口を開いた。

 

「他のオークは納得しないでしょうが、この際彼らは捨て置けば良い。どうせ血を残していたのは我々なんだ。数は後からいくらでも殖やせる」

 

 異議なしと周りのオークは納得をする。子を成すことを許された選ばれしオーク。自ら以外は劣った存在だと見下していた彼らは往々にして納得の表情を浮かべた。

 

「では、謝罪とエルフの解放。それで納得して貰えなければ我々だけで逃げるとしよう」

 

「私達が他部族のオークに助けを求め、エルフに己の愚かさを知らしめてやるとか言えば他のオークに悟られず離れられますね」

 

 これ以上話すことは何も無いと解散をする。

 

 いつもなら疲れを癒やすために専属となったエルフを抱くのだが、今はそんな気分ではない。少しでもエルフ達の心証を良くしたいと思うオークに抱く気分は起きないのだ。

 

 

 

 

 

 

 見張り台には二人のオークが居た。

 いつ外敵に襲われるとも知らぬ彼らは監視の目を緩めることはなく夜通し見張りを続けている。

 監視と言ってもこれまでオークの手に負えないモンスターに攻められたことはなく、それは隣のエルフ国も同じことだ。

 これまでは大丈夫だったが、今後も無いとは言い切れない。それでも脅威になり得る敵が居ないのは慢心するオーク達を説得するに至らない。

 外の世界にはオークでは相手にもならないほど強大な種族は幾らでも居る。ドラゴンには勝てないし、ゴブリン部族の王はオーガを片手で捻り潰すと言う。

 

「オ前聞イタカ? 仲間ガエルフニ殺サレタッテ話シ」

 

「アア知ッテル。許セナイヨナ今マデ誰ニ守ッテ貰ッタト思ッテルンダ」

 

「俺達ガタト敵ヲ排除シテヤッテルカラ、エルフガ生キテイラレルッテ言ウノニ恩ヲ徒デ返シヤガッテ」

 

「噂デハエルフガ逆ラワナイ様ニ力ノ差ヲ見セツケテヤルッテ話ダゾ」

 

「良イナソレ! ソンデエルフヲ喰ッチマオウゼ。禁止サレテルカラ食エネエケド美味シイッテ聞クゼ」

 

 オークはエルフを守る。エルフはオークに雌を差し出す。オークが居なければエルフは敵に襲われ滅んでしまうし、エルフが居なければオークは寿命で滅んでしまう。対等な関係にも関わらずオークの態度が大きいのは単純に知能の低さが原因だ。

 知性を蓄え、話す言葉は人間種と変わらないオークも居る。優秀なオークしか子孫を残せないがそれでも言葉を饒舌に話すオークは少ない。

 言葉とは所詮は意思疎通の一種に過ぎない。弱肉強食のこの世界で頭の切れる者は部族に数人居れば十分なのだ。一流大学の主席卒業生と格闘技の総合チャンピオンならどちらが強いかを競うのと同じ。優秀な指揮を執ることは大事だが、それだけでは勝てない。逆もまたしかりだ。

 

 ふと見上げると、一匹の羊が円を描くように空を走っている。

 夜も遅いし寝ぼけているのか? そう思い頬を叩こうとすると、隣にも空を見上げる仲間が居た。

 

 羊はニ匹、三匹と数を増やしていく。

 

「マズイ! 敵襲ダ!!」

 

 異変に気づき慌てて鐘を鳴らそうとするが、羊が空を飛び回った時点で全てが遅すぎた。

 結果、鐘は鳴ること無く辺り一帯を深い静寂が覆った。起きている者は眠りにつき、寝ている者は深い眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 彼は戦士として多くのモンスターと戦い、その実力はかの王国戦士長ガゼフ・ストロノーフに匹敵する。

 オークとしての種族(クラス)レベルを含めるとそのレベルはガセフをも凌ぐ程だ。最も、人間との接点のない彼らがその名を知る由もないのだが。

 

 戦士の勘と言えば良いのだろうか。目覚めた彼はざわついた空気を感じ取り、剣を片手に外へ飛び出した。

 辺りに異変は無いな、そう思いつつふと空を見上げると羊が走っていた。

 

「空飛ぶ羊……一体何が起きていると言うのだ! ……うっ、や、やばい!!」

 

 猛烈な眠気に耐えようと片足に剣を突き刺した。咄嗟の判断が命を救う。本来であればるび《催眠》(スリープ)の魔法は抵抗(レジスト)されるが誰が知るであろう、それが英雄の領域とされた第5位階魔法を遙かに凌ぐ最上位の集団催眠の魔法だと。

 

 ――《天駆ける羊たち》(ソァリング・ザ・スリープ)

 

 すやすやと気持ちよさそうに眠る戦士のオーク。彼の目の前には一本の植物の根が生えていた。



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ep5 滅亡のオーク

「ここが……オークの住む場所ね」

 

 時は二十。太陽が沈んでから三時間が経過した時刻だ。一面闇に覆われ、夜目の効かない人間種が生きられない世界。モンスターが支配する夜の世界。

 オークも同じく闇夜を見通せるが、交配する人間種に合わせた生活をするのが基本だ。そのため寝静まった夜に襲うことを提案された。

 

 オークを滅ぼしエルフを救出せよ、口で言うのは簡単だが実行するのは困難を決めると言っても過言ではない。

 エルフを人質に取られるのは目に見えており、エルフを傷つけでもしたら国で何を言われるか分かったものじゃない。自分達が何もしてこなかったのが悪いのだが、感情論は理屈では通らない。

 エルフを救出したところでオークが逃げ出すのもいけない。逃げたオークが再びエルフを襲わないとも言えないからだ。

 

 結果、オークが寝静まる夜中に奇襲作戦が行われた。

 

 完全不可知化と言いつつも最上位のモンスターには見破れる存在もおり、完全な魔法ではない。

 彼女が装備した仮面は孤独な黒子(アディウトル・ソリタリウス)と呼ばれる物で、蝶の姿をした眼鏡に持ち手の棒が付いた構造だ。

 

 初期のユグドラシルでは探索中何も無いところにぶつかるバグが報告されており、魔法や物理攻撃すら何かに当たることが希にだが発生していた。

 これに対し運営は「そこに存在する者に当たった」と見えないモンスターを連想させる回答をしており、ドロップするアイテムを求めて大規模な捜索が行われた。

 しかし見えないものは探しようが無く、透明な“はぐれメタル”が徘徊したらこんな感じだろうと冗談混じりに言われていた。いつの間にかぶつかることが無くなり、運営が「見えない何かはプレイヤーにより倒されたのでイベントは終わりました」と日記に書かれた時は「誰が倒したんだ! 討伐報告をしない人間の屑」などと嫉妬のコメントで溢れ返っていた。

 アインズ・ウール・ゴウンですら一部のメンバーしか詳細を知らず、忘れられたイベントと化していた。

 “見えざる敵”と名付けられ判定のみ存在する敵。それは偶然にも、覚えたての魔法の練習中に倒されることとなった。

 耐久力の高いモンスターだったが、多くのプレイヤーとの戦闘? が積み重なり体力が尽きてしまった。ドロップとして入手した神級(ゴッズ)アイテムが、この孤独な黒子(アディウトル・ソリタリウス)だ。持ち手となる右手が塞がる欠点はあるが、攻撃をしない限り誰にも気づかれず魔力も消費しない。バフは積み放題だし、ダンジョンやイベントでのボスですら見破れない。このアイテムを用いての強奪行為は不可能だが、ダンジョン内の宝箱は取り放題と壊れ性能でもある。最も、真に珍しいアイテムはレアドロップでしか手に入らなかったり単純にボスを倒す必要があったのだが、素材集めには持って来いだ。

 これほどのアイテムが何故ワールドアイテムでないのか。それは最初期にワールドアイテムの名は存在せず、後のアップデートで一部のゴッズアイテムが昇格されていた。その時に孤独な黒子(アディウトル・ソリタリウス)を作った運営が抜けたことが重なり、持ち主と一部のプレイヤー以外誰にも知られぬまま忘れられた存在となってしまった。

 

「さて……始めよっか!」

 

 ――《天駆ける羊たち》(ソァリング・ザ・スリープ)

 

 

 彼女が保有するスキルの一つを発動させた。

 ユグドラシルにはツヴェークと言うカエルに似た種族が存在する。そのツヴェーク族の討伐報酬として低確率で覚えられるスキルだ。

 

 時間すら止まってしまったのかと錯覚してしまう程の静寂。この後起こる惨劇など誰が予測したか。エルフを殺さずオークを殺す。そんな魔法を……。

 

母なる大木への賛辞(トリビュート・ジ・ツリー・マイマザー)

 

 大地へと埋められた種は芽となり木へと成長する。張り巡られた根は栄養を求め周囲の生命体を蝕むのだ。

 自然魔法を得意とするエルフには効果がないこの魔法は最も効率的にオークのみを殺せると言っても過言ではない。

 攻撃を受ければ眠りから覚めるのなら一撃で殺せば良い。それだけのことだし、ゲームで敵を殺すことに何の躊躇いがあるだろうか。

 

 大木は真っ赤な果実を実らせ、赤々と熟していく。この魔法によって実る果物は様々で、時にはパンの木の実が成ることもある。

 モンスターの種族やその数によって多種多様だが、同一の種族のみを養分とするのは非常に珍しい。種々雑多にならず同一の果物を実らせた。

 

 サクッ

 

「うん、美味しい!」

 

 サクサクと食べ終え、残った芯を投げ捨てた。

 

「うーん、このオークじゃ追加効果のある果物は実らないみたい。レベルが足りないからかな?」

 

 抵抗(レジスト)されたとは言え、攻撃判定には変わりない。捕らわれたエルフが目覚めたはずだが依然として静寂は変わらない。目の前のオークが突然干乾びてしまい、恐怖で声も出ないのだろう。

 私は夜目が利くけど他のエルフにはただの暗闇。部屋まで戻るか……うーん、それも手間だし野営にして朝まで待とうかな。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……うー眩しい」

 

 一見するとただのテントだが、その中は魔法による空間拡張が施されホテルの一室となっている。広いだけでその造りはテントには変わりなく、天上からの朝陽が眩しい。

 

「さてと、明るくなったことだし捕らわれのエルフはどこかなーっと」

 

 探知魔法を使い周囲の生体反応を探る。目の前にレーダーの様な物が浮かび上がり、点々と光っている。

 この魔法はMP消費が少ない代わりに位置しか分からず、種族や強さまでは探知できない。その上レアエンカウントの敵や不可視なモンスターも分からない魔法だ。

 

ドンドンドンドンドンドン

 

「おはよーございまーす! エルフくん居ますかー?」

 

 ガチャッ

 

「やあエルフくん元気? 女王の――だよ!」

 

「私は助けなんか興味ないんだ、二度と来んじゃねえよ!」

 

「あ……あの、そうだもしよかったら」

 

 バタンッ!

 

 爽やかに助けようとしたのが裏目に出たのか、逆に怪しまれる結果になってしまうとは。

 でも諦めない。フラグは立ってすら居ないのだから。

 

 ドンドンドンドン!

 

「おはよーございまーす! エルフくん? おはよー!」

 

 こうしてエルフ達を無事救出した。

 聞くところによると以前にもエルフが助けに来て、渡り船に助け船だと付いて行ったら姿を変えたオークに朝から晩まで犯されたと言う。

 そりゃ疑心暗鬼にもなる。仕方ないわね。

 

 全部で百人前後のエルフが捕らわれており、その半数は身ごもっていた。

 でも安心アンコールワットよ。《聖なるマリア様の願い》(ウィッシュ・ヴァージン・マリア)を使えば処女に元通り!子宮まで戻るんだから。

 本来は卵を持つモンスターや、寄生され体内に寄生虫を宿してしまった状態をリセットする用途として使われる。どうして本来の魔法の効果を知っているのかは彼女自身、よく分かっていない。

 

「あ、あの……女王陛下だと名乗られましたが、他の国のエルフ達が助けに来られたのでしょうか?」

 

 オークに王が殺されたのは一昨日。それなら連れていかれた彼女達が知らないのも無理はない。

 私が新王となりオーク達を駆逐しに来たことを説明すると彼女達の目に光が戻り、力が宿る。この世界は奪われてばかりじゃない。その証拠にオークから奪い返してやったのだ。既に死んでしまったオークに奪うも何も無いのだが。

 

「さ、こんな所で話していても仕方がないし帰るわよ。私たちの国へ」

 

 帰る場所がある。それがどんなに良いことか。彼女はゲームの世界、ここはゲームの世界だと思うことで心を保っていたのだ。ゲームを遊んでいたら突然異世界に転移されました。そんなことを言われて誰が信じるだろうか。信じたところで現実を受け入れられるのか。そんな人が仮に居たとすれば現実に未練のない……愛する者の居ない寂しい人しか居ないだろう。

 考えることを捨てゲームの延長線だと思うことでなんとかまともな思考を残してはいるが、そんなことが何時までも続くはずがない。彼女自身知っている。だけど今はまだ考えたくはない。

 

 

 数日後、彼女は絶望を知ることとなる。



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ep6 旅のエルフ

 国へ戻ると大勢のエルフが駆け寄り、もう二度と会うことはないと諦めていた彼女達の元へと走り寄った。両親に抱かれると、張り詰めた緊張が解かれたように崩れ落ち、胸の中で頬を熱く濡らしていた。

 

「素晴らしいです陛下! これで我が国は……我が国はやっと、やっと安堵の日々を迎えるのですね」

 

 オークに守られていたとは言え、何時裏切られるとも知れない日々に怯えていたのだろう。嗚咽混じりに喋る彼は、昨日まで見せていた仕事人とは違う。今まで溜め込んでいた物が爆発したのだろう。

 私の中で安心するのは勝手だけど、まだ見ぬ世界。冒険心がくすぐられるのよね。旅に出てみたいけど……この国を置いて出るのもなあ。そんな気持ちで板挟みにされる彼女であった。

 

「ありがとうございます陛下! ――様がこの国をお救い下さったのも神のお導きでしょう! 嗚呼なんとお礼を言って良いものか」

 

 皆々がお礼を述べる中、一つだけ残る不安を口にする者が現れる。

 

「彼女達はオークと……血の交わりはあるのですか?」

 

 ざわ……。落とされた爆弾により空気が変わった。もしオークを孕んでいたらどうすか。それよりオークと行為をした女を抱きたいと思う男は現れるのだろうか。

 

「不安には及びません。魔法で彼女達はオークへ連れて行かれる以前の身体に戻っていますから。もちろん純白なままですよ」

 

「な……なんと陛下は高位の神官ですら不可能な神の領域にまで達しているのですか!?」

 

 処女。それは汚すことの許されない絶対的な領域として存在する。一度失われれば二度と再生はされず、神官魔法を修める一部のエルフですら叶わなかった。怪我をしていたので治療しましたとは訳が違うのだ。格が違う。彼女こそ神に選ばれしエルフに違いない。周りの人達も顔を見合わせ、口にはしないが納得の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 王室に戻った彼女は暇だった。オークがこの国を守っていたと言うことは、オークより強い敵が周囲には居ないということ。あの収穫の魔法は高レベルのモンスターには効果が薄く、体力を減らせれば御の字。第9位階以上の魔法が基本の上位ダンジョンでは巻き付いた根がモンスターの装甲を破れないので効果すらない。

 追加効果が付与された果物が素材として利用できるため覚えているに過ぎない。そのためチームに一人覚えてる仲間がいれば十分とも言える。ギルドには参加していなかったが、共に旅をする友達は居た。その時に重宝される魔法だ。一人で進むには困難な場所も共に歩む者が居れば怖くはない。

 

「次は何をしよう……うーんクリスタルで召還したモンスターにここを守らせて、NPC達と外の世界を見てみたいなあ」

 

 モンスターが封印されたデータクリスタルは所詮アイテムに過ぎない。実際に彼女が手掛けたNPCを置いて離れるのは不安だ。本拠地として守っているとは言え、いつ攻め落とされるかは分からないからだ。昨日までは問題なかった。だが他のプレイヤーが来ない保証は何処にもない。それなら人間のように動き、言葉を交えるNPCを側に置いておきたいのは当然の心理とも言えよう。

 

 コンコンコン

 

「失礼します陛下。お客人が陛下に謁見したいと申しております」

 

 どうぞ、と私が言うと何時ものエルフが入ってきた。まるで一つのイベントを選びクエストを進めているのかと言わんばかりのタイミングだ。

 

「相手は誰なの? まさかオークとは言わないわよね」

 

「旅のエルフで御座います。陛下に頼み事があると申しておりました」

 

 クエスト受注をしなくても勝手に発注されるとは便利なシステムだ。

 とは言え用件を聞いてからでないと……もし無理難題を押しつけられればクエスト失敗の烙印を押されてしまう。

 

「女王陛下、初めまして。旅をしているエルフのシュナイダーと申します。本日は陛下にお目にかかれたことを光栄に思います」

 

「よろしくねシュナイダーさん。それで用件はなーに?」

 

 シュナイダーは心の中で、意外にフランクなお人だ。凛々しい姿とは裏腹に親しみある感じが好感を持てる……などと思っていた。

 

「それが……この山を越えた先にある国で、エルフが奴隷にされていることを耳にしまして。それで詳細を調べてみると捕らえたエルフの売買をバハルス帝国が行っていることを掴みました」

 

「バッファ帝国?」

 

「バハルス帝国です。私の知るエルフの集落に助けを求めたのですが、かの帝国は第6位階を修める人間に守られていて手が出せないと言われて……。私も腕には自信があるのですが、逸脱者とも超越者とも言われ英雄ですら届かない領域に手を掛けた魔法使いが相手では勝つことは不可能です」

 

 不可能なら私を頼らないで欲しい……え、ちょと待って今なんて言った!?

 

「第6位階が凄いって……そう言いましたか?」

 

「ええ、魔法は全部で第10位階まであるのですが、存在が確認されているのは極僅かで第6位階以上の魔法は数えるほどしかありません。それどころか実際に行使できる領域は帝国の人間が修めている第6位階が限界です。旅をし、数多ものモンスターと戦ってきましたが、私が修める第5位階より高い領域を実際に目にしたことはありません」

 

「そんな凄い魔法使いと私が戦えと言うの? 勝てっこないじゃない」

 

 勝てないなど嘘だ。だが第6位階が限界と思っているのなら私やNPC達が限界位階まで使えることを言う必要はない。情報は何よりの武器。なら教えなくても良いよね。

 

「ここのオークは非常に強い。そう他のエルフ達は口を揃えて答えていました。同胞を救いたいと思う者は多くも、己の力に自身が無く救えず……。私もこの地を征するオークの強さを知るだけに半ば諦めていました」

 

 シュナイダーは言葉を続けた。

 

「しかし陛下は違う。屈強なオーク達に臆することなく立ち向かい、無事にエルフ達を救われました。陛下なら……陛下なら帝国から仲間達を救う術を持っているのではないでしょうか」

 

 救いたい救えなかったと言いつつも結局は人便り。まあクエストって自分じゃ無理だから発注するのだけどね。

 

「ふーん、受けても良いけどもし私が死んだら……この国はどうするの? 私の居ない間は誰が守ってくれるの?」

 

「私が居ます。この周囲に生息しているモンスター程度なら私と、共に旅をしてきた仲間達となら守れます」

 

「覚悟は分かりました。でもオークと同等の集団が居ないと言い切れるの? ここの地理に詳しくないからあなた達の力が有効かは知らないわよ」

 

「かつてのオーク達は戦闘面では知恵が回り、コロニーが大きくならないように間引きをしていました。脅威になる敵が居ないのではなく、成長する前に芽を摘んでいたのです。オークとそれ以外の者達には力の差が開いていました。なので私達でも問題がない訳です」

 

「成る程……それなら任せても大丈夫そうですね。でも過信をするつもりはありません。信用してはいますが、それでも民の命が懸かっているのです。過剰なくらい心配しても良いでしょ」

 

「仰るとおりです。それで、どのようにしてお守りに? そちらで控える騎士殿に守らせるのですか?」

 

「いえ、彼女は命の次に大事な存在。捨て駒にするつもりはありません。このクリスタルです」

 

 目の前に出されたクリスタルには小さなドラゴンが入っていた。これこそ課金ガチャで手に入れたレアアイテム。リアルラックを持つのか乱数が偏っていたのかは知らないが少ない課金でニ個も手に入れたのだ。使役する場所が無いのでこれまでボックスに仕舞い込んでいたが、娘のように動く彼女(NPC)に持たせて自衛させる為なら惜しくはない。

 

「これを彼女に渡し、もしもの時はドラゴンを召還し敵を倒します」

 

「ド……ドラゴンを使役できるとは。まさかとは思いますが……いえ、何でもありません。では私達と彼女のアイテムで、陛下滞在の時分はこの国を守るで宜しいでしょうか」

 

 まさかって何よ。気になるけど勝手に納得してくれたのならそっとしておきましょう。

 

「それで、今から帝国に攻め込むの?第6位階くらいなら何とかなるわよ」

 

「先ずは交渉から始めましょう。その武力を盾に話せば、帝国も悪いようにはしてきません。いっそのことドラゴンで帝国まで乗り込むのが一番です。交渉なので向かう前に先触れを送る必要がありますね。どうなさいますか?」

 

 ドラゴンで行くとか勝手に決めないで欲しい。隣に居るエルフもそれが良いと頷いてるし。

 

「良い物があるわ」

 

 彼女はアイテムボックスから鳩を取り出した。

 何も無い空間から取り出すのは不自然に思われるので服の中から出すことにした。それでも十分怪しいが。

 

「この伝書鳩で手紙を届けるわ。この鳩には魔法・物理攻撃を完全に無効化する能力があるから墜とされる心配も無いの」

 

「せ……世界には便利な物もあるのですね。伝書鳩の名は初めて耳にしました」

 

 本来はタイプライターに打ち込んだ文字を伝えるのだが、何故か鳩と共に便箋一式も付いて来た。神は言っている、これで書くべきだと。

 

 手紙を綴るにもこの世界の文字が書けない。なのに今私が書いているのは、帝国に翻訳魔法を使う魔法使いが居るからだ。

 控えているエルフが共通語を書けるが、一国の王が自ら書いた方が効果的とのこと。

 

「よし! これを鳩に持たせて……ジルクニフ皇帝によろしく!」

 

 飛び立つ鳩を見送るエルフ達。無事に届くのかは神のみぞ知るだ。

 

「お腹空いたでしょ。リンゴが沢山あるから料理にするわね」

 

「い、いえ、陛下がわざわざお作りになられなくても……下の者に作らせるので陛下はごゆるりとしていて下さい」

 

 先ほどの会話に参加しなかった彼。面倒を看てくれるエルフが止めに入る。上の者はどっしりと構えて料理が出来るのを待つの一般的だ。そう思えば彼が止めるのも理解できる。

 

「ふふっ、こう見えて料理は大得意なんだから! 言いたいことは食べてからにして欲しいわね」

 

 調理場を借りるね、と言い残し部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 シュナイダーと二人きりの部屋。旅人なんかと話す気はない。奴隷解放とか余計な仕事を増やしやがってと思うが顔には出さない。

 

 しばしの沈黙の後、芳ばしい香りと共に扉が開かれる。 

 

「お待たせ! アップルパイしかないけど良いかな?」

 

「わあー! 美味しそうなパイですね」

 

 普段から側にいるエルフは何も言わない。この人は何時もそうだが考えが読めない。

 感情を出さないタイプなのかな。

 

「美味しい! こんな美味しいアップルパイを食べたのは初めてですよ。濃厚なリンゴが口の中で広がってきますよ」 

 

「良かった! ここに来て初めてだから不安だったけど上手に作れたみたい」

 

 旅のエルフはその美味しさに驚き口いっぱいに頬張っている。喜んでくれたようで何よりだ。問題ないなら後でNPC達の分も用意しなくちゃね。

 片や無言のエルフ。食事中は喋らないタイプなのかな。

 

「えぐっ……ひぐっ……ううぅ……ごじゅじんざま゙あぁああああああああああああ」

 

「きゅ、急にどうしたの? 美味しすぎて感極まったのかな」

 

「うぅっ……うう……昔……遠い昔に食べた味を想い出してしまって…………。その、お恥ずかしい所をお見せしました」

 

 お袋の味みたいな感じかな。今は亡き想い人の料理に似ていたのだろう。

 クールなエルフの意外な一面だ。



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ep7 帝国

「エルフの女王か、厄介事と取るか助け船と取るか……」

 

 ジルクニフは王を名乗るエルフからの手紙に悩まされていた。この国では奴隷の身分は保証され、労働力を提供する住み込みの仕事となっている。しかしエルフは例外だ。人とは違う、それだけの理由で捕らわれ心を折られ奴隷とされ買い主が殺しても罪には問われない。

 これまではフールーダと言う逸脱者が抑止力となり誰も止めることは出来なかったが、それを知ってなおエルフの自由を求めることはフールーダ如き取るに足らない存在と言うこと。例外として金銭を支払い解放させる手もあるが、手紙には「エルフの奴隷解放と制度の撤廃を要求する。三日後に帝国へ向かう」と書かれており、己の力に自信があるように思える。

 

 ふと目の前の鳩に視線を向ける。一見すると普通の鳥に感じられるが、皇帝の住まう一室まで届けたことを考慮すると魔獣が変装している場合もある。

 わざわざ手紙を寄越したことを鑑みると危険性は無いように思われるが、警戒はしておいて損はしない。

 

「お前はどう思う?」

 

「確認しないことには判断の使用がありません。《道具鑑定》(アプレーザル・マジックアイテム)

 

 フールーダであればより高位の鑑定魔法が使えるが、高弟である彼は残念ながら修めていない。翻訳魔法も修めていないので、別の魔法使いを呼んだくらいだ。

 魔導王との関わりを警戒したジルクニフが、新たな主席魔法使いとして優秀な高弟を仮として採用したのだ。魔導王を倒せるのはフールーダしか居ない。デス・ナイトを超越するアンデッドに有効な魔法の発見に邁進して欲しいと主席魔法使いの任を解き、時間の限りを研究に費やすように命じていた。

 確かに納得の行く理由だ。強大な魔法使いと戦う以上、命を落とすやも知れない。なら後任を据えるのは間違っては居ない。魔導国は周辺国家から畏怖の対象とされており、その対策を講じることは当然とも言える。そのため打倒魔導王が当の本人に伝わっても問題がないのだ。人間ごとき取るに足らない、そう考えるだろう。

 

「陛下、こちらは“伝書鳩”と言い手紙を届けるのみの能力を有したマジックアイテムになります」

 

「他の能力はないのか? 突然爆発でもされたら貯まったものじゃないぞ」

 

「ご安心下さい。一切の攻撃方法を持たない代わりに、攻撃を無効にする様です。持ち主に帰還する能力を有しているので、こちらから手紙を持たせられます」

 

 なる程、用件を伝えるだけのマジックアイテムか。城壁すらすり抜ける能力は異常と言えるが、他を捨てることで可能にしたのだろう。

 

「まぁ……来ると言うなら歓迎する他あるまい。唯でさえ戦力が足りないのだ。仲間として引き込めるなら国のエルフくらい幾らでもくれてやる」

 

 本来であれば魔導王に仕えるダークエルフ(アウラ、マーレ)を引き込むカードとして使いたかったが、エルフの女王が戦力になるのなら悪い手ではない。

 ジルクニフは訪問を歓迎する旨を綴ると、手紙を鳩に託した。受け取った鳩はここでの要件は終わったとばかりに天高く舞い上がり、一瞥(いちべつ)もせずに飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 ――三日後

 

「よし! いざ帝国へ出陣よ! ……私含めて二人だけど」

 

 いつものエルフが同行を志願したのだ。見ず知らずの土地に大切なNPCを連れて行くよりは、現地人の方が知識も多少は備わっていると思うし安全策とも言える。

 金銭を要求された時に備えてマジックアイテムや宝石を無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に入れておいた。

 

「それじゃあ準備も整ったことだし……クリスタルよ! ドラゴンを召還したまえ!」

 

 天高く掲げたクリスタルには小さなドラゴンが入っている。召還の命を受けクリスタルが変形し光り輝く。10mには成るだろうか、強大なドラゴンが目の前に現れた。

 韻竜(シルフィ・ドラゴン)と呼ばれる種族で、ユグドラシルでは過去に滅びた高度な魔法技術を修めていた設定が付けられている。野生でエンカウントすることはなく、同じくクリスタルで配置されたNPCとして扱われる。

 強大な超位魔法まで有しているが蘇生不可能な特性があり、実際にギルド拠点地の守りとして使われた例はないため詳細を知る者は非常に少ない。

 

「じゃあトゥルク、この国にモンスターの侵入を許さないように。知的生物だったら言葉での説得をして、ダメだったら倒しちゃってね」

 

「畏まりました、マスター。ご意志のままに」

 

 肩肘をつき頭を垂れる。個人的には友達感覚で節してくれても良いのだけど、王に仕える女騎士の設定に縛られているのだろう。私が決めたことなんだから仕方がない。

 

「さ、陛下。ドラゴンに乗る準備が整いました」

 

 どう見ても馬用の鞍なのにドラゴンに使用できるのは、騎乗する種族の大きさに合わせて可変するからだ。マジックアイテムとはかくも便利なものである。

 

 何時ものエルフは側で待機している。私が乗るまで待ってくれるのは良いけど乗り方が分からないのよね。見本を示すために先に乗ってくれても良いのに。

 あー、でもマジックアイテムだから適当に跨がっても倒れないんだっけ。乗馬はコマンド操作で済んだけど今はどうなんだろう。まいっか。

 

「よいしょっ……と、よっと……よし!」

 

「では私も。どっこいしょっと」

 

「トゥルク、行ってきますね。この国のエルフ達とは……出来ればだけど、仲良くしてあげてね」

 

「畏まりました。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」

 

 他のエルフとの顔合わせは昨日済ませておいたから問題はないだろう。念のため他のNPCも待機させ万全の体制を敷いている。

 帝国までの場所は探知魔法を使って半紙に地図を書き出しておいた。これを見ながら指示を出せば問題ないだろう、何時ものエルフが。

 

 ドラゴンは両翼を広げ、優雅に翼を動かした。これほどの巨体が鳥のように飛べるのは魔法世界ならではだ。

 長時間の乗馬はお尻が痛くなると聞くが、まるでテーブルに腰掛けているようだ。振動は一切無く、これ飛んでるの?などと疑問に思ってしまうほどである。

 空高く舞い上がり、エルフ達が蟻のように小さくなると飛行を開始した。直線距離なので長時間にはならないだろうが、それまで無言なのは辛い。指示を出すと言っても真っ直ぐなので方向だけ分かればそれで良いのだ。

 

「えーっと、今まで王に仕えてたみたいだけど先王から継いで私になって……やっぱり私なんかじゃ役不足じゃない?」

 

「とんでもないです。先王は保守的な方で、エルフ達に安永をもたらして下さった陛下ほど偉大な方は今の世におりませぬ」

 

「今の世にってことは過去には居たんだ」

 

「……はい。陛下に会うまでは最高のご主人様でした。ですが今は亡きお方。陛下以上の方はこの世におりませぬ」

 

「へー、そんな人が居たんだ。ん、そう言えば指に嵌めてるそれって……」

 

「昔、最高のご主人様より下賜った指輪です。私を守るために嵌めるようにと仰っておりました」

 

「普段から付けてるってことは、よっぽど大切な物なんだね」

 

「……はい!」

 

 右手の薬指に嵌めているってことはもう……。この人にも色々あるのね。大切な人を失う悲しさを味わったことのない私がどうこう言える話じゃないから、深く介入しない方が良いよね。

 既視感の湧く指輪だけど、何処で見たんだろう。

 

 山を越え森を抜け……いや空を飛んでいるだけなんだけどね。何はともあれバハルス帝国に到着した。

 

「あそこです、そこの中庭に降りて下さい」

 

「え、門から入らないの?」

 

「陛下、我々は客人ではありません。交渉をするために来たのです。力の差を見せつけてやりましょう」

 

 

 

 

 

 

「なんだ、外が騒がしいな。エルフの女王が到着したのか?」

 

「いえ、それにしては異様に騒がしいですね」

 

 中庭で警備を固めていた衛兵達から声が聞こえてきたのだ。執務室から中庭まで距離が離れているにも関わらず、悲鳴に近い叫び声が聞こえると言うことは相当切羽詰まった事態と言うことだ。

 

「ド、ドラゴンだ! ドラゴンが中庭に降りてきたぞ!」

 

「こうなりゃ一か八か! 剣で戦ってやる!」

 

「バカ野郎! この前の二の舞になりたいのか!」

 

「ひとまず待機だ! 距離を取って陣形を維持しろ!」

 

 ドラゴンから一人のエルフが舞い降りた。何という美しさだ。張り詰められた一触即発な空気が嘘のように感じられる。

 

 

「陛下、ドラゴンです! ドラゴンが中庭に降りてきました!」

 

「騎手はエルフか……この前のダークエルフと言い、奴らはドラゴンで城の中庭を陣どる文化でもあるのか」

 

 ジルクニフは頭を悩ませた。魔導王の側近と同じ対応を取るとは……前回とは別種のドラゴンだが、同じ系列だと厄介事に成りかねない。

 同等の戦力なら対魔導王としてぶつける手があるが、万が一関係者であれば王国の民を殺した魔法の矛先が帝国に振る舞われるのはかも知れない。

 もし魔導王が私の行動を見抜いた上で泳がせているのなら、喜んで泳いで見せよう。岸まで辿り着いた時が魔導王の死ぬときだ。

 

「エルフの女王が魔導王と繋がっているのか知る必要があるな」



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ep8 皇帝の願い

 中庭に降り立って見たは良いが、反応がおかしい。

 私としては珍しいドラゴンを羨望の眼差しで見られることを期待していたのだが、兵士達は真逆の反応をしていた。恐怖のあまりその場でうずくまる者、悲鳴を上げ死を覚悟する者、距離を取り様子を(うかが)う者も居た。

 わざわざエルフの国から女王が来たのだから歓迎してくれても良いのに。他のギルド拠点地までドラゴンやワイバーンに乗って来るのは良くあること。怖がる設定になっているのかな。

 

「こんにちは、エルフの国から来た――と申します。ジルクニル皇帝陛下に会いに来ました」

 

 全長10mを有するドラゴン。その背から飛び降りると高さは7mくらいになるだろうか。女王を名乗るエルフは飛び降り、落下する直前に羽が生えた様にふわりと浮遊し、大地に降り立った。

 側に控えていたエルフは飛行(フライ)の魔法でゆっくりと降り立った。エルフは自然魔法を得意とする種族なので、魔法を修めること自体は珍しくはない。

 

 すぐさまメイド服を着た女性が走って来た。以前の惨劇を知っているからこそ、その顔には悲壮な表情を色濃く浮かべていた。

 

「お、お待ちしておりました! ――女王、陛下が部屋でお待ちです!!」

 

 震えながらも大きく声を掛けるメイドに付き添い王城を進むと、一際豪華な作りの扉で立ち止まった。

 エルフの国は昔滅んだ都市を再利用して住んでおり、王城として扱われている屋敷はお世辞にも豪華とは言えない。それに対して目の前に広がる光景は煌びやかで、一体どれほどの金額を出したら住めるのだろうか。私個人としては六畳一間くらいが落ち着くのだが、たまの旅行でなら住んでみたいものだ。

 

 扉が開かれると中には執務官の男性、魔法使いが着るような外套に身を包んだ男性、鎧を纏った騎士。そして中央に陣するは右肩を出したヘンテコな服を着た成年。

 その煌びやかな装飾を見るに、この人が皇帝だろうか。

 

 私はこの国の皇帝、ジルクニフに挨拶をした。通常であれば目下の者から名乗るのが礼儀で、私から名乗りを上げると言うことは自分を不利な立場として下げかねない。しかし挨拶は大事、古事記にもそう書いてあるのだ。ならば先立って名乗ることで、自らの存在を主張するべきであろう。

 

「始めまして、エルフの国の女王――と申します」

 

 

 

 

 

 

「こちらこそ始めまして。バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。気軽にジフクニフと呼んでくれると嬉しいかな」

 

 魔導王とは違い、今回はエルフの女王が交渉を行う側だ。下手に出る必要はあるまい。先ずは同じ立場として接するべきか。

 

「そう……じゃあジルクニフ皇帝と呼ばせて貰うわね。よろしくねジルクニフ皇帝」

 

「ああ、こちらこそよろしく、――女王」

 

「立ち話もなんだ、席について話そうか」

 

 側に控えているメイドはキャンドルに飲み物を注いだ。オレンジの絞り汁からは甘酸っぱい香りが漂い、鼻孔を酸味の効いた香りが突き抜けた。

 

「さ、飲み物で口を濡らしてここまでの疲れを癒してくれたまえ。長旅で疲れただろう」

 

「うん、果肉の入った美味しいオレンジジュースね。美味しかったよありがとう」

 

「喜んで貰えて嬉しいよ。果樹園で丹精に栽培した自慢の果物なんだ」

 

 この前のダークエルフと同じく豪奢な服装の割りに食事は普通なのかな。また不味いと言われた時には自信を無くすかと不安だったが、どうやら杞憂に終わったようだ。やはり美味しいと言われ方が嬉しいな。

 さて、気を引き締めて交渉に入らなくては。このエルフが本当に強いのかどうかはまだ分からないのだから。

 

「先触れでエルフの奴隷解放を要求するのは聞いてるよ。ただ、私の一存では勝手に決められないんだ。他の貴族達の言い分や、何千何万と金貨を払った連中から文句が出かねない。なにか……それに見合った対価があればと考えているのだよ」

 

「うーん、大量の金貨を持ってくるのは無理だけどそれに見合った宝石は持ってきてるよ」

 

 そう言うとエルフの女王はごろんと、大きなルビーやエメラルド、ダイヤモンドにまん丸な真珠を取り出した。それだけじゃない。緻密な細工が施された鳥の形をした水晶もある。

 これほどの宝石は皇帝である私ですら見たことがない。奴隷のエルフに使った金貨を余裕で上回るだろう。だがそれを受けとるわけにはいかない。奴隷解放を餌に仲間として引き込まなくてはいけないのだから。

 

「ありがとう女王。でもこれを受け取るわけにはいかないな。今、この帝国……いや人類存続の危機に扮しているのだよ。それを知っている貴族達はお金より命の方が大切だからね。少しでも力になるエルフを渡したがらないんだ」

 

「で、だから何? それ私に関係ないよね。下出に出れば貴族がどうだのって言い訳がましいことを。解放しないなら力ずくでも良いのよ?」

 

「どうぞご自由に。でも私を殺したところで問題は解決しないよ。魔導王と言う強大な魔法使いが居てね。そいつが人類、ひいては生命存続の危機になると私は考えているのだよ」

 

「魔導王……りゅうおうやゾーマみたいな存在が居るの?」

 

「ああ、その強大な魔法は先の戦争で十万人以上の人間を皆殺しにしたほどさ。それもたった一つの魔法で、さ。今は帝国の同盟国に収まってくれてはいる物の、いつまでも大人しくしているとは思えない。なんせ魔導王は生者を憎むアンデッドなのだから」

 

「ふーん、それってジルクニフ皇帝にメリットが大きくない? 人間が滅ぶなら、その隙にエルフだけ救出してその後に魔導王を殺せば良いよね」

 

「ははっ、面白いことをいうね。まだ魔導王は様子を伺っているのか動いてこないんだ。このまま動かないなら有り難いし、もし動いたとしたら……その時は手遅れさ」

 

「うーん……」

 

 ここに来てようやく考え込んだエルフの女王。そうだ、お前は魔導王を倒すしかない。例え無理だとしてもはいそうですかと言って諦めるわけにはいかない。彼らと協力すれば或いは……道が開ける可能があるのかも知れないのだから。

 少しでも打破できる希望があるんだ。おいそれと逃して溜まるものか。

 

「仕方ないなぁ……これも追加クエストの内かな」

 

「ん? どうかしたかい」

 

「あー、うんこっちの話。分かった、その討伐任務受けるよ」

 

「その言葉を聞けて嬉しいよ。ありがとう」

 

「魔導王だけど、彼が治めるエ・ランテルに漆黒と言うアダマンタイト級の冒険者が居るんだ。彼は『魔導王と側近、どちらか一人なら倒せる』と豪語したらしい。――女王が弱いと言っている訳ではないが、リスクは……不安は最小限にしておきたい。漆黒の彼らと協力して倒して欲しいんだ」

 

「漆黒……? アダマンタイト級冒険者? ちょっと詳しく聞かせてくれない?」

 

 ジルクニフは漆黒と呼ばれた冒険者の存在。そして彼らの活動拠点が魔導国の支配下と成ったことを説明した。

 

「……なる程、共同作戦って訳ね。今から漆黒の人達に会いに行っても良いの?」

 

「彼らも組合の仕事で一時的に離れているかも知れない。エ・ランテルに着いたら、この宿で待機してくれないか。彼らが利用している宿だ」

 

「他にやることはある? ジルクニフ皇帝の名前は出さない方が良いんだよね」

 

「そうしてくれると助かるよ。仮に失敗しても帝国が関わっていると感づかれなければ、この国のエルフ達まで危害が及ぶことは無いからね」

 

 帝国と同時にエルフの名を出すことにより「べ、別に帝国のために名前を出さないんじゃ無いんだからね! 奴隷として囚われたエルフの為なんだから!!」とエルフを庇うことで間接的に帝国も守られる算段を取り付けた皇帝であった。

 

「よし、ほならば行ってきますか!」

 

「検討を祈る……どうか、人類を救って欲しい」

 

 

 

 

 

 

「魔導王……レイドボスか何かなのかな?」

 

 帰り道、私はジルクニフ皇帝に言われた名を口にした。魔導王。つまりは魔王だ。魔王討伐の依頼を受け、道中仲間になる(予定の)漆黒なる者と共同戦線を結び、共に魔導王と戦うのだ。

 ゲームだとこの手の展開は、その漆黒が魔王を倒す決め手――若しくは弱体化の手立てを持っていて、最後は漆黒が命を張って魔王を倒し……漆黒が散り行く展開が待ち受けている。お涙ちょうだいのテンプレだ。

 もしくは漆黒が黒幕で、裏ボスとして相対(あいたい)すこととなるだろう。最近のゲームは捻くれているので一筋縄ではいかないのがある種の楽しさでもある。

 

「あ! ……あー……ヤバい」

 

 道を聞いていない。東京から大阪まで行って欲しいと言われて順路を教える人が居ないのと同じで、ここでは常識なのだろう。

 よし、困ったときのエルフ頼みだ。同伴している何時ものエルフに聞くとするか。

 

「エ・ランテルまでの道は……」

 

「存じ上げておりません」

 

「だよねー」

 

 知らないなら知らないでさっき助言してくれても良かったのに。なんて言うか干渉したがらないエルフだよね。

 仕方がない、近くにいる騎士に聞くとするか。なんて言うか脅えてて話しづらいんだよね。それも仕方のないことか。目の前に首輪のないライオンが座っていたら誰だって怖いよね。

 

「あ、あのー」

 

「はっはい! なんでしょうか!!」

 

「もう、そんなに声張らなくても良いから。ここからエ・ランテルってどう行けば良いのかな」

 

「はい! ここからですと――」

 

 何時ものエルフが地図を持ってきていて助かったわ。地名は書かれてないから知らない人が見るとさっぱりだけど、帝国騎士にマークを付けてもらったからもう安心。

 まあ要人に道を訪ねられて断る騎士なんか居ないよね。なにより皇帝からの依頼なのだから。

 

 エ・ランテル……一体どう言う所だろう。まいっか、クリア不可能なクエストなんて用意してないよね。

 

 

 

 

 

 

「あ……あぁ……貴女は…………い、いや、そんな……まさか……!」

 

 黒よりも深い漆黒の鎧で全身を纏った男性が突然悲鳴を上げた。

 いや、悲鳴と言うのは間違っている。驚きのあまり、思わず声を上げてしまったと言った方が正しいだろう。

 いきなりの事態に驚いた私だったが、その身なりと首から下げるプレートがアダマンタイト級冒険者“漆黒”を物語っている。

 隣に控える女性は非常に美しく、美姫の二つ名は彼女の為に存在すると言われても否定の言葉を見つけられない。同じ女性の私ですら見とれてしまう程の美しさだ。

 急激な冷静さを取り戻した漆黒が再び口を開いた。

 

「明美……さん!?」



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ep9 漆黒との出会い

 空の旅パート2。今回は帝国首都からエ・ランテルまで空の旅をお送り致しま……せん。

 前回は力を誇示する必要があったが、今回は目立つ行動は控える必要がある。そのためドラゴンでの移動は避け、馬車での移動となった。

 恥を忍んで騎士に道を訪ねたのに、帝国から借り受けた馬車で移動しては聞いた意味がない。隠密行動だから馬車の方が良いよねって最初から気づけよ私。

 御者の男性が道を知っているので、後はモンスターや夜盗に襲われないように対策を練れば良い。通常であれば護衛として帝国騎士や冒険者を雇うのだが、幸いと言うか帝国最強が第6位階程度の魔法使いなので問題にすらならない。襲われる前に撃退する方法なんて幾らでもあるし、仮に襲われたとしても被害を覆うのは相手の方だ。基本、この世界の住民は雑魚ばかりだ。

 魔導王へのダンジョンは強大なモンスターに護られているとは思うが、その辺りは慎重に行動することで対処するしか無い。死にリセットだけは避けねばならない。一度きりのイベントだと全てが水の泡となってしまう。

 

「おじさん、帝都からエ・ランテルまでってどれくらいかかるの?」

 

「おいおいエルフの女王さんよぉ、バカ言っちゃいけねえぜ。ここから片道一週間はかかる距離ですぜ」

 

「いいい、一週間!? そんなにかかるの!?」

 

 手綱を握るおじさんは軽く笑いながら答えた。ドラゴンとは違い、馬での移動は非常に時間がかかる。車や電車と違い休憩を必要とするし、日が暮れる前には野営の準備をしなくてはならない。

 それを聞いてはい分かりましたとは言えない。いくら何でも一週間は長すぎる。

 よし、魔法をかけるか。

 

「お馬さんお馬さん、速くなーれ! 《最強化・(マキシマイズマジック・)速度向上》(スピードランニング)

 

「ヒヒーン!(パカラッ、パカラッ、パカラッ……)」

 

「う、うわああああああ! お馬さんが猛スピードで走りおった! エルフの女王さんも大胆なことをするねえ!」

 

 第3位階に位置するこの魔法は単純に行動速度を上げるものだ。動きが速くなった所で思考速度は変わらないので、人によっては使いこなせずに終わってしまう。私? 今使いこなしてたよね。

 

「このスピードだと明日には着くかしら?」

 

「速すぎだよ女王さん! もうエ・ランテルまで着いちまった!!」

 

「はええ……」

 

 一週間が一瞬とはコンドルも驚きの速度だ。冗談半分で強化魔法を使ったせいだろうか。未だに耳がジンジンしている。

 

 

 

 

 

 

 門の前では守衛らしき男性が数人立っていた。昼前なこともあり検問待ちの人は誰も居ない。行列で時間を無駄にすることはバカのやることだ。その点私は違う、人が込み合う時間帯を避けて来たのだから。いやごめんなさい来たの初めてな上に検問も初体験です。

 この街では直接中に入れてくれず、守衛から訪問理由等を聞かれた。この手の質問は定番の返し方がある。よし!

 

「観光で来ました!」

 

「よし! 入……いや待て! 念の為にマジックアイテムが無いか検査する。武器を持ち込まれる危険性もあるからな」

 

 検問所の奥からは外套を纏った暑苦しい男性が現れた。長い杖を握りしめ、魔法使いだと一目瞭然で分かる姿をしている。

 マジックアイテム……うーん、何か持ってたかな。収納してるアイテムは探知魔法じゃ分からないよね。

 

《魔法探知》(ディテクト・マジック)

 

 魔法使いは鋭い目つきでこちらを凝視し、すぐに視線を憲兵に移した。これがイケメンだったら良かったのに。

 

「安心せい、子奴らからはマジックアイテムの気配は微塵も感じられん。通しても問題なかろう」

 

「では通行料として銀貨――枚を頂きます」

 

 銀貨ね。はいはい……ってええぇ!? ちょっと待って、私金貨しか持っていないんだけど。これってあれでしょ、ラーメン店に諭吉を持っていくと万両と揶揄されるのと同じで嫌な顔されるんでしょ。ラーメン食べたこと無いけど。

 どうしようか迷っていると、御者台から降りたオジサンが懐から巾着を取り出し、数枚の銀貨を手の中で数え守衛に差し出した。

 

「ひいふうみい……はい。問題ありませんね」

 

 隣の守衛も枚数の確認を済ませると、門を開けて馬車を誘導した。

 

「はい。では旅のお方……エ・ランテルにようこそ」

 

 エルフを乗せた馬車が門を通り、中へ入っていくのを見届けると魔法使いは口を開いた。

 これが数ヶ月前……まだ王国領だった時であれば、エルフなど書状も無しに通すことは有り得なかった。しかし魔導王国となってからは闇妖精(ダークエルフ)が通行することもあり、エルフに対しての抵抗感が薄れていた。御者が人間の男性だったこともあり、人と交流のあるエルフだろうと考えたのだ。

 

「お前はあのエルフ達を……どう思った?」

 

「豪華な身なりだったので、貴族の方かと思いました。武器の類を保有していなかったので、王国に危害を与えるつもりは無いでしょう」

 

「じゃと良いのだが……どうも胸騒ぎがしてな」

 

「魔法では問題無かったのですから、ここから先は我々の管轄外ですよ。それに問題を起こそうにも漆黒の目の黒いうちは手の出しようがありませんよ」

 

「おお! そうじゃったな、漆黒が滞在中なら杞憂に終わるじゃろう」

 

 話はそれくらいにして仕事仕事、と守衛達は持ち場に戻った。

 

 

 

 

 

 

 さっきはマジックアイテムを持っていないと暑苦しい魔法使いに言われたけど、実は木の棒(インフィニティ・ソード)を持ってきたんだよね。

 以前この服で冒険したときにドロップしたアイテムだけど、ポケットに入れたまま忘れてたの。まあコイントスで表を出し続けたら強くなる武器なんて使い所が無いんだけどね。

 運が良くても5回くらいしか連続で表にならないし、攻撃力に+1×5とか意味がない。失敗すれば攻撃力1の枝切れとなってしまう。

 

「持ってない……うーん馬車が速すぎて明後日の方向に飛んでいったのかなあ」

 

 行きは入っていたポケットに手を当てるも何もなかった。そのお陰で魔法探知を逃れたと思えば悔しくもないか。使い所の無い武器なんて邪魔なだけだし。

 

「それじゃ女王さん、馬車を置いてくるからまた用があったら声をかけてくれよな」

 

 オジサンと会うのはこれで最後……そんな気がしないでもない。

 

「ここまで送ってくれてありがとうね。漆黒の人と魔導王の所まで向かうときは宜しく頼むよ」

 

「それは出来ない相談だぜ。余波で俺まで巻き込まれたら溜まったもんじゃねえ」

 

 そりゃそうか。万一にも討伐に失敗すれば、関係者諸共皆殺しなんてありがちな展開。それなら徒歩で向かってもらうか、現地調達をした方が手っ取り早い。自分以外が死ぬのは問題ないのだから。

 

 初めて来た街を散策したい気持ちを抑えつつ、漆黒が常駐する宿へと歩みを進める。

 後回しにしても良いが、私の性格だと時間ぎりぎりまで先送りにしかねないので、心を鬼にして用件を優先させる。

 

 人混みが割れるように道を開けている。お偉いさんでも通るのだろうか? ふと視線を向けると、私ですら見惚れてしまいそうな絶世の美女が歩いていた。連れ添う戦士は黒よりも深い漆黒の鎧を身にまとい、胸に掲げるプレートがアダマンタイト級冒険者“漆黒”を物語っている。

 

 

 

 

 

 

「モモンさ――ん、今日はどうしますか?」

 

 後ろに束ねられた長い髪を揺らしながら、彼女は隣の戦士に声を投げかけた。

 

「組合には新しい仕事の依頼は入っていないし……そうだな、この街を廻って声を聞くのも勉強になるだろう」

 

 仕事のない冒険者はモンスター退治をするのが基本だが、アダマンタイト級冒険者が刈り尽くしては下の冒険者の食い扶持を無くすことに繋がってしまう。依頼がないのは安全の証。まだ納税は課していないが、安定した収益が見込めれば無理に依頼を受ける必要も無くなると言うことだ。お金は多くの者に回って初めて経済が潤うのだから。

 

 人混みでも道を譲って貰えるのはある主、上位冒険者の利点を言って良いだろう。人類をモンスターからの驚異から守る救世主なのだから、本能として好かれる行動を取るのだろう。

 魔導王権限でアダマンタイト級冒険者は宿代を免除する法律を作るのも悪くはないな……いや、その免除した宿代を国が負担したら結局は同じ事。世の中そう簡単に楽はさせて貰えない。

 

 思いふける中、自分達を見つめている視線の色が一箇所だけ違うのを感じ、ふと顔を動かした。アインズは目の前の存在に思わず目を疑うこととなる。

 

「あ……あぁ……貴女は…………いや、そんな……まさか……!」

 

 想像していなかった事態に声を荒げてしまったが、すぐさま落ち着きを取り戻す。

 

 幻覚じゃない……彼女の名は――

 

「明美……さん!?」

 

「ふぇ!?」

 

 突然名前を呼ばれ、目の前のエルフは思わず裏返った声を上げてしまった。

 そりゃそうだ、初対面の人からいきなり名前を呼ばれたら誰だって驚いてしまう。胸のプレートを見て声の主に気づいたのか、彼女から声をかけられる。

 

「漆黒の方……ですよね? あ、初めまして。エルフの国女王の明美と申します」

 

「分かりませんか? お……私のこと」

 

「ごめんなさい、貴方は私のことを知っているみたいだけど、漆黒の名前を知ったのは今日が初めてなの」

 

 そりゃそうか。姿を隠して、更には戦士職として振る舞っている。声も変えているので気づかないのも無理はない。

 しかしここでは人目についてしまう。宿のテーブルで説明した方が安全だろう。防音魔法をかけておけば盗聴の危険性もない。

 

「立ち話もなんですから――もし良ろしければ宿屋の1階で話しませんか?」

 

「あー、うん。私も漆黒さんに用件があってエ・ランテルまでやってきたの。ここへ来たのは初めてだから、宿屋までは漆黒さんに任せるわ。」

 

 漆黒さんって……そんな呼び方されたの初めてだよ。いや漆黒は尊敬と敬意を込めた呼び名に近いから、ただのチーム名だと解釈すればおかしくは無いけどさあ。

 

 

 

 

 

 

 

 アインズの馴染みの宿屋へ入ると、そのまま奥の……人目の少ない4人掛けテーブルに腰掛ける。注文した飲み物をご用聞きがテーブルまで運び終え、当面は声を掛けられることはないだろうとアインズは口を開いた。

 

「さて――」

 

 アインズの視線を受け、ナーベは周りに声が漏れないように魔法を発動させる。薄い膜が張られた感覚がするが、もちろん視認出来るわけではない。

 情報がお金になるこの世界において、盗聴対策はある程度の地位を持つ人間なら当然行っている。魔法使いであれば魔法で防ぐし、高貴な者達の会合には鉄板に覆われた部屋が用いられる。アダマンタイト級にもなれば重要な話くらいするだろうと他の人達は思うし、うっかり重要な情報を耳にしたばかりに厄介事に巻き込まれては御免だ。聞こえないのであれば、それに越したことはない。そう周りの人達も思うだろう。

 

「改めまして明美さん。私が漆黒のモモンこと……アインズ・ウール・ゴウンのギルド長モモンガです。今の私はアダマンタイト級冒険者モモンですので、呼ぶときはモモンでお願いします。そして彼女が――」

 

「プレアデスがメイド、ナーベラル・ガンマと申します。今はナーベと名乗っておりますので、ナーベとお呼び下さい」

 

 おお! 人間のことを昆虫名でしか呼ばない虫博士がまともな挨拶をするとは。ナザリックと関わりのある者にはきちんと挨拶が出来るのだから、普通の人にも演技してくれれば俺の気苦労も減るんだけどなあ。

 

「モモンガさ――じゃなかった、モモンさんとナーベさんですね。ご存じの通り、明美と申します。こちらが――名前なんだっけ?」

 

「レゴラスです。失礼、初めまして。私はレゴラスと申します」

 

 オリキャラなので名前に深い意味はありません、と言っていた気がしなくも無くもない。なんのこっちゃ。

 

「いやあ、まさか明美さんまでこの世界に来ているとは。私はナザリック毎転移したのですが、プレイヤーは私一人だったんです。過去にプレイヤーが転移した形跡は遺されて居ましたが、実際にこうして会えたのは明美さんが初めてですよ」

 

 王国や帝国にプレイヤーの気配はなかったし、法国は可能性が高いが敵対を恐れアプローチは取っていない。

 初めて出会ったプレイヤー。しかもギルドメンバーやまいこさんの妹明美さんとは心図良い限りだ。安定化された精神が再び高揚する。

 

「ユグドラシルとは違う異世界で不安も大きかったんですけど、明美さんはどうでしたか? お互いに情報交換が出来ればと思うんですが。あ、そう言えば何か用件があると仰ってましたよね」

 

「いせ……かい? いやいや、まさか……あの何か悪い冗談でしょ? そんな、ゲームを遊んでたら突然別世界に飛ばされるとかあり得ないでしょ」

 

 焦点が定まらず、震えながら喋る明美。

 

 何をそんなに焦っているのだろう? ユグドラシルのシステムとは全く異なる世界。それをゲームだと思う方がどうかしてる。きっと俺をからかってるんだ。

 

「いやいや、どう見たって別世界、異世界ですよ。だってNPCはプログラムした動作しか出来ないのに、ほら――」

 

 アインズはナーベラルに目を向け、言葉を続けた。

 

「ナーベだってこうして人間と変わらない。NPC達もこの世界では生きてるんですよ。そんなことゲームじゃ有り得なかった。私はアンデッドなので痛みは感じませんが、痛覚や嗅覚まで存在する。空気は美味しいし緑の広がる大自然。ここは私たちが住んでいた地球とは違う別の世界ですよ」

 

「げげげゲームじゃなくていせいせいせ異世界違う違う違うそんなはずがない! だって! だって私は最終日だから記念にと思ってログインしただけで……そんな……そうよ! これは夢! きっと悪い夢を見てるのよ! 夢なら覚めるのが普通でしょ! 覚めてよ!! なんで……なんで私が何をしたって……」

 

「お、落ち着いて下さい! ナーベ!」

 

《獅子なる心》(ライオンズ・ハート)

 

 数秒の沈黙。覚悟を決めたのかは分からないが、彼女が再び口を開いた。

 

「モモンさん、バハルス帝国のジルクニフから“魔導王を殺して欲しい”と依頼されたわ」



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ep10 同盟

 今まではゲームの世界だと思い込むことで、ここは仮想世界……もしくは夢物語だと現実から目を逸らしていた。真実を知り冷静を取り戻したことで、この世界でどうすべきか考える余裕が生まれた。

 明美は確信していた。アインズさんと一緒なら魔導王だって討伐できると。自身が弱いわけでは無いが、それでも仲の良かったプレイヤーと一緒なら非常に心強い。

 

「皇帝が私を討伐して欲しい……本当にそう頼まれたのですか?」

 

 アインスが聞き返した。何時にも増して冷静に感じる。

 ――あれ? 今なんて言った? 私を討伐……

 

「アアア、アインズさんが魔導王だったの!!?」

 

「あー言ってませんでしたっけ。このエ・ランテルも私の領土なんですよ。ここから馬車で二日程の距離にナザリック毎転移したんです。それでジルクニフ皇帝の協力を得て魔導国を建国する働きとなりました」

 

「アインズさんも王さまかあ。なんだか親近感が湧いちゃうね。で――」

 

 明美は先ほどから気になっていたことを冗談混じりに口にする。

 

「魔導王さんとしては、討伐されてくれ――」

 

「ませんよ? 当然死ぬのは嫌だから、もし敵対することとなれば反逆の罪でジルクニフを拘束するかな。そうしたら依頼主不在で失敗に終わりますよね」

 

「残念だけど、そうは単純にはいかないのよ。なんでも、帝国がエルフを奴隷として捕らえてるって話を耳にしてね。同じエルフに救って欲しいと言われた以上、断る理由も見当たらないから承諾しちゃったのよ。ゲーム感覚でクエスト受注♪って感じで」

 

「なるほど……なら明美さんの国と私の魔導国が同盟を結び、帝国を交えた三国同盟の交渉はどうでしょうか?」

 

「同盟国なら戦わない……それって帝国は信じてくれるかな。確かに魔導国に滅ぼされる不安が無くなれば結果的に目的は達成するけど、攻めてこない保証はどこにも無い訳だし」

 

「あ…………なら……うーん――」

 

 アインズは所詮、しがない営業マンでしかない。圧倒的な強者としてではなく、同じ目線。もしくは下手に入っての交渉が基本だ。何時もなら作戦を練っての行動か、階層守護者の助言ありきの計画。アドリブで完璧にこなせと言われても不可能に近い。

 

「漆黒に協力を煽った物の受け入れてくれなかった。ひとまずは帝国に大使館を置くことで、迅速な連絡を可能にする……とか?

 偶然魔導王と接触することになり、魔導国と同盟を組むこととなる。もし魔導国に責められても同盟国の大使館を人質に出来る」

 

 こんな考えが瞬時に思い浮かぶなんて私ったら天才ね!

 

「まあ、力で脅せば解放してくれる気もしますけどね。私の……アインズとしての側近の闇妖精(ダークエルフ)が奴隷のことを知り、解放して欲しいと頼まれた。これなら納得は出来なくとも筋は通っています」

 

 流石はギルドのまとめ役。話をなあなあで聞いてた訳じゃ無かったのね。女性パーティーでは作戦系はぶくぶく茶釜さんが担当で、私はと言うと戦闘がメインだった。それに対してアインズさんは色々な処理をこなしていたと聞く。経験の差が躊躇に現れたのかな。

 

「エルフの件は帝国の対応待ちですね。あの――明美さんは、他にユグドラシルから転移したプレイヤーを知っていますか?」

 

「転移してからの数日間で、プレイヤーらしき人には出会ってないですね。レゴラスさんは何か知らない?」

 

 明美は隣に座るいつものエルフに声をかけた。先王に仕えていたのなら、何か知っているかも知れない。

 

「え……えーと、その――」

 

 口籠るレゴラス。率先して会話に参加することはないが、聞かれれば答えるだけの対応はするはず。記憶の海を探索しているのだろうか。

 

「かつて……十三英雄が一人、エルフの王が強かったとは聞いております。しかしプレイヤーかどうかは不明で、申し訳ありませんが私が答えられる情報を持ち合わせていません。ごめんなさい」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるレゴラス。膝に置いた両手は重ねられ、縮こまった座り方に感じられた。

 

「十三英雄は二百年前に活躍した存在で、現在は存在が確認されていませんね。秘匿されている情報だと知りようが無いですが、生きていれば目立つと思うので可能性は低いです」

 

 アインズはこれまで調べてきた情報を語る。法国はプレイヤーの臭いがするため調査が進んでいないが、暗殺部隊が使った自称最高位天使があの体たらくではたかが知れている。今は亡きプレイヤーの遺産が残されていると予想している。

 八欲王は既に滅んでおり、口だけの賢者も今は居ない。

 

「原理が全く理解できないけど、結構な数のプレイヤーが過去に転移してきたって訳ね。勉強になりました」

 

 もしかして私たちだけ?と不安になりかけたが、過去に何人ものプレイヤーが転移してきたと知り、用件が片付いたら自分と同じ境遇の人を探してみようと明美は考えた。

 元の世界へと帰りたい気持ちは半分。家族とは離れ、一人暮らしをしていた明美にとって元の世界に戻った所で……などと考えてしまう。姉と二度と会えないかと思うと寂しさを抱きかねないが、それでも死んだ世界への未練は少なく、もし帰れないと分かっても仕方が無いと妥協できる程度には成ってきた。

 エルフの姿形となり、心までエルフに侵食されてしまったのだろうか。人間を自分とは違う別の種族だと心の中で思ってしまう。

 

「私たちは特に用事も無いですし、転移魔法でナザリックへ一足先に戻っています。手はず通り単騎で攻めてくる体で来てください」

 

「じゃあアインズさん、また後で」

 

「こ、この姿ではモモンですから!!」

 

 不出来な部下に呆れ返るような、そんな彼の心からの叫び声が響き渡った――防音魔法により四人にしか聞こえていないのだが――。

 

 

 

 

 

 

 アインズと別れた明美は帝国の馬車が停められた小屋へと向かう。本来は漆黒と共に向かうつもりだったが、アインズとジルクニフ皇帝。その二人ならアインズを助けるのは当然の流れだ。

 キリスト教の信者がキリスト教徒と仏教徒のどちらかを助けろと言われれば、同胞を救うのと同じ事。知らぬ世界で不安な中、同じ境遇のアインズと手を取り合いたいと考えるのはおかしな事では無い。

 

「お! 女王さん、話は済んだのかい」

 

 帝国からここまで送ってくれた馬主のオジサンに声を掛けられた。漆黒と一緒でないことに気付き、顔つきは暗くなる。

 

「ごめんなさい、漆黒のモモンさんに戦えないと断られたわ。魔導王――アインズには勝てるかも知れないけど、リスクが高いから様子見だってさ」

 

「アダマンタイトとは言え、流石にあの化け物とは気が引けるってか。そんで、これからどうするんだい」

 

 交渉が決裂したのなら、皇帝にその報告をしなくてはならない。しかし明美にはアインズとの作戦があった。

 

「ナザリック地下大墳墓へ向かいます。刺し違えてでも倒してみせます。彼は魔導王さえ倒せれば――と言ってたわ。それなら私が魔導王を倒して逃げ帰れば、殿(しんがり)を任せられるわ」

 

「女王さんよお……一応言っとくけど近くまでだぞ。もし墳墓から帰って来なかったらそのまま帝国に帰らせてもらうぜ」

 

 エ・ランテルを後にし、魔導王の根城へと馬車を進めた。流石にジェット戦闘機並みの速度は御免なので速度向上(スピードランニング)を馬に発動させる。

 足音が後からこだまする速度でナザリック地下大墳墓近辺に辿り着いた。ここからは御者の安全を配慮して徒歩での移動だ。

 

 コキュートスが以下、探索部隊が直ぐ様発見し、アインズへ報告が入った。

 宿の個室から転移門(ゲート)の魔法でナザリックへ帰還したアインズは、彼女達が招待客であることを伝える。

 

「良くぞ参られた。エルフの国女王、明美よ。我と共に帝国へ赴き、ジルクニフ皇帝との交渉を始めようではないか」

 

「……なにその言い方」

 

 上瞼を平らにし、アインズに冷静な言葉を投げかけた。

 だがアインズとて狼狽(うろた)えるわけにはいかない。後光が輝き、魔王ロールが続いた。

 

「面白いことを言うな明美女王よ。今の私はアインズ魔導王だ。その辺りを考慮して欲しい」

 

 面白いことを言う骸骨である。いやなんでもないです。必至で笑いを堪える明美。周囲に跪く配下のNPC達が真顔なのが更なる笑いを呼び起こす。

 笑ってはいけないナザリック24時。ここで笑えば自我を持った彼らに恐怖公送りとされかねない。従来であれば心拍数の上昇と共に強制ログアウトされるが、今はそれどころでは無い。G死なんて餓死より嫌な死に方ナンバーワンだ。

 

 直ぐに戻っては裏や洗脳魔法など怪しまれると思い、一時間後に馬車へと戻ることにした。アインズを連れて。

 

「ゲエッ!? 魔導王!!」

 

 馬主は慌てて口に手を当てる。俺の人生はここで終わりだ。最後に一度、女房や娘に合いたかったぜ……居るはずもない二人を妄想しつつ瞳を閉じた。

 

…… 

…………

………………あれ?

 

「何やってるの?」

 

 不思議そうな顔で声を掛けられた。今更だけどエルフも悪くねえな、そう思った御者のオジサンは息をしている事に安堵する。

 

「コホン……今から明美女王と帝国へ向かうことになったのでね。君も帰り道は同じだろ? どうせならと思ってね」

 

「ジルクニフ皇帝の意見も分かるけど、アインズ魔導王の意見も一理あると思ってね。三人で話し合おうって結論に至ったの」

 

 アインズはどこからともなく全身鏡を取り出すと、ここから帝国へ戻れると説明をする。

 恐る恐る鏡に触れてみると手が吸い込まれた。うわっ! と思わず引っ込めてしまった。一体どうなっているんだと顔を驚かせると、中には数時間前に自分が馬達の面倒を見ていた場所が広がっているではないか。

 魔法とはかくも偉大な物である。男は手綱を握り馬車と共に鏡の世界へと消えた。

 

「さ、明美女王。我々も向かいましょうか。場所は――バハルス帝国が王室!」

 

 

 

 

 

 

「明美女王とやらは無事に漆黒と会えただろうか」

 

 ジルクニフは一人になった部屋で呟いた。彼女には悪いが、漆黒が妥当魔導王に協力的かどうか知る必要があった。

 漆黒は目立った動きが無く、魔導王討伐のメンバーとして動いてくれるのか。幾ら何でもエルフと共に魔導王を倒せるとは思ってもいない。間近に居る彼だからこそ気付いた情報もあるはずだ。あのエルフが連れてきてくれたら、話が早いのだけどな。

 そんな都合良く進まないか、とジルクニフは軽く笑った。

 

 目の前に広がるは闇。光は飲み込まれ、暗闇が自ら発光しているかと錯覚を受けてしまう。彼の周りだけ光が消えているのだ。しかし真っ暗ではなく、黒よりも深い輝きが彼を纏っている。

 

「ジルクニフ皇帝よ、どうした? 私を殺したいのだろう。絶好の機会ではないか」

 

 その後ろから明美、何時ものエルフが現れた。何もない空間から産まれるように登場したのだ。もう笑うしかない。

 

 考えろ。考えるのだ。この場を切り抜ける言葉は何か……。

 ジルクニフは思考する。アインズと初めて出会った時以上に回転させる。――が、出てこない。この場を切り抜ける一言が皆目見当も付かない。

 先に明美が口を開いた。

 

「ジルクニフ皇帝、私はアインズ魔導王と同盟を組むことにしました。頼み込んだけど漆黒には断られたの。だから別の方法でエルフの奴隷を解放させようって考えたのね」

 

 こ、この、売国奴が! なにをのこのこと、よりにもよって魔導王を連れて来るんだよ!!

 喉まで出かかった言葉を飲み込み、本音ならる建前を吐き出した。

 

「その――別の方法とやらを聞いてみたいな」

 

「簡単だよジルクニフ。私とエルフの国、そして帝国を交えた三国同盟を結びたいと考えているのだよ。互いに戦わないことを条件として、エルフの奴隷制度の撤廃を要求したい」

 

 アインズは続けて話した。

 

「この帝国が滅ぶのと、エルフの奴隷解放を条件に同盟と言う名の庇護化に入る。実に素晴らしいと思わないか?」

 

 なにが素晴らしいだ。そう言って少しずつ帝国をむしばんで行くつもりだろう。それに計画していた対アインズ連盟の結束時に、帝国が敵側として扱われることは避けなければならない。

 第一帝国と魔導国は既に同盟国ではないか。三国同盟とし、より盤石を築くとでも言いたいのだろうか。

 

「まあ、奴隷解放ともなるとエルフを買った連中からの反対もあるだろう」

 

 対価としてアインズが幾つもの宝石を机に並べた。明美が先に出した宝石と同等かそれ以上だろう。これなら奴隷となったエルフを取り上げた連中を黙らせることが出来る。皇帝が魔導王に屈したと思われるのは屈辱だが、他国からは逆に脅されていると交渉の材料に繋がる。宝石だけを見れば悪くはない条件だ。

 

「アインズ魔導王と同盟を組むことは……納得しかねる。ただ、エルフの奴隷解放については大丈夫だ。その宝石で連中を言いくるめるには充分すぎるよ」

 

「同盟は嫌か? 折角私がより強固な関係になろうと提案をしているのに」

 

「私としては魔導王と仲良くしたいと思ってるし、現に仲が良いと信じている。しかし国民は別だ。戦での活躍が恐怖を生み、下手をしたら同盟を売国だと勘違いされかねないんだ。だから……裏では仲が良い、そう言うことにしておいてくれないかな」

 

「うむ……成る程。私はそれで構わないな。明美女王はどう思う?」

 

「私は問題ないわ。エルフの奴隷解放が本来の目的だからね。それが達成されれば帝国と敵対する理由もないし、これからは宜しくやっていきたいとも考えてる」

 

「ところで明美女王は……アインズ魔導王が先の戦で十万以上もの王国民を討ち取った偉業をどう思う?」

 

 ジルクニフは明美とアインズが少しでも仲違いし、帝国側につければと考えている。アインズに上手いこと吹き込まれているのなら、それを払拭すれば良いだけのこと。エルフとアンデッドでは考え方が違う。流石に嫌悪感を拭えないだろう。

 

「うーん、正直に言っても良いかな。私にとって人間って、エルフと違って同胞って認識が出来ないんだよね」

 

 ジルクニフの顔が青くなる中、素知らぬ顔で続けた。

 

「私は……同じ境遇のアインズ魔導王を支持します。私にとってこの世界は儚い。非常に不安定な存在。いつ折れるかも知れない心を唯一繋ぎ止めてくれるのがアインズ魔導王なの。まぁ理解してもらおうとは思ってないけどね」

 

 目の前の視界に靄が掛かったように視認が困難となり、覆い被さるように闇がジルクニフを包み込んだ。

 その後のことはもう覚えていない。気が付いたらエルフの奴隷は開放され、アインズ達の姿は消えていた。

 

 

 

 ――数日後

 エルフの奴隷はアインズ配下の闇妖精(ダークエルフ)を懐柔するカードとして使う予定だった。それが無駄に終わった今、各国が結束しなくてはならない。

 法国や王国、各国への要請を行う。明美も脅されているのだろう。そう思うことで心の均衡を維持するしか無い。戦うための要請をしてみるか。アインズも、みんなで倒せば怖くない。いや怖いわボケ!

 

 

 

 

 

 

 ――バハルス帝国はアインズ・ウール・ゴウン魔導王を討伐すべく、各国に協力を要請しています。かつて八欲王と戦った経験をお持ちの貴殿のお力添えのほどお願い申し上げます。

 

 それは、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)への手紙だった。



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ep11 vs アインズ

 ツアーは手紙を眺め、深い溜め息をついた。まさか帝国から協力要請が来るとは思っても見なかったからだ。

 八欲王との戦いを思い出す。あの時は各個撃破どころか竜王すら単独で挑むことが多く、逃げ隠れした竜王以外は全滅してしまった。

 かつての竜王はもういない。自分はあの時の王達と比べると、大人と子供ほどの差が広がっている。そんな中、同じ世界からやってきた者――ぷれいやーと戦うのに自分独りでは不安を隠せない。

 ワイルド・マジックはぷれいやーの耐性を貫通する。そのため自分が攻めるのも悪くはない。だが失敗したときが怖い。万一にも逃げられれば、えぬぴーしーが襲いかかってくる。仮に倒せたとしても魔神となって暴走するに違いない。ならば人間に混じって戦った方が安全と言えよう。

 鎧を操るドラゴンが居ると誰が想像するか。十三英雄しか正体を知らないため、所見では死ぬことのないある種の残機だ。

 

「エルフの王との連絡は取れたのかい?」

 

 親しみを持った声で話しかけたのは老婆だった。当然のことだが、白金の騎士ではなくドラゴンへ投げかけている。

 

「やあ、リグリットかい。残念だけどかつて共にした仲間では無いよ。女王だしね」

 

「あの日を境に仲間は離散。今はどこで何をしているのやら……おっとそんなことより、ツアーはジルクニフの依頼を請けるのかい?」

 

「うーん、白金の龍(プラチナム・ドラゴンロード)ではなく“十三英雄の一人”として参加しようかな」

 

「ここを離れて万が一があっては事じゃから、それも仕方のないことじゃな。旅をする儂には届いていないが、どれ……久しぶりに共に戦うとするかのう」

 

 ツアーはギルド武器を気にかける。これが破壊されれば、行き場を失ったえぬぴーしーが魔神となり世界を破滅へと導く恐れがある。かつての魔神とは理由が違えど、戦わずに済むのなら越したことはない。

 ワイルド・マジックは操り人形から放てるので、リスクを犯してまで向かう必要はない。

 

「どれ、返信の手紙は儂が書こう。ツアーじゃ書けないじゃろう」

 

「ありがとう。でもリグリット、僕だって魔法で綴る事くらい可能だよ?」

 

 バカにしないでくれる? などと冗談混じりで会話するツアーには笑顔が溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 明美は解放されたエルフ達をどうすべきか悩んでいた。このまま連れて帰ろうとしたのだが、奴隷として心を折る過程で耳を切り落とされている。せっかく自由の身になれたのに、奴隷の証を残したままでは完全な自由とは言えない。

 

「さ、これでも飲んで傷を癒しましょう」

 

 ここは一肌脱ぎますか! と明美は持っていたポーションをエルフ達に飲ませることとした。

 真っ赤な液体に戸惑いつつも皆々が口にする。

 

 

 当然、耳は治らない。

 

 

「――あれ?」

 

「明美さん、通常のポーションで回復する傷は最近受けたものや、進行中に限られるみたいですよ。上位のポーションはまだ実験していないので全部がそうとは限らないのですが」

 

 アインズはワーカーが連れてきたエルフの事を思い出し、口にする。殺してしまっても構わなかったが、ハムスケが瞑らな瞳で訴えかけてきたのだ。もっともアインズの勘違いで、殺さなかったことを怒られるのではと見つめていたのだが。

 

「ってことは、私の魔法じゃ治せそうにないわね。アインズさんは……」

 

「アンデッドなら回復できますが、それ以外となると……残念ながら」

 

 どうしようか悩んでいる。エルフの国に置いてきたNPCに頼めば回復は可能だが、高位の神官魔法を修めていないので治すことができない。

 

「もし良かったら、ナザリックまで来ませんか? ペストーニャの治癒魔法で古傷も治せますよ」

 

「ペス……ペス……ああ! 犬のメイド長さんね!」

 

 何度か来たことはあったが、第6階層でお茶会を開いていたのでメイド達とは会ったことがなかった。メイド長は製作者が違うこともあり見たことはあるが、それでも片手で数える程度しか無い。

 お姉ちゃん(やまいこ)が創ったユリちゃんは何度も見ているので覚えているが、メイド長さんは犬顔なくらいしか覚えていない。これは明美の記憶力が悪いのではなく、数年も昔の話だったので忘却の彼方へ置いてきただけの話だ。犬だと思い出せただけでも御の字だろう。

 

「ナザリックまでは転移魔法で移動できるけど、そこからは各階層に設置された《転移門》(ゲート)を通るんだよね、確か」

 

「ナザリックの前で待って貰えますか。広いところがいいので、6階層への《転移門》(ゲート)を作ります」

 

「あれ? ナザリックって転移魔法禁止だよね。指輪があっても装着者一人しか移動できないし」

 

「ああ、6階層で転移の鏡を発動させるんです。外からは無理でも中からは問題ないので」

 

 いくらマジックアイテムと言えど、ユグドラシルでは考えられない移動方だ。内部に侵入した者達が魔法で仲間を呼べるとか籠城戦も真っ青になってしまう。

 

 

 

 久しぶりに6階層へやってきた明美。以前のように女子会を楽しめないのが残念だ。この世界ではNPCが意志を持って行動しているので、彼女達とティータイムを味わうのも悪くはないと考えている。

 

「お久しぶりです明美さん。お元気そうでなによりです……わん」

 

「わざわざ足労願ってしまいすみません、ペストーニャさん。本日は宜しくお願いします」

 

 顔を真っ二つにされ、別々の顔で継ぎ接ぎされた顔に戦慄した過去もあったが、今となっては懐かしい思い出にすぎない。周りのエルフ達は怯えるのかと思ったが、奴隷としてそれ以上の恐怖を味わってきたのだろう。怯える様子もなく従っている。

 

「ベホマズン! ……じゃなかった。 《魔法効果範囲拡大・大治癒》(ワイデンマジック・ヒール)

 

 周囲のエルフ達に光が降り注ぎ、二度と見ることはないだろうと諦めていた長い耳が髪から覗かせている。

 ピクピクと動かしてみたり、お互いの耳を確認しあい手を取り喜ぶ者もいる。最も広い階層にも関わらず、その歓喜の声は階層中に響きわたったと言う。

 

 

 

 

 

 

 エルフの国に一通の手紙が届いた。どうやら皇帝は私がアインズに脅されているのでは無いかと思い、秘密裏に仲間として取り込もうと思っているのだ。

 手紙を寄越した使者には申し訳ないが、手紙にてお断りさせていただくことにした。

 

 ――ごめんなさい。アインズ魔導王のかつての仲間の妹……それが私です。彼が魔導王だとは会うまで存じ上げませんでしたが、彼とは友達なので皇帝の願いを叶えることはできません。ですが帝国と敵対する理由も無いので、これからもよろしくお願いします。

 

 我ながら完璧である。敬語や謙譲語が使い分けられていないとか考えてはいけない。良いね。

 

 

 

 

 これを受け取った皇帝は、念のためと思いアインズ討伐作戦を伝えなくて正解だったと胸をなで下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

「アインズ一人だ! 今なら勝てるぞ!」

 

 法国特務部隊に評議国のドラゴン、更にアダマンタイト級冒険者が総出で魔導王を討伐すべく結束をしたのだ。

 いくら強大な魔法使いとは言え、多勢に無勢。それも英雄と謳われる集団を相手に勝てる者など存在しない。

 切り札のワイルド・マジックは先の戦いでシャルティア・ブラッドフォールン討伐成功のお墨付きでもある。偶然が産んだ遭遇戦だった。白金の騎士が仲間を連れたシャルティアと出会い、一触即発の戦闘となった。だが初手で全てが決することと成ったのだ。白金の騎士によるワイルド・マジックがシャルティア達の防具を貫通し、爆裂による熱エネルギーが彼女の肉体を葬ることに成功した。最も、それが大量の金貨により復活の出来る存在だとは知る由もないのであったが。

 十三英雄リーダーが亡き今、これほどの戦力が団結したのは奇跡と言っても過言ではない。カッツェ平野での大虐殺が方向性の違う彼らを纏め上げたのだ。

 戦士は武器を取り、魔法使いは詠唱の準備をする中、魔導王が口を開いた。

 

「ふん……潜在的な脅威がわざわざ集まってくれるとはありがたい。その命を持って自らの愚かさを知れ! 《次元封鎖》(ディメンショナル・ロック) The goal of all life is death(あらゆる生ある者の目指すところは死である)

 

「と……時計!?」

「あんな魔法見たことが無いぞ! 不味い……撤退だ!」

「ワイルド・マジックしかない! 詠唱したらスクロールで総員撤退!」

 

「ワイルド・マジック!!」

 

 白金の騎士がこの世界で最強の魔法を唱える。

 

 

 ぷれいやー自身の耐性をも貫通するそれ――

 

 

 

 

 

 

 ――即ち最強

 

 

 

 

 

 ――その発動時間

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――13秒

 

 

 

 アインズの周囲を囲む強者達はその場で塵芥(ちりあくた)となり、崩れ落ちる。現実とはなんと冷酷で非情なのだろう。

 

 ――その日、アインズは絶望のオーラⅤをその身に纏い、人間の住む街を歩いた。



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side episode 何時ものエルフの休日

「ご主人様! ご主人さまぁぁあああああ!」

 

 彼は泣き叫んだ。長い時を共有した老婆がその長き生命を終えようとしていた。ベッドに体を預けた老婆に縋り付き、頬を熱く濡らしている。

 

「レゴラスよ……この指輪を……受け取りなさい」

 

「こ、この指輪は……?」

 

 何もない空間から取り出した一つの指輪。レゴラスの手のひらに乗せ、優しく両手で包み込んだ。

 

「あなたの……レゴラスの力を隠してくれるわ。これでどこか遠くの……エルフ達の集落にでも行ってその身を預けなさい」

 

「嫌だ! ご主人様以外のエルフとなんて……そんなの……っ」

 

「ここで独りっきりになるのが……一番心配だよ。あなたにはまだ未来がある。他の世界を知ることができるんだよ。」

 

 老婆は慈愛に満ちた表情でエルフを見据える。自らが創造した……我が子のように可愛い息子のこの先が心配なのだ。

 

 どれくらい昔の話だろう。この地に降り立った老婆は自らの死を悟った。ここは桃源郷なのか……死後の世界はこの世のものとは思えないくらい美しく、老婆は思わず双眸を見開いた。緑が広がり、小鳥がさえずく素晴らしい世界が広がっているではないか。

 ここで自分は余生(?)を過ごすのだろう。そう思っていた。しかし自らの姿形はハーフエルフその物だった。なぜゲームの姿なのかは分からなかったが、ここが死後であれば常識が通用しないのも頷けるだろう。

 NPCであるレゴラスが動き喋るのも、偽りの魂が宿ったからだ。そう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 この世界に未練はない。半生を共にしたパートナーを失った彼女は、友人から勧められたゲームを遊ぶことにした。

 この辛い現実から逃れたい。そう思った彼女はゲームの中で第二の自分を求める事とした。人間を辞めるのは若干の不安があったのだろう。ハーフエルフは彼女なりの妥協案だった。

 

 「お婆ちゃん! 珍しいデータクリスタルが手には入ったぜ!」

 

「ねえお婆ちゃん、この先はどうやって攻略しようか?」

 

 知恵袋、そんな感じだろう。子供の頃からゲームを触れてきた彼女は、年老いた今でも勘が働くのだ。本能の赴くままにプレイしてきた彼女には少なくない仲間達が集まっていた。

 自分は何となくでやっているのに、何故か良い方向へ進んでしまう。単に運が良いのか、勘が鋭いのかは自分でも分からない。なるようになるさ、そう思い今日も身を投じていた。

 

 

「婆ちゃん! オーク作ってきたぜ!」 

 

「オーク?」

 

 彼女は疑問に思った。オークなんか作って何になるのだろうか。異業種は連れているだけでPKの対象となりかねない。身体能力が実際の身体に左右されるこのゲームでは、彼女は魔法特化の構成にしている。

 PKをする連中はチームを組んで襲いかかる。なので当然、前衛となるアタッカーを捌けない魔法使いには不利と言えよう。オークを作ってきた彼も同じだ。「エルフは魔法に限るぜ!」そう叫ぶ彼が傭兵NPCとして使うのだろうか。

 

「エルフと言えばオーク! そうだろ!」

 

「――っ! おいおい、それってBANされるんじゃ無いだろうねえ」

 

「いやいや、ただの設定だよ。エルフ達を襲うオークってね。そんな行動パターン設定出来ないし、仮にやっても運営の晒し者さ」

 

 仮想世界だからこそ、現実(リアル)以上の風俗法が定められている。創作で定番の設定「亜人種が人間種を襲う」は書き換えられ、人間種を醜い存在だと認識しているのだ。だから種族によって狙われる可能性が変化する事はない。

 彼も知っているからNPCの設定欄に書き込むことで満足しているのだろう。実際にオークを使う気が無いのが伺える。

 

「まあ、精々自室にエルフのフィギュアと一緒に配置する程度だよな。こんな化け物、俺だってゴメンだぜ」

 

「まったく……作った本人が化け物呼ばわりとかどうなんだい」

 

「まあまあ、今日は炎のエレメンタルを狩りに行くんだろ。みんな揃ってるぜ」

 

 

 

 

 

 

 かつてエルフ達を纏めたギルド長は既に引退し、仲間達も十二年の時を共にするには至らなかった。それでも彼女には言葉があった。全盛期と比べると天と地の差があるが、ログインしているプレイヤーは大勢居る。これまでの知識が功を期し、小規模ながら仲の良いプレイヤー達とサービス終了を迎えることとなった。

 

「このゲームも最初は楽しかったけど……もう潮時かなぁ。続編の告知も無いし」

 

「まぁ、同じゲームを長期間プレイするとマンネリイベントの繰り返しになるからね。十二年も持ったのが凄いくらいだよ」

 

「はぁー、俺もう次のゲームじゃ絶対課金しねーわ。大枚注ぎ込んだゲームが終わるのは精神的につれーもん」

 

「お前、サービス終了の告知聞いて『課金から解放されたぜー!』とか叫んでたもんな」

 

「で、暇になって別のゲームに手を出して課金すると」

 

「んな訳ねえだろ! このゲームで最後だ最後!」

 

「てことは前にも」

 

「課金したんだ」

 

「うっ…………ぐぬぬ」

 

 思い思いに最後の雑談を楽しむ人達。彼らはユグドラシルだけの関係で、SNSなどのやり取りは行っていない。リーダーから「他で連絡が取れるとユグドラシルへ来てまで話す必要が無くなりインしなくなる」と連絡先のやり取りを行わない方針が示されたのだ。このゲームが終われば、仲間たちは散り散りとなり別のゲームへと羽ばたくのだろう。

 彼女は仲間達が会話を弾ませるのを楽しそうに見守っていた。長きに渡り楽しんできたそれも、残すこと数分で泡沫のように消えてしまう。

 新たなゲームを始めるにも年齢的に厳しいだろう。もう八十を超える彼女は、死ぬ前にもう一度輝けたことに嬉しさを感じ、それを勧めてくれた友人――既にこの世を去ってしまったが――に感謝の言葉を並べた。

 

 

 

 

 

……

…………

………………

……………………?

 

 ゲームが終わらない……? それ所かここは何処だろう。彼女は現在地が見知った場所――ログインポイントであることを知る。

 終了前に持ち家へと飛ばす風潮でもあるのだろうか。ふと掛け時計に眼を配ると時刻は1分を過ぎていた。

 何故ログアウトによる強制排出がされないのか。彼女は人差し指で何もない空間に絵筆を走らせるようにリズムカルに何度も動かしてみる。知らない人が見ればマエストロの真似をしている様だが、それはニューロン・ナノ・インターフェイスの再優先コマンド、強制終了用のジェスチャーだ。仮想ダイブ中に不具合が生じたとしても、その排他コマンドを使用することでアプリを強制的に終了することが出来る。フリーズして動けないにしても、脳からコントローラーへと伝わる信号を受け取り、システムを安全に終了させる。これが機能しないアプリは存在せず、仮にコントローラーが壊れていたとしても体内のナノマシーンが消失すれば機能が停止する。停電によりパソコンが落ちるのと同じ原理だ。だがコントローラーの不調など聞いたことがない。競合する会社が多い中、リコール隠しをしようものならライバル社により告発されてしまう。悩んだところで解決などしない。GMコールは混線していると思い、ドアに手をかけた。外に出れば同じ境遇のプレイヤーに出会えるだろう。少しでも情報を耳にしておきたいと思った彼女は外へ足を進めた。

 

「別荘……いやいや、そんなバカな事があるはずがない」

 

 その先に彼女が目にした光景は森林であり、湖畔だった。ゲームでさえ有り得ない小鳥のさえずり、風が(なび)かせる木の囁き。そんな自然が生み出す合唱はユグドラシルには無い。現実(リアル)に至っては存在すらしなかった光景に身を浸してしまった。

 

「ここが……黄泉の国……桃源郷かも知れないのか」

 

 先ほどまで考えていたGMコールのことなど既に頭から抜け落ちていた。このゲーム離れした世界でGMコールが繋がるはずもなく、しようとすら思わなかった。ここが理想郷なら覚めてほしくなかった。

 

「どうかしましたか? ご主人様?」

 

 振り返るとそこには一人のエルフが居た。彼が誰だか知らないはずがない。毎日顔を合わせている私が作っ……いや、創ったNPC。それが彼であった。

 しかし自ら動き、出れるはずのない家の外へ足を運んでいる。そして話しかけたのだ。古来より大切に扱った物には魂が宿ると言うが、NPCに宿るとは想像すらしなかった。いや目の前の景色も予想外の出来事だが、もう驚き過ぎて疲れてしまいそうだ。

 

「レゴラスよ、お前は喋れるようになったのかい?」

 

「言っていることの意味がよく分かりませんが、私は私ですよ」

 

「いや、だってこれまでは喋ったりしなかったじゃないか」

 

「話しかけられなかったので返さなかっただけですよ?」

 

 どうしてそんなことを、と疑問を浮かべるエルフ。どうやらユグドラシルでは喋れないのではなく()()()()()()事になっているらしい。私の行動は部屋で見た範囲は覚えており、何故話しかけなかったかの矛盾には気付いていない。

 そう言う設定だと言われればそれまでだし、魂が成熟していなかったから声を発することは叶わなかったとも取れる。

 考えても結論は出ない。それよりここでの生活をどうするか考えるべきだ。

 森の中、しかも目の前には湖畔も広がっている。幸い食料には困らないだろう。飲食不要の指輪はあるが、食事をする楽しみは捨てられない。作るのも食べるのも好きなのだ。好きな人に食べて貰える喜び――二度と来ないと思った感情を再び味わえるのかも知れない。

 なにせレゴラスは、かつて好きだった人……彼の若かりし頃その物なのだから。想いは捨てきれず、NPCをメイキングするときに彼の写真を参考にして創ったのだ。

 

「こんな所で立ち話もなんだから、中で食事でもしながら話そうかねえ」

 

「ご主人様お手製の料理……とても楽しみです」

 

「こう見えて料理は自信があるんじゃよ」

 

 ふふっ、と笑いながら二人は踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 長い間続いた時間は終息の時を迎えることとなった。そう、寿命と言う(しがらみ)が彼女――老婆を(むしば)んだのだ。

 エルフは長命。だがハーフエルフである老婆は違った。人の血が交わる事で寿命は短くなり、この地に訪れてから90年が過ぎた老婆は170歳を越していた。魔法では覆せない「死」が差し迫っていた。

 確かに復活の呪文は存在する。しかし生物としての寿命を迎えた命は決して戻ることはない。輪廻の輪を潜り、新たな人生を歩むこととなるのだ。もし復活が可能だとしたら、転生した肉体から魂を引き剥がさねば成らない。そんな事が叶うはずもなく、肉体は甦らない。

 

(星に願いを)《ウィッシュ・アポン・ア・スター》」

 

 老婆は最後の力を振り絞り唱えた。愛する我が子の幸せを願って――――

 

I WISH(我は願う)!」

 

 

 

 

 

 

 「これでよし……っと」

 

 彼――レゴラスは灰となったかつてのご主人様を埋葬し、墓石の前で両手を合わゆっくりと瞳を閉じた。

 主を失った家は、役目を終えるかの如く消失してしまった。彼に帰る場所はもうない。とぼとぼと森の中を彷徨うこととなった。

 魔獣が跋扈(ばっこ)するこの世界。しかしレゴラスは弱いとはいえユグドラシル謹製のNPC。この森で彼以上の存在など居るはずもなく、我道を進んでいた。

 

 何日が経っただろう。森を抜け、山々を闊歩し、丘陵の先には開けた見晴らしの良い大地が広がっていた。左右には広大な集落が展開され、優れた聴力により亜人種と人間種が別れて暮らしているように思われた。

 人間種……現実に引き戻されるように、ご主人様を思い出したレゴラスはその場に崩れ落ち泣き叫んだ。

 

 どれくらい泣き続けただろうか。涙は枯れ、喉は悲鳴をあげていた。雲に覆われた心は現実となり、雨雲は彼の涙を洗い流すかのごとく降り注いでいる。

 雨がやんだ……いや違う。誰かが雨を遮っているのだ。ふと、影の先に視線を向けると一人のエルフがそこに居た。

 

(あ……あの……)

 

 声が出ない。(かす)れてしまい、はっきりとした音を発することが出来なくなっていた。

 

「貴方も……独りなのですね」

 

 柔らかな声でレゴラスに話しかけた男性。よく見ると彼もエルフであった。頭上には王冠が輝いており、その身なりはまるで王子様のようだった。

 

「私もずっと独りでした。国民からは見放され、しかし誰も代わりをやりたがらない。民の声は突き刺さるように私に向けられ、貴方のように泣き叫べばどれだけ楽に成るだろうか。だが私は泣く訳にはいかなかった。私以上に悲しんでいる国民は何人も居るのだから」

 

 一体このエルフは何を言っているのだろう。創造者で在られるご主人様を失った自分より深い哀しみなど存在するはずもない。

 

「貴方にどれだけ悲しいことが有ったのかは分からないし、話したくなければ胸の内に秘めておけば良い。全てを捨てろとは言わない。それは今まで貴方のこと否定することになるのだから」

 

 目の前のエルフは手を差し出し、レゴラスをゆっくりと立ち上がらせた。

 

「私と共に、エルフの国へ身を投じては貰えないだろうか」

 

 何を言い出すかと思えば……いや、それも悪くはない。何時までも悲しんでいてはご主人様も浮かばれないだろう。

 目の前の彼のことなどどうでも良い存在でしか無いが、それでも一時の気紛れとしては悪くはない。

 

「名前を聞いていなかったね。貴方は……」

 

「レゴラスです。かつて……とても大切な方より授かった名です」

 

 

 

 

 

 

「畜生! 何でだよ! なんでこんな化け物が居るんだよ!」

 

 冒険者の彼は叫んだ。己の不幸を恨みながら。殺された仲間達の不幸を恨みながら。

 それでも現実は変わらず、彼に死は歩み寄ってくる。

 

 これまで運の良い事なんか一度もなかった。コインを投げれば必ず表を向くタレントなど人に知れれば何の役にも立たない。

 もし自分に戦士としての才能があれば……

 

「クゥ、クソがぁぁぁあああああぁぁぁああああ!!」

 

 ポーションは割られ、武器は無残にも破壊されている。もう彼に希望は残されていない。そんな現実を受け入れられない彼は、手元にあった()()()を力の限り振り回した。

 

 大地は裂け、モンスターは真っ二つに裂けるどころか粉微塵となり、衝撃波が目の前を駆け抜けていった。

 

 嵐が過ぎ去ったかの如く、轟音と静けさが彼を襲う。

 そう、助かったのだ。命からがらとは正に今の自分の為に作られたと言っても過言ではない。

 

 

 モンスターとの戦いが経験を生み、英雄と謳われた彼が魔導王と対峙することとなるのだが、それはまた別のお話で。




 この作品は明美ちゃんとアインズ様が邂逅し、強敵が増えたことでジルクニフ皇帝の胃を痛める展開が脳内妄想として浮かび、執筆を開始しました。
 つまり落としどころが無い状態でのスタートだった、と言う訳ですね。
 執筆中、オークが人間種を襲うことはないと感想欄で指摘を受け、デミウルゴス牧場でオークが登場していたことをすっかり失念していました。どうしようか悩んでいた時、言い訳としてNPC設定としようと考えたわけです。何時ものエルフことレゴラスも、この時点で現地人からNPCへと昇格しました。

ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。ラッキー金星(きんぼし)の次回作にご期待ください。


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side episode 第六階層にて

時系列的にはep10と11の間です。
 


 森妖精(エルフ)の朝は早い。畑で採れた食材や、同じナザリックに仕える仲間が持ってくる肉類を受け取ると、すぐさま調理に取り掛かる。

 

 ――いや、正しくは()()()()()()()()()、だろう。

 

「ふむふむ……良い食材ね! 腕が鳴るわ!」

 

 この階層では見たことの無い森妖精(エルフ)が食材を一つ一つ手に取り、一人で頷くとキッチンへ運んで行ってしまった。

 

「何してるの? 下ごしらえを手伝って欲しいかな」

 

「は、はい!」

 

 有無を言わさぬ威圧感に圧され、思わず頷いてしまった。今気がついたのだが、森妖精(エルフ)の彼女は左右の目が異なっている。

 王たる資質を持つ森妖精(エルフ)が何故にメイド服を身に纏っているのだろう。メイドとは要するに家政婦だ。上の者に仕えるメイドを王族がやるなどとんでもない、これが知れたら首だけじゃ済まない。当然だが“首”とは社会的では無く物理的に飛ぶことだ。

 

「あー、ごめんね。自己紹介が遅れたわ」

 

 包丁を使いてきぱき食材を捌いていく彼女は、未だ思考の海に溺れる私に気がついたのだろう。

 

「初めまして、明美(あけみ)って言うの! えーっと、お姉ちゃ……やまいこさんって知ってるかな?」

 

「……?」

 

 聞いたことのない名前だ。ナザリックに仕える下僕として一通りの紹介や地位の確認はして頂いたが、そこに彼女ややまいこ成る名前は連なっていない。

 であればナザリックとは別の森妖精(エルフ)だろうか。そこまで考え、第六階層まで騒ぎを立てずに来られる者など居ないと考えを棄却する。

 

「あー、貴女はNPCじゃないから知らないか。えーっとね、ユリ・アルファって知ってるかな?」

 

「は、はい! アルファ様には懇意にさせて頂いております!」

 

 プレアデスが副リーダーのアルファ様の知り合いだろうか。彼女にはメイドとしての教育など色々とお世話になっている。

 

「そのユリちゃんを作ったのがやまいこさん。で、お姉ちゃん……やまいこさんの妹が私ってわけ!」

 

「ぁゎ……あわわわわわわわわ!!!」

 

「うんうん、驚くのも無理ないよね。なんせ私が――この私、暁美はアインズ・ウール・ゴウンの女性メンバーの誰よりも強いんだからね!」

 

 「私ってば最強ね!」と鼻を鳴らす彼女――明美様は、どうやら至高の御方々が一人の妹君であらせられる……らしい。

 らしい、と言うのは正直良く分からないからだ。仮に真実だとした場合、無礼を働けばどうなるか考えるだけでも恐ろしい。アウラとマーレが起きるまでは、明美の言葉が真実だと仮定して接するべきだろう。

 

「話し声が聞こえたけど、朝食は作り終わったのー?」

 

 朝の掃除を終えた森妖精(エルフ)が、未だテーブルに並ばない食事を疑問に思いキッチンに顔を覗かせた。

 中の光景を見るや否やぱくぱくと口を動かすも、言葉にならない様子だ。

 

「また森妖精(エルフ)が増えたねー。と言ってもお皿の数で人数は分かってるんだけどね」

 

 五枚ずつ置かれた皿。これは主人であるアウラとマーレが食した後に、交代でメイドたちが朝食を取るために用意した皿を含めた数だ。

 彼女たちとしては賄い(まかない)で十分すぎるのだが、アウラが「どうせなら同じのを食べようよ。一つ二つ増えても一緒でしょ」と提案したため、同じ食事を取ることとなったのだ。

 

「あああ、暁美様ですか!?」

 

「そうですっ!」

 

 暁美ははにかんだ表情で答えた。ここまで驚かれるとは思っても見なかったのか、ほのかに頬を染めている。

 

「思い出した! アウラ様のお部屋に飾られているぬいぐるみだ!」

 

「そうそう! 動いてたからビックリしちゃった!」

 

 当人の前で実に失礼な森妖精(エルフ)たちである。その隙と言わんばかりに朝食を仕上げ、皿に配膳していく。

 

「お喋りはそのくらいにして、テーブルまで運んでおいてね」

 

 ぱんぱんと手を鳴らし、口より手を動かすように促した。

 二人は謝罪をすると、テキパキと食器を運んでいく。

 

「じゃあ私はアウラちゃんとマーレちゃんのお部屋に行ってくるから、準備できたら教えてね」

 

「行ってらっしゃい……ませ?」

 

「お気をつけ……て?」

 

 行ってらっしゃいは変な気がするが、お気をつけても変である。一体何に気をつければ良いのだろう。

 

「うーむ……」

 

 こっそり部屋の中で待ち構えようと思ったが、流石に扉を開ければ気が付くだろう。

 そうだ! ポンと手を空鳴らし――鳴っていないとも言える――した私は早速行動に移した。音が無いのは身を潜めるためだ。

 

《完全不可知化》(パーフェクト・アンノウアブル) これで一安心ね!」

 

 周囲の音すら消してしまうこの魔法なら、扉を開けたところで察知されることはない。起きていれば、独りでに開く扉に違和感を抱くだろう。夢見心地なアウラであれば気付かれずに部屋へと潜り込める。多分だけれど。

 数話前に登場したアイテム孤独な黒子(アディウトル・ソリタリウス)で代用できそうだが、扉の音までは消すことができない。痒いところに手が届かないのだ。

 

「ああー、これが例のぬいぐるみね。ふむふむ、確かに見目麗しい私を忠実に再現できてるわね」

 

 手前味噌も驚く自画自賛である。ぬいぐるみを作ったのは彼女ではないが。

 ぬいぐるみを無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に仕舞うと、空いたスペースに入り込んだ。マネキンのようにじっと佇み、アウラが起きるのを今か今かと待ち構えている。

 

 

 

 

 

 

「アウラ様ー、朝ですよー」

 

 森妖精(エルフ)は三人居る。今朝居た森妖精(エルフ)は二人、ならば残りの一人は明美と出会っていない計算となる。これが会社であれば報連相がなっていないと叱咤されるが、ここはナザリック。伝言ゲームが苦手なのは今に始まったことではない。

 

「うーん……もうちょっと……」

 

 自然に目が覚めれば良いが、人に起こされるとどうしてこう二度寝が恋しくなるのだろう。

 人は寝た時間だけ長生きするという。他人に寿命を左右されたくないと身体が訴えているのだろうか。

 

 ハンモックからごろんと寝返りを打ち、半開きの瞼から時計を確認する。差し迫る時間にカッと双眸を見開き、強引に体を覚醒させる。

 カチ、カチと秒針が動き、交差する指針が一つに重なり合う。

 

「しちじです」

 

「はい! ぶくぶく茶釜様!」

 

 時計から発される子供らしい声に、こちらも元気いっぱいに返答する。

 たかが時計のアラームに応え返す必要があるのかと疑問に思うだろう。ここはナザリック、それを疑問に思うことこそが最大の疑問なのだ。

 

「アウラ様、朝食のご用意ができております」

 

「はーい」

 

 ここでふと首を傾げた。いつもならウザい着替えが始まるのだが、今日は扉越しに声をかけるのみ。好意で更衣してくれる以上、邪険には思っても無碍に扱う訳にはいかない。

 ペストーニャに第六階層までご足労願って治癒をして貰った経緯がある。これで殺してしまっては、ペスの顔が浮かばれないだろう。この森妖精(エルフ)たちを充てがったのがアインズなのも、殺しづらさに拍車をかけている。

 

「おはよう、あけみちゃん!」

 

 扉付近に置かれたぬいぐるみの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 

「ふ……ふみゃあー」

 

「ふえええぇ!?」

 

 急に触られたことで思わず声が漏れてしまい、はにかみながら頬を赤らめている。

 ナザリック製のぬいぐるみ。精緻を通り越して不気味の谷現象すら起こしかねない作り故に、本人とすげ替えても気が付かなかったのだ。

 

「あけみちゃん!? どうしてここに!?」

 

「そう、あれは遡ること一刻前――」

 

「あ、回想入るんだ」

 

 

 

 

 

 

「そう言えばアインズさん、私のぬいぐるみって何処にあるか知らない?」

 

「ぬいぐるみ……ですか?」

 

 ここは円卓。かつてはアインズ・ウール・ゴウンがギルドメンバーたちのログイン地点だった場所だ。

 NPCたちでは恐れ多いと使われなかった部屋であったが、これがナザリックに出入りしていたプレイヤーであれば別だ。彼ら(NPC)が忌避するはずもなく、アインズとしても横入りがされにくいこの部屋で腰を据えて話したいと思っていた。

 かくして、大手を振ってナザリックへ出入りできる稀有なプレイヤー明美がアインズと密会していたのだ。

 大手を振れるのにこそこそする必要があるのかと問われれば些かの疑問が残るが、明美としてはよく接してきたNPCたちを驚かせようと思っての行為。やましいことがない人だって、サプライズバーティーの準備ではこそこそするだろう。

 

「あー、少し前のことですが、死の騎士(デス・ナイト)を使って階層守護者たちにアンケートを募ったことがあったんですよ」

 

「アンケートって、なんだか会社の役員みたいね」

 

「役員どころか支配者ですよ。魔導王ですよ」

 

 一企業の役員のほうがどれ程楽だったろうか。小声でつぶやくアインズに多少の憐憫さを向ける明美であった。かく言う彼女も、ひょんなことから森妖精(エルフ)の国の女王だ。

 

「アウラ――第六階層って覚えていますか?」

 

「やまいこズ・フォレスト・フレンズで女子会を開いていた階層だよね」

 

 はたして女子と呼べるのだろうか。可憐な森妖精(エルフ)に群がる化物たちと言われたほうがしっくり来るだろう。

 

「ですです。アウラが寝起きしている部屋に飾られていますよ」

 

「キマシタワー?」

 

「アッラーフ神は降臨しませんよ」

 

 それは残念、と微笑した明美。釣られるようにアインズも笑みを浮かべて――皮がないので雰囲気だけだが――いる。

 

「アインズさん!」

 

「は、はい」

 

 突然乗り上がって顔を寄せられ、思わずたじろいでしまったアインズ。

 

「私、第六階層に行ってくるね!」

 

「は、はい」

 

 先ほどと同じ言葉を反芻させるアインズを尻目に、明美は部屋を飛び出して行ったのだった。

 肯定ではなく相槌の『はい』であることは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「――と言うわけ!」

 

「あ……あの……」

 

「どうしたの?」

 

 もじもじしだすアウラ。トイレに行きたのだろうかと明美は首を傾げている。

 

「ぶくぶく茶釜様は! ……ぶくぶく茶釜様はいらっしゃらないのですか?」

 

「……」

 

 声をだんだんと落としながら疑問を投げかける。本人も答えは分かっているのだろう。それでも聞かずには居られなかった。

 ギルドメンバーでこそないが、明美がここに居ることすら奇跡に近い出来事なのだから。であるならば、同じく奇跡のようなか細い確率を期待するなと言う方が難しいだろう。 

 

「……ごめんなさい」

 

 それ以上は何も言わなかった。言えるはずが無い。どんな言葉も、今のアウラを癒やすことは叶わないのだから。

 アウラの気持ちが落ち着くまで、明美はそっと抱きしめていた。

 

「ありがとう……あけみちゃん」

 

「私で良ければ何時でも――あ、そうだ!」

 

 唐突に立ち上がり、クローゼットを開け中にかけられた服に真剣な眼差しを向けている。

 

「これだ!」

 

 軽く叫んだ明美に思わずビクンと反応するアウラ。見繕った服をアウラの前に被せ、うんうんと頷いている。

 

「あけみちゃん……これってまさか」

 

 サーッと血の気が引いていくアウラ。これが下僕の森妖精(エルフ)たちであれば無碍に扱えるのだが、今は明美が上位者。ユグドラシル時代、アウラとマーレを着せ替え人形のように扱っていた過去が柵となり、アウラに有無を言わさせない。

 

「アウラちゃんはクールな服も似合うけど、ひらひらしたお姫様も似合うよね!」

 

 普段がボーイッシュな姿なだけに、女の子女の子した服とのギャップがたまらないのだ。

 あれよあれよと脱がしていき、男勝りな雰囲気が鳴りを潜め、アウラはシンデレラガールとなった。

 

「うー、こんな短いスカートじゃ気軽に動き回れないよ」

 

 膝上よりも短いスカート。何時ものように木の枝を行き来すれば、地上は眼福の嵐だろう。

 見えた! と叫ぶ暇もないパンチラ。見えすぎてチラリズムがモロヘイヤとなっている。

 

「コレクト! そんな照れたアウラちゃんも可愛いよ」

 

「可愛いって……そんなキャラじゃないんだけどなあ」

 

 照れるように顔をぽりぽりと掻くアウラ。「またまたぁー」とアウラを腕で軽くつんつんしている。

 これがおでんであれば色んな意味で炎上し兼ねないが、明美は女王(クイーン)であり(キング)ではない。かつては日本一の遊園地と肩を並べた常滑市も、今では閑散とした土地。おでんで再び表舞台に出るも、後ろめたい話題に消沈した思いだろう。

 

「マーレ――ちゃん? は、もう起きてるだろうし朝食に行こっか!」

 

「あー……」

 

 何とも歯切れの悪い返事に不思議がる明美。アインズからは二人ともここ(第六階層)に居ると聞いているので、用事ですれ違うこともない。

 苦笑いを浮かべながらアウラは答えた。

 

「多分だけど……いや、間違いなくマーレ、まだ寝てるよ」

 

「ねぼすけさん?」

 

「と言うよりは寝るのが好きみたい。なんでも、冷房の効いた部屋で布団に篭もるのが良いんだとか」

 

 寒すぎるのは良くないが、適度に体温が下がった方が寝付きが良くなる。深部体温と言い、放熱した手足が脳の温度を下げ深い眠りにつく。要するにノンレム睡眠だ。

 真夏の夜こそ、冷房を効かせた部屋で布団をかけるべきとも言われている。布団が寝汗を吸収し、局地的な熱の発生を防ぐ役割を持っているのだ。

 

 ――尤も、マーレは只々寝ていたいの一心であったが。

 

 マーレの部屋に到着した二人。アウラは未だ夢見心地なマーレの姿を空想し、「いつまで寝てるの!」と叩き起こす気満々だ。

 

「マー……うわ!?」

 

 急に扉が開かれ、思わず鼻白むアウラ。マーレの方は、普段のおどおどしさが鳴りを潜め、張り詰めた空気すら放っている。

 

「どうしたの? マーレ?」

 

「お姉ちゃん……ナザリックとは別の……なにか、強い力を感じるよ」

 

 ああー、とその力に思い当たりのあるアウラは目の端で明美を捉えた。

 

「私です!!」

 

 ずいっと前へ出た明美は鼻高々に、そして気高く宣言した。ブームすら巻き起こりかねない見事な集中線が彼女を囲んで見える。

 

「あ、明美ちゃん!? な、なんだ、良かったー」

 

 剣呑な空気は明美の一言で弛緩し、緊張から解放されたマーレはへなへなとその場で尻もちを付いた。

 

「ごめんね、驚かせようと黙って来たんだけど、なんだか心配かけちゃって」

 

「そ、そんなこと無いです! いらっしゃいませ、明美ちゃん!」

 

「じゃああたしも改めて、いらっしゃいませ!」

 

「はい! いらっしゃいました!」

 

 互いに見合い、一人が笑うのを皮切りに三人で笑いあっている。

 

「あれ? お、お姉ちゃん、その格好は?」

 

「あー、これ? えーっと、何から説明したら良いか――」

 

 視界が広まり、普段とは違うアウラの姿に気が付いたマーレが率直な疑問を投げかけた。

 

「説明しよう! アウラちゃんをより可愛く(キュートに)すべく着せたのです! これぞコレクト!」

 

 うん、全く意味が分からないと現実逃避気味のアウラを無視し、話を進めていく。

 

「じゃあ……脱ごっか♪」

 

 あれよあれよとマーレの服を解体していき、下着姿になる直前――事件は起こった。

 

 ――ミシッ

 

 空間に亀裂が入ったと錯覚しかねない軋む音。明美は思わず手を止めてしまい、これ以上はいけないと本能が必死に訴えかけている。

 シュレディンガーの猫はご存知だろうか? 重ね合わせの原理と言い、分子が同時に二つの場所に発生している仮定を覆すための実験。箱の中の猫は生と死が同時に存在する? そんな分けが無いだろ。だから重ね合わせの原理は間違っていると断言した。これがシュレディンガーの猫だ。

 ではマーレはどうだろう。女物の下着(パンティ)を穿くマーレと、男物の下着(ブリーフorトランクス)を穿くマーレ。二つのマーレが同時に存在するも、それを観測することは出来ない。この相反する矛盾に果敢にも踏み込んだ明美は、その答えが存在しない故に世界の崩壊を招いてしまったのだ。

 今回は未遂。事なきを得たのだが、言いようのない不安感を覚えた明美であった。

 

「これじゃあ着替えさせられない。どうしたものか……うーむ」

 

「それ普通に着替えを頼むだけで済むんじゃないの?」

 

 あっさり出た解決策に出鼻をくじかれた明美。何処からともなく取り出したフリフリのドレス。どれくらいフリフリかと言うと『ドレッシーな日々』で守護者統括を唸らせたドレスを超すフリフリだ。振りではない。

 

「は……恥ずかしいよぉ……」

 

 今にも見えそうな下着を隠すよう前屈みになり、スカートの端を押さえている。

 

「コレクト! これぞコレクトです!」

 

 並んだ双子の闇妖精(ダークエルフ)を交互に見つめ、うんうんと満足げに頷いている。

 

「それじゃあ朝食にしよっか! 三ツ星レストラン顔負けの料理だよ!」

 

 きら星のような彼女――明美は、両手に花を持ちながらダイニングルームへと向かったのである。



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