混沌を受け継ぎし者の外伝 (鎌鼬)
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終わりにして始まり


プロローグを追加しました。




 

 

ーーー停止した世界があった。大地は地平線を見ることが出来る程に平坦で、起伏は一切無い。広がる海は一切波を立てない。空には太陽も、月もなく、ただ薄い極光(オーロラ)が輝いて空を光らせているだけ。

 

 

そんな世界にいるのは二人の男。この世界では無い世界から持ち込んだ異物に背を預けて座り込んでいる二人は顔を合わせる事をしない。別に二人の仲が悪い訳ではなく、顔を合わせない事を変化として感じたかったから。顔を合わせない事に飽きれば打ち合わせたかのように隣り合って、この世界を眺めるだけだ。

 

 

二人の内の一人、ボロボロの白いコートを着た茶髪の男は目を閉じていた。眠っているのではなく、過去に経験した事を、懐かしい思い出を思い返しているのだ。すでに万を超えるほどに思い返してなお飽きない、愛おしいと断言できる過去。彼はそれを自ら捨てた。彼の名誉の為に言っておくなら、彼はそれを煩わしく思って捨てたのでは無い。寧ろ守る為に断腸の思いで捨てたのだ。

 

 

だから、彼はそれを思い返しては自責の念に苛まれる。後悔は無かった。思い出の中に現れる彼らを守りたかったから、自分はこの無変の世界にいる。それは反対に座っている男も同じ事だ。それでもーーー残してきた者たちのことを思えば、ひどい事をしたと後悔するのだが。

 

 

そうして彼はもう出会えない過去の幻想(ユメ)に溺れる。この無変の世界ではそれしかする事が無かった。戦う事も、癒す事も、悲しむ事も、怒る事も、この世界では等しく無価値な行為でしか無いのだから。

 

 

退屈か、と問われれば頷く。

 

辛いか、と問われれば肯定する。

 

やり直したいか、と問われればーーー迷わずに否定する。

 

 

彼はいつものように自身の歩んできた過去を反芻する。歩んできた道のりは僅かに二十五年、四半世紀でしか無い短い時間だったが、彼は忘れる事なく、薄れさせる事なく、穢れさせることなく、そのすべてを覚えていた。

 

 

そうしていつも通りに過去に埋没しようとしてーーー

 

 

「ーーー起きろよ」

 

 

ーーーこの固定された無変の世界ではあり得ないはずの変化が起きた。先に言った通りにこの世界では変化は絶対に起こり得ない。風は吹かない、雲は流れない、波は起きない。

 

 

故に、彼は聞こえた変化を幻聴だと切り捨てた。ここに来て始めの頃はよく聞いていて、また聞こえたのかと自身の女々しさに呆れる。

 

 

「おいコラ起きやがれ、聞こえてるんだろ?」

 

 

聞こえる幻想を無視して過去に埋没しようとしたところで、腹部に痛みを感じた。久しく感じてなかった痛み、それは経験から蹴られたのだと理解できた。

 

 

それでようやく幻聴では無いと気がついた彼は瞼を開き、視界に映った存在に驚愕する。永劫とも思えるような時間をこの世界で過ごした為に感情など無くなったかと思ったがそんなことは無かったようだ。

 

 

「よっ、久しぶりだな」

 

 

目の前で〝彼女〟が微笑んだ。自分の記憶の中の彼女と変わらぬ笑顔を見せられて、脳が痺れたように感じる。

 

 

ーどうしてここに?

 

 

永い間声を出さなかったからなのか、喉からは声にならない音が漏れる。だが、それでも彼女は言いたいことを理解したらしくどこか拗ねたような表情になった。

 

 

「どうしてだって?……お前を一人にしたく無かったからだよ」

 

 

そして彼女は恥ずかしそうに彼に抱きついた。何故、などと無粋な疑問が浮かび上がったが即座に切り捨てた。そして彼女の温もりを再び感じられた事に目から雫が溢れる。

 

 

会えない事を覚悟していた、触れ合えないと理解していたーーー別れたくは無かったが、それでも別れなくてはならなかった。そう思っていたのにーーー再びめぐり合う事が出来た。それだけで、彼は報われたような気持ちになった。

 

 

「それにオレ一人じゃないさ、あっちにも聖女様が来てるぜ?」

 

 

彼女が指差したのは外から持ち込まれた異物。耳を澄ませば、彼女以外の女性の声が聞こえる。

 

 

「ーーーもう、絶対に放さない」

 

 

彼女からの抱擁は強くなり、声には嗚咽が混じっている。もう二度と会えないと思っていたのに再会できたのならその感情は理解出来る。そしてその思いは彼も同じだった。

 

 

ーーーあぁ、俺も、お前を放したくない。

 

 

完璧であった世界があった。完璧であるが故に、変化など起こり得ない凍りついた世界。

 

 

だが、この世界に変化が持ち込まれた。ならこの世界は既に完璧などではなく、凡俗の……ありきたりな世界に堕とされたのだろう。

 

 

それでも、彼は凡俗の世界の方が嬉しかった。いかに完璧な世界だとしても、彼女がいない世界に意味など見出せないから。

 

 

世界は変わる。

 

時間は進み出す。

 

 

 



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アインツベルン

 

 

ーーー今から十五年前、雪に閉ざされたアインツベルンの森に一人の侵入者が現れた。アインツベルンの八代目の当主ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン、通称アハト翁はいつものことかとその侵入者の存在を結界を通して知覚した。聖杯戦争を作り出した御三家として知られているアインツベルンの森には稀に腕試しなのか魔術師がやって来ることがある。そのほとんどは一年を通して降り続ける雪を前にして凍死してしまうために今回もそうなのだろうと気にもしていなかったが……その侵入者はなんと一月を超えても生存していた。

 

 

そこでようやくいつもの侵入者とは違うと察したアハト翁は戦闘用に鋳造したホムンクルスを差し向ける。これで大丈夫だと考えていたがそのホムンクルスたちは侵入者を見つけて戦闘を仕掛け、瞬く間に壊滅した。そのホムンクルスの中には英霊にも迫る性能を持っていた者もいるというのにだ。普通ならその侵入者に対して怒りでも抱こうものだが、アハト翁の中にある考えが浮かんで侵入者との対話を試みることにした。

 

 

極力刺激しない為に戦闘用のホムンクルスを二体だけ連れて、アハト翁はその侵入者と対峙して、絶句する。何故ならーーーその侵入者の正体はまだ年端もいかぬ少年だったから。その真実を受け入れられずに唖然としていたアハト翁だったが、侵入者の少年から声をかけられて正気に戻る。

 

 

なんでも少年は魔術師の家系に生まれたものの家を見限って出奔し、当てもなく彷徨ってこの森にたどり着いたのだという。少年の事情を聞いたアハト翁は少年に対してある提案を持ちかけた。

 

 

衣食住をくれてやる、だから我が家の悲願を叶えるのに協力してくれと。

 

 

その提案を、少年は受け入れた。

 

 

こうして少年ーーーレインヴェル・ミクラシェはアインツベルンに養子として入り、新たな家族とレイニィフィール・フォン・アインツベルンという新たな名前を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして十五年の時間が経ち、現在。相変わらず一年を通して雪が降るアインツベルンの森の中を歩く一人の女性がいた。肩の辺りまで伸ばされた髪を荒く紐で纏め、防寒対策として毛皮の付いた上着を着た女性は誰かを探しているのかキョロキョロと辺りを見渡しながら雪の森を歩いていた。

 

 

この森はすべてアインツベルンの所有物である。しかし手入れはほとんどされていないので野生の獣たちが好き勝手している。今も歩いている女性のことを遠巻きから見ているのだが、一匹たりとも彼女を襲おうとはしない。何故なら、彼女ーーー正確には彼女に染み付いている臭いが、この森を統べる支配者の物だから。支配者と関わりのある彼女に手を出して怒りを買ってしまってはたまったものではないと獣たちは俯瞰しているのだ。

 

 

しばらく雪の中を歩いていると見つけたのは凍りついた川。分厚い氷が張っているはずの川だが一部の氷だけが目に見えて分かるほどに薄く、近くの樹には男物の白いコートが掛けられていた。それを見て探している人物が何をしているのか分かってしまった女性は溜息を吐く。それと同じタイミングで薄く張っていた川の氷が砕けて、そこから一人の男性が姿を現した。水に濡れている茶髪の髪を荒く持ち上げて素潜りで獲ったであろう魚を陸に置いてから彼は川から上がる。

 

 

「ーーーおい、レイニィ!!」

「ーーーん?あぁ、モードか」

 

 

モードと呼んだ女性からレイニィと呼ばれた男性は返事を返して樹にかけてあったコートを着る。

 

 

「なんでお前わざわざこんなところに来て魚獲ってんだよ。爺さんが呼んでたぞ」

「ゴメンゴメン、急に焼き魚食いたいなと思ってさ……んでアハト翁が呼んでるか……間違いなくこれだよな」

 

 

そう言いながらレイニィは自身とモードの左手の甲に刻まれている赤い刺青に目を落とした。これは令呪と呼ばれ、聖杯戦争と呼ばれる儀式に参加するための資格のような物だ。本来なら儀式に参加出来るのは七人で、その七人で殺し合いをしなければならないのだが今回は違っていた。

 

 

本来の聖杯戦争は七人で行われるのだが、今回の聖杯戦争は十四人で行われるはずだった。倍の人数で行われるというだけでも異例だというのにその聖杯戦争は二十一人、本来の聖杯戦争の三倍の人数で行われる事になる。

 

 

こうなった経緯は第二次世界対戦の最中に冬木で行われた第三次聖杯戦争にまで遡る。アインツベルンは聖杯戦争を作り出した御三家の一角として優先的に聖杯戦争に参加すること事が出来た。第三次でもそれは変わらず、最優と信じたサーヴァントを呼び出して聖杯戦争に望んだ。聖杯戦争自体は戦争途中に小聖杯が砕けるというアクシデントが発生して有耶無耶のうちに集結した。しかし、そこからが問題である。聖杯戦争に参加していた内の一人が円蔵山の洞窟に秘蔵されていた万能願望機たる大聖杯を発見し、加担していたナチスドイツの力を借りて移転しようと試みたのだ。

 

 

御三家ーーーアインツベルン、遠坂、マキリの三家及び帝国陸軍はその企みを阻止するべく奮戦したものの、聖杯戦争直後で疲弊していた彼らは敗北、御三家が総力を結集して構築した大聖杯はナチスドイツに強奪されてしまった。その戦いのせいでマキリは滅亡し、遠坂は聖杯戦争に頼ることを諦め、御三家の中で聖杯を求めているのはアインツベルンだけになってしまった。

 

 

ナチスドイツに奪われた大聖杯だが……ドイツの本国まで輸送する途中で謎の消失を遂げた。帝国陸軍によって強奪されたか、ソ連軍にでも襲撃されたのか。何れにしても大聖杯は、誰の手に渡ることなく消えたのだ。

 

 

そしてそれから時間が経ち、世界各地で聖杯戦争の模倣が行われる事になる。最もそれらは冬木の聖杯戦争に比べればお粗末な物で、本来ならば七人の魔術師が七騎のサーヴァントを呼び出して殺し合いをするのだが五騎しか召喚されないなどの不備が見られている。アハト翁はこれらの聖杯戦争に冬木の大聖杯が使われていないか調べていたがすべて外れ、調べた結果分かったのはこれらの聖杯戦争は冬木の聖杯戦争を模倣して作られた偽りの聖杯戦争だということくらいだ。

 

 

そうして聖杯戦争の情報が上がるたびにアハト翁はアインツベルンの力でそれを調べ、今度はルーマニアで聖杯戦争がある事を知った。どうせ今回も外れだろうとタカをくくっていたのだがーーールーマニアで起こる聖杯戦争、そこで冬木の大聖杯が使われていると発覚した。

 

 

それを知った途端にアハト翁はその聖杯戦争に関しての情報を真偽を問わずに掻き集める。そうして分かったのはユグドミレニア一族の長ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアがその聖杯戦争に参加していて、それに伴って複数の魔術師の家系からなるユグドミレニア一族全てが魔術師の総本山である時計塔から離反、そしてユグドミレニアに五十人の狩猟に特化した魔術師で襲撃を仕掛けて生還したのはたった一人だけーーーそして、この聖杯戦争では冬木の聖杯戦争の倍の数になる十四騎で行われるという。

 

 

実は大聖杯には予備システムというものがある。大聖杯は状況に応じて令呪の再配布などの聖杯戦争に関する補助を行う。そしてその中には可能性としてはほとんどゼロに等しいが七騎のサーヴァントが一勢力に統一された時の対抗策として予備システムが起動するように仕掛けられているのだ。それが、新たに七騎のサーヴァントの召喚が可能になるということ。

 

 

だがアハト翁がその情報を掴んだ時には既にマスターは十四人出揃った後だった。ようやく見つけたのに届かぬのかと歯噛みするアハト翁に囁いたのはレイニィだった。実は彼はこれまでに行われていた亜種の聖杯戦争に参加していて、そのすべてを敵対者を殺して生き残っている。その聖杯戦争で召喚したサーヴァントは弱小だった為に序盤で脱落したので、己の力だけでサーヴァントを鏖殺して、だ。そしてその亜種の聖杯戦争で大聖杯の代わりとして使われていた聖遺物クラスの魔術礼装を回収している。彼はそれらを使って擬似的な聖杯を作り、そのルーマニアの聖杯戦争に乱入しようと言ったのだ。

 

 

出来るか出来ないかで問われるなら、それは出来なくは無かった。そうしてアハト翁はレイニィと共に擬似的な聖杯を作り出した。もっともその聖杯は杜撰極まりない物で、ただ令呪を配布してサーヴァントを召喚する為の役割しか持っていない。それでも、ルーマニアの聖杯戦争に乱入するには十分だった。

 

 

その擬似聖杯が完成してすぐに令呪は配布された。一人はレイニィフィール・フォン・アインツベルン、一人は()()()()()()・フォン・アインツベルン、一人は婿養子としてアインツベルンに入った魔術師の衛宮切嗣、一人は切嗣の妻であるホムンクルスのアイリスフィール・フォン・アインツベルン、一人はレイニィとモードの息子のレインレッド・フォン・アインツベルン、一人は封印指定執行者のバゼット・フラガ・マクレミッツ、一人は途絶えたかと思われていたマキリの遺し子のシンジ・マキリ。以上七人を持ってルーマニアの聖杯戦争に乱入する。

 

 

目的はただ一つ、奪われた冬木の大聖杯の奪還。大聖杯の現在地に関しては既にユグドミレニアの長のダーニック・プレストーン・ユグドミレニアが所持していると分かっているので探す必要はない。今重要なのは場合によっては七対十四という数の不利の中で戦い抜けるサーヴァントを召喚すること。衛宮切嗣、バゼット、シンジ・マキリに関してはサーヴァント召喚に必要な聖遺物を持参しているが生憎と残り四人にはそれを用意する伝が無いのでアハト翁が所持している聖遺物から選ぶという手はずになっている。

 

 

既にレイニィは召喚するサーヴァントに目を付けていて、彼が呼ばれたということはモードたちもサーヴァントを選んだということだろう。なら、次にすることはサーヴァントの召喚だ。

 

 

「ーーーあぁ、楽しみだなぁ本当に楽しみだなぁ」

 

 

これから召喚される英霊たちに思いを馳せて、レイニィは新しい玩具を買ってもらった子供のような笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

繰り返すつどに五度、ただ満たされる刻を破却する。

 

素に銀と鉄、礎に石と契約の大公、手向ける色は〝白〟。

 

降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路を循環せよ。

 

 

アインツベルンの城にある大聖堂、そこで床に描かれた魔法陣に向かって詠唱をする七つの影があった。各々の魔法陣にはサーヴァント召喚の触媒となる聖遺物が置かれている。

 

 

ーーー告げる。

 

 

その一言で魔法陣が光り輝く。七人の身体に宿る魔術回路が唸りを上げる。

 

 

ーーー汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意この理に従うならば応えよ。

 

誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 

 

そしてここで六人は詠唱を止め、一人だけいた幼子のみが空白の時間を見計らって二節を追加した。

 

 

ーーーされど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべしら、汝、狂乱の檻に囚われし者、我はその鎖を手繰る者。

 

 

幼子が追加の詠唱を間違いなく言い切ったのを確認し、全員で最後の一節を告げた。

 

 

汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!!!

 

 

言葉を告げるのと同時に、魔法陣から暴風が吹き荒れる。誰もがその暴風に反射的に顔を庇う中で、たった一人だけレイニィはその光景を見逃さぬようにと涼風同然にそれを受け流して立っていた。

 

 

そうして、彼らは顕現する。

 

 

一人は黒衣のドレスに身を纏ってバイザーで顔を隠した成人女性の騎士(セイバー)

 

一人は緑衣を纏った男性の弓兵(アーチャー)

 

一人は青いタイツのような戦闘衣服を纏って朱槍を持った男性の槍兵(ランサー)

 

一人は顔に傷を付け、クラシカルな2丁拳銃を持った女性の騎兵(ライダー)

 

一人は黒いローブを着込んで髑髏の面を着けて顔を隠した男性の暗殺者(アサシン)

 

一人は紫のローブを着込んで顔を隠した女性の魔術師(キャスター)

 

一人は傷だらけの上半身を見せ、牛を模した被り物をしている男性の狂戦士(バーサーカー)

 

 

今ここに、ルーマニアで行われている赤と黒の聖杯大戦に乱入する白の陣営のサーヴァントが揃った。

 

 



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コミュニケーション・白の陣営

 

 

一年を通して雪が降り続けるアインツベルンの森、今日は軽く雪が降る程度でここで暮らすにしては比較的過ごしやすい天気になっていた。アインツベルンの城で暮らす者なら今日は晴れだと言って子供たちと一緒に外で遊ぶのだがーーー今日に限ってはその日常が行われていなかった。

 

 

高い金属音が森の中に響く。弾かれながらも空中で体勢を整え、獣のように剣を持っていない腕と両足で着地したのはレイニィ。それを彼が召喚したサーヴァントのセイバーが雪を爆ぜさせながら手にしている剣の振り下ろしで斬りかかる。常人なら何があったか理解出来ずに、達人なら斬られたのだと理解して死ぬ程の剣速の一撃をレイニィはその体勢のままに身体を仰向けにして剣で受け止め、それと同時にセイバーの顔面に蹴りを放つ。

 

 

サーヴァントの膂力は人間とはかけ離れている。たとえ最低ランクであってもトップアスリート並みの力を誇っている。セイバーの筋力は規格外を除くと最高とされているランクのA、そんな不安定な体勢で受け止めよう物ならそのまま叩き伏せられる筈なのだがレイニィはアッサリと受け止めただけではなくカウンターを極めてみせた。

 

 

蹴りを見てから反応し、両手で握っていた剣の片手を離すことで受け止めたセイバーは深い笑みを浮かべる。それは見る者を安心させる物ではなく、威嚇するような獰猛な笑み。事前に人間からかけ離れた存在だと紹介されていたがサーヴァント相手に互角以上に戦える程だとは思ってもいなかった。

 

 

「ーーーハハハッ!!凄いなぁマスター!!流石は私が見込んだ男なだけはある!!」

「まぁたその話かよ!!俺にはモードがいるから諦めろって言ったよなぁ!!諦めろよ騎士王だろ!?」

「生憎と私はサーヴァントとして呼ばれた身であって今は騎士王では無いからなぁ!!つまり寝取る!!」

「助けてモード……!!」

 

 

レイニィが召喚したサーヴァントはブリテンの国王のアーサー・ペンドラゴン。本来なら騎士王と呼ばれるほどに高潔な人物だった筈なのだがマスターであるレイニィの影響を受けているのか属性が反転し、かなりいい加減な性格になっている。それにアーサー王は選定の剣を抜いた時点で不老になっている筈なのに召喚されたアーサー王は成人の姿で現れた。アーサー王の性別についてもだがこの事は流石に予想外、モードレッドも眼を見開いて驚いていた。

 

 

それだけでもいっぱいいっぱいだというのになんとセイバーは召喚された直後にレイニィの前に膝を着き、結婚して欲しいと告白をしたのだ。これを聞いてランサーとライダーを除く全員が白目を剥いたことは語るまでも無いだろう。いち早く正気に戻ったレイニィが自分には妻がいるから無理だと言ったが、ならば実力行使で寝取ると宣言したのだ。

 

 

「はぁ……何がどうしたらあそこまで張っちゃけるんだか……やっぱり円卓時代のことがストレスになってたのか?」

 

 

アインツベルンの城の一角でレイニィとセイバーのやり取りを見ていたモードレッドが呆れながらそう呟く。ブリテン時代では王であり、父であると慕っていた人物が予想外の方向に天元突破していたら呆れもするだろう。

 

 

モードレッドはアーサー王の下に集った円卓の騎士の一人、そしてブリテンの崩壊の原因を作った叛逆の騎士モードレッドと同一人物である。

 

 

アハト翁が養子となったレイニィに妻としてホムンクルスを鋳造しようとしたところでレイニィが乱入し、どうせなら凄い性能のホムンクルスを鋳造しようと魔改造を行ったのだ。それで埋め込まれたのはレイニィとアハト翁の合作である龍の魔力炉心。だが幻想種の頂点として知られている龍種の魔力炉心など簡単に作れる者ではなく、本来のそれとは比べるまでもなく劣った物だったがそれでも一般的な魔術師、そしてこれまで鋳造されたホムンクルスに比べれば規格外の魔力量を生み出す炉心となった。

 

 

そうして劣化版の龍種の魔力炉心を埋め込んで鋳造されたホムンクルスは本来なら人格など持たない筈だったーーーしかしどういう訳か、叛逆の騎士モードレッドの記憶を持って誕生したのだ。

 

 

誕生した当初はモードレッドは混乱して自傷行為に走るなどをしていた。しかしレイニィの献身的な介護の甲斐がありなんとか立て直し、ゆっくりとレイニィという人柄を知るにつれて徐々に彼に惹かれていった。ブリテンのことには思うことはあるのだが、今の家族とブリテンを天秤にかけたら迷わずに家族を選ぶ程である。

 

 

「あらあら、レイニィもセイバーも楽しそうね」

 

 

モードレッドの向かいに座り、二人の戦いを見ているのはアイリスフィール。アインツベルンで鋳造されたホムンクルスであり、今のモードレッドからすれば妹のような存在である。世間知らずの箱入り娘のような印象を受けるのだが二人のやり取りを見て楽しそうと言える辺り天然なのか豪胆なのか判断しづらいところだ。

 

 

「……サーヴァントと正面から戦えるなんて本当に人間なのかしら……いえ、そういえば化け物を自称していたわね……」

 

 

どちらかといえば反応として正しいのはモードレッドが召喚したキャスターのメディアの方だ。ローブを下ろして紫色の長髪と尖った耳を晒し出して疲れた様に紅茶を入ったカップを口に運ぶ彼女を見て思わず同情しまう。

 

 

「そういえば他の奴等はどうしてるんだ?」

「レインレッドならイリヤと一緒にバーサーカーと遊んでいるわ。アーチャーにはそれについて貰ってる。ライダーはシンジを連れて飲んでたわね……ランサーも一緒じゃないかしら?バゼットは礼装の点検があるとか言っていたわね」

 

 

メディアが手を振ると遠見の魔術で幾つかの風景が映し出される。一つはレイニィとモードレッドの息子のレインレッドと衛宮切嗣とアイリスフィールの娘のイリヤスフィールを肩に乗せているバーサーカー……アステリオスとそれを眺めているアーチャー……ロビンフットの姿。一つは酔い潰れたシンジをソファーに寝かせて酒を飲みながら何か話し合っているライダー……フランシス・ドレイクとランサー……クー・フーリンの姿。一つは与えられた部屋の中で何かの点検をしているバゼットの姿だった。

 

 

それを見てモードレッドとアイリスフィールは素直に感嘆する。魔術としての遠見の魔術はそう難しい物ではないが、媒体も何も無しでここまでの精度の魔術を使えるかと聞かれれば出来ないと答えるしかない。それなのにメディアは手を振るという簡単な動作だけで容易く高精度の遠見の魔術を使って見せたのだ。素直に凄いと褒めるしかないだろう。

 

 

今このアインツベルンの城にいるマスターとサーヴァントは六人と六騎、切嗣と彼が召喚したアサシン……ハサン・サッバーハと共に事前にルーマニアへと向かっている。普通なら単騎で敵の本拠地に向かうのは愚策でしかないのだが切嗣は対魔術師の戦闘に特化したプロフェッショナルで、ハサンはアサシンのクラススキルである【気配遮断】によってまず見つかる事はない。それにレイニィがかけた保険もあり、下手に大人数で動くよりも彼らに任せた方が効率的に動けるのだ。それに彼らの役目は情報収集で戦う事ではない。蛮勇な者なら意気揚々と本拠地に乗り込んで無残に死ぬのがオチだが彼らに限ってはそれは無いだろうというのがアイリスフィールを除くマスターたちの見解だった。

 

 

とは言っても妻であるアイリスフィールからすれば夫の身を案じるのはおかしな事では無い。今も心労でアイリスフィールが眠れなくなりつつあるのをモードレッドが察してメディアに頼んで催眠の魔術をかけて貰うほどだ。幸いなのはレイニィがかけた保険によって切嗣は健在だと伝えられていることだろう。これがなかったら最悪聖杯大戦の間眠り続けてもらうことも考えていた。

 

 

白の陣営がサーヴァントを召喚して二日目、予定なら明日にはルーマニアに向けて旅立つ手筈になっている。聖杯戦争史上、最も混沌とした戦争が開始されるときは近い。

 

 






サーヴァントたちとの交流回。なおケリィは既に現地入りしている模様。

少し考えていた白の陣営のサーヴァントたち
セイバー:アルトリア(カリバー、ロンゴミ、アヴァロン装備)
アーチャー:姫ギル(ノット慢心)
ランサー:スカサハ
ライダー:イスカンダル
キャスター:メディア
アサシン:李書文
バーサーカー:アステリオス

……これは酷い。


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雨の願い

 

 

アインツベルンの森の朝は遅い。年がら年中冬であるからか、一年を通して空を曇天が覆っていて朝日が届くのが遅れるからだ。だが、その前置きがあるにしてもレイニィが起きている時間は早すぎた。アインツベルンの森には珍しく雪は降っておらず、夜空には月と満天の星空が見えている。現在の時刻は午前2時、これが白の陣営がルーマニアの聖杯大戦へ向かう出発時刻だった。

 

 

アインツベルンの城の玄関で腰を下ろしているレイニィの側には空になっている酒瓶と、口には半分まで灰になっているタバコが咥えられていた。タバコは衛宮切嗣がアインツベルンへやって来た時に教えられた物で、試しにと何度かやってみたら嵌ってしまったのだ。とは言ってもいつも吸っている訳ではなく、気分転換の意味合いで吸うことが多い。

 

 

フィルターまで燃え尽きたタバコを空いた酒瓶の中に入れると玄関が開く。そこにいるのはレイニィの妻のモードレッドと彼女の背中で眠っているレインレッド、アイリスフィール、バゼット、そしてフランシス・ドレイクに米俵の様に担がれているシンジの姿だった。

 

 

「ライダーライダー、なんでシンジ死んでるん?」

「酔い潰れちまったのさ。情けない奴だよ、たったラム酒ボトルで一気させただけでこうなっちまうなんて」

「ライダぇ……」

「アッハッハ!!大丈夫だって、そのうち起きるさ!!」

 

 

酒に強い奴でもやらない様な事をマスターにさせているサーヴァントに密かにレイニィは戦慄する。気になって確かめれば確かに意識こそは無いがアルコール中毒にはなっていない様だ。聖杯大戦へ乱入するのに脱落の原因がアルコール中毒では笑い話にもならないだろう……いや、フランシス・ドレイクとクー・フーリンとアーサー王……本名アルトリア辺りなら笑いそうであるが。

 

 

フランシス・ドレイク以外の姿の見えないサーヴァントだが予め霊体化してもらっている。アルトリアに関しては死んだという明確な表記がされていないので霊体化出来るかどうか不安であったが、どうやら生前でしっかりと死んでいたらしく問題無く霊体化することが出来た。

 

 

「さてっと、揃った所で行きますかね」

 

 

立ち上がり肩を回しながらレイニィは彼らから距離を取り、深呼吸を一度して()()()()()()()()()()()()に意識を集中させる。

 

 

「ーーー因子解放」

 

 

その一言で、レイニィの身体が変質する。内側から肉が盛り上がり、骨格がミシミシと不快な音を立てながら人からかけ離れた物へと変化していく。そうして数十秒後にはーーーレイニィの居た場所に、白亜の鱗のワイバーンが居た。

 

 

『ほいよ、乗ってくれ。ライダーはシンジの事を診てろよ、酔い潰した責任とって』

「ほぉ……話には聞いてたけど本当だったとはねぇ……」

「相変わらずですね……」

 

 

感嘆の声をあげたのはフランシス・ドレイク、バゼットはどこか呆れた様な声を出している。

 

 

「ワイバーン……だと……!?これでもしかして私と異種姦プレイをーーー」

「ーーーふんぬっ!!」

 

 

アルトリアがなにやら興奮した様子でレイニィに近付こうとしたがモードレッドの上半身を全く動かさない回し蹴りを下腹部に食らって悶絶する。

 

 

よくも毎度飽きないなとアルトリアの悶絶している姿を見ながらモードレッドたちが背中に乗り易い様に身を低くする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイニィは起源こそは下手をすれば魔術師協会に狙われる様な代物だったが人間()()()。それがこうなったのは二度目の亜種の聖杯戦争に参加した時の事だ。その時にレイニィが召喚したのは最優と言われているクラスのセイバーだったが知名度が全く無く、その上己の武勇では無く他人の手柄で英霊になった様なサーヴァントだったのでその聖杯戦争の一回戦目で脱落してしまったのだ。それはそれと割り切り、レイニィはランサーとキャスターのクラスのサーヴァントを単騎で撃破した。だが、順調だったのはそこまでだった。どこからか聖杯戦争の事を聞いて興味を持った死徒ーーー俗に言う吸血鬼が現れた。

 

 

その死徒が下位ならば問題なかった、その聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントを総動員して死徒を討伐すればよかった。事実、監督役をしていた聖堂教会から聖杯戦争の一時中断と死徒の討伐が言い渡されたのだがーーーその死徒は上位、それも【死徒二十七祖】の第十位のネロ・カオスだった。

 

 

【死徒二十七祖】とは吸血鬼になった死徒の中でも強い力を持つ者のこと。ただ強いだけなら問題無い、犠牲は多大に出るだろうが聖堂教会の埋葬機関で十分に対処出来るだろう。問題はーーーネロ・カオスを始めとした【死徒二十七祖】の殆どが独自の方法で不死性を得ていて、上位十位になると通常の概念では打倒出来ないとされていることだ。

 

 

亜種の聖杯戦争で生存していたサーヴァントと聖堂教会からの救援とネロ・カオスとの戦いはーーー戦いとは呼べぬ程の蹂躙だった。世界に功績を認められたはずの英霊が、異端を葬る為の埋葬機関が、抵抗虚しくネロ・カオスによって喰い殺された。埋葬機関が殺されたのは仕方の無い事だと割り切れる。不幸だったのはその聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントの所有していた宝具が全て対人宝具だった事だろう。

 

 

ネロ・カオスは彼独自の永遠を実現するために編み出した【獣の因子】と呼ばれる概念を内包する固有結界【獣王の巣】を持っている。因子はネロ・カオスから召喚されて独自に動き、さらに例え殺されたとしても【混沌】としてネロ・カオスの中に還元されて復活する。これにより、ネロ・カオスという死徒を殺すにはネロ・カオス本体と内包されている666の因子の全てを滅ぼさねばならない。つまりネロ・カオスを倒すのに必要なのは個を目標とした対人宝具ではなく、群を目標とした対軍宝具だった。

 

 

召喚されたサーヴァントが、埋葬機関が、聖杯戦争の開催地となった町の住人が次々と喰い殺されていく中で、たった一人レイニィだけが生き残った。ネロ・カオスから際限無く召喚される【混沌(けもの)】をひたすらに殺し続けた。いかに【死徒二十七祖】とはいえど吸血鬼である事には変わり無い、夜明けが訪れれば引くだろうと考えていた。

 

 

そして、人の身でありながら(おのれ)を屠り続けて生き残っているレイニィにネロ・カオスが興味を抱いた。獣だけで無く、因子を纏って武装したネロ・カオスもレイニィに向かっていったが殺せない。それどころかネロ・カオスの首を二度も跳ねるという快挙を成し遂げた。そんなレイニィにネロ・カオスは敬意を表し、対真祖用に編み出していたある技をレイニィに使った。

 

 

666ある因子の内の500を泥状に結束させた拘束魔術【創世の土】。それによりレイニィは拘束されて、生きたままネロ・カオスの【獣王の巣】の中に取り込まれた。

 

 

獣王などと呼ばれているが哺乳類だけで無く鳥類や爬虫類、果ては昆虫魚類幻獣まで宿っている固有結界の中で、レイニィは生きたままに漂っていた。無抵抗ならその内溶かされて、この固有結界の因子の一つに成り果てるだろうーーーそんな結果を、レイニィは認めるわけにはいかなかった。自分一人で好き勝手に生きていたのなら、そんな結果も良しとしていたかもしれない。

 

 

だが、自分は一人では無い。目的があるとはいえど拾い、育ててくれた義父がいる。自分を愛し、そして自分が愛している妻がいる。彼らの事を考えると、このまま因子に成り果てるなど認められる事ではなかった。

 

 

そしてレイニィがとった手段とはーーー固有結界内に漂っている【獣の因子】、それらを食らう事だった。【獣の因子】を一つ一つ喰らい、己の中に宿す。それは正気とは思えぬ行為だった。

 

 

それでも、レイニィはひたすらに貪った。哺乳類や鳥類、爬虫類昆虫魚類までは簡単だったが幻獣となると困難だったーーーそれでも、帰る場所があったから、帰りたいと思える場所があったから、レイニィは狂気の行いをひたすらに続けた。

 

 

そうして【獣の因子】をひたすらに喰らいーーーレイニィはネロ・カオスを内側から食い破って外に出た。そして666の因子を失い、単騎になったネロ・カオスを()()()()()

 

 

こうしてレイニィはネロ・カオスを打倒し、生き長らえることができた。だがその代償は大きい。ネロ・カオスと【獣の因子】を全て喰らった影響かレイニィは死徒化し、ネロ・カオスの固有結界であるはずの【獣王の巣】を引き継いでしまったのだ。前者の死徒化はまだいい、吸血鬼してしまったことのデメリットは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

問題は【獣王の巣】。人の身体(カタチ)に複数の命を宿すという手法故に人格が薄れる危険性があるのだ。まだ引き継いだばかりなので早急な問題では無いのだが、もしこのまま死徒として永い時間を過ごすとなれば最終的にレイニィはただの混沌に成り果ててしまう。

 

 

そしてこの時からレイニィは聖杯へかける願いが決まった。それはーーー人間へと戻る事。【獣の因子】と【獣王の巣】を取り除き、ただの人間へと戻る事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が背に乗った事を確認し、未だに悶絶しているアルトリアを鉤爪で掴んでワイバーンとなったレイニィは翼を広げて飛び立つ。向かう先はルーマニアの都市トゥリファス、そこにいるユグドミレニアの一族のサーヴァントを殺し、アインツベルンが作り上げた大聖杯を取り戻す。アハト翁から奪還成功時の報酬として大聖杯を使って良いと言われている、それがアインツベルンから与えられる今回の聖杯大戦の報酬だった。

 

 

レイニィの願いはただ一つ。吸血鬼と成り果ててしまったこの身を人間へと戻し、モードレッドと一緒に年をとって死ぬ事。その為なら、サーヴァントが七騎だろうが十四騎だろうが殺してみせる。

 

 

静かな決意を固め、鉤爪の辺りから聞こえるどこか艶めいた声に精神を削りながらレイニィたち白の陣営はルーマニアへと向かっていった。

 

 

 






本編だとまだ人間だったレインヴェルことレイニィ、番外編だとネロ・カオスをモキュモキュして死徒化しました。これで名実ともに人外だよ!!やったね!!


やべ、元から死ぬイメージが出来なかったのに更に不死身になってしまった。



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赤の騎士との接触

 

 

深夜のルーマニアの都市トゥリファス。黒の陣営であるユグドミレニア一族の拠点のユグドミレニア城から直線距離にして5㎞離れた建物の一室で銃に付けられたスコープからユグドミレニア城の様子を覗き見ている男がいた。彼の名は衛宮切嗣、白の陣営のアサシンのマスターにして対魔術師に特化した戦法を得意とする魔術使い。魔術師協会や聖堂教会にはフリーランスの時代に【魔術師殺し】という呼ばれ方をされていて、アインツベルンへと婿養子になってからは戦線から引いていたものの知るものが切嗣の名を聞けばすぐに魔術師殺しだとバレてしまうだろう。

 

 

切嗣の目的は情報収集、その為にアサシンを連れて事前に現地に入っていた。ユグドミレニアの黒の陣営と魔術師協会から派遣されたマスターたちの赤の陣営、その両方の情報を少しでも集める為である。ユグドミレニアに関しては大聖杯を持っているので言わずもがな、魔術師協会に関しては大聖杯の回収を目的としているので敵対するが故の情報収集。

 

 

この聖杯大戦では、言うまでもなく白の陣営は不利な状況から始まる事を強いられている。予めこの場を開催地として決めていたのであろう黒の陣営はこの土地一番の霊脈の上に城を築いて籠城の構え、赤の陣営も聖堂教会から派遣されたというマスターからか聖堂教会が保有していたこの土地二番の霊脈を持っている。それに対して白の陣営はこの土地には全く繋がりを持っていない。切嗣独自の人脈によりなんとか霊脈の巡っている土地をアインツベルンの財力で購入することが出来たが黒の陣営と赤の陣営の霊脈と比べればお粗末な物でしかない。唯一アドバンテージがあるとするなら知られていない事だろうがこのトゥリファスはユグドミレニアのお膝元、それに使い魔らしき鳩を何羽か見かけた事から見つかる事は時間の問題、それに下手をすれば黒と赤の陣営が共闘し白の陣営を討とうとするという危険性も孕んでいる。

 

 

だがそれでも、切嗣は諦めない。万能の願望器と称される聖杯なら、きっと自分の願いを叶える事ができると信じているから。

 

 

「ーーー動いたか」

 

 

スコープ越しに見えたのは人影。ユグドミレニアの城からズラしてその人影に焦点を合わせれば、そこにはサーヴァントと思わしき白い鎧を着込んだ人物と強面でサングラスをかけた筋肉質な男が見える。サングラスの男は事前に時計塔から盗み出していた情報から知っていた。

 

 

獅子劫界離(ししごうかいり)、魔術師協会から派遣された死霊魔術師(ネクロマンサー)ーーーつまり、赤の陣営の魔術師である。その経歴を知っている切嗣は獅子劫の姿を見て思わず舌打ちをする。時計塔に籍を置く研究者気質な父親とは違い、切嗣の様に戦場を渡り歩いたフリーランスの魔術師。死霊魔術師(ネクロマンサー)という魔術師の特性からすれば戦場を渡り歩くというのは正しいのかもしれないが切嗣からすれば獅子劫の戦闘方法(スタイル)は相性が良い物とは言えない。切嗣は魔術師殺しと呼ばれる程に魔術師を狩る事を得意としているが、それはあくまで生粋の魔術師だった場合の話。獅子劫の戦闘方法(スタイル)は生粋の魔術師とは言いがたく、どちらかといえば自分と同じ魔術使いのそれに近い。

 

 

まともに正面から戦えば苦戦を強いられる、もしくは倒されるというのが獅子劫に対する切嗣の評価だった。故に切嗣が考えている戦法はーーー獅子劫界離とは戦わないという消極的なもの。白の陣営の目的は大聖杯の奪還と大聖杯を奪ったユグドミレニアに対する報復。例え黒の陣営全員を相手にして大聖杯を取り戻したとしてもその後には赤の陣営を相手にしなくてはいけない。なので消耗は最低限に止めるべきだと判断した。

 

 

「アサシン」

「ーーー此方に」

 

 

スコープを除いたまま声をかければ切嗣の背後に膝を着いた状態でハサンが霊体化を解いて現れる。本当ならハサンは二十四時間体制でユグドミレニアの城の偵察に回したかったのだがトゥリファスは敵のお膝元で人間にすぎない切嗣だともしサーヴァントが現れた時には対処が出来ない。なのでユグドミレニアの城の偵察は日が出ている間に、そして日が沈んでからは自身の側に置いて周囲の警戒をさせていた。

 

 

「アサシン、あの鎧のサーヴァントを殺れるか?」

 

 

切嗣は懐から予備のスコープを出してハサンに渡し、ユグドミレニアで鋳造されたであろう様々な武器を持っているホムンクルスたちと戦っている鎧のサーヴァントを見させる。アサシンのクラスのサーヴァントは戦いには向いていない。それは聖杯戦争を知るものなら常識的な事だ。そもそもアサシンの本領は暗殺にある。己を殺し、隙を伺い、気が緩んだその刹那を逃さずに殺す。それがアサシンの戦い方。切嗣はそれであのサーヴァントを殺せるかどうかを訪ねた。

 

 

「……誠に申し難いのですが恐らく一対一では不可能かと。あのサーヴァントは恐ろしく勘がいい。背を取る事は可能でしょうが殺気を出した瞬間に反撃されます。乱戦時に余裕を極限まで削ぎ落とした状態なら、あるいは」

「そうか、それが分かればいい」

 

 

ハサンの返事は普通なら良くないものだったが切嗣からすれば満足のいくものだった。ハサンは自己評価を違えない。普通の英霊なら例えあのサーヴァントよりも劣っていたとしてもなんとしても勝つなどと誓っていただろう。切嗣はそれを不愉快だと思っている。出来ない事なら出来ないと言えばいいのに必ず勝つなどとほざかれても扱いに困るだけだ。その点、ハサンは己の性能を十全に把握していて一対一では勝てないと断言した。一対一で勝てないのなら複数で当たり、殺ればいいだけの事だ。

 

 

「それはそうと魔術師殿、夕餉は済ませましたかな?」

「あぁ、食べたさ」

「……もしやこのハンバーガーの事ですかな?」

「そうだが?」

「……魔術師殿、自炊せよとは申しませんがもう少しまともな食事を取られよ。奥方様も心配されますぞ」

 

 

欠点があるとすれば切嗣の食生活に口煩いところか。切嗣は時間を有用に使う為にハンバーガーやサンドイッチなどの片手で済ませられる様な物を好んで食べている。ハサンからすればそれが我慢ならないらしい。トゥリファスについて切嗣の食生活を見たハサンが翌日の朝に中東風の料理を作っていた程だ。

 

 

初めの頃は聞き流していたのだが妻であるアイリスフィールの事を出させると言い淀むしかない。彼女が切嗣の食生活を知ったら間違いなく説教になるからだ。

 

 

ハサンの言葉にどう返そうか悩みながらも鎧のサーヴァントの戦いを見ていた切嗣だったが、急にハサンが短刀を取りだして部屋の隅に向かって構えた事で反射的に銃を同じ方向に向ける。切嗣には分からないのだがハサンは何かを感じたのだろう。

 

 

「スタァァァァァァップ!!俺!!俺俺!!俺だから!!あ、おれおれ詐欺じゃないから!!」

 

 

どこかふざけた様な物言いをしながら部屋の隅の暗がりから人影が現れた。暗がりにいるからなのか顔は分からないが声で分かったのか切嗣とハサンは構えを解いた。

 

 

「なんだレイニィか……何かあったのか?」

「とりあえずこっちの報告にね」

 

 

レイニィと呼ばれた人影が月明かりの下に出る。だが、それの顔を判断する事は出来なかった。月明かりの下に出たというのに人影は人影のまま、レイニィフィールの姿をした黒い人型だったのだから。

 

 

これの正体はレイニィの【獣王の巣】から放たれた因子。レイニィと全く同じ姿になる事も出来るのだが本人曰く疲れるらしく、黒子の様な姿のままである。そして黒子(レイニィ)は盗聴対策に防音と隠密の魔術を使う。

 

 

「切嗣が購入してくれた土地はキャスターのスキルとバーサーカーの宝具で固めておいた。俺でも正面から攻めたら攻略出来ないくらいに固い奴だ。拠点周りは俺の分体とアーチャーが見張ってるから良いとして問題はランサーとライダーだな。二人して早く戦わせろやら外に出せと煩い。あとセイバーが魔力供給と称して俺の事を襲おうとしている。助けて」

「そうか……いっその事バラしてしまって動揺を作るというのもありかもね……あとセイバーの事に関しては僕らは関係無いんで、そっちで始末付けてくれ」

「ガッティム!!!!」

 

 

頭を抱えて項垂れている黒子(レイニィ)から目を逸らして切嗣は鎧のサーヴァントに目を向ける。するとホムンクルスとの戦闘は終えたらしく、獅子劫と会話をしている姿が見えた。

 

 

「あぁ……うっし、切り替え完了。あれはどっちのマスターとサーヴァントだ?」

「恐らく赤だろうね。奴は獅子劫界離、フリーランスの死霊魔術師(ネクロマンサー)だ……事前にファックスを送っていたはずだけど?」

「あぁ〜……それならレインとイリヤがバーサーカーと一緒に遊びに使ってな……気がついた時には手遅れで読めなくなってた」

「イリヤか……イリヤなら仕方が無いね。また新しく纏めておくよ」

 

 

基本的にレイニィと切嗣は子供には甘い。レインとイリヤが取り返しのつかない失敗をしても困った様に笑うだけで済ませてしまう。それは二人の家が魔術師の家系で、魔術師としての愛情しか知らなかったからだろう。少年期の体験を自分たちの子供にはさせたく無いから目一杯甘やかしているのだ。

 

 

これ以上の収穫は無いと判断した切嗣がスコープから目を離して銃を片付けようとした時、黒子(レイニィ)は鎧のサーヴァントがこちらを向いたのに気付いた。見つかったか?いいや見つかるはずが無いと考えていたが鎧のサーヴァントは獅子劫を脇で抱えてこちらに向かって来るではないか。

 

 

「ッチ!!切嗣、あのサーヴァントにバレたみたいだ。こっちに向かって来る」

「なっ!?アサシン!!」

「ハッ!!」

 

 

切嗣は片付けていた銃を再び取り出し、アサシンは霊体化して消える。逃走用の経路はすでに確保してあり、アサシンに先行させているのだ。

 

 

「んじゃ、手筈通りで良いな?」

「あぁ、僕らは拠点に向かう。レイニィは囮を頼んだ」

「任せんしゃい」

 

 

交わした言葉は短かったが十年近く一緒に暮らしていた信頼からか、切嗣は黒子(レイニィ)を置いて部屋から飛び出した。黒子(レイニィ)は気怠そうに首を回すとーーー

 

 

「ーーークヒッ」

 

 

短く歪んだ笑みを浮かべて、窓から鎧のサーヴァントに向かって飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー本当なのかよセイバー!?」

「あぁ間違いねぇ!!誰かがオレらの事をあそこの家から見ていやがった!!」

 

 

鎧のサーヴァントーーー赤のセイバーに抱えられながら獅子劫は嫌な予感を感じていた。赤のセイバーが言うには誰かが見ていたらしいがそんな事は無意味としか思えないのだ。確かにあの戦いは見られていただろうがそれは遠見の魔術を通してか、使役する使い魔だと踏んでいた。何故なら、人を使って監視をする意味が無いからだ。遠見の魔術や使い魔の感じならバレたとしても問題にならない、人にさせるとなると最悪尋問されて情報を引きずり出される可能性がある。そのリスクを考えると人に監視をさせるというのは愚策としか言えない。

 

 

そうして赤のセイバーが目指している家までの距離が500mを切ったところで、〝それ〟は現れた。明かりはついておらず、窓が開けられた一室から黒い人型が飛び出してきたのだ。

 

 

「なーーー」

 

 

それを視認した獅子劫は絶句する。暗がりにいるのなら見え難いのは分かるのだが〝それ〟は月明かりの下に出てなお黒く、影の様にしか見えなかったのだ。

 

 

「ーーークヒッ」

 

 

短く歪んだ笑い声と共に影の腕から鎌のような刃が生える。

 

 

「オ、ラァ!!」

 

 

赤のセイバーと影が空中ですれ違い様に斬り合い、火花が飛び散る。屋根の上に着地した赤のセイバーは獅子劫を放り投げて剣を影に向ける。今の一撃は加減はされていなかったが様子見の一撃だった。それはこちらも同じだが赤のセイバーは改めて影の視界に入れて思わず兜の下の顔を歪めた。

 

 

人型の影は凹凸こそ見られるが黒一色、体格から成人男性の物だと思われる。放たれる気配は人間の物ではなく怪物や化け物などと言った英雄に倒される〝魔性〟のそれだった。

 

 

「ーーー貴様、黒のキャスターの使い魔だな?」

 

 

確信など無いが鎌をかけるという意味合いで赤のセイバーは影に問いをかけた。こんな悪趣味な存在を作るのは性格のねじれ曲がったキャスターぐらいだろうという偏見もあったのだが。

 

 

それを聞いた影は可笑しそうに歪んだ笑い声をあげるだけで返事をする様子が見えない。薄気味悪い奴だと内心で思いながら斬ろうと剣を握る手と地面を握る足に力を込めて、【魔力放出】のスキルによるジェット噴射で弾丸のような速度で影に斬りかかる。

 

 

「ーーークヒッ!!」

 

 

音速に迫る速さの赤のセイバーの一撃、それを影は同じ様に歪んだ笑い声をあげながらーーー頭上から落ちる赤のセイバーの剣を半歩前に出て躱してみせた。

 

 

間違いなく殺すつもりで放った一撃を躱された事で赤のセイバーは驚愕で硬直する。そして赤のセイバーと影が背中合わせの様な立ち位置になりーーー【直感】のスキルが鳴らす警鐘に従って赤のセイバーは頭を下げた。それに一瞬だけ遅れて影の肘から鋭い棘の様な物が生えて赤のセイバーの頭のあった場所を通過する。【直感】が働いたという事は今の一撃は自分の命を奪う事が出来たということ。

 

 

「おーーーオォォォォォォォォ!!」

 

 

赤のセイバーは影を引き剥がすために自身を中心とした全方向に【魔力放出】で魔力を放出する。屋根の瓦が弾け、その欠片から顔を庇う様に腕を交差して影は飛ばされる。

 

 

影が守りに入った、ならば攻めると赤のセイバーは影との距離を一歩で詰め、渾身の切り上げを放った。空中にいたからか影はその一撃を受け、脇から肩にかけて大きな損傷を負う。

 

 

損傷した部位から血こそ出ていない物の、形を保つ事が困難になったのか影は崩れて泥水の様なえきたいになり、ズルズルと何処かに去っていった。

 

 

「ーーーセイバー!!なんだよありゃあ!?」

「分からん、だが良くないものだ……黒か赤かは知らんが警戒しといた方がいい」

「警戒?トドメを刺せなかったのか?」

「あぁ、手ごたえはあったが殺せたわけじゃなさそうだ。多分あれは分身みたいな物だな。本体を仕留めるか纏めて消しとばしでもしないと死なない」

 

 

【直感】のスキルで赤のセイバーはあれがまだ生きていて、分身に近い存在だということを察した。つまりまだあの影は生きていて、これから先の聖杯大戦で再び戦う可能性があるということだ。

 

 

「……次に見つけたらゼッテー殺す」

 

 

自分の剣で仕留められなかった事への憤りを隠そうとせずに、赤のセイバーはあの影と再び相見えた時は殺すことを誓った。

 






ハサン母さん現る。

ケリィの現地入りの目的は情報収穫。その情報はファックスでアインツベルンに送られたのだがイリヤとレインとアステリオスの遊び道具になってしまった模様。

そしてレイニィは赤のセイバーの正体に気づいていません。だってステータス隠蔽の兜で顔隠してたから。素顔を見たら間違いなく赤のセイバーの正体に気づきます。


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モーニングミーティング

 

 

窓から差し込む日差しに目を覚ましてレイニィは身体を起こした。ダブルサイズのベッドの上には彼と、モードレッドが眠っている。全裸で彼の隣に眠る彼女は安らかな眠りについていて起きそうにない。起こしてやるのは酷いかと思い跳ね除けられていたシーツを肩までかけ、脱ぎ散らかしていた服を着て部屋から出る。

 

 

部屋から出るとそこには眠そうに眼をしょぼつかせているレインレッドとシンジの姿があった。シンジがアインツベルンにやって来たのはここ最近の事だが交流自体は前々からあって、レインレッドはシンジの事を兄の様に慕っていてシンジもそれを受け入れていたのだ。

 

 

「よぉ、おはようさん」

「ん?あぁ、レイニィか。おはよ」

「おはよぉ……」

「眠たそうだな……ほら、顔でも洗って来いよ。その間に飯の支度しておくから」

「わかってるよ……レイン、顔洗いに行くぞ」

「うん……」

 

 

寝ているのか起きているのか分からないレインレッドの手を引きながらシンジは洗面所のある方向に向かっていった。その後ろ姿に本当の兄弟みたいだなと苦笑しながらレイニィは台所に向かう。

 

 

実は白の陣営にはマトモな家事ができる者が少ない。マスターはレイニィを覗いてほぼ壊滅的。サーヴァントもメディアとハサン以外が家事スキルは死んでいる。なので、レイニィが台所に着いた時にメディアとハサンが料理をしているのは当たり前とも言えた。

 

 

「おはようさん、遅かったか?」

「おはよう、もう大体終わっているわよ」

「おはようございます、後はこのスープで完成します」

「おうアサシン、スープの中に薬物入れるなよ?」

「入れませんからね!?」

 

 

ハサンの過激な反応に分かってると笑って返しながらレイニィは台所の隣の部屋に入っていった。そこは食堂、テーブルクロスの掛けられた長机にはアルトリアだけが、すでにナイフとフォークを持ってスタンバッていた。

 

 

「この駄王め……」

「現代の食事が美味すぎるのがいけない。あとレイニィ、モードレッドと寝ただろ?だったら私とも寝ろ」

「朝一から誘ってんじゃねぇよ淫乱王が。召喚した時なんてモード記憶にあるお前と全く違ってたってガチ泣きしてたぞ」

 

 

朝から中々に喧嘩腰な話をしているが二人の仲が悪い訳ではない。こうした言い方が出来るほどに打ち解けているのだ。

 

 

レイニィが椅子に座ってから数分後には全員が食堂に集まり、朝食を取る。朝一なのにガッツリと食べたのがモードレッドとアルトリアのブリテンコンビなのは語るまでの無いだろう。これに関しては誰も文句が言えない。当時のブリテンの食事事情が暗黒面に堕ちていたのは周知の事実だからだ。

 

 

『ブリテンの飯か……酷かったよな……』

『何というか……雑な感じだったな……』

 

 

これがブリテンコンビのブリテン飯に関するコメントである。英国の食事事情の業は深い。

 

 

そうして朝食を終えて、食後にコーヒーや紅茶でゆっくりとしている時にレイニィが切り出した。

 

 

「さて、昨日の夜に赤のセイバーがユグドミレニアのホムンクルス相手に戦ってた。切嗣、映像あるか?」

「あぁ、使い魔に着けておいた監視カメラの映像がある」

「ならデータくれない?僕のPCでそこの壁に投影するからさ」

 

 

魔術師は古株であればある程科学技術を蛇蝎の如く嫌う方面がある。そうした風潮は魔術師の中では当たり前になっているのだが切嗣とシンジは普通に機械を扱っている。便利な物を使わない手は無いというのが二人の言い分で、その後で二人が固い握手を交わしていたのは言うまでもないだろう。

 

 

切嗣から渡されたディスクをシンジがPCの中に入れ、プロジェクターで壁に投影する。映し出されたのは昨夜の赤のセイバーとホムンクルスの戦闘風景。だがサーヴァントの相手を現代魔術師のホムンクルスが出来るわけが無く、蹂躙としか言えない光景になっているのだが。

 

 

「僕はこの目で赤のセイバーのスタータスを確認したんだが……軒並みがBを超える高ステータス、その上で一部のステータスが隠蔽されていた。おそらくは宝具の類だと思う」

「……正面から戦うなら私かライダーかバーサーカー、もしくは槍男辺りだな」

「おう駄王様、槍男は辞めろや」

「黙れ、犬食わすぞ」

「犬だけは勘弁してください……!!」

「アタシは兎も角、バーサーカーには無理なんしゃないかねぇ?こいつにはここを守らせている訳だろ?」

「ごめ、ん」

「ナチュラルにハブられてるな俺ら……まぁ本業じゃないから当たり前なんすけどね」

「私はこう、ハートキャッチ物理をすれば良いですから」

「貴方たちはまだ通じる方法が有るから良いじゃない。私なんて相性が悪過ぎて泣けてくるわ……」

 

 

和気藹々と話をしているが内容は物騒極まりない。

 

 

正面からと限定すれば戦えるのはアルトリアとフランシス・ドレイク、アステリオスとクー・フーリンに限られているのだが限定さえ無ければロビンフットとハサンでも赤のセイバーを倒すことが出来る。メディアが嘆いている理由だがセイバーのクラスを始めとしたアーチャー、ランサーのクラスは三騎士クラスと呼ばれていて、クラススキルとして【対魔力】を持っている。如何に神代の魔術を使える彼女でも【対魔力】を抜いてダメージを与えることは出来ないのだ。

 

 

「昨日切嗣逃がすために少し戦ったけど負けなくは無いってところかな……宝具撃たれたら分からんけど」

「私なら宝具撃たれたら勝てますけどね」

「そこの人間のカテゴリーから外れたキチガイと撲殺系女子は黙ってくれない?」

 

 

レイニィとバゼットはサーヴァント相手と戦えるなどと言っていたが普通は上位の存在であるサーヴァントと戦える方がおかしいのだ。二人のことを見て呆れているシンジは間違っていない。

 

 

そんなこんなで赤のセイバーについて話しているとレイニィがモードレッドの顔色が悪くなっていることに気がついた。目が踊って、顔からは冷や汗が大量に流れ出している。

 

 

「モード、どうしたんだ?」

「あ……」

「あ?」

「あれ……オレだ……」

 

 

モードレッドの一言、あのセイバーが自分だという発言にこの場にいる全員の目が向けられる。レインレッドだけは何を言っているのか理解出来ていないのか首をかしげているが。

 

 

「……マジ?」

「うん……あの鎧はクソババアから正体隠せと渡された奴だから間違いない……それにあの剣は燦然と輝く王剣(クラレント)……父上からパクった剣だし」

「ーーーあぁ!!何処かで見たことがあるかと思ったら燦然と輝く王剣(クラレント)か!!思い出した思い出した」

「イヤイヤ、一番最初に気付けよアンタ……」

 

 

アルトリアの能天気っぷりには呆れるしか無いが、予期せぬ形で赤のセイバーの真名が分かったのは僥倖だと言える。そして全員がモードレッドを見てからアルトリアに視線を向け、

 

 

「じゃあ、赤のセイバーの相手はセイバーに任せるってことで」

『異議無し』

「任せろ、あいつの心をベキベキにへし折ってやる」

 

 

ここに赤のセイバーの精神が抹殺される事が決まった。

 

 






赤のモーさんの精神が抹殺される事が確定されました。なお、駄王様はルンルン気分でスキップしながらへし折りに向かう模様。



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聖杯大戦開幕、そして介入

 

 

「ーーーアァ、良い月夜だなぁコンチクショウ」

 

 

深夜、レイニィは頭上に輝く満天の星空と荘厳に輝く月を眺めながら()()()()()()()。魔術など使っていない、純粋な脚力で空中を蹴って移動しているだけだ。レイニィ曰く、慣れれば簡単らしいのでやれば良いのにと勧めているのだが誰からも色好い返事を貰えない。唯一バゼットだけが便利そうだと言って実践しようとしているのだが三段ジャンプが限度らしい。

 

 

本来なら今はまだ動かないはずだったのだが、メディアの魔術が赤でも黒でも白でも無い、新たなサーヴァントの存在を感知したのだ。すぐに遠見の魔術でその反応の持ち主を見つければ、それはまだ大人になり切っていない幼さを残している金髪の少女。

 

 

サーヴァントであるならどちらの陣営だと疑問に思うのだが赤の陣営はすでにマスター全員がルーマニアに入っており、敵陣に赴くのにサーヴァントを呼んでいないという事はあり得ない。

 

 

ならば黒の陣営かと消去法で思いつく。可能性としてはあり得ない話では無い。何故ならユグドミレニアの一族の魔術師の相良豹馬がこの時期に日本に向かうというおかしな行動を取っていたのだ。これは切嗣が得た情報で信憑性はある。時計塔から離反したユグドミレニアの魔術師が無意味な行動を取ると思えないのでサーヴァントを召喚するために向かったのだと考えられる。なら、あの少女は相良豹馬が召喚したサーヴァントか?可能性としてはあり得なくは無いがマスターであるはずの相良豹馬の姿が見えない。メディアに頼んでサーヴァントの周囲を捜索しても、それらしい反応は見つからなかった。

 

 

正体不明のサーヴァント。あのサーヴァントは一体何かと話し合っている時に、レイニィはアハト翁から聞いたあるクラスのサーヴァントの話を思い出した。それは通常の聖杯戦争で呼び出されるはずの無いエクストラクラス。聖杯戦争の監督役として聖杯によって召喚されるマスターを必要としないルーラーのサーヴァントの事を。

 

 

なぜアハト翁がルーラーの事を知っていたかといえば、それは実際に召喚した事があるからだ。ユグドミレニアに大聖杯を奪われた時の第三次聖杯戦争で、アインツベルンはエクストラクラスのルーラーを召喚する事で勝利を収めようとした。ルーラーは聖杯にかける望みを持たぬ聖人が呼ばれるクラスで、監督役として相応しいサーヴァントの真名を看破するスキルと他のサーヴァントを律する為に聖杯から与えられた令呪があった。実際、ルーラーのサーヴァントは聖杯戦争を生き残っていたらしいが小聖杯の破壊とナチスドイツの介入のせいで勝敗のつかぬままに聖杯戦争は終わりを迎えてしまったわけだが。

 

 

ともあれ、あのサーヴァントはルーラーのサーヴァントである可能性が出てきた。そうすると何故ルーラーが召喚されたのかという事になる。ルーラーのサーヴァントの役割とは監督役、つまり聖杯戦争を円滑に行わせる事にある。十四の英霊の呼び出された聖杯大戦だからという理由があるかもしれないが、レイニィたち白の陣営の介入が原因だとしたらという可能性がある。

 

 

そうなれば最悪だ。ルーラーのサーヴァントは与えられている令呪を使ってでも白の陣営を潰そうとしてくるだろう。そうなれば構図として七対十四、大聖杯を奪還する事など不可能に近い。

 

 

故に、レイニィは白の陣営の介入を明かす事にした。如何あっても敵対する事が決まっているのなら堂々と暴露してしまい、戦場を混沌化させてしまおうと考えたのだ。

 

 

この事にクー・フーリンとフランシス・ドレイクは大喜び。ロビンフットも呆れてはいたが反論はしていなかった。ハサンも殺る気なのか武器である短刀を砥石で研ぎ始め、アステリオスは静かに頷き、メディアはため息をつきながら拠点の防衛を強化してくれた。アルトリアは言う事を聞かせたければ私と寝ろなどとレイニィに言っていたがモードレッドの美しい軌跡を描くジャーマンスープレックスによって黙らされていた。

 

 

マスターに関しては戦線に出てこない者らは特に反論は無かった。バゼットと切嗣はこれから戦闘が激しくなる事を見込んでか装備や礼装の点検をすると言っていた。

 

 

そして仮想ルーラーと接触するのは彼女がトゥリファスに着いてからという事で話は纏まったのだが……その日の深夜、状況が変わった。メディアの探知に引っかかったのは赤のランサーがルーラーを殺害しようとして、それを阻止しようと黒のセイバーが戦っている姿だった。

 

 

この状況は白の陣営にとって好都合だと言えた。何せそこには赤の陣営の目と黒の陣営の目、そしてルーラーが出揃っている。そこに出向いてルーラーに聖杯大戦に参加する旨を告げ、認められればその瞬間から赤と黒との三竦みが始まる。認められなかったら赤と黒の陣営が共闘し、白の陣営を狙うという事態が待っているのだが敵対していた赤と黒が手を組んでもまともに連携が取れるはずがなく足を引っ張る事は目に見えて分かっている。リスクはあるがリターンもある、それが白の陣営の判断だった。

 

 

そこで使者として選ばれたのはレイニィ。聖杯大戦への参加を認められなかった場合、その場にいる赤のランサーと黒のセイバーがそのまま敵になる。その可能性を警戒すればその二騎の相手を取れるアルトリア、そして白の陣営の中で最も強く生存の可能性も高いレイニィが選ばれる事は必至だった。

 

 

これがレイニィが夜空を駆けている経緯である。一歩間違えば死に至るような任務を前にしてーーーレイニィの顔には子供が見れば泣いてしまいそうな程に獰猛な笑みが張り付けられていた。

 

 

『ーーー嬉しそうだな』

「あぁ嬉しいとも楽しいとも。遠見の魔術で除く限りどちらも英雄の名に恥じない強者。そんな奴らの前に出て、戦えるかもしれないだなんて俺からしたら嬉しい事この上ないさ」

『この数日共にしていて思ったのだが……やはり狂っているな』

「それがどうした?」

 

 

霊体化しているアルトリアに狂っていると言われて、普通なら怒りそうなのにレイニィはまるで当たり前の事のようにそれがどうしたと聞き返した。

 

 

『いや何、社会からは爪弾きにされるだろうが私からしたらそれくらいぶっ飛んでいた方が好ましいのでな。という訳で帰ったら私とヤるぞ』

「いい加減にしろよ淫乱王!!俺にはモードがいるって言ってんだろうが!!!!」

 

 

出会ってから変わらぬアルトリアにレイニィは同じように出会ってから変わらぬ態度でアルトリアの誘いを断った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー槍が大気を切り裂き咆吼する。

 

ーーー剣が風と共に絶叫する。

 

 

赤のランサーの槍と黒のセイバーの剣が激突し、闇夜を照らす火花を散らす。この光景を何度繰り返したか、前例の無い聖杯大戦の初戦はほぼ拮抗した物になっていた。

 

 

黒のセイバーのマスターであるゴルド・ムジーク・ユグドミレニアと監督役であるルーラーの前で行われている二騎の英霊の戦いはまさに人知を超えた物だった。

 

 

間合いに関して言えば1mを超える長い槍を持っている赤のランサーの方が優位、しかしそれだけ長い獲物を使えば攻撃速度が鈍ろうものだが一刺突を行った後には槍を引き戻すという僅かなタイムロスが現れる。

 

 

そして黒のセイバーはその僅かなタイムロスを見逃さずに一歩ずつ間合いを詰めていく。しかし如何な英霊であろうとも神域に踏み込んだ赤のランサーの槍を前にしてすべてを受け止めるなど出来ない。だが、それでも黒のセイバーは平然と死地に踏み込んでいった。

 

 

そうして受け止められない刺突が現れ始める。最小限の動きで大剣を操作し、槍の連撃を受け流していた黒のセイバーだったがそれだけではとてもでは無いが追い付けない。幾つかの刺突が黒のセイバーの大剣を超えて眉間に、喉に、心臓に突き刺さるーーーはず、だった。

 

 

急所を穿ち赤のランサーは後退するが黒のセイバーは平然としている。無傷という訳ではなく、槍が放たれた場所には流血が見えているがその程度なのだ。赤のランサーが手を抜いている訳では無い、だが黒のセイバーの傷はすべてゴルドの治療魔術で即座に回復できる程度の傷しかついていない。

 

 

当然赤のランサーも無傷という訳では無い。この打ち合いを始めてからすでに何度か黒のセイバーによって斬りつけられた。だが、それはすべて自己治癒力にて完治している。

 

 

二騎の心中にあるのは共に久しく感じた事の無い高揚。自分を倒せる可能性を秘めている英雄と戦えているという事実が彼らに互いに感嘆の念を抱かせている。

 

 

そして黒のセイバーは大剣を構え直し、赤のランサーが槍を両手で握り、再び戦いに耽溺しようとしたーーーその瞬間、二騎は同時に上を見上げた。

 

 

「何をしているセイバー!!」

「ーーー静かに!!」

 

 

黒のセイバーの愚行、戦いの最中に手を止めて相手が隙を晒しているというのに動こうとしないのにゴルドは怒鳴りつける。だが、それは二騎と同じように何かを感じ取り、武器である旗を召喚したルーラーによって遮られる。

 

 

何かぎ近づいてくる。ルーラーはそれを感知することは出来たが正体までは分からなかった。だが黒のセイバーと赤のランサーはその正体に気づいていた。何故ならそれは古来より彼ら英雄が打ち倒してきた存在ーーー〝魔性〟の気配だったから。

 

 

猛スピードで近づいてきた〝それ〟は緩やかに速度を落として空からルーラーの前に降り立った。白いコートを茶髪の男性ーーーレイニィがこの場に現れた。

 

 

「ーーー凄いなぁ!!」

 

 

レイニィは警戒している黒のセイバーと赤のランサーを向いて第一声に賛辞を送った。顔には隠せないほどの喜色が浮かんでいて、まるで子供のようにはしゃいでいる。

 

 

「遠目から見せてもらったけど凄いとしか言いようが無い!!赤のランサーの槍裁きも、黒のセイバーの剣裁きもとても素晴らしかった!!あぁ!!もう!!なんて言ったら良いか分からない!!誰かアルデルセンかシェイクスピア辺り召喚してくれて無いかなぁ!?ぜひともこの気持ちの代筆を願いたい!!」

「……」

「……」

「うわー凄い警戒……いや、警戒されるのは分かるんだけどね」

 

 

二騎から警戒されていることが分かるとレイニィは目に見えて落ち込んでいた。なんとも上がり下がりが激しい男である。落ち込んだ様子でレイニィは頭を掻き、ゴルドを庇うように立っているルーラーに向き直る。

 

 

「初めまして、ルーラーのサーヴァントで間違いないか?」

「……はい、私が今回の聖杯大戦で呼び出されたルーラーのサーヴァントです。貴方は何者ですか?答えなさい」

「せっかちだねぇ、程度が知れるぞ?まぁ答えるつもりでいたから答えるけどさ……」

 

 

ゴキリゴキリと首を回すレイニィ。そして役者掛かった動作で両手を広げ、左手の甲に刻まれている令呪を見せつけながら宣言した。

 

 

「ーーー俺の名はレイニィフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルンより派遣された白の陣営だ。我らは此度の聖杯大戦への参加を希望している」

「っ!?アインツベルンだとぉ!?」

 

 

アインツベルンの名に反応を見せたのはゴルドだった。アインツベルンといえば彼が知己であった錬金術の大元であり、そして聖杯大戦の景品となっている大聖杯の本来の持ち主であるから。

 

 

そしてレイニィが白の陣営を公言し、聖杯大戦への参加を宣言した瞬間にルーラーが大聖杯から与えられる情報の一部が更新された。

 

 

ーーー黒の陣営、サーヴァント七騎を確認

 

 

ーーー赤の陣営、サーヴァント七騎を確認

 

 

ーーー()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ーーーこれ、は!?」

 

 

突然の情報の更新、そして大聖杯が新たな陣営の参加を許可したことにルーラーは困惑した。ルーラーの召喚される要因は大きく分けて二つある。一つはその聖杯戦争が非常に特殊な形式で、結果が未知数なため、人の手の及ばぬ裁定者が聖杯から必要とされた場合、もう一つは聖杯戦争によって、世界に歪みが出る場合である。今回のルーラーが召喚された理由は間違いなく七対七という今までで類を見ない特殊な形式だからだろうと考えていた。だというのに、大聖杯は新たな陣営の参加を認めてしまった。まるでーーー未知数な結果を求めているかのように。

 

 

「如何かな?ルーラーのサーヴァント」

「……大聖杯が貴方たち白の陣営の参加を許可しました。よってルーラーの名において貴方たち白の陣営の介入を認めます」

「ーーー馬鹿な!?」

 

 

ゴルドの気持ちは理解出来る。今まで戦っていた二騎も信じられないという顔でレイニィのことを見ていた。当の本人はルーラーから参加が認められたことが嬉しいのか、安堵の溜息を吐きながら朗らかな笑みを浮かべていた。

 

 

「いやぁ良かった良かった!!認めてくれなかったら最悪ゲリラってテロる事も考えてたからなぁ!!穏便に済みそうで何より何より!!」

「待って、一つだけ聞かせてください。貴方はどういった目的でこの聖杯大戦に参加しようなどと考えたのですか?」

 

 

ルーラーはレイニィへの警戒を緩めていない。ルーラーが召喚される二つ目の可能性を警戒しているのだ。十四騎のサーヴァントが召喚されただけでも異例なのにそこにさらに七騎を追加した二十一騎の聖杯戦争。何か裏があると考えてしまうのは当然のことだろう。

 

 

その問いにレイニィは僅かに考える素振りを見せた。

 

 

「少なくともアインツベルンの家の目的としてはユグドミレニアに奪われた大聖杯の奪還とユグドミレニアに対する報復って辺りだ。個人の願いについて知りたいのなら俺たちの拠点に来れば良い。客人として来るのなら茶と茶菓子くらいは出してやるよ」

「……分かりました、後日向かわせてもらいます」

「んじゃ、俺帰るから!!後は殺し合うなり帰るなり好きにしてどうぞ!!」

 

 

目的を済ませた以上ここにいる理由は無い。そう思ったレイニィは未だに警戒を緩めないサーヴァントたちとゴルドを素通りしてこの場から立ち去ろうとするーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーッ!!」

「ーーーあ?」

 

 

ーーーそして、目の前に現れた鉛色の巨人の一撃によって叩き潰された。

 

 



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鉛色の巨人、黄金の少年

 

 

その出来事は一瞬の出来事だった。大英雄であるはずの黒のセイバーと赤のランサー、そして【気配遮断】のスキルを使用しているアサシンですら見抜けるはずのルーラーまでもが、それがここに接近している事に気がつかなかった。まるで無から生まれたかの様に現れた鉛色の巨人はこの場にいる全員にあるクラスを思い出させた。

 

 

そのクラスは、バーサーカー。クラススキルの【狂化】によってステータスを強化する代わりに理性を失っている狂戦士のクラス。

 

 

「■■■■■■■■■■ーーーッ!!」

 

 

突然現れたバーサーカーはこの場を去ろうとしているレイニィを一撃で叩き伏せ、崩れ落ちたレイニィに巨大な石斧を振り下ろした。腕力のみで振るわれた力任せの一撃は大地を割り、地面を隆起させて局地的な地震を発生させる。咄嗟に黒のセイバーはゴルドの元に向かい、隆起した地面に巻き込まれる前に救い出す。

 

 

サーヴァントであるルーラーもバーサーカーの出現には驚愕したものの、冷静に退避してゴルドと黒のセイバーの元に向かった。赤のランサーは姿が見えなくなっている。このどさくさに紛れて撤退したのだろう。

 

 

「なんでここにバーサーカーがいるのだ!?」

 

 

困惑の叫びをあげたのは黒のセイバーに抱えられているゴルド。あのバーサーカーは見間違えるはずがない、黒の陣営のバーサーカーだ。そのステータスの高さと宝具から化け物としか呼べない存在として召喚された黒のバーサーカーだが、ダーニックと黒のランサーの意向により彼らの許しが無ければ現界させることが出来ない筈だった。

 

 

という事はダーニックと黒のランサーが黒のバーサーカーが動くことを指示した?いや、それは無い。レイニィが現れ、ルーラーから聖杯大戦への参加ぎ認められた時にダーニックからは静観しているように指示をされていた。バーサーカーを送るなど一言も言っていない。だとするなら残されている可能性は一つ。

 

 

それはーーー黒のバーサーカーのマスターの独断による出陣。それならまだ分かる。黒のバーサーカーのマスターはユグドミレニアに入って日の浅い魔術師の若造だった。ゴルドの印象としては若いにしては大人びているというものだったがそれでも若いのだ、何かしらの理由で激昂してもおかしくない。そしてこの場に突然現れたのは令呪を使った転移だと予想できる。

 

 

レイニィと黒のバーサーカーのマスターの関係がどういう物なのかは分からないが、この光景を見ているだけでも相当拗れたものだという事は分かる。

 

 

黒のバーサーカーは何度も石斧をレイニィに目掛けて振り下ろす。それは一人の人間を殺すにしては過剰すぎる行為だった。最初の一撃でも確実に死んでいるだろうにあそこまでやられては死体が残っているかも分からない。

 

 

「ーーーあァ、痛イなあ、コノ野郎」

「ーーーば、かな……」

 

 

だが、石斧が止まり、声が聞こえたことでその考えは覆されることになる。黒のバーサーカーが石斧を止めた?いや、()()()()()()()()()。石斧が震えながら持ち上がりーーーそこから、鬼の様な明らかに人の物ではない腕を生やしたレイニィが身体を再生させながら現れた。その光景にゴルドは絶句する。

 

 

「おいおい、年甲斐も無く泣いちまいそうになったぞ、どうしてくれる?」

「■■■■■■■■■■■ーーーッ!!」

 

 

押し負けていると判断した黒のバーサーカーは石斧を押すのでは無く全力で引いた。それによりレイニィは釣られるように空中へと放り投げられる。そして黒のバーサーカーは宙に舞っているレイニィの胴体を一閃、レイニィの身体は上半身と下半身に分かれーーー傷口から触手の様な物が伸びて、千切れた互いを引き寄せて結合した。

 

 

「仕返しだ」

 

 

そしてレイニィの反撃、白いコートの下を見せつける様に広げーーーそこから黒のバーサーカーよりもふた回り巨大な猪を召喚する。間違っても猪があのコートの下に隠れられるわけが無い。召喚魔術かと思うのだがあれだけの存在を呼び寄せる魔術だというのに魔力を感じられない。

 

 

そして呼び出された猪は黒のバーサーカーとぶつかる。肉がぶつかり合う様な音では無く、もっと硬い物がぶつかり合う様な音を立てながら両者は激突した。そして猪が黒のバーサーカーを十数m押してそこで止まる。黒のバーサーカーが自分よりも巨大な猪の突進をその身一つで止めているのだ。

 

 

「■■、■■■■■■■■■■ーーーッ!!」

 

 

黒のバーサーカーの筋肉が隆起し、猪を力任せに投げ捨てる。そして転がった隙を逃さずに石斧で猪の頭を切り落とした。その一撃で死んだ筈の猪はその場に死体を残すこと無く泥状の液体になり、レイニィの身体に取り込まれる。

 

 

「ッチ、流石にただの猪じゃダメか。INOSHISHIを連れて来ないと……」

「■■■■■■■■■■■■ーーーッ!!」

 

 

邪魔者はいなくなったと黒のバーサーカーが再び動き出す。咆吼をあげ、地響きと共にレイニィに迫る。だが、レイニィはそれを正面で見据えながら不敵な笑いを浮かべるだけ。回避する素振りを一切見せようとしない。

 

 

何故なら、必要無いから。ルーラーは気づいているだろうがレイニィはマスターなのだ。なら、サーヴァントを連れていないわけが無い。

 

 

「ーーー邪魔だぞ、この脳筋サーヴァントが」

 

 

レイニィに目掛けて振り下ろされた石斧を握っていた黒のバーサーカーの腕と首が()()()()()()()。レイニィはまったく動く素振りを見せていない。その下手人はレイニィと黒のバーサーカーの間に現れた黒衣のドレスを纏ってバイザーで顔を隠した女性ーーーアルトリアだった。

 

 

魔力を放出して威力を底上げした一閃にて黒のバーサーカーの腕を切り落とし、そして返す刀で首を切り落とした。言葉にするのは簡単だがそれを容易く実行出来るかは別である。

 

 

サーヴァントの急所は頭と胸部にある霊核、首を落とされた黒のバーサーカーはそれに従い消滅するーーーだが、アルトリアは首を切り落とした黒のバーサーカーの胴体を魔力を放出しながら蹴り飛ばした。彼女のスキル【直感】が警告を出していたからだ。

 

 

蹴り飛ばされた黒のバーサーカーの胴体は人形の様に吹き飛び、地面を跳ねーーーそして、残っていた腕で地面を掴んで停止した。

 

 

「■■■ーーー」

 

 

切り落とされた腕と首から蒸気が上がり、新たな頭部と腕が現れる。これが【直感】が出していた警告の正体、黒のバーサーカーはまだ生きていたのだ。

 

 

「しぶといな」

「条件付きの蘇生か?見たところ宝具みたいだな……ま、最悪全身消し飛ばしたら死ぬだろうよ」

「ふむ……ならレイニィ、解放するぞ」

 

 

アルトリアが剣を構え、場に緊張が高まる。アルトリアが言った解放とは宝具の解放に他ならない。宝具とはその英霊のシンボルにして戦況をひっくり返せる程の威力を持った幻想(ファンタズム)である。宝具を開放すれば有名な英雄であるならそれだけで真名がバレるというデメリットもあるのだ。

 

 

それなのに、それを理解していながら、アルトリアは宝具の開放の許可を求めた。それは開放する事のデメリットを知っていながら、黒のバーサーカーを倒す事の方が優先しなければいけないと判断したからなのだろう。

 

 

開放の許可を求める声にレイニィは呆れた顔になる。

 

 

「何を言ってるんだか……良いに決まってるだろうが、やっちまえよセイバー。慈悲無く加減無く、あの英霊をご自慢の剣で薙ぎ払えよ」

「ーーーその言葉を待っていた!!!!」

 

 

アルトリアの剣が灼熱する。剣から立ち昇るのは漆黒の光。こうであれと人々から願われた神造兵器でありながら、属性が反転した事によって堕ちた聖剣の輝き。

 

 

その魔力を見て黒のセイバーとルーラーはこの場にいては巻き込まれると判断したのか、反転して駆け出した。対する黒のバーサーカーは頭部と腕の再生を終えて、理性の無い目でアルトリアをーーーその奥にいるレイニィを睨んでいた。

 

 

だが理性無いバーサーカーでもアルトリアの宝具の危険性を本能で察知したのか、範囲から逃げようと四肢に力を込める。

 

 

「ーーー逃がすかよ」

「■■■ッ!?■■■■■■■■ーーーッ!!」

 

 

だがそれは叶わなかった。四肢に力を込めた瞬間、地面から伸びた泥状の液体が黒のバーサーカーを拘束する。黒のバーサーカーに取ってはそんなものは拘束になりえないのだが一瞬の足止めになり、その隙に上から同質の液体が降り注いだ。

 

 

これはかつてネロ・カオスがレイニィに使った対真祖用の拘束魔術【創世の土】。666の因子からなるこの拘束を破壊する事はネロ・カオス曰く大陸一つを破壊する様なものであり、いかなる大英雄とは言えどその拘束から逃れる事は出来なかった。

 

 

そして【創世の土】に拘束されて動けない黒のバーサーカーにアルトリアの聖剣の一撃が放たれる。

 

 

「ーーー約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)

 

 

漆黒の閃光が黒のバーサーカーを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖剣の一撃の影響で上がった砂埃によって視界が著しく悪くなるがレイニィとアルトリアは警戒を解いていない。首を飛ばしてなお蘇生するという不死性を持つ黒のバーサーカーの事だ、例え今の一撃を受けながら生きていても不思議では無い。

 

 

そうして砂埃が晴れた時、黒のバーサーカーが居た場所にあったのはーーー複数の盾で出来たドームだった。盾が消えて現れるのは【創世の土】に拘束されながらも無傷な黒のバーサーカー。防がれたとレイニィとアルトリアは確信する。黒のバーサーカーの宝具か、それとも第三者の介入かと周囲に意識を巡らせれば上空に新たな気配が感じられた。

 

 

そこにあったのはーーー空を航海する黄金の船。神威を感じさせるその船の舳先に立っているのは金髪赤眼が特徴的な黄金の少年だった。纏っている衣服は現代的な物だが、その放たれる風格はアルトリアと同じく王である事を知らしめている。

 

 

「ーーー初めまして白のマスターとそのサーヴァントさん。僕は黒のアーチャーです」

「……これはこれは、御丁寧にどうも」

 

 

和かに微笑みながら黒のアーチャーの紹介を受けたレイニィは冷や汗を流しながらその事に関しての礼を言う。あの少年は黒のアーチャーと名乗っていた、つまり遠距離の宝具を持っているという事。それなのに黒のアーチャーが乗っている黄金の船、そして黒のバーサーカーを守ったであろうあの盾、その両方が間違いなく宝具なのだ。

 

 

空を航海する黄金の船とアルトリアの聖剣の一撃を防ぐ盾を持ったアーチャーのクラスに該当する英雄など、レイニィには心当たりが無い。

 

 

「俺たちを狙って来たのか?」

「違いますよ、そこの狂犬を回収しに来たんです。此方のマスターが暴走しちゃって……」

 

 

そう言って黒のアーチャーは手を掲げる。そうして黒のアーチャーの背後に現れたのは黄金の渦、それからは剣や槍と言った武器が穂先を覗かしている。

 

 

「躾の時間です」

 

 

見たものを魅了する様な笑みを浮かべながら、黒のアーチャーは無慈悲な裁定を下した。手首を動かしただけで、渦から穂先を覗かせていた武器が高速で黒のバーサーカーに降り注ぐ。それを見てレイニィは咄嗟に【創世の土】の拘束を解いた。

 

 

その一瞬遅れで、黒のバーサーカーに武器が突き刺さる。手足を中心に、殺すつもりではなく黒のバーサーカーの動きを制限する為だとすぐにわかった。

 

 

そして動けなくなった黒のバーサーカーを黄金の渦から鎖を伸ばして雁字搦めに拘束し、釣り上げる。

 

 

「それでは、僕はこれで失礼しますね」

 

 

そう言い残して、黒のアーチャーは黒のバーサーカーを連れてトゥリファスの方向に向かって去っていった。

 

 

「ーーーアハハハッ!!アハハハッ!!アーハハハッ!!」

 

 

黒のアーチャーが去った後、レイニィは狂った様に笑った。気でも触れたかと思うのだがレイニィの顔を見ればそれは違うと分かる。今のレイニィの顔に浮かぶのは絶望では無くーーー喜色、喜びだった。

 

 

「ーーー嬉しいか、レイニィ?」

「あぁ嬉しい、嬉しいよ!!黒のセイバーと赤のランサーだけでも素晴らしかったのにその上に黒のバーサーカーとアーチャー!!どこの英雄かは分からんが、どいつもこいつも全くもって素晴らしい!!」

 

 

黒のセイバーと赤のランサーの激闘を見ただけでも個人的には満足だというのに黒のバーサーカーの凶暴性を、そして黒のアーチャーの理不尽さを見る事ができた。今まで参加した亜種の聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントとは比べ物にならない程の高みにいる英雄だと一目で分かる。

 

 

そんな者たちと戦えるなど、レイニィからしてみればご褒美に等しい。

 

 

アハト翁の願いを叶えたいという気持ちはある。だがそれに負けもせず劣りもしないほどに、彼らと戦ってみたいという欲求もあるのだ。

 

 

「あぁ……最高の気分だよ、ホント……うっし、帰ってこの良い気分のままに酒でも飲もう!!きっとすっごく美味く感じるだろうな!!」

「そうだレイニィ。宝具使ったから魔力が心配でな、帰ったら魔力供給を頼む。無論ヤるぞ」

「良い気分を台無しにしてくれるなよ駄王様よぉ……!!」

 

 

聖杯大戦への参加を認められ、そして強敵の出現に心を躍らせながらレイニィはアルトリアと共に拠点に戻る事にした。

 

 

 




黒の陣営にテコ入れ、鉛色の巨人と黄金の少年を追加しました。二人の真名、分かるかな!?(白目)

そして黒のバーサーカーのマスターはレイニィに何やら因縁がある様でしたが……



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黒の陣営

 

 

「ーーー切嗣」

「おかえり、どうやら上手く行ったみたいだね」

 

 

夜明け前に拠点にへと帰ってきたレイニィを出迎えたのは切嗣。片手にはメディアが用意したらしき水晶が握られていて、あれでレイニィたちの様子を見ていたのだろう。

 

 

「確かユグドミレニアの情報持ってたよな?見せてくれ」

「それはユグドミレニアの傘下の魔術師たちの家系の情報って事でいいんだね?」

「あぁ、あの黒のバーサーカーは()()()()()()()()。つまり俺個人に何かしらの恨みがある奴だろうよ。心当たりがあるのは亜種の聖杯戦争で俺が殺したマスターの家系だな」

「分かった、用意する。あと、バーサーカーに関して一つ朗報がある。キャスターが生前に黒のバーサーカーを知っていたらしく真名が分かった」

「キャスターが……ちょっと待って、メディアが知ってる不死身でバーサーカーのクラスに適性がある奴とか嫌な予感しかしない」

 

 

メディアが生きていたのは古代ギリシャ、今では存在しなくなった神が現存していた神代の時代。そんな時代で不死身であり、バーサーカーのクラスに適性がある英雄で思い付いたのはたった一人だけだった。

 

 

「多分レイニィが考えている通りだ……黒のバーサーカーの真名はヘラクレス、十二の試練を乗り越え、その功績から人から神になった武人だ。間違いなく大英雄に相応しい存在だよ」

「やっぱりかよ……!!良く俺生きてたな」

「単純な腕力だけなら君は殺しきれないからね……ま、ヒュドラを殺した弓があったら話は変わるけど」

「あ、多分それは無いな。もしヒュドラ殺しの弓を持つにしてもアーチャーのクラスで呼び出された場合だと思う。まぁバーサーカーで召喚されても高スペックで不死身っていう訳のわからない状態になるんだけど」

 

 

ヒュドラを殺したヘラクレスの弓があった場合だったらレイニィは死んでもおかしくなかった。ヒュドラを殺したという実績から幻想種を殺す事に特化した宝具に昇華されるだろうと予想がつくからだ。もっとも、その弓を宝具として持つにしてもクラスはアーチャーで呼び出されるのは予想出来る。

 

 

思わぬところから真名が判明したのだがそれでも黒のバーサーカーが脅威である事には変わりは無い。むしろ真名が分からない方が救いになった様な気がする。

 

 

ヘラクレスと黒のアーチャーに関してどう立ち回るかを考えながら自分を寝床に引きずり込もうとしているアルトリアをやり過ごしていると、切嗣が紙の束を片手に戻ってきた。受け取って中身を確認すればそこにはユグドミレニアの一族に加入している魔術師の家名が記されていた。

 

 

ユグドミレニアは一族として知られているものの、その実態は魔術師たちの集まり、いわゆるコミューンである。廃退を恐れた魔術師が、個人では希望が無いと考えた魔術師が党首であるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアに膝をついて集まったのがユグドミレニアだ。

 

 

「ーーーあぁ、クソッ、やっぱりかよ」

 

 

ユグドミレニアの一族の中に、自分に恨みを持っているという条件に当てはまる魔術師の家名を見つけて思わず悪態を吐く。実はレイニィは一番に思い付いたのはその魔術師だった。

 

 

「……予想はついたかい?」

「……予想ってか間違いなくここだな。この家ならバーサーカーを嗾けようとしたのも頷ける」

 

 

切嗣は横からレイニィの視線の先にある魔術師の家名を確認して、納得した。確かにこの家なら一族単位でレイニィの事を恨んでいてもおかしく無いだろう。

 

 

レイニィが見つけた魔術師の家名はーーーミクラシェ。それはレイニィ……レインヴェル・ミクラシェの実家の名だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー何か申し開きはあるか?グランディア・ミクラシェよ」

 

 

黒のバーサーカーが暴走した後のミレニア城塞、その王の間にて裁判が行われていた。裁判官は玉座に座るのは闇に溶け込みそうな程に黒い貴族服に身を包んだ男。顔は死人の様に青白く、絹の様な白い髪は無造作に伸ばされている。その正体は黒の陣営が一番最初に召喚したサーヴァント。狩猟に特化した魔術協会の魔術師らを虐殺したそのサーヴァントに与えられたクラスはランサーだった。

 

 

その真名はヴラド三世。ルーマニアはトランシルヴァニアにおいて最大の英雄、トルコ兵から畏怖を集めた串刺し公(カズィクル・ベイ)。そしてーーー世界に知られる怪物の一角である吸血鬼のモデルとなった人物である。

 

 

ヴラド三世の視線の先にいるのは鎖で全身を拘束されて床に転がされた、まだ18歳の青年。自分を抑える為か左右に立たされている戦闘用のホムンクルスの事など全く気にかけずに罪人である自分を見下ろしているヴラド三世の事を三白眼で睨み返している。

 

 

「……何もねぇよ。俺は俺の意思であの男の事を殺そうとしてバーサーカーを向かわせた……ま、結局殺せずに逆にバーサーカーが一度殺されたけどな」

 

 

クラウディアの物言いに王の間に緊張が走る。黒の陣営を率いている魔術師がダーニックだとするなら、黒の陣営を率いているサーヴァントはヴラド三世なのだ。ヴラド三世は王であり、黒の陣営の魔術師とサーヴァントの事をすべて自分の臣下として見ている。

 

 

そのヴラド三世にあの様な物言いをすればどうなるか?知れた事、〝串刺しにされる〟のだ。ダーニックを狩ろうと魔術協会から派遣された魔術師たちと同じ様に。

 

 

許しを乞うと考えていたのかクラウディアの言葉にヴラド三世は眉を顰め、立ち上がり、クラウディアの元まで歩いた。近づいても転がされているので見下しているヴラド三世の事を睨んでいるクラウディア。そしてヴラド三世は武器である槍を召喚してーーークラウディアを拘束している鎖を断ち切った。

 

 

「ーーー良かろう、余はお前を許そうクラウディア・ミクラシェよ。余は寛大である、お前が叛逆を意図して余の命に背いたので無ければ、余はお前を許す」

「……寛大な処置、感謝いたします領王(ロード)よ」

 

 

拘束から解放されたクラウディアは片膝をついて臣下の礼を取りながらヴラド三世に感謝の意を示した。その姿を見て、ヴラド三世はだがと言い加える。

 

 

「余は寛大であるがそれは二度までだ。一度目は許そう、二度目は忠告しよう、三度目はーーー死をもって償ってもらう。皆も覚えておくが良い」

『はっ!!』

 

 

ヴラド三世の言葉にマスターである魔術師たちとサーヴァントたち全員が返事をした。

 

 

そして黒のランサーは玉座に腰を下ろし、側に立っていたダーニックに声をかける。

 

 

「ダーニック、お前に言うのは違うと知っているが……此度の聖杯戦争、いや聖杯大戦とでもいうべきか。それは我ら黒の陣営と赤の陣営に分けて行われ、赤を皆殺しにして聖杯戦争を在るべき形に戻すのでは無いのかね?」

「……正直に言って予想外でした。この聖杯戦争に使用されている大聖杯は出自を辿ればアインツベルンの物。これを入手した時からアインツベルンの報復を警戒していましたが全く無く、諦めたのでは無いかと思っていましたが……まさか今になって、それもあの様な形で出張ってくるとは」

 

 

黒の陣営の現状ではクラウディアの行いは些事でしかない。早急に解決しなくてはいけないのは白の陣営だ。元々召喚されるべき七騎は黒の陣営、それが大聖杯の予備システムによってさらに七騎増えて十四騎。それだけでも規格外の聖杯戦争だというのにそこからさらに七騎増えるなどと誰が予想出来るだろうか。

 

 

だがそれをアインツベルンが行ったと聞かされれば、驚きはするもののまだ納得はいく。何故ならこの聖杯大戦の根幹を担う大聖杯はアインツベルンが鋳造した物、大聖杯を作り出したかの家ならシステムに干渉する事は簡単では無いができない事では無いだろう。

 

 

「大賢人、黒のキャスターケイローン。君はあの白の陣営をどう見るかね?」

 

 

ヴラド三世が声をかけたのは草色のマントに身を包んだ青年。穏やかで優しげだが決して軟弱というわけでは無い、彼から放たれる気配はヴラド三世のそれに引けを取らない。

 

 

黒のキャスター、真名ケイローン。その正体は星座にもなった程に有名なケンタウロス族。本来なら半人半馬の姿だが真名を隠匿する為に人間の姿になっている。そのせいで、そして本来のクラスであるアーチャーでは無くキャスターとして召喚されている為にステータスが低下しているのだがそれでも強力なサーヴァントには違い無い。そして数々の英雄を育てた知恵と頭脳は健在であり、この黒の陣営では指揮官や参謀の立ち位置にいる。ヴラド三世も彼のことを相談役としていたく気に入っている。

 

 

「……正直に言って、白の陣営は強敵です。マスターであるクラウディアが怒りに飲み込まれて冷静な指示が出来ていなかったという前提を引いても白のセイバーはヘラクレスを宝具を使わずに一度殺しました。恐らく我らの中であのセイバーの相手を出来るのは王かヘラクレス、それとアーチャーでしょう。そしてヘラクレスに向かって放ったあの宝具、低く見積もっても対軍……全力で放っていないのなら対城宝具の可能性もあります」

 

 

ケイローンの慧眼によって推測された白のセイバーの宝具のクラスに王の間で一瞬ざわめきが起こる。だがそれをヴラド三世は目で鎮め、ケイローンに続きを促した。

 

 

「そして何よりも恐ろしいのは彼等が明確に我ら黒の陣営を敵だと見ている事です。我らと赤の陣営は元より敵対しています。最悪、彼等は赤の陣営と同盟を結ぶ可能性がーーー」

「ーーーいや、それはあり得ない」

 

 

ケイローンの言葉を否定したのはクラウディア。ケイローンの言葉を否定した彼に王の間にいる者から視線が集まるが本人はそれを気にした素振りを見せない。

 

 

「ほぅ?どうしてそう考えるのかね?」

「白の陣営の目的はあの男が言った通りに大聖杯なら、大聖杯を回収しようとしている魔術協会も敵だからだ。いずれ敵になる相手と手を組むだなんてあいつが考えるはずが無い」

「クラウディア、貴方は白の陣営のマスター……レイニィフィールのことを知っている様でしたが知人か何かですか?」

 

 

ケイローンの言葉はもっともだ。クラウディアは宣戦布告をした男の事をまるで知っている様に話している。何か繋がりが有るのではと考えても不自然では無い。

 

 

その事を聞かれてクラウディアは眉間に皺を寄せて、観念した様に告げた。

 

 

「あの男の本名はレインヴェル・ミクラシェ……俺の血の繋がった兄だからだ」

 

 

その一言で王の間に沈黙が訪れ、そして数秒後にざわめきが訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーおいクラウド、心配かけさせないでくれよ。心臓に悪いから」

「……カウレスか。悪かったな」

 

 

白の陣営の対策は結論が出ないまま、黒のアーチャーが帰還次第に改めて話し合うという事で一時解散する事になった。そしてミレニア城の城壁で夜風に当たっていたクラウディアはクラウドと自分の事を親しげに呼ぶ同年代の青年カウレス・フォフヴェッジ・ユグドミレニアに顰めっ面だが謝りを入れた。

 

 

裁判の様子を見ていたカウレスはクラウディアが殺されるのでは無いかと殺される事は無いと理解していながら気が気でなかった。クラウディアは半端者の自分とは違い魔術師として優秀な部類だ。家の方針から若干魔術使いの方面に向かっている様に見えるのだが、それでもユグドミレニアの中ではダーニック並みの才を持ち、そして今でも成長を続けている。

 

 

「……まぁお前の心境を考えたら暴走するのも分かるけどな」

「……」

「兄弟、なんだろ?殺したい程に憎いのかよ?」

「あぁ、憎いね」

 

 

カウレスの言葉にクラウディアは即答した。その顔に浮かべられているのは憎悪一色。兄弟なのにここまで憎む事があっていいのかと考えてしまう。

 

 

「ーーークラウド!!」

 

 

そしてここで三人目が現れる。自身が召喚したケイローンに連れられながら現れたのはフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。名前から察する事ができると思うがカウレスの姉である。

 

 

魔術刻印の移植によって足が不自由な為にケイローンの手を借りながら城壁まで登った彼女はクラウディアの姿を見つけると近くに寄りーーー倒れる様にクラウディアに抱きついた。

 

 

「心配、かけないでください。心臓が止まるかと思いました……」

「……姉弟だな、第一声が同じとか」

 

 

嗚咽まじりに話すフィオレにクラウディアは寄っていた眉間の皺を解いてどこか可笑しそうにそう言った。その光景を見てカウレスはやれやれと首を振りながら城壁から降りる。その隣にはケイローンの姿もあった。

 

 

「良いのかキャスター、姉ちゃんの側にいなくても良いのか?」

「えぇ、もう夜明けも近いですしクラウディアがいるなら大丈夫でしょう。それに、若者の逢瀬を邪魔するつもりはありませんから」

「見てて胸焼けしてくるんだよな……」

 

 

クラウディアとフィオレは婚約をしていて、そして互いに愛し合っている。魔術師の家系では如何に優れた子孫を残すかが重視されて政略結婚に近い結婚を強制させる。クラウディアとフィオレも本来ならそうなるはずだったが、ミクラシェの家が二人について調べたところ、二人の子供は優秀だと予測して二人の婚約を認めたのだ。

 

 

それに関してはクラウディアとフィオレ、そしてカウレスも喜んだ。二人は愛している相手と添い遂げる事が出来るから、カウレスは愛し合う者同士で添い遂げた方が良いという魔術師的な目線ではなく人間的な目線で見ていたから。

 

 

ただ文句があるとすれば、自分の前でいちゃつくのは止めて欲しい。二人のやり取りを見ていると口の中が甘ったるくて仕方が無いのだ。

 

 

カウレスは溜息を吐きながら自分に与えられた部屋に常備してあるブラックコーヒーを求めて部屋に向かった。

 

 






黒の陣営にオリキャラ追加、クラウディア・ミクラシェ・ユグドミレニア、レイニィの実弟です。

あとケイローン先生はキャスターになりました。

その結果ゴーレム師弟、そしてフランちゃんは解雇です。やったね、ロシェ君!!ゴーレムの核にならなくて済んだよ!!



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ノワールルージュ

 

 

「だは〜……」

 

 

部屋に戻ったカウレスは上着を脱いでシャツになるとベットの上に寝転がった。気の抜けた様な声を出しているのは気分を変えたかったからなのだろう、少なくともこの部屋の中では気を張ることは無いのだ。

 

 

カウレスは自分はここに居るべき人間では無いと考えている。魔術師の家に生まれてきたが自分よりも優秀な姉の予備として育てられ、その様にしか見られていない。フィオレとクラウディアはそんな目では見ていないがそれでも周りはそうという認識しかしていないのだ。

 

 

だから望まれている通りに姉の予備として振舞っている。素に戻るのはフィオレとクラウディア、そして時計塔で出来た()()()()()友人たちの前だけだった。そうしていなければ自暴自棄になっていたかもしれないと疲れ切った頭でボンヤリと考える。

 

 

「ーーーカッウレスく〜ん♪」

「ゴフゥ……!!」

 

 

そうやってボゥッとしていると徐々に眠気がやって来たのでそれに身を委ねようとしたところ、突然虚空から派手に着飾った中性的な人物が現れてカウレスの腹に向かって落ちてきた。腹部に鈍痛が走り、思わず変な声が出てしまったが胃液を出さなかっただけ彼を褒めるべきだ。

 

 

「お前……ライダー……普通に入って来いよな……!!」

「あははっ、ゴメンゴメン。あと、ライダーじゃなくて真名で呼んでって言ってるじゃんか。サンハイ」

「はい、じゃなくてだな……あぁ、もう良いや」

「ぐわぁ……!!」

 

 

言いたい事は山程あるのだが言っても無駄だと思い出して、黒のライダーの顔にアイアンクローを決めながら腹の上から退かす。そして痛む腹をさすりながら、部屋に備え付けられている簡易キッチンに向かった。

 

 

「紅茶で良かったんだよな?」

「そうそう!!ミルクも砂糖もたっぷりでね!!」

「はいはい……」

 

 

やる気無さげに返事をしながらカウレスは黒のライダーの紅茶ーーーミルクと砂糖アリアリーーーと自分用にブラックコーヒーを淹れる。初めの頃は恐る恐るやっていたのだが黒のライダーの天真爛漫な性格に振り回される内に恐怖など何処かに吹き飛んでいた。

 

 

黒のライダーに紅茶を差し出し、占領されているベットは見捨てて近くにあった椅子を引き寄せて座る。コーヒーを啜れば予想通りの苦味と熱を味わうことが出来る。

 

 

「〜♪」

 

 

美味しそうに紅茶を飲んでいる黒のライダーは一見してみればただの少女にしか見えない。だがそれでも黒のライダーは人間よりも上位の存在であり、少年である……のだが、最近ではわからなくなってきた。

 

 

「なぁライダー、()()()()()()()()()?」

「ん?知りたいの?だったら……試してみる?」

「アホなこと言うな」

「ブヘッ」

 

 

トチ狂ったことを言い出した黒のライダーに向かって近くにあった新聞紙を投げる。

 

 

実は黒のライダー、召喚された当初はまごう事なき男だったのだが気紛れで黒のアーチャーが出した性転換の薬によって女になり、それに味を占めたのか気分で男になったり女になったりをしているのだ。黒のアーチャー曰く服用すれば外見に変化があるらしいのだが元から中性的な顔付きだったからなのか外見の変化がほとんど見られない。この前もカウレスが風呂に入っていた時に黒のライダーが突然入ってきて、顔を合わせたら女だったという事件が起きている。

 

 

「うへ……今日は男だよ。流石に真剣な話で女にならないよ」

「お前……マトモな事を考えられるんだな……」

「そこぉ!?驚くところそこなのぉ!?」

 

 

天真爛漫で享楽主義な黒のライダーの性格を知っていれば誰だって驚くと思う。黒のライダーの真名はアストルフォ、シャルルマーニュ十二勇士こ一人にして数多の冒険を繰り広げた正しく英雄。だが伝承によれば理性が蒸発しているとあり、事実アストルフォのスキルの中に【理性蒸発】という形で証明されている。

 

 

「で、どうなんだ?あの白のセイバーに勝てるのか?」

「うーん……無理だね。僕一人じゃ勝てない」

 

 

カウレスの疑問にアストルフォは少し考えて勝てないと断言した。アストルフォは他のサーヴァントに比べると豊富な宝具を、所持している、だがその反面でステータスはやや劣ってしまっている。いわゆるテクニックタイプのサーヴァントで、宝具を使う事でそれを補い、相手を翻弄する戦い方をする。

 

 

同等の実力でパワータイプのサーヴァントならば相性は良い、だが格上のパワータイプとなると翻弄する間も無く潰されるのがオチだ。映像を見る限り白のセイバーは見るからにパワータイプ、しかもヘラクレスを一度殺したところから格上だと判断できる。アストルフォはそれを分かっているから無理だと言った。

 

 

「一人じゃ、ねぇ……だったらアーチャーと組んだら?」

「それなら余裕だね、てかアーチャー一人でも勝てるんじゃないかな?」

「ーーーただいまぁ……」

 

 

そんな事を言っていると話題の人物の黒のアーチャーが疲れた様子で霊体化を解いて実体化し、ベットに倒れこんだ。流れる様な一連の動作にカウレスは呆気に取られるがすぐに正気に戻って簡易キッチンに向かう。

 

 

「おかえり、アーチャーはココアだよな?」

「よく練ってミルクと砂糖をアリアリでお願いします……」

 

 

グデェと疲れた様子でベットに寝そべる黒のアーチャーの姿に苦笑しながら注文されたココアを作る。本来なら黒の陣営の中でも懸け離れた最強のサーヴァントだというのにだ。

 

 

英霊、ギルガメッシュ。それが黒のアーチャーの真名だ。人ではなく神が世界を統治していた時代においてウルクの王となり、人が神から独立する事を宣言した世界最古の王。ギルガメッシュの蔵には世界中から集められた財宝が納められ、彼の死後にその財宝は各地にへと散らばり、英雄に使われたという。つまり、ギルガメッシュの蔵の中には全ての英雄が所持している宝具の原典とも言えるものが納められているのだ。

 

 

最初の予定では魔術師として未熟なカウレスがバーサーカーのクラスでサーヴァントを呼び出し、低くなるであろうステータスを上昇させようと計画していた。だがそれに待ったをかけたのはクラウディアだった。彼は自分がバーサーカーを召喚し、カウレスにはアーチャーを召喚して欲しいとダーニックとヴラド三世に直訴したのだ。

 

 

元々はヘラクレスをアーチャーとして呼び出そうとしていたのだがバーサーカーのクラスのスキルである【狂化】を付与させる事でステータスをさらに上昇させようとし、燃費の良い事で知られるアーチャーのクラスをカウレスに召喚させる事で負担を減らそうという目論見があるとクラウディアは説明した。

 

 

それにいい顔をしなかったのはダーニックだ。魔術師として未熟なカウレスにアーチャーを召喚させたところで弱体化する事は目に見えて分かっていると。そう言われるのは予想していたのだろうクラウディアはサーヴァント召喚のための触媒を見せてダーニックを黙らせた。

 

 

クラウディアが用意した触媒はヘビの抜け殻。しかもただの抜け殻では無く、世界で一番初めに脱皮をしたと頭に付く。その触媒で召喚されるのは英雄王ギルガメッシュ。説明するまでも無くその答えにたどり着いたダーニックは言葉を荒くして反論した。

 

 

何故なら、ギルガメッシュは王であり、暴君として知られていたから。すでに黒の陣営にはヴラド三世が王として君臨しており、そんな中でギルガメッシュを召喚すれば間違いなく争いが起こると分かっていたからだ。

 

 

それに対する切り返しもクラウディアは考えていた。王として完成した暴君のギルガメッシュでは無く、王として未熟でありながら賢王としてあった幼少期の頃のギルガメッシュを召喚すれば良いのだと。

 

 

そうして召喚されたギルガメッシュは筋力、耐久、敏捷、魔力のステータスはCとサーヴァントとしては平均辺り。だが幸運はA、そして宝具に至っては規格外評価のEXだった。

 

 

そんなサーヴァントのマスターになったカウレスは初めこそビクビクしながらギルガメッシュの事を見ていたがこうして見せる歳相応の態度に毒気を抜かれて自然体で相手をする事にした。

 

 

「ほら、出来たぞ」

「ありがとうございます……」

 

 

フゥフゥと渡されたココアを冷まして飲む姿などただの子供にしか見えない。ギルガメッシュ曰く、今の自分が大人の自分を見たら自殺するとか言っていたがどれだけ酷いのか想像出来ない。

 

 

英雄らしからぬ英雄二人の姿を見ながら、カウレスは夜を明かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤の陣営の拠点であるシギショアラの山上教会。その祭壇の前で眉間に皺を寄せて考え込んでいる二十歳は超えていなさそうな神父服の男がいた。彼は聖堂教会から派遣された神父にして赤の陣営のマスターの一人であるシロウ・コトミネ。

 

 

彼がこうして考えているのは先の戦闘で乱入し、そしてルーラーからこの聖杯大戦の介入を認められた白の陣営の事だ。彼にとってこれは予想外の出来事、というよりもこれを予想出来るとしたら未来視の持ち主でしかありえない。

 

 

使い魔を通して黒のバーサーカー……ヘラクレスと白のマスターであるレイニィフィール、そして白のセイバーの戦いを見ていたのだがこれも想定外としか言えなかった。

 

 

まずはあのレイニィフィール、ヘラクレスの石斧で殺された筈なのに生きていた。あの再生能力を見る限り明らかに人間ではない。そしてそのサーヴァントであるセイバーも宝具無しでバーサーカーを一度殺し、そして対軍宝具以上の宝具を開放した。どんな楽天家であろうともあれを見れば警戒して当然だろう。

 

 

「ーーー白の陣営について悩んでおるのか、マスター」

「ーーーアサシンですか」

 

 

現れたのは闇夜の様なドレスを身に纏った退廃的な美女……赤のアサシンだった。彼女が指摘した通りにシロウは白の陣営について悩んでいる。

 

 

「彼らはどうしたものかと思いましてね」

「ふむ……確かに面倒よな。我らと黒の対立ならまだマシであったがそこに新たな陣営が加わった。これにより三竦みになってしまう」

「えぇ……一つの陣営に集中してしまえば後ろから襲われる可能性が出てしまいますからね……一番良いのは白の陣営と一時的にでも同盟を組める事なんですが」

「無理であろうな。彼奴らは大聖杯が目的だと言いおった。それはつまりーーー」

「ーーー大聖杯を目的としている私たちとも敵対するつもりだという事ですね?」

 

 

シロウの言葉に赤のアサシンは頷く。赤の陣営も黒の陣営も、そして白の陣営も最終的に求めているのは大聖杯なのだ。一つしかないそれを分ける事など出来ない。なら、奪い合うしかないのだ。

 

 

元々対立していた黒の陣営と同盟を組むなど論外、ならば白の陣営とという話になるがあのレイニィフィールの様子を見る限りそれは望めそうに無い。もし手を組めたとしても肝心なところで「楽しかったぜぇ!!お前らとの友情ごっこはよぉ!!」とか言いながら裏切られそうである。

 

 

「そうですね……ひとまずは警戒を怠らずに様子見としましょう。トゥリファスに向かっているバーサーカーのサポートにアーチャーを向かわせましたがライダーも同行させてください。そして、バーサーカーへのサポートは止めて静観するようにと。それとランサーにも少し離れたところで待機してもらいましょう」

「慎重過ぎでは無いか?」

「石橋を叩いて渡るくらいが丁度いいので」

 

 

赤の陣営のバーサーカーは赤のキャスターに唆されてトゥリファスに向かっている。赤のアーチャーにそのサポートをさせるつもりだったがそれを止める事にした。赤のバーサーカーの行動によって間違いなく黒の陣営は動くだろう、それに白の陣営がどう動くのかを見定める為に赤のバーサーカーを試験石として使い潰す事にした。

 

 

「それではアサシン、後はお任せします」

「任せよ」

 

 

一応の結論が出たところでシロウは教会から出た。これから先シロウは監督役の務めとして赤のバーサーカーが通過する道々への対処に追われるのでしばらくの間は何も出来なくなるのだ。

 

 

赤のアサシンはバーサーカーを焚き付けた赤のキャスターへの不満を感じながらアーチャー、ライダー、ランサーへ使い魔の鳩を飛ばして伝言を送る。

 

 

白の陣営の介入が、赤と黒の両方に影響を出している。それは奇しくもレイニィが望んでいた事だった。

 

 





黒の陣営
弓→子ギル(カウレス)
狂→バサクレス(クラウディア)
術→ケイローン(フィオレ)
以上が変更点で、後はそのままです。

この小説のアストルフォは子ギルのお陰で性別がアヤフヤに……もうアストルフォの性別はアストルフォでいいと思うんだ(ニッコリ)

赤の陣営はアッセイさんが試験石扱いに……彼なら!!彼ならきっとそのマッスルでなんとかしてくれるはずだ!!

アッセイアッセイ



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白の陣営とジャンヌ・ダルク

 

 

「……」

「……」

「……」

「(き……気不味い!!)」

 

 

白の陣営の参戦から一夜明けた早朝、ルーラーはスーツの上からコートを羽織った目の死んだ男性……衛宮切嗣の運転する車で白の陣営の拠点に向かっていた。

 

 

通常なら他のサーヴァントと同じように霊体で、戦場となる都市に召喚されるはずのルーラーだったが何故かフランス人の少女レティシアに憑依する形でフランスに召喚された。そうして慣れない飛行機におっかなびっくりしながら乗り、ルーマニアの首都ブカレストに辿り着き、そこからヒッチハイクをしてトゥリファスに向かっていた。

 

 

そこで起きたのは赤のランサーの強襲。黒のセイバーの介入によって助けられる形となり、共闘を持ちかけられたのだが公平を期す為にこれを拒否、静観を貫く事とした。

 

 

赤のランサーと黒のセイバーの戦いの最中で乱入してきたのが、白の陣営を名乗るレイニィフィールという男だった。どうやってサーヴァントを集めたのか知らないがこの聖杯大戦に参戦したいと申し出て、どうするか決めかねていたのだが大聖杯が彼らの参戦を認めたのでルーラーも認めたのだ。

 

 

黒のバーサーカーの乱入に黒のアーチャーの登場など予期せぬ展開が続いたのだが、それでも無事に一夜を明かす事ができた。後三十分もすれば夜が明けるという時間帯にルーラーはここまで乗せてくれた老人の元に辿り着き、再びトゥリファスに向けて出発しようとしたところで切嗣が現れたのだ。

 

 

『ーーーここまで彼女を連れてきてくれてありがとうございます』

 

 

登場と同時に暗示の魔術をかけながら老人に話しかける切嗣を見て、ルーラーは武器である旗を取り出そうとしたがそれよりも早くに切嗣が右手の甲に刻まれている令呪を見せながら自分は白の陣営のマスターだと明かす事でルーラーの動きを止めた。そしてこれ以上一般人を巻き込ませる訳にはいかない、白の陣営には自分が案内しようとルーラーの事を説き伏せた。

 

 

ルーラーも一般人を巻き込む事には反対で、警戒しながらも切嗣の提案に乗る事を決めた。それが今から二時間前、その間彼女は一向に何も話そうとしない目の死んだ切嗣と一緒の空間にいた。

 

 

「(なんで、なんで何も話そうとしないんですか!?普通なら何かしら情報を聞き出そうと話しかけますよね!?)……キリツグ、でしたよね?」

「……なんだい?」

「白の陣営の拠点まで遠いのですか?」

「……後十分程だ。そこから少し歩く事になる」

「そうですか……(コミュニケーション能力低過ぎじゃないですか!?)」

 

 

必要最低限な事だけを話して運転に集中する切嗣。そんな彼がルーラーに向ける感情は……嫌悪一色であった。

 

 

衛宮切嗣は英雄という存在を嫌悪……否、憎悪している。彼の中で英雄とは、戦いの手段に正邪があると説き、さも戦場に尊いものがあるかのように演出し、若者を煽って誘惑して殺す扇動家として捉えられている。言い方こそ酷いものの、それは間違っては無い。英雄という存在が若者たちの心を駆り立てなければ、戦場へと導かなければ落とさなかったであろう命がある事は事実だから。

 

 

そういった意味ではルーラーは切嗣の嫌っている英雄そのものだった。ルーラーが武器として使っていた旗、それに聖人認定を受けた英雄が召喚される事が多いとされているルーラーのクラスで召喚された……〝女性〟で、〝旗を持った聖人〟と言えば思い当たるのは世界に一人だけだ。

 

 

聖処女ジャンヌ・ダルク。それが今回の聖杯大戦で召喚されたルーラーの真名。

 

 

神の声を聞いてオルレアンを開放した彼女の活躍は、確かに聖人に相応しいのだろう。だがそれも切嗣からしてみれば命を無作為に捨てさせる扇動家……殺人鬼の行いと変わりは無い。本来なら車に乗せる事もしたくなかったのだが今の時間帯で手が空いて、万が一赤か黒に襲われても自衛が出来る人間が切嗣しかいなかったから仕方なく乗せているだけだ。英雄嫌いの切嗣からしてみればかなり譲歩している。

 

 

余談ではあるが……切嗣にとって幸福だった事が一つある。それは白の陣営で召喚されたサーヴァントの大半はマトモな英雄ではなかったという事。七騎中五騎がそれに該当し、アルトリアとクー・フーリンだけがマトモな英雄なのだが……アルトリアは召喚者であるレイニィの影響なのか属性が反転して英雄では無い何かとして見ている。クー・フーリンはさっぱりとした性格で切嗣の事情を知ってそれを許容し、魔術師殺しの切嗣の活動は外道ではあるが効率的だと顔を顰めながらに認めていた。それでも僅かに溝があるように感じられたのでレイニィが切嗣にしこたま酒を飲ませて泥酔させ、クー・フーリンと本音で語り合わせるという策を実行し、連携がそこそこの形になるまでに打ち解けさせた。

 

 

そうして車を走らせること十分、トゥリファスからそこそこ離れた森の前で切嗣は車を止めて何も言わずに車から降りて、森へと歩き始めた。それを見たジャンヌも慌てて降りて切嗣の後を追う。

 

 

「あの!!何か言ってくれてもいいと思いますが!?」

「……ぺっ」

「」

 

 

何も言わずに歩き出したことに文句を言うジャンヌだったが、切嗣はそゆなジャンヌの顔を見て(イリヤ)には見せられない顔をしながら痰を吐き捨てる事で答えた。それを見たジャンヌは絶句、そして切嗣はそんなジャンヌを無視して再び歩き始める。

 

 

何とかそこから回復して森の中を歩くのだが、森にはキャスターが仕掛けたのか様々な魔術によるトラップと明らかに対人を意識した物理的なトラップが仕掛けられていた。魔術のトラップの方はキャスターが許可しているらしい切嗣がいるので反応は無いが物理的なトラップはそうはいかない。自分のペースでひょいひょいと進んでいく切嗣の後を必死に追う。もし【啓示】のスキルが無かったら危なかったとジャンヌは神に感謝した。

 

 

そうして歩くこと二十分、ようやく目的地である白の陣営の拠点にたどり着いた。

 

 

「ーーーこれは……」

 

 

ジャンヌがそこを見た感想は〝神秘が濃い〟という事。まるでそこだけ神代の時代であるかのように濃密なマナと魔力が漂っている。思い当たるのはキャスターのスキルクラスである【陣地作成】、そして霊脈の流れを見るとこの土地に他の霊脈からこの土地にある霊脈に集められているのが見て取れる。これよりこの空間を作ったのだと看破できた。

 

 

「あははは!!アステリオスすごいすごい!!」

「……ん」

 

 

庭ではしゃいでいるのはレインレッド、黒のバーサーカー並みの巨体のサーヴァントの肩の上に乗ってご機嫌だ。あのサーヴァントのはバーサーカー、看破した真名はアステリオス。ジャンヌはあの幼子がバーサーカーのマスターであり、そしてバーサーカーなのにコミュニケーションが取れるアステリオスに驚いた。

 

 

「ーーーよっ、悪かったな。嫌な役押し付けて」

「全くだよ……こんなのはもう御免だね」

「分かってるよ……そだ、イリヤから電話が来てたぞ。今はアイリと話してるから出てやったらどうだ?」

「それを早く言ってくれよ。固有時制御(Time alter)ーーー」

 

 

レイニィが出迎え、イリヤという人物の名前が出た瞬間に切嗣が残像を残して拠点の中に入った。その姿に唖然とするジャンヌだが、レイニィがいることを思い出して正気に戻る。

 

 

「こうして会うのは二度目ですね。私はーーー」

「ルーラーのサーヴァント、真名はジャンヌ・ダルクで合ってるな?」

「……ご存知でしたか」

「旗を持った女性の聖人となれば思い当たるのはそれくらいしか無いからな。一応白の陣営のマスターは全員知ってる。バレるのが嫌なら話さないように伝えられるが?」

「いいえ、それには及びません。それに私の真名が分かったところで聖杯大戦には何の影響もありませんから」

「そうかそうか……さて、積もる話もあるだろうが」

 

 

そこでレイニィがワザとらしく手を叩いてジャンヌの気を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから朝食だ。よかったら食べていくか?」

「いただきます」

 

 

カロリーの消費が激しいジャンヌにこの誘いは断れなかった。

 

 

 





ちょこっと変更、ジャンヌを運んできたお爺ちゃんとすまないさんと言葉足らずさんとの戦闘後に再会させました。そこにケリィを投下……相性が最悪、混ぜるな危険ですわ(ニッコリ)

原作では空腹で倒れていたジャンヌちゃん。食事の誘惑には勝てなかったよ……セイバー顔=腹ペコのイメージがあるのは作者だけでしょうか?



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雨と聖女と……

 

 

「はぁ……ご馳走様でした……」

「はいはい、お粗末様」

 

 

幸せそうな顔をして惚けているジャンヌを流しながらレイニィは食器を片付けている。

 

 

「食後のお茶淹れるけどいるか?」

「あ、すいません、お願いしてもよろしいですか?」

「まぁ手間はかからんしね……はいよ」

「ありがとうございます」

 

 

レイニィからティーカップに注がれたお茶を差し出される。それに礼を言って受け取り、立ち上るお茶の香りを楽しみながら口を付けーーー

 

 

「ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」

 

 

ーーー口内を蹂躙する苦味に思わずお茶を噴き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「口が……!!口の中が……!!」

「いやー良いもん見れたわー」

「外道ですか貴方は……!!」

 

 

レイニィから飲まされたお茶ーーーセンブリ茶の苦味を無くそうと必死になって水を飲むジャンヌを見て楽しそうに笑うレイニィ。過去現在未来において聖人に世界一苦いお茶を飲ませる奴はきっと彼しかいないだろう。

 

 

レイニィとジャンヌが居るのは応接室、そこをメディアの魔術で一時的に遮断して貰っている。理由は言わずもがな、ジャンヌのことを警戒してだ。

 

 

聖杯大戦の監督役とはいえサーヴァントである事には変わりは無い。それにルーラーのクラスには大聖杯から召喚されたサーヴァントを縛るための令呪が与えられている。それを考えるなら拠点に入らせてくれた事もかなり譲歩している。

 

 

無論、無警戒という訳では無い。ジャンヌはルーラー特権として自身を中心とした半径約10㎞内のサーヴァントの気配を察知する事ができる。その精度は高く、例え気配を消しているアサシンであっても大体の居場所を看破出来る程だ。その気配察知によって知覚出来ているサーヴァントの数はーーー六騎。一騎足りないのは恐らくはアサシンだろう。六騎の内五騎はこの応接室を中心に囲うような形で居て、何かあればすぐに踏み込めるように警戒されている。

 

 

そして残る一騎だがーーー反応は、天井裏。いや、現在進行形で天井から逆さまに顔を覗かせている。

 

 

「……何してるの?」

「男女が二人っきりで密室にいてする事と言えばズッコンバッコンだろう?そうならない為に見張りをな……おいルーラー、お前部屋から出ろ。私がレイニィとヤるから」

「ヤらないからぁ!!それに俺既婚者で他の女とするつもり無いからなぁ!!」

「」

 

 

とんでも無い事を真顔で言うサーヴァントがいて、そしてそのサーヴァントの真名を看破してしまってジャンヌは白目を剥いてしまう。

 

 

クラスはセイバー、真名はアルトリア・ペンドラゴン。アルトリアという名には聞き覚えが無いがペンドラゴン、そしてセイバーのクラスと宝具の名から正体に気がついてしまったらしい。

 

 

アーサー・ペンドラゴン。ブリテンの王にして騎士王の通り名で知られている大英雄。史実では男性だったのだがその当時の時代背景を考えると男装でもしていたのだと予想が出来る……だが、騎士王と呼ばれる程に高潔であるアーサー王がレイニィに迫っている光景は予想出来なかった。いつものジャンヌならアルトリアの言葉に恥ずかしがって顔を赤くするのだろうがそれよりもアーサー王の豹変を目の当たりにして現実逃避をしてしまっている。

 

 

このジャンヌの姿を召喚後のモードレッドが見ていたら肩を叩いて自分も同じ気持ちだと慰めるのだろう……今では母親(ちちおや)の痴態にリビーブローからガゼルパンチ、デンプシーロールまで澱みなく流れる様に決める事が出来るのだが。

 

 

「ーーーはっ!?」

「お、現実逃避は終わったか?」

「グギギギ……愛が痛い……!!」

 

 

現実に戻って来たジャンヌが見たのはギザギザの敷物の上に正座で座り、膝に天井に届きそうな程石畳を乗せられているアルトリアの姿だった。あの一瞬で何があったのだという混乱と、サーヴァント相手にこんな事をやってのけるレイニィに対する戦慄がジャンヌを襲う。

 

 

「まぁそこの淫乱王の事は放って置いてだ。誘いをかけたのはこっちだけど何の目的でここに来たのか、改めて聞かせてもらえるか?」

「その前に、ルーラーのクラスがどの様な条件で召喚されるのかご存知ですか?」

「……聖杯戦争を円滑に行わせるのが目的じゃないのか?十四騎の聖杯戦争だなんてイレギュラーなものが行われるんだ。そこに俺たちが乱入したもんだから俺たちの排除にって考えてたんだけど違うのか?」

「えぇ……まずはそこから説明を始めましょうか」

 

 

そう言ってジャンヌはセンブリ茶ではなく紅茶を飲んで喉を潤してから、ルーラーのクラスについての説明を始めた。

 

 

ルーラーの召喚される要因は大きく分けて二つある。一つはその聖杯戦争が非常に特殊な形式で、結果が未知数なため、人の手の及ばぬ裁定者が聖杯から必要とされた場合。もう一つは聖杯戦争によって、世界に歪みが出る場合である。

 

 

前者は語るまでもなく十四騎ーーー白の陣営も加えれば二十一騎ーーーで行われる聖杯大戦だろう。この聖杯大戦がどんな結果に終わるかなど誰にも予想が出来ない、それを考えればジャンヌが召喚されたのにも一応の説明がつく。

 

 

だが、気になるのは後者の理由。説明によればルーラーは勝利者が叶えようとする願望に例えそれが我欲による物であろうとも干渉しない。だが世界の崩壊を招く願いは絶対に許容せず、聖杯戦争によって世界の崩壊が理論的に成立すると見做された時点でルーラーは召喚されるとの事。

 

 

そのどちらかの条件で召喚されたのがジャンヌであり、彼女は自分が召喚されたのがどちらの理由なのかを探る為に各陣営を訪れているとの事だった。

 

 

ルーラーが召喚されるだろう理由にレイニィは心当たりがあった。

 

 

「あー……後者の理由なら内のマスターの一人が当て嵌まりそうな感じはあるな……」

「それは本当ですか?」

「あぁ、それは本人に聞いてくれ……話が出来るならだけどなぁ!!」

「あ、その言葉で誰のことか分かりました、キリツグですね……どうして彼は私の事をあんなに嫌っているのでしょうか……顔見て顰めっ面された後に唾を吐き捨てられるだなんて……」

「あいつの英雄嫌いは筋金入りだからな……ただ俺から言える事があるとするなら、俺はその願いが間違ったものだとは思っていない、むしろ尊敬に値する様な尊い願いだと思ってるよ」

 

 

レイニィは迷う事なく言い切っているが、ジャンヌにはそれが理解出来なかった。まともに話す事なく、初対面であるはずの自分の事を拒絶している切嗣。そんな彼の願いが尊敬に値するものだと言われても想像が出来ない。

 

 

「いざとなったらアイリ……切嗣の奥さんからか彼女を通せば何とかなるから頑張れ」

「夫婦で聖杯大戦に参加しているのですか?」

「夫婦でっていうか……内の陣営の七人中五人がアインツベルン出身だからな」

「聖杯戦争って……」

 

 

知識として与えられた聖杯戦争の在り方とのギャップにジャンヌは項垂れる。だがそれからすぐに立ち直り、自分の目的を果たす為にまずは目の前にいるレイニィに話を聞く事にした。

 

 

「レイニィフィール・フォン・アインツベルン、貴方に問います……貴方が聖杯にかける望みは何ですか?」

「第一目的は大聖杯の回収。あれは元々はアインツベルンの物だ、それを黒の陣営で頭やってるダーニックが盗み取った。だから、取り返そうとしている」

「それはあくまで貴方の使命であって貴方の願いではありません」

「第一目的はって言っただろうが……俺が個人的に聖杯に望む願いはーーー人間になる事だ」

「……」

「驚かない、予想はしていたって感じだな」

「昨夜のあれを見ていれば予想はつきますから」

「それはそうか」

 

 

レイニィは間違いなく人間では無い。それは昨日の夜に証明されている。人間ならヘラクレスの攻撃を受け止め、原型を留めていない身体を再生させる事など不可能だ。そしてレイニィから感じられる気配から、ジャンヌにはレイニィの正体に予想が付いていた。

 

 

「貴方は吸血鬼ですね?」

「その通り。亜種の聖杯戦争に参加した時に死徒とやり合ってな、食われて食い返して何とか一命を取り留めたけどその代わりに死徒になるわそいつの固有結界を引き継ぐわで大変だったわ〜」

「……死徒になる前から随分と人間離れしてたんですね」

「おう、そのおかしな奴を見る様な目はやめーや。ま、これが俺が聖杯にかける望みだよ」

「……主の敵である吸血鬼ですが、普通の人の感性からすれば不老不死なのですよね?それを自ら手放すというのですか?」

 

 

ジャンヌが言っている事は理解出来る。聖堂教会などの宗教において吸血鬼は敵とされているが不老不死……死なず老いずというのは人間が求める物でもあるのだ。それを得たというのに自ら手放そうとしているレイニィを見て疑問に思ったのだろう。

 

 

それを問われたレイニィは呆れた様に笑いながらこう答えた。

 

 

「不老不死?そんなものはどうでも良いんだよ。愛する女と、子供と、ダチ公と一緒に歳をとって老いて、あー楽しかった、まだ生き足りないなーなんて未練を残して死ぬ。それが人として在るべき生き方だと思ってるし、俺もそんな生き方がしたいんだ。それを為す為には不老不死だなんて邪魔でしか無いんだよ」

「……そうですか」

 

 

レイニィの答えを聞いて、ジャンヌはどこか安心した様な笑みを浮かべた。

 

 

 





レイニィの目的は大聖杯、これは個人ではなくアインツベルンとしての目的。個人の目的は人間になる事……妖怪人間思い付いた奴は近所を「人間になりたーい!!」と叫びながらランニングしてくださいね(ニッコリ

あと、ジャンヌの様な真面目美少女はイジメられて輝くと思うんだ。



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\アッセイ/

 

 

「(はぁ……彼、大丈夫かな……?)」

 

 

王の間にユグドミレニアのマスターとサーヴァントが集められた中で、アストルフォは自分が助けたホムンクルスの少年に付いて考えていた。

 

 

ゴルドが鋳造したホムンクルスは、大きく分けて二つに分類される。一つは戦闘用のホムンクルス、戦闘用などと付いているがサーヴァント相手に戦えるなど誰も期待していない。敵サーヴァントの足止めやマスターの護衛などが主だった使い潰しのホムンクルス。

 

 

もう一つは、魔力供給用に鋳造されたホムンクルス。サーヴァントを実体化させるには多少なりとも魔力を消費する事になる。過去の聖杯戦争にも、その魔力が尽きた事でサーヴァントを消滅させてしまったマスターがいる。それを解決したのがゴルドだった。足りないのならば他所から持って来ればいい。それを実現させたかの様にゴルドはサーヴァントに魔力を供給するだけのホムンクルスを鋳造、それによって黒の陣営のマスターたちの負担が大幅に減った事は確かである。

 

 

そしてアストルフォが助けたホムンクルスの役割は後者の魔力供給用。彼はその中でもヘラクレスの命のストックを増やす為に鋳造された〝特別品〟であった。

 

 

魔力供給用に鋳造されたホムンクルスの中でも群を抜いて魔力量が多い。それだけだった。生まれた瞬間から活動できる生命体であるホムンクルスだが肉体が余りにも虚弱だったのだ。戦闘用では無く魔力供給用に鋳造されたからなのか、一級品の魔術回路を持っていながら魔術の行使に肉体が耐えられずに自壊してしまう。

 

 

そしてそのホムンクルスの寿命は、ケイローンの見立てでは三年だった。しかもそれは魔術を使わないという前提の寿命。

 

 

しかしアストルフォには助けた事に関しての後悔は一切無い。自分が助けたかったから助けた。シンプルで、当たり前で、それ故にアストルフォ以外には困難な行為だった。

 

 

出来る限り隠す様にはしているがそのホムンクルスを知っているのはアストルフォを除いてケイローン、ギルガメッシュ、そしてカウレスの三人。ケイローンに関しては仕方無い、ホムンクルスを診察してもらう為にどうしても明かす必要があったから。だがカウレスとギルガメッシュに関しての微妙なところだ。廊下でそのホムンクルスを見て、助けようと決めて連れて行った先がカウレスの部屋だったから。

 

 

ギルガメッシュはアストルフォの行動に呆れただけだったが、カウレスはぶち切れた。そのホムンクルスはヘラクレスの命のストックを増やす為の特別製のホムンクルスで、見つけ次第捉える様にダーニックとヴラド三世から命令されていたからだ。命令に背いたとバレれば最悪はカウレスは令呪を剥奪されて殺されるかもしれない。

 

 

もしバレたとしてもそれは自分で責任を取るとアストルフォが言って、カウレスは唸りながら頭を掻き毟って落ち着いたのか、そのホムンクルスをどうするのかを聞いてきた。その答えは、まだ出ていない。一つ言えるのはこのミレニア城塞から出した方が良いということだった。この魔窟から早く出した方が良いというのはカウレスも同意見だが、問題はそこから先をどうするのかをということ。

 

 

ミレニア城塞から脱出させてハイおしまいという訳にはいかない。外の世界でどう生きるのかを彼自身に決めさせる必要がある。

 

 

一先ず彼をこの魔窟から脱出させる手段は考えてある。それはこの先の聖杯大戦を利用したもの。この先戦闘が激しくなる事は間違い無い、その隙に彼をここから出そうと考えている。戦争の最中ならばホムンクルス一人が抜け出したところで露呈する可能性は低く、万が一バレたとしても追跡する余裕など無いという考えだ。

 

 

堅実なアイデアである。問題はそれをいつ行うかという事だった。だが、それのチャンスが今目の前にあった。

 

 

赤のバーサーカーと思われるサーヴァントが単騎でこのミレニア城塞に向かって来ているのだ。これはマスターがサーヴァントの手綱を握れていないのがいけないというのかもしれないがバーサーカーのクラスに限って言えば仕方の無いことの様に思える。

 

 

バーサーカーのクラスはクラススキルの【狂化】によってステータスが上昇するメリットがあるが理性を失いマスターの指示を聞かない事があるというデメリットがある。そしてステータスが高くなることで魔力の消費も跳ね上がる。過去の聖杯戦争のバーサーカーが敗退した理由は魔力不足による自滅というのが最も多い。

 

 

ダーニックはこのバーサーカーと思わしきサーヴァントを捕獲して手駒に加えたいと考えているが可能であればということを強調している。その理由は言うまでもなく白の陣営だろう。もし赤のバーサーカーの捕獲に夢中になるあまりに後ろから白の陣営に攻撃されたのでは堪ったものではない。

 

 

黒の陣営はアサシンを除いた六騎、バーサーカーのクラスであろうと敗北する事などありえない。故に勝利する事は当たり前なのだ。

 

 

ダーニックのバーサーカー捕獲計画の内容を聞きながら、アストルフォはこの混乱に乗じてホムンクルスの少年を逃す算段を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーその男は、筋肉(マッスル)だった。

 

 

青白い肌に無数の傷痕が刻まれた2mを超える大男であるが、身体を構成している筋肉が超規格外だった。

 

 

赤のバーサーカー、反逆者の象徴スパルタクス。それがあの筋肉の真名だった。

 

 

「ーーーマスターは何を考えておるのだ」

 

 

そのスパルタクスを影から見守る様にしてマスターに対する不満を口にするのは頭と腰から獣の耳と尻尾を生やした野性味の溢れる少女。赤の陣営のサーヴァントの一騎であるアーチャーだ。

 

 

元々彼女は赤のキャスターによって焚き付けられたスパルタクスを連れ戻す命を受けていたのだが静観する様に命令されたのだった。

 

 

聖杯大戦で戦うことが出来るのはサーヴァントだけ、七騎対七騎という補充が出来ない戦争なのにスパルタクスを切り捨てようとしていることに不信感しか感じられない。敵対していた黒の陣営だけでなく新たに乱入してきた白の陣営の存在もある。一騎脱落させてしまえば他の陣営に付け入る隙を与えてしまうだけなのに。

 

 

「まぁマスターにも何か考えがあるんだろうよ」

 

 

赤のアーチャーにそう返したのは屈託のない笑みを浮かべた青年。瞳は猛禽類のように鋭く、力強い体軀はがっしりとしている癖に野暮ったさを感じさせない美丈夫だった。

 

 

彼は赤のアーチャーと共にスパルタクスを見ている様に命令された赤のライダー。シロウ神父をして赤のランサーに匹敵する英雄であると言わしめた男である。

 

 

彼らの目的はスパルタクスが動く事によって白の陣営がどう動くかを見定める事。何せ白の陣営の情報はあの宣戦布告をしてきたレイニィフィールと白のセイバーしか無いのだ。拠点も不明であり、何をしでかすか分からないと警戒するのは当たり前の事だった。

 

 

二騎に命令を伝えた赤のアサシンは間違いなくここで白の陣営が動く事を確信していた。何故なら、レイニィフィールは明確にユグドミレニアに対する報復を口にしていたから。その感情に嘘は無かったとあの女帝が言っていたので間違い無いだろう。なら、スパルタクスが暴走しているここで動かない理由は無い。極論スパルタクスに合わせて全てのサーヴァントを投下すれば彼らの目的である報復と、大聖杯の奪還は出来るのだから。

 

 

スパルタクスの目の前にユグドミレニアの尖兵である戦闘用のホムンクルスが現れる。その数は百を超え、ギルガメッシュが気紛れで貸し与えた宝具の原典が手にある。

 

 

ホムンクルスの剣が、槍が、斧が、スパルタクスに襲い掛かる。だが、スパルタクスはそれを避ける素振りすら見せずに、自ら攻撃に飛び込んでいた。攻撃を受ける、受ける、ただ受け続けーーースパルタクスの顔には深い笑みが浮かんでいた。

 

 

あまりにも一方的な展開にホムンクルスは力尽きた訳でもないのに攻撃の手を止めた。その途端にスパルタクスが動き出す。

 

 

「哀れな圧制者の人形よ、せめて我が剣と拳で眠りなさい」

 

 

そう言って無造作に手にしていた剣を横に薙いだ。それだけの動作で、そこにいたホムンクルス十体の上半身が吹き飛んだ。 戸惑いから立ち直ったホムンクルスが攻撃を再開しようとしつが、その瞬間にスパルタクスの拳に殴られてミンチになる。

 

 

スパルタクスの暴虐は止まらない。両腕を大きく広げ、突進し、ホムンクルスを二十は纏めて抱き込んで、そのまま潰した。その様はまさに人間台風。剣の一振り、拳の一撃ごとに肉片となったホムンクルスの死体が大量に生産されていく。

 

 

そうして希薄な感情しか持たぬホムンクルスたちがその光景に逃亡を選択し、最後に残っていたホムンクルスを抱擁で挽肉にし、スパルタクスは自身が織り成した虐殺の痕を眺めて満足そうに頷くと再び歩き出した。

 

 

終始笑みを浮かべながら虐殺を行っていた事に赤のアーチャーとライダーはドン引きして、スパルタクスに当てはまるクラスがバーサーカーしか無かったのだと思い知らされた。

 

 

だがいつまでも惚けてなどいられない。スパルタクスに接近するサーヴァントの気配を感じ取ったから。

 

 

赤のアサシンの予想が正しいのなら、白の陣営が乱入する機会を窺っているはずだ。赤のアーチャーは弓を、赤のライダーは槍を召喚してその時を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーそして、息を殺していた二騎に目掛けて、()()()()()()

 

 

「なーーー」

「にーーー」

 

 

驚愕はほぼ同時、スパルタクスに向かう黒のサーヴァントらしき気配は感じられたが、自身らに向かうサーヴァントの気配など全く無かったから。虚空から当然現れた矢に驚愕しーーー赤のアーチャーは連続で矢を放ち、赤のライダーは槍で容易く矢を弾いた。

 

 

矢の出現にこそ驚きはしたものの、それだけなのだ。矢の速度は二騎からしてみれば遅い、故に簡単に弾く事ができた。

 

 

無論、矢を放った者もそれを分かっていたのだろう。故に、罠が仕掛けられていた。

 

 

「これはっ!?」

「二矢かっ!?」

 

 

弾いた矢の影から、第二の矢が現れる。弾くのは不可能だと判断し、二騎は回避を選んだ。赤のアーチャーは頬に薄く裂傷を残しながら回避に成功。赤のライダーはーーー肩に矢を受けながら、()()()()()

 

 

襲撃者の手は止まらない。下に異常な魔力の流れを感知した二騎が全力でその場から飛び退くと、巨大な棘が現れて二騎がいた木を飲み込んだ。そしてその棘から命を犯す害悪ーーー毒が散布される。

 

 

毒を吸い込まぬ様に棘から離れて気がつく。赤のアーチャーとライダーは分断されていた。

 

 

「ーーーアーチャー!!」

「オーーーラァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

赤のアーチャーの身を案じた赤のライダーに青い閃光が襲い掛かる。矢の時と同じ、突然降ってきたそれを赤のライダーは寸のところで躱す。

 

 

「ーーーへぇ、やるじゃねえか」

 

 

青い閃光の正体は青い戦闘装束に身を包んだサーヴァントだった。獲物は赤のライダーと同じ槍、獣を思わせる眼光を真っ直ぐに赤のライダーに向けていた。

 

 

「赤の陣営のサーヴァントだな?ランサーの顔は見ている、だが獲物は槍、となるとライダーか?」

「……そういうアンタは白のランサーだな?」

「いかにも」

 

 

白のランサー……クー・フーリンは気軽にそう返すものの戦意は欠けておらず、それどころか増している様にも思える。だが、そらは赤のライダーも同じだった。

 

 

矢の主は恐らくは白のアーチャーだと予想出来る。身を隠す類の宝具でもあれば、接近することは出来るのだろう。だが、このランサーは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この戦場をその身一つで駆けて来たのだと一目でわかる。己に迫る風格を漂わせるサーヴァントの登場に、赤のライダーは分断された赤のアーチャーのことも、スパルタクスの事も忘れて歓喜に震えていた。

 

 

「白の陣営の目的は黒の陣営では無かったのか?」

「確かにその通りだ。だけどあいつからはこう言われてんだよ。〝良いところで邪魔をされたくない〟ってな」

 

 

良いところで邪魔をされたくない。その言葉の意味を考えればクー・フーリンに指示を出した存在の意図は容易く知る事ができる。

 

 

白の陣営は黒の陣営への報復を望んでいる。その為に()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「さて、どうする赤のライダーよ。このまま尻尾を巻いて逃げるっていうのもアリだがーーー」

「ーーー冗談を抜かせ、そんなのは()()()()()()()

 

 

赤のライダーは引かない、寧ろこの戦いを望んでいる。それはクー・フーリンも同じだった。

 

 

望みを叶える聖杯大戦に召喚されているが、彼には願う望みなどない。あるとすれば、それは戦いたいという戦闘欲求だけ、つまりこの聖杯大戦に参加した時点でクー・フーリンの望みは叶っている様なものなのだ。

 

 

「ほぅ、言ったな赤のライダー。なら出し惜しみなんぞするなよ?」

「はっ、それはこちらのセリフだ白のランサー」

 

 

その言葉を皮切りに、白の陣営と赤の陣営の戦闘は開始された。

 

 

 



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無貌の王&太陽を落とした女

 

クー・フーリンと赤のライダーがぶつかり合っていたのと同時刻、彼らが戦っている戦場とは反対にあたる場所で赤のアーチャーは()()()()()()()()()

 

 

何故なら、敵の姿が見え無いのだ。矢が飛んでくる事から敵は赤のアーチャーの事を間違いなく捉えている。だと言うのに赤のアーチャーが狩人として磨いた気配察知の中に敵の存在を捉えられなかった。姿どころか気配、臭いまでも察知する事ができないのは赤のアーチャーからしてみれば初めての経験だった。

 

 

赤のアーチャーの真名はアタランテ、ギリシャ神話に登場する純潔の狩人と呼ばれた女狩人のアタランテはカリュドンの猪狩りやアルゴナイタイに参加するなどの数多くの冒険を成し遂げたまごう事無き大英雄である。男子では無いという理由で親から捨てられ、その事を哀れに思った女神アルテミスによって雌熊から乳を与えられて彼女は森で育った。つまり、森というのはアタランテにとって我が家同然の存在である。育った森では無いとはいえ、彼女の実力を十二分に発揮する事ができるフィールド。

 

 

だと言うのに、アタランテは初めて森に対して不気味という感情を抱いた。

 

 

森が敵の味方をしているような状況にもなればそう考えるのは当たり前の事だろう。初めての感情に僅かながらに動きが鈍ったアタランテに矢が襲い掛かる。

 

 

 

矢自体は脅威では無い。速度は遅くアタランテの素の反射でも反応出来るし、固有スキルである【追い込みの美学】により相手に先手を取らせその行動を確認してから自分が先回りして行動出来るという破格のスキルでも対処が出来る。

 

 

問題があるとすれば、やはり敵の存在を捉えられないということだろう。赤のライダー辺りなら卑怯者だと憤慨するかもしれないが自身の存在を欠片も漏らさない隠密にアタランテは狩人として尊敬の念を抱いていた。狩人というのは獲物を追いかけるだけでは無く、気配を殺して待ち伏せる事もする。これ程の隠密なら射る瞬間まで獲物に悟られないだろうとアタランテは矢を矢で弾きながら考えていた。

 

 

そして数度矢を弾けば足元に魔力が集まるのが感じられ、アタランテは迷うこと無くその場から飛び退いた。そうして現れるのは赤のライダーとアタランテを分断した棘。それだけなら避ければ良いのだがその棘から散布される毒がアタランテに移動を強いらせる。そうしてクー・フーリンと赤のライダーの戦場から徐々に引き離されていく。

 

 

「ーーー埒があかんな」

 

 

アタランテは敵の姿を捉えられず、敵はアタランテを仕留められない。このままでは手詰まりになると考えたアタランテはーーー目を閉じ、全身を弛緩させた。身体から力を抜き、全神経を集中させる。

 

 

そして敵の矢が放たれた。

 

 

そして矢の風切羽が木の葉を風圧で揺らした音を聞き取り、即座に音のした方向目掛けて矢を射る。残像が見えるほどの早撃ち(クイックドロー)は放たれた矢を砕いて真っ直ぐに飛ぶ。

 

 

「ーーーぐぅっ!?」

 

 

当たったと、矢が飛んだ方向から聞こえた呻き声にアタランテは微笑む。敵の姿が見えない状況で反射的に射った為にどこに当たったか分からない。だが敵の場所を知ることが出来た。

 

 

見事な隠密をしてくれた敵の顔でも見に行くかとアタランテは足に力を入れーーーその場で崩れ落ちた。

 

 

「なーーーガハッ!?」

 

 

身体から力が抜けて動かなくなるのに驚愕するのと同時にアタランテの口から鮮血が吐き出された。手足はまるで自分のものでは無いものになったかの様に動かなくなり、全身を凍える様な寒気と燃える様な熱が襲う。

 

 

「毒、か!?」

「ーーーヤレヤレ、やっと効いてくれたか。擦り傷でも十分な特別製の毒なのにあそこまで動けるなんて流石は英雄様ですかね」

 

 

立ち上がろうとするアタランテの目の前に緑衣の優男ーーー白のアーチャーであるロビンフットが現れる。左肩には矢が突き刺さっていて押さえているものの、今のアタランテに比べたら軽傷と呼べる程度の傷だった。

 

 

「き、さまーーー」

「悪いがこちらも仕事なんでね、恨み辛みは死んでからどうぞ」

 

 

自分を睨みつけるアタランテに淡々とそう言うと腰から短剣を引き抜いて振りかざす。これで短剣を振り下ろせばアタランテは死ぬ。

 

 

この結末はある意味必然であったとも言える。アタランテとロビンフット、この両者を比較するなら英霊としての格も力量も、アタランテに軍配が上がる。だがアタランテは神代の魔物が蠢く時代に魔物相手に戦っていたのに対して、ロビンフットはひたすらに人間相手に戦ってきた英霊なのだ。なら、対人の経験を積んでいるロビンフットが勝つのは当然のことだ。

 

 

ーーー相手が、アタランテ一人ならば。

 

 

「ーーーっ!?」

 

 

振り下ろそうとしていた短剣を止めて、ロビンフットは顔を顰めながら全力で後退した。その直後、ロビンフットがいた場所に槍が落ちる。

 

 

「はぁ……折角一騎脱落させられると思ったのに横槍かよ」

「ーーーそれは済まなかったな。だが、こちらにも事情があるのだ。ここでアーチャーを落とさせる訳にはいかない」

 

 

現れたのは肉体と同化している黄金の鎧を身に纏ったサーヴァントーーー赤のランサーだった。ロビンフットが溜息を吐きたくなるもの頷ける。片腕を犠牲にしてアタランテを殺せるチャンスを得たというのに赤のランサーの乱入によってそれは出来なくなったからだ。

 

 

「白のアーチャーとお見受けするが」

「そういう御宅は施しの英雄様だっけか?」

「ーーーほぅ」

 

 

施しの英雄、その言葉を聞いて赤のランサーは目を僅かに開いた。それは不快に思ったからではなく驚きから。戦場に出たのは黒のセイバーとの戦いの一度だけだと言うのに相手は自分の真名を確信している様なのだ。

 

 

普通ならはったりの可能性を考えるだろうが、赤のランサーには相手の性格・属性を見抜く固有スキル【貧者の見識】がある。それにより、ロビンフットがはったりを言っていないことを見抜いた。

 

 

「ったく……スーリヤの息子だなんて俺なんかが相手出来るわけ無いってーの。いや、他の英霊らも倒せって言われても困りますけどね?」

「……そうは言っているが負けると考えていない様だな」

「は?……まぁ折角呼び出されたからにはあの箱入り娘で世間知らずなマスターに良いところ見せたいとは考えてますよ?ってやべ、マスターの旦那に聞かれたら殺されるわこれ。今のは無かったことにしてくれ、頼むから」

「何故隠す必要があるのだ?マスターの美点を褒めただけなのだろう」

「……うわーこの人ガチで言ってやがりますわ。これ天然かよ、施しの英雄様って天然なのかよ」

 

 

スーリヤの息子、施しの英雄というワードで該当する英雄などたった一人しか居ない。マハーバーラタに登場する半神半人の英雄、カルナ。施しの英雄とは何かを乞われたり頼まれた時に絶対に断らないことを信条とした事から呼ばれている。

 

 

その霊格は語るまでもなく最上級に位置する。カルナの相手を出来るのは白の陣営ではアルトリアくらいなものだろう。それでも、正攻法で挑めば必ず負けるというのがアルトリアと白の陣営マスター全員の見解だった。

 

 

カルナの強みは剣、槍、弓、戦車などの武芸、そして肉体と同化している黄金の鎧にある。産まれた時から来ていた黄金の鎧は太陽神スーリヤが息子の証として与えたものであり、これを着ているカルナは不死身となり誰も殺せなくなる。これをカルナのライバルであったアルジュナの父であるインドラが奪ったことでカルナは不死身では無くなったが、肉体と同化していた鎧を引き剥がして与えたカルナの潔さにインドラは自身の行為を深く恥じ入り、黄金の鎧の代わりに一つの槍を差し出した。

 

 

これによりカルナは不死身では無くなり、アルジュナとの戦いに破れて死ぬ事になるのだが、サーヴァントとして召喚されたカルナはその鎧を纏っている。しかも手にしている槍……あれは間違いなくインドラから与えられた槍だろう。

 

 

ロビンフットはカルナに勝てる気など全くしなかった。黒のセイバーとの戦いの光景を見せられた時からそう思っていたし、こうして実際に目の前に立たれて改めて思い知らされる。アタランテを瀕死にまで追い込んだ事自体が彼からしてみれば奇跡に等しかったりする。

 

 

ロビンフットはアタランテの矢を肩に受けて手負い、カルナは先日黒のセイバーと戦ったはずなのに無傷。魔術協会から派遣されたマスターの腕が良い事を知らされる。ロビンフットのマスターであるアイリスフィールも肩の傷くらいなら簡単に癒す事が出来るだろう。だがそれは近くにいた時の場合だ。少なくともロビンフットから100m以内の距離にいなければ効果は望めない。アイリスフィールがいる場所とこの場所とでは直線距離にして数十Kmは離れている。

 

 

改めて整理してみればなんと絶望的な状況だろうか。それでも、ロビンフットはカルナを前にしていつも通りのおちゃらけた態度を崩さなかった。

 

 

絶望的な状況で気が狂った?実力に差があり過ぎて開き直った?どんな絶望的な状況でも自分だけは生き残ると確信している?

 

 

どれも違う。確かにロビンフット一人ならば、この状況は絶望的であろうーーーそう、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ーーー砲ぉ撃用ぉ意ッ!!」

「何?」

 

 

威勢の良い掛け声と共にカルナとアタランテの周りの景色が歪み、そこから旧式のカノン砲が現れた。そしてカルナの察知圏内に新たなサーヴァントの反応が現れる。さっきまでそこには何も無かった、だというのにそこに突如として現れた。それは現代の魔術師では誰も成し得ない空間転移の法。魔術を極めたキャスターであっても陣地の中だけしか使う事が出来ないそれをやってのけた。

 

 

「令呪か」

 

 

カルナは冷静にそのトリックを見抜く。それはマスターに与えられた三度限りの命令権。如何に理不尽な命令であってもマスターとサーヴァントの意向が一致していれば擬似的に奇跡の法である魔法の真似事すら出来る。それを使って新たなサーヴァントのマスターはこの場に送り込んできたのだろう。

 

 

随分と景気の良い事だとカルナは思った。三度限りの命令権である令呪はこの聖杯戦争の参加者の証でもあり、無くなればサーヴァントとの繋がりが断たれて聖杯戦争への参加権を失う事になる。故に実質的に使えるのは二度だけ。二度しか無い令呪をここで切り出したマスターに尊敬した。

 

 

「藻屑と消えなーーーッ!!」

 

 

そしてカノン砲が火を噴く。全方向から僅かな時間差とともに放たれた砲弾は真っ直ぐにカルナとアタランテに向かって飛んで行くーーーだが、カルナにとってはこの程度の状況は窮地の内にも入らない。手にしている槍を一振りする。それだけで迫っていた砲弾は砕け散った。

 

 

「ヒュ〜♪やるねぇアンタ」

「……お前は白のサーヴァントだな」

 

 

口笛を吹きながら上機嫌な様子で現れたのは酒瓶を持った顔に大きな傷を付けた美女。カルナは彼女を見てどこか赤のライダーに似ているように感じられた。

 

 

「そうさ、アタシが白のライダーさ。にしてもアタシの船の大砲を砕くだなんてやってくれたねぇ」

「成る程、お前の宝具は船に関わる物なのだな」

「ありゃ、バレちまったかい?まぁ良いさ、ウチの雇い主からも勝てるのなら過程はどうでも良いって言われてるからね」

 

 

そう言って白のライダー……フランシス・ドレイクは酒酒を煽り、空になった瓶を投げ捨てて腰に差していたクラシカルな二丁拳銃を抜いた。

 

 

この場にはカルナとフランシス・ドレイクの二人のみ、ロビンフットとアタランテの姿は見えなくなっている。アタランテは令呪を使って撤退させると彼女のマスターから念話で伝えられているから気にしては居ない。ロビンフットは自分の足で逃げたのだろう、地面には彼の物だと思わしき血の跡が森の奥にへと続いている。

 

 

「さぁて、破産する覚悟は良いかい?一切合財、派手に使い切ろうじゃないか!!」

 

 

そう言ってフランシス・ドレイクはカルナに真正面から突っ込んでいった。彼女の敏捷はアタランテには劣るもののBと平均的なサーヴァントに比べれば速い。だがカルナほどの大英雄相手に真正面から突っ込むのは愚策としか言えない。それにカルナの敏捷はフランシス・ドレイクのそれを上回るA。

 

 

真正面から突っ込んでくるフランシス・ドレイクの一挙一動をカルナは捉え、殺傷範囲内に踏み込んできた瞬間に心臓目掛けて槍を放った。加減無しの神速の一撃は全力で向かってきたフランシス・ドレイクには回避不可能、この一撃で霊格を砕いてフランシス・ドレイクは敗退する。

 

 

だが、忘れてはいけない。彼女はフランシス・ドレイク、当時不可能と言われた世界一周を成し遂げた海賊にして冒険家である。

 

 

彼女はーーー()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ーーーいよっと!!」

「何ーーー」

 

 

放たれた神速の突きを、フランシス・ドレイクはなんと()()()()()()()()()()()。それには流石のカルナも目を見開く。そしてそのままカルナを飛び越え、重力に従って落下しながら二丁拳銃の引き金をカルナの背中目掛けて引く。

 

 

カルナの【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】はスーリヤから与えられた物。太陽そのものの輝きを放つ、強力な防御型宝具。光そのものが形になっている為に神々であろうと破壊は困難である。自動展開な為に魔力の消費こそ激しいがこれを纏っているカルナは誰にも殺せないとインド神話の中でも語られている。

 

 

そしてフランシス・ドレイクの二丁拳銃から放たれた弾丸はーーー()()()()()()()()()()()()()()()穿()()()

 

 

「ガァーーーッ!?」

 

 

カルナの上げた声は痛みに対してでは無く鎧の防御を貫かれた事に対してだった。黒のセイバーでも浅くしか傷を付けることが出来なかったというのに、黒のセイバーよりも霊格が下であるフランシス・ドレイクがまともなダメージを与えたのだ。驚かない方がおかしい。

 

 

まともなダメージであっても致命傷とは言えない傷はすぐに鎧によって癒える。そしてカルナは【貧者の見識】によってフランシス・ドレイクの本質を見抜いて何故鎧の防御を貫かれたのかを悟った。

 

 

「貴様ッ!!()()()()()()()()!?」

 

 

フランシス・ドレイクは太陽を落とした。無論それは天に輝く恒星のことでは無く、彼女が生きていた当時の世界の覇者スペインを落としたことに由来する。当時のスペインは〝太陽の沈まぬ王国〟と称され、それを支えていたのが千トン級以上の大型艦100隻以上を主軸とし、合計6万5千人からなる対英国の征服艦隊。スペインの無敵艦隊である。

 

 

その無敵艦隊との決戦にフランシス・ドレイクは英国艦隊の副司令として参戦した。〝火船〟と呼ばれる特殊な戦法を使い、フランシス・ドレイクは無敵艦隊を英国に上陸させること無く大敗させた。それによってフランシス・ドレイクはスペイン人からこう呼ばれる事になる。

 

 

エルドラゴ(悪魔)〟と。

 

 

〝太陽の沈まぬ王国〟を歴史の盟主から引きずり下ろした太陽を落とした女であると。

 

 

だからフランシス・ドレイクは【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】の守りを抜くことが出来た。太陽など、彼女にとってもはや引きずり下ろした存在でしか無いから。

 

 

「貴様ーーー」

 

 

傷は癒えたがカルナは激昂していた。カルナにとって太陽とは太陽神、つまり彼の父であるスーリヤに他ならない。父の威光を穢されたと怒っているのだ。

 

 

だが、その怒りの矛先はフランシス・ドレイクでは無くカルナ自身に向けられていた。フランシス・ドレイクが父の威光を汚したのでは無く、自分が父の威光を汚してしまったと、カルナはそう捉えている。

 

 

インドラから与えられた槍を握り、フランシス・ドレイクに向き合う。それに応えるように、フランシス・ドレイクも二丁拳銃をカルナに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてーーースパルタクスが向かっていった方向に、雷が落ちた。

 




緑茶Vsアタランテ
ライダーと分断された時に傷をつけられた時点で勝敗が決まってました。緑茶からすればあとは毒に気づかせずに毒が回るのを待っていれば良いだけでした。

もし毒を入れられなかったら、どう足掻いても緑茶はアタランテにハンティングされてました。

BBA!!Vsカルナ
BBA!!大強化。元々【星の開拓者】とかいうチートスキルを持っていたのに実話から太陽神やその眷属に対してのダメージ判定が増加されるようになりました。BBA!!の功績を考えればこれくらいやってくれるはず。やったね!!これで白の陣営もカルナの相手が出来るようになったよ!!

BBA!!呼びか……黒ヒゲのBBA!!リスペクトが面白かったのがいけないんだ。



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白槍兵と赤騎兵

 

 

甲高い金属音が響き渡る。その正体は互いの獲物である槍がぶつかり合い、弾かれる音。

 

 

何かぎ爆ぜる音が木霊する。その正体は足場となった大地や木の幹が彼らの脚力に負けて砕け散る音。

 

 

白のランサークー・フーリンと赤のライダーの戦いは誰の目にも触れられる事はなかった……いや、正確には誰にも()()()()()()()()()()()

 

 

速すぎるのだ。金属音が、爆ぜる音がそこで彼らが死闘を繰り広げていることを教えているがその主役である二騎は影しか残っていない。

 

 

「ーーーハッ!!やるじゃねぇか!!まさかこの俺について来られるとはなぁ!!」

 

 

賞賛を送ったのはクー・フーリン。自身の速さについて来られ、あまつさえ互角に打ち合える英雄との出会いに高ぶり、嘘偽りの無い賛辞を咽喉元へと突きと同時に送った。

 

 

「ーーーそれは此方のセリフだ白のランサー!!」

 

 

その突きを弾き返しながら吠えたのは赤のライダー。彼は英雄の中でも最速であると称されている。それは事実であり、本人にもその自覚はある。だというのにクー・フーリンはその速さに食らい付き、こうして自分を殺そうとしている。

 

 

実を言うとクー・フーリンの敏捷はA、それはサーヴァントのステータスの中でも最高峰の評価を受けているのだが対する赤のライダーの敏捷はA+、敏捷だけで言えばクー・フーリンの方が劣っている。さらに赤のライダーの〝あらゆる時代のあらゆる英雄の中で、最も速い〟というしか伝説が具現化した宝具【彗星走法(ドロメウス・コメーテース)】により、視界に入っていれば瞬間移動じみた移動が行える。それでも赤のライダーに食らい付けてれいるのはひとえにクー・フーリンのバトルセンスというしか無い。

 

 

「楽しいなぁ!!ライダー!!」

「ハハッ!!そうだなぁ白のランサー!!戦場で笑わぬ者は楽園(エリュシオン)で笑いを忘れてしまうからなぁ!!」

 

 

互いの槍が弾かれたことで両者の距離が開き、打ち合わせたわけでも無いのに同時に足が止まる。あれ程までの高速で戦闘を繰り広げていたというのに二騎の息が乱れている様子は全く見られない。それどころか嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべている始末だ。

 

 

「ーーーあぁ?」

 

 

そんな時にクー・フーリンの笑みが曇る。鬱陶しそうな顔になっているのはマスターである者から念話を受けているから。だがそれも僅か、念話を続けていると曇りは除かれ、再び獰猛な笑みが咲き誇った。

 

 

「ーーークハハッ!!そうかそうか、どうりで速いわけだぜ」

「何がおかしい?」

 

 

戦場で突然笑い出したクー・フーリンを赤のライダーは訝しげに見る。そしてその問いに答えずにクー・フーリンは爆音と共に赤のライダーに接近した。横薙ぎに振るわれた槍は低い。その狙いは足首ーーー否、()()()()()

 

 

クー・フーリンの狙いに気づいた赤のライダーはそれまでの楽しげな表情を消して、槍で防ぐのでは無く大きく飛び退くようにして逃げた。明らさまな過剰すぎる反応にクー・フーリンはマスターからの念話で伝えられた赤のライダーの予想された真名が正しかったことを知る。

 

 

「ーーーハッ!!」

 

 

逃がさぬと追撃の一突き、殺意が乗せられた矛先は真っ直ぐに赤のライダーの心臓に向かう。咄嗟に払い退けようとした赤のライダーだが、槍の穂先が鎧に触れるかどうかの瀬戸際で止められた瞬間に誘われたことを知る。

 

 

「そらよっと!!」

「ガハッーーー!!」

 

 

フェイントで出来た一瞬の隙にクー・フーリンの蹴りが赤のライダーの脇腹に突き刺さった。鎧越しだとはいえど手応えは十分、そしてその蹴りが二騎の死闘での初めての被弾となる。

 

 

「うちの参謀役は優秀だわ、テメェのクラスやら言葉やらで真名を判断したんだからよぉ」

 

 

クー・フーリンのいう白の陣営の参謀役とはシンジ・マキリの事。彼は正式な魔術師では無く、聖杯戦争に参加する為に魔術師になった急造の魔術師である。魔術師としての腕は二流にも届かぬ三流以下、だが彼には知識があった。俗に天才と言われる部類であったシンジは聖杯戦争の詳細を聞き、急造の魔術師になるのに並行してありとあらゆる文献を読み漁り、そしてその全てを頭の中に記憶している。言ってしまえば頭の中に検索エンジンを搭載している様な物だ。僅かな手掛かりがあれば幾つかの候補を上げることが出来るし、宝具すらも予想してみせる。

 

 

そんなシンジからすればこの赤のライダーの正体は実に分かりやすかった。

 

 

ギリシャ神話で神々に愛された人々が死後に向かう楽園であるエリュシオン。

 

ライダーのクラスでありながらランサーのクラスを上回る程の敏捷性。

 

 

ギリシャに関わりがあり、ライダーの適性を持った疾い英雄などシンジの頭の中には一騎しか思いつかなかった。だがそれでもまだ八割程しか確信出来ていない。そこでシンジはクー・フーリンのマスターであるバゼットに赤のライダーの踵を狙う様に指示を出してもらった。そしてその時の赤のライダーの反応を見て、真名を確信する。

 

 

ーーートロイア戦争の大英雄、アキレウス。全世界に名を轟かせ、英雄の中でも最速を謳われるギリシャの大英雄。母である女神テティスにより踵を除く全てに不死の祝福をかけられた不死身の戦士。

 

 

だが、仮に赤のライダーの正体がアキレウスだとしたら一つ疑問が出てくる。それは赤のライダーがクー・フーリンの蹴りを受けて、その場所を押さえて蹲っていることだ。アキレウスは不死の祝福により踵以外は全てが不死身で傷が付かないはず、それなのに蹴られた場所を明らかに痛がっている。本当にアキレウスなのか訝しげに思っても仕方ないだろう。

 

 

そんなクー・フーリンとは反対に、蹲っているアキレウスは脇腹を押さえながら震えていた。

 

 

それは痛みから来る恐怖か、それとも不死の祝福が通じなかったことによる困惑か。

 

 

それを見てクー・フーリンは肩透かしを食らった気分になる。アキレウスという大英雄なのに、所詮は不死の祝福に頼っていただけの小物だったのかと。同じ不死の存在である師匠(スカサハ)とは違うのかと。

 

 

だが、それは違っていた。上げられたアキレウスの顔にあったのは脅えでも恐怖でも無くーーーはち切れんばかりの歓喜を含んだ笑みだったから。

 

 

「ーーーハハハ」

 

 

アキレウスが笑い、地面を蹴る。その瞬間にアキレウスの姿はクー・フーリンの視界から消えた。期待外れだと落ち込んでいたが警戒していなかった訳ではないし、目を離していた訳でもない。ただ、アキレウスの速度がそれまでよりも速かっただけのこと。

 

 

「なーーー」

「ーーーハハハハハハッ!!」

 

 

視界の端に映っていた影からアキレウスの動きを追うが追い切れない。あと引くアキレウスの笑い声を追いかけるだけだ。

 

 

視界に捉えられない神速のままに、アキレウスは攻めに転じる。刺突、凪ぎ払い、石突き、槍で行える可能な攻撃が一息の間にまとめてクー・フーリンに襲いかかる。

 

 

「オォォォォーーー」

 

 

自身を鼓舞するための叫びを上げながらクー・フーリンはそれを捌き切る。神速の攻撃を見切れた訳では無く、全てをクー・フーリンが積んできた経験から来る反射で捌く。そのどれもが必殺の威力を誇っていて、下手をすればその一撃でクー・フーリンは敗退してしまっていた。

 

 

だが、それをクー・フーリンは見事に捌き切った。

 

 

だが、それはアキレウスにとっては囮でしか無かった。

 

 

神速の連撃を捌き切った事による代償の硬直、アキレウスはそれまでの神速の移動を辞めてクー・フーリンの前に姿を現し、()()()()をクー・フーリンの脇腹に叩き込んだ。

 

 

クー・フーリンの放ったそれよりも威力の乗せられた回し蹴りは容易く肋を砕き、木に叩きつける。声こそ上げなかったもののダメージが軽くないのは互いが理解している。クー・フーリンの口元から溢れる鮮血がその証だった。

 

 

「ーーー素晴らしい、素晴らしいぞ白のランサーよ!!俺の脚に追い付くばかりでは無く俺を傷つけるか!!お前は俺を殺すことが出来るのか!!」

 

 

スパルタクスの狂気的な笑みとは違い、子供の様な無邪気でありながら獣の様な獰猛な笑みを浮かべてアキレウスはクー・フーリンに賛辞を送った。

 

 

クー・フーリンに蹴られたことでアキレウスが震えていたのは恥辱では無く歓喜だった。自分の祝福を貫ける存在など同じ陣営に召喚されたカルナだけだと思っていた自分が恥ずかしい。

 

 

自分と正面から互角に戦える程の英雄が敵として召喚されていた。それだけでも、アキレウスは自分がこの聖杯大戦に召喚された価値はあったのだと心の底から歓喜する。

 

 

「ならば!!俺とお前の戦いは宿命であるッ!!おぉ!!オリンポスの神々よ!!この戦いに栄光と名誉を与え給え!!」

 

 

そういってアキレウスは槍を構える。不死の祝福を貫けたのはクー・フーリンがアキレウスと同じ存在、つまりは神の血を引く存在であるから。そして自分に劣らぬ実力を持つ彼を、アキレウスはこの聖杯大戦における最大の宿敵と見定めた。

 

 

その言葉を聞き、クー・フーリンは肋が折れた苦痛で歪めていた顔を歓喜の笑みで塗り潰す。

 

 

あぁ、そうだ、()()()()()()()()()()()()()()()。大義名分など投げ捨てて、目の前の戦いに命を捨てられる、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぺっ……悪かったな、テメェのこと侮ってたわ」

 

 

喉から込み上げていた血を吐き棄てて、クー・フーリンは四肢に力を入れて槍を構えた。肋が砕けたことは確かに重傷だーーーだが、それがどうした。その程度の傷で戦う事を諦められるのなら、自分は英雄などと呼ばれていない。事実、腸がはみ出しても丸太に自身を縛り付けて戦っていたクー・フーリンからすればこの程度では戦闘に支障は無い。

 

 

逆巻く闘気と殺気、それらが頂点に達した瞬間に打ち合わせたかの様に前傾姿勢になりーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーースパルタクスが向かっていった方向に稲妻が落ちた。そしてクー・フーリンとアキレウスにほぼ同時に互いのマスターから念話が伝わる。

 

 

「ーーーあぁ?」

「ーーー何ッ?」

 

 

その内容は撤退しろというもの。それだけなら二騎は無視して殺し合っていただろうが、それに続く言葉が二騎を押し留めさせる。

 

 

それはーーーアタランテが重症だという報告と、赤のバーサーカースパルタクスが、()()()()()()()()()()()()という報告。

 

 

聖杯大戦が始まってから初めてのサーヴァントの脱落、それに加えてアタランテの重症の報告。それらはこれ以上のサーヴァントの脱落を防ぎたい赤の陣営に撤退を決意させるのには十分過ぎた。

 

 

 

アキレウスも戦いを求めているが戦況が読めない程に愚かでは無い。この場に満ちていた闘気と殺気は霧散していった。

 

 

「ーーーおら、引きてぇんなら引けよ。今なら見逃してやる」

「ーーーほぅ?」

 

 

クー・フーリンから出された提案にアキレウスは眉を潜める。何か策でもあるのかと警戒するがクー・フーリンは構えを解き、完全にやる気を無くしていた。

 

 

「どうせそちらも引く様に言われてんだろ?こっちも同じだ。だから仕切り直しだ、次会った時にゃケリをつけようじゃねぇか」

「ーーーいいだろう、白のランサーよ。勝負はまたの機会だ!!」

 

 

アキレウスが口笛を鳴らすと上空から戦車を牽く見事な馬が三頭現れて傍に跪く。そしてアキレウスはそれの荷台に飛び乗るとムチを一つ振るい、空にへと駆け上がっていった。

 

 





すまない……日中の暑さにやられて筆が進まなくてすまない……

槍ニキと騎ニキ、対決は持ち越し。ここで決着させるのには惜しいですから。

彼らにはもっと相応しい舞台で決着をつけてもらいます。




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叛逆の使徒、串刺し公、賢王ーーー伝承保持者

 

 

「ーーー帰ったぜ」

「ん、お帰り」

 

 

アキレウスとの闘いを中途半端に終わらせて不完全燃焼気味に拠点に戻ってきたクー・フーリンを出迎えたのはレイニィだった。足元にある灰皿に積まれた吸い殻の山と空っぽになった空き瓶が数本ある事からそれなりの時間彼がここにいたことを証明していた。

 

 

レイニィはクー・フーリンに未開封のワインのボトルを投げた。クー・フーリンは慌てるでも無くそれを受け取り、乱暴に口でコルクを開けてそれを飲む。クー・フーリンたちのよう太古の者たちが飲んでいた酒は現代の酒に比べれば度数は圧倒的に低い。初めてクー・フーリンがワインを飲んだ時にはあまりの酒精の強さに噴き出してしまう程に。だが慣れた今では噴き出す事も無く、味わって飲むほどに余裕が持てていた。

 

 

「かぁ〜ッ!!現代の酒も悪くないなぁ!!」

「現代の酒しか知らない俺たちからしたら分からない感覚だけどな。あ、タバコいる?」

「応、サンキュー」

 

 

クー・フーリンはレイニィからタバコを受け取り、差し出されたライターを断って虚空にFに似た文字を書いた。そして指先に小さな火が灯る。クー・フーリンと言えばゲイ・ボルクのイメージが強いが実はルーン魔術も納めていて、実力もキャスタークラスの適性を備えている程にある。ルーンをこんな事に使っていることを知ったら師匠が怒りそうだが、それは鬼の居ぬ間になんとやらだ。

 

 

「んで、誰が赤のバーサーカーを殺ったんだ?」

「黒の陣営の協力者の一人だな。ユグドミレニアは多数の魔術師のコミューンだ……その一族が総出ともなればちょっとした軍隊の出来上がりだ」

「そうだとしてもバーサーカーを殺せる程の実力者がいるとは思えんのだがな……」

「あぁ、例えユグドミレニアの魔術師総出で戦ったとしてもバーサーカーは倒せない……ただの魔術師ならな」

 

 

含みのある言い方をしながらレイニィは酒を飲む。これはレイニィの悪い癖と言えよう。どうにもレイニィは言葉遊びを楽しむ傾向にある。平時からそれで、興奮しているとなると余計にだ。

 

 

「おいおい勿体ぶらずに言えよ」

「悪い悪い」

 

 

レイニィの煮え切らない態度に笑いながらクー・フーリンは催促を求めた。言葉遊びを楽しむレイニィだが催促されれば素直に応じる。

 

 

伝承保持者(ゴッズホルダー)

「ーーーあぁ、なるほど」

 

 

レイニィから出た一つの単語で何故バーサーカーが人間に倒されたのかクー・フーリンは理解し、納得した。

 

 

伝承保持者(ゴッズホルダー)ーーーそれは一言で言えば()()()()()()()()()()()使()()()()の事だ。本来なら英霊のシンボルであり、現代に残っていない宝具だが極稀に現代に残っている事がある。それを使える資格を持つ者をそう呼ぶのだ。

 

 

実はクー・フーリンのマスターのバゼットも伝承保持者(ゴッズホルダー)であり、特定の条件さえ満たしていれば英霊を殺す事ができる。それを考えれば黒の陣営の伝承保持者(ゴッズホルダー)がバーサーカーを倒した事にも納得が出来る。

 

 

「俺の因子の一つが見ていたから見せられるけど見るか?」

「頼むわ」

 

 

クー・フーリンの同意を得てレイニィはクー・フーリンの頭に手を乗せる。そして記憶共有の魔術を行使し、赤のバーサーカーが倒される現場を共有した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒の陣営から迎撃用に放たれたホムンクルスをスパルタクスは鎧袖一触の有様で蹂躙しながら進んで行った。一歩踏み出すごとに小規模の揺れが起きて樹々が震える。そうして進んで行った先にーーースパルタクスが心の底から渇望していた存在があった。

 

 

「ーーーよくも我が領土を犯してくれたな?赤のバーサーカーよ」

 

 

森の中にある開けた場所で、ヴラド三世が立っていた。スパルタクスには彼がサーヴァントだと理解出来る理性は存在していない。だがあれが待ち望んでいた圧制者だと判断する本能は残っていた。

 

 

「お前か?お前こそがーーー」

「そうだ。そなたが求めていた者が権力者であるというのならば、余こそがその頂に立つ者だ」

「おぉーーーおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

スパルタクスから湧き上がるのは歓喜一色。スパルタクスが渇望するのは圧制者、そしてそれを討ち滅ぼすこと。例え今の場面が罠だとしても、それを打ち破って圧制者の首に手をかける。

 

 

それこそが、スパルタクスのすべてなのだから。

 

 

「さぁ、圧制者よ!!傲慢が潰え、強者の驕りが蹴散らされる刻が来たぞーーー!!」

 

 

スパルタクスの強面が笑み一色に染まり、ヴラド三世へと突進を始めた。敵地に乗り込んで四面楚歌の状況だというのに微笑んでいるのは相当に自信があるからか、あるいは有利不利を度外視する程に狂っているかのどちらか。それはスパルタクスの狂化の度合いから、間違いなく後者だと判断できた。

 

 

スパルタクスの膂力はここに来るまでの惨劇から驚異的だと分かる。例えヴラド三世がホームであるルーマニアで召喚され、知名度による補正を受けていたとしても一撃で葬られる程に。

 

 

だが、()()()()()()()()()。確かに膂力は驚異的だ。しかしスパルタクスというサーヴァントの総合を見れば驚異にすらなりやしない。

 

 

「ーーーさぁ行くぞ、アルガリア!!君の力を見せてみろ!!」

 

 

ヴラド三世の背後から小柄な人影ーーーアストルフォが馬上槍(ランス)を握り締めながらスパルタクス目掛けて駆ける。ライダーでありながら騎乗していないにも関わらず、その突進はまさに電光石火そのもの。だが感情のほとんどが枯渇しているスパルタクスからすればその攻撃は歓喜でこそあれど断じて恐怖ではない。

 

 

アストルフォの一撃を受け止め、逆転の一撃にてアストルフォを両断する。それはさぞや心地よいものであるだろう。例え腹部を貫かれようとも、スパルタクスは必ず反撃する。だから、スパルタクスは剣を振り上げた。

 

 

「ーーー触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)ッ!!」

 

 

ーーーだからこそ、スパルタクスの反撃はアストルフォを両断しなかった。超圧縮されたスパルタクスの腹筋にアストルフォの馬上槍(ランス)の穂先が触れ、()()()()()()()()()()()()()

 

 

触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)、なんともふざけた名前であるがそれはアストルフォの宝具だった。カタイの王子アルガリアが愛用したここ馬上槍は、触れた者すべてを転倒させたという。そして宝具としてサーヴァントに使用した場合、()()()()()()()()()()()()()()という形で伝説を具現化する。肉体の何処に触れようとも、魔力で編み上げられた鎧の上からでも、アストルフォの槍は膝から下部分の魔力供給を強制的にカットし、一時的だが肉体の構成を不可能にしてしまう。

 

 

「ーーー両足を無くした程度で、私は止められない!!」

 

 

そう、例えアストルフォの活躍により大地を踏みしめるはずの両足を無くしたところでスパルタクスは止まらない。足が無ければ腕を使い、這い蹲りながらヴラド三世に向かう。

 

 

「あぁ、そうであろうな反逆の使徒よ。そなたは足を無くした程度では絶対に止まらぬ」

「ーーーだから、腕も取っちゃいましょう」

 

 

アストルフォとは違う幼い声が聞こえ、スパルタクスの両腕を大量の宝具が串刺しにした。それはいつの間にかヴラド三世の隣に現れていたギルガメッシュの宝具による攻撃。両腕を大地に縫い付けられたことでスパルタクスは動けなくなりーーーそれがどうしたと()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

痛みなど感じていない。そんなものよりもスパルタクスの中に駆け巡るのは圧倒的な歓喜。ヴラド三世の隣に現れたギルガメッシュ、彼を見た瞬間に、彼から放たれる覇気を感じ取った瞬間にスパルタクスは判断した。

 

 

ギルガメッシュ(あれ)もまたヴラド三世(あれ)と同じ(圧制者)であると。

 

 

「おぉーーーおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

 

歓喜、歓喜、歓喜。圧制者が目の前に二人もいる。それを討ち滅ぼしたときの絶頂を得る為にスパルタクスは手も足も無くした状態でありながらヴラド三世とギルガメッシュに這いずって向かっていく。

 

 

「ーーーあぁ、これは駄目だ。領王様、こいつはここで殺した方がいい」

 

 

そんなスパルタクスの姿を見ながら進言したのはギルガメッシュの後ろに立っていたクラウディア。四肢を失いながら迫るスパルタクスの事を蔑む眼で見ていた。

 

 

「奇遇だなクラウディア、余も同じ事を考えていた」

 

 

それをヴラド三世は受け入れ、地面から生えてきた鋭い杭がスパルタクスの胸を貫いた。サーヴァントの霊核を狙った一撃、だがまだ足り無いのか更に杭を生やしてスパルタクスの頭を、胸を、全身を余す事無く貫く。

 

 

「赤のバーサーカーの叛逆は権力に叛逆することをよしとするだけの叛逆では無い。あれは気高き魂の表れだ……いつ如何なる時も強者が弱者を蹂躙することを良しとせず、あれは強者を弱者へと引き摺り下ろす為に戦っていた」

「そんなのを手駒にしたところでいつか手を噛まれるのがオチですからね」

「いつ裏切るか分からない奴なんて怖くて置いておけねぇよ」

 

 

スパルタクスの墓標となった聳え立つ杭の山を見ながらヴラド三世たちはスパルタクスに対する評価を口にした。強者を討ち滅ぼす事だけにすべてを捧げたスパルタクスを手駒にしてもいつか手を噛まれるだけ。だから殺した。

 

 

サーヴァントは特別なスキルや宝具でも無い限りは霊核を破壊されれば死ぬ。例外としてはヘラクレスだけだろう。仮に死んでいないとしてもこれだけのダメージを受ければその内に死ぬ。

 

 

そしてスパルタクスは、全身を杭に貫かれながらもまだ生きていた。虫の息でほとんど死にかけているがまだ生きていた。

 

 

そしてーーースパルタクスの叛逆譚はここから始まる。

 

 

スパルタクスの墓標となっていた杭の山が内側から爆ぜた。そこから現れるのは肉、肉、肉。スパルタクスの身体と同じ色をした肉が杭の墓標から溢れ出す。

 

 

「まだ終わらぬか、叛逆の使徒よ!!」

「アーチャー!!」

「分かってますよ!!」

 

 

クラウディアの叫びに近い指示を受けてギルガメッシュは蔵から黄金の船を取り出し、ヴラド三世とクラウディアの身体に友の名を持つ鎖を巻きつけて飛翔した。船底を掠める絶妙なタイミングで、彼らは肉から逃れる事に成功する。

 

 

「「「「「「あぁぁぁぁははははは!!!!!!」」」」」」

 

 

肉に何十もの口が現れ、そこから何重もの笑い声が放たれる。その声はさっきまで聞いていたスパルタクスの声だった。

 

 

「こりゃあ……宝具か?」

「それ以外に考えられませんね」

 

 

スパルタクスの宝具【疵獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)】。受けたダメージの一部を魔力に変換し、蓄積して能力をブーストさせる自身に向けられた対人宝具。即死級のダメージを受けた事で疵獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)が発動し、変換された魔力がスパルタクスを生かそうと身体を作り変えていたのだ。

 

 

もっとも変換された魔力があまりにも多すぎてスパルタクスの身体はただの肉の塊になっている。だが、それでもスパルタクスの気高き魂まで失われていない。圧制者へ対する感情を失っていない。

 

 

それにいるヴラド三世らに目掛けてスパルタクスは肉の触手を伸ばす。それも一つや二つでは無く、十や二十でも無く、百を超える数で。それをギルガメッシュは船を旋回する事で躱し、さらに蔵から宝具を射出する事で迎撃する。だが千切れた触手は切断面から生え直し、落ちた触手は肉に飲まれてスパルタクスに還る。さらにダメージを受けた事で疵獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)が発動、スパルタクスの体積が増加する。

 

 

「ダメージを受ける度に魔力が増えていってるな」

「となれば手数では無く一撃で葬る事が望ましいな」

「だけど僕らの中でそういうのってセイバーだけですよね?」

 

 

黒の陣営の中で今のスパルタクスを打倒できる可能性がサーヴァントはギルガメッシュが言った通りに黒のセイバーだけだった。だが、ここで彼の宝具を使わせる事は躊躇われる。何故なら黒のセイバーの真名が有名過ぎるからだ。もしここで宝具を使わせれば赤や白の陣営の目に止まって真名を暴かれるかもしれない。さらにもう一つ、それは黒のセイバーの宝具で確実にスパルタクスを倒せるかという事。人型の状態ならば行けたかもしれなかったが今の肉塊のスパルタクスを倒し切れるとは到底思えなかった。今のスパルタクスを確実に仕留めるなら、対城クラスが望ましい。

 

 

「はぁ……しょうがないな。領王様、()()()を使うぞ」

「……いざ仕方ないか」

 

 

短い葛藤があったものの、ヴラド三世はクラウディアの提案を許可した。

 

 

「ーーーベアトリス、あれを蹴散らせ。帯雷は一つだ」

「ーーーあはっ、愛してるわ。クラウディア様ぁ!!!」

 

 

ユグドミレニアの森の上空に黒雲が集まり、雷が落ちた。そこはスパルタクスから50mほど離れた地点で、そこには一人の少女がいた。だがその少女の右腕は異形の物、そしてその腕で()()()()()()()()()を腕で振りかざしている。しかも、そのハンマーに宿る神秘は現代の神秘とは比べ物にならなかった。

 

 

ベアトリスと呼ばれた少女のハンマーに宿る神秘にスパルタクスは気付く。だがそれよりも圧制者を討つ事に専心してしまう。

 

 

「消し飛べ、元素の塵までーーー悉く打ち砕く雷神の鎚(ミョルニル)!!!!!!」

 

 

振り下ろされたハンマーから放たれたのは雷を帯びた純粋な破壊の砲撃。それはスパルタクスを消し飛ばし、余波で森を吹き飛ばし、レイニィが偵察用に放っていた因子を殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミョルニルという名のハンマーが振り下ろされたところで記憶の共有は終わった。なるほど、あれだけの神秘で、あれだけの破壊力を秘めているのなら人間であってもサーヴァントを殺せるのだろうとクー・フーリンは納得した。

 

 

「マジでサーヴァントを殺してやがったな……あの嬢ちゃんと宝具に覚えは?」

「ハンマーは北欧神話の雷神トールの【悉く打ち砕く雷神の鎚(ミョルニル)】、使ってた奴はベアトリス・フラワーチャイルド。俺の元実家でクラウドの付き人やってた伝承保持者(ゴッズホルダー)だ」

 

 

スラスラと知っていた情報をレイニィは懐かしそうに口にする。レイニィの出自はすでに白の陣営に明かされていて、黒の陣営のクラウディア・ミクラシェがレイニィの実弟だということもクー・フーリンは知っていた。

 

 

その時に少しだけ辛そうな顔をしていたレイニィをアルトリアが性的な意味で慰めようと服に手をかけたところでモードレッドが瞬獄殺を決めて落とすところまでテンプレだった。

 

 

伝承保持者(ゴッズホルダー)までいるって……お前の実家何やってんだよ」

「説明したと思うけど?完璧な人間を求めて人工交配を繰り返している魔術師だったって。それ考えると伝承保持者(ゴッズホルダー)を取り入れようとしていたのも不自然じゃない、むしろ当たり前だと言える。ちなみにベアトリス以外にもう一人伝承保持者(ゴッズホルダー)いるから。バリッバリの戦闘タイプの奴でな」

「人間ってなんだっけな……」

 

 

自分の中での人間の定義がアヤフヤになってきたのでワインを飲み干す事で逃れようとする。そこにちょうどバゼットから治療をするので早く戻るようにとの念話がクー・フーリンに届く。

 

 

「バゼットに呼ばれたから行ってくるわ」

「へーい」

 

 

酒瓶をラッパ飲みしながら生返事をし、家の中に入るクー・フーリンを見送る。

 

 

「ーーーはぁ、身内と殺し合うってホント辛いよなぁ」

 

 

レイニィの呟きは誰にも届く事なく、夜の帳に消えていった。

 

 

 





スパさんはここで脱落。まぁ子ギルとレイニィ弟がスパさんの危険度を察知したら手駒にしようだなんて考えません。

そしてレイニィ実家は伝承保持者(ゴッズホルダー)を囲っていたという……それも二人も。その二人はバリッバリの戦闘タイプ、つまり黒の陣営にはバゼットクラスがマスター以外に二人いる……ヤバイ(白目)

頑張れ赤の陣営!!負けるな赤の陣営!!スパさん脱落して、シェイクスピアが戦えないから実質あと五人しか戦えないけどまだ終わってないぞ!!(なおモーさん単独行動中)



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彼の夢

 

 

クー・フーリンが屋敷の中に戻ってからもレイニィは1人で外にいた。赤と黒の陣営の強襲を恐れていない。メディアが張った魔術的な結界とロビンフットの物理トラップ、それにレイニィの因子がこの周囲を見張っているのでアサシン単騎でも無ければこの屋敷まで来ることが出来ないと分かっているから。

 

 

外に1人で居て、考える事は出奔した実家の……ミクラシェの事だった。ミクラシェの家は完璧な人間を作る事で根源を目指している魔術の家系であった。そのことに関してはレイニィーーーレインヴェルも賛同していた。もっとも根源を目指してでは無く、完璧な人間とはどんな人間なのか興味があったからなのだが。

 

 

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから寝首をかいて当主を殺し、工房を徹底的に破壊してミクラシェから出奔した……そのつもりだった。

 

 

切嗣の調べによればミクラシェ当主は未だ健在、レイニィがした破壊工作のお陰である程度弱体化してユグドミレニアの一族に取り入ったようだが家の方針は変わっていないようだった。レイニィがやった事は無駄では無かったが、足止め程度にしかならなかった。

 

 

しかしそう考えていたのは初めの頃だけで、今思っている事は実弟であるクラウディアを始めとした3人の事だった。自分のことを兄と呼んで後ろをついていたクラウディア。クラウディアを好いていたのかいつもベッタリだったベアトリス。それにーーーそれを少し離れたところから眺めて優しげに微笑んでいた、()()()()()

 

 

その3人が、今ではレイニィの敵である。その原因が自分にあると分かって、それを受け入れているがどこかレイニィの心に重くのしかかっていた。

 

 

それを紛らわせるように酒を飲む。すると偵察用にばら撒いていた因子の1つから興味深い光景が送られて来た。

 

 

「ーーーへぇ、マジかよ……良し、行ってみるか」

 

 

その光景に感嘆し、興味が湧いて来る。そして即決でその現場へ行くことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー生きてる……良かった!!良かった、良かった良かった……!!」

 

 

暗い暗い、ユグドミレニアの森の中でアストルフォは地面に倒れているホムンクルスの少年に寄り添いながら泣いていた。

 

 

赤のバーサーカーの強襲による混乱を好機と捉えたアストルフォは自分が助けたホムンクルスの少年を連れ出そうとしていた。理由らしい理由はなく、ただそのホムンクルスに生きていて欲しいから。そんなどうしようもなく当たり前な理由で、アストルフォはヘラクレスの為に鋳造されたホムンクルスを逃す手助けをした。

 

 

ユグドミレニアの森は魔術による罠や結界が張り巡らされているがアストルフォの宝具魔法万能攻略書(ルナブレイクマニュアル)(仮名)によって防がれて意味を成さない。

 

 

このままホムンクルスの少年を逃がせるーーーだが、それを妨害する者がいた。黒のセイバーとそのマスターのゴルドだ。

 

 

アストルフォがホムンクルスの少年を連れ出した事は黒の陣営にバレていた。黒の陣営の切り札であるヘラクレスの宝具十二の試練(ゴッドハンド)で消耗した命のストックを増やす為に鋳造された特別性のホムンクルス、それを逃すわけにはいかないとダーニックは考えていた。

 

 

だが黒の陣営のマスターとサーヴァントたちはそこまでホムンクルスに対して執着していなかった。ヘラクレスのマスターであるクラウディアはわざわざホムンクルス1人の為に出向くことを無駄だと断じて、フィオレとケイローンは赤のバーサーカーによって破壊された結界の修復を理由に、カレウスはギルガメッシュに止められたことを理由に拒否。ヴラド三世を出すなど論外。ホムンクルスを連れ出したアストルフォのマスターのセレニケに関しては……部屋から艶めいた声が聞こえてきてダーニックが逃げ出した。

 

 

そこでホムンクルスを連れ戻す命を受けたのは黒のセイバーとそのマスターのゴルドだった。大戦が始まってから()()()()()()()()()()()()()()()()ゴルドはこれを受諾し、黒のセイバーを連れてアストルフォの元に向かった。

 

 

追いついてしまえば後は簡単だ。黒のセイバーにアストルフォを捕まえさせて、ゴルドがホムンクルスを捕まえる。そして連れて帰る。それだけだった。それだけで済むはずだった。

 

 

だがそこでゴルドは予想外の反撃を受ける事になる。ホムンクルスが、ただヘラクレスの命のストックとして造られた紛い物が、自分を殺そうとしたのだ。幸いに魔術による防御が間に合い、治療魔術で数秒もあれば完治する怪我を負う程度で済んだのだが、ホムンクルスを下と見下していたゴルドはそれに怒り狂い、半狂乱になってホムンクルスの少年を蹴り飛ばし、殴り抜いた。

 

 

まともな人間なら青あざができる程度、だが肉体が未熟なホムンクルスの少年はたったそれだけの事で心臓が破れ、死にかけた。いや、もしかしたら死んでいたかもしれない。

 

 

『止めろ、セイバー!!君のマスターを、早く!!』

 

 

黒のセイバーに押さえられていたアストルフォは渾身の力を込めてもがいたがピクリとも動かない。

 

 

『ボクたちは願いを叶える為に現界した!!だからって、()()()()()()()()()()()!?英雄たる振る舞いを忘れたか!?ボクは嫌だぞ!!ボクは確かにライダーとして召喚された!!だけどそれ以前にシャルルマーニュが十二勇士、アストルフォだ!!ボクはあの子を見捨てない!!見捨てないぞ!!』

 

 

アストルフォの黒のセイバーを真っ直ぐに見据えた慟哭に、黒のセイバーは自分が目指していたものを思い出した。

 

 

彼は生前、求められたことをすべて応えていた。跪いて乞い願われたならば、その手を必ず握り締めた。

 

 

竜殺しを求められたのなら、竜殺しを為した。

 

誰の意にも添わぬ絶世の美姫を抱かせるように求められたのなら、そうするように知恵を絞った。

 

私服を肥やしていた役人が家族を殺されたと訴えられたのなら、仇を討った。

 

貧困で喘いでいた村人たちを、ただ望まれなかった為に見捨てた。

 

 

その行動には己の意思は無く、戦闘には己の好みは無い。英雄的な生き方だったといえばそうかもしれないが、そんなものは人の生き方では無い。さながら願望機の様な生き方だった。

 

 

あの怪物を倒して欲しい。我々の村を救って欲しい。我々の敵を倒して欲しい。あの山が欲しい。あの美女が欲しい。あの国が欲しいーーー願い事は人の数だけあり、彼が叶えた願いの数は乞われた数だけ。

 

 

それは最早、英雄と言う名のシステムに過ぎない。だが、それでも彼はそれを良しとした。だって、誰かに感謝されるのは悪い気分では無かったのだから。

 

 

乞われて叶えて、乞われて叶えて、乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えてーーーその果てにあったのは、彼が死ぬことでしか解決出来ない状況だった。

 

 

だからこそ、彼は英雄から英霊に昇華した時に【他人に望まれた英雄】としての己を省みて、1つのささやかな夢を抱いた。

 

 

【誰かの為】では無く、ただ己の正義を信じて戦う正義の味方ーーーそれが彼が、黒のセイバージークフリートが抱いた夢だった。

 

 

ジークフリートはアストルフォの慟哭により、その夢を思い出した。だから、ジークフリートは動いた。

 

 

ホムンクルスの少年を嬲り続けるゴルドに許しを乞い、少年を治療する様に頼む。それがゴルドには気に入らなかったのだろう。唾を飛ばしながら叫んだ。何せゴルドにとってして見ればサーヴァントなどたかだか使い魔でしか無い。主である自分に従うべきだとジークフリートを罵倒しーーージークフリートの拳が腹部に叩き込まれた事で意識をなくした。

 

 

そんなゴルドのことを一瞥もせずに、アストルフォに手を握られて死にかけているホムンクルスの少年の元に向かいながら魔力で編み上げた鎧や剣を捨てて上半身をさらけ出した。

 

 

そしてーーー彼は自分で自分の心臓を抉り出した。その異常な光景を前にして、彼のことを殴ろうとしていたアストルフォは茫然とする。

 

 

『ーーー償い切れるものでは無い。むしろ、非業の運命を背負わせることになるやもしれぬ。それでも、俺は……彼に、捧げるべき(モノ)がある』

 

 

そう言いジークフリートは自分の心臓を死にかけているホムンクルスの少年に呑ませた。幻想的で猟奇的な光景でありながら、そこには狂気は無かった。飲み込まれた心臓がやがて少年の心臓の位置に到達し、力強く脈打ち始める。

 

 

こうしてホムンクルスの少年は蘇った。だが、全ては等価交換である。ホムンクルスの少年の生命を救った代償として、ジークフリートは聖杯を諦め、第二の生を諦め、何かの願いを捨てる事になった。

 

 

『ライダー、感謝する。俺は、危うく俺が目指していたものを見失うところだった』

 

 

足下が金の粒子に変わりながらも、ジークフリートが言ったのは感謝の言葉だった。サーヴァントの急所である霊核を自分で抉り出した彼は、消滅する以外の未来は無い。

 

 

『セイバー、駄目だ!!行くな、行くなセイバー!!』

 

 

怒りと哀しみで涙を流して顔をグチャグチャにしながら叫ぶアストルフォの姿はどこからどう見ても可憐な少女にしか見えない。彼と共に戦った兵たちは、良いところを見せようと働いたのでは無いかと考えて、ジークフリートは苦笑する。どうやら彼は、自分で考えていた以上に剛胆な愚者だったらしい。

 

 

ーーーあぁ、これで良かったのだ……

 

 

そうして最後に独りごちて、ジークフリートは1つの満足と共に消滅した。そして、ホムンクルスの少年が咳き込んだ事でアストルフォは完全に彼が息を吹き返したことに無邪気に喜び、無邪気に涙する。そうした結果、黒のセイバーを失った事による圧倒的不利な状況について考えず、ホムンクルスの少年を救えた事を喜んでいた。

 

 

そして、彼はそれを見ていた。森の中に忍ばせた因子の1つを通してその光景をリアルタイムで観ていた。それに興味を持った。だからここに訪れた。自分の敵である黒の陣営の領土に。

 

 

「ーーー素晴らしい。あぁ、本当に素晴らしい。自分の命と引き換えに造られた少年を救ったセイバーも、サーヴァントとして召喚されながらも己を忘れずにあろうとするライダーも、実に素晴らしい、胸を打つ……どうか賛辞を送らせて欲しい」

 

「ッ!?君はーーー」

 

 

森の陰から現れたのはレイニィ。たった1人のホムンクルスを救うために奮闘したアストルフォと、彼を救うために消滅したジークフリートに感動したのか涙を流している。

 

 

唐突に現れた白の陣営の1人を警戒したか、アストルフォは腰に下げていた剣を引き抜きホムンクルスの少年を守るようにレイニィに対峙する。ジークフリートが救った彼を傷つけさせないと意気込んでーーーそしてそれは、レイニィが手を突き出して待ったをかけた事で止められる。

 

 

「待ってくれ。確かに俺は黒の陣営を物理的に潰したいと考えているがそれだけだ。邪魔をするなら叩き潰すが無関係な奴まで巻き込もうとは考えない。それに黒のセイバーが命を捨ててまで救った彼を傷つけたくは無い」

 

「……だったら、なんで来たのさ?」

 

「興味を持ったから。そこで1つが提案がある。彼を白の陣営(こちら)で預ろう。蘇ったと言ってもサーヴァントの心臓なんていうとんでもないものを与えられたんだ、何か不具合が出てそのままなんてこともあり得ない話では無い」

 

「……確かに」

 

 

ホムンクルスの少年は蘇ったが、レイニィの言う通りだ。サーヴァントの肉体の一部を与えられればまともな人間なら死んでしまう。とある世界ではサーヴァントの腕を移植して生きた少年がいるがそれは特例中の特例だ。

 

 

「信じて、良いのかな?」

 

「俺の義父と俺の全てに誓おう。俺を含めたマスター全員とサーヴァント全員が、彼に危害を加えることをしないと」

 

「……分かった。なら、宜しくね」

 

 

アストルフォの理性は蒸発している。だから彼は理性では無く直感で、思った通りに行動する。その直感がレイニィを信じても良いと言っているのだ。それに、そこに倒れているゴルドも連れて帰らなければならない。ジークフリートが脱落してマスターでは無くなったとは言っても彼は黒の陣営にとって必要不可欠な人材である事には変わらない。

 

 

「あ、そうだ。これをその子に渡しておいて」

 

 

ゴルドを担ぎ上げたアストルフォが何気なしに腰に吊るしていた細身の剣を鞘ごとレイニィに差し出した。

 

 

「……了解」

 

 

武器を手放して良いのかと疑問に思ったがアストルフォは赤のバーサーカーと槍で戦っていた事を思い出してレイニィは受け取った。そしてそれをベルトに刺して、ホムンクルスの少年を横に抱き抱える。

 

 

「伝えたい事とかあるか?起きたら言っておくけど」

 

「なら1つだけーーー今の君なら何だって出来る!!好きな所に行って人と出会って、誰かを好きになったり嫌いになったりして、愉快に人生を過ごすんだ!!」

 

 

そう、アストルフォはユグドミレニアから解放されたホムンクルスの少年へのメッセージを叫んで宝具らしき上半身がグリフォン、下半身が馬という本来【あり得ない】存在に跨ってユグドミレニア城に向かって去って行った。

 





すまないさんここで脱落……FGOだとすまないすまない言ってばかりのイメージしかないですけどApocryphaだとこんなにカッコよく脱落します。

そしてホムンクルスは白の陣営へ……原作だとサーヴァントの心臓入れてすぐに動き回ってたけどあれはホムンクルスだから平気なんだろうか?ヘブンスフィールの腕士郎は紅茶と同一存在だから、聖骸布で済んだけど……



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