FF14 短編集 (ななみん)
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報本反始

 時間軸は、新生スタートから三年前の、キャンプ・ドラゴンヘッド。アートボルグ砦群の責任者にフランセルが就任した頃の、フランセルとオルシュファンのお話です。
 注意事項は以下の三点です。閲覧の際には十分ご注意下さいますよう、よろしくお願いします。
・メインクエストのネタバレ含みます。故に、メインクエストをLV57IDクリアしたところまで進められた方推奨です。ネタバレお嫌いな方は、すみませんがお戻り頂けると幸いです。蒼天秘話「銀剣のオルシュファン」をご覧になっておられるのであれば、問題ないかもしれません。
・二人が現在の地位に就任した時期が定かではないので、独自の設定をさせております。見逃している可能性が高いですので、他の設定も含めまして、間違いご座いましたらご指摘頂きますと非常に助かります。具体的な数字を盛り込まないという手法も考えましたが、色々考えた故の結論となりました。
・蒼天秘話「銀剣のオルシュファン」の話を基に書いております。故に、秘話で語られた一部内容も含みます。お読みにならなくても問題ないように努めておりますが、分かりづらいところありましたら、加筆および修正させて頂きますので、ご指摘をよろしくお願いします。

この小説はpixivにも投稿させて頂いております。
リンク:http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5816090


 クルザス中央高地、アートボルグ砦群の責任者に就任したフランセルの元には、多くの者が祝いの品を持参しやって来た。それもそのはず、フランセルはアインハルト家の正式な四男――イシュガルド四大名家の一つである家の子息。故に名高い他の名家や親戚一同が、純粋な心とそれぞれの思惑のもと自分に近づいてきた事くらいは、若いなれどもフランセルには理解している。無論、百を超える程の者が皇都イシュガルドからわざわざこの地を訪ねてきた事は、父であるボランドゥアン・ド・アインハルト伯爵の人望と自分への気遣いによるものだということも。

 来客の数が落ち着き、本格的に任務を始めてから数日後。フランセルは、任地の北隣であるキャンプ・ドラゴンヘッドを訪れていた。時は昼過ぎ。白い息を吐く中、慣れぬ雪道を踏みしめ、この地を治める四大名家の一つであるフォルタン家の騎士が座する建物の扉をくぐった。刹那、熱すぎる抱擁がフランセルの身体を出迎えた。

「おお! この寒い中、良く来てくれた、友よ!」

「く、苦しいですっ、オルシュファン卿」

 フランセルよりも首一つ近く高い身長を持つ男――キャンプ・ドラゴンヘッドを統括する騎士、オルシュファンは、相手から離れて謝罪する。

「すまない。最近はこうして会う事も少なくなったこともあってか、つい感情が昂ってしまってな」

「相変わらずだね。楔帷子を着込んでいる時は、そっと抱きしめなければと、前に言ったのに。特に、女性には些か厳しいだろうと」

 指摘するべきはそこではないのでは、と部下であるステファノーの小声が聞こえ、フランセルは首を傾げる。が、何でもありません、と俯く彼に疑問を抱きながらも、特に問題はなさそうだと思いオルシュファンに向き直る。

 銀の短髪を靡かせ、深い青の瞳を強く輝かせながら、オルシュファンはフランセルの手を取る。

「しかし、私はひどく待ちわびていたのだぞ。今日は貴公の好きな紅茶と菓子を用意させた、まずは――」

 冷めあらぬ様子でテーブルを示すオルシュファンの口元に、フランセルは埋まっていない方の手で指を当てる。

「それは後回しです。まずは仕事をきちんとこなさねば。皆に顔向けができない」

 けど。恥ずかしげな様子で頬を少し紅潮させ、フランセルはオルシュファンを指した手を口元に当てる。幼さが目立つ顔で、さながら、子供のようにねだる目で部下を見上げる。

「……紅茶とお菓子は、貰っても良いかな。すごく魅力的だ」

 ステファノーの盛大な溜め息は、オルシュファンの笑い声によって掻き消された。

 

 

 

 

 二人の仕事は、夕刻まで続いた。情報共有はもとより、これまで行ってきた両者の連携事項の確認、アートボルグ砦群に南に位置するアドネール占星台を統括するデュランデル家との定例会議の日程の検討、等々。形式的なものも多いが、二人は至極真面目にこなしていく。

「四連装対竜カノン砲の件は、アインハルト家からも再度掛け合ってみます。ただ、申し訳ないけど保証はできない。先月から、ファルコンネスト周辺でドラゴン族の襲来が激しいこともあって、そちら優先して武器を供出している現状なんだ」

「構わない。こちらも情報は耳にしている。アドネール占星台からスヴァラ襲来の予期を受けてはいるが、幸いにも予定時期は未だ先の話。前回の襲来で奴と奴らの眷属に手痛い被害を与えてやったからな、規模もそれ程大きくはないはずだ。最悪、故障した四連装対竜カノン砲の代用がなくとも、兵を増やしたりして迎撃できるように訓練させている。三家の連携に関しては、定例会の折が良かろう」

 こんなところか。紙の束を整理し、オルシュファンは溜め息をついた。後の事は任せる、と部下であるコランティオに書類を渡す。恭しく礼をした後、各所へ指示を出すコランティオから目を離し、フランセルも同様に部下へと指示を飛ばす。

「ああ。急ぎのものはないはずだから、今日は皆でお世話になろうと思う。問題ないよね?」

「しかし、先程の――」

「そうか。昨日はステファノー出かけていたっけ。大丈夫だよ、カノン砲の件は既に打ってあるから。それに、昨日の今日で再び催促をかけたら、先方は良い顔をしないと思わないかい?」

 困惑の色を隠せないステファノーにフランセルは微笑する。二人のやり取りを見ていたオルシュファンに向って、静かに頭を下げた。オルシュファンは屈託のない笑顔で頷き、新たな紅茶と菓子を持ってきた使用人の女性へ指示する。

「案内を頼む。我らが盟友達に、最大のもてなしを」

 畏まりました。頭を下げ、使用人はステファノー達へ会釈する。フランセルにも声を掛けるが、席を立たない客人と主に微笑み、双方の部下達と共に部屋を後にした。

 広い会議室に、残されたのは二組の茶器とプディング。場所を変えよう、とオルシュファンは提案し、紅茶と菓子の乗った盆を手に取る。会議室を後にし、応接室へ向かう雪道の最中、吹雪からフランセルを庇うように歩きながら、ぽつりと呟く。

「優しい嘘だな」

 何のこと? とフランセルはとぼけてみせるが、にやりとした相手に肩を竦める。

「嘘はついていないよ。前々からずっと打診はしている。ただ――それでも念を押すべきだ、って考えるのがステファノーだからね。真面目なところはいつも頭が下がるけど、この猛吹雪の中に部下を送り出す程、僕は真面目になれそうにないから」

 応接室は暖かかった。外との温度差を鑑みたとしても、長時間かけて温められていたことが伺え、フランセルの眉は自然と上がる。無論、尋ねるという無粋な真似はしないが、こうなることを予想していたオルシュファンに尊敬の念を抱いた。

 フランセルが好む程よい熱さの紅茶を客人に差し出し、オルシュファンは菓子を添える。

「口に合うだろうか」

 頂くよ。相手が着席した事を確認し、フランセルはプディングを口にする。奇妙なまでに緊張した様子で見つめてくる友人に目を丸くし、一旦スプーンを置く。

「もしかして。オルシュファンが作ったのかな?」

 何故分かった?! 身を乗り出してきたオルシュファンにフランセルは笑う。

「少し甘いからね」

「む……試行錯誤はかなり行ったのだが」

 不味かったのならば謝る。俯くオルシュファンに、とんでもない、とフランセルは再びプディングを口に入れる。

「晩餐会に出しても差し支えない出来だよ」

 そうか。オルシュファンは息をつき、そっと俯く。

「あの時の味が、どうも忘れられなくてな」

 長い耳が上がるが、フランセルは無言を貫いた。オルシュファンのプディングを手に取り、相手の視界へ差し出した。

「まさか。鍛え上げられた肉体を愛でるのが好きなオルシュファンが、お菓子作りに興味を持つなんて」

「一つ誤解しているようだが――……そうだ」

 紅茶を啜るフランセルの胸元に、オルシュファンは指を突き立てる。

「フランセル。もしや、躰を鍛え始めたのではないか?」

 肯定するフランセルの正面で、オルシュファンは嬉しそうに両手を広げる。

「やはりそうか! ならば是非ともいまこの場で、美しい身体を私に見せては――おほん、いかんいかん」

 じとっとした目で見つめる相手に、またコランティオに怒られてしまう、とオルシュファンはこめかみを押さえる。

「腕立てだけ毎日やるというのは、身体を壊し兼ねん。腹筋や背筋、腕立てを日ごとに交互にやることだ。鍛え方に偏りがあると、見栄えも美しくない」

 本格的に鍛え上げるのであれば、このオルシュファン、我が友のため、全身全霊を賭けて指導するが――大きく身体を乗り出し、相手の顔近くでオルシュファンは熱い息をかける。が、固まっているフランセルへすぐに吹き出し、仕切るように座り直す。

「身体の代謝促進と健康維持が目的なのだろう? ならば部下と相談し、無理をしない量を心掛けることだ。現在の量では、些か身体に負担が掛かり過ぎている」

 自分の日常を知っているかの如く的確な指摘に、フランセルは返す言葉が無い。久し振りに会ったというのに、何故そこまで理解できたのだろうか――フランセルの疑問に、うむ、とオルシュファンは胸を張る。

「当然だ。今まで多くの身体を見てきたのだからな」

 むせているフランセルに首を傾げつつも、オルシュファンは微笑みながら、プディングの入ったカップを握りしめる。

「長い付き合いだ。お前が元気のない顔をしていることくらい、会っていなくとも分かる」

 プディングの後味が喉を突く。甘く、甘い味――明るい金髪がはらりと揺れ、脱いだ黄緑の帽子の中に青みを帯びた黒い双眸は隠れる。

「君には、かなわないな」

 くすくすと笑い声を上げるフランセルを帽子越しに見つめ、オルシュファンも微笑みながらプディングに目を落とす。

「部下が息子の誕生日にケーキを焼いた話を耳にしてな」

 いつも本ばかり贈るのは、芸がないと思った。プディングを握る手を強くするオルシュファンの正面で、「本当、オルシュファンにはかなわないや」とフランセルは帽子を膝に置いた。

「ねえ。オルシュファン」

 欠けた黄色い菓子の上、あどけなさの残る顔に笑顔はない。光る水面をそっと這う茶色の苦い滴を見つめる目は、燭台の光に照らされているにもかかわらず輝きが薄い。

「自信がないんだ」

 アートボルグ砦群の責任者をやっていける自信がない。オルシュファンはくっと眉を上げるが、フランセルは相手に口を挟む隙を与えず吐きだす。

「僕は、オルシュファンやラニエット姉上のように強くないし、ましてや騎士でもない。クロードバン兄上のように、身命を賭してまで任務を果たそうとする覚悟も――」

 声が震えている。未だに現実を受け入れられない自分に、フランセルは嫌悪する。最後にあった兄の笑顔が思い起こされ、プディングのカップを握りしめる。

 二年前、クルザス一帯の気候が劇的に変化した第七霊災の直後。キャンプ・ドラゴンヘッドから北に位置する対竜要塞、スチールヴィジルがドラゴン族の急襲を受け、陥落。当時、彼の地はアインハルト家が管轄しており、クロードバンが防衛戦の指揮を執っていた。

 時を同じくして、スチールヴィジル同様アインハルト家が管轄していた対竜要塞ストーンヴィジルも、ドラゴン族の一大攻撃を受けて陥落。第七霊災後の混乱を突かれたものではあったが、皇都イシュガルドを護る四つの塔の内二つを失ったことで、他家からのアインハルト家への風当たりは厳しいものとなっている。特にストーンヴィジルはドラゴン族の塒と化しつつあり、その存在が非常に警戒されている。現在は、デュランデル家がストーンヴィジル南東にあるホワイトブリム前哨地を拠点に、迎撃および奪還作戦を計画中とのことである。スチールヴィジルに関しても、彼の地を落としたスヴァラおよびその眷属が度々飛来しており、キャンプ・ドラゴンヘッドを拠点にフォルタン家が迎撃にあたっている状況である。……正直なところ、アインハルト家は二家に頭が上がらない現実であり、フランセルもオルシュファンにしばらく顔向けが出来ないでいた。

「恥ずかしい話。アインハルト家は、信用を取り戻さねばならない。父上は様々な政策を打ち出し、二人の兄上も、ラニエット姉上も各地で任を全うされておられる」

 自分もアインハルト家のために、為すべきことを成さねばならない――だが、廃墟と化したスチールヴィジルを遠くから視察した際、全身が震えたあの感覚が、フランセルは忘れられない。

「アートボルグ砦群にも、ドラゴン族が飛来することもあるそうだね。……僕は、クロードバン兄上の仇を討ちたいわけじゃない。けど、もしスヴァラや――兄上を殺したドラゴンと対峙するような事になった時、自分は」

 情けない限りである。ただ、友人であるオルシュファンには聞いて欲しかったのかもしれないとフランセルは俯く。強く、優しく、自分が尊敬する存在である彼であれば、何か答えをくれるのでは――身勝手な願いを望み、そして、やはり勝手に呆れてしまう。

 微笑みながら、優雅にプディングを食べているオルシュファンに。

「お、オルシュファン――」

 聞いていたのか!? 机に手を付き、フランセルは声を荒げた。温厚で優しいと誰もが口を揃えるフランセルではあったが、珍しく感情を露わにした彼は身を乗り出してしまう。

 そんなフランセルに、尚も微笑しながらオルシュファンはプディングの付いたスプーンを振る。

「お前らしくもない。まずは、プディングでも食べて落ち着くと良い。私が言うのもアレだが、美味いぞ」

「――……」

 まさか、巫山戯ているのか。吐きたくなるが、確かに、自分の言動は大人げなかったとフランセルは反省する。諭されるがままに座り直し、手元にある残りのプディングを口に入れた。

 茶色く甘いカラメルのはずが、妙なまでに苦みが舌に残る。同時に目が覚めたかの如く、フランセルは落ち着きを取り戻していく。

「すまない。少し、感情的になり過ぎたみたいだ」

 クロードバンやアインハルト家に続いた出来事を思えば、無理もなかろう。スプーンを置き、オルシュファンはカップに紅茶を注ぎ始める。広がる褐色の波紋を見つめながら、そっと笑顔を落とした。

「あの時とは、まるで反対だな」

 何のことか。フランセルには全く想像がつかない。きょとんとするフランセルのカップに、オルシュファンはポットを傾ける。

「初めて会ったあの夜のこと。覚えているか」

 良く覚えている、とフランセルは頷く。

 十二年、否、十三年前。フォルタン家主催の晩餐会へ出席した時のことである。父であるアインハルト伯爵に連れられ、フォルタン家屋敷の中で型通りの挨拶回り……弱冠六歳のフランセルにとって、心身共に非常に疲れるものとなった。一通りの挨拶を終えた後、父に頼み屋敷の外で涼むことにしたフランセルは、テーブルから一つのプディングを持ち出し、外へと出る。屋敷近くの東屋で、静かに星を見ながら食べようと思い至り向った先。側で木刀を振る先客――当時十二歳のオルシュファンと出会った。

 今だから話せることだが。くつくつと笑いながら、オルシュファンは頬に付いたカラメルを指で掬う。

「いきなりプディングを渡された時は、なんと呑気なものだと心底呆れたのだぞ。そんな風に接してきた者はいなかったから、戸惑いもしたが」

「いま思うと……僕も無知と軽率が過ぎたとは思う。謝るよ」

 六歳でそれほど賢ければ、誰もが驚く。オルシュファンは笑って肩を上下させるが、フランセルは静かに首を横に振った。

 オルシュファンがフォルタン伯爵の私生児であること、フォルタン伯爵夫人との仲が良くないことをフランセルが知ったのは、些かの時が過ぎた後である。ただただ、当時は、屋敷の外にいる彼を自分と同じ晩餐会嫌いだとフランセルは推測した。そして、自分と同じ気持ちでいるオルシュファンに親近感を抱き、手にあるプディングを差し出した。

 この場の勢いで正直に話そう、とオルシュファンは食べ終えたプディングのカップを隅へ移動させた。

「あの時に食べたプディングは、酷く甘かった。優しく、優しすぎるが故に……僅かに腹も立った」

 食器が擦れる音が、静かな部屋に大きく響く。暖炉の中で小さく揺らめく炎が爆ぜる中、うっすら伸びた影でフランセルの顔も曇りが強くなる。

 お前にそんな顔は似合わん。やや自嘲ぎみの表情で、オルシュファンはフランセルに紅茶を差し出す。

「あの頃のオレは、少しばかり心が荒んでいてな」

 はたりと顔を上げたフランセルに、なに、周囲への嫉妬というやつだ、とオルシュファンは大きく頷く。

「私が「騎士として」育ってきたことは、お前も知るところではあるだろう。だが」

 当時は、それが――騎士として育ってきた自分という存在に疑問を抱き、重みを感じていたのだとオルシュファンは苦笑する。二人の義兄弟とは異なる厳しさを自分に見せる父、自分を疎ましいという態度の義母、同様に冷ややかな目を隠しきれていないでいる親戚達……もし自分という存在がいなくとも、フォルタン家は何事も無く、むしろ穏やかな日々を送れるのではないだろうか。負の感情を含む疑問は、父への小さな反抗を呼び、しばしばつまらないことで突っかかっては言い争ったこともあったと、オルシュファンはカップを手に取る。

 自分の存在意義を自身に問う事は、幼いオルシュファンには恐怖であった。おそらく――それが間違いであろうとなかろうと、すでに答えが出ており、単に認めたくなかったのだろうとオルシュファンはカップを置く。故に、何も考えぬようにとひたすらに鍛錬に励み、フランセルと初めて出会った日も屋敷の外で木刀を振っていた。だが、頭から離れぬ思考が鍛錬の邪魔となり、結局は深く考えてしまった。自分が自分たる、「騎士」とは何か、という問いに。

「フランセルに会う少し前。父上と、イイ騎士とは何か、という話をした事があってな」

 騎士にも様々な騎士が存在する。皇都イシュガルドを守護する神殿騎士、国の指導者たる教皇に直接仕える蒼天騎士、仇敵ドラゴン族を倒すことで民の心に希望を灯す竜騎士、各地方を治める貴族に仕え領地の安寧に努める騎士――国を越えれば、他国にも騎士は存在するし、己の信念のもとに各地を転々とする冒険者のような騎士もいるという。当然、彼らが仕えるモノや精神は異なる。個々の性格や生い立ち、立場、無数の要因は絡み合い、決して同じモノは存在しない。無論、騎士たるオルシュファンも例外なく持っている。自分にとっての、イイ騎士を。

 フォルタン伯爵に訊ねられた際、オルシュファンは、多くの騎士に共通する精神を挙げた。だが、本当にか、と問われ、壮絶なまでの空虚感に襲われ、閉口した。

 そうだ。くっと眉を上げ、軽蔑を覗かせる表情でオルシュファンは口を結ぶ。

「オレの、私の。剣は、腕は、志は。「主」がいないことに気付いたのだ」

 十二歳の少年には酷な話だろう。フランセルは思うが、静かに首を振るオルシュファンに沈黙する、が、やはりと口を開く。

「いや。当時の君には辛過ぎる」

「……「騎士」でなければ、居られなかった。当時はな」

「――……」

 酷く自分を責めるフランセルに、オルシュファンは紅茶のカップを向ける。水面が揺れ、不意に跳ねた滴がフランセルの頬を僅かに濡らす。

 謝るな。青い瞳が放つ眼差しに、非難の色はない。

「そんな折だ。フランセルと初めて会ったのは」

 カップを渡す口元は真っ直ぐに結ばれ、力強い声がフランセルの身体を叩く。

「時折、私の境遇に同情してくれる者がいる。だが、私は己が宿命を呪っていないし、悲しいとは思わん」

 全くないと言ったら嘘になるがな。小さく呟くも、オルシュファンは尚も自信に満ちた様子でフランセルを見つめる。

「私が騎士として育てられなければ。あの日――フランセルという、素晴らしい友に会う事は無かった」

 父上には改めて感謝しなければな。頷くオルシュファンに、フランセルは震えた唇を結ぶ。

 口に含んだはずの紅茶は、すでに消え去っていた。空のカップを無造作に置き、フランセルは垂れた前髪で赤い顔を隠す。プディングの甘み、カラメルの苦みを噛みしめつつ、彼の眩し過ぎる瞳を直視することが出来ない。気恥ずかしさなのか、あるいは……フランセルの気持ちを知ってか知らずか、オルシュファンは汚い音を立てて紅茶を啜った。聞くに耐えずむっとした顔を上げた相手の胸に指を突きつけ、久しぶりに見たその顔もたまらなくイイ、とオルシュファンは笑う。

「お前には、色々な事を教わった。紅茶の嗜み方から、女性への気遣いまで」

「そんな……作法なんて執事達に教わっただろうに。むしろ僕の方が貰ってばかりだよ。チョコボの乗り方や、六年前には命だって救われた――」

「いや」

 オルシュファンは襟を正し、そっと深呼吸した。

「オレこそ救われているのだ。お前の、その優しさと、笑顔に」

 四大名家たるフォルタン家の伯爵の息子となれば、私生児といえど擦り寄ってくる者は多い。だが、私生児故か、不遇を嘆き手を差し伸べる大半は、父であるフォルタン伯爵への繋がりを求めてくる意思が透けて見えた――心が穏やかでなかったこともあり、懐疑的に見えた部分もあるのだろうとオルシュファンは補足したが、同様の経験をしてきたフランセルには、心中察しあまりあるものであった。

「……」

「だが。お前の目は、今も変わらず純粋な色をしている。素直で、愚直で、真摯なイイ目だ」

 彼の晩餐会の後も、各々の父親の行事に連れ出された折に、二人は度々会っては共にプディングを食べて話を重ねた。屋敷の外で二人だけの時もあれば、チョコボに騎乗しながら狩りに勤しんだ時もある――いま思えば。父であるアインハルト伯爵は、自分に配慮してくれていたのではないかと、フランセルは空のカップを見つめる。フランセルが連れ出される行事は大概フォルタン家の者と会う事が多かったし、必ずと言って良いほどオルシュファンが居たような気がする。茶会を抜けるといった多少の我が儘もすんなり通ることも多く、まるで示し合わせたかのように、オルシュファンもまた屋敷を抜け出している事が非常に多かった。

 自然と頭が下がったフランセルに、オルシュファンもまた頭を垂れた。

「憐憫と善意は違う。同情と心配は違う。フランセルの優しさが、本当の意味で、人を信じるということと大切さを教えてくれたことを、身をもって私は知っている。お前の笑顔が、皆を明るく照らしていることも、私は知っている」

 大袈裟だ。とフランセルは身体を竦める――確かに、フランセルはオルシュファンを疑うようなことは一切ない。第一、そんな場面さえないのだと心中で苦笑する。

 オルシュファンは何事も自分より上手くこなし、知識も半端が無い、武芸は逆立ちしても追い付きそうになく、高い志や考え方は勉強させられる。決して過ちを犯さないとは思っていないが、過ちを素直に認めて謝ることのできる人である。故に、憧れ、背中を追いかける存在……それに比べて、とフランセルは息を吐く。

「僕なんて、いつも自信が持てなくて。大事な事を任される時なんて、酷く重圧に――」

 話が戻ってしまった。心中で俯くフランセルに、オルシュファンは懐から一つの本を取り出した。

「あの時……六年前に借りた本だ。恥ずかしいことだが、昨日部屋の整理を行った時に出てきてな」

 装丁が立派な、古い本である。しかし大事にされていたのだろう、染み一つない様子に、フランセルは眉を上げる。

「これは。僕がオルシュファンにあげたもののはずだけど? 君の騎士爵授与の折に、祝いの品として贈った物だ」

 そういえば。あの時も自分はプディングを持って行ったような。恥ずかしさで顔を赤くするフランセルに、オルシュファンは頷く。

「人が重圧で倒れそうだったというのに。呑気にプディングを食べながら、落ち着けと言ってきた」

 実のところ。フランセルはその時の事を覚えていない。友人の功績が讃えられた事が誇らしく、嬉しさのあまり舞い上がっていた。ただただ、友のために何かしたいと、本選びに余念がなかったことだけは鮮明に覚えている。そして、自分で摘んだ薄雪草の栞を共に贈り、満足した。

 妙な既視感が頭をもたげる。だが、思い出せないとフランセルはこめかみを押さえる。真剣に悩む相手に微笑みながら、オルシュファンはポットに手を伸ばす。

「今のお前に必要かもしれんと思ってな」

 本の内容は、騎士の心得について。当時オルシュファンが「騎士」についてもう一度考えねば、と言っていたため、一つの見解になればと贈った物――騎士ではない自分には必要のないものに思えるのだが……首を傾げるフランセルに、もう一つ返そう、とオルシュファンはポットを置く。

 フランセルは、私にこう言ってきた。自分は、強く、優しいオルシュファンが好きなのだと。だが同時に、時に熱い感情へと流され、趣味嗜好がやや変わった、稀に寂しそうにするオルシュファンもまた、好きなのだと。

「私も。お前の笑顔や優しさと同じくらいに、皆がいう甘いところや、常に自信を持てないフランセルも好きだ。それら全てを含めて、私はフランセルの友であることに誇りを持っている。今回の就任も、当然だと私は断言するぞ」

 別に、私だけの評価ではないはずだ。とオルシュファンは付け加える。

 アートボルグ砦群は、有事の際にはイシュガルド都民の避難場所でもある。現在は落ち着いているとはいえ、対竜要塞を二つ失った現状、万一という言葉は非常に揺らいでいるが故に重要な拠点である。そして彼の地はアインハルト家が管轄する場所――信用を失いつつある、いわゆる後がない。そんな状況で、情に流され適切ではない人事をアインハルト伯爵が行うなどあり得ないことを、フランセルも重々しているはずだろう、とオルシュファンは目を細める。

 有事の際、必要な物は多い。食糧といった物資、身を護るための安全な場所、武器……等々。だが、危険を掻い潜り辛くも逃れてきた都民には、安心というものも重要だろう、とオルシュファンは微笑む。

「以前の私にお前がしてくれたように。人の心に寄り添うことの出来る者が必要だと、私は感じている。有事に限らん、千年も続いているこの戦乱、誰しもが渇いており、求めるものだ」

 私が、お前にどうしても勝てぬものだ。笑うオルシュファンに、フランセルは首を小さく振った。

 両者のカップに、紅茶は無い。しかし、燭台に照らされる渕先から内側は艶やかに広がり、各々の表情を鏡面の如く映し出す。炎の色と同じく赤く、一部は白く、二人の目を惹きつける。

 最後に一つ。背筋を伸ばし、オルシュファンはくっと顎を引いた。

「愛する者達を笑顔にしたいと思えばこそ、進むべき道を違わず、私は胸を張れるのだ」

 自信を持て、とは言わん。お腹から響いてくる強い声が、フランセルの頬にそっと触れる。

「だが。その笑顔は変わってくれるな。今のお前の優しさと、愛する者達の笑顔が、私は好きなのだからな」

 気負い過ぎることなどない。本の上に乗せた片手に、大きな温かい手が重なる。

「お前の周りには、民を想うイイ仲間がいるではないか。仲間とは、同じ志の元で、共に歩んでいくもの」

 そして――今日一番の柔らかい笑顔が、フランセルへ静かに語りかける。

「イイ騎士とは、民と友のために戦うものだ」

 すでに消えたはずの優しい甘みが、口に広がっていく。半ば泣きそうになっていたフランセルは身体を小さくさせ、返された本へと目を落とす。

(そうか……オルシュファンには、要らないモノだったんだね)

 友の事を分っていない自分は、まだまだのようだ。指先に籠った力でフランセルは本を手繰り寄せる。が、ああ、と焦る様子でオルシュファンは本からはみ出ている紐へと手を伸ばしてきた。

「この栞は私のモノだ。すまんが、渡すつもりは全く無い」

 薄雪草の栞を本から抜き取るオルシュファンに、フランセルは目を丸くする。第七霊災前、ともに夢を語り合ったこの地で咲いていた白き花は、綺麗なまま持ち主の懐へと吸い込まれる。すっと胸を押さえたオルシュファンに、フランセルは笑い返した。そんな相手を横目に、オルシュファンもまた、剣を押さえながら笑う。

「たとえお前に火の粉が降りかかろうとも、オレはこの剣に誓って、その笑顔を守ってみせる。お前は、お前の志をひたすらに貫けばイイ。そして、フランセルにしか出来ぬ方法で、望むことを突き進めば良い。昔に語っていた、皆を笑顔にしたいという願いをな」

 さて。両手を机に突き、オルシュファンはゆっくり立ち上がる。

「少し長話が過ぎたようだな。が、安心しろ。こんなこともあろうかと、床の準備はバッチリしてあるぞ!」

 話の続きは入浴の後、共に床の中でじっくり――やや興奮した様子で詰め寄るオルシュファンに、フランセルははっきりと断りを入れる。

「遠慮するよ。僕も君も、明日は早いし。それに、オルシュファンは寝相が悪いから」

「む。そんなはずは――」

「憶えていないかな? クルザス西部高地で星を見に行った時。疲れていたのか、丘の上で二人とも寝てしまったんだけど」

 素晴らしい身体に出会えたのだろうね。くすくすと笑いながら、フランセルは本を大切に懐へとしまった。

「寝ぼけた君に全身を絞められて、危うく息が止まりかけたことがあったよ。何度もね」

「むう……」

 その後も、二人の間で昔話が咲いた。紅茶もプディングもなく、暖炉の火もほぼ消え、寒い空気が吹き込みつつある夜が過ぎていく。巡りにめぐり、話題が星の話に戻ったところで、オルシュファンは窓の外を見る。雲一つない星空を。

 良かったら、星を見に出掛けないか。昼は皇都が綺麗に見える、お気に入りの場所があるのだと提案してきたオルシュファンに、フランセルは眉を下げる。

「しかし。この時間もドラゴン族は活動しているという話だが」

 危なくないだろうか。フランセルの心配をオルシュファンは笑って一蹴する。

「このオルシュファンの腕が信用ならないのであれば、供をつけさせても一向に構わんぞ」

 行こうか。フランセルは笑いながら、帽子を被って空を仰ぐ。

「ところで、何処なんだい?」

 フォルタン家の家紋が描かれた黒い盾を手に取りながら、遠くはないから安心するとイイ、とオルシュファンは笑った。

 

 

 

 

 スチールヴィジルの西方、皇都イシュガルドが一望できる場所がある。その一角、穿たれた黒い盾が添えられた石碑に、フランセルは潰してしまった白い花を添える。

「ありがとう。来てくれたんだね」

 時は快晴。後方で聞こえた白き雪道を踏みしめる音は、立ち上がるフランセルの耳に入る。

「此処は。彼の……オルシュファンの、お気に入りの場所でね」

 石碑の下に彼はいない。だが、とても温かい心地なのは決して日差しのせいだけではないだろう、と息を吸い込む。

 フランセルは振り向かない。だが、足音の主の表情が理解出来たような気持ちになり、息をつく。もし彼なら――否、自分ならどんな接し方をするのだろう、と。フランセルの中で、結論は出ていない。だが、彼がその身をもってまで守ろうとしたモノを見てみたい、とは思っていた。

 皆が英雄と呼ぶ相手の名を呼び、フランセルは空を仰ぐ。蒼穹に瞬くは北天ではなく、今を燃える太陽と白い月。両者の光陰は等しく降り注ぎ、皆の道を時に示し、時に立ち止まらせる。

「もしよろしければ、少しお話しませんか。以前のお礼もまだですし」

 相手からの返事はすぐに返っては来なかった。だが、フランセルは持ってきた小さな籠を手に取る。奇妙な親近感と興味が彼を突き動かし、素直な気持ちが顔と行動に現れる。そう、いつぞやの時のように――

 今日は幸いにも天気が良い。フランセルは笑って目を落とす。

「どうだろう。まずは、一緒にプディングでも食べながら、ね」

 一組しかないプディングを見つめたまま、フランセルは静かに微笑した。



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打ち抜く先に吹く風は

 時間軸は、パッチ3.0~3.1直前のステファニヴィアンを視点にした話となっております。他の主な登場キャラは、フランセル、シド、ルキアです。
 注意点と致しましては、3.0のメインクエストに関わる事項、および3.1の一部ネタバレを含んでおります。
 機工士ジョブクエストのネタバレが含まれております(Lv.50)。プレイされていなくても特に問題ないように書いておりますが、閲覧の際はご注意ください。また、光の戦士と呼ばれる冒険者は、機工士としてある程度ステファニヴィアンと交流しているという設定であることをご留意して頂ければ幸いです。
 7のネタは考慮しておりません。あくまで14で出てきたサブクエストの印象を基にしているので、どうかご了承ください。
 解る人に解ると思うけど、中の人ネタはどうか見逃してくださるとありがたいです……。

 ステファニヴィアンって誰? ってひどく簡単にいうと、機工士のいわゆるギルドマスター兼スカイスチール工房の長で、フランセルのお兄さん(アインハルト家の長男)。機工士クエやり始めた事と、イイ人の人形の説明をみて、ちょっと書きたくなってしまった次第。

この小説はpixivにも投稿させて頂いております。
リンク:http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6746993


 イシュガルド下層、スカイスチール工房は今日も慌しい。蒸気と職人たちの熱気でむせかえりそうだ、というのは新人機工士の言だが、まったくだ、とステファニヴィアンは笑い飛ばした。此処は機工兵器を備えた銃を扱う機工士としての技術を教える場所でもあるのだが、カノン砲やバリスタといったあらゆる対竜兵器の開発、生産を行っている――千年にもわたるドラゴン族との戦争、「竜詩戦争」の終結へ一歩踏みだそうと国のトップが示したという現状ではあるのだが、深き溝がそう簡単に埋まるわけもなし、各地では未だに争いが絶える気配が一向に見えない。故に兵器の需要に変化はなく、様々な理由の元、銃を握らんとする者はやって来る。

(自分の身を護るため、か。確かに、急激な変化についていけてない連中があちこちで事件おこしているからな。まあ、事がことだけに納得出来なくもないが――)

 入門希望者達に一通りの説明を終え、彼らを返した後、ステファニヴィアンは椅子へどさりと座り込んだ。熱気に当てられのだろうか、あるいは緊張の糸が切れたのか……ぼうっとする視界で天井を見上げ、手元にあった銃を掲げる。

 弾は一発も入っていない。安全装置もしっかり掛けられた状態。たまたま借り受けている物だが、ステファニヴィアンにも馴染みあるそれが、今日は奇妙に軽くて、重い。

(――……)

 銃を置き、ステファニヴィアンは突っ伏した。一昨日から碌に寝ていなかったか、と思い仮眠を取ろうとした、刹那。入口が開く音と共に、入って来た吹雪と女性の声に身体が硬直する。

「ぼっちゃま! そ、そんなところで寝たら、風邪をひいてしまいます!」

 ジョイ、か。とステファニヴィアンは頭を上げ、大声を出すなという仕草をしてみせる。謝罪して恐縮しきっている茶髪のおさげの女性――ジョイに向き直り、自分が言い過ぎた、と肩を下げた。

「そういえば。今日は夕方から、父上の小言を聞く日だったな。忘れていた」

 窘めるような小声を上げたジョイに微笑み、ステファニヴィアンは立ち上がる。幸いにも、吹き付けた冷気が眠気を醒ました。脳内の思考を、小言を完全に聞き流す体勢を作った後、完全武装した顔で相手へ恭しくお辞儀をした。

「こっちも忙しいんでね。菓子も茶もありませんよ。さっさと書類だけ渡して帰ってくださいませんか」

 目を合わせることもせず、ステファニヴィアンは片手を相手へ差し出す。無言で渡された書類を引き寄せ、踵を返した。が、その足は数歩踏みしめたところで止まる。

 静かすぎる、と。

 心中で吐き捨て、ステファニヴィアンは意を決して振り返ると、同時。くつくつと若い男性の忍び笑いがジョイの後方から漏れ出た。ステファニヴィアンには、よく知る身内の声が。

 失礼しました、と男は緑色の帽子を脱いだ。整えられた金髪が揺れ、毅然とした態度でステファニヴィアンを見上げる。

「確かに。ステファニヴィアン兄上のご予定を考えずに訪ねてしまい、申し訳ありません」

「あ、や。待った、まった。フランセルならいつでも歓迎するし、いやもう父上じゃなければ誰だって」

 本音が漏れていますよ、と、いつしかやってきた機工士のセレストの小声に、ステファニヴィアンは咄嗟に口元を押さえる。そんな彼を終始見ていた相手――フランセルだったが、ステファニヴィアンの予想通り、彼の固さに変化はなかった。

 

◆◇

 

 数日後。改めて日取りを決め、二人は対話の機会を設けた。場所はスカイスチール工房――とはいっても、工房内に個室は無い。正確には応接室というものが存在していたのだが、数か月前に行われた教皇庁の主催する模擬戦以降、工房の長たるステファニヴィアン達の父親、ボランドゥアン・ド・アインハルト伯爵から工房に関して一切の口出しをしないことを約束させたことを機に、ステファニヴィアンの意向で現在は職人達が寝泊まりする場となっている。また、身分や出身、種族にとらわれず開けた場所であって欲しいという考えもあって、一階に設けた客人をもてなす唯一の場所、今日のために用意した衝立一つで仕切られているだけである。

 急ごしらえにしては立派になりましたよね。と呟いたセレストの口に、しーっと、ステファニヴィアンは指をあてる。悪びれもなくカップを傾ける彼にむっとしながらも、彼と同じようにホットココアを啜っている機工士や職人達を見渡す。

「その。……こんなところで良いのか? 大事な話じゃないのか?」

 主役二人の対面する質素な机には、菓子が多く並べられている。種類も多彩で、到底二人では食べきれる量ではない。彼らしい仰々さある気遣いではあるのだろうが――相当人数分のココアと共に持って来たことはもちろん、人の出入りが多い工房を指定してきたフランセルの意図が分からない。ましてや、先日はアインハルト伯爵の代理という名目で半ば強引にステファニヴィアンへ会いに来たのだ、ただの雑談ではあるまい、と眉を上げる正面で、フランセルはそっと手を差し出す。

「差し入れの事は、どうか気を遣わないで頂ければと」

「それは問題ない。遠慮なく頂いている」

 兄上らしい、とフランセルは笑う。

「こういう話は皆さんにも話を聞けたらとは思って」

 ジョイは首を傾げ、セレストは口元に手を当てた。二人の空気を感じ取ったのだろう、近寄ってこそこないが、周囲の者もちらちらとステファニヴィアン達へ視線を向けては逸らすを繰り返している。

 実は。ややくぐもった声で、フランセルは背を丸める。

「これは未だ決定したわけではないから、出来れば内密にしてほしいのですが」

「なんだ? らしくないなあ」

 やはりおかしい。と心中で吐くも、ステファニヴィアンは相手の言葉を待った。

「フォルタン伯爵が、近々手記を出版されるそうなんだ」

 貴族が手記を発表することは珍しくない。むしろ自身の功績を後世へ遺す一つの方法であるし、イシュガルドに多大な影響力を持つ四大名家の一角の伯爵ともなれば、義務に近いといっても過言ではない。が、ステファニヴィアンの予想通り、今回の手記は些か体が違うことをフランセルは説明していく。

 イシュガルドとドラゴン族の間に起こっていた千年に及ぶ戦争は、一人の冒険者の介入によって変化し、終結へと向かおうとしている。戦争の元凶といわれていた邪竜ニーズヘッグが打倒され――同時に、千年前に祖先がドラゴン族へ行った酷い仕打ちと、それを歴代教皇達が民に隠し騙し続けていた真実が明るみに出た。また現在行方不明のトールダン七世および側近たる蒼天騎士達が企てたという、蛮神による恒久平和の実現……これらが、神殿騎士団総長であるアイメリクの口から発表された。

 ステファニヴィアン自身、話が突飛過ぎて懐疑的な部分も多い。が、今ステファニヴィアンが持っている銃の持ち主……渦中の人間、全てを視てきた、英雄とも呼ばれる冒険者から話を聞き出したあたり、全て本当の事であることを理解させられた。

 とはいえ、皆がみな、ステファニヴィアンのように理解および納得できるわけではない。偽りの信仰を押し付けられていた怒りを聖職者達に向ける者、暴かれた真実を否定しアイメリクや冒険者を簒奪者扱いする者がおり、国内の混乱は続いている。また、双方が歩み寄る事で戦争が終わりに向っているが、人間同様ドラゴン族も一枚岩ではないらしく、皇都へ侵攻してくるドラゴンはまだまだ多い点は、武器の注文書を見る限り痛いほどに解る。

「国内の混乱がこれで落ち着くとは思わない。しかし、「真実」を知りたい者は多いであろうし、今度こそ歪められぬためにも、遺す必要があるのだと、仰っていた。僕もそう思います」

 冒険者は様々な事情を経て、イシュガルドへ初めてやって来た折からフォルタン家の客人として迎え入れられている。そんな理由もあり、冒険者が歩んできた軌跡へ焦点を当てた手記を作る運びとなった――無論、本人からの了承と監修を依頼していると補足した上で、フランセルは一息入れた。

「多方面からの視点を取り入れたいってことだから、機工士として関わりのある兄上には」

「回りくどいな。……本当の事を言え。それだけじゃないだろ」

 フランセルの述べた事は、先日冒険者と出会った際にステファニヴィアンは聞かされた。それでも頭を下げにくるのがフランセルであることは理解しているが、俯く陰に埋もれる瞳……寂しさを帯びた表情が、先日相談された相手と重なり、声を自然と荒げてしまう。

 儚く微笑を散らし、フランセルは顔を上げる。

「僕も、何かしたいんだ。いや」

 整理を付けたいんだ。呟くような声が、真正面に置かれた。拾うように菓子へ手を伸ばし、ステファニヴィアンは丁寧に口へと運んだ。

 不意に、冒険者の哀愁が横切り、目を閉じた。

(整理、ねえ……ということは)

 酷かもと思いつつも、ステファニヴィアンははっきりと口にする。

「さしずめ。オルシュファン卿のことか」

「――……」

「お前とは随分仲が良かったからな」

 軽く首を傾げているジョイに、そういえばジョイはずっと自分の用事をさせてばかりだったからな、とステファニヴィアンは笑う。

「小さい頃のフランセルは今に輪をかけて気弱でな。いつぞやの誘拐事件でオルシュファン卿に助けられてからは特に、オルシュファン、オルシュファン、ってすっかり頼りっぱなし。会う度にオルシュファン卿の背中にくっついて泣きべそを――」

「あ、兄上!? 嘘を言いふらすのはやめて下さい!」

「場を和ませるちょっとした冗談だ。……半分だが」

「兄上っ!」

「だから、そう怒るな」

 顔を赤くして立ち上がったフランセルの口に、ステファニヴィアンは菓子を放り込む。反動で座り、咀嚼する口元を押さえる相手へ目を向けながらも、寄せた眉を隠すようにホットココアを啜る。

 オルシュファンはフォルタン伯爵の私生児であるが、その実力でクルザス中央高地にあるキャンプ・ドラゴンヘッドを統括するまで登りつめた人物である。近年閉鎖的な政策をとってきたイシュガルドにおいて、その地理上キャンプ・ドラゴンヘッドは他国との玄関口であり、冒険者ともかの地で知り合ったことをステファニヴィアンは聞いている。紆余曲折があり、濡れ衣を着せられ追われてきた冒険者を匿い、フォルタン家の客人として迎え入れられるように手配したのも彼である。そして、囚われたアイメリクの救出と教皇トールダン七世の企てを阻止するべく、冒険者と共に教皇庁へ突入し、その命を呈して冒険者を敵の凶刃から護ったのだと。……冒険者の話の端々からオルシュファンに寄せる信頼が滲み出ていることもあり、フランセルやフォルタン伯爵同様、心中察し余りある。

「あいつも。似たような事を言っていた」

 玄関が開いたのか、入ってきた冷気が妙に冷静さを誘う。

 オルシュファンが亡くなった直後の頃。機工士の補助を行うタレットの調整のため、冒険者は工房へやって来た。顔面蒼白な相手を気遣ったステファニヴィアンに暗い目を閉じて微笑し、少し悲しい事があった、とだけ口にした。

「その内。整理しないといけない時期が来るだろうから、その時に話せたら話す、とな」

 そして、先日。整理がついたのだと、冒険者はイシュガルドに来てからの経緯を話して聞かせた。感情的な表情はなかった、悲しみも、憎しみも……淡々、という表現は酷く正しく、まるで憑き物が落ちたかのような終始穏やかな顔で相手は語った。冒険者が如何にして何を持ってして決着を付けたのか、ステファニヴィアンの知る所ではないが、ただ一つ、引っ掛かった印象がある。

 フランセルもお人よしだな、と笑い、ステファニヴィアンは無造作に菓子を口に入れていく。はしたない、と窘めるフランセルとジョイに手を振り、むせた。

「あいつの……いや」

 冒険者の名を呼び、ステファニヴィアンは続ける。

「恩のあるお前も、何かをしてやりたいんだろ? あんな寂しそうな顔なままじゃな」

「……」

 フランセルは肯定しなかったが、否定もしなかった。影で隠れて見えない彼の正面で立ち上がり、ということで、とステファニヴィアンは声を張り上げる。

「我らが機工士のエースを元気づけるために、何かをやろうと思う。みんな、意見はあるか?」

 急に問われても、と言いたげに溜め息を吐いたセレスト同様、話半分で聞いていた多くの面々が目を丸くして戸惑いを口にする。案を募る事は工房内では日常茶飯事ではあるが、今回は武器の改良案とは訳が違う。案の定、何も出てこない現状にステファニヴィアンは肩を竦めた。とはいえ、ステファニヴィアン自身も案を出せない事を突かれ、手で顔を覆う。

 場の空気が微妙になりつつあった、刹那、おどおどしているジョイの後方から、一人の男が歩み出てきた。

「ほう。何か面白れぇことおっぱじめようって感じじゃねえか。丁度、暇していたところだし、俺も交ぜてくれよ」

 白い髪に、同色の髭、額にゴーグルを掛けた男の登場に、湯気も凍りつく。

「し、シド殿……」

 そんな驚くことでもねえだろ、と口を曲げる男とは対照的に、周囲の、特に職人達の動揺は大きい。それもそのはず、彼はシド・ガーロンド――現在の飛空艇の根幹となる技術をイシュガルドへもたらした張本人であり、現在はスカイスチール工房の上客でもあるガーロンド・アイアンワークス社の会長である。ステファニヴィアン個人としても飛空艇に用いられている魔導技術に学ぶことは多く、一部は機工士の銃の能力を引き出す機工兵装にも応用されている。

「な、何故、此処に。いや」

 いつから居たのだろう? 心中で留めた問いは、他ならぬシドの口から回答を聞く事となる。

「ちょっと前からな。ああ、執事殿を責めないでやってくれ、急用でこっちが押し掛けたんだ」

 工房のスケジュールを管理しているフロムローへ怪訝な表情を見せたステファニヴィアンに、シドは窘めるように苦笑する。後方で突っ立っている部下二人……ビッグスとウェッジの背中を叩き頭を下げる。

冒険者(あいつ)のマナカッターがちょいと動作不良を起こしてな。すまんが工房の一角を貸してくれ」

「いえ。構わないですよ。……確か五番が空いていたはずだ」

 整備補助の経験がある職人を数人向かわせるように手配し、ステファニヴィアンは一息ついた。側で軽い挨拶をかわしているシドとフランセルに目を丸くする。どうやら冒険者繋がりで面識はあるらしい。

 助かった。改めて礼を述べたシドに、ステファニヴィアンは目を細める。

「いえいえ。これからもご贔屓に」

 金銭面に関しては後日という事とした上で。フランセルと共にホットココアを啜っているシドに、ステファニヴィアンの頬に一筋の汗が滴る。

「あ、あの……シド殿は行かなくてよろしいんで?」

「マナカッターはビックスとウェッジの領分だからな。原因の当たりもついてるし、第一、あいつら入れてくれねぇからな」

 会長を締め出すとは、良い度胸してやがる。言葉こそ怒っているが、どこか嬉しさと悔しさ混じる口調にステファニヴィアンは気づかない振りをして笑う。

「という訳で暇なんだよ」

 なにぶん突然の依頼であるため、社長が行く必要があると踏んだ。何かあっても困るので何処か行くわけにもいかず、待機せざるを得ない状況……なのだろう、とステファニヴィアンは推測する。決して、もの凄い勢いで無くなっている菓子が目当てで居座っている訳では、決して、ないのだろうと目を伏せる。

 肩を窄めるステファニヴィアンを気遣ってか、シドは笑って肩に腕を回してきた。ジョイ達と談笑しているフランセルから少し離れ、相手の頬を軽くつつく。

「良い兄ちゃんしてるじゃねえの」

「な、何の事ですかね……?」

 あはは、と情けなく笑いながらも、ステファニヴィアンは首を振る。嘘は吐いていないのだ、と。

「個人的にも色々助けられましてね。何かしてやりたいんですよ」

 笑うジョイ達を眺めながら、ステファニヴィアンはくっと口端を下げる。

「それと。一つ。あいつが言っていたんですが」

 オルシュファンの事か、という問いにステファニヴィアンは肯定する。

 冒険者が一番懸念していたことは、自分ばかり焦点が当てられ過ぎている事である。イシュガルドへ足を踏み入れる前後からオルシュファンに助けられてばかりだったのだ、とステファニヴィアンは語られた事を代弁していく。確かに事実ではあるのだが、今回の手記ではかなり省かれるだろうと推測している――手記が冒険者へ当てられるからという理由は勿論、著者がフォルタン伯爵である限り主観が混じることは避けられない、だからこそフォルタン伯爵はオルシュファンに関しての記述を極力省く傾向になるだろう、と。

 それは、全くもって間違いではない。しかし、少し寂しいと思わないか、と――

「なんで。フォルタン家以外の人間が、違った方向から焦点を当てて「真実」を抉っても面白いでしょう? 手記であまり語られなかった騎士の特集、なんてね」

「ふ~ん?」

 英才の名は飾りではないな、とにやにやしているシドに、ステファニヴィアンの顔が赤くなり、青くなる。いつしか話を聞いていたフランセル達も加わり、想像以上に盛り上がっていった。場とは異なり、彼の胸にある計測器が微妙な数値と警告音を示してくる。

(まずい……思いつきで言ってしまったとは、言えない)

 心中を察してくれるであろうフロムローとセレストへ目を向ける。が、目が合うや否や、フロムローは金銭と予定の計画を練り始め、セレストに至ってはジョイ達と共にステファニヴィアンを称賛して煽っている。震えている工房長の隣で、面白くなってきた、と意地の悪い笑みをそのままにシドが髭を擦る。

「さぁ、どうするよ、英才」

「ぐっ」

 ああっ! とステファニヴィアンは叫ぶ。いつしかいじっていた銃へ笑いかけ、その場にいる者達へ宣言する。

「良いさ、やってやるよ! 言っとくが給料は出せないぞ!」

 恐れながらそれは私の言葉です、と、手帳を閉じたフロムローから冷静に指摘され、ステファニヴィアンはがっくりと項垂れた。

 

◆◇

 

 具体的な諸々が真っ新な白紙から始まったのはいうまでもない。しかし思いつきというものは怖いもので、勢いとは恐ろしいもので、皆が挙げていくアイデアはステファニヴィアンが拾いきれない程に溢れてこぼれ始めた。

(さっきの微妙な空気はなんだったんだ……)

 心中で悪態を吐きながらも、ステファニヴィアンは各々が散らかす話へ耳を傾ける。

 皆が、真剣だった。オルシュファンを知らないものは勿論、冒険者と会った事すらない機工士達もいつしか輪の中に加わっていった――最初こそ菓子目当てなのかと思ったが、全て杞憂となる。幾許かの時間が過ぎ去り、肝心の議題はある程度のところまで纏まり、お開きとなった。

 シドの後押しもあり、ステファニヴィアンは仕事へ戻る前に一旦の休憩を提案する。アインハルト伯爵の命なのか、様子を見に来た使用人へ食事の手配をさせ――上手い言い訳は、任地へ帰るというフランセルとジョイに一任した――ステファニヴィアンは外の空気を吸いに入口を出た。フランセルを見送った後、大きく吐いた白い息を小さな粒子へ吹きつける。今宵は冷え込むと予想されているのだが、太陽に煌めく様を眺める胸は、奇妙なことに暖かい。

「さて。と」

 沈むには未だ早い赤き陽を眺めステファニヴィアンは独りごちながら、隣でビックスとウェッジを送り出している相手へ目を向ける。

「シド殿のお蔭で助かりました。自分だけではここまで取り纏めたかどうか」

「癖のある奴らばかり抱えた会社の会長を、伊達に何年もやってねえってこった。まあ、俺が居なくてもどうにかなってただろうがな」

 いやいや、と慌てるステファニヴィアンに、謙遜するな、とシドは相手の肩をバシバシ叩く。

「しっかし。お前さんの――スカイスチール工房の技術者達も頭のぶっ飛んだ奴が多くて驚かされた」

「ええと……それは、どうも?」

 戸惑いを隠しきれていないステファニヴィアンに、褒めているんだぜ? とシドは呆れたように肩を上下させる。

「面白いアイデアってのは、突拍子のない発言から出てくるもんだ。それと、会長だ坊ちゃまだのの前だろうと構いなく夢を語れる馬鹿が、俺は好きだぜ」

 いっそのこと”引き抜き(ハンティング)”するか、と言ってきたシドに顔を強張らせながらも、一人も渡しませんから、とステファニヴィアンは声を強く張り上げた。

「ウチは身分関係なく、かなり自由にやらせていますからね。――技術は自由のために、なんてね」

「おいおい。意味が違うぞ」

 違いない、と笑い、ステファニヴィアンは工房の入口を一瞥する。そんな彼を横目に、シドはすっと腕を組んだ。

「んで。お前さんの目的は概ね達成されたってのに、案外浮かない顔の理由は何だ?」

「それは」

 一番現実的な案として、オルシュファンの話に重きを置いた手記をフランセルが出版するというものが、最終的に実を結ぶ運びとなった。最初こそフランセルはフォルタン家に配慮する発言をしていたが、周囲にオルシュファンの話をするうちに意思を固めていった……何より、マナカッターの様子を見に来た冒険者の後押しが大きかった。突然の訪問に最初こそ周囲は凍りついたが、事情を聞いた冒険者は嫌な顔一つ見せなかった。むしろ自分も参加させてくれとステファニヴィアン達に頼み込む張り切りよう。オルシュファンについて尋ねられては自分なりの見解を詳しく述べ、出版に必要な資金が僅かに不足しそうという話に、オルシュファンに縁ある人達に寄付を呼び掛けてみる、とキャンプ・ドラゴンヘッドへ行くと言い残して工房を出て行った。

 元気すぎる冒険者の様子に一抹の不安を覚えるが、ステファニヴィアンは自身の苛立ちに整理をつけることで精一杯である。

「現状。自分の事で手一杯ですからね」

 シド達はマナカッターや改良を重ねた飛空艇(エンタープライズ)で、未開の地を進む冒険者の足を支え続けている。フランセルは経験を文字におこす事で世間へ冒険者の胸の内を代弁しようとしている。だが、ステファニヴィアン自身はどうなのだろう、と――確かに、間接的には冒険者の役に立っているのかもしれない。しかし、形が無い故に実感が薄い……手記の出版に関わっている事を指摘されるが、それはフランセルの領分だ、とステファニヴィアンは呟く。荒っぽくなってしまった事を自覚しながらも、謝罪も訂正も口にしない。

案が纏まらない時間が続けば続くほど、そんな事をずっと考えていた。

 十分役立っていると思うがなあ、と背中にある銃から目を離し、シドはくっと眉を寄せる。やがて脱力した身体を前面に押し出し、手を振った。

「まあ。いずれにしろ、俺が口出すことじゃねえや」

「――……」

 ステファニヴィアンは俯く。半歩後退っていた足元へ吹き出された相手の息は白い。

 さてと。と切り替えるように息を整え、シドは額のゴーグルをいじる。

「俺もそろそろ帰る――か……」

「……シド殿?」

 何故か後方へ隠れるシドに、ステファニヴィアンは首を傾げる。視線を移した直後、足元を掬われるように人とぶつかってしまう。長身の彼が視線を下げた先、倒れ込んでいたヒューラン族の女性に駆け寄り、慌てて手を差し伸べる。

「すまない。前を見ていなかった」

 いえ、と女性は立ち上がり、後頭部で一つ括りにした茶髪を揺らした。よくよく見ると、彼女はガーロンドアイアンワークス社の制服を着用しており――同時、彼女を見たシドの顔色が急激に変化した。

 うっ……と呻き、遠くで小さく呟いたシドの声に、ステファニヴィアンの耳が上がる。

(や……ヤバイ、って)

 失礼。と女性は改めて謝罪を述べ、ステファニヴィアンに向かって姿勢を正した。

「私はジェシー、ガーロンド・アイアンワークス社の会長代理をしている者です」

 実を言えば。ステファニヴィアンはジェシーと面識があった。以前、アインハルト伯爵に同行する形で得意先へ挨拶回りを行った際、会長が不在という事で彼女が代理として対応してくれたという経緯がある。もっとも会話のやり取りはアインハルト伯爵がほとんど行っていたため、こうやって面と向き合って話すのは初めてといっていい。その事をかいつまんで改めて挨拶すると……覚えていなかったのだろう、ジェシーは顔を赤らめ、小さく身体を丸めて謝罪した。前後、彼女が呟いた独り言にステファニヴィアンの頬に汗が流れる。

(うかつ、って……)

 何も聞かなかった。とステファニヴィアンは無視を決め込んだ。気にしていない事をやんわりと相手へ伝え、謝り倒しそうな勢いを転換するべく話題を逸らす。

「それで。本日はどういった御用件で?」

 そうでした。とジェシーは顔を上げ、シドの腕へ手を伸ばす。……相当な腕力なのかもしれない、今にも何処かへ逃走しそうな相手を片腕一つで拘束している。

「一つは。社長を回収しに来ました」

「か、回収って」

 二人の声が見事にハモる。が、彼女の一睨みでこれまた見事に押し黙る。

「今すぐ。クラウドトップへ来てください」

「人を寄越しただろ?!」

「ビッグスも、後から来るって言ってたウェッジも徹夜明けですよ?! あの冒険者さんのために、ってさっきまで無理してたんですよ、本当に解っているんですかっ!? いっつも言ってますけど、社長は社員遣いが荒過ぎで――」

「お前こそ、この前押し付けて来たスケジュール、ありゃあ何だ?! お前は俺を殺す気か?!」

 此処が住宅地から離れた郊外であって良かった、とステファニヴィアンは心中で思う。社内の方針から、チョコボも食いそうにない言い争いが、長い耳から耳へ吹き抜けていく。無論、外部の人間が立ち入る隙間は無い、が、第三者の観点から意見を述べるとすれば、ジェシーの意に一理あるか――面倒な雑務は押し付けている自覚がある工房長としても、少々耳の痛い、などとステファニヴィアンが額を押さえている隣で、入口からやって来たセレストがぼそりと呟く。

「いやぁ。ウチと変わりませんなあ」

「ホントに」

 立場や価値観の相違からか、ステファニヴィアンとアインハルト伯爵は度々衝突している。冒険者が機工士としてステファニヴィアン達と関わるようになる以前はもっと酷かった……と、振り返っていたステファニヴィアンの眉がくっと上がる。

「って、セレスト? 俺と父上もああだって言いたいのか?!」

「ふむ。自覚あるんですね」

「お、お前――」

「おや。あっしは一言も、ボンと伯爵様のことだとは言っておりませんが」

 ぐっ。と押し黙ったステファニヴィアンに駆け寄り、お二人とも! とジョイは叫ぶ。

「そんなことより、お二人を止めなければっ!!」

 そうだな、とステファニヴィアンは頷きかけ、待った、と彼女の一言に酷く慌てた。

「ジョ、ジョイ? そんなこととは、何だ、そんなことってのは――?!」

 シドとジェシーへ駆けよるジョイへ向かってステファニヴィアンは叫ぶが、吹雪いてきた強風に流されていった。

 

◆◇

 

 ジョイのとりなしもあり、客人二人はひとまず工房の中へ通された。飲み物が並ぶ机を向かい合う部屋、互いに目も合わさない彼らの間には屋外の荒天に劣らぬ空気が漂うものの、皆の計らいもあって些か緩和されつつある。

 さすがは、ジョイだ。とステファニヴィアンは思いながら、ホットココアを口に当て、カップを置く。

「ま、まあまあ。クラウドトップの件は、責任者でもあるラニエットにも伝えるよう手配しましたので。妹という点を抜きにしても、彼女は優秀ですし、話の分かる者ですから」

 ステファニヴィアンの言った一点はある意味、逆である。ステファニヴィアンはシドとジェシーを引き止める理由を持っていないが、仮に二人をこの猛吹雪の中へ帰し、体調を崩す事態が発生した場合、彼らに要請を出したラニエットがその責を感じ、異常に悔いると危惧したからである――悲しきかな、アインハルト家はここ数年の出来事により、良くも悪くも「責任」というものに敏感なのだ、とステファニヴィアンはこめかみを押さえる。

 約五年前。劇的な気候変動をイシュガルドにもたらした第七霊災の折。ドラゴン族の防衛を担っていた四つの塔の内二つが、ドラゴン族の襲撃を受け、陥落。いずれも当時アインハルト家が管轄していた場所である。第七霊災の混乱の隙を突かれたものではあったし、一つの塔の指揮を執っていた三男のクロードバンは最期まで務めを果たしたと伝えられている。が、結果的に、敵に落とされたという事実は、他の貴族からの非難を免れるはずもない。領地を失った事、二つの地の奪還および修復も他家へ依頼している現状故にだが、矛先が当主であるアインハルト伯爵や長男のステファニヴィアンにならともかく、当時まだ若く関連の薄いラニエットやフランセル、アインハルト家に仕えている騎兵や使用人にまでその咎を問われる。皇都内での陰湿な嫌がらせから理不尽な対応の日々……アインハルト家の苦境は続いているし、特にラニエットとフランセルが悩んでいる事もステファニヴィアンは知っている。当時未だ若く無力だったから故の、兄を救えなかったという苦しみに。

(誰に似たのか。二人共、頑ななところがあるからなあ……、もしかして)

 現在、ラニエットは皇都イシュガルドから北東部にあるキャンプ・クラウドトップを、フランセルは東部にあるアートボルグ砦群の指揮を任されている。いずれも皇都からは距離があり、無論、任命したのはアインハルト伯爵である――フランセルの任地に関していうなら、かの地はキャンプ・ドラゴンヘッドの隣、当時からオルシュファンが指揮していた。が、成程、それだけではないのだろう、とステファニヴィアンは微笑む。無論、「責任」を一番に受け止めているアインハルト伯爵が、私情に流された人事を行わないことも、許されないアインハルト家の現状も、理解している。

(って。なんでしんみりしてるんだ……)

 いかんいかん、とステファニヴィアンは伸びをする。抜けた態度を心配したのだろう、ぐっと身体を乗り出してきたジョイを手で制し「ああ、聞いていたさ」と軽く笑うも、改めて姿勢を正す。

「ディアデム諸島を探索するために、アインハルト家が建造している飛空艇の件ですよね? 担当の職人達には勿論、事業の責任者である弟のオールヴァエルには、しっかり伝えます。いえ、技術提供して頂けるだけもありがたい話。前倒しはむしろ歓迎こそすれ、文句なんてあり得ません」

 ステファニヴィアンは関わらないのか? というシドの問いに、ステファニヴィアンは笑って肩を竦める。

「自分は兵器開発の他に、機工士としての事業もありますからね。そうそう何でも掛け持ちしたら、身体が持ちません。もっとも……機工士の指導に関してはジョイに()()しているわけですが……」

 頬を赤らめ俯くジョイと、じとっとした視線を向けてくるセレストから慌てて視線を背け、ステファニヴィアンは咳払いをする。

「さて。もう一つの件ですか。問題は」

 真剣な面持ちでジェシーが頷き、数枚の紙を相手へ差し出す。受け取った書類に目を通しながら、ステファニヴィアンは呻いた。

「これが……魔導アーマー……です、か」

 魔導アーマーとは、イシュガルドと敵対しているガレマール帝国が開発した騎乗型の魔導兵器である。しかしながら、帝国の所有するいずれの魔導兵器も、交戦回数がほとんど無い事もあり実態は明らかになっていない。具体的には、魔導兵器の根幹ともいえる魔導技術について不明な点が多い――シドがもたらした飛空艇技術の一部は魔導技術を応用したものだが、正直なところ、技術提供を受けなければならない程に、少なくともイシュガルドではほとんど知られていない。

 今回の資料ですが。とジェシーは続ける。

「これは一般的な魔導アーマーの構造図です。なので、ルキア殿の魔導アーマーは少々異なるということは申し上げます。……いや、あの子は随分違うよ」

「あ、あの子……」

 腕を組んで頷いているジェシーに目を瞬かせながらも、ステファニヴィアンは再び紙上に目を下ろす。

 イシュガルドを守護する神殿騎士団は、魔導アーマーを一機所有している。その操縦者が、神殿騎士団コマンドのルキアである――彼女は生粋のイシュガルド出身ではない。いわゆる異邦人で、如何様な経緯で現在の地位まで昇り詰めたのかステファニヴィアンは知らない。

 軽く見ただけでも痛くなってきた、と頭を叩くステファニヴィアンに、シドは呆れた様子で紙面をつつく。

「おいおい。こんな程度で音を上げるとか、お前本当に技術者か? ズブの素人ならともかく、魔導技術を齧っているんなら理解に半日も掛からんだろ」

「……さらっと凄い事言ってません? それやってみせるのはシド殿だけでしょう?!」

「そうか? ジェシーはそれ位でやってのけたぞ」

 はぁ?! という男女の声が見事に重なる。バカを言わないで下さい! とジェシーはシドに詰め寄る。

「いっくら私でも、三日丸々完徹してやっとマトモな整備が出来るようになったんですよ?!」

「……。だったか?」

「です! そうやって人を過大評価しておだてて無理難題押し付けてこの前も――」

 再び発火しそうになり、ジョイ達が止めに走る。その様子をしげしげと眺めながら、ステファニヴィアンは顔に這う汗を手で拭う。

(なんというか……)

 青ざめた顔を手で覆うステファニヴィアンの左方、同じような表情で唾を飲む職人達がしっかりとした口調で呟いた。

「俺達は工房長についていきます。浮気なんてしやせん」

「……。ありがとう。みんなのために、精一杯努力するよ」

 ステファニヴィアンの宣言はやって来たシドに曲解され、荒れ狂う夜に始まりの合図が灯る。

 

◆◇

 

 過酷、という文字そのままに、ステファニヴィアンの躯と精神が悲鳴を上げている。工房の空き整備室(ドック)の一角、二時間が経過した現在、菓子も無く、ココアも尽き、彼を繋ぎ止める物はただ一つ――シドの声だけである。

「だから、そこは、さっき説明した通りだな――」

 英才とも呼ばれるステファニヴィアンではあるが、今回ばかりは二つ名がなりを潜めている。疲労による集中力の低下ではない、自身の理解力のなさがはっきり感じ取れていた。

(俺の頭が追い付かないだけなのか、この人が天才と言われる所以なのか……)

 いつ以来の歯がゆさか、ステファニヴィアンを高揚させているのは言うまでもない。心躍る内容、かつ自分が是非とも知りたい知識――心地よい鉄の匂いが響く中、熱気を噛み締めつつ、最先端を行く技術者の言葉が鼻を抜け見事にへし折る。

「あ~……っ。これでも分からねえか。参ったな」

 シドは紙面を指でコツコツと叩き、休憩の意を示して退出する。耳に手を当てている彼を見送ったと同時、机に突っ伏すステファニヴィアンに、ジェシーの気遣う声が肩を叩く。

「会長は良くも悪くも頭が良過ぎますから。むしろステファニヴィアン殿はすごくついていっておられます」

 ジェシーの言は正しく聞こえる。事実、シドの解説に辛うじて付いていけているのはステファニヴィアンだけである。他の職人達は早々に音を上げ、魔導技術の根幹となる知識をジェシーを通して再度学んでいる。が、この状況を良しと出来ないステファニヴィアンの心中がある――誇りや驕りとは異なる、強いて挙げるならば焦りに近い感触が、彼の頭を再び起こす。

「……申し訳ない、先程のところを――」

「少し、休憩しませんか」

「いやいや。自分はまだまだ平気なんで」

「私が休みたいんです。駄目ですか?」

 はっとした顔を手で覆い、ステファニヴィアンは深々と頭を下げた。差し入れの飲み物を受け取り、ジェシーはジョイに礼を述べる。

「今日は私も会長もお言葉に甘えて一泊させて貰うわけですから。焦る事はありません」

 ステファニヴィアンは押し黙り、差し入れの紅茶を啜る。錆臭い室内のせいか、味も香りも心を打たない。薄い味の上を数式が映り、理解せよとばかりに苦さと共に語りかけている。

 ぼうっとカップを眺めながらぶつぶつ呟くステファニヴィアンに、ジェシーは目を丸くする。何か、と振り向いた相手に首を横に振り、いえね、と頬を紅くさせて微笑む。

「私もそうやって公式を呟きながら覚えたっけなあって」

「あ、ああ……いつの間に。お恥ずかしい」

「……。最初はあまり乗り気ではなかったようなので、集中が切れているのかと思っていました」

 杞憂でした。と謝罪するジェシーに、ステファニヴィアンは視線を逸らす。

 現在、魔導アーマーの整備はガーロンドアイアンワークス社とルキアが行っている。しかし民間に委ねている状況は決して良いとは言い難い――機密という観点からも、ルキア以外に専門の整備士がイシュガルドに居ないという面も、疲弊した国の金銭的な側面からも、イシュガルド内にて整備士を育てる運びとなり、対竜兵器を製作しているスカイスチール工房の長であるステファニヴィアンに白羽の矢が立った。

 書類上、ガーロンドアイアンワークス社からの技術指導は早くても明日。が、宿の礼も兼ねて今晩から行おうというシドの提案をステファニヴィアンは受け入れた。周囲の驚く声もあったが、目星をつけていた職人達のやる気も大きく、今に至っている。

「重ねる形になりますが。感謝しかありませんよ。早いに越した事はありません」

「ですが。私が来る前に、何か決めておられたようですが構わないのですか?」

 ああ、とステファニヴィアンは笑って首へ手を回す。カチッと鳴った背中の銃。触れた感触が妙に固く、温かい。

「全然。既に自分の手から離れた案件ですから。そんな事ばかりにかまけていたら、それこそ、冒険者(あいつ)に怒られてしまう」

 預かって欲しい、とステファニヴィアンは銃を降ろす。今は機工兵装を着用していない腰に手を当て、改めて頭のゴーグルを直す。

冒険者(あいつ)は、イシュガルドの常識を二度打ち抜いてみせた。ここから先は俺達がやらねばならない、そうだろう?」

 複数のカップを追いやり、取るは製図用の筆記具。インクを頭に染み込ませるように紙をなぞる、一本ではない、油の匂いが染みついた手が、各々の役割へ近づかんと肯定する。

「古い壁というのは、穴を開けただけじゃ倒れない。より大きな穴を無数に、何より揺るがす風が不可欠――」

 風は吹き始めた、方向も定まった、流れを大きくかつうねりをもたらすのは誰なのか……ステファニヴィアンは答えない。愚問に付きあっている暇などないことを、彼らは知っている。

 ふっと。ステファニヴィアンは手を止め、笑いを天へ仰ぐ。心配する声を掛けられるが、全く同じ表情をした男がいる入口へと視線を逸らす。

 強い、一陣の風が吹く。全く、と溜め息をつき、シドは顔を背けた。

「あーあ、気を揉んだのが馬鹿らしいったらねぇな」

 何のことです? と首を傾げるジェシーに、何でもねえよとシドは手を振った。

「んじゃ、俺はこれで。ジェシーは置いていくから、任せるぜ。しばらく役に立たんだろうが……まあ、放って置けば落ち着くから」

 どういう、というステファニヴィアンを無視し、何処へ、と問うジェシーにシドは口を尖らせる。

「仕事だ、仕事。お前がしろって言ったんだろ? 吹雪も治まったみてえだし、助っ人も呼んだからここは任せ――」

 そんな顔するな、とシドはステファニヴィアンに肩を竦めてみせる。

冒険者(あいつ)に引っ張り回されてる俺の身体は、吹雪で風邪をひくほど柔くねえよ。いい迷惑だ」

 入口の陰、助っ人らしい人物に挨拶をするシドにステファニヴィアンは呆ける。が、それ以上に精神が抜けたように立ち尽くしているジェシーの口がプルプルと動く。

「か――……」

「……か?」

 耳を劈く声が、工房全体に響きわたる。

「会長が、仕事をするなんてええええ―――!! うわあああん!!!」

 ジェシーの奇声が歓声となり、称賛となり、安堵となり、やがて己の努力が報われた事への感動として涙となる……愚痴が混じる嗚咽の背中を必死に宥めながら、ステファニヴィアンは既にいない彼の方向を見上げる。

(あの人どんだけ自由にやってるんだ?!)

 自由な発想は、環境から……少々羨ましさを覚えたのも束の間、助っ人を案内してきたらしいフロムローにしっかりと指摘される。

「ステファニヴィアン様。恐れながら」

「いやあ、勘違いしないでくれよ。不満なんてとんでもない。俺は現在の俺で、自由にやるだけさ」

 恭しく感謝を述べ、ステファニヴィアンは客人に頭を下げた。

 

◆◇

 

 ジェシーが落ち着きを取り戻すには幾分か時間が掛かった。宥める役を数人で交代し続けながら、数時間。無論、客人を待たせる顔の厚さも余裕もステファニヴィアンは持ち合わせていない。シドに負けず劣らず厳しい姿勢の相手へ必死に食らいつき、彼女が休憩を提案するまで机の側を離れなかった。

「ここまで付いてくる者は久しぶりだ。是非とも、部下にも貴公の姿勢を学ばせてみたいものだ」

「ええと……ひょっとして、ルキア殿に褒められている?」

 褒めたかどうかと問われると微妙だ、と神殿騎士コマンドのルキアは苦く笑って訂正した。

「あらゆる好奇心というのは、基礎を学ぶにおいて邪魔になることがある。一度に多くの情報を理解できるのは、ほんの一握りの天才だけなものだ」

「あはは。微妙に痛いです……」

「いや。要は優先順位の問題――おそらく、聞かれたままにシド殿は全て答えたのだろう」

 記憶を探りつつ腕を組むステファニヴィアンの側で立ち上がり、ステファニヴィアンは凡才ではないとルキアは呟く。

「まさか実物を持ってきただけで、ここまで理解が進むとは」

 実物、と見上げるのは二人の側、白い体躯が美しい魔導兵器……ルキアの魔導アーマーが半展開した状態で置かれている。シド曰く「実物を見せた方が早い」という話を受け、アイメリクの許可の元、一日早く整備を始める運びとなった。

 いえいえ、とステファニヴィアンは手を振る。

「ルキア殿のご教授のおかげです」

「光栄だ。この事はシド殿には黙っておくとしよう」

「ええ、是非とも」

 苦笑しながらも、ルキアの教示は分かりやすいのだ、とステファニヴィアンは机にある人形をいじる。その様子を遠巻きに眺めている数人の中で、元気を取り戻したジェシーが顔を出した。

「会長の魔導人形。しかも初期生産型ですね」

「彼のガーロンドアイアンワークス社の魔導人形ですからね。遠出して手に入れたのは良い思い出です」

 ありがたい、と目を潤ませるのも束の間。むっとした顔でジェシーは人形へ目を凝らす。

「首のところ。継ぎ目がありますね……」

「ああ。こ、これは」

 言い淀むも、魔導人形は機工兵装の研究のため分解していた際に誤って折ってしまったのだとステファニヴィアンは謝罪した。機械好きのジェシーのことである、叱られるのを承知で次の言葉を待つが、彼女は至って冷静に返してきた。

「どうせ過度な負荷を掛けてしまったんですよね? 変形合体、とかいって首の関節曲げすぎて」

「さすがにそこまではしていないです……」

「怒ってないですよ。初期型は幾つも報告されているので。しかもこの欠陥、酔った会長が自ら証明しましたし。回収は行っておりますが――愛着あるようなんで、気休めの膠をお渡ししておきます」

 どうも……と、ステファニヴィアンはなすがままに物を受け取った。

「しかし。魔導人形の構造が、魔導アーマーに似ているとはね。丁度あっちも良く分からなかったし、一挙両得。これなら俺もいつか人形を作れそうだし、幾つか兵装に応用出来そうだ」

 二つの構造図を交互に比べ、ステファニヴィアンは工具を滑らせる。ルキアの頷きを一つ一つ確認した感覚を、ゆっくりとしかし確実に浸透させていく。

 ゴーグルの重みが頭を締め付け、油の微香が指先の緊張を押し止める。側を避ける火花も、剥がれていく錆も、足元へ落ちる汗と変わらない。腕には技術、膝には泰然、胸には信条を座らせる――不謹慎な話だが、ステファニヴィアンは充実していた。のぼせていた熱は下がり、密な集中が先端まで伝わっている。成程、部下の指導を行っているルキアの技能は学ぶべき事は多いかもしれない……気持ちが逸れていることをぴしゃりと指摘され、工具を動かす握力が更に増す。

 不意に、ステファニヴィアンの口が開く。

「何故。現在(いま)なんですかね」

「……」

 ルキアはしばらく答えなかった。厳しく示す指の動きは滑らかに、しかし一層険しく眉を顰めてやや俯く。

「風が変化した。だけでは駄目なのだろうな」

 さて。とだけステファニヴィアンは作業を続ける。問題はそこではない、彼にとって、ソレはさほど重要ではない。そんな表情を知ってか知らずか、しかし、と一拍置き、ルキアは語気を強くする。

「私はともかく。アイメリク様の信念は本物であると、どうか理解して欲しい」

「…………」

「ふっ。少し違うか」

 カチリ、と部品が噛み合う音が鳴る。全ての装甲を戻し、ルキアは微笑って最終チェックをステファニヴィアンに依頼する。面食らっている彼の背中を押しつつ、検査項目が書かれた紙に筆記具を添える。

「何も考えずに戦へ身を投じる時代は、冒険者(英雄殿)によって終わりを告げた。これからは、嫌でも皆が未来を考えずにはいられない時代が来る。今まで積み上げられてきた物が因襲なのか、遺風なのか――それらを定めていくのもまた、イシュガルドの民だと私は思う」

 動作確認は淡々と進む。澄んだ機動音が白い躯体を巡り、制御画面は力強い光に満ちる。駆動音の中心から片足が上がり――踏みしめた一歩は職人達の歓声と共に、ステファニヴィアンの心をふるわせる。

「……私は、アイメリク様の方針が間違っているとは思わない。だが、人は過ちを犯すものだ。もし万が一にも踏み外すような事があった場合、制する者がいなければ我々は再び同じ轍を踏む。そしてその役割は、異邦人に頼るものではない」

 これは私の推測でしかないのだが。とルキアは魔導アーマーの動力を落とす。

「アインハルト伯爵が、現在まで機工士および機工兵装の研究に投資されていたのは、変革を望む貴公の強い実行力と信念を評価されておられるのだろう。事実、機工士は二度にわたってイシュガルドの常識を覆し、アインハルト家の功績として周囲に認知されつつある」

「うっ……」

 アインハルト伯爵に関しては良いように曲解し過ぎです、とステファニヴィアンは口を尖らせ、からかうように顔を覗いてこようとする職人達を手で払う。陰に顔を埋める彼の背中へ微笑み、ルキアは完全停止した魔導アーマーから降りる。

「ひとまず、機動に関しては以上だ。細かい部分はシド殿に直接訊くのが良いだろう。何か他に質問は――」

 いいえ。ステファニヴィアンは言い切った。銃を模した右手を自身の胸元へ突きつけ、構えるようにくっと人差し指を上げて笑う。

「バッチリ」

 今から試して貰っても構いませんよ、とステファニヴィアンは魔導アーマーを軽く触る。自信溢れる瞳に圧されたように目を丸くし、ルキアは無言で窓の外を見る。

 夜空は黒い。しかし星明りが工房の光と重なり、綺麗な空だとステファニヴィアンは吹いた風に手を翳す。

 冒険者も、この空を笑って見ているのだろうか。そんなことを思いながら、銃と機工兵装へと手を伸ばす。

 さてと。と、言い残し、ステファニヴィアンは兵装をいじりながら小部屋へ移動する。また徹夜ですか、と咎められるも、意に介さない。

「悪いけど、客人二人の事は任せるよ。いま良いアイデアを思いついたんだ。ほら、時は金なり? 未来を打ち抜くためには、常に先端を行かないとね」

 一同は各々で呆れていたが、誰も否定の意を示さない。そんな周囲を嬉しく思いながら、今宵も機械を弄るステファニヴィアンの光景が、工房の空気を和ませ、引き締めた。



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