Fate/Last Master (三代目盲打ちテイク)
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序章
プロローグ


更にいろいろと追加しました


 彼は、呼び名が多い。

 

 48番目。

 最後のマスター。

 希望。

 先輩。

 安珍。

 クリスティーヌ。

 トロイア。

 ローマ。

 シグルド。

 おかあさん。

 

 だが、彼は一般人だ。ただの数合わせで呼ばれ、偶然から世界最後のマスターとなってしまった。ただそれだけの存在だ。

 人類史なんてものを背負うには力不足なのを自覚しながら、それでも世界を救うべくして彼は己の意思でマスターとなった。

 

 実に尊い。なんという素晴らしい輝きか。

 だが、忘れてはいけない。

 彼は一般人だ。どんなにそう在るかのようにふるまっていても、彼は何の力もない世界を救うという心構えもなく成り行きで最後のマスターになってしまった少年なのだ。

 

 運命とは残酷だ。背負うべきものには背負わせず、背負う必要のない者に重荷を背負わせる。

 

 これは彼の話だ。世界を救うために奔走するだけの善性を持った当たり前にふつうの男の子の話――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 炎の中で、その手だけを、僕はつかむことができた。

 

 つかまなければならないと思った。

 

 どうしてだろうと、疑問も感じた。

 

 目の前の少女は、死ぬ。下半身が瓦礫でつぶれて、あと二分ももつかわからない。

 

 そんな少女の為に何をやっているのだろう。

 

 疑問が僕の中を駆け巡る。

 

 自分の命が大切だ。死ぬのは怖い。両膝は震えている。

 

 けれど、

 

「大丈夫――」

 

 僕の口をでたのは、彼女を気遣う言葉。

 

 ――その時、僕は理解した。

 

 何よりも、彼女が大切で。

 何よりも、彼女が好きなのだと。

 

 だから、笑顔で君の手を握る。

 彼女は助からない。けれど、その気持ちを楽にすることができる。だから、僕は必死で笑った。

 

 それこそが今できる最善。

 

 ――それが地獄のハジマリだとしても。

 

 僕は後悔しない。胸を張って言える。あの時の選択は、間違いなんかじゃなかったんだと。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 わたしの手をあの人は掴んでくれました。もう二分ももたない。下半身の感覚はなく、もうすぐ死ぬようなわたしの手をあの人は掴んでくれました。

 

 正直、怖いと思いました。何もできずに死ぬ。それが、怖かった。

 

 けれど、炎の中で、身を焼かれながら、それでもわたしの手を握ってくれた人がいた。

 

 わたしを助けることなんてできない。きっとそのことはあのひとも理解しているはずなのに。

 

「大丈夫――」

 

 ただ一言、笑顔でわたしの手をつかんでそう言うのです。

 

 虚勢だとわかっていても、嘘だとわかっていても、その一言は、とてもあたたかく聞こえたのです。

 

 死ぬのは恐ろしいはずなのに、わたしを気遣ってあの人はわたしの手を握り続けてくれていたのです。

 

 わたしは、きっと何があっても、この時の手のぬくもりを忘れない。たとえ何があってもあの人の笑顔を忘れない。

 

 だから、わたしはあのひとのために戦う。おそろしくても、怖くても。

 

 それが、わたしにできることだから。信じてくれたあの人の為に。

 

 何度傷つけられても、わたしが間違っても、信じてくれたあのひとの為に。

 

 わたしは戦う。

 

 愛しい先輩と一緒に。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 旅は始まる。

 七つの特異点をめぐる旅は始まる。

 

 それは誰にも記憶されず、何にも記録されない、誰も知らない旅。

 

 辛く、厳しく、ただの人には厳しい戦いになるだろう。

 

 けれど、きっとそれだけではない。多くの出会いがあるだろう。多くの別れがあるだろう。

 

 時には、心が砕かれて膝を屈してしまうかもしれない。

 時には、心の弱さに飲み込まれ、大切な人を傷つけてしまうのかもしれない。

 

 けれど、きっとまた立ち上がれる。

 

 そう信じている。

 

 これは、聖杯探索(グランドオーダー)

 

 大いなる旅の物語だ――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

――2015年

 

 高校を卒業して大学に行かず僕は旅に出た。どこかへ行きたいと思ったのかもしれない。だから、大学にも行かず旅に出た。

 そうすれば狭い世界から出られるのではないだろうかと思った上のことだった。そうやって家を飛び出した。両親は放任主義だから何も言われないだろう。というか、背負った鞄の中にはいつの間にか旅費で好きにつかえという両親からの手紙が入っている始末。

 

 どうやらどこまでも僕はまだ子供であるらしい。それもそうだろう。子供でなければこんな無鉄砲な旅になんて出るはずがない。

 地図を片手に夜空に光り輝く摩天楼を眺めながらため息を吐く。

 

「はぁ――」

 

 何気ない日常が続いている。僕の人生はいったいなんなのだろうかと思う。そう僕はこの日常というものに不満を感じていた。

 だから、何か変わらないかと旅に出て見知らぬ街を散策に出ていた。日本のとある地方都市。ただ、どこも変わらない。狭い世界の中を移動したところで何も変わらない。何かが変わるわけでもない。

 

 もっと大きな世界に飛び出すべきなのだろう。けれど、本当にそれでいいのかという躊躇いもまたあった。

 

「はぁ」

 

 だから、溜め息を吐く。ままならない自分という存在に。

 

「なにか、食うか」

 

 夕食もまだだった。だから気分を変えるために何か食べよう。そう決めてラーメン屋に入った。客のいないラーメン屋だった。

 まあ大丈夫だろうと思って、カウンターに座る。

 

「あの――」

 

 そこにいたのはえらく筋肉質な店主だった。明らかにラーメン屋が持つ肉体ではない。

 

「客か。何が良い、少年」

「じゃあ、普通にラーメン一つ」

「すぐに出来る、ゆっくりと待つが良い」

 

 すぐにいい匂いがしてくる。なんだ、結構当たりなのかもしれない。そう思う。

 水を飲みながら待っていると店主さんが話しかけてくる。

 

「少年は一人か。見たところ、高校生くらいか」

「卒業したばかりです」

「ふむ、ならば旅行でもしているのか」

「ああ、そうですね。一人旅というか、そんな感じです」

「ほう。高校を卒業してすぐに一人旅とはな。悩みでもあるのか、少年」

「悩み――悩みってほどじゃないけど」

 

 どういうわけか店主さんに話していた。誰もいなかったのもあるのだろうか。そう思いながらここに至る事情を話した。

 

「ふむ、なるほど――まあ、それはさておき出来たぞ。存分に味わうが良い」

「ありがとうござ――赤い」

 

 出されたラーメンは赤かった。もはや食物のそれを超えた赫さ。ラーメンという料理に置いて、ありえないほどの赤さだった。

 見ただけでわかる刺激物という色合い。食べれば最後、もしかしたら炎なんか吐けてしまうのではないかとすら思えてしまう。

 

 それほどまでに赤く、そして、それはラーメンなどではなかった。

 

「これは――」

「麻婆豆腐だ」

 

 それは麻婆豆腐だった。ラーメン屋に来てラーメンを頼んだはずだった。だが、出て来たのは麻婆豆腐。何かがおかしい。

 いや、おかしいところしかない。どうしてラーメン屋でラーメンを頼んだら麻婆豆腐が出てくるのだ。しかもこんなに赤い。

 

 色合いなど申し訳程度のネギの緑のみ。あとは赤一色だ。これが人の食べるものだというのだろうか。箸を持つ手が震える。

 

「ラーメンはどこに……」

「麺なぞ飾りだ、麻婆の海の底に申し訳程度に沈んでいる」

「これ、スープですらない、全部麻婆のあんかけだ――!?」

 

 麻婆豆腐の底に申し訳程度に麺が本当に沈んでいた。震える箸でつかみ麺をすする。

 

「か、辛い!?」

 

 予想通り、いや予想以上の辛さだった。なぜならば、辛いと感じる以前に痛みしか感じないのだ。もはや辛さではない痛さだ。痛すぎて涙が出てきて、心臓がばくばくと鳴っている。

 これを食べ続ければ最後、余りの痛みに死ぬかもしれないとすら思えるほどだ。汗がだらだらと流れる。気を抜けば箸を落としてしまいそうだ。

 

 これを食べるには、辛さに負けず箸で麺をつかみ口へ運ぶ勇気、唯一の救いである麺を麻婆にほどよくからめてできる限り中和して食べるために正しく配分する知識、痛みを感じながらも食べ続ける根性が必要になる。

 食べきれるのか。否、食べきれるのかではない、食べるのだ。なぜならば

 

「残すことは許さん。もし残すのであればおまえの体を地面に埋めて無理やり麻婆を口から流し込む」

「珍味にはなりたくない……」

 

 フォアグラを作るように無理やりに食べさせられる。食べなければならなかった――。

 

「ごちそう、さヴぁげした――」

「喜べ少年、君は今、一日分のカロリーを摂取した」

「――――」

 

 もはやツッコミを入れる気力すらない。一日分のカロリーとかもうどうでもいい。それより水がほしい。口の中と腹の中が焼けただれたように痛く、汗と震えが止まらない。

 

「さて、ところで少年、旅をしていると言ったが、あてはあるのか?」

「――あて?」

「そうだ、目的地。あてのない旅ほど無益なものはあるまい。自由なぶらり旅と言っても大抵目的はあるものだ。目的のない旅などない。何事にもそうなる為の目的というものが存在する。少年、君はどうして旅をする」

「――――」

 

 ――どうして?

 ――それはこっちが聞きたい。

 

「話した通り、それを探しているの、かな」

「ありきたりな答えだな――ならば大人として若人を導いてやろう。駅前に行くと良い。そこに君の運命が待っている」

「運命?」

「さて、お会計。ラーメン一杯1600円だ」

「高!?」

 

 特製のラー油をこれでもかと使っているから高いのだとか。知らねえよ。

 

 とりあえずそれを支払い夜の街に戻る。汗をかいているせいか風が心地よい。

 

「さて、駅前だっけ。何があるのやら」

 

 言われた通り、そこに行ってみる。駅前。何もない。ただの駅前広場だ。なにかあるということもなく何もない。

 

「店主に騙されたか?」

 

 まあ、あんなぼったくりラーメン屋――いや、麻婆屋の店主である。人を騙すくらいしそうだ。

 

「仕方ない。そこらの漫喫で明日まで泊まって――ん?」

 

 ふいにまるで隠れるように張られている張り紙を見つけた。帰ろうとした時、視線がふっと裏路地の方を向いたと思ったそこに張り紙があったのに気が付いた。

 こんなところに張り紙なんてあっただろうか。そう思いながらも気になってその張り紙を見てみる。どうやら献血募集の張り紙のようだった。

 

「んー、まあ、せっかくだししていくか」

 

 すぐ近くに献血車が来ているようなので、そこに行く。普通に献血だった。ただ、偉く丁重だったのが少しだけ気になったがそういうものだろうと思い、次はどこへ行こうかと思っている時だった。

 

「君!! 君だよ、君!!」

「えっと、僕ですか?」

「そうだ、君だよ! ああ、良かった。いや、もう見つからないとか思ってたけど、こんな場所で、適格者、それも適合率100%を見つけるなんて!」

「は? え、いったいなんのことですか」

「ああ、っと、そうだった。オレはハリー。ハリー・茜沢・アンダーソン。君に、お願いがあるんだ!」

「お願い、ですか?」

「そう、君をスカウトしたい」

 

 スカウト? この僕が? いったい何の冗談なんだろうか。あるいは詐欺だったりするのかもしれない。

 関わらない方がいい。そう思って、黙っていこうと思ったけれど。

 

「ああ、待ってくれ! 頼むよ、話を聞いてほしい。詐欺じゃないし、お金も取らない。合法的で、これは国連からの正式な話でもあるんだ」

「国連……何か証拠でもあるんですか」

「そうそう、これね、これ」

 

 ――カルデア?

 

 聞いたことがない。

 

「とりあえず、君をあるプロジェクトに適合すると検査結果が出た。そのプロジェクトの局員として君は今、スカウトされているんだ」

 

 曰く、カルデアという組織の局員を一般募集しているらしい。とりあえずもなにも、怪しいにもほどがある。

 だが、ふと、ラーメン屋の店主の言葉が頭をよぎった。

 

「これが運命、かな?」

 

 それにこのままだと延々と付きまとわれそうだし。

 

「わかりました。僕でいいのなら」

「本当かい! ありがとう! 詳しくは、あとで書類を送るよ。じゃあ、あとはよろしくー」

 

 そして、後日書類と制服が贈られてきた。

 

「って、山の上かよ!?」

 

 カルデアというのは標高6000メートルはある山の上にあるらしい。行くだけでも大変だ。

 

「でも、行くか」

 

 いい機会だ。日本を出て、外の世界を見るのは。

 だから、僕はカルデアへと向かった。

 

「ふぅ――」

 

 雪を踏みしめ登山を始めて数日。ようやくその施設は見えて来た。寒いし、高山病に苦しめられもしたが、ついに来たのだ。

 

「ここが、カルデア――」

 

 運命が始まる場所。僕の旅の終着点であり、大いなる旅の出発点。

 僕は、その門をたたいた――。

 




カルデアへ来る前を妄想。

もう少しいろいろと書きたかったが、まあこんなものでしょう。

ここから全ては始まるのです。素敵な後輩に出会って、出会いと別れを経験しながら少年がマスターとなる。
これがその始まり。


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序章 1

圧縮解除中につき話がつながらないことがありますがご容赦ください。


 ――塩基配列ヒトゲノムと確認

 ――霊基属性、善性・中立と確認

 ――99%の安全性を保障

 ――ゲート、開きます

 

 アナウンスの声と共には、僕の何かがスキャニングされたようだった。塩基配列はわかる。それはヒトには必ずあるものだからだ。

 けれど霊基というものはわからない。ただ、ゲートが開いたということは何の問題もなかったということだろう。一度深呼吸をして足を踏み入れる。

 

 そこはひどく未来的な建造物であった。

 

「はは、すごいな、これからここで働くのか――」

 

 どうやって何をするのかもわからないけれど、退屈だけはしなさそうだった。とりあえずゲートが締まる場所まで前に出ると先ほどと同じ声のアナウンスが流れる。

 

 ――ようこそ、人類の未来を語る資料館へ

 ――ここは人理継続保障機関カルデア

 

 カルデア。それが僕の職場になるらしい。人理、というのは何かわからないし、人類の未来を語る資料館というのも謎だ。

 というか、ここに就職したとは言えどなにもわからないに等しい。

 

 ――最終確認を行います。

 ――名前を入力してください。

 

「えっと、名前は――」

 

 名前を入力する。

 

 ――認証、クリア

 ――あなたを霊長類の一員であることを認めます。

 ――はじめまして新たなマスター候補生

 ――これより登録を行います

 ――シミュレーション起動

 ――どうぞ有意義な時間をお過ごしください。

 

 これで全て終わったらしい。ここまでくるのにだいぶ時間をかけたというのに最後はあっけないものだった。

 

「しかし、疲れたし。ねむ――」

 

 そして、どういうわけか僕は眠気に負けて眠りについた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「フォーウ、フォウフォウ!」

「フォウさん、そちらは正面ゲートです。外に出るには許可証が――」

 

 不思議な動物を追って女の子がやってきた。片目を髪に隠した眼鏡の女の子だ。彼女は、不思議な動物――フォウを追った先で不思議な人に出会った。

 

「驚きです。こんなにも無防備な睡眠状態があるなんて……」

 

 それは男の人。無防備に正面ゲート前で眠りこけている少年だった。フォウがその頬を舐めている。変な寝言を言っているが、それで目覚めたようだった。

 

「――もう、麻婆、は、やめ――ん、なんだか今頬を舐められたような――君は?」

「おはようございます。先輩」

 

 目を覚ましたら可愛い女の子がいた、などと言えばよくあるテンプレライトノベルのような感じだが、まさか本当にそれが自分の身に起きるとは思っていなかった。

 どこか神秘的な何かを感じる女の子だった。ここの職員だろうか。こんなかわいい女の子がいる職場。来てよかったと思うけれど――。

 

「先輩? 先輩って、僕のこと?」

「はい」

 

 先輩ということは、僕の後輩? 高校にこんな子いたっけ。記憶を探る。思い出せない。そもそもこんなに可愛い子がいたら忘れるはずがない。

 ということは別の高校? でも、あまりそういう知り合いはいなかったと思う。まさかストーカー? いやいや、僕をストーカーしてどうするのだろう。

 

 どう考えたって平凡を絵にかいたような僕だ。少しだけ運が良いだけのただの少年。それが僕だ。どこかの主人公みたいに不思議な力なんて持っていないし、何か特別な才能があるわけでもない。

 友達に昔からチェスとか将棋、騎馬戦で大将やらせて指示だしさせると意味不明に強いとか言われたけど、それだってプロになるほどじゃない。

 

 人の上に立つ存在なんじゃないかとうぬぼれたこともあるけど、そんなことはなかった。僕は平凡だ。そんな僕をストーカーするような子はいない。そういるわけがない。これまでも、これから先もきっとそういう子は出ないだろう。

 でも、もしかしたら何かで会ったことがあるだけということもあるかもしれない。一応、確認しておこう。

 

「えっと、ごめん、誰だったっけ? それよりここは?」

「それは簡単な質問です。助かります。わたしは、マシュ・キリエライトと言います。ここは、カルデア正面ゲートから中央管制室に向かう通路です。こちらからも質問よろしいですか先輩。お休みのようでしたが、通路で眠る理由は何なのでしょうか」

「僕が、ここで、眠っていた?」

 

 確かになんだか眠っていたような記憶があるような、ないような? いや、何かしていたような、していなかったような気がする。

 なんだか、とてもぼんやりしている。記憶があいまいというか。いや、記憶はあるが、こんなところで眠っている記憶がだけがない。

 

「はい。すやすやと。テキストに載せたいほどの熟睡でした」

 

 彼女が言うのならそうなのだろう。よほど疲れていたのかなと思う。確かに標高6000メートルの雪山を昇ってきたのだ。

 途中まで現地の人にジェスチャーで車に乗せてもらって途中まで送ってもらったりしたけれど、さすがに登山は疲れていたようだ。

 

 高山病に夜は風が恐ろしすぎて眠れなかった。雪の寒さもあってここに来てようやく一息ついたという感じ。なるほど眠りこけても仕方ないと納得だった。

 

「フォウ、フォーウ!」

「失念していました。あなたの紹介がまだでしたねフォウさん。こちらのリスっぽい方はフォウ。カルデアを自由に散歩する特権生物です。こちらのフォウさんに誘導されてお休み中の先輩を発見しました」

 

 リス? リス……。リスってこんなだったっけ。とりあえずもふもふしていそうだ。触らせてもらえないだろうか。

 そんなことを思っているとフォウは、またどこかへ行ってしまった。

 

「また、どこかに行ってしまいました。あのように特に法則性もなく散歩しています」

「へ、へぇ……」

 

 とりあえず、フリーダムな生き物ってことなのだろう。そう思うことにした。しかし、カルデア。あんな不思議生物までいるなんて、どんな組織というか職場なのだろう。

 だいぶすごいところに来てしまったというか、場違いな場所にいるような気がしてならなくなってきた。

 

 そんなことを思っているともうひとりやってくる。それは男の人だ。緑のスーツというかコートというかに帽子。研究員や技師というより、手品師(マジシャン)のようだと思った。 

 

「ああ、そこにいたのかマシュ。――おっと、先客がいたんだな。君は……そうか、今日から配属された新人さんだね。私はレフ・ライノール。ここで働かせてもらっている技師の一人だよ。ようこそカルデアへ。訓練期間はどれくらいだい?」

 

 訓練期間? そういえばそんなものはなかった。

 

「いえ、あの、応募したら今すぐ参加するか決めろって言われて」

「ほう、まったくの素人かい? けど、一般枠だからって悲観しないでほしい。今回の任務(ミッション)には君たち全員の力が必要なんだ」

 

 ミッション? 仕事のノルマのことかな? というか、いまだに何をやるのか聞いていない。この人が説明してくれるのだろうか。

 というか、普通は案内役の人とかがいるんじゃないかと思うのだが。

 

「魔術の名門から38人、才能ある一般人から10人。何とか48人の才能ある者を集めることができた。わからないことがあれば私や、マシュに――そういえば何を話していたんだいマシュ? 以前から面識でもあったのかい?」

 

 魔術の、名門? 魔術? マジック? いや、そういうニュアンスじゃない。そもそも魔術の名門と言っていた。手品の名門がそんなにあるなど聞いたことはない。

 本物? いや、まさか。そんなことがあるわけ――。

 

「いえ、この通路で熟睡していらしたのでつい」

「ああ、さては入棺時にシミュレーションを受けたね。霊子ダイブは慣れていないと脳に来る。表層意識が覚醒しないままここまで歩いてきたんだろう。――おおっと、そろそろ所長の説明会が始まる。君も出席しないとね」

「所長? 説明会?」

 

 そういう連絡は受けていない。

 

「そうこのカルデアの所長にして、今回のミッションの司令官さ。時計塔を統べる十二貴族としてそれなりに有名な名前なんだが――」

 

 時計塔? 十二貴族? いや、さも当然のように言われてもわからないのですが。そこらへんの説明はしてもらえないのでしょうか。

 

「まあ、所長の名前を知らなくてもマスターとしての仕事に不都合はないし、何も問題ないな」

「レフ教授。先輩を、管制室にご案内してもよろしいですか」

「良いよ。一緒に行こう。君もそれでいいね?」

「あ、はい。ああ、でも、そのまえに君はどうして僕を先輩と?」

 

 色々と気になることもあるから、とりあえず一つずつ聞いて行こう。まずは、彼女が僕を先輩と呼ぶ理由だ。出会ったことがないのなら、どうして先輩と呼ぶのだろう。

 カルデアの職員になっているのはきっと彼女の方が先なら彼女の方が先輩のはず。そうでないのならいったいどういうことなのだろう。

 

「…………?」

「ああ、気にしないで。彼女にとって君くらいの年頃の人間はみんな先輩なんだ。でも、はっきりと口にするのは珍しいな。いや、初めてか? 私も不思議になってきたな。ねえ、マシュ、なんだって彼は先輩なんだい?」

「理由、ですか。……この方はわたしが出会ってきた方の中で一番人間らしいです」

「ふむ、それはつまり?」

「はい、まったく脅威を感じません。ですので、敵対する理由が皆無です」

「なるほど、それは重要だ。カルデアの人間は一癖も二癖もある変人(テンサイ)ばかりだからね。確かにそれは重要だ。なんだ、君とはいい関係が築けそうだ」

 

 脅威、それに敵対? えっと、いや、もういいや。わからないことはそのままにしておこう。それに今は時間がないようなので、所長とやらの話を聞くために管制室に行こう。

 それにしても、このレフって人はいい人そうだ。マシュも慕ってくれているようだし、とりあえず仕事場はいいところそうだ。あとは仕事がそんなにきつくないといいけれど。

 

 管制室に向かう。

 

「間に合いました。先輩の番号は、一桁――最前列ですね」

「うわ、本当だ」

 

 最前列。それは地獄の席と言っても過言ではない。こういう説明会でも気を抜けないし、今の疲労と眠気のある状態でも居眠りのひとつもできないのだ。 

 それに周りのひとたちがそろっている上になんだかエリートっぽいような人たちばかりで、前の方に行くと嫌でも注目を集めてしまうのがきつい。

 

 しかも――なんだか偉そうな女性の目の前。

 

「はい。それも所長の目の前とはすばらしい悪運です」

 

 ――それ、褒めてる?

 

 とりあえず座らないと。なんだか、所長? らしき人がひどく睨み付けてきている。とりあえずなるべく小さくなりながら席に座る。

 すると咳ばらいをしながら所長? らしき人が話をし始めた。

 

「こほん――時間通りとはいきませんでしたが、全員揃いましたのではじめさせていただきます。特務機関カルデアへようこそ。所長のオルガマリー・アニムスフィアです。あなたたちは各国から選抜されたマスター適性を持つ特別な才能を持つ人間です。

 とはいえ、貴方たち自身はまだ未熟な新人だと理解なさい。ここカルデアは私の管轄です。外界での家柄や功績は重要視しません。まず覚えることは私の指示は絶対ということ。意見、反論は認めません。貴方たちは人類史を守るための道具であることを自覚するように」

 

 それを聞いてざわめく。そりゃ、家柄とか功績を重視せず、道具として働けと言われればそうなるだろう。美人だけど、少し怖い人だ。こんな人が上司でやっていけるだろうか不安になってきた。

 

「私語は控えなさい! いいですか。今日というこの日、我々カルデアは人類史にとって偉大な功績を残します。学問の成り立ち、宗教の成り立ち、航海技術の獲得、情報伝達技術の着目、宇宙開発の着手。そんな数多くある星の開拓に引けを取らない――いいえ。

 全ての偉業を上回る偉業。霊長類である人の理、すなわち、人理を継続させ保障すること。それが私たちカルデアの、そして、貴方たちの唯一にして絶対の目的です。カルデアはこれまでこの工房で百年先までの人類史を観測してきました。頭上を見なさい」

 

 オルガマリー所長が頭上に注目するように言う。そこにあるのは、球体だった。地球儀のようなそれ。小型の疑似天体とでもいうべきもの。

 よく大きな駅にあるような地球の姿でも投影しそうなものだと思った。

 

「これがカルデアが誇る最大の功績。高度な魔術理論によって作られた、地球環境モデル。私の(・・)カルデアスです」

 

 直径六メートルくらいの地球儀だ。それにしては、リアルすぎる。まるで、そこのもう一つの地球があるかのような――。

 

「これは惑星には魂があるとの定義し、その魂を複写する事により作り出された極小の地球です。我々とは位相が異なる場所にあるため、我々の眼では細かなことは観測できませんが、大陸にある都市の光は専用のレンズ、シバによって読み取れます。このカルデアスは未来の地球と言っても良いのです。ですが――レフ、レンズの偏光角度を正常に戻して」

 

 地球の姿は変わる。赤く変色した、燃えるような――。それは嫌な予感を想起させた。いいや、嫌な予感どころか。

 まるで、未来はないとでも言われているかのような。そんな風な予感を感じさせた。

 

「現状は見ての通りです。半年前からカルデアスは変色し 未来の観測は困難になりました。今まで観測の寄る辺になっていた文明の光が不可視状態になってしまったのです。観測で来る最後の文明の光は一年後。つまり、あと一年で、人類の絶滅が観測、いえ、証明されてしまったのよ」

 

 それは、あらゆる全ての終わりであり、始まりだった――。

 




マシュとの出会い。

レフ・ライノールとの出会い。

オルガマリー・アニムスフィアとの出会い。

あらゆる出会いがあった。

序章に関してはドラマCD準拠です。


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序章 2

 絶滅の確定した。そう言われても実感がなかった。そもそも未来の観測からして荒唐無稽な話だ。それこそ魔法のような部類だろうと思う。だから、魔術?

 理解が追いつかないがオルガマリー所長は話を続ける。

 

「言うまでもなく、ある日突然人類史が途絶えるなんてありえません。私たちはこの半年間、未来焼死の原因を究明し続けました。未来に原因がないのならばあるとすれば過去にある。過去2000年前での情報を洗い出し、過去に存在しなかった事象や異物を探す試みです。

 その結果、ついに我々は発見したのです。それがここ、空間特異点F。西暦2004日本のある地方都市です。ここに存在しえない観測できない領域を発見したのです。カルデアはこれを人類絶滅の原因をこれと仮定、量子転移──レイシフト実験を国連に提案。承認されました。レイシフトとは人間を量子化させて過去に送り込み、事象に介入することです」

 

 ええと、このままでは一年後2016年が終わるころまでに人類が滅亡が確定してしまうから、それをどうにか防ぐべく、タイムマシン的な何かを開発したこのカルデアという組織は原因らしき場所が見つかったから、そこにいってどうにかして来いってことらしい。

 ここにいる者たちはそのレイシフトなるタイムトラベルに適性を持った人材。魔術回路なるものとマスター適性を持った存在。

 

 レイシフトはそんな存在にしかできない為にここカルデアに集められた。少なくとも今までの話を総合するとこういうことになるらしい。

 魔術回路やらマスター適性やら、レイシフトやらまったくもって意味不明であるが、とてつもない事態に巻き込まれてしまったということを漸く実感してきた。

 

「これより一時間後、初のレイシフト実験を行います。第一段階として成績上位者八名をAチームとして特異点Fに送り込みます。Bチーム以降は、その様子をモニタリングし、第二次実験に備えること」

 

 しかし、誰も動かない。それにオルガマリー所長は不満だったらしい。

 

「何をしているの! やるべきことは説明したでしょう。それともまだ何か質問があるの! ほら、そこの君」

 

 オルガマリー所長は僕に近づいてきた。

 

「え? え?」

「そこの君よ。遅刻した君。特別に質問を赦してあげます。首をかしげているけれど、何が不満なの」

「え、あ、いや、そのそもそもタイムスリップなんて可能なんですか? それに過去を改変して問題はないんでしょうか」

 

 とりあえずあたりさわりのないことを聞く。話を聞いてなくて先生に質問される学生の気分だ。

 

「はぁ」

 

 なんか露骨に呆れた顔された。

 

「あなた、特異点と聞いてわからないの?」

「すみません。全然。わかりません。そもそも特異点ってなんですか?」

「頭が痛いわ。こんな初歩の時空論も知らないなんて。協会は何をしているのかしら。あなた、どこのチーム? ちょっと、ID見せて」

 

 IDがひったくられるように奪われる。

 

「ちょっと、配属が違うじゃない。一般協力者の、しかも実戦経験も、仮想訓練もなし!? レフ! レフ・ライノール!」

「ここにいますよ所長。何か問題でも?」

「問題だらけよ。早く、この素人をここから連れ出して。素人を関わらせて、私のカルデアスになにかあったらどうするの」

「これは嫌われたものだね──マシュ、悪いが彼を個室に案内してくれ。すまないね新人君。私はレイシフトの準備があって同行できないんだ」

「すみません」

「構わないさ」

「それでは先輩、こちらへ。先輩用の先輩ルームにご案内しますので」

 

 先輩ルーム? まあいいか、と管制室をでると。

 

「フォウ!」

「危ない!?」

 

 フォウが彼女の顔に飛びついた。

 

「問題ありません。フォウさんは、私の顔に奇襲をかけ、背中にまわり最終的に肩に落ち着きたいらしいのです。それにしても先輩、着任早々災難でしたね」

「まあ、うん」

 

 仕方ないと言えば仕方ないとは思うが、それでも多少はイラっと来た。確かに何も知らないけれど、誰も説明してくれなかったのだから仕方ないだろうと言いたい。

 

「ですが、所長の癇癪にも同情の余地ありです。失礼ながら先輩はカルデアについて無知すぎます。うっかり迷い込んだレベルです。ほぼ猫と同義です」

「猫……」

「わたしも同じようなものですが、勤めて二年になりますがよくわかりません。のんびり忍び込んだレベルです。ほぼワニと同義です」

「ワニ……」

 

 たとえ面白いというか、なんだろうワニって。でも、そこが可愛いな。うん。

 

「パンフレットにある通りですが、先輩の為に復唱します」

「お願い」

 

 彼女曰く、ここは人理保障機関カルデア。人類史を長く、何より強く存続させるため魔術、科学の区別なく研究者が集まった観測所。人類の決定的なバットエンドを防ぐために各国共同で設立された特務機関で、その出資金は各国合同だが、大部分をアニムスフィアが出資している。

 所長の実家が出していて、悪党ではないが悪人ではあるとのこと。気に入らないスタッフは平気で首を切るらしい。

 

「ああ、いえ、性格が悪い人だから悪人と言っても良いのでしょうか。すみません。先輩を励ましたいのですが、お洒落な台詞回しなど覚えていないもので」

「ありがとう。大丈夫だよ」

「そうですか──ここですね。先輩、つきました。ここが先輩用の個室になります」

「ここまでありがとう。そうだ、マシュは何チームなんだい?」

「Aチームです。ですので、すぐに戻らないと」

「フォーウ!」

 

 フォウが頭に!?

 

「フォウさんが先輩を見てくるのですね。それなら安心です。それではこれで。運が良ければまたお会いできると思います」

 

 そう言って彼女は戻っていった。

 

「運が、良ければ?」

 

 なんだろうか。まるで運が悪ければもう会えないとでも言いたげな言葉は。レイシフト実験、そんなに危険なのだろうか。

 そう思いながら部屋の扉を開ける。

 

「はーい、はいってまー──ええ!? 誰だ君は!」

 

 そこには先客がいた。

 

「あれ、間違った?」

「ここは空き部屋だぞ! 僕のサボり部屋だぞ! 誰の断りで入ってきたんだ!」

「いや、ここが僕の部屋だと言われてきたんですけど」

「ああ……そっか、ついに最後の子がきちゃったかぁ。道理でなんか荷物が置いてあると思ったよ──じゃあ、自己紹介しよう。僕はロマニ・アーキマン。医療部門のトップだ。みんなからはなぜかドクターロマンと呼ばれてる。君もぜひそう呼んでくれると嬉しいね」

「よろしく御願いします」

「それにしてもそろそろレイシフト実験のはずなのに部屋に来るってことは、君は着任早々所長の雷を受けたってところだろう」

 

 何も知らないこの人にまで当てられるということは所長の雷はわりと恒例化しているのか、かなり頻繁に落ちるものってところなのだろう。

 とりあえず、この人は所長と違って優しそうだ。レフ教授と同じでいい人そうだし、何とかやっていけそうな気がする。

 

 医療部門のトップだけど若いし、すごい人なんだろう。

 

「なら、僕と同類だ。僕も所長に怒られて待機中だったんだ。どうだい? お酒でも飲みながら管をまかないかい? いや、お酒はまだ早いか。僕も実は苦手だしね」

「いえ、大丈夫です」

「それじゃあ君の話でも聞かせてくれないかい? 今度はどんな雷が落とされたのかね」

「はあ、じゃあ──」

 

 ここに至るまでの経緯をドクター・ロマンに説明する。

 

「ってなわけで」

「なるほど。まあ、君が悪いとも言えないけれど、所長も複雑な立場なんだ。それだけはわかってほしい。良い人とは言えないけれど、所長も所長で大変なんだ」

「あの若さで所長ですしね」

「ああ、三年前に前所長。彼女のお父さんが亡くなって所長になったんだ。まだ学生だったのにね。マリーはカルデアの維持だけで精一杯。そこにカルデアスの異常だ。当然のように協会やスポンサーから非難続出さ。誰もが人類史の消滅なんて信じたくないからね」

 

 それはいったいどれほどの重圧になって、どれほど苦しいことだったのだろうか。誰かの上に立ったことのない人間にはわからない。

 きっと想像を絶する苦難だったのだろうということしか思えない。

 

「加えて、彼女にはマスター適性がなくてね。十二のロード、天文学科を司るアニムスフィアの当主にマスター適性がない。スキャンダルも良いところでね。そんな状況でも最善を尽くした。この半年、彼女は本当に頑張っている。君に辛く当たっていたのはまあ、君が嫌いだからじゃないさ」

「わかります」

 

 そんな苦境、僕だったら放り出しているかもしれない。その中でも最善を尽くしてきた。それは尊敬に値する。誰にでもできることじゃないと思ったからだ。

 

「凄い人なんですね」

「はは。そうさ、所長はすごい。今度会ったら言ってみると良い。面白い反応をしてくれると思うよ──っと」

「ロマニ、そろそろレイシフト実験を開始する。万が一に備えてこちらに来てくれ」

「ありゃ、およびだ。今から行くよ」

「今医務室だろ。そこからなら二分で到着するはずだ」

「…………」

「…………」

 

 ここは僕の部屋。医務室ではない。加えて言うのなら、二分以内で管制室まで行けるような距離じゃない。

 

「いや、まあ、まいったなはははは」

 

 参ったなじゃないだろ。

 

「でも、レフさんは今すぐ来てくれって」

「なんだ、レフとは顔見知りなのかい? 彼は近未来観測レンズ「シバ」の開発者で、天才的な力量を持った魔術師だ」

「へぇ」

 

 何やら専門用語で、いろいろな説明をしてくれていたけど、よくわからない。まあ、そのうち説明してもらえるだろう。

 その時、明かりが消える。

 

「な、なんだ!?」

 

 ──緊急事態発生、緊急事態発生。

 ──中央発電所、および中央管制室で火災が発生しました。

 ──中央区画は閉鎖されます。

 ──職員はただちに第二ゲートから退避してください

 

「爆発音!? なんだ、何が起きているんだ。モニター! 管制室の様子を映してくれ、みんなは無事なのか!?」

 

 モニターが起動し、管制室の様子が映る。そこは地獄だった──。

 

「ひ、ひどい……ちょっとまった、管制室って、マシュは!?」

「これは、全員…………君は今すぐ避難してくれ。僕は地下の発電所に行く。カルデアの火を止めるわけにはいかない。もうすぐ隔壁が閉鎖する。君だけでも外に出るんだ」

 

 そう言って、ロマンは部屋を出ていった。

 

「…………」

 

 モニターに映るのは爆発でも巻き起こったかのような有様の管制室だ。あそこには先ほどの彼女もいる。

 

 ──助けにいかないと。

 ──いいや、全員死んでるさ、逃げた方が良い。

 

「フォーウ……」

「…………そうだ。わかってる」

 

 死ぬかもしれない。逃げた方が良いに決まっている。でも、どうしても行かないといけない。そう思った。まだ、生きてるかもしれない。助けられるかもしれない。

 だったら、自分だけ逃げるなんて、できない。ちっぽけな勇気を振り絞って、

 

「行こう!」

 

 僕は管制室に向かう。

 

 ──そこで、地獄を見た。

 

 嚇炎は全てを燃やし尽くさんと火の粉を振りまいていた。地獄とはかくあるべきだとでも言わんばかりに。此処こそが地獄、これこそが地獄絵図。

 全ての阿鼻叫喚、全ての絶望を混ぜ込んだ魔女の窯の底。ぐつぐつと煮えたぎる窯の底ゆえに逃げ場など存在(あり)はしない。

 

 全てが炎上している。こここそが地獄の底だ。逃げなければと思ったが、どこへ逃げるというのか。逃げられるわけがない。逃げられる場所などありはしないのだ。

 死骸は例外なく炎に包まれて燃えている。油分が大気を汚染し、燃える死骸は酷い瘴気を撒き散らす。

 

 肌に張り付くのは死体から出た魂の如き瘴気。生者を呑み込む死者の手招き。お前も来い、お前も来い。そう絶望の中で死者が叫んでいる。

 右を見ても、左を見ても、炎が燃えている。燃えていない場所ないし死骸がない場所もない。

 

 生存者なんていない。無事なのは、カルデアスという名の地球儀だけだ。

 

 ──システムレイシフト、最終段階へと移行します。

 ──座標西暦2004年、1月30日日本

 ──マスターは最終調整に入って下さい。

 

「アナウンス、実験は、まだ続いているんだ。もう、誰も生きていないのに──」

 

 その時、何かが崩れる音を聞いた。

 

「!」

 

 誰かが生きている、そう信じてそこへ向かう。ぐしゃりと何かを踏んだ。

 

「え──」

 

 それは、死体だった。

 

「────」

 

 嫌な感触が全身を駆け巡る。それは強い衝撃となって脳髄を蝕んでいく。

 

「あああ、あああ──!」

 

 吐瀉物をまき散らし、声にならない悲鳴を上げた。死体なんて初めて見た。

 

「だ、誰か──、誰か、いないのか」

 

 だから求めた。生存者を。この地獄の中で、誰かいないのかと。ひとりは嫌だ。こんな場所で、ひとりなど絶対に――。

 またがらりと音がした。そこに走る。

 

「──マシュ!! よかった、しっかり、今──」

 

 駆け寄って初めて彼女を見た。彼女の下半身が瓦礫でつぶされていた。もう二分も持たないだろう。彼女は死ぬ、そのことだけが冷たく頭に染みわたっていった。

 

「ぁ、せん、ぱ、い」

「大丈夫、すぐに、こんな瓦礫なんて、どかすから──」

「い、ぃ、ん、です、たすかり、ま、せん。だから、にげ、て」

 

 もうすぐ死ぬというのに、自分の心配よりも僕の心配を彼女はしてくれた。泣き叫びたいほどの痛みだと思うのに、彼女は泣き叫ぶことなんてせずいつも通り。

 まるで僕の内心なんて見抜いて早く逃げても良いと言ってくれているようだった。

 

 逃げられるわけがなかった。こんな彼女を一人残していくなんて、できなかった。彼女だけは助けたい。誰も助けられなかった。

 だから、一人生きていてくれた彼女を助けたかった。

 

 その時アナウンスが響き渡る。

 

「っ──、こんどはなんだ」

 

 ──観測スタッフに警告。

 ──カルデアスに変化が生じました。

 ──近未来100年にわたり、人類の痕跡は発見できません。

 ──人類の生存を保障できません。

 

「カルデアスが、まっかになっちゃいました。いえ、そんな、こと、より」

 

 ──中央隔壁、封鎖。

 

「隔壁、しまっちゃいました」

「……うん、閉じ込められちゃったな」

 

 僕はマシュの手を握る。

 

「ぁ……」

「なんとかなるさ。こんなのなんでもない」

 

 笑顔でそういう。ひきつってないだろうか。声は震えていないだろうか。身体は震えていないだろうか。自信がなかった。

 本当なら、今にも無様に泣き叫んで助けを求めたい。でも、マシュがいる。彼女の前では、先輩と慕ってくれた彼女の前では、自分よりも僕を優先してくれた彼女の前ではかっこうつけていたかった。

 

 ここで死ぬ。なんとかならない。こんなのなんでもないわけない。

 でも、せめて、彼女が安らかになれるのなら、意味があるんじゃないかと思う。今まで無駄に過ごしてきた、僕の人生にも意味はあったんだと言えると思う。

 

 ──ああ、ちくしょう、

 

 怖い。怖い。怖い。死ぬのが怖い。迫りくる熱気が肌を焼く痛みに泣きだしたい。

 

 ──レイシフト要員規定に達していません。

 ──該当マスターを検索中

 ──発見しました。

 ──番号48をマスターとして再登録します。

 

「っ、せん、ぱい──」

「大丈夫だよ。僕はここにいる。何があっても、この手は離さないよ」

 

 それが僕にできる唯一のことだから。

 

 ──レイシフト開始まで

 ──三

 ──二

 ──一

 

 全行程クリア。ファーストオーダー実証を開始します──。

 

 そして、僕の意識は、暗闇に消えた──。

 




ファーストオーダー開始。

これよりぐだ男の長い長い旅の始まり。
序章は終わり、舞台は、特異点Fへ。

実は、ぐだ男が理想になろうとした理由の大部分はオルガマリー所長です。


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特異点F 炎上汚染都市 冬木
炎上汚染都市 冬木 1


「フォーウ、フォウ、フォーウ!」

 

 何かの声が聞こえる。それはどこかで聞いた小動物の声に思えた。いや、それだけではない。声だけでなく音も聞こえる。

 何かが燃えている音。匂いも、何かが燃えているような――。

 

「先輩――」

「ん」

「先輩、起きてください。先輩……起きません。ここは、正式な敬称で呼びかけるべきでしょうか。マスター。マスター、起きてください」

「ん……んん?」

「良かった目が覚めましたね先輩。無事で何よりです」

「ま、マシュ!? ぶじ、なのか……? それに、その鎧は……?」

「それは後程説明します。今は、周りをご覧ください」

「周り?」

 

 言われた通り周りを見渡す。僕の周りにあるのは――。

 

「なんだ……これ……」

 

 燃え盛る街だった。あらゆる全てが燃え盛っている。だが、不思議と、ヒトは燃えていないように思えた。生命がいない。

 あらゆる全てが燃え盛ってる中で生きているのは、僕と彼女だけ。

 

 足が震える。その事実に、わけのわからない事態に。体が震える。けれど、彼女がいる。マシュ。マシュ・キリエライトと名乗った女の子。

 鎧をまとった彼女がいるのだ。ならば、男として見っとも無いところは見せられない。

 

「マスター、ぼけっとしないでください。殺しますよ」

「え!?」

「……言い間違えました。正しくは殺されますよ、でした」

 

 さらに現実は僕を追い詰める。どれほど嫌と叫んでも運命は逃がしはしないのだとでも言わんばかりに。

 

「GOAAAAAAA――――!!!」

 

 咆哮を上げる何かに僕は漸く気が付いた。

 

「な、なんなんだ、アレは!?」

 

 黒いクマのような何かがオレたちを取り囲んでいる。

 

「――言語による意思の疎通は不可能のようです。敵性生物と判断します」

 

 敵性生物? なんだそれはと思う前に、もう戦いは始まっているのだと言わんばかりにクマが攻撃をしかけてくる。

 殺される。そう思った。

 

「う、うわあ!?」

 

 死ぬ。死んでしまう。嫌だ、死にたくない――。

 

 だが、至極当然の行動を身体は取ることができない。視界が歪む。息が止まる。全身が震えて動くことはなく、向かってくるクマのような敵性体を見ることしかできない。

 咆哮の衝撃が僕の逃げようとする意気を消し飛ばし、恐怖は呼吸を止めて、酸素の供給をストップする。視界がゆがむ、世界が回る。

 

 どうしようもなく、人間というものは無力であると思い知らされる。僕如きが立ち向かえるようなものではない。

 あの爪、あの牙。どちらも総じて致命的。触れただけで死に至るだろう。いいや、それはある意味幸運な結果なのかもしれない。

 

 もし生き残ってしまったらと思うとゾっとすらしてしまう。痛いのは嫌だ、死ぬのは嫌だ。だが、苦しいのも嫌だった。

 だからこそ、矛盾した思い。生きたいという思いと、苦しみたくないという思いが自己矛盾を引き起こす。

 

 混濁する意識の中で、いつまでも訪れない死に疑問を抱き目を開く。

 

「マシュ……」

 

 そこに、彼女がいた。巨大な盾を構えた、クマの攻撃を防いでいる。

 

「マスター、どうか……指示を。二人で、この事態を乗り越えましょう!」

 

 その言葉に、呼吸が戻る。その言葉で、僕は確かに、救われたのだ。

 

 ――ああ、やっぱり、彼女は……。

 

「わ。わかった」

「では、マシュ・キリエライト――行きます!」

 

 ――なんだ、これ……。

 

 何が起きているのか、わからない。

 何をされているのかも、わからない。

 彼女は、何をしている?

 何が起きた。

 

 なんだ、これは。

 

 疑問が渦巻いて行く。わからない。わからない。わからない。

 

 でも――。

 何かしなければ、と、思った。

 

 彼女一人に戦わせてはいけないのだと、漠然と思った。

 

「マシュ……先に右だ!」

 

 だから、指示を、と言われたから、僕は、指示を出した。

 

「――はい!」

 

 右から迫るクマが見えた。だから、そちらを倒すように言った。目の前の敵を盾で弾き飛ばす。小柄な女の子が出す力ではない。

 けれど、それが今は頼もしい。迫りくる敵を盾で殴り倒していく。それはまるで違うナニカのようにも感じてしまう。

 

「…………――ふぅ、戦闘、終了。なんとかなりましたね」

「あ、ああ……」

 

 何とかすべての敵を倒して、一息つく。どうにか勝つことができた。生きている。今も、生きていることがこんなにも素晴らしいことだとは思いもしなかった。

 

「お怪我はありませんか、先輩?」

「大丈夫だよ。それよりも、アレはいったいなんだったんだ!? それに、ここは!?」

「……申し訳ありません。わたしも、先輩にご納得いただけるような答えは有していないのです」

 

 何もわからない。ただ、この時代には存在していないかのようなものではないというもの。この特異点というものに関わるものであると言っても差し支えないような、ものであるらしいが。

 わけがわからない。もうこんなところにいたくない。なんとかできないのかと思っていると。

 

「ああ、やっとつながった! もしもし、こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい!」

 

 ドクターの声が聞こえた。通信がつながる。

 

「ドクター!」

「こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在、特異点Fにシフト完了しました」

 

 マシュが現状を告げる。良かった。これでどうにかなるかもしれない。その安堵に思わず、安堵の溜め息を吐いてしまう。

 できることなら座り込みたいが、マシュが立っているのに、自分だけ座るなんて、出来ないだろう。

 

「話は分かった。どうやらそちらに無事シフトできたのはキミだけのようだ」

 

 マシュとの話が終わったのか、こちらに話しかけてくるドクター。

 

「すまない。事情を説明しないままこんなことになってしまって」

 

 ああ、本当だよ、と素直に言いそうになったのを慌てて止める。彼が悪いわけじゃないのだ。

 

「いえ……大丈夫、です」

「そうか……ともかく安心していい。キミには強力な武器がある。マシュ、という人類最強の兵器がね」

 

 マシュが、人類最強の兵器?

 それはどういうことなのだろうか。

 

「……最強、というのはどうかと。たぶん言いすぎです。後で責められるのはわたしです」

「それでも、少しは安心していい。マシュ、つまり、サーヴァントは頼もしい味方だ。けれど、弱点ももちろんある。それは、魔力の供給源となる人間……マスターがいなければ消えてしまう」

 

 マシュが、消える!?

 

「ああ、そんなに不安にならなくても大丈夫。確認した限り、キミとマシュの間で契約がなされている。つまり、キミがマシュの(マスター)だ」

「僕が……?」

「そう。キミが初めて契約した英霊。それがマシュ・キリエライトさ。まあ、マシュは普通のサーヴァントとは少し違うのだけれど、それはまたあとにしよう。まずはこの事態を終息させなければ。

 ともあれ、まずはそこから2キロほど移動してほしい。不安定な通信を、安定させるにはレイラインを確保する必要があるからね」

「了解です、ドクター」

 

 それと同時に通信が消える。消えてしまった。

 どうすればいいのか、指示はされた。けれど、燃え盛る街の中を進むなど正気じゃない。ここから一歩でも動いたらまた、襲われるのではないだろうかと、嫌な想像が止まない。

 

「さあ、先輩、行きましょう。まずはドクターの言っていた座標へ。そこまで行けば、ベースキャンプも作れると思います」

「あ。ああ……」

 

 けれど、けれど。

 僕の脚は前に進んではくれない。周りは、炎。大気に油分は混じっていないために、人間の死体などはないのだろう。

 あらゆる全てが消えて、焼却されてしまっている。

 

 熱量はあるのだ。熱はある。何よりも熱く、このカルデアの制服とやらを着ているおかげでなんとかなっているが、それでも、灼熱が肌を焼く。肌だけでなく心も。

 熱い、辛い、苦しい。炎の中、本来ならばあるはずの怨嗟の幻聴が、耳を犯す。

 

 熱で息が苦しくなり、荒くなる。頭が痛い。

 けれど、けれど――君が行くというのなら、一歩、確かめるように足を出して、また一歩と一歩ずつ歩いて行く。

 

 何かいるのではないか、怯えながら進む。

 それはじわりじわりと、心の中をかきむしられているかのような不安に苛まれる。

 一歩歩くごとに、前に進んでいるのかわからなくなる。

 

 僕の許容範囲を超えた事態に理解が追いつかず、脳がその役割を放棄でもしてしまったかのようにすら感じる。息をするたびに、僕の中にある何かががらがらと崩れていくかのような感覚。

 

 ――何かの、ひび割れる音が、聞こえていた。

 

 それでも、前に進むのは僕の前を進む少女がいたからだ。マシュ。マシュ・キリエライト。彼女が前を進むのなら、僕も進まないといけない。

 だって、ドクターが言った。僕は、彼女のマスターだから。

 

 マスターがどういうものなのかもわからない。けれど、守られるだけの存在でいいはずがない。マシュは戦闘になると指示を求める。

 何度かの戦闘。僕は彼女に指示を求められた。

 

 何をしているのか、わからない。

 何をされているのかも、わからない。

 

 僕は、女の子に戦わせるしかできない。屑なのかもしれない。そう思うたびに、何かが軋んだ。

 

 ――何かの、ひび割れる音が響く。

 

「先輩。もうじきドクターに指定されたポイントです」

「ようやく、か……」

「はい。先輩のおかげで、何とか無事に到着できそうです。さすがは、先輩です」

 

 ――やめてほしい。

 

 と思った。

 僕は何もしていないのだから。ただ指示を出しただけ。その指示も彼女は的確だと言ってくれるけれど、それが何の役に立つ。

 でも、でも――彼女がそう、望むのなら。

 

「……うん、ありがとう」

「それにしても、辺り一面火の海です。資料では、フユキ(ここ)は、平均的な地方都市であり、2004年にこんな災害が起きたことはないはずですが……」

 

 マシュが疑問を口にする。確かに、僕もそんな災害は聞いたことがない。

 

「大気中の魔力(マナ)濃度も異常です。これではまるで古代の地球のような……! そうです、先輩、ご気分は如何でしょうか。体調不良などはないでしょうか?」

「……大丈夫、かな。熱さで、気持ち悪いのはあるとは思うけれど……」

「そうですか、よか――」

「きゃあ――――!!」

 

 その時、悲鳴が響いた。甲高い、女性の、悲鳴。

 

「女性の悲鳴です。急ぎましょう、先輩!」

「あ、ああ」

 

 次から次へとやってくる困難。困難。困難。

 ふざけるなという言葉は呑み込んだ。

 マシュがいるから。

 

「なんなの、なんなのよ、コイツラ!? なんだってわたしばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないの!? もういやぁ!」

 

 唸り声を上げる獣どもの中に、所長がいた。レフさんに助けを求めている。

 

「オルガマリー所長……!?」

「あなたたち……!? もー、何がいったいどうなって、るのよー!?」

「所長、混乱するのもわかりますが、今は、落ち着いて。エネミーの真っただ中です。マスター、指示を、オルガマリー所長を助け出し、ここを離脱しましょう」

「あ、ああ――」

 

 なら、敵の薄いところを探せばいいんだな。こちらが来た道は、新たな敵によって塞がれてしまった。だから、新しく逃げる場所がいる。

 

 ――見つけた。

 

 その場所はすぐに見つかった。死にたくないという思いが、命の危機が、僕の観察眼を強化してくれているかのように、すぐにそれは見つかった。

 一か所、炎が強く、敵の囲みが薄い場所がある。

 

 あまりの恐怖に、頭がどうかしてしまったのかもしれない。

 

「マシュ、あそこだ!」

「はい、マスター! やあああ!」

 

 マシュの盾が敵を吹き飛ばし、そこへの道を切り開く。

 

「走って!」

「は? な、なによ、なんなのよもう!?」

 

 僕は、所長の手を引いて走った。そうしなければ、死ぬのだと漠然とした直感が僕を突き動かしていた。所長が文句を言っているが、そんな余裕などない。

 背後からくる圧力に無様に逃げ惑うだけだ。炎の中へ……。

 

「マシュ、離脱した!」

 

 マシュも離脱し、ドクターの指定されたポイントまでやってきた。

 

「どういうこと……」

「ああ、わたしの状況ですね。信じられない――」

「わかってるわよ、そんなの見たらわかる! サーヴァントとの融合、デミ・サーヴァントでしょう!? わたしが言っているのはね! そこの一般人!」

「はい……?」

「わたしの一世一代の演説に遅刻してきた一般人!! それが、どうして、こんなところに、いるのかってことよ!!!」

 

 それは理不尽な怒りのようだった。

 

「どうしてマスターになってるのよ! あなたみたいな一般人が、マスターになれるはずがないじゃない! どんな乱暴をその子に働いて、言いなりにしたの!?」

「誤解だ!?」

「何が誤解してるのよ!? そうでもしないと、あなたみたいなのが、マスターになれるはずがないじゃない!」

「所長、経緯を説明させてください。その方が、この事態についてもわかりやすいと思います」

 

 マシュがオルガマリー所長にこれまでの経緯を説明する。

 それによって、どうにかこうにか、誤解は解けたようだった――。

 



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炎上汚染都市 冬木 2

 これまでの経緯をオルガマリー所長に説明した。

 

「…………」

「所長? どうかなさいましたか?」

「……なによ、それ……最悪じゃない。つまり、もう、この男にしか頼れないってことじゃない!」

「所長!?」

「ああ、もう、どうしてこうなるの、わたしがなにをしたっていうのよ!?」

「所長、落ち着いて。いったい何が」

「あなたの説明で確定したのよ。そこにいる一般人以外、ここにいない。全滅したってことがね」

 

 僕以外、ここにはいない? オルガマリー所長もいるのだから、誰かひとりくらいいても良いのではないかと思うのだが。

 そうでないとオルガマリ―所長は否定する。

 

「いい、よく聞きなさい一般人。わたしも、あなたもレイシフトのコフィンには入っていなかった。けれど、他のマスターたちは違う。この特異点Fにレイシフトするためにコフィンへと入っていた。

 コフィンは、ね、安全のためにレイシフト成功率が95%を下回ると、電源が落ちるのよ。だから、他のマスター候補たちは、レイシフトそのものを行っていない」

 

 それじゃあ、どうして僕たちは?

 

「そんなのコフィンに入っていなかったからよ」

 

 コフィンに入ると成功率が95%を下回ると電源が落ちる。だが、コフィンに入っていなければそういう制約はない。

 それに、レイシフト成功率は下がるが、0にはならない。コフィンに入っているということは、逆に言えば、成功率95%以下とは、その安全機構によって成功率0%と同義なのだ。

 

 だから、ここには、他に生存者はいない。生きてる人はいない。それは同時に――。

 

「だから、あなたしかいないの」

 

 ――僕がどうにかしなければいけないということ。

 

「どうして……」

「どうして!? どうして、って、今、そういったの!? そんなの決まってるでしょう!?」

 

 肩を掴まれる。

 

「あなたが、この子のマスターだからよ! あなたしかいないのよ! だったら、あなたがやるのは当然でしょう!」

「所長がいるのでは……」

「それができれば苦労はないのよ! なんで、あなたなんかに、マスター適性があって! ……いえ、取り乱しました。

 ともかく、良いですね? ここからはわたしの指示に従ってもらいます。あなたは、わたしの護衛をなさい。その子に指示を出して、役目を果たすのです」

「……わかり、ました」

「話はまとまったようですね。では、回線を開きます」

 

 わざわざ待っていたのだろうマシュが、回線を開くとドクターの姿が映し出される。

 

「こちらカルデア管制室。キミたちがポイントに到着したことを確認した。マシュ、君の宝具を地面に設置してくれるかい。それを目標にしてレイラインを安定化させる」

「わかりました」

 

 ドクターの言われるままにマシュが盾を地面にかかげると、空間が固定され、通信も補給もできるようになったらしいが。

 

「オーケー、これで」

「なんであなたが仕切ってるのロマニ!? レフは!? レフはどうしたのよ!?」

「えええ!? 所長!? 生きていらしたんですか!? あの爆発の中で!? しかも無傷!? どんだけ!?」

「どういう意味ですか!? いいから、レフはどこ!? どうして、医療セクションのトップでしかないあなたがその席に座っているの!?」

「どうにも……柄じゃないんですが、他に人材がいないんですよ」

 

 ドクターがカルデアの現状を知らせる。

 生き残った正規スタッフは20人にも満たない。レフ教授は管制室でレイシフトの指揮を執っていた。ゆえに、生存は絶望的。

 カルデアは機能の八割を失っており、スタッフは総出で、カルデアスとシバの維持、レイシフト装置の修理を行っているという。

 外部との連絡が立て直せれば、そのまま補給の要請を行い立て直しをするというのが今後のプランだった。

 

 考え得る限りの最善策だった。何も知らない僕でもそう思うのだから、きっとオルガマリー所長もよくわかっているだろう。

 

「――わかりました。納得はできませんが、そちらは任せます。こちらは、特異点Fの探索を開始します」

「フォウ、フォーウ」

「それにしても、どこまで言っても焼け野原ね」

 

 オルガマリー所長があたりを見渡す。この辺りは、炎が鎮火しているが、それでも焼け野原で、まったくと言っていいほど生命の痕跡はない。

 それが有りがたい。もし死体などあったら、歩けなくなっているところだ。

 

「先輩、お疲れではありませんか?」

「……大丈夫、だよ。マシュは?」

「はい。戦闘が怖いくらいで、身体は万全です。大丈夫です。先輩は、この春ナンバー1のベストマスターですから、わたしは、大丈夫です」

「はは……そっか……」

 

 その期待に――何かが軋む音を聞いた。

 

 僕は何もできない、ただの数合わせのマスター。だというのに、君はそういうのか。

 だったら、僕は――君にこう言おう。

 

「任せてよ、マシュ。僕がなんとかしてみせる」

「はい、先輩」

 

 何とかできるだけの力もないくせに――。

 

 ――何かのひび割れる音が聞こえていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「さて、休憩はこれくらいでいいでしょう。小休止程度ですが、あまり長く休んでもいられません。まず、これからのプランですが、この特異点Fを調査し、こうなってしまった原因を探ります。具体的には――」

「――フォウ、フォーーウ!!!」

「――!」

「いますぐそこを離れるんだ! 生体反応がある、サーヴァントだ! サーヴァント戦はまだ早い!」

「――無理よ!」

 

 ああ、無理だ。

 

 無理だとわかってしまった。

 

 あんなものに、人間が叶うはずがない、殺されてしまうと直感的に理解した。

 アレは、完全に自分と経っている場所が違う。

 

 黒衣の暗殺者。黒い影のようなそれ。立っているだけでわかる濃密な死の感覚。目の前にいられるだけで、いつ自分が死んでもおかしくないのだと悟って。

 

 ――逃げるための足は、動かない。

 ――息をするための口は、動かない。

 

 視界がゆがむ。呼吸困難で、知らず喘ぐ。どんなに荒い息をしても、まったく酸素は肺には届かず、苦し気にひゅー、ひゅうーと息遣いが漏れる。

 

「マシュ、戦いなさい! 同じサーヴァントでしょう!」

「……はい、最善を、尽くします……」

 

 ――マシュ!?

 

 怖いといった君。どうして、戦おうと思えるんだ。

 足だって震えてるじゃないか。なのに、どうして――。

 

「先輩――いえ、マスター、どうか、指示を。先輩の指示があれば、勝てます」

 

 そんな大層な指示なんて、出せるはずがないだろう――。

 

「ああ」

 

 でも、ああ、でも――。

 

 僕はそう答える。そうする理由は明白で。そうしなければ、自分が死ぬからとかそういうことじゃなくて。

 

 だってそうだろう。女の子が、怖いと言いながらも、必死で立ち向かおうとしているんだから。男の僕が、何もしないなんてできるはずがないじゃないか。

 

 だから、必死になって、探せ――。

 

 もはや目で追う事すらも難しい戦いを、なんとか捉えて、マシュの助けになるような指示を――。

 

「マシュ、左から短剣が投擲される。弾いて、まっすぐに踏み込んで!」

「はい!」

 

 あっているのか。正しいのか、わからない。でもやるしかない。

 

 マシュが踏み込む。あのサーヴァントは、短剣の投擲しかしてこない。もとより相手の武装は短剣ばかりだ。ならば、こちらが近づけばいい。

 マシュの武器は盾。身を守りながら接近し叩きつけてやればいいのだ。

 

「くぉ――」

 

 敵サーヴァントが苦悶の声を上げた。

 

「畳みかけろ!」

「は、い!」

 

 休ませない。このまま倒す――!

 

「や、あああ!!」

 

 マシュの一撃がサーヴァントの霊核を砕き、暗殺者のサーヴァントが消滅する。

 

「はあ、はあ、はあ――」

「――休憩している暇はないよ、マシュ。最悪なことに、斃したサーヴァントと同じ反応が向かってきている」

「同じ、反応、って――そんな」

「撤退よ、急ぎなさい!」

 

 ああ、逃げよう。オルガマリー所長の言う通りだ。あんなの何度も戦って勝てる相手じゃない!

 一目散に逃げ出そうとして――。

 

「はは――遅い遅い」

「我が槍から逃げられるものか――」

「はは、はははは。くははは」

 

 サーヴァントが、何体も――。

 

「ひっ――」

 

 一体だけでもマシュが全力で戦って勝てるかどうかギリギリという相手が三体。もはや、戦おうという意気など生まれるはずもない。あるのはただ、迫りくる死だけだった。

 そこに、あまりに隔絶した実力があると逃げるという行動を人間は放棄する。逃げるということすら不可能であると、本能が悟るのだ。

 

 だからといって戦うかというとそうではない。そんなことできるはずもない。逃げず、戦いもできず、ただできることは震えて最後の瞬間を待つことだけ。

 もはや、ただの人間には、それ以外にできることなどありはしないのだ。

 

「マスター!」

 

 それでも――それでも。

 

 僕は、マスターなのだと、彼女の瞳が告げている。僕を見つめる不安と恐怖に揺れる君の瞳が、僕を捉えて離さない。

 その瞳を見つめていると、思い知らされるのだ。

 

 ――運命からは逃げられない。

 

「戦うぞ!」

「あなた正気!? 戦うって、どうみても勝ち目なんてないじゃない!」

「それでも――」

「はい、それでも戦うしかないのです。死中に活を求める他ありません。マスター、指示を! マシュ・キリエライト、全力で、マスターのオーダーを完遂します!」

 

 決死の突撃をしようとした、その瞬間――。

 

「なんだ。小娘かと思えば、きちんと兵じゃねえか。なら、手助けしねえわけにはいかねえな!」

 

 男の声が響いた――。

 

「なにや――ぐあああああ!?」

 

 燃え尽きる敵。それと同時に、フードをかぶった男が現れた。影に隠れた黒いサーヴァントではない。マシュと同じ通常のサーヴァント。

 

「そら、構えなそこの嬢ちゃん。腕前は、そこらのヤツらに負けてねえ」

「は、はい!」

「で、そこのボウズがマスターか。なるほどな、なら指示は任せる。オレはキャスターのサーヴァントだ。故あって奴らとは敵対している。敵の敵が味方とは限らんが、そこは、アレだ、助けたってことで信用しちゃくれないかね。

 一人で頑張ったお嬢ちゃんに免じて仮契約もしてやる。テメエのサーヴァントだと思って、うまく使ってくれや」

 

 そう言ってキャスターが構える。

 何者なのかはわからない。

 味方なのかも定かではない。

 でも、この瞬間、彼は敵ではない。

 

「だったら――奴らを倒すぞ!」

「はい!」

「応!!」

 

 何かの文字が中空に翻る。

 

「ルーン魔術、ならドルイドか……」

「ルーン魔術?」

「あなた、そんなことも――いえ、一般人ならば知らなくて当然ね」

 

 オルガマリー所長が説明してくれたのだが。

 ルーン魔術とは、ルーン文字を用いた魔術だという。それぞれのルーンごとに意味があり、強化や発火、探索といった効果を発揮する。

 

「しかも、あれただのルーンじゃないわ……。原初18のルーン魔術、だなんて」

 

 原初? 意味が解らない。

 だが、強力なことはわかった。目の前でその強さが発揮されている。ルーンが刻まれれば燃え上がり、敵が消え失せる。

 その間の前衛はマシュ。後衛が出来たことにより余裕が生まれて、前よりも楽に戦えている。

 

 僕は、指示を出せずにいた。戦っているのはサーヴァントだ。何をしているのか。何をされているのか。わからない。

 キャスターが、的確にルーンを放つ。

 

「そら、最後だ、嬢ちゃん!」

「はい!」

 

 サーヴァントの戦いに人間が介入できるはずがない。オルガマリー所長は僕よりもなんでもできる人だが、そんな彼女ですら、介入することができない。

 そう思うと、奇妙な連帯感を感じる。

 

「よっし、終わりだ。よく頑張ったな嬢ちゃん」

「は、はい、ありがとう、ございます……」

 

 戦闘終了。無事に終了した。被害はない。

 

「ねえ、アレ、どう思う?」

 

 戦闘が終了し、こちらに向かってくるキャスターに対して、オルガマリー所長がそう聞いてきた。

 奇妙な連帯感を彼女も感じていたのだろうか。距離が、近い……。

 

「どう、と言われても……」

 

 どぎまぎして答えられない。そもそも誰が敵で、誰が味方なのかわからない。何もかもが恐ろしいのだ。何もかもが怖いのだ。

 どうしようもなく、泣き叫んでしまいたい。そうできれば、なんて楽なのだろう。

 

 だけど、それはできない。

 

 オルガマリー所長の言葉が、今も脳裏に響いている。

 

 ――あなたしかいないのよ。

 

 その言葉が、僕に悲鳴を呑み込ませていた。

 

 期待。

 

 僕しかいない。

 

 だから、弱音を吐いたら駄目だ。マシュも、オルガマリー所長も不安ではないはずはない。男の僕がこうなのだから、女性である彼女たちはもっと不安なのかもしれない。

 だから、僕がしっかりしないといけないと思うのだ。

 

 ――悲鳴を呑み込んだ。

 

 ――何かが、軋んだ……。

 

 




呪い付与。


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炎上汚染都市 冬木 3

「なるほど。あなたはここで行われた聖杯戦争唯一の生存者なのですね」

「まあ、そういうことになる」

 

 ドクターとキャスターによる情報の共有が終わった。

 わかったことは、彼、キャスターがこの聖杯戦争の参加者だったということ。

 セイバーのサーヴァントに倒されたサーヴァントは、黒くなり、あふれ出してきた異形とともに何かを探しはじめたということ。

 セイバーを倒し、キャスターが勝利することが出来たのなら、この特異点という場所における問題が解決するだろうということ。

 

 ここでやるべきことまで一気に分かった。

 

「というわけで、目的は一致している」

「なるほど、手を組むということね。あなたはセイバーを倒したいけれど戦力が足りない」

「ああ、そういうこった。利害は一致しているしな」

「いいわ。手を組みましょう。――新人君、キャスターはあなたに任せます」

「ええ!?」

「あなたマスターでしょう。サーヴァントの一人や二人、うまく使って見せなさい」

 

 一人ですらいっぱいいっぱいなのに、二人など不可能だと言いたいが、言っても無駄なので言わないことにした。言ったら大変なことになりそうだし。

 だが、そんなことを言うことはできなかった。ここには、僕しかいないのだ。やれる人間は。所長は、どういうわけかできないと言っている。

 

 だから、僕がやるしかないのだと、彼女は言ったから。

 ――だから、やるのだ。

 

 死にたくないから。生きたいから。

 

「よろしく頼むぜマスター」

「ああ」

「それじゃあ、目的の確認と行こう。アンタらが求めているものとオレが目指す場所はおそらく一緒だ。セイバーの根城だな。この土地の心臓部といっても過言じゃねえ」

「セイバーは城を構えているのか」

「まあ、そんなところだ。道筋は教える。いつ突入するかは、そこのボウズ次第だ」

 

 ――僕? どうして。

 

「オマエさんがマスターだからだ。オマエさんがいいと言えばオレと嬢ちゃんは、突入する」

「どうして――」

「マスターってのはそういうもんだ。何より――この事件は、この時代を生きる人間の手でケリをつける必要があるからな。

 オレらは所詮、兵器みたいなもんだ。兵器を使うのは生きた人間。死んでる人間に、この先を決める権利はねえってことだ」

 

 ――だから、オマエが決めろ。

 

 そう言われた。

 そう言われても、できるはずないと思った。

 何度も思っている。

 

 でも、そのたびに、所長の言葉が脳裏をよぎる。

 

 ――あなたしかいないの。

 

 僕しかいない。それが、後ろへと逃げる道を崩していた。

 

「……行こう」

 

 それでも、ここを乗り切ればなんとかなると信じて、僕らはキャスターの導きに従って、この土地の心臓部へと向かった――。

 

 長い洞窟は暗く、そのうえで敵も現れる。シャドウサーヴァント。黒く染まったサーヴァントたちの襲撃は苛烈だった。

 アーチャーのサーヴァントに襲われたときなど、何度も死んだかと思った。

 

 迫りくる剣群。マシュがいなければ、何度死んでいただろうか。

 

「本当、どうしてあなたなんかが――」

「すみません……」

 

 けれど、そのたびに、僕は所長に助けられていた。単身で彼女はサーヴァントを追い詰めたのだ。

 なんで、彼女ではなく僕がマスターなんだろう。きっと彼女ならば、もっとうまくやれるのではないか。そう何度も思った。

 

 そのたびに、何度も彼女に言った。

 そのたびに、彼女は言うのだ。

 

「あなたしかいないんだから、仕方ないでしょう。あなたしか出来ない。あなたしかいない。あなたがするしかないの。これは、当然の義務よ。新人だろうと、一般人だろうと、あなたしかいない。あなたがしくじれば、すべてが終わるのよ。しっかりしてもらわなくては困ります」

 

 そういうのだ。

 僕しかいないから、と。

 

 重りが肩に乗っかっているかのようだった。脚が鉛のように重く、歩みは遅々として進んでいないかのように感じる。

 

「先輩、大丈夫ですか。顔色が優れないようですが」

「大丈夫だよ、マシュ」

「そうですか。きつければ言ってください。所長に休憩を進言しましょう」

「うん、でも、大丈夫だから」

 

 僕は何もできていない。だから、せめて強がりくらいは言わないと格好がつかないだろう。

 

「厳しいなら言ってくれ。こちらからなるべくだけど支援するよ」

「ありがとうございます、ドクター」

「ここから進むとでかい空洞がある、休憩ならそこでだ」

 

 開けた空洞。敵の気配はない。そもそもアーチャーのサーヴァントを倒した時点で、敵の気配が極端に薄くなったのだとキャスターとマシュが言っていた。

 この先にボスがいるからだろうか。何はともあれ、休めるというのはいい。歩き詰めで正直、疲れ切っている。体力だけではなく、いろいろな意味でもだ。

 

「ほら、食べておきなさい。あなたに倒れられると作戦行動に支障が出ます」

「ありがとう、ございます所長」

 

 座り込んでいると、一体どこに持っていたのかオルガマリー所長がドライフルーツをくれる。甘さが身に染みるようだった。

 

「休憩だし、いいかしらキャスター」

「なんだ?」

「これから向かう場所にいるセイバーの真名はわかっているのかしら」

「ああ、そこは大丈夫だ」

 

 セイバー。その真名はアーサー王。

 かつて、ブリテン島の王様。強大な聖剣エクスカリバーを持つ超ド級の知名度を持つ王様だ。

 

「聖剣使い……わたしに、彼の聖剣が防げるのでしょうか……」

「安心しな嬢ちゃん。こっちの見立てじゃあ相性は抜群に良い。その盾が聖剣で砕けることはないだろうよ」

 

 それを聞いて安心した。聖剣。それもエクスカリバー。伝承に聞くだけでも、かなりの名剣だが、この冬木の街に来て思い知らされたことがある。

 サーヴァントの武器は人間の想像の範疇を容易に超えていると。聖剣。それもエクスカリバー。それがどんなものなのかわからないが、おそらく半端なものではないのだろう。

 

 キャスターの話からも所長たちの話からもそれはわかる。そんなものに立ち向かう。恐ろしすぎて、吐きそうだった。

 いや、普通に吐きそうだった。体調は最悪と言ってもいい。魔術回路を初めて起動し、それを全力で回し続けている。

 

 熱、傷、様々なものでボロボロだ。もうやめたいと言っても許されるだろう。

 だが、止めることはできないのだ。マスターは僕だけ。僕がやらなければ、ならないのだ。帰還するためには、ここの異常を解決しなければならないのだから。

 

「もし、があるとすれば、それは嬢ちゃんがヘマした時だけだ」

 

 キャスターの言葉にマシュが唾を飲み込む。責任の重圧を感じているのだろう。

 

「マシュ、大丈夫。ぼ――オレが付いてる」

「――はい、ありがとうございます、先輩」

「なんだ、いいコンビじゃねえの。だったら話は簡単だろう。聖剣に打ち勝つだとか、そんなに難しく考えるな。もっと単純に考えりゃいい。防げなきゃ、マスターが死ぬ。

 聖剣に勝つ、じゃなく、マスターを守ると考えな。そっちの方が得意だろ」

「得意かは、わかりませんが、この身にかけてマスターは守ります」

「その意気だ。さて――ここから先はほとんど休憩ができんだろう。もう突入だ。だから、聞くぞマスター。準備はどうだ」

 

 準備。肉体的な準備は問題ないだろう。マシュもキャスターも大丈夫だとわかる。問題は、心の準備だ。そんな準備などできているはずがない。

 もういっぱいいっぱいで潰れてしまいそうなほど。既に溺れかけの子供だ。ただじたばたと沈むのを待つばかり。

 

「大丈夫、行こう」

「……いいんだな? まだ時間はある。もう少し――」

「いや、良いんだ。行こう。早く、問題を解決してカルデアに帰還しよう」

「フォウ、フォーウ」

「…………なら何も言わん。行くぞ」

「ええ、行きましょう。迅速にセイバーを倒して、特異点の謎を解き明かすのよ」

 

 休憩を終えて、大空洞へと足を踏み入れる。

 地下に広がる巨大な空間。都市の地下にこのような空間があるなどとだれが想像するだろうか。誰も想像などできないだろう。

 その上、山のようなものまである。総じて感じるのは恐怖だけだ。いいや、もはやカウンターが振り切れたのか恐怖も何も感じない。それほどまでに、怖ろしい。

 

「うそでしょ、なによこれ……超抜級の魔術炉心じゃない!?」

「あ、ああ……」

「ちょっと、どうしたのよ、まっすぐに――っ!!」

 

 そして、その恐ろしさなど比較にならない恐怖の塊がいる。騎士の形をした恐怖そのもの。禍々しさすら感じる黒き鎧に身を包んだ、騎士の姿は、まるで悪しき竜のよう。

 そんなものがこちらを睥睨している。放たれる禍々しい魔力は何よりも強大で、恐怖以外を感じるなという方がおかしい。

 

 あまりの恐怖に問答無用で失禁すらしている。脱糞しなかったことが奇跡といえる。暗がりであったことと、超級の敵がいたことで誰にも気が付かれなかったのが幸いだろうか。

 無論、そんなことすら思う余裕などない。

 

 息がつまる。呼吸が止まる。酸素が、全身から抜けていく。脳がその活動をやめる。生命活動の全てを放棄する。

 かひゅー、かひゅう、と喉が音を鳴らして酸素を求めるが、まったくと言ってよいほど酸素を得ることができない。ただただ無様にあえぐのみ。

 

 恐怖で溺れていた。

 

「――ほう。面白いサーヴァントがいるな」

 

 凛として響く理性に満ちた声。彼女の初めての発声を聞いて、一番驚いたのはキャスター。

 

「テメェ、喋れたのか。今までだんまり決め込んでやがったな!」

「ああ。何を語っても見られている。故に案山子に徹していた。だが――」

 

 アーサー王が微かな笑みを浮かべた。彼女の視線、その先はマシュと彼女が持つ盾、そして、マシュ自身。

 

「――面白い。そのサーヴァントは面白い。構えるが良い名も知らぬ、娘。その守りが真実か、この剣で確かめよう」

 

 漆黒に染まった聖剣をマシュへと向ける。

 

 ――来る!

 

 それが分かった。圧倒的な覇気が全てこちらへと叩きつけられる。それだけであらゆる全てが蒸発してしまいそうなほど。

 喉がからからになり、汗がだらだらと流れて行く。重りを背負わされたかのような重圧に、背骨がぼきりと折れてしまいそうな悲鳴を上げている。

 

「応戦します。先輩、――マスター、わたしを、使ってください!」

 

 無理だ。

 

 勝てない。

 

 逃げられない。

 

 敗北する。

 

 どうすればいいのか、考えても答えなど出てこない。

 

「何してるの、早く指示を出しなさい! そうしないと、全部終わりよ、死んじゃうわ! あなたしかいないのよ!」

 

 ――そうだ。僕しか、いないんだ……

 

「マシュ! 勝つぞ!」

「はい、必ずマスターに勝利を!」

 

 悲鳴を上げながら、獅子の如き強さを見せつけるセイバーを撃ち合うマシュに指示を出す。

 なにをしている。

 何をされている。

 

 わからないわからないわからない。

 

 速すぎる。強すぎる。

 

 こんなもの人間が、指示を出せるはずがない。どうすればいいと言うのだ。こんな戦いに人間はいったい、何ができるというんだ。

 

 何もできるはずがないだろう――。

 

「はああああ!!」

「たあ!!」

「アンサズ!!」

 

 焔が飛ぶが、セイバーには効果を及ぼさない。

 

「ああ、くそ、対魔力が強すぎるだろ。槍があれば、こんなまどろっこしいことしなくてすむのによ! ――嬢ちゃん!」

「――っ!? 受け流し――」

「フン!」

 

 マシュの脚が崩される。盾の防御が、失われる。

 

「マシュ!!」

 

 振り上げられる剣――振り下ろされる剣――マシュが、死ぬ。

 

 それが分かった時、何かの糸が、完全に切れた――。

 

「駄目だ、ダメだ、ダメだ!! ――キャスター!!! セイバーを止めろ!! 直接で効かないのなら、そこの岩を吹き飛ばしてぶつけろ!!」

「へっ――!」

 

 待ってましたとでも言わんばかりに、ルーンが輝き、岩を吹き飛ばしてセイバーに直撃させる。

 

「マシュ、大丈夫か!」

「はい! 行けます!」

「フン……そうか――ならば、これを受けて見せろ――旅路を往くのならば、な」

 

 聖剣が輝きを上げる。

 

 見た瞬間にわかった。アレからは逃げられない。

 だから、僕は、君にこういうしかない。

 

「マシュ、防いで」

「――はい!」

 

 マシュは、僕の無茶な命令に何も言わずに応じてくれた。腰を落とし、皆を自らの背。盾を地面へと突き立ててしっかりを前を見据える。

 

「気張れ嬢ちゃん。嬢ちゃんが折れなきゃ、何の問題もねえ、ガッツの問題だ。負けそうになるのなら、後ろにいるマスターの顔を思い浮かべな」

「わかりました。いきます――」

 

 極光は反転する。

 光は闇となり、漆黒の光が、充填される。

 

約束された(エクスカリバー)勝利の剣(・モルガン)――」

 

 そして、放たれる竜の息吹が如き聖剣の輝き。

 まっすぐにこちらに向かってくる光を前に、すべてが消滅してしまうと思った。

 

「――――」

 

 けれど、けれど、そうはならず――マシュの盾が輝いた。

 発動する宝具。

 盾がその力を発揮する。

 

 聖剣の一撃に、一歩たりとも引くことはなく――。

 

「マシュ――、飛べ」

 

 無意識の命令に、手の令呪が反応し――セイバーへと一撃を叩き込ませた。

 



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炎上汚染都市 冬木 4

「はあ、はあっ、はっ――」

 

 勝った――。

 

 信じられない。

 自らの生存が。

 信じられない。

 自らの勝利が。

 

 勝ったのだ。勝ったのだ。

 

「はあ、はあ、はあ――」

 

 息も絶え絶えなマシュ。そんな彼女を視ながらセイバーが、軽く笑ったように見えた。

 

「知らず、私も力が緩んでいたようだ。聖杯を守り通す気でいたが――結局はこうなるか。私一人では、この結末に至ることは避けられない、ということなのだろう」

「あ? どういう意味だそれは。テメェ何を知ってやがる」

「いずれ、貴方も知るだろう。聖杯を巡る旅(グランドオーダー)は、まだ始まったばかりだ――しかし、酷なものだ。よもや――」

 

 セイバーが僕を見ている。

 

 ――怖い怖い怖い

 

 その瞳に見つめられるだけで、縮み上がり、震えがる。けれど、背を向けて逃げることもしたくない。だって、背を向けた瞬間、殺されてしまう想像をやめることができない。

 恐ろしいがゆえに、目が離せない。震えが止まらない。吐き気がこみあげて、顔色はもう土気色だった。涙なんて枯れ果てて、意識がブラックアウトしてもおかしくないくらいの重圧。

 

 気絶しそうだ。

 

 でも、それでも――マシュがいるから、その選択だけはとらないですんでいた。彼女がいるから、僕は立っていられた。

 

「――よもや、このような者が、いや、貴方だからなのだろう」

 

 セイバーが消滅する。一人何かに納得して。

 そして、そこには水晶体が残った――。

 

「おい、待て、コラ、そりゃあ、どういう――って、オレもかよ!? ああ、クソ、ボウズ、あとは任せたぞ。次があるのなら、ランサーで呼べよ!」

 

 キャスターもセイバーとともに消える。終わった、のだろうか。

 

「我々の勝利、なのでしょうか……」

「ああ、よくやってくれたマシュ。それに君もね。所長もさぞ喜んでくれて――あれ、所長は?」

「――冠位指定……グランドオーダー、なぜ、あのサーヴァントが、その呼称を……?」

「所長? 何か気になることでも?」

「え? いえ、よくやってくれました。マシュに、新人君もね。特別に褒めてあげるわ。一般人でも、やればできるじゃない。

 不明な点は多いですが、今回はこれで良しとしましょう。マシュ、セイバーが消滅した際に出た水晶体は回収してしまいましょう。全ての原因はあれのようですし」

「わかりました」

「いいや、それには及ばない」

 

 そこに声が響いた。それは、

 

「レフ、教授?」

 

 いるはずのない生存者がそこにいた。

 いや。いいや、違う。そこにいた。ああ、そうだ、そこにいた。けれど、どこにいた? いったい、どこにいたんだというのか。

 まさか後から現れた? それにしては、傷もない、汚れもない。綺麗な姿だ。僕たちがここに来るまでにかなり汚れてボロボロだ。

 

 だというのにレフ教授は、カルデアで出会った時と何一つ変わっていない。ドクターロマンが、彼は管制室にいて、爆発に巻き込まれているはずだと言ったにもかかわらずだ。

 所長と同じだから、といえばそれで済むのかもしれない。けれど――なら、どうしてこのタイミングで出てきたのだ。

 

「セイバーの聖剣の一撃を受けたんだ。動くのも辛いだろう」

 

 そう言って彼は水晶体を回収する。

 

「いやぁ、まさか、君たちがここまでやるとはね。48番目のマスター候補。一般人で、特に役にも立たない子供だと思って善意で見逃してやった僕の失態だよ」

「レフだって? レフ教授がそこにいるのかい」

「おや、その声はロマニじゃないか。君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに――どいつもこいつも、統率の取れていないクズばかり――吐き気がするな」

 

 雰囲気が一瞬で変わった。

 なんだ、アレは、レフ教授? 馬鹿も休み休み言え、震えが止まらない。悪寒が止まらない。怖気が止まらない。止まらない止まらない。

 気が狂いそうになる。アレが、レフ教授なわけがない。

 

 僕が気が付いたようにマシュも気が付く。僕の前に出て、守るように盾を構える。

 

「先輩、下がって。あの人は、危険です。アレは、わたしたちの知っているレフ教授ではありません」

「レフ! レフ、レフ! 生きていたのね! よかったわ! あなたがいないとわたし――」

「ああ、オルガ、良かった元気そうでなによりだね。君も大変だったようだね」

「ええ、ええ、そうなのよレフ! 予想外のことばかりで頭がどうにかなりそうだのよ。でも、貴方がいればどうになかるわよね!」

 

 オルガマリー所長が飛び出していく。駄目だ、と叫びたかった。でも、声が出てくれない。金縛りにあったかのように、身体が動いてくれない。

 所長は、レフのそばにかけよって嬉しそうに笑顔を向けている。今までの、張り詰めた様子はどこかへと言って、まるで小さな子供のように笑みを作っている。

 

 ひな鳥が親鳥にあって安心しきっているかのよう。レフ教授の危険性などまるで知らないとでも言わんばかり。いいや、そもそも気が付いてすらいないのか。

 そんな彼女を見て、レフは辟易したように、まるでごみでも見るかのような瞳を向けて、そして、何かを見出したのか喜色を浮かべた。

 

「ああ、本当に、予想外のことばかりだ。爆弾は君の真下に設置していたというのに、なぜ、生きて――ああ、そうか。生きているのではないのか」

「レ、レフ?」

「君は死んでいるんだよ。だって、君にはレイシフト適性がなかったんだから。ないない尽くしのオルガマリー・アニムスフィア。余りある魔術の才能はあっても、肝心のレイシフト適性も、マスター適性も皆無の君が、ここにいられるわけがないだろう」

 

 喜色のまま告げられる真実。それは、オルガマリー所長が死んでいるということ。ここで話している彼女は残留思念のようなもので、本当の所長の肉体は既に死を迎えているということ。

 僕たちはもとより、所長自身も足元を崩されたかのような、落下する感覚を覚えた。

 

「良かったじゃないか。死んだことで、あれほど切望した適性を得ることが出来たのだから」

「え、え?」

「だが、残念なことに君はカルデアには戻れない。そんなことをすれば、今の君は完全に消滅してしまう。それでは可哀想だ」

「しょう、めつ? な、なにを、言っているの、よ、レフ……?」

 

 可哀想だと、どの口が言うのだろう。彼が浮かべているのは終始笑みだ。嗤いだ。嘲笑っている。滑稽だ、滑稽だと、嗤っているのだ。

 だってそうだろう。死んだ人間が、滑稽にも死んだことを忘れて、自らの異常性にすら気が付かずに、のうのうと歩き回って、ここまで来たのだから。

 

 そうレフは、言葉を使わなくとも言っている。わかっていないのは、所長ただ一人。いいや、わかりたくないのだ。

 頭のいい所長が、わからないはずがない。だれだって、自分が、死んだことなんて知りたくないに違いないのだから。

 

「だから、君のカルデアがどうなったのか、見せてあげよう」

 

 彼が腕を振るった。

 

 そこにカルデアスがある管制室が現出した。

 

 赤く染まったカルデアスが、そこにはあった。

 

「見ると良い。人類の生存を示す青色はどこにもない。あるのは燃え盛る赤色だけだ。これが今回の任務の結果だよ。よかったねえ、今回も君の至らなさが、この結果をもたらしたんだよ」

 

 その一言についに所長の中の何かが切れた。

 

「あ、あんた、何者よ! わたしのカルデアスに何をしたの!?」

「アレは君のではない。まったく、最後まで耳障りな小娘だったな」

 

 レフが所長へ手を伸ばした。

 

「な!? なに、身体がひっぱられ――」

 

 所長の体が宙に浮かぶ。

 

「殺すのは簡単だが、芸がないからね。最後に、君の望みをかなえてあげるよ。君の宝物に触れると良い。私からの慈悲だよ」

「な、なにを、わたしの宝物? そ、それって、カルデアスのこと? じょ、冗談はやめてよ、カルデアスよ? 高密度の情報体なのよ? 次元が異なる領域なのよ!?」

 

 所長が何を言っているのかはわからない。だけど、それはきっと、大変なことだけはわかった。レフもまた、それを肯定した。

 

「ああ、人間が触れれば分子まで分解される。さながら無限の地獄だろうね。遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

「いや――いや、いや、助けて、誰か助けて!」

 

 所長が僕を見た。

 あれほど、新人だ。頼りない一般人だ、言ったこの僕へと手を伸ばして、涙で顔を濡らして、手を伸ばして、僕の名を、呼んだのだ――。

 

「助けて、おねがいよ。酷いこと言ったこと、謝るから、まだ、まだ何もできてない! まだ、何も叶えてないのに……! まだ褒められていない……! 誰もわたしを認めてくれていないじゃない……! どうして!? どうしてこんなコトばかりなの!? いや、いやよ! だから、おねがい、たすけて――」

 

 彼女の慟哭とともに、僕の名が叫ばれる。タスケテ、助けて、たすけて、お願い、します。なんでもするから――。

 だから、助けて――。

 

 彼女の言葉が、頭に響いて――。

 

「所長――!!」

 

 手を、伸ばして――。

 

 ――その手は、届かない。

 

 届きかけた手は、するりとすり抜けて、彼女は、僕の目の前で、消滅した――。

 

「さて、では名乗ろう。レフ(過去)ライノール(未来)フラウロス(現在)だ。貴様たち人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ。カルデアは不要になった。聞こえているな、ドクターロマニ」

「……カルデアが不要になった。それはどういうことかな?」

「わかっているだろう。未来は既にない。全ては焼却された。人類は、ここに絶滅したのだ。カルデアは守られているだろうがね、外界は、すべてこの街と同じく終わっている」

「そういうことですか」

「もはや、誰もこの偉業を止めることはできない。なぜならば――これは人類史による人類の否定だからだ。自らの無能さに、自らの無価値ゆえに――我が王の寵愛を失ったがゆえに、終わるのだ」

 

 その時、世界が揺れた。

 

「この特異点も消え去るようだ。では、私は行くとしよう。なに、最後の祈りくらいは許容しよう。私も鬼ではないからね」

 

 レフが消える。

 

「地下洞窟が崩れます。いえ、空間そのものが――ドクター、早くレイシフトを!」

「あははは――ごめん、そっちの崩壊の方が早いかもだ! でも、大丈夫、意識だけは強く持ってくれ。ほら、宇宙空間でも数秒くらいなら――」

「ドクター、黙ってください、怒りで、冷静さを保てません!」

「ごめん! でも、本当に意識だけは――意味消失されしなければ、サルベージは――」

「――先輩! 手を!」

「マシュ――!」

 

 伸ばされた手を掴んだ。その瞬間、僕は意識を失った――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「フォウ、キュゥ、フォウ!」

「君はいいこでちゅねー。ほら、食べるかい? んー、ネコなのか、リスなのか不明だねぇ、まあいっか、ふわふわだし、可愛いからね」

 

 誰かの声で、目を覚ます。

 

「おっと、本命の目が覚めたね。おはよう、こんにちは、意識はしっかりしているね?」

 

 そこには、モナリザの顔があった。

 

「だれ……?」

「おや、あまり芳しくない反応。驚かないのかい? 起きたら目の前に絶世の美女がいたんだぜぇ? もっとこう、恋愛小説的に飛び上がって見せるとか、ないのかい?」

 

 絶世の、美女? 誰だ、この女性は――。

 というか、なんでモナリザ?

 

「んー、驚きよりもまず疑いが来るのかー。用心深いのか、それともロマニと同じタイプなのか。まあ、良いか。用心深いことはいいことさ。

 ――こほん、私はダ・ヴィンチちゃん。カルデアの協力者だよ。というか、召喚英霊第三号とか? 商人というか、技術者とかそういった感じさ。ドラえもんと呼んでくれても構わないよ!

 さあ、行こうか。待っている人がいるんだからね」

 

 ――待っている、人?

 

「…………」

「わからないかい? それとも、混乱しているのかにゃぁ? でも、そうは問屋が卸さない。なにせ、時間は有限だ。全部が全部消滅したとしてもね。

 いいや、むしろ、今の状況だからこそ、何よりも時間は大切さ。さあ、立ち上がって」

「あ、は、はい」

 

 言われるままに立ち上がって、管制室へと向かう。

 管制室に向かうと、そこにはマシュがいた。こちらに気が付くとぺこりを頭を下げて挨拶をしてくる。

 

「おはようございます、先輩」

「マシュ!」

「はい、マシュ・キリエライトです」

「よかった、無事だったんだ」

「はい、先輩のおかげです」

 

 本当によかった。

 

「うん、再会を喜ぶのはいいことだ。けれど、こちらにも注目してほしい。なにせ、大変なことになっているんだからね。

 でも、まずは、感謝をしよう。なし崩し的に色々と押し付けてしまったからね。でも、君は、その困難を乗り越えた。最大の敬意と感謝を送るよ」

「いえ、そんな……」

 

 僕の力は何一つない。マシュが頑張ってくれたからだ。

 

「賛辞は素直に受け取りましょう先輩。先輩は、とても素晴らしいご活躍をなされたのですから」

「…………」

「うんうん、マシュの言う通りだ。所長のことは残念だったけれど、弔う余裕がない。まだ、爆発で死んだ職員の遺体すら掘り起こせていない、復旧も終わっていない。全てはこれからなんだ。

 なにせ、カルデアスを見る限り、レフの言葉はすべて真実だからね」

 

 人類は既に滅んでいる。カルデアの外は何もないのと同義なのだと理解した瞬間、立っている場所がなくなってせいまったかのようだった。

 

「不安に思うだろうけれど、大丈夫だ。この状況を打破できれば、だけどね」

「打破……できるんですか……?」

「もちろん、これを見てほしい」

 

 ドクターがシバのモニターを見せる。

 そこには七つの特異点が表示されていた。世界地図がゆがみ、狂った中にある、七つの特異点。

 特異点Fなど比べ物にならないほどのそれ。

 

 ドクターは言った。この七つの特異点は人類のターニングポイント。今の人類を決定づけた事項。人類史の土台。

 

「この七つの特異点にレイシフトし、正しい歴史に戻すこと。それが、この事態を解決する唯一の手段だ。

 ――こんな説明をして、君にこういうのは、強制かもしれない。

 けれど――マスター適性者48番。

 君が、未来を諦めていないのなら。

 君が、人類を救うことを諦めていないのなら。

 君が、希望を諦めないというのなら。

 君が、その右手を伸ばすというのなら。

 

 ――どうか、未来を、世界を救うための旅へと赴いてほしい」

 

 たった一人。ただ一人で、この七つの特異点へ赴き、未来のために戦うこと。

 それが、ドクターが示した解決法。

 ほかのマスターに助けを求めることはできない。カルデアにいるマスターは、もはやただ一人なのだ。

 

 47人のマスターは、全員が爆発の影響により致命傷を受けて冷凍保存されて延命されている。起こすことは不可能。

 レイシフト適性を持つ者はスタッフの中にはいない。

 

 ――僕がやるしかない。

 

 無理だ。

 

 できない。

 

 やりたくない。

 

 そう叫びたかった。どうして、僕が、と怒鳴りつけてやりたいとも思った。

 

 けれど――けれど。

 

 所長の言葉が残っている。

 

 ――あなたしかいないのよ。なら、あなたがやるのは当然でしょう。

 

 僕しかいない。だから、僕がやるしかない。

 

「――オレ(・・)にできるのなら」

 

 だったら、やるしかないじゃないか。

 

 ――何かのひび割れる音が聞こえていた。

 

「――――」

「――ありがとう。その言葉で、僕らの未来が決定した。これより、カルデアは前所長オルガマリー・アニムスフィアが予定した通り、人理継続の尊命を全うする。

 これから始まるんだ。人類史を救い、世界を救済する聖杯探索(グランドオーダー)が。

 君にしかできない。だから、期待しているよ、最後のマスター――」

 

 ――今、ここに未来を取り戻す戦いが始まったのだ。

 



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炎上汚染都市 冬木 5

「これから始まるんだ。人類史を救い、世界を救済する聖杯探索(グランドオーダー)が。君にしかできない。だから、期待しているよ最後のマスター――」

 

 特異点を巡る旅の為に、サーヴァント――あの冬木で助けてくれたクー・フーリンを召喚したあと、自室でドクター・ロマンのことばを思い起こす。

 グランドオーダー。それは七つの特異点をめぐる聖杯戦争。聖杯を探索し、回収して人理を修復して世界の滅却をなかったこととして全てを救う。

 そんな世界を救う戦いに最後のマスターとして挑む。

 

 まるで小説やアニメ、映画なんかの主人公みたいだと思った。

 ただの偶然で山奥のカルデアまでやってきた。ただの割のいいバイト程度だと思っていたら、まさか世界を救うなんている人類すべての命運を背負わされている。

 

「まるで、冗談みたいだよな」

 

 誰もいない自室(マイルーム)。宛がわれた殺風景な部屋で呟いた。

 そんな冗談みたいな話もまったく冗談ではなかった。

 すでに特異点Fと呼ばれる場所から聖杯を回収している。

 

 これから始まる七つの特異点をめぐる旅の序章ともいうべき場所。火に飲み込まれた地獄の窯の底のような場所。

 肌を焼く熱を、襲い来る骸骨などの敵の姿、漆黒の騎士王の一撃を、所長の死を、その全てを覚えている。あの苦しみを覚えている。伸ばした手は届かない。届かなかった。

 本当に冗談みたいな話だ。冗談で済ませられたのならどんなに良かっただろう。

 

 人理を修復し、人類史を救う。

 

「本当に、冗談だろ――」

「フォウ?」

 

 誰もいない部屋に声が響く。一匹いた。

 

「なんでもないよ」

 

 フォウさん。猫なのか、それとも何なのか。よくわからない生き物。

 抱え上げると結構重い。けどその分、もふもふだし可愛いらしい。

 

「フォウフォウ!」

「ととと、ごめんごめん。すぐおろすよ」

「先輩! フォウさんを見ませんでしたか?」

 

 フォウさんを下ろしたところでマシュが部屋に入ってくる。

 マシュ。マシュ・キリエライト。先輩と慕ってくれるデミ・サーヴァント。

 

「ああ、来てるよ」

「すみません。特異点Fから戻ったばかりで疲れているのに」

「これくらい大丈夫だよ」

「いけません、休息は大事です。先輩はこのカルデア最後のマスターなんですから」

「……そうだな。休息は大事だよね」

「はい、それでは先輩、おやすみなさい。さあ、フォウさん先輩はおやすみですから行きましょう」

 

 マシュはそういって部屋を出ていく。

 呼び止めようかと思った。

 けれど、呼び止めてどうする。もはや後戻りはできない。自分はもう答えてしまった。聖杯を回収し、人理を救う。

 正しい判断だ。このまま世界が滅びるなんてあっちゃいけない。だから、弱音を吐いちゃいけない。

 

オレ(・・)は、最後のマスターなんだ」

 

 もう自分以外に適任者はいない。他のマスターは全員重傷でコールドスリープしている。彼らを頼ることはできない。

 最後の希望。それが潰えてしまえば最後、人類は滅ぶ。弱い自分のせいで。だから、弱音なんて見せるわけにはいかない。

 誰もが期待している最後のマスターとしてやるべきことをする。やれるだけのことをやって、結果を出して人類を救わなければいけない。

 

 それになによりも。

 

「マシュの期待は、裏切れないよ」

 

 あの特異点Fで、怖いと、戦うことは怖いと言いながらも必死に守ってくれた女の子。

 可愛い可愛い僕のデミ・サーヴァント。

 

 彼女は死ぬかもしれないのにあの最強の聖剣(エクスカリバー)を受け止めてくれた。こんなマスターを信じて。

 その期待に応えなければならない。彼女がそう望むのであれば、そう在る。そうでないと釣り合わない。こんな何もできないマスターには彼女は釣り合わない。

 

 せめて恰好だけはつけなければ情けない。何もできない。何の力もない。ただの数合わせの一般人ができることなんてそれだけだ。

 戦闘の指示がたまたまうまくいっただけ。これから先もうまくいく保証はない。だからせめて、恰好だけは一人前のように。

 

 虚勢を張ってでも、前に進む姿勢だけは崩さないように。

 期待を裏切りたくない。

 

 なにより所長の言葉が今も耳に響いている。

 

 ――あなたしかいいないのよ。だったら、あなたがやって当然でしょう。

 

 僕がやるしかないのだ。

 

「寝よう」

 

 確かに疲れてはいる。寝れそうにないけれど横になるくらいはいいかもしれない。

 ベッドに横になる。目を閉じても眠れそうにない。瞼の裏に焼き付いた炎に焼かれる光景は離れてはくれない。人がいなかったのがせめてもの救いかもしれない。

 いつも間にか、眠っていて、そして朝が来ていた。太陽も見ることはできない、カルデアの朝が――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ったく、今度はランサーで呼べっつったのによ」

 

 何の因果か再びキャスターで呼ばれてしまった。文句を言っても仕方ねぇが、力が出せないというのはあまりいい気分ではない。

 フェルグスの叔父貴に見つかりでもしたらいじめかとか言われそうだ。師匠にも見つかったら何を言われることか。

 想像するだけで恐ろしいこった。

 

「仕方ないよ」

 

 目の前のなよっとした男が答える。

 ドクターロマン。そう呼ばれるこのカルデアと呼ばれる組織における現状のトップとでもいえるかもしれない存在らしい。

 ただの医療スタッフだというが、どうだか。

 

「そうだよ、光の御子」

 

 更にふざけた女がやってくる。モナ・リザとかいうらしいが、中身が男。

 自分の理想の女になった万能なりし男。

 レオナルド・ダ・ヴィンチ。気安くダヴィンチちゃんと呼んでくれと彼、または彼女は言う。

 ふざけた言動だが、万能の人と呼ばれるだけの技術を持っているだけに無下にはできない存在だった。彼女がいなければこのカルデアの運営すらままならなくなるだろう。

 

「ダヴィンチちゃんが教えてあげよう。このカルデアの召喚式フェイトだけどね。君らがいた、あの特異点Fにて行われていたという聖杯戦争における英霊召喚をもとにしている。

 そこまでは普通だったんだけど、実は人類史滅却なんていう非常事態において、少しばかり仕様が変更になっているのさ」

「ええ!? ダヴィンチちゃん、それ僕、聞いてないんだけど!?」

「ロマニには言ってないからね。というか、さっき私も気づいたんだけど」

「おい、横道にそれてないで、さっさといえよ」

 

 それにダヴィンチは露骨に膨れて見せる。おふざけが足りないということなのだろうが、そんなことよりも話をさっさと先に進めるべきだと思ったわけだ。

 下手な話に行けば面倒極まりない。

 

「というか、そもそもそういうのはオレじゃなく、マスターに言えよ」

「君が聞いてきたんじゃないか。なに、ここまで聞いたんだ、最後まで聞いて、マスターに伝えてくれたまえよ。どうせ会いに行くんだろう」

「ま、少しはな」

「では、続きだ。人類史滅却これは異常事態だ。

 人類を存続させるべく働く力、人類の持つ破滅回避の祈りである「アラヤ」がなんらかの干渉をしてね、だいぶ召喚式がゆるゆる、ちがうな、んーと、がばがば? まあ、そんな風になっちゃたんだ」

 

 つまるところ、万能の女がいうにはだ、何を召喚できるのかわからないが、とにかく何でも召喚できる。

 普通は召喚できないような神霊だろうともサーヴァントの格に落として召喚することができる。

 

 だが、霊格はカルデア側の相性に左右されるという。サーヴァントは規定された五段階の霊格に割り振られ召喚される。

 相性が良いサーヴァントほど霊格は高くなり強力になる。本来三流サーヴァントが一流サーヴァント並みの力を発揮するようになったりするという。

 

 その分、召喚されにくくなるという本末転倒な話になっているらしい。どのみち全てはマスターの運しだい。

 縁さえつなげばどんな奴らでも召喚できる。

 

「全ては運だけどね。君がキャスターで召喚されたもの運だよ」

「狙ったのを召喚できねえとはね」

「ふつうに聖杯戦争をするわけじゃないんだ。狙っても意味がない。それなら多様性を持たせた方が良いという判断なんじゃないかな」

「ま、まあ、ふつうに召喚できるのなら問題はないよ。問題ないんだよね、ダヴィンチちゃん」

「そう心配しなさなんなロマニ。大丈夫に決まってるだろ。たぶん」

「たぶんって言ったよこの人!?」

 

 騒ぐ二人を残して、マスターの部屋に行く。

 呼び出しを受けたのだ。何やら話があるらしい。

 

「来たぜ、マスター。なんだ、殺風景な部屋だな」

「ああ、待ってたよキャスター」

「で、話ってなんだよ」

「オレに、戦い方を教えてほしいんだ」

 

 ――へぇ。

 

 思わず感心する。

 

「オレだけ戦えずに、後ろで見ているのもどうかと思う。だから、戦い方を教えてほしい。ルーンとか」

「前にも言っただろうが、相手はサーヴァントだ。おまえさんの力じゃどうしようもないことはわかってるか」

「ああ、わかってる。でも何もしないよりはましだろ?」

 

 魔術礼装を使っての支援以外にも自分の身を少しでも守れるような力があればマシュの負担が減るだろう。そんなことでも考えているのか。

 あるいは――。

 

 もっと駄目なことを考えているのか。

 

「あー、そうだな……まあ、今度な、今度」

 

 断る。

 そう断る。教えるべきではない。いや、教えるのはもっと適任がいるだろうし、今の状態でこれ以上を求めたらだめだろう。

 

「おまえさんは、今は、マスターとしての技量を磨くこった。魔術とかはその後だ」

「でも」

「教えないとは言ってないぜ。今度だ、今度。なに、それまでは俺と嬢ちゃんでしっかり守ってやるから安心しろ」

「……わかった。頼りにしてるよクー・フーリン」

「おう。槍のようにはいかねぇが、なに、スカサハから学んだルーン、しっかりとその目に焼き付けてやる」

 

 そういってひとまずは事なきを得た。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「駄目か」

 

 クー・フーリンには断られた。

 

「まあ、確かに、今のままじゃな」

 

 魔力供給だってうまくできているかはわからない。カルデアのバックアップがなければへっぽこもいいところのマスターが欲張っても仕方がない。

 

「……」

 

 それでも、それでも力がほしかった。

 女の子に戦わせるのは心苦しいし、少しは何かできるようになりたかった。後ろで戦闘指揮をしているだけじゃなくもっと援護とかを。

 

「…………」

 

 なぜなら、一回のミスも許されない。一回でもミスすればその瞬間に全てが終わるのだ。

 自分のせいで、世界が滅ぶ。

 そうならないために、力がほしかった。

 

「――――」

 

 重いのだ。重い。期待されているのが重い。

 日がな部屋にいるのはそのためだ。

 何か手伝おうとすれば、休んでくださいと言われる。オペレーターに何か手伝うことはないかと聞いた。大変だろうから何かできることはないかと。

 

 断られた。最後のマスターだから。希望だから。

 世界を救えるのはあなたしかいないのだから、こんなことはさせられない。休んでほしいといわれた。

 

 期待されている。

 期待されている。

 期待されている。

 

 期待されている。期待されている。

 

 期待されている。

 

「――――」

 

 重い。重い、重い。

 

 それでもやらなければいけないのだと言い聞かせる。自分以外にできる人はいないのだから。

 

 あきらめない。

 

「諦めない。なんとか、するんだ」

 

 諦めない。

 諦めない。

 諦めない。

 

 言い聞かせるように。呟き続ける。

 

 そして、次の特異点へ向かうのだ。

 

 百年戦争の頃のフランス。

 邪竜が支配する破壊されたフランスを救うべくレイシフトして、戦って戦って。

 

 失敗せずに、完璧に全てを救うのだ。

 それが最後のマスターとして与えられた使命。

 全ての絶望が噴出したカルデアに残った最後に残った希望としての責任。

 

 がむしゃらにやって救えるという希望を見せてしまったマスターとしての責任だ。

 

「行きましょう、先輩!」

「ああ!」

 

 大丈夫。大丈夫。大丈夫。

 

 何かのひび割れる音を聞きながら、マスターとして特異点へと向かう。

 人理を修復する旅は始まったばかりだ――。

 




圧縮版は、そのまま続きに使うということで残しました。
まあ、もちろん、修正はところどころいれておりますが。

次は百年戦争の圧縮解除をしていきたいと思います。
よければ感想や評価などお願いします。


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第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン
邪竜百年戦争 オルレアン 1


 それは、炎だった。

 

 ――魂を喰らいなさい

 

 ――肉を噛み千切りなさい

 

 ――湯水のように血を啜りなさい。

 

 それは、炎だった。

 

 暗い、漆黒の炎。憎悪が、魂を焦がすほどの熱量で、猛り燃え盛っている。

 全てを殺して、殺して、燃やし尽くして根絶やしにするまで止まらない。

 

 糜爛した地獄の歯車が、今まさに駆動を始める。

 全てが滅びるまで止まることのない絶望に彩られた、業火を燃やす釜に、悲嘆の薪がくべられる。

 

 燃え尽きろ、燃え尽きろ、燃え尽きろ。

 滅却の意思が、献身に報いることなき焔に焼かれた哀哭と慚愧が、煉獄の底から足引くために手を伸ばしている。

 

 助命など聞かぬ。悔い改めなど聞かぬ。

 ただ、死に絶えろ死に絶えろ、死に絶えろ。

 主の威光を理解せぬ哀れな者共、皆、悉く死に絶えろ。

 

 叫びが木霊している。魔女に貶められた、ナニカの、いいや、誰かの。

 暗く淀んだ奈落の底から、恨みの叫びが天へと轟いている。

 遍く輝く、救ったはずの尊き光を喰らう竜の咢は、慟哭と共に咆哮する。

 

 老若男女の区別なく、殺す。

 異教信徒の区別なく、殺す。

 あらゆる全て平等に、殺す。

 

 そのために、英霊は召喚された。狂える戦士。

 聖女であろうとも、英雄であろうとも。

 全てが壊れて、殺して、まっさらにするために、狂わされた。

 

 かつて救国の為に掲げられた旗は、今や、復讐のために掲げられた旗となる。

 何もかもを殺しつくし、滅却するために。

 

 竜の魔女は、進軍を開始する。

 

 そして、すべては。

 そう、すべては、漆黒の炎に飲み込まれて――

 

「――――っあぁ!!」

「フォウ……? キュ、フゥウ」

 

 夢の終わり、燃え盛る炎に飲み込まれて、目が覚めた。

 目の前にはフォウさんが、僕の体の上にのっている。

 

「おはよう……フォウさん……」

「ミュー、フォーウ、キャー、ウキャーウ!」

「おはようございます、先輩、そろそろブリーフィングのじか――きゃっ!?」

「キュゥゥ……」

 

 フォウさんがすっ飛んでマシュへと突っ込んでいく。マシュは避けられずフォウさんがぶつかる。

 

「ごめんなさいフォウさん、避けられませんでした……。でも、朝から元気なようで嬉しいです」

「おはよう、マシュ」

 

 マシュの姿は、鎧姿だ。

 

「はい、おはようございます。よく眠れましたか?」

「あんまり――」

 

 そう言って後悔した。

 

「……やはり、ベッドより、畳に直接お布団を敷いた方がよかったですか……。わたしの不注意でした。次までには、なんとか」

「だ、大丈夫! そこまでしなくても」

「本当ですか? 先輩の御身体は、このカルデアで何よりも大切なもの。その体調管理は、優先順位ナンバーワンなのです。

 体調がすぐれないというのなら、優れるように改善する義務があるのです」

 

 そこまでして貰わなくていい。そんなに持ち上げなくてもいい。そんなことをさてしまったら、申し訳なさ過ぎる。

 だから、それは要らない。大丈夫とマシュに告げる。

 

「そうですか? ですが、必要ならば言ってください」

「うん、ありがとう」

「では、ドクターが待っていますので、ブリーフィングへ参りましょう」

 

 マシュについてカルデアの廊下を歩く。

 がらんとした廊下。

 もともと活気は少なかったが、今は、以前とはくらべものにならないほどに閑散としている。誰一人職員とすれ違わない。

 

 それも当然だった。今はカルデアの職員は20足らずだ。彼らは今、総力を挙げてカルデアスとシバの維持に努めているのだという。

 だから、人通りは少ない。管制室に着くまで誰とも出会うことはなかった。

 

 管制室に入ると、ドクターが待っていた。

 

「やあ、おはよう。待っていたよ。早速だけど、ブリーフィングを始めようか」

 

 まずは、やるべきことの確認。

 僕がやるべくことは、まず特異点の調査と修正。

 その時代における人類の決定的なターニングポイントへ赴き、調査、そこで何が起きているのかを解明し、元の人類史に沿うように修正すること。

 

 そうしなければ人類は破滅したままである。そのままカルデアが2017年を迎えた瞬間、すべては終わってしまう。

 そうならないようにする。これがその作戦だ。

 

 二つ目。聖杯の調査。

 聖杯という、なんでも願いを叶える魔神のランプのようなものがあるらしい。レフはそれを悪用したらしく、その聖杯を調査、回収することで時代の修正を行った後、もう一度、時代が改変されないように管理する。

 

 それがグランドオーダーの主目的になるという。

 

「――というわけなんだけど、ここまではいいかい?」

「えっと……なんとか」

 

 ドクターは精一杯かみ砕いてくれていたから、何とか理解できた。

 

「それは良かった。主目的は、さっき言った二つだけど、そのほかに、もう一つやってもらいたいことがある。霊脈を探し出して、召喚サークルを作ってほしいんだ」

「召喚サークル?」

「先輩、冬木でやったアレです」

 

 冬木でやったアレ。マシュの盾で何かしていたアレか。

 アレをやることで、補給物資などを転送することが可能となる。

 

「なるほど、拠点をつくれってことか」

「……理解しました。拠点。安心できる場所。屋根のある建物、帰るべきホーム、ですよね、マスター」

「……マシュは、いいこと言うね」

「そ、そう言っていただけると、わたしも大変励みになります。

 サーヴァントとして未熟なわたしですが、どうかお任せください。がんばりますから!」

「キュー!」

 

 ――ありがとう、マシュ。

 

 僕はそう、心の中でお礼を言う。

 同時に、僕も頑張ると誓う。

 僕しかいない。だから、やるしかない。

 何より彼女も頑張っているのだから、僕も頑張らなくてはならないのだ。

 

 ――何かのひび割れる音がしている。

 

「うんうん。あのおとなしくて、無口で、正直何を考えているかわからなかったマシュが立派になって……」

「はいはい、そこのお調子者ー。いつまで、私を待たせておく気かにゃー」

 

 ドクターの寸劇じみた泣きまねが始まった時、ダ・ヴィンチちゃんと名乗った女性が、ぷんぷんと怒りながらやって来た。

 

「気乗りしないから無視したかったんだよぅ。でも、仕方ない。

 彼、彼女、あれ、うーん。まあ、ともかくそこにいるのは、我がカルデアが誇る技術部のトップ、レオナルド氏だ」

「先輩、たいへんです、この方、サーヴァントです!」

 

 知っている。というか、そう名乗っていた。召喚英霊第三号。それはつまり、サーヴァントということだろう。

 

「そうだよ~。カルデア技術局特別名誉顧問、レオナルドとは仮の名さ。

 なんと、私はだね、みんなも知っている万能の碩学――レオナルド・ダ・ヴィンチ、その人さ!」

 

 バーン、と擬音が飛び出して来たが、それは置いておくとして、今、彼女はなんといったのだろうか。レオナルド・ダ・ヴィンチ? そう彼女は言った。

 知っている。その名前は有名だ。ルネサンス期の発明家。万能の人の名をほしいがままにする、稀代の天才だ。

 

 だが、

 

「女の、人?」

「そうさ。こんなキレイなお姉さんが男なわけないじゃないか。それとも、実際に確かめてみないと信じられない性質(たち)かい? なんと助兵衛だね」

「な、だ、誰が!?」

「そうです。先輩が助兵衛なわけありません。おかしいのはあなたです。

 異常です。倒錯です。だって、レオナルド・ダ・ヴィンチは、男性のはずです」

 

 そうだ。マシュの言う通り、レオナルド・ダ・ヴィンチは男のはず。

 

「いやはや。まったくもって予想通りの反応だ。予想通り過ぎて逆につまらないとはこのことさ。それが、そんなに重要かい? 重要なのは、私の性別ではなく、私が持つ技術、万能性だろう? 男だ、女だと、気にするだけ、時間の無駄さ」

「いやいやいや」

 

 それは大きな問題だろう。それとも、僕の感性がおかしいのだろうか。

 

「いいえ、先輩はおかしくありません。実に正しいです。何よりも正しい反応をしていると思われます」

「むー、やれやれ……じゃあ、理由を説明したら納得するかい?」

 

 少なくとも、納得できるのなら、マシだろう。

 

「オーケーオーケー。では、説明しよう! 私は美を追求する。その結果がモナ・リザなわけなのだけどね。私が発明をしたのも、美術に傾倒してみたのも、簡単な理由からさ。美を体現するためさ。

 だから、体現したみた」

「フォウ……」

「…………」

 

 このヒトは、一体何を言っているのでしょうか。ドクターへ助けを求める。

 

「ボクに聞かないでくれよ。カレの理論はこれっぽっちも理解できないんだ」

 

 ――だってそうだろう?

 

「モナ・リザが好きだから、自分までモナ・リザになる。そんなこと、誰が理解できるというんだい?」

 

 それが理解できるのは、カレ、カノジョ、わからないが、ダ・ヴィンチちゃんと同じ感性を持つ天才(へんじん)だけだろう。

 凡人でしかない僕では、到底理解できそうにない。

 

「いやいや、待ちたまえよドクターロマン。たとえが悪いとも。モナ・リザになりたいというからおかしくなる。ここはもっと普遍的に言うべきだよ。

 ようは、美少女になりたかった、だから、なった、そういう話さ」

 

 別の何かになりたい。特に、自分とは遠い、美少女なんていうものになってみたい。

 変身願望。

 多かれ少なかれ人が持つそれだ。ダ・ヴィンチちゃんは、それがちょっとばかし強かっただけのこと。

 

 そう言われてしまえば、何も言い返すことはできなかった。自分とは違うものになりたいと思うことは、それはある意味で、自然なことだから――。

 

「とまれ、この程度でいちいち騒ぎ立てるようじゃあ先が思いやられてしまうよキミィ。

 なにせ、嫌でもこの先、幾人もの芸術家系サーヴァントと出会うことになるはずだ。

 そいつらは、誰もかれもが素晴らしい偏執者だ。この程度、可愛いものだよ」

 

 知りたくなかった、そんな事実。

 

「なるほど……」

 

 マシュは何を納得したのかな。

 

「いえ、先輩。何事も忠告として聞いておくことは有意義かと思いまして」

「うんうん。マシュは相変わらず物分かりが良いね。ともあれ、これで自己紹介は終わり。

 私の仕事は、君たちへの支援物資の提供、開発。君が召喚した英霊の契約の更新などだ。キミたちのバックアップ担当というところだね」

 

 彼女は旅に同行しない。彼女は僕と契約したサーヴァントではないからだ。ただで契約するほど、ダ・ヴィンチちゃんは安くはないといった。

 契約に足るマスターになったのならば、自然と契約はなされるとも。

 

 だから、その時を楽しみにしていると彼女は言って、去っていった。

 

「で、そろそろいいか?」

 

 話が終わるのを待っていたクー・フーリンが、杖で肩を叩きながら呆れたように言う。

 

「やれやれ、本当に言う事だけ言って戻っていったなレオナルドめ――済まない、クー・フーリン。とにかく、時間は限られている。準備はいいかい?」

「……ええ」

「今回は専用のコフィンも用意している。レイシフトは安全かつ、迅速に行えるとも。七つの特異点の中でも一番揺らぎの小さいものを選んだつもりだ。

 それでも楽観はできない。こちらからは通信しかできないからね」

 

 ドクターは念を押す。

 まずはベースキャンプとなる霊脈を探す事。

 その時代に対応して事に当たることを。

 

「なあに、嬢ちゃんとオレでしっかりとボウズだけは守ってやる」

「頼むよ――では、健闘を祈る」

 

 コフィンへと入る。狭いコフィンの中、感じるのは不安と恐怖だ。これから何があるのか。狭い空間の中で悶々と考えてしまう。

 やめてしまおう。投げ出してしまおう。そう思ってしまうことすらあった。

 

 だが、そのたびに――。

 

 ――あなたしかいないのよ。

 ――あなたがやるが当然じゃない。

 

 オルガマリー所長の言葉が脳内に反響し続ける。

 

 ――アンサモンプログラム スタート。

 

 やるしかない。僕しかいないのだから。

 

 ――霊子変換を開始します

 

 レイシフト開始まで――

 

 大丈夫。大丈夫だと言い聞かせる。

 この前も何とかなったのだから、大丈夫だと。

 

 ――全工程 完了

 

 ――グランドオーダー 実証を 開始します

 

 レイシフトが開始され、第一の特異点へと僕らは向かう。

 

「――転移、無事完了です」

「フォウフォーウ」

「フォウさん! またついてきてしまったんですか!?」

「フォ、キュー」

「見たところ、問題はありません。おそらく先輩か、わたしのコフィンに忍び込んだのでしょう。安心してください。わたしか先輩に固定されているはずですので、わたしたちが帰還すると同時に一緒に帰還します」

「そっか、それはよかった。それで、ここはどこ?」

 

 冬木と今回の特異点は大きく違っていた。青空が広がり、草原が広がっている。

 

「ここは……わかりました。どうやら1431年のようです」

「1431年?」

 

 何があった時代だ?

 

「はい。百年戦争の真っ只中のようです。ただ、今は、戦争の休止期のようです」

 

 百年戦争。名前くらいは知っている。

 確か、イギリスとフランスの百年続いた戦争だったはず。

 それが休止?

 

「休止?」

「はい。百年戦争は、その名の通り、百年間継続して戦争を行っていたわけではありません」

 

 比較的のんびりとした戦争が散発的に起こっていた。それがこの百年戦争だとマシュは語る。

 

「なるほど――え?」

「先輩? どうかなさいましたか。空をみあげ――て……え?」

「おいおい、ありゃあ……」

「よーし、通信が繋がったぞ。って、あれ、どうしたんだい、三人して空なんかみあげちゃって」

「ドクター、映像を送ります。アレは、なんですか?」

 

 空を見る。空には、何かがあった。光の輪だった。

 

「なんだ、これは……衛星軌道に展開した魔術式か? なんにせよ巨大すぎる。

 1431年にこんなことは起きていない。間違いなく、未来消失の理由の一端だ。アレはこちらで解析するしかないな……君たちは、現地の調査を」

「了解です」

 

 そういうわけで、まずは街を探して草原を歩く。

 

「先輩、止まってください」

 

 マシュの指示通り止まると、何らかの兵士たちが歩いているのが見える。鎧を着たいかにもな兵士たち。

 

「どうやらフランスの斥候部隊のようです。どうしましょう。接触を試みますか?」

「危なくないかな……」

 

 そもそも僕はフランス語なんてしゃべることができない。接触したところで話しができないのでは。

 

「問題ありません。カルデア支給の礼装には翻訳機能があります。ダ・ヴィンチちゃんが開発した、即時翻訳術式だそうです」

「そうなんだ……」

「では、行ってみましょう。ヘイ、エクスキューズミー」

 

 あの思いっきり英語なんだけど、マシュ?

 

「……」

「あれ?」

 

 何も言われない。気が付かれていないのだろうか。そう思った瞬間。

 

「ヒッ、敵襲! 敵襲ー!」

 

 兵士の叫びがこだまする。それと同時に武装集団に取り囲まれてしまった。本物の剣を持った、フランスの兵士に。

 

「――」

 

 思わず喉がひきつった。恐ろしさなら冬木のセイバーの方が怖いが、死の恐怖はどちらも同じだった。怖いものは、怖いのだ。

 

「すみません……挨拶はフランス語にすべきでした……こうなっては戦闘回避は困難です」

「おーい、なんでいきなり囲まれて戦闘になりそうなんだい!?

 特異点は隔離されてるから、何が起きようとタイムパラドックスとかは起きないけど、そう率先して戦闘をしていいというわけではないんだよ」

「ドクター、何かアイデアを。こういう時の為のフランスジョークなどはないのでしょうか」

「知るもんか。ぼっちだからね。でも、まって考えて――」

「ったく、仕方なねえ、オレに任せな」

 

 クー・フーリンが一歩前に出る。

 

「――さて、テメエら、オレらは率先的に争う気はない。ただ――」

 

 ルーンが煌き、地面に線を引く。

 

「そこを超えたのなら、決死の覚悟で来い。加減はねえ。全員、悉くスカサハ直伝のルーンの威力を味わってもらう」

「ヒィ!! か、構えろ!」

 

 武装集団が武器を構える。

 

「逆効果!?」

「というか、煽っていただけなのでは――仕方ありません。ここは抑えるために攻撃を」

「マシュも何を言ってるの……?」

「な、何かおかしかったですか!?」

「仕方ないから、峰打ちで行こう!」

「了解です、ドクター!」

 

 盾の峰ってどこなんだろう。

 

「な、なんとかします、ファイアー!」

「なあに、結局こうなる運命だ、なら、どうとでもなれだ」

 

 第一特異点。

 初めての戦闘は、ヒトだった――。



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邪竜百年戦争 オルレアン 2

 ――楽だな。

 

 感覚が壊れてしまったのだろうか。戦うことは恐ろしいはずなのに、彼らと戦うことは恐ろしくない。何をされているかがわかる。指示ができる。

 それがこれほどまでに楽なことだとは、思いもしなかった。

 

「死傷者0。先輩の的確な指示のおかげです」

「おう、やるじゃねえの」

「いや、たまたまだよ」

 

 僕は知っている。

 サーヴァントではないから。ただのひとだからこそだと。慢心してはいけない。いいや、慢心するほど、強くないのだから。

 

「ともかく、逃げたフランス兵を追うんだ。ここで何が起きたのか調べないとね」

 

 ドクターの言葉に従って、フランス兵を追うと砦が見えてきた。酷いありさまだった。外壁はまだ無事だが、砦と呼ぶには、あまりにも無惨だった。

 

 ――何が、起きたんだ、これ……

 

「おかしいです」

「なにがおかしいんだ、嬢ちゃん。戦争なんだ。負けりゃあこうもなる」

「いえ、戦争なのですが……1431年には、フランス側のシャルル七世がイギリス側についたフィリップ三世と休戦条約を結んだはずなのです」

 

 休戦条約。確かに、その通りならば戦争は起きていないはず。この光景はありえないということ。

 

 どこもかしこも負傷兵ばかり。凄惨な血の臭いに吐き気がする。初めて感じる鉄の臭い。これが血。命が流れ出す臭い。

 吐き気がする。吐き気がする。吐き気がする。

 

 感じるのは嫌悪感で、想起されるのはここで起きたであろう悲惨な出来事ばかり。考えないようにしても、何がこれほどまでの被害を出したのかと思わずにはいられない。

 そうして感じるのは恐怖だった。この砦に蔓延する恐怖が伝染する。

 

「ひぃ、お、追って!」

「ま、待ってくれ! オレたちは、敵じゃない!」

「て、敵じゃ、ない?」

「わたしたちは敵ではありません。旅の者です。あなたがたに危害を加える気はありません。どうか、武器を置いて下さいムシュー」

「敵では……ないのか……?」

 

 思ったよりも彼らは簡単にこちらの言葉を信じた。どうやら、疑うだけの気力がないようだった。

 

「どうしてそのようなことに……シャルル七世は休戦条約を結ばなかったのですか?」

「シャルル、王……? 知らんのか、アンタ……王なら、死んだよ……魔女の炎にやかれたんだ……」

「死んだ? 魔女の炎?」

「ジャンヌ・ダルクだ……あの方は、龍の魔女となって甦ったんだ……イングランドは、とっくに撤退したよ……だが、……俺たちは、どこへ逃げればいい?」

 

 故郷からは逃れられない。

 ここで生き、ここで死ぬ。

 ゆえに、どこにも逃げる場所などありはしない。

 

「ジャンヌ・ダルクが、魔女?」

 

 そんなことありえるのか? ジャンヌ・ダルクと言えば、僕でも知っている。

 

 ジャンヌ・ダルク。

 救国の聖女。オルレアンを救ったとされる、まぎれもない英雄。

 火あぶりの刑にされたはず。

 

「はい……先輩も知っての通りです。彼女が投獄されてからは火刑に至るまでの日々は……あまりにも惨い拷問と屈辱の日々だったそうです」

 

 それでも、彼女は屈しなかった。名誉は回復され、聖人へと迎えられた。

 それが、なぜ、竜の魔女に。疑問は尽きないが、その竜の魔女がこの特異点における異常であることに間違いはないだろう。

 

「魔力反応だ」

「ああ、こっちも感じた。マスター、嬢ちゃん、構えな。敵だぜ」

「骸骨兵だ。さっきまでと違って、暴れていいぞ三人とも」

「了解です、ドクター。マスター、指示を!」

「――ああ」

 

 骸骨兵。気味の悪い骸骨。

 

「はあ……はあ」

 

 戦闘の緊張感。息苦しい。

 

 ――その時、ぽんと肩に手がおかれた。

 

「落ち着けよ、マスター。あんなもんは雑魚もいいとこだ。嬢ちゃんとオレを信用しな」

「……わかった」

「……今は、それでいい。行くぜ、嬢ちゃん!」

「はい!」

 

 マシュが駆ける。迫りくる骸骨兵へ向けて。

 

「さて、嬢ちゃんが前衛、オレが後衛だ。マスター、アンタがやることは、嬢ちゃんにどいつから倒すかを指示をすることだ」

「あ、ああ」

「オレに対しては、どこを狙うかだ。嬢ちゃんとは逆側を狙うのがいい。ひとりだと面倒だが、今、オレらは三人だ。マスターが見るだけで、オレたちへの負担はかなり軽くなる。

 なにせ、マスターの指示がある限り、周りへ割く気が減るからな。なあに、気張る必要はねえさ。気楽にな」

「わかった――」

 

 クー・フーリンに言われた通りに見る。骸骨兵の軍団は、理路整然としているわけではない。ムラがある。それは、骸骨兵の損壊具合であったり、体格によって進軍速度に大幅にムラが出来ている。

 魔術的、少量の魔力によって駆動する骸骨兵は、様々な要因によって一律とはいいがたい。ゆえに、まず狙うべきは突出している部分。

 

 突出した敵兵へ向けてマシュを誘導する。

 

「はい!」

 

 全力の移動。ただ一瞬にして視界から消えたようにマシュが敵兵の前へと踊り出る。

 

「はっ!」

 

 盾の一撃が振るわれ、骸骨兵が砕け散る。サーヴァントとしての膂力にかかれば、この程度の敵は容易い。

 だが、それだけでは終わらない。

 

 骸骨兵が持つ武器は剣や槍、そして弓だ。離れた位置、マシュを狙える位置に骸骨兵がいるのが見えた。

 

「クー・フーリン」

「任せとけ。――それでいい。冷静に観察しな、それができるのなら、それは紛れもなくアンタの武器だぜ! ―ansuz(アンサズ)!」

 

 中空に刻まれたルーンが効果を発揮する。

 アンサズ。炎を司るルーンが効果を発揮し、射撃体勢に入っていた弓骸骨兵を燃やし尽くす。

 

「観察……」

 

 視る。骸骨兵の動きを。どうすればいいのか、わからないが、とにかく指示を出す。

 最後の一体になるまで戦い続ける。

 

「これで、最後です!」

 

 最後の一体をマシュが破壊し、戦闘は終わった。

 

「お疲れ様です、マスター」

「おう、良い指示だったぜ」

「……そう、かな」

「……あんたら、アイツら相手によくやるな……」

「慣れです。それより申し訳ありませんが、一から事情をお聞かせください」

 

 まず確認すべきはジャンヌ・ダルクが蘇ったのかどうかだ。

 

「ああ。俺は、オルレアン包囲戦と式典に参加したから、よく覚えているよ」

 

 兵士が語る。聖女は復活したのだと。髪の色、肌の色は異なるが、まぎれもなくかつての聖女であったと兵士は言う。

 イングランドに捕らえられ、火刑に処されてしまった聖女。彼女が復活した。それは喜ばしいことのはずだった。フランスは彼女の死を嘆き、憤っていたからだ。

 

 だが、蘇った彼女はかつての彼女ではなく――竜の魔女としてフランスを滅ぼす者になってしまっていた。

 

「……あの、竜の魔女とはどういうことなのでしょう。ジャンヌ・ダルクにそのような逸話は確かないはずですが」

「見ればわかるさ……」

 

 兵士のよどんだ視線の先には――

 

「竜……」

 

 竜。腕が翼になっているワイバーンの群れ。いるはずのない幻想が、今ここに現実に牙を剥いて猛っていた。圧倒的な竜の咆哮が空を埋め尽くす。

 紛れもない現実。夢幻などではないのだと、それは告げている。十五世紀のフランスにいるはずのない生物が、大群をなしてこちらに向かってきている。

 

「マスター、全力で対応を! 先ほどの骨々六助とはワケが違います!」

「い、いや、でも……」

 

 あんなものにどうやって戦いを挑むというんだ。あいつらは飛んでいる。炎を吐く。

 

「ぎゃあああああああ!!?」

 

 炎を吐けば、人間は成すすべもなく灰となっていく。

 

「あ、ああ――」

 

 一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄が広がる。ただの一瞬だ。ワイバーンが襲来したその刹那の間に、ただ一度、奴らが火を吹いただけで、このありさまだ。

 砦は燃えて灰となっていく。迎撃は不可能。その竜鱗を貫くには、フランス兵たちの弓矢やクロスボウでは足りない。

 

「くそおおお」

 

 嘆きの慟哭が砦に満ちる。怨嗟の嘆きが、大地へと流れ出す。だが、ワイバーンは足りないとばかりに蹂躙を始める。

 死んでいく、死んでいく、死んでいる。

 

 大気中に死体の燃え尽きた油分が舞い上がり、全身へと降り注ぐ。地獄とはかくあるべきだとでも言わんばかりに。此処こそが地獄、これこそが地獄絵図。

 虐殺という名の過剰殺戮が織り成す地獄は、今もなお拡大を続けている。兵士たちが悲鳴を上げて逃げ惑い、そして尽くが逃げられはしない。

 

 全ての阿鼻叫喚、全ての絶望を混ぜ込んだ、復讐する竜の魔女の窯の底。ぐつぐつと煮えたぎる窯の底ゆえに逃げ場など存在(あり)はしない。

 全てが炎上している。こここそが地獄の底だ。ならばどこへ逃げるというのか。逃げられるわけがない。逃げられる場所などありはしないのだ。

 

 建物が倒壊する。そのたびに悲鳴が上がり、紅い華が咲く。死骸は例外なく炎に包まれて燃えている。油分が大気を汚染し、燃える死骸は酷い瘴気を撒き散らす。

 肌に張り付くのは死体から出た魂の如き瘴気。生者を呑み込む死者の手招き。お前も来い、お前も来い。そう絶望の中で死者が叫んでいる。

 

 右を見ても、左を見ても、炎が燃えている。燃えていない場所ないし死骸がない場所もない。死体の博覧会会場と言われても信じられることが出来そうなくらい石畳の上は赤く染まっている。

 しかも、現在進行形で死体が増えていっているというのだから恐ろしい。おおよそ考えらえる以上に絶望に薪がくべられている。

 

「マスター、指示を! わたしは――」

「あ、ああ、迎撃を――」

「はい――くっ」

 

 どうする、どうする、どうする。

 わからない、わからないわからない。

 

 あんな化け物に、人間がどうやって戦えばいいというんだ。

 

 脳髄を恐怖が、絶望が蝕んでいく。

 

「あああ、あああ――!」

 

 声にならない悲鳴を、僕は上げた。既に精神は限界。

 

 ――何かがひび割れる音がしている。

 

 目の前で繰り広げられる殺戮に、脳が理解することを放棄している。

 燃える死骸、蒸発する死体が大気に混じり、呼吸することすら拒否しそうになる。

 吐き気がこみあげることが止められない。

 

「が、げぅ――」

 

 あまりの苦しさに嘔吐く。吐いても吐いても、苦しさが抜けない。

 逃げたい。逃げろ、逃げろ逃げろ。

 

 叫んでいる。だが――。

 

 ――あなたしかいないのよ。

 ――あなたがやるしかないじゃない。

 

 逃げ場はない。

 逃げる道はない。

 逃げることは許されない。

 

 ――48番目。

 ――人類最後のマスターに逃げることは許されていないのだ。

 

 何とかしなければ。

 だが、どうやって?

 

 マシュは戦っている。

 クー・フーリンは戦っている。

 

 僕しかない。

 

 ――何ができるというんだ。

 

 ――戦う?

 

 できるはずがない。

 

 ――逃げる?

 

 そんな選択肢は初めからない。

 

 ――なにもしない?

 

 できるのならば。

 

 だが、そんなことできるはずがない。

 どうしようもなく、ただただ蹂躙されていく様を見ているしかできない。

 

 ――何かがひび割れる音がしていた。

 

 あとはもはや天に祈るくらいだ。この蹂躙が終わることを。あるいは――この状況を突破できるだけのなにかを。

 しかし、現実は非常だ。そんなフィクションのようなことが起こることは、非常に稀どころかほとんど存在しない。現実にヒーローなんてものはいないのだから。

 

 けれど。けれど、この時は違った。この時だけは、運命が、味方をした。

 

「兵たちよ、水をかぶりなさい!」

 

 その時、声が響いた。

 それは、かつてこの地に響いていた声だった。

 聖なる声。

 清浄なる声。

 

 時が止まったかのようだった。

 いいや、事実止まっていたのかもしれない。

 旗を持った、金髪の女性の登場に、すべては止まっていた。

 

「あ、貴女は――!」

 

 フランス兵が声を上げる。

 知っている。知っている、知っている。

 

 フランス兵たちに動揺が走った。

 

「もし、まだ、諦めていないのなら! 武器を取って下さい! そして――」

 

 旗を掲げる。

 かつて救国を願い掲げられた旗が、今再び――。

 

「私と共に! 続いてください――!!!!」

 

 女性が旗を掲げワイバーンの群れへと突っ込んでいく。

 それを見た、兵士たちは、皆武器を取っていた。

 逃げ惑うばかりだった兵士たちが、彼女へと続いて行く。それは、光に誘われた虫のように。

 事実、彼女は希望だった。

 

 彼女はサーヴァント。新たなサーヴァントの登場。少しだけ余裕が戻る。超常の力を持つサーヴァントが増えたのだ。

 ならば、やれないことはない、それにフランス兵の攻撃もまったく役に立たないということはない。気を逸らすことができる。

 

「左翼は突撃です。右翼も突撃です。ともかく、突撃です。ワイバーンの攻撃は、人間では防げません。ならば、攻撃あるのみ!」

 

 すさまじい脳筋戦法ではあったが――。

 

「ああ、ありゃあ正解だわな」

「突撃が、ですか?」

「そりゃそうだ。ワイバーンは強えぇ。だが、そいつはあいつら自身に言えるわけだ」

「???」

「簡単に言やあ、アイツらの攻撃はあいつら自身に効くんだよ」

「! つまり――」

 

 密着するほどに近づいてしまえば、群れとは言え、他のワイバーンは気軽に攻撃できなくなる。また、吹けば飛ぶ存在なれど、数がそろって一体を攻撃すれば――。

 

「気も逸れる。行くぜ、嬢ちゃん!」

「は、はい!」

 

 そこに切り込む二騎のサーヴァント。超常の力を持った二人が、気がそれたワイバーンから順に倒していく。

 

「…………」

 

 それを見て、思ったことは一つだった。

 

 ――なんだ、これ……

 

「フォウ?」

「…………」

 

 ――僕は、なにをしているんだ……

 

 何もしていない。何もできていない。

 ただ、見ているだけじゃないか。

 

 敵が倒されていくのを見ている。

 敵が倒されていくのを見ている。

 敵が倒されていくのを見ている。

 

 指示が追いつかない。

 指示を出せない。

 

 怖くて。

 戦いの規模が違いすぎて。

 

 わからない。

 何も。何も。

 

 僕は、何のために――。

 

 ――何かがひび割れる音がしている。

 

 結局、最後の一体を倒すまで、僕は何一つできなかった。

 



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邪竜百年戦争 オルレアン 3

 戦闘は終わった。

 被害は大きいなんてものじゃない。ほとんど壊滅に近い打撃を受けてしまっている。

 

 負傷者、死傷者、何もかもが多すぎる。

 現実感が薄すぎる。

 なんだ、これは。本当に現実のことなのかわからない。

 

 だが、全身にまとわりついた油分が、煤が、血が、それが現実なのだと教えてくれる。知りたくないのに、眼を背けるなと言わんばかりに。

 膝から崩れ落ちそうだ。

 

「フォウ、キュゥ」

「…………」

 

 フォウさんが、僕を慰めるようにすり寄ってくる。それに応える余裕等あるはずもない。もう休みたかった。気持ちが悪い、頭が痛い、吐き気が止まらない。

 ぐるぐる、ぐるぐるとリフレインする悲鳴と慟哭と怨嗟が、脳髄を蹂躙している。

 

「そんな、貴女は――いや、おまえは! 逃げろ! 魔女が出たぞ!」

 

 そんな時、声があがる。

 

「え、魔女――?」

 

 助けてくれたはずの存在にフランス兵は魔女と吐き捨てていた。

 

「…………」

 

 彼女は何も言わず、憂いを浮かべてその言葉を受け入れている。そして、こちらに気が付くと、こちらに声をかける。

 

「あの、ありがとうございます」

 

 それはフランスの兵士たちを救ったからだろうか。そんなお礼を言われることなどしていない。

 

「そんな、お礼を言われることじゃ、ないです」

「いいえ。それでも、私は感謝します。私は、ルーラー。サーヴァント、ルーラー。真名を、ジャンヌ・ダルクと申します」

「え――」

 

 ジャンヌ・ダルク。彼女はそう名乗った。魔女になったはずの、このフランスを滅ぼそうとしている名前を。

 

「詳しい事情は後程お話しします。……彼らの前で、話すことではありませんから。どうか、こちらに来てください。お願いします」

「……先輩、どうしましょう」

「さて、虎穴に入らずんば虎子を得ず、っていうが、どうするよ、マスター」

 

 どうもこうも、着いて行かなければ情報は手に入らない。ならば、行くしかないのだ。どのみち、選択肢などほとんどありはしないのだから。

 

「ついて行こう……」

「ボクも賛成だ。彼女は、今は弱まっているようだけれど、サーヴァントだ。少なくとも敵ではないのならついて行ってみよう」

 

 ドクターの賛同もあって、僕たちはジャンヌについて森へと入る。森の奥、開けた場所へとやってきた。もともとは軍の野営地でもあったのだろう。

 水場と火を扱うことができる場所がある。ここならばゆっくりと話すことができるだろう。

 

「アンサズ――っと、で、こっちに魔避けのルーンを刻んで、良し。これで安全だ」

「ありがとう。クー・フーリン」

「ありがとうございます。これで落ち着けます。――まずは、貴方たちのお名前を聞かせてください」

 

 言われた通り、僕は名乗る。

 

「わたしはマシュ・キリエライトです。先輩のサーヴァントです」

「オレは、まあ、真名を隠す必要はねえか。クー・フーリン。ま、よろしく頼むわ」

「この聖杯戦争にも、マスターがいるのですね。それに、ケルトの大英雄まで……二騎のサーヴァントを従えるとは……」

「はい、先輩はすごいのです」

 

 ――全然そんなことはないよ、マシュ。

 

 誇らしげに言うマシュに、何も言うことはできなかった。

 

「ですが、わたしはデミ・サーヴァントにすぎません。また、この事態は聖杯戦争とは別のことになります」

「デミ・サーヴァント……? それに、ただの聖杯戦争ではない……」

「正規の英霊ではないのです。御存じありませんか?」

「……そうですね。まずは、そこからハッキりさせておくべきでしょう」

 

 ジャンヌは、サーヴァントであり、ルーラーというエクストラクラスである。聖杯戦争を監視し、聖杯戦争を守るためのクラス。

 だが、本来与えられるべき聖杯戦争に関する知識の大部分が今、存在していない状態にあるのだという。それどころか、知識だけでなくステータスも、スキルですら低下している始末。

 

「じゃあ、竜の魔女について、何か知りませんか?」

「……私も数時間前に現界したばかりで、詳細は定かではないのですが……」

 

 どうやら、今、この世界には二人のジャンヌ・ダルクがいるのだという。一人は今、目の前にいる彼女。もう一人は、フランス王シャルル七世を殺し、オルレアンにて大虐殺を行っているという。

 

「それは、同時代に同じサーヴァントが二体召喚されたということでしょうか……?」

 

 マシュが当然の疑問を口にする。それ以外に、この事態に説明がつかないからだ。

 

「まあ、聖杯戦争だ、何が起きるかわからねえ。そういうこともあるだろうさ」

「ミスタ・クー・フーリンの言う通りだ。そういう事例もあるかもしれない。だから、そこを考えるよりは、確定したことを話そう。

 シャルル七世が死に、オルレアンが占拠された。これが、この特異点において人理を破壊している原因。ボクたちが修正すべき事柄だろう」

 

 なぜならば、それはフランスという国家の破壊だからだ。

 

 ドクターの説明によれば、フランスという国は人間の自由と平等を謳った初めての国であり、多くの国がそれに追従した。

 自由と平等。その権利が百年遅れるだけでも、文明はそれだけの期間、停滞する。もしも認められないという事態に陥ってしまえば、いまだに人類は中世と同じ生活を繰り返していた可能性すらある。

 

「声だけが、聞こえる……今のは魔術ですか? 貴方たちは一体――」

「おっと、推論だけ先に言ってしまった。はじめまして、聖女ジャンヌ・ダルク。ボクは、ロマニ・アーキマン。みんなからはドクターロマンと呼ばれています。三人のサポートをしている者です」

「なるほど、ロマン。夢見がちな人なんですね!」

 

 この人、天然なのかな?

 

「失礼しました。マドモアゼル・ジャンヌ。次は、我々の番ですね。わたしたちの目的は、この歪んでしまった歴史の修正です。

 ――カルデア。わたしたちは、そう呼ばれる組織に所属しています」

 

 マシュがジャンヌに事情を説明していく。全てを聞き終えた、ジャンヌの顔は険しいものになっていた。

 

「世界そのものの焼却とは……。そんな事態だというのに、私は、小さな悩みなどを抱いてしまって……。ですが、今の私は――」

「フォウ?」

「サーヴァントとして万全ではなく、自分でさえ、自分を信用できずにいるのです」

 

 その理由は、オルレアンを支配している、自分(ジャンヌ)とワイバーンが理由だった。ワイバーンはこの時代には存在しない。そんな記録はない。

 であれば、あのワイバーンは人為的に呼び出されたものになる。誰が呼び出して、誰が操っているのか。その答えはフランス兵が言っていた言葉にある。

 

 ――竜の魔女。

 

 彼らはジャンヌのことをそう呼んでいた。導き出される結論は一つだ。

 ワイバーンは、オルレアンにいるジャンヌが操っている。

 

「どうやって操っているのか。私は、生前、思いつきもしませんでしたし。竜の召喚は最上級の魔術。まして、是だけの数」

 

 現代でも、過去の魔術でも不可能。

 

「そうなると、ますます聖杯が関わっている可能性が高くなってくるわけだ。憶測でしかないが、ボクらも他人事じゃなくなってきたね」

「そうですね。まだ、憶測でしかありませんが、ある程度の把握はできたかと思います。マドモアゼル・ジャンヌ。貴女はこれから、どうするのですか?」

「目的は決まっています」

 

 オルレアンへ向かい、都市を奪還し、すべての元凶たるジャンヌ・ダルクを排除する。

 

「主からの啓示はなく、その手段は見えませんが、ここで目を背けることはできませんから」

 

 ――ひとりでも戦うというのか。

 

 それは、なんて――まぶしいんだ。

 

 まぶしすぎる。やはり、彼女は、英雄なのだなと思い知らされる。

 

「マスター、ドクター、わたしたちの目的は彼女と合致していると思います。今後のことなのですが、彼女に協力する、というのはどうでしょうか」

「ボクとしては異論はない。あとは、マスターがどうするかだ」

 

 最終決定は、僕だった。

 

 ――わかっているよ。

 ――そうするしか、ないじゃないか。

 

 それ以外に方法などない。

 いい考えなど浮かばない。

 だから、やるしかない。

 

 ――何かがひび割れている音がしている。

 

「……協力するよ。よろしくお願いします」

「そんな……よろしいのですか……いえ、こちらこそお願いします。本当に、ありがとうございます。どれほど、感謝しても足りないほどです。貴方たちとともに戦えるのならば、きっと竜の魔女にも勝てるでしょう。

 ですが、まずは情報収集を。このまま突撃しても、竜の魔女には勝てませんから」

「そうだね。まだボクらには拠点もない。魔女ジャンヌ――いや、黒ジャンヌのことも何も知らない」

 

 情報は力だ。知っているのと知らないのでは大きな違いだろう。

 

「それに、戦力を集めることは重要だ。今のままじゃ勝てないというのなら、勝てるだけの戦力を集めないと」

「ドクターの言う通りだ。おい、聖女さんよ、オレらのほかにサーヴァントの反応はあったか? ルーラーってんなら、わかるだろ」

「申し訳ありません、光の御子殿。ルーラーが持っているサーヴァントの探知機能も、今の私には使用不可なのです。今では、通常のサーヴァントと同じようにしか知覚できません」

「なるほど――いや、待て。なら、黒ジャンヌの方はどうだ」

「――! 確かにもう一人の私――黒ジャンヌもサーヴァントならば、クラスはルーラーのはず。その場合、我々の居場所は、即座に感づかれる……いつでも戦う準備は必要です」

「なら、街での情報収集は最小限にした方がいいだろうな」

 

 詳しくはわからないが、ルーラーというのは、サーヴァント感知能力に長けているらしい。どこにいても気が付かれる可能性がある。

 

「明日の早朝には出発しましょう」

 

 長く一か所に留まれば相手に気取られる危険性が高いからだ。

 

「マスター……とお呼びしますね。マスターは人間ですし眠ったほうがいいでしょう」

「……そうするよ……」

「はい、おやすみなさい」

 

 そういって、横になる。

 

「彼は、眠りましたか?」

「ええ、慣れない野宿でしょうに、意外とあっさり」

 

 ――違うよ、マシュ。

 

 眠ったわけではない。寝たふりだ。

 

「…………そう、ですか」

 

 眠れるはずがないじゃないか。どうして、眠れるというんだ。眠れるはずがない。だって、そうだろう。

 この耳には、悲鳴が、慟哭が、怨嗟がこびりついて離れない。

 この目には、凄惨な光景が、地獄が、魔女の窯の底が、焼き付いて離れない。

 この鼻には、腐臭が、ヒトの焼ける臭いが、炎の臭いが、油のにおいが、染みついて離れない。

 

 眠れるはずがない。目を閉じれは、再生される阿鼻叫喚の光景。それが、反芻される。リフレインするそれは、悪夢以上に悪夢だった。

 疲労、痛み、魔力消費。あらゆる全てが睡眠を欲している。だが――眠れない。眠りたくない。眠ってしまったら、悪夢を見る。

 

 横になっただけだった。幸い、三人の話を聞くことができるから、それが終わるまでは眠れないで済む。三人はジャンヌがまだ話していないことについて、話していた。

 

「実は、私というサーヴァントの召喚が、不完全だったせいでしょうか。あるいは、生前の私が数日前に死んだばかりだからでしょうか。今の私はサーヴァントの新人のような感覚なんです」

「新人、ですか?」

「はい」

 

 英霊の座には過去も未来もない。だが、その記録にすらジャンヌは触れることが出来ず、サーヴァントとして振る舞うことが難しい。

 

「だから、まるで生前の、初陣のような、感覚で……私に救国の聖女であることを期待されても、私には、その力はありません……ですので、その……私の方こそ、貴方方の足手まといになるのではないか、と」

「それならば大丈夫です」

「え……?」

「わたしも初陣みたいなものですから。同じです。それにデミ・サーヴァントでもあります。英霊としての力を全て発揮できているわけではありませんから」

「なに、アンタらはよくやってる。英霊のオレが言うんだから、気にせず、いつも通りやりゃあいい。ここにはマスターがいるんだからな」

「ありがとうございます。明日からよろしくお願いします」

 

 話はそれで、終わった。

 

 そして、朝になる。

 

「おはようございます。先輩。よく眠れましたか?」

「うん、おかげさまでね」

 

 結局、朝になった。眠れていない。全然、眠れていない。眠さは、薬を使って騙す。今日から、本格的に動くのだ。眠そうにしていたら駄目だ。

 

「さあ、行こう」

 

 朝日を浴びる。清々しい朝には程遠く、体は痛む、心が痛む。

 止めたい、逃げ出したい、帰りたい。

 

 ――だが。

 

 やめることはできない。逃げることはできない。帰ることはできない。

 

 僕しかいないから。

 

 ――何かがひび割れる音がしていた。

 



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邪竜百年戦争 オルレアン 4

 まずは森を抜けてオルレアンへと向かう。直接乗り込むのは難しいが周辺の村や町で聞き込みを行うのだ。まず向かうのはラ・シャリテ。

 

「ここで、情報を得られれば良いのですが。今の戦力で勝てるかどうか、確証が得られなければオルレアンに攻め込むわけにはいきませんし」

「慎重ですね」

「……いえ、正直、焦っています」

 

 黒ジャンヌはどう考えても正気ではないからと彼女は言った。オルレアンを支配している怪物が、何をするのか容易に想像できる。

 力、憎悪。それらがある閾値を超えた瞬間、それは猛毒に変わる。どのような聖者であろうとも、どれほど高潔な人間であろうとも、復讐の炎、怨嗟の呪縛は、いともたやすく人間性を剥奪し、復讐の鬼へとヒトを落とすのだ。

 

 そんな怪物となったヒトが何をするのか、そんなものひとつしかないだろう。

 

「…………」

「ですから、なるべくは急ぎたい」

「――待った。前方にサーヴァント反応だ!」

「!!」

「ラ・シャリテにある。でも、あれ、おかしいな。遠ざかっていくぞ。駄目だ、ロストした。速すぎる」

「フォウ、フォーウ」

「どうしたんですか、フォウさん? 頭に乗って――」

 

 街が燃えていた。漂う焔の臭いはここまで来ている。

 

「急ぎましょう――!」

 

 ジャンヌが駆ける。僕たちは、それに続く。

 近づくたびに、悪臭が鼻を突き、嫌悪感を抱かせる。燃えている。燃えている。燃えている。

 

 あらゆる全てが燃えている。一目でわかった。生存者などいるはずがない。燃え盛る炎は例外なく、あらゆる全ての生命を飲み込んで成長を続けている。

 木々を燃やし、家を灰にして、石を喰らう。人などただの炭になる。阿鼻叫喚の地獄が再び、ここに顕現していた。

 

 絶望をくべる火の番人は止まらない。ここまでの殺戮、絶望を増大させてなお、いまだに足りぬとばかりに薪をくべるのだ。

 希望が燃え尽きて、すべてが灰燼と化す。その時まで、地獄の歯車の回転は止まらない。糜爛した歯車の回転は、加速度的に高まって全てを、轢き潰そうと運命は駆動する。

 

 ラ・シャリテは、もはや燃えカスだった。

 

「ドクター、生存者は!」

 

 マシュがドクターに生存者の有無を問う。ありえないだろう。この瓦礫、廃墟の中、一瞬にして出来上がった町という名の墓標。

 ここは墓場だ。生者など存在しない。存在することは許されない。

 

「……駄目だ……そこにはもう、生命と呼べるものは残っていない」

「ひでえことしやがる」

「待ってください、今、音が――」

 

 がらりと、瓦礫が音を立てた。誰か生き残りがいたのか――。

 

 いや、いいや違う。運命が、そんな希望など用意するはずがないだろう。

 地獄の坂を転がり落ちる運命に、そんな希望など用意があるものか。

 そこにいるのは――。

 

「ぁあ……そん、な……」

 

 屍だ。

 生きた屍だ。

 

 地獄はもはや満杯だ。死者は溢れだし、現世で生者の血肉を貪る者となる。羨ましい、羨ましい。羨ましい。

 生きているおまえたちが羨ましい。だから、ヨコセ、ヨコセ、ヨコセ。その輝くもの(たましい)をヨコセ。簒奪の念。恨みの情念が加速する。

 

「はあ……はあ――」

「大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫――です」

 

 だが、絶望はまだ終わっていない。

 事態は一向に好転の兆しを見せず。地獄を創りだした者の首魁の手によって、更なる地獄へと加速度的に落ちていく。

 

 運命は、誰も、逃しは、しない。

 

 絶滅せよ、人類。滅びよ、フランス。

 人類討滅の意思が、地獄を顕現させる。

 

「――また、なのか……」

 

 一つ終われば、別の困難がやってくる。乗り越えても、乗り越えても、次の試練が訪れる。リビングデッドの次は、ワイバーン。

 死体を喰らっている。人間など餌でしかないと、こちらに示すかのように。

 

「やめなさい……!」

 

 ジャンヌが、叫ぶ。

 

「マスター! 行きます――!」

「行くぞ」

「あ、ああ――」

 

 サーヴァントの力で、再びワイバーンの群れを撃退する。だが、一行に事態が好転していると思えないのはなぜだ。

 むしろより――ドツボに嵌り、底なし沼に沈み込まされているかのような感覚は――。

 

「どうして――」

 

 ――どれほど、人を憎めばこのような諸行が行えるのか。

 

 ジャンヌのつぶやきは、ただ風に乗って消える。答える者はいない。

 

 いや――来た。そのつぶやきを聞いたわけではないだろう。だが、事実、この事態、どうしてこうなったのかを知るであろう者どもが来る。

 それはサーヴァント。遠ざかっていたサーヴァントがこちらに気がつき、戻ってきている。

 

「――なんて、ことだ」

 

 ドクターの驚愕が木霊する。

 サーヴァントの数は、五騎。

 

「速度が速い……これは、ライダーか何かか!? と、ともかく逃げろ!」

「ああ、撤退だ。今のメンツで五騎のサーヴァントを相手にしようものなら、確実にマスターの類が及ぶ」

「――ごめんなさい」

「ジャンヌさん!?」

「私は、逃げません。彼らの真意を問いただすまでは!」

「ああ、もう逃げられない――こうなったら、逃げることだけを考えるんだ! いいね、マシュ!」

 

 現れる五騎のサーヴァント。その中には黒ジャンヌもいた。

 

「――なんて、こと、まさか、まさかこんなことが起こるなんて。ねえ。お願い。誰か私の頭に水をかけてちょうだい。まずいの。やばいの。本気でおかしくなりそうなの」

 

 黒ジャンヌは、嗤う。嗤う。嗤う。

 

 なんて滑稽なのか。なんて、哀れなのか。

 

「ねえ、ジル! なにあれ、ばっかじゃないのアレ! ああ、ジルはいないんだった」

「――あなたは……あなたは、誰ですか!」

「それはこちらの質問ですが……ジャンヌ・ダルクですよ、もう一人の私」

 

 ジャンヌと黒ジャンヌが会話している。

 だが、それが遠い。遠すぎる。

 

 五騎のサーヴァント。それもシャドウサーヴァントではない。正規のそれ。そんなものが、眼の前にいるのだ。こちらを睥睨し、その暴威を隠すことなく晒している。

 逃げろ逃げろ逃げろ、と本能が叫んでいる。だが、とっくの昔に肉体は、あらゆる行動の全てを放棄していた。呼吸、逃げること、あらゆる全ての義務と権利を放棄して、ただあるだけの肉袋になっていた。

 

 息苦しさを感じる意識すら、希薄。もはや絶望を通り越し、生存本能が振り切れて、エラーを吐き出している勢いだ。

 死ぬ、死んだ。死ぬ、死んだ。死んでいる。あまりの威圧感、あまりの恐怖に、精神の均衡をとることなど望めるはずもなし。

 

「何故、このようなことを――」

「なぜ、どうして、そんなものは明白でしょうに」

 

 憎いから。この国が、すべてが。

 

「人類種が存続する限り、この憎悪は収まらない」

 

 それは明確な人類廃滅の意思。死に絶えろ死に絶えろ。廃絶の意思が、波動となって広がってあらゆる全てを口させていく。

 

「これこそが、死を迎えて成長し、新しい私になったジャンヌ・ダルクの救国方法。貴女には理解できないでしょうね。いつまでも聖人気取りで、憎しみも、喜びも、見ないフリをして、人間的成長をまったくしなくなったお綺麗な聖処女様にはね!」

「な……」

「ええ……サーヴァントに人間的成長って……」

「うるさい蠅がいるわね」

「!? ちょ、コンソールが燃えだしたぞ!? あのサーヴァント、睨むだけで相手を呪うのか!?」

「……貴女は、本当に、私なのですか……」

 

 その言葉に、黒ジャンヌは呆れたようだった。同一存在でありながら、どうしてこうもここまで、愚かなのだろうかと。

 そして、得心が言ったように告げるのだ。

 

「ああ、所詮、私が捨てた残り滓だからですか。ならば、納得というものでしょう――バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン。その田舎娘を始末なさい」

 

 前に出るのは後ろに控えていた四騎のうちの二騎。

 闇に溶け込みそうなほどに黒い貴族服を着た王と茨を思わせるドレスを纏い、仮面をつけた淑女。

 

「――よろしい。では、私は血を戴こう」

「いけませんわ王様。私は、彼女の肉と血、そして腸を戴きたいのだもの」

「強欲であるな。では、魂はどちらが戴くか」

「魂など、要りません。名誉や誇りで、どうして美貌が保てましょうや」

「よろしい。では、魂は私が戴くとしよう」

 

 二人の間で同意が成された。

 もはや止まらない。もとより止まらない。

 彼らは標的を定めている。その美しさを、求めている。

 

 ゆえに、止まらぬ。もとより最初から止まるはずがない。

 

「マスター!」

 

 マシュの声が聞こえる。

 恐怖に麻痺した思考でも、彼女の言葉だけは逃さない。彼女が求めていることを言おう。どのみちそれしかないのだから。

 だったら、無様な姿なんて、見せられるはずもない。

 

 ――僕しかいないんだから。

 

 最後のマスターとして、顔を上げて、ただまっすぐに。

 

「行くぞ!」

 

 ――何かのひび割れる音がしていた。

 

「はい! 来ます、構えてください、ジャンヌさん!」

「わ、わかりました!」

「相手は二人、こっちは三人だが――油断すんじゃねえぞ。ありゃあ、かなりマズイ!」

 

 まず来たのはランサー。漆黒の衣装の王。凄まじいまでの脚力の加速は音を置き去りにしたかのよう。人間であれば反応不可能の攻撃。

 だが、受けるのはこちらも人間ではない。正規の英霊ではないが、デミ・サーヴァント。力は同じ。

 

「はあっ!!」

「ほう」

 

 マシュの盾が槍の一撃を受ける。大地に根差した大樹のように、その守りは頑強。衝撃もあらゆるすべてを英霊が与えてくれた力、技術によって受け流して見せる。

 だが――速度がそれなら、膂力とて化け物だ。

 

「く、ああ――」

「よくぞ受け止めた。大した守りだ娘よ。我が公国もまた、それほどの守りがあったのならばと思わずにはいられぬが――甘い」

「なァ――!?」

 

 怪物の力を止めるのに経験が、足りぬよ。

 巨人の如き力で踏みつけられた大地が震動する。力とはこういうことよとでも言わんばかりに。身体が宙に浮く。

 そして、攻撃はそれだけにとどまらない。

 

「我が伝承を受けるが良い――」

 

 彼の偉業がここに成立する――。

 

 突き立てた槍を基点に、杭が生まれる。血の杭。漆黒に染まった串刺しの偉業が、牙を剥く。空中に投げ出された身では防ぐことなどできやしない。

 

「なろ――」

 

 マシュや不完全なジャンヌでは防ぐことは不可能。ならば、ここで動くのは彼だ。

 キャスタークー・フーリン。原初のルーンが煌き、起死回生の一手を打つ。

 

 ――風のルーン(ラド)が刻まれる。

 

 チャンスの風、旅立ちの守護、上昇気流に乗る力。ここで与えられるべき力は、上昇気流に乗る力だ。気流が吹きあがり、杭よりも高くマシュやジャンヌ、僕の体を浮き上がらせる。

 

「ありがとうございます、クー・フーリンさん!」

「礼はいい、構えな、来るぜ!」

 

 次に来るのは、アサシンの女。手に持った杖から放たれる。魔術のようなもの。対魔力があれば防げるが、その一撃ばかりに気をとられてはいけない。

 霧へと姿を変えたランサーが迫りくる。

 

 ――強い。

 

 強すぎるほどに。こんなものにどうやって勝てというのか。勝てるはずがないだろう。そもそも――何をされている。

 速すぎて、何が起きているのかわからない。

 

「良く防ぐ。さぞ、善き英霊なのだろうな――」

「あらあら、顔に似合わずお優しい。悪魔(ドラクル)と謳われた吸血鬼(バケモノ)らしくありませんわね」

悪魔(ドラクル)……! まさか……!」

「ヴラド三世……ルーマニア最大の英雄、串刺し公か……!」

 

 串刺し公。ヴラド三世。名前だけならば聞いたことがある。彼は確か、ドラキュラのモデルとなった歴史上の人物――。

 

「……不愉快だ。我が真名を、人前で露わにするとはな……」

「あら、私は好みですよ。その方が、よいではありませんか。いつだって、よい声で哭くのは、これで逃げられると思った、子リスたちなのですから」

「はは。これは滑稽だ。最後の最後、真に逃げ延びた者に追い詰められ破滅したのはどちらだったか。エリザベート・バートリー。いいや、カーミラ」

 

 血の伯爵夫人。美貌を保つために多くを殺した女性。

 

「まったく無粋な方」

「――何をしているのです。好きに貪れとは言いましたが――遊びを許可した覚えはありません」

「わかっているとも」

「ええ、そこだけははき違えていないつもりですわ」

 

 停滞から再び、こちらに敵意を向けるヴラド三世とカーミラ。殺意は衰えることなく――むしろ増大していく。こんなもの生き残れるはずがない。

 そう思っているのに。なぜか、生き残れている。こちらが数が多いことなど問題ではないだろう。相手の力はこちらを凌駕している。

 

 だが、生き残れているのには理由があった。相手が、どうにも本気になり切れていない。

 

「なるほど――」

「ええ、理解しました。この違和感。心構えが未熟でありながら、技だけは熟練の矛盾」

「デミ・サーヴァントでしょう。その異質さ、確かに本気を出すにはどこかいささか大きすぎることはわかります。これは私の失策ですね。貴方たちは、他の者より残忍ですが、遊びが過ぎる」

 

 ただ殺せばいいのに、残忍であるがゆえに、残虐に奔らねば気が済まない。自らに焼き付けられた伝承に従って残酷に、残虐に殺さなければ気が済まない。

 

「貴方たちは下がりなさい。そいつらの始末は、遊びのないあいつに任せます」

「待て、聖女の血は我らのものだ。その血の輝きをただの処刑人どもに譲るなど」

「黙れ、恥を知れ――まったく人間的成長がない。血を吸いたいがために手加減をするなど。私は嫌いです。だから、そこで下がっていなさい」

「っ――逃げてください、ここは私が食い止めます!」

 

 残りの三騎が襲い来る。ジャンヌが食い止めると言っても、それには限度がある。逃げきれない。どうやっても逃げることなど不可能。

 

 その時、ガラスの薔薇が咲き誇った――。

 

「――まったくもって優雅ではありません」

 

 戦場に響く新たな声。

 それは否定する声。

 

「貴女はそんなにも美しいのに。まったくよろしくないわ」

 

 街の有り様も、戦い方も。

 思想も、主義も、あらゆる全てがよろしくない。

 

「サーヴァント、ですか」

 

 もう一騎のサーヴァントがここに現れる。

 それは優雅な、赤い衣装に身を包んだ女性。

 

「ええ、そうよ。嬉しいわ。これが正義の味方として、名乗りをあげるということなのね!」

 

 優雅に、とても楽しそうに彼女は笑顔を浮かべて現れる。

 

「正直に告白してしまうと、今までで一番怖いのだけれど――貴女がこの国を侵すというのなら、わたしは、ドレスを破ってでも、貴女に戦いを挑みます」

「あなた――は……!」

 

 襲い来る三騎のうち、女騎士が声を上げた。

 

「まあ。わたしの真名をご存じ? お知り合いなのかしら、素敵な女騎士さん?」

「あなたは――」

「ふふ、頑張り屋さんの素敵な男の子さん。わたくしを知らない? いいわ。わたしは、マリー・アントワネット。この国の未来の王妃よ!」

「マリー・アントワネット王妃!?」

「はい! ええ、ありがとう。わたしの名を呼んでくれて! さあ、わたしはその名のままに、わたしの役割を担いましょう」

 

 彼女の参戦で何が変わるのだろうか。状況は、いまだに、何一つ変わってはいない。だが――風が変わったのを感じた。

 

「質問するわ、竜の魔女さん。貴女は、邪悪なのかしら」

 

 革命を止めることが出来なかった王妃よりも、何よりも邪悪なのかしら。

 

「黙りなさい。貴女如きの質問になど答える義務はないわ。それどころか――戦いに関わる権利すらありません。宮廷で、蝶よ花よと育てられた貴女に私の憎悪がわかるとでも?」

「そうね、わからないわ」

 

 でも――。

 

「わからないからって、そんなに突き放さないで。わからないのなら、教えてほしい。知りたいわ。貴女を知りたいの、竜の魔女さん」

「なに……」

「わたしは見逃せないもの。あなたを。憧れの聖女様を。だって、八つ当たりしているようにしか見えませんもの。だから、わたしは――そっちのわかりやすいジャンヌ・ダルクの方につきます。そして、貴女の体も心も手に入れるの!」

「ええ?」

「えっと……はい?」

「ああ、しっぱいしっぱい」

「――ええい、うるさいうるさい。茶番はそこまで。いいでしょう。敵です。貴女は、まぎれもなく私の」

 

 溢れだす、骸骨兵ども。現れるワイバーンの群れ。

 

「サーヴァントどもは、お姫様を殺せ。雑兵は、煩わしい連中をつぶせ」

 

 サーヴァントたちがマリー・アントワネットへ向かって行く。こちらには骸骨兵とワイバーンの大群が向かってくる。

 

「く、これではマリー王妃を助けにいけません!」

「落ち着け嬢ちゃん、まずは目の前の敵だ。あのお姫様もそれまで持ちこたえるだろ」

 

 フランス王家の紋章が入ったガラスで構成されている美しい馬に乗って、きらきらと輝く光の粒子を撒きながら戦場を駆け抜けるマリー・アントワネット。

 サーヴァントたちは、彼女に近づくたびにダメージを受けているようだった。アレならば少しはもつだろう。

 

「だから、まずはこっちだ」

「はい! マスター、指示を、お願いします!」

「お願いします」

 

 ――無理だ、という言葉を必死に飲み込む。

 

 戦わなければ死ぬ。死んでしまう。

 何より、僕が死ねば、すべてが終わってしまうという重責が、逃げ道を壊していく。

 

 それゆえに――わかったような気がした。

 

「ああ!」

 

 ――何かのひび割れる音がしている。

 

 敵の動きが見えたような気がした。

 

 ――不可能。

 ――三騎のサーヴァントでは越えられない。

 

 だから――。

 

「クー・フーリンは、薙ぎ払って」

「了解だ、一気に決めるぜ――我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社――倒壊するはウィッカー・マン! オラ、善悪問わず土に還りな――!」

 

 魔力が持っていかれる感覚。身体の底から冷えるような感覚の次に現れたのは莫大な熱量。

 無数の細木の枝で構成された巨人が燃え盛りながら現れる。

 ビルほどもある巨人。燃え盛るままに、腕を振るい骸骨兵を薙ぎ払っていく。ワイバーンの炎を受けてなお、その巨人は、何よりも強くワイバーンと骸骨兵を薙ぎ払って道を作った。

 

「超えました!」

「あらあら、すごいわ! でも、あまりはしゃぐわけにもいかないわね。ここは戦場ですもの――お待たせしましたアマデウス。ウィーンのようにやっちゃって!」

「任せたまえ。死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)

 

 それは、世界の敵が殺した人々への鎮魂歌。

 この曲を聞いたものは、動けなくなる。敵のサーヴァントたちが動けなくなる。

 荘厳なる曲によって。

 

「それではごきげんよう皆さま。オ・ルヴォワール!」

 

 彼らが足止めをされている間に、僕らは逃げ出した――。

 



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邪竜百年戦争 オルレアン 5

「――ふぅ。はい、ここまで逃げれば大丈夫かしら?」

「ドクター?」

「反応は消えた。ついでに近くの森に霊脈の反応もある」

「わかりました。ジャンヌさん、えっと、マリーさん」

「まあ。マリーさん、ですって!」

「失礼しました! え、えっと」

「失礼じゃないわ。逆よ、嬉しいの。とっても嬉しいわ。いまの呼び方、耳が飛び出るくらい可愛いと思うの!」

 

 にこにことそういうマリー王妃。

 

「ねえ、これからもそう呼んでくださる?」

「は。はい、マリーさんが、それでいいなら。そうですよね、先輩」

「あ、ああ。えっと、はじめまして、マリー、さん」

「はいはい! はい、初めましてマリーさんです! ふふ、話の早い殿方は好きよ。彼、かなりおモテになるのでなくて?」

「…………マリーさん。お話をしてもいいでしょうか」

「ええ、ごめんなさい。わたしったらひとりで盛り上がっちゃって。はしたないわ。それで、ご用事は何かしら?」

 

 この近くに霊脈が発見されたので、拠点とするためにそこへ向かうことを提案する。

 

「わたしはいいわ。あなたは、アマデウス?」

「僕に意見を求めるだけ無駄だってば。君の好きにすればいいのさ、マリア」

「私も、問題ないです」

「オレもだ」

 

 全員の賛同を得ることが出来たので、ドクターが探知した霊脈へと向かう。そこで腰を受け付けて、これからのことを話すのだ。

 

「では、召喚サークルを確立させます」

 

 召喚サークルを確立させる。マシュが盾を霊脈の上に置く。しばらくして、サークルが確立された。

 

「これで終了です」

「こっちも魔除けのルーンやらを設置完了だ。ここはそう簡単にはバレねえはずだ」

 

 これで安全。それを聞いて、僕はようやく、息を吐いた。張り詰めていたせいか、全身に痛みがある。細かいが、サーヴァントたちの戦闘の余波による細かい傷もあるようだった。

 

「お疲れさまです、先輩。お水は如何ですか?」

「ありがとう、貰うよ」

「細かい傷があるが、まあ、その程度なら大丈夫だ」

「治療はしないんですか、クー・フーリンさん」

「ああ、この程度なら自分で治した方がいいだろ。これからのことも考えれば、慣れた方がいいしな」

「ですが」

「大丈夫だよ、マシュ」

 

 それほど大きい痛みというわけではないから。この程度なら大丈夫。もっと大きなけがの時に治療してもらうことにする。

 

「そうですか? わかりました。先輩は礼装による治療魔術がまだ使えませんし、危険なときはすぐにクー・フーリンさんに治療をお願いしましょう」

「うん、そうだね……」

 

 何とか生き残った安堵の方が大きい。水を飲めば、どれほど喉が渇いていたのかわかる。しみわたるように水が全身を巡っていくのすら感じられる。

 多少気が晴れたが、気分は重いままだ。焼ける死体、食われる死体、ワイバーンの襲撃。何もかもが、僕というものを押しつぶそうとする。

 

「いいかしら?」

「マリーさん?」

「お話をしましょう? 考えるよりも、まずはね。じゃあ、まずは改めてわたしはマリー・アントワネット。クラスはライダー。よろしくお願いいたしますね。召喚された理由は……わかりません! マスターがいないんですもの」

「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。僕も、彼女と右に同じ」

 

 マリー・アントワネットに、モーツァルト。有名どころに会えるなんて、と普通ならば感動だったが、そんなことすら感じる余裕がなかった。

 

「本当、なんで僕なんかが呼ばれてるんだろうね。僕は英雄なんかなじゃくて、ただの芸術家の一人にすぎないはずなんだが……」

「わたしは、マシュ・キリエライトです。デミ・サーヴァントです」

 

 僕も名乗る。

 

「よろしく。僕と同じ非戦闘系だ。よろしく」

 

 なんでかなれなれしく握手された。

 

「クー・フーリン。名乗るほどの者でもねえ。今は、キャスターとして現界してる」

「私は、ジャンヌ・ダルクと申します」

「ええ、お会いしたかったわ。救国の聖女、とてもお会いしたかった人です」

「私は……聖女ではありません」

「ええ。貴女自身がそう思っていることは、みなわかっていたと思いますよ。けれど」

 

 ――けれど、彼女の生き方は、真実だった。

 

 その結果は誰もが知っている。

 ゆえに誰もが覚えている。忘れることはない。

 現代にまで語り継がれるオルレアンの奇跡を。

 ジャンヌ・ダルクという聖女の名を。

 

「はは。またマリアの悪い癖が出ている。マリア、君は本当良い面しか見ない。ジャンヌ・ダルクとて、完璧な聖女などと呼ばれたくはないだろうし、君は他人をその気にさせ過ぎる。たまには相手を叱って否定することも大切だよ」

「そ、そんなこと、アマデウスに言われなくてもわかっています! こ、こうすればよろしいのでしょう! この音楽バカ! 音階にしか欲情しなくなった一次元フェチズム! そんなにあの楽譜が恋しいなら、いっそ音符にでもなったらどう!?」

「……ぉぉ……なんというか、君に罵倒されると、何とも言えない感情が湧きあがるなぁ」

 

 ――なんだ、これ……

 

 いや、本当、なんだこれは。今さっきまで、決死の戦いをしていたはずなのに、どうして今、こんなアホな会話をしているんだろう。

 ふざけていいはずがないのに、どうしてこう、ふざけているのだろう。

 

「だが、まあ、やればできるじゃあないか。さすが、マリア。そんな感じで、ジャンヌにもかましてあげなさい」

「ノン。それは無理よアマデウス。貴方のような人間のクズには欠点しかないけれど、ジャンヌには欠点なんてないのだもの」

 

 あまりの言い分にアマデウスは絶句した。

 

「――本気か。これは重症だ。まさか、ここまで君がジャンヌ・ダルクが好きだったなんて……」

「好きというか、信仰よ。あとは、うしろめたさかしら」

 

 愚かな王族が抱く、小さな小さな、聖女への当然の罪悪感。それくらいだ。

 それはつまり、大好きということなのではないだろうか。

 そう思ったが、口には出さない。それを言えるだけの余裕もなかったが、ジャンヌが告白を始めたからだ。

 

 生前の自分は聖女などではなかった、と。

 ただ、信じたことの為に旗を振り、己の手を血で染めてきたのだ、と。

 

 そこに後悔などあるはずはない。夢を信じて駆け抜けたことに、なぜ悔いがあるのだろうか。

 異端審問での拷問も、凌辱も、何一つ、恨みはない。後悔はない。

 

 ただ、あるとすれば。

 

「私は、私の夢が、どれほどの犠牲を生むのかを考えもしなかった。それだけが――」

 

 それだけが、罪深いと嘆いている。

 だから、こんな小娘に憧れる必要などないのだと、ジャンヌは言う。

 

 けれど――。

 

「そう、聖女ではないのね。それなら、貴女のこと、ジャンヌ、って呼んでもいいかしら!」

「え……?」

 

 アマデウスがああ、始まった、と天を見上げて顔を覆う。だが、唯一隠されていない口元は、笑っているように見えた。

 

「え、あ、ええ、そう呼んでいただけるのであれば、なんだか懐かしい感じもしますし」

「良かった。それなら、貴女も、わたしをマリーと呼んでね? だってそうでしょう?」

 

 聖女が聖女でないのなら。

 王妃だって王妃じゃない。

 

 ただのジャンヌとただのマリー。

 お友達になれるじゃない。

 

「は、はい! では、遠慮なく……ありがとう、マリー」

「いいえ、いいの。それとごめんなさい。わたし、自分の気持ちを押し付け過ぎていたわ。何も知らなかったわたしと同じなのに。

 でも、やめるわ。わたし、ジャンヌをすっごく、えこひいきしたいけど、それはぐっとこらえます。一方的に信じるんじゃなくて、一緒に手を取り合って頑張りましょう! これが、女友達の心意気よね、アマデウス!」

「そうだね。僕は友達がいないから、僕に聞かれても困るんだけど。いいんじゃない? 女友達の心意気とか、スイーツな響きで、大変空虚だ」

「わたしたちも信じていますよ、ね、マスター?」

「あ、ああ、もちろん」

「ふふ、心強いです」

「では、事情を説明しましょう」

 

 和気藹々と自己紹介が終わったところで、こちらの事情を話す。この特異点のことのみならず、この世界に起きている未曽有の危機について。

 

「わかりました。まさか、フランスだけでなく世界の危機なんですね」

「マスターなし、なんて状況だけでも危険な音ばかりだというのに、ここに来てさらに予想以上の危険な音が追加とは。これ、ハーモニーは大丈夫なのか。あまりにもサーヴァントが多すぎるようだけど」

 

 あの時、相対していたサーヴァントは五騎。こちらを含めると10騎になる。本来の聖杯戦争であれば、召喚されるサーヴァントは七騎のみだと聞いている。

 だから、異常事態なのだが。

 

「あ。わかったわ。わたし、閃きました」

「なにをでしょう」

「こうやって、わたしたちが召喚されたのは――英雄のように、彼らを打倒するためなのね!」

「本当に?」

 

 本当に、彼らは信用していいのか。どうして、やつらと同じじゃないといえるのだろう。今こうしているだけで、いつこちらに襲い掛かってくるのかわからないじゃないか。

 

「大丈夫。そんなに怖がらなくてもいいわ。だって、わたし、生前と変わらず、みんなが大好きなんですもの」

 

 屈託なく笑ってそう言い切るマリーさん。

 そんなことで、と思ったが、確かにそうだろう。人が好きだというのなら、世界を滅ぼそうとすることはないし、仮に世界を滅ぼそうとするのなら、そんな感情は邪魔にしかならない。

 これが嘘の可能性もあるが、彼女の屈託のない笑顔を見たら、そんなことがないとわかってしまう。あんな無邪気で無垢な笑顔をする人が、嘘なんてつけるはずがない。

 

「まあ、それはいいけど。相手は強いよ、マリア。彼らはまだしも、僕らなんて、戦いに慣れているどころか、汗を流すタイプでもないだろう」

 

 本来は、作曲家と王妃だ。こんな戦いになんて慣れている方がおかしいのだ。

 

 頭数は同等と言っても、戦力差は絶望的。

 

 ヴラド三世は、英雄として歴史に名を刻んでいるし、エリザベート・バートリーの方も殺人鬼としてその名を刻んでいる。

 どちらも荒事には慣れていることから、こちらとは大きな差になる。

 

「そういえば、セイバーは、マリーさんの知己のようでしたが……」

「……そうね。もし彼女がわたしのことを知っているとすれば……シュヴァリエ・デオンではないかしら」

「デオン?」

「説明するよ。シュバリエ・デオン。ルイ十五世が設立した情報機関の工作員だ」

 

 スパイであり、同時に竜騎兵(ドラグーン)でもあり、最高特権を持つ特命全権大使でもある。

 

「味方に、ならないかな?」

 

 恐ろしい敵を何とか減らせないかと提案する。マリーさんと関係があるのなら、説得できるのではないかと思ったのだが。

 

「いいえ、それは無理でしょう」

 

 ジャンヌが否定する。

 なぜならば、彼らは狂化を付与されているからだ。属性、伝説の有無に関係なく、あらゆる全てを破壊するだけの狂った戦士にされているのだとジャンヌは言った。

 

「聖杯による狂化の付与……そんなことまでできるのか」

「むぅー。ずるいわ。聖杯戦争なのに、相手は最初から聖杯をもっているだなんて! 不公平だわ!」

「ですが、おそらくそのおかげで、マリーさんたちが召喚されたのでしょう」

 

 聖杯戦争は聖杯を奪い合うもの。だというのに、最初から聖杯が手に入れられているという矛盾。それでは因果が逆転している状況に対して、聖杯そのものが対抗するために召喚しているのではないか。

 相手が強大なほど反動は大きくなるだろう。そのために、このフランスにはまだまだ召喚されたサーヴァントがいる可能性がある。

 

 それがこちらの味方になるのかは不明であるが、敵であるかも不明だ。なんであれ、戦力が増えることは歓迎したいところだった。

 

「だったら、急がないとね」

 

 もし、その召喚されたサーヴァントが敵に見つけられでもしたら、無事で済むとは限らない。それが善良な者であればあるほど反発し、敵と戦い倒される可能性があるのだ。

 

「そうなると、ドクターが頼りですね」

「ああ、任せてほしい。さすがにルーラーの全力には及ばないが、サーヴァントの探知範囲を上回ることは可能だ」

 

 方針は決まった。サーヴァントを探して、味方にする。敵よりも早く。

 もし敵に彼らが見つかってしまえば、どうなるか。

 急がなければならないだろう。

 

「さあ、そうと決まったらしばらく休みましょう! 皆、疲れているでしょうし」

「そうですね。マスター、しばらくお休みください。周囲は、わたしたちで見張りますから」

「うん、ありがとう」

 

 また横になる。

 今夜も眠れそうにない。

 眼を閉じれば、今も、地獄がそこに広がっているから。眠れない。眠れない。眠れない。

 それでも、眼を閉じて、必死に眠ったふりを続ける。みんなに心配をかけるわけにはいかない。

 

 ――最後のマスターだから。

 ――僕しかいないから。

 

 ――何かのひび割れる音がしている。

 

「見回りに行ってきます。ジャンヌさんは、ここで待機してください」

「フォウフォウ!」

 

 マシュが見回りに出る。

 そのあとで、マリーがジャンヌへと話しかける。

 

「気が抜けているようだけれど、お疲れかしら? それは駄目よ、疲れたのなら休まないと。マスターと一緒に寝てはどうかしら!」

「いえ、そういうわけでは。私も、サーヴァントですし」

「そう? では、フランスを見てがっかりしてしまったのかしら」

「気遣いをありがとうございます。そういうことではありません。ただ……見慣れた街が燃えるのは……」

「そう……わかりました。では女子会トークをしましょう!」

 

 どうしてそうなったのだろうか。よくわからない。

 だが、それはジャンヌも同じようだった。それに対して、マリーは、全盛期で召喚されたからと答えた。

 

「だって、そうでしょう? 全盛期、わたしは思春期真っ只中! 恋とか愛とか、大好きでたまらないのです!」

「あはは……そうですね。ですが、難しいです。慈愛はしっていても、恋はわかりません」

「そんな……それは人生の十割を損しています!」

 

 損しすぎではないだろうか。十割、全部じゃないか。

 

「今からでもおそくありません。恋をしましょう、ジャンヌ!」

「ええ、機会があれば。そういうマリーは恋をしたの?」

「もちろん。七歳の頃、プロポーズをしてくれた男の子に恋をしました。

 十四歳の頃、結婚した王に恋をしました」

 

 彼女の人生は愛の人生だ。

 十四歳、僕は何をしていただろう。

 

「私が十四歳の時は、友人と山や畑を駆け回っていました。恋はありませんでしたが、友情はありました。とても、楽しい日々だった」

「楽しそう! どこまでも自由だなんて! モテモテだったのかしら?」

「うぅん……当時の私は、髪が短かったので、男っぽいあつかいだったような――」

 

 彼女たちの楽しい話は続いて行く。

 色々な話をしていた。

 聞く人が聞けば、きっととても感動するに違いない。

 

「――でも、君はそうじゃあないんだね。いいや、そうなんだろうけど、余裕がないんだろう」

 

 ふと、頭上から声がする。アマデウスが、小声で話しかけてきていた。

 

「…………」

「眠っているのかい。それとも起きているのかい。まあ、どちらでもいいし、これは僕の独り言さ。隠し事が下手な君へのね。

 言っても聞くかわからないし、どちらかというと絶対に聞かない気がするけれど、もう少し楽に行きなよ。自分は自分にしかなれないんだぜ? だから――」

 

 アマデウスが何事かを言い終わる前に、

 

「――すみません! 敵襲です!」

 

 マシュがキャンプに駆けこんでくる。

 

「ああ、最悪なことにサーヴァント反応! 気を付けて!」

「マスター!」

「ああ、わかってる!」

 

 飛び起きて、やってくるサーヴァントに備える。

 

「やれやれ、嫌だねぇ。あんな無粋な音を聞くより、マシュやマリーの呼吸音やいろいろな生体音を聞いていたほうがいいというのに。まあ、今まで聞いた分は、ちゃんと脳内記憶(ヴォルフガング・レコーダー)に記録済みさ」

「………………変態、サーヴァント……」

「マシュ、ごめんなさいね。でも、怒らないで、彼からあの耳をとりあげてしまったら、変態性しか残らないもの」

「いやいや、何を言うんだい」

 

 ――人間なんてものは、総じて汚いじゃないか。

 

 アマデウスはそう言った。

 

 どうやったって人間なんてものは最初から汚れているものだ。その事実から目をそらさずに向き合ってこそ、音楽というものは完成しる。

 人生なんてものは、汚濁だ。だからこそ、音楽はそれを洗浄できる唯一のもの。

 

「だから、いいのだろう、音楽ってものはさ」

「――そうね。そういうこともあるかもしれないわね、こんばんは、皆さま。寂しい夜ね」

 

 現れるサーヴァント。十字架の杖を持った女。

 

「――何者ですか!」

「何者……? そうね。私は、何者なのかしら。聖女たらんと己を戒めていたというのに。こちらの世界では、壊れた聖女の使いっ走りなんて。ああ、まったく困ったものね――でも、それは仕方がない。サーヴァントである以上は。

 でも、最後に残った理性が囁く。貴方たちを試せと。だって、そうでしょう。あなたたちが挑むのは、竜の魔女。究極の竜種に騎乗する、災厄なのだから」

 

 彼女の背後に現れる亀のような存在。だが――あれはわかる。あの覇気は、まぎれもなく竜だ。ワイバーンと同じだが、異なる圧倒的な覇気。

 

「さあ、私を倒しなさい。私を倒せないのならば、もとより竜の魔女になんて勝てはしないのだから――我が真名はマルタ。さあ、行くわよ、タラスク!」

「GRAAAAAAA――!!」

 

 竜種の咆哮。ドラゴンライダーたる彼女の力がここに顕現した――。

 



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邪竜百年戦争 オルレアン 6

「ああ糞、槍がほしいぜ!」

 

 角を生やした巨大な頭、鋭いトゲを持つ亀の甲羅、六本の脚、蠍のような長い尾を持った(タラスク)が進撃を開始する。

 あれの突撃を真正面から受けるわけにはいかない。その突撃を止めるのであれば、脚を地面に縫い付けるくらいする必要があるだろう。

 

 何より、敵はタラスクだけではないのだ。杖から放たれる光弾。聖女マルタもまた、敵なのだ。竜という強大な敵に合わせて、あのマルタもまた戦いなれている。

 

「ジャンヌとマリーはマルタを! マシュ、クー・フーリン、アマデウスは、タラスクを頼む!」

「応!」

 

 まずはタラスクからだ。あちらは二対一。ならばまずはタラスクを何とかしなければ。

 

「マシュ、頼む!」

「はい、先輩!」

 

 灼熱を放つタラスクをマシュの盾が防ぐ。

 

「やあ!!」

 

 そのまま盾でタラスクを殴りつける。

 

「――――」

 

 効いているようだった。タラスクは堅いがマシュの盾も堅い。同等の固さであれば、攻撃は通る。

 

「さて、僕の音楽が効くと良いが――」

 

 音楽だけでなく、悪魔の音楽に興味があったたためか、魔術もたしなんでいるアマデウス。音楽神の加護により、音楽魔術だけはかなりのものだった。

 

 流れるレクイエム。タラスクの動きが、これ見よがしに落ちる。

 

「知性があるのなら、僕の音楽は竜すらも魅了する――うん、言ってみただけど、なんとか効いてよかったよ。さあ、あとは頼むよー、僕ができるのはこれくらいだ」

「はい、ありがとうございます!」

 

 マシュがタラスクへと向かって行く。尾や腕、顎の一撃を盾で防ぐ。先ほどまでは掠っただけでも、轢き潰されるだけの威力であったが、アマデウスの支援によって今では、マシュでも防げる。

 さらにクー・フーリンのルーンでマシュの能力を強化している。その殴打は、この場にいる誰よりも強いだろう。

 

「休む間もなく攻めるんだ!」

「はい! 行きます――これで、倒れて!」

 

 殴打、殴打。

 マシュの一撃がタラスクへと入っていく。弱ったタラスクと強化されたマシュ。その戦いは、一進一退と言えた。

 これだけやってもタラスクの暴虐は止まらにない。攻撃が緩むことはなく、ただただ、強い一撃を加えてくる。だが、マシュも負けていない。

 

 タラスクの攻撃を受けて、衝撃威力を全て流す。その能力は、一度敵の攻撃を受けるごとに磨かれているかのようだった。

 技術が身体になじんでいっているかのよう。事実、彼女は、サーヴァントの技術を体になじませている途中だった。

 

 デミ・サーヴァントと言えど、使ったことのない技術だ。それに慣れるには時間がかかる。だが、決死の戦闘が、彼女の能力を大きく開花させていた。

 

「これで――!」

 

 ついに、マシュの一撃がタラスクを鎮める。

 

「タラスク!」

「あらあら、よそ見なんてしている暇などありませんわ」

 

 マリーの攻撃がマルタを追い詰める。ジャンヌが前衛。旗を槍のように使い、休ませることなく攻撃を仕掛けていく。

 

「――――」

「これで!」

 

 足蹴りが入る。ガードした杖が腕ごと上に浮き、そのままサーヴァントの身体能力で空中一回転で復帰したジャンヌ。

 この隙を見逃すことはない。高速復帰、人間であれば筋線維のいくつかや骨が駄目になりそうであるが、サーヴァントの肉体では問題なく、引き戻されるマルタの杖に会わせて、槍を差し込み跳ね上げる。

 

 宙を舞うマルタの杖。

 

「これで――」

 

 迫るジャンヌの旗。

 

「――ヤコブ様、モーセ様。お許しください……マルタ、拳を解禁します」

 

 握られた拳が旗を防いでいる。

 

「――!」

「タラスクがやられた以上、すぐにあちらがやってくるでしょう。であれば、私も少しばかり本気を出させていただきます――封印した素手。これを乗り越えてこそ、貴方方は竜の魔女と戦えるでしょうから――」

「ガッ――!?」

「ジャンヌ!」

 

 鈍い音が二発響く。ジャンヌの体に拳がめり込んだ音だった。中空へと浮かぶジャンヌの体に容赦なく拳が叩き込まれる。

 

「かっったいわね、あんた本当に人間? 要塞って言った方がいいんじゃないかしら」

「ジャンヌさん!」

「――アンサズ!」

 

 炎がマルタへと向かうが、

 

「チィ! やっぱり、対魔力持ちかよ。厄介極まりねえ――ならっ!」

 

 それが防がれた瞬間、マルタがクー・フーリンへと走り込んでいる。

 放たれる拳。

 その拳圧は、防いだとして背後の木々をなぎ倒す。

 

「へえ、貴方、ただのキャスターではないわね」

「そりゃどうも――オタクもただのライダーでないようで!」

 

 拳をキャスターの杖が受ける。ルーンで強化された身体性能によって、キャスターの身でありながら近接戦闘に興じる。

 もとより槍を持つケルトの大英雄たるクー・フーリン。キャスターとは言えど、聖女と近接戦闘を挑むことすら可能だ。

 

「チィ、やっぱ槍がほしいぜ!」

 

 仕留めきれない。

 

「マシュ!」

「はい!」

 

 だから、さらにもう一枚。タラスクを倒した今、全員で彼女を狙える。卑怯と言われても、それでも負けるわけにはいかない。勝たなくてはいけないのだ。

 アマデウスの音楽により、敵のステータスを下げて、マシュとクー・フーリンで殴り倒す。

 

 そして――。

 

「ここまでね」

「はあ、はあ……」

「やり、ました……」

 

 何とか打ち勝った。

 

「聖女、マルタ……あなたは――」

「手を抜いたなんて、言うんじゃないわよ。あのひとにもらった杖を放り投げて、拳で戦ったのよ。本気も本気よ、これでいいの。聖女に虐殺なんてさせんじゃないわよ、まったく……でも、竜の魔女には勝てない。勝つためには、リヨンへ行きなさい。彼女が従える竜種に勝つには、リヨンへ」

「リヨン……そこに何が……」

「決まってるじゃない。竜を倒すのは、聖女でも、姫でもないでしょう」

 

 龍を殺すのは古今東西――竜殺し(ドラゴンスレイヤー)だ。

 

「それじゃあ、そういうわけよ――タラスク、ごめんなさい。今度は、もっとまともに召喚されたいわね」

 

 そうして、聖女マルタは消滅した。

 

「いやはや、苛烈な聖女だった。アレだね、タラスクは説教で沈めたとか、嘘だね」

「ああ、ありゃあ、絶対力ずくだぞ」

「ともあれ、目的地がわかったんだ。行くとしようとも」

「……意外です。アマデウスさんは、あまり徒歩での移動を好まないと思っていたのですが」

「あら。アマデウスは無類の旅好きよ」

「そうなんですか!?」

「ええ、子供のころからいろいろな国を渡り歩いていたもの。うふふ、楽しみね。リヨンには誰がいるのかしら!」

 

 僕らは、リヨンへと向かうべく針路をとった。

 その途中の街で、情報収集。

 

「うふふ。情報を得られたわね」

「そうですね……」

 

 ジャンヌは、街に入れないからマリーさんと僕で行っている。というか、ほとんど彼女が話していて僕はほとんど相槌を打つくらい。

 さすがは王妃というべきなのだろう。僕なんかよりよっぽど役に立つ。

 

「あら、そういうことはないわ。貴方がいるのといないのとでは違うもの」

「そうかな……」

「ええ、そう。それに、今が駄目でも、これからも駄目なんて決まりはないわ。だって、貴方はまだ歩き出したばかりじゃない。もう終わってしまったわたしたちと比べてはいけないわ。だってわたしたちはある意味で卑怯をしているようなものだもの

 だから、わたしは貴方の方がすごいと思うもの。もし、未熟を嘆くのなら、これから頑張ればいいのよ」

「…………」

「さあ、戻りましょう。きっとみんな、待ちくたびれているわ」

 

 マリーさんに手を引かれれ、街の外へ。

 

「お帰りなさいマスター。どうでしたか?」

「うん、マリーさんのおかげでわかったよ」

 

 結論から告げる。まず、リヨンという街は少し前に滅ぼされてしまっている。今や、彼の街は、怪物が跋扈している、地獄の街と化してしまっているのだ。

 ただ重要なのはそれではない。その前の話が重要だった。その前の話。リヨンには守り神がいたというものだ。僕とマリーはそれがサーヴァントではないのかと推測した。

 

 そのサーヴァントは複数のサーヴァントに襲われて行方不明になったという。そうしてリヨンは滅びてしまったが、聖女マルタが行けと言ったのなら、おそらく、そのリヨンには行方不明になったサーヴァントがいるのか、その行き先がわかるものがあるはずだ。

 もちろん、聖女マルタの言葉を信じればであるが。本当に敵の言葉を信じていいのかはわからない。だが、それ以外に道がないのも確かなのだ。

 

「生きていてくださればよいのですが……」

「そうだね……」

「なに、竜を殺せるような英霊がそう簡単にくたばるかよ」

 

 クー・フーリンがいうのならそうなのかもしれない。

 

「ああ、そうそう。シャルル七世が殺された後混乱した兵士たちは、ジル・ド・レェ元帥がまとめているそうよ」

「ジルが……!」

「リヨンを取り戻すために、今、兵を集めているらしいわ」

「合流は難しいでしょうね」

「なぜかしら? 彼はジャンヌの信奉者でしょう?」

 

 彼個人ならばなんとかなるかもしれない。だが、兵士たちは、そうはいかないだろう。もし、元帥がジャンヌを受け入れてしまえば、事情を知らない兵士たちからしたら、いきなり竜の魔女と自分たちの元帥が仲良くしているという風に見える。

 それはジル元帥の不信につながるだろう。統率が取れなくなってしまう。そうなってしまえば、フランスは抵抗できなくなり、終わる。

 

「なるほど……では仕方ないわ。リヨンを彼らも取り戻しに行くというから、一緒に行ければと思ったのだけれど」

「残念ですが……」

「それができないのなら、急いだほうがいいだろうぜ」

「クー・フーリンの言う通りだね。リヨンの街に住み着いた怪物を普通の兵士が倒せるとは思えない」

「マスターの言うとおりね!」

「ええ、行きましょう……」

 

 ジャンヌが不安そうだ。

 ここは、こう言おう。

 

「――大丈夫、勝てるさ」

「ふふ。そうね。指揮官はそう言わないとね。……それじゃあ、ご褒美」

「んな!?」

 

 ちゅっと、キスされた。

 

「ふふ、よかった?」

「…………ありがとう、ございます」

「……先輩、頬が緩んでますよ、先輩」

「あ、いや……」

 

 緩んでない。僕は、マシュ一筋だ。

 

「ああ、ついに出てしまった」

 

 知っているのか、アマデウス。

 

「マリアはね、何でもかんでもベーゼするのさ。悪い癖でねぇ、そのせいで宮廷は大変なことになったものさ」

 

 そんな楽しそうに言わないでほしいが。

 

「いやいや、楽しそうなものか。なにせ、ベーゼ一つで派閥ができるんだ。下手したら、革命前に自滅していた可能性だってあるんだぞ」

 

 それは、確かに笑えない。

 

「マスター、しゃきっとしてください。ほらほら、しゃきっと!」

「え? みんなはしないの、ベーゼ? こう、ハートがぐぐ――って、なったらしちゃうものでしょう? ね、ジャンヌ?」

「し、しません、しません! そういうのは結婚を前提とした! と、ともかく出発しましょう、行きましょう!」

 

 これ以上はまずいと思ったのか、ジャンヌがせかす。

 時間もあまりない。だから、それ以上はマリーも言わず、すぐにリヨンへ向けて出発した。

 

 リヨンの都市はぼろぼろだった。

 

「生体反応は――」

「あれ。ドクター? マシュ?」

「申し訳ありません。通信の調子が悪いようです」

「なら、手分けして探しましょう」

「なら、競争ね! わたしとアマデウスは西側を選びます」

「では、東側はオレたちが」

 

 二手に分かれて、サーヴァントを探す。街は完全に破壊され、住人たちは生ける屍に落とされていた。もう救えない彼らを倒しながら、僕らはここにいるという竜殺しを探す。

 しかし、ゾロゾロゾロゾロと数が多い。マリーたちは無事だろうか。

 

「ああ、やっぱり!」

 

 マリーの声が響いた。

 

「マリー、無事だったか」

「ええ、マスターたちも無事でよかったわ。許せないわね。まずは、彼らに安らぎを与えましょう」

「ええ、安らぎを――」

 

 生ける屍たちを掃討する。どうか、彼らに安らぎがあることを願って。

 

 ――それにしても、もう何も感じないな。

 

 彼らに対する恐怖がすっかり薄れている。嫌悪感が薄れている。慣れたのだろうか。それとも、どこかが壊れてしまったのだろうか。

 恐ろしいものはサーヴァントたち。もはや生ける屍は怖がるような存在ではなくなっていた。恐ろしくないわけじゃない。でももっと恐ろしいものがある。

 

 それがわかったからだろうか。ともかく、怖ろしさはない。怖さはない。

 むしろ、楽だった。癒しだとすら思えるほどに――。

 

「彼らに安らぎを」

「安らぎ……安らぎを望むか……それは、あまりに愚かな言動だ……」

「――!」

 

 突然現れたサーヴァント。仮面をつけた男。

 

「サーヴァント!」

「何者です!」

オペラ座の怪人(ファントム・オブ・ジ・オペラ)と人は、私を呼ぶ。竜の魔女の命により、この街は私の絶対支配下にある。ここは死者の蘇る地獄だ。

 ――さあ、さあ、さあ。君たちは、どうする――」

 

 ――どうする?

 

 そんなもの一つしかない。

 僕に、選択肢は与えられていないのだから――。

 

「おまえを倒す! 行くぞマシュ!」

「そうだろうな――ゆえに」

 

 歌声が響き渡った。

 

 

「――っ、すみま、せ、ん――」

「マシュ!?」

「これ、は……なんという」

「ジャンヌ!」

「あら、あらあら?」

 

 マリーさんまで。これは一体なんだ。

 

「奴のスキルかなんかだ、あの歌声だろうな。しゃあねえ、ここはオレらでやるしかないようだぜ」

「ああ、まったく。オペラ座の怪人とは! いいだろう、音楽対決としゃれこもうじゃないか」

 

 女性陣は戦えない。

 クー・フーリンとアマデウスが戦うしかない。

 

「安心しな、オレが前衛だ」

 

 身体性能を強化し、杖を構える。

 

「――」

 

 歌いながら、彼は異形の爪を構える。オペラ座の怪人。

 

「さて、あまり歌声をかき消すマネはしたくないのだけどね。死神のための葬送曲――」

「――――」

 

 相手の動きが遅くなり、さらに苦悶の表情をファントムは浮かべる。

 

「クー・フーリン!」

「ああ。槍じゃあねえが――!」

 

 巧みに杖を振るい、ファントムを追い詰めていく。ファントムは元々役者。戦う者ではないゆえに、生粋の戦闘者であるクー・フーリンの巧みな戦闘技術に追い詰められていく。

 

「クク――」

 

 だが、それでもなお、ファントムは笑みを崩さない。まるで、それでいいとでも言わんばかりだ。歌声は響き続ける。

 歌声は響き続ける。

 

 歌声は響き続ける。

 

 女性を魅了する美星が響き渡る。

 

「はは――」

 

 ファントムが駆ける。クー・フーリンを弾いて、女性たちへと迫る。マシュへと――迫る。

 

「――――」

「マスター!」

 

 思わず飛び出していた。マシュを守るために、その前に飛び出していた。

 

 ――なに、してるんだ、僕は。

 

 飛び出したところで何ができるというんだろうか。

 何もできるはずがない。木っ端のように殺されてしまうだろう。

 

 ――でも、それでも。

 

 マシュを守らないと。

 

 その気持ちだけが僕の体を突き動かす。

 彼女だけだ、彼女の為ならば、僕は頑張れるんだ。

 

「良いガッツだけど無茶もほどほどにだよまったく――」

「――っ」

 

 アマデウスの魔術がファントムを吹き飛ばす。

 

「おら、アンサズ!!」

 

 燃え盛る炎がファントムを包み込む。

 

「――――」

 

 悲鳴が響き渡る。

 オペラ座の怪人、それは確か――。

 

 だが、悲鳴はいつしか、歌に変わっていた。

 

「喝采せよ、聖女! おまえの邪悪は、オマエ以上に成長した! 竜殺しは諦めるが良い――果ての果てまで逃げ去れば、あるいは生きることができるやもしれない。邪悪な竜が来るぞ!」

「やれやれ、しつこい。君は此処までだ」

 

 アマデウスの一撃にファントムが消滅する。

 

 だが、その瞬間、極大の邪悪が来る――。

 

「――やっとつながった! 今すぐそこから離れるんだ! サーヴァントじゃない、極大の生命反応が猛烈な速度でやってくるぞ!!」

「そんなものありえるんですか!?」

「あるところにはあるもんさ! ――さらにそれだけじゃあない、サーヴァントも三騎追従してきている」

「彼らですね」

「逃げるしかない。さっさと逃げようぜ」

「ですが」

「はい。サーヴァントを上回る生体反応があるのなら、竜殺しを諦めるわけにはいきません。マスター、指示を!」

 

 ――どうしてこうなる!!

 

 どうして、一つの困難を乗り越えたら、次の困難がやってくる。僕が一体何をしたっていうんだ。

 

 だが、時間がない。決めなければ。

 

「――竜殺しを探そう」

 

 戦っても勝ち目がない。なら、わずかな希望にかけて、竜殺しを探す。それしか道はない。

 

「さて、アマデウス――」

「言わずとも。君はいつもように笑っていればいい」

「ドクター! サーヴァントの反応は!」

「今調べている――出た、目の前の城だ!」

 

 マリーさんとアマデウスが時間稼ぎをしている間に、僕らは竜殺しがいるという城へと急いだ。

 



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邪竜百年戦争 オルレアン 7

 城を探す。ドクターの指示通りに探す。

 

「――いました!」

「良かった」

「これは――ひどい――」

「く――」

「――きゃあ!?」

 

 見つけた竜殺しのサーヴァントがこちらに攻撃を放って来た。

 

「次から、次へと……」

「待ってください! 私たちは味方です! 少なくともあなたを害するつもりはありません!」

「……?」

「急いでください。ここに竜種がやってきます。そのほかにもサーヴァントが」

「……なるほど、だからこそ俺が召喚され、そして襲撃を受けたわけか」

「急いでくれ。時間がないんだ」

「……わかった」

「手を貸します」

「すまない……頼む」

 

 竜殺しを助け出し、マリーたちと合流し、逃げようとしたとき、そこにそれはいた。ワイバーンなどとはくらべものになどなるはずがない、竜種。

 その上に黒ジャンヌが乗っている。何事かを言った瞬間、こちらに襲い掛かってきた。

 

「突撃してくる」

「駄目だ、下がれマリア!」

「わたしが!」

「何を言っているんだ、マシュ!」

 

 あんなもの一人で防げるわけないだろう!

 

「ならば私と!」

「――!」

「焼き払いなさい、ファヴニール!」

我が神は(リュミノジテ)――」

「仮想宝具、展開します――」

ここにありて(エテルネッル)!!」

 

 二人の宝具とファヴニールの一撃がぶつかり合う。凄まじいエネルギーの奔流。直撃していないというのに、その灼熱に蒸発してしまいそうだった。

 

「くぅうううぅ――」

「こ、これでは――」

「――いいや、十分だ」

 

 二人の防御が崩れる、その直前に竜殺しが立ち上がっていた。

 

「――久しぶりだな。邪悪なる竜(ファヴニール)二度(にたび)蘇ったなら、二度喰らわせるまでだ……!」

 

 立ち上がった竜殺しにファヴニールが怯えるように慄いた。

 

「あのサーヴァント、まさか――!?」

「蒼天の空に、我が名を聞け!! 我が真名はジークフリート!! 汝をかつて打ち倒した者なり!!」

 

 蒼天に真名が轟く。

 その名こそ、竜殺し――ジークフリート。

 

 胸元と背中が大きく開いた鎧に、灰の双眸が邪竜を睨み付けている。

 その手には、大剣――。

 魔力(エーテル)が渦巻く。

 世界が震えている。

 

 これより放つは竜殺しの一撃。

 黄昏の剣気の先駆け。渦巻く魔力に、あらゆる竜種が怯える。

 これこそが、竜を殺した呪いの大剣の力。

 

幻想大剣(バル)――天魔失墜(ムンク)!!」

 

 その一撃に、ファヴニールが上空へと退散する。

 

「……く……はあ、はあ……すまないが、これで限界、だ」

 

 いいや、十分だった。

 

「逃げよう!」

 

 わき目もふらず逃亡する。

 

「先ほどの極大生体反応は確認できない。だが、まだ追跡は止まっていない、急ぐんだ!」

 

 解っている。言われなくても、急いでいる。心臓が爆発しそうなほど、必死に走っている。

 

「先輩、馬がほしいです」

「ごめんなさい、一人乗りで……!」

「旅には慣れてるけど、こんな旅は初めてだ!」

「ああ、そうだろうな。こりゃあ、ただの撤退戦だからな!」

「マスター、遅れないでください」

「で、も、――が――」

 

 足が、もう限界だった。息ができない、死ぬ。

 

「こうなったら、もう――!」

「待ってください。前方に何か見えます、あれは……フランス軍です!」

 

 彼らはワイバーンに襲われているようだった。

 

「救出に向かわなくては!」

 

 どのみち、こちらにも向かって来ている。やるしかない――!

 

「ああ、もう、やってやるよ!!!」

「はい! 毒を食らわば皿までです!」

 

 フランス軍を襲っているワイバーンへと襲い掛かる。さらにゾンビまで現れだしたが、こうなればいくらでも相手してやる。

 過剰に分泌された脳内物質による高揚感に任せて、戦う。

 

 本命は今、まさにやってきた。咆哮を天へと轟かせる狂戦士と、処刑人。サーヴァント。それが現れた瞬間、戦うという意気が萎えていくのを感じる。

 いかに強気に振る舞ったところで、根底にある恐怖は覆ることはない。だが、それでも――戦わなければならないのだ。

 

「……野郎……!」

「あらあら、まあまあ!」

 

 アマデウスとマリーが処刑人を見て声を上げる。何か因縁があるのだろう。あのセイバーと同じように。処刑人の言動もそれを肯定する。

 

「ああ、まったく。生前と変わらず、今回もマリアを処刑するつもりとは……シャルル=アンリ・サンソン。君は、もう少しまともだと思っていたのだけれど、どうやら本気でいかれていたらしい」

「はは。人間として最低品位の男に僕と彼女の関係を語られるのは不愉快だよ、アマデウス。

 君は生き物を、人間を汚物だと断言する。まずそこから相容れない。人間は聖なるものだ。尊いものだ」

 

 人間とは尊い。

 

「マリー。君と同じ名を持つものは、特に」

 

 マリー=アンヌ・シャルロット・コルデー・ダルモン。サンソンが処刑した女もまた。マリー・アントワネットもまた。

 最後の最後までなぜあのように愛らしく毅然としていられるのか信じられない。だからこそ、美しいのだと、サンソンは人間を定義する。

 

「だからこそ――相容れない。アマデウス。おまえと、僕は」

 

 人間の尊さ。マリー・アントワネットの尊さを理解しない者、アマデウスを彼は否定する。

 

「Arrrrrrrrrrrr」

 

 狂戦士はまっすぐにマシュへ向かってきた。

 

「マシュ!」

「くっ――なんて一撃……! マスター、下がってください……! このバーサーカー、今までのどのサーヴァントよりもまっすぐで――怖い、です……!」

 

 それだけではない。ワイバーンも空を埋め尽くさん勢いでこちらに向かってきている。ここでサーヴァントの相手をしていればフランス軍は壊滅するだろう。

 

「っ……! 私はフランス軍を助けに行きます!」

 

 ジャンヌが駆けていく。それを追いかける余裕はない。

 

 サーヴァントは二騎。こちらも必死にならなければならない。特にバーサーカーが強敵だった。その力はすさまじく、何より、ただの木の棒を振るっているはずなのに、ありえない威力でその攻撃を叩き込んでくるのだ。

 

「女ばっか、追っかけてんじゃねえよ狂戦士!」

 

 杖で地面を突いて刻まれたルーンによる爆炎が、狂戦士を包み込み爆ぜる。

 

「Arrrrrrrrrrrr!!!」

 

 だが、狂戦士は止まらない。その名にふさわしい狂躁で、暴走を続ける。

 

「く、あっ!」

「マシュ!」

 

 戦場が広い。

 ワイバーンが多い。

 何をすれば良い。

 何から優先させればいい。

 

 フランス兵か。だが、目の前の処刑人と狂戦士を放っては置けない。

 なら、この二騎のサーヴァントを優先するか。それが今の状態だ。ワイバーンの援護もあって、数の上で勝っているというのに、攻めきれない。

 

「集中出来りゃあ、すぐに落としてやるってのによ!」

「ああ、本当、クソ野郎に集中させてくれないかな!」

「させるものですか――」

 

 カーミラがワイバーンに命じている。こちらへの牽制は忘れずに、一番弱い兵士たちを狙っている。それをジャンヌ一人が防いでいるが、息も絶え絶えだ。

 フランス兵は、彼女を助けない。逃げもしない。ジャンヌを竜の魔女だと思っているから。

 

「ねえ、どんな気分なのかしら。必死に守るフランス兵に、そんな風に思われて」

「――そう、ですね……普通なら、憤るのかもしれません。絶望に縋ってしまうのかもしれません」

 

 けれど――けれど。

 

「生憎と、私は、楽天的でして。彼らは私を敵と憎み、立ち上がるだけの気力がある。思ってしまうのですよ」

 

 ――それは、それでいいのだと。

 

「……正気、貴女?」

 

 正気とは思えないが、彼女は正気だった。だからこそ、彼女は何よりも眩く輝くのだろう。

 だが、それがどうしたのだ。もはやそれは無意味だ。

 

「ワイバーン!」

「くっ――」

 

 絶対の窮地。ジャンヌが死ぬ。その瞬間に――。

 

「砲兵隊、()ぇぇぇっ!!」

 

 砲兵隊の砲撃がワイバーンを吹き飛ばす。

 

「なにが――」

 

 見ればフランス兵がワイバーンに砲撃を喰らわせている。予想外の攻撃にカーミラが踏鞴を踏む。

 

「今だ!」

 

 その好機を逃すことなく、ジャンヌは駆ける。カーミラが迎撃するも遅い。

 

「ぐ――」

 

 辛うじて防いだが、ルーラーの膂力に吹き飛ばされる。

 

「撤退するわ。ランスロット! サンソン!」

 

 撤退するサーヴァントたち。

 だが――

 

「A――urrrrrrrrrr」

 

 バーサーカーは止まらない。

 

「く――なぜ私を!」

 

 バーサーカーを残してサンソンとカーミラは撤退した。もう付き合うこともないということらしい。

 

「今だ……」

 

 好機だ。サーヴァントが一騎。こちらが全力ならば倒せる。

 

「倒すぞ!」

「はい!」

 

 サーヴァントが一騎ならば、こちらもやれる。

 そう確信したがゆえに。

 

「アマデウス!」

「やれやれ、人使いが荒いね」

 

 まずはアマデウスの宝具によって、狂戦士の動きを鈍らせる。

 

「クー・フーリン!」

「応!」

 

 空間に固定したルーンにより、バーサーカーの動きを制限する。必然、こちらに向かってくる。うごける場所はこちらにしかない。

 

「マシュ!」

「はい!」

 

 迎撃するのはマシュ。バーサーカーの一撃を盾で受け止める。凄まじい衝撃に砂塵が舞う。

 

「くぅ、あああああ!!」

 

 マシュは一歩も引かず、ランスロットを抑え込む。その瞬間に、

 

「ジャンヌ!!」

 

 とどめの一撃をジャンヌが放つ。横合いからの不意打ち。騎士道とは程遠いが、相手はバーサーカー。騎士道を説く相手ではない。

 ルーラーの膂力による一撃が入る。横合いから殴られ流れたバーサーカーの体。そこにさらに体勢を整えたマシュの一撃が叩き込まれる。

 

 無防備にマシュの一撃を喰らったバーサーカー。

 

「駄目押しだ――喰らっとけ」

 

 地面に刻まれたルーンが火を吹いたと同時に、巨大な木でできた腕がバーサーカーを掴み、握りつぶした。

 

「あーさー……王よ、私、を……」

 

 バーサーカーが消滅するその瞬間、狂戦士は一つの言葉を残した。

 アーサー。

 その名は、確か――。

 

「アーサー、あなたの主は、彼のアーサー王だったのですか……」

「――わかりました。彼がジャンヌさんを狙ったのは……きっと、ジャンヌさんがアーサー王に似ているからですよ。顔かたちではなく、魂が――ジャンヌさん、行きましょう」

 

 もうここにはいられない。フランス兵も集まってきている。これ以上は、ジャンヌに危険が及ぶ可能性がある。

 

「お待ちを! ジャンヌ――あなたは、竜の魔女ではない正真正銘の――!」

 

 ジルの言葉がジャンヌへと投げかけられる。

 

「良いの?」

「ええ。私が返答をすれば、ジルの立場が危うくなりますから」

 

 ――何より、かつてともに戦った人々に憎まれるのは堪える。

 

 彼女はそう言って、足早にこの場を遠ざかっていく。僕らもそれに続いた。

 行きついたのは、打ち捨てられた砦だった。

 

「うん、生体反応はない。敵はいないみたいだ」

「ここで休憩にしましょう」

「じゃあ、オレは魔除けのルーンを刻んでくる」

 

 砦に入り、クー・フーリンがルーンを刻んで安全を確保する。これで落ち着くことが可能だ。落ち着いてジークフリートの傷を診る。

 マリーさんの宝具は、傷を治すことが可能だがこの傷には効かないようだった。それは傷というより呪いの類なのだという。

 

 比較的早い段階に召喚された彼は、街が襲われていたのを見て助けに行った。だが、サーヴァント複数に襲われては、彼でもどうにもならずにやられてしまう。

 その時にマルタに、匿われて僕らが来るまで待っていたのだという。

 

「傷は、治せないの? 呪いをどうにかすれば――」

「その件なのですが――」

 

 ジークフリートには、複数の呪いがかかっている。生きているのが不思議なくらいの呪い。聖人であるジャンヌは呪いの解除が可能だが、複数の呪いを解除するにはもう一人の聖人が必要なのだという。

 

「そうなると、今度は聖人を探す必要がありますね、先輩」

「そうだな……」

 

 聖人。そう簡単に見つかるだろうか。聖女マルタがいたが、彼女は竜の魔女の手勢であった。もう既にこちらで倒してしまったのだから、頼ることはできない。

 そもそも聖人が召喚されているのかもわからない。

 

「それは大丈夫と思う。聖杯を持っているのが竜の魔女であるジャンヌならば、その反動によって、聖人が召喚されているということはありうる。

 聖女マルタも召喚されていたのなら、もう一人聖人が召喚されてもおかしくはない」

「みんな、何か知ってるかな?」

「俺にとっては、君たちが初めて出会うサーヴァントだ」

 

 ジークフリートに心当たりはないとのことだった。だとすれば、マリーさんやアマデウスが知っているか知らないかだろう。

 

「うーん、わたしは知らないわ。アマデウスは知っていて?」

「僕も君と同じさ。知らない」

 

 そうなると、手探りの状態で探さなければならないのか。しかし、手分けして探すにしても、ここは戦場。危険だ。

 

「マスター、どうしましょう」

「…………手分けしよう」

 

 フランス領は現在半分以下だ。敵の領域にいるのなら探しても意味はないために、そこは除外できるはずだ。ジークフリートが襲われたのだから、敵の領域にいれば襲われている。

 だから、探すべきは今のフランス領。それなら、まだ何とかなるはずだ。

 

「では、どう手分けしましょう」

「くじ引きをしましょう!」

「え?」

「こういう時はくじ引きでしょう! さあ、アマデウス作って!」

「君は、くじが引きたいだけだろうに。それでいいかい?」

 

 ほかにいい案が浮かばないし、それでいいだろう。誰も反対がないようなので、そのままくじ引きを行う。

 

「私がマリーと、ですか」

「アマデウス、そちらはお願いね」

「そっちは本当に二人でいいの?」

 

 こっちは、マシュ、クー・フーリン、ジークフリートにアマデウス。こちらの数の方が多い。

 

「ジークフリートさんは満足に動けません。そこに1人カバーに入るとするなら、これで戦力は同じです。何よりそちらにいるマスターを守ることを考えるとこれが良いと思われます」

「正直言って、いま君と離れるのは不安以外の何物でもないのだけれど。くじの結果に意を唱える方が悪いことになりそうだ。君の宝具は逃走にも使えるからね……それから、マリア……いや、なんでもない。道中気を付けるように」

「あら、なあんだ。わたし、てっきりまたプロポーズされるのかと思ってドキドキしてしまったわ」

「プロポーズ!?」

「ひゅー」

「――まて、待て待て、なぜ、その話をいまする!」

「え、お二人は、そういうご関係で」

「あれ、マシュ知らないのかい?」

 

 ドクターが解説する。どうやら、アマデウスは六歳の頃に、マリーさんにプロポーズをしたのだという。

 なんでも、マリーが転んだ時に、アマデウスが助けてそのままプロポーズをしたというのだ。

 

「後世にまで伝わっているなんて……悪夢だ……」

「だって、あまりにも素敵にときめいたもの! みんなに広めてしまったわ!」

「君のせいか!」

 

 マリーさん、凄いな。

 僕だったら、後世にそんなものが広まるとか恥ずかしくて死んでしまいたくなるに違いない。

 

「なんて、魔性の女なんだ」

「ふふ、仕方ないじゃない。だって、わたし恋に生きた女だもの! フランスに恋をして、フランスを愛した愚かな王妃だもの」

 

 だからこそ、フランスに殺された。フランスの人々を愛さずに、国そのものを愛してしまったから。

 

「それは違う。まったく、ああ、まったく。なんて勘違いだ。君がフランスに恋をしていただあ? そんなわけないだろう。フランスにじゃない、フランスが、君に恋をしていたんだ」

「――……うん、ありがとう、モーツァルト。ふふ、本当。人間って、難しいわ。――それじゃあね、アマデウス。帰ったらあなたのピアノをを聞かせてね」

 

 ジャンヌにカルデアの通信機を渡して、僕らは別れる。

 マリーさんたちが出発し、こちらも出発しようと思ったのだが、アマデウスが彼女らの方を見ている。

 

「ついて行きたいのなら、良いけど」

「そんなつもりはないさ。なにより、すでに彼女への想いはないからね。ただ、彼女は僕の運命にとって……特別な分岐だっただけさ」

「分岐?」

「ああ、君の分岐が、マシュであるのなら、僕の分岐は、マリアなのさ。普通の人生を送るか、そうじゃないか。その分岐。それが彼女だった。ただ、それだけのことだよ。

 何があろうとも、僕という男は、こうなる。何があってもね。君たちのいう人理定礎と同じことさ。ただ――そんな僕の運命を変えるのは、やっぱり彼女なのさ」

「それは、やっぱりマリーさんを愛しているということなのでは?」

「? 何を当たり前のことを言っているんだい。その通りさ。ただ、恋をしていないだけだよ」

「……わかりません。前にアマデウスさんは言いました。人間は汚いと。そんな貴方の言い分では、マリーさんも例外なく汚いものだと思うのですが……」

「え? 汚いもの、大好きだけど? 音楽は美しいものだ。人間は汚いものだ。そんなものカテゴリの違いだけだろう」

「え……え?」

 

 マシュはわからないという顔をする。

 

「だって、人間は美しいものしか愛さない、と……」

「美しいものしか愛せないんじゃないよ。人間は――美しいものだって愛せるって話だよ」

 

 マシュは理解できないという。その違いが難しいと。

 僕にもそうだ。けれど、マシュよりはわかると思う。人間は、確かに美しいものが好きだ。そういうものを愛する。けれど、それが全てじゃないんだ。

 

 恐ろしいのに、こんなところにいる僕も、たぶんそれは同じで。

 

「こいつは、言葉で伝わるものじゃあないからなぁ。でも、いつかわかるとも。彼と旅をするのなら。彼はそういうことに関しては、理想的な先輩だからね」

「はい、理想的な先輩ということには同意です」

 

 ――その信頼が重い。

 

 けれど、君がそう言うのなら、僕はそういう風になろう。

 

「さあ、行こう」

 

 ――何かがひび割れる音がしていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「ジャンヌさんたちは、もう到着するようです。わたしたちも頑張りましょう」

 

 ティエールに到着する直前に、定時連絡があった。ジャンヌたちはもう街につく様だった。街の様子を見るに崩壊している様子はない。

 

「ドクター?」

「うん、二騎のサーヴァントの気配がある。早速――」

 

 その時、凄まじい騒音と炎が上がった。

 

「ああ、嫌な騒音だ。行きたくない」

「行くしかない……」

 

 街に行くと確かに、二騎のサーヴァントがいた。いたのだが――。

 

「喧嘩、してる……」

 

 何やらひどく低レベルな言い合いが行われていた。角にマイク持った女の子と、着物の女の子。言い合いを聞く限り、あまりにも低レベルで言っていることが意味不明過ぎて、竜の魔女の仲間じゃないことだけは確かだった。

 だって、生娘だとかの言い合いで、戦いそうになっているサーヴァントが世界を滅ぼすサーヴァントだとか、思いたくない。

 

 そんなサーヴァントばかりだったら、僕がこんなに苦労しなくて済む。

 

「聖人じゃないよね」

「そうだったら、僕の怒りの日だよ」

「ああ、ありゃあ、聖人じゃねえ。どうするよ、マスター。どうやら敵でもねえようだぜ?」

「……とりあえず、話しかけてみよう」

 

 甚だ話しかけたくはないが、

 

「あ、あのー」

「なに、(アタシ)、今忙しいんだけど」

「わたくし、いま、忙しいのです。一昨日に来てください、ほんと」

 

 ――あ、駄目だこれ、話聞かないタイプだ。

 

 今も、こちらを無視して言い合いを続けている。

 

「…………二人とも、やめるんだ」

「あん?」

「何か仰いまして?」

「あ、あの、マスターの言う通り、まずは落ち着いてお話を――」

「引っ込んでなさいよ、邪魔よ田舎子リス」

「無謀と勇気は違いますわよ、猪武者ですか?」

 

 ――今、マシュを馬鹿にしたな、こいつら。

 

「喧嘩するだけの爬虫類よりはマシだ」

「ま、マスター!? 怒っていませんか、マスター!?」

「おい、クー・フーリン。こいつら潰せ」

「あーあー、やっちまった。知らねえぞ、オレは命令されただけだからな。誰にでもあるこれだけはって、逆鱗に触れやがって」

「カッチーン、と来たわ!」

「ええ、まずはあなたから――」

 

 二人が向かってくる。

 

「クー・フーリン、右前方、アンサズ」

「あいよ」

 

 突撃してくるだけの二人に炎のルーンを食らわせて分断。

 

「片方にウィッカーマン。アマデウス、そっちのマイク持ってる方を拘束」

 

 ウィッカーマンの右腕で和服の方を拘束し、アマデウスの魔術による音の波状攻撃で脳を揺らして潰す。ただの一瞬で、二体のサーヴァントを無力化した。

 

「おー、怖い怖い」

「怒りで潜在能力が開花してるよ……怒らせたら駄目なタイプだな、彼は」

「ま、マスター!?」

「や、やられました……。きゅぅ……」

「や、やるじゃないの……きょ、今日はこのくらいにしておいてあげるわ……」

「さて、話を聞こうか」

 

 ぼこぼこに――といったら語弊があるが、倒したら落ち着いた。

 

「なによ……」

「負け蛇、敗蛇に追撃する気ですか……」

「君たち、他にサーヴァントを見たコトはないか?」

「頭おかしくなったサーヴァントは見たけど? コイツみたいに」

「一緒にしないでいただけますか。わたくしは、言語をきちんと理解できるバーサーカーです」

 

 何を言っているんだろうこいつら。気が遠くなりそうになった。サーヴァントは恐ろしいという気も、この二人に関しては、どっか吹っ飛んでいった。

 

「ああ、近所の猫の喧嘩を思い出すな」

 

 あの時はどうやったっけ、たしか――。

 

「って、いきなり顎を触ろうとするとか、何してんのよ!?」

「へ、へんたいですか!?」

「え、いや、こうやったら大人しくなったし」

「それ、猫よね!?」

「一緒にしないでくださいまし!」

 

 ともかく、見たことはないようだ。骨折り損のくたびれ儲けか。

 

「外れか」

「エリザベートはともかくですね。わたくしを外れとは不遜にも程がありませんか?」

「聖人以外に用はない」

「むむ、すぐさま言い返すとは……ですが、聖人ですか。わたくし、実はひとり心当たりがあります」

「本当か!」

「ええ、エリザベートと出会う前に。真名はゲオルギウス。こちらでは有名な聖人なのでしょう?」

 

 ゲオルギウス、聖ジョージともよばれる聖人だとドクターは言った。文句なしの聖人だと。彼ならばジークフリートの呪いを解くことができるだろう。

 

「どこに行ったか分かる?」

「わたくしと逆方向にへ。西側へ向かいました」

 

 そうなるとジャンヌたちの方だ。

 

「マシュ」

「はい」

 

 ジャンヌたちへと連絡する。

 

「どうやら、あちらでもサーヴァントを探知できたようです」

「よかった」

 

 これでジークフリートの呪いが解けるだろう。

 合流するために、西側へと向かう。

 

 その途中で、ワイバーン襲撃の報告を聞いた――。

 



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邪竜百年戦争 オルレアン 8

 西側へ向かうと、しばらくしてジャンヌと合流できた。

 

「良かった。そちらは」

「ゲオルギウスと呼ばれています」

 

 無事に聖人も保護できたようだ。だが――。

 

「マリーさんは?」

 

 マリーさんの姿がどこにもない。

 

「マリーは……」

 

 ジャンヌは答えない。

 

 ――いいや。彼女は明確に答えている。

 

 言いよどむその姿が、明確に答えを注げていた。ワイバーンの襲撃。そこからサーヴァントの襲撃。逃げきれないと悟り、残ったのだ。こちらに希望をつなぐために。

 

「そんな……」

「そうか。んー、なら仕方ないな。僕らがいても彼女は残っただろう」

「アマデウス、それはあまりにも……」

 

 淡泊すぎるだろう。悲しくないのか。

 涙をこらえるのに必死だというのに。

 

「はは。そうだね。でも、わかっていたことさ。マリアは限りない博愛主義者だからね」

 

 アマデウスは言った。普段通りの調子で。

 

「そういう生き方をして、そういう死に方をする女さ」

「でも……」

「未練がましすぎるよ。それに、こうしている間に敵が来るかもしれない。だから、早くジークフリートの呪いを解いてやってよ。ここで彼の呪いを解けなかったら、それこそマリアに合わせる顔がない」

「は、はい!」

 

 わからない。どうして、そんな風に笑えるのかが。

 別れもできなかったというに。

 

「別れならできたよ」

「え……?」

「マリアがピアノの話をしただろう? アレ、彼女なりの別れの言葉なのさ。生前一度も叶わなかったからね」

 

 だからこそ、それが別れの言葉になる。

 ピアノを聴かせて。

 

 それは、生前叶わなかったからこその言葉ではなく、生前叶わなかった。死に分かれたからこその言葉。

 

「だから、僕には止めようがない。ああ、でもまあ、さすがに二度の別れは堪えるね。一度目より辛い。なにせ、もう出会えないかと思うと余計にね」

「だったら……」

 

 ――だったらなんで、おまえは、そんな風に笑えるんだ。

 

 アマデウス・ヴォルフガング・モーツァルト。

 どうして、君は、そんな風に笑えるんだ。

 

 別れは辛いじゃないか。

 だったら、泣き叫んだっておかしくないだろう。僕なら、きっとそうなってしまうというのに。

 どうして、あなたは……。

 

「はは。僕はクズだからね。でもまあ、疲れたよ。だから、少し席を外すよ」

「アマデウス……」

「ま――」

「マシュ、駄目だ」

 

 わかった。わかってしまった。彼だってそう、辛いのだ。けれど、笑うのだ。きっとそれは、こちらに心配を書けないようにするためのものでもあるし。

 そういう顔を見せたくないのだということもあるのかもしれない。

 

「そうよね……誰だって1人になりたいときだってあるわよね」

「ええ、マシュは男心がわかっていません」

「……なんでいるんですか?」

 

 エリザベートと清姫。勝手についてきていた。

 

「別にいいじゃない」

「わたくしたちがいて不満ですか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

「ではよいではありませんか。ああ、そうでした。マスター?」

「オレ?」

「はい、貴方です。仮ですが、マスター契約を結んでくださいますか?」

 

 仮契約? それは味方になってくれるということ?

 

「ええ、そうです。そう考えてもらっても構いません」

「えっと、それじゃあ」

 

 清姫に手を差し出す。そして、指切りげんまん。

 

「はい、これで契約は完了です。以後、わたくしに嘘をついた場合、針を千本吞んでもらいます」

「は? え……」

「よろしいですね? それでは、よろしくお願いします」

 

 悪寒が背中を走る抜ける。何か嫌な予感がしたのだが、その正体は掴めず、その予感もジークフリートの呪いが解けたことによってすっかりと忘れ去ってしまった。

 ジャンヌ一人ではどうしても不可能だっただろう。だが、ゲオルギウスのおかげで無事に解呪が出来た。

 

 そして、それはすべてマリーさんが身を挺して守ってくれたからだ。

 

「私は、彼女がその身を挺して守ろうとしたものを守りたいと思います――この時代、この世界、この国を。

 だから、倒しましょう。竜の魔女を……そして、竜を倒しましょう」

「――すまない。ようやく動けるようになった。感謝する。マスター。あなたたちが骨を折ってくれたこと、心より感謝する。

 そして、返礼として、剣を預ける。この身はマスターの剣であり、盾である」

「ありがとう」

 

 心強いサーヴァントが味方になってくれた。これならば、きっと勝てるかもしれない。彼のようなサーヴァントを従えるなんて、できるはずがない。

 けれど――それでも。

 

「――行こう、オルレアンへ」

「はい、了解しましたマスター!」

「そういうコトなら、手伝ってあげてもいいわよ、子イヌ」

「あら、エリザベート。わたくしの想い人(マスター)に子イヌとは失敬ですよ」

「アンタ、いまとんでもない変換しなかった? まあ、いいわ」

 

 オルレアンへと僕らは向かう。

 

「行きましょう、世界を救うために。どうか、マスター」

「ああ、行こう」

 

 みんなが期待するマスターとして。

 

 ――何かがひび割れる音がした。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「今夜はここで野営だ。ルーンを刻んだから安心して休みな。明日は決戦だからな」

 

 オルレアンの手前で最後の野営をする。すっかりと野営になれたといえばいいのだろうか。てきぱきと動けるようになっていた。

 食事がただのワイバーン焼きなのだけは勘弁してほしいと思ったが、この時だけは違った。清姫が料理が出来たのだ。

 

 ワイバーンの肉があれよあれよと美味しい料理になってしまった。どういうわけか、僕の好みの味付けで。

 

「おいしいですか、旦那様(ますたぁ)?」

「うん、おいしいよ」

 

 おいしすぎる。怖いくらいに。

 でもそれは言わない。彼女は、僕の為に作ってくれたのだから。

 

「――あら、アマデウスさんとマシュさんは?」

 

 食事を終えると、アマデウスとマシュがいない。水汲みにいったようだけど、何か話をしているのだろうか。

 

「どこかで話をしていると思う」

「そうですか……」

「不安?」

「……ええ、少し」

 

 ジャンヌも不安に思うことがあるんだ。そう思った。

 

「サーヴァントとは言え、今の私は、少しだけ遠いですから。不安も感じます」

「…………」

「ごめんなさい。明日は決戦だというのに」

「ううん、謝る必要はないよ。きっと誰だって不安になるよ」

 

 明日は命を懸けた決戦なのだから。負ければすべてが終わってしまう。絶対に勝たなければならない戦争なのだから。

 

「でも、大丈夫。なんとかなるよ」

「……不思議ですね。貴方にそう言われると、本当にそうなると思えてしまいます。どうか、明日はよろしくお願いします」

「うん、こちらこそよろしく」

 

 そんな風に話しているとマシュとアマデウスが戻ってきた。

 

「おかえり。何か話していたの?」

「ただいま帰りました、先輩。はい、アマデウスさんに少し質問を」

「そっか……」

「先輩、先輩は……いえ。なんでもありません。明日は頑張りましょう」

「うん、頑張ろう」

 

 頑張ろう。頑張ろう。頑張ろう。

 自分に言い聞かせる。今にも逃げ出してしまいそうな弱い自分に。何もできない自分に。

 

 横になってもずっと一晩中そう言い聞かせ続けた。

 

「作戦だが――正面突破しかないだろう」

 

 翌朝、作戦会議を行う。こちらの数は少なく、相手に居場所を知られている。正面突破。

 

「ファヴニールは、俺とマスターのグループが受け持とう。他は、サーヴァントとワイバーンたちから俺たちを守ってほしい」

 

 正面突破する上で、勝利する上で、重要なのはファヴニールをジークフリートが倒せるかどうかだ。

 そのために、戦いに専念してもらうために、他を押さえるのは定石といえるだろう。

 

「あ、(アタシ)は、倒さなくちゃいけない相手がいるから、そいつに専念してもいいかしら」

「構わないよ」

 

 もとよりサーヴァントを押さえてもらおうと思っていたのだ。だからエリザベートが、一体でも抑えてくれるのならば助かる。

 

(アタシ)的には、それさえ達成すれば文句はないわ。暇だったらその後も手伝ってあげる」

「私は必然的に、竜の魔女を相手にすることになりますね」

「勝てますか?」

 

 ゲオルギウスが、ジャンヌに問う。

 

「勝ちます」

 

 彼女はそう言った。強く。強く。相手が何であっても勝つと。

 

「んー、僕は特に……ああ、いや、一人いたな。なら、僕もそいつに専念させてもらうさ。おそらく、僕が相手をしないといけないだろうからね」

「では、わたくしは旦那様のおそばで適当に火を吐いておりますね」

「同じく、マスターのところで敵を燃やしてやるよ」

「うむ、全員問題ないということだな」

「――よし、行こう、オルレアンへ!」

 

 オルレアンへ向かって、僕らは進軍を始める。その途中で、狂化したアーチャーに襲われた。

 本来ならば、竜の魔女の下につくようなものではないアーチャー。哀れな彼女。

 

 僕らは彼女を倒して、先を急ぐ。

 

「これでいい。まったくもって、厄介でどうしようもなく損な役回りだった」

 

 彼女はそう言って消えていった。

 

 そして、僕らは、黒ジャンヌと相対する。

 

「あら、私の残り滓ではありませんか」

「私は貴女の残骸ではありません。そもそも、貴女ではありません」

「? 何を言っているのでしょう」

「今、何を言っても聞かないでしょう。この戦いが終わってから、存分にお話しさせていただきます」

「ほざけ!」

 

 この軍勢が見えないのかと彼女は叫ぶ。ワイバーンの竜の軍勢。もはやフランスは竜の巣。

 あらゆるものは喰われ、すべては滅びる。

 

 これで、世界は終わる。

 これで、世界は破綻する。

 

 それこそが真の百年戦争。

 あらゆる全てを滅ぼして、あらゆる全てが消え失せる。

 それこそが、邪竜百年戦争。

 

「そうか――」

 

 だが――。

 

「何……!?」

 

 現れる英雄。これより先、悲劇に出番はない。お前の出番は終わりだ。疾く、舞台より降りるが良い。

 これより先は、英雄の舞台。悲劇などありえない。

 さあ刮目せよ、いざ讃えん。その姿に人々は希望を見るがいい。

 あふれ出る閃光の煌めきが闇夜を照らす。まさしく、世界を照らす英雄(キボウ)が降り立った。

 

 彼は紛れもなく英雄だった。鎧を身にまとい、大剣を手にし、邪竜の前に立つ男の姿は、希望そのもの。

 

 だが、それだけではない。

 

「撃て!」

 

 ファヴニールに放たれる砲撃。

 

「ここがフランスを守れるかどうかの瀬戸際だ! 全砲弾を撃って撃って、撃ちまくれ!!」

「ジル……!」

 

 ここにはまだ、諦めていない者たちがいる。

 

「こちらには聖女が付いている!! 勝利は、我らの手の中にあるのだ!!」

 

 フランスが奮起している。滅びることなどないと。

 

「すごいな……」

 

 人間はこんなにも強いのだと見せてくれる。

 

「ジークフリート」

「ああ――」

 

 三度目の相対。

 これより先は、決戦だ。

 

「邪悪なる竜よ! 俺は此処にいるぞ!!」

 

 決戦が始まる。

 

「我がサーヴァントたちよ、前に!!」

 

 現れるヴラド三世とデオン。

 

「クー・フーリン、マシュ!」

「はい!」

「応よ!」

 

 ジークフリートの邪魔はさせない。

 

「やあ!!」

 

 マシュの盾の一撃が放たれる。

 

「く――」

 

 デオンの剣がそれを受け止める。

 

「はあ!」

 

 デオンの剣が放たれるが、それをマシュはすべて盾で受け止める。受け止めて、盾を振るう。攻防一体。

 デオンが懸命に剣技を放つも、その全てはマシュの盾の前には通じない。あの盾はどうやっても破れない。

 

「これで、倒れて!」

「く――」

 

 マシュの一撃がデオンへと叩き込まれる。

 

「ぬぅ、貴様、キャスターではなかったのか」

「さてねえ!!」

 

 ヴラド三世を相手に、クー・フーリンは杖を槍のかわりにして近距離戦を挑んでいた。キャスターという非力なサーヴァントとは思えないほどに巧みな杖捌き。

 いいや、アレは槍だ。ルーンによる炎の槍。それがヴラド三世の槍と激突し、衝撃をまき散らしている。

 

「こいつで、仕舞いだ!」

「ぐ――」

 

 デオンとヴラド三世が倒れる。

 

「――これでいい」

「ああ、これで良い」

 

 2人まるでここで消えることを望んでいたかのようだった。

 

「これでようやくやめることができる。王妃には謝罪を」

「余の夢も、野望も潰えた。フッ、だが、これでよいのだろうな――」

 

 デオンもヴラド三世も消滅する。

 

「――最後は、俺か」

 

 最後はファヴニール。あいつを倒せばこの場における趨勢が決まる。

 

「ジークフリート」

「すまない。絶対に勝てる、とは言えない。あれは勝利して当然の戦いではなく、無数の敗北から、わずかな勝ちを拾い上げるような戦いだった」

 

 ――ちょ!?

 

「どういて勝てたのか、俺もわからない。だが――マスター。

 

 慎重に策せ。

 大胆に動け。

 広い範囲で物事を視ろ。

 深く一点に集中しろ」

 

 海のように。

 空のように。

 光のように。

 闇のように。

 

「矛盾する二つの行動をとれ。邪悪なる竜と戦うためではなく、これから先も戦うのなら、マスター、覚えておいてほしい。この竜を殺すしか能がないサーヴァントの言葉でも覚えておいてほしい」

「――わかった」

「覚悟はいいか?」

「ああ!」

 

 ――そんなわけはなかった。

 

 でも――やるしかないのだ。

 もう何度もやってきた。

 

 いい加減なれただろう。

 

「ああ、行こう!!」

 

 ――何かがひび割れる音がした。

 

「大胆なマスターだ……では、行くぞ、ファヴニール! 土にかえるが良い!!」

 

 そして、黄昏の剣が――邪竜を打ち倒す。

 

 それはまるで、いいや、本当の英雄譚だった――。

 



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邪竜百年戦争 オルレアン 9

 息が止まるかのような攻防。手に汗握るほどの熱狂。狂気。戦場の狂騒はあらゆる全てを飲み込んで、血が舞う、肉がはじけ飛ぶ。

 その果てに、ファヴニールがついに地に倒れ伏した。

 

「すごい……」

 

 これが英雄。これが英霊。これがサーヴァント。人智を超えた戦い。つくづくマスターのちっぽけさを思い知らされる。

 それでもなるしかないのだ。彼らを率いるマスターに。

 

「あとは、黒ジャンヌだけだ!」

「く――」

「お引き下さい、ジャンヌ!!」

「ジル――!」

「ジル!? っ、待ちなさい!」

 

 逃げる黒ジャンヌを追う。彼女を倒せば、終わりだ。

 

「マスター、ここは俺たちに任せて先に行け。エリザベートと清姫を連れていけ――」

 

 ――ああ、耳が痛いし、敵味方関係なく炎吐くもんね……。

 

 正直、ここに残していきたい筆頭のサーヴァントだ。でも、ここは大事だ。フランスの人々を救うためにも、彼らには頑張ってもらわなければならない。

 

「なんで(アタシ)たち?」

「まあ、言われずともついて行きますが」

 

 理由をいうわけにもいかないので。

 

「行くぞ、二人とも!」

 

 二人を連れて強引にジャンヌと共に黒ジャンヌを追う。遅れてしまえば、また新たなサーヴァントが呼ばれてしまう。

 だが、あまりにも血なまぐさい。生々しい血の跡が足の歩みを遅くさせる。

 

「――おやおや、お久しぶりですな」

 

 さらに、僕らの足を止める者が現れる。それは黒ジャンヌにジルと呼ばれていた男だ。気味の悪い男だった。本を手にした、ぎょろりとした目をした男。

 笑みを浮かべた男は、心底こちらを歓迎したようであるが、底冷えするような悪寒が床から昇ってくる。戦いの熱狂はここにはなく、冷徹の冷気が昇ってくる。

 

「本当に、ここまで来るとは、正直申し上げまして、感服いたしました。――しかし、しかしだ! 聖女とその仲間たちよ! 何故、私の邪魔をする!? なぜ私の世界に踏み入り、ジャンヌ・ダルクを殺そうとする!!」

「――その点に関して、私は一つ、質問があるのです。彼女は、本当に、私ですか?」

「……何と、なんという、暴言! 彼女こそ、あなたの闇に他ならない――!」

 

 ゆえに死に絶えろ、死に絶えろ、死に絶えろ。

 現れる異形。正気を内側から削ってくる異形の怪物が迫りくる。

 だが、弱い。数は多いが、サーヴァントほどではない。

 

「清姫」

「汚らわしいですが――わかりました」

 

 清姫の炎が異形の怪物を焼き払う。

 

「おのれ、おのれ、おのれ! 盟友プレラーティよ! 我に力を!」

 

 焼き払った先でジル・ド・レェがこちらに向かってくる。

 

「ただのキャスターなんぞ、敵じゃねえ!」

 

 数はこちらが圧倒的に上、異形など敵ではない。

 

「マスター、ここはオレとこいつらで押さえる。先に行って、本丸を叩いて来い!」

「クー・フーリンさん。わかりました! 行きましょう!!」

「ジャンヌ!」

「はい、行きます!」

 

 ジル・ド・レェをクー・フーリンたちに任せて、僕らは竜の魔女の下へ向かう。邪魔はもういない。これでこの戦いが終わると信じて、玉座へと急いだ――。

 

「――思ったよりも早かったですね……術式を組み替える暇もありませんか。ジルは足止め――まあいいです。こちらも準備はできています」

「……貴女に伝えるべきことを伝えろ――これは、マリーの言葉です」

 

 ジャンヌは伝える。黒ジャンヌに。

 

「貴女は、自分の家族を覚えていますか」

「…………え?」

 

 それは簡単な問いかけ。親を持つ者ならだれでも答えられる質問。

 だが――だが、黒ジャンヌは答えられなかった。

 

 ジャンヌ・ダルクは聖女である。だが、同時に彼女はただの田舎娘でもあったのだ。ゆえに、その記憶というものは、どうやっても聖女の時のものよりも、多くが牧歌的な田舎の風景、生活を忘れられない。

 闇の側面であろうともそれは変わらないはずだった。いや、それはむしろ、忘れられないからこそ裏切りや憎悪に絶望し、嘆き、憤怒を持ったはずなのだ。

 

「私……は……」

 

 だが、彼女には記憶がない。

 

「そ、それが、どうした! ジャンヌ・ダルクであることに変わりは――」

「そう、変わりはありません」

「――っ! サーヴァント!!」

 

 召喚されるシャドウサーヴァント。冬木にいた、サーヴァント。

 

「マスター、どうか」

「ああ」

 

 怖いけど、行かなければいけないから。

 

 ――何かがひび割れる音がしていた。

 

 同時に何かの切れる音がした――。

 

「行くぞ!」

「はい、先輩!!」

 

 ジャンヌとマシュ。二人で、サーヴァントを打ち倒していく。サンソンたちよりも弱い。バーサーカーよりも弱い。戦える。

 

「群れを突破したか!」

「これで最後です!!」

 

 群れを突破して、ジャンヌと黒ジャンヌの戦いが始まる。かがみ合わせのようにな攻防。聖杯を持っている黒ジャンヌが有利のはずだった。

 だが――

 

「なんで――なぜ、なんで!!」

「はああ!!」

 

 ジャンヌの方が押していた。

 全てにおいて、黒ジャンヌの方が勝っているはずだった。

 そのはずが、ジャンヌの方が押している。

 

「なんで!! ありえない、嘘だ! 私は、聖杯を持っているのに! なんで!」

 

 黒ジャンヌの叫びが木霊する。なぜだと。

 

「わかりませんか。いえ――わからないのでしょうね」

「なに――を!」

 

 ジャンヌの旗が黒ジャンヌの旗を弾き飛ばす。

 

「ジャンヌ!!」

 

 黒ジャンヌに旗をつきつけた時、足止めされていたはずのジル・ド・レェが駆け込んできた。ぼろぼろのままここにやってきた。

 

「逃がさねえぞ!」

 

 クー・フーリンたちもやってくる。

 

「おお、ジャンヌ! ジャンヌよ、なんという痛ましいお姿に……」

 

 ジルが全てを引き受けて、黒ジャンヌは消滅する。その中からは聖杯。

 

「やはりそうだったのですね」

 

 ジャンヌはそれを見て確信したように言葉を紡ぐ。

 

「どういうこと?」

「竜の魔女は、私ではなかった。聖杯を持っていたのは、彼女ではなかった。だが、あの強大な力――それはきっと」

「はい、それこそが私の望みでした」

 

 それこそがジル・ド・レェの望み。

 聖杯を用い、聖女を甦らそうとした。だが、それは叶えられず、彼は造った。竜の魔女を。

 だってそうだろう。あんなことがあったのだ。彼女はきっと、復讐に走るはずだと、思ったゆえに。

 

「私は復活しても、そうはなりませんよ」

「でしょう。ですが――」

 

 ジル・ド・レェは憎かった。この国を恨んだ。

 ジャンヌは全てを赦すだろう。

 だが、ジル・ド・レェは許せなかった。

 

 だからこそ、邪竜百年戦争は勃発し、あらゆる全てが狂ったのだ。

 

「――だからこそ、私の道を阻むなジャンヌ・ダルクぅぅうう!!」

 

 狂った男は狂ったまま、歩みを止めることはできない。

 

「いいえ。阻みましょう。私は裁定者。この聖杯戦争を裁定し――貴方の道を阻みます!!」

 

 最後の戦いがはじまる。これが最後だ。

 

「行くぞ――」

「はい、マシュ・キリエライト、聖杯を回収します!」

 

 聖杯の力を用い、巨大な異形の怪物を生み出すジル・ド・レェ。

 その触腕が振るわれ、すべてを破壊する。

 

「クー・フーリン!」

「応! ウィッカーマン!!!」

 

 その大きさに対応することができるのはクー・フーリンのウィッカーマンだ。巨人と異形がぶつかり合う。燃え盛る巨人の拳が異形とぶつかる。

 砕ける異形。巨大とはいえ、その強さはさほど変わらない。だが――再生力は高い。力も上がっている。厄介さは大いに大きい。

 

 だから――。

 

「エリザベート! 清姫!」

「了解よ!」

「承知しました、旦那様」

 

 エリザベートの宝具と清姫の宝具をそこに重ねる。

 木の巨人ウィッカーマン。そこにさらに炎が重なり、大音量の衝撃が炸裂する。相乗された威力は、いかに再生力が高かろうとも、再生しきるのは難しい。

 だが、これだけやってもまだ倒しきれない。これを倒すには、あの冬木のセイバーの聖剣の一撃が必要だと思う。

 

「マシュ!!」

「はい!!」

 

 異形の肉塊の中、ジル・ド・レェがいるのが見えた。ゆっくりと再生する異形の中心、術を行使しているジル・ド・レェを倒す。

 そのために道を開くのがマシュだ。

 

「今です、ジャンヌさん!」

「ありがとうございます! ――ジル!!」

「おお、ジャンヌ――」

 

 ジャンヌの一撃が、ジル・ド・レェを貫いた――。

 

「ジル、私は、私の屍が、その先に続くだれかの道になればいいと、それだけでいいと思っていたのです」

「あ、ああ……ああ……ジャンヌ……」

 

 ジル・ド・レェは、しずかに消えて、最後には聖杯が残った。

 

「聖杯、回収しました」

「良し。すぐに時代が修正されるぞ。レイシフトするから、準備してくれ」

「わかりました――」

「もう、行かれるのですか?」

「うん、やるべきことがあるから……」

 

 全てが終わった。

 現実感はないが、終わったのだ。

 だが、これが始まりだ。まだ、始まったばかりなのだ。

 そう思うと気が滅入るが、それでも歩いて行ける。

 

「ふぅん、じゃあね、子イヌ。悪くない戦いぶりだったわ」

「――まあ、ここで離ればなれなんて、でも安心してください、旦那様。すぐにそちらに参りますので、ごきげんよう――」

「さようなら。そして、ありがとう。いつかまた、すべてが虚構に消え去るとしてもきっと残るのものがあります――」

「はい、ありがとうございました!」

「じゃあな」

 

 別れを告げて、僕らは、カルデアへと帰還した。

 

「おかえり」

 

 僕らを迎えてくれるのはドクターロマン。

 

「初のグランドオーダーは無事遂行された。本当によくやってくれた。これ以上ない成果だ。君は、僕らカルデアが誇るマスターだ。

 次もあるが、今は休んでくれ」

「はい、ありがとうございます」

 

 先に行くわと出ていったクー・フーリンと別れて、 マシュと二人で廊下を歩く。

 

「お疲れ様です、先輩」

「マシュもお疲れ。身体とか、大丈夫? かなり無理させたと思うけど」

「ありがとうございます、大丈夫です。ただ――」

「ただ?」

「ジル・ド・レェのことを考えてしまいます」

 

 ジル・ド・レェ。ジャンヌの死によって心の壊れてしまった男。正しい歴史では、何百人もの子供を殺した殺人鬼。

 

「彼の望みは、ジャンヌさんだけでした……それが、世界を滅ぼすまでになるだなんて……人間の感情って、すごいですね」

「うん……それが人間だからね」

 

 むき出しの感情はすごいのは当たり前だ。だって、そうなのだ。心の奥底からあふれ出してくる感情は、何よりも強く、走る力を与えてくれる。

 

「アマデウスさんもそんなことを言っていました。わたしには、皆さんほど経験がありませんから、まだわからないです。でも、学んでいきたいと思っています」

「うん、全部わからなくても、少しずつ学んでいけばいいと思うよ」

「はい! ありがとうございます、先輩! どうか良い夢を」

 

 マシュと別れて、自室に入る。

 

「――」

 

 トイレへと駆け込んで吐いた――。

 



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邪竜百年戦争 オルレアン 10

 第一特異点。それは百年戦争時代のフランス・

 変わり果てたフランス。聖女が蘇り、竜を従える悪魔となって全てを蹂躙していた。

 

 激しい戦いの中、出会いがあって、別れがあった。

 百年戦争は終わった。偽りの歴史は修正される。偽りの歴史は修正されて、真の姿を取り戻した。

 

 気絶するように眠った僕は、自分が死ぬ光景を夢見ていた。それはあの戦いの中にあった死の光景の一つ。こびりついた生と死が精神を蹂躙する。

 

「うわぁああああぁぁぁ――」

 

 悲鳴を上げて飛び起きた。寝汗が気持ち悪い。寝巻が肌に張り付いて気持ちが悪い。

 荒い息を何とか整えて、そこがまだ自分の知っている場所だということに安堵する。襲撃はない。安全だ。そう言い聞かせる。

 けれど、早鐘を打つ心臓はちっとも落ち着いてくれない。

 

 だって、覚えている。

 人間がたくさん死んだ。

 その光景を覚えている。

 覚えている。あの断末魔を。

 覚えている。あの悲鳴を。

 覚えている。あの光景を。

 

 今も夢に見る。あの戦場の光景を。平和な現代を生きている者ならきっと生涯のうちに見ることがないあの生々しい光景を僕はきっと忘れることができない。

 特異点F。炎上した冬木という町もまた地獄の様相を呈してはいたものの、あそこは生の気配がないだけ現実味というものが薄かった。

 けれど、フランスは違う。そこには生があって当たり前の死があった。

 

「――――」

 

 吐き気が今も止まらない。震えは、今も収まらない。もしかしたらあそこで死んでいたのは自分かもしれないと思うと恐怖で身動きが取れなくなりそうだった。

 それでもそんな自分を支えてくれた英霊たちがいた。

 

 マシュ。僕のデミ・サーヴァント。可愛い可愛いただ一人の後輩。

 怖いと言いながら、それでも僕を守るために彼女は最前線で戦い続けてくれた。どんなに強い敵でも、どんなに力が足りないと思っても彼女は僕の前で盾を構えてくれた。

 その勇気に何度、救われただろう。彼女の勇気がなかったら、僕はきっと戦場に打ちのめされていただろう。

 彼女の期待に応えたい。彼女が慕うに値する。自慢のマスターだと誇れるような存在になりたい。何の力もない僕には高望みなのかもしれない。

 だから、諦めずに前に進む。辛くても、苦しくてもただ前に。

 

 ジャンヌ。ジャンヌ・ダルク。僕如きが触れていい存在じゃない本物の麗しの聖女様。

 挫けそうになったとき、彼女の旗が希望をくれた。彼女の振るう旗が、僕に力をくれた。彼女の優しい心に応えようと奮起出来た。

 彼女こそが聖女だと思った。誰が何といっても、僕らを導いてくれた彼女の輝きを僕は一生忘れない。いつかまた彼女と会った時に、お礼を言おうとそう思った。

 

 マリー。綺麗なフランスの王妃様。麗しのマリー・アントワネット。

 彼女の在り様はとても尊かった。フランスに処刑された悲劇の女王。恨んでもおかしくないはずなのに、フランスの危機にやってきたその尊さに、その献身に僕らは救われた。

 彼女の最後を、僕は見ることができなかった。それでもきっと彼女は笑っていたに違いない。ヴィヴ・ラ・フランスといつものように言ってフランスを愛しながら彼女は満足げに逝ったのだろう。

 いつか、僕にも来るだろうか。誰かのために、その身を犠牲にしても良いと思える日が。

 

 アマデウス。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。非力で、口が達者な音楽家。

 旅の間、僕らに彼はずっと言葉を聞かせてくれた。彼の人生とマリーの人生と、もう一人の彼の人生で得た全てのことばを僕らに聞かせてくれた。

 マシュは、彼のおかげで何かを得られたのだという。僕もまた彼の言葉にこの先の道しるべを見た気がした。彼の散り際はどんなだっただろうか。

 音楽家を酷使しすぎだと彼は言うだろうか。きっという。それでもなんだかんだ言いながら、マリーと一緒に僕らを手伝ってくれるのだ。

 いつか彼とふつうの話ができればいいと思う。彼に返す言葉を僕が用意できるのかはわからないけれど。

 

 ジークフリート。竜殺し。謙虚な誰よりも強かった英雄。

 その強さを誇らず、むしろ卑下する勢いで謝られた。こんなふがいないサーヴァントですまないと。それはこちらのセリフだというのに。

 僕は何もできないマスターだ。カルデアのバックアップがなければまともな魔術一つ使えないただの一般人だ。魔力もろくに供給してあげることはできなかった。

 だというのに、彼は自分を卑下してまで、僕を立ててくれたのだ。最後の決戦、ファブニールを倒した彼はまさに英雄だった。

 

 ゲオルギウス。偉大なる竜殺しの聖人。僕らの先生。

 ジークフリートを救い、さらに竜殺しの方法を教えてくれた優しい聖人様。旅はひとを成長させる。そう言って、あなたは成長していると言ってくれた。

 苦言を言われることもあったけれど、それでも優しく厳しく導いてくれた偉大な先生だ。

 僕にも彼のように誰かを導けるマスターになれるだろうか。いいや、ならなければいけない。人類に残された最後のマスターとして並みいる英霊たちとともに戦うために。

 

 アイドル。エリちゃん。可愛い可愛いエリザベート。

 彼女の歌はそれはもう凄かった。むしろ敵よりも厳しかったようにも思える。子イヌと呼ばれた。本当、たいへんなアイドルさまだった。

 ライブは勘弁してほしいけれど。

 

 そして、清姫。いつの間にかカルデアにまでついてきていたサーヴァント。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる女の子。

 嘘が嫌いな可哀想な女の子。僕を安珍だと信じている。思い込みで竜になって思い人を追いかけ続けた彼女を拒絶することは僕にはできなかった。

 けれど、彼女が見ているのは僕じゃない。それでも、慕ってくれる彼女の笑顔を曇らせたくはないから、正直に安珍じゃないといいながら、彼女の手を取り続けた。

 

 だから、何とか戦えた。支えてくれた彼らに格好悪いところは見せたくなかったから。

 それが何の力もないマスターの自分ができる唯一のことだから。

 

 あれだけの軍勢、あれだけの竜を前に一歩も引かぬ英雄たちを前にして僕は二つ思った。

 憧れと怖れ。その強い力に、憧れて同時に恐れた。

 あんな力があればとも思う。だが、同時に怖さも感じる。僕は彼らを従えてもいいのかわからない。

 

 ただ最後のマスターだから。僕しかいないから。それでも世界を救わなければいけないから、彼らは僕に従ってくれる。

 情けなく、みじめに思った。

 

「それでも――それでも、オレ(・・)は――最後のマスターだから」

 

 それでも前に進むしかない。

 どんなに辛くても、苦しくても前に進むしか道はないのだから。

 

「ふぅ――」

 

 時計を見る。まだ早い時間だ。カルデアの外がどうなっているかはわからないけれど、時計が指し示す時間は早い。

 一度起きてしまえば、意識は即座に覚醒する。数少ない特技だった。

 

「どうしようかな」

 

 欠点は、二度寝ができないということ。意識が明瞭な状態から再び眠りに入るには、早い時間ではあるが足りないだろう。

 

「それに、喉が渇いたな」

「はい、安珍様(ますたぁ)お水です」

「ああ、ありがと――って、ええ!?」

 

 渡された水を飲んで、その違和感に気が付いた。ここは自室(マイルーム)。自分の自室だ。誰も入れないはずなのに、そこには清姫がにこりと笑顔を浮かべて座っていた。

 

「な、なんでいるの?!」

「旦那様のお世話をするのは妻として当然のこと」

「か、鍵をかけていたよね」

「愛の前には何の障害にもなりません」

 

 そういう問題じゃない。

 

「でも、水をありがとう、清姫」

 

 だけど、水はありがたかったからお礼はきちんと言う。

 朝早く用意してくれたその心は確かに、うれしいものだったから。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――ああ。

 

 安珍様(マスター)が優しい笑顔をわたくしに向けてくれている。

 朝早く、いつでも旦那様のお世話をできるようにスタンバイしていたのが良かった。良妻として、旦那様がほしいと思う前にほしいものを出すくらいの気概で臨んだ甲斐があった。

 今度(・・)こそ振り向いてほしい、そう思うのはいけないことではないはずですから。

 

 だから、いまとても嬉しい。安珍様がわたくしに笑顔を向けてくれたから。その声で、わたくしの名を呼んでくれたから。

 とても嬉しい。安珍様のサーヴァントとしてお世話ができる。なんとうれしいことか。

 

「ああ、旦那様、お礼など良いのです。夫婦なのですから」

「いや、夫婦じゃないから」

「そんなに恥ずかしがらずとも良いのに。安珍様ったら」

「いや、だからね」

「さあ、次はどうしましょう。お水だけでなく、なんでもおっしゃってください。旦那様が望むのなら、この清姫、良妻としてなんでも致す覚悟です」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「――――うん、ありがとう。でも、女の子がなんでもなんて言っちゃだめだよ」

 

 思わず溺れそうになった。そのやさしさに。彼女はきっと僕が言えば全てを受け止めてくれる。どんなことでも、どんなに醜いことでも。

 嘘さえつかなければ、彼女は良妻として全てを受け止めてくれるだろう。

 

 安珍(・・)として。

 

 それは僕じゃない。彼女が見ているのは、僕じゃなくてその向こう側にある幻想(安珍)という人物。彼女が恋い焦がれ、彼女の思いが向けられている彼だ。

 彼の生まれ変わりだと思っているからこそ、こうやって甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。笑顔を見せてくれる。

 

 それは卑怯なことだと思うから。

 溺れてしまうのは楽だと思う。溺れたいと思う。少しの間だけでも全てを忘れることができるかもしれない。彼女ならきっと甘やかしてくれる。

 でも、駄目だ。

 

「安珍様、わたくし本気です」

「うん、わかってる。だからだよ」

 

 その思いに答えることは今は、できない。いつか彼女が僕のことを安珍だと思わなくなったときに、それでもその言葉をかけてくれるのなら、僕は応えようと思う。

 だからこそ今は駄目だ。応えるわけにはいかない。溺れるわけにはいかない。

 

 決意が鈍ってしまうから。

 

「――――」

「清姫?」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――ああ、この人は、なんて。

 

 ――なんて愛おしいのだろうか。

 

 この人は、わたくしのことを考えてくれている。

 あの人とは違う。逃げた、■■とは違う。やはり安珍様は素晴らしいお方だった。

 

「ああ、旦那様、お慕いしております」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 彼女はそういった。お慕いしていると。

 

「うん、ありがとう。その気持ちは嬉しいよ」

 

 その気持ちはきっと本物だから。

 

「さて、良い時間になったし食堂に行こうか」

「はい、旦那様」

 

 僕の後ろを彼女はついてくる。

 

「あ、先輩に清姫さん、おはようございます」

 

 食堂の前でマシュと会った。

 可愛いマシュ。健気な後輩。可愛い可愛いデミ・サーヴァント。

 

 彼女を見ると、いつも思う。先輩と呼ばないでくれ。慕わないでくれ。そう言いそうになる。

 彼女の期待に応えようとするたびに、応えるたびに、その期待の大きさを知ってしまうから。

 

 良いマスターでいられているだろうか。良い先輩でいられているだろうか。

 不安になってしまう。

 でも、それを前に出すことだけはしない。 

 

「うんおはようマシュ。昨日はよく眠れた?」

 

 吐き出しそうになる弱音を飲み込んで、そう問いかける。

 

 可愛い可愛い僕のデミ・サーヴァント。君の為なら最高にはなれないかもしれないけれど、釣り合うだけのマスターにはなりたいから。

 あの時、君を救いたいと思った気持ちは、今も覚えている。同じだった。

 

 彼女も不安だ。デミ・サーヴァントとして戦う彼女を少しでも支えられるように。弱いところは見せない。

 

「ばっちりです。先輩こそ眠れましたか? レムレムしてませんか?」

「うん、大丈夫だよ。寝起きが良いのは知ってるだろ」

「もちろんです」

 

 彼女と清姫と一緒に他愛のない話をしながら食堂へと行く。

 ふとした瞬間に、彼女たちに全てをぶちまけてしまいたいと思ってしまう。

 それを飲み込む。

 

 何かのひび割れる音が聞こえる。

 

 それでも、前に進むしかない。

 

「さあ、朝食だ。そのあとは、また次の特異点のことについて話し合おう」

 

 次の特異点はローマだとドクターロマンが言っていた。

 次も厳しい戦いになるかもしれない。

 

 それでも、前に進むしかない。

 

 ――何かのひび割れる音が聞こえる。

 

 最後のマスターとして、人類を救うために。

 

 僕は行く。苦しくても、辛くても、諦めなければなんとかなると信じて。

 

 ――何かのひび割れる音が、聞こえていた。

 

 ただ聞こえないふりをしていた――。

 




圧縮解除。

オルレアン、書いてみるとかなりの地獄でした。
ぐだ男視点固定にしているので、結構マリーのところなど描写していませんが、基本的に原作と同じやり取りがありました。

基本的にぐだ男視点でやっていこうかと思います。
原作を全部やると完全に原作と同じになりそうですので。

この後は第二章ですが、その前にカルデア職員の幕間でもやろうかなとか予定してますが未定です。

ではまた。


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第二特異点 永続狂気帝国 セプテム
永続狂気帝国 セプテム


「よく眠れましたか、先輩?」

 

 あの日、彼女は僕にそういった。

 

「それなりに」

 

 僕はそう答えた。

 

「そうなんですか? 先輩、休息は可能な限りしっかり取ってください」

 

 わかっているよと、僕はそう答えた。

 

「それから、その何か夢をみましたか?」

 

 特に何も。僕はそう答える。彼女は安堵した様子だった。

 彼女はどういうわけか僕に夢を見られるのが困るらしい。

 

 ――大丈夫だよマシュ。

 

 可愛い可愛い僕のデミ・サーヴァント。君の心配は杞憂だ。

 休息なんてものはとれていない。

 

 清姫の夜這いに悪夢だ。

 眠れるのは朝が来る少し前に少しだけ。

 眠れない、眠っても悪夢がやってくる。死がやって来る。別れがやってくる。

 悲しいそれは耐えられないほどではない。

 悲しいけれど、辛いけれどそれでも前に進むと決めたから。それだけでは耐えられないほどではない。

 

 耐えられないのは手を伸ばしても届かないこと。

 いくら手を伸ばしても届かない。救えない。

 それが何よりも苦痛だった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 特異点を巡る旅は続き、二つ目の特異点を修復した。

 第二の特異点はローマだった。狂気渦巻く異形なりし歴史を刻むローマ帝国で、僕らは戦った――。

 

 第一特異点と比べてこの第二特異点は戦いはまた大きく異なっていた。あちらはまさに異形戦争。ワイバーンが飛び交いサーヴァントが襲い来る。

 だが、このローマは違った。人と人の戦争だった。真なるローマ帝国と偽りのローマ帝国の戦い。

 偽りなりし歴史の中で、実現したローマの始祖との闘い。

 

 断言する。フランスよりも厳しい戦いだった。相手は人間だった。戦ったのはマシュたちサーヴァントでも、戦えと指示を出したのは僕だ。

 なるべく死なないようにしたが、それ以外の戦いではそうもいかない。殺さなければ殺される。ローマ兵たちの死がそこにはあった。

 

 圧倒的なサーヴァントの力が大軍を蹴散らしていく。英雄とはそういうものだということを見せつけられた。

 一人殺せば殺人者で百万人殺せば英雄となる。数が殺害を神聖化して人を英雄へと祭り上げていく。英雄とはつまるところそういう存在だ。

 輝かしい歴史を持つ英雄は、そういうものだとこのときはじめて理解した。そして、その重みを感じた。サーヴァントとして従ってくれる彼らの重みを。

 

 背負わなければいけない。彼らの行うこと。彼らがなすこと。その責任を背負わなければいけない。

 だって、僕はマスターだから。

 最後のマスター。48番目。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「ん、ああ、大丈夫だよマシュ」

 

 マシュ。可愛い可愛いマシュ。僕のデミ・サーヴァント。

 それでも得たものはあった。あの営みを守れた。だから大丈夫。

 

 栄光なりしローマ帝国。その都の営みを覚えている。

 皇帝ネロが治めた輝かしきローマ帝国の黄金の輝きを僕は覚えている。

 たくさんの死や別れがあった。けれど、そう、けれど――確かにローマ帝国に暮らしていた人々の生活を確かに守ることができたのだ。

 

「だから、大丈夫だ」

「先輩?」

「ん、なんでもない。さて、疲れたし、部屋に戻るよ」

「はい先輩、おやすみなさい。夜更かしは駄目ですよ?」

「わかってるって」

 

 そういって部屋(マイルーム)に戻る。

 誰もいないことを確認して、ベッドへと倒れこむ。

 

「はは――なんとかなった」

 

 なんとかなった。今回も、どうにか。

 

 辛く厳しい戦いだった。激しい戦いだ。何度も死にそうな目にあった。

 それでも、彼女はマシュ僕には言った。楽しい旅だったと。

 

「楽しい、か――」

 

 華やかな彼女、賑やかな彼女。偉大なりしローマ帝国をおさめる皇帝陛下

 ネロ・クラウディウス。

 僕らの旅に同行してくれた可愛らしい陛下。

 客将というだけでなく、友としてともに在れたことをいつまでも覚えていよう。

 その誇りがあればきっと僕は進める。

 

「でも、それもなかったことになる」

 

 それだけが心残りだった。修正された特異点の記憶は僕ら以外には残らない。

 あの瞬間の彼女の顔を覚えている。寂しそうに笑っていた。

 あの瞬間だけは、彼女は一人だった。

 

「寂しいな、それはやっぱり」

 

 楽しい旅だった。

 そう今は思う。そう思う。思い続ける。

 その裏にあるものを見ないように目を背けて。

 

 それを見てしまえばきっと僕は壊れてしまう。

 永続なりし狂気の帝国。

 そこにあったのは戦だ。

 暗く辛い戦だ。

 

 華々しい皇帝に彩られた帝国の暗部には確かに暗がりがある。むしろ華が輝くほどにその暗がりは大きくなる。それが彼の戦いだったといえる。

 その事実を見てはいけない。

 その事実を残してはいけない。

 その事実はなかったこと。

 

 誰かが死んだことも、誰かが悲しんだことも。全てはなかったことだから。

 楽しい旅とふたをして今は前に進もう。

 それだけが48番目にして世界最後のマスターとしてできること。

 

「――――」

 

 何かがひび割れる音が聞こえた。

 

 ――僕は聞こえないふりをする。

 

 ――気が付くとそこは暗がりだった。

 

 それが夢だとすぐに気が付く。夢の最後。そこは暗がり。

 

 カルデアでもなく、特異点でもない。

 どこかの暗がり。必死に前に進む泥のような、あるいは沼のような感覚を引きずって僕はただ前に進む。

 それ以外にやるべきことがないから。

 それ以外にできることがないから。

 

 一歩進むたびに杭が突き刺さるかのような痛みが走る。そのたびに、ここで歩むのをやめてしまおうと思う。

 辛く苦しいことは嫌だ。だって、そうだろう。誰でも辛いことや痛いことは嫌だ。

 けれど、これは僕にしかできない。

 選ばれたマスターたちは重症でコールドスリープしていなければ死んでしまう。

 

 ほかにマスターとなれる者はおらず、サーヴァントにはマスターが必要。

 選択肢など初めからない。僕がやらなければ世界は滅ぶ。

 ゆっくりとカルデアもまた滅びへと向かうのだ。

 

 だから、前に進む。

 一歩。

 杭が身体を貫く。

 一歩。

 杭が身体を貫く。

 

 痛みで心が張り裂けそうになる。

 痛みで身体が動くことをやめそうになる。

 心がやめていいんじゃないかと叫びだす。

 身体がそれに従ってしまいそうになる。

 

 けれど、けれど――。

 

 ――僕は歩みを止めない。

 

 なぜなら、痛みに貫かれるたびに、彼女の顔が見えるのだ。

 

 マシュ。マシュ・キリエライト

 可愛い可愛いデミ・サーヴァント。愛すべき僕の健気な後輩。

 

 彼女の笑顔が見えるのだ。声が聞こえるのだ。

 

 ――先輩。

 

 そうただの一言。笑顔で僕を先輩と呼ぶ彼女が見えるのだ。

 

 だから、僕は前に進む。

 僕の目の前には門が見える。

 どこでもない。どこか世界のはざまに存在するという■の国の門。

 それが何かはわからない。

 

 黄金でない瞳では。碩学ならぬ身では。神ならぬ身では。

 

 けれど、それに触れなければ、それに届かなければと思う。救うべきものがそこにあるのだと誰かが言っているような気がしたから。

 

「まったく無茶をする」

 

 誰かの声が響く。

 

「そうまでしておまえになんの得がある」

 

 誰かの声。女の人の声。若くされど老成したような。

 

「ない」

「ほう、ないか。ではなぜそうまでして進む」

「諦めたく、ない」

 

 諦めたくない。だから手を伸ばす。

 

 けれど――。

 

 ――届かない。

 

 この場所からでは。僕の手では届かない。それがたまらなく苦しい。

 もっと進まなければ。

 そう思って一歩踏み出す。

 痛みが突き刺さる。

 

 止まりそうになるたびに愛しいあの子の姿を見ながら前へと進む。

 

 その間、ずっと何かがひび割れる音が響いていた――。

 

「――旦那様(ますたぁ)

 

 ――目を覚ますと、甘い声が聞こえてくる。

 

 甘えるような甘酸っぱい果実の声。女の声。少女の声。

 華のような少女の匂いが鼻腔をくすぐる。音を拾い始めた耳は衣擦れの音を感じ取り、僕の上にいる誰かを感覚する。

 

「――清姫」

「はい、旦那様」

 

 電気が付いたままの自室(マイルーム)。時計を見ればいつの間にか眠ってからさほど時間は経っていないようだった。

 叫びださなくてよかった。そう思う。

 

「顔が近いよ」

「近づけていますから当然です」

「……そう。それで、何か用?」

「旦那様と常に在ることこそ良妻」

「――つまり理由はない? ごめん、今は少し疲れているんだ。だから」

「いえ、いいえ、旦那様。旦那様がお疲れなのはわたくしも理解しています。ですが、お食事をとらぬまま寝るのはいかがなものでしょう。疲労を癒すにも食事は欠かせぬはず」

 

 彼女の言うことも一理あった。

 

「腕によりをかけておつくりしました夕餉をどうか召し上がってくださいまし」

「わかった。食堂に行くよ」

 

 なら行こう。せっかく用意してくれているというのであればそれを無駄にさせるのは駄目だろう。

 

 いつものように彼女は後ろをついてくる。

 

「ああ、やっと来たね。おそいよ君」

 

 食堂に入るとエプロンを付けたブーディカさんがめっというようにつんと額をつついて来た。

 

「すみませんブーディカさん」

 

 ブーディカさん。ライダーとして新しく加わったサーヴァント。僕らの新しい仲間。やさしいお姉さん。

 ローマでもお世話になった人だった。

 

「今日は清姫とあたしでいっぱい作ったからいくらでも食べていいからねー」

「おう、もう食ってるぜ」

 

 そう返すのはとっくに食堂で自分に割り振られた分に食らいついているキャスターのクー・フーリン。

 

「いや、うめえうめえ。龍の嬢ちゃんの方はわかってたが、あんたも相当だな」

「ありがと。でも、マスターより先に食べるサーヴァントがいるかな」

「いいじゃねえの。マスターもこれくらい気にしないだろ」

「よし、燃やしていいよ清姫」

「はい、では」

「いや待てオイ!」

 

 先に食べていたクー・フーリンはおいておいて、席に着く。隣にはマシュが座っていた。

 

「やあマシュ」

「すごいですよ先輩、今日はとても豪勢です」

「そうだね」

 

 清姫とブーディカさんが作った料理はすごい豪勢だ。

 みんな揃って食べ始める。

 

「さあ、旦那様あーん」

 

 いつものように清姫が隣から食べ物を差し出してくる。

 微動だにしないそれにため息を軽く吐いてから食べる。

 

「うん、おいしい」

 

 好みドストライクの味。

 

「はい、当然です。マスターに合わせて作りましたから」

「うん、ありがとう」

 

 正直怖い。

 いつも間にか全ての好みが把握されている。恐怖だった。

 

「先輩、こちらもどうぞ。じつはブーディカさんに教わりながらつくったんです」

 

 そういって隣からマシュも料理を差し出してくる。

 背後に感じる無言の圧力に気が付かないふりをしながらマシュのも食べる。

 

「うん、おいしいよマシュ」

「ありがとうございます!」

 

 次はまた清姫が、と落ち着く間もなく食事は続く。一瞬でも気を抜けば焼かれかねない緊張感の中で食事は驚くほど味がしなかった。

 

「ふぅ」

 

 風呂場でも清姫の乱入などで落ち着く暇などなく、ようやく落ち着いたのは深夜を回ったくらいだった。明け方まで数時間。

 眠らなければと思うが、眠れそうにない。

 

「何か飲むか」

 

 喉が渇いたから食堂に何か飲み物を探しに行く。

 

「あれ?」

 

 食堂に明かりがついていた。まさか清姫か? と警戒しながら中をの覗くと、

 

「ブーディカさん?」

「ん、ああ、君かどうしたんだい?」

「どうしたんだいって、それはこっちのセリフなんですけど」

「あたしは、明日の下ごしらえかな。あと君がそろそろ来るんじゃないかと思ってホットミルクを用意していたんだよ」

 

 暖められたミルクが差し出される。

 

「ありがとうございます」

 

 それはとても甘い味がした。

 

「ん、いいよ。眠れそう?」

「どうでしょう」

「それなら少し部屋に戻ってお姉さんとお話ししよっか」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 マスター。君。

 頑張り屋の男の子。

 世界最後のマスターになってしまった子。

 

 清姫に追いかけられてどうにか逃げて、そろそろ来るかなと思って待っていたらやっぱり来た。

 疲れた様子で、でもそれを悟られまいとしている。

 だからあたしは何も聞かずに子供が眠るときに飲むホットミルクを差し出した。すこしだけはちみつの入った甘い特製。

 

 それを飲んでから部屋に戻って、そこで話をする。そのまま眠ってしまえるから。

 

「それで何の話を?」

「ほら、あたしって来たばかりだし、マスターの好きなものとか、あたしの好きなもの、嫌いなものとかお話ししようかなって。お互いを知ることは大事でしょ?」

「そうですね。お互いを知ることは大事です」

「なら決まり。それじゃあ、まずは好きなものから」

「そうですね――」

 

 関係のない話。彼はいぶかし気に思っているだろう。

 けれどそれでいいのだ。少なくともこういう話をしている間は辛い戦いのことなんて考えなくて済むはずだから。

 

「あたしは、空と大地と、人のつながり。あとは美味しいご飯があればさいこーっ! かな。君の嫌いなものは?」

「あまりないです」

「あたしとおんなじだね。でもしいて言うなら、ローマだけは好きになれないかな」

 

 あたしから全てを奪っていったローマ。思うことがないといえば嘘になる。けれど、人類史を守る。そのために今は忘れる。

 

「…………」

「ああ、もうそんな顔しないの。あたしは大丈夫だよー」

 

 それでも君は、優しい君は心配してくれるんだね。

 だからあたしはこう言おう

 

「君、いい奴だよね」

「はい? どこが?」

「どこがって? そりゃ、こんな大変な戦いに参加してる。一般人って聞いたよ。それなのにあんなに必死に、あんなに一生懸命に。だけじゃなく、あたしみたいな地味ーなサーヴァントに付き合ってくれてるでしょ? 心配もしてくれる」

「当たり前ですよ」

 

 当たり前。その当たり前が難しいんだよ。

 だから、あたしはこう言おう。

 

「無理、してない?」

 

 きっと君は無理をしている。

 

「…………ええ、もちろん」

 

 ほら、だって君は必死にそういわないようにしているから。

 

「……そっか」

 

 だから、あたしは何も言えなくなってしまう。

 必死に、必死に、マスターであろうとする君。小さくて弱くてけれど誰よりも強い君。

 その決意に、その覚悟に、あたしは何も言えない。言いたくない。

 

 君の心がひび割れる音が聞こえているのに、君は聞こえないふりをする。

 それはとても悲しいこと。いつか壊れてしまうかもしれない。

 でも、君はそれでも前に進むんだね。

 

「わかった。でも、何かしてほしいことがあったらいうんだよ。あたしにできることなら何でもするから。遠慮しなくていいんだよ。よし、じゃあまずは子守歌を歌ってあげよう。君が眠れるようにね」

 

 だから、あたしは精一杯君を支えよう。君が辛くなって壊れそうなときは、この胸を貸してあげる。

 今は子守歌を。

 

 眠れていない君に安らかな眠りを――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ブーディカさんの歌が響く。歌が響く。

 

 彼女の言葉に、全てを吐き出しそうになった。

 彼女は優しい。誰よりも優しい女王様。

 

 それでも、僕は差し出されたその手を取らなかった。

 きっと、そうすれば何もできなくなってしまう。良いよって言われたら、もうだめだ。

 僕は弱い。それはよくわかっている。

 

 それでもやるしかないから前に進めている。そうでないのなら僕はきっと前に進めていない。

 人は楽な方へ苦しくない方へ行く生き物だから。

 僕はサーヴァントたちのように強くない。選ばれたマスターたちのように覚悟もないから。

 甘えたらきっと前に進めないから。

 

 ――何かがひび割れる音が響く。

 

 けれど、それに混じってブーディカさんの子守歌が聞こえる。

 すぅっと耳に響く声。

 安心する。ベッドに入った僕の手を握って、ぽんぽんと子守歌とともに幼い子にするように。

 

 すぅっといつの間にか眠りへと落ちていた。

 夢は見なかった。望んでいた眠り、癒しがそこにはあった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ん、寝ちゃったね」

 

 眠った君の顔はとても安らかだ。きっとずいぶんと眠れていなかったんだろう。

 

「さて、あたしも――」

 

 部屋を出ようと思ったらずっと手が握られている。

 まるでいかないでというように。

 

「ふふ、もー、子供なんだから」

 

 おやすみマスター。良い夢を。君が目覚めるまでここにいてあげるからね。

 




ブーディカ姉に溺れたい。

徐々に、徐々に、ゆっくりと。
壊れていけ、磨耗していけ。

さて、次回は月見か、三章か、ハロウィンかなぁ。
意外にも好評なようでびっくりです。

で、決定、月見やります。ギャグです。でもぐだの心労はマシマシでいきます。
それから、出してほしいサーヴァントなどありましたら活動報告の方に言ってもらえると助かります。

ではまた次回。


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月の女神はお団子の夢を見るか?
月の女神はお団子の夢を見るか?


初めに言います。ネタイベントだから、この話もギャグよりです。


 お月見というものを知っているだろうか。

 いや、知らないものはいないだろう。少なくとも現代日本出身者ならば知っているだろう。

 ここカルデアでもそういうイベントはあるようだった。

 

 世界を救うのにそんなことをしてもいいのかという思いはある。けれど、

 

「いいじゃないの。世界を救わなければいけないけれど、休んじゃダメなんて誰もいってないからね」

 

 ドクターはそういう。

 

 僕もそれには賛成だった。たまには、何も気にせず休みたいときもある。

 

「だからドクターはカラの皿なんて持って踊ってるんですね」

「いや、うん、ごめんちょっと待って」

 

 わかっている。ドクターも言わないけれど辛いのだろう。僕だけが辛いわけじゃない。

 

「いや、なんで君は僕の肩に手を置いているのかな。違うからね!? 倉庫にお団子を取りに行ったマシュが戻ってこないんだよ」

「マシュが?」

 

 デミ・サーヴァントマシュ。可愛い僕の後輩。

 彼女は言われたことは素直に実行するとてもいい子だ。そんな彼女が倉庫にお団子を取りに行って戻らない?

 断言するありえない。彼女は何があろうともいわれたことは実行してきた。無理な時はさすがにできないことはあれど可能なことはできうる限り実行する。

 

「……」

「ねー、ロマニー、お団子まだー? もう月の映像だしちゃうよー? 早くお酒飲もうよー、この日のために節制してきたんだからさー」

 

 何かあったのではないかと、考えているとダヴィンチちゃんがもう待てないーと駄々をこねる。

 お酒飲みたいといいながらもちょびちょび飲んでいるのはダメ人間を思わせた。

 

「そうだぜ、早く飲もうぜっと」

 

 キャスターのクー・フーリンも同じくちびちびと好みの酒を飲んでいるようだった。

 

「んー、これは何かあったかな」

 

 ブーディカさんがそういう。

 その瞬間、警報が鳴り響いた。

 同時にマシュが駆けこんでくる。

 

「大事です、ドクター! 食料庫が襲われました! 用意していた祭儀用のお供え物ほか、カルデアの食料備蓄は底をつきました!」

 

 そう血相を変えて一気にまくしたてるマシュ。

 ああ、でも、それ以上に言うべきことがあると思った。いいや、違う。絶対に言わなければいけない言葉があるのだと理解した。

 この瞬間、人類の普遍無意識とまるでつながったかのように錯覚する。

 

 まるで世界の意思が僕にこの言葉を言えと叫んでいるかのようだった。ゲームの登場人物のように操作されるままに自然と口が言葉を紡ぎだす。

 その言葉は空気を読んでいないかもしれない。明らかにおかしいかもしれない。絶対に今いうことじゃないといわれるだろう。

 

 けれど。ああ、けれど。

 それでも言わなければならないのだと魂が叫んでいる。

 これを言わなくてどうするのだ。そう心が叫んでいるのだ。

 だから、叫べ、胸を張って、大きな声で彼女に聞こえるように――。

 

「そんなコトより眼鏡似合っているね、マシュ」

 

 僕は精一杯のイケボを行使した。具体的には回す方のノッブっぽい声だ。

 

 ああ、可愛い可愛いマシュ。僕の愛しのデミ・サーヴァント。健気な後輩。

 彼女は初めて会った時のような格好で、眼鏡をかけていた。

 いつもの格好ではなく。

 これをほめないなんて、男じゃない。

 

 ああ、可愛い僕のデミ・サーヴァント。君は美しい。時よ止まれと思ってしまうほどに――。

 

「あ……」

 

 ああ、赤面した彼女も可愛らしい。

 

「はい、ありがとうございます。視力があがりましたので、本当は必要ないのですが……初めて先輩と会った時の格好ですし……」

 

 何この可愛らしい生物。

 

「はーい、そこ空気読んでねー。ここ緊迫したシーンだからねー」

旦那様(ますたぁ)! どうですか!」

 

 いつの間にか清姫も眼鏡をかけている。そこらにいた職員のを奪ったらしい。大きさが合わなくて彼女は両手で眼鏡を押さえている。

 魂の叫びは――。

 

「可愛いよ、清姫」

 

 ――止められない。

 

「ああ、旦那様ぁ!」

「こらこら、今は緊迫した状況なんだからそこまで。君も、あまりそういうことを誰にでも言っちゃだめだよ。いざという時に信じてもらえなくなるからね」

「助かるよクイーン・ブーディカ。それで、マシュ。食料庫が襲われたって、犯人は誰なんだい!?」

 

 ドクターに言われてマシュが現状の説明に入る。

 彼女曰く、犯人は不明。監視カメラは機能不全であり、記録された映像はハートマークのようなもので塗りつぶされていた。

 解析班の人たちもこれを見て倒れてしまっているという。

 

「ははん、これは鯖の仕業だね」

「鯖!? レオナルド、キミまで狂ったか!? まともなのは僕だけか!」

 

 いや、ドクター、そういうことではない。ダヴィンチちゃんが言いたいのはおそらく、

 

「サーヴァントの仕業ってこと?」

「そうさ。ほらロマニ、ここ見てみ?」

 

 彼女が指さす先にはカルデアスがある。そこにある特異点の一つを指さす。そこはフランス。

 

「誰かがフランスにレイシフトしてるみたいなんだよね。さっきの警報はこれかな」

「単独でレイシフトして逃げたと……?」

 

 マシュが驚く。

 それは僕も同じだった。

 単独でそんなことができるサーヴァントがいるわけがない。

 

「そうだね。今のカルデアから外に出られるのはマスターと契約したサーヴァントだけだ」

「でも、逆にいえばー、契約したサーヴァントならいくらでも悪さができるってことなんだよねー」

 

 ダヴィンチちゃんの補足に驚く。

 しかもそこからさらに続く言葉に驚きは連続する。

 

「きわめて強力かつ、特殊な英霊。そうだね、時空をゆがめるくらい強力なサーヴァントなら可能さね」

「いや、そんなサーヴァントとは契約した覚えないよ。ね、マシュ」

「わたしの知る限り、そんな記録はありませんね」

「いや、そこはほら因果が逆逆。時空をゆがめるくらい強力な鯖だよ? いずれ契約する可能性を引っ張っていつか契約した結果を招き寄せるくらいは簡単なことかもしれない。ああ、間違いなくこれは――」

「神霊だね」

「ロマニー、なにいいところ取って言ってるんだよー」

「いや、このままだとなぜかフェードアウトしそうで」

 

 神霊。

 いと尊き者。そとなるもの、蕃神。かなたよりきたるもの。ふるきもの。さりしもの。

 

「そんな存在が、オレと?」

「うん、そんな可能性もあるみたいだね。君が契約するなら純粋な悪人というわけじゃないだろうけど、このまま食料の備蓄がないのは僕たちとしては困る」

「そうです、ドクター、マスターのサーヴァントとして速やかな対策を要求します」

「でも神霊だよ? 大丈夫?」

「マスターがいれば大丈夫です!」

 

 ああ、マシュ。マシュ・キリエライト。

 愛しい君。可愛い可愛い僕のデミ・サーヴァント。

 君の信頼が嬉しい。君がその信頼の笑顔を向けてくれる限り、僕は頑張ろうと思える。

 けれど、けれど、同時に重くも思う。

 

 君の無条件の信頼が僕には重い。僕は君が思っているほどすごい人間じゃないんだ。ただの一般人。何の特別もないただの人間なんだ。

 数多のサーヴァントたちを束ねるマスター足り得る実力なんてない。

 判断も並み。偶然うまくいっているだけに過ぎない。必死に勉強しているけれど、それでも英雄たちに及ぶなんて到底思えない。

 

 けれど、そう、けれど。

 君がそう望むのなら、僕はそう在りたいと思う。

 マシュ。可愛いマシュ。僕のデミ・サーヴァント。唯一にして無二の愛しい後輩。

 君がそう望むのなら。僕はそう在ろう。

 

 ――何かがひび割れる音が響いている。

 

 ああ、マシュ。可愛い僕の後輩。愛しいデミ・サーヴァント。

 君が望む限り、その信頼に釣り合うようにマスターとして在ろう。

 だから、僕は君に、こう言おう。

 

「ああ、任せろ!」

 

 力強く、数多の英霊を率いるマスターとして。何の力もないが、意思だけは前に進み続ける理想のマスターと見えるように。

 

 ――何かがひび割れる音が響いている。

 

 愛しい君。助けたいと思った君。

 僕にできるのはこれくらいだから。

 

 マシュの笑顔を見ろ。その期待に、その信頼に僕は応えなければいけないのだから。

 君がどうしようもなく愛おしいから。

 君の期待には応えたいと思う。だから僕は前に進む。

 

 ――何かがひび割れる音が響いている。

 

「それでこそだ! それじゃあ、よろしく頼んだよ」

 

 レイシフトするフランスへ。

 

 そこで1人の女性と出会った。

 

「オリオン?」

 

 女性はそう名乗った。星座のオリオンだと。

 

 ――え、え?

 ――オリオン? 星座の?

 

 男のはずだけれど、女の人? しかも弓の扱いへったくそに見えるのにどうしてそれでうまいこと当てて敵を倒せるのだろうか。

 

「事実は伝説よりも奇なりっていうことよ」

 

 そういう問題じゃないような気がしたが、とりあえずマシュとともにお団子を盗んだ犯人をおいかける。オリオンさんが見たという三人組。

 フランスで世話になったマリー王妃たちだった。

 

「でも、ごめんなさい、今は敵なの」

 

 かつての味方だった彼女たちとの戦いは辛かった。苦楽を共にした仲間と誰が戦いたいと思う。

 それでも戦った。戦って、勝って、思い出してくれた。

 

「ごめんなさいね」

 

 それでもお団子は足りない。三トンという量には程遠い。マリー王妃の話によればまだだれかが持って行ったらしい。

 彼らはマルセイユの浜辺にいるという。

 

「先輩……!」

 

 マシュが僕を見る。彼女の願いが僕にはわかる。取り戻したいのだ。お団子を。

 なら僕は彼女のマスターらしく、こう言おう。

 

「ああ、急ごうマシュ!」

「ちょっと待ってくださる?」

「なんです?」

「せめてあなたたちの旅に幸運があらんコトを!

 ヴィヴ・ラ・フランス! あーんど、ちぃーす!!」

「へ?」

「ふふ、頑張っているあなたにとびっきりのご褒美。またほしくなったらいつでも来てね」

 

 おいしい紅茶とお菓子を用意して待っていてあげる。

 

 そう口づけと共に言い残して、彼らは去っていった――。

 

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

 

 王妃の言っていた場所に行くと、なんだろう。聖人二人と侍が語り合っているのか喧嘩をしているのかわからない現場にたどり着いてしまった。

 だが、団子を食べている。これはもう成敗案件だとマシュは言う。

 

 とりあえず突撃して、倒して。

 

「いやはや、物欲とは叶わぬな」

 

 小次郎はそういった。

 

「ふむ、団子とは実に奥深いものだ。聖人すら魅了するとは」

 

 ゲオル先生がそう言った。

 

 いつもとの違いに驚くばかりだ。

 

「まったく男って。その中でもあなたはとびっきりね」

 

 聖女マルタがそう僕を見ていう。

 

「オレが?」

「そう。自分でわかっているくせに」

「そんなことより団子返してくれ」

「はいはい、返すわよ。――それじゃ」

 

 そして朝刊に載る勢いで逃げていった聖女マルタ。

 

「――なんだったんだろう」

「なんでしょうね、先輩」

「さあ、行きましょう」

「そうです、時間の許す限り回収します。次はふとっちょのあの人です」

 

 ローマでさんざんいいようにやってたあの男。カエサル。

 聖女マルタの言葉通り荒野に行くと彼はいた。そこに集うはローマ皇帝たち。

 

 しかし、かつてのローマとはその在り様が大きく違う。

 これがサーヴァントというもの。召喚された陣営が違えばその在り様もまた違うのだ。全てはマスター次第。そう言外に言われているような気がした。

 

 正しくあろうと思う。いいや、正しく在らないといけない。

 最後のマスターだから。

 

 ――何かがひび割れる音が聞こえている。

 

「とりあえず会話するより前に突撃です!」

 

 正面から堂々と突撃。それでしゃべらせる前に終わらせた。

 

「まったくしゃべる間すらないだと。おまえたち鬼か。私は弁舌の赤セイバーだというのに」

「いえ、正当な権利を行使しているだけです。それから本気で訴えますよ」

「ネロオオオオオオ!!」

「二人とも、大変よ! カリギュラが斬られたわ!」

「カエサルさんなにをしたんですか!」

「いや、これは私のせいではないぞ。断じて違う」

 

 じゃあ、誰? と袋を見る。

 そこから這い出してきたのは褐色の女。

 

 破壊の大王だった――。

 

「――――」

 

 視界が、歪む。我知らず喘いで、強烈な眩暈が僕を襲う。呼吸困難。眩暈。

 呼吸が、止まる。恐怖で。息を吸っても、吐いても、空気が肺に入って行かない。苦しさを感じる。息をするという生物が普遍的に行う呼吸が止まって、苦しくない生き物はいない。

 

 ローマでの彼女の所業を忘れられるわけがない。

 ――恐怖。

 それをただ感じる。

 

 彼女もまたかつてとは違う。だが、恐怖が僕の身体を駆け巡る。

 

「気を付けて、彼女は危険よ」

 

 オリオンが言う。

 

 知っている。彼女が危険なことは知っている。感じている。

 圧倒的な破壊の念ともいえるそんな気配。

 黄金ならぬ眼でも。碩学ならぬ身でも。神ならぬ身でも。

 それは感じ取ることができる。

 

 彼女の在り方は変わらない。破壊する。

 

「ん……」

 

 ふいに彼女と視線が合った。

 気が付くと、彼女が目の前にいた。

 

「もぐ、もぐ、うむ」

 

 ひんやりとした手が僕の頬に触れる。

 

「おまえはいい文明だ。けれど、おまえは悪い文明だ。だから壊す」

 

 恐怖に混濁する意識と、歪んだ視界がありとあらゆる全てを呑み込んでいく。

 全てが漆黒に染まりそうになるその刹那――。

 

「先輩!」

「――――っ!!」

 

 喉を空気が通る。弾かれるように、身体が跳ねて、酸素が脳に回る。

 

 ああ、マシュ。可愛い後輩。愛しい僕のデミ・サーヴァント。

 彼女の盾が軍神の剣を防ぐ。

 彼女の言葉が勇気を湧きあがらせる。

 そうだ、立ち止まれない。恐怖に足をすくませている場合じゃない。

 

 だって彼女が見ている。なら――。

 

「マシュ、全力で、迎撃だ!!」

 

 僕は前に進む。

 

 ――何かがひび割れる音が響いた。

 

「ああ、うまくいかなかったな。いいや、残念じゃない。ただ――」

 

 言い終わる前に彼女は消えた。

 激しい戦いは終わった。

 意味深な言葉を言い残してカエサルもいなくなり、ドクターとの通信が回復。ボロボロだけど、団子は集まった。

 これで帰ることができる。

 

「あれ、オリオンは――」

 

 一緒に戦っていたはずのオリオンがいない。

 

 カルデアに帰っても、疑問はついて回る。

 僕らの側に問題があった。

 ダヴィンチちゃんの言葉。

 問題。違うことは。

 

 導き出される結論は、ただ一つだった。

 気が付けば、マシュと二人フランスにいた。

 

「こんばんは、カルデアのマスターさん」

 

 そこにいたのは、オリオンさんだった。

 

「あなたが、犯人だったんですね」

「そうよ。だって、お団子があったんですもの」

 

 お団子。月見団子。

 あれはいわば神への供物。月の女神に捧げるもの。

 だからこそ目覚めてしまった。カルデアという特殊な召喚式がある場所でそんな儀式を行えば当然神は目覚める。

 

 目覚めたらまずやることは? 腹ごしらえ。おなかすいていたから団子を集めさせていた。

 

「あなたたちのおかげで気楽な召喚待ち状態になったんだけどー、あとはあれよあれ。腕試し!」

「話し合いは」

「無理。私弱い人間嫌いだから。だから、まずは、わがままで、理不尽で、人でなしな私を倒せるぐらいの力を見せてほしい。そうしないと私みたいなサーヴァントは扱えないんだから」

「先輩――」

 

 マシュが僕を見る。

 わかっている。わかっているよ可愛いマシュ。僕のデミ・サーヴァント。

 

 ――何かがひび割れる音が響いている。

 

 君の覚悟ができているというのなら。君が望む通り。僕はマスターとして宣言しよう。

 

「女神退治だ、マシュ――!」

「それじゃあ、改めて。私は月の女神アルテミス。ダーリンのように私を打倒してね」

「マシュ・キリエライト行きます!」

 

 そして、女神に勝利した――。

 

 




次はハロウィンです。

ネタイベだろうとシリアスイベントだろうと主人公の心をゆっくりと削っていきます。
少なくとも本編ほど削れないけど塵も積もれば山となるというように少しずつ、少しずつ削ります。

そして、空の境界イベントとバレンタインデーを逆にすることに決定。空の境界イベやったあとにバレンタインをやって木っ端みじんにして、マシュのメンタルもがりがり削ります(愉悦)。

さて、次回ハロウィン。どうやって削ろうかな。真綿で首を締めるように、やすりで鉄塊を削り切るように。ゆっくりとゆっくりと、徐々に、徐々に摩耗して、弱らせていく。
ああ、楽しい(愉悦)。


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歌うカボチャ城の冒険
歌うカボチャ城の冒険


みなさん、今回は癒しですよ!


「おはようございます先輩、突然ですが招待状が届いてますよ?」

 

 ハジマリは、マシュの言葉だった。

 マシュ。可愛いマシュ。僕のデミ・サーヴァント。愛しい後輩。

 

 彼女が朝に古式ゆかしい、大変丁寧な封筒を持ってきた。

 差出人は不明。けれど、そこには確かに僕の名前が書かれていた。

 見出しからするとハロウィンパーティーのお知らせだという。ここは季節感がないからわかりにくいがもうそんな時期なのかと驚いた。

 

 もう季節の感覚も曜日の感覚すら曖昧だった。特異点に行かない日はずっとカルデアで訓練をしている。少しでも役に立てるように。

 足を引っ張らないように。生き残れるように。

 

「ハロウィンか」

「はい、どうしましょう」

 

 マシュでも、ましてやドクターでもない。ダヴィンチちゃんがこんな気の利いたことをするとは思えない。彼女ならもっと突拍子がないだろう。

 だから、誰からの招待状かわからない。そんなものに行くわけにはいかなかった。

 

「ともかく読んでみましょう。ご安心を、カミソリなどの危険物は混入してませんでした」

 

 それなら安心して読める。

 

 ――すてき――。

 

「エリザベートだ」

 

 とりあえず、一行目を読んだだけでなんかわかった。エリザベート。エリちゃん。可愛いアイドルの女の子(サーヴァント)

 

「歌への誘いが三回も強調されているのがたまらなく不吉です」

 

 不吉だった彼女の未来を知っているだけに。

 彼女、エリザベートの未来を僕は知っている。

 

「どうしましょう先輩」

「僕としては何も知らない方が良いと思うんだけどね。確証ないし。そうやって人生の難局を乗り切ってきた僕としては知らないでいたかったよ、うん」

「ドクター、そうはいってもこれは……」

 

 こんなことやりそうなサーヴァントは彼女以外に思いつかない。というかチェイテ城とか書いてある時点でもう確定だった。

 

「とりあえず、どうしようか」

「……」

「マシュ?」

「あの、先輩、その、ですね。招待に応じるのですか?」

「怪しいし、危険かもしれない。オレとしては、あまり行く気はしないけど、マシュは違う?」

「ええと……私こういう催しは初めてで興味が……あ、いえ、先輩がいかないというのなら――」

「行こう」

「ええ!? どうしちゃったの、いきなり精一杯のイケボで、どうしたんだ」

「ドクターは黙ってて」

 

 いろいろと言ってくるドクターを黙らせて、僕はマシュへと向き直る。

 マシュ。可愛い僕のデミ・サーヴァント。誰よりも大切な後輩。

 興味があるのに、僕の為に諦めようとする。

 けれど彼女を見ればわかる。行きたそうにしている。だったら、やることは一つだった。

 たとえ、どんな危険があるとしても彼女の願いは叶える。

 

 ――何かのひび割れる音が聞こえた。

 

 マシュ。可愛い僕の後輩。愛すべきデミ・サーヴァント。君の初めてを僕は応援する。

 

「ドクター」

「まあ、手紙に残留していた霊子情報をもとに座標は特定してあるからいつでもいけるよ」

「――マシュ、一緒にお祭りに行こう」

 

 僕の一言に彼女の表情がほころぶ。

 

「はい! ぜひご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」

「それじゃあ、目的地夢のテーマパークに二名様ご案内ー」

「うわぁ!? ダヴィンチちゃんどっからわいてきたの?!」

「細かいことはいいでしょロマニ。さあさあ、お二人さん準備はいいかにゃー」

「あ、ちょっと待ってください」

 

 マシュが今にもレイシフトを開始しそうなダヴィンチちゃんを止める。

 

「あ、あの先輩、こういうのは初めてなのですが……その、これでも勉強は欠かしていませんでした。その……こういう時はお弁当を持って行った方がいいんですよね?」

 

 ――それは、手作りを作ってくれるということですか!

 

「そうだね、こういうときはそれが一般的だね」

「わかりました! では、少し待っていてください。先輩の為に作ってきます!」

 

 お弁当を用意して、僕らはその場所へと降り立った。

 

「到着です。どうやらヨーロッパのようですね」

「年代がわからないし、なんだろうこの雰囲気」

「怖いような、なんだか楽しいような、不思議な雰囲気です!」

「ハロウィンねぇ。懐かしいな」

「知っているのかクー・フーリン!」

「まあな。ハロウィンってのは古代ケルトが発祥だ。アルスターでもそういうことやったな。師匠のところじゃ、そもそも必要なかったが」

 

 もともとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事であったとクー・フーリンは言う。

 

「そうなんだ」

「まあ、現代じゃそうじゃないわな」

 

 現代では祝祭本来の宗教的な意味合いはなくなり、ただ単に仮装してお菓子を貰うといったような行事となっている。

 

「しっかし、こりゃ本格的な方だ」

 

 そういってクー・フーリンが空中にルーンを描く。輝くルーン。それは彼がよく使うアンサス。火のルーン。

 圧倒的な業火。現代ルーンでは考えられない高威力の原初のルーンが、近づいてきた悪霊たちを薙ぎ払う。

 それでもどこからともなく現れる悪霊や骸骨。

 

「すごいです先輩! あちこちからジャック・オー・ランタンがふわふわ浮いてきます!」

「それに骸骨が楽しそうに踊ってるね」

「フォーウ!」

「これはちょっと予想外だぞ。本格的だな。いいなぁ。僕も行きたいよ」

 

 とても楽しそうな光景だ。

 

「おいマスター、観光気分も良いが、中には襲ってくるのもいるから気をつけろよ」

「まあまあ、いいじゃないクー・フーリン。マスターが楽しそうにしてるんだからね。あたしとしてはそっちの方が大事かな」

「ま、俺らでどうにかすりゃいいか。それより、あの龍の嬢ちゃんはどこいった」

「そういえば、朝から姿が見えないね」

「おーい、二人とも行くよー」

「考えるのはあとだね」

「槍がありゃあ、もうちょい楽できるんだがなぁ」

「フォウ――!? (なにやら悪寒に振り返る)」

 

 僕らは進む。警戒をしながらではあるが、本格的なハロウィンとあってなかなかに楽しいことになっている。

 

「やはりあの怪しげなお城に向かうのが良いと思います」

「そうだね」

 

 怪しげなお城。そびえたつそれは、あからさまに僕らを招いている。

 城門を開け放って、さあどうぞと言わんばかりに城下町をネオンで照らし、僕らへの道しるべとしている。

 ああ、頑張ったんだなと、そう思う。

 

 恐ろしく、それでいて華やかで楽し気な。

 そんなお祭りが繰り広げられている。

 

「すごいです先輩、かぼちゃの街です。何がすごいのかどんななのかまったく言葉にできませんがかぼちゃの街です!」

 

 かぼちゃの街。言葉にできないけれど、とにかくすごいことだけがわかる。

 ワイワイガヤガヤ。そこではお祭り騒ぎだ。骸骨と幽霊が楽し気にダンスを踊ったりしている。

 

 時おり襲って来るのがいなければ良いのに。

 お祭り騒ぎに紛れて襲って来るのがいる。見えない敵。警戒を緩められない。

 進む度に何かいるのではないかと思わずにはいられない。

 来なければよかった。そんな思いがけない鎌首をもたげてくる。

 

 けれど、けれど、マシュ、愛しい僕のデミ・サーヴァント。

 君がとても楽しそうにしている。戻る選択肢は選べない。君のためなら僕は何でも出来るのだ。

 

 ――何かがひび割れる音が聞こえた。

 

「敵はいなさそうだな」

「みたいだね」

 

 クー・フーリンとブーディカさんが周りを見渡してそういう。

 僕も見渡してみる。確かに敵はいなさそうだった。二人が言うのなら間違いはないのかもしれない。

 

「こちらでも探査したけれどエネミーの反応はなかった。そこは安全だよ」

「では、お弁当タイムですね! スーパーランチタイム出撃します!」

 

 楽し気なマシュ。可愛い僕のデミ・サーヴァント。

 気は休まらないけれど、来てよかったそう思える。

 

「じゃあ、オレは敷物を敷くよ」

「では、旦那様、そちらを持ってください」

「うん、わかったよ」

 

 敷物をしいて腰かけて。

 

「はい、旦那様(ますたぁ)。お手製の焼きおにぎりです」

「ありがとう」

「こちらお茶です」

「美味しい」

「まあ、そんな……」

「ところで」

「はい、なんでしょうか?」

「なんでここに? というか今までどこに」

 

 驚きすぎると冷静になってしまうということに僕は気がつく。まったく驚きという感情が湧きあがらず、ああ、またかと思ってしまう。

 いや、いいや、これでも驚いている。何よりその格好が僕に驚きを与える。

 彼女の姿はいつもと違う。

 仮装。ハロウィンのコスプレ。可愛らしい牙と羽をはやした小悪魔のような際どい恰好。

 

 そんな彼女が僕の隣にいた。

 ここでマシュも気が付いた。

 

「はっ!? そうです清姫さんいったいいつの間に」

「フォフォーーーウ!」

「あら、連れ合い(サーヴァント)ならば当然のことでしょう? 実は朝からはハロウィンの準備をしておりました。ちゃんとリボンもつけた贈呈用の箱に入ってまっていましたのに。旦那様ったらつれないんですもの」

 

 思い出す。部屋(マイルーム)においてあった不自然な箱のことを。

 あからさま過ぎて視界から外して気が付かないふりをしていたアレを思い出す。

 見たくないから見ようとしていなかったアレ。

 

「それに、あのような招待状に引っかかるなどあなたの妻(サーヴァント)として見過ごせません。というわけでついて行きますね。そこのお二人とマシュでは戦力としては足りないでしょうから」

「いや、嬢ちゃんほとんどマスターの隣から動かねえじゃねえの」

「あら、(マスター)を守る。それが(サーヴァント)であるわたくしの役目ならば近くにいなければいけませんもの」

 

 ぴたりといつもとは違う際どい服装に照れているように顔を紅潮させながら清姫がその顔を近づけてくる。

 吐息がかかるほどの距離。耳元に彼女の吐息が熱を運ぶ。

 

「わたくしが、ずっとおそばにいてお守りいたしますわ。24時間、古今東西ありとあらゆる場所に、どこにいようとも絶対に見つけ出して御傍でお守りいたします」

 

 彼女の言葉に嘘偽りはない。彼女の言葉は真実で。彼女の言葉は何よりも深い愛情がある。

 彼女の目を見た。真っ直ぐな瞳を見た。何よりも深く恐ろしい瞳を見た。

 恐怖のままに彼女を振りほどきそうになる。けれど、それは出来ない。

 彼女の生前を僕は知っている。

 

 ――何かがひび割れる音がした。

 

「健全なお付き合いをお願いします」

「あら、つれない御方ですこと。でも、そういうところも魅力的なのですけれど。うふふふふふ」

「はいはい、清姫、マスターが困ってるからそこまでね」

 

 助かった。ブーディカさんありがとう。

 

 ブーディカさんが清姫を引きはがしてくれた。

 それからゆっくりと食事。

 マシュの手作り弁当。重箱五段重ねのすごい奴。

 すごいいっぱい、すごいおいしい。

 

「おいしいよ、マシュ」

「ありがとうございます先輩。ささ、みなさんもどうぞ」

「旦那様、こちらもどうぞ」

 

 清姫もちお手製のおにぎりを差し出してくる。

 

「……うん、ありがとう」

 

 これもおいしい。好みの真ん中。怖いくらいに。

 マシュのを食べればこちらも食べますよね、と彼女の料理がさしだされる。

 笑顔の圧力。味が感じられない。

 

「――そろそろいこっか」

「そうですね」

 

 ブーディカさんの一声で針のむしろのような空間に別れを告げる。

 

「あの、清姫、歩きにくいんだけど」

 

 清姫は、僕の腕を組んで離れない。

 

「大丈夫ですよ、旦那様、なにも心配はいりません。わたくしがお守りします」

 

 幼い齢に比べて良く育った胸に僕の腕が挟まれている。いつもと違って強調された胸の谷間に僕の腕は捕らわれている。

 動かせない。

 

「うふふふ、可愛らしい招待客さんね。幻想飛び交うハロウィンパーティーにようこそ。私はマタ・ハリ。今宵一夜限りのお祭り騒ぎどうか楽しんでくださいませ」

「いけません旦那様!」

「ちょっ!? なに!?」

 

 いきなり目を塞がれた。

 

「ドフォーウ!?」

「ちょ、いきなり何脱いでるんですか!」

「へぇ、こりゃ」

「うーん、マスター、さすがに今回は清姫の方が正しいかも」

 

 ――まずは何があったのかを教えてほしい。

 

「駄目です旦那様、目が穢れます」

「あら、酷い。私こういうのが得意ですのに」

「旦那様の目に毒です。はしたない」

 

 ……とりあえず、何やら女性が脱いでいるらしい。

 

 とりあえず目がつぶれそうな勢いで押さえつけられているので、どうにかしてほしい。

 

 清姫にそれを言う。

 

「駄目です。旦那様はわたくしだけ見ていればいいのです」

「痛いんだけど」

「では、しゃがんでくださいまし」

「……?」

 

 言われた通りしゃがむ。すると手が外されて、視界が確保されたと思ったら。

 

「――!?」

 

 今度は別の何かにふさがれた。やわらかい。

 

「さあ、旦那様はわたくしがお守りします。今のうちにその女性を成敗するのです!」

「え、いや、清姫さん、どうして先輩の頭を抱え込んでいるんですか!?」

「フォーウ、フォーウ!」

「いや、どうしようこれ。あたしじゃ手に負えないかも」

「よし、じゃあ、スパイの姉ちゃんやろうや――」

「あらあら私はそれでもいいわよ」

 

 何やらマタ・ハリと戦っているらしい。どういう状況なんだ。

 

「清姫、頼むから離して」

「駄目です。旦那様には目の毒ですから」

 

 そのまま抱えられたまま城の中に入った。なにもしてない。なにも出来ていない。

 

「清姫――」

「旦那様はなにもせずとも良いのです。良き夫とは、なにもせずに構えておけば良くなすは良妻と決まっているのです。だから、心配せずわたくしに任せてくださいまし。さあ、行きましょう」

 

 ――待ってくれ。

 

 何もしない、何もできない。マスターとしての指示を出すことすら、しなくていい? だったら――だったら、僕にどんな価値があるんだ――。

 

 歩かされ放された時には城の中だった。

 

「先輩? どうかしましたか? 大丈夫ですか? 気分が悪いのならちょうど良い椅子があります。ふかふかです、少し休みますか?」

「あ、ああ、大丈夫だよ。行こう」

「だったら良かったです。やっぱり先輩の指示がないとうまくいきませんから」

 

 ああ。マシュ。愛しいデミ・サーヴァント。

 君がそう言ってくれるだけで、僕は救われる――何かがひび割れる音がしている。

 君がそう言ってくれるだけで、僕は前に進める――何かがひび割れる音がしている。

 君が期待してくれるから、僕は応えようって思えるんだ――何かがひび割れる音がしている。

 君がいてくれるから。

 

「行こう」

 

 城を進む。華やかに飾り付けられた城の廊下を歩いていく。

 

「み、視てください!」

 

 マシュが見つけた。何かを。

 マシュの視線の先にいるのは、いかにもな魔女のような恰好をした女性。フランスで一度会っている。カーミラ。

 世界で最も有名な吸血鬼の名を冠する彼女。成熟したエリザベート。

 

 彼女はどういうわけか掃除をしていた。それも激しく駄目な方法で。

 

「腰が入っていませんわ!」

「ひゃぁっ!?」

 

 何やら可愛らしい悲鳴を上げて飛び上がるカーミラ。どうしよう、やっぱり中身はエリちゃんなんだなと僕は思った。

 フランスの時は必死で気が付かなかったけれど、今はどこか。そうぽんこつっぽい。

 

「み。見たわね、このカーミラの、あまりに陰惨な血の宴を!」

「血の宴要素あったかなぁ」

 

 ドクター、そこは黙っていてあげて。

 

「あ、あったのよ! 見えないところに! 私、担当はトマト料理だから!」

「じゃあ、なんで掃除を? あたしたちが来るからあわててってわけじゃなさそうだけど」

「あの娘に命令されたのよ。あの娘、聖杯持っているから。ああ、忌々しい」

「聖杯!? 聖杯があるのですか!?」

 

 嘘だろ。誰もがそう思った。聖杯。あの聖杯だ。特異点を形成している。全ての現況と言えるアレ。そんなものがこんなところにある。

 カーミラはうなずいた。

 

「嘘だろ」

「じゃなきゃ、私がこんなところでこんなことしているわけないじゃない」

 

 すごい説得力だ。

 

「聖杯がある。それがサーヴァントの願いすら叶える。ふふ、うふふふふふ」

 

 ――やばい。

 

 僕はそう思った。爆弾の導火線に火が付いた。そう確信した。

 

「わたくしが聖杯を手に入れれば――観光気分でしたが気が変わりました。旦那様。この城を陥落させ、聖杯を手に入れます。それでよろしいですね。旦那様?」

 

 どうしよう。それでいいとはひどく言いたくない。

 

「大丈夫。ちゃんとあたしが止めてあげるからね」

 

 ウインクしながらブーディカさんはそう言ってくれた。

 

 ――あなたが神か。

 

「これより、聖杯を手に入れます――転身火生三昧」

「ちょ――」

 

 焔の龍がカーミラを焼き尽くし、進撃を開始する。

 

「やばい、ヤバイヤバイ! マシュ――!」

「はい、先輩!」

 

 マシュに抱えられて清姫を追いかける。

 

「ふむ。人食いの龍か。しかし、ただで通すわけにはいかぬな」

 

 広間に清姫が差し掛かった瞬間、杭が刺し貫く。

 

「く――」

「カーミラを倒しここまで来た。であれば、この悪魔公(ドラクル)ヴラド・ツェペシュと戦うことだ」

「いつになくまっとうな戦士ですわね。通してくださいな」

「なに、余興を飛ばしてはつまらなかろう。何より今、貴様の行動はマスターの望むところではあるまい。それを見ようともせぬのは、まこと狂戦士といったところではある。余とて破綻している身ゆえに強くは言えぬが、それゆえに今更正道になど戻れぬと知るが良い」

「あ、今ちょっとイラッとしました。こう逆鱗に触れられた気がします」

「当然であろう。先も言ったがこれは余興よ。本気でかからねば面白くあるまい。それに役者がそろわねば余興ともいえぬ。観覧者(マスター)、主賓がおらぬところではじめてはせっかくの娯楽も意味を成すまい」

「すごい、先輩あのヴラドさんは正気です!」

 

 追いついて、二人の会話を聞いた感想はマシュとまったく同じだった。

 

「さあ、マスターが来たのであれば始めるとしよう。だが、あまり期待してくれるな詩は苦手でな。余が得意とするのは刺繍でな」

「刺繍? ヴラドさんは刺繍が得意なのですか?」

「うむ。そうだな。少女が望むのであれば後程手ほどきをしよう。主を想う祈りのアップリケはさぞマスターの服に似合うだろう」

「ヴラドさん…………!」

「では、荒事と行こう。盛り上げてくれと頼まれているのでな」

 

 そして、ヴラド公との激しい戦いが始まった。

 

「し、死ぬかと思った――」

 

 容赦なく僕も狙われた。ブーディカさんがいなかったらどうなっていたことか。

 

「ふふ、なに大人げなく本気を出したのであるからな」

「こっちも本気だったよ」

「だが、安心せよ。これより先はまあ、いろいろとあるだろうがそれほどひどいことにはならぬよ」

 

 だからどうか、あの娘の戯れにのってやってくれと彼は言った。優しい父親のような表情で。

 

「吸血鬼と謗られるのは意外に堪えるのでな」

「わかった」

 

 彼の広間に別れを告げて次なる広間に行けば、そこはパーティー会場。いわば食堂とでもいうべき場所だった。

 色とりどりの料理が並べられている。それはどれもこれもおいしそうであった。かぼちゃを使ったたくさんの料理が所狭しとテーブルの上に並べられている。

 

「呼ばれず飛び出ず、それでも飛び出すのがメイドのたしなみだワン!」

 

 脈絡もなく登場するのはタマモキャットだった。

 

「また脈絡もなく登場しましたね」

「褒めるでない蛇娘。その着物で爪をといでも構わないと」

「構います。近寄らないで」

「む、近寄るなとな。つまり、どちらかが死ぬしかないというワケか?」

「よし、待とう話し合おう」

「おお、さすがはご主人(仮)。インテリここに極まれりなのだな。では、対話だな。キャットはニンジンが好きだぞ」

 

 対話しようとして脈絡のない話を始めるのはやめてほしかったけれど、とりあえず話はできそうなので安心する。

 

「さあ、動いておなか減ったご主人(仮)。たらふく食べるである。キャットはそのためにここにいるのである。あ、ただし、一つだけご主人が作ったのが混ざっているのだワン!」

 

 いや、安心できないロシアンルーレットだった。

 

「先輩、どうしましょう。わかりません!」

「あー。マシュ多分大丈夫」

 

 あからさまに赤いのがあるから多分それだと思う。

 

「あ、言い忘れていたゾ。実は失敗作も混じっているのだワン!」

 

 よし、帰ろう。

 

「あ、待ってのだご主人(仮)。さすがにこのままじゃなんか話が進まないっぽいのでもうゴールに案内してもいいぞ?」

「よろしく」

「では、こっちだワン!」

 

 キャットに案内されたのは――、

 

「はい、オレの、部屋?」

 

 僕の部屋だった。ただ変わり果てた姿になっている。

 カボチャやらなんやらハロウィンっぽい部屋になっている。いろいろありすぎて足の踏み場がない。

 

 

「ふふ、来たわね子イヌ! どう、私のコーデ! アナタたちが戦っている間に聖杯でチョチョイと改装させてもらったわ! どう驚いた?!」

「――――」

「先輩! 大変ですドクター! 先輩があまりの光景に立ったまま気絶を!」

「自分の憩いの空間がこんなけったいなことになってりゃそりゃ誰でもこうなるわな」

「クー・フーリンさん、そう言っている場合じゃないですよ。先輩、先輩!」

「――はっ!」

 

 意識が飛んでいた。何があったんだろう。ああ、そういえば部屋が――。

 

「オレの、部屋――」

「え、ちょっと、そこは泣いて喜ぶところじゃないの!?」

「いやー、さすがに自分の憩いの部屋が知らぬ間にこんなになってたらさすがのあたしでも喜べないかな」

「えー!?」

 

 激しくブーディカさんに同意した。

 

「で、ドラバカ」

「ドラバカ!?」

「ええ、ドラバカ、何が目的なのでしょう。なんで、わたくしたちは戦わされたのでしょうか」

「ほよ、目的? そんなの決まっているじゃない。激しい戦いを繰り広げてきたでしょう」

「まあ」

「疲れてるでしょう」

「…………」

「そんなアナタたちがたどり着いたのは、永遠の楽園! つまり、ね。子イヌの為に部屋で歌うワンナイトコンサート! (アタシ)歌うのよ! どう感激でしょ」

 

 開いた口がふさがらない。というか聖杯をそんなことに使っていたのかとみんな思う。

 

「さあ、行くわよ、(アタシ)の本気を聞きなさぁああい!」

 

 そして、僕の意識は、

 

「ちょっと、ご主人(仮)がさっきからすごい痙攣してるぞ」

「ま、マスターーー!?」

 

 ――吹っ飛んだ――。

 

 




今回は(前回に比べて)癒しでした。

このあとアンコールまで聞かされたぐだ男はそのまま幸せそうに寝ていたとか(エリザベート視点)
あれはヤバイ痙攣だったのだ。このキャットがブレてまともになってしまうくらいにやばい痙攣だったのだワン!

あのあとはエリザベートが加入。大切に育ててねとか言っているのは変わりません。

さて、次は三章。皆さん大好きヘラクレスとの鬼ごっこが待っている。
理不尽な女神もいてぐだ男の精神は果たして持つのだろうか。

まあ、何があろうとも変わらずゆっくりとやすりで削っていきます。
では、また次回。


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第三特異点 封鎖終局四海 オケアノス
封鎖終局四海 オケアノス


今回は癒し回。ダビデのファインプレーが光る!


――走って、走って。

 

 走り続ける。

 心臓は破裂しそうなほどに強烈な拍動を続けて、荒い息は収まることなく酸素を求めて吐いては吸ってを繰り返す。

 苦しい。身体が重い。

 走ることをやめてしまいそうになるのを必死に走り続ける。

 

 ――何かがひび割れる音がする。

 

 止まってしまえば、飲み込まれてしまう。

 止まってしまえば、もう走れなくなる。

 駄目だ、それは。絶対にそれだけは駄目だ。

 

 ――何かがひび割れる音がする。

 

 腕の中にある彼女。可愛い可愛い女神(アイドル)。エウリュアレ。

 彼女がいる。だから走り続けるのだ。

 自分から言い出したことだ。だから、走り続ける。

 

 ――何かがひび割れる音がする。

 

 森の中を、平原を僕は、大英雄に追われながら走り続けている。エウリュアレを抱きかかえて。

 ここはオケアノス。第三特異点。封鎖された終わりのない四つの海。

 荒くれものたちの海だ。海賊たちの海だ。そして、英霊たちの海だ。

 僕は、海賊たちと旅をした――。

 

「ほら、もっと早く走りなさい!」

「――――っはっ!」

 

 とびかかった意識を彼女の言葉が繋ぎ止める。

 同時に背を凄まじい衝撃がたたきつけてくる。降り降ろされた斧剣。それはさながら岩を削り取ったかのようだった。ただ武骨で巨大すぎる。

 だが、それを扱う英霊もまた規格外の存在。

 

 ――何かがひび割れる音がする。

 

 十二度殺さねば死なぬ、大英雄。天地を持ち上げるほどの怪力を誇る怪物殺し。

 ――ヘラクレス。

 ギリシア最高の英雄が僕らを殺そうと。いや、いいや、彼女を殺そうと追ってくる。

 

 ――何かがひび割れる音がする。

 

 殺させるわけにはいかなかった。抱きかかえた彼女。女神エウリュアレ。

 女神だろうと、英雄だろうと、人間だろうと。死なせるなんて絶対に出来ない。

 決めたんだ。もう、誰も目の前で死なせない。救えなかったあの人に誓ったんだ。

 

 ――何かがひび割れる音が響いている。

 

 背後から追ってくるもの。それは恐怖。恐怖そのもの。

 恐怖に混濁する意識。歪む視界がありとあらゆる全てを呑み込んでいく。

 全てが漆黒に染まりそうになる。

 でも、

 

「先輩!」

 

 マシュ。僕のデミ・サーヴァント。君がヘラクレスを防いでくれている。

 だから、僕は走れる。

 

「く――」

「もうちょっとの辛抱だから走りなさい!」

 

 足の筋肉が悲鳴を上げている。全身が悲鳴を上げて灼熱が足から全身を犯している。

 それでも、これしかない。

 大英雄。最強のヘラクレス。化け物じみた彼を倒すには、これしかない。

 

 ダビデが持つ契約の箱(アーク)

 触れてはならない。命が惜しければ。

 それはモーゼが授かった十戒が刻まれた石板を収めた木箱。ダビデが持つ宝具。

 触れてはならない。命が惜しければ。

 ダビデ以外の者が触れれば最後、ありとあらゆる者は生きてはいけない。

 

 魔力を吸われ、殺される。それは絶対の法律。神が定めた決まり。

 だからこそ、十二回殺さねば死なない怪物であろうとも殺し切ることができる。

 問題はバーサーカーですら、危機感を抱き絶対に触らないということ。

 

 だからこそ、僕は走っている。狂っている男。狂戦士。偉大なヘラクレス。

 彼は狂っていながら正しく英雄だ。

 だからエウリュアレを殺しに来る。

 彼女を捧げれば世界が終わる。だからその前に殺そうとする。

 

「――――」

 

 斧剣が大気を切り裂き、大地を割る。そのたびに、僕は死にそうになる。

 それでも両手に抱えたぬくもりを、今度こそ離さないようにしっかりと抱きしめるのだ。

 ハジマリの特異点で、助けられなかったあの人のようになんて絶対にさせない。

 

 ――何かがひび割れる音が響いている。

 

「…………良いわ。今は許してあげる。だから、精一杯走りなさい!」

「ああ!」

 

 走って、走って。

 そして、僕らは打倒した。

 最強の英霊。ヘラクレスを。

 そして、世界を救ったのだ。

 

 ――何かがひび割れる音が響いていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 特異点をめぐる旅は第三の特異点へ。

 そこはオケアノスの海。海賊たちの海。四海を束ねた終わりなき海。

 僕は、海賊たちと旅をした。

 

 船長(キャプテン)ドレイク。偉大なる船長。

 あなたとの旅は実に楽しかった。できることならばあなたと世界一周してみたかった。

 たとえ叶わぬ夢だとしても、彼女との世界一周はきっととても楽しいものになったと思う。

 

 戦いは厳しかった。ワイバーン、ゴースト、海賊。サーヴァント。

 これまでと比べても遜色ない強敵だった。それでも僕らは乗り越えた。

 けれど、けれど――。

 

「あぁあああ――!」

 

 今も夢に見る。ヘラクレスの暴威を、僕は夢に見る。

 跳ね起きて、目の前に彼がいないことを確認して、ようやく落ち着ける。

 何度死んでもおかしくなかった逃亡劇。アレ以外に方法などなかった。エウリュアレを殺さずにヘラクレスを無力化するには。

 

 我ながら馬鹿なことをやったと思う。アホだったとも。あの時は、どうにかしなければと必死だった。浮かんだ荒唐無稽な考えを無茶を実行してしまうほどに。

 自分がおかしくなっていると感じる。全てが遠くに感じる。

 音が遠い。匂いが遠い。

 

 疲れているのかもしれない。世界を救う旅。疲れないわけがない。

 毎日夜這いに来る清姫に、歌いに来るエリちゃん。

 ああ、疲れない方がおかしい。

 

 けれど、音が遠くなっても、聞こえるものがある。

 

 ――何かのひび割れる音が聞こえる。

 

 何よりも大きく、ずっと、ずっと聞こえている。誰にも聞こえない、僕だけに聞こえる音。

 

「子イヌ! モーニングライブよ!」

旦那様(ますたぁ)、朝のお水ですよぉ」

 

 二人が部屋に飛び込んでくる。鍵など関係なく。

 二人。エリちゃんに清姫。僕のサーヴァント。

 

「今、起きたところなんだ」

 

 朝からこの二人に付き合うのは大変だった。破滅的に高いテンション。壊滅的な歌。底なしの愛。

 ああ、ああ。

 僕は、堪えていた。この二人の相手をするのを。

 けれど。けれど、二人の期待するような表情を見てしまった。

 

 ――アナタなら聞いてくれる。

 ――旦那様ならば応えてくれる。

 

 二人がマスターとしての僕に期待していることが伝わってくる。

 期待。期待。期待。

 そして、好意。

 彼女たちが持つ純粋な好意。

 

 笑顔を浮かべる二人を見ていると、僕には断ることができない。誰かの笑顔を曇らせることなんてできそうにない。

 けれど――何かがひび割れる音が聞こえる。

 

「こらこら、朝から騒々しいのはなし。昨日言ったでしょ?」

 

 ブーディカさん。頼れるみんなの優しいお姉さん。

 

「離して、これから子イヌの疲労回復のために歌うのよ!」

「離してくださいまし。これから旦那様とあんなことやこんなことを!」

「はいはい、寝言は寝てから言ってね。マスターは人間なんだからあたしたちと一緒にしちゃだめでしょ。第三特異点を救ってからまだそれほど経ってないんだからマスターには休息が必要だよ」

 

 こうやっていつも助けてくれる。

 

「助かった」

「あはは、毎朝大変だね君も」

 

 毎朝これだ。特異点から帰ってから毎日。朝から来て、晩まで構ってくる。一人になれる時間は少ししかない。

 

 ――何かがひび割れる音がしている。

 

 うるさいほどのそれ。何かが割れるような音がしている。ずっと。ずっと。

 

「おーい」

「え?」

「……聞こえてた? 大丈夫?」

 

 ブーディカさんが僕の顔を心配そうに覗き込んでくる。こつんと、彼女の額が僕の額に当てられて。

 

「んー、熱はないかな。でも疲れてるみたいだね。きちんと――」

「はーい、マスター。僕だよ、僕、僕。今すぐ貸してほしいものがあるんだけど良いかい?」

「ダビデ? 何、貸してほしいものって?」

 

 ダビデ。イスラエルの王。新しく召喚された僕のサーヴァント。

 竪琴の巧い、羊飼い。

 欲望に忠実でもやるときはやる王様。

 

「ほら、僕は地味に欲にまみれているだろ? ずばり、女の子。オペレーターの人たちはあの裸の人とか、言われて全然近づけないから、サーヴァントと一緒にお茶をしようってわけ」

「ダビデさん、言われた通り準備をしましたが、どうするのですか?」

 

 マシュもやってくる。

 

「うん、ありがとう。で、マスター。君の許可があればみんな僕とお茶してくれると思うんだけど、どう思う? ちなみに、全員参加してほしいんだよね。ほら、キレイどころばかりだし、全員とお近づきになりたい。あわよくばお嫁さんにしたいくらいだけど、まあ、それはおいておいて、というわけで女の子貸してくれない?」

 

 ――すがすがしいくらいに欲望に忠実だな。

 

「オレとしては構わないけど――」

「良し決まりだ。じゃあ、みんないこーう」

「いいね。そういうお茶会も少しはやってみたかったんだー」

「え、あちょっと――」

 

 きちんと全員に許可を取ってという前にダビデはこの部屋にいた女の子全員を連れて行ってしまった。清姫とエリちゃんも無理やりに全員だ。

 

「え?」

 

 僕は部屋に1人になった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「じゃ、あとは頼んだよ」

「あいよ」

 

 仕上げをクー・フーリンに任せる。

 僕の意図を彼と彼女は理解してくれているようで何よりだ。

 

 クー・フーリンがやっているのはマスターの部屋の扉にルーンを仕掛けること。守護のルーン。許可なく部屋に入れなくするようなそんな代物。

 サーヴァント、それもキャスターのクラスの行使するルーンならそれなりに効果を発揮してマスターのプライベートを守るだろう。

 

 ついでに今日一日は誰も入れないように契約の箱(アーク)を部屋の前に置いてきた。入ろうとすれば契約の箱をどかさなければいけないが触れればアウトだ。

 これで今日一日くらいはマスターも一人になれるだろう。

 

「ありがとう。こういうことしてくれるとは思わなかったよ」

 

 僕だけに聞こえるようにブーディカがそう言ってくる。

 

「そうかい? むしろ僕としては当然のことをしていると思うんだけどね」

 

 なにせ、僕とマスターは主従だ。あちらが主で従者が僕。まあ、いつもとは違うけれど、気ままな羊飼いでいられるし、ちょうどいい。

 つまるところマスターとサーヴァントってやつは運命共同体、マスターの破産は僕の破産でもあるわけだ。逆に僕の破産は僕だけのものにする。

 あのマスターにそんな負債を背負わせるほど僕は落ちぶれちゃいない。

 

「こうする方が効率的。まあ、マスターにつぶれられたら僕らもおしまいだからね」

「そっか、うん、ありがとう。あたし一人じゃどうにもならなかったからね」

 

 まあ、本音を言うと単純に女の子とお話したり、おさわりしたり、おさわりしたりしたかっただけなんだけどね。

 言っても意味ないし、なんか好感度上がったっぽいから話さないで置こう。話す必要性はないし。

 

 ――まあ、今はそれどころじゃないな。

 

「やぁ、マシュ、準備は?」

「はい、ダビデさん。言われた通り、お茶とお菓子の準備は万端です。今日はガールズトークなるものを教えてもらえるとのことで、楽しみです! あいにくと女性職員が少なくそういう話はなかなかできなかったもので」

「そいつは重畳。じゃあ、あとは若い女の子たちだけで。マスターのいいところとか語りつくしてくれたまえ」

 

 さて、僕は僕の仕事をしますか。

 

「誰も見ていないけれど、まあ、どのみち誰かに聞かせるためのものじゃないしね」

 

 竪琴を取り出す。

 

「せめて、少しでも君の平穏につながればいいと思っているよ」

 

 なにせ、君の破滅は僕たちの破滅だからね。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ひとり、か――」

 

 ダビデがみんなを連れて行ってしまった。

 静かな部屋(マイルーム)。ここに来てから初めての経験だった。

 

「久しぶり、だな」

 

 ここに来てからはずっと誰かといた気がする。マシュや、清姫。ほかのだれかと。

 

 ――ふと何かの音が聞こえてきた。

 

 何かのひび割れる音じゃなくて、ずっと綺麗な音。

 これは竪琴。

 誰かが奏でる竪琴の旋律。

 優しく、平原をなでる風のような――。

 

「あれ――」

 

 涙が、僕の頬を伝う。

 すっと僕の頬を伝って涙が流れ出す。

 

「あれ――」

 

 止まらない。溢れてくる。

 悲しくないのに。

 

「なんで――」

 

 悲しくないのに、寂しくなんてないのに、苦しくなんてないはずなのに。

 涙が、止まらない。

 

 止まらない涙は次々溢れてくる。

 泣きつかれて眠るまで、あの旋律は聞こえていた。きっと泣きつかれて眠ってからもきっと。

 

 けれど、その影にずっと何かのひび割れる音が響いていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 マスター。僕のあるじ。

 

「辛いね、マスター。僕は望んで背負ったけれど、君は不運か幸運か、運命によって背負わせられてしまった」

 

 可哀想なマスター。それでも君は背負って前に進むことを決めた。

 それは尊い覚悟だ。

 僕ら英雄とは違う。

 ただ人である君が示した覚悟はきっと何よりも尊いだろう。

 

「本当なら、やめろというべきなのかもしれないね」

 

 けれどそれはできない。残念ながら、サーヴァント単独ではレイシフトができない。マスターは楔。その時代、特異点に僕らサーヴァントを結びつけるための。

 そうでなければ、僕らは特異点に飲み込まれ再びどこかに出現する。それが敵としてか、味方としてかはわからないけれど。

 

 それでは世界の修復なんて夢のまた夢だ。

 

「だから、僕は君にこういうことしかできない。頑張れ、マスター」

 

 君の尊い覚悟。

 右手を伸ばす、その意思をどうか持ち続けてほしい。

 

「そして、君がいなければ何もできない僕たちを許してほしい」

 

 こんなことしかできない、僕らをどうか許してほしい。

 

 僕は竪琴を奏でる。どうか君が安らかになれるように。

 

 君の未来に光が差すように――。

 




三章終了。

ヘラクレスでひび割れまくりの主人公。
ちなみに、三章でのほとんどのひび割れの原因はヘラクレスです。あとアステリオス君の迷宮。アステリオス君の死もぐだの心を削っていきました。

今回は平穏。癒し回。
私がここで上げた意味が愉悦部の諸君ならわかると思う。
そう三章の次は? そう四章だ。小便王の登場する四章。
それまでに本能寺と師匠、サンタさんによるケアが主人公に入る。

いわゆる溜めという奴だ。
さあ諸君カウントダウンはいいか? 崩壊はすぐそこだ(愉悦)


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ぐだぐだ本能寺
ぐだぐだ本能寺


今回は、完全にぐだお。完全にギャグ。

やっぱりコハエース産の二人をぶちこむと小説もぐだぐだするということが判明したのじゃ。
というかすごい動かしやすいのじゃあの二人。

そういうわけで残念ながら今回も癒し回なのじゃ。




 警報が鳴り響く――。

 

「何があったんですか、ドクター!」

 

 慌てて制御室に駆け込む。ドクターとダヴィンチちゃんが反応を見て何やら困惑しているようであった。

 

「ああ、なにやらカルデアに侵入者みたいなんだけど」

「それがこれどーにもおかしな反応でね」

「?」

 

 何やら煮え切らない。侵入者なら倒せばいいはずだ。

 

「ドクター、緊急事態ですか!?」

 

 そうこうしている間にマシュたちサーヴァントたちも入ってくる。

 

「おはようマシュ」

「あ、先輩、おはようございます」

「今日も元気そうだね、朝ご飯は何?」

「今日は目玉焼きと海苔、そしてお味噌汁。そして、デザートには南瓜の煮つけです」

 

 素晴らしい。そう思う。質素ながらも完璧な料理。

 

「わたくしも作りましたよ旦那様」

「ああ、それから安心すると良いマスター、エリザベートは僕がどうにかしておいたから」

 

 ぐっじょぶだダビデ!

 

「あれが作る料理はやべぇからな」

「うん、料理教えたのになんでああなるかな。あたしにはちょっともうわからないなー」

「んーんーんー!」

 

 何やら縛られたエリちゃんが何か言っているようだけど、とりあえず今は侵入者だ。

 

「それよりマシュ、侵入者だって」

「なんと。では、すぐに迎撃に向かいましょう。先輩がいればすぐに解決です」

 

 期待されている。マシュに期待されている。

 ならば、僕はこう答えよう。

 

「――うん、そうだね」

 

 マシュ。僕のデミ・サーヴァント。可愛い後輩。

 君が期待してくれている。だから、僕は君の為に右手を伸ばすんだ。

 

 マシュたちとともに反応の地点に向かう。

 

「ノブノブー!」

「!?!?!????」

 

 意味不明な生物がいた。

 

 ――え、え?

 

 そこにいたのは理解不能な生き物だった。

 

「なにこれー!?」

 

 ドクターが声を上げる。

 

「な、なんなんでしょう、これ」

 

 マシュも驚きの声を上げる。

 

「なんか、ちっこいというか、丸っこいというかなんだこりゃ、新手の魔物か?」

 

 クー・フーリンが疑問を口にする。

 

「あらあらなんとも可愛らしい」

 

 清姫が率直な感想を口にして。

 

「ねえねえ、(アタシ)のマスコットとかバックダンサーにどうかしら!」

 

 エリちゃんがキラキラして。

 

「んー。なんだろうね。とりあえず近寄らない方が良いかな」

 

 ブーディカさんが警戒した。

 ダビデは、

 

「あ、興味ないから戻っていい? ほら、戦闘とか僕あまり好きじゃないし」

 

 帰ろうとしていた。

 僕は、

 

「かわいい」

「へ?」

「は?」

「な!?」

「わかってるじゃない子イヌ!」

「ん?」

「あらら?」

 

 ふらふらと近づいて行っていた。なんか声とその容姿に引き付けられる。

 かわいい。なんか、叫びたくなる。くぎゅうぅぅううとか。なんだろう。

 ああ、なんだろうすごい幸せな気がしてきた。

 

「今、すごく幸せな気がする」

「せ、先輩!? ドクター、先輩の様子がおかしいです!」

「ええ!? なんで、どうして?!」

「んー? そんな魅了的な効果とかないはずなんだけどなー。形は良い加減だけど戦闘能力が高いくらいだし。あとはビーム吐きそうなくらいだし?」

 

 そんな言葉は聞こえなかった。ただ目の前の謎生物がかわいくてしかたがない。

 

「ほらー、おいでー」

「ノブ? ノッブノッブ」

 

 ああ、可愛いなこいつ。飼っていいかな。飼っていいよね。マスターだもの、それくらい許されても良い気がする。

 しかもなんだろうこいつやわいし。ぬくい。抱き枕にしたいかもしれない。

 

「そこまでです!」

「なぞせいぶつううううううううううううう!?」

 

 いきなり謎生物が一刀両断された。

 誰だ、こんなことをするのは――。

 そう憤りを感じながら振り返る。そこにいる下手人に文句の一つでも言ってやろう。そう思ってて僕は振り返る。

 

 そこに立っていたのは少女だった。桜色の白髪をした少女。桜色の着物に袴を着て刀を手にした美しい少女。

 マシュが彼女が誰かと問う。

 

「あ、あなたは……?」

「初めまして、私は新選……じゃない、えーっと……そうですね、桜セイバーとでも呼んでください」

「桜……セイバー?」

「はい、実は私はあの謎の生き物を追ってこちらの世界に現界したのですが――」

 

 彼女が事情を説明していると、

 

「まてまて人斬り! わしを置いていくでないわ!」

「はぁはぁ……、ええい、いつもならこの程度どうとでもないというに。さすがに堪えるのじゃ」

 

 軍服を着こんだ少女がやってきた。少女。軍服。刀を手にしている。

 

 彼女たちは普通じゃない。マスターだからわかる。彼女たちはサーヴァント。

 つまりは、また厄介ごとということか。

 せっかくの可愛い生物と出会えたというのに。

 

「あれ、先輩、どうして落ち込んでいるんですか!?」

「ほらー、どうしたの? お姉さんに言ってみて――さっきの生き物が死んだのが悲しいって。んー、よしよし。とりあえずマシュ、あなたが話を聞いておいて、それまでにどうにか戻しておくから」

「わ、わかりました。ブーディカさんよろしくお願いします」

 

 マシュが二人に向き直る。

 

「それで、お二人はいったい?」

「ん? わしかわしは第六天魔王ことノブ……じゃない、魔人、そう魔人アーチャーじゃ」

「魔人アーチャーに桜セイバーさん……ですか」

「話の途中だけど、あの謎生物の出所がわかったよ。どうも別位相の空間とカルデアが接触してるみたいなんだ。なんとかしないと珍妙な生物でカルデアがいっぱいになっちゃうよ」

 

 ――いっぱいになる?

 ――発生源?

 

「――行くぞ、マシュ」

 

 僕は立ち上がった

 

「先輩?!」

「発生源に行くんだ」

「レイシフト座標はわりだしたからちゃちゃーっとよろしくねー」

「グッジョブダヴィンチちゃん! 行くぞ、みんな!!」

 

 何やらテンションが高い気がする。自分が何を言っているのかわからない。まあいいか、たぶん、それほど重要なことじゃないだろう。

 

「そういうことなら私たちも同行させてください。お役に立てます! いいですねアーチャー」

「まあ、追いかけまわすのも疲れておったし任せるのじゃ」

 

 全員で、僕らは可愛い生物を求めてレイシフトした。

 

「レイシフト終了。ここは、どこでしょう?」

「あれ、クー・フーリンがいない」

 

 レイシフトした先は異界だった。

 桜セイバーと魔人アーチャー曰く帝都聖杯なる聖杯の暴走によって異空間が形成されてしまったのだという。

 そのうえ、頼りになるクー・フーリンがいない。レイシフトではぐれたわけはないだろう。どういうことなのか。

 

「みなさん、来ます!」

 

 どうやら考える暇はないらしい。敵は――。

 

「かわいい――」

 

 可愛い謎生物だった。

 

 可愛い謎生物。可愛いかわいいチビノブ。僕らは苦渋の決断で彼らを倒しながら進んでいた。まだ一匹確保していることは誰にもばれていない。

 いなくなったクー・フーリンを探しつつ、何やら敵が持っている茶器もついでに集めつつ僕らは進んだ。

 

 桶狭間。それは織田信長の最初の勝利の場と言われている。

 というか、やっぱり魔人アーチャーは信長らしい。なぜ女にとか思うことはあれど可愛いからいいやと思うことにする。

 なんだか思考がおかしい。自分が何を思っているのかわからない。どうして、僕は謎生物を隠し持っているのだろう。

 

 まあいいか。

 

「先輩! サーヴァントたちがあそこでどうやら野営をしている様子です。どうしますか?」

「そうだね、奇襲だね」

「先輩!?」

 

 マシュが驚いている。僕はいったい何を言ったのだろうか。

 わからない。

 とりあえず、謎生物をもみもみしよう。揉むたびにノブノブ言ってかわいい。

 マシュのマシュマロとどっちが柔らかいだろうか。

 

 ん? 何やら思考がおかしい気がする。

 

「よく言ったぞマスターよ。それでこそじゃ!」

 

 なんだか知らぬ間に、奇襲。

 敵陣へ突入。

 何やら、

 

「俺自身が流星になることだ――」

 

 と言葉を残して流星になったやつがいたおかげで特に何事もなく奇襲は成功した。

 

 続いて進んでいると現れたのは象に乗った武田信玄という設定のバーサーカーに真田設定のライダー。

 相性って大事だよネ! ということでバーサーカーを楽に殴り倒し、ライダーに多少苦戦しながらもどうにかこうにか倒すことに成功。

 やっぱり相性って大事。

 

 ――僕はいったい何を思っているのだろうか。

 

 まあいいか、なにやらぐだぐだしてきた気がするけどいいか。チビノブ可愛いし。

 

「せ、先輩?」

「だ、旦那様? あの、どうして不思議生き物をにぎにぎしているのですか。それでしたらわたくしを」

「さすがにこれはおかしいと思う。ねえ、ドクター?」

 

 通信がつながらない。

 

「おかしいですね、何かあったのでしょうか?」

「どうかなさいましたか?」

「ああ、桜セイバーさん。どういうわけか先輩がさっきからおかしくて」

「んー? なんじゃ、おぬし、いや、そんな状態ならこれもうなずけるわ」

「はい?」

 

 魔人アーチャーが顔を覗き込んでくる。

 

 ――なんか可愛いなー。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 このマスター。いや、本当ようここまで持っておるのう。さすがのわしも憐れむほどじゃ。

 

「なんというか、この空間にのう、へんなぐだぐだ粒子とかまあ、そんなもんが流出しておるようじゃ。それでそれを吸っているとなんだか残念になる」

「つまり先輩は!?」

「うむ、どうやらその影響を受けておるようじゃ」

 

 じゃが、これはある意味でいいことかもしれんのう。事情を詳しくしらぬわしがとやかく言ってもアレじゃし? それにわし、今星0.5じゃし?

 

「だ、大丈夫なんですか、コフッ!?」

「桜セイバーさん!?」

「大丈夫じゃろ。むしろ、しばらくこのままの方が良い。何やら防御スキルでもあるのかこれ以上の進行はなさそうじゃし。というかそうなると本格的にヤバイのはわしらの方じゃぞ? もともとサーヴァントに効く粒子らしいし」

 

 とりあえずマスターが無事なのは十中八九このマシュマロサーヴァントのおかげじゃろ。

 そのおかげでちょうどいい塩梅で侵食されておるようじゃし。こうも良い塩梅じゃと逆に薬じゃ。

 このマスターには薬がいるわ。少し見て話を聞いただけじゃが、なんとまあ、不憫極まりないわい。

 これに関しては是非もないよネ! とは言えぬわ。

 

 だから今は楽しい夢を見るといいじゃろ。

 少なくとも今回は、これ以上罅割れんで済むわ。

 

「それも根本的な解決にはならんし、難儀じゃのう」

「どうかしましたかアーチャー。もしやマスターさんがまずいとか?」

「そんなわけあるか人斬り。わしの診断じゃぞ」

「それが信用できないんですよ。今回もあなたのせいでこんな状況ですし」

 

 それよりもじゃ――。

 

「ブーディカとか言ったか? なんで、上杉と名のった女騎士に対してあんな世話焼きでお節介な親戚のおばちゃんみたいな対応しておるんじゃ?」

 

 頭なでまわして抱きしめて飴ちゃんあげている。

 

「んーよくきたねー。ほら、飴ちゃん食べる? ほら、お菓子もあげちゃう」

「あ、いえ、あの、いただきますが、あの」

「遠慮しないの。ほらほらー、こっちこっち。お姉さんと一緒にいこっか」

「あ、えっと、その私はほら、上杉ですし。尾張のうつけにつくのは――」

「もうそう固いこといわないで、あたしたちと一緒の方が楽しいわよ。ほら、もう一個、飴ちゃんあげちゃう」

「あ、あの、はい、ありがとうございます」

 

 戦わずに勝つとか、もうなにそれサルなの?

 

「なにぐぬぬしてるんですかアーチャー行きますよー」

 

 次にたどり着いたのはなんぞ島じゃった。マスターは相変わらず夢心地のくせして指示だけは的確じゃ。どうやらそれなりにくぐった修羅場の数と質なんじゃろうな。

 無意識でもマスターとあろうとしておるんじゃろ。一般人じゃったはずなのに、これだけのサーヴァントを従えて、よくやっておるのに。

 

「ちょっと、アーチャー、何もしないなら下がってくださいよ」

「なんじゃ、おぬしの方から近づいてきたんじゃろうが」

「違いますよ!」

「いやじゃ、これ以上下がるとあのヤバイ歌の範囲に入るんじゃ」

「私こそ嫌ですよ!」

「おぬしアレがあるじゃろワープ! ワープして範囲の向こうに行くんじゃ。この安全地帯はわし一人用じゃ!」

「ちょ、押さないでくださいコフー!?」

 

 吐血と音波の二重苦。

 惜しい奴をなくした。

 

「ま、是非もないよネ!」

「死んでませんから!」

「なんじゃ、生きておったのか。激しく爆発してきらめく流星になるとか期待しておったのに」

「どこのステラですか、どこの! それはこの前見たでしょ! それよりも新手です」

 

 何やら半裸の青タイツと褐色弓もちが何やらこちらに向かって攻撃しておる。

 こちらが追おうとすると逃げおる。

 

「マスターの指示は、追うなじゃな。よし追うぞ」

 

 逃げれば追う。逃げなくても追うじゃ――。

 

「囲まれてしまったのぅ」

「誰のせいですか誰の!」

「先輩! どうしましょう先輩!」

「子イヌ!」

「旦那様!」

「青セイバーの宝具で薙ぎ払って。可愛いマシュと優しいお姉さんのブーディカさんはクー・フーリンを連れ戻して」

 

 うむ、本当どうしてあんなぐだぐだ状態で指示できるんじゃろ。

 

「…………」

 

 何やら弓兵が何とも言えない微妙な顔をしておるのう。

 

「どうかなさいましたか長曾我部エミチカ殿?」

 

 青いセイバーに対してなにやら思うことがあるようじゃが、まあいいじゃろ。

 

「おい、上杉とりあえず薙ぎ払えってさ」

 

 輝ける かの剣こそは過去、現在、未来を通じ戦場に散っていく全ての強者たちが今際の際に抱く、悲しく尊き夢。

 その意志を誇りと掲げその信義を貫けと正し今、常勝の王は高らかに手に取る奇蹟の真名を唱う、其は――。

 

 なんかようわからんモノローグせんといかんと思った。

 

「はあ、まあわかりました。エクス――カリバー!!」

 

 しかし、光の剣とは豪気じゃのう。わしもほしいわ。

 

「それに加えて、おぬしは駄目じゃのう」

 

 ビーム出せないセイバーとかセイバーじゃないよネ!

 

「はぁ!? ビーム出せるセイバーとか、今溢れかえってますし。時代は1人で完成した沖田さんのものですし。イベントとかで沖田さん大勝利ーですし。再ピックアップめちゃくちゃ望まれてますし」

「あーはいはい、そうだね、是非もないよネ」

「というかさっき長曾我部とか言いませんでした?」

「ん、いっておったのう」

「――薩長死すべし。慈悲はない」

 

 あ、そういやこいつ幕末の薩長殺すウーマンじゃったわ。

 

「くそ、せっかく槍を手に入れたのにまたキャスターかよ」

「仕方ありません。あのままでは消える運命でしたよクー・フーリンさん」

「そうだよー。それにしてもよくやったねえらいえらい」

「あの、そうなでないでもらえると」

 

 あっちもどうにかなったようじゃの。

 

「旦那様、さあ、ごはんをどうぞ」

「子イヌ、これを食べるのよ!」

 

 何やらこっちはダメダメっぽいのぉ。

 

「そうじゃ、人斬りが真名ばらしたしわしもじゃな」

 

 誰も興味を持たなかった。

 なんでじゃ――。

 

「というか飽きてきたんじゃが」

 

 もうわしがモノローグ担当とか飽きてきたんじゃが。一人だけ仕事量多すぎなんじゃが、ほかのやつらとか会話文だけでいいのになんでわしだけこんなモノローグ垂れ流しなんぞせにゃならんのじゃ。

 誰か別のやつに変わってもいいと思うんじゃが。

 マスターはどうにもならんし、おっぱいサーヴァントとかどうじゃ?

 

「デミ・サーヴァントです!」

 

 駄目じゃ、面白みに欠けるのう。そもそもマスターの現状わかっておらんやつにモノローグ渡してもいみないしのぅ。

 それならブーディカはどうじゃろう。一度やっているから駄目? じゃあ、ダビデって、あいつおらんぞ。いつの間にか帰ったとか。なんじゃそれ羨ましいわ。

 えー、じゃあもう上杉なんたらでいいじゃろ。

 

「上杉アルトリアです。なんですかその投げやりな態度は。それでも尾張の当主ですか」

「あーはいはい、第六天魔王織田信長ですよー」

「なんて投げやりな真名バラし!?」

「あ、そんな話してたらついたみたいですよ」

 

 大阪じゃが、完全に南蛮なんじゃが。

 

「フハハハハ! よく来たな雑種ども!」

「こ、この声は!」

「我が名は、黄金――ん? そこにいるのはセイバーではないか、ようやく我のものと」

「エクス――カリバーーー!!」

 

 問答無用で何やらけったいな金ぴかが吹っ飛ばされたのじゃ。

 もう飽きてきたしこれで解決でいいんじゃね?

 

 とか思って居ったらなんか後ろから殴られて気絶してしまったんじゃが。何、トイレに押し込まれるとか古臭すぎるんじゃが。

 じゃが、そこはわし、なんかわるいわしが戦っているらしいから。ここぞというとこで登場じゃ。

 

「わしじゃ!」

「エクスカリバー!」

「ノブぅうううう!?」

 

 とりあえずエクスカリバーで薙ぎ払ったら解決したとさ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………」

 

 なんだか長い夢を見ていた気がする。とても楽しい夢だった。

 

「先輩、おはようございます。ご機嫌ですね」

「おはようマシュ。うん、良い夢でも見れたみたいでね」

「何か問題はありますか?」

「問題? 特にないけど?」

 

 むしろ調子が良いくらいだ。

 

「そうですか。それなら良いのです」

「?」

 

 それからどうやら僕が眠っている間に事件は解決したらしい。

 

「第六天魔王織田信長じゃ。ま、これからよろしく頼むぞ」

 

 そして、織田信長が仲間に加わっていた。

 




次はスカサハ師匠だから、多少削れるしというわけで今回はギャグでした。

というわけで第三の癒しチビノブ。
可愛いよね、アレ。
途中から主人公が明らかにおかしくなっていたのはぐだぐだ粒子のせいです。心の中はずたぼろだからね、そういう精神系に作用する粒子の影響を受けやすいのである。

次回は言った通り師匠。
行くぞ、ケルト式だ。癒しになるといいなぁ。
とりあえず脳筋ケルト式スカサハブートキャンプでどうにかなるといいなぁ。

書けたスカサハ師匠のセリフ。

 進め、唯一の希望にして最後のマスター。なに、気負うな。お主は尊き輝きを持っておる。あまたのサーヴァントを従えるに値するとも。誰もお主を笑わぬ。馬鹿にせん。
 だから、生き抜いてみせろ――!

 応! 的な?
 なんだろう火に油を注いでいる気がしないでもないんじゃが。
 泣きたいことにスカサハ師匠持ってないから書くの難しいけど、頑張ろう。


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魔境の主
魔境の主


今回はケルト式癒し? というかなんというか。
すまんな愉悦部諸君。だが、今は溜めの期間だ。
上げて、上げて、バンジーさせようじゃないか。


 全てが燃え盛っていた。

 僕はその光景を覚えている。

 最初の特異点。炎上汚染都市。冬木。

 僕らの旅のハジマリ。

 

「どうして」

 

 なんで。なんでまた、ここに。

 

「せん……ぱい……」

「マシュ」

「ここは……冬木市のようですね……ですが」

「レイシフトをした覚えはない、よね」

 

 マシュと二人っきり。まさにあの時の再現だった

 時を越える? まさか、そんなことは魔法の領域だと聞いた。僕らができるようなことじゃない。

 それに記憶自体がおかしかった。日課のチビノブもみもみをしてからベッドに入って。

 

 そこから先の記憶がまるでなかった。

 

「サーヴァントとマスターの夢の共有ってやつかな」

「それにしては、炎が熱いです先輩」

 

 そうここはまるであの人とマシュの三人で廻った冬木市そのものだった。

 時代がどうなのか。場所がどうなのかはわからない。

 

「そうか、お主たちは斯様にして視るのだな」

 

 その時、声が響いた。若いながら老成したかのような。一度、どこかで聞いたことのあるような声だった。

 声とともに女性が現れた。

 

 女性。美しい女性だった。ケルト特有の黒い戦装束に身を包んだ美女。

 

「名は既に知っている。名乗らずとも好い」

「あなたは――」

「……あなたは、どなた……ですか? 魔力の在り方などは確かにサーヴァントであるかのようなのですが、大きく異なっているような。それに冬木ではあなたに会った覚えはありません」

「どこかで声を聞いたような、それにその槍――」

 

 どこかで、会ったことがあるような気がした。

 それにその槍は夢の中でクー・フーリンが持っていた槍に似ている。

 そうクー・フーリンの槍の名は、ゲイボルグ。

 

「ん。何やら熱い視線が注がれているではないか。いや。私ではなく槍を見ているな? その年で武具の目利きが出来るのは良いことじゃ。だが、まあ、そう期待されても期待には応えられんな。海の神(マナナン)の手ずから作り出した神造なりし兵装という由来もない。ただの槍よ」

「…………」

 

 ただの槍。じゃあ、それを持つあなたは何物なんだ。

 サーヴァントのようでサーヴァントではない。それも異様に異なる何かだとマシュは言っていた。

 

「ん。なんだ、それともアレか? 槍を見ているフリをして私を見ておったのか? ふふ。おまえ、アルスターの女を見るのは初めてか」

「先輩、お気持ちはわかりますが今は自重を」

「あ、いや、そうじゃなくて」

「確かに、その……均整の取れた、もう黄金比としか思えないプロポーションの方ですけど……」

「フォウ!」

「違うよ、ただ誰なのか気になって」

 

 なぜかはわからないけれど、ずっと見守られていたような。そんな気分がするんだ。

 

「あなたは、いったい、誰なんです――」

「ふむ、名を語るのも久しいのう。みな、はじめからワシがなんであるか知った上でワシを恐れた。お主のように偏見なく名を問うてくる奴は久方ぶりじゃ。であれば語るか」

 

 彼女は語る。

 自らを。

 それは自己紹介などというものではない。

 語り。自らを語り、相手に知らしめる行為。

 かつては誰もが彼女を目指した。その栄光と恐れを今彼女は語るのだ。

 

「私は、世界の外側に在り続けるモノ。

 老いず、死なず。永遠にあり続ける「何か」であったはずのモノ。

 我が名はスカサハ。真名などというのはこそばゆい。異境にして魔境たる影の国のあるじである」

 

 スカサハ。ケルト・アルスター伝説の戦士にして女王。彼女には多くの名、多くの役職がある。

 彼女は異境・魔境「影の国」の女王にして門番それでいて戦士でもある。

 

「……………………!?」

「キャーッ!?」

「スカサハ……」

 

 そう彼女はまさしく正しく戦士だ。大英雄クー・フーリンの師匠にして稀代の大魔術師でありながら無双の戦士でもある。

 マシュが彼女について興奮したように早口に語る。

 

「正解だ。点数をやろう。しかし、惜しいな。早口であったからな星3つじゃ。お主の場合、静かに語ったほうが効果的だろう。何事も内に潜め、静かに燃える炎であるが良い」

「あ、ありがとうございます」

「うむ、……といかん、しみついた癖だな。悠長に話をしている場合ではなかった。その目を開くが良い。来るぞ。常ならざるものが」

「AAAAAAAAAA――」

 

 敵が来た。

 

「マシュ!」

「はい、迎撃します!」

「ふむ、良い。ここまで時代を超えただけのことはある。なかなかの反応に士気だ。だが――そうだな。ワシにも一席用意してもらおう」

「スカサハさん!?」

「良い良い気にするな。まずは戦え。考える前にまずは戦うこと。悩みや後悔、考え惑うことは戦の後、生き残った生者の特権よ。ゆえに、戦え、戦って勝ち取れ。それがケルト流だ!」

「応――!」

「せんぱい!?」

 

 思わずそう答えてしまった。彼女の熱気に充てられて。

 ただ。そう、ただ悪い気分ではなかった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「歯ごたえどころか存在感すら薄い連中であったな。まったく、さほど難敵というわけではなかったか」

「スカサハさんには別の何かに見えるのですか? 前に戦った敵のようにも見えましたが」

「ただの煙かモヤよ。私にはうすぼんやりしたモノにしか見えぬさ。なにせ、死を予感したことなどないからな」

「死を、予感したことがない――」

 

 ああ、そうとも。だが、おまえは違う。

 マスター。最後に残った希望にならなければならぬもの。運命に翻弄された哀れな子。

 ああ、まったく運命という奴はどうしてこうもままならぬのか。

 

 傷ついた心が手に取るようにわかる。

 ああ、そうとも。

 彼はアルスターの戦士どものような勇士ではない。信念を裏打ちする力もなければ、目的を遂げるための怪物すら凌駕するような圧倒的であるべき意思もない。

 

 彼はただ(びと)よ。現代風にいうのであれば一般人というべきだ。巻き込まれただけの民と変わらぬ。

 本来であれば、このような戦など似合わぬ幼子。友と語らい、女と恋をするべき者。

 人知れずどこかで幸せを享受すべき者だ。

 

 けれど、運命は幼子を駆り立てた。ただ一人の希望にならねばならぬ運命を背負わされた。

 もしも、彼が悪人であったのなら、関係ないと役目を放り捨てることもできただろう。

 もしも、何も考えぬ阿呆であったのなら、言われるままに行動してここまで悩むこともなかっただろう。

 もしも、突き抜けた馬鹿であったのなら、悩むことなくただ己が道をまい進しただろう。

 

 ここまでひどいことにはならなかったはずだ。

 だが、現実はこれだ。

 彼はただの人。

 何ら特別はない。

 普通に笑い、普通に泣き、普通に怒り、普通に死ねる。

 ワシとは違うふつうの男の子よ。

 

 善人で、責任感があって、何より()いた女子(おなご)の為に一生懸命になれる男の子。

 ゆえに常人では及ばぬ、この世全ての命を救うという偉業を成すためにその身を、その心を、魂を砕いておる。

 

 ――なんとも尊き輝きよ。

 

 英雄が偉業を成すのは当然よ。ゆえにそれは当たり前のことなのだ。

 そう在るべくして英雄は作られる。人類史によって必要と判断され、必要となる場所に英雄は現れる。

 それが人類史。それが英雄というもの。

 

 だが、彼は違う。

 その輝きは凡庸で、どこにでもある普遍的なものだ。

 されど、彼こそを英雄と呼ぶべきだろう。

 逃げ出すこともできた。全てを忘れることも。

 それでも自分しかいないからと奮起して見せた。

 

 その覚悟を、その尊さ、まさに英雄と言っても良いだろう

 あるべくしてそうなったのではなく。なろうとしてなったわけでもない。

 状況とその選択の果てにそうなってしまったもの。

 まさに英雄だ。

 

 それを尊いといわずしてなんという。

 

「……」

「スカサハさん?」

「ん。ああ、何でもない」

 

 ゆえにこそ、この場を切り抜けねばならぬ。

 

「あれは死よ。ゆえに、私には見えぬ。だが、お主たちには見えよう。死の姿に」

 

 何人が恐れる死の具現。哀れなりし死の残骸ども。

 死にすら置いて行かれた残骸。

 哀れなりし者ども。

 

「人理を救わんと、守らんと、戦うお主たちが目にした死の、残骸よ」

「死の残骸」

 

 そうお主たちが見た死。死すらも業火で滅却する如き偉業。

 

「神すらも超えた偉業の果ての異形どもよ。お主たちの内側(こころ)よりあふれ出すな」

「そ、それでは」

「もう、オレたちは侵食されている?」

 

 怖かろう。ああ、怯えているのがわかる。

 だが、お主はそれでもマシュを見る。

 彼女が怯えている。不安に駆られている。

 であれば、おそらくはお主のいうことは変わらぬのだろう。

 

「――何とかなる。ふたりでカルデアへ戻ろう」

「……先輩。そう、ですよね」

 

 ああ、まったく。

 そうでなければならない。そう在らねばならない。それを押し付けられて怒ることも、嘆くこともせず。

 ただ、そう在ろうと努力する。

 

 尊い。ああ、実に愛い。

 

 ――ああ、脆く儚くも右手を伸ばすのだな。二千年を経ても変わらぬ愛しい人間たちめ。

 

 ならば、もはや。

 ワシもまた、ここで座っているわけにはいかぬ。

 

「――さあ、行くぞ。ついてくるが良い。お主たちの中を埋め尽くさんとする残骸のことごとくを滅ぼす」

 

 神に見放され、死にすら置いて行かれた哀れなるものども。

 そして、肉体を砕き、心を砕き、魂を砕き、前に進まんとする、愛おしき最後のマスター。

 

 ――救ってやる。神が救わぬのならこのワシが救うまで。

 

 それにマスター。

 お主はきっと何を言われようと、何があろうとも止まらん。

 恐怖に震え、自らの力のなさに嘆き、救えなかった命に後悔し、重責に押しつぶされそうになり心を罅割れさせながらも。

 

 あるいは、壊れてしまっても。その胸に一つの輝きがある限り。

 お主は止まらぬ。

 その右手を伸ばし続ける。

 

 ああ、その輝きは我ら英雄とはまったく違う。

 だが、何よりも英雄だ。

 それに好いた女子の為に頑張る男を応援せんでどうする。

 

「行くぞ、自信を持て。怖れを捨てろともいわん。恐怖は何よりも生きる上で大事なものだ。お主はそれを知っている。

 強くなれとも私は言わん。お主はお主だ。お主に従うサーヴァントどももおそらくお主に強くなれなどと一言も言わん」

「――――」

「これだけは言っておくぞ。お主の輝きは何よりも尊いものだ。マスター。こう呼ぼう。最後に残った人類の希望。その希望は絶望の果てに必ずや世界を照らすだろう」

「スカサハ、さん」

「ゆえに、今を生き抜け。辛かろう。苦しかろう。それでも手を伸ばすと決めたのであれば、右手を伸ばせ、諦めるな。

 そして、忘れるな。お主が愛おしいと思う者を。たとえ何があろうとも、それさえ忘れなければお主はきっと前に進める」

「――――」

「進め、唯一の希望にして最後のマスター。なに、気負うな。お主は尊き輝きを持っておる。数多のサーヴァントを従えるに値するとも。誰もお主を笑わぬ。馬鹿にせん。だから、生き抜いてみせろ――!」

「――――応!」

「先輩!?」

「ふふ、さあ、行くぞ――」

 

 ――しばらくはこれで持つだろう。

 

 少しだけ、記憶にふたをする。辛い記憶。苦しい記憶。怖い記憶。

 言葉に混ぜたルーンによって少しばかり記憶に迷彩を施す。

 

 尊き幼子に祝福あれ。どうか、生きろ。

 辛く苦しい戦いの果ては、必ず報われねばならぬ。幸せになれなければ嘘だ。

 

 生きろ。生きろ。生きろ。

 多くは求めん。生きろ。

 そのための力、そのための知恵、その為の技、全て我らが貸してやる。

 

 ゆえに、生き抜け――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 進む。進む。死を越えて。死を越えて。

 進む。たとえ何があろうとも、マシュ。僕のデミ・サーヴァント。愛しい僕の女の子。

 君がいるから。君と二人で、帰るんだ。

 カルデアに。みんながいるあの場所に。

 絶対に。

 

 ――何かがひび割れる音がしている。

 

 それでも僕らは進む。燃え盛る冬木の街を。

 

「来たれ、神なる稲妻の具現をその手に携えしモノ、古きアルスターの守り手よ」

 

 身体が、びりびりとする。

 

「むむ、今の若い子の中はこんな仕組か。魔術師の肉体も変わったものよ。ふ、この初心い反応がまことに――ああ、そうではない。仮初の契約だ。新たな力を貸そう」

 

 現れる。勇猛なるもの。猛きもの。稲妻の具現を携えし、螺旋なりし虹の剣。

 

「ははははは! 漸くか!! 待ちくたびれたぞ。アルスターは赤枝騎士団が若頭! フェルグス・マック・ロイ、召喚に応じて参上した。ほう、おまえが新米だな」

「ああ、そうだ。よろしくしてやってくれ」

「ふむ、なるほど。こりゃスカサハ姐でも手を焼くか」

「ああ実に鍛え甲斐があるというものだ」

「おお、それは、うん、あれだな。よし、とりあえず全力で回すか」

 

 フェルグス・マック・ロイ。豪快な人。

 彼の剣戟によって、巨大な竜がなぎ倒されてる。

 これが英雄。僕にはない力――。

 

 ――何かのひび「気にするな」

 

「え?」

「気にするなといった。おまえはおまえといっただろう。気休めではない。私の本心だ。マスター。この私が認めた。お主は世界を救うに値する男であるとな。

 ゆえに、力不足など嘆くな。嘆いている暇があるのなら前を向け。足を止めるな。足を止めたものから戦場では死ぬ。最後の瞬間まで前を向いて、お主はお主の為すべきことを成せ」

 

 ――音が、消えた。

 

 彼女が微笑む笑み。綺麗な笑みだった。マシュとは違う、綺麗な笑みだ。

 けれど、どこか悲しそうな。

 

「あの、何か、悲しいことでも――」

「――ふふ。いや、本当に良い男よなお主は。初心な反応も可愛いし、ふふ味見をしても良いかもしれん」

「うえ!?」

「冗談だ。おまえにはそれと決めた相手がいるのだろう」

「あ、いや」

「隠すな隠すな。求められれば、そうだなおまえ相手には少しくらい手加減して相手をしてやっても良い。もし勝てたのなら(ねや)に呼んでも良いぞ」

 

 ――ちょっ!?

 

 いきなり、この人は何を言っているんだ。初対面でそれほど時間も経っていないというのに、いきなり。

 ふと、彼女が笑っていることに気が付く。

 

「もしかして」

「ふふ、冗談だ。私は一流の戦士しか閨に呼ばんからな。おまえがそこまで至れたらの話だよ」

 

 ――びっくりした。まったくもって心臓に悪い。

 

「しかし、ま、このワシを心配するか」

「あ、いえ」

「良い良い。別に責めておるわけではないからな。こそばゆいだけよ。心配されたことなど今の一度もなかったからな」

 

 そういう彼女は、どこか悲し気に微笑んだ。

 

「なに、なすべきことを成せずというのは、私も同然ゆえにな。生物としてははなはだ不出来だ。なにせ死ぬことすらできん」

 

 死ぬことすらできない。それはいったい、どういう気持ちなのだろうか。

 

「さて、私のことは良い。それよりも頭を出すがいい」

「はい?」

 

 いきなり頭を出せと彼女は言う。

 言われた通り頭を出すと。

 

「うむ、いい子だ。よしよし」

 

 ――な、なでられた!?

 

 なでられた。なでられた。なでられた。

 

 優しい手つきで。まるで母にされたように。

 いい子、いい子。

 よく頑張った。よくできました。良い子だね。

 

「おまえはつい頑張りすぎるからな。何度でも言っておくぞ。いいか、絶対にこれだけは忘れるな。人はなるようにしかならぬし、おまえはおまえ以外のモノにはならぬ。絶対にな」

「…………」

「おまえは、おまえになればいい。飾る必要もない。変わる必要もない。今のままのおまえでいればいい」

 

 それから彼女は戦いを終えて戻ってきたマシュへも手を伸ばす。

 

「おまえもだ。よしよし」

「は、あ、あの、頭、撫で……」

「さて、もう少し戯れも良いが――」

 

 地面が揺れる。揺れて、大地が割れて、現れるのは巨大な柱。いつかどこかで見た魔神の柱。

 全てを滅却せんとする討滅の波動が放たれる。

 

「こ、これは! 圧倒的な魔力量です……! しかもまだ、大きく――あれには明確な敵意と殺意が、こっちを見て――」

 

 混乱するマシュ。怖がりの女の子。

 大丈夫。僕がここにいるから。

 

 ――何かがひび割れる音がしている。

 

 震える手を隠して、震える声を隠して。彼女が安心するように柔らかく力強く。

 僕にできることはこれくらいだから。

 マシュ。マシュ・キリエライト。怖がりな僕のデミ・サーヴァント。愛しい君。

 僕は君の為ならどんなことだってしてみせる。

 

 ――何かがひび割れる音がしている。

 

 その手を握って、君が落ち着くように僕はこう言おう。

 

「マシュ、落ち着いて。今までの敵とそう変わらないよ」

「……はい先輩、一瞬混乱しました。おかげで、大丈夫です。戦えます!」

「そういう反応になるか。マシュ。アレはそうまでして恐れるものか?」

「……はい、怖いです。とても。いえ、きっと、わたしには戦うことそのものが」

 

 怖いのだと彼女は言った。

 

「でも、もっと怖いことがあります」

 

 彼女は僕を見ていった。

 

「だから、今は戦います。その必要があるのですから」

「ふむ、それがいつか、おまえの命を奪い取るかもしれぬ、としてもか?」

「もちろんです。わたしの恐怖と、わたしの命は別のものです」

 

 ――それに、何もしない、何も残せないという寂しさをわたしは知っています。

 

 彼女はそういった。

 

 ――ああ、そうか。

 

 僕はこのときはじめて理解した。どうして君に惹かれるのかを。

 君も一緒なんだ。何もしない。何も残せないことの寂しさを知っている。

 だから、僕は君にとって、理想でありたいと思うのだ。

 全てが違うかもしれないけれど、きっと僕たちは似ているから。

 

「マシュ。帰ろう。必ず。死の残骸どもを倒してカルデアへ」

「……はい、マスター!」

「……そうか。ならばもうワシからいうことは何もない」

「覚悟は決まっていたのか。ならば俺もまた自分の仕事をしないとなぁ」

 

 フェルグスの叔父貴がそう言ってカラドボルグを突き出す。

 その圧倒的な破壊が巻き起こる。魔神の柱を破壊し、さらに破壊が伝播する。

 だが、

 

「破壊する」

 

 破壊を破壊で塗り替えて、破壊の大王が来る。

 

「進め、俺の剣であればアレをとどめて置ける」

「でも――」

 

 それじゃ、あなたはどうなる。

 勇猛なるもの。英雄フェルグス。あなたはどうなる。

 

「気にするな。俺には俺の、おまえにはお前の役割がある。アレを相手にするなら相性的に俺ということだ。スカサハ姐はおまえたちを導く役割がある。だからここは俺が残るのが正解だ」

「すまんなフェルグス。後は任せる」

「光栄のいたり! ではいずれ会おう友よ! 縁を結んだ以上は、再び巡り合えるとも!」

「…………はい!」

「応――!」

 

 走って。走って。

 

 フェルグスの叔父貴は大丈夫だろうか。

 

「そのような顔をするでない。ケルトの勇士が強者と戦うのは習性のようなものだ。それに、お主たちが生きている。ならば奴は目的を果たしたのだ」

「でも」

「ふぅ、本当に優しいなおまえは。ならばせいぜい笑ってやるが良いさ。何も要らぬと奴は言うだろうが、手向けるならばそれだけでいい」

「ははは――」

 

 笑う。またいつか、どこかで会うことを願って。

 

「そうだ。笑え。笑えば悲しみを吹き飛ばしてくれる。無理をして笑えというわけではないからな。そこをおまえは勘違いしそうだから先に言っておく。

 辛いとき、悲しいときは泣け。楽しいとき、うれしいときは笑え。憤ったのなら怒れ。いつでも超然としていらるほど人間は強くない」

「ええ、ですが、だからこそ人は尊いのです」

 

 声が響く。男の声が響いてくる。燃え盛る炎に負けない声が。

 

「来たか。私が用立てた最後の英霊、栄光の騎士団の一番槍」

「真名ディルムッド・オディナ。仮初の召喚ではありますが、ランサーとして現界した。最後の試練。あなたたちとともに戦おう。スカサハ。盾の乙女、そして、仮初のマスターよ」

 

 二槍を手にした男。ディルムッド。

 彼は僕の前に跪く。傅いて、忠義を捧げるという。

 

「仮初の契約ではあるが、それでも我が主同然。この槍は今こそ、あなたたちの力となりましょう」

 

 まっすぐに向けられる忠節。忠義。

 嘘偽りのない彼の気持ちだとわかる。

 応えなければ。彼の忠義に。それが僕にできることだから。

 

「……よろしく頼む、ディルムッド。ともに戦ってくれるのは心強いよ」

「――ああ、なんと心地よい返答か。貴殿の心に偽りはないのだな。であれば、このディルムッド・オディナ、全霊を尽くして貴殿の槍となろう。我が主に勝利を捧げる!」

 

 その言葉通り、彼の二槍は敵を刺し穿つ。最後の試練で現れた月の女神相手に獅子奮迅の働きを見せるのだ。

 

 ――何かがひび割れる音が「待て――」

 

「――っ」

「気張るな。そう言っただろう。おまえは、おまえにしかなれない。おまえが思うままにすればいい。無理をして誰かの理想なんぞになるな。おまえはおまえの理想になればいい」

「オレの、理想」

「そうだ。ああ、待て。心を削るような、魂を削るような理想になれとかそういうことじゃない。おまえがおまえらしくあれということだ。おまえはおまえにしかなれない。おまえは誰かの理想にはなれないんだ」

 

 誰かの理想にはなれない。彼女はそう繰り返し言った。何度も、言い聞かせるように。

 

「だったら――」

「なんだ?」

「いえ」

 

 その言葉を言ってしまえば、駄目になる。

 

「ふぅ、そうか……」

「主! このディルムッドが討ち取りましたぞ!」

 

 月の女神を倒した。

 

「ありがとうディルムッド」

「主が、私を臣下として信頼してくれたからこそです。では、いつかまた。出会えるその時まで――」

 

 ディルムッドは満足げに去っていった。

 

「さて、これで終わりだ。よく頑張った満点をやろう」

「これで、全て終わったのですね」

「ああ、そうだともマシュ。死の残骸はこれで全て滅した。私もここまでになる」

「スカサハさん――」

「安心すると良い。お主たちと縁はつながった。またいつかどこかで出会えるだろう」

「はい――!」

 

 そして、僕らは夢から覚めた――。




今回も癒し。
いや、本当、すまんな愉悦部諸君。我も辛い。

次回はサンタオルタ。
オルタには聖剣ぶっぱされて殺されかけたことがあるので、そこらへんトラウマですヨ。つまり遭遇自体がアレなのだ(愉悦)
ただしやっぱり王様なので、ぐだの現状には気がついちゃうかもしれない。

そろそろ更新に時間がかかるかもしれんが、まあそうなったらゆったり待っていてくださいな。
――待て、しかして希望せよ、です。

ちなみに、ぐだ男編がFGOの現状に追いついた場合。超絶鋼メンタル最強のぐだ子編が始まります。
あえて言おう。真逆。むしろリヨ。
逸般人です。一般人ではない。
とりあえず、根源にでも接続させとく? あ、所長は救出するのでご安心を。固有結界でも持たせてもいいし、直死でも与えても良いな。
とりあえずサーヴァントと一緒に戦場に飛び出すレベル。
まあ、予定は未定だけどネ。


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ほぼ週間サンタオルタさん
ほぼ週間サンタオルタさん


「あえていいます。世はまさにプレゼント日和――カルデアもクリスマス仕様ですね、先輩!」

 

 そんな後輩の声が聞こえた気がした。

 

「――おや?」

 

 しかし、愛しの後輩。僕のデミ・サーヴァントはおらず。

 一面の雪景色がそこには広がっていた。

 

「貴様がレイシフトのトンネルを抜けるとそこは一面の雪原だった。文学的な始まりだな。貴様、という人称が実にこまやかだ。そうは思わないか?」

「そ、その声は――」

 

 その声を僕は知っている。

 かつて。ハジマリの特異点。僕らの旅のハジマリにてその声を聞いた。

 彼女は最後の敵だった。阻むもの。あの特異点で僕らが打倒した最強の敵。

 最強の聖剣をその手に掲げる者。

 

 彼女の名は――。

 

「サンタさんだ」

「はい?」

「だから、ブラックなサンタオルタさんだ」

「は?!」

 

 いや、確かに彼女はどういうわけかサンタの格好をしているけれど。しかもミニスカだけれども。

 大空洞にいた彼女に間違いはなかった。

 

 ――殺される。

 

 そう思った。逃げなければ。

 

 逃げなければ。逃げなければ逃げなければ。逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ逃げなければ。

 

 マシュは。マシュは。マシュ――、マシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュ。マシュ、たすけ――。

 

「おい、待て、何を怯えている」

 

 何かがひび割れる音が響く。何かがひび割れる音が響く何かがひび割れる音が響く何かがひび割れる音が響く何かがひび割れる音が響く。何かが。何かが何かが何かが何かが何かが何かが何かが、割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる、割れ割れ割れ割れ割れ割れ割れ割れ割れ割れ割れ割れ割れ割れ割れ割れ。

 

 恐怖に混濁する意識と、歪み視界がありとあらゆる全てを呑み込んでいく。

 僕の脳みそは理解をすっぽかして、ただ恐怖という感情を発するだけの装置と成り果てていた。

 生物の至上命題たる生きるということを実行するための呼吸というもっとも普遍的な動作すら忘れてしまっていた。

 

 全てが漆黒に染まりそうになる。

 全てが砕け、壊れる――。

 

「ええい、落ち着け」

「ごはっ――」

 

 何か白い袋で殴られた。衝撃で呼吸が戻る。

 

「貴様勘違いしているな。安心しろ。今の私は味方だ。まったく、貴様まで勘違いしてどうする。まったく」

 

 ――え? え?

 ――勘違い?

 ――味方?

 

「いいか。よく聞け。私はサンタオルタ。確かに貴様相手に何やら聖剣ぶっ放したり殺そうとしたりとかいろいろしたような覚えがあるが、そんなものは捨て置け。重要なことじゃない。今は子供たちにプレゼントを配る悪のサンタクロースだ」

「さ、さんた?」

「そうだ。貴様も勘違いしていたようだし、私はどうも誤解されているようなのでな。感謝をこめ、みなに贈り物を届けたいのだ」

「――――」

 

 思わずぽかんとしてしまった。だって、あのかつて冬木の特異点で僕らと戦った彼女とはあまりにも――いや、雰囲気は同じだが、やっていることが違いすぎて。

 僕はただぽかんとしてしまった。

 

「ころさない?」

「なぜ殺す。貴様を必要としているから呼んだというのに」

「ぜったい?」

「だからそう言っているだろう。見ろ。苦労して集めたプレゼントたちを。これから配ろうと思ったら肝心の移動手段がなくなってしまった。トナカイどもが逃げ出してな、だから貴様に我がトナカイとなる栄誉を与えようというわけだ。わかったか」

「た、たすかったぁ」

 

 助かった。助かった助かった助かった。助かった!

 

「ごはっ」

 

 なぜか喜んでいたら殴られた。

 

「なんで」

「何やら気持ちが悪かったからだ――チッ、プレゼンの最中だというのに敵が集まってきたか。よし、剣をとれ」

 

 と言って剣を投げ渡される。

 

「は? は?」

「行くぞトナカイ。サンタの隣で戦うことがどういうことか教えてやろう!」

「はあああああああ!?」

 

 問答無用で、襲ってきた敵と戦うことになった――。

 

「――し、死ぬかと思った」

「このようにサンタクロースを狙う輩は多い。トナカイには強いマスターが求められる。わかったな? 拒否権はない。なに、私もサンタだが鬼ではない。よく働けば命だけは助けて――」

「イエス、サンタオルタ!」

 

 ――何かがひび割れる音が響く。

 

「ぬう、一つ返事だと……!? 仔ライオンか貴様!? だが、良い返事だ。気に入った。さっそく始めよう」

 

 そして、僕らは彼女の聖剣をジェットに成層圏へと飛び上がり。近くの家を襲撃することになった。

 何かあるたびに、何かがひび割れるような音が響いていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「はしれ騎兵ー、闇を裂いてー、吹雪の中ー、迷うまようー!」

「あああああ!????」

 

 成層圏を飛んでいる。こわいこわいこわいこわいこわいこわい!

 なんだ、これ何が起きている。そりが飛んでいる。それも聖剣のビームで。いや、もうそんなのどうでもよくなるくらいのおそろしさ。

 成層圏。酸素も薄い。死ぬ。死にそう。ヤバイ。

 

 ――何かがひび割れる音がしている。

 

「どうした、何か問題でも生じたかトナカイ」

 

 現在進行形で問題が生じているとしか思えないということは言えなかった。手を離せば最後、このまま落下ししてしまうのではないかという恐怖が僕にそりから手を放すという行為をさせない。

 トナカイの着ぐるみのおかげで温かくはあれど、それでも防げない寒さが僕をさいなんでいく。恐怖と寒さで震えて、今にもソリから手を放しそうになる。

 しゃべっている余裕などなかった。それに――。

 

 彼女。サンタオルタ。かつて特異点Fで相対した敵。

 味方だと彼女は言ったし、そういう風に行動しているのもわかっている。

 けれど、けれど――。

 

 ――何かがひび割れる音がしていた。

 

 身体は勝手に震える。理性でそうだとわかっていても、心が理解しない。

 頼む、頼む。

 神でも、悪魔でも、誰でもいい。

 生きて、帰りたい。生きて、マシュに会いたいんだ。君がいないと。マシュ。マシュ。マシュ――。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「――そうか」

 

 トナカイ。かつては敵だったマスター。

 哀れな男だ。役割を押し付けられ、それでもなお前に進んできた男。ボロボロに傷つきながらも前に進んできた男。

 

 哀れなものだ。だから、袋で殴った。

 

「ごはっ――」

 

 正直、いちいち気を遣ってやる筋合いなどない。

 そもそもそれは甘やかしだ。甘やかしてはいつまで経ってもこのままだ。

 私は甘やかさん。甘やかすのは他の奴らに任せる。甘やかして解決するほどこのトナカイは単純ではないのだからな。

 

「いい加減覚悟を決めろ。もうすぐ目的地だ。今回のお願いサンタさんレターはペルシャ地在住のダレイオス君三歳からのリクエストだ。まったく読めんが問題ない。行くぞ。煙突から侵入する!」

「は、うわあああああああ」

 

 煙突から投げ込み、私も飛び込む。

 男二人とキャンドルスタンドが何やらやっている。実に哀れだった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 いきなり殴られエントツに投げ込まれた。更に上から彼女が降ってきて僕をクッションにする。

 

「な、なにす――ごはっ」

「さて、哀れな男ども。じゃなくて、どいつがダレイオス君だ?」

「あ、あのろうそく持っている奴じゃ」

「さすがだトナカイ慧眼だな。ほめてやろう」

「あ、どうも」

 

 正直嬉しくもない。いつまた殺されることになるかと僕は内心で震え続ける。

 彼女の気がいつ変わるかわからない。それが怖い。マシュがいない。僕一人。僕一人では何もできない。

 

 プレゼントを投げ渡すサンタオルタ。本当にサンタなのか。

 

「何を不思議そうにしている。言っただろう今宵はサンタクロースだと」

 

 でも、でも――。

 わかっていても、心がついていかない。そう簡単に割り切れるわけがない。

 

「ああ、まったく面倒くさい!」

「ぐあ――」

「いいか、よく聞けトナカイ。貴様は私のトナカイだ。貴様を襲ったセイバーという在り方は封印した。私はトナカイというマスターに乗るライダー。聖夜に現れた、一陣の烈風だ」

 

 でも、でも――。

 

「ぐはぁ」

「ああ、うっとうしい。言ってもわからないのならその身体に教え込んでやる。私は貴様を甘やかさんぞ。

 サーヴァントはそういう存在だ。わかっているだろう。だが、納得していない。だから教え込んでやろう。貴様の前にいるのはサンタクロースだ。子供たちに夢を届ける悪のサンタクロースだ。そして貴様はトナカイだ。私が選んだ。私だけのトナカイだ」

「でも、一夜だけ、だろ、そんなの」

「なんだ、ようやく貴様の言葉が聞けた気がするな。断言してやろう、それはない。貴様は私のトナカイだ。私は貴様のサンタクロースだ。

 それは何があろうとも絶対に変わることのない。言ってわからぬようだから、貴様にこれを預けておいてやる」

 

 それはチケットだった。

 

「これは?」

「いいか、絶対に裏面は見るなよ、絶対だからな!」

 

 ひっくり返す。黒いチケットの裏面。そこには、私の引換券と書いてある。

 

「…………はは」

 

 思わず笑った。なんだこれ? 私の引換券ってなんだよ。

 

「ふっ、ようやく笑ったなトナカイ。しかし、見るなといって即行で見るとはな」

「絶対って言われたら見るだろ」

「口答えはいい。さあ、次に行くぞ。まだまだプレゼントはある」

 

 信じてもいいのだろうか。

 

「信じろ。サンタクロースだぞ。子供の夢は壊さん。むろん、貴様の夢もな。さあ、わかったな。わかっていなかったら、また袋で殴るが」

「わ、わかりました」

「ならいい。行くぞトナカイ」

 

 次に訪れたのはフランスだった。うち落とされかけた時はどうなるかと思った。

 

「あらあら、お久しぶりね」

「マリー王妃」

「ふふ、元気かしら?」

「まあ」

「……そう。それじゃあ、再会のちぃーっす」

「王妃!?」

「へ!?」

 

 柔らかな感触が広がる。

 柔らかく、甘く。

 あたたかな。

 

「頑張り屋さんのマスター。大変だけど頑張ってね。もし疲れたらいつでも私のところにきていいわ」

「うん」

「――さあ、サンタさん。私がマリーちゃんです」

「よしよし、トナカイへの狼藉は私への敵対と見做しても良いが……特別だ。聖夜だからそういうこともあるということにしておいてやる。さあ、並べちびっこども。プレゼントの時間だ!」

 

 マリー王妃、デオン、それからアストルフォという初めてあった子にサンタオルタさんがプレゼントを渡していく。

 

「次行くぞ、次だ」

 

 次は洞窟だった。

 

「あの、なんか肉をたたく音がしてるんですけど」

「しているな。だが、住所はここだ。行くぞ、トナカイ。何かあれば自分で対処しろ」

「え!?」

「言っただろう。私は貴様を甘やかさん。行くぞトナカイ」

 

 強引に彼女は僕を洞窟へと連れ込んだ。

 中に入ると、へべれけになった荊軻とサンドバック的な何かを殴っているマルタさんと、牛若丸がいた。

 

「うむ、クリスマスに彼氏もいないOL三人組みたいな組み合わせだが、手紙が届いたからにはプレゼントをくれてやる」

 

 酔っ払いと何やら機嫌が悪そうなマルタと駄犬には付き合うことなかれ。さっさとプレゼントだけ投げ込んで、次へレッツゴー。

 何やら途中でソリからサンタさんが下りたりしていた。何かあったのだろうか。

 ついでに、赤い大きなトドみたいなのを轢き飛ばした。サンタさんはまったく気にしなかった。

 

「さて、次は行きたくないが――ん? 離れるな、おかしな空間につかまった!」

「はいいい!?」

「く、ここはどこだ通常の空間ではないようだが」

 

 そこには二人の可愛らしい女の子がいた。

 可愛らしい女の子。一人はワンピースドレスのロリータというのだろうか、とにかくそんな感じの女の子。

 もう一人は、寒そうな格好をしたとてつもなくきわどい女の子。ナイフを持っているけれど、そんなかっこうで女の子がこんな雪空の下にいるのは駄目だ。

 

「ちょ、君、やばいって、その格好は!」

 

 僕は、自分の服を脱いで着せてやった。トナカイの着ぐるみだけでどうにかなるから良い。

 

「あ、ありがとうトナカイさん」

「あ、あの……こんばんは。お姉さんはサンタさん、ですか?」

「そうだ、サンタさん、だよね。だってプレゼントいっぱい持っているし」

「ああ、そうだ。私はサンタだ。そういうおまえたちは何者だ? この辺りの亡霊か?」

「亡霊? こんな小さな女の子たちが?」

 

 ナイフを持っている女の子が言った。幽霊とかじゃない、でも人間でもないと。

 

「わたしもジャックも自分がなにかわからないの」

 

 名前がなくぼんやりと街を眺めているしかできない。

 その街がとても楽しそうだから。クリスマスだからあったかいものがほしいと彼女たちは願ったのだという。

 

「サンタオルタさん」

 

 僕は彼女たちの願いを叶えたいと思った。

 人間でないなんて関係ない。小さな女の子が泣きそうになりながらも、必死に願ったのだ。一夜だけでもいいからあたたかいものがほしいと。

 

 でも彼女たちの為のプレゼントはない。サンタオルタさんの袋の中に彼女たちの願いはない。

 けれど、けれど。

 報われない彼女たち。無垢な彼女たち。愛を知らない彼女たち。寂しいからほしいと願った彼女たち。

 そんな彼女たちに夢すらも見せてあげられないなんて。そんなの間違ってる。

 

「ならん」

「でも――」

「寂しいから欲しいでは、話にならん。心の底から願うのであれば、口を大にして叫ぶが良い。舐めるなよトナカイ。私はサンタさんだ。子供の願いを、夢をかなえてやることこそが、仕事なのだ」

 

 彼女たちは応えた。遊びたい、楽しい夢が見たい。ほしい、ほしい、ほしい。

 

「ふっ、ならば与えんだ」

 

 広がるクリスマスの飾り付け。ツリーに雪だるま。

 

「さあ、受け取れ厳選したプレゼントだ」

 

 プレゼントを受け取って楽しそうに笑う子供たち。幸せそうに。

 けれど、けれど。

 

「ごはっ――なに!?」

「貴様は何を考えようとしている」

「いや」

「ああ、言わんでもわかる。貴様どうせ彼女たちに同情したのだろう」

「そりゃ――」

 

 可哀想だろう。

 

 そう思ったらまた殴られた。

 

「確かに彼女たちは可哀想なのかもしれない。だが、見ろ。今はとても幸せそうだ。今は、それでいいだろう違うかトナカイ。おまえの同情で水を差す気か」

「――――」

「さあ、わかったのなら次へ行くぞ。なに、彼女たちもいずれは救われる。そういう運命にあるのだ。私の直感がそう囁いている。それに貴様が気にすべきは彼女たちじゃない。間違えるなよトナカイ。貴様が気にすべきものをな。だから行くぞ。次で最後だ」

 

 最後。次にやってきた場所にいたのは、

 

「君は――」

「最悪。ああ、最悪な女と最低の男のセットとかどうしてくれんのよ」

 

 ジャンヌオルタ。オルレアンにいたあの女。竜の魔女。

 そんな彼女が、素敵なクリスマスの飾り付けの真ん中でまるでサンタクロースを待っていた子供の用にプレゼントを入れる靴下を抱えていたのだ。

 

 彼女に抱いていた恐怖がどっかに飛んで行ったのを感じた。

 

「な、所詮サーヴァントなどそんなものなのだ」

「――サンタオルタさん」

「ようは別の一面だ。どんなに恐ろしい相手でも別の一面がある。この私のようにな。だから、怖がるなとは言わんが、過剰に反応するな。大抵の英霊は貴様の味方だ」

「ちょっと、何言ってるわけ。私が味方? そんなわけないじゃない」

「安心しろトナカイあれはツンデレという奴だ」

 

 ジャンヌオルタが露骨にいやそうな顔をしていた。

 

「しかし、本当に驚いたな。差出人の名前を見た時はな。見てみるが良いトナカイ」

「本当だ、すごい綺麗な字だ」

「それはそれだが、貴様、物書きはできないのではなかったか?」

 

 ――物書きができない?

 

 でも手紙はとてもきれいな字体だった。

 つまりそれは、練習したということ。

 

「だってみっともないでしょ。あんな字」

 

 ――あ、可愛い。

 

 すっかりと恐怖はなくなっていた。

 

「ちょっとなに、すごい嫌な視線を感じるんだけど」

「私のトナカイに噛みつくなよ。さて、ほら、貴様へのプレゼントだ」

 

 ジャンヌのブロマイド。

 

「――――」

 

 あ、すごい顔になった。

 

「貴様がくすぶっているからこういうことになるのだ」

「――帰る」

 

 覚えておきなさいよ、いい、絶対によ! とそんな捨て台詞とともに彼女は煉獄へ帰っていった。何やら霊基をあげるとかなんとかかんとか。

 

「さて、これで終わりだな。よくやったトナカイ」

「いや、オレは何も」

「いや貴様はよくやったとも。この私を見てもう震えもしないし怖くもないだろう」

「――あ」

 

 彼女の言う通り震えることはない。彼女の眼を見て話せる。

 

「だから、これを渡しておこう。私が特別気に入った竜の玩具だ、大切にするがいい。貴様へのプレゼントだ」

「あ、ありがとう」

「今年のクリスマスは終わりだ。よく頑張ってくれた。だが、世界が続く限りクリスマスもまた続く。来年も我が足として活躍するがいい。さて、帰るぞ」

「ああ」

 

 僕らはカルデアへと戻ってきた。

 

「帰ってきた――」

「先輩!? どうしてトイレから!?」

 

 ああ、マシュ。マシュ・キリエライト。愛しい愛しい僕のデミ・サーヴァント。

 

 思わず僕は彼女を抱きしめていた。

 

「せ、せんぱい!? い、いけません、ドクターが、見ています」

「安心しろマシュマロサーヴァント。ドクターとやらは私が外に放り出しておいた。では、トナカイ存分にな。もう残りいくばくかだが、聖夜はまだ続くしっかりな」

「え? え?」

 

 マシュ、ああ、可愛いマシュ。

 

「あ、あの、せん、ぱい?」

「マシュ。君がいないと、駄目だ」

「あ、は、はい。私も先輩がいないとダメです! あ、あの、何かあったんですか?」

「ないよ、何も。何もない。けど、こうしたいんだ。駄目、かな」

「い、いえ、だ、駄目ではない、のですが。その、私、こ、こういうのは初めて、さ、作法とかも、全然。なので、その、えっと――」

 

 ああ、可愛いマシュ。

 僕は君がいないと駄目なんだ。

 君が好きだ。

 だから。

 

「マシュ。世界を救おう。絶対に」

「――はい、先輩!」

 

 ――何かがひび割れる音が、していた。

 




癒しかと思ったら過去最大の危機だったでこざる。ま、是非もないよネ!

ブーディカやダビデは壊れないように癒しを。
ノッブは、忘れさせるように笑いを。
スカサハ師匠は、倒れても立ち上がれるような導きを。
サンタオルタは、甘やかさず厳しくスパルタ。

他の面子が甘やかす中、サンタさんは甘やかさずスパルタというキャラ方向になりました。
ちなみにナイチンゲールさんがもっともスパルタです。

さて、もう癒しはいいだろ。待たせたな愉悦部諸君。
次回はロンドンだ。


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第四特異点 死界魔霧都市 ロンドン
死界魔霧都市 ロンドン


こっそり書き上げ投稿するの巻


 まるで、映画でも見ているかのようにそれは再生されていた――。

 

 ――暗い。

 ――ここはなんと暗いのだ。

 

 石畳を路地を走るヒールの渇いた音が響く。それ以外になんの音もない。

 いや、いいや。違う。

 聞こえてくるのはあたしのヒールの音だけじゃない。

 怯えて恐怖から逃げるように走るこのヒールの音だけじゃない。

 息遣い。

 ハァッ、ハッ……ハッ……という苦し気な私の息がある。

 

 1888年、最高の繁栄を謳歌する大英帝国、首都ロンドン。白い霧に飲み込まれた昼間の大通りを走る女の息だ。あたしの息だ。

 ここには誰もいない。

 ここには、誰もいないのか。

 

 いや、いいや違う。

 あたしのヒールの音と息遣いのふたつだけが響く。静寂の世界の中にあって、あたしはそう、知っていた。

 さっきから、何かがずっと、ずうぅうっとあたしのあとを追いかけてくる。

 馬車にのった紳士はおらず、巡回するロンドン市警(スコットランドヤード)の姿はない。ここにはあたしだけ。

 

 ここはロンドン市街、タワーハムレッツ特別区。インナーシティ地区。ホワイトチャペル。人通りの多い通り。それなのに。

 あたしと、あたしを追う何か以外何もいない。ただ全てが白い霧に飲み込まれている。

 

 ――逃げろ。

 ――逃げろ。

 

 背後のもの。ナイフを手にした誰か。

 あれに追いつかれたら殺される。待ち構えたあいつのナイフで殺される。

 

「――ごめんね」

 

 ふいに背後から声が響く。

 いや、いいや違う。

 

「いつ、の間に、前に……? いや、いや……来ないで」

 

 目の前に。誰かが。影が。誰かに似た。まるで、まるで――。

 

「あああ、いや、来ないで。あんたなんて知らない、なんなの、なんなのよ!」

「ごめんね、おかあさん。ごめんね。でも、帰りたい帰りたい、帰りたい、帰りたい、から、わたしたち……とっても帰りたいから、ね?」

「いや、来ないで、こないでよぉ」

「うん、ごめんね」

 

 ――何かが崩れる音がしている。

 

 それがハジマリだった。誰かの夢。誰かであった夢。

 

 僕らは霧に包まれたロンドンへ。

 十九世紀ロンドン。偉大なりしヴィクトリア女王を抱く1888年。

 産業革命の最盛期。蒸気科学が全ての時代を切り開いた時代。

 そこで僕はまた多くの英雄たちとと出会った。

 

 一人目はロンディウムの騎士、魔霧の都市にて奮戦する者。

 反逆の騎士モードレット。頼りになる騎士に。

 ゆがんでいるけれど、なんだかんだ言いながらロンドンを守るために奮闘した気高い人。

 怖いけど、頼ったら嬉しそうにして、それを言ったら怒って。

 こんな僕に力を貸してくれた。

 面倒見の良い人。

 強い、強い人――。

 

 ――何かの崩れる音がしている。

 

 二人目は作家。アンデルセン。ハンス・クリスチャン・アンデルセン。

 捻くれ者で厭世家。少年の見た目なのに、その内面は老成した成人男性。世界三大童話作家の一角。

 鋭い観察眼と推理力でロンドンに眠る謎を解いた功労者。

 色々と毒舌で僕に文句のようなものを言いながら励ましてくれていた彼。

 ずいぶんと助けられたのだと今ならばわかる。

 最後まで毒舌で。

 けれど、普通の英雄とは違ったから接しやすかったように思える。

 

 ――何かが崩れる音がしている。

 

 三人目はウィリアム・シェイクスピア。 物語る二人目のキャスター。

 アンデルセンと二人して、色々と語ってくれた人。

 その知恵で僕らの道を示してくれたこともある。

 色々と言われたけれど、やっぱりふつうの英霊よりも過ごしやすかった。

 

 ――何かが崩れる音がしている。

 

 ほかにも拠点を貸してくれたジキル博士。

 いつも間にか現れていた金時と玉藻。

 みんな、みんな、僕らに力を貸してくれた。

 

 けれど、けれど、みんな消えてしまった。

 敵と同じように。

 敵。敵。

 

 ――彼女に襲われた。クリスマスに笑顔を見せてくれた彼女に。

 可哀想な子供たち。ジャック。

 切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)

 ほしいといった彼女。

 帰りたいといった彼女。

 願いながら、全てを解体していく彼女を見過ごすことはできない。

 

 けれど、けれど。

 僕は覚えている。彼女の笑顔を。彼女の泣きそうになりながらもサンタに願った願いを僕は知っている。

 彼女はただ楽しく過ごしたかっただけなのに。

 彼女はそういうものとして嵌められてしまっただけなのに。

 それでも彼女はその役割のままに殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺した。

 だから倒すしかない。彼女はそういうものだから。そういうものと必死に、必死に必死に思って。

 僕は、彼女を倒せと命令した――。

 

 ――何かが崩れる音がしている。

 

 敵。敵――。

 本が人を襲う。彼女だった。ナーサリー・ライム。誰かの為の物語。

 ほしいといった彼女。

 クリスマスに笑顔を見せてくれた彼女。

 願い、探し人を探す彼女。

 人を襲うなら倒さなければならない。

 

 けれど。けれど。

 僕は覚えている。彼女の笑顔を。彼女の泣きそうになりながらもサンタに願った願いを僕は知っている。

 彼女はただ楽しく過ごしたかっただけなのに。

 彼女はただあの子(ありす)を探していただけなのに。

 だから倒すしかない。彼女はそういうものだから。そういうものと必死に、必死に必死に思って。

 僕は、彼女を倒せと命令した――。

 

 ――何かが崩れる音がしている。

 

 敵。敵。

 

 パラケルスス。P。主導者の1人。

 矛盾した人。理想を抱き、矛盾し、全てにおいて諦めた人。

 世界を救わんと戦うことも出来たかもしれない。

 けれど、けれど。

 運命はそれを許さない。

 僕らは戦い、彼は倒れた。

 それだけ。ただ、それだけ。それだけ――。

 

 ――何かが崩れる音がしている。

 

 敵、敵――。

 

 偉大なる人チャールズ・バベッジ。偉大なりし蒸気王。

 絢爛たる蒸気世界を夢見た碩学。

 かっこいいロボットを作り上げた人。

 戦った。それ以外に方法がなかった。

 地下に行けと教えてくれた紳士。

 

 ――何かが崩れる音がしている。

 

 その地下で出会ったのはマキリ・ゾォルケンという魔術師だった。

 魔霧計画を主導する主導者の1人。

 彼は、雷電を呼んだ。

 

 雷電ニコラ・テスラ。

 遠き空より来るもの。かつて青き空にて輝く雷電を、神々の力をもたらした者。

 星を広げた者。

 インドラを超えて、ゼウスを超えて。

 ペルクナスとなったもの。

 狂気なりし雷電の王。

 

 彼が地上に出れば人理の底は破壊され。人類の歴史は途絶える。

 僕らは彼を追った。追って追って。

 焦燥にかられながら僕は走った。

 走って、走って。

 なんとか僕らは彼を打倒した。

 

 そして、偉大な王が来た。

 

 全てを刺し穿つ世界の礎たる槍を持つ王、常勝不敗の王が。

 

 ――何かが崩れる音がしている。

 

 僕らは戦った。次から次へと現れる敵。

 萎えていきそうになる戦意。

 強敵との連戦に必死に、必死に。

 それでもマシュがいたから、僕は戦えた。

 そして、僕は彼に出会った。

 

「そうだ。私が、ソロモンだ。人理を滅却し、魔神を放っている、貴様らのいう黒幕という奴だ――」

「そ、んな……」

「ありえない、ソロモン王がそんなことするはずが」

 

 信じられない。そんな声が響く。

 

「先輩、どうすれば――」

 

 ああ、マシュ。可愛いマシュ。僕のデミ・サーヴァント。

 そんなこと決まっているじゃないか。

 立ち向かうのだ。ソロモン。偉大なりし魔術の王。おまえが人理を焼くというのなら、それを止める。

 目の前にいるのなら、倒す。

 

 それが、理想。それがやるべきこと。

 だから、君にこう言おう。

 

「――――」

 

 ――あ、れ

 

 けれど。けれど。

 声が、出ない。

 倒せ。そう一言いうだけで良い。

 そうしなければならない。敵だから。倒さないといけない。

 わかっているのに。

 声が、出ない。身体が動かない。

 

「――――」

 

 声が出ない。身体が動かず震えて、後ずさっていることに僕は気が付く。

 自分の意思ではない。勝手に、体が勝手に動いている。

 

「ふむでは、遊んでやろう」

「来ます、先輩、指示を――」

 

 ああ、わかっているよ。マシュ。今――。

 

「――――」

 

 けれど、けれど、声が出ない。どうしても、やつを倒せという簡単な言葉が、出てこないのだ。

 逆だった。身体は逃げろと言っている。

 無理だ、勝てない。

 

「四本で、十分であろう」

「先輩!」

「マスター!」

「ああ、この馬鹿、何してる!」

 

 ――あ、ああ。

 

 僕は理解する。彼が四本の魔神柱を従えて戦闘を挑んできたとき、確かに感じた。

 振り切る直前の恐怖を。

 そして、何かが壊れたのを自覚した。

 恐怖を感じない。震えもない。

 ただ、全てが遠くなった。

 

 全てが遠い。全てが、全てが。

 

「先輩――!!」

 

 ああ、マシュ。僕の、デミ・サーヴァント。

 彼女が焦っている。

 それも当然だと僕は思う。全てを破壊する魔神柱。四本のやつの手足が全てに殺到している。ここにいる敵、全てに。

 それがどういうことかわからないわけがない。そこのは僕も入っている。

 

 完全に僕らの動きが遅れている。そんなことを冷静に思っていた。

 全てが遠い。実感が薄い。何かが切れてしまったかのようだった。

 このまま死ぬのだろう。

 あまりの恐怖に全てがマヒする。鈍化する。

 

 ――ああ、近くで見ると清姫って可愛いな。

 

 目の前に彼女がいた。僕を押して、そして――。

 

「あ?」

「旦、那、さ、ま、ご無事、です、か」

 

 あたたかい何かが頬にかかる。

 手で触って確かめる。それは赤いもの。流れてはいけないもの。人を生かすもの。

 サーヴァントにも血が流れているんだな、なんてことは場違いに思う。

 状況が理解できない。

 いや、いいや違う。理解したくないのだ。

 

 ――何かが崩れる音がしていた。

 

「あ、あああ……清、姫、清姫! そんな!」

 

 どさりと倒れた彼女を支える。べたりと彼女から流れる血が僕の掌を濡らす。それも構わずに。

 

「ああ、よかった。お怪我が、なくて」

「なんで、なんで――」

 

 夢中で魔術礼装を励起する。応急処置。なのに、彼女の傷はふさがらない。

 穿たれた穴はふさがらない血が止まらない。止まらない。止まらない止まらない。

 

「なんで、()なんかを」

「旦那様を愛しています。旦那様を守るのは、良妻、と、して、とう――」

「――ぁ」

 

 溶けるように彼女は消えていった。

 腕から重さが消える。身体にかかっていた彼女の重さがなくなる。消えた。

 

「マシュ! マスターを!」

「はい、ブーディカさん! 先輩こちらに!」

「あ、ああ」

「しっかりしてください先輩! 今は――」

 

 清姫、清姫。なんで、なんでなんで。

 

「マシュ!」

「あ――」

「くっ! ――――」

「あ、ブーディカ、さん」

 

 次に僕らを守るために、貫かれたのは彼女だった。

 

「あ、ちゃ、ぁ、これはだめ、かも。ごめ、ん、お姉さん、全然、駄目、だし、君に、こんな、でも、カルデア、で、ごめんね――」

 

 溶けるように彼女も消える。カルデアに戻る。

 けれど、目の前で、彼女は死んだのだ。確かに。

 その重さが、僕にのしかかる。

 全ては僕の責任。

 僕が、失敗した。

 肝心な時に、失敗した。

 

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した

 

 ぼくは、失敗した失敗した失敗した失敗した

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した

 失敗した失敗した失敗したぼくは、失敗――。

 

「何をしておるこのうつけがぁ!!」

「がっ――」

「お主は将じゃろうが! ああ、クソ、違うわ。マシュロマロサーヴァント! 逃げろ、マスターとともにな、ここで戦っても勝ち目などないわ!」

「そうよ、早く逃げなさい子イヌ。時間なんて、(アタシ)たちが稼いでやるんだから!」

「そうだ、行け。マスターがいりゃあ、俺らは何度でも再起できるからな」

「いや、まさか息子があんなことになっているとは僕としても予想外。やっぱり嫁全員に裏切られるとか、もっと女の子の扱いを教えるべきだった。ま、僕何も教えてないんだけど」

「――――」

 

 でも、でも。

 僕は最後のマスターだ。希望にならなければいけない。

 ここは立ち向かう意思を見せなければいけない。

 最後のマスターだから。

 

「――ごはっ」

 

 袋で殴られる。

 

「何度言ったらわかるトナカイ! そんなもの貴様には無理だ。いい加減認めるが良い。それでも諦めないというのならいいが、膝を屈した将ほど邪魔なものはない。ここから消えろ邪魔にしかならん」

「え? ち、父上? なんで、しかもなにそのかっこう――」

「何か言ったかモードレット。私のことはサンタオルタとよべ」

「は?」

「行け、マシュ。トナカイを逃がせ!」

「は、はい! 先輩、すみません!」

「――ぁ」

「茶番は、終わったか?」

 

 その瞬間、四本の柱が蹂躙を開始した。

 

「おいおい、こりゃあ、まずいんじゃねーの?」

「そんなのわかっていますから、はやく金時さん! 前に。ささっとやっつけちゃってくださいな。一尾の私なんてそっこー穢れてしまいます」

「やめろ、押すな、当たってる当たってる!」

 

 金時と玉藻が奮戦する。けれど、けれど。

 

 ――無意味だ。

 

 今までの特異点で培ってきた戦術眼が、断定する。不可能。

 いかなるサーヴァントにもグランドの名を冠するサーヴァントを打倒することはできないのだと。

 

「おい早くしろ、こっちだ!」

「さあさあ、おはやく!」

「さて、まずはおまえたちからにしよう」

「――――」

 

 逃げ道を確保していたアンデルセンとシェイクスピアが吹き飛ばされ刺し穿たれる。

 さらに僕たちへと向かう。

 

「こっちじゃ、マスターには手を出させん。いざ―――三界神仏灰燼と帰せ! 我が名は第六天魔王波旬、織田信長なり!」

 

 ノッブが裸マントになると同時に世界が変質する。

 世界を書き換える大禁呪。魔法に近いとされる大魔術。

 ――固有結界。

 大焦熱地獄が具現化する。

 神性殺し。神に近きものを屠る神仏滅殺地獄がその咢で魔術王へと食らいつく。

 

 けれど、けれど。

 

「ああ、何かしたか?」

 

 灼熱をものともせず、ただの腕の一振りで魔術が解体される。固有結界が解体され全ての効力を失う。

 

「な――」

「魔術はこの我が確立した。この程度で何を驚いている。当然のころだろう。それと、固有結界というのはこういうものだ」

 

 ――焔が全てを焼き尽くす。

 

 地獄が創形されていた。

 

「心象風景の具現化。笑止。世界に修正を余儀なくされる世界を投影して何が楽しいというのだ。世界を創形する、修正されないように強固な。それこそが本来の使い道であろう」

 

 それはかつての終わりだった。

 本能寺。焔に焼かれた、織田信長の最後。

 ただ一瞬のうちに灰燼と化し、全てが灰となった。

 

「おーい、ソロモン。どうしてこんなことしているのか、聞かせてもらいたいものなんだけど」

「ああ、偉大なる父上。そんなこともわからないのか。あなたが?」

「まあね、僕ってほら、羊飼いだし」

 

 ダビデが前に出てソロモンの気を引いている。

 

「行きます、今のうちに」

「――」

 

 待ってという言葉は口を出ない。その代わりに、ただ安堵だけが広がっていた。

 助かる。助かる。助かる。

 そんな安堵が。

 抱いてはいけない安堵が。

 

人間(おまえ)たちはこの二千年なにをしていた? ひたすらに死に続け、ひたすらに無為だった。なあ、偉大なる父上殿」

「さて、僕に言われても仕方ないと思うけどね、なにせ、僕は君より前に死んでいるわけだし。君の偉業も何もしらないさ」

「私のことは何一つの間違いだろう」

「そうともいうね。僕は君をまったく見てなかったわけだし。それでも立派になったと思っているし、君がこんなことをするのは、嫁全員に裏切られたくらいだと思っていたんだけどね、僕の見込み違いだったかな」

「見込み? 見込み違い――はは」

 

 哄笑が響く。

 

「それこそ私のセリフだ。おまえたちは死を克服できなかった知性体だ。にも関わらず、死への恐怖心を持ち続けた。死を克服できないのであれば、死への恐怖は捨てるべきだったというのに。死を恐ろしいと、無残なものだと認識するのなら、その知性は捨てるべきだったのに。無様だ。あまりにも無様だ」

「何が、君をそこまで失望させたんだろうね」

「一生わからないだろう、おまえには」

「うん、わかりたくもないね。――いまだよ」

 

 ダビデの声とともに、全員が飛び出す。

 

「サンタからの贈り物だ――聖夜に沈め! 約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!」

「これこそは、我が父を滅ぼし邪剣――我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)!」

「ハーイ、とっておきのスペシャルコラボよ。ウサギみたいに飛び跳ねてね? 鮮血特上魔嬢(バートリ・ハロウィン・エルジェーベト)!」

「焼き尽くせ木々の巨人。灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)――!」

「吹き飛べ――必殺! 黄金衝撃(ゴールデンスパーーク)!!」

 

 宝具の解放。英霊としての最強兵装による一撃がソロモンへと向かう。

 

「これなら、少しは――」

「何かしたか?」

 

 それらを受けてなお、ソロモンを倒すには至らない。傷一つ負わすことができない。

 

「馬鹿な――」

「ただの英霊が私と同じ地平に立てるわけがなく、必然、このような結果になる」

 

 それどころか、全員を刺し穿ち磔にしていた。

 

「凡百のサーヴァントよ。所詮、貴様等は生者に喚ばれなければ何もできぬ道具。私のように真の自由性は持ち得ていない。どうあがこうと及ばない壁を理解したか? 理解したならば五体を百に分け、念入りに燃やしてやろう」

 

 目の前で彼らが百に分けられていく。

 雨が降る。それは赤い雨。血の雨だった。彼らの。

 そして、全て燃やし尽くされ、無残な灰となって目の前に放られた。

 

 ――何かが崩れる音がしていた。

 

「先輩――、逃げてください」

「ま、ましゅ」

「先輩だけは、守ります。モードレットさんにも言われました。私が」

 

 ああ、マシュ。マシュ。

 震えているのがわかる。あんなものを見せられて正気でいられるはずがない。

 それでも君は、僕の前に立ちふさがってくれる。

 だったら、立ち上がらないと。

 だって、まだ――

 

 けれど、けれど。

 

「あ、れ……」

 

 身体が動かない。立ち上がろうとしているのに、体が動かない。

 立ち上がろうとしているはずなのに。

 身体は動かない。

 

 ――立てよ、マシュが、頑張ろうとしているのに。

 

 けれど、僕は立てない。

 立てるわけがなかった。

 むしろ、ただ這いずって逃げていた。

 

「矮小な人類最後のマスターよ、おまえ自身がすでに悟っているのだ。全ては無意味だとな。おまえ如きでは何もできない。何一つ、貴様のやってきたことに意味などない。凡百のマスター。最後に残った希望足り得ぬ矮小な者よ」

 

 ――やめろ。やめろ。

 

「おまえの声は届かない。おまえでは救えぬ。世界も、おまえの望む全ても。救えはしない。それに、おまえは愛する者の為に立ち上がることすらできない。おまえは失敗した、それがこの結果だ。弱き身で良く戦ったといってやろう、だが全て無価値だ、おまえに価値などない、マスターである価値などおまえにありはしない。全部無駄だったのだよ――」

 

 ――やめろ。やめてくれ。

 

 何かが崩れる音が響く。

 

「残 念 だ っ た な」

 

 ――何かが、崩れる音を聞いた。

 

「――――」

「もはや答えることもできぬか。まあいい、帰るとしよう。どうせ気まぐれだ。そうだな貴様たちが七つの特異点を消去できたのなら対処案件として遊んでやる。

 ああそうだ、最後のマスター、貴様に忠告だ。おまえは、ここで全てを放棄することが、最も楽な生き方だと知るが良い」

 

 ソロモンは消え失せた。全てを台無しにして――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「――――」

 

 人理を修復した。

 敵の正体もわかった。

 いいことづくめの戦いだった。犠牲はあったが、カルデアのいるサーヴァントたちは倒れてもカルデアに戻る。だから、何も問題などない。

 そう問題などないのだ。

 

 ――そんなわけない。

 

 気持ちが悪い。

 

「悪りぃ、マスター。俺がふがいなくてな。槍があればなんて言い訳だな。次はねえ、必ずだ。スカサハ師匠より学んだルーンの神髄をあいつに叩き込んでやる」

 

 キャスタークー・フーリンは、僕にそういった。

 だから任せろよ。心配すんな。なんとかしてやる。

 頼りになる兄貴のように彼はそういった。

 

 ――やめてくれ。

 

旦那様(ますたぁ)、無事で何よりです。申し訳ございません。良妻ともありながら旦那様のお役に立てず。これから精進しますわ。愛しています旦那様」

 

 清姫は、責めることなくそういった。情けなく無様にかばわれた僕を見限りもせずに、まだ愛を囁く。

 ただマスターだからという理由で。

 彼女の愛は薄れない。彼女はとてもよくやったのに、それでも足りないといわんばかりにまだ愛しているという。

 1日のスケジュール、身長、体重、視力、握力、速力、持久力、肺活量、そんなものまですべてを求めて、今度こそと。

 

 ――やめてくれ。

 

「ごめんね、あんな辛いもの見せちゃって。お姉さんなのに。もっとしっかりしないと。うん、ごめん、気にしないで大丈夫だからね。無理、しないで、何かあったらお姉さんに言っていいからね」

 

 ブーディカさんは、僕にそう言ってくれる。気にしなくていい。ごめんね。あたしが悪い。

 違う。違う。

 全然悪くない。悪いのは、僕で、あなたじゃない。

 なのに、ブーディカさんはずっと僕に謝り続ける。ごめんね、と。

 

 ――やめてくれ。

 

「子イヌー、大丈夫? 大丈夫よね? 大丈夫なら、(アタシ)の歌聞くわよね? え? 今は良い? 疲れてる? ……わかったわ。だったら元気になったら聞きに来なさいよね!」

 

 エリちゃんはそういった。まるで何も気にしてないようにふるまって。気にしているくせに。

 忘れたように、気にしてないように元気にふるまっている。

 子イヌが責任を感じる必要などないのだと、彼女はそう言っているかのようだった。

 だから、歌を聞かせに来る。

 

 ――やめてくれ。

 

「大丈夫かい、マスター。僕の竪琴を聞いて――ん? いや、僕は大丈夫だよ。だってソロモンのこと何にも知らないし。マスターはよくやったよだって、死ななかったんだから。だからそう気に病むことはないさ」

 

 ダビデ。死ねば僕らは終わる。だから君はよくやっているよと褒める。

 失敗はしていない。君が生きていることが大事だと彼は言う。

 死ねば全てが終わりだからねと。だから、マスターとしての責務は果たしているさと。

 そう彼は言うのだ。

 

 ――やめてくれ。

 

「おおマスター、無事で何よりじゃ。わしか? 無事に決まっておるじゃろう。燃やされるのにも慣れておるわ。ん? 今考えると嫌な慣れじゃな。一度本能寺で燃やされておるしな。ま、何も問題ないよネ! なに生きておればまたいいこともあるって」

 

 ノッブ。チビノッブを押し付けてこれで癒されておれと言った。

 とても甘い声で、珍しい声で、大丈夫じゃと言ってくれた。

 気にするな、またいいことがある。そう彼女は言った。

 

 ――やめてくれ。

 

 サンタオルタさんは、会いには来なかった。みんな来た中で来なかった。

 

 そして、最後にマシュが来た。

 

「先輩、お疲れさまでした」

「…………」

「……敵は強敵です。とても怖かったです。でも、先輩がいたから戦えました。先輩、私強くなります。強くなって、先輩を守れるように、先輩の信頼に応えられるように――」

 

 マシュ。可愛い後輩。愛しい僕のデミ・サーヴァント。

 

「やめてくれ!」

「せん、ぱい?」

「頼む、マシュ、もう」

 

 ――やめてくれ。

 

「あ、あ、あの、すみません、先輩、何か、私、何か、先輩を不快にさせるようなことを言いましたか。あの言ったのなら言ってください、直すように努めます。私は、先輩の――」

 

 やめてくれ。やめてくれやめてくれやめてくれやめてくれ。やめろ。

 

「やめろ、出て行ってくれ」

 

 ――ああ、彼の言ったとおりだ。

 もう、僕には――。

 




敵との闘い。
苦しい戦いの果て、少年はそれでも前に進んだ。
愛しい子の為に。
けれど。
ついに、少年はその膝を屈した。

魔術王はやっぱり強敵だったよ
うん、今回はちょっと仕込み回的なことになってしまった。
その関係上、あまり愉悦できなかったな。すまない。この程度の愉悦ですまない。

で、セイバーウォーズとブリュンヒルデクエ、空の境界はあとに回すかぐだ子編に回すことにします。
このまま空の境界に行ける雰囲気じゃなくなった。304号室の悲劇をお望みだった諸君まことに申し訳ない。そのうちやる。
空の境界で巌窟王のアレがあるけどそこは改変します。
ちょっとバレンタインで早々に崩壊させて巌窟王イベにとんだ方が主人公のメンタル的に良いということになったので。

てなわけで次回はバレンタイン。
ロンドンから帰ってから部屋に閉じこもったまま返事のない主人公を元気づけるべくバレンタインを開催する。

あ、バレンタインイベは、マシュ視点でいきます。
次回グロ注意な精神崩壊狂気のぐだ男君登場。

そんな変わり果てたぐだ男を見たら、ねえ、どう思う?
しかも、それが自分たちの好意や愛情や期待がそうしたって知ったら、どうなると思いますか(愉悦)


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チョコレート・レディの空騒ぎ -Valentine
チョコレート・レディの空騒ぎ -Valentine


あまりグロ注意にならなかったです。


 眠れない。

 眠れば、夢に見る。

 ロンドンの暗がり。

 地下。アングルボダの安置場。

 そこにいた恐怖を。あの哄笑を。あの視線を。

 

 僕は夢に見る。

 

 ――やめろ。

 ――やめろ。

 

 恐怖は僕の目の前で、僕の大切なものを引き裂いていく。

 

 ――やめろ。

 ――やめろ。

 

 最後には僕を引き裂いていく。

 決まって僕は飛び起きる。

 そして、僕は眠るのをやめた。

 

 食べ物の味がしない。

 食べても吐く。

 気持ちが悪い。気持ちが悪い。

 

 耳鳴りが止まらない。何かがずっと耳の周りを飛んでいるように思える。それが続く。ずっと、ずっと。ずっと。鳴りまない。

 

 記憶がない。いつの間にか体に傷ができている。何が起きているのかわからない。

 ドクターのところに行こうとも思ったけれど、全てが億劫だった。部屋から出るのが億劫だった。

 

 記憶が途切れる。

 部屋が荒れている。何があったのだろうか。椅子や物が壊れていた。

 

 また記憶が途切れる。

 部屋中に赤い血文字が走っていた。

 マシュの為にという言葉の上から言葉が塗り固められている。

 どうせみんないなくなる。

 無駄。無意味。無価値。

 

 記憶が途切れる。

 

 部屋が片付いている。

 誰かが訪ねてきた。

 マシュだった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 今日はバレンタイン。

 最近先輩は上の空のことも多く、部屋にこもりがちです。

 きっと疲れているのだと思います。体調もあまりよさそうではありません。

 

「いつもお世話になっている先輩に最高のチョコレートを作る。私、頑張ります!」

 

 だから、先輩の為、チョコレートを作成します!

 真心を込めて。

 感謝の気持ちと日ごろの活躍を労う。

 ちょうどよい日です。

 

「とりあえずチョコがあったはずなので、それを利用します」

 

 厨房に行くと、ブーディカさん、エリザベートさん、清姫さん、信長さん、サンタオルタさんまでもがすでにチョコの作成に入っていました。

 

「みなさんお早いですね」

「バレンタイン。旦那様に愛を伝える日ですもの。ふふふふ」

 

 清姫さんはいつも通りのようです。

 なんだか怖い気がしますが、そっとしておきましょう。私ではどうにも出来ません。

 

「あの、参考までに聞きたいんですけど、どんなチョコを作るんですか?」

 

 でも、情報収集です。みなさんどんなチョコを作るんでしょう。

 

「わたくしですわ」

「はい?」

「わたくし、をチョコに変えるんです。ああ、もうそうすれば旦那様にわたくしをた べ て といえますもの」

「はあ、でも清姫さん、食べられてしまったら清姫さんはどうなるんですか?」

「そんなのいえませんわぁ。もうマシュったらはしたない」

 

 ? なんでしょう、私そんなに変なこと聞きましたか?

 

「エリザベートさんはどのような――」

「ふふん、甘くて、堅くて、カリカリしてればいいんでしょう? ならこれね!」

 

 カボチャです! 赤いかぼちゃ! なんだかとっても、そのとても、赤いです!

 

「食べ物の赤さをはるかに超えてます」

「いいのよ、バレンタインってこういうものなんでしょ?」

 

 そうなんでしょうか? いまいちよくわかりません。

 

「信長さんは――」

 

 すごいです! 髑髏です。髑髏型のチョコです。

 

「おお、マシュマロサーヴァント。見よわしのチョコを。是非もないチョコじゃ! しかも、ここを切るとお面にもなるのじゃ」

「おお、すごいです!」

 

 私も負けていられません。

 

「ブーディカさんは?」

「んー、私は旦那と子供の分に合わせて、ちょっとしたホールケーキかな」

「むむ、本格的です」

「みんながチョコだし、あたしはちょっと違うものをね」

「みなさんすごいです。私にできるでしょうか」

「大丈夫、マシュならね」

「頑張ります!」

「うん、頑張って……」

 

 私はチョコを作り始めました。

 

「むむ、なんか駄目な気がします」

 

 試行錯誤十七回目。なんだか駄目な気がしています。

 

「こうなったら材料の調達ですね。特異点にレイシフトし、先輩に合う最高の材料を用意するところからです!」

 

 ドクターに掛け合いレイシフトする。既に修正が終わった特異点。そこでの材料集め。

 何が良いだろうか。先輩の為にまずは最高の材料を集めないと。

 そして、

 

「出来ました!」

 

 試行錯誤十七回。

 材料探し二十七回。

 最高のチョコレートの完成です。

 包装も完璧です。

 

「えっと、どうやって渡すのが良いんでしょうか。えっと、まずはノックして」

 

 出てきたら、ああ、でも出てきてくれなかったらどうしましょう。

 出てくるまで――待っていたら溶けてしまいます。

 ええと、さすがに中に入るのは、どうなんでしょう。強引に思われないでしょうか。

 でも、できてくれないかもしれませんし。

 

「マシュー、行くよー」

「は、はい! マシュ・キリエライト、行きます!」

 

 こうなれば当たって砕けろです。先輩、待っててください。最高のチョコレートを贈ります!

 

 そして、地獄を見た――。

 

 どういうわけかサンタオルタさんが、無理やりに開いた扉。その先に。

 

 ――地獄を見た。

 

「せん……ぱい……?」

 

 そこは赤い部屋だった。

 先輩の自室(マイルーム)

 白くて清潔な。先輩の綺麗な部屋が、赤く染まっていた。

 

 赤。ペンキではなく、それは鉄の匂いがするもの。特異点で嗅ぎ慣れてしまったもの。

 人の血液。

 それは、まぎれもなく先輩のもの。

 

「せん……ぱい……あ、あの」

 

 一歩、足を踏み入れる。

 先輩が、私に気が付く。

 

「あ、マシュ、どうしたの? あ、なんだかおいしそうなもの持ってるね。そうかぁ、今日はバレンタインだもんね」

「あ、は、はい、だから、そのチョコレートをつくって……」

 

 あれ、あれ。

 自分は何を言っているんだろう。

 今はそんな時じゃないのに。

 

「旦那様、あの――」

 

 清姫さんが部屋に入ろうとするその瞬間、

 

「きぇえああああああああああえ――!!」

「先輩!」

 

 先輩が豹変した。

 奇声を上げて。顔を鬼のようにして。傍にあったひしゃげた椅子を清姫さんに投げつけた。

 あまりに突然のことで私は反応できない。清姫さんも。

 

「清姫!」

 

 反応したのはブーディカさん。

 

「だ、旦那様……?」

「黙れ、オレを見てないくせに。鬱陶しいんだよ」

 

 聞いたことのない先輩の声に愕然とする。

 

「だ、旦那様、そんな、いったいどうし――」

「黙れっていってるだろうが!!」

 

 聞いたことのない先輩の大声。清姫さんがびくりとする。

 

「なあ、楽しいか、おい。なあ、勝手に夜這いして。それで、呼ぶ名が安珍様、安珍様。はっ馬鹿にするのも大概にしろよ清姫。ずっと前から言おうと思ってたんだよ、おまえ、どっか消えてくれ。いらねえよ」

「ちょっと子イヌ! いいすぎ――」

「今、オレが話してるだろうが!! 黙れよ音痴。お前の歌は聞くに堪えないほどひどいんだよ! しゃべるなよ」

 

 駄々をこねるように地団太を踏む先輩。

 奇声を上げながら強く頭を振って 腕を上や前などに力いっぱい振り回して時々頭をかきむしり 強く顔をたたく。

 それは先輩の口から血の泡が出るまで続いた。

 

 私は、どうしていいかわからなず、立ち尽くす。誰も、誰も動けない。

 

「あ、ごめんねーマシュ。大声出しちゃって、でもこいつらが悪いんだよ。うるさいのがさ。エリザベートの歌なんか聞けたもんじゃないし。そんなの毎日聞かさせる身にもなってよ、ね。マシュならわかってくれるでしょ? ねえ、マシュ」

「あ、あの――」

 

 何を、どうして、わからない。わからないわからない。

 ただ、先輩は正常じゃない。異常だった。

 

「……ねえ、マスター」

「なに、ブーディカさん」

「…………先に謝っておくよ」

「は? ――」

「先輩!」

 

 ブーディカさんが先輩を殴りつける。そのまま先輩は眠るように気絶した。

 

「ドクターのところに急いで」

「僕ならここだよ」

 

 ドクターが入ってくる。

 

「騒ぎを聞きつけてね。急いで医務室に行こう」

 

 担架で運ばれていく先輩。

 

「あ、あの、ドクター、先輩は」

「外傷は治療したよ。ターディスもソニックスクリュードライバーも持ってないけど、僕はドクターだからね。でも、心の方はね」

「心……先輩は、無理をしていたんでしょうか」

「もしそうなら、僕はドクター失格だよ。こんなになるまで気づけなかったんだから」

 

 忙しかったなんて、いいわけだよ。

 ドクターはそう自嘲する。

 

「それは、私も、ブーディカさんはわかっていたんですか?」

「…………まあ、ね。明らかに無理をしてた。こうならないように、してきたつもりだったんだけどね」

「あのうつけものめ。こうなる前にさっさとわしに泣きついてくればいいものを」

「ははは、それが出来れば、こんなことにはならないよ。だって僕らのマスターだ」

「ふん、私から言わせれば貴様らトナカイを甘やかしすぎなんだ」

「みなさん、気が付いていたんですね」

「気が付いてなかったのは、マシュとわたくしと」

(アタシ)ってこと?」

 

 これじゃ、後輩失格です。どうして先輩のデミ・サーヴァントなんて言えるのだろう。

 

「そうだ。貴様らだけだ。私も人のことは言えんが、貴様らが半分くらいは原因だ。特にお前だマシュ」

「私、ですか……」

「ああ、おまえの期待が、おまえの信頼が、トナカイをここまで追い詰めた」

「ちょっと、そこまで!」

「いや、言わせてもらう。私は貴様らと違って甘やかさん。それに、こいつばかりを責める気もない。こんなことになったのは私たち全員の責任には違いない。きっかけがソロモンとかいう奴でもな」

 

 そう彼女は言った。

 

「私、私が――」

 

 先輩を、追い詰めた。

 私が、先輩を。

 私は、先輩にもう――会わない方が、良い。

 

「マシュ、駄目、駄目」

「ブーディカさん。いいえ、違いません。私が、悪いんです。全部、私が。私は、先輩のサーヴァントなのに、何も気が付きませんでした」

 

 先輩、先輩。

 私はサーヴァント失格です。先輩の状態に何一つ気が付けませんでした。自分のことで手いっぱいで、守っている気になっていました。

 

「それは、あたしも言わなかったし」

「ブーディカさんは優しいですね。私を傷つけないために言わなかったんですよね」

「マシュ……」

 

 ブーディカさんはそういう人だから。

 きっとこうならないように何かをしていたんだと思います。

 信長さんも、ダビデさんも。サンタオルタさんだって。

 気が付いた人はみんな。みんな。

 

 私は、あんなに近くにいたのに気が付きませんでした。むしろ、頼って。頼って。頼って。

 先輩に負担ばかりかけて、甘えていました。

 ごめんなさい。

 私が、いるから先輩が傷つくのなら、もう私はいないほうがいい――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「わたくしが、旦那様を?」

 

 何を言っているのでしょう。そんなはずない。旦那様をわたくしは愛し良妻として付きしたがって来ました。それが旦那様を追い詰めるなんてありえませんわ。

 何かの間違いに決まっています。

 

「さすがはバーサーカーだな。都合のいいことしか耳に入らんか」

「はい? 都合のよいこと? 何のことやら」

「貴様が一番、トナカイを見ていないということだ」

「ああ、聞き捨てなりませんわね。撤回してくださるその発言。わたくしほど旦那様を見ている者などおりません」

「貴様は先ほど罵倒されたのに懲りていないなまったく」

「罵倒。ええ、されましたよ」

 

 それがどうしたというのでしょう。それはつまりわたくしに悪いところがあった。それだけ。わたくしの愛がまだ足りていないだけのこと。

 旦那様もおっしゃっていたじゃないですか。見ていないと。

 やはり全ての時、一緒にいなければいけないということ。

 

「そういう風になっているからバーサーカーだというんだ」

「なんでも言えばよろしいです。わたくしが旦那様を一番愛していることに変わりはありませんもの」

 

 お慕い申し上げていますわ、旦那様(安珍様)

 愛が足りないのならもっと。もっともっともっともっともっともっともっと。愛を注ぐだけ。

 旦那様。愛しています愛しています。

 

 愛しています愛しています愛しています。

 愛しています愛しています愛しています。

 愛しています愛しています愛しています。

 愛しています愛しています愛しています。

 愛しています愛しています愛しています。

 愛しています愛しています愛しています。

 わたくしは、旦那様を愛しています。

 

「聞いて呆れる。そんなもので良妻とはな。何も見ていない」

「――ああ、まったく、あなた焼かれたいようですわね」

「やってみろ。できるのならな」

 

 ――わかっている。

 

 本当は。

 わかっている。

 

 ――本当は。

 

 わかっている。本当は。

 

 けれど、あの笑顔を。わたくしの為の笑顔を。もう二度と失いたくないから。

 ずっと、ずっと()を見ている。

 

 そうしなければ、きっと、耐えられない。

 自分にも。嘘にも。

 だって、そういうものだから。

 

 なんて、卑小で器の小さな女。

 逃げられるのも当然で。

 認めたくないから、駄々をこねているだけ。

 

 ああ、やはり、わたくしは、死ぬべきだ――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「のうドラ娘よ」

「なに……」

「おぬしは他二人と違って冷静じゃのう」

「…………うん、だって言われちゃったし」

 

 全部、言われた。あれはきっとマスターの本心。そういうのが痛いほどよくわかったから。

 

「何が、あんなに風に言われちゃったら、もう何も言えないじゃない」

 

 善いことをしているつもりだった。マスターは聞いてくれるから。嫌な顔は……今思えばしていたかもしれないけれど、最終的には(アタシ)の歌を聞いてくれた。

 だから、思いっきり甘えていた。あのハロウィンの日もそう。拾ってくれた。だから、この人なら大丈夫だって思った。思ってしまった。

 

 それが間違い。本当は何もない。善いところなんて一つもない。

 だから反省。今度は、たぶん許されないのは当然だけど、ちゃんと力を貸してあげたいのって、そう思う。

 

「なんじゃ、おぬし意外にまともじゃの」

「なにそれ、それじゃまるで、(アタシ)がまともじゃないみたいじゃない!」

「いや、まともだったらあんなひどい歌を歌っていて正気でいられるわけもないよネ」

「…………うぅぅううう。そんなに、そんなに、(アタシ)の歌ってひどい?」

 

 聞きたくないけど聞く。マスターにあそこまで言われてしまったから。

 信じたくないけど。マスターが倒れているから。

 

「うむ、酷いぞ。それはもうひどい。なにせ、おぬしが歌えば周りは大惨事じゃからな」

「そ、そこまで……」

「うむ」

「わ、わかった。(アタシ)頑張るわ。歌、うまくなる。そして、今度はちゃんと子イヌの為に歌うわ。(アタシ)の為じゃなくて、ちゃんと」

 

 今までは自分が気持ちよくなるためだけだった。

 けれど、うん、ここにいる間くらいは、子イヌの為に歌ってもいいわよね――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「こりゃぁ、破産かなぁ」

 

 彼はきっと立ち上がれないかもしれない。狂ってしまった。かろうじて保たれていた均衡がソロモンとの邂逅で完璧に崩れてしまった。

 そうならないように注意してきたつもりだけど、どうにも僕はやっぱり向いていないらしい。

 

「息子もああなっちゃうし」

 

 人生とはままならないものだね。

 おそらく彼はソロモンの言葉に従うかもしれない。ここで放棄してしまう。それが確かに一番楽な道だ。

 一般人にとってこの戦いは厳しすぎる。

 

「それでも、立ってもらわないと困る」

 

 世界を救わなければならない。そのためにはマスターが必要だ。

 酷い奴と言われるかもね。

 それでもただ一人の人間と世界ではやっぱり重さが違うんだよ。

 

「でも、効率的じゃないな」

 

 ただ彼を道具として使うのでは効率が悪い。彼の指示は正確だ。頑張って身につけたんだろう。僕らの為に。ああ、本当、自分が嫌になるね。

 それが利用できないのは非常に効率が悪い。だから、彼には戻ってもらわなければならない。

 

「僕個人としても君とはもう少し一緒にいてもいいと思っているからね」

 

 羊飼いとして気楽に接してくれるマスターはなかなか貴重だからね。

 

「これぐらいだけど、助けになれば良いと思っているよ」

 

 僕は、竪琴を奏でる。

 彼が目覚めるようにと。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「マシュ……」

 

 マシュ。あなたが悪いわけじゃない。悪いのはあたしたち。気づいていながら何もできなかったあたしたちだよ。

 

「ああ、本当あたしって本当に――」

 

 肝心な時は負け続けていた。肝心な時はずっと。

 それで勝利の女王なんだから、本当に笑っちゃう。

 

「マスター。ごめん。本当に」

 

 あたしはただ謝ることしかできない。

 本当に。

 ああ、本当に。

 

 それ以外にあたしにできることはない。何もない。

 何も――。

 それだけが、あたしの心を削っていく。

 あの日々のように――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 暗い。

 暗い。

 暗い。

 

 ここはなんと暗いのか。

 

「ようこそ塔へ。歓迎しようマスター」

 

 そして、全ては塔へと――。

 




バレンタインで大騒ぎ。
別の意味で大騒ぎ。

全員絶望中。それでも前を向きそうだったのでエリちゃんは前向きに。
マシュはそれはもう後ろ向きに。
清姫は狂っていそうで、内心では気が付いているパターン。

発狂描写をするために発狂について調べてたら、こっちが発狂しそうになったでござる。
現在進行形で気持ち悪いです。

次回はシャトーへ。巌窟王による回復タイム。
ただしぐだは記憶を失っている。
全てを失ってもなお残るものがある。
それを頼りに進めるかどうか。
スカサハ師匠の教えが息づいていれば大丈夫でしょう。

あとぐだ子を作ったらどこぞの総統閣下になりました。
そうクリストファー・ヴァルゼライド閣下です。
気合いと根性で限界を突破していくヤバイ女になりました
黒スーツとタバコ、+眼鏡だよ!


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監獄塔に復讐鬼は哭く
監獄塔に復讐鬼は哭く 前編


みんな大好きエドモン先生のカウンセリングタイムはっじまっるよー。


 ――人を羨んだコトはあるか?

 

 わからない。

 

 ――己が持たざる才能、機運、財産を前にしてこれは叶わぬと膝を屈した経験は? 

 

 わからない。

 

 ――世界には不平等が満ち、ゆえに平等は尊いのだと噛みしめて涙にくれた経験は?

 

 わからない。

 

 ――そうか。ならば心をのぞけ。空っぽに見えてもそこにはおまえの意思が確かにある。

 

 僕の意思――。

 

 ――そうだ。人を羨むこと。それは誰しもが抱く思いゆえに、誰ひとり逃れられない。

 

 ――他者を羨み妬み、無念の涙を導くもの。

 

 ――それが嫉妬の罪だ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 その男はこう言った。

 

「絶望の島、監獄の塔へようこそ罪深き者よ。此処は恩讐の彼方なれば、如何なる魂であれとらわれる」

 

 男はそういった。

 

「たとえ、砕け散りばらばらになった()であろうともだ」

「……おまえは、誰だ」

「ほう、言葉を介すか。面白い。未だ何一つおまえは思い出して(取り戻して)いないというのに」

 

 わからない。僕が何者なのか。誰なのか。何一つなにもわからない。

 それでも、こうしなければならないと思った。

 

「まあいい。答えよう。この世にいてはいけない英霊だ。おまえの可愛い可愛い後輩ならばそういうだろう。わからずとも良い。あらゆるすべてを魂に刻み続けるのは復讐鬼だけだ」

 

 復讐鬼。

 何者なんだ、目の前の影に包まれた男は。

 知らない。だが、似た何かを知っている気がする。

 英霊。

 そんな存在を。僕は確かに知っている。

 

「さて、来たぞ」

 

 来た。何が。

 亡霊が。

 彼は言った。

 亡霊。不明の亡霊。イラついている。

 

「おまえの魂が気に入らないと見える」

「ど、どうすれば」

 

 逃げないと。どこへ? どこに逃げる。

 狭い独房。逃げる場所などありはしない。

 

「はは。落ち着け、慌てるなよマスター(・・・・)。おまえは取り戻さねばならない。知らねばならない。多くの事柄を。たとえば、自分が何者なのか。望み。此処はどこなのか。例えば、オレが何者なのか。得られる知識など些末なものにすぎぬが、おまえが学ぶべきことがここにはある」

 

 彼が腕を振るう。ただそれだけで亡霊は霧散し消え失せる。

 

「おまえは、いったい、だれなんだ。ここはいったい、どこで、僕はどうして――」

 

 頭が割れるように痛む。忘れている。忘れている。

 いや、いいや違う。思い出したくないのか。

 

「はは。落ち着けよマスター。一つずつだ。所詮、おまえはその程度だ。焦ったところで意味などない。まず答えよう。ここは地獄。恩讐の彼方たるシャトー・ディフの名を冠する監獄塔だ」

「シャトー・ディフ?」

 

 知らない名前だった。聞いた覚えがない。いや、いいや。違う。違う。聞いた覚えはあるのだ。

 いつかどこかで。あるいは何かで。

 僕はこの場所を知らないが知っている。

 そして、おそらくは彼のことも。

 

「そしてこのオレは英霊だ。おまえがよく知っているはずのモノの一端だ。この世に陰を落とす呪いの一つだ。哀しみより生まれ落ち、恨み、怒り、憎しみ続けるが故にその型にはめられ現界せし者。そう――アヴェンジャーと呼ぶが良い」

「アヴェンジャー」

「そうとも、さあ、行くぞ。ここに時間はなくともおまえの時間は有限だ。それとも、ここから動かぬか? 動かずかつてのシャトー・ディフに収監されていた数多の囚人の如く死を待つか? 選べ。おまえには選ぶ権利がある」

「…………」

 

 僕は、僕は立ち上がる。何もわからない。何をしていたのかも。何をしなければいいのかも。僕には何一つわかることはない。

 全ては記憶の彼方にある。

 けれど、一つだけ。彼の言葉を聞いて、一つだけ思い出したことがある。

 

 僕は、マスター。ただ一人の。世界最後の。カルデアのマスター。

 それに、帰らなければならない。

 全てを忘れていたというのに、ただ一つの言葉だけが脳裏に焼き付いていたから。

 

 ――マシュ。

 

 名前。誰かの。

 この名を思う。

 思えば、僕は帰らなければと思うのだ。

 

「本当にそうか」

「――なに?」

「おまえは本当に、ここから出たいのかと聞いている」

「そんなもの――」

「決まっていることなど何もない。人生とは何一つ決まってなどいない。いや、決まっていてたまるものか。ゆえにだ、何一つ決まってなどいない。おまえがやるべきことも、何一つな。全てはおまえが決めることだ。誰でもないおまえが決めねばならぬ。この場を出るのならばな」

 

 …………。

 

「出るさ。僕は、ここから出る」

「ならば良し。出るが良い。歩きながら話すとしよう」

 

 牢屋を出る。 

 暗い。暗い。

 暗い通路。暗がりの通路。シャトー・ディフの廊下。

 そこで彼はこう切り出した。死なない限り――と。

 

「死なぬ限り。生き残れば、おまえは多くを知るだろう。多少歪んではいても此処はそういう場所だからな。だが、懇切丁寧に教える気はない。伝えてやることもない。オレはおまえのファリア神父になるつもりはない。気の向くまま、おまえの魂を翻弄するだけだ」

「――ファリア神父?」

 

 その名前は、聞いたことがあるような、いやいいや。見たことがある、だったかもしれない。かつてどこかで。平和なその時に。

 

「フン。――最低限のことは教えておいてやろう。まず、脱出のためには七つの裁きの間を超えねばならん。カルデアなぞに声は届けられぬし、あちらから何かが届くことはない」

「つまり、おまえだけか」

「はは。強気だな、マスター。だが仮面(ペルソナ)を被るのであればもっとうまくやるのだな。かぶり切れていないし、足の震えが丸見えだ」

「――――!」

 

 見抜かれている。彼には僕の全てが。

 

「失敗できぬのはおまえの日常と変わらぬ。そう何一つな。

 裁きの間で敗北し殺されれば、おまえは死ぬ。

 何もせずに七日目を迎えても、おまえは死ぬ」

「なんで、こんなことに……」

 

 なぜ、なんで、どうして。

 疑問が僕の脳内を駆け巡る。

 けれど、何一つ思い出すことはない。

 

「はは。さあな! だがいえることは一つだ。現在のイフ城(シャトー・ディフ)は、歴史上に存在したそれとは大きく異なっている。思い出しているかは知らんが、おまえが見てきた特異点に似ているだろう。だが、それとも違う。此処は狩り場だ」

「何を、狩るんだ?」

「さあな」

 

 歩いて。歩いて。廊下の端にたどり着く。

 大きな扉がそこにはある。

 

「さあ、第一の裁きの間だ。おまえが七つの夜を生き抜くための第一の劇場だ。七騎の支配者がおまえを待っている。誰も彼もがおまえを殺そうと手ぐすね引いている。見るが良い、味わうが良い! 第一の支配者は、ファントム・オブ・ジ・オペラ!」

 

 それは美しき声を求めた、醜きもの。その全ての憎しみ。嫉妬の罪を以て、僕を殺す化け物。

 

「クリスティーヌ……クリスティーヌ。微睡むきみへ私は唄う。愛しさを込めて

 嗚呼、今宵も新たな歌姫が舞台に立つ。

 嗚呼、喝采せよ、喝采せよ。

 ああ、違う。おまえは誰だ、きみではない クリスティーヌ

 我が魂と声は、ここに ひとつに束ねられるすなわち……」

 

 ファントムが襲ってくる。

 それはかつて、どこかで相対した誰か。僕の記憶にはない。けれど、僕は知っている。

 

「――――」

「呆けるなよマスター。言ったぞ、アレはおまえを殺す化け物だとなァ!」

「ああ、あまねく全てが妬ましい」

 

 叫ぶ嫉妬。妬ましい。妬ましい。世界の全てが妬ましいのだ。

 そう狂い叫ぶ嫉妬。

 

「よく見ておけ、これが人だ。おまえの世界に満ち溢れる人間どものカリカチュアだ。怯えているひまはないぞ。戦え、殺せ。なぜなら――全て関係なく、奴はおまえを殺す」

「唄え 唄え 唄え 我が天使。今宵ばかりは、最期の叫びこそが、歌声にふさわしい」

「ひぃっ――」

 

 身体が凍り付く。呼吸が止まる。

 僕は知っている。この感情を。

 それは、恐怖。

 

 こんな相手に勝てるはずがない。なぜならば、誰もいないのだ。ここには誰も。

 

「はは、どうする? 身を守るか! 戦うか!」

 

 選べない。選べない。選べない。

 僕には、選べない。

 

「悩んでいる時間などないぞ。選べ、そして、オレの手を取るが良い!」

「え――」

「選べ、そして、手を取れ仮初のマスター。さすれば――仮面の黒髪鬼に、真なる死の舞踏を見せてやる!」

 

 ――無理だ。できない。

 選べない。

 

 ――ならば死ぬか?

 

 嫌だ。死にたくない。

 

 ――怖い。

 

 どうしようもなく怖い。

 

 ――では、勝利の為に戦うか?

 

「無理だ」

 

 ――僕には向いてない。

 

 ならば、

 

 ――わき目もふらず逃走するか?

 

「できない」

 

 そんな状況にはない。

 

 ――それでは、敗北を受け入れて死ぬか。

 

「いやだ」

 

 傷つくのは嫌だ。

 

「だが、おまえしかいない。おまえ以外にいないのだ。おまえもわかっているだろう。さあ、決めたはずだ。選べ――」

 

 選べ。選べ。選べ。

 選べ。選べ。選べ。

 

 おまえの意思で。

 おまえが決めろ。

 それに従う。

 

 やめろ。うるさい。やめろ。

 

「――うるさい!! 僕は、おまえたちのように強くないんだ!!」

 

 だれもが、英雄(おまえたち)のように決められると思うな。

 僕は弱い。なんの力もない。特別な何かなんてない。

 

羨ましいよ(・・・・・)、僕は、英雄(君たち)が。ずっと近くで見てきた。きみたちの輝きに僕は焼かれる」

 

 弱く、脆く。それでも上を見上げるしかない。

 煌くあまたの輝きに焼かれても眼をそらすことはできないのだ。

 それが与えられた使命。

 選ばれてしまった宿命。

 ただ最後に残ってしまったからという理由で背負わされた責任の結果。

 

「はは――。そうだ。認めてしまえ」

「ああ、僕は英霊たちが羨ましい」

 

 だから、理想になろうとした。彼らが求めるものに。

 例えば、清姫にとって理想の安珍になろうとした。

 例えば、エリザベートの為の歌を聞こうとした。

 例えば、マシュが求める理想の先輩になろうとした。

 

 羨ましいから。妬ましいから。どうやっても届かないと思ったから、彼女たちの理想になろうとした。

 誰かの理想になんてなれやしないのに。

 誰かの理想になろうとした。

 

 その輝きが求めるものになって、この嫉妬から目をそらそうとしたのだ。

 

「けれど、無理だ。僕には――」

 

 無理だった。

 何一つ思い出せないが、これだけはわかるのだ。

 誰かの理想にはなれない。 

 思い出せないけれど、僕を導こうとしてくれた誰かに言われた通りに。

 

「そうだ! おまえは、おまえにしかなれない。誰かになるなどできやしない。言われただろう。影の国の女王に。おまえはおまえだ。他人の理想などおまえではない。

 認めろ。おまえは、おまえだ。このオレが肯定してやる。どんなおまえでもな。そうだろう。我が仮初のマスター」

「そうだ。僕は、僕だ」

 

 比べる必要などない。彼らと僕は違う。それを認める。

 何度も言われていたことを今更理解するのだ。

 目を背けていた事実に目を向けて。

 ここはもとよりそういう場所。

 だから、認めることができた。

 ここだからこそ。

 彼だからこそ。

 

「アヴェンジャー。僕は、その手を取る。弱くて、頼りなくて、何もできないけれど、それでも僕はここから出る」

 

 たった一つ、全てを忘れても残っていた彼女の為に。

 それが僕の行動原理だったはずだから。

 

「はは――」

 

 彼は笑った。それは哄笑ではなく、嘲笑でもなく、純粋な――。

 

「ははははは――」

 

 アヴェンジャーの笑い声が第一の裁きの間に響き渡る。

 

「そうだ。そうだとも。それでこそだ。嫉妬を乗り越え、おまえは、真に。真に。おまえとなった。さあ、見ているが良い。このオレの力を。その目に焼き付けておくが良い。

 我が恩讐の彼方にあるものを!!」

 

 彼の力が放たれる。

 漆黒。それは彼が彼である証。

 笑みを浮かべた彼。

 そして、ただの一撃でファントムを殺してみせた。

 

「ははははは――」

 

 それは紛れもない哄笑。

 

「脆い脆い! 哀れ、醜き殺人者になるしかなかったモノよ! おまえの声は届かない。シャトー・ディフはおまえの魂にはふさわしくない! 残念だったな! おまえは殺人者としてはあまりに哀しすぎる」

「時の果つる先より 光が 見える……この胸に 想いならざる大穴を開けるのか

 おお わが心臓よ いずこ

 おお わがこころ いずこ

 ああ クリスティーヌ きみにこの心臓を捧げよう」

「これは……愛の、歌?」

「そう思うか。おまえにはそう聞こえるか。本当にそうか? よく聞け。あれは、黒髪の殺人鬼が叫ぶもう一つの歌だ」

 

 それは、彼女の輝きが妬ましく思うという歌だった。狂おしいほどに愛している。

 けれど、けれど。同時に彼女のその輝きが妬ましいのだ。

 愛ゆえに。愛しいがゆえに。

 その感情は大きく。

 まさしくそれは――嫉妬だった。

 

「オペラ座の怪人、おまえの嫉妬は見届けた。おまえを殺し、その醜さだけを胸に秘めてオレは征く」

 

 アヴェンジャー、その一撃がオペラ座の怪人の霊核を刺し貫くその直前、声が響いた。

 それは僕だけに聞こえる。

 彼の声。

 

「どうか、気を付けてください。歪められたシャトー・ディフにあって、あなたを守る者はたったひとりしかいないでしょう。そして、それは必ずしも善なる者とは限らない」

 

 それは彼の言葉。

 彼が今際の際に残す、言葉。

 僕への言葉。

 

「どういう意味」

「申し訳ありません。私は多くを語れないのです。ですが、一つだけ。貴方は貴方で良いのですよ。誰が何を言おうと。私が貴方をクリスティーヌと呼ぼうと。貴方は貴方で良いのです。だって、私はそういう貴方らしいところをクリスティーヌと重ねているのですから。貴方がクリスティーヌになってしまっては本末転倒だ」

「わかった。ありがとう。ファントム。覚えておくよ」

 

 彼の言葉を胸に刻む。きっとそれは必要なことだと思うから。

 そして、彼は砕かれた。

 

「はは、はははははは――」

 

 アヴェンジャー。復讐者の彼。

 彼は嗤う。哄笑する。

 

「これが、マスターを有した状態での戦いという奴か! 見事な采配であったと言ってやろう。仮初の契約ではあるが、確かにおまえはマスターだ」

「ありがとう」

「さあ、第二の裁きの間へ向かうぞ。残る六騎の支配者が待っている。虎のように吠えろ。先ほどのように。おまえの心の中をのぞき、叫ぶが良い。

 おまえには、すべて(・・・)が許されているのだから」

「本当に、ここから出られるのか」

「フッ……おまえの疑問に一言で答えよう」

 

 彼は言った。

 彼は言った。

 

 ――待て、しかして希望せよ。

 

「待て、しかして希望せよ、だ」

 

 僕は思い出した。

 一つのことを。一つの特異点を超えたことを。

 フランスの大地を救ったことを。

 

「さあ、行くぞ」

 

 ――待て、しかして希望せよ。

 

 その言葉を胸に、このシャトー・ディフ。

 彼が収監されていた14年の地獄を脱出するために。

 

 そうだ。

 彼こそが、復讐者だ。

 

 ――巌窟王(モンテ・クリスト伯)だ。

 




というわけで前編。
本当に前中後で終わるとは言っていない!

だから、僕はこう言おう。

――待て、しかして希望せよ。


ぐだ子設定

VS格上との戦闘時に戦闘力1.5倍 
時間経過でレベルアップ
ダメージ受けるとレベルアップ
下手に追い詰めると覚醒して大幅にパワーアップ

まだだ、というセリフとともに聖剣の一撃を拳で受けきる化け物でございます。
魔術王相手にサーヴァントがやられてから出陣。
無傷で勝利するとかそんな化け物なんじゃないかなー。



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監獄塔に復讐鬼は哭く 中編

 ――シャトー・ディフ。

 

 それはフランスがマルセイユ沖に存在した監獄塔。十六世紀に建造された要塞だった。

 政治犯、思想的犯罪者を収監していた。

 このシャトー・ディフが世界的に有名になったのには理由(わけ)がある。

 それは大デュマ――アレクサンドル・デュマによる小説作品。

 確か、題名(タイトル)は――。

 

「――聞こえるか、マスター」

「あ、あれ?」

 

 何かを思い出していたようなそんな気がした。何か大切なことを。

 

「何を呆けている。いや、おまえの呆けた顔は良い味わいだ」

「なんだ、そりゃ。けど、また牢屋に戻ってるな」

「始まりはいつもここだ。ここが始まりだ。全ての」

 

 彼はそういった。彼はそう言って僕のいるベッドを見る。懐かしむような。あるいは、何かに重ねているかのように僕を。

 

「アヴェンジャー?」

「気にするな。始まりは此処だ。空間の概念が異なっている。だから、行く先は異なる」

「便利なのか。そうじゃないのか、わからないな」

「そういったのはおまえが初だろう。さあ、行くぞ。第二の裁きがおまえを待っている」

「わかった」

 

 行きたくないけれど、行くしかない。此処にいたら死んでしまう。だから、行く。

 

 廊下に出ると女のひとの声がしていた。

 

「だれか……ああ……だれも、いないのですか……」

「ん――」

「いま、女性の声がした!」

 

 助けにいこう。そう思ってアヴェンジャーを見る。

 

「なんだ、その反応は。助けに行くとでも言いたげな顔をして」

「だって、女のひとの声が」

「それは正義感という奴か? はははは、自分だけで手いっぱいの人間が、それでも人を救おうというのか? 随分と余裕があるじゃあないか」

「決めたんだ。助けるって。誰かを助けられないのは嫌なんだ」

「はは、昨日と違って言うじゃないか。良いだろう。オレも興味がある。おまえの為ではないが、声の主を助けに行っても構わん。だが、良いな、くれぐれも警戒を怠るな。死ぬぞ」

「心配してくれているのか?」

「そんなわけないだろう」

 

 そう言って彼はさっさと先へ進んでしまう。声の方へ。

 僕も慌ててそれに続いた。

 声の方へ行くと、そこには女性がいた。

 

「私、気が付いたら、一人、このくらがりにいたのです……。ここはいったい、どこ、なのでしょうか。ひどく暗くて、怖気がします」

「大丈夫?」

 

 僕は駆け寄って彼女の手を取る。

 不安そうな彼女が少しでも楽になればいいと思って。

 

「ふん」

 

 アヴェンジャーはどこか不満そうだった。

 

「ありがとうございます」

「どうしてここに?」

「はい、気が付いたら、私、ここに立っていたのです」

 

 ここに。ここ。シャトー・ディフ。暗がりの監獄塔。

 罪人を収監する牢獄。誰の魂も捕らえられるというここ。

 彼女もそうなのか。

 そうアヴェンジャーに視線を向けるが、彼は答えない。答えないまま。

 

「女。貴様、名は在るか」

「私、私……いいえ、ごめんなさい。わからないのです。なぜ此処にいるのかも、ここがどこかもわかりません。それに名前、自分の名前も思い出せない。何か、大切なものを……探して……求めていたような……」

「フン、名と記憶を奪われた女か。面白い。ならばおまえはメルセデスと名乗れ」

「……メルセデス……」

「かつてこのシャトー・ディフにて、名と存在のすべてを奪われた男にまつわる女の名だ」

 

 シャトー・ディフ。

 すべてを奪われた男。

 メルセデス。

 

 何かを思い出しそうになる。

 何か。彼に関する記憶。

 けれど。けれど、水泡のようにつかんだ端から抜けて消えてしまう。

 

「マスター、穢れた世界を救わんと歩む愚者よ。このメルセデスをおまえはどうする」

 

 おまえが決めろ。そう彼は言った。

 

「だから、僕は」

「おまえが決めろ。オレはおまえの判断に従う。ここに置いていくも良い。牢獄に入れておくのも良い。決められないのならば、彼女に問え」

「……君は、どうしたい?」

「ひとりは、嫌です……良くないモノが、私を見つめている気がして……」

「……連れていく」

「勝手にしろ」

 

 ――おまえがなすべきことはなにも変わらない。

 

 そう彼は言って、先を行く。

 

「あなたたちは、見も知らぬ私のことを、助けてくださるのですか……?」

「もちろんだよ」

 

 だってもう助けられないのは嫌だから。誰かを見捨てるなんてしたくない。

 手を伸ばしても届かない思いはもう嫌だ。

 これは変わらない僕の本心だから。

 

「…………ありがとう、ございます。どうか、主の恵みがあなたたちにありますように」

「フン」

「さあ、行こう」

「はい」

 

 つかんだ手を離さないように。いつか抱えて走った彼女のように。

 

「さて、マスター――劣情を抱いたことはあるか?」

「は?」

 

 ――は? は?

 

 おもむろに、何かを言うと思ったらいきなり何を言っているのか。

 僕は一瞬理解できなかった。

 

 劣情? は?

 

「わからぬか? 第二の裁きの間にて、オレはおまえに尋ねる。マスター。一箇の人格として成立する他者に対して、その肉体に触れたいと願った経験は?

 理性と知性を敢えて己の外に置いて、獣の如き衝動に身をゆだねて猛り狂った経験は?」

 

 後者はともかく前者は――

 

「無論あるとも!!」

 

 誰かの声。僕と同じ。

 

「あるとも。ないはずがない。ありまくるに決まっていようが! 獣欲の一つも抱かずして如何な勇士か英雄か!」

「あなたは――」

 

 第二の裁きの間、その支配者。

 

「俺の在り方が罪だというのならば、ふははは、良いともさ! 俺は大罪人として此処に立つまで。赤枝騎士団筆頭にして、元アルスター王たる俺は!」

 

 男は宣言する。心のままに。欲のままに。

 

「主に女が大好きだ!!」

「最低だよ!?」

「心を覗け。目をそらすな」

 

 彼は言う。

 

 誰しもが抱くゆえに、誰一人として逃れることはできない。

 

 ――他者を求め、震え、浅ましき涙を導くもの

 

 色欲の罪――。

 

「なァにが、浅ましきだッ!!! 抱きたいときに抱き、食いたいときに食う! それこそが人の真理! それこそが生の醍醐味であろう!」

「いやいやいや」

 

 時と場合を選ぶだろう普通。

 

「文句があるのか、そこなマスター」

「ありありだよ」

「これが俺だ。ん? んんん? おお! そこな女よ、おまえは尊敬に値し、組み敷くに困難な女だ、俺にはわかる!」

 

 男の視線がメルセデスに向く。

 

「わ、私、ですか……?」

「しみったれた監獄にひとり酒ひとり寝かと肝が冷えたが、重畳、重畳。今宵は最高。俺は! おまえを! 戴く!」

「…………っ!」

「させるか!」

「ほうほう、邪魔をするか。そうか、ならば殺す」

「――――ひぃ」

 

 男が、フェルグスが殺気を放つ。

 たったそれだけで、メルセデスを守るという意気が萎えていく。

 脚が震える。呼吸が出来なくなる。

 

「まったく世話が焼ける」

 

 アヴェンジャーが僕の前に立つ。

 

 たったそれだけで、恐怖が軽くなる。

 

「おまえはトゥヌクダルスの幻視を知っているか」

「とぅ、なに?」

「トゥヌクダルスの幻視だ。アレはアルスターの勇士フェルグスではない。かつての中世、この世ならざる異界へと堕ちて恐怖を識った騎士トゥヌクダルスが見たものだ」

 

 それは主の威光により形作られた煉獄の第四拷問場。

 燃える丘が如き巨獣の顎を持ち上げし獄卒。

 ――それ即ち、煉獄の悪魔。

 主の威光はない。

 ここはシャトー・ディフ。救われぬ者が集う場所。

 

「その女を寄越せえええ!!」

「…………ひっ!」

「さあ、マスター。決めろ。おまえはどうする?

 気のいい英雄とやらに見知らぬ女をくれてやるか?

 それとも、自らの名さえ知らぬ女を――」

「力を貸せアヴェンジャー!!」

 

 逡巡もなく僕は答える。

 助けると決めた。

 あの人を救えなかったあの日から。

 僕は、救うと決めた。

 

「いいだろう! 煉獄の獣鬼に、復讐に猛る虎の牙が通じるか否か!」

 

 戦う。アヴェンジャーが。

 

 その最中、声が聞こえるのだ。

 

「さて、質問の続きだマスター」

 

 アヴェンジャーの声が。

 

 ――一箇の人格として成立する他者に対して、その肉体に触れたいと願った経験は?

 ――理性と知性を敢えて己の外に置いて、獣の如き衝動に身をゆだねて猛り狂った経験は?

 

 アヴェンジャーが問う。

 

「そ、それは――」

「あるのかないのかで答えろ」

「…………」

 

 ないといえば嘘になる。

 夜這いする彼女に触れられる。彼女が良いという。それに従いそうになる気持ちもある。

 僕を先輩と呼ぶ彼女。彼女と触れ合いたいという気持ちは確かにある。

 僕の背後にいる彼女。メルセデス。

 彼女を――。

 

 そう思う気持ちは確かにある。

 男であるからこそ獣欲からは逃れられない。

 どんなに理性で抑えようともそこには必ずあるのだ。

 

「そうだ。ある、逃れられぬ。人であるゆえに」

「けれど、これは」

「醜いか? 酷いか? それがどうした。それが人だ。人間というものだ。押し込めるな正直になれ。言っただろう、どんなおまえだろうとオレが肯定してやるとも」

 

 だからいうが良い。

 

「女を寄越せぇ!」

「やるか! 僕のだ! おまえに抱かせるならオレが抱くわ! つか抱きたいわ! あんな綺麗どころの多いカルデアで、何もできないとか地獄でしかないわこの野郎!!」

「え、え……!!」

「ははははは――だそうだ、女、応えるかは好きにしろ」

「あ、いえ、私は……」

「そして、おまえはここで消えろ――」

 

 煉獄の悪魔はアヴェンジャーの一撃で消え失せた。

 

 僕は思い出す。

 ローマを救ったことを。

 

 そして、牢屋に戻ってきた。

 

「では、オレは外に出ておく。安心しろ。聞き耳を立てる趣味はない」

 

 そう言って彼はさっさと出ていった。

 

「…………」

「………………」

 

 気まずい。勢いで言った。割と嘘偽りのない気持ちだった。

 男なのだ。そういう感情を抱かないわけがない。

 それを抑えるのは、結構辛いのだ。

 

「あ、あの、……名前も記憶もない私がお役に立てるのであれば……その、どうぞ……」

「――――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 夢を見た。

 夢を見た。夢を見た。

 それは、かつての特異点を超えた恐怖のそれ。

 

 それに飲み込まれそうになったとき――。

 

「お加減はいかがですか? ああ、そのままでいて下さいね。寝台から無理に起き上がらなくても大丈夫。うなされていたようですが、何か夢を見ましたか?」

 

 彼女の声で目覚めた。

 

「ちょっと、恐ろしい夢を」

 

 そう答えるが、思い出せない。どこかまだ目が覚めていないような気分だった。

 

「悪夢ですか。当然でしょう。このような場所なのですから」

「…………」

「女に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのはどうだ? 悪い気分ではないだろう。シャトー・ディフで女にメイドの真似なぞさせた豪傑はおまえが初めてだろうよ、マスター」

 

 頭がうまく働いていない。

 

「呆けているな。それも無理はない。丸一日眠り呆けていたのだからな」

「そんなに」

「さて、だがそんなでも聞け。仮初のマスター。

 ――怠惰を貪ったことはあるか」

 

 ――成し遂げるべきことの数々を知りながら、立ち向かわず、努力せず、安寧の誘惑に溺れた経験は?

 

 ――社会を構成する歯車の個ではなく、ただ己の快楽が求める個として振る舞った経験は?

 

「それは――」

「ああ、今の、僕だ」

「それは違います、ただ疲労が――」

「いいや、違わないよメルセデスさん」

 

 怠惰。

 今だからこそ分かることがある。

 誰かに言われ続けた言葉は忘れていても僕の中に残っている。

 今だからわかるのだ。

 

 僕は、努力を怠った。

 直すべきことがわかっていたはず。言われていたはず。

 だというのに、それから目を背けた。

 怠ったのだ。

 努力を。

 

 それは怠惰だ。

 

「はは――随分と殊勝になったものだ」

「そりゃな、こんな僕でもおまえは肯定してくれるんだろう」

「…………ああ、無論。オレはおまえを肯定しよう。全てを否定するがゆえに、おまえを肯定するとも」

「だからだよ。はじめから、そう言ってくれるのがわかる。だから、僕はこう言えるんだ」

 

 これが怠惰。

 僕はもっと早くこうすべきだったのだと、思うのだ。

 全てをさらけ出す努力を怠った。

 だから、僕は怠惰だ。

 

「さて、ではどうする。おまえは、此処で安寧を貪ることができる。

 立ち上がり、第三の裁きに立ち向かうこともできる」

 

 怠惰は楽だ。人が求めるもの楽。ゆえに怠惰こそが最も抗いがたい罪。

 けれど、けれど。

 

「行くよ」

「はは。そうだ。それでいい! おまえの魂が続く限り、オレが見届けてやろう。心配などいらぬ。たとえ、おまえがどのようになろうとも、どんなものであっても、オレが最後まで見届ける。おまえを肯定しその終わりを見届ける」

「ああ、頼むよ、アヴェンジャー」

 

 牢屋を出る。

 廊下を歩く。

 アヴェンジャーは歩く速度を緩めない。

 疲労に身体が重くとも。

 

 裁きの間の扉が開く。

 

「此なる舞台に我を降ろしたもうたは貴方か! ならば宜しい、私は悲劇にも喜劇にも応えられようぞ」

 

 そこにいたのはかつてフランスで戦ったジル・ド・レェ元帥だった。聖女への愛ゆえに狂ったキャスター。

 しかし、

 

「怠惰?」

 

 彼のどこが?

 

「言っているだろう彼自身が」

 

 輝かしきモノよ、地に堕ちよ。

 聖なるモノよ、穢れよ。

 それこそが真なる祝福である。

 

「アレこそが怠惰の極みだろう」

 

 騎士たる者の高潔さを忘れている。

 旗の聖女が掲げたモノが何であったのかを忘れている。

 堕落するままに魂を腐敗させた男。

 ヒトの成れの果て。

 神への祈りを怠った怠惰の者。

 

「お褒めにあずかり恐悦!!」

 

 彼は殺し方を知っている。魂の咀嚼方法を知っている。

 

「さあ、殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「わかっているさ、アヴェンジャー。行くぞ!」

 

 戦い。

 結果は、アヴェンジャーの勝利で第三の裁きは終わった。

 

 彼の霊核が砕かれるその刹那。また声が聞こえた。

 彼の声。

 僕に向けた最後の言葉。

 

「申し訳ない。迷惑をおかけしたご様子。ですが、心配は要らないようです。私の知る限り、貴方の魂の輝きは無二のもの。我ら英霊とも違う。尊き輝き。ゆえに、堕としたいとも思いますが、此度はこのまま去るといたしましょう」

「無二の、輝き?」

「ええ、ええ。貴方は、前に進もうとした。壊れたとはいえど、貴方の判断、貴方の決断は、称賛されてしかるべきものなのです。何より、愛する者の為に前に進む。その思いがある限り、貴方も私のように止まることはないでしょう」

 

 それはどうなのだろうか。

 

「大丈夫。貴方にはきっと我が聖女の加護があるでしょう」

 

 彼はそう言って消えたのだ。

 

 彼が消えるのと同時に、僕はまた一つ自分の記憶を思い出していた。

 辛く苦しい、記憶を――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ああ、よかった」

 

 夢を見た。 

 それはかつてフランスでともに旅をした聖女の夢。

 いや、あるいはそれは現実なのかもしれないが。

 彼女は言っていた。

 

「あなたに、聞かせたいお話があるのです。それは、遠い過去の日々の記録であり、恩讐の果てに、誰しもに忘れ去られても、決して朽ちることのなかった想いの物語」

 

 ――ああ、それはきっと。

 

「ええ、そう。一人の男の物語です」

 

 目を開く。

 

「おはようございます。小声で失礼しますね」

 

 メルセデスの顔が近くにある。耳に彼女の吐息がかかる。

 くすぐったいそれ。

 

「実は、アヴェンジャー様のご機嫌があまり宜しくないようなのです。ですから、あまり、刺激しない方が」

「そんなに?」

「はい」

「…………」

 

 頷いて彼が来るのを待つ。確かに彼はいつもと違う雰囲気を纏っていた。あらぶっているような。

 

「…………目覚めたか。第四の裁きへと赴くぞ。遅れるな」

 

 彼に続いて牢屋を出る。

 

「…………先に言っておく。おまえが殺す相手。第四の裁きの間にいるのは、憤怒の具現だ」

 

 憤怒。怒り、憤り。

 それは最も強き感情であるとアヴェンジャーが定義しているモノ。

 自らに起因する怒りたる私憤。

 世界に対しての怒りたる公憤。

 等しく、正当な憤怒こそが最もヒトを惹き付ける。

 時に、怒りが導く悲劇さえもヒトは讃える。

 見事な仇討ちであると。

 

 ――それは。

 復讐譚。復讐劇。

 怒りに起因し、怒りでもって進められる復讐を描くもの。

 もっとも有名な復讐譚を僕は知っている。

 それは――。

 

「だが、それを奴は認めない。否定する。もっとも純粋たる想いを否定する。第四の支配者に配置されておきながら、さも当然とばかりに救いと赦しを口にし続ける。

 許されぬ。許されぬ。おお、偽りの救い手など反吐が出ようというものだ」

 

 彼はそういった。

 そして、第四の扉は開かれるのだ。

 

「来ましたね。迷える魂を更なる淀みに引き込む者、正義の敵よ。このジル・ド・レェが旗に集う騎士として、あなたたちを断罪しよう」

 

 そして、その奥に、旗を掲げる彼女の姿がある。

 オルレアンで別れた彼女が。

 

「ジャンヌ」

「ええ、お久しぶりですマスター」

「ああ、忌々しい。このオレを止めにでも来たか」

「ええ、その通りです」

 

 彼女が憤怒?

 それはきっと間違いだよ。

 彼女に怒りはない。そう怒りがないからこそルーラーなのだ。

 いつか彼女に聞いた。

 それはきっと変わらない。

 

「たぶん彼女は――」

 

 復讐者(アヴェンジャー)を救いに来たのだ。

 

「私が貴方を救います」

「黙れ。黙れ。黙れ!! マスター一人、正しく導けなかった貴様がオレを救う? 寝言は寝てから言え!!」

「ええ、わかっています。それでも、私は貴方を救うのです復讐者」

 

 彼は復讐者だ。

 そう彼は復讐者なのだ。

 そう在るように描かれた。

 モンテ・クリスト伯。

 巌窟王。

 

 もはや、彼の愛したエデはいない。

 尊きファリア神父はいない。

 誰も彼を救えない。

 

「殺せ。戦うぞ。マスター。裁きの時間だ!」

 

 声が響く。

 声が響く。

 それは彼女の声。

 

「戦ってください。私のことは気にせず。といっても、マスターは気にするのでしょうけれど」

「うん、君とは、一緒に戦ったから」

「ええ、ええ。わかっています。ですが、だからこそです。ここにいる私は偽り。本来の私ではありません」

「…………」

「一つ、話をさせてください」

 

 とある1人の男の物語。

 

 男はマルセイユの一等航海士だった。

 美しい恋人と将来の約束を交わした、幸せな人物。

 

「でも、裏切られた」

「ええ、そう。彼はその果てに監獄塔。地獄と絶望の島。このシャトー・ディフへと閉じ込められたのです」

 

 そして、男は14年の月日を失った。

 

「けれど諦めなかった」

「ええ、そう。なにより彼には導きがありました」

 

 ファリア神父。独房に繋がれた老賢者。

 希望を与えたのだ。絶望の底で、神父は確かに男に希望を渡したのだ。

 

「そして、男は監獄を脱出し、そして、復讐を始めた」

 

 酷く残酷でむごい物語だ。

 けれど、それは絶賛されたのだ。喝采されたのだ。人々はそういうモノが好きだから。

 ゆえに、男は復讐鬼という型に嵌められた。

 

「ははははははは――」

 

 哄笑が響く。

 ジル・ド・レェがアヴェンジャーにやられた。

 

「此度は貴方の勝利でしょう。ですが、必ず止める。私は、諦めない――」

 

 そう言ってジャンヌは消えた。

 

「はは。逃げられるものか。此処はシャトー・ディフ。誰も彼も、生きて此処を出ることは叶わないのだから!」

 

 哄笑が響く。哄笑が裁きの間に木霊する――。

 

 誰も出られない。ならアヴェンジャー、君は――。

 

 




さあ、どんどん行くぞ。

え、メルセデスと何かあったかって? ナニモナイヨ、タブン。

憤怒だけは、もう何とかなってるんだよね。発狂におけるアレも一応は怒りに間違いはない。
その激情を思い出せばいい。

さあ、残る試練はあとわずか。
順調に回復している様子のぐだ男ですが、思い出せば思い出すほど苦痛も増えるというね!
それにしてもエドモンが良い相棒過ぎて辛い。これと引きはがさねばならないとか、辛い(ニヤリ)


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監獄塔に復讐鬼は哭く 後編

 目覚めるとアヴェンジャーがいなかった。

 

「お目覚めですか?」

「アヴェンジャーは?」

「少し外の様子を見てくると。ついてこなくてよいと伝えるように仰せつかっています」

 

 外。ここには何もない。

 シャトー・ディフ。監獄塔。罪ありし者を収監する絶望の島。

 裁きの間と廊下以外に、意味のある場所などありはしない。少なくとも見た限りでは。

 

「そうか」

「大丈夫ですよ。彼はあなたを見捨てない。何よりも尊重しているように思えます。まるで――」

「目が覚めたか。行くぞ。第五の裁きがおまえを待ちわびている」

「ああ」

「――お気をつけて」

 

 廊下に出る。暗がりの廊下に声が響いていた。

 誰にも届かぬ正気の声。

 月に狂った誰かのそれ。

 僕は知っている。かつての特異点で。かつてのローマで。戦った彼の声だ。

 

 しかし、狂っているはずの彼の言葉は届かない。

 だが、今、その声が響く。

 僕にだけ聞こえる。

 声が響く。

 

「迷いしものよ。迷い、惑うことは人の定めである。

 かといってこの(カリギュラ)が人生を正当化するなど些か筋が違おう」

「あなたは」

「ローマでは、迷惑をかけた」

「狂っていないのか」

「余の狂気は、月の女神の恩寵ゆえ、時に失われもするのだ」

 

 ここにはシャトー・ディフ。絶望の監獄。地獄の島。ゆえに神の目すら届きはしない。

 

「だが、狂気ならざる身では愛し子に触れることすら叶わぬ。ままならぬものよ。我が愛しのネロ。アグリッピナの生き写した愛しい子よ」

 

 どうか、どうか。ささやかでも構わぬ、おまえだけは幸福であれ。

 狂気も怒りも余が連れてゆく。お前の行く道が祝福の薔薇で埋め尽くされん事を。

 狂ってなお失われなかった彼女への愛を彼は語る。

 

「すまぬな、おまえへの言葉を語るはずが、余の唇はひとりでに姪への愛を語るのだ」

「いいよ」

 

 それは愛が深い証拠だ。

 狂ってなお失わぬほどに深い愛の。

 

「おまえもまた同じなのだな。壊れてなお失われぬ愛ゆえに、おまえもまた。ゆえに語らねばならぬ」

 

 ――すべてを喰らわんとしたことはあるか。

 ――喰らい続けても満ち足りず飢えが如き貪欲さによって味わい続けた経験は。

 ――消費し、浪費し、あとには何も残さずにひたすらに貪り喰い魂の渇きに身を委ねた経験は。

 

「余は、ある。いや、いいや。それこそが余であったか。それこそは、偉大なりし我がローマの悪性」

 

 全てを喰らい尽くす――暴食の罪。

 

「我が生は悪であったかもしれぬ」

 

 カリギュラの治世については謎が多い。ローマ市民からは人気が高かったとも、狂気じみた独裁者であり、残忍で浪費癖や性的倒錯の持ち主であったとも言われている。

 彼自身が語らぬ限り、真実はわからない。

 

 だが、思うのだ。僕は、思う。

 彼が語る言葉。彼の言葉が紡ぐ一人の少女への言葉。

 わかるのだ。

 

「いや、いいや。違う。カリギュラ」

「いいや。いいや。違わない。我が生は悪であったのかもしれぬ。もはや、余にもわからぬが、良いものではなかろう」

 

 光があれば闇があるように。

 大規模な事業の裏には確かに喜びだけがあったのではない。

 

「余は世界(ローマ)を統べる皇帝であった。(ローマ)を愛していた。尽くそうとしていた。だが、余は殺された。元老院に。おそらくは、余が悪であったのだろう。人の眼には余が狂っているように見えたのだろう」

 

 それは月の女神に弄ばれたのかもしれない。

 悪として生まれ落ちていたゆえなのかもしれない。

 それでもいいと彼は言う。

 

「我が魂は、反英雄としてではなく英雄として人類史に刻まれた。ならば、わが胸に、愛はあったのだと信じている。ゆえにこそ――」

 

 その声は静かに、闇にとけて――。

 

「今回の支配者は暴食の具現だ」

 

「この世のありとあらゆる快楽を貪り、溢れども飽き足らず喰らい続けた悪逆の具現だ。おまえとは真逆だ。おまえは知るだけで良い。暴食。飽くなき欲望のその果てを知れば良い。なにやることは変わらない。

 ――殺せ」

 

 扉が開く。

 狂乱の咆哮が響く。

 全てを貪り喰らう悪逆の皇帝がそこにはいた。

 

「カリギュラ――」

「おまえの言葉では止まらぬ。アレは、おまえの魂を喰らうまで止まらぬ。いや、喰らったとして止まることなどありはしないか。ゆえに暴食。さあ、どうする」

 

 話をするか? ここで死ぬか?

 

「途中で歩みを止めるというのならば構わない。おまえが、諦めるというのなら構わない。

 だが、もしおまえが、諦めていないのなら――」

 

 ――その右手を伸ばしてみせろ。

 

 五度目の試練。慣れることはない恐怖は確かにある。やめたいという思いはある。誰もいない。誰もみていない。

 頑張る必要もない。一度は発狂するまで壊れた。そこまでして何になると思うことはある。

 けれど、けれど。

 

「帰る。僕は必ず――」

 

 マシュ。マシュ・キリエライト。愛しい僕のデミ・サーヴァント。可愛い可愛い後輩。

 必ず君の待つカルデアに僕は帰る。

 何があってもこの心に君の言葉が残っているから。君の思いが確かにこの胸には残っているから。

 

 ――諦めない。

 ――生き延びる。

 

「それでいいんだろ、アヴェンジャー!」

「はは。そうだ。そうだとも。おまえのまま前に進め。諦めずに右手を伸ばすというのならばオレは力を貸そう。

 来るぞ! 死にたくないのならばそのように動け!」

 

 ――そして、生き延びたければ殺せ。

 

 アヴェンジャーがカリギュラを倒す。

 彼の霊核を砕くその刹那に、また声が響いた。

 それはさっきの続き。

 

「――ゆえにこそ。僅かな愛の残滓を信ずるからこそ。反英雄に相応しき身で、英雄として在るからこそ。余は狂気なる叫びの中にせめてもの想いを込める。

 おまえもそうなのだろう。シャトー・ディフ。この呪われし監獄で。全てを失っていたおまえはそれでも前に進もうとした」

 

 ――そうだ。だから僕は今こうして、ここにいる。

 

 死にたくないから。生きたいから。ここから出たいから。

 そんなものが行動の理由じゃない。

 ただマシュへの愛が僕を動かした。

 

 ――彼女に会いたい。

 ――あって伝えたい言葉がある。

 

 だから僕はここから出たいと思った。

 あの時、彼女の名前以外なにもわからなかったのに。

 

 彼女への愛は確かに、この胸に残っていたから。

 

「そうだ。愛を知るおまえが、ヒトが堕ちるはずがない。その愛を重荷に思うこともあるだろう。彼女から与えられる愛を重荷に思うこともあるだろう。それでいい。愛は一人で背負うものではない。相手がいて初めて成立する。二人で背負うものだ。一人で背負わず二人で歩いて行けば良い。信じているぞ歩み続ける子よ。余はいつでもローマ(おまえ)を見守っている」

 

 僕は、その言葉を刻み込む。

 彼が教えてくれたことを忘れないように。

 今まで誰もが教えてくれていたことを今度こそ実行できるように。

 

「さあ、次だ。第六の裁き。もうすぐ此処を出られるだろう。――待て、しかして希望せよ。おまえの未来もまたそこにあるだろう」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 一夜を超えて。

 第六の裁きがやってくる。

 

「おまえは見るだろう。第六の裁き、第六の支配者。その欲するところに限りなどない強欲を」

「強欲」

「そうだ。オレは彼以上に強欲な生き物を見たことがない。事実、驚嘆に値する」

 

 富、金、私財を腹にため込む為ならば実の娘すら捧げようとした男さえ、彼に遠く及ばない。

 世界にまで及ぶ欲。

 

 ゆえに強欲。

 

 それを語る彼は、アヴェンジャーはとても楽しそうだった。

 

「楽しそうだね」

「……楽しい? だと? フン。そう見えるのか、おまえには。ならばオレはよほど悪趣味な精神の持ち主になるな」

「あ、いやそんなつもりじゃ」

「はじめに嘆きと涙、次にに苦悶と苦悩。やがて彼は強欲と称されるべき大願へとたどり着いた。成し遂げられはしなかったがな。それでも世界で最も高潔な復讐劇ではあったろう。それを指して――楽し気――とはな」

 

 アヴェンジャーは否定しなかった。

 なぜならば彼はアヴェンジャーであるがゆえに、人の善性を捨て去っている。

 ゆえに悪魔の如きものであると彼は言った。ヒトの尊き願いを嗤うそんなものであると。

 

 けれど、けれど。

 なら、アヴェンジャー。僕を導く君は、どうして僕を――。

 

「何を思い詰めている。無駄だ。無駄だ。おまえが考えたところで何にもならん。自らの身を亡ぼすだけだ。やめておけ。それにだ、オレは奴に敬意を抱いている。喝采すらしよう。その無謀、高潔、強欲! 喝采には相応しいものがこれ以上にあるだろうか」

 

 ゆえに――。

 

「故に。この上ない敬意と共に。我が黒炎は悉くを破壊しよう。正しき想い、尊き願いにこと、オレの炎は燃え上がる。覚悟せよ、マスター。おまえは、世界を呑まんとする強欲をも砕かねばならない。殺せなければ、死ぬだけだ」

「――――」

「そう気張るな。有体に言って難敵ではあれど、おまえであれば問題はない。気を抜かずに備えていることだ」

 

 扉が開く。

 第六の扉が今開く。

 盲目の生贄が昇る黄金螺旋階段。

 その第六番目の扉が開くのだ。

 

「来ましたね、アヴェンジャー」

 

 そこにいたのは彼女だった。

 聖女。復讐者を救わんとするジャンヌ・ダルク。

 

「違う、違う違う!! ああ、何たる間の悪さだ旗の聖女よ。おまえは逃がさん、殺すといった。だが、今ではない。その間の悪さ! カドルッスにも匹敵しようか!」

 

 彼は怒る。彼は憤る。

 なぜならば、それこそが彼だから。

 怒り憤りに起因した復讐。

 それこそが彼の源泉。

 

 ゆえに憤怒を否定した聖女の存在は自分自身の否定だ。

 

「ええ、そう。猛り続ける者。アヴェンジャー・憤怒はそう、時にあなたの言う通り、容易く消えはしないでしょう。そのことを私は確かに知っています。その炎は全てを燃やし尽くすまで消えないでしょう。けれど、憤怒を胸に秘めたとしても……赦しと救いを想うことだって叶うはずです」

「オレに赦しと救いを説くか。このオレに」

「ええ、なぜならあなたは一度それを経験したはずでしょう」

「はは……は……! ははははははははははははは!!」

 

 嘲笑が響く。

 

オレは違う(・・・・・)。我が恩讐を語るな、女!」

 

 その黒炎は、請われようと救いを求めず。

 その怨念は、地上の誰にも赦しを与えず。

 

 虎よ、煌々と燃え盛れ。汝が赴くは恩讐の彼方なれば。

 

「そうだ。オレは巌窟王(モンテ・クリスト)! 人類史に刻まれた悪鬼の陰影、永久の復讐者である」

 

 彼の声とともに響いてくるものがある。それは彼女の声。

 

「彼こそがシャトー・ディフの復讐鬼。パリへと舞い戻り、数々の復讐を為した人物。その名を、あなたに教えましょう。エドモン・ダンテス。しかし、彼はこうも名乗っています。モンテ・クリスト。それもまた彼の名。復讐者としての彼の名です。

 けれど、けれど。彼は最後に善性を取り戻したのです。愛を。復讐者(モンテ・クリスト)はただ一人の女性の愛によってエドモン・ダンテスとなったのです」

 

 知っている。わかっている。それこそが彼。それこそがアヴェンジャー。

 

「理解した。承知した。旗の聖女! おまえの性質はどうあってもオレとは相容れぬ! 故に此処で殺してくれる! 望むがままに与えよう、我が怨念の何たるか!」

「言葉だけでは届かぬ思いもある」

 

 そこにもう一つの声が響く。男の声。この第六の裁きの間、その真なる主の声。

 

「それでも諦めないあなただからこそ、主は今もあなたを愛し続けるのでしょうね」

「――おお。おお。待ちかねたぞ、もう一人の裁定者(ルーラー)。強欲の具現たるモノ。天草四郎時貞!」

 

 天草四郎時貞。

 彼が強欲の支配者。

 世界を呑みこまんとする強欲の裁定者。

 

「――はじめまして、アヴェンジャー。そして、その仮初のマスター。斯様な場所でなければ、また違うカタチで出会う可能性もあったでしょうが。復讐のクリストを名乗る貴方にはもはや祈りも言葉も届かないのでしょう」

 

 だが、彼は言った。天草四郎は言う。

 信じているのだと。

 

「この世の地獄を知る者ならば、真に尊きモノが何であるかも同時に知ったはず。あなたもアヴェンジャーも」

 

 地獄。壊れた底に在ってなお残った尊きモノ。

 

「ですが、もはや。ええ、もはや、仕方ありません。力をお借りしますよジャンヌ・ダルク」

「ええ、もちろん」

「まるでこっちが悪者みたいだ」

 

 事実、どうなのかはわからない。

 

「はははははははは! 面白い冗談だ。これ以上の皮肉はないなマスター。さあ、行くぞマスター・おまえとオレは最早、対等。一心同体だ。このシャトー・ディフに於いて、希望し、生還を真に望むモノはかつてのように、導かれねばならない。おまえを! 導けるのはこのオレだけだ!」

「ああ、そうだね」

 

 同じ君。アヴェンジャー。耐え続けた人。僕もまた、同じく。

 ゆえに、対等で、一心同体。

 

「そうだ。そうだ、おまえもまた虎の如く吼えるのだ! 殺し、奪い、己がすべてを取り戻せ! おまえはここで全てを取り戻すだろう!」

 

 二人のルーラーとの闘いが始まる。

 それは熾烈なものだった。

 けれど、けれど。

 

「ここには僕がいる」

 

 ジャンヌ・ダルク。

 君と戦うのは辛い。

 けれど、けれど。僕は――。

 

 ――君の声が聞こえる。

 

「いいのです。私はあなたを導くことができなかった。これもまた当然の結果なのです」

「…………」

「それに、きっと、彼を救えるのはきっとあなただけなのでしょう。だから、何も気にすることなく戦ってください」

「…………」

「この先にあなたが望むモノが待っています。悩み必要もためらう必要もありません。戦いなさい世界最後のマスター!! 弱い人は強くなることができる人なのですから。そして、いつかきっと、あなたは――」

 

 二人のルーラーが倒れる。

 

「ああ、哀れなる復讐者。アヴェンジャー。あなたを救いたいと私たちは願う」

「けれど、けれど。またも私は力及ばず」

「復讐は人の手に余る。ソレは過ぎたる行い。私はあなたにこう言おう。あなたの炎はいつか自分自身を滅ぼすだろう、と」

「それが残す言葉か。永久の復讐者であると知ってなおいうか」

 

 彼女は、彼は言う。

 復讐者の魂に安寧を。

 最後まで聖者として。

 彼らは祈りながら消えていった。

 

「待たせたな、仮初のマスターよ。残る裁きの間は一つだ。ただ一つ。おまえはともすれば生還を果たすかもしれんぞ?」

「僕が、諦めなければだろ」

「フッ、良い顔をするようになった。少しは変わったか」

「アヴェンジャーのおかげだよ」

 

 そう彼の。そして、みんなの。

 今度こそ、僕は間違えない。

 

 羨み妬むばかりの嫉妬ではなく。

 弱いまま何もしない怠惰ではなく。

 色欲を否定した人でなしではなく。

 憤怒の焔を忘れたモノではなく。

 飽くなくなき暴食に堕ちることなく。

 全てを強請る強欲を持って。

 

 ――僕は、僕になる。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――男は救われた。最後には

 血塗られた復讐劇の果てに、男は、得た。

 失われたはずの尊き輝きを。

 想いを、愛を。

 ――あまねく人の善性を。

 

 男の名をあなたは知っている。

 モンテ・クリストであることを捨てた彼の名を。

 エドモン・ダンテス。

 愛を取り戻した復讐鬼ならざる人間。

 その隣には異国の姫がいたはずでした。

 

 けれど。けれど、今の彼には――。

 

「……女はどこだ」

「アレ?」

 

 女。メルセデス。甲斐甲斐しく僕の世話をしてくれた女性(ヒト)。彼女がいない。

 

「心当たりはない、か。……まあいい。構うものか。行くぞ。最後の裁きの時間だ。第七の支配者を殺せ。迷うな。惑うな。どうせ、道は一つしかない」

 

 彼について廊下に出る。

 これが最後になる。

 

「おまえは運がいい。オレが傍らを歩いてやっているのもそうだが、イフ城に潜む地獄のほとんどを、おまえは知らずにいる。よほど何かに愛されているだろうよ」

 

 拷問の雨あられによる触覚、痛覚への打撃もない。

 収監された者どもによる無数の呻き、死にかけの大合唱による聴覚への打撃もない。

 途絶えぬ死臭による嗅覚への打撃もここにはない。

 

「なくてよかったよ」

「ハッ、まったく正直な奴だ……まあいい、なんであれだ。おまえを苛むのは裁きの間だけだが、オレとは異なる道を行くな、おまえは」

 

 そして、第七の扉が開く。

 盲目の生贄が昇る黄金螺旋階段。

 その果ての扉が今開く。

 

 誰もいない裁きの間。

 そこでアヴェンジャーは語る。

 とある男の話を。

 シャトー・ディフへと収監され、復讐の鬼となった男の話を。

 

「そして、哀れな男は復讐者として人類史に刻まれてしまった」

 

 復讐者として遍く全てを呪い憎み、恨み続ける者として現界した。

 

「それがあなたですね。アヴェンジャー」

「メルセデス」

「はい。私は結局、自身のことを何も思い出せませんでした。でも。でも、あなたのことだけはわかる。アヴェンジャー。やはりあなたは、この世にいてはいけない」

「メルセデス!」

「申し訳ありません。ですが、私は――」

「ほう、面白い。またしてもそういってのける女がいるか。メルセデス。否。否、己を失って彷徨う女。このイフ城に在りながら、オレを否定するか。おまえが、か弱い女であるものか。聖女にすら匹敵する強き魂だ」

 

 ――故に。

 

「示せ。この世に在ってはならぬというのであれば、おまえの全力を以て、殺してみせろ」

「私は自身が何者か思い出せない。けれど、力を貸してくれるモノがいる」

 

 それは死霊。彼女を慕う者たち。

 英霊足り得ぬ存在が、彼女へと集う。

 

「おまえを慕い想う魂の欠片どもか!」

 

 死霊にすら愛される女。彼女はいったい、何者なんだ。

 いや、いいや。もはやそんなことは関係なく。

 もはやそれが何であっても、彼にとっては意味を持たないのだ。

 全ては無意味だ。

 

 全ては一瞬で終わりを告げた。

 

 声が響く。彼女の声が。

 

「どうか気に病まぬよう。私はただ為すべきと感じたことを為したまで。私は本来の第七の裁きの間の支配者。そのはずでした。しかし、如何なる理由かその役割は記憶とともに消失していたようです。今もまだ、思い出せてはいませんが、どうか、あなたの歩く道が光に照らされますように。

 彼の言葉は欺瞞に満ちてはいますが、この言葉だけは」

 

 ――待て、しかして希望せよ

 

「この言葉だけは、悲しくも願いのこもっている。どうか、彼に――」

 

 彼女の言葉は最後まで僕に届くことはなかった。けれど。けれど、確かに伝わった。メルセデスならざる女。

 いつかきっと本当の彼女と出会えるだろう。

 敵かもしれない。味方かもしれない。

 けれど、その時、僕はあなたに感謝をしたいと思う。

 このシャトー・ディフで出会った、天使のような彼女に救われたのだと――。

 

 彼女は消えた。

 

「さあ、仮初のマスター。七つの裁きは破壊された。ゆえに、このシャトー・ディフもまた役目を終える。後は光指す外界へお歩むのみだ。だが……シャトー・ディフを脱獄した人間はいない。そう、ただ一人を除いては」

「――まさか」

「そうだとも。出られるのはただ一人のみ」

「でも、此処には、二人いる」

「ああ、そうだ。そうだとも。なぜならば、一人は脱獄する諦めない男を導くものだからだ。ファリア神父。かつて復讐者となるべき男が導かれたように。二人いるのならば、片方は朽ちて彼の代わりに外へ出るのだ」

 

 それこそがこのシャトー・ディフに定められた宿命。

 

「絶望を挫き、希望を導くモノとして命を

 終える。それはそれで、嗚呼、意義深きことではあるのだろうよ。おまえか、オレか。どちらが生き残り、どちらが死ぬか。

 ――さあ、仮初のマスター。覚悟するが良い。オレは生きる。おまえを、第二のファリア神父として」

 

 おまえの物語は此処で終わる。

 おまえの魂はここで朽ち果てる。

 

「――ガッ」

 

 僕は彼に殴り飛ばされる。

 

「ガ――」

 

 勝てるはずがない。サーヴァントに普通の人間が。

 それに、今まで助けてくれた彼と戦うことなんてできるはずがない。

 けれど。けれど。

 

「もしも……おまえが歩み続けると叫ぶのならば! おまえが! 未だ、希望を失っていないのならば!」

 

 僕はまだ、諦めていない。

 帰ると誓った。

 彼女に。

 

 全てを思い出した。

 そう全てを。

 僕は全てを取り戻した。

 

 ここで死んだ方がマシかもしれない。

 魔術王に敵うはずなんてない。

 けれど。けれど、帰ると誓った。

 彼女の名前に。彼女の信頼に。彼女の愛に。

 

「僕は――オレは、帰るんだ。彼女のところに!」

「はは――」

 

 その時、彼が笑ったような気がした。

 

「ならば――(オレ)を! 殺せ! さあ、遠慮はいらぬ――!!」

 

 拳を握って、オレ(・・)は踏み込んだ。

 勝てないだとか、そんなものはどうでもいい。ただ帰る。それだけを考えて拳を握る。

 彼がその力を使えばそのままオレは死ぬだろう。

 

「はは――」

 

 だが、彼は笑った。彼もまた、自らの拳を握っていた。

 

「手加減でもしてくれるのか――」

「無論。オレとおまえは対等だ。そうだろう!!」

 

 だからこそ決着は拳でつけるのだと彼は言っている。

 なんとも古典的。古臭い。泥臭い。流行らない。キャラじゃない。

 けれど。けれど。

 

「こういうのも良いだろう。たまには――」

 

 拳を振るう。殴りなれない、握りなれない拳。

 殴ったほうが痛い。

 殴られた方が万倍もいたいけれど、殴るのもまた痛い。

 

「弱い、弱い弱い。そんなものではここから出てもまた負けるだけだ!!」

「煩い、こっちだって全力だ!」

「はは。その程度か。もっと手加減が必要か?」

「手加減して、負けたのを言い訳にしないならな!!」

「するものか。オレとおまえは対等だ。ゆえに、勝ち負けもまた対等だ」

 

 そこに文句が入る余地はない。

 

 シャトー・ディフ。最後の裁き。最後の戦い。

 

「この!」

「っ――」

 

 痛い。痛い。痛い。

 ああ、拳が痛い。殴られた身体が痛い。

 膝から崩れ落ちそうになりそうだ。

 けれど、何よりも心が痛い。

 

「オレは――おまえと出られるんだと思っていたよ! 巌窟王、アヴェンジャー!! おまえだけだ、おまえだったから、オレは、ここまで来れた!!」

 

 一度壊れて、そこから導かれてきた。何が正しかったのか、何が間違っていたのかを、全て教えられた。

 壊れなければわからないような馬鹿をここまで連れてきてくれたのは間違いなく彼だったからだ。

 最後のマスターとしてじゃなく、オレを見てくれた。

 

「シャトー・ディフはそういう場所だ。誰かが導き、ファリア神父として朽ちねばならない。いや、違うな。オレもまた、おまえだったからだ。おまえは耐えてきた。オレの、14年と同じように。――だが、おまえにはファリア神父がいない」

「おまえ――」

 

 振りぬいた拳が彼を捉える。

 構えもなにもない何度も殴られて力の入らなくなってきた膝で殴りつけた弱い一撃。

 だが、彼はその一撃を受けて、倒れたのだ。

 

「…………クッ、ククッ。ああ、見事な一撃だ。及第点ギリギリだが、まあいいだろう」

「アヴェンジャー……なんでだ」

「決まっている。おまえの為だ。いや、違うな。オレの為だ。オレは一度でも味わってみたかった……! かつてのオレを導いたただ一人、敬虔なるファリア神父……あなたのように! オレも……オレに似た、誰かへの愛を忘れずに、絶望に負けずに、誰かを……罠に堕ちた、無辜の者を――我が、せめてもの希望として――」

「エドモン・ダンテス!」

「……その名で呼ぶか、おまえも。オレを」

「ああ、呼ぶよ。おまえは、復讐者巌窟王(モンテ・クリスト)じゃない。おまえは、エドモン・ダンテスだ」

 

 哀れなる復讐者ではなく。

 そう幸せな最後を迎えた人間として。

 

「ああ、認めよう。おまえは、オレを殺してくれた(・・・・・・)! おまえはオレを勝利に導いた――」

「エドモン――」

「オレは、勝利を知らずにいた。復讐者として人理に刻まれたが、おまえの言う通り、最後には救われている。復讐を成し遂げられず、勝利の味をついに知らぬままの巌窟王であった。

 だが、おまえが。おまえは、オレに導かれ、障害を砕き、塔を脱出する。それはなんと、希望に満ちた結末であろうか。この勝利なき復讐者に、おまえは、導き手としての役割と勝利をくれたのだ」

「エドモン――」

「ああ、そうだ。オレたちの勝ちだ。おまえの最後の恐怖を払ってやる」

 

 最後の恐怖。

 それはあの魔術王の恐怖。

 

「魔術王とて全能ではないということだ! 魔術王と目があったおまえは、それによってこの地獄に落ちた。終わるものと思われたから見逃がされた。だが、結果はどうだ!」

「オレは、生きて、ここを――」

「そうだ! そうだ、オレのマスター! おまえは生きて、ここを出る! 残念だったな魔術の王よ! 貴様のただ一度の気まぐれ、ただ一度の罠は、ここにご破算となった! どうだマスターざまあないだろ」

「はは、そうだな」

「ああ、そうだ。残念だったな、魔術の王、おまえの目論見は、全て潰える!!」

 

 彼は言う。

 

「最後のマスター。おまえが侮った者は、成長したぞ!! もはやおまえなどに恐怖しない。残 念 だ っ た な!! さあ、持っていけ!」

 

 帽子とインバネスを彼は差し出す。

 

「シャトー・ディフを出る者は、遺る者に成り変わる。さあ、持っていくが良い、オレはファリア神父と違って財宝などを渡してやれん。だが――おまえに勇気をくれてやる!」

 

 震える手で、彼の帽子とインバネスを受け取る。

 

「さあ、歩め! 足掻き続けろ! 魂の牢獄より解き放たれて――おまえは!」

 

 崩れゆくシャトー・ディフ。

 ()は、彼に背を向けた。

 背を押された。

 もらった。いっぱい。

 

 だから、僕は、いや、オレは――。

 

 彼の帽子とインバネスを羽織る。

 

「――いつの日か世界を救うだろう!!」

「ああ――」

 

 オレは光へと歩む。

 

 光のその先、カルデアへ。

 マシュの下へと――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 伯爵(かれ)は思う。

 恩師(かれ)に貰ったものを。

 

 ――第一に、知識を。

 ――第二に、財宝を。

 ――第三に、秘蹟を。

 

 少年(かれ)は思う。

 伯爵(かれ)にもらったものを。

 

 ――第一に、休息を。

 ――第二に、勇気を。

 ――第三に、希望を。

 

 伯爵(かれ)は言った。

 

 ――神父のようにはいかないな。

 

 と。

 

 少年(かれ)は言った。

 

 ――いいや。おまえが、オレにとっての神父だ。比べるまでもなく、おまえはオレにとって、最高の希望だ。

 

 と。

 

 ――クハハハ、ならば行け。オマエの思うところまで、恩讐の彼方まで。

 

 ――オマエは、いつの日か、世界を救うだろう。

 

 ――待て、しかして希望せよ、だ。

 

 二人は、共犯者だった。

 生きる時代は異なるが、ともに苦難の詰まった岩窟の中を耐え抜いた二人は、同じく伯爵(かれ)の最も縁深き場所で出会った共犯者だった。

 

 マルセイユ沖に浮かぶ島に存在する、忌まわしき監獄塔(シャトー・ディフ)

 神の威光すらも曇り、冷たく魂の嘆きと悲しみが横たわる場所。

 現世の地獄であり、正義すらも腐り、あらゆる者は希望を見失う。

 堕ちれば最後、そこから出ることは叶わない。

 

 ただ、二人を除いて。

 

 歴史において、ただ一人。

 語られぬ旅路において、ただ一人。

 怨念渦巻く深淵なりしイフ城は、ただ二人だけの脱獄者を赦した。

 

 それが伯爵(かれ)少年(かれ)

 

 ただ一人の復讐者と、ただ一人の少年。

 一人は神父に導かれ、一人は伯爵に導かれた。

 

 数奇な運命だと思う。

 導かれた者が、時を超えて出会うはずのなかった、新たなる岩窟の虜囚(モンテ・クリスト)を導くのだから。

 

 けれど、その事実は、とても素晴らしいものだと思う。

 それは伯爵(かれ)の生涯がより良きものであったという、確かな証拠なのだから――。

 

 ここは呪われし牢獄要塞(シャトー・ディフ)

 偽りなりしイフ城。

 魔術王と名乗る何者かによって、作り上げられた最後の希望をつぶすための場所。

 

 けれど、それはならなかった。

 伯爵様の手によって。

 

「それは違う、我が従者、懐かしきコンチェッタ」

 

 伯爵様の声が、こちらへと向けられる。

 私は、英霊ならざる身。

 ただ、一つの未練においてここに現界した影法師。誰にも気が付かれず、ただ消えるだけの。

 けれど、伯爵(かれ)は気が付いた。

 

 ――何が違うのだろう。

 

 そう思っても、わたしの声は届かない。わたしは、ただの影法師。英霊ならざる、ただの残響(エコー)なのだから。

 

「私の手ではない。あいつだ。あいつが前に進まなければ、この結果はなかった」

 

 わたしは理解した。

 少年(かれ)は、伯爵(かれ)なのだから。

 

 伯爵様もまた同じく、諦めなかったからこそ、冷酷なりし監獄島(シャトー・ディフ)を脱獄し、復讐したのだから。

 

「わかったのならば、行け、ここは長くは持たん」

 

 崩れゆく真ならざるイフ城。

 偽りの監獄塔は、その役割を終えて消えていく。

 

「なに、心配などは要らぬ。――ああ、そうだ。一つ教えておこう。我が復讐は――いや、我らが復讐は既に終えている。この身は未だ復讐鬼なれど、オマエが残る必要はない。ご苦労だった」

 

 ――ああ。

 

 その言葉を聞いた瞬間、わたしの意識は溶け始めていた。

 一番聞きたかった言葉、いつか感じた、あの安らぎの記憶の中にある、(エドモン・ダンテス)そのものの。

 上等な葉巻に火をつけて、いつかのように、誰かを待つ、あの人の――。

 




少年は、成長する。
恐怖が消えたわけではない。
力が強くなったわけでも、特別を持ったわけでもない。
ただ、自分になった。
弱い自分を認めて、受け入れて、人間らしく、自分らしく。
歩んでいくことを決めた。

誰かの理想ではなく、自分の理想で、自分の覚悟を決めたのだ。


というわけで、長かった監獄塔編も終了です!
無事にぐだ男はカルデアへ帰還です。ちなみに巌窟王の帽子とインバネスは謎パワーでカルデアにあるよ。これ以降のぐだ男の標準装備だよ!
ロイヤルブランドに帽子とインバネスというスタイルです。

あと最後はもうノリとテンションの行きつくままに書いた。
次回はぐだ男が寝ていた間のカルデア七日間。愉悦タイムだよ。
そして、ぐだ男の告白タイムです。

あ、あともうおまえらがメルセデスと何があったとかうるさいので、嘘屋方式、エロくないエロシーンなら書いても良い。
R18の裏シーン集的なので書いても良い。ただし、希望があれば。
希望がなければ書かない。
R18とか私書いたことないしね! それでもいいというのなら、

――待て、しかして希望せよ

あれ、最悪の使い方だこれ。
あ、勘違いがないように言っておくと、本編ではぐだ男はへたれたので何もしてません。

ああと、少し休憩ください。さすがに疲れた。


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空白 断章
彼のいない七日間 前編


「ドクター、先輩は……」

「おかしいんだ、目覚めない。バイタルは安定しているし、魔術的な痕跡もない。魔術回路も正常だ」

 

 だが、目覚めない。

 カルデア最後のマスター。唯一の希望。僕らが背負わせすぎた、男の子。

 彼は眠り続けている。鎮静剤の効果が切れても眠り続けている。

 死んではいない。生きている。全てが正常値。けれど、目覚めない。何の異常も見られないのに目覚めない。

 

「ダヴィンチちゃん、わかるかい?」

「さて、色々と可能性は考えられるけど、これは私にもわからないなぁ。さっき不自然に魔術回路が励起している節はあったけど。もしかしたら何かに巻き込まれてたりして」

「私の、せいでしょうか、私が――」

「マシュ、それは違うよ」

 

 違うよ。マシュ。僕らの責任だ。僕の責任だ。彼がああなるまで気が付かなかった。気づいてあげられなかった。

 一般人のマスター。最後に残った希望。彼に頼る以外に方法はなかった。彼もまたそれに応えようとしてくれた。無理をしていたということに僕らは気が付かなかった。いや、見ないふりをしていた。

 

 彼のその姿に僕らは、希望を見たかった。最後のマスター。一般人であるが、その不屈の精神で特異点を修正し世界を救う。

 そんな冗談のような理想を彼に押し付けていただけだ。そうしなければ世界が滅びるという免罪符を突きつけながら。

 

「とにかく、今は待つかしない」

 

 彼が目覚めるのを待つ以外にない。それ以外にできることが、ない。

 

「……ここは僕が見ておくから、マシュ、君は休むと良い」

「……はい」

 

 部屋に戻るマシュ。

 

「マシュのダメージ、結構でかそうだね。君は大丈夫かいロマン?」

「……正直堪えてるよ」

「本当、酷な運命だよ――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 マスターは眠り続けている。

 

「ったく、見てられねえな」

 

 あれからマスターは眠り続けている。自分のふがいなさにまったくもって憤る。

 だというのにできることと言えば癒しのルーンを刻むくらいだ。それすらもまったく意味をなさない。

 ドルイドという身。魔術師のサーヴァントという己。

 

「あれかねぇ、師匠ならどうにかできたのかね」

 

 つくづく運命という奴はままならないものだと柄にもないことを考える。

 何が導くだ。マスター一人、相も変わらず己は導けていない。

 己に課したそれすらも守れぬ未熟。

 

「師匠に殺されるなこりゃ」

 

 嫌な寒気を背中に感じる。これはまったくもってヤバイというかなんというか。

 そのうち師匠が出てきて殺されるんじゃないだろうか。

 そんなことを思う。

 

「良し――」

「ほう、何が良しなのか。聞かせてくれるか弟子――」

「いや――」

 

 マスター。俺は信じている。おまえならきっと戻ってくるってな。

 だから、すまん、今は逃げさせてくれ。俺の命の為に。

 この埋め合わせは必ずする。ああ、絶対だ。

 ルーンでもなんでも教えてやる。

 だから、今だけは――。

 

「さて、ワシもおまえと同罪なわけだが、なぁに、互いに反省する点はあるわけだから、互いに鍛え直そうではないか。なあ、愛弟子」

「あ、師匠、ちょ――」

 

 俺は新たに日本に出現していた特異点へと飛び込んだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 一日が過ぎた。旦那様はまだ目覚めません。

 眠り続けています。

 わたくしは傍らで待ち続ける。いつ目覚めても良いように。それが良妻であると確信しているゆえに。

 けれど。けれど、旦那様は目覚めない。

 待っても。待っても。

 待っても。待っても。

 待っても。待っても。

 まるで、あのひとのように。

 

 二日が過ぎた。旦那様はまだ目覚めません。

 わたくしは傍らで待ち続ける。いつ目覚めてもいいように。

 けれど。けれど、旦那様は目を覚まさない。

 待っても。待っても。

 待っても。待っても。

 待っても。待っても。

 

 考える。わたくしは考える。

 彼の言葉を。彼女の言葉を。

 わたくしは旦那様を愛している。そこに嘘などあるはずがない。

 罵倒されたということは愛が足りなかったということ。だからこそ片時も離れずに旦那様のそばにいる。

 お優しい旦那様。目覚めればきっと、また変わらぬ笑顔を浮かべてくれると信じています。

 

 ――嘘だ。

 

 だって、待っても。いつまで待っても、戻っては来ない。あの時の、あのひとのように――。

 

 三日が過ぎた。旦那様は目覚めない。

 わたくしは傍らで待ち続ける。旦那様がいつ目覚めても良いように。

 けれど。旦那様は目覚めない。眠ったままの旦那様。

 あなたはわたくしに微笑んでくれない。

 あなたはわたくしに声を聞かせてくれない。

 あなたはわたくしに触れてはくださらない。

 

 待っても。待っても。あなたは目覚めてはくれない。

 こんなにも想っているのに。こんなにも、お慕いしているのに。

 あなたは目覚めてはくれない。

 わたくしはあなただけを見ているというのに。

 

 ――嘘だ。

 

 四日が過ぎた。ああ、もうそんなに時が過ぎたのかと、ドクターに聞いた。

 旦那様は目を覚まさない。

 わたくしは見続ける。旦那様の顔を。安らかに見える。その顔を。

 旦那様は眠り続ける。

 わたくしはそれを見続ける。

 

 旦那様。愛しい旦那様。愛しています。

 だから、早くお目覚めになってください。良妻はここに。いつまでもここにいるのですよ。

 ずっと。ずっと。わたくしは待ち続ける。

 かつて待ち続けたのと同じように。

 

 愛しくて、恋しくて、愛しくて、恋しくて。

 けれど。けれど。

 同時に、悲しくて、悲しくて、悲しくて悲しくて悲しくて。

 憎くて憎くて憎くて憎くて憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎。

 

 ――駄目。駄目。

 

 旦那様へと伸ばした手を押さえる。

 わたくしは待ち続ける。

 わたくしは待ち続ける。

 

 五日が過ぎる。

 

 旦那様、旦那様。旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様

 旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様

 旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様

 旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様――愛しています。

 

 ――嘘だ。

 

 六日が過ぎる。

 

「私の言葉の意味がわかったか」

 

 サンタ様がわたくしの前にいる。

 わたくしは答える。

 

「はい、愛してます、愛してます、愛してます! 本当に、心の底から愛してます。この心を偽物と呼ぶのなら、世界に真実はありません」

「――そうか。だから、燃やすのか」

「あ?」

 

 わたくしの手には炎。

 龍と化した、炎。

 

 嘘。嘘。嘘。

 ああ、ああ。

 わたくしは、そう。わたくしは、愛してるから、愛して。だからこれも愛で。

 

「愛しいから、燃やすか。その価値観は私にはわからんが貴様のそれは愛ではなく後悔だろう」

 

 後悔? はて、いったい何をわたくしは後悔しているというのだろう。

 何を、何を。何を。

 

 ――これより逃げた大嘘つきを退治します

 ――愛で、悲しみで、ただ燃やした。

 

 わたくしは、わたくしは――。

 

「嘘を嫌う? 狂っているからと言って都合よく解釈しているだけだろう。貴様自身がもっとも嘘つきであることをな――」

 

 聞こえない。聞こえない聞こえない聞きたくない。

 

 そして、七日。

 旦那様が目を覚ました。その手に、見慣れない帽子とインバネスを持って。

 ああ、でもそんなことは関係ありません。

 関係ないのです。

 旦那様がお目覚めになった。もうそれだけで――。

 

「令呪によって命じる。君の狂化の戒めを解く――」

「旦那様?」

 

 戒めを解く? 何を言って?

 

「え、え――」

「これで言いたいことが言える。清姫。もう都合のいいものを見るのはやめろ」

「はい、なんでしょう旦那様?」

 

 ――やめて。

 

「オレは、君が嫌いだよ。君の理想になることももうない。オレは安珍の生まれ変わりじゃない」

 

 ――やめて。

 

「オレは――」

 

 ――()を壊さないで。

 

 けれど。けれど。かれは名前を告げた。自分の名前を。

 安珍ではない、名を。

 

「どうして、どうして――どうして!!」

 

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!

 

「どうして、狂わせておいてくれなかったのですか! どうして!!! そうすればわたくしは!! わたくしは!!」

 

 ――()を見続けることが出来たというのに!!

 

「だからだよ。君の愛はオレに向けられていない。言ったよ。自分に都合のいいことしか見ていない、自己満足の愛。どうして、オレに向いてない愛を受け取ることができるんだ。

 オレは、そんなものほしくない。迷惑って言っても聞かない。そんな奴にどうして愛を感じられるというんだ!! ――だからオレは、君が嫌いだ」

「――――」

 

 強い言葉。ああ。それがあなたの。

 もう全ては手遅れなほどに。

 それも全ては自分が。

 また。また。

 

「そう。そう。そうなのですね。それが、あなた(・・・)の」

 

 ――やはり、わたくしは死んだ方が良いのですね。

 

 このままではわたくしはあなたを焼き殺してしまう。

 わたくしはどうしようもない女です。

 いつまでも、いつまでもいつまでも待ち続ける女。それしか知らない。

 裏切られたことをいつまでも怒って。

 逃げられたことをいつまでも憤って。

 

 そして、燃やしたことを、後悔している。

 だから今度こそはと良妻になろうとした。

 何も見ずに。都合のいいことだけを見て。

 

 ああ。なんて、なんて醜い女。

 なんて卑しい女。

 やはりわたくしは――死んだ方が良い。

 

「待って」

 

 手が掴まれる。

 大きな手。(安珍様)のではない。彼の手だった。

 優しく綺麗な。

 

「離してください」

「駄目だよ。まだ話は終わってない」

「終わりました」

 

 そう全ては終わりました。

 結末は変わりません。

 

「終わってない。まだ。何も。けれど、君が、オレを見てくれるのならオレは君の想いを受け止める。答えを出す。オレは逃げない」

「…………」

「オレは安珍じゃない。弱い、何の力もない君のマスターだ」

 

 ああ。ああ。

 

「もし、安珍としてじゃなく、オレに好意を抱いてくれているのなら、オレは君にきちんと答えを伝えるよ。嘘はつかない。絶対に逃げない」

「――――信じ、られ、ません」

 

 そう言って彼は逃げた。きっと、あなたも同じ。

 

「いいや、逃げない。絶対に。勇気をもらった。だから、怖いけど絶対に逃げない」

「……い……いの……です……か信じても……」

「信じてくれないと困るよ。オレは君のマスターだ」

 

 ああ。ああ、やっぱり、この人は――。

 

「……わた、…………わたくしは、あなたを愛しています」

「うん」

「初めて会った時、安珍様だと思いました。けれど、違います。今なら、わかります。裏切られたくなかったから、もう辛い思いはしたくないから、だから、わたくしはあなたを安珍様だと思おうとしました」

「うん」

「でも、ほんとうは、あなたを、愛しています。好きです、マスター」

「うん、嬉しいよ清姫」

 

 ああ、ああ。この人は、本当に。

 

「でも、ごめん。オレなんかを好きになってくれたことはとても嬉しい。けれど、オレにはもう好きな人がいるから」

「……マシュ、ですか」

「うん」

 

 ああ、やっぱり。あなたは一途な人。わかっていました。ずっと。ずっと。あなたはずっと。彼女だけを見ていたから。

 それも見ないふりをしていただけで。都合の良いものだけを見ていただけで。

 

 だったら――。

 

「第二夫人、でもいいです」

「え?!」

「もしマシュがあなたのことを振ったらそのまま正妻にしてもらっても構わないでしょう。もしマシュが承諾したのなら、わたくしは、第二夫人でも構いません」

「え、ちょ!?」

「いい、ですよね、マスター」

 

 縋るように見上げる。

 わたくしはズルい女です。

 

「…………善処します」

「もぅ」

 

 でも、やっぱりマスターらしいとわたくしはそう思うのです。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 彼は目覚めない。彼は眠り続けている。

 ドクターがいうには異常はない。けれど眠り続けている。

 マスター。

 

 ごめんなさい。

 

 あたしは謝り続けている。

 それが意味のないことだと知っていてもあたしは謝り続ける。それ以外にあたしにはできることがないから。

 気が付いていながら、こうなることを遅らせることしかできなかった駄目なサーヴァントだ。

 何が勝利の女神だ。何が勝利だ。

 かつても。今も。負けてばかりだ。

 

 負けて。負けて負けて。

 これからも負けるのか。

 そんなのはいやだ。

 

 あたしは、あたしは――。

 そして、気が付いたら、あたしは――見慣れぬ部屋にいた。

 ああ、居心地がいい。

 何も気にしなくていい。そんな気にさせられる。

 

 あたしは――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 一日が過ぎた。子イヌは眠り続けている。

 (アタシ)は歌の練習をする。

 子イヌが起きて一番に聞いてもらうために。

 

 (アタシ)の歌はひどい。どうひどいのかわからないけれど、それでも練習をする。声は良いって、子イヌに言ってもらったことがあるから。

 それは信じていいと思うから。

 だから、(アタシ)は歌の練習をする。

 

 二日が過ぎた。

 子イヌは目を覚まさない。様子を見に行った。あいつがずっと動かないで子イヌを見ているのはちょっと怖かったけれど何も言わなかった。

 だってみんな考えることはきっと一緒だから。

 

 眠り続けている。起きる気配はない。

 

「子イヌ、早く起きなさい。(アタシ)頑張って子イヌの為に歌の練習しているのよ」

 

 誰かの為に歌うのはとても大変。歌うことは気持ちがいいことだから。忘れることができることがあるから。

 それでも、子イヌの為に歌う。

 

 三日が過ぎて四日が過ぎて。五日が過ぎて

 子イヌは起きない。目を覚まさない。

 (アタシ)は歌の練習をする。

 

「それじゃダメじゃのぅ」

「なんでよ!」

「だって、あれじゃろお主、マスターが眠り続けているのを忘れるとかそんな気で歌っとるじゃろ。一日目は聞けたのが、今じゃまた前に逆戻りじゃぞ」

「――――」

「ほれ、頑張らんかい。最初の歌はいいんじゃから。目を背けずマスターの為に歌ってみせい。おぬし無駄に前向きなのが取り柄じゃろ」

 

 六日目。

 なんだか煽ってくるノッブとともに練習する。頑張って、(アタシ)は子イヌを想う。子イヌの為に歌を歌う。

 

 そして、七日目。

 

「子イヌが目覚めたって!?」

「あ、エリちゃん、ちょうどよかった」

「ちょ、ちょうどよかったじゃないわよ。何、普通にしてるの、心配したんだから!」

「ああ、ごめんちょっといろいろあったんだよ」

 

 でも元気そうで安心した。

 

「…………」

 

 言わないと。まずは、ちゃんと謝らないと。それから、聞いてくださいってお願いするの。

 聞いてくれないかもしれない。けど、けれど。

 それでもいい。(アタシ)はそれだけのことをしたから。

 

 でも、今度は間違えない。今度は。だって、今度はちゃんと教えてもらったから。

 

「「あの――」」

 

 かぶった。かぶったかぶった――。恥ずかしい。

 

「えっと、そっちから」

「うん、えっと、そのマスター……ごめんなさい」

 

 頭を下げる。(アタシ)は頭を下げる。

 マスターは今どんな顔をしているだろう。怖くてかおがあげられない。

 マスターが動く気配がする。

 

 殴られるのかな。痛いのは嫌だけど、それだけのことをしたってことだよね。

 

 けれど、けれど。

 

「え……」

 

 ぽんと、頭にマスターの手が置かれる。ぽんぽん。

 

「むぅ、羨ましい」

「はいはい、清姫は黙っててね――顔を上げてエリちゃん」

 

 恐る恐る。顔を上げる。マスターがいる。清姫を連れた。

 

「あ、えっと」

「ちゃんと謝ってくれるとは思わなかった」

「あ、謝るわよ、ちゃんと教えてもらったもの」

「そっか。オレもひどいこと言ったごめん」

「良いのよマスター。あ、あのね、それで、(アタシ)(アタシ)……」

 

 い、言わないと。ああ、でもでも――。

 

「聞くよ、エリちゃん。だから、言って。言ってくれないとわからないから。オレが言えるわけじゃないけど、これからは言うことにしたから。だから、エリちゃんも言って言いたいことをさ」

「……あ、(アタシ)ね、練習したの、歌。子イヌの為に、歌おうって、想って。だから、聞いてください」

「わかった。聞くよ」

「えっと、酷かったらすぐに耳塞いでね」

 

 (アタシ)は歌う。子イヌの為に。

 

「――――」

 

 どうかしら。大丈夫? 見たくないから目を閉じて。マスターの為に歌う。

 

 歌い終わったとき、聞こえたのは、拍手の音だった。

 

「良い歌だったよ」

「ドラバカの癖にまっとうでしたわ」

「はぁああぁ――」

 

 (アタシ)は思わず座り込む。ちゃんと歌えた。ちゃんと褒めてもらえたそれが嬉しくて。

 

「エリちゃん、きっと君は誰かの為に歌った方が良いと思う。正直、前のなんて聞くに堪えないし」

「うぅ」

「でも、誰かの為に歌う君の歌はとても素晴らしかった。だから、これからもそれでお願い」

 

 何かすごい迫真! って感じの伝わるお願いだけど。

 

「うん、わかった」

 

 ここにいる間くらいは、頑張るって決めたから。

 (アタシ)は子イヌの為に歌うって。

 

「じゃあ、次のコンサートの準備をしてくるわ!」

 

 そして、(アタシ)は見慣れない部屋にいた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「あ、マスター目覚めたんだ」

 

 七日目。

 マスターが目覚めた。

 

「良かった良かった。大丈夫かい?」

「心配かけたかな?」

「そりゃもうね。なにせ君の破産は僕の破産だ」

 

 この七日まったく生きた心地がしなかったよ。

 でも君が目覚めてくれた。僕はそれを喜ぼう。

 これが僕の本心さ。

 

「でも、なんだろうね。何かいいことがあったみたいだ」

 

 いい顔をしている。発狂した君とは大違いだ。何があったんだろうね。

 でも、その何かには感謝しないと。

 おかげで、僕らはまだ戦える。

 マスター。君が帰ってきた。きっといつの日か世界は救われるだろう。

 

「その帽子とインバネスってやつが原因なのかな? かっこいいじゃないか」

 

 彼は服装を変えた。黒いスーツにインバネス。それから帽子。

 

「まあね。オレの尊敬する人からもらったものだよ」

「へぇ、それはまたいい人なんだろうね」

「ああ、オレを導いてくれた人だ。安心してくれダビデ。オレは大丈夫だ」

 

 恐怖も、苦痛も、辛いのも当然いやだけれど。

 それでも前に進む勇気をもらった。

 

「それで、さ、一つ聞きたいんだけど」

「なんだい?」

「落ち込んでいる女の子には、何を言ったらいいんだろうか?」

「はは――」

 

 本当。どういう心境の変化なんだい。実に。ああ。実に好ましいじゃないか。

 ずっとずっと人間らしくなった。こういうのはあれだけど、ひたすら理想になろうとしていた君は見ていて良いものじゃなかった。

 けれど、今の君は――控えめに言って最高だ。

 

「そんなの決まってる。愛の言葉だよ」

 

 女は愛を囁くと良い。

 あとは金。土地。

 愛がなくても金と土地があれば女の子はよってくるからね。

 

「ひどいな、それ」

「ひどくないよ僕の経験さ。何ならいくらか貸してくれたら倍に増やして見せるよ?」

「いけませんマスター! この者詐欺師ですわ」

「ひどいなぁ」

「お金ないし、まあ、あとで」

「うん、それじゃ頑張り給えよ若人」

 

 大丈夫。君なら。

 僕らではだめでも君なら。

 

 それにしても、

 

「誰だろうね、彼を立ち直らせるために人を呼んだのは」

 

 もしかして、君かソロモン。

 うっかりしてるねぇ。あるいはそれすらも見通し済みかい?

 

「でも、次は負ける気はない」

 

 君の父親が誰だか思い出させてあげるよ――。

 




というわけでオガワマンションフラグも立てながら行きます。

きよひーの狂化を解除。それによって都合のいい解釈をさせずに本音をぶつけました。
なんかぐだ男がただのイケメンに見えるが、それもこれも巌窟王のおかげなのだ。
エリちゃんは前向き。私の中では地味にスチパンヒロイン系に一番近い存在。
誰かの為に歌えば良いのだ。それが一番難しいけれど諦めない彼女ならばきっと大丈夫。

安定のダビデ。

後半はノッブ、サンタ、ジキル博士という割と安定組。
そして、マシュ。

さあ、一番ヤバイのをラストに。

あ、あとR18、投降したよ。Fate/Last Master IFというタイトル。
初めてだから期待しないでね。
いいか、絶対だぞ。絶対に期待するなよ。低クオリティだから。


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彼のいない七日間 後編

メッフィーお仕事中。


「飽きてきたんじゃが――」

 

 チビノブをいじめるのも飽きてきたんじゃが。

 

「はよう目覚めぇ、マスター」

 

 お主がおらんと暇じゃぞ。

 いやはや、よう持ったと褒めてやるなんじゃろうが、まあつぶれてしまってはのう。わしらには何もできん。

 その一端がわしにあるとはいえ、あいつもあいつじゃからのぅ。根が深い。言うても聞かんところはわしに似ておるわ。

 

 とりあえず、あのアイドルをたきつけたは良いが、さて、どうしたもんか。

 こればっかりはマスター次第じゃし。

 

 わしらはやるだけのことはやった。もうあとはあやつ次第よ。

 

「アーチャー!」

 

 ん、なんか誰か来たのう。この感じは人斬りじゃな。ワープとかほんと、ずるいんじゃが。

 というか帰ったはずなのに、なんでまたこっち来とるんじゃ。

 

「なんじゃ、人斬りか。どうしたんじゃ、こんなところまで」

「いや、実はですね。敷金礼金なし、お風呂と厠が別で、このお値段で景色もいい物件がありましてね。今、なんか入居者を募集しているらしいんですよ!」

「んで?」

 

 とくに興味もないのう。なにせ、わし自分専用の部屋持ってるし。

 

「ほら、一緒にすみません? 家賃折半すれば、安いですし」

「ええーなんで、わしが人斬りとぉ?」

 

 というかお主座に還ったじゃろ。どうして好き勝手に出て来とるんじゃ。

 

「だって、誰も召喚してくれないんですよー。沖田さん大勝利ーなはずなのにー!」

「だって、期間限定だからね、是非もないよネ! その点、ノッブってすごいよね、優秀なスキルな上に宝具レベル5だしネ!」

「沖田さんだって優秀ですし――コフッ!?」

「なんか吐血芸も飽きてきたんじゃが。もっとこう、血を吹き出しながら回転するとかしてみたらどうじゃ」

「できませんよ!!」

 

 なんじゃ、つまらんのう。

 それよりもこれからのことじゃ。マスターをどうするかじゃ。

 

「なんです、アーチャー、何かあったんですか?」

「んー、マスターが倒れてのう。そうならんように注意はしておったが、まあ、してやられたという奴じゃな」

「あのマスターさんです?」

「そうじゃ」

「大変じゃないですか! えと、お見舞いを!」

 

 とりあえず足ひっかけてこかす。

 

「コフゥ!?」

「はいはい、おまえみたいなやつが行ったら大変になるだけじゃわ。なにせ不法侵入じゃぞ」

「えー、でも一度は一緒に戦った仲じゃないですかー。それに人気者の沖田さんですよ」

「正式に召喚されてない鯖が何言っとるんじゃ」

 

 期間限定鯖じゃし? 当分召喚はされんじゃろ。期間限定鯖の悲しいさじゃの。ま、わしはイベント限定じゃから復刻せん限り二度と召喚不能じゃが。

 

「ええー」

「はいはい、さっさとその新築物件とやらに行って来ればいいじゃろ」

「だから一緒に行きましょうよー。さびしいですよー」

「じゃあ、わしが何か頼んだら絶対服従な」

「え」

「それが嫌ならわしいかんぞ」

「うぅう、わかりました。るーむしぇあという奴で紹介料もらえるんで良しとしましょう」

「なんじゃと?」

 

 なんかうまいこと乗せられたというか、まあいいじゃろ。パシリゲットじゃし。ワープできるパシリとか便利じゃし。

 なんぞ道化者的な輩に契約書渡して終了。八階部屋を確保。なにやらるんるん気分の人斬りには悪いがあの契約書とか信用できんから、わしは署名なしじゃ。

 

 で、なにオガワハイム? 何これ、だいぶアレなんじゃが、なんというかまあ、アレなんじゃが。

 

「わーい、自分の部屋ですよー」

 

 しかも帰れぬな。つまりはようマスターが目覚めて助けに来てくれんといかんということじゃな。

 これは最悪じゃ。またあの魔術王とかいうけったいな鯖のせいじゃろ。

 わしらだけで解決できればいいのぅ。無理なら、目覚めたマスター次第か。

 

「――よし、人斬り」

「はい? なんです?」

「とりあえず、そこらへんにいるゾンビとか殲滅じゃ」

 

 さあて、マスターが来るまで少しは楽になるように暴れておくとするかのぅ。

 信じておるぞマスター。あの夜、わしと語った天下布武の夢。まさか嘘にはせんよなぁ――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 トナカイは目覚めない。

 だが、目覚めない方が幸せかもしれん。少なくとも、眠っていればこれ以上辛い思いもすることはないだろう。

 何かに巻き込まれていなければだが。

 

「む、トナカイなら何かに巻き込まれている可能性がありうる」

 

 その場合は、なるようにしかならない。大変だろうが、乗り越えられないのならそれまでだ。

 私はトナカイを甘やかす気はない。サンタがトナカイを引くのではない。トナカイがサンタを引くのだ。進路は示してやるが、我々を率いるのはトナカイ自身だ。

 

 それを下から支えてどうなる。どうにもならなかった。その結果がこれだ。

 自分で立ち上がらなければもはやそれまでだ。

 

「それはおまえもだ」

 

 シールダー。マシュ・キリエライト。デミ・サーヴァントだろうとそれは変わらない。

 部屋に閉じこもり出てこない。大方、責任を感じて閉じこもっているというのだろう。声をかける気も尋ねる気もない。

 甘い言葉をかけるなど論外だ。自分で気づかないことにはどうにもならない。それはトナカイにも言える。

 サンタが働くのはクリスマスのみ。私は来年のクリスマスに向けてプレゼントを集めるだけだ。

 

「というわけでだ、ドクター、ターキーを出せ!」

「なんで、僕!?」

「貴様が一番暇そうだからだ」

「いやいや、暇じゃないよ!? 彼の状態をチェックしたり」

「何度もチェックしては溜め息をついていれば状態が変わっていないことなど猿でもわかろう。ゆえに今は必要ない。何かあればあの龍娘がどうにかする」

「いや、それもそうだけど」

「いいから来い!」

 

 ドクター。医療スタッフのメンバーを全員袋に詰めている。こいつら、特にこいつはいつもおちゃらけたうるさい奴だ。

 そいつがまぎまりとかいう奴もやらずにまじめにしている。

 良いこと? 阿呆め、慣れないことを続けてこいつが倒れるとトナカイへのバックアップが終了する。

 

「だから、ターキーだ」

「だからどういうことなの!?」

「休息は誰にでも必要だ。サーヴァントでない貴様らは休めと言っている」

「――……」

 

 なんだその気遣いとかできたんだという目は。

 

「おい、貴様、私をなんだと思っているんだ」

「え、サンタ?」

「そうだ、サンタクロースだ。この程度の気遣いなど朝飯前だ」

 

 各々を部屋に投げ入れる。

 

「さて――」

 

 次だ。サーヴァントどもは各々過ごしているが何人か消えている。

 今消えているのは、クー・フーリンとブーディカ、織田信長、ジキル。

 消えていっている先は日本の特異点。

 

「冬木ではない別の場所か」

 

 トナカイ。起きたら必ず来るが良い。それまでに露払いくらいはしておいてやろう。

 特異点へ。飲み込まれるように征く。マンションの四階。

 

「悪趣味極まりないと思っていたが、私の役割はこれか――」

 

 これより上階で暴れる何者かもいるようだが、数が減っていない。それどころか増える一方だ。それが下にあふれだすのは時間の問題だろう。

 ゾンビ、悪霊、スケルトン。ホラーの目白押しだ。

 

「まあいい。行くぞ。サンタクロースが通る。者ども道を開けよ!」

 

 聖剣を放つ。

 トナカイが来るまでの間、ここでの足止めだ。あふれ出す亡者どもの。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ああ、何かがおかしい。

 だが、何がおかしいのかはわからない。

 いつもいるはずの何かが欠けているかのような。

 そんな気分だった。

 

「人間なんてそんなものですよ」

 

 いつの間にかそこにいた悪魔が何かを言っている。

 悪魔。

 道化のような姿をした悪魔。長髪の男。メフィストフェレス。悪魔であるとして生み出されたものだ。

 

 サーヴァントだ。俺と同じ英霊だ。

 

「なんだそりゃ」

「さあ、知りません! 思わせぶりなこと言いたかっただけですひひひひ。それより部屋はどうです?」

「知るか」

 

 何より、何かが足りないのだ。俺には何か、そうもっと何かがあった。そう例えば()とか。だが、今はいない。

 そういないのだ。どこかへ消えていた。いや。いいや。あるいは、俺の方が消えているのかもしれない。

 まあいい。どちらにせよ、ここから出ることは叶わないのだから――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 一日が過ぎた。先輩は、目を覚まさない。

 先輩。私の頼りになるマスター。

 彼の顔が脳裏に浮かぶ。笑った顔。今思えば先輩は悩んだ顔や困った顔を見たことがない。いつも自信満々なようなそんな、私の理想(・・・・)通りの姿。

 

 先輩が倒れた時のことを覚えている。狂った姿。奇声をあげて暴れまわる彼の姿。けれど。けれど、私にだけはいつも通りに接してくれる姿。

 感じたのは恐怖。底なしの沼を目の前にしたかのようなそんな恐怖。底なしの恐怖。戦いの怖れとは違う別種のそれ。

 

 私は何も言えなかった。何も。何も。

 サンタオルタさんに言われて初めて気が付いた。

 私が先輩を苦しめていたことを。

 

 お願いします。お願いします。

 どんなに祈っても先輩は起きてはくれない。ただ眠ったまま。

 このまま眠ったままならどうしよう。そんな恐怖が脳裏をよぎる。そんなことはないと言い切れるのだろうか。

 私にはわからない。

 

「フォーウ」

「フォウさん……私は」

 

 フォウさんが心配そうに私の肩に。

 わからない。私はいったいどうすればいいのか。

 私が先輩を傷つけた。傷つけ続けていた。何も気づかないで。

 

「私は、サーヴァント失格です」

「フォウ、フォーウ」

 

 否定するようにフォウさんがなく。

 けれど。けれど、私はそれを否定する。私のせい。

 先輩、どうか。目を覚ましてください。

 

 先輩が眠ってから二日が過ぎた。

 時折先輩の魔術回路が励起しているらしいと聞いた。何かが起きている。けれど私には何もわからない。

 私には何も。何も。何も。

 

「私は、どうして――」

「辛いですねぇ。支えになりたいのになれないのは」

「だ、誰ですか!」

「ああ、私しがない、幽霊みたいなものです」

「幽霊? カルデアに?」

 

 そんなことがあるのでしょうか。しかし、現に声は聞こえど姿は見えません。

 

「わたぁしはですねぇ。困っているあなたを見かねて、出てきたんですよー」

「……困っていません。困っているのは、先輩です」

「ほほう、先輩。先輩とはどのような方なのですかな?」

 

 気が付けば私は先輩について声に話していた。これはいけないことだとわかっていても、止められない。

 先輩のいいところ。先輩の、先輩の先輩の。私が知る先輩のことを話して、私は愕然とする。

 私は先輩のことを全然知らないということに。いいところはわかる。じゃあ、悪いところは? 知らない。見たことがない。

 

 何が好き、何が嫌い。そういうことはわかっても、わからないことが多い。いつ、何をしているだとか。趣味で何をしているとか。

 そんな話を私は、まったく聞いていない。

 

「私は、先輩のこと、なにも知らない――」

 

 ああ、それじゃあ当然です。先輩のことを傷つけるのも当然。

 やっぱり私は、

 

「ああ、駄目ですよ。駄目駄目」

「え――」

「だって、ほら、なんてごくじょ――いえいえ。違います違いますヨー」

 

 ? なんでしょう。この幽霊さん先ほど何を言いかけたのでしょう。

 

「あの幽霊さん?」

「いえいえ、マシュさん。いなくなるだなんて、思ってはいけませんよ」

「ですが――」

 

 先輩を傷つけるだけ傷つけて、笑っているようなデミ・サーヴァントなんて先輩の方から願い下げのはずです。

 

「あなたがいなくなれば、もっとその先輩が傷つくのではありませんか?」

「…………じゃあ、私は」

 

 どうすればいいのでしょう。

 先輩を傷つけたくない。そのために私はいない方が良い。けれど、いなくなっても駄目。何も、できません。

 

「大丈夫。一緒に考えましょう。私も一緒に考えますので」

「幽霊さん、ありがとうございます」

 

 私はこの声だけが聞こえる幽霊さんにこの短い間でとても親しくなったように感じる。最初から親しみを感じさせましたけど。

 というかとても馴れ馴れしい方です。でも、

 

「少しだけ、楽になりました――」

「いえいえ、それならば良かった」

 

 ――三日目。

 

 いつの間にか朝になっていることに気が付く。シャワーも浴びるのも億劫になってきました。

 けれど、けれど。幽霊さんとのお話だけは私はよりどころにしていました。まるで、先輩の代わりのように。自覚なく。

 

「今日も来ましたよー。おや、一段とひどいご様子」

「そうでしょうか」

「ええ、そうですとも。まあ、私は気にしませんがね」

「先輩は今日も目覚めません」

「おやおや、大変ですなぁ」

「このまま目覚めなかったら、私は――」

 

 どうすればいいのだろう。思えば先輩に頼ってばかりだ。すぐに指示を仰いでいた。自分から何かを提案したこともない。

 何より、私は――。

 

「確かに、あなたは先輩に頼りすぎですねェ。ですが、人間なんてそんなものです。頼るし、頼られもする。あなただって、頼られていたでしょう」

「ですが……」

 

 先輩は倒れました。そんなに無理をしていたことなんて何一つ話してくれなくて。

 相棒だと思っていたのは、私だけなんでしょうか。私にはそんなことも話す価値なんてない。そんな風に思われていたんでしょうか。

 

 駄目。駄目。

 

 そんなこと先輩が思うはずはないです。

 

「本当ですか?」

「え――」

「だって、あなたの先輩は、あなたに何も話さない。あなたは先輩のことを何も知らない。ここまで旅をしてきて、本当の先輩をあなたは知っているんですか?」

「――――」

 

 知らない。彼の言う通り。私は何も。

 

「ほら、あなたは何も知らない。教えられていない。あなたなんてその程度だという証明ではありませんか?」

「で、ですが、プライベートですし」

 

 違う。そう思う。けれど、けれど。

 信じられない私がいることに愕然とする。先輩はそんなことをしない。何か理由があった。そう思おうとしてうまくいかない自分に私は愕然としてしまう。

 違う。違う。必死に。必死に。

 

 けれど、けれど、彼の言葉が耳に滑り込んでくる。本当に? 本当に? 本当に?

 彼の言葉がするりと耳に入ってくる。心まで。

 やめてと言えばいいのに、言葉は何も出てこない。

 

「本当はわかっているんでしょう、あなたなんてその程度。もっと使える英霊が来ればお払い箱。だから、何も話さない」

「ち――」

「違う? 本当に? じゃあ、なんであなたに話さないんです? おかしいでしょう。ほかの方は気が付いていましたし。なにかあれば話すのが主従というものでしょう?」

「…………」

 

 私は、何も言えなかった。否定したいのに。否定出来ない。

 もしかしたら、本当にだなんて、思ってしまって。そんなわけないと信じているのに。

 

「だから、確かめてみましょうよ」

「え――」

「要は先輩があなたに対して何を思っているかを知れればいいわけです。ここは少し家出して反応を見てみましょう」

「で、ですが、先輩は今――」

「大丈夫大丈夫。目覚めますよ。だから、さぁ、行きましょう――」

 

 ――どうせ、いなくなっても良いとか思っているのならそれくらいしてもいいんじゃありませんか?

 

 私は、私は。

 先輩。先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩

 先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩。

 先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩。

 

 先輩。先輩のことが知りたいです。どうしても。

 

「わかりました」

 

 それに、もし来てくれないのなら、そのまま消えてしまおう。私なんて、その程度の存在なのですから――。

 消えても良い。どうせ、私なんて。

 

「ようこそオガワハイムへ――」

 

 そこについた瞬間、

 

「イヒヒヒヒ、ああ。実に、滑稽ですねぇ! 滑稽かな滑稽かな!」

 

 私は、何かに、飲み込まれ――。

 

 せん、ぱ、い――。

 

 




次回、空の境界編。

なんと次回の相棒は式と清姫! 安定のダビデお留守番、すると思ったか、今回はかっこよく出陣予定だよ! なにせ連れていける奴がこいつらしか残っていないという事実。
サンタオルタは槍オルタの代わりに四階に配置。

で、マシュですが、巌窟王の代わりとして、後輩系ヒロインとして必須事項である空の境界編ラスボスになってもらうことが確定しました。

あ、沖田さんがカルデアに来ていたのはノッブという縁を利用しての何かです。
時々遊びに来てます。コハエースだから深く考えたら負けです。

師匠は自力で来てますが、特異点でもなければ長く現界はできないので即座にキャスニキを修行場へ引き込んでいきました。生存を祈ってください。

さて、では次回をお楽しみに。


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空の境界/the Garden of Order
空の境界/the Garden of Order 序


 ――それはおかしな夢だった。

 

「あら、ここにお客様が来るなんて、どんな間違いかしら」

 

 きれいな女性がそこにいた。長い黒髪に着物を着た美人さん。

 きらめく瞳にオレの視線は吸い込まれる。

 

「夢を見ているのなら、元の場所におかえりなさい。ここは境界のない場所。名前をもつアナタがいてはいけない世界よ?」

 

 そういわれても気が付いたらここにいたのだ。

 マシュがいなくなった。それを探して、ひとまず夜になって寝るという段階になって。夢を見た。

 

「求めて来た訳ではないの? なら――ふふ、ごめんなさい。縁を結んでしまったのはこちらの方みたい。今のうちに謝っておくわ。私は眠っているから外のことはわからないけれど、何が起きたのかは予想できる。あなたの大切な子に何が起きたのかも。それについて話すのもいいけれど、残念。夜が明けてしまいそう」

 

 世界が白んでいく。全てを包み込むように。

 待ってくれ。まだ聞きたいことがある。そう言っても、声は届かない。声にはならない。

 

「もしまた会えることになったら、その時は、どうか私の名前を口にしてね?」

 

 そして、夢は終わり、現実へと回帰する。

 

「深夜零時だけど、起こして済まない。異常事態、というかもう言ってしまうと特異点が見つかった」

 

 特異点。

 すぐに準備を整える。黒いスーツを着て、彼にもらった帽子とインバネスを羽織る。

 

「行こう」

 

 部屋を出ると

 

「こんばんは、マスター」

 

 清姫と会う。

 

「うん、こんばんわ清姫。行こう」

 

 マシュはいない。マシュは消えてしまった。おそらくは、この異常事態と何か関係がある。カルデアのサーヴァントたちが消えている。

 管制室にいると全員そろっていた。といってもほとんどのサーヴァントたちはいない。いるのは清姫とダビデの二人。

 

「やあ、マスター。大丈夫かい?」

「正直マシュがいないから不安だよ」

 

 マシュ。今まで一緒に戦ってきたオレの相棒。

 彼女がいない。もしかしたら何か大変な目に合っているのかもしれない。まだ謝れてもいないし、伝えたいことも伝えられていない。

 もし、マシュに何かあったら。それを想像するだけで胸が張り裂けそうになる。

 

「安心してと言えないのがまた悲しいよね。僕と清姫ってどちらかと言えば後方支援型だし」

 

 ダビデ、君は杖で殴ってなかったっけ。まあいいか。

 

「申し訳ありませんマスター、わたくしたちが不甲斐ないばかりに」

「こればかりは仕方ないよ。ドクター、状況は?」

「ああ、うん。これを見てくれ」

 

 モニターに映し出されているのは日本だった。

 日本。特異点冬木か。

 

「違うよ、もっとこっち」

 

 となりに妙な揺らぎがある。

 

「シバの角度を変えたら。生命反応があった上に、マシュの反応だ」

「マシュが、そこにいるのか」

「そうかもしれない。ただ、生命反応は少ないのに、動体反応が多い」

「ふーん、つまり生命体じゃない動く何かがいっぱいいるってことか。大変そうだ」

 

 しかも、何があるのかわからない。その特異点の歴史も読み取れない。レイシフトしてみなければ何もわからない状況だということ。

 それでも。

 

「それでも、オレは行きますよドクター」

「本当は行かせたくないんだけどね」

「大丈夫。もう無理はしませんよ」

 

 自分らしく。愚痴も、文句もありったけ言いながら、震えて足を止めても最後まで歩く。

 諦めないで右手を伸ばすってエドモンに約束した。歩くための勇気をもらった。

 

「それにマシュがいるんなら、迎えに行かないと」

 

 伝えたい言葉がある。

 

「だから、オレに力を貸してほしい」

「マスターの為なら、頑張るのは当然のことですわ」

「任せといてよ、どのみち行かないわけにはいかないからね」

「わかった」

「それにしても謎ですね、生命体じゃない動くものとはなんなのでしょう」

「よーし、じゃあ、それは私から説明しよう!」

 

 ようやく出番キターと言わんばかりにダヴィンチちゃんがここぞとばかりに登場する。

 

「ふっふっふ、それはだね、ゾンビがたくさんいるってことなのさ! 生きてないから生命反応にならないけど、動いているから動体反応はでるってわけ」

 

 バイオハザードでも起きたとでもいうのか。

 でも、正直、今更ゾンビ程度じゃ動じなくなってきた自分がいる。さんざん怖いもの見てきたし、今更動く死体じゃビビらない。怖いけど。

 

「動く死体が向かってくるとか、もうそれだけでオレ清姫の後ろに隠れる自信がある。だって怖いし」

 

 何より汚いし感染しそうだし。

 

「まあ、マスター! 是非! ぜひ! あ、肩とか掴んでくださっても大丈夫ですよ!」

「うん、そうさせてもらうね」

 

 情けないけれど、僕は弱いから守ってもらわないと死ぬ。

 逃げ回りながら指示を出して突破。これが基本戦術かな。

 

「変わったね」

「そうかなドクター?」

「ああ、いい方に。でも、今度はちゃんと僕にも言ってくれよ」

「わかってますよ」

「で、良いかい? まあ重要なのはゾンビじゃなくて、この特異点なのさ」

 

 特異点が重要?

 

「七つの特異点が人類史という巻物にできた染みなら、これは穴なんだよ」

 

 サーヴァントを引き寄せて閉じ込める穴。オレが契約して、カルデアから魔力供給を受けることによって、存在の基点となる霊基カードを作りだしている。

 実は最近眺めてニヤニヤしている。かっこよかったり、可愛い子や美人が多いから、色々とお世話になったりすることもある。

 最近は充実していると感じる。ああ、もっと早く素直になっておけばよかった。本当に。

 

 そんなサーヴァントたちがいなくなった。揺らぎに自発的に向かってそして戻ってこない。おそらく、マシュも、ほかのサーヴァントたちもきっとここにいる。

 なら、行くしかない。

 

「ドクター、レイシフトを」

「ああ、くれぐれも気を付けてくれ。こちらからはバックアップもできない。本当にすまない」

「大丈夫だよ。ドクター。マスターだけは僕らが何としても生かす」

「よし。じゃあ、レイシフトスタートだ」

 

 レイシフトする。抜けたその先は――。

 

「ここは、現代日本……」

 

 懐かしい雰囲気だった。

 

「なんだい、こりゃ、すごいね」

「高い塔ばかりです。首がつかれてしまいそう」

 

 ダビデと清姫が驚いたようにマンションや高層ビルを見上げている。

 

「あ、テステス。どうつながった? 問題ない?」

「問題ないですよドクター。現代日本だったよ」

「あ、やっぱり? なんとなくそんな気はしてたんだよね。しかし、そこまでまともな都市部だなんて。逆に怪しすぎるよ」

 

 特異点もどきというのなら確かに普通というのは怪しい。

 

「でも、そうだな」

 

 辺りを見渡す。

 

「やっぱり目の前のアレだよな」

「アレだね。円形の建物か。あそこにしか反応がない。通常の生命体は君たちのみ。高次の生命体反応は同じく円形の建物に集中している。ほかには何もない」

「つまり、あそこに以外には何もいないのか」

「そうみたいだ。あの建物が何かわかるかい?」

「アレは――」

 

 記憶を探る。どうにも見た覚えがあるのだ。

 

「アレ、思い出したマンションだ。小川マンション」

「まんしょん?」

「なんだいそれ?」

「なんというか、いっぱい人が住める建物かな、集合住宅というかなんというかで、昔倒壊する事故があったとかで有名だったんだ。珍しい建物だしね――ん?」

 

 ふいに何か音が聞こえたような気がした。

 同時に、

 

「大変だ、あのマンションの入り口でサーヴァントの反応だ。ええと、これはゴーストと戦ってるみたいだ!」

「ダビデ!」

「わかった、先に行くよ。清姫、マスターを頼む」

「わかりましたわ」

 

 ダビデを先行させる。だが、到着する前に、

 

「な、なんだぁ!?」

 

 ドクターが素っ頓狂な声を上げた。

 

「なに、どうしたの?」

「え、いや、消えた、消失? あ、えっと、消しゴムでかき消すみたいに、残留思念が消えたんだ。え、なにこれ、どんな異能?!」

「見えたよ、女性がいる」

 

 ダビデの念話が届く。すぐに女性の姿は見える。

 着物に革ジャンという奇抜な恰好をした女性。手にはナイフを持っている。

 できすぎた容姿だった。

 

 髪は黒絹のように綺麗で、適当に切りそろえたのだろうかそれがちょうど耳を隠すぐらいのショートカットになっていて、これまたヘンに似合っている。

 美形で、綺麗というより凜々しい、という相貌で目付きは鋭いのに静謐なその瞳と、細い眉。まるで何か見えない別のものでも見据えているかのような――。

 

 ただ、手にしたナイフが物騒な雰囲気を醸し出している。

 ぜひともお近づきになりたいような美形なのにそれが全てを台無しにいや、完成させていると言ってもいい。似合っているのだ。

 まるでそうあることが当然のような――。

 

「……はあ、やっすい夢。いつもの悪夢にしては質が悪いな、これ。シャレコウベの地縛霊とか時代を考えろ。今時は売りの一つもやっていけないぞ」

 

 何やら文句を言っているようである。とりあえず話をしよう。

 そう思い声をかける。

 

「あ、あの――」

「なんだ、おまえ。時代錯誤もここに極まれりだな。インバネスって何時代だよ。ああ、そうか。シャレコウベの地縛霊とか意味わからんのはそういうことか。まあ、そりゃこんなのも出てくるわな」

「あ、いや、だから会話を」

「要らない。おまえたちと話す気はない。だって、長そうだし。悪人にしろ善人にしろ、頭にナイフ(こいつ)を打ち込めばこんな現実(ばしょ)とはおさらばだ。厄介ごとに首突っ込んだのはその頭だろ? きれいさっぱり元いた場所に帰してやるよ」

 

 少女が臨戦態勢をとる。

 

「マスター、下がって!」

 

 同時にオレは下がる。というか逃げる。だって、ナイフ持った美人とか怖すぎる。それに、直感する。さんざんな目にあいながらなんとか鍛え上げてきた直感が告げている。

 あの人はヤバイ。なにがやばいのかわからないけれど、とにかくヤバイ。

 

「な――」

 

 ダビデの驚きの声。

 それも当然だった。何の変哲もないナイフが、サーヴァントの武装を切断したのだ。

 

「ドクター!」

「嘘だろ!? 魔眼だ! そんなレベルの魔眼がまだ現代に残っていただなんて!」

 

 魔眼。魔を帯びた瞳。神秘を視る眼。魔術世界においては、総じて魔眼と呼ばれる。魔術式、詠唱。それらを必要としない視るだけで神秘を映すもの。

 彼女のはその特例。

 

「石化を上回る、停止の最上級――」

 

 ――名を直死。

 

 死すらも捉え干渉する虹の瞳。

 

「いやぁ! すごいぞ、あんなのは神霊クラスだ! 相手を視るだけで殺すなんて、破格にもほどがある!」

「……なんだそいつ。胡散臭い。小物くさい。オレは英霊じゃないし、相手を視ただけで殺すなんて、できるわけないだろ」

 

 彼女にできることはただ一つ。死を視ること。

 万物には総じて綻びがある。

 つまるところそれはモノの結末だ。

 いつか死ぬと決まっている要因。

 

 彼女はそう、その死の結果をなぞっているだけだ。つまりそれは――。

 

「物の寿命を切っているのか」

「へぇ。話が早いな、オマエ。どこぞの蘊蓄屋(オタク)か? 気持ち悪い、すごく気持ち悪い」

 

 そう言いながら、彼女はどこか嬉しそうだった。いや、凄く嬉しそうだった。

 

「まあいいや。どうやらおまえたちは敵じゃないらしい。特にそこの時代錯誤な格好している奴。妙にビビってるくせして、諦めないって頑固な奴の面構えだ。おかしな妄想に取りつかれてるにしちゃ、まともだな。斬りかかって悪かったな。じゃ、そういうことで」

「あ、ちょ、ちょっと!? 何処に行くんですか」

「? このマンションを解体しに行くんだけど、放っておけないだろ、これ。サーヴァントどもが堂々と住み着いているおかげで、怨霊やらゾンビやらのオンパレードだ。近隣住民にも迷惑だろ」

「サーヴァント……」

 

 彼女曰く、サーヴァントもまた幽霊の類であるからして、そんなものが実体化していれば、ほかの連中も調子に乗るというものらしい。

 

「そうなの?」

「さぁ、わたくしにはなんとも」

「僕にもさっぱり」

「ドクター?」

「んー、どうだろうね。現代に現れたサーヴァントというのがどういう風になるのかは、僕らにもわかっていないことが多いから」

 

 つまり見えているものだけを信じろということだろう。うん、慣れている。見えているものを視えているままに。

 とりあえずわかっていること。このマンションは悪霊やらゾンビやらの巣窟だということ。

 

 ダビデと清姫だけでいけるかどうかはわからない。少なくとも複数のサーヴァントがここにはいる。

 正直こんな場所早々におさらばしたい気になってきた。

 

「でも、マシュがいる」

 

 だったらいかない選択肢はない。

 だから、この女性に協力を――。

 

「って、ちょっと待って!?」

 

 なんで、この人いきなり一人で行こうとしてるの!?

 

「なんだ。群れる気はないぞ。今は、なぜかサーヴァントにされているが、マスターであるおまえに従ってみろ。それこそホントにサーヴァントみたいじゃないか」

「でも一人じゃ」

「その時はその時。消えるならそれで清々するしな」

 

 さっぱりしているというかなんというか。

 さて、どうしたものか――。

 

「フォウフォーウ」

「フォウさん!? いったいどこから!?」

 

 インバネスの裏に張り付いていた? まったく気が付かなかった。

 と彼女の視線がフォウさんに向いている。

 

「…………なにその毛玉。ふざけてるの?」

「ごめん、神出鬼没のアニマルというか……」

「…………両儀式」

「へ?」

「だから、オレの名前。おまえたちの名前は?」

 

 言われるままに名乗る。清姫とダビデも紹介する。

 

「なんだ、どこかで見たことあると思ったら、おまえあの全裸の石像か」

「ちょっ!? 違うからね、全然全裸じゃないからね!?」

「……手伝って、くれるのか?」

「おまえがマスターなら、ここにいる連中と関わりがあるんだろ。なら、おまえの後始末だ。きっかり働いて行け。少しは手伝ってやる」

 

 なんだかわからないけど手伝ってくれるらしい。

 これで前衛能力の高い協力者ができたし、どうにかなるだろう。遠距離の清姫に、中距離から近距離のダビデ。近接の式さん。

 これなら何とか行けると思う。それになにより彼女は頼りになる。

 

「――行こう」

 

 オレは必ず、君を取り戻す――。

 




空の境界編開幕――。

弁慶とかそういった本編で仲間になっていない方々は残念ながら出番はなしの方向で。
そこまでキャラを多くするとアレなので。

ともかくさあ、オガワマンション編開幕。さあ、行くぞ――。


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空の境界/the Garden of Order 破

 マンションに入る。隣り合わせに建てられた半月型の十階建てマンションが二つ、一階ロビーだけが繋がった構造。

 地図を見たところ非常に不便な建物だということがわかった。

 

「良いマンションとはいいたくないな」

 

 それに寒い。インバネスのおかげでそうでもないが、空気が冷えている。冷え切っている。まるで終わっているかのようにだ。

 冷蔵庫のような気温。いや、事実終わっているのだろう。徘徊しているゾンビがそれを証明している。ここで行われていた凄惨な何かを感じさせる。

 

「さて、それじゃあ、まずは掃除といくか」

「ああ、頼んでいいかな清姫」

「おまかせくださいマスター。わたくし掃除は大の得意ですので」

 

 清姫の宝具によって焼き払う。古今東西、ゾンビと言えば炎に弱いと相場が決まっている。それに寒いのもこれでちょうどよいくらいになるだろう。

 ただ、しばらく肉は食えそうにないかもしれない。

 

「ふーん。あいつ龍になんのか。相変わらずサーヴァントなんて連中はめちゃくちゃだな」

「オレからしたら式の方がめちゃくちゃだと思うんだけど」

 

 ゾンビの大群に突っ込んでいったかと思ったらナイフ一本で全部解体(バラ)してしまったのだから。直死の魔眼。でたらめにもほどがある。

 相変わらず、人のものは羨ましいものだった。そういう力があれば、オレももっとと思わずにはいられない。

 

 ――でも、オレはオレらしくだよな。

 

 インバネスと帽子。彼からもらったもの。オレらしく生きることを彼に誓った。

 

「どうでしたかマスター!」

「うん、ありがとう清姫。これで一階の廊下にいたのは倒せたかな?」

「そうじゃないか。まあ、何が出てきても生きているなら、オレが殺してやるよ」

「それはいいけどさ、ここはいったい何なんだい?」

「なんだ、全裸。気になるのか」

「だから、全裸じゃないってば! ここ、明らかに普通じゃない。それは特異点だからとかじゃなくて、ここ自体が明らかにおかしいんだ」

 

 ここに長くいれば精神に変調を来す。ここはそんな風に作られている。明らかに、人為的に、作為的に。

 ここはある目的のために人を狂わせるように作られているかのようだとダビデは言った。

 

「へぇ、さっすが古代の王様ってのは察しがいいな。そうだよ。ここはとある魔術師が作り上げた死を集めた建物だ」

「死を?」

「ああ、そうだ。寿命、病死、事故死、暴力死。そういった、死に方を集めて飾った展覧会。廊下を徘徊しているゾンビは、以前からこの建物の住人だ。アイツらは一日、生きて、一日で死ぬようにできている。もう何年も前に死んでるのにな」

 

 人間には持って生まれた運命なんてものがある。どれほど運命に逆らって生きても、変えられないものがある。

 それは死因。人生の終着点。生の終局。

 いかに超人であろうとも逃れ得ぬ終わり。英雄ですら、永遠を生きることはほとんどない。

 

 変わらぬもの。死因。終わりの仕方。

 結末だけは変えることができない。

 

 事故死の運命を持っていれば、どんなにハッピーエンドだろうが、バットエンドだろうが全て事故死に帰結する。

 このマンションはそんなことを証明しようとした男が作り上げたものだった。

 

「でも、それじゃあ…………」

「非人道的とでも言いたいか? ふーん。オマエたちも魔術師の仲間なのにそういうところに戸惑うんだ」

「彼はマスターであっても正式な魔術師というわけじゃないからね。でも、その建物はよくわからないな。どうして、そんな実験をしているんだ。死を集めて何が目的なんだ」

「そのあたりの事情は本人にでも聞いてくれ。もっとも、もうこの世にはいないけど」

 

 廊下を歩きながら式は語ってくれた。このマンションの来歴を。

 こんなマンションにサーヴァントたちを残しておくなんてことはやっぱりできない。何よりマシュだ。

 マシュ。僕の後輩。必ず迎えに行く。

 

「おーい、ここ誰かいるみたいだよー」

 

 部屋を調べていたダビデが二号室を指す。中に何かがいるらしい。

 

「うん、ダビデのいう通り、中にサーヴァントの反応だ」

「誰かわかるドクター?」

「いや、さすがにそこまではわからないな。ただ、覚悟していた方が良いかも知れない」

「覚悟?」

「ああ、敵として相対するね」

「……」

「ああ、そりゃ胡散臭い奴に同感だな。なにせ、このマンションにいたらおかしくなっちまうからな」

 

 仲間と戦う覚悟。

 

「マスター……」

「うん、わかってる。でも、決まったわけじゃない」

 

 もしかしたら話が通じるかもしれない。

 

「楽観的だな。ま、嫌いじゃないぜ。そう思うのは、大事だからな。オレは嫌いだけど」

「……良し、行こう」

 

 一○二号室へと入る。

 

「ようこそ見知らぬマスター! そして、まあ、その他のみなさんを怨念渦巻くアパルトメントに転居したるはもちろんこの(わたくし)。悪魔メフィストフェレスでございますとも!」

 

 そこにいたのは道化のようなサーヴァント。悪魔メフィストフェレス。キャスターのサーヴァント。

 

「なんだ、このハサミ男」

「さあ、なにものかというものは先ほどすでに申しましたが、そうですねもう一言付け加える必要があると申しますなら仕方ございません! 実は、今回の犯人は(わたくし)なのです!」

「――は?」

 

 このサーヴァントはいったい何を言った? 犯人? つまりはこの事態を引き起こした張本人。

 

 ――え、え?

 

 あまりのぶっちゃけに理解が追いつかなかった。

 ただ。ただ、今回の犯人ということは――。

 

「おまえが、オレのサーヴァントたちをここに引き込んだのか」

「Exactly!! 全て、(わたくし)の仕事にございます。ヤッフー! うーまくいったァーー!」

 

 そうか。そうか。

 

「おまえが、マシュを連れ去ったのか」

「はて? マシュ? ああ、あのマシュマロサーヴァントのことですねェ。いえいえ、連れ去っただなんてそんな乱暴な。(わたくし)これでも知性派とか常識人を自称してましてね。そんな同意もなく相手に乱暴なことなんてするわけないじゃないですか。(わたくし)、あくまで悪魔ですから! 常に相手に説明してから懇切丁寧にお願いしましたとも。ああ、でも、彼女は実に、実に良い相手でしたよ。絶望している相手をあげてさらに落とすというのは、実に良いものでした!」

「そうか――」

 

 そうか――。

 

「清姫! ダビデ! こいつを、殺せ!!!」

 

 おまえだけは、許さない――。

 寛容? 知るかそんなもん。マシュに手を出した。理由はそれで十分だ。

 やったあとのことはその時考える。後悔はやってからだ。とにかく今は、

 

「おまえをぶん殴らないと気が済まない! 頼む、二人とも!」

「はい、マスター」

「了解だよマスター」

「ええ、ここは崖の上に移動して真相を――」

「諦めろ。おまえは地雷を踏んじまったんだよ。誰にでもある、それだけはっていうな――」

 

 式の言葉を最後に、焔が渦巻き、五つの石が飛来する。

 焔は焼き焦がし、五つ目の石が悪魔の脳天を直撃する。

 

「式さん!」

「はいはい、任せな――」

 

 そして、彼女のナイフが、霊核を破壊する。

 

「ああ、もう最悪です。人の話を……聞かないとはまさに悪手、敗着、駄目の極み」

「そうだろうな。真相を知る犯人を殺すとかって、もう今から後悔しそうだけど。少しはすっきりした」

「そうですか。じゃあ、みなさんせいぜい頭をひねってくださいねー!」

 

 彼は消える。唯一の手がかりが消えたということになる。

 だが、そんなことは関係ない。どうせ調べるなら全部調べる。じゃないと気持ちが悪い。なら話を聞いたところで変わりはない。

 

「よし、次の部屋に行こう」

「へえ。おまえ、切り替えが早いんだな。うん。そういうところ。いいんじゃない?」

「とはいってもやっぱり惜しい気がするね」

 

 ドクターがそういう。

 

「いやはや、本当どうですねぇ! 実に残念です! (わたくし)も皆さんのお力になりたくてハサミをシャキシャキさせていたのですが、今回も活躍の場はナッシング! まさに空振りに終わった模様!」

「って、はあ!?」

「ハ、ハサミ男!?」

 

 なんで、消えた奴がここにいるんだ!

 いや、なんで部屋から出てくるんだよ!?

 

「もう一人いたのか……! いいぜ、何度でも相手をしてや」

「おおっと、それには及びません。いまみなさんが処理したのは悪い悪魔(メフィスト)

「わ、悪いメフィスト?」

「イエス! そう今ここにいるのは善いメフィストなのです! ほら、この状況を嘆く私と、愉しむ(わたくし)がいましてね。良心の呵責とか面倒くさいんで、分けたんです」

 

 それで分身した。

 サーヴァントってこんなテキトーでよかったっけ?

 

「まあ、細かいことはいいじゃぁ、ありませんか。これからはマスターの忠実な()、ブフッ、忠実とか。まあ、そんな感じのサーヴァントなので」

「…………」

 

 あからさまに胡散臭い。そもそも悪魔って時点で信用したら駄目だろ。

 

「真相を二行以内に語れ」

「良い判断だ、やっぱり筋がいいな、おまえ。ビビリだけど」

「なんと二行以内とか、そんなの無理! ですがやりますよぉ!

 グランドなんとかさんの作った種を芽吹かせる苗床をかっさらってサーヴァントさらってきたのです!」

 

 二行のような気がする。

 

「ダウト」

「ああ、なんて無慈悲! いや、だって真相を語れっていったじゃないですかァ。(わたくし)、嘘は申してませんとも。グランドなんとかさんの手によって集められた死の苗床に相応しい深い絶望を探して幽霊のふりしてカルデア行ってほいほいっと。イヤァ、なにせ、大変でしたよォ。未来の可能性のいくらかを使ってどうにかこうにか。いやはや、そりゃ分身もしますとも!」

「長い、二行で!」

(わたくし)、別口でグランドなんとかさんにに召喚されて

 楽しく小間使いしてました!」

 

 これはもういろいろとダウトだろ。

 

「ですが、聞いてください! それもこれも全ては悪心のせい! (わたくし)は善い、ぶふっ メフィスト! マスターには絶対服従ですとも!」

「…………」

 

 笑っているし、悪魔ってだけで大分嫌なんだが、

 

「フォウフォーウ」

 

 フォウさんが先を促している。

 

「仕方ない。連れていくか」

「大丈夫なのかい」

「何かあればわたくしがマスターをお守りします」

「うん、頼りにしてるよ。でも、あまり無茶はしないでね」

「はい!」

 

 もう目の前で仲間が傷つくのは見たくない。

 

「じゃあ、ついてきてもらうよ。どのみち人手は足りないんだしね」

「おお、使えるものは使う、その精神、嫌いじゃありませんとも! ご安心を、マスターのことは裏切りませんとも」

「わかった、その言葉を信用しておくよ」

「では、先を急ぎましょう!」

「おまえが仕切るのかよ」

 

 部屋を出て突き進むは一○四号室。

 その奥に彼はいた。

 

「ジキル博士」

「やあ、マスター。ようこそ怨念の庭へ。歓迎するよ。僕は四号室のジキル。この廊下の管理人でもあるんだ。君たちはまだ変質していないから、まだ上の階は早いよ。ここでゆっくりしていくと良い」

「あなた、本当にジキル博士?」

 

 何かがおかしい。何かが違う。

 いや、もっとはっきりと。

 何かが。決定的な何かが、足りない。

 彼を彼足らしめているはずの何かが足りないのだ。

 

 だって、そうだろう。彼は、オレなのだから。

 いや。いいや、()だったのだから。いや、もしかしたら今の彼はオレでもあるのかもしれない。

 そんな漠然とした予感。

 

 だから、

 

「――――」

 

 思わず後ろに下がった。半歩。だが、その半歩が命を救い彼女の為の場所を開けた。

 

 振るわれたナイフを彼女のナイフがはじき返す。

 

「おいおい! 完ッッ璧な奇襲でしたよねぇ!? なんで、ただの人間のはずのマスターには避けられてご同輩の殺人鬼女には防がれてるんだっつーの!」

「ハイド――」

 

 やはり。彼だった。ジキル博士の中にいるもう一人の彼。ハイド。

 殺人鬼。ジキルに潜む悪の心そのものが具現化した存在。

 

「そりゃ、気が付くよ」

「アン?」

「おまえは、オレだったからね」

 

 (ジキル)の理想を演じて、本当の自分を隠していた。エドモン・ダンテスに言われて気が付く前のオレだ。

 だから気が付けた。同類の匂い。決定的な違和感。

 

「なんだ、意外とおまえもアレだなマスター。――まあ、そういうわけだ。一人で二役演じているだけのおまえじゃ、失望もするってもんだろ」

「あー、最悪だ。最初からバレてんのかよ。穴があったら入りたい気分だ。しかも、その殺人鬼女ならまだしも、マスターにだと? いや、もう最悪だ」

「ジキル博士はどうした」

 

 (ハイド)がいるのなら(ジキル)がいなければおかしいだろう。

 彼らは二人で一人なのだ。

 ジキルがいるからハイドがいる。

 逆はありえない。

 ハイドはジキル博士から生まれた存在なのだから。

 

「知るか。俺がここに来た時にはいなかった。だから、こうしてたっつーのに」

「いやいや、それはありえませんねぇー、だって(わたくし)、ああ、(わたくし)と言っても悪いメフィストですけど!」

「いいから速くしゃべれ」

「イエッサー! ええ、このマンションにいると変質するわけじゃないですかぁ。そんなわけで、ジキル博士は即座に心身ともに腐れ堕ちて、ご臨終なされていたのです!」

 

 つまるところ最初からいなかったわけではなく、ここにきて死んでしまったということ。

 それ以降、ずっと彼を演じ続けていたのだ。さながら物語の結末が如く。

 

「ああ、しゃらくせぇ! 死んどけや!!」

「だから、おまえじゃ話にならない。今度は、ジキル博士を連れてくるんだな――」

 

 ハイドが襲い掛かるが――

 

「チッ、そうするよ、なにせ、そうでないと意味がない――」

 

 式には通じない。一瞬のうちに腕が飛び、両足が斬れて、霊核が貫かれる。ハイドは消えた。

 

「カルデアに戻ったのか……?」

「うん、しばらくすれば戻ってくるはずだよ。ジキル博士も一緒にね」

「それなら良かったよ」

 

 彼にはこれからも頼りにさせてもらうのだから。

 

「鍵も見つけた。あいつ本当に汚部屋だったぞ、くそ」

「これで上に行けるね。行こう」

 

 ここから先に待ち受けるものを何も知らず、オレは進む。

 これから先にあるのは、いつか彼女が言っていた、サーヴァントたちの別の面。

 

 オレは、まだ彼女たちの本当の姿を知らなかった――。

 




今回は、序、破、急、終でまとめようと思います。

次回から、地獄が開始だ―。
変質したサーヴァント大集合の巻き。

エリちゃんを筆頭に、ブーディカ姐さんが続く! 
さてさて、みなさん楽しくなってきたよ。

イベントですが、酒呑、悠木さんなのでほしい。ちょっと本気出すか様子見中。
さて、茨木は配布ないのかねぇ。最後の方にしれっと追加ありそう。アイリとかのように。
たぶん、彼女はあやねるだと思う。まあ、確定するまではわからないけど、私の予想ではあやねるかな。


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空の境界/the Garden of Order 急

 暗い。ここはなんと暗いのだ。

 それは、記憶だった。誰かの。いいや、彼女の。

 幼い少女。可愛いエリザベート。高貴な君。

 

 頭痛がする。頭痛がする。頭痛がする。

 何も考えられないほどの激しい痛み。

 痛い。痛い、痛い。

 

 あまりの痛さに暴れて女中の肩を食いちぎった。悲鳴を聴いた。痛みが消えた。

 それが、全てのはじまりだった。

 

 発作の度に女中を虐待する。何よりも悲鳴を聞けば痛みが消えた。

 発作の度に悲鳴が響く。

 誰も彼女に教えなかった。それが、いけないことであると。

 眉をひそめはするが、高貴な貴族のやることに誰も異を唱えない。

 

 それは彼女の夫もだった。

 夫。拷問を好んだ黒騎士。ナーダシュディ・フェレンツ。

 彼は教えた。彼女に。より良い方法を。拷問を。彼は彼女に教えたのだ。

 

 より残虐に。より残酷に。より凄惨に。

 彼女の所業は加速する。

 留守がちな夫。戦の多い時代。彼女は取り残された。

 不満は募り、彼女はより深く、深く、傾倒していく。

 そして、夫の死より、彼女は加速度的に堕ちていく。

 

 爪を剥いだ。

 蜜を塗り蟻に食わせた。

 真っ赤に焼けた鋼で性器を焼いた。

 喉を焼いた。

 乳房を潰した。

 口に両手を入れて左右に広げて裂いた。

 逃げ出そうとした娘の足首を切断した。

 血しぼり、自らの美貌の為に浴びた。 

 

 死体の数が600を越えた頃。貴族の娘の一人が逃げて、彼女のやったこと全てが明るみに出た。

 そして、彼女は死ぬまでチェイテ城に幽閉されることが決定された。

 彼女は、扉は疎か窓までも漆喰で塗り固められた小部屋に閉じ込められた。

 トイレもなく、光りもなく、虐める娘もいない世界。

 

 なぜ? どうして? 私、何も悪いコトはしていないのに。

 彼女は窓すらもない密室の中で訴え続けた。歌い続けた。

 けれど。けれど、彼女の声に答える声はない。彼女の歌を聞くものはいない。何も何も。

 そして、光すら失った。

 

 暗い、痛い。暗い暗い。痛い痛い。

 そんな暗がりの暗闇で、彼女は――。

 

「マスター、マスター!」

「…………清姫」

 

 心配そうにオレを見上げる彼女の姿がある。どうやらぼうっとしていたらしい。

 

「大丈夫ですか? お疲れでしたら少し休憩致しますか?」

「ああ、ごめん、少しぼうっとしてた」

「無理もないな。ここはいるだけで精神に変調を来す」

 

 ここはそういう場所だから。

 

「だから、気を張ってろ。じゃないとおまえもおかしくなるぞ」

「……わかってる」

 

 耐えることには慣れている。ずっと耐えてきた。だから、これぐらいは大丈夫。

 そう、大丈夫。大丈夫――。

 

「――マスター」

「ん? なに?」

 

 清姫がオレの手を取る。

 

「わたくしがいます。自分に嘘はつかず、どうかきついならおっしゃってくださいね」

「――嘘吐いてた?」

「はい、わたくしが燃やそうと思うくらいには」

「それは怖い。燃やさなくていいの?」

「はい、マスターのおかげでそういうのも受け入れていこうって思いましたので」

 

 ――何より良妻ですから。一度言われたことはすぐにでもやってみせます。

 

 彼女はそう言い切った。

 

「ありがとう。じゃあ、しばらく手を貸して」

「はい、喜んで」

 

 彼女の手。小さな手。女の子の手。

 誰かの存在を感じるというのはやっぱり心が安らぐ。

 

「ま、まま、マスターの、のの、手、手を――」

 

 なんか清姫が真っ赤だけど、もう少しだけ我慢してもらおう。今は、今だけは。

 

「さて、マスター、いちゃついているのが羨ましくて殴りたくなってくるんだけど、この部屋に誰かいるみたいだよ」

「そういうなよ全裸。一般人にはこんなとこ誰かと一緒じゃないとこれないだろ。女に頼ってるのとか情けなさすぎだけど、勘弁してやれ」

「だから全裸じゃないって!?」

「よし、入ろう」

 

 ここにいるサーヴァントを助けるために。

 扉を開く。そこは暗い部屋だった。

 

 暗い。

 ここはなんといくらいのだ。

 マンションの一室だというのに、暗い。

 

 電気がついているはずなのに、暗闇だった。暗がりだった。

 そして何よりも腐臭がしている。現実として感じる臭いではなく。致命的に精神が腐り落ちてしまった。そんな精神がたてる臭いだ。

 

 ここにいるのは狂ったもの。生前の悪行から、人々に噂され、恐れられた者。

 わかっていた。彼女の未来をオレは知っているから。

 わかっていた。彼女の過去をオレは知っているから。

 

「エリちゃん」

 

 彼女。歌を歌ってくれた優しい諦めない彼女。

 けれど。けれど、今の彼女はそうではない。

 正真正銘の想われた怪物。

 

「あら、マスター。なに、今更引っ越し祝いでも持って来たわけ?」

 

 ――無辜の怪物。

 

「それにしてもマスター、アナタって美味しそうね。とても気が向いてきちゃった。今日はナンのパーティーだったかしら! なんでもいいわよね、ごちそうだもの! エビみたいに生きたまま手足をもいでいいのよね? ブタみたいに、内臓(ナカ)から焼いていいのよね?」

「ああ、まったくなんて」

 

 清姫が視ていられないとばかりに呟く。

 同感だった。オレは目を背ける。見たくないと。

 知っていた。わかっていた。ただそれだけだった。

 

「目を背けてはいけません! あれこそ関係ないと切り捨てた本質。受け止めるのがマスターでしょう!」

 

 メフィストがいう。

 

 ――ああ、わかっている。

 ――わかっているんだメフィスト。

 

「死んでよ、マスター」

 

 けれど、けれど。

 悲しいんだよ。いつも元気で前向きな彼女。オレに歌を聞かせてくれた彼女。

 そんな彼女だからこそ、この結末を知らないふりをしてきた。見て見ぬふりをしてきた。きっと大丈夫なんだって。

 

「マスター! 来るよ!」

 

 彼女はオレたちを殺す。殺しに来る。

 オレは、動けない。だって、彼女は、頑張ってオレの為に歌を練習してくれたのだ。

 彼女の歌を覚えている。目覚めて、聞かせてもらった歌。

 初めは身構えていたけれど、とてもきれいな、彼女らしい歌だった。

 

「エリちゃん」

 

 そんな君が、過去なんかに負けるなんて、オレは信じたくなかった。

 

 ――心が痛い。

 

 彼女を殺せなんて、オレには――。

 

「いえいえ、だって仕方ないですもの。マスター。ここはそういう場所なのですから。恨みや悔やみ、恐怖。ああ、そういうものを抱いた英霊ほど変質しやすく、暴れやすいのですよ! だから、暴れさせてやりなさいな」

「は?」

「いわば、ガス抜きですよ。溜め込めば誰でも月まで吹っ飛ぶでしょう? ああ、それはそれで見てみたい気もしますがね。読者とか。あー、それはいいとして、止めようとか、どうやって説得しようとか考えなくていいんですよ、マスター。思う存分、戦ってやればそれで、満足するでしょうからね」

「…………」

 

 本当に? 本当にそれでいいのか。

 

「いいんですよ。所詮、(わたくし)たちはサーヴァント。全部、終わったことなんですからね! そんな終わったことをどうするかは彼女次第。マスターがあれこれ考えたところで、どうしようもないし、何もできませんので」

「それはそれで――」

 

 傷つくな。何もできないのは。

 何もできないのは、辛い。

 

「だって、マスターそこまで背負いきれるわけないでしょ。自分のことで手いっぱいなんですから、そもそも人間が人間を背負うだなんて、傲慢も甚だしい。傲慢(そういうの)は、悪魔(わたくし)に任せておけばいいんですよ」

「…………」

「おい。話しているのはいいが、さっさと決めてくれよ。おまえがご主人様(マスター)なんだろ。だったら決めろ。こいつをここで倒してカルデアってところに戻してやるか、このままずっとここにいさせるか、決めろ」

「…………式さん、お願いしてもいい」

「ま、ほかの連中じゃ無理そうだしな。いいぜ」

「じゃあ、頼む」

「ああ――」

 

 式が駆ける。狭い部屋を存分に利用して、壁を蹴って、天井を蹴って彼女へと接近する。

 

 ナイフが彼女の手で翻る。それだけで、エリちゃんの武器はその生を終わる。

 

「――――」

 

 死にやすい部分。彼女にとってのそれを式は貫いた。

 

「ギ、ぐっ――痛いじゃない……いたいじゃない、痛いじゃない」

「エリ、ちゃん――」

「近づかないでよ! やめてよ、教えないでよ! せっかく切り捨ててたのに。お腹を裂くとこんなに痛いとか、そんな本当、(アタシ)に突きつけないでよ……! いまさら――いまさらニンゲンがみんな同じ作りものだったなんて教えられてもどうしようもない!」

 

 それは彼女の叫びだった。悲鳴だった。本音だった。

 彼女の内に秘められた確かな、忘れようとしてもそこにあるもの。

 

「なんで!? なんで(アタシ)ばっかり惨めなの!? なんで(アタシ)は何をやっても救われないの!? アナタたちがニンゲンなら、(アタシ)はもっと下等なケダモノじゃない……!」

 

 ――やめろ。

 

「トカゲみたい、トカゲみたい、トカゲみたい……! 地面を這いつくばって、踏みつぶされ続けろっていうの!? 耐えられない。(アタシ)にはそんなの耐えられない! だから、ねえ、殺されなさいよ。殺されてよ。お願いだから――私を、容赦なく殺してよぉぉお!」

 

 ――やめろ。

 

「――違う」

 

 これ以上、そんなことを言わないでくれ。

 オレには何が正しいかなんてわからない。わからないけれど。

 前に出る。彼女の前に。式がオレを守るように前に立っている。いつでもそのナイフを振れるように。

 

「何が違うのよ! マスターにわかるわけないじゃない! 弱い、何もできないマスターには!」

「……うん、オレは弱いよ。君を受け入れようって思っているのにそれが出来ない。駄目なマスターだ。けれど、これだけは言わないといけない。彼もきっとそういうはずだから」

 

 ()を導いてくれた彼のように。

 

「君がまだ、諦めていないのなら――待て、しかして希望せよ」

 

 いつか君にも光が降り注ぐ。

 彼女は確かにやってはいけないことをした。けれど、けれど。

 こんなにも悔やんで、こんなにも泣いて。叫んで、悲鳴をあげているんだ。

 女の子が、こんなにも。

 そんな女の子が報われない世界なんて嘘だ。オレは認めたくない。

 

「――――」

 

 ナイフの一閃がエリちゃんを切り裂く。その刹那、彼女は最後に笑ったような気がした。

 

「…………」

 

 彼女の秘められた叫びを聞いた。悲鳴を聞いた。

 心が痛い。

 何よりも。

 

「待てって、何様なんだろうね、オレは」

「ま、いいんじゃない。今は無理でもいつか、なんて誰もが思うことじゃないか。少なくともあんたは諦める気はないんだろ?」

「…………ああ」

「さあ! この階も終わり、さあ、次の階へ行きましょう!」

「ハサミ男、おまえが仕切るのかよ――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 それは幸せな時間だった。

 夫がいて、娘がいて。

 幸せだった。

 

 けれど、けれど。

 夫の死後、全てが覆る。

 ローマ帝国は王国を併合した。領土や財産は有無を言わさず没収され、重税を課され、貴族たちは奴隷のように扱われた。

 

 元首の娘は犯され、自身も鞭で打たれた。

 ああ、ああ。なぜ。なぜだ。

 ただ幸せを願っただけだ。

 娘に領地や財産を残そうとして何が悪い。

 

 女だからと相続権がない。

 ああ。ああ、知っている。だから根回しをしたというのに。

 そんな父親の愛すらおまえたちは否定するのか。

 

 許さない。

 許せるはずがない。

 ゆえに、立ち上がるほかなかった。

 

 全てを奪ったローマへの反抗を。愛する故郷の守護を。

 彼女の意思は勝利となり。

 ローマ帝国へと大打撃を与えた。

 

 けれど、けれど――。

 その復讐は為されない。

 偉大なりしローマ帝国。

 彼女は討たれた。

 

 そして、彼女は英霊になったのだ。

 

「――――」

 

 三階の四号室。そこにいたのは普段通りのブーディカさんだった。

 

「シチュー、おいしいです」

「ありがとう。ほら、あなたも食べる?」

「いや、オレは良い」

 

 彼女はおいしいシチューをごちそうしてくれた。

 とりあえず食べる。いつも通りの彼女なら大丈夫だろうと思って。

 食べ終えて、

 

「帰りましょう」

「帰る?」

 

 その瞬間、彼女の雰囲気が変わる。普段の彼女からは考えられないほどに苛烈に。

 

「――帰る? ふざけたコトを言わないで。帰る、ですって? あたしは帰らない」

「え、あ、な、なんで、ブーディカ――」

「だって、全部、おまえたちが奪ったんだ――!」

「――――!」

 

 思わず悲鳴を上げそうになった。肩をつかまれる。ぎちり、ぎちりとみしり、みしりと音が鳴る。

 

「い、いた――」

「あのひとの親族はあたしたちだけだった。王には、あたしと娘しかいなかった! それなのに、それなのに!!」

「ぐぁぁ――――」

「マスター!!」

「それなのに、全部、奪っていった。ローマ(おまえたち)が、あたしたちから奪ったんだ!!

 ねえ、マスター! あたしは忘れてた。人類史を守る、なんて大義名分で誤魔化していたの。この怒りを、この憎しみを。この復讐を――」

 

 強い憎しみをぶつけられる。その覇気に恐怖した。呼吸を忘れ、吐きそうになる。

 そして、それ以上に後悔が心を掻き毟る。

 彼女に縋っていた自分。優しく包んでくれる彼女。

 

 甘えていた。存分に。彼女が何を抱えているのかをちゃんと見ようともせずに。

 

「それを邪魔するものは誰であろうと許さない。マスター、君でも。勝利の女王の名の下に、その首を晒すがいい……!」

 

 ああ、ここで首を斬られる。それで彼女が満足するのならそれでもいいかもしれない。

 けれど。けれど。

 

「オレは、死なない。死にたくない」

 

 怖い。恐ろしい。

 

「それに」

 

 さんざんお世話になった。そんな彼女を、このままにしておくなんてできない。

 帰る場所がないなんて嘘だ。

 

「ブー、ディカ、さん、帰る場所なら……ある。あなたの、帰る場所は……ある!!」

 

 ローマに滅ぼされたあなたの故郷。哀しい出来事。けれど、今のあなたには帰る場所がある。

 ないわけない。

 

「それに、オレには、あなたが必要なんだ!」

 

 正直、いつ失敗してしまうか気が気じゃなくて。子守歌がなければ眠れないし。いつまでも手を握ってくれるから安心できる。

 

「そんな、あなたをこんなところに残していけるわけないでしょう――!! 式!」

「ったく、動くなよ――」

「――――」

「遅いよ」

 

 ナイフが翻る。

 ブーディカさんのオレをつかんでいた腕が切れる。

 

「んじゃ、少しは仕事しようか――」

 

 そこにダビデが突っ込んで彼女を叩き伏せ、メッフィーがダビデごと爆発させる。

 

「ちょっとぉお!? なんで、僕ごとやったの!?」

「ああ、いたんですか全裸じゃないからわかりませんでした!」

「だから、全裸じゃないって!?」

「ちょっと、ダビデ黙ってて」

 

 ブーディカさんが正気に戻った。その言葉が聞こえないじゃないか。

 

「――……ああ……あたし……何を……そっか……恥ずかしいところ、見せちゃったな……」

「そんな――」

「ううん。勝利の女王ヴィクトリア、なんて―――たはは……あたし、大事な戦じゃあ、いつも負けていたのにね……?」

「ブーディカさん」

「ごめんね、マスター。迷惑かけちゃってさ。でも、目覚めたんだ、よかったよ」

「……オレ、頼りないですか」

「え?」

「オレ、たぶん頼りないと思います。けど、少しでも悩みとか言いたいことがあるなら聞きます。エリちゃんの時もそうだけど、やっぱりオレ知りたい。みんなのこと。だから――」

「――――」

 

 ブーディカさんは驚いたように目を見開いて。

 

「あはは」

 

 いつものように笑ってくれた。

 

「うん、うん――大きくなったんだねぇ」

「ちょ、ちょっ」

「いい子いい子。その帽子、似合ってるよ――それから、うん、今度からは話、聞いてもらおうかな。もちろん、君のもね」

 

 そう言って、彼女はカルデアへと帰還した。

 

「……行こう。ここで何が起きているのか。絶対に突き止める」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「もうすぐ四階も終わりですね」

「なんにもなかったな。というか、ゾンビも悪霊もいないってどういうことなの」

「オレに聞かれても――ぐはっ」

 

 何かが降ってきた。

 

「なんだ?」

 

 それは袋だった。白い袋。見おぼえのある。

 

「来たな、トナカイ!」

「サンタさん!?」

「………………(突然のサンタの登場に呆然としている)」

「フン。少しはましになって戻ってきたようだな。それでこそトナカイだ」

 

 あれ、なんだかいつも通り?

 

「何を不思議そうな顔をしている。この私が、このマンション程度で暴れるとでも本当に思っているのか。そうだとしたらトナカイ。貴様を叩きなおす必要があるらしいな」

「あ、いいえ、滅相もありません!!」

「気に食わんが。まあいいだろう。さて、マスター。そういうわけだ」

 

 彼女が聖剣を構えた。いや姿も変わる。

 かつてのセイバ―のような――。

 

「は?」

「力を示せ。これより先は今までとは桁が違う。今のおまえで超えられるかどうか、直々に審判を下してやる――」

「ちょ――」

 

 脚が震えた。かつての敵がそこにいる。

 あの時とは違う。けれど。けれど。

 何よりもマシュがいない。

 

 これでは――。

 

「マスター。指示を」

「清……姫……」

「大丈夫です。マスター。わたくしたちがおります。マスターからすれば頼りないかもしれませんが、それでもマスターを守ります」

「そんなこと……」

「そうそう信じて信じて。なんとかなるって。ね」

「なんで、そこでオレに振るんだよ全裸」

「だから、全裸じゃないからね!?」

「イヒヒヒ、イヤー、もう浄化されそう。あ、浄化されて善いメフィストになってるんでした!」

「――――」

 

 そうだ。落ち着け。あの時とは違う。

 オレだって。

 それになんだかんだ言いながらサンタオルタさんなんだから――。

 

「わかった。みんな力を貸してくれ」

 

 でも、全力でぶつかってやる。

 

「――ふ」

 

 激しい戦闘。なんか四階が吹っ飛んだけど崩れないマンションの耐久性が恐ろしい。

 

「ふむ、強くなったなトナカイ。これなら槍を持って来ればよかったか」

「なんか恐ろしそうなのでやめてください。死んでしまいます」

「まあいい。強くなったなトナカイ」

「――――ああ」

「ならばもう止めん。私も行くぞ。その女がいれば不死だろうが殺せるだろうしな」

 

 さらに上へ。

 この先に待ち構えているであろうマシュを迎えに行くために――。

 




さあ、次でラスト、になるといいなぁ――。
ならなかったら詠をプラスします

あとカルデアに来ていないサーヴァントは必然的に省略するので悪しからず。

そして、FGOは魔法のカードを用いて、一回目で酒呑童子が当たりました。
ありがとう神様酒呑童子様。

あと鬼ころし級いってみました。一回目は敗北しましたが二回目でどうにかこうにか耐久勝ちしました。
360万くらいは削ったかな。あと240万。頑張ればいけるかな。

イベントで送れるかもですがではまた。


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空の境界/the Garden of Order 終

「よう、来たな」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「ひひひひひ」

 

 きりっとした顔をしたクー・フーリンがそんなここぞとばかりで使うようなセリフを言ったはいいのだが――。

 

「師匠に踏まれながらじゃ、台無しだよ!?」

 

 彼は絶賛師匠の足の下だった。

 

「うっせえよ! これでもどうにかした方なんだよ! 大人げなく本気で来やがって」

「なんだ、まだまだ余裕そうだな。どれ、もう一周行くか。ん?」

「いや、師匠。さすがに――」

「泣き言は聞かん。ワシとて辛い。だが、おまえの為でもあるし、マスターの為でもある」

「そのマスターが目の前にいるのに、今から地獄に放り込まれちゃ世話ねえよ!?」

「ああ、だから話している間だけ行ってこい――」

 

 門を通って、クー・フーリンがどこぞへと消える。

 

「…………」

「さて、見苦しいところを見せた許せ」

「あ、いえ」

「ふむ……」

 

 スカサハさんがオレを視る。顔を近づけて覗き込んでくる。

 いい匂いがする!

 めっちゃ美人だし。そもそも、恰好がエロいよ!? なに全身タイツって。

 グッジョブだよ!?

 

「あ、あの、近い、です」

「はは。そう初心な反応をするな。私も本気になってしまうぞ。まあ、――しばらく見ないうちに随分と。男は三日見なければ括目せよとはよう言ったものよ。良い出会いがあったのだな」

「――はい。でも、あなたのおかげですよ」

「なに、ワシは何もしておらん。わかっていながら、導けなかった駄目な女よ」

 

 違う。違う。

 悪いのはあなたじゃない。

 

「違う。悪いのはオレだ。みんなに言われていたのに、いうことを聞かなかった馬鹿なオレが悪いんだ」

「ふふ。まったく、本当に人間とは良いな。大きくなった。実に良い。ならば――」

 

 その瞬間、彼女の雰囲気が反転する。

 柔は剛に。優しさは殺意へ。笑みが、戦闘者のそれへと置き換わっていく。

 

「――力を示せ、このスカサハに!」

「――――っ!!」

「これより先に待ち受けるのは、おまえにもわかっているだろう。ゆえに、今から全員でワシを殺せ。できなければ死ね。なぜなら、今からワシは貴様ら全員を殺す」

 

 本気だ。彼女は本気だ。やらなければやられる。

 

「おい、なんだこいつ。あいつと同類か」

「ふむ、死を視る魔眼か。まさかこのようなところでそれと出会えるとはな。確かに、そやつの眼であれば、ワシを殺せたかもしれん。だが――本気で来ぬのならば無意味よ」

「なに――」

「本来の獲物も持たぬ。オマエではな――」

「式――!」

 

 一瞬だった。ただの一瞬。目を離したわけではない。だというのに、式が吹き飛んでいた。

 

「呆けている場合か――」

 

 槍の突きが来る。

 神速。視て躱すことは不可能。

 ゆえに、それを受けるのは受けられるだけの直感を有する者。

 

「サンタさん!」

「下がれトナカイ! 邪魔だ!」

 

 下がる前に袋を投げつけられて無理やりに下げられる。刹那、一瞬前までいた場所に突き刺さる数十本の槍。

 両手に構えた槍にてサンタオルタと渡り合っているというのに、どうやってと思った瞬間に答えは判明する。

 彼女の片足が上がっている。つまり、蹴り上げたのだ。蹴っての投擲。

 

「ほう、さすがは高名な騎士王。素晴らしい直感だ」

「舐めるなよ――」

 

 切り結ぶ。

 綺羅綺羅と光の粒子が舞う。剣と槍がぶつかるたびに舞うは漆黒の魔力光。

 

五つの石(ハメシュ・アヴァニム)

 

 ダビデの援護。しかし、

 

「ふむ――」

「ぐ――」

 

 サンタオルタを蹴り飛ばし。

 四度の失墜のちの必中を謳うそれへと向き合う。必中、よけることは叶わぬ故に防がれる。小さな石。されど眉間に必中する宝具は、スカサハが蹴り上げた槍と相殺される。

 

「何本持っているんだい、それ!」

「さて、何本だったか、とにかく掃いて捨てるほどには持っているな――」

「く――」

 

 投擲される槍。間一髪ダビデが木っ端のように吹き飛ばされる。

 

「――って、戻ったらこれかよ――ウィッカーマン!!」

 

 戻ってきたクー・フーリン。一瞬にしてウィッカーマンが編み上げられ、ダビデをキャッチしリリースすると同時にスカサハへと殴りかかる。

 さらにそれだけでなく、あまたのルーンが煌き焔を上げる。業火は灼熱。されど部屋も、オレも燃やすことなくただ敵だけを燃やす圧倒的な火力が発揮されていた。

 ウィッカーマンにプラスして凄まじい火力がスカサハを襲う。

 

「ふむ、及第点だ。精進せよ弟子」

 

 けれど。けれど、彼女もまた原初のルーンを扱う。

 業火は一瞬にして鎮火し、逆にクー・フーリンを襲う。

 

「ぐ――」

 

 それはそのままオレたちへと。

 

「マスター、下がって!」

 

 清姫が龍と化し焔を消し去りスカサハに向かう。

 

「ほう、龍とは。どれ、少しは――遊べるか」

 

 二槍が展開される。

 

「まずい、清姫下がれ!!」

「――――!」

 

 ――貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)

 

 二本の槍、続けて神すらも殺す一撃が来る――。

 

「あらあら、まったくもう――」

 

 その瞬間、女のひとの声がした。

 槍が迎撃され、そこに立っていたのは一人の女性だった。

 

「式、さん?」

 

 そこにいたのは式だった。

 けれど。けれど、違う。何かが。

 どこかで会った。そんな彼女。

 

「こんばんは。極力出てこないつもりだったけれど、相手が相手だから出てきちゃった」

「あな、た、は――」

 

 いつの間にか着替えているとかそんな些細なことは良い。

 彼女は両儀式でありながら両儀式ではない。

 先ほどまでの彼女とは雰囲気が違う。

 

 花が散るほどのたおやかな女性。風光明媚な。

 

「ふふ、驚かせちゃったかしら。ごめんなさいね」

「ようやく出て来たか」

「そして、あなたは無粋ね」

「いうな。確かめねばならぬこともあるというもの。それゆえに手加減はしていたつもりだ」

 

 あれで? 瞬く間の間に全滅でしたけど?

 

「そう。それで満足?」

「いや、少しだけうずいてしまった。少しだけ付き合ってもらう」

 

 綺羅綺羅しい。その戦いは綺羅綺羅としたものだった。

 

 剣戟の火花が散り、槍の深紅が軌跡となる。

 一瞬にして十合、あるいはそれ以上の戟を交わし互いに一歩も譲らぬ。

 

 どちらもすごいが、攻めているのはスカサハで、式は守っている。

 

「ふむ、防戦ならばできるか。よかろう――」

 

 スカサハが槍を下ろした。

 

「マスターも、要所要所で出していた指示は良い。だが、不測の事態でももっとうまく対処できるようにな。さあ、行け。お主たちならば彼女に会っても、何とか出来よう」

 

 そう言ってスカサハ師匠は消えた。

 

「――はぁぁああ」

 

 オレはその場に座り込む。

 

「死ぬ、死ぬかと思った! 怖すぎだよ。無理、もう立ちたくないって――」

「ったた、まさか机の角に足をぶつけてコケるなんて――ん? なんだ、オレがバカやっている間に終わったのか」

 

 泣き言言っていたら式が元に戻っていた。

 

「おい、なんだ、不思議そうな顔して」

「いや、なんでもない。それより」

「なんだ?」

「起こして、腰抜けた」

「…………」

 

 心底呆れた顔された。けど、無理だよ! 戦闘中立ってただけでもすごいから!

 今思い出しても心臓が掴まれる思いだ。思い出しただけで震えがくる。

 何度戦っても、殺気をぶつけられることにはなれそうにない――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「劇場版、ノブの境界開幕じゃ!」

「なぁーに言ってるんですかアーチャー。あ、アイス買ってきましたよ」

「お、早いのう。さすがワープ沖田」

「誰が、ワープ沖田ですか。売れない芸人ですか。で、何にします?」

「わし抹茶」

 

 ――なんだこれ。

 

「おい、なんだこれ。四階から上の階が全焼してるんだが。明らかに違う芸風だろこれ」

「ふん、日本だからと派手にやったな」

「お、来たかマスター。信じておったぞ。おい、待て人斬り、スプーンがないぞ!?」

「え? だって家のがあるじゃないですか」

「馬鹿者! こういうアイスはコンビニでもらったスプーンで食べるのがいいんじゃろうが!」

 

 だから、なんだこれ――。

 クー・フーリンがいた階より上は全部炎上していた。というか本能寺だった。

 いつぞやの本能寺を思い出すくらいには本能寺だった。

 なにこれ、いつのまに別の世界に?

 

「マスター、大丈夫ですか、熱くありませんか?」

「ああ、うん、大丈夫」

 

 とりあえず灼熱の地獄っぽい本能寺だけど、なんか、まあ大丈夫っぽい。

 

「おお、マスター、よう来たの。待っておったぞ!」

「あ、マスターさん、こんにちは。みんな大好き沖田さんですよー!」

「ア、ハイ――じゃないくて! 何してるんだよ、二人は!?」

「何って、露払いじゃ。マシュマロサーヴァントまで続く栄光のレッドカーペットならぬ燃え盛る本能寺を作っておったのじゃ!」

「…………」

 

 とりあえず、ありがたいのか、ありがたくないのかはっきりしてほしい。というかギャグになるとはちゃけるの正直やめてくれないかなー。

 

「なんじゃ、マスターいいたいことあるなら言うてみい」

「いや、うん、じゃ」

「いやいやいや!? なんで帰るんじゃ! わし頑張ったじゃろ!?」

「いや、だって……」

 

 この現状でどうしろと? 褒められるとでも思っていたのか? これをほめろと? 無理を言うわないでくれ。

 

「ごめん、オレには――できない」

「なんで、めっちゃ溜めてシリアスにいったのじゃ!? 普通にありがとうノッブ! でいいじゃろ!?」

「だって、マンションの階段をあがった先は燃え盛る本能寺とか、もうね、ツッコミ切れない!」

「ぶっちゃけすぎじゃ!? 前のお主なら、何も言わなかったじゃろ!?」

「あ、それやめた」

「ノブ!?」

「ねーねー、マスターさーん、私にも話しかけてくださいよー。あ、アイス食べます?」

 

 なんでか沖田さんがいるのかはさておくとして、

 

「バニラある?」

「ありますよ」

「んじゃ、ストロベリー」

「はいはい」

 

 ハーゲンダッツのストロベリーを式が取っていった。

 

「好きなの?」

「…………」

 

 なんかにらまれた!? 睨まれたけど、そのまま黙々と食べ始めた!?

 

「で、ノッブは何してんの」

「わしの呪いを利用してここらをわしの領地とした。まあ、固有結界で塗りつぶしたわけじゃ。ここには悪霊の類もゾンビもおらん。ゆっくり上に行ける。

 

 上? どうやって上がれと?

 

「まっすぐ行けば上じゃ!」

「そんなテキトーな」

「もともとギャグ出身のサーヴァントに何を求めておるんじゃ。テキトーなのは当たり前だよネ!」

「…………」

 

 まあいいとして。

 

「マシュは、この先にいるんだな」

「ああ、覚悟しておくことじゃマスター。あれは、おまえが知っておるが知らんおっぱいサーヴァントじゃ」

「キリっとしながらおっぱいとか言ったら台無しだよ!」

 

 ともかく、オレたちは本能寺を進んだ。いつの間にか屋上の前の扉だった。

 

「この先だね。マシュの反応がある」

 

 ドクターからの通信。

 

「良し。行くぞ――」

 

 屋上の扉を開く。風が吹き抜ける。

 ようやく新鮮な空気を吸えたようなそんな感想すら抱く。

 そして、そこに、彼女はいた。

 

「ま、しゅ……?」

 

 純白に身を包んだ彼女。さながら花嫁のよう。骸骨で編み込まれた悪霊のドレスでなければ見惚れていたところだ。そして、何よりも怪しく輝く瞳に光はなく、それでいて浮かべた笑顔は見知ったものであることが異常さを醸し出している。

 間違いなく彼女だ。だが、決定的に何かが違う。

 

「先輩。ああ、お待ちしていました先輩。迎えに来てくれたんですね。私、とっても嬉しいです」

「あ、ああ、マシュ、迎えに、来たよ」

「はい、先輩。すみませんお手を煩わせてしまって。でも、大丈夫です。マシュ・キリエライトはもう先輩のことを煩わせません。さあ、先輩」

 

 近づいてくる彼女。一歩、一歩。彼女が近づいてくる。

 何も感じない。彼女からは何も感じない。いつも通り、普段通りの彼女のように見える。

 だから、オレは一歩後ずさる。

 

「? 先輩? どうかなさいました」

「あ、いや、な、なんでもない、よ。帰ろう」

「帰る? 何を言っているんですか先輩。先輩はずっとここにいるんですよ? だって、先輩、あんなに辛い思いをしていたんじゃないですか。気が付いてあげられなくてごめんなさい、先輩。でももう大丈夫です。マシュ・キリエライトが守ってあげます。私が守ってあげますから。大丈夫です。もう辛いこともしなくていいですし、苦しいこともしなくていいです。私がずっと一緒にいて、守ってあげますから」

 

 怖い。

 怖い怖い怖い。怖い――。

 

 彼女にオレは初めて恐怖を感じた。いつも通りに見える彼女。けれど、根本から異なっている彼女にオレはただ恐怖を感じていた。

 だから、身を引いていた。逃げるように。

 

 そんなオレに気が付いて清姫が前に出る。

 

「大丈夫ですマスター。わたくしが必ず――」

「先輩。どうして清姫さんとお話ししているんですか? 私では不満ですか? 私が弱いから。宝具レベルだってあがりません。だから、私には何も話してくれなかったんですね。わかりました。私強くなりました。それがわかれば、先輩は私を頼ってくれますよね」

「清姫、避け――」

「――――あ」

 

 彼女が腕を振るった。直感に従ってオレは叫ぶ。

 けれど。けれど。

 

「清姫!」

 

 清姫が引き裂けた。

 左右に脳天から真っ二つになる。

 臓物がはじけ飛ぶ。

 血が雨になる。あたたかな雨が、ただただ気持ち悪い。

 

「あ、あああああ――」

 

 そのあまりの事態にオレは吐いた。

 

「ああ、ごめんなさい先輩。先輩のお洋服を汚してしまいました。でも、安心してください。どんなに汚れても私が洗濯します。それに新しい服も私が作ります。そんなのよりも良い奴をです。安心してくださいね。

 ああ、先輩、大丈夫ですか? 背中なでなでしてあげます――」

 

 かつん。彼女の足音がした。

 

「――――」

 

 思わず、吐きながらも身を引く。逃げる。

 逃げろ。逃げろ。逃げろ。

 全身が叫ぶ。心が悲鳴を上げる。泣き叫びを嘔吐が無慈悲に押し流して、それでも身体は彼女から逃げるように身を引いた。

 

「――どうして逃げるんですか、先輩。ああ、わかりました。怖いんですね。大丈夫です。私が守ってあげます。私は役に立つんです。私は先輩の役に立ちたいんです」

「――――」

 

 やめろ。やめてくれ。

 

「先輩の役に立つんです。私だって。私だって。私だって私だって。私だって。それともまだ足りませんか? わかりました」

「行け、人斬り!」

「――そこ!!」

 

 ノッブの指示で沖田さんが飛び出す。

 縮地。一歩で音を超え、二歩で無間。そして、そこに沖田はいる。

 

「な――」

 

 しかし、沖田さんの攻撃はマシュの盾に防がれる。どんなに速く切りつけても彼女は防ぐ。絶対の盾だから。

 

「邪魔ですよ」

「コフッ――」

「沖田さん!」

「ええい、人斬りでも駄目か。いったん退――」

「ノッブさん、少し黙っていてください」

 

 沖田さんが雑巾のようにねじ切れ、ノッブの首が引きちぎられ背骨を振り回される。

 白い腕。彼女の周りに見える巨大なゴースト。彼女が纏うベールでありドレスである悪霊の集合体。圧倒的な死がそこにはあった。

 

「先輩。どうして逃げるんですか。先輩がどこかに行ってしまったら守れないじゃないですか――あ、そうです」

 

 彼女が何かを思いついた。その瞬間、

 

「あ――?」

 

 オレはとっさに身を引いた。そのせいで、左腕がねじ切れた。

 

「あああああああああああ――――」

「マスター!」

「トナカイ!!」

 

 痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い!!??!

 意識が消えては痛みで目覚める。気絶することすら許されない。

 痛い痛い痛い痛い。

 灼熱。激痛。もはや痛み以外に何も感じない。

 

「もう、動かないで下さいよ。間違って腕を切ってしまったではありませんか。足をきってどこにも行けないようすれば守りやすいと思ったのに。でも、大丈夫です。私がおぶって運んであげますから。さあ、次こそは――」

 

 不可視の力がマンションの屋上をえぐる。

 

「ぐ――」

 

 オレを抱えたダビデの両足が砕ける。

 そのままオレは投げられてサンタの中に納まる。

 

「あとは、頼んだよ――」

 

 ダビデが宝具を使う。しかし――。

 

「邪魔をしないでください。さすがの私も怒りますよ」

 

 もう怒ってるじゃないか――。

 

 ダビデの腕が引きちぎられ彼は消えた。

 

「あなたたちがいると先輩が楽になれないじゃないですか。わかりました。じゃあ、先にみなさんから――」

 

 攻撃が放たれる。全方位。彼女を中心として無差別に。

 

「ああ、これはやばいですねー」

「おい、ハサミ男。どうすりゃ、あれを止められる」

「さて、殺してしまえばいいのでは?」

「それじゃ、駄目だから聞いてるんだよ」

 

 殺すことはできても、それでは駄目なのだと彼女は言う。

 それでは、あいつがここに来た意味がないと。

 

「ええー、だってそれやると、ちょっとアレですし」

「あるならさっさと言え!」

「メ……フィスト……頼む……」

 

 息も絶え絶えで、ちゃんと言えたかわからない。サンタさんが袋で縛ってくれている痛みをこらえて、メフィストに頼む。

 

「頼む? 頼むといいました? 悪魔に。はは。この(わたくし)に! ――嫌ですよ」

「――――なん」

「だって、(わたくし)悪魔ですもん。幾ら善いとは言っても悪魔は悪魔。マスターとのあれやこれやは楽しかったですけど――それとこれとは話は別でしてね!」

 

 体が浮く。彼の攻撃がサンタさんに直撃し、オレは落ちる。

 彼に受け止められて。

 

「さあ、行きましょうか」

「はな…………ぐぁぁあああぁああぁ」

 

 傷口に指を突っ込まれた。

 

「ちょっと黙っていてくださいね! でないと、変なところ切っちゃうかもですし! いひひひひ。(わたくし)は悪魔、信用する方が、悪いんですよ」

 

 そして――。

 

「ああ、あなたはいい人なんですね。さあ、早くマスターを」

「はいはい、ちょっとお待ちを――っと」

 

 彼はオレをマシュへと渡す刹那。

 

「――微睡む爆弾(チクタク・ボム)!」

 

 マシュの眼前で彼の宝具がさく裂した。時計の形をした無数の小型爆弾を爆発し吹き飛ばす。

 

「――――」

 

 さすがのマシュもこれには防げない。何せ爆発の至近距離には守るべきものがいるのだ。彼を守らなければならない。自分の防御なんて捨てて。

 そして、その爆発はマシュを吹き飛ばす。いや、それどころか、その背後にあるものすらも。

 

「――なん、で……」

「ああ、言ってませんでしたっけ? 悪魔は、律儀な生き物なのですよ。対価をもらったならそれ相応の仕事をする。それが、悪魔なのですヨ! さあ、どうぞどうぞ殺人鬼のお嬢さん」

「ったく――」

 

 式が駆ける。

 マシュが放つ攻撃を殺しながら、彼女はまっすぐにマシュへと。

 いいや、その背後へと。

 

「直死――。死が、オレの前に立つんじゃない――」

 

 ナイフの一閃が走る。彼女の背後にあるつながり。悪霊どもの怨念のリンクを彼女は殺した。

 

「さあ、今ですよ季節外れのサンタさん!」

「貴様に使われるのは癪だが、いいだろう――エクスカリバー・モルガン!!」

 

 黒の聖剣が天へと上り、死に物狂いの悪霊どもを消し飛ばす。もとよりマシュを核として存在していた連中だ。

 だが、それによって現出するありえざる存在。死霊を束ね尽くしたそれ。プライミッツ・マーダーにすら匹敵するそれ。

 けれど。けれど。

 

「はーい、さあ、(わたくし)をさっさと殺してくださーい」

 

 メフィストがその中心にいた。

 

「な……に……を」

「なにって、マスター。そりゃ、核になってみたりしただけですよ! 悪魔ですからね、これくらいどうにでもできますから。悪の心が抜けた分にいれてみたわけですが、あ、はじけそう! それはそれで面白そうですが、さっさと(わたくし)ごと殺すことをお勧めします」

「……なんで……」

「さて、どうしてでしょうね。まあ、いいじゃないですか、そういう気分だった。それだけですよ。では、マスター。どうか、あなたは時には休むこともして下さいね。あんまりせっかちに走りつづけると誰かさんのように、地上の快楽を素通りしてしまいますヨ。これからはふしだらな生活や他愛もない茶番劇も好んで、もちにかかった鳥のようにじたばたしてみなさいな――さあ、どうぞ」

「…………」

 

 式がナイフを一閃する。メフィストの霊核が切り裂かれ、彼とともに悪霊が死ぬ。

 特異点は消滅し、オレたちはカルデアへと帰還した。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「どうだい?」

「まあ、ちょっと違和感があるというか、痛むというか」

「幻肢痛ってやつだね。大丈夫解決できるよ」

「本当ですか、ドクター」

「ああ、我慢してくれ」

「…………」

 

 とりあえず無事な右手で一発ひっぱたいてから、医務室を出た。

 何とか戻ってきた。カルデアには新しく式が仲間に加わった。また力を貸してくれるという。心強い限りだ。

 

「…………」

 

 そして、オレはまだマシュに会えずにいた。どう会えばいいのかわからない。

 きっと彼女をあんなふうに追い詰めてしまったのはオレだから。

 

「さっさと行け、この」

「ちょ、式!?」

 

 いつまでもマシュの部屋の前で悩んでいたら、式に中に押し込まれた。

 

「せん……ぱい?」

「や、やあ、マシュ……」

 

 気まずい。

 

 とりあえず何とかしようと視線を彷徨わせる。普通の部屋だった。特に私物などもない。普通の。殺風景すぎる。

 そんな中で彼女は布団をかぶって座り込んでいた。

 

「せん……ぱい、私……」

 

 彼女の視線がオレの吊られた左腕に向く。まだリハビリ途中だからうまく動かせないけれど、ドクターが作ってくれた義手。

 色々できる。殴りつければスタンガンにもなるし、将来的にはロケットパンチだとかソナーだとかできるらしい。

 

 まあ、本物の腕じゃないのは結構堪える。

 意識がなかったとはいえど、彼女がやった。彼女はそれを覚えているらしい。

 

 泣きそうになって。それでも何を言っていいのかわからない。このままだと自分で自分の首を斬りそうなほどに憔悴している。

 

「マシュ……」

 

 かたかたと震える彼女。オレは、一度目を閉じた。

 思い浮かべるのはオレの目標。

 ()に勇気をくれた人。

 

「――マシュ。聞いてほしいことがあるんだ」

 

 びくりと、かたかたと震えるマシュ。泣きそうな君。安心してマシュ。

 

「マシュ。オレはね、君だから頑張れたんだ」

「え――」

「君がいたから頑張ろうって思った。良いところが見せたくて、君の期待に応えようと必死になった。無理をしたよ」

 

 みんなの忠告も聞かないで。

 

「だから、オレは倒れたんだ。君のせいじゃない。オレの責任だよ」

「でも、でも、私は、先輩の!!」

「うん、それについてはすごく痛かったよ。死ぬかと思った。気にしてないといえば嘘になるというか。めちゃくちゃ気にしてる。正直何を言えばいいのか悩むくらいには」

「…………はい」

「だから、オレはねマシュ、君が好きだ」

「……!? な、なん」

「はじめて会った時、君を見た瞬間に君を好きになった。だから、オレは頑張れたんだ」

「な、な、ななにを!?」

「何って告白だけど」

 

 普通に恥ずかしいからあまり気にしないで普通にしてもらいたいんだけど。

 てか、なんかエドモンが笑ってる気がする。

 

「な、なんでこの流れで告白に!? 先輩は、私を責めにきたんじゃないんですか! 怒っているはずです。見限られても仕方ありません。それだけのことを私はしたんです! 私は先輩をいっぱい傷つけました。精神的にも、肉体的にも。こんな私なんていない方がいいんです!」

「そうだね。いっぱい傷つけられたし、痛い思いもしたよ」

「だったら――」

「でも、好きなんだ」

「――――」

 

 好きな気持ちをどうこうしようなんてできない。

 おかしいかもしれない。

 そりゃ出会いからして、マスターとサーヴァントになった経緯も何もかもがおかしい。

 なら、おかしくていいとオレは思う。

 

「君が好きだ。マシュ、君はどうだ。オレのことは、嫌い?」

「嫌い、じゃ、ない、です」

「じゃあ、好きって思っていいのかな?」

「……わかり、……ません。それに、私は先輩に好きになってもらう資格なんて」

「人が人を好きになるのに資格なんていらないよ。それに、オレ耐えるのだけは得意だから」

 

 マシュと話すのは正直きついし怖い。

 でも、それ以上に愛おしく思う。

 心がひび割れながら、一方で修復していっている。そんな感じ。

 

「オレは君が好きだよマシュ。君になら、何をされても良い。オレだって悪い。マシュに何も言わなかったからね。そういうかっこつけもやめるよ。マシュにはなんでも話す。愚痴も、弱音も、泣き言も。もちろんマシュのも聞くよ。

 オレはオレらしく進むって決めたんだ」

「ですが……」

「だから、まずは謝りに行こう。みんなにごめんなさいってして、怒られて。それからまた始めよう」

 

 あの時のように。燃え盛る冬木の街で始まったように。

 

「そして、マシュ、君が良いと思ったらオレに告白の答えを聞かせてほしい」

 

 今は、保留でもいい。今は、答えてくれなくても。

 

「さあ、行こう。オレたちは、二人で一人前だろ?」

 

 泣きそうな彼女。泣いている彼女。それでも

 

「はい、先輩――」

 

 泣きながら、かすかに笑ってくれた――。

 




イベント楽しすぎるんじゃが。
試行錯誤が楽しすぎるんじゃが。
鬼ころし級、400万削って耐久勝利しました。

孔明、玉藻、オリオン強い。
玉藻はフレンドでしたが、オリオン硬すぎ。孔明で防御バフかけて自前の防御バフ使用したら茨木童子の攻撃二桁しか喰らわないとか化け物並みの硬さヤバイ。

重要なのは宝具の回転率。
あと酒呑童子をレベルマックスにしました。スキルとかまったくアイテム足りないからでいないけど最終再臨してレベルマックス。フォウ君はひょうたん集めてこれから食べさせます。
うん、いいね。最終再臨絵。素晴らしい。セリフも素晴らしい。

次回はFate/Accel Zero Orderか贋作イベ。それやってから五章。
ギャグ系シナリオはぐだ子編に回すことにします。
んー、贋作イベはギャグ系かな。なら、zeroにするか。
まあ、考えます。

あ、愉悦が足りない方。主人公義手になったよね。マシュには気にするなっていってるけど気にするよね彼女は(あとはわかるな?)


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ぐだ子編
特異点F――鋼の英雄


こっそり更新。

予定変更
今回のイベが終わるまでぐだ子編をやります。
愉悦も絶望もないのであしからず。


 燃え盛る街。冬木炎上。聖杯戦争の結末によって全てが燃え盛り。全てが消え去った。

 そう。全ては人類を滅却するため。人類史を破壊し、人理を破却した悪逆。

 聖剣の担い手をも超えて、そこに黒幕と断ずべく悪がいた。

 

 レフ・ライノール。人類史を滅却せんと暗躍する者。まさしく、悪。

 

「な――身体が宙に引っ張られて――」

 

 彼女は消え去る。もとより死んでいるのだ。

 ならば哀れ故に望みをかなえてやると言って、愉悦を慈悲だといって。

 彼はオルガマリーを殺そうとしている。

 

「いや――いや、いや、助けて、誰か助けて! わた、わたし、こんなところで死にたくない! だってまだ褒められていない……! 誰もわたしを認めてくれていないじゃない……! どうして!? どうしてこんなコトばかりなの!? いや、いやよ!」

 

 彼女の慟哭が響き渡る。それを嗤うのはレフ。まさしく、彼は悪だった。

 そんなものを彼女は――看過できなかった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「そこまでだ――」

 

 鳴り響いた靴の音は、意識から外れていた彼女のものだった。私が選んだわけでもない、ただの一般人。数合わせ。最後の生き残り。

 そんな彼女が立てた音だった。

 

 人理修復を掲げるカルデアに刻み付けられた、数々の人的損失、痛み、そして絶望。それら全てを払拭するかの如く漆黒の衣装に身を包んだ彼女は堂々と災禍の中心へと踏み出した。

 その時感じた。物語にはつきものの逆転劇が、降り立ったのだと。

 

 そう最早悲劇は終わった――涙の出番なんて二度とないとでも言わんばかりに。

 これより始まるのは、女の紡ぎだす新たなる英雄譚(サーガ)

 ただ姿を現した、ただ一歩を踏み出した。その動作一つで戦場(ぶたい)を支配する主演が立った。

 

 女は運命へと挑む者。覇者の冠を担う器。

 そう彼女こそが最後のマスター。

 その名を口にすることすら憚られた。まるで彼女だけはその存在が自分とは違うのだと認めるような気がして。

 

 そして、それは正しいのだ。人外ばかりがいるこの戦場。まともなのは私と彼女ただ二人。そのはずなのに。

 どうして彼女こそが一番、外れている(・・・・・)と感じてしまうのか。

 彼女のことを何も知らない。ただの一般人。数合わせで呼ばれた人間。そうとしか知らない。

 

 けれど。けれど、何よりもほかの全てが屑星に見えるほどに彼女は、隔絶していた。

 そう感じるのは彼女の前に立つレフも同じだった。彼女を前にして目をそらすことなど不可能。

 つまり対等。いや、それ以上。

 

「馬鹿な――」

 

 レフの驚いた声が響いた。

 

「まさか、あの方と――ありえない」

 

 レフの否定の声が響く。

 そうだ。信じがたいが、二人は釣り合っていた。いや、釣り合っているどころか――彼女が凌駕している。

 

 目に宿る光の密度、胸に秘めた情熱の多寡、どれもが桁はずれ。いったい人間という限界を彼女はどれほど超えているというのだろうか。

 この特異点でマシュに頼っていた彼女はもういない。やるべきことが見つかった。ならばあとは突き進むだけという決意がそこにはあった。

 

 たとえ命に代えてでも私を守る。いや、人類史を守る。世界を救う。

 そんなバカげたお題目を前に、彼女は我が意を得たりと言わんばかりにそこに立っている。

 胸が、高鳴った。高鳴りが止まらない。

 眼が離せない。彼女を視ると熱狂が止まらなくなるのだ。自分が死んだことさえ些末なことに思えてしまうほどに。

 

「見極めねばならん。おまえが、何者であるか。その可能性を――」

 

 レフが手勢を召喚する。魔神柱と呼ばれるようなそれ。この人理を滅却せんとする使徒。

 幾重もの触手がうねりを挙げている。

 憎悪と恨み。人理への反逆という恍惚を詰め込んだ異形。彼女の覇気と秘してもそん色ない根源的な力。

 

 だが、それを前にしても彼女は一歩も引くことはない。

 いつもならばマシュが止めるはずであるが、彼女すらも熱狂に呑まれている。ただ黙って、彼女の背を見つめるばかり。

 それは容易く助け出された私もそうだった。彼女の背後に入れば絶対に安全。そんな安心感すら感じている。

 

「そして、ここで死ね」

 

 そう言ってレフは消え失せ、魔神柱が声なき咆哮を挙げる。人を狂わせるそれ。

 

 目を閉じていた彼女が目を開く。

 ああ、そうかとでも言わんばかりに。

 内に秘めた、高熱を解き放たんとその手に二振りの刃を投影してみせた。

 視線に籠る決意の火は、強く尊くまぶしく熱く――。

 

「理解した。貴様らを殺すのが私の役目だということを。刻み付けてやろう。おまえたち正義の敵に――」

 

 威風堂々と言い放った瞬間、彼女は一迅の影となる。

 同時――動き出す魔神柱。

 これより英雄譚が始まった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 一合。彼女らが激突する寸前にオルガマリーはこう思った。彼女は敗北してしまう。怪物に勝つことなど人間には不可能なのだと。

 そんなことが出来るのは英雄だけだ。そして彼女は人間だ。そのはずだ。

 

 魔神柱がその触腕を振るう。ただそれだけ。身を震わせたただそれだけで大地は震えて引き裂ける。

 まさしく魔神。冠された名に偽りなくただそこにあるだけ、動くだけで悉くを破壊する。

 

 生まれ持った性能スペックを、捻りなく、在るがままに発揮する。それだけで十分。

 己が己であるだけで如何な相手をも粉砕できる。魔神柱は真理を体現しているのだ。

 

 ゆえに飛来する岩塊や大地の裂け目を彼女は素早く躱かわした。

 理由は勿論もちろん決まっている。

 間髪入れず倒壊した高層ビル。触腕の叩きつけによる破片と触腕の雨も当然躱した。

 これも無論、理由は決まっている。

 

 ――そうせざるを得ないから。

 

 それは当然、彼女が人間であるからだ。

 生物種として当然、魔神柱の攻撃が当たれば、いやかするだけで人間は死ぬ。

 

 戦いにおいて多勢を決する要素は常に力、速度、防御などの純然たる能力値だ。

 大が小を圧倒するという子供でもわかる方程式にして真理。水溜まりが海を殺すことが出来ないように。

 能力面で劣っていれば、その差が隔絶していればいるほど勝る者に勝てる道理はない。

 

 弱者が強者に土をつける展開は起き得ない不可能事象であるがゆえに誰もが夢想する。

 優れた者が順当に勝つことこそが基本にして当然。逆は不出来なイレギュラーにしてエラーでしかない。

 

 昨今のネットノベルで有りがちな弱者主人公ですら、他人よりも勝る分野があるからこそ勝利している。誰にでも劣る真の弱者ならば勝利などあり得ない。

 そんな弱者は死んでいるからだ。極論、人間という生物に生まれたという事実すら一種の優れた点であるがゆえに生存という勝利を得ることが出来る。

 

 しかし、自身より優れた生物がいれば負けるは必定。人間であるがゆえにサーヴァントすら凌駕しかねない魔神柱に相対すれば確実に死ぬ。

 如何に鍛えていてもだ。死ぬ。敗北する。

 

 オルガマリーがそう予見したのは、そういう理由からだ。武術についてわからずとも世界の理は知っている。そして実際、彼女は敗北必至と言っていい。

 彼女を圧倒する怪物この状況、基礎能力差を考慮すれば勝率などない。

 気合や根性で勝利できるのなら、誰もが人生の勝者だ。だから彼女は無惨に敗北し殺され全てが滅ぶ。

 

 そう思っていた。それゆえに想像した絶望の未来

は、しかし未だ訪れる気配は無く。

 それどころか――。

 

「嘘でしょ、あり得ないくらいの魔力量の、まさに魔神なのよ……」

 

 渡り合っていた。それも互角に、鮮烈に。

 まるでこれこそ当たり前の展開(こたえ)だと言わんばかりに、彼女はたった二本の刃で魔神柱と対等の戦いを演じていた。

 

 鋭い剣閃が奔はしるたびに轟音を響かせて弾き合う触腕。

 火花がまるで華のように散っては咲き、咲いては散って彼女の舞踏を豪華絢爛に染め上げていた。

 衝突するたびに大きく軋む刀身は砕け散る。しかし、次の瞬間には新たな二刀が現れる。一度の合わせを耐えて二度で砕け、再びその手に戻る。

 

 投影魔術。先のアーチャーが用いていた魔術だ。それを彼女が用いていた。

 その練度は武技に比べたら遥かに拙い。巧く受けたとして砕ける程度。

 

 だが、急速に研きあげられていた。作り直す度に壊れなくなっていく。一度で壊れたのが二度の衝突に耐え、作り直せば三度、四度と完成度が上がっていく。

 十度を超える頃には彼女の武技にて受ければ壊れない程度まで投影魔術による刀の完成度は高まっていた。そこからはさらに桁がかわる。

 

 攻撃、回避、防御に反撃。先程までとは全てが変わる。絶技であったものが更に。

 二刀を振るう。彼女の戦闘行動のあらゆる場面において技量が生かされていない箇所など見当たらない。

 例外なく、余すことなく、その悉くすべてが絶技を超えた極技となっている。

 

 戦闘技能と判断速度、戦闘勘なる直感、鍛え上げたあらゆる全てを見抜く心眼。

 全てが常軌を逸している。

 練達などという評価さえ彼女には屈辱にしかならない。

 まさしく正しく、技の極みがそこにあった。武術を知らぬ素人ですらわかるほどの極まりだ。

 

 いったい、どれ程の時をかけて身に付けたのか。まだ彼女は若い。齢20にも届かぬ娘。恐らく人生全てを鍛練に捧げたのは間違いなく、何が彼女をそうさせたのか想像すら及ばない。

 

 あり得ないほど、悪魔的に積み重ねた修練の量が一挙一動から伺える。そのあまりの完成度に、マシュとオルガマリーはよく出来た円舞(ワルツ)でも観劇している気分だった。

 一眼、一足、一考、一刀に至るまで、悉くに意味があり、無駄な行動と思えるものが微塵も無い。

 

 歯車のような正確さで暴力の風雨を捌く 。

 かと思えば、彼女は時に息を呑むほどの博打に打って出る。

 勝利の流れを嗅ぎつけ、そこに躊躇なく命を懸ける行為。

 破綻にさえ見える勝利への執着からの行動。

 

 それは強者には必須ともいえる行動だった。

 正着を打つだけの機械には決して持てないもの。

 勝利するためのあらゆる全てをなし得る覚悟。

 

 それらがまたとない力となって、彼女を勝利へと導いていく。

 

 気合や根性で誤魔化せる差ではないというのに。

 まさに、その気合と根性。

 執念という意志力だけで、彼女はその差をあっさりと覆している。

 

 十が百を踏みにじる。

 猫が虎を噛み砕く。

 奇跡という名の不整合が顕現する。

 

「勝利の意思もない、破壊をもたらすだけの魔神柱に私は負けない」

 

 呟く言葉は強く。何よりも英雄的だ。

 

 ゆえに破壊をもたらす怪物は英雄を殺すためその権能を露にする。必ず殺すため。

 天井知らずに上昇していく危険度。歪み、蹂躙されていく景色。

 逆賊を誅戮する。自然の摂理に逆らう輩へ、天意の裁きを下す。

 

 もはや個人に向けて用いるような代物では断じてなく、破滅のカウントダウンが無慈悲に頂点めがけて駆けあがった。

 

 だから後はもう、希望的観測を抱く余地すら無い。そのはずなのに。

 オルガマリーは、マシュは、目を見開く。

 

「――――!?」

「先輩!?」

 

 やはりこの女は勇者(きぐるい)だった。

 受けて立つと、逡巡なく前に出る姿は恐怖という感情が欠落しているとしか思えない。

 いや、まさか本当に? まさか理解した上でそうしているとでもいうのか。

 

「負けるものか。安心しろ。私が必ず全てを救うとも」

 

 彼女の呟きはその考えを肯定した。

 向かい来る暴虐を前に一刀を捨て。

 

「秘剣の煌めきを見せてやる――」

 

 彼女は踏み込んだ。

 

 一歩、二歩、三歩。

 

 たったそれだけ。開いていた距離はなくなり彼女の姿は魔神柱の前にある。

 

「無明三段突き――」

 

 それは稀代の天才剣士沖田総司が得意としていた秘剣――三段突き。

 超絶的な技巧と速さが生み出した、必殺魔剣の再現。

 ほぼ同時ではなく、全く同時に放たれる平突き。 

 そこには放たれた壱の突きに弐の突き、参の突きすら内包していた。

 

 つまり、放たれた三つの突きが同じ位置に同時に存在しているということ。

 剣先は局所的に事象崩壊現象をすら引き起こし、貫けぬはずの魔神柱を貫き穿っていた。

 それは魔神柱の攻撃が意味をなくしたということ。

 

 それはつまり、勝利したということ。

 

「英雄――」

 

 怪物を斃せるものは、彼らと同じ怪物だけ。

 そして人間でありながら怪物を斃すことができる者は、御伽噺の英雄のみ。

 オルガマリー、マシュは今、間違いなく、一人の女が伝説になる瞬間を目撃した。

 

「彼女なら、任せられるかもしれない」

 

 オルガマリーは死んでいる。戻れない。

 

「何してる帰るぞ」

「私は」

「言ったはずだ、全てを救う。女一人救えないはずがない。この手を掴んでいろ。どうにかする」

 

 現実へとレイシフトする。その刹那、オルガマリーはその手を掴まれ、そしてどうにかなった。

 

 これが彼女のグランドオーダー。その始まり。

 

 




鋼の英雄ぐだ子

今回は分かりやすく、彼の戦いを模倣しました。

次回は竜殺しを差し置いて竜殺しするんじゃないかなぁ。

あとIFの方でマシュマロお仕置き、清姫とのいちゃラブ見せつけからの3Pなる何かを構想してますがいつも通り期待はなしの方向で。あといつできるかもわかりません。
ぐだ男が割りとSってます。

あ、IF更新しました。


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第一特異点――救世主

とりあえずぐだ子編は深く考えたら負けです。


「オルガマリー所長は……」

「ここにいる」

「は?」

 

 ロマンは、彼女の言葉が信じられない様子であった。

 

「正確には私の中にだ。私と一心同体にして連れ帰った」

「は?」

 

 いったいこの女は何を言っているのだろうか。

 

「つまり、今もそこにいる。幽霊みたいなものだ。今出力してやる」

 

 彼女が何かしらを行うと、オルガマリー所長の姿が投影される。

 

「…………」

 

 とりあえずその所業に呆れればいいのか、感謝すればいいのか。

 

「とりあえずスルーすればいいんじゃない。私は、そうすることにしたわ」

「生きていておめでとうございますといえばいいんですかね所長」

 

 とりあえずこの女が規格外ということが判明した。それだけだ。

 

「というか、どうやって?」

「意味消失の危機の際、私と彼女の存在は希薄になる。そこを取り込んだ」

「――どうしようかマシュ……」

「さすがです先輩! そこにしびれて憧れます!」

 

 オーケー、とりあえずまともに話し合ってはいけない。というかこの手の話題はそういうものとしておけばいいんだろう。

 そうでないと精神衛生上悪そうだとロマンは悟り、次の特異点を示す。

 

「とりあえず、次の特異点はフランスだ。所長、状況はわかっていますよね」

「ええ、やるべきことは変わらない。レフのやつをぶん殴ればいいのよね。彼女なら余裕よ」

 

 魔神柱を容易く殺した彼女ならば。

 これより先は新たなる英雄譚だ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 フランス。

 第一特異点。竜の魔女に襲われた国を救うべく、竜殺しを解放せんと聖人を守るため私は戦っていた。

 いわば足止め。囮。

 そんなもの。

 

 絶望的な戦力差。覆すこと能わず。

 だが、それでいいのだと悟っている。自らは此処で死ぬ。けれど、その死は必ずや希望をつなげるのだ。ならば無意味であるはずなどなく。

 

「フランスに殺された王妃がフランスの為に死ぬなんて。なんて馬鹿なのかしら」

「ふふ、そうかしら竜の魔女さん」

 

 最期はどうあれ、マリー・アントワネットとしての人生は華やかだった。

 それでいい、それでいい。

 後悔などなく。それが国民の意思ならば、国の意思ならばそれでいい。

 なぜならば、その先にある確かな幸せのために死ねたのだから。それでいい。

 

「わたしは、今はすっごく幸せ! こんな私にも、あの方やジャンヌの力になれたのだもの」

 

 だからそれでいい。

 フランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)

 そう言って笑顔で消えましょう。

 

 友達のお手伝いができた。

 フランスを救う為の手伝い。

 それが出来たのなら、悔いはない。

 喜んで散ろう。

 

 邪竜ファヴニール。その焔の息吹が放たれる刹那――。

 

「諦めるなマリー!」

「――――!!」

 

 彼女の声が響いた。

 全てを焼き尽くす絶望の嚇炎が迫る中、それに負けない鮮烈にして莫大な熱量を持った声が響く。

 輝光を纏った疾風。

 まき散らされた瓦礫と砂煙を引き裂いて灼熱の焔をものともせず駆け抜ける姿がある。

 

 運命を受け入れ閉じていた瞳を開く。そこにあるのは彼女の背。

 華奢な彼女の大きな背中だった。

 ただ一人、希望を繋いで逝くことを良しとしたのに、彼女だけはただ一人折れてはいなかった。聖人を逃がし、合流した時点で全てを悟ったはず。

 だというのに、彼女は、来た。ただ全てを救うために。

 

 押し寄せる絶望に対して、彼女だけは折れることなく、諦めることなく前を見据えていたのだ。

 勇者、英雄。斯くあるべし。まさしく正しく、彼女は英雄だった。

 マスターであるのなら、どのような敗勢であろうとも屈してはならない。

 どのような運命であろうとも屈することはなく、ただ前に進む。

 

 その強靭な意思こそが彼女を彼女たらしめる。最後のマスター。世界を救う希望として。

 その才能は凡人だった。非凡なものなどなにもない。

 だが、その意思こそが最も尊い。

 

 全てを救う。

 

 その意思は、何よりも強く。ただの人を英雄へと押し上げるのだ。

 

「諦めるな。前へ進む足があるのなら。闇を切り開く腕があるのなら。身体を前に進める意思があるのなら――諦めるな」

 

 ――ああ、なんて。

 

 なんて雄々しいのだこの人は。

 だが、それでも状況は好転していない。今もなお絶望は続いている。

 

 けれど。けれど――。

 

「――」

 

 投影した大剣を手に、彼女は迫る焔に対してひるむことなく前に出る。

 励起する魔術回路。

 非凡なもの。どうあがいても足りぬ魔力。

 劣ったそれをただ気合いと根性(・・・・・・)で補う。

 

 おそらくは莫大な負荷が彼女をさいなんでいるだろう。だが、汗一つかくことなく彼女は術式を行使する。

 

 超密度で編み込まれる自らの身体の力を強化する魔術、更に二重、四重に大剣の構造を強化し、魔力を放出し放つ。

 疑似的な衝撃波。相手が行ったのは権能。

 

 この攻防でどれほどの超絶技巧が使われたのかは火を見るよりも明らかだ。ファヴニールの一撃を防いだ。しかもただの魔術師がだ。

 まさしく称賛に値する行為。

 

 だが、戦闘という面からみると明らかに、彼女が劣っていることがわかる。

 竜にとっては焔を吐くことなど余技だ。そんなものを防ぐのに数多の策を講じる必要があったということはそれだけ両者の間に差があるということになる。

 

 それも当然だ。ただの人間と最強の竜種。

 その差は到底覆せるものではない。

 

 だというのに、想わずにはいられないのだ。

 

 ――もしかしたら、彼女ならば勝ってしまうのではないかと。

 

 そう思ってしまう。そんなありえもしない奇跡を思い描いてしまう。

 だからこそ、聞かねばならないと思った。

 

「どうして――私など」

「言ったはずだ。私は全てを救う。おまえすら例外ではない」

 

 まさしく英雄だった。

 

「行くぞ、邪竜。そして、竜の魔女――私が、おまえたちの敵だ!」

 

 爆轟する灼熱がはじけ、ここに決戦の火ぶたが切って落とされた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ハアアアアア!!」

 

 裂帛の気合いとともに放たれる剣戟。それによって生じるのは地割れの如き、いや、モーセの海割りの如き所業。

 敵の大軍が割れる。

 

 即ち天を舞うワイバーンがただの一振りによって薙ぎ払われたことを意味している。

 それがただ一人の女の剣によって引き起こされたと誰が信じられようか。少なくともその暴威を間近で感じたマリーですら信じられないほどだった。

 

「マリーを殺すのは――」

 

 そんな彼女の所業を目の当たりにしながら狂った処刑人は止まらない。

 

「邪魔だ――」

 

 それをただの剣の一振りで首を落とす。

 

「ああ、なんて」

「サンソン」

 

 彼はとても安らかな顔をして消えた。

 

「なんなのよ、あんたは! ファヴニール!」

 

 竜の魔女がファヴニールに命令を下す。

 奴を殺せ。

 

「笑止――その程度か」

 

 振るわれる剛爪。

 それを彼女は受け止めて見せた。

 この程度か。この程度で最強の邪竜だと?

 おまえの暴虐はこんなものではないだろう。

 伝説にまでなったおまえの暴虐はこの程度ではないだろう。

 

「本気を出せ。でなければ、死ぬぞ――」

 

 振るわれる剣。

 ただの一撃が、その竜鱗を引き裂き血を流させる。

 ファヴニールの悲鳴が響き渡った。

 

 たたきつけられる強靭な尾。

 彼女はやすやすとそれを躱して見せた。

 大きいことはそれだけで強さであるが、その分大ざっぱになる。

 大きな振りは躱すことなど容易い。

 

 大地が引き裂け岩盤がえぐられる。

 縮地と呼ばれる特殊な歩法にて彼女はえぐられ宙を舞う瓦礫の上を駆け回り、ファヴニールの直上からひときわ大きな瓦礫。

 城ほどはあるだろう瓦礫を持ち上げて投げつけていた。

 

 人外の強化魔術。魔力がすぐに枯渇するだろうレベルのそれを彼女は行使する。

 魔力など気合いと根性でいくらでもどうとでもなる。そういわんばかり。

 負荷など微塵も感じていないかのように巨大な瓦礫をファヴニールへと投げつけた。

 

 それと同時に大気を蹴って疾走する。もはや地面などいらぬとばかりに、彼女は竜の魔女の前へと降り立ち剣を振るう。

 相手はサーヴァント。人間よりも格上だ。

 

 ゆえに、人間の一撃など容易く受け止められる。

 彼女が剣を振るう度に相手の旗がはためき火花を散らす。

 それだけでなく、背後からのファヴニールの一撃すらもはじき、あるいは利用して竜の魔女と互角に渡り合っていたのだ。

 

 衝突するたびにきしみをあげる大剣。いかに構造を強化しようとも内包した神秘の差に悲鳴を上げている。

 少しでもまともに受ければ折れてしまうだろう。いいや、受け続けても折れる。

 それだけ武具の差がある。

 

 だが、そんなもの知ったことかと彼女は剣を振るう。自らの一撃で砕ける大剣。

 

「馬鹿め!」

 

 そう竜の魔女があざけり彼女を殺さんと旗を振るう。

 

「――――フッ!!」

 

 彼女が振るったのは剣ではなく足だった。蹴りあがった足が降り降ろされ旗を地面へと押し込む。

 

「なっ!」

 

 そしてその手には新たな大剣が投影されている。

 

 それは今度は砕けぬ。

 それもまた気合いと根性というありえない二つの文字のせいでだ。

 

 神秘が足りない?

 上等だ。ならば魔力を込めればいい。

 強化率をあげてやれば問題などないだろう。

 

 そんな単純明快な思考の下彼女は、行動している。

 

「うそ、でしょ――」

 

 竜の魔女とファヴニール。

 このフランスを害する最強の存在を相手にしながら彼女は互角に、いや、圧倒し始めていた。

 生じる業炎とともに振るわれる大剣。

 真に恐ろしいのは炎ではない。彼女が炎を出しているというのは副次的な効果でしかないということだ。

 

 ただの強化魔術は普通、大剣を振るって炎を出すなんて芸当はできない。炎が出るということは熱が発生しているということ。

 原理は簡単だ。摩擦熱。大気との間にある摩擦熱によって熱が生じ、それが焔にまで昇華しているだけなのだ。

 なんのことはない。彼女の大剣を振るう速度と力はが炎が出るほどに速く力強いということなのだ。

 

 その速度、音速を優に超えている。人間が出せる限界を超えさせるのが曰く強化魔術ではある。しかし、これほどまでに常識を振り切った強化魔術など誰も見たことがないし、そもそも魔力が持たない。

 事実彼女の魔術回路は励起しっぱなしだ。

 それも過剰に。

 

 全身を激痛がさいなんでいることは間違いないだろう。無理な駆動だ。そんなことをすれば壊れてしまうのは当然の結末だが。

 彼女はそんなことに頓着などしない。

 思うことはただ一つ。

 

 ――全てを救う。

 

 そのためならばどのような無茶だろうが、超えて見せる。

 

 雲が切れ、大地が引き裂け、はじけ飛ぶ。

 そんな光景を作り出したのが彼女の大剣の一振り一振りだというだから竜の魔女の戦慄はさらに深まっていく。

 

 彼女の攻撃はもはや大砲、いや、ここは最上級で示そう。核兵器と言っても何ら変わりがない。

 彼女が剣を振るえばそこが爆心地となる。衝撃波とともに生じた莫大な熱量が全てを焼き尽くして消し飛ばしてしまう。

 その光景は、まさに日本に落とされた二発の原子爆弾が引き起こした光景と類似している。徘徊するゾンビやワイバーンが炭化したままそこに立っている光景など非常識過ぎた。

 

 だが、そんな非常識な光景でありながら、彼女は冷徹なまでに自らの能力を計算に入れて演算を繰り返していた。

 相手の動き、相手の呼吸。自らの状態。実力。

 それらすべてを冷静に計算に入れて、極限まで極めていた。

 全てが壮絶、全てが隔絶した技量と能力のぶつかり合いであり、そこには確かに超常をそのまま体現したような熱量が存在している。

 

 だが、言った通り芯にあるのは氷だ。冷たく冷徹に、激しい熱量の中で自らを俯瞰し、相手を捉えて勝利への道筋を組み立てていく。

 その姿はさながら機械のようでありながら、されど思いもよらぬ行動をとるところはまさしく人間であった。

 

「なんなのよ、おまえは!!」

「最後のマスターだ。おまえたちの敵だ。竜の魔女」

「くっ、ファヴニール!!」

「逃がすものか――」

 

 殺す意義と殺す甲斐。殺す目的がある。

 ここを逃せばまた苦しむ民が出てくるだろう。

 ここは特異点。ありもしない歴史を刻んだ場所。

 修正されれば全てはなかったことになる。

 

「だが、私は覚えている。この土地に生きていた全ての者を。死んでいった者たちを。戦った者たちを。悲劇を、絶望を私は覚えている」

 

 ゆえに、彼女は誓っている。

 

「私は全てを救う」

 

 たとえ荒唐無稽と笑われようとも成し遂げる。

 そう誓っているのだ。

 

「逃がすものか」

「誰が逃げるですって」

 

 ファヴニールに飛び乗った竜の魔女がいう。

 逃げるものか。おまえはここで殺す。ここで殺してしまえば終わりだ。

 至極自然な道理としてここで死ぬし人類は滅ぶ。

 だからこそ逃げるはずもなく。

 

「やりなさいファヴニール!!」

 

 特大の炎。

 彼が持つ最大の一撃。

 

 それが顕現すると同時に世界の全てが崩壊する。

 莫大な熱量。それは致死の猛毒だ。

 揺らめく陽炎の中ありとあらゆる全ては溶解していく。

 人間など燃え尽きる。

 人間にとって、限度を超えた炎は毒でしかなく。それは人間であるがゆえに逃れることはできない。

 いいや、生物であるがゆえの絶対の摂理。

 

 逃げられるのは幻想であるものだけだ。

 この場合は竜種のみだ。

 

 必ずや彼女は、英傑はここに落命する。

 怪物に殺されることこそ英雄の華。

 死にて幕を起こしてこそ英雄譚は輝くのだ。

 さあ、おまえの英雄譚に輝きをくれてやる。

 

「笑わせるな。そんなものは要らん。三流とののしられようと。誰もが笑っているハッピーエンドこそ私の望むものだ」

 

 だからこそ全てを救う。

 

「救えなかった命がある。それら全てを背負って私は行く。残った全てを救い、誰もが笑える世界を作る。そのためならば――」

 

 たとえこの身が果てようとも構わない。

 魔術回路が焼き切れようとも、この身の痛みなど全て耐える。

 なぜならば、死んだ彼らの方がもっといたかったはずだ。

 この程度で泣き叫び倒れてなどいられない。

 全身を苛む激痛程度、耐えられないはずがない。

 

 迫る超重量の脅威。

 莫大な熱量。

 まさしく星の新生如き爆裂が迫りくる。

 そのさなか、彼女は動かぬフランス兵の死体を見据えた。マリーとともに住民を逃がすために戦った勇敢なる兵士たち。

 

「すまない。そして誓う。無駄にしない。おまえたちの死はなかったことになったとしても、おまえたちの死は必ずや世界を救う礎となる。人類史を弄んだ奴らの魂魄まで刻み込んでやるとも――」

 

 開眼した瞳。

 その奥に燃える焔。

 

「必ずや、勝利してやる――」

 

 紡がれる宣誓。

 燃える意思とともに魔術回路が駆動する。

 極限の意志を燃料に莫大な魔力が燃え盛り術式が駆動する。

 爆光とともに彼女の魔術が放たれた。

 

 それはまさしく光の波濤。彼の騎士王の聖剣にすら匹敵する莫大な光。

 世界を二分するほどの輝きの一閃は冗談のようなエネルギーを伴い顕現した。

 降り降ろされた一撃は焔を消し去り、ファヴニールと竜の魔女を飲み込んだ。

 

 進行方向にあるものは何も残らず、ここに全ての戦は決した。

 

 それと同時にオルガマリー率いる別動隊がオルレアンを解放し、ジルと魔神柱を討伐したことが報告される。

 全ては終わったのだ。

 

「さあ、行くぞマリー」

 

 彼女は笑顔でそういったのだ――。

 




というわけでマリーを救いました。
あとオルガマリーも救ってます。
なんかこう気合いと根性で。特異点でのみ所長は外に出てこれます。カルデアでは基本ぐだ子の守護霊的な立ち位置。ぐだ子の気合いと根性によって投影できるらしい。

ぐだ子のカルデアには特異点で出会った味方のサーヴァントが全員います。
ぐだ男と違って大所帯。全員気合いと根性でぐだ子が連れ帰ってます。

とりあえずぐだ子編は深く考えたら負けです。

Fate/Last Master IF更新しました。
お相手はマシュと清姫です。期待しないように。


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第三特異点――四海の覇者

第二特異点を忘れてこっち書いていた。
あとで第二書きます。
なんども言おう。ぐだ子に理論なんて求めたらだめです。

ちなみに鋼の英雄じゃなくてやっていることはエクスカリバーの応用です。


 世界最古の海賊船。アルゴー船。アルゴノーツ。数多の英雄を束ね、金羊の毛皮を求めて旅立った人類最古の海賊団。

 ああ、まさしく正しくそこにあるは――。

 

「■■■■――」

 

 世界に覇を唱える最強の英霊――。

 

「ヘラクレス――」

 

 誰かが言った。誰かが呼んだ。ゆえに、彼の英霊はその名のとおりに、英雄である。

 

「える……りゃ……れ……まもる!」

 

 立ち向かいは怪物なりし優しい雷光。

 我らを逃がすべく戦う優しい化け物。

 

「さあて、おじさんの出番かな――」

 

 それを狙うはトロイアの英雄。

 その名ヘクトール。

 その投擲は、あらゆるものを指し穿つ。

 組み合ったヘラクレスごと撃ち抜こう。

 

 なに、安心するが良い。彼の大英雄がその程度で死ぬものかよ。

 おまえたちの死は確実だ。

 定められた運命である。

 

「僕のヘラクレスは最強なんだ――!」

 

 全てが終わる。ここで。

 誰もが絶望する。

 

「無理よ、ヘラクレスだなんて、勝てるはずがない」

 

 オルガマリーが絶望する。

 

「そんな、無茶ですアステリオスさん!」

「アステリオス! 何してるの、早く――」

 

 マシュと女神の悲鳴があがる。

 だって、そうだろう。彼は死んでしまう。

 怪物は英雄に倒される運命なのだから。

 いかに自分たちが彼を英雄だと思っていても。

 

「くそ、あいつをどうにかしないと逃げられないね!」

 

 ドレイクですらどうしようもできない。

 

 されど――。

 

「やらせるものか。女神がその雷光を所望だ。持っていくのなら、私の雷光を喰らっていけ――」

「なっ――」

 

 竜牙兵の大軍を押しのけその女はヘクトールへと一直線に走っていた。並みいる英雄、魔術師を無視して彼女はまっすぐに彼へと向かう。

 

「チッ――」

 

 投擲姿勢を解除。迎撃する。

 なぜならば、アレはまずい。

 

 その手にある爆光。魔力を収束回転させて異常なエネルギーを生み出す。それは彼の聖剣が行うものとほとんど同一である。

 つまるところ、この女は人間でありながら、宝具クラスの一撃を作り出しているということだ。

 

 まずありえない。

 だが、気合いと根性。

 ただそれだけ。必要だからと彼女が判断し、作り上げた一つの形。

 全てを滅する救済の光だ。

 

「敵を殺してはい、平和、ってか」

「ああ、そうだ。私にはこれ以外にできん。何より今必要なのはこれだろう」

 

 絶望を切り払う大いなる光。それが必要だ。

 

「そのために、自滅する気かよ」

 

 ヘクトールの見立てではあんな無茶がまかり通るはずがない。

 それ相応の無茶をしているのは間違いない。

 

「それがどうした。私の身一つで世界が救えるのなら安いものだろう?」

 

 世界を救う。

 そのためならば自らの身などどうなっても良い。自らよりもはるかに価値のある世界だ。そんなものを価値のない己が守れたのであれば、重畳。

 

「そりゃぁ」

 

 ――ああ、いけねえや。

 

 納得しちまった。

 

 トロイアを守るために戦った。そう、同じだ。この身一つ。それで勝ちが拾えるのなら。なによりもあのアキレウスを倒せるのであればと戦った己と何が違う。

 この身一つ。それで勝てるのであれば躊躇うことなし。

 

 ――まあ、負けてしまったおじさんが言うことではないか。

 

「やれやれ、おじさんの負けだね、こりゃ。はいはい、こうさーん。おじさんはこうさんするよ」

「そうか」

 

 彼女はそう言って手を挙げたヘクトールに背を向ける。

 そのまま刺せば終わる。

 

 ――まあ、それをさせちゃくれないんでしょうがね。

 

 そのつもりであったがやめだ。

 どうにも刺し貫く未来は見えない。こんなのはあのアキレウス一人で十分だというのに。

 

「やれやれ、おじさんもやきが回ったかね」

 

 ヘラクレスへと向かう彼女を見送る。

 

 人間が勝てるはずがないが、

 

「さて、おじさん、少しは期待しちゃうよ」

 

 もしかしたらそんな未来が見られるかもしれない。

 どのみち、そんな奴と戦えば疲弊する。

 そこがねらい目だ。

 

「さあて、それじゃ、おじさんはゆっくり機を待たせてもらいますか」

 

 目の前で繰り広げられる新たなる英雄譚を観戦し、終わりを刺し穿つのだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ヘラクレスと彼女の戦い。

 それが幕を開ける。

 アステリオスを押しのけて眼前へと立ちふさがる彼女の姿。

 無茶無謀。ありえない光景であったが、不思議と誰も心配には思わなかった。

 

「行くぞ」

 

 言葉なき咆哮が返る。

 

 両雄の激突は単純に一撃の激突から始まった。

 砕ける二刀。

 内包した神秘の差もそうであるが、何よりにおいてヘラクレスの膂力が違う。

 

 天地を持ち上げるとすら言われる彼の膂力に耐えられる武具などそうない。

 それが人が作り上げたものならだ。

 だが、彼女はそれで諦める人間ではない。

 

 耐えられないのならば耐えられるようにするまで。

 工程など破棄する。重要なのはただ折れず、曲がらず極限まで斬れる武器だ。

 それを投影する。

 

 全身を苛む激痛は気合いと根性で耐える。

 魔力が足りないのなら命すら削ろう。

 文字通りの全力。

 自らの身体も何よりも強化を重ね掛け、英雄に相対する。

 

 互いに譲らず一歩も引かず、全力にて互いの獲物を振るう。

 斧剣と二刀。

 鋼が舞い、火花が散る。

 綺羅綺羅しくされど何よりも激しい防風。

 アルゴー船が軋み、海が荒れる。

 

 むろん、武具の激突だけが戦いではない。

 己の権能全て、己の武技全てを扱ってこそ戦闘。

 斧剣だけではなく、その拳が、蹴りがさく裂する。

 一発でも当たればそれだけで肉体が消し飛ぶような威力。

 

 ヘラクレスの一撃はその全てが死へとつながる殺しの技だ。

 必ず殺す必殺のそれ。

 遊びなどなく。もとより狂化したとはいえさび付かぬ英雄の技量をいかんなく発揮して目の前の敵を滅殺せんと猛る猛る。

 

 対する彼女の方は静かだった。

 莫大な熱量を放つ意思を内包していながらさながら機械のように冷徹に状況を俯瞰している。

 猛き狂う大英雄を前にして、彼女は変わらず冷静。

 されど莫大な熱量をその背に宿している。

 

 だが

 

「チィ――!」

 

 これにて四度。武具を砕かれ致命傷を裂けている。いや、四度というのはいささか少ないと感じるだろう。

 ゆえに真相。もはや百、いやそれ以上は繰り返されている。

 四度というのは、周りが認識した回数という意味。

 

 その戦いはもはや常人の眼ではとらえられぬ。

 音速を置き去りにして光に迫り、天変地異の如き破壊をまき散らすほどの戦い。

 常人が目にすることなどできるはずがない。

 

「ぐおおぉおお!!」

 

 二刀を砕かれ吹き飛ばされる。

 即座に新たな二刀を創形。

 それも砕かれる。

 さらに投影。

 

 強度が足りない。足りない、足りない。

 力が足りない。足りない。足りない。

 速さが足りない。足りない。足りない。

 

 もっとだ――。

 

 防戦一方。

 斧剣の剣戟を受ける度に全身が軋み、あらゆる場所に罅が入っていく。

 受け続ければ最後、この身はそのまま砕けるだろうとすら。

 這い寄る敗北の二文字。

 

 振りあがる斧剣。投影する二刀。

 砕かれる。

 眼前に斧剣が迫っていた。

 

「まだだ!」

 

 一瞬のうちに更に二刀を投影する。

 それは今までと同様の結果など生じさせない。

 新しく、作りあげた二刀は砕けずあろうことか斧剣を押し返す。

 

「■■■■――!!」

「オオオオオオォオォオォ――!!」

 

 爆光が爆ぜ女が吼える。

 きらめく英雄の一撃が、ヘラクレスへと叩き込まれる。

 鋼の舞い散りとともに砕ける刃。

 その一撃すら、いまだヘラクレスには届かない。

 

 へラクレスの輝く双眸がさらなる一撃を女に放たせる。それもまた彼女は受け止めた。そして、そのまま攻撃を放つ。

 先ほどとはけた違いに注ぎ込まれた魔力。爆光が爆ぜ、周囲を飲み込み、吹き飛ばす。

 防御など知らぬといわんばかりにここ一番の博打に彼女は打って出た。一撃で殺せぬのなら、何度も食らわせるまでだ。

 

 剣を振るう度に彼女の速度が上がっていく。彼女の力が上がっていく。

 際限なく高まっていく彼女の剣戟。

 足りぬのなら上げるまで。どこまでも上がる。上がる。

 

 窮地でこそ人は成長する。確かに正しいだろうが、これはいささか異常が過ぎた。防戦一方であった人間がヘラクレスと互角に打ち合う? なんの冗談だそれは。

 だが、見た全てが真実だ。ヘラクレスが手加減をしているはずもなく、では何が起きたのか。

 単純だ。女が強くなっただけのこと。窮地による覚醒。言ってしまえばそんな単純な事象であるがゆえに誰も信じられない。

 

 人間がヘラクレスを打倒するのではないかと。

 そんな希望を抱いた瞬間、

 

「――――!!」

 

 女の一撃がヘラクレスの首を切り裂いた。流れる血はヘラクレスを一撃で絶命させたことを示している。

 爆光が硬い筋肉の鎧を切り裂いて、その気道を動脈を消滅させた。普通ならば死ぬ。首の大半がえぐられたのだ。普通ならば死ぬ。

 だが、

 

「僕のヘラクレスがそんなことで死ぬはずないだろう?」

 

 イアソンの声が響く。それは何よりも彼を信じているが故の言葉。

 その言葉を証明するかのように、ヘラクレスは再び立ち上がる。

 無敵の英雄ヘラクレス。

 

 彼が退けた十二の試練こそが彼の宝具。

 それは十二の残機と死んだ攻撃への耐性付与というもの。

 つまるところ、十二回の別の殺し方をする以外に彼を殺す方法はないのだ。

 そして、女にできることはただ一つだけだった。

 

「ガ、ア、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!??」 

 

 放たれる無双の一撃。

 いかに強化した二刀であろうとも受けきれずその腹をえぐっていく。

 これこそが英霊だ。英雄だ。人間が勝てるはずのないもの。

 その事実を思い知っただろう。ならばそこで倒れるが良い。ある意味でそれは慈悲だ。止まらぬ英雄ほど、止まれぬ歯車ほど、恐ろしいものはないのだから。

 いつか摩耗し、壊れるのならば、ここで死ぬことこそ慈悲だ。

 

「まだだァ――」

 

 だが、それで止まれるのならとっくの昔に止まっている。すでに、女の身にブレーキという概念はない。走り出したのだ。

 数多の犠牲の中で生き残りやり通すと決めた。ならば、止まれるはずがない。

 放たれた爆光の突きがヘラクレスを指し穿ちその脳髄を消滅させる。

 

「おぉお――」

 

 その瞬間、ヘラクレスの蹴りが彼女へとさく裂する。殺した瞬間、更なる追撃の瞬間、死んでいながら反射で彼女を吹き飛ばしたのだ。

 船上から海へとたたきつけられ海の上をバウンドしながら吹き飛んでいく。

 

「オオオオオオオ!!!」

 

 海水に指を立て、勢いを殺し彼女は踏み込んだ。

 海の上を走る。原理は単純だ、足が沈む前に次の足を前に出しているだけ。尋常ならざる脚力でバカげた水柱を挙げながら、同じように追撃に出たヘラクレスへと蹴りを見舞う。

 吹き飛ぶヘラクレス。握りしめられた拳がヘラクレスを海中へと叩き込み、その心臓を極限まで収束した爆光が刺し穿つ。

 

 その瞬間、その足が握りつぶされる。

 海中へと引きずりこまれる。

 人間は海の中で呼吸できるようにはできていない。

 

 どれほど海中に出ようとしてもヘラクレスがその足を離さない。

 己の巨体ごと海溝へと沈む。

 呼吸困難。窒息で死ぬだろう。

 圧力で死ぬだろう。

 だが、ヘラクレスは生き残る。もう三度殺されているもののここで二度死んだところで五回だ。残り七回も残っているのなら何の問題などありはしない。

 

 一度死ねばその死に対する耐性が付く。彼女が死んでから容易に海上へ上がることができる。

 

「――――!!」

 

 そんなヘラクレスの眼へと二刀が差し込まれた。

 こんな状況ですら未だに諦めていないのだ。

 更に輝きを増した爆光が刺し貫き脳を攪拌する。だが、それでも足は離さない。

 

 再生したヘラクレスが斧剣を振るう。ただそれだけで海が割れる。横に割れて、一瞬の空隙にわずかな酸素が流れ込む。

 それを吸い込み彼女は生存時間を伸ばす。

 

 斧剣が振るわれる。それを受け止め、足をつかんでいる左手へと押し付ける。

 自分で自分の腕を斬るが良い。

 

「――――」

 

 その瞬間、ヘラクレスは斧剣を手放した。そのまま拳を握り彼女の腹へと打ち付ける。

 会場まで響く爆音と水柱。

 何かが破裂した致命的な音が響く。

 

「がっ――」

 

 彼女が血を吐いた。

 しかし、それでも彼女の瞳の炎は燃え続けている。

 それでも終わりは存在する。それは苦痛であり、寿命であり、どうあれ確実に命を削るものだ。

 勝利、刻み続けようと、いつか必ず限界は訪れる。死という終わりは誰にでもやってくる。

 

 莫大な圧力。水圧が彼女を絞殺さんとする。

 それに加えて、動きの鈍る彼女に対してヘラクレスの斧剣が迫る。

 

「――それでもだ。諦めない。まだだ――」

「先輩!!」

 

 海の中に響く声がある。

 

「宝具、展開します――!!」

 

 彼女の宝具が展開される。

 疑似展開ではあるが、それは守る意思の発露。

 誰かを守りたいという意思そのものだ。

 

 その力が彼女を生かす。水圧を減じさせ、ヘラクレスの斧剣すらも防いだ。

 

「ああ、マシュ、おまえは最高だ――受けろ、死なぬ英雄ならば、死ぬまで、殺しつくすだけだ――」

 

 爆光をあげる二刀。

 そのままヘラクレスへと叩き込んだ――。

 




このあとその他もろもろの協力の下ぐだ子がヘラクレスを削り切り、イアソンが涙目になりながらも、おまえは悪くないとぐだ子に許されたり、メディア・リリィと戦ったりとかいろいろした。

結果、イアソンと黒ひげ、ヘクトールおじさんが仲間になった!

とまあ、そんな感じじゃないですかね。
番外編なので特に何も深く考えてないです。


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第五特異点 北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム
北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 1


ぐだ男「待たせたな!」

 眼帯に義手のぐだ男。段ボール礼装装備。



 ――今日も、同じ時間に目が覚めた。

 

「先輩、おはようございます」

 

 ――確認する。

 

 誰かが確認を行っている。五感の確認をする。客観性の確認のために、名を口にする。聞こえない名前。誰の名前かわからない。

 覚醒。その事実を客観的に把握し、多少の慣れと嬉しさが感じられるような気がした。

 

 なぜならば、その目覚めは、薄氷の上を歩くようなものであったからだ。まったくもって安定せず、手探りの暗闇の中。

 そんな目覚めであった。だが、今ではそうではない。

 

 もうすぐ外に出ることがで来る。小さな部屋ではなく、このカルデアの中に。だが、それは望みではない。望みは、外へ出ること。外の世界を見ること。

 それは不可能だった。出られない。出ることができない。なぜなら、問題があるから。身体は外で生きるようにはできていないから。

 

 でも、でも。

 

 ――わたしはとても幸せだ。

 

「先輩、あの、左腕の調子は……」

 

 なぜ、そんなことが言えるのだろう。

 ただ生きていられるだけで幸せ。穏やかであるだけで幸せ。

 どうして、幸せだといえるのだろう。

 

「先輩? あ、あの、涙が、やっぱり、左腕が……!!」

「あ、ああ、違うよマシュ。全然違うんだ」

「いけません、先輩。ここはやはりドクターに見てもらうことにしましょう」

 

 マシュに強引にドクターのところへ連れていかれる。

 

「ああ、ちょうどよかった。マシュ、君を呼ぼうと思っていたところなんだ」

「わたし、ですか?」

「ああ最近、前線で戦いすぎてる。この前みたいにあんな悪霊にとりつかれたばかりだし、ここは休息をとるべきだと思ってね」

「必要ありません。連続任務は先輩も同じです。先輩が戦いに出る以上、わたしが休んで良い理由にはなりません」

「でもね……君からも何か言ってくれよ」

 

 オレにそうドクターが困った風に言う。

 

「マシュ、大丈夫かい?」

「はい、体調管理はしっかりしています。いけます」

「わかった、きついとか無理そうなら言ってくれ」

「それは先輩もです。先輩に何かあったら、わたしは……」

「…………」

「あー、はいはい。管制室からだ。次の特異点が見つかったらしい。行こう」

 

 次の特異点。第五の特異点。聖杯探索も折り返し。

 

 ――今度こそ、オレは負けない。

 ――みんなで勝つんだ。

 

「行こう!」

 

 1783年、アメリカ合衆国へと成長途上の名もなき大地へと、オレたちはレイシフトした。

 そこは、二つの勢力がぶつかり合う戦場だった。

 

「あれ、クー・フーリンとエリちゃんがいない?」

「そういえば、カルデアでもみませんでした。いったいどこに――」

「マシュ、どうやらそういう話は後みたいだよ」

 

 ブーディカさんの言葉とともに駆動音が響き渡る。そこにいたのは、ロンドンで見たあの機械だった――。

 いや、いいや違う。似ているが違うものだ。似て非なるものだ。

 

「さあ、マスターはおさがりくださいなわたくしの後ろに、さあさあ」

「んー、あのメカっぽいのってロンドンでもいたよねぇ。どう思うジキル博士?」

「確かに、バベッジ卿のヘルター・スケルターだねダビデ王。でも、あれとは違う。どうやらバベッジ卿の蒸気機関式じゃなくて電気式、みたいだ」

「おお、さすが眼鏡碩学! ついに活躍の時が来たんじゃな! 今まで影薄かったから頑張ってよネ!」

「なんだ、アレ、アメリカってあんなの野蛮人の国だっけ? どうみても時代に合わないぞ。まあ、それはオレらにも言えることなんだけど」

 

 さらにえらく古風な、言ってしまえば蛮族のような戦士たちもいる。明らかにこの時代には合わない。

 

「アメリカ――行くぞトナカイ、まずは緒戦だ。切り抜けて見せろ!」

「ああ、頼むよみんな!」

『応――!!』

 

 どうにかこうにか戦いを切り抜けたその時、

 

「ダメ、逃げてください――!!」

 

 マシュの悲鳴のような声が響く。

 

「マスター!」

 

 清姫が駆けだすのが見えた。

 

「ああ、僕としたことが――」

 

 ダビデのしまったという表情。

 

「――――!」

 

 ブーディカさんの悲痛な表情。

 

「ノブ!?」

 

 ノッブのふざけた顔。デフォルメされてね。なんで片目なの?

 

「チッ――!」

 

 式が走る。

 

「トナカイ!!」

 

 サンタの袋が飛ぶ。

 

「駄目だ、もう僕は――!!」

「オラ、諦めてんじゃねぇぞ、クソマスター!!」

 

 ジキル博士が、ハイドになってまで救おうとしてくれる。

 

 だが、だが――。

 

 連続する戦い。いつの間にか、オレは孤立していたらしい。なにせ、終わりの見えない戦い。広範囲に広がる戦場。

 今までとは勝手が違いすぎる。広いのだ。広い。

 戦場が広く、重火器が存在する。まさしく近代戦に、古風な戦士たちの時代錯誤な戦い方。

 全てが入り混じり、あらゆる判断を困難にしている。

 

 だからこそ、見誤った。

 しまったと思った瞬間にはもう遅い。

 

「フォーーーーウ!!!」

「――――」

 

 そして、オレは宙を舞った――。

 

「先輩! 先輩しっかりしてください!」

 

 マシュの泣きそうな、顔を見ながら、オレの意識は――闇へと沈んだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「患者ナンバー99、重傷」

 

 声が響く。

 

「右腕の負傷は激しく、切断が望ましい」

 

 声が響く。切断が望ましいという声が。

 

 ――せつ、だん……

 

「ここも……駄目でしょうね」

 

 声が響く。どこかで、いつかどこかで、あの監獄で聞いたような声が。

 

「左大腿部損壊。生きているのが奇跡的です。やはり切断しかないでしょう」

 

 声が響く。慈悲深い声が。誰かに語り掛けているのではなく、自分に語り掛ける声が。

 慈悲深く無慈悲に自らに患者の状態を語る声が。

 

 感覚のない闇の中。その声が、身体を形作る。

 即ち、損傷し、損壊し、生きているのが奇跡の身体を。

 

「右わき腹が抉れていますが、これは負傷した臓器を摘出して、縫合すれば問題ないはず。左腕は義手。こちらはえらく出来がいいので問題はないでしょう。大丈夫。生きられます。少なくとも、ほかの負傷者よりははるかにマシです。では、切断の時間です」

 

 ――せつ、だん。

 

 思い出す。それは、あのマンションの惨劇。左腕がねじり切られた、あの時を。

 その瞬間、全ての痛みが脳髄を貫いた。

 

「あ、ああああああああああ――――」

「鎮痛剤が切れましたか。いえ、これは、フラッシュバック。なるほど、戦場。トラウマが蘇りましたか。ともかく抑えなければ切断もままなりません」

 

 痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い!!??!

 灼熱。激痛。もはや痛み以外に何も感じない。

 

「落ち着きなさい。ここには怖いものなどありません! 私を見なさい! 私は看護師です、あなたを害する者ではありません!!」

 

 そんな中で強い言葉が響く。鋼のように強い言葉。何よりも強い、何よりも硬い。それは聖女の如き声。

 強引に両手が頭を包みしっかりと目の前の顔を認識させる。

 

 意志の強い瞳。献身的に僕を支えてくれた彼女の――。

 

「メル、せ、です――」

 

 そこにいたのは彼女だった。監獄で、あのシャトー・ディフにて別れた。

 その姿に、痛みすら忘れた。支えてもらった、あのひとが、そこにいる。その事実に全てを忘れた。

 

「あ、ああ……、僕は、あなたに――」

「落ち着きましたか。ええ、大丈夫。すぐに済みます。あなたなら耐えられます。いえ、なんとしても耐えなさい」

「ま、待ってください!!!」

「マスターは、大丈夫ですので、その手を放してください、ええ、今すぐ。即座に、刹那の内に、でないと燃やします。さあ、さあ、さあ」

「こらこらこら! 二人とも急ぎすぎ、そりゃマスターが心配なのはわかるけど、まずは落ち着いて」

 

 マシュと清姫が踏み込んできた。遅れてそれを止めるようにブーディカさんが入ってくる。

 

「やー、美人さんだ。すごいねー、これは結構好みかも。しかも、看護師。いいよね、看護師ってなんだかエロい響きだよね」

「おまえ、いい加減にした方がいいんじゃないか全裸」

「全裸じゃないからね!?」

 

 いつも通りのダビデがメルセデス(仮)を見ていつも通りのナンパを開始。それを見て式が呆れていた。

 

「おうい、マスター無事か? いやー、キリモミ回転したときは、もうだめかと思ったんじゃが、案外元気そうじゃのう」

「どこが元気そうだ信長。重傷だ。待っていろトナカイ。さすがの私も引くくらいの重傷だが、ジキル博士が治療用のスクロールを持っている」

「ああ、すぐに治る。待っててくれ」

「全員、動かないでください!」

 

 そう全員が動こうとして、一発の銃声に動きを止める。

 

「これ以上、不衛生なあなたたちがここにいるのなら、もう一発撃ちます。良いですね。重傷患者の治療中です。不衛生な状態で割り込まないでください!」

「で、ですが、その方は違うんで――」

「いいえ、何も違いなどありません。患者は平等です。二等兵だろうが、大佐だろうが、敵だろうが味方だろうが、負傷者は負傷者。私にとって全員等しく患者です。救うべき命です。可能な限り救います。そのためには、衛生観念を正すことが必要なのです」

 

 だから、そこから入るなと彼女は銃を向ける。銃身が回転するペッパーボックスピストルを向けて。そのあまりの剣幕、いや静かな覇気に誰もが動けなかった。

 

「この方は、砲弾と榴弾の直撃を喰らいました」

「ああ、オレってそんなの喰らってたんだ」

「先輩! ああ、よかった、意識が!」

「何が良いものですか!。手足がつながっているだけでも、即死しなかっただけでも奇跡なのですよ。本来ならば切断して余分なところに血がめぐるのを防ぎたいのです。清潔にしていれば感染症は防げます」

 

 彼女は言い切る。

 

「安心してください。私は、殺してでも、貴方を治療します。

 ――私は、何をしても命を救う。たとえ、貴方の命を奪ってでも!」

 

 無茶苦茶だった。だが、それが彼女の在り方なのだと理解する。

 記憶を失っていた彼女。その片鱗は確かに感じられていたのだから。

 献身的に、誰かを救おうとするその鋼の意思。

 

「サーヴァント、なの、か」

「はい、そうです。ですが、関係などありません。召喚された。その事実だけで、私の役割はわかります。全てを救え。つまりはそういうこと。ここで、全力を尽くし、救ってみせます。それが、私が召喚された意義にして意味」

 

 圧倒的な意志がそこにあった。

 それはまぶしく、そして、オレもまた抱くもの。

 全てを救う。そう彼女は先達だ。

 

 だからこそ、ああ、そうだからこそ、僕は彼女に救われたのだ。彼に救われたのと同じに。

 

「はい、いいえ。確かにあなたの信念はわかりました。しかし、わたしにも譲れないものがあります」

 

 マシュが踏み込む。

 

「わたしは、先輩のサーヴァントです。先輩を守り、先輩の為に戦う。それだけは、誰にも、譲れません。貴女が先輩を害するのなら、わたしは、戦います」

「…………あなた、その身体……。わかりました、治療は一時保留します」

 

 どうにか切断されなくて済んだらしい。

 

「よかった。ジキル博士、お願いします」

「うん、治療用術式のスクロールだ。すぐに治るよ」

 

 ジキル博士によって治療用術式のスクロールが使用され、身体は一瞬で治る。

 

「ふぅ、死ぬかと思った――!?」

 

 その瞬間、マシュがオレの身体を探ってくる。

 

「先輩、大丈夫ですか?! 傷は、ありませんか? どこか痛いところは? 大丈夫ですか? なでなでしますか? さすりますか? 完璧ですか? もし、何かあれば、わたしは――」

「だ、大丈夫、大丈夫だから!!」

「くぅうぅぅうぅう」

 

 なんだか、盛大に清姫が悔しがっているのが怖いから、離れて離れて!!

 

「……ふぅ、よかったです、本当に……」

「さあ、終わったらどきなさい! 次の患者が来ます!」

 

 メルセデス(仮)に追い出されるように治療用のテントから放り出された。

 

「いたた――」

「いやー、苛烈な人だったね」

 

 露骨に殴られた痕のあるダビデが隣に座ってくる。

 

「自業自得でしょ。えっと、ここは?」

「アメリカ独立軍の後方基地だよ。うんうん、大丈夫そうだね。ごめんね。本当、あたしっていつも大事なときに」

「ブーディカさんのせいじゃないですよ。でも、なんでここに?」

「それはじゃな。マスターが運ばれてしまったから、わしらもこっちに来たというわけじゃ!」

「さっきの戦い、アメリカ軍の負けで前線が後退したんだと。相手の正体も不明だ。どうやら英国と独立戦争って感じじゃねえな」

 

 式が言うにはあとアメリカの国旗も本来のものではないらしい。

 相手もわからない。わからない尽くし。

 

「だが、やるべきことは変わらない」

「そうだ、トナカイ。ようはいつも通りマスターがあの手この手でサーヴァントを篭絡していけばいいのだ」

「篭絡って……」

 

 いや、間違いじゃないけど、もっと言い方ってものが。

 

「さしあたっては、彼女でしょうか」

「そうだね、それがいい。彼女はタヨリニナリソウデスヨ」

 

 ドクターが通信してきて目を泳がせている。

 

「バーサーカーだとは思う、たぶん真名はナイチンゲールだろう」

 

 ドクターがそういう。

 

「ナイチンゲール」

 

 彼女の名前。ようやく知れた。

 

「そう、なんというか苛烈な人だよ。僕の苦手なタイプ」

 

 しかもそれがバーサーカーだから話が通じない。

 けれど、僕は言わなければいけない。

 

「ナイチンゲールさん」

「患者ですか――」

「あ、いえ、ちがい、ます」

「では、用もないのに呼ばないでください」

「いえ、用はあります」

「では手短に。患者は待ってはくれません」

「ありがとう、ございました」

 

 きっと彼女にはわからない。それはきっと()だけがわかること。マシュも、清姫も、ブーディカさんもノッブも式もダビデもジキル博士もサンタさんもわからない。

 僕だけがわかること。

 

()は、貴女に救われました。ずっと、お礼が言いたかったんです。ようやく言えました」

 

 ようやく言えた。言いたかったことが――。

 




イベントって、楽しいよね。

FGOイベやらやってました。いやー、茨木童子は強敵でしたね(棒)
やりがいがあった。楽しかったですわ。酒呑童子も来てくれましたしね。

三蔵イベは、いいねお師さんほしぃ。なんで、私好みのキャラは全員師匠とか統治者なんだろう……。
でもいずれ追加されるなら二十連爆死したし、もう石ないから今回はこれで終了。
お師さん、いつか必ずお迎えしてやる。

でも、玄奘三蔵で聞くと私は、もうね、煙草にリボルバー持ってバギーに乗って旅してる生臭坊主しか思い浮かばんのじゃ。
あとはモンキーマジック。三蔵ほど女になっても違和感ないキャラはいないよネ!

Fate/Last Master IF
 キャットのエロが最新話です。
 次は、エレナのエロ書きたいなぁとか思っている。シチュエーションは特に思いついていない。でも、エレナっていいよね。

では、また次回。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 2

「で、そのオレたちと一緒に戦ってほしいんだけど――」

 

 戦力は多い方が良い。魔術王は強い。特異点を全て修正しなければ襲ってこないとはいうけれど、その配下がどれだけの強さかわからない。

 今まではどうにかなった。今回もそうとは限らない。今回はなにせ広い。アメリカという広大な大陸を動くのだ。手は多い方が良い。

 

 

「いいえ」

 

 そんなことを説明したというのに一瞬で断られた。

 

「えっと、なぜに」

「私は看護師です。治療することが仕事です。患者がいる限り、私はここを離れるわけにはいきません」

 

 ――ど、どうする。

 

「やあやあ、麗しい癒しの天使。僕たちについてくると良いことがあるんだけど」

「此処に患者がいる限り――」

「僕たちについてくると、ここにいる患者どころか、これから生まれる患者全てを救えるんだけど、そっかー、来ないかのかー、残念。それじゃあ、マスター、残念だけど行こうか」

 

 ダビデの合図。合せてくれというもの。

 とりあえず、このまじめな時はひどく頼りになるけど、落差が大きい王様のやることに乗っかる。

 

「あ、ああ、そうだな」

「――待ってください」

 

 ほら、食いついたといわんばかりのダビデ。

 

「どうしたんだい?」

「すべての患者を救えるといいましたね」

「うん、言ったよ。なにせ、これから患者は大いに増える。それをいくら治しても治してもとどまるところは知らないだろうね。それをどうにかするには、根本からどうにかしないといけない。つまり、この戦争の原因を突き止め、引き起こしている元凶を倒す」

「そうすれば、全てを救える」

「そういうこと」

「わかりました。何をしているのです、早く行きましょう」

 

 なるほどと納得する。彼女の目的は救うこと。なら、全てを救える道を提示してやれば、彼女はついてくる選択を取る。

 相変わらずこういうことには頭が回るダビデは頼りになる。

 

「さすがだな詐欺師全裸」

「だから、なんで君は僕を全裸呼びなの!?」

「治療現場で私語は慎んでください。さあ、行きますよ」

 

 一抹の不安はあるものの、とりあえず彼女について行こうとして――。

 

「敵襲だ―!!」

「敵か!」

「行きましょう。このままでは患者が危険です」

 

 ナイチンゲール女史が飛び出して行った。敵の大軍の前に。

 

「ああ、嘘!? みんなも! まずはノッブが一斉射撃で数を減らして!」

「任せるのじゃ。あやつらいい感じに神性持っているみたいじゃしのぅ。鴨じゃ鴨」

 

 ノッブの火縄=カタがさく裂し、三千世界にとどろく魔王の三段撃ちが敵軍の第一波を壊滅に追い込む。

 

「次、来ます!」

「清姫! 宝具強化――よし。燃やせ」

「ありがとうございます、マスター!! 転身火生三昧!!」

 

 礼装で強化した清姫の宝具によって第二波も消し飛ぶ。

 まだまだいるぞとばかりに、というかこれだけやってもまったく敵の勢いは衰える気配がない。

 

「サンタさん!」

「行くぞ、約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!!」

 

 漆黒の光が最後の軍団を超えてやってきていた軍団全てを吹き飛ばした。

 それと同意にドクターが警告を告げる。

 

「敵性サーヴァントの反応だ。二騎!」

「見えてる! ダビデ!」

「はいはい! 五つの石(ハメシュ・アヴァニム)!」

 

 しかし、ダビデの宝具は二本の槍を持っている男に防がれた。

 

「く、やはり必中宝具は外れる定め!」

「そこ、そんなに悔しがらないでよ」

 

 やはり迎撃はならず目の前までやってくる。

 

「王よ、やはり彼らがサーヴァントです。手ひどくやられた様子。今こそ我らの出番です」

「ディルムッド……」

 

 かつて夢の中とはいえどともに戦った男がそこにいた。

 そして、そんな彼を率いる男が遅れてやってくる。

 流麗に優美な風貌の男。

 

「さすがは我が配下ディルムッド・オディナ。君の眼はアレだな。そう、例えるなら隼のようだ」

「……滅相もありません。貴方、フィン・マックールの知恵に比べれば私如きは」

「ハハハ。謙遜はよしこさん。君の審美眼は確かだ。グラニアを選んだのもそれを証明しているとも」

「いや、それは……ええと……」

 

 何やらよくわからないが、気まずい雰囲気だ。 

 かつてともに戦った味方と戦う。辛い。サーヴァントだから仕方ないとはわかっているけれど、やっぱりなれることができない。

 でも、決断しなければならない。

 

「マシュと式でフィン・マックールを。ナイチンゲールさんは――」

「その死をもって病原を取り除きます」

「――なんかディルムッドに向かっていったから、ジキル博士はその援護を!」

「はい、マシュ・キリエライト、行きます!」

「了解――」

「わかったよマスター!」

「さて、遊んでいる余裕はなさそうだディルムッド」

「御意に」

「行くぞ、我らフィオナ騎士団の力を示そう――」

 

 マシュが防ぎ、式が攻め。

 ナイチンゲールが攻め、ハイドが攻め。

 

「配役、間違えたかな……」

 

 なんか、バーサーカーがバーサーカーみたいなハイドと組んで、もう大変なことになってるんだけど。

 それでもどうにかこうにか勝利することができた。

 指示聞いてくれない組はもう、うん、放置したら勝ってた。

 

「ふむ。我々二人でも手に余るとは。歴戦の勇士だったか」

「く、マスター、すみません。攻め切れませんでした」

 

 それでも、二人を倒すには至らなかった。攻めきれなかった。

 

「いやいや、悲観することはない。まさか四騎のサーヴァントだけで我々を相手取り、ほかのサーヴァントを全て防衛に回したマスターの手腕は称賛するべきだろう。君たちは任務を全うした。おかげで、こちらは損ばかりだ」

「王よ」

「ふむ、そうだな。これ以上は厳しかろう。それに、伏兵までいるとは」

 

 その瞬間、更に一騎のサーヴァントとそれに続く軍団が現れた。

 褐色のサーヴァント。

 

「加勢はいらぬだろうが、私が来れば彼のサーヴァントをこちらに回せるのでな。右翼、左翼、敵を包み込め! 我々は中央突破を謀る」

「これ以上、サーヴァントが増えるのはさすがにまずい。引くぞ、ディルムッド」

「は! しかし、戦士たちは」

「なに、連中は女王を母体とする無限の怪物。ここで数千失ったからと言って、困るものではないさ」

「……そうでしたな。では、撤退を」

「おっと、そのまえに大事を忘れていた。麗しきデミ・サーヴァントよ」

 

 フィンが無防備にマシュに近づいていく。

 

 ――なんだ? フィン、何をするつもりだ?

 

「な、なんでしょう」

「君は、我々と戦うことを決めているのかな?」

「……はい。マスターとともにあなたたちを討ちます」

「良い眼差しだ。誠実さに満ち溢れている。それに何より強い意志を感じる。王に刃を向ける不心得はその眼に免じて許そう。その代わり――君たちが敗北したら、君の心を戴こう」

 

 ――は?

 

 こいつは、何を言った?

 君の心を戴く?

 

「うん、要するに、君を嫁にする」

「…………はい?」

 

 マシュはわかっていないようだが、はっきりとわかった。プロポーズ。求婚。結婚を求められた。

 つまり、

 

 ――オレの敵だ!

 

「ちょ、マスター!?」

 

 ダビデの静止を振り切って前へ。

 

「待て!! フィン・マックール!!」

「せ、先輩!?」

「ん? 何かな」

「マシュは渡さない。何があっても、絶対にな!!」

「ほう、なるほどなるほど。であれば、どうする」

「おまえに勝つ」

 

 左手の義手を隠すために嵌めていた手袋をフィンに投げつける。

 

「決闘の約束だ! オレは戦えないから、オレのサーヴァントたちで戦う。今度会った時に、必ずおまえを倒すって約束だ」

「ははははは。よかろう少年。この私は逃げも隠れもしない。再びまみえたその時こそ、麗しのデミ・サーヴァントを賭けて戦おうではないか」

「勝つのはオレだ」

「今度は負けぬよ――」

 

 フィン・マックールとディルムッドは去っていった。

 

「あ、あの先輩? 最後のアレは?」

「…………」

「あの……」

「マスターは機嫌が悪いみたいだから、僕が説明するけど、マシュ、君は結婚を申し込まれたんだよ」

 

 その言葉にマシュが赤くなる。

 

「そ、そうなんですか。それは、ちょっと……驚きですね。あ、あの、あの方については何も思わないのですが、その、言葉にはインパクトがありますし、なにより、その先輩が……あ、あの、すみません。ちょっと深呼吸をさせてください」

 

 スー、ハー。

 スー、ハー。

 

「うん、眼福眼福――っていたー!?」

「落ち着きました。すみません。ダビデ王?」

「ダビデは大丈夫だって。ちょっと目にゴミが入ったみたいだよ」

「そうですか。あの、先輩……」

「ん? なに」

「あ、い、いえ。とりあえず、ナイチンゲールさんと合流しましょう」

 

 陣営にいる医師に治療について説いているナイチンゲール。少なからずけが人が出てしまったとはいえ、どうにかなったので陣内の雰囲気は明るい。

 

「それにしてもあれはいったい」

 

 最後のレジスタンスだったか。アレはなんなのだろうか。

 

「さあ、終わりました。行きましょう」

 

 準備も整い早速出発しようとしたところ――。

 

「お待ちなさいなフローレンス。何処へいくつもりなの? 軍隊において勝手な行動はそれだけで銃殺ものって知っていて? 今すぐ治療に戻りなさい」

 

 さもないと手荒い懲罰も辞さない。さっさと職場に戻れ。

 

 と言った少女がヘルター・スケルター的なアレを引き連れてやってきた。

 

「貴女こそ自分の職場に戻りなさい。私の仕事は何一つ変わらない」

 

 兵士全ての治療。あらゆる全ての救済。

 そのための根治療法があるから行くのだ。

 何人たりとも止めること能わず。

 

「そう、もっともな理由をありがとう。でも、王様は認めないと思うし、バーサーカーのあなたを行かせるとでも?」

 

 ばちばちと火花が散る。

 

「うわぁぁ、どうして行動派女性サーヴァントが揃うとこんな過激なことになるんだ」

「ドクター、ということは彼女もサーヴァントなの? いや、まあ明らかにそれっぽいんだけどさ」

「反応によればね。見たところキャスターだと思うだけど」

「とりあえず仲介した方が良いよね。マシュ、ジキル博士、お願いできるかな?」

「マスターの為なら、自信はありませんが全力を尽くします!」

「うん、わかった、行ってくるよマスター」

 

 マシュとジキル博士を行かせると、少女の方が驚いたようだった。

 

「あら、あらあら、よくってよ! サーヴァントがこんなに。これは王様にとってグッドニュース」

 

 ――お、なんか感触は良さそうだ。どうやら、人理を崩壊させようとする側じゃなさそうだ。

 

「しかし、王様?」

「あら、貴方、今のアメリカの現状を知らないの? まあ、見ての通りだとは思うけど、絶賛国を二分して戦争中なの。一つがただ滅ぼすしかない野蛮人。つまり向こう側で、もう一つがあたしたちの王様が率いるアメリカ西部合衆国」

 

 そう少女は言った。

 

「ドクター、アメリカで西部と東部で戦ってましたっけ?」

「ないない。どうやら南北戦争の勝敗どころの話じゃなさそうだぞ。なにせ、未知の軍勢のぶつかり合いだ」

「なんかなよっとした声が聞こえるわね」

「あ、あの、失礼ですが、レディ。あなたのお名前はいったい?」

「あら。フローレンスは一目でわかって、あたしはわからないの?」

 

 意地悪げな表情でマシュをからかう少女。

 なんで、悪くないのにマシュが謝ってるんですかねぇ。というか、フィンもフィンだし、こいつもこいつだ――。

 

 ――死ぬか。うん、死にたいのか。

 ――マシュをからかうとか、殴るぞ、ダビデが!

 

「ちょっと、マスター、なんか嫌な思念を感じたんだけど」

「…………気のせいだ」

「絶対、気のせいじゃないよね」

「良いだろ、そんなこと。そんなことより、あのマシュをいじめてる女を殴ってきてくれ」

 

 オレがやるのはいいけど、他人がマシュをいじめるとか我慢ならない。

 

「いやだよ!? なんで、僕が。自分で行きなよ。マシュがいじめられて怒るのはわかるけどさ」

「では、マスター! ここはわたくしが!」

「頼んだ、きよひー」

「はい!!」

「やめろトナカイと蛇女。話が余計こじれるだろうが」

 

 袋で清姫諸共殴られた。

 

「でも……」

「でもじゃない。まったく。トナカイはわかりやすすぎるが、もう少し自重しろ。見ていて不愉快だ」

「……ごめん」

「ふん」

 

 そんな騒ぎを見た少女はというと。

 

「あー、ごめん。なんかあたしのせいで大変なことになったみたいね。それじゃあ、自己紹介を。あたしはエレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー。世間的にはブラヴァツキー夫人って言った方がわかりやすいかしら」

 

 エレナ・ブラヴァツキー。十九世紀を代表する女性オカルティストだとドクターは言う。魔術協会と関わらず、独自のスタンス、独自の力だけで神秘学を編纂した才女。

 彼女もサーヴァントなら、

 

「一緒に――」

「そういうってことは、此度のマスターなのかしら。でも、残念。あたしたちは既にあるじを定めているの。それが王様。彼が世界を制覇すれば、それはそれで問題ないわ」

「王様……まさか、魔術王!」

「いいえ、違うわ。それは向こう側。こっちの王様は違うわよ。勝てばおそらく、どこの次元からも分離した失われた大陸(レムリア)となって彷徨い続けるでしょう。英霊の座のようなものね。これはこれで、救いがある結末だと思わない?」

「思わない」

 

 そんなものは、救いのある結末じゃない。何も救えていない。

 

「そうです。そんなもの、治療とは認めません。悪い部分を切断してそれで済まそうなど、言語道断です」

「――!?」

 

 さっきまで、オレの足とか切断しようとしていた人の言葉ですか!?

 

「あら、そう。じゃあ、あなたたちはフローレンスを連れて、どこへいくの?」

「この世界の崩壊を防ぐため、その原因を取り除きに行こうと思っているところです」

「そう。それじゃ、あなたたちはあたしの敵ということになるかしら」

「待って欲しいです、どうしてそうなるのです!」

「目的は同じ。少なくとも君たちに反することはないと思うし、味方として離れるだけのはず」

 

 マシュとジキル博士が説得しようとするが。

 

「そういうわけにもいかないのよ。だから、こちらも虎の子を出すわ」

 

 量産型バベッジが現れる。

 

「蒸気よりも電気の方が良いに決まっているだろっていうのがあたしたちの王様の言葉でね。まあ、科学で量産したからこうなったわけなんだけど」

「で、電気式!」

「ああ、先輩の眼が輝いています!」

「一機くらいもらえないかなぁ」

 

 あれに乗れれば戦えそうだし。

 

「わかりました、先輩の為一機捕獲します!」

「いや、ちょっと待ってマシュにマスター! それは無理だよ」

「止めないでくださいジキル博士! 先輩の為、わたしは!」

「おい、そこの三人漫才はそこまでにしておけよ、これでも壊せば死ぬみたいだ――」

「なにその魔眼。機械も殺すって半端じゃないわね。それとそこの一人軍団」

「わしじゃ!」

「ますます行かせるわけにはいかなくなったわね。じゃ、カルナ(・・・)ちゃっちゃとやっちゃってー!」

 

 その言葉に、全員が凍り付いた。

 

「いま、なんと……?」

「…………出番か、心得た」

「サーヴァント反応!? 君たちの直上! しかも、なんだこれ!? 霊基数値、トップクラスのサーヴァントだ!」

「下がれ、トナカイ!」

「これは――」

「…………」

「悪いけど、捕まえちゃってくれないかしらー? 一応ほら、敵に回るみたいだし」

「その不誠実な憶測に従おう」

 

 一騎のサーヴァントが降り立つ。ただそれだけで、心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を感じた。知らず胸を抑える。

 

「はっ――」

 

 ただそこにいるだけで、ありえないほどの圧力を感じる。

 

「――にげろ!!」

 

 だから、叫んでいた。

 

「良い判断だが、悪く思うな――梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)!」

 

 爆光が爆ぜ、一瞬にして意識が刈り取られた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「先輩、先輩!!!」

「ま、シュ……」

「良かった、起きました!」

「一体何が……」

「宝具の一撃をあなたのサーヴァントが防ぎました。が、その余波だけで全員が見事に失神。私たちは殺されることもなく、彼らに引き回されているようです」

 

 ナイチンゲールが状況を説明してくれる。

 拘束されてないが、全ての銃口がオレに向いている。一瞬でも変なことをすれば即座にマスターを殺せるといっている。

 だから、全員が従っている。

 

「…………」

 

 ――また、オレか……。

 

 足手まといにしかなってないぞ。

 

「くそ……」

 

 血が出そうになるくらい拳を握る。悔しい。何もできない自分が。足手まといになっている自分が。

 わかっているさ。何もできないくらい。だけど、何とかしようとしている矢先に、次から次へと。

 そして、明確に足手まとい。

 

「あら、起きたの」

「エレナ・ブラヴァツキー」

「怖い顔ね。ま、当然だけど。逃げないでね。逃げればあなたの頭が吹っ飛ぶから」

「わかってるよ。で? これからどこに向かっている。何が目的だ」

「まずは、あたしたちの王様に会ってもらうわ。その上で、どちらの味方になるか決めなさい。あなたを説得できれば話は簡単でしょ。みんな、あなたに従うんだから」

「…………どうしてそこまで、その王様ってのに肩入れするんだ」

「そうね。まあ、いいわ。王様に肩入れするいちばんの理由はね。生前、彼と因縁があったから。あとは、ケルト側はケルト人しか認めない。あちらに降伏しても殺されるだけだからね」

「わかった、王様に会う」

 

 全てはそれから決める。

 そして、王に会った――。

 




このシナリオを初めて読んだととき、オレのマシュに求婚とか、フィン殺すってリアルになったマスターです。
みなさんはどうでした?

なわけで、マシュに対するあらゆることに殺意高めなぐだ男君でした。
ゆえに、五章の最後が非常に、愉しみですね。

あ、贋作イベ、鬼イベは回想という形でこの後やるので安心を。
それぞれ感想から着想を得て、美術館デートイベ。男どもとサンタ、式たちは裏でマスターたちの美術館巡りを成功させるため先回りして敵を倒していくという裏方。

鬼イベ。わかっているな。酔っ払いマシュマロが書きたいんじゃ。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 3

 輸送されている間、今回の敵について考える。

 

「今度の敵はケルト、か」

「そうだね。フィン・マックールとディルムッド・オディナがいたということはそういうことだ。今回はケルトサーヴァントたちが大集合ってことかぁ」

 

 そうなるとスカサハ師匠や叔父貴も……。

 

「伝説を紐解く限り、どいつもこいつも頭のネジが吹っ飛んだような天然バーサーカー連中だぞ」

「やっぱり魔力波がもう一つあるわね。もう一人いるの? ポケットの中に小人でも飼っているとか? もしかしてグラハム・ベル? でもあんなのいたら、王様今度こそ本気でキレちゃうしなぁ……」

「違うよ。あいにくと通信でもこちらは数段上だ。挨拶が遅れたねブラヴァツキー女史。ボクは彼らのナビゲーターだ。ドクター・ロマン。そう覚えておいてもらえるといいかな」

「うわぁ、やっぱり聞くだけで軽率な男とわかる声ね。ろくなことしてないでしょ。あなた」

「なんで、初対面でボクをみんなディスるんだい!?」

 

 それは、まあ、うん……。

 

「まあいいわ。参謀がいるってことでしょ。なら、わかっているわね。この戦いはどちらかに与しなければ勝てない。両方に戦いを挑んでも勝てないことは子供でもわかるはず。あたしたちが戦っていなかったらこの世界はとっくに滅んでいたわ」

「両方戦いが好きなだけでは」

「聞く耳持たないって感じね」

「いきなり失神させられたし」

「……殺さなかっただけ有情だと思えないかしら」

「いいえ」

「頑固っていわれたことない? でも、やっぱりあなたも一度は王様に会ってみるべきよ。……面白いから」

 

 面白い? どういう風に面白いのやら。嫌な予感はしないから大丈夫とは思うが、一応警戒はしておこう。

 

「この究極の民主主義国家で王を名乗る以上、面白いのは当然でしょう。ああ、自称でいいのでしたら皇帝もいたコトもあるらしいですが」

 

 アメリカって面白い国だなぁ。

 

「さ、到着」

 

 そんなこんなしていると到着したらしい。

 そこに広がっていたのはアメリカにあるまじき城塞だった。堅牢そうな城塞。ここは普通大統領がいる場所としてはホワイトハウスではないのかと思っていたら、どうやらそこは奪われてしまったらしい。

 だからってなぜこんな城塞なのか。まあ、戦争中だということを考えれば当然の帰結なのかもしれないが。

 

「一から作ったの、これ」

「もちろんよ。ケルトにはケルトへの対策を施さないとね」

「ブラヴァツキー夫人、カルナ様」

 

 機械化歩兵がオレたちを呼びに来る。大統領ならぬ大統王がお待ちかね。

 聞き間違いじゃないだけに凄まじい響きだな大統王。すごく、短絡的です……。

 全員そんな呆れたような――。

 

「めっちゃかっこいいのう!」

 

 違った約一名センスが同じのがいた。

 

「わし、第六天魔王とかじゃなくてそんなの名乗れば反逆されなかったんじゃなかろうか」

 

 本能寺の変起きた理由が下手したら変なあだ名の可能性があるから、多分きっとそれはない。というか、下手したらもっと反乱とか起きていたんじゃなかろうか。

 

「こほん。彼女は置いておくとして、短絡的。そうよね。でも、そこが良いのよ。私たちからは出ない発想だから。さあ、行きましょう。王様はあれで結構短気だから」

「この先に、あなた方の雇い主がいるのですね」

 

 ナイチンゲールが銃の撃鉄を起こしていた。

 

「ちょ!? ナイチンゲール待った待った!」

 

 

 けれど、彼女は聞く耳を持たない。そんな彼女を、

 

「待て。それは悪手だナイチンゲール」

 

 カルナが止めにはいる。

 

「――――っ!」

 

 彼の姿を見ただけで一瞬呼吸が止まりかけた。英雄じゃなくても、ただの素人でもわかる圧倒的な覇気。黄金に輝くまばゆい魔力の波動。

 インドの叙事詩マハーバーラタに登場する不死身の英雄。太陽神の子。

 

 彼の力の片鱗。ただそれだけで、オレたちは負けた。本気であったのなら、今頃オレたちどころか、あの辺一帯は蒸発しているだろう。

 足が震える。身体が震える。呼吸が止まりそうになる。

 

 知っている。この感情は――恐怖。

 

 圧倒的な英雄を前に、ただただ恐怖を感じることしかできない。

 

「先輩、大丈夫です」

「マシュ……」

「先輩はわたしが守ります」

「ええ、マスター。わたくしも守ります」

「――ありがとう……」

 

 戦うわけじゃない。そう言い聞かせる。けれど、最悪は想定しなければ。

 

「ノッブ……」

「わかっておるわ。任せておくのじゃ。神性持った騎乗。相性ゲーならわしの勝ちじゃ」

 

 もしもの時は信長に任せる。

 

「その撃鉄は今しばらく休ませておけ。世界の兵士を癒すのだろう。それならばまずすべきことは病巣を把握することではないのか。それとも、そんなことすらわからぬほどに短絡的なのか」

「…………その間に、兵士たちが死んでいく。それに耐えろというのですか?」

「そうだ。慣れることなく耐えてくれ。おまえには難しいだろうが、これも試練だ。それとも長期的な治療は主義にもとるのか? だとすれば――手の施しようがないのはどちらだ? おまえの方か、この大地の方か?」

「なんですって? 私の医療が、間違いだとでも?」

「そうではない。間違いは誰にでもある、ということだ。自身の考えだけが絶対だと信じた時、人間は破滅する」

 

 カルナの言っていることはもっともだった。正論だった。まさしく大英雄の掲げる論だ。

 それにナイチンゲールですら銃を下ろしたほどだ。だが、それでも彼女はカルナが監視するらしい。

 

「では、我らが王様に拝謁してもらいますか!」

 

 エレナについて城塞の中へ。

 この時から、なんだか嫌な予感がしていた。敵が来る時とは違うまた微妙にいやな予感だった。違うようで違わない。

 この場合、なんというべきなのだろうか。

 

「大丈夫かい、マスター」

 

 落ち着かない風を見かねてジキル博士が心配して声をかけてくる。

 

「ああ、大丈夫。ただ、嫌な予感が――」

「おおおおおお!」

「!?」

 

 大統王が来る。そう聞いた瞬間、唸り声というか歓喜の声が響いてきた。

 

「ついにあの天使と対面する時が来たのだな! この瞬間をどれほど待ち焦がれたことか! ケルトどもを駆逐した後に招く予定だったが、早まったのならそれはそれでよし! うむ、予定が早まるのは良いことだ! 納期の延期に比べればたいへん良い!」

 

 そんな大声。

 

「……はあ。歩きながらの独り言は治らないのよねぇ」

「あれ、独り言なの?」

 

 独り言にしては大声過ぎるというかなんというか。人間の声量をはるかに超えていた。英霊だからというのだろうか。

 そして、それは現れた。

 

「――――率直に言って大義である! みんな、はじめまして、おめでとう!」

 

 ――アメコミにいそうなヒーローっぽいライオンが。

 

「…………」

 

 マシュが目を大きく見開いている。

 

「あら、あら……」

 

 さすがの清姫も笑顔が凍り付いた。

 

「えっと、ごめん……」

 

 ブーディカさんも匙を投げた。

 

「うははは、獅子じゃ、獅子じゃ。獅子舞か? 負けたわ! わしもこうやって登場すればよかったかのう」

 

 ノッブはいつも通り。

 

「ねえ、綺麗な女性はいないかい?」

 

 ダビデは見なかったことにして機械化歩兵に話しかけていた。

 

「…………」

 

 サンタさんは、とりあえず無言で睨んでいたオレを。やめてよ、オレのせいじゃないよ!? っておもむろに袋から獅子の被り物出さなくていいから。対抗しなくていいから!?

 

「え、ええと……い、いい、鬣、かな」

 

 ジキル博士は無理に感想を言おうと頑張っていた。

 

「………………(突然のライオンの登場に呆然としている)」

 

 式はとりあえず絶句しているようだった。

 

「…………」

 

 あのナイチンゲールですら沈黙。ドクターに至っては現実逃避の真っ最中だ。

 だが、目の前の大統王(クリーチャー)は現実逃避も許してくれないようだった。

 

「もう一度言おう! 諸君、大義である、と!」

「ね、驚いたでしょ。ね、ね、ね?」

 

 こちらの驚愕のリアクションを見てブラヴァツキー女史はひたすらいい笑顔だった。それはもうニコニコと。いたずらが成功した子供のような笑顔。

 

「……それは、まあ、驚くだろうな」

 

 カルナですらこれだ。

 

「はっ!? い、いえ、確かに驚きましたが……大丈夫。こういうのにはわりと慣れてきましたので。ね、先輩!?」

 

 ――マシュ、全然大丈夫じゃないよね君。

 ――でもマシュが期待するなら、頑張るさ。

 

「ああ、慣れてきた。ダイジョブだ、問題ない!」

 

 ――あ、なんかこのセリフ駄目だ。

 

「と、とりあえず、あなたがアメリカ西部を支配する王で、よろしいのですか?」

「いかにもその通りだ。此度のマスター。我こそはあの野蛮なるケルトを粉砕する役割を背負った、このアメリカを統べる王。サーヴァントにしてサーヴァントを養うジェントルマン! 大統王トーマス・アルバ・エジソンである!!」

 

 雷電が爆ぜる。

 彼が名乗った瞬間、彼の背から輝く雷電が爆ぜた。

 それこそが彼の証。

 いつかどこかの誰か、偉大なりし雷電の王が人類にもたらした雷を遍く世界に広げた発明の王。

 彼こそ、人類史に名を刻まれし偉大な碩学。大碩学トーマス・エジソン。

 

「うそ、だろ。じ、ジキル博士?」

「これはちょっと予想外どころか。バベッジ卿があんなだから、予想すべきだったのか? い、いや、でもさすがに、これは。あなたは本当に発明王なのですか?」

「いかにも。今は発明王ではなく大統王であるが」

 

 全員が絶句する。

 

 いや、絶句しない方がおかしい。誰がこんなライオンが出てくると思う。思わない。

 

「人間じゃなかったとは……」

「何を言う。私はまごうことなき人間である」

 

 いやいやいや。

 

「どこからどう見てもネコ科的なあれですよ」

「人間だとも。人間とは理性と知性を持つ獣の上位存在であり、それは肌の色や顔の形で区別されるものではない。私が獅子の頭になっていたところで、それが変わるわけでもない」

 

 私は知性ある人間、エジソン。それだけのことである。

 

 彼はそう言い切った。なんというポジティブ。

 つまるところ生前は人間であったが、召喚されたら獅子の頭になっていた。特に知性が劣化したわけでもないから問題ない! ということらしい。

 

 ドクターはそれを合理主義の化身と称した。

 

「凄いよ、このライオン」

「ドクター、誰もが言わなかったことを」

「まあ、仕方ないわよね。だって、ライオンだもん」

「雷音……良い響きだ。そして、今のは魔術による遠隔通信かね? 電話で事足りる時代に生きているだろうに、そのような不便なものに搦めとられているとは。やはり生粋の魔術師とは非合理的であるな。せっかくの霊界チャンネルの使いどころを間違っている」

 

 なんたる哀れとか憐憫の視線をエジソン氏はドクターに向けるわけなのだが。

 

「え、あのですね。電話回線はあれでしょ? 同一空間にしか届きませんよね? こっちはより多機能で、時間と空間をわりとこう、ふわーっと泳ぐ超空間航法的な通信なんですが……」

 

 ドクター! すごいふわっとしてるから! もっと頑張って!!

 

「ほうほう。では、君はこの時代にいないのか! むう。異なる時代へと通信を送ることができるのは、確かに便利なものだが……ふむ。魔術と科学は近しいもの。キミにできて私にできない道理はない」

 

 ――ぇ?

 

「電話通信でも同じことができるか試してみたいな。いや、そのまえに霊フォンの開発をだな」

 

 ――あ、わかった。この人変人なんだ。

 ――雷電王閣下もそうだったけど、碩学って大概アレな人なんだ。

 

「ちょっと待って、そこで僕を見るのはやめてくれるかな!?」

 

 ジキル博士もハイド飼ってるし。うん、碩学はアレってことで覚えておこう。

 

「マスター、頼むから他人を使って現実逃避はやめて!?」

「はいはい、そっちのマスターもミスタ・エジソンも。そこまでね。話を進めましょう」

 

 ブラヴァツキー夫人によってどうにかこうにか本題へと入っていく。

 

「では、単刀直入に言おう。唯一のマスター。四つの時代を修正したその力を活かして、我々とともにケルトを駆逐せぬか?」

「…………ケルトを駆逐する理由は?」

「いうまでもなく。ケルト人どもは時代を逆行している。アメリカ合衆国は資本と合理が生み出した最先端の国家だ。この国は我々のものであり、知性ある者たちの住処だ。だが、ヤツらめ。プラナリアの如く増え続けその兵力差でアメリカ軍は敗れ去った」

 

 確かに、それは問題だろう。けれど、その先も問題だった。

 

「私が発明した新国家体制、新軍事体制によって、戦線は回復し、戦況は互角となった。ヤツラ大量生産において私と覇を競い合うなど愚の骨頂だと気が付かぬらしい。いずれ我が機械化兵団は地を埋め尽くし、にっくきケルトどもを殲滅するだろう」

 

 それが出来ているのなら今頃勝っているのではないか。そう思うが、足りないものがあると彼は言った。

 それはサーヴァント。つまり将が足りないのだ。統率された軍隊はあれど、一騎当千のエースがいない。将棋に例えれば歩はあれど飛車角金銀、桂馬、香車がいないとかそんな状態。

 

「相手にはケルトの名高き英霊たちが列をなしている」

 

 それによって取り戻した拠点もサーヴァントたったひとりに取り戻されてしまう。サーヴァントを倒せるのはサーヴァントだけ。

 それは良く知っている。ただの人間が、機械化しただけの人間が、サーヴァントに勝てる道理などないのだ。わかっているさ。

 

 ――わかっているさ……。

 

「先輩……」

「マスター……」

 

 ――大丈夫だよ、マシュ、清姫。

 ――自分らしくさ。わかってる。わかってる。

 ――けれど、やっぱり思わずにはいられないのが人間という生き物なのだ。

 

 ――力が、ほしい。

 

「こちらには私を含めて三騎。他の召喚されたサーヴァントは散り散りでこちらにつくそぶりも見せぬ。私に理性がなければまさに絶叫している状況といえるだろう。アメリカを救うべき英霊たちが、敵を恐れて戦いを拒否するなど怠慢にもほどがあると……!」

 

 そして絶叫するエジソン氏。

 本当に理性あるんだよねこの人……。

 

「お、落ち着いてくださいミスタ・プレジデント! そ、その、世界を救うというのであれば、我々も協力するにやぶさかではありませんので……」

「おお! キミは話が分かる!」

 

 うんうん、さすがマシュ。

 

「実にいい、食いつきたくなるボディだ!」

 

 ――あ?

 

「よし、帰ろう」

「ちょ!? 待って待って――」

 

 帰ろうとしたオレをエレナが止めてくる。

 

「止めるな、オレは帰る。行くぞ、マシュ、こんな理性爆発本能に忠実そうなライオンがいるばしょにいられるか、オレはカルデアに帰らせてもらう!」

「だあー、ちょっと、エジソン、早く誤解を解いて、じゃないとマスター帰っちゃう!」

「む? なんだ? 率直な素直な感想なのだが――」

「そうか――」

火に油(レムリア)ぁあ!? ちょっとおおお! カルナでもいいから!」

 

 そんなオレたちを止めたのは、ナイチンゲール女史だった。

 

「二つほど質問よろしいですか」

 

 彼女の言葉が会議室に響き渡った――。

 




大統王エジソン登場。
本当、この人も良いキャラしてる。

というか、アメリカ三人組は本当好き。良い関係だし、来てほしいのに一人も来てくれないというか高レア五章鯖はラーマ君しかきてくれてないんじゃ。
だから、エレナ、カルナ、エジソン来てくれ。頼むよぉ。特にエレナ。マジ来て……。

三蔵イベ、酒呑童子大活躍中。酒呑童子のバスターの踵落とし好きなんじゃが。

まあ、それはいいとして。五章終わったらブリュンヒルデイベやります。
なぜかって? マシュが倒れたところにマシュのフリするブリュンヒルデという爆弾入れたいからだよ(愉悦)!

その後に、回想というカタチでブリュンヒルデがいるなかで美術館デートやら酔っ払いマシュと酔っ払いきよひーとかやります。
三蔵イベはなんかぐだ子イベな気がするんで三蔵イベはぐだ子編で。

追記
0時01分に次話更新します。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 4

「……二つほど聞いてよろしいですか」

 

 彼女の言葉が会議室に沈静をもたらす。

 誰もが彼女と大統王の動向を見守る。

 

「うむ、なにかね。他らぬ貴女の言葉だ。真摯に答えよう。紳士、真摯に答える――おお、エレガンティック! カルナ君、今のを大統王録に記しておいてくれたまえ!」

 

 では、と前置きしてから一つ目の質問を彼女が口にする。

 

「……一つ目の質問です。ここに到着するまで何度か機械化兵団を見ましたが……あれは貴方の発案なのですか。あなたが言う新体制の目指すところだと?」

「うむ、その通りである!」

 

 彼は言った。国難を打破するために、国家団結、市民一群……いや、一軍となっての新生。老若男女、分け隔てのない国家への奉仕こそが必要であるのだと。

 

 ――それはつまり、総力戦ってことじゃないか。

 

 かつて、世界を巻き込んだ大戦の際、日本が、ドイツが、あらゆる世界を震撼させた一つの概念。

 国家が国力のすべて、すなわち軍事力のみならず経済力や技術力、科学力、政治力、思想面の力を平時の体制とは異なる戦時の体制で運用して争う戦争の形態。

 その勝敗が国家の存亡そのものと直結するために、途上で終結させることが難しく、またその影響は市民生活にまで及ぶ。

 

「いずれ全ての国民が機械化兵団となってケルトを、侵略者を討つだろう。無論、そのためには大量生産ラインを維持しなくてはならない。各地に散らばった労働力の確保。一日二十時間の労働。休むことのない監視体制。むろん、福利厚生も最上級のものを用意する。娯楽なくして労働なしだからな」

 

 まるでディストピアだ。ユートピアの対義語。平等で秩序正しく、貧困や紛争もない理想的な社会に見えるが、実態は徹底的な管理・統制が敷かれ、自由も外見のみであったり、人としての尊厳や人間性がどこかで否定されているそんな社会。

 まさに彼が語る社会体制だ。

 

「我々は常人の三倍遊び、三倍働き、三倍勝ち続ける! これが私の目指す、新しいアメリカの姿である!」

 

 彼は、ニンゲンの限界を考慮していない。

 オレだったら、そんなの一日で死ぬ自信がある。

 

「同感です先輩……エジソン氏のプランには、肉体の限界が考慮されていないと断言します」

「……そんなところに拘っているのですか」

「ん? いま、なんと?」

「いえ、独り言です。気になさらずに。では、二つ目の質問です。いかにして世界を救うつもりなのですか?」

 

 それはオレたちが知っている。

 

「それでしたら、聖杯を確保すれば達成されます」

「ああ、そうだ。ケルト軍を打ち倒して、聖杯を手に入れ、そして時代を修正して――」

「いいや、時代を修正する必要はない」

「!?」

 

 ――え、え。

 ――エジソン氏、何をいっているんだ。

 

「必要はない。聖杯があれば、私が改良することで、時代の滅却を防ぐこともできよう。そうすれば、他の時代とは全く異なる時間軸にこのアメリカという世界が誕生することになる」

「な!?」

 

 そんなことが可能なのか!?

 

 ジキル博士を見る。

 

「理論上は、聖杯を使えばおそらくは。時代の滅却を可能としているんだからその正反対のことも可能だと思う」

「でも、他の時代はどうなる……」

「滅びるだろうな」

 

 エジソンの一言は率直だった。

 

「それじゃあ、意味がないだろ!」

「何を言う。これほど素晴らしい意味があろうか。このアメリカを永遠に残すのだ。私の発明が、アメリカを作り直すのだ。ただ増え続け、戦い続けるケルト人どもに示してくれる。私の発明こそが人類の光、文明の力なのだとな!」

「そのために、戦線を広げるのですか。戦いで命を落とす兵士たちを切り捨てて」

「……全ての兵士を救うために奮戦した貴女らしい告発だ、ナイチンゲール婦長。私とて、私とて、う、ぐ、切り捨てたくて切り捨てるのではない、が――」

「エジソン、落ち着いて。フローレンスの言葉はただの意見よ。告発ではないわ」

「……承知している。今のはいつもの、頭痛だ、気にしなくていい。――いいかね、ナイチンゲール嬢。今の我々――私にとってはこの国が全てだ。王たる者、まずは何より自国を守護する責務がある」

「うん、間違ってないよ」

 

 ブーディカさんがそれを肯定する。

 

「そうだね。王ならまずは自国民を守るのは当然だよねぇ」

 

 ダビデもまた肯定だった。

 

「ふん、当然だな。王なら自国を守護するのは当然だ。だが――」

「うん」

「そうだね」

「王である前に、あたしたちは英霊」

「英霊であるなら、女の子をナンパしたり――あ、ごめんって。世界を守らないとね」

「そして、貴様にも理想や願いがあるだろう」

「ええ、今の私ですら、理性の隅でそう考えるところがあります。ミスターエジソン。それを否定するのなら、貴方はただの愛国者にすぎません」

「そうだとも。王たる私が、愛国者で何が悪い?」

 

 彼は何があろうとも、国を取るらしい。世界よりも、国を。

 ナイチンゲールさんと目があった。

 

「わかった。ならば、オレたちがやるべきことは一つ」

「ええ――」

「そこまでだ」

 

 背後から声が響く。

 背後から、声が響く――。

 

 それは、英雄。それは、圧倒的強者の声。ただ一言で、その場全てを支配する英雄が一歩を踏み出した。

 ただそれだけで、誰もかれもが動けない。

 ただそこにあるだけそれだけで、全てを支配する。圧倒的な覇気。静かに燃える太陽の如きそれ。

 

 声一つ。言葉一つただそれだけで心臓を握られた。

 

「ここでの戦闘は許さん。オレの命に代えてもな――」

「離せ……! 私は知っている! こういう目をした長は、必ず全てを破滅に導く! そうして無責任にも宣うのだ! 「こんなはずではなかった」と!」

「そうであったとしても、この場での戦闘はオレは許さない。もしこれ以上動くというのであれば――」

 

 この場にいる全てのサーヴァントを相手にしてもこの場において戦闘は許さない。

 それはつまるところ、命に代えれば、この場にいる全てを打倒できるということか。

 

「やってみるが良い。施しの英雄。偉大なる不死身のカルナ。第六天魔王織田信長が相手になろうぞ――」

 

 相対するは一人の少女。ドイツの軍装に身を包んだ織田信長。

 

「…………」

「…………」

 

 にらみ合う二人。

 

「ふむ、ではマスターに聞こうではないか。おまえは、どう思う。我々とともにケルトと戦い聖杯を奪い取るべきではないか? 三分の時間を与えよう。それまでに選ぶが良い」

「三分もいるもんか!」

 

 ナイチンゲールがあれだけ言った。なら、オレは、マスターとして応えなければならない。

 いいや、違う。そうしたいとオレが思う。彼女に、彼女ならざる彼女に救ってもらった。だから、オレは言うんだ。

 

「聖杯は諦めろ」

「意外だ。裏で何を策すにせよ、共闘は承知すると思っていたが」

「力で脅しておいて共闘とかできるわけないだろう。仕方ないこととは思う。けれど、今のあんたにはついて行きたくない」

「正直で結構なことだ。だが、私はゆえに、君たちを断罪せねばならない。エレナ君」

「仕方ないわね」

「先輩!」

「――――!」

 

 気が付けば、いつの間にか大量の魔導書に囲まれている。一つ一つから圧倒的な魔力が感じられる。

 

「はい、動かない。動いたら、マスターが死ぬわよ」

 

 動けない。誰一人として。

 

「機械化歩兵の物量で押しても良いのだが、君たちの数は多すぎる。それはそれで魅力的なのだが、私は合理主義者だ。もっと簡単に行こうじゃないか。(マスター)をおされば君たちは動けないだろう?」

 

 その通りだった。誰一人として動けない。

 

 ――またかよ、クソ!

 

 だったら左腕の機能を――。

 

「ああ、やめときなさい」

「――――ぐぁ」

「先輩!」

「マスター!」

 

 左腕が消し飛ぶ。義手が消し飛んだ。義手だけを撃ち抜かれた。

 

「手袋でもしていればそれが義手だってわからなかっただろうけどね」

「くそ……」

「さて、ではサーヴァント諸君は地下牢に。マスターには特別に部屋を用意してあげよう」

 

 そして、オレはみんなと引き離された。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………」

「ちょっと、不機嫌なのはわかるけど、いつまでもそんな顔やめてくれる?」

「仕方ないだろ」

 

 つかまった。しかも、サーヴァントと引き離された。それもオレの責任だ。

 監視を任された彼女は仕方ないわね、と肩をすくめて隣に座ってくる。良い匂いがした。って、違う。

 

「なに」

「何って、お話ししましょう? あたしたちは互いに理解する必要があると思うのだけれど」

「結論は出てると思うんだけど」

「そうね。でも、あたしとあなたの間にはまだ何もないでしょ?」

「…………」

 

 何が目的だろうか。

 

「なにもないわよ」

 

 考えを見透かしたかのように彼女はそういう。

 

「わかった」

「素直なのは良くってよ。そうね、あなた、あの盾の子のことになると結構怒る感じだけど、そんなに好きなの?」

「――ぶっ!?」

「ちょっと、汚いじゃない」

「いきなりなに言ってんの!?」

 

 なんで、いきなり初対面の女性からそんなこと聞かれてるのオレ!?

 

「だって、いきなり話するにしてもあなた警戒しまくりじゃない。だから、こうインパクトのある話をしようと思ったのよ」

「…………」

「で、どうなの? 好きなの? はっきりしなさいよ」

「…………」

 

 なんだろう、このオカンみたいな感じ。

 

「告白はしたのかしら。いいこと、告白はしっかりとすべきよ。伝えたいことは伝えたいときにはっきりと言わないと」

「さすがミセスいうことが違う」

「やめてほしいわそれ。ミセスって呼ばれるのホントはいやなの。結婚した瞬間に逃げ出したわけだし?」

「離婚とかは?」

「離婚? できるもんならしてたわよ。でもね、できなかったの。そうよ、そういう時代だったの」

 

 ――まあ、時代なら仕方ないか。それにしても結婚した瞬間に逃げるってすごいよネ。

 

「少しは緊張はほぐれた? あなたからしたら敵地だろうけど、何もしないならあたしたちも何もしないわ」

「まあ、少しは」

「じゃあ、さっきの答えは? 好きなんでしょ。ほらほら言ってみなさいよ」

「……いや」

「む、そうそれならこっちも考えがあるわ」

 

 なんか嫌な予感が――。

 

「言わないなら――」

 

 複数の人形がいつの間にかオレを取り囲んでいた。そいつら、

 

「くぉ、く、くくく、くあぁははははははは――」

「こしょこしょこしょー。ほーら、言ったら楽になるわよぉ」

「く、おぁ、ちょ、それはひ、ひきょ――」

 

 くすぐられて笑うしかできない。

 

「わ、わひゃ、わひゃった、いう、いう」

「よくってよ、素直な子は好きよ」

「……好き、です」

「やっぱり。ねえ、告白は? 告白はしないと駄目よ。気持ちは言わないと伝わらないんだから」

「し、しました――」

 

 ――は、恥ずかしい!

 ――え、なになにこれ? なんなのこれ? どういう状況なのこれ?

 

 ひたすらに混乱する。どうして敵地ともいえる場所で、監視のひとと仲良くおしゃべりしてるの。それも恋バナ。意味がわからないんですけど。

 

 そんなこちらの混乱など知ったことかと楽し気なエレナ。

 

「やっぱり若い子と話すのはいいわねー。あなた可愛いわよ」

「そういうあなたはないんですかねぇ」

「ないわねー。というか結婚した瞬間に逃げ出したわけだし。年齢差がやばくってね。そりゃもういろいろとあったわけよ」

 

 逃げたあとは楽しかったわ、と彼女は語る。

 

「エジプト、ジャワ、ニッポンにインド! いろんなところに言ったわ。それはあなたもかしら」

「まあ、フランス、ローマ、オケアノスの海、イギリス、そして今度はアメリカ」

「波乱万丈の旅だったみたいね」

「でも、良い旅だったよ」

 

 辛いことも多かったし、きついし、苦しいし、死にそうになったことも何度もあった。現に、心が割れたこともあった。

 恐怖はあるし、今も辛い、きつい、悲しいことは多すぎる。特にカルナとか目の前に立たれただけで失神する自信がある。

 

「でも、君たち英霊に出会えたことは良かったことだって、今はそう思えるんだ」

 

 この帽子とインバネスをくれた彼のように。出会いによって救われたこともあった。だから、この出会いに感謝したいと思う。

 

「……そう。よくってよ。大丈夫かしらって思ったけど杞憂だったみたいね。でも、疲れ気味じゃない?」

「確かに疲れた。何度も銃口向けられたり、したし」

 

 くたくただし、ちょっと前まで死にかけていたから少しは休みたい。

 

「だからここの部屋にしたのよ。ここならゆっくり眠れるわ。お望みなら、膝枕くらいならしてあげてもよくってよ?」

 

 確かに上等な部屋だ。牢屋とかだったらろくに眠れなかっただろう。

 

「膝枕は…………………………しなくて、いい」

「なんか間があったわね」

 

 そりゃ可愛い女の子の膝枕とかちょっと良いなとか思うのは当然だろう。

 

 ――でもやっぱり膝枕はマシュにしてもらいたい。

 

「まあいいわ。……ねえ、あなたはどうしてエジソンの提案を断ったのかしら。途中で裏切ることもできたはずでしょう」

 

 そうだ。確かに提案にのっているふりをしていればこんなことにはならなかった。愚かな道を選んだ。

 

「でも、エジソンの為だ」

「そうだったら今度はあたしがありがとうっていうべきなのかもしれないわね。彼ああみえてナイーブだから。

 誰よりも国を愛してる。それが自然だと思ってる。いえ、想いこんでいる。独善極まる愛国心だけどね」

「それがわかっていてどうして君は……」

「ダーメ。あたしの発想じゃこの国は救えないから。善きにしろ悪きにしろ。ミスタエジソンだけがこの国を救える。そうじゃなきゃ今頃滅んでるわ。生前の恩義もあるしね」

「…………」

「ただ、あなたがそう言ってくれたのは、嬉しいわ。あまり嫌わないであげて。彼は、本当に子供みたいで面白い存在なのよ」

「嫌わないよ」

 

 あんなかっこいいものを作れる人に悪い人はいない! バベッジ卿もかっこよかったけど、電気式って言葉が良いよね。

 蒸気式はロマンがある。どっちも良いってこと。

 

「一機あの機械化歩兵のアレくれたらね」

「ダーメ。仲間になるならいいけど」

「ちぇ」

「それじゃ、ごゆっくり。今は、休んでおきなさい。たぶん、すぐに忙しくなる(・・・・・)と思うわ。すぐに救いの手は来る。それまで待っていてちょうだいな」

「そうするよ――」

 

 ベッドで眠る。戦争が起きているとは思えない柔らかなベッドだった。

 




レムリア!(書き上げられたの意)

原作と違ってマスター隔離。サーヴァントとマスターを一緒にすると逃げられますが、マスターを隔離するとサーヴァントにとっての抑止力になりますからね。

マスター奪還しなければならないという制約もついて、その間にカルナ君も相手にしなければならない。
さて、さて、サーヴァントたちはどうするのかな。

それにしてもエレナほしぃ。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 5

「先輩、先輩――」

「マスター、マスター」

 

 地下牢。みんな一緒くたに入れられている。

 僕たちの装備品は何一つ取られてはいない。けれど、逃げ出せない理由が二つある。

 

 一つは、マスターが捕らえられているということ。僕たちなら一緒にいれられてさえいれば逃げ出すことは容易だった。

 けれど、マスターが別に隔離されてしまった。僕らが動いた瞬間にマスターが死ぬかもしれない。そうなれば終わる。

 

 二つ目は、マスターからの魔力供給がほぼ断たれている。現界するのに必要最低限度だけ残してあとは何もない。牢屋から出るための力すらない。

 この状態でハイドに変わっても状況は変わらない。

 

 今やるべきことは、マシュと清姫の二人を落ち着かせることだけだろう。

 マスターと離されてからずっとあの調子だ。

 

「ミセス・ブーディカ、マシュの方を任せていいかな?」

「うん、ジキル博士今からいこうと思っていたところ」

「キヨヒメは、僕がどうにかするよ」

 

 ブーディカ君にマシュを任せて僕は清姫を追いつかせるために近づいていく。

 

「キヨヒメ?」

「ああ、どうしてくれましょう。マスターになにかあれば、全部焼くしか」

「うんそれは良い考えかもしれないけれど今は落ち着いてくれないかな。壁に向かってぶつぶつ言っているのはさすがにちょっと危ないと思うよ」

「…………ジキル様、ではどうしろと」

「今は待とう」

 

 あのキャスター。ミセス・ブラヴァツキーの魔術のおかげで僕らは力が出せないが手段がないわけじゃない。

 

「リョーギ、どうかな?」

「ああ、問題ないぜ」

 

 彼女の魔眼だ。その力は魔術によるものじゃないし魔力を消費するものでもない。ただの体質だ。だから自在に使うことができる。

 この状態でも普段通りに使用は可能。力が落ちていたとしても、死を視る感度は変わらない。死さえ見ればあとは術式を殺すことも、この牢屋のカギを殺すことだってできる。

 

「でも、今逃げたところでカルナがいる。オダ、君なら押さえられるかな?」

「どうじゃろうな。やれんことはないが、あれじゃ機械化歩兵が邪魔じゃ」

 

 彼女は相手の神秘が強いほど有利になる。けれど、それは逆に神秘が薄ければ力を十全に発揮できないことを示している。

 機械化歩兵は神秘がない。彼女の火縄銃もそのままの威力しか発揮できない。

 

「そこはサンタさんに任せようと思うんだけど」

「良いだろう。雑魚を薙ぎ払えば良いのだろう」

「うん、でも殺すのはやめてくれよ。こちらの戦力が減れば全てが終わりだからね」

「安心しろ、峰打ちにしておく」

 

 ビームに峰打ちがあるかはともかくとして彼女なら大丈夫だろう。

 

「そんなことより早く出るために協力してください」

「ちょっ、フローレンス、銃じゃだめだ――」

 

 止める前にナイチンゲール女史が銃を撃っていた。牢獄内を跳弾してく。誰にも当たらなかったのが幸いした。

 

「うむ、銃声のおかげで迅速に見つけることができた」

「サーヴァント!?」

「反応なんてなかったぞ!?」

「サーヴァントの反応があるとあのインドの大英雄に嗅ぎつけられるおそれがあるのでな」

 

 褐色のサーヴァントがそういう。

 

「ある男から借り受けた宝具のおかげだ。……少し待て、その牢から出してやる」

「いったい、あなたは」

「……そうだな。名を明かさねば、信用もされまい。だが、我が真名は名乗るものでもなし。それに知る者もいないだろう。故に、こう呼んでくれた方がいいだろう。ジェロニモ。我が名はジェロニモだ」

 

 ジェロニモ!

 アパッチの精霊使いか。

 同じ大地に住むからこそ相いれない。彼はミスタ・エジソンの味方ではない。

 

「そら、牢を解放した。これで魔力供給も復活するだろう」

「ありがとう。だが、脱出するにはマスターを助けないと」

「さて、わしの出番じゃな、派手に暴れてくるから、マスターを頼んだぞひょろ眼鏡」

「機械化歩兵は任せてもらおう」

「頼んだよ」

 

 盛大に笑みを浮かべた。

 正面へと堂々と打って出て、

 

「いざ、―――三界神仏灰燼と帰せ! 我が名は第六天魔王波旬、織田信長なり!」

 

 彼女の姿が変わる。裸にマント。そして、世界が彼女の世界へと飲み込まれた――。

 後世で民衆が彼女に対して抱き積み重ねた畏敬の念と恐怖により大焦熱地獄。

 神仏の化身はこの中では存在すら許されない。

 

「さあ、太陽神の子ならばどれほどじゃろうなぁ」

「――――」

「さて、カルナ。わしいつもならふざけるところなんじゃが、マスターがかかっておる。少々まじめに行かせてもらうぞ」

 

 第六天魔王と大英雄の対決が始まる。

 

「わらわらと集まったな行くぞ。峰打ちだ。エクスカリバー・モルガン!!」

 

 なんかそれっぽくビームで峰打ちするサンタ。

 

「いったいどうやってるんだろうねぇ」

「うん、さすが」

 

 それに続くのはダビデとブーディカ。

 

 僕らは、その間にジェロニモが借り受けている宝具の力を利用して気配を消しながらマスターが捕らえられている部屋へと急ぐ。

 

「こっちですわ」

 

 キヨヒメが匂いでマスターの居場所がわかるらしいからそれに従っていくと。

 

「みんな!?」

 

 マスターがそこにいた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「騒ぎが起きたと思ったら、マシュたちが助けに来てくれた。

「さあ、行くぞ。カルナを彼女が抑えている間に」

「ノッブとサンタさん、ブーディカさんにダビデは?」

「彼らは足止めと陽動だ。大丈夫、間違っても戦力がほしいエジソンたちは彼らを殺すなんてことはしないだろう」

 

 ジキル博士が答える。

 

「でも――」

「マスター、よく聞いてこれは勝つための手段だ。現状、戦力がどこも足りない。なら、軍団の扱いに長けた四人をこちらに残し、僕らは僕らで動く。ジェロニモ、ああ、彼のことだ、に聞いたけど、各地にサーヴァントが召喚されている。だが、戦力差がありすぎて各個撃破されているのが現状。

 なら、僕らはそちらを確保する。軍隊を指揮したことがある二人がこちらに残れば時間も稼げるはずだ」

 

 それは確かにそうだった。

 

「……もし、殺されたら」

「マスター、彼らとはカルデアで会える。それも、全てを救えたらの話だけれどね」

「…………わかった」

 

 ならば行くしかない。

 行くしか、ない――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「やってくれたな」

「なんじゃ、殺さんのか? わしなら敵は全員首とって、身体は玉薬じゃぞ」

「いつの時代の話をしている」

 

 さて、わしらは無事につかまっておるわけなんじゃが。ほんとうチートじゃなカルナ。なんじゃあれ、攻撃の一発一発が宝具並みとか意味不明なんじゃが。

 わしの固有結界の中でなんであんな平然としてるんじゃ。かなりつらいじゃろ。

 

 しかもあれじゃろ。ど根性とか気合いとかそういうレベルの話じゃろ。チートじゃチート。

 

「で、これからどうするんじゃ。ほれ、はよう縄ほどくとよいんじゃ。わしらが協力してやると言っておるんじゃぞ」

「うわー、さすが織田信長。面の皮厚すぎでしょ」

「是非もないよネ! ま、おぬしらに負けられちゃ困るんじゃ。ここは人間万里のどんづまり。ここが堕ちれば最後、世界は終わる。わしのマスターはそういうの好まんのでな。こっちの軍に協力してやるって言っておるんじゃ。なに、二十万も兵があれば十分よ。尾張の織田信長の力見せてやろうぞ」

 

 ほれ、だからはよう縄ほどかんか。魔術かかってて全然動けないんじゃ。

 ブーディカとかあれじゃぞ。くっ殺せ状態じゃぞ。うむ、良いではないか。

 まあ、それはそれとして、ダビデはまあ、相変わらずじゃし、ここはわしの出番じゃろ。

 

「ほうれ、はようほどかんか。今ならわしらが協力すると言っておるんじゃぞ」

「どうするミスタ・エジソン」

「戦力はほしい。彼女ほどの将なら申し分ないが」

「裏切られたらたまらないわよね」

「わし、裏切らんぞ。わし裏切られる方が得意じゃからな!」

 

 なんじゃ、なんでそんな微妙な顔してるんじゃ。

 なんで、味方のおぬしらまでそんな顔しとるんじゃ。

 

「のう、サンタ、どう思う」

「知らん。それよりトナカイは無事に逃げたんだろうな」

「うん、それだけは大丈夫と思うよ」

「そうそうノッブがきっちりカルナ抑えてたし」

「わしじゃからな!」

 

 ともかくじゃ。

 この西軍を、マスターが来るまでにまともにする。まあ、これをどうにかするには本格的に頭を挿げ替える必要がありそうなんじゃが、それやると面倒じゃしのう。

 今は危機感でどうにかなっておるが、これ崩壊が時間の問題っぽいしの。大量生産じゃ、ケルトにゃ勝てぬ。

 

 だって、あれだけの大軍を動かすにはそれだけ飯がいるっていうのにあいつらそれ気にしてなさすぎじゃしな。

 必要ないのか知らぬが、こちらはそれに比べて機械化歩兵だろうと動くには飯が必要じゃ。数に限りもある。

 ズルすぎじゃわ。特に飯いらんとか。大軍の維持らくすぎじゃろ。

 

「ま、それでもマスターの為にやるとするのじゃ」

「謀反だけは起こされるなよ」

「なぁに、頭があの獅子じゃ。問題あるまい」

 

 何より、敵はケルト。野蛮人。命知らずのそれならやりようなんぞ幾らでもあるわ。

 問題はサーヴァントじゃが。今のところ、見たのはフィンとかいう男とディルムッドとかいう奴じゃったな。主従じゃ。

 見たところ、なかなかに厄介そうな将じゃったが。

 

 やっぱり、何よりズルいんは敵が沸いて出るところじゃ。

 なんじゃそりゃ、兵は畑からとれるとかズルいわ。そんなんできたらわし簡単に天下取るぞ。うん。犠牲にできる歩が多いってことじゃからのう。

 いくらでも替えの利く兵士とかもうそりゃ最強じゃわ。こっちにぶつけるだけぶつけて消耗させてから刈り取るとか余裕じゃからな。

 

「まあ、何よりもまずは戦況の把握じゃな」

「いや、まだ何も言ってないのになんでさも当然のように軍議に加わろうとしてるのかしら」

「任せよ、わしがおるんじゃ、負けるはずがなかろう。おまけにビーム出せるサンタもおるし。あとは勝利の女神と全裸じゃ。マップ兵器はカルナとかいうチートがおる。負けはせんじゃろ」

 

 ま、負けはしないだけで勝てるかどうかはマスター次第なんじゃがな。

 

「協力してくれるっていうから外したけど本当に、こいつで大丈夫かしら」

「天下取る一歩手前まで行ったんじゃ。光秀がおらんならわし無敵じゃぞ」

「つまり光秀がいたらだめと」

「是非もないよネ!」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「――」

「おはようございます。先輩」

「おはようございますますたぁ」

「うん、おはようマシュ、清姫」

 

 折衷案で二人の膝を使うというなんだか幸せすぎる枕を堪能したおかげで何とか三時間睡眠で元気だ。最高だ。

 

「しかし、ここは?」

 

 戦車で移動しながら寝たらよくわからない村にいる。

 それにこたえるのはジェロニモだった。

 

「西部の小さな村だ。ケルトの猛攻のせいで住人は避難している。ここにいるのは我らの同胞だけだ」

「ジェロニモ! ジェロニモか」

「ああ、味方を連れて来た」

「おお! ならこれで彼も?」

「彼?」

「ああ、実は三騎目のサーヴァントをここで匿っている。君たちを連れて来たのは彼の治療をしてほしいのだ」

 

 治療? つまり大けがしているって――。

 

「行きます!

 

 ちょ、話聞く前にナイチンゲール婦長が吹っ飛んでく勢いで走っていった!?

 

「…………」

 

 そして連れてこられた患者を診てオレたちは絶句する。

 

「心臓が半ば抉られてる……」

 

 そんなありえない状態で生きているというのが信じられない。これが英霊なのか。いや、並みの英霊じゃないだろう。

 

「まあ……頑丈なのが、取り柄……だからな……」

「――こんな傷は初めてです。ですが、見捨てることはしません。安心しなさい、少年。地獄にとお置いても引き摺りだして見せます」

「くく……それは、安心できそうだ……! あ、イタタタタタ、き、貴様もうちょっと手加減できんのか!? 余は心臓をつぶされているのだぞ!」

 

 ――心臓を砕かれているのに生きている方が驚きだよ。

 

 なにそれサーヴァントってそんなものだっけって思うほどだ。

 

「すみません……先輩。さすがに、心臓をつぶされても、生きている保証は、わたしには。で、ですが、先輩が望むのなら、頑張ります!」

「ますたぁ、わたくしも、わたくしも頑張ります!」

「あ、いや、うん、そこまで頑張らなくていい。というか、そんな状態にならないでお願いだから」

 

 そんな状態になったらオレが死ぬ。物理的じゃなくて精神的に。

 

「って、ちょっと待った――!?」

 

 しまったよそ見している間に治療が始まっていたけれど、ナイチンゲールさんがおもむろに心臓を切断しようとしてた!

 

「待て待て待て! 切断せずに、心臓の修復のみに注力してもらいたい! 余はここで戦う術を失うわけにはいかんのだ!」

「何を言います。生きること以上の喜びなど存在しません!」

 

 ああ、うん、婦長、それはわかっているんだ。けれど、

 

「婦長、オレからも頼む。戦えるサーヴァントは一騎でもほしい。だから……」

「――――いいえ。それでも、この大地に根を下ろした一個の生命体として、どうなろうと生き続ける義務があるのです!」

「それにしてもこの彼は誰なんだろうね」

「余、余か?!」

 

 ドクターの言葉に、これ幸いとばかりに少年が飛びつく。

 

「余はラーマ! コサラの偉大なる王である! あだ、あだだだだ」

「悔しい悔しい悔しい! 追いかける死の速度は鈍くできても、止めることはできないの……!?」

「いったい、だれと戦えばこんな深手を?」

「仕方あるまい……何しろ相手は……クー・フーリン。アイルランド最強の英雄だ」

「クー・フーリン……?」

 

 ラーマ。彼が口にした名前は、いないと思っていた仲間の名前だった――。

 




さあ、寝取られ展開がやってきた――。

とりあえずサーヴァントの数が原作より多い大所帯なので、軍勢を指揮できそうな連中はエジソンのところに残って軍団指揮やったり、マップ兵器となってケルト軍を抑えるために戦います。



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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 6

 クー・フーリン。キャスターとしてオレとマシュの旅に同行してくれた最初のサーヴァント。

 光の御子と呼ばれたアイルランド屈指の大英雄。

 

「…………」

 

 それはつまり、彼が敵になったのか。だが、どうして。いいや、普通に考えれば彼はこちらで召喚された別のサーヴァントと考えるのが普通かもしれない。

 けれど、それならなんでオレたちと一緒に旅をしたクー・フーリンは今、ここにいないんだ。明らかにおかしい。それはつまりそういうことなのか?

 

「…………」

 

 だとしたら、どうする。彼を倒したとして、カルデアに戻る保証は。だが、彼を倒さなければこの世界を救えない。ラーマももとには戻せない。

 

 ――オレは、僕は……どうしたらいい……。

 

「マスター、迷わなくていい」

「ジキル博士……けど……」

「ドクター。マスターとクー・フーリンの契約は生きているかい?」

「あ、そうか。大丈夫さ、それは問題ない」

「なら、倒しても問題はない。彼は、必ず君のところに戻ってくる。問題は、どうしてそうなったのかさ」

「……ありがとうジキル博士」

「いいさ。僕らはマスターを支える。さて、ジェロニモ」

「ああ、戦線の維持も大切だが、彼の治療も優先したい」

「おい、おまえたち話すのも良いが、敵だ」

 

 空から現れる斥候。

 

「清姫、式、ジキル博士、頼む」

「はい、ますたぁ」

「はいよ」

「うん、任せて」

「マシュは防御」

「はい、先輩!」

 

 その間に治療の結果、これからどうするかを考える。

 斥候は彼らがどうにかする。

 

「それで、ナイチンゲール。どうかな?」

「現在、少年の治療は叶いません。先ほど修復したはずの心臓が、すでに十パーセント以上損壊しています。底の抜けたバケツ……ほどひどくはありませんが、絶えず治療を続けなければすぐに死に至るでしょう」

「そんなにか」

「これが、ゲイボルグの呪いってやつなのか……」

 

 クー・フーリンが槍があればといつも言っていたが、確かに心臓を刺し穿つ呪いの槍があればとはオレも思う。だが、今は、それをどうにかしないといけないんだ。

 敵になっている今……。

 

 ――考えろ。考えることをやめるな。超えるべきは、クー・フーリンだ。

 

 彼のことは、オレが一番よく知っているだろう……。

 

「――ですから、マスター。教えてください。彼を救う方法。私が知らない、その技術を!」

「ドクター、救う方法はあるかな」

「そうだね。これは呪いだ。ゲイボルグの呪い。手っ取り早いのは、クー・フーリンを倒すこと。しかし、それは不可能。

 だが、好都合なこともある。本来なら死んでいないとおかしいんだ。ラーマだからこその奇跡だ。だから、それを利用する。世界の因果は彼が死んでいることを正しいとする。死んでいない今の状態はぐらついた状態だ。だから、違う何かで存在力を強化すれば因果が解消されるか、それに近い状態に戻るはずだ」

 

 つまり、生前の彼を知るサーヴァントと接触を図ること。それによって、彼の存在を補強する。生前の彼という設計図(にくたい)を知っているなら、ナイチンゲール女史の治療も効果が上がるとロマンは言った。

 それに対して、彼の生前を知っている人物を探す必要がある。目標はラーマの妻であるシータ。どこかに捉えられているという。それを探すためにラーマはクー・フーリンに挑んだ。

 

 ――ならば、探さないと。

 

 愛する二人が引き裂かれて良い理由なんてない。

 

「探そう。君の愛する人を」

「無論です。地の果てだろうとも、天上の何処であろうとも。どこまでも探し、必ずや私は貴方を治療して見せます。さて、ではラーマ君、失礼します」

「な、なんとぉ!? 余を軽々と抱き上げたな!? いや、これは余がシータにした抱き方!」

 

 つまりお姫様抱っこという奴だ。

 

「おおー」

「おおー」

 

 何やらマシュと清姫がその様子を見て頬を赤らめている。

 

「……マシュもやっぱりああいうのに憧れるの?」

「ええと、憧れないといえば嘘になります……」

「ますたぁ! 私は憧れます! ぜひ、ぜひに! わたくしに!」

「いまは、そんな状況じゃないだろ蛇女、とりあえず早く焼いてくれ」

 

 斥候を清姫が焼き払い、再び落ち着いて作戦会議を行う。

 

「さて、ラーマの治療と並行して、エジソンとケルトの戦士たちにどう対処するべきか、だ」

「ケルトの戦士はたぶん倒しても意味がないと思う」

「ほう、それはどういうことかなマスター殿」

「えっと、ロマン?」

「はいはい、こういうのは僕の役割だからね。しっかりとやらせてもらうよ。

 フィン・マックールと交戦した際、彼らはこんなことを言っていたんだ」

 

 ――連中は女王を母体とする無限の怪物。ここで数千失ったからといって困るものでもない。

 

 それはつまり、ケルトの戦士たちは無限に増殖する兵士たちということだ。

 今更だけど、ノッブたちを西軍に置いてきて正解だったんじゃないかと思えてきた。無限に増殖する敵に大量生産で戦うとか愚の骨頂というか絶対に負ける。

 まじめにやっていればいいけど。

 

「だから、普通にやっても意味がない。――だから、方策は一つしかない。きっと君は反対するだろうけどね」

「少数精鋭による暗殺でしょ」

「そう。サーヴァントたちで、一気に王と女王を討ち取る。それが最適解と言える」

 

 まっとうに消耗戦をしていればいずれはこちらが負ける。敵が無限に増殖するのであればボスを狙うのが常套手段。それ以外に方法はない。

 だから、これから行うことは決まっている。

 

「暗殺の成功率をあげるために各地に散っているサーヴァントたちを集結させる。オレたちだけでやれると考えたらだめだろうからね」

 

 ラーマーヤナの主人公たるラーマがこの状態になるということはそれだけ手強いということだ。クー・フーリン相手に油断は禁物だ。 

 彼が以前言っていた彼の逸話。ゲイボルグの力。それを十全に発揮しているというのであれば。難敵なんてものじゃない。強敵なんて言葉も甘い。

 

 勝つことが不可能とすら思っていた方が良い。

 

「だから、各地に散ったサーヴァントを集めてケルトの戦士とエジソンに対抗しながら、王と女王を暗殺する」

 

 ――取り戻すんだ。クー・フーリンを必ず。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「うはっはははは、最高じゃのう!!」

 

 魔王の三段撃ちがケルト戦士の突撃を粉砕する。

 

「まさに鴨うちじゃ。鴨撃ち。楽しいのう!」

 

 わしにとって、ケルトの戦士は結構な神秘を内包している。そうでなくとも機械化歩兵を並べての統制射撃によって突撃だけのケルト戦士を粉砕することはたやすい。

 

「いいのうこれほしいのう」

 

 これがあれば天下統一なんて楽だったじゃろうなとか思いながら、戦場を俯瞰する。任された一つの戦場。東西アメリカを縦断する戦域を各地に散ったサーヴァントたちが支えている。

 

「問題は、敵側じゃのう」

 

 敵は無限増殖する。こちらも大量生産で対抗してはいるし、新たに加入したサーヴァントたちによって、戦線の維持はできるようになってきた。

 

「さて、敵にやられるまえに野良サーヴァント捕まえてこれるといいんじゃがのぅ」

 

 ブーディカとダビデが戦車を使って探しに行っている。敵に倒される前にサーヴァントを確保する。それによって戦力を広げつつ、戦線を押し返す。

 

「普通なら講和の方向を模索しておる頃合いなんじゃが、相手はそういうの頓着せんしのう」

 

 まさに脳筋。戦争という形態をとってはいるが、その実、実態は戦争とは別物だ。戦争とは互いに被害を抑制しつつ、互いに妥協点を探す行為を示すが、この戦いは違う。

 完全にどちらかが滅ぶまで止まらない。

 

「さて、そろそろ頃合いじゃな。撤退じゃ撤退。サンタの出番じゃぞ」

「聖夜に沈め――!」

 

 漆黒の爆光が戦場を縦断し更地に変える。いい感じに死体を積み上げて生垣を作ってからそこで詰まらせたところを一気に刈り取る。

 うまいこと言ったが敵サーヴァントがいなければこんなものだろう。サーヴァントがいる差というのはやはり大きなものだ。

 

「さて、一つ歩を進めるとするかのう。そこのサル」

「サルじゃありませんよ!?」

 

 副官としてつけられた男。名前を忘れたのでサルと呼ぶことにした――に伝令を頼む。

 

「良いから伝令行ってこい」

「通信機使えばいいじゃないですか!?」

「大統王と直接電話とか嫌じゃわ」

 

 声大きいし、ライオンだし。是非もないよネ!

 

「じゃあ、私がしますよ。はぁ」

「おうサル頑張れサル! よう働けばわしの草履を温めさせてやるぞ」

「いやですよ!?」

「なんじゃ。尾張じゃとだいぶ評判じゃったんじゃがな」

 

 わしの草履の争奪戦とかしておったのう家臣ども。謀反の理由がどうして草履を渡してくれなかったんですかとかあったし。

 ま、わしの草履だからネ! プレミアムついておるに決まっておるわ。ああ、一番大変だったのはバレンタインデーじゃな。

 

「っと、イカンさっさと帰らんとな」

 

 何とか拮抗状態を作り出せてはいるが、いつまで続くやら。

 十中八九、マスターたちは王と女王の暗殺に動くじゃろう。それに使える戦力をうまく残しつつ。敵にやられそうなサーヴァンを確保する。

 

「さて、マスター。時間はあまりなさそうじゃぞ」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「歩きながらで済まないが、改めて現状を説明しておく。私が確認したサーヴァントは二人だ」

 

 どちらもアーチャークラス。名うてのサーヴァントでゲリラ戦に特化している。よほどの強敵と運悪く巡り合わない限り、敗北することはまずありえないとはジェロニモの談。

 しかし、相変わらず数という面で圧倒的に不利だった。

 

「被害を抑制する程度の効果にしかならないか」

 

 ケルトの戦士たちは縦横無尽にこの大陸を荒らしている。わかりやすいほど蛮族的に。

 一つの組織として動いていない。それだけが救いだ。もし組織的に有機的に多方面に一斉に、数で圧力をかけられればひとたまりもない。

 

「それでどうやって目的を達成するつもりなのでしょう先輩」

「昔クー・フーリンにルーンを習っているときに聞いたことがある。ケルトの戦士っていうのはとにかく頭がおかしいんだって」

「頭が?」

「ごめん、要約しすぎた」

 

 つまり、きわめて荒々しく猛々しい。それでいて戦闘能力が高すぎる。何があろうとも目的は達成する。どんなやり方でも。

 

「それにアメリカ軍は」

「ああ、民間人を強制的に工場へ移住させ、機械化歩兵の大量生産のために働かせているらしい」

「…………」

 

 独裁者か。それでもケルトに殺されるよりはましなんだろう。

 

「む。待て、敵――」

「ナイチンゲールさんが、突っ込んでった!?」

「病の根源たる存在、ここで粛清します!」

 

 ラーマを抱えたままナイチンゲールが敵に突っ込んでいっていた。

 

「なんで、誰も止めないの!?」

「オレに言うな。止められる訳ないだろ」

「ごめん、マスター。止めようとしたんだけど……」

「すみません。ますたぁ。期待に応えられませんでした。それもこれも、ケルト兵のせいです。はい、燃やします」

「ああ、うん。よろしく。マシュもお願い」

「はい、行きます!」

 

 全員でかかれば殲滅は楽だった。サーヴァントがいないならこんなものだろう。

 

「殲滅ですね。衛生的でよろしい」

 

 これを衛生的とか言いたくないけど。死体が腐敗して腐らなければいいけど……。そっちの方がいろいろと大変そうなんだけどどうなんだろうか。

 

「清姫一応燃やしておいて」

「はい、マスター!」

 

 さて、次だ。

 

「ナイチンゲールさん」

「はい、なんですか」

「包囲殲滅したかったんだけど、単独で飛び出されると困るんだけど」

「そして、余を背負ったまま戦おうとするな……余は患者なのだろう」

「患者を治療することが私の最優先事項であり、それ以下の事象に関してはすべて管轄外です」

 

 ああ、逆に清々しい。これだけ清々しいともう何言っても駄目な気がする。

 

「おい、頼むぞマスター……」

「マシュ?」

「すみません、マスター。信念が強すぎて妥協できないという狂化もあるのだと思い知りました……」

 

 マシュでも無理なものはオレにできるはずもなし。だから、オレはこう言おう。

 

「ラーマ。待て、しかして希望せよ」

 

 うん、オレにはこういうことしかできない。

 しかし、生前からこれなんだろうか彼女は。考えると恐ろしい。

 

「この先の街にアーチャーが二人いる。先の斥候を考えると、襲撃を受けている確率が高い」

「彼の言う通りだね。どうやら街が包囲されているらしい」

「式、清姫、先に行って」

「はいはい」

「はぁい、マスター!」

「あの、先輩……?」

「なにマシュ?」

 

 ――いや、なんだか嫌な予感が……。

 

 辺りを見渡す。

 ナイチンゲールがいない? ついでに背負われたラーマも?

 

「は、走れぇええ――!!」

 

 やっぱり話を聞かない人だ――。




確かフェルグスの叔父貴に二騎か三騎くらい野良サーヴァントがやられてましたよね。
何人か助けようと思うのですが、出してほしいサーヴァントとかいますかね。

五章までのキャラでこの状態のアメリカに派遣されてもおかしくないサーヴァントなら誰でもいいんだけど、誰かいたかな。
エミヤさんは来てもおかしくない気がするな。さて、どうしたものか。
クー・フーリンとの因縁的に出したい気分だが。
あとは、どうしようかなぁ。

大幅にぐだ男の心が削れるのは五章のクー・フーリンバトルとマシュ。
それまでちびちびちびちび削っていきますか。

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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 7

「ん? 今、何か聞こえなかったか?」

 

 何か聞こえたのか森色のマントを羽織った男がそういう。それに応じるように金髪の男が耳をすませて戦いの音を耳に捉える。

 

「あー……何か、戦ってるみたいだね。援軍が到着したかな?」

「風向きが変わったな! ジェロニモのオッサン、やってくれるじゃねえか!」

「……ねえねえ、グリーン。ジェロニモってさ、背中に子供担いで医療バッグと拳銃を振り回す女性だったっけ?」

「……は? なんだその夜に遭遇したら失神確実なの。うちの泣き女(バンシィ)でもそこまでじゃねえぞ?」

 

 グリーンと呼ばれた男が見たのは、何やら赤髪の少年らしきものを背中に抱えて全力で、まとめて消毒するのです! と叫びながら戦う女だった。

 

「あー、おっかねえ」

 

 それから、

 

「マシュ・キリエライト、突撃します!」

 

 巨大な盾を持った女のサーヴァントだった。

 

「とりあえず、ありゃあ味方ってことでいいのか?」

「いいんじゃない、僕としてはタヨリニナリソウだし」

「棒読みしてんじゃねえよ。とりあえず、オレは隠れて見とくから確認してくれや」

「あいよグリーン」

 

 あらかた戦闘が終わったところで、話しかける。

 新型の魔物やらなにやらとの戦闘があったが、駆け付けた援軍が強いおかげで楽ができたほどだ。特にナイフ持った着物の女性。彼女がナイフを一振りすればそれだけであらゆるものが死んでいく。

 

 規格外にもほどがある。さて、味方なら頼りになるけど、敵だったらどうしようかな――。

 

「おーい、君たちは味方でいいんだよね」

 

 ともかく話しかけるのみ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「血が出てるよナイチンゲール」

「はい、それが何か?」

「いや、だから……」

 

 血が流れてるから治療したらいいとナイチンゲールに言うが、彼女は聞き入れてくれない。自分が血を流す代わりにほかのみんなが血を流さなければいい。

 確かに尊い思いだと思う。けれど、

 

「オレは心配だから、治療させてもらうよ」

 

 魔術礼装を用いて彼女の治療をする。

 

「必要ないと言いましたが、ありがとうございます。ですが、もしこの一回が次の一回が必要な時に響いたらどうするのです。適切な時に適切な治療をするのもマスターの仕事でしょう」

「うん、だからそうした。今が適切だとオレが判断した」

「…………」

「すごいです先輩!」

「うん、ありがとうマシュ。それに大丈夫だよ婦長。魔力さえあればどうにかできるのなら、オレは何とかしてみせるさ」

 

 出そうと思えばいくらでも魔力は出せる。そのあとどうなるかなど知ったことではない。足りないのだから。どうせ才能も能力も足りない。

 だったらそれでもどうにかするためにかき集めるのだ。絞りつくすのだ。それでようやくオレは、みんなと並べる。

 

「で、そっちの二人は?」

「よ。とりあえず味方ってことで良いんだよな?」

「そうだと思うよ。ジェロニモが言っていたアーチャー」

「そ、孤軍奮闘の二人ですよ。オレの真名は……面倒くさいから言っちまうか。オレはロビンフッド。クラスはアーチャー」

 

 ロビンフッド。えっと、イギリスのノッティンガムの近く、シャーウッドの森に潜んだと言われる義賊だっけ。圧政者であったジョン失地王に抵抗した反逆者。

 姿を、正体を隠し、徹底して奇襲、奇策に走った戦いをして、ただ一人軍隊と戦い続けた男。まさに英雄。

 

「光栄だ」

「おおっと、オレのこと知ってんのか」

「勉強したからな。できることとか少しでも増やしたくて」

 

 ロマンには僕の仕事がへっちゃうじゃないかと言われたけれど、それでも英霊について調べるのはいろいろ価値があった。

 どんな英霊なのか。どんな逸話があるのか。どんなことを好むのか。そういうことを知っておけばいざ遭遇したときにどういう風に戦えばいいかわかる。

 

 本来の聖杯戦争はそういうのを隠しているけれど、この聖杯探索(グランドオーダー)ではあまり隠さないから真名を探るということはないけれど、それでも相手の名がわかれば、どういう風に戦えばいいのかがわかる。

 だから英雄のことはデータベースにあるだけ調べてみた。まあ、途中から純粋に楽しくなったってのもあるんだけど。

 

 うん、あと、まあ、うん。

 

 しかし、そんなオレの発言を聞いてロビンフッドは苦笑して頭をかいている。

 

「んー、まあ、あれだ。そんないいもんじゃねえぞオレなんてな。ただ反骨心で動いていただけの殺人者でね。別に、何かを救ったワケでもないんだよ」

「……そういうことにしておくよ」

「おい、なんだよそりゃ」

「ねーねー、そろそろ良いかい? 僕も自己紹介しておくよ。僕はウィリアム・ヘンリー・マッカーティ・ジュニア。人呼んで」

「ビリー・ザ・キッド!?」

 

 拳銃王ともよばれる拳銃の名手だ。

 

「正解。この国を守るためにこの国のサーヴァントである僕が選ばれたみたいだね」

「二人とも生きていてくれて何よりだ」

 

 話しているとジェロニモがやってくる。

 

「こちらは此度のマスターとその仲間たちだ」

 

 マシュ、清姫、式、ジキル博士、そしてオレを二人にジェロニモが紹介する。

 

「おお、こりゃ助かるね。孤立無援の状態からは脱出だしな」

「ええと、それじゃあ、マスター、これから僕らは何をすればいいのかな」

「はい、状況を説明します」

 

 マシュが二人に現在の状況を説明する。

 ラーマを治療する。戦力の拡充。敵の親玉を暗殺する。

 

「いいんじゃない。妥当な手段でしょ。それ」

「さすが顔のない王として戦ってきただけに躊躇いががないねぇ」

「汚れ仕事専門はお互いさまだろ、少年悪漢王さんよ

「あっはっは、当たり前じゃないか。無限沸きする連中なんて、相手してられないよ」

「クラスの偏りを考慮するとこちらの仲間にセイバーかランサーがほしいところだな」

 

 前線に立っているのはマシュと式、突っ込んでいったナイチンゲールがほとんどだ。清姫とジキル博士はオレの護衛兼援護要員。

 ここにアーチャーの二人が加わってさらに援護が厚くなるが、確かにセイバーかランサーはほしいところだ。式は強いがそれでもアサシン。

 

 クラスとしては暗殺者のクラスであるからもっと直接戦闘を専門にしたクラスが合流してくれるのは助かるところだ。

 

「僕の知り合いはいないみたいだし」

「この世界に足りないのは看護師です。その次に足りないものは医者です」

「…………」

「ロビン、どうかした?」

「ああ、いや。会ってるんだわ。ビリーと合流する前にセイバーとランサーに」

「それならすぐに会いに行けばいいんじゃ」

「いや、うん。それがね、ウルトラ問題児なんだけどね」

 

 ――ウルトラ問題児?

 

 マシュとともに首をかしげる。

 

「狂化している、あるいは反英雄ですか?」

「一人は確かに反英雄だが、両方とも言葉は通じるぜ。だが、ありゃ、なんつーか……とりあえず会ってみればわかる。会ってからオレを責めないでくれよ。ああ、でも片方はマシになってたなどういうわけか」

「現状を考えるとどんな問題サーヴァントでも戦力としてほしいところです。いざとなれば先輩がまとめてくれます」

「ええ、ますたぁなら、絶対にまとめてくださいます」

 

 マシュと清姫が期待してくれている。

 

 素直に嬉しいと思う反面。やっぱりその期待に応えられるかどうか不安だ。でも、マシュの前だ。たとえ無理だろうとも無理だなんていうものか。

 

「なんとかしてみせるさ」

「そりゃ頼もしい。よっぽど困った連中と戦ってきたんだな。アンタ」

「うんまあね。それじゃあ、行こう」

 

 セイバーとランサーを迎えに。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 晴れ渡った空。広い大地。美女と2人戦車旅。しかも人妻。実に素晴らしいシチュエーション。

 

「だってのに、どうしてこう空気を読んでくれないのかな……」

 

 後ろには絶賛ケルトの大軍勢。どこもかしこもケルト、ケルト、ケルト。せっかくの美女との二人旅もこれじゃ台無しだ。

 

「そういうのいいから、しっかりつかまってて!」

「了解!」

 

 まあ、しっかり美女と密着できるのは役得で良い。それだけ意識されてないってことなんだけどね。それはそれで思うところはあれど、人妻の身体に合法的につかまれるのであれば、ノッブ風に言うのなら是非もなしってやつだ。

 それにしてもマスターはうまいことやっているのだろうか。僕らの任務は各地にいるサーヴァントの回収。

 

 ノッブが言うにはマスターたちは十中八九戦力を増やしながら暗殺に動くだろうから、その妨げにならない程度に各地に散っているサーヴァントがやられないように保護して来いとのこと。

 さすがは戦国で天下をとりかけた英雄だ。マスターの動きを的確に予測しているしうまいこと戦力動かして敵を誘導している。戦下手だって話だけど結構やるじゃないか。

 

 厄介なのは敵がひとつじゃなくて複数で動いているってところか。

 

「さてさて、こちらとしてはさっさと見つかってほしいね」

 

 とりあえずライダーであるブーディカの戦車で戦場を縦横無尽に走っているわけなんだけど、いまだにサーヴァントのさの字も見つかりりゃしない。

 

「――と思っていたらこれは正解かな」

「見つけた?」

「たぶんね」

 

 前方で戦闘。戦っているのはアメリカ軍ではなさそうだった。どちらかといえば古い。ケルトよりは新しいのかもしれない。

 

「落ち着けっ! ……我々には、知恵がある!」

 

 な声も聞こえているから十中八九こちら側のサーヴァントだろう。

 

「三百人くらいの軍隊がケルトと争ってるね。どうやら苦戦しているみたいだ」

「三百人?」

「そ、三百人。これはあれかな。マスターに聞いたスパルタってやつかな」

 

 テルモピュライの戦いにおいてペルシア軍約10万相手に100分の1である約1000人の連合軍で3日間も戦った王の話を聞いたことがある。

 マスターと暇なときに見てた映画だったかな。なんだったか。そう300。あれはなかなか面白い映画だったね。まあ、それは置いておいて、300人の軍隊と聞いて思い浮かびそうなのは彼くらいのものだ。

 

 そうであることを願いたい。だって、かっこよく予測したとはいえそれで外れていたら格好悪いじゃないか。人妻の前では僕格好つけるからね。

 

「とりあえず突っ込むよ!」

「おう、しっかりつかまる!」

 

 あとはテキトーに五つの石を投擲して援護しつつ、三百人の軍隊の前へと出る。一番先頭にいた男。明らかに他とは存在感が違うマッチョ君へと告げる。

 

「さあ、乗ってくれたまえ」

「君たちは――」

「さささ、早く時間はないよ。それとも後ろの兵士たちは宝具だろう?」

 

 そうでないとこんなところに軍隊なんて召喚できないはずだ。うん。まさにおあつらえ向き。これでこちらも軍勢を指揮できる上に強い軍隊を得ることができるんだから。

 

「援軍とは助かりましたぞ。なにせ、こやつら倒しても倒しても沸いてくる。かのペルシアのようだと思っていたところ。それか、もしくは幽霊なのかと。触れられる幽霊などないとは思ったのですがあまりにも減らないもので」

「うん、とりあえず乗ってくれないかな」

「ええ、是非」

 

 マッチョ君を乗せる。うわ、暑苦しい。やっぱり乗せない方がいいだろうか。今更後悔してきた。

 

「ブーディカ」

「行くよ、しっかりつかまっててよ!」

 

 マッチョ君を乗せると同時に戦車は発進。背後では軍勢が消えていく。やはり宝具だったようだ。

 

 高速で戦域を離脱。大統王がいる城塞へと向かう。

 

「いや、助かりました」

「それほどでもないよ。それより君は? 僕はダビデ。こっちがブーディカ」

「私はランサーのサーヴァントレオニダス。なに、召喚されたただのスパルタ王です」

「やっぱりスパルタ王だったか」

「なんと、私をご存じとは」

「うん、映画にもなってるよ君」

 

 うらやましいよね! こんなマッチョ君が映画になって、なんで僕みたいなイケメンが映画にならないんだろうね!

 

「全裸だからじゃないかな」

 

 ブーディカが何か言ったようだけど、知らないね。僕は全裸じゃないったら全裸じゃない。あんな彫像作ったやつが悪いんだよ。

 

「それよりも状況を聞かせていただけますかな?」

「そうだね説明しよう。僕らと僕らのマスターの置かれた状況をね。でもその前に――ブーディカ、速度はもう上がらない?」

「これが精いっぱい」

「わかった、ちょっと何とかしてみるけど、無理だったらごめんね」

 

 敵が追ってきている。それが普通のケルト兵士ならいいんだけど。

 

「サーヴァントだ」

 

 この国で見た三騎目のケルトのサーヴァント。ドリルのような剣を持った偉丈夫が追撃してきている。こちらは三人乗っているからそれほど速度が出ないのが恨めしいね。下手したら追いつかれそうだ。

 

「でも、追いつかせるわけにはいかないんだよね」

 

 さて、足止めしてその間に逃げ切るとしますか。

 




アンケート結果が出ました。
バベジンはもともとアメリカにいるようなので合流。てかバベジン合流したら彼の固有結界で魔力続く限り大量生産すれば拮抗はできそうなんだよなぁ。

そこでそれ以外を集計した結果。
ヘクトールおじさんとレオニダスが登場することになりました。レオニダスは既に本編に出てきましたね。
ヘクトールおじさんも次回以降出る予定。ヘクトールとレオニダスはノッブ側に合流予定です。

そして残りの一騎ですが、同数の票の中から独断と偏見で選びました。アストルフォです。こちらはマスター側に合流してマシュ、清姫、それからなぜか師匠やエリちゃん、嫁王を加えて修羅場る予定。あくまで予定は未定だが。

そんな、マスターたちもアーチャーたちと合流。これから陛下とエリちゃんを迎えに行きます。

さて、順調に戦力が整ってきてますね。そういうわけで、暗殺班ですが、アサシンがいっぱいるよね。
というわけで、必須の嫁王とロビン、式、ジキル博士がこちらから出る予定。

さあ、楽しくなってきました。
ではまた次回。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 8

「へーぇ。それで逃げ帰ってきたの。だらしないわねぇ」

 

 暗がりに女の声が響く。それは東アメリカの全てを支配下に置く女の声だ。女王の声だ。

 聞くもの全てを虜にし、その美貌にてあらゆる英雄を従えた女の声だ。

 女王・メイヴの声だ。

 

「はっ。申し訳ありません」

 

 それにこたえるのは美丈夫。美しき王であり、騎士でもある男。フィン・マックール。親指かむかむ。遍く英知をその親指に宿す男ですら今やただの将に過ぎない。

 いや、いいや違う。それすらも生ぬるい。ただの一兵士となんらかわらない。そもそも、ここには王がいて女王がいる。それだけで全てが事足りるのだ。

 

 だからこそ、フィン・マックールなどという男もまた不要。ここには王がいて、女王がいればいいのだ。いや、それすらもまた違う。

 ここには王がいればいいのだ。ケルト最強にして最狂の王がいればいいのだ。

 

「ねぇ、クーちゃん。こいつらどうしよっか」

 

 女王が王に問う。

 

「……ん? ああ、別に。どうでもいい」

 

 それに答える王の声はひどくぞんざいだ。

 気にしていないという。フィン・マックールほどの大英雄を前にしてもその態度に変容はない。漆黒の意思をにじませた狂乱の王。

 名をクー・フーリン。アルスターサイクルにおいて、あまねく全てを魅了せしめる物語性の持ち主。太陽神ルーの子。

 

 王たるものでなく、彼は英雄だ。だが、今や彼は王だった。王ゆえ失敗を赦すのだ。

 

「ガキじゃねえんだ、二度の失敗は許す。まだ、一度目だ。次までは好きに動けばいい。だが、三度から先はねえ。くだらねえ手間だけは取らせるなよ」

「了解しました。ではディルムッド、行くとしよう」

「はっ!」

 

 謁見の間と化したホワイトハウスの一室から退室する二人の英雄。それを見て、頬を膨らませるのは女王だ。

 

「あまーい。ああいうのは厳しく躾けてしまわないといけないのよ、クーちゃん」

 

 二度までなら見逃すなど甘い。甘すぎると女王は言う。

 

「もっとアニマルにならないと。アニマルに」

「戯けたことを。獣の流儀なら死ぬまで自由だろうがよ。あいにくこちらは王様だ。一度目の油断は許す、二度目の惜敗は讃える、三度目の敗北は弱者に甘んじる覚悟だ。それは――要らん」

 

 ――弱者に甘んじているのがいたな。

 

 記憶の彼方。聖杯に歪められた記憶の中にそんなものがある。

 一度の敗北。二度の敗北。三度の敗北を待たずに弱者に甘んじながらも前に進む男の姿がある。

 

 ――まあ、来たら潰すか。

 

 そんな男が来たのなら、叩き潰してしまおう。それが、彼女の望む姿なのだから。

 

 ――だが、おまえならやれるだろうよ。

 

 それは声ならざる、ここにいない誰かへの言葉だ。マスターへの言葉だ。ここにいない、この大地のどこかにいるだろうマスターへの。

 

「闇に堕ちてなお、らしい見解だな。いつも通りなようでところどころ闇が深いのはどういうことなのやら」

 

 暗がりからもう一人現れる。巨剣を手にした偉丈夫。アルスターの英雄が一人。

 

「……アンタか」

「呼んだのはおぬしだろう?」

「いいえ、私かしら」

「おお、メイヴか。どうした、夜伽の相手にでも困っているのか? ならば喜んで引き受けよう」

「いいえ、全然困ってないから安心なさって。実は先ほどの報告で確認されたわ。この世界を修復するサーヴァントが現れたみたいよ」

「おお、それならば会ったな。挨拶に来る前に軽い運動で荒野を走っておったら戦車にのったいい女がいてな。ついつい追いかけてしまったが、たびたび投げられる妙に股間を狙ってくる石がうざくてなぁ」

「ダビデとブーディカか」

 

 クー・フーリンの記憶の中に合致するサーヴァントがいる。

 イスラエルの王ダビデにイギリスにて勝利を手にせんと立ち上がった女王だ。確かに、彼らは世界を修正しようとするカルデアのサーヴァントだ。

 

「ほう、知っているのか」

「さて、どうだか。それより、行きたいのなら行け」

「そうね彼らが集う前に各個撃破なんていいと思うわ」

「ふむ、ならばそうしよう。此度は、戦うことに全精力を傾ける。昂る獣性の赴くままにな」

 

 クー・フーリンは下らないと思う。戦えば相手は死ぬ。これほどまでの充足感は他にはないと感じる心もどういうわけかあるが、基本としてそんなことに執着などしない。

 今やるべきことは決まっている。このアメリカという国を平らげること。雑兵との小競り合いはただの作業でしかない。

 

 ただ与えられた役割のままに役割を全うする。それが、此度の求められた姿。死ぬまでに、この国を無人の荒野へと変えるのが役割だ。

 

「ふむ……そのわりにおぬし……。いや言うまい」

 

 何かフェルグスが言いかけたが、そんなことすらどうでもよい。

 

 ただただ、全てを壊すだけだ。求められたままに。たとえそれが偽りであったとしても。

 

「愛しているわクーちゃん」

 

 女王の言葉が響く。

 

「愛しているわ」

 

 女王の言葉が響く。

 

「面倒くせぇ」

 

 王の返答はただそっけないものだった。

 だが、それでいいのだと女王は言う。そして夢へと導くのだ。目覚めた先に何があるのか。何かを求めながら――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「あー、憂鬱だわ。マジダルい」

 

 ロビンがそういう。

 

「どうしたの?」

「いや、だってよ。アメリカまで来たんだぜマスター。それなのにアイツらに会うってだけで憂鬱にもなるわ」

 

 どうしてそこまで嫌がるのだろうか。彼らに何か因縁でもあるのだろうか?

 

「いやいや、生前にあんなインパクト――だけ――あるような連中に会ったことはねえですよ」

「誰だか知らないけど、ロビン・フッドの英雄譚を見れば確かにそんな相手はいなかったはずだね」

 

 少なくとも覚えている限りはない。

 だが、ロビンは言う。腐れ縁。ありそうで なかった関係があるような、それでいてなさそうな違う世界の話だと。

 

 つまるところ平行世界の話。可能性の話。そこで会ったことがあるのだという。それはつまり――

 

「元カノ?」

「おお。なるほど、そういう理由でしたか。ロビンさんもスミに置けないのです」

 

 ちょっとからかっただけ。けれどそれにマシュが乗ってきた。マシュの場合素直にそう思っている節があるけれど。

 

「おまっ、おまえ……想像するだけで、おっそろしいこと言うなよ……」

「あれれー、でもなんか言い方がそれっぽかったよねー」

 

 ニヤリと笑みを作ったビリーがここぞとばかりにみんなに話を振る。

 

「知らん」

 

 ジェロニモは興味がないと一刀両断。

 

「……余はその辺に疎い。妻のシータ一筋でな」

 

 ラーマはシータ一筋。シータはよほど愛されていたということがわかる。だから、絶対に再会させないといけない。

 

「は? カノ……新しい抗生物質の名称ですね」

 

 ナイチンゲールはそれどころじゃなかった。確か生前は独身だったはずだからまともでも話に乗れるとは思わないけどさ。

 

「オレに振るなよ。オレだってそういうの詳しいわけじゃないんだぜ」

 

 式はこっちに振るんじゃないとそっぽ向く。

 

「わたくしもマスター一筋ですから! ね、マスター!」

 

 清姫はいつも通りで抱き着いてくる。

 

「そうだね。そういう言い方だったね」

 

 唯一話にのったのはジキル博士だった。空気を読んだようである。

 

「違うっての!?」

 

 まあ、そんな風に馬鹿話をしながらロビンフッドが会ったというサーヴァントが住み込んでいるという村にたどり着いた。

 

「敵性反応だ」

 

 ドクターの通信の通り。確かにケルト兵がいっぱいいる。ただ――。

 

「なんかみんなおとなしいというか。なにこれ。まったく動いてないんですけど」

 

 ケルト兵が完全にストップしている。

 

「まあいいんじゃない倒しやすいし」

 

 ビリーなどはそれをこれ幸いとばかりに眉間を撃ちぬいて行く。

 

「ええと、とりあえず倒しながら村に入ろうか」

 

 とりあえず敵を倒しているとロビンが何やら首をかしげていた。

 

「やっぱおかしいよな。うん、なんかまともになってやがる」

 

 そんなつぶやきが聞こえたと同時に、どこか聞きなれた声で、聴きなれた歌が響いてきた。

 

 ――ハートがチクチク 箱入り浪漫

 ――それは乙女のアイアンメイデン

 

 それはどこかで聞いたことがあるような歌だった。

 

「おお、すごいなこれ。声もきれいだし」

「うむ」

 

 ――愛しいアナタを閉じ込めて

 ――串刺し血塗れキスの嵐としゃれこむの

 

「あああああ!?」

「先輩! この歌は!?」

「ドラ娘、こんなところにいたんですね」

 

 ――浮気はダメよ、マジ恋ダメよ

 ――アタシが傍にいるんだからネ?

 

 そこにいたのはエリザベート、エリちゃんだった。いないと思っていたらこんなところで歌の練習というか、踊りの練習もしているっぽい。

 クルっとターンして、振り向きざまに尻尾ビターンとかやってる。

 

 なにやらいつもよりもごーじゃすな服に身を包んでいる。その理由は彼女のクラスが違うからだ。キャスターではなくランサー。

 どうやらアメリカに行く際にそうやって召喚されてしまったようなのだ。

 

「おーい、エリちゃん?」

「ハーイ! マスター! どうどう? いつものハロウィンな衣装は季節外れ感が出てきたところだから着替えてみたのよ」

「うん、似合ってる似合ってる」

「なに、その親戚のおしゃれした子供見るような目は」

「うん、かわいいかわいい。それより、なにしてるの」

 

 これでも心配したのだ。いや、忘れてない。忘れてないよ。うん。忘れてない。エリちゃんがいないことすっかり忘れてたとかないから。

 

「なにって練習よ! マスターの為に聞かせる歌の練習。あら、そういえばさっきまでいた観客は?」

「倒した」

「倒した!?」

「だって、戦争中だし。大体なんで、ここで歌ってたのさ」

「あら、マスター知らないの? ここは究極の芸能地獄」

 

 芸能地獄? なにそれ。

 

「ブロードウェイなのよ!」

 

 デデーン! とう音が鳴り響いた気がした。

 

「な、なんだってー!」

「先輩先輩、ぶろーどうぇい? とはなんですか?」

「嘘、マシュ、あんたしらないの? ミュージカルの本場、ブロードウェイの栄光を!?」

「すみません、そういうものにわたしはとんと疎いらしく」

 

 ならば教えてあげるわとはりきるエリちゃん。いつものように彼女独特の説明でマシュに悪影響が出るかもしれないと心配になるけれど、

 

 ――うん、いつものエリちゃんだ。

 

 安堵する。いつものエリちゃんだ。いなくなって、クー・フーリンが敵になったと聞いた瞬間から、不安だった。もしかしたらエリちゃんもなんじゃないかって。

 良かったいつも通りだ。

 

「よかった」

 

 それがわかって、思わず泣いてしまったほどだ。忘れてたけど――。

 

「え、ちょ、え、マスター!? なに、なんで手を握って泣いてるの!? そんなに寂しかったの!?」

 

 やっぱり仲間が敵になるなんてことはない方が良い。やっぱり一緒が良いよ。そう思う。忘れてたけど――。

 

「ふふん。安心しなさいマスター。これからはいつも一緒よ専属AD子イヌ!」

「あ、そういうの良いんで」

「ちょっと!? (アタシ)がせっかく――」

「はいはい。それより次はセイバーだ。行こうロビン」

「あいよー」

「あ、なによ緑ネズミじゃない。あんたも来てたの?」

「人を色で判断するのやめませんかねぇ」

 

 エリちゃんを加えて一行はセイバーがいるという森へ。そこは巨大な樹木が立ち並ぶ森だった。ここもどうやら敵がいるらしい。

 それらを倒しながら進む。

 

「ふぅ、汗かいたわ。マスタータオルないかしら」

「ああ、はいこれ」

「こらこらこら! 人の宝具をタオル代わりにしようとしない! そもそもタオルになりそうならおたくのマントもでしょうが」

「これは駄目だ」

「そういえば気になっていたのですますたぁ。その帽子とマントはいったいどなたから戴いたものなのです?」

 

 いい機会だと清姫が聞いてくる。

 

「そうです。わたしも気になってました! 前までは着ていませんでしたよね。カルデアの服でしたし。今は黒いスーツで、帽子にインバネス。……そのかっこいいと思います」

「ありがとうマシュ」

「わたくしもかっこいいと思っておりますよ!」

「うん、ありがとう清姫」

「で、子イヌ。誰からもらったの? 女?」

 

 女!? という言葉に過剰反応する清姫であったが、

 

「違うよ。全然違う。オレを導いてくれた大切な相棒――いや、親友からもらったんだ。勇気と一緒にね」

 

 僕のファリア神父。巌窟王エドモン・ダンテス。シャトー・ディフでの日々は、僕にとって僕が僕になるのに必要な日々だった。

 君からもらったこの帽子とインバネスは大切にしている。君からもらった勇気があるから、僕は、いやオレは進める。

 

 このインバネスと帽子が残っているのは、ドクター曰く、疑似的なレイシフトの影響でサーヴァントが消滅する以前に持ち帰ったためにそのまま残ったのだという。

 それはつまり、サーヴァントが消滅する前にレイシフトすればその人の何かを持って帰ることができるということらしい。

 

 いい機会だからと彼のことについて話した。

 

「ふぅん、だからあの時(アタシ)に言ったのね、待て、しかして希望せよって」

「うん、そう。エリちゃんならいつかきっとって、思ってね」

「むぅー」

「むぅー」

「…………。あの、ふたりともどうしたの?」

「なんでもありません先輩。いつも通りです。むぅ~」

「そうですなんでもありません。全然。ええ、ただ、そのエドモン何某を燃やしてしまいたいだなんて思っていません。むぅ」

「物騒だよ!?」

 

 なに!? え、なんなの!? オレ何かした!?

 

「あー、うん、あれはいつかきっと刺されるよ」

オタク(ビリー)もそう思うか?」

「そりゃね」

「うむ、私もだ」

 

 わけのわからないまま、セイバーがいる場所へとたどり着いた。

 




六章の予告が出た。テンション上がった→書き上げたぜ!

という感じで書き上げました。
いやはや六章の予告来ましたね。超絶ループして見てました。
うん、お師さんが可愛かった。
楽しみだ。イベントもありますし、全力でサーヴァントを育成中。だが、骨が塵が足りなくなりそう……。ぼすけて。


ついでに宣伝
機構聖剣の勇者召喚という小説を小説家になろうで書いてます。
簡単なあらすじというか話をいうとこのFate/Last Masterのような話です。
一般人が異世界に召喚されて世界を救うために心を砕かれる話です。
よければ、感想やら評価やらレビューやらもらえると嬉しいです。
http://ncode.syosetu.com/n9477di/


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 9

「ああ、くそ、まったくついてないねこりゃ」

 

 ――オジサンもついに年貢の治め時ってやつかねぇ。

 

 召喚された途端に敵、敵、敵。

 そんで、とりあえず一つの街を守って奮戦してみたわけなんだが。倒しても倒しても湧き出てくる敵。敵はギリシアかよと思ったが、まあ、そういうわけではなくケルト。

 やれやれ困ったねこりゃ。万事休すってやつだ。こちとら朝から夜まで戦い詰めでボロボロだってのに。

 

「ふむ、満身創痍か」

 

 この期に及んでサーヴァントの登場とはついてないね。

 巨剣を持った偉丈夫。名乗った通りならフェルグス・マック・ロイ。ケルトの大英雄様じゃないの。いやはや、会いたくないときに会いたくないのに出会うとはこのことだね。

 

「そういうあんたは元気満々ってやつじゃないの」

「ふむ、しかし手加減はせぬ。戦士であれば、いついかなる時も全力これがモットーでな。それに性欲を封印して禁欲している身としては盛大に暴れたいところなのだ」

「いやはや、本当ついてないね」

 

 これで相手が全力でもなけりゃ、まだどうにかなったんだけどね。どうも相手さんは全力のようだ。そう全力。それも本気だ。

 戦に全てを賭けているっていう目だ。ああ、いやだいやだ。オジサンの相手っていつもこれかよ。泣けてくるねぇ、まったく――!

 

 だらりと弛緩したそこから槍の突き入れを放つ。名乗りもせずに挨拶もせずの一撃。完全な不意を衝く一撃だったが。

 

「チィ――」

「おいおいその程度か?」

「あーあ、最悪だ」

 

 完全に相手の意識の隙間に差し込んだはずの突きは完全な形で防がれた。

 槍を回して、穂先での切り上げも難なく躱され、休むことなく石突の追撃すらも防がれる。

 

「いや、本当、最悪だね」

 

 ここまで消耗してなけりゃと思うが、

 

「ままならんねこりゃ」

 

 どうにもならない。撤退もできないとあれば、もはやここは死地だ。どうにか逃げようにも、敵に囲まれている。こんな気分はあのアキレウスとの一騎打ちだけで十分だってのに。

 

「頭を下げておれ――」

 

 やられそうなその瞬間に、響いた女の声。とっさにオジサンが従えば、休むことのない銃撃がケルト兵たちを蹂躙していく。

 

「お、なんだ!」

 

 フェルグスは相変わらず巨剣で器用に銃撃を防ぐ。だが、それでも後退しないわけにはいかなかった。そこに突っ込んできたおかしな奴がいたからだ。

 格好は季節外れのサンタクロース。だが、手にしている剣は聖剣の王と言っても過言ではない。聖剣の代名詞。誰もが一度はその名を聞いたことがあるだろう剣だ。

 

「ぬお、良い腕だ」

「ふん、貴様もな。だが、遊んでいるひまはない」

 

 極黒の光を聖剣が纏いそれを振るう。

 

「ぐおお」

 

 フェルグスを吹き飛ばし、そこに火縄銃の追撃が入る。

 

「やれやれ、いきなり軍を進めるからどうしたのかと思ったじゃない。大丈夫かしら」

 

 そうしていると今度は魔術師。サーヴァントのオンパレードだ。

 

「まあ、大丈夫じゃないのかね。それよりオジサン状況説明がほしいところだねぇ」

「ええ、もちろん説明はするわ。でも、その前にトロイアの英雄さん、あなたはこちらについてくれるのかしら」

「つくもなにも、オジサン、ケルトもあんたらも敵に回して勝てるとは思えないんでね」

 

 ――そうかしら。

 

 目の前の少女のような女サーヴァントは言う。

 

「トロイアの英雄なら、案外やれるかもしれないわ」

「オジサンを買いかぶりすぎだよ。オジサンはただのオジサンだから」

 

 ――隙がない。魔術師だからって油断はできないねこりゃ。

 

「はいはい、オジサンの負け負け。そっちにつくよ」

「よくってよ。さあ、立って、私たちの拠点に案内するわ」

 

 さてさてこの戦争、どうなるか――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「もー、敵多すぎ」

 

 ボクが可愛いからって寄ってたかってくるのは勘弁してほしいよ。

 

「でも、退くわけにはいかないかなぁ」

 

 西に避難しているという一団。逃げ遅れた無辜の民がいるのであれば、逃げるわけにはいかない。なにせ、ボクは英雄だから。

 弱いって言われようとも、ボクは英雄だ。英雄であって――。

 

「――シャルルマーニュが十二勇士、アストルフォだ!」

 

 ならば退くわけにはいかない。もう少し時間を稼ぐ。

 

「幸い、サーヴァントがいないなら、どうにでもなるからね」

 

 電光石火の速さで戦場を駆けぬける。無論駆け回るだけではない。宝具を使用する。相手は魔術も持たない相手、それでタフネスがある。

 使用するのは触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)。カタイの王子・アルガリアが愛用した装飾も見事な黄金の馬上槍。

 

 ランスとしての攻撃力は備えているが殺傷することを前提にした武器ではない。真価は、まさしく真名を解放することで現れる。その効果は、こうだ――。

 

「!?」

「そこで転んでてねー」

 

 触れたものを転倒させることができる。

 

「んで、これ! 恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)!!」

 

 恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)。音色を聞いた妖鳥が恐怖で逃げ出すという角笛。大きく吸い込んだ息を角笛に向けて吐き出す事で、龍の咆哮、巨鳥の雄たけび、神馬の嘶きに比肩するほどの魔音を発生させることができる。

 これは純粋な音波による広域破壊兵器。

 

 こういった軍勢相手には有効。特にサーヴァントでないのならば一瞬にして破滅させることができる。いかにケルトの兵士が屈強であろうともサーヴァントではない。ゆえに有効。

 

「ほう、良い音色だな」

「…………」

 

 だが、そうサーヴァントには心もとない。

 

「うむ、しかし。良いな! 戦でなければお相手を頼みたいところではあるが――」

「ボクとしては遠慮願いたいね」

「うむ、そうか。それは残念だ。まあ、ここで死ぬのだからあまり関係はないな」

 

 ――ああ、最悪だ。 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ふん、ふん、ふふ~ん、ふぅぅぅん……よし、こで土台はできたな。現状の町並みでは、残念なことにウェスタンしか撮影できないが――なに、余のたぐいまれなる名演技を以てすれば、西部劇とてアカデミックな賞をゲットであろう!」

 

 それを見た瞬間、オレはドクターに場所を聞いた。

 

「ドクタードクター、もしかしてここって現代だとさ」

「ああ、うん。君の予想通りハリウッドだよ」

「ですよねー」

 

 だって、エリちゃんと同じような匂いがしますもの。体臭じゃないよ、そういう匂いじゃない。体臭は、たぶん、薔薇の香りがするんじゃないかな。

 マシュとかミルクみたいな匂いするし。清姫は、お母さんって感じ。家事とか料理の匂いっていうの中。畳とかの匂いもあるかも。

 

 ブーディカさんも同じだけど、どこか甘いというか。サンタさんは、ターキーの匂いかな……。ノッブは、なんか甘いお菓子の匂いがしてるあと硝煙ってやつ? 硝煙の香るいい女じゃろ? とか言うのが口癖だけど火薬臭いだけ……。

 式は怖くて嗅げません。エリちゃんは、花の香りがしてる。たぶん、香水の匂い。

 

「先輩! 先輩!」

「――はっ!? オレはいったいなにを」

 

 なんか思考が盛大に変な方向に吹っ飛んでいたような気がする。

 

「さて、ぷろでゅーさーと、でぃれくたーと、脚本と、音楽と、主演は余が兼任するとして……」

「どんだけ兼任してんだよ!?」

 

 いかん、思わず突っ込んでしまった。

 

 だが、その瞬間、何かが吹っ飛んできた。

 

「カッ――!?」

 

 それは人だった。

 いや英霊だ。

 

「あれ、この子は……」

 

 見たことがある。確か、クリスマスの時にフランスで――。

 

「アストルフォ!?」

「けが人ですね! 治療します!」

「だから、余を降ろせと――いや、待て!?」

 

 その瞬間、凄まじい剣戟が振り下ろされた。

 

「宝具、展開します!!」

 

 マシュが宝具を展開して防ぐ。砂じんが晴れた時、そこにいたのは見覚えのある偉丈夫だった。かつてオレたちを助けてくれた師匠の1人。

 

「なんだ――フェルグスの、叔父貴」

「おう、なんだ、いつぞやの幼子か。うむ、良い成長をしたと見える。男になっているな。語り合いたいと思うが――俺は今こちら側だ。ならばやるべきことは一つ。本命を引いた。好都合にセイバーもいるとなれば。ここでつぶしてしまうのが良いだろうよ」

「む、なんだ、おまえたちは余の映画を見に来た客というわけではないな」

「ああ、どうしてこうなんですかねぇ」

「む、おお、ロビンではないか」

「はいはい、ロビンですよ。それよりも――」

「うむ、色々と語り合いたいが、殺気立ったのがおる。まずはこいつらからだな。初見であるが、よろしく頼むマスター」

「……ああ」

 

 何をするにもまずはこのケルトの軍勢とフェルグスの叔父貴を倒さなければならない。

 

 ――大丈夫だ。大丈夫。

 

「先輩……」

「大丈夫だ。マシュ。行くぞ、おまえら!!」

 

 ――敵の動きがわかる。彼がどう動くのかがわかる。

 

 

 それはオレが彼を知っているからだ。

 

「ぬ――」

「マシュ、そこで防御、式、そこは危ないから右に避けて、ジキル博士は今攻撃――ビリー、ロビン射撃」

 

 攻撃の一手を封じる。回避した先に射撃を打ち込む。防御したら背後から。

 相手の動きが手に取るようにわかる。彼の力を間近でみたことがある。それでこれなのだ。

 

 ――なにもさせない。

 

 ここで気を緩めたらだめだ。そうすれば、その分、誰かが死ぬ。それは嫌だ。敵を殺したくもない。けれど、それ以上に、もう誰かが死ぬをの見るのは嫌だ――。

 だから、叔父貴を倒す。倒さなくちゃいけないんだ――。

 

 必死にそう言い聞かせながら指示を出す。相手に何もさせない。相手が宝具を発動するのなら、こちらも宝具で対応する。

 マシュが防ぎ、式が攻撃。そこにエリちゃんが加わる。ランサーのクラスで限界したことによって可愛い衣装になったが、それ以上に動けるようになっている。そこにロビンとビリーの援護。

 

 全員に対してジェロニモが支援の魔術。突っ込むナイチンゲールが今はアストルフォの治療をしている。だから全員が指示を聞いてくれるのが大きい。これでナイチンゲールが突っ込んでいたら面倒なことになっていた。

 それにセイバー。皇帝ネロ陛下。彼女はオレのことを覚えていない。彼女はサーヴァントではなかったのだから当然だ。けれど、彼女の戦い方はオレが知っている。

 

「清姫、頼むよ」

「はい、マスター」

 

 魔術礼装で彼女の力を強化し、宝具を発動する。強化された炎がケルトの軍勢とフェルグスの叔父貴を包み込む。これではまだ終わらないだろう。

 

「ロビン、ビリー、頼むよ」

「さぁ、早撃ち勝負だ。先に抜いてもいいよ? 僕の方が速いから。 ……ファイア!!」

「なんの勝負だよ。――任された弔いの木よ、牙を研げ。祈りの弓(イー・バウ)!」

「ぐ――」

 

 炎、二人の宝具。それですら倒せたとは思わない。何があろうとも、油断などせずに。

 

「式――」

「ああ――」

 

 ここまで弱らせれば、直死を使って式が死を視ることができる。

 

「これで終わりだ――」

 

 式のナイフがフェルグス叔父貴の霊核を破壊する。

 

「なんと――圧倒的ではないか」

「あなたの動きはわかる。あなたの勇士をオレは見せてもらったから――」

 

 それだけに、心が痛む。痛みで泣きそうになるほどに心が痛い。

 

「泣くな。勝ったのならば勝者らしく笑え。気にする必要などない。良い戦いだった!」

「ああ、ありがとう叔父貴」

「ふっ――」

 

 叔父貴は笑って消えた。

 

「ふぅ……」

「先輩……」

「ん、大丈夫……ああ、いや、ごめん少しきついな……ちょっと胸借りていい?」

「はい、先輩、どうぞ。わたしの胸ならいくらでも」

「マスター! わたしの胸でもいいですよ!」

「ごめん清姫、さすがにマシュには勝てないかな」

「ガーン」

 

 これだけは譲れない。マシュのマシュマロに勝てるサーヴァントはいない。ああ、そういえばドレイクの姐御とかブーディカさんも良いおっぱいをしていたなぁ……、

 

「あの先輩?」

「大丈夫、ありがとうマシュ。落ち着いた。さて、これでケルト側のサーヴァントを一騎倒したことになる。けれど、まだ敵は多い。油断せずに行こう。それから皇帝ネロ。あなたもついてきてくれるかな」

「うむ、さすがに映画だのなんだの言っているひまではないことくらいわかるぞ。余の力が必要なのだろう? 任せよ」

「頼もしいよ。で、聞きたいんだけど――なぜに花嫁衣裳?」

 

 なんというか花嫁衣裳と言っていいのかよくわからないけれど、花嫁衣裳っぽい何かを身にまとっている。はて、彼女はローマでは、なんか赤い男装? な服装をしていたように思えるのだが。はて。

 

「なぜ花嫁のドレスに着替えているのかだとぉ? ふっふっふっ…決まっていよう! それはぁ、余が! そういう気分になったからである!」

「アッハイ」

 

 ともかく賑やかになったのは確かだ。

 

「…………アレ、ボク盛大に出遅れてない?」

「けが人は黙って治療されてください」

「ちょ、痛い、痛い!?」

 

 ――あ、アストルフォ、忘れてた。

 




というわけで主人公側が勢ぞろい。アストルフォを新たに加え、フェルグスの叔父貴を下し、さあ、行くぞ!

オジサンとよくってよの絡みはなんか個人的に好きかもしれない。
裏でいろいろと隙のない二人が表向き友好的にしながら腹の探り合いしてるのとかなんか楽しい。



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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 10

 ハリウッドから西に少し。マシュによる召喚ポイントを確立しドクターからの補給を受ける。

 

「さて、では現状の確認といこう」

 

 野営地で補給などを済ませた後、マスターや女性陣が寝静まった頃、ジェロニモが現状の確認をとる。

 

 現状、初期目標としてのセイバーとランサーの確保は成功。その上でケルト側の戦力であるフェルグスの叔父貴を倒すことが出来た。目標達成の上、フェルグスの叔父貴を倒す、アストルフォの合流というおまけ付き。

 状況としてはすこぶる良いだろう。

 

「ただ、問題があるぜ」

「ん? 問題なんてあるロビン?」

「ああ、見てみろ」

 

 ジェロニモとビリーがロビンの指差す方を見ると、マシュ、アストルフォ、清姫、エリザベート、ネロたちにほとんど抱きつかれ揉みくちゃになって寝ながら死にそうな声をあげているマスターの姿があった。

 

「気にしないでいいんじゃないかなぁ」

「嬉しい悲鳴ってやつだろ」

「いやいやいや、ビリーに式、流石に可哀想だからなんとかしてあげようよ」

 

 ほっといて大丈夫だろとビリーと式は言うがジキル博士は助けた方が良いのではと言う。

 

「それよりもだラーマの妻、シータがいる場所だ」

 

 未だ手掛かりすらない。

 

「ああ、それならマスターとドクターが予測をたてていたね」

「本当かジキル博士」

「うん、えっと地図はあるかい?」

「ああ」

 

 ジェロニモがアメリカの地図を広げる。

 

「マスターとドクターが話していたんだけれど、ここが怪しいと言っていた」

「アルカトラズ?」

「そう、アルカトラズ島。監獄島だよ」

 

 アルカトラズ島。灯台、軍事要塞、軍事監獄、そして1963年まで連邦刑務所として使用され、ザ・ロックや監獄島とも呼ばれている。

 

「誰かを捕らえておくにはおあつらえ向きの地形だ」

 

 島であり、移動手段は船のみだ。接近すればサーヴァントがいた場合攻撃を受け続けることになる。渡り切ったとして、待ちかまえられていた場合苦戦を強いられる。

 

「マスターとドクターの推測だけれど、女王の性格を考えた結果だから、それなりに確率は高いかもしれないといっていた」

「ケルトの女王って、正体わかってましたっけ?」

「わからなかったけれど、キーワードはたくさんあったからね。ドクターが不眠で調べてくれたらしいよ」

 

 クー・フーリン、フェルグス・マック・ロイ。そのあたりに関係する女王であることに間違いはない。だからこそそこをキーワードに総当たりで調べていった。

 マスターのおかげで影の国の女王スカサハを除外できていたのは大きい。それで結果、女王として浮上したのがメイヴだった。

 

 女王メイヴは、ケルト神話、アルスター伝説に登場するコノートの女王だ。数多くの王や勇士と婚約し、結婚し、時には肉体関係のみを築いた恋多き少女だと言われている。

 アルスター伝説最大の戦争を引き起こした張本人であり、自らに逆らうアルスターの勇士クー・フーリンの命を狙った。

 

 自分の欲望に一切逆らうことなく、生前には数多くの男たちを我が物としフェルグス・マック・ロイも恋人の1人だったという。

 財も大好きで、それが理由でアルスター全土を相手取った大戦争を起こし、自ら戦車を駆ってコノートの軍勢を指揮した。

 

 伝説的にも女王としても合致する。彼女が英霊として現界した場合どのような能力であるのかは不明であるが、すくなくともこれだけの軍団を作り出すだけの力はあるだろう。

 候補として残ったのがメイヴだった。性格の予想は意地が悪い。なにせ悪辣だと言っていた。シータをさらった場合どこに連れていくかをああだこうだと言いあっていた結論がアルカトラズ。

 

「西海岸にある島。東海岸から遠く離れていることを考えれば、ありえない話ではないか」

 

 わざわざ戻らなければならないのだから。そういう意味でもあり得る可能性がある。

 

「余としては可能性があるのならばゆくぞ」

「いいえ、患者は安静にしていてください」

「痛い痛い!?」

「では、明日はそちらに行くということで良いかな?」

 

 起きている全員が頷く。どちらにせよ手がかりはないのだ。ならば可能性があるかもしれない方に行ってみるのも悪くはない。

 そういうことだ。

 

「さて、本題だ」

 

 ジェロニモが切り出す。

 

「食事時にも言ったが、東部はほぼ完全にケルトに占領されている。そして、彼らが拠点としているのがワシントン。本来の首都だ」

 

 国家というものに最も屈辱を与えられる場所。実に悪辣な手であり、意地が悪い。

 西部もよく対抗している。難民を引き入れ、機械化歩兵の生産工場でに日々改良にいそしんでいる。また、あちらにはカルデア側のサーヴァントである、織田信長、ダビデ、ブーディカ、サンタオルタと名乗っているアーサー王が付いている。

 

 カルナに加えてそれらの戦力増強によってほぼ互角とみていい。

 

「だが、それも軍勢を合わせてだ」

 

 いつまでも大量生産を続けられるわけがない。互角ということはそれだけ戦争が長引くということだ。長期戦になれば不利なのはアメリカである。

 物資も人も無限ではないのだ。対してケルトは女王さえいれば増え続ける。ほとんどキリというものがないだろう。いつずれ戦争はあちら側に傾くことは容易に想像がついた。

 

「だから、オレたちがどうにかするんだろ」

「あれ、マスター、起きたんだ」

「うん、寝れない」

「余と一緒では不満と申すか」

「いや、陛下は別に不満じゃないんだけどね……」

 

 ――アストルフォがね、うん、なぜかいの一番に隣に入ってきたおかげで、マシュと清姫がね。

 

 そのうえで煽り発言。隣争奪戦の末、なら上でいいじゃんと上にまで載られる始末。そこにさっそうと参戦した陛下。

 

 ――カオス過ぎるよ!?

 

 というわけで、何とか寝静まるまで耐えて魔術礼装によってどうにか回避した。なぜか陛下起きてきたけれど。

 

「……こほん。本題に戻ろう。暗殺だねジェロニモ」

「ああ、そうだマスター。ここは暗殺しかない。ワシントンまで潜入――そして、サーヴァントの首を獲る」

 

 ケルトはバラバラに動いている。更に好戦的だ。首都の防備に関してはそれほど重視していないだろうと予想できる。

 

「根本からの治療は大切ですが、私としてはこちらの患者の治療を優先したい」

 

 ナイチンゲールがラーマの様子を見ながらいう。

 

「余は、だいじょ―――あだだだだ――!?」

「――うん、だから、部隊を二つに分けるよ」

 

 ゆっくりもしていられないのなら二つに分けるのが合理的。そう、合理的なのだ。

 

「マスターには辛い決断であろう」

「……仕方ないよ。世界を救うためだ。一方が暗殺部隊。もう一方は、シータを探す」

 

 暗殺任務は危険度が高い。失敗する確率の方が高いくらいだ。だからこそ、まとまって全滅しましたではお話にならない。

 そうそれでは駄目なのだ。世界を救わなければならない。エジソンのようにアメリカだけを救うのではなく。世界を救う。

 

 ――そのためなら、犠牲すらも覚悟しなければいけない。

 

 土台全てを救うことなどできない。

 

 ――わかっていたじゃないか。

 ――オレは、弱い。

 ――でも、だからって、犠牲を許容なんてしたくない。

 

 それでも救うためには必要なのだ。それがわかるからこそ、起きたと言ってもいい。

 犠牲になるかもしれないのならば、自分の手で頼むのだ。誰かに頼るのではなく自分がその責任を背負えるように。

 

「シータの方にはオレとマシュ、それからエリちゃん、アストルフォ、清姫で行こうと思う。ナイチンゲールとラーマもこっちになるね」

 

 うぬぼれるわけではないが、令呪のあるマスターは最後のカギだ。切り札と言ってもいい。そうジェロニモに言われた。それに暗殺について行ったところで足手まといになる。

 ならばシータを救出に行き、もしもの時に託されたものを受け取るのだ。

 

「うん。暗殺の方は式、ジキル博士、陛下、ビリー、ロビン、ジェロニモに頼みたい。問題ない?」

「うむ、任せよ余が必ずや成功させてみせるぞ!」

「任せろよ、サクッと殺せば終わりだ」

「精一杯頑張るよ」

「さーて、せいぜい気張るとしますか」

「あははまあほどほどにってね。気張りすぎてもアレだし」

「任された」

 

 式とジキル博士はアサシンだ。ネロ陛下は皇帝特権を使えばアサシンのまねごともできる。同行者にも有効になる上に、ロビンは宝具顔のない王を使うことで完全なる透明化、背景との同化ができる。

 それらを組み合わせれば誰にも見つからずにワシントンに入ることができるだろう。

 

「すまない。お願いするよ」

 

 ――どうか、無事に

 

 そう祈りが届けばいいと願った――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「では、行くとするか」

 

 マスターとマシュマロサーヴァント別れ、余たちは一路ワシントンへ向かう。

 

「うむ。短い別れであったが悔いはない。あとはことを為すだけだな」

「……死にに行くわけではないぞ、ネロ」

「承知している。だが、暗殺という任務の危険性を余も知っている」

 

 どれだけ確実な策を練ろうとも、どれほど不確定要素を潰そうとも、絶対というものはない。絶対的な王政が長く続かなかったように。偉大なりし余のローマもまたその姿を変えたように。

 まして、敵陣深くに潜り込む。生き残ることを前提に話してしまっては、成功するものも成功しない。

 

「なあ、アンタ……」

「いうな。それ以上は野暮だぞ緑アーチャー。ではない、ロビンフッドよ」

 

 生きるとも。生き残る前提を話せずとも。

 

「余は、図太さでは他の後塵を拝したことはないのだからな!」

「はは。そりゃそうだな。オレも死ぬ気はないし。せいぜい、頑張りますか」

 

 後ろではジェロニモとビリーが話している。

 

「ねえ、ジェロニモ」

「なんだ?」

「僕はさ、アメリカ人だからいいんだけど。君は誇り高いアパッチ族だろう? 本当にいいのかい? この国を救っちゃってさ」

「まだ言っているのか。この国を救わなければ、我らも救われない。アメリカに借りを作らせるというのも愉快なものだろう? それに、あのような少年が必死に戦っているのだ。ならば、アパッチとして戦わなくてどうするというのだ」

 

 誇り高いアパッチが戦わず、誇り高い少年が戦う。あってはならないことだ。

 それがたとえ、忘れ去られるものであったとしても、アパッチの誇りはマスターが継いでくれるだろう。彼だけが覚えていてくれるのだ。

 

「ならば、かっこよく記憶に残りたいとは思わないか?」

「…………はは。君からそんな言葉が聞けるとは思わなかったよジェロニモ。うん、そうだ。せいぜいかっこよくマスターの記憶に残ってやんないとね」

 

 うまくいくと良い。そう祈る。

 

「ねえ、式君」

「なんだ、ジキル博士」

「……いや、なんでもない」

「なんだよ、気色悪ぃな」

「マスターは大丈夫かなって思ってね」

「今は自分の心配してろよ。どうみたってこっちの方がやばいぜ? ただ、まあ、大丈夫だろ。あっちにはマシュマロとテケテケがいやがるんだ。何があってもマスターだけは守るだろうさ」

 

 ――それが心配なんだよ。

 

 ジキル博士はそういった。

 

「そりゃ……心配性だな、オマエ」

「僕は、かつてマスターを守れなかった。もう二度と、そんな思いはしたくないからね。心配性でちょうどいいくらいだと思っているよ」

「ま、いいんじゃねえの。そういうのがひとりくらいいてもな。ただ気合いは入れろよ」

「わかっているよ」

 

 暗殺部隊は進む。

 ワシントンに向けて。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「さぁて、オジサンも仕事しますかねぇ」

「期待してるわよ、トロイアの英雄さん」

「期待しないでほしいねぇ、オジサンとしては」

 

 やれることは全部やる。そうでないと勝てないってのが、嫌なところよね。エジソンはうまくやっているけれど、それもいつまでも持つようなものじゃない。

 あの子のおかげで多くの英霊たちをこちらに抱き込むことができたけれど、今度はそれが問題なのよねぇ。特に、

 

「バベッジ卿とエジソンが大喧嘩。著作権とかなんかで訴訟で裁判が始まるし、カルナは余計な一言で油注ぐし。レムリアー(疲れたの意)」

 

 そのうえ、トロイアの英雄はエジソンのアレに気が付いてる。隙を見せればすぐに突いてくる気満々。本当嫌になるわ。

 おちおち本も読めやしないし。

 

「エレナ君! 聞いているのかね! 機械化歩兵は、盗作ではないとうことは電動であるということが証明しているということを!!」

「いいや、エジソン卿。見給え、我が機体を。蒸気式であるという点以外、似通っているではないか。そう思うだろう! ミセス・ブラヴァツキー!

「いいや、違う。バベッジ卿! 見るが良い、銃だ。卿は剣。大きく違う。それに何より、直流だ!!」

「エジソン卿よ。些細な違いだ。オプションだろうそのあたりは。何より私の方が開発が早いとあれば、結果は見えているのではないかね」

 

 ――なんで、あたしのところに詰め寄ってくるかなぁ。

 ――状況わかってんのこいつら。

 

 なんか通信があったから、信長たちが捕まえてきてくれたのは良いのだが、こんなことになるのならば連れてこない方が良かったとしか思えない。

 ここにニコラ・テスラがいないでよかったと心底思う。ここにあんなのがいたら、喧嘩どころじゃない。西部を二分して戦争が始まる。

 

「エレナ君!」

「ミセス・ブラヴァツキー。どうか公正な判断を」

「あ・ん・た・ら――!! 一回頭冷やしてこいやー!!! カルナ! 何も余計なことは言わずに、そいつらを外に放り投げておいて!」

「了解した。しかし、余計な一言とは心外な――」

「しゃ・べ・ら・ず・に!」

「む」

 

 ――ふぅ、片付いた。これでゆっくり

 ――でもこういう時ほど誰かくるのよねぇ――

 

「わしじゃ!」

「…………」

「ん、なんじゃ、ああ、やっぱりねとか、また来たとか。報告じゃぞ」

「なんで、私のところにくるのよ。エジソンのところに行きなさいよ」

「いやじゃ、あやつめ面倒なものにとりつかれておるからの、お主の方がまともじゃろ?」

「はぁぁぁ、で、なに?」

「うむ、やはりユニットを組むにあたりそろいの衣装は」

「なんの話よ!?」

「冗談じゃよ。そろそろマスターが動くらしいからの。それを伝えに来ただけじゃ」

「へぇ、伝えてくれるんだ」

 

 そういうことは伝えてくれないとおもっていたけれど。通信機の存在だって隠していたわけだし。

 

「西部に戻るという話じゃからの。言っておいた方が良いじゃろ。さすがわし、役に立ってるよね! 今回のMVPはわしで決まりだよね! なんてたって沖田とかいう社長にこびうって星5になったやついないからね、是非もないよネ!」

 

 ――なにいってるのかしらこいつ。

 

 とりあえず、戻ってくるというのなら少しは。

 

「…………」

 

 何やら外から爆音がしている。

 

「はぁ……」

 

 こうなるんだったらあの子について行けば良かったかしら。

 

 後悔は先には立たないとはよく言ったものだ――。

 




遅くなって申し訳ない。イベント周回してたんじゃ。
やはり今回のメインは酔いどれきよひー。名前呼んでもらえた瞬間、ちょっと一瞬ガチで放心しました。
我に返って、喜びに打ち震えてました。きよひーかわいいんじゃーぁ。忠犬は手に入らなかったです……(´;ω;`)。

今度は、エレナママのへべれけがみたいんじゃが、駄目かのう。
沖田さんでもよいぞ。ブーディカさんの酔いどれは地味に見たい。どんな風に酔うんだろう。

あ、あと電撃のアンソロ2買いました。リヨ先生は相変わらず先生だったよ。
沖田さんのリクルートスーツが見れたし、キャットの水着喫茶が見れたし。
ただ、おいエミヤ、おまえそんなことで固有結界使っていいのか。まあ、エリちゃんが嬉しそうだしいいのかな。
みなさんも買うべし! オススメ。

ああ、そういえばようやく沖田さんのスキルが全部マックスになりました。塵がなくなったんじゃ。QPもなくなったんじゃ。
じゃが、悔いはない。ということで、次はオリオンと孔明。高難易度対策じゃ。

さて、次回はアルカトラズ。
そして、暗殺は成功するのか。
ぐだ男ちゃくちゃくと成長していたようです。

待て次回。
そろそろ巻きで行きたい……。

あ、あとテイルズオブゼスティリアのアニメ見た。なんかいろいろと改変されているのでアリーシャ救済期待していいのかなと思っている。
原作はやったことないが、アリーシャ好みなんですよねぇ。救われてほしいものです。

あ、そういえば愉悦部のみなさん。不憫ヒロインは最後どうなってほしいですか? 私は幸せになってほしいです。
ぼこぼこのぼろぼろにされたヒロインには幸せになってもらいたいと思います。

その前まで盛大に愉悦しますが。みなさんはどうですか? 活動報告の質問というところに書いてもらえると嬉しかったりします。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 11

「そういうわけで、エジソンが著作権料を支払うことで良いわね」

 

 仕方ないので裁判に参加してやったわ。裁量は私。全部私。エジソンは弁護士にカルナ呼んでたけど、まるで言葉が足りないわ。

 そんな意見なんて却下よ却下。第一エジソンの意見なんてひとつも聞いてないわ。聞いてあげたかったけれど、今回の場合、どうあがいてもバベッジ卿の勝利ですもの。

 

「しかしだな、盗作しようとしてしたわけでは、偶然同じ形にな」

「はいはい、それはわかってるけど、バベッジ卿の方がはるかに早く開発していたんだから仕方ないでしょう」

 

 そう生み出したのはあちらが最初。信長がシナリオもあっちが先だからね、是非もないよネとか意味の分からないことを言っていたけれど、まあそういうことなのよ。

 

「良い、もしまた何かあったらレムリア(マハトマで殴るの意)だからね」

「わ、わかったエレナ君。頼むから角はやめてくれ角は」

「まあまあ、ミセス・ブラヴァツキー。私としても大人げなかった。しかし、こういうところははっきりさせていないと後々問題になるからね。協力に感謝しよう」

「はいはい、だったら働いてもらうわよ。バベッジ卿、あなたの力で機械化歩兵と同じ、ヘルタースケルターだっけ? を生み出せるのよね」

「魔力が続く限りは」

「なら問題ないわ」

 

 魔力なら地脈から引っ張ってくればいい。そのへん魔術師のサーヴァントなんだからできる。とりあえず、これでケルトと条件は同じ。

 サーヴァントも多いから相対的にはこちらが有利。

 

 ――でも、それじゃ困るのよねぇ。

 

 それがわかるからバベッジ卿も出てくるつもりはなくて通信だけで済まそうとしていたのだし。

 世界をもとの形に戻すのなら勝ちすぎても負けすぎてもいけない。膠着状態が望ましい。エジソンについているけれど、これでもあたしたち英霊なのよね。

 

 世界を救うそのために戦っている。決して、アメリカを救うなんていうのが最終目標じゃない。だからこそ、エジソンのアレをどうにかしないといけないのだけれど。

 

「難しいのよねぇ。はぁ」

「エーレーナー君!!」

「…………」

 

 さっき、裁判は終わったはずなのに、今度は何。

 

「なに」

「すごい筋トレマシーンを作ったぞ! スパルタの王の要望なんだが、まずは君に見てもらおうと思ってね。見てみてくれたまえ。ここを持って引くだけなのだがね。なんと発電ができるのだよ! ここ、ほら、ここここ。見てみてくれエレナ君! 直流だよ!」

「…………はぁ」

「どうしたんだ、エレナ君。溜め息なんてついて、悩みか! ならばこの私に話してみるのはどうだろう! うむ、良い考えだ。悩みというのは人に話してこそだからな! あいつと違って私は人の話を聞けるのだ!!」

 

 ――ああ、頭痛い。

 

「はいはい、すごい凄い。だから、ちょっと出て行っててくれるかしら。というか、仕事はどうした、仕事は!」

「仕事か。ふむ、無論、それは済ませているとも。機械化歩兵の強化に入ったところだ」

「じゃあ、そっちに集中してくれるかしら。あたしはあたしで今、忙しいの」

 

 さっさとあのライオン頭を追い出す。これでようやく静かになったと。

 

「エレナ殿!!」

 

 むさくるしいのがやってきた。スパルタの王レオニダス一世。今度はいったい何なんだろうか。

 

「許可を、許可を下され! スパルタブートキャンプの許可を! ここは筋肉が足りませぬ。これでは勝つも勝てぬ。労働者たちも日々の労働で疲れているはず。その疲れも筋肉で癒せると計算がはじき出しましたぞ。適度な運動としてぜひ許可を!」

「それ、エジソン案件よね。どうして、あたしに持ってくるのかしら」

「エジソン殿にお話ししたらエレナ君が許可したらいいよと言われましたので」

 

 ――少しは自分でやりなさいよ。大統王でしょう……。

 

「少しならいいわ。生産に問題がない程度にしておいてくれるのよね」

「無論、状況がわからぬほど脳まで筋肉になったわけではありませんので」

「ああ、そう」

「それと……」

「それと?」

「そ、そちらの浮いている人形は幽霊ではないですよね!?」

「は?」

 

 レオニダス一世が指さしたのはオルコット大佐。なるほど、確かに身の回りのこといろいろとやってくれるようにしていたけれど、確かに知らない人が見たら幽霊かと思うわよね。

 でも、なんでかしらこの過剰な反応。まさか、あのスパルタのレオニダス一世が幽霊が怖いなんてないでしょうし。

 

 まあいいわ。

 

「これはオルコット君よ。大佐と呼びなさい」

「は、はあ、つまりそれは、幽霊ではないと?」

「ええ、そうよ」

「ほっ――いえ、なんでもありません!」

 

 なんかあからさまにほっとしたんですけど、この人。もしかして――。いえ、今は関係ないわね。

 

「他にはない? ならさっさと出て行ってね」

 

 暑苦しいのよね、良いひとなのはわかるけれど。それでも、ようやく静かになった。そこで一瞬待つ。こういう時に限ってまた誰かやってくるのだ。だから動かず身構えておく。

 しかし、少し待っても誰も来なかったので、力を抜く。ようやくゆっくりできると思った瞬間。

 

「おーい、ミセス」

「うひゃぁ!?」

「ありゃりゃ、驚いた? オジサン傷つくなぁ、しっかりノックしたってのに」

 

 ――どの口が言うのよどの口が! しっかり気配消して入ってきておいて!

 ――初めからそうするつもり満々だったんじゃないの。

 

「報告だぜ」

「……」

「そう睨むなって、オジサン悲しくてないちゃうぜ」

「報告は」

「勝った。とりあえず、主要な防衛拠点の全ては守り切った。どうやら敵さんサーヴァントが一騎やられたらしいね。オジサンたちに対する圧力がそれなりに減ったからね」

 

 それは朗報ね。それはつまりカルデアのマスターたちが巧くやっているということであるからだ。世界を救うための切り札。

 こちらとしてもうまくやってくれているということは助かる。こちらの邪魔はいまのところしていないし。なによりこちらに戻って邪魔だったアルカトラズ島をどうにかしてくれるというのならむしろ歓迎だ。そのために少しだけ警備の穴を作ったのだから。

 

「よくってよ。さすがはトロイアの英雄ってところかしら」

「まあね、防衛戦はオジサンの得意とする戦だからねぇ」

「なら、次のお願いをしようかしら」

「良いぜ、オジサンにできることならね」

「じゃあ、頼むわ――」

 

 トロイアの英雄もかえってようやく静かになった。

 

「今度は誰」

 

 と思ったらノックされるドア。

 

「ああ、忙しかったかな」

 

 入ってきたのはブーディカだった。

 

「いいえ、何か用かしら」

「疲れているだろうと思ったからケーキを作ったんだけど、食べる? ちょっと多く作りすぎちゃって」

「良くってよ。紅茶もあると良いのだけれど」

「もちろん。エジソンさんもみんなで食べようって話だから、来てくれる?」

「ええ、もちろん行くわ」

 

 遠くの戦場できっと戦っている誰かがいる。けれど、少しくらいはいいわよね。

 

「急いできてくれ! エジソンが、暴れ出した!」

「ああ、もう、今度は何!」

 

 やっぱり、ゆっくりできないようだった――。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「到着しました。あれがアルカトラズです」

「ああ、うん、そうだね」

 

 はっきり言って、そんな状況じゃない。

 

「マスターから離れてください。淫乱がうつったらどうするのですか!」

「えー、やだよー。キミの方が離れたらー?」

 

 なんで、オレを挟んで清姫とアストルフォが言い合いをしているんだろう。というか引っ張らないで、エドモンのインバネスがやぶれたらどうするんだ。

 

 そういってもむしろ破りましょうと言わんばかりに清姫が引っ張ってきた。

 

「ちょ、やめて!」

「ほら、マスターが嫌がってるよ。やめなよ」

「そういうあなたも引っ張っているではありませんか。あなたが離したらどうですか」

 

 ぎゅうと抱き着いてこないで。当たってる、色々当たってる。てか、アストルフォは男でしょ!? いや、なんかいい匂いしてるんですけどこの子。なんなの、いったい!?

 いやー、なんか変な扉ひらきそうなんですけど。

 

「マスターマスター! (アタシ)、今すごい歌詞を思いついたの聞いてくれるかしら!」

「さあ、行きましょう。あそこに患者を治す手段があるというのなら、立ち止まるひまなどありません」

 

 ああ、誰かこの状況を何とかして。まともな人たちが全員暗殺に行ってしまい、こちらにはカオスな奴らしか残っていない。

 

「マシュ」

「先輩、最低です」

「なんで!?」

「はっ!? す、すみません、先輩。なんだか、いろんな女性サーヴァントに抱き着かれる先輩をみたら、なぜか口走ってしまいました。すみません先輩」

「ああ、うん、わかってる。ごめん、マシュ。大丈夫だ、オレはマシュ一筋だから!」

「先輩!」

「なあ、頼むからラブコメしているひまがあったら早く向こうにわたる手段を考えんか。さすがの余もきついのだぞ」

 

 ――そうだった。

 

 ラーマのひとことで目的を思い出し、アルカトラズ島を見る。それほど離れてはいない。泳いでいけそうであるが、オレには難しいとドクターが言う。

 それには同意見だった。水は冷たいし流れも速い。泳げはするけれど、そんな悪条件の中を泳げるほど泳ぎは達者ではない。

 

 だからまずはボートを探す。浜辺の老人がいたのでボートを借りたのだが、どうやら向こうには竜種がいるらしいのだ。

 竜種。最強の種族だ。だが、恐れる必要はないとエリちゃんはいった。そういえば彼女も竜種だ。それに、フランスでは嫌なほど戦った。

 

 あの時はジークがいたからかもしれない。だけど、オレたちはあの頃とは違う。オレは変わってないけど、マシュは強くなっている。

 それにあの時とは違うけれど、仲間がいるのだ。だったら勝てないはずがない。

 

「行こう。どうやら当たりみたいだしね」

「はい、竜種がいるのならばきっと誰かがいるはずですから」

 

 船をこぎ出す。予想した襲撃はなかったが、到着した途端ワイバーンたちが襲い掛かってきた。サーヴァント反応もあるようだが、動く気配はない。まずはワイバーンを相手にしろということらしい。

 試しているとラーマは言ったが、そんなことは関係ないとばかりにナイチンゲールが突撃する。道中で、さんざんケルトの兵士とワイバーンと戦わされた。

 

 それでも、オレたちは進んだ。その先にシータがいると信じて。

 

「く――」

「ナイチンゲール!」

「大丈夫です」

「大丈夫ではなかろう。余の為にあまり傷つかないでくれ」

「黙りなさい。私がこの世で二番目に嫌いなのものは治せない病気。一番嫌いなものは、治ろうとしない患者です」

 

 ――――。

 

 その言葉に思わず言葉を詰まらせたのはオレの方だった。治せない病気はいつか治せる。だが、治ろうとしない患者を治すのはどんな医者であろうとも不可能だ。

 たとえ、どれほど技術が進歩しようとも、治ろうとする気のない患者は治らない。医者が何を言っても聞かないからだ。

 

 ――そうか、そうか……。

 

 それはあいつに会う前の僕のことだ。治ろうとしない患者。きっとエドモンに、メルセデス、いやナイチンゲールに出会わなければきっと今もそうだったに違いない。

 変われていると良いと思う。でも、きっとまだまだなんだろうな。

 

 ――でも、待て、しかして希望せよ。

 

 いつかきっと必ず変わる。だから見ていてくれ。そう思う。

 

「ああ、そうだ。オレが言うことじゃないけど、ラーマ。待て、しかして希望せよだ」

「ふむ、マスター良いことを言います。待て、しかして希望せよ。どこかで聞いた気がしますが、これほどまでに想いのこもった言葉はありません」

「待て、しかして希望せよ、か」

「そうだ。待って、いつか必ずと。君も待ってきたはずだろう?」

 

 シータとラーマは同時に存在できない。そういう呪いがある。だが、それでも望みを捨てずに待ち続けようやくめぐってきた奇跡なのだ。

 

「そうです。わたしたちは必ずラーマさんをシータさんのところに送り届けます!」

「そうよ! 絶対よ。(アタシ)が必ずね!」

「だから、諦めるなよ。オレも諦めない。何があっても、進むって決めたんだ。だから、ラーマ」

「はは。まったく、無論だ。望みがある。ならば、死ぬわけにはいかんだろう!」

「行くぞ、次で最後だ!」

 

 そして、ついにアルカトラズ刑務所の入り口にたどり着いた。そこで待つのは一人の英霊。サーヴァントだ。真紅の剣を持った男。

 

「サーヴァント!」

「おう。アルカトラズ刑務所にようこそ。入監か? 襲撃か? 脱獄の手伝いか? とりあえず希望を言っておきな。殺した後でどうするか考えてやるからよ」

「こちらの患者の奥方が此処に監禁されているかもしれないので、いるのならば治療に必要なのでお渡し願います」

 

 そう聞いて敵サーヴァントはおいおい、面会かよと呆れたようすだ。

 

「だが、奥方ね。いるぜ。まあ、俺は解放する気はないがな」

「なら、話をする必要はありません。治療の障害は排除します」

「クッ……はははは、バーサーカーってのもいろいろいるもんだ!」

「なんつーか。イヤな気分になるタイプのサーヴァントね」

「エリちゃん?」

 

 エリちゃんが何かを感じているようだった。

 

「なんていうか、すごい嫌な気分よ、あいつを見てると」

「そうりゃそうだろうな。そこの嬢ちゃん! 俺の真名()は、竜殺し――ベオウルフ」

 

 英文学最古の叙事詩と謳われる物語の主人公ベオウルフ!!

 

 ――まずい。

 

 ならば手に持つあれは魔剣か。

 

「さて、んじゃまあ、やるか――」

「全員で行くぞ!」

 

 ベオウルフとの決戦が始まる。

 

 竜種が現れる。えりすぐりというそれを前に、ひとまず

 

「マシュはナイチンゲール、アストルフォとベオウルフの相手。清姫とエリちゃんは竜種の相手を」

 

 竜殺し相手に、曲りなりにも竜の因子を持つ二人を戦わせるのは駄目だ。だから、二人には周りの竜種を払ってもらう。

 

「マシュは防いで、攻撃はナイチンゲールが。アストルフォは遊撃。もう好きにやって!」

「了解です、先輩!」

「はーい!」

 

 ベオウルフという英雄は武具による技巧よりも、無窮の武錬と天性の肉体を以て得た剛力を武器とする。それは彼の伝説からも判明しているし、彼の振るう魔剣はサンタさんが振るうものと違ってそれほどに技巧を感じない。

 ただ感じるのはすさまじいまでの剛力からくる威圧感だ。力が強いということはただそれだけで強さに繋がるのだ。

 

 技巧などいらぬ。ようは力で叩き潰してしまえばいいのだ。技巧、技術。そういったものは力の弱いものが強いものに勝とうとするために用いるもの。極論、相手との力が隔絶していれば技術など意味をなさない。

 だが、こちらもサーヴァントだ。力が上でも、それでもその差は隔絶しているとはいいがたい。それに、これまであらゆる攻撃を防いできたマシュだ。

 

 たとえベオウルフが相手であろうとも――。

 

「ほぉ! やるじゃねえか盾の嬢ちゃん!」

「くっ――」

 

 防ぐことができる。絶妙に相手の力を流している。これまで培われた数々の経験が最適な防御をマシュに選択させる。まともに受ければ吹き飛ばされ、そのまま倒される。

 ゆえに腰を落とし、地に根を張るかの如く立ち、相手の力を受け流すのだ。その間に防御を考えない鋼鉄が服を来た女が突撃する。

 

 バーサーカーとしての膂力によって振るわれる拳やら拳銃やら。本当に看護婦なのかと思ってしまうほどだ。

 

「はは、すげえすげええ!! ――ぐ」

 

 

 更に要所要所で入るのはアストルフォの援護だ。

 

 恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)による一瞬の停滞。恐怖の音色はベオウルフにはないものと同じだが、それでもなれたアストルフォが吹いた音は一瞬でもベオウルフの行動を阻害する。

 そして、その一瞬のすきに触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)を叩き込む。

 

「ぬ、お――」

 

 ベオウルフの膝から下が一時的に強制的に霊体化し、立ち上がれなくなる。

 

「あれ、考えてやってるのかなぁ」

 

 理性が蒸発とか言われている割に強い。なによりこういう敵にはあの宝具は有効だ。どのような英霊でも脚部を奪われれば戦力の大幅な低下は免れない。

 

 そこに叩き込まれる容赦のない拳。無論、相手はベオウルフだ。足が霊体化してなお恐ろしい力を持っていることに変わりはない。だが、踏ん張れないということは力が落ちているに同義。

 マシュが完全に受け止め、ナイチンゲールの拳が入る。ベオウルフの幸運によって転倒状態から回帰しようとするが、

 

「アストルフォ!」

「はーい!」

 

 もう一回だ。マシュが抑え、ナイチンゲールが攻撃したわずかな隙をオレは見逃さない。魔術礼装によってアストルフォを強化してもう一度、食らわせてやる。

 転倒状態は持続。

 

「令呪によって命じる! アストルフォ、奴を倒せ!」

 

 ここは令呪を使う。

 

「キミの真の力を見せてみろ!  『この世ならざる幻馬』(ヒポグリフ)ー!」

 

 このメンツの中でもっとも威力が出るのが清姫か彼の宝具だ。だからこそ、ここだ。グレンデルの巨人を殴り殺すような頭おかしい筋肉馬鹿。ステータスの大半がAとかいうふざけたサーヴァントを相手を倒すにはこれしかない。

 ヘラクレスを相手にするより楽だと思えば良い。でも、油断はしない。ここで確実に仕留める。必ず、ラーマをシータに会わせる。

 

「だから、ぶちぬけ!」

 

 幻獣・ヒポグリフにまたがったアストルフォがベオウルフへと突撃する。Aランク相当の物理攻撃。いくらベオウルフでも転倒状態では受け止めきれない。

 

「――が」

 

 直撃し吹き飛ばされる。令呪と魔術礼装によって強化された一撃。

 

「さすがに、きいたぁぜ。おお、こりゃ」

「邪魔です」

 

 さらにナイチンゲールの追撃。吹き飛ばされたところを容赦なく殴りつける。

 

「っぁ、ああくそ。降参だ、降参。さっきのが効いた。ったく、本当に看護師かよ。てか、そっちの女装した男いや。それをうまいこと使いやがるマスターか。ったく、厄介だなおい」

「ここまでいくつの特異点で戦ってきたと思ってるんだ。オレだって成長してるんだよ」

 

 相変わらずびびって一歩も動けないけどな! 頼む、清姫はやく戻ってきて。動けない。マシュは警戒してるから、頼む。

 

「はい、マスター。ただ今戻りました」

「ふぅ、ありがとう清姫。怖いから後ろに隠れさせて。いつも、ごめんね」

「はい、どうぞ! なんならずっと後ろに隠れてくださっても良いのですよ!」

「いや、さすがにずっとは駄目だと思うから。とりあえず。通らせてもらうぞ、ベオウルフ」

「ったく、通れよ。どうせ、ここで起きたとしても、対策してんだろ?」

「ああ、練習したガンドを食らわせてから全員でぼこぼこにしてやる。それとエリちゃんの自分の為だけに謳うヒットソングを聞かせてやるよ」

 

 ――オレは絶対にやりたくないけどな。

 

「そいつは勘弁だな。そんな気がするぜ。行けよ、奥方が待ってるぜ。安心しろ、俺は指一本触れちゃいねえ」

「ああ! 行くぞナイチンゲール」

「無論です」

 

 彼女が収監されている場所へと、オレたちは向かった。




シータまで行かなかった。

エレナパートは、うん、シリアスに耐えられなくなった。ギャグ書きたくなったんだ。

ぐだ男パートはしっかりやったし。ベオウルフはアストルフォの活躍によりラーマを出さずに勝利。
これなら、ラーマ様とシータは何とかなるよね! という私の希望の為にやった。苦情は受け付けぬ。今度こそ二人には幸せになってもらうんじゃい!

批評など知らぬ。三人で勝てるのとか知らぬ。ベオウルフには済まんが、ラーマ様とシータ様の二人の再会の為にちょっと倒されて。

ということで倒させてもらいました。何度も言うが、批評など聞かぬぞ。聞かぬからな!
絶対にラーマとシータでラブコメ書くんじゃい!
呪い? 知らぬ存ぜぬ。マスターの力を見せてやるわ! 巌窟王の意思を受け継いだ、マシュに恋するぐだ男が愛する二人を引き裂かせると思うてか。

次回、ラブコメじゃ。何があろうともラブコメしてやるんじゃ。

てなかわけで、呪いをどうするかアイデアなにかなにものか。
この際、ぐだ男の何を犠牲にしてもいいから、ラーマとシータを会わせてやりたい。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 12

 牢獄の中にその少女はいた。シータ。ラーマにそっくりな女の子。

 

「シータ!」

「ラーマ、様!?」

「会いたかった、会いたかった。本当に、本当に会いたかったんだ。

 僕は、君がいれば、それだけで良かった……!! 迎えに来たぞ!」

 

 感動の再会だった。これが視たかったんだ。だが――。

 

 ――ラーマがナイチンゲールの背にいてシータを見れていないという状況じゃなければね!

 ――ナイチンゲール空気読んでよ、ここは空気読んで降ろしてあげてよ! なんかシータ困惑してるじゃん!?

 

「早速ですが治療を開始します」

 

 ――あ、やっぱり婦長だ。

 

 空気をまったく読まずナイチンゲールは治療を開始した。一瞬にして麻酔で眠りにつかされるラーマ。今までさんざん暴れたので、そのあたりしっかりと学んで今回は麻酔で徹底治療に入るようだった。

 

「では、奥方、ご協力をお願いします」

「は、はい――」

 

 そして、これは実際は幸運だったのだ。

 事情をシータに説明し、治療の最中、ふと呟いた。

 

「それにして、似てるなー」

「当然です。私はラーマです」

「はい?」

 

 治療中、シータがそういった。

 

「ええと、どういうこと?」

「はい、異邦のマスター様。ラーマ様にかけられた呪いはご存知でしょうか」

「一応」

 

 ラーマの呪い。バーリという猿を殺した際、背中からだまし討ちをしてしまった。その猿の妻からかけられた呪い。ラーマとシータは出会えない。より正確に言えば、たとえ后を取り戻すことができても、共に喜びを分かち合えることはない。そういう呪い。

 それは英霊となった今でも変わらない。聖杯戦争に召喚されるのであれば、ラーマかシータどちらかしか召喚されない。同時に召喚されることは決してない。

 

「それじゃあ。ラーマが君を見ても?」

「はい、今は治療で眠りについていますから、大丈夫なのでしょうが、彼が私を見たのならばどこかへと消えるでしょう」

「それは――」

 

 ――悲しすぎる。

 

 せっかく出会った二人だというのに、このまま言葉を交わすことすら許されないというのか。

 

「そんなの、認められない――」

 

 ――考えろ。何か、ないかを。

 

「――でもいいのです。それでいいのです。私は手を握ることができて、こうやってあのひとの眠った顔を見れています。それだけで……ただ、それだけで幸福です」

「そんなわけない!」

「そうよマスターの言う通りよ! 心からの謝罪は? 全霊をこめた愛の誓いは? そういうのがほしいと思わないの? この人、あなたを一度裏切ったのでしょう?」

「この人は、私を求めて14年間戦い続けました。魔王(ラーヴァナ)を相手取り、たった一年ほどしか暮らしていなかった私を。私のことを忘れて、新しい妻を娶ることもできたでしょうに――死ぬまでそうしなかった。それでいい、私はあの恋と、あの愛を知っている。だから、この先もずっと――互いに互いを求め続ける。それが叶わぬ願いだとしても。いつか――叶うと信じて」

 

 短くも幸福な恋をした。だからこそ、彼女はそう言えるのだ。だが、認められなかった。たとえ、それに納得していようとも、認めるわけにはいかなかった。

 恋人たちは幸福になるべきだ。これまで待ち続けた。今、ようやく叶った奇跡がある。なら、もう一度だけ、奇跡が起きてもいいはずだ。

 

 考えろ。思考しろ。戦うことができないのならば、考え続けろ。

 

 ――それがおまえにできることだろう。我が仮初のマスター。ならば諦めずに前に進め

 ――待て、しかして希望せよ。

 

 誰かの声が聞こえた気がする。希望を諦めずこの右手を伸ばし続ければいつか届くと信じて。だから、届かせるのだ。

 

「ドクター」

 

 だから、ドクターに一つの頼みをした。

 

「ああ、いいとも。キミからの初めての頼み事だ。だったら、全力で叶えるとも」

「ダヴィンチちゃんにお任せおまかせ。こっちの調整はうまくやる。聖杯探索《グランドオーダー》の為に世界中から集めた触媒もある。さあ、お任せあれ必ず私たちで君の希望を叶えてあげるとも」

「そういうこと。だから、君は全力でやりたいことをやると良い。尻ぬぐいくらいは僕らにやらせてよ。そうじゃないと君たちに申し訳が立たないからね。職員一同、全力でやるさ」

「ありがとう」

 

 通信を終えるとどうやら治療の方もほとんど終了したらしい。

 

「修復は終わりましたが、巣くった何かが厄介です」

「ゲイ・ボルクの呪いでしょう」

「元気になったとしても戦力としては見込みがないかもしれません。……残念ですが」

「ならば、私がこの身を捧げましょう」

「……!?」

「私のこの身を以て、この呪いを解きます。私がこの呪いを背負い、消滅すればいい」

 

 ラーマとシータは同一。ゆえに、呪いの肩代わりも容易。

 

「それだと、本末転倒です! ラーマさんはあなたのために――」

「……はい。ですが。私は、その気持ちだけで、私は満たされました」

 

 それに、いま必要なのは強い戦士だ。ラーマは世界で最も強い。ならばこそ、ここでシータが消えるのが最適なのだ。

 

「では、病巣(のろい)を貴女に転写します。よろしいですね?」

「ええ、お願いします」

「――私は生涯独身でしたが。それでも、誰かの為に尽くす想いは理解しています。短い間でしたが、貴女と語らえて光栄でした。さようなら、ミセス・シータ」

「はい。……ラーマ様……ラーマ。あなたが背負ったものを、私が少し肩代わりできる。……少しだけ、あなたの戦いに役立てるね。私、それだけで幸せなの。大好きよ、……本当、本当に大好きなの……」

 

 そして、シータは消えた。

 

「描けた」

 

 同時に血の魔法陣は完成した。自分の血しかなかったから、だいぶきつい。だが、これでいい。自分の身を削ってでも為す。

 

「うん、大丈夫だ。それと触媒は来たかい」

「ああ、問題なく。行けるよ、ドクター」

「成功を祈ってる。こちらも聖杯の準備は完了だ。だけど、良いかい。もってその特異点を救うまでだ。その特異的な状況に重ねて聖杯戦争を引き起こす。それ以上引き延ばせば、どうなるかわからない」

「わかってる」

「あの、先輩? いったいなにを」

「これだよ――セット」

 

 そして、高らかに咒を紡いだ。

 敷設した魔法陣が励起され発光する。次いで、サーヴァントを構成するエーテルが集う。銀河のごとく、あるいは夢の奔流のように緩やかに渦を巻き、輝きを強めていく。

 

「――告げる。

 汝の身は我が下に、わが命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 紡ぐ、紡ぐ、紡ぐ。咒が紡がれる。数度の聖杯戦争において、形式化された英霊召喚の儀式における咒が紡がれ、魔法陣が駆動する。

 はるか遠くカルデアに敷設された聖杯の機構が駆動し、夢の果て、世界の果て、英霊の座へと咒を飛ばす。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者」

 

 来い、二人の離別など認めない。呪いなど知らない。そんなものどうでもいい。ただ愛する二人に幸せになってもらいたいと思うから。

 その気持ちだけは否定したくないから。だから、全力で言葉とともに魔術回路を励起する。

 

 

「我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 

 ――呼び出す英霊は決まっている。触媒はある。だから、来い。

 来い、来い、来い。

 

 一心不乱に願い続ける。英霊の座まで届けと。深く、深く、希う。

 

「我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」

 

 最後の咒を結び、これにて詠唱は終わる。莫大な光が爆ぜる。

 

 だが、召喚はならない。

 

「ドクター!」

「まった、調整する! よし」

「もう一度!」

 

 成功するまで何度も、何度も。何度でも紡ぐ。

 魔術回路を限界まで酷使して、魔力を絞り出す。

 届け、届けと。

 その祈りが英霊の座まで届けと。

 

 それは純粋な祈りだ。

 ゆえに、どこまでも届く。

 願いは聞き届けられる。

 

 そして、二十を超えた頃、召喚は成る。

 

「サーヴァント、ラーマ、召喚に応じ――」

「よっしゃああああああ!!」

 

 シータを召喚できた。

 

「やりました先輩! すごいです、奇跡です!」

「さすがマスター!」

「よくやったわ子イヌ!」

「すごいや、こんな無茶やっちゃうなんて」

 

 本当に奇跡だった。成功する確率なんてなく、失敗する方が多い。魔術回路の酷使でなんだか、倒れそうなほどだ。

 だが、それでも、この光景が視たかった。

 

「これは夢か……」

「ラーマ、さま……」

「シータ!」

 

 異常な聖杯戦争に聖杯戦争を重ねたうえでの召喚。だからこそ、二人は再会した。再会できた。この先、もう一度あるかもわからないほどの奇跡だ。

 

「ふぅ、賭けだけど成功してよかったよ」

「ドクターもありがとう」

「頑張ったのは君だよ。こっちはサポートだけさ」

「いいや、違う。ナイチンゲール、マシュ、エリザベート、アストルフォ、清姫、ドクター・ロマン、そして、マスター。心より感謝する。みなのおかげで、こうやってシータと再会することができた。こうやった、互いに抱擁を交わすことができた。心より、感謝する」

「はい、私からも同様の感謝を」

「そして、ここに誓う。マスター、余はあなたのサーヴァントだ」

「私もあなたのサーヴァントです」

「シータと二人、あなたの為に戦おう」

 

 これでそろった。

 

「戦える?」

「無論。身体は万全だ。シータもいる。ならば、余に敗北はない。ケルトの大英雄だろうと、誰であろうとも。約束しようマスター。余は、もう敗北しない」

「これで我々の任務は完了です。早速ですが東部に向かいましょう」

「ようやく本来の治療行為が開始できます」

「治療だけどー、具体的にはどうするの?」

 

 アストルフォの言う通りだ。具体的な案がなければ治療も何もない。ただ、今のナイチンゲールに聞いたところで、

 

「もちろん、ケルトの戦士を粛清します。徹底的に」

 

 こういうことしか言わない。

 だが、この提案で間違いないのだ。全てのケルトの戦士を倒す。そうすることで、ケルトを打倒することで、世界をあるべき姿に戻すのだ。

 

「行こう。東部へ」

 

 世界を救うために――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「……どうだ?」

 

 虚空から突然ロビンフッドが現れる。

 

「偵察終わったぜ。ったく、顔のない王を酷使しすぎだっつーの」

 

 文句を垂れるが、仕方あるまい余が斥候になど出かけてはひと騒動だ。

 む、なぜそこで全員が納得するのだ。心外だ。

 

「で、緑マント。さっさと見て来たことを言いなよ」

「オタクまで色で人を判別するのやめてくれますかねぇ」

「まあまあ、式はいつものことだから。とりあえず、どうだったんだい?」

 

 ロビンフッドが見てきたことを説明する。

 

「なるほど、パレードか」

「なにそれ?」

「あちゃー、なんと残念な男たちよ……。良いか? パレードとは権力者たちのお披露目だ。良いぞ、パレードは。余の名を歓呼する民、整然と一糸乱れず行進する兵士たち。余が手を一振りするだけで、素敵! 最高! 万歳! ネロ様抱いて! の雨アラレ」

 

 ――うむ、思い出してきたらもう一度やりたくなってきたぞ。

 

 しかし、ジェロニモはこれを好機と見た。誰もが浮足立つパレード。暗殺の絶好の機会である。狙うはパレードでもっとも高い位置にいて、目立っているサーヴァント。サーヴァントではないかもしれぬが、まあとにかく一番目立っている奴を狙う。

 一番目立っている者が王ないし女王なのだ。権力の頂点に立つ者が最も目立つことこそがパレードでは重要なのだ。

 

 民に見せるためのパレード。最高権力者がおかざりだろうとも、それは変わらない。一番目立つ位置で手を振らせて民衆にアピールするのだ。

 それゆえに暗殺には絶好の機会。

 

「ふぅん、目立ちたがりも大変だ」

「ロビン。サーヴァントたちは潜伏しているか?」

「知覚できたサーヴァントは二騎。それ以外は、少なくとも、オレが探知できる範囲ではいなかった」

 

 その二騎の周囲はケルト戦士が固めている。ならば間違いなく王や女王といった連中だ。

 

「どうするよ、ジェロニモ」

「やるしかないだろう。千載一遇の好機だ。我々はまったく戦わずにここまで来た。一方、マスターたちは西部で派手に動いた。そのことについて彼らが知らない訳ではないはずだ。何かあるかもと思っても、サーヴァントがここまでそろっているとは思わないだろう」

「ふふん。ならば動くのならば余の宝具の出番であろうな」

 

 そして、作戦を話し合い、余たちは行動を開始した。

 

「みんなー! 今日はメイヴの為に集まってくれてありがとう!! この国は永遠王の国! 私とクーちゃんの、私とクーちゃんによる、私とクーちゃんのためだけお国!」

 

 その瞬間、ロビンの宝具を解除し、

 

「女王メイヴよ! なかなかに愛くるしい容姿だが、あいにくと貴様の天下はこれにて終わりだ!」

 

 余の宝具を発動する。

 

「春の陽差し、花の乱舞! 皐月の風は頬を撫で、祝福はステラの彼方まで――開け、ヌプティアエ・ドムス・アウレアよ!!」

 

 黄金の劇場を展開する。

 

「! まさか、固有結界……!? いえ違う。これなんていうか、すごく迷いのない魔術!」

「貴様には過ぎたる宝具だが、今宵は大盤振る舞いだ! 覚悟するがよい!」

「コノートの女王メイヴ! 悪いが、その首級(しるし)を頂戴する!」

「――行くよ!」

「生きているのなら、神様だって殺してみせるさ」

「行こう――」

「あらやだ、こんなにたくさん! この結界のせいで私の兵士も弱り果ててるし! 大ピンチ! 大ピンチよ、私! 大ピンチだから――助けて、王様!」

 

 そして、絶望(王様)がやってきた――。




ご都合主義だろうとなんだろうとラーマとシータのラブコメのためなら許容した。あとはISHIの力とOMOIの力です。ぐだ男もぐだ子と同じ系譜だということを忘れてはならいのだ。
文句があるなら、神々の黄昏放つんで乗り越えてきてください。

そして、暗殺組はついに王様と対決です。式とジキル博士がいますが、果たして結末はどうなるのか。
まあ、間違いなくあのひとが出てきます。

では、また次回。

そして、みなさん月曜日オジマンですよ、オジマン。
竹箒日記によるとすごい無敵感らしい。気になる。
あと、モーセは拳で海割るらしい。某所での発言のせいかモーセのイメージがなぜかヒロアカのオールマイトになってしまった。

あと噂のポケモンGOをインストールしてみた。よくわからない。楽しいのか? 私の琴線にはあまり触れない。というか個体値まであるという話にいま、戦慄してます。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 13

――夜。

 

「先輩? ――先輩!」

 

 野営を決めた瞬間、気絶するように先輩が倒れた。

 

「ドクター! 先輩が!」

 

 みんながてんやわんやの大慌て。ナイチンゲール女史が殺してでも起こすと銃を手にしてラーマさんが必死に止めています。

 大変です。いろいろもう大変です。私も混乱しています。何をどうすれば良いのか。何が原因だったのか。私が至らないのはいつものことですが、何か間違いがあったのかを必死に考えます。

 

 幸い、ドクターのおかげで大慌ての混乱は収まりました。

 

「大丈夫。バイタルは安定している。ちょっと魔力を使いすぎただけさ。そのまま寝かせてあげるんだ」

「私の、せいでしょうか」

 

 シータさんの魔力は、全て先輩がひとりで賄っています。カルデア経由の契約ではないため、カルデアの補助が受けられないので、すべての負担を先輩が背負うことになっているのです。

 けれど、それでシータさんを責めることはできません。先輩は彼女と、その夫であるラーマさんの為に頑張ったのですから、その成果である彼女を責めることなどできません。

 

「いいえ、先輩はきっとそうは思っていません。あなた方二人が笑っていることを先輩は望むと思います」

「ええ、マスターはそういうお人ですもの」

「よーし、じゃあ、マスターはこぼーう」

「お待ちなさい淫乱ピンク」

「んー?」

 

 マスターを寝床に連れて行こうとするアストルフォさんを清姫さんが引き留めます。どうしたんでしょう?

 

「またマスターの隣で眠るおつもりでしょうか?」

「そうだよー、だって、ボクはオトコノコだからね。きみたちが隣で眠るよりは健全だよー」

「わたくしたちは、マスターのサーヴァント。同衾することの何が不健全というのでしょう。寧ろ、マスターとサーヴァントであるからこそ、もっとくっつくべきなのではないでしょうか! でしょうか!」

 

 何やら清姫さんが力説していますが、一理あるような気がします。それに、わたしとしてもアストルフォさんにそのまま連れていかれるのは、そのアストルフォさんの格好もあってあまり良い感情は抱かないというかなんというか――。

 

「そんなことより、速くマスターを寝かせてあげましょうよ。なにかあってシータが消えちゃったら大変よ!」

「そうです!」

 

 エリザベートさんの言う通りです。先輩に何かあればシータさんも消滅してしまう可能性があります。そうなってしまってはせっかくの先輩の努力が水の泡です。

 なによりせっかく再会できたお二人がすぐにお別れなんて悲しすぎます。

 

「清姫さん、寝床の準備をしましょう」

「そうですね。わたくしとしたことが、マスターの為にも飛び切りの寝床を用意するのが良妻というもの――」

「なに? 競争? 競争ね! 誰が一番快適な寝床を作ったかで勝負よ!」

 

 何やらエリザベートさんの一言で寝床作り勝負が始まりました。先輩の後輩として、私もしっかり参戦です!

 

「マシュ・キリエライト、行きます!」

「――騒がしい連中だ」

 

 ラーマさんがそうつぶやきます。

 

「そうですね。それもあの方の人柄でしょうか」

「そうであろうな」

「――晩御飯の時間です!」

 

 こんな時であるというのに騒いでいた皆さんはナイチンゲール女史の一言で止まります。晩御飯。どうやら彼女が作っていたようです。

 ええ、見た目はとてもおいしそうであります。空気を読まずラーマさんとシータさんの談笑に割って入って行ってみなさんの前に皿を差し出したのはまあ良しとしますが――。

 

「あの、これは――」

 

 先輩が眠っていて本当に良かったと思いました。というか、この手の料理はいつも先輩がしていたんですよね。先輩らしいきめ細やかな料理でとてもおいしいです。

 もちろん、後輩として負けていられませんからわたしも精進しているのです。ええ、現実逃避してしまいました。現実を直視しましょう。

 

 見た目は善いのです。とてもおいしそうです。ですが――。

 

「すごい消毒液くさい――」

 

 とても消毒液の匂いが――。

 

「ええ、すべて消毒済み。衛生管理は完璧です。野外ということもあって徹底的にやりましたのでご安心を。マスターが眠っている今、手透きの私が作りました。どうぞ、皆さま。食事は健康的な生活の基礎となるもの、残さず食べてください」

「うわー、すごいなー、うらやましいなー」

 

 ドクターが目を背けながら言っています。まったく嬉しそうではありません。先輩が起きていたらなんというのでしょうか。

 先輩のことです、きっと文句も言わずに食べるはず。いえ、愚痴は言うのでしょうか。

 

 きっと――

 

 ――うまい! けど、消毒液くさい!

 

 とか。

 

 はい、きっとそうに違いありません。ですので、そこは先輩を見習って。

 

「おいしいです。けれど、消毒液くさいです」

 

 と言っておきます。はい、先輩が眠っているのですから、代わりはわたしが。先輩の為ならどのようなことであろうともなんでもします。

 なんでも。どんなことでも。先輩を傷つけてしまったわたしにできることは、全霊を以て先輩のサーヴァントとして在ることだけです――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ふむ、良い夜だ――」

 

 ナイチンゲールの食事はうまいが消毒液くさくてかなわなかった。ただ、それもまた良いだろう。あれも悪気があるわけではない。自らの信念の行動だ。

 何より助けられた余が文句を言うわけにも行くまい。

 

「はい、ラーマ様」

 

 何より今は隣にシータがいるのだ。何事があろうとも文句などありはしないとも。

 満天の夜空の下、シータと二人で星を見る。いつぶりだろう。幾星霜、願い続けた願いが叶った。

 

「綺麗な夜空です」

「ああ、世界が崩壊しかけているとは思えないほどだな」

 

 夜空は綺麗だ。争いなどまるでないかのように夜空だけは変わらない。あの時のように何も変わらない。いつか二人で見上げた空のままだ。

 夢のようだ。まさしく。

 

「また、こうして二人で空を見上げることができるとはな」

「夢のようですね、マスターには本当に感謝してもしきれません」

 

 倒れて今も眠っているマスター。相当の無理をしたのだろう。貧血もあってよく野営地までもったものだ。まったく無茶をする。

 しかし、それが余の為とあっては怒るに怒れない。そのおかげでこうしていまシータと夜空を見上げていられるのだ。その恩、必ずや返さねばならぬ。

 

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」

「……………………」

「……………………」

 

 黙って星空を見上げ続ける。それでいい。話したいことも多くあった。愛を語り、これまでの旅を語り、人生を語り、見てきたものを、感じたことを共有したいと願った。

 だが、これでいい。この沈黙で全て語り終えている。シータの心を僕はわかる。僕の心はきっとシータに通じている。ならば、言葉は要らない。

 

 黙って二人、肩を並べ、寄り添う。互いの重さを感じながら今ここにいるのだと互いに刻み続ける。言葉は要らない。

 静かな夜二人で、沈黙を交わす。それでいい。それこそが何よりも愛の言葉だ。

 

 今更言葉にする必要もない。ただ二人で同じものを見て、同じ音を聞けることがただただ幸せなのだから。

 

 そう、今、とても幸せなのだ――。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 そして、全てが一人の王の槍の一振りによって薙ぎ払われた。

 

「ぐぅうう――」

 

 かろうじて受け止めきれたのは黄金劇場の内部であったからだろう。セイバーが受け止めた余波だけで、後ろにいたサーヴァントたちは吹き飛ばされる。

 ジキル博士は、霊薬に手を伸ばす。この状況。既に奇襲は成功。あとは打倒するのみ。忍ぶ必要がないのであれば、此処からの仕事はハイドのものだ。

 

 だからこそ、霊薬に手を伸ばした。ハイドへと変わるために。

 

「――テメェの種は知れてんだよ――」

「なっ――」

「突き穿て――抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)

 

 自らの肉体の崩壊すら辞さないほどの限界を超えた全力投擲で放たれる魔槍。大気を引き裂き、あらゆる衝撃をまき散らしながらそれは音を超え、光に迫り一瞬にしてジキル博士を突き穿つ。

 

「ガ――」

「テメェは変わらねえとひ弱だ。だが、変わらなければ変わらないで、面倒くさい相手だ。何せ、サーヴァントの中でもオマエはそれなりに周りを見てやがるからな――まあ、聞こえちゃいねえか」

 

 身体の中心、心臓を中心に大穴がジキル博士に空いていた。槍はそれだけにとどまらず背後の壁に突き刺さり全てを破砕していた。

 これで弱体化している。肉体の崩壊はルーン魔術によって治癒している。凄まじいまでの苦痛が襲っているはずだろうに、顔色一つ変えず不遜に暗殺者たちをはるかな高みから見下ろしていた。

 

「武器を投げた、今なら――」

「待て、拳銃使い――!!」

 

 武器を投げた。ならばそれは武器がなくなったということ。ならばこそ好機。ビリー・ザ・キッドはそう見た。

 

 ――壊音の霹靂(サンダラー)

 

 ビリー・ザ・キッドが愛用していたと言われるコルトM1877ダブルアクションリボルバー――通称サンダラー。それを用いた三連射撃。

 拳銃自体が宝具というわけではなく、彼の持つ技術が宝具という概念になっている。ゆえに、放たれた弾丸もまた宝具。

 

 クー・フーリンにも届く一撃のはずだ。そう英霊の宝具であれば、なんであれ必殺技であることに違いはないのだから。

 

「アンサズ」

 

 だが、それですら足りない。

 ルーンが描かれる。彼の得意とするもの。豪熱が爆ぜた――。本当に魔術といえるレベルではない。もはや、キャスタークラスの魔術に等しい。

 クラスにしてバーサーカーとなっている彼が使っていいような魔術ではなかった。弾丸はあえなく蒸発し、そのままビリーを襲う。

 

「なんだ、この、い、りょく――」

 

 彼の状態はシンプルに言って核となっている霊基に聖杯の願いを受肉させているのだ。メイヴという女の願いによって狂王という属性と特性とあらゆるすべてを霊基にかぶせている。

 聖杯によって願われた存在だ。たとえバーサーカーであろうとも願いのままに形作られた存在なれば、あらゆる全てを圧倒できなくてどうするというのだ。

 

 何より、それを女が望んでいる。王であるために、女王の言葉は絶対だろう。それに、元になった霊基はキャスターだ。魔力も普段よりは上がっている。ルーンのランクもだ。

 ゆえに、

 

「来い――」

 

 突き刺さった一本の槍がクー・フーリンのもとに戻り、そして、さらにもう一本の槍が形作られる。

 

「双天を穿て――」

 

 二本同時投擲。普通ならば一本の投擲であろうとも衝撃に耐えられず身体が崩壊する。それが二本。霊基にすら致命的な罅をいれかねない。

 だが、クー・フーリンは顔色一つ変えない。ルーンによる治療。より高度なルーンが彼の肉体を再生し、強化しているのだ。

 

 そして、放たれた投擲は、目標に当たるまで止まらない。悲鳴すら上げる時間すらなく、突き穿たれる体に大穴を開けたビリーとジェロニモ。

 たった数度の攻防だ。ただそれだけだというのに、三人もやられた。圧倒的に過ぎる。だが、絶望は更なる絶望を呼び込むのだ。

 

天弓よ壊劫を為せ(ブラフマーストラ)――」

 

 飛来する力。放たれた力はあらゆるすべてを崩壊させる。黄金の劇場はあえなく砕け散り、その中心であるセイバーすらも破滅へと追い込む。

 

「もう一体!?」

「おいおい、しかもやべえぞ」

 

 もう一騎のサーヴァントがそこにいた。いつの間に接近してきたのか。いいや、サーヴァントにいつの間になど言うのは筋が違う。

 手にした弓。白の衣を纏った姿。その霊基は莫大だった。誰よりも強い。あのカルナと同等。それはつまり――。

 

「アルジュナ、か!」

 

 まずいなどという状況ではなくなった。もはや暗殺は失敗した。集まったサーヴァントはほとんど一瞬のうちに消し飛ばされた。

 残ったのは式とロビンの二人のみ。

 

「チッ、余計なことを」

「一応、女王の要請でしたので」

「まあいい。さっさとこいつらを殺すか」

 

 暗殺者には死を。

 

「――逃げなさい、そして、この状況を伝えなさい」

 

 式が変わる。

 

「は!?」

 

 着物を纏った風光明媚な女性へと変わる。その手には刀を。

 

「急いで、どれほど持つかわかりませんが、それでも少しはもたせます」

「――――すまねえ」

 

 ロビンが消える。顔のない王を使って急速に場を離脱しようとする。

 

「逃がすかよ――」

「いいえ、逃げさせてもらうわ」

 

 その一撃を剣が止める。直死に輝く瞳。根源へと接続した存在が全霊を以て止める。

 

「チッ、面倒な方に代わりやがった。おい、アルジュナ一気に決めるぞ」

「…………」

 

 無言の了承。二つの牙が両儀式へと向かう。

 

 ロビンは振り返らず逃げていた。それ以外に方法などありはしない。だが、この状況をマスターに伝えなくてはならない。

 敗北したことを伝えるのだ。そして、敵の戦力を伝えるのだ。圧倒的すぎるほどの強さのクー・フーリンとアルジュナという存在を。

 

 だが――。

 

「メイヴちゃんを忘れちゃ駄目だよー」

「くそ――」

 

 追撃する戦車。女王とその軍勢がロビンを追う。

 

 運命は全てを逃がさぬと告げていた。

 

「ふむ――アンサズ」

 

 その時、炎の壁が戦車と軍勢を止める。

 

「なに!」

「ふむ、ただ一人のみに軍勢とは、アレか、弟子の最後の再現でもしているつもりか女王」

「――!!」

 

 炎の壁の中から現れるのは一人の女だった。黄金律を体現しているかのような均整の取れた肉体に、朱の魔槍を手にした姿。

 ケルトの戦闘服を纏ってはいるが、ロビンを助けたことからも敵ではない。敵意は、女王に向いている。

 

「馬鹿弟子を殴りに来たのだが、どうやらあちらはあちらで苦戦しているようだ。ならば、わしがやるべきことはこの者を逃がすこと。立て、まだやるべきことがあろう」

「あ、ああ――」

「ここは私が引き受ける。振り返らず走るがよい」

 

 ロビンは言葉通り走った。どうせ、自分ではかなわない。森ならばまだしも平野では。だからこそ、ここは任せる。あの女は少なくともそれだけの実力を持っている。

 

「さて、コノートの女王。久しいな」

「まさかあなたが出てくるなんて」

「ふむ、やむにやまれぬ事情という奴だ。さて、どうする」

「メイヴちゃんてったーい。死んじゃったら元も子もないからね」

「賢明だ、コノートの女王」

「けど、次はないから」

 

 女王も首都に戻る。未だ、首都からは剣戟の音が響いていた。だが、それもじきに聞えなくなった――。

 




六章楽しかったですね!
素晴らしかった、とてもとても素晴らしかった。

ゆえに五章の次は六章をやってから、イベントの話を書いて行きたいと思います。
マシュとぐだ男の楽しい思い出をいっぱい作ることにしましょう。
最後の瞬間に笑えるように。

そして、お師さんとエレナママください、お願いします――。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 14

――翌日。

 

「――――」

 

 強烈な倦怠感で目を覚ました。誰よりも早く。魔力を消費しすぎた反動。それから無理やりに魔術回路を励起させて魔力を生み出しつづけた反動。そして、無理なサーヴァント使役。

 無茶をしたツケ。昏倒するように眠ってもそれはどうにもならない。ドクターから送られてきた霊薬でどうにかこうにか回復してようやくだ。

 

 身体の感覚も多少どころかだいぶ悪い。魔術回路の異常。慣れないことはするものではない。おかげであまり無茶はできないだろう。

 

「だいじょーぶ?」

「ああ、アストルフォ。うん、まあ」

「そっか、ならよかったよ」

「ああ、うん。それは良いんだけど、ひとつ聞いていいかな」

「うん、良いよなに?」

「なんで、オレの寝床に? というか――」

 

 全員、なぜオレの寝床にいるんですか。横になっていたから目の前にはアストルフォ。背後には清姫の匂い。うん、いつものやつだと理解するのに働いていない頭ではちょっと無理だった。

 

「キミが眠っちゃったあとにいろいろあったんだよ」

「いろいろ、ね」

 

 確かにそのあたりにいろいろな寝床があるからいろいろやったのは間違いなさそうだった。

 

「そうなの。で、ホントに大丈夫? 見るからに顔色悪そうだけど」

「なんとか」

「んーなんとかっていうのは駄目っていう感じに思えるなぁ。そういう時は素直に駄目って言った方が楽だよ?」

 

 アストルフォの言う通り。素直に駄目って言えて一日でも休めたら楽なのだろう。

 しかし、時間は有限であり、休んでいる暇はないのだ。重い身体でも引き摺って、四肢が引きちぎれても這いずってそれでも前に進まなければならない。

 

 休みたいという思いが心の大半を占めている。それでも休むわけにはいかないのだ。最後のマスターだから。世界を救うためには、前に進むしかない。

 

「そうなんだけどね。そういうわけにもいかないんだよ」

 

 本当、泣きたい。眠って明日から本気だすとか言いたい。だが、それでは駄目なのだとわかってしまう。五つ目の特異点を超えて来たのだ。

 鍛えられた心眼は、この状況が長く続かないことを告げている。それに――ジキル博士と式との繋がりが消えた。

 

 それはつまり二人のこの特異点からの脱落を意味している。暗殺は失敗したのかもしれない。つまりそれは、彼らの死を意味している。

 また、人が死んだのだ、自分の判断で。心が痛む。また会える。カルデアで会える。それがわかっていても死は死だ。

 

 悲しい。心に罅が入りそうだ。

 

「……我慢しても良いことないよー。ほーら、ボクの胸でないちゃえー」

「いや、うん……ありがたいんですけど――」

 

 アストルフォがオレの頭を抱え込み胸へ。その様子だけ見れば非常に羨ましい光景なのだろう。

 

 ――でも、この子オトコノコなんだよね!?

 

 つまりは、アレがあるわけなのだが、どういうわけかとてもいい匂いがする。

 

 ――いやいやいや!?

 ――落ち着け、落ち着くんだ。

 ――落ち着いてマシュマロを数えるんだ。

 ――マシュマロが一、マシュマロが!

 ――ああ、全然落ち着けない!

 

「んもう、マスター、くすぐったいよー」

 

 ああ、なんだろう、なんかもうそんなこと関係なくても良いような気が――

 

「ま・す・た・ぁ」

「ぁ――」

 

 ぞくりと背中に戦慄が走り抜けた。背中を冷や汗が伝うのがわかる。それに合わせて背中を滑っていくひんやりとした指の感覚がぞわりと駆け抜けていく。

 何度も何度も背中を往復する細い彼女の指。ひんやりとした指はだんだんと熱を帯びて燃えているかのような熱気を発するようになる。

 

「ま・す・た・ぁ。わたくし、妾くらいはいてもよいかなぁー、とかマスターのことを想って、想って、想って、想って想って想って想って想って想って、必死に自分を変えてきたのですが、さすがに、オトコノコは、承服しかねます。ねえ、ま・す・た・ぁ」

「は、ハヒ、い、イヘ」

 

 うまく声が出せない。久しぶりに感じる駄目な空気。どこで選択を間違えたのか。最近、清姫に対して配慮が欠けていたかもしれない。

 舞い上がっていたのだ。なんたるミスか。信じがたいミス。そうだ、少しばかり有頂天になっていたのだ。引き締めなければいけない。そんなことでは特異点など救えない。

 

 それどころか命も危ない。

 

「ま・す・た・ぁ?」

 

 そうだ、ここははっきりと言わなければ。

 

「――ごめん、清姫。大丈夫、オレ、オトコノコ属性はないから!」

「そういって淫乱ピンクの胸に顔を埋めたままなのですが、説得力ないですよ、ま・す・た・ぁ?」

「…………」

「………………」

 

 ――…………。

 

「サーヴァント反応! これは、フィン・マックールとディルムッド・オディナだ! って、なんだい! 人が徹夜して聖杯の調整に苦労してるってのに、良い身分だよね! 僕もそういう役得がほしいよ!」

 

 天の助けとはこのこと、ナイスなタイミングで通信が来た。

 

「ロマニー、調整、私がしてるんだけど―? おやおや、いいのかなー。寝ぼけて、私の膝を枕にしていたことマスターに言っちゃうぞー」

「ま、待って、ダ・ヴィンチちゃん! そ、それはノーカンだから! 寝てないし!?」

「まあ、美少女二人に挟まれるとかとんだご褒美だよねぇ」

「そうだそうだ! 麗しの美少女二人に挟まれるとは何たるご褒美。是非、私も仲間に入れてくれ給えよ! なあ、ディルムッドもそう思うだろう!」

「い、いえ、私は、その――」

「て、敵襲!?」

 

 慌てて飛び起きる。反応と同時に全員飛び起きていてどうやら、オレが最後だったようだ。ラーマなどはとっくに臨戦態勢でフィンとディルムッドの二人とにらみ合いとしていた。

 

「さて、あの時の約束を果たしに来た。最後のマスター。何名かいないようだが、準備は良いかな?」

「ああ」

「マスター、続きは、また」

「は、はい――」

 

 清姫への埋め合わせはまた今度するとして今はマシュを賭けての決闘だ。マシュは絶対に渡さない。

 

「では尋常に一騎打ちと行こう。これは私と君の決闘だ。ディルムッドにも女王の兵にも邪魔などさせぬとも。さあ、私と戦うのは誰か」

「……ラーマ、頼めるか?」

「良かろう。余の力を見せる良い機会だ」

「では名乗ろう。フィオナ騎士団、フィン・マックール。今は、そう名乗ろうとも」

「コサラの王、ラーマ」

「音に聞くラーマーヤナの主役殿と戦えるとは光栄の至り」

「立ち合いは、この私が引き受けましょう。では、王よ、存分に」

「ああ、では、行くぞ――」

「――――」

 

 互いに睨み合う。交わされる殺気。渦巻く魔力は周囲に風をまき散らし、そして凪ぐ。停滞。一瞬、起きた空隙。刹那、踏み込んだ。

 動いたのはラーマ。受けるはフィン。

 

 振るわれた剣戟を槍で受ける。まき散らされる衝撃と破壊。超常の技巧でもってサーヴァントの決闘が始まった。

 防がれた一撃。地面へと押し付けるように力を込める。それを槍の柄で流し、穂先付近に持ち替えたフィンの一撃がまっすぐにラーマの頭へと放たれる。

 

 身体をそらしてその一撃を躱す。目の前を通り過ぎるマク・ア・ルイン。戦神ヌアザの司る水を放つ魔の槍。

 即座にそらした身体に回転を与える。背後へと流れようとする力を回転に巻き込み剣を振るう。

 

 弾かれた槍。本来であれば取り落とさぬよう踏ん張るところをフィンは逆に緩めた。持ち手の輪の中を滑る槍。穂先から遠ざかり柄の中間をつかむと同時に弾かれた力を回転に変換しラーマへと逆襲の一撃を放つ。

 ラーマは更に一歩踏み込む。姿勢とともに刃を引き戻し振るわれる槍を受ける。刃をすべらせ地へと槍を落とす。大地が砕け破片が舞う。

 

 神の刃が槍を道にフィンの首へと迫る。

 

「マク・ア・ルイン!」

 

 魔力が槍に集まり、超常を引き起こす。戦神ヌアザが司りし水が迸り遍く流れが槍の穂先へと大地へと放たれる。

 跳ねあがる槍。槍を道としていた刃もまた同様に跳ね上がる。

 

「くっ――」

 

 そのままの勢いで吹き飛ばされ距離が開く。

 

「やるな。さすがはコサラの王」

「其方もな」

「しかし、私としてもここで負けるというのは騎士団の名折れだ。勝って更なる箔としよう」

「余とてマスターの願いを背負っているのでな。負けはせん」

 

 さらに魔力が上がる。戦闘の速度は更なる域へと達していく。もはやただの人間では追いつけない速度域へと達していた。

 

「ああ、よい。強者との闘い。命を削り、魂を刻む。それがあるからこその聖杯戦争だ! さあ、決死の覚悟で来るが良いコサラの王。もはや、この私にその刃は届かぬと知れ」

 

 下方向から上へと突き上げるように出された槍の突き。全身のバネを使った神速の突きだ。大気を抉るような刺しこみは当たれば肉を抉り取られるだろう。

 放たれた突きを弾き、ラーマは再び距離を詰めるべく動く。

 

 槍は長い。近接武器の中でも最も長いリーチを誇る。リーチの差はそれだけで戦力の差となりうるのだ。如何に剣の達人であろうとも、刃が届かなければ斬ることができないだろう。

 

 すさまじい速度域の中、相手は巧みだった。接近しようとするラーマの足を払うように突きを放つ。機動力をそがれることはリーチ差がある以上許容できないラーマはそれを躱すか迎撃する以外に選択肢がない。

 しかし、少しでも別の動きを加えてしまえばそこで接近は止まる。

 

 たとえ一瞬であろうとも、動きが止まればフィンは距離を保つ。槍が届く槍の間合い。フィンの領域を保つ。領土には侵入させんと槍の領主が告げている。

 

「――――」

 

 それでもラーマは前へと出ていた。鍛え上げた武が最適を選択する。槍の突きはその性質上、点の攻撃となる。その為に少しでも軌道をずらせば当たらない。

 無論、そうさせないようにフィンは突いているが、ラーマもまた巧みだ。うまく剣を槍に絡めてその軌道をズラす。

 

 あと一歩、その一歩が遥か遠い。

 

「シータがいるのだ。余が負けるわけがなかろう――!」

 

 されど、そんなもの越えられないようなものではない。シータとの再会に比べたらそのような距離などないに等しい。

 

「――――!」

 

 振るわれた剣の一撃はフィンへと届く。それを槍の柄で受けて横へと流す。それと同時に突き入れ。ラーマの心臓へ向けて槍を突き放つ。

 それに対してラーマは一歩下がることで僅かな距離を稼ぐ。その隙間に剣を振り戻して迫りくる穂先を打った。穂先先端、長物の常として働く、てこの原理によって少しの動作で攻撃をいなす。

 

 それを回転運動で引き戻し槍の薙ぎが放たれる。それを受ければ、再び距離が空く。

 

「――凄まじいな。ああ、ゆえに――」

 

 渦巻く魔力。際限なく高まっていくのは宝具を開帳するつもりだということ。

 

「堕ちたる神霊をも屠る魔の一撃――その身で味わえ!!」

「ならば、羅刹王すら屈した不滅の刃――その身で受けてみよ!」

無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)!!」

羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)!」

 

 戦神ヌアザの司る「水」の激しい奔流を伴う一撃が槍より放たれる。

 魔王ラーヴァナを倒すために、ラーマが生まれた時から身につけていた不滅の刃、魔性の存在を相手に絶大な威力を誇るそれが投擲される。

 

 ぶつかり合う力と力。凄まじい衝撃に大地が砕け木々が薙ぎ払われる。

 

「先輩!」

 

 あらゆる災厄をマシュの盾が防ぐ。

 

「余の勝ちだ」

 

 そして、全てが晴れた時、立っていたのはラーマだった。

 

「ふっ、駄目か」

「王よ!」

「はは、いやいや、存分に戦った。戦いつくした。ディルムッド。私は満足だ」

「はい、良い戦いでした王よ」

「しかし、まあ、此度も負けか。ふむ。残念ではあるが仕方あるまいな。ここは素直に敵を称賛するとしよう。あとは、マシュ殿を妃にできなかったことだけが悔やまれるな。ふむ、そうだディルムッド。私が消えた後はおまえが娶るというのはどうだ?」

「いえ、王よ、それは――」

「はは。冗談だ。許せよ。――フィオナ騎士団、ディルムッド・オディナ。後は任せる」

「は! 我が王に必ずや勝利を」

「フッ、最後までまじめな奴め――」

 

 フィン・マックールは消滅した。そして、ディルムッドとケルトの兵団が槍を向ける。

 

「王の命により、これより貴方たちの首を貰います」

「させぬよ」

「フィオナ騎士団ディルムッド・オディナ、参る!!」

 

 ケルトの兵団はアストルフォと清姫が潰し、ディルムッドはラーマとマシュで倒した。

 

「く、やはり強い……しかし、良い戦であった。できることならばやはり王に勝利を捧げたかったが。これもまた良い。騎士として最後まで戦えたのだ。私は満足した。では、王の下へ参らねば。秩序の守り手よ、また縁があればどうか再び王とともに召喚していただきたい。必ずや力になりましょう――」

 

 そう言って彼も消滅した。

 

「霊基の消滅を確認。最後の最後まで鮮やかで、軽くて――心地のよい二人でしたね」

「あら、振ったのに結構脈ありなの?」

「振ったとはどういう意味ですかエリザベートさん?」

「だって、あのひとに求婚されていたんでしょう! それを相手にしなかったんだから振ったってことじゃない!」

「いえ、あれはマスターが」

「あら、やっぱり! 愛されてるわね! それにしてもこの軍勢ってことは、暗殺は成功したのかしら」

 

 その時、通信が入る。

 

「通信だ。ジェロニモじゃなくて、ロビンか……」

 

 悪い予感を感じながら通信をオープンに切り替える。

 

「――悪ぃ。しくじった」

「……式とジキル博士とのつながりが切れたのはそういうことか――ロビン、きみ、だけか?」

「すまねえ。オレ以外は、全員やられちまった」

「――――え、ちょっと、アンタ、なんていったの?」

「今、西部、アメリカ軍が廃棄した基地に向かっている。座標はわかるか? 悪いがすぐに来てくれ」

 

 通信が一度切れる。

 

 ――予想していたとはいえ、そうなってみるときつい。

 

 式とジキル博士、陛下にビリー、ジェロニモ。みんなやられた。その事実が心に重くのしかかってくる。

 

「ねえ、嘘よね、アイツの冗談よね……」

「…………」

 

 エリちゃんのつぶやきに同意したい。けれど、それはできないとわかっている。ロビンが冗談を言うワケがない。

 この状況で冗談など言っているひまはないのだ。

 

「…………とにかく、行こう。確認しないと」

「治療しますので、手を出してください」

 

 見れば握りしめた拳が赤に染まっている。握りすぎたようだ。

 

「ごめん……」

「何を謝るのです。患者を治療するのが私の使命です」

 

 治療をしてもらい、ドクターに座標を教えてもらってオレたちは、ロビンの待つ地点へと向かった――。

 




フィンとの闘いはぐだ男が決闘をやると言ったので一対一の尋常な決闘になりました。

さて、続いてはロビンと合流。
全滅を知りますが、それでも前に進まなければいけないのが悲しいところです。

そのうち四章までの圧縮を解除したいと思います。余裕があればなので、いつになるかはわかりませんが。


さて、雑談。
みなさん星5確定ガチャ引きました? 私引きました。ランサーほしかったので、三騎士の方をね。それでアルトリアは出たんですよ。セイバーだったけどね!
いや、うん、いないからよかったんだけどさ……沖田、アルテラ、ラーマ、デオン、リリィってメンツがいる中で青王。
素直に喜べない! でも仕方ない、青王は育てるとして、あとは五章ピックアップまで待つとします。
エレナママとナイチンゲールを引きたい。

鳳凰の羽根が、足りない……。あと12枚くらい足りない。最終再臨できない……くそう。
スキル石も足りない。QPも足りない。足りなすぎる
くそう……。

あと宣伝
 小説家になろう版のスライム君とニンゲンさんと美しの森という小説を投降したので良ければ読んでもらえたら嬉しいです。
 http://ncode.syosetu.com/n2355dl/


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 15

 最短ルートで合流ポイントまでやってきた。そこには疲れた様子のロビンがいた。

 

「おう、来たか」

「ロビン……何があったんだ?」

「そうよ! いったい何があったって言うの!?」

「……そうだな。要点だけ報告するよ」

 

 ロビンが告げたのは、暗殺組の最後だ。圧倒的なまでの戦力差で一瞬のうちに全滅していた。それもほとんどクー・フーリン一人にだ。

 それだけでもまずいどころの話ではないというのに、カルナと並び立つアルジュナまでいる。ほとんど一瞬もかからずに全滅。

 

 式がいなければ逃げることすらできなかった。さらに言えば、スカサハ師匠が助けてくれなければロビンはここに来れていなかっただろう。

 

「……ってわけだ。すまねぇ、マスター」

「…………いや、伝えてくれてありがとう、ロビン。……マシュ、ちょっとトイレ行って来る」

「……はい、先輩」

 

 みんなから離れひとりになる。

 

「…………」

 

 式とジキル博士が倒されてしまった。いいや、彼らだけではない。陛下も、ビリーも、ジェロニモもみんなやられてしまった。

 悲しかった。一緒に旅をした彼らが殺されたのは悲しかった。英霊と言ってもやはり話をした彼らと別れるのは悲しい。それが、別れではなく死別ならばなおさらだった。

 

 思わず空を見上げる。そうしなければ泣き出してしまいそうだから。今は、まだ泣くべき時じゃない。まだなにも解決していないのだ。

 

「泣いていいのよ、マスター。今だけはね」

「エリちゃん……」

「そして、今度は倒すのよ! 必ず、必ずね!」

「ああ、必ず」

 

 必ず世界を救う。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「遠見の魔術か、趣味が良いとは言えんな。性根もなっとらん」

 

 戻るとスカサハ師匠にドクターが罵倒されていた。

 

「こ、これはどうも――」

「さて、初見の者らもいることだ。自己紹介だ。我が名はスカサハ」

「お久しぶりです、師匠」

「ふむ、さて、どこかで出会ったかな――冗談だ、そんな悲しそうな顔をするな。教えを授けた弟子の顔を忘れる師匠がどこにいる」

 

 良かった。本当に忘れられていたらどうしようかと思った。

 

「――よき出会いがあったようだな。あのころとは見違えた。あのころの方が、まだマスターらしいと言えばそれらしかったが、今の方が魅力的だぞ」

「師匠のおかげですよ」

 

 マシュとともに久しぶりの再会を喜ぶ。

 

「ま・す・たぁ? 実はずっと聞きたかったのですが、そちらの方はますたぁのなんなのでしょうか。わたくし、あのマンションで戦った以外なにひとーーーつ、知らないのですが」

「ああ、そうか。会ったのはオレとマシュだけだし、マンションで会っていない人もいたっけ。彼女はスカサハ師匠。一度夢で出会って助けてもらったことがあるんだ」

 

 スカサハ師匠との出会いを手短に話す。そういえばだれにも話していなかったのだなと今更ながらに思った。そうなると当然心配する人も出てくる。

 

「いや、君そんなことになってたの!? そういうことは言ってよ!? 君の身に何かあったら、どうするんだい!?」

「いや、ごめん、ドクター。なんとかなったし、言わなくてもいいかなって」

 

 あの時は、正直みんなに心配かけないようにするためにマシュにも黙っているように言っていたのだ。誰かに言えば心配する。そうなるともう立ち上がれないと思っていた。

 あの時のオレは弱かった。今も弱いけれど、あの時よりは強くなっていると思う。みんなが言ってくれたことをしっかりと意識して、エドモンから勇気をもらったから。

 

「言ってよ!? 僕そういう時の為にいるんだから!? 眠れないときとかは、きちんと薬だすし、悩んでいるときは話聞くよ!? というか、それが本業だからね!?」

「ふむ、性根はなっとらんが、なかなかどうして、良き大人ではあるようだ」

「はい、ドクターは良い人です。それにしてもスカサハさんは、その、ケルトの英霊ですよね」

「ああ、マシュが言いたいことはわかる。だが、私の出自は知っていよう。人ならざる身になったせいか、あの聖杯による支配は効果がなかった」

 

 だが、それでは召喚されるのはおかしい。彼女は、死を超越している。いや、超越といういい方は彼女は好まないだろう。

 死ねない。だからこそ、英霊にはなれない。召喚もされない。それがスカサハというサーヴァントのはずなのだ。

 

 だが、ここにこうして存在しているということは、召喚されたということになる。その理由もまた特別なものになっているはずだ。

 

「そうだ。おまえの言う通り、英霊として現界できた理由も特殊だが、単純だ。私の国もまた燃え尽きた」

 

 人類史の全てが燃え尽きるということは、彼女の国もまた燃え尽きるということ。その結果、死んだものとしてこの場に召喚されたということらしい。

 まっとうな歴史であれば、彼女は生きている者とは話すことすらできない。そのことは、この状況において唯一感謝できることであると彼女は言った。

 

 しかし、無論、感謝できないことはある。阿呆な弟子の、更に阿呆な姿を見る羽目になったとスカサハはこぼす。

 狂王クー・フーリン。クー・フーリンオルタとでもいうべき魔性。世界を焼き、全てを灰燼に帰した先にある誰もいない大地に王国を築こうとする狂った王様。

 

 カルデアにおける霊基を核として聖杯によってあらゆる王であれという願いによって武装した存在。ゆえに、このカルデアのことについて詳しく、ジキル博士も式も倒された。

 

「さすがに見逃せん。だから、首輪をつけてでも連れ帰ろうと思ったが、そんな時に見えたのがお主たちだ。あやつの本来のマスターであるおぬしがいるのに、私がでるわけにもいくまい。それに、この戦いは英霊の手で解決してよいものではない。人間であるおぬしが解決せねばならない戦いだ」

「わかってる。ロビンもそのためだから助けてくれたんだろう。ありがとう」

「うむ、良い目だ。前にもまして強くなっているようで何より。なぁ、マシュ」

「はい、自慢のマスターです」

 

 そんなオレとマシュとスカサハが話しているのを見て、

 

「むぅ……」

 

 不満そうに清姫は声をあげた。話に入れない。どうして、自分はあそこにいないのだろうと思う。そりゃ、マスターとマシュは特別だ。

 あの二人が始まりなのだから。それはわかる。わかるし、仕方ないと受け入れもしよう。良妻としてすべきことは、そこを受け入れずわがままを言うことではない。

 

 しかしだ、それと感情は別問題。

 

「どうしたよ」

「ああ、緑マントですか」

「だから、どうしてみんなしてオレを色で判断するかね」

「……なんですか」

「いや、オタクこそどうしたよ。話に混ざりたいならまざりゃいいんじゃね?」

「そう、簡単に行きません」

「そういうもんかね」

「そーだよー、ボクだって話に入れないんだよー。やっぱりあるのとないのじゃ違うからねー」

 

 アストルフォが言っていることが正解だ。経験があるのとないのでは大違い。まさしくだ。スカサハ師匠と会ったことがある。

 それで三人で何かしらの事件を解決した。その経験があるのとないのでは雲泥の差がある。

 

「そんなこと気にしてちゃなにもできないわよ! さあ、グリーン、まずはあなたが言って、場を整えるのよ!」

「オタク、さっきまで落ち込んでなかったか? いや、まあ、って、なんでオレだよ。オレ疲れてんの。そっちの夫婦にお願いしろよ」

「夫婦の団欒を邪魔できるわけないじゃない!」

「いや……そりゃ、ああ、そうだけどよ」

 

 そんな話をしていると、

 

「おーい、何してんの清姫も、アストルフォも、ロビンもエリちゃんもこっち来なよ。どうしてそんな離れてるんだよ。みんながいないとこれから先の話もできないでしょ? 思い出話しちゃったけど」

「はーい、マスター、ただいま!」

「ああ、うん、近くに来てとはいったけど、背中に張り付いてとは言ってないんだけど。しかもアストルフォも!? あー、うん、まあいいや。なんかそっちの方が安心するし。で、師匠は、クー・フーリンには勝てない?」

「まったく、そう言いにくいことを随分と言ってくれるな」

「話ははっきりさせたくてね。そうじゃないとみんなを集めた意味がない」

 

 クー・フーリンはそれほどの相手。あの()が倒された。アルジュナというもうひとりの戦力がいたとしても倒されたのだ。

 そのことを理解しなければならない。そして、スカサハ師匠ですら倒せないということで、みんなの危機感を上げなくてはならない。

 

 何をしても油断しないように。最初から全力でことにあたるように。彼らにそのゆるみがないことはわかっている。けれど、心配や不安は消えてなくならない。

 何度も何度も確認しておかないと気が済まない。今こうやって確認していることすらも不安をさらに倍増させているだけなのかもしれないが、それでもだ。

 

「私を出汁に使うか、まったく。――ああ、そうだ。忌々しいことに、あのクー・フーリンはクー・フーリンであってクー・フーリンではない。狂王としての願いを聖杯に受けて強化されている。いや、強化ではないな。必要のないものをすべてそぎ落とした結果がアレだ」

「うむ、道理で伝承に聞く戦士とは違う訳だ」

 

 ラーマが戦った時のことを思い出しながらいう。

 

「なんと、哀れな」

 

 ナイチンゲールが言う。確かに哀れだろう。棘の一本ですら手に余るのに千本。正気の沙汰ではなく、狂ったままに狂ったまま敵を蹂躙する様を哀れと言わずなんといおう。

 そこにはかつての威光などなく、誇った伝承すらもない。ただ敵を屠る、狂った王としての側面しかない。哀れだろう。築き上げた全ては聖杯によって否定され、ただ狂ったのだから。

 

 それだけに今のクー・フーリンは、スカサハ師匠を超えているのだ。強くなったということはできるだろう。確かにかつて勝てなかった相手よりも強くなっているのだから。

 しかし、ナイチンゲールはそれを否定する。それは強くなったのではないのだと。それは、人生を檻に閉じ込めただけなのだと断じる。

 

「なんという破綻。外に開かれない夢は、ただの妄執に過ぎないというのに」

 

 内にのみ存在し、ただ狂った羅刹が自らを檻の中に閉じ込めて暴れている。アレはただそれだけだ。夢はもっと開かれていなければならない。

 ただ一人の夢であろうとも、それは、必ずどこかに繋がる道があるのだ。ナイチンゲールのたどった道がそうであったように。

 

 彼女は全てを救わんとした。たとえ、何があろうとも救わんとしたのだ。相手にとってはそれが独りよがりに見えたとしても、それはどこまでも広く遍くとどろいた。

 だからこそ、遥かな未来がそこには広がっているのだ。

 

「夢とは未来につながるべきなのです。どこにも繋がらない夢など夢であるはずもありません」

「ああ、そうだ。だが、だからといってクー・フーリン一騎を倒して終わりとするわけにもいかぬ」

 

 優先すべきはメイヴ。あれから聖杯を取り上げなければ被害が増える。そして、それはスカサハ師匠に期待できない。

 なにせ、スカサハ師匠に任せると聖杯ごと両断してしまうだろうからだ。聖杯そのものを破壊されてしまっては人理定礎の修復そのものが困難になる。

 

 ゆえにスカサハ師匠には頼れない。あくまでも最後の手段。いや、それすらも考えてはいけない。オレは、弱い。弱いからすぐに頼ろうとする。

 今も、縋りたくて仕方がない。だから、背中に張り付いた二人の存在は本当に助かっていた。動けないから、縋ることもなし。それに、二人の体温が不安を和らげてくれる。

 

 ただ――、これ見よがしに押し付けてくるのはやめよう。

 

「まずは、オレたちでメイヴをどうにかしないとな――」

「あ、あのすみません。お話し中ですが、敵です」

 

 シータがそういうと同時に空にワイバーンの影が見え始めた。

 

「ありがとうシータ」

「敵はアーチャーです」

「ふむ。機械仕掛けの連中にはきつかろう」

「よし、迎撃するぞ!」

「ええ、任せて、今、割とムカついてたから全員くびり殺してやるわ!」

 

 エリちゃんやっぱりムカついていたのか飛び出していく。ナイチンゲールも同様だ。あの人は話を聞かないのはいつものことだ。

 

「さて、私は見せてもらうとしよう。どれほど成長したのか」

「わかった」

「良い返事だ。さあ、行け!」

「行くぞ、みんな!」

 

 ラーマが先陣を切る。迫りくるのはワイバーンだけではない。キメラもだ。ラーマやマシュ、清姫にはあちらの相手を。シータ、エリちゃん、アストルフォ、ロビンにはワイバーンの相手をしてもらう。

 戦場を俯瞰し、的確に指示を出す。スカサハ師匠が見ている。けれど、少しでもいいところを見せようとは思わない。

 

 調子に乗れば死ぬ。もう誰も死ぬところを見たくない。だから、集中する。相手の一歩先を読む。相手を観察し、どう動くかを予測する。

 戦うことができないのなら、頭を回せ。思考を回せ。全てのサーヴァントの動きを把握し、敵の動きを把握して、礼装での援護、指示を出す。

 

 敵を倒せばケルトの戦士の上位の者らが現れる。サーヴァントにも匹敵する。だが、匹敵するだけだ。冷静に見ろ。サーヴァントはもっと早く――。

 

「もっと、強い!」

 

 ――こんなところで止まってはクー・フーリンは倒せない。

 

「絶対に、救うんだ!」

 

 誓いはここに、全てを救うのだ。犠牲になった者たちの為にも――。

 

「ふむ、良い。しかし次はシャドウサーヴァント。どうする」

 

 英霊になれなかった者たち。強い相手だ。だが、負けるわけにはいかないのだ。

 

「――ん?」

 

 だが、指示を出そうとした時、シャドウサーヴァントたちが消えていく。

 

「――ハァッ!!」

 

 裂帛の気合いによってシャドウサーヴァントたちが消え去られていく。戦場を駆け抜けるのは冴えわたる技。中華のサーヴァントのようだった。

 

「見事な技の冴えよ」

 

 天賦の才と地獄のような修練を潜り抜け、肉体に技を浸透させなければ到達できない局地。あらゆる時代で、あらゆるサーヴァントの技を見て来たが、ここまでの冴えはついぞお目にかかったことはない。

 純粋に思ったのだ、凄まじいと。そして、そこには至れないのだともわかってしまった。

 

「実に良い。ああ、そこの者! 名はなんと申す!!」

「ランサー、李書文!! よくぞ現れてくれたな二つ槍のサーヴァントよ! 貴様を見た時から我が心中は嵐の如し。もはや倒さねば収まらん。いざ、立ち合いを所望する!」

「――ほう、私とか」

「無論。儂が召喚された理由は知っている。しかし、自分はやはり――どうしようもなく、我欲に満ちた存在でな。己の槍が神に通じるかどうか、試したくてたまらんのだ」

「なるほど、飢狼という奴か」

 

 ――なんたる覇気。これが人類の極致か。至った最高の武か。

 

「――駄目だ」

「ほう」

「魔拳士とも言われた伝説的な八極拳士。あなたが戦いたいのもわかる。だが、させない。スカサハ師匠には悪いけど、なりふりなんて構っていられない。力がいる。だから、オレたちが勝ったら、オレと来い!」

「――はは。良い啖呵だ」

「行くぞ、マシュ!」

「先輩が望むのなら、勝ちます!」

 

 決闘が始まる。

 




誓いろ新たに。犠牲になったサーヴァントたちに誓う。
絶対に救うと。
だからこそ、ぐだ男君、なりふり構わず力を求める為、書文先生と戦って、勝ったらオレと来いとか言ってます。
スカサハ師匠は強すぎて聖杯すら駄目にしてしまうので頼れませんが、それ以外なら全力で頼る気満々です。

さあ、書文先生は仲間になるのか。
ぐだとマシュのコンビネーションが今、試される。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 16

 大地を踏み抜くが如き踏み込みが来る。神槍と謳われた男の踏み込みだ。どれほど鍛え上げて来たのだろう。その人生の全てを武に捧げ辿りついた極致。

 そこから放たれる突きはまさしく神槍。あらゆる全てが連動し、無駄を極限までそぎ落とした突きという現象の極限。

 

 触れれば最後、何者すら穿たれてしまうのではないかとすら錯覚する。その一撃、まさに必殺。余技の如き突きであろうとも全て必殺と化している。

 その一撃は竜の息吹にすら匹敵するだろう恐怖だった。膝が笑い、歯ががちがちと鳴る。ただ目の前にいるだけで食い殺されそうなほどの覇気。

 

 だが、それでも背後に立つマスターの為に、マシュは歯を食いしばり――腰を落とし、盾を前に。あらゆる全てを防ぐと誓った。

 もう二度と先輩を傷つけさせはしないと誓った。どのような一撃であろうと防ぐ。英霊として築き上げてきた全てを思い出せなくとも、確かにマスターと二人、築き上げてきたものがあるのだ。

 

 放たれる槍の突きと受ける大盾。凄まじい轟音が響き渡り、大地が引き裂け、衝撃にわずかに残っていたケルトの兵士たちが吹き飛ばされていく。

 

「ほう――」

 

 続けて放たれる槍の一撃。その速度、まさしく神速。最小の動作にて行われる引き戻しに突き入れ。いや、違う。引き戻してなどいない。踏み込んでいるのだ。

 李書文は槍を放ちながら踏み込んでいく。槍の突きを放つには伸ばした腕を引き戻さなければならない。引き絞られた弓と矢の関係と同じく槍の突きを放つには一度引かねばならない。

 

 だが、踏み込むことによって無理やりにその距離を稼いでいる。そして、それはマシュが押されていることを意味していた。

 彼が踏み込むだけの距離を押されているのだ。盾で防ぎながら、凄まじい衝撃を受けてマシュが少しずつ後退していく。

 

 地に根を張る大樹と称されたマシュの防御すらも磨き上げられた技術によって後退を余儀なくされている。

 

「マシュ! 受け流せ!」

「はい!!」

 

 その絶技確かにすさまじい。だが、マシュに力を与えてくれた英霊もまた英雄なのだ。その名がわからずとも、その力は李書文に負けていないと信じている。

 そう信頼されるからこそ、マシュもまた立って戦えるのだ。究極の突きを受けて流す。極限の集中の中で行われる妙技。

 

 李書文の槍を受け流す。手に残る衝撃、しびれるほどの一撃であるが、それでもマシュは踏み込んだ。恐ろしく、怖いけれど前へと踏み込んだ。

 戦うことは怖い。けれど、それ以上に怖いことがある。だから前に踏み込んだ。

 

「やああああああ――――!!!」

 

 放たれる盾の攻撃(シールドバッシュ)。突きを流し完璧なタイミング。だが、築き上げてきた武の極致は伊達ではない。

 それに彼が得意とするのは槍であって、槍にあらず。

 

 拳の技はすべて槍から生まれた。彼が学んだ武術は八極拳。初めに武器ありき。槍から生まれた武術なり。八極拳の技の全ては槍を持っていたとしても可能。

 ゆえに、

 

 ――(てん)

 

 八極拳防御特技。肘や肩の回転で小さな円を描くように腕を回し、盾の一撃を弾き逸らす。そこからつなげられる相手の伸びた腕の内側に自分の腕を添え、そして大地揺らす震脚。

 地面を強く踏みつける発勁から続く添えた腕を曲げて顔を守りつつ、もう一方の腕でマシュの腹部を打つ突き技が放たれる。

 

 ――向捶(こうすい)

 

 腹を突き抜ける衝撃に身体がくの時に折れるのを歯を食いしばって必死に耐える。攻撃を放った瞬間、それが外れた瞬間の隙間に放たれた一撃は強く重い。

 サーヴァントでなければ、霊基を強化し、再臨してなくそこに鎧がなければ腹を抉られていたであろう一撃だ。それでも大ダメージには違いない。

 

「ガッ――――」

「うむ、良い技よ。だが、まだまだ――」

「マシュ!」

「だい、じょう、ぶ、です!」

 

 それでもマシュは立った。

 

「その意気や良し。ならばもう少し本気を出すとしよう――」

 

 澄み切った槍気。静かな覇気が放たれる。刹那、轟音と共に李書文の震脚が放たれ地面を氷の上を滑走するように滑りながら移動した。

 

 ――活歩。

 

 一瞬にして間合いが詰められる。息を整える暇など与えない。土台ここは戦場だ。敵が悠長に待ってくれるはずもないことは当然だろう。

 槍を振り下ろし、落ちた穂先が跳ね上がる。それをはじいたとしてもそれに連動して力の向きをかえられ放たれる左右の薙ぎ。縦横無尽に放たれる巧みな槍捌きは防ぐだけでやっとだ。

 

 いや、やっとどころではない。防げていない。先ほどのダメージが大きすぎる。しかも、槍にて行られる浸透勁によってたたきつけられる衝撃はマシュの肉体を槍の一撃を防いでなお傷つけていく。

 

「く、ぁあああ――!!」

 

 気合い一発。相手の攻撃をはじくと同時に距離をとろうとする。だが、

 

「間合いなど開けさせぬよ。マシュ殿には悪いが、どうしても戦いたいものでね――」

「そうだな。だが、間合いは開けさせてもらうよ。シータ!」

「はい!」

「ぬ――」

 

 放たれる弓の一撃。それを槍ではじくと同時に踏み込む、紅き風。

 

「ラーマ!」

「心得ている――」

 

 姿勢を低く踏み込んだラーマの剣が振り上げられる。その一撃をいなせば、絶妙のタイミングで矢が放たれる。ほとんど密着しているというのに、ラーマのことなど気にせず放たれる矢。

 しかして、その全てはラーマに当たることはない。ラーマの動きの全てを知っているからこそできる芸当だった。夫婦のきずなだ。

 

「言っただろう、オレたち(・・)が勝ったらってな」

 

 屁理屈だろうが、何もマシュ一人で戦うとは言っていない。卑怯上等。勝てばいい。勝って、必ず李書文を手に入れる。

 力がいるのだ。ロビンに聞いたクー・フーリンの力は強い。そこにアルジュナもいるのだ。勝つためには力がいる。何よりも強い力がいる。

 

「だから、何が何でも、おまえを手に入れる! 卑怯なんてしるか、オレはマスターだからな!」

 

 戦士じゃない。勝つための最善を考え続けるマスターだ。だから、全員でかかる。

 

「エリちゃん!」

「オーケーよ!!」

「ぬ、怪音波か!」

「ちょっと!」

「今だ、アストルフォ!」

 

 さすがに音は防げない。さんざんな言われようだが、いかに武人と言えど音は防げないのだ。一瞬であるが動きが止まる、そこを強襲するアストルフォ。

 

「キミの真の力を見せてみろ!  この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)!」

 

 飛翔するヒポクリフ。突進による粉砕攻撃はAランクの物理攻撃にすら匹敵する。

 

「秘伝――三迎不門顧(さんげいふもんこ)

 

 だが、究極の見切りにてその攻撃を躱し、反撃に出る。顳、目もとを打ち、返す手でアストルフォの腹部を強打する。

 

「今だよ!!」

 

 轟音と共に殴り飛ばされるアストルフォ。

 

「はいはい、陽動ご苦労さん!

 弔いの木よ、牙を研げ――祈りの弓(イー・バウ)!」

「これよりマスターの為に、敵を半分くらい焼きます――転身火生三昧」

 

 虚空より現出するロビンと清姫、その宝具の一撃が攻撃を放った瞬間の李書文へと放たれる。

 

「――――」

「やったか!」

「ロビン、まだだ!」

 

 完全な直撃だが、

 

「ふぅ、さすがに多少は効いたか」

「おいおい、さすがにアレでほとんど無傷ってないでしょ」

「いやいや、全力で防御せねば危なかった」

「ああ、そうだろうね――」

「ぬ――」

 

 放たれたガンドの一撃。魔術礼装にありったけの魔力を込めて放つガンド。ロビンと清姫と一緒に至近距離まで近づいて、宝具の陰に隠れて放っていたのだ。

 

「これであんたは動けない。オレたちの勝ちだ」

「――はっ、はははははははは!! さすがに一歩たりとも動けぬとなればこれ以上はやれぬな。しかし、痺れが解けばやれるが――」

 

 放たれんとする二つのブラフマーストラ。その一撃はさすがの李書文であろうとも厳しいものになるだろう。武の極致ではあれど、羅刹を屠る一撃ともなれば無事ではすむまい。

 いや、これ以上の本気でもって挑めば屠ることも可能であろうが、好き好んで世界を滅ぼしたいと思うものでもない。

 

 本来ならばこの状況にならぬ前に済ませるつもりであったが、それもまた己の未熟。ならばこれを以て受け入れるとし、

 

「良かろう、儂を使うが良い」

「ああ、ただし令呪を以て命じる。全てが終わるまで、味方を攻撃することを禁じる」

「であろうな」

「ただ、終わったら全力で戦ってくれ。師匠もそれでいい?」

「うむ、良い。決闘を始めると言っておいて、初めから全員でかかるというのはいささか戦士として思うことはあれど、最初から、オレたちと言っていた。掛け値なしの全員とはな、まったくどこをどう育ったらこうなるのやら」

 

 あきれ顔だがスカサハ師匠はどこか嬉しそうだった。

 

「さて、書文さんも味方に付いてくれた。これからどうする?」

「うむそれだが、マスター。一つ教えておこう。あの発明王と言ったか。あの者何者かに憑かれているようだ。だから、ぶん殴りでもしたら目が覚めるかもしれんぞ」

「では、マスター行きましょう」

「いや、速いよ!?」

 

 ナイチンゲールが即座に出発しようと言ってくる。その理由は明白だった。おそらくは発明王、あのエジソンを患者と認定したのだろう。

 何かに憑依されている。確かに、エレナ女史もそんなことを言っていたような気がする。ノッブたちの報告からもそれはうなずける。

 

 だから、わかる。それにあのありさまはおかしいのだ。どう考えてもサーヴァントだとしても何かがおかしいのは間違いない。

 行かなくてはならない。それに味方がいる。このままではどうやったってクー・フーリンには勝てないと思うのだ。

 

 どんなに戦力を集めても勝てないような気がする。けれど、それでも戦力がいてくれればそれだけ勝てる確率が上がる。

 確実なんてないが、それでもできるだけ確実に近づけることができるのだ。

 

「ああ、もう一度会おう。彼に」

「また無茶な話だなー」

 

 話が決まり、エジソンのところに向かう途中、ドクターがそんなこと言ってきた。

 

「何が?」

「いや、だって、君一度つかまっているんだよ? そんな相手のところにもう一度行くなんて」

「余もそう思う。思うのだが――」

 

 ラーマがナイチンゲールを見る。

 

「何を言うのです。患部は複数。こういう状況では優先順位(トリアージ)が重要です」

「まあ、だから向かっているんだけどね」

「最短距離で突撃です。あのわからずやに打撃にも似た麻酔を与え、目を覚まさせる必要があります」

 

 いや、それ逆に眠ってしまうんじゃないか?

 

「まあ、ともかく、行くぞ、エジソンに会いに――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「そりゃ! ふぃー、まったく、こんな場所にまでオジサンを飛ばすとは、人使いが荒いねったく」

 

 槍の一撃で最後のケルト兵を屠ったとき、

 

「ん?」

 

 サーヴァントの一団を発見した。ケルト側ではない。かといって西側でもない。

 

「アレが噂のマスターかねぇ。なら、好機だね――」

 

 オジサンことヘクトールは敵意をありませんとアピールしながら近づいて行く。

 

「おーい」

「サーヴァント!」

「おっと、そういきり立つなよ。オジサンは味方だぜ?」

 

 ヘクトール。ノッブからの報告に遭った英霊だ。オケアノスで戦った槍兵でもある。アステリオスを殺した男だ――。

 

「おっと、どうやらあんたとは初見じゃないらしい。その様子だと敵だったのかね。まあ、今は味方だ」

「らしいね。機械化兵を連れてるってことは」

「そういうこと。で、あんたら何者で、どこに向かっているのかね。オジサン協力できると思うよ?」

「…………」

「先輩、どうしますか?」

「……はぁ……、オレたちの目的がわかっているみたいだな」

「ああ、そりゃね」

 

 エジソンの様をみりゃあ嫌でもわかると、ヘクトールは言った。

 

「で、それがわかっているならなんであんたは自分で何もしないんだよ」

「出来なかったんだよ。オジサンだって、下っ端だぜ? それにあの魔術師が厄介でね」

 

 エレナが厄介?

 

「ああ、そうさ。あれでも隙がなくてね。オジサンの動きを読んでいい感じに邪魔してくるわけよ。だから好機を待ってたってわけよ」

「なるほどね。わかった。じゃあ、一緒に行こう。案内してくれるんだろ?」

「ああ、最短ルートで連れて行ってやるよオジサンに任せな」

 

 ヘクトールについてエジソンのいる城塞まで向かう。

 

「やっぱり来たわねヘクトール――と、久しぶりね」

「お久しぶりですエレナ女史。用件はわかっていると思います」

「さあ、早く通して患者の前に私を連れて行きなさい。即座に治療を開始します」

「あー、まったく話を聞かないわね、このバーサーカーは……世界を救える算段は付いたのかしら」

「そのために、エジソンを治しに来た」

「……そう。いいわ。さすがに、この状況じゃなにもできそうにないしね」

「はっはっは、わしじゃ!」

「ノッブ!」

 

 三千丁の火縄銃が背後からエレナに向けられている。挟撃。これではどうしようもないだろう。

 

「待って居ったぞマスター! さあ、さっさと中に入ってくるが良い」

「マシュー!」

「わ、わわ、ブーディカさん!?」

 

 お、おう、う、うらやましい――。

 

「はーい、マスターも」

 

 ――良い、良いです、わが生涯に――。

 

「って、そうじゃない」

 

 オレたちはエジソンの下へと向かう。

 




決闘と言ったな、アレは嘘だ!

 ぐだ男が勝てそうにない決闘なんてするはずなかった! なりふり構っていられないと前回言ったでしょう。
 だから、全員でぼこるといういつもの戦法。それでも倒しきれないのが書文先生。ちなみに、先生はまだ、本気を出していない!

 というわけで、書文先生を味方に加えていざエジソンのところへ。
 ヘクトールオジサンの導きでノンストップで城塞に到着。通信でそれを知ったノッブたちは準備して待っていた。
 エレナママも全部わかっているので、通しますが好きにさせる気はありませんのでまだまだこれから。

 というところで次回に続きます。

追記
IFの方更新しました


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 17

「エレナ君を離したまえ」

 

 ドクターの通信に割り込んで大統王の声が響く。それはまっとうな要求だ。それも当然だろう。彼女は彼の仲間なのだから。

 

「離してもいい、だが、こちらの話も聞いてもら――」

「即刻治療を受けなさい、大統王」

「――う……」

「せ、先輩、大丈夫です、ナイチンゲールさんのいつものです」

「うん、任せよう」

 

 大統王との会話をナイチンゲールに任せる。この場では彼女の言葉こそがおそらくは最も響くことだろう。

 

「治療? 私のどこが治療が必要だと言うのかね。私はこの通り、意気軒昂だとも!!」

 

 獅子の咆哮が響く。絶叫というかなんというか。耳を塞ぐほどのそれ。耳を塞いでしまったが、ナイチンゲールは一切動くことはなく、それを受ける。

 

「いいえ、貴方は病気です」

「なぜ、私を病気というのかねクリミアの天使よ」

「こうして対面して理解しました。あなたは病んでいます。即刻治療を受けてください。それから、私は天使ではありません。私はただの看護師です。あのような優しいだけの生物と思わないでいただきたい。優しいだけでは救えないのです。私は、全てを殺してでも患者を救います――ですから、エジソン、黙って私の治療を受けなさい」

「ええい、だからどこが病んでいるというのだ! この強靭な四肢。はちきれんばかりの健康。研ぎ澄まされた知性。どこをとってもスタンダードではないか!!」

 

 確かに彼は健康そのものだ。しかし、明らかにおかしいのだ。特にその獅子頭。偉大なりし発明王は間違いなく人だ。

 人であったからこそ、もたらされた雷電を遍く全ての人々に広めることが出来た。断じてあんな獅子頭でもなければ大統王でもない。

 

 だってそうだろう。あのニコラ・テスラがライバル視した男が、理性を保ったまま、アメリカだけを救おうとしている。

 世界だけではなくアメリカを救い、世界を滅びに向かわせようとしている。それが断じて、トーマス・エジソンであっていいわけがないのだ。

 

 だからこそ、彼は病んでいる。

 

「黙りなさい」

「――――!!」

 

 静かなナイチンゲールの声が響き渡る。ただの一言で、全てを静寂が包み込んだ。その言葉には深い慈しみがある。

 殺意にも似た全てを治療するという慈悲がある。慈悲の弾丸にてあらゆる病を殺すという決意がある。そのためにあらゆる全てを殺戮してでも治療するという鋼の意志がそこにはある。

 

 エジソンが放とうとした言葉はすべて頭から吹き飛ばされた。誰もが口を挟めない。ただ静かにナイチンゲールの言葉を待つ。

 

「病人に病を告げることの、どこが無礼ですか。貴方は病気です。甘やかされたいのならば、母親か妻にでも甘えなさい。良いですか、貴方は、病気なのです。世界を救う力を持ちながら、理性を保ったまま世界を破滅に追いやろうとしている。それが、病以外の何なのです」

「違う! 私は――」

 

 エジソンは何を言おうとしたのだろう。その言葉が放たれる前にナイチンゲールの言葉が全てを圧する。

 

「今、そちらに向かいます。大人しくベッドで休んでいなさい――さあ、行きますよ」

 

 ナイチンゲールが城塞の中へと歩いて行く。

 そこに立ちふさがるのは、

 

「やはり来たか」

 

 カルナだった。

 

「無論ですカルナ。貴方も病人です。退散なさい。貴方はここに居てはいけない人だ。望むモノが、あるというのに。僻地での療養をお勧めします」

「……確かにおまえの言う通りかもしれない。オレは忠実であろうという病に罹患している。望んだモノをたちどころに見抜くのは、看護師という職業故か」

「いいえ、貴方がわかりやすいだけです」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………なるほど」

 

 カルナが凹んでいるように見えた。わかりやすいと言われたのがそれほど堪えたのだろうか。確かに彼はわかりやすい。

 しかし、すぐに平常通りに戻りながら指摘を感謝する。そして、やはりどいてはくれないようで、彼は構えを解くことはない。

 

 この道を彼は譲らない。なぜならば、発明王に乞われたからだ。先に乞われた。助けを求められた。ならばこそ、英雄カルナは敵対する。

 理由などそれで十分なのだ。先に出会った。ただそれだけ。しかし、得てしてそういうものだ。もし、誰かが先に彼に出会っていればなどという場面は多くある。

 

 それはオレにもある。もしもっと早く、あのひとに出会っていればなどと考えることは多くある。あの時こうしておけばなどもある。

 だからこそ、それで十分。英雄でなくてもわかる論理。

 

「それに十分であるが、もう一つ。エジソンはオレの知己に似た男だ。賢くありながら愚かであり、傲慢でありながら博愛に満ちた男」

 

 それはかつてカルナを友と呼び、助けた王。そんな王様にエジソンは似ているのだとカルナは言った。だからこそ、放っておけない。

 そう言って彼は微笑んだ。

 

「――驚きました。貴方のような人が、そのように笑うなんて」

「オレとて人の子だ。人並みの感情はあるよ。だが、おしゃべりはここまでにしておこう」

 

 彼の殺気が空間を支配する。びりびりと大気が震えるほどの重圧。これまで戦ったどのサーヴァントよりも強く強大な圧力に膝が震えて勝手に屈しそうになる。

 その時だ、後頭部に衝撃を感じてふっと、圧力を忘れる。

 

「――――!?

「それ、気合いを入れんか」

 

 後頭部にそれをいさめてくれたのは書文さんだった。

 

「あ、ありがとうございます。すみません」

「良い。しかし、ついてきて正解だ――あのような者と戦うことになるとは僥倖だ。それ深く息を吸え、主がそのような状態では、サーヴァントも満足に戦えんぞ」

 

 鬼が笑っているように見えたのは偶然だろうか。しかし、それは恐ろしいというよりも頼もしいと感じた。ふかく息を吸う。

 勝てない相手ではないと思う。いいや、勝つのだ。必ず。そうしなければ前に進めないのであれば、血反吐を吐いてでも無理をしてでも勝つ。

 

 ――いつか、世界を救う。

 

 そのために前に。ただ前に。彼の言葉が胸に焼き付いている。もらった勇気は確かにここにある。だから、前に踏み出せ。

 この特異点で死んでいった仲間たちの為にも。必ず勝利する。負けるわけにはいかないのだから。

 

「――行くぞ!!」

「来い。一度目は様子見だったが、二度目は容赦しない――!」

「一番槍はいただくぞ、竜の娘――!」

 

 城塞を揺らす踏み込み。神速の突きが放たれる。その槍の一撃にどれほどの技術が込められているのだろう。その一撃は見えているのに躱すことができないほどだ。

 それに加えて、

 

「はっはっは! ゆくぞ、マスター、神秘が強い奴らは外におるが良い。このわしの力、第六天魔王の力を見せつけてやろうぞ!!」

 

 地獄が形作られた。

 

 ――固有結界が展開される。

 

 それは彼女の心象。神を焼く地獄。ここではあらゆる神性を持つ者は行動することすらままならない。カルナほどの者ならば当然、現界すらままならないほどになる。

 

「二度目になるが、まさしく神を殺すためだけの心象だ。魔王の心象。確かに魔王を自称することもわかる。確かに、この中ではオレは存在を維持することすら難しい。

 それに、そちらの槍兵。ただならぬ練度だ。まさしく武の鬼といったところか。だが、オレは英霊だ、神仏を殺す魔王も武の頂きに至った鬼を相手取っても恐れはせん――」

 

 暴虐の一撃が書文を襲う。固有結界によって弱体化してなお、その一撃は大地を引き裂き、世界を割りかねないほどの威力を内包している。

 存在を維持することすら難しい。だが、どうした。彼は立っている。カルナは立っている。武器を構えている。意志の力を糧に、根性で立っている。

 

 それがどれほどおかしなことかわかるだろうか。英霊だと言っても限度がある。だが、同時にこうも思うのだ。望外の意志は、世界の法則すらも超越すると。

 だからこそ、諦めず望み続けろと見せつけられている気がするのだ。

 

「患者は患者らしくベッドで寝ていなさい!」

「――そういうわけにもいかぬのでな」

 

 槍を振るいナイチンゲールを吹き飛ばし、とびかかる書文を覇気のみで地面に叩きつける。ノッブの三千世界を鎧で受け、焔纏う槍の一撃にて三千を超える銃火を燃やし尽くす。

 

「そこか――!」

「――!!」

「グリーン!! っ――」

 

 奇襲を狙っていた見えないはずのロビンに放たれた槍の一撃。それをエリちゃんがなんとか防ぐ。

 

「くっそ、見えてなかっただろ!」

「安心しろ、見えていなかったが見えていた」

 

 どっちだ。

 

「強い、これが、カルナ――」

 

 だが、勝つ、そう息巻いて指示を出そうとした瞬間、カルナが姿を止めた。

 

「……む。戻ってこいとはおかしな命令を。だが――そうか、自らの手で決めたくなったか。そういうところが傲慢だが仕方あるまい」

 

 彼が槍を収める。

 

「戦わないのか?」

「そうだ。異邦のマスター。主からの指示でな。玉座に戻れとのことだ。ここより先、玉座の間にておまえたちを待つ」

「わかった。待っていてくれ」

 

 そう言って彼は去っていった。

 

「先輩、おそらくは……」

「そうね。あなたのサーヴァントの言う通りよ。この先にはエジソンとカルナが待ち受けている」

「話し合いで解決、はできそうにないなぁ」

「そうですねマスター。どう考えてもエジソン氏は倒れないと話を聞いてくれそうにありません」

「なら行こう。マシュ」

「はい、先輩!」

 

 玉座へと突入する。

 

「よくも来たな……!! 嘆かわしき裏切者たちよ! エレナ君を離したまえ!」

「そのまえに、どうしても治療を受ける気はないのですね」

「愚問だ女史よ。私は正しい。なぜ私の正しさを信じられないのだ! さては、陰謀説にでも浸かっているのか!? エジソンは資本主義の権化だ、とか! 真の天才は商売などに傾倒しないのだ、とか!」

 

 そんなことはなく、どちらかといえば、陰謀説に傾倒しているのはエジソンの方だろう。今の彼に知性の光はない。だが、

 

「私は、貴方の発明が素晴らしいものであることを知っています」

 

 だからこそ、ナイチンゲールは彼が病んでいると診断した。彼女の判断を信じる。彼女の言葉を信じる。だからこそ、

 

「マスター。オペの準備を」

「ああ」

 

 全員で、エジソンを倒す。

 

「――」

「おっと、動くなよ」

「ヘクトール……」

「マスターの命令でね、嬢ちゃんは動くだろうって言っていた。だから、オジサンが見張りってわけ」

「そう……」

 

 エレナさんが動くことはわかっている。なんだかんだ言っても彼女はエジソンの味方なのだ。わかっていても、味方してしまったように。

 だから、ヘクトールが彼女を動けないように牽制する。飄々としていながら狡猾なのをオレは知っている。オケアノスの海でオレは彼を見たのだから。

 

 だから任せた。敵で力を知っているからこそ、任せられると思ったから。だから、こっちはエジソンに集中できる。

 カルナをノッブと書文さん、マシュ、ラーマ、シータ、ロビン、エリちゃんに任せこちらはエジソンに相対する。

 

「行くよ、ナイチンゲール」

「はい、いつでもマスター」

 

 初めて心が通った気がした――。

 

「ええい、なぜだ。なぜわからんのだ!」

「エジソン、あなたの言っていることは正しいとオレは思う。けれど、オレはアメリカだけじゃない。世界を救うんだ。それにオレは英雄を信じてる。英霊ってやつに憧れてる。サーヴァントたちを尊敬してる。

 オレは彼らにはなれないけれど、君たちの力を知っている。オレは弱い人間だから――だから、エジソン、あなたがそんな状態なのを見過ごしたくはないんだ!!」

 

 直流の輝きが煌き、雷電が飛翔する。白びく雷光に目がくらみそうになる。あれこそが彼の輝き。発明王エジソンがその生涯において為した偉大な功績。

 遍く雷電を人々に広めた。だからこそ雷電が猛る。直流こそがナンバーワンと信じて疑わぬ獅子の咆哮が雷電となって大気を焼き尽くすのだ。

 

「これより、ますたぁを援護します。行きますよ、淫乱ピンク」

「いっくよー!!」

 

 竜と変じた清姫とヒポグリフにのり突撃する。

 

「ぐ、おおおぉおお」

 

 エジソンのクラスはキャスターだ。彼は戦う者ではない。いかに雷電が優れていようとも、戦う者でないのならば勝機はこちらにある。

 突撃を雷電が防いでいる隙にナイチンゲールは疾走する。固めた拳は硬く、一直線に向かい殴りつける。鈍音が響き獅子が床に打ち付けられる。

 

「おお……おおおお!! ――まだだ」

 

 だが、彼は立ち上がる。

 

「私は、敗北しない! 私は屈さない!」

 

 ここで屈してしまえば、彼を信じてついてきてくれた全ての民の思いを踏みにじることになる。それはできなかった。

 それだけはしていけなかった。敗北はしてはならない。必ずや勝利する。それこそが、大統王だ。アメリカの全てを背負い、アメリカを救う者、それこそが大統王なのだ。

 

「いいえ、貴方は敗北します。マスターの手によって」

「なにを! 私は戦士ではない。だから、及ばないというのであれば! この身を科学に捧げるまで!」

 

 ――雷音強化(ブーステッド)

 

 超人薬をエジソンが取り出して飲もうとする。それは確実に彼を滅びに向かわせる。それが直感的にわかった。

 

「馬鹿、野郎!!」

 

 気が付けばオレは走り込んでいた。左の拳を握る。ドクターに新しく送ってもらった義腕。

 機械の左腕。左腕を伸ばす。伸ばすのは右腕ではない。伸ばしたのは右腕ではない。機械の左腕。

 

 ――その機能を、解放する。

 

 弾丸の激発が音となる。それは古き良き火薬の音色だ。

 伸ばした左腕が加速する。

 二度の激発でさらに加速する。生じる激発の痛みは歯を食いしばって耐える。一発で良い、殴らなければと思った。

 

「――――ごぁ」

 

 三度目の激発によってエジソンの顔面を殴りつけるに至る。それは大したダメージにはならないだろうが、その手の薬を落とすことには十分だった。

 そして、四度目だ。ダ・ヴィンチちゃんが作ったこの義腕は多少の神秘を内包しているらしい。ゆえに、エジソンを押し倒すくらいはできる。

 

「な――」

 

 人間に倒されたのが驚きなのだろう。驚愕の表情のまま、ぽかんと尻餅をつくエジソン。

 

「ここまでですミスタ・エジソン」

 

 そして、告げられる終了の言葉。

 

「――はっ!? ま、待て、まだだ! ここで踏みとどまらなくて、誰が、この国を守るのだ!!」

「守る、ですか。その割には随分と非合理的な戦いぶりですね」

 

 ナイチンゲールの言葉がエジソンに突き刺さる。それは先ほどの拳よりも強く響く。

 

「な、に……? 今……今、私を非合理だと言ったのか?」

「ええ、非合理です。先ほどマスターがやったのと同じように」

「さき、ほど……」

「ええ、貴方がやっているのは先ほどのマスターがやったことと同じことです」

 

 そうだ。彼は非合理だ。ケルトは死ぬまで、戦いに明け暮れた怪物である。この時代の人間はスタート地点からして引き離されている。

 それは、先ほどのエジソンとオレの特攻にも言えた。人間に英霊は倒せない。先ほどのように一撃を与えることくらいはできるだろう。

 

 しかし、ダメージはない。いくらやっても意味はないことは明白だ。エジソンはなぜならば尻餅をついただけでダメージなど一切負っていないのだから。

 驚愕から醒めて、攻撃をすればその時点でオレは死ぬ。考えただけで震えるが、必要なことだった。なぜならば、それは今の現状と同じだからだ。

 

絶対に勝てない相手(・・・・・・・・・)()絶対に勝てない方法で(・・・・・・・・・・)戦っている(・・・・・)

「な…………!?」

 

 その現状をエジソンに示すために行ったことだった。

 




今回はカルナ戦をぱぱっとやってエジソン戦まで。
またぐだが無茶してますが、ナイチンゲールが治療を円滑にするためにやらせました。
きっと後で震えて倒れることでしょうがそろそろナイチンゲールのターン。マスターの精神治療もしっかりやってくれますよ、たぶん。

バーサーカーなのが不安だけどネ……。
あとなんかぐだ男が男前に見えるけど、これ上げてるだけネ。五章のあとに何が待っているのか、思い出すが良い(愉悦)。

それにしても、水着イベ楽しいです。みるみるうちに林檎が減っていきます。あれほどあったリンゴは何処へ。
それから、鎖ください。なに、あのアンメア(弓)の要求量。こんなの絶対おかしいよ……。

てか、アン可愛くないですか? なにあれ、シャワーサンドイッチが良い文明すぎるんじゃが。ライダーアンメア持ってないからいろいろとわからなかったんですが、めちゃくちゃこいつら可愛いです。
私はアン派なので、当たって良かったと今は思っています。宝具レベル4になったしね……。

え、きよひー? はは、届かないから美しいのさ――(泣)
ランサーの配布はよ、お願い運営。単体ランサーの配布は、まだか――。

さて、周回に戻ろう。既に三周終わったので、島を理想の状態にしたからあとは交換アイテムの為の素材集めと羽根と宝玉を集めるんじゃー。
今回もいいイベだ。楽しい。
ではまた。

地味にIFでエレナとのいちゃいちゃ書いてるんで読んでない方は良ければ読んでみてネ。
そして、感想とかもらえると嬉しいです。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 18

 トーマス・アルバ・エジソン。それが彼の名前だ。彼は、まぎれもない英雄だ。人々に光をもたらした英雄だ。彼は、天才がもたらしたものを広く普及させる天才だった。

 彼の偉業は、彼の発明は、神代の時代から見ればちっぽけなものだろう。だが、歴史を視るが良い。焼けた人類史を紐解いてみるが良い。

 

 彼のおかげで人類はどうなった。光を手にしたのだ。枯れない光を手にしたのだ。遍く世界を照らす雷電の光が全世界に広がったのだ。

 それだけではない。彼は、大量に生産した。より安価でよいものを作った。新しき時代を確かに彼は牽引したと言えるのだ。

 

 だからこそ彼は病に浮かされている。大量に生産する。より安価で良いものを作る。それがトーマス・エジソンの天才性であり英雄としての本質。

 それに拘ってしまったのだ。その仕組みにおいて彼は紛れもない天才であったがゆえに。大量生産という大量に何かを生み出すということに関してはまさに天才であったがゆえに。

 

 その美学があったがゆえに、ケルトを相手にして勝てぬと知りながら彼は同じ土俵で戦おうとした。これが非合理的でなくて何だというのだ。

 それは人間が英霊に挑むのと同じことだ。非合理的だ。マスターが死ねば全てが終わるというのに前線に出て戦う。それは非合理的だろう。

 

 それはエジソンもまた理解できることだった。見せられてしまったがゆえにそれが非合理的であることがわかってしまった。

 それをエジソンは否定できない。ナイチンゲールが粛々と告げていく言葉の数々を否定できないのだ。自らのホームグラウンドで戦うこと自体を敗北と知りながら、戦っていた。それを否定できない。

 

「確かに、私は、生産力に拘っていた。資源も尽きるというのに、最終的には勝つから良いのだ! などと……」

「まったくです。生産力だけで勝ってどうするのです。そ、し、て! 何より最大の過ちが貴方自身の肉体です。エジソンが獅子の頭を持っていた記録など存在しません。ましてや、これほどまでに強大な力を持っていたわけがない」

 

 そう彼はおかしいのだ。獅子の頭もそうだが、何よりその肉体だ。戦士ではないためいろいろと及ばぬ部分もあるが、それでも発明家の肉体ではない。

 であるならば、何か別の力がある。エジソンを王たらしめようとする何かが。

 

「あの、それは聖杯では?」

 

 マシュがそういう。

 

「いいえ、違います。聖杯は願いを叶えるものであって、願いを生み出すものではないのです。道具は願いを生み出しません。願いを生み出すものは、常に人なのです」

 

 ならばこそ、何かに与えられたはずなのだ。その力を。いや、王であれという欲望(ユメ)を。ならば、それは誰だ。

 

「誰なのです。貴方にそのような病原菌(もの)を植え付けたのは」

「…………それは簡単だよ女史。このアメリカという国の王だ。過去、現在、未来に至り、この国家に君臨するであろう者たち。君臨した者たち。君臨している者たち。

 そうだ、この合衆国を率いるただ一人の者――大統領だ」

 

 彼らは合理的に判断した。ただの大統領たちが全てサーヴァントとして召喚されたとしてもケルトには敗北する。

 だからこそ、一人に力を集積すれば良いと考えた。大統領ではなく、世界的に知名度を誇る英雄に。彼らは託したのだ。アメリカという未来を。

 

「――このトーマス。エジソンに!!」

「それは、つまり、大統領という座についた者たちの思念あるいは怨念と呼ぶべきものが憑依していたということか!!?」

 

 ドクターの言う通りだとナイチンゲールは言った。

 

「それは病です。我々にはアメリカだけではない。この世界を癒さなければ、救わなければならない使命(オーダー)がある」

 

 イ・プルーリバス・ウナム。

 多数の民族から成立した国家。

 なればこそ、その国家に住む者はあらゆる国家の子供たちだ。だからこそ、救わなければならないのだ。救わなければ嘘だ。

 

「貴方がたには救う義務がある。世界を救う、義務があるのです。そこから目をそらし、自国だけを救おうとするからエジソンは苦しむのです」

 

 ――そして、そんなだから――同じ発明家としてニコラ・テスラに敗北したのだ。

 

 そう彼女は言った。その言葉が何よりも彼を強く穿った。ゲイ・ボルクと同じほどの威力だったのだろう。倒れてぴくぴくと痙攣するほどに。

 

「あーあー、言っちゃった……」

「少しは手加減してほしかったな……」

 

 エレナはそう言いつつもどこかすっきりしたという顔だった。少なくともこれでエジソンは正気に戻るのだから。まったく苦労させられる。彼女はそう言っているようだった。

 

「さあ、答えなさいトーマス・エジソン。貴方は、どうしたいのですか」

「……ぐ……む……そうだな。認めよう。フローレンス・ナイチンゲール。私は歴代の(キング)たちから力を託され、合理的に勝利できないという事実を導き出し……自らを、道をちょっとだけ踏み間違えた……愚かな思考の迷路を、彷徨っていたようだ……」

「……ちょっとだけ……ちょっとだけ、ですか。まあいいでしょう。病を癒すには、病であることを認めることから始めます。迷ったとしてもかまいません。貴方はいま、スタート地点に戻ってきたのですから」

「そうか……ここまで市民たちに犠牲をしいておきながらやっとスタート地点とは」

「それでいいじゃないか」

「…………」

 

 オレはそういう。それでいいじゃないかと。別に市民たちの犠牲がそれでいいということではない。そういうことを言うようなオレではないとみんなが信じてくれているから何も言わない。

 だからオレは言葉をつづける。こんなオレが言う台詞ではないかもしれないけれど、それでも言う。

 

「迷って、迷って、スタート地点に戻ってきた。それはまだやり直せるってことだ。犠牲になった人たちの為にも、エジソンはやり直さないと。またはじめからやれば良い。何度だって立ち上がって、諦めないで前に進めばいい。エジソンはそんな場所に戻ってきたんだ。だから、きっと犠牲になった人たちにも意味があった。いいや、意味を与えるんだ。誰もが犠牲になんてなりたくなかったはず。だから、その犠牲になった人たちの為にも、エジソンは諦めたらいけないんだよ」

「――しかし、私は、何をすればいいのか」

「エジソン……本当にわからないの?」

「ブラヴァツキー……君には、わかるというのか?」

 

 エレナさんは笑みを作る。

 

「ええ。簡単なことよ? 彼が言った通りのことをすれば良いの。だって、あなたは三千回駄目なら、三千一回目に挑戦する。何度失敗してもへこたれず、周りにさんざん苦労を強いて、自分だけはちゃっかり立ち上がる。それがあなたでしょう? トーマス・アルバ・エジソン」

「…………」

「まだわからない? あなたの長所って、今言ったところでしょう? そういう才能だったはずでしょう?」

「いや、正直、おだてられているようにも、けなされているようにも聞こえるが……ありがとう。キミはやはり私の友人だ。最終的に上回れば良い……それが私の人生(けつろん)だったな。久しく忘れていた……。

 キミもだ、異邦より来たマスター。ありがとう。君の拳がなければ私は、私がやっていることにも気が付けなかっただろう。いいや、気が付きたくないといつまでも滅ぶまで思っていたはずだ」

 

 だが、それもここまで。こうしてエジソンは正気(じぶん)を取り戻した。

 

「しかし……私は負け猫だ。臆病者だ。告訴王だ。もう一度、この国を導くなどとても――」

「それは違う」

 

 カルナの声が響く。

 

「間違えるなエジソン。おまえは道に迷ったが、おまえが目指していた場所は正しいのだ」

 

 名も知らぬ者を救うこと。

 闇の世界を光で照らすこと。

 

 それらは自信をもって良いことなのだ。カルナが断言する。それは間違いなのではない。正しいことなのだと断言する。

 どれほど負い目があろうとも、屈折した自己嫌悪があり、時に小心から悪事をなすことがあるとしても。

 

「おまえの発明は、あらゆる人間を救ってきた」

 

 何かを打倒することでしか救えなかった英雄と違って――。

 

 最終的にトーマス・アルバ・エジソンは世界を照らす光になったのだ。

 

「その希望を、その成果を糧に立ち上がれ。現状は最悪だが、終わったわけではないだろう?」

 

 そう、終わっていないのだ。

 

「カルナ、君――」

「だから目を覚ませ。偉大なる発明の王よ。その頭脳にはまだ、多くの資源が眠っている」

 

 その言葉にエジソンは胸を打たれた。

 

「……そうか。そうか……。発明などには程遠い、私たちの世界とはかけ離れた世界の君が、そういうのか」

「そうだとも」

「バベッジ卿!?」

 

 現れる機関の鎧。チャールズ・バベッジがそこにいた。変わらぬ浪漫溢れたかっこいい姿で玉座の間に現れる。各地に散っていたサーヴァントたちが集結していた。

 途中からいなくなっていたブーディカとダビデが連れてきたようだった。

 

「バベッジ君」

「エジソン卿。破産するまでは負けていない。であれば、君のやるべきことは決まっているのではないかな?」

「――そう、であればッ!! 大統王は死なぬ! 何度でも立ち上がらねば!」

 

 エジソンは立ち上がった。繁栄の世界の夢はここに復活を告げる。

 

「ブラヴァツキー嬢、カルナ君、すまなかった、迷惑をかけた!」

「いいのよ、友達でしょ」

「……そうだな。さしでがましいが、友人だな、ここまでくると」

「――ふ。私はいつも、いい友人に恵まれる。こればかりはあのすっとんきょうも及ぶまい。私だけの財産というワケか」

 

 それからエジソンはオレに向き直る。

 

「改めて謝罪し、感謝する。君の助けにとなるサーヴァント諸君もだ。正直、私にはまだ思いつかない。世界を救う方法も、ケルト(かれら)を倒す方法も。だが――」

「ああ、一緒に考えよう」

 

 これから始めるのだ。世界を救うために何をするべきなのかを考えて世界を救うのだ。死んでいった仲間たちの為にも。

 犠牲になった全ての人たちの為にも。そして、囚われている兄貴を救うためにも。考えて、考えて、考えて。必ずや世界を救う。

 

「ありがたい。そして頼もしい。そうだ。私はたいへんな忘れ物をしていた。大統領の傍らには常に副大統領がいるものだ。時に、大統領自身よりも有能な、ね」

「エジソン氏……では!」

「うむ。私はトーマス・アルバ・エジソン。アメリカの繁栄、その礎を担った一因。であれば、今度こそ――世界を救う大発明を成し遂げたい! 無論、君のサーヴァントとして、だ! マスター!!」

「もちろん、喜んで――」

 

 エジソンの言葉を聞いて、ようやくここまで来たと思った。それで安心したら気が抜けたのか。

 

「先輩!?」

「ますたぁ!」

「ああ、大丈夫。安心したら思わず」

 

 思わずがくりと倒れそうになってしまった。すぐに清姫が支えてくれたから大丈夫だけど。

 

「うむ。本当、迷惑をかけ続けて済まない。だが、これから私の全てを君に捧げる。我がマスター。必ずや世界を救おう」

「ああ――」

 

 それからこれからのことを考えるために会議をすることになったが、これまでの長旅もあるので一時休憩することになった。

 今度はきちんとした部屋に案内される。ゆっくりと少しでも休もうとしていると――。

 

「あの、どうしてここに?」

 

 ナイチンゲールさんが付いてきていた。部屋に入るなり鍵を閉められる。

 

「あの?」

「治療です」

「はい?」

「治療です」

「いやオレは――」

 

 そのまま強引にベッドに座らされた。彼女と目が合う。

 

「我慢せずに怖いなら泣きなさい。恐ろしいなら震えなさい。我慢は身体の毒です。何よりも害悪です。さあ」

「むがっ――」

 

 強制的にその豊満な胸に顔が押し付けられる。

 

「よく頑張りましたと褒めるとでもお思いですか。違います。何を焦っているのです」

「いや、焦ってなんか――」

「いいえ、焦っています。私が二番目に嫌いなものを覚えていますか?」

「治る気のない、患者……」

「貴方は治る気のない患者ですか?」

 

 ――…………。

 

 今更になって身体が震える。涙が流れ出す。恐ろしかった、怖かった。書文さんにロビンと一緒に突っ込んでいったのも。エジソンに殴りかかったことも怖かったし、恐ろしかった。

 でも、世界を救うためだとやった。それは、確かに彼女の言う通り焦っていたのかもしれないと振り返って思う。

 

「貴方は確かに世界を救わなければなりません。プレッシャーは相当でしょう。焦ることもありますが、ずっと貴方を見てきました。何を焦っているのです」

「……式とジキル博士、みんな、みんな死んだんだ。だから、オレは必ずこの特異点を修正して世界を救わないとって……」

「……仲間が死ぬことは辛いです。悲しいことです。戦場では常にその危険があります。しかし、貴方がやっていることは、貴方の仲間にも同じ思いをさせるかもしれないことです。考えてください。貴方が危険を冒し、もし死んでしまったらどうなりますか」

「それは……」

 

 世界が救えなくなるだけじゃないだろう。そういう答えを彼女は望んでいない。彼女が求めているのはもっと単純な答えだ。

 初めに浮かんだのはマシュの泣き顔だった。次に浮かんだのは清姫の泣き顔。オレの死を悲しむみんなの顔。

 

 みんなが死ねば悲しいように。オレが死ぬとみんなが悲しい。いいや、オレが危険を犯せば犯すほど。自分を大切にしないほどみんなは悲しむのだ。

 

「わかりましたか。わかったのならば、落ち着くことです。焦っても良い結果、良い治療はできません。良い治療をして患者を癒すにはまず私たちが落ち着かなければならないのです。そうして初めて良い治療ができるのです。焦っても何も良いことなどありません。逸る気持ちはわかりますが、まずは深呼吸を。そしてまっすぐに向き合うのです。焦らずに一歩ずつ積み上げましょう。そうすればきっと救えます。いいえ、きっと、ではありません。絶対に救えます」

 

 彼女の言葉は強く殴りつけるように響いてくる。絶対に救うという意志がそうさせる。まさしく鋼の聖女。()は何度彼女に救われるのだろうか。

 

「……ごめん」

 

 彼女の言葉に、それから泣いて汚れた彼女の服を想っての言葉だった。

 

「何を謝るのです。痛ければなく、苦しければ泣く、怖ければ泣く。患者の常です。それでなぜ、謝られるのです」

 

 けれど彼女はその言葉を受け取らない。

 

「……でも」

「そういう時は、ありがとうと、言ってください。その言葉を聞くことが私たちにとっては何よりも素晴らしい報酬なのですから」

「わかった、ありがとうナイチンゲール」

「はい、こちらこそありがとうマスター」

 

 救われてくれて、ありがとう。彼女はそういうのだ。

 

「さあ、行きましょう。世界を救うために」

「ああ、世界を救うためにみんなで考えよう」

 

 世界を救うための会議が始まる――。

 




世界を救うという言葉に拘るとヤバイ。
焦って自分を危険にさらし始めたマスターの異変をきちんと婦長は見抜くわけでして。
そこらへんにずばずば切り込んでいけるのも婦長でしょう。

さて、エジソンも正気に戻り、サーヴァントたちも集結した。
ここから最終決戦まで一気に行きますとも――。

水着イベ、とりあえず自然回復に以降。休みだからってやりまくってしまった。林檎がない。林檎をくれ、林檎、林檎――。
とか林檎中毒になりかけておりますが、それはさておき、アンメアが可愛すぎて辛い。
なにあの絆台詞。2までしかまだ聞けてないんですけど、ものすごい、デレデレが透けて見えて可愛いんですが。

嫁パーティーがこれで完成かな。きよひーが来れば、きよひーが入ったんじゃが、来てくれないのは縁がないということ。届かぬから美しいということで、届いた縁を大事にしたいので我が嫁パはこんな感じ。
エレナママ、沖田さん、キャット、アンメア、マシュ。

相性はほどほど。アンメアの男性のスター発生率アップが使えないけど沖田さんで星出せばいいだけだし。それがなくともバフは強いから行ける。単体と全体宝具のバランスも良いしキャットとかはマシュで守れば問題なし。

あとはアンに星を貢パも作るためにイモータルでカオスなブリゲイドさんを育てないとな。

それからフレンドのみなさん、お願いだからサポートの礼装をイベント仕様にしてくだせぇ。
あと槍王とか、乳上持っている人はサポート設定してくださせぇ。鉄が、鉄が集まらんのじゃぁ。
鉄だけは礼装がないんじゃぁ。
お願いします!



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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 19

「さて、全員集まったな! では、始めよう! 世界を救うための会議を!!」

「はい! 先生! はい!」

「うむ、エリザベート君。何かな?」

「攻め込んで殴るのよ、それしかないわ!」

 

 エリザベートの案は単純明快。攻め込んで殴り倒す。実に脳筋な作戦だった。確かに最も早いもののそれは最も困難だ。

 攻め込んで殴らなければどうしようもないのはわかっているのだが、普通に攻めては意味がない。それが可能なら暗殺が成功している。

 

 ロビンからもたらされた情報からあちらにはクー・フーリン、メイヴ、アルジュナがいるのだ。こちらもアルジュナに匹敵するカルナがいるが、それだけで勝てるほど甘くない。

 ゆえに。

 

「超却下!! である」

「なんでよ――!!」

「ともかく状況を把握のために改めて地図をみるとしよう」

 

 ケルトは北米大陸の東半分を占領している。最終的なエジソンの予想では南北の二つのルートから攻め入るだろう。現状はそうするための布石をしいている段階。

 どちらかに穴が開き、押し負ける。この戦争の敗北条件は、一定以上の領土が占有されること。攻めるにしろ、これ以上の領土が食われることは避けなければならない。

 その話を聞いて、

 

「そうか、では……応急処置として兵力を増やし、前線を押し返した私の行いは……」

「結果的にこの国を救っていたということですね。患者の体力は減る一方でしたが、心臓は守り抜いた」

「うむ……うむ!」

「だが、それが限界であったな。前線はわずかに押し返したが、膠着状態だ。カルデアが来なければいつかは押し込まれていたことだろう」

「そうだな。マスターには感謝してもしきれん。信長たちを置いて行ってくれなければ、もっと状況はひっ迫していただろう」

「でもそれも長くない」

「そうね。マスターの言う通り」

 

 あちらの戦力は何度も言うが女王メイヴ、クー・フーリン、ベオウルフ、アルジュナ。数は少ないが、世界有数の英雄たちであることに間違いはない。

 そんなエレナの説明を聞きながらオレは考えに没頭する。

 

 少なくともサーヴァント個人個人の力はほとんど互角だろう。数も多いし勝っている部分が多いと言えるだろう。だが、クー・フーリンは強大な相手だ。

 また、ベオウルフを相手にするのはサンタさんとエリちゃんを除いた方が良い。竜殺しに竜の因子を持つ二人をぶつけるのは愚策だ。

 

 さらにあちらには数がそろえばサーヴァントに匹敵、あるいは圧倒すら可能とするケルトの戦士たちがいる。連続で攻められ続ければ疲弊し倒されるとはヘクトールとレオニダス、アストルフォの言葉だ。

 彼らはそのおかげで討ち取られそうになったのだから。それだけでなくモンスターやシャドウサーヴァントやらまでやってくる。

 

 こちらの戦力としてはエジソン大統王の旗下である機械化歩兵とエレナ、カルナ。野良のサーヴァントだったヘクトール、レオニダス、アストルフォ、書文さん、バベッジ卿。レジスタンスだったロビン。独立病院のナイチンゲール。ラーマとシータ夫妻。

 それからカルデアのオレ、マシュ、清姫、ブーディカ、ノッブ、サンタさん、ダビデ、エリちゃん。それからスカサハ師匠も数としては数えていいだろう。

 

 数はこちらが上。無限増殖は魔力が続く限りサーヴァントとも戦えるヘルタースケルターをバベッジ卿が生み出し続ければ何とかなるだろう。バベッジ卿は後方でヘルタースケルターを生み出し続けてもらうのが一番か。

 ケルト兵たちなら何も問題は要らないと考えればバベッジ卿の参戦は僥倖といえる。こちらはサーヴァントの相手を考えればいい。

 

 アルジュナにはカルナをぶつけるべきだろう。伝承からすればこの二人をぶつける以外にはラーマをぶつけるくらいだ。シータもいるからそこは問題にはならない。

 だが、できることならクー・フーリンの相手にラーマをぶつけたい。こちらの最大戦力は間違いなく彼だからだ。そう考えるとベオウルフには書文先生をぶつけるのが良いか。

 

 エジソンは否定したが存外正面から戦うことが可能な戦力がそろっている。何よりケルト兵を気にしなくてよいのであれば、サーヴァントの数で押すこともできるだろう。

 

「――であれば、やはり暗殺でしょうか」

 

 会議の話を聞くと暗殺が良いかもしれないとマシュが提案したようだ。しかし、それもスカサハ師匠が否定する。それにはオレも同意見だ。

 一度失敗したのならもう暗殺は不可能だ。やはりここは正面から戦うしかない。

 

「マスター……マスター!」

「ん、ああ、ごめん、なに?」

「深く考え込んでいたようだが、何か浮かんだかね?」

「やっぱり正面から挑むしかないと思う。暗殺は不可能なら正面から行くしかないしバベッジ卿のおかげでこちらも希望が見えたからね。ここには複数のサーヴァントがいる。なら、二つに分けよう。それだけ戦力はあるはず。一方は陽動で、膠着状態を維持しつつ本命はまっすぐに突破して王をとる」

 

 その意見にうなずくのはサンタさん、ラーマ、スカサハ師匠など人の上に立つ者や軍の指揮をしたことのある者たちだ。

 良かった、オレの意見、間違いじゃなかったようで。

 

「そうだ。今、ここにはサーヴァントが複数存在する。私を含めて相手に拮抗し得る強力なサーヴァントもな。しかし、二軍が拮抗では圧し負ける。かといって一軍に戦力が集中すれば、残り一軍が崩壊し、アメリカが占領される。あらゆるバランスを考慮して南北両軍の編成を決めねばならない。さて、どうするか」

「なんだ、それなら簡単じゃない!」

「む?」

「ほら、そこの子イヌ! 提案したんだから、アンタが組み合わせを決めなさい」

「自分が? いいの?」

「当然よ、フランスでもローマでも、他にも戦ったじゃない。アンタは世界で一番、サーヴァントを知っているマスター。アンタが選ぶんなら(アタシ)は信用できるもの!」

 

 そんな大役をオレなんかでいいのかと思った。だが、

 

「あら、エリエリにしては一理あるわね」

「アンタ、そのエリエリ言うのやめなさいよ!?」

「エリザベートの言う通りだ。余もマスターが編成するならば、それで良いと思える」

「私もラーマ様と同じです」

 

 誰からも異議は出ない。

 

「わかった……時間をくれ」

「構わんとも。明日までにサーヴァントたちの編成を考えておけ。その間にエジソンとバベッジは最終決戦に向けて軍備を整えるのだ」

「そうしよう。通信起動! 直ちに全軍へ告知せよ!」

 

 あまりの責任に倒れそうだし、吐きそうだ。

 

「先輩、責任重大ですが、どうかよろしくお願いします」

「ますたぁ、どうか無理はなさらず、大丈夫です。ますたぁ、どんな編成でも文句は言いません」

 

 そうして会議は終わった。それから部屋で考える。気が付けばすっかりと夜になっていた。

 

「ふぅ、少し気分転換に散歩でもするか」

 

 城塞の中を歩く。すっかりと静まり返った城塞の中ではあるが、外では今も誰かが動き回っている音が聞こえている。

 

「――おや」

「ナイチンゲール……」

「どうかなさいましたか。このような夜更けに散歩とは」

「気分転換に」

「では、これも何かの縁。お付き合いしましょう」

 

 ナイチンゲールとともに夜を歩く。決戦の前とは思えないほどに穏やかな夜だった。いいや、決戦の夜だからかもしれない。見えないところではきっと誰もが忙しく動いているのだろう。

 

「……マスター。エジソンの病は癒されました。アメリカの大統領(おう)という重責を軽減できた。あるいは歴代大統領の妄執が憑依されていたのかもしれません。予後不良の恐れがあるので、引き続き観察していかなければ……」

「なら、残る病は一つだけだね」

「はい。それで世界が癒されると良いのですが」

「頑張るよ」

「……貴方に重圧をかけているわけではありませんので、そこは勘違いしないでください。貴方はすぐに期待や重圧を受けると逃げようとする前に無理してでも頑張ろうとする。世界の崩壊を止める責務をただ一人に負わせるなど、本来は正気の沙汰ではないのです」

 

 ――知っているよ、ナイチンゲール。

 

 オレは内心でナイチンゲールに告げる。その正気の沙汰でない行為の結末をオレは知っている。その重さをその狂気をオレは知っている。

 絶望的な所業に心をひび割れさせながら、血を流しながら這いずるように進んで、その果てに絶望に押しつぶされたあの地獄を、オレは知っている。

 

 一度壊れたからこそ、わかる。今のオレはきっと壊れているのかもしれないし、狂っているのかもしれない。

 

「――いいえ」

 

 そう思ったオレを彼女は否定する。

 

「狂っていなければ耐えられないのは確かです。かつての私のように。しかし、貴方はそうではない。そうではないのです。貴方は正気です。正常です。怖ければ震え、辛ければ涙を流す正常な、人間です。貴方は壊れていません、狂ってなどいません」

「――うん、わかってる。大丈夫だよ、ナイチンゲール。オレは、ね、貴方と相棒に勇気をもらったんだ。どうすればいいのかを教えてもらったんだ。人間とはどういうものかって教えてもらったんだ」

 

 インバネスを触りながら思う。

 

「重たいよ。世界を救うなんて重責オレ一人には重たすぎる。でも、一人じゃない。支えてくれる仲間たちがいる」

 

 マシュや清姫たちサーヴァントが。

 

「サポートしてくれる。一緒に世界を救おうとしてくれる人たちがいる」

 

 ドクターやカルデアの職員の人たちが。

 

「オレにはいる。それに答えはもうもらってる。だから、大丈夫だよナイチンゲール。オレは人間だ。弱くて、怖がりで、ちょっと世界を救おうとしているだけのただの人間だよ。

 だから、最後まで歩いて行ける」

 

 たとえ血を流そうとも。涙を流しながらでも。

 

 ――だって、いつかオレは世界を救うのだと言ってくれたあいつの言葉が今も胸にある。

 

 ――今、貴方は人間だと言ってくれたナイチンゲールの言葉が胸にある。

 

 ――みんなの言葉がオレの中に息づいている。

 

 それは一度壊れなければ気が付けなかったことで、壊れたオレを繋ぎ止めて、治してくれたもの。だから、オレは前に進める。

 

「……ですが、無理は禁物です。人間は無理ができるようにできているのではないのですから、くれぐれも無理はしないように。三食きちんと取り、睡眠はしっかりと六時間以上。殺菌消毒を徹底してください。良いですね」

「はは。わかってるよ」

「――それから、私は貴方を信用しています。かつて、わからずやの陸軍を相手に戦った同胞たちのように。努力は必要ですが無理はしないで。重荷は背負わずに。貴方が間違えずとも託された我々が失敗することもあります。貴方が間違えても、我々が必ずや成功させます」

 

 どんなに盤石の体制を整えても、兵士は死に、病人は発生する。

 

「だから、気楽に決めてもいいのです。気楽に、誠実に――であれば、私たちはきっと大丈夫。さあ、戻りましょう。夜風を浴びて身体を冷やすものではありませんから」

「ありがとう、ナイチンゲール」

 

 ナイチンゲールとともに部屋に戻り部屋の前で別れて、椅子に座り机に向かう。

 

「さて、気楽に、か……」

 

 まずは第一軍。相手の足止め。膠着状態を維持しながら本命が王を倒すまでの時間稼ぎを行うサーヴァントたち。

 おそらく王と女王は最後までうごかない。軍を動かす王とはそういうものだ。それにそういう予感がするのだ。それはきっと僅かに残ったクー・フーリンとのパスを通じて感じられた予感なのだろう。

 

 だから考える。王と女王にぶつけるサーヴァントはラーマとスカサハ師匠だ。必然この二人は本命の軍になる。あとは個人的にラーマとシータを別れさせたくないからシータも本命の南軍に。

 ならばどちらにどちらが来るかということ。アルジュナとベオウルフ。この二人は南北に分かれるだろう。それを知るすべは。

 

「いや、アルジュナは、おそらくカルナのところに来る」

 

 編成を考えるために部屋に戻る前にカルナに言われたのだ。おそらくアルジュナはこちらに来るだろうと。であれば、アルジュナはカルナに任せる。そして、カルナにいる場所にアルジュナが来る。

 アルジュナは北軍に行かせるわけにはいかない。あちらはつぶれてはいけないのだから、強い方はこちらで引き受ける。ならばカルナは南軍。

 

 北軍には、エジソン、エレナは確定だ。オレは本命の南軍についていくことになる。だから指揮官を北軍にもつけなければならない。エジソンは大統王だから問題ない。エレナはそのサポートだ。

 あとは、ベオウルフの相手に書文さん、レオニダス、ノッブ、サンタさん、エリちゃんにロビン。軍を相手にできるサーヴァントたちをあちらに送る。

 

 最終的に、南軍が、カルナ、スカサハ師匠、ラーマ、シータ、マシュ、清姫、ブーディカ、ダビデ、アストルフォ、ナイチンゲールにオレ。

 北軍が、エジソン、エレナ、書文さん、レオニダス、ノッブ、サンタさん、エリちゃんにロビン、ヘクトール。

 そして後方にバベッジ卿を配置してヘルタースケルターを量産してもらう。

 

 そして、気が付けば朝になっていた――。

 




会議。今回は戦力十分。あとは編成のみ!
ナイチンゲールさんのアフターケア。
ぐだ男はまだまだ歩いていける!

ゲームに関しては、マスターミッションがイベント仕様でかなり楽でした。
さて、アンメアをマイルームで突っついていたら、完全に惚れました。ずっとアンメアのこと考えてる。

ちなみに、私はアン派です。腰つきがヤバイ。メアリーも好きですが年上のお姉さんスキーな私はアンの方が好み。
しかし、目的とは違うサーヴァントを召喚して触れあって惚れるパターン多いな私。

IFでまたアンとの触れあい書こうかな


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 20

「――では、病める英雄を治療に向かいましょう」

 

 病める英雄クー・フーリン。彼を取り戻し、世界を救う。そのための戦いへとこれから出発する。その前にスカサハが彼女の発言を聞いて苦笑する。

 ケルトの大英雄クー・フーリンですらナイチンゲールの前にはただの患者に過ぎないということにスカサハ師匠は苦笑していた。

 

「やれやれ。あやつも、おぬしの前ではただの患者にすぎぬか」

「師匠である貴女が気が付いていないとは思いませんでした」

「病気に関しては不得手でな。ここまで、神霊に近づくと病からは縁遠くなる。まっとうな意味での死などとうの昔に乗り越えてしまったよ」

「……不可解です。死を踏破した割には、浮かぬ表情ではありませんか?」

「それはそうさ。私は死を踏破したのではなく、単に乗り越えただけだ。死を超越したのではなくな。ただ生においていかれた亡霊にすぎん。そういうおぬしはどうだ? 亡霊、怨念という意味では私に近いと思うが?」

「私はただ、全盛期の姿で現世に戻っただけです。ならば、全力を尽くして治療するのみ。なぜならば、私が召喚されたという事実そのものが、この世界に看護が必要だということなのですから」

 

 会話を終えて二人はこちらにやってくる。オレはスカサハ師匠に軍の編成を話す。昨日寝る前に考えたもの。

 オレが最善と思った編成。これだけの数のサーヴァントがいるのであれば均等に振り分けることもできる。均等にしてクー・フーリンを倒せるのかということであるが、問題はない。

 

 ラーマとシータがいる。彼らは同一の英霊だ。ラーマという同一の英霊。力もまた同じ。彼らの力があればきっとクー・フーリンにも勝てる。いや、必ず勝つのだ。

 

「北軍がエジソン、ブラヴァツキー、書文、レオニダス、ノッブ、サンタさん、エリザベートにロビン、ヘクトール。

 南軍が、カルナ、ラーマ、シータ、マシュ、清姫、ブーディカ、ダビデ、アストルフォ、ナイチンゲール、マスターに私か。

 ふむ、南軍に力が集中しているように見えるが、その実、守りに強い英霊が北軍にそろっている。これならば持ちこたえることが可能だろう」

 

 スカサハ師匠のお墨付きに安堵する。気楽でいいと言われたが、やっぱりこういうものを他人に話すときは緊張する。

 

「ちょっと、子イヌ! (アタシ)もアイツを!」

 

 その方向で進めようとした時、エリちゃんが南軍が良いと言ってきた。彼女の意思は聞いていた。だからこそ、自分が北軍にいることが信じられないのだろう。

 

 マスターだからわかっているはず。だからこそ本命の南軍にいれてくれると思っていたのだろう。確かに、オレも最初はそう思った。

 

「頼む」

 

 オレは一言そう言う。

 エリちゃんはきっとクー・フーリンと戦いたがるだろうと思った。陛下の仇をうちたがると思った。だけど、それでも彼女には北軍にいてほしかった。

 

 彼女にならば任せられる。何より、誰かの為に必死になれる彼女が向こうにいてくれたのならきっとこっちも頑張れると思ったから。

 だから、エリちゃんは北軍にいれた。

 

「………………。わかったわよ。その代わり、セイバーを倒したクー・フーリン、仕留めなさい、必ず」

「約束するよ」

「ならいいわ。ここで、あのコマドリと一緒に戦ってあげる」

「誰が駒鳥だ、誰が。ま、こっちは任せておきな。軍勢相手の戦いならオレの下準備が役に立つ。徹底的にいやがらせさせてもらうさ」

 

 頼もしい限りだった。ゲリラ戦という英雄らしからぬ行為に特化した英雄。そんな彼が徹底的にやると言った。その言葉は何よりも信用できる言葉だった。

 

「ああ、目標は六割削減だ。それくらいできるだろうおぬしなら」

「サーヴァント率いるケルト戦士にかい? そりゃあ、いつもの倍働かないと厳しいねえ」

「あれ、倍でいいんだ」

「ああ、すごいぞマスター。森の隠者は、私の予想を上回ったぞ」

「げ、言葉尻とらえてこれかよ。フツーなら二倍でも無理なんだけどね……。ま、死ぬ気で働けば何とかなるかもだ。できる範囲で努力させていただきますよ」

 

 ロビンとエリちゃんは大丈夫そうだ。

 それならと、オレはエジソンとエレナのところに行く。心配というわけではなかったけれどやっぱり声をかけたいと思った。

 これできっと最後になるから。

 

「大丈夫?」

「あたしはね。あなたは?」

「まあ、大丈夫、かな」

「……努力はするわ。どんな仕事であれ手は抜かないのがあたしの主義よ」

「うむ。間違った道に進んでいたとはいえ、私の機械化歩兵が役立ちそうで何よりだ。バベッジ卿のヘルタースケルターもいる。北軍は責任をもって預からせてもらおう」

「頑張って」

 

 時間になりスカサハ師匠がみなに声をかける。

 

「――問題はないな? ではすぐに軍を進めるぞ。この規模で動くのだ。こちらの動きも向こうに察知されていよう。見立てでは、全軍激突はほぼ同時刻。三日後の夕暮れ時だ。北軍担当のサーヴァントは早々に出発するべし。不測の事態が起きないともかぎらん」

「そうだな。ではブラヴァツキー夫人、どうかよろしく」

「ええ、ミスタ・エジソン。あなたも気をつけなさいな」

「カルナ君!」

「どうしたエジソン?」

「いや、なに。言おう言おうと思って機会を逸していたのだ! 私のような者の懇願に応じてくれて感謝する! 君がいたから、ここまでやってこれた!」

「何、気にするなエジソン。武運を祈るぞ」

「ありがとうカルナ君。それではマスターよ!」

 

 それから改まった様子でオレの前にエジソンは立つ。しばしの沈黙。オレは彼の言葉を待つ。彼が何を言おうとしているのかわかっている。

 

「……君たちとの再会は叶わないだろう」

「……うん。わかってる」

 

 戦いが終われば即座にオレたちはカルデアに戻るだろう。再会することは不可能だ。だから、これが別れになる。

 だから別れの言葉を伝えるのだ。これが最後だから後悔がないように。

 

「……わずかな間だったが、君は本当に私に良くしてくれた」

「あなたは子供のあこがれだった。オレの憧れでもあった」

 

 彼のことを調べた時、オレはエジソンという英雄に憧れた。世界に光を与えた偉大な男。誰もが認める英雄ならざる英雄。

 彼は決して戦う者ではない。昔から伝わる英雄としての姿をしていない。英雄が持つべき武勇を誇っているわけでもない。

 

 だが、彼は確かに英雄なのだ。世界に光を与えたという偉大な功績。人類に多くの貢献を果たした正しき英雄。戦う力がないはずの発明家が大英雄たちと同じ次元()に奉られた。

 オレが目指すものはきっとそういうものだと思った。だから憧れた。力が弱くてもいい。聖剣や魔剣を持たなくても良い。

 

 ただ、世界を救う。それを為せばいい。ただ一人じゃなくとも、みんなで。それを為した男だから、オレはトーマス・エジソンに憧れた。

 

「はは。子供向けの伝記本ならば、私はさぞかし格好良かっただろう。無様を見せたというのに、そう言ってもらえるのなら光栄だとも。

 最後にして最も偉大になるであろうマスターよ。私は誓おう。その伝記に、君の憧れに負けぬよう。この任務を全うすると誓おう。ではおさらばだ、諸君!!」

 

 そう言って彼は馬に乗ってゆっくりと出発する。それを見送っているとロビンがやってきた。彼とも最後になる。

 最後に言葉を交わせることに感謝をする。ジェロニモやビリーとはゆっくりと最後の挨拶を交わすことができなかったから。

 

「そんじゃ、オレも行くわ。これで今生の別れだな」

「寂しくなるな」

「そういうな。ゲリラ活動なんてそんなもんさ。なに。お互い生きてりゃまた会える。顔を合わせるって意味じゃなくて、たとえば……一方が残した歌とか、手紙とか。そういうのに生きてりゃ出会えるって話でね。人間ってのは顔を合わせるだけが再会じゃないのさ」

「いいや、たぶん、またどこかで顔を合わせるさ。その時、オレのことを覚えているとは限らないけれど。だって、サーヴァントってそういうもんだろ?」

 

 いつ会えるかはわからないけれど縁は結んだ。ならばきっといつかで会える。そう信じていれば別れも辛くない。

 ――いや、辛くないというのはうそだ。けれど、いつか出会った時に笑えると思うのだ。

 

「はは、違いねぇ。――じゃあな。短い間だったが楽しかったぜ」

 

 そう言ってロビンも行く。一人、またひとりと死地へ向かっていく。

 

「それじゃ行ってくるわねマスター」

 

 エリちゃんもまた、同じく。

 

「ああ、行ってらっしゃいエリちゃん。帰ってきたら、そっちの話を聞かせてほしい」

「ええとびっきりの歌にして聞かせてあげるわ! だからセイバーの仇、頼んだわよ!」

「やれやれ、せっかく会えたのにまたマスターと離れ離れとはわしも忙しくてかなわんのう」

 

 それはノッブもだった。久しぶりに会ったというのにまた離れる。確かに忙しくてしかたないが、これも世界を救うためだ。

 それに――。

 

「信用してるからだよ」

「ふっ、それは悪くないのう。なにせ、わし部下に信用なんぞされておったのかわからんからの。なにせ、何度謀反されたことか。ま、それはいいじゃろ。わしがいないからって、ぐだぐだになるんでないぞ」

「わかっているよ」

「それじゃぁの、カルデアでまた会おうぞ!」

 

 馬を駆り戦場へと向かうノッブの姿は確かに覇道を志し突き進んだ織田信長の背中そのものだった。

 

「トナカイ。今からでも、そちらに行っても良いが」

「いや、北軍を頼むよ」

「そうか」

 

 サンタさん。アルトリア・ペンドラゴン。アーサー王。

 彼女の力は確かにクー・フーリンとの闘いにおいて必要なのかもしれない。いればとても心強いことに変わりはない。

 

 けれど、だからこそ彼女には北軍に行ってもらう。あちらには聖杯がある。そうなればおのずと出てくるものがある。

 魔神柱。サーヴァントを超えた力を持つソロモンの悪魔。複数のサーヴァントでかからなければ倒せないようなそれ。

 

 それはこちらに出るかもしれないし、あちらに出るかもしれない。だが、オレが敵であったのなら、女王メイヴであったのならばクー・フーリンの力を信用する。

 彼は強大な力を持っている。それはネロやジェロニモ、ビリー、ジキル博士が一瞬でやられたことからもわかっている。

 

 だからこそ、あえて北軍に魔神柱が出る可能性も捨てきれない。オレなら弱い方に出すからだ。そうすればおのずと決着はつく。

 

「だから、サンタさんにはそっちにいてほしい。何かあったとき、その聖剣でみんなを守れるように」

「ふん、いいだろう。貴様の直感はよく当たる。ここまで磨き上げたその直感を大事にすると良い。貴様が積み上げてきた確かな財産だ。貴様が生き残る上でそれはおそらく何よりも重要だろう。では行くが――死ぬなトナカイ。貴様が死んだら来年のクリスマスのトナカイがいなくなるからな」

 

 そう言ってソリに乗り聖剣をぶっぱして飛んで行った。相変わらず移動の方法がおかしい。

 

「大丈夫死なないよ」

「マスター……」

「ああ、レオニダスさん」

「ええ、短い間でしたがどうかご武運を。我らスパルタが必ずや時間を稼いで見せますぞ。なに、知っての通り少数での守りならば我らに勝るものなどありませぬ。どれほどの軍であろうとも我らスパルタは必ずや守り切って見せますぞ」

「ありがとう。期待してます」

「では――!」

 

 スパルタ王。レオニダスと彼が召喚する三百人の兵士。スパルタの偉大な戦士たちが命をとして再び戦う。それは心が震えるような光景だった。

 

「さて、オジサンも行こうかね」

「ヘクトール……」

「ああ、マスター。オジサンは湿っぽいのは嫌いでね。別に何も残すつもりもない。それに、マスターオジサンのこと苦手でしょ」

「いや……うん、ちょっとはね」

「はは。正直でいいねぇ。オジサン傷ついちゃったよ。――なんて、特異点の旅も五度目。そりゃいろいろあるわな。敵だった英霊が味方なんてのもざらだ。オジサンたちにしたらなんもないがね。マスターからしたらいろいろあるだろうよ。オジサンとか気にしないから好きに感情を向けてくれや」

「……ずるいな」

「はは、大人はズルいもんさ。だが、子供だからこそ理想を追えるってのもあるだろうよ。マスターは、どっちがいい?」

 

 考えときな――そう言ってヘクトールはさっそうと出発した。

 

「大人、子供、か……」

「そういうことを考えるうちは子供じゃな」

「書文さん」

「だが、子供だからこそ青臭い理想を語れるものだ。――ではマスター、儂も行こう。儂がベオウルフなる男を相手すれば良いのだな?」

「うん」

 

 竜殺しベオウルフ。彼がいなければできれば書文さん南軍に来てほしかったけれど、竜殺しに竜の因子を持つエリちゃんたちを戦わせたくはない。

 万が一なんてことになったら目も当てられないから。だから、こちらの戦力として単騎相手にめっぽう強い書文さんをぶつける。

 

「任された。――時に、スカサハ殿」

「うむ、約束だろう。覚えているとも。全てが終わった後、お互い生き残っていたら全力で戦うとしよう」

「重畳。では、生き残らねばな。マスターも息災でな」

 

 北軍が行く。これから死地へと向かって進軍していく。彼らの顔に恐怖はない。晴れ晴れとした顔で行く。必ずやオレたちがクー・フーリンを倒すと信じているから。

 

「オレたちも行こう――」

 

 ならばその期待に応えるまでだ。

 




最後の別れ。それは辛いものだが、サーヴァントとの別れは、次の再会の約束なのかもしれない。
いつか来る再会の時に笑うための――。

てなわけでさあ、決戦へと出発じゃ。北米神話大戦がついに始まります。

水着イベ楽しい。とりあえず弓の秘石とか羽根がぽろぽろ落ちてくれるのが本当に助かるんじゃぁー。
ただ、知り合いに水着きよひーの最終再臨見せられた……とてもほしくなった。くそう……。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 21

「うむ、ではラーマ、お主が軍の指揮を執れ」

「む、それは構わないが……お主ではないのか?」

「私はここで離脱する」

 

 出発するという時になってスカサハ師匠がそう言った。その言葉が信じられなかった。

 

「ま、待ってください!? 一体!?」

 

 マシュが慌てて引き留める。理由がわからない。何かやってしまったのだろうかと思ってしまうが何もしていない。なぜ、彼女がそういったのかがまったくわからない。

 いや、オレはわかりたくないのかもしれない。なぜならば、その道は、ただの死へ向かうものでしかないからだ。

 

 離脱する。それで彼女は何をするのか。それは、単純だった。女王メイヴとクー・フーリンの動向を監視し、状況によっては戦って抑え込む。

 

「死ぬ気か、スカサハ殿」

「ほかのサーヴァントであればな。だが、お主、(ワシ)を誰だと思っておる」

 

 確かにスカサハ師匠がそう簡単にやられるわけがない。

 

「……それでも、やられることを前提にしているように思える」

「それも当然であろう。だが、やらねばならぬことだ。クー・フーリンとメイヴが出てくれば間違いなくこちらの負けだ。私はそれを抑え込むだけの堰のようなもの。戦いを勝利に導くのはお主らの役割だ」

「わかった。けれど、気を付けてほしい。たぶん、クー・フーリンは……」

「うむ、わかっておる。ではな、マスター。再び出会う時まで男を磨くが良い。その時は――相手をしてやっても良い」

 

 そう言って彼女は去っていった。不安ではあるが、彼女ならばきっとその役割を果たすだろう。だから、オレたちも信じて進むだけだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「動くか――」

 

 予測通り、王と女王が動く。アルジュナがカルナの下に向かった今、彼らまで前線に出すわけにはいかぬ。

 

「さて、死ぬと決まったわけではないが――行くぞ」

 

 動いたクー・フーリンの前。

 

「やっぱり来やがったか」

「うむ、馬鹿弟子は殴らねばな」

「そうかい――」

「ああ――」

 

 互いにノーモーションから槍を放つ。

 

「――抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)!」

「――貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」

 

 互いに必殺を謳う宝具の激突。同じ軌道をえがきぶつかり合う朱の槍。二度は見られない光景に思わず感心してしまうほどだ。

 ただそれだけで森の木々が消し飛んでいく。綺羅綺羅しく赤をまき散らしながら戦う。同一の軌道を描く槍のぶつかりは一瞬の間に百を超えていく。

 

 互いに必中必殺を謳いながらそれを回避する絶技。互いに槍を熟知しているためにできる芸当だった。それを見ているメイヴですらその動きを見切ることはできないだろう。

 ケルト戦士を差し向けたとしてもいたずらに疲弊させるだけ。ならば、ここは王に任せて先を急ぐべきだろうが、ここを離れることは難しい。

 

 スカサハのルーンがあたりにばらまかれている。下手に動けば爆発するだろうことは容易にわかった。ゆえに、ケルト戦士を差し向ける。

 自分が無事であればよいのだ。兵士はいくらでも増やせるのだから。確かに減るのは痛いが、結局のところクー・フーリンと自分がいれば良い。

 

 その考えに至り、進軍をゆっくりとであるが開始する。

 

「しかし、その右腕、ルーンで修復しながら放っているのか」

「……まあな」

「今の私のように破壊が終わってから再生を開始しているのではない。再生しながら、同時に破壊されているのだ。生半可な激痛……いや、激痛と呼べるしろものですらあるまい」

「痛覚は操作できる。覚悟は既に決めている――フン、師匠こそ先ほどからよくもっている」

「そういうわけでもないがな。――オマエ相手になら殺されてもいいと思っていたが、今のオマエには殺されてやる気はない――門よ、開け――」

 

 ――死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)

 

 それは影の国への送還宝具。全力を出せばこの世界を割ってしまうがゆえにこの宝具で連れていく。影の国はもはやないのだから、そこは滅却の最中だ。

 黄泉路に自らとともに連れて行く。それがスカサハが選んだ道だった。

 

「だが、それでも勝てないと予感しているな」

 

 ――それは正解だ。

 

 そうクー・フーリンが言った。その瞬間、彼の姿が変わる。

 

「――!」

「動きが止まったぞ、スカサハァッ!!」

 

 その一撃がスカサハを刺し穿つ瞬間――。

 

「なんだ!」

 

 風光明媚な軟らかな声が響く。

 

「間に合いましたね」

 

 たおやかな仕草の女性。着物に身を包み、剣を手にしたその女性の名は「両儀式」。

 

「確かに、式はカルデアに帰りましたが、私は何とか残っていました――」

 

 それでも致命傷を受けていることに変わりなく、霊基の核としての式がいなくなっているため消滅は時間の問題だった。

 だが、ここまで持たせたのはこういう時の為だ。クー・フーリンに対して足止めはもう不可能。ならば緊急時不測の事態において誰かを守るべく動く。救うべく動く。そのためにここまで待っていた。

 

「死にぞこないか。良いぜ今度はきっちり送ってやるよ――」

「すべては夢と……これが、名残の花よ。でも、花だと言って決して弱いわけではないのよ」

 

 高嶺に咲く花はそれだけ強いのだ――。

 

 それが世界を救うべく彼が望んだ、いや彼が望むだろう願いだ。式が死ぬことの方が悲しいだろうが、それでも彼女を救えたことは間違いではない。

 

「私はもう限界ですので、あとはよろしくお願いします」

 

 一撃は届かず、あらゆる全ては無意味だ。それでも次に残したものはある。

 

「……やれやれまだ私を働かせるか」

 

 スカサハを生かした。この差は大きいだろう。

 

「だが、心得た――」

 

 戦域を離脱。回復を図る。全ては世界を救うためだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ほいほい、また来ましたよ、と」

 

 北軍もまた接敵している。荒野一面に広がるケルト兵とその他モンスター。

 

「……ちょっと、何よこの数!? アンタ本当に六割削ったの?」

「そりゃあ、もちろん。仕事はきっちりこなすのがオレの数少ない美点だし?」

 

 食料に毒、水に毒、火攻め、岩落とし、ついでに身内の裏切り工作まで。ロビンフッドが取りうるすべての策を弄して敵の数を減らした。減らしてこれなのだ。

 普通ならば六割も削ったら士気が下がるし、撤退だってしてもおかしくない。これでも撤退しないということはトップがデタラメに強く横暴だった場合だ。

 

「あー、歌っても歌っても、めげずにアンコールなんて、アイドル冥利に尽きるけど、嬉しくないわよコレ!」

「それが今回のサーヴァント(おれたち)の仕事ってもんよ」

 

 南軍もまた戦っているのがわかる。中央荒野において激突する馬鹿魔力。それがカルナとアルジュナのそれだということはわかり切っている。

 あちらも大変ならばこちらが弱音など吐くことなどできないということだ。

 

「それで、どうするの?」

「おーい、エジソンのおっさん! どうするよ!」

「はははは、このままでよーし!」

「だそーだ」

「ふはははは、そうよ、これが戦場よ!」

 

 こういう時に本当に頼りになるのが信長だった。こと対軍に関しては彼女の宝具は強い。ケルトがそれなりに神秘に近しいこともあってか、もはや北軍中央戦域は彼女の独壇場だ。

 

「サルも光秀も、蘭丸もおらんが、ここがわしの一人安土よ。さあ、来てみい! わしの三千世界に屍を晒してやろうぞ!!」

 

 彼女が持つ銃火の戦列が鉄火をまき散らす。絶え間なく放たれ続ける三段撃ちにケルト兵たちは為すすべもない。

 だが、とまらない。銃声という鬨の声をあげて死の咆哮を叫んでいるというのにひるむことなくケルト兵たちは向かってくる。

 

 銃声はこれから殺すという威圧効果があるが、それが意味をなさない。これがケルト。蛮族。たとえ殺されようとも向かってくる敵に終わりはない。

 

「はぁ、いやだいやだ。ギリシアかよってオジサンナイーブだよっと。でも、やれやれ気張るとしますかね」

 

 標的確認、方位角固定――

 

不毀の極槍(ドゥリンダナ)! 吹き飛びなぁ!!」

 

 世界のあらゆる物を貫くと讃えられる槍が飛翔する。大気の抵抗など無意味。投擲された槍を防ぐには蒼天囲みし小世界かアイアスの盾を使うしかない。

 ここにそんなものなどない。ゆえに、防ぐものなし!

 

 あらゆる全てを貫通し敵の命を穿つ。ドゥリンダナの一撃が大軍を屠る。

 

「ふむ――守るならばやはり此処でしょうな――」

 

 本陣前。中央戦域から少し北。エジソンとエレナの前に、今、伝説に謳われる守護の英霊たちが顕現する。たった三百の手勢と侮るな。

 

炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)!!」

 

 ここに顕現するはただ300の手勢。しかし、10万の兵を押しとどめたスパルタの勇士である。十万人のペルシャ軍に対してわずか三百人で立ち向かったとされるデルモピュライの戦い。

 その意味は、こうだ。

 

「ここより先に行くこと能わず。ここを超えたいのであれば、100万は持って来い――!!」

 

 宝具で召喚された三百人は、レオニダスと共に敵の苛烈な攻撃を耐え抜き、散っていく。その間、必ず味方が反撃してくれると信じているが故にそこに恐れなどありはしない。

 たとえ死しても此処を通さぬと誓っている。

 

「直流は最強だ、そうだろう皆の衆!!」

「もちろんであります! 大統王閣下! 直流万歳! ブリリアントドミネーション!!」

「はいはい、直流は最強ね最強――さて、と」

 

 エジソンが動くべきではない。彼は総大将だ。彼が動くということは相当ひっ迫した状況ということになる。だからまだ動かない。

 動くのは、こっちだ。

 

「――我が手にドジアンの書」

 

 戦場に響く詠唱(祈り)

 

「光よ、此処に」

 

 それはかつて金星より来訪した神性の具現。

 地球創造神の一柱である護法魔王尊(サナト・クマラ)の力を一時的に再現する神智学の奥義。

 

「天にハイアラキ、海にレムリア、そして、地にはこのあたし!」

 

 掲げた手に莫大な魔力が渦巻く。

 世界を救う大義を胸に、天と海と、ここにいる自分自身に誓う。

 必ずや世界を救うと。

 

「古き事、新しき事、全てをつまびらかに!」

 

 順調のようで、でもそううまくいかないのが人生。

 だからこそ、全力でやるしかないのだ。間違っても間違っていなくとも。最後に笑えればそれでいい。

 

「――金星神・火炎天主(サナト・クマラ)!!」

 

 殺到する敵を吹き飛ばす。敵は退かずなおも猛攻を繰り広げてくる。ならばこそ、来るのは彼女だ。戦場において常勝不敗の王が来る。

 今ここにサンタの装束を脱ぎ捨て、騎士王としての鎧を身にまとう。漆黒はそのままに、極光は反転したまま――王として戦場に立つ。

 

 その竜の胎動にケルト兵が浮足立つ。だがもう遅い。

 掲げた聖剣からは光が立ち上る。反転した漆黒の光が空へと立ち上っていく。

 

 その名を知らぬものなどいない偉大な聖剣の一撃。

 常勝不敗を謳い、星が生んだ人の祈りの結晶。

 放つ光は人々の希望。

 勝利を約束する祈りの光。

 

 その名は――!!

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」

 

 戦場を縦断する漆黒の光がケルト軍を押し返す。極光を防げるものなどなし。薙ぎ払えばケルト軍は壊滅するだろう。

 しかし、そう順調にいかない。

 

「――そううまくいくわけねえよなァ!」

 

 人生はそううまくいくものではない。

 竜殺し(ベオウルフ)が来る――。

 

「そうよなぁ、至言よな」

 

 ゆえに、こちらもまた神槍、来たりおり――。

 

「なんだ、テメェ」

「神の槍だ」

「はは。神槍とは言うじゃねえか。ああ、そうかあれだ、二の打ち要らずか――おもしれェ!!」

 

 互いに得物などいらぬとばかりに放り捨てる。

 

「――我が八極を受けるが良い! 一」

「二の」

「「三!!」」

 

 幾星霜を超えて繰り広げられる素手喧嘩(ステゴロ)。いつの時代も男は変わらぬ。変われぬ。己の拳を以て最強を証明せよ――。

 武にとりつかれた男のたどる極致がここにある。

 

「きゃあああああ!? な、殴り合い! 殴り合いなの!? こう言うの怖い!? 止めなさいよ緑ぃ!」

「お断りですぅー! こんなん神様でも止められねえぞ!? うわー、すげー。同じ人類とはおもえねえ」

 

 ただ拳を振るうだけで背後の岩山やら荒野が消し飛んでいく。衝撃波で周囲のケルト兵たちが吹き飛び冗談のように宙を舞って行くのだ。

 拳風だけで身体がちぎれてしまいそうなほど。そんな中に飛び込んでいくことなど不可能。それを人がなしているということこそ冗談だと思いたい。

 

「なに、あれ……」

 

 エレナには目の前の光景が理解できない。

 

「男の考えることなんてたまにわけわかんないわ」

「なあに、女子でもボクシングはするだろう。殴り合いに酔いしれるのは戦士の本能という奴だ。……私は発明家だから、あまりその辺は詳しくないがね」

「あ、そっ」

 

 興味はない。だが、マスターの予定通りベオウルフは書文が抑える。ならばやるべきことを為す。

 

「それにしてもいやな予感がするわ」

「む、こういうときのエレナ君の悪い予感はよく当たるからな注意しておこう」

 

 ――そして、北軍に災厄が来る。

 




というわけで実は生き残っていた剣式によりスカサハ救出。
アサシン式は脱落したものの根源接続者特有のあれで何とか残っていました。それもこれもマスターを助けるため。
あとスカサハ師匠と書文さんと全力バトルさせるためネ。

北軍は戦闘開始。ちょっと順番をいじっております。
中央の広大な戦域はノッブの独壇場。三段撃ちで膠着状態を維持中。
オジサンもいろいろ言いながらも真剣に戦っております。
レオニダス王は守りに徹しております。彼には魔神柱戦で頑張ってもらおう。
サンタさんは今回王様モード。戦場において常勝不敗の名の下に聖剣をぶっぱするお仕事をしております。
エレナの詠唱が微妙にDies風味になりかけたのは、神咒神威のBGM聞きながらやったからかなw。

それにしても戦力増えたおかげでほとんどケルト軍壊滅してる気がしないでもないな、これ……。
書文先生とベオウルフのステゴロ。大地は引き裂け、雲は割れるとかいう状況です。

次回は17日0時頃に更新します。
北米神話大戦の火ぶたが切って落とされる。カルナとアルジュナの決戦です。
このまま一気に駆け抜けていきますのでよろしくお願いします。



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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 22

 南軍はついに戦場へと至る。

 

「――来たか、カルナ」

 

 これより、神話の大戦が幕を開く。

 演者はついに舞台へと上がった。

 日輪が還るがごとく、沈み始めた世界に神話が具現する。

 

「いついかなる時代とて。おまえの相手はオレしかいるまい」

 

 ただ一人、アルジュナの前に立つのは槍兵。身の丈を超す槍を持つ男――英雄カルナ。

 これは宿命だ。幾星霜の時代より、待ち望んだ。

 

「聖杯戦争にサーヴァントとして召喚される度、私は貴様の姿を探し続けたのだろう正しき英雄であろうとしながら。貴様の姿を探し求めては落胆したはずだ。……こんな機会は恐らく、二度と巡り合うことはあるまい」

 

 もう二度あるかは知れぬ奇跡。

 ゆえに互いに感じるものはただ一つだった。

 

「…………」

「おまえがそこに立った時点で、他の全てのものが優先事項から滑り落ちた。――ではカルナ。続きを始めるとしようか」

「……そうだなアルジュナ。オレもおまえも、癒えることのない宿痾(しゅくあ)に囚われているようだ」

「……だが」

「ああ」

「「――だからこそ、それは歓喜」

 

 それは歓喜。

 

「この世界に神はなく、呪いもなく、宿命すらない」

 

 かつて生前になしえなかった決着。呪いがあり、神があり、宿命ゆえに、つけることの出来なかった決着を今こそつけよう。

 

「ないからこそ、私は貴様と決着をつけることだけを願望器(せいはい)への望みとした。……それが今、叶った。世界を救うことに興味はない。滅ぶならば滅ぶのだろう。しかし、貴様は救おうとする――この世界を」

「無論だ。正しく生きようと願う者がいる限り、オレは彼らを庇護し続ける。この力はそのために与えられたもの。我が父、我が命がある限り、日輪は不滅と知れ」

 

 お互いに相容れることはない。この決着をつけぬ限りお互いに前に進めぬのだ。ゆえに、願い続けた。願い続け今ようやく願いが叶った。

 おまえが善になるのならば悪に。悪になるのならば善に。相容れぬ互いの道で今こそ交差する力の波動。ただそれだけで大地が悲鳴を上げていた。

 

 そして、その悲鳴すら消え失せる。互いに放つ覇気が対等となり、すべてが凪ぐ。圧倒的暴風の眼。それはすべてが凪いだ静寂の空間。

 誰もがその行く先を見つめている。その果て、今こそつながったひとつの螺旋階段その果てに上り詰めた先に何があるのかを。

 

 誰もが感じ取る、ここから先は神話の具現であると。

 

「今度こそ、貴様の息の根を止めてやる」

「ああ、こちらもそのつもりだが――一つだけ約束してもらおう」

「なに?」

「長い腐れ縁。その縁に免じて、一つだけ盟を果たせ。オレを討った暁には、本来の英霊としての責務を果たせ。その炎神の咆哮(アグニ・ガーンディーヴァ)で世界を救え」

 

 それは言いたくもないことであったが、カルナは言った。アルジュナの方がそういう救うという仕事ははるかにうまいと。

 ゆえに後顧の憂いなく互いの全力を出せるというものだった。

 

「良いだろう――貴様を討ったあとは私が世界を救おう」

「では――」

「ああ――」

 

 互いに勝利を誓う。父祖に、母祖に。あらゆる全ての誓い。あらゆる全てのものに。今ここに、勝利を誓う。敗北など微塵も考えることはない。

 どちらが倒れても世界は救われる。ならばこそ、全ての全力を出し尽くすのならばここだ。それ以外に、ありはしない。

 

 もとより全ての優先順位は零れ落ちている。ただ目の前の敵と戦う。あるのはただそれだけだ。

 

「「――行くぞ!!」」

 

 今ここに悠久の時代に去った神話の一端があらゆる全ての眼に焼き付けられる。これが神話大戦。互いに背負った世界を飲み込みながら、決戦の火ぶたが切って落とされた。

 

 まず動いたのはアルジュナだった。彼のクラスは弓兵。あらゆる距離は彼の間合い。炎神の咆哮がまさしく正しくその咆哮を上げる。

 一撃は現代兵器になぞらえたのならばまさにミサイルと同義。一発一発が着弾しクレーターを形作っていく。凄まじい光景であるが彼にとってこんなものは余技に等しい。

 

 いまだ宝具は使われていない。ただ矢を射っているに過ぎないのだ。ただそれだけで大地が砕け穴を穿ち岩山を隆起させる。

 地形が変わるほどの威力の弓。それを見てなおカルナに変化はない。この程度は昔に戦った時と同じだ。自らもまた劣るものではない。

 

 雨の如く放たれる矢の雨。焔にも見えるその矢軍の威力は先ほど放たれたものとほとんど同一。カルナはそれに対して槍を振るうことで受ける。

 ただそれだけで凄まじい破壊が巻き起こる。隆起した岩山が砕け散り大規模な破壊をまき散らす。まさしく神話の具現。槍の一振りにて地形を変える神々の所業。

 

 大戦の中で二人は笑っていた。互いに全力を出せることにただただ歓喜する。生前なしえなかった戦。それが楽しくて仕方がないのだ。

 放たれる矢の雨。煌く嚆矢を槍で薙ぎ払う。ただそれだけで大地が引き裂け、空間がゆがみ雲が引きちぎれて空を開けさせていく。

 

 新たな神話の幕開けを告げるようなそんな光景。誰もが戦闘をやめて見入るほどだった。その趨勢を誰もが見守る。

 どちらへ傾くか。それは必然槍兵へと傾いて行く。

 

 アルジュナがどれほどの大威力の攻撃を放とうともスーリヤに願って与えた黄金の鎧が彼を守る。それでもアルジュナほどの英雄の一撃を完全に防ぐことはできないが、それでも大部分の威力を殺すことができる。

 それだけできれば十分。カルナにとって鎧などなくとも良い。死を恐れることなどなく、前へと進むことができる。

 

 それは英雄を英雄たらしめる資質。意志と根性の力だ。まっすぐにアルジュナへと向かう。

 

「――く!」

 

 無論、アルジュナもまた引くことはない。弓兵だ。有利な距離から戦うことがもっとも勝利に近いだろう。だが、それは逃げだ。

 カルナの前から引くことなどアルジュナにはできない。だからこそ、迎え撃つ――。

 

「喰らえ――炎神よ、全てを墜落させよ(ブラフマーストラ・パーンダヴァ)!!」

 

 彼の弓から放たれる炎熱の投擲。渦巻く魔力が集い、あらゆる全てを穿ち墜落させんと猛る。猛る。猛る。青く輝く焔の輝きがカルナへと飛翔する。

 

「――梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)!!!」

 

 無論、カルナがそんなものを受けるはずもない。振り上げられた槍。赤く燃える焔が纏い、放たれる投げ槍。大気を熱し、大気を穿ち、飛翔する焔の槍。

 

 激突するブラフマーストラ。飛び道具のブラフマーストラに互いの意志を乗せた焔の一撃が激突し、あらゆる全てを薙ぎ払う。

 ただ激突しただけで大地が消し飛んでいく。物理法則を超えた現象、破滅的なエネルギーに大地が砕け破片が空へと舞い上がって砂塵の大地に消える。

 

 互いの全力の一撃。そのあとには何も残らない。砂塵の大地を穿ち、荒野が広がる場所であったのが幸いだろう。都市部で放つならばもはやそこには草木一本残るまい。

 そこには巨大なクレーターが出来上がっている。その中心に立つは二人。未だ、決着はつかず、趨勢はカルナへと傾きつつある。

 

 このまま戦えばカルナが勝つだろう。アルジュナが劣っているのではなく互いの戦闘方法の相性が問題だ。それでも互角に戦うアルジュナこそまさしく英雄だろう。

 

「――まだだ!」

 

 ゆえにまだだ。このまま負けるなど己が許さない。カルナを殺さなければならない。決意したのは、最初にカルナと顔を合わせた時からだろう。

 それは神々によって定められた運命ではなく、アルジュナが純然たる敵意と共に選んだ(カルマ)である。

たとえソレが間違っていたモノだとしても、やりとげなければならなかったのだ。

 

 そう思った。その思いは未練と後悔を生んだ。その後悔を払拭するためならば太陽の子、施しの英雄カルナ。その生き様を知り、そう生きることを知っているからこそ、それと敵対するためだけに悪につく。

 生前果たせなかった対等の戦いを実現するためならば他の何事も省みることなどない。

 

「――ああ、まだだ」

 

 その武技を見た時、カルナは自らの姿勢を貫けなかった。彼にだけは負けたくないと思ってしまった。それがどういった感情なのかわからない。自分でも分からない奇妙な執着心を抱いたのだ。

 その末の結末は知られている通りだ。伝えられている通りだ。呪いで動けなくなったところを倒された。そのことにカルナは道義に反してまで自分を殺そうとする事に喜びを覚えていた。

 

 人類の救済という理由などでアルジュナが止まらない事も知っていた。そしてカルナ自身も一人の武人として、そんな言い訳をすることは無い。

 

 そう、ただ――。

 

「「全てを賭けて、目の前の、貴様(おまえ)と決着をつけたいだけだ!!」」

 

 その時、カルナを守っていた鎧が消え失せる。全てを守る黄金の鎧と引換に顕現するは、雷光でできた必滅の槍。

 インドラが黄金の鎧を奪う際、彼の姿勢が余りにも高潔であったため、 それに報いて与えた光槍。あらゆる存在という概念を焼灼するもの、神をも滅ぼす究極の力。

 

 背中左側にある四枚の羽の装飾が展開し、左右四対の炎の翼を広げる。日輪を思わせる焔の輝きが戦場全てを支配する。

 

「神々の王の慈悲を知れ。絶滅とは是、この一刺し。インドラよ括目しろ――」

 

 アルジュナもまたその必滅の一撃を前に自らの最強(ほうぐ)を抜き放つ。破壊神シヴァより授かった鏃。伝承によればシヴァが使えば宇宙が消滅するほどの力を持つ。

 アルジュナが使用したとして世界を七度破壊することができるそれ。

 

 青く輝く光球がアルジュナの手へと顕現する。あまりの力に使うことを恐れたそれを今こそ此処に解放する。神域の魔力が戦場へ広がり、大気に渦を発生させている。

 

「シヴァの怒りをもって、汝らの命をここで絶つ――」

 

 両者から放たれる莫大な魔力に世界が悲鳴を上げていた。際限なく高まっていく両者の魔力に大地が砕け空間すらもねじ曲がり、はるか遠くの地平線や空には罅すら見えている。

 このまま続ければ人理滅却の前に世界が滅ぶのではないかとすら思えるほど。もはや二人には目の前の敵を倒すことしか目に入っていない。

 

 そして、二人は同時に動いた。

 

「焼き尽くせ――日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)!」

「全てを破壊しろ――破壊神の手翳(パーシュパタ)!」

 

 ぶつかり合う宝具の一撃。尋常ではない衝撃に遠くに退避していた両軍すらも吹き飛ばす。彼らを中心に大地が崩れ巻きあがり、致命的なほどの破壊をまき散らしていく。

 ただ二人が一撃を放っただけ。ただそれだけで、あらゆる全てに致命的な被害を与えていく。どちらかが勝つにしろ、このままでは両軍も無事ではいられまい。

 

 それほどまでに被害は大きく尋常ではない。その上で、さらに威力が上がっていっているという事実に戦慄以外を感じることができない。

 

「蠢動しな、死棘の魔槍」

 

 その瞬間、戦場を支配する新たな男の声が響く。まさしく魔性。悪に堕ちた英雄の声が因果すらも逆転させ結果を生じさせる。

 

「が――」

 

 その呪い、避けられる者などなし――穿つは心臓、狙いは必中。因果もなにもかもを超越した魔の朱槍の一撃がカルナを突き穿った。

 

「なっ! クー・フーリン!」

「なに勝手に始めてやがる。オレはオマエに一騎打ちを許可した覚えはない――ったく邪魔を処理している間にすっかりと初めてやがって。後ろから刺されないだけましだったな」

「――――く」

 

 そこに立っているのは間違いなくクー・フーリンだった。キャスターとして何度もオレたちのピンチを救ってくれた男だった。

 その男が、オレを見ていた――。

 

「――――ひっ」

 

 紅い瞳がオレを射抜く。ただそれだけで悲鳴のような声を上げてしまう。覚悟していた。こうなることはだが、それでも耐えられない。

 恐怖が溢れだす。歯ががちがちと鳴り、膝が震える。その様をみてクー・フーリンは白けたような顔になる。

 

「なんだ、歴戦の勇士だと思っていたんだがな――見込み違いだったか坊主」

「――っ!」

 

 その言葉は――。

 

「まあいい、死ねば一緒だ。蠢動せよ――死棘の魔槍」

「先輩!!」

「駄目だ!」

 

 間に合わない! その瞬間、戦場をゆらりとした靄が包み込む。

 

「――やれやれ。ちょっとうたたねしながら歩いていたら、そこは見知らぬ荒野の国。これは夢の続きか、それとも単なる幻か。まあ、どちらでもいいのだけどね」

 

 そこに現れたのは白い男だった。フードをかぶった男だった。

 

「おはよう。そして、こんにちは、諸君。みんなの頼れる相談役、マーリンさんの登場だよ」

 

 まー、りん? それは、アーサー王伝説の――。

 

「はいそこー、あまり気にしない。今回の私は出血大サービス、気まぐれのお忍びだ。私とキミたちはいまだ交える運命にない者同士。そもそも私は楽園にある幽閉塔でひきこもりの身だ。

 だから――素敵なお兄さんが助けてくれてラッキー、ぐらいで済ませてほしい」

「テメエ――どこのボンクラだ? こいつは白昼夢ってやつか?」

「もちろん、私の十八番。相手を煙に巻いて何とかする戦法さ。そして、このたびは戴冠おめでとうクー・フーリン。アイルランドの大英雄が玉座に落ち着く日が来るとは。いやはや、運命とはわからないものだねぇ」

「この気配、夢魔のたぐいだな……ってことは、そうか。テメエが星見か。……反則級の邪魔しやがって。いいのかよ魔術師。矜持が崩れるぞ」

「そこはそれ、臨機応変にってやつさ。そもそも私に誇りとか決まりとか、そういうのないからね」

 

 だが、それもここまで。あとは自分たちで打倒せよ。そうしなければならない。そうすれば未来は開ける。彼はそう言って消えた。

 最果ての島にて全てを見ている男はそう言って消えたのだ。

 

 そして、彼が稼いだ時間は、無駄にはならない。

 

「あと、一撃――梵天よ、我を呪え!!!!!」

 

 カルナが一撃を放つ時間を稼いだ。

 

「カルナ!!」

 

 だが、それまでだ。負傷し、瀕死の彼ではクー・フーリンに届かせることは不可能。

 

「届かなかったか、マスター……去らばだ」

「最後の最後まで足掻きやがって。これだから槍使いの生き死には信用ならねえ」

「であろうな――刺し穿ち、突き穿つ――貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!!」

「チィイ!!」

 

 放たれる槍の一撃。ゲイ・ボルク。その一撃は彼の師によるもの。

 

「何とか間に合ったようじゃのう」

「チッ、師匠まで追いついてきやがったか――」

 

 彼がルーンを描く。燃え広がる大地。

 

「帰らせてもらう」

「逃げても無駄ですよクー・フーリン。どれほど猛ろうと、その傷は決して癒されない。貴方は病気です」

「――だろうよ。オレは願われた通り、王であるだけだ。――来るなら来い。ワシントンで戦ってやる」

 

 クー・フーリンが退く。ラーマが好機とばかりに軍を進める。

 オレはその中でナイチンゲールと立ち尽くしたアルジュナの前に立っていた。何かあればシータが彼を穿つだろう。

 

「アルジュナ――治療を受けろ」

「なに……私が何を病んでいるというのです」

「カルナはサーヴァントだった」

「ええ、マスターのいう通り、彼はサーヴァントでした。我々には我欲がある一方、与えられた使命があります。あの一瞬カルナはサーヴァントに立ち戻り、クー・フーリンを止めようとしました。それが勝利につながると信じた。それは貴方の妄執に付き合うよりも正しい」

 

 そうカルナはあの瞬間、サーヴァントに戻った。アルジュナとの決着をつけることよりも世界を救うことを優先したのだ。

 

「妄執、妄執ですと? 私の、この積年の想いが――貴女になどわかってたまるものか!」

 

 激昂するアルジュナ。怒らせればどうなるかわかったものではない。しかし、ナイチンゲールは止まらない。

 

「――妄執です。後悔は先に立たず、放つべきでない矢を放って宿敵を倒した貴方は――一生を後悔とともに添い遂げなければならない。それは他の英霊も同じです。

 自らの選択を恨み、後悔し、やり直しを求め、願う。それは人として正しいことでしょう。しかし、サーヴァントは一線を引く」

 

 最後の最後で、彼らは願いの一線を引く。

 第二の生。叶えたい願いも、後悔もあるだろうに、彼らはそれを忘れて、いや胸の内にしまって世界を救うべく戦ってくれる。

 

「だから、もし、もしアルジュナ、偉大な大英雄。オレが憧れる英雄であるおまえに世界を救う意志があるのなら――」

 

 オレは右手を伸ばす。

 

「この手を取れ」

 

 アルジュナを目の前にして震えを止めることができない。それでも、ただ手を伸ばす。

 

「…………」

 

 だが、彼はその手をとることはなかった。ただ首をふる。

 

「……その手は掴めません。私は……いいえ――私がしたことへの償いは必ずします。ですが、今は――」

「わかった。でも、オレはアルジュナを信じる。後悔があるんだろう? オレにもある。それでも前に進まなくちゃいけないんだ。だから、アルジュナ、オレは信じてる」

「――……あなたの言葉は虚ろな心にもよく響きますね」

 

 そう言って彼は去っていった。

 

「先輩、アルジュナさんは……」

「大丈夫だと思う」

「はい、彼には時間が必要です。ですが、大丈夫でしょう。それよりもスカサハ、貴女は無事ですか」

「無事とはいいがたい」

 

 まさか生きているとは。

 

「少し手助けがあってな。アレがなければ死んでいた。まあ、今も瀕死には変わりないが」

「戦えますか?」

「ああ、行こう。時間はない――」

「はい!」

 

 ワシントンまで駆け抜ける。まっすぐに――。

 




アメリカ大陸が死にそうですが、頑張って生きてます。
インド勢本当頭おかしいよネ。

というわけで、カルナ対アルジュナでした。ここはあまり原作とは変えていませんが、宝具合戦やりました。てへ。これによって、地形が大幅に変わったけどやりたかったんだから仕方ない。
というのの、剣式によってクー・フーリンが遅れたからね。だから、カルナの最後の一撃がブラフマーストラになりました。

次回はついに決戦ではなく、前夜。最後の休憩ですね。

では、また次回。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 23

 ワシントンまでもうすぐ。シャドウサーヴァントの襲撃を乗り越え最後の休息を行う。これが最後だ。ここまで多くの困難があったがもうすぐだ。

 

「首都ワシントンまでもうすぐですね、先輩」

「ん、そうだねマシュ」

「ますたぁ、返事はよろしいので今は休憩なさってください」

 

 進軍は明日だからとどういうわけか清姫の膝を枕に眠らされている。

 

「いや、休むけど、さすがに早いよ」

「駄目です。――でも、どうしてもというのなら良いですよますたぁ。ちゃんと、ここに戻ってきてくださるのなら」

「わかったよ」

 

 ――さて、どこへ行こう。

 

 最初に思い浮かんだのはスカサハ師匠のところだった。ナイチンゲールに治療を受けているが、傷は深く治り切ることはない。

 その一撃は呪いの一撃だからだ。ゲイ・ボルクの一撃。彼女がクー・フーリンと戦っていたことがわかる証拠だった。

 

 用意された治療用のテントに足を踏み入れようとして。

 

「――――」

 

 銃声に止められる。ナイチンゲールがこちらに銃を向けていた。

 

「マスターと言えど、不衛生なまま、このテントに入ることは許しません」

「は、はい!」

 

 すぐに消毒を済ませる。それでもだめでバケツ一杯の消毒液をかぶらされてようやく中に入れてもらえた。

 

「む、お主か、鋼の聖女は相変わらずじゃのう」

 

 スカサハ師匠はどういうわけか、いつもの戦装束姿であったがところどころ装束がない。具体的に言えば腹の部分がなく、臍が出ているし、肩なども出ている。

 損傷した霊基の修復でそうなったらしいが、酷く扇情的すぎて目のやり場に困る。

 

「そ、それで、大丈夫ですか?」

「大丈夫、とはいいがたい。全力でも今のあやつに相手は厳しいというのに、このざまではな。だが、戦うことはできよう。うまく使ってくれ」

「わかりました」

「それとな、クー・フーリンだが、私も知らない技を使う。注意しておけ」

「はい」

「面会時間は終了です」

 

 面会時間の終わりとともにテントの外へ放り出される。

 

「心配しなくとも患者は見捨てません。生きているのならば必ず治療して見せます」

 

 ほかにも多くの要治療者がいる。彼女は必死にそれを治す。邪魔しては悪い。オレは静かにその場を離れる。野営地を歩いていると焚き火の前で座っているブーディカとダビデがいた。

 近づくとダビデが気が付いたのか手招きしてくる。

 

「もうすぐ決戦だけど大丈夫かいマスター?」

「大丈夫。寝るには少し早いからみんなと話そうと思ってね。オレと離れている間、大丈夫だった?」

「それはもう大丈夫さ。なんてたってこのブーディカと仲良くなれたからね」

「はいはい」

 

 肩を組もうとするダビデを苦笑しながら押しのけるブーディカ。どうやらいつも通りのようだ。

 

「マスターこそ大変だったんでしょ。そうだ、お腹すいたでしょ。シチューを作ったんだ、食べていってよ」

「ありがとう」

 

 ブーディカのシチューは久しぶりだった。優しい味のするシチューだ。温かさがお腹から広がっていくようで心地が良い。

 

「あまり無理はしないこと。あと、あたしたちはきっとクー・フーリンと戦えばやられちゃうと思う」

「…………」

「うん、楽観視はできないからね。マスターには辛いだろうけれど、言っておくよ。僕やブーディカは、きっとクー・フーリンとまともには戦えない。出会ったことはないけど、ちょっとレベルが違いすぎる」

 

 それは出自が関係していた。ダビデは王であり羊飼い。その伝承は巨人を倒したというものであるが、武勇を誇っていたわけではない。

 ブーディカもそうだ。女王であり、戦士ではあったが、クー・フーリンと戦えるほどの武勇を持つには至っていない。

 

 同じ英霊であれどそこは大きな差になる。もっとも顕著なのは清姫だろう。だからこそ、彼女はオレのそばを離れる気はない。もしもの時に盾となるべく傍に侍るだろう。

 

「……うんわかってる。でも、死ぬ気でいないでくれよ。勝つ気で戦わないと」

「うんうん、さっすがマスター。いい子いい子。本当に、いい子……」

「大丈夫、僕は遠くからチクチク石投げるからね!」

「はは、頼りにしてるよ。ごちそうさま――」

 

 シチューを食べ終えてまたふらりと歩く。

 考えるのはカルナのことだった。彼は死んでしまった。最後までオレたちを助けてくれた。

 

「……必ず世界を救うよカルナ」

 

 彼が為せなかったことを為す。それがマスターとしての使命だろう。泣いている暇はない。それに、この場でマスターたるオレが泣いている姿なんて見せるわけには――。

 

「わふっ!?」

「んふふ、マスターつーかまーえたー」

 

 いきなり誰かに抱きしめられる。声はアストルフォのものだった。そして、そのまま誰もいない少し離れたテントに連れていかれる。

 それでもアストルフォは離してくれない。その胸にオレの頭をしっかりと抱きながら、

 

「泣いていいよ。我慢しなくていい。確かにマスターはみんなの上に立っているからみんなの前では泣けないのはわかってる。でも、ここなら泣いても良いよ。誰もいないし、笛吹いたから、この辺には誰もこない。だから、思いっきり泣いていいんだよ」

 

 カルナが死んだのは悲しい。クー・フーリンと戦うことは辛いし、恐ろしい。だから、泣いていい。アストルフォはそういう。

 覚悟を決めても辛いし、悲しいことはある。そういう時は泣いてすっきりしてしまうのが良い。我慢しても良いことはなに一つないのだから、泣きたいときは泣けばいい。

 

「……ありがとう……」

 

 だから、アストルフォの好意に甘える。泣けないけれど、こうやって誰かに抱きしめられているというのは安心するしリラックスできた。

 マシュや清姫だとこうはいかない。なぜならば、彼女たちに少なからず好意を抱いているから。リラックスするよりも先にドキドキが勝ってしまう。

 

 こういう状況であってもだ。それは男の子だから仕方ないないこと。その点をアストルフォはよくわかっているのか、それとも本能的な行動なのか。

 ただ、ありがたいことには変わりなかった。オトコノコという点を無視すれば。ただ、もういいかなと思えてきた。

 

「――」

「よしよし。マスターは強い子だねー」

 

 ぽんぽんと頭や背中を叩いてくるのがくすぐったい。本当にオトコノコなのかと思ってしまうほど。ただただ今は感謝するばかりだった。

 

「ん、もう良い、ありがとう」

「落ち着いたかい?」

「まあね。アストルフォのおかげで」

「えへへ、どういたしまして……明日は決戦だね」

「ああ」

 

 明日はワシントンで決戦だ。これが最後になるだろう。総力戦になるだろう。これに勝てば人理を修復できる。

 

「マスターとは明日までか。少し寂しいな」

「……そうだね。でも、またいつか会えるさ」

「はは――そうだね。よーし、頑張るぞー。マスターもしっかりね!」

 

 再度アストルフォにお礼を言う。そろそろ清姫たちのところに戻ろうかと思っていると、少し離れたところで二人で座っているラーマとシータが見えた。

 悪いと思って立ち去ろうとしたら、

 

「気にせずとも良いマスター。おぬしも座れ」

「そう?」

「ええ、お気になさらずに」

 

 二人がそう言うならと座る。

 

「……もうすぐ決戦だなマスター。だが、カルナはいない。相手は強大だ。だが、マスター、おまえがいるならば勝てないはずはない」

「あまり頑張りすぎないでくれよ」

「もっともだな。だが、頑張りすぎということはないぞ」

 

 ラーマは夜空を見上げながら言う。

 

「余の限界はまだまだ先だが――限界に達したとしても、さらにその先に行ける気がしているのだ」

 

 そう彼は言った。

 

「なにせ、ここにはマスターがいる。シータがいる。マシュがいる、ナイチンゲールがいる。みんながいる。余は皆が好きだ。小僧っこにしかみえぬ余の命令をきちんと聞く兵士も好きだ」

 

 そして、何よりも――。

 

「シータが好きだ」

「もうラーマ様ったら。私も好きです」

「好きだからこそ守りたいし、好きだから恐怖に屈せぬ。それはマスターもだろう?」

「うん……」

 

 好きだから守りたいと思っているし、好きだから恐怖に屈せずにここまで来た。好きだから、前に進もうと思った。

 

「オレはマシュが好きだよ」

「そうだ」

 

 だから守りたいし、恐怖には屈さない。今も、膝をついてしまいそうだけれど、みんながいる。みんなが好きだから。何よりもマシュが好きだから前に進めるのだ。右手を伸ばし続けることができるのだ。

 

「突き詰めれば、英雄とはそんな小さな想いから出発する者なのだ。だから――マスターもまた英雄だということだ」

「――――」

「そ、そういうわけだ、だから、な――」

「もうラーマ様ったら」

「し、仕方ないだろう。余とて、思い出したばかりなのだ」

「だから、余たちに気を遣う必要などない。案ずるな。行けるさ――」

 

 ――英雄なのだから

 

「おまえはいつか世界を救える」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「そろそろ来るわね、王様。身体は大丈夫かしら?」

 

 メイヴがクー・フーリンへと問う。

 

「修復は完了した。アルジュナが裏切ったならちと厄介だが――」

「もしもの時は、こっちにアレを持ってくるわ」

「……必要ねえ。オレ一人で十分だ。連中はすべて、北部戦線に叩き込め。それで戦争も世界も終わりを告げる」

「――そうね。あーあ、楽しい女王ごっこもこれでおしまいかぁ」

「楽しいか?」

 

 クー・フーリンにはわからない。少なくとも、クー・フーリンにとっては楽しいということはないだろう。メイヴが楽しいことがクー・フーリンが楽しいとは限らない。

 

「クーちゃんは楽しくないのよね」

 

 それに対してクー・フーリンは勝手に楽しめばいいと言ってくる。無関心。クー・フーリンはただ王として在り続けるだろう。

 そうメイヴに願われた通りに王として在り続けるだろう。それが願望器が叶えた彼女の願いゆえに。

 

「クーちゃん、愛してるわ」

「そうかい」

「さあ、終わりの戦いをはじめましょう」

 

 

 みっともなくあがいて、もがいて、立ち上がって。

 

 決意のまなざしを向ける敵を造作もなく踏みつぶす。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「着いたぞ」

「あと一歩です!」

 

 ワシントンへと入る。そこに待ち構えていたのは女王メイヴだった。

 

「あーあ、やっぱりシャドウサーヴァント程度じゃこんなものか」

 

 でも、と彼女は前置きを置く。王に全てを任されたのだ。ゆえに、ここで退くことなどありはしない。ここで倒すのだ。

 そう彼女は言っている。

 

「そう、あなたたちは逃がさない」

「もとより逃げるつもりなどない」

 

 両雄は激突を果たす。無限に現れ続けるシャドウサーヴァントや竜種。その全てをラーマを筆頭にサーヴァントたちが倒していく。

 ヘルタースケルターに機械化歩兵が足止めをし、縦横無尽に駆け巡るアストルフォが転ばせて、ダビデが撃ち抜く。必中の宝具がここに猛威を振るう。

 

 放たれる五つ石。正確に敵の眉間を撃ち抜く。倒せずとも動きは止まる。止まってしまえばあとは倒すことはたやすい。

 無論、攻めだけではない。守りの要をマシュとして守りを得手とするブーディカの車輪によりオレたちは守られている。

 

 その中で指示を出す。戦場を俯瞰し弱いところを探り、そこへ清姫を竜へと転身させて火力で焼き払う。無限に増え続ける兵士といえどそれは時間をかければのはなし。

 

「ここまで来れば減速の速さが勝る」

「追い詰めたぞ!」

「はは。ハハハハ! 追い詰められている? この私が? 逆よ、逆。追い詰めているのが、私なの。ホワイトハウスにいらっしゃいな」

「チィ! 間合いに入らなんだ」

「ええ、私たちの宝具が投擲武器ということを知っているようです。私はアーチャーですし」

「それは良い。今は急ぎましょう」

 

 ナイチンゲールがせかす。彼女は言った。彼らには切り札があると。あの笑みは嘲笑ではなく、略奪の笑み。何かを奪う時のそれだと。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「――ぐ」

 

 ベオウルフの体が揺らぐ。一撃を決めたのは書文。

 

 ――八極拳絶紹猛虎硬爬山(もうここうはざん)

 

 数千年の間、練り上げられた功夫。ただの殴り合いが拳闘に昇華したように。殺し合いの技に昇華した八極の絶紹。

 

「この国もそれと同じよ。おまえたちが手を伸ばして良いものではない」

「へ……まったくだ」

 

 ベオウルフはただの殴りだ。そこには技術の欠片もない。拳闘の技術などない己の力にのみ頼ったもの。そんなもの李書文にしてみれば、武術家にしてみれば倒すことなど容易い。

 それでも彼は強かった。その拳打の一つ一つが必殺。捌くことを怠れば最後、自らの肉体が引きちぎれていただろう。

 

 それほどまでに強大な相手であった。

 

「次までに、拳闘の技術を学んでおくがよかろう」

「お断りだ。殴り合いの最中にものを考えるなんざ手前(テメェ)で夢から覚めるようなもんだろう」

 

 そう言って彼は倒れた。前のめりに。背中からは倒れぬと言わんばかりに。見事あっぱれ。しかし、余韻に浸るひまなどありはしない。

 

「下がって!!」

 

 戦域にエレナの声が響く。誰もがその理由を介さない。しかし、全員が感じたある予感が後退させる。

 

 同時に訪れる地面の揺れ。生じるは――。

 




決戦前から決戦。
ぐだ男の才能。なんか凄いことしてますが、凡人が天才(英雄)に並ぶために犠牲にするものはなにか忘れてはいけない。
ただ、ここまで培ってきたものが実を結んだのは確か。

FGOマテリアル買わねば。
では。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 24

 異界化したホワイトハウス。悪趣味極まりないそこ。足を踏み入れればそこにはクー・フーリンと女王メイヴがいる。

 ここが目的地。ようやくたどり着いた最終決戦の広場だ。

 

「……クー・フーリン……」

「女王メイヴ……」

「ちょっと、そこのデミ・サーヴァント。人の名前を気安く呼ぶものではなくてよ? 気分が悪いから殺しても構わないかしら」

 

 女王から放たれる邪悪な波動。このホワイトハウスを異界化させたそれと同質のそれ。ここは彼女の願いの園。彼女が願ったからこそ生まれた光景。

 こここそが彼女の世界。聖杯に願い、ただただ王であれと愛した男を座らせる為の玉座。それが此処だ。

 

「退きなさい」

 

 だが、それでもナイチンゲールは退くことはない。真っ向からその波動を受けながら立ち向かう。そこにあるのはただの意志だ。

 必ずや治療するという意志。その全てはメイヴではなくクー・フーリンへとまっすぐに向けられている。

 

「もう一度言います。退きなさい。あなたの邪悪は生まれついてのもの。健康優良児そのものです」

「は?」

 

 この女は何を言っているのだろう。メイヴが理解できないでいると。

 

「退け、メイヴ。そいつはオレに用があるらしい」

「……クーちゃんをどうする気」

「どうするもこうするも。私は看護師です。ただ看護師としての役割を全うするだけ」

 

 そうただ、治療する。それだけだ。単純な理屈。ゆえに、その意志は鋼だ。

 だからこそ、クー・フーリンの理屈も単純だ。敵だから殺す。看護師だろうが何だろうが、それが敵であるならば撃滅する。

 

「どうぞご自由に」

 

 矛盾しているが、ナイチンゲールがクー・フーリンを治療する。クー・フーリンがナイチンゲールを殺害する。その在り方は、妥当だ。

 

「ただ、一言だけ。あなたは病気です(・・・・・・・・)。自害するか、敗北することをお勧めします」

 

 相変わらず言っていることがめちゃくちゃだ。殺してでも治す。その矛盾こそがナイチンゲールが狂っている証拠。静かに狂った鋼の天使だ。

 それは治療機械。ただ全てを治療するだけの機械。それは狂っている。歪んでいる。ひどくいびつで人間として破たんしている。

 

 だが、彼女はそれでよかったのだ。彼女の体は鉄で、鉄の意志で駆動する治療機械。それでよかったのだ。ただ広めることが出来ればよかった。

 それこそが彼女の覇道。殺してでも治す。治療することの喜びを伝える。快癒する歓喜を伝える。その全てがあの世界には必要だったのだ。

 

 全てを擲ったとしてそこに後悔などありはしない。

 

 だが、目の前の患者(クーちゃん)はどうだ。王という機構の中に身を置かなければ。愉悦を封じて機械のようにならなければ王として在れない。

 それはナイチンゲールよりも歪だ。歪んでいる。ゆえに、彼女は問うのだ。

 

「この支配に、必要性はあるのですか?」

 

 未来への展望は? 行きつく果てはあるのか。

 

 全ての行動原理たる目的。いわば夢、野望、求道、王道、覇道。あらゆる道を進むとしてその行く末は必ずや未来へつながっている。

 それがなければおかしいのだ。例えば王になりたいという願いがあったとして、それが目的であるならばその未来は王となり支配して、どうするかという展望を必ずや持つものだ。

 

 だが――。

 

「さてな」

 

 この男にはそれがない。ゆえに病だ。

 

「だから貴方は私とは違う。私の血は夢の為に熱く滾る。貴方の血は野望の為に冷えて濁る。それは病です。私に治療させなさい、クー・フーリン。私は死んでも、貴方を治療しなければならない。何より――マスターが貴方の帰還を待っている」

 

 だから治療させろ。そんな理屈。そんな言葉。しかし、

 

「……話はそれで終わりか? 突拍子もない話で聞き入っちまった。なるほど病か。病気なんてもんにはかかずらったことはなかったから、目から鱗だ。確かに、治療を受けりゃ正気に戻るのかもなァ――だが、そうは問屋がおろさねぇ」

「――――っ!」

 

 聖杯から汲みだされた願いは強い。それをどうにかしたいのならば推し通れ。それが戦場の習わし、ケルトの習わし。

 

「行くわよ、クーちゃん。我こそはコノートの女王メイヴ! 貴方たちなんかに遅れはとらない!」

 

 敵が来る。

 

「行くぞ!」

「ああ、マスター、指示を。――余はコサラの王ラーマ。これは志半ばにして倒れた者たちから手渡された使命である」

「その妻シータ」

「おまえたちが世界を滅ぼすものである限り――余の戦意、余の闘志に揺らぎはない」

 

 戦端が開かれる。ここから始まるは最後の戦。最終決戦。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「オラァ!!」

 

 振るわれる剛槍。強大な力にて振るわれる槍の一撃をマシュは受ける。

 

「くぅううぅ!!」

 

 その一撃は李書文のように流麗なそれではない。スカサハのように極まったそれではあるものの、そこに存在するのはただ敵を滅ぼすという必滅の意思だけ。

 滅尽滅相。ただ敵を廃絶するという強大な意志が乗っている。そのために並みのサーヴァントでは受けることすらできないだろう。

 

 だが、マシュは受けた。シールダーというエクストラクラスだからというわけではない。彼女はただ守りたい一心でその盾を振るう。

 その意思に盾は応えてくれる。宝具の名すらもわからぬというのに、盾は砕けず、マシュもまたただまっすぐに立ってその攻撃を受け続ける。

 

 攻撃を防げば次はこちらの攻撃だと言わんばかりにラーマが走り込む。卓越した武術によって放たれる剣技は槍技に負けておらず攻撃をマシュが防ぎ、彼が攻撃を放つ。

 

「ぐっ――」

 

 クー・フーリンですら押すことができる。だがもっともその趨勢に関わっているのは――。

 

「上段からの突き入れ。――ルーン。投擲。される前に潰せ!」

 

 的確な指示の有無だ。まるで行動を先読みしているかのような――クー・フーリンの思考を先読みしたかのような指示によりサーヴァントたちを動かすことによってクー・フーリンを封じる。

 

 ――わかる、おまえがどう動くのか。

 

 魔術師であったころの彼とどれほどの時を過ごしただろうか。槍を持った彼を知りはしない。だが、彼の夢の中で彼の戦いを知っている。

 サーヴァントの生涯をマスターは夢として見ることがある。そこで見た彼の生きざま、彼の規格外さ。ゆえに一切合切把握している。

 

 彼の全てを把握して狂った王としての側面を今、目の前で見ながら情報に加えていく。その精度はもはやある種の未来予知にすら届こうとしている。

 スカサハは思う。

 

 ――今、どんなにすごいことをしているかわかっているのだろうか。なあ、マスター。

 

 数多の特異点を超えて来た。その中で培われていった直感、心眼、あらゆる戦闘眼。彼の中にあった才能が、特異点を超えるうちに開花していった。

 

「スカサハ師匠!!」

「心得た!」

「チ、ィ――!!」

 

 放たれる槍の一撃。それをクー・フーリンはそれを躱すだろう。弱ったスカサハ師匠の一撃に当たるほどクー・フーリンは弱くない。

 ゆえに避けたその場所にナイチンゲールの拳が入る。まるで吸い込まれるように直撃する彼女の拳。轟音と共に吹き飛ぶ。

 

「マシュ!」

「はい、先輩!!」

 

 同時に突っ込むのはマシュ。盾を構えてまっすぐに放たれる槍の投擲を盾で防ぐ。だが、その威力を殺しきることはできずに吹き飛ばされる。

 持ち上がる盾。その下から飛び出すラーマとスカサハ。盾の陰に隠れて見えなかった。攻撃を放った瞬間だ。槍は遠い。戻るにはまだ時間がかかる。

 

「ルーン魔術だ。スカサハ師匠!!」

「応!!」

 

 ならば使うのはルーン。しかし、それも予測済み。スカサハのルーンがクー・フーリンのルーンによる魔術の効果の大半を消し去る。

 

「そこだ――」

羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)!!」

 

 魔王ラーヴァナを倒すために、ラーマが生まれた時から身につけていた不滅の刃が投擲される。それは魔性の存在に絶大な効果を及ぼす刃だ。

 

「クラァァ!!」

 

 投擲される死棘の魔槍。

 

「チィ――」

 

 全力で投擲された魔の槍はブラフマーストラに匹敵し、これを打ち落とす。だが、これは好機。一気呵成に攻め立てる。

 

「ブーディカさん!」

「わかった!」

 

 メイヴの鞭を盾で防ぎ剣で切り付ける。それで距離をとるなら彼女の約束されざる勝利の剣より放たれる魔力塊が打ち出される。

 それは小ぶりであり、威力もサーヴァントを一撃必殺とは行かないが連発が可能だ。また真名を解放すれば、複数の魔力塊を同時に放つことができる。

 

 連続で放たれる魔力塊。それをメイヴは防ぐ。防がざるを得ない。なぜならば、防ぐ以外に方法がないようにしているからだ。相手を観察し避ける方向を予測してそこにあらかじめ魔力塊を放つ。

 そうすることによって、相手が防がざるを得なくする。必然的に足は止まる。一度止めてしまえばアストルフォが敏捷性を活かして近づき、触れれば転倒によって転倒させる。

 

 一時的に霊体化した彼女の両足これで機動力は完全に封じた。そこをダビデの必中が穿つと同時に――。

 

燔祭の火焔(サクリファイス)――神の意にて焼き尽くされると良いよ、美しい女王。美しいから妻に迎えたいけど、世界の為だからね次の機会にするよ」

 

 ダビデが宝具を発動する。メイヴの前に香炉の幻が現れる。薫香がたかれ、紫の煙がメイヴを取り巻いた。それで終わりではない、シナイの山を思わせる雷雲が立ち込める。

 轟音の鳴りは神の怒りを示していた。天より遣わされる業火がメイヴへ穿たれる。神の意に従わぬ全てを焼き尽くす業火は祭壇を形成し、その中のメイヴを焼き尽くしていく。血液すら残しはしない。

 

「あ――く――」

 

 それにはクー・フーリンも戦闘を止めた。

 

「……チッ、酷いありさまだなメイヴ」

「ええ、クーちゃん、私、今にも死にそうよ。でも、役割は果たしたの……。本当、本当よ。……褒めて、くれる?」

「――そうだな。おまえさんにしては、よくやった。女王として国を守る。やればできる女だよ、おまえは」

 

 その言葉を聞いて死にそうなメイヴは表情をほころばせた。やっと悲願がかなったとでも言わんばかりの笑顔を浮かべる。

 

「……うれしい。私、その一言が聞きたかったの」

 

 その様は恋する乙女そのものだった。ただそれだけを願って、それだけで救われた。ゆえに、彼女の願いは今まさに成就した。

 

「やっと、幾星霜願い続けて、やっと……貴方は、私のものになってくれた」

 

 ゆえにもう何の憂いもなく、全てが終わるのだ。

 

「私、の最高傑作をご存じ?」

 

 メイヴの最高傑作?

 

「まさか――二十八人の戦士(クラン・カラティン)か!」

 

 ドクターの声とともに肯定という彼女の声が響く。

 それはかつて彼女が生み出した怪物の名。稀代の英雄クー・フーリンを殺すためだけの集合戦士。

 

「それがおまえの切り札か? ならば召喚してみせろ!」

 

 ラーマが猛る。たとえどのような化け物であろうとも倒して見せると言っている。

 その様をメイヴは笑う。ちゃんちゃらおかしいというように嗤う。

 

「違う、全然違う――」

 

 否定だった。それは否定の言葉だった。こちらに召喚はされない。ならば――。

 

「まさか、北部戦線に?」

「な、な、こんなことが可能なのか!?」

 

 ドクターの悲鳴のような声が響く。

 

「北部戦線に二十八体の魔神柱が確認された――」

 

 二十八人の戦士の枠に当てはめて無理やりに召喚された二十八柱の魔神柱。恐ろしいのはその存在ではなく、その存在すら召喚して見せる彼女の願い(イノリ)だった。

 その深度まさしく超級。クー・フーリンの為ならば自らの身すらも擲つという覚悟の証。それが二十八の魔神柱に繋がった。

 

「みんな――!」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――地獄が、広がっている。

 

「なに、……コレ……」

 

 目の前に広がる二十八の魔神柱。もはやその暴虐は単純な倍という話ではない。

 

「なんで、こんなのがこっちに来るのよ! 子イヌは!?」

「通信が来た。あっちは無事だ」

 

 つまりこれは北軍をすりつぶすために送られた敵ということになる。

 

「勝ち目はねえな。こいつぁ、魔神柱の集合体だ」

 

 サーヴァントの手に負える代物ではないとベオウルフが言う。二十八の魔神柱が融合したそれ。まさしく正しくそれは魔神だった。

 サーヴァントがどれほど集まろうとも勝つことなど不可能。逃げることすらも不可能。ここで全ては終わるのだ。

 

「終わりだ……」

「エジソン?」

「終わりだ! 見ろ、一体だけでもサーヴァント複数でかからねば決して倒せぬ相手が二十八体だ!」

「エジソン! 落ち着きなさい! あなたがパニックにならないで!」

「正義は……敗れるのか……」

 

 アレが動くだけでこちらはすりつぶされる。どうにもできはしない。

 

「少しだけ時間を稼ぎましょう」

「レオニダス一世……」

「なぁに、守ることは得意です。なに、敵は二十八体。十万人のペルシャ軍よりもマシだと私の計算がはじき出しました」

 

 嘘だと誰もがわかる。だが――。

 

「信じています。我々が犠牲になっている間に必ずや打開策を大統王がひねりだすことを――行くぞ、これが……スパルタだぁあ!!」

 

 兜を脱ぎ捨てレオニダスが駆ける。その背後に付き従うは、300の重装歩兵。かつてペルシアを相手に戦った決死の300人。

 

「――炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)ァァァッ!!!」

 

 天高らかに、炎を纏いし、紅蓮の兵隊がここに顕現する。

 その名はスパルタ。

 かつて、ペルシアの軍勢10万を相手に戦った至高の守護者の名なり――!!

 

「オオオオオオオオオオオォォォォオォォ!!!!」

 

 魔神柱とスパルタが激突する。

 もって数分だろう。だが、この数分が世界を救うことになると信じて彼は退くことはない。

 

「……ちょっと獅子頭!!」

「し、獅子頭? 獅子……獅子などどこに……あ、私のことか! な、何かな角の生えたレディ?」

「あのねぇ――」

 

 すぅと息を吸い。

 

「泣き言言ってんじゃないわよ!!」

 

 マイクのハウリングが響く。

 

「うぉ、耳が!?」

「確かに大ピンチよ、でもねえ、あの子イヌだって、あそこで今まさにすりつぶされてる筋肉だって(アタシ)たちに託したのよ! ここを守り切れば(アタシ)たちの勝ち! ここで(アタシ)たちが諦めたら戦線は崩壊でしょ!?」

「そりゃそうだが、コイツはケタが違いすぎる。っつーか、オレたちの攻撃、効くのかアレ?」

「効果がなくても生きていれば、それでいいんでしょう! 誰が何と言おうが(アタシ)は負けない!

ううん、負けてなんかやるもんか!」

 

 宿敵(ともだち)だったネロを殺した奴らには絶対に負けてやらない。

 

「よく言った」

 

 漆黒の騎士王が言う。

 

「未だ体が動くのであれば戦うのみだ」

 

 黒の極光を聖剣が纏う。ここには聖剣がある。ならば勝利は約束されているのだ。敗北はありえない。

 

「おうおうよく言ったさすがはドラ娘じゃ」

 

 ここには信長もいる。第六天魔王が魔神柱なんぞに負けるはずもなし。何よりも。

 

「相性ゲーじゃ。あれは魔“神”柱なんじゃろう。このわしに神が殺せぬはずがないわ」

 

 展開される第六天魔王の心象。それこそが彼女が抱くもの。神仏を殺す地獄。

 

「あんたたち……」

「はいはい、なんか感極まっているのは良いが、そこどいとけ――」

「きゃぁ!?」

 

 雷撃が降り注ぐ。

 

「上は見ろよ。ったく」

「わ、わかってるわよ! 気を取り直して(アタシ)たちもやるわよ緑色!」

「おまえいい加減俺の名前覚えろよ! ――で、エジソンの旦那はどうするよ? 逃げるんなら逃げてもいいぜ?」

「………………」

 

 エジソンは動けない。

 

「――行くわよ、この(アタシ)の極上のナンバーでイカせてあげるわ!!!」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「……逝くか」

「ええ、逝くわ。聖杯は貴方に託しますクー・フーリン。さようなら。いつか、まだ、どこかで――」

 

 そう笑ってメイヴは逝った。

 

「やれやれ、寄り道が過ぎるのはオレの起源かね。いい女には縁がない。早々に分かれちまう。逆に悪い女ほど絡みついてきやがる。特にメイヴは茨以上にしつこい女だったんだが……まったく。良い女になった瞬間、満足げに消えちまった」

 

 雰囲気が変わっていた。いつものクー・フーリンのようであった。感じられる魔力も弱まっている。おそらくはクー・フーリンを王にと願ったメイヴが消滅したことによってその強制力がなくなり、時代の修正力が強まったのだろう。

 可能性が強まった。この世界を救うには北部戦線が崩壊する前にクー・フーリンを倒すしかない。

 

 話し合いはできない。なぜならば、クー・フーリンは未だに戦意をたぎらせているからだ。

 

「――うし。それじゃあ、殺し合うとするかマスター」

「……聖杯を渡す気はないみたい、だな……」

「欠片もねえな。坊主のことや盾の嬢ちゃんやらいろいろと戻ってきたわけなんだが――これは誓い(ゲッシュ)だ。メイヴって女は全くどうしようもない悪女だったが時代を支配できるだけの願望器を、俺一人の心を奪うために、躊躇なく使いやがった。あれにとっちゃ飽きれば捨てるはずの玩具だろうが、心意気だけは買ってやらねェとな――だから、全力でテメェらを殺すことにする」

 

 圧倒的な覇気が放たれる。そうしてしまえば世界が滅んでしまうというのにクー・フーリンには迷いがない。やるしかないのだ。

 

「ああ、やるかしない。気を抜くなマスター! 来るぞ!」

「行きます! マスター、どうかわたしたちに勝利を!」

「ああ、行くぞ!」

 

 より通常のクー・フーリンに近づいたということはそれだけ読みやすいということ。気を抜くな。読み続けろ。思考を回せ。

 あらゆる情報を処理し、クー・フーリンの動きを予測する。

 

「まずは、一番厄介なマスターからだ――」

 

 多対一の場合まずは弱い奴から処理していく。この場合はマスターであるオレだ。最も弱いが、もっとも厄介な相手。だからまずは全力で屠る。

 同時にこれは最善手だ。屠ることができたのであれば、その時点で全ては終わるからだ。無論、それが容易でないことくらいわかっているだろうが、クー・フーリンにとってはその程度のこと何ら問題にすらならない。

 

 マシュの盾の一撃を流れるように躱し、放たれるスカサハの槍を自らの槍を投擲することによって相殺する。一直線に向かうクー・フーリン。

 この場合、守るのは。

 

「ますたぁの敵を燃やします――」

 

 竜へと変化しクー・フーリンへと突撃する。青き焔の龍はクー・フーリンへとかみついた。避けることはしなかった。避けられるはずなのに。

 

「――来ると思ったぜ。龍の嬢ちゃん。だが、そいつは愚策だ。こいつは見たことがねえだろ――」

 

 ――宝具封印。

 ――転身。

 

 彼の姿が変わる。

 

「清姫、逃げろ――!」

「遅せぇ!!」

「が――」

 

 清姫を突き穿つ鎧の爪。全身の火傷、その他の傷を無理やりにルーンで治癒させながら清姫を爪に突き刺したまま彼は突撃する。

 それは盾だった。清姫が消滅するまでの一瞬の間、こちらは攻撃できない。仲間だからだ。

 

「でも、このま、ま――」

「させるかよ」

 

 清姫が何かをしようとした瞬間にその頭をねじ切る。

 消える刹那、それを剛腕で投擲、ブーディカがそれを受けて吹き飛ばされる。

 

「ブーディカ!」

「よそ見してんじゃねえぞ、イスラエルの王様よォ――」

「しま――」

 

 爪の一撃がダビデの体に大穴を穿つと同時にブーディカごと地面に爪をたたきつける。

 

「ガァ――」

「まずは、王様と女王様。それから龍娘だ。テメェらから減らせばマスターが動きにくくなるよなァ」

 

 この三人は基本として守りだ。彼らがいるからこそオレは自由に動ける。

 だが、それが一気に崩される。攻防の要であるマシュがオレの防御に回らざるをえなくなり、スカサハ師匠とラーマ、シーター、アストルフォ、ナイチンゲールで崩さなければならない。

 

 それに、あの姿だ。あれは生前ですら見たこともない。当然、スカサハ師匠もなく対応が思いつかない。

 それにまたやられた。オレのせいで。

 

「く――」

 

 ――いや、諦めるな。

 

 初見の敵なんていくらでもいた。思考を止めるな。泣き叫ぶのは、あとだ!

 

「ラーマ!!」

「わかっている!!」

「スカサハ師匠!」

「応!」

 

 やれることをやるのだ。やれることを――。

 

 その決意はいともたやすく踏みにじられていく。

 

「くっぉぉぉお――」

 

 ラーマが吹き飛ばされる。シータの援護射撃が弾かれ、スカサハ師匠がたたきつけられる。

 

「なんだ、前よりも力が――」

「聖杯だ!」

 

 ドクターが答えを出す。

 

 聖杯が力を与えている。この場合はより優れた王。ケルトの場合、それは――より強い王になるということだ――。

 




長めのお盆休みなのをいいことに一日中執筆している。それで何とかラストまでもっていきます。

てなわけで、決戦だよ! マテリアル買ったので即座に反映。
ダビデの宝具とか、ブーディカさんの剣とか。

オルタニキはそれでも強い。ちなみにオルタニキの成分はキャスニキが核ですので、無論、あの宝具も出てくるかもです。

次回は、北軍の方です。

さて、そろそろ五章も終わりですね。五章が終わったらどうしようかな。
まあ、まずは六章に向けて三蔵イベですね。
それから六章をやって順次イベントをやっていきたいと思います。


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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 25

「ハァ、ハァ、ハア……」

「――弔いの樹よ、牙を研げ! 祈りの木(イー・バウ)!!」

 

 ロビンの一撃ですら魔神柱には効果を及ぼさない。ノッブの固有結界の中であれは存在すら維持できないほど弱体化するはずなのだが、そうは問屋が卸さないのだろう。

 弱体化はするが、それほど弱まっているとは言えない。騎士王の一撃ですら決定的にはなりえない。

 

「マネージャー、水ちょうだい! 喉かれそう!」

「マネージャーって、俺かよ!? いやまあ、持ってますけどね!?」

「負けないんだから!」

「おー、おー、やる気だねお嬢さん、だったらオジサンも頑張らないとね――」

 

 槍を構える。標的確認、方位角固定――。

 

「貫きな――不毀の極槍(ドゥリンダナ・ビルム)!!」

 

 宝具の貫通力を重視した真名解放。貫通力だけを高めたそれはヘラクレスの試練すらも突破し、それごとアステリオスすらも貫く。

 だが、その一撃すら魔神柱には通用しない。

 

「おいおい、そりゃないぜ――」

「……エジソン、ミスタ・エジソン」

 

 それを見てエレナがエジソンへと言葉を放つ。

 

「わかっているでしょう。立ちなさい。立って、戦いなさい」

 

 それは激励だ。

 

「あなた、アメリカ人じゃないの? 剣の代わりに斧と銃を手にした開拓者じゃないの?」

 

 神秘を信じながらもその力に縋ることを否定した男。それがこんなところで神秘に負けていいのか。

 

「あなたは、未知を拒絶し、未来を望むのでしょう。さあ、だから――」

 

 その時、エリザベートに危機が迫る。

 

「あ、ヤバ――」

「おい、お嬢!?」

 

 その時、雷光が爆ぜた。

 

「あれ、(アタシ)、無事?」

「――立って、戦うことのなんと難しいことか」

「そうね、難しいわよね」

 

 立って戦うことは難しい。一度膝を屈してしまえばそれを持ち上げることは、戦う決意をした以上の勇気が必要だ。

 だが、人間は膝を屈してもいつかは必ず立ち上がる。その数多の絶望を踏み越える者こそ英雄。

 

「すまない小さなお嬢さん。君にばかり負担を強いるなどアメリカ人の名折れ! ふはははは、見せてくれよう! 真・発明王の雄姿!! W・F・D(ワールド・フェイス・ドミネーション)!!」

 

 それは彼の三大発明である電球、蓄音機、映写機による幻想支配宝具。闇を照らし、ありのままの音を写し取り、現実をありのままに映し出すことによる世界信仰強奪。

 隠されていたからこそ意味を持っていたものを暴きたて、エネルギーでは計れないものを零に固定し、民衆からの信仰を存在しないと無へと貶める。

 

 これはそういう宝具。彼の宝具が輝き、魔神柱に僅かならもダメージを与える。

 

「すごい」

「ふははは、そうだろうそうだろう!」

「それがあれば、(アタシ)のライブがより一層輝きそう!」

「……そういう使い方は想定してなかったな……」

「エジソンは立ってくれた。でも、このまま戦ったとしてもあと何分もつかしらね」

 

 もう一つ、何か決定的な何かがほしい。

 

 

 そうエレナが願ってた時。

 

 後方に座し苦渋の想いでヘルタースケルターを生み出し続けていたバベッジがどこかへと通信を送る。それが希望になると信じて。

 莫大な不安を抱きながら――。

 

 

「ガっ……」

 

 ロビンフッドが吹き飛ばされる。

 

「緑! ――ちぃ!」

 

 裸マントの信長も吹き飛ばされ。

 

「く――」

 

 騎士王が放つ極光も鈍りを見せる。

 

「回復を……きゃ!」

「く! さすがにこれほどの巨躯では気を叩き込むのも難しいな」

「皆、ここまでか……。せめて、私以外は撤退を――」

「してどーすんのよ馬鹿!」

 

 倒れたエリザベートが立ち上がる。

 

「そう、じゃ、まだ、まだよ」

「ああ、まだだ――」

「いかん、動くな、君たちはもうこれ以上は」

「脱走とか……叛逆とか、口答えとか! ソレ、(アタシ)が一番嫌いなモノ……だから!」

 

 まだ、やれる――。

 

 その言葉がエジソンを動かす。

 

「仕方あるまい! ブラヴァツキー! 彼らを頼む!!」

 

 宝具を暴走させる。それによって、自爆する。そうすれば彼らを逃がす時間を稼げると信じて。

 

「それでどれほど持つかもわからんぞ!」

「それで構わん」

「――チッ。行くよ、撤退だ、オジサンに続きな!」

「ちょ、離しなさいよ!」

 

 それでいいとエジソンは頷く。

 

「私には、彼らを――おまえたちをほんの少しでも長く守る義務があるのだ」

 

 たとえ一分であろうとも構わない。それはアメリカ大統領としてでもない。発明王だからではない。トーマス・アルバ・エジソンだからでもない。

 

「私が人間だからだ!」

 

 遠い未来。この土地を開き、この国を作り上げた人間として――

 

「その責務がある!!」

「駄目、エジソン!」

「ふふ、さらばだ友よ。何、案ずることはない。マスターを信じよ。彼ならば必ずや勝利を――」

 

 エジソンが爆発しようとしたその刹那。雷電がはじけた。

 それはいつか見た輝きだった。

 それは蒼色をした輝きだった。

 

 空の彼方に見えるもの。雷の輝き。

 その輝きの中で腕を組む男が一人。手には機械の篭手(マシンアーム)が。

 纏った服にわずかに紫電が迸る。

 彼は雷電だった。遠き空を駆ける光り輝く雷電であった。

 

「直流ばかりの凡骨よ、おまえのくそ情けない声を聞いた。ゆえに、私は――嫌がらせのために――来たぞ。ははははははは!!」

 

 それは男の声だった。もっともエジソンが聞きたくない男の声だった。

 

「こ、この忌まわしい声と……無駄な高笑いは……まさか、まさか、おまえは!」

「そのまさか、だ! この真の天才、星を拓く使命を帯びたる我が名は――」

「すっとんきょう! ミスター・すっとんきょうかぁ――――!!」

「ニコラ・テスラである!」

 

 ニコラ・テスラ。雷電の男。ゼウスの雷霆を地上に顕した男。壮絶にして華麗なる叡智の魔人。

 

「うそ、ニコラ・テスラ!?」

「ぐ、ぬ、ぬぅぅぅぅ!! このタイミングでこの出現、いつもながら、なんと……なんと美味しい男なのだ貴様はァァアアア!」

「バベッジ卿に呼ばれたのだよ。貴様が大変そうだからとな」

「ぐぬぬぬうぅぅう!!! この私を助けてさぞいい気分だろうな!」

「ヴァカめ! 何度召喚されようとも、貴様など助けるものか! 私が救うのはこの時代であり――そして、借りを作った彼らだ」

 

 英国ではいろいろとあった。迷惑をかけたがゆえに、ここでその借りを返す。

 

「そこの旧き神代の遺物は、この私が拓いた雷電の力によって消えゆく定め。エジソン。貴様はただ、この大雷電の美しさに臥せるがいい……! はははははははははははははははははは!!」

「ええい、なんて無駄な高笑いだ。このために練習してきたとしか思えんが――ふざけるなテスラ! 貴様など、所詮は突出した異常者にすぎん」

 

 真の天才とはつまるところ、それを普及化したもの。つまりはエジソンである。それにエジソンは既婚者。テスラは独身。

 人類としての優劣でもエジソンが勝っている。

 

「――愚かな。私について行ける女がいなかっただけのこと。天才は生涯孤独。やはり貴様は凡骨だ」

「凡骨ではない! 社長である! 私は天才など見飽きている! ベルくんとかな!」

 

 天才たちをうまく使ってこその社長。

 

 それから始まるのはまったく子供じみた言い合いだ。まったくこれでは話が進まない。ただでさえ大ピンチには変わりないのだから、さっさと行動しなければならない。

 

「――はいはい、そこまで。どっちが天才とかどうでもいいから。天才なら、この状況をなんとかしてくれないかしら」

 

 そして、NGワードを言った。

 

「――いくら電気の力でも、この怪物を倒せはしないでしょう」

 

 その時、エレナにカチンという音が聞こえた気がした。

 

「――おいすっとんきょう」

「ふん、今回だけだ」

「あ、あれ、なんかもしかしてヤバイこと言ったかしら――」

 

 言った。だが、結果的にそれは世界を救うことになる。

 

「――人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)!!」

 

 それはいつか見た輝き。

 いと高き蒼穹で輝く神々の閃光。

 人々にもたらされし第二の力が今ここにその神鳴りを轟かせる。

 

「これこそが、新たなる人類の雷霆、その身で味わうが良い!!」

 

 悲劇(ゼツボウ)は終わりだ。

 世界の全てを満たす暗闇を輝ける英雄が幕を引く。

 これより始まるは英雄譚。

 二人の英雄が背負う雷霆に遍く全ては見果てぬ希望(ユメ)の先を見るのだ。

 

 だが、それでは足りぬ。

 

「なに――、加減が過ぎたか!」

「――フン。そんなだからロクに伝記も書いてもらえんのだ。私はマスターにすら尊敬されるほどの伝記が世界規模で流通しているぞ。それ行くぞ――」

「フン――」

 

 それは、至高にして究極。

 主神が持つべき神々の槍。

 世界を穿つ轟きの名を知るが良い。

 その名は雷電。その名は雷。

 

 これより先に、神はいない。

 

「ついて来れるか凡骨!」

「ほざけすっとんきょう、おまえがついてこい!!」

「――これより先に神話などありえない。不死の怪物だろうと未来永劫にわたって殺し続けることのできる雷をくれてやる」

「――宝具、起動!!」

 

 雷電よ降臨せよ。

 闇に閉ざされた世界に光よ降り注げ――。

 

 創世せよ、天に描いた光り輝く世界の夢を。

 

 これこそ、我らが夢見た無窮の輝きだ――。

 

「「――W・F・D(ワールド・フェイス・ドミネーション)!!

 ――人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)!!」」

 

 電子の檻。未来永劫、魔神柱を封じ込める檻が完成する。

 あとは、旧き神話が、ことを為す――。

 

「――神性領域拡大。空間固定。神罰執行期限設定」

 

 莫大な魔力(エーテル)を観測する。

 祈りとともにあふれ出すは神の破壊の序説。

 これより訪れるは神話の具現。

 

「魔力収束及び加速に必要な時間を推定」

 

 あらゆる全てのことごとくよ消え失せろという言葉。

 それは圧倒的な言葉だ。

 否、言葉などと生ぬるいものではない。これは命令だ。これこそが、世界の意志である。

 

 世界の意志が純度をあげて駆動する。

 

「――消費開始(カウントダウン)

 

 神々がもたらした破壊の力。

 世界を灰燼へと帰す理。

 七度世界を破壊することのできる神罰の執行がここに具現化する。

 

「さあ、今のうちに退避を」

 

 神話の終わりを告げる鐘の音が響く。それが止まる時、世界の破壊するほどのエネルギーが巻き起こるだろう。

 

「何しろ、この身を犠牲にしての一撃。手加減などできませんので」

「神代の……神造兵器……!?」

 

 理解した瞬間、全ての者が逃げだす。神代に作られた神の兵器が、その暴威を露わにしようとするのだ。誰もが逃げる。

 

「シヴァの怒りを以て、汝らの命を此処で絶つ――破壊神の手翳(パーシュパタ)!」

 

 己の霊基すらも顧みずその一撃は二十八の魔神柱を消し飛ばす。

 

「……うそ、やっちゃった……?」

「これが――せめてもの償いになるといいのですが。カルナ……そうか……おまえの気持ちが……今になって、やっと……」

 

 言葉と共に全てを出し尽くしたアルジュナは消滅した。

 

「勝った――」

「そのようだな」

「やったわよロビン!」

「……同じ弓兵(アーチャー)としては複雑な気分ですけどね。あー、世界広ぇなー」

 

 だが、勝った。それだけは確かだ。

 

「……ふむ。こちらの役割は果たした。儂は、あちらに行くとしよう」

 

 スカサハが死んでは困る。あちらの援護に行く。あわよくば強敵とやり合うことを目的に書文は駆ける。

 

「はっはっは――止めを刺したのは彼の宝具だが、それを押しとどめたのは私の電気技術だな」

「妄言も大概にするものだエジソン。貴様のはあくまでバックアップ、補助にすぎん。あの怪物を封じたのはニコラ・テスラの雷電だ。いや、或いは全力であれば大陸ごと消し飛ばせたぞ?」

「……ふうむ。反論しようと思えばできるが……。今の私は非常に気分がいい。そういうことにしておいてやろう」

「あん?」

「……なんだ、貴様。やるのか」

「――やるわけなかろう。凡骨如きの戯言に私が耳を貸すはずも――」

「おっと、手が滑った」

「おっと、電気が滑った」

「…………」

「…………」

 

 そうして始まる殴り合い。そんなこともできるのも戦争が終わったからだ。

 

「やれやれまったく元気だねぇ、オジサンすっかり疲れちゃったよ」

「……助かったわヘクトール。いろいろとね」

「…………そうかい。まあ、今回であいつらに借りを返せたし。オジサンもこれでいいかねぇ」

「まったくそんな風に言うのなら最初から素直に協力なさいよ」

「それもオジサンの性分でね」

「そう……」

 

 でも、とエレナは思う。それでもこうして勝てたのだと。

 ウィリアム・ハーストの記事でも、こんな冗談みたいな光景はなかっただろう。今、殴り合っている二人は同じ道を歩いているというのに、狭いから殴り合いをしてしまう。

 

 けれど、その成果を見ると良い。剣も取らず、ただ知恵だけで、全てを成し遂げた英雄の姿を。

 

「ったく、こりゃぁ、悲しいねぇ」

「いいえ、悲しくはないのですよ」

「なんだ、テメェ生きてやがったか守護の英雄」

「それは貴方もでしょうに竜殺しの英雄。なんとかギリギリ、また私が最後になってしまいました。――力の時代はとっくの昔に終わったのですよ。現代は計算と知恵の時代になった、ということです」

「それこそあんたの国からは遠いだろうに」

「何をおっしゃいますかスパルタにも知恵と計算はあるのですぞ!」

 

 前に進むということは何かを失うということ。

 華やかな英雄譚は消え失せて、残ったのは地味で面白みのない三流小説のような登場人物(ニンゲン)たち。名も知らぬ誰かの為に、自らの情熱でだけで思いもよらないことを引き起こす変態たちだ。

 

 だが、それでいいのだ。ただ一人、孤高に生きて、死後すらも殺して殺して殺す英霊なんてものは生まれなくていい。

 ただ誰かひとりでも多くの人間を幸せにできる者たちがいればいい。それはきっと英雄なんていうものよりもはるかに素晴らしいものだから。

 

「マスター、こっちはやったわ。だから、そっちも頑張って――」

 

 エレナの言葉が空へと上った。

 

 




北軍決着――。
テスラ登場は別世界のテスラをリスペクト。その他ネタを仕込みながら決着です。
あとはクー・フーリンを倒すだけ。

今日の十二時くらいに予約投稿しておきます。



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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 26

「やぁああああ!!」

 

 マシュの気合いが攻撃を防ぐ。苛烈さを増すクー・フーリンの攻撃を受け止める。大地に根を張るかのような防御。

 クー・フーリンはそこに白亜の城を幻視する。

 

「――ハッ まだだ!! そんなんで世界が救えると思うなよ嬢ちゃん!! いつも言ってんだろうが、腰を落とせってな!!」

 

 解放される原初の18のルーン。

 

大神刻印(オホド・デウグ・オーディン)!!!」

 

 北欧の大神オーディンが手にしたルーンの力が一時的ではあるが解放される。莫大な魔力の波動がたたきつけられ、あらゆる全ての守りと攻勢の加護が消えせる。

 

「くぅう、舐めるな、馬鹿、弟子!!」

 

 それでもなおスカサハは踏み出す。殺されることも良しとした。だが、オマエには殺されてやらない。

 

「刺し穿つ――」

 

 ゲイ・ボルク――!

 

 腕に構えたその一撃はしかして同質の爪にて防がれる。

 

「――」

 

 だが、それでいい。本来の投擲法は――。

 

「足だ!!」

 

 蹴り上げられた朱の魔槍。上空で三十に分裂し降り注ぐ。

 

「死ぬ気か、テメェ」

「私が死ぬわけがないだろうが、馬鹿弟子――」

 

 降り注ぐ槍はクー・フーリンにのみ突き刺さる。投擲者を殺す槍などなし。そも、これで死ねるのであればとっくの昔に死んでいる。

 これで決めるのではなくこれは単純に制限するだけ――。

 

「これで、最後だ。令呪を以て命じる――」

 

 最後の令呪を切る。これが最後ゆえに。

 

「クー・フーリンを救え!!」

「心得た――」

「はい」

 

 ラーマとシータ。同一の存在。そこに存在するのは同じ宝具。同一存在ゆえに宝具も同一であれば、力も堕ちている現状において、二人同時に放てばそれはただ一つ最強の一を体現する。

 シータが持つ弓にラーマの持つ剣をつがえる。一人では足りぬ。だから二人で。

 

「ラーマ様」

「なんだ」

「こうやってともに戦えたこと嬉しく思います」

「ああ、そうだな。マスターには感謝してもしきれない」

「だから――」

「ああ、だから――」

 

 この一撃はマスターが誇れるものに。自らの命を賭けた彼に報いるために、今ここに最強の一撃を顕現させる。

 

「これこそが羅刹王すら屈した不滅の刃」

 

 謳いあげるは伝説。

 朗々とシータとラーマが謳いあげる愛の言葉(イノリ)

 魔性を滅ぼす絶対の刃を弓に番える。

 

「出会えぬ我らを再び交わらせてくれた我らが主の為」

 

 出会えたとて別れてしまう。それを良しとして、言葉を交わすだけで良いと思った。

 だが、それでは駄目だとその身を厭わず再会(奇跡)を果たしてくれた者がいる。

 かつては愛する者の為。今は、彼の為に。

 

「「今こそ、我らは、魔を滅ぼす刃を放つ――」」

 

 魔を滅し、今こそ、その願いのままに彼を救おう。

 受けるが良い。

 これこそが、創造神ブラフマーが持つ必殺の投擲武器。

 

「「――羅刹を穿つ不滅《ブラフマーストラ》!!!!」」

 

 その一撃はまさしく羅刹王を屠った一撃にほかならず、現状制限された動きによって、その一撃を躱すことなどできはしない。

 ゆえに――

 

「全種開放――噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)!!」

 

 真っ向から打ち砕くべく自らの宝具を全開放する。

 ぶつかり合う力と力。

 

「おぉおおおおぉおおお――!!」

 

 だが、負けるはずなどない。ここに至るまですべての者たちの意思を手渡されているのだ。ここで負けるはずなどない。

 

「――はは」

 

 ブラフマーストラが彼を貫く瞬間、確かにクー・フーリンは笑ったような気がした。

 

「霊基の崩壊を確認! クー・フーリンの現界が崩れます」

「勝った……」

「ああ、これで終わりだ。だが、最後に、聖杯を守護する者を呼ばなくちゃな。気張れよマスター、これが最後だ。なに、あんたなら大丈夫さ。こんなオレを倒せたんだからな」

 

 顕現せよ、牢記せよ。

 これに至るは、七十二柱の魔神なり!

 

「く、まだあるとは!」

「クー・フーリン強すぎたか」

「まったく馬鹿弟子、なぜそれだけできて殺しに来ない」

「くそ!」

 

 疲弊しすぎた。これ以上の戦闘は厳しい。

 

「いいえ、まだです」

 

 その時、天使の声が響いた。

 

「我はすべて毒あるものを、害あるものを絶つ――ナイチンゲール・プレッジ!」

 

 彼女の宝具が展開される。あらゆる傷がふさがる。

 

「さあ、マスター! 救命の時間です。傷は私が癒します。何もかも全て元通りにします。何度でも何度でも何度でも。理不尽を踏みにじり、絶望を踏破して。そのために、私の全てを捧げましょう」

「ナイチンゲール!」

 

 同時に顕現する魔神柱。

 

「七十二柱の魔神が一柱。序列三十八。軍魔ハルファス」

 

 この世から戦いが消えることはない。

 この世から武器が消えることはない。

 定命の者(にんげん)は螺旋の如く戦い続けることが定められている。

 

 魔神の言葉が響く。それは人間はそういうものだと言っているようであった。

 

「いいえ! いいえ! 否と幾千幾万と叫びましょう! 失われた命より、救われる命の方が多くなったとき、螺旋の闘争はいつか終端を迎えるはず! いや、迎えさせる。それこそがサーヴァントたる私の使命。だから、この世界から退くが良い魔神。千度万回死のうが、私は諦めるものか!」

 

 そうだ。あきらめるものか。たとえどれほどの戦慄が待ち受けようとも。たとえどれほどの絶望が待ち受けようともマシュがいる。

 だから、絶対にあきらめない。彼女がいるからオレは前に進める。いいや、彼女だけじゃない。散っていった仲間たち、ここにいる仲間たち。みんながいるからオレは前に進める。

 

 前に進み続ける。

 

「闘争を与える魔神なんかに絶対に負けない!!」

 

 決死の覚悟で向かう。

 宝具も撃ち尽くし魔力も切れかけている。だが、それでも必ず勝つと誓って前へせめ立てる。

 

「ボクに任せて!! クー・フーリン相手にはほとんどなにもできなかったけど!! キミの真の力を見せてみろ――この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)! これがボクの全力だあああああ!!」

 

 放たれるアストルフォの宝具。ヒポグリフの力を完全開放。そのまま魔神の攻撃すらものともせずに突撃する。大きくその身体を揺るがし、霊基に罅を入れることになる。

 それでもなおアストルフォは歯を食いしばり突撃を続ける。魔神の攻撃にあらゆる全てを持っていかれそうになってもなお、負けるかと。

 

 なぜならば、

 

「ボクだって、英雄なんだ!!」

 

 だが――。

 

「ああ、くそ……やっぱり、弱いな、ボクは……」

 

 突き穿つには少しだけ足りない。

 力が抜けて落ちる身体。それを掴んだのは――。

 

「いや、そうでもない。先の一撃、実に見事だった。ならば、こそ、我が槍は是、正に一撃必倒。神槍と謳われたこの槍に一切の矛盾なし――!!」

 

 現れる男の姿。

 アストルフォ一人では足りなかった最後の一撃。そこに書文の極められた神の槍が放たれる。

 それは魔神柱を突き穿ち、その身体を消滅させた。

 

「かっこよすぎ」

「うむ、まったくだ」

「ラーマ様の方がかっこいいです!」

「うむ、まあ、今回はまこといいところ取られた」

 

 だが、倒せた。それによって聖杯の回収も終わった。

 

「聖杯、回収……ですが、犠牲も大きいものになってしまいました」

「何を言っておる。我らはサーヴァント、戦うために召喚され、救うために戦うが定めだ」

 

 まして、時代規模の戦い。途中で倒れる無念はあるだろう。だが、戦いそのものを忌避する者などいない。ただ笑って見送ればいいのだ。

 そうラーマはマシュに言った。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「はー、疲れた!」

「だな。しかし、まあ、我らがマスターもようやるわ。ここで五つ目だろ。どんだけ修羅場くぐってんだ」

 

 五つ目。数えきれないほどの修羅場をくぐってきたのだろう。きっと恐ろしいことも心を砕かれるような出来事もあったに違いない。

 だが、それでも届かぬ星に手を伸ばし続ける様は実に好ましい。

 

「さて、じゃあ(アタシ)は帰るわ。マスターにこっちでのこといろいろ教えてあげないと」

「おーう」

 

 エリザベートは一足先に帰った。カルデアでマスターと合流することだろう。

 

「俺もまた呼ばれるのかね。時代と場所に応じた効果的なトラップで勉強しておくか」

 

 次はいつ呼ばれるかはわからないが、きっとあのマスターはまた呼ぶだろう。その時にもきっちりと活躍するためにロビンフッドは今日も罠について学ぶ。

 

「やれやれオジサンも疲れちゃったね。さすがに」

「ははは――そうですな。私も疲れました」

「まあ、こんどもまた呼ばれるならこっち側がいいねぇ」

「私もです」

 

 ヘクトールとレオニダスも満足げに消える。

 

「いやー、疲れたのうサンタ」

「…………帰ってターキーでも食べましょう」

「そうじゃのう。帰ろう帰ろう。そんでまた世界を救いに出かけるとしよう。どうせマスターも勝ったんじゃしな」

「…………」

 

 サンタとノッブもまたカルデアへ帰還する。

 

「ミスタ・エジソン。良かったわね。世界は救われたわ」

「うむ……そうだな。これで良かったのだ。我々は多から成立した国家(イ・プルーリバス・ウナム)。アメリカだけでは成立しない存在である。絶望に屈してこの国だけでも――そう考えたのが最初の躓きであった」

「……いいんじゃないかしら? 結果的にそうやって抵抗したからこそ彼らが駆けつけてくれるまでこの国は、保たれた。過程を間違えるのはいつものこと。それでも正解を拾い上げるのが、エジソンでしょう?」

「……そうだな」

 

 納得したところにやってきていつものように馬鹿にしたような言葉を吐くのはこの男だ。

 

「――ハッ、これだから実戦派の凡骨は。理論もわからないまま、闇雲に挑むから、無駄な苦労を重ねるしかないのだ」

「……机上の空論というのだったかな。誰かさんのようなタイプは」

「あん?」

「なんだ?」

「あなたたち還る時くらいは仲良くなさいな」

 

 でも楽しかった。それでいい。縁は繋がったあとはいつかまた召喚される時が来るだろう。できることなら、あの怖がりで見栄っ張りで、それでいて頑固で誰よりも優しい男の子に召喚されるのが良いなと思う。

 それはこの場にいる誰もが思うことだった。

 

 そして、誰もが座に還る。次に呼ばれて、その人の力となって戦う時を夢見ながら――。

 願わくば、やはり震えながら戦う優しい男の子の力になりたいと願いながら――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「たはー、情けないなぁボク」

「そうでもないよ」

「うむ。あの一撃は実に見事であった。そうでなければ儂の技でも届かぬからな」

「そっか――うん、マスター、ボクは君の役に立ったかい?」

「うん、とても」

 

 アストルフォには随分と助けられた。いろんな意味で。なんかいろんな扉が開きそうになった気がするが。

 

「そっか、それならいいかー。あまり無理しないでね。それと、あまり悲しまないように。死んでいった人たちは確かに悲しいけれど、君はそれを背負いすぎる。耐えることも大事だけど、帰ったらちゃんと泣いたりするんだよ」

「わかってるよ」

「じゃあね――」

 

 そう言ってアストルフォはこの時代から還っていった。偉大な英雄。シャルルマーニの騎士。貴方には助けられた。

 貴方の言葉を抱いて最後まで歩いて行こう。

 

「さて、スカサハ!!」

「応!」

「あ、やっぱり戦うんだ」

「そうだ。といってもほとんど力を使い果たしているからもう一撃のみだがな」

「私もそうだな。一撃だけ。その一撃を見届けよマスター」

「ああ、立会人は任せる」

 

 ひゅうと風が吹き、清廉な気が立ち上っていく。荒々しくも静謐な武人の気。その武勇にどれほど助けられただろうか。

 その知啓にどれほど教えられただろうか。彼らとの思い出を振り返りながら、掲げた手を振り下ろし勝負の開始を告げる。

 

「いざ尋常に――始め!!」

 

 紛れもない武の頂きの一撃をその目に焼き付けた――。

 

「ナイチンゲールさん!」

「はい」

「もう少しで膝を突きそうになったとき、あなたの声が、わたしを立ち上がらせてくれました。ありがとうございます」

 

 マシュがナイチンゲールに感謝の言葉を述べる。それはオレも同じだった。諦めかけたその時、ナイチンゲールの言葉が力をくれた。

 

「感謝は無用です。元より、そういう契約ではじまったものですから。治療は終わりました。ようやくです」

「君のおかげだよ」

「感謝は無用ですが、謹んで受け取りますマスター。その代わりといってはなんですが……どうか握手を。連れ添った患者が退院するとき、こうやって手を握り合うのが私のひそかな楽しみだったのです」

「もちろん、喜んで」

 

 彼女の力強く優しい手を握る。

 

「ああそうだ――もしよければこの手袋をオレにくれないだろうか? あなたと過ごした記念に」

「ふふ、そうですね。どうぞ、いつまでも壮健で、私のマスター」

「いいところですまない。聖杯回収により、そろそろ時代の修正が始まるぞ」

 

 ドクターが言ってくる。

 

「わかった。――ラーマ、シータ。ありがとう」

「それはこちらのセリフだマスター。再びこうやって二人寄り添うことができた。それだけでも十分すぎるほどだ」

「ええ、それもこれもマスターの献身のおかげです。我らはもう去りますが、どうかいつまでも愛する者と健やかに」

「ではなマスター――また会おう」

 

 ラーマとシータが還っていった。

 

「彼らはまた再び出会えるでしょうか」

「ああ、きっといつか出会えるさ」

「そうですね。先輩――それでは、ナイチンゲールさん。わたしたちはこれで――」

「ミス・マシュ。その前に一つ。私の願いは世界中から病院をなくすこと。各家庭で充分な医療が得られることでした。百年たってもそれが果たされていないとは思いませんでしたが――それでも、私は確信していることが一つある。いつか、病気は根絶されるでしょう。絶望、怨嗟の内に亡くなる患者は存在しなくなる。自分の靴に接吻した兵士が、苦悶の内に死ぬのを看取ることもなくなるでしょう」

 

 彼女はそのために戦ったのだ。それは今も、これからも変わらない。

 

「だから、貴女が後ろめたく思うことはありません。私は私の目的のために。貴女は貴女の目的のために。

 ――これからの時間を生き続けなさい」

「……はい。ありがとうございます、婦長」

「ミス・マシュ。夢と願いは違います。私の願いは夢ではありません、夢という単語にした瞬間、人はそれを遠くにあるものと勘違いしがちです。限りなく現実を睨み、数字を理解し、徹底的に戦ってこそ願ったものへ道は拓かれる。嗚咽を踏みにじり、諦めを叩き潰す。

 ――それが、人間に許された唯一の歩き方です」

 

 その言葉を胸に刻もう。これからも戦いは続く。そんな時、歩き方がわからなくなったとしても、きっと歩いて行けると思うから。

 

「マスター。私は貴方に同志シドニー・ハーバートと等しい信を置いていますどうか、ミス・マシュへの助力を。貴方たちの進む道に、どうか光がありますように」

「うん、ありがとうナイチンゲール」

「では、さようなら。またお目にかかる日を、待ち望んでいます」

 

 彼女が消えるのと同時にレイシフトが起動する。完全に彼女が消える前にオレたちは時代から切り離された。だから、手袋はまだここにある。

 

「……願ったものへの道は……戦ってこそ拓かれる。……」

「マシュ?」

「いえ、いろいろなことを思い出しまして」

「そっか。今回はどんな旅だった?」

「はい。とても良い旅だったかと」

 

 レイシフトが終わる。

 

「――やあ、今回も何とか成功だったね」

 

 これによってアメリカ合衆国という歴史に必要不可欠であろう国家が成立した。

 

「聖杯はこっちで保管しておくよ。まずは部屋に戻って一息だ。今後の方針はまた改めて伝えるからね。ああ、それとみんな帰ってきたのと、新しいお客さんが来ている」

「新しい?」

「ああ」

「サーヴァント、キャスター。……ジェロニモ。今度こそ、君の力となろう」

「ジェロニモ!」

 

 新しい仲間にジェロニモが加わった。これからの特異点を巡る旅できっと力になってくれるだろう。

 

「ジェロニモさん、また会えてうれしいです」

「うむ。さあ、まずは再会を喜ぶよりも休むと良い。疲れただろう」

「はい」

 

 マシュと二人廊下を歩く。

 

「先輩、一つ良いですか? 今回の旅も、悲しい出来事がたくさんありました。ですが、先ほども言いかけた通り、素晴らしい旅でした。不謹慎かもしれませんが、楽しいです、わたし。マスターとともに世界と次代を駆け巡り、様々な人間、そして英雄と出会う。今回はアメリカに行き、その土地の英雄であるジェロニモさんやビリーさんと出会いましたし……ナイチンゲールさんの凄まじい執念を見ることが出来ました。敵で会った方々も皆――良い悪いは別として、鮮烈な人ばかり」

 

 それはきっとどんな魔術師であっても体験できなかった旅だ。

 この旅は、決して歴史に残らない。オレとマシュの記憶にだけ刻まれる旅だ。

 

「うん、この思い出を大切にしたいな」

「はい、わたしもそう思います。それではわたしはここで。あ、疲れているからといってすぐに横になるのはダメですよ? まずはシャワーを浴びて、清姫さんにでもマッサージを頼んで身体をほぐしてから睡眠をとって下さい」

「ああ、マシュもお疲れさま」

「はい、次も是非よろしくお願いしますね、先輩」

 

 その時、マシュがふらつく。

 

「マシュ?」

「あ、れ……?」

「フォウ?」

「せん、ぱ……? おかしい、な……わたし、立って――」

「……マシュ?」

「フォウ、フォウ、フォ――ウ!!」

 

 マシュが倒れた。マシュが、倒れた。その事実をうまく認識できない。どさりと音がした。

 

「マシュ!!」

 

 漸く駆け寄る。

 

「マシュ、マシュ!!」

 

 名を呼ぶどんなに名を呼んでも応えてくれない。目を覚ましてはくれない。息は在る。だけど、応えてくれない――。

 深い絶望が目の前に広がっているのを感じた。何が悪かった、何があった。なぜ気が付かなかった。あらゆる全てを見て来たんじゃないのか――。

 

 一瞬にして後悔が駆け巡る。

 

「フォウ!!」

「そ、そうだ――だ、だれか、ドクターに、ど、ドクター!!」

 

 フォウさんの一鳴きで正気に戻り、服を折りたたみマシュの枕にしてインバネスをかけて、ドクターを呼びに行く。

 疲れはあるが必死に走った。

 

「ドクター! ドクター!!」

「どうしたんだい、そんなに血相変えて――」

「マシュが、マシュが」

「――落ち着くんだ」

「これが落ち着いていられるか! マシュが」

「いいから落ち着くんだ!!」

「――――っ」

 

 ドクターの大きな声を初めて聴いた。冷や水を当てられたかのように頭が冷えていく。

 

「ごめん――でも落ち着いてくれ。何があったのかわからないと僕でもどうしようもない」

「…………マシュが、マシュが、倒れたんだ。オレ、どこで……」

「……マシュは? 医療チームを呼ぶ」

「こっちに……」

 

 ドクターを伴ってマシュの下へ。

 

「……ゆっくりと、そうゆっくりと。すぐに精密検査を」

「はい」

 

 医療チームに担架に乗せられてマシュは運ばれていく。

 

「……ドクター、ましゅ、は……」

「大丈夫だ」

「オレ……むり……」

「君のせいじゃない。軽く診察はした。君のせいじゃないことだけは確かだ。ほら、君も休んで。ひどい顔だ」

「……はい……」

 

 マシュ、マシュマシュ、マシュ。

 

 部屋にたどり着いてからも、ずっとマシュのことばかり考える。どうして気が付いてあげられなかったのかと後悔ばかりが心を満たしていく。

 悲しくて、悲しすぎて涙すら出ない。どうすればいいのかわからない。何をしていいのかもわからない。何が悪かったのかもわからない。わからない、わからない、わからない。

 

「…………マシュ」

 

 その名前を呼ぶ。ただ、呼ぶことしか、できない。マシュの声は聞こえない。先輩と呼んでくれた、後輩の声は――聞こえない。

 

 視界がゆがむ。視界が反転する。

 全てはそして、黒へ――。

 




長かった五章もこれにて終了です。お付き合いありがとうございました。
みなさんの感想があったからここまで来れたと思います。ありがとうございました。どうかこれからもよろしくお願いします。

とりあえず、五章を書くにあたりテーマとして設定したことは、このわちゃわちゃなサーヴァントたちによるストーリーの多少の変化とぐだ男の成長を見せたいということでした。
四章までは砕かれるだけのぐだ男もエドモンカウンセリングを経て成長しているのだと言いたくて、この五章で結構いろいろとやらせました。
圧縮もやりませんでしたからね。いや、長かった。

成長したとは言え度、エドモンのいつか世界を救うだろうという言葉からぐだ男にはいろいろと焦りとかもあってそこら辺をナイチンゲールさんに諫めてもらうというのが大まかな内容の展望でしたね。
あとは書きながらというかでした。ただ意識したのは全員に見せ場をあげたいということでした。
戦闘にしろ、その他にしろ見せ場はあげたいなと。反省はやはりジキル博士かな。

彼はいろいろと悲しいことになってしまいましたが、彼の見せ場というかはぐだ男の代わりにリーダーをやれるというところ。
まともな常識人枠であり、サーヴァントではありますが、それなりにあの濃いサーヴァントをまとめることができるのではないかと思ったからですね。それは今回加入したジェロニモも言えます。
今後ぐだ男がいない場合のまとめ役としてはジキル博士とジェロニモの二枚体制になるのかなと思っています。
ただやはりキャラの数が増えると描写が足りないとかありますので頑張らねばいけませんね。大勢のキャラを動かすのはやはり疲れる仕事ではあります。

ちょうどいいので配布サーヴァントたちの役割を整理していきましょうか。

キャスニキ。兄貴枠。ダビデとともに気兼ねなくぐだ男と一緒にいろんなことができる悪友的な役ですが、ダビデと違うのは彼は兄貴というところ。何かあれば責任は兄貴が持つという感じですね。例えるなら一緒に覗きとかやるけど最後のストッパーでもあります。女の扱いとか人生経験からのアドバイスをしたり、戦士としての心構えやルーン魔術など兄貴としていろいろとぐだ男に教える役でもあります。
今回のオルタニキになってからの全力戦闘もこれからの厳しくなる戦いを予感してのことです。

ダビデは悪友。大学生のノリでぐだ男と一緒に馬鹿やれるのが彼です。ただし王でもあるため、時には真面目になってぐだ男を導けるという非常においしいポジジョンに納まっています。何よりこいつキャラ的にシリアスやってよしギャグやってよしとホントに使いやすいんですよ。

清姫。マスターラブ。狂化が抜けてすっかりと良妻になっていますが。やっぱり嘘は嫌い。ハーレムも良しですが、自分を見てほしいとは思っている。自分の何が悪かったのかをぐだ男に真正面からぶつかられて考え始めている。私の中ではマシュに次ぐヒロイン。水着は来てくれないので泣きたい。

ブーディカ。親戚のお姉さんであり、ぐだ男をいつも心配している優しいお姉さん。ガレット食べる? マシュや清姫にない母性パワーを持つカルデアのお姉さん担当。親戚のおばちゃんとか言ってはいけない。ガレット食べる?

エリちゃん。アイドル。ぐだ男が倒れた時はさすがにヤバイと思ったのか自分を顧みりだしたので、ガチのアイドルになれるかもしれない。個人的にエクストラを経由しているけど、ザビとの絡みはそこまでなかったという感じのふわっとした設定だから、デレても問題ない。
 前向き系アイドル。後ろ向きが多い女性陣の中において前を向いてまっすぐ進もうとする頑張り屋さん。ただしそれでも過去はトラウマだったりする。

ノッブ。統治者枠にしてぐだぐだ枠。気張ることなくギャグ要員としてメタネタとかやれるのでコハエース出身は偉大。統治者でもあるので時々まじめになるとギャップでいい。なお本人はそのギャップ萌えを理解しているらしい。

サンタさん。サンタというかもうアルトリア・ペンドラゴン・オルタ。オルタの霊基を分けていないので原則同一人物。ただし槍オルタとは別人。厳しくぐだ男に接してぐだ男を甘やかさない厳しい王様。だが、その実結構心配性でツンデレな王様である。

暗式及び剣式。暗式は、言わずもがな。根が優しく面倒見が良い。女性にしては珍しい男性口調役。剣式、なんでもあり。根源接続なんていう設定を利用してそれはもう暴れてもらうことも可能だが、本当にそれは最終手段。割合動かしやすいもののキャラのセリフや性格などは気を遣う。

とりあえずこんな感じの役割です。

次に来るであろうベディさんですが、六章後に一緒に来る予定の純真無垢なリリィのお目付け役であり、いろいろと破天荒なカルデア組の中で苦労人枠に就任してもらう予定。

次回ですが、とりあえず三蔵ちゃんイベをやって三蔵ちゃんとのフラグを建設してから六章に行きたいと思います。

では、長くなりましたがまた次回。
お付き合いありがとうございました。


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星の三蔵ちゃん、天竺に行く
星の三蔵ちゃん、天竺に行く 1


 ――気が付けば石の下。

 

 などという状況をどうすればいいのだろうか。はて、またこれはいつものやつだなと超速理解してしまえるほどにはすっかりと慣れてしまったことに嘆けばいいのか笑えばいいのか。

 そう言えば何か大事なことを忘れているような気がする。とても大事なことだったような気がするがはて、何を忘れているのかオレにはわからない。

 

 とても大事な、それこそ世界が終わってしまったと思うほどの何かがあったような気がするのだが――。いいや、それを考えるのは後だ。

 今は、この状況。どういうわけか石の下にいるということをどうにかしないといけない。だんだん締まってきたというか。重さで死にそうというか。

 

「――ようやくか。うん、大丈夫そうね。――こほん。気が付いたみたいねあなた」

 

 ――誰だ?

 

 声がする女性の声。聞いたことのない声だ。少なくともオレの仲間のサーヴァントの声でも職員の声でもない。誰だろうか。

 声の方を見る。そこにいたのは錫杖を手にした少女だった。どこかで見たような、そんなに扇情的だっただろうかよくわからない法衣を身にまとった僧侶のようだ。

 

「なに、誰、ここは? てかどういう状況?」

「此処? ここは楼蘭の北、哈密の西。大唐の国がはて、高昌の地の始まる場所。天にも届かん山々の吊らなぬ、五行の山のふもと。そして、あなたはとーっても重そうな石の下」

「それなら助けて」

「もちろん、すぐに助けるわ。きっとあなたこそ探し求めていた相手だわ。この出会いこそ御仏のお導き……!

 あたしの名前は玄奘三蔵。――あなたは?」

 

 玄奘三蔵!? 紀元7世紀、唐代の法師。仏典の原典を求めてシルクロードを旅し、中央アジアからインドへと至り、六五七部に及ぶ経典を唐へと持ち帰って法相宗の開祖となった人物だ。

 西遊記に出てくる三蔵法師のモデルとも言われている人物のはず。

 

 ただ、驚いているとどんどん苦しくなってきたので早々に名乗る。元気よく名乗ってしまったのは余裕がなかったからだと信じたい。

 

「うんうん、いいわ。元気の良い弟子は好きよ! っとと、まだ弟子と決まったわけじゃないのよね。まずはそこから出してあげる。あなたに御仏の御加護を!」

 

 ――観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。

 

 唱えられた般若心経。正確には摩訶般若波羅蜜多心経の一部。それを唱えることによって生じる御仏パワーにより岩が吹っ飛んだ。

 

「……どう、無事? けがはない? バンソーコー貼ろっか?」

「いや、大丈夫、みたい? なんだか頭がふんわりするというか。なんか嵌ってるし」

 

 なんか取れないわっかみたいなものが頭に嵌っているっぽい。それに服装もカルデアのものではない。目の前の三蔵さんのそれに似たようなものだけど、どことなく動きやすいというか。

 どこかで見たような服装だった。それになんか棒があるし。これもどこかで見たというか――。

 

 ――孫悟空だこれー!?

 

 明らかな孫悟空のコスプレ! しかも岩の下。まさに孫悟空! どうやらまた厄介ごと。さすがになれてきた厄介ごとだ。

 これまた何やらレイシフトやらなにやらに巻き込まれたおかげで、変なところに来てしまったようだ。おそらくは西遊記っぽい特異点に。

 

「でも、大丈夫そうね! いきなりあたしのこと見直したでしょー! それじゃああらためましてっと。あたしは玄奘三蔵。こう見えて出家の身よ。こう見えてとってもすごいんだから!

 唐の皇帝の勅命により、はるか西天の地、天竺をめざして旅のとちゅう! 目的は……えっと…………」

「ありがたいお経とりにいく?」

「え、なんで知ってるの?やだ、あたしの徳の高さにじみでちゃったかしら……」

 

 いや、玄奘三蔵と言ったらもう西遊記しか思い浮かばなかっただけです。決して拳銃撃ちまくるバギーにのって旅してる生臭坊主ではない。

 アレ意外に西遊記の原典のエピソード拾ってるんだよな……。

 

 そんな戯言はさておいて、

 

「――そう、貴方の言う通り! 経典よ! あたしには経典を集める使命があるの。天竺へ続く道のどこかにある経典を集める使命がね! 調伏した道案内妖魔に逃げられ――こほん。はぐれちゃって、乗馬もうっかり獣に食べられ――こほん。しばらく暇を与えて、もう幾日も一人で道にまよ……孤軍奮闘していた折に! あなたと出会ったの! うう、怖かった……」

 

 この人旅とか早すぎたんじゃないだろうか……。

 

 口を滑らせまくっているけれど、調伏した道案内には逃げられ、乗馬もうっかり食べられ、何日もひとりで迷っていた。

 これが本当にあの玄奘三蔵なのだろうかと思う。そもそも玄奘三蔵とは男ではなかったのだろうか。などといろいろと思うことはあれどこの人に助けてもらったのは確かだし、こちらも一人だ。心細さはわかる。

 

「…………うんうん」

「なあに? 拙僧に何かご意見でも?」

「なにもないです」

「そう? じゃあ、あなた自身の話を聞かせて!?」

「わかりましたオレは孫悟空です」

「さっき名乗った名前と違うじゃない!」

「冗談ですよ――」

 

 とりあえず状況を理解するためにいろいろと話した。カルデアのこと。これまでのこと。何か大事なことを忘れているような気がするが、とりあえず話せることは話しておいた。

 

「…………ふむ……ふむふむむむ。灼爛した地球……聖杯の特異点……人理の守護者たち……とても壮大で、信じがたい話だけど……信じるわ、あなたの話。まさしくこれは御仏のお導きだから……きっと、そう」

 

 えらく簡単に信じる人だなと思ったが、御仏は時間と空間を超越した存在。未来から過去へと使者を遣わすことだってあるという彼女の言葉に納得した。

 神やら仏やらいろいろとすごいとは聞かされていたので納得だ。

 

「それで、そのカルデアへ帰還する手段は? 救命信号を発する道具とかもってないの?」

「このひたすら如意っぽい棒しかないです」

「迷子! やだ、あなたったら迷子なのね! 善哉善哉、あたしたち気が合うわ!」

 

 ――はいそうですね。

 

 でも、とりあえず無防備すぎるし近い近い!? 尼僧なのに扇情的すぎる格好しているのになんでこの人こんなに無防備に近づいてくるの!?

 手を取ってぶんぶん振って胸元にもっていくのやめてくれる!? やばいって、いろいろとヤバイって!? 眼福です!!

 

 やっぱり人間正直が一番だよ。我慢してオレ、まったく興味ありませんからーとか駄目駄目。エドモン、教えてくれてありがとう。オレ、今幸せだよ――。

 

「……なんか邪な気を」

「いえ、何も思ってません!」

「そう? でもあなたと出会った意味がわかったわ」

「本当ですか?」

「いつか偉くなったときのあたし曰く。善は急げ。悪は(しば)け。三蔵には従え」

 

 えらく自分勝手だなー。

 

「というわけで、あなた、あたしの弟子になりなさい!」

「……なぜに?」

「うっ……」

 

 なぜそこで言葉を詰まらせるのか。三蔵さんは、なにやらいじいじとし始めて、

 

「だって……あたし……まだ旅の途中だし……この先すっごく遠いし……」

 

 ――ああ。

 

「食べ物もないし……ぽんぽんぎゃーてーだし……諸行ムジョーだし……とにかく弟子が必要なの!」

 

 ――心細いんですね。

 

 なんというか悪い人ではないようだと思う。助けてくれたし、なんというか可愛らしい人だ。ほっとけないというか。

 

「……実を言うとね。あたしもぼんやりと記憶がある。天竺を目指す旅を、一度経験している気がする。けど、具体的に思い出せないの。あなたが此処では右も左もわからないように。とても奇妙だけれど、あなたとあたしにとってこれは縁があり、意味のあることだと思う。西天を目指す旅は、御仏の試練。だとしたら仏様は応えてはくれない。何もしない。

 たぶん、この出会いは俱有因なんだわ。あなたをカルデア? へ送り返すこと――それがあたしに与えられた試練であり、あなたへの利益よ。だから……ね……だからあたしを師匠と呼ぶように!」

 

 師匠は、かぶるな。だったら――

 

「わかった、お師さん!」

「うっ、そんな風に呼ばれたこともあったような……ううん。ちゃんと師匠と呼びなさいっての!」

「いえ、かぶるんで。かぶると面倒くさいというかあのひと割と拗ねそうな気がするんで」

「――まあいいわ。ついてきてくれるんでしょ?」

「もちろん」

 

 そう言うと華もほころぶ大笑顔。太陽のような人だと思った。この人はまるで太陽のように全てを温かく照らしてくれるような人だと。

 

「そうと決まれば長いは無用! いざ旅立たん西天の地! 遥かなる天竺へ! GO WEST! GO!!」

「ちょ、待って、そっち違う逆、逆!?」

「…………」

 

 先が思いやられるなぁ……。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 お師さんと二人旅。西へ西へ。とりあえずお師さんに任せているとあっちへ行き、こっちへ行きになるので、オレが先導する羽目に。

 道がわからないのに先導とはどうすればいいのやらと思ったけれど、西へ行けばいいのなら太陽を見ながら街道を行けば良い。

 

 特異点を超えてきた経験と旅の経験が役に立つ役に立つ。ただ、それだけではどうにも済まない。

 

「お師さんお師さん」

「なあに一番弟子?」

「とりあえず、この化け物の群れはどうしましょう」

 

 何やらお師さんを狙ったであろう妖魔? の群れが目の前にずらり。ここにいるのはオレとお師さんだけ。

 

「お師さんの力みたいなー、なんて……」

「一番弟子の力がみたいなー、なんて……」

「「…………」」

「オレ戦えないよ!?」

「あたし、あんな群れとか怖いんだけど!?」

 

 ――ああ、クソ!

 

「逃げろおおおおおお!?」

 

 三十六計逃げるに如かず。とにかく逃げろ逃げろ。

 

「弟子を探しましょう!」

 

 何とか妖魔の群れを撒いてのお師さんの一言。

 

「賛成。でも何か当てが?」

「あるわ! 思い出してきたの。あたしには三人の弟子がいたんだから」

「ああ、猿と豚とカッパですね」

「カッパ……? カッパ……って……カパ、カパパ……知らない」

 

 沙悟浄ってかっぱじゃなかったっけ?

 

「でもそう、猿と言えば思い出したわ、孫、孫悟空よ! 頼れる一番弟子!」

 

 ――どうせオレは頼りない一番弟子ですよー。

 

「でも、問題ね。弟子が誰もいないわ」

「その代わりオレはいますけどね」

「……………………。い、いえ、違うわ。舞い上がってないから。ないから――あとあまり無理はしないこと。まだ入門したばかりなんだから。しっかりと御仏に祈りを欠かさずに。天竺への旅はジャクニクキョウショクよ。油断すると妖魔に頭からガブリされちゃうんだから!」

 

 さっきされかけたのでそれは理解している。どう考えてもあの妖魔たちはサーヴァントとまではいかないが、それなりに強い。

 お師さんもそれなりに強いけれど、あの数を相手には出来なさそうであるし、オレは論外。ここは味方を集めるのがいいと思われる。

 

「ブヒー、ブヒー」

 

 さてー、どこかで聞いたことのある声が聞こえるなー。ブヒーって鳴き声になって。キコエルナー。

 

「……これは!? どこからか憐れな豚ヤロウのボイスが!」

「ああー、気がついちゃったよ」

 

 どこかで聞いたようなブタの鳴き声の真似。しかも全然似せる気のない豚ボイス。どこから聞こえてきているのかさぐらずともよくわかる。

 あの妙に大きく目立つ岩の下から聞こえている。

 

「僕はブヒるよ~。かなりブヒる!」

「やっぱりダビデか……」

 

 やっぱりそこにいたのはダビデだった。

 

「彼はダビデ……というの? とりあえず岩の下敷き!」

「いやいや、僕はかっこいい猪八戒さ。この場所ではね。そういうことになっているらしい。本当どういうわけなのやら。僕はダ・ヴィンチちゃんの実験の結果だと思うけれどね。タイミングが悪いというか。いや、或いはいいのかな? まあ、何はともあれありがたいことだね、法師のおかげでマスターも大丈夫そうだし」

 

 どういうわけか彼もオレと一緒に巻き込まれているらしい。

 

「……そう……とにかく助け出すわね!」

 

 ――観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。

 

 御仏パワーによって岩は消し飛んだ。

 

「ふぅ、助かった……ありがとう。自分ではどうにもならず、獣の餌になるところだった。それにしても君、アビジャク、アビジャクじゃないか! 噂に違わぬお美しい出で立ち。ドレスがまたつややかで、婚礼の技に相応しい。この出会いを予見して? なら話は早い僕と結婚しない?」

「まっ、なんて淫蕩なのかしら! それとこれは如来さまからもらった大切な袈裟よ。う、ウェディングドレスと一緒にしないで?」

「こいつの話は、無視してください。それよりダビデ、よかったよ会えて」

「うん。僕もさ、マスター。いやぁ、いろいろと心配したよー。超心配したよー。資産運用の決済をしてもらおうと思ったらこんなところにいるんだもの! まあ、でもここはこうだろうね! 僕は猪八戒ダビデ! 麗しき黒絹の髪のひと。喜んで弟子になりましょう。だから、僕の妻にならない?」

「仏門に入ろうって人がなにいってんだ」

 

 ともかくとしてこうやってダビデが仲間になってくれたのは心強い。

 

「ふふ、喜ぶのはまだ早い。なにせ、そちらの岩陰にもう一人心強い弟子役がいるからね。僕みたく鳴くのはプライドが許さなかったらしい。自尊心じゃ飯は食べられないのにね」

 

 もっとプライドを持ってほしいと思う。ただ、こんなな癖にまじめな時はイケメンなのだから、手に追えないのだ。

 

「話はあとよ! そこへ案内して!」

「ええ、こっちですよ」

 

 そして、岩陰で下敷きになっていた李書文を助け出した。

 

「書文さん、なんて、早い再会」

「苦役よりの解放、痛み入る。李書文と申す。つまらぬ刺客の徒だ。この地では三蔵の三番弟子、沙悟浄……となるようだな。以後なんなりと申しつけられい」

「なんてあっさりとした弟子入り」

「なに、サーヴァントも、歌舞に興ずる京劇役者もどこに違いがあるというのか。変わりあるまい。知徳優れ子名高き高僧の頼み。どうして断れようか。何より。幼き日にお伽噺で読んだ三蔵法師殿にこうして直にお目にかかれるとは、まさしく幸甚の至り」

「あ、そんなに褒めないで。お師さん調子乗るから」

 

 今もすごい褒められてデレデレしてるし。

 

「すごい心強いわ!」

「師の為ならば、幾人とて敵の素首ねじ切って首級を捧げる次第」

「だ、だめよ、無駄な殺生は禁止、禁止!!」

「では、一番弟子(マスター)に指示を任せよう」

 

 ともかくとして、これで弟子もそろった。

 

「さあ、行くわよお、いざ、西天! いざ天竺!!」

 

 こうしてオレたちの西への旅は始まった――。

 




強化週間終了ということで、ゆっくり更新していこうと思います。

なお、この三蔵イベと並行してカルデアではサーヴァントたちの霊基強化やら再臨が行われる予定です。
独自設定のオンパレードになる予定なので、生暖かい目で見てね。

三蔵イベのあとは個人的に金時さんの力がほしいというか足がほしいので金時さぁーんをお呼びするために羅生門イベと鬼ヶ島イベをやりたいと思います。

六章はその後にしたいと思います。

最近、ツイッターの影響により金時×玉藻にハマってます。

あとマテリアル読むのとても楽しいです。


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星の三蔵ちゃん、天竺に行く 2

「――足がほしいわね」

「また何を言っているんですかお師さん」

「だって、このまま長い道程を歩くのよ!」

「確かに、我ら弟子はともかく、この先の厳しい遠路、このまま師にあるかせるわけにはいかんな」

「では、僕の上に乗ってみるのは? あいにくポニーテールじゃないけれどブヒ」

 

 だから王としてのプライドはないのかと突っ込みたい。それとブヒブヒ言い過ぎだろダビデ。

 

「何を言うんだいマスター。こういう場だ。郷に入っては郷に従え。君の国にはそういう格言があるんじゃないのかい?」

「いや、あるけどさ……」

「今の僕は猪八戒。ならブヒブヒ鳴いても問題ない。そう問題ないのさ。マスター、こういう時は楽しまないと損だよ」

 

 肩を組んでそう言ってくる。この状況の何を楽しめと言うのだろうか。

 

「まずは美人でおっぱいの大きなお姉さんの身の回りのお世話をすることができる」

「…………」

「この意味がわからないマスターじゃないはずだ。お師匠さんの身の回りの世話。どんなことをやるかわかるかい?」

 

 ――い、いや。

 

 だが、思わず生唾を飲み込んでしまった。

 

「まず食事の用意がある。それから美人との楽しい食事だ。それだけで嬉しくないかい? そして、ここからだよマスター。洗濯だ。お師さんの衣を洗うのは弟子たる者の役目。いや、義務と言ってもいいはずだ。それに入浴のお世話。わかるかい」

 

 ダビデは語る。

 旅をする。歩いての旅だ、馬を使っていたとしても必然的に動くし、太陽の下を歩くとあれば汗もかく。一日の終わりに弟子が風呂を用意するのは当然だろう。

 どんなに苦労するとも用意しなければならない。

 

 旅の垢を落とすと同時に服の洗濯。お師さんの脱ぎたての服を思う存分くんかくんかできる。蒸れた女性の体臭をきっと感じることができるはずだ。

 

 彼は力説する。

 

「それにお風呂だよお風呂。師匠の体を洗い清めることも弟子の務めだ。それに修行にもなる。煩悩を封じる修行だ。そう言えばお師匠様も文句は言えないはずだよ」

 

 ――汚い、さすがダビデ汚い。

 

「どうだ。夢が広がるじゃないか」

「…………」

「ここには誰も止める者はいないんだ。御仏が見ているが、これもまた修行だとも。わかるかい。楽しむんだよ。任せてくれ。僕がうまいことやる。必ず君に、素晴らしい体験をさせてあげるよ!」

「…………」

「そこまでにしておけい――なにやら師が気が付いたようだ」

 

 書文先生の言葉に顔を上げると、何やらこちらに向かって疾走してくる大きな影が見えた。

 

「この韃靼の国は名馬を産する地だと有名よ! きっと名馬に違いないわ。どうにかして連れて――」

「■■■■――!!!」

 

 現れたのは馬ではなく、呂布だった――。

 

「…………帰りましょう。ここには何もなかった。ノー・ウエストよ」

 

 赤兎馬ではなく呂布本人が来てしまったようだ。

 

「まあ、問題はなかろう」

 

 問題は大ありだと思うけれどここにいてもこれ以上足は手に入りそうにないことを考えればこの大きな武人は優良物件なのかもしれないと思えてきた。

 なにせ、強いし力強いし。普通の馬よりも良い気がする。

 

「いやーッ! 無理、無理ぃ……!! なんかこの馬こわ――い! 助けて一番弟子ぃ――!」

「ちょ、お師さん!?」

 

 縋りついてくるお師さん。そんなに怖くないって。大丈夫だってとか説得する前に。胸が当たって非常に、良い。たわわに実った桃源の果実がオレの胸に押し付けられてふにょんとつぶれる。

 柔らかい。とても柔らかい。マシュのマシュマロも柔らかいけれど、彼女のもとても柔らかい――。

 

 ――あれ、マシュ……何か大事なことがあったような……。

 

「ふむ、しかし――何かもっているな」

「顔に似合わず几帳面だな。大事に持っているようじゃないか」

 

 呂布が持っているのは経典だった。

 

「楽しんでいるところ悪いけど兄貴(マスター)? その巻物を、お師匠さんにお見せしてみては?」

「あ、うん。ほら、お師さんこれ見てこれ」

「……こ、これは! 失われた経典だわ! こんな荒野で、一人で守ってくれていたの?」

 

 呂布がそうだとでも言わんばかりの咆哮をあげる。

 

「ごめんなさい、悲鳴とかあげちゃって。アナタは立派な従者! そしてお馬さんだわ! 怖いけどこれも修行だし! 立派な赤馬よ、その肩を貸しなさい!」

「肩車、だって……!?」

 

 ダビデがいかにも羨ましいと言った風にブヒブヒ鳴く。

 

「あ、乗り心地いいわ、これ。アナタもしかして、肩に人を乗せるの慣れてる?」

「僕だって慣れてるのだけどね! それか兄貴に乗るというのはどうだろう! というか交代でみんなに乗るというのは!?」

「え、この経典、妖魔たちが持っていた? ほかにもたくさんあるはずだ、ですって? ……怪しいわ。とても怪しいわ。……この経典を読んでいると頭のモヤが晴れていく……経典ってそういうものだったかなまあいいや。

 ――悟空! 悟浄! ダ八戒! 記念すべきあたしからの最初の命令よ! あたしたち三蔵一行はこれより! 天竺に向かいながら、この経典を集めます! 拒否は認めないわ!」

 

 反論したら頭に輪つけて締めるとか言ってる。もしかしなくても三蔵ちゃんって鬼?

 

「うむ。それでこそ儂の知る三蔵法師よ!」

 

 立ちはだかる外道は倒す。改心した外道も倒す。悪逆非道の三匹すら頭を抱える天衣無縫。これこそが三蔵。それこそが玄奘。

 

「これからどうするもとりあえずは経典か。よし、集めよう!!」

 

 経典集めの旅が、始まる――。

 

「で、どっちだっけ? 一番弟子?」

 

 は、始まる――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ようこそ、ダ・ヴィンチちゃんの素敵なショップへ。何がお望みかな」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの素敵なショップにやってきたのは我がカルデアのサーヴァントたち。

 

「何人か足りないようだけど、どうしたんだい?」

 

 訪れたのは清姫、ブーディカ、ジキル博士、ジェロニモとその他大勢か。ふむふむ。なるほどなるほど。ダ・ヴィンチちゃんはそれだけで悟ってしまったよ。

 

「霊基の強化を行いたいんです。ますたぁの為にも」

「オーケーオーケー。上昇志向は実に心強い。マスター冥利に尽きるもんだろう。そして、君たちは実にタイミングが良い。なんとダ・ヴィンチちゃんはこんなこともあろうかと種火をせっせと集めていたのだ」

 

 霊基を行うために必要なものはそう多くない。なにせサーヴァントは魔力体が基本だ。このカルデアにおいては半受肉状態と言っても良いが、それはそれ。基本は魔力でできている。

 つまり霊基を強化するのもまた魔力ということだ。カルデアの召喚式はおおざっぱでどんな英霊でも呼ぶことができるし基本的に制限がない。

 

 それほどがばがばになったのやっぱり人理崩壊が原因なのだろうと考えているが、如何せんサポート優先で時間がないのが悲しいところだね。

 ダ・ヴィンチちゃんとしてはそういうこともつまびらかにしていきたいものなのだけれど、まあそれは良しだ。ともかくカルデアに召喚されたサーヴァントには伸びしろが存在する。

 

 大ざっぱな召喚のせいか、多少なりとも霊基が真の力とやらを発揮していない状態で召喚されてしまうのだ。それはマスターが未熟ということじゃなくてこのカルデア側の問題。

 人理崩壊を瀬戸際で食い止めているというこのカルデアの立地もある。だからそんなサーヴァントたちを全盛期の力に近づけるためのものがこの種火だ。

 

 カルデアゲートと呼ばれる特殊な特異点もどきに繋がった場所。それがこのカルデアにおいて様々な資材の入手経路だ。

 暇なときはマスターがよく行っている。訓練にもなるし、こちらは素材が手に入ってウハウハだから実に良いものだ。

 

 まあ、何が取れるかはまちまちだし、全然安定しないのが玉に瑕なのだけれど、種火だけは別だとも。これだけは必ず手に入る。

 サーヴァントの霊基を強化するための魔力(エーテル)の塊。これを霊基に食わせることでサーヴァントの能力を引き上げることができるのだ。

 

「さて、まずは誰からやるかい?」

 

 如何せん面倒なのは一人ずつしかできないということだ。

 

「では、わたくしから」

「はいはい、それじゃあ、そこに入ってねー」

 

 特別なマッシーン。ダ・ヴィンチちゃんの強化ラボ。そこに清姫を寝かせてあとは霊基に種火を食わせていく。数値としてどんどん能力が上がっていくが無論際限なしとはいかない。

 必ず霊基、英霊を収めた器としての限界が訪れる。

 

「おっと、限度が来たね、それじゃあ、再臨と行こうじゃないか」

 

 霊基再臨。霊基を強化し、その先へ。生前へと近づかせるとマスターには説明したが実はそうではない。それについては少し英霊というものについて語る必要があるのだが、それは割愛だ。

 そんなものを聞きたいわけではないだろうから単刀直入に言う。英霊というものは実に強大なものだ。ここでいっておくのだけれど、英雄ではなく英霊だ。

 

 この違いは大きい。死後、後世の人間にその功績を讃えられ、語り継がれ、時に信仰されるのが英霊。生前に為したこと、手に入れたものしか使えない英雄ではなく、実際にはその英雄は持っていなかったがそのように語り継がれるたことで後付で得た宝具なんてものを使えるスーパーな英雄。それが英霊だ。

 そのため英霊というものはとても強い。発明家のはずのダ・ヴィンチちゃんですら、魔物と戦えるレベルなのだからその強さがわかるだろう?

 

 だが、英霊は強力であるために普通には使役することなんてできない。だからこそ、クラスなんてものに当てはめる。

 知っての通りのセイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー、ルーラー、アヴェンジャー。そんなクラスに英霊を当てはめてサーヴァントとして現界させるのである。

 

 でも、そんな召喚は無論、本来の英霊なんてものを呼び出すには足りない。クラスという器が小さすぎるわけだ。

 簡単にいってしまうと英霊を海とすると、サーヴァントのクラスはコップだ。どう見ても英霊の全てをおさめることなんて不可能だとわかる。

 

 だが、その小さな器を少しでも大きくすることはできる。それが霊基再臨というものだ。本来の英霊としての能力を発揮できるようにサーヴァントという器を再構築する。

 簡単に言えば限度いっぱいに入った水入りのコップをバケツとかに変えるようなもの。そうすることでサーヴァントをより強くすることができる。 

 

「それじゃあ、やるよ――」

 

 限界を迎えた清姫の器を新しいものへと再構築する。そのさいに姿も代わるが些細な事些細な事。寧ろ飽きが来ない変化だと自負しているとも。

 まあ、マスターのいないところでやるとわかりにくいのだけれど。

 

「さて、どうだい?」

「はい、力が溢れてきます。どうやら……わたくし、竜のようですわ。これならどんなに逃げ足の速い大ウソつきでも燃やしてしまえそうです」

 

 髪は白く染まり、角は黒く染まっている。服も一転して黒色が強くなっている。まるで喪服のようである。前までが白無垢ならこちらは喪服。

 ずいぶんと印象ががらりと変わっているが中身だけは変わることはない。そんなへまをダ・ヴィンチちゃんがするわけがないのだ。

 

「オーケーじゃあ、次の鯖はこっちに来てねー」

 

 順次、強化して霊基再臨。皆、新たな装いとともに力が満ちていく。一部、装いを変えない輩もいるが、そいつらはそいつらだ。

 ダ・ヴィンチちゃんの知ったことではないし、確実に強くなっているから問題はないのさ。

 

「これなら頑張れそう」

「よしよし、それじゃあ、また何かあったら来ると良い。ダ・ヴィンチちゃんはうまくやる。今も、うまくやっているからね――」

 

 ダ・ヴィンチちゃんに不可能なことはそれほどない。万能の人に任せたまえの言葉通り、霊基再臨したサーヴァントたちの霊基やそこに付随しているスキルを強化していく。

 このまま聖杯の解析が終われば更に上の位階に彼らを上げることもできるだろう。

 

「マスターの為に頑張ろうね」

 

 激化する戦いに備えてダ・ヴィンチちゃんも頑張っているのだ――。

 




霊基強化やら霊基再臨やらいろいろ書いてますが、全部無視してもらって結構です。
彼らがそんなことやってると言うことだけわかってもらえれば。

さて、三蔵御一行の経典集めの旅が今始まります!
とりあえずほぼ原作通りなのですが、三蔵御一行のメンツが増える可能性があるとだけ。
といってもカルデア組は今回ダビデくらいしか登場がないのですが。
それもこれもラストに待ち受けるあの兄弟が悪い。

今回は短いし、ダビデという超ド級に書きやすいキャラがいるので筆が進みまくるので、20日0時くらいにまた更新あるかもです。

では、また次回。


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星の三蔵ちゃん、天竺に行く 3

 蓮華洞。それは金角と銀角の住まう場所。平頂山に存在する場所。西遊記において、魔王とされる妖怪の住処である。実際は妖怪でもなんでもないが、正しく三蔵一行に試練を与える存在である。

 現在、この西遊記においては最悪の女神たちが当て嵌められている。曰く、愛されるだけの女神。

 

「怖れを知らぬ憐れな唐僧が、私たち蓮華洞の縄張りにまんまと踏み込んできたようだわ、銀角(わたし)

「可愛くて美味しそうな唐僧が、この平頂山の芳香に誘き寄せられてきたようね、金角(わたし)

「男なら、骨の髄までとかしてしまいましょうね」

 

 嬲って、虐めて、呑み込んで。

 

「女なら、懇ろに弄んで懐かせましょう」

 

 緩々と飲み干してしまおう。

 疼いて堪らない。女神としての本能。あらゆる全てを魅了する愛され女神としての本能が駆動する。

 

 ただ、それはそれとして役柄としてまったく違和感がないというのはどういうことなのだろう。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 西へ西へ。されど行けども荒野ばかり。隊商が通る道を進んでいるはずなのだが、オアシス一つ見えてこない。そろそろ腹も減ってきた。喉も乾いた。

 

「おお、ブッダよ! お買い物中なのですか!」

 

 三蔵ちゃんが喉が渇いた、腹がすいたとブッダに叫んでいる。

 

「しかし、本当に西遊記なのかな」

 

 妖魔の存在は、まあ置いておくとして西遊記としての特異点よりも玄奘三蔵が生きた時代に来たというのが正しいはずだ。

 レイシフトは過去にしかいけないのだから。

 

「玄奘三蔵の生きた時代にレイシフトしたんじゃないかって? ないない。空にあの光帯は見てないだろう? 僕らサーヴァントの現界に必要な魔力もどこかからか供給されている」

「師よ。何か思い当る節は? 経典を得たことで何か感ずるところがあったのでは?」

「……うん、一つ思い、出した……。どうしてかわからないけど、弟子には……悟空たちには、暇を出したの。三人の弟子たちは、みんなあたしの下を去っていったわ」

「ほう」

「任期満了による整理解雇かな?」

 

 本当、王様というより社長とかの方が向いてるよねダビデ。即そう言う言葉が出てくるあたり。王様などは経営者といっても過言ではないから間違いじゃないのだろうけれど。

 

「まあ、僕なら退社はさせないけどね! ブタは太らせてから食えというじゃない!?」

 

 この最後の一言がなければね。

 

「ん……でもそうかも……だから彼らも今、ここにはいないんだわ……」

「……落ち込むことはないですよ。いつかまたみんな、戻ってくるさ」

「そうかなぁ……それは、それとして、あたし、なんだか……気持ち悪い……お腹に掌打をくらったみたいに……」

「お師さん!? 何か病気!?」

「心配するでないマスター。食を取らぬからだ」

「……」

 

 ――ああ、腹が減りすぎってことね……。

 

「それ見たことか。やはり獣の生き血を飲ませるしかあるまい」

 

 うん、本当、オレって慣れたよねー。ああ、オルレアンが懐かしいなぁ。狩りまくったワイバーンを焼いて食べたっけ……。

 全て現地調達。ドクターからの支援が隔離してからは携帯食料とかだけど、少しでも消費を抑えるためにワイバーンを食べたっけ。

 

 不覚にもおいしかったけどネ。他にもいろんなものを食べたなぁ……。兄貴が焼けばなんでも一緒だとか言っていろいろ焼いて食べたけど……。

 キメラだけはない。キメラだけはないよ。うん。あれはない。兄貴の調理が良すぎて美味しいんだけど、キメラだけはない。あの何とも言えないいろんな肉の味が混じったあの奇妙奇天烈な味をオレは一生忘れられないだろう。

 

 ここにきても食料がないということで書文先生が捕まえて来た獣を捌いて食べたりしていた。獣というか妖魔だったような気がするけど食えば同じ。今では吐くことなく食べられてしまう。自分の成長が悲しい。

 

「それだけはやめてー……ほんとにやめてー……」

 

 その時呂布が声を上げる。

 

「お師さん。この先に洞窟があるって。水場があるかも」

「……ねえ、一つだけ、聞いていい」

「なに死にそうなこと言ってるんですか。大丈夫ですって」

「マシュって、誰? 石の下でうなされているときに、ずっと呼んでいたよ」

「大切な、人ですとても……でも、なんだかとても大切なことを忘れているような気がして」

「………………そう……」

「お師さん?」

 

 お師さんは何を言いそうとしたのだろう。何も言わず、呂布に乗ったまま洞窟に入った。そこは甘い匂いがしていた。

 果物の匂い。食料があるようにも思える匂いが充満している。ただ、それと同時にこの感覚をどこかで感じたような、いやぁな予感がしていた。

 

 具体的に言えば、第二特異点のセプテムにあったあの島と同じような、いやな気配が。果物もこれ見よがしに置いてあるのがまた何とも言えない。

 

「とりあえずお師さんを押さえてと」

「ちょっと、なに、放しなさい一番弟子!?」

「いや、お師さん今にもあの桃を食べそうだったので」

 

 呂布から降りて今にもかぶりつかんという三蔵ちゃんを後ろから羽交い絞め。ダビデが視界の端でグッジョブと言わんばかりにサムズアップして、そのまま胸を揉む動作をしているのをとりあえずスルーしつつ腕の端で感じる果物の感覚に神経を集中させておく。

 そうしていると、現れる予想通りのサーヴァントが現れた。

 

「あら、真っ先に口にして人参になると思ったのに。お話し通りにはいかないものね」

 

 ステンノ様。ずいぶんと昔に思えるけれど、第二特異点でお世話に……お世話に? なった女神様だ。シャトー・ディフ以前の特異点の記憶は実はさほどなかったりする。

 思い出したら駄目なくらい嫌なことや辛いことがあったらしく、記憶を封じているらしいのだとドクターに言われた。

 

 それでも辛いことには変わりないから、何かあったらちゃんとメンタルケアに来ることと言われて毎週ドクターと二人でいろいろなことを話したり、英霊(アイドル)談義したり、している。

 そういえばドクターっていつ寝ているんだろう。いつ医務室とか管制室にいってもいる。

 

 ――まあ、ドクターのことだしちゃんと体調管理はしているよな。

 

「ちょっと、何、無視してるのかしらこの蓮華洞に来たのだから、ちゃんとしてくれないと」

 

 ――おっと、そうだった。

 

「すごく悪そうなゴルゴン姉妹が出たんだった」

「ふむ、ふむ……蓮華洞と申したな。となれば、金角大王に、銀角大王か」

「属性が同じ過ぎたんだね。悲しいことだ」

「ダビデ、彼女たちはアビジャク認定しないの?」

「いやー、さすがにあんな人を破滅させる女神に戻ってる彼女たちとはお近づきになりたくないなーと。だから、マスターが」

「いやいや、ここはダビデが。オレお師さんの世話で忙しいし」

「あ、ズルいよマスター。僕だって巨乳のお姉さんがいいに決まってるじゃないか」

「ともかく、金角銀角と言えば、あれよ。名前を呼ばれて応じてしまえばたちまち吸い込まれて生きながら溶かされる、というヒョウタンだ」

 

 確かにそうだった。だが、それは見当たらない。

 

「宝具なんて必要ないの。私たちの毒が回れば、何度も何度も名前を呼んで懇願するようになるの」

 

 なるほど。この洞窟そのものが既にヒョウタン池であり、オレたちは既に水面に堕ちた蝿ということらしい。

 

「なんということだ。自分からは何もせず、敵を倒したいなんて。なんて悪辣さだ! 恥を知り給えこの毒婦!」

 

 ――それを、おまえが言うのかダビデ……。

 

「でも、アレだ、此処にいること自体が危険なら、戦闘担当に任せよう!」

「ええー、ダビデって、あれじゃん割とえげつない宝具もってるじゃん」

「持ってるけど、ほら、ここは役柄的に兄貴の出番じゃないか」

「オレコスプレしているだけの孫悟空なんですけど。魔術礼装ないから支援魔術の類も使えないんですけど!」

「ええ!? だって、毎日クー・フーリンとルーンの練習してたんじゃないの?」

「いや、オレ致命的に、才能がないんだと」

 

 魔術回路はそれなりにあるらしく質も一代だけと考えたらかなり良い部類には入るらしいのだが、肝心の魔術を使う才能とやらが皆無らしい。

 かろうじて使えそうになっているのが身体強化くらいで、それもかなり心もとない。ただ魔術礼装を扱う才能だけはあったらしく魔術礼装があれば割といろいろとできるくらいになったし、複数の魔術礼装を切り替えて使うこともできる。

 

 だが、それもなければ一緒だ。覚えたルーンだって焚き火に火をつける程度にしか使えないアンサズくらい。これでどうやって戦えというのだろうか。

 

「ああ、自分で言ってて悲しくなってきた……」

「確かに武の才能もないからなぁ」

「そんなぁ……」

 

 とりあえずとばかりに書文先生に武術を教えてもらっているわけなのだが、そっちの才能もない。

 

「やられる才能だけはあるな」

「そんな才能いらないです」

「なに、案ずることはない。生命を失いかねない常識を超えた修行と努力さえ怠らなければ凡人であろうとも達人に迫ることはできるとも」

「…………」

 

 この旅の間、死なないか心配です。ドクター、マシュ……死んだら、ごめんね……。

 

「まあ、妖怪退治は西遊記の華よ。さあ、ゆくぞ」

「「ふふふ、やる気ね。ならこっちも戦闘担当を出すわ。さあ、来なさい――銅角!!」」

「ん?」

「あの………………はい、銅角、です……」

 

 現れる長身のお姉さん。ゴルゴン三姉妹の末っ子。

 

「…………」

「よし! 銅角ちゃんは僕の守備範囲外だ! 遠慮なく倒してしまいなさい!」

「……いや、儂も武人だが、鬼ではない。これほど悲しい姉妹愛、正視に堪えん……。師よ、ここはまず、あの銅角を救うべきでは?」

「いいえ、妖魔倒すべし慈悲はないわ! あれは妖魔どものいつもの手、だから悟空、悟浄、やっておしまい!」

「……お師さんを助けるため、助けるため。あの、適当に殴るんで、倒れてくれれば」

「あ、はい、お気遣い、痛み入ります……はい……」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ふぅう、満腹満腹」

 

 適当に振るった如意棒に当たって、あーれー、と銅角が倒された振りでどうにかこうにか乗り切った。金角と銀角は逃げてしまったが、追い打ちはしなかった。

 

「賢明な判断だよ。今は財宝管理さ。金銀財宝は任せて。うまくやるよ。だから、兄貴(マスター)はそっちの銅角ちゃんをよろしく」

「…………どうぞ、処分はいかようにも。もうどうにでも」

「お師さん、どうします?」

 

 見るに堪えないというか。金角と銀角はとっくの昔に逃げてて、すっかり置いていかれてしまった銅角が憐れで仕方がない。

 

「改心するのね! 偉いわ。……っていうか、あなた悪行値ゼロじゃない。えーっと、ヒンズースクワット一万回と般若心経の写経一万回、どっちがいいかしら……」

「あのお師さん」

「なにかしら?」

「この人旅に同行させてはもらえないですか?」

 

 なんというか、この展開的にあまり戦力が必要ないような気がしないでもないのだが、今後どうなるかわからない以上手助けしてくれそうなサーヴァントはひとりでも多くいた方が良い。

 現状戦えるのは書文先生と呂布だけで、ダビデはなんか戦わないので、もうひとりくらい戦える人がほしい。

 

「でも、それが罰になるかしら」

「高僧である三蔵法師の旅に同行しこの苦難を助ける。これ以上の徳の積み方はないかと」

「そうね。一番弟子がそういうのならそうかもしれないわ! そういう方向だけどいいかしら」

「……わかりました。最高ではありませんが、姉様たちのところにいるよりはマシですので」

 

 というわけで銅角もといメドゥーサが仲間になった。

 

「じゃあ、雇用条件の話からしよう」

「はい?」

 

 いきなりどうしたダビデ。眼鏡かけて。

 

「まず休みだけど、基本的にはないネ。というか別段仕事としては突発的なもので、戦闘がないときは基本的に休暇みたいなもので、戦闘が起きたら戦ってくれればいい」

「は、はあ……」

「一回の戦闘ごとに報酬が出て、これくらいかな」

「こんなに、ですか?」

「そうそう。君たちから奪った財宝を増やすからね。資産運用なら任せて、これでも失敗したことはないんだ。で、どうかな」

「あの、何ももらえずに同行することになると思っていましたので、ありがたいです。この条件でお願いします」

「よし決まりだ――。決まったよー」

 

 だから、おまえは何なんだダビデ。

 

「さすがねダ八戒。おかねに関しては右に出る者はいないわ!」

「それでいいんですかねお師さん……っと、そうだった。はい、経典ですお師さん」

「本当、今回の弟子は働き者ね! みんなありがとう。さあ、天竺への旅を続けましょう!」

 

 新たに銅角という妖魔を仲間に加えた三蔵一行の旅はまだまだ続く――。

 




というわけで、ぐだ男の倒した敵が仲間になりそうなら仲間にするを発動。
戦力を集めてインドに備えます。

それにしてもアレだ、ギャグイベのダビデ動かしやすすぎるでしょ……。

そういえば夏イベ第二部の予告が来ましたね。

私の狙いはミートウォーズです。それ以外に興味などない。だから、頼む、来てくれ!
エレナの水着姿、とてもよかった――。


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星の三蔵ちゃん、天竺に行く 4

 三蔵一行の旅はついに砂漠を超えて平原に入った。うだるような暑さもなくなり、涼し気な風が吹いている。しばらくは安泰だろう。

 妖魔の出る気配もなく、実に穏やかな時間が流れていく。

 

「あの……重くないでしょうか」

「大丈夫です。軽いですよマスター」

「……」

 

 とてもいい気分に違いはないのだが、どういうわけかオレは銅角ことメドゥーサに背負われている。どうしてこうなったのだろうか。

 それもこれもダビデが余計なことを言ったせいだ。

 

 ――マスターは人間だし、お師匠さんと一緒で何かに乗っていた方が良いんじゃないかな!

 

 というわけで、いや、どういうわけなのか甚だわからないのだが、そういうわけでメドゥーサに背負われている。楽といえば楽なのだが、恥ずかしいと言えば恥ずかしい。

 それにいい匂いがするのだこれまた。髪の毛がくすぐったくて気持ちよいし、いい匂いがするのだこれが。筋肉が程よくついているのに柔らかいし、いい匂いがするのだこれが。

 

「――止まれ」

 

 書文先生の言葉に全員が止まる。警戒した様子。オレもメドゥーサから降りる。現れたのは、

 

「モードレッド?」

 

 ロンドンで戦ったモードレッドがそこにいた。あの時とは違う。鎧は来てないし、なんかアレだ、牛の骨の仮面みたいなの頭につけてるし、えらく露出度が高くて西遊記的だ。

 オレたちの前に立ちふさがりここは通さないぜとでも言わんばかりの様子。事実そうなのだから間違いではない。

 

「まあ、とりあえず素性を聞いてみようよ」

「じゃあ、君は誰?」

「よくぞ聞きやがったな! 枯松澗は火雲洞の洞主! 聖嬰大王 紅孩児とはオレ様のこったあ!」

 

 かっこよく名乗りを上げる紅孩児ことモードレッド。それから自分から名乗っちゃったぜーとか言っちゃう当たり雑である。

 

「紅孩児……菩薩の午前で改心し帰服したあなたが……どうしてあたしたちの前に立ちふさがるの?」

「だって、父上が褒めてくれるんだぜ! お前たちの首をもって帰りゃあな!」

 

 紅孩児の父親。西遊記であれば牛魔王に他ならないが、この現状で言われると連想するのは聖剣使いだ。アルトリア・ペンドラゴン。

 どんな状態の彼女かはわからないが、おそらくは牛魔王の役どころに入っていることだろう。安心していいのか、してはいけないのか。

 

 ――スパルタなんだよなぁ、王様……。

 

 戦いのやり方、心構えなどなどいろいろと王様に習ったけれど、そのどれもがスパルタで……なんど死にかけたり諦めかけたか。

 きっと出会っても助けてくれないに違いあるまい。うん。

 

「しかし、本来であれば紅孩児は、変身術やら計略やらを駆使して三蔵をさらう役回りだが、そんな調子でよいのか?」

「フッ、筋書きはぶっ壊すためにあるもんさ! 元からオレはおまえたちに負ける気はねえからな!」

「なるほど弁は達者のようだ」

「赤のセイバーの父上どのか……」

 

 ダビデが誰だと思うとか聞いてきた。

 

「うーん。と言わてもね」

 

 オレの知っているアルトリアって言えばサンタさんくらいだし。他のアルトリアって言われても普通の? くらいしか思いつかない。

 

「んん~~~~~」

 

 あ、お師さんのツボにはまったっぽいぞ。

 

「大・往・生ッ!! こんなやる気に満ちた修行スタンス、めったにないわ! なんて潔い相手なのかしら……あの娘とあたし、すごく気が合いそう!」

 

 確かに合いそうである。

 

「でもザンネン、トモダチでも邪魔をするなら蹴散らすのがあたしの修行スタンスよ!」

 

 それでいいのか御仏よ――。

 

「覚悟しなさい、頭陀ダダダダっとふるい落とすわ! その後に改心の余地を与えましょう! だってあたしたち、もう半分くらいはトモダチだもの!」

 

 なんというかすごい、まぶしいな、お師さん、

 

「マジかよ! そうだったのかよ! おまえトモダチ作るのうめぇーな!? けど悪いな、トモダチでも手加減はしねえぜ。オレは牛魔王の最愛の息子、紅孩児であるがゆえ! 玄奘三蔵! てめえを父上に捧げる供物にしてやるぜ!」

 

 というわけで、紅孩児との戦闘。

 

「いやー、負けた負けたぁー!」

 

 いやー、あそこでお師さんの御仏パワーによる覚醒がなければ危なかった。まさか如意棒があんなところで役に立つとは思ってもみなかったよ。

 

「ほら、経典だとっとともっていきやがれ」

「ちょっとまって紅孩児、いえ、モー孩児!」

「モー孩児!?」

「どこへ行く気なの? そっちは火雲洞でも、魔雲洞でもないじゃない」

「何処でもいいだろ。悪逆非道で有名な三蔵一行に負けたとあっちゃ、ほとぼりが冷めるまで、そこらに身を隠すしかねえ」

「どうして? あんなにも父上を慕っていたあなたはどうして家に帰らないの?」

「ばっ、慕ってなんかねーし! ……あんな、すさんだ家には帰れないんだぜ」

 

 つまりは家出ということで。

 

「よし、お師さん、モー孩児も連れていきましょう」

「はあ!?」

「それは良いね兄貴! なにせ、心優しい君を育てたお父さんなんだ。土産なんて必要ない。きっと温かく君を迎えてくれるブヒよ! さあ、さっさと帰って、僕らを財宝の場所に案内するブヒ!」

「こいつナチュラルにゲスなこといってますよマスター」

「…………いつものことだし、それは置いておいて……」

「置いておくなよな!? ……第一、父上がよくても母ちゃんがなぁ。控えめに言ってブレーキ壊れたダンプカーっていうか」

 

 控えめに言ってそれって実物何なの? ミサイルなの? 父上でも尻に敷かれ気味ってどういうこと?

 ただ、なんだろうこの既視感は。そんな印象の誰かにどこかであったことがあるような……。というか最近まで一緒に戦っていたような……。

 

「まあ、いいや。そんなことよりついてきてくれ」

「おまえ、話聞いてた!?」

「戦力がいるんだ頼む!!!」

 

 土下座を敢行。日本人舐めるなよ!

 

「ちょ、やめろよ!? 土下座すんな、縋りついてくんな!? 泣くなよ!? わかった。わかったって、ついてく、ついていってやるから、やめろー!?」

 

 ――計画通り。

 

 こうして紅孩児ことモー孩児を新たに仲間に加えた三蔵一行。経典集めの珍道中。今日もまた西へ西へ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 今日もまた日が昇り西へ西へ。驚天動地の経典集めの旅が今日もまた始まる。三蔵御一行旅も早一か月が過ぎ、ばったばったと並み居る妖魔たちをなぎ倒しながらその旅程は火焔山に差し掛かっておりました――。

 

「みんな! あの山は絶対に面白いんだから!」

 

 藪から棒にお師さんがそんなことを言い出した。絶対にフラグである。

 

「なんだなんだ! 楽しいところなら大歓迎だぞ!」

「誘ったオレが言うのもなんだけど馴染みすぎじゃね?」

 

 すっかりなじみまくりのモー孩児。身を隠すとか言っていたのにこの変わり様である。

 

「ふふん、オレは義理堅いからな――」

「昨日お師匠さんにトモダチを連れて行ったらお母さんは優しくなるって聞いたんだよ」

「ちょ!? 言うなよなこのブタ!?」

 

 なるほど。確かにうちの母親も友達を連れて行ったら余所行きの誰、って感じになったなぁ……。……母さんも、今はいないんだよな……。

 

「おい、どうかしたか」

「あ、いや、なんでもないよ」

「ふーん、ま、いいけどな。けど、オマエが一番弟子なんだろ、それならもっとしゃんとしろよな。オレを倒して子分にしたからにはそんな暗い顔なんかされたらオレが困るだろ!」

「…………遠回しに慰めてくれてたりする?」

「ばっ!? ち、違うし、そんなんじゃねっつーの!?」

 

 あ、なんか可愛い……。まあ、ありがたい。どのみち世界を救えばいいだけのことだしね。

 

「それよりなんであんなにお師さんハイになってるの?」

「それはあれだろう。紅孩児を倒したとなれば、次に来る障害は、火焔山であろうからな」

 

 火焔山。炎燃え盛る山だったっけか。何が面白いんだろうか。

 

「まあ、それは良い。お師匠。我らは何者かに追従されておる」

「尾行の気配ってヤツ? いいわよ。魔物に狙われるのは仕方がないわ。寧ろ都合がいいわ。その追っ手だって、この先の火焔山で撒くことができるからネ!」

 

 そういうわけでやってきました火焔山。

 

 ――熱い。

 

 灼熱の炎が燃え盛る紅蓮の山。蜃気楼揺らめき、あらゆる全てが燃えているのではないかとすら錯覚する。現に、自分たち以外の全ては燃え盛っている。

 何かしらの魔術的処理がされているらしいこの服とか以外の服なら今頃燃えて火だるまになっている頃だろう。そのくせ、魔術礼装ほどの力はないのが嫌なところだった。

 

 如意棒だって魔力を流せば伸びるけどそれだけ。ただどれだけやっても感じる重さは変わらないし、傷つかないくらい丈夫なのはいいけど。

 

「熱い……熱い……熱い」

 

 ダビデは熱さに弱いようだ。ぶひぶひ言っている。死にそうだ。

 

「うむ、聞きしに勝る魔の山よな。雨に燃えることなく、燃え尽きることもない。鋼鐵すら溶かすという」

「うおー、すげーすげー! オレも燃えて来たー!!」

「いや、実際に燃えてますよ」

「うおーマジかー!?」

 

 サーヴァントですら避けて通るほどの障害だ。人間などすぐにまる焦げどころかこれ以上近づいたら炭になりそうだ。

 こんな場所に来たということは――。

 

「あの、お師さん、まさか……」

「もっちろん! あの山は絶対に面白いもの!」

「■■■■!!」

 

 面白ければいい、という話ではないと呂布が言っている。

 

「それは修業が足りないからよ! ちょうどいいわ、ここで修行ポイントを稼ぎなさい! これこそは御仏の導き! 艱難辛苦も慣れれば涼し! この燃え盛る山脈を越えずして天竺には着けないわ! 決して!」

「ぐ、具体的な方法は!?」

「そこはアンシンして」

 

 酷く安心できないとは口が裂けても言えないだろう。きっと泣いちゃう気がする。

 

「あたしはこの火焔山のことは予期していたわ。取経の旅を通じて功徳を積んだあたしは、火の上を自在に渡ることができるの」

「ほお、火渡りの荒行か」

「スゲー!?」

「私のかわいい子で渡り切る選択肢はなしでしょうか。ないですか。そうですか……」

「この業火も、元は天上の八卦炉の火が地上に零れ落ちたもの。御仏の与えた試練ならば、あたしが渡り切れば、この火も消えるはず」

 

 そう都合よく行くのだろうか。というか、ものすごく嫌な予感がする。こう、お師さんが自信まんまんなときはだいたいよくないことが起きる。

 そしてお師さんがひどい目に遭うのだ。自業自得のようなものだけど、このままいかせてもいいのだろうか。

 

 そんな風に考えている間にお師さんが先に行ってしまった。確かに炎の上を歩いているが――。

 

「うん、まさか行くとは。焼き豚的に言うと、アレだよ? 炎の上を歩いたところで、高熱と煙があるよ?」

「やばいじゃん!?」

「きゃあああ!?」

 

 案の定、お師さんが熱と煙に巻かれている。

 

「行け白龍馬!! お師さんを連れ戻して!?」

「■■■■!!!」

 

 呂布によりなんとかお師さんは救出された。

 

「げほっ……げほっ、げほ……入滅するかと、思った……」

「心配させないでくれお師さん!!」

「ぎゃてぇ……ごめんなさい、反省する」

 

 はぁ、でも如来さまの袈裟があったからあまりひどいことにはなってないし、とりあえずはひどく日焼けしたような状態になったくらいか。

 きっとお風呂が辛いに違いない。ちゃんと弟子として毎日風呂は用意しているとも。こんな時だけ成功する水のルーンで水を出してお湯を沸かす。

 

 もちろん、やましい気持ちなどなくお師さんのことを思ってだ。本当は見たくないのだが、ダビデを止める過程で目に入ってしまう。眼福ですありがとうございます。

 

「違う……」

「何がです?」

「これ、あたしの知ってる火焔山じゃない」

「それはいかなる意味でしょうか。頭がちりちりのお師匠様?」

「えっと、なんだろう火力が強いっていうかね。なんかすごいじっけんをしているとか――」

「ああ、確かに高位の魔術師によるなにかしらの実験が行われているようですね」

 

 銅角ことメドゥーサがそんなこと言った瞬間、笑い声が響いてきた。

 

X a - x a - x a - x a - x a - x a - x a - x a(アッハッハッハッハッハッハッハ)!!!

 よくってよ! 永遠なるサナト・クマラの炎! ダグザの大釜だって、ジャムみたいに煮詰めてあげる!」

 

 そして、どこかで見覚えのあるUFOが火口にビームを放っていた。

 

「…………エレナさんんんんん!?」

「とりあえずしばいてきますね」

「あ、はい、お願いしますメドゥーサさん」

「あいたー!?」

 

 というわけでメドゥーサさんが首根っこ掴んでエレナさんを連れてきてくれた。

 

「あの、なにしてんですか――」

「なによって、マスターじゃない。随分と久しぶり? なのかしら。まあいいわ。あら書文までいるし、なになに、この御一行?」

「三蔵様御一行ブヒ」

「三蔵? 三蔵法師!? 嘘、本当に!?」

「いや、それはいいからなにしてたの。ガチで」

 

 酷く呆れた目を向けるとさすがに悪いことをしたと悟ってくれたようだ。

 

「えっと――召喚されたら燃え盛る山があって、つい」

「つい……」

「うっ、ご、ごめんなさい。ちょっと調子に乗りすぎていたわ」

「じゃあ、お詫びしてもらっていいですか?」

「そうね。良いわ、迷惑かけたみたいだし。あたしにできることなら何でも言って」

「ん、今なんでもって言ったよね」

 

 よし、戦力確保!

 

「じゃあ、旅についてきてもらってもいいですか?」

「……よくってよ。あの三蔵法師の旅だものとても楽しそうだわ」

「というわけでどうでしょうお師さん。お師さんのご威光にひかれたまた1人旅のお供を希望している方なんですが。ここはなにとぞ慈悲深いお心を」

「いいわ! 旅は人数が多いほうが楽しいもの! 今とっても楽しいもの! よろしく玄奘三蔵よ!」

「エレナ・ブラヴァツキー。ミセスって人は呼ぶけど好きじゃないからエレナって呼んで」

「ええ、よろしく! ――さて、それじゃもう一度行くわ! 一度や二度じゃ諦めない! それがあたしの人生だもの!」

「――――待て、諸兄ら」

 

 その時、知らぬ声が響く。一番に反応しお師さんとオレの前に出る書文先生とモー孩児。

 そこにいたのはツインテールにチャイナ服を身にまとった少女? だった。

 

「誰だ!」

「あれ、あたし、あの子……知っているような。でも、思い、出せない」

「その記憶 この経典に ある」

「……っ……!?」

「――玄奘三蔵 嘆かわし かつて清士の聖が あたら賤しき凡俗女」

 

 あ、言い返せない奴だコレ――。

 

不惜身命(ふしゃくしんみょう)の覚悟なく 仁恕開豁(じんじょかいかつ)の器もなく

 天竺に至る近道など 無い と知れ――つまり、もはや 斉天大聖の師に ふさわしく ない」

 

 ガーンという擬音が聞こえるほどに落ち込む三蔵ちゃん。言い返してあげたいけれど、確かに僧というには欲が多いんだよなぁ、この人。

 だけど、三蔵ちゃんに言いたい放題言いやがって、今度会ったら言い返そう。

 

「…………問答(チャット) 終焉(おわり)

 

 そして、車輪にのって跳んで行った。

 

「さて、あの者ですが、いかにもそちらのお師匠の知り合いのようでしたが」

「それが……うまく頭がまとまらなくて……」

「なるほど、師の記憶には蓋がされておるわけか。……しかし、儂には予測がついた。あの者の正体に。火焔を帯し槍は、火尖槍――。対の腕輪とおぼしきは、乾坤圏(けんこんけん)――。そして、童子の如きうら若き姿」

「そこまで言われたらオレでもわかる。中壇元帥(ちゅうだんげんすい) 哪吒太子(なたたいし)でしょ」

「うむ。斉天大聖 孫悟空と並び称される花形よ」

「な……た……哪吒!」

「是非とも手合わせしてみたいものだ」

 

 全身が宝具だったっけ。って、書文先生に火がついてる。これは絶対にマズい……。

 

「しかし、どうするの? 三蔵法師の記憶が入っているらしい経典は哪吒太子が持って行っちゃったわよ?」

「――そうだあ! 思い出したわ、手順が違うのよ。芭蕉扇が必要なのよ! 羅刹女が持ってる!」

「ゲェ!?」

 

 芭蕉扇、羅刹女。はてさて、三蔵御一行の旅はどうなるのか。火焔山でエレナを仲間に加えて一行は火焔山を通るのに必要な宝具を取りに、羅刹女の下へと向かうのであった。

 モー孩児の顔はそれはもう悲惨な顔をしていたと言います――。

 




モー孩児ゲットだぜ!
というわけで戦力を順調に確保していくぐだ男。
仲間を増やしながらレッツゴー。

あと、槍オルタはサンタオルタとは別人です悪しからず。


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星の三蔵ちゃん、天竺に行く 5

 火焔山の猛火を決して、天竺へと進むには、どうしても芭蕉扇が必要。それがある場所こそが、芭蕉洞に住む羅刹女がそれを持っている。

 なんとそれがモー孩児のお母さんだという。

 

「天下に名高い美姫、別名を鉄扇公主か。どんな美貌の人妻なんだろうね。年上の人妻ってのも悪くないよ。うん。というか、他人の妻だろうと美人はみんな美人だよ」

「ダビデ……」

「おっと、よく考えてくれよ兄貴(マスター)。確かに人妻に手を出すのは悪いことかもしれない。でも、向こうも同意の上ならいいのさ」

 

 同意の上でも駄目だろ、それ。より駄目度が上がっているだけな気がしてならない。

 

「同意の上。それも年上の美人人妻。考えただけで興奮しないかい。ブヒ、ブヒ――それに年上は良い。それが美人の人妻ならなおいい。何せ、男の扱いに慣れているからね。初めてを捧げるには良い相手さ。手取り足取り、あれやこれやを教えてくれるはずだよ」

 

 ――ごくり。

 

「はっ!? しまった、ダビデと付き合いすぎて、染まってきてる!? だ、駄目だ。そんなのは!?」

「はっはっは!! 認めたね! 君も十分こっち側さ! ユー認めちゃいなよー。楽になるぜー」

「だ、誰が!」

「それならエレナはどうだい? 彼女は結婚した日に逃げ出しているからきっと処女だ。その手の知識に疎い人妻というとてつもないレア属性だ!! 本当は僕が美味しくいただいてしまいたい! でもここはマスターに譲ってもいいと思っているんだ!!!」

 

 バーーーン!!! という擬音を背にして言い放つダビデ。とりあえず、とりあえず保留にしておこう。今はそれどころではないのだから。

 

「な、なあ、本当に行くのか? 本当の、本当にいく、のか?」

「モー孩児、いい加減諦めてください。それ以外にあの火焔山を渡る術は在りませんから」

「ちょっとやりすぎちゃって、私のサナト・クマラでも渡れないくらいにしちゃったのよね」

 

 エレナさんがやりすぎたせいで芭蕉扇がなくては渡れなくなってしまったのだから仕方がない。

 

「本当です。手加減を覚えたらどうです」

「む、仕方ないじゃない。誰もいないと思っていたんだもの」

 

 それにそれは終わったこととすっぱりと切り替えるエレナ。

 

「それよりモー孩児はなんで、そんなに怯えてるのよ」

「お、怯えてねえし。でも、母ちゃんは、おっかねえんだぜ」

 

 モー孩児曰く、こんな会話があったらしい。

 

 ――紅孩児さん。

 ――ひゃあ!? ごめん母ちゃん! ポテチ食べてた!

 ――訂正を。母ちゃんではなく母上です。悪性の舌は切断します。

 ――ごめん母ちゃん! 切断だけは勘弁だぜ!

 

 この時点で、もう候補が一人に絞り込める。更に――

 

 ――無断外泊の朝帰りまでは許容しましょう……ですが、外出後の手洗いは?

 ――洗ったぜ! 石鹸で念入りに五秒くらい! それで芭蕉扇で乾かしたぜ!

 ――洗面所が散らかっていた理由が判明しました。城内に菌をまき散らしてどうするのです。使い捨てタオルを用いなさいとあれほど……む。もしや、外出後のうがいは……?

 

 こんな風に菌を気にしたり、衛生面を気にするサーヴァントはただ一人しかいないだろう。少なくともオレは一人しか知らない。

 鮮烈に時代を生き抜いた鋼の聖女。そうナイチンゲールさんだ。なにせ、治療が

 

「うわああああああああああ、母ちゃんごめんよー! もうオキシドールのバケツで顔面ザブザブはいやだああ!!」

「いけません! モー孩児がフラッシュバックで泣き始めました。マスターなんとかお願いします」

「なんで、そこでオレにふるかなあ!? 大丈夫大丈夫、オキシドールなんてここにはないからー!?」

 

 とりあえず何とかモー孩児をあやして泣き止ます。疲れた。無駄に疲れた。

 

「これほどのトラウマ、国民軍の拷問を思い出すな……」

「教育熱心過ぎるよねー。放置くらいがのびのび育つのに」

 

 放置してのびのび育った育った結果が人理滅却なんですがそこのところどうなのですかねダビデ王。おい、こっち向けよ、口笛ふくなよ。

 

「とりあえず、モー孩児がこちらにいるし、大丈夫よね!」

 

 お師さんがそういうとなんかそうはいかなさそうだから困る――。

 

「た、ただいま……」

 

 モー孩児がそろそろと城へ入ります。オレたちもそれに続いて城に入ると、その瞬間、目の前に漢服に身を包んだナイチンゲールさんが現れまた。

 

 ――いい、すごくいい……って、違う!

 

「ようやく帰りましたか。まずは、何をするのかわかっていますね紅孩児さん――おや? そちらの方々は?」

「と、トモダチ、だぜ……!」

「トモダチ…………では、お友達の方々もどうぞ洗面所へ。そこで手洗いうがいをお願いします。話はそれからです」

 

 言われた通りにする。とりあえずモー孩児が面倒くさそうにしているので、しっかりやらせることで羅刹女に対する評価を上げる。こうすることによってより良い話し合いを。

 

「さて、紅孩児さんのお友達ということであれば歓迎します。それがマスターならなおさらです。――それで、紅孩児さんは粗相をしていないでしょうか」

「あ、はい、とてもいい子です」

「そうですか。それは良かった」

「すげぇ、母ちゃんが超優しい!?」

 

 これが全世界の母が標準装備している息子の知り合いの前では良い母になるである。まあ、この人はあまりいつもと変わらないみたいだが、モー孩児からしたらいろいろと違うらしい。

 だが、モー孩児はわかっていない。それは良かったのあとに、――切断(治療)する必要がなくて、とかそんな言葉が見えた。

 

「あの、それで本題なのですが。芭蕉扇を貸して戴けないでしょうか」

「お断りします」

「取りつく島もなし!?」

 

 火焔山の炎を鎮火するために使用すると説明しても、あの炎に強い殺菌効果があるから駄目だと取りつく島がない。

 

「…………ところで牛魔王は?」

「私の伴侶はこの城にはいません。どこをほっつき歩いているのやら。そのせいで、紅孩児まで素行の乱れを見倣う始末です。マスターからも言ってやってください」

「まあまあ――」

「うぅ……」

 

 さすがにお節介だろうけど言っておくか。あまりお世話になったナイチンゲールさんに言いたくはないのだけれどモー孩児が可哀想だしな。

 

「少しくらい手加減してやってもいいのでは?」

「私の教育方針は完璧です! マスターと言えど、人の教育方針に口を出さないでいただきたい」

 

 完璧すぎる。というか、極端すぎる。自主性を許可しているとはいっても。

 

「寛容さはありますか?」

「っ……それは……確かにそうですね。貴方がいうのならばそうなのでしょう。貴方はそういう風に育ったのですか?」

「ええ」

 

 ――オレの母親はオレの好きにさせてくれた。

 

「間違ったらその時に怒ればいい。オレはそうやって今、ここにいる。だから、モー孩児にもそうやってほしいんです」

「…………わかりました。貴方のような方に育つのであれば、教育方針を変えることもやぶさかではありません。ですが、その教育方針が本当に良いものかわかりませんので、確かめさせていただきます――」

「ですよねー」

 

 そして、結局戦闘になってしまったが、なんだか巧妙に手加減されていた気がする。ともかく、婦長を倒すことでオレたちは認められて芭蕉扇を手に入れることができた。

 ついてきてほしかったけど、モー孩児がそれだけはやめてくれって言ってきたので、お別れ。もう少し話をしたかったな。

 

「なに、また出会うこともあります。こうやって出会えたように。貴方と縁は確かにつながっています。それに、私にはまだ仕事がありますので。これから遠方の村に回診の時間なのです」

「そうですか。残念です」

「ええ、とても。――また貴方と治療行為ができる日を楽しみにしています。どうかそれまで壮健で――それから、もし余命いくばくかの患者に出会ったとします」

「いきなりどうしたんです?」

「私の体験の話です。これからの貴方に必要になると思いますので」

「?」

 

 その意味はわからないが、オレはナイチンゲールさんの話を聞く。

 

「余命いくばくか。それが大切な人ならば悲しいでしょう。ですが、命はどのように手を尽くしてもいつかは必ず死んでしまいます。悲しいことですが、医療の限界でもあります。いつか必ずそういった悲劇がなくなると信じていますが、それまで何度も悲しい宣告をする必要があるでしょう。

 ですが、悲観することはないのです。人はいつか死ぬ。私は救うために手を尽くし、患者は生きるために手を尽くし、それでも無理だとわかっても患者は悲観することはありませんでした。できる限りをした、その時患者には、いつもありがとうと言われたものです」

 

 こちらは何もできず無力に打ちひしがれているというのに患者は、私たちに感謝をして笑うのです。ありがとうと。

 

「患者は、皆、余命を伝えられても悲観せずに笑うのです。そして、残りの余命を誰よりも懸命に生きるのです」

「誰よりも、懸命に……」

「はい、そして周りの人も一緒になって鮮烈に刻むのです患者のことを」

 

 だから、もしそう言った患者に出会ったのなら、一緒に笑ってあげましょうとオレは言われた。それどころか、楽しい思い出を差し上げてくださいと言われた。

 悲しむことは患者が死んでからもできる。だから、患者が生きている間は楽しく過ごさせてあげてくださいと。

 

「人は泣きながら生まれてきます。だから、せめて、死ぬときは笑えるように。もちろん、最後の時まで生きることこそ最も尊ぶべきことです。

 ですが、もしそんな人に出会ったのなら思い出を差し上げてください。楽しい思い出を。それがその人にとって何よりもうれしいものなのですから」

「…………わかりました」

 

 婦長がどうしてこの話をしたのかわからない。けれど、この話は心に刻む。

 心に刻んで、オレたちは婦長に別れを告げて火焔山へと向かう。

 

「ヤッフー!! 自由っていいぜェ!」

「でも、少しでも消毒とか忘れたらどこにいても気が付いて追ってきそうだよね」

「おう、だから気を付けるぜー、めっちゃ気を付けるぜー」

「それにしても――芭蕉扇?」

 

 どこをどう見ても聖剣なんですが。勝利を約束する系の聖剣なんですが。

 

「とりあえず振るってみたらどうですか。そうすれば本物かどうかわかるでしょう」

「そうね。いくわよーえくすぅ~~~カリ芭蕉扇!!」

 

 そんな名称でいいのだろうかー。

 だが、効果は本物で、EXだから一発で炎が消えた。全部消え去った。

 

「じゃあ、残りは牛魔王ってわけね」

「おう、かっこいい、父上だぜ!」

「さあ、行くわよみんなー!」

 

 三蔵御一行はついに火焔山を超えることが出来ました。残りは牛魔王ただ一人。天竺目指して西へ西へ。今日も三蔵御一行の旅は続く。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「余こそが、天上界に轟かし名を馳せた大妖義兄弟の長兄――九首牛魔羅王だ。以後は牛魔王でよい。跪拝の礼を解き楽にせよ」

 

 圧倒的な覇気がこの場を満たしている。これこそが魔王という風格。圧倒的なまでの王気。大妖の名をほしいがままにする王が玉座についている。

 この玉座の間、いや、この城自体が王の世界。その圧倒的なまでの圧力に自然と礼の姿勢をとってしまう。圧倒的な暴風のようであり、されど凪を感じさせる静けさが同居している。

 

 これが牛魔王。向かい合うだけで頭をたれ、慈悲を願いそうになる。御尊顔を拝することなど不敬と思えてしまうのは牛魔王の高貴過ぎる雰囲気のせいだろう。

 武骨ではあるが、旧来の貴族、武人としての王としてこれ以上ないほどに完成した気配はまさしく王だ。ゆえに顔をあげてもよいと言われても顔を見るまで上げることはできない。

 

 まっすぐに胸を見てしまう。サンタさんと違う――とても豊満な胸を! そうこれは不可抗力なのだ。どうやってもこれ以上頭を上げることができない恐れ多いからだ。

 しかし、どういうわけで、サンタさんはあんなに大きなマシュマロを手に入れたのだろうか。いや、本当にサンタさんなのか? ダビデと違ってパスを感じないから、もしかして別人?

 

「うん、それは在りうるね」

「知っているのかダビデ!?」

「いや、知らないけど」

「なんだ……」

「でも、あれはおそらくアーサー王の別の側面だ。例えば、あからさまに持っているあの槍とかね」

「……なるほど武器が違うのか……」

 

 エクスカリバーによって確か、アーサー王は成長が止まったんだっけ。つまり、成長が止まらなかったアーサー王ということなのだろうか。

 それか、何か別の要素によって胸が大きくなったアーサー王? それは、実に素晴らしいと言わざるをえないだろう――。

 

「って、オレはまたあ!?」

「ふっふっふ、正直になれよー、認めちまえよー」

「ええい、やめろダビデー!」

「貴様ら少しは静かしろ!!」

 

 牛魔王の一声ですっかり静かになる。

 

「よし。遥か唐国より、火焔山を越えてまでの長旅まことにご苦労であった。紅孩児もすっかりとなついているようだ。トモダチを連れてくるとはな――不甲斐ない親でな、この年まで紅孩児には友達などできなくてな」

「滅相もないです――あ、こちらは陛下の奥方様から、拝借したものです。お返しします」

「うむ、重ねてかたじけない。では、こちらも要用を果たそう」

 

 そう言って取り出すのは経典だった。

 

「これは余がもとより帯びし経典である。そして、これは先に、魔雲洞の城を訪れた哪吒より預かった、もう一つの経典だ」

「哪吒が?」

「この二つの経典は、貴僧に進呈する。これが御仏の意志である。――つまり、貴僧の旅もここで終わりだ」

「……な……なんですって?」

 

 ――終わり? ここで?

 

 三蔵法師の旅は天竺に着くまでのはずである。ここで終わりなどおかしいとは思うが、経典が全てそろってしまっている。

 曰く、三蔵ちゃん自身の五欲、色・声・香・味・触。すなわち、眼・耳・鼻・舌・身から生じる執着。六本の最後は意。で心より発する執着。

 

「ここで旅を終えることにより、心の底から満ち足りることが、貴僧の失墜した悟りの回復となる」

 

 静かに牛魔王は告げる。

 

「え……え……? ちょっと、ちょっと待ってよ! あたしの旅はここで終わりじゃない! まだこの先があるのよ! あたしは天竺に行くんだから! そのためにずっと旅をしてきたんだから!」

 

 お師さんが反論する。だが、牛魔王は認めない。経典はすべてここにあるのだから。

 三蔵法師の旅の目的は経典だ。それが全てそろったのであれば、もはやここより先に行く意味などない。そう彼女も御仏も言っている。

 

「経典はすべてそろったのだ! わからぬのか!? 玄奘三蔵ともあろうものが、御仏の慈悲を?」

「で、でも、みんなはどうなるの? あたしの大切な弟子たちは?」

「貴僧の徒弟たちは、このまま天竺へと向かう。彼らはそれで戻るべき世界へと帰還するだろう。それとまったく同様に、貴僧にも還るべき場所があるはずだ」

 

 お師さんとの旅は終わりで、オレたちはこのまま先にいけ。それが彼女にとっての御仏の慈悲……。

 

「還るべき、場所…………長安の、あたしの家…………いやだっ! あたしはまだ旅を続ける! だって何もしてない! ありがたいお経だけじゃ、何かが足りない! それを正しく説けるだけの人間に、あたしはまだなってない!」

「ふぅ……聞き分けのない。市井にとって御仏の経典はそれだけで価値のあるもの。僧侶の語りなど誰でも良いと――そう思うことが出来ぬとはな。それでは確かに、悟りまでは遠かろう。

 ――されども安心召されよ。貴僧の執着は我が宝扇、エクスカリ芭蕉扇でひと思いに吹き消し、凍土の果てまで送り返して進ぜよう」

「…………そっか……これはあたしの、あたし自身の戦いなんだ……」

 

 お師さんが何を言いたいのか、言おうとしているのかわかった。

 

「来ちゃだめ。そんなことをしたら、仏様はお怒りになって返してくれなくなっちゃう」

「うむ、一時のみ師と仰いだものよ。この儂を、賢しく後先を考えて強敵を求むる輩と推し量っているのなら、とんだ取り違えだ」

「そうそう。僕らはサーヴァントだからね。帰る場所はもとからないんだ。英霊の座に戻るってことは消滅するってことだし。カルデアは例外だけど、そのカルデアにも戻れない。帰りたい場所はあるけどね。ま、ただ戦って、愉しんで、倒れるのみさ」

「そうですね。私もここまで付き合ってしまったので、今更帰れと言われても困ります。なので、最後までお付き合いしますよ。何より、この旅は、その……なかなかに楽しかったので」

「おう、父上への叛逆! 上等じゃねえの。なんかそれの方がしっくりくるし、なんだ、その……トモダチってのは、助け合うもんだろ?」

「良くってよ。このあたしがいるんだから、最後まで全てをつまびらかにするに決まっているじゃない」

「あなたたち……じゃあ、あなたは?」

 

 オレ。オレはサーヴァントじゃない人間だからと彼女は言う。大切な人のいる場所に帰るべきだと。確かにそうなのかもしれない。

 マシュのところに絶対に帰りたいと思う。でもその前に、大事なことを忘れている気がする。何か大事なことを。それを思い出すまでは帰れないとも思う。

 

 それに、この数か月の旅の間に、三蔵ちゃんもすっかりオレの中では大切な人になってしまったわけで。というか、ここで放って帰ると心配で眠れなくなりそうだし――。

 

「オレも戦うよ。お師さんも大切な人だから」

「もうっ…………このっ……弟ぇ~子ぃ~~」

 

 抱き着いてくるのにも慣れました。もうすっかり慣れました。堪能できますありがとうございます。だが、ダビデおまえは何がグッジョブだよ。

 

「みんな本当に、怖いもの知らずの馬鹿弟子たちね!」

「――最後の警告だ! 御仏に背くことになるぞ!」

「いざ――西へ! 西へ!」

 

 牛魔王へとオレたちは戦いを挑んだ。

 




さあ、一気に行きますよ。6までで三蔵ちゃんイベは終了します。
その後は羅生門ですが、羅生門は如何せん、初の試みが多すぎてアレなんで割とオリジナルエピソードが入る。主にぐだ男と酔っ払い女たちの絡みが。

酔っ払いどもが多すぎて、わりと時間かかりそうです。
酔い方ですが、
マシュは変わらず。
ブーディカ姉ちゃんが眠くなってぐだ男に寄りかかって耳はむはむしてる
エリちゃん泣き上戸
ノッブはノブノブしてる。
清姫は、自分を卑下しまくってます。
サンタさんはツンデレが前面に押し出されたり。

といった感じです。
式他男性陣はぐだ男に代わり話を進める係だったり。ジェロニモとジキル博士中心に頑張ります。ダビデは今回は出番少な目。三蔵イベでさんざんやったので。

という感じを想定してます。


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星の三蔵ちゃん、天竺に行く 6

「ならばこれで最後だ――聖槍抜錨――」

 

 解放するは世界を繋ぐ楔の聖槍。臨界点突破、許容量を超えて吐き出される魔力に聖槍が、与えられたその権能を露わにする。

 生前のアーサー王がヴォーティガーンやモードレッドを討つ時に振るった聖槍。またの名をロン。かの聖剣に並ぶと言われている神造兵装がその牙をむく。

 

「私は嵐の王、ワイルドハント。我が(かお) を見るもの、悉くを下僕とするもの」

 

 それは、世界の裏側たる神代と現実たる人の世界を繋ぎ止める光の柱。

 あらゆる幻想を光の柱解かれれば現実の物理法則によって成り立つ世界は剥がれ落ち、過去のものとなった幻想法則が現れ、神代に逆戻りする。

 その楔が今、引き抜かれる。

 

「さあ、啼きながら集え、我が手足、我が供物。天鵞絨(ビロード)の如く紅虐に、我が蹄を飾るために」

 

 掲げる聖槍。

 循環する回転に魔力が渦巻き嵐が如く吹き荒れる。

 まさしく暴風。あらゆる全てを蹂躙し供物と化す槍がここに今、その力を振るわんと猛る。猛る――。

 

「今はこの塔こそが我が城塞」

 

 それは城塞。それは槍にして彼女が持つ唯一にして無二の城塞。

 世界を穿つ轟きの名を知るが良い。

 

「突き立て! 喰らえ! 十三の牙! ――最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)!!」

 

 最果てに輝き続ける槍が今ここに解放される。

 突き立て、十三の牙が駆動し、放たれる嵐の如き魔力。

 

「く――」

 

 これを防がねば死ぬ。ここまで来て、この一撃を防がねばならない。マシュがいればと思う。だが、彼女はいない。

 防げな――。

 

 その時――何が起きたのか一瞬理解できなかった。破壊が巻き起こり死んだのかとも思った。だが――死んではいなかった。

 

「なに――、が」

「あなた、それ――」

「え――」

 

 お師さんの指先はオレの頭を指す。そこに在るのは――緊箍児。それは孫悟空の頭にはめられている金輪のことだ。

 お釈迦様に捕まり、五行山に封じられた孫悟空は、三蔵法師の弟子となったが、平気で悪人を殴り殺すなどまるで反省した様子が無かったのだ。

 

 それを知った観世音菩薩は悟空を封じるべく三蔵にこの金輪を渡した。三蔵は観世音菩薩から教えられた呪文を唱えることでこの金輪を締め付ける事が可能であり、悟空の乱暴を諌める時に使用した。

 だが、この真の効果は悟空をいさめるためのものではない。この金輪は、悟空の命を守るものでもあったのだ。

 

「これは、まさか!!」

「御仏の、加護」

 

 輝く緊箍児。それが砕けると同時にただ一度だけ、所有者と大切なものを守る。ロンゴミニアドの一撃を防ぎきることができた。

 それと同時に

 

「――――思い、出した」

 

 全てを思い出す。マシュが倒れたこと。嘆き悲しむオレの記憶を封じて、三蔵ちゃんが助けてくれたことを。きっとあれは記憶を封じられる前のお師さんだったんだろう。

 いや、きっと悟りへと至った、仏としての側面――。

 

 記憶を封じたのは、この旅の中でオレに学ばせるため。あきらめないこと。彼女の生きざまを。何があっても、取り乱さずに最後まで歩み続けることを。

 相変わらず、オレは駄目だ。何かあればすぐに立ち止まろうとしてしまう。弱い人間だ。

 

「今だ!!」

 

 今も変わらないのかもしれない。相変わらず思い出してしまえばマシュのことが頭を離れない。けれど――前に進める。

 

「「「おう!!!」」

「これこそは、わが父を滅ぼす邪剣――我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)!!」

「君には改心する権利がある。――では、仕方ないな――五つの石(ハメシュ・アヴァニム)!」

「我が槍は是正に一撃必倒。神槍と謳われたこの槍に一切の矛盾なし!」

「優しく蹴散らしてあげましょう。騎英の手綱(ベルレフォーン)

「海にレムリア!空にハイアラキ!そして地にはこの私!金星神・火炎天主(サナト・クマラ)!!」

「く――ぬぅううう!!」

 

 宝具の一撃が、牛魔王へと直撃した――。

 

 そして――

 

「くっ、余は……余は悪くないもん!!」

「え、えええ!?」

「御仏に従う代わりに一個だけお願いしたんだもん! 羅刹女の食卓が、クロスが、食器が、ナプキンが! とにかく何からなにまで! 消毒薬の刺激臭にまみれているのをなんとかしてくれませんかって……!」

 

 oh……そういうメシマズなのかぁ……。

 

「料理は普通に家庭的な英国料理で美味しいのに……いつも台無しに……」

 

 さめざめと泣きだす牛魔王。

 

「父上えええええええ」

 

 それにつられて泣きだすモー孩児。二人抱き合って泣いている。良い親子だなぁ……。

 

「………………ふぅ。取り乱して失礼した。だが忠告だけはしておこう、玄奘三蔵とその一行。この先の道程は保証しない。御仏の加護ももはやあるまい」

 

 最後の加護だっただろう金輪も砕けてしまった。確かにもう加護はないだろう

 

「大丈夫よ、牛魔王。このあたしの信心が、それぐらいで揺らぐとでも? それにそれでこそ本当の旅だわ!」

「そうか。では貴僧と貴僧の弟子たちに幸運を――」

「さて――じゃあ、牛魔王さんも一緒に来てくれませんか」

 

 話も終わったところで切り出す。

 

「は?」

「いや、だから牛魔王さんも来てくれると心強いなーなんて」

「いや待て、貴様、余が何か知ってていっているか?」

「牛魔王」

「そうだ。それでおまえたちは?」

「三蔵一行」

「そうだ」

 

 だったらわかるだろう? と言いたげな牛魔王。だが――。

 

「知らん! 知らんけど御仏の加護がないなら、牛魔王の加護がほしい! ついてきてほしい!!」

「駄目に決まっているだろう! それになぜ余が行かねばならん。そんな義理など」

「今、来てくれるのなら、オレが、うまい英国料理を作ってやる!!」

「――!?」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「さあ、行くぞ、ぐずぐずするな!」

 

 というわけで一行に牛魔王が加わりました。

 

「いや、なんというか、マスターの人材獲得にかける熱意がすごすぎて僕引いてきたよ」

「だって、嫌な予感が。というか、思い出したんだけど天竺ってインドじゃん?」

 

 御仏の加護なし。これから先の保証なし。そして、目的地インド。インドと言えばアメリカでさんざんやばいものを見せてくれたお方がいる。

 そうカルナとアルジュナ、ラーマである。彼らの力はサーヴァントの中でもとびぬけている。そんな彼らがいたとして、もし戦闘なんかになってしまったらと思うと背筋が凍る想いしかない。

 

 だから――

 

「牛魔王に来てもらったというわけか。うむ、確かに、カルナとアルジュナは儂の手にも余る」

「味方なら心強いけど、敵ならあれほど恐ろしいやつらもいないのよね」

 

 アメリカを旅した書文さんとエレナと三人で溜め息を吐く。

 

「広~いもんよね~ガンダーラー~♪ 天竺の彼方に~マンダーラ~♪ ふふふ~ん」

 

 お師さんは気楽に楽しそうだ。

 

「あ! 見てみて! 川よ! 黄金の大河! ついに着いたわ! 嗚呼、懐かしきガンジス川! ――!!??」

 

 黄昏のガンジス。そこに二人のインドサーヴァントがいてこっちを睨んできている。最悪のカルナとアルジュナのコンビである。

 

「…………うっ……どうしよう……」

「……門番、かな? あの二人はまずいねぇ。もう仏教とかそんなの知るか、と言わんばかりの顔だ」

「なにより冗談が通じそうにありませんね」

「あのカルナはそれでも通じる方なんだけどね……」

 

 どうしようもない感じだった。一歩でも踏み込んでみろ、どうなるかわかってるなってのが目で伝わる。

 

「彼らは 異界の 守護者」

「――哪吒。やはり来たのね」

「もう解る はず――玄奘?」

「…………。ええ、わかるわ。哪吒。あれなる二人、大英雄にして半神は、あたし自身の恐怖を具現している。外の世界を目指そうとするあたしの、ぬぐい切れない不安を。あたしは呼ばれた。カルデアのサーヴァントとして。けれどその召喚を、成仏得脱したはずのあたしは、拒んだ仏は人類の滅亡などには決して関与しない。それすらも大きなうねりの一つにすぎない。あるとすれば、ただ人としてのあたしの、我欲に過ぎない」

 

 だから、カルデアで眠りについたとき、つながった。助けを求めた意識が召喚の縁としてつながった。仏にすら届くなんて、オレはどれだけマシュ関連で弱いんだろうか。

 

「もう大事な弟子たちと離れるのはイヤ……。一人で寂しく死ぬのはいやよ……。……でも。たったひとりでも、この旅を続けられるならあたしは、何度でも、旅に出る。今ここに悟空はいなけど――」

 

 お師さんは強い。オレなんかよりも。ただひとりではオレは何もできない。ただ一人。マシュがいないと前に進むことすら諦めそうになる。

 それはいけないことなのに。マシュが倒れた時、オレはすべてが終わったように思えた。まだなにも終わってなどいないというのに。

 

 オレは弱い。けれどこの旅でお師さんと関わって、一緒に過ごしてオレは、お師さんのようになりたいと思った。

 ひとりでも折れない心をもってまっすぐに進めるような強い男になりたいと思った。

 

「……玄奘 加勢する ボクも」

「哪吒、あなたが? いいえ、それには及ばないわ! あなたは、この古びた途切れ途切れの巻物を終わらせるために現れた、御仏の使者。あるいはこの虚ろな世界であたしが、御仏の姿を探るための、レンズのような存在だった」

 

 それを確認すると了承し、哪吒は離脱した。あれを引き留めることだけはオレにはできなかった。なぜなら、きっとお師さんが許可しないから。

 牛魔王とかは許可してくれたけど、それはきっと駄目だろうから。

 

「……行っちゃった。あの子もサーヴァントとして召喚されたりするのかしら……?」

「どうだろう。でも縁は繋がったから」

「そうね。――ん、よし! 最後の煩悶もこれでおしまいっと! 相手が何であれ、止まらないのがあたしだもの! みんな、悪いけど死ぬまで付き合って! 最後の試練、あの大河を越えましょう!」

「応!!」

 

 そして、オレたちはカルナとアルジュナに挑んだ――。

 

「――っは、はは――生きてる」

「うえーん、つかれたー」

「ブヒ、ブヒー」

「ふむ。さすがに、骨が折れたわ」

「疲れましたね。いや、本当。もう勘弁してほしいというか。本当、姉様たちももう少し手加減を――」

「もう嫌だ、アレと戦うとか母ちゃんと戦った方がマシだぜ、マジで……」

「うぅ、容赦ないんだものカルナ。でも、なんとかなったわね」

「まったく余が全力を出さねばならぬとは――」

 

 だが、勝った。どうにかこうにか、激戦を潜り抜けて、オレたちはガンジスを越えた向こう岸に横たわっている。

 いやもう一歩も動けない。

 

「ふぅ……」

「ふふ、楽しかったわ!」

「そうですね。って、アレ……」

 

 足が消えかけている。腕も。

 

「うん、もう時間かな。これも御仏のお導き……ううん。あなた自身の幸運かな?」

 

 もうカルデアに還る時間。そういうことなのだろう。

 

「頃合いのようだな。三蔵法師よ。お主はこの彼岸に残りそして、また新地へと旅立つのだな」

「――ええ。あなたの的確な助言に感謝を。沙悟浄――李書文。あたしの知ってる沙悟浄に勝るとも劣らない槍さばきでした。この旅であたしが大泣きしなかったのは貴方の冷静さがあったからです」

「ふっ、さてマスター。功夫は続けることだ。まずは基礎を、技はそれからよ」

「ありがとうございました!」

 

 笑って書文先生は還っていった。いつかまた召喚される日がくるだろうか。その時にはまともな棒振りくらいはできると良いな。

 

「次は僕だね。実を言えば、お師匠さまと僕が信じる神は異なっているけれど。人は神から機会を貰い、人は人から多くを学ぶ。なので、信じる神は違えどこれは有意義な経験だった。得難い経験をありがとう。ああ、僕が今回溜め込んだ財宝はきちんとお師匠様名義で貯金してある。再会が叶ったら、その時は僕から盛大なお祝いをさせてもらうよブヒ」

「ええ、楽しみにしているわ。猪八戒――恐るべきダビデ王。どんな窮地でも、どんな状況にあろうとも、慌てず、腐らず、軽快にこなしていく。貴方の在り方は真似できないけど、ピンチの時は貴方の顔を思い出させていただきます。どんな時もへんなキャラ付けを崩さなかった、欲望まみれの猪八戒。でもエッチなのはいけないと思います!」

「はは、じゃあ、マスター僕は先に還るよ。カルデアで会おう――」

「うん、また。――いろいろとありがとう。この旅が充実したのはダビデのおかげだよ」

 

 今度はおっぱいを揉もうと言って彼は去っていった。最後まで変わらない奴だった。

 

「■■■■!!!」

「ええっと? う、うん、そうね? うんうん」

 

 なんだかよくわからないけど、猛烈な握手を交わす呂布とお師さん。

 

「乗り心地最高でした! 次は鞍を用意しておきますね!」

 

 そういう問題じゃないと思うが、呂布はなんだか違う……と言ったような感じで消えていった。

 

「まさか最後まで付き合うことになるとは思いもしませんでした。ですが、悪い経験ではありませんでしたし、私は役に立てましたか?」

「ええ、とっても。妖魔にも良い妖魔がいるのね! って思うくらいにはね。銅角――メドゥーサ。なんだかんだ言いながらあたしのことを気にかけてくれたり、みんなのことを気にかけてくれたあなたのやさしさはきっと忘れない。大丈夫、神話がどうであっても、きっとあなたのことをわかってくれる人ができるわ! なによりあなたとてもかわいいんだもの!」

「か、かわ!? ――こほん。ありがとうございます。では、マスター、いつかまた。姉様たちが迷惑をかけるかもしれませんが」

「まあ、その時は、その時で頑張るよ」

 

 頑張ってくださいと言って彼女は夕焼けに消えた。

 

「じゃーあ、オレだな! 楽しかったぜ。父上と一緒にいられたし、母ちゃんはおっかなかったけど、なかなか悪くなかった。良い夢、って感じだ。それにトモダチもできたしな!」

「あたしも楽しかったわ紅孩児――叛逆の騎士モードレッド。あなたは今だけは叛逆を忘れて、あたしたちの力になってくれた。あなたの奔放さが、みんなに元気を与えていたと思う。貴女がいなかったら、きっと暗い旅だった。それがいつも昼みたいに明るくなったのは貴女のおかげよ!」

「へへ、照れる。そんじゃ、マスターもな。困ったらオレを呼びな。助けてやるかもしれないし、もしかしたら敵かもしれないけど、ま、そん時はそん時だ。せいぜい気張れよ」

「ああ、そっちこそな」

 

 言うじゃねぇかとモードレッドも座に還っていく。

 

「行きましたか――。玄奘三蔵。こうして息子と話せたのもあなたのおかげです。どうかお礼を。おそらくは普通の私では言えないでしょうから」

「牛魔王――偉大な騎士王アルトリア。いいえ、あなたはきちんと父親をしていました。モー孩児が楽しそうだったのがその証拠よ。あなたは偉大な王なのだもの。ままならないことが多かったと思います。けれど、あなたの力は誰かを幸せにしたわ。今は、あたしたちを! だから、もっと誇っていいと思います! だから、これからも息子さんを大切にしてあげてね」

「善処する。まあ、私の別側面はどうなるかはわからないがな。――さて、マスター。英国料理、うまかった。久しぶりに消毒薬のない料理を食べることができた。もっと精進するが良い。そうすれば召喚さるやもしれんぞ」

「わかった。もっと頑張るよ」

 

 必ずだぞ! 次は日本の料理もいいんじゃないかと、言い残して牛魔王も去っていった。

 

「あら、あたしが最後? まずは謝っておこうかしら火焔山では余計なことしてごめんなさいね。でも、楽しかったわ。玄奘三蔵とも旅も、マスターとの旅もね。弟子ができたし」

「エレナ。あなたはここでは何の役にもない自由な人だった。でも、その知識はあたしたちの危機の多くを救ったわ。もう火焔山とかには余計なことはしてほしくないけど、もう一度UFOに乗せてね!」

「ええ、いいわよ。じゃあ、マスター、またね」

「うんまた――」

 

 すっぱりと言ってエレナもいなくなり、残ったのは魔力の残滓が光が焼く場所にオレとお師さんだけだった。オレも消えかかっているけれど、最後に話す時間くらいはありそうだった。

 

「さって……もし未来に、御仏の導きを得て、サーヴァントとして顕現することがあらば……また君を弟子にしてあげるわ。あたしの一番弟子。孫悟空――」

 

 お師さんがオレの名前を呼んでくれる。

 

「その時は、マスターとも、呼んでほしいな」

「それはぁ……えーっと、まあ、君が日々積み重ねた功徳、次第です」

「そっか。じゃあ頑張らないと」

「でも無理は駄目だからね! ――さようならは言わないわ。代わりにありがたいお経を唱えてあげる。君が無病息災でありますように、ね?」

 

 咳払い一つ。お経を唱え始めるお師さん。

 

「また会おう、お師さん――」

「ええ、また。どうか健やかに。あたしの一番弟子――」

 

 レイシフトと同じ感覚によってオレはカルデアへと戻る。

 

「先輩、お目覚めですか?」

「ま、シュ……?」

 

 意識が戻って目を開くとマシュのマシュマロと顔が視界いっぱいに広がる。どうやら膝枕されているようだった。

 それも最初にオレたちが出会ったあの廊下で。

 

「マシュ! 身体は!?」

「? 大丈夫です。モーマンタイです。それよりも先輩はどうしてこちらに?」

「良かった。本当に」

「……そんなことより、これを見てください先輩。すごいものを中国のお茶と発見しました」

 

 それは経典だった。オレの名前とともに最西縁記と書かれた旧い中国の経典の巻物。

 

 ――お師さん、なんてもの残してるんだよ。

 

 楽しい旅を思い出して、オレは笑った――。

 




イベントは相変わらず戦闘はなしで省エネ。
とりあず今回で三蔵イベは終了。これで六章にいつでもいけますが、その前に金時を仲間にすべく羅生門イベへ。

ちょっと時間かかりそうですが、そのうち更新しますのでしばしお待ちください。

では。


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鬼哭酔夢魔京 羅生門
鬼哭酔夢魔京 羅生門 1


 マシュ。マシュ・キリエライト。

 彼女は、カルデア内で人工授精され、育成されたデザインチャイルドだ。ホムンクルスではないれっきとした人間である。

 

 だが、魔術回路とマスター適性を優先した結果、その寿命は、通常のデザインチャイルドとは異なり非常に寿命が短い。

 通常のデザインチャイルドが30歳ほどで生命活動を停止するのに対して、マシュはさらに短い。サーヴァントとの融合実験によって肉体の寿命がさらに短くなったのだ。

 

 マシュの活動限界は18歳。それが彼女の寿命であり、逃れられない運命だ。老化で死ぬことはなく、ただ突然、さながら電池が切れたように息絶える。

 

 マシュは、カルデアの隔離室で過ごしていた。一面がガラス張りの部屋。小さな小部屋で14歳まで生活をつづけた。

 15歳になり、カルデア内を移動してよくなり、Aチームのマスターとして訓練を受ける。

 

 そして、16歳になったその日の朝に、君に出会ったんだよ――。

 

「…………」

 

 ドクターは、そう言った。マシュがオレを見つけたあの場所で、またオレを見つけたその日に呼び出されたオレはドクターにそう言われた。

 

「勘違いしないでほしいのは、マシュはれっきとした人間ってことだ。そこだけは――」

「しません。勘違いなんて」

「……そうだね。いらない心配だったよ。ごめん」

「倒れた原因は……」

「うん、君の想像通りだ」

 

 マシュは、無垢すぎる。外の世界で生きるには無垢すぎる。英霊のおかげで特異点にレイシフトして活動することができても元来、そんなことができるような身体ではないのだ。

 

「マシュは、そのことは?」

「……知らないはずだ。少なくとも誰も、彼女にこのことを話していない」

「…………」

「でも、過度に心配をしないでほしい。変に気を遣ったりもね。君には辛いことだと思うけれど、マシュにとって君との交友時間は何物にも代えがたいものになっている。だから――変に気を遣わないでほしい」

「ドクターはそれでいいんですか?」

「よくはないよ」

 

 でも、それしかない。それが最善。

 

「そうだねー、それが最善なのさ」

「ダ・ヴィンチちゃん!? 聞いていたのかい!?」

「チキンなロマンが心配だったからねー。まあ、ちゃんと言えたようで何よりだ。それに希望はあるさ」

 

 人理を救うなんていう超ド級の功績に対して何も報酬がないなんてない。聖杯が余ったりするかもしれない。そうしたら案外あっさりとマシュの寿命問題を解決できるかもしれない。

 ダ・ヴィンチちゃんはそういった。

 

「それは良い!!」

 

 人理も救ってマシュも救う。それくらいやるくらいじゃないともとより世界なんて救えないのかもしれない。

 

「オレ、頑張るよ」

「それが出来ればどんなにいいか――。うん、僕も頑張るとする。けど、無理は禁物だよ」

「それはロマンにも言えるんだけどねー」

「わー、わー!?」

 

 マシュの寿命が残りわずか。でも、あまり絶望感はなかった。婦長から言われた通り、楽しい思い出をあげたい。三蔵ちゃんに学んだ通り、あきらめない。

 だから、絶望するよりも笑おう――。

 

「さあー、頑張るぞー!」

「何を頑張るですか、先輩」

「こっちの話だよ、マシュ。今日もよろしく」

「はい、先輩――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「――レイシフト、完了。日本に到着しました、マスター」

「身体は大丈夫? マシュ?」

「はい、問題ありません。絶好調です」

「ああ、懐かしい空気、日本ですますたぁ」

 

 オレたちは新しく発生した特異点になりかねない地点にたどり着いた。そこは平安頃の日本。情報はわからないものの何かあるといけないのでやってきたわけだ。

 わけなのだが――。

 

「とりあえず、みんなだいぶ姿が違うんだけど――」

「霊基再臨いたしました。どうでしょう、ますたぁ」

「ああ、うん、けっこう印象が変わるね、みんな」

 

 ノッブとか式とかサンタさんは相変わらずいつもの格好だけど。ジキル博士とかも結構衣装を変えていたりする。一番の変わりようは清姫とブーディカさん。

 髪伸びていたり、髪の色が変わっていたりしている。

 

「えへへ、どうかなマスター」

「えっと似合ってると、思います。可愛いです」

「うん、ありがとうマスター。素直に嬉しいよ。でも、あまりお姉さんに可愛いっていうよりは清姫やマシュに言ってあげてね」

 

 いやいや、ブーディカさんは可愛いです。と、これ以上続けても不毛なので、清姫をほめているとマシュがむっとした様子に。

 

「むぅ~~」

「マシュも可愛いよ」

「ますたぁ、わたくしは? さあさあ、さあ!」

「か、可愛いよ」

「私はどうだトナカイ!」

「え、いつもと変わらないよう――」

「…………」

 

 ひぃ!? なんかすごい殺されそうな視線が!

 

「か、可愛いです」

「そうか」

「わしはどうじゃ、わしはー。超絶可愛い、じゃろ、じゃろー。そのくせに、なんじゃ、みんなして沖田がいい、沖田がいいって、わしの方がかわいいんじゃぞー!」

「あ、先輩危ないです!」

 

 いきなりマシュに抱き着かれたが、ビーストですよ、こいつは!

 

「じゃな、くてどうしたの!?」

「いえ、花びらが先輩の頭に落ちてきたので! 先輩の保護を優先するために抱き着きました! 先輩は大役を担っておられる身。先輩を邪魔し、危害を加えようとするものを見逃すわけにはいきません。もう何があろうとも先輩を傷つけられるようなことはありません。マシュ・キリエライトはもう間違えません。先輩の力になります。先輩を守ります。先輩の為に戦います。もっともっともっと」

「ええ!?」

「ああ、ますたぁ、あぶなーい」

 

 清姫まで抱き着いてきた。

 

 ――意外に、ある!?

 

「いや、なんで!?」

「抱き着きたかったからです! ああ、抱き着いてしまいました。これはもう婚姻を結んだと言っても過言ではないのでは!? でででででで、でひゃ! くくくくく、くちづけ、な、などなど、しし、してみ、してみひゃり!!!」

「正直すぎるー!? しかも話が飛躍した!? なにどうしたの、いきなり!?」

「んー、なんかいい気持ちかなー、本当マスターって可愛いねー。よしよーし、ほーら、お姉さんですよー、あたしももっと褒めてほしいなぁ、なんて。」

「子イヌー!? え、なにこれ!? みんなどうしちゃったの!?」

 

 ブーディカさんが、甘えてくる、なんか幸せな気分なのだが、それ以上に困惑する。エリちゃんはいつも通りっぽいので安心だが、どういうことなのだろうか。

 とりあえず、叫ぶか。

 

 ――なにこれ―!?

 

 そんな風に、何やら、女の子たちに絡みつかれているオレの様子をジキル博士たちが生暖かい目で見ている。

 

「マスター、大変そうだね。なんかおかしい気がするんだけど。どう思う、ジェロニモ?」

「そうだなジキル博士……なにやらおかしいのはわかるが、具体的に何かあったのかはわからんな」

「ああ、そりゃここの匂いのせいだろ」

「匂い?」

 

 式が言う通りここには匂いが漂っていた。桜の花びらが舞う中、甘いような匂いがしている。

 

「酒だな。ここまで酒気が強いとなると、サーヴァントにも影響がでるんだろ」

「なるほど、つまり、アレは酔っていると?」

「だろうな」

「なるほど、とりあえず私たちにも影響が出る可能性がある。気を付けるとしよう」

「そうだね。けど、その前に問題がある」

 

 人型に盛り上がった桜の花びらだ。何かがそこにいるのだ。ドクターからの反応からすれば暑苦しいレベルのマッスルサーヴァントだという。

 

「楽しそうなマスターの邪魔するのも悪いし、ここは僕らでやろうかブヒ」

「どうした全裸」

「なにが? 僕はダ八戒。――しまった、ついあの時の癖が。って、全裸じゃないよ!? 超イケメンになったよ!?」

「は――くしょい!」

 

 盛大なくしゃみとともに巨漢のサーヴァントが現れる。筋骨隆々な金髪のサーヴァント。サングラスをかけているしサーヴァントというよりヤクザのようにも思える。

 

「よう、おまえもサーヴァントだな」

「おう! 坂田金時ってんだ、よろしくな。この辺のサーヴァントだが、マスターはあっちかって――」

「ん、どうしたよ」

「い、いや、なんでもねェ。それよりもだ」

「GRAAAAAAA――」

 

 見たこともないような魔物が現れる。

 

「先にこいつらの相手だな。起き抜けの肩慣らしにゃちょうどいい!」

「へっ、ならオレもやろうかね。この前は敵で散々やったからな、今度は味方でしっかり働かねェとな!!」

 

 ルーンがひらめき魔物が燃える。

 

「ゴールデンやるじゃねえの! オレも負けてらんねえな!」

 

 ルーンが煌き、ゴールデンが煌く。ほとんど二人で倒してしまった。

 

「さて、金時君、久しぶりだね」

「おうロンドン以来だな」

「さっそくで悪いんだけど、ここがどこだかわかるかい?」

「ここは京の手前だぜ」

「なるほど、つまりは平安京ということか」

「匂いのことはわかるか、金時殿」

 

 ジェロニモが金時に匂いについて聞く。

 

「いや、わからねえが、ゴールデン嫌な予感がしやがる。で、あんたは?」

「初見であったな。ジェロニモと呼んでくれ」

「おう、坂田金時。ゴールデンと呼んでくれや」

「わかったゴールデン殿」

「しっかしこの匂いはオレっちでもわからねえな」

 

 だが、わかることもある。厄介ごとということだ。

 とりあえずマスターが女性たちの相手をしている間はジキルとジェロニモがまとめるとして金時を伴い京へと入る。

 

 そこはそれはもう異常な光景が広がっていた。京人が酩酊している、どこぞの奇祭のように騒ぎ立てているのだ。

 何が起きているのかも不明。方向性も皆無。統一などなくめちゃくちゃに動き回っている。まだ刃物などは持ち出されていない為問題はない。

 

 だが、それもこの先に進めばどうなるかわからない。なにせ、濃くなっている。酒の匂いがどんどんどんどん濃くなってきているのだ。

 それに伴い酒気が靄のようになって視覚出来るようになっているほどだ。

 

「ハッ? 異臭を放つトラップ! 敵の宝具かもしれません、下がって!」

 

 むぎゅむぎゅと胸が当たる――。

 

「ああん、旦那さまぁ、そんなにくっついてくるなんて! 正直とても幸せな気分ですが、物足りません! さあ、早く、この首輪をつけて! もっとリードで強くひっぱて! 雌犬みたいに! 雌犬みたいに!」

「引っ張ってるのそっち駄目だ、肥溜めだから!?」

「先輩、こっちを見てください、もっともっと!」

 

 酔っぱらっていることはわかっているが、これはちょっとやばい!

 

「んっ……んんーあたしにももっと構ってほしいなぁ」

 

 ブーディカさんは、なにやらとろんとした目で、ふらふらとしている。なんか、背中にしなだれかかってくるのはおやめください。

 背中にあたってやばいです!

 

「ノッブノッブ!」

 

 なんか、ノッブは片目が隠れたよくわからない顔になってぐでんぐでんでノブノブ言ってるし、なにこれ。何が起きてるの。これ酔っぱらっているの?

 というか一番やばそうであった。織田信長は下戸だという話であるから酒には弱いのだろう。大丈夫だろうか。

 

「みんなどうしちゃったの? (アタシ)なんともないんだけど」

 

 エリちゃんはだけはいつも通りで本当助かるけど、この状況をどうにかしてほしい。切実に。

 

「ごめん、子イヌ。それちょっとどうにもできないわ! だって、何かやったら怖いもの! 特にそっちの雌犬が!」

「わたくしを雌犬と呼んでいいのはだんなさまだけですわ!! このコモドオオトカゲ!」

「だれが、コモドオオトカゲよ!?」

 

 エリちゃんと清姫の言い争いが始まってしまった。

 

「ふ、ふん、まあ、くっついてほしいならくっついてやらないことはないぞトナカイ。だが、勘違いするなよ、別に貴様の為じゃないんだからな!」

 

 ああ、変わらないようで、いつもより積極的ですね我が王。とりあえず聖剣を手にしたまま近づいてくるのはやめてください怖いです。

 

「……? おや、大変です先輩、少し顔が赤いです。ひょっとして熱でも――いえ、風邪ではありませんか?」

 

 風邪ではないといいたいが、それ以上にマシュは言葉をつづける。

 

「大丈夫ですか? お辛くないですか? なでなでしますか」

「あ、お願いします!」

「はい、なでなでします」

 

 思わず、なでなでしてと言ってしまった。だが、仕方ない。マシュのなでなでだ。断れる男がいるだろうか。いや、いない。

 欲を言えば、眼鏡をかけたいつもの格好で撫でてほしかった。眼鏡、イイヨネ。眼鏡。

 

「そう言えば、今朝は少しお腹を出して寝ておられました」

 

 ――……ん?

 ――んん……?

 

 なぜそのことを知っているのだろうか。久しぶりに背中にいやな汗が流れるのを感じた。この感じはかつての清姫や、マシュオルタになっていた時を思い出す。

 それよりもまだマシな感じがするのだが、完全に酔っているのは間違いない。

 

「不覚。ですが、わたしがいればもう大丈夫です。今日は添い寝をしましょう」

「ぶ!?」

 

 ――なん……だと……!?

 

「こちらの宝具を使えばしつこい風邪のウィルスも杉の花粉も完全ガード。あらゆる外敵、悪い虫をシャットアウトなのです!」

 

 すさまじく酔っぱらっておられます。だが、男として酔っぱらって一線を越えるなど言語道断! だから、助けてとクー・フーリンに視線を送るがサムズアップで返される。

 ダビデは言わずもがな。うらやましいとか言ってくる。ジキル博士とジェロニモは、頷いて金時や式とこれからどうするかを話している。

 

 オレは、左手側に首輪とリードに繋がって四つん這いの清姫、後ろにブーディカさん。右側にマシュ。左側にエリちゃんとサンタさんにくっつかれながら京の奥へと進む。

 とりあえず、嬉しいけど、この状況をどうにかしてほしいと思うばかりだった――。

 

 進んでいると大門がある。ドクター曰く、この先から反応があるらしい。ゴールデン曰く、この酒気に関して何かしら感じるところがあるらしいが何なのだろうか。

 

「……遊び気分と驕ったのはオレだったか。情けねえ、まったく情けねえ」

「ゴールデン殿」

「おう、テメエらも気が付いたか。ああ、そうだ。ありゃあ混ざりものの雑魚じゃねえ。本物の鬼の気配だ」

 

 それと同時に大門から現れる影があった。

 

「く、は。くはははは、くはははははははははっ……!」

「おう、出やがったな茨木童子!」

「誰かと思えば。おうおう、誰かと思えば。(なれ)は坂田金時ではないか! 久しいな! ああ久しいな! 汝ひとりか? 頼光は? 綱はどうした? ん? えらく賑やかな連れ合いだが、なんだ、汝ついに鞍替えでもしたか」

「そんなわけあるか。だが、テメェ、ソリャなんだ。テメェの背に浮かぶそいつはなんだ?」

 

 茨木童子の背後には、もう一人いる。いや、捕まっているようだった。角があるところを見ると茨木童子と同じ鬼なのだろう。

 なんというかえらく攻めた格好をしている。

 

「知れたこと! これなるは吾が主君にして吾が生贄! 吾ら没落の鬼の王」

 

 鬼の王。そこまで言われたらオレにもわかる。酒呑、酒呑童子だ。本来は茨木童子の主ということだが、それが捕まっている。

 下剋上なのかもしれないが、それにしては何かがおかしいと感じる。

 

「おうおう、怒髪天を衝くというヤツか! その目隠しごしにもわかるぞ小僧! 眼光爛々と光らせおって、よほど腹に据えかねたか? 

 ――ふん。だが、不愉快千万は吾が上よ。貴様ごときが酒呑の身をなぜ案じるか。騙し討ちした貴様が今更? この、まさに吾に喰われようとする酒呑をなぜ気遣う?」

「バーカ、気遣ってねぇよ! テメェらが何をしようが知ったことか! 仲間割れなら余所でやりやがれ! だいたいなぁ、テメェ――そのクソ女がどんだけヤバい奴か、わかってんのか? テメェ程度じゃ喰った後に内側から喰い返されるぞ?」

 

 どういうことかはわからないが、明らかにヤバい雰囲気だ。

 

「避けろ金時!!」

「――ッ!!」

 

 だが、遅い。燃え盛る何かがゴールデンを吹っ飛ばした。それは戻っていく。腕だった。

 茨木童子は腕を切り落とされた。その腕を宝具として使っているらしいのだ。

 

 人を喰らう化け物。悪辣にして悪質な最悪の災厄。荒ぶること獣の如く、怖ろしき事神の如く、浅ましき事蟲の如く。

 人の弱さを知らず、武者の誇りも知らず。腐れの腕すら卑しく拾うて振り回す――悪鬼羅刹。

 

 それが鬼。ただそこに在るだけで人に恐怖をまき散らす、人喰いの天魔。

 

 多くの特異点を越えて、竜すらも倒してきたオレがいうのもなんだが――恐ろしかった。人型をしている分だけ余計に怖い。

 化け物が化け物らしい恰好をしているものはまだ、わかるのだ。だが、化け物が化け物の姿をせず人の姿をしているのが、怖ろしい。

 

「……気をつけろ大将。あいつはオレの知ってる茨木童子じゃねえ。下手するとオレたち全員でかかっても半々かもってところだ」

 

 しかも今回酩酊してる人たちがいるからどこまでやれるかわかったもんじゃない。

 

「でもやるぞ。このまま喰われたくはないし、何より金時が倒したいって顔してるしな」

「――ヘッ、言うじゃねえか大将! 相手にとって不足なし、行くぜ大将! ゴールデンな鬼退治、おっぱじめるかァ!!」

 

 茨木童子を倒すため、鬼退治が今、始まった――。

 




ゆっくり更新していきたいと思います。

とりあえず、酔っ払いですが、マシュときよひーはそれぞれ羅生門と鬼ヶ島イベで出ていた通りの酔い方
ブーディカ姉ちゃんは、頼れるお姉さんに甘えてほしいということで甘えん坊になってもらい。
エリちゃんは、なんか酔っても変わらないんじゃね、と思ったのでいつも通り。
サンタさんは、ツンデレ強化。

その他のメンツは、私の労力が半端じゃなくなるのでいつも通りに見えて実は酔っているパターンで行きます。

さて、水着イベ、第二部が始まりましたね。
単発で水着マルタさんが来てくれた我がカルデアは大勝利といっても良いでしょう。
あとはミートウォーズだけだ。頼むから、来てくれ、いや本当マジで!

種火を集めてマルタさんを育成しつつ、フォウ君もとって、素材も取って。
さあ、時間の限り頑張ろう。

とりあえず、スカサハ師匠の宝具レベル上げの為のアイテムだけは取り逃しがないように。
後悔しないようにしましょうみなさん!

あ、あと感想やら評価やらお待ちしてマース。


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鬼哭酔夢魔京 羅生門 2

「チッ、かてぇなコイツは!」

「くはは、くははは! 滾る、滾るな金時! 人は掴めばすぐ拉げる。人は撫でればすぐ割れる! だが汝との力比べは岩山を組み敷く手ごたえ! かけ比べはいずれか死ぬまで留まらぬ! これは一時に終わらせてはつまらぬな。ひとまず仕切り直しといこうかッ!」

「逃がすか阿呆! 吹き飛べ、黄金(ゴールデン)――」

「くはは、急くな急くな」

 

 一瞬にして門の向こう側まで消えた茨木童子。手ごわい相手だった。全員でかかってようやくといった程度。しかも、全然手ごたえがない。倒せるといったビジョンが見えてこない。

 あれは本当に倒せるのか。もし金時がいなかったらと思うとぞっとするほどだ。

 

「すみません、金時さん、こちらの被害も甚大で」

「そうだな。すまねえオレっちだけの戦いじゃあなかったな。続きは明日だろう。今のうちにメシでも食っときな。今の京でも、探せばマトモな飯屋があるだろ。金団か、金鍔焼きがオススメだ。精力つけて来いよ。他のどんな生き物よりも貪欲で、何をしでかすかわかんねぇのが鬼だ」

 

 

 見張りは金時がしてくれるということで、オレたちは京へと繰り出す。相変わらず、戦っているときは普通に思えたのに、戦いから離れるとみんなくっついてくる。

 

「ますたぁ、もっと引っ張って下さい!! もっとですもっと」

「…………」

 

 とりあえず強く引っ張ってあげると喜ぶのだが、これ無視しても喜ぶ。完全にドMです。雌犬です。酔っぱらうと清姫は雌犬(ドM)になるらしいのだ。

 だからこうやってリードでつないで雌犬みたいに引っ張ってやると喜ぶ。放置しても、まあ、放置プレイですね、興奮します! といって喜ぶ。

 

 正直、こちらとしてはあまり面白くはないというか恥ずかしいというか。救いは、京の人たちも全員酔っぱらっていて同じような状況ということだろう。

 どこを見てもお祭り騒ぎだ。京の中心から離れればどんちゃん騒ぎの真っただ中。誰もかれもがめちゃくちゃに踊ったり、いろいろとしている。

 

 それこそ未成年には見せられないようなことも繰り広げられている始末だ。心臓に悪いというかなんというか。三蔵ちゃんと旅をしていなかったら、危なかっただろう。

 だが、今のオレにその程度の煩悩など――。

 

「んー、んー、あーむ」

「うひゃ!?」

 

 いきなり耳を舐められた。

 

「!! どうかなさいましたか先輩! 敵襲ですか! 敵襲ですね! 安心してください、先輩は絶対に守って見せます! ですから、もっとくっついて! もっとです! もっとマシュっとくっついてください!」

「あん、んちゅ……んー、おいしぃ、もっとかまえーお姉さんも寂しいんだぞぉ」

「ちょ、ちょちょ、ブーディカさん!? マシュもちょっと待って!?」

「マスター、マスター! ライブしていいかしら! あの櫓? の上歌うのにちょうど良さそうよ!」

「ノッブー」

「おい、贈り物だ、受け取るが良い! 別に貴様の為に用意したんじゃないんだからな!」

 

 駄目だ、こんなに一気に相手できない!

 オレにはハーレム主人公になれる素質はないみたいだ!

 

「おーおー、マスターのやつ楽しそうじゃねえか。うらやましいねぇ」

「そうだよね。羨ましいよね。人妻にあんなにくっつかれて耳舐められるとか羨ましすぎるよ!」

「モテモテだな、あいつ。ま、いいか。全裸はとりあえず邪魔してやるなよ」

「だから全裸じゃないって!?」

 

 マスターが大変だからとジキル博士とジェロニモがこの状況がどうなっているのかを考える。

 

「このまま戦ったとして、どうにかできるだろうかジキル博士」

「そうだね……あの鬼をどうにか倒してっていうのが一番だけど、鬼だ。僕らが一斉にかかってアレだ。金時君がいなかったらと思うとゾっとする」

「ふむ、しかし今回は撃退はできた。今後はどう思う」

「勝てる、と言いたいかな」

「ほう。勝算があると」

 

 勝算。鬼退治の金時がいること。一度、退治し、現状力があがっているらしき彼ならば鬼と対抗もできる。また、鬼はそれだけに神性が強い。ノッブの固有結界を利用しての相性ゲーも可能。

 勝てないわけではないだろうが、時間がかかる。こちらも休みながらあちらを削っていくしかない。

 

「それにマスターだ」

「そうだな、マスターの有無は大きな差だ。アメリカであっても、彼の存在は大きかった」

「ここかな、金時君が言っていたお店は」

 

 金時のオススメのお店で食事をとり、休む。明日、また、茨木童子との闘いが待っている。しっかりと休養を取り、備えなければ。

 

「んじゃ。マスター、出かけてくるぜ」

「人妻、ひっとづま」

「テメェ、そればっかだな。まあ、好きな女の趣味は人それぞれだ、気にしねえがここらの花街にそんなのいるか?」

「それっぽいのはいるかもしれない。それに日本の女の子は、貞淑だからね、なかなか趣が違っていい」

「そうかー? だいぶ気の強いのもいるぞ」

 

 そんなことを言いながら宿を出ていくクー・フーリンとダビデ。

 

「…………」

 

 オレはというと――。

 

「ん、せんぱぁい……」

「だんなさま! さあ! 私を布団に! 乗って下さい! 柔らかな枕もどうぞ!」

「んんっ、ねぇ、お姉さんにも、かまって」

「ノッブ、ノッブ……すぴー」

「…………」

 

 状況は変わらず、酔った女性陣にまとわりつかれている。重いと言ったらだめなので言わないが、眠れそうにない。

 

「博士ー」

「はい、睡眠薬」

「ありがとう」

 

 寝てしまえばこっちのもの。睡眠薬で即座に睡眠。気が付けば朝。状況に変化なし。いや、なんと珍しいことにブーディカさんが隣で寝ていたのは驚いたが。

 清姫? 柱にリードでつないでおきました。喜んでましたまる。

 

 そんなわけで、今日もまた茨木童子と戦う――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「くは、くははははっ! 愉快、愉快!」

「愉快、じゃねえ! ちっとも目が笑ってねえぞ、テメェ!」

「――む。侮辱するな、笑い慣れておらぬだけよ。心の底から笑う、か……酒呑のようにはいかぬものだ」

 

 そう言って茨木童子は門の向こう側へと消えた。

 

「また、逃げられてしまいました……」

「でも、手ごたえは感じた。確実に向こうの体力を削っているはずです」

「焦りは禁物だマスター。慎重に。アメリカのように慎重に行こう」

 

 というわけで、今回はドクターへの報告も兼ねて多少離れる。京の中では通信が安定しないので外へ。

 

「――なるほどなるほど。ありがとうジキル博士。状況はわかった。それで、みんなの様子は大丈夫かい? その酔い加減とか」

 

 ジキル博士は無言で、隣を指さした。

 

「食事の用意が出来ました、先輩! ゴールデンさんの要望で作った、黄金のおむすびです。戦場ですので、みんな大好きカレー味です! ただ少し手がべたべたするのが難点で……。対処法は一つしかありませんね。はい、先輩。あーん」

「あーん。うん、ありがとうマシュ。オレだけ食べても悪いからみんなも食べて」

「さあ! だんなさま! 食べたければ雌犬のように這いつくばって尻を振れと言う時ですよ! さあ!」

「……ああ、うん、とりあえず黙って食べてて」

「あむ、うん、美味しいね。…………ねえ、マスター、お姉さんにもあ、あーん、ってほしい、かな」

「今、自分で食べてませんでした?」

「ノッブノッブー! わしじゃ! 是非もないよネ!」

「はいはいノッブノッブ」

「エリザベート! 歌うわ!」

「エリちゃん、良い歌だよ――ぐへ」

「トナカイ、貴様に私のおにぎりをくれてやろう。特別だからな! いいか、これは貴様の為ではなく、茨木童子を倒すためだ!」

「わかってる、ありがとう」

 

 カオスである。カオスである。それでも慣れて来たので、今では楽しめ――ない! 酔いの力で、どうこうとか絶対あとでやばいやつだから。

 つらい。酒で酔っぱらって、やらかすとか、男の風上にも置けないよ。だから、我慢してるんだが、辛い。タスケテ――。

 

「う、うーん……相変わらずだな」

「まあ、戦闘中は問題がないのが幸いだと思う」

「うむそれどころか、通常時よりも力強いと感じられるな。それは私たちにも言える」

「ふむ。金時君の湧きあがる力というのの影響かな」

「そう考えるのが妥当だろう。そうでなければもっと苦戦しているはずだ」

 

 二日目ともなれば鬼との戦いにもなれ効率的に動けるようになっている。このままいけば相手を削りきることもできるだろう。

 

 ――とりあえず、タスケテ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 三日目。茨木童子は逃げる。

 相変わらずこちらの損害も大きいために痛み分けというカタチではある。

 

「…………」

「どうしたよ大将」

「いや、茨木童子を無理に倒す、ってのは現実的じゃないなって思ってさ」

「だったら見逃すってか? そいつはゴールデンねえな」

「いや、見逃さないけど、この先にあるものが原因だとすれば、そっちを先にどうにかした方が早いんじゃないかと思ってね」

 

 三日目ともなればさすがにこちらの被害も馬鹿にできない。相手もそうであると祈りたいが、こちらも徐々に押され始めているとみるべきだろう。

 だからこそ、門をくぐるのではなく乗り越える。あるいは、別の場所から入るというのも手ではないかと思うのだ。

 

 幸い、ソリはある。モルガンジェットで壁を超えるなんてことができないだろうかと金時に提案する。

 

「あー、そういうコトか。目の付け所はいいんだが……乗り越えるのは無理だ。門の上を見な」

 

 門の上。堀と門の腕に立ち込める濃い霧。まがまがしいものであり、あきらかによくないものであることは確かだ。

 それがあるからこそ門を乗り越えることは不可能だろう。

 

「なら、迂回は?」

「いっちょ調べてみるか」

 

 迂回できないかを調べる。

 

「……駄目だな」

 

 この京の中心は全方位を毒の霧らしきものでおおわれている。越えることは不可能だった。それに地形が明らかにおかしい。

 京のはずなのに、その西側には崖ができている。

 

「今の日本は縮んでやがる」

 

 列島ごと握りつぶされたようだと金時は称した。回り込むことは不可能。霧の向こう側に島のようなものは見えるが、それだけだ。

 船がないためにどうしようもない。モルガンジェットで成層圏からいけないかとも試すことも考えたが、そもそも毒の霧によって阻まれる。

 

 正攻法以外認めないというらしい。

 

「まあ、待て、しかして希望せよだ」

「そうですねマスター、諦めなければきっと倒せます」

「ああ、頑張ろう」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「っ――また!」

 

 また茨木童子に逃げられた。逃がさないように意識していたはずなのだが、どんなに囲んでも驚異的な速度で逃げていく。

 さすがは茨木童子というべきなのだろう。茨木童子は、腕を切られてなお生き延びたのだという。つまりはそういう性質なのだろうと金時が言った。

 

 仕切り直しのような性質を持っている。面倒なことこの上ないが、それでもだんだんと追い詰めている感覚はある。

 いくら強くともこれだけのサーヴァントに囲まれて毎晩のように戦っていればいつか削り切れるだろう。

 

「…………」

「やっぱり思うことが?」

 

 酒呑童子や茨木童子を見る金時は何か思うことがあるようだった。生前彼は戦っているはずなのだ。源頼光に率いられた四天王として暴れまわる大江山の鬼たちを討伐した。

 曰く、茨木童子が山のボスであり、酒呑童子はそこの食客だったらしいが、茨木童子は酒呑童子の方が上だと思っていたようだ。

 

 それが今では下剋上。

 

「それはありえねえ。何があったんだアイツら」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 目の前に酒呑童子がいた。

 

「ふふ、なに見とるん、小僧? ま、うちはいくらみてくれてもかまへんけどな?」

 

 彼女はそう言う。これは記憶なのだとわかった。サーヴァントの記憶。つまりこれは、生前の、ゴールデンの記憶ということになる。

 

「……見てねェ。テメェがオレの前にいるだけだ」

 

 そんなぶっきらぼうな良いように酒呑童子は笑うばかりだ。楽しそうに。

 

「ふふ。いけずなおひとやわぁ。そこがまたええんやけどなぁ。さ、はじめよか。もう何度目になるかわからんけども」

 

 そう言って彼女は得物を構える。覇気は感じられないが、底知れなさが深まっていく。

 

「うちの得物に大物がなくて堪忍な? そのマサカリと正面から打ち合うたら、えらい楽しいんやろうし、えらい興奮するんやろうけど。うち、無粋に争うんは好かんねん。落とすなら力ずくより色仕掛けや」

 

 はぁと吐息を吐き出す。その吐息は桃色に色づいているかのように甘い。だが、金時にはその吐息は通じていないようだった。

 いや、もしくは――。

 

「まあ、アンタさんには通じひんからこの始末やけどな? ああ、いややいやや。首を落とさんと骨抜きにできんなんて、うち、自信なくすわぁ。でもしゃあないなあ。だって――戦い(こっち)の方が、小僧に好かれる作法なんやろ?」

「――おう。それが良い。それでいい。鬼は邪悪なモンと決まってるそれがテメェとオレの関係だぜ、酒呑」

「よういうわ。うちの前に一匹、情けをかけて逃がした鬼がおるやろうに。ほんま、ハラたつわあ。骨を抜くだけじゃ飽き足らんわぁ。アレやなあ。骨抜きにした後はうちの金棒でいたぶったるわ。それで、是までの因縁は帳消しやね?」

 

 そこで夢は醒める。

 覚醒する。

 

「……今の、夢は――」

「――チ。起こしちまったか。すまねえな。オレも気が抜けちまってた。うった寝で昔話とか、いい笑い話だっつーの」

「良いと思うよ。こんな時でもないと、金時の昔話なんてしてくれないだろうしね……」

「言うじゃねえの。ま、ようはアレだ。酒呑のヤロウとは何度か因縁があってな」

 

 本気で打ち合っても勝負はつかねえ。遊びで賭け事をしても勝負はつかねえ。

 彼はそう言った。お互いに引き分けしかない相手との出会い。だが、それは源頼光が出張ったことによって終わりを告げる。

 

 結末は――

 

「毒の酒を飲ませて、鬼たちを丸ごと眠らせた」

 

 眠らせての奇襲。

 

「あとはわかるだろう」

「…………」

「オレは酒呑の首を後ろから断ち切ったんだよ。なのにあのヤロウ、うっすらと笑いやがった」

 

 酒呑童子は最後にお先にな? と呟いたらしい。それは実に鬼らしい、最期まで自分の人生を楽しんで死んだのだろう。

 聞いているだけだが、とてもしっくりと来た。

 

「……こう――いや、気にくわないんだ、金時は」

「ああ、アイツはいい女だ。そんな女が茨木にいいようにされているのが気にくわねぇ。鬼として茨木はぶっちめるが、酒呑に迷惑喰らった被害者として捨て置けねぇのさ」

 

 ま、ただの八つ当たりだから気にするなと彼はいった。

 

「まあ、そう言うならそういうことにしておくよ」

「なんだそりゃ」

 

 思うのだ、きっと金時は――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 金時の一撃が茨木童子に直撃する。

 

「ぐっ……オ……!」

「辛そうじゃねぇか頭領! 年貢の納め時ってやつか、オラ!」

「ッ……まだ……まだよ! 吾をそう容易く屠れると思うか! 汝は知っているはずだ!」

 

 そう茨木童子はたやすくない。

 如何な数の刀が肉体を引き裂こうとも。

 如何な数の槍がその身を貫こうとも

 

 茨木童子は止まらない。自らが飽くまで止まらない。

 それが茨木童子。生き汚さの極致。それが、茨木童子という鬼なのだ。だからこそ、彼女はどのような状態であろうとも生きようとする。そう在るものだから。

 

 焔を燃やし、大熱量が広がる。

 

「一軍すら焼き砕く、吾が炎熱の拳――その身に受けて、骨と化せ――」

 

 走るは焔、落ちし拳が、今、解放される――。

 

「――走れ、叢原火!」

「マシュ!」

「はい! 宝具――展開します!!」

 

 マシュの宝具で彼女の宝具を受けるが、そのすきに彼女は逃げてしまった。

 

「だが――」

「ああ、そうだぜ大将。ありゃあ、最後のあがきだ。もうあの火力は出せねえよ」

「だけどこちらもそろそろ限界かな。連日の戦闘。さすがにそろそろごまかしは効かないだろうね」

 

 ジキル博士がそう言う。確かに、こちらもできる限り回復させているが全快とはいかない。あちらが徐々に削れていったようにこちらも徐々に削れて来ていた。

 ジキル博士の妙薬やクー・フーリンのルーン、ジェロニモのシャーマニズムによって何とか回復を促進させてきたが、それもそろそろ限界だろう。

 

「次が最終決戦になる。――勝とう」

 

 全ては明日の決戦の為に――。

 

 そして、翌日。

 

「今だ金時!!」

「吹っ飛べ、必殺ッ! 黄金衝撃(ゴールデンスパーク)!!」

 

 爆ぜる雷光。もはや避ける力すら茨木童子に残ってはいない。

 

「ぐっ、お、オオオオオオオオオオオオオォォッ!!」

 

 茨木童子に致命傷が入った。

 

「なぜだ……なぜ、ここまで追いすがる!? 鬼の王に!」

「いや、鬼の王じゃないだろ」

 

 全員がうなずく。

 

「な、なに!?」

「酒呑童子喰ってないし」

「ガ――!?」

 

 ここに来て、オレは茨木童子の本質を垣間見た気がした。何か(・・)に歪まされていない、茨木童子という鬼の本質を。

 それからの彼女の言葉を聞かずともわかった。彼女は、実に――可愛いのだと。

 

「むがっ!?」

 

 いきなり頬をつねられる。両方から引っ張られる。

 

「にゃ、なやに!?」

「マスター、今、他の女の子のこと可愛いって思ったでしょ? お姉さん、そういうのわかっちゃうんだよー。あたしにも言ってほしいなぁ」

「そうだ、トナカイ、貴様は我々にも言うべきだ」

 

 ――すみません!

 

「ふ、ふざけているのか!?」

「あ、いえ、全然」

 

 ともかくだ、そんな可愛らしい(チキンな)茨木童子は、さんざん末代までたたるからな! と捨て台詞を言い放ち消えていった。

 それと同時に酒呑童子が目を覚ます。

 

「むにゃ……ん? んん~? ……おーおーおー! 小僧やないの。久しぶりやなぁ。元気にしとったかぁ?」

 

 これが、酒呑童子?

 

「あの?」

「あら、相変わらずイケメンな小僧に加えて、これまたちょっといい感じの男まで。ええやないの。ウチと遊ぶけ?」

「なんてうらやま――」

「ダビデは黙っててくれ。――遊ぶってのがどういうつもりかは知らないけど、話に聞いたよりも随分な様子だね」

「あら、小僧が話とったん?」

「まあそんなところなんですが――本当に鬼ですか?」

 

 オレでもわかる。茨木童子を見続けてきたからこそ、わかる。茨木童子以上の鬼酒呑童子。それが、ただの人間のようだと。

 

「あー、なるほど。なんや体に力が入らん思うたわぁ」

「原因は、わかりますか?」

「まあアレやろ。ついてきぃ。案内するわ」

 

 そして、通りを少し行ったところにそれはあった。

 

「聖杯……やっぱりか。でも、中にあるこれは……お酒?」

 

 嫌な予感がしてきた。もしかして――。

 

「美味そな酒やろ? もちろん飲んだわ」

 

 つまりこの聖杯のような何かに注がれた酒によって茨木童子はああなり、酒呑童子はこうなったと。

 

「こんな怪しげな道端にあるものを……」

「こんな美味そな酒、飲まな損やろ。茨木は涙目で怯えとったから、うちの酌で飲めんのか? って聞いたら涙目で飲んでくれたで?」

 

 立派なアルハラです。やめましょう。

 

「飲んだからこうなった――聖杯だから、願いを叶える酒ってところか…………」

 

 つまり全ては願いの結果ということ。感じた歪みというのは酒は酔うもの、酔えば惑うは必然。

 

「なかなか頭回る陰陽師やねぇ。あんたさんくらいなら今のうちでも食えそうやわぁ」

「断固ノーです!」

「おお、怖い怖い。手つきの娘がおるんなら、今は退いておこうか。さて、それじゃあ、これは壊して、早々醒まさんとなぁ」

 

 悪い酒の悪酔いは一夜限りで充分。連夜なんぞは無粋もいいところ。

 連夜酔うなら、想い人と二人、いつまでもいつまでも。

 

「そいじゃ、いつかまた続きをやろか。小僧――」

 

 そして、満足げに酒呑童子は消えていった。

 

「羅生門の鬼退治はこれで終わりだ。ったく、アイツは何がしたかったんだ」

「さあ、でもまあ、気にしないでいいとか言いたかったとか?」

「余計気にするっつーの」

「はは、まあ、多少はすっきりしたんじゃないのゴールデン?」

「……さてな」

 

 そう言って彼も消えた。

 

「さて、帰ろうか」

 

 酔夢はこれで終わる――。




さて、ちょっと長めに終わらせました。
このイベントは結構ぶつ切りで難しいので、こんな感じです。
次は鬼ヶ島イベなんでやりやすいかな。

鬼ヶ島イベの次は六章だ

それとミートウォーズ来たよ! やったよ目標達成。

あとは素材集めです。スカサハ師匠はもう宝具レベル5にしてありますし、種火、フォウ君、骨、鎖。とりあえず優先はこんなところでしょう。あとはランプとか素材集めです。

さあ、終わるまで頑張りますよ。

水着マルタさんの腰つきヤバイ――。


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天魔御伽草子 鬼ヶ島
天魔御伽草子 鬼ヶ島 1


 日本から戻って翌日。久しぶりに昼までゆっくりと眠ってしまった。特異点は見つかっていないというドクターの言葉を信用してすっかり遅くまで眠っていた。

 二度寝は素晴らしいとオレは思う。どうして二度寝はあんなにも気持ちが良いのだろう。特異点では二度寝なんてできないし、睡眠時間は短くなるばかりだ。

 

 それに慣れたとは言えどやはりゆっくり眠れるのは幸せだ。ただ、昼まで眠って起きてしまったのは問題だ。このまま寝るにはお腹がすいている。

 昼であるから食堂に行けばなにかあるだろう。そう思って、自室(マイルーム)をでる。あくびをしながら扉を開くとちょうどブーディカさんが通りかかったところだった。

 

「ぁ……」

「ふぁ~あ、あ、おはようブーディカさん」

「お、おはよ、う……」

「ん?」

 

 ――なんだろう?

 

 ブーディカさんからはどこかいつもよりもよそよそしい感じがした。いつもなら、おはようと返してくれるはずなのだが、今日はとぎれとぎれだ。

 何かやっただろうか? 特に覚えはないような――と思ってひとつ思い至った。日本での泥酔騒ぎである。大人なブーディカさんなら酒が絡んだこととあまり気にしないだろうと思っていたけれど、ブーディカさんも気にするのかとちょっと意外に思う。

 

「大丈夫ですよ。オレ、全然気にしてませんから」

「っ――う、うん、えっとあたし、部屋に戻るところだから」

「そうなんですか? オレはこれから昼食に。それじゃあ――」

 

 そう言ってオレは昼食に向かうことにした。今日は誰の当番だったか考えながら食堂へと向かった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 カルデアにいるサーヴァントにはひとり一室の部屋が与えられている。元はマスターたちの部屋なのだが、大半のマスターが冷凍保存されている今、使われないより使った方が良いとサーヴァントたちの部屋になっている。

 もちろん、あたしにも与えられている。自分の部屋。あまりものはないけれど、ちょっとごちゃごちゃしている。

 

 片付けようと思っているのだけれど片付かない。他の人のことが気になって自分のことがおろそかになってしまっている。

 時々マスターに片付けられるのが恥ずかしいけれど、こればかりは性分なのだろう。自分よりも他人。なによりマスターだ。

 

 そう、マスター。あたしのマスター。頑張り屋の男の子。優しいやさしい未来の英雄。きっといつか世界を救う人。

 今、あたしがこうやってベッドで顔を枕にうずめている理由。じたばたはさすがにしない。しないけど、もう少し若かったらしていたかもしれない。

 

 きっと顔赤い。熱でもあるように。サーヴァントだから風邪はひかないけれど、生前ならきっと――。

 

「ああ、あたし馬鹿だなぁ、ほんとう……」

 

 気にしないように、マスターが気を遣ってくれた。それがわかる。あたしもいつものようにそれに合わせればいいのにあんな反応。

 旦那に悪いなと思うからなおさら。年下の男の子に甘えて、何をしてるんだろう。お酒のせい? ううん、自制できなかったあたしが悪い。

 

「ああ、あたしのばかぁ――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「今日のお昼の当番は誰だっけ。確か、マシュだったよな」

 

 マシュの手料理。今日の献立はなにかな――。

 

 そう思いながら食堂に入ると――。

 

「な、なんだ?」

 

 死屍累々だった。誰もかれもがそこで死に絶えている。いや、生きているのだが、全員が机に突っ伏してぴくぴくと痙攣している。

 その原因となる物は目の前にあった。赤い料理だった。ただただ赤い。どうしてこんな赤い色になるのだろうという疑問すら生ぬるいほどに赤い。

 

 嫌な予感がした。それはかつてテロと称してキッチンに立ち入りを禁止していた少女(サーヴァント)の姿を幻視する。

 カボチャ料理だけはまともに見える? いやいや、あれこそが罠。あの中身は、吐くことすら生ぬるい地獄が待ち受けている。

 

 そう、誰だかもうお分かりだろう。エリザベート・バートリー。血の伯爵夫人が、今、牙をむいたのだ。

 

「アラ、マスターもごはん? 食べていくわよね!」

「遠慮します」

「なんでよ!」

「それより当番はマシュじゃなかったかな?」

「そうよ。でも気分が悪いから代わってあげたのよ!」

 

 気分が、悪い?

 

「それは大変だ、今すぐお見舞いに行く!!!」

 

 だから、サラバだエリちゃん。いやー、残念だなー、食べられなくてザンネンダナー。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「うぅ……」

 

 不覚です。体調管理を怠りました。

 

 現状、わたしは、覚醒からの原因不明の頭痛に苛まれています。どういうことなのでしょう。特異点で戦った記憶はあるのですが、まったくもってこの頭痛の原因がわかりません。

 ドクターに相談すべきなのでしょうが、朝からドクターの姿が見えません。

 

「フォウ、フォーウ」

「すみません、フォウさん、できれば、その声のトーンを落としていただけると――」

 

 フォウさんの声が頭に響きます。うぅ、頭が割れそうに痛いです。なんでしょう、この痛み。デミ・サーヴァントなので風邪などはひかないと思うのですが。

 

「原因不明です。調査の必要性ありです。ですが、動いてよいものなのでしょうか。ぅぅ、いたいです」

「マシュ――!!」

「ひゃぅ!? せ、せんぱい!?」

「大丈夫かマシュ! 具合が悪いって聞いて飛んできたんだ!!!」

 

 先輩の大きな手が私の体を触って大丈夫かどうか確かめていきます。その、なんでしょう。嬉しいのですが妙に恥ずかしいと言いますか。

 

「だ、大丈夫です、ちょっと頭が痛いだけで」

「頭!? 熱!?」

「い、いえ、体温は正常です。昨日眠ってから、朝起きたらこんな感じで」

「………………………………」

 

 先輩がなにやら思案なさっています。何かわかったのでしょうか。さすがは先輩です。今季ナンバーワンマスターです。

 

「はぁ……良かった」

「良かった、とは?」

「ああ、うん。大丈夫ってこと。たぶん二日酔いかな」

「二日酔い、ですか? お酒をいっぱいのんだ後に来るという噂の?」

「そう」

「しかし、変です、先輩。わたし、お酒をのんだ記憶がありません」

 

 特異点で戦っている間はありえませんし、こちらに帰ってきてからも記憶の断裂はありません。自意識の連続性は保たれています。

 昨晩はすぐに眠ってお酒など飲んだ記憶はありませんし。

 

「ああ、それは――」

 

 先輩が話してくださいます。どうやらわたしは先の特異点の空気に混じったアルコールで酔っぱらってしまったようなのです。

 なるほど。サーヴァントすら酔わせる聖杯の酒気。ならば納得というものです。ですが、そうなると一つ困ったことというか、気になることが。

 

 わたしは、先輩に対して失礼をしていないか、ということです。きちんと戦っている記憶はありますので、問題はないとは思うのですが、それ以外があいまいで、わたしはいったい何を話し、どんなことをしてしまったのでしょう。

 どうにも先輩はそのあたりのことをぼかしているご様子。わたしに気を遣ってくださっているのはわかるのですが、もしかしてと思ってしまいます。

 

「あ、あの」

「ん、どうしたのマシュ? きついならジキル博士とかダ・ヴィンチちゃんに薬もらってくるけど」

「い、いえそうではなくて、です……ね。あ、あの……」

 

 わたしは一度深呼吸をします。こういう時は深呼吸だとドクターに聞きました。深呼吸。あとは人という文字を掌に書いて飲み込むのもいいでしたっけ。

 ともかくそれらを実践し、落ち着いたところで、先輩に切り出すのです。

 

「ま、マシュ?」

「ひゃ、ひゃの!」

 

 いけません、噛んでしましました。も、もう一度。

 

「あ、あの先輩!」

「は、はい!?」

 

 今度は語尾が強く。いけません、ですが、この勢いのまま行くしかありません。

 

「わ、わたしはそ、その何かご迷惑をおかけしなかったでしょうか。あいにくと記憶がなくて――」

「大丈夫だよ。マシュ、とても、素晴らしかった」

 

 それはとても素晴らしい笑顔でした。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 マシュに起こされて、サンタさんに忘れるが良いトナカイと脅されながら管制室にやってきた。

 

「ドクター、先輩をお連れしました。それで、お話とは?」

「うん。いきなりで悪いけど、また事件だ」

 

 また事件。カルデアはいつも大忙しだ。特殊な特異点の発生が観測された。場所は日本。

 

「またですか?」

「そう。さらには時代も、この前京に跳んだときとそれほどズレてはいない」

 

 珍しいと言えた。今まで、特異点が発生した時代は様々だった。それこそ現代付近から、ローマまでさまざまだ。同じ時代になったのは初めてじゃないだろうか。

 しかも、本来であればこの時代の日本には人理定礎は存在しない。つまり特異点になり様がないとドクターは言う。

 

 しかし、現に特異点の発生は観測されている。更に言えばこのまま放っておけば最悪の事態に発展するとかしないとかいうレベルの特異点だと言うのだ。

 明らかに異質。様々な特異点の中でも特大。トップクラスだとドクターは言う。

 

「でも、行かなきゃ」

「実に心強い。もう新人マスター、なんて言ってられないな」

「もう特異点は五個。他にもいろいろなところに行ったからね」

 

 最初こそ本当に情けないありさまだったと思う。だが、今ではだいぶ成長したのではないかと思っている。だが、慢心は駄目だろう。

 この帽子とマント、手袋に誓っていつか必ず世界を救う。そのためには、頑張らないといけない。でも無理をしてもいけない。

 

「うん。今回も頼りにしているよ。さあ、行こう!」

 

 レイシフトする。待ち受けているのは鬼か蛇か。今度はいったい何が待っているのだろうか。そう思いながら、オレたちはレイシフトした――。

 




さあ、鬼ヶ島イベの開始だ。
その前によっぱらいのその後を少しだけ。
イベントクエストは相変わらず戦闘は端折ってサクサク行くとしましょう。

あとは、そうですね。きよひー酔っ払いはもう書いたので、門番どもは変更します。きよひー門番のところは別の誰かを入れます。
具体的に言うとキャットか天草か沖田。

それから、ありえたかもしれない歴史と称して配布鯖縛りを解禁したぐだ男の冒険をIFの方で書こうかなと思ったりしているので、活動報告でサーヴァントのアンケートを取っているので、ぜひ回答をお願いします。

エレナとか超おすすめだから。超おすすめ。キャットとかもオススメ。超おすすめ。

期限は土曜日までです。


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天魔御伽草子 鬼ヶ島 2

 ――仮想存在定義

 ――定義終了。

 ――レイシフト完了。

 

 レイシフトのプロセスが終わり、無事にオレたちは特異点へと降り立った。

 

「ここは?」

「モニター良好。よしよし。今場所を特定する。どうやら、本州にほどちかい一つの島だね」

 

 京にレイシフトしたときに沖合に見えていた島だという。

 

「なるほどあの時の」

「周囲の様子はどうだい?」

 

 周囲の様子を確認する。島の全景を見る。

 

「…………」

「…………」

 

 明らかに鬼ヶ島です。

 

「マシュ、には、何に見える?」

「い、いえ、先輩、これは……わたしの基準としている知識が間違っているだけかもしれません」

「そ、そうか。じゃ、じゃあ、清姫?」

「わ、わたくしです、か。え、ええと、その、申し訳ありません、ますたぁ。わたくしにもその――」

 

 どこをどう見ても鬼ヶ島です。

 

「ブーディカさん?」

「わ、わたし!?」

「ど、どうしたんですか」

「い、いや、なんでもない。なんでもないって」

 

 とりあえず鬼ヶ島というお伽噺に出てくるアレに見えるといわれた。

 

「よっしゃああああああああ!!」

「なに、どうしたのクー・フーリン!?」

「何、今回は槍を持てたからな。ようやく普通に暴れられると思ってな」

「ああ、そう言えばダ・ヴィンチちゃんに霊基を改良してもらったんだっけ」

 

 クー・フーリンはこれからの戦いの為に霊基を自ら改良してもらったらしい。キャスターが増えて来たからランサーに。これはエリちゃんにも言える。

 エリちゃんもいつの間にかランサーになっていたのだ。それもこれもダ・ヴィンチちゃんがやったことらしい。相変わらずすごいなダ・ヴィンチちゃんは。

 

 しかも副産物でルーンや魔力のランクが上がったままというらしい。

 

「だから、任せなオレがきっちり心臓を穿って解決してやるよ」

「頼りにしてるよ」

「ねーねー。そんなことよりさぁー、僕としては聞きたいことがあるんだよねぇ」

 

 ダビデが、妙にねっとりとオレの首に手を回しながら言ってくる。

 

「なんだよ」

「妙にさぁ、ブーディカの様子がおかしいと思うんだけど何かした?」

「何も?」

「ふぅん……何もねぇ」

 

 何もない。そう何もない。あるわけがない。あるとすれば京での酔っ払い騒ぎだろうけれど、お酒が絡むことにいちいちまじめになってどうするのだ。

 というのが、親父の口癖だった。それで悪酔いするんだから、手が負えない。だから、ブーディカさんにいろいろされたことは心の奥底にしまい込んで堪能するだけにして、まったく表では気にしていないようにふるまっている。

 

 ブーディカさんは記憶があるらしく結構気にするほうらしいから、割とよそよそしいらしい。けれど、そのうち自分で折り合いをつけるはずであるからオレは気にせず待つつもりだ。

 

「だから、ダビデが思っているようなことはなにもない」

「なんだつまらないなマスター。人妻。未亡人に手を出さないなんて、本当にマスターかい? 一緒にお師匠さんの風呂を覗いた仲じゃないか」

「それとこれとは話が別だろう。って、おい、まて、それはおまえが勝手に行って、オレは止めてただけだろ!」

「そんなこと言って、本当は嬉しかったくせに」

「…………」

 

 お師さんのオパーイはすさまじかった――。

 

 ――ってそうじゃねえよ。

 

「ダビデ、そろそろまじめにしてくれ。ここが鬼ヶ島だとしたら茨木童子とか酒呑童子みたいなのがいるかもしれないんだぞ」

「まっ、その時は遠慮なくオレに任せろよ。生きているんなら神様だって殺して見せる」

「頼りにしてるよ式。で、何持ってるの?」

「ああ、これかそこに落ちてたからな。やるよ」

「わ、とと――」

 

 そう言って彼女が投げ渡してきたのはどこをどう見てもきびだんごだった。

 

「…………」

 

 きびだんごだった。

 

 どんなに見てもそれは見事なきびだんごだった。

 

「ジキル博士、これ……」

「きびだんごって書いてあるね。桃太郎の童謡にも出てくるあのきびだんごじゃないかな。成分を解析してみないことにはわからないけれど」

「なんで、落ちていたんだろう」

「桃太郎が落としていったのかな?」

 

 桃太郎。犬、猿、雉を連れて鬼ヶ島の鬼を退治した英雄と言っていいんだろうか。そんな存在がいるのなら心強いが。

 それは道を見ていたジェロニモによって否定される。

 

「それはないだろう。足跡を確かめてみたが、ここにいる我々のものだけだ。誰かが先に来た、ということはないようだな。すくなくともサーヴァントは通っていまい」

「そうか。となるとこれは最初からここに在ったということでいいのかな?」

「そう考えるのが妥当だろう。少なくとも大地の精霊はなにも言わない。危険というほどのものでもないだろう。おそらくは、マスターに与えられたこの特異点での役割をこなすために必要なものだと思われる」

「役割……か」

 

 きびだんごを持つ者と言ったら桃太郎だろう。お供を引き連れて鬼退治に鬼ヶ島にやってきた。それが桃太郎。オレに与えられた役割はこの桃太郎になれ、ということなのだろうか。

 

「ま、是非もないよネ! それよりおいしそうじゃのう。ひとつ味見してみるのはどうじゃろう。ほれ、わしが危険を引き受けよう。なにせ、わしじゃしな! わし、じゃからな!」

 

 ノッブって甘党なんだよな。すごく目をきらきらさせてきびだんごを見ている。でもあげることはできない。彼女を危険にさらすことはできない。

 相手が鬼となればノッブの固有結界はかなり有効だろうから。

 

「だから、駄目」

「ノッブ!?」

 

 なんで、そこでおまえ、マジか!? って顔されなきゃいけないんだろう。

 

「トナカ――」

「あげませんよ」

「まだ何も言っていないぞトナカイ」

「言わなくてもわかります」

 

 いつもハンバーガーとターキーをもきゅもきゅしている王様の言うことなどわかりきっているに決まっているではないか。

 とりあえずこのきびだんごは誰にもあげない。とりあえず、ドクターに解析してもらっているからその結果次第だ。

 

「それでは、先輩、どうしましょうか」

「そうだね。とりあえず、先に――すすんで……」

「わんわん……」

 

 何やら目の前に痴女が現れました。日本風の鎧を着ているので日本のサーヴァントなのだろう。しかし、痴女だった。大事なところはまったく守れていない。

 この痴女をオレは知っている。真冬でもこの格好だった。そう――サンタさんとプレゼント配りをしていた時に、出会ったサーヴァントの一人だ。

 

「私は、牛若丸、犬です我が主。忠犬です主。その、手に持ったきびだんご、一つ私に下さい。さすれば鬼の首を主に献上いたしましょう。……首を献上しましょう」

「なんで二回言った!?」

「いえ、なんか大事なことだと思ったので」

「…………」

 

 きびだんごとはオレが手に持っているこれなのだろうが。

 

「ドクター?」

「んー、あげていいとは思うよ。ダ・ヴィンチちゃんとできる限り解析してみたけれど、毒性や魔術的な何かがあるわじゃない。ただとびきりおいしいきびだんごってだけだよ」

 

 とびきりおいしいにガタッと反応するサーヴァントたちは放っておいて。

 

「忠犬!? それはわたくしのポジション! あなた如きに渡せるはずがありません! さあ、ますたぁ。ここは是非わたくしを犬に! ああ、なんだか知りませんが、首が寂しい。ちょっと首輪をつけてきますので、リードを繋いでいただけると犬って感じで良いかも。さあ、ますたぁ、このザ・忠犬清姫ちゃんに、きびだんごを! そして、犬扱いを! さあ、さあ!」

「まだよってるの?」

「ますたぁに寄ってます、依ってます、酔っています!」

「いや、そういうことじゃなくてね」

 

 とりあえず清姫は、なんかこの前の一件ですっかり何かに目覚めてしまったようでこの調子である。このままでは話が進まないので清姫は放っておくことにする。

 それでもああ、放置プレイ、良い、とか恍惚な表情。本当、何かに目覚めてしまったようです。

 

「とりあえず、牛若丸、これほしいの?」

「はい、とりあえずきびだんご(それ)さえいただければお供として主についていきます」

「危なくない?」

「危なくないですよ。というか、この特異点はどうやら鬼ヶ島に寄せてしまったがために、つき物な桃太郎の要素がでてきてしまったらしく」

 

 つまり、どこかの誰かがこの場所をつくってしまったがために、抑止力によって桃太郎の要素が顔を出した。牛若丸は犬枠として召喚されたとのことらしい。

 

「ということはほかにも猿とか雉がいるってこと?」

「おそらくは」

「そうか……とりあえず、これあげるよ」

「かたじけない。これより主殿誠心誠意仕えましょう。具体的には首を獲りましょう」

「首って?」

「無論、鬼の。あそこをご覧ください主殿」

 

 牛若丸が指し示した方向を見ると、そこにはまさに絵にかいたような鬼がいた。

 

「鬼!?」

「襲ってきます!」

「さあ、主殿、犬の実力をご照覧あれ!」

 

 襲ってきた鬼を牛若丸が驚異の素早さで倒す。さすがというべきだろう。

 

「あっけない。とはいえ、尋常ではない敵でしたね主殿」

「いや、まあ、そうだな」

 

 茨木童子ほどではないにしろ、普通の人間よりは遥かに強い力を持っていた。数が少なかったのが幸いしたが、多くなってきてもまだどうにかなりそうな気配はある。

 だが、明らかにこの島はおかしい。お伽噺からそのまま抜け出て来たような島のカタチに、鬼の存在。

 

「やっぱり鬼ヶ島なんだろうなぁ……確定しちゃったというか」

 

 鬼ヶ島は実在の島ではないはずだ。あくまでもお伽噺の中の存在。こんな風に実在しているのもおかしいが、何よりサーヴァントの鬼種でもないただの(・・・)鬼が生息しているのがその証拠だとドクターは言った。

 

「この島は造られた可能性がある」

「こんな規模の島を、ですか……?」

「ありえるのドクター?」

「意外なことでもないよ。神話的に、日本はもともと神に造られた島な訳だし。天沼矛の逸話は知っているかい? 国産み、島産みの権能ってヤツさ」

 

 権能。その言葉から感じるいやな感覚。嫌でも想像してしまう。へたしたら神霊とかそんなのが出て来たんじゃないかと。

 

「安心しろよマスター。神様だろうと生きているのならきっちりかっちり殺してやるさ」

「本当、頼りになるよ式は」

「特異点らしき反応は……この島の最奥部、頂上付近にあるようだ」

 

 目測になるが、頂上に近づくほど険しい岩山だ。まさに絵に描いた鬼ヶ島。一般的には岩で出来た島で、鬼の要塞としての砦が築かれているらしい。

 まさにその通り。海岸からでもわかる物々しい雰囲気で、頂上まで道が続いているものの門が見える。三つの門が行く手を塞いでいる。 

 

「楽な道じゃないけど、まあ、いつものことだし。行こう――」

 

 千里の道も一歩から。なに、どんなに険しい道でも道があるのなら辿りつける。カルデアにオレが辿りつけたように。

 そう思うと、意外に簡単だと思える。カルデアへの道ではひとりだった。今は、たくさんの仲間たちがいるから大丈夫だ。

 

「んー、楽しみだな」

「何が楽しみなんだ、ダビデ」

「鬼ヶ島、鬼退治といえば、最奥にあるものはやっぱり財宝というのが付き物だろう?」

「まあ、その財宝で桃太郎はしあわせにくらしましたっていうのが大半だろうしね」

「財宝が見つかった暁には僕に任せてほしい。マスター名義で倍に増やして返すからさ」

「まあ、任せるよ」

 

 こと財産管理に関してはダビデを信用している。ダビデが倍にすると言ったのなら本当に倍にするだろう。ダビデはそういう男だ。

 

「ますたぁ、なぜ、なぜわたくしにきびだんごをくださらなかったのですか!!」

「清姫が大切だったから」

「――――」

 

 ぼわんという音がしたかのように一瞬で清姫の顔が赤くなった。

 

「た、た、た、た、たたた、た、たいせ、大切、わ、わた、わたくし、が」

「うん」

「嘘、では、ありません、ね……」

「嘘じゃないよ。清姫は大切だ。だから、犬の真似なんてしないでいい」

「アレ!? それ、私が犬になるのは良いということですか主殿!?」

「そうでもないけど、そのために召喚されたのならいいでしょ」

 

 明確な線引きは大事だ。本当、清姫はいつでもオレを守ってくれるから。三蔵ちゃんに記憶を封じられてから、妙にいろんなことを思い出す。

 辛いことも悲しいことも。あらゆることを思い出す。忘れようととしていたことも全部。全部。オレがこれまでの特異点で意図して忘れようとしていてことも。

 

 忘れようとしていたことを思い出した。しっかりと認識した。

 

「だから、清姫が大切。みんなが大切。だから、清姫もほかのみんなも犬とか、猿とか、雉にはしないよ」

 

 大切な仲間たちだから――。




圧縮解除フラグも立てつつ、アンケートもう少しで終了ですよー。
活動報告の欄で投票ください。


さあ、行くぞ鬼退治。犬を仲間にして、次は雉、そして、猿だ!
そして、門番ですが沖田さんになりましたー。久しぶりに登場ですね。

では、また次回。


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天魔御伽草子 鬼ヶ島 3

 海岸を歩いていると。

 

「む、主殿、アレを」

「なになに?」

 

 牛若丸が何かを見つけたようで、そちらを見るとそこには鬼がいる。何かを取り囲んでいるようだ。人だ。人が倒れていて鬼たちに取り囲まれている。

 赤い髪の少年が見える。線の細い少年だ。

 

「サーヴァント反応だ! 彼はサーヴァントだ」

「助けようマシュ! 鬼退治だ!!」

「はい、マスター、指示をお願いします!」

「さあ、主殿、この牛若にもぞんぶんにご命令を! いざ――鬼ども、我が薄緑の露となれぃ!」

「ま、一番槍はオレだがな――」

 

 その俊敏のランクにモノを言わせて、クー・フーリンが鬼へと突っ込んでいく。姿勢を低く、放たれる突きは鋭く一瞬にして、鬼を刺し穿つ。

 身体に寄せた槍、そのまま体の軸ごと回転させることで突き刺さった死体を鬼へと当てることによって攪乱。大群の中にありながら、一騎当千の如く鬼を屠っていく。

 

「負けていられません。主殿少々お待ちを、すぐに首を献上いたしますので――さあさあ、遮那王流離譚、いざ、眼にモノを見よぉ!!」

 

 対人奥義――薄緑・天刃縮歩。

 

 牛若丸の愛刀薄緑による輝く斬撃。天狗の歩法がさく裂する。いつか見た沖田さんの縮地。いや、同じ技術による超高速接近から放たれる斬撃。

 単純に速く接近してからの斬撃。単純故に、躱すことが難しい。鬼程度の首などただそれだけできれいに切り取られてしまう。

 

「張り切ってるなぁ」

 

 片や熱望した槍を持てたこと、片や主にいいところを見せようと張り切っている。だが――。

 

「数が多いな」

 

 さすがにあの二人でも倒しきるにはそれなりにかかりそうだ。

 

「私が薙ぎ払うかトナカイ」

「いや、いいよ。サーヴァントほど鬼は強くないから数だけが問題なだけだしね」

 

 ここでエクスカリバー・モルガンで薙ぎ払ってしまってはもったいない。それに、他の厄介な何かに気が付かれる可能性がある。

 もっとももう気が付かれている可能性もあるのだが、極力気が付かれるような大規模破壊を放つような宝具は控えるべきだろう。

 

 

「だな――」

 

 式が鬼をバラし、放たれる攻撃はマシュが防ぐ。清姫は炎を吐き出して燃やし、ダビデは拾った石を投げて必中宝具を発動している。

 問題はない。この人数である。

 

「う……」

「マスター、行き倒れの人が目覚めたよ」

 

 倒れていた少年を保護したジキル博士とジェロニモによって少年は治療されてどうやら目覚めたようだ。

 

「……君たち、は……」

「通りすがりの桃太郎一行かな」

「……? よくわからない、けれど……君たちが鬼と戦っているのはわかる。僕を助けるため……。なら……」

 

 その時少年が動いた。オレの目ではとらえられないほどの速度。その瞬間、マシュの背後に迫ろうとしていた鬼が倒れた。

 

「……疲労困憊、精神衰弱につき、僕はほんとう、ぜんぜんダメなのですが……」

「君がやったのか?」

 

 死体を見ればそこには小刀、この場合はクナイと呼ばれる投擲武器が刺さっている。最小の動きで、最速の一投をこの少年はやってみせたのだ。

 

「忍者だ!」

「あ、……いえ、名乗るほどの者でもないですが、はい、忍、です、はい……」

「伊賀? 甲賀? 風魔?」

「あ、風魔です。五代目、小太郎、です」

「おお!!」

 

 ――忍者だよ、ニンジャ!

 

 いやー、一度会ってみたいと思っていたんだよね。侍には会ったし、新選組にも会った。なら今度は忍者にも会いたいなー、とか思っていたのだ。

 こんなところで会えるとは嬉しいものだ。日本人に忍者が嫌いなものなどいないだろう。かっこいいし、仕事人っていう感じがして素敵であるからだ。

 

 最近では外国人にも人気だ。まあ、その場合忍者じゃなくて高確率でNINJAになるのだがそれはそれでおいしいのでいいのではないだろうかと思っている。

 ともかく風魔小太郎だ。相州乱波、北条氏に仕えた風魔忍群の頭領。まさしく忍者と言うべき男なのではないだろうか。

 

「……そういう話です。かまゆでとか嫌いです。でも、今は――助けていただいた仁義を通します。自信はありませんが、鬼退治、始めました」

 

 その割に妙に覇気がないが、そこはそれ。助太刀はありがたい。この先に何が待ち受けているのかわからないが、戦力は大いにこしたことはない。

 

「よいしょ」

 

 彼が動けば相手は動かなくなる。いつの間にか眉間にクナイが突き刺さり相手を確実に絶命させる。

 

「おお、凄まじいですな小太郎殿! むむ、私も負けてはいられませんね!」

「あ……はい。寒そうな貴方も、ものすごい身の軽さ、ですね」

「この戦場の中で気遣いまで、さすがです! しかし、そのシュっとしてバッ、は天狗にも通じるものがありますが、さすが本家は違う! 私も覚えれば兄上に喜んでいただけたでしょうか。是非、この後ご指導を!」

「それ、無理……人に教えるとか、苦手なので……えっと、君は?」

「おお、これは失礼。私は牛若丸と申します」

「ああ、源の武士。武士はあまり好きじゃない……けど、仲間で。源なら……別だ」

「話はあとにしておれ根の者! まずはこの次々やってくる上杉みたいなやつらをどうにかしてからじゃ」

 

 まったく上杉みたく次から次へと出てきおってからにと信長が火縄銃を大量に背に浮かべてぶっぱしながら言う。割と余裕であるが、相手の数が多いだけに面倒くさいらしい。

 あと何か嫌な予感がするとか。

 

「なにやらわしの人気を分捕っていったうつけがいるような気配がしてな」

「誰、それ光秀?」

「ミッチーなら、とりあえず踏んでおけばよいわ。そうじゃなさそうだから面倒なんじゃ」

 

 アッハイ。

 

 だが、次から次へと押し寄せてくる鬼。まるでボウフラのようだとはドクターの言葉だ。

 

「この近辺の鬼が集まってきているみたいだ……ごめん。僕がもっと慎重に動くべきだった」

「今更仕方ないよ。まあ、そろそろいいか。全員退避ー」

 

 これだけやっても敵将が出てこないならこの近くに将はいない。これだけ騒いでも出てこないんだから、出てこないのか、あるいは待ち構えているのか知らないが、ここの近辺にはいないことがわかる。

 クー・フーリンが巧く攪乱し、相手を集めてくれた。だから、

 

「それじゃあ、サンタさんよろしく」

「行くぞ――約束された勝利の剣《エクスカリバー・モルガン》!」

 

 やはり軍相手にはサンタさんの聖剣が輝く。極光が戦場を一薙ぎすればそこに敵はいない。

 

「終わったかな?」

「ふん、まあ、こんなものだろう」

「ありがとう。小太郎、大丈夫?」

「……凄まじいですね、マスター殿……」

「まあ、慣れてるからね。君が無事でよかったよ」

「……申し訳ない」

「なんで謝るの?」

 

 別になにもされていないし、敵も十分に殲滅できた。

 

「何も問題ないよ」

「…………僕は、因縁からこの地に呼び出されたはぐれサーヴァントです。まだ、貴方たちの味方でも敵でもない。ですが、貴方はそんな僕を本気で心配し、無事を喜んでくださった。その真心に報いましょう。この未熟な身ではあり恐縮なのですが――この身、貴方に預けましょうマスター殿」

「気にしなくてもいいけど――ありがたい。なら、これをあげるよ」

「……きびだんご、ですか……」

「そう。なんか、仲間になってくれるんだし、あげようかなと」

「…………わかりました、ありがたく……はい……」

 

 そんなやり取りをしていると。

 

「おい、マスター」

「なに、式?」

「何か近づいてきてるぞ。バイクだ」

「は? バイク?」

 

 なぜほとんど平安時代にバイクが? と思っていると同時に響いてくる爆音。崖の上を見れば何かが爆走している。本当にバイクだった。

 そして、それは崖からとんだ。

 

「飛んだ!?」

 

 何事もないかのように着地し、バイクはオレたちの前で止まる。乗っていたのは――。

 

「坂田金時!?」

「おう、大将、この間ぶりだ」

 

 もう和サーヴァント要素どこにいったというライダースーツ姿。

 

「……!? あれが……坂田、金時……?」

「はい、小太郎さん。信じられないとは思いますが、あの方はゴールデンさんです」

 

 誰でもそりゃ戸惑うだろう。サングラスにライダースーツ。今日は一段と日本から遠いチョイス。それにあのバイクだ。

 どうみても宝具である。そんなものに乗ってやってきた男が坂田金時だと誰が信じられるだろうか。実物を知っているからこそ信じられるが、初対面だと絶対に信じられない。

 

「イカしたバイクだな橙子もいろいろもってたが、こんなのはなかったな」

「おう、そうだろ! そう思っちまうだろ! なんせ、こいつは足柄山にその(クマ)ありと謳われた伝説だからなあ!」

「…………………………(クマという言葉を聞き間違いだろうかと考えている)」

 

 式が真顔で固まってる。

 

「そういえば、金時君のクマって変形するってこの前言っていたね」

「ジキル博士、わざと無視していたことを言わないでくれるかな」

 

 つまりあのバイクはまさにクマということなのだろう。平安の日本はいったいどんな状態だったのか切実に知りたいと思う。

 鬼がいて、変形するクマがいる。この時点でいろいろとおかしいだろう日本。だからクールジャパンとか言われるんじゃないだろうか。

 

 違う? ならばそれでいいのだが。

 

「ハイパー・ウルトラ・デンジャラスマシン――ゴールデンベーア号だ!」

 

 ドヤァ、という顔の金時。

 

「…………」

 

 とりあえず凄いほほえましい顔で見ているとしよう。

 

「とりあえずゴールデン、この状況が何かわかる?」

「お、わかるが、しっかし笑えるよな、大将。ここの鬼、すげぇマヌケ面だろ? オレっちは鬼退治のプロだがよ、こんなマヌケ面の鬼、見たことねえぞ!」

「金時も見たことないのか?」

「ああ」

 

 そうなるとますますここはおかしいということになる。鬼も自然に出ないのなら何者かが生み出したものに違いないが、どうして本物の鬼ではなく、こんな絵にかいたような鬼なのだろうか。

 

「って、ちょっとまってサンタさん、いきなりソリ取り出してどうしたの。張り合わなくていいから、ゴールデンと張り合わなくていいから!」

「安心しろマスター、成層圏まで一瞬で行ける。バイクになど負けるものではない」

「勘弁して、あれやばすぎだから」

 

 礼装なかったら死んでる。

 

「――ともかく、この状況を解決するためにもとりあえず進もう。この先になにがあるにしてもとりあえずは、なんとかできるはずだ」

 

 そういうわけで海岸を進み道にそって崖を上がっていく。

 

「そうだ、小太郎」

「……なんでしょう、マスター殿」

「どうしてあんなところで倒れていたんだ?」

「鬼です。僕も……鬼に関わりのある英霊ですから、召喚されたのだと思います」

 

 鬼に関わりがある?

 

「どういうこと?」

「風魔の秘術は……鬼に転じる、というもの。だから、僕が鬼だという伝説もあるのです」

「……ああ、そうなんだ」

 

 でも、確か伝説だと身の丈七尺二寸(2m16cm)、筋骨荒々しくむらこぶあり、眼口ひろく逆け黒ひげ、牙四つ外に現れ、頭は福禄寿に似て鼻高しという異様な姿だったという話もある。

 目の前に彼とは似ても似つかないが、忍の本当の姿が伝説に残っていたら駄目だろう。それにしても乖離しすぎであるが、あまりにもその伝説から乖離してるからこそ、忍として動きやすかったのではないかとも思う。

 

 それにしても鬼になれるのか。

 

「……あ、ごめんなさい……宝具としては封じられているので、期待されているところ、恐縮なのですが……しかし、眼前に本物の鬼がいました。より近くで観察し、研究し、その有り様をわがものとすれば解放できるかもと」

 

 それで近くで観察していたら鬼の群れが別の群れをよび、それが連鎖してあんなことに。

 

「初手の行動としては悪手すぎました。こういう諜報は他の者がやってくれたので……」

 

 自分でするのは慣れていなくて恥ずかしい限りだと彼は落ち込む。

 

「なーに、気にすんなボーイ! 旅の恥はかき捨てっていうじゃねえか! しかし、このきびだんごうめえな」

 

 勝手にゴールデンがきびだんごを食べてしまっていた。いつのまに……。

 

「旅の恥は、かき捨て……」

「清姫……」

「はっ! ますたぁ、違います。わたくし、そんなことなど何一つ考えていませんよ。ええ、いません。ですが、その、犬でなくては良いので、雌犬扱いしていただければと! 大丈夫です、旅の恥はかき捨てですから! もっとこう激しく、清姫はオレのものだとわかるように扱っていただければ! 粗雑に扱われても構いませんから! 寧ろ、それが良い――い、いえ、違います。さあ、どうぞ、この清姫ちゃんと名前入りの首輪をつけリードを、さあ、さあ!」

「…………」

 

 どうしてこうなるまでオレは放っておいたんだ……。

 いつもならフォローしてくれるブーディカさんは、目を合せてくれない。ちょっと頬を赤らめてるのが可愛いですはい。

 

 ――やっぱり人妻って。

 

 その時、ダビデのにやけ顔が、眼に入った。

 

 ――違う! またダビデに呑まれかけた。

 

 早く戻さないと。ダビデと数か月も旅しちゃったから、すっかりと染められてる。このままじゃ、駄目

だ……!!

 

「マシュはかわいい」

「ましゅ!?」

「え、なに今の可愛い声」

「あ……あ、す、すみません、突然でしたので……驚いて……」

「聞こえてた?」

「…………」

 

 こくりと頷くマシュ。

 

 ――口に出てた。

 

 顔が赤くなるのが止められない。ヤバイ。恥ずかしい!

 

「まったく初々しいねぇ」

「そうだね。見ていてもどかしいけれど、そういうのもまたマスターらしい」

「うむ、どこに出しても恥ずかしくない好漢といえる」

 

 クー・フーリン、ジキル博士、ジェロニモはその様子を生暖かい目で見つめていた。実にほほえましい。

 

「エリザベート殿、エリザベート殿」

「なによ?」

「首を綺麗にしたいので、手伝っていただけると」

「いやよ!? ちょ、こっち向けないでよそんなの!?」

「なんと、エリザベート殿はこういうのは慣れていないのですか? 先ほどダビデ殿にお手伝いをお願いしたとき、そういうことはエリザベート殿の方が向いていると」

「あの全裸は、アイドルに何させる気よ!! 芸人のやることじゃない!」

「え、よくない? 最近のアイドルは芸人みたいなことやるし」

「良くないわよ!」

 

 牛若丸、エリちゃん、ダビデは何をやっているんだろう――。

 

「――! 鬼です、マスター殿!」

「みんな!」

 

 それでも鬼が出れば全員真剣になり、鬼を殲滅する。数が多くないのですぐに戦闘は終わった。

 




さて、鬼ヶ島三話目。どれくらいかかるかな。あまり長くないようにしたいが、長くなりそうだなぁ。10話以内には終わらせて円卓領域へと旅立ちたい。

水着イベですが、素材集めもだいぶ終わってきました。
土日で数少ない林檎を多少つかって集めました。やはりイシュカ合金が一番の難所でしたねぇ。
弓王のフレンドが全然いないし。一人いるけど、それつかったらやばかった。なにあの性能。ヤバイ。まだ育ち切ってないのに最後まで残って宝具連発してたんですけどヤバイ。

とりあえず、もう少しイシュカ集めたらあとはオイルとセメントという比較的集めやすいものを集めるだけ!

基本的にピースとモニュは三桁くらいはあるし、大丈夫だろう(慢心)。

そういえばプリヤコラボが決まったんでしたね。ランサー配布、ランサー配布。頼む、ランサー配布で頼む。
 ランサーがほしい(切実)!


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天魔御伽草子 鬼ヶ島 4

「しかし、小太郎くんはさすがは忍者だ。索敵能力も一級品みたいだね」

「ドクターよりも早く気が付いていたもんね」

「同時! 同時でしたよ!? そっちとはタイムラグがある分、ボクの方が不利なんだぞう!!」

「他人の気配には、敏感なので……」

 

 確かに敏感そうである。

 

「とりあえず、情報収集をしよう。全員で動くわけにはいかないから、少数で情報を集めてきてくれ」

「……では、僕が」

「じゃ、遠くはオレっちが見てくるぜ」

 

 二人を見回りとして出す。

 

「さて、マスター、斥候を出したは良いが、どうする」

「とりあえず崖下でも覗いてみる?」

「うむ、それがよさそうじゃ」

「おまかせを主殿。私、視力には自信があります。鞍馬の山育ちですから」

 

 牛若丸に何が見えるか見てもらう。

 

「何が見える?」

 

 鬼と人間が集まっている場所。広場のような空間。雰囲気としては物々しいらしい。強制労働所のようだとマシュは言った。

 鬼が人間を監督させて働かせているように見えると。

 

「本当か?」

「はい。ムチを振るいながら、何かを怒鳴って――どうやら、人語を理解する鬼も中にはいるようですね。つかまっている人々は地面に穴を掘ったり、土や丸太を運んだりしていますが……」

 

 何をしているのかいまいちわからないと言った風情だ。本当に強制労働所なのだろう。なにをしているのかはわからないが、鬼の数だけはわかった。

 働いている人々を解放しようとしたらおそらく先ほどのようになるだけである。人がいるだけあって、聖剣で薙ぎ払うわけにもいかないだろう。

 

 それと同時に小太郎が戻ってくる。いきなり背後に立たれたが、正直清姫で慣れているので、動じることはなかった。心臓に悪いことは変わりないが。

 

「どうだった?」

「……はい、いくつかあちらと似たような集落を見つけました」

「解放するのは、難しいか」

 

 どの集落も同数の鬼がいる。大量だ。鬼を一匹見たらとかいうレベルではない、うじゃうじゃいる。そんな中に突っ込んでいって集落を解放。

 難しいだろう。そうなるとこのまま島を登り、最奥部にいるであろう元凶をどうにかするのが最善だ。

 

「……」

「先輩……」

「ますたぁ」

「大丈夫。わかってるから。なら、急ごう。急いで上に行って、元凶を倒せば、それだけ早くここの人たちは楽になるわけだしね。それで、他には何かわかった?」

「最奥への行き方を」

 

 最奥へ行くにはそれほど難しくはない。しかし、至るためには鬼たちが築き上げた三つの大門を開かなければならないという。

 迂回は不可能。さらに言えばそれは基本的に閉じられているもので、開くには門番らしい特殊な大鬼が持つ鍵を使わなければならない。

 

「三つの大門に、門番の大鬼ですか……」

「鬼たちのまとめ役のような存在らしい……です」

 

 下級の鬼をはるかにしのぐ力を持つ存在で、さらにその鬼たちは恐ろしい用心棒を雇っているらしいのだ。

 

「それ以上は、逃げられてしまい……」

「逃げられた、ですか?」

「情報を引き出すために使った鬼に、です。すみません、尋問は下手なもので。ですが、鬼にしては虚言もなく、良い取引内容だったと思ってましたから……」

 

 その小太郎の言葉に牛若は得心が言ったという表情で手を叩く。

 

「ははあ。無理に追いかけて仕留める気はなかった、と。小太郎殿は優しいのですね。私ならすぐさま追いかけて逃げ出したことを後悔させていたでしょう」

 

 怖い。

 

「いえ、それは時間の無駄なので……」

 

 怖い。

 

 笑顔で残酷なことを言う牛若丸と穏やかに合理的な小太郎。日本の英霊は、見かけは優しいけど、中身は恐ろしいことが多い。

 まあ、ニンジャなら仕方ないのかもしれない。

 

「マスター、考えてるところ悪いけど、どうやら、小太郎君の真心は伝わらなかったみたいだね」

 

 ダビデの言葉に視線を上げると、鬼が徒党を組んでこちらに向かってきているようだった。

 

「まあ、鬼は鬼ってところか。倒そう」

 

 全員でかかれば鬼と言えど苦にはならない。何より数がそこまで多くないので倒してしまえば、次はない。そこで終わると言うのは楽でいい。

 

「それにしても金時、遅いな」

「何かあったのかな。……ね、ねえ、マスター、どう思う?」

「ブーディカさんの心配は杞憂なんじゃないかな」

「でも、あの乗り物、大きな音が出ていたし」

 

 うんうんと頷く小太郎と牛若丸。

 

「そうだけど、金時だしなぁ」

 

 鬼のことは熟知しているだろうし、何よりあの鬼ではない本当の鬼と戦ってきたゴールデンだ。平安という魔境で戦ってきたのだから、多分大丈夫だと思う。

 アクセル全開で島の下の方を走り回っているに違いない。なんとなくそんな気がするのだ。

 

「――静かに」

「ジャストだ。小太郎君」

「ええ、金時殿ではないようですが――」

「何か見つけたのか?」

「はい、気配が」

 

 すぐに隠れて様子を見る。

 やってきたのは鬼だった。

 

「ふうー……やれやれジャイ」

 

 ただの鬼ではなくしゃべる鬼だった。人の言葉をしゃべる鬼だ。

 

「疲れた……きつい……ここは地獄なんかのぅ……」

 

 労働所の方からやってきた鬼が疲れた様子で歩いている。見るからに中間管理職の苦労人といった風情だ。数匹の鬼が疲れた様子で話している。

 

「ふぅ……人間を働かせるのは楽じゃないよなぁ。見てなきゃすぐサボろうとしやがるし……」

「かといって少しムチ打ったりすりゃあの世行きだ。オレらの頑丈さを見習ってほしいぜ。普段何食ってるんだよ……岩食えよ岩……胆力マジ鍛えられるからよぅ……」

 

 聞き間違いだろうか。愚痴に聞えるのだが。

 

「まったくだ。正直な話、自分で働きたいぜ……だって、その方が早ぇだろ、城の完成? 頭領もオレたちに任せてくれればいいのによぅ……そうすりゃ二日で済ませて見せるぜ。その後は色町に出かけて豪遊してよぅ、丈夫仲良くやりたいモンだぜ……」

 

 ジキル博士とジェロニモに目で合図して、小声で話す。

 

「どう思う?」

「そうだね。どうやら頭領という存在がいることは間違いじゃない。おそらくそいつが今回のこの異変の元凶だと思う」

「うむ、博士の言う通りだろう。だが、解せんな。鬼の言葉を聞く限り、鬼たちが作業をした方が早いらしい」

「みたいだね。そうなると、城を作ることよりもこうやって人間を虐げる方が目的なのかもしれない」

「マスターの考えに賛成だね。ただ、問題は、虐げて何になるかだ」

「もう少し様子を見るとしよう」

 

 見れば見るほど人間と変わらない。鬼には鬼の生活があって愚痴があるのだということがわかる。

 

 ――倒しにくいなぁ。

 

 人間を虐げている時点でアウトだが、こんな生活感を見せられてしまったら、倒しにくいことこの上ない。

 

「ブーディカさんは、大丈夫?」

「んん、ちょっと、倒し難いかな。ごめんね」

「いいよ。オレもそう思うし」

 

 異形は異形の姿をして、異形らしくしておいてもらいたいものだ。それが人間のエゴだとしても、そうじゃないとオレは戦いにくくて仕方がない。

 敵が、敵じゃないなんていうのは、辛い。まあ、鬼は鬼だから、敵なのは変わりない。

 

「ん? ……この反応、サーヴァントか? 金時くんが帰ってきた訳じゃない。これは……?」

「マスター、あれを!」

「――――!」

 

 ドクターの言葉と小太郎君が何かに気が付いた瞬間、オレが感じたのは、圧倒的な重圧だった――。

 

「何をしているのです、アナタたちは」

 

 凛とした女性の声が響く。ただそれだけだというのに、心臓に刃を突き立てられているかのように感じる。圧倒的すぎる強者の覇気だ。

 心臓を掴まれている。ただそれを見ているだけで、息苦しさすら感じる。清廉な気配を感じさせる外見とはかけ離れた気配に圧倒される。

 

「マスター!!」

「ますたぁ! お気を確かに!!」

「っ――――」

 

 マシュと清姫の声で、跳びかけていた意識が戻る。呼吸も戻り、揺れていた視界が戻ったとき、目の前に広がっていたのは血だまりだった。

 鬼をいともたやすく屠ったのがわかる。あれだけの血が海のように広がっているというのに、彼女が持つ刀にも彼女自身にもまったく血が付いていない。

 

 すさまじい技量、人智を越えた太刀筋。鬼を容易く屠ったそれは、はっきりと慣れていると感じた。少なくともこういった類の調伏を生業としていただろうサーヴァントなのだろうことはわかる。

 既に一瞬だけ感じたあの気配は感じない。戦闘が終わっているからか、あるいは気のせいだったのか。

 

 ――それにしては、リアルすぎる。

 

「――もう出てきても大丈夫ですよ。おや……」

 

 隠れていた岩かげに彼女が近づいてきて後ろへと回ってくる。オレたちを虐げられていた人間と勘違いしていたのだろう。

 サーヴァントがいることに首をかしげている。

 

「な、なんておっぱ、い、いや――」

 

 ――ドクター……。

 

「おやおや? どこからかお声が……? 繊細で慎重、小心ながらも理を以て万事にあたる……そんなお人柄を感じますが……?」

「……あなたはいったい?」

「うふふ……お気になさらず」

 

 気になさらずと言われても気になる。なにせ、呑み込まれそうな母性を感じるのだ。ほとばしる母性というべきか、すさまじいまでの母といった雰囲気。

 鎧武者でありながら、柔らかい女といった風情は、きっとおっぱいだけが理由ではない。彼女自身がそうあろうとしている証拠だろう。

 

 ゆえに一番最初に感じた、彼女から立ち上った異質な気配に思わず一歩しらず後ずさっていた。

 

「私はただの鎧武者ですから」

「鎧武者?」

「はい。では、こちらからもよろしいでしょうか」

「あ、はい」

「珍しい出で立ちですが、どうやってこの島に? 港に船が来るのはまだ先のはずですが――あら? あらあらあら? そこの可愛らしい武者は、どなたでしょう?」

「み……いえ、牛若丸と申します。鬼どもを相手に一歩も引かぬ姿、感服いたしました。ただならぬ太刀筋に佇まい。さぞや名のある武人の方とお見受けしますが?」

「まあ……ふふ……」

 

 なでりなでりと女性は牛若丸の頭を撫でる。

 

「う、うらやましい!」

「ダビデ、ややこしくなるから黙っていよう」

「君は羨ましくないのかい! あのなんかすごい人妻臭のする美人のなでなでだよ!」

「オレはマシュから撫でてもらったことあるし」

 

 羨ましくはない。そう断じてダビデほど羨ましいわけではない。ただ、懐かしいと思う。あの母親らしい雰囲気からなでなでされるというのは否応なく母を思い出す。思い出してしまう。

 

「ふふ、あら、あなたもしましょうか?」

「………………………………いえ、それよりもあなたのことを」

「あらあら、こんな私のことなど気にせずともよいのですよ。今回のこれも、私は私の為すべきことをしたまでです。さて、では私は行きます。また縁があれば会うこともあるでしょう。それでは、私はこれにて失礼」

 

 そう言って女性は行ってしまった。名前くらいは知りたかった。

 

「………………」

「………………」

「マシュ? 清姫?」

「いえ、行ってしまわれましたね」

「ああ」

 

 ドクターがしきりに引き留めてよ! と言ってきたが、あれは引き留められないだろうと思われた。立ち居振る舞いが常人とは違う。

 明らかに人の上に立つ者の気配。貴族的。あの時代風にいうのならば貴人というべきだろう。おそらくは何を言っても止めることはできなかったに違いない。

 

「牛若、あのひと知ってる?」

「んー、いえ、初対面なのは確実なのですが……どことなく見知った雰囲気があると言いますか、匂いが……なんというかこう……懐かしいような……ううん……?」

 

 要領を得ないが、初対面であるが懐かしいということは、少なくとも牛若丸の縁者に近しい人物なのかもしれない。知り合いでなくとも、懐かしいと感じるのであれば何かに重ねているということなのかもしれない。

 

「――悪ィな、ちと遅れたぜ」

 

 話していると、爆音を響かせながら金時が戻ってきた。

 

「ベアー号の調子がゴキゲンすぎたモンでよ! 予定より遠くまでカッ飛ばしちまった」

 

 どうやらけがなどなく無事らしい。まあ、ベアー号で走り回っている金時に近づくことはほとんど自殺行為なので、止まらない限りは何かが起きることはないと思ったので心配はしていなかったのだが。

 金時は、周りを見て鬼の死体を見つける。

 

「なんだよ、一戦やらかした後かよ。チ、暴れ損ねたぜ。ズリィぞ、お前ら」

「いや。これはオレたちじゃない」

「あ? じゃあ、誰だよ」「ほとんど通りすがりの鎧武者が片付けたんだ」

「鎧武者ァ? ンなもんがいたのかよ?」

「そうだよ金時くん! すさまじい腕前に、凄まじい胸部体積……いろんな意味で母性のカタマリみたいな」

 

 ドクター全然説明になっていない気がするよ。とりあえずオレの方でも補足してなるべく感じた人物像を伝える。あの異様な気配のことはわからないので、とりあえずオレの中にとどめておいた。

 その説明を受けて金時は何かに気が付いたようだった。

 

「どういうことだそりゃあ。いや、まさかな……」

「何か知っているのか、金時」

「ああ、いや、なんでもねぇ……」

 

 何か知っているような気配だが、話してはくれなさそうだ。

 

「わかった。とりあえず情報の共有をしよう」

 

 こちらがわかったことを金時に伝え、金時がわかったことを教えてもらう。

 

 目標は二つ。鬼を倒し鍵を手に入れる。それと金時が見つけた人間の集落を調査する。

 

 この二つだ――。

 




さてさて、進めていきますよー。
鬼退治鬼退治。
清姫覚醒フラグの話をしようかと思ったけど、六章の粛清騎士戦でやった方がいいなと思ったので、やめました。清姫とぐだ男の接吻によるスーパー清姫ちゃん爆誕させようかなとか考えております。

まあ、そんなことしてたら、夏イベも終わりました。
次回はどんなイベントなのか。また高難易度か、あるいはプリヤコラボが来るのか。
さすがに連続しすぎだから、配布なしの高難易度でも良いな。
しばらくは休みながらサーヴァントの育成に力を注ぎたい。

育ててないサーヴァント多いので、育てたいんですよね。種火が足りないし、素材も全然足りない。もっとドロ率あげてくれぇ……。
なにより配布サーヴァントを育てて私も七章は配布鯖縛りをしようかなとか考えているので。
まあ、その前にグラップ――マルタさんを最終再臨させたいので、そちらが先ですが。
術玉藻さんも育てないといけないし。

もっと林檎を、もっと種火を。そろそろ星5種火出てきてもいいと思うの。
あと星3フォウ君は恒常でいくらでも交換できるようにしていいと思うんじゃが。

まあ、それはさておき、400日ですよ400日。私の場合はたぶん二日にずれ込むんですよねぇ、連続ログイン。メンテで入れなかったのを考えると。

ともかくささやかながらもらえるものはもらっていくとして、とりあえず、ランサーアルトリア目指して引くべきかスルーすべきか。
欲しいのは単体槍なんだよなぁ。
全体槍でも強力なアルトリアならいいかなぁ。
なにより鎧かっこいいし。上乳も良いけど、鎧姿の方が私は好き。

ともあれ当たってくれ、書文先生でもいいから槍がほしいんじゃぁ……


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天魔御伽草子 鬼ヶ島 5

「ところでな、マスター」

「なにノッブ」

「そこな牛若丸はきびだんごを与えたが、雉と猿はどうするつもりじゃ?」

「それ決めなきゃダメ?」

 

 無理して桃太郎一行にしなくても良いとは思うが、ノッブとしてはそこは気になるらしい。牛若丸は犬。そのことでフォウさんといろいろと話し合いがあったわけなのだが、ここでは割愛する。

 マシュとオレでいろいろと説得した結果どうにかなった。

 

「私が犬である以上やはり、雉と猿は必要です!」

 

 牛若丸もそういうが……その候補って……。

 

「……?」

「なんだ、大将?」

 

 小太郎と金時だよなぁ……。

 

 小太郎と金時。印象としたら、小太郎が雉だろうか。彼は忍者なので、飛べはしないものの跳べはする。金時は雉という感じではない。

 あのゴールデンは桃太郎とかの方があっている。それならダビデを猿にした方がいいかもしれない。なにせ、猪八戒になったときもブヒブヒ言って楽しそうだったし。

 

「主殿主殿! 私としては小太郎殿がキジ枠かと!」

「その心は?」

「よく見ると鳥っぽいですし、髪型と髪の色が、なんとなく」

「小太郎は、それでいいの?」

 

 牛若丸の意見もわからないでもないが、最終的には本人の意思を尊重する。なので、まずは確認をする、それによって、雉でいいというのならきびだんごをあげるとしよう。

 そういえば、金時は既にきびだんごを食べているので、桃太郎一行確定なのではないだろうか。

 

「鳥は……いいですね。僕でいいのなら構いません」

 

 小太郎は二つ返事で嫌がることなく了承してくれた。これに喜ぶのは牛若丸だ。これに気をよくして、次は猿枠として金時へと言葉を繋げようとして、彼の名前を呼んだ。

 呼ばれた金時はどこか不機嫌そうになっている。先ほどまで楽しそうであったので、やはり猿というのは気に入らないのだろうか。

 

 しかし、そうではないようだった。

 

「オレの名はゴールデンだ」

 

 ゴールデンと呼ばれたかったらしい。

 

「ここまで何度、手ぇ組んで戦ったと思ってやがる。もうツレだろ、ツレ。なら真名で呼んでもらわねえとな!」

 

 彼の真名は坂田金時でなかっただろうか。坂田金時(ゴールデン)なのだろうか。

 

「なあ、小太郎! そう思うだろう、アンタも!」

「……そ、そうですね。ゴールデン……いい響き、だと思います……。そして、牛若丸、金時殿にサル枠はどうかと。こんな強力な猿がいるはずがないでしょう」

 

 なんだろう、いる気がするのはなんでだろう。いたら日本は壊滅とかいうけれど、日本の神話とかそういう話を集めていると意外にヤバイのが多いんだよな日本。

 世界でも有数じゃないかと思えるくらい頭おかしいのがいる。我が国ながら調べてみて愕然としたほどだ。龍神を倒すほどの巨大な百足とか。

 

 小太郎はいたら未来の日光江戸村は世紀末とか言っているが、どうにもそんな猿がいるような気がする。というか、なぜ小太郎は未来の日光江戸村とか言ってるんだろう。聖杯が与えた知識かな。

 それよりもなぜか彼は金時の話題になると殺気立つ。金時に何かしら関係があるのだろうか。正直、日本のサーヴァントたちのことは実はあまり詳しくない。

 

 そこまで網羅するには時間も資料も足りないというわけだ。そもそもドクター曰く、模倣した冬木の聖杯っていうのが東洋のサーヴァントは召喚できないとかいうやつだったらしくカルデアの資料も実はそっち方面に偏っていたりするのだ。

 今必死に、かつてのネット情報を洗い出して集めている最中なので、ドクターが今後まとめてくれるというので、本当頭が上がらない。

 

「ふむ、しかし、小太郎殿の言には一理あります。ゴールデン殿は太郎枠が順当でしょう。ですが桃太郎はマスターの役割」

 

 いや、別にオレは太郎でなくとも良いのだが、と言おうとしても彼女は聞かない。

 

「こうなればダブル太郎制を採用して――」

 

 なにダブル太郎制って。良いのか桃太郎、そんなので。

 

「へっ? サル枠? いいじゃねぇか、いただきだぜ。こちとら山育ちなんだ、間違っちゃいねぇ」

「意外」

「嫌がらねえよ大将。おまえ、モンキーの強さしらねえのか?」

 

 モンキーの強さ? サルの強さって、そんなに強かっただろうか。

 

「うちの山にいた猿はマジ強いぜ? 熊公と同様、オレっちと互角の相撲バトルを繰り広げてた猿のヌシがいてよ」

 

 金時と互角の相撲バトル。金時の強さは生前から鬼と戦える程度ということを考えると、その猿本当に猿なのだろうか。

 龍神の子供である金時と互角で戦える時点でただの猿じゃない気がする。絶対キングコングとかそういった普通じゃない猿に違いない。

 

 金時がボディーランゲージでその猿のヌシとやらを描写する。

 曰く、ぶっと腕に黒々とした毛皮で、含蓄のある悲しい目をしていた山の賢者のようだという。ただ、ドラムのように自分の胸を叩きまくり、重機のように拳を地面について歩いていたりしていたという。

 

 ――それは、マウンテンゴリラなのでは?

 

 誰もが同じことを思った。それは明らかに、ゴリラだと。猿ではない。ゴリラであると。しかし、誰もそれを指摘することは叶わなかった。

 むしろ、小太郎など

 

「……なんて事だ。御山にそんなヌシがいたとは……僕もまだまだ修行が……」

 

 などと言っているし、

 

「ゴリラだと? 山なのだからいるだろう。うちのイノシシよりマシだ」

 

 サンタさんはなんか対抗して遠回しにうち(ブリテン)にいた猪の方がすごいんだと言っている。また、ビーム放たないと撃退できなかった蛮族よりはマシだろうと言っている。なにそれ怖い。

 

「ゴリラ……ゴリラかぁ……うん、うん……」

 

 ブーディカさんは何やらなんて言っていいのか悩んでいるようだった。金時があまりにも普通に話すものだから指摘していいのか、それとも放っておくべきか悩んでいるようだった。

 別に悩む必要はないのではと思うのだが、そこは何か彼女の琴線に触れてしまったようだ。

 

「小娘が蛇になれるのですし、ゴリラがいてもおかしくありませんね、ますたぁ」

 

 それとこれとはいろいろと違うのではないかと思うのだが、言わないでおいた。そもそもただの娘さんが思い込みだけで龍になったほうがおかしいのだし。

 それだけのことをした安珍とはいったいどんなやつだったのやら。

 

「イケメン、イケボでした!」

 

 ――へー、そうなんだ。イケメン死ね。

 

「そうだよね、イケメンは死ぬべきだよね!!」

「珍しく意見があったね、タビデ」

「ああ、そうとも。でも、僕からしたら君も十分だと思うけどね、ね、みんな!」

「ますたぁも十分イケメンですよ」

「そうです先輩は、そのかっこいいと思います。ですよね、ブーディカさん」

「………………ごめん、ちょっと今、お姉さんには聞かないでほしい、かなぁ、なんて、あ、えっと、うん、かっこいいと、想う、よ」

 

 ――ちょっと待って、恥ずかしい!?

 

 ダビデが余計なことをしたおかげで、全員がオレの顔についていろいろと言う羽目になってしまった。

 

「まあ、それなりじゃね。あいつと同じで、普通っぽいところが」

 

 式は褒めているのか褒めていないのか、アイツとは誰のことなのだろうか気になるようなことを言って。

 

「アイドルほどじゃないけど、結構イケてると思うわよ、マスター!」

 

 アイドルほどじゃないって、いったいどれほどなんだろうねエリちゃん。

 

「うむ、マスターは良い顔をしているアメリカでもその顔があったからこそ、みなが付いてきたのだ」

 

 ジェロニモはその表情が良い風を呼んでいると言ってくれた。

 

「おう、大将はゴールデンだぜ!」

 

 まあ、いろいろとありながら、ついに最初の鬼の門へとたどり着いた。見るからにほかの鬼と違う鬼が門の前に立っている。

 緑の鬼。そして、それだけではなくサーヴァントもいるようだった。情報にあった用心棒なのだろう。

 

「………………」

「………………あー」

 

 そこにいたのは見知ったサーヴァントだった。

 

「佐々木小次郎?」

「……少しばかり話をしてもいいだろうか。ちと、尋ねたいことがある」

「なんなりと?」

「拙者、佐々木小次郎。我が秘剣の煌きを請われ、鬼どもの用心棒として――ツバメもキジも鳥だからだいたい一緒だろうという闇鍋的思考、否、大胆な考察により、キジ絶対殺すマンとして、くちばしから光線を吐く魔鳥(キジ)を討つために星一つでやとわれた身なのだが」

 

 キジは?

 

 という言葉が静かにこの場に響き渡った。全員の視線が小太郎に集まる。

 

「人ではないか!」

 

 だって、仕方ないじゃないか。

 

 そもそも雉なんてどこにもいなかったし、だいたい、なんだ光線を吐く雉って、あきらかにそれ雉じゃない。雉じゃないよ。

 そもそもツバメ返しが使えないと切れないツバメがいる時点でおかしいとは思ったけど、ビーム吐く雉なんているはずが――。

 

「なんで、そこで妙に懐かしそうにしてるんですかねゴールデン?」

「ん、ああ、すまねえ大将。ちと思い出しちまってな」

 

 それ以上は怖くて聞けなかった。ビームを吐く魔鳥がいるだなんて、聞かなかったことにしておくに限る。そうじゃないと昔の日本はどんな魔境だったのかという話になるじゃないか。

 

「まあ、茶器が爆発するんじゃし、ビーム吐くキジくらいいてもよいじゃろ。きっとセイバーじゃそいつ」

 

 ビーム撃てないセイバーとかセイバーじゃないよネ! つまりビーム出せるならたぶんセイバーじゃ。くちばしが剣なんじゃろ。ま、是非もないよネ。

 

 とかいうノッブの言葉になにやら遠くで血を吐く音が聞こえたが気のせいだろう。

 

「ええい、拙者これでも暇ではないのだぞ。あの日の燕に匹敵する相手というから来てみれば」

 

 だからあの日のツバメとやらはいったいどれほどの相手だったのかと問いただしたい。それきっとツバメじゃない。TUBAMEとかいう超生物だよそれ。

 ただそれだけ期待して待っていたら来たのが、こんな御一行では確かにいろいろといいたいこともあるだろう。そんなことに納得できてしまうのが悲しいところであるが。

 

「とりあえず通してくれたりとかは?」

「これでもやとわれの身よ。見てみれば、それなりに良い御仁もいるとあっては、命の削り合いをしないのは逆に失礼というもの。たおやかな華をめでてみるも、また一興よ。えらく季節感がないが、尋常な勝負と行きたいもの。ゆえに、ひとつ忠告だ。この大鬼の名は風越丸。鬼の王曰く、速さの化身という触れ込みだ」

 

 速さでは小次郎の刃とて敵わぬ相手。それを留意して挑めと彼は忠告した。

 そして、それに反応したのは金時。

 

「速さで勝てねえ? そりゃオレのベアー号に対する挑戦だな。良いぜ、ゼロヨン勝負でぶっこもうじゃねえか。テメェはその(マシン)に乗ってラインにつきな!」

 

 そして、ベアー号に乗った金時と鬼に乗った小次郎がラインにつく。

 

「ちょっと待って、小太郎。ちょっと一緒に乗って戦ってきて。小次郎の相手は君に任せるから」

「わかりました。しばしお待ちを」

「じゃあ、行くぜェ!」

 

 マシュが告げる合図とともに鬼とベアー号がスタートする。いつの間にか形作られていたコースを疾走していく。

 怖ろしいのはベアー号という文字通りのモンスターマシンについて行っている鬼の速度だ。確かにその速度、驚愕なほどだ。

 

 その上、互いの乗機上では、忍者と侍の一騎打ちが繰り広げられていた。

 

 二人とも不安定な足場などものともせずに互いの絶技を繰り出している。数十のクナイが一度に飛び、ただ繰り出される剣閃がクナイのことごとくを打ち落としていく。

 

「さすがは風魔といったところでござるな」

「さすがは音に聞いた佐々木小次郎か」

 

 忍者と侍の決戦がヒートアップしていくのに呼応して、

 

「行くぜ、オラァ!!」

 

 鬼と金時の戦いもゴールデンアップしていく。巻き起こる雷撃の閃光と鬼の一撃がぶつかり合う。凄まじいまでのパワーを感じる。離れていても衝撃が届くほどだった。

 

「さあさあ、賭けたかけた、どっちに賭けても儲けられるよー、ほんとうさ!」

 

 ダビデがいつの間にか集まってきた鬼たち相手に賭けをやっているようだった。とりあえず金時に賭けておいてと……。

 

「先輩、先輩! わたし賭け事って初めてです」

「とりあえずゴールデンに賭けておけばいいと思うよ」

「そうですね、ゴールデンさんなら絶対に勝ってくれますよね」

 

 それに、鬼たちは総じて風越丸の方に賭けている。必然として倍率が上がっていくわけで、勝った時、大金が手に入るのはこっち。

 それになにより、こちらには令呪というものがある。もし負けそうになったら迷いなく令呪を切ればいいわけだ。

 

「そんじゃあカッとばそうか! ベアハウリング! ゴールデンドライブ!」

 

 宝具を解放、カッ飛ぶ金時。

 その一撃を鬼が受けて吹き飛んで行った。

 

「すなわちここは阿鼻叫喚、大炎熱地獄。不滅の黄金混沌旅団《イモータル・ゴールデン・カオス・ブリゲイド》!」

 

 風魔軍団ここに在り。

 

「ちょ、お主、日本鯖ではないのか!」

 

 なんだ、その宝具名は。てか、ちゃっかりゴールデン入ってるし……。

 

 だが、鬼レースは見事こちらの勝利。がっぽりと儲かり、鬼どもは牛若丸がせっせと首だけにしてオレの周りに並べてくれていた――。

 




鬼退治鬼退治。というわけで、なぜかレースになった。
というわけで、今後は鬼と誰かが戦い、用心棒とだれかが戦うという感じになる予定です。

さて、明日はプリヤコラボですね。クロが配布か。ランサーでないのは残念ですが頑張ろう。しかし、最近アーチャーくるなぁ。アンメア宝具レベル4だから育てるの後になりそうなのがまた悲しいですが。
とりあえず、明日のメンテまでにサモさんを最終再臨させておきたい。最低、そこまで上げていれば使えるはずですしネ。
アーツ宝具のライダーなんて彼女だけだもの。持っててよかったサモさん。

そして、私は今回は孔明をお休みにしようかなと。女の子が大活躍するイベントですし、せっかくなら孔明先生を使わないでやってみたいかなと思います。

ではみなさま頑張りましょう。


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天魔御伽草子 鬼ヶ島 6

「フッ……機械仕掛けの馬と忍者の鳥に敗れるか……」

 

 がっぽり稼げて良い相手だった。その際並べられた首は見なかったことにしよう。

 

「やはり、色香に迷ったのがそもそもの敗因か……いや、峠の茶屋の団子がうますぎてな……」

 

 そして、小次郎は、夏の青 浜辺でデレる マルタどの

 

 とかいう句を残して自嘲しながら消えていった。ともあれは鍵は入手した。門を越えてオレたちは先へと進む。

 

「ここが……この島で働かされている人々が暮らしている場所、ですか」

 

 やってきたのは集落だ。集落というよりはスラム街といった方がいいだろう。下手をすれば、そう人がいなければ廃墟同然だった。

 必要最低限の文化レベルしか維持できていない。本土から連れてこられたのだろう。ともかく数が多く、この人たちをどうにかすることはできない。

 

 それがわかっても口惜しさに拳を握る。全てを救えるとは思っていないが、こうやってつらそうな人たちを見ると助けたくなってしまう。

 そして、そんな力もない自分がたまらなく悔しい。わかっているのだ。オレは力のないマスター。サーヴァントを従えてはいるが、できることとできないことがあることくらいわかっている。

 

 彼らを助けるには船が必要だが、そんなものを一朝一夕で用意することはできない。そもそも、救助隊ではないのだ。

 そもそも、今解放したところで鬼たちに連れ戻されて終わりだ。根本から解決するしか方策はなく、それが出来るのはやはりオレたちだけ。

 

 こんなところで止まっているひまなどなく、彼らを思うならば一刻も早い解決こそが肝要なのは火を見るよりも明らか。

 しかし――、しかし……と思ってしまうのは人間の性だ。

 

「今は、情報収集をするしかない」

 

 だが、誰もがうなだれている敗残兵のようにうなだれて覇気が全くと言って酔うほど感じられない。このままでは、話を聞くにもまともな答えは帰ってこないだろう。

 誰かまともな人物はいないものかとさがしていると。

 

「おや、義経様奇遇ですな。ほむ」

 

 それはいつか見た黒いサーヴァント。義経の知り合いであるようだが――。

 

「誰だ貴様!」

 

 本人にはまったく見覚えがないというらしい。

 

「はっはむほはっは。何を言っておられる、弁慶。武蔵坊弁慶にございます」

「本当に、負けからいた弁慶何某か? 貴様がそこまでいうのなら主として皆の前で恥をかかせるのは忍びない。弁慶……ということにしておくのもよいが……とあえて私が見て見ぬふりしていた海尊――」

「弁慶にございます。弁慶に」

 

 何やら深い事情があるようす。これに関わるのはひたすら面倒くさいとオレのセンサーが察知した。だからそこにはつっこまないことにしてとりあえずついてきてくれるというのだから感謝しつつついてきてもらう。

 道中鬼を倒しながら進む。しかし、鬼を倒しても集落の人々は動こうとはしない。反抗する気力はやはり残ってはおらず、この世の地獄だと嘆くばかり。

 

 それを痛ましく思いながらも彼らを解放するために先へと進む。行きついたのは関所だ。

 

 

「おい、弁慶、おまえここを越えて来たんだろう。どうやってきたんだ」

「お恥ずかしながら崖を落ちたのでございます」

 

 つまりは怪我の功名というわけで、関の越え方などわからないと。

 崖を落ちるのは一瞬だが、昇るのはそうはいかない。サーヴァントでも難しいだろう。人間であるオレはもっと無理。崖を登っている最中に襲われでもしたらもうどうしようもない。

 

 一番早いのは空を飛べば一瞬だろうが、そんな飛行宝具なんてものはない。だからどうやっても山道を登るしかないのだ。

 

「強行突破は難しいだろうしなぁ」

「そうだね。鬼の反応が多数だ。強行突破はやめた方が良い」

「ふむ、ではこういうのはどうだね?」

 

 ジェロニモが提案したのは、鬼をだまして内部に潜入してから攪乱し伏せていた部隊によって一気に攻めるというもの。

 

「でも、どうやって鬼を騙すんだい?」

「やっぱり変装じゃないジキル博士」

 

 なにせ、ここには忍者がいるのだから、そういったこともできるのではないかと問う。

 

「ええ、できます」

「よし、じゃあ、それでいいかい?」

 

 同意をとってから作戦を開始する。変装した小太郎はまさしく鬼といった姿。化粧の延長線上というが、こんな化粧の延長線上と言われたら怖いと思う。

 だが、これで鬼には疑われないだろう。内部に向かうのは小太郎は当然として、オレ、マシュ、清姫、ジキル博士、牛若丸、弁慶。

 

 そういう人選で、関の中へ入る。途中牛若丸が破廉恥すぎて疑われるということがあったが、弁慶の機転によって何とか侵入。

 あとは混乱を起こせるだけ引き起こして、合図を送ると同時に金時たちが突入し一息で鬼たちを倒した。

 

「…………」

「どうしたの牛若?」

「弁慶がおかしいのです」

「そうなの?」

 

 はいと彼女は頷く。あれほど強かっただろうかと彼女は言う。それにどうみても身体が膨れているともいう。記憶の中にあるシャドウサーヴァントになっていた弁慶の姿を思い出す。

 確かにあれほど膨らんでなかったような、そうだったような。正直、あまり思い出せない。

 

「しかし、膨らんでいる。つまり何かしらしているとか」

「ドーピングってやつだね」

「ははは、ご冗談を。拙僧、御仏に誓えぬような行いは致しませぬ。茶屋で美味い茶は飲みましたが」

 

 ――それだ!?

 

 明らかにそれだろう。他に原因がないとしたらそれしかない。次の大門の先になるらしいが、茶屋があるらしく、そこだけは陰気でなく大繁盛しているという。

 そこでなら情報収集ができるだろう。

 

「うむ、弁慶()のくせにやるではないか。わたしも喉が渇いてきたところだ」

「やや、それはいけません。どうぞ、水筒に茶を詰めてもらっておりました」

「気が利くな。いただくぞ」

 

 牛若丸がそれを飲む。

 

「…………ひっく」

 

 そして、そんなしゃっくりにもにた…………。

 

「ちょっと待て」

「んん、どうしましたか主殿。私はどうもしませんよ。さ、方向性がきまったころで前進しましょう。おお、見てください主殿。こんなところにも道端に地蔵がありますね。まだ、信心を残している人間もいるのでしょうか…………」

 

 牛若丸は、じっと地蔵を見つめている。先ほど茶を飲んだとき一瞬顔色もおかしかった。これはもしかして――。

 

「あ……兄上ーッ!」

「!?」

 

 いきなり牛若丸が地蔵を抱えて兄上だと言い出した。それは普通の地蔵であったが、彼女は譲らない。つるりとした肌、石のような佇まい、独特の存在感。

 そして、表情が同じであるという。何とも言えない目で牛若丸を見る時の目であると。

 

 牛若丸はそのまま地蔵を小脇に抱えてしまう。明らかに様子がおかしい。

 

「原因は、お茶だよな……」

「そうですね先輩。お茶を飲んでから明らかに様子がおかしいです」

「ますたぁ、そうも言っていられませんわ」

 

 敵がやってきていた。

 

「応戦を」

「おお、いいですね。これは実にいい。たくさんいて、いっぱい首を兄上に供えられるというもの。兄上も褒めてくれるでしょう。

 またかヨシツゥネ、よくもやってくれた、マサコゥが怒鳴り込んでくる前に戦場に還れと!」

 

 ほろりと涙が出た。頑張っていたんですね兄上さん。ただ、マサコゥって言い方はどうにかならないんですか。笑いそうです。

 しかし、これは面倒くさいというか。明らかに酔っぱらっているような感じだ。褒められてないのに褒められていると感じているのは多分いつものことだろうから気にしないとして。

 

「とりあえずみんな、鬼を倒してからにしよう」

 

 とりあえず鬼を倒してから話を進める。飛び回るように戦う牛若丸。そんなに激しく動いたら当然のように地蔵の首が堕ちて転がっていく。

 

「あ、兄上の首がもげた! 貴様ぁ!!」

 

 理不尽に斬られる鬼。まあ、鬼だからいいけれど。そして、地蔵の首は肥溜めに沈んだ。

 

「……さ、参りましょうか主殿」

 

 そのまま胴体はポイ捨てしていた。

 

「…………」

 

 とりあえずいろいろと言いたいことはあったが、関わらない方がよいとオレのセンサーが言っているので無視して大門まで進む。

 そうして出てくる鬼とサーヴァント。

 

「はい、第二関門で待ち受ける美女は(わたくし)――自主的にお神酒を拝借した頼れるアナタの巫女狐、ほろ酔い美人の玉藻の前ちゃんなのでしたー!」

 

 バーン! と登場する玉藻さん。ロンドンでお世話になった玉藻さんがなぜ。

 

「ああ! テメェ、いつぞやのフォックスじゃねえか!?」

「おや。あらら、金時さん。今回は愉快なオモチャに乗っての顕現ですか。しかも、新しい衣装まで。ハイハイ、カッコイイデスネ。うらやましい」

「…………」

「ど、どうしたんでしょう。なんだかやさぐれているような」

「おや、おやおや。さらにメル友の清姫ちゃんまでいるじゃないですか。なんですか、当てつけですか。お婿さんと一緒にいられる幸運を見せつけちゃってくれちゃってるんですかキー」

「…………何やら変なスイッチが入っているようですわね」

 

 とりあえず説明してくださいということを頼むとなんか説明してくれた。

 曰く、待っていたとのこと。私の私による大舞台を。

 

「鬼ヶ島ですよ! 鬼ヶ島! 純和風の舞台! そして、鬼ヶ島と言えば桃太郎。桃太郎といえば三匹の仲間!」

 

 ――ああ、なるほど。

 

 この時点でオレは玉藻さんの内心を読み切っていた。というか、隠す気がないためわかりやすい。つまり、彼女は出番を待っていたということなのだ。

 ひたすら自分の狐耳をさして犬役で適任は私しかいないでしょう!? とすさまじいまでのプレッシャーを叩きつけてくる。

 

 犬枠である牛若丸が退くほどの覇気。政子さまと同じタイプの鬼神の類と評するほどだった。北条政子って鬼神タイプなのかとか言いたいことはあるがとりあえずは、スルー。

 

「忘れてるのかなーきっとそうですよねーと自己欺瞞しつつ、やっぱり待てども待てどもオファーなし。さすがにこれには堪忍袋の緒が切れました」

 

 だから勝手に鬼ヶ島に賑やかしでもいいから勝手に出番もらっちゃえとやってきたのだという

 

 しかしそこらへんはプライドがあるため素面では無理だということで茶屋でもらったお酒を飲んで今に至るという。なんというか――。

 

「うわぁ……」

 

 としか思えなかった。

 

「相変わらずテメェの欲望に忠実だなこのアニマルは! 遊びなら余所でやりな!」

「へーんだ。太郎(主人公)属性の金時さんにはわからぬ悩み。そんな貴方にはこの句を捧げます。

 いつまでも あると思うな サーヴァント枠」

 

 金時の喝破をスルーして意味不明な一句をプレゼントする玉藻さん。真剣に酔っているのか、まったくもって意味がわからない。

 

「というか、立ちふさがらないなら、連れて行ってもいいんだけど……」

「ミコ!?」

「いや、だって仲間は多い方が良いし」

「あ、いや、そのえ、いいんです?」

「いいよ?」

「………………すみません、技喰丸(わざはみまる)さん。玉藻ちゃん的にはやっぱり敵よりも味方で出番欲しいって感じなので。では――」

 

 ええーって顔の技喰丸にはとりあえずご愁傷さまと思っておいて。

 

「んじゃ、倒しちゃって」

 

 あとはもう全員でボコる。玉藻さんがもうここぞとばかりに活躍してくれてあっけなく技喰丸は倒されてしまった。

 彼はきっと泣いていいと思う。自分から誘導しておいてなんだけれど。

 

 ともかくこうして玉藻さんも味方に加わった。犬枠はとりあえずダブル犬制を採用して、二人を犬枠で扱うことにして先を進む。

 

「それにしても酒か。ねえ、玉藻さん?」

「はいはい、なんです? あなたの犬枠玉藻ちゃんがなんでも答えちゃいますよー」

 

 出番をもらえてうきうきなのはいいからとりあえず――。

 

「お酒って言ったけどさ。もしかして――」

 

 そう聞く前に漂ってくるどこかで嗅いだことのあるような匂いで確信してしまう。集落の中に漂う酒の匂い。デジャブのように思い出されるマシュの胸(デンジャラスビースト)の感触、清姫の実は意外にある胸の感触、ブーディカさんの素晴らしき巨乳の感触、サンタさんの……お美しいお胸の感触にノッブのあるの? ないの? わからないけど変幻自在な胸の感触。

 

 そうこの先にはきっと――。

 

「はーい、いらっしゃい、いらっしゃい。鬼も人も関係あらへんよ。喉が渇いとるんやったら、遠慮せんとおいでやす。ほれ、茨木。あんたもちゃんと客引きしぃやー」

「うう、なぜ吾が人間に愛想笑いなぞ……な、なあ酒呑。別にこのような真似をしなくとも――」

「おんやぁ? うちがこうしてちゃんと働いとるいうんに、茨木はサボる気かいな。うち寂しいわぁ」

「う、く……」

 

 想像通り、酒呑童子と茨木童子、怖ろしい鬼の二人組が茶屋をやっていた――。




まさかの玉藻ちゃん合流によって合われ技喰鬼はボコボコにされてしまいました。


さて、そんなことよりプリヤイベですよ。どうにかこうにかクロエを入手。再臨アイテムも入手終了。あとは回収アイテムを溜めつつ、クロエの宝具レベルを上げる準備をしている最中です。

ガチャは相変わらず爆死しております。ま、当たらないよネ。ということでしばらくはまた石溜めですかね。
プリヤの次はどんなイベをやるんだろうか。

そろそろ今年のハロウィンイベとか来るんだろうか。


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天魔御伽草子 鬼ヶ島 7

 オレはタイミングを見計らって背後から近づいて

 

「すみません。ここに来れば極上のお酒が飲めると聞いてきたんですけど」

 

 と茨木に言った。

 

「ク――クハハ、よくぞ来たな! 是なるは魂すら酔い果てる極上の美酒! 有りがたくカッ喰らえぃ! 血の涙を流してなぁ! ――あ」

「…………愛想笑いとは。それになんか縮んでない? 可愛いよ」

「なっ!? あ、あの時の人間! く、貴様よくも。ぐ……今は、休憩中でって、可愛いだと!?」

「おんやぁ、なんや小僧、ようやく到着したん? 思うたより遅かったなあ? それにふふ、あんたはん、ええこと言うなぁ」

 

 だって、なんというかこれは可愛らしい(いじめたい)の感じが出ているのだ。

 

「あんたとも気が合いそうやわぁ」

「そりゃどうも。だってねぇ」

「ふふ、そうやねぇ。茨木はいじってなんぼやさかい」

「酒呑!?」

 

 というのはほとんど虚勢である。正直、鬼ということで、強大な力がこれでもかと臆病者(センサー)に感じられるわけで、今にも逃げ出したい気分はあるのだが、それでも敵意は感じられないので我慢して話すことにする。

 茨木童子からは殺気が感じられるが酒呑童子がいる限りは暴走はないと思えた。それに、見たところ彼女たちは敵ではないだろう。

 

 なにせ、こんなところで茶屋なんてものをやっているのだ。黒幕なら明らかにおかしい。こんなことなどするはずがないだろう。

 ゆえに、彼女たちは違う。それに何も知らない雰囲気だ。他の鬼と違って話が分かる分、話しやすい。金時がいろいろとありそうであるが、とりあえず座って話をする。

 

 茶屋は好きではあるが、もっと風情がある場所がいいとも思う。

 

「まあまあ、それはうちも思うけど、こんなええ女がおるんやしそれで勘弁してや」

「ふむ……」

 

 改めて酒呑童子の格好を見る。

 

 ――どうして日本のサーヴァントってこんなに破廉恥な恰好をしているんだろう。

 

 清姫はまあ普通だけれど、牛若丸とか凄い格好だし。

 

「そんなに見つめて、うちのこと気になるなら……ほれ、いつでも構へんよ? ああ、でもこの通りうちも鬼やし、噛み砕いてしもたら堪忍な?」

「いや、すごい格好だなって」

 

 かみ砕かれたくないし、怖ろしすぎて無理です。今もインバネスの下で足はがくがくしている。隣に座られているだけで、いつ首をはねられないかとひやひやなのだ。

 それでも友好的に話せるのだから、頑張っているんだから、それを察してほしい。

 

「そんなにおかしぃ?」

 

 おかしいです。

 

「そうはっきり言わんでもええやん。うちの好きできてるんやし。でも、鬼相手にそうあけすけなく言えるあんたはんもなかなかやね。悪ないなあ。そら、もっと顔見せてよ?」

「ちょちょ――」

「しゅ、酒呑んん!!?」

 

 茨木童子が間に入ってきてオレと彼女を引き離す。正直助かった。加減なしでやられて吹っ飛ばされてマッスル弁慶に受け止められてなかったらやばかったけど、立てなかったのだ。

 

「まーたそない角尖らせて、ヤンチャしぃとき? こん人を困らせたらあかんよ?」

「し、しかし、こいつらは人間で、特にそこの男は――」

 

 人間に恐れ敬られてこそ鬼だろうと茨木童子は言う。

 

「へッ、やるってんなら、オレっちが相手になるぜ」

「クハッ、良いぞ、そちらの方が話が早い!!」

「やめときやめとき。茨木、どうせ負けるんがオチやて。なにせ、あちらの旦那はんは大層恐ろしそうやし、玉藻ちゃんもおるし」

「ああ、忘れられてるのかと思ってましたよ」

 

 酒呑童子は、玉藻の前、鈴鹿山の大嶽丸に並ぶ日本中世の三大妖怪の一角。この二人は面識があってもおかしくはないのかもしれない。

 どちらも日本を代表する大妖怪であるし。

 

「忘れてへんよ。うちでさんざんチューハイ飲んで飲んだくれとったやん。どしたん、もう気ぃすんだん?」

「ハイ、バッチリ、良妻巫女狐玉藻ちゃんは出番をゲットです」

「――ほっ、そりゃよかったね。こんあとにもなんや出番ありそうやけども、まあ、ここで消費するんなら、そっちはうちが行こうか」

「え? ああー、それはちょっとというか、玉藻ちゃん的にも出番は多い方が嬉しいと言うか」

「なんや、玉藻ちゃんばかり。うちもええやろ。安心しぃ、マスターはんを骨抜きにするだけやさかい」

「だ、駄目ですよ!? 先輩は骨抜きにはさせません!」

「冗談やて。それに、うちが骨抜きにしたい言うんは良い男の証明になるやろ。好いた男を良く言われるんなら、これくらい聞き逃しぃ、そっちの方が、えろう楽しいしねぇ」

 

 しかし、いろいろとメンツがおかしいのではないだろうか。日本を代表する妖怪が今目の前に二人もいる。茨木童子もかなりの大妖怪であることに間違いはない。

 この島くらい本気出したら滅びそうな気がする。それに入っていけるマシュってすごい。

 

「それは君もだと思うけど。その心配の方は、大丈夫じゃないかな」

「ジキル博士?」

「サーヴァントである限り、彼女たちも本気は出せないだろうからね」

「ああ」

 

 サーヴァントの器の問題。いかに強大な力を持っていてもサーヴァントの器以上の力は引き出せないということ。

 

「それでも強力なことには変わりないよね」

「それよりマスター、そろそろ本題に入ったらどうだい? あ、僕にもいっぱい頂戴? それよりももっとおっぱいの大きい従業員はいないのかい? いやいや、チッパイを否定するつもりはないんだけど、やっぱりほら、こういうのは大きい方が得だと思うんだよね。得なのはいいことさ。何事も得はあってしかるべきだと思うんだけど」

「全裸は黙っておいた方が良いぞ。そんなだから、誰も寄ってこないんだ」

「だから、全裸じゃないって!?」

 

 後ろのコントに対するコメントは控えるにしても、本題に入るのはいいことだろう。

 

「それで、二人は……まあ、なんか違う気がするけど、この島造って何か企んでたりします?」

「――フッ」

 

 ――あ、茨木ちゃんがなんか勝ち誇った顔した。これは間違いなくかかわってないな。

 

「愚昧なり、愚昧なり! 吾らは汝らの大敵よ! そんな問いに答えるはずも――」

「そうやそうや。うちらはなーんもしてへんから答えへんよ」

「しゅ、酒呑ー! そんなに素直に教えなくともよいのではないかっ?」

「だって、もう既にバレバレやし、そこは勿体つけへんでもええやん。相変わらず、茨木は遊びのツボがわかってへんのやねぇ」

「う、く……だ、だが、我らは敵同士なのだし……壺などと言われても、陶芸とかわからぬし……」

 

 本当、怖いのにカワイイナー茨城ちゃんは、弄り甲斐がありすぎる。怖いけど。いや、本当、鬼ってだけで怖いけど。

 鬼の覇気的なあれ、抑えているっぽいのに溢れだしてくるありえない覇気ってやつが異常に怖いんですけど。他の鬼がそんなの全然ないだけに怖すぎる。

 

「ま、茨木は置いておいても、うちらの知らん間にこの島できておったし。ここまでやられたら見事と思うんやけど、まあ普通に(あたま)に来たし、潰しきたんよ」

「つまり、この島は君たちにとっても敵なのか」

「そうや」

「じゃあ、なぜに茶屋なんか?」

「んふふ。やるなら楽しくやらんとなぁ。ただ暴れて殺すだけとか、無粋やないの。相手が醜い(・・)鬼ならなおさらや」

 

 愉しく、華やかな終わりが好き。だからこそ、彼女たちは島の宝物庫に侵入し、面白い盃を見つけたのだと言う。

 そこまでで感じるのは圧倒的な既視感(デジャビュ)。なんというか盃と聞くと一つのことしか思い浮かばないのは、きっと彼女たちがすでに前科を犯しているからだろう。

 

 当然のように酒を注いだら覚えのある味になった。そうかつて京を包んでいた酒気の源泉。つまるところ聖杯に行きついたと。

 それで彼女たちはこれはうちらだけでなんとかするんのは良くないなと思い、金時を待っていたという。

 

「まあ、そんなわけでここで酒宴や」

 

 酒が手に入ったら宴。上の様子はわからないが、下の鬼や人間を丸ごと蕩かしてしまおうとしているらしい。相変わらず鬼らしい、いや、酒呑童子らしいというべきなのだろう。

 

「そこでや――」

 

 酒呑童子が提案をしてくる。その内容は手を組まないかということ。酒呑たちはこの島の鬼をつぶしたいし、酒杯に対しての借りもある。

 利害は一致している。ならば争うよりは、ともに戦うのはどうやと彼女は言っているのだ。鬼という種族の力を得ることができるのは大きい。

 

 普通に考えれば破格であり、即決しても良いと思うが――相変わらず危機管理センサーがぶっ壊れたように嫌な予感ばかりを伝えてくる上に金時も反対する。鬼と人が一緒にいても良いことはないと。

 いつもならば即決して組もうと言うところだとはわかっている。何か自分らしくないとも思うが――。ここで組んでしまうと取り返しのつかない(・・・・・・・・・)事態が発生しそうな気がしてならないのだ。

 

「……大将、人間は損得勘定で裏切る。だが、こいつらは違うんだ」

 

 鬼はある日、理由なく裏切る。理屈ではないのだ。ただ、息をするように寝首を掻き、大事なものを盗み、自分たちが大切に思っていたものですら、二度と取り戻せないものですら、壊してしまう。

 刹那を喰らって生きる者。

 

「それが鬼だ。鬼ってのはな、分かり合っちゃいけねぇ怪物なんだよ」

「うちに首輪でもつけたい言うんか? ふふ、小僧、意外とあぶのーまるやなぁ……」

「バッカじゃねえか!? 首輪つけてても安心できねぇっつう意味だ!」

「ほぉん……なら逆にしよか? あんたに首輪をつければええんかもな、小僧。それなら仲良しこよしの同盟関係ができるわぁ。それかそっちの旦那(マスター)はんに首輪をつけるんもええかもなぁ。それなら、みんな仲良しこよしできるやろ? 一緒に歩いて、戦って。飲んで喰って骨抜いて――ヤリたい放題。うん、アリやなぁ。そうしよか」

「くは。こやつらと手を組むなど冗談ではないと思っておったが――そういうことなら別か」

 

 つまりは逆。酒呑童子たちが上でオレたちに首輪をつけるということ。この人数差であろうとも勝てるという圧倒的な自信からくる、鬼としての余裕。

 抑えていた鬼気が解放され、大江山の鬼としての覇気が静かに放たれる。その威圧、何よりも強く。その輝き、太陽の如く何者において凌駕するものなどありはしない。

 

 茨木童子にかつてほどの力がない? だからどうしたよと、彼女は言うだろう。酒呑童子がその力を持っている。ならば問題などありはしない。

 たとえ、どのようなことになろうとも、我らは勝つ。勝てぬなら逃げ延び生き延びる。元より――。

 

「ヤツラの骨をしゃぶりながらこの島をつぶすのは楽しそうだ」

 

 犬歯をむき出しに嗤う鬼。茨木童子。

 

「これこれ茨木、そう言うもんやないよ。最後のマスターなんて、珍しいもの大事にせな勿体のうてしゃあないわぁ」

 

 流し目でつややかに笑みを作る鬼。酒呑童子

 

 対極に座していた鬼が、一斉にオレの方を見た。

 

「ぐ――」

 

 押しつぶされそうな重圧が襲う。

 磨き上げられた直感が叫ぶ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。

 鍛え上げられた心眼が叫ぶ、不可能。不可能。不可能。

 

 鬼よりは逃げられぬ。だが、何よりも恐ろしいのは、酒呑童子がいまだに、本気ということではないということで――。

 

「なぁ、どないする? 金時と茨木はああいうてるけど、うちは手を組んでもええと思っとるよ? 何より、あんたはんは臆病やろ?」

 

 内心を見透かしたような物言い。事実なのだから反論はない。それでも前に進むと決めているのだが――。決意しているとは言え度、毎度毎度強大な敵を前にすると逃げたくなる。

 みんながいるとは言え度、鬼は別格。ここにいる全てのサーヴァントを凌駕するその覇気がただただ恐ろしい。竜種の暴虐の覇気と似てはいるが、怖ろしいと感じるのは人型でそれほどまでの覇気を内包しているという事実。

 

 人型の暴虐という異形は何よりも強く、怪物が怪物の姿をしていないことが、違和となり覇気を強めるのだ。

 

「それだけの仲間に囲まれてもまだ安心なんてしてない。心の奥底では、常に恐怖で怯えた自分がおる。なんなら、令呪を使ってくれても構わんよ。それを使われたら、サーヴァントはどうしようもないんやし、あんたはんも鬼の力を得れて安心やろ?」

「ああ、そうだったぜ。確かに大将が令呪を使えば、裏切るもくそもねえか。もっとも、テメェのひん曲がった根性じゃあ、うちの大将に頼られもしねえだろうけどよぉ」

 

 戦闘覇気が増大する。これより先、妖怪と人間の戦いが始まらんと滾っていく、その時だった。

 

「そこまでです――」

 

 凛とした声が響き渡った――。




さて、今回の話、鬼ども書くの楽しいです


プリヤイベですが、なんと呼符でイリヤを引いてしまいました。
まさか引けるとは思っていなかった。寝起きだったのに眠気が一瞬にして吹っ飛びましたよ。これは沖田以来の感覚でした。

いやー、激戦区たるキャスタークラスに新たな星5追加とか、もうどうすればいいんだと嬉しい悲鳴を上げております。
イベント終わったら育てるとします。まだ玉藻の再臨も終わってないけど、単体宝具キャスターですし、育てて損はないでしょう。


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天魔御伽草子 鬼ヶ島 8

 鬼と人の決戦。ならばこそいなければならない者がいる。退魔の者。かつて多くを屠った武者がいなくてどうするのだ。

 

「――そこまでです」

 

 舞い降りる。それは微かな、されど絶対の希望の旋律。平安において最強と呼ばれた神秘殺し。理論で殺すでもなく、ただ身に宿した圧倒的な武において神秘を屠ってきた武者がここに降臨する。

 滾る覇気は清廉にして閃光が(きら)めくほどのものだった。その名のとおり、雷光がごとし――。

 

「……まさかとは思っていたがよ。なんで、アンタがここにいやがる、頼光の大将!」

「ああ、やっぱり出てきてもうた。これはあかんわ」

 

 前に立たれるだけで感じるのは絶対の安心であり、敵が感じるのは絶望に他ならない。この人の後ろにいればもう大丈夫。そんな母性とともに感じられる圧倒的な安心感。

 敵が感じる絶望と痛烈な輝きは、まさしくかつての時代において最強と呼ばれた武人そのもの。

 

 彼女こそ源頼光(みなもとのらいこう)。金時を含む四天王が仕えたという武人。そんな彼女は、その綺麗な顔を険しく武人のものに変えたまま、対立の中央に降り立つ。

 

「いけません金時」

 

 そして、放った言葉は諫める言葉であった。

 

「いつも言っているでしょう。皆さんといる時は礼儀正しい言葉を使いなさい、と。それに……ここにいやがる、とはあんまりな物言い。まるで私が厄介者のようではありませんか。……もし、もし本当にそんなことを想っているのだとしたら……母は、泣いてしまいますよ……?」

 

 武人然とした姿、覇気を放ったまま、彼女は母であった。畏敬の念を感じさせるままに、貴人そのままの気品すらも感じられる圧倒的な気の中で、彼女だけは自然体で母のような言葉を紡ぐ。

 両立しない二つの性質が両立している異常。武人と母親という二つの性質がそこに同居して、怖ろしいと思えばいいのか、それとも別の何かを想えばいいのかわからなくなる。

 

 ただ一つ、この人は圧倒的な人類の味方であるということであり、異形の敵であるということ。鬼たちが一斉に臨戦態勢に入ったのがその証拠。

 誰も彼女から目を離すことができない。この人は違うのだとわかってしまう。何もかもが隔絶していた。彼女を前に鬼二人は視線を逸らすことなどという愚を起こさないし、できやしない。

 

 つまり対等。鬼が発する覇気と彼女が発する覇気、圧力が釣り合っている。ただの人間がこれほどの覇気を放つ。サーヴァントであることを考慮しても鬼と人という隔絶した種族の力の差を知っているがために、信じがたい。

 体感して理解しているがゆえに信じられないが、目の前の現実は確かに釣り合っているのだ。いいや、この場の全てを敵に回したとして彼女は変わらぬだろう。

 

 なんの痛痒もなく敵を切る。彼女こそ人外魔境、平安の時代において最強と呼ばれた神秘殺しであるがゆえに、覇気、技量、力、そのどれもが桁を外れている。定められた限界を一体いくつ乗り越えればこんな領域に至れるのか。

 まず間違いなく、自分では不可能と断じられるがゆえに畏怖を越えて、こちらにも恐怖しか感じない。二度目の邂逅。一度目の邂逅では感じられなかったものが今感じられる。

 

 一度目に感じたあの覇気はきっと間違いではない。何かがあると直感が感じ取っていた。だからこそ、金時と彼女の関係が気になった。

 母と彼女は言ったが――。

 

「実の母親じゃねえよ。オレっちを引き取って育ててくれた、大恩ある人には間違いないんだが。この人は最初からこうなんだよ」

 

 最初から母として鍛えると言っていた。武者とは思えぬ母性は初めからあったのだと彼は言い。それが彼女であると断言する。

 高次元で両立している斬滅の覇気と慈愛の母性。相反する陰と陽の気の奔流にくらりとくるほどだ。

 

「義理の母親みてーなものではあるっつーか。武芸の師でもあるっつーか」

「そんな……義理だなんて。母はそんな風に貴方を育てた覚えはありません……」

 

 それが涙目でぷるぷると震えている。なんだ、この状況はと心が叫んでいる。この中で誰よりも恐ろしい女が涙目で震えている? まったくもって冗談じゃないと吐き捨てたい気分にさせられてしまう。

 だって、そうだろう。怖いのだ。恐ろしいのだ。臆病者(センサー)が感じ取らせる母親としての側面と神秘殺しとしての武者の側面。

 

 それが両立しているという異常事態。彼女はあの状態でも斬れるのだ。いいや、それだけではないとオレの直感と心眼が彼女の真を看破しようとして――。

 

「あきまへんよ」

 

 いつの間にか目の前に来ていた酒呑童子に目を塞がれる。

 

「それ以上はやめておいた方がええ。今は、まだ知らん方がええよって」

「――まったく、おちおち再会を喜ぶこともできませんか。その方から離れなさい」

「相変わらずやなぁ、頼光」

「聞こえませんでしたか?」

 

 どこまでも優しく、頼光は言う。

 

「怖いわぁ。それに、あんたはん、いよいよ」

「酒呑!」

 

 斬滅の気が走り、刃が彼女へと迫る。

 

「ああっと――」

 

 それをひらりと躱す。オレを抱えて。

 

「いや、ちょっ!?」

「暴れんといてや。あのままやとうちごと斬られとったで?」

「そんなことはありませんよ」

「まあ、せやろうけど、心の話やて」

 

 神秘殺しの斬撃の覇気を受ければ身体は切れていなくとも心の方が切れると。

 

「なんせ、臆病者やからなぁ。それでも退かんのは実に良いけども」

 

 降ろされながらそう言われる。

 

「――誅伐、執行!!」

「まあ、今回は逃げるで――」

「あいわかった!」

 

 酒呑と茨木は跳躍し戦闘域を離脱していく。

 

「虫は一匹でも残すと際限なくわいてくるもの。私はあれらを潰しに行きます」

「……わかりました。ですが、オレたちは」

「仕方ありませんね。それでは、金時、一人であれらを追うこの母を応援してくれますか?」

「応援……? そりゃまあ……って、オイ!」

 

 ぎゅっと金時が抱きしめられて頭を撫でられる。それから彼女は去っていった。

 

「なんというか、鮮烈な人だな」

 

 ただ――。そうただ、違和感がある。彼女ほどの人物が顕現したということは、それほどの事態なのか。あるいは縁による召喚なのか。

 どちらにせよ何かがかみ合わない気がするのだ。だって――彼女がいれば、この島程度落とせるのではないかという思いがあるのだ。彼女の戦いを直接見たわけではない。

 

 強さはあの覇気ではかっただけで本当のところは不明。しかし――。

 

「…………」

 

 彼女ならば、簡単にこの島などつぶせるのではないかという思いを止めることができない。彼女から感じた覇気はそれほどだった。

 いや、酒呑に止められたが、もしかして(・・・・・)、とすら思うのだ。

 

「先輩? どうかしましたか?」

「いや……」

 

 考え過ぎだろうか。慎重になりすぎている? 臆病になりすぎているのだろうか。わからないが、頭の片隅には置いておこうと思った。

 何かがあるのだ。少なくとも彼女には――。

 

「とりあえず先に進もう」

 

 わからないことを考えるよりもまずは行動した方がよい。だからこそ次の大門へと向かった。赤い大門が行く手を阻む。

 大鬼のほかにいるのはやはりひとりのサーヴァント。

 

「…………!」

「やっぱりおったかワープ侍」

 

 そこにいたのはいつぞやの沖田さん。酒の匂いがしているところを見ると彼女も酔っているのだろう。しかし、かつての雰囲気などどこにもなく。

 

「お主、どうした……」

 

 ――斬!!

 

 斬撃が走った。

 

「ッ――」

 

 一瞬にして目の前に現出した沖田。縮地により視認した瞬間には、オレの目の前で鯉口が切られる音がしていた。

 誰一人として反応できない超スピード。話を聞く気などなく、戦闘覇気は、必ずやここでオレを切ると告げている。

 

 縮地というワープのような歩法から繰り出される居合の速度は、まさしく神速。斬滅の気を乗せて、刃が走る。咄嗟に反応できたのは、この前に鬼と頼光さんの覇気を浴びて臆病(センサー)が敏感になっていたせいだろう。

 刃の軌道上に左腕義手を咄嗟にもっていった。全てがスローモーションで動く世界の中で、雷のように高速の斬線が奔る。

 

 走った刃が左腕に入り抜けていく。だが、一瞬、間が生じる。首に到達するまでに一枚壁を挟んだのだから、当然だ。

 そして、その一瞬あればサーヴァントには十分。

 

「オラァ!!」

 

 金時の拳が猛り沖田へと迫る。

 

「…………」

 

 一切の逡巡なく、沖田は回避を選択。流麗な歩法で、あらゆるサーヴァントの一撃を躱して仕切り直しと相成った。

 

「大丈夫ですか、ますたぁ!」

「大丈夫」

 

 左腕の義手は見事に断ち切られていた。ダ・ヴィンチちゃん製のそれを容易く切り飛ばすとは凄まじい刀法だった。

 さすがは新選組一番隊隊長と言うべきか。しかし――。

 

「厄介だな」

 

 まさかこんな酔い方もあるのかと思ってしまう。

 

「沖田さん、酔っぱらうとぐだぐだがなくなるのか……」

 

 最初から人斬りモード。全力全開で、そのうえで赤鬼――轟力丸すら彼女の背後に現れる。そして、その巨体とは思えないほどの超スピードで突っ込んできた。

 力の具現。力はあらゆる全てに通じるがゆえに、すべてにおいて高水準。巨体でパワータイプだから鈍重というのはゲームなどの中だけの話。

 

 確かに筋肉量が多くなればそれだけ重くなるが、瞬発力という意味合いにては別の話。瞬発力を必要とする競技において足が肥大化するのはそれだけ瞬間的な出力を引き出すため筋肉がつくということであるから。

 瞬間的な突撃の速度は遅いどころか何よりも速い。それでいて、全身にまとった鋼鉄の如きパワーを支える筋肉によってこちらの攻撃が防がれる。

 

 まさに攻防一体とはこのことであり、

 

「――金時、後ろだ!!」

 

 鬼にかまければ、

 

「おわっ!」

 

 後方から、側面から、神速の侍が来る――。攻撃の瞬間まで気配が感じられない。おそらくは、現在の彼女はアサシンのクラスで現界しているのだろう。

 気配遮断を用いての奇襲。本来であれば、サーヴァントならば問題なく対処できるはずが、彼女の縮地と合わさることで異常なまでの凶悪さを発揮していた。

 

「ええい、ちょこまかうごきおって!」

 

 ワープのように目の前に現れ放たれる三段突き。それは防御不能の魔剣であり、魔剣ゆえに魔力消費もなく連射可能。

 どこまでも冷徹な薩長殺すマシーンが駆動する。こうなればほとんど面制圧しかない。ノッブの三段撃ちは相性によってとことん決まらない。

 

「サンタさん!」

 

 ならば約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)で薙ぎ払う。

 

「任せるが良い――」

 

 増大する魔力。反転した極光はこの場全てを呑み込むと告げているがゆえにわかりやすく。

 

 鬼も沖田もそちらを狙う。

 

「おっと、行かせねぇぜ!」

 

 鬼を足止めするは金時。唯一この中で直接あの轟力丸とやり合えるだけのパワーを持っているのだから、彼に任せる。

 沖田の方は足止め不能。視線が通ればそこは既に彼女の間合いだ。止めようにもその瞬間には彼女の姿が掻き消えサンタさんの目の前にいる。

 

「おいおい、わしを無視するなよ、新選組――」

 

 彼女を迎撃するのは一発の弾丸。そこに来ると読んでいたがゆえに最初からそこだけに的を絞り放っていた。ゆえに沖田は回避を選択。必殺の魔剣は放たれずサンタさんは無事。

 

「まったく、相性最悪じゃろ。ワープってなんじゃワープってずる過ぎじゃろ」

 

 そう言いながら、今度は自分の目の前に来た沖田の斬撃を圧切長谷部で受ける。

 

「ま、あの時ほどじゃないのう」

 

 相性は悪いが、それでどうにかなるほど自分は安くなどない。このところふざけすぎておったし、そろそろ本気という奴を見せんと人気がマジでヤバイ。

 なにせ、コラボイベントでついに配布されてしまった単体アーチャーの褐色ロリがいる。配布全体アーチャーであるため役割は被らないが、唯一の配布アーチャーというありがたみが消えた今、テコ入れが必須なのだ。

 

 それに新規さんは総じて過去の配布鯖は手に入れられない。つまり、相応に貴重になりつつあるということであり、それだけ知名度があがらなくなってきているということ。

 チビノブほしい、とか言う声はいまもあるが、チビノブじゃなくてノッブほしいとかないのかと小一時間ほどカリスマ授業したい。

 

 というか、沖田ばかり立体化とかずるいじゃろ。同じコハエース出身なんじゃから、わしも立体化しろよと。これが社長に気に入られたものとそうでない者の差というのならあまりにも残酷ではないかと。

 

 まあ、そんな思考がノッブの中を一瞬で駆け巡り、消えていった。

 

「じゃ、まあ、そういうことじゃ――って、ノッブ!?」

 

 その隙に沖田は、彼女を無視してサンタさんを切りつける。

 

「チィ!」

 

 聖剣の発動は止められたが、

 

「甘いな」

「サーヴァント界最大のヒットナンバーを、聞かせてあげる! 鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)!」

 

 

 爆音が全てを消し飛ばす――。

 




頼光さん登場。うちのぐだ男のスキルは直感と心眼がついているため、それなりに鋭い。こともあって、いろいろと看過しかけております。

で、沖田さん酔っぱらって可愛いところ出すよりかっこいいところ出そうと思ったらアサシンの人斬りになったでござる……。
轟力丸が正面から突っ込み、沖田が縮地ワープで削るというコンビプレイでしたが、音響兵器によって鎮圧です。

なお、まだ鬼は倒してませんが、動きはとまりました。沖田さんはノッブにしばかれてます。

さて、プリヤイベ後半戦開始ですね。とりあえずクロだけは何が何でも宝具レベル5にすべく林檎を解禁。
さあ、行くぞォォォォ!!

で、きてくれたイリヤですが、うちでの運用はとりあえずマルタの姉御(騎)と獅子頭(凡骨)と運用しての宝具チェインOC500のアサシン絶対コロス砲台として運用していこうかと考えています。

マルタの姉御はデメリット解消用。なお、もしかしたら孔明先生や玉藻に代わる可能性あり。
そもそも一発だけの浪漫砲にするなら、礼装で打ち消すこととか考えず一発に全てを賭けて、あとは孔明バフで相殺してプラスになると思われるので、デメリット考えないでいいような気がする。

まあ、エレナとともに来てくれて倉庫で眠れる獅子やってたエジソン氏に活躍の機会ができるとは、イリヤは来るべくしてきたんだなとか思えてきた次第です。

やはりいろんなサーヴァント育てないとですね。イベント終わったら、玉藻、イリヤ、エジソン育てないと。見事にキャスターばかりだ……


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天魔御伽草子 鬼ヶ島 9

「ん、ううぅん、コフッ……」

 

 戦闘は無事終了。金時の拳と玉藻さんの強烈な金的が鬼にヒットして鬼は倒れた。とりあえず、玉藻さん出番もらえたからって張り切り過ぎだと思った。

 エリちゃんの大音量の一撃でふっ飛ばされた沖田さんは、吐血していた。吹っ飛ばしたせいではなく、病系のそれだ。

 

「あ、あれ!? わ、み、みなさん、おそろいで、これはいったい……コフッ!?」

「ああ、いきなり動くから。とりあえず安静にしておいた方が良いよ」

「うむまったく馬鹿よのう。酔って絡んでくるとか」

「へ、私、そんなに酔ってました? というかノッブじゃないですか! 自分だけ出番多い!」

「お主はそれだけ人気じゃろうが」

 

 何やら言い合いが始まりそうなので、間に入る。ここで言い争いをしてもらっては困るのだ。

 

「で、沖田さん」

「はい、和鯖イベントだと思ってずっとスタンバってた沖田さんですよ! 聞いてくださいよマスタぁ、酷いんですよ、せっかくのイベントだと思って気合いを入れたら平安だし、でも頑張ってお役にたとうと思ったら、オリオンとかいう弓とか孔明さんとか、玉藻さんが大活躍で、私の出番なかったじゃないですかー」

「いや、一体何の話?」

「第四の壁の向こう側の話じゃ!」

 

 ――第四の壁?

 

 とりあえず知らない方がよさそうなのでスルーして。

 

「だからヤケ酒したと?」

「はい……いやあ、さすがに飲み過ぎてさっきまで自分が何をしていたのかまったく覚えていないんですが」

「ほう、ならいいことを教えてやろう」

「え、なんです」

 

 ノッブが今まであったことを耳打ちする。ほとんどが事実のくせして、時々誇張表現で話しているし、それを聞いて沖田さんは青い顔であわあわし土下座してる。

 

「まあ、ノッブそれくらいで。そういうわけで、沖田さん」

「はい、なんでもするので許してください!」

「話はやっ!? まあ、いいや。じゃあ、一緒に戦ってくれる?」

「はい、それはもちろん。この沖田総司、なにがあろうとも――コフッ」

「無理した反動かな」

 

 さっきまでの反動とでも言わんばかりに病弱が発動しっぱなしでこの先いつ戦えるようになるかわからないお荷物を手に入れてしまったが、先に進む。

 

「うぅ、すみません、マスター。コフッ……」

「いいよ気にしないで」

 

 ほかのみんなは戦わなければいけないので、オレが背負う。実に素晴らしい感触が背中に当たっているし、素晴らしい御足に触れていられるというだけで男としてはもうこの程度の苦しみなどどうでもよくなってしまう。

 あれほどの剣を振るえても女の子なのだなと思ってしまう。背に感じる重みは人ひとり分にしては軽い方で、サーヴァントといってもやっぱり女の子であることに変わりはないのだなと今更いろいろと実感を感じている。

 

 ――そういえば、こうやって触れ合うのは初めてか?

 

 背負われたりはあったかもしれないが、誰かを背負ったりするのは初めてな気がする。あんなに遠かった英雄たちを身近に感じた。

 彼らもまた、生きている人間だったのだと――。

 

「……マスターの背中、おっきくてとても温かいです」

「そう? みんなと比べたら、普通だよ。小さいかも」

「いえ……やっぱりとってもおおきくて、温かいです、マスター」

 

 それはきっと体温とかそういう話ではないのだろうと彼女の言葉を聞きながら思った。何を想って彼女がそう言ったのかはわからない。

 そう思っただけなのかもしれないし、何かもっと別の意図があったのかもしれない。

 

「そっか……」

「…………」

 

 ただ、清姫の視線が怖いから、これ以上は考えないようにする。沖田さんも眠ってしまったことだし、そのまま起こさないようにあまり揺らさないように坂道は後ろから清姫などに支えてもらいながら登っていった。

 

 頂上に近くなると島は装いを変えた。雷雲轟くまさしく鬼ヶ島の最奥とでも言わんばかりの様相を呈す。見晴らしは良いものの、酷く不吉な気配に包まれている。

 ここにいるとはっきりと感じた。黒幕の気配。強大な存在がいるのだ。

 

「天候も悪くなってきました。南無」

「いよいよ鬼ヶ島らしくなってきたじゃあねえか」

「まさしく。主殿の鬼退治もここが最高潮。いよいよ大詰めといったところでしょう」

 

 ゆえに現れる黒幕の姿。広場の中央にありし禍々しい杯とその前にいる頼光さんの姿。それを目にした瞬間、心臓が跳ねるのを感じた。

 表情は柔らかく微笑んでいるだけというのに、そこに感じたのは圧倒的な斬意。立ち居振る舞いは何一つ変わっていないと断言できるが――はっきりとわかったのだ、中身が違うのだと。

 

 いや。いいや違う。中身だとかそういう話ではなく――。

 

「先輩、頼光さんです。酒呑さんたちを追い掛けていたはずですが」

「勝負はついたのでしょうか、主殿……?」

 

 だらりと冷や汗が流れる。これはまずい。

 

「大将も気が付いたか」

「金時……」

「ああそうだ。不用意に近づくんじゃねえ。アレは違ぇぞ」

 

 違う。そう違うのだ。

 

「ふふ、金時ようやく来ましたか」

 

 ぞわりと怖気が奔った。ただ口を開いただけ、まったくなにひとつそのしぐさも声も、声色も声量すらも何も変わっていないというのに、ただただ異質さだけが浮き彫りになる。

 

「――ち。そうかよ。酒呑のヤロウが出張ってきたのはそう言うことか」

 

 今までの情報をもとに急速に答えが組み上げられていく。酒呑童子はなぜ、ここにいた? 彼女のことを良く知らないが、彼女が享楽的であり、刹那主義であることはよくわかっている。

 そんな彼女が、鬼の縄張り争い程度(・・・・・・・)に出てくるはずなどないのだ。その程度のことに出張るような(オンナ)なわけがない。

 

「そうだ、大将。あのヤロウが無視できねえ相手なんざ、鬼の中でも特上の鬼だけだ」

 

 それはすなわち、目の前の彼女こそがそうであると言って――。

 

「ふふ、ふふふふ、うふふふふふふふ! わかりますか、やはり、それは愛ですね!」

「――――ぃぁ」

「くっ――こ、この邪悪な気配はっ……?」

 

 紫電の猛りとともに、放たれる圧倒的な邪気。心臓を掴まれている。ただそれを見ているだけで、息苦しさすら感じる。清廉な気配を感じさせる外見とはかけ離れた気配に圧倒される。

 危険度を感じ取るメーターが振り切れてぶっ壊れているかのような感覚。特異点を超える上で幾度もあったこの最悪の感覚に足元がぐらついているように感じる。

 

「おま、えは、誰だ!」

「うふふふ、私ですか? 私は、鈴ヶ森の丑御前といったらわかりますでしょうか」

 

 鈴ヶ森の丑御前。牛頭天王の化身。伝承においては源頼光の兄弟として生まれた鬼子である。最終的には頼光が退治したという説話があるということをドクターが説明している。

 つまりは――同一人物だったということだ。最後のピースが嵌ったと感じた。彼女(頼光)彼女(丑御前)ともに同一人物である。

 

「ああ、そうだぜドク。頼光様の兄貴にあたるお方だぜ、丑御前は」

 

 同一人物で兄であった。それが鬼子であったのならば当然のように追放されたはずだ。少なくとも人間の中に鬼子が混ざっていては到底、正気ではいられない。

 天神様の子供として生まれた子供が、その力から鬼子とされ、寺に預けられることになった。だが、こうも思われたはずだ。

 

 ――惜しい。

 

 総じて力がある者を人は遠ざけるが、同時に惜しいとも思うのだ。それに利用価値があるのならば。

 

「だから、頼光様の親父は、新しく生まれた息子として、幽閉した娘を家に戻した」

 

 そして、源頼光は武士として京を守った。

 

「でも、それじゃあおかしい。逸話では、源頼光は丑御前を退治したと――いや、それが同一人物ってことは――」

「ドクター……もしかして」

「ああ、そうだと思う。君の想像は僕と一緒だろう」

 

 封じたはずとも言っていた。

 

「ああ。源氏の棟梁になるにあたって、頼光の大将はその異形の側面を切り離そうとしたのさ」

 

 だが、同一人物である以上、自らを切り離すことなどできはしない。結局のところ、丑御前として暴走して自害に及ぼうとした頼光を金時が食い止めて失神させ、無理くり深層へと押し込めたというのが金時の語る真相。

 それが今回表に出てきてしまったのだという。そして、聖杯を手にして、この島を作り出した。国産み、島産みの権能が必要なその所業も、牛頭天王の化身としての力に聖杯をくわえれば問題なく行使できたということ。

 

 それからは鬼を生み出し、鬼の帝国を作った。まつろわぬものどもの復権。いや、そんなことすら彼女はどうでもいいのだろう。

 それはまったく違う話だ。鬼が嫌いという彼女が鬼のために国を作るなど間違っている。彼女の行動原理はまったくの別だ。

 

 頼光と丑御前。同一人物である。表裏一体。裏表など実際はないに等しく、その源泉にあるのはきっと、愛なのだとオレは看破した。羅生門すら彼女の手引き。

 その全てはきっと、金時のためなのだと理解する。しかし、実際はまったくもって深い愛情の空回り。挙句の果て、金時のためというそれすらもない。

 

 彼女は狂っている。本来の性質から著しくゆがめられたバーサーカー。本来あるはずの慈悲、慈愛は持ち合わせがなく、ただただ邪気を放つ悪鬼羅刹。

 ゆえにこれ以上の語らいは無意味だ。金時は既に彼女を退治することを決めており、こちらもまた同じ気持ちだ。

 

「ああ、まったく。これではどちらが鬼かはわかりませんね。なにせ、人の世を守ると言うことは、人以外の頂点を赦さぬということでしょうに」

 

 それはきっとヒトのエゴなのだろう。しかし、目の前で起きているこの暴虐は見逃せるはずもなく。

 

 ――ああ、くそ、こんなに怖いのに。

 

 これから鬼の首魁と対決しようなどという無茶をやらかさなければいけない。

 

「安心しな大将。ここにはオレっちがいるからな。――丑御前」

「はい、なんでしょう金時」

「これからオレはお前をぶっ飛ばす。だが、勘違いすんなよ。それはオレが頼光の大将の四天王だからでも、大将(マスター)のサーヴァントだからでもねえ。坂田金時として、息子としてテメェを退治するってことだ」

「……!」

 

 それはきっと彼女の琴線に触れたのだろう。

 覇気が放たれる。全てを圧潰させる覇気は何よりも強く。

 

「行くぜ、手加減して勝てる相手じゃねえ」

「ああ!」

 

 もとより臆病者として、手加減など微塵もするつもりなどなく、オレたちは全力で源頼光に挑んだのだ――。

 

 そして――。

 

「ほうら、あとはうまくやりぃ――」

 

 酒呑童子の決死の策が嵌る。腹を裂かれて死んだふりして、機をうかがっていた彼女の一撃が丑御前へと叩き込まれた。

 

「酒呑!」

 

 斬り殺される酒呑童子。だが、彼女が作り出した隙はまさに千載一遇のそれであり――。

 

「ったく、敵のくせに、かっこつけんじゃねえよ! 行くぜ、大将! コイツが最後の、黄金疾走(ゴールデンドライブ)だ!!!」

 

 黄金が疾走する。強く、何より強く最後の一撃が、丑御前を貫いた――。

 

「あ、あぁあ――」

 

 鬼気が消えていく。勝ったのだろう。

 

「…………」

「金時……」

「気にすんなよ大将。それに大丈夫だ」

 

 彼女は意識を失っているだけだ。丑御前を殺すということは、頼光を殺すということ。ゆえに、どちらかだけを消すことなどできず、意識を奪うことしかできない。

 それでは目覚めた彼女が頼光ではない可能性もあるが、問題はないだろうと金時は言った。あれだけ暴れればいろいろと発散もできただろう。

 

「うう、私は、いったい」

「ほら見ろ、鬼の欠片もねえ」

「あら、あらあら! 金時ではないですか。久しぶりですね!」

 

 どうやら彼女は丑御前の時のことを覚えていないらしい。なら、そのままにしておくのが良いだろう。

 

「えー、せっかく人妻に」

「ダビデ?」

「冗談だよ。そんな風に弱みを握っても面白くないからね」

「まったく」

 

 しかし、彼女は周囲の状況を見て理解したようだった。

 

「ご迷惑をおかけしたようですね。私の弱さに恥じ入るばかりです。しかし……よもや、人の身でこのような偉業を為すとは。このたびは本当に申し訳ないことをしました」

 

 彼女はオレを見てそう言った。母性溢れる表情で。

 

 ――ああ、懐かしいな。

 

 本当に懐かしいと思う。母の姿が、思い浮かんで――。

 

「ハグしてくれたら許します」

「!?」

「あー、やっぱり……」

 

 全員の驚愕が伝わる。思わずなんか口走ってしまった。なんかブーディカさんだけは納得しているんですが、どういうことなのか。

 

「ふふ、そうですね。それくらいはご褒美があってもいいかもしれません。金時なんて、この頃は抱擁もしてくれませんし……」

「そりゃ、いくつだと思ってんだよ……」

「では……あらあら」

 

 しかし、時間切れ。

 

「仕方ありません。では、抱擁はまた今度」

「では、何かいただけませんか?」

「そうですね。こちらの鈴を。それを鳴らせば、母がいつでも助けに来ますよ。ああそれと不肖の金時を連れて行ってください。頼りになるはずですから」

「ありがとうございます」

 

 そう言っていると、小太郎も消え始める。

 

「ああ、僕もですか」

「鬼の因子を持つ者として集められたのでしょうから」

「そうですか……金時殿、お会いできて光栄でした。足柄山の金太郎、それはもはや僕たちにとっては伝説でしたから」

「おうって、オマエまさか同山の後輩かよ!? そういうことは早く言えよ!」

「……すみません、いろいろというタイミングが。それに、生のあなたを視れてとても良かったです」

「そうかい。そいつは重畳だ。宝具名もイカしてたしな」

「ありがとうございます」

 

 それからとオレに向き直る。

 

「一時の主とはいえ、素晴らしい采配でした。幾度の戦場を越えて来たのでしょう。ご用命があればぜひお呼びください、このクナイはその証ということで」

「ありがとう」

 

 もらったクナイを大事にしまう。

 

「いやー、なんか出番もらったんですが、あまり出番なかったような気がしますね」

「玉藻さんも行くんだ」

「はい、そろそろ良妻を必要としてくれる方が待っていそうですし。ああ、でもほら、良妻巫女玉藻ちゃんの力が必要ならいつでも読んでくださいね、はい、これメアドです」

 

 メールで通じるのかどうかはまあさておき、有りがたくもらっておくとしよう。やったひとり増えた。

 

 ――そう言えば、メール、ここに来てから全然使ってないな。壊れたから新しいのドクターにもらったんだけど、全然使ってないな。

 というか、今一人目登録だよ……。

 

「マシュ、携帯を持とう!」

「は、はい!?」

 

 とりあえず二人目はマシュは確定だ。

 

「さて、行くぞ弁慶」

「はい、牛若丸様」

「では、主殿我らもまた」

「うん、また」

 

 羽飾りを貰って主従は寺の後ろに入っていく。

 

「さあ、飛べ弁慶」

「ははいぃ!」

 

 なんか、そんなことが聞こえているような気がするがまあいいだろう。羽根飾りももらったし。

 

「はっ! なんかまったく役に立たなかった!」

「安心せい、まったく立っとらんわ」

 

 沖田さんがようやく目が覚めたらしい。

 

「って、消えそう!? あ、そうだ、マスター、どうぞこれ羽織です」

「あ、ありがとうって、どうして?」

「いえ、今回本格的に迷惑しかかけてないなーって、思ったので、それを使ってもしもの時にでも呼んでもらえればと」

「ありがとう」

「今度こそ、最期まで戦うことを誓います、マスター」

「うん、ありがとう」

「別れは済んだかい? それじゃあレイシフトを開始するよ」

 

 彼らが消えると同時にオレたちもレイシフトする。やっぱりタイミングを上手くするともらったものを持ち帰ることができるらしい。

 自室にそれを置いて行きながら、いつかまた出会える日を待つ。

 

 鬼ヶ島の鬼退治、これにて一件落着――。

 




これにて鬼ヶ島編終了。
これより、我は災厄の席に立つ!
ということで行くぞ六章! 死屍累々、最後のマスターの将来が確定、ピラミッドパワー、お前の信じる仏を信じろ、ステラァァ! な感じで行こうかと思います。

あと、プリヤイベントとりあえずなんとかなりそうです。
そして、気がついたらイリヤがフォウマになっていた。ただしレベルはあげてない。

追記
ミッション終了。あとは素材集めだ


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第六特異点 神聖円卓領域 キャメロット
神聖円卓領域 キャメロット 1


 そこはどことも知れぬ場所。いいや、よく知っている場所であったか。どちらにせよ、そこはとても満ち足りた場所であることに間違いはなかった。

 そこはあらゆる全ての夢の果てだとわかっている。遥か遠き、理想の園。そこにサンタオルタ。いや、アルトリア・ペンドラゴンはいた。

 

 誰かに招かれて、そこにいた――。

 

「貴様、何のつもりだ」

「さて、何のつもりかと言われたら旧交を温めようかなと思ったんだよ」

「第六の特異点に向かうその直前にか」

 

 目の前にいる人物は良く知っている。反転しているとは言えど記憶はある。だからこそ、なぜこの場に呼ばれているのかがわからない。

 世界を救う。人理の修復の旅。その第六の特異点。あらゆる意味で、死闘が繰り広げられるであろうと彼女の直感は言っている。

 

 なぜかと言われればわかるのだ。そこに何がいるのか、何が起きているのかはわからないが、それでもひとつはっきりとわかることがある。

 あの場所は、マスターにとって困難ばかりが待ち受けていると。

 

「君は行かない方が良いのさ」

 

 だが、目の前の男は、そちらの方が面白いと彼は言った。

 

「…………」

「おっと、竜の尾を踏むつもりは微塵もないよ。ただ、わかってほしい。これも必要なことなのさ。君がいては、彼の為にならない」

 

 ゆえに、君はおとなしくここで見ていると良い。彼がその果てに何を掴むのかを――。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「とうちゃーく! ここがエルサレムゥウう!?」

「フォーウ!?」

 

 いきなりの砂嵐に見舞われた。視界はふさがれ何も見えない。

 

「え、ここが、エルサ、レム?」

「そんなわけあるかー!」

 

 今回、どうしてもついてくると言ったダ・ヴィンチちゃんが叫ぶ。そりゃそうだろう。今砂塵舞う砂漠がエルサレムなはずがない。

 

「マスター、ダ・ヴィンチちゃん、とにかく岩陰へ!」

「また突風が来るよ! 急いで!」

「あ、ああ」

 

 急いで岩陰へと非難した瞬間突風が吹きすさぶ。砂が舞い、視界が利かない。岩陰かと思ったら巨大な何かの骨だった。竜種と言われても信じられるくらいに巨大な骨だ。

 

「それで、ロマンとの連絡は!? カルデアから、この不始末の弁明はないのかい!?」

 

 しかし、カルデアとの通信は安定しない。ドクターも対処しているようであるが、いつ通り通じない。

 

「とりあえず状況を整理しよう」

 

 まずは全員がいるかの確認から。マシュ、ダ・ヴィンチちゃん、兄貴、清姫、ブーディカさん、エリちゃん、ダビデ、ノッブ、ジキル博士、式、ジェロニモ、金時。

 

「サンタさんが、いない?」

「まさか、はぐれたんでしょうか」

「いいや、それはないね。このダ・ヴィンチちゃんが言うんだから間違いない」

「じゃあ、どこに?」

「さて、私としてはどこにじゃなくていつからが気になるんだよ」

 

 いったい、いつから彼女はここにいなかったんだろうね、と彼女は言った。つまりはアメリカでのエリちゃんや兄貴と同じパターンか。

 もしかしたら敵になって襲ってくるのかもしれないと思うだけで、冷や汗が止まらない。もしもの時の為に、対策を考えておこう。

 

 サンタさんは頼りになるからそれだけ彼女の戦闘スタイルはわかっている。対応できるだろう。だが、それで安心はできない。安心してはいけない。

 そもそもほかにもどんなサーヴァントたちが召喚されているのかわからないのだ。楽観よりも悲観をするべきであり、考えるべきは最善を考えるのではなく、最悪を想定して動かなければ。

 

「サンタさんのことはとりあえず保留して、状況の把握に努めよう」

 

 レイシフトは無事に完了したが、カルデアとの通信は不安定で繋がらない。十三世紀中東がエルサレム。聖都に到着するはずが、現状は砂嵐の真っただ中。

 ここがエルサレムのはずがなく、むしろ、

 

「そうだというのならここは紀元前だね! 帰ったらロマニにスペシャルなお仕置きをだね……うん?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが何かに気が付いたのか計測器を取り出す。

 

「フォウ! ファウフ―――!!」

 

 何やら音が響いたのかフォウさんの声とともに聞こえて来たのは何かが近づいてきた音だった。敵性体がやってきたようだった。視界は最悪だがやるしかない。

 

「オーケー、任せたまえ! 我が万能、我が叡智、ついにお見せしよう!」

「頼りにしてるよダ・ヴィンチちゃん」

「そうとも頼りにしたまえ。初陣にしてはひっどいロケーションだけど、ま、そこは逆に考えるさ! 砂嵐の中でも至高の美は損なわれない。万能属性美人秘書サーヴァント、ダ・ヴィンチちゃんの秘密兵器に見惚れなさいな」

 

 万能が駆動する――。

 

 サーヴァント各員の判断に任せて、オレは戦場を俯瞰する。視界は悪いが、完全に見えないというわけではない。サーヴァントにとってはそれで十分、戦うことはできている。

 だが――。

 

「なんだ、あれ……」

 

 戦場を俯瞰している方が、相手の容姿を視認しやすい。だからこそ見えたのだが、見たこともないエネミーだった。大きな甲冑の騎士。そうとしか認識できないような代物。

 それが――。

 

「チィ! なんだ、こいつら!!」

 

 砂漠とは言えどクー・フーリンの速度についていき――。

 

「オラァ!! オイオイ、割と本気のベアー号だぜ、なのになんつう硬さだ」

 

 金時のパワーに耐える騎士? 冗談じゃないほどの耐久に速度。

 

「クッ――」

 

 マシュを下がらせるほどの攻撃。

 

 攻防速。まさしくこれが騎士と言わんばかりに高水準であり、隙がない。

 

 特化しているわけでもないため派手さがあるわけでもないが、質実剛健を地で行く万能。ダ・ヴィンチちゃんが聞けば、さすがは万能だと言いそうな感じのアレではあるが、敵としては最悪極まりない。

 あれと真正面から戦えるサーヴァントは少ないのだから。

 

「くっ!」

「ブーディカさん!」

「おっと、させないよ!」

 

 体勢を崩されたブーディカさんに迫る剣をダビデの投石がはじく。

 敵の数は少ないはずが、こちらが不利。足りないのは攻撃力。サンタさんの火力がないことが悔やまれる。こんな時にどこへ行ったのかと思わずにはいられないが、ないものねだりはできないのだ。

 

「…………」

 

 それでも今は観察に徹する。逃げろと本能が叫ぶが、あまり動くのは問題だと直感が感じている。だから逃げることはできない。

 それにこれからさき戦うことになる敵を知る必要がある。恐ろしいからこそ、ここで知っておかなければならないのだ。

 

 逃げるな、視ろ。オレたちはここまで多くの特異点を超えて来たんだろう――。

 

「その意気だ、マスター。刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 槍が穿つは心臓――。騎士にとっての心臓を破壊して倒れる。それに続くように、金時も吹き飛ばす。

 

「――――」

 

 式が殺した――。

 

「まだだ!」

 

 だが、安心するには早い。全身がびりびりする。何か異質なものが来る。

 

「計測器が降りきっている。あの羽の音とシルエットは、まさか――」

 

 人の顔に四肢の体。それは魔獣、幻獣の上に位置するもの。時には竜種すらも上回る最高位の生物。名をスフィンクス。エジプトに伝わる人面獅身の神の獣。

 

「全力で、かかれぇ――!!」

 

 様子見などできないと本能が言っている。様子見なんてものをしてみろ一瞬で消し飛ばされる。汗が止まらない、悪寒が止まらない。

 砂漠の中暑さがあるはずなのに、震えが止まらないのだ。圧倒的な濃度でまき散らされる神獣の威圧に、脚がへし折れそうなほど。

 

 たたきつけられた前足。ただそれだけで天地をひっくり返したように視界が回る。大地の砂ごと持ち上げられたと気が付いた時には、既に前の前にそれは迫っている――。

 スフィンクスの顔に表情はない。この程度余技にほかならず、いまだ真価など発揮していないのだとでも言わんばかりに、ただ生まれ持った己の性能をたたきつける。

 

 身体が宙に浮く浮遊感とともに感じるのは、喉の渇きのようにしみわたる絶望だ。今までとは明らかに敵のレベルが違う。

 

「マスター!!」

 

 清姫に受け止められるが、そこに迫るスフィンクスの攻撃。迫る圧力だけで心臓が止まりそうなほど。それがただ常態で備わっているだけのものであるという事実。

 このままではまずい。吐きそうなほどの悪寒の中で、心眼が告げるは絶対の死。直感は相手と隔絶しすぎていて働かない。

 

「――――!!」

「マシュ!!」

「宝具、展開します!!!」

 

 割り込むマシュ。宝具を発動しスフィンクスの一撃を受ける。しかし空中、一瞬が精いっぱい。防御ごと吹き飛ばされ、砂漠にたたきつけられる。

 

「マシュ!」

「ますたぁ!!」

「よそ見してんじゃねェぞ!!!」

 

 ハイドの一撃が攻撃を逸らせる。

 

「マシュマロは硬いから大丈夫じゃ!!」

 

 三千丁の火縄銃から放たれる弾丸が、スフィンクスへと刺さる。

 

「く、神秘内包しておるくせになんて奴じゃ――」

 

 ノッブは神秘殺しだ。ゆえに神秘が色濃い相手ほど相性がいい。数々の火縄銃を取り換えながら、間断なく放つ火縄=カタが炸裂する。

 

「我が万能の出番のようだ――行くよー!」

「うむ、我が一撃を喰らえ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんとジェロニモの魔術が炸裂し、爆ぜる。

 

竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)!!」

 

 そこに加えられるエリちゃんの宝具による一撃。声量、音量を9の9倍にまで増幅させて相手を吹き飛ばす。それですら、対してダメージを感じていないのか、羽を広げて咆哮を放つ。

 ビリビリと大地を揺らす咆哮。聞いているだけで意識が飛びそうになるそれを必死に耐える。ささてくれる清姫の手をたぶん、痛いくらいに握りながら、

 

「式――!!」

 

 あいつを殺せる彼女の名を叫ぶ。

 

「――もう、おまえの死は、視える」

 

 踊るように、前へ。式の瞳が怪しく輝いたように視える。青く、美しい宝石のように。その視界に映すは、死。あらゆるものの綻び。

 生きとし生けるもの全てに存在する、生命としての死。寿命。結び目の綻んだ場所を断ち切れば、すべては死ぬ。それはたとえ、神であろうとも――。

 

 ――生きているのなら、神様だって殺してみせる。

 

 彼女の宣言通り、神の獣であろうともそれが生きているのならば殺すことができる。死を認識できるまでが厄介であったが、あれもまた生きている獣であるがゆえに死を免れない――。

 死をなぞり、綻びを解く。ただそれだけで、スフィンクスの腕が死んだ。四肢を殺し、そして、穿つ――。それで、終わりだ。

 

「急ぐよ! 殺したとはいえど、すぐに復活するだろうさ。その前に此処を離れよう」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの提案にのってすぐにここを離れる。スフィンクスがあれで終わりなはずもなく、一体とも限らない。

 こういう時の勘は当たる。絶対にあれは一体ではすまない。だから、逃げる。臆病さ(センサー)は全開で警戒している。鳴り響く本能の警報に、気が狂いそうになるなか、ダ・ヴィンチちゃんが見つけた水源へと向かう。

 

「ますたぁ、大丈夫ですか」

「まだ、平気、平気……」

「駄目です、先輩、唇はカサカサで顔色は真っ青です」

 

 無理は禁物だと言われて、

 

「乗りな大将」

 

 ベアー号へと乗せられる。そのまま全力で移動する。既に十キロは移動している。もう少しだとわかっているが。

 

「…………」

「…………マシュ? どうかした? そんなに見つめて」

「い、いえ別に。金時さんが羨ましいとかそういうことではありません。別に、盾に乗っていただいて縄で引っ張るとかしたいとかそういうことでは」

「そ、っか……」

 

 その言葉に対して思うことがあるはずがだ、思考は回らない。くらくらとする。息苦しい。なんだ、これ――。

 

「はい、これをつけるんだ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが酸素ボンベを渡してくる。

 

「これ、は?」

「急ごしらえだが、魔力遮断マスクだよ。ここの大気は人間にはちょっときつい」

 

 なにせ魔力濃度が濃いからと彼女は言った。濃すぎる魔力は酸素と同じで毒だ。今の人間はそれに耐えられない。息苦しさはそのせい。

 

「ありがとう……」

「なに、そのための私だからね。でも、ありがとうの言葉は嬉しいのでジャンジャン言ってくれたまえ!」

「はは……」

「……苦しいかい?」

 

 多少楽にはなったが、根本的に息苦しさというのは変わらない。それに肌を突き刺すような異質な気配が強まっている。吐きそうだった。

 恐怖カウンターはもう振り切れっぱなしでぶっ壊れたように警報を鳴らして頭痛を感じるほどであり、それはこの先に行けば行くほど強くなっていく。

 

「ともかく水源に急ごう。砂嵐の向こうに大きな建物が見えないかい? きっとあれは神殿だ。あそこまでいけばとりあえず落ち着――」

「だ、め、だ……」

「大将?」

 

 その神殿を見た瞬間、水源なんてものはどうでもよくなった。あらゆる全ての優先順位は滑り落ち、ただここから逃げろ、逃げろと本能が叫ぶ。

 

「ああ、うん、マスターの言う通りだ。こっちはダメ。引き返そう」

「ダ・ヴィンチちゃん!? なぜですか!? あともう少しなのに!」

「ああ、うん、僕もダ・ヴィンチちゃんに賛成だ」

「ダビデさんも!? ですが、先輩が!」

「マシュ、見てごらん、建物と砂漠の間を」

「ブーディカさん? 何が……!!」

 

 神殿と砂漠の間には、何かが徘徊している。二十から数えるのをやめるくらいにはいっぱいいる。とにかく逃げろ、逃げろと本能が叫び、転げまわりたいほどになる。

 あそこに行くくらいなら、砂漠を彷徨っていた方がマシと思えるほどの恐怖。あれはすべて、スフィンクスだ。

 

「な――」

 

 ここを進むのは自殺行為。たった一匹のスフィンクスですら、オレたちを蹂躙できるほどの強さを持つ。式がいれば戦える? 馬鹿を言え。

 そうだとしても、もつはずがない。ゲイボルク、式の直死の魔眼でどれほどが殺せるか。二十を超える放し飼いのスフィンクスが、一斉に襲ってくるのだ。

 

 そんなものに十二騎と足手まとい一人で挑むなど自殺行為でしかない。

 

「理解したかい。よろしい、別の避難場所を探そう。ついでに言うとあの神殿の主が誰なのか大凡の見当もついた」

「…………」

 

 だから、神殿には入れないというダ・ヴィンチちゃん。だれであろうとも、スフィンクスを放し飼いにできるほどの人物だということに間違いはない。

 だから別のルートを探そうとしたとき――。

 

 霞む視界が髑髏の面を捉えた。

 

「…………誰か、来る」

「敵ですか!?」

「何かわからないが、今すぐ逃げよう!」

「いや、待って……」

 

 あそこにいるのはスフィンクスではなく人間のように見えた。

 

「ああ、速すぎる。もたもたしてるからこっちに来ちゃったよ。って、魔力量が少ないし人間だコレ!」

 

 フードをかぶった者たち。

 

「――チ、先回りされたか! 兵士を差し向けているとはさすがは太陽王よ。女王を捕まえておれば怪物どもは手出しせぬが、相手が人間であれば魔除けも効かぬ。時間がない片付けよ! ただしひとりは生かせ、情報源になる!」

 

 目測推定十。みな人間。そのうちの一人は、手足を縛られた女性を抱えている。

 

「助けるぞ」

 

 なんか褐色系のお姉さんだ!

 

「わっ、マスターが急に元気に」

「ふっふっふ、これが僕の教育の成果さ」

「なんでしょう。こう、元気になるのは良いのですが、こう、くいっと? そうくいっとひねり潰したくなってしまいます。どこをとは言いませんが」

「ひ……」

 

 ともかく、縛られている女性を助けるべく、サーヴァントたちに指示を出した――。




ヒャッハー我慢できねぇ! 投稿だ!
昨日書いたやつ。夜に投稿しようと思ったけど我慢できないので昼休み中に投稿!

魔の六章。何人生き残れるか。ぐだ男は果たして五体満足で帰還できるのか!
難易度が地味に原作よりあがっているぞ! エネミーの強さとか! 魔力濃度とか!

サンタさんは、べディ卿辺りがアレになるからマーリンが拉致。
大丈夫、最後の最後とても良い時に青くなって登場します。

あ、プリヤイベとりあえず完走しました。あとゆっくり素材と交換アイテム集めにいきます。

ではまた次回


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神聖円卓領域 キャメロット 2

 十人の人間をサーヴァントは圧倒した。その中の一人はけっこう強かったが、なんとか倒す。その拍子に彼女の面が取れた。

 

「つぁ!? 私の仮面が!」

「サーヴァント!?」

「仮面に、その装いだとハサンかな?」

「なんだ、その反応は! 気安く私たちの名を呼ぶな、バカモノ!」

「バカとはなんだ。私は天才なんだぞぅ」

 

 拗ねるダ・ヴィンチちゃんは、放っておいて。

 

「申し訳ありません百貌様! こやつらまっとうな兵士ではありませぬ! あの娘の鎧の紋様、おそらくは聖都の」

「貴様たちは下がっていろ! 敵はサーヴァントだ、貴様らでは容易く殺され……殺されて、いないな。峰打ちというやつか。余裕のつもりか? 嘲りか? 我ら山の民など殺すに値しないと? ……まあいい。どうあれ命があるのなら我らの勝ちよ」

 

 そう彼らの目的はあの女性の奪取。だから。

 

「はは。甘い甘い。とーっても甘い。この万能たるダ・ヴィンチちゃんに不可能はないのさ!」

 

 縛られている女性は彼女が確保した。

 

「……! 貴様ら、何者だ! オジマンディアスの手の者か!?」

「オジマン、ディアス、誰?」

「……貴様、ただの阿呆なのか?」

 

 頭が働かないのだから仕方がない。知っているはずだが、出てこないのだ。

 

「うーん、やっぱり急ごしらえじゃダメか。ごめんねー、もう少し資材と時間をかければもっといいの作れるからちょっと待ってね」

「あ、……うん、ただ、この話し合いというか戦い、早くした方がいい、かな……」

 

 向こうからスフィンクスがやってきているし、布をかぶったお化けみたいなのがやってきている。

 

「バカモン! それはメジェドだ! 目を合わせるな呪われるぞ! ええい、撤退だ、撤退! 奪取した食料は落とすなよ!」

 

 そして、恨みは忘れないと捨て台詞を吐いて彼らは砂嵐の中とは思えぬほどの速度で遠ざかっていった。何かしらの加護があるのかもしれない。追撃は不可能。

 

「ダ・ヴィンチちゃん? 女性は?」

「はいはい、こっちこっち」

 

 彼女を起こしつつ、さるぐつわと縄を解く。

 

「おーい、大丈夫?」

「……ん、いけませんファラオ、そのように、私の髪をひっぱられては……それは耳のように見えるかもしれませんが、ホルスを表した魔術触媒……決して寝癖では……――はっ!?」

「おはよう……」

 

 とりあえず起きてくれてほっとしたらちょっと緊張の糸が緩んだ。そのおかげで戻ってくるあらゆる苦行。気持ち悪さがぶり返してきた。

 

「って、ちょ――!?」

 

 思わずふらりと倒れそうになったのを女性に支えられてしまう。ちょっと薄いもののあるにはある胸にそのまま。

 

「え? え?」

 

 目を白黒させてオレとみんなを見ているのがわかるが、説明しようにもちょっと動けない。さっきので張り切り過ぎてただでさえ消耗している体力をさらに使ってしまって動くに動けないのだ。

 薬で眠らされてさらわれたと思ったら、なんか人が倒れている。彼女は、この状況をどう理解すればいいのだろうかとひたすら頭を悩ませていた。

 

「と、とりあえず、お話しをしても、よいでしょうか?」

 

 このままではマスターがいらぬ被害を受けそうなのでとマシュが切り出す。

 

「え、あ、はい」

 

 混乱の極みにある彼女は反射的に頷いてしまった。

 

「よかった。わたしたちはさらわれている貴女を見つけて助けたのです」

「その言葉を信じよと? そもそもなぜ、貴方たちは私を助けられたというのです。偶然ここに居合わせたのですか? そして、名前も知らない私をわざわざ助けたと?」

 

 それこそありえない話だろうと彼女は言う。

 

「この終末の地において、無償で他人を助けるなどありえない!」

「いえ、その本当に偶然で、マスターが助けると言ったので、本当に」

「このダウンしてる方が、ですか?」

「そうです。あのよろしければこちらに返還を」

「いえ、貴方たちのことは未だ信用できませんので、この方は人質としてお借りしておきましょう」

 

 ダビデが羨ましいな、と抱きすくめられているオレに対して言っているが、まったくもってその幸運を享受できない。

 さっき倒れた拍子に魔力遮断マスクが外れてしまって、今にも死にそうです。タスケテ。

 

「あのー」

「なんですか?」

「とりあえず、マスターが死にそうなんで、そのマスクだけでもつけていただけると」

「え? わ、わわ!? なんです!? 顔が真っ青ですよ!? どうしたんですか!?」

「いやー、だってただの人間だからね、その子。ここの魔力濃度は体に毒で」

「どうしてそれを早く言わないのですか! 死んだらどうするのです!?」

 

 ――あれ、それこっちが怒られるところだっけ?

 

 ダ・ヴィンチちゃんが首をかしげるが、まあ、とりあえず衰弱死がなくなったのでよしとしよう。マスクも無事につけてもらえたので問題ない。

 これによって随分と幸運を享受できる。

 

 ――それにしても

 

「おお、近くで見ると本当、すごい褐色美人だぁ……」

「!? あ、貴方はいきなり何を言っているのですか!?」

「正直な、感想?」

「…………」

 

 赤くなって、まんざらでもなさそうである。

 

「い、いえ、当然です。我が身はファラオ、天空の神ホルスの化身なのですから。しかし、敵とはいえ、称賛は受け取りましょう。ファラオたるもの、それくらいの度量は持ち合わせています、ええ」

「ファラオ、エジプトの王様……すごい」

「ふっ、ええ、そうなのです! 偉大なるエジプト王朝のファラオなのですから、とても、すごい、のです。……しかし、私はファラオではありますが、あまりに未熟の身。

 偉大なりし神王オジマンディアスの遍く威光の前では、私如き浅薄な身などただ霞むだけの影にすぎません。ですがその前に、言うべき事は言っておきます。……オホン、頭を垂れなさい」

「ははー」

「……清々しいほど、躊躇いませんね……貴方、本当に私をさらった下手人ですか?」

「いえ、ファンです」

「?? ふぁん?」

「はい、ファンデス」

 

 ――あ、また始まったな。

 

 という誰かの声が聞こえた気がしたが知るもんかというか。

 ここで、彼女を味方に引き入れなければ、この先絶対にマズイ。見たところ、彼女はあの神殿に関わりがあり、スフィンクスやメジェドに対して何らかの権限を持っていることが伺える。

 

 強大なスフィンクスやあのへんなマスコット顔のくせして熱線放つメジェドなんてものを相手にするよりもこの子を堕としてしまう方が簡単だ。

 こんなこと考える自分が嫌になるが生死にダイレクトに直結する問題故に手加減はない。反応を見る限り褒めちぎれば意外といける気がするので、このままの勢いで堕とす――。

 

「――うわぁ、本当、人材獲得にかける意欲というか、執念が凄まじいと言うか。ま、ダ・ヴィンチちゃんとしては退屈しないからいいんだけど。ファラオでホルスの化身ということはニトクリスか。ふぅん?」

「さすがです先輩!」

「うぅ、ここから生きるためとはいえ、他の女に言い寄る姿を見るとはああ、燃やしたくなってしまいます。これはもう本能なのでどうしようもありませんね。ああ、燃やしたい――」

 

 マシュ以外からの散々な言われよう。だが、構っていられない。この特異点が過去最大級の危険度を誇っていることは先刻承知。

 ここに来てから気が休まる暇がない。環境もそうだが、何より敵もそうだ。等しく強大だ。この先まだまだ強い敵が出てくる可能性を考えたら、なりふりなど構っていられるはずがない。

 

 臆病者ゆえに思考はすべて悲観的な方向に、最悪を想定してしか動けない。完璧な最高の結末を! なんてものができるような人間でないことはわかりきったこと。

 だからこそ、最善を尽くすのだ。オレにできることはどだいこれくらいしかないのだから、全力でやる。頭くらいいくらでも下げる。

 

 ――その代わり、力を借りるぞ、ニトクリス。

 

 オレのプライドなどくれてやる。だから、力を貸せ。オレなんかの為じゃなくていい、この世界を救うためでいいから、その力を何としても借りるのだ。

 

「可愛いもの、美しいもの、綺麗なものに対して、それを愛する人の総称です」

「ほほう。なるほど、つまり私の臣民になりたいと。つまりはそういうことなのですね!」

「あ、いえ違います。別に遠くで眺めていられれば幸せなんで。とりあえず、サインください」

「さいん?」

「名前をここに」

「は、はあ?」

 

 エジプトの象形文字だけど、まあいいや、名前ゲット、大切に保管して自室(マイルーム)に飾ろう。何かご利益があるかもしれない。

 

「って、違います! 違いますよ! 関係のない話で煙にまくというつもりでしょうが、そうは行きません。貴方たちは私を攫った下手人なのですから!」

 

 ――十分まかれていたと思うが。やっぱり、この子、割とポンコツっぽい。エリちゃんに近いと言うか。

 

「いや、オレたちが貴女をさらったんじゃないんですが。それにさらった下手人が、ここでこんなに悠長に話をしていると思いますか?」

「む……それもそうですが、証拠がありません。この時代で、無償で人を助けるなどありえないのですから」

「――では、証拠があればよろしいのですね?」

 

 突然の声。砂嵐に紛れるように、今そのベールを脱ぐように騎士が現れる。銀の右腕を持つ男。線の細い者ではあるが、纏う雰囲気はどこか浮世離れした何かが感じられる。

 サーヴァント、だとは思うが、何か違和感を感じたが、

 

「何者!」

「私はルキウス。未だ主なき流浪のサーヴァントです。お節介でしょうが、見てもいられませんので。偉大な女王ニトクリス。そちらの者たちの言っていることは真実です」

「貴方の言葉を信用しろと? 共謀しているのではないのですか」

「それでは堂々巡りもいいところでしょう。彼らは山の翁に連れ去られようとしていた貴女を見かけ、義を以てこれを救った。その心を信じられないというのであれば、この銀腕を振るうことになる」

 

 彼の銀腕が輝きを強めていく。莫大な量の魔力が噴出し、銀光となって散る。その破壊力は、もしかしてあのスフィンクスにすら届き得るのではないかというほど。

 その脅威は、このオレですら感じ取れた。ならば、ニトクリスに感じ取れないはずはなく。

 

「あれは、まさか。いや、であればあの英霊は、神霊クラスの神秘を武器にしていることに……」

「ダ・ヴィンチちゃん?」

「いや、確証がない。でも、あの英霊の右腕。あれはかなりのものだ」

 

 相当に高位の英霊なのかもしれない。だからこそ、感じた違和感は一体――。

 

「――し、しかし、エジプトの民でもない者たちが、私を助ける理由がですね……」

「では、逆に問いましょう。山の民ならばいざ知らず、聖都の騎士が貴方を攫う理由があると?」

「ぅっ、それは……そうですね。そもそも、我が神殿に忍び込めるのは、山の民、くらいのもの……でした」

 

 ――畳みかけるならば今だ。

 

「信じてもらえたようですね!」

「きゃっ!? な、なんですか、突然大きな声を出して!?」

「まあ、行き違いはありましたが、信じてもらえてよかったです。いや、本当、よかったです」

「う、ぐ……それは……はい。冷静に考えてみれば、それ以外ありませんし……感謝しております、旅の方。…………その、疑って、ごめんなさい……」

「誰にでも間違いはありますし、気にしていません。ただ、その代わりと言っては何ですが……」

「な、なんでしょう……」

「出来れば、水とか、ゆっくり休める場所なんて、ないでしょうか。このマスクのおかげでマシなんですが、だいぶ、きついもので……」

「(た、たしかに辛そうですね。ここで、断って野垂れ死にでもされたら……)――コホン、いいでしょう。貴方たちを特例として私の客人とします。もてなしをしましょう。であれば、私を神殿まで護衛しなさい」

 

 それは太陽王の複合神殿への切符。スフィンクスの問いに答えた者だけが招かれるという神聖な場所。

 

「この砂漠において最も栄えた理想の国、光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)に立ち入る栄誉を与えましょう!」

「フォウ、フォーウ!」

「では、まずはこの風を治めましょう。風よ、しばし、その任を解くが良い。ニトクリスの名において、天空の見晴らしをここに!」

 

 彼女の言葉によって、砂嵐が去っていく。広がるは雄大な砂漠と天高く澄み渡る青空だった。

 

「ああ……」

 

 こんなにも空とは綺麗であったのかと思わずにはいられぬほどに、遮るものがない、純青の空が視界いっぱいに広がった。

 

 

「はは――」

「す、すごいです先輩! 空が――澄み渡るような、一面の青色です!!」

「ああ、本当だ! 空ってこんなに綺麗だったんだな」

「佳い笑顔です。私も見栄を張った甲斐があります」

 

 だからこそ残念なのは、空に浮かぶ光帯だ。

 

「太陽だけあればいいのに」

「佳いことを言います。ええ、まさに、この空に輝くは太陽だけであれば良いというのに」

 

 だが、この空の美しさはオレは生涯忘れないだろう。この特異点に来て、困難が連続して訪れて、大丈夫だろうかと不安になっていたが、こんな空の下では全部ちっぽけなことのように思えた。

 

「ありがとう、こんなに素晴らしい光景を見せてくれて」

「この程度で何を言っているのです。これから向かうのは最も偉大な御方の住まう場所です。空よりも素晴らしき光景があるのです。この程度でそのような阿呆な顔をしていては、先が思いやられます」

 

 すごいものはすごいのだから仕方がない。凡人なのだ。彼女にとってはその程度でも、オレにとっては特大過ぎる。

 

「オレ、神殿に行ったら死なないかな」

「それは最高の死に方でしょう」

「……頑張ろう」

 

 ともかく、あとはこのままに西へ行く。思っていたのと違う展開ではあるが協力はとりつけることができた。曰く、二時間ほどで大神殿に着くとのこと。

 

「では、私はこれで。みなさんの旅に善き巡り合わせがありますよう」

「一緒にはいかない?」

「私は大神殿には用事はありません。また、皆さんが行かれると言うのなら止める理由も……今回は本当に、偶然が私たちを巡り合わ合わせただけのこと。私はもとより放浪の身。人々と交わる資格のない者です」

 

 そう言ってルキウスは去っていった。

 

「行ってしまいました」

「…………マシュー? 彼に何か感じなかったかい? 懐かしいー、とか。なんとなく知り合いかもー、とか」

「? 別に何も感じませんでしたが…………いえ。違います。確かに妙な感覚はありました。同じサーヴァントなのに何かが違う、というか……」

「そうか。んー、じゃあルキウスって真名は本当なのかもねー。でもどうなのかなーそれ」

「そうだよな、皇帝に見えないもんな」

「マスター、知っているんですか!?」

 

 ルキウスは、ルキウス・ティベリウス、ローマ皇帝の一人だ。ブリタニタ列王史に少しだけ出てくるマイナーな皇帝。

 アーサー王伝説に登場するローマ皇帝であり、アーサー王によって打ち倒された敵役。

 

 反逆した護民官からガリアを取り返すために戦ったとされており、その時にアーサー王が出陣していたのだ。アーサー王がガリアを征服すると、アーサー王の活躍がローマにまで知られた。

 ローマ皇帝たるルキウスはアーサー王に対して貢物を要求した。当然だろう、世界はローマなのだから。ゆえに自分を主君と認めるようにも求めた。

 

 アーサー王はこの要求を拒否。よって、ルキウスは大陸にあるアーサー王の同盟国を攻撃し、アーサー王とルキウスと交戦する。結果、アーサーはルキウスを打ち負かした。

 

「それがルキウス」

「そうだね、マスターが言ったけど彼はローマ皇帝には見えないしね。どちらかというと、こっちに近い」

 

 ブーディカさんが言う。

 

「うん、そうだろうね」

 

 あの出で立ちはどう見ても騎士の方であり、皇帝には見えない。あの右腕もおかしい。伝承にはなにもルキウスがそんなものを持っているなどという記述はないのだ。

 だから、彼はきっとルキウスではない。よほど真名を明かしたくないのか。ブーディカさんがいうこっち側ということはブリテン側だろう。

 

 そうなると、騎士ということになる。ルキウスという名前からして実は円卓の騎士だったりしてな――。

 

「片鱗だけだけど、かなり威力を出しそうだ。気になる……気になるぞぅ……。っていうか、ねえ、マスター、同じ義手使いとして妬ましいよね!」

「……うん、そうだね」

 

 どうせならオレの義手も攻撃手段増やしてほしいところ。

 

「そうだそうだー! 私、浪漫砲とかつけてみたいぞー」

「無駄話はそこまでです! 大神殿に行くのですか、行かないのですか!? 私も時間がないのです! ファラオとの夕べの前に戻らなければ、攫われたという失態が露呈してしまいます!」

「すみません、女王ニトクリス。貴女の存在を忘れてました」

「丁寧なようで辛辣な娘ですね!? とりあえずあなた方の名を」

 

 ともかく、名乗り、それが罪人名簿にないことが確認されたのちに、オレたちは大神殿に向かった。




ニトクリスのサインほしい……。マイルームでは絆台詞で世話焼き女房的なんですよね。持ってないけど、良いなぁ、世話されたい……。

とりあえず特異点の第一サーヴァントハサンと第二サーヴァントニトクリスに出会いました。
さあ、頑張れぐだ男、まだ序盤なのに、オジマンディアスという超特大のヤバイ奴と対面だ!
なおこのあと円卓の騎士やらなんやらで絶望が続く。果たしてぐだ男は五体満足でいられるのか(たぶん無理)
 三倍借金取りのガラティーンとか、暴走モーさんクラレントとかまだ驚くのは早いボロンとかいろいろとやばすぎる。
 お義父さん相手にご挨拶という最高難易度のミッションもあるし。本当六章の難易度が半端ない。

あとは、プリヤイベ、素材集めのためにいろいろと周回中ですが、水着マルタさんが大活躍なんじゃが。
相変わらずバスターの打撃音がヤバイw。それに魔法少女エフェクトがついてるからもう笑いしかないw。
それになんだ、あの宝具威力。確かにルビーつけてるけど、宝具レベル1なのに尋常じゃないんですけど。
特攻入るとガチで手が付けられん……。これが聖女の力か。

まあ、当然ですよね。あの時代の宗教とか力がないとすぐに弾圧やら何やらされるし。
キリストの弟子たちってほとんどが武闘派だし。モーセは拳で海を割れるらしいし。
何が言いたいって、マルタ姉さんの太ももで眠りたいってことですよ。

え、違う?



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神聖円卓領域 キャメロット 3

 砂漠を進む。女王ニトクリスを護衛しながらの行軍。砂嵐がなくなったからか照りつける日差しに今に死にそうになる。さらに高濃度の魔力もあってオレの体力を急速に奪っていく。

 急ごしらえじゃなければもう少しできるんだけどねーと、せっせとダ・ヴィンチちゃんが新バージョンを作ってくれているのだが、間断なく襲い来る魔獣によって作業の進行度は芳しくない。

 

 左手で作業をしながら、右手で敵を倒すということもできるわけなのだが、片手間でどうにかなるほどの敵ではない。とにかく強いのだこの辺りの魔獣は。

 あと、解体してから食料として利用するので、荷物が増えているというのもある。

 

「本当に、そんなものを食べるのですか……」

 

 ニトクリスがひいている。

 

「食料は持ってきているけど、何があるかわからないからね。なるべく節約したいし、何より今までより食えそうなぶん遥かにマシかな――」

 

 常に備えよ。臆病なくらいがちょうどいい。何があるかわからないので、どんなものでも有効活用だ。少なくともジキル博士が検査して食べられるとお墨付きを戴いたので大丈夫だろう。

 ちょっとグロテスクだったりするだけ。そうそれだけ。栄養があって食べられればそれでいいのだ。それにおいしく料理してくれる清姫やブーディカさんがいるからマシマシ。

 

 最初の焼いただけワイバーンとか、何の肉かわからないキメラ鍋なんかより、タコっぽい何かを美味しく料理してくれたならそれの方がマシに決まっている。

 ああ、思い出したらなんかあの意味わからない味とか思い出してきた――。

 

「…………(く、苦労しているのですね。まさか、このような物すら食べなければ生きられない者がいるとは。も、もう少し優しくしてあげましょう……)」

 

 何かしらちょっと違う勘違いがなされていることに気が付かず、道中で襲い来る敵を狩っては捌きを繰り返していく。

 

「それにしても、貴方方は何者です」

 

 ――カルデアのマスターであるということは伏せた方が良い。

 

 ダ・ヴィンチちゃんが言っていたことである。なぜならば未だ、ニトクリスは味方ではないのだから。

 

「私たちは珍しい商品を扱う手品師さ」

「では、マスターとは? そちらの方をそう呼んでいましたが、一体なんなのです。ファラオもその言葉を口にしていました」

「サーヴァントなのにマスターを知らないのですか?」

 

 それは少しばかりおかしい。特異点、聖杯に呼ばれたとしてもサーヴァントとしての知識は持っているものなのだ。

 

「私は、偉大なるファラオ――太陽王オジマンディアス様に呼ばれたファラオです。太陽王は私に仕えよと命じました。私にはそれで充分です。サーヴァントとしての在り方など知りません。この身は英霊である前にこの地を統べるファラオなのですから」

「なるほどね。これは長い話になりそうだ」

 

 ダ・ヴィンチちゃん曰く、ニトクリス女王は、この砂漠の守護、砂嵐の制御といった領域のことしか知らない。その知識しか与えられていないのだ。

 ニトクリスが言うには、ファラオオジマンディアスはこの地に召喚され瞬く間の間に覇権をとったのだという。このエジプト領がその証拠。

 

 オジマンディアスはこの土地とともに召喚された臣民を救った。つまり、彼はエジプトごとここに召喚されたということであり、この砂漠はオジマンディアスの時代のエジプトなのだということ。

 エルサレムに向かっていたはずが砂漠に出たのは納得の話だ。

 

「しかし、その統治に反抗する勢力が現れたのです。それが、土着の民――サラセンの山の民と――」

「聖都――エルサレムの民ということか」

「――待ちなさい。エルサレムが、なんですって?」

「女王?」

「……本当に何者なの貴方たち。エルサレムなどとっくに滅び去っている。この土地に生きる者で、それを知らない者はいないでしょうに!」

 

 エルサレムが滅びている。

 

「どういう意味だ!?」

 

 目指していた場所がなくなっている。意味が解らない。さすがに予想外だ。

 

「助けていただいた恩は返します。ですが、それてと私の任は別の問題です! どこの民とも知れぬ者。その上、この地のことを何も知らない異邦人。助けていただいた恩はあれど、貴方方のような者を大神殿に招くわけにはいきません!」

「ま――」

 

 だが、彼女は止まらない。ただ彼女に与えられた権限を用いる。

 

「来たれ、王の御遣い! この者たちの真実を見定めよ!」

 

 吹きすさぶ砂嵐。現れる神獣スフィンクス。

 

「せめてもの返礼として、私は戦いません。貴方たちを試すのは、あくまでも彼らです。……貴方たちは選べます。この地にあって太陽王を奉じるか否か。拒むのであれば、死の荒野が、貴方たちの終焉の地になるでしょう。あるいは――獅子王が」

 

 ――獅子王?

 

「いえ。いいえ。この世の運命を司るのは太陽王オジマンディアス様のみ。であれば、獅身獣よ! この者たちに試練を! 私に、彼らの真を見せなさい!」

 

 ファラオは他国の王たちとはその権限の格が異なる。彼らは人間である前に、偉大な神として奉じられるのだ。そして、ファラオたちもそのように力を振るう。

 まさに現人神。

 

「然るに――女王ニトクリス。彼女はちょっと可哀想かもだ」

「そうだね」

 

 あの性格、人が良すぎる。神なりし王と呼ぶにはいい意味でまともなのだ。神としてあがめられる者は精神がまともではいられないだろと思う。

 神の視点は人間よりもはるかに高いのだから。

 

「スフィンクスの力が一割に抑えられている。私たちにとっては都合がいいけどねー。あれじゃあ、ファラオとしての毎日は辛いだろう」

「内緒話はあとにしなさい! 今は! 貴方たちの潔白を証明するのです」

 

 とことん人が良い。そんなところが可愛いよなと思ってしまうほどだ。

 

「ま・す・た・ぁ……」

「思うだけ、想うだけって。それに可愛いんだから仕方ない」

 

 みんなとは気色が違う褐色美人っていうところでもポイントが相当高い。そのうえであの性格。可愛いと思わない男はホモくらいのものだろう。

 

「ああ、すっかりダビデの教育のせいでまったく……」

「そうかなぁ、だってブーディカ? 前より実に健全だと僕は思うけど? 男なら可愛い女には正直に可愛いと言って、綺麗な女には綺麗っていう。これが男ってものだと思うんだ」

「よくわかってんな。さすがはイスラエルの王様だ」

「はは、クー・フーリンに褒められるとは。王様してた甲斐があるね。ま、今は気楽な羊飼いだから、女遊びもし放題」

「王様の時も自重しねえだろテメェ」

「はは。そうだとも。自分に正直にが一番。面倒ごとは部下任せ。子供は放任! それが僕さ!」

 

 そんな男どもの会話はさておいて。

 

「まずはあのスフィンクスを倒そう。話はそれからだ」

 

 オレたちはスフィンクスに戦いを挑んだ。一割とは言えど、それでも強敵には違いない。油断なく攻める。スフィンクスの行動は先ほど見た。

 そこから葉脈を辿り根へと向かう。先読みを為すべく、スフィンクスというものを読み解いていく。相手の動きを観察して、次に何をやるのかを読み、指示を出す。

 

 そして、オレたちはスフィンクスを打倒する。金時の一撃がスフィンクスを地面にたたきつけ、

 

「やあ!!」

 

 マシュの一撃を受けたスフィンクスは上空へ離脱していった。

 

「っ、やりました、マスター!」

「よくやったマシュ!」

「…………」

 

 ――あんなに弱弱しい身体で、よくも……。観れば手足はまだ震えているではないですか……。

 ――あのマスターも、ふらふらの中、スフィンクスの動きを的確に読んでいましたね。震えて、今にも倒れそうだというのに……

 

「女王ニトクリス! スフィンクスはわたしたちを見逃しました! 貴女の言う試練はこれでおわりではありませんか!」

「――ええ、見事なり! 汝らは太陽王に、その力を認められた! であれば、これより私の案内は不要! 恐れずにこの嵐を抜けるが良い!」

 

 さすれば、王の慈悲は光輝となって汝らを迎えるだろう。そう言い残して、彼女は去っていった。彼女なりにケジメをつけたのだろう。

 それにこれ以上いると情が移ると思ったのかもしれない。優しい彼女のことだ、きっとこれ以上オレたちといると情が移ると思って去っていったのだろう。

 

 味方ではないが、やはり敵とは思いたくない女性だった。そう思う。周りのスフィンクスは襲ってくる気配はない。

 

「さあ、行こう」

 

 砂嵐を抜ければ彼女の主たる者が待つ神殿だ。そこには必ず、この特異点で起きた出来事が待ち受けているのだろう。

 これから先何をどうすればよいのかはわからない。けれどこの先にあるのはきっとオレたちの道を示してくれる何かだと信じて。

 

「はい先輩!」

 

 一気に砂嵐を抜ける。その先に広がっていたのは、蒼天と――。

 

「――――」

 

 誰もが言葉をなくしていた。ただただその光景に圧倒されていた。こここそエジプトを治める偉大な王の居城。ゆえに漂う王気。

 空間全てを支配するかのような覇気はただ人であれば無条件に平伏してしまうほどであり、何よりこの空間全土に広がる建築群がオレたちから言葉を奪う。

 

 陳腐であるが、この一言が浮かんでは消える。

 

 ――美しい。

 

 ただ美しく、あらゆる全ての技術をつぎ込んで作られた建築物。その様はまさに砂の海に浮かんだ海上都市のようであり、誰が見ても一目で素晴らしい建造物であることがわかる。

 職人技といった技術の極致はただそれだけで人を圧倒するのだ。この技術もそう。凄まじいまでに高められた技術の粋を尽くした建造にただただ圧倒されるばかりだ。

 

「これが、太陽王オジマンディアスの居城――伝説に名高い光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)なんですね!」

 

 太陽王オジマンディアス。正しくはラムセス二世。古代エジプト世界に於ける最大最強のファラオ。紀元前1300年、エジプトに未曾有の大繁栄をもたらし、神の王を名乗った、ファラオの中のファラオ。

 最も太陽に近いと称される男の威光を知らしめる大複合神殿は、まさしく彼に相応しいと思えた。そこから読み取れるものは、ただただ圧倒的な自負のみ。

 

 王である。太陽である。神である。

 

 遍く全てを超越した太陽の如き鮮烈な輝きを放つ男の姿をオレは幻視した。想像ですら目を焼かれるほどに輝かしい、卑小な身では拝謁することだけで生涯のあらゆる全てを凌駕してしまうだろうほどに他者を照らす太陽。

 これからそんな存在と会うと思うだけで、崩れ落ちてしまいそうになる。まだ会ってすらいないというのに、この神殿にただよう雰囲気だけで大凡全てを察してしまったのだ。

 

 間違いなく強大。今まで出会ってきた誰よりもおそらくは、持っているあらゆる全てが違うのだと理解して、脚はその動きを止める。

 これ以上先に進むな、死ぬぞという予感。どうしようもない恐怖が身を蝕んでいく。

 

「――――」

 

 それでも――。

 

 それでもと、身にまとうインバネスを見る。行くしかないのだ。

 

「行こう――」

 

 震える声で、そう言った。自分に言い聞かせるように。

 その背後で、ダ・ヴィンチちゃんがマシュに問う。

 

「マシュ、ロマニから通信はあったかい?」

「いえ、カルデアからの通信は回復していません」

「なるほど。これで私の仮説は実証されたわけか」

「仮説、ですか?」

「ああ、我々は十三世紀の中東にレイシフトしてきた。それは確かだ。けど、ここは十三世紀の地球じゃない。この杖は魔力の測定器でもあるだけど、ここに来た時から魔力の質が違っている。この砂漠に満ちた魔力(マナ)はもっと古い。だから、彼に影響が出た」

 

 ここは紀元前の砂漠だ。どういう理由かはわからないが、この第六特異点にはオジマンディアスが支配する世界がまるごと転移してしまっている。

 一言で言ってしまえば時空が乱れている。だからこそ、エルサレムに行けなかったし、カルデアとも連絡がとれなかった。

 

 明らかにおかしい上に。このエジプト内部には一か所、さらに時空のおかしなところがある。何もかも分からないことだらけであるが、まずはこの先に行かなければならない。

 太陽王オジマンディアス。彼が座す神殿の中へ。際限なく強くなる王気。これより先にいるのは誰なのか知るが良いとばかりに空間を満たす王の気配に歩くことすら困難を極めた。

 

 ただ敵対していないだけマシなのだろうということは想像に難くない。彼が敵対していたのならば、今頃はただその覇気だけでつぶされている可能性すら否定できないのだから。

 それでも一歩、一歩と、歩を進めついにはそこへ行きついた。オジマンディアスが座す広間へと。

 

 ゆっくりと扉が開き、そして、オレたちはオジマンディアスと対面した――。

 




対面は次回へ。

さあ、ぐだ男頑張れ。ここからが正念場だぞ。序盤なのにもう正念場とか六章本当頭おかしい。
六章の全ては桁が違うという。本気ではないとは言えどオジマンディアスと戦うとか想像したくないわ……。
ノッブが相性ゲーできるはずなんだが、勝てる未来が想像できんのはどういうことなのか……。
まあ、ともかく次回はオジマンディアスです。

ではまた。


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神聖円卓領域 キャメロット 4

 招き入れられた広間の中でその男は玉座に座っていた。褐色の肌に黒い髪、黄金の如き瞳が全てを見通しながら微睡の中にある。

 だというのに、圧倒された。目にした瞬間、視線を外すことなどできやしない。どんな人間でもサーヴァントでも視線を外すことなどできないだろう。

 

 カリスマとはこういうものだと言わんばかりに、ただ自然体のままあらゆる全てをひきつけてやまない。ただ一目見るだけで何もかもを悟った。この御方は違うのだと――。

 自分のような卑小な人間とは、格が違う。それはサーヴァントだからという話ではない。古い時代の人間だからというわけでもない。

 

 人類としての性能が、格が根本からして異なっているのだ。あらゆるものが輝いている太陽のような男。彼が太陽王と呼ばれる所以を肌で感じる。

 見続ければ目がつぶれてしまうのではないかと錯覚するほど。きらびやかな空間の中で最も輝いているのが装飾ではなくこの部屋の中の主であるこの男であるという事実が全てを物語っている。

 

 目に宿る光の密度、王たる自負、どれもが桁はずれであり、どんなことをすればこれほどの領域に至れるのか見当もつかない。

 ああ、こんな御方を見ることができて、幸せであるという興奮による胸の高鳴りが止まらない。間違いなくオレというひとりの人間は太陽王オジマンディアスに魅せられていた。

 

 だが、同時に叫びだしたいほど恐ろしくなる。彼と同じ空間にいるだけで、ただただ自分の卑小さだけが降り積もり、我が身の矮小さを嫌でも自覚させられてしまうのだ。

 そんなただいるだけで全てを圧倒し魅了しつくす男は、

 

「――ふぅむ。眠いな。余は、とても眠い――」

 

 睡魔の中を微睡んでいた。

 

「やっと来ましたね。怪しき旅の者ども! ちょっと遅かったのは気にしていません! スフィンクスの試練を越えた貴方たちは、畏れ多くも王への謁見を赦されました。さあ、そこに平伏するのです! さすれば王は倦怠から身を起こし、貴方たちにお言葉をおかけになるでしょう!」

 

 もはや王本人でなく、ぽんこつっぽいニトクリスの言葉であろうとも逆らう気力などない。この場についた瞬間から、ただただ圧倒されてしまっていたのだから。

 オレは自然に平伏していた。

 

「ふっ……! 良い光景です、我が事のように胸が弾みます!

 さあ、その耳でよく聞くが良い。この御方こそ、勇壮にして、最も広くその威光轟く太陽にしてファラオの中のファラオ――太陽王オジマンディアス。この終末の地を平定し、救済する理想の王です!」

 

 告げられる口上。それとともに、微睡んでいた男の瞳に更なる光が灯る。

 

「……珍しいな、ニトクリス。そなたは大鳥とはいえ、そのように大声をあげる気性ではなかった。よほど、その者たちが気に入ったと見える。はは。それは喜ばしい。実に。実に」

「も、申し訳ありませんファラオ。昂りのまま、貴方の真名を語り告げるなど……それは本来、貴方さまが為すべきことでございました。……ニトクリス、反省いたします」

「そうだな。余の愉しみを奪った罪は重い。後程、片腕を切り落とし、瓶に詰めよ」

「はい。温情、ありがたく……」

 

 普段のオレならばそんなものは温情ではないと食ってかかるだろう。だが――今は無理だった。顔を上げることすら不可能。

 屈服してはいないが、逆らうという気力も沸いてこないほどに隔絶されている。彼がこちらに気配を向けただけで、逃げ出したくなるのだ。

 

 危険を告げるオレの勘は、心眼は、全力で逆らうなと告げている。本能が叫ぶのだ。何もするな、小さくなっていろと。

 

「……さて」

 

 完全にこちらが捉えられる。その瞳がこちらを捉え、言葉を発した瞬間。それは些末な言葉であったが、ただそれだけで打ちのめされる。

 ただただ荘厳。言葉ひとつでわかる彼の王としての次元(レベル)。まったくもって隔絶している。今まで接してきたどんな王よりも、これは違うのだとわかる。

 

 ファラオという存在の格の違いに汗が止まらない、震えが止まらない。視界すらその仕事を放棄してぐるぐると回るほど。

 意識しなければ呼吸すら忘れてしまうのではないかと思うほどだ。

 

「おまえたちが、異邦からの旅人か。我が名はオジマンディアス。神であり、太陽であり、地上を支配するファラオである」

 

 過去、現在、ともにそれは変わることのない事実。ゆえに、ライダーだのと呼ばれるのはいささか飽きもしたのだと彼は告げる。

 

「この小さき玉座も、所詮は余にとって無聊(ぶりょう)の慰みの一つにすぎぬ。そして。そして、だ――今、余は眠い。老人が死の淵から目覚めたばかりのように、だ。よって、言葉は最小限にとどめる。我が玉音、心底に刻むがごとく、拝聴せよ」

 

 否応なく刻まれるオジマンディアスの言葉。

 

 カルデアからの使者であること。

 これまで五つの特異点を修復した者であること。

 そして、ついにこの第六の楔――砂の聖地に現れたこと、すべて承知している。

 

 響く言葉は驚愕の事実を以て伝えられる。洗練された美しさは正しく破格であり、並ぶものなし。

 疑問すら挟む余地などありはしない。もとよりその疑問の答えすら彼の口から発せられるものゆえに。

 

「何故ならば、おまたちの探す聖杯は、この通り、余が手にしているからだ」

 

 手にある黄金の杯。聖なる杯。

 

「ああ、言っておくが、魔術王なぞに与していない。これは余がこの地に降臨した際、十字軍めから――」

「――――!?」

「フォ――ウ!?」

 

 その瞬間、ありえないことが起きた。彼の首がズルリとズレたのだ。そして、何事もなく元に戻る。見間違えたのだろうか。

 あまりにも凄まじすぎる重圧についに精神が変調をきたし、あらぬ幻覚でも見てしまったのかと思う。しかし、周りの反応がオレと同じものだ。

 

 つまりそれは見間違いなどではないということであるが――。

 

「――十字軍めから没収したものだ。真の王たる余に相応しいものとして、な」

 

 彼はまったくもって何もなかったという風に話を続けている。誰か聞けよという雰囲気。否応なく視線はオレに刺さるが、オレは顔を上げられない。上げたくない。無理、絶対に無理。

 顔を上げるだけでも苦痛だというのに、その上で首がズレたことを指摘する? 絶対に漏らす自信がある! 大小ドッチモダ! 

 

 ゆえに――誰か頼むと思った。だれか頼むからアレを指摘してくれと思った瞬間、

 

「ねえ、オジマンディアス王。ひとつ聞いていいかい?」

 

 ダビデがその口を開いた。

 

「いま、貴方の首がするっといかなかったかい?」

「――ありえぬ。イスラエルの王。旅の疲れであろう。不敬であるが、そなたも王だ。一度だ。一度のみ、許す。余の首は何ともないのだからな。

 そして、聖杯を手に入れたことにより余は――おっと」

 

 再び首がずるりとズレる。

 

「…………」

 

 場を沈黙が支配する。見てはならないものを見てしまったそういう沈黙であり、彼は無言で、見たか? と問うてくる。

 ただただ、オレたちは目を逸らすフリの沈黙すらできず。

 

「ニトクリス!」

「は! 何用でしょうファラオ」

「余は調子が出ん! よって体を動かそう! 眠気覚ましに火の精どもを呼ぶがよい! では行くぞ、カルデアのマスターとやら! 先ほどの沈黙、余は気に入った!」

「――――!!」

 

 意味不明な理由での臨戦態勢。圧倒的な戦意がオレたちをつぶしにかかる。

 

「ああ、やっぱり。想像通り……ッ! この王様、完全に自分ルールで生きて来た困ったちゃんだ!」

「本当だね。困ったものだよ。僕を見倣えばいいのに」

「それはないな全裸」

「だから、全裸じゃないって!?」

「テメェら! さっさと戦闘態勢をとりやがれ!! マシュはマスターを守れ! 前衛はオレとゴールデンテメェだ! ほかの連中は、火の精をどうにかしてろ。気を抜いたら一瞬でとられんぞ!!」

 

 兄貴の言葉で、オレたちは正気に戻る。戦闘になったら体の方が勝手に動いだ。恐怖、畏怖、威圧、あらゆる全てを受けて逆らう気力もなかったはずが、戦闘になれば、戦闘の空気を感じた瞬間にオレの体は動いていた。

 清姫に手を引かれるようにマシュとにかく一度、後ろに下がる。同時に始まる戦闘。オレの思考もまた戦闘になると同時に高速で回転を始める。

 

 ここまで積み上げて来た経験が、相手に気圧されていても、戦闘になった途端に勝手に思考を回す。恐怖のままに、恐れのままに思考は回る。

 敵は否応なく襲ってくるゆえに、それを排除、迎撃しての離脱――。

 

 まずは火の精。魔力によって形作られた炎のソレ。それに相対するには、魔術師が良いゆえに――。

 

「ジェロニモ!」

「心得た。精霊の相手ならば、こちらも負けてなどいられん」

「ジキル博士、ジェロニモと精霊は任せた! ブーディカさん、エリちゃん、ダビデ、ダ・ヴィンチちゃんは彼に従ってくれ! ――行くぞ、マシュ!!」

「はい、先輩!!」

 

 みんなの了承とジェロニモの頼もしい言葉を聞きながら、オレは、一歩前に、ただ視界にオジマンディアスだけを捉える。

 同時にジェロニモによるシャーマニズムを基とする魔術が行使される。

 

 シャーマニズムとは、超自然的存在――霊、神霊、精霊、死霊に働きかける思想であり、魔術においては精霊を使役することによってさまざまな現象を引き起こす術式のことだ。

 その魔術を使用する者のことをシャーマンと呼ぶが、ジェロニモはまさにそのシャーマンであり、精霊統御者型と呼ばれる精霊を使役し様々な役割をこなす魔術師だ。

 

「水の精よ――!」

 

 呼び出すのは当然、水の精霊。火の精霊に対して、相克を為すものであり、呼び出された四体の水の精霊がそれぞれ火の精霊へと向かって行く。

 放たれる水と炎。有利なのは当然水のようであるが、過信することはできない。相性とは一方通行のものではないからだ。

 

 火が必ず水に負けて、水が必ず火に勝つとは限らない。水は火を消すことができるが、同時に火は水を蒸発させることもできるのだ。

 一方通行に有利不利が成立することは現実ではありえない。常に変動するのだ。あらゆる外的要因によって相性は容易にひっくり返る。温度が高く、水の量が少なかったりすれば火が水を蒸発させるように。大量の水があらゆる火を消すように。

 

 だからこそ、ジキル博士は次の指示を出す。

 

「ブーディカ君、エリザベート君、ダビデ、ダ・ヴィンチちゃん、いまだ!!」

 

 精霊同士のぶつかり合いは一瞬の拮抗を生む。完全に動きが止まった。その瞬間を、各サーヴァントで攻撃するのだ。

 

「了解!」

「行くわよー!」

「まあ、任されたことはやらないとね」

「ふっふっふ、ウォモ・ウニヴェルサーレと呼ばれた私の実力を見せてあげよう」

 

 ブーディカさんの約束されざる勝利の剣から放たれる魔力塊。威力は一撃で精霊を倒せるものではないが、その勢いをそぐことができる。

 それに連射が可能。水の精霊を援護する形で放たれる一撃一撃で炎を散らして、水の精霊が有効に攻撃できるようにしていく。

 

「精霊に聞かせるなんて初めてだけど、最初からノッていくわよーー!!」

 

 超音響兵器(エリザベート)がその性能を発揮する。魔力を帯びた指向性を持った爆音が炎の精霊にぶち当たった瞬間、あらゆる炎がかき乱される。

 その隙に水の精霊が攻撃すればいいのだが、それすらも巻き込んでエリちゃんのメドレーは続く。最後まで聞けばきっと昇天間違いなしだ。

 

「さって、これでいいかな」

 

 五つ石を投擲し、その精霊の核となっている部分に命中させる。水の精霊による足止めなど必要ない。正しくそれは必中なのだから。

 規格外でない限り、その石はかならずや敵の急所へと当たる。背を向けていても必ずや当たるのだ。ゆえに、結果など見ずとも良い、炎の精霊は消え失せていた。

 

「さあさあ、万能をご照覧あれ――」

 

 籠手から放たれる冷気。如何なる業火であろうとも、凍り付かせるような冷気の中で燃えることはできない。万能と謳われる才能の輝きが焔を蹂躙する。

 この程度余技とでも言わんばかり、その神髄になど一瞬たりとも届いていない。簡単なことだと言わんばかりにレオナルド・ダ・ヴィンチは精霊を消滅させる。

 

 ここに前座の戦闘は終わりを告げる。

 

「行け、クー・フーリン、金時!!」

「おう!」

「任せな大将!!」

 

 そして、戦闘は本命へと移る。本命オジマンディアスへと。

 

「神たるファラオの武勇を見せるとしよう」

 

 今ここに 、ファラオの中のファラオが、その身に宿す威光を放たんと猛る。

 

 それは、至高。

 それは、最強。

 それは、究極。

 それ以外に、形容すべき言葉無し。

 

 まさしく、正しく、神王の名をほしいがままにするファラオがここにその武威示さんと、進軍を開始する。

 




さあ、行くぞ! オジマンディアス戦だ。気張れぐだ男。
まあ、それはさておき、ようやくジェロニモさんが活躍させれた。シャーマニズムだからずっと六章の炎の精霊との闘いで活躍させようと思っていたのがようやく実現。
だが、ここから先は絶望である。
いささかも揺るがぬ真なるファラオの武威を見るが良い――。

というわけで、次回こそオジマンディアスとの決戦。相手は宝具を使わないのに、いろいろと圧倒するシーンしか思い浮かばない。
ノッブの相性ゲーの中でもなんか生き残りそうなんですよ、この神殿の中だと。
とりあえず気分は既にラスボス戦。



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神聖円卓領域 キャメロット 5

「神たるファラオの武勇を見せるとしよう」

 

 今ここに 、ファラオの中のファラオが、その身に宿す威光を放たんと猛る。

 

 それは、至高。

 それは、最強。

 それは、究極。

 それ以外に、形容すべき言葉無し。

 

 まさしく、正しく、神王の名をほしいがままにするファラオがここにその武威示さんと、進軍を開始する。

 たった一歩。ただ一歩前に出ただけで戦場全てを支配する。この場、この戦いの場における上位者とはだれかと雄弁に告げるのだ。

 

「ファラオの力、その目に焼き付けるが良い――」

 

 降り注ぐ熱線、光線。雷電を纏った太陽光が降り注ぐ。凄まじい攻撃。まともに受ければ無事でいられる保証などありはしない。

 掠るだけですら、致命的な破壊をもたらす死の熱線は、嵐のように降り注ぐ。遍く降り注ぐ太陽の光その全てが貴様の敵なのだと告げるように。

 

 どうした、この程度余技にすぎんぞ、と言わんばかりの余裕。あくびを噛み殺しながらただ腕の一振りで、光線は降り注ぐ。

 莫大な熱量に空間そのものが焼けただれていく。その場にいるだけで猛毒を浴びせられているかのよう。

 

「マスター、下がって!」

「マシュ!!」

 

 守るため、マシュが前に出る。震える足を前に、盾を構えて熱線を受ける。数多の攻撃を防いだ盾の英霊。余技の熱線を防ぐことができる。

 だが、それがどうした。この程度片手間の余技に他ならない。そも、戦闘という場において近づけなければ、意味がない。攻撃が当たらなければ意味がないのだ。

 

 莫大な量の熱線が途切れることなく降り注ぐ。まさしく神の威が如き所業。降り注ぐ光は何よりも輝いており、それだけで見る者すべての意思を挫く。

 

 平伏せよ。自らの死を受け入れよ。

 

 たたきつけられる神威が如きファラオの権能。この大複合神殿において彼はまさしく無敵だ。

 

「ノッブ!」

 

 だからこそ頼るは信長。神を殺すべくして存在する第六天魔王。その力ならば、オジマンディアスにも通用するのではないかと思ったが――。

 

「おう、無理じゃ!」

 

 神殺しの固有結界すら発動する兆しがない。この神殿の効果だろうか。ともかく宝具の真名解放が行われなければ、アレを使うことはできず。

 

「く――」

 

 このままではじり貧で削り切られる。何とか、接近し熱線を止めなければならない。神々の神威の如き熱線が降り注ぐ。

 空間に熱の猛毒が広がっていく。サーヴァントですら蝕む神々の熱量。雷電が帯電し、空間で綺羅綺羅しくはじけている。

 

 方法はひとつだけだ。

 

「マシュ」

「はい、先輩、大丈夫です!」

 

 マシュの盾で防ぎ一気に肉薄する。彼女の盾ならば、あの熱線すらも防ぎえる。それが盾の英霊であるがゆえに、そもあの盾こそ、何があろうとも砕けぬものであるがゆえに。

 足が震えている。恐ろしいのだろう。オレも怖いのだから、彼女はもっと怖いはずだ。でも、ためらうことなく彼女は頷いた。

 

 必ずや防ぐと。

 

「行くぞ!」

「はい、マシュ・キリエライト、突貫します!」

 

 英霊の身体能力の全てを駆使して一歩を踏み出す。

 

「フッ――」

 

 良い、ならば来るが良い。

 

 来る光輝の洗礼。降り注ぐ光線は紫電を纏い、何よりも強く光り輝いている。莫大な熱量が空間を侵食し、あらゆる全てを拒む不可視の猛毒となり、雷電は近づけばはじける機雷と化す。

 しかし、マシュは躊躇わない。信じてくれる人がいて、信じる人がいるならば怖いけれど、前に進めるのだから。

 

 重要なのは速度。いかに素早く近づくことができるか。またそれだけでなく防御も重要だ。速度だけではだめであり、この攻撃を全て完璧に防がなければならない。

 いかに経験を積んだとは言えど、マシュにその見切りはできない。ゆえに――。

 

「右だ!!」

 

 その声だけをマシュは聞いていた。

 

 文字通りの光線。もはや見てからでは防ぐことすらできないのであれば、見ない。ただ背後から聞こえる声だけを信じて防御する。

 言葉の通り、右からくる光線を防ぐ。

 

「上だ!」

 

 聞こえた瞬間には盾を上へと構える。踏ん張ると同時に訪れる衝撃。腕を焼くかのような暴虐の熱に耐え、前へと進む。

 金時、クー・フーリン、信長。彼らが辿りつけば、必ずや勝てると信じて、盾の英霊として防ぐ。

 

「正面!!」

 

 光を受け止め、

 

「やあああ――――!!!」

 

 前へと進む。

 

「ほう」

 

 オジマンディアスは、その様を見ていた。

 

「五つの楔を越えて来ただけのことはあるということか」

 

 ならば、これはどうだ――。

 

「――っ!」

 

 ぞくりと走り抜ける悪寒。吐き気すら催すほどの嫌悪が背中を登る。オジマンディアスの上、そこに収束する光。強烈な一撃の予感。

 

「マシュ!!!」

「――っ!!」

「気張れよ嬢ちゃん!!!」

 

 クー・フーリンのルーンが輝く。与えるは防御の加護。あの一撃を防げば届くのだ。放たれる一撃を前に、大地に根を張る大樹のように盾を構える。

 必ず防ぐという意気をたぎらせている。ならば

 

「――」

 

 魔術によるサポートを行う。強化、強化、強化。マシュにあらゆる強化を重ねがけしていく。彼女が無事で済むように、祈りを込めて魔術礼装を起動する。

 

「――――」

 

 放たれる大熱光線。視界の全てを白に染める一撃がマシュへと放たれた。

 

「く、ああああああああ!!!」

 

 じりじりと後ろへと下げられる。踏ん張ったはずの足はずるずると後ろへ。押し切られるその瞬間――。

 

「いっくぜ、ベアー号!!!」

 

 轟音が爆ぜ、ベアー号が疾走する。雷電をたぎらせ、大熱光線の横、壁すらも走り抜けてついにオジマンディアスへと肉薄する。

 

「来たか勇士」

 

 普通ならば迎撃される。だが、今、その熱線はすべてマシュが防いでいる。彼の疾走を阻むものはない。その背に、クー・フーリン、ノッブを乗せて疾走した彼はそのままオジマンディアスへと突っ込む。

 しかし、その一撃は、躱された。それのおかげで熱線は止まる。

 

「マシュ!」

「だ、い丈夫です!」

「いい、休んでくれ」

 

 既に熱線を放つ余裕などないだろう。オレたちの中でも屈強な三騎のサーヴァントが、彼へとたどり着いたのだから。

 まず突っ込むのはクー・フーリン。獣の如き敏捷さで、まっすぐにフェイントを交えながら突っ込んでいく。

 

「行くぜ!」

 

 放たれる朱槍の一撃。空間を刺し穿ち、神速でオジマンディアスへと向かう。しかし、オジマンディアスは揺るがない。

 放たれた槍に向かい、短刀を抜く。それから払うような動作で槍を打ち払い、その背後に迫っていた金時の拳を受け止め、放たれたノッブの弾丸を全て短刀で切り払う。

 

 続けて放たれる槍の薙ぎを上方へ逸らすと同時に、掴んだ金時をクー・フーリンへと投げ、ノッブの火縄=カタを最小の動作のみで全ての弾丸を交わし、時には短刀で火縄銃をはじく。

 

「チッ」

 

 速度のギアをさらに一段階クー・フーリンが上げたとしても、

 

「嘘だろ、オイ」

 

 それに追従してくる。速度が速いのではなくまるで未来でも見切っているかのように、クー・フーリンの一撃を全てはじき落してしまう。

 

「惰弱惰弱ゥ!」

 

 お返しとばかりに放たれる短刀の一撃。

 

「金時!!!」

「応!!」

 

 放たれる一撃に合わせたカウンターの一撃。雷電を纏った金時の拳が短刀へと横殴りにたたきつけられる。

 

「おっと」

 

 大きく腕が弾かれたところに放たれるは、

 

「ノッブ!」

 

 ノッブだ。統計学により計算された火縄=カタが今度こそ決まる。

 

「まだだ、兄貴!」

 

 それに合わせるように朱槍の連撃が叩き込まれる。突き、薙ぎ。縦横無尽に放たれる流麗な槍の連撃がオジマンディアスへと放たれる。

 決まったかと思われた瞬間、オジマディアスはその腕で槍をはじく。放たれる残像すら伴う槍の連撃を逸らすことによって火縄=カタの弾丸を全て打ち落とさせたのだ。

 

 更に金時の雷鳴が奔るがそれすらも軽いステップで躱されてしまう。だが――。

 

「マシュ!!」

「はい!!」

 

 走り込んでいたマシュのシールドバッシュが仲間の攻撃の合間に差し込まれる。彼女ならば防げる。同士討ちにはならない、オジマンディアスは必ず防ぐという信頼がマシュに突撃を敢行させた。

 読み通り、オジマンディアスはノッブとクー・フーリンの攻撃を防いだ。金時の雷鳴を軽いステップで躱す。その瞬間、わずかな隙。中空という蹴りだす部分がないその一瞬にマシュの一撃が炸裂する。

 

 それも短刀で受けられダメージにはならないが。

 

「フッ――」

 

 王から戦意が消える。全ての動きが止まった。

 

「遊びと言いつつ熱が入ったわ。おかげで首の調子も戻った」

「ファラオ、いったいなにが……いえ、この者たちを処罰されるおつもりですか……?」

「無論だ。この者たちの目的は聖杯。その聖杯は今や、余の持ち物。であれば、いずれ殺し合うは道理。余はこの者たちを活かして帰す気はない」

「な……では、私はファラオの敵を、この手で御前まで引き入れてしまったと……?」

「そう、引き入れてしまったのだ。だが――ニトクリス。そなたには聖杯と、この特異点に関する知識は伝えておらぬ。それは余の過ちだ。そなたの罪ではない。というのも」

 

 そう言って、こちらを見る。再び戦闘が始まるのかと警戒して。

 

「……ふん、正直、第四あたりで息絶えたものと。そうでなくとも、完全に精神すら壊れたものと思っていたがな。余の憶測も笑えぬわ」

 

 要らぬ誰かのお節介でもあったか?

 

 そう問うオジマンディアスに思い浮かぶのはひとりの男だった。恩讐の彼方にて、オレを導いてくれた相棒の姿――。

 

「だが――遅すぎる!」

「は、え?」

「遅い遅い、遅きにも程がある! カルデアのマスターよ! 貴様らが訪れる前に、この時代の人理はとっくに崩壊したわ!」

「なん……だって……」

「言葉通りの意味だ。この時代――本来であれば聖地を奪い合う戦いがあった」

 

 一方は守り、一方は攻める。二つの民族による、絶対に相容れない殺し合い。その果てに、聖杯はどちらかの陣営に渡り、聖地は魔神柱の苗床となっていたはずだった。

 

「――おまえたちが、もう少し早くこの地に到達していれば、な」

 

 それはつまり、そうはならなかったということ。現に聖杯は、ここにある。オジマンディアスの手の中にあるのだ。聖地奪還の争いは起こらなかった。

 

「オジマンディアス王、キミはおそらく十字軍側の誰かに召喚された。そして、君は当然のように彼らと敵対した。そして、聖地を己がものとした。それによってエジプト領を召喚したのかな。これで人理崩壊を?」

「……何者だ。中々の知恵者のようだが……」

「レオナルド・ダ・ヴィンチ。しがない万能なだけの天才だよ」

「ほう。その名であれば余も知るところだ。人類史に輝く才人のひとりだとか。成るほど、成るほど。天才と変人は紙一重というヤツだな!」

「いやいや、偉大なる太陽王に比べれば、私の知性なんてちょーっと上ぐらいさ」

 

 ――あ、そこは上って言っちゃうんだ。

 

 その傲岸不遜というか、(ファラオ)をも恐れない言い方には本当に敬服する。さすがはダ・ヴィンチちゃんと言いたいところだった。 

 オレではどうやっても、そんなことは言えないだろう。

 

「それで? こちらの見解は正しかったかい? この時代の特異点はキミということでいいのかな?」

「フ――フハハハ、ハハハハハハハ! 残念ながらそれは違うぞ、異邦からの賢人よ! この余が! 太陽王たる万能の余が! 聖杯などという毒の杯を使うとでも思ったか! 余は聖杯の持ち主であり、聖杯の守護者である! 聖地になど、余は全く興味がない!」

 

 故に――

 

「心して聞くが良い。この時代を特例の特異点とし、人理を完膚なきまでに破壊した者は、貴様らが目指したエルサレムの残骸、絶望の聖都に座している。通り名を獅子王。純白の獅子王と謳ってなァ!」

 

 純白の獅子王。ニトクリスも呟いていたその言葉。それが今度の敵なのか。わからないが、やるべきことははっきしりしたのだと感じた。

 

「さて、遊びのあとは腹が減った」

「ファラオ、既に用意は整っております」

「うむ、ではそなたらも来るが良い」

 

 言うことを言った後はもう彼は語らず、それどころか豪勢な食事を振る舞われる。

 

「…………」

 

 豪華すぎる食事。

 

「どうした、食わぬのか?」

「あ、いえ」

「遠慮などはいりません。オジマンディアス様の慈悲、感涙しながら受け取るが良いでしょう」

 

 戦って、この世界の真実を聞いて、その後、どうするかとかそういうことではなく食事。嵐のように展開が過ぎていく。

 何をどうすればいいかなんて考える暇などなく、流されていく。

 

「まあ、食べればいいんじゃない? 毒はないしね」

 

 ダビデは遠慮なんて言葉なく既に食べている。

 

「…………」

 

 たしかに美味しそうである。ここを逃せばきっと食べられないであろう豪勢な料理。喉が鳴る。かぐわしい香りをかぐだけでも最早我慢なんてできるはずなく。

 

「いただきます」

 

 食事に手を付けていた。

 

「う、まい……」

 

 ――うますぎる。なんだこれ!?

 

 わけがわからなくなるほどの美味さ。こんな料理食べたことがない。

 

「はっはっは。良い食べっぷりである」

 

 料理も酒も何もかもが別格。王様というのはさすがというか、ここまで別格過ぎるのは初めてだった。ローマに行った時は戦争していたから、さほど豪遊もできなかったが、これはもうなんというか――。

 

「はぁ、うまかった……」

「そうか、じゃあ、帰れ」

 

 そして、オレたちは神殿から追いだされた。

 




オジマンディアス戦終了。緒戦ですし、こんなものでしょう。


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神聖円卓領域 キャメロット 6

「はぁ、嵐のような展開でしたね、先輩」

「そうだね……」

 

 一戦を交えて、その後に食事。そして、出ていけと追いだされる。休まる暇がまるでない。ただ、ようやくあの空間から出ることができて非常に清々しい気分だった。

 ただ、彼は触れ合って見ると意外に良い人物であることがわかった。遠方より訪れた客人を無下にしないところとか。

 

 ただ、協定は結べなかった。足りないものが多いと言われた。この世界を見て来い。つまりやるべきことを示唆されたのだ。

 

「まずは、聖都か」

「そうだね。そのために食料やら、資材やらいっぱいもらえたしね。やっぱり王様だけあって気前がいい。というわけではこれ。改良版のマスク。これでだいぶマシだろう?」

「ありがとう。確かに、これでいつも通り動けるかな」

「準備はできましたか?」

 

 マシュと何かを話していた女王ニトクリスがこちらに話しかけてくる。何を話していたのか聞いたらガールズトークだと言われた。

 気になるがガールズトークを突っつくことほど恐ろしいことはないとダビデが言っていた。ガチトーンで。だからオレも突っつかない。

 

「ええ、お世話になりました」

「借りを返しただけのことです。二度目はありません。次に会う時は、敵同士でしょう。手加減など期待せぬよう」

「うん……」

「ああ、もうそんな悲しそうな顔をしない! まったく、そういうところがやりにくい! ……ですが、そういうところがあるからこそ、貴方には数多くの英霊がついていくのでしょうね」

「そうかな。弱いし、無様だし」

「ですが、それを認めて、それを誤魔化さずそれでも前に進んでいます」

「良い出会いがあったんですよ」

 

 ――それは少し羨ましいという彼女の言葉は、風に乗って消えていった。

 

 ファラオにとっては、問題のある発言ゆえに。

 

「さあ、行さない。エジプト領を出ればそこは終末の地の真っただ中。気を付けておいきなさい」

 

 そう言って彼女は去っていった。

 

「で、ダ・ヴィンチちゃんはさっきからなにやってるの?」

「よくぞ聞いてくれました! どうやら今回は長時間の肉体労働になりそうだからね。オジマンディアス王から木材をわけてもらってぇ……じゃ――ん!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが取り出したるは、

 

「砂漠移動用車! 名付けて万能車両オーニソピプター・スピンクス! さ」

「…………」

 

 どこからどうみてもバギーを木材で作っていた。オーパーツ甚だしいが、この時代の技術レベルで作ってるのが、どこからツッコメばいいのか。

 

「――――」

「マシュ?」

「なんとい……おお、なんという……Mr.レオナルド! 運転免許は必要でしょうか!?」

「マシュ!?」

「必要ない必要ない。だって、エンジンとかないし! 基本的に自転車と一緒さ!」

 

 ただし、魔力をガソリン代わりにしてあるから、最大時速60キロ出るとか。

 

「ダ・ヴィンチちゃんって、馬鹿だよね」

「ますたぁ、馬鹿と天才は紙一重といいますわ」

「こらこら、せっかく作ってくれたんだからそんなこと言わないの」

「これがあればナンパ、成功するかもしれないね」

「だよな、やっぱり車はあったほうがいいぜ」

「オレっちのベアー号の方が速度でるが、そいつもいいなァ!」

「はいはい、そんなことよりさっさと行くとしよう」

 

 時間は有限だ。みんなで乗り込み、さっそく出発。瞬く間の間に砂嵐地帯を抜けてしまう。

 

「ヒャッハーァ!!」

 

 その速度、まさに最高速度!!

 

「この世の理はすなわち速さだ! 物事を速くなしとげればそのぶん時間が有効に使える、遅いことなら誰でも出来る、20年かければバカでも傑作小説が書ける! 有能なのは月刊漫画家より週刊漫画家、週刊よりも日刊、つまり速さこそが有能さであり、速いことは文化の基本法則!」

 

 頬に当たる風が気持ちがいい。遮るものがなく最高速度でぶっ飛ばせるのは実に気持ちがいい。あの息苦しさから解放され、あの生き苦しい空間から解放された今、オレを止めるものはいない!!

 

「ま、ますたぁ?」

 

 清姫が目を白黒させているがスルー。

 

「ハンドル持つと性格が変わるってやつ? いや、ストレス、かなぁ」

 

 ブーディカさんがなんか悩んでいるがスルー。

 

「先輩先輩! ところで、運転は快調ですね。……と、ところで、ですね。先輩、運転はお疲れでは、ありませんか? 何でしたら、わたしが代わりましょうか」

 

 マシュがとても変わってほしそうな目でこちらを見ている。

 

 ――代わる。

 ――代わらない。

 

「いいよ、マシュ」

「お任せください! 先輩はどうぞ。ピット休みを。順位はこのマシュ・キリエライトが死守します!」

 

 一度車を止めてから運転を代わる。

 

「ふぅ」

「お疲れ。一時間以上のドライブは危険だからね。さあ、食事にする? それともマッサージ? それとも私にするかい? ああ、冷たいジュースも作っておいたよ?」

「…………」

 

 一瞬、いいお嫁さんだなぁ、とか思ってしまった自分を殴るべきか、そのまま流されるべきか迷ってしまった。

 

「けっこう世話焼きですよね」

「フォウ、フォーウ」

「そりゃそうだよ。私は基本、お節介焼きだからね。甲斐甲斐しく注文をつけるのさ。あと、そろそろマスクは外していいよ。あの先はこことは違う魔力濃度だ。きっと、この時代の本来の風景が見られる」

「……ダ・ヴィンチちゃん、楽しそうだね」

「そう? それなら君もだよ。まったく、私たちの強がりも中々になったよね。君はマスター、私はモナ・リザ。笑みは絶やしてはいけないからね。どんなに不安でも笑っていないと。まあ、私の気苦労もじきに解消される。エジプト領を抜ければロマニと通信がとれるようになるからね」

 

 忘れていたが、ドクターも気が気じゃなかったはずだ。

 

「はは、そうだろうねぇ。でも、本音をいうと良かったよ」

「良かった?」

「ああ、これで少しはロマニも休めただろう。ロマニのやつ、グランドオーダーが始まってからほとんど不眠不休だったから」

 

 むしろ、この原因を何がなんでも調査しようとさらに無理をしている気がするのだが。

 

「というか、ドクターが不眠不休?」

「そりゃそうだよ。事故で失われたカルデア所員は60名以上。その欠損をどうやって埋めていると思ったんだい? ロマニの仕事は健康管理だけじゃない」

 

 残った機材の運営。シバのメンテナンス。カルデアの炉の制御。作戦方針にレイシフト運用。カルデアの食糧事情についての改善とそれについての様々なアプローチ。

 

「知っているかい? 増えていくサーヴァントの息抜きの為の食事と所員とキミのための食事。どれだけあっても足りない物資。一度はカルデアの食料備蓄が付きかけたことだってあるのさ」

 

 それを人知れずどうにかしようとダ・ヴィンチちゃんをたきつけて奔走していたのがドクターだとダ・ヴィンチちゃんは言った。

 それに加えて本業もある。日々まいっていくカルデアスタッフのメンタルケア。外からの補給ができない以上、中の人間でどうにかするしかない。

 

「それを、ドクターが……?」

「ああそうさ。こんな大仕事、ひとりでやれるのは天才だけだ。でも、ロマニは天才じゃない。英霊でもない。ただの人間、凡人だ。そんな人間が天才の仕事を任されたとき、まず時間と体力を犠牲にする」

 

 それはオレでもわかった。オレもどうしようもなく凡人であるから、少しでもマスターとしてしっかりと指示ができるように多くの英霊について学んだし、マシュとトレーニングをしたり、いろんな英霊たちに教えを乞うた。

 

「それでも足りなくなったらさらに無理をする。薬で思考精度を上げて、肉体疲労を誤魔化すのさ」

「知らなかった……」

「フォーウ……」

「鋭い君には特に気が付かれないようにしてたからね。僕如きが彼の邪魔をしてはいけない、彼に背負わせているんだからこれくらいやってみせるさ、ってね」

「…………」

「それにね、カルデアからの通信もただの通信じゃない」

 

 特異点は現実でもあり、もしもの世界でもある。ここにいる、というだけでオレの存在は曖昧になる。なぜならば、十三世紀の時代にはオレという存在は存在しないのだから。

 世界の観点で言うと、意味不明なものとしてうつるのだ。だから、カルデアはオレという人間が意味消失しないように、存在証明をたてている。

 

 オレという最後のマスターの実在を常に証明して、レイシフト先での存在を確かなものにしているのだ。それがなければ、何かの拍子にたったひとつの数値でも違うもしもの存在なんてものが現れてしまえば2016年、現代には戻れないのだ。

 

「だから、カルデアでは常に君をモニターし、あらゆる数値をチェックして、少しでもブレそうな箇所があれば、正常値に戻している。これはわずかな差異、わずかな予兆すらも見逃してはいけない作業だ。ロマニ含め、カルデア管制室のスタッフは文字通り、全身全霊でキミの旅をサポートしているのさ」

「…………」

「みなさん、飛びます! 対ショック体勢!」

 

 言うや否や、砂丘を大ジャンプ。そして、その先にあった光景は、想像を絶していた。

 

「―――――」

 

 焼けた大地がそこには広がっていた。黒く変色し、焼けただれた傷跡が如く、膿み続けている大地。もはや手遅れ。

 暑さを感じる前に、こんな光景が広がっていることに対して体が冷えていくような感覚。この光景を作り出した何かがいるということに対して無条件に感じる恐怖にただただ身体が冷えたような感覚だけが襲う。

 

「気温48度、相対湿度0パーセント、大気中の魔力密度0.3ミリグラム……酷いありさまだ。とても人間の生きられる環境じゃない」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉が、乾ききった大地に空虚に響き渡る。

 

「まったく私の予想通りか」

「予想?」

「これが魔術王の仕事、ということだよ。魔術王は人理定礎を乱すことで特異点を生み出した。その結果、人類史は不安定になり、魔術王は過去にわたるまでの一切を燃やすという、偉業を行った。逆に言えば特異点にだけは人理滅却の波はこないということだったんだが」

 

 もはやそんなことは関係ないのだと理解した。人理が乱れすぎて、もはや特異点という例外すら例外にならなくなったということ。

 この大地はいずれ燃え尽きてしまうのだ。オジマンディアスが聖杯を使わない理由もこれなのだろう。聖杯を使うことなく、この大地は滅びてしまうのだから使う必要がない。

 

「そんな……この時代に、何が……」

「マシュ、それはあとだ」

「ますたぁ、頭を下げてくださいまし」

 

 囲まれている。ただの敵ではない。

 

「食べ物……食べ物、だ……水も、あるぞ……うまそうな……女も……あ、ああ」

「ヒッ、ヒヒ、太陽王の人食い獣どもから、逃げて来たんだろうなぁ……ヒヒ、ヒヒヒヒ!」

「ありがてぇ……ありがてぇ……オレたちの為に生き延びてくれて、ありがてぇ……」

「殺せ……、殺せ!」

「肉だ、肉だ、肉だ――!!」

 

 たたきつけられるはただただ、圧倒的な思念だ。俺たちの為に死ね。持っているものをヨコセ。オンナ、オンナ。全てを犯して蹂躙して、略奪という殺意。

 それはサーヴァントでも、幻像でも、獣でもない。ただの人間だった。目を血走らせて、狂ったような声を上げ続ける人間だった。

 

 いいや、事実狂っていたのだろう。隠すまでもない、サーヴァントでもないために、読みやすい彼らの根底が一目見ただけで透けて見える。

 半ば屍鬼(グール)化したヒト。人間。あまりの絶望の中で、それでもなお生きるために、ナニカを食った、堕ちた人。

 

 ニンゲンはここまで堕ちることができるのだとオレに見せつけてくる。憎み、妬み、傷つけることでしか生きられない。生きていても長くない。

 

「先輩……!」

 

 マシュの声が震えている。オレにどうすればいいのか求めてくる。オレだってわからない。彼らはここで生きていた人間なのだ。

 

「倒すんだ。それしかない。可能な限り峰打ちでいいが、可能な範囲でだ。コレはもう助からないし、助ける余裕もない。ココはそういう時代になってしまっている」

「だが……」

「マスター、テメェが言えば、オレたちはこいつらを蹴散らす。蹴散らして前に進む。オレたちはそのために来たんだろうが」

 

 兄貴の言う通りだ。やるしかないのだ。それに敵は待ってくれない。

 

「出来る限り峰打ちで倒せ!」

 

 戦闘は一方的だ。サーヴァントに人間は敵うはずもないのだから。それは屍鬼化していても同じこと。戦闘は短時間でもって終了した。

 いいや、戦闘というものでもない。ただ虫を蹴散らした、そんなものと同義だった。

 

「いてぇ……いてぇ……ちくしょう。ちくしょう――」

「せっかく、上等な肉にありつけると思ったのによぉ」

「クソが、クソどもが……」

 

 なんで、大人しく殺されないんだ。

 

 そう憎悪とともにたたきつけられる言葉。

 

「…………」

「痛みで逃げたのが大半、それでも襲ってきたのが一割だね。大丈夫? マスター。きついなら、言ってよ。溜め込んじゃ、また……」

「大丈夫、大丈夫だよブーディカさん」

「……悲しいよね。考える頭があるのに、動くからだがあるのに。自分を止める方法が、死以外になくなってしまうとこうなってしまうんだから。人間ってのは――」

 

 悲しい生き物だよね。

 

 ダビデの言葉が、なぜか鮮明に響いた。

 

「ま、オマエはよくやったよ」

 

 式が周りを視て言う。

 

「こんな連中、殺しちまえば楽なのに結局死傷者はひとりもない」

「甘いのう、甘々じゃ。じゃが、それでこそマスターと褒めてつかわすぞ。よくぞ、その信念貫いて見せた」

「……結果論だよ……」

「マスター、そう言った心の余裕があることは悪いことではない」

「ジェロニモの言う通りだよ。それはとても大きなことだ。余裕がなくなると、人はどうしても大変な間違いを犯してしまう」

「ジキル博士……」

「大将、とりあえず移動しようぜ。こういう連中には他に仲間がいるかもしれねぇ」

 

 それでも悶絶している人たちをこのままにしていきたくはなかった。偽善かもしれない。けれど――。

 

「エリちゃん、食料ってあったよね」

「ええ、いっぱい。マスターが捉えたあの、たこっぽいの? が」

「ますたぁ、いっぱいありますよ」

「……やれやれ、本当にマスターは。どう思うマシュちゃん。私はもちろん反対だけど、キミは?」

「はい、賛成です!」

 

 これはただの気休めにしかならない。

 

「でも、誰かのやさしさが、誰かの為にと思った行動は、きっと間違いなんかじゃないんだ」

 

 きっと彼らは明日には忘れてしまうのかもしれない。それでも、きっとこの食料と水は彼らの人生を少しだけいいものにしてくれると信じて。

 

「ダ・ヴィンチちゃん」

「オーケー、オーケー! さあ、持っていきたまえよ、心を失った諸君!! 明日には忘れるだろうが、なに、たった半日ばかりの蘇生ということさ!」

 

 水と食料を振る舞う。食べられるタコっぽいあれで悪いが、食べられるし栄養満点だ。

 

「ぁ……やったぁ!」

「水だ、水だぁ――!!」

 

 押し合いへし合い。食料と水に群がる人々。

 

「さあ、今のうちに撤収だ! スピンクス号に乗り給え!」

「フォーウ!」

「……………………待ちな」

 

 群がる一人が、こちらに気が付いて声をかけてきた。

 

「アンタら、東に行くのか。……まさか。聖都に?」

 

 それはただひとりの気まぐれ。いいや、いい方に考えるなら、この気休めが彼らに少しばかりの余裕を取り戻させたのだと信じたい。

 

「ああ、その聖都に行くんだ。何か問題があるのか?」

「ああ、聖都は唯一の都。ああ、そうだ、あそこには何もかもがある夢の国だ。だから、これは、あんたらへのせめてもの、礼だ。行くな」

 

 あそこには怪物がいる。世界を焼き尽くそうとした十字軍を皆殺しにした騎士(バケモノ)と、その主、聖都に遍く威光輝く偉大なりし獅子王がいる。

 だからこそ、行くな。美しいものほど恐ろしいということはああいうことを言うのだ。壁には絶対に近づくな、死にたくないのなら砂漠に戻れ。

 

 そう男は言って、食料と水の争奪戦に戻ろうとする。

 

「待ってくれ」

「なんだ……」

「ほら」

 

 一本のボトルを渡してやる。水の入った、冷たいボトル。

 

「助言、ありがとう」

「………………」

 

 男はそれを大事に抱えて、食料争奪戦へと戻っていく。

 オレたちは、今度こそ出発した。彼らが行くなといった聖都へと――。

 




偽善とわかっていてもやらずにはいられない。それがきっと何かいいことに繋がるだろうと信じて。
あとここに来て、タコっぽいアレの肉が役に立ちました。
オジマンからもらったのも併せて原作よりもかなり量が多くなっております。無論、その理由は在ります故。

さて、次はついに、円卓の騎士どもが来る。
糜爛した地獄の歯車は回り続け、加速度的にぐだ男を奈落の底へと落下させていく。
その中でぐだ男は――。

てな感じで、次回、絶望《円卓の騎士》が来るぞ。


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神聖円卓領域 キャメロット 7

 東へ。さらに東へ。黒く焼け付いた大地を進む。誰も何も言わなかった。悲惨な光景にただただ胸が痛み、心が軋みを上げている。

 これが、世界の行く末なのだと思ってしまって、絶望が色濃く残る大地は心にただただ大きな影を落とすのだ。

 

 話声が出たのは太陽が沈む時刻。ドクターの通信が回復した時だった。

 

「良かった。やっとつながった! 大丈夫かみんな!? 今回も何か、予想外のアクシデントがあったのかい!?」

「あー、安心する」

 

 聞きなれたドクターの声。どこか情けなさそうな、それでいて、優しくて、やる時はやるドクターの声が、聞こえた瞬間、感じていた不安が軽くなった気がした。思わず涙がでそうになるほどに安心した。

 

「はい、これでこそドクターです」

「とにかく無事でよかったよ。反応は随時確認できていたんだけど、こちらからの通信はまったく届かなくて。まる二日も支援ができなくてすまない。そちらはどういった状況だったんだい?」

 

 ドクターにこれまでの経緯を説明する。エジプト領に出たコト、オジマンディアスが聖杯を持っていること、いろいろと話した。

 ドクターは黙って聞いていた。全てを話し終わってから彼は納得したように息を吐いた。

 

「……そうだったのか」

 

 通信がうまくいかなかった理由も判明し、エジプト領は鬼門だと言い、オジマンディアスを厄介だと溜め息を吐く。

 

「でも、いいこともある。こちらにも味方がいるはずだ」

「味方?」

「獅子王とオジマンディアスは言ったんだろう? それは間違いなく、リチャード一世だ。獅子心王さえいれば太陽王も何とかなる」

「…………」

「君たちは十字軍と合流して――どうしたんだいその顔」

 

 ドクターは知らないんだった。十字軍はとっくの昔に全滅している。ドクターがいかに特異点のマップデータを出して聖都があると言っても間違いない事実だと確信ができる。

 オジマンディアスは嘘を言っていないのだから。間違いなくそう言える。嘘を言う理由もなにもない。ニトクリスもそう言っていた。彼女は信用にたる。だから十字軍は滅んでいる。

 

「――止まるんだ! その五百メートル先に強力なサーヴァント反応!」

「止めて、隠れて様子を見よう」

 

 隠れて様子を見る。どうやらその先にいるのは人間の一団を率いたサーヴァントと赤い長髪のサーヴァントだった。

 髑髏の仮面から、それがハサンであることがわかる。砂漠でであったのとはまた別のハサンだ。どうやらあの一団は長髪のサーヴァントに追われているらしい。

 

 明らかに弓を持った騎士然としたサーヴァントは、眼を閉じたまま前を見据えている。そこから感じられるのは、すさまじいまでの悪寒だ。

 強力なサーヴァントというだけではない。何か得体のしれない何かをあのサーヴァントから感じるのだ。何かわからないが、それはおそらく良いものでは当然ないだろう。

 

「ここまでか……」

 

 一団を率いていたハサンが諦めの言葉を吐く。もはやここまで。追いつかれてしまった時点で逃げられない。弓を持ったサーヴァントはどんなに逃げても全てを射抜くと言っているのがわかる。

 もとより同胞を引き連れて強敵から逃げ延びることなどできやしない。ハサンただ一人が本気で逃げたのであれば別であろうが、足手まといがいてはそれも不可能。

 

「不覚、そして無念なり。万事、ここに休した」

「……悲しい。私は悲しい、山の翁よ。貴方ひとりであれば窮地を脱することは容易い。……しかし、貴方は運命を受け入れた。貴方の背後に怯える聖地の人々。彼ら難民を守るために、貴方は残り続けるのですね……価値なき者を守らんと、価値あるものが失われる……私にはそれが悲しい……」

 

 その言葉には驚くほどに何ら感情が感じられない。本気で悲しいと思っているのかすら不明。

 

「……マスター、わたし、あのアーチャーを見ていると」

「マシュ?」

「震えが止まらなくて……胸が、とても痛くて――」

「マシュ……わかった。下がろう」

「駄目だ、一歩も動いてはいけない。気づかれる」

「ああ、そうだ動くなマスター。気がつかれでもしてみろ。一瞬でお陀仏だ」

「クー・フーリンのいう通りだ。あれは、ギフトだ」

 

 正体不明の力の正体。それはギフトだとダ・ヴィンチちゃんは言った。何かはわからないが、とにかくヤバイということだけがわかる。

 一歩も動いてはいけない。見ていることしかできない。そうできないのだ。

 

「取引だ。貴様の騎士道とやらが誠のものであるのなら――我が命をここに差し出す。その代償として民たちを逃がしてほしい」

「なんと高潔な方か。……しかし、具体的には? 私は撤退を赦されていないのです。申し訳ありませんが……」

「では、右腕と足だ。我が首の代わりに、その右腕と足を貰う。これより一日、その足を動かさず、また右腕を封じられよ」

 

 それは民を何が何でも逃がすための決意。なんと高潔なことか。この終末の大地ですらサーヴァントの英雄性は未だ失われてはいないのだ。

 

「いけません、それでは、貴方は……」

「承知と受け取った――」

 

 ハサンが自害するその瞬間、頭蓋を突き抜けて走る電撃のような直感。アーチャーのサーヴァントの言葉に感じられる圧倒的な違和。

 ハサンが承知したものとして受け取った、その言葉は、オレには別の意味に聞こえていた。

 

 いけません、それでは、貴方は、無駄死にというものですよ――。

 

 なぜかはわからない。それは天啓のようなものだった。磨き上げられた心眼がこの一瞬だけ、アーチャーのサーヴァントに関する何かを感じ取ったのだ。

 逃げ出す難民たち。東へと走っていく。それを約定に従い何もしないアーチャーのサーヴァント。

 

「お見事。ですが――」

「え、なんで、わたし、倒れてる、の? うそ……ひとりでに、首、が――いやあ、いやあ――」

 

 響く断末魔の叫び。落ちる首。

 

「ああ、私は悲しい……それではいけない、と言ったのに。そこから一歩も動くな、などと、なんという慢心なのでしょう。我が妖弦フェイルノートに矢はありません。これはつま弾くことで敵を切断する音の刃」

 

 ゆえに一歩も動かず、矢を構えずとも――肉袋を断つ程度、一息でこなせるのだと男は言って、それを実際に実行に移すのだ。

 広がるのは地獄絵図。悲鳴、叫び、怨嗟の嘆きが漆黒の大地を朱に染めていく。奏でられるフェイルノートの旋律。美しさすら感じるそれはただただ恐怖しか引き起こさない。

 

「あ、ぁああ――」

 

 無抵抗の人々が殺されていく。弦が音を鳴らすとき、そのたびに悲鳴が上がり、紅い華が咲く。血液から放たれる瘴気が大気を汚染し腐臭を撒き散らす。

 風に乗って肌に張り付くのは死体から出た魂の如き瘴気。生者を呑み込む死者の手招き。お前も来い、お前も来い。そう絶望の中で死者が叫んでいる。

 

 しかも、現在進行形で死体が増えていっているというのだから恐ろしい。おおよそ考えらえる以上に絶望に薪がくべられている。

 だが、動くことができない。無抵抗の人たちを殺している。当然のように湧きあがる義憤。しかし、それ以上に、湧きあがるものがあるのだ。

 

 転がった死体の首がこちらを見ている目が合った。恐怖にひきつった漆黒の色をなくした瞳がこちらを見ている。

 出ていったら最後、自分もこうなるだろうという光景を心眼が捉えて、動けない。わかるのだ。わかってしまうのだ。

 

 誇張なしで、あのアーチャーは今まで遭遇したどのようなサーヴァントよりも。オジマンディアスほどではないが、少なくともかなり強いのだということがわかってしまう。

 助けに行きたいのに、助けに行けない。怒りよりも恐怖が勝り、感情よりも理性が遥かに強大な壁となってオレという存在をここに押しとどめる。

 

「ああ、キミが臆病者で本当に良かった。優しいキミはきっと飛び出していきたいんだろう。助けに行きたいんだろう。けれど、それはキミの破滅を意味する。だから、それでいい。アレは味方じゃない」

 

 ここにいる全てのサーヴァントがいくらかの犠牲を許容すれば救えるだろう。だが、今ではない。それは今ではないのだ。

 だから、ここは見ていろ。黙って、見て、難民がすべて殺される場面を見ていろ。それが、何もできない弱いオレの罪――。

 

 そして、全ての難民の首を落としたアーチャーが帰還したあと、無駄だとわかっても生存者を探した。

 

「……生存者、発見できません……みなさん……確実に首を、斬られて……」

 

 胸が痛い、心が軋む。こんな惨状を見て、正気でなどいられそうにない。気を抜けば、誰の目も憚らずに泣いてしまいそうだ。

 怒りはある、どうしてこんなことをという義憤はある。だが、それ以上に、こんな光景を眉一つ動かさず引き起こしたアーチャーが怖くて仕方がないのだ。

 

「……こちらも状況は把握できたよ。あのアーチャー……容赦がないにもほどがある。敵対勢力同士だったようだけど、それにしたって、民間人を一方的に……何か理由があってのことなのか? それとも、ただの殺人鬼だったのか?」

「…………」

 

 わからないなにひとつアーチャーの真意などわからない。何か理由があったとしても、ただの殺人鬼であったとしても、難民たちは殺されてしまったのだ。

 そして、オレたちはそれを見捨てたのだ――。

 

「せめてもの役割が来たようだよ」

「お……れ……おの……れ……おのれおのれおのれ。この恨み、死んでも死に切れぬ……! なんという未熟さだ――敵の非道さを見誤るとは! 許せぬ――許せぬ! この無念を、いったい、誰が晴らせよう!」

 

 アサシンの体から湧きあがる怨霊。土地との親和性が高いためにおこるシャドウサーヴァント化。現れる敵。

 

「式」

「ああ」

「楽にしてあげてくれ……」

 

 式の直死の魔眼が、死を捉える。その線をなぞるようにナイフが走り、ただの一撃で霊核が破壊される。

 

「おお……おぉおおお……最期まで、このような無様を晒すとは……介錯かたじけない、名も知れぬ、サーヴァントとそのマスターよ。まだ、貴殿らに温情があるのなら……どうか、同胞たちの供養を……」

 

 自らの未熟さを悔やみながらアサシンは消えていった。

 

「マスター……」

「わかってるよ、マシュ。みんな、ごめん」

「気にすんな。このままってのも気持ち悪いからな」

 

 どうやればいいのかはわからないが、ひとりずつ埋めていく。首を拾って、できるだけ綺麗にして、埋めていく。

 サーヴァントは人よりも力が強いから、すぐに穴なんて掘れて、さほど時間はかからずに皆を埋めることができた。

 

「これで、いいのかな……」

「ああ、これでいいとも。供養されず、獣の餌になるよりもよっぽどね」

「ありがとう、ドクター」

「お礼なんて良いよ。それから、こちらで生命反応を捉えた。別の難民がいるみたいだ。強盗に襲われているらしい」

「行こう」

 

 強盗を追い払い、オレたちは難民と合流した。そのまま護衛をしながら、聖都へ向かう。侵略者がやってきても、土地が燃えてしまってもあそこだけは安全だから目指しているのだという。

 獅子王はどこからかやってきて、十字軍を皆殺しにしたのだと難民は言った。そして、聖地に何かを建てたのだという。今は獅子王が聖地を管理し、その門戸を時折開くのだ。

 

 聖都では一か月に一度、聖抜の儀というものがあるらしい。それが難民を受け入れてくれる日なのだという。その日までに聖都にたどり着けばもう何も心配はいらないのだとか。

 

「それでは、ありがとうございました」

 

 難民から情報を聞いて、聖都まであと少しといったところで別れる。

 

 情報を統括すると今、この特異点には三つの勢力がいると見て良いだろう。

 

 太陽王オジマンディアスの率いるエジプト領。この世界のほとんど半分を握っている上に聖杯もその手中にあるというまず間違いなく最大勢力。

 ニトクリスをはじめとしたは強大な配下や、スフィンクスたちがあり、おそらくはやろうと思えば、いくらでもファラオを手足のように召喚できるはずだ。

 味方であれば心強いが、味方とは言えず、次に遭遇すれば敵対することになることは想像に難くない。

 

 次に獅子王。こちらはよくわかっていないが、十字軍を壊滅させた存在であり騎士。おそらくアーチャーが所属しているのだろう陣営はこちらだと考えられる。

 聖都に拠点を置き、一か月に一度、聖抜の儀によって難民を受け入れているらしい。だが、味方ではないだろう。

 

 そして、アサシン教団、山の翁。この時代の土着側と言っても過言ではないだろう。おそらくは最も弱小の勢力だ。難民を救おうと動いていることはわかっているが、到底かなうとは考えられない。

 味方とは限らず、しかし、最も協力できる可能性があるのはここだった。

 

「太陽王、獅子王、山の翁、三すくみでしょうか?」

「いいや、マシュ、たぶんそれは違う」

「そのとーり! ニトクリスとルキウス君が妙なことを言っていたからね」

 

 まず間違いなく、太陽王と獅子王は不可侵条約を結んでいる。聖都の騎士がニトクリスを攫う理由がないとルキウスは言っていた。

 この地を治めているのは獅子王であり、エジプト領は独立した領域。このことから二つの勢力は不可侵条約を結んでいる。

 

 敵対してはいるが、戦わない。つまり冷戦状態ということ。それを看過できず、レジスタンス活動をしているのが山の民アサシン教団なのだろう。

 

「……なるほど、概ね把握した。まずは、聖都を目指そう。十字軍を壊滅させた騎士たちは何者なのか。聖都が今どうなっているのか確かめないとね」

「…………」

「ブーディカさん?」

「あ、ううん、なんでもない」

 

 それにしては何かを言いたそうな、何か悲しそうな顔をしていたような気がした。だが、それを追及するひまはなく、オレたちは聖都を目指す。

 

 そして、オレたちは行きついた、外を拒絶する巨大な白亜の壁に。嘆きの壁と呼ばれるそこへ。夜であろうとも、わかる堅牢な城壁へオレたちは行きついた。

 




暴虐は止められず、殺戮は繰り広げられる。

次回、ついに太陽が、来る――。

ここから先、全員が無事でいられる保証はない。

だって、三倍騎士が襲ってくるんですもの!
サーヴァントすら普通に屠る粛清騎士が大群で襲ってくるんですもの!!


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神聖円卓領域 キャメロット 8

 すっかりと夜になって、オレたちは聖都の正門前へとやってきた。外を拒絶しているかのような聖都の城壁。その正門前には、千を超える難民が集まっていた。

 これだけの数がいれば、紛れ込むのは難しくない。スピンクスを畳んでいる最中。

 

「そこでのぞき見してるやつ、出てきな」

 

 クー・フーリンの兄貴が岩陰からこちらを見ていった誰かを見つけたようだった。

 

「へっへっへ」

 

 下卑た笑いをする男。その視線はダ・ヴィンチちゃんから、マシュ、清姫、ブーディカさん、エリちゃん、ノッブを舐めるように見ていく。

 

「こいつは上玉だ。砂漠から来たのかい? 裕福そうな服を着てらっしゃる。聖抜の儀に駆けつけてきたようだがねぇ。悪いことはいわねえ。ここで引き返しな。もちろん、身ぐるみぜーんぶ剥いでから、だけどな? 安心しな、相場の一割で買い取ってやる」

「……兄貴、ダビデ、ジキル博士、ジェロニモ、金時?」

「おう、りょーかいだマスター」

「ふふ、女の子たちをいやらしい目で見ていいのはマスターと僕だけだっていうのに」

「相手は人間だからちゃんと手加減するんだよ」

「ふむ。私としてはどうでもよいが、マスターの命令とあれば」

「よっしゃ、行くぜ!」

 

 ついでにオレも拳を握って。ぼっこぼこにしてやった。

 

「つぁ、まいった! 降参だ、降参! しけた稼ぎで命をとられちゃかなわねぇ!」

「おや、ずいぶんと引き際の良い盗賊だ。言葉のなまりとイイ、もしかしてムスリム商人かい?」

 

 ムスリムとは、イスラーム教の信者のことで、その中で商業に従事する者がムスリム商人だ。7世紀からウマイヤ朝のアラブ=イスラーム帝国の拡大と貨幣経済の発展を背景として、活動の範囲を広げてき、陸路では中央アジアやアフリカ内陸にも進出しただけでなく、海上貿易でアラビア海に進出し、インド、さらにはその先の東南アジアや中国との交易を行ったとされている。

 それによってイスラーム教の広がりに貢献したのだ。しかし、今ではそうもいかず、盗賊まがい。聖都ができてからは、獅子王の補佐官によってつぶされてしまったのだと言う。

 

「オレは目端が利いたからなァ。土下座して見逃してもらったのさ。顔を上げたらオレ以外みーんな首をはねられていたのは今でも笑い話だがよ!」

「…………」

「そんな。現地の商人を、一方的に殺害したなんて……」

「へ、気が抜けたな?」

 

 その瞬間、ムスリム商人たちはすさまじいほどの速度で離脱していった。驚くほどの速度。追うこともできたが追うこともないだろう。

 

「忠告だぜ、人間でいたければ聖都には近づかないことだ!」

 

 そう言って、彼らは去っていった。

 

「ともかく行こう。虎穴に僕らは入らなければいけないんだからね。とりあえず目立たないようにマントで身体を隠してね」

 

 マントで体を覆い、オレたちは潜り込む。正門から一番遠いところにしか潜り込めなかったがここでいいだろう。なにかあればすぐに離脱できる場所。

 問題は、難民をぐるりと囲む高い魔力反応を持つと言う、聖都から出て来た騎士。アレは、砂漠で戦った騎士と同じものだ。

 

 ヤバイ、と思った瞬間、空が晴れ渡った。

 

「――!? え……」

 

 目の錯覚か。夜であったはずがいきなり昼になったのだ。

 

「これは――」

 

 ざわざわと難民たちが騒ぎ始める。いきなり夜から昼になったのだから当然だった。

 

「落ち着きなさい」

 

 そこに声が響く。

 

「これは獅子王がもたらす奇蹟――常に太陽の祝福あれと我が王が、私に与えたもうた祝福(ギフト)なのです」

 

 正門に騎士が現れた。

 

「―――」

 

 その瞬間、全身に汗が湧きあがった。

 

 ――ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!

 

 無意識に一歩下がって逃げの姿勢をとる。

 

「おお、ガウェイン卿! 円卓の騎士、ガウェイン卿だ! 聖抜が始まるぞ! 聖都に入れるぞ――!」

 

 難民たちが喜んでいる。

 

 なんで、そんなに手放しで喜んでいられる。その正気を疑うほどだった。今やここは虎穴などという次元ではない。竜の口の中に飛び込んでいっているようなものだった。

 汗が止まらない。震えが止まらない。ここまで培われてきた危険度メーターともいうべき感覚が一瞬にして振り切れてぶっ壊れた。

 

 オジマンディアスの時もそうだが、これもそう。同じ。あまりの恐怖に失神すらできない。本能が逃げろと叫んでいるというのに、身体がまったく動けないという自己矛盾に心が引き裂けそうになる。

 

「……最悪だ。ありえない。こんなことが、起こり得るのか……」

「嘘、でしょ……こんな、……こんなことって」

「レオナルド? ブーディカさん? どうした、らしくないぞ!? 何が起きているんだ!?」

「マスター、マシュ、今すぐここを離れるんだ。今ならまだ間に合う。何が聖抜だ。文字が違うじゃないか。奴らは――」

「駄目だ、もう遅い――」

 

 逃げろと言ったダ・ヴィンチちゃんにオレは悲鳴のような否定しか返せない。

 

「皆さん、自ら聖都に集まっていただいたこと、感謝します。人間の時代は滅び、また、この小さな世界も滅びようとしています。主の審判は下りました。もはや地上の如何なる土地にも人の住まう余地はありません。そう。この聖都キャメロットを除いて、どこにも。我らが聖都は完全、完璧なる純白の千年王国。この正門を抜けた先には理想の世界が待っています」

 

 聖都は全てを受け入れる。

 

 ――ただし、我が王からの赦しが与えられたのであれば。

 

 正門の上に誰かが立っていた。純白の鎧に純白のマントを身に着けた騎士。

 

「――最果てに導かれる者は、限られている――」

「――!? 見るな!!!」

 

 その姿を視認した瞬間、直感し、心眼が見抜き、観察眼が、それを知ろうとして――。

 

「がっ――」

 

 脳に焼けるような痛みが走った。ダ・ヴィンチちゃんに組み敷かれ、眼を塞がれたおかげでそれだけで済んだ。だが、アレは理解してはいけない類のものであると、いいや、違う。人間では到底理解できずに発狂するだけの存在であるのだと理解した。

 

「無事か!? マシュは、私は、自分のことがわかるかい!?」

「ぁ、くぅ、――あ、ああ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの胸って、やっぱりすごいんだぁ……

 

「よし、オーケー、いつものおっぱい星人だ。まさか、あんなものが出てくるだなんて聞いてないぞぅ」

 

 魔力反応がけた違い。もはやサーヴァントを越えている。普通の英霊を越えている。ダ・ヴィンチちゃんはひとつの解にたどり着いていた。

 それはオレも同じ。だが、そこをさらに掘り下げた結果がこれだ。表層の上清だけ見ていればいいものを踏み込もうとした結果が今の惨状。

 

 その間に、状況は進む。正門に現れた影――おそらくは獅子王が掲げた槍が輝くと同時に、一部の難民たちが光り始めた。

 

「聖抜は為された。その三名のみを招き入れる。回収するが良い、ガウェイン卿」

「……御意。みなさん、まことに残念です。ですが、これも人の世を後に繋げるため。王は貴方方の粛清を望まれました。

 では――これより、聖罰を始めます」

 

 その瞬間、囲んでいた騎士たちが難民の粛清を始めた。

 

「でも逃げられない」

 

 完全に囲まれてしまっている。初めからそのつもりだったのだろう。最初から、殺すつもりだったのだ。

 

「私たちだけなら逃げられる。わかっているね?」

 

 聖都の騎士は強敵であるが、全員でかかれば突破できないものではない。

 

「突破、しよう。何処でもいい、騎士たちの円陣の一部を、崩せ!!」

「はい! マスター、魔力を回してください! わたし、絶対に負けません!」

「やれやれ。となると、この先の展開は決まっちゃったかな。ま、仕方ないか。考えてみれば、私はちょっと万能すぎるからね」

「ダ・ヴィンチちゃん?」

「なんでもないとも。さあ、あの騎士たちの囲みを打ち崩すぞ!」

 

 今ここに最悪の戦いが幕を上げる。

 

 立ちふさがる粛清騎士。突撃し、囲みを崩すべく戦う。

 

「く!」

「無理すんな嬢ちゃん!! オレも出し惜しみはしねえよ!!」

 

 ――朱槍が刺し穿つ。

 

 放たれる因果逆転の突き。狙うは心臓ただ一つ。穿つは必中。それ以外の結果などありはしない。否、それ以外の結果が求められない。

 反応は人間であるが、半ば英霊に近い存在。強力な魔力によって作り替えられたのだろう。人の業ではない。これはまさしく――。

 

 いいや、今は考えている時ではない。ひとりでも多く逃がすために、死力を尽くせ。劣っているのならば、絞り出せ。

 全方位完璧な性能を誇る粛清騎士。それは並みのサーヴァントでは相手にならないほどに強大。だが、すべてにおいて平均的な性能であるのならば、こちらの領域に嵌めてやればいいのだ。

 

 こちらは偏っている。突出した部分がある。特化型ではないが、サーヴァントの特性は決して平均的ではない。理想値にはあらず。

 しかし――ゆえにこそ、これだけはというたった一点。極みの一つならば――。

 

「行くぞ。この一撃、手向けとして受け取るがいい───!!」

 

 ――突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)

 

 貫くことができる。

 

 降り注ぐ朱の死槍。一人一人を刺し貫いていくのではなく、炸裂弾のように一撃で一軍を吹き飛ばす対軍仕様。オリジナルである「大神宣言」を超えた威力のそれが粛清騎士へと降り注ぐ。

 何度躱そうとも無意味。標的を捕捉し続け、分裂した槍は必ずや命中する――。

 

 崩れた囲み。その一点へ

 

 

「道が開いたぞ! あそこから逃げるんだ!」

 

 ジキル博士が、民衆を誘導する。

 

「おお、おおお!」

 

 難民が逃げ出そうと必死に走る。その道を広げるべく。

 

「転身火生三昧!!」

 

 竜が舞い、全てを焼き尽くさんと猛る。

 

「く、駄目ですか!」

 

 しかし、粛清騎士に並みの一撃は通用しない。いいや、動きは鈍くなっている。

 

「良い援護だ――」

 

 そこに疾走する式のナイフが翻る。装甲など問題にせず、直死が捉えた死をなぞればそれは死ぬ――。

 

「敵性存在を確認。アグラヴェイン様に報告せよ。サーヴァントの妨害を受けている」

 

 だが、いくら敵を倒しても、敵の更なる増援が来る。

 

「どきなさいっての!! 鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)!!」

 

 それすら押し返さんとエリちゃんの宝具が炸裂する。音の波が襲い、金属の軋む音が響き渡る。だが、それでも粛清騎士は倒れない。

 音圧が足りない。その程度では、我らの大義は止まらぬとでも言わんばかりに、騎士どもはこちらに殺到してくる。

 

 四方から押しつぶさんと来る圧力に膝が笑うのを止められない。このままでは数によって押しつぶされる。

 

「く、このままじゃ!」

「早く逃げるんだ。君たちだけなら! ――って、なんだ!? 別のところでも魔力反応!?」

 

 誰かが東側で戦い始めた。圧力が多少弱まる。

 

「これなら!」

「やめて!!」

 

 その時響いた声は、母親の声だった。子供を連れていきたい。私はどうなってもいいと言う母の愛。だが、騎士は意に介さない。

 理想の魂に自由などはないのだ。選ばれた者にあるのは、理想郷(アヴァロン)への渡航権利のみ。その他あらゆる権利は許されてはいない。

 

 騎士が剣を振り上げる。このままでは子供が死ぬ。その光景から、幻視したのは母親の愛の発露であり――。

 

「やめ――!」

 

 結果、母親が子供をかばった。

 

「マシュ!!」

「うわぁああああああ―――!!!」

 

 マシュにありったけの魔力を回した。一時的だが、強化されその突撃によって騎士を吹き飛ばすに至る。

 

「う、く、ううう……騎士、撃破しました……でも、でも! わたし、見えていたのに、間に合わなかった……」

「泣くな、泣くのは後だ! そいつをオレっちのベアー号に乗せな! 行くぞ!!」

 

 金時をフォローに向かわせた。あの場所はまずい!

 

「そこまでです――」

 

 ゾンッ、っと、全ての音を切り裂いて静寂が訪れた。この場において最強の騎士が今、ここに降臨したのだ。戦場において静観していた男は、マシュの存在を敵と認識した。

 

「見事な暴動でした。異教徒にも、貴方方のように戦う者がいたのですね。――ですが、それもここまで。聖都の門を乱した罪は万死に値する。

 名乗りましょう。円卓の騎士ガウェイン。この聖罰を任されたものとして、貴方方を処断します」

 

 ここに判明する十字軍を壊滅させた存在。アーサー王、率いる円卓の騎士――。

 

「…………」

 

 ゆえにひとりの女が静かにその闘志をたぎらせていくのだ。

 

「逃げられません! 戦闘に突入します」

「くそ!」

 

 日中において三倍の力を発揮する騎士が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。ただそれだけで、腰が抜けそうになる。

 吐きそうだ。その心底を看過する前に、こちらの精神がすりつぶされる。

 

「オラァ!!!」

 

 金時が突っ込む。引き絞られた拳に雷電がまとわりつき放たれる。並みのサーヴァントならば一撃で消滅させるほどの威力。

 しかし――。

 

「その程度ですか」

 

 拳は容易く受け止められる。彼は未だに剣を抜いてすらいない。

 

「チィ!!」

 

 放たれる蹴り。胴へと入った蹴りはしかしてガウェインを揺るがすには至らない。日輪の中において、彼はまさしく正しく無敵なのだ。

 太陽は何物にも不可侵であり、揺らぐことがないかの如く。太陽の騎士もまた、そのように在る。

 

「これでも喰らいやがれ!!!」

 

 疾走するクー・フーリンの一撃。乱戦の中放たれるノッブの弾丸ですら彼を捉えることはできない。もとより撤退も支えなければいけない以上、ガウェインに回せる戦力は少ない。

 一切の攻撃が通らない。当たっているのに、なんだそれは。必中の宝具すらその防御力の前には意味をなさない。

 

「なるほど、名だたる英霊が貴方に付き従っているようだ」

 

 太陽の下では彼は無敵だ――。

 

 絶望が刻一刻と心を蝕んでいく。

 




三倍騎士マジヤバイ。
ついに始まった太陽の騎士戦。しかし、攻撃は通らない。撤退不能。
私、こいつに舐めプして令呪使わされたんですよね。ギフトってなんだそりゃですよ。

次回、ついに一人目の犠牲者が。

あと、トリスタンのことは嫌わないであげて。今の円卓勢特にトリスタンはギフトの影響で反転してるから。本来はちゃんと騎士のはずだから。


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神聖円卓領域 キャメロット 9

 何をしても何があってもガウェインに攻撃が通らない。どのように強烈な一撃でも、強力な一撃であろうとも彼には傷一つ負わせられない。

 もし彼を倒したいと願うならば、太陽を落とすしかないとでも思う。直感は役に立たず、心眼で見切ったところで指示が追いつかない。ジキル博士、ジェロニモと分担してすら追い付かない。

 

 戦況は刻一刻と変化し、悲鳴と恐怖と混乱の中で混迷を極めていく。戦力を集中したいが、粛清騎士が押し寄せてくる。

 ノッブの三段撃ちによって押しとどめるも、騎士の防御力は並外れており、徐々にこちらが押されて行っている。

 

「なんて、奴らじゃ硬すぎじゃぞ信玄か!!」

「ケホッ、ちょっと、博士! 水!」

 

 喉が枯れそうなほどに歌っても敵は減らない。あのアメリカと違って数が多いというわけではなく硬すぎる上に強すぎるのだ。

 

「くそ――」

 

 押しつぶされそうな恐怖の中で、戦場を俯瞰することに徹する。清姫に抱えられて、回避をしてもらいながら、思考する。

 この状況を打破するために、ガウェインという超級の存在をどうにか押しとどめるために――。

 

 ――試行開始(シミュレート)

 ――十手、詰み

 ――失敗(デッド)

 

 ――再試行(チャレンジ)

 ――十九手、詰み

 ――失敗(デッド)

 

 ――条件設定、変更

 ――詰み。

 

 詰み、詰み、詰み、詰み。詰み。

 

 ――結果(リザルト)

 ――戦うこと能わず。

 

 どんなに想像しても、どんなに今戦っているガウェインの情報がそろってきても、勝てる未来が視えてこない。直感は沈黙している。

 勝利する可能性がないということをそれは如実に語っている。心眼が描く未来は、どう辿ろうとも死以外に存在しない。

 

 では、逃走は? わき目もふらず逃げだせばどうなる。

 

 ――逃走試行(シミュレート)

 

 ――失敗(ノン)

 

 ――再試行(チャレンジ)

 

 ――失敗(デッド)

 

 試行終了(エンド)――あらゆる可能性の枝葉を辿るも、たどり着くは根である。ゆえに、その流れは如何なる姿に変わろうとも不変である。

 即ち、勝つことは不可能。どのような手を遣おうとも、必ずや詰みに持っていかれる。この昼の状態で戦えば最後、ガウェインにすりつぶされる。

 

 では、逃走は? わき目もふらず逃げだせばどうなるか。単純だ。ただ殺されるのが早くなるだけである。撤退戦になればまず勝てる可能性はない。

 彼は未だ、その聖剣の真価を発揮していないのだから。背中を向けた瞬間に撃たれるなどといったことはないだろうとは思いたいが、もはや騎士道とはどこへ行ったのかわからぬほどの虐殺風景。

 

 このような所業を引き起こした騎士が、今更背中から撃つことをためらうとは到底思えない。それよりも逃がさないことに重点を置くだろうことは容易に想像できるのだ。

 それが彼の王の望みであるならば、こそだ。

 

「――く、駄目です、日中の彼には、攻撃が通りません」

「チィ、面倒極まりないぜ。アレ使うか――」

「おや、まだまだ余裕があるようではありませんか」

 

 ガウェインとの戦闘はガウェインが手加減しているがゆえに渡り合えているように見えている。だが、視えているだけだ。

 その内情は、こちらの圧倒的な劣勢。なにせ、こちらの攻撃は如何なるものであろうとも通用しないのだ。因果逆転すらも今の彼には通用しない。

 

 当たるという因果がなければそも逆転は起こらないのだから、当然だろう。無論、その因果があったところで彼は容易く槍を迎撃して見せるだろう。

 日中であれば、それすらも容易く可能だ。なにせ、いつかどこかの世界で、青き王は自らの幸運と直感のみでそれを行った。

 

 であれば、日中にして万全の彼がそれを行えないわけもなく――。

 

「まずいね」

「何がでしょうか、ダ・ヴィンチちゃん」

「マシュだ。委縮しているのもあるけれど、根本的にガウェインを敵視できていない。だから動きも鈍い。――少し時間を稼いでくれるかい」

 

 このままではまずい。それがわかっているが。

 

「……わかった。できる限りやってみる。清姫」

「はい、心得ました」

 

 戦場の中心へ。ガウェインへと近づいて行く。オレでは絶対に近づけないので清姫に抱えられたまま前へ。そして、マシュの前へオレは踊り出た。

 恐ろしさで震えが走る、気絶してしまいそうだ。穏やかな中に存在する圧倒的な気配に当てられて今にも燃え尽きてしまいそうに感じる。

 

 それでも――。

 

「ガウェイン、なぜこんなことをする!」

「マスター!?」

 

 問うた。時間を稼ぐために。

 

「ふむ。本来であれば答える必要などありませんが。女性を庇い、自らを危険にさらしての問いであれば答えないわけにいきませんね。

 私はガウェイン。人理を守らんと、この聖都を築き上げた御方、騎士の王にして純白の獅子王アーサー王に仕える騎士です」

 

 彼は求めるものを告げる。その言葉には迷いや躊躇いなどない。全てを覚悟し、全てをやり遂げると誓った圧倒的なまでの意思がそこにはある。

 

 ――何者にも冒されることのない理想郷の完成。

 

「我々はただそれだけを目指しています。そのために、より善い人間を選び、選ばれない人々は排除する」

 

 ただそれだけの話であり、自らの正義にのっとって行動しているのだと彼は告げた。

 

 そして、それゆえにそれに逆らってしまったオレたちの運命は決したのだ。円卓の騎士を、獅子王を敵に回した。

 今ここで死ぬか、他の騎士に討たれるかは問題ではなく、どうあれ、運命は決したのだ。

 

 死ぬ。

 

 間違いなく、死ぬ――。

 

 それは間違いなく慈悲であった。それを受け入れてしまいそうになる心があった。だが――下げた視界に入る翻るインバネス。

 オレは自然に言葉を紡いでいた。

 

「オレ、は、おまたちには、負けない!!」

 

 ――ああ、そうだとも!!

 

 誰かの声を聞いた。それは、あいつの声で。

 

「無謀です、マスター!!」

 

 放たれた剣戟をマシュが防ぐ。その瞬間に、清姫がオレを抱えて退避を始めていた。

 

「無謀なのは貴女も同じこと。いえ、その心持ちでは彼も嘆くでしょう」

「――――っ」

「これは私が命じた聖罰。私が許した殺戮。その母子は、私が殺したのですよ? 先ほど粛清騎士に向けた敵意をなぜ、私に向けない。その覚悟もなく、なぜ、戦場に来たのです。もしも、道理がわかっていないのであれば、それは我々への侮辱と知りなさい」

「――……っ!」

 

 騎士の剣戟が放たれる。金時、クー・フーリン、マシュの三人に向けて放たれる一撃はどれも重く、鋭く、何よりも強い。

 実直な騎士の剣は、読むことができた。だが、それがどうした。小細工など必要ないのだと言わんばかりに読まれたことろで、それを上回ってしまえば防ぐことなどできやしないのだということを体現して見せる。

 

 どんなに読まれていても、地力が圧倒的に上ならば、問題になどならないのだと彼は告げている。一の太刀で金時を吹き飛ばし、二の太刀で、クー・フーリンを地面にたたきつけ、三の太刀がマシュへ迫る。

 

「……マシュ!」

 

 その刹那――。

 

「驕っているのはそちらだ、サー・ガウェイン!」

 

 きらめく銀光が剣戟をはじいた。

 

「……あなたは」

 

 そこにいたのはルキウスと名乗った銀腕の騎士だった。今や、その銀腕は輝きを放っている。その真なる力を今ここに発揮しようと猛っていた。

 

「あれは、まさか!!」

 

 戦場にダ・ヴィンチちゃんの声が響く。

 

「戦神、ヌァザの腕! アガートラム! 神霊の力を振るうつもりか、ただのサーヴァントが!?」

 

 驚愕はそのままに、戦場は今、大きくそのうねりを変えようとしていた。

 

「個人の信条と、戦場での働きは別のもの。彼女の信条を糾弾する資格など、貴公にはない」

 

 静かにたたきつけられる否定の言葉。

 

「な――に?」

 

 ここで初めて、ガウェインは動きを止める。それに呼応して粛清騎士すら一瞬の停滞する。司令官の停止に、部下もまた止まる。

 

「今だ――」

 

 その隙に、難民たちを逃がす。ジキル博士、ジェロニモ、エリちゃんにノッブが、囲いを広げ、その間を難民たちが一斉に流れ出ていく。

 

「ルキウスさん……」

「挨拶は後ほど! 今は、目の前の敵に専念するとき! 円卓の騎士のギフトは私が破ります。サー・ガウェイン、なにするものぞ」

 

 銀腕が輝きを強めていく。

 

「貴女も、貴方たちも、負けてはいない。実力の話ではありません。在り方の話です。私はどうかしていました。強きをくじき、弱きを助ける。その決断は常に、何よりも正しいと言うことを。であれば、この輝きは貴方の為に振るいましょう」

 

 ――剣を摂れ(スイッチオン)()銀色の腕(アガートラム)!!

 

 煌く銀腕が、昼を切り裂く――。

 

「馬鹿な――馬鹿な!! なぜ貴方がここに!? いえ、それ以前に――サー・ベディヴィエール! 円卓の騎士である貴方が、王に叛逆するというのですか!?」

「ええ、今度こそ、私は――我が王をこの手で殺すのです」

 

 駆ける銀の騎士。その疾走を止められる騎士などいない。銀腕を振るえば、その刃はすべてを断ち切る。今、切り裂かれた昼のように。

 転じるは、夜へ。元の時間の空が戻ってくる。

 

「な、ガウェイン卿の祝福が!」

「ありえぬ!?」

 

 驚愕が粛清騎士へと伝わっていく。

 

「好機!!」

 

 その機を逃す織田信長ではない。

 

「行くぞ、これが天下に名を轟かせた、わしの三千世界(さんだんうち)じゃ!!」

 

 三千丁の火縄銃が天へと広がり、混乱状態へと陥った粛清騎士へと降り注ぐ。一発一発で届かぬならば束ねるまでよ。

 そう言わんばかりに連続で放たれ続ける弾丸の雨。一発で駄目ならば二発。二発で駄目ならば三発。三発で駄目ならば四発。

 

 有りっ丈の魔力によって重ね合される宝具の重層発動。完全に囲みを破り撤退する。

 

「撤退だ――!!」

 

 声が響くと同時に、銀の腕より生じた剣が、

 

「はあああ―――!!」

 

 ベディヴィエールの一撃がガラティーンを押し退けた。

 

「馬鹿な! 本当にヌァザの腕だとでも!」

「ぐ、っぅぅぅぅううう……!」

「この匂い――まさか、焼けているのですか!? その腕ごと、体の内部が!?」

「気になさらず、それよりも急いでマスターに続いてください、今ならば撤退できます!!」

「さあ、準備完了だ。行くぞ!!」

「はい、ダ・ヴィンチちゃん。行きましょうベディヴィエールさん」

「お、ひゃあ!? ち、力持ちですね、レディ!? 盾を持ったまま、私を片手で持ち上げるなど!」

「金時さん、この子を!」

「おう、任せな! 行くぜ――!」

 

 金時のベアー号が咆哮を上げて、加速する。

 

「逃がしません――」

 

 そうもはや逃がして良いものではないのだとガウェインは己の聖剣を解放する。サー・ベディヴィエールが敵となった。

 それも、その目的が、王を殺すというのであれば、逃がして良いなどと断じていえぬ。命がないからと追撃をしないなどという選択肢ない。

 

「この剣は太陽の移し身。あらゆる――」

「させないよ!!!」

 

 たたきつけられる戦車(チャリオット)の突撃。

 

「ブーディカさん!!」

「良いから、行って!! ここはあたしが食い止める!!」

「く――」

 

 剣戟は鬼気迫るものがあった。たたきつけるように振るわれる約束されざる勝利の剣。いつかどこかで見たような、苛烈さでガウェインを攻め立てる。

 

「どうして!! どうして、貴方が、貴方たちが!! こんなひどいことをしているの!!!」

 

 それは嘆き、悲しみ、慟哭のような叫びだった。

 

「貴方たちは、あたしが出来なかったことを成し遂げたはずでしょう。あたしが望んでもできなかったことをやりとげたんでしょう! それがどうして、こんな、こんな!」

「――どうして、ですって。もはや、退くことなどできないからですよ!!!」

「――っ!!」

 

 たたきつけられるガラティーン。ただそれだけで吹き飛ばされる。

 

 同時に、もう目の前にガウェインがいる。盾でその突撃を防ぐ。

 

「私は、最後に残った心ごと、自らの妹に別れを告げた」

 

 あの日、偽の十字軍によって制圧された聖地に進軍しリチャード一世を打倒せんとした日。親愛なる妹ガレスにこの手で別れを告げた時――。

 いいや、それ以前に、同胞を、この手で切り殺したその日から、もはや退くことなどできない。

 

「ここで退いては、この手で送った同胞に顔向けができるものか!!」

 

 ゆえに退けぬ。

 

「――――」

 

 その痛いほどの想いを、ブーディカは確かに感じ取った。わかるのだ。その決意を、その思いを。何があったのかなどわかりはしない。

 だが、同胞を手にかけて、妹に別れを告げて、もはや退くことができない彼のことがわかってしまった。

 

 それは一筋の涙となる。そして、それは隙だ。

 

「っぁああ――」

 

 剣を持った右腕が切り落とされる。

 

「退けぬのだ、何があっても、ゆえに、灰燼と化せ!! ――転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!」

 

 その証明といわんばかりに立ち昇る聖剣の輝き。

 

 灼熱で焼き尽くす一撃の薙ぎが来る――。

 

 最悪なことにその射程にあるのは難民たちだ。撤退戦の様相、縦に伸びた陣営全てを防御することなど不可能。だからこそ順番に――。

 

「――っマシュ!!」

「っ、はい!!」

 

 マシュが宝具を展開する。これによって金時、クー・フーリン、ダ・ヴィンチちゃんと子供は宝具の輝きを防ぐことができる。

 

 次いで、エリちゃんたち。射程ギリギリ。

 

「チェイテ城を出して、防げ!!」

 

 もはやそれ以外に道はない。一瞬でも防いで、離脱せよ。

 

「わかったわ!!」

 

 だが――できてそれまで。オレと清姫は、防げない。ここで死ぬ。直感は働かず、心眼は死しかなく――。

 

「ますたぁ、お許しを――」

「んぁ――」

 

 その瞬間、彼女に頬を引き寄せられて唇を奪われる。

 こんな時に何をという暇などなく。彼女の魔力が膨れ上がったのを感じた。

 

「ふふ、スーパー清姫ちゃん、降臨です。ますたぁ、どうか、生きてくださいまし――」

 

 そうして、竜へと転身し、オレはそれに飲み込まれた――。

 




ベディさんはちゃんと仕事したよ!!
というわけで、ちゃんとギフトを無効化させました。まあ、そのおかげで、大変なことになりましたが。



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神聖円卓領域 キャメロット 10

 ――ああ、あたし、倒れているんだ……。

 

 霞む視界の中で、ブーディカはそんなことを想っていた。まるで他人事。それも仕方がないだろう。ダメージは大きい。

 右肩から脇腹までを見事に切り裂かれて抉られている。腹の横から内臓が飛び出しているほどだ。まず間違いなくサーヴァントであっても致命傷。そう長くはないだろう。その上で彼女は立ち上る聖剣の輝きを見た。

 

 このままでは難民たち、マスターも死んでしまう。だから、突撃によって横倒しになってしまっている戦車を解体し、車輪の防御として、マスターたちがかばい切れないところを守護する。

 一瞬でもいい、一瞬でももてばそれでいい。

 

 霊核に致命的な罅を入れながら、ブーディカは立ち上がる。放たれた聖剣。ガウェインの後ろに打ち捨てられていたからこそ、そこに自分は入っていない。

 だから、止められるのは自分だけだとして、ブーディカは霞む視界に光を捉えながら一歩、一歩進んでいた。

 

 流れ出す命はもはや止めることはできない。それでも、一発、ひっぱたいてやらないと気が済まないのだ。まったく馬鹿な弟だと叱ってやらなければならない。

 本当の弟ではないけれど、円卓の騎士やアーサー王は妹や弟みたいだから、いっぱい甘えてほしいし、甘やかしたい。間違えたら叱ってあげたい。

 

 涙を流しながら、ブーディカは前に進む。そして、残った左手を振り上げて、振り下ろした。

 

 ――ぱぁん。

 

 乾いた音が響く。

 死に体だからこそ、極限まで気配が薄まっていたからこそ、そして、相手が聖剣を振るっていたからこそ、寸前まで気が付かれずに、その頬をはたくことができた。

 

「――――」

「ばか、ばか……、ほんとうに、ばかなんだから……」

 

 それが限界。ただ、その一撃ともいえぬ一撃で、聖剣の発動は止まった。一瞬の防御は、難民を守り、逃がしている。

 きっとマスターも無事。繋がっているパスでわかる。

 

「…………なぜ、いえ、問う資格など私にはありませんね」

「……まじ、め、だなぁ……」

「なぜ貴女が泣くのです」

「あなた、が、泣かない、から……」

 

 ああ、悲しい。なんと悲しいのかとブーディカは涙を流す。もはや視界には何も映していないが、ただただ泣き続ける。

 ああ、悲しい。悲しい。なぜこうも、間違ってしまったのかと思わずにはいられなくて。彼らが辿った、いいや、この白亜の城に至るまでの血塗られた道が、悲しくて。

 

 ――ごめんね、マスター。

 

 だからこそ、こんな風に、どうしても彼らが悲しくて、許せなくて、自分の役割ではないことをしてしまった。その上で、自分は死ぬ。

 なんて、馬鹿なのだろうか。自分はいつも肝心な時に、これだ。

 

 ――ごめん、ほんとうに、ごめんね……。

 

 これじゃあ、負けて当然で、マスターが悲しんでしまう。きっと泣くかもしれない。これから先、大変だというのに。

 

 ただただブーディカには謝ることしかできず、この特異点から消えるまで、泣きながら、謝り続けていた。マスターを想って、彼らを想って――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 全てが薙ぎ払われかけた。その焦土の中、少年を抱きかかえた、焼け焦げた少女がいた。少年はマスターであり、少女はそのサーヴァントだ。

 彼女は己の役割のままに彼をちゃんと守ったのだ。その代償は、美しい容貌もなにもかもが憐れに炭化してしまうという大きなもの。

 

 聖剣の一撃をその身で受けた結果、彼女は、もはや生きていることが不思議なほどに炭化した何かになっている。

 それを気絶したマシュを乗せた金時とクー・フーリン、ベディヴィエールは見ていた。もうだめだ。助からない、それがわかる。命の灯は刻一刻と消えて行っているのがわかる。

 

「おい、蛇の嬢ちゃん」

「っ、ぁ、ぅ、ぁ、ぁ」

「…………安心しろ、オメェが守ったおかげで無事だ」

 

 何を聞きたいのか付き合いの短い金時でもわかった。彼女は、何よりもマスターの安全を願った。それゆえに自らで聖剣の一撃を防ぐと言う暴挙に出たのだ。

 そうしなければマスターごと死んでいただろうから。もしこれが日中であったのならば、清姫ごとマスターも焼き払われていただろう。

 

 だが、ベディヴィエールがギフトを切り裂いたおかげで今は夜であり、焼け焦げた車輪の加護と、誰かがガウェインを止めたことによってマスターを守り切ることに成功した。

 彼女だけでは到底、なし得なかった偉業を成し遂げたのだ。それは誇ってもいいことだった。いいや、誇るのは迷いなく、自らを犠牲にして見せた、彼女の愛なのかもしれない。

 

「なにか、マスターに伝えることはあるか」

 

 もはやベアー号には人を乗せる余裕はない。そも、ここで死ぬものを乗せていく余裕なんてものはないのだ。

 

「ぁ、ぃ、ぃ、ぇ、ぁ、ぅ、ぉ……」

 

 ――愛して、います。

 

「わかった。必ず伝えてやる。今のおまえは、最高にいい女だったってな」

「――――」

 

 クー・フーリンの言葉に安心したのか、それとも最高にいい女と言われて嬉しかったのか。彼女は微笑んだような気がして、そして、消えていった。

 

「行くぞ」

 

 撤退しなければならない。今を生き延びて、この先で必ずや彼女たちの仇を打ち、世界を救うためにも――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 清姫は、愛している。

 

 ――マスターを愛している。

 

 それは安珍様の生まれかわりだからというわけではないと、今ではわかるのだ。

 

 マスター。マスター。

 

 ――■■■■

 

 その名を呼ぶと、心がざわめく。どうしようもなく心が騒いでしまう。これはきっと恋。あの時と同じ気持ち。安珍様を追い掛けて、追い掛けていったときと同じ。

 でも、少しだけ違う。それはこの気持ちが、しっかりと育まれていったものだということ。安珍様だからというんじゃなくて、あの人だから。

 

 マスター、マスター。

 

 名前を呼ぶたびに、頬が赤くなる。

 

 ――なんだい、清姫?

 

 名前を呼ばれるたびに、心臓がとくんと跳ねる。

 

 ――ああ、なんて幸せなのだろう。

 

 それもこれも嘘偽りなく、彼の気持ちを聞いたから。狂った夢から起こされて、彼の言葉を本音を聞いて、こちらの本音をぶつけたから。

 どうして生前の自分は、こうなれなかったのだろうか。もっと早くこうするべきだったのだと後悔ばかりが募っていく。

 

 でも、同時にこうも思うのだ。あの時の気持ちもまた嘘偽りはなく、それがあったからこそ、愛しい人に出会えたのだと。

 

 自らの体が焼かれても守りたいと思うほどのひとに出会うことができたのだと。

 

 熱い、熱い、熱い――。

 

 ――ああ、安珍様も、こんな。

 

 熱い、熱い。身体が焼ける痛みを知った。それは自らの罪。だからこそ、耐える。耐えて、耐えて――自らの半身が焼け焦げて、そして、全身が焼けて炭となった頃、灼熱は消えた。

 

 腹の中から、愛しい人を吐き出す。彼のいる部分を必死に変化させて守った。

 

「ぁ、ぅ、ぁ……」

 

 もはや声も出ない。ただの音。口を開くたびに体のどこかが崩れて風に乗って行ってしまう。

 

「がっ、げは――」

 

 ――ああ、生きていらっしゃる。

 

 広がったのは安堵。守れたのだ。安心したらもう動けない。だから、せめてとマスターを抱きかかえる。その重さで腕が崩れたが意に介さず、清姫は残った力で彼を抱きしめる。

 

 ――愛してします。

 

 愛しています。愛しています。

 

 貴方を、誰よりも、愛しています。

 

 それはきっと届かぬ恋心。けれど、愛は理屈ではなく、無償のもので、捧げるもの。押し付けるものではないのだと知ったから。

 

 ――マスター、優しい人。わたくしの、大好きな人。

 

 きっと大丈夫だと信じている。

 

 また会えると信じていても、カルデアに戻れるのは彼が世界を救った後になる。きっと大変な旅になるかもしれない。

 それになんだか、ライバルが現れそうな嫌な予感がする。

 

 ――そんな女の子にうつつを抜かしてたら許しませんから、ね。

 

 そうそっと首筋にキスをする。自分がいたその証を残すように。

 

 ――愛しています。

 

 そうして――夢を見ながら、彼女の意識は闇に沈んだ――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そこは白亜の城の最上層。この聖都において最も清浄な聖域。そこに円卓の騎士たちは集っていた。トリスタン、アグラヴェイン、モードレッド、そして、ガウェイン。

 今、この聖都に存在している全ての円卓がここ、玉座の間に集っていた。

 

「補佐官殿、獅子王陛下はどちらに……?」

 

 戻ってきたばかりのガウェインがアグラヴェインに問う。漆黒の鎧に身を包んだ、眉間にしわを寄せた男はただ一言、お眠りであると告げる。

 言外に会うことなどできない。状況はすべて伝えるゆえに、ここで待機していろと伝えている。それを読み取ったガウェインは、残念そうに言う。

 

「このような時でも、王はお見えにならないと_」

「当然だ。たかが難民どもの逃亡など、我々の手で事足りる。それともガウェイン卿。卿は、いたずらに王の心を煩わせたいと?」

「…………そのようなことは、決して」

「……不手際があったようですね。ガウェイン卿とは思えぬ失態……痛ましいことです」

「ハッ、またぞろ手を抜いたんじゃねえの? 太陽の騎士様はお優しいからな!」

「それはやさしさではありませんよ、モードレッド卿。不敬というのです」

 

 なぜならば、正門で行われる聖抜をしくじったのだから。聖抜は王の勅命。それをしくじったのだ。不敬以外のなにものでもなく、円卓の騎士であろうとも死は免れない。

 王の裁定すら待つ必要はなく、今ここで処断しようとトリスタンがフェイルノートを取り出す。それに対して異を唱えるのは本人ではなくモードレッド卿だった。

 

「オイ、なんだよそれ。罰っていっても、せいぜい謹慎だろうが。首を切るまでもねえだろ」

 

 それは一見、ガウェインを気遣った言葉に見えるが、その実態は異なる。モードレッド卿は、ここでトリスタンがガウェインを殺すことを良しとしていないのだ。

 だからこそ王の心がわからないのですとトリスタンに叱責され、フェイルノートによる処断が始まろうとする。それすらも必死に止めようとする。

 

 だってそうだろう。

 

 ――そんなことは父上が許さない。

 

「父上なら、アーサー王なら、殺すなら自分の手で残酷に! そう言うに決まってるんだからな!」

 

 何よりもズレた言葉。それは冗談で口にした類ではなく、彼女は本気でそれを口にしている。彼女は本気で、アーサー王がそう言うと思っているのだ。

 歪んでいるにもほどがある。どこの王が、自らの部下の首を残酷に斬りたいと思うのか。しかもそれが自らの父親だというのに。

 

「……待て、弓を収めよ、騎士(サー)・トリスタン。ガウェイン卿ともあろう者が難民たちの反抗を受け、さらにこれを逃すなど考えにくい。何か予想外の出来事があったのではないか? その内容如何では、ガウェイン卿への処断は軽くなろう。どうかな、ガウェイン卿――」

 

 それは温情であったのか。

 

 ガウェインは一瞬の逡巡のあと。

 

「いえ、特に報告するべきことはありません」

 

 正門で見た、二人について口をつぐんだ。あの盾を持つ少女と、かつての同胞であったはずのサー・ベディヴィエールのことについて。

 

「そうか――では、ガウェイン卿への処罰は――」

 

 裁定が下されるその時、

 

「――騒がしいな」

 

 王が玉座に姿を現した。純白の獅子王。言葉少なく、荘厳に。激烈な闘志の強さが鼓動となって波を打つ。洗練されたその美しさは正しく破格、並ぶもの無し。

 

「王……!」

 

 高潔な強者を前にした時、人は自然と畏敬の念を抱くが、これはそれ以上。ただそこにあるだけで、全てを圧倒する超越者。

 アグラヴェインが様々な報告を為す。それはどれほどこの聖都が栄えているかということ。転じて、王がどれほど素晴らしいのかということをひとつひとつ並べ立てていく。

 

 どれほど言葉を尽くそうとも足りない。それが獅子王。それが尊き者、アーサー王なのだ。

 

「世辞は不要だ。アグラヴェイン。私は、私の騎士の報告を受けに来た。用向きを述べよ、我が騎士。そなたの言葉を私は信じるものとする」

 

 告げられる言葉。ガウェインは告げる。聖抜の結果を。三人の適合者を見つけ、うち二人を保護。うちひとりは失われてしまったことを告げる。

 加えて、難民の反抗を赦したこと。いくらかの粛清騎士たちが失われたこと、円陣を突破され、百名以上の難民が逃れたということを告げる。

 

 ガウェインは、山岳に向かった者と、怪しげな商人に匿われ何処かへ消えた者のことを報告した。

 

「そうか――」

 

 ゆえに裁定は下る。

 指先からとはいえど聖槍をガウェインへと。

 

 ガウェインは城の城壁を突き破り、それでは飽き足らず聖都の外壁まで吹き飛んだ。それでもなお生きているのだから、その頑丈さは円卓でも随一といえる。

 

「私は死の一撃を卿に与えた。これを受けて生き延びたことを、ガウェイン卿への赦しとする。異論在る者はいるか」

 

 誰一人として、異論などはでない。

 

 よって次に出るのは王からモードレッドに対する言葉だった。

 

「おまえに聖都の市民権は与えていないはずだが?」

 

 モードレッドは日中しか聖都に滞在できない。相応しい領地に戻れと王はいう。

 それは息子に対してなんという突き放した態度なのだろうかと、常人が見れば思うだろうが――。

 

「ああ、すぐに荒野に戻るぜ! 外の守りは任せてくれよな父上!」

 

 モードレッドは笑って外へ出ていくのだ。

 こうして王は再び寝所へと戻る。

 

 難民には手を出すなという言葉を残して。ランスロット卿が凱旋した時こそが、太陽王との決戦であると告げて。

 

 ゆえにアグラヴェインは一人動くのだ。見逃せない因子がある。

 

 異分子。彼のガウェイン卿を打ち破った異分子がある以上、無視などできない。ゆえに、差し向けるのだ。

 

 聖都への帰路についている、遊撃騎士ランスロットを――。

 




知ってるか、これ序盤なんだぜ……。
ぐだ男じゃなくても吐きたくなってきた……。


さて、プリヤイベももうすぐ終わりですね。
どうでしたでしょうか。満足する終わり方が出来ましたでしょうか。

素材は集め終わりました? イリヤは当たりました? クロの宝具レベルと再臨アイテムちゃんと全部とりました?
やり残しはないですか? 十数時間ですが、みなさん最後まで気を抜かずにやりましょう。

日替わりピックアップは引かないですよ。ええ、引きませんとも。

そんなことよりうたわれるものを買いますし、嘘屋の新作大迷宮&大迷惑が気になって買おうか迷ってるから課金不能ですので。


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神聖円卓領域 キャメロット 11

「っ――」

 

 体の痛みとともに目が覚める。

 

「……こ、こは……」

 

 緩やかな振動。移動中なのだろうことがわかる。

 

「おう、起きたか大将。今は聖都から離れている最中だ」

「近くに敵はいない。ひとまずは聖都から距離が取れた」

「フォウフォーウ」

「っ――、そうだ、マシュは」

「無事だ、まあ、ちぃっとばかし無理をしたからな。今は眠ってる」

 

 スピンクス号でマシュは眠っている。

 

「いやー、良かった目覚めたのかい」

「ダ・ヴィンチちゃん。状況は……」

「ああ、見ての通り。今現在、難民を引き連れて逃走中――ただ」

 

 問題があるとダ・ヴィンチちゃんは言う。難民たちはこちらを信用していないのだ。人種も違う、目的も違う。加えて、彼らは満足なお礼ができない。

 これでは警護などしてもらえないと思うのは当然だろう。こちらがどんなにやるといっても信用できるはずがない。無償の奉仕ほど恐ろしいものはないのだから。

 

 頼りたいと思っても、見捨てられるのが怖くて、頼れない。見捨てられてしまったら死ぬしかないのだから。だからこそ、聞きたいと難民の代表は言ってきた。

 なぜ、助けてくれたのか。その理由を。

 

「我慢できなかったからです」

「そうか。……誰だって、あんなもの我慢できないよな……」

「すみません。私から提案してよろしいでしょうか」

 

 ベディヴィエールが話を遮り提案する。

 

「貴方方の護衛は続けてさせてほしい。そして、そのための報酬を私たちは要求します。ぞれぞれの理由はどうあれ、私たちは聖都の騎士を敵に回してしましました。生き延びるためには、より大きな協力者が必要になる。そのために、貴方方の力をお借りしたいのです」

「そりゃあ、手は貸したいよ……だが、オレたちの中で戦えるのは数名だけだ。中には妻と息子がいる奴もいる。アンタらと一緒に戦うってのは――」

「いえ、そうではありません。貴方方には案内を頼みたいのです」

 

 これより北にあるのは山岳地帯。そこは山の民、山の翁の領域である。そこに入るための信頼をくれということ。

 こちらはどう見ても聖都側の人種。そのため山の民が支配する山岳地帯には入れない。入った途端に戦闘になってしまう。

 

 それは本意ではない。こちらとしても協力者としての山の民に保護されたいのだ。砂漠はオジマンディアスの領域であり、アレは敵であるがゆえに敵ではない第三勢力に助けを求める。

 そのための信頼を難民たちが、その間の護衛をこちらが引き受ける。

 

「なるほど! 実績か! それならば山の翁たちも無下にはしないだろう! これならみんなを説得できる。このままアンタらを信じようってな! ありがとう、さっきはみんなを助けてくれてありがとう!」

 

 そう言って彼は難民たちに話をしに行った。

 

「……良かった。ともかくこれで一致団結ですね。余計なお世話だったでしょうか」

「いえ、ありがとうございます」

 

 オレではこう上手くはいかないだろう。

 

「まったくだよ。私の活躍の機会がなくなっちゃったじゃないかふんだ」

「いじけないでよダ・ヴィンチちゃん」

「なに、ポーズだよ、それよりも少し休憩を取ろう。いろいろと聞きたいこともあるんじゃないかい?」

「…………」

 

 そう聞きたいことがあった。だからこそ――半刻だけ休むことにする。

 

 オレは、痛みと疲労で悲鳴を上げる体に鞭打って、金時とクー・フーリンのところへ行った。彼らが何か言いたそうな顔をしていたからだ。

 それに聞きたいことがあった。彼らならば知っていると確信があったのだ。ブーディカと清姫がいない理由を教えてくれると。

 

「……死んだ。ああ、見事に役割を果たした」

「…………」

 

 答えは予想通りのものだった。わかっていたさ。わかっていたことだ。そう、わかりきっていたことだ。彼女たちとの繋がりを、感じないのだから。

 でも、信じたくなかった。だからこそ、聞いたのだ。確認したのだ。そして、予想通りの結果に、打ちのめされている。

 

「ブーディカのやつは、ガウェインと戦った。あの宝具を止めたのは奴だ」

「蛇の嬢ちゃんは、大将を守って死んだ。最後の言葉は――」

「……いいよ、わかる。愛しています、だろう……?」

 

 だって、清姫はオレのことしか考えていないのだから。最期まで、きっとオレのことを考えていたのだろうことがわかる。

 わかって、しまう――。

 

「ごめん、ちょっとひとりにしてほしい……」

 

 クー・フーリンと金時は何も言わずに去っていった。誰もオレを止めようとしない。オレは少しだけ陣から離れたところに座った。

 

「辛いかい?」

 

 ベディヴィエールと、この特異点の成り立ちを話し合っていたドクターは、それが終わったのかこちらに通信を繋げて来た。

 

「…………」

 

 オレは頷いた。いくら、カルデアに戻ったら会えると言っても、仲間が死ぬのは辛い。心がひび割れて、もう帰りたいと諦めて、折れてしましそうだった。

 いつもなら隣にいる熱がない。いつもそうだ。いなくなってから、その大きさに気が付く。その重さに気が付く。その温かさに気が付く。

 

 ――どうして、オレは、僕は、こんなにも弱いんだ。

 

 彼女たちが死んで、悲しい、悔しいと思う気持ちを持つべきだろうに、それよりもまず安堵が先に来て、良かったと思ってしまう。

 なによりもまず自分が生きていることにただただ安堵して、良かったと胸をなでおろすのだ。どこまでいっても自分が大切な、自分の矮小さに嫌気がさす。

 

 どんなに成長したと思っていても、これではまったくの意味がない。このインバネスに、帽子にただただ恥ずかしい。

 これでは、なんのために――。

 

「――泣いていいんだよ。ここなら誰も聞いていないし、見ていない。僕も邪魔なら向こうで話をしているから……」

「……良い、いてほしい」

「…………わかった」

 

 悲しい、辛い、苦しい。何よりもふがいなく、矮小な自分に腹が立って、そして、二人を失ってしまったことに涙が止まらない。静かに、泣いた。声を潜めて、誰にも見せないように、聞かせないように。

 

「ぁ、ああ、ああ、――うぁあああああぁぁぁぁ――」

 

 ドクターは、それをただ見て見ぬふりをして、聞いていないふりをしてくれていた。何も言わずに、ただ、ただ――。

 

「……ごめん、ありがとう……」

 

 休憩時間が終わるギリギリまでオレは泣き続けた。泣いたら少しだけ楽になったような気がする。相変わらず、腹の中には、岩でも詰め込まれたみたいに重い。

 それでも、なんとか前に進めると思う。気を抜けば、動けなくなるから、無理やりにでも動くのだ。

 

「……いいとも、これが僕の仕事だからね」

 

 彼はそう言ってくれる。それで多少楽になることもある。何も聞かずこちらを尊重してくれるドクターの存在はありがたい。その大きさを、今は実感する。少し離れているだけで不安で、彼がいてくれるからこそなのだと今は思うのだ。

 

「…………」

 

 だが、心の中の淀みは消えてなくならない。ああ、どうしてと、今でも思うのだ。自分の判断は間違っていなかったのかどうかを今も試行する。

 結果は、どうあがいてもこれが最善であるということ。誰かの犠牲なくしては切り抜けられなかったと脳内の冷静な部分が判断している。

 

 むしろ、二人で良かったとすら思って――。

 

 ――ただひたすら自分を殴り殺したくなってくる。

 

 誰かが死ぬのはもうごめんだった。そのために、努力をしてきたはずだった。人として、エドモン・ダンテスに教えられた通りに、自分らしくやってきたつもりだった。

 最近は、うまくいっていた。だから、調子に乗っていたのかもしれない。

 

 ぐるぐると、ぐるぐると、思考は暗がりに落ちていく。それでも前に進まなければならない。縋るべき相手も、後ろで見守ってくれていた相手ももう、今は、いないのだから――。

 

「……先輩……」

「マシュ……目が覚めたんだ……」

「はい、先ほど……あの――」

「良い、その先は言わなくていい」

 

 彼女が何を言いたいのかすぐにわかる。

 

「君のせいじゃない。これは、オレの責任だから」

 

 あの場に残って戦うことも、難民の為に囲みを突破しようと挑んだのも自分なのだ。それを誰かがヘマをしたからと責任を押し付けていいことにはならない。

 この重さを、抱えていくしかないのだ。

 

 ――ああ、くそ。

 

 正しいことは痛い。正しいことは辛い。正しいことは苦しい。

 

 そんな責任を投げ捨てて、誰かにおまえのせいだと言えればなんと楽なことだろうか。安易な道は気持ちがいい。悪いことは、楽で、爽快感すら感じるほどに快楽的。

 心の底で溜まっていく昏い感情、淀みは、それをしてしまえとオレに促してくる。おまえがわるいと当たり散らせよ、楽だろう。

 

 そうやって責任を押し付けて、押し付けて、押し付けて、自分は楽になってしまえばいいじゃないか。ほの暗く、安易な道がある。

 重い重責なんて捨ててしまえ。このままではまた折れると客観的に判断できるのは、観察眼が養われたおかげだろうか。

 

 それは間違いではなく、弱い自分はこれ以上の悲劇になんて耐えられないことがわかってしまう。今でももういっぱいいっぱいだ。

 自分一人で精一杯であり、誰かを見る余裕なんてものは微塵もありはしない。それでも――。

 

 帽子とインバネスを見るたびに。手袋を見るたびに。鈴が鳴るたびに、クナイに触れるたびに。羽根飾りに触れるたびに。

 オレを信じてくれた、誰かが言うのだ。

 

 ――まだ、やれるだろう。どうした、自らに余裕がなくとも、女を助け、ともに走り抜けた七日間を忘れたか。

 ――オレはおまえを肯定しよう。如何なるおまえであろうともだ。

 ――だから、やめてもいい。ここで立ち止まってもいい。だが――おまえがおまえらしく在れないのであれば、立ち止まるな、進み続けろ。

 ――言っただろう、おまえは、いつの日か、世界を救うのだと。

 

 

 ――辛い時は辛いと言いながら、それでもと右手を伸ばし続けた貴方。

 ――限りなく現実を睨み、数字を理解し、徹底的に戦ってこそ願ったものへ道は拓かれる。嗚咽を踏みにじり、諦めを叩き潰しながら歩くと誓ったのでしょう。

 ――ならば、立ちなさい。泣き言はあとで言えます。

 ――休んでいる暇などないのです。貴方の助けを待っている者たちはいくらでもいるのですから。

 

 ――さあ、行け、前に進めと。

 ――おまえはまだあきらめていないのだから

 

 諦めたのならばやめてもいい。だが、自分を偽ってやめるのだけは許さないという、声が聞こえる気がするのだ。

 

「行こう、行こう、マシュ」

 

 必ず世界を救うんだ。

 

「っ……はい、先輩!」

 

 彼女がいるなら大丈夫。彼女と一緒ならば大丈夫。

 

 ――だってそうだろう。

 

 こんなオレでも、こんなオレを助けようとしてくれた二人がいる。オレにはもったいない、もったいなさすぎる最高の仲間がいる。

 こんなオレを愛して、最期まで身を案じて、自分の身を犠牲にするほどに愛してくれる女の気持ちがわからないほど、オレは鈍くないから。

 

 その想いに、帰ったら答えられるように、今を必死に生きて、足掻いて世界を救う。

 

 そうでなければ、二人に申し訳がない。二人が想ってくれた男はこの程度だったなんて、言われたくないし、言わせたくないから。

 

「――行こう」

 

 軋む心が、悲鳴を上げているのがわかる。

 今でも、やめたいと心の底から想っている。なにせ、自分は凡人なのだ。すぐ楽に逃げる凡人。だが、そんな自分をあんなにも愛してくれる女がいるのならば奮い立たなければ嘘だろう。

 

 自分が嫌いだ。成長したと思っていてもなにも変わっていない自分のことはどうやっても好きになれない。どうして、自分は強くないのかと思わずにはいられない。

 

 けれど――それでも――。

 

 と思うことはやめられない。もう二度とだれかを失いたくないから。もう誰も、犠牲になんてしたくないから。

 

 なにより、犠牲になった二人のことは何よりも重たいから。

 

 自分は矮小な人間だ。凡人であるがゆえに、自分がどうしても他よりも軽くなる。だが、だからこそ他人はとても重いのだ。

 壊れた時、その中に何があっても残り続けた超重量(マシュ)。今は、それに加えて清姫もいる、ブーディカも、みんながいる。

 

 だから頑張れるのだ。

 

「……よーし、それじゃあ出発だ」

 

 それを察してダ・ヴィンチちゃんは、いつも通りの調子で出発の号令を出す。難民たちはゆっくりと山岳地帯に向けて出発する。

 逃げて、逃げて、再起するために。今は、逃げる。

 

 生き延びて、何があろうとも生き延びて、必ずや己の目的を果たすのだ。

 

「……清姫、ブーディカさん、絶対に、無駄には、しないから……」

 

 風に乗って、消える言葉。その言葉が、彼女たちにも届けばいいと思いながら、死の荒野を進む――。

 




身体も心も傷つきながらも前に進む。
その先に、必ずや望む未来を勝ち取るんだと、必死に思いながら――。

というわけで、まだまだ絶望は深まります。
この絶望感、まだ序盤なんだぜ? 既に終盤の空気なのに、ここからさらに落ちるとか……。

しかし、もう80話か、連載開始からはまったく考え付かないくらい話数が伸びました。それもこれも皆さんの応援のおかげです。
感想とか評価とかもらうと露骨に更新する現金な作者ですが、ここまで来れたのは間違いなく皆さんのおかげです。
これからもどうかよろしくお願いします。

百話になったら何か記念話を書くか、カルデアの日常か、あるいは、巌窟王登場とか。
まあ、その時になったら何か考えます。
では、また。


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神聖円卓領域 キャメロット 12

「どうだ、このドリフトは! ドリフトしない方が早いけど、見事なコーナリングだろう!」

 

 進み始めて、ついには夜が明けた。ダ・ヴィンチちゃんが子供と遊んでいる。あの時助けた子供だ。

 

「すごーーい、おもしろーーーい!!」

 

 とても楽しそうに、ダ・ヴィンチちゃんと遊んでいる。

 

「ダ・ヴィンチ殿はなにをしていらっしゃるのでしょう? あのハコのようなものはいったい……?」

 

 ベディヴィエールがそれを見ながら首をかしげている。

 

「あれはああいう乗り物なんだよ」

「乗り物、あれが」

「ルシュド君を元気づけようと遊んでくれているんです」

 

 ルシュド。彼が聖都で預かった子供だ。先ほど目が覚めたばかり。そして、母親がいないことにすぐに気が付いた。まわりのひとたちが母親は別のグループにいると言ってくれたおかげで誤魔化せてはいるが、いつ気がついてもおかしくはない。

 だから、ダ・ヴィンチちゃんが遊んであげているのだ。

 

「マシュ、お姉ちゃ――――ん! おねえちゃんも乗ろうよ! 面白いよー!」

「はい! ――では、先輩、ちょっと行ってきますね」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 ああやって子供と遊ぶのはいいことだ。ルシュドもマシュも辛くないはずはないのだ。母親を、ブーディカさんと清姫が犠牲になってしまったのだから。遊んでいるうちは気がまぎれる。考えなくて済む。

 

「……あの少年もですが、マシュさんも強い子ですね。まる一日歩き詰めなのに疲れた様子もなく。……あなたも、とても強い」

「……そう、かな」

「ええ、指揮官は常に毅然としていなければいけません。涙も、笑みすら、見せることはありませんから。あなたは、とてもよくやっています」

「長い旅だ。思えば今まで、いろいろな世界をめぐってきたよね」

 

 ドクターの言う通り、いろいろなところ回ってきた。フランス、ローマ、オケアノスの海、ロンドン、アメリカ。

 それだけではなく、いっぱい、いっぱい、いろいろな特異点をめぐってきた。

 

「なんと、それほどとは……! 私も旅には自信がありましたが、海はちょっと……」

「円卓の騎士の舞台はブリテン島だからね。海に出ることはまずないだろうというか、アーサー王の時代は内戦やら、異民族との闘いやらで旅どころの話じゃないしね――そうだ、ベディヴィエール卿、ひとついいかな?」

「ええ、何なりと」

「キミのその腕、本当にアガートラムなのかい?」

「本当の、というのは語弊がありますね。これはマーリンから授けられた義手です」

 

 ベディヴィエールは隻腕の騎士だ。槍の名手でもあったが、それでは円卓の騎士相手は厳しいとマーリンが一計を案じたのだという。

 それが、ケルトの戦神、ヌァザが持つ銀の腕を模したもの。

 

「私の体では、長時間は扱えませんが、一瞬であれば、あのように」

 

 ギフトすら切り裂くことができる。

 

 とても凄まじい技術であることからマーリンという存在のすさまじさを思い知らされる。ただ――。

 その義手に対して既視感を感じるのはどういうことなのだろう。

 

 自分はそれを知っている気がする。それとは違うが、同じ何かを見たことがある気がする。

 

 ――駄目だよ。

 

 だが、それ以上は霞がかかったかのように判別がつかない。そこから先へはいけないかのように思考に霞がかかっている。

 

「ふむ……すごい技術だ。神霊の腕を再現するなんて、どんな素材を使ったんだろう」

「……」

「ん? どうしたんだい?」

「ああ、いや、なんでもない。なんにせよ、ダ・ヴィンチちゃんはプライド刺激されてるみたいだよ」

「だろうねぇ」

 

 私のガントレットのがすごいんだぞー、と暴れているのが目に浮かぶというか、前にいろいろと言っていたような気がする。

 ドクターはどうせ口だけだと言うが。

 

「そうだとも。私だって負けていないとも!」

 

 遊んでいたはずなのにこちらの話に混じってくるダ・ヴィンチちゃん。地獄耳にもほどがある。

 

「ロマニは帰ったら覚えておくように。口だけでないことを証明するから。実験体として」

「はっはっは。いやあ、さすがにアガートラム超えは無理でしょ。相手はマーリンだよ?」

 

 勝負に勝つためならば何でもやる魔術師(クズ)の中の魔術師(クズ)だとドクターは言う。実力としては負けていないのかもしれないが、美しさに拘ってしまうダ・ヴィンチちゃんではマーリンには“勝つ”ことはできないと彼は言った。

 それはオレにもよくわかる。アガートラムとダ・ヴィンチちゃんが作ったオレの義手を比べれば一目瞭然だ。中に込められた技術、内包された魔術、神秘は観察すればおのずとはっきりとわかるのだ。

 

 そこに横たわる差は大きく、勝つとしたら一体何を犠牲にすることになるのかわかったものではない。ゆえに、マーリンという存在に勝つのはやめた方がいいと思うのだ。

 勝ってしまえば、どんなことになるかわかったものではない。アガートラムの腕が、使用者を焼くように、どれほどの大きな波となってこちらに返ってくるかわからない。

 

「勝ちますー、そこは美しく勝ちますぅー。っていうか、勝たないと円卓の騎士を破れませーん」

「それ、どういうこと?」

 

 それは聞き捨てならない。マーリンに勝たなければ円卓の騎士を破れないとはどういうことなのか。

 

「あー……」

 

 しまったという表情。あのダ・ヴィンチちゃんがである。

 

「不安にさせたくなかったから黙ってたんだけどね。ロマニのせいで口をすべらされたよ。仕方ない、ちょっと説明しておくよ」

 

 ギフトについて――。

 

 ダ・ヴィンチちゃんが語るのはギフトについてだった。

 

 ギフト。ガウェインが言っていた王から授かったギフト。夜を昼に変えて、沈まぬ太陽の加護としたもの。即ち、不夜の加護。

 ガウェインがもっとも力を発揮できる時間を永遠のものとする超級の加護。

 

「あれは、聖杯の祝福だ」

「聖杯の?」

「そうとも。ただ、私たちが集めている聖杯(アートグラフ)じゃない」

 

 アーサー王伝説に登場する救世主の聖杯(ホーリーグレイル)。最後の晩餐のとき用いられた杯、または十字架上の彼の者の血を受けたもの。

 神々の祝福を遍く円卓の騎士へともたらすものだ。正しくは、獅子王の配下たる円卓の騎士ということになるが。

 

 確か、その聖杯を見つけたのは――。

 

「そうですね……あれはもはや通常のサーヴァントではありません。神秘の格で言えば、アガートラムでようやく対等」

 

 こちらに対抗できるものはいない。誰であろうとも、聖杯を断つ能力がなければ、円卓の騎士のギフトを破ることはできず、あの化け物と正面から戦わなければならない。

 

「――っ」

 

 思い出しただけで、吐き気がして嘔吐いてしまう。ガウェインの猛威を思い出す。あのギフトの力を思い出してしまう。犠牲になった、二人を思い出してしまう。

 彼女たちはカルデアに再び現界することができるが、オレが戻らなければいけない。会えるのはこの世界を救ってからになる。

 

 ガウェイン。強すぎる相手だ。こちらの攻撃は効かず、聖剣の一撃を防ぐことはできない。ギフトが乗っていれば、おそらくは防ぐことは不可能。

 あらゆる全ては太陽の灼熱に焼き尽くされるだろう。マシュの盾ならば砕けないが、本人やその後ろに守られているオレたちがあの灼熱を真正面から受けて、無事でいられるはずもない。

 

 つまり今後、円卓の騎士が出てきた時、頼りとなるのはベディヴィエールしかいない。彼だけが、円卓のギフトを破ることができる。

 しかし、それでは限界が来る。

 

「マスターもわかっているみたいだね」

「なんの、ことでしょう」

「誤魔化しても無駄だよ。私と、マスターの目は確かだからね」

 

 その腕はあと何回、使えるのだろうか。あと一回か、二回か。

 

「本当に、何を言われるのです。私は何度でも戦えます。多少、辛くはありますが……」

「ふーん、そう。ま、そういうことにしておこう。でも、私は万能の天才、そして、頼れるお姉さんだからね」

 

 ――お姉さんというか、なんだか最近はもうお母さんって思っているのは内緒にしておこう。

 

「万が一に備えて円卓対策をしておかないと、そのために、一刻も早く落ち着ける場所に行きたいのさ。工房があればギフトの解析もできるしね。でも、もしその前に――」

 

 その時、

 

「うわあ――!?」

 

 何人の悲鳴がこだまする。

 

「怪物だ―! 荷物を守れー!!」

 

 襲ってきたのはワイバーンの群れ。多くはないが、屈強なワイバーンが宙を舞っている。こちらの荷物、ヒトを狙ってしてきている。

 フランスで見たワイバーンよりも強そうであるが、

 

「こちらも強くなっているんだ」

 

 あの時とは違う。あの時よりも仲間も増えた。

 

「行くぞ!」

 

 まずは護衛としての役割を果たすべく、降下してきているワイバーンから狙う。ノッブが火縄銃をばらまき、難民たちの周りを飛ばして近くのワイバーンから撃っていく。

 当たらなくてもいい。この場合必要なのは音だ。鉄砲の音。激発音。自然界の生き物は大きな音に驚く。それはワイバーンでも同じこと。

 

 無論、数度も使えば意味もなくなる代物であるが、最初の一回に限り、その動きを止めることができる。

 

「そこを狙い撃つってね」

 

 ダビデの五つの石とエリちゃんの大音量の音波攻撃によって意識を喪失させて落とす。落としてしまえば、あとは楽だ。

 マシュが盾で殴り、兄貴が刺し穿ち、式が切り裂き、ジェロニモが精霊によって屠り、金時の電撃が炸裂する。

混乱する難民たちをダ・ヴィンチちゃんで落ちつけて、前に進ませていく。

 

 落とした獲物は集めてジキル博士と一緒に捌いて行く。内臓をとってから、綺麗におろして行けばワイバーン生肉の完成だ。

 新鮮なものはそのままでも食える上に、大層美味であるがこんな終末の大地に生息しているワイバーンであるので、今回は生食はやめておくことにする。

 

「難民たちにも振る舞えそうかな」

「うん、大丈夫と思うよマスター。ただ、この先の山岳地帯に入ってからになるだろうけれど。あと、もう少しで山に入れると言っていたよ」

「そっか、そこまで行けばひとまずは安全なんだね」

「そう。ただ――」

「ああ――」

 

 ワイバーンを撃退し、先へ進むが、背後から猛スピードで追撃してくる反応がある。四体の粛清騎士。早馬に乗せた先行部隊。

 

「博士。博士は難民たちについて先に進んでくれ。ジェロニモ、金時、エリちゃんをつける」

「わかった――」

 

 彼らが先へ行ったのを確認して、こちらは粛清騎士の相手をする。

 

「ノッブ!」

「わかっておるわ。騎兵は任せぇい!」

 

 火縄銃が火を噴いて、粛清騎士の乗る騎馬を撃ち抜き、落馬させる。そこに駆けるマシュと兄貴と式。ダビデは離れたところから、落下した騎士に五つの石(ハメシュ・アヴァニム)を当てて主兵装を奪っていた。

 

 時間を稼がないとこのままではまずい。なにせ、嫌な感じがびんびんとしているのだ。この吐きそうな感覚は間違いなく円卓の騎士。

 頭痛がするほどの強烈な死の気配。直感が死に、心眼が死を幻視する。精神的重圧が、オレを蹂躙してくるが、ここで逃げるわけにはいかない。

 

 ここで逃げると言うことは難民を見捨てるということであり、それは山の翁との橋渡しをしてくれる者たちを失うといことだからだ。

 本当は逃げたいが、ここで逃げては背中から斬られるだけとわかっているからこそ、逃げられない。先行部隊を倒し、逃げる難民たちを追おうとするが――

 

「くそ――」

 

 第二陣が来る。休ませぬ波状攻撃。

 

「この速さ――貴公か、ランスロット!」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 紫の鎧を着た男――ランスロットに粛清騎士が報告する。

 

「ランスロット卿。敵影、捕捉しました、第三陣の到着を待ちますか?」

「いや、このまま突撃する」

 

 第三陣の到着を待たずに突撃。戦力は足りている。ゆえに、第三陣の使い方は別。左右に分け、こちらの足止めに残った部隊を避けて難民を取り囲む。

 命令は叛逆者の拿捕。抵抗しなければ矛を構える理由もなし。アグラヴェインからの指令であり、手間をかけるつもりなど毛頭ない。

 

 なにせ、この任務を遂行しなければ聖都への入場許可を出さないと言っているのだ。まったくもってつまらない謀である。

 そんなものに手間をかける気などなく、ランスロットは早々に終わらせるべく部隊を展開させていく。

 

 その数四十騎。

 

 それが本隊の数。さらに後方から左右に分かれて難民を取り囲もうとしている部隊も併せると五十を越える数の騎士がこちらに向かっているということになる。

 さらに円卓の騎士ランスロットがいる。

 

「っ……かくなる上は、私が……!」

「いやあ、あの数はベディヴィエール卿じゃ無理でしょ。あー、残念。円卓の騎士が一人なら任せられたんだけどなー」

「ダ・ヴィンチちゃん! 待て――」

「本当、心でも読めるのかな? ってくらいの心眼だ。いや、本当、成長したね。でも、遅い。この分なら、私がいなくてもなんとかするかも、だから、ここは私に任せなよ」

 

 止める間もなくダ・ヴィンチちゃんはバギーに乗って行ってしまう。

 

 彼女は自爆するつもりなのだ。だって、そう顔に書いてある。

 

「これであの連中は一掃できるから、難民と一緒に行きなさい」

「ま――」

「ここは私の本当の出番、にして、最後の出番ということさ」

「――ダ・ヴィンチちゃん!」

 

 マシュの悲鳴のような叫びがこだまする。

 

「なに、サーヴァントなんて、使い捨ての消耗品じゃないか。まあ、私はカルデアに戻れるなんて、便利機能はないんだけど、まあ、そこはそれ。他の人たちより長かったんだしこれで相殺だろう。というわけで、ロマニ、あとはキミがうまくやりたまえ。なに、チキンのくせにここまで頑張ってきたんだからなんでもできるだろう」

 

 ダ・ヴィンチちゃんは止められない。止まる気がない。そも、もう既に――。

 

「そんな泣きそうな顔はやめてくれたまえよ。笑顔で送り出してくれたまえ。それに、天才は不滅だ! 生きていたら必ずまた会おう。なに、また会えるとも」

 

 そして、ダ・ヴィンチちゃんは敵陣に突撃し、自爆した――。

 

「っ……は、しれぇぇえ!!!

 

 ダ・ヴィンチちゃんが稼いだ時間を、作った好機を逃がさぬように――。

 

 涙を流しながら、オレは走った。後ろ髪をひかれる。心が戻りたいといって引きちぎれる。それでも走った――。

 ダ・ヴィンチちゃんの想いを無駄にしないように。

 

 走った――

 

 走って、走って――。

 

 走った――。

 

 涙が、枯れ果てるまで泣いて、走って――走った。

 

 




ダ・ヴィンチちゃん死す。
追撃はランスロット卿。普通に戦った場合大変なことになる相手でした。

更なる犠牲者にぐだ男の心はぼろぼろだ。だが、まだまだ困難は続く。
過酷な運命はぐだ男を逃がさない。

あと感想についてですが全部読んでいるのでうが、返信は遅くなりそうですもうしわけない。

あとは報告ですが、うたわれるもの二人の白皇買いました。一作目からずっとプレイしているのですが、本当楽しい。
ネコネのヒロイン力があがりまくり。ハクの境遇への愉悦度があがりまくり。
新要素も楽しすぎて、もう楽しすぎて、執筆そっちのけでやっておりますので、更新が遅くなりますのでそこのところご了承ください。

嘘屋の大迷宮と大迷惑が気になるというかすごい好みで辛い。お金ないのに、どうしてこんないい作品が出てくるんだ。買いたい、すごく買いたい。

というわけで更新が遅くなりそうです。


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神聖円卓領域 キャメロット 13

「…………」

「…………」

 

 オレたちはなんとか無事に山岳地帯に入ることができた。ダ・ヴィンチちゃんの引き起こした爆発によって相手の馬が全て使い物にならなくなったためだ。

 しばらくは追撃の心配もない。だが、オレたちは葬式のように静まり返っている。なぜならば、その功労者たるダ・ヴィンチちゃんは、ここにはいないのだから。

 

「……すまない。まさか我々の為に、あの女性が犠牲になってくれるなんて……」

 

 難民の代表が、気落ちしているオレたちにそう言ってくる。

 

「大丈夫、気にしないでほしい。それどころか褒めてあげてほしい。きっとそっちの方が喜ぶだろうからね。なんだかんだ言って褒められるの好きみたいだから」

 

 ダ・ヴィンチちゃんはきっと生きている。彼女は万能の天才だ。この程度で死ぬはずなどない。そうオレは信じている。

 

「そう、ですよね。きっと生きています。オーニソプターは、もともと飛行機という話ですし、爆発の瞬間に空に逃げているはずです……」

 

 

 それがいかに希望的観測であることがわかっていても信じられない、信じたくない。だから、オレは、大きく手を叩く。

 努めて明るく――。

 

「さあ、行こう。いつまでも辛気臭くしてるとダ・ヴィンチちゃんに鬱陶しがられるしね」

 

 努めて明るく振る舞う。指揮官がいつまでも沈んでいたら、全体の士気に関わる。難民の人たちもこちらを気にしている。

 オレが暗く沈んでいるとあちらも大丈夫だろうかと不安に思うのだ。オレたちは護衛としての要。難民たちは村への切符。どちらもなくてはならないものだ。

 

 だから、努めて明るくなるべく笑顔を作る。吐きそうになるほどの辛さに今は蓋をする。弱音を吐くのは、誰もいないところで。

 

「村まではあとどのくらいですか?」

「あと一日もあればつくだろうが……」

 

 問題がある。水と食料。先ほど逃げる時にその大半を捨ててきてしまった。それだけではなく、食料の調達も、水の錬成も全てダ・ヴィンチちゃんがやってくれていた。

 彼女がいない今、その全てに問題がでるということ。ワンマン営業が弱いのはこれだ。替えの利かない1人に全てを押し付けてしまえば、それが損失した時、全てが立ち行かなくなってしまう。

 

 今がその状態だ。

 

「万能すぎるのも考えものだね。知らず頼り切ってしまう。どうしようか」

「この一日が峠でしょう。みな限界ですから、できれば……いえ、食料だけならなんとかなりそうですね」

「この辺にいるもの狩れば、少しは足しになるか」

「ええ、私旅には慣れていますので、人体に害なく食べられる動物の目利きには自信があるのです。すごいのです」

「フォゥゥゥ……」

 

 食べられる食べられないは、ダ・ヴィンチちゃんに判断してもらっていたけれど、彼がいるのなら大丈夫だろう。

 

「クー・フーリン、金時、頼める?」

「おう、とりあえずそこらへんにいるやつ狩ってくりゃあいいんだな? じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」

「任せろ大将。とりあえず食えそうなもんかたっぱしから集めてくりゃあいいわけだな。お安いごようだぜ」

 

 槍を携えてクー・フーリンが山岳を駆け抜けていく。それに続くは轟音を響かせるベアー号に乗ったゴールデン。

 あの二人ならば

 

「さて、じゃあ、その間に調理の準備と行こう」

「じゃあ、(アタシ)の出番ね!」

「エリちゃんは座ってて、お願いだから」

 

 彼女の料理を食べては進むどころではなくなってしまう。オレならまだしも限界の難民は即死だ。

 

「なんでよ、人手がいるでしょう? マスターとマシュだけじゃ調理も大変じゃなくて?」

「そうだけど、頼むから座ってて。それか、難民の為に歌を歌ってあげて」

「あ、それの方がアイドルっぽいわね」

 

 とりあえずエリちゃんによる劇物製作は阻止。その後はてきぱきと指示を出して準備を進めていく。ジェロニモとジキル博士にかまどを作ってもらい、マシュと二人で大なべを用意して、獲物が届くたびにダビデが解体していく。

 食べなれたワイバーンから、本当に食べられるのかわからない目玉みたいなものまでベディヴィエール卿の目利きが終わって食べられるとわかったものからサクサクと捌いて行く式とダビデ。途中でジェロニモやジキル博士も加入して捌いて行く。

 

 捌き終わった食材を今度は食べやすいように切りそろえて鍋の中へ。疲れているだろうから塩を多めにして、煮詰めていく。

 柔らかくなるように食材は小さめにしてなるべく煮込んでいく。そうしてできたスープは見事なゲテモノスープだった。

 

 特にぶよぶよとした目玉は本当に食えるのかおいしいのか怪しいものだった。難民たちも本当にアレを食うのかと戦々恐々としている。

 そんな中、ベディヴィエール卿が椀に掬い取る。

 

「円卓、アーサー王語録、その八! 栄養はゲテモノ肉でも 変わりません! さあ、マシュさん! 復唱をお願いします!」

「はい……栄養は、ゲテモノ肉でも 変わりません……」

 

 マシュは復唱するが、彼女もあまり食べたいとは思っていないようであった。

 

 それからベディヴィエール卿が食べて見せる。

 

「うむ、とてもおいしいです。さすがですねマスター。ああ、本当においしい」

「よかった。それはよかった。うん、おいしいおいしい」

 

 しきりにおいしいおいしいと言いながら食べるオレとベディヴィエール卿。それに続いて、

 

「うめえ。なんだ、あの眼玉結構いけるじゃねえの」

「ゴールデンうめえ。さっっすが大将!」

 

 クー・フーリンたちも続いてくれる。

 

「おお、本当だ、おいしい。黒い脂が出てぶよぶよしているが」

「美味しい! おいしいよお姉ちゃん!」

「はい……マシュ・キリエライト、食べます……生きるって、時に残酷なんですね……ワイバーンは慣れましたが、あの目玉は、動いているのを見ている分……でも、食べないと。お役に立てません……」

 

 黒い眼玉、確かにゲテモノ中のゲテモノだろう。

 かたく、やわらかく、もちゃっとしていて、鼻にツンとくる。

 

「……ありがとうございます。ベディヴィエールさん、マスター、気を利かせてミントをいれてくださったんですね」

 

 この時、オレとベディヴィエール卿の内心は一致していた。

 

 ――言わぬが仏。

 

 実際、ミントなどというものは使ってなどいない。かろうじて残っていた塩とか調味料はあったが、さすがにミントまではなかったのだ。

 つまりは完全にこれは食材の味ということ。知らぬが仏とはこのことだ。オルレアンでもワイバーンステーキにはなれない様子だったし。キメラスープも結構駄目だったマシュにはきついのだろう。

 

 それでも食べなければ。いつまでも沈んではいられないのだから。

 

「それにしても――」

 

 食べながらジキル博士が、荒れ地に見える窪みを見つめる。

 

「あれは一体何なのだろう」

 

 巨大なクレーターのような窪地がいくつもある。

 

「お兄さんたち獅子王の裁きを知らないの?」

「獅子王の裁き?」

 

 ルシュドが言った言葉から想像されるのは、最悪の一撃だ。相手の持つ何らかの宝具による一撃だろう。それ以外に考えられない。

 

「うん。たまに聖都がぱっと光るんだそうしたらあんな感じになるんだよ」

 

 ルシュドの言葉からもそれがわかる。考えるのは、それが放たれたとき、どうやって防ぐかだった。

 

 あの範囲、不意打ちで撃たれれば逃げることはできない。わかったとしても、あれの範囲から逃げるには、ベアー号が必要だろう。

 難民を連れていては不可能だし、連れていなくとも、助かるのは数人だけ。マシュの宝具で防ぐことも考えたが、おそらく直上からの超級の一撃、盾が砕けずとも盾を支えるマシュの方が重さに耐えられずに圧殺される。

 

 淀みなく展開される脳内予測に苦笑しかない。涙は枯れ果て、もはや乾いた笑いだけが出る。まったく最悪だった。アーサー王の超級宝具だけでもアレだけの被害だというのにほかにもまだ円卓の騎士たちがいるのだ。

 

 結論は一つだ。防げない。撃たせないことが肝要であるが、現状ではそれは不可能。つまり、撃たれたら、今のままでは負けだ。

 それこそ、星の如き一撃が必要であると予測される。そんな一撃を放てるサーヴァントは、いないのだ。放たれれば最後、すべてが終わるだろう。

 

「はは……」

 

 出た結論にただただ笑うしかない。嘆くことすらできないほどに圧倒さに完全に打ちのめされかけていた。それでも、進まねばならない。

 このままでは、世界が滅んでしまう。どうしようもない、絶望しか見えない、希望の光のない進むべき道に心を引き裂かれながら、オレたちは村に向かって進む。

 

 山を三つは越えて、奥地へと入っていく。みな体力の限界だろう。言葉はない。

 

「もうすぐ村だからがんばって」

「そうなのか?」

「ボクこの辺覚えてるもん」

「おや。ルシュド君はこれから行く村を知っているのですか?」

「うん」

 

 彼の母親が、前に連れてきてくれたことがあるらしい。困ったら、ここに来いと。

 山で暮らす者たちは様々な事情から聖都を後にした人々だ。それでも聖地に祈りを捧げるべく聖地にほど近い山間に村を作ったのだという。

 

 それも今や意味のないことだ。なぜならば、信仰すらも全ては獅子王に奪われてしまったのだから。

 

「命のほかにも、失われたものはあるのですね……」

 

 その時だ。

 

「知ったような口を。聖地を汚した騎士が何を言う」

 

 声が響いた。

 同時に感じるサーヴァントの気配。

 現れるアサシンのサーヴァント。

 

「我らの村に何用だ、異邦人。これみよがしに騎士など連れてきおって……最後の希望すら摘みに来たか」

「ベディヴィエール卿は、円卓の騎士ではないです」

「そうです。ベディヴィエールさんは円卓の騎士ではありません。ガウェイン卿のように強くはありませんし、逸話だってあまり特徴のない方ですから!」

 

 ――マシュうぅう!?

 

 危険はないと言いたいんだろうけど、それはひどいよ!?

 

「あ、はい……そうですよね……私、円卓でも一番の小物でした……ので……」

 

 言わんこっちゃない。盛大に落ち込んでしまった。

 

「そうなのか? ……それはそれで悲しいな。強く生きられよ、そこな騎士よ」

 

 挙句、アサシンにまで同情される始末だ。

 

「――いや、無駄な口は開かぬ。貴様らの所業は既に把握している。物見から、こう報告があった。異国の若者が、我らの同胞の助けをしていると。だが――」

「待ってくれ、山の翁よ。この人たちは我々をここまで守ってきてくれた方だ。今は円卓の騎士に追われている。どうか、貴方たちの村で匿ってもらえないだろうか……これまでさんざん貴方たちを迫害しておいて、虫の良い話だとはわかっているが……」

 

 難民の代表である男性が地に頭をこすりつけんほどに懇願する。怪我人も身重の女もいる。ここにしかもはや逃げ場などないのだ。

 荒野には獅子王の裁き。砂漠には太陽王の獣たち。逃げ場などない。どこにも。そうこの世界のどこにも逃げ場などありはしないのだ。ここ以外には。

 

「……そこまでせずとも良い。その罪悪感があるのならば、良い。この村の者たちは素朴な、善い心の持ち主ばかりだ。彼らには聖地の人々に迫害されたという認識すらあるまいよ。……その善良さに酬いてくれればよい」

「……すまない。ありがとう、ありがとう……」

 

 弛緩しかけた空気。誰もがこれで助かると思っている。

 

 ――駄目だろうな。

 

「だが――そこの異邦人たちは別だ」

 

 続くアサシンの言葉。

 

「貴様らを村に入れるわけにはいかぬ。そして、帰すこともできぬ。追い返した貴様らが、騎士どもにこの村を売らぬとも限らぬ」

「先輩はそんなことはしません! 立ち去れというのでしたら、このまま立ち去ります!」

「……生憎、今の私はこの村を任されたもの。確証のない言葉を信じていい立場にはない」

 

 アサシンが戦闘の構えを見せる。

 

「――構えるが良い。これは暗殺ではない。戦いだ。死にたくなければ私を先に仕留めるのだな!」

「アサシンのサーヴァント、戦闘態勢に入りました!」

「峰内ちで行くぞ!」

 

 この数のサーヴァントに真正面からアサシンのサーヴァントが戦闘を挑む。その無謀さは自信の表れか。

 

 ――アサシンのサーヴァント。

 ――ハサン・サッバーハ。

 

 なるほど、確かに暗殺者のサーヴァントにおいて正統な存在。彼ら以上の暗殺者など存在しえないだろう。彼らこそが、アサシンの語源たる存在でもある。

 だが、問題はそこではない。これは、暗殺ではないのだ。戦い。戦闘なのである。暗殺者の真骨頂は暗殺にあるのだとすれば、それ以外のキャスター以外のサーヴァントの真骨頂とはまさに戦いである。

 

 そう考えれば戦いになどなるはずもないが――。

 

「多いことは力ではありますまい」

 

 アサシンは、ただ一人で潜入し、ただ一人を殺してきた者たち。それは逆に言えば、多くの敵を相手取ることに慣れているということである。

 

「――っ!!」

 

 まずその行動はダークの投擲。オレに向けて放たれたそれをマシュが防ぐ。顔面に向けてのそれ、必然少し高めに構えることになるが、そうなると前がふさがれる。

 マシュの視界から、オレの視界からアサシンが消える。

 

 次に現れたのは側面。固まっていたオレたちは散開する暇などないために密集。その影に入るようにアサシンが滑り込んでくる。

 人の視界の端、死角を渡り歩いていく。 

 

「チッ、面倒くせぇ」

 

 密集していれば槍を振るえない。ならばと金時が前に出るが、そもそも捉えることが難しい。人数がいるということはそれだけ目が増えるということであるが、それだけ死角が増えるということでもある。

 投擲されるダーク。それに気を取られれば即座にアサシンは視界から消え失せる。

 

 ――しかし、なんだ……

 

 違和感を感じる。ナニカが足りない。そう何か。戦闘において必要とされる何かが大いに足りていない。

 

「殺気が、ない?」

 

 すごむようなそういう気配のようなものはあれど、殺気がまるで感じられない。ゆえに攻撃の初動が視きれず結果として後手に回ってしまっている。

 暗殺者なのだから気配を出さないというのであればわかるが、それとはまた違うのだ。はっきりと戦う意志が感じられるためにそういったものを隠している風ではない。

 

 それに、先ほどからちらちらとこちらを見ているような気がするのだ。何かをまるで待っているかのような……。

 

「――!」

 

 天啓がきた。

 

「マシュ! ベディ! そのまま突っ込んで一撃を食らわせてやれ!」

「――わかりました!」

「ベ、ベディ……。ま、まあ、長いですもんね」

 

 一瞬、いきなりの指示に躊躇いはあったが、即座にマシュとベディヴィエール卿はしたがってくれる。無論、峰内で盾を振るう。それはまっすぐにアサシンへと向かって行った。

 避けられるような一撃。だが――。

 

「ぬぅは!」

 

 アサシンはその一撃を喰らった。二発とも。

 

「まさか、私が先に仕留められるとは――」

 

 …………

 

「ガフッ、ゴフッ……! 確かに腹部を丸太で殴りつけられたかのような衝撃! この呪腕のハサンをここまで追い詰めるとは……! 敵ながら見事、さぞや上位の円卓の騎士と見た……!」

「いえ、ですから円卓の騎士ではないと……それと上位でもないのです……けど……」

「だが、たとえ全身の骨が折れようとも寝込んではいられぬ! 円卓の騎士、なにするものぞ!」

 

 ………………

 

「おいおい。普通、全身の骨が折れたら立てないぜ? そこまでの献身をアンタらの神は望んじゃいまい」

 

 そこに現れる地味目な男。弓を持っている。彼もサーヴァントだろう。

 

「勝負はついたんだ。おまえさんの心情もわかるが、ここはもう諦めるべきじゃないかい、呪腕殿?」

「これは……アーラシュ殿。う、む……むぅ……しかしですな……」

「難民を助けてもらったろ。お前さんだって、昨日は我がことのように喜んでいたじゃないか」

 

 ――素晴らしい、素晴らしい! 感謝の言葉が見当たらぬ! これほどの快事がほかに在ろうか!

 

 そんな風に喜んでいたことが、アーラシュと呼ばれた男によって伝えられる。

 

「それは、この者どもの素性がわからなかった故! 円卓に連なる者と知っていれば感謝などいたしません!」

「いいじゃないの。この兄さんたち、円卓じゃないようだぜ? なら、感謝の抱擁をしなくてはいけませんな! を守ってもいいんじゃないか?」

「え……あの、抱擁というと……ハグ、ですか? えっと……はい。とても光栄です、アサシンさん」

 

 ――………………ちょっと別の意味でアサシンを倒したくなってしまった。

 

「え、ちょっと……私は心の準備が」

 

 空気が、限りなく弛緩する。

 

「ぐ、ぬぅう。――」

 

 唸っていた呪腕のハサンであったが、ルシュドに気が付くと、どこか驚いた風であった。

 

「なんと、ルシュドではないか。母は、サリアは一緒ではないのか?」

「うん、はぐれちゃった。お母さんはこっちにはいないんだって」

「っ――おまえたち、それは……」

「…………」

「………………」

「そうか――。よかろう。恩には礼で返す。村に入ることは許そう」

 

 こうしてオレたちは東の村に入ったのだった――。

 




東の村。アーラシュさんとハサン先生の登場です。
これで休息がとれるでしょう。

さて、ネロ祭ですね。
とりあえずボックスガチャひくのおおおおおおおおお。

ガチャはいいのはでませんでした。礼装も出ないとは。
まあ、今回もノー課金でフィニッシュです。

それにしても11回殺さなければいけないバサクレスとか、やばかった。
さすがはヘラクレスというところ。
逆に師弟は仲良く倒せば問題にならなかったです。


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神聖円卓領域 キャメロット 14

 アーラシュと名乗ったアーチャーのサーヴァントに案内されて村に向かう。

 アーラシュ・カマンガー。いろいろと勉強してきたはずだが、あまり聞いたことのない名前だ。英霊である限りはその名にふさわしい功績があるはずなのだが――。

 

「んー?」

 

 記憶にない。日本語の資料ばかりで手がいっぱいで海外の資料にまで手が回らなかったのが痛いなと痛感する。たぶん日本ではマイナーだけど世界的には超有名な英霊な気がする。

 

「先輩先輩。わたしがお教えします」

「ほんと? ありがとう」

「はい、えっとアーラシュさんのことですか?」

「そうなんだ。彼のことは――」

「知らないってか?」

「おわっ――!?」

「はは、そんなに驚くなって」

 

 先導している彼がいつも何か隣にやってきている。もう既に村は目の前だからまっすぐ行けば問題ないからきたとのこと。

 

「いや、まあ、そうです」

 

 勉強不足だ。もっと勉強しないと。やっぱ寝る暇なんてないよな――。

 

「そう心配しなさんな。俺のこと知らないからって怒らねえよ。勉強不足だって、思わなくてもいいさ。というか、寝る時間まで削りなさんな。いざって時大変だぜ?」

「ええ!?」

 

 なぜバレた!?

 

「先輩。アーラシュさんは、未来さえ見通すと言われる千里眼の持ち主ですから」

「マシュは知ってるんだ」

「えっと、はい。先輩が勉強なさっているので……」

 

 ――私も、と。

 

 そう顔を朱くしながら言ったマシュ。

 

 ――…………可愛い!!!!

 

 って、ちょっと待て。全てを見通す千里眼…………。それはもしや、マシュの3サイズまでわかってしまうのでは……。

 そっとアーラシュさんの方を見ると。ウインクして頷いてた。

 

 ――あとで聞かなければ……。

 

 観察眼である程度はわかっているが、やはり正確な値というものは知ってみたいと思うわけでして――。

 とりあえずアーラシュさんについてだ。

 

「んー、俺はあんま説明は苦手だし。そっちのお嬢ちゃんに聞いたらどうだ?」

「でも、本人の方が」

「あんま誇ることでもないし、正直生前のことなんて恥ずかしいからな!」

「そ、そうですか。じゃあ、マシュお願い」

「はい! 任せてください!」

 

 なんだかとっても嬉しそうだ。

 

「では、僭越ながら先輩にご説明します。アーラシュさんの出身はペルシャ、今のイランにあたる国です。一番古い記述はゾロアスター教のアヴェスターで、イランの方では国民的に知られる英雄譚だったそうです」

「なるほど。結構古い時代の人なんだ」

「はい。それで、英霊になるほどの逸話となるといろいろとあるのですが、一番有名なのはやはり国境線を引いたお話でしょうか」

「国境線?」

「はい」

 

 曰く、パルスとトゥランという国があった。その国は長い間戦争をしていた。しかし、何十年も続いた戦争により、ペルシャとトゥランはすっかり疲弊しきり、殺し合いを誰も望んでいなかった。

 そこで、両軍はある協定を結ぶ。その内容というのが――

 

「――矢を放って届いた地点を国境と定めるというものです」

「そこで白羽の矢が立ったのが俺ってわけだ」

「矢で国境線か」

「はい。アーラシュさんが放った矢は、大地を割り、最も速き流星より疾く、飛翔距離は実に2500kmにも達したとか。ただ、その人ならざる絶技と引き換えに、彼は五体四散して命を失ったということです」

 

 その功績から彼は英霊にまで祭り上げられたということらしい。

 

「なるほど。とってもすごい人なんだ」

「そう臆面もなく言われると照れるな。――っとついたぜ」

 

 ようやく村にたどり着く。

 

「ここが、山の民の隠れ里……。立派な村ではないですか!」

 

 山岳地帯からまったくと言ってよいほど見えなかったというのに、立派な村がそこにはある。魔術の結界もなにもないのにどうやって隠しているのか。

 

「そこは山に住む者の知恵ってヤツだな。うまく山陰に隠れるようになっているんだと。呪腕の兄さんがアンタらを案内したくなかったのは、村の位置を万が一にも知らせたくなかったからさ」

「なるほど、確かに。魔術の守りがないから、見つかったらおしまいなワケだ」

 

 それに生活も決して裕福そうには見えない。このような山間の村だ。農業をしようにも場所は限られているし、狩りをしようにも獲物は少ない。

 飢餓まではいかないが、わずかな余裕もない。オレたちを受け入れる余裕なんてものはもともとありはしないのだ。

 

 その上で、オレたちを受け入れてくれた。それには感謝する。なにより彼らは、聖地への想いをそれでもなお捨てていなかったということに純粋にすごいと思ったのだ。

 衣食住足りてこそ。飢えを知らない現代の日本人からすれば、信仰の為に不自由を許容するその心はわからない。

 

「…………」

「ま、そう難しい顔しなさんな。気楽にしていればいいさ。ここのやつらは異教徒に偏見はない。厳しい暮らしによるものだろう。辛い旅をしてきた人間は一目でわかるんだよ。ここのやつらには騎士の兄さんの生き方がそういう風に見えたんだろうさ」

「私の生き方が……ですか。私は、人に誇れることなど一つもない男ですが……」

「はは。ま、そう思っているのはあんただけかもしれないぜ? でだ、今度はこっちが聞いていいかい?」

「なんですか?」

「人間のマスターを見るのは初めてだが、ここまで来た経緯を利かせてくれ。随分と特別な星を背負っているようだからな」

 

 アーラシュに聞かれたので、ここまでに至る経緯を語る。

 カルデア。人理定礎。あらゆる時代の滅却。特異点。こちらが持ちえる情報を全て、アーラシュに語る。ここに至る経緯。オレの旅路を。

 

 思えば遠くに来たと思う。特異点も六度目。遠くに来たと思うのも何度目だろうか。大小の特異点を合わせればもっと来たか。

 その中でもこの特異点は、何よりも厳しい。普段と異なり、全てが終わりかけている。足掻くばかりで、何一つ、何もできない。

 

「とんでもない大任じゃないか」

「改めて言われると、そうですね先輩」

「大変なのは、みんな一緒だよ……」

 

 そうだ。大任。改めて言われるまでもなくそんなことはわかっている。だから、オレひとりがこうやって落ち込んでいる暇なんてないのだ。

 

「まあ、そう気負うな」

 

 ぽんとアーラシュの手がオレの頭に置かれる。

 

「アンタには、頼もしい仲間たちがいるじゃないか。んで、そっちの兄さんはお供かい? 元円卓の騎士として、仲間たちを糾しに来たと?」

「いえ、私は……砂漠地帯で彼らと出会ったのです。それから聖都の門で再会し、こうしてともに」

「……ふうん。とりあえず行き先が一緒なだけ、か」

 

 それは目的が一緒ではない。いずれは同じ目的になるとしても、今は違うのだとアーラシュは言った。ともかく、歓迎してくれるという。

 

「とりあえず、まずは召喚サークルってやつの設置だろ?」

「なんで知ってるの!?」

「はは、察しが良いだけさ」

「ですが、アサシンさんにお断りしなくてもいいのでしょうか」

「構わん構わん。呪腕の兄さん、口じゃアンタらを嫌っているが、もう仲間意識持ってるからな。最初の戦闘の時だって、おかしかっただろ」

 

 なるほどと納得する。アサシンのサーヴァントが戦闘を挑んでくるのがおかしい。それに明らかに本気ではなかった。あの腕を使っていなかったのもそうであるし、明らかにこちらの攻撃を喰らった。

 まったく回りくどいにもほどがある。ただ、問題がないのなら早速召喚サークルを設置する。マシュの盾を用いて召喚サークルを設置。

 

「な――な、な……!?」

「設置完了しました。いつもならダ・ヴィンチちゃんが小粋なトークを披露してくれるのですが……」

 

 今は、その声はない。その声は、もう、聞こえてはこないのだ――。

 

「落ち着いたな? じゃあ、これからの話だ。アンタら、しばらくこの村にいるんだろう? 円卓の騎士の目から逃れるにはもってこいだからな。この村にいるかりぎおまえさんたちは安泰。情報収集もできる」

「確かに。ベディも疲れてるみたいだしね」

「私は疲れてなどいません。難民たちを避難させた後、一人でも聖都に戻るつもりですが」

「――ひとりで行く気ですか?」

 

 彼はひとりで行く気だろう。表情が、そう物語る。

 

「はじめからそのつもりでした、から」

「……行かせられないな。一人で円卓と戦えるはずもないのは貴方がよくわかっていると思うんだけど」

 

 ドクターから聞いた話、彼の霊基はめちゃくちゃだ。今までどれほどの無理を重ねてきたのだろう。霊基が乱れすぎてモザイクレベルの不安定さだと。

 ただそれだけではない。オレの直感が、観察眼がそれだけではないと物語る。ただ、事実がどうあれ彼をひとりで行かせることができないことだけは確かだった。

 

 ――これ以上、誰かを失ってたまるか。

 

 それが何よりも強い。オレはもうこれ以上仲間を失いたくないのだ。

 

「マスターのいう通りだな。どのみち、腰を落ち着ける場所が必要だったのさ」

 

 その後アーラシュの提案で狩りに出かけた。張り切るクー・フーリンやマシュたちが狩りに出ている間、オレとジキル博士、ジェロニモ、ノッブは今後について相談する。

 

「まずは目的だけど、獅子王の目的を知ること、だな」

 

 口火を切るのはマスターたるオレ。まずは確認。目的は人理の修復であるが、そこへ至るためにはまず獅子王の目的を知る必要がある。

 どうして円卓の騎士を用いて人々の選別なんてものをしているその理由を知らなければならないだろう。そのうえでオジマンディアスを納得させて聖杯を譲り受けなければいけない。

 

 おそらくは、そののちに獅子王と戦うことになるだろう。どのみち、敵は二つということだ。獅子王と太陽王。彼らは決して味方などではない。

 倒して済む敵というわけでもないのがまた厄介なところだ。それにどうあがいたところで今のオレたちに彼らを倒す手段はない。

 

「そのためには獅子王に面会しなければいけないね」

 

 しかし、それが難しい。聖都へ迎えば否応なく円卓の騎士と戦闘になってしまう。現状において、円卓と戦うのは得策ではない。

 なにせ、ベディヴィエール卿のアガートラムしか対抗手段がないのだ。そんな状態で戦えば磨り潰されるのがオチだ。

 

「であれば、獅子王を外に出すのがよかろう。こちらから赴けぬのであれば、あちらを動かすほかあるまい」

 

 逆転の発想。こちらから会いに行けないのであればおびき出す。

 

「戦の常道じゃな。じゃが――」

 

 獅子王はそもそも聖都から動かない。動く必要すらないのだ。手足たる円卓がいる以上、獅子王自らが動く必要性などない。

 仮に円卓という手足を失ったとして、獅子王には超級宝具の一撃がある。それは聖都から離れることなくあらゆる全てを滅ぼすことができるだろうことは想像に難くない。

 

 また、獅子王自体が外に出ざるを得ない状況とはすなわち円卓を撃破し、彼の王の目論見がとん挫するその瞬間だけであろうから不可能なのだ。

 円卓は現状では撃破不可能。手足を切り落とすこともできないのだから、頭が出てくることはない。

 

「じゃが、それはわしらがやった場合じゃ。ない袖は振れんのなら、ある者を使えばよい」

「オジマンディアスを動かす、か」

 

 力がないのならば拮抗している力をもつオジマンディアスを動かせば良い。不可侵条約を結んでいるということは対等ということだろう。

 ゆえに、双方のぶつかり合いは互いの頂点たる王が出てくる公算は高い。

 

「問題は、あの王様を動かすのは並大抵のことじゃないってこと、か」

 

 あの王様絶対にこちらが何を言ってもうなずかないだろう。現状、どうして滅んだかなどもあらゆる全てが不透明。そんな状態では彼の王は動かない。

 そもそもオジマンディアスに言われたのは真実を知れということ。そのために獅子王と対面しようとしているのだから、本末転倒どころか順序が逆だ。

 

「ならばいっそ獅子王本人に対面は諦めたらどうだろう」

「ジキル博士、それじゃ駄目なんじゃ? ――いや、そうか。やっていることだけなら、理由を知る者がいるか」

「円卓の騎士は王に従うが、全てを王様が統括しているはずもなかろう。補佐官殿という言葉もあったしのう」

「なるほど、その補佐官なら何かを知っている可能性はあるか」

 

 獅子王が動かずともその補佐官ならば動かすことができる。獅子王と比べれば円卓の騎士の方がまだなんとかなりそうであるが。

 やはり問題はギフトだ。あれをどうにかしなければこちらは手も足も出ない。

 

「今は、情報を集めよう」

 

 わからないことが多すぎる。山の翁の情報網を信じて今は待つ。

 そうして一週間の時が過ぎた――。

 




東の村にて。
八方ふさがりな状況です。

ネロ祭。とりあえず六回のボックスガチャが終了。今回はレートが低くて助かります。なのでメダル集めに戻りますが、礼装がないからきつい。
ガチャ引いても礼装出ない。ここまで出ないのは久々です。

それにしても魔竜は強かった。硬い。防御無視でようやくでしたし。
沖田さんと式で頑張りました。
次は何なのかなぁ。


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神聖円卓領域 キャメロット 15

 東の村にたどり着いてから一週間が過ぎた。円卓の追撃もなく、穏やかな日々が続いている。村の人たちは優しくたくましく、オレたちを受け入れてくれた。

 狩りや力仕事を手伝いながら生活する。平穏で穏やかな日々。このままこうしているのがいいのではないのかと思うほどに優しく尊い日々。

 

 だが、いつも夢に見る。ブーディカさんが、清姫が、ダ・ヴィンチちゃんが死んだあの瞬間を夢に見続ける。このままではいられないのだと毎夜オレに突きつけてくる。

 覚悟を決めなければならないだろう。決死の覚悟で、円卓と戦う覚悟を。

 

「ただいま戻りました、マスター……先輩?」

「――あ、ああ、ごめんちょっと考え事をね」

「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ、マシュ。まだ、大丈夫」

「――おかえりなさいマシュさん。少しお時間よろしいでしょうか」

 

 

 帰ってきたマシュにベディヴィエール卿が話があるという。

 

「あ、はい、なんでしょう」

「個人的な話になるのでこちらに。マスターもどうぞ」

 

 人気のない場所でベディヴィエール卿は止まった。

 

「マシュ・キリエライト・貴女の名乗られた姓名でしたね」

 

 そう確認するように彼は切り出した。

 

「はい。わたしの名です。それが何か……?」

 

 マシュは首をかしげる。それはオレも同じだった。何か問題があるのだろうか。そう思った時、瞬時に疑問の応えが出る。

 ベディヴィエール卿が気にしているのは英霊としての真名だ。それが続く彼の言葉によって証明される。

 

「不躾ながら、重ねてお尋ねします。その名、英霊としての真名でしょうか」

「それは……」

 

 マシュは言葉に詰まる。その質問に彼女は答える名を持っていない。彼女に力を貸している英霊が何かを彼女は知らないのだ。

 このオレも確信はない。だが、一つはっきりしていることがある。彼女に力を貸している英霊とはおそらく円卓の騎士なのだろう。

 

 この時代に来て、円卓の騎士と戦っているときに、彼らを敵視できない彼女を見てふとそう思ったのだ。いいや、もっと前から。

 あるいは、彼女の英霊としての姿を見た時から、ずっと引っかかるように蓄積された断片が少しずつ形になっているのがわかる。

 

「本来であればサーヴァントに尋ねるべき事柄ではないと理解しています。ですが、敢えてお尋ねします。無礼をお許しください」

「……言わなくてもいい」

「……ありがとうございます。でも、大丈夫です、マスター」

 

 彼女は一度、深呼吸をしてからベディヴィエール卿へ言った。

 

「サー・ベディヴィエール。わたしは……正しいサーヴァントではありません」

 

 語られるマシュの真実。それは人間と英霊が融合したデミ・サーヴァントということ。サーヴァントであって人間であり、人間であってサーヴァントである奇蹟の存在。

 

「マシュ・キリエライトとは、わたしの人間としての名前にすぎません。真名は……わたしに融合した英霊は、それを告げずに消滅しました。ですので、わたしは自分が一体どういう英霊なのか、自身だけでなく宝具の真名さえもわかりません。ですから、宝具の出力も……著しく低下しています」

「…………」

 

 それを聞いたベディヴィエール卿は無言。何を想っているのだろうか。ややあって、彼は閉ざしていた口を開く。

 

「……そうだったのですか。話していただきありがとうございます。重ねて、無礼をお詫びします。私の中にあった、疑念は消え失せました」

 

 ――やっぱりか。

 

 ベディヴィエール卿の様子を観察して、心眼が見抜く。おそらくは、彼はマシュと融合した英霊を知っている。ただ、それだけではない。それだけではない感情があることに気が付いてしまった。

 

 ――これは、羨望?

 

 それは羨望にも似た、不甲斐なさを悔いているような複雑な感情だった。それも一瞬だけで消えてしまったが、一体、あの感情はなんだったのか。

 

「いいえ、気にしないでください。わたしも……自分自身の特殊性を失念していました」

「そうだね。デミ・サーヴァントがどんなものなのか、不思議に思うサーヴァントがいてもおかしくない。むしろ今までの英霊たちが珍しいだろう。すんなり受け入れてくれたんだから」

 

 マシュはサーヴァントでありながら英霊ではない。

 

「ベディヴィエール卿。キミはその違いにずっと戸惑っていたんだね」

 

 ドクターの言葉を脳内で反芻して、それは違うのではないかと思う。

 

「……はい。正直、敵なのか味方なのかさえ迷っていました。ですが、今の答えで私の迷いは晴れました。改めて、レディ・マシュ」

「は、はい」

 

 ――れ、レディ? さ、さすがは本物の騎士だ……。

 

 片膝をついての謝罪。騎士による淑女への礼。物語の中のような光景。月の光が照らす中、最強に可愛いマシュに跪く騎士の姿は幻想的であり、何より美しさがあった。

 そして、それゆえに

 

 ――…………。

 

 仄暗い己の感情に嫌気がさす。ベディヴィエール卿に悪気などあるはずはなく。あるのは謝意と敬意のみだ。自分が心配するようなことはなにひとつない。

 だが、自分ではこうはいかないと思ってしまうのだ。

 

 ――嫉妬、だよな……

 

 嫉妬。彼と彼女のやり取りは物語の中のそれ。幻想的であり、オレのような存在が入る余地などないように思えてしまった。

 

 ――ああ、久しぶりに最悪だ。

 

 英霊に嫉妬しないというのは嘘になるが、この形の嫉妬はいただけないだろう。気が緩んでいるのか。あるいは、悪夢のせいで睡眠時間が足りないのか。

 薬でどうにかしているはずだが、見えない疲れはオレを蝕んでいる。

 

「淑女への礼なのかな。さすがは騎士だね」

「し、淑女……ですか。いえ、そういった呼称はいささか……抵抗が……」

「無礼の詫びではありませんが、できうる限り敬意を示します。貴女方のこれまでの戦いに。貴方たちは真実、世界を救うために現れた方だ」

「い、いえ……先輩はともかく、わたしは先輩や皆さんに守られているだけの、デミ・サーヴァントで……」

「いいえ、レディ。それは違いましょう」

「……レディ……」

 

 ――………………………………

 

「……貴女に力を預けた英霊が語らぬ以上、私が語ることはありません。それでもあえて伝えましょう。同じ円卓の騎士として、貴女に」

「! 待ってください、ベディヴィエールさん! 貴方はわたしと融合した英霊をご存じなのですか!?」

 

 ――ああ、やはりか。

 

「もちろん。私だけではありません。貴方と対面した円卓の騎士たちは、例外なく感じたでしょう。貴方にその宝具を預けた騎士は、それほど特別な騎士なのです」

 

 それは最も強き騎士、最も堅き騎士、最も猛き騎士――その名はきっと。

 

「それぞれ誇るものが違う円卓において、ただひとり武を誇らず、精神の在り方を示した騎士。その真名を他ならぬ貴女自身が見つけ出せることを祈ります」

 

 ベディヴィエール卿はマシュに真名を伝えることはしない。答えはもはや出ているようなものであれど、それを探すことこそが使命なのだ。

 かつて、彼の騎士が聖なるものを探索したように。その名は自ら自身で探さなければならない。誰かが見つけたものを教えてもらうのではなく、自らで考え、その果てにたどり着いた場所で知らなければならない。

 

 多くの真実とともに、その名を知る時、彼女はきっともっと強くなるだろう。

 

「……ただ、貴女の中の英霊が円卓の騎士である以上、問題はほかにもあります」

 

 それはきっとかつて同胞だった騎士と戦えるかということ。

 

「……はい。ずっと感じていました。これは違う。こんなものはアーサー王の所業ではないと」

「そうです。我らが知る王の所業では決してありません。ですから、私は。何があろうとも、我が王を倒す」

 

 それは壮絶な決意の発露だった。何が彼をそこまで駆り立てるのか。ただ王の所業に憤っているというわけではない。何か強い意志を感じる。

 

「そのために、ここまで来た。そのために今まで生きて来たのです」

 

 ゆえに、私は円卓と戦おう。しかし、貴女は? と彼は問う。

 

 獅子王と戦う必要はあるのか、ないのか。時代の修復が目的なのだから、戦う必要はないのかもしれない。

 

「私は、このまま村に残り、ハサン・サッバーハの力を借りようと考えています」

 

 彼もハサンもまた叛逆者。容赦なく粛清にかかるだろう。だが、と彼は言った。まだ間に合うのだと。降伏すればまだ間に合うのだ。

 

「それでも――戦いますか? 円卓の騎士たちと。あの強大な獅子王と」

 

 告げられる選択肢。

 与えられる逃げ道。

 示された楽の言葉。

 

 凡人にとって、何よりも甘美な誘惑。凡人ゆえに、どうしても楽な方へ楽な方へと思考は行く。それはニンゲンの常だ。

 楽なことは楽しくて、何よりも気持ちが良い。辛いことは苦しくて、痛い。そんな道を行くには並大抵ならざる意志力が必要になる。

 

 何より、円卓の騎士を、獅子王を見抜いた心眼が観察眼によってくみ上げられた未来予測が告げるのは、高確率の死なのだ。

 今まで戦おうと意思を萎えさせることなく持ち続けることができたのは、それ以外に道がないから。進む道がひとつだけならば、進んだ先から背後の道がなくなっているならば、前にしか進めない。

 

 だから凡人でも前に進むことができる。

 だが、こうやって選択肢が告げられてしまえばもうだめだ。思考は嫌でも楽な方へ行きたがる。それが普通。だって何の力もない凡人なのだから。

 

 けれど――。

 

 ――それでも、それでも前に進む理由があるから。

 ――犠牲になった仲間の言葉が胸に残っているから。

 

 震える足でも前に一歩踏み出す。凡人ゆえに、その選択は重い。今にも壊れそうなほどにボロボロに傷ついた心をさらに圧迫する。

 

「間違っているのは、獅子王だ」

「……はい、その通りです、マスター。わたしたちは獅子王と戦います。自分たちの命はもちろん惜しいです。でも、それ以上に」

「ああ、それ以上に」

「犠牲になったブーディカさんや清姫さん、ダ・ヴィンチちゃんの想いを無駄にはできません。聖都の獅子王の所業を赦せません」

 

 騎士としての責任だけではなく。

 

「この地に生きる人々、あの門で命を落とした人々すべてへの、果たすべき贖いです。それに、先輩と二人なら、どこまでも行けます。きっと」

「ああ、そうだ」

 

 彼女の手を取る。オレは彼女に跪きたいんじゃない。あの幻想的な光景じゃなくていい。無様でも、なんでもいい。ただ彼女の隣にいたい。

 そう誇れるオレでありたいから、もう一度、頑張るのだ。

 

「――――」

 

 オレたちの答えにベディヴィエール卿は目を見開いて驚いていた。

 

「――お見事。貴方たちなら、彼の騎士ですら力を貸しましょう。私の話はこれだけです。邪魔をして申し訳ありません。明日、ハサン殿にすべてを打ち明けましょう。その上で彼らの選択に従います」

「はい。ハサンさんなら、きっと!」

「さあ、戻りましょう。明日は早いですよ」

 

 そう言って戻る。その途中――ふと振り返る。

 

「…………」

「先輩?」

「なんでもないよ。…………あ、いや……マシュは……やっぱりイケメンの方がよい……?」

「……えっと……いえ、その……わたしは、やっぱり、マスターの方が……」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………気が付かれたか……いいや、それはないか。しかし……むぅ、職務とはいえ、盗み聞きなどするものではないな……」

 

 岩にできた影からぬぅと人影が出てくる。ハサン・サッバーハ。呪腕のハサンと呼ばれるこの村を統括する者。髑髏の仮面によって表情が変わらない彼ではあるが、どこか困ったように目を細める。

 

「……まことに難儀。これでは断れないではないか……」

 

 ここまで来てしまったら断る気はないものの、それでは示しがつかない。自らは山の翁なのだ。その矜持がある以上、そう簡単に首を振るわけにはいかない。

 何よりもこの村の全ての住人の命を山の民の命を預かるがゆえに。

 

「ふぅむ。ここは、それとなく共闘するに足る理由を考えておかねば。どうすれば共闘をしても良いといえるのか。うぅむ。難しい」

 

 呪腕のハサンは頭を悩ませる。人の上にたつことのなんと難儀なことか。しかし、どこかその顔は笑っているようにも見えた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 翌朝。オレたちは呪腕のハサンに昨夜話した通り共闘を申し出る。

 

「――なるほど。共闘ですか。はっはっは。これは異なことを言う。我らは今日を生きるにも難儀する難民ですぞ。どうして獅子王の軍勢と戦えるというのでしょうか」

「え――あれ? 言われてみれば、その……その通りでした!」

 

 マシュは失念していたというが、オレはそうは思わなかった。彼には顔がないが、その意思はわかる。彼は未だ諦めてはいない。

 彼は戦う準備をしている。

 

「ハサンさん、予想外の切り返しです先輩!」

「オレの目は誤魔化せない」

「ほう――」

「貴方がたが秘密裏に軍備を整えていることは知っている」

 

 クー・フーリンが狩りに行きながらそのあたりのことについて教えてくれたのだ。何より村を見て回ったからわかった。

 

「……失礼。悪ふざけが過ぎたようだ。確かに、我々は獅子王への反撃の機を狙っている。各地の隠れ里にはそれぞれの考えを持った山の翁が赴任し力を蓄えている」

「良いか。我らは決して獅子王には屈せぬ」

 

 獅子王はハサンたちの神を軽んじる。聖都の法はあらゆる神の威光を上回ると言ってのけたのだ。そんなものを山の翁が、山の民が、赦すはずもない。

 何より、獅子王は従わぬものを消し飛ばす。たとえそれが何であってもだ。無惨に穿たれた大地こそがその証明。

 

「我らは戦わねばならぬ。抗わねばならぬ。そのために戦力がほしいのは事実。だが――貴殿たちを容易く迎え入れるわけにはいかぬ。叛逆者と言えど、円卓が二人もいるのなら猶更よ」

「気が付いていたのですか!?」

 

 ――やっぱり聞いていたな。

 

 昨夜、おそらくは誰かが聞いていると思った。あの山の翁の性格ならば密会をすれば、おそらくは盗み聞きをするだろうと予測していたのだ。

 確信はなかった。気配遮断をされればオレでは絶対に感知することはできないのだから当然だろう。だが、おそらくはと思っていた。

 

 この発言を聞く限り盗み聞きしていたのは本当らしい。油断も隙も無いとは思うが、彼の性格ならばおそらくはこの共闘には乗り気のはずである。

 一週間、同じ共同体で生活をしたのだから嫌でも人柄はわかってしまう。このハサン、暗殺者のくせにとても善良なのだ。

 

 優れた観察眼、高い統率力と指導力、熟練した交渉術、高尚な精神性、武人としての覚悟、子供に優しくユーモアを理解する寛容さ、割とお茶目な一面。

 見れば見るほど彼という人物像から暗殺者を形成しろと言われる方が無理になってくる。

 

 今もきっと、虎視眈々と共闘にうなずける機を待っているに違いない。

 

「我ら歴戦のサーヴァントとなれば当然。なあ、アーラシュ殿」

「え、マジでか!? マシュも円卓の騎士だったのかよ――!?」

「ア――ラシュど――の――!」

「あー……すまんすまん、ついな! おう、知っていたとも、はじめっからな!」

 

 アーラシュさんのおかげですっかりと毒気が抜かれてしまった。

 

「ともかく、どうあっても貴様たちの手は借りれぬ。これは信仰上の問題である!」

 

 ――ここだな。

 

「なら、山の翁。貴方の信条を上回るほどの、貴方ですら頼らざるを得ないほどの実力を示せばどうだ」

「……ほう。もし本当にそのような実力があるのならば是非もない。この呪腕、喜んで犬にすらなろうぞ!」

 

 ――食いついた。

 

 もともとそのつもりだったのだろうが、彼に言わせるよりもこちらから提案した方がよい。そうすれば彼自身からの提案としてやるよりもほかに説明がしやすい。

 こちらが売り込んで無理やりに買わせたという方がほかの山の民からの反感を彼が買うこともない。

 

「行くぞ、アーラシュ殿。手加減無用! ただし貴殿の宝具は禁止ですぞ! 試すもなにもありませんからな!」

「了解だ。人の上に立つってのは大変だねぇ、呪腕殿!」

「行くぞ、マシュ!」

「はい、マスター!!」

 

 戦闘開始――。

 宝具でもないのに降り注ぐ矢の雨を掻い潜り、呪腕のハサンへと一撃を叩き込んだ。

 

「――フッ。やりますな。これほどの戦力。見逃しては、それこそ初代様に首を落とされよう」

 

 そして、居住まいを正し、

 

「こちらからもお願いしよう。どうか我らとともに戦ってもらいたい。報酬もなにも約束できぬが――我が名に。山の翁の名にかけて、必ずや貴殿らを獅子王の元に送り届けよう」

「それは最高の報酬だ」

 

 こうして呪腕のハサンたちと共闘関係を結んだ。これより、オレたちは円卓と戦う。

 

 何があろうとも世界を救うために。

 

「大変だ―!」

「何があった」

「西の村から、狼煙があがっている!」

 

 だが、 ゆっくりもしていられない。

 新たな敵が西の村を蹂躙している。

 

 円卓の騎士。その名は――モードレッド。

 かつて、ロンドンをともに駆け抜けた騎士が、オレたちの前に立ちふさがった――。

 




ベディヴィエール卿と内緒話。それから共闘。
そして、次なる絶望が来る。円卓の騎士モードレッド。
一度仲間として戦った相手が今度は敵だ。しかも、宝具連発してくる超絶ヤバイ奴。
果たしてぐだ男は勝てるのか。

そういえばニトクリス呼符で引きました。
最近キャスター来すぎなんじゃが……。


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神聖円卓領域 キャメロット 16

 東の村が騒然となる。西の村が発見され、遊撃騎士たるモードレッドに襲撃されているのだから。

 

「アーラシュ殿、村と敵軍の距離はいかほどか!?」

「峠一つ向こうだ! 狼煙の色は黒、接触間近ってことだな!」

「西の村……ほかの村が襲われているんですか!? ならすぐに助けに行かないと……!」

「マシュ、落ち着いて」

 

 今できることは限られている。

 

「呪腕さん、ここから西の村までは?」

「どう急ごうと二日はかかる……」

 

 救援は間に合わない。だが、諦めるという選択肢はないだろう。西の村にもおそらくはハサンがいる。貴重な戦力をつぶされるわけにはいかない。

 

「百貌の姉さんは長引かせるのはうまいけどな……それでももって半日だろう」

 

 どうあがいても間に合わないか。

 

「空でも飛べれば話は別なんだろうが……」

 

 空を飛べる宝具はない。かろうじてサンタさんのエクスカリバージェットによる飛行ソリがあったが、今、サンタさんは此処にはいない。

 ダ・ヴィンチちゃんがいれば話は変わっていただろうが、その彼女も今はいない。金時のベアー号の最高速度ならば半日でもいけないことはないかもしれないが、連れていけるのは一人か二人。それではモードレッドには、円卓の騎士には勝てないだろう。死にに行くようなものだ。

 

「よし、じゃあそれで行くか」

「はい?」

 

 アーラシュさんは何を言っているのだろうか。

 

「いやあ、一度だけ、かつ片道で、少し人数制限をかけてもいいのなら、空を飛んで一気に移動することはできるぞ!」

 

 そう笑顔で言うアーラシュさん。それはとても願ったりかなったりの提案なのだが。

 

 ――非常にいやな予感がする……。

 

「ただし、それなりのリスクはある。一気に西の村までは届かないが、それでもいいか?」

 

 ――だが。

 

「かまわない、それで行こう」

 

 西の村は見捨てられないのだから、手段を選んでいる暇などないのだ。

 

「人選は、マシュ、ベディ、兄貴、ノッブ、式」

 

 残りは万が一を考えて東の村で待機。西の村が見つかったのだ。こちらも見つからないという保証はない。多少は戦力を残していくべきだ。

 

「よし行くぞ、ついてこい!」

 

 彼について行った先にあったのはつぶれた家の屋根を粘土で補強した土台だった。取っ手が付いている。

 

「カカトまで入る穴もあります」

 

 取っ手を掴んで穴に足を入れる。

 

 ――すごい嫌な予感がする……。

 

「マスターはマシュの隣だ。しっかり掴んでろよ! 時速300キロ以上はでるからな」

「え……あの、アーラシュ・カマンガー。何を……しているのですか?」

 

 ――ヤバイくらい嫌な予感がする……。

 

 この手の直感は外れない。ここまで来れば何をしたいのかがよくわかる。何よりもアーラシュさんが、土台に縄を張って固定、そのまま特大の矢に繋いでいる時点でこの移動法がなんなのかわかってしまった。

 ぶわりと汗が噴き出す。

 

「え……え……」

「笑い話、ではありません。そんな、まさか。ですよね、先輩、先輩?」

「ま、マシュ、とりあえず、ごめん、掴んで、しっかりつかんで離さないでくれると助かる。これ、笑い話じゃない」

「え、……え……」

 

 アーラシュさんがやろうとしていることは、単純だ。単純と言いたくないが、単純だ。土台と矢を繋ぐ。おもいっきり矢を放つ。

 矢、20キロ先まで飛ぶ。一緒に土台も飛ぶ。ただの矢を宝具クラスの威力で放てる彼ならば、問題なく20キロくらい飛ぶんだろうなと思う。

 

「おい、マスター。なんで、オレがこんなことに参加しなくちゃいけないんだ。全裸と変わってくる」

「わしもいやじゃー。こんな命がけのネタとか、芸人のやることじゃろ!?」

「いいからしっかりつかまってろ。もうおせぇ!」

「よっしゃ、行くぜ!」

 

 無慈悲に引き絞られ、放たれる矢。その刹那、オレたちは空を飛んでいた――。

 

「あ――――あああああああ―――――――――――――!!!」

「これが、宝具・人間大砲……!」

 

 余裕なさ過ぎて思考が変な方向にぶっ飛んだ。なんだろう頭の中でダ・ヴィンチちゃんの声が聞こえる気がする――。

 

「あああああああ――――――――! きゃあああ――――――!!」

 

 ぎゅむぎゅむ。

 

 うむ――。

 

「だだだだだだだだだいじょうぶですかレレレレレレレレレレレレディ、みなささささささん!!」

「あはは。見てごらん。ベディヴィエールのほっぺたが気流でぶるぶるしてるぞ!」

 

 ドクター、そんな余裕ない。

 

 ぎゅむぎゅむ

 

 ――うむ。

 

「ド――――ク――――タ――――! べべべべべベディ卿にしつれれれれれれれい!」

「そろそろか。総員、着地の衝撃に備えろ! 激突した瞬間、土台は木っ端微塵だからな! 各々いい感じで受け身をとれ! マシュ、マスターの方はこっちで面倒を見るから、自分のことだけ考えてろ」

「は、はい! マスターをお願いします、アーラシュさん……!」

「あ、アーラシュさ、ん……」

 

 不安になって思わずアーラシュさんを見る。

 

「安心しろ。何があっても俺が守ってやるよ」

「ぶ――つ――か――り――ま――す――! に、いち、ぜろ――――――!!」

 

 すさまじい衝撃とともに地面に大激突する土台。

 衝撃の瞬間、取っ手から手を離したおかげで、衝撃が骨を砕くことはなかったが反作用は容赦なく襲ってきて身体が宙に浮かぶ。

 そのまま地面にたたきつけられる前にアーラシュさんの逞しい腕につかまれ、そのまま地面へと着地する。彼の頑強な肉体はこの程度では傷つきはしないのだと言わんばかり。

 

 各々が受け身をとる。土台が破砕した瞬間、各々が宙へと投げ出された。マシュは盾を地面にたたきつけることによって衝撃を一度殺し、そのまま中空で一回転し、脚を地面につけ数度、威力を殺しながら着地する。

 ベディヴィエール卿は、そのままアガートラムを地面にたたきつけて掴みとり、威力と相殺した。神霊の腕を模したものだけあって段違いの耐久性能だ。

 

 クー・フーリンは苦も無く着地。膝を曲げて衝撃の全てを余すことなく殺し、周辺を警戒へと移る。

 ノッブは大量の火縄銃を召喚して、空中に出来上がった火縄銃の壁に優しくキャッチさせることによって受け身をとる。

 式は発生した瓦礫を蹴りながら空中を移動。猫を思わせるしなやかな四肢でもって綺麗に着地して見せた。

 

「よーし、全員無事だな。じゃあ、おろすぞー」

「あわ、あわわわわ」

「うむ、高所でのみ有効な大陸間弾道移動……我ながら正確な射撃だった。ところで、なんでこれが一度きりかというとだな。たいていのやつはこれをやると、二度とゴメンだと嫌がるからなんだ」

 

 ぐるぐる回る視界の中で告げられる言葉には激しく同意だった。こんな移動、二度とゴメンだ。

 

「あいたたたた……先輩、無事ですか――っ!? どこに落ちたんですか――!?」

「おう、こっちだマシュ! ベディヴィエール卿はいるかー!?」

「無事ですとも! 頬はまだぶるぶるしていますが!」

「よーし、ノッブ、シキ、クー・フーリンはいるかー」

「まったく無茶苦茶にもほどがあるわ。こんなのは猿の役目じゃろ猿の!?」

「…………」

「ま、全員無事ってところだな」

 

 全員興奮している様子だが無事だ。

 

「それは良き事ですな。しかし、私ですら肝を冷やしましたぞ」

「ハサンさん!? いつの間に」

「貴殿たちだけでは西の村へのけもの道は見つけられぬ故。しかし、そのまえに――」

 

 あふれ出す獣。どうやらここは獣の巣だったようだ。まだふらふらするが、戦闘に支障はない。

 

「突破するぞ!」

「はい、マスター!」

 

 獣の群れを突破する。

 

 西の村に到着した時には、アサシンのサーヴァント、百貌のハサンがモードレッドに切り殺されているところだった。

 だが、本物ではない。アレが彼のサーヴァントの宝具なのだろう。なにせ、百貌のハサンがいっぱいいるのだ。何らかの宝具の効果だろう。

 

「オラオラ、さっさと死にやがれ! 次から次へとうざったいンだよ、テメェは!」

「おのれ――どうやって、この村の位置を……! 我らの隠蔽に落ち度はなかったハズ……!」

「あん? 知るかよそんなの。こんなの勘だよ、勘。陰気でせせこましい、負け犬どもがいそうな場所に聖剣ブチこんだらビンゴ! ってだけだ」

 

 そんな理由で隠蔽を台無しにされたというのならば最悪極まりない。それはある意味どころかまさしく最悪だ。彼女がまた勘で聖剣を放ったら東の村だったなんてこともありうるのだ。

 ここで止めるほかない。倒すしかない。彼女を。ロンドンにて、オレたちを助けてくれた騎士を。

 

「…………」

「先輩……」

「大丈夫。マシュこそ、大丈夫?」

「……あまり、大丈夫ではないですが。西の村の為に精一杯頑張ります」

「ああ、頑張ろう」

 

 西の村へと踏む込む。

 思考を切り替える。自己暗示というわけではないが、思考を戦闘のそれへと切り替える。努めて、目の前の存在。モードレッドのことを意識の外に。

 

 いいや、こう思う。寧ろ好都合であると。彼女の剣戟をオレは覚えている。忌まわしい記憶の底に眠ったそれを引き出して、彼女の攻略の脚掛けにする。

 彼女の聖剣の輝きは変わらず、ゆえに――。

 

 ――何よりも怖い。

 

 味方であったがゆえにその力は良く知っている。泣きたくなるほどに恐ろしく何よりも強い騎士の力をオレは知っているのだから。

 だが、それでも行く。散っていった仲間の為に立ち止まることはできないのだから――。

 

「敵が気が付いた。アーラシュ、背中は任せた!」

「へぇ、戦闘になるといい面するじゃねえの。任せろ。アンタらの背中は俺が守るさ――」

「接敵まで五秒!」

 

 4、3、2、1――。

 

「ブチかませ!!」

 

 村を囲む粛清騎士へと奇襲を仕掛ける。背後は一切気にしない。撃ち漏らした敵がいてもなお気にせず前へ。後ろはアーラシュがいる。ゆえに立ちふさがる敵をマシュが殴り倒し、クー・フーリンが刺し穿つ。

 ノッブの火縄銃が火を噴けば騎士たるものは倒れ伏す。一発で足りないのならば2発。二発で足りぬのならば三発。火縄銃のただ一人の戦列が騎士を蹂躙すべく猛る。

 

「さあ、ぐだぐだは終わりじゃ。わしの本気を見るが良いぞ」

「さて、それじゃあ行くか」

 

 式の瞳が煌いて、青の軌跡が奔れば、敵はその場で死ぬ。万物全ての綻びがある。それを斬れば粛清騎士は死ぬ。直死の煌きには誰一人として抗うことは不可能。

 ここまで蓄積された粛清騎士との戦闘情報を分析し、こちらも対策を立てた。

 

「行けるな」

「私は、良いのですか」

「ベディはモードレッドと戦ってもらうからね。雑魚はこっちに任せてもらうよ」

 

 現状、円卓の騎士と戦えるのは彼の腕があればこそ。ゆえに彼は温存する。ここで消耗させるわけには行かないのだ。

 彼は傷ついている。一週間たっても回復しないほどの。未だ致命的というには遠いが、いずれ近いうちに彼は破たんする。それがわかっているからこそ戦わせないのだ。

 

「馬鹿な、貴様ら、どこから――」

「信じられませんが空からです!」

「強力な魔力反応がやってくるぞ! 間違いない円卓の騎士だ!」

 

 ドクターの警告と同時に現れるモードレッド。

 

「よう、よく来たなクズども、歓迎するぜ! 手前(テメェ)からくるとは見どころあるじゃねえか!」

「マスター、やっぱりモードレッドさんです……! ロンドンの時の、あのモードレッドさんです!」

「ああ――」

 

 ロンドンでオレたちを助けてくれたモードレッドだ。文句を言いながらオレに従ってくれたし、何度もオレやマシュを助けてくれた。

 ロンドンにおいて立ち止まりそうになったとき、背中というか尻を蹴って押してくれたのは彼女だ。間違うはずもなく、彼女自身であるとわかる。

 

「? 人の名前を何度も呼んでんじゃねえ。誰だおまえ。オレのファンか? そりゅあ、あんだけ異教徒を殺してきたんだ。オレは有名人だろうけどな」

「わたしたちを知らない――ロンドンに召喚されたモードレッドさんとは別人なんですね……」

「急にしおらしくなるなよ。オレはお前らなんて知らな――。いや、知ってるな。姿は違うが、おまえの魔力には覚えがある。なにより、そっちのマスターのことは、よぉおく知ってる気がするな。なんだ。味方だったのか。で、今は敵か。おおなんか思い出してきたな。いろいろと旅もした覚えがあるが、まあ、今は敵だ。言ったはずだ。容赦はしないってな。それに、父上の招集に応えないと思ったら、テメエ、そんなところで何してやがる」

 

 その言葉はマシュに向けられている。やはり円卓の騎士はマシュに力を預けた英霊を知っているのだろう。円卓の騎士なのだから当然か。

 

「まさか叛逆者ってのはテメエだったのか……? ……そうか。テメエなら、まあ、アリだな。今のアーサー王に正面から文句を言えるのはテメエくらいだろう。ちょいと、来るのが遅すぎたがな」

「モードレッドさん……? あの……話し合いに応じてくれるのですか」

「いや、マシュ、それはない――」

「そうだそうだ。話し合いなんざするか! 誰であれオレの邪魔をする奴は敵だ!」

 

 彼女の手の内で聖剣が胎動する。その力を解放せんと猛っている。

 

「ひいふうみい――」

 

 敵の数を彼女が数えた。その時だ、ひとりの騎士の前でその視線が止まる。

 

「なんで、テメエがそこにいる? いるハズねえだろ、テメエだけは。なあ、そうだろ三流騎士!? テメエが叛逆者に混じってるなんざ、最悪の冗談だ! ベディヴィエール!!」

「……貴方に語り掛ける言葉はありません。恨み言があるのは私も同じです。獅子王にたどり着くことが私の目的でしたが、今だけはそれを忘れます」

 

 銀腕が輝きを上げる。魔力の高まりに応じて輝きは強く、何よりも強くなる。

 

「叛逆の騎士モードレッド。アーサー王の理想を踏みにじった不忠者。貴方のその汚れた聖剣こそ、見るに堪えぬ最悪の現実だ」

「フォウ、フォ――ウ!?」

「ハ――」

 

 なばらもはや語る言葉などなく。

 

 円卓の騎士との二戦目が幕を開く――。

 

 




モードレッド戦開幕。
さあ、始まるぞ宝具の連発が。アガートラトとマシュの盾だけが頼りです。

本気で連発させますんで、誰が死んでもおかしくないでしょうね。連発というかモードレッドが聖剣振ったら全部ビームになるレベルで連発させますんで。



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神聖円卓領域 キャメロット 17

 ありえざる尋常じゃない魔力が周囲を破滅的に破壊していく。ただ魔力が猛るだけで、このありさま。特にモードレッドの魔力はロンドンで見た時以上。明らかに異常と呼べるレベルで増えていた。

 兜を付けたままであるが、

 

「オラオラ行くぞ!!」

 

 放たれるクラレント――聖剣の輝き。いいや、それどころか。

 

「くぅ――!」

 

 モードレッドが聖剣を振るえばその全てが聖剣の輝きに飲み込まれる。全てが必殺。こちらが聖剣を振るう隙を与えれば最後、宝具を開帳され薙ぎ払われる。

 

「マシュ!!!」

「はぁ――いぃいぃぃ!!!!」

 

 ゆえにこちらも全力を出さざるを得ない。もとより円卓の騎士を相手に手加減などできようはずもなく。マシュの宝具を全力展開。

 そのうえで、ベディヴィエール卿が前に出る。防御しながらも前に進むために銀腕が輝きを上げて剣と化す。あらゆる全てを両断する神霊の腕から発生する光剣。

 

 あらゆる全てを両断するそれは聖剣の輝きであろうとも切り裂く。マシュで受け止めベディヴィエール卿で切り裂き、前へ進む。

 

「ぐぅうう――」

 

 だが、このままではまずい。マシュもベディヴィエールももたない。

 

「どうする――」

 

 その上、クラレントが放たれるというのに全く意に介さずに突撃してくる粛清騎士ども。その相手もしなければならない。

 現状、そちらにノッブ、クー・フーリン、式を割り振っているが、押されている。対策したとは言え、クラレントが縦横無尽、無差別に放たれている中でその動きをできるはずもない。

 

「やるしか、ない――」

 

 クラレントが問題ならばそれが問題なくなればいい。現状あれを止めることは不可能。マシュとベディヴィエールの二人にありったけの魔力を注いで強化をかける。

 これでしばらくはもつと信じ、こちらは粛清騎士の方を対処する。一振り全てが対軍宝具。だが、その一振り、剣閃をオレは知っている。

 

 ――やるんだろう。

 ――円卓と戦う。

 ――世界を救うために勝つんじゃないのか。

 

 だから――。

 

 イメージしろ――未来を。

 

 ロンドンで見た。感じた。あらゆる全てを思い出せ――。

 彼女の剣だけを思い出せ。それ以外は思い出すな。湧きあがる恐怖の記憶をそのままに彼女の剣だけを思い出す。

 

 その剣戟の順序を、振るう癖を、すべて思い出し、イメージしろ。そうすれば、次にどこにクラレントが放たれるかがわかる。

 自らにできるのは、指示のみ。マスターとしてやるべきことは相手の先読み。ならば、己の心眼、直感、観察眼の全てを用いて

 

「――――」

 

 今の彼女の状態を見抜け――。

 

 心眼、直感、観察眼。持てる全ての手札を切る。凡人が英雄に勝つには、出し惜しみなどできるはずもない。

 思考を回す。回し続ける。脳の許容限界を超えて、未来を演算する。

 

 記憶からモードレッドの動き全てを読み取る。

 足りない情報を蓄積された経験で補完する。

 目に見える全てを逃さず、見続けて情報を更新する。

 

 あらゆる全てを取りこぼさずに完璧な予測へと近づけろ。

 

 ひとつでも読み間違えれば仲間が死ぬのだ。妥協するな、目指すは完璧の一つのみ。

 周囲の被害。自らに降り注ぐ瓦礫の全てを無視する。魔術回路を限界まで励起させ、マシュとベディヴィエールを援護しながら、モードレッドの一挙手一投足を見続けた。

 

 その動きに先んじて自らのイメージが重なるまで――。

 

 微細な血管が破れ血が流れるのもいとわずに、そのイメージが重なるまで予測を続ける。脳が焼けているかのように熱く、どこかで血管がはじけている音がするが、それすらも無視して、今はイメージの完成にだけ注力する。

 

「――――」

 

 そして、全てが完了した――。

 

 彼女の呼吸、あらゆる全てを感じて、その動きを読み取った。その瞬間、全ての時が止まったかのように感じる。

 あらゆる痛みがなくなり、あるのは爽快感。全てを読み切ったのだという、全知に通じる感覚が清々しい。

 

「クー・フーリン、式、ノッブ、ハサン――命令(オーダー)だ」

 

 ――勝つぞ。

 

「ノッブ、現在位置で三秒待機、のちに前方右斜め四十五度へ火縄銃十二丁一斉射撃。その後、左前方二十メートルの位置で一斉射撃準備」

「――応」

 

 ノッブが指示通りに動く。

 連動して動く粛清騎士たちは火縄銃の射撃を受けてその場にとどまる。

 

「式、現在位置から五メートル前進、五秒後に後方へ三歩、左斜めに十メートル前進。位置についたら一秒後に跳躍!」

 

 次。式の移動に合わせて動く粛清騎士。彼女の跳躍と同時にそこをクラレントの一撃が薙ぎ払っていった。粛清騎士はそれに巻き込まれて消滅する。

 

「ハサン、上方五十七度、右四度、左十度に向けて、ダークを三連投擲!」

 

 そこは何もない上空。だが、仕事に対して彼は誠実だ。ゆえに、命令に対してもまた従ってくれる。その一瞬の躊躇いもまた、計算に入っている。

 投擲した場所に放たれていたアーラシュの矢。射線の向こうには粛清騎士。矢から逃れようとした騎士をダークが牽制し、矢が突き刺さる。

 

「これで詰みだ。クー・フーリン。後方七メートル。二秒待機。クラレントが過ぎ去った瞬間、ゲイ・ボルク投擲!」

「――了解だ、マスター! ――突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)

 

 降り注ぐ朱の槍。一か所に集められた粛清騎士に対して、対軍仕様のゲイ・ボルクが降り注いだ。如何な粛清騎士と言えども全力で放たれた宝具の一撃。ノーダメージというわけにはいかない。

 また、槍が突き刺さればもはや動けず。

 

「式!」

「ああ」

 

 そして、最期には死を切り裂かれて殺される。

 

「待たせた、マシュ! 上段振り下ろし、もう一歩踏み込め!」

「はい!」

 

 受ける体勢だったのを一歩踏み込ませることによって、斬撃点をズラす。クラレントが振り下ろされるその直前に盾が滑り込む形。

 

「ベディ、未だ、マシュの左脇からアガートラムを振るえ!」

「はい! 我が魂を燃やして走れ、銀の光――剣を摂れ、銀色の腕(スイッチオン・アガートラム)!!」

 

 振るわれるアガートラムの一撃。

 

「――チッ!」

 

 それすらも躱すモードレッド。無論、躱すことはわかっている。この程度で、仕留められるはずもない。何より、あらゆる全てがギフトによって暴走しているかのように強化されているのであれば、この程度は当然だろう。

 

「わしの1人長篠にようこそじゃ叛逆の騎士とやら――」

 

 後方に下がるように躱したモードレッドに三千丁の銃口が向いている。放たれる三千世界。騎兵殺し。その宝具は騎乗スキルを持つ者にとって天敵だ。

 回避した姿勢。この状態からさらに回避はできないだろう。だが、それでもなお彼女ならば対処する。この程度でやられるのならば円卓の騎士などではないとすらオレは思っている。

 

 ゆえに油断なく。

 

「その心臓、貰い受ける――!」

 

 クー・フーリンを突っ込ませた。放たれる弾丸はすべて目視圏内。ならば飛び道具はクー・フーリンを傷つけることはない。

 

「そうかよ。ああ、ったくよぉ!!!」

 

 その瞬間、兜を脱ぎ去った。そして、そのまま魔力放出によって無理やりに全力で宝具を放った。

 

「やば――」

我が麗しき(クラレント)――父への叛逆(ブラッドアーサー)!!」

 

 放たれる全力解放の宝具。今までのが嘘のようにあらゆる全てが吹き飛ばされていく。

 

「――クソが」

「こりゃ、駄目じゃの――」

 

 一直線に振るわれるのではなく薙ぎ払いの一撃。山が半分に引き裂かれるほどのそれ。

 

「マシュ――!」

「っ――宝具、展開します!!!」

 

 展開されるマシュの宝具によってかろうじて、防ぐが――。

 

「ノッブ!」

 

 ノッブは防ぐ手段がなく消し飛ばされた。

 

「クー・フーリンは!?」

「ここ、だ」

 

 かろうじてルーンと加護を総動員して躱したが、半身がほぼ焼け崩れている。宝具の一撃を受けて未だ命を繋いでいるのだから上出来だろう。

 

「くそ、何してんだ、父上に祝福までもらっておいてよ! しかも――!!」

 

 放たれる矢をクラレントが叩き落す。

 

「誰だ、さっきからしつこく狙ってきやがって!」

「そりゃあ戦いだ。どっちかは死ぬ。特に、自分の限界を無視して前に出る奴とかな。ったく、自分諸共自爆するつもりだっただろ。一瞬でも矢が届くのが遅れたら、もう全部吹き飛ばす気だったみたいだしな。そこまで追い込んだってのもあるんだろうが」

「……なんだそれ。おまえ、わかるのかそういうの」

「たまたまだ。たまたま。だが、そいつはいただけねえな。暴走とは聞こえがいいギフトなんだろうが。そりゃあ、ただのメルトダウンだ。あとそっちのマスターもな」

「先輩!?」

 

 無理をしたツケ。意識が急速に薄れる。目の前が真っ赤に染まっている。血涙、鼻血、耳血。頭が痛いなんてものではなく、受け身すら取れずに倒れる。

 あの程度でこのざまというのが情けない。ただ三秒先、五秒先の未来を考えただけで、これだ。人にできることじゃないってのはわかっているが、もう少し、どうにかならなかったのかと思う。

 

 ただ、やるだけのことはやったのだと思うが、ノッブが犠牲になってしまった。それくらい予測できなかったのかと自分を殴りたいほどだ。

 こちらの惨敗だ。モードレッドを討ち取れず、こちらは犠牲が出た。こちらの負け。何をしているんだ、オレは……。

 

「――い、せん――!」

 

 マシュの声がしているが、よく聞こえない。そんなに揺らさないでほしい。痛みで今にも気絶しそうなのだ。

 

「……クソ。帰る。部隊は全滅。どうあってもオレの負けっぽいしな。この村も見逃してやる。もともとテメエら目当ての山狩りだ。そこのチキン野郎が獅子王に謁見するってんなら、どうあってもオレたちは聖都で御対面だ。勝負はそれまで預けた」

 

 それは命を見逃してもらうための誓い。決して破られることはない。そうしてモードレッドは去っていった。

 同時にベディヴィエールも倒れる。

 

 この戦い。果たして、本当に勝ったといえるのか。西の村は守れた。だが――。

 犠牲はなによりも大きかった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――あれは、どれほど前の出来事だっただろう。

 

 私は多くのものを見て、多くのものを忘れた。

 その中でも、いまだに胸に残るものが、その記憶だ。

 

『今年の冬は一段と厳しいそうだ。いくつかの村を解体しなくてはなるまい。ようやく北の蛮族(ピクト人)たちを追い払ったというのに、凶事ばかり続くな、ベディヴィエール』

 

 その日、王は物見の塔で黄昏ていた私の元に現れた。共の従者もつけず、一人で、ふらりと。

 少年のようにも見える王。騎士王と呼ばれる、その王はこの時の私とあまり変わらない年齢だった。偉大なりしアーサー王。ブリテンに平和をもたらした者。

 彼は王となる時にその成長を売り渡したのだ。そうそれは祝福などではないのだと私は思う。精霊の加護とは言うが、それは呪いに思えて他ならない。

 

 並み居る敵を打ち倒してきた偉大な王。この方がいる限りブリテンに滅びはなく、また苦しみが蔓延することはないだろう。

 そして、それは永劫のことになる。歳をとらぬ王ゆえに、アーサー王は永遠にこのブリテンを統べるのだろう。あらゆる民の為にその身を捧げえるのだろう。

 

 ――では――アーサー王、貴方の幸せはいったい、誰が叶えてくれるというのだろうか。

 

 彼の王は、己のことでは笑わない。他人の幸福な姿を見て、穏やかに微笑むのだ。

 

 ああ、それは、なんとも――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――あれは、いつのことだったか。

 

 ロンドン。霧に煙る都で、オレは彼女に出会った。

 

『なんだよ、おまえ、なっさけねえな』

 

 ――どこがだよ。

 

 オレは内心の恐怖を、怯えを、あらゆる弱音を押し殺して泰然とそういった。それが理想のマスターであると信じて。

 だが、彼女は、

 

「やめとけやめとけ。似合ってねえぞ。そんなのはやめとけって、じゃねえとあとでいろいろと後悔すんぞ。ま、オレは後悔なんてしてねえけどな」

 

 そういったのだ。

 思えば気が付いていたのだろう。オレの弱さに、オレがどういう人間なのかに。それをオレは聞かなかった。間違いだと断じていた。

 

 まったく、なんて情けないのだと思わずにはいられない。あの時のオレはさぞ滑稽だったのだろう。だからこそ、今の彼女の姿をオレは見ていられなかった。

 だから、無茶をした。止めたくて。

 

 ――忘れていたものを思い出していく。

 

 それは忘れようとしていた第一から第四特異点の記憶。

 

 大まかな流れだけで詳細を思い出すことを拒否していたオレの弱さ(過去)

 

 どうして忘れていたのだろう。どうして忘れようとしていたのだろう。

 どうしようもなく弱いオレはやっぱり、まったく成長してないよ。

 

『はは――まったく自虐もそこまで来ると呆れてものがいえんな。マスター』

 

 ――……。

 

『人間がそう簡単に成長できるものか。それに、成長というものは実感するものではなく、誰かによって感じさせられるものだ。自分で感じられる成長など、ただの虚飾にすぎん。そうありたいという願いの姿に他ならない。

 誰かに肯定してもらえることで初めて、おまえは成長したといえる。だから、おまえは成長している。我がマスター。

 この、オレが肯定しているのだ。前に進むのだろう。あきらめないのだろう。どれほどの無茶を重ねても、どれだけの無理を重ねても、おまえは前に進み続けるのだろう。おまえの愛する女の為に。

 

 ならば、こんなところでオレ(過去)を振り返るな。未来(まえ)だけ見ていろ。おまえにはもう見えるのだから――』

 

 意識が浮上する。

 

「ありがとう」

 

 暗がりの誰かに語り掛ける。それはきっと幻想でしかない、ただの幻影なのだろうけれど。

 

 それでも、ただありがたかった――。

 




ぐだ男君頑張るの巻。なんかすごいことやってますが、心眼と直感と観察眼のフル活用です。前々から未来視にすら近づくという描写してたんで、ここに来ていっそ完全に発揮させてやろうと思った結果です。
参考はレンタルマギカの妖精眼つかった社長。アニメ版の社長ボイスいいよね。

それにしても、ネロ祭、英雄王、強かった。
フレンドの白薔薇凸玉藻サマーがいなければ負けていた。
いや、天草で強化解除した途端にエヌマ放たれるし、さらにもう一発放たれるという二連エヌマくらってしまいましたよ。
槍は本当に少なかったから、死ぬかと思いました。いやガチで。

そして、七百万ダウンロードですよ。凄いですね。そして、邪ンヌですよ。エドモンならよかったのに……。まあ、呼符分だけ引きますか。アヴェンジャーとは相性悪いんだよなぁ。
強化クエも来ますね。果たしてエリちゃんかフィンか、書文先生か。アーチャーも果たして誰かのか。楽しみですねー。



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神聖円卓領域 キャメロット 18

「ベディヴィエールとマスターは寝かせて来たぜ。ベディヴィエールの方は目立った外傷はないが、とにかく体力を消耗してる。マスターの方も、微細な血管がはじけただけで血は流れてるがそれほど重症ってわけじゃない。ただ、かなりの無茶をしたな。こっちに治療専門のサーヴァントがいればよかったんだがな……。俺も呪腕殿もそのへんはからきしだ」

「わたしも、治療魔術は習得していませんので……」

 

 また……また……。

 また、わたしは守れなかった。盾の英霊だというのに、また、わたしは守れなかった。先輩に無理をさせてしまった。ベディヴィエールさんもです。

 

 わたしは、ずっと誰かに頼ってばかりです。先輩に、ベディヴィエールさんに。みなさんに……。わたしにもっと力があれば、守れたのでしょうか。

 先輩が無理をしなくても済んだのでしょうか。信長さんは、犠牲にならずに済んだのでしょうか。

 

 わかりません。答えてくれる先輩は、今も、眠り続けています。ずっと、ずっと――。また目覚めなかったら、どうすればよいのでしょう。

 あの時、わたしは――。

 

「わたしは……」

「どうにもならねえよ。お嬢ちゃんが、何を思ってもな。こりゃ、オレたち全員の問題だ」

「クー・フーリンさん……ですが……」

「ですがじゃねえ、オレもこのざまだ。ったく、情けねえ」

 

 結果として、わたしたちはモードレッドさんを退却させることが出来ました。しかし、そのために払った犠牲は大きく、被害もまた同様です。

 わたしたちがもっと強ければ、被害は抑えられたはずです。

 

「…………」

「そう悔やむな。円卓相手におまえさんらはよくやった。上出来だろう。あそこで諦めていたら、今頃この村はなくなっていた。後先考えない行動ではあったが、おまえたちの主の賭けは正しかった。無茶苦茶だったけどな!」

「ええ、村の様子を見て回ってきたところですが、皆様のおかげでどうにか村の被害は最小限に抑えられました。斬られた山が敵がやってきた道を塞いでくれたおかげで、ここへの侵攻は容易ではなくなったことでしょう。この呪腕、西の村の頭目に代わり、礼を言います。まことにかたじけない……」

「はい、ありがとうございます……マスターも喜ぶと思います」

「ひとまずは、マスター殿が起きるまでゆっくりと休んで下され、その間にこちらもこの村の頭目に話を通しておきましょう」

 

 そう言ってハサンさんとアーラシュさんが部屋を出ていきます。被害を免れた空き家を貸し与えていただきました。そこにマスターとベディヴィエールさんは眠っています。

 

「嬢ちゃんも少し休め。気を張ってるともたねえぞ」

「見張りはオレがしておくから、オマエは休め」

「……はい……」

 

 見張りをクー・フーリンさんと式さんに任せます。でも、それでも、先輩の枕元に座って、その寝顔を見続ける。

 

 ――先輩。

 ――先輩、先輩。

 

 ――先輩。先輩、先輩。

 

 心の中でずっと呼び続ける。ずっと。ずっと。先輩を想って、想って。想い続けて、どうか目を覚ましてと泣きじゃくる子供のように。

 ああ、どうしてわたしはいつも見ていることしかできないのだろう。盾のサーヴァントで一番前で攻撃を受け止めているはずなのに。

 

 わたしはどうしようもなく、何も守れない。

 

「先輩、わたしは、わたし、は……」

 

 先輩の左腕。わたしの罪の証。わたしが、奪ったもの。奪ってしまったもの。温かさはなく鋼鉄の冷たさがそこにはある。

 血の通わぬ鋼鉄の腕。わたしの罪。

 

 駄目。駄目――。

 

 それはもう昔のこと。

 今は、もっと未来(さき)のことを考えなければ。そうでなければ、この戦いを生き抜くことはできない。それがわかるから。

 

 でも、でも――。

 

 考えてしまう。わたしは、考える。犠牲になった人々のことを。守れなかった人々のことを。いいえ、いいえ。違う。それだけではなく、犠牲になった仲間のことも。

 

 ブーディカさん、清姫さん、信長さん。みんな、先輩の為に先輩を守って倒れました。なのに、わたしは何をしているの?

 

 先輩。大好きな、憧れの人は、今、目の前で目を閉じて。

 

「ちゃんと、しないと」

 

 ちゃんと。ちゃんとしないといけない。ちゃんと――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「……ん、ぁ……ここは……」

 

 目覚めた場所は見知らぬ部屋だった。僅かに、東の村と似たような雰囲気がある。

 作りが同じだから。

 素材が同じだから。

 雰囲気が同じだから。

 ぼんやりとそう考えながら、起き上がる。

 

 ――頭の奥底が痛んで、記憶が、霞む。

 ――はっきりと、思い出せない。

 

 自分が何をしたのか。何をしていたのか。どうして倒れているのか、霞がかかった記憶ではわからない。ナニカ無理をしたのだろうか。

 なんだか、とても清々しい気分であったような気がする。まるで全てがわかるとでも言わんばかりの。切れ切れの篆刻写真のような記憶。

 細かな出来事までは記憶には残っていなかった。忘れているということでもなく、そこだけ記憶が崩れて消え去ってしまっているようにぽっかりと穴が開いている。

 それでも、感触だけが残っている。

 

 ――全能感ともいうべき、自らの究極系を垣間見た。

 

 言葉として出た未来を見て来たかのような指示のあとが唇に残っている。

 目で見たあらゆる予測の影が目に残っている。

 ぽっかりと記憶は消えても、それは体に染みついている。あの時、確かにオレが掴んだモノ。勝つために必要な、オレというパーツが全て嵌り込んだ巨大機関になった感覚を。

 

「目覚めましたか――」

 

 ――声。それは式の声、だった。

 ――いけないことなど何もないというのに思わずびくりとしてしまったのはそれがいつもの彼女ではなかったから。

 

 風光明媚で、たおやかな。いつもの式とは違う。「両儀式」であったから。

 

「おはようございます。お久しぶり、なんですかね」

「おはよう。どうかしら、いつもあっているようなものだし」

 

 彼女は式であって、式ではない。だが、両儀式である。

 

「今回は、どうしたんです?」 

「あなた、私に何かしてほしいこと、ある?」

 

 彼女はそういった。それは、本当はいけないことをずいぶんと昔に彼女に言われたような気がすること。記憶が、だいぶ穴あきになっているのを現在進行形で自覚する。

 これが無理をし過ぎた代償ということだろうか。ならば、大丈夫だ。まだ、大切なことは覚えているから。

 

 それよりも

 

 ――してほしいこと。

 

 思わず、ちょっと変な方向に思考がブレそうになったが起き上がったことで少しずれて自分の足の上で眠る後輩の顔が目に入ったから。

 

「いいえ。ありません」

「…………そう。ふふ」

 

 両儀式は笑う。その顔にあるのはやっぱりという確信。

 だって、彼女に願ってしまえばそれはきっと叶うのだ。叶ってしまうのだ。きっとそれは。でも、それは、同じことだから。

 願いたいことはいっぱいある。いっぱいあった。でも、今は、この重みと温かさと、息遣いがあればそれでいい。

 

 マシュ。可愛い後輩。君がいるのなら、どんなになっても僕はきっと前に進めるから。

 ふと、部屋の中を朝日が照らす。いつの間にか日が山から顔を出してきていた。

 

「くらむような朝焼けね、マスター。あなたにとって私は一時の夢ということね。この刀をおいていくわ。式にとって必要と思うのなら、渡してあげて」

「ありがとう」

 

 そう言って彼女は、朝焼けの中へと消えていった。後に残ったのは、いつもの式で。

 

「…………なんだよ。目が覚めたのなら言え」

「いや、なんでもないし。今さっき目覚めたばかり」

「そうかよ。ならもう少し寝とけ。そっちのマシュマロと一緒にな」

「……そうする」

 

 そう言って背を向ける式の言いつけはとりあえず守らない。まだもう少しだけ、見ていたいのだ。焼き付けておきたいのだ。

 マシュの寝顔を見つめて、その髪に手を伸ばす。さらりとした髪。手櫛でそっとすいていく。毛がからんでいたくならないように細心の注意を払う。

 

 マシュの髪は綺麗だから、そんな注意なんていらないだろうけれど。そうやって右手で髪をすきながら、左手で頭に触れる。

 そこに感じられる熱はない。触覚も、温かさもないのだ。鋼鐵の腕。仕方ないとは言えど、マシュの温かさを感じられないのは残念に思う。

 

「ん――ん、ぅ……せん、ぱい……?」

「おっと」

「っ、先輩!」

 

 どうやら起こしてしまったようだ。失敗。飛び起きた後輩は、オレの頬などをぺたぺたと触ってけがなどはないか、無事かどうかを確認する。

 服の下まで見ようとしたのはさすがに恥ずかしかったので抵抗したがサーヴァントに敵うはずもなく。全身を確認されてしまった。大丈夫だと言っているのに心配性の後輩である。

 

「良かったです」

「だから、言ったよ大丈夫だって」

「いいえ、先輩は無理をなさりますから」

「そうかな」

「そうです!」

「はは。ごめん。そうだね……うん……」

「本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

 

 大丈夫。何ともない。元気だ。問題はない。

 

 ――ただ。

 

 両親の名が、思い出せなくなっていた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「……」

「少し、良いかい?」

「ドクター……なに?」

 

 マシュを眠らせて、オレはひとり寝床を抜け出していた。式とクー・フーリンにはたぶんバレているだろうけれど。何も言わずに外に出してくれたのはありがたい。

 

「単刀直入に言うよ。記憶障害かなにか、起きていないかい?」

 

 それはきっと確信があるのだろう。そうでなければ、そんな確信をもっていうことはできない。何より、オレの状態の全てをモニタリングしているドクターならば気が付かない方がおかしいのだ。

 いつもならば、言わないでいてくれるが、今日は違った。それだけ深刻なのかもしれない。

 

「……まあ、少し。両親の名前と顔が思い出せないんですよ……」

「やっぱりね。こちらでモニタリングしていた君の状態、少しだけ脳のマッピングに変化が生じている」

 

 曰く、脳細胞の一部が死んでいると。

 

 今回は記憶に関する部分。海馬の一部が死んでいるらしい。

 

「それはきっと君がやったことが原因だろう。過剰な脳の活性をこちらはモニタリングした。君がしていることはわかっているよ」

 

 疑似的な未来視。未来視を持たぬものが、個人の脳であらゆる状況を計算し、未来を予測する。相手の行動を読むとかそういったものを極めた先にあるものだ。

 心眼、直感、観察眼。極めて高い精度のそれらによって引き起こすもの。

 

 普通そんな計算を人がやるのがおかしい。人の頭で、気象衛星と同じことをしているようなものなのだ。しかも、ありえないほどの高精度を求めて。

 魔力によって脳を異常活性させ、生じさせた計算能力によって全てを演算する。人がそれを行うには脳に負荷がかかりすぎる。いいや、かかりすぎた。

 

 だからこそドクターが警告してきているのだから。

 

「例えるなら、普通のパソコンでスパコン並みの計算を連続させてやったようなものだ。まだ記憶を失う程度で済んで、マシな方だと思うよ」

「…………」

「だから、専属医としていうよ。もう二度と、あんな無茶はやめてくれ」

 

 もう一度やれば記憶を失うだけでは済まない可能性がある。脳全体の負荷なのだ。どこにどのような障害が出るかわからない。

 身体機能、感覚、記憶に、思考。どれに影響が出てもおかしくなく、治療は不可能だとドクターは言った。脳の治療はできない。設備もない、薬もなにもかもが足りないのだ。

 

「死んだ部位は二度と戻らない。他で補助はできるだろうけれど、記憶ならば破壊させた時点で思いだすなんてことができない。完全に失われる」

「…………でも……オレは……」

 

 オレにはこれしかないから。オレができることはこれくらいだ。他には何もできない。サーヴァントのように戦うことはできない。

 ただ後ろから指示をする。ならばこそ、求めるのは最善。相手の先読みこそやるべきことだ。それに全力を傾けた、それだけのことだ。

 

 ――怖いさ。

 

 記憶が失われる恐怖。身体が動かなくなるかもしれない恐怖。何も感じなくなるかもしれない恐怖。

 

 恐怖、恐怖、恐怖――。

 

 この第六の特異点に来てから、もはやそれしか感じていない。

 

 でも――。

 

 それ以上に。

 

 怖いものがあるのだ。

 

「ドクター。ごめん、たぶん、使うなって言われてもオレ、使うと思う」

 

 だって、オレなんかが死ぬよりも、みんなが死ぬ方が怖いから。

 

 何度も彼女たちが死ぬ光景をオレは見てきた。特異点の旅の間、何度、仲間が死ぬのを見ただろう。もう見たくないのだ。

 だから、オレができることは何があろうともやる。恐怖はある、でも、諦めない限りは、前に進むと約束した。

 

「だから、オレは」

「はぁ。まったく。そういうと思ったよ。でも、いいかい。これだけは言っておくよ。君がやろうとしていることは、危険だ。僕としては絶対にオススメしたくない。でも、君が積み上げてきたものを否定する気もないんだ。僕らに付き合ってくれたのは君の方だからね。君が、いいのなら、僕はもう止めない。でも、覚えておいてほしい。何かあったら、いうんだ。必ず力になる」

「ありがとうドクター。さて、みんなを起こそう」

 

 休んでいる暇はないのだから――。

 




待たせたな! すまない、イベントとか信天翁航海録とかやってたら遅くなったんじゃ。クロ可愛いよクロ。

まあ、それは置いておいて、ぐだ男から無茶をやった代償を取り立てです。
あんな未来視もどきをリスクなしで使わせると思ったか! 使えば使うほど、ぐだ男の何かが物理的に削れていきます。でも、六章は使わないと勝てない仕様。
精神だけでなく肉体の方も削るよ。いっぱい削る。
最後に残るのは決まっているマシュの記憶さ。それだけは最後まで残すよ。
徐々に徐々に真綿で絞め殺すように、ぐだ男を追い詰めていきます。
そんな中でも足掻く彼の姿をどうか最後までよろしくお願いします。

それにしても歴史の修正力には笑ったw。まさか、メンテやらサーバーが重たくなるやら、ここまでハロウィンイベントが再現されるとは思わなかった。
とりあえず、済まないハロエリちゃん。二人目の君は、マナプリ行きなんじゃ。すまない。



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神聖円卓領域 キャメロット 19

 翌朝。呪腕さんが、西の村の頭目を連れてきた。

 

「このたびの助力、感謝の言葉しかありません。私は西の村を預かる山の翁、百貌のハサ――んんんんんんん!?」

 

 どこかで見たようなハサンがオレたちの顔を見ると大声を上げた。

 

「なにぃぃいい――――!? 貴様はあの時の――――――!!!!」

 

 オレもまた思い出す。彼女は、砂漠でニトクリスを攫っていたハサンだった。仮面の下の顔を覚えている。あまりの怒りにぷるぷると震えているから仮面がずれてしまっている。

 きっと外れるなと思う。それくらいの予測はわけもない。

 

「おや。既に知り合っていたとはこれは話が早いですな。ははははは――」

 

 ――呪腕さん、それはわかっていっているだろう。

 

 笑いが全てを物語っている。

 

「――断る」

 

 そして、もはや仮面を外した百貌のハサンは全てをぶった切って断ってきた。どうしてそうなったのかを説明するならば、共闘の申し出を断ってきたのだ。

 昨日話を通して、もうほとんど共闘という流れになったそうだが、まさか共闘する相手がオレたちであったから彼女は信用できないと断ってきた。

 

「村人たちの手前、ここで殺さないだけでもありがたく思え」

 

 もてなしはない。食料にも困っているのだから。村人などもう三日はわずかな水と塩しか口にしていないという。確かにそれではもてなすことなどできない。

 というか、それでもてなされてしまったらこちらが申し訳がなさすぎる。

 

 そもそも信用なんぞしていないからな! といった百貌のハサンの威嚇に嘆くのは呪腕のハサンだった。素顔を晒してまでの威嚇にただ嘆かわしいと目を細めている。

 あれは仕方ないだろう。あちらの異常も、エジプトの事情も何も知らなかったのだから。不可抗力として処理してくれるとありがたいのだが、それが処理できないこともあるのだということもわかるのだ。

 

 彼女はそういう人物だから。観察した限りでは、相当に根に持つタイプだアレ。陰湿で意固地で、恨みがましい。ただ計算高い場所もあるはずだが、こうなってしまうと一筋縄ではいかないから、とりあえず懐柔作戦から行こうと思う。

 ああいうタイプは意外に落としてしまえば、かなり扱いやす――いや、可愛いタイプ――あれ?

 

 何やら思考がおかしい気がするがまあいいだろう。ともかく懐柔策として朝からアーラシュに動いてもらっていた。今は夜、準備は万全だ。

 待っていろよ百貌のハサン、ふっふっふっふ――。

 

「先輩が悪い顔してます」

「ああ。ありゃ性悪の顔だな。何か企んでやがる」

 

 ――ぐはっ……

 

 マシュ、マシュに悪い顔って言われた。

 

「よし、鬱だ、死のう……」

「先輩いぃいいい!?」

 

 まあ、冗談はさておき。

 

「なんだ、何を言われようとも貴様らと共闘などごめんだ。おまえたちのおかげで私は散々だ! 念入りに計画したニトクリス拉致計画を邪魔され、あまつさえ素顔まで晒され……!」

 

 さらに、そんな怨敵に助けられたという役満達成。

 

「初代様に知られれば間違いなく罰を受けよう! 私は絶対にこやつらとは共闘しない!」

 

 なんだろう、こうあのよくある女騎士を思い出すなぁ。

 

 私は絶対、おまえたちには負けない! って言って、すぐに堕ちちゃうあれ。

 

「まあまあ、とりあえず落ち着いて。はい、ごはん」

「これが落ちつけるか! っておい、なんだこれは!」

「なにって、ゲテモノ料理ですがなにか!」

「どこにそんなものがあった!」

「アーラシュさんに採ってきてもらいましたがなにか!」

「おーう。村人にふるまってきたぜー。みんなガツガツと食ってるところだ。いやー、たくさんとってきて正解だったな」

「なん……だと……」

 

 懐柔作戦その1、餌で釣ろう(物理)

 

 この村が困窮しているのは朝の時点でわかっていたから、アーラシュさんには食べられそうなゲテモノとベディヴィエールと一緒に探しに行ってもらっていたのだ。

 あとはオレが調理した。どんなゲテモノでも栄養は同じ。要はうまく、ゲテモノを隠すこと。味は、調味料とハーブでしっかりと隠してある。

 

 もちろん、食べやすいように細かく切ってぐつぐつに煮込んで柔らかくしたほとんど水のようなスープだ。味はしっかりと出ているが、薄味で量だけは多く作った。

 三日も塩と水だけの生活をしていたところにいきなりご飯を食べさせるとショックで死ぬことがあるとさんざん昔ノッブに言われたのだ。

 

 飢餓状態の時は、かゆが良い。本当ならお米を使ったおかゆとかを作りたいのだが、お米がないからスープで我慢して、大量に作ったのだ。

 水は、クー・フーリンのルーンでどうにかした。

 

「……ふ、ふん……このような食事を出したところで共闘すると思ったか」

 

 ――チラッチラッとスープを見てたら世話ないな。

 

「そ、それよりもだ。あやつのことだ」

「何か進展が?」

「いいや。ない。このままでは死ぬだけだろう。あやつに限り口を割るコトはないと思うが……円卓には拷問の達人もいると聞く。あやつが死ぬ前に我らの計画を漏らせば、もはや反撃の機会はなくなるだろうな……」

 

 ――ふむ、懐柔作戦その2はこれで決定だな。

 

 話を盗み聞きした限り、反撃作戦の内容を知る者が捕えられているらしい。口ぶりからすると山の翁のはずだ。ならば、その山の翁を助け出せば信じてもらえるかもしれない。

 信用とは積み重ねだ。小さなことでもこつこつと積み上げれば、彼女も信用してくれるだろう。いいや、信用させるのだ。

 

「話は聞かせてもらった!」

 

 だから、インバネスを翻して大仰に言う。

 

「だれかは知らないがつかまっている仲間がいるのなら助けて見せよう。単独行動に秀でて、複数のサーヴァントを使役しているオレなら戦力になるだろ」

「――ぐ、ぐぐぐぐ……」

 

 これ以上ない助っ人であることがわかるのだろう。彼女は計算高いと呪腕も言っていた。ゆえに、共闘したくないという心と、ここは提案を受けるべしという心が戦いを繰り広げているのだ。

 

「まあ――まずは事情を説明しましょうか。率直に言いますと山の翁の一人が敵に捕らわれているのです。これがほかの山の翁であれば心配はありませぬ。敵に捕らわれた時点で命を絶っているでしょう。ですが、今回囚われた山の翁は年若く、また、自分で自分を殺せぬ厄介な体質――」

「救い出さないとこちらの情報が洩れる可能性があるのか」

 

 しかも、そのハサンが収容された砦は円卓の砦であり、攻め落とすことが難しいのだという。少数精鋭による侵入も試みたが帰ってきた者はいまだにいない。

 それほどまでに厳しいということ。

 

「よし、任された」

 

 答えなんて決まっている。勝つためには、彼女たちの協力が必要不可欠なのだ。

 

「二度も我らの窮地を救えば、信用に足るだろう百貌の」

「しかしだな――」

「なら、ベディヴィエール卿を人質にするのはどうかな」

「先輩? ――!! そうです。わたしたちのリーダー格であるベディヴィエール卿を人質にしてください! 具体的には横になるコトしかできないぐらい、厳重な見張りを立てるとか!」

 

 ベディヴィエール卿は未だ眠りの中にある。それほどまでに彼の消耗は酷いのだ。

 

「う、うむ? ま、まあ、あの円卓の騎士ならばつり合いが取れよう」

「よし、なら行こう」

 

 つかまっているハサンを助けに行く。

 

 百貌のハサンの案内で山道を進む。村の守りにアーラシュとクー・フーリンを残していく。クー・フーリンはルーンで治療をしているとは言えどすぐには動けない。実質的には休んでもらうのだ。

 マシュ、呪腕、百貌、式。少数精鋭でオレたちは砦へと向かった。夜の間歩き続け、朝になる頃には砦の裏手へと差し掛かる。

 

 しかも天はこちらに味方したようで、砂嵐が吹き荒れている。

 

「これなら見つかることはありませんね」

「そうだね。目が痛い」

「大丈夫ですか? 盾の後ろに入りますか。具体的にはこことかどうでしょう」

「ああ、ありがとう」

 

 ハサンたちのおかげで砂嵐でも自分たちの場所を見失わずに済んでいる。彼らがいなかったらと思うとぞっとする思いだ。

 

「ちょっと待って、サーヴァント反応だ!」

「なんだとぉう!?」

「ドクター? どんな反応?」

「すごいというか、面白い反応?」

「面白い?」

 

 曰く、キラキラしていて、それでいてふわふわしていて、でもがっしりしている。

 

 意味が解らない。ただなんだろう。それを聞いて1人脳内に思い浮かんだサーヴァントがいる。

 彼女の姿を思い浮かべた瞬間――、

 

「きゃああああああああ――っ!」

 

 どこかで聞いた悲鳴が響いた。

 

「たすけてぇ―――! 誰かなんとかしてぇ――!」

 

 ――お師さんの声だこれええ!?

 

 ――これは助けに行くしかない。おっぱいが、あいや、お師さんが待っている!

 

「行くぞおまえら!!」

「躊躇もなしに行くのか! 本当に愚か者だな!」

 

 突撃突撃。そこにいるのが誰かわかっているからこそ、突撃。敵集団を殲滅する。思わず本気を出しかけた。危ない、あと一歩踏み込んでいたら、ちょっと何かが飛んでいたかもしれない。

 

「うう、ひっく……こわかった……こわかったよう……」

 

 オレに抱き着いてきて、泣きじゃくるお師さん。

 

 ――ダビデ、オレは、やったんだ……。

 

 って、ちがーう!! 豊かなおっぱいに気を取られてる暇なんてないんだ

 

「なんで……人が弱っているときに限って、こうぐわーっと襲ってくるのよぅ……? うぅ、ふぇぇん……」

「いやー、たぶんお師さんだからじゃないかなーと」

「だから、何もしてないのに。ちょっと水場を独り占めしてただけなのに」

「たぶんそれだと思いますお師さん」

「お師匠って呼びなさいって――弟子――!?」

 

 ようやく気が付いた。まったく遅いというか、記憶ちゃんと残っているのがうれしく思う。

 ぐずぐず泣いて顔がぐちゃぐちゃなのが、お師さんらしいというかなんというか。でも、嬉しいと思った。この特異点に来てから初めて、嬉しいと思った気がする。

 

「もぉーーう!! 遅いのよ弟子――! あたしが困ってたら来るのが弟子でしょう!」

「いや、そう言われてもね。これでも急いできたというか。なんというか」

「でもいいわ。うん、ちゃんと来てくれたし。助けてくれたし。そういえばダ八戒は? 李悟浄は? 呂布兎馬は?」

「ダ八戒はいるけど、李悟浄と呂布兎馬はお休み?」

「そっか。それじゃあ、仕方ないわねー。いいわ。新しい弟子もここで見つけたから今回は彼に乗りましょう」

「その弟子は?」

「つかまっちゃった……」

 

 その時のことを思い出したのだろう。ぶわっ、と涙を浮かべるお師さん。これ以上泣かれて服を汚されるのもアレだし。

 

「とりあえず落ち着いて、ね三蔵ちゃん。はいチーン、しよ、チーン」

 

 鼻をかんであげてぐちゃうぐちゃの顔を拭いて。

 

「これで良しっと――ん? どうしたのマシュ」

「……いえ、ずいぶんと仲がよろしいんですね」

「まあ、天竺まで旅をしたからね」

 

 彼女とは数か月一緒に旅をした。

 思い出される彼女との旅。

 

 風呂、おぱーい。風呂、おぱーい。戦い。

 

「実に素晴らしい旅であった……」

「…………」

 

 むぅと可愛らしくうなってるマシュ可愛いなぁ。

 

「あ、その子が弟子が大切な人って言ってたマシュ?」

「た、大切だなんて!!」

「本当に可愛い子ね……ん、マシュもお弟子決定! さあ、行くわよ新弟子たち!」

「行くってどこへ?」

「あたしはこの世界を救うために呼ばれた。だけど、まずは弟子を助けるために砦に行くのよ!」

 

 なんという偶然。オレたちの目的地も砦。

 

「うん、目的地も一緒だし。行こう」

 

 新しい仲間、三蔵ちゃんも加わって、賑やかになる。

 

「ホントはえこひいきしちゃダメだけど、あたし、全力で弟子の力になるからね!」

 

 心強い。彼女の強さは良く知っているから。

 

 ――あれ? 強さ……。

 

 ――ま、まあ、うん。大丈夫大丈夫。

 

 旅の間中、泣いて叫んで、笑っておっぱいが揺れてたのしか覚えてない……。

 でも、彼女の強さはそういう武力の強さとかとは別の次元の話だから問題はないだろう。彼女の強さはその太陽のような性格なのだから。

 とてもまぶしい彼女という存在そのものこそが彼女の強さだ。

 

「というわけで、百貌さん、呪腕さん、新しい仲間が増えました」

「な、なんだかわからんが、戦力が増えるのはいいことだ。うん」

「なんとあの三蔵法師とは、いやはや光栄ですなぁ」

「え、なに髑髏、怖い」

「大丈夫ですよお師さん。怖くない怖くない。寧ろ、とてつもなくいい人だから」

「そう?」

 

 そうそう、と言いながら先へ進む。砦はもう目と鼻の先に見えていた。

 

「あ、そうだ弟子弟子ー」

「なんです?」

「無茶は駄目だからね! このあたしがいる間は、絶対にダメだからね!」

 

 そう人差し指を立てられながらびしぃいと言われてしまった。

 お師さんにはやっぱり、かなわないなと思った。

 




お師さん登場。うちの小説では記憶あり。なぜかって、そっちの方が愉悦できるからに決まっているではありませんか。
しかし、お師さんってすごいなぁ。いるだけで小説の雰囲気が明るくなったよ。しかも、みかこしの声って私脳内再生余裕過ぎて、はかどるはかどる。
いいわー、お師さんいいわー。だから、うちのカルデアにはようきてくれていいんですよ。お師さん。キャスターが飽和してるとかどうでもいいから、うちに来てくださっていいんですよ。

ハロウィンイベント。間違えてキャンディー交換しちゃったぜ。間違えたよ。ええ、間違えました。くそう。
使い道なさ過ぎてまあ、記念品としてとっておくことにします。
ライト版だけあって楽ですが、ドスケベ公が礼装くれません。まあ、もう凸してるんですが、ここまで来たら二枚目凸したい。メイドも凸したい。
だから、速く、ドスケベ公、はよう礼装ちょうだい。


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神聖円卓領域 キャメロット 20

 砦は重々しい空気に包まれている。重厚な石の建物による圧迫だけではない。緊張感が砦を支配しているのが見て取れた。

 

「あれが騎士どもの砦だ。守備こそ固いが、なに、見張りは夜目も利かぬカカシども。恐れるに足りぬ」

「哨戒の兵士は外壁にそれぞれ十人、城壁の上に十人、といったところでしょうか」

「ドクター、中の様子は?」

「随分と広い構造物だね。大きな建物が二つ。小さな建物が一つ……これは馬小屋かな。それと地下にも空間があるようだ。地下牢と見て間違いない」

「地下牢か。さぞ惨い真似をしてきたのだろう。魔術師殿、サーヴァント反応は?」

「地下に二騎だ。すまない、それ以上はなんとも」

 

 どうやら地下は古い遺跡を利用しているらしい。そのため通常のエコーロケーションではわからないのだということだが、それだけわかれば十分だろう。

 目指す場所もわからずに敵陣の中を移動するなど無謀極まりないことをしなくてよいのだから。まさかどこぞの蛇のように、見つからずに侵入できるわけもないのだから。

 

 どうするかを考える。サーヴァントであれば、城門を跳び越えられるだろう。うまく見張りの兵士の目を盗むことが出来ればであるが、見張りは十人だ。一瞬の死角を作り出すことが出来れば、問題なく侵入することが出来よう。

 問題は――。

 

「この陰の()ね」

 

 オレの懸念を三蔵ちゃんが代弁する。

 

「前に来たときよりも、ピリピリするわ」

 

 砦が緊張状態なのだ。まるで今から襲撃されることがわかっているかのようである。

 

「警戒されているというのか? ……いや、円卓のひとりを迎撃したのだ。聖都の者どもも我らの動きに敏感になっているということか……フ」

 

 そこで喜ぶ百貌であるが、それは逆にまずい。油断していてもらわないと困るのだ。こちらは少数。弱小だ。円卓に対抗する手段は未だベディヴィエールの銀の腕のみ。

 油断でもして個別に来てくれないと困る。油断なく同時に圧殺に来られたらこちらの敗北は揺るがない。一矢報いることすらできないだろう。

 

 何より粛清騎士という戦力もある。円卓だけを注意していいわけではないのだ。そうなるとここは機を改めるべきなのだ。

 

「ここは一日、様子を見ましょう」

「呪腕も同じ意見か」

「ええ。奴らの緊張が長続きするとは思えませぬ。果報は寝て待て。危険を冒すよりは……む?」

「みんな隠れて! 近くに兵士の反応だ」

 

 ロマンの言葉を聞く前に、一斉に隠れる。近くの岩陰に隠れたが、兵士はそこまでやってきた。こちらに気が付いたようではない。彼らは話に夢中だった。

 

 ――まったく勘弁してほしいよな。

 

 兵士の一人が辟易した様子で言った。夜更けに出張ることに対してぐちぐちと文句を言っている。

 

 ――仕方なかろう。円卓の騎士様がお忍びでいらっしゃるのだ。

 

 もうひとりの兵士が漏らしたのは重大な情報だった。円卓の騎士がこちらに来る。それも事前準備もなく、いきなりの来訪。

 来るのは獅子王の補佐官である鉄のアグラヴェイン。アーサー王伝説において、オークニーのロット王の息子にして、ガウェイン卿の弟であり、さらにはアーサー王の甥にも当たる人物。

 

 ギネヴィアとランスロットの不貞を告発し、脱出しようとしたランスロットにより斬り殺された円卓の騎士だ。彼の死が円卓崩壊の呼び水とも言われていることがある。

 特に冒険譚などもなくあるのは、それのみだ。そのうえで、彼は悪役にされることが多い。ランスロット卿の不正を告発した勇者と称えられてもおかしくはないはずなのにだ。

 

 邪悪な騎士との烙印まで押されている記述もある。また、王国の崩壊についてその全てはアグラヴェイン卿とモードレッド卿が原因であるとの記述まである始末だ。

 ただ記述を紐解けば、アーサー王伝説が形成された初期においてはそれほどアグラヴェイン卿の扱いは悪いものではなかった。立派な騎士であるという記述もある。

 

 しかし、この特異点での話を聞く限り、あまりいい騎士といえる噂は何一つなかった。今の円卓のナンバー2。円卓随一の尋問官。拷問技術の巧みさは河馬すら、タスケテと助命を願う。

 実質、この円卓の騎士の争乱の渦中の人物。いや、すべては獅子王の命令だとしても、おそらく実働の指示は彼なのだろう。

 

 同じ穴の狢というか、指示を出す者だからこそ多少はわかるような気がするのだ。何より、あの獅子王が細かく指示を出しているとは思えない。

 あれは、人間をおそらくは――。

 

「……」

「先輩。どうしましょう。大変なことになりました」

「事情が変わってしまったようね。アグラヴェインがやってくるなら急がないと。あいつは円卓の騎士以外のサーヴァントを認めないわ。一晩もまっていられない。トータがやられちゃう!」

 

 トータという男の名前についてとりあえずお師さんに聞きたいことがあるのだが、それはひとまず置いておく。囚われているハサンも危険だ。

 大層美しい美女とか。そりゃもう助けるに決まっているが、アグラヴェインが来るとなると悠長にしていられない。

 

 未だ、アグラヴェインは砦についていないのならば、今が好機だ。

 

「行くぞ――」

「待たれよ。私からもよろしいですかな? 我が耳は千里先の落ちた針の音も聞き取れます。……この砦に近づく馬の一団はすぐそこまで。おそらく牢から出た時に鉢合わせになりましょう。それでは脱出は困難となる」

 

 そこまで言われたら呪腕の言いたいことも分かった。

 

「二手に分かれるのか」

「はい。一方が救出。一方はこちらに残り、アグラヴェインの一団が現れた後、頃合いを見て砦を奇襲、陽動を行う」

「でも、それは無理じゃないか?」

 

 こちらにいるのはマシュ、三蔵ちゃん、式、呪腕に百貌のみ。たったの五人。ひとりで砦を奇襲したところで――。

 そこまで思考を回して気が付く。

 

「そうか」

「…………それは私に任せるが良い。おまえたちは地下牢へ侵入しろ」

 

 頭に思い描いた人物がそう自ら提案する。

 

 彼女は、そう百の貌を持つハサンなのだ。名前とモードレッドとの戦闘を思い出す。彼女は、その気になれば、百にすら増えることが可能なのだろう。

 現に彼女は増えている。

 

「数での暗殺ならば私の独壇場だ。円卓の騎士のようなサーヴァントには及ばないが、兵士相手なら私ほど使えるサーヴァントはいないだろう」

 

 粛清騎士もいないのであれば、砦の兵士など木っ端の如く。まさしく彼女の独壇場だ。

 

「おまえたちは静謐とトータとやらを助け出してこい」

「任せろ」

「御託は言い。さっさと行け」

「ではそのように。行きますぞ。城壁を跳び越え、地下牢への入り口を探さねば」

「え? この壁を跳び越えるの? 音もなしで? そんなの、あたし無理なんだけど……」

「三蔵殿は私が抱きかかえましょう」

「では、先輩は私が」

「うん、よろしく。ドキドキするね」

 

 マシュに抱えられるのは何度目だろうか。何度抱えられても、ビーストだ。ああ、実にビーストだ。

 

「は、はい。見つからないように、頑張ります! もうマスターにはご迷惑はかけません」

 

 城門を跳び越える。力強い踏み込みであったが、サーヴァントとしては軽めのそれ。音もなくされど素早く上空へと身体を浮かび上がらせる。

 せりあがってくる浮遊感に思わず悲鳴を上げそうになって必死に口を塞いだ。ここで悲鳴を漏らしてしまえばせっかく無音で跳んだのが意味がなくなる。

 

 一足で城門の上へ。さらに城門を蹴り、砦の内部へと侵入を果たす。月明りの中、

 

「あちらですね――」

 

 風に乗ってかすかな声が響く。それは指向性を持たせた言語による会話術。呪腕が指さす先が地下牢の入り口であることを示しており、降り立つのはそこだ。

 マシュが膝を曲げて衝撃を殺す。割れ物でも扱われるように丁寧に殺された衝撃はこちらを揺るがすことはなく。さらに音もない。

 

 全員が、着地を成功させたことにうなずき合って地下牢へと入っていく。人の気配はない。ここには今現在見張りもいないようだ。

 

「ぷはぁー。やっと話せる。すごいわガイコツの人! こんなにあっさり地下牢に入れるなんて! もしかして怪盗のサーヴァントだったの!? リュパン? リュパンだったのね!」

「お師さんはしゃぎすぎ。一応は敵地だし。たぶん、暗殺者としての基本なんだと思うよ。オレでもたぶんここかなーくらいはわかったし」

「そんな、一番弟子が怪盗だったなんて!? 今すぐ罪を悔いて仏門に帰依するのよ! そうすれば、死後は涅槃に至れる。まだ間に合うわ!」

「いや、そうじゃなくて」

 

 呪腕に助けを求める。

 

「いやいや三蔵殿。そうではありませぬ。砦というのはどこも似たり寄ったりのつくりなのです。まして地下牢の入り口など、人間の心理を辿ればたやすく見つけられまする」

「そうなの?」

 

 なんで、オレに確認するのかはさておき。

 

「そう。だって地下牢って外部に漏らしたくはないし、内部の仲間たちもあまり近づかせたくない場所のはずでしょ」

 

 牢獄というそれだけで忌避を感じさせる場所である上に地下牢。どうあがいても良い印象など抱きようがない。故に隠す。

 人間の心理とはそういうもので、ここで行われることを考えれば、基本として最下層、最奥に隠す。収監されるのは敵の要人なりなんなり。

 

 逃げられないように。かつ拷問という悪辣がバレないようにするために最奥、最下層に設置する。そこから考えれば入り口を見つけるのはあまり難しくない。

 要は、ここを作った人間がどういったことを考えたのかを想像すること。いつもと変わらない。観察眼を鍛えれば、誰でもできること。

 

 特異点を越えてこういった小技ばかり賢しくなっていくことに苦笑を禁じ得ないが、今は、ここに捉えられているであろうトータ何某と静謐のハサンを助け出すのが先決だ。

 だから捜索を開始するが――。

 

「想像以上に広く、複雑な作りですね……。もう砦の敷地以上は歩いているはずですが」

 

 なかなか見つけられない。

 

「陰湿な造りの地下牢よ。入ってきた者から捕らえる気のようだ。気が付いておられますかな? マシュ殿、三蔵殿、ここは既に地下三階だったりしますぞ?」

「そんな!?」

「ええ!?」

「やっぱりな」

「式さんは気が付いていたんですか!?」

「暗がりしかないからな。もっと面倒くさいマンションを見て来たんだ、マスターも気が付いていたみたいだぜ?」

 

 こっちに話を振らないでと、マシュが泣きそうな目でこっち見てくるから。あと三蔵ちゃんも涙目だから。

 

 この地下牢は最初から道が傾いているのだ。だから知らぬ間に下って行っている。それに慣れていないものは気が付かない。

 オレが気が付けたのは、式の言う通りオガワハイムでの経験があったからだ。あの階段、気を抜くと一階上がったはずが二階分上がっていたりするのだ。

 

 壁の傷、階段の傾斜なんかの作用で、自分がどこにいるのか、どれくらいあがったのかを錯覚させている。それを見ていたからこそ、暗がりで隠されたわずかな道の傾斜に気が付けたのだ。

 

「だが、どうする。ここは相手の腹の中(地下迷宮)も同然だ。厄介なことこの上ないぞ」

「わかったわ!」

「お師さん?」

「おーい、トータ~、どこー……お~~~~~いっ!」

 

 見つからないなら呼んでみなっと言わんばかりに三蔵ちゃんはトータの名を呼ぶ。しかし、返事はない。帰ってくる声は、ない。

 三蔵ちゃんの声が反響して消えて、再び無音という大音量が暗闇の中を満たす。

 

「うぅ……、こんなに探しても見つからないなんて……もしかして、もうやられちゃったとか……? そんなのやだ……。うう……あたしの……せいだ……あたし、お師匠様なのに……お弟子ひとり助けられないなんて、ごめん、ごめんトータ……!」

「お師さん……いいや、違うよ。お師さんは、弟子を助けられない師匠じゃない。だって、オレを助けてくれたじゃないか」

 

 三蔵ちゃんが来てくれて、一番助かったのはオレだ。一番、嬉しかったのはオレなんだ。また彼女に会えたこともそうだし、この恐怖しかない特異点で、始めて明るさというものを与えてくれた彼女。

 あたたかな太陽の日差しのような三蔵ちゃんのおかげで、どれだけ、オレが救われたと思っているんだ。

 

「うぅ、弟子ぃ。そんな嬉しいこと、いってくれるなんて……うぅ……」

「だから、ほら泣かないで、いつものように笑っていてよ。笑ったお師さんの顔が、オレは好きだよ」

「………………」

 

 ――なんで、そこで赤くなる!? 

 

「むむむ――」

 

 ――マシュもなんでそこで唸るの!?

 

「フォーウフォーウ」

 

 駄目だこりゃって? 余計なお世話だよフォウさん!

 

「って、フォウさん、寄り道は駄目です。遊んでいる暇は――あ! マスター! こちらに隠し道が! 奥に牢があります!」

「お手柄だフォウさん!」

 

 加えて、牢の前には守衛と思われる敵影あり。奥にいるのはサーヴァント。

 

「本当!? 待って、すぐ行く、すぐに行くわ!!」

 

 がばっと立ち上がり、豊かなお胸様を揺らして走りだそうとする三蔵ちゃんに牢屋の方から声がする。

 

「ん? この落ち着きのない困った声……おーい! もしや三蔵か――!」

「トータ! 今の声、トータだわ! お――い! そうよ、あたしよ――!」

 

 弟子の危機なら垣根も越える乾闥婆城(けんだつばじょう)もなんの園。

 

「ふふん、守衛でもなんでもかかってきなさい! 阿毘達磨を論ずれば、すなわち経蔵、律蔵、論蔵なり!

 これぞ御仏に至る道、すべてを修める三蔵法師! 玄奘三蔵、遅刻したけど戻ってきたわ! さあ、なんでもかかってきなさい!」

「おおその罰当たりな大見得はまさしく! しかし、嬉しいが気をつけろと言っておこう! 牢の前にあるのは拙者に並ぶ怪力無双! そうら、今お主の前に向かっていったぞ! 特に蹴りが痛いぞ、蹴りが。わはは、まともに受ければ内臓がでんぐり返しよ!」

「って、きゃ―――!」

 

 大見得切っていったというのに、可愛い悲鳴を上げる困った三蔵ちゃん。って、なんで、オレの後ろに来るの!?

 

「ちょ、離して」

「いや――、なんとかしてでしぃ――」

「何とかしてほしいのはこっちぃい、三蔵ちゃんゴー! ゴー!」

「ほら、あたしって、やっぱり聖職者系キャスターだし」

「御仏パワーはどうした!? さんざんがすがす殴ってたじゃん!?」

「だって、トータがあんなに脅すんだもんんん!」

「ああ、わかった大丈夫だから。ただのスプリガンだから――マシュ、式!」

「はい、マスター! 戦闘、開始します!」

「任せな――」

 

 色々騒ぎながらもとりあえずスプリガンとの戦闘を開始した――。

 




いやー、お師さん、シリアスの中の清涼剤。まさしく、この六章の救世主。
まあ、楽しく過ごすほど別れがとてもとてもつらくなるんですがねぇ(愉悦)

ともかくこれまた六章の要のトータ君登場。
次回は静謐ちゃんとのキスかな。
新たな癒しとなるか。それとも……

公よ、早く礼装ください。


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神聖円卓領域 キャメロット 21

「うむ、お見事! 実に見ごたえのある仕合だった」

 

 スプリガンを倒すとトータという人物からの拍手喝采。自分から簡単に牢を抜けながら、いやー、良かった良かったと言っている。

 いや、待て――。

 

「いま普通に牢屋から出てきましたか!?」

 

 ――そうだ、マシュ、良いツッコミだ!

 

「そりゃあ、いつでも出られたからな」

 

 いつでも出られたのであれば、もっと早く出てきてほしいと思った。後ろからスプリガンに攻撃してくれればいい感じに挟撃になったというのに。

 

「…………」

「式?」

「なーんか妙に気になるな、あいつ」

「気になる?」

「いや、なんでもない。なんでもないって。いいから、時間ないだろ」

「?」

 

 まあ、ともかくこれでトータなる人物は助け出せた。あと一人だ。

 

「で、お主らはこの砦を襲いに来た者たちだな? ははは、言うな言うな、みなまで言うな! なにしろ三蔵を仲間にするほどのお人よし! 誰もかれもとびっきりの善人だろう!」

「トータ! みんなにいきなり失礼でしょう! まずは挨拶なさい! 猿ですかアナタは!」

「む? 確かに互いに名前も知らんな。拙者も舞い上がっていた。すまぬ。サーヴァント、アーチャー。真名を俵藤太と申す。縁あってそこの坊主のお守りをしていた者だ」

「お守りじゃなくて護衛! もう何度も言ったでしょー!? アナタはあたしの弟子なんだから! いいこと。弟子ってのはね。お師匠の言葉も守らなきゃいけないし、お師匠の安全も守らなきゃいけないのっ」

 

 三蔵ちゃんは、どこか泣きそうな声。

 

「だ・か・ら! ……あんまり、心配させないでよね。約束しなさいよね。破ったら仏さまの掌底でドーンだからね」

「お、おう。すまん。まさかお主がそこまでしおらしくなるとは……」

「お師さんは、寂しがり屋だからね」

「……はは。それは同感だ。お主が三蔵が言っていた一番弟子という奴だな?」

「たぶんね」

「孫悟空のあとに弟子入りした一番弟子とか。まあ、しょっちゅう三蔵が自慢してたぞ。いつか来るんだーって、言っていてな、これがまたうるさいのなんの胸やけがしそうなくらい甘かったわ。はっはっは」

「むぅうう!!! なによなによー! もうトータなんか助けてあげないんだから!」

「いや、待て待て。そもそも、お主が、あの砦は絶対に面白い! などと抜かして騎士どもにケンカを売るからこの始末だ!」

 

 ああ、なんだろう克明に、克明に想像できてしまう……。天竺までの旅もよくそんな感じにいろんなことに巻き込まれていたなぁ。

 いっつも書文先生に首根っこひっつかまれて帰ってきてたっけ、涙目で。

 

「気が付けばひとりでいなくなりおって……お主を探している間に腹が減ってな。弱っていたところを紫の鎧の騎士に遭遇し、打ち負かされてこの始末よ」

「紫の鎧の騎士……それは円卓の騎士、でしたか?」

「うむ、ランスロットと名乗っていた」

「ランスロット……」

 

 ダ・ヴィンチちゃんを殺した円卓の騎士。

 いや、落ち着け。怒りにのまれるな。怒って戦ってもろくなことにならない。

 

「……」

「弟子。血、出てる。大丈夫よ。深呼吸よ。すーはーってほら」

「――」

 

 ――お師さんの胸に目が行きました。

 

 怒りもふっとぶ大きさ。それが深呼吸によって強調されるとすさまじい。

 

「まあ、ともかく早々と降伏してな。眠くなったからここで眠っていたわけだ」

「うわあ……戦いの最中で眠くなったからいったん負けて寝床にありついたのか……。これはまた豪快な英霊が出て来たな……うん? 俵……俵……待てよ、このお侍さんは……!」

 

 ドクターが何かに気が付いたようだった。おそらくはこの英霊の正体。俵藤太という英霊が何をしたのか気が付いたのだろう。

 本当頭が下がる。オレは日本まではまだ網羅できていないというのに、ドクターはそんなことなく知っている。おそらくは、持っている俵が何かしら関係あるのだろう。

 

 米俵。もしかして無限に米でも出てきたりして。

 

「さて。弟子も落ち着いたし、トーター。もうひとり囚人見てない? ガイコツさんと同じ感じだと思うんだけど」

「およびかね?」

「ぬわっ!?」

 

 ぬぅうっと闇の中から現れるガイコツ。呪腕のハサン。思わず叫びそうになったのは秘密だ。こんな暗い場所でいきなり出てこられると怖い。

 

「サレコウベとはまた奇怪な! 痛くないのか、それ!?」

「無論、多少はな。私の面はほかの翁たちのものより、強固に張り付いている故」

「……ふむ。事情があるようだ。無粋な問いをしたな、許されよ。……うむ、お主と同じ顔かはわからぬが、ここより左手奥に行ったところにもうひとり囚人がいるはずだ」

「ありがたい。急ぎましょう。何やらきな臭い匂いがしてきましたゆえ」

「ええ、急ぎましょう! そしてトータ! 歩くの疲れたから、ちょっと背中に乗っけなさい!」

「またそれか……」

「三蔵ちゃん、怠けると太るよ?」

「ふーとーりーまーせーん!」

 

 耳を塞いで否定する。そうはいうけど、天竺のでの旅の途中、書文先生に言われて毎晩、結構気にしていたんだよなぁ。

 そもそも拝師した覚えはないんだがなぁという藤太を言い含めてその背に乗る三蔵ちゃん。相変わらずの自由さ。

 

「先輩、なんだか楽しそうです」

「ん? 笑ってた? 駄目だな。そんな時じゃないのに」

「まあまあ、いいじゃないか。なにせ吉報ばかりなんだから。俵藤太といえば極東の竜殺し(ドラゴンスレイヤー)にして不思議な逸話を持つ武士だ。早くハサンを助けて村に戻ろう。彼の宝具はきっと、マシュにとっても新しい発見になる」

「ドクター? それはどういう?」

 

 それは見てからのお楽しみとドクターは頑なに話そうとしない。まあ、楽しみはあとにとっておくのが良い。まずはハサンを助け出すのが先だ。

 なにせ、悪い知らせも来たのだ。地上で大規模な動体反応。百貌のハサンが敵と交戦しているのだろう。つまりそれはアグラヴェインがこの砦に到着したということ。

 

 急ぎハサンを助けるべく生体反応のする部屋へと急ぐ。ほとんど扉を蹴破るように入ったその先は、凄惨な牢屋であった。

 凄惨、悲惨、あらゆる阿鼻叫喚を詰め込まれた血塗れの部屋。あらゆる生者の尊厳を冒涜し、死者の嘆きすら唾棄して捨てる。

 

 どのように口の堅いものであろうとも、ここに入れられ壁にかけられた器具を使われたのならば、途端に口を割ってしまうだろう。

 ここはそういう場所だ。床にこびりついたどす黒く変色した血。水で洗い流そうともとれることのない堆積した秘密の鍵の残滓。

 

 ここはただの牢屋ではない。拷問部屋だ。いつかオガワハイムで見た、エリちゃんのそれとは異なる。ここは、ただ相手を痛めつけ、屈服させ、すべての秘密を吐き出させるためだけの部屋。

 遊びなどなく、ただ求められた合理性の中で、より効率的に相手に痛みを与えるためだけの部屋。もはやこの部屋にいるだけで、拷問の痛みを感じるほどに拷問という行為に特化した部屋は、ガリガリと精神の内壁を削って正気の壁を破壊せんとしてくるほど。

 

 なまじ観察眼に優れるがゆえに、見えてしまうこの部屋の主の思考。そこに存在するのは、ただの合理性。何ら良心の呵責すらも感じられない。

 信じられないほどの合理性とそれに支えられた理性的な、忠義。アグラヴェインという存在の片鱗をオレは確かに掴んだ。

 

「――ぐ、ぁ」

 

 だが、それは同時に、ここで散っていった者どもの思念すらも捉えるということ。この部屋にこびりついた阿鼻叫喚がオレの脳を攪拌する。

 こんなところに入れられて拷問される。それはどんな苦しみなのかを理解できてしまう。こんなところにいて無事なのか。

 

 そう思わずにはいられない。だから、奥の壁で、鎖に繋がれた少女を見た時安堵した。少なくとも未だ正気のくびきの中にいたから。

 

「…………だれ? …………まだあきらめていないの…………? 何をされようと、私は何も話さない。だから……早く、首を落として」

 

 その声色に感じられるのは覚悟と諦観。もはや逃げられないと悟っているがゆえに、何も話さないためにさっさと殺せという諦観だった。

 サーヴァントをここまで追い詰められるアグラヴェインという騎士にただただ戦慄する。

 

「互いに……時間の無駄、でしょう……? 毒も痛みも、私を殺せないのだから……」

 

 誰一人としてその様を見て動けない。ここで声をかけるべきは、ただひとりしかいない。

 

「……いや、その必要はない。よくここまで耐えた、静謐の」

 

 呪腕のハサン。彼女の知り合いたるこの男でなければ、彼女に敵でないと証明する手立てがないのだから。

 

「……あなたは……東の村、の?」

 

 でも、黙ってもいられなかった。

 

「助けに来たぞ!」

 

 すぐに解放してあげたくて、オレは彼女の鎖を外そうと近づく。

 

「……助け……私、に? ……待って。待ちなさい。私に近寄らないで。貴方たちは、本当に山の民、なのですか……?」

「いえ、わたしたちは異邦人です。ですが貴女を助けに来たのは真実です」

 

 マシュがなだめるように事情を説明する。呪腕、百貌とともに助けに来たのだと静謐のハサンに説明する。それを証明するように呪腕が頷く。

 

「事実だ静謐のハサンよ。故に警戒するな。吐息を漏らしてはいかんぞ。すまぬがマスター殿、枷を外してやってくれ。あの鎖はどうもサーヴァントに対してよくない」

「うん。もちろん。よく頑張ったね」

 

 そう言いながら彼女の枷を外す。これで彼女は自由だ。

 

「良かった。外れました。これで彼女は自由ですね」

「…………は、い」

 

 安心したのだろう。足がもつれる。

 

「危ない!」

 

 倒れようとする彼女をとっさに庇う。

 

「……っ!?」

 

 背中に感じる衝撃。だが、それ以上に強い衝撃がオレを襲っていた。

 

 思わず抱き留めて、絡み合うように床に倒れる。オレの脳は、そこまで認識して、真っ白になった。脳髄にハンマーをたたきつけられたかのような衝撃だった――。

 

「ん? 何の音だい?」

「静謐のハサンさんがふらついてしまって」

 

 マシュの言葉に少々棘が見え隠れする。

 

「そこを先輩が間一髪で抱き留める形になりました」

 

 妬むというか拗ねた感じの表情のマシュ。頬が赤いのは、熱いからか。

 

「絡み合いながら倒れています。先輩が丁度、クッションとなっている状態です。ハサンさんの仮面は、弾みで外れてしまったようです。床に落ちています。そして、何故か起きません。両名とも硬直しています」

「むっ! 新たなロマンスの予感……! む、いや、いけないいけない。早く起き上がりなさい。ここは敵地なのだから」

「……駄目。もう、この人は立ち上がれません」

 

 しかし、その言葉を遮ったのは静謐のハサン。誰もがその言葉に首をかしげる。どうして、と無言の問い。それに静謐のハサンは答えた。

 全ては彼女の体質。彼女の宝具、妄想毒身(ザバーニーヤ)ゆえに。

 

 彼女の習得したそれは、彼女の身に触れた者の命を奪い取るというもの。つまりは、毒――。

 

「……私の体は毒の体。肌も、粘膜も、体液の一滴に至るまで、猛毒そのもの」

 

 それは、遥か東の伝説にある毒の娘を模して造られたもの。生きた毒の塊。

 

 その伝説とはインドに伝わるという毒娘というもの。

 

 生まれた時から毒を少しずつ与えて娘を育てる。すると娘は、毒に耐性を持ち、且つ体液に毒を含む毒の娘となるという。

 これを長じて敵対する王や諸侯に献上し、夜の褥において交わることによって毒殺するという暗殺術だ。静謐のハサンの暗殺術はまさにこの伝説の通り。

 

「普通の接触であれば、即死せずとも、今のは、その………………唇が…………」

「…………はい?」

「ちょっと聞こえなかったナー。何?」

「……ごめんなさい。もう、この人は、死にます。立ち上がることはできません。ごめん、なさい……助けに来てくれたのに、私、また、殺してしまった……」

「いや、生きてますけど……」

 

 なのだが、オレは生きている。この身にはマシュの加護がある。マシュに力を託した英霊が持つのかあるいはシールダーとしての特性か、はたまたデミ・サーヴァントゆえのスキルなのかは定かではないものの、確かなことがある。

 それは、オレのこの身に毒は効かないということ。ロンドンにおける魔の霧もオレには効果を及ぼさなかった理由がこれだ。

 

 だから、オレが受けた衝撃というのは、擬音にするならばズキューンとかいう感じのやつで。いや、なんというか、口づけの衝撃だったわけだ。

 不意打ち過ぎて、頭真っ白になった。そのおかげでしばらく思考停止。起き上がれなかったというわけだ。

 

「……!? うそ、起き上がって……。え……何が、……どうして……? あの……本当に、大丈夫……なんですか。貴方は……私に、触れても……?」

 

 恐れて震えながら手を、伸ばす彼女。観察眼が、心眼が捉える彼女の輪郭。彼女の言葉からもはっきりとわかった。

 彼女は人と触れ合いたいのだと。だから――。

 

「もちろん。いっぱい触れてくれて構わないよ? それにマシュもきっと大丈夫だと思う」

「はい。宝具級の神秘なら多少は影響もあるでしょうが」

「そう……ですか……」

 

 ――あれ?

 

「……?」

 

 暗がりだからわかりにくいか、彼女の顔どこか赤く頬を染めて。胸元で手を握っている。

 

「…………」

 

 どうしたのだろうか。何か病気でも、とかまあ思うわけもない。これはアレだ。清姫と同タイプの感情。つまりはまあ、そういう感情なわけで。

 

 

「…………」

 

 生のままに感じるその感情は、多少照れ臭く、頬を掻いて目をそらしてしまう。清姫の好意は正直四六時中向けられるから慣れたけど、彼女のは初々しさがあってこっちも気恥ずかしくなる。

 

「と、とりあえず、急いでここを脱出――」

「――それは性急というものだ」

 

 その時、舞い降りる声がある。

 

「…………!!」

 

 それは鉄のように冷たく硬い声。鋼鐵を思わせる冷ややかなされど、覚悟に熱せられ確かな熱量を持った鋼の声。

 

「こんにちは諸君。そして、ようこそ、私の尋問室へ」

 

 鉄のアグラヴェインが、粛清騎士を伴って、そこに、いた――。

 

「アグラ、ヴェイン!」

 

 こちらが敵意を見せようとも、アグラヴェインは不動。ここまで侵入を赦しておきながらそれに対して何ら感情の動きは見られず、表情を崩すこともなく余裕。

 むしろ、大上位人物として客人をもてなそうという上位者の気風すら感じられる。

 

「盗人だろうと遠方からの客には違いない。歓迎するよ、遥かな天文台(カルデア)からのマスター殿」

 

 優雅さすら感じられるほどにその佇まいは平時のそれ。侵入者という異常事態に対応しようとしている者としては甚だ不適格な覇気はされど、この程度の些事慌てることですらないという余裕の表れにほかならず。

 それはつまり、あちらが有利であると確信していることに他ならない。現にそれは事実だ。彼は部屋のただ一つの入り口を塞ぐように立っている。その向こう側には数多の粛清騎士の姿。

 

 逃げるためには、アグラヴェインを下し、粛清騎士を倒さなければならない。それがどれほど困難なことか、わからないわけがないだろうと彼は言っているのだ。

 

「円卓の騎士、アグラヴェイン……!」

「名を告げる必要もないか。無論、そうであるならば君たちの名乗りも結構。不要だ。マスターが一人。その専属サーヴァントが二騎。山の翁が二人、そして――傲慢にも我らが城をあとにした三蔵法師と、その護衛サーヴァントが一騎」

 

 名も不要。ただ数だけを数えて、事実を宣告するのだ。

 

「みな粛清の対象だ。早々に片付けさせてもらおう」

 

 あくまでも事務的に。問答無用で、アグラヴェインは粛清騎士をこちらに差し向ける。

 

「粛清騎士、来ます……! 問答無用です……!」

「相変わらず遊びがないわねアグラヴェイン! そんなんだからみんなに嫌われてるってわからない!?」

 

 三蔵ちゃんの穿った言葉がアグラヴェインへと投げられるが、少しも彼に届いた風はない。

 

「それでも結構。私は人間嫌いでね。万人に嫌われるのは望むところだ。万人を導きたい夢見る貴女とは正反対の、つまらない男だよ」

「…………また貴方は、そんな……」

「そうか、では間違いなく拙者の敵だな! 南無八幡大菩薩、これなる我が一弓で、貴様の憂鬱を晴らしてしんぜよう。なぜなら――うむ、天下太平、余に面白さなくして美味い飯なし! しかめっ面ではせっかくの料理も台無しよ!」

「知らぬよ。やり給え」

 

 アグラヴェインが号令を下し粛清騎士が――来る。

 




六章のテキスト量に泣きそうな私です。いや、さすが多いなぁ。読み返しながら書いてますが全然話が進まない。
まあ、とりあえず静謐ちゃん登場です。清姫がいればもっとひどいことになっていたことでしょう。
それからアッ君の登場です。文官っぽいですけど、この人騎士としても強そうなんですよね。
少なくとも見せ場での決め台詞もちゃんと決めてあります。ランスロット卿覚悟しろよ。おまえ、Twitterでドスケベマシュの衣装着すぎなんだよ。誰得だよ!
そんなことより私はエレナ女史のドスケベ衣装がみたいです! 松竜さん書いてくれないかなー。

しかし、この小説も結構続いてるなー。どれだけの人に読まれてるのやら。人気って言えるのだろうか。
評価もさほど増えませんし。
でも。いつも感想下さる方は本当にありがたいです。モチベーションアップになってます。

で、ドスケベ公早く礼装ください。メイドさんと戯れに行きたいんです。公、早く礼装を、手遅れになる前に。


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神聖円卓領域 キャメロット 22

 振るわれる剣、槍。粛清騎士がその身が出せる最大速度で突っ込んでくる。対してこちらが擁する手札は多くない。何より今回は潜入ということで、直接的に前に立てるのがマシュしかいない。

 だが、それでいい。それでも、やるしかないのだ。なにも問題はない。マシュと二人なら。どんな苦難であろうとも乗り切って見せる。そう誓った。

 

 ゆえに、冴えわたる彼女の武技にマスターたる自身の心眼。窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理が、ここに最大展開される。

 同時に、直感が指し示す勝利への道筋をたどる。最適を感じ取り、それを戦闘論理が指示として駆動させる。

 

 それらすべてを支える観察眼が粛清騎士を見抜いていく。この粛清騎士、それぞれ個別の性格と人格があるが、その技能は画一化されている。

 全てが同じ。剣なら同じ剣術。槍なら同じ槍術。そこに混じる術理に個人差というものはなく、まるで大量生産品の如し。

 だが、だからこそ読める。ここまで繰り広げてきた粛清騎士との戦いを思い出し、相手の攻撃を先読みする。

 

 ――マシュ!

 

 マシュにはアイコンタクトで通じる指示。彼女が攻撃を引き付ける。数多の刃が、槍が彼女を穿とうとするが、どこに放たれるかをオレが指示し、彼女は的確にそれをさばいていく。

 ただ一人、殺到する粛清騎士を押しとどめる彼女の姿は、まさに城だ。その考えに至ったとき、観察眼に合わせて直感が感じ取る。

 

 それは、まるで、あの白亜の城の如き守り。

 

「――っ! お師さん、呪腕、式、藤太!!」

 

 呪腕と式が穿つ。藤太にマシュに至らんとする剣槍弓を叩き落させる。敵の攻撃がどこに来るか、何を狙っているのか。全体を俯瞰し、最善を選択し続ける。脳が内側から圧迫されるような痛みを感じる。

 無茶から数日もたっていないのだ。未だ、本調子には程遠い。だが、痛みのおかげか、観察眼は冴えわたり、心眼はあらゆる選択肢を網羅し、直感は、可能性の糸を紡ぎ続ける。

 

 ここは死地ではない。断じて、そんなものではない。こんなところで、こんな場所で、死ぬことなんてできない。憔悴した静謐のハサンの肩を抱きながら、オレは視る。

 視る。視る。視る――。

 

「粛清騎士、撃破しました! ですが――」

 

 現れる。現れ続ける増援。

 

「敵性反応、さらに増加……! 次々に地下に粛清騎士たちがやってきている!」

 

 戦闘を続けても数で負ける。逃げ道を探すのが常道だが、逃げ道などありはしない。

 

「これは――詰められたか、アグラヴェイン……!」

「当然だ」

 

 何を言っているのかとアグラヴェインは、言葉を紡ぐ。

 

「私はほかの円卓とは違う。華やかさなど求めない。ただ目的を果たす。諸君らはこれで終わりだ。ありきたりな結末なのは、私も残念だよ」

「アグラヴェイン、いえ。アッくん。なんとなくだけど、今はそう呼ばせてもらうわ」

 

 なぜ、なんとなくでそう呼べるんだろう。不思議だ。粛清騎士の間でも三蔵ちゃんの傲岸不遜な物言いにざわめきが生じる。

 一瞬、すべての時が止まったかのように停滞する。

 

「よい。おまえたちはしばし下がれ」

 

 アグラヴェインは怒ることなく、粛清騎士を下がらせた。好機とみるわけにはいかない。一歩でも動いたら再び粛清騎士を差し向けるだろう。

 何より彼もまた、円卓の騎士なのだ。

 

「玄奘三蔵。おまえと対話する気はない。これまでも、これからもだ。だが、私はおまえの見識の深さを評価している。小娘としての視点ではあるが、さぞ多くの国を見て来たのだろう。その一点において、おまえの話には耳を傾ける価値がある」

「何が小娘よ。あたしとあんまり歳違わないでしょ、アッくん」

 

 精神年齢だと小娘といってもいいともいます!

 

「…………一度だけ機会を与えよう。こちらに戻る機会をな。おまえは聖都の暮らしを見た。山の民の暮らしも見た。そして、エジプト領、オジマンディアスの国も見てきたのだろう。そのうえで、今一度問おう。おまえの目から見て、獅子王は間違っているかね?」

「…………」

 

 当たり前だという言葉はない。ただ三蔵ちゃんは、押し黙る。誰もが怪訝そうに彼女を見る。

 だが、わかってしまった。獅子王はきっと間違っていないのだ。王としてやっていることはおそらく間違っていないのだ。

 三蔵ちゃんの心の機微は嫌というほどわかりやすい。彼女と旅をした数か月は短いようでとても長い。その間、彼女とすごした一番弟子に師匠の気持ちがわからないはずがなかった。

 

 彼女は獅子王が間違っているとは思えないのだ。

 

「そうだ」

 

 それをアグラヴェインは肯定する。

 

「おまえならわかるはずだ。聖都こそが真実。聖都こそが理想だと。どの勢力であれ、その思想は同じものだ。我々は生存への道を模索しているに過ぎない」

 

 ――自らの国の民を擁する。

 

「あのオジマンディアスでさえそこは変わらない。だが、彼らの方針では何も変えられない。世界と、時代とともに滅びるだけだ。聖都の暮らしを思い出せ。誰もが満ちたり、平等であり、磨き合い、尊び合う」

 

 それは多分、理想的なのだろう。でも――。

 

「かつて、騎士王がブリテンに夢見た理想都市が、聖都では実現している。それにおまえは背を向けた。それ自体が私への侮辱であるが――騎士王……いや、獅子王陛下はおまえの思慮深さを良しとした。よって、これが最後の呼びかけだ。聖都に戻り、円卓に座れ三蔵。ガレスの空席、おまえであれば埋められよう」

「……そうね。実のところ、あたし、ずっと迷ってた」

 

 思わず愕然とした。三蔵ちゃんなら、きっと味方してくれると思ったから。

 

「獅子王と太陽王。そして、山の民たち。どっちに味方したものかなって。はじめっからノリ気じゃなかったんだ。御仏の声も聞こえなかったし。御仏が沈黙しているということは、あたしが口を出すのは余計なお世話ということ。御仏は放っておけと、ずっとあたしに言っていた。でも――」

 

 チラっとこちらを見る三蔵ちゃん。

 

「うん。今はもう放っておけない。どんなに獅子王の聖都が素晴らしくても、貴方たち円卓のやり方はおかしいってわかるから! それに弟子のあんな顔見て、放っておくとかできないし」

 

 三蔵ちゃんは、こちらに味方すると言ってくれた。

 

「はい。聖都が理想都市であったとしても! 人々を選抜し、選ばれなかった者を手にかける非道は許されません!」

「非道ではない。結論だ。聖都に選ばれなかった者はこの荒野で死に絶える。それだけであればまだいい。だが、選ばれなかった者はいずれ聖都を恨み、妬むだろう。聖都を盤石にするため、その禍根は断つ。これは獅子王の慈悲でもある。我々ははじめから強制はしていない。聖都の聖抜を受けるのは難民たちの自由意思だ。そして、戦いを行うのは、聖都を敵から守るため。山の民が聖都を諦めるのであれば我々も戦いはしない」

「そう。じゃあ、なんで世界の果てがあるの?」

「――なに?」

「あたしは砂漠の向こう側に行ってきたわ。そこでアレを見た。だから戻ってきた。アグラヴェイン。知っても泣きださないから答えて。貴方、何をしようとしているの? 獅子王は本当に正気なの? 彼女、もうとっくに人間の心もなくなって、英霊でもなくなってるんじゃないの!?」

 

 三蔵ちゃんが砂漠の向こう側で何を見て来たのか。それはわからない。けれど、獅子王のことはわかる。ダ・ヴィンチちゃんに止められて全てを視たわけではないが、彼女の言うことはおそらく的を射ているだろう。

 あれはきっと、もはや人間の心など持ち合わせてはいないだろう。英霊というくくりすらも跳び越えているだろう。アレはおそらく、そういうものなのだ。

 

 もう一度獅子王に相対すれば、わかるだろう。そもそも、その時点ではきっともうわかっているはずなのだ。獅子王という存在の正体を。

 おそらくは、アレは――。

 

「……自らの足で、あの砂漠を越えたのか。確かに私は貴女を侮っていたようだ」

 

 交渉は静かに決裂した。

 粛清は再開される。

 

「ちょっと、質問に答えなさいよ――! つーか、そんなコトじゃ本気出すわよ、あたし! 御仏パンチでそんなヘナチョコ騎士、おせんべいみたいにペシャンコなんだから!」

 

 じゃあ、やってくださいよー最初からぁ!

 

 なんて、言ったらてへっとか言いそうなので、とりあえず言わない方向で。怒ったらたぶんいじけるし、そんな力があるなら頑張ってもらうとしよう。

 

「それはどうかな?」

「へ?」

「私の粛清騎士は少し手を加えてあってな。先ほどの者たちとは違う」

 

 それはかつて宮廷において逆上し、多くの同胞を切り殺し、逃走した愚か者がいた。アグラヴェインの粛清騎士は、その男を参考にして強化されているという。

 浅ましき狂いし猟犬の剣。だが、叛逆者には相応。狂った剣の猛攻が来る。

 

「くそ――」

 

 それは初めて見るもの。もしも天才であったのならば初見のものでも過去の経験を参照し、補強しながら対応できるだろうが、オレにそのような芸当はできない。

 まずは視ることを必要とする。そこから派生し、全ての対応を考えるのだ。才のない身が恨めしいが、それでもやるしかないのだから。

 

「マシュ、もう少し耐えてくれ!」

「は、い――!!」

 

 それでも長くは持ちこたえられないだろう。藤太の弓の援護のおかげで今は何とかなるが、このまま消耗戦を続けていてはどうにもならない。

 ならば本丸だ。指揮官を叩く。それが有用。なぜならばアグラヴェインはギフトを持っていないから。

 

「当然だろう。ギフトとは獅子王との契約。獅子王のサーヴァントになるようなもの。そんなものを受けてしまえば。いざという時に困るだろう。王に対して、何もできなくなるだろう……?」

 

 ならばそれが光明になると思ったが、それすらもアグラヴェインが叩き潰す。

 

「阿呆め。私を殺したところで、この粛清騎士が止まるはずもないだろう。おまえたちはどうあってもここで全滅する。私が出る、とはそういうことだ。なに、死の運命が早まっただけだ。じき聖槍は最終段階に入る。そうなれば、この時代は例外なく――……、これは!」

 

 何に気が付いたのかアグラヴェインが撤退する。それと同時に倒れる粛清騎士。オレは視た。充満する何かを感じた。

 

「これは、毒!」

 

 いつの間にか自分の手の中に静謐のハサンがいないことにようやく気が付いた。その間に、彼女は舞い踊り、この空間を毒で満たしたのだ。

 

「私は静謐のハサン・サッバーハ・夜に咲く毒の華。我が舞踏は風に毒を乗せ、敵を暗殺する――。本来であれば風上で使うものですが、密閉された地下施設であればこの通り……」

 

 誰もが毒気にやられて死の舞踏を踊る。

 

「ふふ。皆さんが粛清騎士を止めてくれていたからこそ出来た戦法です。感謝、いたします。……そして、おまたせしました。私、お役に立てたでしょうか」

「もちろん」

「…………と、とにかく静謐さんのおかげでピンチは切り抜けられましたが……先輩、近いです。静謐さん、背中にピッタリくっついています」

「ああ、いいよ。大丈夫」

 

 ――むしろ、落ち着く?

 

 なんというか、落ち着くのだ。その理由は、多分清姫がいないから。いつもオレの背後や隣にいてその熱を伝えてくれる彼女がいない。

 そんなところに静謐ちゃんが入った。落ち着かないわけがなかった。彼女の熱量は、清姫とはまた違う熱量ではあったけれど、そこに在ることが大事だった。

 

 違うけれど、同じぬくもりに、オレはただ、落ち着いて。

 けれど、同時に心が痛む。ああ、やっぱり清姫はオレの中でも大きな存在だったんだなと実感できて。いいや、清姫だけじゃない。

 みんなだ。みんな、オレの中ではもうかけがえのない存在で。だから、想う。会いたいと思うのだ。

 

「おお、これは失礼。失礼マシュ殿。私ともあろうものが、髑髏の如き節穴でした。これ静謐の、離れぬか。触れても死なない人間が珍しい、というのはわかるが、その方は我らの客人にして恩人だ。あまり迷惑をかけぬように」

「いいですよ。呪腕さん。寧ろ、ちょっとだけ落ち着くんで」

「……はい。しっかりとお世話させていただきますね」

 

 ぴったりと背中に感じる誰かの感触に、オレはただ、安らぎを感じていた。

 

 その間、三蔵ちゃんは入口の方を見ていた。アグラヴェインが逃げたのを確認しているのだろう。毒を察してわき目もふらず地上に走った。

 部下は全員気絶。こうなるとおそらくはもう襲ってこないだろう。あの男はそういう男だ。勝ち目のない戦に挑むような男ではない。

 

「静謐ちゃん。そろそろ動いて大丈夫かな?」

「……はい。踊りをやめたので、毒も薄まってきました。息を吸うと少し痺れますが、もう大丈夫です」

「なら急いで地上に出よう」

 

 百貌のハサンも残してきている。オレたちは急いで地上へと向かった。




ぐだ男君、粛清騎士戦いまくったのでなんとかなりました。相変わらず強いですけどね。
しかし、いかに強かろうとも相手の動きを先読みし、打点をズラせば防御は楽になりますし、トータの矢が攻撃を叩き落すのでイヤー実にイイパーティーとなっております。
まあ、次に来る絶望の為に上げただけなんですが。

そして、モチベーション維持のために、感想やら評価やらまっております!

さて、ついに来ました今年のハロウィン。あのドスケベ公、そろそろ礼装ください。メイドもまだ集めてないんですよ。二枚目凸したいんです。
まあ、最悪諦めるからいいんですけどね。せめてドスケベだけは限凸させたいんだよなぁ。まあ、二枚目持つ意義はうすいんですが。

クレオパトラか。声優さん次第かなぁ。もしこれが、悠木さんとか植田さんだった場合。引かざるを得ない。あとドスケベマシュは引かねばならぬ。
その理由、わかるであろう。皆の衆。

というわけで、全力なのだな。

次回風呂回とかやれたらいいなぁ。
あと、活動報告でアンケートとかやってます。


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神聖円卓領域 キャメロット 23

 地下から最短ルートで地上へ出る。幸い妨害はない。もう既にアグラヴェインは逃げていったのだろう。すんなりと砦を出ることができた。

 百貌も無事。何やらお怒りのご様子だが、こっちだって大変だったのだ。まあ、どっちもどっちで流すとしよう。何より静謐のハサンがいるのを見て怒りも静まった。

 

「……よくやったものだな。私の激闘も徒労ではなかったようだ」

「うん、ありがとう。お疲れ様」

「まだ生き残りがいるようだが、そちらは任せるとする。私は馬を奪ってくる。もう頭が働かぬ。ああ、甘い果物が食べたい……」

「お饅頭もってくればよかったな」

「オマンジュウ……? ロクムのようなものか? なんであれ差し入れなら大歓迎だ。我々の村は慢性的な食糧不足だからな。子供たちに甘いものぐらい食べさせてやりたい」

 

 あとでドクターにお饅頭を送ってもらおう。少しなら送ってもらえるだろう。さすがに村人全員に配る分はカルデアが干上がるから無理だろうけど、彼女と子供たちの分くらいなら渡してもいいだろう。

 それに食糧問題は何やら藤太がいればどうにかなるらしい。彼の宝具が関係するというのだが、はてさてなんなのだろうね。

 

「そうだね。でもその前に」

「ああ、そうだ。静謐の翁よ。その腕をこやつに見せる時だ。これからは、こやつが我らの旗頭となる。何ができるかをアピールしておけ」

「それは、はい! お任せ下さい!」

 

 同時に砦の兵士たちがこちらにやってくる。ありったけのゴーレムを引き連れてやってくる。いまさらそんなものに手間取るオレたちではない。

 スプリガンタイプのゴーレム。一度見た動きは読める。調子がいい。頭痛は相変わらずひどいが、一度見ただけでも相手の動きが読めるなんて、オレはどうしてしまったのだろうか。

 

 ここに来て才能が開花とか、遅すぎるがまあ、そんなことはありえない。おそらくは、なりふり構っていられないからだろうと観察眼が告げる。

 やらなければ、できなければ死ぬ。いわば火事場の馬鹿力。いつものオレならばどうあがいたところで、こんな芸当はできるはずがない。

 

 ただひたすら死の危険にさらされて脳がリミッターを外しているのだとわかる。無茶に無理を重ねればどうなるだろうか、それはわかっている。その末路をオレは知っている。

 

「…………」

 

 それでも、この身がたとえ砕けようとも。必ず世界とマシュを、救うんだ。

 

 あとは毒があたりを包み全てを死へと追いやる。麻痺へと追いやる。死の舞踏。死者が舞う、生者が舞う。毒の舞踏。美しい彼女が輝き、そして、すべてが終わりへといざなわれていく。

 そして、終わる。

 

「……ふぅ。以上が私の性能です。どうか思うままに使い捨ててくださいますよう」

「使い捨てない。みんなで生きよう。最後までみんなで、一緒に、ね」

「……はい。なんとお優しい言葉。ありがとうございます」

「馬の準備が出来もうした。早急に砦を離れましょう」

「ああ」

 

 アグラヴェインは取り逃がしたが、藤太と静謐のハサンを助けることができた。戦力が増えたのだ。ならば欲をかくべきではない。

 それにこちらの疲労も大きい。

 

「マシュ、大丈夫?」

「……は、はい。大丈夫です」

 

 マシュが一番前で戦っているからその疲労は大きいだろう。急いで馬に乗り砦を離脱する。西の村へと急ぐ。アーラシュとベディヴィエール、クー・フーリンがいるとは言えど後者の二人は負傷している。心配だ。

 それでも朝方になる頃には無事に村にたどり着くことができ、村もまた何も問題なくそこにあった。出迎えてくれたのはアーラシュ。人を安心させるような笑顔でオレたちを出迎えてくれる。

 

「あれ、ベディは?」

「ああ、奴さんならあそこだ。民家の陰に隠れてないで、功労者はちゃんと迎えてやらないとな?」

 

 民家の陰に隠れるようにしてこちらをうかがっていたベディヴィエールがおずおずとこちらに出てくる。大方、オレたちが戦っている間に倒れていたことを気にしているのだろう。

 気にしなくてもいいのにと言ってもおそらくは気にするだろうから、難儀な性格をしているといえる。だから――。

 

「ただいま、ベディヴィエール卿!」

 

 そんなもの吹っ飛べと大きな声でただいまをいう。

 

「は、はいお帰りなさい。……本当に、よくご無事で。アグラヴェイン卿と鉢合わせた、と聞いた時は肝を冷やしましたが」

「それはこっちも。でも、今回はこっちが勝った」

「ふふ。ええ。あの鉄のアグラヴェインを撤退させるとは、さすがのご活躍。私も同席したかった」

「はは。今度は一緒にね」

 

 アグラヴェイン。他の円卓と違いギフトがないために強さでは及ばないだろう。だが、彼の用兵の前にオレたちは敗北しかけたことを忘れてはいけない。

 静謐のハサンがいなければあそこでオレたちは終わっていた。次はない。かろうじて勝ったが辛勝ということを忘れてはいけないのだ。

 

「ま、そう気張りなさんな。そっちの二人が追加の二人だろう? 紹介してもらいたいね」

「ああ、アーラシュ。こっちが、玄奘三蔵法師」

「よろしく! 玄奘三蔵よ、御仏の加護を届けに来たわ!」

「で、こっちが俵藤太」

「おう、拙者が俵藤太。観ての通り巻き込まれた通行人だが。うむ、村の様子は聞いていた。であれば――長話も挨拶も後にしよう!」

 

 そういうと彼は抱えていた俵をどさりとおろす。

 

「まずはコイツをお見舞いしてやらねばなァ! さあさあ、よってらっしゃいみてらっしゃい!!」

 

 藤太の大きな声が村中に響き渡る。なんだなんだ、と村の人たちが気になって出てきたところで、彼は喜色満面、口上一つ。

 

「悪虫退治に工夫を凝らし、三上山を往来すれば

 汲めども汲めども尽きぬ幸――」

 

 輝く俵。生じる現象は、信じられないようなもので。

 

「お山を七巻き、まだ足りぬ。

 お山を鉢巻、なんのその。

 どうせ食うならお山を渦巻き、龍神様の太っ腹、釜を開けば大漁満席!」

 

 光り輝く俵。

 

 さあ、行くぞと掛け声一つ。

 

 宝具 真名を結ぶ――。

 

「対宴宝具――美味いお米が、どーん、どーん!」

 

 その真名()、無尽俵。

 

 彼が対宴宝具と呼ぶ、宝具にして、その効果は。

 

「な」

「な」

「な」

「?」

「なんだそりゃあ――!?」

 

 汲めども汲めども溢れる米、米、米!

 山海の幸、幸、幸!

龍神たちから御礼として、米の尽きない米俵

 龍神の化身に乞われて、山を七巻き半すると言われる三上山の大百足を退治したことにより、龍神たちから御礼として頂いた米の尽きない米俵。

 

 なるほど、ドクターが言っていた意味はこれか。確かにこれは。

 

「すごいな……」

「ななな、なんだこの滝のような穀物は!? 食べ物か!? 食べ物なのかー!?」

「はい……! これは間違いなくお米です!」

 

 百貌のハサンがつい仮面を外してしまうほどの衝撃。

 

「はは、なんだそりゃあ、すげえアーチャーだなアンタ! コイツはなにより頼もしい助っ人だ!」

「ええ。これ込みで御仏の加護よ? だからトータとあたしは出会ったんだから、ね!」

 

 山のような食料。山のような酒。

 

 さあ、その二つがあればどうする?

 

 決まっている――宴会だ!

 

「ほわたたたたたたたあ! あちょお――!!」

 

 すっかり夜も更けて、されど村に明かりは灯ったまま。大人も子供も食うや飲めやの大騒ぎ。三蔵ちゃんは何やらすさまじい速度でおにぎりを握っている。

 炊き上げたつるつるの白米を握って握って三角おにぎり。ふっくらとふくらんだ米は光り輝く様で何もつけないでいても甘さを感じるほどの素晴らしいごはん。

 

 ああ、日本人の心とはまさしくこれなのだと思いながら、オレはドクターから有りっ丈送ってもらった味噌を使って味噌汁を作っていた。

 大鍋小鍋。有りっ丈の鍋に有りっ丈の山の幸、海の幸を入れ込んだ豪華絢爛ゴージャス味噌汁! おにぎりに合う一品。

 

 ずずりと啜ればおにぎりを食べたくなり、おにぎりを食べればまた味噌汁とエンドレスまちがいなし! なぜって? 作った本人がそうなのだから、みんなそうなのである。

 村の子供たちは食べるのと同時に三蔵ちゃんの手さばきに見入っているようだ。大人たちは杯に酒をついでは飲み干しのどんちゃん騒ぎ。

 

 少し羨ましいと思ってしまうが、ドクターとマシュにお酒は止められてしまった。未成年だからというらしい。少しくらいは無礼講なのだしと思ったりもしたのだが、駄目の一点張り。

 

「はっはっは! いやはや天晴な飲みっぷり! 一升を一息とは、アーラシュ殿もいける口ですな!」

「いやはや何の、トータ殿も気持ちいい食いっぷり! あの大魚をぺろりと一口とは御見それいたしたぞ」

 

 藤太とアーラシュはもう人一倍食うわ飲むわで楽しそうで、少しばかり羨ましい。サーヴァントについていけるはずもないので、ゆっくりしておくのがいいだろう。

 久しぶりの大人数の料理で疲れたし、あとは三蔵ちゃんに任せるとする。楽しそうだし。何よりオレも山海の幸を食いたい。

 

「先輩先輩! どうぞ、キープしていました。きちんと小骨までしっかりととってほぐしてあります」

「ん、ありがとうマシュ。ああ、うまい」

 

 マシュがキープしてくれていたのは焼き魚。さて、元はどんな魚なのかすっかりと骨を取られて食べやすいようにほぐされているためわからないが、一口食べれば広がる大海原。

 脳内思考を波がかっさらっていく。塩で焼いただけとは思えぬ美味さ。下ごしらえの巧みさもさることながら、もとは巨大な魚の芯まで均等に火を通す火加減の妙もまた筆舌に尽くしがたし。

 

 何より塩だけというシンプルな味付け。疲労が濃いので、それに合わせた濃いめの味付けではあれど、感じられる大魚の風味は米がほしくなる美味さ。

 

「はい、先輩おにぎりです。先輩の為にお醤油をかけて少々炙っておきました」

「おお、焼きおにぎり」

 

 香ばしい香りの正体はこれだったのか。焦げ目麗しく焼けた三角おにぎり。口にすれば広がる醤油の香ばしさ。

 

「うん、うまい」

「……あの、こちらも、どうです、か?」

 

 静謐のハサンも隣からおにぎりを差し出してくる。真似して作ってみたのだろう。少々不格好だが食べられないわけでもない。

 味は、美味しい。

 

「うん、おいしいよ」

「……よかった、です」

「む、マスター、どうぞお茶です。よく冷やしてあるのでどうぞ、ぐぐっと」

「ん、ありがとう」

「……こちらもどうぞ」

 

 ――あ、なんかこれ、駄目な奴だ。

 

 と気が付いた時には時すでに遅し。あとはもう差し出されるものを食べていくだけの装置になってしまった。

 

「はは、なんだありゃ、マシュと暗殺者に挟まれて楽しいことになってるじゃねえの」

「油断が過ぎますな」

「お叱りかい、呪腕のハサン」

「大地が燃えて、聖都が襲われてからこの半年、毎日が節制の連続でしたからなあ。今ぐらいは村の者たちにも良い思いをさせてやりたい」

「あの俵ってやつには感謝だな」

「で、アンタはいいのか? 酒も、食いもんもそれほど食ってねえみたいだが。やっぱ、その腕か」

 

 クー・フーリンが指摘する右腕。呪腕のハサンはええ、と頷く。

 

「私は歴代の山の翁の中でも平凡なものでしたので」

 

 万事はそれなりにこなせるが特筆すべきことがなかった。本来ならば山の翁、ハサン・サッバーハなど名乗れまい。

 名乗れるのは、ひとえに、右腕が魔神(シャイタン)のものであるがゆえに。身体を犠牲にしたのだ。偉大なりし山の翁。いと高き、至高の暗殺者の名ハサン・サッバーハを得るために。

 

 その顔を捨て、人を捨て、恋しい女すらも捨てた果てに誰でもない何者かになり果てた。それが呪腕のハサン。

 

「そうかい」

 

 辛気臭い空気を飲み干すべく、クー・フーリンは酒を煽るが、

 

「かぁ―やっぱ合わねえわこの米の酒は。もうちっと甘い酒がいいんだがなぁ」

「俵殿のお酒は強いですからなあ」

 

 男二人、酔えぬものと米の酒が飲めぬゆえに酔いも回らぬ英雄二人。宴会の明かりより少し離れた影の中で楽しく笑う者たちを見つめる。

 

「なんだ、オマエら、男二人で」

「両儀の嬢ちゃんか。そういうアンタこそ何してんだ?」

「いや、良くない気配がしてるからな」

「気が付かれていましたか」

「そいじゃ、ま、行きますか」

「けが人はじっとしてろよ」

「もう治ってるつーの。それに動いてなきゃなまるからな」

「では宴を乱さぬようにこっそりと」

 

 呪腕のハサンとクー・フーリン、式は静かに宴の輪から外れて村の外へ。それを止めずに見届けたのはオレたちのことを彼らが思ってくれていたからだろう。

 宴もたけなわ、飲んで騒いで、食って、そして寝る。誰もが広場で満足したように笑顔で眠りこけていた。静謐のハサンも疲れたのだろう。眠ってしまった。

 

「ふぅ、くった食った」

「そうですね、とてもおいしかったです」

 

 そして、起きているのはオレとマシュの二人だけ。

 

「……どうだった宴会」

「はい、楽しかったです。トータさんの米俵から大量のお米や山海の幸が出てきて。三蔵さんとトータさんと先輩がそれを炊いて、たくさんの炒め物を作って」

「チャーハンね。オレの得意料理というか、まあ、簡単だからね。本当、すごい宝具だよ」

「はい。戦闘には使用できませんが」

 

 軍隊における補給に使えるから間接的にとは言え戦いに使えるとはまあ、言わないでおこう。そういうことじゃない。

 

「戦えない宝具。サーヴァントのスペシャルアーツ。でも、あの宝具の評価はEXランクです。戦わず、ああして人々の飢えを満たす。そんな宝具もあるのだと初めて知りました」

「オレもだよ。あんなに大変な人たちの顔を一気に笑顔にしちゃえるんだから」

「……すごいですね。誰もが笑顔でした。あの米俵はそういう宝具なんですね。わたしは予想したこともありませんでした。人を害する、つまりは倒す宝具もまた、人を救うことに繋がる。でも――」

 

 マシュはそこで言葉を詰まらせる。

 

「すみません。言葉にできません」

「オレもうまく言葉にはできないけど……そうだな……倒す宝具も人を救う宝具。だけど、あの宝具は倒すんじゃなくて、ただ人を幸せにする宝具。だから、すごいって思うんだ」

「はい……はい、そうですね……あの、先輩。わかっているとは思うのですが、この特異点で発生するすべての事象は本来はありえない歪みであり、修正されればなかったことになります」

 

 記憶も事象もあらゆるすべては修正されて元通りになる。

 カルデアにとっても、オレにとっても、だれにとっても、本当に意味がある行為は人理定礎を復元することだけなのだ。

 けれど――。

 

 眠る人々を眺める。

 

 こうして、彼らと交友することは決して無意味なことなんかじゃない。

 

「でも、意味がないことなんてない。記録には、残らないのかもしれない。消えるだけのものなのかもしれない。だけど、オレたちの中に、マシュの中に、きっと意味は残るはずだよ」

「意味は、残る、ですか? 記録には残らないのに?」

「ああ」

「……もしかして、逆、なんでしょうか」

 

 たとえ誰に記録されず、カルデアにも記録されないとしても。

 

「知られなかったけれど、そういう人生があった。という事自体が、人類史の要素の一つだと?」

「ああ、だって誰かに知られるようなことだけが人類史のはずがないよ」

 

 人類史に名を遺すような英雄だけが世界を形作っているわけではない。知られなかったけれど、人知れず世界を救ったなんて誰かもいるのかもしれない。

 あるいは、苦悩しながら、誰かを救うべく抗い続けた誰かもまたいたのかもしれない。

 

 オレはそれを知らないけれど、確かにその人生は、人類史の中にあって、世界を進める原動力になっているなずなのだ。

 世界を形作るのは個ではなくて、

 

「大多数のきっと、ここに眠っているような人たちなんだから」

「……そうですね。難しくてわたしにはわかりませんが――その表現は大変すばらしいと思います。たとえ、みんなから忘れられても。その時に合った気持ちが、今を積み重ねていくのだと」

「お、まだ起きてたのかマスター」

 

 話し込んでいるとクー・フーリンたちが戻ってきたようだった。

 

「おかえり」

「ったく、敵わねえわマスターには。まあいい。二人が起きてたのなら好都合だ。良いもん作った、リラックスできるぜ」

「?」

「なんでしょう」

 

 わからないが、手招きするクー・フーリンについて行くと、湯の匂いがしてきた。

 

「まさか」

「おう、そのまさかだ」

 

 岩陰に作られた窪みに小さな露天風呂がこしらえてあった。

 

「マスターが無茶やるからな少しくらい疲労回復になろうとルーンで作っておいたわけよ。ま、師匠のようにはいかねえが元の霊基がキャスターだからな多少は無理も利く。で、作ったわけだ」

「すごいです先輩。まさかの露天風呂です!」

「けが人がこんなの作ってなにやってんだか」

「暇だったんだよ。だいたいルーンで治したんだ。ま、重症にはかわりなかったが休んでるわけにもいかないだろうからな。多少無茶でも治したら、暇で仕方なくてな」

 

 だから作ったのだという。

 

「さあ、入れよ」

 

 といって脱衣所にマシュと押し込まれる。

 

 ――いや、ちょっと待て。

 

「行きましょう先輩。露天風呂です。お背中お流ししますね」

「あ、いや、ちょ、ま――」

 

 実に素晴らしい、時間だった――。

 




宴会じゃー。さあ、なごむのは終わりだ。諸君、次なる絶望に向けて上げに上げた。ならば次は落とすのみだ。
そして、唐突にぐだ男を風呂に入れたくなったので、風呂に入れた。マシュマロと一緒じゃ。疲労も取れるじゃろ。
ちなみにマシュマロマッサージを受けました(非エロ)。というかぐだ男が途中で寝落ちしました。マシュの子守歌聞きながらのマッサージとか絶対眠れる。

さて、ハロウィンですね。シナリオ楽しいのう。拾ってくださいとか笑ったw。
活動報告でも言いましたが、クレオパトラ当たりました。マシュケベも当たりました。というか、今回のピックアップ全種類当たりました。大勝利です。
使った金額は、諭吉1枚分です。五千円分あまりましたので貯蓄します。
クレオさんモーション好き。というか、腰とか足が最高なんじゃがなにアレ。しかもくぎゅうとかもう強すぎない?

あとは、ぽんこつパーティの良心ロビンの頑張りを応援してます。
茨木童子は、もしゃもしゃ食ってるのが可愛かった。いっぱい食べる君が好きー。

ただし特攻鯖ほとんど育ってない。ぽんこつ魔術師いるのに育てられてない……。
種火を、種火をくれぇ。
とまあ、いろいろ楽しんでおります。


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神聖円卓領域 キャメロット 24

 襲撃を受けた砦。今はその混乱も収束していた。多くの被害を受けた。犠牲になった砦の兵士は三十余名。それだけでも少なくない数であるが、そこにアグラヴェインの連れてきた騎士二十六名も含まれれば大損害だ。

 その混乱は大きく、普通であれば沈静するのに幾分も時間がかかろう。しかし、一日と経たぬうちに砦の混乱は沈静化していた。

 

 それもこれも上位存在たる円卓の騎士がこの砦にやってくるからだった。円卓の騎士とは特別な存在だ。一般兵とはくらべものにならない。

 それが砦に来るのだ。全隊にて出迎えるのが当然であり、ゆえに些末な混乱など捨て置かれ後処理だけ行われて秩序が取り戻されるのだ。

 

 これが獅子王を戴く騎士とその兵士たちの規律であると言わんばかりに全隊でもってトリスタンの来訪を歓迎する。

 歓迎し、葬儀の為に同胞の死を悼み、雪辱を果たすのだと誓うのだが――。

 

「ああ、私は悲しい――」

 

 この男には届かない。反転し、鬼畜外道に堕ちたトリスタンという騎士には一切響かぬ。人の情など反転しもっとも遠い場所に置いてきたのだから。

 弓鳴り一つ。ただそれだけで、死体が一つ。もうひとつ鳴らせば死体が一つ。恐怖が伝播する。涼しい顔で殺しをやってのけて、告げるのは一言。

 

「同胞の死を悼む暇など誰が与えたのです」

 

 追撃しろ。どうしてそうしていないのだ。同胞の死を悼んでいるから敵を野放しにしていいのか。そんなわけがないだろう。その無能さが悲しいと弓を鳴らす。

 

「奴らの足跡、我が妖弦で辿るのみ。一日前のものなら十分に追跡は可能です」

 

 直ちに兵士たちが追撃の準備に奔走する。

 

「……ああ、私は悲しい」

 

 悲しみを謳う騎士は、ひとり、妖弦をかき鳴らす。その先にあるものを切り伏せることを想いながら――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 宴会の余韻に浸ることも良いが、考えることは山ほどある。例えば、背中合わせのマシュが今、どんな表情をしているのだとか。あるいは、背中に感じる女の子の柔らかさを堪能することも大事なのかもしれない。

 ダビデにいろいろと染められてなかったら今頃こんなに平静ではいられなかっただろう。今も心臓が爆発しそうなほどばくばくだ。

 

 背中を流してくれる柔らかい手の感触だとか。思い出すだけで嬉しさで顔が緩んで、火を噴きそうなほどに紅潮してしまうのを止められない。

 マシュと二人っきり。ああ、いやフォウさんもいるか。マシュに抱えられているようで、うらやまけしからんというか。

 

 でも――今度は、みんなでこういった風呂に入りたいと思う。いや、別に清姫やブーディカさんたちの裸が視たいとかそういうことではなく、こうゆっくりとした静かな時間を過ごしたい。

 空を見上げる。満天の星空がそこには広がっている。聞えるのはオレやマシュが動いた時に湯が経てる水の音と虫の声。後には何も聞こえない。

 

「ふぅ」

 

 吐く息は軽く。きっとこの特異点に来て何よりも軽い吐息だ。気持ちがいい。もうこの特異点ではこんな風に息を吐けるとは思えなかったから。

 

「気持ちいい」

「はい、クー・フーリンさんには感謝ですね」

「そうだね……」

「フォウフォウ!」

「ああ、フォウさん、暴れてはいけません。きちんと百まで数えないと」

「はは、フォウさんは毛があるから熱いのかな? この熱さが気持ちいいのに」

 

 手足を伸ばせるほど大きくないのが残念だけど、マシュと背中合わせで座っていっぱいのお風呂だから満足。

 

「先輩、どうぞもっとこちらに背を預けてもらって大丈夫です」

「いいよ。マシュこそ、オレの背中使ってくれていいよ。いつも苦労をかけてるからね」

「それはこちらもです。寧ろ、わたしが不甲斐ないばかりに先輩には苦労だけでなく迷惑まで」

「良いんだよそれで。オレが、やろうと思って、やってることなんだからさ。いつも一番前で戦ってくれているから感謝してるんだ。怖いだろうに。だから、今はゆっくりしてもいいんだよ」

「先輩……では、こうしましょう」

 

 2人そっと寄り添って、二人で背中を合せる。半分こ。ひとりによりかかるのではなく二人で互いの重さを分け合う。

 

「こうすれば、両立です」

「はは、そうだね」

 

 湯水の熱。

 身体の熱。

 彼女の熱。

 

 ああ、三つの熱がオレを温める。心の底から、温かくじんわりと。

 

「――――」

 

 こらえていたものがふっとあふれだした。一筋の涙。オレの頬を伝って湯船に落ちていく。

 

「先輩?」

「大丈夫……なんでもないよ……」

 

 流れる涙を湯で流す。

 

「ふぅ……」

 

 もう一度息を吐くと、なんだか眠くなってきた。瞼が落ちる。船をこぐ。昨日の夜からずっと起きていたからだろう。

 張り詰めていたものが、すっかりとほぐされた身体の中からあったまって心も体も熱で柔らかくなって。だから、眠気にあらがえない。

 

 駄目だと思っても抵抗はできそうになく。すぅっと、オレの意識は眠りの中に落ちていく。

 

「先輩? ……おやすみなさい」

「おや、す、み……マシュ……」

 

 ああ、素晴らしい時間だったな、とオレは思って、眠りに落ちた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――翌朝。

 

「うむ、みな良い顔だ。良き朝を迎えられたようで何よりだ」

 

 宴の余韻も覚めて、これからのことを考えねばならない。聖都攻略。そのための一斉蜂起。百貌のハサンに感謝の言葉を受けながら、これからのことを考える。

 ハサンたちとこちらの目的は一致している。ともにあの正門を越えなければならない。聖都の門はひとりでは超えることができない。

 

 ゆえに聖都攻略戦の作戦を考えなければ。

 

「呪腕さん、率直に聞きたい。聖都へ攻め入る軍勢はどれほど用意できる?」

「それは百貌の方がよかろう」

「ああ、現在攻勢に出ることに賛成している村は半分といったところだ。前線に出られる兵士は七千ほど。聖都の兵士の数も一万に満たないが、我らとは質が違う。聖都の兵士はみな手強い」

 

 概算にして、聖都の兵士ひとりにつきこちらの兵士は三人。攻城戦においても戦力比は三倍必要だが、それを考えるとさらに三倍。

 この時点ですでに数が足りない。その上、円卓の騎士が出てくればただの軍勢では蹂躙されるだけだ。サーヴァントの相手はサーヴァントが基本。

 

 アメリカにおいてもそうだった。更に面倒なのは粛清騎士の存在だろう。アレはサーヴァントとも渡り合える。数はそう多くないが展開されるとこちらのサーヴァントの数では対応できず軍勢へ被害が出る。

 それも尋常ではない被害が。しかし、兵力を増やそうにもこちらは時間をかければかけるほど疲弊する。対してあちらは時間をいくらかけようが疲弊することはない。

 

 何より聖槍とやらの準備が終わればおそらくはもうだめだ。なにをしても終わる。

 

「しかし、サーヴァントの数ならこちらが上だろう。十字軍との闘いを生き延びた円卓の騎士は五騎」

 

 ランスロット。ガウェイン。トリスタン。モードレッド。アグラヴェイン。

 

「対してこちらは15人だ」

 

 マシュ、ベディヴィエール、アーラシュ、静謐のハサン、呪腕のハサン、百貌のハサン、藤太、三蔵、クー・フーリン、ダビデ、エリちゃん、式、ジキル博士、ジェロニモ、金時。

 

「うむ。いや、戦場ともなると三蔵は役に立たぬ故、14人だな。倍以上だ。二人で一騎を相手にしてもおつりがくる。であれば、もう我々だけで聖都に攻め入ってしまえばいいのでは?」

「それは違う、トータ殿。これは聖地を取り戻す戦いだ。俺たちが戦って円卓を倒せばいい、という話じゃない。そもそもさっきの一人に対して三人ってヤツな。アレは俺たちにもあてはまる。前にモードレッドの戦いぶりを見たが、円卓の騎士は妙な力に守られている。ギフトだったな。ありゃあ三人がかりで一騎倒せるかどうかだ」

「そうだ。それにガウェインはそのおかげで加護が常時発動しているから、どこぞの赤い人みたく三倍だよ三倍。オレたち全員でかかって難民を逃がすのがやっと。聖剣を使われて犠牲は2人だ」

 

 オレの言葉に藤太がむぅとうなる。

 14人いて、ギリギリか負けているくらいだ。ギフトをどうにかできなければ勝てるものも勝てない。

 オレだって、ひとりで円卓全員の動きを予測なんてできない。せめて円卓クラスそれもギフト込みなら、一騎だけにしてほしい。

 

 無理をしたら二騎、さらに無茶でもなんでもなりふり構わず、ここで死んでもいいのなら――全員分を予測してやる。

 けど、それはできない。まだここが最後ではないから。最後の特異点ではないのに、ここで死んだら駄目だ。

 

「……無論、兵力に関しては最後まで呼びかけを続ける。円卓どもも各個撃破すればよい」

 

 ならばこそ、問題は聖都へどうやって入るかに焦点が絞られる。聖都の門には最強の守りがある。ガウェイン。あれがあそこにいる限りどうあがいたところで勝てない。

 まともに攻撃を受ければそこで終了。あの状態のガウェインの攻撃を、まともに受けることができるのはマシュの盾くらいだ。

 

「ランスロット卿が味方ならばよかったのですが。ガウェイン卿と戦う、という点においてでは彼の宝具アロンダイトは相性が良いのです」

 

 ベディヴィエールの言葉を聞いて、ぽんと、どやがお一発の三蔵ちゃん。何か名案が浮かんだようだ。

 

「ランスロットを味方にして、ガウェインの相手をしてもらうのはどうかしら!」

「…………」

「ばかもの、仲間同士でどう戦わせるのだ! 握り飯一つで懐柔できるのはお主だけだ!」

「………………」

「先輩、もしかして、それもありだなとか考えませんでしたか?」

「…………」

 

 オレたちにできないのならできる奴にやらせる。そういうものだろう。ランスロットならばガウェインをどうにかできるというのならば彼にさせればいい。

 懐柔できないと藤太は言うが、だが、こうも考えられる。三蔵ちゃんがこう言ったということはあながち芽がないわけではないはずなのだ。

 

 三蔵ちゃんは、あんな性格をしているが、各地を見て回っている眼は確かだ。人を視る眼、土地を視る眼、あらゆる全てを視るということにおいて彼女ほど卓越した旅人もいない。

 そんな彼女が、ランスロットならば話が通じそうだというのならば、通じる可能性がないわけではないということなのだ。

 

 彼女と数か月旅をしたのだからわかる。彼女が思うことは根拠がなくとも少しは、そう少しくらいは考慮しても問題ない部分を含んでいるのだ。

 ダ・ヴィンチちゃんのことは許せないが、話をしてみるのは手なのかもしれない。

 

「でも、敵は円卓だけじゃないからなぁ」

 

 敵は円卓だけにあらず。この時代聖杯を持っているのはエジプト領のオジマンディアス。何を考えているのかわからない点では彼もまた味方ではない。

 だが、獅子王の敵ではある。

 

「だから、カルデアの指揮官として、聖都攻略戦への参加は認められないな」

「…………」

「待ってください。彼を繋ぎ止めるには、もう一つ、大きな戦力があればいいのですね? それなら……我らにも秘中の秘があります。私が捕らわれ、尋問されていた理由の一つでもあります」

 

 静謐のハサンの言葉に百貌が慌てふためく。

 

「お許しください、百貌さま。ですが、我々も禁忌を破る時ではないでしょうか……?」

 

 今はどうしても力が足りないのだから。

 

「禁忌?」

「……アズライールの廟。それはアサシン教団はじまりの寺院に眠るという、初代山の翁のことですね」

「ベディ?」

「ここに来る前に魔術師に言われたのです」

 

 ――アーサー王に対抗するのなら、山の翁を尋ねなさい。

 ――歴代のではなく、最初にして最後の翁を

 ――あと、時間はかかるけどいいものをあとで送ってあげる。

 

「――と」

 

 初代山の翁。それはつまり、ハジマリのハサン・サッバーハか。

 

「……確かにあの方であればガウェインなど恐るるに足りぬ。だが、あのお方を起こすということは……」

「…………貴様にはいっていなかったな、静謐。呪腕めは、この時代に生きた暗殺者だ。その意味がわからぬ山の翁ではあるまい」

「そんな……ごめんなさい。私、知らなくて――」

 

 ハサンらの反応を見る限り強大な人物のようだ。そして、おそらく彼を起こすということは何かしらの代償がある。

 呪腕さんがこの時代に生きたハサンだということに何かが関係がある。

 

 ――考えろ。何がある。

 

 今も眠る初代山の翁。

 この時代を生きた呪腕。

 

 ――駄目だ、ピースが嵌らない。情報が足りない。

 

「――良いのだ。戦力があればよいのですな? では、今一度、我らが村に参られよ。そこで、我らの秘密を明かしましょう」

 

 ハサンがそう言って、オレたちは、東の村へと戻ることになった。百貌のハサンは集落をめぐり準備を整える。あと千は増やすといった。

 

 二日の時を費やし、オレたちは、東の村に戻ってきた――。

 




全然、話が進まなかった。だが、風呂をちょろっと描写した。まあ、善いだろう。これ以上はうん、アレだしね。

次回、初代山の翁。

さあ、諸君。死が来るぞ――。

あと暗エミヤ、はよう勇者エリちゃんヨコセ。


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神聖円卓領域 キャメロット 25

 西の村を出発してから二日、アーラシュの奇行から一週間、ようやく東の村が見えてきた。ずいぶんと長く離れていたようにも思える。

 色々とありすぎたからだろう。

 

「人間大砲……」

「なになに? 楽しい話?」

「おう、楽しいぞう! 大声上がるの待ったなしだ!」

 

 大声というか悲鳴というか。たぶん三蔵ちゃんはやめた方が良い類のアレだ。オレだって必要に迫られなければ二度とやりたくない。

 帰り道もどうかと提案されたがきっちりとお断りした。人数も増えたし、何より藤太の俵は結構重いからどのみち帰り道は届かなかっただろうから、それでいいのだ。アーラシュは非常に無念そうにしていたが。

 

 そんなことより安全の方が大事だ。何かあってからでは遅い。サーヴァントたちなら問題はないだろうが、オレは死ぬ。そう死ぬ。三蔵ちゃんもなんか死にそうだから。

 

「おかえり、マシュお姉ちゃん!」

 

 そんなこんな村に入った途端、ルシュドがマシュに抱き着く。

 

「ひゃあ!」

「フォウ!」

「はっはっは。これルシュド、気持ちはわかるが物陰からとびかかるのは良くない」

 

 なにせ、静謐のハサンや三蔵ちゃんであった場合、一日はものが通らない体になってただろう。静謐のハサンは毒があるし、三蔵ちゃんはアレで反射的に手が出る。意外に武闘派なお師さんなのだ。

 性格は武人じゃないからまったくもってアレだけど。そこがいいところなのだが。

 

「そこは大丈夫! 人を選んでやっているからね」

 

 

 ――こいつ将来絶対に大物になるな、これ……

 

 今の時期から大した観察眼だ。穏やかな者と乱暴な者の見分けがつくというのがすごい。

 

「うむ、その目利きがあるならば今後も安心だ」

「あの……それでも、いきなり抱き着かれるのは驚くといいますか……でも、ルシュド君が元気なのは何よりです。ただいま戻りました。村にお変わりはありませんか?」

「うん、ないよ! キントキの兄ちゃんとかいっぱい遊んでくれたし!」

「うむ。それは良かった。そうだ。藤太殿」

「任されよ! 前回ほどではないが蓄えていたところだ。いくぞ!」

 

 西の村での宴を東の村でも!

 

「うわああ、すごーい、弓の兄ちゃんすごい。アーラシュの兄ちゃんよりもすごい!」

「ああ、トータ殿はまさに救いの神だからな! 俺も見習いたいもんだ」

 

 すげぇ、比べられてるのに笑顔で見習いたいとか言えるアーラシュさんまじかっけえ。オレもあんな風な大人になりたいものだと思う。

 

「なれるさ。ま、ゆっくりとな」

 

 東の村の人たちのにも料理を振る舞う。その間、オレはジキル博士とジェロニモのところへ向かった。

 

「博士、ジェロニモー」

「戻ったね。無事で何よりだよ」

「うむ。心配したが、これもまた精霊の導きだろう」

「ありがとう。村では何か変わりは?」

「特にないね。金時君が、子供たちと遊んでくれるから村は明るかったよ。ダビデ王なんかは、村の夫人たちを捕まえていろいろと知恵を披露して村の改善に努めてくれていたからね。エリザベート君は、ライブをしようとしたから止めた。マスターがいないからね」

「グッジョブ」

 

 それは英断だ。どうにもエリちゃん、オレがいるときはいいのだが、オレがいないと駄目に戻るらしい。気が緩むとかなんとか。

 誰かのために歌う時は綺麗な歌声なんだから、誰にでも歌ってほしいと思うんだけど、どうにもまだまだ難しいらしい。

 

「マスター! 帰ったわね! 無事っぽくてなによりよ!」

 

 噂をすればなんとやら。エリちゃんがやってくる。その手には、なんか魔獣の死骸っぽいもの。

 

「どうしたのそれ?」

「最近のアイドルはなんでもやるらしいのよ! 博士から聞いたわ。なんでも、建築とか狩猟とか! 流行には乗らないとね」

「なるほど」

 

 なるほど、あの五人組。たしかカルデアにもなぜか暇つぶし用のDVDとしてあったなぁ、あの番組。たぶん博士はそこからの入れ知恵なんだろうけど、エリちゃんのやる気をいい方に回してくれたらしい。

 

「さて、帰ってきて早々なんだけど、出る準備をしてほしい。博士は悪いけど、また留守番。村で指揮を任せる。クー・フーリンはエリちゃんと交代。ジェロニモはついてきて」

「わかった。誰かが指揮をやらないといけないからね」

「交代? わかったわ。それでどこに行くの?」

「村よりさらに奥。幽谷。アズライールの廟ってところらしい」

 

 アズライール。それは死を告げる天使の名。天命の下、万人に師を告げる大天使の名だ。その名を冠された初代アサシンに会いに行くことを告げる。

 

「初代山の翁……か。まるで、魔術王みたいだね」

「博士、いま、なんて?」

「魔術王みたいだねってところかい?」

「どうして、そう思ったの?」

「この村で僕らが黙って待っていたわけじゃないってことさ――」

「ダビデ!」

 

 やあ、と軽い調子でやってきたダビデ。盛大に何やら頬にモミジが咲いているのはまあ無視するとして、

 

「それで、何をしていたんだ?」

「もちろん、今、君の話に出たアズライールの廟ってのの調査ってところかな。名前まではわからなかったけれど、暗殺教団の周辺を聞き込みしてたんだよ麗しのアビシャグたちからね」

 

 目ざとく夫人たちと話をしていて偶然知った初代山の翁が教団を守護しているという話。それについて気になって人妻たちをとっかえひっかえしながら情報を収集したのだという。

 それ実利と趣味を両立したかっただけなのではと思いたくもなったが、今の時代、未亡人というのは多い。あの難民たちの中にも多くいたし、この村でも被害が出ていないということはないのだという。

 

 そこにつけこ――いや、癒しを与える代わりにといろいろと話をしてきたのだという。男に話を聞くよりこういった場所のおばちゃんたちの方がものを知っているのだ。

 井戸端会議ネットワーク。かつて現代のオレの母親もそうだった。もはや顔も名前も思い出せはしないが、それでもどんな親だったのかはまだ、覚えている。

 

 オレが悪さをすれば母さんにバレないように行動していたはずなのになぜかバレていたことがあった。その時はわからなかったが、どうやら母さんの友達がオレを見て報告していたのだという。

 そんな風に、地域のご婦人たちには独自のネットワークというものがあり、それは時に関係者すらも知らないような驚愕の事実を持ってきたりするのだ。

 

 今回もそこからの情報らしい。ダビデらしいというか、まったく。

 

「初代山の翁。ハサン・サッバーハ。最初にして、最後の者」

「それで、それがどうして魔術王と一緒なんだ?」

「なんでも、ずっと生きているとかそういう噂があるんだ」

「ずっと……」

「そうずっとだ。それに強きものも、弱きものもその刃の前には一つの命にすぎないと言われているらしいよ」

 

 自らの力ではなく、相対したものは自らの運命に殺される。直死の魔眼なのか。それとも何か違う別のものか。ともかく明らかに他とは異質な何かを感じる。

 

「だから魔術王と一緒。つまり、グランドアサシンと言いたいのか? それにしたって性急すぎないか?」

「そうだね。まあ、ほとんど僕と博士とジェロニモの想像でしかないわけだが、グランドのサーヴァント。おそらくは七騎いる。それが英霊のクラスに対応しているのであれば、アサシンのグランドならば初代ハサン以外にはありえないと僕は少なくとも思う」

 

 なるほど、確かに。グランドのサーヴァント。魔術王がグランドキャスターならば、アサシンのグランドサーヴァントはハサン・サッバーハなのは自明の理。

 なぜならばハサン・サッバーハこそアサシンの言葉の源流なのだ。ハシシを使いて人々を先導し、暗殺者とした山の老人の伝説から端を発するアサシン教団の伝承その源流の名。

 

 アサシンイコールハサンなのだ。だからこそすべての元となったらしい冬木の聖杯戦争においては、アサシンと来ればハサン・サッバーハのみが呼ばれるという。

 ドクターにも確認した事実だ。ならばそのクラスのグランドとなれば初代ハサンは濃厚ということか。

 

「それにグランドじゃないならないで良いんだよ」

「そう。マスターの負担にならないからね」

「グランドでなくとも強きサーヴァントは多い。彼のカルナやアルジュナのようにな。極論、円卓に対抗できれば良いのだ。ただ、シャーマンとしての勘と精霊の言葉を信じるのであれば、想定しておいた方がよい。グランドであるかもしれぬとな」

 

 備えておけば心構えができる。

 

「…………そうだね」

 

 グランドキャスター魔術王ソロモン。オレは、奴に完全に砕かれたのだから。だから、心構えをしろ。もうあんなのは、あってはいけないんだ。

 

「――大丈夫よマスター!」

「……エリちゃん?」

「なんてったって、このトップアイドルの(アタシ)のマスターなのよ! グランドだかなんだか知らないけど、負けるはずがないもの! じゃないと(アタシ)が頑張ってる意味がないじゃない!」

「……そうだね。うん、それじゃあ、頑張らないとね」

「うんうん、これなら僕も心置きなく残れるってもんだ」

「って、ダビデ、残るってついてこない気?」

「いやー、人妻の相手が忙しくて」

 

 ――おい。

 

「それじゃあ、僕はそろそろ行くよ」

「お師さんに会っていかないのか?」

「お師匠さんか。……まあ、あとで会うとするよ」

「――?」

 

 なんだ、何か違和感が――。

 

 何かを感じた。だが、すぐにその違和感は消える。いや、意図的に消されたのか。経験の違う王としての彼に――。

 

「じゃ、頑張ってね。僕は人妻との寝技の練習を頑張ってくるから」

「おい……」

 

 ただ、その時はなにも気が付かなかった。相変わらずダビデはダビデということしか思わず。

 

「まあいいか。ダビデだから何か考えがあるんだろうし。何かあったら任せるよ博士」

「ああ、任された。マスターの留守は預かる。何があってもこの村の人たちは守って見せるさ。かの高名なアーラシュ殿がいるのならこっちもどうにかできるだろう。二日いや、三日は持たせられるはずだ」

「頼んだ」

 

 そうして、オレたちは初代山の翁へ会いに行くべく、村を出発した――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「行ったか。さあて――」

 

 準備しておくとしようか。博士、クー・フーリン、式、金時、アーラシュ。残ったメンバーなら円卓相手にもどうにかできるだろう。

 

 来るのは誰だろうね。円卓の騎士でこちらにきているのは、モードレッド、ランスロット、アグラヴェイン。まずアグラヴェインはないだろう。

 砦から逃げ帰ったはず。それに、アレはマスターと同じタイプ。前線に出てくるタイプじゃない。モードレッドもアーラシュのおかげで騎士の誓いで手を出してはこないだろう。

 

 ならばランスロットとトリスタンが来る可能性がある。ガウェインは聖都の門の守りの要。賢明なアグラヴェインがいかに反乱分子をつぶそうとしてもアレを動かすことはありえない。

 隣国にエジプト領オジマンディアスという敵を抱えているのだ。ガウェインを動かすはずもないからほとんどこの二人で確定。

 

「音の弓に刃こぼれのない剣。それに、ランスロットは不明な動きも多いらしいしね。さて――僕のエルサレムってわけじゃないけど、僕の未来の民にやってくれちゃったことの報いは受けてもらうよ」

 

 どちらが来るかはわからないが、最悪を想定する。何事も最悪を想定して動くべきだ。楽観的に動くことなど愚の骨頂。最悪を想定して、想像して、できる限りの対策を練る。

 トリスタンとランスロットの両方が攻めてくるとしよう。さて、僕ならどう攻める。エルサレムを攻めた時、僕はどうやって攻めたかな?

 

 考える。考える考える。

 

「こちらの戦力を相手は知っている。特にランスロット卿と僕らは搗ち合っている。それに西の村での報告も受けていると想定しておこう。つまりこちらのサーヴァントの全戦力は敵にバレている」

 

 そう想定すると敵はどうやってくる。真正面から道を通ってやってくる? 軍勢を引き連れてやってこれる道は二つ。東の峠と村の入り口に続く道だけ。

 まさか真正面からやってくることはないだろう。アーラシュという最高の射手がいることがバレているのならば、のこのこやられに馬鹿正直にやってくるわけがない。

 

 トリスタンならば対応できるにしても、それを頼りにやってくるというにはあまりもお粗末。円卓の騎士がそれほど馬鹿なはずもない。

 アレはかつてブリテンという島を数多の蛮族から守りぬき、多くの冒険を乗り越えてきた騎士どもだ。ギフトもあって純粋強化されているにしても真正面から馬鹿正直に戦うような奴らじゃない。

 

 戦場においては卑怯だ、なんて言葉を使う奴は馬鹿だからね。

 

「確実を求めるならば、騙し討ち、不意打ち、奇襲。そこらだろうね。どう思う博士?」

「いきなり話を振らないでほしいよ。でも、そうだね。奇襲はできない。この村に至る道は決して多くないし発見もされていない。だから奇襲をしたくてもできないだろう」

「少なくとも馬鹿正直に山狩りしてるらしいランスロットには僕らを探す手段が人海戦術の山狩りしかないということを考えると。トリスタンが見つけるかもね」

「見つかったとしたら、騙し討ちか不意打ちをとるんじゃないかな。正面から攻めるしかないと見せかけて、後ろから刺すなんて、うちのマスターならやりかねないけど?」

「ああ、それありそうだね」

 

 アーラシュの狙撃に対応できるだろうトリスタンで対応している間に一気に近づいて切るなんてのはアーチャーに対して最も有効な手段だ。

 

「その線で想定しておこうか。だったらやっぱり正面はトリスタンかな?」

「そう思うよ。ランスロットは、マスターが言っていたけれど、姿隠しなんてのに長けてそうらしい」

「そういう逸話があるんだってさ。敵の名前がビックネームだとやりやすいね、これで真名がわからなかったら目も当てられないや」

 

 想定する。二人の騎士が攻めてくると想定し、それがトリスタンとランスロットであると想定して動くことにする。

 ガウェインは動かない。アグラヴェインはそもそも前線には出てこない。モードレッドが怪しいが騎士の誓いは守るだろう。

 

 ならば、積極的に動いてくるのはトリスタンかランスロットのみと考える。二騎が向かってきたとして、どう動くか。

 

「正面にトリスタンを配置し、アーラシュの足止め。その間に、ランスロットが後ろから来る」

 

 おそらくこれが敵が取りうる最も確率の高い作戦だろう。だってそうだろう。アーラシュ・カマンガーなんて英雄の危険性は人類史に多く刻み込まれているのだから。

 そもそも正面から攻められればそちらに手を回す。後ろは気にするだろうが、積極的に気にすることはできないはずだ。

 

 敵は軍勢なのだから。その隙をランスロットが付いてくると想定しておこう。

 

「ランスロットは隠れているとしてまあ、式なら見つけるでしょ。あの第六感すごいし」

 

 もしどちらも正面から来たのなら、その時はこちらも正面から相対すればいい。楽になるだけだ。

 

 そして、マスターが発って三日目。敵がやって来た。

 

「女子供はみんな避難だ!」

 

 ジキル博士の指示が飛ぶ。避難場所はとっくの昔に把握済み。男も女も全員を避難させる。こちらはサーヴァントが6人。

 敵は村に入るまでは射程外。

 

「さて、大口叩いたんだ手早く全滅させるぜ」

 

 ルシュドに手早く全滅させると言ってやってきたアーラシュが狙撃を開始する。

 

「さて、僕もやるとしますか」

 

 積み上げた大量の石。正面はアーラシュに四の警告、従わないのならば必中。

 

 ――五つの石(ハメシュ・アヴァニム)

 

 アーラシュが敵を二十人減らしたところで、

 

「矢が弾かれる! トリスタンか!」

 

 敵は正面から来ている。それもトリスタン。

 

「式!」

「ああ、任せな」

 

 想定通り、警戒する。

 

「そこだ!」

「っ――!」

 

 潜んでいた騎士ランスロットに対して式がナイフを投擲。そこにいるなどとはわからない。だが、第六感によって何かがいると思ったゆえの攻撃。それを防げば隠形は解ける。

 

「ほらいた」

「く――策を見破られていたか」

「最悪は想定しておくもんでしょう。来る確率が高いのは君たち二人くらいだと思っていたからね」

「しかし無意味だ」

 

 ランスロットによる襲撃は回避したが、こちらの狙撃は止まった。

 

「……ああ私は悲しい」

 

 ならば来るのはトリスタンだ。

 

「我ら二人を相手に、生き残れると思っているのか?」

「……はは」

 

 そんな物言いに笑う。

 

「何がおかしい」

「いや、いやいや。君たち僕らを舐めすぎだよ。アーラシュ、金時、式、博士は粛清騎士たちを頼むよ。こいつらの相手は僕がやるさ」

 

 竪琴(キヌュラ)を取り出して、奏でる。

 

「ぬ、これは!」

 

 僕が竪琴を弾けば、敵味方を問わず攻撃命中率が極端に下がる。敵のギフトがある限り完璧にとは言わないが、それでもだいぶ下がる。

 サーヴァント同士の対決ならば敵の攻撃を回避することなど容易くなる。敵の攻撃も当たらず、こちらの攻撃も当たらない。

 

「時間稼ぎか!」

「はは、時間稼ぎ? そんなわけないとも。ああ、ない。僕はこれで、怒っていたりするんでね」

 

 竪琴を弾きながら、曲の休符に合わせて僕は石を投擲する。僕の宝具は必中。命中率が低下しようが何だろうが、必中の前には意味をなさない。

 

 敵の攻撃を神の加護による恩恵によって躱しながら石を拾い投擲していく。円卓相手ともなるとギフトのせいか意識の断絶にまでは追い込めないが、相手の動きを一瞬止めることは可能。あとは村の広場へと二騎のサーヴァントを誘導する。

 これだけ離れれば竪琴の範囲からアーラシュたちは外れる。あとは粛清騎士を倒せば終わりだ。アーラシュの援護があればあの手強い粛清騎士だろうともマスターなしでどうにかなるだろう。

 

 マスター並みとは言わずともジキル博士の指示も結構巧い。だから何とかなる。

 

「……私は悲しい。決死の時間稼ぎとは」

 

 問題はこちら。徐々にこちらも傷を負ってきた。さすがは円卓。下がった命中率に対応して攻撃してきている。

 僕は王様だけど羊飼いだからね。戦闘者じゃないんだ。宝具も決定打にはならないし、本当時間稼ぎにしか見えないだろうね。

 

「そうだね。僕だけならね――」

「――トリスタン卿!」

「――っ!?」

「その心臓、貰い受ける───!」

 

 刺し穿つ死棘の槍を繰り出す前、絶対の自信を持って告げる宣誓。

 紅き軌跡を以て、朱槍が死を貫く――。

 

 穿つは心臓、狙いは必中。

 

「――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 

 放たれる必殺の宝具。

 ルーンによって潜んでもらっていた。気が付いたようだけれどもう遅い。邪魔はさせないよ。今ので四発目を僕は外している。

 

「――五つの石(ハメシュ・アヴァニム)!!」

 

 狙いはトリスタンを救うべく動くだろうランスロット。ただの一瞬でも動きが止まればいい。次の瞬間にトリスタンの心臓は朱の槍に穿たれている。

 

「く――」

 

 トリスタンが躱そうとする。だが、不可能だ。それを躱すには直感と幸運がいる。

 

「君、どうみても幸薄そうだしね。無理無理」

 

 ゆえに躱せず、必中に屍を晒す。

 

「――――ああ、私は悲しい」

 

 その言葉は果たして、どのような意味があったのか。その言葉だけは、彼が放つ言葉の中で、ただ一つだけ、何かが違っているように感じられた。

 トリスタンを倒した。

 

「極光よ、斬撃より湖面を映せ――」

 

 その一瞬の隙、技の間隙。僕の五つの石の四発の警告の間、クー・フーリンの槍を放った一瞬の必然の硬直に彼の騎士は動いた。

 

「その首、トリスタン卿の手向けにもらっていくぞ――縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)!!」

 

 放たれた斬撃。僅かな傷。戦うに支障はないはずが、だがしかし膨大な魔力が切断面から溢れ、その青い光はまさに湖のように煌き、爆ぜた――。

 




ダビデ、エルサレムを占拠されたのでじゃっかん本気出す。
というかよくよく考えたらダビデって軍勢率いてエルサレム攻略しているので、再び軍勢を以てエルサレム(キャメロット)を攻めるというのはなんというかすごい運命的ですよね。

そして、兄貴とダビデの必中が仕事しました。トリスタン卿終了のお知らせ。ただしクー・フーリンも終了のお知らせ。

イベントはピラミッド千年パズルは卑怯。
茨木ちゃん可愛い。
勇者エリちゃんの冒険ドロップしました。

な感じです。

次回のlastmasterは
ぐだ男死す。
キングハサン登場
ぐだ男キレる
の三本です。
では次回もよろしくお願いします。


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神聖円卓領域 キャメロット 26

 鉄のアグラヴェイン。彼は、自らの執務室にて地図を睨み付けていた。そこにあるのは、この終末の地の地図。精巧なものとはいいがたいが、ある程度の地形は見て取れるものであり、縮尺もある程度は正確。

 その上にはいくつもの駒が置かれている。

 

 一つは王を示す駒。それが二つ地図上には置いてある。一つはここ聖都。白き駒。もうひとつは西。エジプト領の黄金の駒。

 いくつかの駒は山岳地帯に散らばっている。

 

 その中の一つ、ポーンの駒をアグラヴェインは見ていた。ポーン。それは弱い人間の駒。彼のマスターの駒だ。だが、どこで成るかがわからぬ駒でもあった。

 報告を聞く限り、ガウェインから逃げおおせ、ランスロットからも隠れ続け、そして、このアグラヴェインを撤退させた。

 

 アグラヴェインが知る限り、円卓を相手に三度も命を永らえさせているのだ。

 

「認めるしかないだろうな」

 

 その天運、その力を。もはや粛清騎士のみで討滅は不可能となれば円卓の騎士を動かさなければならない。ランスロットだけでは心もとない。

 ゆえにアグラヴェインは次の一手を打つ。一つの駒。

 

「動かせるのはトリスタン卿のみ。だが、問題はない」

 

 ガウェインは動かせぬ。ゆえに、動かすのはトリスタン。妖弦であればこの砦から逃げおおせたその足跡を追う事も出来よう。

 その思惑があり、トリスタンを動かす。

 

「さて、どう動く天文台(カルデア)のマスター」

 

 おそらくは山の翁たちが隠していたものを手に入れに行くだろう。そうして聖都へと上がってくる。あのマスターならばどうするかを考えようとして――。

 

「いいや不要か(・・・)

 

 その必要もないことをアグラヴェインは思い出す。

 

「我が王の前であっては、何事であろうとも、何者であろうとも」

 

 ならばこそやるべきことを為すのだ。

 

「やるべきことがあるのだ。些事にかまけている暇などはない――今回こそは必ず。ああ、必ずや――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「――――」

 

 村を出て山を登る。そこに何一つ問題がないなどということはないだろうと予測はしていたが。

 

「これは……ちょっと――」

 

 足が震えて前に進むことが難しい。それほどまでに道は険しく何よりも絶壁だった。一歩でも踏み外せば谷底へ落ちてしまうのではないかという思いが去来する。

 

「これは、聞いてなかったかと、マスター! 率直な意見を述べてよろしいでしょうかっ!」

「足、震えてるよ、マシュ」

 

 怖い。恐ろしい、ヤバイ。あのアーラシュフライトなんかよりもこちらの方が現実的である分。自らの足で進む分、怖ろしい。

 

「怖いのでしたら、どうぞ私におつかまりください。……その、何があっても離しませんので」

「……いえ、いけます、慣れました。静謐さんは前方を注意してくだされば」

「はい。それではマスターにピッタリとくっついて、前方を注意しますね」

「あわわ……ちょっと待って、弟子の腕はあたし! あたしの! 落ちる、もう前を見ているだけで目がちかちかして落ちちゃう! あたし、こういうのダメ――!」

「ええい、暑さ寒さも地下も高所も駄目と来た! お主、それでも三蔵法師か!?」

 

 あれでも三蔵法師なんです。天竺までの旅の時は、気合い入れてたから大丈夫だったんだろうけど、事前に気合いいれもなければ如何な三蔵法師とて試練に耐えられはしない。

 あの旅で、どんなに高尚な人間で、浮世離れしているとしてもやっぱり人間なのだと思うことができた。そういう意味では三蔵ちゃんは本当にいいお師匠さんだ。

 

 ――まあ、いきなりは本当、何事もダメなんだけどね。

 

 しかし、抱き着かれると歩きにくいというか、オレが崖の方に押しやられるというか。ぴったりとくっついて支えてくれてる静謐ちゃんがいなかったらオレ落っこちてるんじゃなかなと思う。

 でも、これはこれでいい気分。落ち着くというか、人肌はやっぱり落ち着く。それに柔らかいし。

 

「うむ。賑やかさに精霊も楽しそうだ。ここまで賑やかなのは初めてなのだろうな」

「ジェロニモ殿はシャーマンであったか。そうか楽しそうですか。よもやあの廟への向かうこの道がこうも賑やかになるとは。運命とはわからぬものだ」

「おや。人生とは分からぬものだ、ではなく?」

「そこはそれ、我が身は今や英霊ですからな」

 

 人としての生は、すでに答えを出しているのだと彼は言った。無念しかない人生だった。これはもう変えようのない結末である。成功したつもりが、こざかしいだけの愚かな人間だったのだと呪腕は言う。

 それを英霊として身体を得た今、思い知らされているのだと。

 

「そうね」

 

 それに同意したのはエリちゃんだった。

 

(アタシ)は、生前いっぱい駄目なことやっちゃった。だって誰も教えてくれなかったんだもの。でも、英霊になって、こんな(アタシ)でも必要だって呼んでくれたのがマスター」

 

 あれ、アレは押しかけて来たんじゃなかったっけ?

 

「英霊になっても間違えて、間違えて。見捨てられてもおかしくなかったのに、子イヌはこういったのよ」

 

 ――待て、しかして希望せよ

 

「おかしいでしょ。英霊になった(アタシ)たちはもう何も変わらないのに。でも、その言葉を聞いたら、なんか変わる気がしたの。それにいっぱい駄目っていわれた。生前は誰も言ってくれなかった、怒ってくれなかったのに、マスターは怒ってくれたから。だったら、今度こそって思ったわ――だから」

「だから、運命はわからない。こういうことがある。だから、虚しくもある」

 

 それは自らの生前の行いが、どれほど愚かしく、無意味で、どれほどの罪であったのかを思い知ることもあるだろうから。

 

「だが、楽しくもある」

 

 生前ではなし得なかったことを、為せることがあるのかもしれない。誰も言ってくれなかった言葉を、誰かが言ってくれることもあるのかもしれない。

 だからこそ、運命はわからない。もしかしたら、救われなかった誰かも、英霊となって救われるのかもしれない。

 救いたいと願った、誰かが英霊となって、誰かを救うのかもしれない。

 

 それは誰にもわからない。もしかしたら、別の世界のことなのかもしれないけれど。それは確かに虚しくはあれど、決して悲嘆すべきものではなく、楽しむべきものだ。

 

 ゆえに人生は終えた、だからこそ、運命に言葉を変えて、わからぬと前を向くのだ。

 

「はは。そう思えば、この愚かしい身も悪くはないのですなぁ」

「お話し中悪いが、敵性反応だ!」

 

 現れる人影。それはもはやこの世ならざる者。晩鐘が鳴り響く幽谷なれば、立ち寄る者はない。獣すらも誰もここには至らない。

 だが、今は尋常ならざる時ゆえに。

 

「狂気にあてられたか。精霊も混じっている。応戦するぞマスター」

「ああ、行くぞ、マシュ――!」

「はい!」

 

 立ちふさがる敵を倒す。獅子王に追われた人々。もはや行き場もなくこのような場所にいることしかできない憐れな人。

 

「まあ、それはいいとして。なんで戦わなかったの三蔵ちゃん」

「ぎゃてぇ! あたし高いのこわーい!」

「ええい、言い訳はそれだけか!」

「……なんにせよ、廟まで夜を明かす必要があります。まずは野営に適した場所まで登りましょう」

「夕刻までには巡礼用の小屋に辿りつけましょう。滅多に使われないもの故、くたびれてはおりますが」

「なに、雨風が凌げるのならそれで十分。うまい飯は拙者に任せておけ!」

「その前にアンコールが聞きたいみたいね。行くわよ!」

 

 亡者の如き群れを蹴散らしてオレたちは巡礼用の小屋までやってきた。

 

「ぎゃてぇぎゃてぇ」

 

 怒られてぐずぐず泣きながら藤太に正座させれている三蔵ちゃんは見ないふりして、脚を揉む。

 

「ふぅ」

 

 さすがに登山ともなると疲れる。

 

「明日も早い。今日はもう寝ましょう」

 

 野営地で眠る夜。オレは横になってはいたけれど、どうしても眠れなかった。そんな時、マシュと三蔵ちゃんの話が聞こえてきた。

 

「おや、三蔵さんまだ起きていたのですか。その紙束は?」

「これ? 寝る前に今日の出来事を書き留めていただけ。弟子は? みんな寝ちゃった?」

「はい、お疲れでしたのでしょう。ぐっすりとです。ドクターも仮眠をとっているようですし」

「そっか。カルデアも大変ね。ううん。大変っていうよりすごいのよね」

 

 みんなを時間旅行させている。それだけでもすごいのにサーヴァントシステムもそうだ。本来、英霊というものはこんな風には現れない。

 現世の人間が英霊を召喚した場合、それは、その英霊にちなんだ現象を借りるだけ。

 

「具体的に言えば、三蔵召喚! 頭がよくなった! みたいなね」

 

 聖杯が特異点を作ってしまえば、出てくる英霊もいるのだろうが、時空の歪みのないところで英霊そのものを召喚して、かつ使役するなんてことは普通は絶対に無理。不可能。

 一体どのような奇蹟がカルデアにはあるのだろうか。マシュもそれについては知らない。ただグランドオーダーが発令されるまで、カルデアの英霊召喚は失敗続きだった。

 カルデアが独自に召喚できたのは三体。そのうちの二人目がマシュに力を預けてくれた英霊。ダ・ヴィンチちゃん。そしてもう一人。召喚成功例第一号。

 

「視る眼あるのねそいつ。ま、そいつももったいないって思ったんじゃないかな」

「もったいない、ですか?」

「そう。サーヴァントとして召喚されることは、英霊たちにとっても奇蹟みたいなものだから」

 

 そう奇蹟なのだ。英霊とはただの力であるから。だからこう思うのだ。

 

 ――こんな奇蹟はもう二度とないだろう。

 

 だからこそ、英霊はそれぞれの目的で行動する。絶対にありえない、気を抜くと目覚めてしまう泡沫の夢。二度目の生。

 

 生前の理念で過ごす者もいるだろう。

 生前の無念を晴らそうとするものもいるだろう。

 だが、

 

「あたしは、残酷だなって思う」

 

 仮初であれ、個人としての生命を獲得したのに、英霊はただのお客様なのだ。

 もはや、現世に彼らの居場所なんてものはないのである。その時代の住人になれるのではなく、違う時代の異物として、ずっと仲間はずれ。

 

「そんな事は……ないと思います。皆さんが異物だなんて思ったことは……」

 

 オレの気持ちをマシュが代弁する。

 

「ありがと。でも気にしないで。疎外感は己の裡から生じるもの」

 

 それはどうしようもないものなのだ。たとえ、受け入れてくれたとしても、自分は違うのだというどうしようもない焦燥がくすぶり続ける。

 

「だから、気にしない気にしない。弟子やマシュがあたしを頼ってくれていることはわかるから」

「はい、三蔵さんのこと頼りにしてます」

「でしょでしょー? なにしろ旅のエキスパートだものね、あたし!」

「西遊記ですね! でも、ひとつ疑問が。どうして貴女は、そこまでの旅をつづけたのですか?」

「もっちろん、ありがたいお経を取ってきて、えらくなって、雷音寺で左うちわの生活をするため! なんて、ね。それもまあ、本当だけど、あたし、諦めが悪いの」

 

 とても凄く悪い。三度、九度生まれ変わったくらいでは全然懲りない。そして、天竺に行こうではなく、絶対に天竺に行くと誓っていた。

 だから険しい旅を乗り越えて、天竺にまで旅をしたのだ。

 

 それは仏教の誓願ではなく、誓いだ。解脱のためではなく、ただ己に課す必ずや守ると決めた誓い。

 三蔵ちゃんが天竺に絶対に行くというものならば。

 

 ――オレは、マシュを、世界を救う。

 

 それがオレの誓い。

 マシュの寿命を聞いて、オレが誓った、新しい誓い。世界を救うっていうんじゃなくて、マシュと世界を救う。

 

 ――やるべきと感じたことを、胸を張って信じてやるだけだ。

 

 信じてくれた誰かのために。こんなオレを肯定してくれた彼の為に。

 こんなオレに好意を向けてくれる彼女たちの為に。

 

 だから、オレは前に進む。

 たとえ、この身が砕けようとも。何があろうとも前に進むと決めたなら、やるしかない。

 

 全てを抱えて小さな人間のまま進もう。こんなオレを肯定してくれたあいつに笑われる。

 

「……寝よう」

 

 そうして夜は更けていく。マシュの話はどうなったのだろうか、オレは最後まで聞かなかった。アレはマシュが聞くべき話だろうから。

 

「さあ、行こう」

 

 アズライールの廟に翌朝たどり着く。門番を越えて、アズライールの廟へと足を踏み入れた。

 雰囲気が変わる。外界とここは違うのだと一歩足を踏み入れた途端に感じた。

 すさまじい重圧。サーヴァント反応も、魔力反応も、物音も、生命の気配も何もない。そのはずなのに全身が震える。

 精神ではない、魂が、この寺院に留まることを全力で拒んでいるのだ。

 

 鍛えられた観察眼が心眼が、直感が叫ぶ。

 

 ――逃げろ。にげろ、ニゲロ

 

 恐怖に、あらゆるセンサーが無理やりに鋭敏になっていく。最悪だった。最悪の気分の中過去最高に己の臆病心(センサー)は研ぎ澄まされ、風の流れすらも見切る。

 

「――――マシュっ!!」

 

 だから、それに気が付いた。風切り音とともに刃が奔った。その瞬間。マシュが防いだというのに、オレは、死んだ――。

 

 ドクターも言っている反応が一瞬消えたと。モニター上ではオレは死んでいるのだと。そうオレは今、死んだ。そもそもこの寺院に生きたものなどいらぬとでも言わんばかりに刈り取られた。

 だが、生きているそれはこの寺院が狭間にあるからだろう。生と死のはざま。死を告げるアズライールの託宣を待つ場所であるから。

 

「――魔術の徒よ」

 

 死を見届けて、声が響く。その声にハサンたちが平伏す。

 

「動くな。誰ひとりとして、なんということだ。まさに死だ、これは――」

「え、え?」

「エリザベート、絶対に何も余計なことはするな」

「え、ジェロニモどういうこと?」

「マスターが死ぬぞ。襲われればひとたまりもない」

「っ――」

「三蔵お主もじゃ。こりゃあ、今の拙者があと三十、いや四十、歳を取ってようやく一射届くか、という武の極みだぞ、これは……」

 

 それほどの相手。オレにもわかる。全身の震えが止まらない。いや、震えていない。もはや身体が動かない。震えを超越して硬直している。

 偽死の如く、身体が動かない。ただ魂が震えるのだ。吐き気もなにもないほどの静謐。ただただ、暗闇。死、死、死。

 

 そう死だ。これは死だ。――何かが、崩れる音を聞いた。

 

 精神の中、崩れてはいけない一線がいともたやすく崩れ落ちた。震えはない。恐怖もない。ただ、もはやここでオレという存在は終わっていた。

 

「――魔術の徒よ。そして、人ならざるモノたちよ。汝らの声は届いている。時代を救わんとする意義を、我が剣は認めている。だが――我が廟に踏み入る者は、悉く死なねばならない。死者として戦い、生をもぎ取るべし。その儀を以て、我が姿を晒す魔を赦す。静謐の翁よ、これに。汝に祭祀を委ねる。――見事、果たして見せよ」

「ぁ――あああ、あああああ!? ひぃやあ…………!?」

 

 かくして、静謐の翁が祭祀となり立ちはだかる。

 

「静謐殿……! この気配、意識を乗っ取られましたか……!」

「初代様! お使いになれるのでしたら、私を……! 静謐には荷が重すぎまする!」

「たわけ。貴様の首を落とすのは我が剣。儀式につかえるものではない。静謐の翁の首、この者たちの供物とせん。天秤は一方にのみ召し上げよう。過程は問わぬ。結果のみを見定める」

 

 オレはただ、その様子を見ていた。マシュが、エリちゃんが、オレを呼ぶ声を聞きながら、オレは一切の反応を返せずにいた。

 それもそうだ。オレは死んだのだから。死んで、ただ一つの最後の一線が斬られた。もはや、動くことは敵わず、死に逆らう気力すらも萎えていた。

 

 もはや理解してしまったのだ。この気配が、魔術王とまったくの同一であるということに。かつて敗れた記憶が思い起こされる。

 押し流される。恐怖に。いいや、恐怖すらももはや感じる前に、全てが終わっていたのだ。つまるところ、オレは何も変わっていないということだった。ただ、それだけだ。

 

「――駄目ですよますたぁ」

 

 その時だった。その時、首筋に熱が奔った。血の通わぬ冷めきった死人のような体に熱が灯る。

 

「何を呆けているのですか。目の前で誰かが犠牲になってしまおうとしているというのに。何を呆けているのですかますたぁ。本当に(わたくし)が大好きなますたぁですか? 頑張って、ますたぁ。貴方ならばきっとやれます」

 

 頑張れ、か。

 

 あんなの相手にまだ頑張れって? 静謐のハサンを殺せと?

 

「あら、何を弱気なことを。(わたくし)のますたぁなら、両方もぎ取るはず。貴方は誰かが犠牲になろうとしていたら殴ってでも止めに行く、浮気性なのが玉に瑕な気の多いますたぁなのでしょう。

 それが、■■■■。(わたくし)が好きになった、(わたくし)に本当の愛を教えてくれた人でしょう?」

 

 言葉が脳裏に響いて、身体に熱が灯る。

 

「さあ、視て。ますたぁ。貴方ならば、勝てます」

「――ああ、わかった。そうだ。そうだ――死にたくない、殺したくないのなら。やるしかない。全部、視りゃいいんだろうが!!」

「先輩!?」

「初代、山の翁、お前の思い通りになんてさせてやるか! 行くぞマシュ!!」

「っはい!!」

 

 死の舞踏にマシュが挑む。

 

 オレはただ、視る、視る、視る。

 

 死の舞踏を舞う、静謐の翁を見る。

 

 その動き、ああ、まさしく静謐のそれ。だが、強化された霊基が彼女の力を押し上げている。だが、どうした――。

 

「視てやる! 視てやる!!」

 

 視て、視て、視て。その動きの全てを予測する。

 

 イメージしろ――未来を。

 

 静謐のハサンの全てを思い出す。彼女の舞踏はすべて見た。覚えている。だが、それだけではな足りない。もっと、もっともっと。

 ぴったりと引っ付いてきた際に感じた全てを情報に変換しろ。彼女の体つき、筋肉の突き方、骨格、性格に至るまで、全てをくみ上げろ。論理に組み込め、すべて思い出し、イメージしろ。

 

 思考を回す。回し続ける。脳の許容限界を超えて、未来を演算する。

 

 記憶から静謐のハサンの動き全てを読み取る。

 足りない情報を蓄積された経験で補完する。

 目に見える全てを逃さず、見続けて情報を更新する。

 

 あらゆる全てを取りこぼさずに完璧な予測へと近づける。

 

 ひとつでも読み間違えれば彼女が死ぬ。

 

 妥協するな、目指すは完璧の一つのみ。誰も死なない幸福な結末を。三流でもいいハッピーエンドを目指す。

 駄作になっても、ご都合展開だと揶揄されても構わない。誰もが幸福で笑っていられるのがいいのだ。だからその動きに先んじて自らのイメージが重なるまで、オレは視続ける――。

 

 微細な血管が破れ血が流れるのもいとわずに、そのイメージが重なり、さらに先へと進んでいく。一秒後では殺してしまう。二秒後では傷が残る。三秒後でも足りぬ。

 五秒先を。十秒先を。その先を――未来を予知するかのように、全てを予測し続ける。

 

 脳が焼けているかのように熱く、どこかで血管がはじけ、致命的なまでに破滅の足音が迫っている。

 それすらも無視して、魔力を回し脳を動かし続ける。普通の人間には到底不可能な稼働に脳がはじけ飛びそうなほど。

 頭の内部からはじけ飛びそうなほどの頭痛に血涙が流れ出す。もはや周りの音が聞こえない。騒ぐ三蔵ちゃんやエリちゃんの声も今は聞こえない。

 

 今はただ視続ける。

 

「視えた――」

 

 そして、勝利を見た――。

 

「マシュ!」

 

 ただ言葉一つ。

 

「マシュ!」

 

 ただそれだけでいい。

 それだけで、彼女は動いてくれる。オレの言葉の意志を読み取って、彼女は盾を振るう。

 たとえ静謐のハサンが何をして来ようとも無駄だ。その全て、彼女の体で何ができるのかを全て予測し結末を演算している。

 もはや無駄。霊基強化されたからといって、その肉体、その技術はすべて静謐のハサンのものだ。ならば、そこを基点に枝葉を広げていけばいい。

 

 根源を手にしてさえいれば、あらゆる全てを予測することができる。

 

「これで、終わりだ」

 

 最後の一撃。静謐のハサンに何もさせずに無力化した。

 

「――ぁ――みなさん……ごめん、なさい」

「……生をもぎ取れ、とは言ったが、どちらも取るとは、気の多い男よ。だが、結果だけを見るといったのはこちらだ。過程の善し悪しは問わぬ――解なりや」

 

 試練はこうして、終わりを告げる。

 

「っ――」

 

 倒れるな、まだ、まだ――。

 

 だが、オレの意志に反して身体は言うことを聞いてはくれない。無茶の反動は大きく。脳を酷使したはずなのに、影響は全身に出ている。

 血みどろで倒れ伏す姿というのは、ちょっとどころではない焦燥感を仲間たちに与えていた。

 

「先輩!」

「子イヌ! ちょっと、子イヌ!?」

「ちょ、どうすればいいの、これ、ねえ、どうすればいいの、ねえ、トータぁぁ!?」

「ええい、落ち着け、三蔵。ジェロニモ殿、ベディヴィエール殿!」

 

 藤太が女衆を収めている間にジェロニモとベディヴィエールが傷を診ていく。

 

「傷を診ましょう。ジェロニモさん!」

「ゆっくりとだ。まずは血をぬぐう。微細な血管が破裂しただけだ。呼吸は正常だ。心拍も問題はない。だが――」

「ええ、熱が異常です。これはあの時と――」

 

 今にも失いそうな意識を必死にとどめる。まだ、終わっていないのだ。

 

「っ――」

 

 現れる初代山の翁。

 

「よくぞ我が廟に参った。山の翁ハサン・サッバーハである」

 

 その姿は剣士だった。山の翁の初代が剣士。だが、そんなことよりも、過負荷によって過剰に活性化したオレの脳は即座にその存在を看過していた。

 

「ああ、やっぱり――」

「そのアサシンは――まさか、グラ――」

「無粋な発言は控えよ、魔術師。汝らの召喚者、その蛮勇の値を損なおう」

 

 断ち切られるドクター。映像が消え、あらゆる全てがそうカルデアの通信があろうことか断ち切られたのだ。

 

「ぐぁ――」

「無理はするものではない。静謐の翁の命を救うため、命を賭ける。その心意気や良し。ゆえに横になったままで良い」

「……初代様。恥を承知で、この廟を訪れたこと、お許しいただきたい。この者たちは獅子王と戦う者。されど王に届く牙があと一つ足りませぬ。どうか、静謐の為己の命を賭けた彼の為にも、我らが山の民の未来のためにも、どうか――どうかお力をお貸しいただきたい」

「……二つ、間違えているな。以前と変わらぬ浅慮さだ、呪腕――魔術の徒に問う。獅子王と戦う者――これは誠か?」

 

 答えなければならない。全ては結果なのだ。過程はどうでもよい。全ては結果。勝ち取った結果。もぎ取った結果。ならば、マスターとしての責任を果たさなければならない。

 今だけでいい。倒れるのはあとで、だから――。

 

「答えよ魔術の徒よ。汝らは神に堕ちた獅子王の首を求めている。その言に間違いはないか?」

「それ……は……」

 

 わからない。獅子王を討つべきなのかオレにはわからないのだ。だって、オレたちはまだ、獅子王の顔すら見ていないのだ。

 どんな風に笑い、どんなふうにしゃべり、どんなふうに、何を願うのかも何も知らないのだ。だから、殺していいのかもわからない。

 

 極論、獅子王も太陽王も、すべては自国の民を救うべく動いているのだから。

 

「そしてもう一つ。牙が足りぬと申したな。果たして、あと一つで良いのか?」

「全然……足りないかもしれない。わからない……」

「……魔術の徒よ。汝らは知らねばならぬ」

 

 獅子王の真意。

 太陽王の戯言。

 人理の綻び。

 そして――すべてのはじまり。

 

「汝らは知らねばならぬ」

 

 そしてそれが叶ったのならば。

 

「我が剣は戦の先陣を切ろう。太陽の騎士、ガウェインといったか。

 我が剣は猛禽となってあの者の目玉を啄もう。我が黒衣は夜となって聖都を呑み込もう。

 ゆえに行け。砂漠のただ中に異界あり。汝らが求めるもの、その全てはその中に」

 

 そこは太陽王の手の届かぬ領域。砂に埋もれし知識の蔵。

 

 その名は――。

 

「その名を、アトラス院という。魔術の徒よ。人理滅却の因果を知る時だ。それが叶った時、我は戦場に現れる。――天命を告げる剣として」

 

 そして、告げるだけ告げて、

 

「では呪腕の翁よ、首をだせい」

 

 代価に死を告げるのだ。

 呪腕の首をとるのだ。

 

 彼の面は翁の死。

 彼の剣は翁の裁き。

 

 山の翁にとっての山の翁。それが初代ハサン・サッバーハ。

 山の翁として道を違えたのならば、山の翁が堕落したのならば、その咎を裁く者。

 ハサンを殺すハサン。

 

「歴代の山の翁はみな、最期に我が面を見た」

 

 ただ一人も、彼の剣を免れた者はいない。彼の面を見た者こそが真の翁。

 

「その時代のハサンが我に救いを求めるということは、そういうことだ」

 

 それはつまり、己には翁の資格はないと宣言するに等しい。

 

「じゅ、腕――」

「…………」

 

 彼は己の運命を受け入れてここに来たのだ。知らなかったでは済まされない。

 

 ――ふざけるな。

 

 ふざけるな。オレがどうしてこうして寝ていると思っているんだ。何を勝手に死ぬ覚悟を、いや、諦めているんだ呪腕のハサン。

 そんな自分を犠牲にして頼るようなものなら――。

 

 立ち上がる。動かぬからを無理やりに動かして。左腕だけは動かすことができるから、天井にロケットパンチしてワイヤーを巻き取るようにして無理やりに立ち上がる。

 

「オレは、おまえの助けなんていらない! 呪腕は殺させない」

「……呪腕よ。一時の同胞とは言え、己が運命を明かさなかったのか。やはり貴様は何も変わってはおらぬ。諦観が早すぎる……面を上げよ、呪腕。既に恥を晒した貴様に、上積みは赦されぬ。この者たちと共に責務を果たせ。それが成った時、貴様の首を断ち切ってやろう」

「やらせないって言ってるだろう!」

「……良いのですよ――ありがたきお言葉。山の翁の名にかけて」

「では行け。アトラス院へと急ぐが良い。残された時間は少ない。獅子王の槍が真の姿に戻る前に聖地を――聖なるものを、返還するのだ銀の旅人よ」

 

 その言葉を最後に初代山の翁は消え失せた。気配はもはや感じられない。

 オレの意識もまた闇に沈む。ただ、その刹那、彼の最後の言葉を向けられたベディヴィエールがどうしても気になった――。

 

 




今回は長めになってしまった。とりあえず、初代の協力を取り付けました。
さあ、まだまだ絶望が来るよー。
次なる絶望は、聖槍の裁き。

さて、今回の代償は、味覚か。まあ、無難なところ。

次回
降り注ぐ獅子王の裁き。だが、ヒトヅマンスロットさんがダビデ王に意味深な一言残して消えてくれるので、多分逃げ切れるんじゃないかなぁとか思ったり。
出来ればモーさんとアーラシュさん戦わせてあげたかったり。
ファイナル釈迦如来掌の前に、モーさんとクラレントとステラの撃ち合いで道をこじ開けるのもありなんじゃなかろうかとかいろいろと思ったり。
ファイナル釈迦如来掌はオジマンとともに時空断絶の壁のところでできるのではないかと。
そうしたら、ほら、三蔵ちゃんがぐだ男たちの目の前で果てられて愉悦できるのではないかと思ったり。

まあ、次回は決まってません!
どうしようかなぁ。アーラシュさん最大の見せ場だからそのままやってもいいが。うーむ。


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神聖円卓領域 キャメロット 27

「――っ」

 

 意識の断絶からの回復はいつも痛みを伴う。その痛みは、何かを失った心の痛みなのかもしれない。記憶に穴はなく、されど何かが失われた感覚だけがある。

 それを手繰ろうとするが、もはや自らの手の中にその残滓すら掴むことはない。何を失ったのか、それはおのずとわかるだろう。

 

「弟子が起きたわ! 起きたわよー!!」

 

 三蔵ちゃんの言葉に、皆が安堵を漏らす。目を開くと皆がいる。どうやらオレは藤太に背負われて下山しているらしい。

 オレを心配する言葉や小言、泣きやらお叱りのお言葉に答えているうちにすっかり夜遅く、帰りは下りだからか村の明かりが見えているようだった。

 

「なん……だ?」

 

 その時、何かがおかしいと感じだ。村を見下ろす藤太の上だからだろうかとも思うがそういう違和感ではない。観察眼が叫ぶ、地形が違う――。

 まるで山の頂点がそこだけ斬り取られたかのような――。

 

 同時に匂いが混じる。凄まじい腐臭。いや、血の匂いが風に乗ってこちらに届く。

 

「っ! 藤太!」

「応! しっかりとつかまっておれよ!」

 

 村が襲われているのかもしれない。

 

「先行いたします!」

 

 呪腕が先へと進む。先導は静謐に任せ彼は先へ。それに続くのはジェロニモ、三蔵ちゃん、マシュも続かせてオレは藤太とともに山を下りる。

 村の入り口で見たのはおびただしい数の死体。死体、死体。粛清騎士の。

 

「これは」

 

 切り口が鮮やかなもの、叩き潰されたもの、矢で射られたもの、ナイフで斬られ、そののちに力技でねじ伏せられたようなものまである。

 これは残したダビデたちがやったものだろう。村人の死体は一つもない。彼らは村を守ったということがわかる。だが、まだ戦闘は終わっていないのだろう。

 

 剣戟と矢鳴りが響いている。村の広場に出ると先に行ったマシュたちが立ち尽くしていた。

 

「マシュ、いったい何が――」

 

 聞こうとしてオレは口を閉じた。もはや言葉など不要だとわかったからだ。

 

 そこで繰り広げられている戦はまさしく、超常のそれだった。人のみでは到底介入など不可能。並みのサーヴァントですらその矢の雨、剣光の前に割って入ることなど不可能。

 もとよりこれは二人の戦。叛逆の騎士モードレッドとアーラシュ・カマンガーの。だれひとりとして介入などできるものではなかった。

 

「今こそ、誓いを果たそうってな! なにせ時間がない。テメエらがトリスタンのヤロウをぶっ殺してくれたおかげでな!」

「そりゃ、襲ってきたからな。それに、こっちの王様も相当腹に据えかねていたらしくてな。だからこんな時間に仇討ちに来たってか。部下も引き連れず」

 

 言葉を交わしながら剣を振るい矢を射る。

 

「ハッ、そんなわけねぇ。言っただろ、時間がねえんだ。テメエに勝ち逃げされるなんざ、御免だからな、テメエらが消える前に勝負をつけに来たんだよ! 足止めのついでにな!」

 

 山を切り取る剣光が一振り一振り事に放たれる。クラレントの一撃はその聖剣の輝きは、一振り事に上昇していく。それはもはや臨界を越えてあふれ出すが如く。

 されどその一撃、ただのひとつもアーラシュには当たることはない。山をも削り取る威力を持った矢がクラレントと激突し、その全てを逸らしていく。

 

 それだけではない。ただ逸らすだけではなく。避難場所などこちらに被害を出さないように徹底的に逸らしてしまう。

 

「だあ、うぜええ!」

 

 それすらも力任せに突破しようとするのがモードレッドだった。彼女の剣技は今や見る影もない。限界が近い。暴走はメルトダウンだ。ゆえに、無理を強いているのは当然のこと。

 霊基には今も致命的な亀裂が走っているのがわかる。だというのにまだ彼女は出力を上げていく。これでは足りないのだと言わんばかりに出力を上げていく。

 

「ねえ、助けないの!」

 

 三蔵ちゃんが言う。

 

「そりゃ無粋ってもんだろ」

 

 藤太がそう答えた。

 

「でも――」

「信じて待て。あのアーラシュ殿だぞ」

「でも、嫌な予感がするのよ。なんかこう、頭の上がぞぞぞって――」

 

 三蔵ちゃんの予感をよそに戦は続く。

 

「そりゃ、戦だからな。相手の嫌がることをとことんしたやつが勝つのは当然だろう」

 

 空を埋め尽くすほどの万の矢がモードレッドへと降り注ぐ。快音の弓なりは鳴りやまない。降り注ぐ矢の密度は今もなお増していく。

 怖ろしいのはそれが宝具ではないという事。女神アールマティの加護を受けた彼は伝説的な弓矢の製作者でもある逸話から弓矢作成スキルを持ち、瞬時に魔力から矢を生成することができる。

 

 ゆえにこれはただのスキル。宝具並みの威力を持った矢が万も降り注ぐのだ。さしもモードレッドも此処までかと思われるたが――。

 

「しゃらくせえ!」

 

 やることはただ一つ突破あるのみ。元よりその身にできることは暴走の二文字のみ。臨界点を突破して悲鳴を上げる自らの霊基すら顧みず、放たれる剣光は天へと立ち上り降り注ぐ矢の雨を切り裂く。

 

「しかし、何をそんなに焦ってんだ。そんな力技じゃ勝てるもんも勝てないだろうに」

「わかっていってんだろテメエ」

「そうか――やっぱりそうなんだな。ひどい親もいたもんだ。自分の息子を囮にして全部ふっとばすつもりかよ。王の裁きってやつで」

 

 その言葉に誰もが驚愕する。あのクレーターを作り上げた一撃が村に降り注ぐのだ。逃げなければと思うがその瞬間にドクターが絶望を告げる。

 

「直上、魔力観測地3000000オーバー!」

 

 最高級宝具火力が1000から3000。もはや比較するのも馬鹿らしいほどの魔力数値と熱量が直上に生じていた。もはや何もかもが遅く全てが消し炭になる。

 

「ジキル博士、村の人たちは!」

「洞窟に避難させてある。だが――」

 

 全員を避難させる時間などありはしない。

 

「いや、無理だ」

「ダビデ?」

「まったくひどいね。こっちがやっとこさ、それこそクー・フーリンの犠牲でやっと1人の円卓を倒したらすぐにモードレッド。そして、次はこれだ。勝てば勝つほど面倒なことになっていくのはどうしてなんだろうねぇ」

「僕たちだけなら逃げられる」

「そんなことできるはずがないだろ」

「いうと思ったぜ」

 

 その時、頭に衝撃を受けてオレの意識は闇に沈んだ。

 

「式さん!?」

「気絶させただけだ。どうせ騒がれるだろうからな。ほれ、あとは金時に連れてってもらえ」

「ですが!?」

 

 あれを迎撃するには星を砕くほどの一撃が必要になる。そんな一撃を放てるサーヴァントなど今ここにはいない。サンタオルタがいたのならば話はまた違っただろうが、今彼女はここにはいない。

 

「ならば、私が!」

 

 ベディヴィエールがその銀腕を使おうとする。なるほど確かに、神霊を模した右腕ならばあの一撃すらも切り裂くことができるだろう。

 だが――。

 

「やめとけやめとけ」

 

 静止するのは今まさに戦っている最中のアーラシュだった。

 

「あと一回でお仕舞だ。なんで、その腕を使う相手は、最後の一人と決めておけ」

「ですが!」

「なに、安心しろ。俺がなんとかしてやるさ。全滅なんてのはそこで気絶させられてるマスターにゃ似合わん。洞窟に下がっておいてくれ。俺のただ一度の本気ってやつを見せてやるよ」

 

 その言葉の意味を理解できたのは何人いただろうか。悟ったのは、総じて武人と王と、死を視る女と暗殺者に騎士だった。

 

「下がるよ!」

 

 一斉に動き出した。ここでは邪魔をすると。嫌だという三蔵を藤太が抱え、皆が走った。己の無力を噛みしめながら。

 

「アーラシュ殿!」

「悪いなベディヴィエール卿。アンタにさんざんいろいろと言ってきたが、俺も同じ部類だったってわけだ」

 

 強さに貪欲ではない英霊の最後なんざこういうものだ。ただ誰かのために、そう決して自分のためではなく誰かのために彼らは散るのだ。

 

「なあ、ベディヴィエール卿。アンタはとっくの昔に休むべきだったんだ。こんなところに来る前に、そんな(モン)を持ち出す前に。残っていたはずの最後の幸福すら切り捨ててな」

「おいこら、勝手に話してんじゃねえぞ!」

「オマエもだよオマエも。いい加減駄々こねるんじゃない」

 

 すでにアーラシュの目は天上に向いている。モードレッドを見ていない。だが、山を砕く矢の一撃を正確に叩き込んでいた。

 吹き飛ばされて、家屋をいくつも突き破り村の端へと消えるモードレッド。

 

「う、ぐ――消える、ものか――オレを終わらせるのは、アーサー王、だけ――」

 

 その言葉に呼応するように聖剣が輝きを増していく。もはや限界など知らぬ、消滅しようが関係ないとばかりに放たれる叛逆の一撃。

 だが、しかし。

 

「そこまでだモードレッド卿。もういい休め――」

 

 誰かの声が、響いて――。

 

「――な、ち――」

 

 光がモードレッドを呑み込んだ。それは黄金のように輝く光であった――。

 

 そして、一人になったアーラシュは天を見上げていた。静かに、気負いなく、まっすぐに天を見て、降り注ぐ星の輝きを目にしていた。

 それはいつか見た、朝焼けのように輝いて、何よりも力強く、まさしく星のようにあらゆる全てを消滅させるようであり、全てを照らす光でもあった。

 

「ま、やらせるわけにはいかないんでね」

 

 ただ一本の矢をつがえる。極限の一射。そう絶技を放つべく、己の中にある全てをただ一点に出し切っていく。

 

「―――陽のいと聖なる主よ。あらゆる叡智、尊厳、力をあたえたもう輝きの主よ」

 

 それは宣誓。

 これより自らは人のみを外れた技を為す。ただし、絶対に一度きり。例外はない。

 使えば死ぬ。

 

「我が心を、我が考えを、我が成しうることをご照覧あれ」

 

 それは平和の為、それは誰かの為。

 決して自らの為ではなく、我がなすことはただ人のために。

 

「さあ、月と星を創りしものよ。我が行い、我が最期、我が成しうる聖なる献身(スプンタ・アールマティ)を見よ」

 

 請い願うのではない。ただ己の所業を見よと告げる。

 

 この渾身の一射を放ちし後に彼の強靭なる五体は即座に砕け散る。

 

 ゆえにただ一度の本気。だが、それでいいのだ。人の身を外れた大いなる御業を為すのだから。

 その身が代償ならば安いものだろう。これで希望を次につなげることができるのだ。それは何よりも素晴らしいことではないかと思うのだ。

 

 悔いはない。いつの時代でも、どこでも、己のやるべきことは何一つ変わらないのだ。

 

「――流星一条(ステラ)!」

 

 言葉に乗せて引き絞り、ただ放つ。厳かに。ただ真名を告げる。

 かつて大地を割った流星の如き一撃の名を、今、告げる。

 

 それは静かな一射だった。弓なりすらも遠く、ただ遠く。

 

 あらゆる全てを超越した一撃が放たれた。

 音もなく飛翔する。そして、その一撃は天上より降り注ぐ一撃を崩し、空を覆う雲の天蓋すらも引き裂いて星々のベールの輝きを露わにする。

 

 星々よ、神々よ見よ。これが我が献身と言わんばかりに。

 

 星を落とす一撃は数多く有れど、その一撃は決して他に類を見ないだろう。

 

 そして、アーラシュ・カマンガーは笑いながらこの世を去った。

 それは安堵か、それとも別の何かか。彼の千里眼は最後に何を見たのだろうか。

 それはだれもわからない。彼以外にはわかるものなどいやしないだろう。だが、晴れやかな笑顔で去っていった彼に悔いなどないだろう。

 

「見事ですアーラシュ・カマンガー」

 

 声が響く。青き騎士王の声が。

 

「貴方の献身、マスターに代わり私が見届けた」

 

 天上の熱量はもはや影も形もない。

 ただ消し飛ばしたのだ。それこそまさに星を砕く一撃に他ならない。

 

 その献身は、二国ではなく、世界を救ったのだ――。




トリスタンが死んだのでモードレッドを呼び戻したと同時にアルトニウム補給が終了したサンタさんが登場。
なお、アルトニウム補給により青くなってますが、いろいろと問題があるのですぐにジャージと帽子を入手してきたマーリンによりかぶせられてアサシンになる模様。


次回は、ついに奴が登場だ。

あと感想で言われたので考えたぐだ男の戦術六拍ここにも載せておきます。
意思想像(相手を想い)、工程想起(記録を参照し)、行動視認(現在の動きを見て)、経験補完(足りないもの想像し)、情報更新(相手の全てを手に入れて)、完全予測(未来を掴み取る)


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神聖円卓領域 キャメロット 28

 村は救われた。だが、その被害は大きく、何よりアーラシュが逝った。また、ひとり仲間が死んだ。オレは何もできなかった。無力だった。

 三蔵ちゃんなどわんわんと泣いている。オレも泣きたいが、泣いている暇はないのだ。そう時間がない。時間がないとわかってしまう。

 

 円卓の騎士はもはや残りは二人。そうなればあちらも本気で来る。急がなければならない。だから、今は、涙を拭いて。

 

「行こう、アトラス院に……」

 

 それ以外に道はない。

 オレたちは軍備を整えるといったハサンたちと別れて砂漠へと向かう。砂漠へ向かい野営中だった、オレが先の戦闘指揮の代償に気が付いたのは。山でとれた魔獣を捌いた焼肉だったり、藤太の山の幸なんかを食べた時だった。

 

「……味のないガムみたいだ……」

「先輩? どうかしましたかな、何か料理に問題でも?」

「な、なんでもない、いやー、おいしいなー」

「?」

 

 味が感じられなかった。何を食べても何を口に入れても、舌は何も感じてはくれない。全て同じ。味のしないガムを噛んでいるがごとく。

 両親の記憶の次は、味覚だった。何も感じない。大量の塩を舐めればようやく塩っぽさを感じられる。完全には破壊されていないが、もはや味は感じられない。

 

 ――泣きたくなった。

 

 もはや料理を楽しむなんてことができないのだから。けれど、泣いている暇などない。もはやこの世界に猶予はないのだから。

 泣くのは全部終わってからだ。そうじゃないと、今まで、やってきたこと全てが無駄になってしまう。オレが、記憶を、味覚を失った意味がなくなってしまう。

 

 それだけはごめんだった。そんなことになったらもう耐えられない。だから、進んだ。前に。何かにとりつかれたように。

 

 そうして、砂漠に来た。砂漠は相も変わらずものすごい風によって砂嵐が吹き荒れている。近くにきているはずだが、目安となる建物もなにもない。

 影も形もないとはこのことだった。本当にここに在るのか心配になってくるが、ベディヴィエール曰く、距離も方角もともに間違いはないとこのこと。

 

 旅の方向感覚だけは円卓一で負けないという彼を信じて砂漠を突き進む。百貌のハサンが伝えてきた情報をもとに進む。

 そこには英霊がいるらしいが、一体誰なのだろうか。

 

「いや、まあ、それはそれとして……」

 

 背後を見る。慌てて何かが隠れるが、砂漠に隠れられる場所などあまりないので隠れられていない。見た目は粛清騎士。それも相当に小柄な。

 何やらぶかぶかの鎧を誰かが着ているかのよう。いや、中身はわかっている。東の村を出る時からこっそりついてきていたし、何よりパス(・・)がつながっているのだからわからないはずがないのだ。

 

 一応、何やら魔術的なものでオレ以外気が付いていないらしい。でも、パスがつながってるからオレは存在を感じられるし、そこにいるのもわかる。

 というか魔術をかけたらしい誰かが意図的にオレにだけ気が付かせるようにしてるらしいのだ。そんな気配を魔術の術式に感じ取った。

 

「…………ちょっと休憩しない? 疲れちゃってさ」

「それはいけません。休憩にしましょう」

 

 ちょうどよく大きな竜の骨があったのでそこで休憩をとることにする。ついてきている鎧も止まる。骨の陰に。あそこから見えない位置は――。

 

「ちょっとトイレ――」

 

 といってそこに向かう。

 砂嵐のおかげでオレの隠形でもかなりのものになる。おかげで、こっそりと後ろに近づくことができて、その兜をとることができた。

 

 ――カポ……。

 

「ん? あ――」

「…………なにしてるの、サンタさん?」

 

 持ち上げた兜に鎧の中から手が出てきて、かぽっと嵌る。

 

「はて、サンタとはだれのことでしょう。私は、通りすがりの騎士です。ルキウスです」

「ローマ皇帝なんだすごいねー。ってんなわけあるかい! 二度目だよ!」

 

 それに、兜からアホ毛が出てる。隠せてない。

 

 もう一回兜をとって後ろに回す。

 

「ちょ、返して――」

 

 それからトドメとしてにこっと笑って令呪を見せる。

 

「ぐ――卑怯ですよマスター」

「強情なのが悪い。それより何んで隠れてるの? さっさと出てくればいいじゃん」

「……き」

「き?」

「気まずいじゃないですか。今更、のこのこ出てきて、それもこんな反転して普通に戻ってみたりなんてして……なによりマスターの危機に、力を振るえなかった、私なんて……だから、出るのはその、あの、さすがの私も恥ずかしいですし、しかも騎士だというのにマーリンにこんな格好にさせられてますし、だから、隠れて力を貸そうと思いまして……」

 

 え、なに、この人そんなこと気にしてたの? だから、あんなにバレバレなのに気が付かれてない気になってたの? なにこの可愛い生き物。

 そもそも誰も気にしないのに。アメリカでもエリちゃん歌ってたし、クー・フーリンなんて敵だったし。少しくらい遅れたところでいつものことと流しそうな気がする。

 

 というか性格変わってる。たぶんアホ毛のせいだな。

 

「誰も責めないと思うよ。だって、こうしてきてくれたんだしね」

「しかし、それでは騎士として――」

「はいはい。それはいいから」

「良くありません! いいですかマスター、貴方は無茶をしすぎなのです。だいたい――」

「はいはい。それよりもオレは来てくれたことがうれしいよ。本当に――嬉しいよ」

 

 ああ、よかった。今回は敵じゃないのだと安堵する。

 

「――マスターは卑怯です……そんな顔をされては怒るに怒れないではないですか。しかし、隠れていたのにも事情があります。私はこの顔を見せるわけないはいかないのです」

「どうして?」

「そこまでは。しかし、マーリンが言ったのならば相応の理由があるのでしょう。何より、サー・ベディヴィエールには私の顔は見せない方が良いと私の直感が言っています。なによりあの腕は――」

「…………わかった。じゃあ、離反した粛清騎士ってところで手をうとう……でも本当にいいの?」

「はい、ありがとうございますマスター。――いいのですよ。彼はおそらくは、私が知っている彼とはまた別なのでしょうから。本当に、まったく、卿という人は……」

「…………」

 

 場の空気にちょっと耐えられず鎧の中身を見る。調整したらしいが粛正騎士らしさを出すためにぶかぶかの鎧の中に入っているサンタさん。いや、今はサンタじゃないし、アルトリア? まあ、アルトリアの姿は、何故かジャージなのだ。

 ジャージに帽子。惜しげもなくさらされた太ももがまぶしい。いくらぶかぶかとは言えど鎧の中にあってそこまで視認できてしまうのは観察眼の熟練度が上がったからかな。

 

 いや、単に目ざとくなっただけか。

 

「さーって、じゃあ行こうか」

「ちょ、待ってください。まだ心の準備が」

「はいはい、行こうねー」

 

 というわけで、粛清騎士(仮)を引っ張っていく。

 

「おーい、こんなの捕まえたー」

「先輩――! 離れてください先輩、危険です!」

「ああ、大丈夫大丈夫」

 

 皆が身構えるが、問題ないから事情を説明する。

 

「離反者……本当でしょうか」

「……まあ、いいんじゃない? それよりもあたし、さっさとこんな砂漠抜けたいんだけど」

「いや、三蔵よ、お主さすがに、それは楽観的すぎるぞ」

「ふぅん……いいんじゃない? 戦力になるだろうしね。僕としては大歓迎さ」

「ダビデ王が大歓迎とは……そういうこと。うん、僕としてもついてきてもらえるのなら一緒に来てもらった方が良いかな。ね、ジェロニモ」

「そうだな。戦力はひとりでもほしいところだ」

 

 あ、これ気が付かれてるわ。三蔵ちゃんを筆頭に気が付かれてるわ、これ。気が付いてないのは藤太とエリちゃんと金時くらいだな。藤太は仕方ないにしても、エリちゃんと金時は気が付いてもいいような気がするが、まあ、普通はわからないし。

 とりあえずこれで謎の騎士(サンタ)さんがついてくることになった。

 

 そういうわけで新しく一向に加わった粛清騎士のかっこうをした青くなったサンタさんを加えて砂漠を歩いてると目的の場所付近についた。

 

「スフィンクスがいるね」

「一頭ならともかくかなりの数です。さすがに突破するのは難しいかと」

「ほかの侵入経路を探すしかないか。ドクターのバックアップがあれば探れるんだけどなぁ」

「――待て、馬の足音だ」

 

 藤太が捉えたそれは粛清騎士たちのそれ。

 

「どうやら追手のようだ。残る円卓は一人。ランスロットだろうねぇ。さて、マスター、どうする?」

「私が道を切り開きます」

「下がっていなさい。貴方の力は、必要な時に使うべきだ。サー・ベディヴィエール。貴方が折れぬ限り振るえる刃なれど、使うべき時に振るえねば意味をなさない。ここは私の力を見せる時でしょう」

「――――」

 

 その言葉、静かながら有無を言わせぬ其れ。反論しようと思えばできたが、ベディヴィエールはできなかった。まるで彼の王の言葉のように聞こえて――。

 そう言って前に出るのは粛清騎士の格好をしたサンタさん。両の手に何かを持っているようであるが、判然としない。

 

「ようやくだ。ようやく対面の機会を得た――。失態を晒したが今ここでそれをぬぐおう。円卓、遊撃騎士ランスロット。王の命によりその身柄を拘束する。降伏か、死か、己が信念にて選ぶが良い」

 

 現れるランスロット。

 

「――マスター。わたし……あの人を、よく知っているような気が……」

「ああ……だろうね……」

「フォウ、フォーウ」

「降伏するつもりはありません。ですが戦いの前に問いただしたい事がある。サー・ランスロット。卿はいかなる理由で、今の王に仕えているのかと」

「――これは幻か、幻術か? ベディヴィエール……ベディヴィエール卿なのか!?」

 

 ランスロットはベディヴィエールを見て驚いた。ここにいるはずがないと。

 

 それはすべての円卓に言えた。彼が円卓から離反したにしては反応が過剰すぎるのだ。もしかしてほかに理由があるのだろうか。

 

「幻であろうとも私の問いかけは変わらない。なぜ、今の王に仕える」

 

 語れるのか。あの光を、人々の村を焼き滅ぼすような光を、アーサー王の所業だと語れるのかとベディヴィエールは問う。

 確かに村一つを犠牲にして蛮族を滅ぼそうとしたときもあった。だが、それですら王にとっては苦渋の決断であったはずなのだ。

 

 だが、あの諸行はなんだ。焼くことに躊躇いもない。それどころか人々を選抜し、それ以外を殺している。それが慈悲だと。

 それが本当にアーサー王のやっていることなのかと、言えるのか。

 

「――総員、戦闘準備。これより叛逆者たちを拘束する」

 

 しかし、ランスロットは答えない。ただ答えず戦闘態勢へと移行する。

 

「だが――断じて、あれが王の所業などと語れるものか。私が剣を預けた者は騎士王だ、獅子王ではない」

 

 だが、それは関係のないことだ。任務には。

 

 そういう彼はまるで自分に言い聞かせているようにも見えた。

 

「そうか。サー・ランスロット」

 

 なんだかとてもうれしそうなサンタさん。

 

「相変わらず真面目すぎる」

「まったくです。わからずやです。なんでかわかりませんが、わかります!」

「ええ、王様が間違ってるって認めているのに戦うとか、これはもう説法ものね!」

「本当本当。王様が間違ってたら正さないとね」

「じゃあ、全裸、そこに直れ正してやる」

「だから全裸じゃないよ!? それに間違ってないし僕!」

「ダ八戒だものね。仕方ないわ」

「お師匠さんまで!?」

 

 ともかく戦闘開始だ。

 

「ランスロットはサンタさんに任せる!」

「わかりました、押さえましょう。行きますよ、ベディヴィエール卿!」

「は、はい!?」

 

 困惑しながらもサンタさんとともにランスロットに向かっていく。

 

「あの、マスター」

「マシュも行きたいならいいよ。なんか行きたそうだし」

「……はい、ですが、どうしてかわからないのです。どうして行きたいのか。ただ、霊基(からだ)が行けと言っているんです。あの騎士を殴ってこいと」

「……まあ、うん。あ、とりあえず行ってこようか。うん」

 

 三人ならばランスロットを押さえられる。あとは粛清騎士をやる。

 

「式は、チャンスがあれば斬って。金時はそのまま突撃。ダビデは援護!」

『応!』

 

 粛清騎士の動きは読みやすい。性能が均一ということもあって本当に読みやすい。ここまで戦ってきた経験が全て蓄積されて今、花開いているかのように。

 

「式、そこで前にナイフ出しておいて」

 

 指示を出せばまるで引き寄せられるように粛清騎士がナイフに突き刺さり絶命する。

 

「だが、駄目か」

 

 囲まれている。それだけではないが、ランスロットが巧すぎる。

 

 サンタさん、ベディヴィエール、マシュを相手にして、いまだに有効な攻撃がないというのがおかしい。確かに防戦一方であるが、三人いてそれもその一人はアーサー王だというのに傷を負わせられないのだ。

 確かにサンタさんは鎧を着て動きずらいだろうし、ベディヴィエールがいるから本気が出せないのもわかる。だが、それにしたってサーヴァント三騎を相手に互角の戦いを演じているのだ。

 

「でたらめ過ぎるな。なんて剣技だ――あれが円卓最強の騎士か」

 

 藤太がそういう。

 

 そう剣技だ。ギフトの恩恵など些細なもの。観察眼が捉えた真実は、ただ一つに尽きた。

 

 剣技。

 

 そう剣技だ。ただ一つの剣技。練り上げられたそれが、あらゆる全てを超越しているのである。宝具の強さなど二の次。

 全ては彼の剣技によって成し遂げられているのである。

 

 巧みに相手の位置取りを誘導し、剣技にてあらゆる攻撃を防ぎ、そして、それを攻撃に転じている。何も相手を殺すのは自分ではないということ。

 自らは攻撃せず、あらゆる攻撃を防ぎ、誘導して三人の連携を崩し、邪魔をさせてその隙に――。

 

「く――」

 

 反撃に転じる。そして、三人が仕留めきれずにいれば、こちらもまた包囲が完了している。

 

「さすがは、サー・ランスロットというべきか」

 

 剣技だけならばアーサー王をはるかに超えている。

 

「く、ここは撤退しましょう。非常に無念ですが!」

「無駄だ。もはや包囲は完成している。これより私も攻撃に移らせてもらう――」

 

 まずい――。

 

 ここにきて心眼が叫ぶ。アレに攻撃に移らせてはいけない。たとえどれほどの数の差があろうとも、超えてくる。単純に力などいらない。

 卓越した剣技の前には、あらゆる攻撃は無意味と化す。たとえ、魔術であろうともアロンダイトならば切り裂ける。隙が見当たらない。

 

「これが最強の騎士か――」

「さあ、大人しく――」

 

 ランスロットが捕縛に動く、その瞬間。

 

「何をしているのですか愚か者ども! ここを太陽王オジマンディアスの領地と知っての狼藉か!」

「な――」

「なんですか――――!?」

 

 天空に巨大なニトクリスが生じる。あれは幻術か何かだろう。

 

「我が名はニトクリス! 太陽王にこのアトラス院を任されたファラオなり! 我を畏れよ! 我を崇めよ! さすれば命だけは助けよう!」

 

 威厳に満ち溢れた姿。ああ、なるほど彼女こそがこの地を守護するファラオなのだろう。以前であったポンコツという印象はなく、あるのはただファラオに感じる畏敬のみ。

 

「――つまり具体的に言うと、立ち去るか降伏なさい! 見てわかる通り、私はとても強いのですから!」

 

 この一言がなければ本当に畏敬のみだったなぁ……。

 

 まあどこかしまらないのは彼女らしいからいいや。まったく無茶しちゃって。派手な登場なのに人の良さがにじみ出てしまっている。

 本当にファラオに向いていない。だからこそオジマンディアスよりも古いファラオだというのに彼に従っているんだろうなと思う。

 

 ただ、それでいいのだろう。彼女はそれで。だって、そのおかげで逃げられる。粛清騎士たちはニトクリスの登場に一様に動揺している。

 

「いまだ!」

「はい、スフィンクスの群れに突貫します!」

「ありがとうニトクリス―!」

「礼を言う暇があるなら逃げなさい! まったく世話のやける……!」

 

 ああ、なんていい人なんだろう。あとで叱られなければいいけど。

 

「ともかく、行くぞ!」

 

 スフィンクスを突破して、オレたちは落とし穴の罠にはまってしまった――。

 




ごく潰し再登場。なお、最強の円卓を演出したかったので、マシュ、ベディヴィエール、粛清騎士のコスプレして更にジャージと帽子なアサシンのコスプレしてアホ毛生やしたサンタさん(二刀流)の三人を相手にしても傷一つ負わせられないレベルの剣技を持っているということにしました。
更にまだ余裕があり攻撃に転じる事もできるというなんかすさまじい剣技持ちになりました。
イイヨネ、最強の円卓なんだから、最強っぽく演出してやってもいいよね。剣技だけならアルトリア以上だし。

というわけで次回アトラス院。
マシュ、己の真名を知る――。

では、次回もよろしくお願いします。


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神聖円卓領域 キャメロット 29

「いたた……お尻から落ちてしまいました。みなさん、いらっしゃいますか……? 落下音は全員分ありましたが……」

「出席番号一番いまーす」

「華麗に着地できました。ベディヴィエール、ここに」

「……苦厄、舎利子色不異空……はい……玄奘三蔵、ちゃんと出席してますー……」

「ずいぶんと落下したな……それにしては空気があるな?」

「フォウ」

「両儀式、まあ、問題なく着地だ」

「はーい、僕は無事だよ」

「私も無事です」

「僕も何とかね。ハイドに代わっておいてよかったよ」

「うむ、しかしここはどのような場所なのだろうな。空気があるのは良いがさて――」

「いったぁーい、なによ、ドッキリならもっとこうなんかあるでしょー!」

「とりえず、ベアー号起こすか」

 

 とりあえず全員無事らしい。

 

「それは結構。どうやら全員脱出できたようだね。けが人もなく何よりだ」

「――っ!!」

 

 突然響く声。

 

「では明かりをつけよう。少々眩暈がするだろうが、そこはご愛敬だ」

 

 あかりが付くと同時にそこに立っていた人物が目に張る。インバネスコートにパイプを持った人物。紳士風の誰か。

 

「やあ、こんにちは諸君。そしてようこそ、神秘遥かなりしアトラス院へ。私はシャーロック。そうシャーロック・ホームズ。世界最高にして唯一の民間諮問探偵。

 探偵という概念の結晶、明かす者の代表。キミたちを真相に導く最後の鍵というわけだ!」

 

 それは名探偵の名だった。世界有数の頭脳を持つとされ、特に植物学・化学・地質学に長ける彼の名探偵の名前だった。

 彼。英国の探偵王、シャーロック・ホームズ。

 小説家にして、騎士の称号を得たアーサー・コナン・ドイルが語る、最高の探偵。

 推理小説(ミステリー)の花形における主役。知りえるもの。探偵の中の探偵。名探偵。探偵事件の最高にして最後の受理者。

 

 常人離れした推理力、観察力を持ち、推理の基礎となる知識も相当なもの。過去の犯罪事件に精通している事はもちろん、タバコの灰の鑑別に関しての著作があったり、血液検出の為の試薬を自ら作り出したりしている探偵として破格。

 だが、探偵として必要なもの以外はその悉くが灰色の頭脳からは零れ落ちている。

 

 犯罪と関係のない知識に関しては一般人以下の水準であり、たとえば地動説を知らなかったとしてワトソン医師に呆れられている描写がある。

 だが、これは単に無知だからというわけではない。世界最高の探偵が地動説を知らないはずもなく、彼は自分の仕事に関係の無い知識は進んで忘れるよう心がけているのだ。

 

 それほどまでに事件解決に特化した人物。誰もが憧れる名探偵がオレたちの目の前にいた。

 

「では、信じられないだろうから、一つお約束と行こうじゃないか。まずは、そこの着物に革ジャンのミセス」

「オレか」

「そうだともサーヴァント・式」

 

 なぜ彼女の真名が式だとわかった。

 

「……」

「おっと、警戒しないでくれたまえ。君は自分から名乗っているゆえに推理するまでもない」

 

 だが、暗闇の中で誰が式かなんて判別できるはずもない。声だってそれほど出したわけでもないというのに。

 

「簡単なことだ。ミセス・式は暗闇の中でこう言ったのだ。まあ、問題なく着地だとね。他の者たちが大なり小なり砂汚れがあるなか彼女には汚れがない。他に汚れがないのはそちらにいる騎士サー・ベディヴィエールだが、日本名の騎士などいるはずもない。それならば和服の彼女こそが適任だ」

 

 理にかなっている。

 

「すごいです、まさに本物です!」

「次だ。さて、そちらのお嬢さん」

「あたし?」

「そうだともサーヴァント・玄奘三蔵」

「わ、当たってる」

「彼女もまたわかりやすい。着ている袈裟もそうだが、何より君自身が放つ功徳の気配はなんともわかりやすい。わかりにくいというのならば君だなサーヴァント・坂田金時。現代風の格好かね。ベアー号という言葉から連想していってようやくだよ。

 サーヴァント・ジェロニモ、君はわかりやすいな。民族衣装だ。その特徴とシャーマニズムを重んじる装飾から確定だろう。

 サーヴァント・ジキル。君も答えを言っていたね。ハイドに変わっていたとなれば、もはやただ一人しかいない。

 サーヴァント・エリザベート。君の方は一度ポスターを見ていたからね。すぐにわかったよ。

 サーヴァント・俵藤太は、その大きな俵に弓だ。そんなものを持ち歩いている英霊といえばキミくらいの者だろう。

 そして、君が、マスター、君がミス・マシュ。そちらは、ほう――円卓の騎士が仲間とはね。サー・ベディヴィエール。同郷の人間として親近感を覚えずにはいられないね。そちらの騎士君もね。名は伏せておくとしよう」

 

 全員の真名をこともなく言い当てて見せた。

 

「どうしてオレたちの名を」

「なに、初歩的なことだよ諸君」

「(お決まりの名台詞、来ました……! この方は本物のミスター・ホームズです……!)」

 

 とてもうれしそうにマシュがいう。目をきらきらとさせてホームズを見ている。

 

 ――む、オレだってそれくらい……できるわけがない……。

 

 ホームズを観察してわかったが、オレなんかが及ばない観察眼を持っている。いいや、観察眼というか、これはもはや知っているのではないかというぐらいのそれだ。

 もはや勝負するというレベルではないのだ。隔絶している。

 

 ――持っているものは、やっぱすごいな……うらやましいよ……。

 

「なに、こんなものは初歩的なことだ。なによりキミたちと私は既に接触を果たしている。こうして顔を合わせる前に、情報を介してね」

「情報、ですか?」

「ロンドンでは、私が魔術協会に残した情報を無事に入手してくれただろう? 単なる書物整理だったが、あの時は値千金の仕事だったはずだ」

 

 道理で必要な情報だけをまとめて読みやすいように並べられていたはずだ。彼が整理して残しておいたのだから。

 アンデルセンが言っていたことだ。オレたちが来る前に誰かがまとめていたと。それが彼の仕事だったというわけだ。

 

「君たちは、この殺人事件にかかわるためにあの情報が必要だったはずだ」

「殺人事件?」

「ああ、殺人事件だ」

 

 彼は言った。彼ですら経験したことのない、人理焼却による根底からの霊長類の殺害。神話級の殺人事件と彼は評した。ゆえに私が呼ばれたとも。

 

「なるほど」

「あの……」

「どうしたのベディ?」

「彼は何者なのでしょう。ホームズ……そんな騎士に覚えはないのですが……」

「それは悲しい。確かに私は騎士(サー)の称号を得たことはありません。私の活躍の伝達者はその称号を得てましたがね」

 

 そのホームズの答えにますますわからないと首をかしげるベディ。それに答えるのはホームズ大好きマシュだ。

 

「彼は探偵です。正真正銘、あらゆる探偵の祖となる人物です。クラスは……たぶん、キャスターですよね。ああ、モニターが生きていればドクターも大喜びのはず。わたしの感動もひとしおです! シャーロック・ホームズは実在しました! つまり、サー・コナン・ドイルの小説はワトソン博士による伝記だったのです!」

 

 マシュ大興奮。ここまで瞳を輝かせて何かを語るマシュは初めてではないだろうか。

 

「ふ。無垢なる少女に手放しで喜ばれるのなら、私もワトソンの小銭稼ぎも報われるというものだ。ですが、ミス・キリエライト。私の正体、本質は貴女が思うものとはいささか異なります。それを語ることは残念ながらできない。私はまだ、貴方の依頼を受けることができないのですから」

「え……そうなんですか? ミスター・ホームズが変装もせず、素顔ででてきたものですから、てっきり……」

「ははははは! これはよい愛読者だ! 私の性格をよく心得ている!」

 

 だが、それでも協力はできないという。依頼された順番というものがあるというのだ。彼はバベッジ卿にこの事件の解明を依頼されたのだという。

 ゆえにバベッジ卿の依頼が終わるまでは、カルデアに縁を結ぶことができない。それはつまり彼を召喚することができないということだ。

 

 カルデアの召喚式は同意がなければ、縁を結んでいなければ、あるいは可能性を観測していなければ英霊をサーヴァントとして存在を結ぶことができない。

 元より彼は戦うものではないのだ。解き明かす者。ゆえに、戦いは数多の英霊に任せて彼は謎を解くのだという。

 

「なぞ?」

「それはこれからレクチャーするとしよう。なにしろ道中は長そうだ」

 

 そして、彼とともにアトラス院の中心部へと向かうこととなった。通路は折り重なりまさに地下迷宮になっており、更には防犯トラップなどがわんさかある。

 そこを突破しながら、進んでいく。その途中途中で、彼の講義が挟まった。

 

 アトラス院について。魔術協会、その三大部門の一つ、蓄積と計測の院。それは世界の理を解明する錬金術師の集団とのこと。

 アトラス院についてはよくわからなかったが、ただひとつだけオレの心に刻まれた言葉がある。

 

 ――自らが最強である必要はない。

 ――我々は最強であるものを創り出すのだ。

 

 それが彼らの信条。多くの兵器を生み出した源泉。もしオレが魔術師だったのならきっとここの学徒だったのかもしれない。

 ともかくここはとても物騒な場所だ。誰もかれもが発明し、それを失敗作として封じた場所。世界を滅ぼせる魔術礼装すらここにはあるという。

 

 そんな話を聞いておっかなびっくりオレたちは進む。

 

「ふむ、君の采配、その感想を述べても良いかな?」

 

 何度目かの戦闘を終えた時、彼はそんなことを言いだした。

 

「どうぞ」

 

 世界最高峰の探偵の所見聞いてみたくもある。

 

「私は驚いているよ。戦闘能力の高さも驚嘆に値するが、それはあくまで二次的なものだ。キミの強さの根底にある者は、その契約形式にあると言ってもいい。これほど多くのサーヴァントを繋ぎ止めた魔術師は過去に例を見ないだろう」

 

 彼はそういった。さらに脅威的なのは継続時間だとも。

 本来、サーヴァント召喚は一時的なもの。その戦場でのみ成立する夢幻のようなもの。永続的に続く契約などありえない。

 

「かといって、君に秘密があるわけでもない。これはすなわち――」

「即ち?」

「――ところでミス・キリエライト」

「おい!?」

「見たところ、キミはまだ宝具を扱えていないね?」

 

 話がそれていく。まったくもって、なんなんだと言いたいが話はマシュの宝具の話に。丁度いい機会なので邪魔をするのも忍びないので引き下がる。

 どうせ、彼は言っても教えてはくれないだろう。なんとなくそんな気がするのだ。

 

「……はい。わたしはまだ、わたしに力を譲渡された英霊の真名を知らないのです……」

 

 だから宝具が使えないのだとマシュは言う。

 

「それは違う。真名はそう大きな問題ではない。キミはただ、踏み出す足を間違えているだけだ」

 

 彼はそう言う。ようは考え方なのだろう。マシュはもう宝具が使えるはずなのだ。だから、あとは彼女次第なのだ。

 

「その答えはこの先にある」

 

 中心部に行けばおのずとわかるだろうと彼は言う。そして、謎の深淵へと歩を進めていく。

 彼が挑む謎とは、すなわち魔術王の正体に他ならない。

 

「ゆえにぜひともダビデ王、キミの話を聞いてみたいものだ。なにせ、結びつかないのだ。どうしてもソロモン王に結びつかない。痕跡があってもそれがつながらないのだ」

「そう言われてもね。僕としても不思議なのさ。直に会った今でも、信じられないくらいさ」

「なに!?」

「……あったよ、魔術王に」

「キミは重要参考人でもあったのか! ではぜひ話してほしい!」

 

 ぐいぐいとこちらに寄ってきて問いを投げかける。

 姿、声質、魔術系統、直接感じた印象。

 違和感。

 

 魔術王を見た時にかんじたことを言えと彼は言う。

 

 ――それだけで震えが走った。

 

 思い出される赤。赤、赤。死んでいく仲間たちの姿を思い出す――。

 

「――かっひゅ――」

 

 思わず過呼吸になりかけて――自らの服装を見て、思い出した。彼の嘲笑を、彼の笑いを。

 

 ――残念だったなという彼の言葉を。

 

 魔術王とて完璧ではないということを思い出す。

 ゆえに呼吸ができるようになる。

 

「大丈夫かね」

「ええ、足りないものがあった気がします。外見で、一つだけ、何かが足りないような……」

「なるほど……悪いがスケッチをお願いしても? ここならば呪われることはない」

 

 だからこそ道すがら全員で思い出しながらスケッチをする。特にタビデなんかが役に立った。生前と比べて何が足りないのかを彼だけが把握しているのだから。

 

「ま、ほとんど見てないんだけどね!」

 

 相変わらず親失格なのは変わらないが。

 

「あのミスタ・ホームズ。わたしからもひとつよろしいでしょうか」

 

 マシュもまた問う。

 それは魔術王のこと。彼は相対した時、おかしかった。乱暴であり、冷静であり、時にこちらに無関心であり、時に魔術王の如く王気に満ち溢れていた。

 

 魔術王との会話をホームズに話して問う。

 

「ふむ、君たちが彼とどのような会話をしたかを聞いた限り、魔術王は鏡のような性質を持っているようだ」

 

 鏡。前に立ったものを映す鏡。話した者を映す鏡。

 乱雑な者が前に立てば彼は粗野に見える。賢明なるものが語り掛ければ、彼は真摯に応える。残忍な者は彼を残忍な者に捉え、穏やかな者は彼を穏やかな者と捉える。

 

 それは鏡。自分がないわけでもなく、多重人格ということでもない。魔術王は属性を複数持っている。それどころか持ちすぎているとミスタ・ホームズは言った。

 

「だったらおかしいのはここかい。ミスタ・ホームズ。生命に価値がないと思っている者がいないはずなのに、彼が発言したこと」

「イエス。さすがはダビデ王。そこだ。私が怖ろしいのはそこなんだ」

 

 人間に関心がない。

 それは魔術王にとって真実の一つ。何故ならば、彼は既に人類を滅ぼしているのだ。今この時代を消滅させようとしている獅子王とは違う。

 彼は既に人類を滅ぼしている。既に魔術王は勝者なのだ。関心がないのは当然のこと。既に次の仕事に移っているのだから、関心なぞあるはずもない。

 

 しかし、一つの奇蹟が起きた。カルデアが存在していること。しかし、すでに終わった仕事ゆえに関心がない。

 

「だからこそ、その次に行っている仕事が問題なのだ。何を行っているのか。それを知る必要がある」

 

 そして、その全てが七つの特異点に関わるのだ。

 

「聖槍について、人理焼却の謎についても。全ては知らなければならない」

 

 そうしなければ舞台に立つことすらできないのだ。

 

 最後のトラップを越えて、中枢部へと行きついた。

 

「地下なのに空があります、マスター!」

「すごい……」

 

 ひとつの街ほどの空間。生活に必要なものがそろっている。

 

 そして、その中心にあるオベリスクがアトラス院最大の記憶媒体である疑似霊子円残機トライヘルメス。カルデアに送られたトリスメギストスのオリジナルだ。

 

「アクセス権は獲得してある。スタッフに声をかけたいが、無人ゆえに無断で使わせてもらうとしよう」

「しかし、なんで誰もいないだ?」

「それは明白だ。ここは2016年のアトラス院だからだ」

 

 それはオレたちの時代の――。それは確かダ・ヴィンチちゃんが言っていた。エジプト領の中に、さらに時代の違う異物があると。

 それがここだったのか。

 

「では本題に行こうか」

 

 彼が調べるのは2004年の日本でおきた、聖杯戦争の顛末。

 発端ではないが重要なファクター。

 

 その結末とは、カルデアの前所長マリスビリー・アニムスフィアの勝利というそれだった。万能の願望器を手に入れたのだと記録には残っていた。

 さらにマリスビリーには助手がいたという。聖杯戦争時にも連れていた助手。名を――。

 

「ロマニ・アーキマン……だって……? いや、でも――」

 

 それはおかしいだろう。

 だって、それではドクターは、カルデアに来る前から、前所長と知り合いで、聖杯戦争なんかに関わっていることになる。

 

「さらにどう調べても彼の聖杯戦争以前の記録を見つけ出せない」

 

 更に、あるべきものがない。その事実が重くのしかかる。何かを隠している。真相に近い何か。彼は人間だが、信用できないとホームズは言った。

 

 ――嘘だと言いたい。

 

 だが、観察眼が、告げている。ホームズの言葉に偽りはない。得た情報をどう検討しても、それを嘘と断じるに足る情報も、本当だと判断する情報もなにもかもが足りない。

 ゆえに疑わしい。疑心が暗鬼を呼ぶ。心に生じたそれは、小さなものであっても、心を蝕んでいく。疑いたくないのに、疑ってしまう。

 

「それに問題はまだあるのだよ。レフ・ライノール。彼がカルデアにやってきたのは1999年のことだ」

 

 それは2004年以前の話。つまりその頃から何かカルデアには魔術王が目をつける何かがあったということになるのだ。

 マリスビリーも良識ある人物だとホームズがいった。利用されたか、知らず破滅の地雷を踏んだのか。

 

 ゆえに、話の焦点はドクターに行くのだ。

 

 なぜならば彼は――どうしているのかわからないが、事件とは無関係の、別にいてもいなくてもいい傍迷惑な謎の人物という結論すらも出てくるのだ。

 

 だが、それすらも気休めにはならないだろう。ドクターは、聖杯戦争の結末を知ったうえで、黙っているのだから。

 

「さて、私が知りたかったことは知り得た。ゆえに、ミス・キリエライト。キミの問いの答えよう」

「問い……それは、わたしに力を譲渡した英霊の真名についてですか」

「そうだとも」

「しかし、それはレディが自ら見つけ出すもののはず」

「いいや、私は打ち明ける! 誰もがもう答えに気付いている以上はね!」

「マスターからも言ってください。彼の英霊の真名は――」

「いいや、違うよベディ。マシュ、知りたい?」

「……はい、わたしは、知りたいです」

「ならば聞こうじゃないか」

 

 知りたいのならば教えてあげよう。それにもういいのだ。必要なことは既に、彼女が持っている。

 

「そうだとも。マシュ・キリエライトの精神は既に完成している! 彼女の恐れは、宝具のあるなしで変わるものではない!」

 

 たとえ宝具が展開せずとも、マシュならば立ち上がることをやめない。だってそうだろう?

 

「――オレが好きになったのはそういう女の子なんだから」

 

 ――声に出てた……。

 

「はは。ははっははは! なんともロマンチックではないか。では、告げる役割はキミに任せよう。それこそがマスターたる者の役目だろう! 愛する者の言葉で立ち上がる。ああ、なんともロマンのある展開だとは思わんかね」

「あ、あの、マスター……」

「……」

 

 一度息を吸って、マシュを正面に見据える。

 可愛い後輩。オレのサーヴァント。愛しい愛しいマシュ・キリエライト。

 

「君の名は――」

 

 




なんかすさまじく長くなりそうなので、次回に続く!
ここら辺は本当にマシュが中心なので、余計な人たちがしゃべる余裕がない!

あとアルトニウムじゃなくてアルトリウムだった。感想で指摘された初めて気が付いた。そういえばそうだよ。

そして、ガウェイン卿の相手が決まりました。
もうここぞという時にキャストオフしてもらおうかと思います。
ゆえに初代山の翁の役割は砂嵐を起こすだけだ。



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神聖円卓領域 キャメロット 30

「君の名は――君に力を預けてくれている英霊の名はギャラハッド。円卓の騎士のひとりにして。ただひとり聖杯探索を成功した聖なる騎士だよ」

「円卓の騎士、ギャラハッド――」

「マシュ!?」

 

 まるで力が抜けたようにへたり込んでしまうマシュ。慌てて駆け寄る。

 

「大丈夫!?」

「は、はい……腰から力が抜けて、つい座り込んでしまいました……でも、痛いとかではないんです。ただ、嬉しくて」

 

 ――あの時、わたしたちを助け、信じてくれた人の名を知ることができて、とてもうれしい。

 

 彼女はそう言ったのだ笑って。

 

「マスター……わたしは、その名前に恥じないように、戦えていたでしょうか……?」

「ああ。ああ! オレの最高のサーヴァントだ!」

「とても嬉しいです、先輩。その言葉が、とても――」

「さて、真名伝達による宝具覚醒の如何は、あとでだ。まずは種明かしだとも。カルデアはどのようにして英霊召喚を安定させたのか。それは英霊を集めるものがあったから。かつて多くの英雄たちが集った席。円卓と呼ばれた誓いの儀式。カルデアはその聖遺物を加工し、召喚の触媒として、融合素体の肉体に埋め込んだ」

 

 それがマシュの盾。盾のように見えるが盾ではない。それは円卓なのだ。まさしくラウンドシールド。彼女こそが多くの英霊を集める下地だったのだ。

 彼女の盾こそ円卓を核にして作り上げた、聖なるラウンドシールド。

 

「さて、では次だが、ヘルメスの調子が悪くてね。あと一度だけしか検索できそうにない。未解決事件をこっそり検索したのがあだとなったか」

「おい!?」

「だが、安心したまえ。あと一度はしっかり機能する」

 

 ゆえに最後の問いの答えを検索する。聖槍ロンゴミニアド。その情報について。

 ロンゴミニアド。ベディヴィエール曰く、最果ての塔だということだが。

 そして検索の結果、聖槍は二つある。一つはこの世界を貫いている巨大な塔であり、聖槍の在り方がカタチになったもの。

 二つ。それが獅子王の持つ槍。塔が地上に落とした影のようなもの。塔の能力、権能をそのまま使える個人兵装。

 

 どちらにせよ規格外なものということに変わりはない。問題はなぜ塔が星に刺さっているか。それは世界を星に縫い付けている楔だ。

 それがなければ世界は剥がれて維持できない。

 

 そして、獅子王は聖槍を塔として使うつもりなのだという。五百人の魂を収納し、保存する。聖都こそが聖槍の外殻。

 聖都は理想都市などではない。理想の人間のサンプルとして閉じ込めておくための場所。いわば、標本の仮置き場。ショーウィンドウの中で人間の価値を証明するための保管庫だ。

 

「馬鹿な……! そんなおぞましい所業、もはや人間のものではない……!」

 

 ――人間じゃないんだろうな……。

 

 おそらく最初に見た瞬間に感じた通り。人間ではないのだろう。だが、獅子王の善し悪しはさておいて、民を守護するという意味では間違いではないのだ。

 しかし、それではすまない。最果ての塔ができるということはそこは世界の果てとなるのだ。ゆえに塔の外の世界は滅び去る。

 自国以外はすべて見捨てた、切り捨てたのだ。

 

「地上に戻ろう」

 

 ゆえにもはや一刻の猶予はない。すぐさま戻り、山の翁と合流し、聖都に押し入り、獅子王の真意を確かめるのだ。

 地上に戻る道すがらホームズはいくつか言い残していった。幻霊。なぜ、2016年が起点であり、そこから過去にさかのぼったのか。

 魔術王にはそこまで待たねばならない理由があったのだと。その必要があったからこそ、人理を焼却し絶滅させたのだ。

 

 3000年ほどの時間を。未来を見通す千里眼がもし2016年よりも先の未来を映さなかったとしたら?

 そんな謎を彼は残していった。

 

 そして、地上に出たはいいが、

 

「しつこいなぁ、まったく」

 

 待ち構えているランスロット。

 

「すでに包囲は完了している。大人しく縛につけ。こちらもこれ以上時間をかけることはできん。抵抗するのなら、誰であれ容赦なく斬り捨てる」

「本気のようですね。下がっていてください。円卓の騎士の不始末は、円卓の騎士がケリをつける」

「そのまえに最後の確認をしたい」

 

 聖槍の話だ。円卓の騎士は王を信じている。だが、聖槍の正体を知っているとは限らないのだ。ゆえに、話したら何か変わる可能性がある。

 

「わかりました――ランスロット卿! 戦う前にひとつ問います! 貴方は、聖槍の正体を、獅子王の目的を知っていますか!?」

「……なに?」

 

 食いついた!

 

「聖都は理想都市ではない。あれは最果ての塔。理想の人間を集め、収容する檻であり、それが成った時、この大地はすべて消滅する! 獅子王の行いは人の領域を超えたものだと!」

「…………まさか」

 

 ランスロット卿が剣を降ろす。円卓の騎士ですら聖槍の事実は知らされてはいなかった――。

 

「ぬん!」

 

 その瞬間、ランスロットが下げた剣を振るった。

 

「ベディ!」

「まさか、卿がそこまで知っているとはな。この者たちも同様という訳か……ますます逃がすわけにはいかん。いたずらに恐怖をまき散らすことになる」

「――――」

 

 知ってて、知っててそれでも獅子王に従っていたのか……。

 

「くどい! 我ら円卓に王への不忠はない、といったはずだ!」

 

 聖槍が完成し、最果ての塔が開かれる。

 それが円卓を召喚した獅子王が宣言したこと。

 その時に、彼らは誓った。この時代すべての人間の敵となると。

 王の行いに、人ならざる意思を感じてもなお、従う。それが騎士ゆえに。

 

「サー・ランスロット……やはり貴方は……」

「話はここまでだ。話したいのならば王の御前でするが良い!」

 

 ベディヴィエールへとランスロットが剣を振るう!

 

「た――――あっっっっ!!」

 

 それを防ぐのはマシュの盾。

 

「お――こー―り――ま――し――た――っ!!!」

「なに!?」

「マシュ!?」

 

 マシュが、あのマシュが、怒ってる!?

 

「この気配……君は、まさか!?」

「完全に怒り心頭です! わたしの中にはもういませんが、きっと彼もそうだと思います! ですので代弁させていただきます!」

 

 大きく息を吸ってたたきつけるはただ一言。

 

「サー・ランスロット! いい加減にしてください!」

「い、いいかげんにしてください……? まさか、私は叱られているのか……!?」

「いいえ、憤慨しているのです! それでもアーサー王が最も敬愛した騎士なのですか!? 王に疑いがあるのなら糾す! 王に間違いがあるのならこれと戦う! それが貴方の騎士道(こころ)のはず。それが貴方にだけに託された役割でしょう……!」

 

 そう告げるマシュにランスロットがうろたえている。

 それを見て、

 

「そうです。いいことを言います。さすがギャラハッドが選んだ娘です」

 

 サンタさんが上機嫌でアホ毛を揺らしていた。

 

「待て。待つんだ。待ちなさい! 親を親とも思わない口ぶり、片目を隠す髪……君は、もしや――!」

「もはや言葉は不要です、サー・ランスロット! 改めて、貴方に決闘を申し込みます!」

「マシュ――!?」

「ご安心を、マスター! わたしは決して、あの人には負けませんっ! この盾が、この鎧が、この胸が、そう叫んでいるのです! だって、だって――!」

 

 その時、マシュの姿が変わる。それをオレは知っている。霊基再臨。限界を突破した霊基が新たな形を成す。腰には剣を、鎧はさらに力強く――!

 

 その姿はまさしく彼の騎士の姿――!

 

「わたしはマシュ・キリエライト、与えられた英霊の真名()はギャラハッド! この霊基(からだ)にかけて、今こそ円卓の不浄を断ちましょう――!」

 

 マシュが駆ける。盾を構えて、ランスロットへと。

 

 これは決闘。ゆえに誰ひとりとして手出しは無用。

 

「ヤアアア――!!!」

 

 振るわれる盾の一撃。それを動揺していながらも受けられたのは鍛え上げた武練によるものだろう。だが、その一撃は何よりも重く、それは肉体にも精神(こころ)にも響く。

 

「くぅ……! この、肉体より骨格に響く重撃は、まさに……!」

 

 マシュがランスロットを圧倒していた。

 マシュが今まで以上に強く霊基を意識して覚醒しているというのもあるだろうが、何よりもランスロットの剣技が見る影もない。

 

 動揺は深く、反射で受けているが、そんなものではマシュを止められない。骨格に響くような重撃が何度も繰り出されている。

 押されるのはランスロットの方だった。

 

「目が覚めましたか、ランスロット卿! まだわからないというのなら、次はお城をぶつけます!」

「そこまで!?」

 

 放たれる重撃、重撃、重撃。

 目が覚めたか、それとも足りないか!

 

 と猛々しく放たれる一撃一撃に音を上げたのはランスロットだった。いや、折れたというべきか。彼ならば逆転する方法などいくらでもあっただろう。

 精神を立て直し、マシュの攻撃をいなし反撃することだってできたはずだ。やろうと思えば、この場にいる全員を行動不能にすることなど容易いはずだ。

 

「…………いや、君の言う通りだ、マシュ」

 

 だが、彼は折れたのだ。己の芯にまで響く一撃を受け続けさせられて、彼女の重撃(ことば)を受け続けて彼は、折れた。

 元より気がついていながら気が付いていないふりをしていたのだから当然だろう。

 

「円卓の騎士と戦い、敗れたのだ。もはや、私は王の騎士を名乗れまい。私の愚かさが晴れたわけではないが――君たちと戦う理由は、私にはなくなった」

「ようやく素直になったのね。ランスロット、どう見ても嫌々戦ってるんだもの……でも、あれだけ頑固な人が今回はあっさり負けを認めたわね。どうしてかしら」

 

 ――そりゃあ、ねぇ。

 

「三蔵ちゃん、ギャラハッドはね。ランスロットの子。つまり親子なんだよ」

「うそ!? 親子なの、あの2人!?」

「正確にはランスロットとマシュに力を預けてくれた英霊が、だけどね」

 

 ギャラハッド。彼は、ランスロットとペレス王の娘エレインという女性との間に生まれた子供である。ただ、そのやり方がちょっと問題ではあった。

 エレインは魔法によってランスロットを騙して結婚したのだ。その果てに、ギャラハッドを産むが、当然のように正気を取り戻したランスロットはエレインを捨てた。子供のギャラハッドは修道院に預けられて育てられた。

 

 マーリンに父であるランスロットを凌ぐ武勇を身につけ、聖杯を発見すると予言され、大人になった彼はアーサー王に引き合わされ、様々な試練を経てアーサー王から「世界で最も偉大な騎士」と称され、円卓の騎士に加えられ、聖杯探索の任務を与えられる。

 そして、遂に聖杯を見つけたガラハッドは最も穢れの無い騎士として神々のもとに召されることになった。それがギャラハッドという英霊についてオレが知る全て。

 

 だから、ランスロットも負けを認めざるを得ないのだ。なにせ、息子、まあ、今は娘になってしまっているのだが、にああまで痛烈に色々と言われてしまったらもう負けを認めるしかないのが父というものだ。

 

「いえ、先輩、ノーです」

「え?」

「父に見えたのは子供の頃だけ。そうギャラハッド氏の霊基は証言したがっています」

「…………」

 

 仕方ないとはいえ、それをマシュの口から聞かされるのはダメージがでかいな……。

 

「親子仲は良くなかったはずです、そうですよね、お父さん!」

「ガハッ――」

 

 あ、なんか血を吐いた。結構なダメージなんだろうなぁ。

 

「い、いや、私は、うまくやっていきたかったのだが……すまない、その呼び方は、心臓に悪い。心の準備ができていないとショック死しかねない」

 

 大の大人が赤面しているさまなぞこちらから見たらもう相当にヤバイのだが。これが円卓最強の騎士かぁ……。

 

「…………」

 

 どうしてそこで顔を背けるのかなサンタさん。

 

「(複雑な家庭環境でしたからね……まさか英霊になって念願の呼び方をされるとは……)」

 

 ――あ、念願だったんだ。

 

「ふむ。もはや殺気も戦意もなにもないな。ランスロット殿はもう戦う意志はなかろう。さて、マスターよ、どうする?」

 

 ランスロットを捕らえて聖都に入るか。山の民に預けるか。

 

「……」

 

 色々と思うことは多い。だが、力になってくれる英霊は多い方が良い。なにせ、おそらく、今のアーサー王は、人ではないのだから。

 

「よし味方になってもらおう」

「それは……ふふ。そうですね。その通りです。私では言いづらいことをあっさりと言ってくれました」

「じゃあ、僕に任せて」

「ダビデ?」

 

 ダビデがサンタさんを引き連れて、そしてランスロットと三人で岩陰へ。

 

「なにいいいいいいいい!?」

 

 カポッっという音とともに響く叫び声。そして、何食わぬ顔で戻ってくる三人。

 

「マスター、このランスロット。命ある限り、貴方と我らが騎士王の剣となろう」

「――ダビデ殿は一体何を言ったのでしょう」

 

 そのあまりの変わりように驚くベディヴィエール。そりゃアーサー王がこちらにいるのだから、こっちにつくよね。変わり身するよね。

 

「味方となった以上、案内したい場所がある。来てもらえないだろうか」

 

 そうして半日ほどランスロットの部隊のひとたちに乗せてもらってたどり着いた場所はキャンプいや、もはや村だった。山の民、砂漠の民、聖地の人までもがそこにはいた。

 ランスロットが匿い避難させていた難民たちだ。

 

「聖抜に選ばれた人々は聖都へ。選ばれなかった人々をどうしろとは何も命じられていないからな」

 

 また、王命に背いて放浪する騎士も少なくはなく、彼らにも居場所が必要だったのだ。ゆえにこの難民の村を作った。

 まったく素直じゃないというか真面目というか。

 

「立派な反逆罪じゃん。さあ、マシュ、感想をどうぞ」

「ごく潰し! 顔に似合わずやりますね、お父さん!」

「だから、その呼び方はやめなさいと……」

 

 でもまんざらじゃなさそうですね、お父さん!

 

「おやおや。騒がしいと思えば、やっと到着かい? いやはや、ずいぶんと待たされた!」

「――――」

 

 その時、声が聞こえてきた。もう二度と聞くことはないと思っていた声が――。

 万能なりし女の声が――。

 

「ナァイスリアクション! 元気にしてたかい! まずは再会を祝して乾杯、いっとく?」

「な――」

「な?」

「なにが、乾杯だこらぁあ!!」

 

 気が付けばオレは拳を振りぬいていた――。

 

 




ごく潰しの全盛期終了。

てなかわけでみんなのアイドルダ・ヴィンチちゃんの復帰だ! いやー、あの時のうれしさはもう忘れられない。
あまりのうれしさに殴りたくなったくらいだからね!

さて、今回で99話。いやはや長くやってきたものだとしみじみ思いまする。
次回は百話。感動的なダ・ヴィンチちゃんとの再会からだゾー。
そして、百話記念のギャグ時空も用意しているので待て、しかして希望せよ――。

なにも考えずに記念話書いてるので、ツッコミどころやら矛盾やら多くなってるけど知らぬ存ぜぬ。
いわばカニファン時空だとか、ソフマップ特典ドラマCD時空だとか、イベント時空だとか、FGOアンソロ時空だとか、ちびちゅき時空だとかそんな感じのものだと思っておいてもらえれば幸いですです。

出てくるキャラは私のお気に入りからネタキャラなどだ。
マシュは双子だ。種田マシュと高橋マシュという苗字違いの同じ名前というごく潰しのおかげで超複雑な家庭環境なのだ。
相変わらずきよひーはストーカーしてるし、エドモンは大正義親友ポジだ。ナイチンゲールも仲の良い親友ポジダゾ
ダビデ? あれはクズだ。
ブーディカはぐだ男のお母さん役。お父さんはジキル博士。ペットにはタマモキャットを配置した最強の我が家。

とまあいろいろと何かしている感じなのでお楽しみに?


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神聖円卓領域 キャメロット 31

「ぐ――ここは普通感動の再会でハグとかじゃないのかい!? 期待してたんだ……ぞ……」

「な、なに、が、ハグ、だ、ばかやろう……心配かけやがって……」

 

 ああもう無理。耐えられるはずもない。恥も外聞もなく、オレは泣きじゃくっていた。ああ、もうみっともない、格好悪い。だけど無理だ仕方がないだろう。

 だって、ああもうなんだ、これ。わけがわからず、オレは涙を流していた。そりゃもう嬉しいからに決まっているが、もういろいろとあってわけがわからない。

 

 色々と言いたいことも文句もあるのに、今はもう涙しか出てこない。なんだ、これオレはこんなにも涙もろい人間だっただろうか。

 いや、うん、見栄を張らないで客観的にみると結構涙もろい人間のような気がするが、こればっかりはもうどうしようもないくらいだ。

 

 だって、ダ・ヴィンチちゃんだもの。本物の。

 

「あー、うん、ごめん。心配かけたね。まさか、ここまで大泣きされるとは、さすがのダ・ヴィンチちゃんでも予想外だ。サーヴァントとの別れなんてしょっちゅうだろうに」

「それとこれとは、話が、別!」

「あ、良かった。ようやく繋がったよ。砂漠地帯から戻ってきたようだねって……なんで泣いてるんだい!? 何かつらいことでもあったのかい!? ほら、辛かったらボクにもっと言っていいんだっていつも言っているだろう。さあ、今度はどうしたんだい。言って――ダ・ヴィンチちゃん? アレェ……おかしいなぁー。なんかダ・ヴィンチちゃんの姿が見えるぞぅ――って、ええええ!? ダ・ヴィンチちゃん!? あんなにきれいに爆散しておいて生きていたというのかぁぁぁあああああああ!?」

 

 ドクターも心底驚いているようだった。

 

「……なんてね」

 

 いや、そうでもないのか。

 

「まあ、それぐらいは許容範囲さ。だって、あの天才がそう簡単にくたばるならもっと前にくたばっているだろうからね」

 

 それは新手の照れ隠しというやつでしょうか。

 

「やだこの人キモい。男の強がりは可愛くないぞ? 三十代独身男とか特に。マスターくらいならまだまだ可愛らしいもんさ。ただ、その泣き顔はいただけないね。私はね、ほら、なんだかんだいって君の笑顔が好きなのさ。ほらほら、これで顔を拭いて。まったくみんなの前だというのにお姉さんが見てないと駄目なのかい?」

「……割と……」

「やだこの子素直」

「それよりもだレオナルド。どうやって生き延びたんだい? その杖が爆発したんだろ?」

 

 それはオレも知りたい。どうやって助かったのだろうか。オレの観察眼でもアレでは助からないと思っていたのだ。

 それでも何とか生きているはずだってずっと思い続けていたけど。

 

「ああそこは私も予想外の展開だった。私だって杖を頭上に放り投げて、せめて即死はさけようとしたんだが……まさか、敵の先頭を走っていた騎士が突進してきて、あろうことか私を庇ったなんて話、信じるかい?」

 

 全員が一斉にランスロットを見た。オレはそれからその部下に目を向けると、うんうんと頷いていた。

 

 ――ああ、苦労してるんですね。

 

 なんてのがよくわかったというか、ランスロットらしいというかだ。ただマシュなどは何やらランスロットの評価が上方修正された様子。

 ただ、全員に見つめられたランスロットが漏らした一言というのが、

 

「いやぁ……。遠目にみても美女だったので、とっさに……」

 

 これだったものだから。

 

「――何を言っているんですか?」

 

 一気に氷点下まで落ち込んだ。ランスロットらしいとはベディヴィエールの言だが、それにしたって敵を、それも美女だからと助けるとは本当に美女と見れば見境なしか。

 

「うんうん。僕だって美女だったら助けてるね。僕は助ける。絶対に助けるよ」

「ダビデは黙ってて」

 

 とりあえず、ダビデと同じ、女にだらしないやつだこれ。

 

「ギャラハッドの気持ちわかるなぁ……」

「そうそうギャラハッドって。マシュと融合した英霊の真名がわかったのかい!?」

「ああうん、アトラス院でね。ついでに聖槍の正体も。あとで送るよ」

「ほう、聖槍の正体! それは面白そうだ! というか、これまでの経緯を知りたいな。私はここから動けなかったのでね。なんだかいろいろと減ったり増えたりしているみたいだ。聞かせておくれ。まあ、君たちの活躍はそこの彼から聞いていたのだけどね」

 

 そう言ってダ・ヴィンチちゃんが指し示した先にいたのはあのムスリム商人だった。

 

「おまえは!?」

「はは。久しぶりだな。元気そうでなによりだぜ」

「このセルハン氏は、私たちとは別方向に逃げた難民たちを指揮して逃走させた、一流の盗賊だ」

 

 そして、その後これ以上面倒見切れない、と難民たちをここに押し付けていたらしい。なんというかいい人なのか悪い人なのかわからない。

 その上、荒野の情勢まで探っていたという。本当、すごい人たちだな。

 

「こっちにはいい迷惑だぜ。褒められたところで得になりゃしねえ。だが、ダ・ヴィンチ女史の知恵には代えられない。荒野において女史の技術は最高級の商品だ。水源を見つけて井戸を掘るまで一日とか、救いの女神かってんだよ、まったく」

「はは。ダ・ヴィンチちゃんらしいや。うん、救いの女神には間違いないかな。とりあえず話すよ。全部ね」

 

 オレはダ・ヴィンチちゃんと別れてからのことを話した。何があったのかを。何をしたのかを。オレがどんな無茶をしたのかは話さなかったけれど、きっと彼女は気がついていたんだと思う。

 聡明なダ・ヴィンチちゃんが、気が付かないわけなどないのだ。けれど、それを指摘してくることはなかった。それはとてもありがたい。それを言われてしまったらきっと、止められてしまうから。

 

 話し終えると、ダ・ヴィンチちゃんは話を反芻してから、

 

「なるほど。聖抜は人間の選定。属性でいうところの秩序・善の人間を聖都キャメロットに集めて、ロンゴミニアドに吸収、そうしてどのような隔絶空間にあっても存在し続けられる宇宙コロニーのようなものにすると。いやはや、凄まじい。確かにそれならば魔術王による人理焼却にも耐えられる。それが獅子王の目的だったんだね」

 

 そうすれば少なくとも、人間は絶滅しない。だからこそ、円卓の騎士もその理念に従った。

 

「だが――獅子王の理念は間違っている」

「そうね。獅子王の理念は間違っているわ。人々から選択の余地を奪うのは良くないことよ」

 

 そのために円卓は己を殺しているのだ。それを受け入れるために、己を殺して、殺してもはや戻れない。戻ることすら己に許さないだろう。彼らはそういう騎士なのだから。

 

 だからこそ解せぬとランスロットは言った。騎士たちは王を信じている。昔の王を。だが、どうして王は変わったのかわからないと。

 獅子王は円卓を召喚したその時から、獅子王であったという。乱心したと背く騎士もいたが、乱心する理由などどこもないのだ。

 

「――乱心じゃないさ。正気どころか、理性すら、今のアーサー王にはないだろうからね」

「だろうね」

「マスター?」

「やっぱり君も気が付いていたか。というか、止めたのにその一端に手を伸ばしたな?」

「まあ、直接見たわけじゃないからだいぶかかったけど。たぶん、アレは神霊なんだろ、ダ・ヴィンチちゃん」

「そうだとも。彼女はもう英霊(にんげん)じゃない。聖槍を長く持ちすぎた結果、属性が変化してしまった」

 

 地に生きる伝説ではなく、天に座す伝説になってしまった。

 つまり神となったのだ。

 

 ゆえにその視点はもはや人間を超越した。人間は価値あるものだとわかっても、人命に価値などないとした。まさに神の視点。

 人間という種に価値を持ち、個人の人命に全くと言っていいほどの価値を見出せない。

 

 つまるところ、特異点に現れたのはアーサー王という英霊ではなかったという話だ。神霊だったというだけの話。

 ゆえに問題は、どうしてそんなことになったのかだ。特異点にいた時から最初から神霊だったとするならば、彼女が神霊になった起点がどこかにあるはずなのだ。

 

「――ベディヴィエール……」

「――! …………なんでしょう……」

「いや、あれ、なんで……」

 

 オレはなぜベディヴィエールの名を呼んだ? 起点を考えて、ベディヴィエールの名を呟いたのならオレは、彼が起点だと思っている?

 ならなぜだ? この直感の出所はなんだ。オレは、彼の銀腕に何を――視たのだったか――。

 

「――っ」

 

 ありえない。そうだとしたら、彼はいったいどれほどの――。

 

「獅子王だとかもう悠長なことを言っている時間はないよ! もし獅子王の聖槍が完成してしまったら、ソロモンを倒して人理焼却をなかったことにしても、人類史はメチャクチャになる! なんとしても獅子王を止めないと」

「だが――」

 

 獅子王に勝つためには、戦力が足りない。兵力差が大きく、正門にはガウェイン。そして、何よりも裁きの光がある。アーラシュの一撃で止めたそれを撃たれてしまえばこちらは対抗できない。

 それに対抗できる宝具が必要だ。しかし、それをやるにはコスト面でも損だ。何より被害が大きいし、サンタさんはガウェインの相手をしてもらう。

 

 初代山の翁にやらせたら呪腕さんが殺される。そんなことさせるか。何より、オレは初代山の翁が嫌いだ! 何がハサンを殺すハサンだこのヤロウ。呪腕さんはやらせんぞ。

 

「――というわけで太陽王のところに行こう」

「何がというわけか、まっったくわからないけど、相変わらず君の脳内はおかしいなはっはっは」

「先輩は太陽王に協力を要請すると!?」

 

 誰もが無理だろー。という空気。

 

「いやいや、なんで? だって獅子王の槍が完成したらエジプト領も消えるんだよ? あの王様ならそんなもの認めないでしょ」

「確かに、マスターのいう通りだ」

「ランスロット卿、それはどういうことかなぁ?」

「なに、奴は思ったよりも単純だということだ。条件を示せば取引にも応じる。何より奴は勝算のある方につく。それは為政者として当然のことだろう」

 

 ゆえに単純だ。こちらにともに戦うに値するだけの戦力(かち)があると直接示せばいいのだ。二度目の戦い、既にオレはオジマンディアスを視ている。ならば、負けはない。負けないようにするのだ。

 何より円卓の騎士最強のランスロットがいる。ギフト持ちの騎士が味方なのだ。心強いなどというものではない。それにサンタさんも来てくれた。三蔵ちゃんも、藤太もいる。

 

 勝つのだ。清姫やブーディカさん、ノッブ、兄貴の為にも。今度こそ、勝つのだ。なにをしても――。

 

「…………」

 

 砂漠をオジマンディアスの大神殿目指して進む。砂嵐は激しく、多くの魔物なんかとも遭遇したが、それでも何とかその目前までたどり着いた。

 明日にはオジマンディアスのもとに着く。

 

「……どうしたんだい、眠れないのかい?」

 

 キャンプ。天幕から出るとダ・ヴィンチちゃんがいた。

 

「……うん」

「そっか。じゃあ、少し話していくかい? みんな睡眠中だ。時間をつぶすにはちょうどいいだろう?」

 

 となりをぽんぽんと叩きながら座るようにダ・ヴィンチちゃんが言ってくる。眠れないのは本当で、話し相手になってくれるというのならありがたい。

 隣に座る。そういえば、ダ・ヴィンチちゃんの隣に座るだなんて、久しぶりというかなかなかないなと思う。こうやって特異点に来るのも今回が初めてだ。

 

「マスター。隠し事しているだろう。みんなにも、そして、ロマンに対してもだ」

「…………」

「沈黙は肯定だよ。本当に隠したいのなら笑って、そんなものないと一蹴してやらないといけない。昔の君なら、そうやっていたんだろうけどね。いやはや成長するとはいいものだね」

「こんなの成長って言える……? 弱くなってるよ、それだと」

「成長だとも。少なくとも、君は君自身を隠すことはなくなったということさ。私たちを信用してくれて、全部託すこともできるようになったのなら、それは成長と言わずしてどうするんだい」

 

 ――頑張った男の子は褒めてあげないといけないだろう?

 

 そう言って、いい子いい子と頭を撫でてくる。それが優しいから。

 

「なんだよ……柄にもないことして……」

「君には母親が必要だからね。まだキミくらいの年なら親の庇護が必要だし、そういう役目のブーディカが、今はいないんだ。だったら私が代わりというわけさ。だから、私はキミを叱らないといけない。まったくなんて馬鹿者なんだってね」

「…………」

「君は普通の人間だ。私たちのような英雄じゃあない。ただの人間だ。私みたいに何かの天才というわけでもないし、英雄を英雄足らしめる秀でた才能や武器を持っているというわけでもない。普通の人間だ。そして、歴史を動かす、歴史を綴る大多数の人間の一人だ」

 

 だから、馬鹿者なんだとダ・ヴィンチちゃんはオレを叱る。そんな普通の人間が英霊に勝てないのは当たり前で、いかに強大な英霊を相手にしたからって、自分を犠牲にして先読み指示だしなんて誰も求めていないのにやってしまうのは馬鹿のすることだ。

 犠牲が嫌なのはわかる。でも、サーヴァントなんてそんな存在だ。一時の戦力。そう割り切って犠牲ありきで、将棋やチェスを打てばいい。自己犠牲で英霊に並び立つようや武器を作らなくていい。

 

 特異点をこえて鍛えてきた観察眼、心眼、直感は、人間の中でも上位のレベルだ。それで十分。マスターとしては破格の性格と能力となっている。

 成長は確かだ。無理をして亀裂を刻む必要もない。無理をしなくていい、英霊をうまく従えて、時に命令をすればいい。それだけでも十分英霊たちは力を発揮してくれるだろう。

 

「でも――」

「でも、君は割り切れないんだろうね。そういうところは美徳だ。だから、多くの英霊がキミに付き従い、慈しみ、力になってくれる。でも、だからって、キミがそんなことをして私たちが悲しまないと思っているのかい? 私だって悲しいぞぅ。味覚を失ったなんて知れたら清姫とブーディカ。うちの料理サーヴァントたちが泣いちゃうぞぅー」

「…………ごめん」

「うん。素直に謝れるのは大変よろしい。悪いことをしてるって自覚してるからだ。でも、キミはどうせピンチになったら使ってしまうんだろうね。そんなわけだからダ・ヴィンチちゃんは作りました」

 

 ぱんぱかぱーんと胸の谷間から取り出したるは眼鏡だった。ダ・ヴィンチちゃんが持っているものとお揃い。手渡されたそれはダ・ヴィンチちゃんの体温で生暖かい。

 

「なにそれ」

「ふっふっふ。君の状態を確信してから作った礼装だとも。君の記憶障害に味覚の破壊は脳への過負荷が原因だ。過負荷の原因は情報量と処理量だ。だから、それを軽減するための礼装だ。まあ、いわば補助脳といったところかな。本当ならフルフェイス型にしたいところだけど、それじゃあ大きすぎるからね。ちょっと小さくしてみた」

 

 かけてみるとあまり変わらないように見える度の入っていない伊達眼鏡だ。だが、かけた瞬間に様々な情報が表示された。

 温度、湿度、光量、その他さまざまなもろもろの観測データなどだ。

 

「それは君が集めた莫大な情報量を制限し、勝手に処理してくれる優れもののアイテムだ。結果だけを出力して君の脳に出力してくれる。どうだい? 大分処理が軽くなるだろう?

 キミの戦術六拍、意思想像(相手を想い)工程想起(記録を参照し)行動視認(現在の動きを見て)経験補完(足りないもの想像し)情報更新(相手の全てを手に入れて)完全予測(未来を掴み取る)のうち行動視認以降の全て肩代わりしてくれるんだからね」

「……ありがとう。てか、戦術六拍?」

「なに、本当ならそれも渡したくないんだけどね。なにせ、負担軽減とかしたらキミますます使っちゃいそうだし。ああ、君の技術に名がないのは不便だろうからまあ呼び名的なそれをつけさせてもらったわけだよ。弓道の射法八節と似たようなものさ。まあ、二つ足りないが人の身ならそれで十分」

 

 戦術六拍。

 意思想像(相手を想い)工程想起(記録を参照し)行動視認(現在の動きを見て)経験補完(足りないもの想像し)情報更新(相手の全てを手に入れて)完全予測(未来を掴み取る)

 

 それはオレの未来視もどきの工程だ。無意識に行っているそれをダ・ヴィンチちゃんは見てもいないのに想像して礼装まで作ってくれる。

 なんだ、女神かやっぱり。

 

「そして、ロマニのことだ。聞かせておくれ。何が気になっているんだい」

「実は……」

 

 ドクターのことを話す。2004年の聖杯戦争について。前所長とドクターが参加していたこと。それを隠していることとかアトラス院で知った事実を。

 

「それは知らなかったな。私がカルデアに召喚されたのは2012年のことだ。前所長との面識はわずかしかない。その年の暮れにマリスビリーはなくなったからね。ロマニと前所長の関係はよく知らない。マシュの英霊を召喚したのが2010年。その時にマシュの容態が悪化して前所長がロマニに助けを求めたらしい。ロマニはその時に英霊憑依実験を知り自分の愚かさを嘆いたそうだよ」

 

 カルデアに何年もいたのに、そんなセクションがあることにすら気が付いていなかった。だから、自分の愚かさを嘆いた。どうして気が付かなかったのか。

 それはダ・ヴィンチちゃんも同じことだという。呆れて、怒った。カルデアになんて召喚されなければよかったとすら思ったらしい。

 

 だがダ・ヴィンチちゃんはこうしてカルデアに残った。それはなぜなのだろう。

 

 そう問えば。

 

「学術的興味があったからね」

 

 そんな答えが返ったきた。

 

「英霊召喚なんて本来は絶無の可能性。なら行ってみたいと思うのが人情じゃないか。でもね、それだけじゃないんだ。一番の理由はロマニさ」

「ドクター?」

「ああそうだとも。君と同じ人種さ奴はね。一目でわかったよ。ああ、いろいろと無理してる人間だなって」

「無理? 隠し事じゃなくて?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんは頷いた。

 

「ロマニはただの人間だ。魔術師じゃない。キミと同じ、一喜一憂しながら困難に立ち向かう、ね」

 

 ダ・ヴィンチちゃんはいった。ドクターは人並み以上の才能を持っているが、人を凌駕するほどの天才じゃないと。

 

「キミと同じなのさ。そんな人間が、人類を背負おうと必死になっていた。ロマニ自身、どうしてそうしなくちゃいけないのか理由がわからないままにね」

 

 ドクターはそれを言葉にしなかった。ますますオレと同じだとダ・ヴィンチちゃんは怒ったような、呆れたような、拗ねたように言った。

 あのテンパり具合は相当だったと思い出しながらいう。

 

「じゃあ、ダ・ヴィンチちゃんは」

「そうさ。ロマニを見捨てられなかったのさ」

「じゃあドクターは……善人?」

「どちらでもなく、どちらでもある。キミだってどちらかに規定することはできない。だって、それが人間だからね」

 

 善であり、悪でもある。矛盾を抱えた生き物。それが人間というものだろうとダ・ヴィンチちゃんはいう。だからこそ面白いし、見捨てることができないのだとも。

 

「……そうだね。でも一つだけ言っておこうかな。ロマニはね、一つだけ切り札を持っているんだ」

「切り札?」

「そう。キミが怪しんでいる通り、ロマニは隠し事をしている。大なり小なり隠し事はあるものだけど、まあ、それは聖杯のようなものだ」

「聖杯!?」

「そうさ。彼は一度だけ、願いを叶える手段を隠し持っている。本人は怖がって、考えようともしないけどね」

「どうして?」

 

 願いを叶える手段があるのならば、この状況だってなんとかできたのではないのかと思う。それが怖いから考えないようにする。

 

「もしかして、ドクターに何か影響があるの?」

「ご明察だ。それを使えば彼は消える。だから使えない」

「死ぬってこと?」

「――そうだね。それぐらい単純な話ならいいんだが」

 

 死ぬことが単純で、そうじゃないくらい複雑な何かがあるのか消えるということは。

 それは残念ながらわからない。でも、そうだとしたら、ドクターを信じていいのだろうか。そんなものを持っているのに隠しているのは、まあ、いいけど、いろいろと不明な点が多い。

 どうしてそんなものを持っているのかとか。ドクターは味方なのか。

 

「ただ、これだけは言えるさ。ともかく、ドクター・ロマンの過去は謎だが、彼自身に裏はない。彼は最後までキミの味方だ」

「――――」

 

 そんなオレの考えなんて、まったくあほらしいくらいにダ・ヴィンチちゃんはオレの言ってほしいことをいとも簡単に言ってくれた。

 

「それだけは私が、万能の天才の称号にかけて保証する」

「――――ありがとう」

「うわ、なんだいまた泣いちゃってさあ。そんなにロマンを信じたかったのかい? やれやれ、アイツもここまで慕われてるとは。でもそういうのは言わない方がいいぞぅ。だって、すぐ調子に乗るからね豆腐メンタルのくせに。ほどほどにしておいてくれよ。自信失くしたら私たちの生存率にも影響が出るし、逆に調子に乗りすぎてもやらかすからね」

 

 それから笑ってまったくもうと言いながら、涙を拭いてくれる。

 

「でもまあ、お礼を言うのは私の方かな。さて、そろそろ眠りたまえ。明日はオジマンディアス王との交渉だ」

「…………だったら」

「ん、なんだい?」

「膝枕、してください……」

「…………」

 

 一瞬何を言われたのだろうときょとんとしたダ・ヴィンチちゃんは非常にレアで、良いものを視れた。心の最重要マシュフォルダの隣に保存しておこう。

 ともかくドクターを信じていいと言われたとき、無性に膝枕してほしいと思ったのだ。仕方ない、こればかりは仕方ない。

 

 だって、想ってしまったんだよ。なんか、すごいお母さんっぽいなって。もう両親の記憶はないのに、たぶんオレの母親はこんな人物だったんだろうなって、想ってしまったから。

 

「――やれやれ、今日のキミは甘えん坊さんだ。いいとも。さあ、存分に、私の黄金律を体現した体(魅惑のボディー)による極上の膝枕を堪能したまえ。ついでに今なら子守歌付きだとも」

 

 彼女の膝を借りて、子守歌を聞きながら、オレは眠りにつく。

 

「ひとりになると――」

 

 子守歌は、それはどこかで聞いた、誰かの色彩の歌――。

 




私はね、ロマンが最後まで君の味方だってダ・ヴィンチちゃんに言われたときな、本当に膝枕したいって思ったんじゃ。
だから膝枕させた。悔いはない。とりあえず子守歌は色彩子守歌バージョン。

そして、ついに百話。そのうち記念話上げますよ。

とりあえずなるべくキャラ出していく方針なので、一人一人の出番が少ないがもう仕方ない。何文字書いても全員出せる気がしないので、いいところで終わらせます。
台詞とか全員分書けねえわ……。
まあ、カオスさだけでも楽しめればいいかなと開き直ってます。

まあ、期待せずにただのこぼれ話のギャグ話ですし。なるべくキャラ出したいなと思ったけどなかなか難しいです、でもそれでもいっぱいキャラ出そうと頑張ってる形跡だけ見てください。

今日の、12時くらいに記念話あげます。


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100話記念話

主人公の名前がぐだ男になってますが気にしないでください。


 朝。いつもの時間。決まって母さんが起こしに来る。

 

「起きなさーい」

 

 優し気な口調と優しい力加減でベッドのオレを緩やかに睡眠の中から揺り起こそうとする。けれど、

 

「もうちょっと……」

 

 もう少しだけ眠りたくてこんなことを言ってしまう

 

「んもう、仕方ないなぁ。じゃあ、あと十分だけね。じゃないとエドモン君きちゃうよー? ご飯食べられなくなってもしらないんだから」

 

 本当は母のんもうというのを聞きたいだけなのかもしれない。ダビデ先生に人妻の魅力を補習と称して一日中聞かされたおかげでそんな風になってしまったのだ。

 本当あの人はクズだと思う。

 

 ともかく出ていった母と同じくしてむくりとベッドから起き上がる。寝ぼけ眼をこすると、ベッドの下に手を突っ込む。

 感じる荒い息遣い。首をむんずと掴んで引き出す。

 

「きゃっ、見つかってしまいました」

「はい、そーですねー。じゃあ、帰れ」

「ああん、ぐだ男様の照れ屋さん――」

 

 ベッドの下に潜んでいたこの女の子は清姫。うちの隣に住んでるストーカーである。どうしてオレなんかをストーキングしているのかまったくもってわからない女の子である。

 可愛いけど、毎朝毎朝ベッドの下に潜むのはやめてほしい。とりあえず窓を開けてそこからぽいっと放り捨てる。こんな扱いだけど大丈夫。なんかギャグ補正とか働いてるらしいから。

 

「着替えよう」

 

 制服に着替えて、ブーディカ母さんの食事に舌つづみを打つ。

 

「んー、おいしい、おかわり」

「はいはい、落ち着いて食べてね。まだまだ時間はあるんだから」

「おはよう。ブーディカの料理はいつもおいしそうだね」

「ありがと。じゃあ、あなたも食べちゃって」

「じゃあ、いってきまーす」

「ちょっと待って、ネクタイ曲がってる」

 

 ジキル父さんと入れ替わりにオレは学校に向かう。

 その前に母さんからネクタイを直されて、弁当を貰う。

 

「よし、かっこいいよ。いってらっしゃい」

「いってらっしゃい。何か困ったことがあったら電話してね。研究が忙しくてもすぐに抜けていくから」

「行ってきます。父さんは研究に集中してよ。パラケルスス所長にまた迷惑かけるよ」

「おー、学校か。学校か。楽しそうなのだなご主人!」

 

 家を出るとペットのキャットが猫っぽい犬小屋から顔を出してきた。裸エプロンだったり和服だったり、メイド服だったりする我が家のペットである。

 料理もできるし、母さんが忙しくて帰れない日は良く飯を作ってくれるペットなのか何なのかよくわからない生物(なまもの)である。

 

「そう?」

「前よりもずっと良い顔なのだな。それよりご主人、今日は裸エプロンの日だがめくっていくか? ん?」

「遠慮しまーす!」

 

 これ以上はヤバイと思ったので走って逃げる。

 

「いくじのない男なのだな。まあ、そこがご主人のいいところなのだな。それとご主人の母上よ、にんじんを所望するのである」

「まったくキャットは……」

 

 いつも人をからかって。どきどきするじゃないか、まったく。

 

「で――」

 

 背後を見るといつものようにぴったりとくっついてきている清姫。

 

「ずっとスタンバってましたわ」

「はいはいじゃあね」

 

 ぽいーっと捨てる。どうせすぐに復活するのであるし、なにより

 

「ああん、いけずー」

 

 なんだか楽しそうだからいいのだろう。

 

「やれやれ朝から騒がしいな」

「エドモン! おはよう」

「ああ、おはようぐだ男。行くぞ、時間を無駄にするな」

「そうだね」

「ああ、待ってくださいまし」

「フッ。清姫か、相変わらずのようだな」

「ええ。あなたには負けたくありませんから」

 

 何を言っているのか。というか、清姫はなんでエドモンをライバル視しているんだろうか。

 

「はは。それを決めるのはこいつだろうに。それにオレをライバル視するよりも注意すべき相手がいるのではないかな」

「ぐ、確かにそれは正論」

「お、マシュだ」

 

 三人で歩いていると、前に見覚えのある後姿が二つ並んでいるのが見えた。

 

「おはようマシュ」

「「あ、おはようございます先輩!」」

 

 同時にこちらに気が付いた2人がそろっていう。ああ、いい声。声質が似ているけれど違いの分かる声だ。良い声である。

 彼女たちは種田マシュと高橋マシュ。苗字が違って名前が同じなのはとてつもなく複雑な家庭事情がある。なんでもごく潰しの父親がすべての原因らしい。

 

 今や反抗期真っ盛り。父親とは口も利きたくないレベルらしいが、あの父親なら仕方ないと思う。女とみるや見境なく突っ込んでいく人妻好きな上に寝取りまでその昔やらかしたことがあるというのだからヤバイ。

 母親の方はいなくて片親だけど、この二人を育てた功績だけは認めてもいいと思う。あんな父親でも親は親なのだから。

 

 ダビデと違ってね。ダビデ先生は育児放棄してたからなぁ。そのおかげで、オレがどんな目にあったか……。会ったら殴ってやる。

 

「先輩、今日もいい天気ですね」

「そうだね。こういう日の昼とかお昼寝したい」

「お昼寝はいい文明」

 

 お昼寝したいとか言ったらアルテラに遭遇した。

 

「おはようアルテラ」

 

 彼女は帰国子女のアルテラ。ちょっと遠い外国きたらしくいまだに日本文化になじめていないらしい。いろいろとこまっているところを助けたら懐かれた。

 いい文明、悪い文明をフィーリングで判断して悪い文明を壊してしまうお茶目な女の子だ。

 

「おはよう……その、一緒に登校しても、いいだろうか」

「いいよ。遠慮しなくてもいいのに」

「む、姉さん姉さん」

「なに?」

「またぐだ男さんをめぐるライバルが増えた予感が」

「そうだね。うん、いつものことですけど……ちょっと先輩は気が多いのが困りものですよね」

 

 ちょっとそこの姉妹、まって、オレは君たち一筋なんですけど。恥ずかしくて言えないけど! それなのにその物言いはちょっと。

 それじゃあまるでオレが気の多い男みたいじゃないか。

 

「なあ、エドモン!」

「貴様の名誉のためにコメントは控えておく」

「ちょ!? 親友!?」

「すぐそこでエドモンさんに逃げるのはよくないと思います先輩」

「そうです。ここはわたくしに聞いてくださっても良いんですよ。どんなぐだ男様でも、愛して見せます。大丈夫です。ちょっとのことなら丸のみにするくらいで勘弁してあげますから。ああなぜか知りませんが、ぐだ男様を丸のみにしたあの感覚が忘れられなくて」

「オレ丸のみにされたことありましたっけねえ!?」

 

 それは別の世界線の話でしょ。こっちに持ち込んじゃダメ、絶対!

 

「丸のみ……」

「なんで、そこでアルテラはそんな顔してるのかな」

「キヨヒメに聞いたぞ。女は男を丸のみ(意味深)にすると」

「はい、ちょっと待てー!」

 

 とりあえず清姫をむんずと掴んで電柱の陰に引っ張っていく。

 

「なに教えてくれちゃってんの!?」

「ああ。ぐだ男様顔が近くに。はあはあ!」

「おい。朝から騒ぐのもいいが遅刻するぞ。今日はロムルス理事長が校門に立っている日だ」

「そうだっけ。アレ、あのひとだいぶ寛容だから問題ないんじゃ」

「忘れたか。ロムルス理事長が立っているということは、ローマが全員集合だ」

「全員ダッシュ!」

 

 ローマ全員集合とか絡まれてヤバイ。特に、ネロ先生とか、カエサル先生とか。ネロ先生は単体だと問題ないのだが、ロムルス理事長とか絡むとちょっとアレなテンション発揮して突拍子もないことやりだす。

 視ている分にはとても楽しい。町内会のお祭りネロ祭とかとても楽しかった。だが、それに参加している者はそうもいかない。いや、楽しいのは楽しいのだが、もう収拾がつかなくなるのだ。

 

 それにカエサル先生がいるということは必然としてクレオパトラさんまでいるということになる。彼女がいるだけで光輝いているから登校にはサングラスが必須になるし、下手な時にはカエサルとのいちゃいちゃを見せつけられることになる。

 もうそんなのアレ過ぎて耐えられないので、全員ダッシュ。だから登校時間なのに生徒の姿が見えないわけだよ!

 

ローマ(おはよう)

ローマ(おはようございます)!」

 

 なんとか走ったおかげでローマ組に遭遇せずに済んだ。

 

「よししねえ!」

 

 そして、ダビデがいたので殴り飛ばしてクラスまで行った。

 

「ひどい! 本編じゃかなりの大活躍したのに!」

「本編とか言うな!」

 

 という訳で自分のクラスヘ。オレの窓際一番後ろの主人公席。隣はエドモンで前は

 

「遅かったな」

 

 超英雄生徒会長ぐだ子様です。怖いです覇気がやばいです。ちょっと同じ人類なのかと思いたいくらいの違いなんですが。

 どういうわけか席替えしても隣はエドモンで前はこの人なんです。ちょっと怖すぎるんですけど。

 

「別にいつも通り、です……」

「そうか」

「………………」

 

 ええ、それだけええ!? 

 

「そして、いつものようになんでオレの椅子になろうとしてるのかな清姫は」

「ささ、どうぞお気になさらずに」

「種田さん」

「はい、任されました。さあ、自分の席に戻りますよ清姫さん」

「いやですわ。私は、椅子になりたいのです!」

「先輩のご迷惑なので実力行使に入ります」

「ああ~ん」

 

 強引に引き戻される清姫。それと同時に入ってくるのは担任の先生だ。

 

「おっはようございまーこふっ!?」

「沖田先生が血を吐いたー!」

「病人は死んでも保健室に連れて行きます!」

 

 保健委員のナイチンゲールがむんずと沖田先生を掴んで保健室に引きずっていった。これがいつもの光景である。病弱な沖田先生は保健室の常連で保健の先生のサンソン先生がいつも苦笑している。

 沖田先生の担当は人斬り論とかいう物騒な科目なのでそれでいいのかもしれない。なにせ、過去一度もまともに授業があったためしがない。

 

 それもこれもノッブ先生による妨害やら何やら漫才があるせいなのだが、それが面白いのでいいのだろう。良いということにしておこう。そうしよう。

 

「というわけで、副担任のあたしが仕切るわねー。委員長号令」

「起立、礼、着席」

 

 副担任のエレナ先生がホームルームを仕切る。号令はぐだ子閣下です。全員が一糸乱れぬ軍隊張りの起立、礼、着席をします。

 あの不良のモードレッドすらもそれに従うとかいう意味不明レベルの統率です。なにせ、商店街のヘラクレスさんと素手で殴り合いができるらしいのだ。

 

 かつてボクサーとして世界をとったらしい酒屋のヘラクレスさんを相手に川原で戦ったあの三日間は今でも伝説だ。普通にいい人なんだけどねヘラクレスさん。

 オーナーのイアソンさんとイリヤちゃんが何やらヘラクレスさんが誰のものかでいつも喧嘩してるけど。そんなことよりイアソンさんは奥さんのメディア・リリィさんに目を向けた方が良いと思う。

 

 じゃないとイアソンさん将来刺されるよ絶対。うん。

 

「こら、そこ考え事しないの。そろそろ文化祭だけど、何か考えておきなさい。何もないなら、インド喫茶とかにしちゃうから。じゃあ、一限目頑張ってね」

 

 エレナ先生が教室を出ると移動する。一限目は体育だ。レオニダス先生の筋肉体育である。頭も鍛えられるともっぱらの評判だ。

 

「ああ、そうだ忘れてた、渡り廊下は通らないこと。エジソンとテスラがまた喧嘩してるから危ないのよ――」

 

 とか告げるのも遅く何やら爆発した音が響く。

 

「……また止めに行かないと……本当天才って……」

 

 電気工学の授業のエジソン先生とテスラ先生は未だに直流交流で争っている。殴り合いの喧嘩して学校を壊してエレナ先生に怒られるまでがデフォである。

 二人についているはずのカルナ先生は足りない一言のせいで役に立たないのだ。学年主任のエレナ先生は大変である。

 

「行くぞ、体育など面倒だが、出ないともっと面倒だからな」

「うん」

 

 エドモンと2人更衣室へ。そこには黒髭が壁に向かって何かしていた。

 

「なにしてんの黒髭」

「なにって決まっているでござる。デュフフ、覗きでござるよ」

「はい死刑――」

 

 マシュの着替えを覗こうとは極刑以外ありえない。

 

「エドモン、サンソン先生呼んできて。処刑してもらおう」

「相変わらずあの2人のこととなるとオマエはそうなるな。だったらさっさと告白でもしてしまえばいいものを」

「…………」

「まったく変なところでヘタレめ」

 

 やれやれというエドモン。

 

 仕方ないだろ。無理。オレには絶対無理! 断られたら自殺する自信があるよ。だから、今の関係の方が良いとか思っちゃうんだよー。

 

 そんな言い訳をしている間に予鈴がなる。ヤバイと即着替えて校庭へ。そこではレオニダス先生が待っている。

 

「さあ、まずは軽いウォーミングアップから行きますぞ!」

 

 というわけでダッシュ。グラウンドダッシュ。一番早いのは、クー・フーリンであるが、三蔵ちゃんも中々である。

 いやあ、眼福だ。何がってうん。揺れるのだアレが。ナイチンゲールは、なんでか走らずに救護班の構え。もう配役を間違えているとしか言いようがないよね。

 

「姉さん姉さんまた先輩の視線が三蔵さんの胸に行ってます」

「…………」

「実はわたくしもけっこうあるんですよ」

 

 怒りの視線を感じます。いや、だって、君たちはその尊いというか、なんかその、見たいけど、なんか、そのええと。

 

「つまりヘタレってことね!」

「ガハッ――」

「ま、マリー? そうもはっきりというものじゃないよ、かわいそうだよ?」

「でも、デオン? アマデウスが言えって」

「おいぃい、マリーになに言わせてるんだあいつは!? おい、どこいったあいつは!」

「あの音楽家なら早々にリタイアして文学組と図書館にいったよ」

 

 デオンの叫びに答えるたのはメアリーだった。頭の上でぴょこぴょこ跳ねるリボンがウサミミみたいで可愛い。

 

「そういえば黒髭もいませんわね。どこ行きましたの?」

「ああ、アン。あいついつもBBAに興味ありませんぞなんて言ってるくせに、いつものやつだよ」

「ドレイク船長の操船学ですわね。体育が嫌だからって逃げましたわね。よいしょっと」

 

 どこからか取り出したるマスケット銃。銃声響けば黒髭の悲鳴が上がる。どうやって銃弾を曲げてるんですかね。跳弾なんですかね。それよりもおっぱいすごいですね。

 

「むぅ」

「むぅ」

 

 可愛い抗議の声二つ。はい、すみません。男としての本能なんです。ダビデに染められてしまったんです。

 

「燃やしましょうか」

「駄目です!」

「清姫さんステイです、ステイ!」

 

 さて、体育の授業も普通に終わり、ダ・ヴィンチちゃんの美術の授業。

 

「安心したまえ。私にかかればチョチョイのチョイでモナリザが描けるようになるとも」

 

 そんな簡単に描けていいんですかねモナリザ。

 

「というわけで、二人一組になって書いてみようじゃないか」

「エドモンよろしく」

「他の奴のところでいいんじゃないか?」

 

 視線が怖いのと、二人のうち一人を選べとかオレにはできない。

 

「まったく優柔不断も大概にしておけとは言っておくぞ。オレはどんなオマエでも肯定するが、いつか後ろから刺されても知らん。あんな風にな――」

「私以外のセイバーぶっ殺す!」

「上等だ。誰がもっとも最優か今ここに雌雄を決しようぞ!」

「あ、あの、な、仲良く!」

「白い父上サイコー!」

 

 センセーアルトリアズが喧嘩おっぱじめました。

 

「んー、まあ、好きにやらせておくさ。同じ顔というのはいろいろとたいへんなんだぞぅ。なにせ、先生、毎日モナリザと間違われるからね」

 

 イヤ本人ですやん。

 

「じゃあ、次音楽の予定だったが、トリスタン先生がI can flyしたのでなしだ。お昼休みにしたまえ」

 

 またあのひと空飛んだのか。ヒトヅマンスロットと二人して人妻に突撃でもしてるんだろう。たぶん、ダビデも一緒だな。

 

「さて、昼だ。行くぞ」

 

 いつもの木陰でお弁当。

 

「はい、エドモンの分」

「相変わらずお節介な母親だな」

「それならちゃんとした生活をしてから言ってよね、だってさ」

「フン……」

「そう言いながら食べるんですね……」

「こういうのをツンデレっていうんですかね姉さん」

「ぐぬぬぬ……」

 

 女性陣三人の嫉妬の視線などエドモンは何のその。伊達に監獄塔に幽閉されていたわけではないのだ。

 

「はっはっは。お嬢さんたち今日も麗しいね」

「あ、フィン先生」

「やあ、こんにちは。外でお弁当とは健康的とは思わないかディルよ」

「はい、教頭」

「そうだろうそうだろう。我々も外で食べようじゃないか」

「さっき鮭を食べたばかりです教頭!」

「なに、アレくらい軽いものだ。なんならついでに生徒のひとりでもひっかけにいかないかい?」

「教頭、それは……」

「はっはっは、冗談だとも。それでは犯罪だからね。しかし、生徒の方からくるのは止めやしないだろう?」

 

 それも駄目だと思うぞ色ボケ教師。マシュに求婚したこと忘れてないからな。

 

 この学園の昼休みはカオスだ。女神三姉妹が末っ子をいじめたたり、アステリオスの上に乗っていたり、ロビンが、エリちゃんの昼ライブを決死の覚悟で止めようとしたり、ネロ先生とのデュエットで死にかけたりとまあ、いろいろとカオスだ。

 

「…………」

 

 そして、なぜか当然のように背中にちょこんと触れている静謐ちゃんはいつものことだとして。

 

「いや、待ってください、なんですかこの女は!」

「清姫ステイ」

「ああ、雌犬みたいな扱いで、それはそれで……違います。なんですか、わたくしのアイデンティティを崩壊させる気ですか!?」

「……いえ、私は、触れているだけで、幸せですので……」

「…………」

「…………」

 

 マシュたちからの視線もちょっとアレだね。うん。

 

 その後も授業を受けて瞬く間の間に放課後に。いつものようにマシュ二人と、エドモン、清姫と帰る。

 

「今日も大変だった……」

「お疲れさまです先輩」

「どうぞジュースです先輩」

「ん、ありがとう」

「ま、大半がオマエが原因だがな」

「エドモンはなぜわたくしを差し置いてぐだ男様の隣に並んでいるのでしょう」

「はは。知らんな」

「ぐぬぬぬ」

「はは、まあたのしかったよ」

 

 なんというか、とても楽しかった。そんな気がするのだ。

 

 カオスだけど、とても楽しい一日のようで。まるで夢のような――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「――先輩、先輩、おはようございます」

「マシュ?」

「はい、よく眠れましたか? オジマンディアス王との交渉です。頑張っていきましょう」

「……そうだね。さあ、頑張るか」

 

 なんだか久しぶりにいい夢が見れた気がする。

 

 ダ・ヴィンチちゃんのおかげかな?

 

「待ってろよ、オジマンディアス王!」

 

 オレたちは大神殿へと入るのであった。

 




というわけで連続投稿。

百話記念のカオスなギャグ話でした。ストーリー性なしのぐだ男の夢という感じです。
なんか未来に情報が飛んでいたりしまうがそこはそれ。頭空っぽの勢いで書いたのでこんな感じです。

いやはやそれにしても百話の大台。まさか書き始めた当初はここまで来るとは思ってもいなかったです。
各特異点を書いて七話とか八話くらいだとか思っていたのですが、予想外の反響があって続けていたら百話。
それもこれも皆さまのおかげですね。読んでくださり感謝しています。

評価とか感想は本当に励みになります。できることなら、平均評価を8点以上まであげたいけど、まあ、無理かなぁ。
実は投稿したら皆さまの感想楽しみにしてるんですよ。色々とネタを拾ってくれますし、ネタを提供してもくれますし。

あとは前々から言ってますが、ぐだ男編が終わったらぐだ子編でもやろうかと思います。英雄ぐだ子じゃなくて一般人ぐだ子CV悠木碧って感じでやってみようかなと。
なんで悠木碧かって? 好きだからだよ!

サーヴァントは配布縛りを解禁。その代わりぐだ子のスキルはぐだ男とは違って未来視もどきとかできない感じ。
強化魔術、治癒魔術とかそんな感じのスキル構成のサポートマスターです。

まあ、未来の話なんぞわからないので、その時に決めます。
では、また次回。
どうかこれからもよろしくお願いします。


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神聖円卓領域 キャメロット 32

 オジマンディアス王の神殿へと足を踏み入れる、その前にまずは当然の手順として使いを送る。突然の来訪にも応じてくれるかもしれないが、協力を要請するのならば当然の手順。

 なのだが――。

 

「さて、ダ・ヴィンチちゃん。伝令にはなんていったのかな?」

「それはもちろん――これから共同戦線の申し出に行くから首を洗って歓迎したまえ!――さ」

「馬鹿なの?」

「なにぉう、昨日までのママに甘える子供みたいなキミはどこへ行った! 素直な男の子が私は好きだゾ」

「いや、それとこれとは話が別でしょ。それは宣戦布告じゃん」

 

 まあ、それが一番なのはなんとなくわかるが。あのオジマンディアス王がへりくだったところで力を貸すはずもなく、何よりそれくらいの勇士でなければこちらの話には乗ってこない。

 

「――動いた!」

 

 大神殿の扉が開くと同時に守護獣が多数放出される。

 

「はあ。やっぱり話し合いにはならないよねぇ。ランスロット」

「ああ」

「今までいろいろとやってくれたよな」

「……それは、仕方ないとはいえ、私の落ち度」

「なら、それのそそぎ方は?」

「無論、この剣にて」

「ならば、行け。先陣の誉れをやろう」

「御意に――我が主と我が騎士王に勝利を捧げん」

 

 数多の騎士を従えた円卓の騎士が出陣する。ちょっと芝居がかったがまあ、そのくらいの方が良い。なにせ、あの守護獣の強さが嫌なほどわかってしまうし、まあ、なんというかちょっと気合いをいれたかったのだ。

 

「行くぞ。我らの力を示す時だ! 騎士の力は百の兵に匹敵すると証を彼の王に立てよ!!」」

 

 先陣を切り円卓の騎士が駆ける。これが最強の騎士の力であると蹂躙を開始する。それに続く兵もまた一騎当千の(つわもの)であった。

 何より、士気が違う。大義はこちらにあり。騎士王がこちらにいるのだから、ランスロット以下騎士たちの士気はもそれはもう高い。暑苦しいくらいに。

 

 単位にすると1スパルタくらい。レオニダスが100スパルタだけど、1スパルタは某炎の妖精くらいの暑苦しさだ。

 

「さっすが最強の騎士だ。なんというか彼一人でいいんじゃないかな。オジマンディアスの軍勢を一人で食い破ってるよあれ。まあ、こちらはこちらの勝負をしよう。軍隊の勝負はランスロット卿こっちは」

「サーヴァント同士の決戦だ」

 

 大神殿へ突撃する。ランスロット卿が巧いことこちらの道を開けてくれるのでさほど苦も無くオジマンディアス王のところへと行くことができた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 謁見の間にはオジマンディアスとニトクリスのみ。こちらを睥睨しながら何事もないかのように会話を繰り広げていた。

 

「フン――戻ってこい、とは言った。いずれ余と戦うことになるとも、確かに言った。だが、ここまで身の程知らずとはな。怒りを通り越して笑えてきたわ。であろう、ニトクリスよ? 手を貸してやった甲斐があるのではないか?」

「私はそんなつもりでは……申し訳ありません、ファラオ・オジマンディアス。二度までも、私の行いが御身の威光を汚すことになろうとは」

「よい。愉快であることは確かだ。失態とは数えぬ。……しかし、獅子王との対決の前に、余の星が陰るとはな。なまじ聖杯など手に入れたがゆえに、余の目もくらんでいたと見える」

 

 誰もかれもが聖杯を求めた。世界と未来の全てが焼却されようと知らされてなお。否。知らされたが故にだ。英霊、英雄とされながらも業が深き者の多いこと。

 そうならぬようにオジマンディアスは聖杯を封じてきた。だが、それが仇になったようだと言っている。

 

「封じたつもりが封じられておったわ。聖杯さえ手元に置いておけば、獅子王も軽率には動かぬだろうなどと、笑わせる」

「いいえ。ファラオ。それは違います。英霊とて欲深い者ですが、貴方は、すくなくとも貴方だけは違いましょう」

「……ふん。栄華を極めたところで欲は消えぬさ」

 

 それからニトクリスに聖杯を譲っても良いという。聖杯を使って真のホルスになるも一興だろうとオジマンディアスは軽く言っている。

 それをニトクリスは否定し、戦場へと赴く。

 

「……さて、余はどうするべきか」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………」

「三蔵ちゃん?」

「どうした三蔵よ。浮かない顔して。お主ならラクショーとはしゃぐところであろう」

 

 大神殿に突入したはいいが、三蔵ちゃんの表情が芳しくない。

 

「うん。弟子、ちょっと言いたくないこと言うけどいい?」

「なに?」

「ここ聖都と同じ空気がしてる。だから、ここもシェルターになる」

 

 それはつまり、オジマンディアスは獅子王と戦う必要はないのだということ。

 

「いいや、それはない」

「そうです。よくぞ言いました」

「ニトクリス――!」

「約束を違えなかったことまずはそれを褒めたたえましょう。ですが、それは試練と同義です。貴方たちは力を示す必要がある」

 

 唯一にして絶対たるファラオ・オジマンディアスには力なき言葉など届かぬのだ。ゆえに力を示せとニトクリスは己が権能を露わにする。

 

「……行くぞ、マシュ!」

「はい、先輩!」

「……それでこそ。勇者とはそうでなくてはいけません」

 

 現れる亡者。冥界の者ども。今一度冥界の神の化身たるファラオの声により現世に呼び戻されん。

 まずはこの亡者の群れを越えて見せろ。

 

「行くぞ!」

 

 ――早速使わせてもらう。

 

 ダ・ヴィンチちゃんの礼装を使う。確かに負荷は少なく、高い精度の演算が肩代わりされている。

 

「これならば、行けるか――金時!」

「おうよ、大将、行くぜ!!」

 

 黄金疾走――。

 猛る轟音に乗せて雷撃が奔る。

 

 坂田金時がライダーとしての力を振るう。彼のバイクが通ったあとにはもはや何も残りはしない。亡者だろうとなんだろうと全力でひきつぶして雷電が焼き尽くす。

 

「チッ、またこういう奴らかよ」

 

 式の目が煌いて――あとに残るは崩れた砂の山。亡者が切れれば冥界に帰り砂となる。それを為すは直視。バロールの魔眼とも言われし、死を視る魔眼。

 万物あらゆる全てのほつれを解き解し、死へといざなう。ナイフが翻ればそれだけで敵が崩れ去っていく。

 

 刀はまだ渡してはいない。渡すべき時はこの先。なぜならば、彼女ならば神ですら――。

 

「藤太!」

「さてさて、行くぞアーラシュ殿には及ばんが――」

 

 疾走する金時を阻む亡者。上空からも来る怨霊を打ち落とすは強弓一射。放たれる竜殺しの一射。山を砕くとはいかないが、それでも高い威力。

 三蔵ちゃんの有りがたい功徳と合わさって邪霊も何のその。

 

「――観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。舎利子。色不異空。空不異色。色即是空」

 

 唱えられた般若心経。正確には摩訶般若波羅蜜多心経の一部。柏手一つと、唱えることによって生じる御仏パワー、放たれる高僧パンチ、亡者は死ぬ!

 

「御仏パワー見せてあげるんだから!」

 

 ホワタァ! と掛け声一つ放たれる拳打拳打拳打。やる気に満ち溢れた三蔵ちゃんは強い。

 

「行くぞ、マスターの道をこの二振りにて切り開かん――」

 

 掛け声一発、ジェット機のような勢い出で吹っ飛ぶ鎧姿のサンタさん。魔力放出に物言わせた突撃。編み込まれた粛清騎士の鎧はそれだけで凄まじい威力になる上に、見えはしないがその両手で振るわれるどうやって手に入れたのか不明な二振りのエクスカリバーの威力はまた絶大の一言。

 ただ一人で亡者の群れを駆逐する勢い。

 

「がんばれがんばれー」

 

 ダビデは応援していた。

 

「ちゃんとやれ全裸!」

「だから全裸じゃないって! ――そもそも僕としては軍勢相手なんてやりたくないんだよね。うん。僕の宝具そういうの向きじゃないし」

「それでも少しは手伝わないと」

「博士もちまちま相手をしていてもねぇ」

「うむ、ならば我らはサポートをするとしよう――精霊よ、太陽よ。今ひととき、我に力を貸し与えたまえ! その大いなる悪戯を――大地を創りし者(ツァゴ・デジ・ナレヤ)!」

 

 アパッチ族に伝わる巨大なコヨーテが召喚される。

 

「ここは太陽王の神殿ゆえ陽光の一撃は期待できぬが」

 

 守護者であるコヨーテは味方側の力を増幅する。目に見えて殲滅する速度が上がっていく。

 

「さて、エリザベート、お膳立てはしたぞ」

「ふふん。いい感じよ。ちょうどチェイテもなんとかなったし。聞かせてあげるわサーヴァント界最大のヒットナンバーを!」

「はーい、みんな耳栓してー」

鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)!」

 

 放たれる最強の音波兵器。相手の固有振動でも見切ればほれこの通り――相手を崩壊にいざなうことも可能。さすがダ・ヴィンチちゃん製の眼鏡高性能だ。

 チェイテアンプの設定をすこーしいじってやればまさに地獄絵図。音の届く範囲全ての亡者が消え失せた。

 

「ふぅ、子イヌ水ちょうだい、水」

「はいはい」

「ん、ありがと。さあ、もう一本」

「いや、大丈夫。今、金時がたどり着いた」

 

 そしてそこまで削れば金時が肉薄する。鬼を殺した男の武技が炸裂する。ファラオニトクリスも善戦しているが。

 

「相性が悪い」

 

 いかにファラオと言えど魔術師のサーヴァントがあの坂田金時を相手にするとかどんな罰ゲームだというくらいだ。

 

「チェックメイトだよ」

 

 そして、引き付けてくれれば背後まで忍び寄った博士の眠り薬が炸裂する!

 

「戦闘終了。女王ニトクリス無力化に成功です」

「よし、ンじゃあ行こう」

「あとで恨まれそうですね」

「まあ、でも殺しちゃうのは目覚めが悪いからね」

 

 何度も助けてもらったのだ。それなのに命を奪っちゃったら恩を仇で返すことになる。それだけは絶対にしたくない。

 

「よーし、じゃあ、亀さん系の縛りにしてっと」

「ダビデやめとけ」

 

 絶対に怒られるからそれ。それは赦してくれないから。

 

「ともかく本丸にいこうじゃないか」

 

 ダ・ヴィンチちゃんのいう通り、遊んでいる暇はないのだから。次はファラオ・オジマンディアスの下へ。

 

「ニトクリスを下したか。良い。褒めて遣わす。して、何用だ異邦のマスターよ。余に首を預けに来たか、あるいは情けを乞いに来たか」

 

 謁見の間では変わらずオジマンディアスはそこにいた。

 

「既に目的は告げているはずだけど?」

「うん? 先ほどの報せだ……? たしか、余とともに戦えだという戯言だったが」

「本気ですが何か」

「なんと! あれは本気であったのか! はは。ははははははははははははははははは!!」

 

 そりゃ呵々の大笑いでしょうよ。

 

「余ともあろうものが真偽を見抜けぬとは! 腹を抱えて笑ったあげく焼き捨てたわ! だが許す、特に許す! これほど笑ったのはどれほどぶりか! 認めよう、異邦のマスターよ! おまえには才能がある」

「才能?」

「あまりにも現実離れした夢を見る才能がな! 空想を知らぬ余にはない才能だ、ふははははは!」

 

 それは良い才能なのか? それにあまり現実離れした夢なんて見ていないとは思うが。何やらよくわからない学園物っぽい夢を見たが、まさか、アレがその才能の片鱗だとでもいうのだろうか。

 いやいや。まさかまさか。

 

「ちょっとそれはシツレイじゃないかしらオジマンディアス王。馬鹿にするのも大概にしなさい。あたしはともかく、あたしの一番弟子は本気なんだから。それに愉快でもないのに笑うのはどうかと思うわ。あなたちっとも愉快だなんて思ってないじゃない」

「――玄奘三蔵か。余に何か意見があるようだな。よい。我が砂漠を横断した偉業に免じて、一度のみ質問を赦そう」

「ありがとうございます。……やっぱりみんなのいう通りのひとね」

「何?」

「あたし、大神殿には入らなかったけど多くのオアシス、多くの神殿にお世話になったわ。そこでこの国の人たちに話を聞きました。冷酷で尊大で、でも合理的に民を守る王の話を」

 

 獅子王とは違う王の在り方。国の人々の生活を一番に考えている。まさしく王としての務めを正しく全うしている。それは素晴らしいことだろう。

 だが――。

 

「あなたはその務めを放棄しようとしている。空想を知らない、といったわね? あなたは獅子王と戦えば共倒れになると読んだ。だから戦わなくなった。その結果、国を閉じる道を選んでしまった。自分からこんな砂漠を、この世界に呼んでおいて!」

 

 三蔵ちゃんははっきりとモノを言う。それは彼女の美徳だ。そして、彼女はこういう時間違えない。それは正しい。まさに正論なのだ。

 

「獅子王に勝てないから自分の国の民たちを神殿に閉じ込めようとしている!」

 

 ゆえに三蔵ちゃんは吼えるのだ。

 

「この矛盾を、いえ、この諦めを捨てる道が提示されたのに、なんで素直にいいよって言えないの!」

 

 ――はは。

 

 いや、あのオジマンディアスにこれだけのものを言えるのはあとにも先にもきっと彼女くらいだろう。痛烈すぎて笑いが来るほどだ。

 

「たわけ、勝算なき戯言に乗ってなんとする! 加えて、獅子王を倒したところで何があろう! 人理焼却により世界は燃え尽きる。であれば、獅子王一人を斃したところで無駄なこと」

 

 ゆえにファラオ・オジマンディアスは己の権限で己の民を救う。

 ほかの何がどうなろうと知ったことではない。

 

 そんなものいいをすれば三蔵ちゃんは。

 

「かっち――――ん! 頭に来たわ。怒髪天をつくのだわ! 獅子王もあなたも、いい加減にしなさい! あなた、なんだか悟空みたいにわがままだわ!」

「悟空――斉天大聖か! 猿ではないか!」

「そう、お猿さんよ! そういえば顔もそっくりだわあなたたち!」

「――――」

 

 おい、誰か三蔵ちゃんを止めろ。いかん笑えて腹がいたい。だが、三蔵ちゃんを止めようとするものは誰もいない。ただ言いたいことを言いたいまでに言い切った。

 それはおそらくオレたち全員が思っていたことだ。

 

「余の民を守るじゃなくて――世界を守る、ぐらい言ったらどうなのよ、ばかー!」

 

 太陽王すらも絶句している。

 なにせ怒れないのだ。何しろ、三蔵ちゃんが言っているのは子供の理屈なのだ。

 

 オジマンディアスはエジプト最強なんだからかっこいいところを見せてほしい。

 最強なんだから、自国の民だけじゃなくて世界も救ってほしい。

 

 そういう荒唐無稽な子供の絵空事の理論。ゆえに、オジマンディアスは怒れないのだ。子供に対して怒れる王などいない。

 所詮は子供の戯言。どれほど正論を衝いていたとしても、どれほど怒り心頭になろうとも子供に本気になって怒ってしまったら王の立場がないのだから。

 

 ゆえに、彼は笑った。

 

「――はは」

 

 大笑いだ。本気の本気の大笑い。

 

「世界を守れ、と来たか! 余に世界を! 浅ましき人の世を! 余が守るのは神々の法! その結果、臣民を庇護しているだけというのにな!」

 

 ゆえに、オジマンディアスは腰を上げた。

 ファラオ・オジマンディアスは優れた王であり暴君だ。ゆえにそれは世界の敵たる者である。それすらも三蔵ちゃんが偶然じゃない? とかいうものだから、もうまったくもって、もう。

 

「ならば、貴様らが世界を救うに足るか否か――その証明をしてもらおう」

 

 聖杯を取り出し、血を杯に注ぎ、それを飲み干した。

 

 現れるは、魔神アモンなる偽の神。その真なる名――アモン・ラー。

 

 魔神柱が、いや、大神がここに降臨した――。

 

 




さあ、大神戦だ。私これミスって令呪つかわされたんですよねぇ。
いやはやあの時は本当どうかしていたとしか。

ここからはもう一気ににいくゾ。ついてこれるか?

とまあ、それはいいとして、今現在最終決戦を書いている途中です。

なんというか最終決戦はいろいろとぶっとんでいる。
エクスカリバーとガラティーンのぶつかり合いだとかファイナル如来掌だとか、忙しい。
なおダビデは全軍指揮やってます。
あとどうせならとクレオパトラさんを登場させたりとか。

まあ、いろいろやっております。

あとアタランテとメイヴのエロ書いて投稿しました。


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神聖円卓領域 キャメロット 33

 顕現した神霊に等しいアモン・ラー。これを倒せなければ世界を救う資格などありはしない。

 

 ――怖い。

 

 やると奮起しても怖く恐ろしい。遥か天蓋より見下ろす大神の姿にただただ恐怖しか感じない。それゆえにやはりと合致する。

 聖都の門で初めて獅子王を見た時の印象が目の前のそれと重なる。それ即ち、これに勝てなければ、獅子王にも勝てないということ。

 

 それがわかってもなお、立ち向かうには時間を要した。ダ・ヴィンチちゃん謹製の礼装がアレの正確なデータを見せてくれたからということもある。

 具体的な数値は具体的な恐怖となるのだ。オレにとっては、それがどれほどの恐怖なのかを直感する材料になるゆえに。

 

 それでも立ち向かわなくてはならない。震えていてもいい。勝てるというのだ。いいや、勝つのだ。まさしく正しい魔神柱を依り代に大神としての属性を張り付けた神に勝つのだ――。

 折れてしまいそうな心と足を前に一歩でも前に。言葉にしろ――。

 

「行くぞ――!」

『応!』

 

 帰ってくる皆の言葉に勇気を貰う。そこまで待ってくれたのは余裕からか。ありがたい。こちらもまた準備を整えることができた。

 心構えだけだが、それでも神に立ち向かうという意気はなんとか燃え上がらせて。

 

 それと同時に放たれるアモン・ラーの攻撃。全てを薙ぎ払わんと眼から放たれる一撃。

 

「さて、マスター、キミへの攻撃はすべて私が防ごう。なにせ、私は万能だ。万能ならざる大神ならば、なに、私の敵じゃないとも」

 

 杖を一振り、形成される術式魔法陣。発動する結界は何よりも強固に。大神の攻撃すらも防ぐほどの強度を作り上げる。

 

「まあ、それほどもたないので、英雄諸君、ぜひとも速攻で蹴りをつけてくれたまえ」

 

 そんなこと百も承知と一番槍の轟音を響かせて疾走する黄金の雷電。黄金の柱を殴りつける。

 

「ゴールデンな柱、気に入ったぜ。だが、大将の為だ、ゴールデンに打ち砕くぜ!」

 

 雷電纏った拳、蹴りが炸裂する。

 

「チッ!」

 

 しかし、大神を揺るがすには足りぬ。しかし、その威力絶大。亀裂を刻み、なおも押し切らんと猛る。

 

「飲むしか……ないのか! ……来た、来た来た来た来たァッ!」

 

 ジキルからハイドへとかがみ合わせの2人が変わる。増大するステータス。爆発したかのような変貌とともにナイフが振るわれる。

 切り刻み、悪となす。個人の悪を煮詰めたハイドの一撃がアモン・ラーを切り裂く。

 

「さあて、八幡祈願・大妖射貫(なむはちまんだいぼさつ・このやにかごを)――」

 

 矢をつがえれば湖に住む龍神の加護が与えられる。水に包まれ、龍をかたどった一矢が放たれアモン・ラーを穿つ。

 龍神の加護は、同じ神たる存在にもダメージを与えるにいたる。

 

「そらそら、おかわりもあるぞ――!」

 

 射られる矢は多くどれも大威力。

 

「――では、私も行こう」

 

 守護のコヨーテを召喚し、あらゆる全ての力を高める。それだけでなく、シャーマニズムによる精霊利用。多くの者どもに強き精霊の加護以て、敵を打ち破らんと更なる力を付与していく。

 

「あたしが言ったんだもの、御仏パワー見せてあげるわ!」

 

 そうして駆ける物理キャスター。握った手に御仏の意志を乗せて、打ち出す拳は何よりも早く、釈迦如来の如く放たれる一撃は重く鋭く、キャスターとはなんだったのかというレベルの力。

 高まる御仏パワー。滾る意思は何よりも熱く、アモン・ラーへと掌の跡を刻み込む。

 

 だが、破損した部分から瞬く間に修復されていく。

 

「この大複合神殿の効果だろうね」

 

 大複合神殿がアモン・ラーに魔力を供給し続けているのだ。これこそがオジマンディアスが獅子王との決戦に備えた切り札。

 この大複合神殿の中では、我らは無敵というかのように。

 

 大神殿にいるかぎり崩れ去ることはない。民を守ることに特化した戦闘形態。

 

「本当に、民のことを考えているのですね」

「感心するのはいいが、これではキリがない! 到底倒しきれるものではないぞ、こいつは!」

「……ごめんなさい。謝ります、オジマンディアス王。さっきの、あたしが悪かったです……」

 

 三蔵ちゃんに至っては、さっきまでの威勢のいい啖呵はどこへいったのやら反省を始めている。

 

「――だから!」

 

 大喝破!

 

 充填する御仏パワー。

 

「天竺で、如来さまにもうやんなよ、やりすぎだからと怒られて封印した業ですが、こんな醜いカタチになってまで、あたしたちを見定めようとする、その気持ちに答えます」

 

 歩法とともに気が高まっていく。

 

 ――これあれば、かれあり

 ――これ生じれば、かれ生ず

 ――これなければ、かれなし

 ――これ滅すれば、かれ滅す

 

 試し打つは五行山、鍛えに鍛えた、彼女の法輪、一念回向に縁起よし。

 

「いざや振るわん、釈迦の掌!」

 

 気合いとともに打ち出されるは釈迦の掌。その一撃、先のものとはくらべものにならず、あのアモン・ラーを吹き飛ばして見せた。

 

 今が好機――。

 

「マシュ!」

「はい!」

「さて、予行練習と行くか――」

 

 式は己の役割を十全に把握している。第六感によってアモン・ラーの一撃を的確に回避し、視る、視る。視る。死を視る。

 生きているのならば、それは死ぬのだ。生あるものはいずれ死ぬ。それは絶対。なぜならば生者は死ぬために生まれてくるのだ。

 

 その死を視る眼こそが直死。現代に残った何よりも強い神秘がアモン・ラーを視通していく。

 

「魔神柱なんてもんを依り代にするからだ」

 

 綻びがそこら中に。無理をしているのだから、そりゃもう見えるものだ。だが、神ゆえに視ることは容易くはない。 

 マシュを盾に、その綻びを見て、その一点へと刃をたたきつけた。

 

「オオ……オオォォオオオオオオ……!」

 

 アモン・ラー消滅。

 

「ですが、これって――」

「もしかしてやりすぎちゃった? あわ、あわわわオジマンディアス王……!

「ふむ、呼んだか?」

 

 いや、なぜ平然と立っているんでしょうか。

 

「しかし、あまりいいものではないな魔神柱化というものは!」

 

 そしてなんで出てくる言葉がそんな余裕の感想なんでしょう。こっちが割と死力を尽くしたというのに、なんで貴方がそんなに余裕なのかとてつもなく気になるのですが。

 

「フォーウ!」

 

 フォウさんも同じ気持ちらしい。

 

「当然である。余は太陽王、神々の王なれば――だが、よくぞ戦った。その力、神を気取る獅子王を相手にするにふさわしい」

「ファラオ……! ご無事ですか、何かよくないものが見えた気がしますが!?」

「ニトクリスか、よいところに来た! おまえも供をするが良い!」

「供……? いえ、お言葉とあらば喜んで! ですが、何の供をすればよろしいので!?」

「フッ、決まっていよう。こやつらは獅子王と相対する資格を示した。であれば、残る資格は一つ! 余がともに肩を並べるだけの勇者か――我が国の全て、余の兵団を貸し与えるに足る、器か否か!」

「なんという、強がりこれがオジマンディアス王か!」

「いえ、先輩、ただの負けず嫌いかと」

「讃えるな、慣れている! だが、余をその気にさせたことを後悔せぬことだ」

「後悔なんてしないさ」

「ならば良し! その力を示して見せろ!」

「つまり最終決戦なのですねファラオ! このニトクリス、全力でお照らしいたします!」

「ああ、それと大複合神殿の隅で、こちらをうかがっているクレオパトラも呼んで来るが良い」

 

 頷いてニトクリスが呼んでくるのはもう一人のファラオだった。ファラオ・クレオパトラ。最後のファラオ。

 

「はい、恐縮です。私なぞに出番をいただけるとは」

「良い。ファラオとしての責務を果たせ」

「は!」

 

 そんな思いっきり唐突な登場も何のその、気にするかさあ、最終決戦だと、ニトクリスが作り出すオジマンディアスの影とスフィンクス。

 さあ、勇者よまずは超えて見せろと遥か上段から見下ろす三つの太陽――。

 

「いかん。アモン・ラーより怖いんですけど。震えが止まらないんですけど」

 

 オレはそれを見てもう震えに震えていた。いやいや、無理、さっきのが前座ってのがよくわかるし、オジマンディアスの影も強さが半端ないってのがよくわかる。

 

「異邦のマスターよ、出し惜しみをして勝てると思うな。どのような代償を支払おうとも勝つと決めたのだろう。ならば、余にも貴様の輝きとやらを見せてみよ。肩を並べるならば、その血の一滴までも搾りつくせ」

 

 それが勇者なのだろうから。

 

「ああ、わかった――」

 

 相手を想い、かつての戦いを思い起こし――全てを見通せ――。

 

 発動する魔術礼装。最大出力で演算される勝利への筋道。ただ一直線に、そこを駆け抜けるために指示を出す。口で足りないのならば目で、それでも足りないのならば全身で、あらゆる全て血が沸騰するほどの高揚と、代価の中で、勝利へと駒を進める。

 全てのサーヴァントにその道を示してやるのがマスターの仕事――ダ・ヴィンチちゃんに言われた通り、ただ少し添えてやる。

 

 それだけで、相手の攻撃はこちらには届かず、こちらの攻撃は何よりも効果的に相手へと届く。視ろ、視ろ、視ろ。

 一秒でも先の未来を、三秒先の勝利を、五秒先の平和を。

 

 そのために全てを絞りつくしてオジマンディアスに挑む。

 

「見事――」

 

 一度戦った。それが本気でなくともそこから辿って彼の全てを手に入れる。

 ニトクリスも、クレオパトラというファラオの全てを辿り、その核へと手をかける。

 

 そうすれば――。

 

「マシュ、そこで防御」

 

 熱線が通り過ぎ、

 

「金時、拳を突き出して」

 

 カウンターを食らわせられる。

 

 全てを読み取る。肩代わりされてもなお、厳しい負荷に脳が頭痛を発するが、それでも耐えて――勝利を掴んだ。

 

「――さて。何の話をしていたのだったか」

 

 そして、堂々とオジマンディアスは玉座へと座り直した。

 

「共同戦線の話ですぞ、王よ」

「わかっておる。戦いの後では気まずかろうと、余なりの配慮だ。流さぬか、鰐頭め」

 

 ええー。そんな配慮なんて今更だと思う次第。なにせ、敵だろうがなんだろうが、こっちは味方にしてきた経験がある。

 戦ったくらいで気まずくなるようなら、マスターなんてやってられないだろう。……ごめん、気まずいです。すみません、配慮ありがたいです。

 

「汝らは力を示した。であれば、余も無下には扱えぬ。己の民だけを守っていては獅子王と同じ、か。玄奘三蔵。貴様のいう通りだ」

 

 先を見据えるあまり、最も安全な道を選んだのだ。それは強固であるが、同時に狭い話でもあった。

 

「ふん……なまじ聖杯なぞ手にしたが故に、柄でもない事に執心しすぎたのかもしれぬ」

 

 ゆえにそら受け取れと言わんばかりに無造作に放られる聖杯。

 

「わ、わわっ!」

 

 慌ててマシュがキャッチ。

 

「褒美だ。くれてやる」

 

 それに足るだけの、胸のすく戦いであったという彼なりの賞賛だ。ともかくこれで彼の協力を取り付けることができた。

 

「いやだけどキングハサンに報告ができそうか……」

 

 力を借りなければガウェインをどうにかするのは難しいとわかっているが、呪腕のハサンを殺すというのだけは納得できない。

 アズライールの廟に踏み入れた、力を借りに来ただけで、殺すのだから。

 

「どうにかできないもんか……」

 

 感情論でイヤだと言っても無駄。なにより力を借りたから殺すのではなく、力を借りに来たから殺すのだ。

 

「なに? キングハサンだと? それは死神の如き姿の剣士のことか?」

「そうですけど?」

「そうであったか。ならば無駄なことをしたものだな」

「はい?」

 

 オジマンディアスはにたりと笑う。

 

「余は、奴にあっている。いや、殺されたというべきか。この玉座でひとり軍策を練っていると、背筋に稲妻が走った。あまりの悪寒に振り返れば、そこには初代山の翁が立っていたのだ」

 

 それも仕事を終えて。つまり、見事なまでの太刀筋でオジマンディアスの首を撥ねていた。

 

「は?」

 

 首を撥ねられた? ――初めて会った時のアレか!?

 

「余の神殿での戦いでなければ――この首とうに落ちていたわ」

 

 相変わらず規格外すぎるぞオジマンディアス。いや、初代山の翁もそうだが。これは厳しいか。どうにかして呪腕を殺されないようにできないものかと思うのだが――。

 

「何はともあれ」

 

 協力してくれるというのだ。ありがたいことこのうえない。

 

 こうしてオレたちは山の翁たちのところに戻った。

 戦力はそろった――言いたいこと納得していないことは多い。けれど――。

 

 マシュ、ベディヴィエール、式、ジキル博士、ジェロニモ、エリちゃん、金時、ダビデ、サンタさん、三蔵ちゃん、藤太、呪腕、百貌、静謐、ランスロット。

 

「行くぞ――最後の決戦だ! 聖都を攻め落とすぞ!」

 

 ついにこの特異点の最後の決戦が幕を開ける。




もはや何も言わぬ。というわけで、アモン・ラー戦。

次回は、零時くらいに。一気に行きます。


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神聖円卓領域 キャメロット 34

「さあ、行くよみんな」

 

 軍勢の指揮はダビデに一任されている。

 

「うん、懐かしいね。城壁とか違うけど、あの時も、ここに陣をはったっけ」

「そうなの?」

「そうさ」

 

 ダビデが思い出すのはエルサレムを落とした時の事。あの時と似た状況というのはどんな運命のいたずらだろう。それをわかって全軍の指揮を任せていた。

 彼ならば獅子王と戦って倒す間までもたせるだろう。

 

「じゃあ、ランスロット、予定通り正面からのぶつかり合いは任せた。こっちは弱兵だからね。強い正面は任せて数に任せて右翼からやるよ。クレオパトラが来てくれたおかげで左翼はエジプト兵だからね。心強いったらありゃしない」

「心得た」

「そして、謎の騎士君。ガウェインの相手は任せた。キングハサンに任せてもいいけど、アレ絶対最後まで戦わないからね。足止めも兼ねて君が戦ってくれ」

「了解した」

「……しかし、私もそちらに」

「駄目だ。サー・ランスロット。貴卿には、軍の指揮がある。一騎打ちは私に任せておくが良い」

「はっ! ご武運を」

「そちらもな」

 

 それから、三蔵ちゃんと藤太は二人乗りで遊撃に出る。三蔵ちゃんの騎乗は無言で二人乗りさせるレベルだった。藤太の後ろにのって、伸びる棒やら怪しげな呪文をまき散らしていた方がはるかに有効。それに怖い。

 

「ハサンたちは、城壁の弓兵どもをお願い」

「了解しました、しかし……」

 

 弓兵の数はランスロットに言わせれば以前の三倍以上。こちらが近づく前に一掃する算段のようだ。なにせ、あちらは円卓の騎士はもはやガウェインとアグラヴェインしか残っていないのだから。

 

「何か問題がありまして?」

 

 そういうのはクレオパトラだ。

 

「オジマンディアス様の兵団にとっては矢程度どうということもありません。それよりも問題はそこの突入部隊の方です」

 

 そう言ってオレを見る。

 

「オレ?」

「そうです。低俗なブタのくせに最前線に突っ込むなど馬鹿の極み。それにそのような震えた青い顔など、今からでも妾に替わったらどうかしら! それでもやるというのなら、まずは我らが用意した食事をぞんぶんにとってから行くことね!」

「すごいです先輩、罵倒されているのに、とても親切にされていまます!」

「ああ、うん、すごい豪華な食事……」

「それだけじゃないぞぅ。栄養バランスもばっちりだ。アレ本気でこっちの健康とか案じてるよ」

 

 ニトクリスと同じでいい人なのが透けて見えるほどだ。うん。ファラオってオジマンディアスを除いたらみんないい人なのかなとか思ってしまいそうである。

 ともかく、準備は万端となれば。

 

「行くか――」

 

 戦闘開始だ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「さあ、行こうか正面は怖いお兄さんに任せるとして、僕らは右翼を攻めるよー」

 

 ダビデの采配を、ジェロニモが精霊を介して伝え、集まった情報をジキル博士が仕分けてダビデが再び采配。

 

「いやー、精霊ってのは便利だねぇ。伝令要らず」

「精霊をこんな風に使ったのはオマエが初めてだろうさ」

「そんなことより敵も攻めて来たよ」

「正面はランスロットとマスターに任せてこっちは右翼に集中。いい感じに三倍くらいで当たれてるんだから、さくさく行こう」

 

 軍勢を指揮して、マスターを支援する。被害を減らすことも考えながらやる。

 

「やれやれ、常勝の王ってのは面倒くさくて行けない」

 

 両方やらなければならないのだから――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 正面から騎馬隊が出ると同時に西側でもオジマンディアスの軍勢が猛威を振るい始める。そちらに戦力が多少は裂かれるがこちらも厳しい。

 雨あられと降り注ぐ矢。正門前にたどり着けるのは良くて六割だろう。悲しいが、それでも正面から攻める以外にないのだ。

 

 オレもまた兵団に混じって正門へと走っている。その時――砂嵐が吹き荒れた。

 

「キングハサンか!」

 

 敵もまた混乱する。突然の砂嵐だ。弓も使えない。だが、何よりもその混乱を悪化させていたのが、藤太の米俵だった。

 洪水のようにあふれる穀物にからめとられて動けないという大惨事。なんて贅沢なとだれかが叫んでいたような気がするが知らぬ。

 

 そして、その混乱が成れば――。

 

「参る!!」

 

 円卓最強が道を切り開く。騎馬隊に混じって、オレは正門に向けて突撃している。

 

「行かせません!」

 

 立ちふさがるのは太陽の騎士。

 

「約定を果たそう――汝らの死を見るが良い」

 

 そこに立ちふさがるのはキングハサン。オレたちは彼に任せて、正門へと向かう。相手になどしない。ただひとりを除いて。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「いいえ、少し待っていただきましょう――」

 

 鎧を脱ぎ捨て、帽子を脱ぎ捨て――その姿を彼のものは現した。

 

「何も――」

 

 砂嵐の中、その姿をなぜ間違えることが出来ようか。

 風に揺れる黄金の粒子を放つような金紗の髪を。

 国を想う強き意思を乗せた瞳を。

 

 その手に握られた黄金の剣をなぜ、見間違えることが出来ようか。

 

 忠義を捧げた相手をなぜ、違えることが出来ようか。

 

 彼の者こそ、騎士の中の騎士。騎士の王――。

 

「アーサー王ッ!」

「貴卿の相手は私だ、サー・ガウェイン」

「――なぜ…………いえ。私を、裁きに来ましたか。罪深き、私を。不忠なる、私を」

「いいや、違う。貴卿はもはや止まれぬ。それはわかっている。だからこそ、私は私の役割を全うするのみだ。獅子王の相手はサー・ベディヴィエールがやるべきこと。ならば、私がやるべきことは一つだ。抜け、ガウェイン卿。もはや、止まれぬのだろう」

「――――」

「よかろう。ならば、見届け人は私がしよう――」

「感謝する初代山の翁よ」

 

 ゆえに、決闘がここに今、始まる――。

 

「騎士王・アーサー・ペンドラゴン」

「獅子王の騎士ガウェイン」

「「参る――!!」」

 

 ここに伝説の戦いが幕を開く。

 

 ただの一歩で砂塵を切り裂き、大地を砕く。その剣技は、綺羅綺羅しく誰もを虜にするほどの黄金の暴威。金の粒子舞う決戦は、されど長くは続かないことを誰もが悟った。

 太陽の加護のないガウェインと令呪による加護を受けたアーサー王。決着など誰が見ても明らかだ。いかに獅子王のギフトがあろうとも、この差を覆すことはできない。

 

「それでも! 私は、獅子王の騎士なれば!!」

 

 もはや止まれぬ。ガウェインは最後に残った心ごと、自らの妹に別れを告げたのだ。その時から、いいや、この特異点で聖都の民や十字軍を手にかけたその時から、もはや止まることなど許されない。

 最後まで獅子王の騎士としての務めを果たす。それが、騎士ガウェインに残った最後の矜持なれば――。

 

「この剣は太陽の移し身。あらゆる不浄を清める(ほむら)の陽炎」

 

 自らの宝具(信念)でもって、相対する。

 

「いいだろう。その挑戦、受けて立つ――」

 

 騎士王もまた、青ジャージ姿ではあるが、己の宝具(信念)でもって応える。

 

「束ねるは星の息吹――」

 

 輝ける剣が二本、星と太陽の輝きを放つ。

 立ち上る黄金の光が二つ。

 星と太陽の輝き――。

 

 それは過去、未来、現在を通じ、あらゆる者が今わの際にて見た尊き夢。

 数多の者が夢半ばで散り、志半ばで倒れていったその果てに、手を伸ばした無窮の輝き。

 

 いざ、その真名を結ぶ――其は――。

 

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)――!!」

約束された勝利の剣(エクスカリバー)――!!」

 

 ぶつかり合う光と光。

 勝利の剣の極光が今、ここに激突する――。

 

 かつてブリテンを救った二筋の光が、今ここにぶつかり、あらゆる全てを消し飛ばしていく。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「くっそー、なんて堅さだこりゃ。普通にやっても駄目だね」

 

 普通にやってもここは開かない。直死の魔眼すらも通用しない。ならば、どうすればいい――。大威力の攻撃を当てるだけでは、不可能。

 このまま手をこまねいていては兵が損耗していくばかりだ。敵の弓は砂嵐の中でも降り注いでくる。

 

「このままじゃ――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………うん。やっぱりこうするしかないよね――トータ! 正門からそれて、どこでもいいから壁にいって」

「むう? とりあえず、あいわかった!」

「オーケー、そのまま! まっすぐ止まらないでね!」

「何か策があるのか三蔵!」

「策ってほどじゃないけどね――じゃ、あとはよろしく」

「いや、待て、おい、なんだそれは。まるで今生の別れみたいじゃぞ――おい、人の後ろでなにしてる!」

 

 何って、単純ファイナル如来掌の準備だ。

 

「あの正門がなくなればいいんでしょ?」

 

 ならば、それを為すの身。これ以上兵が死ぬのは見たくない。何より、弟子が死ぬのが一番見たくないのだと三蔵は思う。

 これをやれば最後、己の身は死する。

 

 ――本当なら、使いたくないんだけど、仕方ない。

 

 そう仕方ないのだ。己が呼ばれた役割とはこれなのだろうか。本当なら、最期の別れくらいしてあげた方が弟子が泣かなくて済むだろうけれど、それをしちゃうと覚悟が鈍ってしまう。

 

「待て、馬鹿者が! ええい、貴様正門を横切れとはそういうことか!」

 

 ――羯諦、羯諦 波羅羯諦。

 ――波羅僧羯諦、菩提薩婆訶

 

「なんてったって一番弟子に借りっぱなしだったもの。しっかりと返してあげないとお師匠様失格じゃない?」

 

 本当ならダ八戒と一緒に、あの旅の思い出を語って、今度はカルデアになんて行ってみたりして、なんてそんな夢をがあったけれど――。

 

 錫杖鳴らし、いざや御仏よ、ご照覧あれ――。

 

「善なるものしか通さぬのなら、慈悲の(こころ)で推し通る―――破山一拝、釈迦如来掌! 木っ端微塵に反省なさ―――い!」

 

 放たれる一撃は、キャメロットの正門を叩き壊した――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「三蔵ちゃん――?」

 

 あの掌の形をオレは知っている。ならばあの一撃は三蔵ちゃんのそれであり――、そこから読み取れる破壊の規模と彼女が出せる最大出力を比較して、ありえないと断じて――それはつまり。

 

「――っ! 行くぞ!!」

 

 ならば、今は泣いている暇などない。

 

「お師さん、今度は、もっと平和なところで、できればカルデアで会おう――」

 

 走ってオレたちは聖都へと入る。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………」

「そら、三蔵、注文通り、西側の壁に着いたぞ。次はどうする? また何か、ふざけた案はあるのか?」

「……次?」

 

 次、次、なんだっけ……。

 

「ああ、次、そうよね……次、よね……」

 

 頭が真っ白で、うまく考えることが出来なくて、言葉にできなくて。

 でも、お願いはあった。次に行きたい場所ははっきりと頭の中にあった。

 

「まあ、ゆっくり考えると良い。弟子として師のかわりに働いてやる。ダ八戒とやらも軍勢を動かしておるし、マスターの方も本丸に乗り込んだ。ならば、師匠としてあとはでんと構えて座っておれ」

「えへへ……トータは、ほんと働きものよね。口うるさいのがたまに瑕だけど……。ダ八戒は、いやらしいけれど、やるときはちゃんとやるし、いやらしいけど。一番弟子は……うん……」

 

 あの笑顔はやっぱりいいなと思う。もっと笑ってほしかったなとも。あの旅の中で何度も見たいろんな顔も

いいけれど、やっぱり笑った顔もやっぱり良くて――。

 

「ええと、次、だっけ……天竺は、もういったんだっけ……」

 

 なら、次は、どこがいいかな。行きたい場所はやっぱり、あそこかなって思う。

 一番に浮かぶのは一番弟子の顔だから。

 

「次は……どこかの、雪山の、てっぺんにある天文台とかに……行ってみたい、な……トータも一緒にいってさ……ダ八戒や李悟浄、呂布兎馬、みんなで、またお経をあつめたりして、旅をしてみたりさ……」

 

 思えば生きていた頃は修行ばっかりで、全然そういう楽しいこととかしてこなかったから、どうせならみんなで、楽しいことをしてみたい。

 仏門においてそれは、どうなんだって、言われるかもしれないれど、いいじゃない、少しくらい。みんなで笑って、楽しく過ごして。

 

 一番弟子に、お師匠様らしいことしたり、されたりして……。

 

「そんな楽しい夢をみても、いい、よね……仏様は、バチとか、当てない、よね……?」

「当然だとも。御仏の慈悲深さは、たったいまお主が証明したではないか。よくやった、玄奘三蔵。弟子として、吾も鼻が高い。こちらはもう少しばかり、聖都の者どもに美味い飯を振る舞ってくる。お主はゆるりと、極楽で胡坐でもかいておれ」

 

 あるいは――夢を見ていると良い。

 

 どこかの雪山のてっぺんにある天文台で、弟子に囲まれて、わちゃわちゃとはしゃいでおればいい。叶わぬ夢ではないさ。

 それは、いつかきっと、叶う夢だ――。

 

 だから、楽しく笑っておれ――。

 

 何を言っても返ってくる言葉はなく、ただ、独り言のようにつぶやきが砂塵に舞って消えた……。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「――――」

「見事な忠義だったガウェイン卿。誇ると良い、貴卿の忠義は、本物だ」

 

 倒れ伏す騎士を見る。聖剣同士のぶつかり合いは、アルトリアが制した。もしギフトの恩恵があれば、どうなっていただろうか。令呪の後押しがなければどうなっていただろうか。

 それは誰にもわからないが――。

 

「今はゆっくりと休め」

「…………」

 

 ただ晴れやかに――太陽の騎士は散った――。

 

 同時に砂嵐も晴れる。初代山の翁もまた役割を終えた。

 

「……ふぅ、少し疲れましたね。マスター、どうかベディヴィエール卿をよろしくお願いします。貴方に似て、本当に不器用な人ですから」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「正門が開いた!」

 

 精霊伝令が告げる言葉は簡潔だ。だが、それ以上にどうしてそれが起きたのかをダビデは察した。

 

「お師匠様、本当にいいところをもっていくなぁ……うん、じゃあ、全軍、そこに向かって突撃だ」

 

 中に入ってしまえば、あとはもうこちらのやりたい放題だ。

 

「ダビデ王……」

「大丈夫さ、博士。別れには慣れてる。なんてったって二度目だからね。それに、たぶん、お師匠さんも僕に泣いてほしくはないだろうしね。さて、こっちは何とかなったあとはマスター、たのんだよ」

 

 最後まで油断なく、敵兵を押しとどめるのだ――。

 

 




一騎に行きます。零時に最終話となる36話を投稿します。

そして、展開のために決戦前夜はカットです。ですがなかったことにはならないです。きちんとありました。ちょっともう一気に最終決戦に行きたかったので泣く泣くカットです。
それに、とてつもなく長くなっているので。





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神聖円卓領域 キャメロット 35

 その瞬間、光の壁が生じた。時空閉鎖レベルの壁。王の領域まであと一息だというのに、光の壁が王城を取り囲んでいる。それはロンゴミニアドの外殻。

 それはつまり、世界が閉じ始めたということに他ならない。

 

「始まった。くそ――」

「はは――」

 

 その時、誰かの笑いが太陽の如く降り注いだ気がした。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ははは。それなりに追い詰められたか獅子王」

 

 玉座の間で太陽王は笑っていた。異邦のマスターが参戦したのだから、こうなるのは決まっている。いいや、これくらいせねばならないのだ。

 だからこそ楽しそうに笑う。

 

「であれば、余も褒美をやらねばな」

 

 大神殿が目を開き、デンデラ大電球が起動する。

 

「対粛清防御に使っていた魔力は大電球に回せ。これより我が大神殿の全貯蓄を用い、聖都に超遠距離大神罰を与えるものとする!」

「は……! ピラミッド複合装甲、解除! 大電球、魔力圧縮加速儀式、開始! 出力、アブホル級からメセケテット級まで安定させよ!」

 

 デンデラ大電球。超絶の雷撃を交えた大灼熱の太陽光を生み出す最強の矛。

 

「ふ、獅子王め、余を忘れたな?」

 

 最果ての塔を建てている間は、裁きの光は放てない。ゆえに、これこそが好機。今ここに太古の神々の神威さえ思わせる威力を持つ大神罰が決行される。

 

「その聖槍、余の神雷がへしおってくれよう」

「いいえ、裁きの光であれば私が防ぎます! ファラオはどうか、大電球の操縦に専念を!」

「言われずともそのつもりよ。おまえはそこで扇でも煽っておけ」

 

 ファラオは不敵に笑う。

 

「あらゆる裁きはファラオが下すもの! 神ならざる人の王如きが……否、もはや貴様は女神に等しいモノであるが、しかし! ファラオが余であり、余こそがファラオなれば! 神王を名乗る年季の違いを知るが良い!」

 

 大電球アモン・ラーが開眼する。これこそがアメンの愛(メェリィアメン)

 

 超遠距離大神罰が放たれてその一撃が最果ての塔へと直撃する。

 しかし、まだである。直撃はしたが届いてはいない。魔力障壁がそれを防いでいる。対策を講じていたのはオジマンディアスのみにあらず。

 

「ならば――あと十撃はくれてやる!」

 

 霊基の半分を魔力へと変換し、大神殿を加速させる。

 

「聖都の障壁など紙も同然! ふはは、憐れなり最果ての塔!」

 

 障壁を突き抜けて大電雷はついに最果ての塔へと届く。その代償は、オジマンディアスの霊基の半分。あと一撃。

 

「――ファラオ」

「振り返るな、ニトクリス! 余を気遣う事は許さぬ!」

「――っ、ファラオ、聖都に動き在り、裁きの光です!」

「!」

「――お暇をいただきます!」

 

 防御はもとよりニトクリスの役割なれば!

 

「っっっっ、き、づ…………!!!!」

 

 裁きの光を受け止める。冥界の鏡にて、上空から落ちてきた裁きの光を防いでいる。その好機、逃がすオジマンディアスではない。

 ニトクリスへの助けは不要。もとより彼女はそれを望まない。ならばこそ、ファラオの中のファラオとして、神王は更なる一撃をくれてやるのだ。

 

「ふっ――宝具の打ち合いは貴様の勝ちだ、獅子王よ。だが、勝負そのものは痛み分けにしてやろう!」

 

 獅子王が犯した最大のミスを教えてやろう。オジマンディアスの首を狙ったその一撃だ。未だ、宝具は健在なり。

 

「貴様には余の墓をくれてやろう」

 

 主神殿ピラミッドを射出。如何な、聖槍であろうとも、大質量の前には木っ端の如し。超巨大質量ピラミッドが聖槍の外殻を破壊する。

 そしてまた、ファラオもまた、光の中へ――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 突然のピラミッドの落下。それはもうありえない光景であり、最果ての塔を下してしまったのだ。

 

「はは。なんて力技だ!」

「今のは致命的だ。あとは――」

 

 獅子王の下へ!

 

 もはや円卓の妨害はない。兵隊の妨害すらもない。城下町を抜けて、王城へと侵入を果たす。

 

「よくぞご無事で」

「呪腕さんも。行こう!」

 

 ハサンたちとも合流して、オレたちは最終決戦へと挑む。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「っ――」

「ここまでだ」

 

 ランスロットはアグラヴェインと相対していた。王城にマスターたちが入ったのを見て、自らも追い掛けた。だが、合流はしなかった。

 それよりも先に、此処に来たのは、償わせるためだ。

 

「王の補佐として行った数々の非道、償ってもらうぞ」

「はは、ははははははは」

「アグラヴェイン――く」

 

 アグラヴェインの一撃がランスロットを弾き飛ばす。

 

「……私の母親は、狂っていた」

 

 そして、語る。狂ったように。

 

 ――いつかブリテンを統べる王になる、などと。私は枕言葉に、その怨念を聞かされて育った

 ――私は母親モルガンの企みで、おまえたちの席に座った。円卓など、なりたくもなかったが、それが最短距離だった。

 ――私は、アーサー王から円卓を奪い、母親に渡すためだけの、道具だった。

 ――私はそれに同意した。ブリテンには強い王が必要だと理解していたからだ。

 ――私の目的はブリテンの存続だけだ。その為にアーサー王を利用した。

 ――利用、したのだ。

 

 再び彼の一撃がランスロットを吹き飛ばす。これほどの力、いったいどうやって。

 

「私が求めたのは、うまく働く王だ。ブリテンをわずかでも長らえさせるための王だ。私の計画に見合う者がいればいい。誰を王にするかなど、私にとってはどうでもいい。ただ、結果としてアーサー王が最適だった。モルガンよりアーサー王の方が使いやすかっただけだ」

 

 それは偽りではない真実。

 

「私は女は嫌いだ」

 

 ――モルガンは醜く淫蕩だった。清らかさを謳うたったギネヴィアは貴様との愛に落ちた。

 ――私は生涯、女というものを嫌悪し続ける。人間というものを軽蔑し続ける。

 ――愛などという感情を憎み続ける。

 

「その、私が―――はじめて。嫌われる事を恐れた者が、男性であった時の安堵が、おまえに分かるか。……それが。貴様とギネヴィアのふざけた末路で。王の苦悩を知った時の、私の空白が、おまえに分かるか!!」

 

 アグラヴェインの周囲に見せなかった自身の、そして王への偽らざる本心。

 何のことはない彼もまた、忠義の騎士であった。ただ、それだけなのだ。

 ゆえに、此度のことも全て忠義。それでしかないのだ。彼の王がそう望むのならば――騎士王が、獅子王となろうとも変わらない。

 ただ一人、最初は偽りだったかもしれない忠義は、本物へとなったのだから――。

 

「ならば!」

「貴様の言葉は聞かぬ、裏切り者め!」

「聞け、アグラヴェイン、我が王は――!」

「聞かぬ。私にはまだやるべきことが残っている――報いを受けろ。貴様はまた、我が王を裏切った」

「ぐおおお――」

「私は鉄のアグラヴェイン。堅きアグラヴェインとも呼ばれたことがある。侮ってもらっては困る。円卓最強がいつまでも貴様などと思わぬことだ。忠義を忘れ、裏切り者になどになる貴様に、私は負けぬ――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 玉座の間へと続く通路。この先に獅子王がいる。凄まじい魔力反応を感じる。ついにここまで来たのだ。

 

「行こう――」

「はい! 第六グランドオーダー、最終工程――開始します!」

 

 扉を押し開き、玉座の前と入る。荘厳な空気が立ち込めていた。玉座に、王は確かにいた。そこに座っていた。兜を外し、素顔を晒して。

 その姿はやはりアルトリア・ペンドラゴンその人だ。

 

「――答えよ」

 

 静かな言葉が玉座に響き渡る。

 

「――答えよ。おまえたちは何者か。何をもって我が城に。何をもって我が前にその身を晒す者か。

 我は獅子王。嵐の王にして最果ての主。聖槍ロンゴミニアドを司る、英霊の残滓である」

 

 声だけで身体が縮み上がる。さながらギアスが如きそれ。それはオレだけでなくサーヴァントたちにすら感じられるほどの威圧。

 いいや、王気というべきか。それとも神威か。あるいは両方か。

 

 あれが獅子王。聖槍を持ち続けたアーサー王というのか。

 

 確かに人間ではない。相対してわかった。アレはもはや人間などでは断じてない。

 

「――答えよ。おまえたちは私を呼ぶ者か。おまえたちは私を拒む者か。遥かなカルデアより訪れた最後のマスターよ。おまえは、何のためにこの果てに訪れた?」

 

 答えろ。答えろ。答えろ。

 

 恐ろしいのに、答えなければと思う。この問いには答えなければならないと強迫観念にすらかられるほどだ。それでも意思を奮い立たせて。

 

「おまえを止めて、人理を正すために来た!」

「そうか。それは同じことだ。人理を正す事と、我が命を断つことは等しい」

 

 つまり――おまえは私を殺しに来たのだな。

 

 その言葉が何よりも重く響き渡ったように感じられた。

 

「残念だ。おまえは、聖槍には選ばれない」

 

 その魂は善を知りながら悪を成す。善にありながら悪を赦す。

 

 それは悪と同義と彼女は断じる。

 

「我が足下まで辿り着いた、最新の人間に期待したが――死ぬが良い。私の作る理想都市に、おまえの魂は不要である――では円卓を解放する。見るが良い。これが、最果ての波。世界の表面を剥いだ、この惑星の真の姿だ」

 

 玉座の向こうに荒波が見える。これが世界の果て。初めから、彼女は世界の果てにいたのだ。それと同時に玉座より獅子王が立ち上がる。

 戦闘態勢へと入る。

 

「マスター!」

「おまえの理想都市なんて、こっちから願い下げだ!」

「先輩……!?」

 

 気が付けば、オレは言葉を紡いでいた。ああもういろいろともらしそうなほど怖いのに、今すぐ逃げ出してそこらへんの隅っこでガタガタ震えていたいっていうのに!

 それほどまでの神格を正確に読み取っているというのに、オレは叫んでいた。認められない。そんなものは認められないと。

 

 だって、そうだろう。

 そんなものが理想であってなるものか。

 

 人間を選別し標本のようにして閉じ込めるなど、理想のはずがない。

 だって、希望はそんなものではなく。理想はそれほど閉じたものではなく。

 だって、希望は切なる願いの上で、成り立っているもののはずだから。そう信じているから。

 

 オレは希望を待つのだ。耐えて、耐えて――その先に希望があると信じている。

 

 ――待て、しかして希望せよ。

 

「だから、そんな理想なんてくそくらえだ!」

「いいぞいいぞー言ってやれ言ってやれ! それは人間であるキミにしかできないことだ!」

「私を否定するか。ならば、私もおまえたちを否定しよう。死にたくないならば――歯向かうな人間」

 

 戦闘が始まる――その刹那――。

 

「式!!」

「――――」

 

 ここで刀を手渡す。ただ一度きり。あれは神秘を内包した宝具ではない。ゆえにただ一度だけ。この一戦に限り使用できる切り札。

 

「――生きているのなら、神様だって殺してみせる」

 

 自己暗示によって戦闘用に作り替えられる。駆け抜けるは最速――。平時とは段違いの身体活用。それだけに留まらない。

 獅子王のあらゆる攻撃を未来予知にて察知して躱して――必殺の一刀を叩き込まんとする。

 

「マシュ!」

 

 無論、躱せぬ範囲攻撃もある。それを防ぐのはマシュの役割。

 盾は砕けない。それは何があろうとも砕けることのないものだから。

 

「隙、ですな」

 

 一方にかかりっきりになればその背後から呪腕のハサンが。そちらに対応すればさらに背後から百貌が。それに対応して見せれば静謐がさらに死角から突く。

 だが、戦闘直感は神となりすべてを見通すかの如くあらゆる攻撃を躱していく。

 

「なら範囲攻撃よ!」

 

 エリちゃんの宝具もまた放たれるが――。

 

「フン――」

 

 それの意味はなく、振るわれた聖槍は例外なくこちらを貫いた。

 

「く――シバが数枚ぶっとんだ――――!? こっちまで魔力が届くのか!? みんな無事かい!?」

 

 槍の一振りだけでシバがぶっとんだらしい。ありえないほどの魔力。そして、段違いの火力。

 

「これは、お話にならない、な……火力が違いすぎる。万能を上回る神域の力……」

 

 ただの槍の一振りで、エリちゃん、金時、百貌と静謐のハサンたちを消し去ってしまった。跡形もなく消し飛ばした。呪腕が助かったのは理由があるのか。

 一瞬だが見えた。剣閃が走ったのを確かに見た。

 

 だが、それでどうにかなるなどという希望はありはしない。絶望するが良い。それこそが神に逆らった罰だとでも言わんばかりに。

 助かったのはマシュに守られた、オレとベディヴィエールとダ・ヴィンチちゃん。それから呪腕と何とか躱して見せた式。

 

 もはや並みのサーヴァントでは相手にできないほどの権能。

 

「っ……! 足が……前に出ない……! あの方は間違っている、あの方のためにも戦わねばならないというのに……! 体が、言うことを、聞かない……!」

「これ……ダメだ……」

 

 思わず口にしてしまった言葉は、諦めだった。

 

「終わりだ。おまえたちの消滅を以て、最果てを解き放つ」

 

 獅子王は言う。嘆くなと。ここで果てることこそが、理想都市に至ることこそが幸福であると。

 

「限りある命に永遠を」

 

 価値が変動しないようにすることこそが究極の救済なのだと言って――。

 

「それは違う! 違う、ことです!」

「マシュ――!」

 

 オレが諦めかけたというのに、その少女はただ強く震えながら前に踏み出した。

 

「貴女は間違っています! 貴女のいう幸福を認めません! なぜなら、わたしは! この時代で、多くの命を見て来たから! 子供を助けるために命を落とした人がいました! そのことを嘆く人がいました! そして――それでも、生き続けると。自分が生きている限り、お母さんとの人生は続くと顔を上げた人がいました!」

 

 それは、ルシュドの――。

 

「終わりは無意味ではないのです。命は先に続くもの、その場限りのものではなく! いつまでもいつまでも、多くのものが失われても、広く広く繋がっていくものなのです!」

 

 マシュの言葉が何よりも心に届いた。萎えかけていた戦意を再び燃え上がらせてくれる。ああ、やっぱり、

 

「キミが、オレの――」

 

 だから、オレも立ち上がる。

 

「あなたが、荒波、世界の果てだというのなら! わたしは全力で、これと戦います!」

「いいだろう。では、見せてやろう!」

 

 聖槍の呼ぶ嵐が、今ここに顕現する。

 

「聖槍、抜錨――」

 

 其は、空を裂き、地を繋ぐ嵐の錨。

 

「最果てより光を放て……! ロンゴ、ミニアド――!」

「いきます……! マスター、わたしに力を……!」

「ああ、――マシュ!!」

 

 令呪が消費される――。

 

 マシュの力になりたいという願いに応えて――それは強き力となって彼女の背を押す。

 

「見ていてください所長――今こそ、人理の礎を証明します……!!!」

 

 今ここに、彼女の宝具が真の姿を現す――。




六章最終話は〇時投稿です。


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神聖円卓領域 キャメロット 36

 真名、開帳――今ここに一人の騎士が災厄の席に立つ――!!

 

「其は全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷――顕現せよ、いまは遙か(ロォォォド・)理想の城(キャメロット)!」

 

 白亜の城が展開される。これこそまさに、白亜の城キャメロット。かつて多くの騎士たちが集った、円卓のおかれし我らが故郷――。

 

「――――」

 

 ああ、それはなんと美しいのだろう。白亜の城が顕現し、ロンゴミニアドの一撃を受け止めている。

 

「面白い――その細腕で、白亜の城をどこまで支えられる!」

「くっ……つうぅうう……ま、け、ません! わたしは、ひとりでここに立っているのでは、ないのですから!!」

 

 ひとりではない。ここに来るまでに散っていった仲間たちの想いがあって、何よりも

 

「マスターが、いるのです!」

「ええ、そうです。貴女はひとりではありません。ですが、もっと肩の力を抜いて」

「ベディヴィエール?」

 

 彼はゆっくりとマシュに向かって歩いて行っている。言葉には助言を乗せて。

 

「――待て」

「待つんだ。キミの、その体は――」

 

 静止を振り切り、彼はマシュのところまで行った。

 

「力まないで、サー・キリエライト。その盾は決して崩れない。貴女の心が乱れぬ限り」

「ベディヴィエールさん……? あ……はい、こ、こうですか?」

「そうです。たいへん筋がよろしい。いいですか。忘れないでください。白亜の城は持ち主の心によって変化する。曇り、汚れがあれば綻びを生み、荒波に壊される。けれど、その心に一点の迷いもなければ、正門は決して崩れない」

 

 マシュ・キリエライトという騎士は、敵を倒す騎士ではない。

 その善き心を示すために、円卓に選ばれた騎士なのだ。

 

「……何者だ。見たところ、貴様も騎士のようだが――」

「っ、知らないはずがありません! この方はベディヴィエール卿! 円卓の騎士です!」

 

 しかし、ベディヴィエールのことがわからない獅子王。

 

「……そうでしょうとも。ですが、これを見ればその記憶も薄れましょう」

 

 ――剣を摂れ、銀色の腕(スイッチオン・アガートラム)

 

 銀腕が裁きの光を断ち切る。

 いいや、その光は銀なんてものではなく――。

 

「黄金……」

「――今の、輝きは――、知ってる……それを、私は知っている――」

 

 それは当然だろう。だって、あの輝きは――。

 

「ベディ……」

「そんな顔をしないで下さい。ここまで来れたのは貴方のおかげなのですから。しかしやはり気が付いていたのですね。貴方はすごい人だ」

「違う……オレは……貴方の方が」

「いいえ、貴方はとても凄い方だ。私などよりもずっと強く、正しい選択を選び続けた」

 

 体が崩れていくベディヴィエール。それも当然だった。だって彼は。

 

 ――人間なのだから。

 

「でも、どうして……」

 

 いいや、わかってる。その銀腕は、エクスカリバー。かつて彼が返還したはずの剣。いいや、彼が持っているということは、返還はされなかったのだ。

 

「まさか――貴卿、は」

「……そう。私は罪を犯しました」

 

 三度目ですら彼は聖剣の返還が出来なかったのだ。

 

「そうして森に戻った時、王の姿は消えていた」

 

 王はその時、死ぬこともできなくなり、こうして亡者どもの王、ワイルドハントとなっていたのだ。

 

「私は、ずっと貴方を探し続けました。この罪を贖うために」

「馬鹿な、それが本当だとしたら1500年だぞ!? 1500年近く、アーサー王を探し続けたというのか!? 人間がそんなに生き続けられるはずがない! エクスカリバーは所有者の成長を止める! だが、それは肉体の話だ! 精神は不老にはならない! そんな長い間――ひとりで? 贖罪の旅を続けて来たのか、キミは!?」

 

 ドクターの叫びがこだまする。

 

「そんな惨い話があってたまるか! 残酷にも程がある!」

「ありがとう、ドクター・ロマン。ですが、それほど辛いものではありませんでしたよ。それにこうして最後の機会を与えられました」

「ベディヴィエール……」

「さあ、今こそ、私はここに罪を贖おう。獅子王、聖槍の化身よ。私は円卓の騎士ベディヴィエール。善なる者として、悪である貴方を討つ者だ――」

 

 獅子王がベディヴィエールを円卓に導こうとする。だが、それすらも振り払い。ベディヴィエールは剣を持つのだ。

 

「マスター、どうか、聖剣を手に取ってください。聖剣は善なる心を持つ者の手で、あるべき者の手に渡るもの。――私では、もうその資格がないのです」

「いいや!」

 

 オレはベディヴィエールの手をとって、ともに聖剣を手にする。

 

「行こう、一緒に。今度はちゃんと返せるように」

「――はい!」

 

 獅子王の一撃を、マシュが防ぎ、槍の一撃という壁を式の刀が切り裂く。呪腕のハサンが己のみを盾にしてくれて、オレとベディヴィエールはともにエクスカリバーを振るっていた。

 

「馬鹿な――私が、英霊如きに、押されている……いや、おまえたちは英霊ですらない。ただの人間が……私に迫るのか? 土塊となってもはやマスターの力に頼るばかりの手足で、なお。なぜだ――」

「それは、あの日の貴方の笑顔を、今も覚えているからですアーサー王。さあ――我が王よ、今こそ、この剣をお返しします」

「うん」

 

 最後の一振りを、間違えないように真名を結んで――。

 

「「エクス――カリバー」」

「ぐ――」

 

 それは小さな傷しか穿たない。だが、それでいいのだ。確かに返還はなったのだから。

 

「円卓の騎士を代表してお礼を――あの時代に、ひとり我らの星となってくださり、ありがとうございます――」

「――そう、か。ようやく思い出した……」

 

 あの森を、あの丘を。最後まで、アーサー王を気遣っていた、泣き腫れた騎士の顔を。

 

「そうか――そなたは幾星霜、その悔いを晴らすために彷徨い続けたのか」

 

 ゆえに、賛辞を贈ろう。

 

「……見事だ。我が最後にして最高の、忠節の騎士よ――誇るが良いベディヴィエール。貴卿は確かに、王の命を果たしたのだ」

 

 ベディヴィエールは最後に笑っていたのだと思う。全てをやり遂げて。形すら残らずに、彼は消えた。

 それと同時に聖槍は砕け散る。それにより特異点は崩壊していく。時代を呑み込もうとしていた重力変動は消滅し、全ては救われた。

 

 そして、オレたちは急速に修復されていく人理の中でカルデアへと強制返還されようとしていた。

 

「ふむ。最後に一つ言っておくか。異邦のマスター。一つだけ、言っておこう。魔術王ソロモン。その居城となる神殿は、正しい時間には存在しない。魔術王の座標を示すものは第七の聖杯のみ。あの聖杯のみ、魔術王が自ら過去に送ったものだ」

 

 それはソロモンよりも古い時代に七つ目の特異点があるということ。

 そして、七つ目の聖杯こそが魔術王の絶対の自信。それが復元されぬ限り、人理焼却は行われるということ。

 

「――ありがとう獅子王。またどこかで会えたら、ハグをしてくれ」

「フッ、考えておこう。さっさと帰るが良い。そして、お前は、おまえの善いと思う道を行け。それがおそらく――」

 

 ――いい結果につながる。

 

 最後に見たのは笑みを浮かべた王の姿だった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 すとんと、首が落ちた――。

 

「…………」

 

 呪腕のハサンが差し出した首は落ちた。

 

 初代山の翁の手で。

 

「…………」

 

 それがハサンの定めゆえに――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「オジマンディアス様、ニトクリス様、妾もすぐに参ります」

「おー、おまえさんも今帰りかい?」

 

 クレオパトラと藤太もまた消えかけている。

 

「ええ、我が主は、太陽王オジマンディアス様。多少の猶予をいただいておりましたが、それもここまで。ですが、なんとか勝利できたようですね」

「おー、本当、ようやったな。まったく、ま、次会えたら飯をたらふく食わせてやるとするか」

「低俗なブタにはちょうど良いでしょう。あのような不健康なブタにはたらふく食わせてやりなさい。ぞれが慈悲というものです」

「あんた、面倒くさいのう」

 

 ともかく此度は勝った。次はどうなるかはわからないが、その時は、また味方であればよいなと思うのだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 気が付くと、マシュの顔があった。

 

「! 先輩も目を覚ましました! 全員無事帰還です!」

「帰って、これたのか……」

「はい、この通り、大事なく。さきほど人理定礎の修復も確認されました」

「そっか」

 

 第六グランドオーダーは、完了した。

 

「疲れたー」

「はい、お疲れ様ですますたぁ」

「うわぁ!?」

 

 あまりに久しぶりだったので驚いて飛び上がってしまった。

 

「んもう、ますたぁったら、あんなに熱い口づけまでしたというのに」

「せ・ん・ぱ・い?」

「あ、いえ……」

「あはは。いつも通りだねー」

「ブーディカさん」

「うん、お疲れ。今回はまったく役に立てなくてごめんね」

「そういうことはないよ。おかげで助かったし」

「よーし、それじゃあ、いっぱいご飯作ってあげよう。せめてね」

「……うん。ありがとう」

 

 名誉すらもない。報酬もない。けれど、確かに記憶はあるのだ。あの特異点であったことはすべて、オレの中にある。だから、それでいい。

 

「――聖杯の保管完了だ。そして朗報だよ。第七の特異点が見つかった。紀元前2600年。古代メソポタミアに特異点はある、と観測された。だが、今はゆっくりと休んでほしい。丁度良い、レイシフト先もあるからね。ちょっとした休暇を過ごしてくると良い。なにせ紀元前へのレイシフト証明は莫大な時間がかかるからね。だから、ちょっとした休暇を堪能してくると良い」

「海、か」

 

 海、水着……ひと夏のアバンチュール。

 

「よーし、行こう!」

「ともかく、今はゆっくりと休んでくれ。海の準備はしておくから。ああそれとグッドニュースだ。召喚可能霊基一覧に新しい枠が生まれた。もともと英霊としての功績がなかった彼だけど、今回の功績が人理に認められたのかな、それとも獅子王の粋な計らいなのか。いろいろと観測が広がってね、いろいろな可能性が見つかった。そして、君の帰還とともに新しく二名召喚された――」

「セイバー、ベディヴィエール。此よりは貴方のサーヴァントとなりましょう。それが、我が王の御為になるものと信じて」

「はじめましてマスター。まだ半人前の剣士なので、セイバー・リリィとお呼びください。これから、末永くよろしくお願いします」

「ようこそ――カルデアへ」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ぐ、ぁぁぁ――」

 

 歯の隙間から声が洩れ号泣する。涙が溢れだして止まらない。

 ひとりになって、オレは、ただ泣いていた。

 

 失ったものの大きさを知って。

 

 記憶と味覚、多少の感覚を、未来視もどきの代償に失った。

 

「あ、ぁああ――」

 

 泣いた。泣いて、泣いて、泣き腫らして。泣き続けた。

 涙が枯れて止まるまで、ずっと、ずっと。

 

 今まで泣けなかった分も全部、今ここで吐き出してしまうように。

 

 それでも心の中はまったく軽くならず、失ったものの大きさを、自分のやったことの大きさがいつまでもいつまでも心に残り続けた。

 

 それでも立ち止まることは許されない。

 

「オレ、は……世界を……」

 

 救わないといけないから――。

 




というわけで六章終了です。ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回からはイベントになります。
まずは夏イベで休暇です(休めるとは言っていない)。

夏イベやって、プリヤイベやって、セイバーウォーズやって、贋作やってといろいろとやっていこうと思っています。
目標は七章までにイベントを消化することですが、無理な気がする。

頑張ります。
ただとりあえず少し休んで色々と考えてからやろうと思うので、しばらくはお休みですね。

では、また次回。


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カルデアサマーメモリー ~癒やしのホワイトビーチ~
カルデアサマーメモリー ~癒やしのホワイトビーチ~ 1


「よーし、準備完了だ。ダ・ヴィンチちゃんが指定した座標だから心配だったけど、観測結果は良好そのもの。実にいい無人島だ」

「はっはっは。喧嘩売ってるねロマニ。いいとも、売られた喧嘩は買うのがダ・ヴィンチちゃんだ。我が万能をもって、すっごいお仕置きをしてやろう」

「はーい、レイシフト開始ー」

「覚えておくんだねロマニ――」

 

 という感じのやり取りがあって、オレたちは無人島へとレイシフトした。第六グランドオーダー完了により、第七特異点へのレイシフト証明の為の時間を使っての休暇だ。

 なんでもダ・ヴィンチちゃんが見つけた特異点もどきという場所らしく、敵もそれほどいない安全な無人島だとのこと。

 

 そして、珍しく、それは正しかった。

 

 青い海、青い空、白い砂浜に木々生い茂り自然豊かな森。とてつもなく素晴らしい光景にただただ絶句する。これほどまでに美しい海が、浜が、あっただろうか、いいやない。

 海というものの概念がぶち壊されるほどの美しさ。この美しさを形容しようとしたのならば一晩以上は余裕でかかってしまう。

 

 ゆえに、ただ一言に万感の思いを込めるのだ。

 

「綺麗だ……」

 

 もはやそれで十分。それ以外には不要。余分な装飾こそ、この美しさを損なうのだと知れ。

 

「おーおー、師匠のやつ張り切ってんなぁ」

「クー・フーリン?」

「なんでもねえよ」

 

 ――?

 

 そんなクー・フーリンのつぶやきが気になったが、海の綺麗さの前には些事に等しい。早く水着に着替えて泳ぎたいくらいだ。

 水着はダ・ヴィンチちゃんたちが用意していると言っていたからほとんど手ぶらだ。みんなにどんな水着を用意したのかとても気になる。

 

 すごく気になる。いや、ものすごく気になる。マシュとか、マシュとか、マシュの水着とか! とても気になる。いいや、ならなはずがない。

 

「それで、ダ・ヴィンチちゃん、水着は」

「そう焦らない焦らない。今回は、ちょっとした協力者がいてね」

「協力者?」

「私だ」

「――っ!? スカサハ師匠!?」

 

 いきなりの他人の声にそこにいたのは水着を着た師匠だった。艶やかな紫色のビキニ水着にパレオといった姿。赤い花の髪飾りをつけて南国スタイルで何やら得意気にドヤ顔で腕を組んでスカサハ師匠その人が立っていた。

 

「そんなに驚くな。ここは私の個人的なプライベートビーチという奴でな、オマエもいろいろと苦労したと弟子に聞いたがゆえに、ゆっくりと休める場所と水着を提供することにしたのだ」

「ありがとうございます」

「はは。礼は要らん。さて、やるべきことは多いぞ。まずは、そら全員、水着に着替えると良い。いつもの装いでは熱かろうし、何より、いろいろと余分なものがなくなって動きやすくなる」

 

 というわけで、水着に着替える。緑を基調にして黒で様々な紋様が描かれた水着。なんでも魔術礼装でもあるらしく何かあっても安全。防御力は当社比いつもの倍だとか。

 

「お、マスターも結構鍛えられてきたじゃねえか」

 

 青の布地に赤の槍模様の入った水着に着替えたクー・フーリンが、オレの体を見ながら言う。

 

「そうかな。クー・フーリンほどじゃないけど」

「はは。オレと比べんなよ。ちゃんとマスターは鍛えられてるぜ。一番最初に比べたらな」

「野郎の体なんて見ても楽しくないからね、さっさと行って、水着女子たちを待とうよ!」

 

 ライムグリーンを基調とした水着に着替えたダビデは早速駆けだしていた。

 

「いや、早すぎでしょ」

「いいや、これでいいのさ。早く行かないと、女子の着替えが終わっちゃうからね」

「それは……やめておいた方が良いんじゃないかなぁ」

 

 白黒の格子模様の水着にパーカーを羽織ったジキル博士が忠告するもあのダビデが聞くはずもない。その後、砂浜に突き刺さった何かがあったが見なかったことにした。

 

「うむ、水着か。なかなかなれぬな」

 

 青と赤と白のラインの入った水着を着たジェロニモがそういう。

 

「似合ってるよ」

「そうか。それならば良いのだが」

「おう、大将オレっちのはどうよ」

 

 ――すごく、ゴールデンです……

 

 金ぴか輝くゴールデン水着。太陽光が反射して正直、とてもまぶしいです。股間が輝いているように見えて、なんかそれはもうやばい感じがしてる。

 

「すごく、ゴールデン、だね……」

「おっ、そうだろ! やっぱ大将はわかってるぜ。んじゃ、オレっちは先に出てパラソルとか準備しておくぜ」

 

 ゴールデンがパラソルなどの荷物を抱えて浜辺へ向かっていった。

 

「あの、私も良いのでしょうか。カルデアに召喚されたばかりですし、休暇などは……」

「良いんだよ。遠慮しなくてさ」

 

 淡い緑に銀の装飾の水着に、パーカーを羽織ったベディを連れ出して浜辺の準備をする。いろいろと用意されていた道具でパラソルをたてたり、バーベキューであったり様々な準備をする。

 そんな風に動いていてもついつい気になってしまう女性陣の水着。どんな水着で来るのかそわそわしてしまう。

 

「お、やってるな男子諸君。お勤めご苦労! さあ、万能の私が来たんだ。さくっと行こうじゃあないか」

 

 まず出てきたのはダ・ヴィンチちゃん。ビキニにパレオ。いつもの装いと似たような配色の水着だが、お胸様が凄まじいです。それに星サングラスをかけてどこぞのセレブみたいである。

 

「ん、なんだいマスター、そんなに見つめて。私なんかに見惚れるよりも、他に見惚れる先があるんじゃないかにゃー」

「…………」

「? おーいマスター?」

「膝枕を!」

「お、おお、君は本当に膝枕が好きだね」

 

 ――はっ!?

 

 オレは一体何を口走っていたのだろう。膝枕? うん、いや、だって、あの太ももを見たら、それをお願いしなくて、どうするのかと。

 惜しげもなくさらされた完璧な黄金律の肢体とか、もうね、いや、もうヤバイです。太陽に白さが、もうまぶしくて。見ていられない。

 

「そう思いながらガン見じゃないか。やれやれ、これから先が思いやられるよ」

「やー、もう準備始めちゃってたんだ。遅れてごめんねー、すぐにてつだうよ」

 

 次にやってきたのはブーディカさん。飾り気のない白のビキニだが、彼女らしくて似合っている。まさに女神かというレベル。

 輝く女神とか、なにそれもう最強すぎません? これで子供がいたという母親なのだから、凄まじい。薄くスケルトンな上着を羽織っているが、ちょっと夏だからと着崩した感がまた、良い。

 

 何より胸元のあの水着の結び目。これほどまでに関心を抱かずにはいられない結び目がかつてあっただろうかいいやない。

 すごく解いてみたいです。

 

「マスター、じゃあ、僕が行こうか」

ダビデ(師匠)!」

「なに、君は見てるだけ。僕の独断。やられるのは僕だけ。でも、僕は間近でそれが見れる。君も得。僕も得。まさか、止めるなんて言わないよね」

「わかった。オレは何も見ていない」

「よし」

「マスター……」

「博士、これもまた、夏の魔力というやつだろう」

「いいえ、女性の衣服を剥ごうなどとは!」

「チッ、まじめ騎士め」

 

 ベディヴィエールに止められて、悲願はならず。まあ、達成されなくてよかったんだけど――。

 

「なーにか視線が邪だぞぉ、マスター」

「い、いや、なんでもないですブーディカさん」

「まあ、男の子だもんね。仕方ない仕方ない。でも、あんまりがっつくと女の子には嫌われちゃうからほどほどにね」

「はーい」

 

 そう額をこてんと弾かれて、ブーディカさんは、長い髪をくくりながら食事の準備に入っていた。食材は、クー・フーリンが早速、スカサハ師匠からパクった槍の因果逆転の呪いを活用しまくって調達していたものを下拵えしていく。

 オレも手伝おうと思ったのだが――。

 

「ぶっ――」

 

 次に出てきたノッブによってそれはできなくなった。

 

「なんじゃ、マスター、わしの格好が何かおかしいか」

「いや、おかしなところしかないよ!?」

 

 え、なにそれ裸マント!? なんで!?

 

 そのくせ、どうやってもお胸のピンクのアレとか、女性の大事なところとか、全然見えないのはどういことなの!?

 

 詐欺じゃないのそれ!?

 

「ふ、夏じゃからな。わしも開放的になってみたというわけじゃ」

「開放的すぎじゃろ……」

 

 あ、口調移った。

 

「サンタからの贈り物だ!」

 

 サンタさんは、サーフボードもって、サンタ風サーファー水着。水着? それともスーツ? なのかよくわからないが、露出ゼロなのは確定だ!

 

「いや、そこは違うでしょおおおおお!?」

 

 露出最大が来たら、露出最低が来ちゃったよ!

 

「夏に来るサンタもいるそうだな。ゆえに、今回もまたサンタだ。トナカイではなくサーフボードに乗ってくると聞いたから、プリドゥエンをサーフボードにしている」

 

 それ、船にもなる盾じゃありませんでしたっけ。

 

「細かいことを気にするなトナカイ」

 

 まあ、サンタさんもなんだかんだ楽しそうだからいいのだろう。うん、そういうことにしておこう。

 

「あの、似合うでしょうか」

 

 リリィ可愛いし。

 ちょっと大きめのジャケット着て意外にもスポーティーな水着を着て、恥じらいながら上目遣いで聞いてくるリリィ。

 超かわいい。なにこれ、超かわいい。

 

「我が王――!?」

「ベディヴィエールが倒れたー!?」

「く、ベディヴィエール卿には刺激が強すぎたか!」

 

 いや、サンタさん、あんた刺激度ZEROですやん!

 

「あわわわ、ベディヴィエールさん、大丈夫ですか!?」

 

 てんやわんやしていると、

 

「なんだ騒々しいな。はしゃぎすぎだろオマエら」

「式、よかった、ちょっとたすけ――」

 

 振り返って絶句した。

 そりゃぜっくする。なにせ、あの式が、あの式がだよ。あの式が――。

 

「なぜに、バニー?」

 

 バニーになっていたからだ。

 

 なんか和服っぽい水着は、まあすごいデザインだなーとか、そういうレベルなのだが、頭にぴょこんと生えたうさぎみみが凄まじい存在感を放っている。

 そして、なぜか持っている刀。どういうことなの? これはツッコミをいれたら負けなの?

 

「オレに聞くなよ。用意されてたのがこれだけだったんだ」

「そ、そうなんだ……」

 

 まあいいか。可愛らしいし。刀の方は見なかったことにしよう。

 

「エリザベート・バートリー。水着アイドル始めましたわ! どうどう?子イヌ! これおじ様が用意してくれたらしいのよ!」

 

 ドーンと勢いよく飛び出してくるのはエリちゃん。赤いビキニの水着。なんか、サイズがあってないような気がするが何をどうやっても見えちゃいけないものは見えないのでそういう水着らしい。

 

「おじ様?」

「ヴラドのおじ様のことよ」

「へぇ、良かったね。似合ってるよ」

 

 サイズが違くね? とは言わない。

 

「えへへ、じゃあ、これでとびっきりのサマーライブにしてあげるから、待っていなさいねマスター!」

「楽しみにしてるよ」

 

 元気よくダッシュしていくエリちゃんを見送ると背後に気配。もうすぐ背後にいるということから誰かは想像がついた。

 

「ま・す・た・ぁ」

 

 それからこの甘い声である。

 

「清姫も着替えたんだ」

 

 振り返ると、上下一体の水着。どことなくスクール水着を思わせるデザインであるが、腰に巻かれたリボンや、長い髪を結んでいるリボン、花飾りなどいつもとは違う装い。

 いつもは着物で隠れていた年齢の割にとても良い発育が水着ということで前面に押し出されており、思わずドキリとしてしまう。

 

「どうですか、ますたぁ、似合いますでしょうか」

「うん、可愛いよ」

「ありがとうございます」

 

 これで残るはマシュだけだ。

 

「あ、あの、先輩、どうでしょうか――」

「――――」

 

 そう思った時に声がかけられて、振り返った先にいたのは天使だった。

 白いワンピースのような水着のようで露出は少ないが、清楚という感じがしてとてもマシュに似合っている。

 

 ありていに言えば、超かわいい、可愛すぎる、ヤバイヤバイヤバイ。

 

「あ、あの先輩? そんなに押し黙って――はっ! もしかしてどこか変でしたか? やっぱり、水着はわたしには早いということなのでしょうか」

「――違う、逆、可愛すぎて、似合いすぎて、その、茫然としてた。可愛いよ、マシュ、とっても似合ってる」

「そ、そうですか。その、ありがとうございます、先輩。先輩もとてもお似合いです」

 

 こうして全員が、そろったところでスカサハ師匠がぱんぱんと手を叩く。

 

「さて、全員着替え終わったな。というわけで、これからの予定を話すとしよう。これからの予定だが、まずは食事だな。気を利かせた弟子がさっさと食材を調達してもう準備完了といったところ。まずは存分に食って飲むが良かろう。その後は今日の宿泊施設を建設する」

「建設?」

「そうだ。何分、ここは手付かずの無人島でな、気の利いた施設などあるはずもない。野宿というのもアレじゃしな。ゆえに作るというわけじゃ」

「安心したまえ、この万能のダ・ヴィンチちゃんがいるからね。心配はいらないさ」

 

 その点は心配していないが、せっかくの休暇なのだし遊ぶだけではダメなのだろうか。

 

「それではすぐに飽きるだろう? 遊びだけではすぐにやることもなくなってしまうからな。この島の開拓をやりながら、遊ぶというわけだ。何、強制というわけではない。ある程度やるべきことがある方がダレぬからな」

「なるほど。開拓か」

「楽しそうですね、先輩!」

「そうだね」

「ますたぁとの愛の巣が、作れると、つまりはそういうことなのですね!」

 

 清姫の発言は聞かなかったことにするが、確かにまず作るべきは家なのは一理ある。愛の巣云々は別としてだが。

 まずは家というか、泊まる場所が必要だから、まずはこれを作るところから始めるとしよう。ただ、オレにはどんな家を作るかどうかの案なんてないのでアイディアを募るとする。

 

「じゃあ、どんな家が作りたいか案ある人ー」

 

 一番に手を上げたのは清姫だった。

 

「ここはやはり木で作るのはどうでしょう。自然豊かな森があるわけですし、材料も多く加工も容易ですし」

「愛の巣とか言っていたけど、意外に考えられてる!!」

「確かに生活拠点といえば木造じゃのう。一層家などと言わず城でも建てるかのう」

「それはさすがにやりすぎだろ裸マント」

「あ、あの」

 

 おずおずと手を上げるのはリリィだ。

 

「なに?」

「木も良いですが、マスターが住む場所なのですから、もっとこう重厚な? そう、石とかどうでしょう」

「ああ、いいね、石。石づくりの家というのは良いものさ」

「ダビデ殿のいう通り、マスターが住む場所なのですから安全性は必要ですね」

 

 確かに木と違って丈夫さという意味では、安心だな。

 

「木、石ときたら、煉瓦だろう」

「ダ・ヴィンチちゃん……」

 

 煉瓦って、作るところから始めるのはさすがに凝りすぎだと思う。ただ、確かに煉瓦で作るのは家っぽいけど、夜までに作れるとは思えないな。

 

「先輩、とりあえず、この中から選ぶとしましょう。皆さん、いろいろなお考えがあるようですが、最終的にはマスターの好みでいいと思いますよ。もちろん、わたしも文句など言いませんので、ズバっと決めてしまってください、マスター」

「そうだなぁ――」

 

 オレが選んだのは――。

 

 




というわけで、イベント開始です。全然、内容がオリジナルになっています。

そして、何を建築するかは皆さんにアンケートで決めてもらおうと思うので、活動報告の方にアンケートを作るので、そちらに何がいいかを本編の中で提示した選択肢の中から一つだけ選んでコメントしてください。

期間は明日の18時くらいまでです。
では、よろしくお願いします。


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カルデアサマーメモリー ~癒やしのホワイトビーチ~ 2

「それじゃあ、木で作ろっか」

 

 味覚が破壊されているために、味気ないバーベキューではあったがそれを乗り切って、木で家をつくることにしたことを告げる。

 

「まあ、わたくしての提案を採用してくださり、ありがとうございますますたぁ!」

「むむ、残念です。ですが、やるからには頑張ります!」

「おやおや、いいと思ったんだけどなー煉瓦」

「とりあえず夜になる前にさっさと作っちゃおうよ」

「ふむ、それもそうだ。では各人作業に入るとしよう」

 

 木を切り倒す係、それを加工する係、組み立てる係と分かれて作業をする。オレは指示出し係で、それぞれに指示を出しながら、適切に組み立てていく。

 道具はダ・ヴィンチちゃん製の特別なのこぎりやらで楽に切れる優れものだったり、とにかく便利道具だの揃えられていたので苦労することなく木の家は出来上がった。

 

 壁を作り、屋根、床があるというだけの雑魚寝部屋みたいな感じではあるが、新築の木造住宅の匂いは懐かしさとともに落ち着きを与えてくれる。

 

「うん、完成ー!」

 

 確認を終えて全員に言う。サーヴァントだけあって疲れているというやつはいなくて、よっしゃ遊ぶかと海へ繰り出す連中もいた。

 各々、いろいろと楽しむ気らしい。クー・フーリンと金時、ジキル博士は釣りに出掛けて行ったし、サンタさんはサーフィンでかっこよく技を決めていたりして、リリィがそれに対してきらきらと賞賛を送っているようだった。

 

 ベディはそれを見ている。なんだか保護者みたいだ。式とノッブはスイカっぽい果実を見つけてきてすいか割りをしている。式は目隠ししても見えているかのように正確にやるし、ノッブはもう当たらない場合は適当に火縄銃を出して自ら引っ張ってすいか割りに参加させていたマシュに叱られていた。

 ジェロニモ、スカサハ師匠、ブーディカさん、ダ・ヴィンチちゃんは木陰で日焼けをしている。なんというか、ヤバイ光景だ。エリちゃんはダビデをこき使ってライブステージ作り。大変そうだなー。

 

 オレは家の中で休憩。屋根があるって素晴らしい。解放感もあって、大きな窓からは海が一望できる。風が入ってとても涼しいのも高ポイント。

 

 風が入る度に香る木の匂いというのはやっぱり落ち着くのだ。

 

「で――なぜ清姫は、膝枕をしているのでしょう」

「なぜとは、異なことを。もちろんお慕い申し上げているからに決まっています。お休みになるのなら、やはり柔らかな枕が必要でしょう? それにこのような素敵な家を作ってくださったのですから」

「んー、別に清姫の為っていうわけでもなくて、オレの為だけどね。やっぱり石とかよりは、木がいいかなって。膝枕はありがたいけど」

 

 皆みたいに遊びに行かなくていいのかとも思うだけだが。

 

「わたくしは、ますたぁとこうしているのが一番楽しいですから」

「そっか……それにしてもいい家ができたよね」

「はい。少し手狭ですが、木材の匂いが感じられてとても良いと思います」

「まあ、のちのち大きくしていく楽しみがある方が良いよね。そう思うと木で良かったかも」

「ますたぁの選んだものなら何でも素晴らしいと思います」

 

 それはないだろうと思う。特に煉瓦とか煉瓦作るところからだし。

 

「いいえ、素晴らしいと思います。わたくしはただ木で作ればいいと提案しただけですのに、こんなにも素敵なお家が出来上がるのですから。ますたぁが選べばきっとどんなものでも素敵になると思います。それもますたぁがとてもすてきだからです」

「……」

 

 そうもはっきりと言われてしまうとなんだか照れくさい。ぽりぽりと鼻の頭をかく。

 

「……そうです。耳掃除などいかがでしょう」

「耳かきなんてあったっけ?」

「わたくしの舌」

「却下」

 

 一瞬、ちろりとと伸びた舌でされるのを想像してぞわりとしたけれど、それはなしだ。なぜかというと、水着だと隠せないからだ、男の生理現象が。

 今この状況だって、頭の下の生足の感覚や見上げた先にある着物で隠されていない発育の良い胸とかを必死に見ないように半目になっているのだから。

 

「冗談です。ますたぁのものなら耳垢でもなんでもわたくしにとっては何よりも素敵なものですから構いませんけど。実は廃材を利用して作ってみたのです」

「へぇ、結構意外、そういうことできるんだ」

「見様見真似ですが。どうです?」

 

 耳かきは結構きれいに出来ていた。

 

「ん、いいと思うよ。せっかくだしお願いするよ」

 

 いつもならあまりそういうことはしなけれど、夏だからということもあって、お願いしてみることにした。

 

「はい。では、行きますね」

 

 頬が太ももに押し付けられることになる。顔の半分で感じられる太ももの感覚と匂いがヤバイが、それ以上に耳かきをされるという感覚がむずがゆく心地よい。

 誰かに耳掃除をしてもらうのはいつぶりだろうか。もうずっと昔のような気がする。誰か(・・)にしてもらったような、そんな気がする。

 

 それも忘れてしまった、誰かの記憶。きっともうそれは取り戻せない失われたもの。両親のそれ。少しだけ泣きそうになった。

 

「どうかなさいましたか、ますたぁ。痛かったでしょうか……?」

「……いや、なんでもない。大丈夫、気持ちいいから続けて」

「はい、綺麗にいたしますね――それにしてもふふ」

「どうしたの?」

「いえ、こういうことを殿方にするのが実は夢だったのです。それが叶って、とても幸せで」

「……そっか」

 

 オレも清姫がこういう風になるなんて知らなかったよ。安珍に向けるそれじゃなくて、君がオレに向けるそれ。それはとてもうれしく思うのだ。

 

「では反対を……ますたぁ?」

「……ん、あ、ああ……」

 

 なんだか、眠くなってきてしまった。

 

「どうぞこのままお休みくださいな」

「そう? じゃあ、ありがたく……」

「では子守歌でも、きつねの――」

 

 清姫の子守歌を聞きながら、少しだけ耳かきをされながら眠る。久しぶりに静かに眠れそうな気がした。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「せーんぱい!」

 

 マシュに呼ばれて、浜に出ると夕日が丁度沈むころだった。

 

「おー、綺麗だ」

「はい、とてもきれいなベストショットです。記念に皆さんで写真をとろうという話になりまして」

「カメラは?」

「ふっふっふ。ダ・ヴィンチちゃんにかかればカメラ程度木でつくれてしまうのさ! 万能を舐めちゃいけないよ」

 

 ――木製のカメラだと!? いや、どういう仕組みなの、それ。

 

 いくら万能だからってやっていいことと悪いことがあるんだからね!

 

 なんて、まあ、いいとして記念写真はいいかもしれない。こうしてみんなで遊んだっていうそういうのは残せるのなら残していきたいと思うから。

 

「先輩はやはり真ん中です」

「では、隣をわたくしとマシュが囲みます」

「おーおー、モテモテだねぇ、じゃあオレは――」

「どこへ行く愛弟子。無論、わしの隣だろう? ん?」

「いやオレはー」

「ベディヴィエールさん! お隣いいですか!」

「ええ、もちろん」

「あ、サンタさん! サンタさんもお隣で!」

 

 みんなでわちゃわちゃしながら撮影会。とても素晴らしい写真が撮れた。

 

「ドクターも来れればよかったんだけどね」

「なに、ロマニはここら辺に個別写真をつけるよ」

 

 風邪で休んだ小学生かな? 

 

「それに今頃は、ロマニも奴も十分休んでいるだろうさ。それよりもみんなが寝静まった頃、ちょっといいかい?」

「? いいけど?」

「よし、期待しておきたまえ君にとっておきのプレゼントをしてあげるとも」

 

 プレゼント? なんだろう。

 

「先輩! ベディヴィエールさんが釣った大物を捌くの手伝ってください」

「今行くよー」

 

 考えるのはあと。今は夕食の準備に取り掛かる。味を感じないことに気が重くなるが、努めて明るく。これは自分でやったことなのだからと言い聞かせながら、笑って準備をする。

 夕食も楽しく過ごして、明日も早いからと寝静まるのも早い。皆が寝静まった頃、言われた通り、家から出る。

 

「おお、すごいな」

 

 しぜんの光がない月明りだけの浜辺。神秘的であり、何よりも星空がとても明るかった。これほどまでの星空をオレは見たコトがない。

 特異点ではいつも余裕がなくて、あまり星空まで見ることができなかった。今は見ることができる。それが当たり前のことなのにただ嬉しかった。

 

「よーし、マスターちゃんと来たね」

「ダ・ヴィンチちゃんと、スカサハ師匠も。いったい何をするんです?」

「君の味覚、それを取り戻す」

「――――」

 

 脳の機能自体が破壊されているからそれは不可能だといったのはドクターだ。どれほど脳医学が発達しようとも失われた、破壊された機能を元に戻すことはできないと。

 

「確かに普通では無理じゃな。だが、お主は幸いなことにこれだけの英霊とパスをつなげたマスターだ。その絆があればどうにかできないこともない」

「ほ、ほんとう、に?」

「ああ、このダ・ヴィンチちゃんの万能の名に賭けて、君の味覚を取り戻して見せるとも。それに夏のせっかくの休暇だ、味気ないのは悲しいだろう。キミの負担は少しでも軽減したいからね。まあ、それもこのスカサハがいないとできなかったわけだけど」

「なに、弟子から話を聞いた。私は、私にできることをする。ただそれだけだ。それにいろいろと借りもある」

 

 それでいったいどうやって治すかだが。根本的に治療というのは不可能。ゆえに裏技的なものを使う。

 

「英霊とつながっているパス。それを少しばかりいじくってな、味覚を少しずつもらうというわけだ」

「記憶に関しては無理だけど、味覚は万人に共通して存在しているものだからね。ちょっとずつ本人に影響が出ない程度にもらって君に植え付ける。まあ、そんな感じだ」

 

 つまりは味覚の移植みたいなもの。サーヴァントとマスターは視覚の共有などが可能。夢でその記憶を見ることもある。

 ならばそれを応用して味覚を少しだけ分けてもらうということ。ただしそれには双方の同意が必要だ。

 

「そこはキミのサーヴァントたちだ。女連中にはキミの性格上知られたくないだろうからね、男連中に声をかけてまわったわけだが、さすがはキミだ。ダ・ヴィンチちゃんも羨むくらいの人望だよ」

「おう、オレたち全員、マスターに味覚をくれてやる。ったく、無茶するやつだと思ってはいたが、相変わらず無茶しすぎだマスター。もうちょいオレらを頼れ」

 

 クー・フーリン……。

 

「水臭いぜ大将、ゴールデンどうにかしてやるぜ」

 

 ゴールデン……。

 

「そうそう、君の負債は僕の負債も同然なんだから、どんと背負わせてくれいいんだ。君一人で背負う必要なんてないんだよ」

 

 ダビデ……。

 

「君の双肩には確かに世界の命運がかかっている。でも、僕たちにもそれは同じだ。だから、ひとりで頑張らないで僕にも――俺にもいろいろいいやがれっての糞マスター!」

 

 ジキル博士にハイドまで……。

 

「そうともマスター。彼方の世界では、君と私のような絆を「刎頸の交わり」と言うらしい。君の為なら、私は喜び戦場へと旅立つ。この程度、造作もない」

 

 ジェロニモ……。

 

「私は新参ですが、貴方には大きな借りがあると、この銀腕が言っています。未熟な我が身が役に立つのならばどんなことにも協力します」

 

 ベディヴィエール……。

 

「みんな、ありがとう――」

「泣くな若人なんてのは無理だろうけど、さあ、時間はないし、あまり騒いでいると耳ざとい誰かに見つかりそうだ。さっそく施術を始めよう」

「では、行くぞマスター。ちょいと魔術回路に干渉するがなに、多少痛いだけだ」

「いだだだだ!?」

 

 痛いどころじゃない、激痛なんですけど!?

 

「ふむ、まあ、初回はこの程度だろう」

 

 それも数秒で終わった。

 

「これで取り戻せた、の……?」

「いいや、まだじゃ」

「何事もこつこつとした積み重ねが大事なのさ。マスター。気持ちはわかるが焦っても仕方ない。徐々に徐々にだ」

「……そうか……でも」

 

 味をまた、感じられるようになるのならこんなにうれしいことはない。

 

「さあ、明日も早いし、寝るとしようじゃないか!」

 

 といわけで今日はもう寝る。与えられた痛みのおかげでストンとオレは眠りに落ちた――。

 

「………………」

 

 そして、起きたらなぜか女性陣の抱き枕にされていた……。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「……水源が必要だと思うんだ」

「確かに先輩のいう通りですね。川は在りますが、汲みに行くのは大変ですし」

 

 それに面倒だ。ゆえに何やら地下水脈やらは結構豊富らしいので、決まった場所に水源を作るということで井戸でも掘ったらどうかと思ったわけだ。

 

「井戸ですか。ならば滑車付きの井戸などどうでしょうか。簡単な機構ですし、よく見ていたので私でも作れると思いますので」

 

 ベディヴィエールが提案したのは滑車によって桶をおとして汲むタイプの井戸。確かに中世とかによくあった井戸だし、ベディヴィエールも良く使っていたのだろう。

 

「ポンプ式にしたらどうだ? 面倒だって話ならポンプにした方が楽だろ」

 

 式が提案したのは手押しポンプ式の井戸だ。確かにあれは楽だ。水を桶に入れて滑車で持ち上げるのは意外に力も必要だ。

 しかし、手押しポンプの井戸ならその問題はなくなる。誰でも簡単に水を汲めるというのは大きな利点だろう。手押しポンプの方もダ・ヴィンチちゃんがどうにかしてくれるらしい。鉄もここでは採掘できるらしく、ルーン魔術の炎などで加工すればチョチョイのチョイだとか。

 

「ふむ、ならば究極に面倒をなくしてやろう」

「スカサハ師匠?」

「水のルーンを桶に刻む」

 

 すると桶から水が溢れだすようになる。確かに面倒じゃないが、無精過ぎない? 大丈夫?

 

「まあ、決めるのはお主だマスター。良いと思うものを決めるが良い」

 

 ――さて、どうするかな。

 

 




アンケート結果は木でした! そういうわけで清姫とのシーンをやりました。膝枕耳かきとかなにそれ羨ましい。
しかも水着だよ。え、なにそれどんなプレイなの?

とかまあいろいろありますが、味覚もまた戻る可能性ということで適当に英霊をあれだけ使役してるからといい理由で。あとはもう万能師匠にお願いです。

さて、次のアンケートは、水源について。
滑車の井戸、手押しポンプの井戸、ルーンで水を出るようにする

この三つからお答えください。
アンケートは変わらずアンケートのところにコメントください。

ではよろしくお願いします。
正直、女子との絡み書いてるより男性陣との友情とか書いてる方が筆が進んだ。


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カルデアサマーメモリー ~癒やしのホワイトビーチ~ 3

「それじゃあ、ポンプにしようか。衛生面はルーンでどうにかできるんでしょ?」

「任されよ」

「なんだ、ポンプにすんのか」

「式さん、ご提案されたのに乗り気じゃないのですか?」

 

 マシュも驚いているが、オレも驚いている。提案した本人があまり乗り気じゃないのはどういうことなのだろうか。

 

「そりゃな。そこのキャスターの師匠が言ったルーンでも刻んだ方が楽だろ。無理してオレの提案なんて採用しなくていいんだぜ」

 

 いや、どこまでいい人なんでしょうかこの人。

 

「なんで? だって式が提案してくれたんだよ? それなら頑張らないと」

 

 せっかくの式の提案なのだ。いつも世話になっている分、恩返しはしないと。本当、いつも世話になっているのだ。

 強敵との闘いだったりしたときは彼女の能力が本当に助けになっている。それだけじゃなくあの「両儀式」だってそう。

 

 だから、式の提案だったし、ちょうどよく中間の便利さということで、採用した。

 

「なんだそれ。オマエもアレか。ったく、あいつと似たようなこと言いやがって。まあ、オマエが決めたなら早速作るとするか。そういうわけだ。悪いな」

「いいえ、私としても確かに簡単すぎたと思っています。確かに手押しポンプというものの方が使いやすく楽でしょう。何よりレディたちも簡単に水が汲めるというのであれば是非もありません」

「まあ、さすがに何もかもルーンに頼るのはアレだな。うん。さすがに私も調子に乗りすぎていたようだ。ではダ・ヴィンチちゃんと協力して手押しポンプの方は製作するとしよう」

 

 井戸は手押しポンプ。ダ・ヴィンチちゃんとスカサハ師匠が共同で鉄を加工していく。本当、この二人がそろうと不可能はないんじゃないのだろうかとすら思うほどだ。

 あれよあれよという間に手押しポンプが出来上がっていくのはまるで魔術のよう。というか、魔術だったな。思えば、遠くに来てしまったものだと思うのも余裕ができたからだろうか。

 

 兎も角、ダ・ヴィンチちゃんが言っていた水源があるから井戸用の穴を掘らなければ。

 

「よーし、頑張って掘ろう」

「マスターは最初だ。全員で交代しながらだが結構深くなる。身体能力に自信のあるサーヴァントは後半が良いだろう」

「うん、わかったジェロニモ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが用意した容易にほれーるスコップ。塹壕戦においてこれ以上ない最強武装スコップを手に、しるしをつけられた部分を掘っていく。

 ダ・ヴィンチちゃん謹製のおかげかするすると掘れていく。

 

「そういえば掘った土はどうする?」

「ダ・ヴィンチちゃんが何かに再利用するって言っていたから、集めておいてほしいって」

 

 博士がそういうが、

 

「ダ・ヴィンチちゃんが何かに再利用……」

 

 何に使う気なのか甚だ怖いというかなんというか。ともかく集めるということは了解だ。

 

「じゃあ、その辺にもっておくか」

 

 場所だけあけてそこに置いておく係とか作って掘り進めていく。炎天下の作業だから、水着と言えど汗が出る。

 

「先輩、お水をどうぞ。こまめな水分補給と休息を」

「ありがとうマシュ」

 

 よく冷えた水が美味しい。

 

 ――ん?

 

 ふとそこで、美味しいと思えたことに気が付いた。とてつもなく薄い感覚であるが、味覚が戻ってきていることに今、気が付いた――。

 

 ――ありがたいな……また、味が感じられるのか……

 

「先輩? どうかなさいました? 何か変な味でも? ――っ! ダメです、先輩すぐに吐き出してください!」

「ああ、いや大丈夫大丈夫。疲れたみたいだから、交代してもらってもいいかな」

「はい、マシュ・キリエライト、先輩に代わり穴掘り任務を継続します!」

 

 誤魔化すために言ったのだが、よくよく考えるともう腕がパンパンだ。腰も痛いし、そろそろ交代の頃合いだった。これは、明日は筋肉痛かもしれない。

 割と運動とかトレーニングはしているけれど、こう作業となると使う筋肉が違って普段以上に筋力を使って筋肉痛になる。

 

 あとでマッサージの必要があるな。ジキル博士とかにしてもらうか。マシュのは気持ちいいんだけど、ちょっと大胆すぎるというか、なんというかまったく落ち着かないのだ。

 馬乗りはやめてほしい。正直嬉しいが、マッサージどころではなくなる。

 

「ふぅ……」

 

 休んでいると式がやってきた。

 

「そうだ式、聞いていい?」

「なんだ、藪から棒に」

「気になることがあってさ」

「まあ、好きにしろ。答えられることなら答えてやる」

「ありがとう。――式がさ、いつもいうアイツって誰なの?」

 

 彼女の提案で行くことを決めた時も言っていたし、時々式の口から出るアイツという言葉。誰なのか気になったので聞いてみようと思ったのだ。

 

「お前、すごいこと聞いてくるんだな。そういうのって、だいたい聞くようなことじゃないだろ」

「聞いちゃまずかった?」

「いや、そういうわけじゃない。ただ、まあ、よくそうずけずけと物を聞けるなって思ってな」

 

 おまえのコミュ力どうなってんだって呆れられた。そうだろうか? なんというか、もういろいろと必死でそんなにすごいことやってるとか全然わからない。

 みんなのことを知らないと死ぬかもしれないから必死になってコミュニケーションをする。敵だろうともどんな相手だろうとも、話さなければ戦いになる。

 

 それで誰かが死ぬのは嫌だから、頑張って話をして相手の内心を知って、目的を知って、行動を先読みする指針にする。

 そういうこともあるから結構必死なのだ。だから、あまり意識していなかったけど――。

 

 ――オレ、結構ヤバイことしてる?

 

 確かにオジマンディアスを仲間にしようとしたらり、いろいろとやっているよなぁ。今更ながら結構無茶苦茶だし式がこういうのも納得だ。

 

「ま、そいつがオマエのいいところなんだろうぜ。――で、なんだっけ、アイツの話か。あんま面白い話でもないんだが――」

 

 アイツ。式が言うあいつというのは黒桐幹也という男性らしい。

 

「アイツはまあ、オマエの同類だな」

「同類って」

「ああ、同類だぜ? 天然で、毒が無くて、明け透けにモノを言って、そのくせ芯が強い」

「式にとって大切な人なんだ」

 

 なんとなくわかる。そっけなくしてるつもりでもなんとなく、彼のことを大事に思っているのだなということがわかる。

 

「他人に説教するくせに、自分のことは棚上げとかな」

「…………」

 

 確かに、そりゃ同類と言われても仕方ないか。

 

「まあ、オマエはあいつほど鈍感でもないから、そこは違うな」

「へぇ」

「ま、アイツに関してはもう良いだろ」

「もう少し聞いてみたいけどね」

「ブーディカさん?」

 

 作業を交代してきたのだろう。汗で上気した頬は朱に染まっており、タオルで汗を拭っている。身体に流れる汗がなんというかすさまじいエロスを醸し出していてすごいヤバイ。

 

「なんだ、オマエも聞きたいのか?」

「だって、式とはあまり話す機会もないからねぇ。そういう好きな男の子の話とかしてみたいじゃない? たぶん、あんたの旦那なんでしょう?」

「……」

「沈黙は肯定。でも、良い旦那さんだってのはわかるかな」

「そりゃどうも。コクトーのやつも嬉しがるだろうぜ」

「そっか、式結婚してたんだっけ。それなら早く元の場所に戻りたいんじゃない?」

「そりゃ一刻も早く元の居場所に戻りたいけど、カルデアでの暮らしもちょっとだけ悪くない。なによりおまえ、放っておけないしな」

 

 つまり式が帰れないのはオレのせいと……?

 

「ごめん……」

「そういう意味で言ったんじゃない。今のオマエ見てると捨てられた猫みたいだぞ。そんなの見捨ててみろ目覚めが悪くてしょうがない」

「ふふ。そうだよね。マスターは本当、見捨てられないよね」

「ブーディカさんまで……オレそんなに頼りない?」

 

 確かに弱いし、迷惑ばっかかけてるけどさ。

 

「それもまた人徳ってやつじゃな」

「ノッブ」

 

 どうして裸マントなのに重要な部分は絶対に見えないんだ。

 

「頼りないから見捨てられないんじゃなくて、キミが頼りなくても前を向いて、頑張ってるから見捨てられないの」

「それに、袖擦り合うのも何とやらだ。おまえが元の生活に戻れる日まで、護衛役として付き合ってやるさ」

「頼りにしてるよ」

 

 その後井戸は完成し、手押しポンプによって安定的に水が供給されるようになった。

 昼食後は島を探検することにする。まだ浜辺付近しか見て回っていないし、何かしらお宝とかあるかもと期待している。

 スカサハ師匠もなんとなくあるらしいとか言っていたので行くことに。それに新しい食料などを見つけに行くのも並行して行えるということで探検に出る。

 

「それじゃあ行こうか」

 

 ついてきたメンツはマシュ、清姫、エリちゃん、護衛としてクー・フーリンだ。

 

「結構、森が深いですね、先輩」

「そうだね。日差しは暑いけど森の中も結構蒸し暑いな」

「そりゃな、こんだけ熱帯で植物が密集してると風も通りにくいからな」

 

 そう言いながらナタで邪魔な木々を切り払いながら先導するクー・フーリンは最高に頼れる男だと思う。この背中にならついて行ってもいい。そう思えるのはきっと男が男に惚れる瞬間という奴だろう。

 本当頼りになるよ。サバイバルの知識もあるし、オレとマシュ、清姫、エリちゃんなんかはサバイバルの知識はそれほど持っていないから何が食べられるのかわからない。

 

「マスター! きれいなキノコを見つけたわ、食べられるかしら!」

「どう見ても毒です捨ててきなさい」

 

 色鮮やかすぎて確実に毒があると言っているようなものだ。クー・フーリンに確認したら案の定であるし。

 

「すみません、先輩、わたしの方は何も見つけられず……。そこを散歩していたフォウさんくらいしか……」

「……。……。……? フォ、フォウ――!?」

 

 何かを悟ったように急に暴れ始めたけど、まあ、そんなことはないので安心してほしいフォウさん。

 

「あ、ち、ちがいますよフォウさん! フォウさんを連れて来たのは手慰みというか、賑やかしというか!」

 

 何か持っているという実感がほしかったのだろう。なにも見つけられなかったみたいだし。

 

「まあ、エリザベートの嬢ちゃんよりはましだろうぜ」

「また毒なのー!? なんでよー!?」

 

 なにせかごをいっぱいにして戻ってきたはいいが、ほとんど毒物だったのだ。食べられない植物、食べられないきのこ、食べられない動物の肉だったり。

 よくもまあ、そこまで毒物を集められるものだと感心する。

 

「だって、綺麗だったんだもの……」

「綺麗なのや色鮮やかなものは毒があるから気ぃつけろって言ったろうに」

「…………い、言ってたっけ……?」

 

 ――エリちゃん……

 

「清姫は?」

「わたくしはあまり。やはり植生が違うと何が食べられるかわかりません」

「ま、難しいよな。とりあえずもうちょい行けば川がある、そこで釣りでもしてみるか」

「道具は?」

「オレが用意してやるよ」

 

 ――キャー、クー・フーリンかっこいい!!

 

「イケメン死ね」

「なんだそりゃマスター。テメエも十分、男前だろうが。そんなこと言っている前に、女どもが驚くような釣果あげてやるって意気込んどきな」

 

 くそう、イケメンすぎて辛い。

 

 やってきたのは滝のある川だった。なんとも秘境という感じがして実にいい場所だ。川を覗けば魚が多い。中には見たこともないような大物もいて釣り甲斐がありそうだ。

 

「先輩は釣りの経験が?」

「んー、昔少しくらいはって感じかな」

 

 クー・フーリンが用意した竿の準備をしながらマシュにこたえる。餌はその辺にいたミミズとかにょろにょろしたものである。

 

「初心者には在ったほうがいいだろ」

「…………」

「自分でつけられる、マシュ?」

「……。い、いいえ、お気持ちはありがたいのですが! これぐらいはわたし一人でなんとかできますので。先輩の足は引っ張りません!」

「では、わたくしのはつけてくださいますかますたぁ」

「ん、いいよ――はい」

「ありがとうございます」

(アタシ)のもつけて!」

「はいはい。そんな怯えなくても大丈夫だから」

「…………」

「マシュ?」

「い、いえ!」

 

 慌ててにょろにょろと針に向き直り、餌をつけようと悪戦苦闘するマシュ。怪我をしないか心配だったが――

 

「……! できました! できました先輩!」

「えらいっ。なでてあげよう……」

 

 なでなでとマシュの頭を撫でてあげる。撫でたかったから撫でただけである。マシュの髪は気持ちがいい。ショートヘアだけどサラサラしているし。伸ばしたらどうなるのかとても気になる。

 

「…………」

「あ、あの、そのこれは、当たり前のことで……わたしが物知らずなだけだったので、その……」

「ますたぁ……その」

「撫でてほしい?」

「はい!」

「はいはい」

 

 うん、清姫の髪も気持ちいよね。撫でてあげる。これも夏だからということでひとつどうだろう。

 

「おや、マスターも釣りかい?」

「奇遇ですね」

 

 そんなことをしているとダビデとベディヴィエールがやってきた。

 

「探検ついでにね。二人も?」

「まあね、僕は羊飼いだけど、釣りもそれなりに好きさ。もっと好きなのは人妻をひっかけることだけど」

「私も旅は長かったもので。今日は単純にしたくなったから来たのですが、お邪魔でしたか?」

「まさか、みんなで釣り大会だ」

「なら、景品でも賭けるか。一番でかい魚を釣ったやつが、一番小さい奴に一つだけ命令できるとか」

「お、いいね。やろうやろう」

 

 景品とかある方が楽しい、というわけで釣り大会開始。みんなでゆっくりと糸を水面に垂らして、のんびりとした時間を過ごした。

 虫の鳴く声に川のせせらぎに耳を傾けてゆっくりとした時間を過ごしていった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 夕方になり、拠点に戻る。

 

「いやー、まさか嬢ちゃんが勝つとはね」

 

 釣り大会の優勝はマシュだった。

 

「いえ、あのまぐれですし、先輩が助けてくれたおかげですし」

 

 経験者が釣れないこともあれば、初心者が大物を釣り上げることもある。それが釣りの面白いところだろう。

 

「ま、そういうわけで、一番小さかったのはマスターだな」

「はは。今回は振るわなかったなぁ」

 

 ま、マシュの命令ならそんなひどいことにはならないだろうし、大丈夫だろう。

 

「じゃあ、マシュ何か考えておいて」

「は、はい。でもいいのでしょうか、わたし如きが、先輩に命令しても」

「いいのいいの、優勝したんだから」

 

 拠点に戻ると夕ご飯の準備中だった。

 

「あ、マスターお帰り。と大量だねー」

「主にクー・フーリンとベディヴィエールだけどね。一番大きいのはマシュが釣ったんだよ」

「おお、さすがだね、一番はマシュかすごいすごい」

「あ、ありがとうございますブーディカさん」

「それじゃあ、焼いちゃうけど。その前に提案していい?」

 

 ブーディカさんの提案。開拓案かな?

 

「そう。といっても簡単なものだけど、炊事場を作ろうと思うんだ。このままBBQを続けるだけでは飽きが来るからね」

「なるほど、確かに」

 

 今までの料理は全部焼き物だったけど、色々と食料を見つけてきた今としては焼くだけでは味気ないかもしれないか。

 

「ならばますたぁ、ここはやはりかまどを作るのがよろしいかと」

 

 圧倒的な使いやすさと汎用性もあり、米を炊くのにも適している。確かに清姫のいう通りかまどというのはありかもしれないな。

 日本人としては米を食べたいとも思うし。米はいくらかダ・ヴィンチちゃんが持ってきていたけれど、バーベキューセットしかなくて保存しっぱなしだし。

 

「米か、米は久しぶりに食いたいのう! 日本人じゃし、是非もないよネ!」

「おう大将、ごはんが炊けたらオレっちがゴールデンおにぎりを握ってやるぜ」

「盛り上がってるところ悪いけど、あたしは、大鍋がいいかな」

 

 ブーディカさんがそう提案して来たのは大鍋だった。

 

「みんないっぱい食べてくれるからには、いっぱい食べさせてあげたいから、いっぱい調理できる大鍋があったらいいなって」

「確かに大きいことはいいことだ」

 

 ダビデはなんか違うこと考えているだろ。

 

「私としても賛成だトナカイ。量は大事だ」

「はい、私も、そのサンタさんと同じで、やっぱり量が大事かと。ああ、でもおいしい食事も」

「我が王が大鍋を所望ならばこのベディヴィエール全力で大鍋を支持します」

「それでこそだ我が騎士」

「ありがとうございます、我が王」

 

 当初は倒れてたベディヴィエールもなんだかんだなじんだらしい。

 でも大鍋か。確かに、いっぱい食べる奴らも多いから量は大事だな。

 

「子イヌ子イヌ! (アタシ)はそんなのよりもなんかすごいのがいいわ!」

「なんか、すごいの?」

「そう、この(アタシ)の料理の腕をぞんぶんに発揮できるような、すっごいのいいわ!」

 

 だらだらと脂汗が出てきた。

 

「カルデアにあるようなすっごいのをつくりましょう! (アタシ)の料理をごちそうしてあげるわ!」

「それならシステムキッチンだね。なに、万能の私に任せたまえ、この無人島に唐突にシステムキッチンを作ってあげるとも」

 

 出来れば遠慮したいです。

 

「ともかく、決めるのはマスターだろ? オレらは何の文句も、まあ、言わねえからさくっと決めちまってくれ」

 




アンケートは式のパイプでした。なので、式との絡み。

後半は釣り。ちゃんと男性陣も楽しんでおります。

そして、今回のアンケートは炊事場ということで、

かまど、大鍋、なんかすごいのからお選びください。

なお、それぞれの担当者が出来上がったときに料理をやる予定です。

引き続きアンケート用の活動報告板にコメントください。


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カルデアサマーメモリー ~癒やしのホワイトビーチ~ 4

「米食べたいし釜戸にしよう」

 

 やはり日本人なら米を食べたいし、釜戸を作ればいろいろと作れる。量は大鍋には劣るが、色々とできることが多いのはいいことだ。

 

「選んでくださりありがとうございますますたぁ」

「ブーディカさんはごめんね」

「ん、いいよ。マスターが選んだんだから文句はないし」

「えー、なんかすごいのがよかったわ」

 

 オレとしてはエリちゃんに料理をしてほしくないので、最初からその選択肢はないです。ごめんね、エリちゃん、味覚がなくてもオレの観察眼、心眼、直感が全力でそれだけは回避しろと告げているんだ。

 

「さて、それじゃあ、必要な粘土を集める係と枠を作る係にわかれようか」

 

 男衆の中でも力のあるやつらは全員粘土集めに、ジキル博士とかベディとか器用なのは枠づくりに取り掛かる。

 

「そういうわけで、良質な粘土がほしいんだけど、どこにあるかな師匠」

「ふむ、粘土か、ならば少々遠くはあるが、あの山のあたりがよかろう」

「ありがとう」

 

 スカサハ師匠に粘土の場所を聞いて、粘土を掘りに行く。結構大きなかまどを作るらしいので、多めにとった方が良いだろうと言っていると。

 

「よし、せっかくだ、誰が一番多く集められるか競争にしようぜ」

 

 男が集まるとみんな考えることは一緒であり、クー・フーリンの提案によって、女性陣が呆れる程の温度差で勝負が始まった。

 審判はオレ。なぜか、スカサハ師匠も参加していた。

 

「いっぱい集まったねぇ」

 

 粘土を集めて戻ると、枠も丁度出来上がったようで、今度は全員で、粘土、土、切ったわらに水を加えて練っていく。

 十分に練れたら型に入れて固めていく。そこに登場したルーンによって、即座に固まりさらに壊れにくい釜戸の完成。釜などはダ・ヴィンチちゃんとマシュが作ってくれていたので、すぐにでも使用可能。

 

「では、おいしいご飯を炊いてみせますね、ますたぁ」

 

 はじめちょろちょろなかぱっぱ、赤子ないてもふたとるな。

 

 魔法の呪文を唱えればおいしいお米の出来上がり。

 

 香り立つとお米の匂いは芳しく何よりも真っ白に立ったごはんそれだけでもおいしそうだった。

 

「おおー、おいしそう」

「では、握っていきますねますたぁ」

「おっしゃ、ゴールデンおむすびを作ってやるぜ」

 

 炊きあがったごはん。みんなでおにぎりを握る。

 

「ますたぁ」

 

 握っていると清姫が隣にやってきた。

 

「ん? なに?」

「凄いですね、皆さんでおにぎりを握る。こんな機会があるなんて思ってもみませんでした」

 

 クー・フーリンとスカサハ師匠がこぞっておにぎりを握っている。どちらが多く握れるかで勝負でもしているのだろうか。

 ベディが二人の王様の為におにぎりを笑顔で楽しそうに握っている。なお、握られたおにぎりは握られた端からサンタさんが食べており、リリィはそれをだめですよー、と止めていてとても大騒ぎ。

 

 エリちゃんは握るだけなのに、なぜか赤くなっているのが恐ろしいんですが。いったい何があって赤くなっているのでしょうかオレは知りたくないです。

 ノッブは、爆弾おにぎり。とても大きなおにぎりを量産している。中に何か詰めていたが、分厚いごはんの層の中に沈んでおり、中に何があるのかは食べてからのお楽しみ。

 

 ブーディカさんはとてもマトモなおにぎりだ。初めて握っているらしいのだが、すぐにコツをつかんでマシュと一緒に楽し気に作っている。

 ダビデは、なんか余計なことをしている。形がおっぱいだったり、よくわからないクオリティをたたき出して式にぶっ壊されて叫んでいた。

 

 ジェロニモは初めてで不格好だが、これは面白いなと興味津々の様子でおにぎりを握っていた。ジキル博士は、小ぶりの丸型のおにぎりを作っていた、中に何を入れるのかを検討しているらしい。

 そんな比較的まともな雰囲気の隣で、金時はゴールデンに輝くおにぎりを作っていた。いつの間にか作っていたのかカレー味とのこと。カレーのいい匂いがするがきっと食べる時が大変だろうなと思う。

 

 ダ・ヴィンチちゃんは、なんだろう。おにぎりでモナリザ? を描いている。いや、何してんのこの人?

 

「なんというか、みんな個性的だなぁ」

「ふふ、わたくしも負けていられませんわ」

 

 みんな楽しそうにおにぎりを握る。握ったら食べる。

 

「んー、美味しい」

 

 微かではあるが、味が感じられるのがうれしい。おいしいとわかるのがとても素晴らしいことだなんて知らなかった。

 

「ますたぁ、誰のが美味しいですか?」

「んー、好みで言ったら清姫のかな」

 

 なんというかとても懐かしい味がした。微かであるが、それを感じることができた。それと純粋に本当に好みのど真ん中なのだ。

 

「まぁ! ありがとうございます。ますたぁの好みに合わせて作りましたから」

 

 彼女の料理は全部オレの好みに合わせて作ってある。おにぎりだけじゃなくて、付け合わせに作っていた味噌汁だってそう。

 全部オレの好みに合わされている。今では、それだけ思われているのだと実感できるので、嬉しいやらなんやらだ。

 

「むぅ、やっぱり清姫かー。ちょっと悔しいなぁ」

「ブーディカさんのもおいしかったよ」

「ありがと。今度は負けないかな」

「ふふ、ますたぁの好みなら全て把握していますもの、負けませんわ」

「わ、わたしも先輩の為に頑張ります!」

「ではトナカイ、一番まずいのはどれだ。はむはむはむ。うむ、おかわりだベディヴィエール卿」

「はい我が王、リリィ様もどうですか?」

「はい、お願いします」

 

 ここで、それを聞くのかサンタさん! てかリリィたちもめっちゃ食べてるし。

 

 だが、問いには答えろとのサンタさんの視線。とりあえず、無言で、眼を逸らす。テーブルの上には唯一食べられず残っている赤いおにぎりっぽいナニカ。これを食べた瞬間どうなってしまうのか想像もしたくない一品である。

 紛れもないエリちゃんの作品である。なんというかもうこれどうしようと思っているのだ。次は(アタシ)よね、ときらきらした目で見つめてこないでエリちゃん、心苦しい。

 

「…………」

 

 だから、眼を逸らしているわけで。

 

「よーし、じゃあ、遊びにいくかァー」

「ちょ、子イヌ、どこ行くの!? まだ(アタシ)の食べてないでしょ!?」

「戦略的撤退!」

 

 砂浜を猛ダッシュで海へと逃げる。逃げるが勝ち。海へ飛び込んで泳いで逃げた。

 その後、式によりダビデが犠牲になったそうな――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 夜の恒例となった味覚の治療も進み、それなりに味が戻ってきた。

 

「さあて、寝るか……ん?」

 

 ふと、もう寝るかと寝床に入ると、ごそごそと音がする。どうやらマシュが抜け出していくらしい。トイレだろうか?

 いいや、そんな気配ではない。ではなんだろう? 疑問に思って、ついて行ってみる。

 

「…………」

 

 一人星空を見上げている。いや、海を見ているのか。

 

「マシュ?」

「先輩? どうかなさいましたか?」

「それはこっちのセリフ。マシュこそこんな夜中にどうしたの?」

「いえ、すこし、星空や夜の海をみようと思いまして」

「そうなんだ。じゃあ、オレも見ようかな」

 

 そう言ってオレはマシュの隣に座る。互いの体温すら感じられそうなほどに近い距離に座った、座ってしまった。

 近すぎた、ちょっとヤバイかもしれないと思ったがそれでもなんとか平静に勤めながら、マシュと会話を続ける。

 

「綺麗だね」

 

 星空もマシュもとてもきれいだ。

 

「はい、このような場所に招待してくださったスカサハさんに感謝です」

「こうやってゆっくり星を見られてよかったと思うよ」

 

 第六グランドオーダーでは何度も死にかけた。もうだめじゃないかとかそんな風に思ったことも多かったけれど、またこうしてゆっくりとできるのが嬉しい。

 

「……はい。先輩とこうして星を見ることができて、嬉しいです」

「……ねえ、マシュ。どうして、星を見に来たの?」

「…………」

「…………」

 

 無言。何かを考えるような雰囲気、そして意を決したようにマシュは言う。

 

「実は、この時間に1人になれば先輩が来てくれるのではないか、そう思って。実際先輩は来てくれました」

「なんで?」

「……先輩。釣り勝負のお話を覚えていますか?」

「なんでもひとつ命令を下せる権利のこと?」

「はい、それをここで使ってもいいでしょうか」

 

 なんだろうか。こんな時間にと変なことを想像してしまうが、マシュから感じる雰囲気は真剣そのものだ。

 

「いいよ」

「ありがとうございます。では――先輩、何か隠し事をしていませんか? しているのなら、わたしに、話してほしいです」

 

 驚いた。まさか、マシュにそう言われるとは思ってもいなかった。彼女にだけは知られないようにしていたから。

 でも、そうか。

 

「……それがお願いでいいの?」

「はい」

「……わかった」

 

 オレは言った。彼女に記憶を失ったこと、味覚を破壊されたことを話した。マシュはオレを責めることなく黙って聞いていてくれた。

 マシュが話したのは最後まで話し終えた時だった。その時マシュが浮かべていた表情は、やっぱりといった納得のそれ。つまり、彼女は気が付いていたということで。

 

「……やっぱり、無理していたんですね」

「気が付いて、いたんだ……」

「いえ、なんとなくです。なんとなく、先輩の様子がいつもと違いましたので、もしかして何かあったのではないかと思っていました」

「後輩には敵わないな」

「はい、わたしは先輩の自慢の後輩ですから。ですが、少しだけ悲しいです」

 

 マシュは言った、話してくれなかったことが悲しいと。

 

「心配をかけたくなかったんだ」

「はい、先輩はそういう方です。わたしたちを心配させないように、ずっと気遣ってくださいます。それがいいところで、きっと駄目なところなんだと思います」

 

 気遣いすぎだとマシュに言われてしまった。もっと心配をかけてほしいと彼女は言った。マスターとサーヴァント、唯一無二の主従関係なのだから。

 もっと頼られたい、もっと支えたい。もっともっと。

 

「真名もわかり、宝具も解放できるようになりました。ですから、もっと頼ってほしいです、先輩。遠慮なんてしないでください」

「遠慮なんて――」

「してます。なんでもひとりで抱え込もうとしてます。先輩の悪い癖です。わたしは先輩の騎士として、先輩の駄目なところは改善することにしました」

「厳しそうだなぁ」

「まずは、話してほしいです。ちゃんと聞きます。もうあの時のような思いはしたくないです。だから、辛いことも、悲しいことも、苦しいことも、嬉しいことも、楽しいことも、全部、全部、先輩と共有したいです」

 

 それはズルい、まるで告白みたいだ。そんなことを言われたら、断ることができない。

 

「……うん、負けた。わかったよ、マシュには言うよ」

「いえ、わたしだけでなく皆さんにも言ってください。皆さん、先輩の力になりたくて仕方ないんですから」

「なんというか、怒られそうだなぁ……」

「しっかりと怒られてください、先輩」

「泣きそう」

「泣いたら私が慰めてあげます」

「わかった、絶対泣く――はは」

「あはは――」

 

 マシュと二人、こんな話をするだなんて思ってもいなかった。

 でも、とても心が軽くなった。

 

 ――ありがとう、マシュ。

 

 やっぱりマシュは最高のサーヴァントだと思うのだ――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 水を浴びて汚れを落とす。川の水を使っての水浴びをしながら思う。

 

「……そろそろ、風呂がほしいな」

「確かに。衛生面から考えても入浴施設は必要だね」

「あとで提案してみよう」

 

 水浴びを終えてみんなに風呂を作らないかと提案する。

 

「良いですね。サーヴァント、デミ・サーヴァントと言えど、レディですから、この問題は何よりも優先すべきです」

 

 女性サーヴァントから大絶賛で受け入れられた。みんなほしかったんだ。なら早く言えばよかったな。しかし、それならば、いいんだな? 本気を出しても良いんだな?」

 

「ますたぁが、かつてないほど本気の目を!」

「ならば、わしに任せよ!」

 

 ノッブが名乗りを上げる。裸マントは相変わらず裸のはずなのに、なぜか大事なところが見えない。なぜだ! どんなにかがんでも、どんなアングルから見てもまるで見えない。

 

「蒸し風呂じゃ!」

「蒸し風呂?」

「うむ、サウナ風呂と言ったらわかりやすいかの。わしの時代はそれが主流じゃったからな。風呂といえば蒸し風呂よ」

「へえ、そうなんだ。最初から湯船とかあったわけじゃないんだ」

「ま、そりゃなぁ。昔は水を沸かすってだけで大変だったからなぁ。しかも、平安貴族なんてのは、ほとんど風呂に入らなかったって話だ」

「ちょっとおまちくださいまし金時様? それではまるで平安貴族が風呂嫌いのようではありませんか。違いますからねますたぁ」

 

 清姫曰く、平安貴族は神事の関わりで風呂に入れる日が決まっていたのだとか。大抵は禊の時にしか入れなかったりと色々と大変だったらしい。

 平安時代も蒸し風呂とかそんな感じのは合ったようで、平民は結構入っていたらしい。

 

「清姫は?」

「………………」

「清姫?」

「ますたぁは意地悪です」

 

 ――ついね、つい。

 

「ちょっと癪だけど、あたしはローマ式のお風呂が良いと思うよマスター」

 

 ブーディカさんからローマ式を薦められるとは。

 

「是非! マスター是非にそれにするんだ!」

「ちょ、ちかいちかい、どうしたんだ、ダビデ!」

「ローマ式の浴場だよ!?」

「だからなにが――」

 

 混浴か! 大きな湯船とかよりも、確かに混浴があった!!

 

「なるほど、確かにローマ式ならそうしないとね」

「風呂か。水浴びで良かろう」

 

 ダビデとそんな話をしていると普通に今のままでよかろうという男らしいな師匠。それだけでは問題だというからこういう話になっているのですが。

 其れじゃまずいからシャワーということにしておこう。うん、きっと聞き間違いだうん。

 

「そも風呂を作るためにはまず水源がいるだろう。井戸からとるわけにもいくまい」

「なら、水路を作るか」

 

 同時に作ってしまえば早いだろう。

 

「おう、なら木で作ろうぜ、水車なんてゴールデンかっこいいと思うぜ!」

 

 うむ、木なら確かにお手軽だし、水車の動く音は好きだ。粉ひき小屋とか作ったら麺類も作れるのではないか?

 

「木など脆弱、トナカイ、ここは石だ。石の水路を作れ」

 

 石か、確かに丈夫だな。

 

「それならパイプでいいだろ」

「また、式はそんな投げやりな」

「いいんじゃないかいパイプ。ダ・ヴィンチちゃんに任せてもらえばこの島に上下水道を作って見せようとも」

「それはやりすぎ」

 

 ともかく、水路と風呂、どうするかな。

 

「マスターが良いと思うものにしましょう。このセイバーリリィ、マスターを全力で支持します!」

 




というわけで、今回のアンケートは水路と風呂

水路は
木と石とパイプ

風呂は
蒸し風呂とローマ式とシャワー

の中からひとつずつお選びください。
次回はお風呂回だ。蒸し風呂とローマ式は混浴じゃぞ?

コメントはいつもの活動報告の方へお願いします。


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カルデアサマーメモリー ~癒やしのホワイトビーチ~ 5

「よし、水路は石にして、お風呂はローマ式にしよう」

 

 そろえた方が雰囲気でるしね。

 

「良い決断だトナカイ!」

「うんうん、本当、癪だけどお風呂に関したらローマは優れてるもんね」

 

 そういうわけで、みんなで早速作業に取り掛かる。

 

「任せてくれた手前、お風呂のデザインはこのダ・ヴィンチちゃんの最高傑作にしてみせよう。なに安心したまえよ、マスター、キミの願いは今夜叶うとも、期待は裏切らないとも」

 

 という非常に心配なお言葉をいただきながら設計はダ・ヴィンチちゃんに任せ、こちらは石材の採掘へと向かう。岩山の方まで遠出して、

 

「では、行きます。えっとぉ、弱めのカリバーン!」

 

 リリィのカリバーンやら、

 

「聖夜に沈め!」

 

 サンタさんのモルガンやら、

 

剣を摂れ(スイッチオン)!」

 

 ベディヴィエールのアガートラムやらでサクサクと採掘と加工を両立させて、金時のベアー号に台車をいろいろとくっつけてあとはモンスターエンジンに任せて運搬する。

 運ばれてきたそれを設計図に合わせて並べていき、スカサハ師匠のルーンで補強やらを行う。現場指揮は、オレ、ジキル博士、ジェロニモでそれぞれ採掘、運搬、建築を担当。

 

 過去最高の速度で水路と風呂が完成しつつあった。それもこれも女性陣の気合いの入り方がすごいからだ。やっぱりみんなお風呂に入りたかったのだろうと思う。

 あとダビデ。凄まじい気合でその神の加護より与えられた身体能力を発揮して石材を瞬く間に組み上げていった。

 

 時々、こっちを見てサムズアップしてくるのはきっといろいろ仕組んでいるからだろう。本来なら、注意するところだが、残念ながら、本当に残念ながら、建築の指揮で忙しくて注意する暇がなかった。

 本当に残念だ。

 

「先輩は、どうしてそこでそんなに悔しそうな顔をしてるのでしょう?」

「んえ!? な、なんでもないよマシュ」

「それよりも水路が出来たので水を流すとジェロニモさんから精霊通信がありました。流してもよろしいでしょうか?」

「うん、こっちもできたし、いいって伝えて?」

「わかりました」

 

 水門が開いて水が流れ込んでくる。それを一端溜めてからルーンを刻んだ特製の釜で熱して湯船に流す。

 

「おおー」

 

 水源は高地なので、勢いよく流れ込み、瞬く間の間にあふれてくる。そこらへんの調節のためにいくつかのため池と水門を作っているので、そこで調節して完成。

 

「よし、さっそく入ろうか!」

「んじゃ。オレらはまだ仕事があるから、マスター入ってろよ」

「ん? まだ何かあったっけ?」

 

 クー・フーリンたちはダビデを引きずっていきながらどこかへ向かって行く。そういえば、毎日男衆は結構どこかへ行っているような? 何してるんだろう?

 まあいいや、とりあえずお風呂だお風呂。脱衣所で脱いで湯船へ。久しぶりに浴びる熱い湯気を体全体に浴びる。もはやそれだけで気持ちがいいほど。

 

「まずは体を洗ってから――」

 

 湯船にさっさとつかりたい気分を抑えてさっさと体を洗って、湯船につかる。

 

「ふぁ……いい、湯だ」

 

 やっぱりいい。湯船につかってのお風呂はやっぱりいい。グランドオーダー中は野宿とかで水浴びだけとかそれも出来ないことが多いからなおさらだ。

 

「喜んでもらえて良かったよ提案した甲斐があった」

「うん、まあね――って、うわ、ブーディカさん!?」

「あはは、そんなに驚かなくてもいいじゃない?」

「なぜに!?」

 

 いや、うんわかってるけど、ここは驚いておいた方がいいかなと。湯船に感動しすぎて気が付かなかったけどいつの間にやらみんな入ってきている。

 エリちゃんは、オレがいることに驚いてすっころんでいた。痛そう、頭の上で星がぐるぐるしてるよ。そのおかげで隠すものが落ちてる。

 おおう、これは――。

 

「おいおい、大丈夫か。完全に目回してるな、仕方ない」

 

 式が拾い上げてエリちゃんを救護室にでも連れていくのだろう。それっぽいところが設計にあったので。

 

「うむ、こういうのも良いものよな」

 

 スカサハ師匠は隠す気ZEROだ。もうエロいとかそういうレベルじゃなくて男らしすぎる。でもガン見しちゃうのは仕方のないことだよね!

 

「うむ、良いものよ。蒸し風呂も良いが、この手のもやはり良い。温泉を思い出すわ」

 

 ノッブはどこから持ってきたのか徳利から酒をいれて髑髏型の杯にいれてあおっている。あれ、ノッブって下戸じゃなかったけ?

 

「おお、マスターも飲むか? 特別に酌をしてやろうぞ、ほうれほうれ」

「いや、でもお酒は」

「酒ではないわ、ただの水じゃ。わしそれほど強くないのでな」

「なるほど。それならまあ、っとと」

「それ一気にな」

 

 髑髏型の杯についでもらって、飲む。

 

「ん、おいしい」

「じゃろう?」

 

 そうやってまたちびちびと水を飲んで行っている。

 

「うわぁ、すごいですねーとても気持ちいいです」

「はい、そうですね」

 

 マシュもリリィも気持ちよさそうに両手を伸ばしている。うむ――。うむ……。

 そこにやってくるダ・ヴィンチちゃん。

 

「どうだい、愉しんでいるかい? 混浴なのはローマ式だからね、言ったろう? 期待は裏切らないと」

「ダ・ヴィンチちゃんは当たり前のように入ってるけど、オレと同じなのでは?」

「はは、気にするだけ野暮ってもんさ。しかし、ウチの男連中はアレだねぇ、気が利くねぇ」

 

 オレに気を利かせてくれたのもあるだろうけど、たぶん一番はいろいろと我慢するためじゃないかなと。英雄だけあって、その手の話は多いし。

 それを言うとなるほどとダ・ヴィンチちゃん。

 

「まあ、せいぜい味わいたまえ、この極楽、それほどできる体験じゃないからね」

 

 そう言って離れていくダ・ヴィンチちゃん、それだけ言いに来たのか。

 

「ブーディカさん的には、ダ・ヴィンチちゃんってアリなの」

「んー? どうかな。でもまあ、そういうこともあるじゃないってことで」

 

 どちらにせよ明言するのは難しいというもの。

 

「それにしても気持ちいいな」

「本当、ローマ式ってのがアレだけどね。本当……」

「それならなんで提案してくれたの?」

「……マスターに、しっかりと休んでもらいたい、からね」

「…………」

 

 ちょっと顔を朱くしてはにかみながらそういうのは卑怯だと思います。

 

「楽しんでいるかトナカイ」

「サンタさん、まあ、ね」

 

 色々と目に毒(目の保養)だけど、まあ、心のダビデが開き直れば楽さとか言ってきたおかげで、まあ何とか。あと湯気が濃いおかげでまともに見えないのもあって良い。

 

「ならばいい。貴様は、無茶ばかりだからな」

「サンタさんの無茶ぶりよりはマシだと思いたいんだけど」

「ははは。でも、うん、マスターは無茶しすぎだと思うなぁー。それで? マシュにはきちんと言えたのかな? その味覚のこととか」

「……やっぱり気が付いていたんですか」

「当然だ、トナカイ。貴様ほど隠し事が下手なマスターはいない」

 

 これでも十分隠しているつもりだったんですがね。

 

「まあ、言えました。今度からは、ちゃんと言います」

「そっか、ならお姉さんからいうことはないかな」

「フン――」

 

 で、それはいいんですが――なぜお二人はそんなにオレにくっついてきているのでしょうか。肩が触れ合ってるのですが。

 というか、そのいろいろと当たっているのですが――。

 

「ん、ご褒美かなー、いつも頑張ってるマスターに。ちょっと恥ずかしいから顔はあまり見ないでほしいけど。それと、旦那には内緒ね」

「フン、褒美だ。いつも働いているな」

「そうだ、背中流してあげるよ」

「ブーディカ様、是非、それは是非わたくしに! いいえ、お背中だけでなく、それはもういろんなところもわたくしが!」

 

 ――お、おう……。

 

 なんというか、良い気分だなぁ。

 

 とりあえずそう思うことにして、色々と話を聞きつけてきたみんなにされるがままになりながら、満喫した。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 その夜、もう一度、オレは入りに来ていた。

 

「おーう、マスターはもう一回か?」

 

 今度は男衆が入っている。

 

「まあね。やっぱり、裸の付き合いって大事だと思うわけで」

 

 そういうわけで男衆ともいろいろと話してみようということで。

 

「嬉しいこというじゃないかマスター。で、どうだったんだい? できれば情景描写を詳しく聞かせてほしいところだ」

「ダビデ、最高だったよ」

「ぐおお、ズルい! 僕だって行きたかった!」

「テメエは行ってあのキレイどころ相手に我慢できるのかよ」

「無理!」

「ならやめとけって」

 

 さすがにカルデア内でそんなことになって、今後に支障をきたすのは問題だ。

 

「なんだい、クー・フーリンはアレだろ、ヤってもいい相手がいるからいえるんだい」

「ちょ、その話いまするか!?」

「おう、何の話だ、オレっちにも混ぜろよ」

「体の大きなちびっこには早い話だよ。男と女のくんずほぐれつってやつ」

「…………」

 

 超速で離れていったぞ金時。それか何か思い出したのか。

 

「うむ、湯につかるというのはなかなか良いものだな」

「ジェロニモはあまりそういう文化ないんだっけ」

「うむ。しかし、虜になるというのもわかるものだな――」

 

 くつろぐジェロニモ。

 

「それは良かった。衛生的にも湯船につかることはいいことだからね。これによって多くの病が予防できるんだ。すごいよね、ローマ人はそれを知っていたってことになるんだから」

「でも、ローマ以降は結構お風呂すたれるんだっけ」

「はい。確か宗教がらみや疫病などで水を媒介に広まるというお話によって中世以降すたれていきました」

 

 時代が進んだのに文化が後退することもある。改めて、いろいろと考えてみると人類史っていうのはやっぱり面白いと思う。

 それだけに救わなければという気持ちも大きくなる。

 

「頑張らないとな」

 

 人類史を救って、マシュの問題も解決する。

 

「ま、大変だが、やりがいのある仕事だ」

 

 男衆でいろいろと女の子とやら生前のことなんかをゆったりと話した。新しい発見はなかったけれど、とても楽しい時間になったのは言うまでもない。

 それもこれもお風呂のおかげといえるのかもしれない。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ふぅ……いい湯だった」

 

 上がって拠点の食卓に用意されている食事を食べる。つられてきた魚に採取された果実。かまどを使った様々な料理が並んでいる。

 そして、なぜか並んでいる牛乳瓶。

 

「お風呂の後はこれだろう?」

 

 というダ・ヴィンチちゃんの計らいでドクターに送ってもらったらしい。

 

「ぷはー」

 

 腰に手を当てて一気に飲み干す。

 

「よ、大将、良い飲みっぷりだな、オレっちも――ぷはああ! ゴールデンだぜぇ」

 

 やっぱり風呂上りは牛乳に限る。

 

「まあ、皆さまったら。ささ、お食事の準備はできておりますので、冷めないうちにいただいてしまいましょう」

「いただきまーす」

 

 んー、美味しい。最近は治療のおかげか、ずいぶんと味が戻ってきて結構味がわかるようになった。このシチューはブーディカさんのかな?

 

「そうだよー。ちょっと味は濃いめなの。濃いめなら味がよりわかると思ってね」

 

 そういう気遣いが本当にありがたい。おいしく食べられる。

 

「うむ、そうじゃ、皆で食べながらじゃが次の開拓じゃがどうする?」

「小屋に、炊事場に井戸に、水路にお風呂。結構作りましたね」

「それならオレから提案いいか?」

 

 クー・フーリンの提案か。

 

「いいよ、なに?」

「畑を作るのはどうだ?」

「良いですね。お野菜を育てれば、さらにもっとおいしい料理が作れますし」

 

 食料はほとんど狩りや採集で賄っている。米とかは定期的にドクターが送ってくれているが、それ以外はほとんど狩りだ。

 確かにここらで定期的にとれる作物ができるのはいいかもしれない。休暇で無人島生活というのもアレだけど、いろいろとやるのはいい経験になるだろうし、何かレイシフト先出会った時の予行練習にもなる。

 

「なら畑を作ろうか。でも収穫まで時間がかからない?」

「そこはダ・ヴィンチちゃんの特性肥料と、ルーンでどうにかしてみせよう。なので、育てるものを決めてくれたたまえ」

 

 本当便利だなぁ、ダ・ヴィンチちゃんとスカサハ師匠。

 

「じゃあ、何を育てようか。とりあえず野菜と穀物がいいかな。慣れてからがいいかもしれないけど、そんなに長くこの島にいるわけじゃないし」

「だったら、オレからはキャベツだな」

 

 すごいクー・フーリンに似合うな、キャベツ育ててるのが。なんでだろう。

 

「ならば、私はトマトと、穀物ならトウモロコシをあげよう」

 

 ジェロニモはトマトとトウモロコシか、どちらもアメリカから伝わってきたものだっけ。

 

「子イヌ、子イヌ! やっぱりかぼちゃよ! 育てるならかぼちゃにしましょ!」

 

 エリちゃんはかぼちゃか。ハロウィンの時のかぼちゃ料理はキャットがつくってたからおいしかったなぁ。

 

「わしは米じゃ。やはり米よ! 戦に勝つには米。何事をおいても米じゃ!」

「いいえ、マスター、やはりここは麦を! 収穫の時期になるととてもきれいですよ」

 

 ノッブが米で、リリィが麦。

 

「先輩はどれがいいですか?」

「そうだな――」

 

 




コメント欄のローマ率よ……。

さて、水路は石、風呂はローマでした。
というわけで混浴と思ったか、マスターのハーレムじゃ。
そして、後半は男どもじゃ。

それから畑。
野菜畑が、キャベツ、トマト、かぼちゃ
穀物畑が米、麦、トウモロコシ。

新しいアンケート板を作るのでそれぞれそちらにコメントしてください。


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カルデアサマーメモリー ~癒やしのホワイトビーチ~ 6

 畑を作るということで、選ばれた作物は――トマトと米。

 

「というわけで畑耕して、水田作るぞー」

 

 おー、という掛け声のもとオレたちの開拓スキルも上がっているため、みるみるうちに水田やら畑やらが出来ていく。そこにサーヴァントの身体能力が加わればもう即座に完成レベルである。

 

「おーおー、というわけでだ、種と苗だ」

 

 どこから取り出したんですかね、その種と苗は。

 

「無論、私謹製だとも。安心したまえ、超促成栽培によって一時間もすれば収穫可能だ」

「それ大丈夫なの、ダ・ヴィンチちゃん?」

「問題はないさ。栄養価も普通よりも高い。何より、ルーンとの相乗効果で魔力の回復効率もアップな上、食べていれば英雄並みに鍛えられるという」

「ますます心配になったんですけど……」

「まあ、そこまでは言い過ぎとして、大丈夫だとも問題ない」

「はい、何も問題はありません。どんな食材であろうとも栄養は同じですから!」

 

 リリィ……そうだけど、それとこれとはなんだか話が別な気がするんじゃが――まあいいか。これでカルデアの食糧事情もさらに潤うだろう。

 ドクターがひそかに頑張っていたけど、この島があれば今後は食料の備蓄の問題とかいろいろと解決できるかもしれない。そういう意味も込めての開拓らしいというのは、先ほどダ・ヴィンチちゃんとドクターの話を盗み聞きしたからだ。

 

「うははは、笑いが出るわ。良いなこの米! これほしいわ! 是あれば大軍も維持できるじゃろ!?」

「おおおお! すごいですベディヴィエールさん! いっぱい実ってますよオコメ!」

「これがあれば、キャメロットも――」

「もはや変わらぬことと言えどな」

 

 何やら統治者グループが感じ入ってます。そりゃ、一日というか、一時間で収穫できる作物とか米とか王様ならだれでもほしいだろうな。

 だからこそ、あの時は本当に助かったな。ありがとう藤太。

 

「さあ、いっぱい炊きますよー!」

 

 収穫された、ダ・ヴィンチちゃんにより精米されたお米を清姫が炊きに行く。

 

「じゃあ、その間にトマトも収穫しようか」

「うむ、任されよ」

 

 赤々と瑞々しく実ったトマトを収穫していく。タオルに帽子を装備して、働く男衆。なんというかクー・フーリンとか、ジェロニモとか似合いすぎだろというくらいに思える。

 ともかく山盛りのトマト。形がいいし、虫もついていない。

 

「さて、これはケチャップとかにしよう!」

 

 そのまま食べてもいいが、やはり半分くらいはケチャップにしようということで小さく刻んだりしてから、他の食材を足して煮込んでいく。

 塩コショウ、砂糖などで味をととのえれば完成。

 

「んー、おいしい」

 

 出来上がったものを試食するがおいしい。ほとんど味覚も戻って、こうやって料理もできるようになった。とても素晴らしい。

 

「ごはんが炊けましたよー」

「オムライス作るかー!」

 

 という訳で久しぶりの料理。ケチャップとごはんを使ってオムライスをつくる。

 

「おー、美味そうじゃのう」

(アタシ)もこれくらい」

「お主が作ると赤くなるじゃろう。食えたものではないわ。お主、ダビデの反応をみてもまだ料理に挑もうとするその気概だけは認めてやるがのう」

「諦めないことは得意なのよ! 諦めたらそこで終わりだもの。だから、諦めたくないの。歌も、料理も!」

 

 エリちゃん、本当前向きだなぁ……。うん、歌はちゃんと努力してくれているのがわかるからいいとして、料理はちゃんと教えてあげた方が良いかな。

 んー、オレが教えるよりブーディカさんに習った方が良いのか、オレに習うより同性に習った方が一番いいと思う気がする。

 

 ああ、でもやっぱりオレが教えようかな。そうすれば上達途中の味見からは逃れられる気がする。

 

「じゃあ、あたしが教えよっか?」

 

 ブーディカさんに先を越された!

 

「いいの!?」

「おうおう、そうしてもらえ。そうすれば少なくとも食べられない物質から食べられる物質にはなるじゃろ」

「なによー! 今のままでも食べられるわよ! ねえ!」

「………………」

 

 目を背けてるブーディカさん。ああ、うん、そこはうん、答えられないよねぇ。

 ともかく食事にする。

 

「先輩、とてもおいしいです」

「うんありがとう」

「これがますたぁの味。覚えました、次はしっかりとこのように」

 

 おいしい食事の後は各々過ごす。

 

「ノッブ、なにしてるの?」

 

 ふとノッブが水田を見ていることに気が付いた。

 

「おお、マスターか、なに水田をな。まさか、このわしが田をつくることになろうとはなぁ。ちぃとばかしいろいろと思い出したわ。田を見ておると昔をな」

「そっか……」

「のう、マスター、お主は覚えておるか、わしとの約束を、天下布武の約束を」

「覚えてるよ」

 

 ある日部屋にやってきたと思ったら、寝物語でも聞かせてやろうと布団に入ってきて、天下布武の夢を語ったのだ。

 あの時は、清姫に殺されるかと思ったものであるが、その約束は覚えている。いつか、世界を救ったらともに天下布武でもしないかと。

 

「ならばよい。のう、こんな水田をまた作れるよう世を救わねばな。是非もなし、ニンゲン五十年。わしの五十年は水泡に帰したが世はなるようになった。お主の五十年、後悔なきようなものになるようにせんとな」

「そうだね――頼りにしてるよ、第六天魔王様」

「それはこっちもじゃ。頼りにしておるよ、マスター」

 

 拳を合わせて笑いあう。相手が裸マントじゃなかったらいいのにね。

 

「ああ、そうじゃ。わしからは特に何も言わんが、無茶もほどほどにの。わしはどうも思わんが、他の者らが心配してかなわんからの。良いな? わしは本当にどうも思わんが、他の者らが心配しておるのを見るのほど鬱陶しいものはないからの。良いな!」

 

 ほんと、敵わないなぁ……。いつもふざけてるけど、こういうところかっこいいんだよなぁ、裸マントなのに……。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 その夜。

 

「ん?」

 

 ふと、一人浜辺に座って酒を飲んでいたジェロニモがいた。

 

「ジェロニモ?」

「マスターか。どうした?」

「いや、ジェロニモはなにしてるのかなって」

「なに、たまには一人、酒をと思ってな。この米の酒だが、収穫した米から作ったらしい。ダ・ヴィンチ殿はすさまじい」

「そうだね」

 

 本当、ダ・ヴィンチちゃんはすごい。万能すぎて、師匠と合わせたらまさにあの青狸だよ。

 

「……そういえば、ジェロニモはさ、ジェロニモって名前じゃないんだよね」

「そうだ。告げる名もないのでな」

「どうやってジェロニモになったの?」

「うむ……そうだな……私の家族はメキシコ人に殺された」

 

 戦争の最中、アパッチ族には懸賞金がかけられた。それと同時に、ある申し出があった。和平協定の申し出だ。その内容は年に4回、軍駐屯地において、毛布、布地、トウモロコシの粉、メスカルというアパッチ族の大好物である物を支給するというものであった。

 無論、疑ったが、合議の結果、一隊の派遣を決め、運搬手伝いに女子供も同行することとなった。

 

「私はそれに家族総出で加わった」

 

 用心深く郊外に野営し、町へ向かったが、そこで大歓待を受けた。それに油断してしまったのだ。そこを敵の指揮官は包囲、殲滅した。

 

「私は、妻子の遺品をすべて野辺送りにして焼いた」

 

 それは過去と決別し、復讐の戦士となるためだった。

 

「私は、メキシコ人と同じことをした」

 

 つまりは、虐殺を。

 

「マスター、私は、戦った。部族の為、家族の為に。そうすることでしか、私はもはや生きれぬのだ」

 

 銃弾の雨の中をものともせずにナイフを片手に戦場で暴れ狂ったその様を見て畏敬に駆られた一人のメキシコ人が、守護聖人の「ジェロニモ」の名を叫んだのだ。

 これに呼応して、人々が口々に「ジェロニモ」と叫んだ。こうして、この日このときを境に、彼の名は「ジェロニモ」となった。

 

「それが、私がジェロニモとなった経緯だ。軽蔑したかね?」

「いや……」

「はは。良いのだマスター。私がしたことは、褒められることではない。だが、私の行いも無駄ではなかったのだろう。こうして英雄として英霊としてマスターの手助けができる。ならばわが生涯にも価値があったのだと思える」

「それは……」

「英霊などそのようなものだ。だからこそ、わが生涯が無駄でなかったと価値を与えてくれるマスターに私は従う。対等ではあるが、オマエのことは好ましく思っているのでね」

「ありがとう。いつも助かっているよ」

 

 波音を聞きながらジェロニモと話す。それは新鮮だった。

 

「おや、マスター、君も来たのかい?」

「ジキル博士も酒盛り?」

「ジェロニモに誘われてね。といっても僕の場合は紅茶だけど。この島にあったもので作ってみたんだ、味は、その都度変わるから保証しかねるけどね」

「なにそれちょっと飲んでみたいかも」

「ちょうどいい。今日の分だ。飲んで感想を聞きたいね」

 

 隣に座ってきたジキル博士からカップをもらって紅茶を飲む。

 

「ん、おいしい」

「よかった今日は当たりみたいだね」

「外れるとどうなるの?」

「一日ハイドになった」

「危なくない!?」

「はは、冗談だよ。外れてもそれなりには飲める。御婦人方には少しばかり不評だけどね」

 

 静かに波音を聞きながら夜は更けていく。

 

「ふー、やっと終わった。おや、まだ起きていたのかい?」

「ドクター、久しぶりいい休暇だよ」

「それは何よりだ。ちょうどいいや。実は、少し特殊な特異点を見つけてね。心苦しいがそろそろ休暇を終わらせて戻ってきてほしいんだ」

「わかった」

「うん、それじゃあ、最後までしっかりと休んでね」

 

 また明日から色々な特異点に行ったりするのだろう。今度はいったいどんな目に遭うのやら。でも、乗り越えていけるはずだ。

 みんながいるから。オレが必要とされていることもわかったから。だから、大丈夫だと思うのだ。

 

「しかし、マスター、最後の夜がこんな男だらけでいいのかい?」

「たまにはいいでしょ」

 

 こうして最後の夜は更けて――。

 

「もう帰るのか。もう少しゆっくりしていけばよいものを」

「すみませんスカサハさん、ドクターが特異点を見つけたらしく」

「よいよい、そうかしこまるな。わしの方も準備ができたところでな」

「準備?」

「ああ」

 

 そうして彼女が取り出すのは朱の武装だった。ゲイボルグのようなそれら。

 

「これらもようやっとできてな。私もついて行くぞ」

「本当!?」

「嘘は言わん。そのために霊基をちょいといじった。そういうわけだこれからよろしく頼もうマスター、それと弟子」

「うへえ、師匠もくんのかよ、島はどうすんだ?」

「なに、ここの管理はうりぼうに任せる」

 

 いつの間に手なずけていたのか、現れるうりぼうたち。どこにいたんだろう。

 

「わー、可愛いです」

 

 そして、一瞬でリリィに懐くうりぼうども。

 

「こやつらにはしっかりと役割を教え込んだ。ここの維持くらいはできよう」

「なるほど」

「大事なカルデア補給拠点と保養地だ。しっかりと維持するためのシステムも作りあげた。ダ・ヴィンチちゃんに不可能はないのさ」

 

 ならば大丈夫か。

 

「それじゃあ、これからよろしく師匠」

「ああ、少々やりすぎて水着から戻らなくなったが、なに私が私であることには変わりない。よろしく頼むぞ、マスター」

 

 カルデアへ帰還する、また新しい日々を想いながら――。

 




というわけでほとんど開拓が終わったので、カルデアへ帰還。
これからも12月までにいろいろと終わらせるべく頑張っていこうと思います。
アンケートに答えていただいた方はありがとうございます。

さて、次はプリヤです。優秀な弓と投影使いを手に入れなければ。なにせ、七章は古代ウルク。そうなれば確実に出てくるあいつに対抗できないですからね。


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魔法少女紀行 ~プリズマ・コーズ~
魔法少女紀行 ~プリズマ・コーズ~ 1


 ――ねえ、あたしたち、いつまでもどこまでもずっとずっと、ずぅ~っと友達でいられるよね? ね?

 

 ――おばか。ばかじゃないの? あなた、きのう『もう絶交よ!』って私に怒鳴ったばかりのくせに、もう忘れたの……?

 

 ――うーん、忘れちゃった。それにだいじょうぶよ! 魔法がある。魔法があるもの! あたしたち魔法少女なんだもの!

 

 

 ――魔法……少女? 自分で言う? ナニそれ? 魔女じゃなくて? 自分から未熟を認めるなんて……恥ずかしくない? そんなの単なるなり損ないだわ。それに――わ、私には……魔法の才能なんて、無いし……ほんのすこし魔導書が読めるだけ……

 

 ――あら、何言ってるの? それもりっぱな魔法だわ! あたしにはとうていムリムリ! すぐつっかえちゃうし!

 

 

 ――自信たっぷり否定しない! 本当におばかなんだから……最初からあきらめたりしてちゃしょうがないでしょっ……! ちゃんと魔法を使いこなしたいんだったら、まずはルーン文字の読み方からしっかりと勉強を――

 

 ――べんきょ~う……? あっ、ごめんごめん。ちゃんとがんばりまーす

 

 ――もうっ……

 

 それは誰かとだれかの会話。きっともう交わされることのない、誰かの、思い出――。

 悲しいくらいに純真で、憐れなほどに無垢な、それは少女たちの、かつての――。

 もはや二度と戻らぬ、いつかの――。

 ゆえに、その世界は、できたのだと、理解して――。

 

「……先輩。先輩。しっかりしてください。寝ている場合ではありません。起きないと……します。いいんですか。実行には、わたしの全身全霊、大いなる蛮勇をもって挑まなければいけませんが、致し方ありません。いいのですね? 本当に――しますよ?」

 

 オレを揺り起こす後輩の声で、理解したはずの真実は、するりと脳裏を抜けて、虚空へと堕ちていくのだ。未だ、それは理解してはならぬこと。

 真実を探らねばならぬことゆえに。

 

 ――今は、ともかく――。

 

「……起きたよ。マシュ……」

 

 目の前には武装したマシュの姿がある。どうやらいつもの突発的なレイシフトとやららしい、とふとそこで気が付く、なにやらマシュ、大きくない?

 うむ、マシュのマシュマロはいつも大きいがそういうことではなく、オレが縮んでいる?

 

「……なに、これ……」

 

 なんかマスコット的な大きさに身体が縮んでいるのですが、なんですか、これ……。

 

「はい、初めての現象です。先輩が、その、ものすごくプリチーなデフォルメされたお姿に。フォウさんのお耳も生えています。何か変化はありませんか?」

「いや、とくには? あ、浮ける……」

 

 何やら身体が小さくなったくらいで特にあまり変わりはない。ただ、何やら宙に浮けるくらいか。あとは、特に何も変化はなさそうである。

 なんかもう驚き過ぎて逆に冷静になっている。

 

「んー、でも飛んでるのもなんか疲れるし、ちょっと肩のせて」

「はい、どうぞ先輩。先輩の為なら、肩でも頭でもお貸しします」

「ありがと。ふぅ……」

 

 さて、またも突発的な展開であるが、いつものことなのでとりあず周りを見てみよう。

 

「なんというかはじめてみるなぁ」

 

 変わった光景だ。なんというかすごくファンタジック? というか今までとはどこか気色が違うという感じがする。世界観がまるきり違うというか。

 異世界のようでまるきり落ち着かない。

 

「ですが、今回は我々だけではありません」

 

 確かに、今回は全員ではないが仲間たちも一緒だ。清姫、ノッブ、リリィの三人とデフォルメされた金時とベディヴィエール、それからなぜか沖田さんがいる。

 

「それにカルデアにも連絡が通じます」

「そーういうこと。まったくもって不可解なレイシフトだ」

「ドクターなんかわからない?」

「今、ダ・ヴィンチちゃんが解析中だ。もう少し待ってほしい」

「わかった」

 

 さて、それじゃあ状況の把握といこう。

 

「そうですね、ますたぁ、どうやら男性のみなさんは小さくなっているご様子。金時様もこのような調子ですわ」

「ゴールデンに力がでねえ」

「そうなると何か危険があるとわたくしたちが頑張りませんと。……それからマシュさん、できれば、そのますたぁをちょっと、抱いてみたいのですが、交換いたしませんか?」

「むむ、何やらそれは駄目という電波が」

 

 とりあえず、オレを取り合って引っ張り合いにならないようにしてほしい。少しだけなら頭の上くらいで休憩させてもらう程度なら行けそうだし。

 

「おそらくこれがこの世界の在り様なんだと思う」

「つまりは法則という奴じゃな。となれば、この世界は女性に関して何かしらがあるんじゃろうが、しかし、なんでわしの連れが人斬りなんじゃ?」

「私だってわかりませんよ! 突然目覚めたらこんなですしぃい! こふっ」

 

 って、沖田さんじゃないか。すごい久しぶりだな。マスコットが吐血するのって、いいんだろうか……。それにしてもどうして片目しかみえないんだろう……。

 

「どうやら、私はリリィ様から離れられないようですね」

「はい、ベディヴィエール卿のいう通りです」

 

 とりあえず全員問題はなさそうである。ただ、男性陣はみんなしてデフォルメされているせいか力が出ない上に、なんだかそれぞれの担当っぽい女性から離れられないようだ。

 

 ――ん? 担当?

 

 担当……デフォルメマスコット……。

 

 何やら今ある情報で一つ思いついたものがあったのだが……。いいや、まさかね。まさかそんなことあるはずないよね。

 

「キャー――」

「おや――あちらで何か物音が。フォウさん……ではない、陽気な声が――」

「キャー、どいてくださーい!」

「――!? はうっ!?」

「ちょ、マシュ!? 顔面激突!?」

「大丈夫です……シールダーです……」

 

 涙目ですけど。

 

 とりあえず何が飛んできたのやら…………。

 

 杖だった。ステッキだった。よくわからない生もののような感じのナニカだった。見た目は魔法のステッキだが。

 

「あらあらー、わたしったら出会い頭の濃厚な顔面☆激突! 申し訳ありませんー!」

 

 しゃべるファンシーな魔法のステッキ……だと?

 

「おやおや? なかなかの魔力反応? ひょっとして、あなたがたも異邦人ですかー? ややーこれはツイてますねー! それならぜひ、お助け願いたいんですけど―?」

「というか、きみはいったい何者?」

 

 しゃべるステッキとか明らかにまともな存在ではないのだし、敵か味方かもわからない。この世界の事情も分からないのに助けていいものか判断ができない。

 

「あ! 聞いちゃいます? それ聞いちゃいますぅ~?」

「なんだかものすごくうれしそうです……!」

「しからば名乗りを上げましょう! 魔性の人工天然精霊、その名も――」

 

 人工なのか、天然なのか。

 

「愛と正義ノマジカルステッキマジカルルビーちゃんです! イッツミー! あ、先ほどは顔面失礼いたしました」

 

 ぺこりと器用にステッキの体で頭? を下げるマジカルルビーちゃんとやら。ともかくいろいろと説明を求めようとして――

 

「マシュ!」

「――っ!」

 

 どこからか攻撃が放たれた。それを防ぐ。現れたのは1人の女性。

 

「あら、ステッキの方だった? まだ生きてたの?」

 

 そういうのは見覚えのある女性だ。第五特異点。アメリカで戦った女王メイヴそのひと。

 

「ずいぶん頑丈なのねー。宝石魔術系の礼装は、伊達じゃないってとこかしら」

 

 ただ、いつもと感じが違う。いきなり攻撃魔術をぶつけてきたこともそうだが、何よりも空を飛んでいる。彼女が空を飛べるとは聞いていない。

 そういう伝承もないはずだし、アメリカではずっと地面に足をつけていたはずである。まさか、修行でもして飛べるようになったとでも?

 

 いいや、まさかそんなわけはないだろう。あるとすれば、この世界に働いていると思われる特別な法則か、あるいは何か別の理由があるのか。

 

「このピンク髪ですよー! わたしをマスターごとブッ飛ばしてくれたのは! WARNING(わーにん)! WARNING(わーにん)です!」

 

 ともかく敵という事。ならばと戦闘態勢に入った時、メイヴはようやくこちらに気が付いたのだろう。

 

「へぇー、また新しいお客様なの? でも……主人(マスター)も、使い魔(おとも)も、なんだか冴えないカンジ」

 

 主人、使い魔……。

 

 視ればメイヴの隣にも何やらデフォルメされた、いつぞやのクー・フーリンの姿がある。あの時と違って、こちらの兄貴が取り込まれたわけではないようだが、ここまでの情報を総合するともしかしなくてもアレなのかもしれない。

 

「わたしたちのこと……でしょうか? ――使い魔(おとも)とは?」

「そこらへんを聞かせてほしいな、女王メイヴ」

「あら、私の顔をご存じなの? ちょっと嬉しいな。でもね、それは少し違うの」

 

 違う? 雰囲気が微妙に異なることと、ティアラが普段よりもキラキラしていることと関係があるのだろうか。あとはその隣に浮いているデフォルメされたクー・フーリンオルタに。

 

「仕方ないわね、教えてあげるわ! 今日からあなたたちを支配する、女王の名を。一度だけよ、よーくお聞きなさい。二度目は私の番犬の餌食(おやつ)だから♡」

 

 そうして彼女は愛らしく名乗りを上げるのだ。

 

奉仕(ゆめ)隷属(きぼう)が私の力の源(エナジー)! 魔法少女の中の魔法少女! 人呼んで蜂蜜禁誓(ハニーゲッシュ)魔法少女(クイーン)、コナハト☆メイヴ! ちゃんつけでも構わなくてよ!」

 

 ――やっぱりか。

 

 年齢的に魔法大学生とかそういうことはまあ、放っておくにしても魔法少女。この状況から推測した予測はどうやら当たりだったようだ。

 どうにもマシュ、清姫、ノッブ、リリィは魔法少女であり、オレを含めた、金時、沖田さん、ベディはいわゆるマスコット的なアレなのだ。

 

 理解しやすいのはオレ自身がそうなっているからか。自覚するとするりといろいろと浮かんでくるというのがまた気持ち悪いが――。

 

「とりあえずメイヴちゃん」

「あ、あら、普通に呼んでくれるの? なんかここは普通敵対っぽいんだし」

「だって、呼んでいいって言ったじゃん。ともかく、ここはどこで、どういう法則が働いているのかいろいろと教えてもらえちゃったりはしない?」

「雪華とハチミツの国を統べる女王たる私の支配を受け入れるのなら、考えないでもないわ」

 

 なんとなく遠慮しておきたい。それに――。

 

「狙いは君っぽいよね」

「はいはい、そーですよ、そーなんですよ! なので、どうぞお助け下さればいいなーなんて」

「いいからそのステッキを渡しなさい」

 

 エネミーが召喚されこちらに向かってくる。

 

「ますたぁ?」

「ど、どうしましょう!」

「さて、敵対するには面倒そうな相手じゃろうが、どうするマスター」

「ルビーちゃん、あいつ悪い魔法少女?」

「ルビーちゃん的にそういう判断は難しいのですが~。自分の国なら問答無用、何をしてもフリーダムというのは腹が立ちますネ! わたしのマスターだったら絶対に許しません! ドッギャァァァンとおしおきの必要アリです!」

 

 さて、それなら――。

 

「了解。ルビーとそのマスターに力を貸そう」

 

 何より弱い者いじめは見ていていいものじゃないからね。こんなステッキ一本に軍勢差し向けてくるような相手にはお仕置きだ。

 何より直感からして、ルビーのマスターはなんだかとてもいい娘な気がするし。

 

「はい、マスター!」

「ならば燃やしてしまいましょう」

「精一杯、頑張ります!」

「魔法少女マジカル☆ノッブか。是非もないよネ!」

 

 トナカイマン、スノーマンへと戦いを挑む。

 

「ヤァァ!!」

 

 盾でぶん殴り、清姫で燃やし、リリィが斬って、ノッブが撃ち抜く。いつものようにオレを守る必要がないから攻めやすいようだ。

 ただ、何か違和感がある。まるで、倒されても問題ないとでも言わんばかりだ。

 

 だが、考えている暇はない、ともかく全部倒してしまう。残りはメイヴ。

 

「あれ、負けちゃったの? ふーん。結構やるのね、アナタたち。この中立地帯だと、私の兵士たちも百パーセントの力は出せないみたい。勉強になったわ。でも――ゲームはここからよ、ブタさんたち?」

 

 女王メイヴはいくらでも兵士を創り出せる。先兵を斃したところで、終わりではないのだ。

 

「もうこれ以上、敵性体を召喚させません!」

「いや――待ったマシュ!」

 

 マシュの攻撃はメイヴには届かない。いいや、届いているのに効いていない。

 

「あら。なに、今の攻撃? 弱すぎてわからなかったわ。ふふ。私に触りたい気持ちもわかるけど、貧弱な攻撃(フェザータッチ)もほどほどにね?」

 

 いくら攻撃を加えたところで届かない、効かない。それを見て、オレはこの世界のルールを急速に理解していった。

 マシュの攻撃というサンプルが増えていくごとに、この世界の仕組みがわかってくる。それはオレがマスコットであるからこそでもあるのだろう。

 

 魔法少女のマスコットとは未熟な少女に助言を与える存在だから、オレもまたその法則(ルール)に縛られている。

 だが、今はそれが幸いしている。この世界の法則がわかるのだから。

 

「くそ、だが、どうする。それがわかっても対策の手立てが――いいや、諦めるな。諦めたら駄目だ」

「…………ん?」

「――そう! あきらめちゃ、だめ!」

 

 誰かの声が響く。それは少女の声。諦めてはいけないと励ますように強く熱い声が――。

 

 そこにいたのは走ってきたからだろう息も絶え絶えな小学生くらいの少女がいた。

 

「ぜぇ、ぜぇっ……走りすぎて、もうっ……ルビぃ―!」

「イエース! マイ・マスター! ルビーちゃんはここですよー!? ご足労をかけましたー! ただいま、参ります!」

「戦車で轢いても壊れないなんて、いきがいいのね! 名乗りなさい、私の無敵の軍団に加えても構わないわ!」

「また勝手なことを言っていますよー」

「わたし……わたしは! イリヤスフィール・フォン・アインツベルン! 無敵の軍団なんて知らない! それよりなにより――美遊を返して! ミユはわたしの一番大切な友達なの! ルビー! ――転身!」

「かしこまりましたー!」

 

 イリヤスフィールという少女の参戦を少女を中心にして状況が動いて行く。

 

「コンパクトフルオープン! 鏡界回廊最大展開!!☆」

 

 さあ、見よ、視よ、ミヨ!

 今ここに刮目して見るが良い。

 華麗なる少女の可憐なる変身を!

 

Die Spiegelform wird fertig zum(鏡 像 転 送 準 備 完 了)!」

 

 それは魔法少女が魔法少女となるための大儀式。

 女の子が、魔法少女となるための、自らの覚悟を形にするもの。

 その姿は可憐。その姿は華麗。

 万華鏡のように美しく色とりどりの輝きを以て――。

 

Offnung des Kaleidoskopsgatter(万 華 鏡 回 廊 開 放)!」

 

 今ここに、超新星の輝きを放ち、魔法少女(希望)が、ここに誕生する。

 

 天駆ける星々のきらめきよりも尊く、天高くそこにある太陽よりも強く!

 その輝きは遍く世界を照らす無窮の煌き。

 誰もがその姿に、永久に輝ける希望を見るのだ。

 

「カレイドライナー プリズマ☆イリヤ! ここに推参ですー!!」

 

 少女の姿が魔法少女のそれにかわる。煌びやかな光の破片を纏わせて、変身する。その姿、まさしく魔法少女。ピンクの衣装は可憐で、可愛らしく、されどその瞳に宿る意思は何よりも力強い炎をたたえて――。

 

「…………ごめん、今の勧誘はなし。なにその変身。ちょっとムカついたわ。そういうの、私たちにはもういいの。――目障りだから、本気で殺すわ」

「さっきはいきなりで油断しちゃったけど、今度はそう簡単にはいかないんだから! 斬撃(シュナイデン)――!!!」

 

 今ここに、魔法少女同士の戦いの幕が上がる。

 放たれる斬撃。

 その一撃は、マシュの攻撃を防いでいたメイヴにダメージを与える。

 

「やっぱりか」

「おう、大将、何がやっぱりなんだ?」

「うん、この世界はおそらく魔法少女を中心に回ってる。たぶん魔法少女は魔法少女でしか倒せないんだと思う」

「なるほど、つまり我々は魔法少女らしくなってはいますが、魔法少女でないから攻撃が利かなかったと。さすがですマスター慧眼です」

「うん、ありがとうベディ」

 

 そうなると、問題はここで戦うにはどうにかしてこちらも魔法少女にならなければならないということだ。

 

「動きが鈍りましたよー!」

「うん、任せて! 最大収束……っ――収束放射(ファイア)!!」

 

 このまま彼女だけに戦わせるわけにはいかない。押しているようだが、彼女一人ではいずれ限界が来るはず。彼女の一撃からクー・フーリンオルタに庇われたメイヴは撤退していく。

 今回はどうにかなったが、今後はどうなるかはわからない。それに――。

 

「――えっ……!? 転身が解けちゃった!? なにするのルビー!? これじゃ、あのひとを追い掛けられないよ!」

 

 何やら彼女の方にも問題があるらしい。

 

「うん、とりあえずお互いに自己紹介してから今後のことについて話そう――」

「わかりました。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです。穂群原学園小等部の五年生です。そ、それで、その……ま、魔法少女……やってます……やらされてます……はうぅ、自分で名乗るの大変に恥ずかしい。あのルビーを見つけてくれて、敵からも守ってくださって、本当にありがとうございました」

 

 小学五年生なのに実にしっかりしているいい子だ。

 

「マシュ・キリエライトです。よければマシュと呼んでください、アインツベルンさん」

「わぁ、じゃあわたしもイリヤで! 友だちはみんなそう呼んでくれるから! それと、あの、こちらのデフォルメされちゃってるお兄さんは……?」

「はい、こちらはわたしのマスターにしてカルデア一番のマスターです」

「よろしく。なんかデフォルメされてるけど、本来はマシュと同じ人間だから」

 

 とりあえず本物の魔法少女に出会えて号泣しております。まさか、こんなファンタジーな存在に出会えることができるとは。

 サーヴァントも十分ファンタジーだけど、こう柔らかくて、優しくて、何の危険もなさそうな、普通の女の子に会えたことに感動です。

 

 どうにも、いつもちょっと人を越えた存在と付き合っていると、カルデア職員のお姉さんとか、こういう小さな女の子との出会いが、新鮮で仕方ないというか。

 ともかく、なんだろう、うん。

 

「泣いてるー!? えっ、どういう涙なのかなこれっ!?」

「イリヤさんの魔法少女力(MSちょく)も最近高まってきまいたからねぇ。そろそろ握手券でもバラまきましょうか」

「えぇ……。えっと、そちらの着物のお姉さんは?」

「清姫と申します。よろしくお願いしますイリヤさん」

「坂田金時だ。あんたの戦いゴールデンだったぜ」

「清姫さん……すっごく、おしとやかでお姫様っぽい。坂田金時……? って、ええ、あの金太郎!? すごい、絵本の人だ!」

「ふっふっふ、ならばわしはもっと驚くじゃろうな。聞いて驚くがよいぞ少女よ。第六天魔王織田信長じゃ!」

「あ、私アルトリア・ペンドラゴンです、えっと、アーサー王ですが、まだ未熟なのでセイバー・リリィと呼んでください」

「その騎士ベディヴィエールと申しますレディ」

「えええ!? 織田信長って、男じゃないの!? 女の子なのー!? あ、アーサー王さんは女の人っだってのは見たことあるからわかります」

「最近流行りですからね、偉人を女の子にしちゃうのってー。織田信長だけじゃなくて、いろんな人が女の子になってきゃっきゃうふふしてたりしますよー。しかし、アーサー王ですかー、あの時は、たいへんでしたねぇー」

 

 そこにまた沖田さんもいるもんだから、さらに驚きは倍。

 それにしても彼女たちはアーサー王と戦ったことがあるのだとか。黒化英霊として暴れていたのを倒したとか。すごいな、魔法少女は英霊を倒せるのかと感心したが、まあ、そう簡単には行かないらしいのだが。

 

「でもよかったぁ。また知らない場所にひとりだったらどうしようかと」

「それにしてはなんか慣れてない?」

「イリヤさんは違う世界に迷子になる天才ですからね! もはや慣れっこなのです」

「違うからねー!?」

「楽しそうなところ悪いけど、状況を確認させてもらうよ」

「あ、はい」

 

 まずイリヤたちは、現実世界から、隣接する鏡界面へと移動しようとした際に原因不明のトラブルがあり、美遊・エーデルフェルトというもう一人の魔法少女が巻き込まれてしまい、この異世界にやってきた。

 その直後に、美遊という少女は魔法生物に連れ去られ、そこに魔法少女を名乗る女王メイヴが現れ、問答無用の襲撃を受けたということらしい。

 

 彼女たちもこの世界に来たばかりで、この世界のことは何一つわかっていないということ。確実なのは、彼女たちはオレたちとは異なる平行世界から来たらしいということ。

 

「そうだ。マシュさんたちの地球ってどんな世界なんですか?」

 

 この質問が来た時は、どう答えたもんかとひやひやした。なにせ、世界が焼却されてますなんて、そんなことこんな少女に伝えるわけにはいかないだろう。

 

「それにしても、マシュさんは珍しいクラスの英霊を夢幻召喚(インストール)されてますねぇ?」

「いえ、わたしは――」

 

 それにこの夢幻召喚なるものの存在を知れたのはある意味大きいかもしれない。ダ・ヴィンチちゃんに理論を構築してもらえれば、もしかしたらオレも戦えるようになる可能性があるのだ。

 クラスカードなる英霊の力の宿ったカードを自らにインストールすることで英霊の力を行使する。もしそれが出来たのなら――。

 

「そう、それ!」

「――っと、なにどうかした?」

「それなの! さっき気が付いたんですけど! わたし、クラスカードが夢幻召喚できなくなってるよ~、ルビー! どうしよう? これじゃあミユだって」

「出来ていたことができない――それはやっぱりこの世界の法則に関係があるのかもしれないね」

 

 しかし――。

 

「デミ・サーヴァントって魔法少女に少し似てるね?」

「何を言っているんですか、マスター」

「……ごめんなさい……」

「おーい、そろそろ僕のことも紹介してくれるとありがたいんだけどー」

「わっ、立体映像!?」

「警戒しなくても大丈夫です。彼はドクター・ロマン。カルデアに所属する医師で、わたしたちをサポートしてくださる頼もしい味方です」

「珍しく素敵なご紹介ありがとう。僕はロマニ・アーキマン。よろしくイリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

 何やら含みがあるような言い方だな?

 

「ともかくようやく状況が一つわかった。キミたちは、何者かの固有結界の中にいる」

 

 ただ、続く彼の言葉はこの世界に黒幕がいることを示していた――。




てなわけでプリヤ編じゃ。
実はわし、プリヤ? 百合じゃろとかで読んでなくてな、ドライからfateやんって読み始めた阿呆です。
なおアニメは背中で語る幼女から見始めた。
原作買わんとなぁ。金ないけど!

QPもない。スキル石もない。
7章を配布鯖縛り&倒れた鯖は使わない&小説でも脱落という企画をやるために育成したいのに出来ない悲しみ。
誰か種火、スキル石、QPください。


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魔法少女紀行 ~プリズマ・コーズ~ 2

 暗く、冷たい――。

 

 美遊を支配していたのは、その二つだった。暗がり。薄暗がりの城。冷たく、冷え切った、城はまるで主の心をそのまま反映しているかのよう。

 ここはそう、最果てなのだ。いいや、あるいはすべての中心なのかもしれない。わかるのは、自らが捕らえられているということであり、友だちは無事だということ。

 

「……美遊様……美遊様……!」

「……ぅ……ぁ……サファイア……? あなた……なの……?」

 

 ただ、それすらも自らの状況を好転させることにはつながらない。自らの相棒たるサファイアは無事だ。だが、それでもこの状況を抜け出すことはできない。

 自らを縛る鎖ならぬ、このレースのリボンは、容赦なく触れたものの力を吸い取っていく。ゆえに、サファイアといえど触れてしまえば終わる。

 

 もはや希望はどこにも。あらゆる全てが暗がりの絶望に落ちていくのだ。それだけは、駄目。駄目――。

 

「だから、イリヤを――イリヤにどうか、伝えて――」

 

 この城の危険さを。

 恐ろしい敵の存在を。

 

「美遊様――わかりました。このサファイア、必ずやイリヤさんに伝え、美遊様のもとへ戻ってまいります!」

 

 サファイアは向かう。

 イリヤの下へ。

 この事態を終息し、美遊を救うために――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 固有結界。それは魔法に近いとされる魔術の名前。まさしく魔術の最奥だ。術者の心象風景を具現化し、世界を塗り替える魔術。

 まさに禁忌中の禁忌、魔法一歩手前の大魔術。ロンドンでバベッジ卿やナーサリーライムやらが使っていたのもその一種。

 

 ただ、そんな無茶は長続きしない。固有結界は現実にできた染み。異物、矛盾を察知した世界そのものが修正にかかる。

 普通であれば固有結界は数分足らずしかもたない魔術である。

 

 改めてドクターロマンの説明を聞いたが、それはつまり普通でない手段が用いられているということに他ならない。

 

「えーと……、ようはこの世界は、全部誰かが作った世界ということですか?」

「そういうことだね」

「ドクター、この規模になるともしかして聖杯とか?」

「その可能性は捨てきれない。この規模の固有結界を展開、維持しているとなるとそれくらいの奇蹟が必要になるだろうしね」

「この場所に接界(ジャンプ)してくる時に、一瞬だけ、いくつものお城や、国の領地みたいな風景が見えて……どれもはっきりとして、とても広かったです。それと真っ黒な壁で覆われた空間も……それがぜんぶひとつの魔術……誰かが作った世界だなんて……」

「うんうん。そこまで驚いてくれるとやりがいがあるなぁ」

 

 わかる。ドクターの言っていることがよくわかる。こんな新鮮な反応久しぶりで、どうにも気分がいいというか。

 

「そこ、頷いてない。最近は妙に慣れて、なんとかなるさ、という君も悪いんだぞぅ」

「事実なんとかなったし、これでも勉強してるんだからね」

 

 ドクターに負担をかけないようになるべく予習復習をしているようにしている。彼はダ・ヴィンチちゃんも言っていたように無理をしている。

 それを悟らせないのは本当さすがとしか言いようがないが、彼の負担を少しでも軽減できるように、ちゃんと勉強しているのだ。

 

「ともかく、うん、イリヤとその友達の美遊を助けるためにもこれからどうするかを考えないとね」

「しかし、うん、縮んでるのって面白いよね」

「ドクター……」

「こちらでモニターしている限り問題はない。ただデフォルメされて縮んでるだけだ」

「それって大分アレだと思うだけど」

 

 まあ、もう予想外の事態が起こりすぎているということもあって、慣れたものだ。ともかく魔法少女の可愛さ(いのち)は地球よりも重いのだ。

 

「僕としては戻ってきてほしいところだけど聞かないだろうしね。なによりキミと同意見だ」

「それで、マシュやリリィたちの攻撃がどうにも効いてないようなんだけど何かわかる? たぶん魔法少女じゃないからだと思うけど」

「それはダ・ヴィンチちゃんが答えよう! キミの推測通り、どうやらその固有結界の条件に合致していないから力が出ていないようなんだ。おそらく、その世界特有の礼装。おそらくは魔法のステッキだね――を手に入れることができたのなら、おそらく普段通り、いいや、普段以上の実力が発揮されるはずさ」

 

 やっぱりか。となると当面の目標は、そのステッキとやらを手に入れることになる。

 

「ステッキか、どこかに落ちているとかしてるといいんだけど……」

 

 そう簡単にはいかないだろうなぁ……。

 

 とか思っていたら、何やらすごいお菓子な感じの人たちに取り囲まれている。

 

「……ドクター?」

「いや、敵意をまったく感じなかったから、大丈夫かなと」

 

 そういうことは教えてほしかった――!?

 その後あらよあらよという間に、お菓子の国へと連れてこられてしまう。

 

「いつまでもこの国にいてくださいー。賞味期限果てるまでー」

「わたしたちと甘くしっとり香ばしくくらしましょうー」

「お菓子の国でたのしく、おかしく!」

「あ、あのー、誰かミユを! 黒髪の女の子を知りませんかー!?」

 

 この状況で、それを聞けるのはすごいと思う。取り囲まれて、もう知っちゃかめっちゃか。オレたちマスコット組は上空に退避できるけど、マシュたちはもう大変だ。

 なんなんだいきなり。危険そうでないのだけが、幸いだけど。まあ、とりあえず、どこに行くかも決めかねていたのだ。まずはお菓子の国から調査するのもいいかもしれない。

 

「いやー、絶景ですねぇ。美少女たちがメルヒェンなクリーチャーにもみくちゃにされるこの絵面は」

「ルビー! ニンマリ見てないで、なんとかしてー!」

「金時ー?」

「おう、ゴールデンに火力最小でいくぜ!」

 

 どーんと金時の雷電が奔る――。

 

 マスコット化してるからか威力弱めだが、住人を吹っ飛ばすには十分。あとは武装を展開すればもみくちゃにはされない。

 

「魔法少女!?」

「魔法少女だー!!」

 

 イリヤを見て慌てて逃げ出す住人達。どうやら魔法少女がたいそう恐ろしいものと認識しているらしい。とりあえずマスコット総出で一匹捕まえて、魔法少女たるイリヤの前に引っ張っていく。

 なんというか、自分が指示出し以外で役に立っているという現状がなんだか新鮮で、良い。いつもならこうはいかない。いつも後ろで見ているだけだけど、行動できるって、素晴らしい!

 

「ああ、ますたぁがあんなにも輝いて」

「自分からいろいろと動けるのが嬉しいんじゃろうなぁ」

「えっと、お菓子さんお菓子さん。色々と教えてほしいんですけど」

「話さないと魔法少女様が怒りますぞ」

「そ、そうだよ、が、がおー?」

「ひぃい~魔法少女さまのご命令でしたら~」

 

 そういうわけで情報を有りっ丈引き出した。といってもさほど多くの情報を得られたわけではない。このお菓子の国を治めている女王ならば何か知っているはずということ。

 というわけで、お城に向かっている。

 

「このままいって大丈夫なんでしょうか」

「どうだろうね。沖田さんは心配?」

「いえ、ノッブのことはこれっぽっちも心配はしていないのですが、こうやって召喚された手前、この姿ではマスターのお役に立てませんので、少々気おくれを」

「まあ、なるようにしかならないし、行くしかないでしょ」

 

 この世界のことは何一つわからないのだ。ならばここはどこでもいいからどこかの国に行って話を聞くべきだろう。

 と思っていたのだが――。

 

「待てーいだニャン!」

 

 なんだかどこかで見たようなネコっぽい生き物が登場した。

 

「キャット!?」

「疲れた朝には糖分がキク。脳ニ。でもザンネン、めぼしい砂糖が見当たらヌ。そんなアタシの前にまろび出たオマエは蜂蜜の如き優しさ、甘さ、エロさを兼ねそろえているときタ。ぬう、まさにネコまっしぐラ! ピンク色のケーキをいただこウ!」

「なんか出た!? なに言ってるのかさっぱりわからないよー!?」

「殺伐としてそうなこの魔法界っぽい世界にアルコな生き物が!! しかもサーヴァントのようでサーヴァントでない……?」

「先輩、これは……?」

 

 わけがわからないのはこちらも一緒、だからそう聞かれてもわからないわけなのだがとりあえず魔法少女であることは確定しているはずだ。

 ただし、なぞの黒い霧みたいなのと存在がどうにも希薄というのがわからない。どうにもすでに霊基的な何はとっくの昔になくて、何かが核となって存命しているようなそんな感じがするのだ。

 

「コレとか言わない、そこなマシュマロオッパイ! アタシこそネコ科最強の魔法少女。タマモナインを差し置き、ジーニアスな魔法少女として売り出したタマモキャットちゃんダ!」

「じゃあ、そんな魔法少女が何用? オレたち王城に行きたいんだけど」

「ニャンと! それは大変。一大事。なにせ、魔法少女は魔法少女しか斃せヌ。今のままいっても、ニャンニャンされておいしいお菓子になるだけなのだナ。おお、なんとおいしそう。

 というわけで、新鮮なうちにいただいてしまおうというキャットなりの気遣いもとい本能、もとい欲望の発露! 野生が滾るとはこのこと、おお、実にキャットっぽイ! というわけで、戦ってみるのだナ」

 

 何がというわけなのかまったくと言ってい良いほどわからないが、タマモキャットが襲い掛かってくる。こちらに対抗できるのはイリヤちゃんのみ。

 なら――。

 

「マシュは防御に専念! 来る攻撃は全部防いで」

「了解です、マスター!」

 

 マシュに攻撃を防がせる。キャットの攻撃は苛烈。その動きは非常に読みにくいのだが、いつもと違って今回は一貫性のある動きをしている。

 キャットであってキャットでなし。何か別の存在なのは間違いないだろう。ゆえに、

 

「読める――ノッブ」

「了解じゃ、マスター。狩りは得意よ」

 

 ノッブの火縄銃の射撃でキャットをけん制しながら追い込んでいく。

 

「イリヤちゃんは、最後になるべく高威力の一撃を食らわせてやって。避けさせはしないから」

「は、はい!」

「今!」

「最大収束――収束放射(ファイア)!!」

「ニャント!」

 

 追い込んでからの高威力攻撃。セオリー通りだけど決まれば強い。というか、すごいな最近の魔法少女、なにこの砲撃の威力。

 そう砲撃だよ。最近の魔法少女って砲撃するんだよなー。そういえばドクターと暇なときに一緒に見たのは格闘戦とかしてたっけ。本当、最近の魔法少女ってすごいよね。

 

「にゃふー」

「……!? 魔法の杖(ステッキ)になった!?」

「ふむ、礼装ですかね?」

「ダ・ヴィンチちゃん?」

「そうだとも。それがこの世界における魔法少女の必需品ってわけだ。それがあれば君たちは魔法少女に対抗できる。でも、一人一本ずつ必要だろうけどね」

「やや、意識はないようですが、要望があるようですね。どうやら、ノッブさんをご所望のご様子ですよ~」

「お、わしか! よし、魔法少女マジカル☆ノッブの爆誕じゃな! わしもっと人気でちゃうのう!」

 

 意識ないのに要望はあるんだ。ノッブが握った途端ノッブの衣装がファンシーな魔法少女じみたものに変わる。軍服をそのまま魔法少女の衣装にした感じだ。

 

「うむ、どうじゃ、マスター、わし可愛いじゃろ?」

「はいはい、いつも通り、いつも通り」

「なんじゃと人斬り!」

「なんですか、文句があるなら私よりフレポ稼いでからいってください」

「ぐぬぬぬ――」

「それにしてもあのステッキ、どうやらニンゲン形態になって真似をしていたようですが、いいですねぇ。私もその機能ほしいです」

「ぜったいロクなことにならないって断言できる!」

「いえいえーちょーっとイリヤさんのまねをしてですね」

「やーめーてー!」

「はいはい、喧嘩しない、行くよー」

 

 さっさと城に行ってこの世界のことを聞かないと。

 

 そう思いオレたちは城へとたどり着いた。普通のお城。お菓子のお城。何の変哲もないされど、感じられるのは確かな存在がここにいるということ。

 意を決して中に入る。メイヴのような魔法少女がいると警戒して、玉座の間へやってくればそこにいたのは一人の少女だった。

 

 ナーサリーライム。幼い少女。ありす。髪を結んだ銀髪の女の子は、無邪気に来訪者たちを歓迎するかのように笑顔を浮かべている。

 その笑顔は、つくりものか、あるいは、いいや、その考えは杞憂だ。彼女の存在は確かだった。キャットのようなそれではない。

 

 彼女はただ。喜んでオレたちを歓迎していた。

 

「ナーサリー・ライム。君が、この主か?」

「わたし……ナーサリー・ライムなの? あなたが言うんだからきっとそうね!」

「え?」

「なん万なん千回目かのはじめましてをお祝いして、お茶会しましょう!? ナーサリー・ライムは魔法の少女。トミーサムの可愛い絵本。魔法少女のおやくめ果たし、にげさるアナタとこわれたワタシ」

 

 ――みんなの望みを叶えましょう?

 

「ドクター?」

「うん、間違いない。彼女はサーヴァントであり、そしてマスターでもあるらしい。あれだけの魔法生物を操っているのなら当然かな。彼女はこの固有結界の所有者じゃない」

「なるほどって――イリヤさん!?」

「あらー、緊張感のかけらも感じられず、お茶会を楽しまれてますねー? さっすがイリヤさん、大物です!」

 

 いや、本当すごい。なんで、この状況でお茶会に興じられるのかちょっとよくわからない。これが小学生の純真さとででもいうのだろうか。

 そう思うと、どれほど薄汚れた大人になってしまったんだろうかと嘆きたくもなる。

 

「ちょっと、君が嘆いていたら僕らの方もだいぶ嘆かないといけないじゃないか」

 

 ともかく話ができるようなら是非もない。イリヤのおかげで穏便にいくかもしれないし、ここはしれっとお茶会に参加しておこう。

 もちろん、解析して安全だとわかったものだけしか口にしないようにしながらお茶会に混じり、イリヤとナーサリー・ライムのやり取りを観察する。

 

「ふぅ~よかったぁ~、まともにお話が出来て。わたし、イリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。ナーサリー・ライムは、魔法少女で……それで、しかもこのお菓子の国の女王様、なの?」

「そうよ、わたし、えらいの。なんでもめいれいできるの」

「じゃ、じゃあ、女王様っ……折り入ってお願いが! わたしと一緒に、この世界に来た友達のこと、お菓子の国にの人たちに尋ねてもらえないかな? なんでもいいの! 知っていることがあったら――」

「いいわ」

 

 イリヤの御願いを、彼女は聞き入れる。ただ――。

 

「わたしと遊んでくれたら、おしえてあげる」

 

 その笑みは、無垢なそれで――。

 

「……えっ……?」

「ぜんぶ、わたしとあそんでくれたら、おしえてあげる」

 

 異様な気配が彼女を包んでいく。いいや、広がっているのか。

 

「な、ナーサリーちゃん、あそぶのは、あとで」

「いーやー。だってわたし、タイクツなの。ケンタイキなの。わたしの遊びあいては、いつもいつも黒ひつじさんだけ。ねえ、わたしの黒ひつじさんしらないかしら」

「黒い……ひつじさん? み、見てないけれど。め、メェェーメェェー、えへへ、なんちゃって」

「録音んんんんん!!!」

「うわっ!? ドクター!? 何叫んでるの!?」

「はっ!? いや~、なんでもないですよー」

 

 いや、さっきイリヤちゃんの物まね録音してたでしょ。って、そうじゃない。異様な雰囲気が広がり続けている。これは何かの前兆。

 

 ――なんの?

 

 オレはこの前兆を知っている。これはたしか――。

 

「うふふっ、ぜんぜんちがうわ? イリヤったら、へたくそね。黒ひつじさんの鳴き声は、こう――ぶぁぁ、ぶぁぁ――」

「うわっ!? リアル指向!? ぶぁぁ、ぶぁぁ?」

「そうよ、じょうずだわ、みんなでやりましょう?」

 

 ――ぶぁぁぶぁぁぐらしゃぼらすはぶゆうえにいぶらっどわのぶだせぶんてぃとぅでもんずぷれじでんとおぶへる

 ――ぶぁぁぶぁぁぐらしゃらぼらすいあるむなるうがなぐるとなろろよらなくしらりぶぁぁぶぁぁぐらしゃぼらす!

 

 それは、詠唱。

 それは、呪文。

 それは、狂気。

 それは、それは、それは――。

 

「おいでおいで! わたしのかわいい黒ひつじさん!」

 

 グラシャボラス――。

 

 それは魔神柱の一柱。36の軍団を指揮する序列25番の大総裁。

 

 

「ひっ……あわ、あわわわわわわわ……! 聞いてないこんなの聞いてない」

「こいつは――!?」

「お菓子のヒトたちったら、とっても飽きっぽいの。みんなすぐに、くだけてつぶれて遊べなくなっちゃう。でも、わたしの黒ひつじさんは、だれよりもやさしいの。ずーっとずーっと、えいえんに遊んでくれるの」

 

 にこやかに晴れやかに魔法少女は狂気の魔獣を従えて、笑っている。

 それが、ただただ恐ろしい。

 

「――さあ、一緒に遊びましょう?」

 

 だが、震えているわけにもいかない。戦わなければ死んでしまうのは明白だ。それほどの殺意、濃密な狂気はいまもなお広がってあらゆる全てを呑み込もうとしている。

 

「マシュ、イリヤのサポートを!」

「――はい! マスター!」

「ノッブはイリヤと協力してナーサリーを!」

「任された」

「清姫とリリィは魔神柱をやるぞ!」

「はい、ますたぁ」

「頑張ります!」

 

 魔法少女は魔法少女でしか倒せない。だが、その使い魔はそうではない。魔神柱とは言えど、今度はそれに使い魔という属性が付与されている。

 いいや、使い魔という枠にはめ込まれていると言っていい。ゆえに、他の魔神柱とは異なり弱い。

 

 魔法少女は魔法少女に任せ、残りは魔神柱を倒す。

 

 戦闘が始まった――。

 




イベント特有の戦闘カットじゃ。
そして、各王国で一本ずつステッキを入手していく方式。

しかし、怖いな、やっぱりアレは……。

そして、オリジナルサーヴァントを活動報告で載せてるので見てやろうという人は見て下せえ。
コメントとかしてもらえると嬉しいです。


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魔法少女紀行 ~プリズマ・コーズ~ 3

 魔神柱との激戦、ナーサリー・ライムとの激戦は何とかこちらの勝利で終わった。魔法少女の力なのかナーサリー・ライムはかなり強く、イリヤとノッブ、マシュの三人で戦っても倒すまでいけなかったのだ。

 魔神柱の方は、清姫の頑張りとリリィの攻撃、マスコットたちの陽動によりなんとかなった。こちらはかなりボロボロになった。

 

「あー、楽しかった!」

 

 だというのに、戦っていた相手はぴんぴんしているのだから恐れ入る。それも楽しかっただけで済むのが驚きというかなんというか。

 

「えー? なあに、人さがし? そんなかんたんなこと、さいしょに言ってね?」

 

 いや、言わせてくれなかったんじゃないですか。

 

「言ったよー!! 髪は黒で、ちょっとだけわたしより背が高くて――それで、わたしと同じ魔法少女で……!」

「お待ちください! 美遊さんの外見でしたらば――! イリヤさんの秘蔵コレクションから厳選された写真・動画の数々を上映いたします!」

「え、二人ってそんな関係?」

「待って、そんなの知らない! なんだかイヤなよかんがするからやめてー!? お兄さんもそんなんじゃないからー!?」

 

 まあ、趣味は人それぞれ、だよね。

 

「わかってるわかってるって頷かないでー!?」

 

 そんなやりとりをしていてもナーサリー・ライムは気にした様子なく話を進める。

 

「魔法少女……? あなたのおともだち、魔法少女なの? ………………そう。だったら、わたし、しらない。もう、あきらめたほうが、いいとおもうわ? ざんねん」

「それ、どういう意味?」

「……このせかいはね? 魔法少女たちのあつまるゆかいでようきなパーティーホールなの。あそびつかれちゃったひとから、ひとり、ひとり、じゅんばんにきえていくの」

 

 消える……それはつまり消滅か? そういう決まり? 誰がそんなものを定めたのか。それはおそらくこの固有結界の所有者だろうが――。

 そうだとしても腑に落ちない。何かがおかしい。まだ、何かしらない事実がありそうだ。なによりもこの話は少しばかり根が深そうだと感じた。

 

「んー」

「あの、先輩、その、あまり頭の上で動かれると、その……」

「んー」

「先輩? せんぱーい」

 

 頑張った魔法少女は自分の遊び場を作る。それがおそらく国なのだろう。お菓子の国、大海原と竜の国、死せる書架の国、雪華とハチミツの国。

 少なくともナーサリー・ライムを含めて四人の魔法少女がここにはいるということになる。

 

「そうだわ。これを、あげる。わたしと黒ひつじさんといっしょに遊んでくれたお礼。たのしかった」

 

 そうやって差し出されたのは宝石だった。

 

「ほ、宝石!? こんなにきれいで、大きな、だ、だだだ、ダイヤモンド!?」

「重要アイテムゲットですー! ルビーちゃん的にもなんだか親近感!」

「うわー、綺麗ですね、ベディヴィエールさん!」

「はい、大層良いものなのでしょうね」

 

 はしゃぐ純粋な者たち。

 

「アレ、うったらいくらになるかのう」

「売ったら、アレを買いましょう、アレ!」

「わかっておるわ人斬り。本能寺じゃろ」

「違いますよ!?」

 

 ゲスいものども。

 

「ますたぁこれからどうしましょう。宝石? わたくしますたぁにしか興味ありませんもの」

「オレっちはゴールデンの方がいいしな」

「重要アイテムですし、しっかりと保存しましょう」

 

 興味のない清姫と真面目なマシュ。見事にパーティーが分かれている。

 

「う、受け取れないよ! こんな高価そうな……!」

 

 イリヤに至っては涙目だよ。あんな高いもの見慣れていないという庶民らしさが出ている。いいね、庶民らしさ、本当落ち着く。

 なにせ、周りが英雄ばかりで、規格外ばかりだから、こう、常識人というか、普通の人の反応をみると落ち着く。

 

 ――あれ、この思考って、もうオレがまるで、普通の人じゃないみたいじゃないか?

 ――いや、そもそも人理修復の旅をしているマスターが、普通の人じゃないか……

 

 とっくの昔に普通の人は卒業しちゃっていたということ。一般人がいつの間にか世界を救うマスター。本当、今思えばどうかしてる。

 

「よし、ならばわしが受け取ろう!」

「ノッブは黙っててください!」

「いいの――わたし、魔法少女なのよ? だからね、わたしの大切なきらきら星――その星の宝石が、あなたのお友達をさがすたすけになるかもしれないわ」

「うぅ……どうしよう……」

 

 困ったようにこちらに助けを求めてくる。高価なものは受け取れない。けれど、それが美遊を探すたすけになるかもと聞いて揺らいでいるのだろう。

 

「あとで返しに来ればいいさ、何より真心は受け取らないとね」

「わたしもマスターに同意します。美遊さんを捜索する手がかりになるのでしたら、ここは甘んじてお借りするべきかと」

「う、うん。じゃあ、ここはそうします。きっと返すからね? ナーサリーちゃん?」

「…………」

 

 その言葉にナーサリー・ライムは答えなかった。その笑みは、まるで別れのようで。いいや、きっと別れのものなのだろうと思った。

 宝石、魔法少女が所持していたもの。それは彼女の印象からはかけ離れた高価な宝石だ。それを大事に持っているというイメージをオレはナーサリー・ライムに抱けなかった。

 

 ――きっと、この宝石は何かの核なのだろう。

 

 今までの経験からそう判断する。だが、それをイリヤには告げなかった。正解かどうかもわからない推測だ。それに、どのみち借り受けなければいけないものでもある。

 イリヤにこの事実かどうかもわからない話を告げた場合、おそらく彼女は返しに行こうとするだろう。それでは道を閉ざしてしまう。

 

「……だからって、ナーサリー・ライムが消えるのを良しとするのは……」

「先輩?」

「なんでもない」

 

 どうか、この予測が外れてほしいと思う。

 

「やりましたね、イリヤさん! この調子でどんどん宝石を集めましょう!」

「ちょっとルビー……目的見失ってない? まだ宝石(これ)がどう役に立つかもわかってないんだからね? ――あっ!? 宝石が!」

 

 その時、宝石がまばゆい光を放つ。それはある一定の方向を指し示しているようだった。その方向は、群島の密集する海洋部。おそらくは大海原と竜の国。ナーサリー・ライムが言っていた国の一つ。

 次の目的地。おそらくそこに次の宝石があるのだろう。あるいは、何か別の情報があるのかもしれない。女王メイヴがいるのは雪華とハチミツの国だが、宝石はそちらを指示していない。

 

「なら、そっちに行こう」

「女王メイヴのいる雪華とハチミツの国は目指さないと?」

「ここのものが指し示している以上これに従った方が良いと思う。郷に入っては郷に従えというしね」

「なるほど、そういうものかもしれません」

 

 魔法の国に来た以上は、魔法に従え。

 

「わしは異論なしじゃ」

「私もです。どのみちノッブからは離れられませんからね」

「わたくしはどこまでもますたぁについていきます」

「おう、大将の行くところどこまでも、だ!」

「私も微力ながらついていかせていただきます」

「ええ、マスターのいう事ならば信用できますし」

 

 というわけで大海原と竜の国を目指すことになった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 暗い。冷たい。ここはなんて寒々しいのか。

 

「……ハァ……ハァ……」

 

 広間に荒い息が響く。それは捕らえられた彼女の声。美遊・エーデルフェルトのあげる苦悶の声。

 ここにはそれだけがある。

 いや。いいや、違う。ここにはもう一つだけ声がある。

 

「――美遊」

 

 彼女のを名を呼ぶ声。

 それは、少女の声。どこかで聞いた、誰かの、声。

 

「ねえ、返事をして美遊――美遊・エーデルフェルト。まだ、私のものになる気はない?」

 

 問いかける声。

 誘惑する声。

 広間に影だけが浮かび上がり、その影は、美遊へと触れる。

 

「……っ……触らないで……この拘束を、解いて……」

「その服喪面紗(ヴォワラ・ドゥイユ)から流れ込んでくる、あなたの魔力は素晴らしいわ。いいえ、魔力だけじゃない。あなたの存在そのものが、最優の器として機能している」

 

 誰かは語る。

 影絵(シルエット)の誰か。

 

 影絵の誰かは、語るのだ。美遊に。

 

 あともう少しで、外の世界へ届きかけたことを。

 あとほんの一歩で、夢を果たすことができるということを。

 

 語る。語って、聞かせる。

 

 けれど、けれど――。

 

「顔も見せないような相手と、交渉なんて……!」

 

 美遊は従わない。

 

「ふふ」

 

 影絵は笑う。

 影絵の少女。レディと呼ばれる、誰かは、笑う。その抵抗が、微笑ましく、ただ笑う。

 それは嘲笑でもある。哄笑でもある。あるいは、そのどちらもであり、そのどちらでもない。

 

 ただの笑み。彼女は笑う。

 

 魔法少女である少女に向かって、ただ笑う。なぜならば――魔法少女である限り、誰もレディには、そう誰も、誰一人として、レディには逆らうことなどできないのだから。

 

「……やめ……む、ぐ……」

 

 そっと、その唇を奪って――。

 

「……っ……唇、噛まれちゃった……ホント、おとなしそうに見えて、気が強いんだから。嫌いじゃないけど。そういうの」

 

 レディと呼ばれる誰かの言葉。それは、どこかで聞いた、誰かの言葉で。

 

「……っ…………? レディ、あなたは……もしかして……?」

「ふふ……」

 

 けれど、その言葉はすぐに消えて、そこにはただ影絵のレディが立っている。

 

「その拘束は、生きている。魔術回路(しんけい)から侵食を続ける術式が、あなたの潜在意識にまで到達するのが先か」

 

 あるいは、大切な、愛しのイリヤスフィールがやってくるのが先か。

 

「――どちらかしら」

 

 どちらでも構わない。いずれでも、何があっても、目的を果たすことができるのだから。

 棄てられた少女たちの夢を、再び――。

 そう、そのために――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 青い空、青い海。大海原は煌いて、イルカたちが楽し気に泳ぎ回っている。大海原を行く帆船。その甲板の上ではしゃぐ少女の姿がある。

 イリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。変身を解いて、時折飛び上がるイルカを見てはしゃぎまわっていた。

 

「わあー、海だー! イルカさんも泳いでるー! ここが誰かの心象世界だなんて、まだ信じれられないなあ」

「はい。本当に。聖杯現象に匹敵する規模です」

 

 もしかしたら、聖杯があるのかもしれない。固有結界にしてはどうにも明らかに規格外にも程がある。ドクターに調べてもらっているが、その手の反応はないのか、あるいは隠されているのか。どちらにせよ何かしらの全うじゃない手段があるはずなのだ。

 まあ、ともかく、ノッブの交渉により何とか船を手に入れて大海原と竜の国に入った。

 

「しかし、あのルビーが操船までできるとは」

「はい。私たちだけで航海はとても無理でしたから。ベディヴィエールさんも操船まではさすがに」

「旅慣れてはいますが、さすがに船には乗りませんでしたから」

 

 などとマシュやリリィからのルビーの評価は割かし高めなのだが。

 

「ルビーがちゃんと役に立っているなんて、意外」

 

 所有者からの評価はこんなもの。いつもどんな態度でどんなことをしているのかうかがい知れるというものである。

 

「いやー、それほどでもー。ってー、ルビーちゃんはいつでもお役立ちですよー! わたしの秘密機能は24式までありますぞ? 比較的万能です」

「万能と聞いちゃ黙っていられないのが私さ!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんは出てこないで、話がややこしくなるから。

 

「じゃあ、気持ちのいい航海ついでに食事にしよう」

「いいアイデアですね! お食事、楽しみです」

「先ほどまで船室に入っていらしたのは昼食の準備のためでしたか。言ってくださればよかったのに」

「マシュさんのいう通り。ますたぁは小さくなっていますから、そういうことはわたくしたちが」

「いいのいいの、小さくなったけどあまり変わってないし、なんか頑張ればものも持たずに動かせて、便利だったよ。というわけでイリヤー、ごはんだよー」

「やったあ! 実はお腹ぺこぺこで!」

「麻婆豆腐です」

「あ、(あふ)っ!」

 

 無論、できたてである。美味しくできたと自負しているのだが――。

 

「すごい、この麻婆豆腐! 食べられる! 警戒色じゃないし、ピリっとしてほんのり甘口!」

 

 なんだろう、すごい褒められているのに、この素直に喜べない感じはなんなのだろう。すごく普通に作ったはずなんだけど、それだけでかなり喜ばれているというか安心されているというか。

 

「ああ~、この世にこんな安全な麻婆豆腐があるなんて!」

 

 いったい、彼女は今までどんな麻婆豆腐を食べて来たのだろう。もしかして、アレか? このカルデアに来る前に食べた、ラーメンなのか麻婆豆腐なのかわからない、あの激辛のアレ。

 平行世界にもあるんだ……。しかし、料理の評価じゃないな、これ……。ただ、まあ、泣くほど喜んでくれているみたいだし、いいんだろう……だぶん……。

 

「うむ、ごはんにかけるとまたうまいのう」

「あー、ズルいです、自分だけお米を!」

「わし準備だけは良いからの!」

「私にもくださいよー」

「人斬りの分などないわ!」

 

 わーわー、ぎゃーぎゃー、 騒ぎながら、泣きながらのおかしな昼食会。なんというか、麻婆豆腐だけでこれだけ騒げるのがすごいな本当。

 

「おいひいよお」

 

 なにはともあれ、女の子の幸せそうな顔は見ていて実に素晴らしいものである。

 

「やあ、食事中かい? 食べながらでいいから少し確認したいことがあるんだ」

「なんでしょうドクター」

「イリヤちゃんに確認なんだけど、キミたち魔法少女は、鏡面界へ移動しようとした際にトラブルが起きた、という話だったけれど元の現実世界へと帰還する手段は? もう目処はついているのかい?」

「…………ぜ…………ぜんっ、ぜんっ、考えてなかった……!!」

 

 そんなことだろうとは思っていたけれど、本当に考えてなかったのか。ある意味すごい気がする。

 

「ルビー?」

「そうですねー・イリヤさんや、美遊さんにしても、そこまで高度な術は使えませんねー、もっと厳密に言いますとー、術だけは何とか行使しても戻り先を精密に選択する技術と知識がありませーん」

 

 それじゃどのみち帰還は現状では無理ということか。ルビーもあくまでステッキだからその辺はイリヤ本人次第になる。

 元の世界にはイリヤの家族や友達がいるのだろう。なにか別のことを思い出したのか顔が真っ青になる。

 

「クロのこと忘れてたー!」

「クロ?」

「ああー。タイヘンですねぇー」

 

 ニヤニヤと笑ってそうなルビー。

 

「違うからねー!? アレ、アレだよー!」

「え~、なんですか~? ちゃんと言葉で、そのお口で説明していただけまんせんか~?」

 

 こいつわかってるな。

 

「あんまりいじめてやるなよルビー。とりあえず、クロは、お友達?」

「いえ、あの、双子の妹みたいな女の子で……ちょっと特別な事情があって」

「わかった。複雑みたいだから聞かないけど、早く戻らないと大変なことになるんだね」

「そうなんです……」

 

 いろんな意味で、というのは聞かなかったことにしよう。

 

「最悪ドクターがなんとかしてくれるさ」

「そこで僕に振られてもね。まあ、最悪なんとかしてみるけど、本当の最終手段にしてもらいたいね。結構危ないことなんだ――って、何かがそっちに高速で接近しているぞ! これは――サーヴァント? いや、魔法少女だ!」

「くく……くくク……!」

 

 ワイバーンの背から飛び降り来る影。

 

「何事ー!?」

「吾の領域に入るとはな。だが、良い、待ちかねた敵ダ。無聊のあまり腰掛は捻れ、虎皮の(たふさぎ)は擦り切れるところヨ」

 

 それは鬼。それは茨木童子。

 鬼気を放ち、それは鋭利な笑みをこちらに向けていた。

 

「な、なんて、ボスっぽいオーラ! 何者なの!?」

 

 あー、なんていい反応をするんだろうこの子は。

 ほら、茨木ちゃんがあまりのうれしさにむふっとか言ってるし。

 

「くはッ! しからば聞き置けィ! 鬼と倒れる宿運(さだめ)のもとに鬼と行きたる身上なれバ――その畢命は血塗れずには渡れぬ逆棘の道ヨ!

 三流術者の鬼道陰陽なにするものゾ。飲み干し喰ろうて、この右腕の種火とせン。酔狂と野茨ぞ咲きおおらせ、紅蓮の狂花で、京の都を染めつくそうゾ!

 魔法の童女I☆BA☆RA☆KI推参! くははははははははははハハッ!」

「I☆BA☆RA☆KI……なんて迫力なの、高架下の落書きみたい」

 

 それはすごい迫力と言っていいのだろうか。

 

「もしかして、もうラスボス戦? どうしようお兄さん、心の準備が!?」

「大丈夫大丈夫、たぶんあれはっちゃけてるだけだから」

 

 なんだか涙目だし。あれ、確実に正気じゃないよね。痛々しい見得切りだったし。きっと酒呑にでも言えと言われたんだろうなぁ。

 ともかく、あのキャットと同じだ。ならば倒すのみ。

 

「ノッブ、イリヤ」

「任せい」

「は、はい」

 

 というわけで、茨木戦へ――。

 

 




オリジナルサーヴァント第二弾をあげているので、コメントしてくださるとうれしいです。
友人が作ったサーヴァントも許可を得て載せてます。

さて、魔神柱戦じゃがカットじゃ。そこまでもう労力がないのじゃ。
イベントはもう戦闘カットの方針でサクサク行くぞ。
12月までもう時間がないんじゃ。その上エクステラが来るからね。もう時間がないんじゃ。

というわけでサクサクいきます。


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魔法少女紀行 ~プリズマ・コーズ~ 4

 茨木を倒すとやはりステッキになった。

 

「どうやら、今度は清姫さんと相性が良いようですねー」

「まあ、わたくしですか。ではでは」

 

 これでまた戦力が増えた。この調子でいくに限るが――。

 

「ワイバーンの群れに加えて、目の前に、なんだか船が見えるな」

 

 茨木を下し船を進めていると飛竜の群れが襲って来た。まるで何かを守るようにこちらを攻撃してくるワイバーンの群れを突破していると一隻の船が目の前に現れた。

 その船の上には魔法少女らしき人影が見える。何やら言い争っているのか、時折雷のようなものが落ちて、使い魔らしき金髪の誰かが燃え盛っているのが見えていた。

 

「ああ、ますたぁが、わたくしの頭の上にぃ~きゅぅ~」

 

 どこかで見たような二人組に見える。あのオケアノスで、出会った二人組。アルゴー船にてあの海を駆けていた2人のようであった。

 メディア・リリィとイアソン。若き神代の魔術師と英雄を束ねし者。どうやら彼女らがこの国の支配者であるのは明白だった。

 

 ワイバーンの守りは彼女らを守るように展開しているし、何より竜牙兵を満載に積んでいるらしい船が突っ込んでくる。

 しかも、なんというかあの衝角(ラム)からは嫌な予感しかしないというか、禍々しい気配を直感する。偶然の遭遇なのになんという歓待だろうか。

 

 ――泣けてくる。

 

 だが、そうも言っていられない。あのままこちらに突っ込ませるのは明らかにまずい。あのガレー船の吶喊を成功させるわけにはいかない。

 

「というわけで、清姫、よろしく」

「はい! わたくし清姫ちゃんは、もうそれはもう! ますたぁの期待にまるっとお応えします!!」

 

 龍へと転身し吶喊してくるガレー船を燃やし尽くす。魔法少女となった彼女ならば、この程度は余裕でこなす。

 

「ちょ!? なんてことを!!」

 

 そして、燃やしたら燃やしたで何やら敵が乗り込んできた。メディア・リリィとデフォルメされたイアソン。

 

「あんなもの幾らでも作れるだろう。今は、敵に集中しろ」

「ぅう、わかりました――はじめまして、見知らぬ異世界の方々。私はメディア――愛と癒しの魔法少女メディカル☆メディアと申します。どうか、よしなに」

「…………!! ルビー、もしかしてあのひと」

 

 何やらイリヤはメディア・リリィに対して何か気が付いたようだ。

 

「おおー。ちょーっと違いますけど、清楚いやらしいあのスリットはまさにキャスターさん!」

「うんうん、そうそう!」

 

 ルビー曰く、イリヤにとっての最初の強敵であった存在らしい。おそらくはリリィが抜けたバージョンなのだと思われる。

 セイバー・リリィと同じようだ。

 

「あの時はごめんなさいっ! わたしイリヤです! イリヤスフィール!」

 

 いや、ここで謝っても意味がないような……。

 

「イリヤさんは、彼女と面識が?」

「はい、一方的な面識なんですけど……でもあのイケメンさんっぽい人形はダレだろ……?」

「……? 私たち、知り合いでしたの? そんな――そうとは知らず、手荒な真似をしてしまいました。ごめんなさい、桃色の方」

 

 なんだろうこのふわっとした展開。いいのだろうか。そんなんで。寧ろ、よくその理論が通じたなというか、謝ったというか。

 ともかく昔のことは全部忘れるということで杖を収めてくれる。ワイバーンたちも引いて、ひとまずは安全となったようだった。

 

「助かりましたね、先輩。あとは魔法少女らしく話し合いで解決できる流れとみました!」

 

 マトモな話し合いができるといいなぁ……。

 

「話し合いですか? それは大変すばらしいことです。ただ話し合うだけで相手の命を奪えるのなら、それに越したことはないのですから。そうやってアナタたちは宝石を手に入れたのでしょう? 魔法少女(もちぬし)の血に濡れた宝石を――」

「え?」

「――!」

 

 いったい、どの国の魔法少女を殺したのかしら?

 

 続いた彼女の言葉に、イリヤが、マシュが、清姫が、リリィが呆ける。今、彼女は何を言ったのかとわけがわからないというように。

 

「やっぱりのう」

「ノッブ、わかってないのに意味深なこという癖直した方がいいですよ?」

「なんじゃと人斬り!? わかってないはずがないわ!」

「ち、違うよ!? わたしたちは殺し合いなんてしていない。この宝石はナーサリーちゃんから譲ってもらったの」

「――そう。よくわかりました。貴方方はナーサリー・ライムの国から来たのですね。そして、今度は私の宝石を獲りに来た。ふふ――なんてお転婆な方でしょう。それが本当はどういうことかも知らないというのに」

 

 メディア・リリィは微笑みを絶やさない。笑っている。嗤っている。わらっている。

 オレたちの武勇伝を称えたいと城にすら招く。

 道すがら武勇伝などを話して、彼女たちの城へと招き入れられる。あまりにもあっけなく。

 

「これ、絶対罠だよ。何かあるよ」

「じゃろうなぁ。敵を自分の城に招くんじゃぞ。あからさま過ぎるわ。それに灰くさい」

「灰?」

「そこはルビーちゃんが説明しまっしょう! 壁のいたるところから、ブタになれ石灰でもまき散らしてるっぽいんですよね」

 

 明らかにヤバイ罠だった。さすがは神代の魔術師といったところか。魔術の規模がこちらの数倍上だ。

 

「うそでしょぉ!?」

「本当ですよー」

「あらあら、気が付いてしまいましたか。ええ、本当ですよ。もうすぐ皆さんは子ブタに早変わり――なんです、イアソン様? はあ、話してみろと?」

 

 おや、何かしらの変わり身があったようだ。

 

「イアソン様は、今日はとても紳士的です。騙し討ち計画はやめて、話してみろとおっしゃっていますので」

「展開が急すぎる!? まあ、でももともとそのつもりだったから、いくらでもお話しできるけど――」

「では、私が貴方方に持ち掛けるのは取引です。まず、私は平穏に暮らしたいだけです。あなたがたに干渉するつもりはありません。この国の中でなければあのようなこともしないでしょう」

 

 干渉しないから、そちらも干渉するなということ。どれほど彼女を信じることができるかはわからないが、こちらも積極的に争うことはないので、問題はない。

 だが、宝石はどうするのか。宝石。トモイの石。彼女はそれを渡す気がない。いいや、おそらくは、渡せないのではないかと思うのだ。

 

 彼女は言う。このトモイの石が海原の国を支え、彼女自身に力を授けていると。つまるところ核なのだろうと思われる。

 魔法少女だけの力では国を作ることはできない。宝石があって初めて魔法少女は国を統べる女王となるのだということ。宝石がなくなれば国を維持できないのではないかと思われた。

 

 彼女はさらに語る。この世界のあらましを。かつていた魔法少女について。宝石をめぐり、争い奪い合いをした。その果てで、数多くの魔法少女たちを倒して、手に入れたのだと彼女は言った。

 そして、それを奪われるということは、死に等しいことであると。

 

 ゆえに、互いに干渉しない。宝石をあげることはできないから、奪うことはしない。ほしいものはそれで代用すればいいと彼女は言う。

 友だちがほしいのならば、友だちの国を作ればいいのだと彼女は言うのだ。それは、彼女の価値観からすれば正しいのだろう。

 

 だが――。

 

「――そんなの、違います」

 

 イリヤは認めない。

 彼女は友だちがほしいのではなく、友達といたいのだから。

 

「一緒に学校に行って、一緒に笑って、時にはケンカして離れ離れになって、でもすぐに会いたくて仕方がなくなる。そんな、自分と同じくらい大切な誰かと、わたしは出会うことができたんです。だから――」

 

 今は、それ以外のものなんて要りません。

 

 そうイリヤは言った。

 メディア・リリィと比べて貪欲で、わがままな目的だと彼女は言うけれど、そんなことはない。

 なぜなら、彼女の願いはきっと誰もが願うことであるから。イリヤだけが特別、貪欲ということはなく、我がままというわけではない。

 

 だって、オレもまた、そうなのだから。

 オレ自身と同じくらい大切な人にオレもまた、出会うことができた。だから、オレも同じなのだ。

 

「だから、ごめんなさい。そして、お願いします! わたしは、わたしの友達を助けるために来ました!」

 

 彼女は言い切った。自らの願いを。宝石が目的ではない。宝石の意味も解らない。

 

「――」

 

 メディア・リリィは何を思ったのだろうか。

 

「……残酷なようですが、イリヤさん。あなたはもうこの世界から逃れることはできません。友達を助けるどころか、あなたにも出口はない。あなたが魔法少女である限り」

 

 いや。いいや、違う。それすら甘いのだと彼女は言った。もはや逃れる意思すら持つことはできないのだ。そういう絶望の場所であると彼女は言った。

 

 そして、こう言ったのだ、友だちの為にしか奇蹟を起こせなかったのだ、と。

 予言する。彼女は言う。最後にその宝石に頼るだろうと。

 

「――最後に、この宝石に、頼る?」

「その美遊さんという方のことはあきらめて。お人形(おともだち)の造り方ならば、喜んで教えましょう?」

 

 それが手向けなのだと彼女は続ける。

 宝石を譲り、消えてしまったナーサリーライムへの手向けであると。

 

「――え? まって、それはどういう――」

 

 消えた? ナーサリー・ライムが? 信じられないといった風なイリヤ。

 

「宝石は、私たちの願いの寄る辺であり、私たちをまだ生かしておく最後の明かり……それを手放したナーサリー・ライムは、存在が拡散し、速やかに消滅するでしょう。ですが、あなたがたが悔やむことはありません。それが彼女自身の選択なのですから」

 

 それに、あのメイヴが黙っていないだろう。消滅する前に滅ぼされるか、消滅したあとに滅ぼされるか。どちらになるかはわからないが放っておくわけがない。

 

「……っ……そんな……ごめんなさい……わたし、知らなくて……ごめんなさい……ナーサリーちゃんっ……でも……わたし! どうしても……ミユを助けなきゃいけないの!」

 

 強情だった。そのイリヤの強情さにメディア・リリィは呆れたようだった。自らに溜まったものを吐き出しながら、イアソンを起こす。

 さあ、今こそ告げろと文句を言ってやれと言わんばかりに本性をさらけ出して。

 

 だが――。

 

「はっはー! 確かにこれはメディアが苦手なタイプだ。先が見えなくても走る。あてがなくても頑張る。自分がボロボロになっても何とかする!そのクセ、ご褒美に何がほしいかすら考えない! まるでおまえだメディア、神殿にいた頃のおまえだメディア、オレについてくる前のおまえさメディア! そりゃあ本性もさらけ出す! おまえの怒りは憎しみじゃあない。嘆きからくる義憤の炎だ」

 

 イアソンはそれはもうここまでしゃべってこなかった分をしゃべるとでも言わんばかりにしゃべり倒す。

 

「まさか、今更、わたしももう少し頑張っていればよかったのに、なんて憐憫にひたったわけでもあるまいに!」

「い、いえ――そんなこと! 私はこの国の女王! どうやっても国王になれなかったアナタのために国を作って落ち着いた女神ヘカテの姫巫女ですもの!」

「ああ、そうさ、それがいい、それでいい。自分すら殺せなかったおまえにはそれでいい。となれば、あとは自らの業に従う時だ!」

 

 やるか、すごくやるか、ものすごくやるか。

 実行あるのみ。

 

「そうだ。まずは――竜牙兵軍団(スパルトイ・ファミリー)の、ぼうけんセイレーン島ジオラマがまだ中途半端もいいところじゃないか!?」

 

 いや、何を言ってんだオマエは!?

 

「はい、イアソンさま!」

 

 それでいいの!?

 

「いいのさ――アイツに火をつけるにはこれが一番だからな」

 

 そう言ったイアソンの声は何よりも冷たく、何よりも軽薄に、何よりも――強さがあった。

 

「不可侵条約なんぞもうなんの役にも立たん! メイヴが来る前に宝石が転がり込むとはまさに僥倖。これは戦う意志がないあいつにやってきた最後の選択だ。

 回復しか取り柄がない? 馬鹿を言うなよ愚民ども。私は高く評価するとも! そうだろう、可愛いメディア。戦闘において死なないことがどれだけ暴力的か、また私に見せてくれ!」

「はい! ありがとうございます。やります! メディアはやりますよ!」

 

 戦うしかない。

 

「行くぞ――」

 

 だが、問題などありはしない。かつての彼女の戦いをオレは視ている。その経験を想起する――。その経験を現在を見て補完する――。

 そうすれば――。

 

「問題ない――」

「問題ないって、またこんな展開になっちゃってるんだよー!? 魔法少女って話し合いで仲良くなるんじゃないのー!?」

 

 昨今の魔法少女たちは話し合いで仲良くなった事例ってほとんどないような……。

 

「あっはっは。それはご自分の胸に手を当ててよくお考えくださいねー☆」

 

 どうやら、彼女もその例にはもれてないみたいだし。

 

「やりたくないのならおさがり下さい。わたくしがおりますゆえ」

「清姫さん……いえ、やるだけやってみます!」

 

 メディア・リリィとの闘いを開始する――。

 




エクステラメインをクリアしたので更新再開です。

いやー、アルテラが尊かったです。サブをやりながらツチノコアルトリアを捕まえに行きます。

明日は復刻クリスマスですねぇ。ガチャも引くことはないですし、呼符で一回くらい引いて終わりです。
七章に向けて配布鯖たちを育成しなければ。

活動報告の方にオリジナルサーヴァント第三弾があるので良ければコメントしてくださるとうれしいです。


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魔法少女紀行 ~プリズマ・コーズ~ 5

 激戦の末、メディア・リリィを倒した。回復ばかりと侮るなかれ、相手は神代の魔術師だ。それだけでも十分脅威だった。

 

「きゃ――――!」

「くう、やはり回復だけじゃダメだったか! まあ、わかっていたことだがな! ハハハ! ところで、そこの魅力的な魔法少女たち! 私のアルゴー船に乗ってみる気はないかい?」

「危ないイアソン様!」

 

 イアソンが燃やされた! 気遣うようなセリフを吐きつつ的確に頭を狙っていた!

 

「こうなれば禁断の力を――」

「それはやめた方が良いと思う」

 

 禁断の力。それはリリィではなくなるということ。それだけはやめておいた方が良いと思うのだ。メディアからリリィが抜けるということは、もう少し大人になるという事である。

 おそらくは、もう少し、いろいろと裏切られた頃とかになるはずだと思われるので、魔法少女ではなくなることは確実だ。魔法熟女とか笑えません。

 

 魔法少女は二十歳を越えたら多分駄目だと思うの個人的に。少女と呼べる年齢って二十歳よりも下だと思うんだ、個人的に。

 ドクターにいったらおそらく戦争だから言わないけれど。

 

「そうだ。そっちの使い魔(マスター)のいう通りだ。間違いなくダメージを受けるのはおまえ自身だ! 悪いコトは言わない、それならオレが形容しがたい柱っぽいものになったほうが百倍マシ、ドゥフ」

 

 最後まで言い終わる前に衝撃を受けてイアソンが吹っ飛ばされた。ダメージは受けない、素敵なオトナの女性に成長していると語るメディア・リリィ。

 だが、そうはならない。伝承は、残酷だ――。

 

 ただ、積極的に止めることもあるまい。なぜならば、相手はきっと自滅するから。観察した結果が、心眼が、直感が、自滅すると告げている。

 

「いえ、止めましょう先輩! これ以上悲しみを増やしては事態が収まりません!」

「自滅すれば、消えるからそれで宝石を獲れば一番早いよネ!」

「信長さん!」

「マシュマロサーヴァントはうるさいのう」

「――もういい加減にして―!」

 

 その時、イリヤの怒声が響き渡った。もう戦うことはここまで、これ以上無駄なことをしても意味がない。それに国を壊しに来たわけではない。ミユを助けに来たのだと彼女は大声で叫ぶ。

 

「で、ですが……魔法少女は戦うものですし……モデラー魂に火が入りましたし……」

 

 モデラー魂に火が入ったってどういうこっちゃ

 

「イリヤさんをかたどりして大量生産、新商品として我が国の秋の商戦の目玉にする計画が……」

 

 思いっきり私欲で戦ってるじゃないか……。国を壊したくないからというのもあるけど、おそらくそっちの方が強いよ、サイコだよ。

 

「出会って数分でそこまで綿密な計画を立てないでください! サイコですかメディアさんは!」

 

 言ってしまった。さすが思ったことはズバッというね。

 

「それは先輩もだと思います」

「そうですね。マスターさん、結構厳しいこと言います」

「呵々。お主結構突拍子もないことも言うわ、エゲつないことも言うわじゃしな。似た者同士じゃろ」

「怯えながらも、言うことは言う。そこがマスターの美点なのだと私も最近理解してきました」

「おう、大将は正直者だからな、ゴールデンだぜ」

「なんでしょう、この私の疎外感。やっぱり、私も召喚された――コフッ」

 

 そんな風に思われてたんですか、オレって。まあ、でも、言わなければいけないと思ったら勝手に口から出ているのだ。その後で後悔するまでがオレだ。

 それでいい。それがいいんだと思う。何より、獅子王は言ってくれた、オレの思うようにすればいいと。エドモンは言った、どのようなオレでも肯定してくれると。

 

 ならば、それでいい。何を言っても、後悔しても、それでも信じてくれる人がいるんだから。

 

「でも、そうだね。言わないと。オレたちはまだこの世界については何も知らない。宝石だって、本当はどんなものかも知らない。でも、もう戦う必要はない。うちの魔法少女が、そう言ってる」

「うん! だって同じ魔法少女だもの、もう戦いたくない。それに、メディアさんが何のために国を作ったのか知らないけど、何か大切なものがあって、そのために戦ってきたってわかるもの!」

 

 そうきっと彼女だって何か大切な者の為に戦ってきたはずなのだと、そうイリヤが言って――。

 

「………………」

 

 すごくメディア・リリィの反応が怪しい。

 

「はは。持ち上げているところわるいが、こいつは大切なもののためになんて戦っていないぞ。なんとなくで戦い続けてきたのがメディアだからな」

「イアソンさま!?」

 

 ぶっちゃけるイアソン。メディア・リリィの静止すら彼は聞きはしない。

 

 彼女が国を作ったの。それは彼への負い目から。

 宝石を守り続けた。それは魔法少女が怖かったから。

 静かに暮らしたいだけ。それはそうしていれば醜い魔女にならないから。

 

 何もかもがふわふわと浮いている。真面目になるのは曰く、モデラーの時だけ。

 

「それは……そうですけど……籠城しろといったのはイアソンさまで……」

「そりゃそうだ。おまえは自分の国を出たら魔女になる。そういう運命だ。だから籠城だ。おまえは、魔女になればエコーの仲間入りだからな」

 

 ――エコー?

 

 新しい単語だ。エコー。残響? 聞く限りどうにもいい言葉ではないようだが……。

 

「だが、その心配もこれで終わりだ。お嬢さん、こいつがほしいんだろう持っていけ」

 

 そういってイアソンは、イリヤに宝石を投げ渡す。

 

「……!! い、いいんですか……!? だって、これがないと……」

「いいんだよ細かいことは。おまえさんたちに勝てればオレの勝ちだ。しかし、勝てないようならオレの負け。私は分かり切っているとおり、ひねくれものでね。石がほしいというヤツには絶対に譲らない。だが、要らないと言いやがった善人(バカ)には嫌がっても押し付けるのさ」

 

 どのみち、女王メイヴが本気で動き出したのならば、この国など即座に飲み込まれてしまうだろう。ゆえに、その前に、パスしてしまって全部被害をかぶってもらうのだと彼は言う。

 それはひねくれてはいるが、彼なりのイリヤへの気遣いのようにも思えた。

 

「良いのか?」

「良くはない。おまえは、良いのか? 渡せば消えるという石を人にやるんだぞ? だが、慣れている。過去の栄光にひたりながら消えるのは慣れている。何より重要なのは私のメディアが魔女にならないことだ。アレは、うん、良くないからな。夢破れたとしても、幸せな少女のまま、消え去ればいい」

 

 自分は、故郷に帰る前に見知らぬ国に立ち寄って生涯を終えたものと考えるとすっぱりと彼はいった。

 

「……わかりました。イアソンさまがそう仰るのなら、宝石は譲ります。その代わり、私は何も教えません。……語れば悲しいことを思い出してしまうから」

「メディアさん……あなたもここで消えてしまうんですか?」

「はい。でも私には希望はなくても、未練がありますからすぐには消えません。えーと、作りかけの模型があと二十八万七千個ありますから――」

 

 あ、これ消える気ない奴だ。

 

「一日三個の計算でも二百五十年はかかりますね! ファイト、メディア!」

 

 絶対に消える気ないですよね。その未練。

 

「なに、それがこいつだ。それよりもだ――異邦のマスター」

 

 イアソンがこちらに向き直る。いいや、オレにしか聞えないように、オレを引っ張ってくる。そのまなざしは何よりも真剣な者だった。

 

「おまえは私と同じになるなよ英雄を率いる者。私もまた数多くの英雄を率い、旅をした。だが、その果ては過去を懐かしみ、その残骸に潰された。なに、私としては、それなりによくやったつもりだったのだが、愛していたものを捨てた結果がこれだ。

 そんな悲惨な結末、おまえもごめんだろう? くれぐれも手を離さないことだな。いや、余計なお世話か。せいぜい、愛想をつかされないようにすることだな」

「イアソン……」

「なに、先達からの、ただの一言だ。必要ないと思っているからこそ、告げている。私はひねくれものだからな」

「肝に銘じるよ」

 

 そうしてオレたちは大海原と竜の国を出立する。

 

 船が出発すると、オレたちはドクターに連絡をとっていた。イリヤたちはこちらにはいない。船尾の方でルビーと話している。いろいろと思うことがあろうのだろう。彼女は優しいから。

 

「――なるほど。それで宝石を手に入れたんだね?」

「はい。この世界のことは、自分たちで調べなさいということでした」

「なるほど。聞いた限りじゃ、王女メディアはすべてを知ったうえで沈黙を守ったんだね。それはイリヤちゃんへの当てつけなのか、思いやりなのか……なんにせよ怪我がなくてよかったよ」

 

 そうだね、と返答して、次に何かあれば連絡をすることを告げて通信を終了した。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 やってきたのは暗い雰囲気の国だった。何もいない。誰もいない。ここには誰も。石畳を歩く、マシュたちの足音、息遣い以外に音はなく。

 ロンドンの町並みを思わせる通りが続いている。石造りの街。国。死せる書架の国。だが、かつてのロンドンのように活気はない。かつてのロンドンもまた活気があったとは言えないが、それでも未だ、生者の空気があそこにはあった。

 

 だが、此処には何もない。ここには命の輝きは何一つ。ここにあるのは、そう全て、死に絶えたあとの残響――。

 これまでと大きく異なっているのは大きさとひっそりとした静けさ。ここを作った魔法少女は何を想っていたのだろうか。

 

 いいや、何を想っているのだろうか。

 

 ――わからない。

 

 感じられるものはなにもない。何一つ。他の国に入れば出てきた魔法少女の名残すらもありはしない。

 

「うぅ、気味が悪いよぉ」

「ですが、どこか厳かな感じもします。ベディヴィエールさん、何かわかりますか?」

「申し訳ありませんリリィ様、特には何も」

 

 そう何も。何一つここにはないのだと言わんばかりに。

 

「ただ――あちらをご覧ください」

 

 ベディヴィエールが指し示した方には巨大な黒い壁が見える。緩やかに湾曲したドーム状の壁。死せる書架の国に隣接した領域。カルデアの探査すらも通らせない未知の領域だ。

 

「なんだろう……あれ……?」

「さー、なんでしょうねー。それよりもイリヤさん」

「なにルビー?」

「前を見た方が良いかと」

「って、きゃああぁぁ――!! お、お化けー!?」

 

 目の前いっぱいに視界を占有する幽霊(ゴースト)にイリヤは悲鳴を上げた。

 

「下がって――!」

 

 マシュがかばうように前へ。

 

「イリヤさんは、ゴースト系の敵性体を見るのは初めてですか?」

 

 見るからに初めての様子で涙目である。

 

「ひぃっ……マ、マシュさ~ん」

 

 ひしっと彼女の後ろに隠れるイリヤ。

 

「そもそもわしとか、そこなリリィとか、清姫とかも幽霊みたいなもんなんじゃが」

「そうですよー、英霊だって幽霊みたいなものじゃないですかー」

「あんな見た目、初めてなんだもーん!」

 

 しかし、幽霊は襲ってこない。あのゴーストはどこかへ行こうとしているようだった。

 

「どういたしましょうか、ますたぁ? ここで燃やす事も可能ですが」

「相手は一体だし、迂回してやり過ごそう」

 

 襲ってこないのならば何もしない。下手に触って仲間でも呼ばれたら大変だ。

 

「了解です、先輩」

 

 何もしないでいるとゴーストは黒い壁の方へ行ってしまった。ただ徘徊していただけのようだ。

 

「はぁ、こわかった~。でも、ありがとうマシュさん、お化けさんを傷つけないでくれて」

「あのゴースト何か気になるの?」

「なんだか、とても哀しそうな気がして……」

 

 哀しそう……か。

 

 何にせよ、とにかく進むしかない。

 

 石畳を進む。廃墟群の中心部までやってきたが、やはり誰もいない。静寂という名の大音量に耳が痛くなりそうになるほど。

 だが、やはり誰もいない。カルデアの探査にも何も引っかかることはない。

 

「どうしたものかな。宝石の光も消えたし」

「そうだ! わたし、ちょっと空を飛んで上空から周囲の様子を見てきます! 行ってきまーす」

 

 と彼女が転身して空へ上がる瞬間に目を塞がれた。というか抱きしめられた。もにゅんと、こうもにゅんと。

 

「ますたぁは見てはいけません」

 

 どうやら清姫に抱きしめられているらしい。これはこれで、と思うが、心外である。あのような女の子のスカートの中を見て欲情などしない。

 

「ですが、わたくしとあまり歳は変わりませんし」

「…………」

「きゃぁー!」

 

 ――ナイスタイミング!

 

 どう答えたらいいものか言葉に詰まっていたらイリヤの悲鳴。ゴーストたちに絡まれているようだった。

 

「ノッブ!」

「おう任せておけい。一匹たりとも外さんし、あの幼子には当てん」

「マシュは、こっちのガード。壁を抜けてきてるから」

「了解です!」

「清姫とリリィでそこらのやつを倒して」

「お任せください!」

「はい、ますたぁ」

 

 襲ってきたゴーストたちを倒しながらイリヤと合流する。意外なことにゴーストたちは手強い。

 

「しかも、おかわりがふよふよ来てるしぃー!」

「――ずいぶんと騒がしいのね」

 

 すると無人のはずの廃墟の中から一人の少女が出てくる。彼女もオレは知っている。エレナ・ブラヴァツキー。通称ブラヴァツキー夫人。

 アメリカにてともに戦ったサーヴァント。おそらくは魔法少女。彼女がきた瞬間、ゴーストたちは自然と去っていった。

 

「こんな魔力の枯れた荒地を訪れる魔法少女がまだいたなんて……」

「この国の魔法少女さん、ですか!?」

「ええ……その1人よ。あら、なるほど……ごめんなさい。他の子たちが、手荒く出迎えてしまったようね」

 

 ――ほかの子たち?

 

 それはあのゴーストをけしかけた魔法少女がいるということか? いいや、そんな雰囲気ではない。それならば彼女が出てきたと同時に出てきてもおかしくはない。

 それに、彼女の言葉はまるで、あのゴーストたちが魔法少女とでも言わんばかりの言い方のように思えた。

 

「――お怪我は? 治療の術はご入用?」

「いえ、とても強敵でしたが、幸い負傷は軽微です」

「そう、それなら良かった」

「間違っていたら悪いんだけど、もしかして、あのゴーストたちは……」

「あら、賢い使い魔ね。そうよ。ええ、あなたの想像通り」

 

 ――ここは、魔法少女たちの墓場よ。

 

 彼女の言葉が、暗い街に響いた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――胸が……苦しい……

 

 感じたのは苦しみだった。胸が、苦しい。息苦しさとも違う、ただ、胸が、痛む。

 夢を見ている。誰かの、夢。誰かと、誰かの。昔の、夢。

 それは、ひとつの結末(おわり)

 

「ミラー! ミラー……! あなただったなんて……そんなっ……どうして……」

「なに……言ってるの……みんなを幸せにする魔法少女……が……あなたの……夢……でしょう……? だから、あたしは、こうなる運命だった……あなたが泣いたら……だめでしょう?」

「でも、ミラー! あなたがいなかったら……魔法少女なんて……あたしっ……」

 

 それは、ひとりの少女の、死の瞬間であるとわかった。悲しくて、ただ悲しくて。でも、死にかけの誰かはただ満足そうに笑うのだ。

 ひとりにしないでと泣く彼女に向かって。

 

 ――これはそう、彼女の夢、とても哀しい、彼女の夢……。

 

 




よくよく考えたら多くの英雄を従えたという点でイアソンはぐだ男の先達でもあるんだなぁと思った。
失敗したら過去にひたりながらぐだ男も死ぬのかもしれないとか思った。

オリジナルサーヴァント第四弾があるのでよろしければコメントなどしてもらえると嬉しいです。





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魔法少女紀行 ~プリズマ・コーズ~ 6

 墓守人にして、司書たるエレナについて彼女の書斎へ向かう。そこはまさに書庫とでもいえるようなほどであった。古めかしい本が壁一面にある。

 ただ、それだけではないような、そんな気配や雰囲気。観察眼が何かを捉えたが、情報が足りない。

 

「はぁーすごぉい、古めかしい本が壁一面に……あ、ライオンのお人形さんだ」

 

 どこかで見たような人形ですね。具体的には、そう大統王とか名乗ってそうな。

 

「それは、あたしの元パートナーだけど……言葉を発しなくなってから、もうずいぶん経つわ」

「ええっ……!? パートナー?」

 

 イリヤとエレナが話している。その傍らでオレはドクターと話していた。

 

「異様?」

「ああ、そうだよ。どうりで探査が内部に通らないはずだよ。その部屋の書架にある書物は、全部が魔導書だ」

「……っ……これら、すべてが……ですか!?」

「ええ、そうよ」

 

 こちらの話を聞いていたのか、エレナが肯定する。

 この廃墟は死せる書架の国。そう呼ばれるようになって久しく、その理由は、この書物の全てが、外にいる亡霊の全てが、かつて魔法少女であった者たちのなれの果てであるから。

 

 ゆえにこの国は死せる書架の国。書物という名の、この世界に落とされた不幸な少女たちの墓標。彼女たちが亡霊(エコー)彷徨う国。

 

 エコー、それはイアソンからも聞いた言葉。

 

「へえ、あなたたち顔に似合わず冒険家なのね。あそこは物騒だったでしょう?」

 

 確かに物騒だった。

 

「ここは大丈夫よ。みんなおとなしいから」

 

 それでも襲い掛かってきたといえば、道連れの仲間がほしかったのか、現役時代のように好敵手(ライバル)と魔術を交えたかったのかもしれない。

 そうエレナはいう。彼女が襲われないのは、客人をもてなす役割を負っているからだと。その象徴に宝石を所持しているから。

 

 ――ならば固有結界の所有者なのか?

 

「いいえ。いいえ、違うわ。あたしじゃない」

 

 この世界を作った魔法少女は、ファースト・レディと呼ばれている。亡霊たちがそう囁くのだと彼女は言う。

 この世界の中心たる黒い壁の向こう側。閉鎖空間の中にいると言われている。

 

 中の様子を知る者はいない。

 ――どのような魔法でもあの壁は破壊できないから。

 

「あれ、じゃあ、メイヴさんは?」

「メイヴは魔法少女の一人よ。とても強大な」

 

 それでもファースト・レディではない。

 

「でも、不思議ね。イリヤ、あなたはどうしてかメイヴに拘っているように見えるわ。まさか、アレを倒してしまっても構わんのだろうとでもいうつもりじゃないわよね」

「ち、違います!」

 

 イリヤは説明する。美遊がメイヴにさらわれたことを。

 しかし、エレナは首をかしげる、不思議そうに。そんなことがあるのかというように。

 

 なぜならば、メイヴは宝石以外、興味はないから。

 

「もしかして、レディの異変がメイヴにまで影響を?」

「――思案中申し訳ないが、ボクからも一つ尋ねさせてほしい。先ほど、この部屋の道中で君は言っていた平行世界からの通信だと。その口ぶりだと、キミは平行世界についてかなり正確に知覚しているように見える」

「ええ、もちろん。それは当然よ。神智学の知識も助けになっているけれど、あたしたち魔法少女はもともと様々な平行世界からこの場所に招かれたのだから――」

 

 それは様々な理由で、魔法少女ではいられなくなったからだと彼女はいった。

 

 ここに来るしかなかった。

 ほかに行き場所はなかった。

 けれど。そう、けれど、この世界なら魔法少女であることを続けられる。

 

 それは、魔法少女であることを諦めきれなかった少女たちの夢の国。自らが必要とされる魔法少女であることができる楽園。執着により訪れることが許される終着の地。

 

「なぜ、イリヤたちやマシュがこの世界に?」

「それはあたしにもわからない。ファースト・レディに聞いてくださる? ただ――残酷なことを言うようだけど、そうやって自分の立場を認められない子たちが外で暴れている亡霊になるのよ」

 

 誰だって捨てられたくはないから。誰だって必要とされたいから。誰だって、いつまでも、夢のように力を振るえる魔法少女でありたいと願うのだ。

 

「あ、あの……先輩」

「なにマシュ?」

「先ほど、わたしもひとくくりにされたのですが」

「え?」

「え? あの、わたしは魔法少女ではないような……?」

「それはないわね。だって、そうでしょう? 肉食酒乱(ビースト)系魔法少女ふかふか☆マシュさん?」

「デミ魔法少女です! ――ではなく! デミ・サーヴァントです!」

「――ともかく、あたしの話は終わりよ。宝石がほしいのでしょう? よくってよ。どうぞ、お持ちになって」

 

 話が終わると、彼女はそう言って宝石を差し出してくる。ヴリルと名付けた宝石を。

 

「で、ですが、それではあなたが亡霊に襲われてしまうのでは?」

「リリィよ、こやつは諦めておるようだの。どうせ、遅かれ早かれメイヴが来るじゃろうしな」

「ええ、そうよ。そこのノッブの言う通り。それにあたしはもう魔法少女じゃないし、ただの墓守。石の力には拘らないわ」

「そんな……っ」

「躊躇う必要はないわ。あなたも同じ運命をたどるのだから」

 

 いずれ世界に棄てられる日が来るのだ。望みが失われる日が来るのだ。

 ゆえに、一つだけ彼女は教えてくれた。美遊・エーデルフェルトについて。彼女を攫ったのはメイヴではなく、ファースト・レディだということを。

 

 それは推測ではあった。だが、彼女は言う。ファースト・レディが壁の向こう側にて何をしていたのかを彼女は語る。

 それは、世界の観察。自らの使い魔をほかの魔法少女のものに紛れ込ませて。

 

 だが、すべてではない。真相はおそらくメイヴに聞くのが良いだろう。

 

「ありがとう。ミユのことが一番知りたかったの。でも宝石までは要りません」

「黒い壁の向こう側に行くためには、すべての宝石を合わせた力が必要だとしても?」

「えっ……すべての……って……」

 

 それは、すべての国、すべての魔法少女から宝石を奪わなければいけないということ。そして、宝石を奪っただけ、魔法少女がこの世界から消えるということ。

 

 その代償を経て、願いを叶える宝石はその力を発露させる。願いを叶える想いの結晶はどこかの世界にすら届き得るのだと彼女は言った。

 全ては集めて見なければわからない話だが事実であるだろう。ダ・ヴィンチちゃんが解析した結果、この宝石にはそれだけの力がある。

 

 全てを集めれば聖杯クラスの奇蹟すらも引き起こせるだろうというらしい。ただひとつだけでもやりようによっては世界を超えることもなんとかなる。

 ダ・ヴィンチちゃんならばひとつでもあれば余裕だという。無論、それは彼女が万能であるからだ。

 

「ただ、話に聞く限りは、アレですね。ファースト・レディという方の使い魔は黒い壁を通行可能ということですね」

「あ、そうです! 使い魔さんを捕まえて中に連れて行ってもらいましょうよ」

「リリィ、それは多分、無理じゃろ」

 

 ファースト・レディだって他人に使い魔を奪われるようなヘマはしないだろう。

 

「それじゃあ、それじゃあ、魔法少女たちをレディがわざと戦わせているも同然じゃない……! そんな……そんなひどいこと止めさせなくちゃ! でもどうしたら……?」

「同感です……わたしたちはそれを望まずとも、その戦いに加担させられてしまいました」

「あなたたちはこの世界のルールに抵抗するつもり? 使い魔(マスター)の方がよっぽど現実が見えているみたいよ?」

「先輩?」

「お兄さん?」

「…………」

 

 固有結界とは心象風景の具現化。それはつまるところ、自らのルールを世界に流れ出させているに等しい。この世界のルールはファースト・レディが敷いたもの。

 それは絶対だ。この世界に於いて、固有結界の所有者とはそういう存在なのだ。

 

「わかったのなら、諦めて――」

「でも、諦めない」

 

 人が定めたルールなんて御免だし、目の前で誰かが不幸になるのなんて見たくない。

 

「エレナ。きみだってなれの果てじゃないだろう。まだ、まだ亡霊にはなっていない。前に歩くことができる足がある。伸ばせる右手があるのなら――まだ終わっていない」

「……いきなり、何を言うの……」

「そうです! お兄さんの言う通り、まだ終わってなんかないです!」

「はい、先輩の仰る通り。まだきっとできることがあるはずです」

「やめて――!」

 

 それは彼女の心からの叫びだったのだろう。本棚の魔導書が一斉に震えだす。

 

「この子たちが、運命を前に、指をくわえたまま何もしなかったとでも思っているの?」

 

 ――思わない。

 

 ああ、そんなこと断じて思わない。きっとオレたちが想像もできないような苦難があったのだろう。運命に立ち向かうための覚悟だってあったはずだ。

 でも、そうじゃない。

 

「――待て、しかして希望せよ」

「なに……を……」

「どのような困難を前にしても、おまえは、ここでまだ耐えているじゃないか。いつか来る希望を信じていたんだろう。いつか来る夜明けを待ち望んでいたんだろう」

 

 オレたちは何もわからない。けれど、

 

「イリヤ?」

「うん! わたしはあきらめない! 全部自分でやってみるまで、誰かの絶望をそのまま受け入れたりできない!」

「だから、オレは何度でも君にこう言おう――待て、しかして希望せよ」

 

 いつだって希望はあるのだ。だってそうだろう。現に――。

 

「エレナ、君は、イリヤに希望を繋ぐために、ここにいてくれたんだ」

「……っ……(アル)のような気休めを……。あなたたちに――あなた如きに、、あたしの物語の何がわかるの!?」

「わからないさ。オレには何一つ。でも、だから、君にこういうんだ。待て――しかして希望せよって」

 

 それはいつか救われると信じた男の言葉だから。それはいつか救われた男の言葉だから。それはいつか勝利した男の言葉だから。

 

 待て、しかして希望せよ。

 

 エレナ・ブラヴァツキー。君は待った。だから、今希望が来た。ならば、手を伸ばせ。

 

「おまえはまだ諦めていないはずだ。なら! その右手を伸ばせ!」

「ふざけ、ふざけないで! あたしがどれだけ――! もう疲れたの! 終わりにしたいの! さっさとあたしの宝石を持っていけばいい! そうでなければ――」

 

 ――ここで、あたしがあなたたちを永遠に眠らせてあげる!

 

「ルビー!」

「アイアイサー!」

「マシュ!」

「はい、先輩!」

 

 変身する。言っても聞かないやつには、魔法で殴る(話し合い)しかない!

 

「あなたたちの具体性のない、虫のいい望み、希望なんて妄想の域を出ないと知りなさいな!」

 

 魔導書が飛翔する――。彼女の魔術が放たれる。

 

 それでも――。

 

「オレは知っているんだ――」

 

 ゆえに、君の勝ちはない。エレナ・ブラヴァツキー。そっちが手を伸ばさないなら、こっちから掴んでやる!!

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「………………」

 

 むすっっとしたエレナを引き連れて廃墟を歩く。すっかりふてくされてクールさが台無しである。

 

「ですがどうしましょう先輩、このまま宝石を譲り受けてエレナさんを危険にさらすわけにもいきませんし」

「え、何か困ることあった? 一緒に行けばいいじゃん」

「それ! そうしよう! それがいいです!」

「――はあ?」

「一緒に来るように」

「……わ、わかったわよ! 先に剣を向けたのはあたしよ。おとなしく従えばいいのでしょう! ええ!」

 

 やけっぱち気味だしなんか八つ当たりっぽいけど、まあいいだろう。彼女が付いてきてくれるのは心強いし、なにより――。

 

「やったぁああ、エレナさん!」

 

 イリヤがとても嬉しそうだ。抱き着いてるし。

 

「良かったな、大将一件落着だ!」

「ええ、やはり見事な采配ですマスター」

「コフッ……うぅ、なんで、ここにきて……あれですか、書架がほこりっぽかったのが……こふっぅ」

 

 ともかく、これで三つ目の宝石がそろった。ならばあと一つだ。メイヴが持つ宝石を手に入れる。

 

「あ、でもその前に、その……できればナーサリーちゃんの様子を見に行きたいなって……」

「気になるの?」

「うん、どうしても……」

「わかったじゃあ、行こう」

 

 時間はあまりないだろうが、それくらいはいいはずだ。何よりイリヤには万全で戦ってもらいたい。だから、メイヴのところに行く前にいったん寄り道をする。

 中立地帯をメイヴについて話をしながら進んでいたら――。

 

「アレはメイヴの使い魔じゃ!?」

「ドクター?」

「警戒はしていたよ!? こっちだって驚いてるんだ!」

「ともかく戦闘準備」

「あたしは戦わないわ」

「構わない。安全なところに」

 

 わかっている。エレナはメイヴに直接敵対する気がない。それでいい。

 

「行くぞ、突破する!」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 マシュたちが戦闘を開始した。その瞬間だったカルデアに警報が鳴り響く。

 

「な、なんだいこれ!?」

「んー、これはあれだ、なんか侵入者だ!」

「落ち着きすぎじゃないダ・ヴィンチちゃん!?」

「もはや驚きすぎて逆に落ち着いちゃったくらいだよ! これは敵襲だ。魔術王じゃない。驚いた。レイラインを辿って、敵性体を放り込んできたみたいだ」

「嘘だろ!? だってここは――」

「時代から切り離された領域じゃが、魔法少女とやらが持つ宝石とやらはそれすらも越える力を持っているようじゃ」

「ふん、問題なかろう。トナカイがいなくとも私たちで対処する」

 

 管制室にすでに待機中だったサーヴァントたちが集まっている。ジキル博士とジェロニモがどこに襲撃を受けたのかを把握して作戦を練り合っていた。

 

「襲撃は二か所。幸いなことに無人区画であったシミュレーション区画の廃棄スペースとエリザベート君の秘密キッチンだ」

「え? ちょっ、ちょっと待ってよ!? (アタシ)のキッチンに敵!?」

「ああ、幸いしたな。もしほかの場所ならば大変な事態だった」

「ちょっと、何良かったみたいな空気なのよ! (アタシ)の大事なキッチンが襲撃されたのよ!?」

 

 そんなものは壊された方が良いと満場一致だったがそれはおくびにも出さずにブリーフィングを続ける。

 

「スカサハ殿とサンタ殿をリーダーとしてチームを二つに分けるとしよう。力任せのサンタ殿はシミュレーション区画、スカサハ殿はエリザベートのキッチンだ」

「任せるが良い」

「心得た」

 

 適切に戦力を振り分け、対処する。それでも足りないと感じるのはやはりマスターがいないからであろう。彼の存在は大きいのだと、再確認した。

 

「よし、これでいい」

 

 兎も角、通信閉鎖から敵の襲撃をやり過ごし、マシュたちに連絡を取る。

 

「本来なら戻ってほしいんだけどね」

 

 しかし、それはできない。

 

「マスターのことだ、テコでも戻らないさ。そこらへんはほら、私たちがサポートしないとねロマニ」

「だよねー、はあ。まったく」

 

 その後、五分間の通信閉鎖から回復させて結論を聞いてみれば、想像通り。作戦は続行。このまま事態を解決する。

 

「という訳だ、ジキル博士、ジェロニモ、何かあったらまた頼むよ」

 

 カルデア存亡の危機だが、なに、あの時だって大丈夫だったんだ。今回も大丈夫さ――。

 




クリスマス復刻イベ始まりましたねー。
ゆったり頑張りつつですね。
七章までもう少し頑張らないと。

へたしたらネロ祭とかはさようならするけど、是非もないよネ!


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魔法少女紀行 ~プリズマ・コーズ~ 7

「ロマニ先生、呆れてたね……ごめんなさい、わたしとルビーのせいで……ごめんなさい」

「いえ、イリヤさんが気に病むことではありません」

「そうだよ。ドクターはオレたちの司令塔代理だ、本当に危険なら強制的に呼び戻すはずだからね」

 

 まあ、それでオレのこの状態がどうにかなるかはわからないのだけれど、ダ・ヴィンチちゃんが何も言わないのなら、この空間から出ればオレの状態は元に戻るのしれない。

 十中八九、固有結界内にいるからこその変容なのだ。だからこそ、固有結界の力の届かない場所に行けば元に戻るというわけだ。

 

「だから、あれは拗ねてたんだよ」

 

 今回は全然役に立てないし蚊帳の外だからというのが大きいだろう。そういう意味ではちょっとマシュも拗ねているのは、魔力供給云々のお話があったからであって。

 この状態ならいかがわしくはないのだが、ちょっとうむ、あれだったのでドクターの静止は助かったといえる。

 

 ともかく、そのおかげで定時連絡までカルデアとの連絡手段はなくなった。気を引き締めねばならないだろう。

 

 中立地帯にまでメイヴの軍勢はやってきている。もうすぐお菓子の国だ。国境を超える。景色は既に雪国となっており、いつ敵の襲撃があってもおかしくないのだ。

 見た目ほど寒くはない。まさしく魔法の国という風情。

 

「いや、ちょっと待った」

 

 雪景色? オレたちはお菓子の国に向かっていたはずだろう?

 

「あれ、そうでした!? なんで?」

「まさか――」

「おう、そのまさかだ」

 

 響く声。それはメイヴの守護獣(おとも)のそれ――。

 

「――!」

「それは、此処が雪華とハチミツの国になったってことだよな」

「その通りだ。領土の移譲、魔力供給源の再分割だ。珍しかぁねえよ。ふざけた国名にはうんざりだがな。おかげでオレが見張る城門前の空き地も随分と広くなりやがった」

「メイヴさんは、いますか」

「あいにくメイヴは留守だ。噛み殺すのは番犬だけだ。感謝しな」

「あの守護獣の強さは破格よ……っ!」

 

 エレナが言うことは解る。確かにアレはイアソンとは違う。エレナのところにいたエジソンとも違う。アレだけは別。

 使い魔のはずが魔法生物まで召喚するという守護獣。

 

「なんだ、辛気くせぇと想えばアンタかよ、エレナ。書庫の紙魚を数えるのも飽きたってか? なら、ますます励まねえとだ。メイヴいわく、軍団創成の第一歩だよと」

 

 ゆえにあとくされ、潰す。そんな躊躇いメイヴは覚えもしないだろうが、忙しいのだと守護獣は言った。平行世界に手を届かせるために。

 

「カルデアに敵性体を送り込んだのはお前たちか!」

「ほう……メイヴめついに届いたんだな。そうか。なら、もうファースト・レディの力を奪うまでもないわけだ。メイヴのやり方で、やれるころとまでやるだけだな」

 

 クー・フーリンオルタが戦意を露わにする。

 

「先輩!」

「ああ、ここは敵地だ」

 

 ならば魔法少女でないマシュとリリィは力を発揮できない。

 

「それでもできることがあります!」

「ああ、行くぞ!」

 

 凄まじい速度、力。魔力。

 魔法少女の守護獣との闘いとは思えないほどの力が炸裂する。振るわれる朱槍。それを防ぐのはマシュ。攻撃はすべて、魔法少女たるイリヤ、ノッブ、清姫に任せて、マシュはただ防ぐ。

 

「ハァ……ハァ……」

「おお、やるもんだ。いい連携じゃねえか。何戦かやって息があってきたのか――いや、そっちの守護獣(マスター)の力量もありやがる。嫌らしい戦をしやがる。わかってるのか、オマエ、盾役を容赦なく攻撃の渦中に放り込んでるぞ」

「それがどうした?」

「はい。先輩の言う通りです。それの何か問題がありますか。わたしはシールダー。盾の英霊。先輩が防げというのならば、すべての攻撃を防ぐのがわたしの役目です!」

「チッ、小動(こゆるぎ)もしねえか。だったら、ここでつぶさねえと厄介だ。出番だな――爆ぜ喰らう甘牙の幼獣(アマガミ・コインヘン)。恨むなよ嬢ちゃん。そっちのガキは、メイヴが軍団にほしがってたもんでな」

 

 イリヤを……欲しがる?

 

「おう、願望(ねがい)(いれもの)とやらにふさわしいそうだ。欲すれば欲するほど渇くってのが貪欲ってもんだそんなわけで悪いが――行くぜ」

「マシュ!」

「はい! 真名、開帳――私は、災厄の席に立つ」

 

 甘噛みという真名は正しくない。あれは正しく、かつてのクー・フーリンオルタの宝具そのものだ。いいや、魔法少女の守護獣とかしている今、かつてのそれよりもまた。

 だが、かつてのオレたちではないのだ。あの時とは違う。なぜならば――。

 

「それは全ての(きず)、全ての怨恨を癒す我らが故郷――顕現せよ! いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)!!」

「こいつは――!!」

 

 顕現する白亜の正門――。それは全てを護る、我らが故郷。

 人理定礎を証明する遥かなりし理想の城――。

 その名は、キャメロット。

 かつて円卓の騎士の誰もがその目に焼き付けた、美しき白亜。

 

 円卓の騎士たちが座る円卓を盾として用いた究極の守り。

 

「守護獣如きが、突破できるわけがない」

 

 傷一つつかない。彼の宝具の一撃だろうとも、完全に防ぐ。

 

「マシュさん……すごい」

「ややー! すごいですよー、イリヤさん、これはまさしくパーフェクト! って、おや?」

「ルビー? ――んん?」

 

 何やらイリヤたちが何かに気が付いたようだった。

 

「イリヤ様ー! ルビー姉さん! 遅くなりましたー!」

「やっふー! 無事だったんですね、サファイアちゃーんっ☆」

「サファイア!? あなただけ!?」

「え、誰?」

 

 青いステッキが増えたんだが。

 

「ああ、お兄さん、あれはミユの杖です」

 

 しかし、杖だけか。

 

「でも、いいところにきましたー、サファイアちゃん、そちらのマシュさんと一時契約を!」

「彼女はイリヤ様のお味方ですね。承りました。失礼します」

 

 何やらサファイアなるステッキがマシュに近づいて行き、契約を結ぶ――その瞬間、マシュの姿が魔法少女のそれとなった。

 

「くそう、カルデアとつながっていれば、マシュの魔法少女姿を、写真に残せたのに!!!!」

「え、えっと、泣くほどですか、先輩?」

「マシュって、季節もののイベントの時も同じ格好だから、こういう姿の変化は正直、そのすごく、いいなと……」

「そ。そうですか……え、っと、先輩が、その、お望みでしたら、今後もこのように衣装替えを……」

「ますたぁ、わたくしはぁ?」

「清姫の魔法少女姿はどうして、ケモミミが生えてるのかなってずっと思ってた、もふっていい?」

「はいどうぞ」

 

 おお、すごい。

 

「……なんですかー、あのピンクな空気。こちらも対抗しようにも美遊さんがいません、クロさんの方が適任ですが、くぅ、痒い所に手が届きませんねぇー!」

「むぅ、マシュさんまで魔法少女に、私もステッキほしいです」

「ねえ、あんたら、そんな小芝居やっている間にあいつ退いたわよ」

 

 エレナに言われた通り、クー・フーリンオルタはいつの間にか姿を消していた。まあ、エレナがいろいろと言ってくれたようなので問題はないだろう。

 そんなことよりマシュの撮影会がしたい。どうやら、ルビーにその手の機能があるようで、しっかりと撮影させてもらった。

 

 しかし、なんだろう、こう微妙にエロいのは、なんでだろう。魔法少女の衣装が微妙にこう、なんかエロティックなのは、どうしてなんだろうか。

 

 まあ、それはともかく、サファイアは美遊から託されたメッセージがあるという。映像であったが、酷い状態だった。

 拘束されたひどい状況に。

 

 ただ、知りたいことは知れた。彼女はファースト・レディに囚われている。ファースト・レディこそがこの固有結界の世界を作った張本人。

 黒い障壁の内部に、レディの城がある。

 ファースト・レディは平行世界に干渉する技術を得たこと。

 

 そして、美遊は言ったのだ、彼女の計画を防がなくてはいけない。だが――

 

「イリヤは来てはいけない、ね……」

 

 そのおかげで、すっかりとイリヤは落ち込んでしまっている。サファイアが慰めているのですぐに復活するだろう。その間にこちらはサファイアとの自己紹介のあとに聞いた話を検討してどうするかを決める。

 

「そういうわけで、もう話は決まってるけど、一応聞くけど反対意見がある人」

「あるわけなかろう」

「はい、サファイアさんの大切なマスターさんである美遊さんを助けるためにも頑張りましょう!」

「さあて、本丸攻めじゃ。こんな少数で城攻めとは嫌じゃのう。桶狭間とか二度としたくないんじゃが」

「バレてるから奇襲も何も無いし正面から挑むじゃん」

「ふむ、まあ、なんとかなるじゃろ。なにせ、こっちには移動できる城が付いておるし」

 

 今までならそれも無理だった。なにせ魔力供給がオレという貧弱一般人だけだったからだ。カルデアとの通信を切断している今、魔力供給はない。

 だが、それではこの人数のサーヴァントなど賄えないはずだったのだが、そこは魔法のステッキさんがいい感じに魔力を集めてくれているらしく、戦闘も現界するにも問題ない分の魔力が供給されているらしい。

 

 それはルビーやサファイアも一緒で、マシュもこれならば全力で宝具も使えるというわけだ。問題はリリィであるが、

 

「申し訳ありません、マスターさん……」

「わかります。わかりますよ、戦いたいのに戦えない気持ち。私も生前、そのような思いをして、それがもう無念で無念でしかたなく――こふっ――ほら、こんなふぅに……」

「人斬り、お主なんか、吐血が芸になってきておらんか。だいぶアレじゃぞ、見慣れてきて全然笑いも取れんぞ、それじゃ。もっと新しい吐血の仕方をじゃな」

「ノッブは何を言ってるんですか!?」

 

 いいからその猟奇的な赤いマスコットになる前に拭こう。

 

「リリィは、仕方ないよ。ステッキがあれば良いんだけど……」

 

 どうにもそういう気配がない。

 

「どのみち一人はオレの防御に回ってもらいたい。イリヤを前線に出している以上、マシュにはそっちを守ってもらいたいからね。

 

「わかりました。不肖セイバー・リリィ、全力でマスターさんを守ります!」

「その意気です、リリィ様」

「おう、そうだぜ大将の守りも立派な仕事だからな!」

 

 やる気十分。復活したイリヤとともにメイヴの城へと向かう。敵はいない。どうやら完全に待ち構えているようだ。

 

「……あたしはここに残るわ」

 

 エレナが城門の前でそう言った。

 

「こちらの襲来を予期している以上、彼女は万全の態勢で待ち構えているでしょう」

「……エレナさん……」

「メイヴを相手にして和解や妥協はありえないわ」

 

 どちらかが倒れるだろう。ああ、それは知っている。オレは彼女を知っている。魔法少女ではないけれど、彼女と同じ彼女とは違う、女王メイヴという女を知っている。

 ゆえに、どちらかが経終えれるまで戦うことになることは予測している。両方が立つことはない。両立は不可能。彼女はそういう女だ。ほしいものは奪う。そういう女。

 

「あたしはもう……本当は……魔法少女が倒れるところを見たくはないの」

「……わかりました! お兄さんもそれでいいですよね」

「ああ――案内をありがとう、エレナ。今は、それで十分だ。けれど、これだけは行っておくよ。待て、しかして希望せよ」

「何度も聞いたわ。馬鹿の一つ覚えみたいに言うんですもの……まあ、それにほだされてるのかもしれないわね……あたしも……イリヤ、あたしの宝石を持っていきなさい」

 

 本来の所有者は既にエレナではなくイリヤなのだ。だから持っていくと良い。必要がなければまた持ち帰ってこいと彼女は宝石を渡す。

 

「案内しか、できないけど……あたしはこれでも、友達想いなの」

 

 うん、知ってるよ。そしてきっとそれはイリヤにも伝わっている。

 

「うん、知ってますよ?」

 

 ほらね?

 

「…………っ……」

 

 顔を朱くするエレナ。なんだかすごい珍しいものを見た気がする。

 

 そんな彼女と別れて城に入る。襲撃はなく、玉座まで一直線にやってこれた。そこに待ち構えているのは女王メイヴ。

 

「待っていたわ――イリヤ。そして、カルデアのマスターとサーヴァント」

「…………」

「一瞬だけれど、覗かせてもらったわ。つまらない世界ね。くだらない世界ね。だから、そんな世界は、さっさと見限ってこの私につきなさい?」

「生憎と、見限るほど世界に絶望はしていない」

 

 どんなに辛く苦しい絶望の世界だって、オレは、知っているんだ。

 

 心に刻んだ言葉がいつも教えてくれている。

 

「――待て、しかして希望せよ」

「……ああ、なるほど。貴方たちも救いようのない愚か者で、自分に酔いながら死にたいわけね。まあいいわ。所詮は偽物の魔法少女。本当に欲しいのは貴女よイリヤ。私の軍門にくだる決心はついた?」

「メイヴさん……ううん。わたしはあなたの仲間にはなりません。わたしは、あなたとは違う!」

「そういうわけだ。悪いけど、イリヤもオレたちもあんたの軍団にくだるつもりはない」

 

 そう何があろうとも絶対に。

 

 それでも彼女は語ることはやめない。ファースト・レディの望みを、願いを早めた女は、魔法少女たちを戦わせた女は、笑みので、願いを、夢をかなえるのだと、告げている。

 もはやファースト・レディに畏敬はなく、尊敬もなく、もはや、ああ、もはや、全ては自らの為に、彼女を嗤うのだ。

 

 

「なるほど――確かに君は狂ってはいないようだ」

「――――」

「必死に絶望と戦っている。オマエも、また、望みを捨てていない。諦めていない。その右手を伸ばしている――」

「ハッ、戯言ね――いいわ、殺してあげる。死にたいんでしょう?」

 

 メイヴとの戦闘に突入する。いろいろと見抜いたことがある。わかったことがある。相変わらず、彼女は変わっていないということで、エレナの言う通りだったということだ――。

 




さくさく行きます。

そして、エクステラやらなんやらのおかげで時間がなさそうなので贋作イベとネロ祭とセイバー・ウォーズは七章前には無理そうです。
なんとか残りの日数でZEROとハロウィン第二次までは終わらせたい。

そして、配布サーヴァント全員最終再臨できました。あとはレベマとスキルを最低でも6まではあげたいところです。
ともかく七章配布鯖縛り、小説と現実リンク企画はなんとかなりそうです。

さて、復刻クリスマスですが皆さまどんな感じでしょうか。私は、まあ、ボックスガチャ優先でやってて、礼装が一切ドロップしないので、限凸は諦めております。
素材はだいぶ交換したので、もういいかなと思っております。

エクステラですが、エリちゃんがかなり使いやすい。
使いにくいのはイスカンダルかなぁ。動き遅いし。
一番笑えるのは呂布。あいつだけなんか三国無双やってる気分w。

あとアルテラ可愛い。アルテラとエリちゃんと玉藻の水着DLC買っちゃったぜ。

ついでにFate/Seventh grailというオリジナルの聖杯戦争を構想中だったりします。
友人たちと設定を出し合い、私が書く、世界規模の聖杯戦争を描くものです。
オリジナルサーヴァントばかりですので、真名当てとか連載したらどうぞ。


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魔法少女紀行 ~プリズマ・コーズ~ 8

「ぶちかませイリヤ!」

「はい――!」

「きゃあ――! この私があんなピンク色に――!」

 

 メイヴとの決戦は厳しいものになった。あふれ出す使い魔。強力な守護獣。メイヴ本人も強力だった。今回は魔法少女たちにはメイヴの相手を任せ、守護獣はこちらも守護獣で相手をした。

 

「人斬り、お主の犠牲は忘れんぞ」

「死んでませんからね!?」

「なんじゃ、生きておったのか。わしの星5計画の為に亡き者になっておれはよいものを」

「何を企んでるんですかなに!」

 

 兎も角どうにかこうにか勝利した。

 

「やれやれ、まったく柄にもないことをするからだ。同じ魔法少女の末路に同情したオマエの負けだよ」

「くっ、バッカじゃないの……!? いくらクーちゃんでも、そのセリフは許せないわ…………!」

 

 そう言っても少しの間が肯定してしまっている。

 

「はあ? 基本オレはテメエの敵だぞ? 敵同士でつるみ合ってるのがオレたちの契約(かんけい)じゃねえか」

「そ、それはそうだけど、クーちゃんにはいつも愛憎入りまじっているけど! でも、基本的にはラブのが強かったの! だってトゲトゲがかっこいいんだもの!」

「はいはい。趣味悪いなテメエ」

「――まったく。私は、私が救われて、私が満足して、私が可愛くて私が一番偉いの。女王だもの。行き場のない魔法少女を集めていたのは結果論。軍団は私の為の私の軍団なんだから」

 

 ただ、これ以上の戦闘はもうないだろう。それに勝手に自分でいろいろと自爆してるし。

 

「――――」

「なによ、不思議なものを見るような目をして」

「いえ……その。いまのメイヴさんの言葉が、意外だったので……」

「そうじゃの、お主、存外立派な女王じゃのう」

「はい、とても立派な王様です。私も頑張らないといけませんね!」

「はあ? なんですって?」

 

 だって、彼女は言っただろう。私がって。私だけがではなく、私がと言ったのだ彼女は。

 

「言葉にはしなけれど、メイヴさんは消えていった魔法少女たちを、仲間として認めていたんですね」

 

 本当。これには敵わない。

 

「――城が揺れている!?」

 

 城が揺れている。城が崩れるのだろう。

 

「おう、今のでトドメだな。最後まで追い打ちありがとうよ、お嬢ちゃん」

「え……!?」

「いまのでメイヴの心が折れた。城が崩れ出したのがその証拠だ。なあ、メイヴ。オマエ、自分の甘さを自覚して、今、自分で自分を殺したな?」

「……ごめんなさい。でも、こんな私はクーちゃんに相応しくないから……死んで出直してくるわ」

 

 ――なんでそうなる!

 

「そうもなるわ。だって、私は、邪悪で、放蕩で、悪逆な、魔法少女ですもの。クーちゃん、待っていてね。貴方に相応しい魔法少女になって戻ってくるから」

「知るか。……だが、その時は、また返り討ちにしてやるよ」

「…………ふふ。そうよね。そういう関係よね、私たち――ねえ、そこ異邦の守護獣(マスター)。早く行きなさい、そこの頭まで桃色で幸せそうな魔法少女を連れて、さっさとね。そして、貴方のくだらない世界を救いなさいよ。どんなになっても、進むって決めたのでしょう」

「…………先輩! もう城が持ちません!」

「く、脱出するぞ!」

「え、でも、メイヴさんも――」

 

 いいや。いや、無理だ。彼女は無理なのだと、この観察眼が告げている。直感する――彼女はもう、助からない。無理をしたツケを支払うことになる。

 それはオレも経験しているがゆえにわかるのだ。直感するのだ。彼女はほかの世界に干渉した。それがどういうことなのかもわからないし、その結果何が起こるのかもわからないが――確実に言える、代償のない力なんてものはまやかしなのだ。

 

 特に平行世界に干渉するような力が代償なしで行使するできるなどありえないだろう。いかに強大な魔力があろうとも願いの宝石があろうとも。

 オレが、無理をして未来を掴めば、その代償に感覚が、記憶が消えていくのと同じように、彼女もまた何かを行ったその代償を受けるのだ。

 

 それを奪うことは侮辱だ。もし、オレがメイヴの立場ならば、絶対にそれだけは奪わせない。あとで後悔することもある。実際にした。

 あとで、なんでと悔やむこともある。実際に悔やんだ。泣いた。だが、それでも――オレは他人にこの代償を背負わせることなんてしない。

 

 オレがその時、選んだ結果なのだ。弱いオレでも、あとでどんなに後悔しても、泣いたって良い、自分の選択だけは、何があろうとも責任をとりたいとそう思うのだ。

 

「マシュ!」

「――っ、はい!」

 

 だから、マシュがイリヤの手を引く。メイヴを助けようとする彼女を引きずってオレたちは城を脱出した。それと同時に城は崩壊し、宝石がマシュの手の中にあった。

 

「宝石が……」

「………………そう。メイヴは亡霊になったのね。なら、いずれ、あたしの書斎で逢えるでしょう。……彼女が本好きだったためしなんて、無いけれど」

 

 エレナはそう言ってほのかに笑みを作りながら、メイヴを想うのだった。

 そして、宝石が今ここにそろった。ファースト・レディの城まで、行ける。

 

 レディの領域は、寒々しかった。時間が凍り付いたかのようであり、その中にそびえたつ孤高の城。それはサファイアが言うにはまた変化しているのだという。

 エレナ曰く、この世界の全ての魔力がファースト・レディの下に集まっているという。

 

 敵は強大で確実に待ち構えている。だが、カルデアも支援してくれるのならば、あとはもう行くだけ。具体的な解決策も、この世界の成り立ちも、ダ・ヴィンチちゃんが解き明かした。

 なんとかなる。奇蹟は待つものじゃなくて、起こすものだ。

 

 ゆえにオレたちは進んだ。空を埋め尽くすほどのレディの使い魔を乗り越えて進む。だが、敵の数があまりにも多く、オレたちは徐々に徐々に追い詰められていく。

 

「数が良い。ここで戦っていても消耗するだけ。だが、空を飛べるイリヤだけなら、このまま行けるか?」

「名案です! イリヤさんだけなら、このままパパーっと?」

「そんなこと……っ、できるわけないでしょーっ!」

 

 ですよね、わかってた。だったらますます、どうにかする方法を考えないと。対軍に対してはノッブでどうにかできるか、それ以上に敵の数が多い。

 カリバーンでは薙ぎ払い切れず、清姫でもそれはまだ足りない。そもそも、増えていくたびに宝具を連発していては息切れする。

 

 ならば速攻。ここで誰かが足止めをしていて、その隙にファースト・レディを倒す。

 

「…………あなた、あたしを頼らないのね」

「エレナ? そりゃ頼りたいけど、戦いたくないって言っている人を戦わせられないよ」

「……優しいのね、本当に。驚かされてばかりよ。イリヤが、あれほどの気概を見せている。魔法少女のまがい物だとみくびっていたのは訂正するわ」

 

 彼女は俯いていた顔を上げた。

 

「伝統、経験、知識……そんな魔術の奥義からはかけ離れた力を隠していると、改めて気づかされた」

 

 ゆえに、

 

「来臨――セラピスの知恵よ!!」

 

 彼女はその身にコートを羽織り、閉じていた書を開く。放たれる魔法が――あらゆる敵性体を燃やし尽くす。

 

「その姿は――」

「かっこいい!」

「あたしは元々かっこいいのよ。低血圧なだけなんだから。さあ、行きなさい。レディの元へ。ここはあたしがなんとかしてあげる」

「――ああ、無事で」

「ええ、貴方もね。機会があれば、あたしの物語を教えてあげる」

 

 それは彼女にとって最上級の言葉であった。

 

「エレナさん……」

「行くよ、イリヤ。彼女がくれた時間を無駄にはできない」

「でも――」

「では、私が残ります」

「リリィ?」

「私は、ステッキを持っていませんので、魔法少女の相手が出来ません。だから、ここで時間稼ぎです」

「……わかった。ありがとう――ベディ」

「はい、お任せを。ですが、時間稼ぎではなく、別に全てを倒してしまっても構わないのでしょう?」

「ああ、やっちゃってくれ!」

 

 エレナとリリィを残して、オレたちは先へと進む。

 

「さあ、行きましょうエレナさん」

「ええそうね――」

「フッ、よき友と出会えたようではないか」

「アル、呼んだつもりないんだけど――よくってよ! 海にレムリア! 空にハイアラキ! ――そして、地にはこのあたし!」

「選定の剣よ、力を! 邪悪を断て! ――」

 

 爆裂と閃光を背に、オレたちはレディの居城へと急いだ。そして――玉座にいたのは、紅い外套を身にまとう、少女だった。

 

「え……」

「あーあー、まったくこんなところまで来ちゃうんだから、イリヤは――」

「どうして――どうしてここにいるの……クロ!!」

 

 クロ。それはいつか、イリヤが双子同然の存在と言った女の子の名前。確かに、肌の色やら髪の色やら瞳の色やら多少の違いはあれど、本当にイリヤにそっくりだった。

 だが、それならおかしいだろう。ルビーもサファイアもその存在に気が付かないのはおかしい。

 

「ハァ……まったく派手にやってくれて。痛覚共有しているこっちの身にもなってほしいわ」

 

 それは再会と呼ぶには、あまりにも普通で、それはまるで――。

 イリヤとは対照的に彼女はどこまでも冷めているように見えた。オレは彼女のことを知らない。だが、なんだ、この嫌な気配は。

 嫌な予感がしていた。ここにあって逆に、変な魔力を感じないことが、逆にいやな予感を掻き立てる。美遊を捉えていることもそう。

 

 それに、彼女はイリヤとの会話の中で言った、ずっとここにいたと、初めから(・・・・)

 

「先輩?」

「ちょっと、待って、今は動かないで」

「ふぅん、なんだ、そっちの守護獣は鋭いのね」

「え? ……クロ?」

「美遊をどうして解放しない? 友だちなんだろう?」

「せっかく、わたしのものになったんだもの。どうして解放する必要があるのかしら。いつもイリヤに独り占めされて癪だったのよね」

 

 それは自然体のように思えた。イリヤたちの反応からもだいたいが自然体。レディに乗っ取られているわけではないと彼女たちは言う。

 その中で、オレは一つの考えに到達していた。ずっとここにいた。初めから。それがいつかはわからないが、美遊を攫ったのは最近だ。

 イリヤがきたのも今。

 

 では、彼女は――。

 

「……君は、最初から、いたのか、この世界に、ひとりで」

「ええ、そうよ。急いで同調したのが悪かったのかしらね。気が付いたらこの世界にいた、ひとりでね」

 

 ずっと前にここに来たと彼女は言った。

 それこそ四つの国ができる前。魔法少女たちが戦っているときに。気配を殺しているだけでも魔力は消耗していく。

 彼女にとってそれは死活問題だったらしい。そのまま消えてしまうのだと彼女は言った。

 

 ――心細かった。

 

 そう彼女はいったのだ。その時、彼女は出会った。ファースト・レディに。

 

「出会ったのか、ファースト・レディに」

「そうよー」

「……な、なんで、勝手なことしたのー!」

「わたしを置いて鏡面界に行こうとする方が悪い!」

「だって、リンさんたちに急かされて仕方がなかったんだもの!」

 

 だが、彼女は来てしまった。その結果、彼女はレディに出会った。彼女からあふれる気配があった。レディのそれ。まがまがしい黒いそれ。

 

「レディはわたしに言ったわ。あけすけに、ろっ骨を抜けるナイフみたいに」

 

 ――あなたの存在意義はなんなの? 

 

 ――イリヤの付属品なの?

 

 ――手なづけられ、牙を抜かれたヤマネコね。

 

 そう言われたのだと彼女は言う。

 

「そんなこと!」

「ええ、はいはい。わかってる。あなたが否定するのは。だってイリヤだもの」

「だけど、わたしにはそのつもりはもうとうない。どこかで、あなたを第一に考えていた――と気が付かされたわ。あなたの為なら、ミユとだって仲良くもするわ。だってわたし自身の為だもの。それが当然よね」

「クロ……」

 

 湧きあがていく異なる雰囲気。魔法少女力が跳ね上がり、見るからに、こちらに対して敵意を感じる。だからこそ、言わなければならないと思った。

 彼女もまた、耐えている人だから。

 

「……卑屈さと信頼は違うんだよ、クロエ」

 

 世界は不条理だ。思い通りになんてならないし、理想通りになんてなれやしない。

 そのおかげで、手痛いしっぺ返しを食らって、何度も苦しんだ。

 

「わかってるわよ! 不条理さが世界の本質だってことは!」

「いいや、わかってない!」

 

 わかっていない。世界は理不尽で、不条理で、思い通りになんて全然ならなくて、成長したって力のないままだ。叶えたい願いはどうしたって手が届かない場所にある。

 

「何がわかるのよ、あなたに、わたしの」

「なにも、なにもわからない。だが、オレは、君を肯定したい」

「――――」

「キミは、キミだろう?」

 

 イリヤの付属品なんていうなよ。イリヤの為だなんていうなよ。

 自分の願いを届かせたい? なら言えよ。行動で示すなんて馬鹿なことしてないでさ。

 

 行動で示せるのは、何もない。言わないとわからない。

 

 それは全部、僕が経験したことだから――。

 

「なら、キミはキミだ。紛れもない、クロエというただ一人の人間だろう? なら、言えよどうしたいのか。それを聞いてくれる家族が、ここにいるだろう」

 

 オレにはもはやそれを聞いてくれる家族は、いないのだから――。

 

「バカバカしい――」

 

 彼女が武器を投影する。白と黒の剣を。

 

「――クロ!」

 

 彼女は戦闘モードに入る。

 

「イリヤ?」

「うん、お兄さんたちは手を出さないでほしいの」

 

 姉妹喧嘩に手を出すほど無粋じゃないよ。

 

 だから存分にやると良い。

 

「ありがとう――クロ!」

「来なさいイリヤ!」

 

 全力の魔法少女の戦い(姉妹喧嘩)が始まった――。




さて、残すところあと一話かな。その後は、ZEROイベに行きます。
ZEROは孔明いないからなぁ、ぐだ男と愉快な七騎のサーヴァントたちがそれぞれの陣営を強襲するシステムで。

七章までの間は特異点に全員は連れて行かないということに。
魔法少女にカルデアに介入されたので、その対策がちゃんとできるのが七章開始時点ということにして、それまでは予備選力を残すという感じで特定に入るサーヴァントを制限する方向にします。

特にZEROはほら、蹂躙しちゃうからね。数の暴力で。
そして、かぼちゃ村はエリちゃんのライブと聞いて全員逃げた。
そんな感じにします。

そして、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィは、どうしよう……


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魔法少女紀行 ~プリズマ・コーズ~ 9

 二人の戦いは一進一退だった。

 

「やっぱり、イリヤとじゃ決定的な勝負はつかないか」

 

 お互いがお互いであるがゆえに、決着がつかないのだ。

 

「だいたい、痛覚共有をごまかすのも……限度が……」

「クロ……!? どうしたの? その身体は……っ……!」

 

 彼女の瞳が怪しく輝く。

 

「――決まっているでしょう彼女(レディ)よ。レディは、ミユだけじゃなく、あなたまでほしいのね。わたしよりも欲張りだなんて……」

「な……なにを言っているのクロ……!?」

「クロさん。ミユさんを攫ったのはレディの意思、そうなんですね」

「……さあ、それは……どうかな……」

「クロ? ……クロ!?」

「……ううっ……待って、まだ……やめ……て……!」

 

 クロエからあふれ出す異質な気配。それは、おそらくファースト・レディのもの。彼女の影が言葉を紡ぐ。

 

 ――約束通り……あなたとイリヤの決着まで待ったわ――クロエ。

 ――あなたは乗り物(からだ)としては申し分ない。けれど、イリヤの瞬発力(こころ)までは及ばないようね。

 

 姿が変わる、声が変わる。クロエという少女から、ファースト・レディと呼ばれる魔法少女へと転じる。

 

「おまえが、ファースト・レディか」

「そう――はじめまして。私がレディ。最初の魔法少女(ファースト・レディ)。自己紹介しましょうか? 人懐こくて礼儀正しい、魔法少女らしくね」

 

 彼女は告げる。

 

「私は――」

 

 魔界に生まれ、人間界で育った、魔法使いの娘。正体を隠して人のために戦った魔法少女。その、なれの果て。

 彼女はそのために故郷を失い、やがて人間からも、魔界の同胞たちからすらも忘れ去られた。

 

 もう誰も彼女を知る者はいない。

 もう誰も彼女の名前を呼ぶことはない。

 

 けれど。けれど、彼女はそれでも人間や、同胞を、恨みはしなかったのだ。恨んでもいいはずだった。恨んで当然のはずだろう。

 だが、彼女は憎むことも恨むこともせず、決して魔女には堕ちなかった。魔法少女であり続けた。

 

 彼女の望みは、ただ一つ。ただ、少女たちの願いを叶え続けること。

 魔法少女たちの魔法である、愛と希望を、世界に振りまくこと。

 

 その願いが亡霊たちを引き寄せたのだこの固有結界に。その尊い願いが。

 

 おそらくは彼女もまた、クロエが来なければ亡霊と変わらなかったのだろう。

 そして、願いは変わった。美遊がいれば、叶う。できるのだと彼女は言った。亡霊をもう一度、残響となった彼女たちを受肉させることができると。

 

 虚ろな結界などでは断じてない。本当の世界に手を伸ばして。

 

 世界は無限に枝分かれしていく。そこには無限の危機がある。倒すべき、敵がいる。

 魔法少女を必要としてくれる不幸な人たちがいる。

 

「そのための魔法少女の軍団(プリズマ・コーズ)

 

 それは魔法少女の為の軍団でもある。平行世界のどこまでも果ての果てまでも、願いを届かせて、魔法少女たちに希望を、永遠に必要とされる場所を与えるのだ。

 それが彼女の願い。だが――。

 

「それは……メイヴと同じ、ううん、違う……メイヴよりもっと……」

「ああ、業が深い」

 

 完全に手段と目的が逆転している。いっそ見事といえるほどに。

 

「イリヤ……あなたはわたしのたった一つの譲れない願いをつぶしてしまうのね。この世界での魔法少女へのふるまいを見て、よくわかった。そんなことはさせない。もうすぐ美遊を、私の中に取り込んでしまえる。美遊はしぶとい。しかも私の中のクロエがいまだに同化に抵抗している。本当に素直じゃない。でも、それも時間の問題」

「レディさん。あなたの魔法少女を信じたい気持ち、伝わります。だけどこれだけは言える――。ミユを犠牲にして、叶えていい願いなんてない! ミユだけじゃない! クロだって、クロはわたしの大切な半分なんだから!」

 

 そう。そうだとも。

 

「そうだ。そんな身勝手な願いはかなわない。一人よがりなそんな願いじゃ誰も救えない」

「……それは、私が亡霊だから? もう誰の心にも響かない、ただの残響に過ぎないから?」

「いいや違うよ。誰かの為を想う願いなら、誰かと想わないと嘘だ。一人だけの理想は、一人よがりでしかない。どんなにそれが素晴らしい願いでも、理想でも、ただひとりだけで完結していたら、誰も救えないんだ」

 

 ただ一人で理想になろうとして、ただひとりで進んでいる気になって、ただひとりで、つぶれた憐れな見本がこのオレだ。

 

「レディ、君が言っているのはそういうことなんだ」

「ふふふふ。あなたも、私を過去のものにしたいのね。私はこんなに世界を救えるのに。女王にだってなれるのに」

「それじゃあ、呪いじゃないか」

「そうだよ。お兄さんの言う通りだよ! わたしたちは……魔法少女は! 中途半端で、理不尽なトラブルに巻き込まれてばかりで、それでもきっといいことが――あれ、いいことあったかな」

「ちょっとイリヤさん? ここはズバっというところですよ?」

「あっ、そ、そうだよ。いいことはいっぱいあったよ! わたしはミユに会えた。大好きなミユに。クロっていう生意気ですごく頼もしい妹もできた。ルビーやサファイア、リンさんやルヴィアさん、最初はちょっとどうかと思ったけど……本気で、自分を全部差し出してもいいって思える大切な仲間が出来た。それが、一番の宝物でしょう?」

 

 レディは静かに言った。自分にも仲間がいると。

 しかし、彼女の仲間は世界に棄てられた。

 

「異邦の守護獣(マスター)。あなたはどう? 忘れられてもいいと思うのかしら。世界を救ったら、あなたはどうするの? 今が一番つらくて、苦しくて、逃げ出したくて――でも、生きているでしょう? 世界を救ってしまった瞬間に――あなたは死ぬのよ?」

 

 続けてレディはマシュを見る。

 

「マシュ・キリエライト。あなたは? マスターとの願いは永遠に残る? 本当に……? 彼が、あなたの前から去っていくことに耐えられる? 永遠に彼の傍にいられるのなら、あなたはその希望に縋るでしょう?」

「それが?」

 

 まずはオレが答える。

 忘れられることには慣れている。特異点を巡る戦いなんてものはそういうものだから。記録には残らない。でも、オレの記憶の中に、心に残っている。

 だから、忘れられてもいい。オレの中に確かに残るものがあるのだから、忘れられても良いんだ。魔法少女は特にそうだろう。

 

 だって、そうだろう? 魔法少女が要らないということは、世界が平和ということなんだから。誰も泣かなくて済む。誰も苦しまなくて済む。誰も逃げなくて済むんだから。

 それにつらくても、苦しくても、前に進める。だって、マシュがいる。みんながいる。エドモン・ダンテスが、婦長が、みんなが、オレに勇気をくれた。

 

 だから、オレは何があっても、前に進める。

 

「……はい、そうですね。マスター。記録には残らなくても、わたしの中にはちゃんと残っています。それに、レディ。それは決して、希望ではありません。それに――」

「ああ、絶対に、オレはマシュから離れない。最後の瞬間まで、ともに歩き続けるとそう誓った」

 

 大丈夫。何があろうともマシュ。愛おしい後輩。オレのデミ・サーヴァント。ふかふかの、マシュ・キリエライト。

 たとえ君のことを忘れてしまっても、きっと君の下に戻る。それは既に証明されているんだ。

 

 シャトー・ディフ。偽りならざる監獄塔にて、オレはそれを証明した。全てを忘れたあの時、それでも前に進んだのだ。

 紛れもない、彼女の為に。

 

「……っ、嘘よ、そんなのありえない――」

「イリ……ヤ……」

「ミユ!」

「美遊様!」

「レディを……クロを……助けてあげて……レディの言葉は……偽りの言葉……決して叶わない、願いを、心の底に隠している……お願い……泣いている彼女の手を握って……イリヤが……わたしにしてくれたように……」

「うんっ……もう少しだけ待って、ミユ!」

「あと、その……こうして、ずっとクロと一緒だと……気まずいっていうか……何を話したらいいのか、わからなくて……沈黙が割と……痛い……」

 

 ――へ?

 

「へっ?」

「――ちょっ、なんですって!! 人が必死に抵抗しているのにッ!!」

 

 あまりのことに本人が出てきちゃったよ……。

 

「わたしだってめちゃめちゃ気を遣ってるんだからね! 直接わたしに言えばいいじゃない、なんて面倒くさいの!」

「い、いけません、クロさん! 美遊さんに憎しみを向けたら……」

「ああ、しまった……! もうっイリヤ、なんとかしなさい!」

 

 そのおかげで、レディとクロエが同調してしまった、完全に。これで相手は全力。オレたちが倒されてしまえば、美遊は心の支えを失う。

 

「負けられないのはいつも通りだな。行くぞ、マシュ、清姫、ノッブ!」

「はい、先輩!」

「燃やし尽くします」

「呵々、良いぞ、わしにまかせい」

「イリヤ――」

「うんっ! 絶対に勝つよ。ミユだって、戦ってる。なら、わたしも頑張る。カレイドの魔法少女は二人で一つなんだから!」

 

 レディへと挑む。

 オレたちの全力を彼女へとぶつける。

 

「――行くぞ」

 

 相手を想い、先ほどの戦いを思い起こし――全てを見通せ――。

 

 発動する魔術礼装。

 最大出力で演算される勝利への筋道。

 

 ただ一直線に、そこを駆け抜けるために指示を出す。口で足りないのならば目で、それでも足りないのならば全身で、あらゆる全て血が沸騰するほどの高揚と、代価の中で、勝利へと駒を進める。 

 守護獣である今、その負担は今、軽減されている。だからもっと先へ、もっと先を視る。

 

 イリヤに、マシュに、清姫に、ノッブに、先を示す――。

 

 それだけで、相手の攻撃はこちらには届かず、こちらの攻撃は何よりも効果的に相手へと届く。

 

 ――視ろ、視ろ、視ろ。

 

 一秒先の生存を、二秒先の拮抗を、三秒先の優勢を、四秒先の勝利を、五秒先の未来を。

 

「ならば――山を抜き、水を割り、なお墜ちることなきその両翼――鶴翼三連(かくよくさんれん)!」

 

 それはとある英霊の躱せない絶技。その応用。

 枝葉を辿り、掌握するはその技術の根源――。

 オレは、それを幻視する。

 投影された互いを引き寄せあう剣の檻と、彼女が行う転移の魔術による背後からの強襲を。

 

「マシュ――」

 

 言葉は一つでいい。

 

「はい、先輩!」

 

 ただそれだけで、放たれる攻撃をマシュは防ぎきる。

 

「っ――!?」

「イリヤ――」

「うんっ――最大放射《ファイア》!!」

「く、あああああああ――――」

 

 攻撃した瞬間のその隙に最大魔力を込めた攻撃を喰らい、レディの気配が消える。

 

「……ううっ……」

「相手の力をそぎ切った……よね? いま、あなたはレディ……? それとも……クロ……なの?」

「ふむふむー? どうやらクロさん優勢のようですよー?」

 

 憑依していたレディの反応が消えている。

 

「え、それは、ちょっとまって、レディさん! 聞こえるクロ!? お願い! もうちょっとこらえて!」

 

 また、なんて無茶を言っているんだろうかこの子は。

 

「あのねぇ……また勝手なこと……きっついなもう……」

 

 あちらが耐えている間に、こちらは美遊を助ける。拘束礼装は無力化されている。

 

「マシュ、美遊を頼んだ」

「はい」

 

 その間に、オレはイリヤの下へ。

 

「イリヤ、君が伝えたいことを言うと良い」

「わたしが!?」

「ああ」

 

 それがきっといいことに繋がる。なるほど、これがあの獅子王とか、婦長とか、エドモンの気持ちなわけだ。なんというか、まあ、そういうことなんだろうという妙な納得がある。

 彼女ならば大丈夫だろう。そんな、なんとも言えない奇妙な納得が。

 

「わかりました――レディさん……わ、わたしね……いつも目の前のことでせいいっぱいで、世界を救おうなんて考えたコトもなくて……ううん。正直に言うと、自分と関係ないことだからって遠くのことは考えないようにしてた。でも、もしもレディさんと同じ立場になったら……人に頼られて、振るうのが義務になってしまうくらい途方もない大きな力を手に入れてしまったら……」

 

 ふと、なんだか既視感を感じた。

 世界を救う。

 義務になってしまうくらいに大きな力を手に入れてしまった。

 

 ――なんだ、それはまるで。

 

「オレじゃないか……」

 

 そうか。彼女はある意味で、オレなのか。

 

 なんだかふとそう思った。

 世界を救ってくれ。世界を救ってくれ。

 そう人に頼られて、マスターというあまたの強大な力(サーヴァント)を操る存在になった。

 

 それは、まるでいつかのオレのようで。

 

「その時、自分に何が出来て、誰を選ぶのか……わたしにはまだ……わからない、です」

「…………そう」

「でも……わたしの大切な友達や家族が危ない目にあうことがあれば、わたしは魔法をためらいなく使う。わたしは、みんなの笑顔を護るために、魔法を……使うよ?」

「…………それで、あなた自身が泣くことになっても……?」

 

 イリヤは頷いた。

 

「イリヤ……私はあなたが羨ましい。……けれど、同時に、愚かだとも思う。まるで過去の私を見ているようだから。私は救えなかった……私の大切な友達を……」

 

 そうだ。彼女は、マシュを護れなかったオレなのかもしれないと、そう漠然と思う。

 だからこそ、予感する。

 彼女は世界と友人を天秤にかけて、世界を選んだ。

 

 ある意味で、オレもまたその選択を強いられる可能性がある。

 マシュを救うか、世界を救うか。

 オレもまた、きっと彼女のように、どちらかを選ぶ時が来るのかもしれない。

 

「私は、一番の親友だった、彼女を……救うことが、できなかった……」

「…………」

「……友達が……犠牲に? もしかして、その友達も一緒に魔法少女を?」

「……いいえ。いいえ、違う。彼女は魔法少女であることを拒絶した。世界の敵となって、人々を絶望させた」

 

 そして、彼女は、友達をその手で止めたのだ。止めるしかなかったのだ。

 

「もう二度と、彼女と会えない。ごめんなさいって……言えなかった……!」

「……っ……」

「それはどうかしらね」

 

 そこに声が響く。それはエレナの声。リリィもまた、無事にここにたどり着いていた。

 

「無事だったんだ」

「ええ、まあ。あなたが置いて行ってくれたこの子のおかげよ」

「―――」

 

 リリィはどうやら疲れて眠ってしまったようだ。それだけ頑張ったということなのだろう。ベディが頑張って持ち上げているが、きつそうだ。

 ノッブが仕方ないと抱え上げる。

 

「とりあえず、ここは結界が強すぎるわ。あの子が入れない。美遊も無事だったのなら、レディを連れて、一旦外に出ましょう」

 

 エレナに言われるがままに外にでると、そこにいたのは亡霊(エコー)だった。それは、黒壁の付近で出会ったあの徘徊していた亡霊。

 

「危なっかしく城へ向かっていたのを拾ってきたのよ。もしかしてファースト・レディ――あなたこの子をご存じなのではなくて?」

「………………」

「………………!!」

 

 エコーは確かにすごく怒っているような感じだ。だが、その声は響かない。その怒りは響かない。その想いは響かない。

 残響に紛れて、その言葉は響かない――。

 

「ルビー、なんとかできない?」

「それならおまかせです! ルビーちゃん特製の霊媒(イタコ)ポーションをどうぞ! えいっ!」

 

 イリヤに怪しげな薬が注射される。そうするといともたやすく、エコーを憑依させた。相変わらずデタラメに高機能な魔術礼装だ、オレもほしい。

 ああ、でもルビーのようにしゃべるのはいいかな。うるさそうだし。もっとおしとやかなステッキだったら、ほしいけどルビーはないな。うん、ないない。

 

「オットー、手が滑って、ちょーっとヤバゲなお薬を注射しちゃいそーですよー!」

「ちょ、たんまたんま!」

 

 そんなふざけている間に、レディとエコーは話をしていた。

 

「この……おばか!!」

 

 まずは罵倒からはじまった。それどころか殴った。

 

「……っぅ……いきなり殴られたぁ……なにをするの……!」

 

 それでも聞かずイリヤの中に入った幽霊は彼女を殴り続けている。

 

「イリヤに憑依したのは、誰なんだろう」

「……わたし、知っているかもしれません」

「美遊?」

「もし、夢で見た彼女なら……」

 

 しかし見た目的にはイリヤとクロエが殴り合っているというアレな光景。

 

「おばかだから、おばかっていったのよ!」

「………………その口癖……まさか……ミラー? あなたなの!? あなたも亡霊としてここに……!?」

「ええ……いけない? 短期間だけど私も魔法少女を務めた。だから資格はある。そして、今のあなたはファースト・レディ、最初の魔法少女、そうね?」

 

 美遊はその言葉を聞いて確信したらしい。

 

「やっぱり、ミラーさん? あなたがレディの大切なお友達……ですか?」

「そうよ――美遊」

 

 彼女はレディに敵として討たれた元魔法少女。

 

「レディ……あなたは一人の魔法少女として頑張ったわ。誰もが幸せになるように、自分のすべてを世界に差し出して。でも、あなたが頑張れば頑張るほど、人々からは逆に笑顔が消えていった。あなたは彼らの強欲と不満にただ翻弄されて、ぼろぼろに疲れ切って、笑いながら泣いていた」

 

 だから――だから彼女は世界を見限ったのか。

 友だちが泣いている。だから、世界ではなくて、友達を選んだのか。

 

 ――ミラー。

 

「……ずっとここにいたの? わたしが、気づけなかったの……?」

「ええ。私は今でも、おぼろげな亡霊だわ。こうしてイリヤの体を借りなければ、意識もはっきりと保てない。でも、ずっとあなたの存在は感じていた。この世界はあなたの後悔そのものだから」

 

 だから祈った。

 だから願った。

 ――安らぎを。

 

 黒壁の向こうにいる愛しい彼女に、その心に安らぎが訪れますように。

 

 ――そうか。

 

 クロエを呼んだのは彼女か。ずっと願っていたから。ずっとずっと。

 彼女の願いが、もたらした――希望だ

 

 ずっと待って、耐えて、祈って、願って、それでもあきらめなかった彼女にもたらされた希望(クロエ)

 それはきっとこの時の為に――。

 

「…………っ……固有結界が崩壊を始めたわ」

 

 レディが消えかけている。このままでは固有結界が消滅してしまう。

 

「イリヤ、クロエ、美遊……あなたたちを固有結界の崩壊に巻き込んでしまってごめんなさい」

「…………っ……何か、まだ方法が! いえ、わたしは、わたしはどうまっても――でも」

「レディ、あなたの固有結界をあたしが受け継いでは駄目かしら」

「そんなことが!?」

「お生憎だけど、あたしは本気よ。この世界は、傷ついた魔法少女を受け入れる場所として必要だわ。だから、あたしに、あなたの望みをもう一度やりなおさせてほしいのよ」

「…………エレナ。知恵と神秘の魔法少女。ええ……それが、あなたの心からの願いなら。わたしは……あなたの願いを叶えるわ!」

「感謝を。ファースト・レディ。今度はうまくやるわ」

 

 それを最後に、レディもミラーも、互いに魔力が衰え消えていく。

 

「――聞いて、レディ。あなたは世界に棄てられ忘れられた。そして手ひどく裏切られたと感じている。魔法少女は、魔女ではに。ましてや女王でもない。奇蹟に見返りを求めない。自分の為に魔法を使うこともしない。ただ見知らぬ誰かのた前に、胸の底から沸き起こる気持ちを呪文に乗せて唱える」

 

 そうでなければ、叶わぬ願いは呪いへと変わってしまう。

 届かない思いが、世界のはざまに拭き溜まって煉獄となる。

 

「わたしは……まだ、ミラー……あなたに……」

「ううん。レディ。いいの。いいのよ。だって――」

 

 もう充分、唱えた。のどがかれてしまった、声が出なくなるまで、その胸の底に湧きあがる気持ちが、もうなくなるまで。

 ただ唱えたのだ。

 

 魔法の本のページはもうない。これ以上先には唱える呪文はない。

 

 でも心配はいらない。

 

「だってそうでしょう? 世界の危機はいつだってなくならない。でも、その時は、わたしたちじゃない、新しい魔法少女が――イリヤのような素敵な魔法少女が生まれてくる」

 

 だから、もういいのだと彼女は言う。

 

 イリヤたち新しい魔法少女は未熟かもしれない。頼りないかもしれない。でも、それだけ、その掌には未来があるのだ。

 かつて、自分たちがそうであったように。

 

 二人は笑顔で、消えていった。エレナの手には新しい宝石が。クロエとイリヤは恋人つなぎで両手を握っている。あの二人のままに。

 

 ともあれ、これで解決だ。何やらイリヤや美遊、クロエがもめているが、とても楽しそうだからいいだろう。

 あとは帰るだけだ。それもまた問題はないらしい。宝石を一人一つ持って、他人の為に願えばいい。

 

 イリヤが美遊を、美遊がクロエを、クロエがイリヤをそれぞれ帰還できるように願えばいい。

 

「エレナさんは、このまま?」

「ええ、レディを引き継いで頑張るわ」

「ふむ。君が頑張るとか努力するとかいったらそれはもう、一生を捧げるという決意に等しい」

「そっか。うん――大丈夫なんだね?」

「ええ、大丈夫よ。まったく優しいのね。大丈夫よ。ええ、大丈夫。アルもついているしね」

「直流エターナル。私に任せておけばいい」

 

 いつかはきっと破たんする世界かもしれない。それでもきっとそれまで彼女たちは前向きに生きていくのだろう。

 その後もきっと、前向きに、どこかの世界で生き続けるのかもしれない。

 

「それじゃあね。マシュ。立派な魔法少女になるのよ」

「デミ・サーヴァントです!」

「あはは――うん。お兄さん、マシュさん、清姫さん、金時さん、ノッブさん、沖田さん、リリィさん、ベディさん。お兄さんたちはとってもやさしいから。だから、話すのが怖かったんだけど……お兄さんたちは、ずっと自分たちの世界を背負って戦ってたんだね――真剣に。命がけで。それがロマニ先生とのやりとりとかで、なんとなくわかってしまって」

「…………」

「わたしなんかより、はるかに大きな使命を背負っていても、それでも、ミユを、クロを、わたしたちを助けてくれた」

「気まぐれだよ。単なるね」

「気まぐれでできることじゃないです。お兄さんは、凄い人です」

「――――」

「自分が一番苦しいのに、他の人に手を差し伸べられる。それって、どんな魔法でも起こせない奇蹟だと思います」

「いや、それは――」

 

 みんながいるからだし。エドモンに言われたからだ。オレは、凄くないよ。

 

「いいえ。お兄さんはすごい人です。そして、きっと、お兄さんみたいなにしか、世界は救えないんです……ほら、クロも、何か言うことがあるでしょう?」

「…………迷惑かけてわるかったわ。そっちもなんだかタイヘンそうだけど、気楽にやりなさい」

「そんな言い方はないでしょう!」

「――本当にありがとうございました。わたしには……世界を救う、という命題にどれほど強い意思が必要か……想像もつきません」

 

 想像できない方がいい。というか想像できるんだったら、ちょっと大変だと思う。その年で、そんなに強い意思は持たなくていいと思うんだ。

 

「けれど、わたしたちの為に心を砕いてくれたこと……そのあたたかな思いは、確かに伝わりました。誰かのためにその身を削って戦える……きっと、そんな姿が、人を救ってくれるんだと。この世界を意味あるものにしてくれるてるんだと。そう……思います」

「美遊はもう少しわがままになってもいいかもしれない。オレもだけど、素直な気持ちを前に出すことは悪いことじゃない。というか、うん、オレが言う事じゃないんだけど、ヒトって言われないとわからないからさ」

 

 どんなに以心伝心だろうとも、言葉はそのためにあるのだから。何かを伝えるために、言葉はあるのだから。言葉にしなければ伝わらないこともある。

 

「オレも出来てなくて、怒られまくってるからね。伝えられるなら言葉にした方がいい」

「大丈夫です。今はもう、イリヤやクロがいますから」

「そっか」

 

 オレが心配することじゃなかったな。

 

 そうして、彼女たちは自分たちの世界に還っていく。オレたちもまた、同じく。

 オレたちはカルデアに帰還した。いつも通りドクターが迎えてくれる。姿も元通り。守護獣の時に感じた力はどこかへと消えていた。

 

「カルデアは大丈夫だった?」

「何とかね。今、レオナルドがそこらへんの対応をしているけれど、次のレイシフトには間に合わないだろう。特異点発生の兆しもある。心苦しいけれど、全員で行くのは諦めてほしい」

「いいよ、何人かこっちに残ってもらう」

「ありがとう。さて、マシュは、どうだった?」

「はい。とても貴重な体験をさせていただきました」

「そっか、それは良かった。それじゃあ、落ち着いたところで――そこにいる彼女は?」

 

 ――彼女?

 

 振り返ればそこには――。

 

「――ん?」

 

 クロエがいた――。

 

「なんとなくこっちの任務ってのも面白そうだって思ってたの」

「――それはつまり、こちらの一員になるってことでいいんだね?」

「――はい。望みます。願ってもないわ。イリヤやミユの方には、もう一人のわたしがちゃんと帰還したわ。何の問題もない」

 

 ならば、オレは手を彼女へ差し出す。

 

「ようこそ、カルデアへ」

「ええ、クロエ・フォン・アインツベルンよ。これからよろしくお願いします、マスター…………でも、やっぱりマスターって雰囲気じゃないかな。お兄ちゃんでいい? ――あ、そうだ。ときどき魔力供給の方もよろしくね?」

「だめです!」

 

 なにはともあれ、今回も無事に解決だ――。

 次の特異点もあるらしいけれど、新しい仲間もできたし、大丈夫だろう。

 

「それじゃあ、さっそく――」

 

 なにやら口づけされている――。

 

「ああ、先輩!」

「………………」

「清姫が彫像のように固まった!?」

 

 とりあえず、気絶しておこう――。

 




さあ、次はZEROだ、行くぞこんちくしょーう。

というわけで、サーヴァント制限だ。
連れていくのは、対金ぴか用クロエ、対征服王用ノッブ、対お父さん用マシュ、対ランサー用スカサハ(現代服)、対セイバー用式、対アサシン用二重人格で対抗するためのジキル、 子供を護れ金時マンの七騎だ。

サンタオルタを連れていくと強制的に四次セイバーになるので、今回は居残りだ。
というか、正直そいつらを絡ませると面倒くさいどころの話じゃないのでな。
話数がどんだけあっても足りんわ!

孔明先生は出そうか出さないかすごい迷っているんじゃ。四次キャスターの代わりに召喚されるという案もある。

これだけは確定していることといえば、
ディルが、緒戦でスカサハ師匠とやり合うこと
ノッブ対王の軍勢
金ぴか対バーサーカー&クロエ&マシュ
アゾット! くらいかなー。

正直ZEROは難しすぎる。

zero編構想していたら、孔明いなかったらぐだ男が聖杯の泥に呑まれて発狂死するか、聖杯の泥をキャメロットで防いで、地獄を見て心がひび割れていく展開にしかならなかった。

これは、カンニングマシーンが必須か……。


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Fate/Accel Zero Order
Fate/Accel Zero Order 1


「――べつにオレが悪魔でも構わないんだよね。でもそれって、もしオレ以外に本物の悪魔がいたりしたら、ちょっとばかり相手に失礼な話だよね。そこんとこ、スッキリしなくてさぁ。

 

 ――チワッス、雨生龍之介は悪魔であります!

 

 なんて名乗っちゃっていいもんかどうか。それ考えたらさ、もう確かめるしか他にないと思ったワケよ。本物の悪魔がいるのかどうか。

 でもね。やっぱりホラ、万が一本当に悪魔とか出てきちゃったらさ、何の準備もなくて茶飲み話だけ、ってのもマヌケな話じゃん? だからね、坊や…もし悪魔サンがお出ましになったら、ひとつ殺されてみてくれない?」

 

 男がいた。

 血みどろの部屋に男がいた。

 男は何事かをしゃべっている。

 何かを唱えている。

 

 それは呪文。詠唱。

 

 その足元には、生贄のように小学生の子供が、いた。

 

 何かがリビングの中を吹き荒れている。

 

 男の詠唱とともに何かが、そう何かがこの部屋に現れようとしている。

 

 それは人だった。

 

 それは男だった。

 

 それは、赤いコートの男だった。

 

「ふむ、まさか本当に行けるとはな。特異点化しているとは思ったが、しかし、よりにもよってこのような場所か」

「おお! なんか、出た! ――えと、雨生龍之介っす。職業フリーター。趣味は人殺し全般。子供とか若い女とか好きです。最近は基本に戻って剃刀とかに凝ってます」

「そうか。ひとまずは黙っておいてくれないか。今、こちらは忙しい――」

 

 暗示一つ、男を黙らせ、コートの男は子供を警察に届けて、このどうしようもない男を簀巻きにして引きずっていく。

 

「まったく、マスターが必要とはいえ、このような男だと?」

 

 まったくと嘆きながら、コートの男は、都市を一望できるビルの屋上へとやってくる。

 

「だが、今こそあの結末――我が計略をもって覆す――」

 

 男――キャスター。

 否――諸葛孔明。

 否――ロード・エルメロイ二世。

 

 男は、今、再び、この結末を覆さんと計略を奔らせる。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 夜――ふと目を覚ました。最近、直感が鍛えられているからか、何かが部屋に入ったり、ベッドに入ってきたりしたらわかるようになってきたのだ。

 夜中に目を覚ますというのはそれ以外にはありえない。特異点でもなるべく魔力回復のために寝るようにしているし、起きる時はしっかりと目を覚ますように訓練している。

 

 だから、起きたということは、単なる寝ぼけじゃないということ。

 

「――重い」

 

 まず感じたのは重みだった。誰かが上に乗っているような。この感じは久しぶりだなと思う。さて、誰だろうかと布団を剥ぐと――。

 

「クロエだったかー」

 

 これは予想外。まあ、子供ならいいか。とりあえず、ぬくいのでそのまま眠ろうとすると。

 

「ちょっとちょっと――」

「なに、クロエ」

「やっぱり気が付いてるのよね。寝ぼけてるとかじゃないのよね」

「それが?」

「だったら、驚きなさいよ」

 

 いや、だって、寝たい。それにぬくい。なんというかカレンダーが秋に差し掛かっているということもあって、カルデアの中の空調は普段通りなのだが、どうにも気分的に肌寒さを感じてしまうので、ぬくもりがほしいというか。

 クロエなら子供だし、別に入り込んできても問題ないし、ゆたんぽには最適? とか思ったり。きよひー? きよひーは、駄目だ。うん、ちょっとアレはダメ、発育的に。

 

 ――ガーン!?

 

 どこかで、落ち込んだ音が聞こえた気がするが、気にしないでおこう。

 

「で、なぜに潜り込んできたのか――っと、呼び出しだ行こうか」

 

 管制室から呼び出しを喰らったので向かう。

 

「真夜中ですがおはようございます先輩」

「おはようマシュ」

「クロエさんとご一緒だったのですか?」

「なんか布団に潜り込んできた」

「む、それはいけません。クロエさん、先輩の休息を邪魔してはいけませんよ」

「……なんか思っていた反応と違うわね……もっとこう、なんかないの? 女の子がベッドの中にいたのよ?」

「はい? いえ、とくには。クロエさんはまだ子供ですし、両親が恋しいこともあるかと」

 

 今回は完全にいたずらだったんだろうけどね。呼び出しがあるってことは何か起きたってことだ。ドクターのところに行くと、案の定特異点が発生したのだという。

 

「魔法少女の一件から、まだ日もたっていなくて悪いけどね」

「それは仕方ないし、ドクターのせいじゃないからね。今回はどこ?」

「日本の地方都市だよ」

「ん? それって」

「そう特異点Fと同座標だ。けれど特異点Fよりも十年過去にあたる。聖杯そのものとは断定できていなけれど、きわめてそれに類似した反応が観測されている」

 

 なるほど、特異点Fよりも過去なのか。しかし、それはそれでありうるのだろうか。同じ場所に何度も聖杯が出現するのは。

 

「うん、そうなんだよ。まったくもって謎だ。今回ばかりはダ・ヴィンチちゃんでもわからないとのことだ。そもそも情報が少なすぎる」

「ゆえに、直接乗り込むということじゃな」

「スカサハ師匠」

 

 水着じゃなくて今日は現代衣装だ。カジュアルなジーンズに冬物のジャケット。さすがに水着じゃ寒いのかなとは思うが、似合ってるよ似合いすぎてるよこの人。

 

「ならば私が出ようではないか。なに、ここ数日まともな戦いもない。お主たちが固有結界に行っている間に出現した敵も歯ごたえのないものであったのでな、久方ぶりに槍を振るいたい気分よ。そのための現代衣装に衣替えをしてみた。どうだ?」

「似合ってますね、お美しいです。さすがスカサハ師匠」

「う、うむ。相変わらず歯に衣着せぬ物言いよ」

「彼女が言ってくれるのなら心強い。何が起きるかわからないからね。前回のようにこちらに襲撃があるかもしれないから、全員でいけない。それに、観測している限り、現代の都市部だ、人選はした方がいいね」

 

 確かに。現代の都市部にあからさまに鎧やら銀の義手やらつけているのが行くのは絵的にマズイ。誰もいないのならいいけれど、少なくとも生命反応があるらしいことからして、誰かいるのは確実だろう。

 

「じゃあじゃあ! わたしの出番ね! 現代っ子だし」

「そうだな。そう考えると式と、金時も行けるか」

「わしじゃ、わしも行くぞ」

「ちゃっかりノッブも現代服に着替えてるし……なに女子高生? なぜに女子高生?」

「わしじゃからな!」

 

 まあ、いいか。

 

「それじゃあ、今回はマシュ、スカサハ師匠、クロエ、ノッブ、ジキル博士、式、金時、頼むよ」

「頼んだよ。こちらは警戒をしておくし、レオナルドもちゃんとやっているから、君たちが戻る頃にはいつも通り全員で特異点に挑めるようになっているはずさ」

「あんまり無理はしないでね、ドクター、何かお見上げがあったら持って帰るよ」

「お、それなら、あのアイドルの限定版グッズを――い、いや、うん、それはまた今度。今回も聖杯の回収、もしくは破壊が任務だ。頼んだよ」

 

 レイシフトする。レイシフトを終えると出たのは、夜の街だった。燃えてしまう前の冬木市。人の営みが息づいている都市だった。

 平和そうな都市だ。こんなところに聖杯なんてあるのだろうか。そう思ってしまうほどには穏やかな空気が流れているような気が――。

 

「――なにっ!?」

「――ああ、なんだやっぱりおまえらか」

 

 その瞬間、風切音を聞いた。それは第六特異点で聞いた風切り音。ダークのそれ。聞き取れたのは、何のことはないよく聞いていたから。

 聞いていなければ気が付けなかっただろう。そして、気が付けても躱せないが――ことこういうたぐいにはめっぽう強い式がいる。

 

 すでに式が飛翔するダークを切り払った時点で、全員が戦闘態勢に移行。

 

「出て来いよ。アンタらのそれは視てるからな。バレバレだぞ」

「貴様、どうやって我が気配遮断を」

 

 闇夜から現れるのは黒衣のアサシン。仮面をつけた女サーヴァント。百貌のハサン。まさか、レイシフトした瞬間に襲われるとは予想外だ。

 彼女の能力は分裂。つまり彼女だけではない。だが、普通ならば出てきていいはずのそれらはこない。ということはここにはいない?

 

 となれば、分散しているのか。この都市に。ともかくサーヴァントがいることがわかったのならば、ためらう必要もない。

 敵を逃がさないように取り囲んで倒す。ハサンを相手に情報を引き出せるとは思わない。だから、まずはここを離れるためにも彼女を倒す。

 

「さて、マスター、すまぬが、私には行くところが出来た」

「はい?」

 

 アサシンを倒した後、スカサハ師匠がそんなことを言ってきた。

 

「行くってどこへ? あちらだ」

 

 地図で確認。埠頭の方だ。

 

「誘っている。この気、ケルトのものだな。ならば、少々試さんとな、気が済まん」

「まあ、何が起きているのかわからないから、行くのはありか」

 

 どのみち当てがないのだ。ならば、誘われているというのならば行くしかないだろう。

 

「では行くぞ」

「ちょ――」

 

 スカサハ師匠に抱えられて全力で移動させられる。埠頭までそれなりに距離があったはずだが、ものの数秒でたどり着く。

 

「ふむ、何やら賢しい陣が敷いてあるようだ――だが――」

 

 ルーンをスカサハ師匠が描けば、何かが割れるような音と同時に、そこに現れる青い騎士と二槍の騎士とコートの男。

 どいつもこいつも見た顔だ。アーサー王、ディルムッド、諸葛孔明。

 

「ええい、また邪魔か――な!?」

「む、石の迷路が消えた――」

「ほう、輝く貌のディルムッド。よしよし、相手にとって不足なし」

「何者!」

「なあに、誘っておっただろう。そういうわけだ、マスター、ちょっと遊んでくる」

 

 なんというか師匠がノリノリだ。暴れたかったんだろうなぁ……。

 

「名乗るほどのものでもないが――そら、これを見たらわかるだろうて」

 

 現代服のまま、彼女は朱槍を取り出す。

 

「――!!」

 

 ディルムッドの気配が変わる。気が付いたのだろう、彼女の正体に。ケルトの英雄ならば知らない者はいない。朱槍――ゲイ・ボルク

 その持ち主たる男――クー・フーリンを。であれば、気が付くはずだ、その師の名へと。

 

「ここで、影の国の女王と相まみえることが叶おうとは」

「御託はいい。決死の覚悟で挑むが良い」

「名乗ることが出来ぬ身をお許しを。その代わりと言ってはなんでしょうが、全霊を以て挑ませていただく。では――!!」

 

 二槍が翻る。赤の軌跡が迎撃する。

 煌きだけがそこに在る。もはや人間の動体視力では何が起きているのか視認すら不可能な領域の高速戦闘。これが本来のサーヴァント戦なのだと言わんばかりの暴威を見せつけながら、互いの絶技を比べ合っていた。

 

「もっと速度は上がるか?」

「あがりますとも!」

 

 ならばついてくるが良い。サーヴァントの霊基、アサシンとしての霊基であるが、ちょうどよい。ランサーとして現界したかの者とやりあうのならばこのくらいがちょうどよい。

 槍だけでなく、あまた朱の武具を用いて、変幻自在の二槍を防ぎ、または攻め立てる。

 

「セイバー、これは――」

「下がってアイリスフィール」

 

 セイバーたちは、戦闘態勢を維持したまま動かない。こちらを常に視界に収め、こちらの動向を探るべく睨み付けている。

 

「うそ、ありえないわ」

「アイリスフィール?」

「あの男の子の周りにいる人、全員現代の服装をしているけれど、みんなサーヴァントよ――!」

「な――」

 

 それはありえない事態だ。彼女らの常識においては、聖杯戦争は七騎のサーヴァントによる戦いなのだ。それなのに、単独のマスターの周りに、ランサーと戦っている女も含めて七騎のサーヴァントがいる。

 明らかに過剰。理解の及ばない尋常ならざる事態だ。

 

「ええい、くそ。特異点化しているからいつか来るだろうとは思っていたが、まさかこの時だと! ええい、あちらを止めるのは不可能か。ならば――そこのマスター!」

 

 

 諸葛孔明がこちらに話しかけてくる。たしか、ロード・エルメロイ二世とも名乗っていた、ローマで出会ったサーヴァントの一人だ。

 まさかここで出会うとは思わなかった。

 

「あなたはなにか事情を知っていそうだね」

「ああ、知っている。それを説明してもいい。故に、あちらで戦っている女サーヴァントを止めてもらいたい」

「……わかったよ、スカサハ!」

 

 こちらとしても情報はほしい。

 

「む――」

 

 高速戦闘のギアがさらに上がろうとした瞬間、されどぴたりと止まる。

 

「なんじゃ、マスター。こちらもようやく温まってきたところ」

「ちょっとストップ。なんで、こうめ――ふがっ」

「二世と呼んでもらおうか」

「二世が、止めろって」

 

 なんともいいところであったのにとスカサハ師匠はぼやいているが、槍を収めてくれる。

 

「すまぬなディルムッド。そういうわけだ」

 

 ディルムッドもまた止まるが、様子見といったところだ。彼のマスターも気が付いたのだろう。こちらがサーヴァントを七騎もつれているということを。

 

「さて、止まったな。予想外のところで乱入されて計画は狂ったがちょうどいい。足りない戦力がやってきたんだ。ならば有効に使うまで。さて、マスター、もう一つやってもらいたいことがある」

「それをやるメリットは?」

「おまえたちの目的がここの聖杯だろうということは知っている。それについての危険性、この状況すべての説明と打開策の提示をしよう」

 

 言葉を吟味する。

 

「式?」

「嘘はついてないな」

「博士?」

「提案にのっても大丈夫だと思う」

「おう、何かあればオレっちがぶん殴ってやるからな」

 

 ならいいだろう二世の提案に乗ろう。

 

「であれば、まずは、そこのセイバーを追い返す。重要なのは倒さずにやることだ」

「また変な注文だね」

 

 まあ――やろうと思えばできるけど。

 

「く、攻撃が読まれて――」

 

 悪いけれど――そちらの動きは読めている。アーサー王とオレが何度戦ったと思っているのか。型は違うが、源流が同じ、そこから辿れば根源に至る。

 そう、アーサ-王の動きはオレは完璧に予測可能だ。

 

「マシュ!」

「はい!」

 

 剣戟を予測し、マシュが防ぐ。

 

「く――その盾は――!」

 

 マシュの盾は円卓だ。見覚えがあるだろうね。だから、満足には動けなかろう。その剣戟など読みやすいことこの上なし。

 バージョンアップしたダ・ヴィンチちゃん眼鏡のおかげで予測しやすくてしょうがない。

 

「く、ここは退きます!」

 

 マスターを連れてセイバーは撤退した。

 

「よくやった――さて」

 

 セイバーが終わり、次はランサーかとディルムッドが構えているが、

 

「落ち着かれよフィオナ騎士団の一番槍。我々はアーチボルト陣営の敵ではない」

 

 彼は――そう話を始めた――。

 




というわけでAZO編開始。始めは孔明先生なしでいこうと思っていたんじゃ。
だが、な、何度構想しても、聖杯の泥にぐだ男が呑まれるか、地獄を見た――にしかならなかったので、孔明先生がイン。
さらば術ジル。

まあ、そんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。

重要なのはクリスマスイベが月曜日に始まるということ。
配布がランサーだったということ。
期間限定ガチャが赤い悪魔だったということ。

私が本気を出すと決めているのは悠木鯖、植田鯖、エドモン、キャラが気に入った鯖。
あのイシュタル、おそらくどころか植田鯖。
ならば、本気を出すしかあるまいよ。
あ、でも課金は家賃までです。

ボックスガチャにスキル石入ってるし回すぞ。
配布鯖縛りで七章攻略の為にも林檎を喰らいつくす勢いで回る。
大丈夫だ、覚悟はできている。

ちなみに配布鯖は全員最終再臨しました。スキルもあげられるのは6くらいまであげたりしてます。QPが足りません。

ともかく、私は七章を配布鯖縛りする。逃げられないようにここで宣言しよう。
7章配布鯖縛り
・雑魚戦以外のサーヴァントや強敵戦で味方サーヴァントが死んだら使わない&小説でも死亡。
・フレンドは縛らない。
・マシュやナビゲーターなど物語上一緒にいるサーヴァントは配布以外でも使用可。倒れても使って良し。
・令呪は三回のみ使用可。
・コンティニュー不可。

フレンドとガイドのサーヴァントとか、物語上一緒にいる味方サーヴァントは使っていいことにすれば、七章で出てくるサーヴァントは使えるかもしれない。
基本は配布のみですが、クリア不可能になるのを避けるためにそれくらいは見逃してくだしあ。


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Fate/Accel Zero Order 2

「話――だと?」

 

 どこからともなく声がする。それはディルムッドのマスターの声。二世の言葉に、反応したようだ。

 

「ふむ、どうやら只者ではないようだな。だが――なぜ私がランサーのマスターだと気が付いた」

「ケイネス卿、我々は御身の支援にはせ参じた者です。故あって名は秘さざるを得ないのですが、ここはひとまずレディ・ライネスの名代とだけ申し上げておきます」

「ライネス……我が姪の? いったいどういうことだ?」

「それを話すには、少々この場ではいささか不用心でしょう。ですが、これだけは信じてもらいたい。我々は、御身を勝利させんとここに集ったのです。聖杯戦争の予備システムに介入し、御身の助けとなる七騎のサーヴァントも用意いたしました。しかし、こちらも準備がある、明日の22時に冬木ニュータワー最上階のスイートをお訪ねいたします」

 

 よくもまあ、こう不測の事態だろうにぺらぺらと舌が回るというか、いつの間にかこちらも協力させられる流れだ。

 ただ、これ以外に情報源もないのだ。明らかに、通常の特異点とはことなり様々な勢力がある様子。少なくとも、アーサー王とこちらのアーチボルト? という陣営があるし、百貌のハサンもいる。

 

 こうも入り乱れているとなると何が正しく、何が間違っているのかも判断が付かない。となれば、ともかく情報。ここで起きている事態を知る必要がある。

 

 その間に、二世とディルムッドのマスターと話は付いたのだろう。こちらの実力を見せる必要はなく、先ほどスカサハがディルムッド相手に見せたものとしていろいろと苦心して処理しているようだ。

 

「……このまま、ついて行っていいものか」

「なんじゃ、不安か? なに同盟相手に裏切られることなど慣れておるから問題なしじゃ」

「ノッブがいうと説得力が段違いだよ。ドクター?」

「うん、今は、どうしようもない。どうにも、こちらが知っている歴史とその特異点はいろいろと食い違っているみたいだしね」

「なに、任せよ。なにかあれば私が本気を出すさ」

 

 スカサハ師匠がそう言ってくれるのなら安心だ。

 

「話はついた。移動するぞ」

「ちゃんと説明してくれるんだろうな?」

「ああ、おまえたちを野放しにすると確実に面倒な事態を引き起こしかねん。私が止めなければ、先ほどランサーとセイバーと戦っていれば倒していただろう。それでは困るのでな。ならば、こちらに足りない戦力として使うのが一番効率的だ」

「なるほど……」

 

 というわけで、二世に連れられて移動したのは駅前の喫茶店だ。スタバとかそういう奴。久しぶりの喫茶店にオレはなつかしさを感じていた。

 人も多い。そのことが、こんなにも懐かしいとは思わなかった。そして、それだけ、オレが遠いところに来てしまったのだなと気が付いた。

 

 あの時、ラーメン屋の店主に教えられたままにカルデアに行って、マシュと出会って、特異点を旅して。そんなことになるって言ってもあの時のオレはきっと信じないだろうなぁ。

 

「せ、先輩! ここがあの有名なスタバというものなのですか!?」

「あー、そっかマシュは初めてだっけ」

「はい、ヒトの営みというのは初めてで、そのそんな状況というわけではないのですが、とても楽しく」

 

 そうだろうねぇ。移動中も自動販売機ではしゃいでたし。夜の繁華街とはいえちょっとおかしな子扱いされて生暖かい視線を受けてたし。

 それはまだましな方で面倒なのはスカサハ師匠だった。ものすごい美人なのだ。ちょっと声をかけようと思うような奴らもいたわけで、その都度いろいろと面倒くさいことに発展したりとここに来るまでに時間を使ってしまった。

 

「すごいですよ、金時さん! こんなにも――」

「おお、こいつはゴールデンだぜ!」

「うはは、みよ、このノッブスペシャルを!」

「あんまはしゃぐなよ」

 

 ……楽しそうだなぁ……。うん、楽しいのだろう。とりあえず、金時がいれば誰もが認める眼鏡美少女であるマシュにも、女子高生の格好してるノッブにも誰も寄ってこないだろうからね。

 グラサンつけたライダースーツの筋骨隆々といえる男になんて誰も喧嘩売らないだろうし、そんなのと一緒にいる可愛い女子とお近づきになりたい男は今の日本にはいるまい。

 というわけで、あちらは、もう少し楽しんでもらうとして、こちらは話をしよう。式がいるんだし、大変なことにはなるまい。

 

「説明してもよろしいかな」

「ええ」

「さて、では何から話したものか。まず、私の知識は、君たちカルデア側とはおそらく異なっている」

「そうだね。ドクターもそう言っていたね、マスター。本来なら、この時間軸に聖杯戦争は起きているはずがないと」

「それも致し方あるまい。人理定礎が焼却されたのだ。おおもととなる土台がなくなり、すべてが宙づり状態であれば、その観測の領域もまた、様々な可能性が入り乱れたものになるのも当然といえる」

 

 この手の話は、オレには難しすぎる。魔術なんて素人だし、今だって魔術礼装にある簡単なものしか使えないし。

 まあ、ジキル博士とスカサハ師匠が理解してるっぽいのに二人に任せるとしよう。その辺は適材適所だ。オレが考えるべきは、ここでどうするか。

 

 大まかな情勢を理解し、どう動くのかを判断することだ。そのために必要なことは聞き流さないようにしながら、二世の話を聞く。

 

「まずは差異のすり合わせといきたいが、聖杯戦争については知っているな?」

「それはまあ。たしか2004年に開催されたって聞いてる。それ以前にはなかったとも」

「ふむ、なるほど……私の知るところ、冬木の聖杯戦争は都合五回開催されている」

「五回も!?」

「このような大規模儀式を五回か……なんとも人間とは豪気じゃのう」

 

 そんなに驚くようなことなのでしょうか。グランドオーダーを都合六回くらい超えて来た身としては、七人のマスターと七騎のサーヴァントが戦うだけの聖杯戦争が五回開催されたとところで、それほどと思わないんですが。

 

「サーヴァントの方が理解して、マスターが理解していないでどうする。まあ、十数のサーヴァントを従えるマスターの言葉としては、確かに、一人一騎で七騎が戦うだけの聖杯戦争など、驚くほどでもないか――ともかく、この特異点はおまえたちが知る歴史ではなく、私の知る歴史で動いている。もっとも、私がキャスターとして召喚された時点で、乖離し始めているがな」

 

 だが、それでも大筋は解る彼は言う。

 ここはオレたちが特異点Fと呼ぶ2004年の聖杯戦争ではなく、その十年前、第四次聖杯戦争のものだという。

 

「この特異点の成り立ちは不明だが、やるべきことは聖杯の破壊だ」

「回収ではなく?」

「そうだ。冬木で五回も聖杯戦争が繰り返された理由はわかるか?」

「…………五回も? それだけ聖杯がほしかったとか?」

 

 一個じゃ足りないから五回もやって五個も聖杯を作ったとか。もしかしたら、ソロモンが置いている聖杯は冬木で作られていた……?

 

「何やら愉快なことを考えているようだが、違う。そもそも聖杯などというものをそんなに集めてどうするんだ」

 

 聖杯転臨(ゲームで必要)とか?

 

 なんか変な電波を受信したが、オレの持ってる知識で考えるなら、人理焼却の為の特異点を作るためとか。

 

「そんなものをどうして一地方都市の魔術師たちがやらなければならないんだ」

「それもそうか……」

「繰り返されたのは単純だ。聖杯がただの一度も具現化しなかったが故だ」

 

 聖杯戦争をやって聖杯が一度も具現しなかった? だから、五回も繰り返した? どういうこと? 聖杯を回収して保存している身からしたらよくわからない。

 

「それについては、知る必要はない。事実として受け止めておくと良い。事実、五回も聖杯戦争が行われたのがその証拠になる。開催した者たちは、聖杯さえ降臨すればよいのだからな。

 ただ、此処の聖杯は少々厄介なことになっている。この儀式は三度目以降、とある事故のせいで、儀式とはいいがたい代物に変質している」

 

 変質。どうやらのっぴきならない事態のようだ。

 

「結論から言おう。この聖杯は回収しては、いけない。この冬木に存在する聖杯は、実現してはいけない聖杯だ」

 

 つまりは、毒だと彼は言った。

 

 願望器という触れ込みで、参加者を惑わしておきながら、その実体は世界を滅ぼす大量殺戮兵器だったのだから。

 

「? それが驚くようなことかな」

 

 聖杯ってそういうものな気が。人理焼却に使われてるし、魔神柱なんてものを生み出すし、聖杯ってろくなものじゃないよね。

 円卓にはギフトを与える要因になり、オジマンディアスとはそのおかげでいろいろと大変な目に遭ったし、何度も何度も強敵を呼び出すわ。ノッブ曰く爆弾にもなるらしいし。

 

 聖杯って、オレたちにとって害悪でしかないな……。唯一良かったことはチビノブという至高のぷにぷにを生み出してくれたことだろう。あれはいいものだ……。

 だから、今更、その程度のことで何を驚く必要があるのだろう。

 

「ええい、世界観が違いすぎて会話がしにくい。こちらの世界では、聖杯は文字通り万能の願望器で大量殺戮兵器であるほうがおかしいのだ。そして、ここからが肝になる。この戦いはサーヴァントが脱落されるにつれ、その大量殺戮兵器による大災害のカウントダウンが進む」

「なるほど、先ほどセイバーを倒すなと言ったのは」

「ああそういうことだ」

 

 ああ、うん。確かにこれは事情を知らないと普通に襲ってきたら倒してしまいそうだ。つまりオレたちは知れず破滅のカウントダウンを進めるところだったということ。

 

「危ない危ない……」

「しかし、姑息な罠もあったものだ。万能の願望器にひかれてやってきてみればその実、大災害への引き金を引かされるとは」

「ここに召喚されたサーヴァントが一定数まで生贄になった時点で、この世すべての悪(アンリマユ)が起動する」

 

 アンリマユ。ゾロアスター教に登場する悪神。善悪二元論のゾロアスター教において、最高善とする神アフラ・マズダーに対抗する絶対悪とされている。

 

「まさか、そんなものが?」

「冗談のようだが」

「神ならば殺してしまえばよかろう」

「それが出来れば私が多大な労力をかけて大聖杯を解体することなんてなかっただろう」

「ふむ、悪神ときたか、うむ……」

「師匠自重して」

「む、なんだ、儂とて分別はある。悪神とやらならば、私を殺せるやもしれぬなどとは思ってもおらぬし、久方ぶりに、血沸き肉躍る戦ができると思ってなどおらぬ。おらぬからな」

 

 ともかく、二世曰く地球破壊爆弾ともいえるものらしい。人類史を破壊するには十分すぎるもの。そんなものをこんなところで出してしまったら、どれほどの被害がでるかわかったものではないのは確実だ。

 なら、そんなことにはさせない。

 

「話を続けてもいいかな。――ともかく、この儀式を完遂させるわけにはいかないことは理解できたはずだ」

「それが本当の話ならね」

 

 嘘をついているようには見えないが、相手はあの諸葛孔明なのだ。ロード・エルメロイ二世とも名乗っているが、あの諸葛孔明の疑似サーヴァント。

 容易に信用してよいものかはきちんと判断しなければならない。

 

「用心深いことはいいことだ。こちらとしても味方が有能な方がいい。証拠は後々提示するが、こうするとしよう――」

 

 彼は彼が持っていたスーツケースからこっそりと何かを取り出して見せる。それは腕だった。令呪が見える。

 

「それは……?」

「この世界に現界する上での私のマスターだ。殺人鬼だから、こうやって簀巻きにしてスーツケースに入れてある。ともかくだ、令呪を使い、私が君たちに危害を加えないと命令させる、それならば信用できるだろう?」

 

 令呪で確かに命令されれば安心だ。

 

「まだだよマスター。そちらのマスターが簀巻きにされているのなら、その強制力も完璧には信用できない。ここは誓約(ギアス)を立てておいてもらおう」

「用心深いな、ミスター・ジキル。だが、それでそちらが私を信用するのならば良かろう」

 

 ギアスを用い、令呪も用いて、二世はこちらに危害を精神面、物理面、策略面、あらゆる面でこちらに危害を加えることができないようにした。

 更に嘘もついていないこともその過程で判明させたので、今までの話に嘘はないとわかった。ならば信用しよう。

 

「さて、信用されたとことで、ここからが本題になる。聖杯戦争では五回とも聖杯は降臨しなかった。だが――ここは特異点化し、カルデアから君たちが来たとあっては話は別となる」

 

 聖杯がすでにある。それがおかしい。聖杯がすでに出現してしまっているのならば、街は既に火の海になっていなければおかしいのだ。

 だが、一見したところで何の異常も起きていない。

 

「つまり、そちらで感知された聖杯は、アンリマユに汚染された冬木の大聖杯とはまた別の代物だろう。私の記憶でも、四度目の聖杯戦争はまだ序盤も序盤だ。戦局が大きく動くのは、今夜が契機だった。

 私の経験上、大聖杯が限定的ながらも稼働を始めるのは、七人のうち五人目のサーヴァントが敗退した後だ」

「裏を返せば、最低でも三体のサーヴァントを顕在のまま戦線離脱させればいいってことか」

 

 そうすれば儀式はうやむやになり、その器だけを確保することができる。セイバーを残したのはそのためか。

 

「そうだ。最終的に和解するにしても、まずは和解に応じる余地のない相手を積極的に排除させてもらうのがいいだろう。まず今回の聖杯戦争の参加者のうち、どう転んでも救いようのないのはキャスターとアーチャーだった。だが、キャスターは私の出現で事前に潰した、ゆえに、アーチャーのみに的を絞ることができる」

 

 はっきりいってまともに意思疎通できる相手ではないと二世は言った。それ、バーサーカーじゃないんだよね? 意思疎通ができないアーチャーとはいったい……。

 

「金ぴかの王様だよ」

「金ぴかの、王様?」

 

 ますますわからない。うちの王様たちは、凄い話のよくわかる人たちだし。いや、サンタと人妻好きとか、戦闘狂みたいなとこともある人だとかだけど、話は分かるし、従ってくれるし。

 

「ともかくだ、他のサーヴァントと交戦状態になる前に、アーチャーにはお引き取り願いたい。加えてアサシンだ」

「ああ、百貌のハサンね」

「その様子だと交戦したか。アサシンはマスターがアーチャを擁する陣営と結託している。アーチャーと敵対する上では彼らも避けては通れないだろう。敵対しているのならマークされている。

 次にバーサーカーだが……なにせ狂化している以上、これはマスター次第、というほかない。令呪を温存し、サーヴァントを十全に制御できる状態のうちにマスターを懐柔できるかどうかが鍵だ」

 

 令呪を使ってもいつの間にかベッドとか背後に潜んでいるバーサーカーがいるから信用ならないけどネ。とは言わないでおこう。

 今はとてもいい子だし。そういえば、いつもは呼ばれなくてもついてくる彼女が、今日はおとなしかった。というか、管制室にもいなかったけれど、どうしたんだろう。

 

 今の冬木は冬だから、背中が寂しいというかなんというか……。

 

「第四次のバーサーカーの召喚者は心身ともに危うい状態の人物だったとのちの調査で判明している。私も会ったことはないのだがね。ともかくバーサーカーについては保留だ。よって、消去法での最終的な保護対象はセイバー、ランサー、ライダーの三人ということになる」

「つまりあとはライダー陣営だけか」

「…………」

 

 どうしてそこで黙るんでしょうか。

 

「ともかくじゃ、ならば悠長にしていられんじゃろうて」

「そうだね。まずはサークルをどこかに設置し補給を受けつつ今後の作戦を立てよう」

 

 その後、まさかサークルの設置の為だけにいろいろとめちゃくちゃをやることになるとは予想外だったが。

 しかし一晩でどうにかなるわけもなく、万全の状態でことに当たるためにもと、良い時間で切り上げホテルで睡眠をとることに。

 

 金は、二世がいつの間にか用意してた。

 

「さて――」

 

 安いビジネスホテルの一室。オレは、彼女の部屋に向かった――。

 

 




書いてて気が付いたAZOはぐだ男の物語じゃないんだな、これ二世の物語なんだわ。
というわけで、ぐだ男がわりと蚊帳の外だったりしてるが、仕方ない、これ物語上の構造なんですわ。

そんなことよりクリスマスイベが楽しみ過ぎてやばいです。


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Fate/Accel Zero Order 3

 ノックをして、中に呼びかける。

 

「――クロエ、入ってもいいかな?」

 

 返事はない。けれど、鍵は開いている。悪いと思ったが話があるのだ。だから、扉を開けて、中へと入る。

 

「あら、マスターじゃない。何か用? もしかして、夜這いとか? それだったら――」

「悩んでることあるでしょ」

「――――どうしてか、一応聞こうかしら」

「セイバーのマスター。アイリスフィール・フォン・アインツベルンだっけ。君と苗字が同じだし、何より君のつぶやきを聞いた」

 

 ――ママ……。

 

 そう彼女はアイリスフィールを見た瞬間に呟いたのだ。おそらく、この時代、この世界での彼女の母親とは同じで違う人なのだろう。

 だが、それでも思うことがないわけではないだろう。オレだって、自分の母親にあったら、きっと平静ではいられないだろうから。

 

 ――ただ、まあ、顔も覚えていないけれど。

 

「……あーあ、なんで聞かないフリできないかなー」

「それだったら、もうちょっと普段通りにするべき」

 

 あの湾港地区からここに来るまで一言もしゃべってないし、今も、マスターとか呼んでるし。

 

「そこは流しなさいよ、デリカシーなさすぎ」

 

 デリカシーなくて結構。悩みがあるのなら言ってもらわないとオレにはわからない。オレはそういうところには鈍いというかなんというかだし。

 何より言葉にしてくれた方が解りやすい。言葉にしすぎてもいけないけれど、言葉にしすぎないのもダメ。バランスが一番。

 

「だから、言いたいことは言ってくれて構わない。オレはちゃんと聞くよ」

「はー、それアンタに一番言いたいことなんだけどね」

「アレ、オレ結構言うようにしてると思うんだけど――」

 

 ってそうじゃない。

 

「もし、戦えないのなら、戻ってもいい。無理をする必要はないよ」

「本当、間違えてくれないのね。まあ、わかってたけど。――大丈夫よ、ママとは別人だってわかってるから。それに、悩んでたのはそういうことじゃないの――この世界では、イリヤもわたしも……」

「なんだって?」

 

 最後だけ聞き取れなかった。

 

「なんでもないわ。でも、そうね、こうやって優しくされるなら、もっとこうしてようかしら」

「おい――」

 

 まったくクロエは。でも強いと思う。彼女は、事実気にしていないのだ。ただ、少しだけ思うことがあったのだろう。

 彼女なりに何かを感じ取ったというべきなのだろうか。たぶん、聞き取れなかった。いいや、聞き取らせなかった最後の一言を考えていたのだろう。

 

「冗談よ。あと、クロエじゃなくてクロって呼んで。そっちの方が呼びやすいでしょ」

「一文字しか変わらないんだけど」

「いいのよ。とりあえず、座ったら?」

「いいよ、このまま戻るし。ちょっと様子が見たかっただけだから」

「それなら、もうちょっとだけいなさいよ。聞きたいことがあったのよ」

「――仰せのままにお嬢様?」

「似合わな過ぎ。でも、そうね。いつものインバネスに帽子だったら似合ってたのかしら」

 

 現代日本だから巌窟王のインバネスは持ってこれなかった。帽子はあるけど。現代服に合わせてエドモンアレンジだ。

 それを言ったら、ブーディカさんには苦笑され、清姫にはふくれられ、スカサハ師匠には乙女心をもう少し知ると良いぞと忠告され、式にはいつか刺されそうだなとか言われた。

 

「聞きたかったのはそれよ。インバネス。好きよね。何か思い入れでもあるわけ?」

「ちょっと長くなる話だけど、それ」

「いいから聞かせなさいよ。わたしだけ仲間はずれになんてさせないわ」

「明日、大丈夫?」

「大丈夫よ。わたし新参だし、そういう話は聞いておきたいわ――だから、ほら座りなさいな」

 

 ベッドに腰を下ろすと彼女が隣に座ってきた。近いとは思ったけれど、とりあえず話すとする。

 彼の話を。

 シャトー・ディフにおいて、ともに戦った相棒の話を。

 理想(オレ)人間(オレ)になった話を。

 

「――ふーん、本当、乙女心がわからないのね、あなた」

「なんでさ……」

 

 聞き終わったクロの反応が、これ。どうして話したらそう言われなくちゃいけないんだ。エドモン、オレにはわからないよ。親友のことを話すのって、そんなに駄目なのか?

 

「駄目というより、相手を考えなさい。わたしとかならまだいいけど、マシュとか清姫とかにもそうやって話したんでしょう。嬉しそうに」

「そうだけど?」

「だから、駄目なのよ」

 

 何が駄目なのか詳しく教えていただけるのでしょうか。

 

「えー、どうしよっかなぁー」

 

 え、ここまで来て、焦らすの。というか、眼が怪しくきらんて輝いた気がするんですが。

 

「そ、れ、じゃ、あー、魔力供給でもお願いしようかなー」

「それ、女の子限定なのでは? というか必要ないのでは?」

 

 彼女にまつわる状態は聞いているが、カルデアからの魔力供給がある以上、彼女が自然消滅することはない。だから、魔力供給の必要はないはずなのだが。

 時々、何やら女性サーヴァント相手に時々キス魔が出現しているらし。赤い外套に褐色とかどう考えても彼女です。まあ、問題はないらしいので、放置しているのだが。

 

「習慣っていうのはなかなか抜けないのよ。それに、お兄ちゃんならいいわよ」

「大人をからかうのはやめなさい」

「むぅー、本っ当、面白くないわねー。そこはもう少し反応してくれないと」

「はいはい。それじゃあ、戻るよ。ちゃんと寝ること。サーヴァントだからって女の子なんだからね」

「はーい」

 

 ともあれ、心配しすぎだったかな? でも、久しぶりにエドモンのことが話せたしいいか。うん。

 

 ――そう思っちゃうから駄目なのよ。

 

 というクロの言葉は聞こえなかった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 約束の時間となり、オレたちはディルムッドのマスターとの交渉に向かう。

 

「本当にうまくいくのでしょうか……なんとなく酷薄そうな方のようでしたが」

「任せておけ――ただ」

「そこらへんは全部任せるよ」

「――む、いや話が早いのはいい。一応、念話のパスだけはつなげておく。内緒話は可能だが、口だけは動かすな。他の全員もだ」

「了解」

 

 指定の場所に向かうとディルムッドが臨戦態勢だった。空気が重い。どう乗り越えるつもりなのか。

 

「……昨夜のうちにアーチゾルテに問い合わせた。ライネスの名代など、よくも根も葉もない法螺を吹いてくれたものだ」

「だが、それでも我々の会談に応じてくれたということは――」

「問い糾したいところではあるが、遺憾だが、七騎のサーヴァントを連れている貴様らを敵に回すのは愚の骨頂であることはわかる。

 故に、まず一つ問おう。なぜ、こうも我らが陣営のみならず、全ての陣営について長じていたのか、答えてもらおうか」

 

 どうやら二世は彼を乗せるために、この時代の六騎のサーヴァントについて話をしていたようだ。七騎の情報を知ることが出来れば、確かに有利にことを進められる。

 それは確かに魅力的な話ではある。

 

「それは、私にとっての事後……遠い昔の記憶だからです」

「なに?」

「私は、話した通り、様々なことを知っているのです。あなたが当初、この戦いにおいて召喚する予定だったのが征服王イスカンダルだったこと。

 そのための聖遺物が、時計塔の聴講生ウェイバー・ベルベットに盗まれ、やむなく代わりにディルムッド・オディナを使役していることも。

 アサシンが敗退していないことも、黄金のアーチャーがギルガメッシュであることも、すべて話した通りです」

「…………」

「もう一つ。そちらのサーヴァントに魔力を供給しているのは、貴方ではなく婚約者のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ嬢であることも知っています」

 

 対するケイネスは無言。ここまではすべて昨夜話していること。ここから先は――新しい情報。

 

「ああ、そうそう。ソラウ嬢といえば、貴方の書斎に恋文の下書きが残されていましたよ。ええと、たしか書き出しは、「麗しき我が想いの君よ、その瞳には朝露の輝きを宿し……」――」

「ええい、やめんか! もういい! 貴様は一体何者だ!?」

「レディ・ライネスの名代であることは事実です。ただし、その肩書を賜るのは、今から四年ほど後のことになります。故に、今申し上げた諸々は、すべて私の過去の記憶に属する事柄です」

「ほほう……」

 

 なんというか、それを信じることができるというのがすごいというか、オレなら笑うぞ、未来から来たとか暗に示されたら。

 だが、二人ともよどみなく会話を続けている。これが魔術師の会話というやつなのだろうか。というか、そもそも、オレ自体タイムトラベラーみたいなもんじゃん。

 

「なるほど……時間渡航者か。そういう研究に血道を上げている輩もいるとは聞いている。実現の目処などない、馬鹿げた研究だと思っていたが……それにしても、もう少し納得のいく説明がほしいところだ。魔法に手が届くほどの術理ともなれば、当然、生半可なものではあるまい?」

「それでは、かいつまで説明させていただきます。しばし、ご傾聴を」

 

 二世は語る。

 

 地球環境モデルを投影し、過去を観測、英霊召喚システムを応用したレイシフト。

 何のことはないカルデアのオレたちがどうやってここにきているかについてを話している。確かに、一番の説明はそれだが、二世だって昨日ドクターとかに聞いた説明をよくもまあ、自分のことのように説明するものである。

 そして、一番、アレなのは――。

 

「それらすべての魔術的偉業が、アーチボルト門閥によって達成されることになります」

 

 全部、目の前のアーチボルトさんがやったことにしちゃったことだよ。未来を知るすべはないのだから、ここで何を言っても確かに意味はないのだけれど、二世さんものすごくディルムッドのマスターを持ち上げている。

 

「――で、なぜ、スカサハ師匠はオレの頭を掴んで胸を押し付けているんでしょうか。見えないんですが――」

「うむ、おまえは隠し事が下手だからな」

 

 そうですか――。

 

 気分がいいのでこのままにしておこう。

 

 話は勝手に続いている。

 

「未来のアーチボルトがそこまで大それた成果を上げた、と?」

「もちろんケイネス卿の卓越した采配と統括あっての成果です。今後の時計塔におけるあなたの躍進が……様々な学派の成果を吸収し、この一大プロジェクトカルデアの実現に至ったのです」

 

 それにしてもオルガマリー所長が聞いたら、どんな顔をするのかわかったものじゃない会話だな、これ。想像したくないな。うん。

 

 ――それよりスカサハ師匠そろそろ離して――いや、やっぱり離さないで。

 

「うむ、ならばぞんぶんに味わっておくが良いさ、いつも頑張っているご褒美だ」

 

 話はやっぱり勝手に続く。

 

「フン。私にアトラス院とのつながりはない。むしろあの偏屈たちを毛嫌いしている。あの悲観主義者たちと手を取り合うことはない。ないと思っていたが……ふ、ふふふ」

 

 あれ、なんだか、ケイネスさんの様子が?

 

 しかし、柔らかいな……。

 

「そうかー、うん、まあありえぬ話ではないな!」

 

 ええー……。

 

「これ、顔に出すでないといっただろう」

 

 むぐ……むぎゅ……うむ……。

 

「むぅ、先輩へのこれはなんという気持ちでしょう……」

「あーあ、わたし、しーらないっと」

 

 だってこんなの耐えられる方がおかしいでしょう。

 

「いやぁ、そろそろ降霊科と鉱石科だけでは派閥争いの切り札には足りないかな、とは思っていたのだよ。何か別口の研究にでも手を付ける頃合いかとね。うむ、しかし、まさか、そんな方向にも才能があったとはなぁ私。そうかー。歳食ってからも大人げなく本気出しちゃうかー」

「さすがです! ええ、このディルムッドめは信じておりました! マスターは今でこそいろいろ危なっかしいものの、将来は必ずや大事を成し遂げられる御方だと!」

「無論、技術的成果だけでなく、ソフィアリ家の経済的援助によるところも大です、カルデアの施設構築に至る莫大な経費が賄えたのも、貴方と未来の奥方様の仲睦まじい私生活あってのことで」

 

 これでいいのか、時計塔のロードよ、と思いたくなるような会話だと思うこれ。絶対そうだと思う。魔術師ってもっとこう、こんなんでいいの?

 そういえば、オレ魔術師とそんなにかかわってきたことないからわからないや。魔術師の英霊って基本どっか吹っ飛んでいる人も多いし。

 

 エレナを基準にしていいとは絶対に思わないし、これを視てると。

 とりあえず、アレだ。二世がまずランサー陣営に手を付けたのって、きっと、だますのが簡単だからだな。

 

「というわけで、我々は御身にアーチボルト家の栄光の(きざはし)を確実に築いていただくべくはせ参じた次第です」

 

 そのために予備システムに介入し七騎のサーヴァントを召喚して連れてきたとかいうと本当大事な気がするが、スカサハ達のことを話すにはそれが一番だし、戦力は大事というのはわかることだろうからね。

 何より、手ごまは多い方が嬉しい。誰もがそう思う。更に情報まであるのも大きい。多大な支援はできないと言いつつ、これ結構多大な支援だよね。

 

「過剰なほどの戦力に、あらゆる敵に先手を打てる。ククク、この戦い、もはや勝ったも同然ではないか。――しかし、遊びで参加したこの戦い。未来の末裔が関わる以上、大きな意味があるということかね?」

「そうなり得る可能性が無視できない、という程度にお考え下さい。我々は過去に干渉するにあたって、すでに確定した事象についてしか言及できません」

 

 つまり確定していない事象については説明不可能ということ。そもそも全部嘘だから。ただ、それだけでもなく、歴史改編の余波が大きくなりすぎると抑止力の発動させかねないために慎重にならねばならないという。

 そもそもこうやって介入している時点で未来は確度を失うっているのだから、絶対だと言及はできないのだ。

 

「なるほど……」

 

 ともかく――その後、もろもろの方針を定め、今回の会談はお開きとなった。

 

 トランベリオ一派の陰謀だとか、仕組まれたことだとかそういう話で、ケイネスはランサーをこの地を残し去っていった。

 大嘘から出た話に乗せられた形での離脱なのだが――。

 

「二世――」

「いうな、わかっているとも。ここが、本筋にはまったく関係のない領域であることはな。徒労だとも。私自身がわかっている。だが、何よりも大きな意味があることだ。私は、今、この場で、最善を尽くしたかったのだ」

「そっか――」

 

 その気持ちはよくわかる。なら、オレはこの人に協力しよう。最後まで。こんなことを言う人なんだ、信用できるさ。

 それに無駄なんじゃない。記録にも、歴史にも残らなくても、オレたちが覚えているのだから。

 

 




術ジルがいないから、活躍の機会すらなくサラバするケイネス先生であった。

まあ、そんなことはいいのだ。というか、カボチャ村もやらないといけないから、テンポよく行くぞぅ。
なんとか第二次クリスマスまでやって、槍を仲間にしてから七章に行きたい。なぜかって、おそらく高確率で敵に回りそうな困った金ぴかの為だよ!
槍が配布じゃなかったら、きよひー、ジキル博士で挑まなければいけなくなっていたよ。

第二次クリスマスイベ。
それもやって七章。大丈夫だ、レベマまで配布鯖たちは育てた。フォウまでは回らんが、星4以上はフォウマまで行っている。
だから、大丈夫だ……クリスマスはボックスをこれでもかと開けてやる。林檎馬鹿食いだ。
とりあえず明日のガチャの為に一万円も課金済み。
十連7回分の石がある。これで引けなければその時だ……家賃までは行く。



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Fate/Accel Zero Order 4

 それから数日後、森の中でバーサーカーのマスターを見つけてこちらに懐柔し、アーチャーを倒そうという話になったのだが――。

 

「すごく、酒盛りです……」

 

 なんで、ノッブとスカサハ師匠も混じってるんでしょうかねぇ。ちゃっかりノッブが日本酒持参してるし。

 

「うむ、飛び入りだが、名のある英霊と見た。それもこの国の者か?」

「そうじゃ。わしこそ、第六天魔王織田信長、尾張の王よ。王の格を比べるのじゃろう。ならば、わしも混ぜい」

「ほう! この国の者とは! 良い良い。名を隠さないのも良いな!」

「スカサハ――影の国の女王だ」

「ケルトの、うむ、ならばこれより聖杯問答を始めようではないか!」

 

 ――聖杯は相応しきものの手に渡る。

 

 その闘争が聖杯戦争。だが、見極めるだけならば、血を流さずとも良い。英霊同士、互いの格に納得がいったのならばそれでおのずと答えは出る。

 

 そうイスカンダルが話し、集まった王様連中はここで格付けを行うらしいのだが、まあ、完全に酒盛りである。酒樽担いでTシャツ姿のライダーが始めた聖杯戦争ならぬ聖杯問答。

 酒杯に己が英霊の格を問うのだという。そのさなかにアーチャーが杯を取り出して、それがべらぼうに美味い酒だったとかいろいろとすごいことになっている。

 

「まずは、己が大望を。自らを捧げるに等しい、聖杯への大望を聞かせてもらおうではないか」

「うむ、わしの望みか。ないのう。わし、本能寺で殺されたが、なに、別段、悔やんでおることもなし」

「ほう、それでは自らの生に満足していると?」

「いいや、満足など程遠いのう。後悔がないというただそれだけじゃ。わしの五十年全部無駄だったのじゃしの。だが――聖杯を使ってまで叶える大望? 阿呆か。聖杯で叶える望みなどいらぬわ。あんなもん爆弾にしかならん。自分でやってこそじゃ」

「うむ! その点は大いに共感を得られるところだ! では、そっちの女王は」

「さて、儂とて、女王というには孤高に過ぎたからな聖杯なぞに掛ける願いは私には無い。……と、言えればいいのだが――今は、そうだのう冷やした杯に酒を注げば、真夏の宴にはふさわしかろうな」

「ふむ、何かしら深い事情がある様子――」

「フン、雑種の望みなど聞く価値もないわ――そもそも」

 

 とりあえず、非常におっかないことこの上ない、奴らの酒盛りほど近づかない方がいいものはないので、マスターはマスターで話し合おう。

 

「あ、あなた、バーサーカーと手を組んだの? いったいどうして?」

「こ、ここで僕らを襲う気なのか?」

「いや、それはないといえばないし、あるといえばあるんだが――まあ、狙いは君たちじゃなくて、あっちの金ぴかだから安心してほしいとだけ」

「安心できるかばかー!」

「あれが、遠坂のサーヴァント――!」

「む、誰の赦しを得て我を見るか、狂犬めが。その不敬、万死に値するぞ」

「おいおい、宴をぶち壊しに来たのなら、我らの敵ではないか?」

「ならぬ。我が法を犯した賊は我が怒りによって裁定する」

 

 そして、どういうわけか、独自理論があるのだろう。アーチャーはバーサーカー――ランスロットと戦うらしい。

 それは王様たちの間でも了解となる。

 

「良し、交渉成立だ。なら、こちらも介入するぞ!」

 

 ――だが、おい冗談だろう――。

 

 オレは叫びだしたくなるのを必死にこらえていた。展開される宝具――アーチャーが打ち出すのは数千を超える宝具だった――。

 そもそも――なんだ、あのサーヴァントは! そう言いたかった。オジマンディアスと同等どころの話じゃないだろアイツ。

 

 通常の英霊の三倍以上の圧力。足が震えるどころか、身体が生存を放棄しそうなほどだ。視界が、歪む。我知らず喘いで、強烈な眩暈が襲う。呼吸困難。眩暈。

 呼吸が、止まる。恐怖で。息を吸っても、吐いても、空気が肺に入って行かない。苦しさを感じる。息をするという生物が普遍的に行う呼吸が止まって、苦しくない生き物はいない。

 

 今までの特異点で培ってきた戦術眼が、断定する。

 あれは、破格のサーヴァントだ。

 

 恐怖に混濁する意識と、歪んだ視界がありとあらゆる全てを呑み込んでいく。

 全てが漆黒に染まりそうになるその刹那――。

 

「しっかりしなさい、このおばか!!」

「――――っ!!」

 

 喉を空気が通る。弾かれるように、身体が跳ねて、酸素が脳に回る。

 

「クロ……」

「察しが良すぎるのも考えものね――任せなさい。わたしがなんとかしてあげるわ」

「――――」

 

 何をやっているんだ、まったくオレは。今まで、あれくらい怖い相手はいただろう。この程度で膝を屈しかけてどうするんだ。

 

「ごめん」

「本当、手のかかるお兄ちゃんね。さあ、指示を頂戴!」

「ああ、あいつを倒すぞ」

 

 まずは見定めろ。

 

「マシュ!」

「はい、お父さんは心配ないでしょうが、だらしないので守ります!」

 

 ランスロットは手にした武器を己の宝具にできる。降り注ぐ宝具の弾幕は彼の武器そのもの。それで切り払い、駄目になれば、新しいのを。

 

「雑種が、我が財に触れるか」

 

 その傲慢、許さぬ。

 

 その言葉の通り、射出数が上がっていく。あのままではいかにランスロットと言えど限界が来る。ゆえに――。

 

「クロ!」

「ええ――」

 

 彼女をぶつける――。

 

 彼女は投影魔術を使える。彼女の核となった英霊がオレは何かはわからない。だが、彼女が言うには、武器を解析し――投影することができる。

 ならばあの降り注ぐ宝具もまた同じであり、同種をぶつけるならば、相殺可能。だが、スピードが追いつかない。

 

 だから半分。ランスロットと半分。それでも足りないのなら。

 

「スカサハ師匠!」

「応とも!!」

 

 朱槍を蹴ればそれは分裂し増えて飛翔する。宝具の打ち合いとなるが、これで担当は三分の一。

 

「もう一つじゃ――」

 

 燃え上がる世界。

 

「固有結界――!?」

 

 神を否定する、神を殺した天魔王のみに許された、心象風景の具現。

 

「神は死ね、役に立つのは肉の袋を持ったものよ――」

 

 三千世界に広がる火縄銃が彼の宝具を打ち落としていく。これで四分の一。

 

「なあ、大将オレっちは?」

「ジキル博士と一緒にオレの守りでよろしく」

 

 アーサー王とイスカンダルもいるから、警戒だけはしておこう。

 

「AAAAAAA――!」

「おのれ! 雑種風情に本気を出さねばならぬとはな!!」

 

 さらに上がる宝具の射出密度。

 

 放たれる投影された剣。ランスロットもまたその絶技で切り払い、危ないものをマシュが防ぐ。もはやオレの指示を出す暇などない。

 

「――――」

「悔しいか」

「二世……」

「己の力のなさは悔しいな。ああ、わかるとも。私もかつては、そこで転がっているサーヴァントのステータスもまともに読み取れないばかたれのようになにもできずに転がっているしかできないほどに無力だった」

「なんだと!? そっちの奴だって、僕と同じで何もできてないじゃないか」

「黙っていろ。ならば言うが、貴様、サーヴァント戦闘において、的確な指示ができるか」

「そ、それは。ライダーは聞かないし」

「だが、こいつはできる」

 

 アーチャーギルガメッシュが、本気を出す前まで、どれを切り払うか、はじくかを全て指示していた。それはもう早口とかじゃなくて念話で思うだけで伝えた。

 だが、もう追いつかない。

 

「――――」

「貴様にはできないだろう。こいつは、貴様の何段も上にいる」

「そんな大層なもんじゃないよ」

 

 経験の差だ。

 

「だが、その経験の差が大きい。悲観することはない。おまえは、最善を選んでいる。この私が保証しよう」

「大軍師のお墨付きか、ありがたいね」

 

「――これで!」

「たわけ、贋作の贋作如きがこの我に傷をつけるなど――」

「でしょうね」

 

 もとより決着をクロが付けられるとは本人も思っていない。

 

「こういう強敵相手ってまあ、上等なんだろうけど――そろそろどうにかした方がいいぞ――」

 

 直死が、死をもたらす――。

 

「おのれッ! なんたる茶番か……ッ!」

 

 ギルガメッシュが消滅。これにより、障害はアサシンのみか。

 

「ハァ……ハァ……見たか……! これで、俺は、時臣に、一矢を……」

「マシュ、バーサーカーを!」

 

 バーサーカーのマスターがもう限界だ。このままだとランスロットが暴走する。どういうわけか狂化している影響なのか、マシュ曰く放っておくとアーサー王に突っ込んでいくらしいのだ。

 

「はい! お父さん、ステイ!」

「――――」

 

 それで止まるランスロットもランスロットだと思うの……。でも、第六特異点だと、止まりそうなだなぁ、というか止まったしなぁ……。

 

「――さて、それでは話をさせてもらおうか」

「うむ、納得のいく説明をしてもらいたいところではあるが。そこなバーサーカーのマスターは大丈夫なのか?」

「ああ、問題ない。魔力を使いすぎただけだ」

「うむ、ならばいいが――まずは、そこのマスターから説明をもらうとしよう」

「オレ?」

「ああ、お主の存在が一番わからん。そこな人間とも英霊ともつかぬ奇妙奇天烈なサーヴァントもそうだが――そやつはどうやら此度の聖杯戦争に招かれておる。ならばこやつもまた聖杯を賭けて戦うに値する者だ。だが――七騎もの英霊を従えているマスター、お主だけが、この聖杯戦争のルールの外にある」

 

 なるほど、言い得ている。ならばこそ、この場を収めるのは二世ではないな。というか二世はなにやら感極まっているんだが、まあともかく、ここは何も知らない方がいい。未来の情報を知っていると、どうしてもそれに頼りがちになる。

 最適解を進むことと最善を目指すことは違うのだ。

 

「まあ、何が何だか状況も何一つわかってはいないんだけど――どうやらこの聖杯戦争、普通に終わらせたら駄目らしいんだと」

「ほう、してそれが真だとして、それはこちらの問題だ。お主たちが介入するのは何のためだ」

「――人類史を世界を救うため。そして、オレの好きな女の子を救うためってのがオレの目的になるかな」

「なるほど、なるほど……うははははは!!」

 

 イスカンダルは豪放磊落に笑った。

 

「なるほど、世界を救うと来て、その次に女もか。うむ、良い。実に良い欲だ。世界だけでも大きいというのに、さらに手を伸ばそうとする。うむ、実に良い大願よ」

「そういうわけで、今回はこっちの軍師殿に従っているわけなんだけど、こちらとしては敵対するなら、倒させてもらうよ。なにせキャスターを倒す必要がないのならもう一枠落とせる」

「うむ、それこそ望むところである。障害は乗り越えてこそ、余の蹂躙制覇よ。しかし、余とて七騎のサーヴァントを余一人で相手をするのはいささか厳しい――」

「――おい、待て、待て!?」

「――であれば、余とて本気にならねばなるまい?」

 

 世界が変わる音を聞いた――。

 

「――――っ!!」

 

 次の瞬間、荒野にいた。蒼天を抱く、果てのない荒野。

 晴れ渡る蒼穹に熱風吹き抜ける広大な荒野と大砂漠。

 

 固有結界――。

 

 そして、彼を先頭に現れる軍勢――。

 

「うそ……あの一騎一騎がサーヴァントですって……!?」

「見よ、我が無双の軍勢を!」

 

 征服王イスカンダルの心象を見るが良い。我らが軍勢に刻まれた心象を見るが良い――。

 

「肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち。

 時空を越えて我が召喚に応じる永遠の朋友たち。

 彼らとの絆こそ我が至宝! 我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強宝具――王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)なり!!」

 

 ――恐ろしい以上に、その姿に、その雄姿に、魅了された――。

 

 なるほど、男が男に惚れる瞬間とはこういう瞬間を言うのだろう。熱に浮かされたように。いいや、文字通り、彼が抱いた大願に、大望に、望みに、欲に、夢に――その背が放つ圧倒的な熱が、己の魂を震わせるのだ。

 なるほど、彼こそが王だ。

 

「――――」

 

 セイバーはそれを見て、口を結んでいる。何を想う。円卓の王よ。どうしてそこでそんなに悲しそうな顔をするのかわからない。

 でも、今は、そちらを気にしてもいられない。

 

「ああ、どうしてこうなる! こうならないように――」

「なってしまったものは仕方ない。やるからには勝つよ。あんな男の挑戦を受けたんだ、だったら、買わないと失礼だしね。それに、こんな切り札を出されたってことは、これを使うに値する敵だと認められたってことでしょ?」

「――――まったく、だが、あの軍勢相手だ、勝てるとは限らんぞ」

「生憎、軍勢相手は慣れてる」

 

 ケルトの軍勢より手強いし、怖いが――なんだか、やらなきゃっていう気にさせられる。相手がイスカンダルだからだろう。

 本当に大きな男だと思う。だったらやらないと。

 

「マスターが、いつになくやる気です!」

「なんというか男の子よね、こういうとこ」

「うはは、良いぞ、軍勢を相手にするならば、わしの出番じゃ! なあに寡兵? 関係ないわ。三段打ちの餌食にしてやるわ」

「うむ、久方ぶりの軍勢の相手か――ああ、腕が鳴る。世界を壊す心配もないのならこれほど良い戦場もあるまい」

「ゴールデンにぶっ飛ばしてやるぜ。この砂漠だ、ベアー号をフルスロットルでかっ飛ばしてやんよ」

「それじゃあ、わたしたちはマスターの守りね。あんたら三人でなんか十分そうだし」

 

 そもそも軍勢戦において対軍を持つ彼女らの独壇場だろう。

 

「ああ、それならば、いくらかサーヴァントを借りたい。どうやら、アサシンでもないネズミが入り込んでいる」

「ネズミ? じゃあ、式、ジキル博士、頼んだよ」

 

 何が来ても彼らならば大丈夫だろう。だから、こちらはこちらに集中する。

 

 

「さて、では戦と行こう。異邦のマスターよ。そして、見ておれ余のマスター、おまえが目指すべきは、あのような男であろうさ。諦めずに前に進めるそんな男になるがよい。自らの弱さを呑み込み、前に進め」

「ライダー……――何言ってんだばかやろー! まるであいつに負けるみたいじゃないか!」

「ん? おお、なに、いう事言っておかんとな、ヒトはいつ死ぬかわからん」

「おまえは僕のサーヴァントだろ! なら、勝って当然だ!」

「うむ、ならば勝つとしよう――」

 

 ――王とはッ――誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!

 ――すべての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが、王。故に――!

 ――王は孤高にあらず。その偉志は、すべての臣民の志の総算たるが故に!

 

 ――然り、然り、然り。

 

 イスカンダルの言葉に軍勢が応える。大地を揺るがす大喝破。

 

「いざ、蹂躙せよ――!!」

 

 騎乗し、疾走するイスカンダル。なんとも、彼が先頭となり、それに続く彼の盟友たち。オレは前に出られない。だが、それでも――。

 

「ノッブ!」

「三千世界に屍を晒すがよい――天魔轟臨! これが魔王の三千世界(さんだんうち)じゃあ!!」

 

 長篠の三段撃ち。三千丁の火縄銃を展開、一斉射撃。戦国最強の騎馬軍団を打ち破った余りにも有名なその逸話から、騎乗スキルを持つ英霊には攻撃力が増加する。

 騎乗スキルを持たない英霊にはただの火縄銃であるがライダー自身はその高い騎乗スキルを持ち合わせているだろう。

 

 それでなくとも――三千丁の火縄銃が休むことなく放たれるのだ。それだけで脅威となる。それでもあれだけの軍勢だ、全てを倒すには足りない。

 三千丁でも足りない英霊の軍勢。恐ろしいことだ。だが――。

 

「右翼に斉射」

 

 軍勢の動きを読み、効果的に射撃すれば寡兵でも倒せるとノッブは言っていた。ゆえに、ここはオレの領分。先頭を征くイスカンダルの騎馬を三段打ちが蹂躙するが、戦車に騎乗してからは効果が薄い。

 ならばこそ、ノッブは部下を処理してもらう。次は――。

 

「スカサハ師匠」

「任せよ――ちょっぴり、本気だ――蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)

 

 分裂する朱槍が雨のように降り注ぐ。対象の命を奪う死の槍からは逃れることなど不可能。されこそ、数多の勇士が畏れた蹴りボルク。

 そして、目の前に来るイスカンダルを止めるのは、

 

「金時!」

「そんじゃあカッとばそうか! ベアハウリング! ゴールデンドライブ――!」

彼方にこそ栄えあり(ト・フィロティモ)――いざ征かん! 遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)!!」

 

 激突する戦車と二輪車。

 雷気を迸らせる神牛の蹄と車輪による二重の攻撃に加え、雷神ゼウスの顕現である雷撃効果と超加速突撃形態へと変形したゴールデンベアー号による突撃が激突し、界が軋む。

 両者弾かれる、その時――。

 

「オレを踏み台に!?」

「いかに強大なサーヴァントであれど大将をとれば終わりは戦の常道――!」

 

 吹き飛ばされたゴールデンを空中で踏み台にし、こちらに迫るイスカンダル。

 

「ああ、そうだマシュ!!」

「はい!!」

 

 だからこそ――マシュがここにいる――。




じゃんじゃん行きますよー。
アーチャー戦とライダー戦。クリスマスまでにできる限りかたずけておきたいので、頑張ります。


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Fate/Accel Zero Order 5

「ぐ、ぬぅ、効いたわ。芯に響くよい一撃だ盾の娘よ」

 

 軍勢をつぶしたら、固有結界も解除された。こちらの勝利といえるだろう。

 

「うむ、余の負けだな。まさか負けるとは思ってもおらんかったぞ。だが、良い采配であった異邦のマスターよ」

「そっちもゴールデンを踏み台にして向かってきた時はどうしようかと思った」

 

 正直、もれるかと思いました。いや、ちょっと漏れたかも? それくらい怖かった。巨漢が向かってくるのは怖い。それも空から。

 怖すぎるわ。もしもの時に伏せておいたクロまで出さなけばいけないのかとひやひやしたよ。

 

「うむ、それで、勝者に従うが敗者の定めよ。この首、好きにすると良い――が、ものは相談なのだがな? そこな娘が出す武器はいくらでも出せるのか?」

「クロの投影?」

「おおう、そうだ。そやつが作った武器、どうにもあのアーチャーの宝具も混じておったろう。相談というのはだな、余の王の軍勢にその娘が作った武器で武装させてはどうかという話だ。間違いなく最強の兵団が出来上がる」

「ほほう……」

 

 それはそれでいいかもしれない。あのアーチャーギルガメッシュの宝具はクロ曰く、すべての原典だっていうし、それをあれだけの軍勢に武装させることが出来ればかなりの戦力だ。

 それは――実に、ロマンがあると思う。

 

「なあにを言っているますか、おまえはー!?」

「負けたのだから、建設的な提案をして余の価値をあげておるのだ。敗軍の将ゆえな。なに、諦めてはおらぬ。いずれ再戦の機会を待つ。そのために、まずは余の軍勢の強化よ」

「なんというか、すごいですね、先輩……」

 

 いやはや本当――。

 

「く、抜かれた! 気をつけろマスター!」

「む――」

 

 二世の声が響くと同時にアイリスフィールの背後に、サーヴァントが現れる――。

 

「クロ!」

「わかってる!!」

 

 転移により、背後に移動、斬撃――サーヴァントはそれを躱す。逃がさない――取り囲む。

 

「…………」

「二世?」

「我が陣に引っかかった。見たこともないサーヴァントだ。この時代にはいない者。おそらく、この特異点発生の鍵だ」

「…………」

 

 狙いはアイリスフィールか。

 

「やらせないわよ!」

「――――イレギュラーのサーヴァントが多いな。ここは撤退を――」

「逃がすものか。そういうおまえもイレギュラーだろう。マスターは、いや……待て、なるほど、そういうこともありうるのか。であれば、おまえは、マスターなきサーヴァントだな?」

「嘘でしょう!?」

 

 なんだかアイリスフィールとかセイバーが驚いているけど、マスターなきサーヴァント? 特異点では、普通だな! むしろマスターがないだけ自由に動きまくりで大変なんだよ。

 聖杯は七騎のサーヴァントしか呼べないから、彼は完全にイレギュラー。となると、確実にこの世界に対して呼ばれてきた存在なんだろうなぁ。

 

 それがアイリスフィールを狙う。ということは、直感と心眼が囁く。もしかして、彼女がこの特異点発生の原因を握ってる?

 発想が飛躍しすぎなきがするけれど、大抵特異点に召喚されるサーヴァントは、特異点化の原因を狙うか、この特異点の中で世界を償却しようとする。

 

 あのサーヴァントがどちらかはわからないけれど、どちらにせよ、狙われるということはこのアイリスフィールさんが、特異点化させた原因か、あるいはそれを解決するための鍵かのどちらかということになるはず。

 今までの経験上だとそう。だとしたら、もしかしたら彼女には本来の、二世が経験したという第四次聖杯戦争との大きな差異があるのかもしれない。

 

「二世」

「なんだ、この世な時に」

「アイリスフィールさんって、マスターじゃないんだよね?」

「そうだ。彼女はセイバーのマスターを偽り、本物のマスターを隠していた」

「じゃあ、確認してくる――アイリスフィールさん、令呪見せて?」

「え、あ、これ?」

 

 確認。

 

「令呪だと!?」

「二世が驚くってことは、これが一番大きな差異ってことでいいのかな?」

「……そうか、それならば、頷ける。そうか、早すぎるのか。本来なら完成まで、あと10年は費やすはずだったアインツベルン家の究極にして至高のホムンクルス。そうか、とすれば、この時代、この聖杯戦争において、聖杯は降臨する――」

 

 十年というアドバンテージは大きいと二世は言う。アインツベルンは姑息なゲリラ戦ではなく、正攻法に勝算を見出すことができたからだ。

 そして、カルデアが検知したのはアイリスフィールの魔術回路。完成度はもはや疑似聖杯と言っても差し支えのないものと化しているのだという。

 

「――何を、言っているの……?」

「これはもはや勝ったも同然だ。そして、その勝利がもたらすものは……世界の介入を行わせるに足るものだ」

「聖杯が……?」

「そうだ、これは告白するつもりなどなかったが、開示する。冬木の聖杯の完成は世界を滅ぼす」

「いったい、どういうこと?」

「いいだろう、すべてを開示する。そちらのサーヴァントも良いな。おまえが世界を救う方法を提示してやろう。それも徹底して完遂できる方法をな」

「……それは、このホムンクルスを破壊するよりも確実で容易な方法なのか?」

「まぁ、まったくもって容易ではない。が、そこは逆に問わせてもらおうか英霊よ。おまえは容易でさえあれば手段を選ばないのか? このアイリスフィールをぜひともその手で殺してみたい、と?」

 

 英霊は止まる。そして、わからないと、考えもしなかったと答えた。それ以外に選択肢などないとでも思っていたように。彼は観念していたのだ。

 だが、彼は別の手段がとれるのならば、それを探ってみたいと思うと口にした。

 

「なるほど――抑止力による英霊か。覚えておけ、マスター、アレが世界と契約した者の姿だ。おまえは、そんな風にはなるなよ。良いものでは見る限りなさそうだからな」

「…………」

「さて、では大聖杯に向かうとするが、その前にだ、バーサーカーのマスターとの契約を果たす」

 

 イスカンダルと金時がバーサーカーのマスターの屋敷に突撃。何やら虫を轢き潰しまくり、そこにいた女の子を助け出した。

 その過程で、なんかおじいさんみたいなのを徹底的にスカサハ師匠が刺し穿っていたような気がするが気のせいだろう。スカサハ師匠がそんなことするはずもないし。

 

「うぐ、きつい……」

「先輩、大丈夫ですか?」

 

 バーサーカーのマスターは虫の息で、これ以上サーヴァントの契約をさせるわけにもいかず大聖杯がある場所に向かう前に、こちらで引き継ぐ羽目になったのだが、

 

「これ、やっぱり、きっつい」

 

 シータに魔力供給していた時もそうだけど、それ以上。なにこれバーサーカーだからってこんなに魔力食うのか。カルデアのサポートってやっぱり偉大だと再認識だ。

 

「大丈夫?」

「なんとか。それより話を進めて」

「そう――それで、大聖杯が反英雄に汚染されているのは本当なの?」

「百聞は一見に如かず、だ。何よりもまずは実物を見てもらうのが一番早い」

 

 とりあえず、あちらの話はあちらに任せるとして――。

 

「なに?」

 

 ウェイバーがさっきから、こちらと話したそうにしている。何か用だろうか。

 

「いや――」

「ほれ坊主、さっさと言わんか。聞けるのはおそらく今だけだ。いろいろと聞いておいて損はあるまい」

「……おまえに言われなくてもわかってるわい! ――僕には、いろいろとわけがわからないことが多いんだけど、これだけはわかる、あんたは、そうなんかとんでもないことに関わってるんだよな」

「まあ」

 

 成り行きで人類最後のマスターという奴になり、いくつもの特異点を修正してきた。言葉にすればそれだけで、内容にすれば、それだけに済まない。

 よく、まだ無事に生きているものだと思う。ああ、全然無事じゃなかった、片腕が義手になって、心も壊されたっけ。

 

 本当、マシュがいなかったら、やめてるなとっくの昔に。

 

「怖くないのかよ、そんな風になって、サーヴァントをたくさん従えて」

「怖いよ。怖いさ」

「じゃあ、なんで」

「それでも誰かがやらないといけないことだからというか、オレにしかできないことだからっていうのと、何よりマシュがいるから」

「女の為にやってるのか!?」

「いやいや、坊主、それがなかなか侮れんのだ。というよりだ、英雄なんてものはせいぜいそんなものだ。余とて、果ての海(オケアノス)が見たいと思い、征服をしておった。それは敵からしたらその程度のことだろう。だが、その小さなことに命をかけられる、それが英雄というものだ」

 

 そこまで大層なものじゃないけれど、まあ、そういうこと。

 

「怖いし、やめたくなる時もある。けれど、マシュがいるから、みんながいるから、オレは前に進めるんだ」

「……なんだよそれ」

「まあ、ウェイバーにもいつかわかると思うよ」

 

 誰かを好きになって、それが男か、女かはわからないけれど、その人がいるから、その人に追いつきたいから、その人と肩を並べたいから、その人の隣に立ちたいから、そんな誰かに聞かれたらくだらないと言われるような願いを掲げて、前に進む、そんな風になれると思う。

 

「――む、ほう、どうやらアサシンめ、ここきて集まっておるようだぞ」

「最後の決戦でも挑むのかな?」

「うむ、ここは余に任せてもらおう」

 

 イスカンダルに任せたら安心だな。

 

「じゃあ、任せるよ。それでいいウェイバー?」

「なんで僕に聞くんだよ」

「ウェイバーはライダーのマスターでしょ。なら、指示を出すのはウェイバーだ」

「――わかった。ライダー、アサシンを倒せ」

「うむ、了解したマスター、では少々行ってくる」

 

 しばらくのちに、アサシンを倒したイスカンダルが戻ってきた。暗殺者なのに真正面から挑んできたとかいう意味不明状態だったらしい。

 

 その間に、こちらは大聖杯の前へとやってきた。特異点Fでセイバーと戦った場所だ。

 

「どうかね、ここまで来れば歴然だろう」

「中身を検めるまでもなく、内に潜む邪悪の気配がひしひしと伝わってくる」

「うむ、これはなるほど、悪神とはそういうことか。これはまた私の望む者ではないらしい」

「これはうかつに壊して良いのかのう」

 

 敗退したサーヴァントは、アーチャーとアサシンのみ。まだアンリマユの覚醒には至っていない。

 

「ゆえに、中身があふれ出たとしても、今はまだ、指向性のない曖昧な呪いの塊だ。ここにそろった戦力だけで充分に対処できる」

「セイバー、お願いできる」

「――ええ、このようなもの断じて私の望む聖杯ではない」

 

 彼女の聖剣ならば大聖杯を吹っ飛ばせるだろう。あとはそこからあふれ出したものに対処する。それでいい。

 

「では――」

 

 聖剣が放たれ、光の柱とともに全てが吹き飛んでいく。あふれ出したものをそれぞれが対処することで、被害は最小限に抑えられた。

 

「これで、もう二度と聖杯戦争はできまい」

「世界の危機は去った、ということか」

「どうだ、抑止力の英霊、彼女を殺さずともよかっただろう」

「…………」

「あ、みんな……」

 

 冬木の聖杯に呼ばれていたサーヴァントが消えていく。英霊の座に帰るのだろう。

 

「彼らは冬木の聖杯に呼ばれていたから――」

「消えるのか……ライダー」

「うむ、なんとも、此度の遠征は散々だわい。だが、うむ、面白くはあった。世界制覇は次の機会を待つとしよう。それまで、男で磨いておけよウェイバー」

「――最後まで余計なお世話だ!」

「ああ、それとだ、そこのしかめっ面の軍師」

「……私か」

「ああ、そうよ。今度はお主とも本気で戦ってみたいものだ。どうにも、そういう気がしてならん。お主をそうまでした男というのには興味があるのでな」

「――まったく、あなたという人は」

「ではな、異邦のマスター、今度会う時は、味方でもよいがやはり敵が良い。また、戦おうではないか!」

 

 本当、最後の最後まで気持ちよく去っていったものだ。

 

「では、我が主、これにて」

「ああ、戦いなどほとんどなかったのはすまないとは思うがね」

「それには不満がありますが、最後まで主の下で戦えたのです、此度はこれで満足しましょう。それに、どういうわけか、この結末は非常にマシだと何かが叫んでいるのです。では――」

 

 ディルムッドもまた去っていく。

 

「お疲れさまでした……というほとでもありませんでしたね。ほとんど何もしていないようなものですが、望ましい結末で良かったと思います。では、お別れです。皆さん」

 

 アーサー王も暁に去っていく。

 

「ふむ、次は私か」

 

 そういえば二世も冬木の聖杯を使ってきていたんだっけ。

 

「満足だった?」

「ああ、最悪は避けることができた。あの時の心残りもな。ウェイバー・ベルベット、せいぜい腕を磨くことだな」

「なんだと! ――でも、わかったよ」

「ではな。今度も味方であると良いが、こればかりは私でもわからん。我が計略が必要となったら呼べ、そちらに行くことができるかは運しだいだが、なるべく努力はしよう」

 

 その時は、頼むとしよう。

 冬木のサーヴァントは全員が英霊の座へと帰った。

 

「これで、解決で、よろしいのでしょうか」

「そうだね」

「いや、まだだよマスター。そこの聖杯になり得たかもしれないという可能性の存在だった、ミス・アイリスフィールの身の振り方をどうするかを決めないと」

「そちらの博士の言う通りね。聖杯戦争が無意味になった今、私は存在価値そのものを失ったも同然だもの」

 

 そもそもこの手で大聖杯を破壊してしまった手前帰るに帰れないだろうし。

 

「ねえねえ、お兄ちゃん」

「なに、クロ?」

「わたしたちの目的って、特異点に出現した聖杯の回収も含まれてるのよね」

「そうだけど――ってまさか?」

 

 彼女をカルデアで保護するってこと? 

 

「うん、それはいいかもだ」

「ドクター、大丈夫なの?」

「彼女が極めて聖杯に近いからこそできる荒業ともいえるけどね。放置したら放置したで、大変なことになるかもしれないし、ボクらの庇護下に入ってもらえるのなら、それに越したことはない」

「……寄る辺のない身にとっては、またとないお誘いね。ええ、それならば是非。この身は、貴方方の手にゆだねます。どうかよろしく、違う世界のマスターさん」

「よろしくお願いします」

「鼻の下伸びてるわよ、お兄ちゃん」

「伸びてない伸びてない――」

 

 こうして此度の特異点は解消した。

 だが、この時、オレはまだ知らなかったのだ、カルデアでお留守番をしている彼女が、懲りずにまた、アレの準備をしているということに――。

 




というわけでゼロイベ終了。正直、孔明の物語だから、ぐだ男のやることがないというね。

次回は、カボチャ村。
残念ながらイバラキンは出ない。カルデアにいないからネ。無課金カルデアだから仕方ないネ。
代わりにアイリさんとブーディカ姉ちゃんがでる予定。

そして、ライコー、静謐はおやすみ、我様が火山地帯で待ち受ける!
ぐだ男に危機が迫る時、現れる赤い褐色ロリ!

「足止めするのは構わないんだけど、別にあの金ぴかたおしちゃってもいいのよね!」
「たわけ! それはフラグだと言ったのだ!」

 とかで紅茶出てきてもいいんじゃないかなぁー。

まあ、予定は未定ですが。


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ハロウィン・カムバック! 超極☆大かぼちゃ村~そして冒険へ……
ハロウィン・カムバック! 超極☆大かぼちゃ村~そして冒険へ…… 1


 誰もが沈黙していた。

 

 …………

 

 誰もが、沈黙していた。

 

 …………

 

 誰もが、目の前にあるそれを見て、沈黙していた。

 今日のカレンダー。日付はハロウィン当日。

 去年は何があったか覚えているだろうか。オレは覚えている。エリちゃんが、大いに、大変な、ことを、してくれた、時だった。

 

 そのおかげでエリちゃんという戦力が加入した点は大いに結構なことなのだが――、その後のことは記憶にない。だが、そのあとことを思い出そうとすると、息切れ、動悸、全身の震え、異常な発汗、嘔吐する。

 とりあえず何かつらいことがあったことだけは確かだ。まあ、うん、わかってるよ、彼女の歌だよ。まさか、また彼女が余計なことをしないだろうなと思っているわけで。

 

「……先輩、その……エリザベートさんなんですが……」

 

 ――ほら、きたぁ……

 

「実は、いなくて、ですね」

「あれ? 予想外」

「はい、数日前まで楽しくハロウィンの準備をしていることは確認されていたのですが、数日前からどうやらレイシフトしているようで」

「帰ってきてないと?」

「はい……あの、それで、先輩は……その、どうして」

 

 ? 何か言いよどむようなことがあるのだろうか。

 マシュは意を決したように言う。

 

「どうして、清姫さんに巻き付かれているのでしょうか!」

 

 変化した清姫にオレは今巻き付かれている。

 

「ぬくいから?」

「暖房器具扱いでも、わたくし、幸せです!」

「空調を調整すればよいのでは?」

「そうなんだけど、カルデアもサーヴァントが増えて来たし、電力は節約すべきかなと思ったわけで」

 

 カルデアが万が一にでも停電したら大変だし。

 

「それに、こうしていれば、万が一があっても、動かなくて済むし」

「はい、ますたぁが行動できないのはわたくしのせい。つまり、わたくしの責任。ますたぁはゆっくりとお休みできるというわけです!」

「子イヌぅううう!!」

 

 ドーンと扉を蹴破って現れるエリちゃん。最近見なかったから心配していたのだけど、どうやら大丈夫だったようだ――いや、大丈夫か!?

 なにその格好、ビキニアーマー!? ビキニアーマーですか!? え、いつの時代? ってそうじゃなくて、なにそれ!? いつの間にか霊基までセイバーになってるんですけど!?

 

 とりあえず、落ち着けオレ。あ、サイズ合ってない。視え――。うむ…………さて、落ち着いた。なんか清姫の締め付けが強くなった気がするけど気にしない方向で。

 今は何やらエリちゃんが困ってるみたいだし。

 

「さて、エリちゃん、どうかしたのかな?」

「城が乗っ取られちゃったのよ!」

「はあ、なるほど。で、その拾ってくださいの看板は? 棄てられた竜なの? また段ボールの中なの?」

「そうなのよ! って違うわよ! だーれが、棄てられた竜よ、(アタシ)、トップアイドルよ!」

 

 まあ、トップだよね、他に対抗馬がいないという意味では。

 

「察するにあれかな、城が乗っ取られて、それを取り返そうにも一人じゃ無理だから、仲間を集めようとしたら集まらなくて、最終的に拾ってくださいとか?」

「ギクッ――ち、ちがうわよ……こ、これは、そう! 酒場の店主がかってにね!」

 

 ギクッって言ってたら世話ないや。とりあえず、そういうことらしい。でも仲間は集まらなかったので、泣きついてきたわけだ。

 

「わかった、行こうか」

「さっすがよ子イヌ! さあ、行くわよ!」

 

 というわけでチェイテへレイシフト。ハロウィンの時期だというのに、まるっきりゴーストもいないし、人々もハロウィンの準備をしていない。

 

「どういうことエリちゃん?」

「あれよ!」

「あれ?」

 

 城を見るとピラミッドが突き刺さっている。それもさかさまでチェイテ城をめちゃちゃくちゃのぼろっぼろにしていた。

 

「どーんって乗ってます、先輩! どーんって! どーんって!」

「フォウ!?」

「あれが突然降ってきたのよ、そして女王が(アタシ)を追いだして、ハロウィンを禁止したの!」

「うーん……ピラミッドかぁ。それで女王……」

 

 さて、心当たりといえば二人くらいあるのだが、さて、どちらだろうかと言われたらクレオパトラかな? 第六特異点で一緒に戦っただけで、よくは知らないが、もうひとりの候補である、ニトクリスがピラミッド突き刺しをするとは思わないし、たぶんクレオパトラさんじゃないのかなぁ。

 ほかの女王だったらわからないが、心当たりとしてはこのクレオパトラさんだ。

 

「ますたぁ、ますたぁ」

「なに清姫?」

「囲まれております」

 

 いつの間にか騎士に囲まれている。

 

「こちらに公序良俗に不適切な恰好をしていると通報を受けた!」

 

 全員が一斉にエリちゃんを見る。

 

「ちょ、違うでしょ!? どこからどう見ても勇者でしょ!? こうなったら、ぶっ飛ばしてやるわ!」

 

 ええー、国家権力と戦うとか聞いてないんですけど。とかいいながらもエリちゃんが突っ込んで行っちゃったからにはこちらも行くしかなく、峰打ちでやり過ごして、森へと進む。

 

「まずは仲間を集めないとね」

「オレたちじゃ足りないと?」

「マシュも子イヌも、ついでにそこの極東のド田舎リスもね」

「ますたぁ、燃やしてもいいでしょうかこのトカゲ」

「はいはい、喧嘩しないの」

「でも、(アタシ)は勇者。勇者なら仲間を集めないといけないわ」

 

 ふむ、なるほど。それならカルデアで集めればいいのでは?

 

「サンタさんには、クリスマスになってから来いって。ブーディカには、カボチャ料理とかお菓子を頼んであるから無理って言われて、なんか男連中は全員逃げられて、というか、なんで(アタシ)が前に行くだけで全員逃げるのよ!」

 

 それはもう厄介ごとの匂いしか、しないからだろうかと。

 

「でも、そう簡単に仲間に――エリちゃん?」

「キャー――たすけて――」

 

 何か罠に引っかかって逆さづりにされてしまったようだ。

 とりあえず危険はなさそうだし、仲間について考えるとしよう。まずはやはり回復かな。回復といったら、

 

「アイリさんにお任せ―」

「ついてきてたんですか」

「回復が必要なのでしょう? なら、私が適任と思うのよー」

 

 確かにアイリさんなら、僧侶っぽい格好だしいいかも。彼女はかなり回復できる。パーティーの要としていいかもしれない。

 

「そーのーまーえーにーだーずーげーでー!!」

「ちょっと待って、今考えてるから」

「先輩、エネミーが襲ってきました」

「よーし、迎撃迎撃」

「えーい」

 

 アイリさんの魔術で吹っ飛ばしながら、マシュが叩いて集めて、清姫が燃やすで、一網打尽。その後は、エリちゃんを降ろす。

 

「早く助けなさいよー!」

「優先順位がありまして。とりあえず、こんなところにこんな罠ねぇ」

 

 人里から少々離れてるし、さて誰が仕掛けたものなのか。

 

「サーヴァント反応が近くにあるね。場所はわからないけれど」

「サーヴァントか。ならこの罠を仕掛けた誰かか。よし――エリちゃん、エリちゃん」

「なによ」

「歌って?」

「――――!?」

 

 事情を知らないアイリさんが首をかしげるが、それ以外は驚愕だ。オレだけの時だと頑張るんだけど、不特定多数の前で歌うとテンション上がってひどいことになる。

 

「ちょ、待て!?」

 

 出てきたのはロビンだった。

 

「良し、エリちゃん偉い」

「え? なに、(アタシ)、何か役に立った? ふ――ふふふ、そうよ子イヌ、もっと(アタシ)に頼りなさい」

「で、ロビンは久しぶりだけど――何してるの?」

「何してるはこっちのセリフだが、オタク相変わらずだな、怖がりなのか、肝が据わってるのかどっちだよ。――で何してるかだっけか。まあ、アレだ、ハロウィンが近いからいろんなのが出るってんでここで罠張ってたんだよ。ここら辺をねぐらとしている身分とあっちゃあ、罠でも仕掛けておかないと不安で眠れやしないワケ」

 

 だから罠があったと。

 

「ふむ、じゃあ、とりあえずついてきてくれる?」

「オタク、遠慮がなくなったな……ずいぶんと揉まれてきたようで――まあ、あのドラゴン娘、張り切って突撃するプランしかなさそうですし? フォローする人員は多い方がいいだろ」

「そういうこと、助かるよ」

「ふふ、いいわよグリーン。これでパーティーもそろってきたじゃない。次は魔術師ね」

「あら、私、魔術師なのだけれど」

「アンタは今は僧侶なの!」

 

 僧侶と魔術師の違いってなんなのか微妙なところがあるが、エリちゃん的にはそこらへんはしっかりと分けている感じらしい。

 そういうわけで、探すにしても心当たりがないことには難しいんじゃないか。

 

「そうですね、魔術師のサーヴァントが早々いるはずもないでしょうし」

「あー、なんというか、一応心当たりがなくはないんだが……あー」

 

 なぜがロビンは心当たりがあるようだが、言いよどんでいる。何か問題があるお方なのだろうか? 心が壊れていたり、箱庭を作っていたり、直流と交流で争っていたり、空飛ぶ円盤を出す人もいるけど。

 もしやそのたぐいで厄介な人だとか?

 

「いやそうじゃなくてな……似てるんだよ」

 

 ――似ている?

 

 何に似ているというのかと、彼が視線を向けた先はエリちゃん。

 

 誰かわかってしまった。彼が心当たりのあるという魔術師が誰なのか。いるよね、エリちゃんと同じで属性過多な魔術師が。

 そうファラオが――。

 

 さて、そういうわけでロビン曰く、インテリジェンスに寄ったエリちゃん。頭はいいのに視野が狭く、偉そうで、横暴なのに、割と生真面目な瞬間湯沸かし器。

 早とちりで暴走したあげく、目も当てられない惨劇を巻き起こす自称天空の神にして冥界の神で、ファラオで女王様。

 

「あっ……」

「あー、おりましたねぇ……」

「??」

 

 そこまで聞けばわかるというもので、わからないのはアイリさんくらいのもの。エリちゃんも気が付いていいはずなんだけど気が付かない。

 とりあえず、そんなファラオがいるという洞窟へ向けて出発――したところで、

 

「おや、強烈な反応が」

 

 ドクターの警告も遅く――。

 

「こんな夜更けに約束もなく何事ですか! 立ち去るが良い、不敬者ども!」

 

 空に浮かび上がる巨大ニトクリス。ああ、やっぱり彼女でしたかという納得。

 さて、ここから先は行かせないし、何りエリちゃんに微妙な共感を覚えて忌々しいということで、話が進まなさそうな様相を呈している。

 

 自己紹介をしてみれば気が合う事この上ないことが判明した。本人たちは否定しているけれど。ともかくだ。

 

「ニトクリスー」

「こら、そこは様をつけなさい!」

「じゃあ、ニトクリス様ー、是非あなたのお力を借りたいので、一緒に来てもらえないかと」

「むむ、そうも素直に要請されると断るのも悪いですね……しかし、条件面の話もしなければいけませんので、中へ。私の可愛い死霊たちとオジマンディアス様よりお借り(レンタル)したスフィンクスの試練を超えてきてください」

 

 友達の家に行くような気軽さだけど、その間にある試練が相当なんですけど。

 などと思っていたのだが、どうやらスフィンクスさん、環境に適応できなかったらしく、砂漠で戦ったときよりも弱かった。

 

 そんなわけで御対面。職業勇者(遊び人)のエリちゃんに交渉事など任せられないので、ここは職業商人にジョブチェンジしたオレがあたる。

 

「いつの間に先輩は商人にジョブチェンジを?」

「酒場で」

「なるほど郷に入っては郷に従えということですね。では、わたしは?」

「戦士」

「戦士ですか」

「ますたぁ、わたくしは何になっているのでしょうか」

「ペット」

「ペット!! ああ、なんでしょう、こう、粗末な扱いをされると、胸がこう、高揚が。はあ、はあ――も、もっと雌犬とののしってくれても構いません……よ?」

 

 ペットは馬鹿にできないんだぞぅ。とても強いし何より温かいのだ。

 

「というわけで――一緒についてきてくれませんか」

「あの、もう少し何か、ないのでしょうか……これで、私、いろいろと考えて――」

「いえ、口上とかそういう暇を与えると、うちの遊び人が大変なので」

「ねえ、今、(アタシ)のこと遊び人って言わなかった!?」

「大丈夫、超勇者って言っただけ」

「そう、それならいいわ!」

 

 チョロエリちゃん可愛いなー。うん、悪い大人に騙されないといいけど。

 

「ともかく、あのピラミッドをどうにかしたいので、偉大なファラオのお力をお貸しください」

「私とて、あのピラミッドには思うところがありました。一人ではこわ――いえ、どうにでもできるのですが、ちょっと用事がありひきこもっていましたが、そこまで礼を尽くされた懇願をされては仕方がりません。このニトクリスの力あなたにお貸ししましょう」

 

 ――ニトクリスが仲間になった。

 

 ドクターがどこかで聞いたようなファンファーレを流して、ニトクリスが仲間になった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 しばし、時は戻り――。

 

「女王、カルデアからの訪問客を確認しました。張り巡らせていた結界に引っかかったようです」

「………………」

 

 ランスロットが報告し、トリスタンは眠っているかのように目を閉じて沈黙。

 そんな二人に応えるは蛇を従えた女王だ。女王、クレオパトラだ。

 

「フッ、さすが完璧な妾、予想済みです! 当然、対策は立てているわ! エルサレムで彼らの力も見ているのだし――それは貴方方もでしょうけど」

「女王、あまり、その話は――」

「………………」

 

 正直、いろいろと、あの特異点での話は、汚点というか、なんというか、黒歴史というかなのである。トリスタン卿は黙ったままだ。

 ランスロットにしても、念願のお父さん呼び、もう一度呼ばれないかなーとか、思って、キメてきたら、目の前にはちょっと好みな女性が。

 

 しかし、使役される身、求婚するわけにもいかず、カルデアが来てしまったこの状況。どう考えても(マシュ)が来ているだろう。

 さて、こんな状況の自分を見せるのは果たして大丈夫だろうか。などと考えてみたりしているわけだ。

 

 ――トリスタン卿は、沈黙している。

 

 こいつ寝てないだろうか。

 

「さらに最強の門番が控えている以上、妾の優位は動かない……ああ、美しすぎる……この領地は妾が支配する。適切に、寛容に、そして無慈悲に」

 

 そんな風に自らの美しき戦略に悦に入っていると、女王騎士の一人がやってくる。

 

「あ、あの……女王、引き続き、ハロウィンは禁止ですか?」

「たわけ&パッとしない男! 後で美容院に行きなさい! ハロウィンなど愚民には早すぎる! 世情が不安定なこの時期に、あのような浮かれた祭りなど愚の骨頂。慎みと慈しみを持ちなさい! この! 妾のように!」

「……しかし、誰もがハロウィンを楽しみにしていたのは確かですし……私の子供も……」

「不敬者! 妾に口答えなど処刑ものです! ですが子供に免じて有休一日で許してあげましょう! いますぐ剣を置き、貧相な家に帰りなさい! その命が惜しいというのなら!」

 

 罵倒しているのに、こちらが気遣われている。だが、あまりにあんまりな言い方なので、女王騎士は呆けてしまった。

 それもそうだろう。罵倒されながら気遣われているなどという意味不明な事態を理解するにはもう少しこの女王様と付き合わなければならない。

 

 そこを補佐するのがランスロットの仕事だ。

 

「君、いいから今日は帰りなさい。明日一日はオフということだ」

 

 本当、どうしてこのような気遣いができるイケメン騎士であるというのに、女関係はだらしないのだろうか。それだけが、残念すぎる。

 

「……はあ。では、恐れながら有休(しょばつ)を謹んで……」

 

 女王騎士は剣を置いて去っていく。

 

「――それで女王。我々は如何いたしましょうか? 今から、総出でかかって討ち取り、後顧の憂いをなくしますか?」

「ホホホホホ! この、愚か者め! それではまるで、妾が彼奴らを恐れているようではないですか! 街に騎士たちを派遣するのです。民が浮足立つのを防ぐのです」

「私は――」

「おまえは待機です。街に出れば、若い娘に粉をかけに行くのでしょう」

「……いや、私は、別に……」

 

 目が泳いでいるぞ、ランスロット。

 

「………………なんという…………我々の生態を完全に把握されているとは……」

 

 起きていたのかトリスタン!

 

「いや、トリスタン卿、私は純粋に街の治安をだね。悪漢から町娘を救い、あわよくばなどと思っていない」

「……あの街の酒場には先日、賭け事で身代を崩した男に棄てられた、傷心の美女がいると聞きましたが」

「む、それはもしや、三番街のトネリコ亭のあの美女の話か? それか、二番街の酒場か? どちらにも美女がいたが、ふむ、その話であればトネリコ亭か」

 

 語るに落ちるとはこのことか。

 

「ホホホ。自室待機より上の、牢獄待機の方がいいかしら?」

「失敬。待機の任、承りました女王。それでは、我々はこれで。女王はごゆるりとお休みくださいませ」

「言われずとも寛ぎます。さっさと退出なさい!」

「…………」

「ははっ……トリスタン?」

「……?」

「…………………………スヤァ……」

 

 トリスタンは眠っているようだ――。

 

 無言の折檻がトリスタンを襲った。

 

「…………悲しい」

 

 痛みで物理的に――。

 

「卿はある意味、すごいな……」

 

 




第二次ハロウィン開催!

アイリさんが僧侶として参戦です。

まあ、それは良いとして、クリスマスイベはじまりましたねぇ。
ガチャ結果ですが、とりあえずピックアップされた鯖と礼装は全部出ました。
課金額一万円です。

イシュタル様二人も来てくれました。初の星5鯖の宝具レベルアップがイシュタリンとはなんともまあ個人的には運命的であります。

という感じにガチャ結果は大勝利。今は、チーズケーキを大方交換し終えて、靴下集め中です


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ハロウィン・カムバック! 超極☆大かぼちゃ村~そして冒険へ…… 2

 ニトクリスを仲間にして進むは雪原。見てるだけで寒い。こういう時は引っ付いてくれる清姫がぬくい。カルデアの制服はこういう気温にも耐えられるけど気分の問題。誰かのぬくもりがあったほうが温かい。

 

「「……しゃむい……」」

 

 そして、露出過多な御二人ががたがたと震えていた。もはや叫ぶ余裕もない様子。とりあえず、早々に駆け抜けるとしよう。

 

「それじゃあ、ひとっ走りするとしますか」

 

 とロビンの一言で早くこのゾーンを抜けるべく走っていると。

 

「ブーディカさん?」

 

 ブーディカさんと遭遇した。

 

「そうだよー、みんなのブーディカお姉ちゃんだ」

「どうしたのーはこっちのセリフなんですけど」

「んー、ちょっとねー。お料理が出来たからみんなを呼びに行ったのに誰もいない。ドクターに聞けば、特異点に行ったというじゃないか。困ってるんじゃないかって、助けにきたよ」

 

 女神か! あ、勝利の女神だったよ、この人――とあれ?

 

「その、なぜに茨木ちゃんがいるんです?」

「もしゃもしゃもしゃ――」

 

 何やらもしゃもしゃ食べていらっしゃるご様子。頬を膨らませて、可愛らしいものである。

 

「ああ、この子? なんだか、この辺りをうろついていてね。ハロウィンでお菓子が食べられるって聞いてきたみたいなの。だから、でもこんなところでお菓子なんて手に入らないでしょ? 可哀想だからね、あたしがあげたら懐いちゃって」

「もしゃ、懐いて、もしゃ、など、もしゃ、おらぬ、もしゃ。こやつが、もしゃ、お菓子を、もしゃ、献上するので、もしゃ、吾が連れて、もしゃ、おる、もしゃ、だ」

 

 ――物を口に入れたまましゃべるのはやめなさい!

 

「吾は鬼だ、人間の、もしゃ、道理など、もしゃ、知らぬわ、もしゃ、む、なくなったぞ、ブーディカとやら、はようチョコレイトを出せ」

「うん、あげるけど。あたし言ったよね、ヒトと話すときは、ちゃんと食べてからって」

「む、しかしだな――」

「約束は?」

「……次からは、気を付ける」

「ん、良しよし。それなら、いっぱい食べてね」

 

 なんというか、餌付けされてないか、茨木ちゃん……。

 

「それで、今回はどんな問題かな?」

 

 ブーディカさんにエリちゃんのことを話すと。

 

「なるほど……うん、わかった。そういうことなら協力するのもやぶさかじゃないかな。ね、茨木ちゃん」

「む、なぜ吾も」

「鬼っ子、協力した方がいいぜ。なにせ、考えてもみな、そっちの姉ちゃんはこっちのマスターのサーヴァントだ。なら、マスターの為になるようなことをすれば、報酬としてお菓子がもらえるかもしれないだろ?」

 

 ロビンの押しの一言で、茨木ちゃんあえなく陥落。というか、そんなに甘いもの好きなんだ。

 

「はい、昔は高級品でしたので」

「清姫も好きなの?」

「わたくしは、ますたぁの方がすきです」

 

 ああ、うん、はい……。

 

「どうしたの、子イヌ、顔が真っ赤よ。風邪?」

「今にも風邪ひきそうなほど震えてるエリちゃんには言われたくない」

「そ、そそそ、それよりも、早く移動しましょう。私も、薄着ですから……」

「エリちゃんも、ニトクリスも寒そうだぁ。よぅーし、お姉さんの戦車に乗って、行こうっ!」

「賛成!」

 

 満場一致の賛成により、ブーディカさんの戦車に乗り雪原を超える。雪原を超えると今度は真逆に熱くなる。溶岩地帯に入ったとドクターは言った。

 サーヴァントと魔術礼装のおかげで寒暖差で参ることはないが、気分は暑さで最悪だ。軽減されていても暑さを感じるのは溶岩地帯で限度を超えているからだろう。

 

「あついー、あついー」

「あー、こりゃ蒸れて大変だ。ふぅー、胸とか汗かいちゃったよ」

「…………」

 

 ブーディカさん、そこは無防備にタオルで拭かないでください、男もいるんですよ! 眼福です!

 

「こーら、そんなにじろじろ見ないの。お姉さんも少し恥ずかしいんだぞ」

 

 それならば目の前でやらなければいいと思うのだが、確かに道も狭いので、他にやる場所がないのだから仕方ないのだろう。

 しかし、暑い。魔術礼装で軽減されているとは言えど暑い。汗はとめどなくあふれ出してくる。サーヴァントの皆さんも汗だく。

 

 話は変わるが、汗だくの女の子って、エッチぃと思う。つぅーと身体を伝いおちる汗……思わず生唾を呑み込んでしまう。

 エリちゃんとか、ニトクリスとか、薄着だから、特にそれが顕著で、ヤバイ。

 

「しっかし、女王は馬鹿なの!? こんな熱いところ通って城下町に行くの!?」

 

 そんなエリちゃんは、過剰なストレスでインテリジェンスが強化されたようだ。まあ、それは確かに言える。まるでこちらを待ち構えるためだけの試練に思える。

 ん、んー? 試練。試練か。ふむ、確かに向こうの女王様だって、なんの考えもなくこんなことはしないか。いきなりエリちゃんのチェイテ城に突撃をして、支配領域を奪う。

 

 そんな意味のないことをして何の得があるというのか、何もない。では、なぜ? 先ほど思いついた通り、これが試練なのだとしたら、誰に向けたものだ?

 それはもちろんエリちゃんだろう。エリちゃんの領域でこんなことをしているのだから、エリちゃんに向けられていると考えるのが自然だろう。

 

 そうなると――本当になんでこんなことをしているのかだ。エリちゃんに試練を与えて楽しみたいのか? いや、それにしてはあまりそういう風でもないような?

 

「んー?」

「小僧が何を考えても詮無かろうて」

「む、原因を考えるのは解決の一歩なのに」

「そのような些事にとらわれては、頭目として立派になれんぞ。良いか、頭目であるのならば、酒呑のようにだな。もしゃ――笑って日々を楽しんで居ればいい。それだけで下は付いてくる」

 

 いや、オレ鬼じゃないから、鬼のようにとかやめてほしいところというか、それは目指したら駄目な部類だろう。

 裏があると仮定して考えるのなら、もっと気楽にしていろってことなんだろうけど、たぶん違うと思う。駄目だな、人間と鬼じゃ価値観が違いすぎる。

 

 前の二世もこんな気分だったのかな。ごめんよ、二世。

 

「ええ、ダメです。鬼など、母が許しません」

「そうですよねー…………え? 頼光さん?」

「はい、母ですよ?」

 

 今、どこから上がってきたんですかね。溶岩の中から上がってきたように見えたのですが。見間違いではないとすると泳いできてませんでしたか?

 サーヴァントって溶岩でも大丈夫なのだろうか。いや、それなら、エリちゃんが暑がるはずないだろうし…………考えないようにしよう。

 

「はい、対岸に出てみれば、息子(あなた)の姿があるではないですか。ええ、しかも、まさか害虫の一匹と話している。これはもう母が助けるしかないというわけで、泳いできたのです」

「ええ……」

「愛、ですわ」

 

 なんで、そこで驚愕して慄いてるんですが清姫さん。というか、愛で溶岩が泳げるんだ、サーヴァントって、そりゃ凄い。

 って、そんなわけあるかーと、想っていたら、なんか静謐ちゃんが泳いできたではありませんか。

 

「愛、です……」

 

 ああ、はい、愛ってすごいんだなぁ……。

 

 ――思考停止した方が楽なので、考えないようにしよう。

 

「ますたぁ、わたくし、ますたぁへの愛ならどのような責め苦でも、快感に!」

「あの、ごめん、オレが悪かったから、いつもの清姫でいてくれると嬉しいです。ごめんなさい」

 

 すっかりMに目覚めてしまった清姫。いつも通りに戻ってください、お願いします逆にこっちが自制がきかなくなりそうだから!

 

「先輩、最低です」

「かはっ……」

「マスターが、死んだ!?」

「まあ、悲しいことがあったのですね。母の胸でお泣きなさい。ええ、すべて、受け止めて差し上げます」

「だ、駄目です!」

「カオスだね、こりゃ」

 

 ロビンのつぶやきはマグマに燃えつきていった。

 

「――で、どうして頼光さんが?」

「はい。せっかくお鈴をお渡しいたしましたのに、いつまでたっても、母を呼んでくれないので、これはもう母の方から行くしかないと。もしかしたら、泥棒猫などいるかもしれないといてもたっても入れず。ですが、もう安心ですよ、遠慮なく母に甘えてください」

 

 そうしてそっと抱き寄せられる。自らにもたれさせるようにしてるから、ちょうど胸に頭が、乗る――。

 

 ―oh……頭の上にのってるオパーイが、凄い。

 

 この柔らかさ、まさしく――至高と言わざるを得ない。

 

 一言で言えば爆乳と言わざるを得ないほどの大きさ、質量、過去最高。マシュのマシュマロよりも巨大にすぎる。

 その柔らかさ、弾力は、最高の枕を凌駕している。ありていに言ってしまえば、最高――。

 

「ちょっとおお!? なんで、僕がいないところでいつも君だけそんななんだい!」

「ダビデ……」

 

 ダビデが通信してくるほどのことだった。それも当然だろう。オレがこうなったのはダビデが原因でもあるのだから。

 毎晩毎晩、耳元でおっぱいの魅力語っていくし。最近は、おっぱいだけじゃなくて腰とかお尻とかにもシフトしてるけど。

 

「くぅぅ、エリザベートが何か余計なことしているから、男連中で逃げたっていうのに、なんだい、君は、どうして人妻とそんなことになっているんだい! しかも、親子プレイとか、なに、背徳的すぎるよ! こっちはむさい男だらけなんだよ!? ――くそう、逸材とはわかっていたけれど、ここまでになるとは、僕も予想外だ……」

 

 だから、ダビデは黙ってて、こっちは頭に全神経を集中しているんだ。

 

「まあ、親子だなんて。ふふ、嬉しいですね。やはり、母と子の愛に満ちた、平穏な世が一番ですね」

「あ、あの頼光さん……できれば、先輩を離していただけると」

「そうです、ますたぁに聞きたいこともあるのです」

「あら、そうですか? ではこのようにして」

 

 くるりと一回転。後頭部に、柔らかな感触が!

 

「このようにすればお話しできますね。私は母ですので、どうぞお気になさらず。そこの虫さえ、近づかなければどうもいたしませんので。ああ、それとも先に虫退治をした方がよろしいでしょうか」

「それはやめておいてもらえると嬉しいです」

「いいえ、それはいかにあなたでも駄目です。虫を一匹みたら三十匹はいると思えです。アレだけとは限りません。息子の安全の為にも――」

「お願いします、やめてください」

 

 ここで茨木ちゃんと戦われても困る。絶対収拾がつかなくなるから。

 

「それで、こんな感じなんだけど、何聞きたいことって?」

「はい、ますたぁにちょんと触れているこの、わたくしとキャラがかぶりそうなテケテケは誰でしょうか」

「……いえ、私は……ご主人様に、触れてるだけで、幸せ……ですから……キャラ、かぶりなど、考えてません……」

「ま・す・た・ぁ?」

 

 どうして、不倫がばれた男みたいになっているんでしょうか、オレ。無罪を主張したいのですが、マシュさん、弁護を。

 

「――頑張ってください」

 

 見捨てられた!?

 

「……え、えっとですね、清姫さん」

「はい、ますたぁ、わたくしちゃんと聞きますよ」

 

 そう言いながら、なんだか、燃えてるんですが。燃やされそうで怖いんですけど。

 それでも、何も悪いことをしていないのだからと正直に話す。

 

「ああ、これはちょっと、ええ、なんだか敵が出てきそうですので、その準備に。さあ、彼女は?」

「静謐のハサンさんで、えっと、エルサレムで一緒に戦った仲間……です」

「特別な関係はないと? 随分と仲がよろしいように思えますが」

「あの、彼女の宝具が特殊でして、触れられる相手がいなくて、オレとマシュが触れられるということですので――」

「理解しました。つまるところ、敵、ですね」

 

 ――どうしてそうなる!?

 

「ああ、うん。マスターは本当、もうちょい、乙女心ってやつを学んだ方がいいと思う訳よ」

「え? え? なに、グリーン、(アタシ)にもわかるように説明しなさいよー」

「オタクは、賢さの実を食べるところからはじめな」

「かしこさを上げろってことね――って、かしこさ足りてるわよ! 勇者なのよ!? 魔法もいっぱい使えるわよ!?」

「あはは、大変だね――」

 

 なんかブーディカさんの視線もちょっと、棘がありませんか? できれば助けてくれると嬉しいんですが――。

 

「あらあら、人気者は大変ねぇ」

 

 アイリさん、そんなこと言っているのなら助けてほしいんですが。

 

「ほら、アイリさん僧侶だから、助けてあげたいのはやまやまなのだけれど。

 ――浮気って、駄目だと思うのよ。どうしてかそう思うのだけれど、具体的に言うと、どんなに苦しくても妻がいるのなら、この場合は私なんだけど、どんな話でもちゃんと聞いてあげるのに、それをほかの女のところに行ったりする、正義の味方とかってやっぱり駄目だと思うのよ」

 

 浮気じゃないですよ!? というか誰の話してるんですか!?

 

「ともあれ、母が来たのです、存分に頼ってもらっても構いませんよ」

「はい、マスターの為に頑張ります……あの、そうして、頑張ったら、少しだけ、触れさせてもらえれば……」

 

 ――頼光さんと静謐ちゃんが仲間になった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「――居眠り豚、前に」

「ははっ、居眠り豚トリスタン、御前に」

「音楽が気に入らないので、違うものを」

「ではこちらを」

 

 その音楽は、気が狂いそうになるようなそれだった。まるで深淵をのぞき込んでいるかのような。そうその音を言葉にするならば、こう聞こえたような気がした。

 

 ――いあ、いあ

 

 だとか、

 

 ――くとぅ■ふ、ふたぐん

 

 だとか。

 

 Look to the sky, way up on high

 

 だとか。

 

 頭蓋を内側からかきむしられるかのような、陰湿にして、陰鬱にして、陰惨な、狂気の音楽がフェイルノートより奏でられる。

 このままいけば、そのうち大変なものを召喚してしまいそうな気がするくらいのそれ。盲目にして白痴の何かが呼び出されてしまいそうな、気配すら感じられる。

 

 聞くだけで正気度が削られていく。落ち着いて本を読みたいという要望でどうしてこれをチョイスしたのだろうか。

 

「やめなさい、気が狂いそうです! 落ち着いて本が読めないでしょう!」

「愉快な曲の方がよいかと思ったのですが」

 

 愉快を通り越して不快である。

 

「限度というものがあるでしょう、限度というものが。何を呼び出すおつもりですか。まったく。というか、明らかに琴では出ないような音が混じっていたのですけど」

 

 そんな女王の疑問を遮るように、ランスロットがやってくる。

 

「失礼、女王」

「何用か、妾はもう寝ます。報告なら、明日――」

「彼のファラオが、カルデアのパーティーに参入したようです」

「な、なんですと――!? あの御方が!? そんな、あんな間が抜けていて、愚鈍で、知性の欠片もなさそうな者に!?」

「ああ、悲しや。我らが女王の貌が悲痛に歪む。しかし、その貌もまた、輝かんばかりに美しい」

「いえ、どうやら、マスターの方に」

「ああ、それならば納得です。たった一度の共闘で、妾はそれど見ていませんが、指揮官として、あれほど優秀な男はそうはにいないでしょう」

 

 サーヴァントなどという尋常ならざる存在を軍勢として使役している時点で、並みではない。それに彼のオジマンディアス様、サーヴァントという格落ち状態とはいえど彼の王の全てを読み切り、対等にセネトを指して見せたのだ。

 己が身を削ってというのはいささかクレオパトラの好みから外れまくってはいるが、それでもあの結果はすさまじいほかない。

 

 ただの人間が史上最高のファラオと対等にセネトの席に着いたのだから。その観察眼、直感、心眼、鍛えあげられたそれらを舐めることなどどうしてできよう。

 非才と嘆き、それでも進んできた男。敬意を表する。であればこそ――。

 

「むつかしいわね。むぅ」

「憂いを浮かべた貌もまた美しく」

「考え事の邪魔。窓から飛び降りなさい、貴方は」

「おお……我は空高く飛ぶ(I can fly)……」

「本当に飛び降りただと――!?」

 

 トリスタンは本当に飛び降りた。しかも、音の衝撃で空を飛んでいた。さながら鳥のように。トリスタンの名は伊達ではないという事か。

 ――違うと思う。

 

「それは飛ぶでしょう。トリなのですから! それはそれとして、ヒトヅマンスロット」

「はっ! ……………………はっ!?」

「溶岩地帯に派遣した彼女たちに、くれぐれも止めるようにと言っておきなさい。既に接触しているはずだから」

「いえ、すでに接触しているらしく」

「…………まあ、大丈夫でしょう。さすがにあのマスターでも、あの二人なら、きっと……」

「(…………不安だ)」

 

 ヒトヅマンスロットの予想通り、全然だめだったのは言うまでもない。

 




茨木ちゃんと、ブーディカさんと、頼光お母さん、静謐ちゃんが仲間になった。
それにしても、旧支配者のキャロルって癖になりますよね――。

セネトは、古代エジプトのチェスみたいなものだそうです。私も詳しくは知りません。
通常2人でプレーする戦略的すごろくゲームだそうです。
ファラオがこれをやっていたのかは定かではありませんが、盤面上での戦いという意味合いで使用しております。一応。

さて、クリスマスイベ、まさかクエスト追加されるとは(初日と二日目にいろいろと林檎食ってた阿呆は私です)。
まあ、そのおかげで現在ボックスは四箱目なんですが。
そこまであけてもまだ礼装がドロップしない。嫌な予感がしてきました。もっと周回します。

それにしてもクリスマス第二次はどんな風にしようかなぁ。ハロウィン第二次もあと二話か三話くらいで終わらせる予定なので、そのあとはクリスマスをさっと書き上げるつもりなのですが。
こればかりはもうちょい見てみないとですねぇ。しかし、仮面好きだなw。あの仮面は卑怯だってw。
それにしてもジャンヌサンタのツインアームリトルクランチの意味がわかりました。なるほどです、ロジカルです。

それにしても、ジャンヌサンタ可愛い……。最終再臨までもう少しじゃ。
しかし、坂本真綾さんのロリ声って、物語シリーズの忍くらいしか聞いた覚えがないので、結構新鮮。
ただ、マテリアル見る限り、この子成長する余地が残されているらしい。善い方にも悪い方にもなるという…………ジャンヌ・リリィ育成ゲームとか、出ませんかね。あの、ほら昔あった、プリンセスメーカー的な感じの。駄目? そうか、駄目かー。

なお、私はゲームなど制作できないので、言い出しっぺの法則で作れと言われても作れない。
え、小説でやればいいって? ……………………い、いや、ちょっと、それは、あれですか? また活動報告で、選択肢をいくつか用意して、ジャンヌ・リリィの育成を考えろと、そういうことですか?
ははは、勘弁してくださいよぉ(なお、褒められると途端にやる気になるのが私なので、協力してくれる方がいるのならやることもやぶさかではない。
別に褒められたからじゃないんだからね!

とかいう感じに突然出るかもしれないが、予定は未定。


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ハロウィン・カムバック! 超極☆大かぼちゃ村~そして冒険へ…… 3

 そうして、オレたちは、城まで辿り着いた――。

 

「さあ皆! ピラミッドに巣食う、あの魔女を倒すのよ!――」

 

 とエリちゃんが声をあげるのだが――。

 

「………………」

「…………」

 

 誰も彼女の声に続かない。

 

「ちょっと!?」

「あら、トカゲさん、どうしたのですかそんなに大きな声を出して。母は今、忙しいのです」

 

 あの頼光さん、やめてください、どこから、この衣装を出してきたんですかねぇ。

 今現在、オレはなぜか頼光さんの着せ替え人形にされてしまっている。溶岩地帯を抜けたと思ったら、この調子である。

 

 エドモンからもらったインバネスと帽子があるからいいといったのに、着てくれないのですかと涙目になられたら着せ替え人形になるしかないだろう。

 女の涙ほど強い武器はない。勝てない。

 

「金時は、こういうことさせてくれませんでしたので、ここぞとばかりに。機会を逃したこと、私は一度もありません。そのおかげで鬼も退治できました」

「不意打ちだったがの」

「なにか、言いました、虫。虫の頭目がいなければ何もできぬ羅生門の鬼が」

「そんな鬼を逃がしたのは、どこの誰だったか、もしゃ」

 

 台無し、台無しだよ茨木ちゃん! もしゃもしゃ食ってるから、口の周りにチョコレートついてるよ。

 

「ほら、お口にいっぱいついてるから拭こうねー」

「もむあ――」

 

 そして、ブーディカさんに拭かれる。鬼とはいったい。しかし、こうしてみると親子のようにも見える。というかブーディカさん娘がいたから、本当に娘みたいに接しているのだろう。

 

「帰りたくなってきたな」

「ちょっと、グリーンが帰ったらどーするのよ!」

「いや、だってなぁオレがいなくてもなんとかなるだろ」

「そう言って帰りたいだけでしょ! 嫌よ、あんたがいなくなったら、(アタシ)誰に愚痴ればいいの!」

「だから帰りたいんだよ……」

 

 しかし、城門の前に来たということは後も少しということ。当然のように門番がいるだろうが、これだけの戦力がいれば、というか、たぶん頼光さんがいれば――

 

「母と。頼光お母さんと」

 

 頼光――おか、あさん……がいれば、なんとかなりそうな――。

 

「しかし、上へ下への大騒ぎで、大分汚れてしまいました。貴方、マスターなのですから、浴室の一つや二つ、魔術で取り出せないのですか?」

 

 取り出したいです! ぜひともそれは取り出してあげたいです! でも、オレ、そんなことできるほど魔術に精通してません!

 く、ここはドクターに頼んで。

 

「話は聞かせてもらった――!」

「ドクター!」

「今すぐ、浴室を転送するよ! それもみんなで入れる大浴場をね!」

 

 さすがだ、ドクター! サムズアップで応える。

 

「では、母が洗ってあげましょう」

「いいえ、ここはわたくしが」

「…………」

 

 くいくいとわたしもと言わんばかりに裾をひいてくる静謐ちゃん。

 

「いえ、先輩の御背中をお流しする役目はわたしが――」

「ちょっとー! パーティーメンバーをねぎらうのは勇者の役目! つまり子イヌを洗うのは(アタシ)(アタシ)!」

「え、えっと、で、では、同盟者をねぎらうのもファラオの務め、この私自ら、洗って差し上げましょう。泣いて喜ぶとよいです」

 

 ――あ、これ、選択を間違ったかもしれない。

 

「こらこら、マスターが困ってるよ」

 

 おお、ブーディカさん、さすがです。

 

「喧嘩するんなら、あたしが洗っちゃうよ。だから、喧嘩しないこと」

「…………」

 

 とかなんとかやっていたら、門番がこちらを見ていることに気が付いた。血のついた黒い鎧を着た男だ。その男はこちらを見ていた。

 いいや、敵視していた。エリちゃんを――。

 

「って、おじ様――――!?」

 

 そんな彼を見て、エリちゃんは叫ぶ。おじ様、と。

 

 おじ様、つまりは、ヴラド三世。彼女がおじ様と呼ぶのは彼だ。去年、出会った。だが、違う。彼とは今目の前の彼は違う。

 オレが会ったことがあるのは闇に溶け込みそうなほどに黒い貴族服を着た王様だったはず。マシュなどアップリケを教えてくれる優しいおじさんだった。

 

 だが、目の前の男は違う。違うが――同じものだとオレの観察眼が告げている。彼もまた、同じヴラド三世なのだ。

 

「良き観察眼だ」

 

 ヴラド三世はオレの思考を読んだように言った。

 

 サーヴァントとは、一人の英雄の一つの側面を抽出して召喚するもの。ゆえに、同一人物でありながら、様々なバリエーションを持つことがある。

 そのもっともたる例がアーサー王なのだとドクターは言っていた。彼女には多くの可能性が存在しているのだと。

 

 ヴラド公にも別の側面があったということ。かつて出会ったヴラド三世が王としての側面を抽出した存在であるとすれば、今目の前にいるヴラド三世は、あらゆる悪を糺す武人としての側面をもって出てきたということ。

 そんな彼は、エリちゃんを睨み付けている。悪を糺す武人はエリちゃんをただ睨み付けている。それは、まるで、彼女が悪であるというように。

 

「あ、あの、おじ様? (アタシ)を睨み付けて、なにかあった?」

 

 エリちゃんにその心当たりはないらしい。だが、確かにエリちゃんは、反英雄、その関係かとも思ったが――。

 

「エリザベート・バートリー! (オレ)は、その方の罪を裁きに来た!」

「え、ええぇ! おじ様が!?」

「問答は無用。汝は罪ありき存在――これより、あらゆる不徳と不義を罰してくれようぞ!」

 

 あの吸血鬼呼ばわり以外には鷹揚なヴラド公が此処までの怒りをあらわにしている。それほどまでのことをエリちゃんがしたというのか?

 ――いいや、たとえそうだとしても。

 

「マシュ!」

「はい! ――っ」

 

 ヴラド公の攻撃をマシュが防ぐ。

 

「エリちゃん、今は戦って!」

「邪魔をするか」

「ああ、エリちゃんは、大切な仲間だからな!!」

 

 だが――。

 

「なんだ、これ――」

 

 仕留めきれない。こちらが初見なのもあるが、なんだ、あの動き! ヴラド公と違いすぎる。本当に同一人物かよ!

 何より、用兵が巧い。的確に指示を出し頼光さんを押さえつけ、容易に攻撃させないようにしている。女王騎士など頼光さんの敵ではないが、女王騎士を倒した瞬間をヴラド公は狙ってくる。

 

「それでも、まだ、終わりじゃない」

 

 まだまだ反撃はここから――。

 

「――いいや、もう終わりだ。やはり、汝は理解しておらぬ」

「え……?」

「やり直すが良い。今一度、さもなくば、あの女王の眼前に立つこと敵わぬ。その戦装束で勇者を名乗るのであれば! それを理解してからにせよ!」

 

 それは怒りではあったが、まるで、何かを教えるかのようで――。

 

「一体なんのこと――はえ?」

 

 ――……い。

 

「は?」

 

 ――……ない。

 

 ――……まない。

 

「すまない……唐突ですまない……」

「はいぃ!?」

 

 空に浮かぶ巨大なジークフリート。

 

「え、あの……えー!?」

「本当にすまないのだが……ここまで死闘を繰り広げた皆には、すまないと思うのだがもう一度、最初からやり直してほしい。

 ――コホン。これは別にシステム的なものではなく、ちゃんと意味があるものなので……ここは踏ん張りどころだと思ってほしい……では、すまないが、ワープしてもらおう」

 

 全員が思わず叫んだ。

 

「なんでー!?」

 

 犬猿の仲である頼光と茨木ですら、合わせて叫ぶほどに、よくわからないままに、オレたちは墓場へとワープさせられてしまったのであった。

 

「……戻ってきちゃった……」

「…………」

 

 さすがにクルなぁ……、というか、なんだろう、こういうゲームを昔見た覚えがあるような気がする。まあ、それはさておいて、強くて二週目ということで納得しよう。

 それよりも、だ。

 

「集合ー」

 

 エリちゃんが理解していないことについて考えなければ。

 

「というわけで、話を聞こうかロビン」

「ド直球だね。だが、生憎――」

「呵々、呆けるなよ緑の人。先ほど、お主だけが、戸惑わず、これはしたりという顔をしていたであろう」

「そういうこと、知っているのなら、教えてもらうよ」

 

 なにせ、エリちゃんに考えさせたら、いつまでたっても進まない。なにせ、本人がわからないといけないことなのに、本人には一切、心当たりがないのだ。

 

「何! なんなの、(アタシ)が理解してないことって!」

「……オタクさ、街の様子見て、気が付かなかったか?」

 

 街? そういえば、ハロウィンだというのに、ゴーストもいなければ、活気もなかった。ハロウィンの支度をしていなかったのだ。みんな閉じこもっている。

 それをエリちゃんは女王がハロウィンを禁止したからだと言っていたが、そうじゃない? ――!

 

「ロビン、もしかしてさ、ハロウィンの準備をしてなかったのって、女王が来る前から?」

「相変わらず鋭いね、ああ、そうだ」

 

 あー、わかった。なるほど、そういうことか。女王が原因でないのなら、原因はエリちゃんだ。なるほど、そういうことか。

 

「さて、エリちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「ん? なによ子イヌ」

「エリちゃんは、このチェイテを治めてるんだよね」

「ええ、そうよ」

「じゃあ、聞くけど、最近、執政とかした?」

「……………………あ……」

 

 やっぱりか。

 

「あ、じゃ、ねえーですよ! オタクがなーんにもしないから、街の連中は祭りの準備をしていいのかわからねえし! 兵士たちは準備を進めるべきか、止めるべきかで大混乱だっつーの!」

「あわ、あわわ、あわわわわわ!」

 

 言われて初めて事の重大さがわかったのだろう。エリちゃん、ものすごくあわあわしている。

 ブーディカさんなど、あちゃーと目を覆っている。ニトクリスはこれはひどいとあきれ顔。茨木ちゃんも、部下の面倒も見ずに何が頭領かと呆れ顔。

 

「ど、どうしよう、子イヌー!」

「どうしようって」

「やればいいのよ――」

 

 アイリさんが手を合わせて楽しそうに言う。

 

「ハロウィンを今からやればいいのよ。少し遅れただけじゃない? なら、今からやればいいのよ。遅れた分をとりかえすように、盛大に盛り上げる。とっても楽しいと思うの」

 

 アイリさんの言う通りだ。

 

「ここでちゃんとハロウィンを開催して、もう一度怒られに行こう」

「そ、そうよね!」

 

 さて、そうなるといろいろと準備しないとね。

 

 カボチャに、お菓子はもちろん、子供たちの為の仮装の準備。

 

「ブーディカさん、頼めるかな?」

「うん、大丈夫、というか、とっくの昔に準備はできてるんだ」

「さて、そう来たら――というわけで、エリちゃん、宣言して」

「ほえ?」

「エリちゃんが宣言しないと始まらないからね」

「わかったわ!」

 

 エリちゃんが告げる、ハロウィンの開催を。ちゃんと謝りながら、ハロウィンの開催を告げた。宣言とともに亡者が噴出する。

 

「さて、倒して回りますか」

「――子イヌ……(アタシ)頑張るわ。ちゃんと、ハロウィンして見せる」

「うん、エリちゃんならできるって信じてるよ」

 

 オレたちは亡者を倒し、カボチャを回収しながら、城下町へと向かった。

 

「んー、まだ全然人がいないわね」

「踏ん切りがつかないんだね。どっちの女王に従うのがいいのか迷ってるんだと思う」

「だったら、頼んで回ろう」

 

 ならば足を使うのみだ。

 

「そうだな。そこのマスターの言う通りだ」

 

 ロビンも賛成してくれたし、全員で手分けして頼んで回ることにした――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ハロウィンの宣言をヒトヅマンスロットは聞いていた。

 

「……我々が行かねばなるまい」

 

 ポロロンと音が鳴る。

 

「トリスタン」

「……私は、悲しい……」

 

 居眠りして折檻されて全身が痛くて悲しいという意。

 

「女王からの命か」

「…………」

 

 トリスタンは頷いた。

 

「カルデアと戦う事になろうとはな……」

 

 第六の特異点では随分と迷惑をかけてしまった手前このまま出ていくのはどうだろうか。いろいろと黒歴史だし、何よりマシュがいるためひどく躊躇われる。

 念願のお父さん呼び、心臓が止まりそうだが、嬉しいのは嬉しいのだ。だからこそ――ここは、正体を隠そう、そうしよう。

 

「私は覚えていないのですが、迷惑をかけたのでしょうね……ああ、悲しい……」

「…………落ち込むなトリスタン卿。聞けば、カルデア一行には人妻がいるらしい」

「……私は、悲しい……」

 

 どうして早く教えてくれなかったんだという意。

 

「さあ、行きましょうランスロット卿」

「ごく普通に飛んでいった、だと!?」

 

 人妻好きどもが、カルデア一行に向けて進軍を開始する。それを見送った門番は果てしなく呆れていたそうだが、忘れているのだろうかヒトヅマンスロットは。

 カルデア一行には、自分の息子(むすめ)がいるということを。

 

 そして、こんな気持ちで向かっていることがバレたらどうなるか、それが本当にわかったうえで、彼らはカルデア一行の下へ向かっているのだろうか。

 おそらくどころか、絶対に忘れている。人妻は、そんな些事と比べて、はるかに重いのだから――。

 

 なお、その時になって後悔し出すのがランスロットである。

 




さて、というわけでぐだ男たちはふりだしに戻る。
すまないさんの登場は本当卑怯だったw。

そして、次回人妻好きがやってくる。

イベントの方は、サンタジャンヌが最終再臨しました。可愛い。
次はイシュタル様かな。早く最終再臨させたい。
とにかくもっと靴下をくれぇー


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ハロウィン・カムバック! 超極☆大かぼちゃ村~そして冒険へ…… 4

 それで、各家々を回ってみたのだが――戦果ZEROであった。皆のところも同じであったのだが、どうにもおかしいことが一つ。

 なしの礫だったのだが、どうにも祭りをやりたがっている風ではあるのだ。つまり、何かまだ一押しが足りない。

 

 まあ、一押しを遮っているのはまず間違いなく、ピラミッドの女王だろう。彼女がハロウィンを禁止しているからこそ、踏ん切りがつかないのだ。

 

「ねえ、(アタシ)のどこがダメなの!?」

 

 とりあえずは満場一致で、

 

「格好」

「勇者なのに-!」

 

 だった。そんなあからさまな痴女みたいなビキニアーマーを着たとちくるった為政者よりは、ピラミッドの女王様の方が幾分もマシなのだろう。

 エリちゃんも素材はいいのだから、普通に着飾れば可愛いはずなのに、どうしてこう、ズレるのだろうか。

 

「というわけで、まずはエリちゃんをまともな恰好にするところから始める?」

「あ、それなら、お姉さん頑張っちゃうよ?」

「息子の為です。母も協力しましょう」

「デザインは、どうしようか」

「それなら、アイドルっぽくー」

 

 却下。為政者がアイドルっぽいかっこうなのもそれはそれで問題なのだ。

 

「シックなドレスが良いのではないのでしょうか?」

「……はい、それいいと、想います」

「確かに。普段と違う落ち着いた服っていうのは逆にありかも」

 

 勇者のビキニアーマーとかいうトチ狂った格好を見せられた後に、シックなドレス姿となればそのギャップで人気アップもありえるんじゃなかろうか。

 

「また、おまえたちか。ハロウィンは禁止だと」

「また来たのね! ――あ、そうだわ! ねえ、ちょっとそこの! (アタシ)を見て、どう思う?」

「どう思うって……露出はほどほどにしないと、斬られたとき痛いぞ?」

「センス、ゼロね」

 

 いや、その騎士の人はいい人だ。普通の人なら痴女っていってもおかしくない格好なのに、それにはあえて触れずにエリちゃんを心配して見せるのはさすが騎士だと感心した。

 などと思っていると、

 

「にゃんとおおおおおおおお!?」

 

 何やら、茨木ちゃんの方で何か起きたらしい。見ると、どこに隠し持っていたのか、ケーキが真っ二つに潰れている。

 同時にどういう訳か、空から襲来するトリスタン。なに普通に飛んできてんだこいつ……。

 

「…………ああ、悲しい……街を橙色に染めるのは、女王の本意でないことがひどく苦しい…………それはそれとして、そこの麗しい女性二人……私は、トリスタン。元円卓の騎士、現在女王の騎士。どうか、一晩、私と――」

 

 いきなり口説き始めた―!? しかも、ブーディカさんと頼光さん、アイリさんを。

 

「んー、ごめんねぇ、お姉ちゃんには大事な人がいるから、君の御願いはいけないかな。大丈夫、きっと君にもいい人ができるから、あたしみたいなお姉さんよりもいい人がね。だから、その人のためにも、そんな風な言葉は摂っておいた方がいいよ」

「あらあら、私? 私、そんなこと言われたの初めてよ。でも、なんでかしら、それを受けてはいけない気がするの。カルデアに来てから夢に見る男の人に悪いって思うのよ」

 

 ブーディカさんは、ぴんと、トリスタンの額を指で小突く。まるで、め、と叱るように。

 あ、そうか、円卓相手だから、彼女にとっては遠い親戚みたいな感じなのか。うん、完全に親戚のおば――お姉さんだからね。

 アイリさんは、きっぱりと断る。どこかにいる誰かをまるで見るように。カルデアはすべての可能性の中にあるゆえに、きっと可能性を見ているのだろう。

 

 しかし、トリスタン卿、なんだか、雰囲気が以前と違う――ああ、そうか。あの時出会ったのは、反転した姿。それならば、きっとこれが彼の本当の……本当の姿でいいんだろうか。

 ダビデと同じ匂いがするよ。人妻好きっていう匂いがするよ……。

 

「卿は失敗したか、では、私が――」

「お父さん、何黒い鎧になってるんですか。というか、今何をしようとしてたんですか」

「―――」

 

 なんでバレた!? って感じで驚いているな、あのランスロット……。そりゃバレる。あいにくと第四次聖杯戦争の冬木で、オレたちはランスロットに出会っているのだ。

 あの黒い鎧姿は見慣れたものである。だから、わかるし、マシュに言わせればたとえ宝具を使われていてもこの霊基(からだ)は、わかると言っていた。

 

 だから、何をしても遅いのだよ、ランスロット卿。

 

「ランスロット卿……」

「………………」

 

 なんというか、この空気をどうしよう。

 

「子イヌ、なんとかしなさいよ」

 

 仕方ない――いや。

 

「エリちゃんがなんとかして」

「え? なんでよ。(アタシ)にこんな空気をどうしろって――」

「ここはエリちゃんの城下町だからね。オレが何かするわけにもいかないでしょ。それとも、できない? それなら、オレがなんとか考えるけど――」

「ううん、やるわ、やるって決めたもの! 全員にこれをかぶせなさい子イヌ!」

 

 パンプキンヘッド。

 

「了解、女王様」

 

 というわけで、ランスロットとトリスタンを含めたすべての騎士にパンプキンヘッドをかぶせる。

 

「では、エジプト魔術で外れないようにして……」

「それはやめようニトクリス可哀想だから」

 

 ともかく、そうやって騎士たちもハロウィン仕様になると、城下町の人々もおずおずと出てきて街がハロウィン仕様になっていく。

 

「うんうん、これで良し。さて、ランスロットとトリスタンはこれからどうする? どうにも、エリちゃんを試してた見たいだけど」

「…………悲しい……」

「……まあ、いろいろとある。しかし、やはりキミには勝てんな」

「貴方の場合、勝てないのはマシュなんじゃ」

「うぐ……」

 

 ともあれ、完全に縛り上げてフェイルノートもアロンダイトも没収したから暴れることはできまい。というか、暴れたら、マシュの打撃が飛んでいくだろうから動くに動けないだろう。

 それに、パンプキンヘッド取れないしね。この二人だけエジプト魔術でくっつけてるから逃げても無駄。

 

「さあ、行くわよ、子イヌ! ライブ――いいえ、このハロウィンをみんなで楽しむために女王のところへ!」

 

 今度は全員が、おー、と声を合わせる。

 道中のパンプキンを回収しながら、オレたちは再び、城門へと戻ってきた――。

 

「……その、ええと……トリック・オア・トリート! おじ様!」

「祭りの音が聞こえるな……気づいたのか、それとも気づかされたのか。気づいたのであれば、貴様にも幾ばくかの見どころはあろう。気づかされたのであれば、貴様とともにある者が、貴様を思いやったのであろう――裁決は結果のみを見る。民が満たされたのであれば、この先に進む資格がある」

「おじ様……!」

「だが、この姿の(オレ)は貴様には特に厳しい。貴様が犯した罪は数多い」

 

 その中の一つ。彼にとって、英霊となった彼にとって、決して見逃せない罪がある。

 

 そして、彼は、それに対して償いの場を与えない。死をもって償えとも言わぬ。

 

「……!」

 

 王たる彼は、鷹揚にして苦悩する人間であるが、武人である彼は、一切の邪悪を赦さない。償いなどさせぬ、赦しむせぬ。

 楽になど、させぬ。

 

「不義不徳、民を玩弄し、無知であることを当然と考えた殺人鬼よ。貴様の罪は、百年たっても覚めぬ悪夢、貴様の悪は、歴史に刻まれし罪科である」

 

 ゆえに還れ、暗闇に。貴様がいるべき場所へ還れ。

 

「では――徹頭徹尾、皆殺しである」

 

 ドラクルの槍が来る――竜の子の槍が来る。

 串刺しの王。

 彼こそが、串刺し公。

 かつて、最強の帝国、オスマン帝国すらも恐れさせた槍衾が来る――。

 

「今度は、負けない――」

 

 もう見た。一度、貴方の戦いをオレは視た。

 ならば、もう負けない。

 一度視た技は二度は通じないとは言わない。けれど、最初のようにはやられない。リターンマッチだ。

 

「――ぬ」

 

 彼の用兵に食らいつけ。

 彼の動きを読め。

 

 エリちゃんの為に――未来を視ろ――。

 

 発動する魔術礼装。

 最大出力で演算される勝利への筋道。

 

 ただ一直線に、そこを駆け抜けるために指示を出す。口で足りないのならば目で、それでも足りないのならば全身で、あらゆる全て血が沸騰するほどの高揚と、代価の中で、勝利へと駒を進める。 

 

 相手の攻撃はこちらには届かず、こちらの攻撃は何よりも効果的に相手へと届く。

 

 ――視ろ、視ろ、視ろ。

 

 一秒先の生存を、二秒先の拮抗を、三秒先の優勢を、四秒先の勝利を、五秒先の未来を。

 

「良き、導き手がいるのか――敗れるとはな……」

 

 ヴラド公を制す。

 

「不徳の極みは、吾の方であったか」

「あ、あの……おじ様?」

「貴様に、おじ様などと呼ばれる筋合いはない。そう呼ぶべきは王である吾であろう」

 

 サーヴァントの側面とは、別人に等しい場合もある。

 

「でも、それでも……その、おじさまは、おじ様だし……(アタシ)は嫌われてるかもしれないけど……どうしても許されないことを、してしまったのかもしれないけど……」

「そうだ。貴様は罪を犯した。世界は貴様のあの罪を数えぬだろう」

 

 それはきっと彼だけが知っている罪。彼だけが覚えている罪。それはきっとありえざるどこかの(かのうせい)

 いや、いいや。あるいは、それはもうなかったことになったものなのかもしれないが――。

 だが、彼は忘れていない。彼はおぼえている。他の誰でもない彼だからこそと言わんばかりに。

 

 赦さぬ。そう言って彼は消えた。

 

「どっちが、正しいんだろうか……」

「どっちもだろうさ。どっちも正しくて、どっちも悪い。そして、そんなものは関係ない。世界ってのは、存続に有益なものだけを採用する」

 

 罪深く、恥を知らず。それでもなお、とにかく償いをしようと顔を上げたエリちゃん。

 一切の償いを認めず、ただ粛清を求めたヴラド公。

 

 どちらも世界にとっては同じ罪なのだ。

 

 そして、人理は、悪だろうと、なんだろうと、人理を継続させるために有用であれば、使う。そうでなければ、どのような正義であろうとも、不許可にする。

 召喚されたのなら、鬼であれ、なんであれ、人理の継続を妨げるものではないということ。

 

「……うん、行こうか、エリちゃん。エリちゃんがやらかすのなんていつものことだし」

「ちょ、いつもじゃないわよ!?」

「それでも、前に進むって決めたのなら、オレはエリちゃんを応援するし、どこへだってついて行ってあげるよ。だから、行こう」

「――子イヌ……ええ、行きましょう、女王との決戦よ!」

 

 城門を通り、城へと入場する。

 

「ん?」

 

 何かどこかで感じたことのある気配があったような気が――。

 

「先輩? どうかなさいましたか?」

「いや、なんでもない。行こう」

 

 ここまで来ればもう敵はなく、玉座へと辿りつくのはすぐだった。しかし、ピラミッドが突っ込んでいるというのに、あまり壊れていない。

 まあ、壊れていたら面倒だが、それならそれでいい。玉座の間には女王がいた。予想通りのクレオパトラ女王が。

 

「むぅぅぅ、まさか本当にたどり着くとは! 妾の対策が甘かったとでもいうのですかっ! いえ、落ち着くのよ、落ち着きなさい妾。この程度のこと想定済み。失敗はだれにでもあるもの。妾とて例外ではない。むしろ美しい女王にのみうっかりミスは許される。逆説的に、うっかりミスこそ女王の証ッッ!」

 

 何を言っているんだろうか、この女性は……。

 

「あのー」

「――!? な、入っているのなら、入っていると言いなさいこのブタ! 驚いたじゃないですかよく来ました!」

「……まあいいや。うん。久しぶりですね」

「ええ、久しぶりです。相変わらず不健康極まりない豚ですね。そのような貧相な姿で妾の前に立とうとは無礼千万。少しは見てくれがよくなるように、食事を用意してあるので、むせび泣きながら食らいなさい」

 

 相変わらずいい人だなぁ……この人。

 

「相変わらずいい人ですね先輩」

「そうだね、マシュ」

「良いですか? しかし、ああ、やっぱり……」

 

 クレオパトラさんは、こちらの陣営を見てやっぱりと納得していた。

 

「やっぱり貴方方の仲間になっていましたね。本当に、厄介な男です。次から次へと仲間を増やしてやってくる。オジマンディアス様のようなカリスマもないというのに」

「いやー、ファラオの中のファラオと比べられるとオレなんてそこらへんのありも同じだし……」

「いえ、ますたぁはありなどではありません。ええ、わたくしの王子様です」

「………………」

「先輩が真っ赤です! 先輩、どうぞ手ぬぐいです。良く冷えてます」

「ありがとうマシュ」

 

 不意打ちやめてほしい。

 

「ともあれ、普通に退いてはくれないですよね」

「当然です。そこの未熟者に任せておくよりも妾の方が、ずっと良い統治が出来ます」

「だそうですが、エリちゃん?」

「ぐ、それは確かにそう。でも――成功させるって決めたもの。だから、(アタシ)はアンタに勝つわ!」

「というわけで、エリちゃんの一騎討ち。それでいい?」

 

 全員が頷いてくれる。全員でかかればそれこそ楽に終わるだろうけれど、これはエリちゃんの戦いだし、最後まで見届けるさ。

 

「行くわ!」

 

 エリちゃんとクレオパトラの戦いの火ぶたが切って落とされる。

 一進一退、どちらも譲らずに戦いを繰り広げる。霊基の差、格の差から言えばエリちゃんの方が不利。でも――。

 

「まあ、エリちゃんが勝つでしょ」

「……どうしてでしょう?」

「ん? 静謐ちゃんはエリちゃんが負けるって?」

「……客観的に見ればあちらの女王の方が強いです」

「まあ、うんそうだろうね……でも、まあ、勝つでしょ。エリちゃんが勝つって言ったし。オレはそれを信じてる。だから、エリちゃんの勝ちさ」

「ええ、その通りよ――! (アタシ)は、アイドルも執政も両方取ってみせるわ!」

 

 どんな話をしてそんな結論になったのかはエリちゃんのみが知ることだけど、エリちゃんの宝具が直撃し、クレオパトラは床に膝を付けた。

 

「……まさか、(わたくし)が敗北するなんて……これではあの方に顔向けできません……」

 

 さて、あちらは勝負がついたし、

 

「今回の説明でもしてもらいましょうかね――オジマンディアス王」

 

 飾りつけをみんながしている間に、彼と話す。

 

「フッ……気が付いていたか」

「なんとなくね」

 

 この城に入ったときから、どこかで感じたコトのある気配を感じていたのだ。それにクレオパトラがあの方とか言ったから、十中八九いるかなと。

 

「それで、今回はどういう目的で?」

「クレオパトラの最後は知っているな?」

 

 クレオパトラの最後。

 ローマの将軍であった夫、アントニウスと対立していたアウグストゥスとの間で起きたアクティウムの海戦、それに敗れたアントニウスが死んだのちに、後を追うように自殺した。

 プトレマイオス朝はすぐに滅び、国は消えた。

 

「ゆえに、この女は願いを持つことを忌避し、今の今までサーヴァントとしての召喚を拒み続けた。こやつは個人的な願いを持っている。聖杯戦争に参加しなければ叶えられない願いだ。だがな、それはファラオたるものの願いではない。市井にすらありふれている、他愛のない願いよ」

 

 国を滅ぼしたファラオがそのような願いなど持ってはならないと彼女は思っているのだ。

 

「だが、いい加減、そんなことに苦しむのも煩わしかろう。ゆえに余が機会を与えたのだ。ハロウィンの間だけ、このさかさまとなったピラミッドにて、滞りなく女王クレオパトラとして執政せよとな」

「なるほど」

「そして、(わたくし)は、失敗しました。やはり、(わたくし)は望みをもってはならないみたいです」

「いやいや、アナタは馬鹿ですか」

「な!?」

 

 いや、うん、馬鹿だろう。オレだって、エリちゃんみたいな状態なのに、この人はいったいなにを言っているのやら。

 

「両方持ってていいじゃん。オレだって、世界最後のマスターとしての立場と個人的な願望持ってるし」

 

 世界を救うことと、マシュを救うっていう個人的な願いがある。

 

「だから、アナタだけが悩む必要はない」

 

 楽しそうにあそこでかざりつけしているエリちゃんだってそういうさ。

 

「だから、変わりに言うよ。あなたはあなたらしくしていい。我儘になっていい。自分を押し込めるなよ。自分らしくさ。だって、人間は、どうやったって自分以外にはなれないのだから」

 

 それはオレも同じこと。人は誰かの理想にはなれない。

 どうやってもなれるのは自分だけ。

 オレはそうエドモンに教えてもらった。

 自分らしく行くことがどんなに大切なのかを教えてもらった。

 

「だから、クレオパトラらしくしていればいい。そして、夢があるのなら、諦めるなよ。待て、しかして希望せよ、だ。受け売りだけどね」

「…………そうですね。そう在ろうとしていたはずなのに、いつの間にかファラオとしての側面しか見せられないようになっていたのですね。ですが、それももうやめにします。(わたくし)(わたくし)らしく。ええ、いつの日かカエサル様に会えるその日まで、諦めない」

「子イヌー! クレオなんとかー! なにサボってんのよ! あんたらも飾りつけ手伝いなさいよー!」

「今行くよー――さあ」

「ええ――」

 

 楽しいハロウィンの夜はこれからだ――。

 

 なお、その後、エリちゃんライブによる死屍累々となったのは、言うまでもない――。

 

 あと、マシュの服がとてつもなく、デンジャラスだった――。

 

 どうしてランスロットも同じものを着ていたのかはわからないが、というかあんな汚物を思い出したくはないので忘れることにして、マシュが最高だった。

 

 いつもよりちょっとぷにぷにそうだったのがいい。最近フォウさんがお団子持って行ってたけど、それのおかげか。グッジョブ。

 

 頼光さんやブーディカさんも着ていた。汚物は知らん。

 とにかく、デンジャラスだった。

 

 もう、ゴールしてもいいよね。そう思うくらいに。

 




第二次ハロウィン終了。
次回は、クリスマスと思ったか違う!
贋作? 否。
カルデアボーイズコレクションだ!

サンタスパムちゃんは、フォウマ完了レベマまでもうちょい。
うたかたはレベル10に。次は聖者かな。

ボックスは八箱目くらい。20はいきたい。

あとフレンドを四人募集。
私とフレンドになっても良いという方は、メッセージでユーザー名、ID、聖杯転臨鯖、サポート編成を送ってください。

名前が面白い方、聖杯転臨鯖が面白い方、イベント参加率高い方を優先して私が選びます。
これは条件ではなく選考基準です。
誰にでもチャンスはあります。私が良いと思った方にはメッセージでお返事してから申請致します。

私のユーザー名はテイクです。

あとは、私のカルデア
星5あげときます。
剣:沖田、アルテラ、アルトリア
弓:イシュタル(宝具レベル2)、ギル、オリオン
術:孔明、イリヤ、玉藻
殺:ジャック、酒呑、クレオパトラ
狂:ヴラド公
裁:天草、ジャンヌ

聖杯:100レベエレナ、90レベタマモキャット

よろしくお願いしまーす。


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カルデアボーイズセレクション
カルデアボーイズセレクション


 時には女のいない、男だけで楽しみたいと思うことはないだろうか。

 オレはある。というか、たまには気を遣うことない、男だけで何かをしたくなるということで――。

 

「今回は、男だけです」

 

 クー・フーリン、ダビデ、ジキル博士、ジェロニモ、金時、ベディヴィエール。

 

「うんうん、むさいけどいいよね、気を遣わなくていいって」

「そうだけど、ちゃんと仕事してくれよドクター」

「わかってるって」

 

 今回は、特異点になりかけているという場所に来た。このままでは第七特異点での障害になるかもしれないということで、今回は男たちで解決に来たということ。

 前にも言ったが、女性に囲まれていると気を遣う。目のやりどころとかにも困る。色々と、溜まるということで、そういうのの発散やら運動も兼ねて、こうして男だけで特異点にやってきたのだ。

 

 今日だけはオペレーターも男のみ。女性はひとりもいない。だから、どんなことをしても、何を言っても女性陣に伝わることはない。

 というか女性陣は何やら忙しいらしい。特にサンタさんを最近見ない。

 

「というわけで、さっそくぶっちゃけトークをしようじゃあないか」

 

 こういう時に限ってやる気満々のダビデがそういうわけで、

 

「マスターは誰が好きなんだい?」

「マシュ」

「おいおい、ダビデ、わかり切ってること聞くなっての」

「まあまあ、いいじゃないか。言葉にしてみないとねぇ、クー・フーリン? そういう君はどうなんだい? スカサハとは?」

「あ? 特になんもねえよ。というか、師匠が一緒で肩身がせめえよ」

 

 槍持ってるし、とクー・フーリンはいう。

 

「あれそうなの?」

「そうだぜ、顔を合わせたら、私を殺せるかつって、戦いを挑んでくるわ、それがだめならなまったな修行だと言って修行させられるわで、大変だわ」

 

 確かに、スカサハ師匠は、そういうところ熱血だから、大変だ。美人なのにおっかない。あのひと根が熱血だから、本当に乗ってくると大変なんだ。

 

「いいじゃないか、修行と称して美女とくんずほぐれつ」

「おう、なら師匠と修行して来い。それでもそれが言えるんなら、あとはすきにしろや」

「僕は命を大事にするほうだからね!」

「ダビデェ……そういうダビデは?」

「ん? 僕かい? やっぱり人妻だよ。いいよね人妻」

 

 やっぱりか。

 

「というか、そうだダビデ、夜な夜な何耳に吹き込んでくれてんじゃ」

「なにって、君はこれから大変だろうからね、そういう時に大丈夫なようにしているんだよ」

「余計なお世話だと思うよ、ダビデ王」

「ジキル博士だって許可したじゃないか」

「いや、許可したのは君の竪琴だけだ」

 

 ダビデの竪琴は精神を落ち着ける。なるほど、リラックス効果を期待して。だが、ダビデはそんなことはせずに人妻の魅力やらを語って聞かせたわけか。

 

「堅いなー博士は。というか、なんでマスターはそのこと知っているんだい?」

「ああ、それは、ベッドの下に清姫がいたらしくて」

「…………」

 

 ダビデの顔がひきつった。うん、そうなんだよ、最近ベッドに入り込まずになぜかベッドの下にいることがあって、怖いというか、それで幸せそうな顔してるのがまたいたたまれなくて。

 それでもベッドに入ってこられるよりはマシだから、どうしようもないという。

 

「今度からベッドの下も気を付けよう。うん。まあ、訊きたいのはそれなんだけどね」

「それ?」

「清姫のことはどうなんだい?」

「…………」

「マスターは正直者だ。顔に書いてあるぞ。コヨーテでなくともわかる」

 

 いや、まあ、隠す気も最近ないというか、清姫もカワイイナぁ、と思う訳でして。しかし、オレはマシュ一筋なわけで。

 

「そういう誠実なところは本当に好感が持てますね、マスター」

「ベディヴィエール殿の言う通りではあるが、清姫殿は、側室でもよいと言っているのだろう?」

「マスターも隅に置けないよねぇ。というわけで、僕からのちゃんとできる側室の愛し方を教えてあげよう! これミスると正妻との戦争だからね」

 

 マシュと清姫が戦争するとか思えないのですが。

 

「問題はどっちの嬢ちゃんというよりかはさらに別の要因だろ」

「別?」

「ほかにもいんだろ、テメエに好意向けてんのが」

「エリザベートに、ブーディカは、また別っぽいかな? でも、信長君に、サンタさんなんかも結構好意的に思えるね、僕としても」

「おう、博士、そこに師匠も加えてくれ。かなりのお気に入りだぞ、そこの坊主」

「あとはリリィ様もでしょうか。好意というよりは尊敬のようでしたが。私は我が王が幸せそうで、幸せですが」

 

 いや、ちょっと待とう、オレそこまでになるようなことしたっけ?

 

「してるしてる」

 

 満場一致で頷かれてしまった。

 

「おーい、大将たち、話は終わったか? なんか敵がいっぱいきてるぜ」

「金時、逃げてたな?」

「な、なんのことだ、大将」

「酒呑のこととか、いろいろ聞いてみたいことはあったんだけどねぇ」

 

 ともかく敵がいるのなら斃さないと。

 やってきたのは獣人系のエネミー。とにかく数が多い。特異点なら仕方ないが、それにしたって多いくらいだ。

 

「敵ばっかだな。どうなってんだこりゃ」

 

 クー・フーリンがルーン魔術で敵を焼き払いながらそういう。突いた途端に敵、敵、敵。敵は弱いが、とにかく敵性体の数が多い。

 いささか辟易するほどの多さだ。

 

「それはそうだけど久々にドルイドだね、クー・フーリン」

「ああ、霊基がもともとキャスターだからな、長いこと槍になってるといろいろと不具合が出るらしい」

「大丈夫なの?」

「ダ・ヴィンチ曰く、問題はねえとさ」

 

 なるほど。だが、それなりに調整が必要であるらしいので、しばらくはドルイドだというが。

 

「おっと、そっちにサーヴァント反応だ」

 

 廃墟まで進んで来たら、ドクターがそういう。なるほどサーヴァントか。さて、どこにいるのやら――。

 

「ばあ!!」

「うわっ!?」

「あはははは! ビックリした? ビックリした? いやー、ごめんね。なんかこう、ノリで!」

「アストルフォ!?」

「んー、会ったことある? んー、あっ、ああー、アメリカの!」

「忘れてたの?」

 

 地味にショック……。

 

「あははー、ごめんねー。それより、君たちこんなところに何しに来たの?」

「特異点の調査だよ」

「あー、ここもそうなんだー。でも、心当たりはないなー」

「じゃあ、他のサーヴァントは?」

「それだ!」

 

 それ?

 

「それだよそれ、ボクがキミたちに声をかけた理由! 思い出した思い出した。いやー、もうちょっとで忘れるところだった。てへへ」

「忘れないでよ」

 

 ともあれ、アストルフォ曰く、ここには他にもサーヴァントが二人いるらしい。一人はルーラーで、もう一人がアーチャーで、しかもギルガメッシュ。

 なんというかヤバイ匂いしかしなくなってきた。本当に大丈夫だろうか。あの時は相性のいいクロがいたし、今からでもクロを呼ぶべきか。

 

「ねえねえ、マスターがなんか考え込んじゃったけど、大丈夫?」

「あん? そりゃあ、オマエさんが、ギルガメッシュがいるなんていうからだろ」

「うむ、その名を聞かされれば誰であろうと考え込む。嘘でないのならであるが」

「少なくとも嘘はついてはいないと思うよ」

「ギルガメッシュってアレだろゴールデンだろ? あいつはゴールデンだぜ、オレもゴールデンだが、あいつも中々のゴールデンだ」

「なあに、いざとなれば逃げればいいし、それよりも僕としてはね、クロエじゃなくて、もっとこう巨乳をね」

「ともあれマスター、まずは話を聞いてみましょう。詳しいことを聞かねば。いざとなれば、この私の銀腕を以て切り裂きましょう」

「っと、そうだね」

 

 そういうわけで、アストルフォにその二人がどうしたのかを聞く。もしかしたら敵対しなくて済む可能性もあるかもしれない。

 ギルガメッシュの時点で何もないかもしれないが。

 

「いやあ、その。なんていうかさ……その、ルーラーと、アーチャーがね……してるんだよね」

「してる?」

 

 してるとは何を? 戦ってるとか? それともまた別の何か?

 

「聖杯戦争」

「えええええ!?」

「さ、ついてきて! ともかく、あの二人を止めてほしいんだ! ほらほら急いで!」

「和気藹々としてるところ申し訳ないけど、戦闘の時間だ。ラミアタイプのエネミーがそっちにむかってるよ」

「わはは! 蛇だ、蛇だー。よーし、狩るぞー」

 

 何がそんなに楽しいんでしょうか、この人。見た目可愛らしいのに、理性が完全に蒸発しちゃってますよね、この人本当。

 しかも、これでオトコノコなんだから、驚きだよね。

 

 ともあれ、蛇を狩る。

 

「大漁大漁! いやー、スネークハンティングはいいなー! この調子で生態系を変えてみようか!」

「いやいや、目的忘れてる忘れてる!」

「そうだったそうだった! じゃあついてきてー」

 

 アストルフォについて洞窟へ向かい、その中を進むと、金髪の子供と白髪に褐色の神父? らしき二人が争っていた。

 

「あれがアーチャーとルーラー?」

「そうだよー」

 

 どうみてもギルガメッシュではないのですが? 明らかに子供なんですが。ダ・ヴィンチちゃん謹製の眼鏡礼装で霊基を確認してみたら確かにギルガメッシュらしいのだが。

 

「どういうことなの?」

「まあいいじゃん、細かいことは! おーい、マスター連れて来たよー!」

 

 ちょ、戦闘してるところに無策にでていかないで!?

 だが、予想外だったのだろう、二人とも戦闘をやめてくれた。危なかった。あの子供ギルガメッシュちゃんと宝具いっぱい持ってるんだもん。

 

「じゃあ、そういうわけで、それぞれ聖杯が必要な理由を説明して、マスターが判断するってことでいい?」

「ええ、悪くない案のように思えます。英雄王、貴方はどうです?」

「んー、ボクは別に構いませんよ天草四郎。でも、恨みっこなしでいけますかねー」

「それを言ったら始まりませんよ。それに、彼の後ろに控えているサーヴァントたちを全員相手にしてまで、文句を言えるのならいいと思いますが」

「あー、確かにアレは面倒だ。それで、そっちのお兄さんは?」

「あ、ボクは聖杯とか必要ないや! 召喚された以上、マスターに尽くすのがサーヴァントってやつだからね!」

 

 そう言って、抱き着いてこないでください、男に欲情するような性癖はないです。ないはず、なのに、なんでだ、ものすごいいい匂いするんですが、この子。え、本当にオトコだよね、オトコノコだよね、この子。

 新しい道が開拓されそう――いや、いかん、なんかぞくりと来た。これで新しい道を開いたことがばれたらなんか燃やされそうな気がする。

 

 誰にとは言わないけど、燃やされる、これは確実に燃やされる。誰にとは言わないけど。

 

「耳が痛いや。でも、マスターがきちんとしたマスターなら確かにそれが正しいですよね」

「おや、まるで正しくないマスターに仕えたことがあるような口ぶりですね」

「長いことサーヴァントやっていると、いろいろとありましてね」

 

 ともあれ、神父のような天草四郎と子ギルの一騎打ち。

 それぞれが自らが聖杯を求める理由を告げる。

 

 子ギルは、聖杯を求めることは当然だと言い放った。王の性質ゆえのこと。財を求めるのは王たるものとしての標準の性質だということ。

 だから聖杯を求める。聖杯は万能の願望器とまではいかないにせよ、きわめて危険。管理運営するのも王の定め。

 

 求める理由はそういうもので、彼に聖杯に対して告げる願いというものはないという。

 

「ノーリスク、ノーリターンですが、現状ボクに預けるのが一番かと思います」

「さて、それはどうでしょうか」

 

 天草四郎は言う。

 聖杯とは危険な存在ではあるが、無色の力。ならば大いに活用すべきだろう。

 彼の恒久的な世界平和という願いにはとどかないものの、保管するだけなどもったいない。使い方もわかるから、私に任せてほしいと天草四郎は言った。

 

 どちらも正しいようで、どちらも間違っているような。判断がしにくいな。

 

「ドクター?」

「うーん、難しいね。疑似聖杯のデータを取得したけど、周辺の魔力を食い漁って成長しつつある。このままだと、疑似が疑似じゃなくなる。それを契約もしていないサーヴァントに引き渡すのは……」

 

 ですよねー。

 

「あ、危険なんだやっぱり。だよねぇ、あの二人割とマスターぞんざいに扱うからねぇ」

 

 私はそんなあなたに遊ばれているんですがアストルフォさん。いい加減に離してほしいところ。というか、なんで腕を絡めるのか。

 

「人聞きが悪いぞ、アストルフォ。ボクはちゃんとマスターに合せます」

 

 大人よりもマシみたいだけど、信じられません! この金ぴかの王様は大人でも子供でも信用したら駄目なんだとオレのセンサーが言ってます。

 

「ええ、そうですよ。何があろうとも不慮の事故ですし」

 

 天草もしんようできねぇ……。何が不慮の事故だよ。事故死に偽装した奴はいつもそういうよ。

 

「というわけで、どっちもNOだ」

「ですよねー」

「では、われわれはマスターを撃退することにしましょう」

 

 ほらね。

 

「よーし、じゃあ、ボクはこっちにつくぞー。仕える者か、王様か、叛逆者か、誰が勝つのか、やってみよー!」

 

 そんなお気楽そうに言うけど、絶対しんどい。敵はルーラーにあのギルガメッシュ(小)だ。油断はしない。ただ、まあ――。

 

「いっくよー!」

 

 しょっぱなでアストルフォがギルに突っ込んで行ってくれたおかげでやりやすい。相手に財宝を展開される前に叩けばいいわけだ。

 

「というわけで、ダビデ!」

「はいはい」

 

 五つの石で行動不能にしておいて。

 

「金時は聖職者にゴー!」

「あいよ、行くぜ」

 

 聖職者に突っ込ませ、あとはルーンやらシャーマニズムやらで足止めしつつ削り切る。ダビデの五つの石は必中で、相手が一瞬でも気絶させられるから楽だ。

 

「子供相手に大人げない……」

「どこが子供さ!」

「聖職者相手に――」

「どーこーがー聖職者さ!」

 

 うんうん、どう考えても子供じゃないし、聖職者というにはあまりにもアレ過ぎる。ともかく聖杯はこれでこちらのもの。

 

「あちゃー、時間切れだ。聖杯がシャドウサーヴァントを吐き出し始めた」

「これではダメですね」

「さっさと支配下に置くべきでした」

 

 こいつら反省してねえ。

 

「よし、というわけで君たち二人、率先して働いてもらうよ」

「そうなりますよね」

「ええ、こうなってしまったのも私たちが遠因」

「原因じゃね?」

「というわけで、手伝わせていただきます」

 

 聖杯のある場所に行ってみると、やはり汚染されているようで、さっさと破壊してしまった方が良いらしい。

 

「それじゃあ、子ギルとアストルフォが遊撃で、天草はこっちで防御かな」

「よーし、いくぞー!」

「お守りですか……」

「みんなはいつも通りで」

 

 一通りシャドウサーヴァントを倒すと、

 

「たーすけーてー」

 

 アストルフォの悲鳴が。聞くとゴースト系が苦手らしい。

 

「天草」

「……やれやれ……わかりました。聖人もどきの洗礼詠唱ですが、苦悶のままあり続けるよりはマシというもの」

 

 彼の洗礼詠唱によりゴーストも払い、あとは聖杯を残すのみ。

 

「何かを生み出す前に、大火力で吹っ飛ばそう」

 

 それが良い、煩わしくない。

 

「というわけで、全員攻撃!」

「容赦ないマスターですね……」

 

 天草に何やら呆れられたけど、まあ、それはそれ。確実に何か生み出しかけてたから、その前にさっさと破壊。

 

「おわったー! んー、お疲れー。それじゃあ、ボクは帰るねー、何かあったらまたよろしくー」

 

 アストルフォがさっさと帰っていく。まあ、終わったからいいんだけど、慌ただしいなまったく。もっとゆっくりしていけばいいのにとも思うが、聖杯が破壊された以上、現界するのにも限度があるのだろう。

 それに二度目だ、なら三度目があってもおかしくない。また、どこかで会おう。

 

「じゃあ、ボクも。縁があれば呼んでくださいとは言いたいのですが、下手をすると大人のボクが来そうなので、まあ、その時は、頑張ってください」

「遠慮したい……」

 

 すごい遠慮したい。あの大人バージョンとか御せる気がしないというか、絶対に殺されそうだ。

 

「ははは、それじゃあ」

 

 子ギルも帰る。今度は余計なことしないでほしいところ。

 

「さて、マスター、私も戻るとします。そして、今度こそ夢を叶えたいと思います」

「世界平和だっけ、手段さえ選んでくれたらいいんだけどね」

「私もそうしたいところなのですが、なかなかに難しく」

「まあいいや。じゃあ、またいつかね」

「ええ、またいつか。天草四郎時貞、次は裁定者としての力を貴方にお貸ししましょう」

 

 そう言って彼も消える。

 

 やれやれとんだ、特異点だったな。

 

「さて、こっちも帰ろうか。久しぶりに気の使わないでいい時間を過ごせたしね」

 

 特に面白味もないし、いつも通りだったけど、まあ、そこはそれ。新しい出会いもあった。というか、なんだろう、あの天草には近々会いそうな気がするんだよね。

 クリスマスも近いし。

 

 ――あ、クリスマスか。

 

 なるほど、もしかしたらその準備かもしれないな。

 

「でも、もうすぐか」

 

 もうすぐ一年が過ぎる。人理滅却の期限が、もうすぐ来るのだ――。

 




次回はクリスマスですが、多分月曜日くらいかなぁ。日曜日は少し用事があるので、書けないですし。

フレンド募集ですがありがとうございます。
応募された方の中から私が、面白いと思った方、フレンドになりたいと思った方にはフレンド申請をさせていただきました。

またフレンドの上限が増えたり、枠が空いたりしたらまた募集するかもです。
その時はまたよろしくお願いします。

では、また次回。


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二代目はオルタちゃん ~2016クリスマス~
二代目はオルタちゃん ~2016クリスマス~ 1


 ざあざあと、波の音が聞こえる。

 ごうごうと、風の音が聞こえる。

 

 世界に広がる、青が見えた。

 飛沫を上げる、白が見えた。

 

 それは、感動だった。

 それは、願いだった。

 

 その感動を見た。

 最後に得た感動を見た。

 

 だが、彼はそれを知らない(・・・・・・・・・)

 

 だから、生まれた彼女には、何もない。

 

 生まれてしまったものは、記憶され、記録され、世界に刻みつけられる。

 生まれてしまったがゆえに、確かに望まれたがゆえに。

 

 その果てに、生じた幻想は、あまりにも脆く、あまりにも儚く。

 

「フン、リリィ(それ)が、貴様の頑張った結果とやらか」

 

 神ならざる人に生み出されたものが、それでもナニカに至ろうとした結果は、自らを更に削ぎ落として、リリィ(かたち)になるのがやっとだった。

 

 それはあまりにも不安定。

 彼女は足りぬものを補完しようとして、役割(サンタ)を選んでしまった。

 

「助ける義理はない。だが、トナカイ(マスター)には、力が必要だ。直感が次の特異点の危険性を叫んでいる。私の経験上、この手の直感は当たるからな」

 

 ゆえに、彼女を救うべく、人類最後のマスターに託すのだ――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 朝起きると、プレゼントが置かれていたことがないだろうか。クリスマスの日、用意した靴下の中にプレゼントが入っているということを経験したことは、おそらく誰でもあるのではないだろうか。

 少なくとも、靴下ではなくとも、プレゼントが枕元や、部屋の中に置かれていたことはあるだろうと思う。

 

 ただ、それは子供の頃限定の話のはずだ。クリスマスを祝ってもらえるのは子供だけ。聖夜の夜にサンタクロースからプレゼントをもらえるのは子供だけ。

 そうそのはず。そのはずなのだが――。

 

「なぁに、これぇ」

 

 大きな箱がある。目を覚ましたらこれが置いてあった。部屋の中に。誰の仕業? 清姫? ベッドの下を確認したらそこにいた。

 妙にベッドが温かかったのは清姫が下から温めてくれているからだが、そうじゃないとすると残りは二人。エリちゃんかサンタさんだ。

 

 エリちゃんはこの前ハロウィンがあったから、違うだろう。それに時期的には、サンタさんの時期だ。そうサンタオルタが活動を始める時期だ。

 クリスマスの時期だ――。つまりこれは早いクリスマスプレゼントということか? 包装を見る限り確かにそれっぽいが、こんなにでかいのはどういうわけなのか。

 

 とりあえず、あけるべきか、開けざるべきか……。

 

「よし、開けよう」

 

 好奇心には勝てない。それに、危ないものならドクターが警告しているだろうし、何もないなら問題ないということで。

 開けると――幼女がいた。

 

 即座にしめた。

 

「え? え?」

 

 開ける。

 

 しめる。

 

 見間違いではない幼女がいた。ロリがいた。リリィがいた。眠っていたが、どうにもジャンヌ・ダルクに似た、いや、正確には、去年のクリスマスに会ったジャンヌ・オルタに似ているような子供が中にいた。

 

「ん、ん~、ふぁ、あ、おはようございます、トナカイさん(マスター)

「お、おはよう?」

「ふむ、ちゃんと届いていたな、トナカイ(マスター)

 

 どうしようこれと思っていたら、サンタさんがやってきた。

 

「サンタさん、これはいったいどういうこと?」

「どうもこうもなく、二代目サンタさんだ。今年は彼女に譲ったのだ」

「譲った? サンタさんが?」

 

 うそでしょ? 譲るとは思えないんだけど――と、そこで察したいろいろと理由があるのだろう。

 とりあえず、どうして召喚されたのかはまたいつもの如く、何かが起きたということらしいのだが、去年のクリスマスの時に言っていた通りのことが起きたらしい。

 どうにもジャンヌ・オルタは必死に頑張ったらしいのである。だが、どうにも、それでも現界するにあたって通常通りの現界ができなかったようで、リリィになってしまったという。

 

「じゃあ、名前とクラスは?」

「ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ・ランサーです!」

 

 長い――。

 こうも長いとちょっと悪戯心がむくむくとなってしまうのは仕方のないことであろう。子供に長い名前、これはもうもう一度というほかない。

 

「もう一度、アレグロで」

「も、もう一度ですか? アレグロ……えっと、早め、ですよね。わかりました。ジャンヌダルクサンタオルタリリィサンタ! あれ、何か違いますね、ええっとサンタジャンヌオルタダルクリリィ! ええと、ええと……ジャンタジャンタリリィンサー! あれ? あれ、あれ?」

 

 ――かわいいんじゃが……

 

「この子うちで飼っていい?」

「そこまでにしておけよトナカイ」

「はい、すみません。で、サンタジャンヌが、次のサンタ?」

「ああ、そうだ」

「……何か事情があるんだね?」

「そういうことだ。とりあえず、このままだとそこの二代目は消えるかもしれぬ」

「……は?」

 

 消える? それって消滅?

 

「だから、貴様が何とかしろ」

「え、って――」

 

 サンタさんはそれだけ言って部屋を出ていった。追いかけようとしたら――

 

「さあ、行きましょう、トナカイさん!」

 

 ジャンヌに手をひかれる。

 

「いや、ちょ、早くない?」

 

 それに、クリスマスはまだ先だ。

 

「何を言っているんですか。よく言うでしょう? (サンタ)は急げと!」

 

 というわけでサンタさんのラムレイ二号に乗り出発。

 仕方ない、まだ何も事情は呑み込めていないが、このままだと彼女が消えてしまうというのなら、それは本当なのだろう。

 他ならぬサンタさんの言葉だ。彼女は、この手のことで嘘だけはつかない。だから、きっとそれは本当のことなのだ。

 

 だから、彼女が消えないようにするためにどうにかする必要がある。出発する前に、いろいろとみんなと話し合った。

 マシュ以外は全員事情がわかっているらしい。特にダ・ヴィンチちゃん。彼女のおかげで、サンタジャンヌの状態がよくわかった。

 そのために何をすればいいのかもはっきりした。なら、あとはやるだけだ。

 

「先輩、どうでしょうか?」

「大丈夫。今回はマシュがオペレーターなんだ」

「はい、しっかりとサポートさせていただきます」

 

 こういうのも新鮮だなぁ。それにみんなからもいろいろと準備にいっぱい貰ったし。

 

 兄貴からは防寒のルーン、スカサハ師匠からは身体強化のルーンをそれぞれトナカイスーツに刻んでもらったおかげで温かいし、どれだけ歩いても疲れない。

 ブーディカさんと清姫からは道中のごはんと安全のお守り。前の時はそのままだったけど、今回は温かいご飯が保温パックに入っている。これもまたスカサハ師匠のルーンが刻まれているので、開けるまで温度は下がらない。

 

 お守りの方はなんかズモモモモってしているので、中身は視ないようにしています。なんかもう怖いくらいに思念が込められている気がする。

 サンタさんからはサンタの袋とこのソリであるラムレイ二号。本当どうやってとんでいるんだろう。モルガンジェットじゃなかったことに驚きである。エンジンあるし。

 

 ジェロニモとジキル博士からは、短遠距離秘匿念話通信が可能な精霊携帯とかいうスマホっぽい通信機を貰った。

 今年のクリスマスも一筋縄ではいかない。これは必須アイテムだ。

 

 ベディヴィエール卿からは快適寝袋やその他、野宿セット。必要になるかはわらないが、用心は必要だということで非常持ち出し袋的な感じで受け取った。ありがたく使わせてもらう

 金時は、ゴールデンな暇つぶし道具。移動中の暇をつぶせる、素敵な絵本、金太郎と雷神ほっかいろ。バチバチしたらあったまるという仕様らしい。

 

 式からは、ま、気を付けてなというお言葉をいただいて、両儀式からは、頑張ってねというお言葉をいただいた。

 エリちゃんからは、オレの為に収録したCDとプレイヤー。聞いてみたら、オレの為ということもあってとても素晴らしい歌だった。もしそうじゃなかったら、棄てているところだ。

 

 ダビデからは、いろいろと役に立つからと杖を貰って、ノッブからは持っていけいと魔力で勝手に弾を生成して延々と撃てるらしい火縄銃。

 正直、どうしようかと思っているが、まあ、持っているだけならただなので、ソリの中に置いてくことにする。

 

 とまあ、なにからなにまでいたわりつくせりな、みんなからの贈り物を貰ってオレたちはいつものように、出発した。相変わらず空をかっとぶソリの原理は不明である。

 さて――はじめよう、理想()人間(オレ)になったように、彼女を彼女にしよう――。

 

「トナカイさん、トナカイさん」

「何、ジャンヌ?」

「賢者の贈り物、という物語がありますよね」

 

 ――賢者の贈り物。

 たしか、貧しい夫妻が相手にクリスマスプレゼントを買うお金を工面しようとする話だったか。

 妻の方は確か、夫が大切にしている形見の懐中時計を吊るす鎖を買うために、自慢の髪をバッサリと切り落とし、髪の毛を売る商人に売ってしまう。

 一方で、その夫は、妻が欲しがっていた鼈甲の櫛を買うために、自慢の懐中時計を質に入れて金を工面していた。

 

 そういう行き違いの話。一見して、愚かしい何の意味もないような物語に思えるが、これは愛の物語なのだ。

 

 妻にとって夫が自慢の懐中時計を質に入れてまで手に入れた櫛は、髪を切り落としてしまったから無駄なものだ。

 夫にとっても、妻が髪を切り落として手に入れた懐中時計をつるす鎖は、その懐中時計を質にいれてしまい、無駄なものになってしまっている。

 

 一見して、行き違いを嘆くことになるのだろうが、違う。

 

 夫は、妻が高価な鼈甲の櫛が欲しいと思いながら、高価だからとあきらめていることを、ちゃんと知っていたのだ。

 妻は、夫が形見の懐中時計を大切に思いながら、鎖のないことを惨めに思っていることを、ちゃんと知っていた。

 

 この二人は、お互いの欲しい物をちゃんと理解し把握していたということ。本当に愛し合っていなければ、理解し合っていなければ、相手の一番望んでいるものなんて、わかるはずがない。

 だからこそ、この夫婦は愚かではなく、誰よりも賢明であり、愛はあらゆるものよりも重く価値がある。

 

 そういうことを教えてくれる物語だったはずだ。というのも、オレの両親がこれと同じことをしていたらしいのだ。だから、似たエピソードのこの物語はよく読み聞かせられていた。

 顔も思い出せない両親だが、そういうことをしていたという記憶だけはまだある。だから、この話は結構好きなのだが――。

 

「私が思うに、あれの感激はその一瞬でしかありません」

「あれ? そうかなぁ」

「はい。髪は伸びますが、親の形見である時計が取り戻されることはもうない。あの様子では、旦那さんが新しい時計を買うことも当分ないでしょう。奥さんの方は、櫛を使うたびに罪悪感が募り、旦那さんは櫛を見るたびに被害者的な感情に苛まれる」

「それは考え過ぎだと思うけど」

「いえ、いいえ! 志が尊くとも、やはりあの贈り物は賢者のそれではなく、愚者のそれなのです」

「そっか」

「む、わかっていないみたいですね。駄目ですよトナカイさん。貴方はサンタのトナカイさんなのですから」

 

 ああ、うん、ごめんねと言いながら、思う。愚者のそれ、か。君にはそう思えるのか。

 

「ふんふんふーん、ふんふんふーん、ふんふんふん、ふふーん♪」

 

 楽しく歌いながらソリを動かす君。二代目サンタ。ジャンヌ・ダルク・オルタ・リリィ。君には、賢者ではなく、愚かに思えるのか。

 

「…………」

「どうかしましたかトナカイさん?」

「……いいや、綺麗な歌声だと思ってね」

「きれっ……ト、トナカイさんはなかなか見る目がありますね!」

 

 とっさに出た誤魔化しだったけど、歌声がきれいなのは本当だから、嘘ではない。

 

「という訳で、最初のリクエストは、け、き、……けーさんです」

「荊軻だね」

「わ、わかってます! 去年のリクエストは切れ味の良い短刀で、貰ったものは優雅なおじ様だったそうですが……優雅なおじ様って何ですか?」

「気にしてはいけない」

 

 とりあえず、背中からぐわーっと刺される系のおじ様らしいことは確かだが、そんなことジャンヌに教えても仕方ない。

 

「ともかくです。けーかさんのプレゼントとしてはふさわしくありません」

「でも、本人がほしいって言っているんだし」

「いいえ、やはりプレゼントはふさわしいものをあげるべきなのです。相応しいプレゼントを持ってきましたので、さっそく洞窟に向かいましょう!」

 

 ソリを洞窟へと向けるサンタジャンヌ。

 荊軻のところに向かうまでの間に、オレは行動を開始した。サンタジャンヌはソリの操縦に忙しい。ゆえに、オレは、まず、通信機を使用する。

 この通信機には、秘匿念話通信のほかにサーヴァントの探知機能が内蔵されている。そして、探知したサーヴァントにコールして向こうが承諾してくれた場合、通信が可能になるのである。

 

 きわめて秘匿性が高く、ジェロニモ、ジキル博士、ダ・ヴィンチちゃん、スカサハ師匠によりサンタジャンヌにだけは絶対にバレないようになっている。

 暗躍し放題というわけだ。

 

 まず、オレが知るべきは、ジャンヌのこと。そして、それを一番よく知っているのは本人だが、生憎と本人の反応はない。

 代わりにあったのは。

 

 ――マリー・アントワネット。

 

 かつてオルレアンでジャンヌ・ダルクと最も仲良くなった女性。彼女ならば何か知っているかもしれない。

 オレは、彼女へと通信を繋げた。

 




というわけで、クリスマスイベ開始。
多少遅くなりそうですが、頑張ります。

配布縛りな為に、いろいろと展開や登場キャラが変わります。
残念ながら、レオニダスとハサン先生に出番はありません。
レオニダスの代わりはダビデが、ハサン先生の代わりは金時が務めるようです。

そして、久しぶりのマリー様の登場ですよー。


活動報告でもいいましたが、
感想で、贋作やらないとクリスマスとの繋がりが、とか、贋作無視するのか、的なことを言われて、正直萎えてます。

ちゃんと考えてます。
設定も考えてます。
なにより、クリスマス後に贋作やったらジャンヌ・オルタ関連で愉悦出来るので贋作はあとです。

なので、言いたくはないのですが、今後、関連で贋作について言及はやめて下さい。

これは私の物語です。
どうやるも私が決めます。


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二代目はオルタちゃん ~2016クリスマス~ 2

 通信機に魔力を流して、探知したマリーの霊基へと通信を送る。

 

「あら、あら? 何かしらこれ。まあ、マスター。ヴィヴ・ラ・フランス♪ とても久しぶりだわ! ごきげんよう」

「うん、ごきげんよう、マリー」

 

 数秒もかからずに網膜にマリーの映像が投影され、彼女の声が脳に直接響いてくる。断られることなく彼女は通信に応じてくれた。

 前にあった時と変わることなく、優雅に紅茶を飲む姿を見せてくれている。精霊を介した通信機なので、向こうの様子もそれなりに見える。

 

 どうやら、フランス組はまた集まってお茶会をやっているようだ。

 

「ふふ、それでマスター? どうかしたのかしら。その格好は、またサンタさんとお仕事の最中なのかしらね。でも、残念ね、今年は私たちは何もリクエストしていないの。こんなにも早い時期なのだもの。知っていたら、ちゃあんとリクエストしたのに」

「聞きたいことがあるんだ」

「あらあら、聞きたいこと? いいわ。マスターは伴侶みたいなものだもの。なんでも答えてあげるわ♪」

 

 ――なんでも? 今なんでもって――。

 

 って、違う違う。

 

「ジャンヌについて聞きたいんだ」

「ジャンヌに? それなら私に聞くよりも本人に聞いた方がいいわ。もうすぐ来ると思うから、ちょっと待っててね」

「それは助かる」

 

 本人に聞けるのであれば、それに勝るものはない。

 

「いいのよ。フランスではお世話になったもの。無理をさせたもの。去年のクリスマスも、私は何もしてあげられなかったわ。だから、なんでも言ってほしいの。なんでも、私ができることなら、なんでもしてあげるもの」

「…………」

「あら、デオン? なんでもなんていっちゃだめ? どうして? サンソンに同じことを言った時のアマデウスと同じ反応よ」

 

 それは、もういろいろとあるでしょう。苦労してるんだなぁ。

 

 そうしみじみと思うが、懐かしんでもいられない。荊軻がいる洞窟につくのまでに時間がない。

 

「あ、来たわ、ジャンヌ、お久しぶりね」

「はい、お久しぶりです。誰かとお話ししていたのですか?」

「ええ、マスターとよ」

「マスター? ……これは精霊による通信? はい、こちらジャンヌ・ダルクです」

「つながった、ありがとうジャンヌ」

「いえ、マスターの為なら。お久しぶりですが、何やらあまり時間がないようですね」

「ああ、ちょっと教えてほしいことがある。とりあえずこちらの状況をかいつまんで話すよ」

 

 こちらのおかれた状況を話す。ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィという存在について。彼女がこのままでは消えてしまうということ。

 ダ・ヴィンチちゃんの知見を含めて、今の彼女の状態を話し、解決策の為に必要なことを教えてほしいと問う。それは、ジャンヌ・ダルクが正しく、抱き得る夢、願いについてだ。

 

「何かないかな?」

 

 彼女は空っぽだ。空っぽゆえにサンタという役割を手にして、その存在を安定させようとした。だが、サンタは子供がなれるものではない。

 だから、それでは到底彼女の芯足りえない。何もないままこの夜を終えてしまえば、彼女は存在理由を失う。サンタだけではこの夜にしか存在できない。

 

 クリスマスが終われば、このままでは枯れ果てる種のように、儚く消滅してしまうだろう。

 そして、それをオレは認めない。

 

 かつてエドモンがオレをオレにしてくれたように、オレもまた、彼女を彼女にしたい。

 そう、これはオレの我儘のようなもの。オレがただファリア神父になってみたいという、願望をかなえるためのものなのかもしれない。

 けれど、それで、誰かが救えるのなら、オレは黒幕にもなろう。全てを後ろから引いて彼女を救うのだ。

 

「だから、教えてほしい」

 

 彼女が存在するに足る理由を、願いを。

 それを叶える記憶を与える。

 それに至る心を変える。

 彼女はサンタではなく、ただひとりサーヴァントとして存在できるようにする。

 

「…………」

「ジャンヌ?」

「そう、ですね……私には願いというものがありません。しかし、子供の頃、ひとつだけありました。故郷を出る時に、そのまま置いてきた程度の些細な夢です。そう――海を見てみたい、という」

「海を見てみたい?」

「はい。まだ村娘だった頃には海を見たことがありませんでしたので」

「いいわ。とても素敵な願いと思うわ。マスターもそう思うでしょう? その夢は叶ったのかしら」

「ええ、全てが終わったあとで、海を見たいという夢はもう抱いてはいなかったのですが。その時に、私は海をみました。その記憶すら、彼女にはないのでしょう」

 

 だからこそ、彼女は存在が不安定で、あやふやで、泡沫なのだ。

 彼女は聖人でも、復讐者でもない。だからサンタを選んだというのに、子供はサンタクロースにはなってはいけない。

 

 サーヴァントとしてあり続けるためには何かが必要なのだ。

 だから、オレは、願いを持つことを考えた。おそらくサンタアルトリアさんもそうなのだろう。ひとつかふたつかプレゼントを配ればほしいものでも浮かぶだろうとか考えているに違いない。

 

 それでいけるのならばオレはそれでもいいと思っている。自覚できるのならばそれでいいと。だが、ことはそう甘くないのかもしれない。

 楽観はできない。だから、オレは保険を掛ける。使わなければそれでいい。それでも、使う時になったのなら知っておかなければならない。

 

 彼女の元となったジャンヌ・ダルク。彼女が子供の頃に抱いた夢を。

 

 それを叶えよう。彼女とて、ジャンヌ・ダルクだ。同じ人間ならば、同じ夢を抱くだろう。それは本人が認めていた。

 使わなければいいのだが――さて、どうなるか。まずは最初のプレゼント配りがどうなるか。もし二つ、三つ配って彼女が何も願えないのなら――。

 

「トナカイさん、トナカイさん!」

「――ん、ああ、ごめんごめん」

「もう、ぼぅっとしないでください。着きましたサンタとしての初仕事です!」

 

 洞窟の中に入ると香る、料理の匂いと酒の匂い。どちらかといえば酒の匂いの方が強く、あとは酔っ払いたちの楽し気な声とだれかの怒鳴るような声が聞こえてくる。

 いろんな意味で惨い感じのが。

 

「これを見ても、リクエストのものが良いと思えますかトナカイさん」

 

 さて、ここで頷いてはいけないのだが、無性に頷きたくなる。どうしてこう、この人たちは残念女子会を開いてるんだよ、毎回。

 みんなきれいなんだから、一緒に過ごす相手とかいてもおかしくないはずなのに、どうしてこう集まってこんなへべれけになっているんだろうか。

 

 なぞだ、一切謎だ。オレだったらマルタさんとか、普通に結婚したいくらいにいい女だと思うのだけれど。

 

「昨年のことはサンタオルタさんから聞いていましたが……聞きしに勝るとはこのことですね……」

 

 マシュですら惨いという評価。いや、まあ、たいていまともそうな……いや、牛若はいつもまともじゃないけれど、まともな人たちが酔っぱらうとこれなのだから、正当な評価ともいえるが、酒の席くらい羽目を外してもいいだろうとも思う。まあ、むごいけど。

 その分世話をする人が大変だろうけど。

 

「あ、サンタとトナカイ」

 

 その世話をする苦労人聖女が気が付いたようだ。

 

「また来たの? こんなに早くに?」

「来ました! まったく、去年と変わらずろくでなしなのですね! 何かといえばお酒に逃げて、お酒に依存して、お酒に溺れるなど、それでも大人ですか! まったくもう、バカじゃないですか!」

「……随分ちっこくなったわね。去年と比較して」

「背丈のことは言わないでください! 伸びます! これからもーっと伸ーびーまーすー!」

「なあにぃ、サーンーター?」

「ぴぃっ!」

 

 背後からにじりよってきた荊軻に驚いてオレの後ろに隠れる。ぴぃって可愛かったな。

 

「あー、サンタがまた来てるー! ま、ま、ま、いっぱい、一杯」

「こらこらこら、未成年にお酒をすすめない」

 

 成長に悪影響が出たらどうするんですかまったく

 

「そうですよ、荊軻殿、サンタが怯えて隠れてしまっていますし。もぐらを殺すには、煙で燻す。砦にこもった兵士たちの首をはねるには、何もかも燃やしてしまうのが一番です。というわけでザックリと燃やしましょう」

 

 酔ってるからってやめい。

 すっかり怯えてしまったし、クリスマスにふさわしくないと考えを強めてしまった。

 

「とりあえず、ジャンヌ? プレゼントは何を用意したの?」

「そ、そうです。プレゼントです。貴女たちへのプレゼントはこちらです!」

 

 彼女が袋から取り出したのはビンだった。薬瓶だろうか、酒瓶だろうか。十中八九、薬瓶だろうなと思う。お酒を否定していたジャンヌがお酒をあげるわけもなし。

 

「あははははは、ナニコレー?」

「新しいお酒ですか?」

「変わったお味ねぇ」

 

 荊軻も牛若丸も新しい女子会メンバーのマタ・ハリも警戒せずにそれをごきゅごきゅと飲み干してしまう。まだ何か聞いてもいないのに、どうして、飲めるのか。酔っているとは怖い。

 ただ、それがまずかった。

 

「断酒薬です」

「「「え」」」

 

 一瞬で酔い覚める三人。そこにジャンヌはお説教を始めてしまう。これではせっかくの女子会も台無しというもの。

 しかも、断酒薬を飲んだあとに酒を飲むとダメージを受けるという。ダ・ヴィンチちゃんの特製品とかちょっと待てと言いたくなるような奴。

 

 確か、ドクターが厳重に保管していたはずなんだけど、どうやらとられてしまったらしい。

 

「あちゃー……そっかー、そういう方向かー」

 

 マルタもあちゃーと言っているから、わかったのだろう。

 なにもわかっていないのはジャンヌだけ。クリスマスらしい良いプレゼントをあげられたと喜色満面だ。

 

「お酒の飲めない人生なんていやだー」

「むむ、これからお祝い事が続くというのに素面というのはきついですね」

「困ったわねぇ。酔った勢いを利用して、マスターとの既成事実がつくれなくなっちゃうわ」

 

 嘆きの声が洞窟に響く響く。いや、ちょっと待て、最後。マタ・ハリさんは何言ってんだ!?

 

 顔が赤くなる。仕方ないだろう。だって、マタ・ハリだ。最高級娼婦ともいえる彼女に見つめられて赤面しない男などいない。

 

「先輩……」

 

 これはもう男の本能としての部類なので許してください!

 

「どうしました、トナカイさん? 顔が赤いんですが。ともかく、プレゼントは配りました、次に向かいましょうトナカイさん!」

「はいはい、ちょーっと待った」

「むがぎゅ。な、なんですか、なんですか! 私はサンタです、忙しいんです! プレゼントを配り終えた人に用はありません」

「アンタにちょっと用があるのよ」

「アンタではありません、サンタです」

「はいはい、サンタサンタ…………さて。あのプレゼント、どういう意図で選んだの」

 

 マルタが問う。

 それは彼女がプレゼントを選んだ意図。オレも聞こうと思っていたこと。

 それにサンタジャンヌは答えた。

 

 ――あの人たちのためになるプレゼントを選んだつもりだ、と。

 

「うーん……クリスマスプレゼントは、実用性よりも喜びの方が大事じゃないかしら」

 

 しかし、サンタには、マルタの言葉は届かない。

 喜びの日に、あげるべきは、有用な贈り物が正しいという。喜ばれてはいないが、役に立つのなら喜びは不要だと彼女は思っている。

 

「……そっか。トナカイさん後は任せるわ。私からはもう何も言うことはない。プレゼント有りがたく頂戴します。がんばりなさい、サンタさん」

「ふふん、当然です。さあ、行きましょう――」

 

 ソリにのって、次の目的地へと向かう。

 次なる目的地は日本。

 

 オレは、ここで作戦を発動することを決めた。

 

「ブーディカさん、見つかった?」

「うん、今準備中かな」

「そっか、多分お願いすると思う」

「……そう……わかった。待ってるよ」

 

 少し厳しい旅になるかもしれないが、彼女の為だ。そのためならば、オレは心を鬼にもしよう。必ず彼女を彼女にして見せる。

 

 待て、しかして希望せよ。

 

 彼女には、その言葉もないのだから――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 次なる場所は日本。宴会のように、多くの日本のサーヴァントたちが集まっている。

 

「…………子供?」

「まあ、子供ですね」

 

 リクエストしたのは小太郎君と、清姫。付き添いに藤太と玉藻がいる。

 

「子供ではありません! サンタなんですけど!」

 

 見た目はまんま子供だから仕方ない。そして、だからこそ、誰もサンタクロースと認識できないのだ。藤太にアメをやろうと遊ばれているし。

 

「ともかく、プレゼントです!」

 

 小太郎に差し出されたプレゼントは和英辞典。

 清姫に差し出されたのは法律の本である。

 

 どちらも、残念、ガッカリプレゼント以外の何物でもなかった。

 

「小太郎さんの宝具名は文法的にもいろいろと誤りがあります。ですので、正しい英語で、正しい宝具に! 清姫さんは、ストーカーは犯罪ですので、この機会に法律を学んで清く正しい恋愛をするようにと――」

 

 さて、ドヤ顔で解説しているところ悪いのだが、保護者役なのか、付き添いだった藤太と玉藻がいろいろと言っている。

 

「むう、これは拙者にもわかるぞ。実に遊びがない。クリスマスプレゼントに和英辞典とは……」

「それはまだマシじゃないですかね。重めの清姫ちゃんが、なんかもう頑張っていろいろと健気にも頑張ってるのを視てる、玉藻ちゃんとしては、これはもういただけないどころか、最悪といいますか。ぶっちゃけ、ねえですよ」

 

 ガッカリ度だとシュヴァイツァーの伝記と並ぶガッカリプレゼントだ。どこぞの青狸の怠け者がもらった残念すぎるプレゼントだったはずだ。

 見ろ、小太郎も清姫も固まってしまっている。

 

「俵さんも、玉藻さんも何を言うのですか! これは二人の為になるプレゼント――」

「しかし、クリスマスはお祝い事と聞いた。拙者たち風に言えば謹賀新年に等しい」

「誰もが祝いますし、誰もが喜ぶ日。それはもう盛大に、聖夜というくらいにカップルもあっつあつ間違いなしの日!」

「であればこそ、贈り物は生活を正すものではなく、喜ばれるものが王道ではないかね?」

「そうですとも。良妻狐としては、ご主人様の満足度こそ肝要。喜ばれないプレゼントなどノーサンキュー! 賢者の贈り物のように、この玉藻、良妻として旦那様がほしいものをプレゼントする所存」

「……役に立たなければ、プレゼントなんて、意味がありません……」

 

 ジャンヌが、絞り出すように言う。

 役に立たないプレゼントなどただの自己満足だと。贈ったものが贈ったことを喜ぶだけのそれだと。

 だから、何を言われようとも、実用一点張りで勝負するのが心意気だと、サンタジャンヌは言った。

 

「……そんなことはない」

「いいえ、あります」

「ないですわ」

「あります」

「「「むむむむむむ」」」

 

 小太郎、清姫、サンタジャンヌの言い分は平行線だ。

 だから――

 

「ならば、戦いで決めるほかあるまい」

「この玉藻ちゃん、今回は清姫ちゃんの味方です」

「ええ、ますたぁの為にも」

「拙者も小太郎側じゃ」

「――ええ、必ずや」

「ええ、良いでしょう! 我が名はジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ! このプレゼント、問答無用なりて――!」

 

 戦いが始まる。

 

 もちろん、清姫たちには手加減するように言ってある。これは、時間稼ぎだ。

 

「マスター、ふふ、準備万端よ」

「頼むよ、アイリさん」

「ええ、任せて頂戴。こういうこと、一度やってみたかったのよ――」

 

 さあ、行こう。

 

 彼女を彼女にするために――。

 




さて、七章ついに明日ですねぇ。楽しみですね。
配布縛りですよー。

ボックスは26箱あけました。そろそろ限界かなぁ。まあ、ギリギリまで開けますが。
大分スキルとか上げられましたが、全然まだまだ足りませんし。
ゆっくり頑張りますかねぇ。



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二代目はオルタちゃん ~2016クリスマス~ 3

「トナカイさん……」

 

 サンタジャンヌは元気がない。風魔小太郎に渡したプレゼントが原因だった。和英辞典。サンタジャンヌは善かれと思って渡した。

 宝具名が間違っている。間違っていることは悪いことだから、正しくしようとしたのだ。

 

 だが、風魔小太郎にとって、その宝具の名前はたとえ間違っていても、始祖の故郷への想いを受け継いだもの。それを変えるつもりはないと聞かされたからである。

 

「あのプレゼントは、あのひとにとって、有用なものではなかったかも……サンタ、難しいですね。最初はもっと簡単だと思ったのですが……」

「ならやめる? ジャンヌが辞めたいと思うのなら、やめてもいい。どんな選択をしても、オレは君を肯定する。

 わからないのなら、心を覗くんだ。どんなに空っぽに見えても、君の意思は、確かにそこにあるはずだから」

「……わかりません……私には……」

「焦らなくていい。一つずつ行こう。それで、どうする? サンタ、やめる?」

「それは……」

 

 決められないか。なら、彼女の出番だ。

 

「――あらあら、まさか、サンタを投げ出すのかしら」

 

 その時声が響いた。女性の声が。聞こえるはずのない声が響いた。

 

「……何者!?」

「あれ? サーヴァント反応が急に……!?」

「ふふふ、誰かと問われて答える者なんていないわ。でも、敢えて答えるわ! 私の名前は、サンタアイランドに住む、謎の美少女サーヴァント! サンタアイランド道場仮面師匠!」

 

 バババーンと、効果音とともに現れる、仮面をつけた女性! 純白の衣装にどことなくサンタっぽい赤とかそういう意匠をつけて薙刀振り回して登場したアイリスフィールさん。

 ポニーテールが素敵だなー。自分で考えておいてなんだけど、アレだ、これ、結構アレだ。

 

「サンタアイランド道場仮面師匠……! このラムレイ二号に勝手に乗り込むなんて――!」

「あの、すいません。もしかして、あなたはアイリ――」

「マシュ、私はね、サンタアイランド道場仮面師匠よ!」

 

 ノリッノリである。というか、道場と師匠はどこから来たんでしょうか。

 

「何者かはわかりました。ですが、貴方はいったいどうして、私に語り掛けてくるのでしょう」

「それはもちろん師匠だからよ。ジャンヌ、プレゼントを拒まれた程度で、臆してはいけないわ。いつだって立ち上がり、いつだって笑顔を届けるのがサンタよ」

「いつだって……笑顔を」

「そうよ、立ってプレゼントを届けるの。笑顔を届けるの。貴女ができないはずがないわ! 私は貴女を見守っているわ。だって、師匠だもの! 弟子が困った時、途方に暮れた時、私は現れるわ」

「お師匠さん!」

「ええ、じゃあね」

 

 そう言って、アイリさん改めサンタアイランド道場仮面師匠は去っていった。

 

「……トナカイさん、私、行きます。プレゼントを配ります」

「わかった。君が決めたのならどこへだってついて行こう。君の選択を肯定しよう」

「あ、ありがとうございます……トナカイさん、私は、ちゃんとサンタクロースになれるでしょうか」

「その疑問に一言で答えよう」

 

 ――待て、しかして希望せよ。

 

 オレは言った。

 

 かつて、オレが言われたように。

 かつて、オレが救われたように。

 

 君にもこの言葉を贈ろう。

 

 ――待て、しかして希望せよ。

 

「さあ、行こう」

 

 この旅の果てに、答えはあるのだから――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「お皿持ってきたよー」

 

 迷宮の一画に可愛らしく幼い声が響く。

 可愛らしい、女の子の声。

 

「おば様、他にお手伝いすることはないかしら! あ、クラッカー! クラッカーは大事よね!」

 

 もう一つ可愛らしい声が響く。

 愛らしい、女の子の声。

 

 迷宮の一画。かつて、クレタ島のクノッソスの迷宮と呼ばれた迷宮を模した宝具による迷宮の一画で可愛らしい二つの声があがっている。

 かつて、9年毎に7人の少年、7人の少女が、ここに入り、生贄として襲われて、屍を晒した迷宮は、今はなく。ここは今や、クリスマスパーティーの会場となっていた。

 

「偉い偉い。もうお手伝いはないかな。よくお手伝いできました。クラッカーを鳴らすときはちゃんと気を付けるように。人に向けたらめっ、だからね?」

「「はーい」」

 

 楽しそうにする二人の子供。ジャック・ザ・リッパーとナーサリー・ライム。かつて、クリスマスにおいて、寂しく過ごした子供たち。

 今年もまた、寂しく過ごすのかと思っていた。

 

 けれど。けれど――。

 

「ブーディカのおば様のおかげで楽しいわ。もこもこのお洋服もくれたわ」

「うん、たのしい。あたたかいおようふくもありがとう」

「それは良かった。来たかいがあるよ。お洋服は、スカサハお姉さんにお礼を言っておくね。

 さあ、おかわりもあるから、いったいお食べ、子供はいっぱい食べないとね」

「はーい」

 

 騒がしくも楽しく。クリスマスパーティーは盛り上がる。

 

「ふぅ、やぁ、子供の相手は大変だ。ごめんね、アステリオス? 色々と迷惑じゃなかった?」

 

 ブーディカは、隅の方で立っているもう一人に、くくっていた髪をときながら話しかける。

 

「う。だいじょう、ぶ」

「そっか。さあ、君も楽しんでおいで。あたしみたいなおばさんと話してるより、子供たちといっぱいね。大丈夫、君はとっても優しい子だから、怖がらなくてもいいんだよ」

「う、ん。くりすます、たのしい」

「あとはサンタクロースを待つだけだねぇ」

 

 さあ、みんなは何を頼んだの? とブーディカが聞く。

 

「今年はね、今年はね! サンタさんに、お人形さんをリクエストしたんだよ!」

「おー、可愛いねえ」

「わたしたちのお人形さんがこーひょー発売中なんだって! だから、それをプレゼントしてもらうの!」

「んー? それ、お人形さんかな? なんだか、ドクターが持っているふぃぎゅあ? っていうのっぽいけど、いいの?」

「いいのー!」

 

 本人が良いのならいいのかもしれない。

 

「わたしはね、わたしはね、ご本をリクエストしたわ! でも、新しいティーセットでもよかったのだけれど!」

「本か、いいね。いっぱい読むんだよー。アステリオスは? 何かお願いした?」

「うん? ぼくは、べつに、なにも」

「「え――!! もったいな――い!!」

「リクエストするよ! かいたいするよ!」

 

 解体ではなく、買いたい。紛らわしい。

 ブーディカも彼女たちを見つけた時は解体されそうになったけど、きちんと叱ったので今はもう言わなくなっている。

 

「わたしたちが手伝ってあげるわ。アステリオス、何をお願いしたいの?」

「うーん……ひみつ」

「おねがい、かなうといいね!」

「アステリオスの願いが叶うよう、わたしたちも祈っているわ!」

「ありがとう。みんなも、かなうといいね」

「うーん、いい子だ。いいこいいこ」

 

 さて、あとはサンタを待つだけ。

 ジングルベルを鳴らして、サンタがやってくる――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「こっちだよー」

「うぅ、トナカイさんはどうして道がわかるんですかぁ……」

 

 次なる目的地は迷宮の中。リクエストは二人。ジャックとナーサリー。

 

「さあ、着いた」

 

 ブーディカさんにあらかじめ教えてもらってなかったら迷っていただろうけれど、迷うことなく到着だ。

 

「あー、トナカイさんきたー!」

「トナカイさん、お久しぶりね」

「二人とも元気そうでなによりだよ」

「サンタさんはー?」

「私です!」

「去年のサンタさんは、いないの?」

「はい。今年はこの私、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィがサンタです!」

 

 相変わらず長い名前だ。

 

「なっがーい!」

「まるでスパムみたいに楽しいお名前ね!」

「スパム!?」

 

 スパムとは、軍の配給品のことだ。安価で調達でき、保存性も良く、味も悪くない、非常に都合の良い配給品であったため、この全盛期は当時はアメリカ軍どころか連合国軍に配給され、スパムを製造した会社に感謝状が贈られたほどのそれである。

 どうしてここでスパムがでるのかというと、兵達にとっては毎日スパムばっかり食べるという状況であったために飽きる人も多かった。このことからスパム=飽き飽きするもの、同じものの繰り返しという意味。

 

 また、イギリスのコント集団であるモンティ・パイソンのコントで、レストランにいる周囲の人間がスパム、スパム、スパムと連呼したために、客の夫婦がスパムを頼まざるをえなくなったというものがあるが、ナーサリーの言っているスパムは、おそらくはこちらの意味の方が強かろう。

 つまり飽き飽きする意味から、迷惑、しつこいものという意味になって使われている。しつこい名前とかそういう意味合いだろう。スパムみたい名前ということは。

 

 ちなみに、イギリスでは一時期、民間人も軍人も全員、毎日スパムとかいう地獄の時期があったそうな。

 

「でも残念ね! 去年のサンタさんに、お礼を言いたかったのに!」

「そうだね。あんなにたくさん、プレゼントをもらえたんだし」

「アルトリアサンタさんは、そんなにたくさんプレゼントをくれたんですか?」

「うん、わたしとジャックにとっては、初めてのクリスマスだから、いっぱいくれたの!」

「トナカイさんとも、お友達になれたからね!」

「先代サンタさんが――わかりました。プレゼントの時間です!」

 

 楽しい楽しいプレゼントの時間。さて――。

 

 ――ブーディカさん?

 

「はーい、準備は大丈夫だよぉー、しっかりあの子たちもわかってるから」

「ありがとう」

「ん、いいよ。君の為だもんなんでもするよ」

「ありがとう、本当に」

 

 さあ、プレゼントはパーティー会場でお披露目ということになり、パーティー会場までやってきた。

 

「やあ、マスター。そっちの君が、新しいサンタさんかな? んー、可愛いねー」

「んあ、な、撫でないでください! 子供じゃなりません」

「んー、ますます可愛い。あめちゃんたべる?」

「いーりーまーせーんー!」

「もう、ブーディカのおば様ったら」

「彼女はサンタさんなんだよ。えーっと、なまえはー、ジャンヌ・スパム・ダルク・スパム・オルタ・スパム・サンタ・スパム・リリィ・スパムだっけ?」

 

 もはや人名ですらないな……。

 

「スパムは除外してください!」

 

 それでも長いんだよなぁ。

 

「ブーディカさんはプレゼントをリクエストしていませんよね」

「そうだね。そういう歳じゃないし。何より、こうやって子供たちとクリスマスを過ごすのがあたしにとってのクリスマスプレゼントだから」

「では、アステリオスさんは、リクエストしていませんが、お願いはないのですか?」

「ある……けど、いい」

「む、私が幼いから頼りにならないとお思いかもしれません。しかし、こう見えても私は立派なサンタクロース! さあ、願い事を言ってください!」

 

 いけないサンタジャンヌ。それは地雷だ――。

 

「……こんなひが、できるだけ、できるだけ、ながくつづきますように」

「え……?」

 

 それは何よりも純粋な願いだった。

 こうやって誰かと一緒に、楽しく過ごせる日々。それが続けば良い。

 それは迷宮に幽閉され、怪物として生涯を過ごした、男の子の、切なる願いだった。

 

 涙があふれてくる。歳をとると涙腺が緩くて仕方ない。ブーディカさんも涙ぐんでるし。

 

「……その、願いは……ごめんなさい。私には――叶えられません」

「うん、だからいいんだ。りょうり、たべる?」

「……いえ、サンタですから。料理は結構です」

「ざんねん。おいしいよ?」

 

 ふるふると首を振るサンタジャンヌ。

 

「さ、さあ、二人にはプレゼントのお時間です」

「なにかしらなにかしら」

「お人形さん、お人形さん!」

 

 楽しそうにはしゃぐ二人。

 

「……だ、大丈夫です。きっと、お二人のお役に立つ、はず、です」

 

 だったら、そんな顔をしたら駄目だよ。でも、仕方ないよね。人は、自分をだませない。どんなに思っても、自分で自分をだましきることができない生き物だから。

 君とオレはよく似ているから、わかるのだ。オレがそうだったように、キミもまた、自分を騙せない。

 

 差し出されたプレゼントは、静かに勉強ができるという場所。それは、彼女たちのリクエストからは程遠いものだった。

 二人の為になるように、用意したものだったが――。

 

「なにこれ」

「なにー?」

 

 ジャックとナーサリーの反応を見て、

 

 

「……お二人の為に、ならない、です、よね……ごめんなさい……」

「サンタちゃーん!?」

 

 彼女は逃げ出した。

 

「サンタさん悲しそうだったわ、クリスマスなのに……」

「わたしたちの、せい?」

「いいや、二人のせいじゃないよ。うん。これは彼女の問題だからね。だから、お願いがあるんだ――」

 

 オレは二人に目線を合わせて切り出す。サンタジャンヌに欠けているものを、与えるために。

 

「お願い、できるかな?」

「いいわ」

「うん、まかせて」

「ありがとう」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――なんと言われようとも、私にはないのです。

 

 願われて生まれた存在であるがゆえに、そこにあるのは、彼女に与えられた有用性だけだ。

 願われて生まれた。だから、願われた者に対する有用性が全て。

 

 それはリリィになっても変わらない。

 いいや、むしろ、悪化した。

 サーヴァントとして現界する為に、そぎ落として、削ぎ落して、削ぎ落した。

 

 だって、もう一人は嫌だった。

 今度こそ、あの最低の男に目にモノを見せてやりたかった。

 

 だから、無理をしてでもと、その結果が、リリィ(これ)だった。

 どうしても、どうしても、どうしても。

 

 それほどまでに、カルデア(あそこ)に行きたかったのだ。煉獄ですらいつ消えてもおかしくない恐怖に負けた。

 縋ったのだ、トナカイ(マスター)に。

 

 だから、削ぎ落した。

 

 大事なものすら、削ぎ落した。

 

 そうしてようやく、現界できた。

 

 けれど、何もない。

 

 願いはなく、いつ死んでも当たり前。

 希望はなく、いつ消滅しても当然で。

 

 その根幹から、ありえないのだ。

 このジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィという存在は。

 

 ありえない存在に、ありえない概念に、願うものなど存在しない。

 

 空っぽだ。

 

 ――本当に?

 

 空っぽだ。

 

 ――本当に?

 

 ずっとそう問いかけられている気がする。

 

 できそうな役割ですら、満足にこなせないのに?

 

 他者の希望を叶えることで良しとする、サンタクロース。

 そんなことすら、できないのに?

 

 肯定する声だけが聞こえる。

 それは、トナカイさん(マスター)の声のようで。

 

 でも、聞こえない、私には。

 

 聞えず、ただ逃げ出して、無様を晒している。

 

「サンタさ――ん!」

「ぴぇ!?」

 

 追いかけてきた2人。

 

「あのね、あんなプレゼント、いらなーい!」

「がっ――うぐぅ、そう、ですよね、いらない、です、よね……」

「そうね。静かな場所でお勉強なんて、わたしたちには物足りないわ」

「だから、このプレゼントはへんきゃーく」

 

 返却されるプレゼント。そして、その代わりに願いを叶えてほしいと彼女たちは言った。

 では、お人形を?

 

 ――ちがう。

 

 では、ご本を?

 

 ――違うわ。

 

 お人形も、ぬいぐるみも、ケーキも、ツリーも、スターも、パーティーも何もいらない。

 

「じゃ、じゃあ、なにを……」

「「せーの、海を見に行きたい!」」

 

 そのとき、とくんと、心臓が跳ねたような気がした。

 なんでなのかわからない。

 けれど、心臓が確かに跳ねた、そんな気がしました。

 

「う、海……ですか? 海って、あの海……ですよね?」

 

 知識だけは知っている。でも、視たことはない。こんな時期にいくものでもないはず。

 

「行くのーアステリオスがじまんするの!」

「海は広くて、広くて、とっても広いんですって!」

 

 全てが豆粒のように大きい。

 見たことがないから、見たいと彼女たちは言います。

 

 どうしてか、懐かしさを感じてしまって――。

 

 でも、どうすればいいのか、私には、わからない。

 

「ふふ――」

 

 その時、現れる一人の女。

 仮面をかぶり、今日もまた、聖夜を征く!!

 完全無欠の美少女サンタクロース仮面!

 サンタアイランド道場の師範代。

 

「――サンタアイランド道場仮面師匠参上!」

 

 きらりと華麗に参上――。

 

「道場仮面師匠! あの、私は――」

「叶えるべきよ!」

「え――」

「彼女たちの願いを叶えるべきよ。貴女は、もう、返品を受け取ってしまったんだから! 受け取ってしまった以上、サンタは別の願いを叶えなくてはならないわ。叶えないと大変なことになるわ。具体的に言うと、返品返品のクレーム地獄よ! だから、まずは彼女たちが望むことを、叶えることから始めましょう?」

「……わ。わかりました! ジャック、ナーサリー、貴女たち二人を、このラムレイ二号で海に連れて行きます!」

「「やったー」」

「それじゃあ、さっそく出発しましょう!」

「おいて行かないで」

「トナカイさん! あ、いえ、忘れていたわけでは――」

「まあいいよ。行くんだね?」

「――はい、行きます。二人の願いを叶えに。トナカイさんは、ついてきて、くれますか?」

 

 ――私は、ズルイです。

 ――トナカイさんは、来てくれると言ってくれるとわかって言っているんですから。

 

「もちろん。言ったでしょ? オレは、君がどんな選択をしても肯定する。君がどこへ行こうともついていくと。どんな君だろうとオレが肯定してあげるよ。

 だから、心配なんてしなくていい。オレが見届けてあげる。たとえ、君がどのようになろうとも、どんなものでになっても、オレが最後まで見届ける。君を肯定しその終わりを見届ける。

 だから、一言いえばいい」

「――トナカイさん……わかりました。行きましょう! 海へ!!」

 

 海へ。

 この心がざわめくままに――。




次くらいで終わらせられるといいなぁー。

しかし、アレだ。サンタジャンヌと監獄塔でのぐだ男の境遇が似すぎて構想段階だとサンタジャンヌとぐだ男が監獄塔編のラストよろしく殴り合いを始めたので慌ててその展開をボツにしました。
絵面がヤバイからネ。それにぐだ男が一方的に負けるだけなので。

あと、サンタジャンヌがレベマフォウマスキルマになりました。スキルマ鯖は沖田、エレナ、マシュに続く四人目かな。
ボックスガチャ本当にいい文明だった……28箱でフィニッシュです。
しかし、おかしいQPがもうない……。
QP、QPをくれぇ……。

そして、ついに開幕する七章。
配布縛りの準備はできるだけやった。行くぞ、諸君、私は、諦めない――。

縛り内容
配布縛り
サーヴァント戦やイベントにおけるボス戦っぽい戦いで死んだ場合、そのサーヴァントは使用不可+小説でも退場。
令呪は三画だけ使用可能。その令呪も小説内で使う。


こんな感じですね。
フレンドは縛りません。攻略不可にならないように。
例外としてガイド鯖とマシュなどシナリオ上に登場するサーヴァントは使っても良し&死んでも使用不可にはならない。
基本マシュとフレンドがメインで、マシュで防御を固めつつ、殴っていくスタイルになると思います。

こんな感じですね。
頑張ります。


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二代目はオルタちゃん ~2016クリスマス~ 4

 空を行くラムレイ二号。小さな子供三人にオレ一人だから、それなりに狭いが、まあ、ジャックやナーサリーが楽しそうだからいいだろう。

 

「空をとんでるねぇ」

「まるでオズの魔法使いみたいだわ」

 

 楽し気な二人。

 

「あいたー!?」

 

 その時、サンタジャンヌの頭に何かが当たった。それは石。その瞬間――

 

「わっ!? ラムレイ二号、どうしました!?」

 

 ラムレイ二号の操作がきかなくなる。下に引っ張られる。

 

「下にサーヴァント反応!? どうやら、何かの力によって引っ張られているようです!」

「えっと、こういうのは確か……そう、ついらく、だね!」

「浮き浮き嬉しそうに言うものじゃないと思うのだわ!」

「何につかまるんだ。おちるぞー!」

 

 ラムレイ二号は地面に墜落した。

 

「うぅ、トナカイさん、大丈夫ですか?」

「うぷぅ……」

「喉からせりあがってきている何かを口元で耐えてませんか!? が、頑張って耐えてください!」

 

 高いところから堕ちるのは、さすがにきつい……。

 

「ふわー、おどろいたねー」

「驚いたように見えないわよ、ジャック」

 

 子供たちは元気のようだ。サーヴァントなのもあるだろうけれど。

 

「ふっ、ここから先は一歩も通さないよ?」

 

 はしゃぐ子供たちの間に声が降ってくる。それは、男の声だ。

 

「な、何者!」

「な、なんで貴方が!?」

「そうそう。僕だよ、僕僕。そう、ダビデ王さ。悪いけど、ここから先は通行禁止というわけ。ソリも没収。そして、この僕がサンタになるのさ」

 

 現れるダビデ。五つの石の効果で奪い取ったソリの上にのって、高らかにサンタ宣言をしている。袋はオレが確保したからいいが、ノリノリである。

 

「え、えー! 何故、どうしてですか!?」

「決まっているじゃないか! サンタクロースは合法的に子供の家に入ることができる。それはつまり、合法的に人妻の家に侵入することができるということと同じことなのさ! だから、僕は、サンタクロースになるんだ!!」

「ダビデさん、最低です。そんな個人的な理由でサンタの邪魔なんて――最低です」

 

 絶対零度のマシュの視線が突き刺さるが、ダビデはそんな視線でこたえるような男ではない。言っていることも馬耳東風、むしろオレがダメージくらいそう……。

 だが、そうも言っていられない。

 

「いいや、マシュ。ダビデは確かに最低のクズ野郎かもしれないけど、こんなことするやつじゃない! きっと黒幕がいるに違いない!」

「フッ、さすがは僕のおっぱい同志(マスター)。さすがの慧眼だ。そうさ、君たちに海を見せないように命令されたのさ。ソロモンにね!」

 

 あいつ魔術王に全ての責任をおっかぶせやがった!? あと勝手に同志にしないくれ。

 

「ひどーい!」

「そうよ! 子供をいじめるなんて、鬼だわ、悪魔だわ、ハートの女王だわ!」

「ふっふっふ、なんと言われようとも、僕がサンタになることは確実さ。だから、どうしてもこの先に行きたいのなら、僕を倒していくことだね」

「かいたいするー?」

「サンタさーん、やっつけるー?」

「さあ、どうするジャンヌ。君が、決めるんだ」

「……そうですね」

 

 さあ、どうする?

 諦めるのか?

 それとも前に進むのか?

 

 もしこれで諦めるというのなら――。

 

「――そこを退きなさい、ダビデ王! 私はサンタとして、この二人を海に連れていくのです!」

 

 ――はは。

 

 そうだ。そうだ! そうだ、サンタジャンヌ。そうだとも。

 

「願いを叶えることが、サンタのお仕事。邪魔する者は排除します!」

「いいとも。それじゃあ、この僕の屍を越えていくと良い」

 

 サンタジャンヌとダビデが戦闘に入る。ダビデにはいいところで負けてもらう予定なのだが――。

 

 ――なんか手加減なんて必要なさそうだ。

 

 迷いが少しずつなくなってきているのかもしれない。彼女の動きがよくなってきている。

 

「く、やられたぁー」

「ダンビさん、撃破しました……!」

「それじゃあ、通らせてもらうよダビデ」

「ああ、行くといいさマスター。ああ、それとね、サンタ君? 君この先には、僕のほかにもまだまだ障害があるからそのつもりで」

「なぜ!?」

「それもソロモンってやつのせいさ」

 

 だからやめてやれよダビデ。そんなだから、魔術王がグレたのかもしれないじゃないか。ともあれ、この先にももちろん障害を用意している。

 マリーさんも何やらノリノリで準備しているらしいし、そこらへんはアドリブだな。

 

「何故、サンタが願いを叶えようとするのを邪魔するのですか!?」

「海がみたいだけなのにー」

「横暴よー!」

「そっちこそ、どうして僕が人妻の家に合法的に侵入しようとするのを止めるんだい、横暴だよ」

 

 いや、それは当然のことだから。ダビデみたいな不審者を家の中に侵入させるとかアウトだから。それも人妻の家とかもう大変なことにしかならないこと確定じゃないか。

 ともあれ、ダビデは言うだけいって、カルデアへ還っていった。あとで、マシュによるお説教だろうけれど、まあ、それはそれだ。

 

 これも必要なことだ。三人は、無事を確認し合ってから、先ヘ進もうとしたその時、薔薇の聖杯が飛んできた。

 

 ――って、聖杯!?

 

 アイリさんなに投げてんだー!?

 

 しれっと投げた聖杯を回収しながら、専用BGM――エリちゃんの宝具を利用したカルデアからのCDを流したもの――とともに現れる。

 

 

「どうかしら、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ。またの名を弟子二号。どうやらここから先の旅路には、敵サーヴァントたちが幾人も待ち受けているようみたいよ。正体も目的も不明だけど、彼らは貴女たちが海に行くことを妨害するわ。願いを叶えるのは、果てしなく困難。願いを叶えたとしても、それは当たり前の出来事。

 何故なら、貴女はサンタクロースだから。行き先に報酬なんてあるはずもないわ。それでも、行くのかしら」

「わ、私は……」

 

 サンタジャンヌは、アイリさんの言葉を聞いて、ジャックとナーサリーを見る。まるで答えを待っているかのようなそれ。

 だから、オレは言おう。

 

「ジャンヌが決めることだよ」

 

 そして、オレはそれに最後まで付き合おう。

 

「私は……私は、願いを叶えたいんです。押し付けた贈り物じゃなくて。この二人が願った、その通りのものを、送ってあげたいと思います」

 

 サンタジャンヌは、ジャックとナーサリーに向き直る。

 

「お二人が良ければ、私はまだ願いを叶えます。海を、見に行きましょう!」

「「はーい!」」

「そう。なら、心しなさい弟子二号。願いを叶えるということは、本来不平等なこと。他愛のない願いも、人生に関わる深刻な願いでも。それを叶えるのは、サンタクロース次第。叶えられることもあるでしょう。叶えられないこともあるでしょう。

 聖杯と同じ。叶えられる願いは、ただ一つ。一人の祈りのみ。サンタという存在は、聖人とは程遠い存在なのかもしれないわ」

 

 そう言って、彼女は去っていった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――サンタとは、聖人とは程遠い存在。

 

 そうサンタアイランド道場仮面師匠はそう言った。

 そんなことはない、と反論したかった。

 

 けれど。けれど――。

 

 できなかった。

 

 サンタクロースは、立派な、誰かの願いを叶える聖人で、だからこそ、私もサンタを選んだ。そうすれば、私も、ここにいていいと言ってもらえると思ったから。

 

 けれど、でも――あの人の言葉が正しいのだという、確信があった。

 

 もしそうなら……クリスマスが終われば……。

 

 その時のことを想うと、怖くて体が震える。

 

 縋りたい。

 

 ――トナカイさん(マスター)

 

 私は、大丈夫でしょうか。

 

 ――トナカイさん(マスター)トナカイさん(マスター)

 

 私は、いいのでしょうか。

 

 ――トナカイさん(マスター)トナカイさん(マスター)トナカイさん(マスター)

 

 トナカイさん(マスター)

 

 私は、此処に在ることをを、許されるのでしょうか? サンタクロースにもなれない、空っぽの、何かではない、私なんかが、此処にいても、いいのでしょうか――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………」

「あれ? ダメだ、ソリが動かなくなっちゃった」

「故障したみたいだね」

 

 故障した。そう故障した。オレが故障させた。というか細工した。

 

「じゃあ、ここから先にはいけないの?」

「……いえ、先ほどのようについらくしても困ります。だから、ここからは歩きで行きましょう」

 

 マシュたちが回収してくれるので、ソリは此処において歩いて行くことにする。幸いなことに、というか、ちゃんと考えてダビデに狙わせたので、海まで歩いてもいける距離だ。

 キャンプの道具も、食料もある。使わなければいいなくらいの保険の気持ちで用意していたものだが、使うとなったら有効活用だ。

 

「ですが、マスターは辛いかもしれません」

「大丈夫、みんなで行こう」

「「じゃあ、みんなで、手を繋いで歩こうー」」

 

 これは予想外。オレの手を取る二人。

 

「とと!」

「あ、ズルッ……! トナカイさん(マスター)は、私のトナカイさん(マスター)です。もとい、歩きにくそうですし、止めましょう!」

「サンタもどう?」

「!! そ、それじゃあ、私も――って、どこに繋げばいいんですか!?」

「背中かな」

「え、背中? おんぶ? だ、ダメです、恥ずかしいです。やめてくださーい!!」

 

 まあ、やめないんですが。こういう反応が可愛いからね。それに――きっと何か悩んでいる。というか、絶対悩んでいる。

 自分のことについて絶対つらつらと余計なことを考えているに違いない。

 

 何度も言っているのにわからないのは、どこまでオレに似ているのかと。

 言っている。

 オレは君を肯定すると。

 

「気にしない、気にしない。オレは君のトナカイだ。どこへでも君を連れていくのが仕事だし、君について行くのが仕事だ」

「……うー……ありがとうございます」

「先輩! その、帰ったらわたしも是非……いえ、おんぶはさすがに恥ずかしいので!」

「マシュー? マシュー? いい加減、ボクもそろそろしゃべりたいんだけど……マシュさーん?」

 

 まあまあ、ドクターは、この機会に休んでくれ。この後はきっと大変な紀元前へのレイシフトで休めなくなるのだから、今のうちに休んでおくのがいい。

 だから、きっとみんなもマシュにオペレーターをお願いしたんだろうし。

 

 さて、みんなで手を繋いで、背中にサンタジャンヌを乗せて、オレは歩く。こうやって歩けるのも礼装のおかげだ。

 トナカイ礼装マークツー。身体能力アシストから防寒、防風、その他諸々の多機能礼装。なお、全部自己バフだから、他のみんなに何かを与えることができないという欠陥品でもある。

 

「……トナカイさん……」

「なに?」

「……いえ……」

「言いたいことがあるのなら言ってもいいよ? 寒い? それとも、もっと優しく運んでほしいとか?」

「……いえ、十分優しいですし、とても暖かいです……そうではなく……いえ、やっぱり、良いです」

「…………」

 

 サンタジャンヌは何も言わなかった。

 何を聞きたかったのだろう。

 何を聞こうとしたのだろう。

 

 それはきっと、彼女が、望むもののはずだった。

 

 けれど、彼女はそれ以降何も言わなかった。楽しそうにはしゃぐジャックとナーサリーに混じって楽しそうにしているけれど、きっと――。

 

 森の中でここをキャンプ地とする。

 おいしいご飯を食べて眠るジャックとナーサリー。両側から頭を胡坐をかいた腿の上に乗せられて動けません。

 

「この二人、サーヴァントですよね」

「そうだね」

「現界したまま眠る必要なんてないですよね。無駄です」

「無駄じゃないよ」

 

 無駄じゃない。こうやって触れ合うのも、こうやって頭を撫でるのも。こうやってみんなで眠るのも、無駄なんかじゃない。

 

「……わかりません……」

「わかるよ。きっと」

「そうでしょうか……一つ、いいですか? トナカイさんは、海を見たことがあるのですか?」

 

 ある。島国生まれの島国育ちだからね。海なし県というわけでもなかったし、何より夏は海でのバカンスだった。

 あの特異点のオケアノスの海も見た。果てのない、海原を見た。何もかもを呑み込むような、怖ろしく、それでいて何よりも優しい、海を見た。

 

「そうですか……あるのですか。あの二人が、興奮して、わくわくするほど、海は面白いものなのでしょうか?」

 

 サンタジャンヌは海を見たことがない。ジャンヌ・ダルクは視たことがあるが、その記憶も記録もない。

 でも――。

 

「きっと気に入るよ」

 

 だってそうだろう? 友だちと、三人で旅をして、海を見に行くんだ。泳げなくても、きっと楽しい、きっと面白い。

 大事なのは、艱難辛苦をともにした旅の果てで、友達と海を見ることだ。それ以上に、きっと美しいものはない。それ以上に心に深く刻まれるものはない。

 

 鮮烈で、強烈で、脳髄を打撃されたかのような衝撃が全身を一瞬にして貫通し心にその光景を焼き付ける。いつまでも。いつまでも。

 それは何よりも大切な記憶に分類される。いつかドラマで見た、最後のローマ兵のように。二千年の時が過ぎようとも色あせることのない想いと同じだ。

 

 色褪せることのない黄金の輝きをきっと、君は、手に入れることができたのなら――。

 

「んぁ!? い、いきなり頭を撫でないでくださ……い……」

「……大丈夫。大丈夫、きっと――」

「トナカイ、さん……?」

「だから、今は、眠ってもいい。オレが見ているから。君が起きるまで、ずっと」

「あ……、は、い……」

「おやすみ、サンタさん」

「……おやすみ、なさい、トナカイ、さん……」

 




終わらなかったので、次回クリスマス編終了です。

そして、七章ヤバイ。
配布縛りですが、式さんがお亡くなりになりました……。
キメラのクリティカル連発はあかんて……。

あとあの冬木の虎。あいつやばくないか? それから全体的に女神ども、あいつら強すぎるんじゃが……。

だが、諦めないぞ。何度も死にかけたが、大丈夫だ。最後まであきらめずに頑張るぞ。

活動報告で途中経過など書いて行きます。
頑張ります。

0時にクリスマス最終話上げます。
きっとぐだ男爆ぜろって言われるだろうなぁ。


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二代目はオルタちゃん ~2016クリスマス~ 5

 翌朝。オレたちは雪原を歩いている。

 

「サーヴァント反応です。数は二人!」

 

 マシュの警告と同時に現れるクリスタルな馬車。

 どーんと雪の中に突っ込んで、ド派手に現れるマスクをかぶって剣を手にしたサンタクロース!!

 

「サンタマリー参上よ!」

「ちょ、マリーっ!!!!???」

 

 登場と同時に正体をバラしていくスタイルどうにかならなかったのか! マスクかぶっている意味ないですが! それにしてもサンタ衣装可愛いですね! バラをイメージした、サンタ衣装すごいですね! どっかのラスボス見たいです!

 それはいいとして、デオンがぺこぺこと謝ってくる。それはいいんだが、そのトナカイの衣装なんですか。とてもきわどく思えるんですけど、大丈夫ですか?

 

「サンタマリー!? いったいだれなんですか!」

 

 あ、バレてないっぽい、思いっきり名前言っているけど、バレてないっぽい。

 

「凄まじい妨害(ジャミング)です。セイバーとアサシンのサーヴァントがいることしかわかりません!」

 

 えっと、剣を持ったサンタマリーがセイバーで、トナカイデオンがアサシンなのかー。霊基まで変えて来たよあの二人、いったいどういう手品を使ったのやら。

 というか、悉くオレの想像の斜め上を爆走していかないでくださいよ。

 

「すごいきらきらだー。かいたいする?」

「かいたいしちゃいけません」

「まるで物語の女王様ね!」

 

 あれでも王妃様です。

 

「ヴィヴ・ラ・フランス♪ サンタマリーよ。ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィちゃん。貴女を海にはいかせないわ!」

「何故ですか!?」

「何故? えーっと、デオン、何故だったかしら」

 

 ――そこから!?

 

 なんか、デオンと心の中がハモった気がする。

 

「ええと、本物のサンタはマリーだから、偽物のサンタであるジャンヌには先に行かせないという設定だよ」

「まあ、そうだったわね。じゃあ――本物のサンタが私だからよ!」

 

 大丈夫だろうか、これといろいろと心配になるが、まあ、バレてないようなのでというか、マスクの認識阻害が強すぎて、誰も気が付いていないみたいなので、そのまま行こう。

 あのマスクいったい誰が作ったのだろうか。

 

「本物の、サンタ!?」

「ふふ、そうよ。私が本物」

「いえ、私が本物です!」

「じゃあ、聞くわ。サンタとは何かしら?」

 

 サンタとは何か。

 それにジャンヌは答える。

 願いを叶える者。贈り物を運び、幸せを、幸福を運ぶ者。

 

「私に、できているかは自信がありませんが」

「だったら、私がサンタでも良いじゃない? もしあなたが本当にサンタクロースさんだというのなら、私を倒していきなさい」

 

 マリーが剣を構え、デオンが短刀を構える。

 

「く――、なんだかわかりませんが、本物のサンタは私です!」

「かいたいかいたい」

「もう、ジャック、かいたいはだめってトナカイさんに言われてるでしょ」

 

 サンタジャンヌ、ジャック、ナーサリーがサンタマリーに立ち向かっていく。サンタマリーは剣を扱いなれていないので、問題なし。

 危ない攻撃は、すべてデオンが受け流して、いい感じに敗北の流れにもっていく。そして、すごく演技っぽくマリーが倒れる。

 

 何やら、よくわからない仮面の音楽家が彼女が怪我しないように彼女の緩衝材(クッション)になるために雪の中に滑り込むのが見えたが、気のせいだろう。

 戦っている間中、ほんの少しの傷でも、すかさず治療していった、鼻血塗れの処刑人もみえたようなきがしたけど、気のせいだろう気のせい。

 

「ああ、やられてしまったわ!」

「なんだか、よくわからないうちに自分から倒れてしまいましたけど、勝ちました!」

「ふふ、ならお先に行きなさいな。いつでもサンタであることを忘れちゃだめよ」

「さあ、マリー、帰ろう」

「とっても楽しかったわね、デオン」

 

 危なくて見ていられないよとデオンは内心で思った。

 そして、そんなことよりサンタ衣装可愛いですねとも。

 

 サンソンなど、サンタマリーを見た瞬間、失血死しかかった。

 アマデウスは仮面をアイリさんに貸したあと、どこかへと消えた。今頃どこでなにをしているのか誰にもわからない。

 

 ともあれ、今度の障害もサンタジャンヌは乗り越えた。

 

「大丈夫?」

「大丈夫です。いよいよ海まで、あと少しですね!」

 

 そうして歩き出した瞬間――がしゃんと音がした。

 後ろを振り返ると、それはもうホラーっぽい見た目のオートマタの大軍。

 

「ひっ――」

 

 否応なく、嫌悪感を催させる見た目のそれらは、四肢をついてこちらに迫ってくる。

 ダ・ヴィンチちゃん特製の自動人形。

 カルデアのもろもろを代行する機械。

 

 けれど、けれど、今は、そう障害。オレたちの行く手を阻む。こちらの足を引く、障害。

 

「わ、わわ、私、ああいう無機質なのダメ、です!」

「あれはかいたいできないね」

「そんなこと言っている場合じゃないのよー!」

「逃げろー!」

 

 三人を抱えて、オレは逃げる。

 礼装の効果のおかげで軽く、三人を抱えて、風のように。

 

 走って。走って。

 

 海まで一直線に。

 

 そして、目の前に最後の壁が現れる。

 

「サンタアイランド道場仮面師匠!」

「――」

 

 彼女が魔術を放つ。それだけで、人形たちは爆散したように見える。真相は光学迷彩で一気に隠れて逃げ出しているだけなのだが。

 爆発に紛れて全部消えたように見えるだろう。

 

「ありがとうございます、師匠」

「お礼なんて不要よ。ありがとう、ここまで来てくれて。ダビデ王、サンタマリー、あの人形。障害が多くて困っていたのよ。でも、これでもう障害はないわ」

「な、なにを言っているんです、師匠」

 

 わかっているはずだろう。わかるはずだろう。

 

「あら、言わないとわからないのかしら。サンタの持つ希望。万能の贈り物を掴むその袋を私がもらうのよ」

「な、なんだってー!?」

 

 何やら、雷が背後におちたが、気にしない方向で。

 

「そ、そんな――」

「そもそも、サンタとは孤高にして平等が原則なの。全ての願いを叶え、偏りなくプレゼントを配るのがサンタクロース。聖杯と同じ。本人の意思なんて関係ない。我欲は要らず、サンタクロースという万能の願望器の如き概念でないといけないの」

 

 だというのに――。

 

「貴女は、迷い、惑い、憂い――前に進み続けている。ねえ、サンタなのでしょう? そんなもの、必要ないのよ」

「な――」

「サンタなら割り切りなさい。我欲なんて必要ない。願いを叶えたいと思う事すらも不要よ」

「そ、そんな……」

 

 さて――。

 

「ねえ、ジャック、我欲ってわかる?」

「がよく? わかんない」

「我欲っていうのはね、やりたいって思うことだよ」

「じゃあ、わたしたちは海に行きたいな! っていうのが我欲?」

「そう」

「ジャンヌは、わたしたちと、ナーサリーと海に行きたくないの? わたしたちは、いっしょに行きたいよ?」

「そうね、わたしもジャックとジャンヌと一緒に、海へ行きたいわ!」

 

 問う言葉が雪原に響く。

 風がやむ。

 雪が止まる。

 

 さあ、どう答える。

 答えを待つように全てが、静寂の無音の中へと沈んでいく。

 

 世界がサンタジャンヌの答えを待つように、静まり返る。

 

「わた、私は――と、トナカイさん」

「君が決めるんだ。途中で歩みを止めるというのならば構わない。君が、諦めるというのなら構わない。

 けれど、もし君が、諦めていないのなら――」

 

 そっと手を彼女の前に差し出して、

 

「右手を伸ばせ、前に進め。みんなで一緒に海に行こう」

「そうよ、トナカイさんも一緒に海に行くのが楽しいわ!」

「あ……」

「さあ、どうするの。袋を渡すのかしら。渡さないのかしら」

「――渡しません! イヤです、絶対に渡しません!」

 

 そうだ。そうだとも。君は君の思うままに前に進め。

 

「私は、みんなと一緒に海に行きます!!! トナカイさん!」

「ああ――さあ、行こうサンタ。君とオレは対等で二人でサンタとトナカイだ」

 

 彼女の為に未来を視る――。

 彼女の為に、その先を示す。

 

 彼女を導く。

 かつて、オレが、彼に導かれたように。

 

「――――」

 

 サンタアイランド道場仮面師匠は、サンタジャンヌの攻撃で倒れ、雪の中に消えた。

 

「さあ、海はもうすぐだ」

 

 雪がなくなり、草原が広がる。もうすぐ夕暮れ。すぐに夜になるだろう。

 

「…………」

「たのしみね」

「どんなんだろー」

「泳ぎはできないのかしら。冬だから、やっぱり無理かしら。ねえ、ジャンヌ。……ジャンヌ?」

「あ、いえ、大丈夫です……」

「んー、てつなぐー?」

「……震えているわね。なら、わたしも手を繋いであげるわ!」

「も、もう。あの、トナカイさん……」

「いいよ、いってらっしゃい」

 

 三人が海へと向かって行った。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ざあざあと、波が音を立てていました。

 ごうごうと、こわい風が吹きすさんでいました。

 

 生きている物がいないのに、生きていると主張するような激しさ。

 

 この世の始まりのように恐ろしいくせに、この世の果てのように美しい風景。

 

 ――海を、見た。

 

 ――自分の運命の最後に至るその時に、海を見た。

 

 その瞬間に、解った。

 

 結局のところ、私は、おちこぼれのサンタだった。

 

「ふわー、これが海? すごいねー、ほんとうに、すごいねー!」

「すごいわね、怖いわね、でも面白いわ! それに、すごく夕焼けが綺麗!」

 

 とても美しい光景の中をはしゃぐ二人のことは、どこかへといって。

 

 ただ、私は――。

 

 ――自分の間違いに、気が付いた。

 

「あ、ああ……あああ……」

 

 涙があふれてくる。とめどなく。

 

 嗚咽が漏れてくる。とめどなく。

 

 滴が頬を伝って、流れ出す。

 

「わた、しは、そうだ、これ、わたし、の」

 

 これが、私の、夢だったんだと。

 

 願いだったんだと、今、ようやく、気が付いた。

 

「わたし、わたし、が、海を、見たかったんだ……!!」

 

 見たかった、見たかった。

 

 ずっと、ずっと。海を見たかった。

 

 記憶も、記録も、何もない。

 

 けれど、心の奥底に残っていたものがあったのだ。

 それが憧れであり、海を見たいという本来の私(ジャンヌ・ダルク)という聖人が置いて行った、願い。

 

「うぁぁぁあああああああああああ……!! あああああああああああ――]

 

 慟哭が波間に消えていく。

 そっと寄り添って、私の謝罪を聞いてくれるジャンヌとナーサリー。

 

「いいのよ。いいの」

「うん、いいんだよ。それで、いいの」

 

 がんばったね。

 何も言わず、そう言ってくれる彼女たち。

 私は、それにまた、大きく泣き出してしまって。

 

「もう、泣いてばっかり。さあ、泣き止んで。うねる波の音を聞きましょう。砕ける波を見つめましょう」

 

 沈む夕日が、海に溶けて消えるまで。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「よかった――気が付いてくれた」

「え。マスター? これはいったいどういう?」

「マシュ、サンタジャンヌはね、あのままじゃ消えてしまうかもしれなかったんだ」

「ええ!?」

「だって、ただでさえ存在しないはずのジャンヌ・オルタが、さらに存在を削って生まれたのが彼女なんだ。不安定も不安定。ジャンヌであって、ジャンヌでない。誰でもない、空っぽ。でも、彼女はそれをなくすためにサンタを望んでしまった。子供がサンタクロースになってはいけないのにね」

 

 サンタクロースとは平等にプレゼントを配る存在だ。我欲なく、平等に。

 だが、それが子供にはできない。子供はプレゼントをもらう側だから。願う側だから。どうしたって、我欲が生まれてしまう。

 

「それじゃあ、彼女はクリスマスが終われば消滅してしまう。だから、彼女の中に何かを持たせる必要があった」

「それが、願い、ですか……」

「そう。願い。想い。強い何かがあれば、全てを失っても、空っぽでも、前に進めるんだよ」

 

 何よりも君への想いがあったから、オレはこうして前に進めているんだから。

 

「まあ、それでも賭けだったんだけどね」

 

 海へ行きたいという願い。それは、削ぎ落して、削ぎ落して、役割を掴むときに、紛れ込んだ一つの欠片だ。

 ある意味奇跡だった。彼女がそれを持っているのかもわからない。

 もっていないかもしれない。

 

 でも、彼女は前に進んだ。オレはその時に確信した。彼女は確かに願いを、何よりも強い想いを持っていると。

 

 だから、みんなで彼女を妨害した。それでもなお、前に進めるのなら、もう確定だったから。あとは自覚させるだけだったから。

 

「そ、それでは、ダビデさんも、マリーさんも!?」

「そうだよー。まあ、半分本気だったけど」

「ふふふ、とても楽しかったわ」

「ダビデは、自重しろよ。マリーはありがとう」

 

 強引だし、博打要素が大きかったけれど、それでもどうにかこうにか、彼女は彼女になれた。

 

「つ、つまり、今までのこと全部、仕組まれたことだったってことですか!?」

「そうさ。いやー、本当、マスターに初めて言われたときは驚いたよ」

「本当ね、さすがのアイリさんも驚いたわ」

 

 あなたはノリノリだったじゃないですか。というか復活しましたか。良かった。随分と本気だったから心配だったんだ。

 

「え? ま、まさか!?」

「そうだよ、このシナリオを考えたのはマスターだ。サンタオルタが、たきつけたらしいんだけどね」

「人聞きの悪い。たきつけたなどと、あれはすべてマスターの意思だ」

「な、なら、なんでわたしには!?」

「マシュには悪いと思ったけど、こういう悪だくみの嘘が下手だから」

「そうよね。マスターは本当、悪だくみが巧いわ」

 

 それ褒められてないよね。

 

「せ、せんぱあああぁぁぁいいいいい――!?」

「ごめん、あとで埋め合わせはするよ」

「そ、そんなのでは誤魔化されません」

「その割には嬉しそうよ、マシュ。ふふ、仲が良いのね。あ、ジャンヌがこっちに来るわ。それじゃあ、みんな帰りましょう!」

 

 全員が一斉に帰っていく。ヴィヴ・ラ・フランスと、バイバイ、と手を振って、あるべき場所へと帰っていく。

 

トナカイさん(マスター)! トナカイさん(マスター)! トナカイさん(マスター)!」

「海は、見れた?」

「はい、私、こうして海にたどり着いてわかりました! 私は、サンタだけど、まだ子供(リリィ)で、未熟で、わがままで、どうしようもなくて――でも、それでも、私は此処にいます。一生懸命、あなたのお役に立ちたいと思います」

「うん。ありがとう」

 

 オレでも、誰かを導けるのだと教えてくれた君。ジャンヌ、ジャンヌ・オルタ・サンタ・リリィ。

 

「君の望みはなんだい?」

「わたし、私の、望みは――ここにいたいです。トナカイさん(マスター)――ううん、マスターの隣に、いたいです。

 クリスマスが、終わっても、春が来ても、夏が来ても、秋が来ても……! あなたの、傍に、いても、いいですか?」

「いったでしょ? オレは君がどんな風になっても、君がどんなものでも、全てを肯定するって。君が、いたいというのなら、ここにいればいい。君がそう望むのなら、君は、ずっと此処にいられる」

 

 他ならぬ君が望むのだから。

 オレが肯定しよう。

 オレは、君のトナカイ(マスター)だから。

 

 世界が君を知らなくても。

 世界が君を認めなくても。

 

 オレが認める。

 

「だから、ここにいていい。君が望むままに、ずっとここにいていい」

「――ありがとうございます! ……好きです、だいすきです、トナカイさん(マスター)!」

 

 それは、とびきりの笑顔で――。

 

 優しい、口づけだった――。

 

「えへへ、恥ずかしいので、ほっぺにです。大人になるまで、待っていてくださいねトナカイさん(マスター)

 




というわけで、クリスマスイベも終了です。
しばらくは七章モードに入りますので、更新はお休みです。
途中経過を活動報告の方に上げていくので、そちらを見てください。

いろんな人から絶望が待ってるとか言われて今からやばいんですが、これ大丈夫? 私、クリアできるかな……。

ともあれ、頑張ります。


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第七特異点 絶対魔獣戦線 バビロニア
絶対魔獣戦線 バビロニア 1


 トレーニングで疲れて、いつもよりも幾分も早くベッドに入って、寝付いて間もなく不思議と目が覚めた。

 今日は、誰もいない。ただ一人の自室(マイルーム)

 静かな静寂、無音ではない音のある静けさがマイルームに満ちている。

 

 照明を落とした薄暗い自室。

 

 起きたのは予感があったからだろうか。

 第七のグランドオーダー。それがもうすぐ始まるのだ。

 

 今までの旅の果てが近づいている。

 不確かな記憶、壊れてから、その前の記憶は、不確かだ。

 

 疑似的な未来視を使いつづけた弊害は、ダ・ヴィンチちゃんの礼装によって軽くなってもなお、オレを蝕んでいる。

 

 手を閉じる。開く。

 まだ動く。だが、鈍さがあるのをオレの観察眼は見抜く。記憶に霞がかかり、第四以前の特異点の細部を思い出せなくなっている。

 

 それでも――。

 

 直感に陰りはない。

 心眼に曇りはない。

 観察眼は鋭いまま。

 

 ならば、問題はない。

 まだ、身体は動く。

 まだ、戦える。

 

 これが最後の旅になる。

 これで最後になる。

 

 オレの戦いの結末は、どうなるのだろう。

 

 千里眼を持たないオレに、未来は視えない。

 千里眼を持たないオレに、過去は視えない。

 千里眼を持たないオレに、現在は視えない。

 

 それでも、今から目をそらさないことはできる。

 

 向かう時代は、神代の時代。

 これまでとは、勝手が違うだろう。

 これまでとは、何もかもが違うだろう。

 

 恐ろしい。怖い。不安に飲み込まれそうになる。

 一人で部屋の中にいると、もう二度とここから出られないのではないか、闇の中に飲み込まれてしまうのではないかと思ってしまう。

 

 それでも、そっと枕元に畳まれたインバネスと帽子掛けにかけられた帽子を見る。

 それでも、オレは勇気をもらったから。

 

 だから、前に進める。

 

 マシュ。マシュ・キリエライト。可愛い後輩。愛しいオレのデミ・サーヴァント。

 君がいるから。君がいてくれたから。

 

 オレは前に進める。

 

「…………水でももらってくるか」

 

 着替えて、水を貰いに食堂へ向かう。

 

「おう、マスター、どうした眠れねえのか?」

 

 その途中で、クー・フーリンと会った。

 

 クー・フーリン。兄貴。頼れるケルトの大英雄。彼に何度助けられただろう。初めてあの炎上した冬木で出会ってから、何度も助けられたことだけは、覚えている。

 詳細を忘れてしまっても、彼に助けてもらったことだけは覚えている。ただ、ワイバーンの丸焼きだけは勘弁して欲しかった。

 

 延々と食べ続ける肉。敵を倒せば倒すほど増える肉。

 ほとんど霞がかかっているけれど、あの肉の洪水だけは、覚えている。

 

 それだけでなくとも、いろいろと助けてもらった。ルーンによる索敵だとか、いろいろと。

 

「ちょっと目が覚めちゃったから、水を貰いにね」

「そうかい……緊張してるな?」

「……わかる?」

「ああ、テメエは、その手のことになると無理してるってのがわかりやすすぎる」

 

 それは本当だった。緊張しているのかもしれない。だから、こんなにも早く目が覚めてしまったのだろう。

 

「しかし、あの時のヒヨッコが成長したもんだ……オレの目は確かだったって事か!」

「はは。成長出来てるのなら、良かったよ」

「ああ、本当成長したぜ、マスター。見違えるほどだ。途中、危なかったが、まあ、そりゃあ、オレらが悪い。だが、そこからテメエは立ち上がった。誰の力でもねえ、テメエの力でだ。

 だから、自信を持てよマスター。ここまで来たアンタの力は、本物だ。誰に何を言われようと、アンタが培い、育ててきたものだ。オレたちも全力で応える。だから、先のことなんざ気にせず、やりたいようにやりゃあいい」

「うん、ありがとう、クー・フーリン」

「そんじゃ、オレは戻るわ」

 

 クー・フーリンと別れて食堂に行くと、すでにいい匂いがしている。朝食の準備がされているのだろう。朝の為の仕込みだ。

 早い仕込みだとは思うが、人数が多いため、夜間に仕込みをしているのだ。

 

 トントントンと包丁の小気味よい音がしている。何かを煮込む、心地よい音がしている。炒める油の音は、それだけで食欲を誘ってくれるリズムだ。

 

「ああ、ますたぁ、こんばんは」

「こんばんは清姫」

 

 料理をしていたのは清姫だった。今日の担当は清姫らしい。おいしい日本食が期待できそうだ。これがエリちゃんになると途端に死屍累々の地獄だから、気をつけなければいけないが、清姫ならば安心安全のおいしさだ。

 味覚もみんなのおかげで戻ってるから、本当に彼女の料理はおいしいのがわかる。気恥ずかしくて言えないけれど、本当、良妻だと思う。

 

 清姫は丁度、作業がひと段落ついたのか、こちらに出てきてくれる。

 

「お腹がすきましたか? でしたら、お待ちいただければ、何かご用意いたしますが」

「いや、ちょっと水を貰いに来ただけだから」

「わかりました。もってきます」

 

 コップ一杯の水をすぐに出してくれた。

 

「ありがとう」

 

 飲み干せば、のどの渇きも落ち着いて、気分もまた落ち着く。でも、眠くはならない。これなら寝るよりも起きている方がいいだろう。

 

「…………」

「ん?」

 

 ふと、清姫がじっとこちらを見ていることに気が付く。目が合うと、ちょっとそらされる。顔も少しだけ赤い。サーヴァントだから、風邪ではないだろう。

 何かしら恥ずかしがっている様子である。何か、オレに頼みたいことがあるのだろう。

 

 そう観察眼が看過する。

 そう直感が感じ取る。

 そう心眼が見抜く。

 

「どうかした? オレに何か言いたいことある?」

「いえ、あの……こ、恋人繋ぎというものをやってみたいのですが……」

「恋人繋ぎ?」

 

 恋人繋ぎとはあれでしょうか。お互いの指と指を絡ませあうように手を握るアレでしょうか。

 

「だ、だめ、ですよね。――申し訳ありません、忘れてください」

「いや、いいよ」

 

 そっと右手で彼女の手を取り、その手を絡める。

 

「ああ……幸せです。わたくし、貴方様(ますたぁ)と出会えて、良かったです。わたくしだけの押し付けではない、恋を教えてくだしました。

 この旅が終わって、もしまた召喚されることがあっても、それはいまのわたくしではないかもしれません。けれど、こうして、貴方の手を握った。握ることができた。わたくしは、今、とても幸せです」

 

 彼女はそう言った。

 初めて会った時は、怖かった。オレを見ていない、盲目の恋患い。それが彼女だった。

 でも、彼女は変わってくれた。

 

 たぶん、だいぶ無理をさせているのだと思う。彼女の伝承は、彼女自身に深く刻まれている。それでも、彼女は変わってくれた。

 それが、嬉しく思う。その好意はやっぱりうれしく思う。そうやって、オレのことを見てくれて、好きだと言ってくれる女の子を無下に扱う事なんてできない。

 

 時たま、ちょっと意地悪してるけど、それはノーカンで。彼女も喜んでいるし。

 

「ですので、ますたぁ、わたくしは二番目で構いません。本当は、一番が良いです。ですが、ちゃんと愛してくださるのなら、わたくしは二番目でも構いません。ますたぁに、嘘は吐かせたくありません。どうか、嘘など吐かず、正直に過ごしてください」

「うん、努力するよ」

「はい。ありがとうございます。それでこそ、ますたぁ、です。では、作業に戻りますね。ではマスターおやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 

 食堂を出る。さて、どうするか。部屋に戻るのもあれだから、トレーニングルームにでも行こうかと思っていると――。

 

「ブーディカさん」

「――!? わ、ととと――」

 

 何やらこそこそとしていたブーディカさんを見つけてしまった。声をかければ驚いて、何かを取り落とす。それは、ごみ袋だった。

 大量にゴミが詰まった。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、君かぁ――うん、大丈夫大丈夫。でも、うーん、みっともないところ見られちゃったかな」

「全然みっともなくないですよ。掃除ですか?」

「うん、そうなんだ。ちょっと部屋のね。他人の部屋の掃除とかばっかりしちゃってて、自分のところが気が付いたらすごいことになっててね。夜のうちに片付けちゃおうかと思ったんだ」

 

 そうなのかと、意外に思う。ブーディカさんはいつもしっかりしたお姉さんだ。家事もしっかりできるし、他人の世話までしてくれる本当にいい人だ。

 それが自分のことになると、結構おろそかになるらしい。他人にばかりかまけてるからね、と彼女は言うけれど優しい人だからだろう。

 

「まだ、終わってないなら手伝いますよ?」

「いいの? 結構汚いし、幻滅させちゃうかも」

「ブーディカさんを幻滅なんてしませんよ。するような奴がいたらぶん殴ります」

「んー、そっか。それじゃあ、お願いしちゃおう、かな」

 

 少し恥ずかしそうに言いながら、彼女の部屋へ。うむ、確かに汚い。けれど、汚部屋というほどでもない。多少散らかっている程度。

 この程度で、汚いって言っていたら、本当の汚部屋に悪いくらいだ。ドクターの部屋とかすごいから。最近はこたつ置いてあるから入り浸ってるんだけど、凄いから。

 

 ともあれ、ブーディカさんと一緒に掃除をする。

 

「――本当、君、いい奴だよね。笑わないし、あたしみたいな地味なサーヴァントとも付き合ってくれるし」

 

 ブーディカさんが地味? どこかです?

 

「だって、他の子たちみたいに派手な戦い方できないし、宝具も防御宝具だしね」

「いやいやいや」

 

 それに何度、助けられたのかというのか。彼女がいなければ死んでいた場面もある。特にガウェインの時は本当に助かった。

 だから、オレは彼女を地味だなんて思わない。そもそも、サーヴァントはみんな地味とかない。

 

 みんな凄い。

 

「そっかぁ……うん、うん。ちゃんと言っておかないと、あとで後悔するもんね。――大好きだよ、君のこと、マスターとしても、人間としても、好きだよ。あたし」

「――――」

「旦那のことはもちろん好きだけど、君のことも、同じくらい好き。この霊基に再臨してから、もうずっとね、君の事ばっかり考えてる。若い霊基、全盛期だからかな。だから、今、二人っきりだし言っておこうかなって」

「それは、その、ありがとう、ございます?」

「ふふ、そんなに大層なものじゃないよ。マスターを困らせる気もない。だけど、この気持ちだけは伝えておこうかなって、あたしの身勝手。ごめんね、困らせた?」

 

 ちゃんと答えないといけないと思った。このままなあなあで流すのは駄目だと思った。真摯な気持ちには真摯な言葉を返そう。

 それが、礼儀だ。彼女に対する。

 

「――いいえ。嬉しいです。誰かに思われることが迷惑だなんて思いません。でも――」

 

 その続きは言えなかった。彼女の指がオレの唇を押さえている。

 

「本当、君はいい奴だ。ありがとう。いいよ、わかってる。それに、あたしは旦那がいるからね。そういう関係になる気もなかったの。

 ただ、伝えたかっただけ。それだけ。言わないと後悔しちゃうからね――しょと、ありがとう。部屋も綺麗になったし、手伝させてごめんね」

「いえ……ありがとうございました」

「お礼はこっちが言うことだよ。それじゃあおやすみ」

「でも、言いたいんですよ。おやすみなさい」

 

 ブーディカさんの部屋を出る。

 

「うおぉおおおぉお――」

 

 とりあえず、すさまじくうれしいやら、恥ずかしいやらだ!

 今なら、火がはけそう!

 

 破壊力高いって、高すぎるって――!

 

「廊下でうずくまっちゃって、何してるの子イヌ」

「うひゃああ!?」

「ちょ、なんで(アタシ)を見てそんなに驚くのよ!?」

「な、なんでもない――」

 

 いきなり話しかけられたから、びっくりしてしまっただけだ。そう、それだけだ。

 

「ふーん、まあ、いいけど」

「エリちゃんは何してるの?」

(アタシ)? 別にー、ちょっと検査よ検査」

「検査?」

 

 サーヴァントは病気にはならないはずだが、検査? 彼女の様子を見るに特に何かしら重大なことがあったということではないだろう。

 直感はなにも告げない。心眼はなにも見ていない。観察眼も彼女が健康そのものだと結論を出している。

 

「そんな深刻にならないでよ。大丈夫よ。あのー、ほら、(アタシ)ってもともとキャスターだったじゃない? だけど、前回、なんか夢に菌糸類のお化けの大ボスっぽいのが出てきて、勇者よ目覚めるのだとか言って、勇者にしてくれたじゃない?」

 

 いや、それはすさまじく初耳なんですが。

 

「それで、ようやく何の問題もないって検査結果が出ただけ。セイバークラスになった時は正直どうかと思ったけど、やってみるとこれはこれでやりがいがあるわ。気持ちよく戦えるのは貴方のおかげだけど」

 

 そういえば、カルデアに来た時は確かにキャスターだった。なるほど、ダ・ヴィンチちゃんが調査したのは、彼女の霊基の状態か。

 どうにもダブルクラスとかいうスキルでキャスターでもありセイバーでもあるとかいう状態になっているようである。

 

 それにしても、ハロウィンですさまじい歌をみまってくれましたね。あの時は、昇天するかと思いましたよ。

 

「そ、それは言わないでよ、頑張ってるでしょ!?」

「うん、本当にね。だから、大勢の前で歌う時も頑張って」

「うぐ……そ、それはぁ、そのぉ、ぜんしょします……」

 

 当分、大勢の前で歌うのは無理そうだなぁ。まあ、頑張るって言っているんだ、なら信じるだけだ。彼女は、きっとそういう方向に進めば、頑張れる子だから。

 悪い方にも進める。善い方にも。

 彼女は教えられればきっと理解できる、頑張れる。

 

 ――エリちゃんはいい子だ。

 

 そんなオレの思考を彼女は読み取ったのか。

 

「……子イヌ、それは違うわよ。(アタシ)はどう足掻いても反英雄。やってきたことは変わらないわ」

「でも、償いをしようとしてる。過去は変わらなくても、現在(いま)が無理でも、未来ではどうなっているかはわからない。オレはエリちゃんを信じるよ」

「…………」

 

 すさまじい勢いで真っ赤になったエリちゃん。ぼふんって音が聞こえたほどだ。

 

「……よ、よし、誘うわ。誘っちゃうわ! 勇者らしく、勇気を出して誘うわ! 聞いてマスター!」

「は、はい!」

 

 そして、もじもじしていたと思ったら、突然何を決意したのかこちらにすごい剣幕で迫ってくる。あまりの真剣さに、こちらも息をのんでしまうほどだ。

 

「……その……ね、その……(アタシ)たちの関係も、もう、結構長いし、アンタは悪くないっていうか……すごくいいし……だ、だから、ね……い、今から、(アタシ)の部屋に、来て、泊まっていったりなんかして――」

「ほほう、逢引とはマスターも隅に置けないね」

「ひゃい!? ち、ちち、違うわよ――!!」

 

 真っ赤になって逃げて行ってしまったエリちゃん。

 助かったのか、助からなかったのか。

 残念に思うべきか、思わざるべきか、反応に困るが――。

 

「ダビデ、なにしてるんだ」

「ん? なにって、これからオペレーターのお姉さんと一夜を過ごそうかと思って行くところさ」

「…………」

 

 まったくダビデは変わらない。

 

「そりゃあ、サーヴァントさ、もうほとんど変わることはないよ。まあ、変わろうとするのは悪いことではないし、今回は半分受肉しているみたいな状態だから、志一つで変われるからね」

 

 それでもダビデは変わる気がない。女性とお金が好きさと公言し、妻だって多ければ多いほどいいと思う! と言ってはばからない。

 そんなダビデだからこそ、いろいろと話せたりもした。女性のことについてはいろいろと吹き込まれ過ぎて染まってしまっている感はあるが。

 

 それにしても本当悪友みたいなやつだ。サーヴァントで、王様のはずなのに、偉ぶらないし、悪友みたいにオレをいろいろなところに誘う。

 そのおかげでできた経験は貴重だったりするし、こんな風になっちゃダメだなと思う。

 

「まあ、一番変わったのは君だね。いやー、本当。今の君の方がずっといい。僕たちは運命共同体だからね。やっぱりパートナーにするなら、良い奴の方がいいだろ?」

「そうだね。ただ、真夜中にいちいち、巨乳の魅力とか吹き込んでくるのはやめてくれよ」

「はっはっは、それは断る」

「まあ、いいけど――色々な知識も吹き込んでくれてるみたいだし」

「――なんのことやら。僕はただ言いたいことを好きなように言っているだけさ。じゃあ、僕は行くよ」

 

 彼はそう言って職員の部屋に入っていった。

 

「やれやれ――」

 

 ダビデと別れていろいろと回っていると、見慣れない区画に出た。

 

「この辺、あまり言ってなかったな――って、茶室?」

 

 その区画に在ったのは茶室だった。誰の茶室だと思っていると、

 

「ん? なんじゃ、マスターか、どうした」

 

 裸のノッブがいた。なんかもう、裸になりすぎて、正直見慣れてしまった感。もう全然、このくらいでは心が騒がないぞ。

 なお、身体の方についてはノーコメントだ。

 

「いや、ちょっと散歩をね」

「眠れんのか。なら、ほれ、ここにでも座ってみると良い」

 

 ノッブが隣をぽんぽんと叩くので、そこへ座ってみる。すると、景色が変わる。どうやらシミュレーションを応用しているらしい。

 きれいな桜の生えた日本庭園が広がっている。

 

「すごいな」

「そうじゃろそうじゃろ。しかし、こうやって二人きりというのはなかなか珍しいのう。よし、わし自ら茶でもたててやろう。しかも、九十九茄子に馬蝗絆じゃ! 喜べ!」

「はは、ありがとう」

「む――おお、わし裸じゃったわ」

 

 ――今気が付いたのかよ!?

 

 って、どこ見て気が付いた。オレのどこ見て気が付いたんだ、オイ。

 

「ふ、ちょっと待っておれ――」

 

 しばらくして――綺麗な着物を着たノッブが出てきた――。

 

「――――」

「ん? どうした、そんなに見つめて。わしに惚れでもしたか?」

「いや、馬子にも衣裳だなって――」

「なんじゃとー!?」

「いや、というか、凄く珍しくて、正直、ヤバイ」

 

 裸より破壊力高いです。しゃべらなければ普通に超絶美人だよ、この人。

 

「ほう、そうか。ならばもっと見ているが良い。眼福じゃろう」

 

 まあ、しゃべると残念なんじゃが。

 

「しかし、ここまで来たのじゃな。初めて会ったときは本当に大丈夫かと思ったものじゃが、そなたは家臣としても、マスターとしても、合格じゃ。わしが、ここまで褒めるのなどそうないぞ」

「それは、嬉しいね」

 

 ノッブ。織田信長。ぐだぐだしてるけど、本当に助けられてきた。特に、騎兵の相手とか、させると一番だし、神様とかにもかなり強い。

 

「うむ――ほうれ、できたぞ」

「ありがとう」

 

 彼女の茶室で茶を飲んで、オレはまた散歩をつづけた。

 




最後の旅だからとその前にいろいろと夜会話イベントじゃ。
一話でまとめようと思ったら、まとまらなかったでござる。

さて、七章クリアです。
クリアしました。
素晴らしかったです。
配布サーヴァントとシナリオ上のサーヴァントだけ使用可という縛りでしたが、いやはや、本当によくクリアできたな。山のジョージ強かった。

しかし、マシュ、ブーディカのペアが硬すぎて笑った。
ゴルゴーンの攻撃がね、0とか二桁なの。すごい強気な台詞で攻撃してくるけど蚊に刺された程度なの。

そして、思う事星5って本当に強いということ。
さて、最終戦はどうしようかな、配布縛りでもいいけど、ソロモンが全体攻撃持ちなら、マシュ、ブーディカ、アイリ師匠とかジェロニモで永遠と耐久しながらちびちび削るという戦法が取れるが――さて。

とまあ、それはおいておいてぼちぼちとゆっくりと七章を開始していこうかなと思います。
相当長くなる予定。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 2

 ノッブの茶室で茶を飲んで、散歩を続ける。カルデアの中は夜だととても雰囲気が変わっている。

 薄暗い廊下を歩いて行く。誰かに行き会うだろうか、そう思いながら。すっかりと夜も更けていくカルデアを歩く。

 眠らなければならないと思ってはいるのだが、どうにももう寝付けそうにない。明日にはレイシフト証明が完了する。そうなれば明日にはもう第七特異点だ。

 

 神代の時代、何が待ち受けているのだろうか。

 

「あ、サンタさん」

「む、トナカイか。こんな時間に何をしている」

「それはこっちの台詞だけど?」

「私の方はターキーの補充と、ラムレイ二号の整備だ。次回の特異点の移動も多かろう。整備は大切だ」

「自分で?」

「いや、暇な職員にやらせている。今、差し入れを持って行ってやるところだ」

 

 なるほど、ラムレイ二号は、この前結構な扱いをしたから確かに整備はしておいて方がいいだろう。

 ちなみに差し入れは何かというとジャンク感満載のバーガーとターキーだった。まあ、簡単に食べられるし、腹が膨れればいいのだろう。

 明らかにターキーは自分ような気もするが。

 

「では、こちらからだ。トナカイは何をしている」

「ちょっと散歩だよ。寝付けなくて」

「そうか。ではな」

 

 本当、この王様は王様だなぁ。変わらない、オレを甘やかすことはない。スパルタだ。でも、そのおかげで、オレは少しは強くなれた。

 だから、この対応も慣れたものだ。特に用がなければ、こちらにかまってこない。だから、

 

「ああ、そうだ――」

 

 彼女が振り返ってそう言葉を繋げたのが意外だった。

 

「チビッコサンタが仲間になっただろう。いつまでも私をサンタと呼んでは紛らわしい。だから、な……アルトリアと呼べ」

 

 そう言って彼女は去っていった。その顔はいったい、どんな顔をしていたのだろうか。少しだけそれが気になった。

 

「さて――っと?」

 

 サンタさん、いや、アルトリアに別れを告げて歩いていると、バーへと行きついた。未成年だから、あまり立ち入らないが、

 

「やあ」

 

 ドクターとジキル博士、ジェロニモがいるのを見て、中に入ってみることにした。

 

「こんばんは、眠れないのかい?」

「ドクターこそ、ここで酒盛り?」

「そうだよ。まあ、少しだけの休憩さ。ダ・ヴィンチちゃんに追いだされちゃってね」

 

 ナイス、ダ・ヴィンチちゃん。ドクターは言っても休まないからね。こうやって強制的に休ませるのがいい。

 

「じゃあ、なんでジキル博士やジェロニモと?」

「ドクターが暇そうにしていたから、僕らが誘ったんだよ」

「ああ」

「へえ、二人はよくここで飲むの?」

「たまに一緒になる程度だよ、マスター。お酒よりは紅茶の方がいいからね。でも、たまに、昔のことを思い出しりしたときに、たまに飲みたくなる時がある」

「…………そうか。いや、いいよ別にそんなジキル博士のマネしなくて」

「――――。チッ、なんだよ、バレバレかよ」

「ええ、ハイド君だったの!?」

 

 話をしたらわかった。ジキル博士は今眠っているのだろう。伝承通り、眠ったあとにハイドが出てきて、うろついているらしい。

 ドクターは気が付いてなくて驚いたようだが。

 

「ったく、なんでわかるんだよ」

「もう付き合いもだいぶ長いからね」

 

 数か月といっても、内容の濃い付き合いだ。だから、わかる。今ではなんとなく。

 

「ケッ、白けた。帰るわ」

「明日はよろしく」

「ああ……俺がテメエを守ってやるよ。今は、そうしねえといけねえからな」

 

 そう言ってハイドは去っていった。

 相変わらず、彼になると言葉は少なく、行動で出る。戦う時は頼もしい。

 

「よくわかったね。ボクにはわからないよ。君の観察眼もかなり極まってるって感じかな?」

 

 ドクターに言われると嬉しいね。

 

「うむ、良き指導者だ。アメリカでもそうであったが、ずっとよく成長しているよ。彼方の世界では、君と私のような絆を刎頸の交わりと言うらしい。君の為なら、私は喜び戦場へと旅立つ」

「ありがとうジェロニモ」

「私は、以前のマスターを知らないが、良い顔だ。語らいは人を安堵させる。寝付けないのであれば語らうのがいい。では、マスター、明日も頼む」

「うん、おやすみ」

 

 ジェロニモもバーを出ていく。もともと終わる時間にオレが来たらしい。

 

「で、ドクターは? まだ飲むの?」

「ボクもそろそろ戻るよ。これだけ休憩を取ればダ・ヴィンチちゃんも文句はないだろうしね」

「しっかり寝てもいいのに」

「まだやることがあるんだ。だから、寝るのはその後かな」

「それで朝までかかるやつでしょ」

「はは。そうだね。そうかもしれない。でも、やらなくちゃいけないことだ。――それじゃあ行くよ。君は早く寝るんだよ」

 

 それはこっちの台詞なんだが。まあいいか。アレがドクター・ロマンだ。疑惑があるのかもしれない。けれど、それでもオレはドクターを信じる。

 

 バーからさらに歩いて訓練スペースに行くと、

 

「おわっ!?」

 

 槍が吹っ飛んできた。顔の横に朱槍が突き刺さっている。冷や汗がだらだらと流れ出している。

 

「む」

「おお、大将すまねえ」

 

 すまねえじゃねえよ!?

 

 スカサハ師匠と金時がどうやら戦っていたらしい。

 

「つい興が乗ってしまってな。ゆるせマスター」

 

 当たってたらどうするつもりなんですかねぇ。たぶん、その時点で終わってましたよ師匠。

 

「なに、何とかするさ。即死でなければルーンでなんとかな」

 

 本当にルーンって便利だなぁ。

 

「それで? マスターは眠らずにふらふらと散歩か? ふふ、可愛いな」

「まあ、そんなところです。スカサハ師匠と金時は、訓練?」

「応、なんでも訓練相手が必要らしくてオレっちのベアー号で付き合ってたってわけよ」

 

 そう言いながらスカサハ師匠から目を背けまくりですがねゴールデン。それもそうだろう、だって師匠は水着だから。

 戻り方を忘れたとか言ってそのままだ。動きやすいからいいだろうとか、見られても困るような肉体などしていないと堂々としているのがまた何とも言えない。

 

「お主も大概慣れてきただろう? ……いや、そうでもないか」

 

 いや、まあ、凄い美人だから、慣れるに慣れない。ただ、堂々としているから、その辺の感覚は麻痺してきたのだが、覚悟なくみるとこう。

 

「初心よの。可愛らしいものだ。眠れないというのならマスターもやっていくか。まずは、軽く走り込みからいくとしよう。なに、終われば眠れる」

「それ疲れて気絶の間違いぃいぃいい――――!?」

 

 蹴り放たれるゲイ・ボルク。オレは必死に逃げる羽目になってしまった。礼装と訓練した魔術を使ってなんとか逃げ回る。

 

「はは。避ける避ける。では、もう少し増やしてみるか――」

「ちょ――」

「なに、お主ならできる。信じろ。このスカサハのお墨付きだ。ふむ、無事にクリアしたら、ご褒美をやろう」

 

 そんなお墨付きいらない! と言いそうになったが、ご褒美が気になります頑張ります。

 

「おっかねえぇ……頼光の大将と同じくらいおっかねえぇ」

「む、お主もいたな。そら、お主もマスターに負けんようにな」

「こっちに飛び火した!? いや、オレっちはこれから――」

 

 金時と二人して走らされまくった。

 

「ぐ、も、もう無理――」

「む、しまった、やりすぎたか。師と弟子ではないとあれほど言っておきながら、ついついな。しかし、お主も悪いのだぞ。こちらの要求に必死になってついてこようとする。可愛いではないか。親鳥についてくるひな鳥のようだぞ。そら、ご褒美だ。膝枕をしてやろう」

 

 膝枕をして頭を撫でられる。それだけで疲れが吹っ飛ぶようだった。というか、実際ルーンでも使っているのか疲れは完全に吹っ飛んだ。

 せっかく出てきた眠気も吹っ飛んだが。

 

「むぅ、すまぬ……だから、その、そんなに恨みがましくみてくれるな」

「いや、別に見てないけど。それより金時は?」

「きっちり逃げ切ったあとシャワーを浴びにいったな。ふむ、そうだな。よしこうしよう」

 

 ? なにがこうしようなのだろうか。そう思っていると、抱え上げられて、そのまま浴室に連れていかれる。さて、気が付いてしまったが、どういうわけか動けない!

 

「なに、案ずるな、別にとって食おうというわけではない。汗だくでは気持ちが悪かろう。だから、身体を洗ってやろうというのだ」

 

 一瞬で水着を脱ぐスカサハ師匠。こちらの服も全部一瞬で脱がされてしまう。ルーンで洗浄して綺麗にしてあるからまた着れるとかそんなことはどうでもよく、そのままなし崩し的に体を洗われてしまう。

 正直やばいです。いろいろと理性の面で。

 

「ふむ、逞しくなったな。あの幼子がこうも立派に成長したというのも感慨深い。初めは忠告を聞かない奴だと思ったが」

「いや、それは……ごめんなさい」

「なに、私の方こそ特に何もできんでな」

 

 そんなことはない。彼女のおかげで、オレはこうしてここにいられる。彼女がいなければ、オレは今頃、あの監獄塔で息絶えていたかもしれないのだから。

 スカサハ師匠。とても強い、オレの師匠だ。師匠と弟子じゃないとはいうけれど、オレは彼女のことを師匠と呼び続ける。

 

 いろんなことを、大切なことを教えてくれた彼女はやっぱり、師匠なのだ。

 

「そら、次は前だが――やめておくとしよう。それともやってほしいか?」

「……いえ、結構です」

 

 前は自分で洗う。

 

「ふっ。そら、上がるならあがれ。私はもう少し入っておく」

「じゃあ――」

 

 さっさと上がります。この空間はマズイ。

 そう思って上がると、脱衣所の外で金時が牛乳を飲んでいた。

 

「お、大将もあがりか。ってか、なんか女湯からでてこなかったか?」

「キノセイダヨ、キノセイ」

「お、おう、そうか? まあ、大将がそういうならそうなんだろうな」

 

 風呂上りの牛乳はやはりうまい。しかも瓶入り。いったい誰が届けくれるんだろうか。それともリサイクルなのか。

 特異点から牛乳は定期的にとりに行ってるけど。あの無人島の特異点は今やかなり発展しているらしい。

 

「そんじゃ、オレは寝るぜ。しっかし、今回の喧嘩は派手でいい。俺っちもそれなりに修羅場はくぐってきたが、この規模の殴り合いは記憶がねえ。なんで、気楽に行こうや、大将。どっちも初めてなのは変わらないじゃん?」

「こんなグランドオーダーみたいなの経験してる人がいたら驚いだよ」

「そりゃそうか。はは。とにかく、ドカッと安心して命令しな大将。アンタのやりたいことは俺が叶えてやる。アンタの為ならこの坂田金時、ベアー号をカッ飛ばして雷神様だろうとぶん殴ってやるからよぉ!」

 

 頼もしい限りだ。頼りにさせてもらうとしよう。

 

「んじゃ、 Good nightだ、マスター」

 

 後ろでに去っていくライダースーツの彼。まったくもって、頼りがいがある。女の人に弱いのが玉に瑕だけどね。

 

「しっかし、寝るための散歩がいつの間にかすっかりと眼がさえちゃったよ。まあいいか。もうすぐ朝になるし。そろそろ戻るか」

 

 居住区に戻る道すがら、朝時間に入ったのだろう、カルデアの照明が明るくなっていく。その途中で、訓練場に向かうリリィとベディとすれ違った。

 

「おはようございます! マスター!」

「おはようございます。お早いのですねマスター。良いことです」

「リリィもベディもおはよう。これから訓練?」

「はい! 私は未熟ですから、皆さんの足を引っ張らないようにベディヴィエール卿に訓練をつけてもらうのです!」

「ええ、リリィ様に私如きが訓練など畏れ多いことなのですが」

「ベディヴィエール卿はすごい方なんですよ! 教え方がとっても上手なんです! マスターも一緒にやりますか?」

「いや、オレはいいかな。今から戻るところだから」

「そうですか……わかりました。では、行ってきます!」

「うん、頑張ってね」

 

 ベディヴィエールにリリィ。二人を見ていると本当に良かったと思うのだ。第六特異点での戦いは無駄ではなかったそう思える。

 

「おい、こんなところで立ち止まんなよ」

「っと、ごめん式」

「朝っぱらからなにしてんだ」

「いや、ちょっとね」

 

 式はいつもの格好だ。着物に赤い革ジャン。手にした袋の中にはハーゲンダッツがあるようだ。

 

「ほしいのか。ひとつならやるぞ」

「いや、さすがに悪いからいいよ。それよりもいつも着物だけど気に入ってるの?」

「ああ、気に入ってる。しかし、オマエもわかんねえよな」

「何が?」

「いや、なんでもない。おまえも幹也の同類だってことを思い出しただけだ。ま、護衛役はちゃんと果たすから、オマエもしゃんとしてろよ」

 

 去り際にハーゲンダッツを投げ渡された。溶けるとアレなので、食べるとして。

 

「ずいぶんと早いね、クロ」

「む、バレバレだったか。本当、凄い勘してるわ」

「そりゃどうも」

「まあ、一番すごいのはコミュ力よね。こんなにたくさんのサーヴァントを従えているなんて、貴方ほんとに何者って感じよ? 魔力はわかるけど、精神力とかどうなってるの?」

「そんなにすごいことかなぁ」

 

 カルデアがあるからこそだし、オレ自体の魔力なんて全然だし。

 

「自覚ないの? 貴方本当にすごいことしてるのに。世の魔術師が聞いたら卒倒するわよ? 赤い悪魔とか」

「赤い悪魔?」

「そ、すっごい守銭奴なのよ。まあ、会うことはないと思うだけどね。――ああ、でもママにも会っちゃったし、もしかしたら本当に会っちゃうかも?」

「おーい、クロ?」

 

 何やら考え込んでしまった。それにしても、どうしてこんな早い時間に外に出ているのだろうか。

 

「別に。ママが一緒に寝ましょうって私とかサンタジャンヌを部屋に連れ込んだところから逃げ出してきたわけじゃないわ。まだ、距離感がつかめないのよねぇ」

「同じ顔、同じ名前、同じ性格なんだっけ」

「そうよ、それなのに赤の他人、すっごくやり辛いわ」

「それは、ごめん?」

「アンタは謝らなくていいの。こっちの問題なんだから、こっちで何とかするわ。それよりサンタジャンヌよ。アレ、アンタに惚れてるわよ」

 

 また、面倒なところに話を持っていくな。ちょっとどうしようかってこっちも悩んでいるのに。

 

「私が、ママのあんな姿見て、膝抱えている間に解決したみたいだけど、火種増えすぎじゃない?」

「そう言われても、特に何かした覚えはないんだけど」

 

 ――ああ、これも自覚なしなのね。

 

 すごい呆れたつぶやきが聞こえた。

 

「ただ、親友に教えられた言葉を伝えただけだよ」

「本当、エドモンのこと好きよね。エドモンと結婚するの?」

「そんなわけないでしょ」

 

 エドモンとオレとかないない。男同士だし。

 

「じゃあ、あんたが女だったら、誰がいいとかある? エドモン、ドクター、ダビデに、ジェロニモ、ジキル博士、金時にクー・フーリンもいたわね。誰が良い?」

 

 どうしてそうなるのやら。だが、そうだな、仮にオレが女だとしたら。まずダビデはない。絶対にない。他は良い感じだけど、やっぱり選ぶなら。

 

「エドモンかな」

「本当、大好きよね。アンタが男で良かったわ」

 

 そのまま呆れられたままになってしまったが、なんだったのやら。

 ともあれそのまま自室に戻ってきた。

 

 その時だった――。

 呼び出しがかかる。

 

 レイシフト証明の完了。

 

 これより、最後のグランドオーダーが発令される――。

 

「行こう」

 

 最後の旅が今、はじまる。




というわけで次回から特異点へレッツゴー。
すまない、アイリさんとサンタジャンヌの夜会話は絆レベルがまだまだ足りないようだ。

まあそれはさておき、ジャガーさんの最終再臨を見るたびに思う、見た目だけは好みなんだよなぁ……。
いや、本当、見た目、が好み過ぎてヤバイんじゃが。中身を思うとな……。

コアトル姉さんもほしいです。ピックアップ来たら回そうかな、ちょうどライダーの星5いませんし。
というか、私がほしいと思った年上系のお姉さんサーヴァントはほとんど引けてない。悲しい。
なぜかロリが集まっている、ロリコンではないのに、なぜだ……。

というわけで、神代へレッツゴー。
うたわれるもの的にクエストもしっかりと描写していこうかなと思います。
ワニとか蜂とか酒とか。
何かオリジナルでも募集しようかな、ウルク民も少なからずここにはいるでしょうし。

まあ、使うかわかりませんが、活動報告の方に板たてておきますんで、暇なら何か投げていってくださいな。
使うかわかりませんが。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 3

「呼び出しからわずか五分で到着とは。気合いは十分のようだね。しっかり休めたかい?」

「それはこっちの台詞なんだけど――ついに来たんですね?」

「ああそうだ」

 

 ついに来た。カルデア内の時計では、2016年もあと残りわずかだ。焼失した2017年はすぐそこまで来ている。それを、解消するためのグランドオーダー。

 その長い旅の、最後の旅がはじまるのだ。

 

 そう考えると、遠くに来たものだと思う。本当に。最初はこんな風になるだなんて、本当に考えもしなかった。それでも、ついにここまで来たんだ。

 

 そう感慨にふけっていると、マシュが駆け込んでくる。

 

「申し訳ありません、二分の遅刻です! マシュ・キリエライト、到着しました!」

「フォーウ!」

 

 ? ――なんだろう。どこか、マシュの雰囲気がいつもと違う。張り詰めている?

 

 彼女を見た観察眼が違和を告げる。いつもと違う。

 

「何かあった、マシュ。なんだか張り詰めているように見えるけど」

「そ、そう見えましたか? すみません、普段の三倍増しの冷水で洗顔してきたのですが……それでも緊張は解けなかったみたいで」

「あら、駄目よマシュ」

 

 マシュの言葉を聞いてアイリさんがそういう。何が駄目なのだろうか。

 

「洗顔はね、ぬるま湯でするのがいいのよ。冷水で洗顔をするのでなく、ぬるま湯で洗顔後のケアで冷を取り入れるのが効果的なの。女の子ならちゃんとしないと」

「えっと、申し訳ありませんアイリさん、今後気を付けます……」

 

 ええと、この空気をどうしようか。

 

「え、ええっと、緊張してるって言ってたけど、大丈夫?」

「はい。先輩の一言のおかげで気持ちが晴れやかになりました。まずは、おはようございます、ですよね、先輩」

 

 ――ああ、天使だよ。

 この後輩は、何度オレを殺せば気が済むんだろうか。

 いいよ、もっと殺してくれえええ。

 

「ますたぁ、わたくしも、おはようございます」

「うん、清姫もおはよう」

「おはようございますです、トナカイさん!」

「ジャンヌもおはよう」

 

 何やら、対抗するかのように、というか、うん、対抗心から、二人もおはようございますをしてきました。はい、朝の挨拶は大切ですが、観察眼と直感と心眼が全部見抜いてます。

 

「あはは、大変だね。おはよう、今回もよろしくね」

「あ…………ブーディカさん、おはようございます。頑張ります……」

 

 ――あかん、意識しちゃうぞ、これ。ブーディカさんはいつも通りだし、オレもいつも通りにしないと。

 

 などと思っていると、清姫とジャンヌがオレとブーディカさんを交互に見て。

 

「…………何やら、負けた、というか」

「……何かあった、ような?」

 

 いえ、負けてません。大丈夫です。何もありませんでした。

 

「うんうん、仲が良くて大変結構。気合いは必要だけど、チームワークも大切なものだ。

 では、改めて――我がカルデアは本日午前七時を以って、第七特異点へのレイシフト準備を完了した」

 

 残された時間は残りわずかだが間に合ったのだ。最後の特異点。ソロモン自身が過去に送った七つ目の聖杯。それを回収して初めて、オレたちはあの魔術王に挑めるのだ。

 

 思い出すだけで、今も震えそうになる。でも、今度は逃げない。立ち向かう。エドモンから勇気をもらった。みんながいる。

 だから、今度こそ、勝つ。今度こそ、オレは、逃げない、立ち向かって見せる。

 

 魔術王だって万能ではない。勝てない道理はない。

 

「――もう再三のことになるけど、準備はいいかい? 今回も辛い旅になるだろうけど――」

「任せてください。全力を尽くします」

「フォウ、フォーウ!」

「そうだね。――それじゃあ、ブリーフィングを開始しよう」

 

 今回のレイシフト先は、人類史の始まり。

 地球全土に於ける各文明の興りたるモノ。

 世界がまだひとつであった頃の世界そのもの。

 

 ティグリス・ユーフラテス流域より形を成したすべての母たる文明。

 紀元前2600年。古代メソポタミア。

 

 シュメル文明――。

 

「西暦以前の世界……まだ世界の表面が神秘・神代に寄っていた世界……」

「フォウゥゥ……」

 

 サーヴァントも全員が息をのむ。

 特に現代のアイリさんやクロは特にだろう。オレもそうだし。式は……普段通りなのがすごいな。

 

 まあ、それはそれとして、ダ・ヴィンチちゃんが飛び出してくる。特に驚きはない。この管制室に入った瞬間に、管制室にいた全員の居場所は、把握していたから。

 なぜか隠れてタイミングを計っていたダ・ヴィンチちゃんだけど、どうせいつ飛び出して良い反応を引き出そうとでもしていたのだろう。

 

 それもわかっていれば問題ない。

 

「まさしく! シュメル初期王朝期のメソポタミアさ! これはもう、そこに行くってだけで今までの特異点以上の難易度といえるだろう! なにしろ――日常的に神様やら怪物がいた、地球最後の幻想紀なのだからね!」

「おはよう。ダ・ヴィンチちゃん」

「むぅー、なにその反応、つまんなーい。驚きなしとかー」

「いつ飛び出そうかはかってたもんね」

 

 管制室の空調が一斉にダ・ヴィンチちゃんに向かって吹くという大仕掛けまでしておいて、気が付かれないと思っていたのだろうか。

 

「いえ、わたしは驚きました。管制室の空調までいじっていますし、無駄に凝っていると思います。先輩にも使ってみたいところです」

「では、わたくしはそこに炎を添えます」

「え? え? ええっと、じゃ、じゃあ、私は、プレゼントを添えて華やかに――」

「フォウフォウ……」

 

 なんかフォウさんが心なしか、やれやれとか言っているような。

 しかし、マシュさん、やらなくていいと思うんだ。今の季節だと寒いし――ああ、でも、インバネスがはためくし、それはそれでエドモンみたいでカッコいいかもしれない。

 ……一回だけなら、やってもいいかも。

 

「はいはい。レオナルド、ボクを追いだして何をしていたのかと思ったらこんなことか。そんな悪ふざけはいいから、頼んでいたものは?」

「むー、みんなしてなんだい。まあ、でもできているとも。そこは当然さ。というわけで、はい、プレゼント」

 

 ダ・ヴィンチちゃんに手渡されたのはマフラーだった。きめ細かく、丈夫な繊維でできている。どうやら、魔術的意味合いがあるようだ。

 近いのは、第六特異点の砂漠で作ってもらったマスクに近いようだ。つまりこれは――。

 

「そうあれの発展型だよ」

 

 ――なるほど。

 

 エジプト領は魔力が濃い世界。現代の人間では、あの大気は毒でしかない。サーヴァントならまだしもオレはアウトだった。

 だから、今回もということだ。今回の特異点は、あの砂漠よりも古い時代。それだけ魔力の濃さも尋常ではないのだろう。

 

「最低限のものだけど性能は折り紙付きさ。更に、その眼鏡の補助機能までついている。負担はさらに軽くなると思うとも――まあ、もう君には必要ないかもだ」

「必要ない?」

「なに、なんでもないとも。ともあれは常に身に着けておくこと。防水もしっかりしているからお風呂も大丈夫さ」

「ありがとうダ・ヴィンチちゃん」

「今回は、私も管制室のスタッフだからね。君の存在証明をしっかりと受け持つさ。では、もう少しレクチャーしようか」

 

 メソポタミア文明についてのダ・ヴィンチちゃんのレクチャーが始まる。

 メソポタミアという言葉の成り立ち。河の中間という意味のギリシャ語。ティグリス・ユーフラテス河の中間で栄えた文明。

 今回は紀元前2600年のシュメル文明初期王朝に行くことになる。

 

「魔術的視点からいうと、人間が神と袂を分かった最初の時代とされている」

「そうだね。この時代の王が何を想ってその選択をしたのかは知らないが、神々の時代はここで決定的な決別として薄れていき、西暦を迎えた時点で、地上から神霊は消失した。

 ――ともあれ重要なのはそういうことじゃない」

 

 重要なのは、時代を遡れば遡るほど、レイシフトの難易度が上がるという事。ドクター曰く、時代を遡るほどに人類史というものは不確かになるのだという。

 神代の時代は不確定性の時代だという学派もいるように、観測、実測といったものと相性が最悪なのだという。シバも安定しないし、何より安定することが絶対にないのだという。

 

「よくレイシフト可能な成功率まで引き上げましたね」

「フォウフォウ」

「カルデアスタッフの努力の賜物さ。座標を何とか割り出し、観測を可能とした」

 

 聞くだけでもすごいってわかるな。カルデアスタッフさんありがとうございます。

 

「今回は最大難易度だからね、私もこっちでお仕事だ。なのでナビゲートに口は出せない。だが、安心したまえ、天才の名にかけて、万能の名にかけて、キミたちの存在証明はパーフェクトにこなしてみせよう。なーのーでー、あとは安心して、現地で西へ東への大冒険を楽しんできたまえ!」

「うーん、イイヨネ冒険。ウルクの女性が楽しみだ。神代の女性なんて、出会えることなんて普通はないからね」

 

 おい、ダビデ。

 

「おい、全裸、そこまでにしとけよ」

「だから全裸じゃないって!?」

「はいはい、まだブリーフィングの途中だから」

「でも、ダビデ王の言い分も悪いことじゃない」

「ドクター、最低です」

「ちょ、違うからねマシュ!? そういう意味じゃないから!?」

 

 まあ、言いたいことは解る。要は得難い経験をできるという事だ。そもそもこの旅は、得難い経験の連続だ。普通に生活していたら、誰もできないような冒険。

 怖いことも多いけれど、それでもそれ以上にきっと素晴らしい出会いや発見があるに違いない。

 

「得難い経験をして、成長する。きっとキミたちの人生にとって大きな力になるはずさ」

「ありがとうドクターの分までしっかり見つけてくるよ」

「ああ。全てが解決した旅の終わりに、キミが得たものをボクにもちゃんと聞かせてくれ」

「はい、そこーいい話禁止ー」

 

 これから戦いに出るんだから、背中の一つでも張り手で送り出すくらいしろというダ・ヴィンチちゃん。

 

「ま、いいじゃねえの。気負いがないってのはいいことだ。戦う前から気負ってちゃ、潰れちまうからな」

「クー・フーリン殿の言う通りだ。気負い過ぎれば、つぶれてしまう」

「むー、クー・フーリンとジェロニモに言われちゃうと私が負けちゃうじゃないかー。誰か、私の味方はいないのかい」

「はいはい、遊んでないでコフィンの準備はできているんだからね。時間もないんだ」

 

 ぱんぱんと、ドクターが手を叩いて止めて、いつものコフィンへと向かう。

 

「ここから先はキミの戦いだ」

 

 コフィンに入る直前で、ドクターがそういう。

 

「第六特異点は他に類を見ない特殊な条件だったけど、今回はそれと同レベルの困難が予測される。なにしろ、時代が時代だ。何があっても対応できるようにね」

「わかってる。常に冷静に、余裕をもってでしょ?」

「ああ、張り詰めた心は、大きな衝撃で砕けてしまう」

 

 魔術王に会った時のオレのように。大丈夫、わかっているからもうそんなことにはならない。

 

「多少ふらふらしていた方が生き物はタフって話さ」

「いいお手本が目の前にいるからね」

「いったな、こいつっ」

「いたいいたい――それじゃあ、行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………」

 

 先輩がコフィンに入る。皆さんがコフィンに入る。

 けれど、わたしは、どうしても一つ疑問がありました。

 

「ドクター。すみません。一つ質問をしてもよいでしょうか?」

「珍しいね。キミのことだから、もう心の準備はできてると思ったけれど」

「はい。そちらは大丈夫です。なのですが……ドクター。人間に……いえ、生命に意味はあるのでしょうか?」

 

 それは今朝の夢の出来事からの疑問。魔術王が言ったあの言葉。

 聞かずにはいられませんでした。

 これは、先輩にではなく、ドクターに聞くべきだと思いました。

 

「うーん、難しい話をしてくるなあ。――でも、そうだね。人間に生きる意味とか、価値とか、そんなものはないよ? 最後までね」

 

 予想外の言葉でした。

 ドクターからそんな言葉が出るとは思いもよらず、驚いてしまう。

 

「……最後まで?」

「ああ。意味なんてものを問いだしたら、それこそあらゆるものにない」

 

 ドクターは言いました。

 意味はあるものではなく、あとからつけられるものであると。

 

「人間なんてものは、意味なく生まれて、育ち、寿命を迎えるんだ。そんな風に終わった時にようやく、その生命がどういうものだったか、という意味が生まれる。

 これを、人生というんだよ、マシュ」

 

 人生……。

 意味の為に生きるのではなく、生きたことに意味を見出すために、生きる。

 

 ドクターの言葉は、とても素晴らしいものだった。

 

「――はい、わたしも、そのように生きたいと思います」

 

 たとえ、夢の中の誰かが言ったように、わたしがこの旅の終わりに死ぬのだとしても。

 

「ありがとうございます。Dr.ロマン。貴方がわたしにかけてくれた全ての言葉に、感謝します」

 

 大丈夫。わたしは、ちゃんとやれます。先輩。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――さあ、コフィンに入ったね。

 

 今回の任務も変わらず、聖杯の回収。時代を特異点化させている原因の究明とその消去。

 

「これがボクらの最後の旅になることを祈っている。では――レイシフトプログラム・スタート」

 

 ――アンサモンプログラム スタート

 ――霊子変換を開始 します

 ――レイシフト開始まで あと3、2、1……

 ――全行程 完了(クリア)

 ――第七グランドオーダー 実証を 開始 します

 

 遥かな時代、遥かな過去へと、オレは向かって行く――。

 

 そして、その道の先は――空だった。

 

 




いざ神代へ!

きっと素晴らしい出会いが待ち受けている。
だが、女神キラーぐだ男におりべぇがなにか言いたいらしい。
「女神だけはやめとけ。最後は絶対ろくな目に合わない」

経験者は語る。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 4

 暗い。

 暗い。

 暗い。

 

 そこは何よりも暗い暗がりであった。

 生命の息吹を感じる暗がり。

 されど、そこは温かみのある場所では決してない。

 

 光の届かない暗がり。暗闇の中は、怪物の胎内のような場所。

 

 そこに男がいた。

 首を垂れて、慈悲を乞うている。

 自らが助かるために。

 

 だが、無意味だ。

 

 怪物に潰されて死ぬ。

 

 女がいた。

 女は自らの市に住まう二等市民を家畜として差し出した。

 自らが助かるために。

 

 だが、無意味だ。

 

 怪物に潰されて死ぬ。

 

 意味などない。意味などない。意味などない。

 

 そう意味などないのだ。首を垂れて慈悲を願っても、どれほどの家畜を差し出そうとも意味はない。

 

「ほとほと呆れる。人類は一匹たりとも残さぬと告げたであろう」

 

 この空間の主たる女神は、呆れていた。

 その猿以下の脳味噌に。

 食うに値しない無価値な人類に。

 

 蛇腹でミンチになった人間を見て、声を上げるのはこの場にいる三人の女神の内の一人。

 

「だからって、蛇腹でミンチにするのは良くないと思うの。ここは一応、私たちの集会場でしょう? 捕まえた獲物(ニンゲン)の始末は自分の巣でやるのがマナーというものではありません?」

「なんだ、蛇は嫌いか? 今のはおまえ好みの遊びだと思ったがな」

「そうね……力勝負で負けたらミンチ、というのは確かに私の好きな戦い方だけど……やっぱりナシでーす、さすがに階級差とか気にしマース! アナタの殺り方とても雑デース」

「これでも丁寧に扱ったつもりなのだがな。人間どもがもろすぎるだけだ」

 

 そう言いながら、人間をつぶしていた女神が現状を告げる。

 

 エシュヌンア、シッパル、キシュ、カザル。

 

 メソポタミア北部の市を呑み込んだということを。

 ニップル市陥落までもう僅か。

 北壁を叩き潰すまで一か月もかからない。

 

 そう告げる。

 それは自らの勝利が目前であるという宣誓だ。

 

 だが、それに返すのはもう一人、この場にいる三人目の女神。

 

「あら。図体も大きければ、口も大きいのね、あなた。半年もかけておいて、あとひと月追加、ですって? 地を埋め尽くすほどの魔獣たちを使って、できたことが、北部の制圧だけなんて、本当にあとひと月であの戦線を崩せるのかしら? 私たち、手助けしなくてよろしいの?」

「良いとも。我らは互いに不可侵を契った同盟。おまえたちの手は借りぬ。第一――人間どもを一息に殺してしまっては、それこそつり合いが取れぬというもの。魔獣たちには人間はどう扱ってもよいと命じてある」

 

 巣に引き込み嬲り殺すのも良い。

 生きたまま食い殺すのも良い。

 あるいは――女神の神殿の材料にするのも良い。

 

 全ては命じてある。すきにしろと。

 

「……神殿の素材、ね。どうりで前来た時よりくさいと思ったわ。どこもかしこも生々しくて吐き気がする。本来、死は正常なものなのにね」

「その通りデース! 殺したものをまだ殺さずにとっておくとか、ちょっと考えられませーん!」

 

 しかし、それは責めている風でもない。

 全ては弱肉強食の結果ゆえに。

 互いに、互いの方針には干渉しないという盟約ゆえに。

 

 どのみち、やることはすべて同じなのだ。

 

 一人一人、殺して、この時代の王を殺し、聖杯を手に入れた女神こそが、この世界の支配者となる。

 

 それが――三女神同盟の契約。

 

 ゆえに、二人目の女神は三人目の女神に問う。

 

「それで? そんなことをいうアナタは、今更気が乗らなくなった? どれほど愚かな人間でも処理するのはかわいそうになったの? ねえ、この時代に一人だけ残ってしまった正統なシュメルの女神様としては?」

 

 まさか、馬鹿を言わないでと三人目の女神は返す。

 

「私こそ、望む通りよ。もともとウルクは私の世界。気まぐれで人間どもに貸してやっていただけ。今更、慈悲も義理もないわ。三女神同盟の一柱として、人間を地上から一掃して見せる」

「フ……土着の女神にさえ見捨てられるとは、この時代の人間どもも、救いがたい下等種よな」

 

 そう互いが、互いの意思を再確認したところで、声が響く。

 それは少年の声だった。

 

「良かった。皆さんの意思は堅いようだ。これなら母上も安心できる。同盟の誓いは永遠だと」

「……そなたか。いつ戻ったのだ? 戻ったのなら母の元に参れと何度言えばいい」

 

 一番目の女神がやってきた少年にいう。

 それは、粗相をした子を叱る母のようである。

 

「だからこの通り、すぐにはせ参じたのです。母上の方こそ、単独で彼女たちと会合するのは控えてほしい」

 

 それに応える声は淡泊だ。そして、諫めるような声色がある。

 

 それも当然だった。

 二番目、三番目の女神は同盟を組んだ同胞ではある。

 だが――それは決して味方というわけではない。

 彼らは敵。

 

 何しろ、一番目の女神を殺し得る権能(ちから)を持つのはこの二柱しかいないのだから。

 聖杯ほしさに二人が手を組めば、騙し討ちも可能だろう。

 

 そんな少年の言葉に、三番目の女神が返す。

 

「しないわよ、そんなの」

 

 女神の同盟は安くはない。

 同盟を破れば、その攻撃は天罰となり自分自身に返る。手を上げた方が消滅するのだ。それゆえに、聖杯の奪取こそが肝要。

 誰よりも早く、ウルクの王が持つ聖杯を手に入れれば、その女神の勝利となる。それが最大の攻撃。

 

 聖杯を手に入れた女神こそが、人理が焼却された後の世界を支配するのだ。

 

 それが、聖杯をこの地に送った魔術王が示した、ただ一つの契約。

 

 ゆえに、各々がみずからの権能(きのう)で、聖杯を取ろうとしている。

 

 魔獣でもって人間を殺しつくし、奪おうとする。

 

 自然とともに手を伸ばして征服する。

 

 人に気が付かれぬように、死を与える。

 

 思う通りにやればいい。

 

 そして、少年は最後に、警告を発する。

 

「人理を守る最後の魔術師が、この世界にようやく現れたようです」

 

 終わりの時の到来を、少年は告げる。

 全ての終末は、今やすぐそこに――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そこは――空だった。

 高度二百メートル。

 落下まで七秒。

 

 観察眼が算出する情報羅列。

 

「フォ――――ウゥゥゥゥゥ!」

「きゃ――――ああああああ!! 落ちてる、落ちてます! バンジーです! ママママ、マスター、指示を! わたしは、どうすれば!?」

 

 マシュの悲鳴が響き渡る。

 みんなは、どうにかできる。問題なのはオレとマシュのみ。

 

「マシュ!!」

「――っ! はい、先輩!! はい、マシュ・キリエライト、最善を尽くします! マスター、手を!」

 

 マシュへと手を伸ばす。

 掴んだ!

 

「はい、キャッチOKです! そのままわたしの腰につかまってくださ――い!!」

 

 くそう、こんな展開でなければ、いろいろと感想があるのにそんな暇すらない!

 

「フォウ、フォ――ウ!!」

「宝具、展開……! ギャラハッドさん、お力、お借りします……!」

 

 地面へ激突する瞬間に宝具を展開し、衝撃を防御。砕けぬ白亜の城はすべての衝撃を受けきって無事に着地成功。

 オレたちは無事に地面へと降り立った。

 

「っ……先輩……いえ、マスター。お怪我はありませんか?」

「……なんとか、ありがとう、マシュ」

「いえ、お礼を言うのはこちらです。わたし、咄嗟のことで頭が真っ白で――真っ白で………あの。ぴったり、密着していますね、先輩」

 

 うむ、していますね密着。

 着地した瞬間に、オレの腰にも清姫が密着してますね。

 

「フォフォフォーウ。フーッ、フォウ!」

「あ……フォウさんも盾の内側に隠れてくれたのですね。無事でよかったです」

「フォウ、フォウ」

 

 こやつ、わかっててやってないだろうか。

 

「ともあれ、先輩立てますか?」

「うん、大丈夫」

 

 名残惜しいが、立ち上がって身体の調子を見る。

 インバネス、問題なし。帽子、問題なし。義手、動く。生身もオーケー。

 

「はい、点呼ー」

 

 落ち着いたところで、全員いるかを確認。問題なく全員いる。それぞれの着地方法で着地しているし、それないの範囲をキャメロットでガードしたので、ヤバかった人たちも問題なしだ。

 

「もう、墜落は、こりごりです……」

「ジャンヌは大丈夫?」

「は、はい、大丈夫です。トナカイさん!」

 

 全員の無事を確認していると、

 

「あれ、クー・フーリン、槍は?」

「ん? ああ、なんか知らんがどうにもレイシフトした瞬間に霊基改良の術式が全部吹っ飛んだ」

「なんですと?」

「ふむ、おそらくはこの上空へのレイシフトが原因だろうな。私までそうなってないのは、この霊基で登録していたからか。そこなドラゴン娘は、ダブルクラスゆえだろう」

 

 となると今回は、クー・フーリンの槍には頼れないということか。それにしても、どうしてあんな上空に出てしまったのやら。

 

「みんな無事かい!? 無事だね!?」

 

 ちょうどよくドクターの通信だ。

 

「ああ、無事だよ。ドクター」

「先輩のおかげです。ですが、上空に放り出されるというのは例をみなアクシデントです。ドクター、一体なにが起きたのでしょう」

「……それが、レイシフトを意図的に妨害されたようなんだ」

 

 妨害。

 レイシフト先は常に、その時代の最大の都市に転移するようにセッティングされている。しかし、ドクター曰く、レイシフトが成功した瞬間に、強制的に弾かれ手この場所に出たというらしい。

 この何もない廃墟の街に。

 

「魔術王の妨害なのでしょうか?」

「うーん。それは違うんじゃないかな」

「うん。ボクも同意見だ」

 

 魔術王が手を出してくるのは、この特異点を修復したその時だ。だから、違う。

 

「おそらくキミたちをはじいたのは都市の力だ。ソロモンだって万能じゃない。そんな四六時中、いつ現れるかわからないボクらを警戒できないさ」

「はい、話の途中にゴメンね~☆ ロマン、結果が出た。今のは結界による強制退去だよ。ウルク市には防御結界が張られているようだ。襲撃を見据えてのものだろう」

 

 都市の防衛機能に弾かれた。だとしたら、何かしらの防衛が行われているということか。ということはそのウルク市に危険が迫っているのは確実だ。

 ともかく、まずは状況の再確認。

 

 空の光帯はこの時代にも見える。そして、どう見てもここは廃墟だ。見渡す限りの廃墟。生命反応もなく、食料を探す事も情報収集もできない。

 ただ問題なくダ・ヴィンチちゃんのマフラーは機能している。

 

「それはよかった。何か問題があったらいうんだよ?」

「それじゃあ、何やら鳴き声が聞こえる」

「鼓膜に異常が? いや、鳴き声が聞こえるってことは――」

「マスター! 精霊が敵を察知した!」

 

 ジェロニモの声が響くと現れる敵性体。それは獅子のような魔獣の群れ。こちらに敵意を向けて唸り声をあげている。

 シュメルでの初戦闘。

 

「行くぞ――みんな!!」

「応――」

 

 マシュがオレを護るように前で盾を構える。後ろには、清姫とが付き、隣にはジャンヌとジキル博士、ジェロニモ、アイリさんが控える。

 彼らはオレの守りであり、博士とジェロニモはオレとともに全体を俯瞰する指揮官の補佐官で、アイリさんは回復を担当してもらっている。

 

「敵の数は?」

「莫大な数だな」

 

 ジェロニモが、精霊にてもうすぐここに到着する魔獣たちを偵察する。

 

「まっすぐにこっちに来ている?」

「ああ、まっすぐだ」

「クー・フーリン! ルーンを地面に」

「おう、任せな!」

 

 炎のルーンを地面に刻む。そこに足を踏み入れれば最後、業火が魔獣を焼き尽く。

 刻んだ瞬間、第一陣が姿を現す。迷いなく、明確な殺意をもってこちらに突っ込んでくる魔獣。アレは、普通の魔獣ではない。

 

 今まで多くの敵と戦ってきた。その中には魔獣もいたが、そのどれとも違う。彼らには殺意がある。殺意という感情が。

 人間に向けた憎悪のようなそれ。妖しく、瞳を朱に輝かせ、気炎を上げる様は、獲物を狙うといった風ではない。確実に殺すためにこちらへと向かってきている。

 

 普通ではない。魔獣の多くは、こちらを獲物に、食料にするために狙ってきた。だが、アレはなんだ。まったくの別物だ。

 巻き起こる莫大な焔に怯えることすらなく突っ込んでくる様は、狂っているとしか言いようがない。

 

 だが――

 

「今更、この程度で、ひるむか!」

 

 今までどれだけの特異点を超えて来たと思っているんだ。今更、魔獣に恐れるほど弱くはない。

 

「とりあえず――エリちゃん、思いっきりやっちゃって!」

「わかったわ、行くわよ、子イヌ!!」

 

 雷鳴のドラゴンの威風が炸裂する。増幅された声が、莫大な圧となって魔獣を襲う。物理的な圧力。音圧によって宙を舞う四足の魔獣。

 空中では何もできないだろう。空を飛ぶ翼のない魔獣では、もはやそこでは何もできない。

 

「ノッブ、スカサハ師匠!」

「鴨撃ちじゃ、そうれそうれ!!」

 

 炸裂する火縄銃による一斉射撃。神代の時代に存在する魔獣には効果覿面だ。織田信長としての力、神仏の否定が今、ここに炸裂する。

 

「はっは、神代、良いの! わしの相性勝ちじゃわ。それに、どこぞの神の眷属じゃろアレ。ますますわし、大勝利ーじゃ!」

「ならば、どれ、私も混ぜろ――」

 

 蹴り放たれる死棘の槍。ただの一投は、されど数十に分裂して刺し穿つ。ただの一匹たりとも逃がさない。

 

「正面は、これで終わり――」

 

 次は側面。ジェロニモが担当する。

 

「――ダビデ殿」

「はいはい、お任せっと――」

 

 投擲される五つの石。当たれば意識を奪う。先頭を突っ走る魔獣に必中させ、あとを詰まらせていく。

 

「リリィ殿、サンタ殿」

「ふん、行くぞ」

「はい!」

 

 放たれる漆黒と黄金の光。詰まった瞬間の全てを呑み込んで消し飛ばす。あとには、死体も残らない。

 ジェロニモの方も済んだ。あとはジキル博士。

 

「――金時君!」

「おう、行くぜ!!」

「クロエ君は、敵の足止めを」

「了解――」

 

 剣軍が投影され、放たれ穿つ。狙いは足。剣が杭となり、壁となり、魔獣の行く手を阻む。

 その瞬間を、金時がベアー号で全てを雷神の下に轢き潰した。

 

 




さて、次回、ついに金星の悪魔が! じゃなかった、女神様が登場します。
しかし、調べれば調べるほど面白いというか。
メソポタミアの娼館はイシュタル様を祀る場所とか、そういう感じの雑学が増えて行っておりますw。
イシュタル様娼婦とか、男娼の守護神でもあったらしいとか、いろいろと調べると面白いですねぇ。

ともあれ、次回、ぐだ男が揉みます。

コアトル姉さんのピックアップ来た!
ジャガ村先生のピックアップも来た!
これは引けと、いうことですね?

コアトル姉さんの全身絵見たら、猶更ほしくなった。足元がイイヨネ。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 5

 戦闘終了。損害なし。

 

「しかし、今まで見たことないタイプの魔獣だったな」

「はい。うまく言えないのですが……まったく違う生態系によるものというか……」

 

 今まで戦ってきた獣人や竜種も現代にはいないが、今先ほど戦った魔獣とは、根本から何かが異なっているような気がするのだ。

 獣人や竜種も、淘汰によって時代から退場した。だが、アレは観察眼と直感が告げている。アレは、既存の生物体系に属さない。

 

 系統樹が違うとかそういうことでもなく、アレは、初めからこの世界に存在しない生き物だ。

 

「確かに、神代特有の魔獣、とは違うかもだ」

 

 ドクターが言う。こちらも準備はしてきた。シュメル時代に存在したであろう、幻想種や魔獣のデータをそろえていた。オレも少しは見ていたが、そのどれとも合致しない。

 

「それに、明確な殺意があった」

「そうだね。普通の獣じゃなかった」

「ああ、あいつら、何が何でも人を殺すって眼をしていた。ほっといたら全部殲滅する気だろあれ」

 

 ブーディカさんと式のいう通り、殺意を持っていた。動物の本能による獲物を狩るという敵意ではない。明確な殺すという殺意。

 食事ではなく、殲滅が目的。

 

「……だとしたら危険だ。すぐに、その街を離れてくれ」

「この街が廃墟なのは、そういうこと、か……」

「ああ、その可能性は高い。だから早く離れるべきだ」

「街を離れるのはわたしも賛成です、マスター」

「ええ、動物は群れるものですから、ささ、お早くますたぁ」

 

 早くこの街を離れようと移動を開始するその直前――。

 

「ど――い――て――――」

「む?」

「おや?」

「そこのキミ、じゃ――ま――! “メ”が張れない――――!!」

 

 どこからともなく人の声が聞える。駄目だな、これは躱せない。

 

「ああ、もう、エアブレーキも間に合わない! ダメダメ、ぶつかる――――! お父様にバレたら免停(とりあげ)間違いナシねコレ! でも先に言っておくわ、私はぜったい悪くな――い!」

 

 次の瞬間、全体的にベージュ色の物体が45度の確度で空から降ってきた。

 

「先輩、大丈夫……です、……か……」

「フォウ……ハニー、フォーウ!」

 

 とりあえず、身体全体に感じる柔らかな重さと、右手に感じるこの最高級に柔らかい感触と、とてつもなく素晴らしい花のような甘い香りの前にだ――。

 

 ――フォウさん、やっぱりしゃべれるだろおおおお!?

 

 明らかにハニー、フォーウとか言ってたよ!? 明らかにしゃべってたよ!?

 

「あいたたた……ひどい目にあったわ……まさか地上から狙撃されるなんて……でも、思ったよりダメージが少ないのは幸運ね。これも私の普段の横暴(おこない)が良いから――あれ?」

「裁判の、時間だ……」

「って、なによアンタ――!」

 

 とりあえず、免停とか言っていたので、裁判の時間だとか言ってしまったが――黒髪に赤い瞳の女性が空から降ってきた。

 オレにぶつかったおかげで、怪我はしていないようだ。こっちもインバネスのおかげで怪我はない。寧ろ、お礼を言うべきだろう。

 

 ありがとうございます。何が、とは言わないが、ありがとうございます。とても、素晴らしい揉み心地だったと思います。

 あとお腹というか、全身柔らかかったです。まあ、マシュには負けるけど。マシュが一番なのは変わらないけど。

 

「何かあったのかい!? 一気に反応が真っ赤になったけど!?」

「それが、空から女性が降ってきまして……、あ。謎の女性、先輩から離れました」

「墜落事案が多すぎだね、その時代!? でも、現地人に会えたのはいいことだ、さっそく情報を――うえ――うお――うおおおおお!? この反応、本当か!? 間違いではなく!?」

「……なにそれ、遠見の神秘? なんか、とりあえず文句の一つも言ってやりたい声がするけど」

 

 ロマンに対しての苦言はオレが許さないぞ、と言いたいのですが、すぐに女性がこちらを睨んでいる。

 

「今は、アナタの話をしましょう。この私の肢体(からだ)に断りもなく触れた、不埒者(ふらちもの)処罰(はなし)をね」

 

 彼女は、そう言ってこちらを上から下まで観察していく。

 

「見慣れない顔と格好しているけど、どこの(まち)の人間? こんなところにまだ残っているなんて。ニップルから逃げてきた生贄? それともバビロンの生き残り?」

「いえ、そういうわけでは」

 

 しかし、ふむ、どうやらこの世界のっぴきならない時代になっているらしい。少なくとも、バビロンという市は滅んでいそうだ。

 ニップルから逃げてきた生贄。つまり、ニップルという場所には生贄が集められているのかもしれない。

 

「まあ、どっちでもいいわ。どっちみち、その二つだったら年貢の納め時よ。手足を撃ち抜いた後、エビフ山にバラ撒いてあげるから」

 

 女性は臨戦態勢をとっている。本気でオレに敵意を向けてきている。

 

「…………」

「ふぅん、。黙るってことはそうなのね。良かった。温情をかけなくて済みそう」

 

 ――ほほう。この女性、割と情が移りやすいタイプと見た。

 

「ウルクの民なら少しは情けをかけてあげたのにね。自分の不運を呪いなさい」

「待った。まずは先ほどの事故の示談をしよう」

「示談――示談って、つまり裁判!? い、いいえ、ノーよ、その手には乗らないわ! どんな接触事故であれ乗り物に乗っていた方が不利なんでしょ!? 知ってるんだからね、私!」

 

 なんで知っているんですかねこの人。つまり、この人は、サーヴァントか、それに属する人だってこと。まあ、わかっている。

 神霊だ、この人。二世みたいな、特殊な現界しているらしい。

 

「お待ちください……! 先ほどの衝突は不慮の事故によるもの、どちらにも責任はないように見えました! ですので、どうか話を聞かせていただけないでしょうか? えっと、その……ミス……誰でしょう?」

「そうですね。まずは自己紹介から――」

「アナタたち、私を知らないって、本気で言ってる?」

「はい、その……すみません。この時代に来て、まだ一時間も経過していないので……」

 

 マシュがカルデアのことを彼女に説明する。

 

「なので、決して怪しいものでは……いえ、先ほどの先輩の手つきは十分に怪しかったので、糾弾されてしかるべきですが……」

 

 ちょ、マシュ!?

 

「はい、とても、いやらしい、右手は、こちらですね。悪い右手には、お仕置きが必要だとわたくし、思います」

「フケツです! トナカイさんの不潔な右手さんは、お仕置きが必要です!」

「フォウフォウ」

 

 ちょ、待って待って!? 不可抗力、不可抗力だよ!?

 

「異邦からの客人ってコト? 信じがたい話だけど……ま、そういうコトもあるか。私だってそのおかげでこうしているんだし。――いいでしょう。その言葉は信じます。つまり、アナタたちは私をまったく知らない。この世界のことも、今の状況も知らないのね。

 ……そう。なら不敬、破廉恥、無礼も仕方ないか。遠い世界の野蛮人なんですものね。あのね。私に許しもなく触れるなんて、この世界ではありえないことなのよ。シュメル人ならまっさきに謝罪した後、家財丸ごと差し出しても許されないくらい。今後、それだけは覚えておきなさい。この世界で生きていたかったらね」

「わかりました。女神様」

「あと……緩衝材(クッション)になってくれたありがとう。干し草ぐらいの助けになったわ。ん? ……今、アナタ、女神様って言わなかった?」

 

 はい、言いましたね。

 

「私、名乗ってないわよね」

「……高貴さがにじみ出てましたので」

 

 本当は、似たような相手に会っていたことと、女神に会ったことがあるから。

 孔明に、獅子王。二人に会ってなかったらわからなかっただろう。

 

「そ、まあいいわ。それなら、しっかりと敬いなさい。ただし、さっきのことは全部忘れること。それなら、命だけは見逃してあげるから」

「さっきのこととは?」

 

 まあ、わかっているんですが。

 

「だーかーらー! 私が天舟の運転を誤ったとか、私の悲鳴を聞いたとか、あと、今の私の体のサイズとか!」

 

 サイズ。身長159cm、体重57kgってことですかね。あとは胸のサイズとか、腰のサイズとか、お尻のサイズとか、その他諸々のことですかね。

 観察眼のおかげで、そんなものすら把握できる。まあ、ダ・ヴィンチちゃん礼装のおかげもあるのだが。

 

「そんな悪質な嘘を流したら、地の果てまで追い詰めてやるからね!」

「いう訳ないです。というか、ぶつかったのでいっぱいいっぱいでわかりません」

 

 案外チョロそう。

 

「……まあいいわ。野蛮人に腹を立ててたらキリがないもの。特別に、そこらの廃墟に隠れてるやつらのことも気が付かないふりをしてあげるわ」

 

 バレてるか。

 廃墟にクー・フーリンたちには隠れてもらっていたんだが。

 奇襲はできないとはさすが神霊か。

 

 しかし――クロはどうしたんだろう。この女神様の顔見た瞬間、なんとも言えない表情になって膝抱えてたけど。

 

「そして、この時代のことが知りたいと言ったわね。そんなことは自分の目と足で知りなさい。私は何も教えない。むしろ、アナタたちが教えなさい」

「もちろん。自分の目で見ます。それで、知りたいことは?」

「このあたりで、何か落ちていなかった……かしら……」

 

 何か? 具体的なことを言われない限りなんとも。そもそもここについたばかりだから、なにもわからないというか。

 

「大切なもの、よ、何か落ちてなかった? こう、見るからに、これはすごい、って思えるもの」

 

 一目見ればわかるタイプのもので、説明しなくてもわかるようなもの……。

 マシュ、清姫、ジャンヌに視線をやっても首を振るだけでわからないようだった。

 

「しかし、貴女が落とした――」

「ばっ、そんなワケないでしょう! 何もなくしてなんかないからね、私!」

 

 どうやら彼女が何か大切なものを落としてしまったらしい。しかし、これは……ひどい……というか。

 

「ともかく、あったのか、なかったかを答えなさい!」

「うーん……」

「どうなの? やっぱり落ちてた、アレ? ていうか、壊れてなかった? 壊れてた? 私、またやっちゃった?」

「……………………」

「何とかいいなさいよ――!? 沈黙って、時にいちばん残酷なんだからね――――!?」

 

 涙目になっていう彼女。ああ、うん。わかった、この人――。

 

「――――!!」

「Kishaaaaa――――!!」

 

 接近している大量の魔獣。

 

「潜伏終了! 迎撃準備! ――貴女は――好きにやってください」

「切り替えの早さはなかなかじゃない。それに、その観察眼――ふぅん……面白いじゃない。

 アナタの許可なんて必要なく、好きにやらせてもらうわ。アイツら相手に、憂さを晴らすとしましょうか……!」

 

 起動する天舟――マアンナ。

 莫大な魔力を放ちて、飛翔し、その機能を露わにする。それは弓だ。巨大な弓であり飛行船から放たれる矢の一撃は、ただの一撃で魔獣どもを駆逐する。

 

 更に、宝石に蓄積された魔力が爆発的なまでの暴威を振るっている。神気が蓄積されたそれ。普段から溜められているのだろうそれが、今ここに暴力的なまでに圧倒的な蹂躙として現れる。

 投じられる宝石の威力――極大。これが神だとでも言わんばかりの天災が具現する。一匹たりとも残すつもりはないのだろう。

 

 金色に輝く瞳を煌かせ、黒い髪を翼のように広げて、それは戦場をまさしく支配していたと言ってもいい。

 オレたちの出番などまるでない。だから、観察させてもらおう。

 

「どう見る? 博士、ジェロニモ」

「うん、彼女と戦うなら、まずはあの天舟(あし)を止めないとどうしようもないね」

「しかし、あの速度だ。生半可な攻撃では捉えられんだろう」

「そこは、ダビデかな」

 

 ダビデの五つの石ならば必中だ。如何な速度だろうとも相手の眉間に当たる。あわよくば相手の主武装を奪えたらよいのだが、そこまで都合よくいかないだろう。

 

「しかし、女神に通じるかな?」

「博士の言う通り、それは問題だな。しかし、まったくの不意打ちならばいけるのではないか?」

「つまり、それまでダビデは温存ってことだね」

 

 あまり考えたくはないが、敵対した時のことを想定するのは重要だ。あの破壊力、機動性は驚異的だ。

 

「まあ、敵になるかはまだわからないけど、神霊だからなぁ……」

 

 神様の見本として思い浮かぶのはステンノとエウリュアレと女神ロンゴミニアドだ。前者二人には、本当に苦労させられた。エウリュアレはいいが、ステンノは大変だった覚えがある。

 ロンゴミニアドは苦労どころではなかったが、性格としては良かった。

 

 この場合、参考にすべきは、ステンノやエウリュアレの純粋神格だ。であれば、あまり楽観しすぎるのは良くない。

 

 ――ただ、心眼が見抜いたことは、彼女は情に流されやすいだろうということ。

 

 積極的に味方にはならないかもしれないが、敵になるもならないもこちら次第になるかもしれないだろう。

 

 方針が決まったところで彼女が最後の一匹を倒しきったところだった――。

 




さあ、赤い悪魔の登場だ。
クロはとりあえず何とも言えない表情をして膝を抱えている!

詳しくは次回以降。

そして、やったよ、コアトル姉さん引けたよ。
ついでにゴルゴーンも引けて初アヴェンジャーだ

家賃以内で何とかなったよ。

それ以上は……聞くな……。
ナーサリーが宝具3になったり、ジャガ村先生が宝具5になったりしただけなので。

龍ちゃん、なんの恨みがあって毎回来るんですかねぇ……


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絶対魔獣戦線 バビロニア 6

「ま、こんなところね。たとえ疑似現界であっても、ティアマトの魔獣になんて負けないわ」

 

 戦闘終了。彼女は余裕そうだ。

 それにしても、なかなかに興味深いことを言っているな。

 

 疑似現界。

 ティアマトの魔獣。

 

 しかし――

 

「すごい派手だったな」

 

 戦い方は派手だった。色々と総合するとこの一言に尽きる。派手。

 勢いに乗らせたら駄目なタイプだ。その前に何としても止める必要があるな。

 

「でしょでしょ!? もう、私ったらどんな(からだ)だろうと最高なんだから!」

 

 ……敵対した時のこと考える必要あったかな……。

 いや、いくらチョロいからと言って、敵対しないとは限らない。うん、そういうことにしておこう。それに無駄にはならなはずだ。

 一度動きを視れば、あとはいろいろと予測しやすい。

 

「すみません! 第二陣、第三陣が来ます!」

 

 あれだけの数がただの第一陣だと!? これはちょっと予想外だ。かなりの数がいるとは思っていたが、まだいるのか。

 ドクターに聞けば、六十を超えてさらに増加しているという。というか、この街自体が魔獣の巣窟だという。逃げるには飛んで逃げるしかないレベルで包囲されているらしい。

 

 ドクターが女神様と交渉して飛んで逃がしてもらえというが、この人数を飛ばすのは無理だろうし、何より多分、飛ぶことになれば彼女に触れてしまうことになりかねない。

 直感がそう叫んでいる。もし彼女と飛ぶことになると確実に、接触事故(ラッキースケベ)が起きると言っている。

 

 そもそも彼女自身が戦った理由は、自分が暴れたかったからということだろう。それにだ――。

 

「ここで逃げてたら、多分人理修復なんてできないだろうし」

「そういうことよ。それじゃあ、私は行くわ。せいぜい、頑張って生き残りなさい」

 

 そう言って彼女は高速で離脱していった。

 

「さて――どうするかなぁ」

「なに、目の前に来た奴から倒していけばよい。それがいなくなるまでやれば終わりだ」

 

 さすが師匠言っていることが脳筋(ケルト)だ。ただ、それをするには敵の数が多すぎる。

 

「はっはっは、わしにまかせい! 神代とか、もう鴨じゃ鴨。もう、わしの独壇場じゃろ、ここ!!」

 

 ノッブは神秘が高い相手ほど強いから、確かに神代そのものの時代だと相性最高だったな。

 

「ともあれ、一点突破だな。ドクター?」

「ああ、東に向かってくれ。そこが一番手薄だ」

「良し、行こう」

「トナカイはラムレイ二号に乗っていろ。抱えて走るより早い」

 

 って、ちょっと待った、そもそもラムレイ二号飛べるじゃん。

 

「あ――」

「あ――」

 

 アルトリアさんまで、驚愕しないで!? しかし、ラムレイ二号であっても運べる人数には限りがある。とりあえず、ラムレイ二号にオレは乗り込む。

 上空から戦場を俯瞰して、手薄なところを突き進みながら東の城壁を目指していく。

 

「トナカイ、薙ぎ払うぞ。魔力を回せ!」

「了解――」

 

 東の城壁まであとわずか、道を塞ぐ魔獣たちを薙ぎ払おうとした瞬間――。

 

 天の鎖が、全てを殺しつくした。

 

「見せ場を奪って申し訳ない。しかし、百体程度であれば、街を破壊する必要もありません。聖剣の輝きを放つのはまた次の機会に」

 

 端整で優美な姿をした何者かが現れる。

 それは両極端を形にしたようなものと思えた。完成された顔立ちは男とも女ともつかず、どこか人形を思わせる。

 人間がましい淫靡さと自然の獣の純粋さ、両極の印象を観察眼が告げる。

 

 ただ、そう、ただこの人物のすさまじさだけはわかる。現代の人間など蟻のようなものではないのかと思えるほどの隔絶した差。

 純然たる性能差がそこにあった。

 

 もはや差がありすぎて嫉妬する気すら起きないほどだ。そもそも、此処は神代。普通の人間ですらおそらく、現代とはくらべものにならないくらい逞しいに違いない。

 

「君は……」

「お会いできて光栄です、カルデアのマスター。僕の名前はエルキドゥ。この神代にて、貴方たち人間の到来を待ち続けたもの。地と、新しい人を繋ぎ止める役割を担ったものです」

「エルキドゥ? エルキドゥと名乗ったかい!? だとしたら最高の助っ人だ! あの王様に並ぶ、その時代最強の存在だからね! その人物は信用できる」

「…………」

 

 エルキドゥ。

 太古の昔、神の手により造られ、地上に送り込まれた泥人形。

 知性も、言葉も、男女の別すら持たず、野の獣と全く変わらず森で暮らしていたらしいが、エルキドゥに狩りを邪魔された狩人がギルガメッシュ王に願いでたところ神聖娼婦のシャムハトが派遣された。

 エルキドゥは、シャムハトと出会い、6晩7日に及ぶ交わりに及んだ。

 

 これによりエルキドゥは、体内にある過剰なまでの精を吐き出し野性を失い、力も弱くなるが、代わりに知恵と思慮を身に付けたという。

 それでも彼は未だ人間を遙かに凌駕する力を持ち、当時ウルクの都で絶大な権力を誇り、暴政の限りを尽くした黄金の王にすら匹敵するとさえ噂されたというのだから恐ろしい。

 

 最初は野の獣風情と笑い飛ばした王とも、直接に対峙し、天地を揺るがすほどの死闘を繰り広げた末に互いの力を認め合い、無二の友となる。

 二人は共に冒険を繰り広げ、苦楽を分かち合い、そして、女神の手によって引き裂かれた。

 

 それがオレの知るエルキドゥの来歴。伝承だから、何があっているのか、何が間違いなのかはこれからわかるだろう。

 ともあれ、ドクターが信用できる人物というのなら、そうなのだろう。

 

 しかし、なんだ。人間でも、サーヴァントでもない。どちらかというと、これは機械に近い。いや、兵器か。もっと言えば、宝具?

 これが、神に造られた人か……。

 

「…………」

「どうかしましたか?」

「いや……」

「……いえ、いいのですよ。申し訳ない。怖がらせるつもりはないのです。こちらの本質を見抜いたのでしょう。大した観察眼だ。そちらのデミ・サーヴァントのお嬢さんも、申し訳ない。もっとゆっくり出会うべきでした」

「い、いえ、大丈夫です」

「今は、戦いに集中しましょう――突破します」

 

 エルキドゥの戦いも、圧倒的だった。

 これがこの時代の最強の一角と謳われる存在の力。

 

 だが、待て、この力があってなお、この世界は滅んでいるんだろう?

 

 それ以上の存在がいるということなのか。

 

 ――なに、それ怖い……。

 

 今も、巨大な竜を楽々と倒しているし、これ以上の敵がいるのか。

 これが第七特異点か……。

 

「今の毒竜(バシュム)で最後ですね。とりあえずですが、この街にいる魔獣たちは一掃しました。とはいえ、安全になった訳ではありません。仲間の血の匂いを嗅ぎつけ、すぐに集まってくるでしょう。今やこの大地は魔獣たちの巣窟。その数は増えることはあれ、減ることはないのですから」

「なるほど。こちらのことは知っているんだね?」

「ええ、すべて巫女長の託宣によって」

 

 この時代は少なくともまだ崩壊していない。戦っている。

 エルキドゥ曰く、世界の滅亡くらいじゃ神代の人間は全然へこたれないらしい。そもそも、神々の気まぐれによって何度も滅亡の危機に瀕してきたので、まったくもって問題ないらしいのだ。

 

 神代、恐るべしだ。

 

「なるほど、わかりますわかります。そのくせ、痴話げんかとか、夫婦喧嘩には弱いんだよね」

 

 いや、本当、どうなってんだ神代……。

 

 その後、エルキドゥの先導で廃墟を抜ける。途中魔物に襲われたが、何の問題も起きることはなかった。エルキドゥの強さだけが、ことさら強調される結果となったが。

 

 ――オレは怖いので、エルキドゥから、できるだけ離れる。

 

 どうしてか、わからないが、怖ろしいので離れる。

 

「何とか、抜けられてよかったけど――これは北に向かっていないかい? 観測結果だとウルクは南東のはず。ユーフラテス河を南下するものとばかり」

「短慮はいけません、ドクター・ロマニ。南に抜けるとまた別の女神の勢力圏に入って――ああ、そうでした。皆さんは今のメソポタミアの状況を知りませんでした」

 

 説明されたことを端的に言うと、メソポタミアは滅亡の危機に瀕している。

 十二もの城塞都市はその八割が壊滅。生き延びた人々はウルク市に身を寄せ合い、刻一刻と迫る滅亡の時に立ち向かっている。

 この時代を乱しているのは三女神同盟と呼ばれる三人の女神たち。魔術王の聖杯は誰の手にもわかっておらず、魔術王の手の者ではない者がこの世界を滅ぼそうとしている。

 

 魔術王と同格、或いはそれ以上のモノの手によってメソポタミアは滅びようとしている。正しく神の霊基を持った神霊。

 その権能(きのう)を十全と使用することのできる強大な存在。

 

 その存在ははっきりとはしないが、その目的だけはわかっている。

 

 ――人類抹殺。

 

 一人残らず殺しつくす。許しはしない。

 皆悉く屍を晒せ。

 

 完全廃滅の意思。

 人類史という積み上げられるべきそのものの否定だ。

 

 女神といえば、先ほどの女神様っぽいが。

 どうにもそれにしては、言動がチョロすぎたような気がする。

 

「さて、見てもらった方が早いでしょう。見てください。この高台からなら、北壁の様子が一望できる」

 

 一つ、女神の脅威をお見せしましょう。そう彼が言った。高台へとのぼり指し示す。

 

 ――魔獣の女神の魔の手を。

 

「果てのない、壁?」

 

 そこから見えたのは果てのないようにも見える壁だった。長大にして、巨大。何よりも堅牢さを持つ石壁がそこにあり、魔獣の軍勢を押しとどめている。

 

「そう。魔獣たちが北部を埋め尽くした際、バビロン市を解体し、その資材で作り上げたもの。今ではこう呼ばれています」

 

 それは人間の希望。

 それは四方世界を守る最大にして最後の砦。

 

 ――絶対魔獣戦線バビロニア。

 

「絶対魔獣戦線バビロニア……」

 

 アメリカの東西戦争など比べ物にならない規模に震える。このシュメル。メソポタミア世界そのものに迫る危機。北壁に見える米粒のような大地を埋め尽くす影が全て敵。

 数千、あるいは数万か。それの十倍以上が、この北部にはいるという。

 

 ――冗談だろう……。

 

 先ほどの魔獣の戦闘能力は、自律型の小型戦車に相当する。それが一万頭を超える規模。あんなものを城壁一つで防ぐことなど、それこそ宝具でもないと不可能だろう。

 だが――防いでいるのだ。

 

「どんだけ凄いんだよ、神代の人々は……」

「それぐらいで驚かれても。彼らは半年もの間、あの壁を維持しているのですから」

「半――!?」

 

 半年!? 何をどうやったら、半年もの間、あれだけの数の魔獣を相手に人間が対抗できるというのか。

 観察眼が告げる。

 不可能。

 心眼が告げる。

 不可能。

 直感が告げる。

 それが神代なれば。

 

「凄いです……すさまじい練度の兵士たちがいると思われます……」

「なにそれ、怖いんだけど」

「本当ねぇ、人間の底力っていうのは……」

 

 感心よりもまず、嘘だろと疑う方が大きいが、実際に見せられてしまうと疑いようがない。

 

「すごいのう。わしもあんな兵士ほしかったわ」

「うむ、凄まじい練度の兵士がいるのだろうな。ふむ……」

「師匠、さすがにやり合うのはなしだろうぜ?」

「む、さすがの私もそこは考える。なに、訓練だけだ。あそこで戦う兵士と少し訓練でもできればな」

 

 その訓練、死者はでませんよね?

 

「なに、致命傷も全てルーンでどうにかできる」

 

 相変わらずルーン万能すぎる。

 

 しかし、みんなも思うことは同じだ。シュメルの人々の屈強さだ。本当に同じ人間なのかと思わずにはいられない。英雄ならまだしも、ただの普通の兵士たちがこれほどの間抵抗を続けているのだというのが信じられない。

 ただ、同時に希望も見える。あそこに参戦することができるのなら、状況を変えることも可能なのかもしれないと。

 

 なにせ、こちらは英霊たちだ。対軍に秀でたアルトリアやノッブ、スカサハ師匠がいる。特にアルトリアは魔力が続く限り、エクスカリバーを放ってもらえれば、それだけであの軍勢を溶かすことも可能だろう。

 

「ええ、みなさんの言う通り彼らの練度はすさまじい。魔獣側よりも死傷者が少ないほどです」

「嘘はいけませんよ、嘘は」

「清姫、嘘じゃないことはわかるんじゃない?」

「…………」

 

 それこそ嘘であってほしいが、いや、死傷者が少ないことは嬉しいんだが。

 

 なにせ、そこからわかることは、的確な軍隊の運用に、一分の隙もない交代制度。それを統括している指揮官の尋常ならざる優秀さだ。

 確実に、指揮官としてもオレよりも上だ。

 

 ――あれ、オレ必要なくね? 戦力だけ貸せば、良いとかいう話にならない?

 ――…………。

 

「と、トナカイさんは必要です!」

「そうだぜ、オレたちは大将以外には従うつもりもねえしな!」

 

 ありがとうジャンヌに金時。

 

「ともあれ、あと一月は、前線を維持するでしょう」

「うんうん、王様としても、ヤバイのがわかっちゃうというか、凄いよ。明らかに負けてる。でも、全体で見ると勝っているんだよ。いやー、すごい王様もいたものだね」

「いったい、どのような者が、あの城塞の指揮を執っているのだろう。……なんとも、辛抱強い指揮官か」

 

 ジェロニモが言う通り、半年もあの状態を維持しているというのなら、すさまじく辛抱強い指揮官だ。

 

「……ええ、本当に。彼らも無駄な血を流すものです」

 

 ――無駄?

 

「すべてを滅ぼす必要はない。後は放っておいても死に絶えるのに、無駄なことを」

「フォウ……?」

「エルキドゥ……?」

 

 なんだ、その物言いは。それではまるで、敵側のような?

 

「すみません。魔獣とて生命。少し感傷的になってしまいました」

 

 エルキドゥはそういうが、感じてしまった違和感は抜けようがない。

 

「興味があるのならいつだって戦線に参加できますよ? いまウルクの徴兵試験はだいぶ緩いそうですから」

「……それはウルクについてからかな」

 

 サーヴァントなら問題ないだろうし、みんなが行けば状況も変わるかもしれない。一騎当千の英霊たちが戦線に参加するのだ。これ以上ない援軍になるだろう。

 ともあれまずはウルクに行くべきだ。

 

「そう。前線が維持できているのなら、指揮官――つまりは王がいるということだ。ウルクを襲う脅威が聖杯によって狂った王ではなく、三女神同盟とやらなら、交渉はシンプルに済む」

 

 ――ええ~本当でござるか~

 

 エルキドゥがいるということなら十中八九、ウルクにいる王とはギルガメッシュのことだ。あの金ぴか王。第四次聖杯戦争の特異点において、戦ったあの王様だ。

 どう見ても厄介極まりない王様だった。我が強すぎるし、自分中心に世界を回してるし。アレに交渉とか、オレできる気がしないというか。

 

「まあ、何とかするしかないでしょ。いつものことじゃない。アンタならやれるわよ。この私が保証するわ」

「ありがと、クロ」

 

 しかし、クロは大丈夫かな。あの女神様にあってから、妙に落ち着いていないようだし。ウルクについたら聞いてみよう。

 

「今は、ウルクに急ごう」

「ええ、ここは危険ですし。まずは見通しの悪い森に入りましょう」

 

 エルキドゥの先導に従って進む。北へ。

 この時からおかしいと感じていた。ウルクは南東だ。それなのに、北へ北へと向かって行く。そもそもだ。北は、魔獣の女神の領域。

 

 それにだ、この森の奥から感じる、怖気はなんだ――。この先に進んではならない。この先に行くことを本能が拒んでいるような――。

 

「もうじき安全地帯です。日が暮れる前にたどり着けそうですね」

「……これは、杉の森、ですね。伝説では魔獣フワワが守っていたという話ですが……あれはウルクの東、ティグリス河の向こうに当たるザクロス山脈にあると解釈されていたような……」

「ああ、それは二種類あるんだよ。シュメル版とアッカド版には食い違いがあってね。古い文献には杉の森は西にもあるとされているんだ。だから、こちら側に杉の森があってもおかしくはないんだけど……」

「……ウルクとは逆方向だ」

「ますたぁ? お顔が、真っ青ですよ? 具合が悪いのでしたら、休憩を」

 

 ギルガメッシュ叙事詩における杉の森は聖域だとされている。だが、ここは、まるで、魔物の腹の中のようだ。今にも胃の内容物をぶちまけそうなほど。

 ここはマズイ。直感も心眼も叫んでいる。ここが安全地帯? 馬鹿も休み休み休み言え、ここが安全地帯なら先ほどの北壁の方はまさしく極楽だろう。

 

 間違いない、ここは敵の巣窟だ。敵の掌の上に乗りかけている。だというのに――。

 

「どうかしましたか? 何か、気にかかることでも?」

 

 この時点で、オレはもうこのエルキドゥが味方だとは思えなかった。

 

「子イヌが気分悪そうなのよ、ちょっと休憩にしなさいよ」

「ああ、それはいけません。ですが、ここで休憩はまずい。この先の川に波止場があります。そこまで行きましょう」

 

 波止場には舟がある。そこまで行けば川を下るだけ。

 

「お疲れとは思いますが、頑張って。この森を越えてしまえば、それで終わりです」

 

 この森を、越える? はは。何を言っているんだろうか。この森自体が、まさしく敵の腹の中と言ってもいいような状態なのに、なんだ、それは?

 この森を越えるということがどういうことか、オレは直感的に悟った。この森の様子を見て、心眼が見抜いた事実に直感が加わる。

 

 それを指摘しようとした時――。

 

「なんと! それはいいことを聞いてしまった。この先に波止場があるとは知らなかった! やあ、こんにちは。驚かせて済まない! 怪しいものではないから、まずは話を聞くと良い」

 

 現れたのは白いローブの男と黒いローブの少女。

 怪しいことこの上ない組み合わせだが、不思議と邪気は感じない。男の方は胡散臭いことこの上ないが、少女の方は、むしろ、こちらを怖がっているような気すらしている。

 

「我々は遭難者。この通り、慣れない獣道で迷ってしまってね」

 

 駄目だ、しゃべる度に怪しさが増していくぞぅ、この男。

 しかし、この男、アメリカで――。

 

「これはもう魔獣たちのエサになるしかない、と悲嘆していたが、やはり私はついている! ほら、そうだろうアナ? 私についてきて正解だったと思わないかい? 今回は運悪く目的地にたどり着けなかったが、こうして道を知る現地人に出会えたんだ。

 待てば海路の日よりあり、一歩進んで二歩下がる。まさか魔獣の女神のお膝元で、人間に会えるとはね!」

「迷い人ですか。災難でしたね。僕たちはこれからウルクに向かいますが、同行しますか?」

「もちろん。断られてもまとわりつくとも。もう三日も歩き詰めで、足が棒になる寸前だった。でも、うーん。名前も知らない人たちに同行するのは怖いなぁ。そこのお嬢さん、良かったら名前を聞かせてくれないか? ああ、私は故あって名前は名乗れない。この娘も同じだとおもってくれ」

「マシュ・キリエライトと言います。こちらはマスターで、こちらの方はエルキドゥさんです」

「エルキドゥ? エルキドゥと言ったのかい? うーむ、それは困ったなあ。うん、とても困る」

「……なぜ? 僕におかしなところがあるとでも?」

 

 白いローブの男は、爆弾を投下する。もっともこの場に必要だったソレを。

 

「ああ、そうだね。だって、今、ウルクで戦線を指揮しているギルガメッシュ王は、不老不死の霊草探索から戻ってきた後の王だ」

 

 それは、つまり、エルキドゥは既に死んでいて、ここにいるエルキドゥが敵だという確固たる証拠だ。

 

「ふ――ふふ、ふふふふふふふふふ! まぁ、そうだよね。あっさりバレなくちゃ嘘だよね、こんな即興の芝居はさ! こんにちは無能たち。ああ――でもたいへん惜しかった! あともう少しで面白い見世物が見られたのに!」

 

 変貌する。

 変容する。

 それは敵へと、エルキドゥならぬ何かへと。

 

 人間を失敗作とのたまう人類の敵へと。

 

「――やっぱり、か……」

「ここまで僕らを誘導したの罠だったってことだね。そうなると、君は本物のエルキドゥというわけじゃ、ないんだろうね」

「それは違うさ、碩学。ボクは、エルキドゥと同等の性能を持つ、エルキドゥと同じように語る、エルキドゥ本人だとも。

 そもそも、だ。どうしてエルキドゥ(ボク)が人類の味方だなんて思いこんだんだい?」

 

 神々に作られた兵器。

 それが人類の味方なはずがないだろう。

 

 今更だが、それもそうだと納得もする。だが、それ以上に、彼の放つ魔力が魔神柱のものに近いとなぜ気が付かなかった!

 目の前にいるモノは人類の敵対者だ。ソロモンに類する何かだ。

 

「まあ、敵ってことだろ? だったら、殺さなくっちゃなあ」

「酷い言われようだなあ。さっきまで仲間意識で和気藹々としていたのに」

「フッ、何を言っているのか。トナカイが貴様から距離をとっていたのに気が付かないわけがないだろう」

「無意識に気が付いていた。だが、もうこの森に入った時点で詰みだ」

 

 エルキドゥの魔力が増大する。

 戦闘態勢に入った。

 

 ――勝ち目がないと心眼が叫ぶ。

 ――直感がその役割を放棄する。

 

 勝てない。

 

「ふむ。偽エルキドゥ氏の言い分はてんでわからないが、状況だけは理解した。何より、彼女がカルデア(そちら)側にいるというのなら手伝わないわけにはいかない。

 だから、アナ、手伝ってあげなさい」

「…………わかりました。契約外ですが、あの人たちを守ります」

 

 黒衣の少女がその大鎌を手に参戦する。

 

「何が来ようと無駄さ――」

 

 絶望の戦いが幕を開く。

 神代において、神に造られた超兵器が、その機能(ちから)を解放する――。

 




QPがない。QPさえあれば、コアトル姉さんのスキルがあげれたのに。

とか言いながら、エレナ女史、イシュタル、コアトル姉さんという金星に所縁のあるパーティ作りました。
クリティカルで殴るパ。
欠片、月の湯治とかで恒常的にスターを稼ぎつつぶん殴ります。
等倍でも普通に五桁ダメージをたたき出してくれるので非常に楽しいです。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 7

 ――超常がそこに激突を始める。

 

 神代におけるサーヴァント戦闘。否、それを超える戦闘が繰り広げられる。

 もはや知覚不能。サーヴァントならざる人がついていける限界をついに突破した。

 

 何をしている。

 何をされている。

 

 エルキドゥが動けば木々がへし折れ、大地が抉れる。

 あらゆる攻撃がこちらを狙う。

 

「っ――先輩っ! 指示を!」

 

 気がついた時にはマシュが防いでいる。

 

 何をしている。

 何をされている。

 

 ――いつも、わかることはない。

 ――サーヴァントには、どう足掻いても及ばないと、理解させられる。

 ――究極の神造兵器とは、比べるまでもなく劣っていると見せつけられる。

 

 わかっているさ、そんなことは。

 そんな自分が嫌になる。

 けれど。けれど、それでも、戦わなければいけないから。

 

「ああ――!」

 

 ――劣っているのなら、搾り尽くせ。

 ――及ばないのならば、かき集めろ。

 ――わからないのなら、積み上げろ。

 

 自分は、全てに劣っている。

 サーヴァントに敵うはずもない一般人。

 神代に生きた現地人にも及ばない。

 

 それでも、オレは、最後(みんな)のマスターだから。

 

 ――思考加速。

 

 足りない故に知覚できないのであれば、わかるように思考を加速させる。

 

 魔術礼装に仕込まれた神経伝達の超加速術式を起動。

 倍加される思考速度に伴って、超次元の速度へと追いつく。

 

 その状態ですら、高速。

 伝達速度の加速によって現れる神経が焼けつくような痛みは、意地と生存本能に於いて無視する。

 いつもとかわらず、ここで負けてしまえば死ぬのだという強迫観念は、オレの能力を火事場の馬鹿力的に上昇させていく。

 

 だが、それですら足りない。

 指示を出すためには追いつかない。

 追いついただけでは、指示を出すに足りない。

 指揮官がやるべきことは、一つ。

 

 いつものように、先んじろ――。

 

 恐ろしいからこそ、先を視ろ。

 恐怖によって臆病心(センサー)を研ぎ澄ませ。

 相手の一挙手一投足を見逃さないようにと目を見開け。

 

 やるべきは、思考を加速させ続けることではない。やるべきことは偽エルキドゥという存在をつまびらかにしていくこと。

 先ほどの言動、今までの言動。今まで見せた戦闘能力。それらは何一つ変わっていない。

 

 ならばこそ、重要なのは思考の模倣。相手が何を考えているのかを読み取り、そこに刃を合わせるのだ。

 加速した脳神経伝達速度によって導き出される、相手の行動。それを以て、指示を成す。

 

 指先の血管が爆ぜる。

 指先が爆発した痛みを恐怖で塗りつぶし、思考を澄み渡らせる。

 

「スカサハ師匠!」

 

 魔力パスを通じての思考の伝達を以て、指示を伝える。

 

「応!!」

 

 まずエルキドゥの相手をするのは、スカサハだ。神殺しの力を持つ彼女。その仕様はアサシンの霊基により、格が下がってはいるものの、強さは健在だ。

 縦横無尽に奔る鎖と変化する肉体による一撃、その技巧で受け流し、正面から相手をする。

 

「――危ないですよ……」

 

 そこに走り込むのは、鎌を構えた影――アナと呼ばれた少女。彼女についてはわからないが、彼女の存在は大きい。

 縦横無尽なのは彼女の鎌も同じ。スカサハ師匠とて、二本の腕、二本の脚で扱える朱の武装の数には限りがある。それを超える時に、彼女がカバーに入る。

 

「行くぞ! ノッブ無双の始まりじゃ!」

「さて、僕も真面目にやるとしよう――」

 

 それ援護するのはノッブとダビデだ。展開された三千丁の火縄銃の銃列が規則正しく射撃をするのであれば、ダビデは不意打ち的に必中の一撃を放つ。

 五つの石のいいところはどれが五発目なのか、見ていなければわからないということ。散発的に投げられる石。数えていれば良いというものではない。

 

「見る暇なんて与えないわ!」

「アイリさんも頑張っちゃうわよ」

「あたしもね、行くよ!」

 

 そんな暇など与えるわけもない。クロの武装投影が放たれる。三千丁の銃火に合わせて、剣群が降り注ぐ。それに合わせてブーディカの魔力塊も放たれ、アイリさんの魔術もここに混じる。

 小さな石を目で追い、アナとスカサハ師匠から目を離せるのならば、してみろという話だ。

 

 そして、一番厄介なのがエリちゃんだ。

 

「いっくわよー!」

 

 どんなに行動を読もうとしても読めない一撃。考えなしではないはずなのに、ここ一番で突拍子もない行動をとるのがエリちゃんだった。

 それは戦闘者ならば誰もが厄介に思う。動きが読めない相手ほど、やりにくい相手はいないのだ。

 だが、それこは神の兵器、それであってもなお、こちらを隔絶した戦闘能力で蹂躙せんと猛っている。

 

 更に悪いのは次から次へと現れる魔獣たち。ここは彼らの巣窟。四方八方から溢れ出す魔獣の群れ。

 式、アルトリア、クー・フーリン、リリィ、ベディ、ジェロニモ、博士に任せているが、倒しても倒してもあふれ出す魔獣たちを相手にどれほど持ちこたえられるかは疑問だった。

 このままの状態は長く続かない。

 

 演算試行――結果、敗北。

 

 何度、思考したところで、エルキドゥに勝つという情景が見えない。

 オレの守りであるマシュ、清姫、ジャンヌを前線に出しても変わらない。

 

「先輩、このままでは!」

「ますたぁだけは、必ず!」

「トナカイさん!」

 

 負ける。

 

 このままでは、負ける。

 その恐怖に、喉がからからになる。

 

 だが、それでも――先読みを続ける。

 

 相手を想い、思い起こし――全てを見通せ――。

 

 最大出力でなお演算されない勝利への筋道。

 

 ただ一直線に、そこを駆け抜けるために指示は、見つからない。

 あらゆる全ての血が沸騰するほどの高揚と、代償の中で、あるはずの勝利へと駒は、進まない。

 

 ――視ろ、視ろ、視ろ。

 

 足りないのならもっと。負けるわけにはいかないのだから。

 

 一秒先の生存を、二秒先の拮抗を、三秒先の優勢を、四秒先の勝利を、五秒先の未来を――。

 

「無駄だよ、全ては。残念だったね」

 

 その生存はあり得ない。

 その拮抗はあり得ない。

 優勢はない、勝利はない、未来はない。

 

 敗北する。

 数の差が性能を凌駕することはあり得ない。

 強大な個に相性は蹂躙される。

 

「旧人類、ウルクの民にすら劣る劣等種が、新人類たるこのボクに、敵うはずがないだろう」

 

 敗北する。

 

「はは――これはまた、いいぞ! 久方ぶりに滾るというものよ!! すまんな、マスター、しばし――好きにやらせてもらうぞ!!」

 

 スカサハは、あらゆる全てを忘却の彼方へと吹き飛ばした。

 英雄として、英霊として不倶戴天のまま、己が歩んだ人生のままに。

 その性能(ちから)を十全に発揮する――。

 

 大地が抉れ、空気が引き裂け、綺羅綺羅しく舞うスカサハとエルキドゥ。

 

「無駄だと言っているのに、聞き分けのない」

「なに、つれないことを言うな。カルデアの生活は良いものであるが――本気を出すと世界事砕いてしまうから自重しているわけだ。

 だが、この場において、それは必要ないと悟った――であれば、私も本気で戦えるというものよ!!」

 

 空間自体が突き抜ける。

 その槍の刺突。

 いや、もはやそれは刺突と呼んでいいのかすらあやふやだ。

 

 赤の軌跡しか見えない。

 それが穿つごとに、空がひび割れていくかのよう、もはやただのサーヴァントでは近寄ることすら不可能。

 

 だが、その代償として、こちらの魔力が際限なく吸われていく。

 彼女が真の力を引き出すたびに、こちらの魔力が喰われていく。

 底なし沼に沈み込むかのような感覚。

 

 いや、その感覚すらもはや感じないほどに――冷たく。

 

「先輩!!」

「スカサハ!」

「おい、師匠!!」

 

 全てが、黒に染まる、その時だ、白いローブの男が口を開いた。

 

「さて、準備完了。さあ、カルデアのマスター。この状況を脱することが出来る策があるんだが――」

「――なんでもいい。ここを脱することができるのなら、やってくれ」

 

 躊躇いなく男の提案を受け入れる。

 目の前の恐怖から逃れられるならば。

 

「うん。いいね、そうこなくては」

 

 彼は力を行使する。それは夢魔としての力。夢を見せる力――。

 

 ――いつの間にか、エルキドゥが消えていた。

 

「!? わたしたちは、敵エルキドゥと戦って――あれ?」

 

 戦場を俯瞰している立場であるマシュも驚いている。オレも驚いている。

 

「はっはっは! いや、うまくいった、うまくいった! やっぱり精神攻撃にはまだ耐性がなかったな。純粋な子供を騙すようで気が引けたけど、そこはそれ。我々が生き延びるためだ。非紳士的行為も、少しだけなら許されるさ。

 何しろ、相手は三女神同盟の調停役、すべてのウルク民にとっての裏切者、エルキドゥだ。あの少年……いや、少女?まあ、どっちでもいいか。彼に殺された戦士たちはそれこそ数えきれない。

 魔獣たちの指揮者である彼こそ、魔術王直属の配下、といえるからね!」

「……あれは本人なんですか……?」

「ああ、本人はそう名乗り、多くの城塞都市を滅ぼした」

 

 確かにあの戦闘能力は尋常ではなかった。

 あのスカサハ師匠が本気出しかけてなお、まだ余裕があったようだった。

 

「…………すまん……」

 

 わたしはだめなししょうです、というエリちゃん製作の看板を首から下げたスカサハ師匠が隅っこでごつごつした石の上に正座させられて、膝の上にさらに石が置かれて行っている。

 

「しっかり反省するのよ! 子イヌが死んだらどうすんのよ! そのために霊基落としたのに馬鹿じゃないの?」

「…………返す言葉もない……」

 

 ――いや、なに、その拷問……。

 

 エリちゃんに正論言われるとか、もう死にたくなるくらいの拷問なんですけど……。

 

「清姫さんがやりました、トナカイさん!」

「だって、ますたぁをあんな風にするなんて、許せません」

 

 あの、マジトーンやめてください、とても怖いです。背中で炎が燃えてます……。

 

 ともあれ、オレの為というのはわかったのだが、さすがに見ている方がきついので、やめてもらうことにした。だが、どうしてオレの視界の外側でやるのかな。

 やめてほしいんですけど。見えていない分、なんというか、酷い雰囲気が感じられて観察眼のおかげで、勝手に脳裏に思い浮かんじゃうから。

 

「まあ、ともかく気を付けたまえ。あれは人間を殺す兵器。ギルガメッシュ王と出会う前の残忍な兵器に戻ってしまったのだからね」

「――ふむ、そうだな。だが、気を付けるのは貴様も一緒だろうマーリン。ベディヴィエール卿、取り押さえておけ、余計なことをされては敵わん」

「逃がしませんよ、マーリンさん! とてもお久しぶりな気がしますね! マーリンさん!」

「魔術師殿、その節はいろいろとお世話になったような気もしますが、我が王の命、取り押さえさせていただきます!」

「いやいや、酷いな、これはひどい。まだ、私は何もしていないというのに」

「貴様はこれからする可能性が大いに高い。尊敬もしているし、敬愛もしているが、マスターもいる手前、貴様に好き勝手にやらせておいて、被害が大きくなっては事だ」

「はい、マーリンさんがいるとどういうわけか、大事になるのでケイ義兄さんも大変だと言っていました!」

「なに、安心すると良い。今は有事だ。アヴァロンに引きこもっている貴様が、どうしてここにいるのか、その他諸々聞かせてもらおう」

 

 マーリン? マーリン!? マーリンって言えば、確か――。

 

「はい、アーサー王伝説に於いて、登場する魔術師です。最高のキングメーカーともよばれる、魔術師の中の魔術師と呼ばれる方です」

「いやいや、そんな大したものではないない。ちょっと、冠位の資格をもってるだけですし」

 

 いや、それは相当なのではって、冠位(グランド)!?

 

 相当どころか魔術王クラスじゃないか、それ……。

 

「――あれ、マスター、フォウ君が木に登っているんだけれど?」

「フォウフォウフォウ」

 

 ジキル博士が言う通り、木に登って、爪を突き出して身をよじってる。何をしているのだろう。

 

「フォウフォウフォ――ウ!!

 マーリンシスベシフォ――ウ!!」

 

 しゃべたあああああああ!? いや、確実にしゃべったよね、マーリンシスベシって言ったよね!?

 そして、高速回転しながらマーリンさんに突撃した!?

 

「ドフォ――ゥ!?」

 

 そのまま腹にどかん。あれは痛い。相当いたい。腹筋を鍛えていないっぽそうなマーリンでは相当だろう。

 

「なんてことをするんだ、この凶獣! 長年世話をしてやった恩も忘れて、この、この!」

「フォウ、フォーウ!」

「ああ、思えばこんな悪獣を引き取るんじゃなかった! キャスパリーグ! 恐るべき災厄のネコよ! その愛らしさで何人に肉球愛好家をたぶらかしたんだ! ただ可愛いだけで御婦人たちに可愛がられるとか、日ごろの苦労がバカみたいじゃないか! 手練手管を駆使している私に悪いと思わないのか!?」

「…………」

 

 フォウさんと同レベルの争いをしている……。

 

「マーリンさん、あまりフォウさんをいじめないでください!」

「いや、これはいじめているわけではね」

 

 なんというか……なんというか……なんだこれ……。

 

 さっきまでのシリアスがどっかに完全に吹っ飛んだぞ。

 

 でも――助かった……。

 

「先輩? 先輩――!」

 

 気がぬけたら力も抜けた。細かい傷も礼装の治療で治そうにも魔力が足りない。

 だめだ、意識が――。

 

「こちらに倒れないで下さい」

 

 倒れる直前にアナに支えられる。

 

「ごめ、ん」

「謝るのなら、まずは座ってください」

 

 そのまま座らせてもらい、どこからとってきたのか、水を飲ませられる。そのおかげで、何とか意識だけは失わずに済んだ。

 

「先輩、大丈夫ですか!?」

「ますたぁ! お怪我は、お怪我は!?」

「トナカイさん、いつまでも隣にいてくれるといったではないですか!?」

 

 いや、そのやさしさはありがたいけど、今は、止めて頭に響く。

 

「とりあえず、そこの三人は、ストップしてください。駄目です。怪我人に大声など阿呆です」

「ありがとう、アナ」

「……別に。それからマーリン。奇行、痴態は夜更けに一人で行ってください、指示通り、敵個体は誘導しておきました。追ってはこないようですが、早急に目的地まで移動することを推奨します」

「おっと、ナイスタイミングだ! ご苦労さまだ、アナ。キミのおかげでまた助かった」

「……契約外の戦闘です。感謝より反省をしてください」

「ははは、これは手厳しい。でも、ほら、義を見てせざるは、というヤツさ」

 

 胡散臭いことこの上ないというか、これほど義を見てとか似合わないと思えるような男も珍しい。

 

「さて、アナも戻ってきたことだし、改めて、自己紹介と行こうか。いったいどこで見つけてきたのかわからない、サンタコスの王のおかげで、わかっているとは思うけれど私はマーリンだ。こちらはアナ。私たちはサーヴァント。

 私のことは気軽にマーリンお兄さんと呼んでほしい。アナは? アナはどう呼ばれたい?」

「別に、アナでいいです」

「これはご丁寧にどうも。先ほどは助けていただき、ありがとうございますアナさん。マスターのことも支えて下さって――」

「さんは要りません。アナでお願いします。それと、人間は嫌いです。こちらに倒れてきたから受け止めるしかなかっただけです。できれば近寄らないでください」

 

 そう言ってアナは離れる。

 

「ああ、アナのスタンスは気にしないでくれ。本当に人間が嫌いなだけで別に裏とかないからね」

 

 それはそれでショックなような……。

 

「それより――」

「って、待った――――!!!!」

 

 話をすすめようとしたとき、ドクターの声が響き渡った。

 




色々とやりたいことがあるが、それは追々やっていこう。
マーリンとベデヴィエールとか、マーリンとサンタさんとか、マーリンとリリィとか。
一気にはやれないし、話も進めないといけませんし、時間はある。
いずれ細かくやるとも。

スカサハ師匠は、強者相手に脳筋《ケルト》のノリが出てきちゃってついやりすぎちゃったんだ。

今回はイベントじゃないので、いろいろと細かく描写してをしていこうかとしている最中ですね。
戦闘はなかなか大人数を出すと大変です。
全員に見せ場をつくりたいんですが、構想してるとコアトル姉さんがどこぞの第六天波旬みたくなった。

ノッブと最高の相性ゲーができるとか言っていたら、相性? なにそれ、許容範囲以上の力で殴ればいいじゃない!
というルチャの精神という名の究極の脳筋がノッブを襲う!

そして、一瞬にしてメンバーが半壊するほどの強さを見せつけるコアトル姉さん。
だって、アレ善性が相手をする限り勝てませんもん。
スカサハ師匠がいかに本気出そうが、善性である以上、勝てない。

というある意味過去最悪の敵となる予定とかいろいろあります。

ウルククエストもいっぱいやります。

ゴーレム危機一髪

絶対革命工廠ウルク
 もたらせ、粘土版ではない筆記用具!
 もたらせ、火薬。
 もたらせ、火縄銃。

絵のモデル
 優勝は全裸

レオニダスブートキャンプinケルト
 燃えよ、我が筋肉!! オレが、オレたちがスパルタだああああ!!!

ゲテモノでも栄養は一緒、魔獣を喰らえカリバー選手権
 みんなで食べれば怖くない。意外においしい魔獣の食べ方!
 その日以降、絶対魔獣戦線では魔獣の到来を待ち望む猛者どもが現れだしたとか。

などなど予定中。
その間に、ウルク民たちとのやり取りとか、シドゥリさんとの絆とか。
色々やっちゃうよ? これがどういう意味か、わかるな?
諸君ならば、わかると信じているよ。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 8

 ドクターの大声が響き渡る。

 

「マーリン!? マーリンだって!?」

 

 そうだ。マーリンだ。ブリテン島の大魔術師、夢魔と人間の混血。

 世界有数のキングメーカーにして、ドクター曰く最高峰のろくでなし。

 魔術師(クズ)の中の魔術師(クズ)と称される男だ。

 世界の終わりまで死ぬことのないはずのモノ。

 

「そんな冠位の魔術師がサーヴァントとして、ここにいる!? いやいやいや、どんな冗談だいそれは!?」

「ふははは! 予想通りの紹介ありがとう、ロマニ・アーキマン! そう、私はグランドキャスター・マーリンお兄さん。魔術師の中の魔術師だ。まあ、言った通りグランドの資格があるだけで、霊基は普通なんだけどね」

「あーりーえーなーいー! マーリンが英霊化しているものか! どこからどう見ても本人だけど、嘘つけ、この偽マーリン! 本物なら正体をあらわせ」

 

 なんなのだろうか、このやり取りは。

 いつものドクターらしくないというか。妙になれなれしさがあるような。ドクターなら、マーリンクラスのキャスターを相手にしたらもっとこう、丁寧に相対しそうなものなんだが。

 ここまで、何の考えもなく子供のように言葉を叫んでいるのは、初めて見たというか。

 

「なんで、ドクターはああなってるの?」

「それは……おそらく、魔術師マーリンの伝承との齟齬からでしょう」

 

 彼は自らアヴァロンの中に塔を作って幽閉された。死ぬことなく、その狭い塔の中から、世界を見渡し続ける。それが魔術師マーリンという存在。

 英霊の座になど登録されるはずもない。なぜならば、彼は未だ生きているのだ。だから、何があろうとも英霊になどならない。

 

 サーヴァントとして召喚されることなどありえない。もし、それがありえるとしたら最上級のイレギュラーだ。スカサハ師匠もその点としては同じか。

 影の国がなくなったがゆえに、死んだものとして英霊として座に登録された。もしかしたら、マーリンもそうなのかもしれない。

 

「それだけ?」

 

 だから、そう思ってしまう。

 スカサハ師匠と同じなのだ。オレの背後で、正座させられて、エリちゃんに正論をぶつけられまくる、という拷問を受けているスカサハ師匠と。

 ただそれだけのことだ。マーリンも、おそらくは同一の事情によって召喚されたはずだ。召喚されるということはそういうこと。

 

 アヴァロンが消滅するとは考えられない。なにせ、ベディがいた場所だ。第六特異点において、間接的ではあるが、アヴァロンの健在は確認されている。

 もとよりアヴァロンは世界の果てにある塔。人類史が終わるまで消えることのない時間の外側だ。人理滅却程度では消滅しない。

 

 であれば、この時代では生まれてないとか、そんな反則というか屁理屈的な理由で召喚されたのかもしれない。

 

「そう、その可能性はある。けど、そもそも、その男は戦闘面においては、何の役にも立たない! 冠位の資格を持つ魔術師はみな、優れた千里眼を保有する」

 

 ソロモンの過去と未来を見渡す眼。

 ギルガメッシュの未来を見渡す眼。

 マーリンの現在の全てを見渡す眼。

 

 それぞれに精度、距離の違いはある。

 だが、いずれも監視者としての力を持つ。

 

「それでも、基本は視るだけの異能だ。特にマーリンは一番ひどい! だって、すごく便利なだけだからね!」

 

 マーリンにできることとはアヴァロンの塔から地球中をのぞき見するぐらいだとドクターはいった。確かに、便利なだけだ。

 それ、いわば監視カメラとかそういうのとほとんど変わらない。

 

「そう。現代で言うなら、すべてのネットワークを自由に閲覧できる程度の――あ」

「それはそれですごいと思うけどなぁ」

「はーい、横から失礼~☆」

 

 横からダ・ヴィンチちゃんの登場。どうやらドクターは何かに気が付いたらしく固まってしまったらしい。だから、出てきた。

 代わりにマーリンに質問するのだという。

 

「まずは感謝だ。キミ、今まで何度か秘密裡に魔力リソースの提供をしてくれたでしょう?」

「それ、本当?」

「ああ、人理焼却によって世界は滅んだが、彼のいるアヴァロンはまだ健在だ。だから、レイシフトじみた補給法でカルデアの炉……プロメテウスの火に薪をいれてくれた。魔術王にバレないよう、本当に必要なタイミングにのみこっそりとね。素晴らしい腕前だ」

「そうだったのか……」

 

 だとしたら恩人ということになるのだろう、マーリンは。彼がいなければ、魔力リソースのやりくりとかで全力で叩けていたかわからない。

 みんなを維持するのだって大変だった可能性もある。誰か魔力切れで消滅なんてことになった可能性すらある。

 

「本当、感謝ね。魔力切れの消滅なんて、ホント嫌だもの」

「はは。褐色のお嬢さん、なに、サービスだよ、サービス。なにしろ、私は世界最長のひきこもりだ。他にやることもなかったから、ちょっとロマニ君に塩を送っただけだ」

「だが。となると、やはりキミが英霊化しているのはおかしい」

 

 アヴァロンは健在。

 カルデアの支援すらもしてくれている。

 それはつまり、彼は未だアヴァロンにいるということだからだとダ・ヴィンチちゃんは言う。

 

「マスターは、キミを信用するだろう。彼はそういう男さ。そこが良いところだ。

 けれど、こちらはそうはいかない。理由と方法。その二つを語ってもらえないと、こちらとしては信用できない」

 

 何しろ、先ほどカルデアが立てた探索計画においてもっとも信頼していたナビゲーター候補でったエルキドゥに裏切られたばかりだから、そういうのもわかる。

 オレも少し軽率だったか。彼が敵だった場合のことを考えていなかった。反省しよう。もし敵であったのなら、彼の策を受け入れた時点で終わっていた。

 

 いかに、苦しかったからといって安易に策に乗るべきではなかった。

 

「んー……そうか。それでそんなに怒っていたのか、あのバカ。仕方ないなあ。けど理由については語れない。この特異点に縁がある、とだけ言っておくよ。けど方法は明かしておこう。というか単純な話だよ、ダ・ヴィンチ君。この特異点は、私が地球に発生する前の時代だ」

 

 ――それでいいのか。

 

 というか、そんな単純な理由でいいのかよ。

 

「物事は単純なものだよ。身体がない、ということは、その世界において私は死んでいると仮定できる」

 

 予想はしていたが、なんという屁理屈。身体がないからって死んだことにする。そうすることによって、英霊化したというのか。

 

「めちゃくちゃだなぁ」

 

 と言いつつ、なんだか嬉しそうなブーディカさん。たぶん、心境的には長年ひきこもりだった弟とか、そう言った存在がようやく外に出てきてくれたから嬉しいとかそういう感じなのだと思う。

 彼女にとってブリテンの英雄は全員後輩とか、弟とか、妹みたいなものだから。

 

「ともあれ、そう仮定してサーヴァント化した。無論、強い召喚者に呼ばれた、というのもあるがね」

「召喚者に呼ばれた……この時代に、先輩意外にもマスターがいるのですか!?」

「ああ、いるとも。私はその男に呼ばれ、今は宮廷魔術師として仕えている」

 

 宮廷魔術師? 仕える? このメソポタミアで、今の王っていえば――ギルガメッシュ王!? え、なにギルガメッシュ王は、そんなこともできちゃうの?

 本格的に、オレ、いらないんじゃ……。

 

「意外だな」

「式、意外って?」

「オマエなら喜ぶと思っていたからな。だってそうだろ。役割を半分でも押し付けられるんだから」

「あ……」

 

 そうだ。確かに。

 

「まあ、それだけオマエも、その立場に立つ人間になったってことか」

「それなら良いんだけど」

 

 話を戻す。次はアナのこと。

 彼女は聖杯の影響によって呼ばれたマスターを持たないはぐれサーヴァントだ。

 

「彼女と知り合ったのは二日前でね。この森で迷っていたら出会い、意気投合のすえ、契約したのさ。互いの目的のために力を合わせよう、と」

 

 ええ、ほんとうでござるか~。

 

 と言いたくなった。アナの性格を考えると、このマーリンとそんな風に意気投合するとはまったくもって思えないのだ。

 

「……した……」

「え?」

「……騙され、ました」

「…………」

「最低だよ、この男! マスター、この男は最低のクズだよ!」

 

 そうだね、詐欺師だね。でも、ダビデが言う事じゃないと思う。

 

「控えめにいって、マーリンはこの世全ての不誠実がカタチになったような魔術師です」

「ふふ。いやだなあ、よしてくれないか! 本当のことをストレートに語るのは!」

 

 なんでそんなにうれしそうなんだろうか。

 

「フォウ、フォーウ!」

「なるほど、そちらの事情はおおむね把握した。……ロマニ、諦めて、あのマーリンは本物だよ」

「うう、胃が痛くなってきた……ただでさえ混乱している状況でマーリン登板とは……でも、えり好みはしていられない。ろくでなしとはいえ、最高峰の魔術師であることは事実だ。

 ――魔術師マーリン。キミはカルデアに協力するために現れたのか? 特異点を修復し、人理焼却をなくし、人類史を存続させるために戦ってくれるのか?」

「もちろん」

 

 マーリンは躊躇うそぶりも、何かを考えるそぶりもなく、そう答えた。

 

「私の趣味は現在を見ることだ。その現在が失われてしまったら、私は塔の中の花園(ガーデン)を眺めるだけの寂しい男になってしまう。そんなゾっとする未来は御免被る。だから、協力させてもらうとも。

 それに、だ」

 

 ドクターと話していたマーリンがこちらを向いて笑みを作る。

 

「ここまでキミたちのマスターを応援していたのは、キミたちだけとは思わないでくれないかな? 私――いや、僕だって手に汗握って、ここまでの戦いを見て来たんだ」

 

 ――見てきた。

 

 カルデアで愛しい女の子の為に手をのばす男の子を。

 冬木の地で、彼の王の聖剣を防ぐために女の子の手を取った男の子を。

 オルレアンでフランスを救うために、必死に戦った男の子を。

 ローマで、震えながら人と戦ってでも、世界を救おうとした男の子を。

 オケアノスの海で、怖がりながらも英雄を相手に自らの足で立ち向かった男の子のことを。

 ロンドンで、心が壊されても、それでも愛しい女の子のために立ち上がった男の子のことを。

 アメリカで自分らしく、震えながらも自らの役割を見出した男の子を。

 エルサレムの地で血反吐を吐きながら、ベディヴィエールの為に、世界の為に足掻いてくれた男の子のことを。

 

 ――見てきた。

 

「今更、仲間はずれにするとか大人げないぞ? まあ、キャスターとして私が脅威なのはわかるけどね! 何しろ冠位の魔術師だ。あの魔術王と同格の選ばれた魔術師さ。他のサーヴァント、特にキャスターのサーヴァントが私をうらやみ、妬み――」

「別に羨むことはねえな。そんなことより槍が持ちてえ」

(アタシ)はアイドル! キャスターとかそんな小さなことにはこだわらないわ!」

「む、私はキャスター、魔術師というよりも戦士である。だから、特に妬みなどは抱いてはいない」

「冠位……凄すぎて、実感がわかないわ。そもそもアイリさんはサーヴァントといっても特殊だし。イラっとしたらいいのかしら、この場合……?」

 

 うちのキャスター陣、あまり気にしてないんですけど。ああ、ダ・ヴィンチちゃんはイラっとしてる!

 まあ、とりあえず戦力になるということなのかな。

 

「トナカイ、あまりアレを当てにするなよ。大事になるからな」

「我が王の言葉の通りで、反論できず申し訳ありません、魔術師殿」

「旧知の仲なんだから、少しくらいは――っと、そうも言っていられないか。みんな、気を付けて! ワイバーンがやってくるぞ!」

「ちょ、それはボクの台詞だ!? ともかく、戦闘だ。そのろくでなしを一発殴っておいてくれ!」

 

 ともあれワイバーンとの戦闘だ。

 

「マスターは休んでいてください」

「さあ、きりきり働くのよスカサハ! でも、やりすぎたらまたお仕置きだからね!」

「わ、わかっている」

 

 エリちゃんとスカサハ師匠の関係が、思いっきり逆転したなぁ……。

 ともあれ、ワイバーン程度ならばオレが指示を出すまでもないというか、正直、座り込んだまま動けそうにない。

 エルキドゥとの闘いが尾を引いているが、頭痛が酷い。

 

 未来視もどきを使った反動なのは確かだ。エルキドゥの為に無理をしたから、そのせいだろう。反動が軽減されていても少しずつ蓄積されているとダ・ヴィンチちゃんが言っていた。 

 あまり無理をするなということだろう。

 

 ――でも、戦う時は、全力を出さないと。

 

 次にエルキドゥに会った時、また、同じ作戦が通じるとは限らないのだ。

 今は勝てなくてもいい、でも、次も勝てないではダメだ。

 

「ますたぁ、焦らないで、わたくしが側におりますから」

「うん、ありがとう……」

 

 ワイバーンとの闘い。前線でマシュが攻撃を防ぎ、そこを仕留めていく。

 群れとの闘いだが、ジキル博士とジェロニモが司令塔になってよくやってくれている。何より、この時代、ノッブと相性が良すぎる。

 

 まさしくノッブ無双だ。神秘が濃いから、何もかもが波旬の餌食にできる。

 

「わし最強!」

 

 調子に乗らなければいいけど。

 

 ともあれ、ワイバーンを倒したオレたちはウルクへと向かうことになった。

 




エリちゃんとスカサハ師匠の力関係が変化してしまった!
是非もないよネ!

さて、みなさん、絆上げはどうですか。シナリオは進んでますか?
私は、後輩と素敵なお姉さんと社畜で挑むつもりです。
もうすぐ終章です。頑張りましょう。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 9

「まずはカルデアの使命をウルクの王様に伝えないとね」

 

 ウルクを目指すにあたりマーリンが言った。

 ウルクの王様にカルデアの使命を伝えること。

 そうすることによって、やるべきことがわかるとのことだった。なによりもウルクは活動拠点に最適だというのだ。そうなれば行くことを反対することはない。

 

「じゃあ、行こう、ウルクへ」

「決まりだ。そういう訳でウルクに戻るわけなんだけど、アナはどうする? ついてくるかい?」

「……話が違います。一刻も早く女神を倒す、と言ったはずです」

「確かに、神殿まで案内するとは言ったけど、今の状況もわかるだろう」

「もしかして、オレたち邪魔しちゃった……よね、ごめん」

 

 マーリンの案内はアナの方が先客だった。ならば、こちらが割り込んだようなものだ。状況的に仕方なかったし、オレたちだけでなんとかウルクまで行けるのならいいのだが。

 

「…………別に、貴方が謝る必要はありません。状況は理解しています……でも、人間の集落に行くのは……」

 

 アナは人間が嫌いだ、とマーリンは言った。

 だが――視て思うのは、彼女は人間が嫌いというわけではなさそうな気がするのだ。本当に人間がきらいなら、オレなんて助けないはずなのだ。

 おそらく何かしらの理由がある。それは、彼女の存在の根本にかかわるだろう問題だろう。オレから何かできるとは思わない。

 

 でも――。

 

「一緒に行こうよ」

 

 オレは手を彼女に差し出す。人間が嫌いだから。それだけの理由でオレたちまで彼女を嫌うのは間違っているだろうし、何より人は多い方がいい。

 オレたちと一緒に行かないという選択肢で、彼女が此処に残るようなことになってしまったら悲しいし、それは寂しいことだと思うのだ。

 

 だから、彼女の手を引いて行こうと思った。

 

「…………握手は結構です。私には近づかないでください」

 

 だが、それでも一緒には来てくれるらしい。

 

「よーし、それじゃあ行こう。こっちだよー、ああ、それとできればソリに乗せてほしいかなぁ、なんて思うわけなんだけど、どうでしょう我が王」

「マスター専用だ。貴様は歩けマーリン」

「マーリンとの相乗りなんて、お父さん認めませんからね!」

 

 ドクターは何を言っているんだ……。

 

 ともあれ、マーリンとアナとともにウルクを目指す。歩けると言ったのにオレはラムレイ二号に乗せられてみんなの上空をソリで移動している。

 ワイバーンが来るよりも高い成層圏ギリギリ。ラムレイ二号の機能によって、ここでも問題なく過ごせるとは言えど、地上を行くみんなが心配だ。

 

「これが、先輩がクリスマスに乗っていたラムレイ二号なんですね! 実は、わたしも乗ってみたいと思っていました」

「そうなんだ。感想は?」

「はい、とても良いものだと思います。これがアレばどのようなところでも先輩をお疲れさせることなく、移動することが可能です」

 

 気に入ったのかな、眼が輝いている。そんなマシュは本当に可愛い。

 ただ、みんなが心配ではあるが、利点があることもわかっている。オレという足かせがないほうが移動速度を上げられるのだ。

 

 サーヴァントの速力に合わせるとオレがどうあってもついていけない。だが、オレがこうやってラムレイ二号で先に行っていればみんなも速度が出せるというわけだ。

 本来なら丸一日かかる強行軍になるはずだったが、半日ほどまで短縮できる見込みだった。もちろん魔獣などの相手をしつつだから、多少前後するだろうが、ジキル博士とジェロニモが上手くやるだろう。

 

「操縦だいじょうぶ?」

「はい。わたしも騎乗スキルを持っていますから。ですので、先輩はお寛ぎを」

「うーん、でも、魔獣がいる森をようやく抜けたとは言え、まだまだ魔獣はどこから襲ってくるかわからないし、オレだけ安全圏で休むというのも――」

 

 気が引ける。

 理屈は解っていても、オレ一人だけ休むというのはやはり気が引けるのだ。

 

「いいえ、ますたぁはお休みをとるべきです。大切なお体なのです。どうぞご自愛下さい、ますたぁ」

 

 そう言って、オレの肩を掴んでぐいぐいと寝かせようとする。

 オレだってマスターなのだからと抵抗するとそっと耳打ちされる。

 

「頭痛が酷いのでしょう? ウルクの王様に会う前に体調は整えるべきです。気が付いているのは一部の方だけですが、ますたぁがお休みにならないのであれば、わたくし、口が滑ってしまうかもしれません」

「…………わかったよ」

 

 降参と両手を上げる。

 

「子イヌー、ねたー?」

 

 さあ、いざ眠ろうと清姫膝枕で寝転がったところで、エリちゃんがやってきた。飛べるということを利用して、彼女はこちらと地上の橋渡し役でもある。

 

「いま、寝るところだよ」

「あら、意外。もっとごねるかと思ったわ」

「清姫には勝てない」

「ふぅーん。田舎リスもやるのねぇ」

「ドラ娘とは育ちが違いますので」

 

 ばちばちと火花散らす二人。はいはい、喧嘩しない。眠れないでしょ。

 

「眠る気がないなら、子守歌でも歌おうかと思ったけど必要ないみたいね。子イヌ、しっかり休むのよ。地上のみんなは、子イヌに変わって、このスーパーアイドルにして勇者である(アタシ)がしっかりと率いてあげるわ!」

「うん、任せたよ」

「あ、あら……? いつもなら、心配だ―とか、言われると思ったんだけど……相当、疲れてる?」

 

 確かに賢さは足りないけど、エリちゃんなら大丈夫だと知っている。ジェロニモやジキル博士もいる。

 それに、エリちゃんのポジティブなところとか、物おじしないところは率いる者としては結構、貴重な資質だ。頑張り屋の彼女ならきっと悪い方にはいかない。

 

 ――オレの心眼がそう言っている。

 

 まあ、疲れてるのは否定しない。エルキドゥとの闘いでかなり消耗した。勝てないからといって無理に勝利への道筋を探そうとしたせいだ。

 

「言ってほしかった?」

「まさか。……じゃあ、戻るわ。しっかりと休みなさいよ」

「うん、それじゃあ。あとよろしく」

 

 下に戻っていったエリちゃんを見送り、オレは目を閉じることにした。眠れはしないけれど、休むことはできる。

 今は、休もう。

 

 眠る気はなかったが、いつの間にか、眠りの中に落ちていった――。

 

「――先輩、先輩」

「ん……」

「おはようございます」

「おはようマシュ。着いたの?」

「ええ、合流地点の光源です。皆さん、お着きですよ」

 

 起き上がると、何やらじゃんけん大会が開かれていた。

 

「何してるの、アレ」

「次はだれがソリに乗るのかでじゃんけんだそうです」

 

 なるほど。オレが休めるようにということで、定員は二人。そのうちの一人は騎乗スキル持ちが選ばれるが残りの一人はじゃんけんと。

 ただ、スカサハ師匠とマーリンは除外されている。スカサハ師匠は暴走した罰。マーリンは端からアルトリアが乗せる気がない。

 

「しかし……」

 

 出した瞬間に全員で、手を変えるってありなんだろうか。というか、そんなに乗りたいのかな。

 

「はは。乗りたいのは女の子たちだよ」

「そういえば、じゃんけんに参加してるの女の子たちだけだね。まさか、博士、アレ、最初からあの状態とか言わないよね?」

「うん、その通り。最初からあの形だよ」

 

 予想通りだった。なるほど、そんなにソリに乗りたいのか。

 だなんて、的外れなこと言うつもりはない。いや、クロやアイリさんは純粋に乗ってみたいだけなんだろうけれど、それ以外のメンツが本気だった。

 エリちゃん、ノッブ、ジャンヌにリリィ。この四人の本気じゃんけん。

 

「しばらくは勝負がつきそうにないか。でも、こんなにゆっくりしてて大丈夫なの?」

「この辺りはまだ元々のメソポタミアに近いから大丈夫だよ」

 

 オレの問いにはマーリンが答える。

 

「元?」

「そう。元のね。ここが安全なのは、ウルクに近いからさ。王が健在なウルク市の周辺だけだよ、ヒトがヒトらしい生活をしているのはね」

 

 メソポタミアの北部は魔獣の王国となっている。

 南部はなぞの密林に覆われ帰らずの森になった。

 もはや逃げる場所はウルク市しかないといった状況。

 

 つまり、三女神同盟によってシュメル都市国家群は壊滅的な打撃を受けた。それでも、人々は北壁を作り上げ、絶対魔獣戦線を立ち上げ、粘っている。

 まさしく最後の砦という奴なのだろう。ウルク市は、最期の安息の地といえるはずだ。

 

「現状だと、魔獣への対処が優先順位が高そうだね」

「そうとも。魔術王がどんな介入をしたのかはわからない。けれど、魔獣たちがウルクを攻め落とせば人類史はそれで終わってしまうだろう」

 

 都市国家のひな型であるシュメル初代王朝が消滅してしまえば、その後の人類史がどうなるかは保証不可能だ。だから、絶対条件としてウルクを守らなければならない。

 もとよりそのつもりだから、これは問題ない。

 

 次に、やるべきことは、魔術王の聖杯を探し出して回収すること。それによって魔術王が何をしているのかもわかるはずだ。

 そして、三女神同盟の打倒。魔術王の聖杯にかかりきりになっている間にウルクが攻め落とされてしまえば、本末転倒にすぎる。

 

 ゆえに、まずは後顧の憂いをなくすべく三女神同盟を打倒することを目的とした方がよいだろう。相手は神。強大な相手だ。

 魔術王の聖杯の探索を行えば、障害である三女神同盟とはどこかで必ず戦うことになる。

 

 どのみち戦うのならば、最初に打倒してしまった方がいいだろう。そうすれば後顧の憂いなく聖杯を探すことができる。

 厄介だがやるしかない。そのためには情報が必要だ。

 

「マーリン、三女神同盟について知っていることは?」

「いやはや。教えてあげたいところなんだけどね。これが何とも言えないのさ」

 

 魔獣の女神

 密林の女神。

 天駆ける女神。

 

 どれもこれも厄介な女神だ。最も強大なのは魔獣の女神であるが、最も厄介だというのは天駆ける女神だとマーリンは言った。

 天駆ける女神。それはもしかして、このメソポタミアに来た時に出会ったあの女神様だろうか。

 

「ともあれ、自分で確かめるしかないか」

「うんうん。それが良い。何事も、自分でやるのが一番だよ」

 

 マーリンが言うと皮肉っぽい。

 

「じゃあ、次はウルクについて。ウルクを治めているのは、ギルガメッシュ王?」

「もちろんさ。古代王の中でも飛び切りの暴君のギルガメッシュ王だよ」

 

 ああ、やっぱり。

 あの傲岸不遜な金ぴかかぁ……。

 

「大丈夫なのあんなのが王様で」

 

 クロは何やら含んだ言い方をする。何かしら知っているとでも言わんばかりだ。無論、オレだって第四次聖杯戦争の特異点で出会ったが、クロの言い方はそれとはまた異なるような気がした。

 

「そうねぇ。クロちゃんの言う通り、私も疑問だわ。会った限りだと、心配よねぇ。我儘だし、自己中心的だし」

 

 アイリさんも酷い言いようであるが、間違っていないのだから困る。

 

 なにせ、ギルガメッシュ王といえば、世界最古の英雄王なのだ。

 神々が偉そうだからと縁を切ったり、全ての民の初夜権を有したとか。あの時はわからなかったけど、手にした財宝だっておそらく星の数ほどはあるだろう。

 

 よくもまあ、あの時は勝てたものだと思ったが、クロと相性が最高にいいことが分かった。武器を投影できるからぶつけてやれば相殺可能。

 ただ、どうにも追いつかないから、そこらへんの速度が課題だ。その場にあらかじめ用意できていれば早いのだが――とそこまで考えて、今回は別に戦う必要がないことに気が付いた。

 

 ギルガメッシュ王と事を構えなければいいのだ。それに、不死の霊草探索を終えたギルガメッシュ王ならばまだ話が通じるはずだ。

 霊草探索を終えたあとのギルガメッシュ王は、それまでの我儘やら圧政がなりを潜めたという。楽観はできないが、あのきんきらきんの王様状態よりはマシだと思われる。

 

「…………」

「はは、行きたくないって顔だね」

「さすがにね、ドクター。できれば変わってほしいよ」

「ははは、遠慮するよ。ともあれ、心の準備だけはしておくんだ。きっとカルチャーショックを受けるからね」

「ごめんなさい。敵影です。群れからはぐれた魔獣たちが向かってきてます」

「ん、ありがとうアナ。みんな!」

 

 どうやら、ちょうどよくじゃんけんも決まったらしい。勝者は、ジャンヌ。

 決まったらあとは、ごねることなく全員が戦闘態勢をとる。

 

「……お礼はいいです」

「さて、素早く片付けてウルクに行こう」

 

 群れからはぐれた一団だが、それなりの数がいる。まずは、一発、一気に削るのがいいだろう。

 

「クー・フーリン」

「おう!」

 

 前面に展開されたルーン文字。陽の輝きを放ち、焔が爆ぜる。一団の中央が爆ぜる。

 爆裂で倒しきれはしないだろうが、密集していたのが離れる。あとはもう簡単だ。各個撃破する。

 

「エリちゃん、セイバーでお願い」

「オーケー! 勇者エリザベートの出陣よ!」

 

 剣を手に魔獣と相手取る。めちゃくちゃな、どこかで見たような動きだが、その剣戟は強力だ。そこに音も混ぜさせている。

 魔力をちょっと消費するが、剣に音をぶつけて超振動させている。そのおかげで、切れ味はただの剣なのに、すっぱりと斬れるし、その歌は基本自分の為になるわけで、周囲にも多大な被害をもたらしている。

 

 なぜ、エリちゃんを先に突っ込ませたのか? その理由がこれだ。魔獣を散らしたのも被害を仲間に出さないためだ。

 他も問題なく倒し、更に半日をかけて、バビロンにレイシフトしてから二日。ウルクへとオレたちはたどり着いた。

 

 紺碧の城壁がオレたちを迎える。美しい城壁だった。城門では市に入るための検問をしているらしいが、この人数でどうやって入ったものか。

 

「マーリン?」

「任せたまえよ。何のための宮廷魔術師だと思っているのかな」

 

 そう言ってマーリンが先を行き、オレたちはそれに続く。

 

「おや、宮廷魔術師殿。お帰りなさいませ。そちらの方々は新顔ですね? どこの市からでしょう」

「彼らはギルスからの難民だ。彼らをウルクに避難させたいのだけど、手続きは必要かな?」

 

 そう言いながら何らかの印をマーリンは門番の兵士に見せる。

 

「シドゥリ様の印ですね。それでしたら問題ありません。難民の受け入れでしたら、今日は西市場のヌゥトラの店がいいでしょう。ちょうど二階の倉庫を難民の皆さん用に開放したと報せが届いています。

 当面の生活用品は、それぞれの門の受付で受け取ることができます。少なくはありますが、ウルクは皆さんを受け入れる用意があります」

 

 そのほかにも、臨時の市民登録はラナの娼館でやっているなどの情報を門番をしている兵士さんは、親切に教えてくれた。

 大変だろうに、こちらをいたわり、ねぎらってくれている。

 

「ありがとうございます」

「いいえ、我々は生きるために戦う者、そのすべてに協力を惜しみません。どうか、そうかしこまらずに。ようこそウルク市へ。みなさんを歓迎いたします」

 

 これで入れるとなったとき、

 

「む。待ちなさい」

 

 呼び止められる。

 彼が見ているのはアナだった。

 アナがローブの下で武器を構えている。

 

「アナがどうかしましたか?」

 

 思わず警戒してしまったのが出ていたのだろう。

 

「ふふ。ご安心を。何もしません」

 

 そう言って彼はアナに視線を合わせて、懐から砂糖菓子を取り出す。

 

「どうぞ。その小さな体でよくここまで歩いてきました。娘から昼のおやつに渡されたものですが、どうぞ」

「……で、でも、あの……私は、その……」

「キミが受け取ってくれると、こちらも助かるのです。少々、私には甘すぎるものなので」

 

 門番さんはとてもいい人だ。

 

「アナ、好意に甘えたらどうかな?」

 

 そういうと、アナはコクンと頷いて、掌の上に乗せられた砂糖菓子のうちひとつだけを手に取る。

 

「……ありがとう、ございます」

「いえいえ――では、どうぞ中へ。それから、皆さんのお顔は覚えました。私は記憶力が良いのです。どうか、また生きて再会できることを望みます。

 戦いに出る。生まれ故郷に帰る。何を選択されても、どうか元気な姿を見せてください。それが、私の喜びです」

 

 そんな優しい門番さんに見送られながら、オレたちはウルクへと足を踏み入れた――。

 




さあ、次回はウルクの王様に謁見だ!

門番さんとの第一接触。これから何度も会うことになります。
絆イベ、用意してます。
シドゥリさんにも用意してます。
というか、ウルク民に対してのイベもいろいろと用意してます。

描写されなかった20日間もあの手この手で描写して、ウルク民と一杯交流していきたいと思っています。

ウルククエストはまだまだ募集してます。何を使うのかは未定ですが、いろいろと使うかもしれません。

夜会話とかもあります。カルデア大使館の発展とか、模様替えとか、新しい施設の追加とか。
RPG要素マシマシで行きたいと思います。

何のためかは、わかっていると思いますので何も言いません。

6qkdni

ではでは。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 10

 門を抜けて、ウルクに入る。それと同時に、オレたちを様々な声が迎えた。

 

「新入荷、新入荷だよ~~~!! 秋の麦酒が大量入荷だ~~!!」

 

 それは呼び込む声だった。

 王も贔屓しているドゥムジ工房の新作だとか。泡立ちが極上だとか。今だけしか味わえないとか。

 そんなことを言って客を引く声であったり。

 

「両替、両替はこちら~! 今だけ、限定の銀替制度、利用しない手はないよ~!」

 

 両替をすすめる声もしている。羊の銀が一つで魚の銀が五つだとか。麦の銀が一つで、亀の銀が三つだとか。

 

「鳥の脚肉をサービスだ! うちで食ってけよー! ただし、塗り物は持参してくれよな!」

 

 そんな店主の声がすれば、西区で粘土運びの人員を募集しているという兵士の声が響いていたりもする。兵学舎の人手不足で、槍が木の棒になると言って、ヒトを集めようとする声もある。

 かと思えばメルルの花屋で、花はどうかという可憐な声もしていたりと、多種多様だ。

 

 とにかく一言で言えば活気で満ち溢れていた。

 

「なんだ、この活気……?」

 

 戦時下ではないのか、と疑いそうになるくらいの活気で満ち溢れて騒々しい。誰一人としてうなだれてはいないし、暗いという言葉が見つからないほどに朗らかだ。

 本当に滅亡の危機がそこまで迫っているというのに、凄まじい活気にみんなが驚いてぽかんとしてしまったほどだ。

 

「ははは。いやはや、良い反応だ。これが、現在のウルクの姿さ。誰も諦めていない。緊張はしているが、笑顔。すごいだろう?」

「それだけじゃない……信じられない……なんて無駄のない街並みなんだ……そこの地図を見てみるんだ!」

 

 ドクターに言われるままに地図を見て、仰天した。

 

「なにこれ……」

 

 本当にここは神代か? 現代と言われても遜色ないくらいの街並みだった。区画整備がしっかりとされているのだ。役職ごとにきっちりと区画を分けて、合理的な交通網を構築している。

 兵産、建築、商業、生活。あらゆる全てをまかなえるようになっているのだ。古代都市などとだれが言った。こんなの現代でも早々を目にかかれないほどの都市だ。

 

「うんうん。本当、良い反応だ。よろしい。では、ウルク市の案内はまた今度だ。まずはジグラットに向かうとしよう」

「ジグラット……?」

「なんと言ったものかな。ああ、簡単に言ってしまうと、王宮みたいなものさ。さあ、これからギルガメッシュ王との対面だ――」

 

 ギルガメッシュ王との対面。

 王との謁見ともあれば複雑な手順で、散々待たされるのだろうと思っていたのだが。

 

「あっさりと王の間に通されてしまいました」

 

 その上、気さくに声をかけられたのが意外でもあった。マーリンの顔パスだった。巫女みたいな人たちはマーリンを見ると避けていったが、その理由は多分、ダビデと同じだと思う。

 ただ人数が多いから、オレとマシュの二人で来ている。

 

「それにしても、王への謁見って、こんなに簡単でいいの?」

「いました、王様です」

 

 丁度執政中のようだ。

 

「何度も言わせるな、戦線の報告は常に最新のものでなければならん。更新を怠るな! こちらが動けば動くほど、あちらは機会が減るのだ。楽に戦いたいのならば、脚を動かせ!」

「はっ! 秘書官による粘土板づくりを一時間ごとに、運搬役を三車増やして、対応します!」

 

 指示を受けた兵士がせわしなく謁見の間を出ていく。

 

「次だ。本日の資材運搬の一覧はこれか」

 

 積み上げられた粘土板をさっと見る。

 

「エレシュ市からの物資運搬に遅延が見られるな。奴ら街道に巣を張ったか。東門の兵舎から20人派遣だ。指揮はテムンに任せる。地元なら土地勘もあろう」

 

 更に次の粘土板へ。

 

「なんだ、この阿呆な仕切りは! バシュムの死体はエアンナに送らぬか! 学者どもが暇を持てましておるわ! ただ飯を食わせる余裕などないと知れ!」

「はっ! ティアマト神研究班に、送ります! それと、こちらはギルス市からの返信となります」

 

 兵士が次の粘土板を渡す。

 さっと目を通して――。

 

「おのれ、ギルス市の巫女長がほざきおって! まだ神殿に備蓄があることなどお見通しだ! 底が付くまで吐き出させよと伝えよ! 壁が壊れればどのみち終わりよ。冥界にまで地上の食料は持っていけんとな」

 

 次から次へと粘土板が行きかう。

 

「これは星読みの報告だな。(オレ)の視たものと一致している。収穫期を読む精度はまずまずだ。担当者にはラピス・ラズリの胸飾りを与えるように。だが、休む余裕などないぞ! 次はエリドゥの調査隊の報告に目を通させておけ!」

 

 報告を読み、それに対しての指示をテキパキと出していく。

 そのどれもが的確で速い。

 

「――ところで、タバドの娘が産気づいたと聞いた。巫女務めをひとりと、栄養のつく果実を送ってやれ。タバドは、北壁から引きあげさせ、三日の休みを与えるが良い。孫の顔は良い英気に繋がるだろう」

 

 更に、気遣いまで。

 

 ――え、え?

 

 オレは困惑してしまう。

 

 ――だって、あまりにも想像と異なるギルガメッシュ王の姿に。金ぴかではなく半裸でなんかすごい格好しているし。

 

 前に出会ったギルガメッシュ王とは、あまりにも異なりすぎていて。

 

「アレ、偽物じゃないの?」

「……はい、聞いていた想像とは、違うような……もっと、こう……とにかく酷い王のイメージでしたが……」

 

 アナの言う通り、そう言った想像をしていた。けれど、現実は違った。

 いや、根底は変わらないのだが――なんだろう、こう、言いようのない感覚がする。

 

「何人もの神官が怒鳴りつけられてます……」

「すごい忙しさだなぁ」

 

 とても話しかけられる雰囲気ではない。

 でも、このまま帰るわけにはいかない。

 

「良し、さあ、行こう。ギルガメッシュ王! 魔術師マーリン、お客人をお連れした!」

 

 マーリンに連れられて、というか、引っ張られてギルガメッシュ王の目の前に連れていかれる。

 

「帰還したのですね、魔術師マーリン。ご苦労でした。王はお喜びです」

 

 前に出てきたマーリンにそう言葉をかけたのは王の補佐を行う女性だった。

 

 ――いや、あの眼は喜んでない目だ。

 

「それで、成果は? 天命の粘土板は、見事に持ち帰りましたか?」

「いや、そちらはまた空振りに終わってしまったよ。西の杉の森にもないね、アレは……まったく、王様がどこに置き忘れてきたのかさえ、覚えていくれれば楽だったのに」

「不敬ですよ、お黙りなさい。粘土板を記した時、王はたまたま、そうたまたま、お疲れだったのです。貴方は、命令通り、粛々と探せばよろしいのです」

 

 そうマーリンに女性が言ってから、彼女の視線がこちらに向かう。

 

「その者たちは? どう見てもウルク市民ではありませんが……」

「よい。貴様は下がっておれシドゥリ」

「王? 神権印章(ディンギル)を持ち出すなど……まさか……」

 

 ――ああ、うん、それはこっちでもわかるわ。

 

「そのまさかよ」

 

 ――ここで戦う気だ、この王様!

 

「我は忙しい。言葉を交わして貴様らを知る時間も惜しいほどにな!」

 

 ゆえに、戦いを以て計る。

 

「構えるが良い、天文台の魔術師よ!」

 

 ――それはこの人数相手に戦うということですか、王様。

 ――なんという自信。

 

 けれど、あのアーチャーは、それだけの力があった。ならば、きっと今の彼にもそれだけの力があるのだろうということは予測可能。

 というか、魔力量が半端ない。

 

「マーリンは手を出すなよ」

「はっはー。ありがたい。荒事は苦手だからね。じゃあ、アナ、僕の代わりによろしく」

「……また、余分な戦いを……マーリンは死んでください」

「アナ、ごめんね」

「……いえ」

 

 ギルガメッシュ王が腕を振るうと、地面から生える腕。魔術砲台。財宝の射出ではないのかと思ったが、これならば対処可能。

 数体の魔術砲台から大威力の魔力弾が放たれるが、

 

「マシュ!」

「はい!!」

 

 マシュの盾にとってこの程度造作もない。こちらへの攻撃をマシュが防いでいる間に、

 

「アナ!」

「了解しました――」

 

 アナの鎌で魔術砲台を破壊してもらう。最速の速度領域での破壊。魔術砲台の攻撃は強力だが、固定砲台であるがゆえに、問題にならない。

 問題はギルガメッシュ王の攻撃だ。彼の背後から様々な礼装が出てきて多様な攻撃。さらに、それだけでなくどこにでも出せるという自在。

 

 これを突き崩すのは容易ではない。初見だから、未来視もどきもできない。今は、視て、そこから反撃を――。

 

「フン……」

 

 そう思った。

 しかし――。

 

「不機嫌そうだなぁ……」

 

 王様は不機嫌そうだった。あからさまに手を抜かれている。

 

「我が手を貸す器でもなければ、我に使われる価値もない。出直してくるが良いわ!」

「王よ、私には驚くべき力を持つ戦士に見えたのですが……あの者たちが、王が話されていた異邦人なのではないのですか?」

 

 ギルガメッシュ王はこちらのことを知っていた?

 

「そうなのだろうよ。しかし……早い。早すぎる」

 

 ――早すぎる?

 

 いったい何が早すぎるというのだろうか。

 

「何もわからない。そう言った顔だ。この世界を、己が目で見ていないのだろう。今も、この我を相手に見に回っていたからな。話にならん」

「――オレは――」

 

 名前を告げるが、

 

「知らぬ」

 

 知らぬ、下がれ下郎の一点張りだ。これは聞く気がない。

 ここまで話にならないとは。

 

「マーリン?」

「おっかしいなー。私と同じ認識のはずなんだけど。確かにカルデアとか、サーヴァントとかについては何も説明してないんだけど」

 

 絶対それだよ。何も説明してないじゃないか。

 

「空気を読めばわかるじゃないか」

 

 その空気を読まないのが、この王様じゃないのかな。

 ぽんと手を叩いて、おお、そうだった、とマーリン。

 

「よぅし! さすがマーリン、話にならない! こうなったら君だけが頼りだ」

「良い、姿なき者よ。この我の眼に見通せないことはない。この通り、天命を全うする前ではあるが……だいたいのことは心得ておるわ」

「ギルガメッシュ王は、この時代の方なのに、カルデアのこともサーヴァントのことも心得ているのですね……でしたら、お話だけでも! 特に聖杯のことだけで――」

「これのことか?」

 

 その手には確かに聖杯があった。

 

 ――いや、待て。

 

 確かにアレは聖杯だと思おう。ドクターが見た反応も聖杯だ。けれど――。

 

 ――違うという直感が走った。

 

 観察眼が確かにアレは聖杯であると告げている。だが――直感が、アレはこちらが求めているものではないと告げている。

 

 ――だが、なぜ? なぜ、そう思う。

 

 自分がわからない。

 

「――っぅ」

「先輩!?」

「ほう、三流と言え、天文台の魔術師ではあるか。その眼だけは、評価してやろう」

 

 ――頭痛がする。

 

 何かを捉えたのだ。どこかで。何かで。

 何を見た。このメソポタミアに来てから、オレは、何を視――。

 

「それ以上はやめておけよ、天文台の魔術師。神代の人間ならばまだしも、貴様如きがアレを解析などできるはずもなかろう」

「ア、レ?」

「フン、まあ良い。ともかく、これは我の宝、貴様らに譲渡などせぬ」

「……確かに、交渉するにしても、こちらには何もありません……」

「――一応、聞きますが――三女神同盟を倒す、のと引き換えには?」

 

 アレは違うかもしれない。けれど、それでも捨て置けないものであるのは確かだろう。聖杯なのだから。十中八九、アレを狙って三女神同盟が来ているのだから。

 なにより、聖杯が余分にあればマシュを救えるかもしれない。それは、ありえないことなのかもしれないが。

 

「倒す! ――フ、フハハハハハハ!! シドゥリ、水差しを持て、これはまずい、命がまずい!」

 

 笑い転げる王様。

 

「あの阿呆ども、我を笑い殺す気だ!」

 

 そこまで、笑われるとは。まあ、確かに女神を倒すなど、無謀、極まりないかもしれないけれど、それくらいしか交渉材料などないしなぁ。

 

「――ふう。いや、今のはなかなかだった。後で王宮誌につけておこう。王、腹筋大激痛、と――だが、どうあれ我の判断は変わらん。今の貴様らに用はない」

 

 それは圧倒的な自負の発露でもあった。

 カルデアの手を借りるまでもなく、ウルクとはこのギルガメッシュ王が守るべきものであるという、自負。

 参った、これをどうにかしような出来ないだろう。

 

 何かこの事態を変えるだけの何かがあれば――。

 

「王よ、ご歓談中失礼を」

「誰が、ご歓談中か!」

「え? しかし、王の笑い声がジグラット中に響いておりましたから」

「そんなわけあるものか。何事か」

「ティグリス川の観測所から、上空に天舟の移動跡を確認。猛スピードでウルクに向かっているとのこと! 女神イシュタルです!」

「……はあ。またあの愚か者か」

 

 やばい相手の到来、というはずなのに、ギルガメッシュ王の反応は至って淡泊だ。呆れてすらいる。

 

「王よ、イシュタル様はこのウルクの都市神であらせられます。あまり酷評されては、巫女所の立場が――」

「ええい、あの女神が、このウルクを守ったことがあったか。ないだろう」

 

 滅亡させなくてよいものを滅亡させて、造らなくてよいものを造り、イナゴの大群を呼び起こすわ、子供の癇癪で我儘ばかり。

 今回もどうやら寝床を自分で滅ぼして、父神に泣きつくだろう、とは王の言葉。

 

 いや、本当、何やってるんだろう、あの女神さまは

 

「更に、父神様は、とっくに姿を消しておるわ」

 

 つまり、父親にも愛想つかされていると。

 

「ひとり取り残され、泣きつかれて無様に死ぬのが、あの女の結末に違いないわ、ふはははは!」

「なんですって――!」

 

 さんざんな言いように我慢でもできなくなったのだろう。天井を突き破って、そのイシュタルが現れた。やはり、あの時の女神様だったようだ。

 

「総員、退避! 酷い難癖をつけられるぞ!」

 

 酷い退避理由もあったものだ。

 

「緊急事態です! 神官たち、特許祈願の準備を! 緊急につき、都市神への鎮呪を許します」

「…………」

 

 周りは慌てているというのに、王様本人は心底いやそうにさっさとどこかへ消えろと手で追い払っている。

 

「大人げないのはそっちでしょう!? 黙って聞いていれば言いたい放題! もう頭に来たわ!」

 

 天弓に手をかけるイシュタル様。兵士たちが、王の武運を祈って退避する中、王様はまったく変わらず自然体。それどころか、自滅するから見ていかないのかと余裕だ。

 それを見たイシュタルが、兵士にまで見捨てられるなんて、ざまあないわねと言っても、憤ることすらしない。ものすごく呆れているというかなんというか。

 

「どうしようか、これ」

「王様とすごい罵詈雑言の応酬をしてらっしゃいますが、マスター、あの女性は、あの時の」

「うん、あのぶつかってきた女の子だね」

「ほう? もしやあの女神と遭遇済みか? ほうほう? しかも中々のトラブルだったと見える――ふははは、それは愉快! イシュタルの武勇伝がまた増えたみたいだな!」

「――もうこっちもいいわよね? 全部まとめてふっ飛ばしてやるわ!!」

「良かろう! 天文台の魔術師よ、今だけ、この瞬間のみ、共に戦うこと許そう。あの放蕩女神にきつい灸をすえてやろうではないか!」

 

 なにやら、凄まじい理由で戦うことになってしまった。

 

 ギルガメッシュ王の魔術に加えて、こちらはアナとマシュ。みんなは、どうやら兵士たちを遠くから見ている野次馬に阻まれているらしい。

 まあ、ここまでくる前には終わりそうだ。

 

「腐っても女神。並みの魔術では肌にすら届かぬか。その上権能は出し惜しみか! やる気あるのか貴様」

「それはこっちの台詞だっての! 権能を使わないのはウルクの為だし。それに、やりにくいのよ! そこのやつ! なんなの!? こっちの動き全部、読んでるみたいに指示だして! それがいやらしいったらないのよ!」

「ええ、そう言われましても……」

 

 それがオレの仕事ですし。

 

「なんて、性悪!」

「こやつも貴様にだけは言われたくないだろうよ」

「なんですって――って、ちょっとそこの人間、あんた、背中に誰庇ってるのよ」

「? アナだけど?」

 

 何か問題が?

 

「……いえ、サーヴァントを庇うのは問題かと……」

「……なるほど、因果なことなってるのね」

 

 何を納得したのか女神イシュタルは、上昇する。そのまま帰るらしい。此処に来たのも枕を取りに来ただけらしい。

 

「なんと、あのイシュタルが尻尾を巻いて逃げるのか」

「何を言ってるんだか。私は、私のやりたいように気ままにやるだけよ。――それとシドゥリ、そこの裸の王様が死んだら助けてあげないこともないから、白旗を用意しておきなさい」

「白旗? 何のことでしょうか……」

「チッ、逃げたか。もう少しで捕縛ネットが展開できたものを」

「そのようで」

「まあ、良い。仕事を続けるぞ」

 

 ことが終われば、彼らは何事もなかったように仕事を再開する。兵士たちものんびりと戻ってきていた。何事か賭けでもしていたのか金銭のやりとりもあっているようである。

 それだけ、彼女の襲撃は日常的なことなのだろう。

 

「どうしようか、明日また来る?」

 

 明日になればまた話を聞いて――くれなさそうだな。

 

「その通りよ。貴様らに付き合っている暇などないからな」

「だが、彼らはプロフェッショナルだ、特異点に関しては、何度も修復している」

「マーリンよ、貴様を召喚したのは誰か言ってみるが良い」

「――なるほど、そう来るか。ええ、あなたですよ、王様。戦う者ではなく、指揮する者、術を行使する導く王へと装いを変えたギルガメッシュ王」

「フン――我一人では、この世は救えぬ。業腹であるが、勝つためには、このメソポタミアの全てを使う必要があるからな」

 

 ゆえに、彼は英霊召喚すら行使した、という。

 本当に規格外だな、この王様。

 

「だが、貴様らの行いは、確かに見事というべきものだ。よくぞ、か細い糸のような希望を頼りに此処まで来たものだ。

 それでも、我には不要よ。もし我の役に立ちたいというのであれば、下働きから始めるが良い――祭祀長! こやつらの待遇は貴様に一任する! 面倒だろうが、面倒を見てやるが良い!」

 

 それを最後に、ジグラットから追いだされてしまった。

 

「というわけでして――」

 

 外にいた皆に説明をした。

 

「そういうわけですので、皆さまの当面の生活は、私が保証します」

「ありがとうございます。ええと――」

「私はシドゥリと申します。王の補佐官の一人で、祭祀場をとりまとめているものです」

「よろしくお願いします。それと――白旗というのは、降伏の記しですよ。こう、白旗を掲げて振るんです」

「なるほど、覚えておきますね。ありがとうございます。

 さて、参りましょう。ご安心を、王は不要とは言いましたが、無価値とはおっしゃられませんでした。

 ですので、王に話をきいてもらいたければ、功績をあげるのが良いかと」

 

 功績。オレたちにできそうなことと言えば、魔獣戦線だろうか。これだけのサーヴァントがいればかなり楽になると思う。

 

「いえ。いえ、それは兵士たちの仕事です。あなたたちには……そうですね。このウルク市内で起きている様々な仕事を見ていただきたいと思います」

「見分を広げろ、そういうことですか」

「ええ、そうだと思います。何でも屋、というところでしょうか。仕事の斡旋は、最初は私が行おうと思います。評判が高まれば、そのうち市民の方からも依頼が来るでしょう。では、専用の宿舎にご案内します」

「ありがとうございます」

 

 シドゥリさんについて、市内を歩く。どこも活気に満ち溢れている。

 

「珍しいですか?」

「いえ、すごいなと。こんなにも笑顔が溢れているなんて」

「ふふ、そうですね。ウルクにおいては、麦種と羊、そして人々の笑顔こそが生きる糧です。たとえ、滅亡に瀕していようとも、笑顔は絶やさない。

 どうか、貴方がたも笑顔のある善き日々を送ってほしいと思います」

 

 そうしてやってきたのは、ウルク中心から東の城壁にほど近いところにある古い建物だった。

 

 




現在第二章を圧縮解除中なので、こちらの更新の方は遅くなっております。
圧縮解除を優先したいので、最新話の更新はしばらく休みか、ゆっくりになると思いますが、ご了承ください。

これから経営シミュレーションカルデア大使館の開始です。
どこぞのサモンナイト的にウルククエストを受けて、信頼と実績、それとお金を稼ぎ、大使館に物を増やしたり作物の栽培、大使館の増築などを行っていきたいと思います。
また、各サーヴァント事にイベントをご用意。各サーヴァントの部屋訪問とか。日が進むごとに私物が増えていくサーヴァントの部屋の変化とか。ただし、毎日数人だけという。マシュは確定。
ウルク市民との絆クエスト実装。絆の力って、大事ですよね!

な感じのことを予定しております。
たぶん、過去最高に長くなるだろうなぁ。50話こえるだろうなぁ。
まあ、是非もないよネ!


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絶対魔獣戦線 バビロニア 11

「古くはありますが、広さは十分でしょう。また、お金さえ払えば勝手に増築、改築はしてよいと王からの許可もあります」

 

 もともとは酒場だったのだろう。三階建てで、一階は共有スペース。二階、三階が居住区となっているようだった。

 古くて埃をかぶっているから、まずは掃除からだろう。家具類などはあるので、買う必要はないとのこと。ただ、最低限のものなので、ほしいものがあればやはり買ってほしいとのこと。

 

「まさか、一軒家をそのままお貸しいただけるとは! ありがとうございます、シドゥリさん!」

「やりましたねますたぁ、これで、ますたぁも一国一城の主様。清姫、誠心誠意、お仕えいたしますわ」

「うん、こういうのってなんか嬉しいよね」

 

 ここを自由にしていいと言われると、シミュレーションゲームを思い出す。どんどん発展させていきたいとも。

 

「金策なら、僕にお任せだ。僕は稼ぐよ、凄い稼ぐ」

「賭け事はやめとけよ全裸とそこの魔術師」

「しねえっての、それに自分で稼いだ金でやるわ」

「だから、全裸じゃないって!?」

 

 ――そこは、まあ、自分で稼いだお金ならいいのかな。

 

 自由になるお金で何をしようとみんなの自由だし。

 

「マシュは、何したい?」

「わたし、ですか?」

「うん」

「そうですね……思い浮かびません。先輩とこうしているのが、とても楽しいですから」

 

 ――カハッ。

 

「ますたぁが死んだ!?」

「このひとでなしー!? 大丈夫ですか、トナカイさん!?」

「ええ!?」

「はいはい、遊んでないで。マシュ、そこは霊脈も通ってるから、サークルが設置できる。今回の拠点だね」

「了解です。カルデア大使館ですね!」

 

 ――カルデア大使館。

 ――確かに、大使館と言えなくもないかもしれない。

 

 みんなのアジト。ここを素敵な場所にできると良いと思う。どれくらい暮らすのかわからないけれど、あの王様のことだから、一筋縄ではいかないと思う。

 それに、せっかく済むのだから、住みやすくしたいしね。綺麗ではあるが、やはり古いから改修もする必要があるだろう。

 

 島を開拓した時に、小屋も作ったしある程度は自分たちでできるだろうけれど、資材を買うにもお金がいるだろう。

 

「頑張らないとな」

「よぉーし、私もここに住むとしよう。こちらの方が面白そうだからね。さっそく二階の様子を見てこよう。短い滞在だろうと、部屋選びは重要だ」

「…………」

「アナも見てきたら?」

「……そうします。マーリンがまたよからぬことを企まないか、監視してきます……」

 

 浮かない顔。可愛い顔が台無しと思う。

 其れも仕方ない。彼女の目的から遠ざかっているのだし。

 

「……さて、それじゃあサークルを設置したら、大掃除だ!」

 

 ぱんぱんと手を叩いて、みんなに指示を出す。

 

「では、サークルの設営に入ります……」

 

 サークルの設置は問題なく済む。その間にいつものダ・ヴィンチちゃんのレクチャーが入って、神霊とか権能について学んだ。

 その後は、みんなで大掃除。一階の共有スペースはもちろん、二階、三階と部屋割りを決めて、掃除をしていく。サボるマーリンはアナがたきつけ、サボるダビデは式が何とかしてくれた。

 

 部屋割りは、二階が男子部屋、三階が女子部屋。オレは、階段に近い部屋を貰った。ベッドと簡易の机があるだけの簡素な部屋だ。

 それでも自分だけの部屋というのはやはりうれしいし、これからどうカスタマイズ、もとい模様替えしていこうなどと考えるのは楽しい。

 

 そんな感じに、掃除の方も何とか日が落ちる頃には終わった。

 

 掃除が終われば、どこかに出ていたシドゥリさんも戻ってきた。お酒と御馳走をもって。

 

「皆さん、麦酒はいきわたりましたか? 未成年の方には果実水を」

「……すみません。私は水がいいのですが……麦酒は苦くて……」

「すみません、これは気が利きませんでした。アナタもサーヴァントだと聞きましたので、つい。では――こちらのミルクはどうでしょう。蜂蜜入りで甘いですよ」

「……甘いものは苦手なのですが……はい、いただきます」

 

 と言いつつ口元がにやけているのは言わないでおこう。

 しかし、まさか歓迎会まで開いてくれるとは思わなかった。お酒や果実水、料理もいっぱいだ。

 

「それでは、カルデアの皆さまのウルク赴任を祝って、ささやかながら歓迎の席を設けたいと思います。皆さん、杯は持ちましてね? では――かんぱーい!」

「かんぱーい!」

 

 ごっごっご、とイイ呑みっぷりの皆。驚いたのはシドゥリさんも一気に飲んでいるというところ。サーヴァントは言わずもがなだけど。

 

「いやー、うまい! 半日かけての掃除の後だとなおさらだ!」

「仕事のあとの一杯は格別だね!」

「……マーリンと全裸さんは、サボって娼館に行こうとしてましたよね……それにマーリンは角部屋を独り占め……やはり隙があったら一度殺しましょう」

 

 マーリンとダビデには困ったもの。なにせ、彼ら二人は、似た者同士だ。ありていに言えばクズということ。昼間っから掃除さぼって娼館に行こうとしていたのを、アナに連れ戻されること数回だ。

 何をしているのやらだ。金策と情報収集と称しても、娼館に行くのは駄目だろう。

 

「ああ、うめえわ。良い魚だ、オレも釣りたいねぇ」

「うむ、同意だ、クー・フーリン」

「お、ジェロニモ、あんたもいける口かい?」

「カルデアで情報誌を読んで興味がある」

「いいねえ。今度、どうだい」

 

 クー・フーリンは、魚料理を見ながら釣りの相談だ。生活が軌道に乗れば、そういう趣味に精を出すのもいいだろう。

 特に、釣りはいい。釣れたものは、夕食とかにすればいいから積極的に釣ってきてもらうのもいいかもしれない。

 

 魚料理は、美味しい。川でとれた魚らしいが、泥臭くなく、それでいて深みのある不思議な味わいだ。身が引き締まっていて、それはもう美味い。

 焼いてあるが、刺身もいいかもしれないと思いながら魚料理に舌鼓。

 

「サンタ後輩、ターキをもて」

「サンタ先輩、ターキはないです!」

「む、そうか。ならば贅沢は言うまい。しかし、この芋料理は、うまい……。ただ、つぶした芋料理がなぜ、こうも美味い……なぜガウェイン卿の芋料理(マッシュ)は……」

 

 何やら、芋料理を食べて落ち込んでいるらしいアルトリアさん。何かつらい思い出でもあるのだろうか。

 ただ、確かに芋料理はおいしい。ただマッシュしただけのはずなのに、どうしてか美味しい。不思議である。これが神代補正とでもいうのか。

 

「オラ、肉を食え、子供は肉を食って、でかくならねえとな!」

「いや、だからってわたしのお皿に、お肉ばっかりおかないでくれる!?」

「そうよ、金時さん、大きくなるためには野菜も食べないと」

「マ――アイリさんも、野菜ばっかりお皿にのせないでよ!?」

 

 クロは金時とアイリさんに挟まれて、お皿にお肉と野菜をのせられている。親子か、焼肉に連れてこられた親戚の女の子に親戚のおじさんが構いまくってるようであった。

 でも、あれはあれでうらやましいような気がする。羊肉は美味しい。タレも、香辛料もないはずなのに、どうしてこれほどまでに美味しいのかというくらいに。野菜もそうだ。しゃきしゃきと瑞々しく、大地の味がする。

 

 それはもう食べた瞬間に雄大な世界に放り出されたような感動を覚えるほどだ。料理人が良いのだろうか。それとも食材が違うのか。

 

 ――色々と食べ歩きとかしてみると楽しいかもしれない。

 ――マシュと二人で。

 

 デート。どうやって誘ったものか。服装は残念ながら、似たようなものしか持ってきていない。特異点だから、持ち込めるのは魔術礼装くらいでオシャレ、というのはとんとできてないのだ。

 

 ――いや。

 ――諦めるのは早い。

 

 ここは、ウルク。戦時下とは言えど、服飾店くらいあるかもしれない。もう神代だとか関係なく、このウルクならあってもおかしくないとか思い始めている。

 だから、市場で服を探してみるのもいいだろう。このウルクに滞在するなら現地の服装に着替えるというのは、溶け込みやすくなるだろう。

 

「どうだろう、スカサハ師匠」

「うむ、そうさな。マスターの服装のみは、魔術礼装として力を持たせるためにこちらでつくるが、我らサーヴァントの服装を買うのはよかろう。なにより、こちらに合わせてみるのも面白かろうな」

「そうだね。作るよりは買う方がいい」

 

 同意したのはダビデだった。

 

「む、また邪なことでも考えておるのか、イスラエルの王よ」

「はは。今回はそうでもないさ。なにせ、買うということはお金を使うということだからね。お金を使えば経済が回る。それはいいことだ」

「なるほど、伊達に王を名乗るわけではないな」

「もちろん、作るのもいいよ。素材屋も儲かる。新しい服を造り、流行を巻き起こせれば、こちらはがっぽりと設けられるからね」

 

 そういうお金の稼ぎ方もいいだろう。ただし、あまり現地の人たちに迷惑をかけない程度に抑えなければ。

 

「もちろんだとも。そんなあまりにも大きすぎる成功にはしないさ。嫉妬は怖いからね」

「うん、その辺の調整はダビデ王なら問題ないだろうね。新しいものが好きなのは、どの国でも、どの時代でも同じだろうし」

「まあ、よいですね。ただ、新しいものを作ったら、まずは王にもっていくことをおすすめします。その、あとで発覚すると……」

 

 ――理解した。

 

 言葉を濁したシドゥリさんの言いたいことは、わかった。それに新しいことをやるのなら、確かに王の許可はいるだろう。

 

「ちゃんと、メリット、デメリットを明確にした企画書を作成しよう」

「じゃあ、その辺はジキル博士に任せるとしよう」

「ダビデ王!? ……はあ、のせられちゃったか」

 

 それでも楽しそうだ。ダビデのことだから、早々問題になるような企画はたてないだろうから、多分大丈夫。ジキル博士もつくのなら問題は起きないはずだ。

 

「まあ、心配なら、オレが見といてやるよ」

「ありがとう、式」

「式ー、あんまり食べてないけど、いいの?」

「オレは、これでいい」

 

 どこに持っているのかハーゲンダッツのストロベリー味のアイス。アレ、お気に入りだよね。カルデアの式の部屋の冷蔵庫には、それはもうたくさんのハーゲンダッツが入っているのを知っている。

 勝手に食っていいと言われてるから、時々食べてるけど、誰が仕入れているのだろうか。

 

「まったくもう、自分の納得したものしか食べないんだから」

「いいだろ、サーヴァントになって食わなくても活動に問題はないんだからな」

 

 それを見て、注意するのはブーディカさん。本当おか――お姉さんである。

 

「それでも、気晴らしにはなるし多少の魔力の足しにはなるからね。いざという時に備えないと。ねえ、リリィちゃん」

「はい、おいしいです!」

「もう、ほっぺについてるよ。はい、綺麗になった」

「あ、ありがとうございます」

 

 ――本当、親――姉妹みたいだなぁ……。

 

「うへぇ……もう酒はいいわ、果実水がいいのう……その蜂蜜入りミルクとかわしも、飲みたいんじゃが……」

「なに、この程度の酒でへばってるの? だらしないわねぇ」

「雑竜にいわれたくないわ」

「誰が雑竜ですってー!」

「まあまあ、お二人とも、落ち着いて、こちらをどうぞ」

「もぐもぐ」

「もぐもぐ」

 

 なんだろう。ベディヴィエールが、我儘お嬢様二人に仕える執事みたいになっている。でも、似合ってるな。そう言えば、彼はアーサー王の世話役だったのか。なら、本職をしているようなものか。

 

「――――」

「マシュ、楽しそうだね」

 

 そんな光景を見ているマシュはとても楽しそうだ。

 

 ――にこにこと、本当に、可愛い。

 ――めっちゃ可愛い。

 ――すごくかわいい。

 

「はい! とても楽しいです! お料理にも興味が尽きませんし、なにより――」

「ささ、どうぞ主殿、ご一献」

「牛若丸様、いけませんぞ、びぃるをお注ぎになられては」

「はい、ますたぁにお酌するのは、わたくしの役割ですから」

 

 ――いや、多分そういう事じゃないと思う。

 

 楽しい理由。

 たぶん彼ら。

 

 牛若丸と弁慶。

 なんというか、凄まじい格好の少女と、武器をいくつも背負った男。

 何やら酔っぱらって牛若丸が失態を犯したことを、ネタにして一発芸を披露している。亀になり切るのがこつというか、首ごと移動してないか、アレ?

 

 ――さらにもう一人。

 

「シドゥリ殿、私は栄養だけで十分です! 酒を味わうのは、魔獣たちを全滅させた後のみでしょう!」

 

 ――レオニダス一世。

 盾を持った筋骨隆々の人。

 

 かのスパルタの王だ。防衛線に於いて、彼以上の指揮者はいないだろう。ただ、スパルタ流儀を叩き込んでいるのか、凄まじいスパルタ理論が展開されている。

 ただ――、うん、確実に酔っている。おそらく入れたのは牛若丸だな、眼が泳いでいる。

 

 彼らはあのギルガメッシュ王に召喚されたサーヴァントだという。

 

「頼もしい味方がこんなにも!」

「うん、頼もしいね」

 

 彼らはギルガメッシュ王に仕えるもので、彼を優先するだろうが、この時代、この街を守るという目的は一致している。

 むずがゆいが、人類最後のマスターとしての心意気も買ってもらっているらしい。だったら、どこまでも一緒に戦えるだろう。

 

 しかし、マーリン+七騎を召喚したギルガメッシュ王すごすぎる。

 

「いやあ、聖杯戦争について語ってしまったのはまずかったなぁ」

 

 なんだ、マーリンが悪いのか。

 

「いやいや、あれは王も悪い。ちゃんと忠告したのに」

「アレ、じゃあ今は?」

 

 もしかして、自分で維持してるの?

 

「いえ、今は、食事をとり、自らで魔力を生成しています」

「――受肉しているということかい。なるほど――」

 

 ドクターが何やら納得したようなので、そういうことなのだろう。

 

「一概に王が悪いとは言えませんな」

「王は、我らが来るまで敵がどのようなものかもわからなかったと言います。しかし、クタ市が壊滅し、その時、ウルクが滅びる未来を視たと」

「なるほど、だから無茶な英霊召喚に挑んだと」

「その通り。お見事な分析能力です、マシュ・キリエライト……マシュ殿でよろしいかな?」

「は、はい、マシュ・キリエライトです。デミ・サーヴァントですが、よろしくお願いします!」

 

 和やかな会話は、いつしか今までのおさらいになる。このウルクでの戦いの時系列。こちらが知っておくべきことをレオニダスたちが説明してくれる。

 

 この時代が特異点化し、人理焼却の後に、ギルガメッシュ王は英霊七騎を召喚した。

 それから半年、戦いを続けているのだという。

 ウルク市を戦闘都市として生まれ変わらせ、緊急時限定の貨幣制度まで導入したほどだ。

 

 ――すごい。

 

 そう純粋に思った。

 アメリカでも戦ったが、あれはすべてが終わった後だった。だが、こちらは今も、壊されないように抗っているのだ。

 

 ――すごいとしか言いようがない。

 

「それは、時期が良かったからね。アメリカも、もう少し時代があとなら戦っていただろう。こちらは、あの王様が不死の霊草探索から帰った後だった。それが良かった」

 

 ギルガメッシュ王が精神的に成長したあとだったからこそ、ここまで抗っているという。

 

「そうか……じゃあ、エルキドゥはなんなんだろう」

「そうです。あのエルキドゥさんは一体……」

「ああ、あなた方はあの方にお会いしたのですね。ギルガメッシュ王の友人であり、対等の勇者であったもの。それが今では、人間の敵になってしまった。

 ですが、私たちはあれをエルキドゥとは思えないのです。ウルクの民は以前のエルキドゥを知っている。私たちには、どうあってもあれがエルキドゥとは思えない」

 

 ――それに関しては、オレはなにもわからない。

 

 エルキドゥを視た。だが、以前の彼を知らない。だから、比較ができない。

 比較が出来れば、ある程度はどんなものかわかるかもしれないというのに。

 

 ――ないものねだりをしてもしかたない。

 

「ともあれ、まずは、この世界を救うことを考えないと」

 

 それがきっと彼の正体をしることにもつながるはずだ。

 

「うん、それがいい。なにせ、世界が滅んでしまうと、麦酒を味わえないし、娼館にも通えないからね――さて、そろそろお開きかな。アナも眠ってしまっているしね。

 全ては明日からにしよう。今日はしっかりと休むと良い」

 

 マーリンの言葉で、お開きになる。ブーディカさんにアナを任せて、片付けに加わろうとしたとき――。

 

「アナはね、人間が憎いから距離をとるんじゃない。むしろ、人間が怖いから、距離をとろうとする。キミなら、この意味がわかるだろう?」

 

 マーリンがそう言った。

 

「わかりました。任せてください」

 

 そう言って、なじみの娘がいるといって出ていく彼とダビデとクー・フーリンを見送る。よくもまあ、行くものだとあきれながらも、片づけを終えて。

 

「さて、寝るかー」

「はい、そうですね。しっかりと休んでください、マスター」

「うん、おやすみ、マシュ」

「おやすみなさい。明日また、カルデア大使館ロビーで会いましょう!」

 

 こうして、ウルクでの一日目が終わった。

 明日からの仕事に思いを馳せながら、眠りについた――。

 




さあ、ウルク生活開始です。
楽しい楽しいウルク生活の中で、ウルク民と絆を育んでいきましょう。
ウルククエストはまだまだ募集中。活動報告のウルククエスト募集版にのっけてくださいな。

第二章の圧縮解除は、進行中。
まだまだ序盤を書いている途中ですので、ゆったりとお待ちください。

更新もゆっくりになりますが、じっくりとお待ちください。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 12

 朝。

 いつもと違う、活気あふれる音で目が覚めた。活気あふれる朝。瑞々しい朝の空気。カルデアでは感じられないその空気に、思わず自分がどこにいるのかを一瞬だが忘れた。

 

 それでも、すぐにここがどこであるかを思い出す。

 ウルク。カルデア大使館。

 

 通信機の時計機能を見るとまだまだ早い時間のようである。いつもよりも早いのは、慣れない環境だからか、これからの仕事について、気が急いているのだろうか。

 

「しっかりしないと」

 

 まずは、顔を洗おう。しっかりと着替えを済ませて、庭の井戸で顔を洗う。カルデア大使館のロビーに行けば、すでにマシュが準備万端でまっていた。

 

「おはよう、マシュ」

「おはようございます先輩。よく眠れましたか?」

「うん、ぐっすりと」

「それはよかったです」

 

 そう朝の挨拶を交わす。カルデアとは違う場所で、こんなにもゆったりとした挨拶を交わすというのは新鮮だった。

 その新鮮さを噛みしめていると、

 

「……おはよう……ございます……皆さん、早起きなのですね……すごい、です……」

「おはよう、アナ。朝は苦手?」

「……んん……すこし……」

「はは、もう少し寝ててもいいのに」

「……いえ……」

 

 そう言っている間に、みんなも起きてきて朝食の準備が整う。といっても、昨日のうちにシドゥリさんが用意してくれていたもので、それを食べ終わった頃にシドゥリさんがやってきた。

 

「おはようございます。みなさんお揃いですね」

「おはようございます」

「早速ですが、皆さんにお仕事です」

 

 仕事。

 いったいどんな仕事になるのだろう。

 雑用という話だけど、小さなことからこつこつと、だ。

 

「農場のリマト氏からの羊の毛刈りです」

「羊の毛刈り、ですか?」

「はい」

「おー、羊。いいねぇ。いきなり重要な仕事じゃあないか」

 

 羊飼いのダビデがいう。

 さすが羊飼いと言ったところか。

 彼曰く、年に二回か、三回、羊の毛の刈り入れを行うらしい。

 

「羊の毛は値千金だからね。そのリマト氏はいったいどれくらいの羊を飼っているんだい?」

「百八十頭です」

「それは、大変だ。ひとりじゃ、一か月はかかるじゃないか」

「??」

「おっと、それじゃあ、説明するよ。羊の毛を刈るには、そうだね、慣れたリマト氏で四時間といったところかな。そうなると日にできる数は四頭かそこらだ」

 

 なるほど、百八十頭もいるんだから、それじゃあ全然終わらない。だから、カルデア大使館への依頼として毛刈りというものが来たわけか。

 シドゥリさんもうなずいてくれているし、間違いないらしい。

 

「それじゃあ、頑張らないと」

「お願いします。ああ、それと、今の時期、羊の毛はもこもこですよ」

「もこもこ……」

 

 各所で女性陣の声があがる。

 もこもこ、気持ちよさそうだ。

 

「先輩、行きましょう!!」

「おお!? マシュ、やる気だね」

「はい!」

「……フォーゥ……」

 

 それに比べてフォウさんは強力なライバルの登場でテンションが低そうだ。もこもこだからなぁ……もこもこだしなぁ……。

 ともあれ、今日の仕事は羊の毛刈り。ウルクの郊外での仕事なので、魔獣も出るという。特に見たこともないような魔獣が出るというので、気を付ける必要がある。

 

「それでは、頑張ってください」

 

 シドゥリさんは、王様の補佐に向かう。オレたちは、郊外へと向かう。

 カルデア大使館の戸締りをしてから、全員で郊外へ。

 

 まだ、朝も早い頃だというのに、ウルクの市は活気であふれている。

 

「安いよ、安いよー! 買ってって―!」

「お、そこのお嬢ちゃん、可愛いね、安くしてあげるよー」

 

 活気あふれる市場。滅びに瀕しているとは、何度見ても思えない。

 

「ウシワカが来るぞー!!」

 

 そんな叫び声が唐突に響いた途端、商人たちは店先に出していた商品を一気に片付け始める。次の瞬間には、空から牛若丸が降ってきた。

 

「逃がさん!!」

 

 何かを追っているようなのだが、さっきの着地によって露店が一軒潰れてしまった。

 

「くっそー、今日は、ロギンのとこか!」

「もう一個となりだったら、こっちが勝ってたってのに!」

 

 ――なに、これ……。

 

「お店を壊されたのに、みなさん、笑ったり悔しがったり……先輩?」

「んー? クー・フーリン?」

「なんで、オレだよ」

「だって、賭け事に詳しそうだし」

「そこまで言うんだったら、アンタが言えよな。嬢ちゃんもその方がいいだろ」

「わ、わたしは……その……」

 

 ――そうはいっても、クー・フーリン参加してたっぽいし。

 

 知っている人がいるのなら、知っている人が話すのが一番。オレが話すことができるのは、今のウルク商人たちの反応を視ての推測だけだ。

 それを言う事もできるけど、どうせならオレも正解が知りたい。

 

「へいへい。まあ、アレだ。見ての通り、あの牛若の嬢ちゃんが落ちる場所を賭けてんだわ。毎日毎日、朝っぱらから、烏やらなんやらを追い払う仕事してるらしいんだが、その都度、店が壊れることになる。それが長く続けば慣れてきて、今では賭けってことよ」

「胴元は?」

「ああ、そこにいるぜ」

 

 人に囲まれて金銭の移動を行っているのは――。

 

「弁慶……」

「ん? おお、これはカルデアの皆さま、おはようございます」

「おはよう。何してるの?」

「見ての通り、主がよく落ちるので、それを賭けにして少しでもウルク市民を楽しませてあげるために、賭け事の胴元をしています。

 無論、阿漕なことなどしていませんとも」

 

 ――それでいいのか、この主従。

 ――いや、うん、これでいいんだろうな。

 

 鬼ヶ島の時から彼らは何一つ変わっていないのだから。

 

「お仕事ですかな?」

「ええ」

「では、そちらもお気をつけて」

「そっちも頑張ってね」

 

 牛若丸を追っていく弁慶を見送って。

 

「それで、いくら勝ったの?」

「ま、ぼちぼちだな」

「まったくこの一番弟子は……」

 

 スカサハ師匠も呆れ気味だが、いいと思う。悠長にしていてはいけないけれど、いつも張り詰めていてはいけないことは、もう学んだ。

 気が抜ける時は気を抜いて、おかないといつか潰れるのは、もう知っている。クー・フーリンなら、戦う時はちゃんと真面目にやってくれることがわかっているので、何も問題ない。

 

 ちゃんと、自分のお金だし、それで好きにやるのは全然問題ない。

 

「まあまあ、スカサハ師匠。ちゃんと切り替えができるのなら、そこまでとがめるつもりはないし、自由にしてくれていいよ。みんなもね」

 

 焦ってもどうにもならないのだから、焦るのはやめて、ここでしっかりと英気を養うのもいい。王様に認められるまではどのみち、ひたすら下働きだ。

 それならば、楽しんだ方がいい。あの王様を相手にするのだ、それくらいでないとすぐにストレスで死ぬ。冬木で会った時よりましだけど、根っこは全く変わってないのだから。

 それに、せっかくの一軒家を手に入れたのである。活用しなくてどうする。

 

 みんなが、自分のお金で何を買って、何を部屋に置くのとか、凄い気になる。カルデアだとダ・ヴィンチちゃんに言えば支給されるが、それとはまた違うことになるはず。

 なにせ、自分のお金。少ない中のやりくりとか。そういう意味で、いろいろと見て見たくも思う。一番見たいのはマシュだけど。

 

 マシュが、自分のお金で何を買って、何をするのか、とても気になる。

 まずは、その第一歩。差しあたっては羊の毛刈りだ。初めてだけどうまくやれるだろうか。

 そう思いながら、ウルク市郊外。牧草地帯が広がる場所。たくさんの羊の前に、男性が一人いる。

 

「リマトさんですか?」

「お? あんたらがカルデア大使館って人たちかい?」

 

 リマト氏は、こちらを値踏みするように視線を動かす。異邦からの旅人だから、当然だろう。大切な羊を預けるのだから、値踏みされて当然だ。

 リマト氏の視線は、ダビデで止まる。

 

「お、あんた、羊飼いだな?」

「わかるのかい?」

「ああ、わかるさ。同業だからな」

「そうかそうか。それにしてもいい羊たちだね」

「おうとも、自慢の羊たちだぜ! さって、それじゃあ、さっそくなんだが――」

 

 その時、魔獣の咆哮が響き渡る。

 魔獣の群れがこちらに向かってきている。見たことのない魔獣と聞いたが、アレは、魔猪だな。しかし、数が多い。

 

「毛刈りの前にまずは、全員でアレを片付けるぞ!」

「了解です! もこもこは死守します!」

 

 マシュたちが魔猪に向かって行く。

 

「へぇ、大したもんだ。異邦から来たって聞いた時は、どんな奴らか、大丈夫なのかと心配したもんだが、大した腕じゃねえか」

「はは、ありがとうございます。でも、オレはただ視てるだけですけどね」

「いやいや、それが大事さ。羊の群れと同じだ。あんたの仲間(群れ)は、アンタを信用してる。いい動きしてるじゃねえか」

 

 ――そこまでわかるリマトさんがすごいんじゃ……

 

「しっかし、んー」

「どうかしたんですか?」

「ああ、いやな……毛刈りを頼むっていったんだが……実はな」

 

 リマト氏曰く、毛を刈る羊がいないのだという。どうにも巫女所の人たちが、予約を取ってしまったのだというのだ。

 

「貨幣制度が出来て、娯楽を買うということができるようになったからだろうね」

「貨幣制度の弊害かー」

 

 いや、いいことなんだろうけれど、ウルクには早いものだったようだ。いくら必要とは言えどやっぱり貨幣制度は早すぎたのだろう。

 

「マシュたちが聞いたら、落ち込みそうだなぁ」

 

 その予想は案の定当たりだったのだけれど。

 

「その時は、キミが慰めてあげなよ」

「ドクター、他人事だと思って。簡単に言わないでよ」

「そうかい? キミならできるだろうって信用だよ。これまでキミは多くの不可能を可能にしてきた、それがまたひとつ増えるだけさ」

「そのために、どれだけ血反吐を吐いてきたことか……けど、ま、やるだけやってみるよ。というか、メンタルケアはドクターの仕事なのでは?」

「おっとー、こうたいのじかんだー」

 

 ――すごい棒読みだな、おい

 

 ともあれ、報酬の羊の銀三つを受け取る頃にはすっかりと夕暮れ時。倒しても倒しても現れる魔猪軍団を倒しきる頃には、本日分の羊の毛刈りは終了。

 もこもこを味わることなく帰還することになってしまった。

 

「……」

 

 マシュたち女性陣の落ち込みようが半端ないです。

 

「――というわけでして」

 

 それをギルガメッシュ王に日の終わりに報告する。

 

「――ふん、まったく面白味もない。ああ、エアンナの祭壇に召喚術の痕跡があったか。では、下働きに聞き込みをしろ。突然の休みがあったはずだ。そこから切り崩せ。大規模な召喚術だ、それだけ目撃者もいようよ。

 む、なんだ、まだいたのか、さっさと下がれ。その陰気な面を見せるな」

 

 とまあ、すっかりと落ち込みモードなマシュは鬱陶しいと、さっさと追いだされてしまった。

 

「今回も話を聞いてはくれなかった」

「……もこもこ……」

「あー、マシュ、そろそろね。もこもこじゃないけど、オレの頭とかなら、貸すけど」

「――!?」

 

 ――あ、慰めようとして、たぶん、結構やばいこと言った気がする。

 

「で、では――」

「おまちください、ここは、わたくしも」

「トナカイさんの頭、わたしも撫でたいです!」

 

 ――まずい。

 

 このままでは、多分、ちょっとどころじゃなくまずい――。

 このままにしておいては、きっと何事も進まなくなる。

 

「とりあえず、料理のあとにね――」

 

 料理のあと、ひたすら撫でられました。これはこれで――。

 

 翌日、何故か、特別に羊の毛刈りをさせてもらった。

 




バビロニアライフ開始ー。
まずは羊の毛刈りから、スタートして、次は浮気調査。地下の旅です。
さあ、順調にウルク民と絆を深めていきましょう。

ああ、翁さんは、キャッシュバックあったから、少し引いてみたよ。出てないよ。以上。
エレちゃんを待つさ。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 13

 さあ、今日も元気に行ってみよー。朝食はマシュの手作り。目玉焼き、美味しいです。

 今日から、みんなで手分けして仕事をすることになっている。

 

「おはようございます。こちらが今日のお仕事になります。いくつか見繕っておきました。ああ、それと羊の毛刈りですが、もう一度お願いしたいとのとこでしたので、先に、羊の毛刈りに、それからこちらのお仕事の方へ」

「ありがとうございます」

 

 わざわざ丁寧に粘土板にまとめてくれているのは助かる。さすがシドゥリさんだ。それにしても毛刈りができるとは。気を遣わせてしまったかな。

 朝食を終えて、仕事を貰った者からウルク市内へと繰り出していく。最後はオレたち。

 

「それで、今日の仕事はなんでしょうか?」

「はい、キッシナムウ氏からの浮気調査となります」

「浮気調査、ですか」

 

 まさか浮気調査とは。しかし、オレとしてはどうにも気が進まないというか、ヒトのそういうこととに介入するというのはどうなんだろうと思う。

 

「許せません!!!」

 

 なのだが――ここに物理的に燃えている女の子が一人。

 何を隠そう清姫である。

 

「何があろうとも浮気など、絶対に!!!!」

 

 うん、そういうと思ってました。

 

「はい。それが浮気は彼の奥方がしているようで。朝から夜遅くに帰ったり、どこかへ行ったりといった風らしく」

「なんと!? 信じられません。わたくしならば、絶対に浮気などしないというのに! 浮気調査などせずに今すぐ燃やしてしまいましょう! 浮気、ダメ、絶対!!!」

「はいはい、清姫は少し黙っていようか。話が進まないから」

「兵器舎の親方なので離れられられません。やる気の問題もあるので早期解決が望まれます」

「了解です」

 

 残ったのは、マシュと清姫。浮気調査には、少し心配だが、清姫のスキルが役に立つ。ストーキングを応用すれば、尾行など余裕のはずだ。

 アナは花屋の方で仕事を頼まれたらしく、そっちだ。もうひとりくらい手がほしいところ。どういうわけか、そういう直感が止まない。

 

 確実に浮気調査では済まないと直感が叫んでいる。こういう時の直感は当たるのだ。

 だれかいないものか、そう思いながらカルデア大使館を出ると。

 

「おや、マスター殿も今からですか」

「牛若丸、君も?」

「ええ、これから市内の見回りですが、そのように考え込んで、どうかなさいましたか?」

「ああ、これから浮気調査で――」

「浮気調査!! おお、なんとおもしろ――大変そうな」

 

 ――いま、面白そうって言わなかったか?

 

「いま、おもしろ」

「言ってませぬ」

「いや」

「言ってませぬ。しかし、浮気調査とは大変だ。私もお供しましょう」

「いや、義経殿? 見回りが――」

「何を言うか弁慶。浮気調査をしながら見回りもできるだろう」

 

 こうなってしまっては誰も止められない。ブレーキのない暴走特急が彼女だ。だったら、そのまま走らせた方が効率が良いだろう。

 下手に御するよりも、結果は良好だ。その過程を考えなければという点と、その結果がどうなるかを考えなければであるが。

 

 ともあれ、

 

「まずは浮気をしているという奥さんを見つけなければいけませんね。キッシナムウ氏のご自宅へ行ってみますか、先輩?」

「そうだね、とりあえずは張り込みかな」

「はい! お任せください先輩。ダ・ヴィンチちゃんに頼んで、秘蔵のあんぱんと牛乳をご用意です!」

 

 張り込みの定番だよね。

 

「あんぱん?」

 

 当然、そんなお約束や定番を知らないシドゥリさんは首をかしげる。牛乳はまだ考えればわかるだろう。乳とついているのだから、想像は可能だが、あんぱんだけはわからない。

 パンはわかっても、あんがついたパンとなるとこちらにはないだろう。

 

「ええっと、ですね。あんぱんというのは、こういうもので」

 

 ゆえに、そこらをわかりやすく説明。

 

「まあ、ありがとうございます。パンの中に甘い餡、ですか。おいしそうですね」

「こちらで作れるだけの材料とか探してみて、作れるようなら作ってみますよ」

「本当ですか!?」

「あ、はい……」

 

 予想外の食いつき。いつの時代も甘いものは女の人の心を掴むものなのかと思う。あんぱんは、それほど甘いものというわけではないけれど、そこはそれとして。

 

「ともあれ、それじゃあ行ってきます」

「はい、いってらっしゃいませ」

 

 やることは決まっているし、やるべきことは多い。まずは、張り込み、そこから尾行だ。ただ、この人数が一気に移動するとなると問題になるし、尾行どころじゃないだろう。

 

「そういうわけで、頼んだよ、清姫」

「はい、おまかせを!」

 

 というわけで、尾行を清姫に任せて、オレたちは少し離れたところで連絡を待つ。念話をすれば、相手にバレることもない。それに、携帯のかわりになる。

 あとは、決定的な証拠が出るなり、勘違いだったという結果が出るなりしたら、オレはマシュに抱えられて屋根伝いにいくことになる。

 

「どうなるかな」

「本当に、浮気なのでしょうか」

「どうだろうねぇ」

 

 本当に浮気だったとして、そこをどうするかはオレたちの判断できることではない。気まずいがそうだったと事実を報告して終わるだろう。

 問題は、そうじゃなかったら。旦那さんに隠れて、何かやるとしたら、何かの記念の贈り物とかそういうものというのが相場が決まっている。

 

 そうであったら、うまいこと誤魔化さないといけない。隠れて必死に準備しているのを邪魔するほど無粋ではない。

 

「ますたぁ、動きがありました。今から追いますわ」

「早速か。ちゃんと間違いない?」

「はい、間違いはないかと。どうぞ、ご確認を」

 

 清姫の視界を借りて確認する。確かに、シドゥリさんが言っていた特徴と合致する。彼女が、奥さんなのだろう。

 間違いないことを確認して、清姫に追わせる。ストーキングスキルがこんなところで役に立つとは。清姫曰く、気乗りしないとのことであったが、そこはそれ有効活用してもらわないと困る。

 もちろん、オレになんて使ってほしくないので、そこは考えてほしいけれど、こういう人のためにも使えるということを知ってほしいところだ。

 

 それが、今の彼女にしか伝わらなかったとしても、それはきっと意味のあることだと思うから。

 

「それにしても、買い物、おしゃべり、と普通にしているだけのようですが……」

 

 清姫が定期的に上げる報告を聞いていると、浮気など嘘のように普通に生活しているように思える。これは勘違いだったのだろうか、そう思い始めた頃だった。

 

「ますたぁ!」

 

 鋭い清姫の声。

 

「どうかした?」

「それが……ともかく、今すぐこちらにきてもらいたいのです。ご覧になられた方がおそらく早いかと」

「……なるほど、了解。確かに、これはそっちに行った方がよさそうだ。マシュ」

「はい! では、先輩失礼します」

 

 もにゅん。

 

 うむ、盾があるから横に抱えられるのは仕方ないとして、うん、さすがだ。

 

「むむ、マシュ殿、マスター殿は、私がお連れしましょうか? その盾では持ちにくくないでしょうか」

「義経殿がまともなことを!」

「よし、死にたいんだな弁慶」

「滅相もない」

「いえ、わたしは大丈夫です」

 

 うん、そうこのままにしておいてほしい。いや、マシュのビーストマシュマロの感触を感じたいという思いもあるが、そんなことよりも、牛若丸に連れられた方が危ないのだ。

 まずその格好もそうだが、牛若丸の移動を見てると、絶対に酔うし、危ない。それに格好がヤバイ。マジヤバイ。

 

 ともあれ、清姫と合流し、奥さんが消えた先というものを見た時には、そんな浮ついた気分などどこかへと吹っ飛んでいた。

 

「先輩、これは」

「大穴ですね。それに、この気配」

「化生の気配がしますな。この先、何者かが潜んでいる様子」

「本当に、ここに奥さんが消えたんだな?」

「はい、わたくししっかりと見ました」

 

 目の前にあるのは深い穴だ。市中、郊外ではあるが、ここにこのようなものがあるとは思いもしなかった。そもそも、この穴は一体どこに通じているのか。

 市中にあって、だれも気が付かない都市の死角に作られた大穴。そこから感じる空気は、嫌なものだ。

 

「…………」

 

 行くか、行かないか。まずはそれを決める必要がある。ここに奥さんが入っていったというのなら、行くしかないだろうが――。

 果たして、この先がどのようになっているのか。できることなら、もう少し戦力がほしいところであるが、仕方ない。今は、全員仕事中だ。

 

「……行こう」

 

 ただ、やはり行かないわけにはいかない。

 

「では、先頭は、わたしが行きます」

「うん、お願い、マシュ」

 

 盾を持ったマシュが先頭ならば、何かが起きても大丈夫だろう。殿は、弁慶に任せて、マシュ、牛若丸、オレ、清姫、弁慶という順で大穴を下りていく。

 蛇の喉を下りていくかのような感覚。はるかな深淵の奥底へと滑り落ちて行っているかのようだ。暗黒の中、一歩でもズレてしまえば、もっと大変な場所に堕ちるのではないかという確信(さっかく)が止まらない。

 

「気温があがってきました。マスター、大丈夫ですか?」

「大丈夫。礼装のおかげで、なんとかなるよ」

「もしもの時は、わたくしに行ってください、まるっとひとのみで安全をご提供します」

「ああ、うん」

 

 それは最後の手段にしておきたいところだ。何が嬉しくて、清姫に丸のみにされなければならないのだろうか。いや、別に嫌という訳ではないのだが、心情的に、丸のみにはされたくないなというかなんというか。

 

「マスター!」

「マスター殿!」

「――――!」

 

 穴を下りた先、光輝く溶岩の地底湖が広がる小さな世界。

 

「なんだこれ――」

 

 そして、そこにいるすさまじい数の何者か。まるで、ここが巣であるかのような、いや、まるでここは国のようだった。遠くに見える、建物群は、確かに国と呼べるだけの何かがあるだろう。

 

「行こう。この先にきっと、答えはあるはずだ」

 

 溶岩に落ちないように進む。

 都市の近くに来ると、ヒトと同じような姿をした人々の姿が目に入った。どうやら、彼らはここに住む者たちらしい。

 名はヨヒメンというらしいが、これ以上はわからない。もっと近づけばわかるのかもしれないが、これ以上近づいてしまえば、それだけでは済まなくなる。

 

 確実に彼らと戦いになる。なぜならば、どうにも地上を攻めようとしている気配があるのだ。都市を俯瞰して、牛若と協議した結果、結論は一致した。

 軍備を整えている。確実に、どこかへ攻め入るつもりだということがわかった。そして、それは確実にウルクだろう。他に攻め入る場所などどこにもないのだから。

 

「さて、どうしたものか」

 

 地下にあるこんなものを見逃すわけにはいかなくなった。浮気調査がとんだ世界の命運を片手に掴んでしまっている。

 

「ひとまず撤退か――」

「いえ、そう簡単に行かないようです」

 

 鳴り響く警鐘の音。それは、こちらがバレたということ。さすがに悠長に情報収集を赦してくれるほど甘くなどない。

 

「素早いですな。義経殿ほどではないが」

「ああ。だが、巧い」

 

 ヨヒメンの大群。そのどれもがオレたちの退路を塞いでいた。戦に備えているだけはあるか。

 当然、包囲のあとに来るのは殲滅だ。

 こちらをすり潰そうと軍勢が押し寄せてくる。

 

「囲みの突破は――現状は無理か。だったら、機会を待つ」

 

 この中でマスターの仕事はない。指示を出そうにも、そんなことよりも素早く切り替わる戦闘流。それら全てを読めてはいるが、決定打として手を打つのはまだ早い。

 相手も手強いが、こちらはサーヴァントだ。ゆえに、性能差という点でみればこちらが圧倒していることに変わりはない。

 危険なところで少し指示を出し、この先をオレは考える。この先、必ず来るであろう事態を収束させる為のタイミングを待つ。

 

 ゆえに、まず見るべきは第一の戦場。

 正面。もっとも大軍勢を相手取っているのは、マシュだった。城塞の如き防御でもって大軍勢と相対している。

 

「やあっ――!!」

 

 いかに大軍勢が現れようともその盾の防御を崩すことは不可能。平地での戦いであるが、相手からしてみればこれは攻城戦に他ならない。

 どのような攻撃だろうとも、その盾に防がれ、受け流される。その隙を晒してしまえば、盾の一撃が来る。

 鍛え抜かれた戦闘技術と戦経験、真名とかみ合ったことによって、デミ・サーヴァントは更なる完成度へと至っている。

 

 それでも積極的攻勢ではなく、積極的防御を獲るのはもはやマシュの性格以外の何物でもないだろう。

 だが、最も安定した戦場という意味でならばここだった。

 

「一つ、二つ。三つ!!」

 

 次の戦場は右翼。

 首がぽんぽんと飛ぶ戦場と言えばだれが戦っているのかは一目瞭然だった。

 ただし、その姿を目にした途端、翻る刃によってあらゆる全ては断ち切られてしまう。

 まるで空を舞うかのように、軽く地を蹴り飛翔する牛若丸。

 刃を振るえば、首が飛ぶ。

 

 だというのに、血をかぶることのないその戦いは演武のようだった。

 

「数が多いだけですね。これならば、何一つ問題なく倒せましょう」 

 

 できればあまり殺さないでもらえると助かるが、敵が来ているのに、殺すなとは言えない。

 

「さて、どうするか――」

 

 戦闘は続く。

 より深く、深みを増していくようだった。

 

 




待たせたな!
 
リアルが忙しいというのと、他にもいろいろしていることが多いのと、シルヴァリオトリニティやっているから遅れましたが、更新です。

次回は、戦闘からヨヒメンの愛、ギルガメッシュ、喉を鳴らす。

とかまで行けると良いなぁ。

ともあれ、ゆっくりとお待ちください。

しかし、楽しいなトリニティ。

――狂い哭け、おまえの末路は英雄だ。

ぐだ男に当てはまる言葉だよなぁ。
好きなキャラはガラハッドさんとムラサメさんです。
アレ、男しかいねぇw。
女キャラだとミステル姉さんとヴァネッサ姉さんです。
見事に姉さんキャラしかいねえw。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 14

 左翼を相手取るのは武蔵坊弁慶。

 その名が示す通り、相手をその場に釘付けにして離さない。

 

 それも当然だ。誰もかれもが武蔵坊弁慶という男を無視することなどできない。彼は英雄だ。源義経に仕えた忠実なる男。

 まさしく最強の大男。義経と共に数多の戦を戦い抜き、倒れることなく散った英雄だ。極東の島国に在りし大英雄。

 

 その威容は、サーヴァントとなった今ですら不滅。いいや、語る者であるがゆえに、それは語られたがゆえに、何よりも強大になっている。

 薙刀を振るえば、たちまち雑兵の体など容易く吹き飛び、吠えたてる喝破の声すらも強大な兵器としての威力を内包している。

 

 振るえば吹き飛ぶ雑兵ども。その威圧、その圧力に何人たりとも抗う事能わず。これこそが武蔵坊弁慶であると言わんばかりの剛力無双がここに顕現する。

 強いなんてものでは足りない。最と強の二文字こそを求める。

 

「さあさあ、この程度で拙僧を止めようなどと! まったくもって足りませぬ!!!」

 

 振り荒れる薙刀の嵐。巻き起こる風はあらゆる全てを切り裂くが如し。

 

「まったくハッスルしすぎただが、良いぞ、弁慶。そのまま暴れていろ。その間に、もう少しもらっていく」

「ははは――なんと良きことか――では、もっと暴れますかな!」

 

 その風にのって飛ぶは主たる牛若丸。右翼まで届くほどの激風に乗り、舞い踊る天女が如く、首を刈る。降る血しぶき、つみあがる死体に、流れる血。

 屍山血河を築いてなお、主従は止まらない。

 

 離れてなお、途切れぬ連携。もとより絶対魔獣戦線において戦い続けるサーヴァントである。一騎当千など当然であり、この程度の軍勢に後れを取ることなどありえない。

 

「しかし、数が多いな。これでは、主殿に届けるのも一苦労だ」

「そうですなぁ、集めるのも一苦労です」

「まあ、集めるのは貴様だがな弁慶」

「なんと!?」

 

 物騒な会話だが、それをやるくらいには余裕だという証拠。しかし、いつまでこれが続くか。敵の軍勢は多い。こんなものがウルクの地下から這い出して来たのなら、地上はさらに混乱の坩堝だ。

 阿鼻叫喚の地獄がウルクを覆いつくす。そうなれば、絶対魔獣戦線などと言ってもいられないだろう。

 

「ウルク、敵が多すぎるだろ」

 

 こんな地下の軍勢にまで狙われているというのだから、本当に悲惨というかなんというか。

 

「ええ、全くです」

 

 同意したのは清姫だった。

 後方に火を吐き死体を積み上げて炎の壁を創り出している彼女。今日の彼女は一味違う。浮気という彼女における禁忌を前に、彼女は今、猛っている。

 女であるがゆえに、女の不義が許せない。自らはそんなことなど絶対にしないという自負が、焔となってヨヒメンたちに襲い掛かる。

 

 だが、それでは足りない。ゆえに――

 

「やっと来た」

「いっくわよー!!」

 

 音の衝撃とともに援軍が到着する。

 

 後方。敵の背後から、援軍として一人のサーヴァントが参戦する。

 フリフリの衣装に身を包んだサーヴァント。

 エリザベート・バートリ。

 音を束ねた咆哮が、敵を後方から食い破る。

 

「――どうして援軍があのドラ娘なのでしょう」

「なんか文句あんの田舎リス!」

「はい。大ありです」

「はいはい、喧嘩しないの。すぐにこれそうだったのが、エリちゃんだけだったんだから仕方ないでしょ」

 

 エリちゃんだからねとしか言いようがない。営業の仕事とか言っていたけれど、宣伝ライブでもやったのだろう。そのおかげで、早々に追い返されたらしい。

 もっと頑張りましょうというハンコをあとで額に押してあげるとして、戦力としての彼女は実に良い。

 

 音波竜息(ブレス)が音である以上、その攻撃は広範囲攻撃であり、なおかつ防ぐことは不可能。広範囲にたたきつけられる怪音波攻撃(ニューシングル)によって、敵が全滅していくのを見ていると、昔の自分の無謀さを呪いたくなる。

 今は、だいぶマシになっているとは言えど、知らない他人相手だとこうなるのだから、怖いものだ。まあ、わざと出している分も今ではある。

 

 なんというか、頑張りすぎて上達しまくったおかげで、攻撃にならなくなってくるので、戦闘時はあんな調子にしているわけなのだが。

 

「ちょっと、子イヌ!? 今、(アタシ)の新曲、変な風に言わなかった!?」

「言ってないよ。怪音波攻撃(ニューシングル)とか言ってないよ」

「明らかにおかしいわよね!? (アタシ)子イヌに何かした!?」

 

 何もしてない。ただ、ちょっとこうね、エリちゃんって、褒めるとすぐ調子に乗るし、こちらの計算を超えてすごいことしだす。

 あと、実は、ずっと言おうと思っていたんだけど、大切な素材を勝手に食べ――。

 

「あーあー、きーこーえーなーいー」

 

 まあ、来てくれたことには素直に感謝だ。どう考えても手が足りなかったところに、彼女の参戦は感謝以外の何物でもない。

 オレが参戦してなかったのは、彼女の誘導もあった。

 

「さて、戦力としてはこれで充分か。あとは――」

 

 これをどうやって終わらせるかだ。

 これを全て殲滅するのは出来なくはない。ただ、それは心情的にどうなのだろう。相手はこちらと似たような種族であり、いや、角とかあるが、個体的には似ている。

 全滅させるのは、ちょっとで済ませていい問題じゃないし、人理的にこれを滅ぼして大丈夫なのか定かではない。

 

 このような場所の常としてドクターと連絡が取れないのが悲しいところだ。ヨヒメンなる種族について調べてもらったら早いのだが。

 

「やっぱり撤退するか」

 

 却下。

 ここまで来て、ここまで戦って見逃してくれるはずもない。

 まずは、この戦闘を止める激烈な変化。それが必要だった。

 エリちゃんの参戦もそこまでには至らない。

 

「――お待ちください!」

 

 その時だった。声が戦場に響き渡り、戦場のあらゆる行動が止まる。それは、ヨヒメンの一人だった。一目でわかった。それは、浮気調査でオレたちが尾行していた奥さんだ。

 

「姫様!」

 

 多くの兵士が彼女の登場に傅く。どうやら、彼女は、聞く通りの姫様なのだろう。

 

「これ以上の戦いはなりません」

「ですが、奴らは地上人、我らの敵なのですぞ!」

「そうでしょう。しかし――私は知ったのです。地上人も、我らと何一つ変わらないと。それに、私はあの人を愛してしまった」

 

 地上を征服するために、自ら、そこに赴き、情報を収集していた時、ヨヒメンである彼女はキッシナムウ氏と出会い、愛を知ったのだという。

 ゆえに、彼女は地底に戻り、戦を止めようとしたのだという。愛する人のために、愛する人を守るために。

 

「私たちは手を取り合えるのです。私と彼がその証明となるでしょう。私は、彼を愛しているのです!

 だから、今は、矛をおさめましょう。もう、無駄な血など流したくはないのです」

「ですが――」

「皆さんにも待つ者はいるでしょう。なにより、我々から始めた戦です。その犠牲は、我らの責。殺そうとするのです、殺されもするでしょう」

 

 その言葉に、誰もが武器を下げていく。そして、奥さんはこちらにやってきた。

 

「我が同胞が失礼をしました」

「いえ、大丈夫です」

「ありがとう。我々は、地上の穴を塞ぎます。そして、地下で再び手を取り合えるようになるのを待つつもりです」

「でも――」

「あのひとには、私は浮気をしていたと、伝えてください」

 

 それでいいのか。

 彼女はただ頷いた。

 

「ちょっと、それでいいの!?」

「そうです。夫を愛しているのならば――」

「愛しているが故です。私が地上に残ればそれがまた波乱を呼ぶことになるでしょう。主流派のほとんどは、停戦に応じましたが、いまだ、過激派がなにをするかわかりません。

 私が地上に残っていれば、あのひとに迷惑をかけることになるかもしれません。ですから、我らと地上の王が手を取り合えるその日が、いつか来るまで、地下で待ちます」

「…………それでいいの?」

「はい」

「わかった。だったら――待て、しかして希望せよ、だ」

 

 いつかなんて言わない。すぐにでも、ギルガメッシュ王に他種族との交流について相談する。あの王様のことだ、地下帝国の住人だろうが、その懐に抱え込める。

 何より、サーヴァントとも戦えるような精強な軍勢ならこの絶対魔獣戦線を支えるために否とはいわないだろう。

 

「いつになるかはちょっとわからないけれど、すぐに地上に出てこれるさ」

「ありがとう、異邦の方」

 

 そうして、浮気騒動からのヨヒメン騒動は幕を閉じた。

 

「まさか、あの方の一言で戦いが止まるとは」

「愛だね」

「愛、ですか……すごいですね、愛」

 

 ともあれ、依頼としてはこれで解決だろう。キッシナムウ氏には本当のことを包み隠さず話すことにして、あとはギルガメッシュ王に、今回にことを報告して、相談できれば一番だ。

 それが一番の高難易度だが、やるだけのことはやるさ。

 

「――そして、ヨヒメンという種族に遭遇しました」

「おい、待て、どうして浮気調査がそんなことになる」

 

 そういうわけで、ギルガメッシュ王に報告に来たのだが、意外にも食いつきが良い。

 

「それから、愛が――」

 

 ごくりと喉を鳴らすギルガメッシュ王。

 

「あの、王?」

 

 シドゥリさんの報告のついでで、どうせ面白くないだろうからと報告していたのだが、途中からこちらに聞き入っているようだった。

 

「決算であろう、聞いていたわ。いいところで水を差しおって! 我の宝物庫からニサバの帯をくえれてやれ。エレシュ市の巫女長であればそれで釣りがくるわ。

 ともあれ、報告は理解した。他種族との婚姻と、ヨヒメンどもとの同盟であろう。前向きに検討してやる。サーヴァントに圧倒されはしたが、それだけの軍事力、遊ばせておくなど愚か者のすることよ」

 

 とりあえず、いい感じの約束も取り付けられたとして、今回の仕事は終了した。

 

「聞き入ってたな、ギルガメッシュ王」

「はい。ですが、浮気調査と思ったら、ヨヒメンという他種族が出てきた、というお話であれば、わたしもきっとああなると思います」

「ヨヒメン――なんという良妻。わたくしも斯くありたいと思います」

「きよひーは、もう十分、良妻だと思う」

「――――」

「清姫が、無言で鼻血を出して倒れた!?」

「清姫さん!?」

「あははは」

「はは」

 

 そんなオレたちの慌てぶりを見て笑う牛若主従。

 

「いやはや、マスター殿を見ていると飽きないですね!」

「まったくもってその通りですね、義経殿」

「いや、わらってないで、手伝って!?」

「おっと、では拙僧がおぶっていくとしましょう」

 

 倒れた清姫を弁慶に抱えてもらって、帰路につく。相変わらずウルクの大市はにぎわっている。

 

「三女神同盟に攻められているとは思えないな」

 

 滅びに瀕してなお、笑えるというのは、それだけ滅びになれているということなのだろうか。本当に、頭があがらない。

 この人たちはオレたちなんかよりもよっぽど強いのだなと感じてしまう。

 

「北の魔獣戦線と南の密林。あとはイシュタルの無差別爆撃。ウルクは三方から別の侵略を受けています」

 

 

 北はレオニダスによってなんとかなっているが他はどうにもできない。密林はなんだかわからない。誰も帰還しない。

 そう牛若丸が言う。なるほど、聞けば聞くほど困難な状況だ。オレだったら、きっと笑っていられない。

 

「それにしても三女神同盟の狙いはなんなんだろう」

「狙いはウルクの大杯でしょう。莫大な魔力を持つ器だという話です」

「ん?」

「ちょっと待った――色々と聞きたいことはあるんだけど、今、ウルクの大杯と言ったかい? それは、あのギルガメッシュ王が持つ聖杯のことかい?」

「ドクター殿? ええ、言いましたが? ウルクにある聖杯といったらそれですが?」

 

 ――やっぱり。

 

「ああ、そうか。くそう、マーリンめ、言ってくれればいいのに!」

「ドクター? いったいどうしたというのです?」

「ギルガメッシュ王が持ってる聖杯。あれは、ボクらの探している聖杯じゃないんだよ」

「そうなんですか!?」

「そうなると、この時代のどこに聖杯があるのか探さないと。あるとしたら、三女神同盟なんだろうけど」

 

 この都市から出ることが現状出来ない以上、考えてもしかたない。今は、ひたすら回される仕事をこなしていくだけだ。

 そうやって帰っていると、他のメンツも丁度帰りだったようだ。

 

「お、マスターじゃねえか。そっちも終わったか? って、なんだ。一筋縄じゃあいかなかったみたいだな」

 

 クー・フーリンが言う通り、まさしくそうだったわけなのだが。

 

「まあ、帰ったら話すよ」

 

 ともあれ、今日の仕事も無事終了。

 みんなも無事に給料をもらって、思い思いの過ごし方を夢想しているのだろう。

 一部を共有の生活費として貯蓄して、残りはみんなでわける。遊ぶには少し足りないだろうが、これからの生活でもっと稼げることもあるだろう。

 

 このウルクには、まだまだ様々な仕事が眠っているのだ。

 マシュがつくった料理に舌鼓を打ち、今日もまた夜が来る――。

 




というわけで、絶対魔獣戦線に戦力補充というところで一つ。

バレンタインイベ来週かららしいですね。
エレナさんにチョコ貰いに行ってエドモンにチョコあげるんだぁ。
あとは、武蔵ちゃんからももらいたいし、楽しみだなぁ。



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絶対魔獣戦線 バビロニア 15

「窓からおはようございまーす!!」

 

 飛び出してくるマッスル。窓から入ってくる筋肉。脈動し、輝く肉体は、まさしく戦士のもの。

 レオニダス一世が、窓からカルデア大使館に飛び込んでくる。

 

「お、おはようございます、レオニダスさん」

「おはようございます、マシュ殿」

「今日はここにきていいのかい総大将なんだろ?」

「はは、そう大層なものではないですよ。ただ要塞を任されている。守るだけ。何も変わらないですとも」

「いいねぇ、槍がありゃあ、オレも行くんだがなぁ」

 

 クー・フーリンがレオニダスと話している。

 彼の槍は、ウルクの都市結界に弾かれ、霊基に付属していた余計なものが全部吹き飛んでしまっている。元の霊基になっただけといえばそうなのだが、どうにも槍がないと落ち着かないのはいつものことらしい。

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

 レオニダスさんが来たということは何かしらあったのだろうか。それも窓から飛び込んできたのだから、それなりに何かあったのかもしれない。

 あるいは、何かの依頼か。

 

「ええ、その通りですよ」

 

 ちょうどよくシドゥリさんもやってきて、朝食をとりながら今日のお仕事の話になる。

 まあ、慣れてきたのか、その朝食も非常に騒がしいものになる。

 

「その野菜はもらったー!」

「あー!? わたしのお野菜!?」

「甘いのぅ、二代目サンタ! 悔しかったら、もっと修行せい!」

「うむ、それには同意だな、織田信長」

「ノブー!? わしの魚!?」

「フッ――」

「ええい、むかつく笑みをしおってからに、初代サンタ、人気ならわしのが上なんじゃぞ」

 

 ――それはない。

 ――沖田さんの方が人気ですからねー。

 

 などと異次元からのツッコミと英霊の座からのツッコミを受信したような気がしたが、気がしただけだろう。

 

「はっはっは。いやー、イイヨネ。女の子たちがきゃっきゃうふふしてるの見るの」

「うむ、それは同意だねダビデ王」

 

 変態同盟(ダビデとマーリン)は黙ろうか。今日も颯爽と朝帰りしてからに。アナとジャンヌの教育に悪いといつも言っているのに変わらないし。

 

「何を言うんだいマスター、誓って健全だとも。健全にアビシャグってただけだとも!」

 

 健全にアビシャグってたってすごい言葉だなー。確か、添い寝だっけ。まあ、本当にダビデが娼館で添い寝だけで済んでるのかは知らないけれどさ。

 

「ジェロニモ様には、また巫女たちが話を聞いてほしいと」

「心得た」

 

 ジェロニモはシドゥリさんと真面目に今日のお仕事の話。巫女たちのカウンセリングをしているらしい。

 なんでも、イシュタルが悪さをしているそうなので、それはもう大変なのだとか。まあ、それ以上にギルガメッシュ王の処理する案件とかいろいろとあるらしい。

 

「カウンセリングかー。大変そうだね?」

「そうでもない。香を焚き、少々言葉をかけるだけだ。ドクターの支援もあるから随分と楽だとも」

「へぇ、ドクター、ちゃんと仕事してたのか」

「してたよ!?」

「あ、おはようドクター」

「ボクの反論は無視ですか――まあ、おはよう。今日もいい日になりそうだね?」

 

 いい日になるかはわからないけれど、そうなるようにしたいとは思う。ウルクでの生活にも慣れてきたところ。みんな現地の服装に着替えて、なじんできたと思う。

 まだまだ、ギルガメッシュ王は話を聞いてくれないけれど、それでも少しずつ前進はしているはず。

 

「そうなるようにしたいよね。まあ、出来ることをやるよ」

 

 何事も一歩ずつ。

 

「そうそう。焦ったってどうにもならないしねー。あ、お兄ちゃんそれとって」

「はいはい」

 

 小学生に諭されてるオレってなんなんだろうね。とは思うけれど、クロがいうことも的確だ。焦ったところであの王様の気がかわるわけでもない。

 何とか戦線は保っているのだから、今のうちにできることをする。

 

「もうわたしは動じないわよ。今度ゲテモノが出てきたって、わたしは屈しないわ!」

 

 しかし、なんだろう、凄いフラグを感じる……。これ絶対ヤバイゲテモノが出てくるのではないだろうか。なんとも、彼女はそういう数奇な運命にありそうだし。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――どこかの密林のどこかのジャガーっぽいナマモノがくしゃみをしたとかしてないとか。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「今朝も騒がしいね」

「はい、ですが、こうでないと、ですね」

 

 料理担当のブーディカさんと清姫がおかわりをもって来た。

 

「おつかれさま。この人数のご飯は大変だよねぇ」

 

 最新設備があるわけじゃないから、時間がかかるし、微細な調整とかそれはもう難しい。ダ・ヴィンチちゃんが現地にいればどうとでもできたのだろうけれど、今はいない。

 火加減だけはスカサハ師匠のルーンでどうにかしたけれど、それでもやはり難しいものは難しい。無人島での経験がなければやばかっただろう。

 

「大変だけど、楽しいしみんな喜んでくれるからね。お姉さんは苦じゃないかな」

「はい、清姫もますたぁの為なら」

「ありがと」

「出来れば式にも食べてほしいんだけどね」

「いいだろ、ちゃんと食ってるし」

 

 それアイスじゃん。アイスと水じゃん。式がスカサハ師匠とルーンで作った冷蔵庫にハーゲンダッツばッか入ってるの知ってるんだぞぅ。

 

「なんだ、ほしいならやるよ」

「いや、いいよ。朝からアイスは」

 

 朝はしっかり食べる派だからね。

 

「じゃあ、私がいただこうかしら。おいしいわ」

 

 オレがいらないからアイリさんがもらって食べる。美味しそうに食べると、欲しくなるが、我慢我慢。

 

「我慢は体に毒だよ、マスター」

「それを博士がいいますか……」

「はは。そうだけどね。ともあれ、マスターの今日の仕事はレオニダス殿について訓練だそうだよ」

「訓練?」

 

 どうやら兵士を相手に百人組手をしてほしいとのこと。サーヴァントと戦うことで新兵たちを鍛えようという腹積もりらしいが。

 

「たいへんそうだぁ」

 

 聞くからに大変そうである。

 

「組手と聞いたのなら、黙ってはいられんな」

「訓練、私もしたいです!」

「リリィ様が行くのなら私も同行します」

 

 ほら、スカサハ師匠がやる気になっちゃったよ。

 そういうわけで、今回の依頼はレオニダスについて訓練だ。きっと楽しい百人組手。メンバーは、マシュ、スカサハ師匠、リリィとベディだ。それからアナもだ。

 

「いいかな?」

「……構いません」

「よし、じゃあ、今日も頑張ろうか」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 レオニダスについて、訓練が行われる東兵舎へと向かう。訓練ということで皆久しぶりの武装である。

 東兵舎について、慣らしの運動が行われて、しっかりと柔軟などを経て、百人組手が始まった。

 

「マスター殿、侮らないでくださいね」

「?」

 

 開始前のレオニダスの言葉。それを理解したのは50を超えたところだった。

 

 それは互角の戦いだったといえた。

 確かに兵士たちは力で劣っている。速度で劣っている。耐久力で劣っている。体力(スタミナ)で劣っている。

 単純な性能という意味合いにおいて例え神代の人間であろうとも、特別がなければサーヴァントに敵わない。だが――勝てないわけではない。

 

 敵わないということと勝つということは両立する。

 全ては条件次第。

 

 練度という名の質。

 仲間という名の量。

 総じてそれらを束ねる指揮者と個々を繋ぎ一つの兵器へと変える絆がそろった時。

 敵わない存在だろうとも勝利へと手をかけることができるのだ。

 

 だが、今回は百人組手。一人一人が連続して向かってくる。普通ならばそれほど苦もなく終わるはずの戦い。

 

「すごい――」

 

 しかし――そうはならなかった。

 急速に減っていく魔力がそれを示している。現在戦っているこちらのサーヴァント四騎。それぞれが訓練故全力(ほうぐ)を封じてはいる。

 だが――圧倒できていなかった。

 

 性能(カタログスペック)をもとに机上で計算したならば、100%圧倒できていたはずだった。だが、現実は違う。

 驚くべきことに、兵士たちは善戦していた。

 

 力で劣るのならば技巧を以て。

 技巧という糸が紡ぎあげた一つの力は、たとえサーヴァントであるろうとも容易く破れるようなものではなかった。

 

 始まりは良かった。だが、50を超えてからはこの調子だった。

 劣るがゆえに、外野すらも巻き込んで伝導され急速に研ぎ澄まされていく殺戮技法(キリングレシピ)。それは巨人殺し(ジャイアントキリング)の為のものだった。

 

 圧倒的なまで力の差をものともしない束ねたもの。なるほど、確かに、侮ってはならないとはこのことか。侮ってはいなかったけれど、想定が足りていなかった。

 だが、もう遅い。既に敵の術中。隠し玉(ほうぐ)を使えば容易にひっくりかえすことができるだろう。だが、それが使えない今――。

 

 あとはもう個人の技巧次第だ。なにせ、あの百人組手の中にはヨヒメンも混じっているというのだから、油断できない。

 

「フハハハ! 良いぞ! 滾ってきた! そら、もう少し本気を出すとしよう。ついてこれるか? いや、ついて来い!!」

「――応!」

 

 その点、心配がないのがスカサハ師匠だった。ケルトのノリを出して、相手をスパルタの流儀と合わせて相乗して鍛えている。

 さすがというべきだろう。ここは何一つ問題はない。いや、問題としては、ケルト流に兵士たちが染まりつつあることくらいか。

 まあ、うん、世界が守れるからいいだろう。うん――。

 

 次。

 

「はあッ!! さあ、来なさい。私も円卓の騎士の末席に名を連ねる者。我が王とマスターのため、死力を尽くしましょう」

 

 ベディヴィエールもまた同じく。円卓の騎士であるために、刻まれた練度は高く、騎士として力強い。隻腕の騎士として戦い抜いたその技巧は、アガートラムが合ってなお、朽ちることはない。

 むしろ、より一層その技巧は高まりを見せている。

 

 よって、心配すべきは残り二人。アーサー王として未だ修行中のリリィとマシュだ。

 

「く――やあ!」

 

 リリィの方は苦戦している。80人を超えたあたりから疲労も見える。サーヴァントと言えど連戦は厳しい。なにせ、オレはもう動けないほどに魔力をもっていかれている。

 いわゆる疲労度はこれでわかりやすいといえる。それだけ魔力を使っているということになるからだ。

 

「負けません――!」

 

 それでも、不屈の闘志で、戦いを続けていく。

 そして、この場でもっともきついのはマシュだった。彼女は精神性はただの普通の少女だ。それがサーヴァントの力を得て戦うデミ・サーヴァント。

 百人組手はきついことがある。また、彼女の性格上、訓練とはいえ、人間を相手にするのは厳しいものがあるだろう。

 峰内を徹底しているが、それだけに相手の技巧が高まっているのがマズイ。

 

「――っっ!」

 

 食らいつく攻撃を防ぐのにも限度が出てくる。凄まじいものだった。

 そして、誰もが疲労困憊になりながら、百人組手は終わりを告げた。

 

「うぅ、疲れましたぁ……」

「お、おつかれ、マシュ……」

「先輩も、お疲れ様、です……」

「さあ、座学の時間ですぞ!」

 

 それから始まるレオニダス教室。

 

「まだやるのか……」

「皆さんあれだけ動いたのに、元気にレオニダスさんのところに集まっていきます……。わたしも、行ってきます!」

 

 マシュも十分凄いよ……。

 

「百人組手は今やったように、六十人あたりで限界を迎えることになります。しかし、そこからが本番なのです。

 ぱんぱんの筋肉。破裂しそうな心臓。疲労困憊でもうろうとする意識。

 その極限状態の中で、どうやって戦うのかを学んでほしい。そう思っているのです」

 

 それは兵士たちも同じこと。自分よりも強い相手と戦うことを知ってほしい。どうやって戦うのか。どうやって負けないようにするのかを。

 何よりも仲間を信じ、仲間とともにいついかなる時も生きて死ぬことを考えてほしい。今回は非常に良い訓練になった。

 

「ベストコンディションにもっていくことよりもバットコンディションで戦う術を身に着けることが大事。自らの疲労と向かい合い、疲労の中で何ができるのかを考えること。ただし、負傷は駄目、負傷は。負傷したらすぐに交代。

 槍は捨てても、盾は捨てるな。盾は――」

 

 とマッスルスパルタ理論を展開しているが、総じて、極限の中でどうやって戦うかが、レオニダスが教える全てだった。

 

「それと筋肉です。筋肉をつけましょう。世界は筋肉でできていますので」

「なるほど……奥が深いです。先輩、わたし、頑張ります!」

 

 マシュは、頼むから筋肉むきむきにはならないでね? 今のやわらかいマシュでいてください。ほどほどに頑張って、お願い。

 それにしても――。

 

「人間って――すごいな」

 

 思うのはやはりこれだった。

 

「いえ……あの、あなた、大丈夫ですか?」

「ごめん……超、きつい……」

 

 倒れたまま動けません。

 

「みんななかなか本気を出していたからねぇ。それだけ魔力消費も大きいんだろう」

 

 アナについてはドクターに任せる。もう少し回復してないと。

 

「そうなのですか?」

「そうだよ、アナ。サーヴァントはマスターを契約してこそ力を発揮する。アナはサーヴァントとしての知識はないのかい?」

「わたしは……やることだけがわかっていました」

「魔力はどうやって?」

「魔獣たちの魂で霊基を維持していました」

「――それなら、オレと契約する?」

 

 今は食事をしているけれど、それでは限界も来るだろうし、魔獣を倒して追いつかない時があるかもしれない。そうなってからでは遅い。

 だから、オレと契約したらどうかと提案する。

 

「……すみません」

「……そっか」

「……人間がどうなろうと関係ありません。ただ、時を待っているだけですので」

 

 そうかな? アナ。

 だったらなんで君は。

 

 そう思ったところでマーリンの言葉を思い出す。

 なら待つことにしよう。いつか、彼女が契約してもいいと思ってくれる日が来ると思うから。

 

 レオニダス教室も終わり、今日は疲労困憊なので帰宅。

 

「おーう、帰ってきたな。今日は丸焼きだぜ」

 

 久々のクー・フーリン丸焼き料理が出迎えてくれた。

 




お待たせしました更新でございます。

今回はレオニダスブートキャンプ。
ケルトとスパルタが出会うとき、とんでもない修行が始まる!

まあ、原作より戦力マシマシにしておりますが、はてさてどうなることやら。

次回はいつになるのやら。
次回は川の掃除。
だが、ただでは終わらない。
現れるヘドロン。
紡がれる友情。
そして、別れ――。

次回、河川洗浄戦線。
 ――ヘドロンとの友情。

お楽しみに。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 16

 どぶさらい。

 どぶさらい。

 どぶさらい。

 

 ――ごきっ……

 

「ぐうっ、腰が」

「む、大丈夫かね、マスター」

「そうです、無理は禁物ですよトナカイさん!」

「い、いや、大丈夫。ふー」

 

 最近、きちんと運動していたはずだが、どうにも腰が悲鳴を上げていた。それだけヘドロが重たいのだ。

 今日の仕事は、川の掃除。それを朝から続けてもう昼なのわけなのだが、終わりが見えない。

 今日の仕事である川を含めた水路の清掃、朝から、川が汚れているということで、カルデア大使館へ対処の依頼が来た。川掃除だとたかをくくっていたのだが――。

 

「終わらない……」

 

 ウルク中の水路を掃除しても掃除しても全然綺麗にならないのだ。ジャンヌとジェロニモ、二人のサーヴァントがいるのだから、もっと早く終わると思っていたのが、全然である。

 掃除し始めてから一時間あたりから思っていたことが、確信に変わりそうだった。いや、とっくに変わっていたのだが、見て見ぬふりをしたかったというか、またかというか。

 

「何か潜んでるんだろうなぁ……」

 

 なんとなくそう思っていたのだが、やはり厄介ごとである。どうにもウルクに来てからそういうことに巻き込まれ過ぎているような気がする。

 ヨヒメンの時とか。

 

「ふむ、やはりそうなのだろうな。しかし、悪い気配は感じない」

「そっかー、まあとりあえず見に行こうか」

「上流へ行くんですね、トナカイさん!」

 

 反対する者はいないので、川や水路の上流へと行ってみる。そして、近づくにつれて感じる酷い臭い。水路の水はどす黒くなっている。

 上流の川から水路に流れ込む基点。案の定、ここが汚染源であるようだ。

 

「トナカイさん! 見てくださいこれ! とてもかわいいです」

「なにこれ?」

 

 一言で言えばヘドロの塊、なのだが、どうにもゆるい。ゆるいというのは柔らかいとかそういう意味ではなく、ゆるキャラ的な意味でのゆるいだ。

 なにやらジャンヌから信じられないような発言が出たような気がするけど、気のせいだろう。

 

「ふむ、どうやら精霊の類であるようだ」

「かわいいです」

「ん?」

 

 えーっとジェロニモが言ったことはわかる。精霊。そうは見えないが魔獣のように敵意は感じないので、その手の類のものであることは推測できる。

 ……それで、ジャンヌはなんといった。かわいい? はて、かわいい? この前のは聞き間違いじゃなかったということか。

 

「かわいいですよ、トナカイさん!」

 

 それにしても。

 

 ――かわいい?

 

「ジェロニモ?」

「うむ、コメントは控えさせてもらうとしようマスター」

「あ、ズルイ」

「えー、可愛くないですか? とてもかわいいですよ、このゆるっとしたところとか! トナカイさん、飼っていいですか?」

「ダメ、元いた場所に置いておきなさい」

「飼いたいです!」

「ダメ」

「ちゃんとお世話しますから!」

「そう言って――ジャンヌならするだろうけど、これが安全かどうかもわからないし」

「ちゃんとしつけもしますから」

「ダーメ。ちゃんと元いた場所に返しなさい」

「マスター、それでは川が汚れたままだぞ」

「む……」

 

 ジェロニモの言う通りだ。ゆるっとしているし、敵意は感じられないがなぞの生物だ。ないより汚いので、これを持ち帰って飼うというのは遠慮したいところだ。

 

「ドクター?」

「…………」

「ドクター?」

「ああ、ごめんごめん、久しぶりのマギマリの更新だったからね、ついね」

 

 仕事中だけど、まあ、いいか。ドクターもいつまでも張り詰めていられたら困る。倒れられたら大変だ。

 

「それで、その謎生物だけど……一応、こちらでも解析してみるよ。なんだか、不思議な反応なんだ」

「不思議な?」

「そう。なんというか、高い魔力反応があるんだ。モニターしている限り危険はなさそうだけど、カルデアの司令官としては、あまり接触は推奨できないね」

「川掃除の為に何とかしたいんだけど」

「川掃除か。それなら仕方ない。ひとまず突っついてみて安全そうなら何かに移してみるというのはどうだろうか」

「駆除するにも何をするにもまずはそこからか。そういうわけだから、ジャンヌ、ひとまずって――アレ?」

 

 ジャンヌとヘドロな生き物がどこかへと消えていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 それは、水路の中で生まれた。より正確に言うのならば、川に落ちたあるものが原因で数か月前に生まれた。

 なぜ生まれたのか、何が原因で生まれたのかも不明。

 元は、何か、とてつもなく大きな力で作られた、■■のようなものだったことだけが、事実として存在していたが、今、その存在にとっては何一つ関係などなく、ただその胸中にあったのは、言い知れぬ感情であった。

 

 水路の中を流れながら、生きていたモノは、この街をずっとずっと見ていた。

 このウルクという街を治める王様をずっと見ていた。破滅の時の中でも、まっすぐさを忘れない人々を見ていた。

 

 その時、ソレが思ったことは何だっただろう。

 何を思ったのだろう。

 

 ――わからない。

 

 ソレには何一つわかることはなかった。何も知らないから。

 

 けれど、それは嫌なものではなく、むしろ抱くことが心地よいものであった。

 ソレは少しだけ手伝ってみようと思った。単純な思考だ。ずっと見ていた彼らの為に、自分も何かしたくなったのだ。

 

 泥であった自分にできることは何だろうか。考えた末にソレは水の浄化を始める。少しでも綺麗な水を使ってほしいと分体を作って水路から汚れを集めさせた。

 上流から流れる水を自分に通して綺麗にしていった。

 

 ウルクの人は喜んだ。それがなんだかよくわからないけれど、良いな、と思った。

 半年ほどだった頃、ソレは街に新しい人が来たことを知った。異邦からの来訪者。すごい力を持っている人たち。

 

 彼らは何か大きなものと戦っているらしい。ソレにはわからない。わかることはこの街の事とみんなが頑張っているということ。

 だから、自分も頑張った。そんな時だ。

 

「かわいいです」

 

 小さな女の子がやってきた。大人二人と一緒にこちらにやってきて、ソレを指して何かしら言っていて、次の瞬間にはソレを抱え上げていた。

 あまり川から離れたくはなかったが、動けなくなっていたところ。動かしてくれるというのなら、抵抗する気もなく運ばれている。

 

「この可愛さがわからないなんて、トナカイさんもまだまだですね。ねえ、ヘドロンさん?」

 

 ふむ、可愛いとはどういうことだろうか。ヘドロン? とりあえず名前だろうか。

 まあ、ヘドロっぽい生き物なので良いだろう。

 

「大人しい、良い子ですし、この臭いさえなんとかなれば、良いと思うのです。さあ、綺麗にしましょう!」

 

 洗ってくれるのか。

 

「ええとー」

 

 とりあえずと言わんばかりに綺麗な水をかけられるが、どうしようもない。それほどまでにヘドロンを覆う汚れは厳しいものだ。

 

「おや? どうしたんだいジャンヌ?」

「あ、博士! この子を洗ってあげてます! そうだ博士、この子を綺麗にしたいんですけど、どうにかなりませんか?」

「……そうだね。この薬を使えば綺麗になると思うけど、それとマスターが――」

「ありがとうございます!」

 

 何やら、ジャンヌと呼ばれた女の子が、ヘドロンに薬をかける。

 すると、見る見るうちに汚れが落ちるではないか。

 

「綺麗になりました! これならマスターさんも許可してくれるはずです!」

 

 きれいになった。これならまた働ける。

 

「さあ、行きましょう! ――あ、あれヘドロンさん?」

 

 さあ、行こう。仕事をしなければ。

 

「……行くんですか?」

 

 行くのだ。やるべきことがある。

 

「なら、少し遊んでいきませんか? せっかく出会えたんです。楽しい思い出を作りましょう!」

 

 少女が何を言っているのかはわからないが、もう少しだけ付き合おうとヘドロンは思った。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「それで? こんな時間までウルクの街で遊びまわっていたと」

「うむ、子供は元気でよいな、マスター」

 

 ジャンヌは、ジキル博士によって綺麗になったヘドロンとウルクで遊んでいたらしい。まあ、子供は遊んでいるのが一番だから、怒りはしないけど。

 

「それで、まだ飼いたいの?」

「いえ、ヘドロンさんはお仕事があるみたいなので」

「そっか……楽しかった?」

「はい、とても楽しかったですよ!」

「それは良かった」

 

 さて、それじゃあ帰るとしますかね。

 

「とりあえず報告しに行くか」

 

 というわけでジグラットにいる王様へ報告する。

 

「ああ、川掃除だろう。さっさと行け。貴様ら、少しは自分の臭いというものに頓着しろ」

「いえ、ヘドロンがいましてね」

「さっさと行け、見るに堪え――いや、待て。なんだヘドロンとは」

「あ、帰りますね」

「ええい、待たんか。どうしてこう、毎回毎回貴様らは、面白そうなトラブルに見舞われるのだ!」

「それこそこちらが聞きたいですよ、王様」

 

 しかし、王様も忙しそうであるが、ヘドロンとかの話に喰いついてくるあたり、この手の話が好きなのだろうか。

 いや、単純につまらない仕事ばかりだから、こういった話に飢えているのか。忙しいから遊びに行けないからだとか。

 

 まあ王様も大変だ。

 

「ふぅ……しかし、マシュは用事があるって話だったけど、なんだったんだろうな」

「なに、すぐにわかるさ、マスター」

 

 ? ジェロニモの意味深な言葉に首をかしげながらも、とりあえずはヘドロ汚れなどを落とすために公衆浴場へ行く。

 案の定男女の区分けなどない。だが、慣れたものだ。下手に恥ずかしがっては駄目、愉しむのだ。

 深夜のダビデ教育の成果が出ている。

 

 ――いやな、成果だなぁ……。

 

 だが、いつまでも恥ずかしがっていてはどうしようもなかったので、助かってはいるのだが複雑な気分である。

 

「ああ、こら、もっとしっかり洗って」

「くすぐったいです、トナカイさん――」

 

 ジャンヌの髪を洗ってやる。

 

「良し、綺麗になった」

「ありがとうございます」 

「ふぅ……」

 

 風呂から上がればミルクを飲む。最高の風呂上がりだ。

 

「ただいまー」

 

 カルデア大使館に帰る。

 その瞬間――クラッカーの音が鳴り響いた。

 

「わっ!?」

「誕生日おめでとうございます先輩!」

「へ? た、誕生日?」

「はい、ドクターにお聞きしました。今日は先輩の誕生日だと」

「あっ! そうか……そうだった……すっかり忘れてたよ」

 

 今日が誕生日だった。忘れていた。いろいろと会っていたし、レイシフトでいろんな時間に行くからそのあたりの感覚がなくなっていたが、今日は誕生日だった。

 

「じゃあ、今日マシュがいなかったのは」

「はい、ブーディカさんに教えてもらいながら先輩の為にお祝いのお料理を準備いたしました。どうぞ」

 

 食卓には豪勢な料理が並んでいる。

 

「生誕の日にお祝いをするということなので、今日は私からも、どうぞバターケーキです」

「うわぁ、ありがとうございます、シドゥリさん!」

 

 それはバターケーキだった。巫女の銀が十枚ないと買えない食べ物であり、お菓子としては最上級の品だった。

 

「まだまだあるよー。お姉さんも頑張ったんだから」

 

 さらにブーディカさんのケーキまである。本当に豪勢だ。

 

「聞ぃき、ましたぞムァスタァァァ!! 生誕の善き日、スパルタの戦士としてムァスタァ専用の盾を用意しました!!!」

 

 窓から飛び込んできた筋肉ダルマ、もといレオニダスがカルデアの意匠を施した盾を持ってきた。

 

「重たっ!?」

「ははは! それはそうでしょう。何せ身を護るためのものです。頑丈でなければ話になりませんからなぁ! だからこそ、まずはこの盾を掲げられるようになりましょう。努力と筋肉はムァスタァ! を決して裏切りませんぞ!」

「あ、ありがとう」

 

 せっかくの好意だ。それに盾が使えるようになればある程度はみんなの負担軽減になるだろう。

 

「――ッ!」

 

 と思っていたら早速役に立つ。

 突然、天井に穴が開いて、上から何かが堕ちて来た。破片を盾で防げたのでけがはない。

 

「牛若!?」

「ああ、マスター殿、間に合いました! どうぞ、これを」

 

 なにやら鉄くさいもので真っ黒な牛若丸。それが差し出してきたのは首だった。

 

「やはり、誕生を祝う儀ともなればやはり首を送るのが最高でしょう。兄上も大喜びでした!」

「いえ、あの笑みはひきつった笑みで――」

「何か言ったか弁慶」

「いえ……マスター殿、拙者からはどうごこれを」

 

 首の次に渡されたのは、白紙の勧進帳だった。

 なにやら、もう使用することはなかろうと弁慶からサインを頂戴したらしい。弁慶は彼自身だし、なにより「by」のせいでビタイチ信用ができないが、まあせっかくのもらい物だ。

 

「ありがとう」

「んじゃー、オレからはこいつだ」

 

 それはドルイドの杖だった。クー・フーリンがよく使っていたそれに似ているが、傷とかが違うし、新しい。

 

「わざわざ作ってくれたの?」

「色々とルーンで補強してあるからな、好きに使えよマスター」

「ありがとう――どうかな?」

 

 クー・フーリンのように杖を手に構えてみる。

 

「ま、それなりだな」

「ちぇー」

「次は、(わたくし)です。はい、プレゼントは、わ・た・く・しです!」

「お断りします」

「ああん、いけずなますたぁ。はい、もちろん、(わたくし)を差し上げたいのですけど、それが駄目そうだったのでこちらを」

 

 清姫のプレゼントボックスの中身は、鐘だった。ミニチュアの鐘。どうやら、安珍を焼き殺したあの鐘のようである。

 えーっと?

 

「お守りです。ますたぁ。文鎮としても使えるすぐれものですよ」

「ありがとう、清姫」

(アタシ)からはこれよ!」

「え、CD?」

「そう! マスターの為に歌った、マスターの為のシングルよ!」

「…………」

「なんで黙るのよ!?」

 

 いや、だってねえ? まあ、大丈夫なんだろうけど、ウルクにCDなんてもちこんで大丈夫なんだろうかと思ったり思わなかったり。

 まあ、大丈夫だろう。戻る時にちゃんとしておけばいいんだから。

 

「ほれ」

「わっ、わ、わわ!?」

 

 突然投げ渡されるナイフ。危うく落とすところだった。

 

「式!?」

「スペアのやつだ。護身用に持ってろ」

 

 なんというか、豪快というかなんというか……。

 

「えっと、ありがとう」

「私からはこれだ」

 

 スカサハ師匠が渡してきたのは、ゲイボルグ?

 

「え、は!?」

「作ったやつだから、くれてやる。護身用と思っていればよいが、弟子との合作でな放てば心臓に当たるから気をつけろ」

「いやいやいやいや!? なんてもの誕生日に贈ってくれてんの!?」

「ん? なんだ、足りぬか。しかし、それ以上になるとあとはケルト式の戦闘服くらいじゃが。うむ、良かろうしばし待つが良い、今から弟子とともに最上のものをつくりあげよう」

「いや、良いです!?」

 

 明らかに宝具クラスの何かだよこれ!? それがさらに増えるとか悪夢でしかないから、これでいいです! とりあえず置いておくのが怖いので、厳重に封印を施してから部屋の隅に置いておくことにした。

 これで一安心だ。

 

「わしからはこいつじゃ」

「火縄銃?」

「わしがあげれるものとか、こんなもんじゃしネ。銃は良いぞ。今、ウルクに流通させておるから、絶対魔獣戦線もまあまあやりやすくなるじゃろ」

「世界観変わりすぎじゃないですかね?」

「是非もないよネ!」

 

 そんな声出しても駄目ですよ。まったく。

 

「で……クロはいったい何してるの?」

「なにって? 呪いの接続先の書き換え? はい、完了! これであなたの痛みは私のモノ♪」

「は、い?」

 

 え、呪い? え、え?

 

「ええ、痛覚共有の呪いよ。一方通行だけど」

 

 痛覚共有ってことは、オレの痛みが、クロに行くってことか?

 

「ええ、その認識で間違いないわ。どうしてもするって聞かなくて」

「いや、そこは是が非でも止めてよ、アイリさん!?」

「いいのよ。私が望んだことなんだから」

 

 私が望んだ? つまり、クロは痛いのが好――。

 

「いや、好きじゃないから。誤解しないでちょうだい。自虐じゃなくて、ちゃんとした戦略よ、セ・ン・リャ・ク。

 イリヤと繋がってる時も悪いコトばかりじゃなかったわ。痛みは心を研ぎ澄ませてくれるし、おかげで逃れられた窮地だってあったもの」

「つまり、オレなんかの為に……?」

「そうよ、無茶ばっかりだもの」

 

 うぐ……それは、本当のことすぎて反論できない。

 

「だから、無茶防止のために、痛覚を共有させてもらったわ。まさか、私が痛くなるのに無茶なんてしないわよね、お兄ちゃん?」

 

 参った。まったくなんて小悪魔だ、この子は。

 

「わかったよ。クロの痛みがいかないように無茶はしない。約束する」

「うん、良いわ。誕生日おめでとう」

「ありがとうクロ」

「良かったわー。それじゃあ、アイリさんはこれよ!」

「え、なにこれジャージ?」

「ええ、本当はブルマがいいんだけど……」

 

 男のブルマとか誰得なんですか、というかなんでジャージなんですか。弟子だからですか、そうですかありがとうございます。

 

「私からのプレゼントはこれだ」

「なんという微妙な顔の汽車の人形なんだ!」

「私はサンタだからな。サンタは、子供たち専門だ。なに、それも悪くないものだ」

「トナカイさん、トナカイさん、私からはこれです!」

「レプリカの旗? ありがとう」

 

 アルトリアからは汽車の模型。ジャンヌからは旗のミニチュア。

 

「オレっちからはベルトだ、音も出る優れもんだ」

「うわー! ありがとう!」

 

 ライダーベルト。そのレプリカだが、決して子供向けの玩具ではない。大人もしっかり付けられる、本物志向の仕様だ。きっとダ・ヴィンチちゃんあたりがつくったものに違いない。

 

「我々キャスター全員で防御の魔術を付与した。きっとマスターの助けになってくれるだろう」

「ありがとうジェロニモ」

「私からはこれだ」

 

 それはモカシンだった。毛皮の靴だ。

 

「これは見本としておいてくれ。あとで作り方をおしえる」

 

 なるほど、毛皮があれば作れる靴か。何かあったときに使えるかもしれない。

 技術がプレゼントとはジェロニモらしい。

 

「私からはこちらをどうぞ、マスター」

「リリィ様とともに、あなたに似合う花を見繕いました」

 

 リリィとベディからは、大きな花束を。真っ白な純白の花がたくさんで、とてもいい香りがしていた。

 

「リラックス効果のある香とともにどうぞ」

 

 とても落ち着くプレゼントだった。

 

「じゃあ、僕だ。僕のプレゼントはすごいぞ。なんてったって土地だ!」

「土地……」

「ああ、ひそかに資金運用して手に入れた牧草地さ。そこで羊を何匹か飼っている。それらすべての権利はマスターのものだよ」

「あ、ありがとう、ダビデ」

 

 喜べばいいのだろうか。笑えばいいのだろうか。ともあれ、オレはどうやらこれで、地主になったらしい。

 

「ボクからは王の話をしよう。あれはそう、忘れもしない――」

 

 ぺらぺらとマーリンが語り始めた。それは王の赤裸々な話だったので、アルトリアとリリィがマーリンをぼこぼこにして、フォウ君がてしてし蹴っていた。

 相変わらずだな、マーリンは。

 

「……これを。みなさんには及びませんが……」

「全然嬉しいよ、ありがとう、アナ」

 

 それは、一輪の花だ。花束ではないが、それでも彼女からもらえたというのが嬉しかった。

 

「お誕生日おめでとうマスター。カルデアからも君のことをお祝いしている。私からは、君の肖像画だ。モナリザくらい本気出したから値打ちものだぞ」

「すげえ!?」

 

 モナリザくらい本気出したって言うだけあってダ・ヴィンチちゃんの肖像がすごい……。

 

「ごそごそなにかやっていると思ったら、肖像画を描いていたのかレオナルド。この後に発表するボクのがすごくアレみたいじゃないか」

「事実アレだからいいじゃないかロマニ」

「なんだとーぅ、ちゃんとボクだっていいもの選んだんだぞーぅ。ボクとボクらカルデアスタッフ一同からだ。君の為のマッサージチェアーとか、君の為の3DPVとかいろいろあるぞ」

「なんというか、ありがとうございます」

「いいんだ。友達の誕生日は祝わないとね。改めておめでとう。また歳を重ねたね。きっとこれから君はもっともっといろんな経験をするんだろうなぁ。うんうん、若いっていいね」

「君も十分若いだろうに」

「あはは、そうそうドクターも若いだからさ」

「いやいや、さすがのボクも十代には勝てないって」

「ははは――」

「では、最後に、わたしから――」

 

 最後にプレゼントを渡してくれたのはマシュだった。

 

「先輩、お誕生日おめでとうございます。大変めでたいので、国を挙げての祭日にするべきではないでしょうか」

「それは、さすがにやりすぎかな」

「そうでしょうか。わたしはそうは思いません。こうやって先輩が生まれてきてくれてたから、カルデアに来てくれたからわたしのマスターになってくださいました。

 わたしは、それにとても感謝していますから。こうやって先輩のお誕生日をお祝いすることができてとても嬉しいです」

「それは、こっちの台詞だよ。ありがとうマシュ。オレも嬉しい」

「わたしもです。それと、これはその、皆さんがとても素晴らしいプレゼントばかりで、喜んでくださるかわからないのですが……その、どうぞ!」

「開けていいか?」

「はい、どうぞ!」

 

 マシュから渡されたプレゼントの包みを丁寧に開いて行く。

 

「これは、本?」

「はい、先輩との旅の記録です。この旅をいつまでも覚えていたくて。すみません、こんなもので」

「いや、ありがとう。嬉しいよ」

「さあみんな食べようか。マスター、僕からはこのライスボールを贈らせてもらうよ」

「ありがとう、博士」

 

 とても豪勢な食事に舌鼓を打ち、酒を飲み、朝までどんちゃん騒ぎだった。

 部屋に戻った時、何やら偉く豪華なラピスラズリの腕輪が置いてあったがいったい誰の贈り物だったのだろう。

 

 それだけが謎だった。




遅くなって申し訳ない。
昨日が私の誕生日だったので、ぐだ男でも誕生日ネタを突っ込んでみました。
いやはや、一年が立つのは本当に早い。

さて、各自の誕生日プレゼントはいろいろとありますが、絆礼装ネタを使っているやつらがいますよね?
つまりそういうことです。
絆が10になっているということです。

リアルが忙しいし、いろいろと不安がばかりで逃げたいばかりの人生ですが、これからも頑張っていきたいと思います。
では、また次回。

次回は、絵のモデル。
粘土板世界とは。
不思議の国の正体とは。
赤の女王とは?

とか、そんな感じの予定です。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 17

 誕生日の翌日。朝までのどんちゃん騒ぎのあとでも、仕事は休みにならない。

 騒ぎを聞き付けたウルク市民たちも混ざって祝ってもらって、本当に盛大だった。お陰でまだ疲れがある。

 

「おはようございます、先輩、大丈夫ですか?」

「あー、うん、ちょっと騒ぎすぎたかな。寝すぎたみたいだし」

「そうですね、ウルクの皆さんまで参加して盛大なお祭になっていました」

「オレの誕生日にそこまでしてくれなくても良かったのにね」

「それだけ、先輩が慕われているということです」

 

 まだまだウルクに来て数日だけど、ウルクの為に働いている成果は出ているようだった。掃除から区画整備の手伝いだったり、兵士の訓練。

 おすそ分けに料理を作ってもっていったり、いろいろやったおかげだろう。

 

「プレゼントの数々は責任をもって先輩のお部屋に運んでおきました」

「ありがとう、マシュ。えっと、今日の仕事はなんだっけ」

「はい、絵のモデルだそうです」

「そうだった」

 

 画家のマーサー氏がカルデア大使館のうわさを聞きつけて、絵のモデルを頼みたいとのことだった。

 

「このお仕事が終われば明日は二日ほどお休みがもらえるようですし、頑張りましょう先輩!」

「そうだね」

 

 今日のお仕事は、絵のモデル。

 

「えーっと、今日空いてるのは」

 

 ダビデとマーリン、スカサハ師匠か。

 

「それじゃあ、マシュ、行ってくるよ」

「はい、行ってらっしゃい先輩」

 

 先に起きていたダビデたちと合流して、マーサー氏の工房(アトリエ)へと向かう。

 それは、大通りを一本外れた裏通りに面した場所にあった。人気のない場所であるが、やはり画家というからあまり喧騒とか好きじゃないのだろうか。

 

「さー、モデルだモデル、行こうじゃないか」

「うんうん、楽しみだね」

「ふむ、貴公らはいったい何を楽しみにしているのやら。ともあれ、マスター、さっそく入るとしよう」

「そうだね――あの……」

 

 工房に声をかけてみるが、返ってくる声はない。今日、この時間に来ることは伝わっているはずなのだが、留守だろうか。

 しかし、それにしては――。

 

「ドアとか空いてるし、不用心のような」

 

 もちろん、ウルクでそう言った犯罪は少ないが、それにしては不用心と言えた。扉を締めていないというのは。

 

「ドクター?」

「ああ、中の様子を走査してみた。中にマーサー氏なる人物はいないみたいだ。ただ、どうにも変な反応がある」

「そうなると留守ってわけじゃなさそうかな」

「マスターは下がっておれ、まず私から入ろう」

「じゃあ、僕は後ろだ」

「よし、最後尾は任せたまえ」

 

 スカサハ師匠を先頭に、ダビデ、オレ、マーリンの順で中に入る。多くの粘土板が置いてある工房だった。そこら中がぐちゃうぐちゃでよくあるようなアトリエと言った風情。

 

「ふむ、特に何もないが、怪しいのはあれじゃな」

 

 これ見よがしに置いてある粘土板。

 何やらたくさんの人が書かれている。ウルク市を描いたものであるようだが――。

 

「なんだ、これ。なんか、違和感が……」

 

 かなりすごい絵であるようなのだが、どうにもそれだけではないように感じられて仕方がない。それに、どこかで見たような人たちが描かれているような気すらしている。

 

「うーん、画家のアトリエというからには、もっとこう、いろいろとあるものだと思っていたけれど、あまりないね」

「期待外れも甚だしいところではあるけれど、さて、マスター君、あまりそれに近づかない方がいい」

「マーリン、それってつまり、今、マーサー氏がここにいない理由とかこれに関係あったりする? 直感だけど、どうにもただ彼が留守にしてるとは思えないんだよね」

 

 よく見れば描きかけだ。そんな絵をほっぽってどこかに行くものだろうか。

 

「行かないね。少なくとも、描き掛けのままどこかに遊びに行けるほど、画家という生き物は単純じゃない。一区切り、ここまでやる、というところまでやってから、普通はどこかに行くものさ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの意見には同意だった。少なくとも、ほっぽりだしてどこかへ行くとはこの部屋を見ても思えない。

 となると、何かしらがったということに他ならないだろう。特に、この絵からは何か嫌な気配を感じる。

 

 だから、とりあえずここを出るべきだろう、そう思い、アトリエを出ると。

 

「あれ?」

 

 そこは、裏通りではなかった。入ってきた通りではない。どこか別の場所に切り替わっている。ウルクであるが、ウルクではない場所に。

 

「おー、これはすごいというか、どうしてこんなにも波瀾万丈なんだろうね、君の人生(たび)ってやつは」

「マーリン、意味深なこと言ってないで説明してくれると助かるんだけどね」

「何のことはない。ここはあの絵の中ということさ」

「ふむ、転移の魔術などその手の気配は感じなかったが?」

「それはそうだとも影の女王。なにせ、私たちは移動していない。移動したように見えて、実はあの工房の中にいるのさ」

「それは、もしかして?」

「そう。ありていに言うと、絵の中に吸い込まれたということさ」

 

 なんという古典的な……。

 

「つまりここは不思議の国(ワンダーランド)ってやつだったり?」

「さて、どうだろうね。私としても、この絵のコンセプトなんてわかりようがない」

「なるほどな、だが、絵の中だというのなら、ここから出るにはどうすれば良い」

「アレじゃないかな?」

 

 ダビデが指し示したのは幾分か、改造が施されているジグラットだ。

 

「なるほど、この世界の王様がいるのなら、そこに行ってみるのが一番か」

「そこになにもなくても、高いところから世界を見渡してみるのはいい考えだと思うね」

 

 そういうわけで、オレたちはジグラットへ向かう。何処まで行っても人はいないように見えた。何もないのだ。オレたち以外の存在がない。

 

「本当に、何かいるのか?」

「うむ、マスター、警戒はしておくように。これは――いるぞ」

 

 スカサハ師匠の言葉と同時にそれは現れた。それは彫像だった。例えるなら、チェスの駒だろう。兵士(ポーン)のような彫像が目の前に現れた。

 それは、こちらに武器を向けている。感じるは敵意。話し合いの余地などなく、今すぐお前たちを無力化すると言っている。

 

「師匠!」

「心得た! ダビデ王!」

「はいはいっと一つだけ残しておくよ――五つの石(ハメシュ・アヴァニム)

 

 ダビデの宝具により兵士の一体が行動不能となる。

 

「じゃあ、マーリンあれ、回収して来て」

「私は肉体労働担当ではないのだけどね」

「スカサハ師匠の代わりに戦う?」

「それはもっと難しいね。いいとも、回収してくるさ。誰かの指示を受けるのは、得難い経験だからね。何より、今はともに歩む仲間だからね」

 

 マーリンが回収している間に、スカサハ師匠に残りを処理させる。

 

「師匠」

「さて、では行くとするか。指示は任せる」

「それじゃあまずは――」

 

 兵士の駒の中で唯一違うコマ。ルークの駒を狙う。

 おそらくはアレが隊長。まずは頭をどうにかすれば、他はどうとでもできる。

 

「では、ゆくぞ――」

 

 スカサハ師匠が槍を構えて疾走する。ウルク衣装をたなびかせて朱槍が翻る――。

 

 刺突がポーンの肉体を抉る。見た目通り、岩石の肉体は鋭すぎる刺突を受けて砕け散る。

 さらに一歩の踏み込みから腰から身体を回す。その細い縊れに槍を当てるように、回転の力を伝播。

 刺突から薙ぎへと接続し、さらにもう一体の兵士を砕く。

 

「もう少しやる気をだせ、これでは暇つぶしにもならんぞ」

「いやいや、スカサハ師匠の基準の敵が出てこられても困るから」

「それもそうか。マスターを危険にさらすわけにもいかんしな。ほれ、仕舞いじゃ」

 

 一瞬にして、敵は消え失せていた。

 

「さて、それじゃあ、話を聞くとするか」

「どうかなマーリン?」

「焦らない焦らない。あまり急くと呪文を噛んでしまうからね」

 

 本当、それでいいのかグランドキャスター。

 

「グランドキャスターと言っても、魔術の実力は問題じゃないんだよ。だよね、ドクターロマン?」

「そうそう。未来、過去、あるいは現在を見渡す千里眼を持っていること。それが冠位の――って、何を言わせるんだい!」

「はは。いいじゃないか。さてと、これで良し」

 

 魔術が発動し、ポーンが立ち上がる。

 頭に当たる部分から文字が出る。

 

「これは?」

「彼らはしゃべる機能はなかったからね。でも、思考はしてるみたいだったから、それを言葉に変換しているのさ」

「なるほど、それでなんて書いてあるの?」

「ここがどんな場所なのかとここの支配者の名前だね」

 

 マーリン曰く、ここは粘土板の国だという。いわゆる、異界だ。固有結界というのが一番近い。どうにも、そう言った粘土を使って作った粘土板に、強い情念を以て絵を描いた結果、生まれた国だという。

 まさしく不思議の国だった。女王が治めているらしい。そして、外の人間を引き込んでは捕まえているという話だった。

 

「目的は?」

「それは女王本人に聞いてみよう」

「わからないのね」

「そうともいうね」

 

 しかし、多くの者を引き込んでいる異界の主。こういうののお約束は、外に出たいとかだと思われる。ともあれ、まずはジグラットに向かわなければ話にならない。

 警戒しながら、誰もいないウルクを進む。時折、出てくる彫像の駒を倒しながら進む。スカサハ師匠の敵ではなく、出て来た端から砕いて行った。

 

 ジグラッドまでの通りには砕けた彫像の破片の山が出来たほどだ。その攻撃はどんどん激しくなるが、スカサハ師匠およびダビデ、マーリンを抜くには至らない。

 いや、マーリンは何もしていなかったけれど。

 

 そんなわけでジグラッドまで来たわけなのだが……。

 

「びえーん」

 

 何やら大泣きしている少女が玉座に座っていた。

 

「えーっと……」

「任せたぞマスター」

「じゃ、そういうことで、マスター」

「ガラじゃないからから頼んだよ」

「ちょ!」

 

 サーヴァント三人はオレを前に押し出して、あとはよろしくと離れている。いや、これをどうにかしろって?

 

「はぁ――えーっと、あのー?」

「ひっぐ、ひぐ――」

「大丈夫? どうして泣いてるの? とりあえずほら、これで涙を拭いて。可愛い顔が台無しだよ?」

「ぐじゅ、かわ、いい?」

「うん、ほら泣き止んで、可愛い女の子が泣いてるのを見るのは忍びないからね」

「ぐじゅ……わたしの、へい、たいみんなこわされちゃったの……」

「あー」

 

 なるほど、オレたちのせいなのか。うん、ごめん。まさか、この世界の支配者がこんな女の子だとは思いもしなかったわけで。

 

「お兄ちゃん、だれ? 外の人? でも、なんか違う……いつもなら石になるって、わたしのものになるのに」

「オレは、カルデアのマスター。ちょっと遠くから来たからね。たぶん、そのせいかも」

「遠く!」

「そう、とっても遠く。旅をしてきたんだ」

「旅人さん! たびびとさんなら、一杯お話知ってるよね? 聞かせてほしいなぁ」

「聞かせてあげるよ。ただし、ここに引き込んだ人たちを解放してくれるのなら」

「いいよー」

 

 うんうん、素直な良い子でよろしい。

 

「かいほうしたよー、お話しよ!」

「そうだね、じゃあまずは――」

 

 いろんな話を彼女にした。

 いろんな特異点での旅の話だ。それに彼女は、目を輝かせて聞いていた。彼女は此処から出たことがない。此処しか知らない。

 このウルクの街を再現した場所でひとりきり。

 

「マスター……」

「ああ」

「どうしたの? たびびとさん?」

「うん、そろそろ帰らないと」

「え! やだやだ! もっといっぱいお話ししたい! やっとお話しできるひとに会えたんだもん!」

「マーリン、どうにかならない?」

 

 彼女は此処から出ることができない。大元が絵であるがゆえに出ることができないのだ。

 

「うーん、こればっかりは私でもなぁ」

「絵だから絵の中から出られない……あっ。もしかしたら出られるかもしれないよ」

「ふえ?」

 

 数時間後。

 

「出来たぜ、いやあ、良い仕事したぜ」

 

 マーサー氏に頼んで一つの彫刻をオレは作ってもらった。あの女の子そのままの彫刻。するとそれは突然光り輝いたと思うと、色づき動き出した。

 

「おにい、さん?」

「うん。ようこそ、世界へ」

「うわぁ! すごいすごい! ほんとに、そとにでられたんだ!」

 

 絵だから出られないなら、絵じゃなくせばいいとかいうすごい屁理屈もいいところだったけど、どうにかなったようで良かった。

 

「さて、それじゃあとりあえず報告に行こうか。この子のことも報告しないとなぁ」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「モデルの仕事か。マーサーのやつめが、酷くご機嫌だったぞ。まったく、この我を描いておけばよいものを、描き飽きたなどと言いおって」

「まあまあ。それで、今日はどうでしたか?」

「はい――」

 

 今日の仕事について報告をする。

 

「いや、待て、なんだ粘土板世界とは、どこから来た」

「これですこれ」

「ただの粘土板ではないか! いや、待て、貴様の後ろにいるその小娘はなんだ。おかしな魔力の流れ方をしているぞ」

 

 オレの後ろに隠れている少女。人見知りなのか、オレの後ろから出ようとしない。

 

「あー、はい、この子が粘土板の主です」

「毎度毎度、ええい、貴様、何かトラブルに見舞われるのなら一言許可をとってからにしろ!」

「そんなむちゃくちゃな」

「それで、その子はどうするのですか?」

 

 シドゥリさんがそう聞いてくる。行く当てがないのならこちらで引き取るといいたげだが。

 

「どうする?」

「たびびとさんといく」

「だそうで」

 

 まあ、カルデア大使館にはまだまだ部屋はあるし、一人増えても大丈夫だろう。

 

「修羅場になるな」

「修羅場だねぇ」

「いやー、本当君たちといると飽きないよ」

 

 後ろの三人が不穏なことを言っていたが、とりあえず無視することにした。

 

 もちろん、大変なことになったのは言うまでもない。




CCCイベ楽しみー。

さあ、幼女を手に入れたマスター。
たいへんなことになったのは言うまでもない。

え、なんで幼女を出したかって?
言わせるなよ、わかるだろ(愉悦)



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絶対魔獣戦線 バビロニア 18

「ん……んん?」

 

 何やら寝苦しくて目が覚めた。ウルクは割と温暖で、少々寝苦しいこともあるが、それにしても何か寝苦しかった。

 いったい何がと思って視て見たら。

 

「なるほど……」

 

 アリスがオレの上で眠っていた。道理で寝苦しいわけだ。ただ眠っているだけだし、よく眠っているようだから問題は何一つないが――。

 

「ただ……」

 

 裸なのを除けば。

 

 最初会った時も布切れ一枚だったけど、こっちに来てからもあまり服を着たがらない。昼間は着せるけどねる時はいつも脱いでしまう。

 それで、時折というかしょっちゅうオレのところに来る。気が付かれないように部屋に帰すのが大変なのだ。誰かに見つかるととてつもなくヤバイ。

 

「はぁ」

 

 どうしてこうなった。嘆いていても仕方ない。とりあえず、この状況を誰かに見られるのが一番マズイ。とにかくマシュが起こしに来る前に何とかこの子を部屋に――。

 

「マスター、起きてるー? あれ……」

「あ……」

 

 裸の幼女を抱えた瞬間、部屋の扉が開いて中へと最悪のタイミングで入って来たのはブーディカさんだった。一瞬のうちに心が絶望の闇に沈むが、相手を見て一気に浮上。

 相手はブーディカさんだ。きちんと話せば理解してくれる人筆頭! ならば言葉を出せ、そう言い訳を――!

 

「えっと――いい、天気ですね」

「え、えっと、そ、そうだね」

 

 何言ってんだ、オレー!? いや、待て、いきなりのことで混乱しているに違いない。そうそう、いつもよりも幾分も早い時間に訪ねて来たものだし、寝起きだから混乱しているんだ。

 よーし、深呼吸をしろ。いざ――。

 

「えーっとですね、ブーディカさん、これには深い理由がありまして……」

「ああ、うん、大丈夫大丈夫。その辺については、マスターを信用しているよ。だから、おちついて。はい、深呼吸。落ち着いた?」

「ええと、はい、どうにか」

「とりあえず、彼女は寝かせておいて来てもらえる?」

「何かあったんですか?」

 

 彼女について一階に下りながら話を聞く。

 

「えっとね、うちの竃っていつもお隣さんに借りてるよね?」

「ああ」

 

 言いたいことはそれでわかった。カルデア大使館の建物には竃がない。いつまでも借りているままでは、悪いのでこちらでも竃を作ってしまおうということか。

 

「わかった。今日はそれ作ろうか」

「ああ、いいのいいの。マスターはマシュと遊んでおいで―。許可さえもらえたら、あとはこっちでやっておくからさ」

「あれ、良いの?」

「いいの良いの。せっかくのウルクなんだから、デートの一つでもしてこないとお姉さん逆に心配になっちゃうから」

「…………」

 

 しかし、そこまで言われてしまったのなら、やるしかないだろう。

 お休みというのなら、ウルクを見て回りたく思うけれど、仕事で回るのではなくて、純粋に観光とかしてみたりとか、しても良いのだろうか。

 遠くの北壁では、今も多くの人々が戦っている。本当なら、そちらに行くべきだろうし、この事態を一刻も早く解決するのが大切だと思う。

 

「駄目だよー」

 

 そう思っていたら、やっぱりブーディカさんに駄目だしされた。

 

「ちゃんと休まないとまーた倒れちゃうよ? お姉さん、それは嫌だなー」

「うっ、確かに、休める時にはやすまないとか、ドクターにも言われたし。わかった、それじゃあ、マシュと街を回ってみるよ」

「うんうん、お弁当も作ってあげるから楽しんでね」

 

 そういうわけで――。

 

「ま、マシュ! い、一緒に街でも見に行かない?!」

「街ですか? 今日はお休みですし、先輩はわたしのことは気にせずお休みしてもらって構わないのですよ」

「いや、そうじゃなくて、えっと、一緒に出掛けようかなって」

「わたしで良いのでしょうか」

「いいの。マシュと回りたいんだ」

「わかりました。そういうことでしたら」

 

 ブーディカさんの弁当を持って出かける。エプロンを付けたブーディカさんに見送られるのは、ちょっと母さんに見送られているようで、ちょっと懐かしさと気恥ずかしさを感じた。

 

「活気であふれてますね、先輩!」

「そうだねぇ」

 

 現地の衣装を着て歩いていると、なんだかとてもなじんでいる気分になる。

 ウルク。

 古代メソポタミアの都市、又はそこに起こった国家で、古代メソポタミアの都市の中でも、屈指の重要性を持つ都市だという。

 都市神はイナンナ、つまりは三女神同盟のイシュタル。都市神がその都市を滅ぼすなんて、あるんだろうか。少なくともあのイシュタルを見ているとそうは思えない。

 

 確かに突然襲来するし、何やら爆撃じみたこともしているようだけれど、あの神様が本当にこのウルクを滅ぼそうとするだろうか。

 

「しそう……」

「どうしました、先輩?」

「いや、なんでもないよ。それより、どこに行こうか」

 

 ゆっくりと市場を歩いてみた。時折、牛若丸が飛んで店がつぶれていたりするのだけれど、みんな慣れたものですぐ復旧する。

 場所はシュメールの最南部に当たり、イラクという国名の由来になったとも言われている。

 都市が起こった当時は他都市の2倍を超える250ヘクタールほどの面積であったと推察され、シュメール地方の都市国家では最大の広さを誇ったというらしいが、本当にそうなのだから、凄まじい。

 

「先輩は、どこに行きたいですか? わたしは、先輩の行きたいところならどこまでもお供します!」

「オレはマシュの行きたいところに行きたいかな」

「わたしので、よろしいんでしょうか」

「いいんだよ。どこか行きたいところあるの?」

「えっと、それなら――」

 

 マシュが行きたかった場所へと向かった。

 そこは、粘土板屋とでもいうべき店だ。いうなれば記録屋、つまりはこの時代の本屋みたいなものだ。

 

「本場のギルガメッシュ叙事詩を読んでみたかったのです」

「はは、なるほど」

 

 楔形文字で書かれた粘土板がズラリ。何が書かれているのかまったくもってわからないが、マシュはわかるのだろうか。

 気に入ったものを取り出しては、熱心に読んでいる。そんな姿も可愛い。眼鏡が良いよ、眼鏡が。

 

「んー、しかし、読めない」

 

 言葉は翻訳できるけど、文字は難しいんだろう。さすがにそこまでは手が回らなかったのか。んー、いつもはシドゥリさんとかマシュに読んでもらってたから問題なかったけど。

 

「さすがにオレも文字覚えようかな――マシュ」

 

 こういう時はマシュに頼むが良い。店主と話しているのをみたけど、結構常連らしいので、文字を子供に教える時の本とか有れば買うか借りよう。

 

「文字、ですか?」

「そう。ここで生活してるし、少しくらいは読めた方がいいかなって」

「わかりました。では、これと、これ、少し難しいですが、これが面白いですよ」

「あ、ありがとう」

 

 予想外にいっぱいの粘土板を手渡された。

 

「マシュ、マシュ、さすがに多いかな」

「あっ、すみません、先輩」

「ん、良いよ。オレの為だし、とりあえずマシュのおすすめらしいこれからにしようかな」

 

 そういうわけで、マシュのおすすめを買って次へ行く。なんでも、次は仕事をしているときに井戸端のおばちゃんたちにここに行くと良いとか言われた場所らしい。

 

「恋人の聖地ってやつかぁ……」

 

 そこは公園だった。水路と水路の重なる複雑怪奇な公園だが、どうにもここにいるのはカップルとかそういった人たちばかりだ。

 

「見事に、カップルばかり……」

「すごいですね、先輩……」

 

 たぶんはた目から視たら、オレたちもそういう風にみえているんだろうなぁ。

 そう思うとうん、ここに来たのは悪くない。

 

「そろそろいい時間だし、ここらでお昼にしようか」

 

 ブーディカさんのブリタニアランチに舌鼓を打ちながら、緩やかな風の吹く公園で一休み。

 

「んー、いい気持ちだ」

 

 あたたかな日差しを受けて、寝転がっていると本当に世界の危機なのかと思ってしまうほどにのどかだった。空にある光帯さえなければ、本当に世界の危機だなんて思わないだろう。

 

「不思議ですね、先輩」

「そうだね。こんなにものどかだし」

「それもそうなんですが、この活気もです。滅びを前にしても、こんな風に笑っていられる、本当にすごいと思います」

「うん、凄い」

「人間とは、こんなにもすごいものなのだと、目下学習が足りないと反省中です」

「ウルク人と現代人を比べるのもどうかと思うけど」

 

 それでも、滅びを前にしてもこんな風にいられるところは、本当にすごいから見習いたいくらいだ。けれど。

 

「まあ、オレはオレだし、マシュはマシュだから。一歩ずつ、自分のペースで歩んで行こうよ」

「はい、そうですね先輩! ――それで、ですね、その」

 

 マシュが顔をほんのりと赤くしながら膝を叩いてくる。

 

「せっかくの陽気、お昼寝などどうでしょう」

「ああ、良いね」

 

 直感に観察眼などいらぬ。全力でマシュの膝枕を堪能だ。

 

「どうでしょうか」

「うん、気持ちいいよ、マシュ」

 

 柔らかマシュの膝枕。もうこれで、眠れない奴とか病気だわ。

 そういうわけで――。

 

「……」

 

 気が付けば眠っていた。

 疲れていたわけではないけれど、温かな陽気とマシュの膝枕の睡眠導入効果は凄まじかった。

 

「先輩? おやすみなさい」

「……おやすみ……」

 

 少しばかり、眠ることにするデートでこれって、どうなのかと思うけれど、こんな日があっても良いかと思う。ゆっくりと時間が過ぎる日があっても――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「さあ、竃の話をしよう」

 

 マーリンが何か言いだしましたが、無視に限ります。

 

「それで、ブーディカさん、金時さんが材料を運んできましたが、私は何をすればよいのでしょうか」

「アナちゃんは、これをこねこねしててねー」

「こねこね、なにかの生地ですか?」

「そうそう、ちょっとした料理のね。竃を使ったおいしい料理だよ。マスターの時代のものだけど、勉強したんだー」

 

 だから作るようです。いったいどんな料理になるのでしょうか。

 何やらチーズと赤いソースを使う様子。辛いのでしょうか?

 

「ほらほら、ダビデーさぼらないらぼらない」

「いやいや、さぼってないよブーディカ? 僕だって、いろいろとやっているところなのさ。子供相手に竪琴を聞かせるとか、お姉さん相手に竪琴の音色を聞かせて誘惑するとか」

 

 ああ、やっぱりこの男もマーリンと同じ匂いがします。クズです。屑の臭いがしています。

 

「はいはい、それならせめて手を動かしてね。ああ、清姫は――そっとしておこうか」

「うぅぅ、ますたぁ、どうして、わたくしを、わたくしをぉ」

 

 置いて行かれたから嘆いてらっしゃるらしい。マスターは罪な人ですね。

 

「うーん、羨ましいねぇ、どうやったら持てるんだろうね、アナ?」

「知りませんが、少なくともマーリンにはないものを持っているからだと思います」

「私が持っていないものか、さて、なんだろうね。人間は複雑怪奇だから」

「誠実さだとか真面目さだとかそう言ったものです」

「これでも、誠実に真面目に取り組んでるんだけどね」

「真面目な人は毎日夜な夜な娼館なんかに行かないと思います」

「ダビデ王と娼婦たちのケアをしに行ってるって言っても信じてくれないんだろうね」

 

 当然です。マーリンは信用がありませんから。

 

「アナ、それくらいでいいよー。それ、こっちにかしてー」

「はい、どうぞ」

「さて、これを広げてーっと。クロー?」

「はいはい、ほら、ママ?」

「はーい、盛り付けは任せて」

「ああ、それからじゃなくてこっちからよ」

 

 まん丸に広げた生地の上に、いろいろな具材を乗せていきます。

 

「クー・フーリン、火力をお願い。あまり強すぎないでね?」

「おう、任せろ」

 

 竃の火力はルーンで賄うから調整可能。丁度よい火加減も瞬時のうちに。

 

「これは売れるね」

「こらこらダビデ王、さすがにそれはまずかろう」

「ジェロニモの言う通りだよ。さすがにそれは認められない」

「良い案だと思うんだけどなぁ、博士とジェロニモがいうのなら仕方ないね」

 

 あとは具材を乗せた生地を竃の中へ。

 

「あとは焼き上がりを待つだけ」

 

 時間が経つにつれてチーズの良い匂いがしてくる。

 

「あら、とても良い匂い」

 

 シドゥリさんもやってきた。

 

「ただいまー。おー、竃だ。良い匂い。ピザかな」

「正解、手を洗ってくるんだよー」

 

 マスターとマシュも帰ってきて、にぎやかになる。焼き上がったのはピザという料理らしい。

 

「これを切って、はい、あとはかぶりつくのみ」

「…………」

 

 ぱくりと、ひとくち。

 口の中に広がる、チーズのうまみ。

 

「おいしいです!」

「それは良かった」

「本当、ブーディカさんの料理はおいしいなー」

「そんなに褒めてもなにも出ないよ―。おかわりあるけど食べる?」

 

 おかわりは出るみたいです。

 

「楽しいかい、アナ?」

「今、貴方の顔を見てしまったので楽しくなくなりました」

「それは手厳しい。まあ、楽しいならいいんだ。楽しむと良い。人間は、そう怖いものじゃないからね」

 

 余計なお世話です。

 楽しい食事は終わって部屋に戻ると、マスターがやってきました。

 

「お邪魔しまーす。わあ、いい部屋だね。お花がいっぱいだ」

「仕事先のおばあさんがくれるので」

「そっか。アナ、今、楽しい?」

「マーリンと同じことを聞くんですね」

「あれ、マーリンも聞いてたの? なんだ、だったら心配いらないか」

「何がです?」

「なんでもないよ。ああ、そうそう。はいこれ」

 

 差し出されたのはお菓子でした。

 

「どうしたんですか、これ?」

「アナにお土産。それと、こっちはさっきピザの匂いに釣られてきた人たちがいたそれのもらいもの」

「ありがとうございます」

「それじゃあ、ちゃんと歯を磨いてから寝るんだよー」

 

 マスターはそう言って出ていきました。

 

「本当変な人ですね」

 

 夜は、静かに更けていく。

 

 




お休み。
マシュデートを竃の話。

ちょっと活動報告の方でメルトとかの色々と流出したので良ければコメントください。

次はアイスの話かな。
では、次回も待て、しかして希望せよ。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 19

 ――時間は、瞬く間の間に過ぎていった。

 

「その肉、もらいうける!」

「フッ、甘いな馬鹿弟子。それは私のものだ」

「それを横から攫うのが、賢い大人のやることさ」

「かっさらったのを横からかっさらうのが私さ」

 

 クー・フーリンとスカサハ師匠が肉の取り合いやってて、それを横からかっさらうダビデと、さらにダビデからかっさらうマーリン。

 相変わらず騒がしい食事風景だ。

 

「はい、あーん」

「はぁ、あーん……」

「……トナカイさん、私も!」

「はいはい、あーん」

「あーん、おいしいです」

「むっ……」

「さすがにマシュはごめん」

 

 ジャンヌはまだ子供だけど、マシュ相手にはその、ここでは無理だ。

 

「アリスもアリスもー!」

「はいはい、ちょっと待って待って」

 

 子供の相手は大変だ。

 

「モテる男はつらいわねぇ」

「そういうなら手伝ってあげたら? あれ、かなり大変そうだとアイリさんは思うのだけど」

「いやよ。大変そうだし。お兄ちゃんなら大丈夫でしょ、あ、ママ、それとって」

「これ?」

「え、ちょっと待って、どこにあったのそのダークマター。ちょ、こっち持ってこないで!?」

 

 あっちもあっちで大変そうである。

 というか、なんだろうあれ、うねうね動いてる……。

 

「ジェロニモ、それをとってくれるかな?」

「うむ、これか博士。なかなか博士も通な食べ方をする」

「この前飲んだ時に、教えてもらったアレが結構気に入ってね」

 

 ジェロニモとジキル博士は、飲み仲間として一緒に飲んでいたらしい。この二人はいいよね、マーリンやダビデと違って節度持って行動してくれるから助かってるよ。

 

「はーい、みんなー、おかわりもってきたよー」

「みなさま、お待ちかねのお肉ですよー」

 

 そこに追加の料理を持ってきてくれる清姫とブーディカさん。肉はいつも取り合いになるけれど、心配はいらない。

 オレの分だけ清姫が別途で用意してくれているのだ。さすがは良妻というべきか。まあ、最近はオレのを用意してくれていても、アリスが横からとってしまうんだけど。

 

「おっにっくー!」

「こら、駄目ですよアリスさん。それは先輩のお肉です」

「いいって良いって、育ち盛りなんだから食べたいなら食べさせてあげないと」

「そんな先輩も絶賛育ちざかりかと」

「そうかな? そういうならマシュもでしょ」

「そうそう、ほらほら、これもいっぱいお食べー」

「わぷっ、ブーディカさん、これはさすがに――」

「ますたぁ、これをどうぞ。今日はアリスちゃん用をご用意していますので、問題なしです」

 

 さすが清姫。

 

「ゴールデンうめぇ、なあ、そうだろシルバー!」

「シルバー、いまだ慣れませんね」

「かっこいいですよ、ベディヴィエール卿」

「リリィ様がそういうのなら、騎士ベディヴィエール、頑張って慣れましょう!」

「おい、清姫、ターキーはないのか」

 

 さすがにないと思われます我が王。

 

「ふぃ、食べたわ。食べたあとは、音楽よね!」

「ヤバイぞ、弁慶、止めろ!」

「く、拙僧には――レオニダス殿!」

「ぬぉ!? ま、待て、慌てるな。慌てる時間ではない。そうだ、計算があれば――ムァスタァ――!!」

 

 呼ばれてる――。確かにエリちゃんが食後の音楽と称して怪音波をまき散らそうとしているから、さすがに止めないといけないだろう。

 頑張ってるけど、アレはもう仕方ない領域だからなぁ。オレの為に謳ってくれる時はいいんだけど。

 

「エリちゃん」

「なぁに、子イヌ?」

「スイーツ食べる?」

「いただくわ!」

 

 ドラゴンなスイーツ。頑張って作った力作だ。

 

「呵々。まったくもって騒がしいのぅ。ゆったり酒も飲めんわ、呵々」

「そういう割には君も楽しそうだけどね、信長君?」

「おー、楽しいぞドクター。ウルクでの日々は平穏じゃったからなぁ。じゃが、これはわしの第六天魔的勘なのじゃが、そろそろじゃろ」

「そろそろ動くことになるって?」

「ああ、そうでなくともそろそろ時間もないじゃろうしな。鉄砲の量産はまあ、なんとかなっておるじゃろうが、根本として弾薬が足らんからのう」

カルデア(うち)からたっぷりと硫黄を持っていったサーヴァントのいうことじゃないなぁ」

「はっはっは、だってわしじゃし? なぁダヴィンチちゃん?」

「しかも硫黄持っていった矢先に、そっちで宝石式に改造しちゃうんだから、骨折り損のくたびれ儲けとはこのことだよ」

 

 宝石式火縄銃とか、火縄関係ない鉄砲が今、ウルクでは生産されているらしい。城壁の上から魔獣を撃てる兵器として割と優秀なようだ。

 

「それにしても、ティアマトの子たちを模した魔獣たちか。本当にティアマトがいるのなら、備えておかないと」

「そこらへんは任せたからのぅ、ドクター」

「こっちも頑張るよ」

「さーて、酒がきれたぞー、ブーディカ、もう一本」

「もう四本目でしょ。マスターに許可取ってからね」

「いーやーじゃー。わしはいま飲むんじゃー」

「マスター?」

「あと一本ね」

「了解。ほーら、ノッブ、これで最後だからね?」

 

 あのやり取り四回目な気がするなぁ?

 

「しかし――」

 

 この騒ぎ、まるで学生寮だなぁ。

 

「そうだねぇ」

「ああ、ドクター。これだけ大人数だと本当に賑やかだよ」

 

 事実この19日間は、本当に賑やかで騒がしかった。

 ウルク菓子王選手権をやったときは、まさかエリちゃんの発想がウルクを震撼させるお菓子を生み出すことになったのは今でも信じられない。

 超常飯決戦の時は、羊肉とその乳が高騰した。あの時の直感で豆を食べればいいじゃないと言わなかったら、今頃、羊は消えていたかもしれない。

 ちゃっかりダビデは、あの高騰の時に羊の乳を売って稼いでいたし。

 

 ギルガメッシュ王が、麦酒のおつまみとして売り出したのではないだろうな。ウルクには早すぎる。人は豆を目当てに働く生きた亡者になりかねない。

 という危惧してたけど、本当になりかけてたからなぁ。麦酒と豆。オレはドクターストップで食べさせてもらえなかったんだよねぇ。

 

 あの時は、マシュが酔っぱらっちゃって大変だったよ……。具体的にいえばもにゅっと、もにゅもにゅっとだった……。

 

 ダビデとマーリン、クー・フーリンたちと娼館にも連れていかれたっけ。何もしてない。ええ、何もしてませんとも。

 あの時は、清姫に殺されかけました。ええ、本当に。あの笑顔は忘れられないです……。

 

 それにしても、ダビデと娼婦の恋を応援する羽目になったのは驚いたけど。マーリンは邪魔しかしてなかったし。

 そういえば、まだあの娼婦とは続いているのだろうか。

 

 そんないろいろな思い出があった。

 

「護らないとな」

 

 この街で生活して、いろんな人とふれあって。友達もいっぱい出来た。三又通りのギロムとまさかマシュを賭けた決闘をすることになるとは思いもしなかった。

 無論、負けなかった。ファリア神拳がなければ、危なかった。ありがとうエドモン。

 

 うん、ウルクで生活してその思いが強くなった。この街を、この世界を滅ぼしてはいけない。

 

「はい、先輩。頑張りましょう」

「まあ、そうだけど、そろそろ王様も外に出してくれてもいいと思うだけどなぁ」

 

 最近は報告書が何やら溜まっているらしいけど。

 

 ウルクの夜は更けていった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「さて、今日は休みだけど、どうするかな――って、アナ?」

「はい、あのお休みのところ悪いのですが、私の依頼を受けていただけないでしょうか。お金は、こちらで」

「ああ、良いよ。アナのお願いなら、応えてあげるさ。それでなに?」

「ありがとうございます。あの、戦闘を行うので、出来れば」

「わかった。そうだな。式、マシュ、来てくれる?」

「ああ」

「はい――アナさんの依頼ですか? わかりました」

 

 アナに案内されたのは、とある広場であったが――。

 

「亡霊だな。死神に近いな」

「倒せそう?」

「ああ、生きているのなら殺してやるさ」

「それでは、お願いします――」

 

 マシュが追い込み、アナと式が亡霊に止めを刺していく。特に式は手慣れていて、こちらが指示をするまでもなく全滅させてしまった。

 

「まだ、あいつの方が手ごたえがあったな。まあ、あの時とは状況もオレの方も違うんだが――」

「それにしても、ここの亡霊たちはなんなんだろう」

「はい、あの亡霊たちは死神に近いようで。まだみなさん気が付いてないようなのですが、このウルクには今死の病が蔓延していて、あの亡霊たちが関係あるのではないかと」

 

 体力が落ちた者から永遠の眠りにつく。霊はそれと関係がある。

 あの霊を追い払えば衰弱死をする人が減るだろうと思ったらしいのだ。

 

「それならそうと最初に言ってくれたらみんなで来たのに」

「それは……」

「それにして、死の病か」

「はい。病に侵されると衰弱死して、眠りにつきます。魂を死神が冥界に連れて行ってしまうのです」

「さすが神代、冥界があるんだっけ」

「はい。しかし、その時点では死んではいません」

「そうなの?」

 

 アナは頷いた。

 

「その時点では、魂を戻せばまだ生き返ります」

『ああ、なるほど神代においては、肉体の死と精神の死は別物なんだね』

 

 ドクター曰く、肉体が無事でも魂が死神に連れ去られたら死ぬ。ただし、肉体さえ無事なら魂を連れ帰れば眠りから目覚めさせることができる。

 とのことらしい。マナの質の違いなどが関係しているらしい。

 

「それにしても、アナはウルクの人たちのために?」

「……違います。単純に不愉快だっただけです」

 

 そういうことにしておこうか。

 

「その視線、不愉快です。シドゥリさんに報告に行ってきます」

「あ、わたしも行きます。アナさんだけではうまく説明できないでしょうし。先輩は、先にお帰りください」

「わかった。行こうかフォウさん」

「フォーウ」

 

 フォウさんと大使館に戻る道を歩いていると人だかりがあるのに気が付いた。その中にいたのは、老人だ。みすぼらしい老人。

 話を聞くに、どうやら二日くらいなにも食べていないのではないかとすら言われていた。

 

「フォウさん?」

「フォウフォフォーウ」

「良し。お金もあるしね」

 

 少しのパンを買って、老人のところに持っていく。

 そっと、彼の前に置いて、さっさと立ち去る。こういうのは、きっとあまり彼にはよく思われないだろうという直感があったから。

 

「待たれよ」

「――はい……やっぱり余計でしたか?」

「うむ。わかっておるのならば良いが――謂れのない憐憫は悪の一つだ。その慙愧もまた、悪の一つ。

 しかし、細やかな気遣いにまで難癖をつけては老害のそしりを受けよう」

 

 何より、金銭ではなく必要なものを必要なだけ持ってきたという判断に感心される。

 単純に、こうした方がいいと思っただけなんだけど、そこまで言われることはない。何より、あまり良いことではなさそうだし。

 

「それに、受け取ったからには、きちんと返礼をせねばな。私の名はジウスドゥラ。さて、何を返そうか。今は、何も持ち合わせてはいないが――未来ある若者に返すのならば、忠告が良いだろう」

 

 これよりウルクには三度の嵐が訪れる。

 憎しみを持つ者に理解を示してはならぬ。

 楽しみを持つ者に同調してはならぬ。

 そして、苦しみを持つ者に賞賛を示してはならぬ。

 

「この三つを忘れるでないぞ。それが、たとえ、人道に反していようとも。それが己の道に反していようとも。

神を相手に、人道を語ることこそが愚かである」

「それでも、オレはオレの道を行きます。せっかくの忠告だけれど、オレはオレだから。他には何もできない。でも、マスターとして、自分の道だけは見失いたくないから」

 

 憎しみを持つ者を理解しよう。

 楽しみを持つ者に同調する必要があるのなら同調しよう。

 苦しみを持つ者がそれを望むのなら、賞賛しよう。

 

「神でも、オレにはまぶしすぎるから」

「…………愚かな。だが、良い愚かさだ――」

 

 そう言って老人は。

 

「消えた……」

「フォーゥ」

「なんだったんだろうね」

 

 でも、きっと大事なことだったのだろうと思った――。

 そして、嵐の前兆が訪れる――。

 

 それは、誰かの、いいや、ナニカの夢だった――。

 




さあ、行くぞ諸君。
是より先、嵐が来る――。

さて、翁の協力が得られなかった場合は、ノッブに頑張ってもらいますかねぇ。
あとラストバトルが冥界。死んだのは、式、スカサハ。
良し、行ける。

あ、活動報告でラスマスCCCの最後の体験版をあげましたのでコメントでもしてくださると喜びます。
デミヤの詠唱をでっちあげたりしましたー。

では、次回も、待て、しかして希望せよ。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 20

 ――いかないで。

 

 それは、誰かの慟哭(さけび)だ。

 

 ――はなれないで。

 

 それは、誰かの嘆き(さけび)だ。

 

 ――わたしを、おいていかないで。

 

 置いて行かれた誰かの、悲しみ(さけび)だ。

 

 もう二度と戻らぬ過去(ひび)を思う誰かの悲嘆(さけび)が木霊している。

 叫びの祈り(なげき)が、天へ轟く。

 何もない赤い嘆きの海に朗々と響き渡る。

 

 遍く海に響くその叫び声は、されど誰にも届かない。

 もはや、聞かせる誰かは、もういないのだから。

 

 それは、原罪の一つ。その二つ目。

 人間が持つ罪業の一つ。■から離れ、楽園を去った(つみ)

 人類が抱える(どく)

 

 人類が滅ぼす悪が、ここにある。

 

 その名を、知っている。

 その名を、忘れてはいけない。

 その名を、思い出さなければならない。

 原初の海なりし女神の名を、人類よ忘れるな。

 

 それは誰の声だったか。

 奈落(みなぞご)慟哭(さけび)に混じって、誰かの声が聞こえた気がした。

 それは、一体、誰の声だったか。

 

 何一つわかることはない。

 だが、一つだけわかることがあった。

 これは、なんて――。

 

「なんて、悲しい――」

 

 ただ一つ、それだけが、浮かんだ。それだけが、この夢の中から持ち出せたものだった――。

 

「あれは……いったい……」

 

 目覚めればまだ、真夜中だった。静かすぎる中、月明かりがオレの部屋を照らしていた。

 まるで時が止まっているかのように、音も何もなかった。遠くに感じるウルクの夜の営みは遠い。本当に時でも止まってしまったようだった。

 

「おにいちゃん、ママの、夢をみたの?」

「アリス……?」

 

 銀光の中に立つ、裸の少女は、どこか悲しそうにそう言った。彼女の姿なんて忘れるほどに神秘的な、姿に言葉を失う。

 何より、その言葉が、深く突き刺さる。

 

「それはね、忘れたちゃだめ。ママの夢。遠い過去に、離れてしまった。ママの夢」

「ママ?、アリス、それは、いったい――アリス!」

 

 糸が切れたように眠るアリスの身体を受け止める。もうこたえは得られないだろう。そんな直感があった。きっと、目が覚めたのならきっと、彼女はいつもの彼女なのだろう。

 

「…………ママ、か……」

 

 母親。彼女は粘土板の世界に生まれた。いったい彼女の母親とは何なのだろう。彼の世界を作った人じゃない。きっと、そういうことではないと直感が告げている。

 結局、こたえは、わからず夜が更けた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「――以上になります」

「そうか」

「では」

「ああ、待て――」

 

 恒例のギルガメッシュ王への報告の最後に、オレの名前が呼ばれた。

 

「ああ、呼ぶ価値のあるものなら呼ぶ。当然であろう。なかなかの業績に、うらや――面白いトラブルばかりだな。だが、有用であることを示した貴様らに、仕事をくれてやろう。詳細はマーリンから聞くが良い。せいぜい、励むことだ」

 

 そう言って彼はいつもの報告に戻った。最近はなにやら溜まり気味であるが、そんなことより――。

 

「やりましたよ、先輩! ギルガメッシュ王からのお仕事です!」

「ああ、外に出る許可ももらえた」

 

 これで、ウルクから出てこの世界を知ることが出来る。この世界を救うために動くことが出来る。

 救わなければいけないだろう。滅ぼしたくない。約一か月、20日も生活したウルクを滅ぼさせたくなんてない。すっかりと愛着なんてものが生まれてしまったのだ。

 あの通りのお菓子屋の菓子はおいしいし、酒場の女の子は、可愛いし? マシュの方が可愛いけど。そこはそれとして。

 

「いやぁ、おめでとう。まさか王様の方から折れるなんて予想外だ」

「それで、マーリン仕事は?」

「うん、行き先はウルクの南にあるウルという市さ。今や帰らずの森と化している密林地帯の調査になる」

「なるほど」

 

 行った者は戻らぬという帰らずの密林。確実に女神の領域だろう。どのような危険があるかはわからないが、全員で行くわけにもいかない。

 メンバーを選出して、なるべく少数で行こう。調査だけだし、大人数で動くには密林というのは動きにくそうだ。

 

「おめでとうございます! マスター殿!」

 

 これからのことを考えていると、牛若丸がやってきた。

 

「ありがとう、牛若」

「ありがとうございます、牛若丸さん」

「いや本当に目出度い、後白河法皇から官位をいただいた時と同じ気持ちです」

「うむうむ、そうですなぁ。しかし、義経殿? そのたとえはマズイですぞ?」

「何がマズイか二行で言ってみろ弁慶。出来なければ、首を落としてやろう」

 

 この主従はいつも通りだが、こちらを祝ってくれているのがわかる。

 

「レオニダスさんに報告できないのが残念ですね」

「今度報告しよう。きっと喜んでくれるよね」

 

 王様に認められたといったら、あのレオニダス王はなんというだろうか。きっととても暑苦しく喜んでくれるに違いない。

 

「しかし、ウルですか。あと一日早ければ我々も同行で来たのですが」

「レオニダス殿より、魔獣戦線に動きありという連絡がありましてな」

「ゆえに――弁慶、アレをやるぞ」

「アレですな」

 

 そう言って二人は戦闘態勢を取った。

 

「あ、これは――」

「さあ、行きますよマスター殿!」

「さあさあ、どうぞかかっていらっしゃい!」

「なぜか、戦闘に!?」

 

 源氏の皆さん苦労してたんだろうなぁ、などと思いつつ。

 

「マシュ、マーリン、やるぞ」

「はい、マスター!」

「えぇ、私としては休みたいのだけどね――」

「マーリン……請求書見たい?」

「――よしよし、肉体労働もたまにはしておくとしよう」

 

 これは祝いの戦闘というものだ。

 剣舞によって、相手を祝う彼らなりの祝福であり、士気高揚のためのもの。

 

 されど、その剣戟は何よりも鋭い。本気でやらなければこちらの首を切るとでも言わんばかりの無邪気さ(さつい)をもって臨んでいた。

 それをやっぱりと弁慶が思いながらも、彼はその薙刀の薙ぎを緩めることはない。マーリンは、どこから出したか剣でもってそれを受けて、魔術による反撃をしている。

 

 相変わらず真面目にやれば出来るのにやらない辺りダビデと同タイプだ。

 

「マシュ」

「はい、マスター!」

 

 こちらも気を抜くわけにはいかない。

 放たれる剣閃は、ただただ鋭い。縦横無尽に橋の欄干、壁を足場に放たれる変幻自在の剣は、人を相手にして得られる斬撃とはまったくもって違っていた。

 天狗とはまさしくこのことか。その一刀一刀が尋常でなく鋭い。サーヴァントとしての膂力関係なく、ただ鋭いのだ。

 

 力強さなどどこにもなく、ただ鋭利。

 斬撃は残像をにじませ、嵐のような閃撃には、舌を巻く。その技量は、何よりも高いが、ここに決まった型というものは混じらない。

 いや、在るのだろうが、おそらく、それを牛若丸は己の感性と天稟のみで御している。生前はどれだけ天才だったんだろうか。

 

 並大抵の達人では程遠い。

 だが、マシュもまた、並大抵の達人ではない。六つの特異点を越えて積み上げて来た経験がある。何より、彼女の後ろにはマスターがいる。

 

 牛若丸の動きを予測(トレース)する。彼女がどういう人間か、20日も付き合えば見えてきている。どのように戦い、どのように跳ぶのかもわかっている。

 ならば、機先を制すこともできる。

 

「おお、さすがですマシュ殿」

「マスターのおかげです」

「では、もう少し早くしましょうか」

 

 技の回転率が上がる。鋭利すぎる切れ味に膂力を乗せた一撃が混じり、マシュの楯を揺らす。怒涛の三連撃にかまいたちの如き斬撃は、地面を深くえぐるほどの威力を内包していた。

 マシュの盾でなければ両断されているところだろう。大気すら二分する疾風の居合は、一瞬だが空間でも斬れたのではないかと錯覚するほどの鋭さを持っていた。

 

 さらにいえば、その技を中断させようとも、型を崩そうとも、天狗は頓着しない。

 

「斬れてしまえばなにも問題ありませんし」

 

 剣術の極点とは、ただ断つことだ。技や型はその為の手段であり過程に過ぎない。結果として、斬れていればもうなんでもいいのだ。

 だと思えば――。

 

「斬れない盾があればですね――」

 

 その盾を己の刀で絡めていなし、盾の中に刃を滑り込ませてみせもする。斬ることと技巧の使い分けが巧いどころではない。

 だが――。

 

「ガンド!」

 

 盾の中に入った刃をガンドで逸らし

 

「やあああ!!!」

 

 裂帛の気合いとともにマシュの一撃が放たれる。

 

「おおぉ! ――さすがはマスター殿とマシュ殿。さすがですね」

「ひとまずはここまでにしますか」

「そうだな弁慶。これならば、外でもやっていけるでしょう。どうか気を付けて行ってください。あそこから戻らなかったのは兵士だけではありません」

「はい、ギルガメッシュ王が召喚したサーヴァントもまた戻りませんでした」

 

 天草四郎と風魔小太郎。

 その二人は南の密林に向かい、戻ってこなかった。

 何があるかわからないからこそ、最大の注意をするべきだと彼らは言った。

 

「ありがとう。それにしても天草四郎に風魔小太郎かぁ」

 

 日本の英霊ばかりだ。

 牛若丸曰く、どうやらほかにも茨木童子と巴御前がいたらしい。

 巴御前は魔獣を統括していたリーダーであるギルタブリルと相討ちになったらしい。彼女がいなければ、魔獣戦線はここまで保てなかったという話だ。

 茨木童子はというと、逃げて盗賊団を作っているとかなんとか。いったい何をしているんだ茨木ちゃん……。

 

 ともあれ、準備を整えメンバーを決めて出発する。

 今回、ウルに向かうのは、オレ、マシュ、アナ、マーリン、清姫、式、リリィ、クロだ。

 

「ついにますたぁの頑張りが認められたのですね! 初の王様からのお仕事、頑張りましょうね、ますたぁ」

「やっと外ね、頑張ろうね、お兄ちゃん♡」

「そうだね、頑張ろう」

「よろしく願いしますね、マーリン」

「まあ、まあ、気楽に行こうよ。今から頑張ったら疲れちゃうからね」

「マーリンはもうちょっと頑張るべきなのです」

 

 ウルクの門へと向かうと。

 

「お、あんたか、ついに許可証がもらえたんだな」

 

 門番さんがこちらに気が付いて話しかけてきてくれた。

 

「ええ、なんとか」

「あんたらの頑張りは聞いてるよ。おめでとう」

「ありがとうございます」

「そうだ。お嬢ちゃんも外に出るんだな。はい、頑張るんだよ」

 

 

 といって門番さんは、しゃがんでアナに砂糖菓子を渡す。

 

「アナ」

「……はい、ありがとうございます」

 

 門番さんは笑って、いってらっしゃいと言ってくれた。彼にまたただいまを言えるように、みんなで生きて帰ろう。

 

 街道を歩くが、やはり魔獣の襲撃を受ける。その数は多く、北の戦線から結構な数がこちらに来ているようだった。

 戦線は、今頃大変なのだろう。だからこそ、オレたちはオレたちの出来ることをまずはコツコツとしていかなければ。

 

「それにしても、この魔物、なんなんだろうなぁ」

「ムシュマッヘですね……どうやら、北も相当なことになっているようです」

「ムシュマッヘ?」

「そうティアマトの十一の子供たちの一つさ」

「ティアマトはこのメソポタミアにおける原初の海の女神ですよ、マスター」

「じゃあ、十一の子供たちってのは?」

『神々と戦うべくティアマトが生み出した十一の怪物のことだよ』

 

 ムシュマッヘ、ウシュムガル、バシュム、ムシュフシュ、ラフム、ウガル、ウリディンム、ギルタブリル、ウム・ダブルチュ、クルール、クサリク。

 神々と戦うために生み出されたとされる怪物たち。

 それと同じ魔獣が戦線に現れているのだという。

 

「北の女神がティアマトの再臨ではないか、と言われている理由がこれさ」

『そうだとしたら相当厄介だぞぅ。何が厄介って女神としてティアマトが持ち合わせているだろう権能だ』

 

 百獣母胎(ボトニア・テローン)

 回帰の権能。万物を生み出す力の具現で、これにより大地から生まれたものは母なる神の権能に逆らうことが出来ない。

 何より恐ろしいのは、資材さえあれば、無限に生命を生み出せるという極悪さだ。

 

『敵の軍勢は尽きることはないと考えた方がいいね。相対するとしたら、本当に気を付けるんだ』

「ありがとうドクター」

 

 だが、何があろうとも、誰が敵であろうとも、必ずこの世界を救う。そう決めている。あのウルクでの日々を忘れないように。

 あのウルクが壊されないように。滅ぼされないように。

 

「頑張ろう」

「まあ、そう気張るなよマスター。普段通り構えとけ。人間、頑張りすぎたって良いことなんてあんまないからな」

「ありがとう、式、そうするよ」

 

 オレたちは、ついに帰らずの密林へと足を踏み入れる。

 この先にいったい何が待ち受けているのか、それはわからないが、それでもこの世界を救うために、オレたちは前に進む――。

 




次回、ジャガーマン登場。

何のためにクロを入れたと思っているんだ!

さあ、だんだん楽しくなってきて、ちょっとコアトル姉さん戦だけちょびっと書いたら。

どこぞの蝋翼君と冥狼君みたいなことになったぐだとイシュタル。

「イシュタル――!! 女神(あなた)の力が必要だ。オレに力を貸してくれ!!」
「――ああ、もう、そんなに素直に願われたら、叶えないと女神失格じゃない! みなまで言わないで、力を貸すわよ――!」


「祝福しマース。アナタの末路は、英雄デース」
などと口走るコアトル姉さんが生まれてしまった。

やはり天翔ケル蝋ノ翼、狂イ哭キテ焔ニ堕ツを聞きながら書くとテンションが変な方向にいくなw

では、感想などありましたら気軽にどうぞー。
それにしてもエドモンとメルトリリスが好きすぎて、一部クリアラスマスカルデアに呼びてぇとか思っている私がいる。

まあ、とまれ、次回も待て、しかして希望せよ。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 21

 帰らずの密林へと足を踏み入れた、オレたちを迎えたのは、尋常ではない蒸し暑さだった。

 足を吹見れた途端に空気が変わった。いや、これは世界が変わったと言ってもいいのかもしれない。それほどまでに変化は急激だった。

 

 広がる密林。空を見上げても青空は見えない。樹木が天を覆っている。かろうじて見える青は、遠く離れているようにも感じた。

 何より暑い。蒸し暑い。戦闘があるからと、着こんできたのが、間違いだったと後悔してきた。少なくとも、いくら防御術式を付与されているからと言ってインバネスに帽子なんて完全装備するのはバカだった。

 いや、一応、空調系術式とかついているのだが、それでもこの蒸し暑さはいかんともしがたい。

 

「蒸し暑い、蝿が多い、歩きにくい! しかも、なんだこれ、凄まじいエーテル濃度だ。ブリテン島が可愛いレベルだよ」

『こっちの観測機も全然だね。これはこの前のエジプト領と同じみたいだ』

『さしものダ・ヴィンチちゃんでも、観測機器がつかえないんじゃぁ、お手上げだにゃー』

 

 この樹木さえどうにかすればなんとかなるかもしれないが、この密林がどれだけ広いのかもわからなければ、難しいだろう。

 

「先輩、大丈夫ですか? お水は要りますか?」

「ああ、うん貰うよ。ありがとう」

「クロさんは大丈夫ですか?」

「平気よ」

「清姫さんは」

「暑いですが、そこはそれ、ますたぁの為にも今変化で、どうにか冷たい蛇になれないかと試し中です」

「出来るんですか?」

「思いこめば不可能はありません。なによりますたぁの為なら、と燃えております」

 

 逆にそれじゃあ、駄目なんじゃとか思ったけれど言わないとして。

 

「この先にいる人たちは大丈夫だろうか」

「さて、この先に何がいるにしろ、女神がいるのならば、腕が鳴るわ」

 

 スカサハ師匠がいつぞやの水着姿になっている。暑いんですね。

 

「む、どうした、そんな恨めしそうな顔をして。儂に欲情でもしたか?」

「まあ、そんな感じです」

「ふむ、清姫?」

「ぎるてぃ、というわけで接吻ですね!」

「え、いや、なんで!?」

 

 いかん、あまりの暑さにゆだっている。いかんいかん、冷静にな成るんだ。

 

「むゅー」

 

 あれ、なんかキスされてません? おかしいなー……。

 

「先輩!?」

「キャー、ふけつだわ!?」

「はっはっは、みんな暑いのに元気だねー、羨ましいよ!!」

「そーだそーだー。マスターだけズルイぞー」

「やめとけよ、あれはマスターだからできる芸当で全裸と花野郎がしたら死ぬだけだぞ」

「だから全裸じゃないよ!?」

 

 うーむ、賑やか賑やか。

 

「あぁ、ますたぁとのせっぷん、もう死んでいいです」

「いや、頼むから生きててね。君が必要なんだから」

「かはっ」

「清姫が死んだー!?」

 

 うむ、あまりの暑さになんかだ頭が働かないなぁ。

 

「うむ、いかんなこれはいかん。というわけで、弟子」

「オレがやんのかよ、師匠がやったらどうだ?」

「儂がやり続けてはまたスカサハ師匠かよと言われてしまうだろう」

「誰にだよ……。わかった刻んでくんよ」

 

 暑さ緩和のルーンで 思考を清浄化する。

 

「なにやらすごい酷い状態だった気がする」

「とても幸せだった気がします!」

 

 ともあれ、唐突な色ボケも終わったところで、密林を進む。険しい密林ではあるが、どうにも違和感がある。オレは、魔獣戦線というか今現在のこの時代の様子との差異を明確に感じ取っていた。

 魔獣がいないのだ。いや、いないというわけではない。現に、ここを進み始めてからは陽っきりになしにキメラやら狼男のようなものやらに襲われている。

 

 だが、いないと断言する。より正確にいうならば、絶対魔獣戦線にてこの世界を脅かしている、ティアマトの子供たちであるところの十一の魔獣がここにはいないのだ。

 

「それはそうだろうね」

「マーリンは何かわかるの?」

「まあ、詳しくはわからないけれど、ここのエーテル濃度はかつてのブリテン島が可愛いくらいの濃度でね。完全に神話体系が違う」

「ああ、そういうことか」

 

 やはりエジプト領と同じということだ。完全に異なる時代の異なる法則がここに展開されているということ。この密林ということは。

 

「南米かなぁ」

 

 密林で思い浮かんだのがアマゾンという安直な結び付けだが、直感はそれが正解だと言っている。

 南米の神話体系で女神。該当する奴らが多すぎるからもう少し絞る情報がほしいところではある。それもこれもこのまま先に進みウルにたどりつければわかると良いが。

 

「しかし、これはガイドがほしいね! ガイド、ガイドはいないのかい? 密林というからには、現地人ガイドが必要だろう。カルデアTVのふしぎ発見番組で見たよ」

「現地ガイドですか。先輩、どこかで現地人は見ましたか? ダビデさんがガイドをご所望らしく」

「そんなのがいたら何がなんでも雇うよ」

 

 などといるわけないと言ったわけだが――。

 

「ヘーイ、良い心がけだなメェーン! ジャングルを征くならばガイドは必須、ガイド失くして明日はない! それこそが、ジャングル。密林なめんな! そうそれこそがジャンゴークルーズ!」

 

 何やら意味不明な言葉が響いた。それは樹上から響いた。

 

「マスター! 姿は見えませんが、どうやら樹上を高速で移動しているようです!」

「わかってる!」

 

 どこにいる。感じられる気配がわけわからん、なんだこれ。意味わからん。

 

「そこか」

 

 よって、ここは式の第六感頼り。彼女が、ナイフを一閃すれば、木々が倒れ、上から落っこちてくるなぞの、なぞの――。

 

「あー! せっかく颯爽登場しようと向上考えながら移動していたというのに! なにをするだァー!」

「え、なに、あれ……」

 

 女性なのだろうが、着ぐるみを着ている。トラ?

 

「うん、多分バカだと思うよ」

「誰がカバだ、なぜどいつもこいつも私をカバと例える!」

「うわー、バカよ、バカがいるわ。それも売れないアイドルのアルバイトみたいな格好してる……」

「フッ、よくわかったな、私こそが密林のアイドゥ、えーっと、なんだっけ、誰だっけ。なんというか、そう直感的に本質を言えと言われると、迷うというか。美人であるところは間違いないんだけど」

 

 まったくもって謎の存在は、意味不明なことを口走っている。だが――。

 

「やばいな、これ……」

 

 ふざけているが、霊基的にはまったくもっておふざけなしとはどういう了見だこれ。完全に、こいつは、神霊だ。

 

「って、クロ!?」

「うそでしょ……いや、本当、勘弁してほしいわ……」

 

 地面に膝ついて両手を地面について打ちひしがれている。何やら目にハイライトがないというか、目が死んでるんですが、なに、どうしたのなにがあったの!?

 すさまじい大ダメージだ。これはもうクロは戦えないかもしれない。とりあえず、そのままにしておくのはマズイのでこっちで抱える。

 走って逃げることもあるかもしれないから。そのまま謎の彼女に話しかける。

 

「おま――あなたが、この密林の主か」

「おーう、ボーイ、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。なにせ、私は、ジャガー。そう、誰もが畏れるジャガー」

 

 トラの間違いでは――と反射的に突っ込みそうになったが辛うじてとどめる。下手に戦うとどうなるかわかったものじゃない。

 こいつは、強い。それに、どうやら周囲の茂みの中にいるわいるわのキメラどもからワーウルフ。密林の敵大集合。

 どうやら完全にこちらを包囲している。

 

「ゆえに、行くぞ! 一年間温めたキャッチコピーをいざ! 最強の虎ここに降臨! もうタイガーとは言わせない!」

 

 バーンという効果音が聞こえそうなほどのドヤ顔で言ってのけた。さっきジャガーとか言ったくせに虎っていってるよ、どっちなんだよ。

 などとそんなことはもうどうでもよく――。

 

 気配が変わった。もはやここは戦場。戦うと息まいた獣が襲ってくる前兆。張り詰めた糸がちぎれそうだった。

 

「指示を――指示を下さい。早く! ウル市の冷たい水が待っています」

 

 アナの言葉が糸を切った。

 

「ほう、来るなら来いチビッコ。ジャガーの戦士、ジャガーマンはどんな奴の挑戦でも受ける!」

 

 ジャガーマン。

 中南米に伝わる古き神霊の一柱。

 ジャガーとはすなわち「戦い」と「死」を象徴し、各時代の中南米文明で永く崇められている存在であり、過去にはたびたび地上に姿を見せたという。

 本気でやらなければヤバイ。

 

 一斉に、獣が茂みから飛び出し、乱戦が始まった。

 

「アナ!」

「わかっています!!」

「にゃははははははは――!!」

 

 まずは樹上。

 機動力と地の利を生かした超高速戦闘機動のジャガーマンが樹上を疾走している。手にもった玩具なのか槍なのかわからない武器で穴と空中戦を演じる。

 その技量、ふざけた言動とはくらべものにならない。なにより、ステータスも高い。なんだそれ、ふざけてるのかレベルで隙が無い。

 援護しようにも樹上を縦横無尽に駆け回り、地上に降りて無作為にこちらに攻撃を仕掛けてくる。

 

「ふざけているのに、この強さ――」

「アナ!」

「だい、じょうぶ、です!!」

 

 振るわれる不死殺しの槍は、されどジャガーマンを貫くには届かない。

 

「にゃははははは、そう焦るな、焦るとほら、アレ、アレだよアレ」

 

 なにやら慣用句を引き出したかったらしいが、出てこないらしい。

 

「カリバーン!!」

「おーう! グレイズグレイズ」

 

 不意打ちで放ったカリバーンですら、簡単に避けられてしまう。なんという機動性。密林では勝ち目がなさそうだ。

 何よりあの無軌道。いつかのキャットを見ているかのようだ。

 

「だったら――」

 

 全部予測してやる。

 

「おーう、嫌な雲行きだったらまずは、キミねらーい」

「っ――!」

「マスター!!」

「式――!!」

「おう、降りてきてくれて助かる」

 

 オレへのジャガーマンへの攻撃を式が防ぐ。

 

「おーう、その目はヤバーイとジャガーシックスセンス、略してジャガンスが言っている! ヤバイと! だいたい直死ってチートすぎると思うんだけど、その辺どうなんだって話だよ」

「さあ、ね!!」

 

 振りぬいたナイフの一線。されど、それを躱してジャガーは再び跳ぼうとする。

 

「逃がすなリリィ!」

「はい!」

 

 さらに背後からリリィが強襲。

 

「おっとぉい! マスターがいると厄介だにゃー」

「どこぞの神霊か、腕がなる――」

 

 さらに、ジャガーに参戦するのはザコを狩りつくしたスカサハ。

 

「滾るわ! 欲求不満でな、少々付き合ってもらうぞ!」

 

 振るわれる槍二連。連続する技の接続に淀みはなく、技巧の活かされていない場所などありはしない。されど、それはジャガーマンも同じだった。

 振るわれる槍の突き、払いで打ち落とし、そのまま突きへ。スカサハがそれを払い落とせば薙ぎへと。技巧比べが続く。

 

「はっはっは、本来の霊基とマスターの枷があるなかで、どこまでやれるかな!」

「余裕そうじゃのう。ならばもう少しギアをあげるとしよう」

「にゃっはっは、無駄無駄無駄ァ!」

 

 大喝破が響き渡る。それはジャガーの咆哮。さらにあふれ出す軍勢。

 

「さあ、ここまで来るが良い勇者よ!」

 

 その背後に跳んで魔王みたいなことを言い出した。

 

「待てー!」

「リリィ深追いするな!」

「もらった―!」

 

 ジャガーマンを追おうとしたリリィに向って隠れていたキメラの軍勢が飛び出してきた。更に、飛び出してきたジャガーマン。キメラに対応すればジャガーマンにやられる。

 ジャガーマンに対応すればキメラにやられる。迷っている間に、やられる。

 

「ノッブ!」

「厄介な織田ノッブは封じさせてもらうぜェ!」

 

 咆哮一つで、現れる魔獣の軍勢。

 

「チィ――」

 

 これでは届かない。

 

「ダビデは!」

 

 遠い。そこからでは――。

 

「あっ――」

「――チッ!」

 

 リリィのピンチを救ったのは式だった。襟首をつかんで投げ飛ばし場所を入れ替わる。

 

「式!」

「式さん!」

「ホント、いい迷惑……」

 

 ジャガーマンの一撃を受けて、式がキメラの軍勢に飲み込まれた。消失を感じる――。

 

「くそ!」

「――――!!」

「おおっとおぉ!」

 

 勝ち誇っていたジャガーマンに頭上からアナの一撃が降り注ぐ。がっちりとマーリンの強力な強化魔術を受けた一撃が叩き込まれた。

 

「よし、だいたい分かった。オマエタチウマソウダナ」

 

 一瞬にして、樹上に跳躍し撤退していった。一番厄介な式を潰した途端、こちらを押し込めたというのに撤退。ふざけているが、戦闘に関してはふざけていない。

 

「くそ……」

 

 完全にこちらの敗北だ。

 

「すみません……わたしが、抑えられなかったから……」

「いいえ、わたしが、突っ込んだせいで……」

「いや、アナのせいでもリリィのせいでもない。オレが未熟なだけだ」

 

 もっとうまくやれたはずだった。甘かったのだ。勝てると思い込んでいた。それが間違いだった。今まで勝ってきたからこそ、調子に乗っていたのだ。

 勝てるだろう。そう思ってしまった。

 

「この代償は、必ず払ってもらうぞ」

 

 次は勝つ。

 そう誓い、オレたちはウルへと行きついた――。

 




式、脱落。
いや、ここプレイしててガチで式やられて焦った場所です。ぐだ男の内心はたぶんほとんど私と同じ。
勝てると思ってた。そしたら、強くて勝てなかった……。
ここから油断を捨てました。
配布縛りガチ編成で行きました。絆上げ礼装つけてる場合じゃなかったんだ……。


あとは宣伝ですが。
私、カクヨムさんの方で、太陽堕としの迷宮踏破という小説を連載はじめました。
これはコンテストにも出している作品でして、よければ読んで応援コメントやらレビューなどいただければと思います。
書籍化したいぜ……。下のURLから行けます。よろしくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883312325


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絶対魔獣戦線 バビロニア 22

 犠牲を出しながらもオレたちはウルへとたどり着いた。

 

「ここが、ウル……」

「思ったよりも無事なようですね」

 

 人々は無事に生活をしているようだった。

 

「とりあえず、話しかけてみよう。情報を集めるんだ」

 

 オレは、とりあえず通りすがりの女性に話しかける。

 

「あの――」

「あら、あなたたちは?」

「ウルクから来ました」

「まあ、ウルクから」

「ええ、王様の命で貴方方ウル市民を助けに来たんですが――」

 

 見回した限り、危険という感じではない。

 むしろ、これは――。

 

「ああ、マスター、気が付いたかい? ああ、ここは違う。紛れもなく、神話体系が違うということもあるが、それだけじゃあない」

「マーリン、これって」

「うん。間違いなく、これは別の女神の庇護下にある」

 

 一体何を対価に引き渡し、この状況を作り上げたのだろうか。いいや、そうじゃない。

 

「あの、避難などはしないのですか?」

「ええ、だってここは安全ですもの」

「それは、良かったですがウルクに連絡を取ろうとはしなかったんですか?」

「ウルクに連絡をしようとしましたが、それは森の女神の法に逆らうためできなかったのです。ですが、その代わり、森の女神は、安全を保証してくれます」

「…………そうですか。ありがとうございます」

 

 言外にこういっているように聞こえていた。逆らわなければ安全。つまるところ、逆らえばどうなるかわからないということ。

 あのジャガーマンとかいう意味不明な存在もいるところを見ると、相当強力な神霊のようだ。

 

 おそらくはアステカの神。アステカの神で女神か……。

 

 コアトリクエ。

 という存在を思い出した。

 コアトリクとは、アステカ神話における地母神のこと。その名は「蛇の淑女」、あるいは蛇のスカートをはく者を意味する。

 コアトリクエは、全ての天の者を生む地球の大母神、炎と肥沃の女神、生と死、および再生の女神とされている。

  あるいは南の星の生みの親などの肩書きを持つとも。

 

 アステカの神で女神と言えば、これだったはずだ。だが、この状況を見る限り、違う。コアトリクエの食べ物は、人間を含むあらゆる生き物の生肉だ。

 もし彼女がここにいるのならば、きっとこんなに安全とはいかないだろう。彼女が、人間を囲って放牧でもする趣味があるのならばだが。

 

 なんとなく、直感だがそれは違うと思う。

 

「そうなると、一体……」

 

 どちらにせよ、ウルから市民を避難させることは出来ない。

 

「マーリン、なにかわかる?」

「なんとも。それにしても、逆らわなければ安全。しかし、それにしては、人が少ないよねぇ。気が付いているかな?」

「わかってるよ」

 

 ここには男が少ない。おそらく、この安全と引き換えにされているのは生贄だろう。それも生きのいい男。文字通りの意味での生け贄だ。

 

「マシュには伝えない方向で。きっと大騒ぎだ」

 

 今はまだ、見つかるわけにはいかない。ジャガーマンと戦って式を失ったのだ。これ以上、誰かを失うわけにはいかない。

 けれど――。

 

「ますたぁ、血が……」

「あぁ、ごめん」

 

 握りしめた拳から血が流れていた。握りすぎた。生贄になっている人たちのことを考えると、いてもたってもいられない。

 だが、それでも――、それでも――。

 

「ああ、クソ!」

「まったく、我慢なんて出来ないんだから、するもんじゃないのよ」

「クロ……」

「それで? 生け贄が嫌だといっても、今どうすることも出来ないけれど、どうするの?」

「それは、とーーっても気になるぞー。ジャガーマンにも教えてほしいなー」

「――――!?」

 

 そこに突然現れたジャガーマン。ふざけた様子は変わらず。

 

「ククルンのことはー、嫌いだけどー、まー、仕方ないニャー、というわけでー、余計いなことをしそうな君たちをー、ここらで成敗しちゃおーうってわけさ! んー、なんと知的なジャガーなのだろうか」

「クロ!」

「ええ、わかってるわよ!」

「フッ、動きが鈍いぜガール?」

「うっさいわねぇ!」

「アナ、頼む!」

「了解です!」

 

 クロとアナでジャガーマンを抑え込む。

 

「マーリンは二人の支援!」

「任せたまえ。しかし、せかさないでくれよ。舌をかむ」

 

 マーリンの支援があれば、あの2人でも大丈夫。であれば、

 

「マシュ、清姫、リリィ、二人は森から出てくるジャガーの眷属っぽい魔獣を倒して!」

「はい!」

 

 だが、それでもジャガーマンは強い。

 ふざけているが、アレは神霊だ。

 

「ニャッハハ、これこそがジャガーのパァワー」

「くっ!」

「ふざけているのに、こんなに強いなんて――!」

 

 だが、ジャガーマンばかりを気にしている暇もない。

 現れるワーウルフなどの獣人の一斉攻撃。全方位からくる飽和攻撃に衝破の咆哮が襲い来る。

 

「マシュ!」

「はい、マスター!!」

 

 マシュの大盾が防ぐ。されど、大盾の欠点。視界の悪さを利用し、高速で迫る獣人ども。だが、そこは既に死線だ。

 

「清姫!!」

「さあ、燃やし尽くしてしまいましょう――」

 

 とんっと、地面を蹴って、獣人どもの中心へと踊り出た清姫。

 女一人容易いとばかりに、吠える獣人ども。だが、それはただの女ではない。思い込み一つで、竜となる女だ。ゆえに――。

 

「転身――」

 

 炎よ燃えよ。嘘つきを燃やし尽くした、青き焔の竜が、とぐろを巻いて獣人どもを焼け落す。既に、一度見ている。やつらの戦いを。

 何より、今回は密林の真っ只中ではない。ウル郊外の開けた場所だ。ここでなら、あの機動力を封じれる。

 

「クロ!」

「わかってるわよ!」

 

 投影される剣。それはクロの中にあるもの。それをカルデアから潤沢な魔力を用いて投影する。生じる剣群は、竜の牙の如く、ジャガーマンへ突き立てんと猛るが――。

 

「ハッハッハ、そんなもの当たるはずもなかった!」

 

 素早い身のこなしによってジャガーマンにかすりもしない。

 だが、それでいい。

 

「アナ!」

「はい――」

 

 その剣群の間を高速で移動するアナ。剣群の密度は上昇中。ジャガーマンの逃げる場所を封じる。次にどこへ剣群が堕ちるのかを予測し、アナに伝達する。

 それによって、剣群振りすさぶ中をアナは一本も掠ることなく疾走する。

 

「おお、これは――」

「そこで跳ぶんだろう? マーリン!」

「はいはい、おまかせおまかせっと!」

「おお――」

 

 跳躍の瞬間を狙い打つかのように放たれた魔術。蹴り脚を穿ち、跳躍を封じた。そこにアナの不死殺しが征く――。

 

「――――」

 

 だが、それでもなお、勝つが神霊――。

 

「ジャガーはすべて知っている、今ひっさつの――!」

「――――ッ!!」

 

 振り上げられたふざけた槍。そこに宿る魔力は何よりも強く――。

 

「避けろ!」

「――――ッ!!」

「ネコパンチ」

 

 テシッ、という気の抜けた一撃がアナの頭へぽすり。誰もが呆然とした瞬間に。

 

「うーむ、良い戦いだった。突然始まり、突然終わるがジャガー流。では、みなの衆サラダバー!」

 

 などと言ってさっさと撤退していった。

 

「逃がしたか。みんな大丈夫?」

「はい、大丈夫ですマスター」

「いっぱい焼きましたよ」

「ちょっと精神にキてるけど、まあ、大丈夫」

「……問題ありません」

「良かった」

「あれ、おーい、マスター? 私に聞かないのかい?」

「問題ないでしょ?」

 

 マーリンはダビデと同じ。心配するだけ無駄だ。どうせ、いつものらりくらりと無事なんだから。

 

「それより、今はウルクに戻って王様に報告しよう」

「ああ、こちらも目的はほとんど済ませたしね」

 

 そういうわけで、ウルを後にする。口惜しいが、絶対にこのままにはしない。そう誓って、オレたちは一路ウルクへと戻る。

 門番さんがまたオレたちを迎えてくれた」

 

「お、戻ったかい。あれ、あの奇妙な服のお嬢ちゃんは?」

「…………」

「……」

 

 オレとリリィの表情を見て、察してくれたのだろう。

 

「そうか。すまない。さあ、入ってくれ。君たちが無事に戻ってきてくれただけでもうれしい成果だ」

「ありがとうございます」

 

 そうやって門を抜けようとしたところで。

 

「ああ、そうだ。お嬢ちゃん」

 

 アナが再び呼び止められる。

 

「おかえり。ほら、これをあげよう」

 

 門番さんは、しゃがんでアナに砂糖菓子を渡す。

 

「……ありがとうございます」

 

 門番さんは笑って、オレたちを中へ通してくれた。

 マシュを先にカルデア大使館に戻して、事の顛末を居残りのみんなに伝えてもらうことにして、オレはマーリンと二人で、ギルガメッシュ王に報告に来ていた。

 

 あったことを事細かく報告する。

 

「――それで、おめおめと逃げ帰ってきたと?」

 

 あ、これはまずいかもしれない――。

 なんというか、凄い王様が――。

 

「ギルガメッシュ王! どうか、彼らは生還したのです。これまでとは――」

 

 すぐさまシドゥリさんもまずいと思ったのだろう。ギルガメッシュ王を止めに入る。このままでは、きっと大変なことになると思ったからだ。

 だが、オレはまったく別のことを思っていた。あの二十日間のウルク生活で、この王様のことは少なからずわかってきていた。

 だからこそ――。

 

「なんだ、その面白サーヴァントは我も見たかったぞ! なぜ、次から次へとそんな面白トラブルに行き当たるのだ。我も我慢の限界であるとしれ」

「仲間はずれにされた子供ですか王よ!?」

「ああ、やっぱり……」

 

 王様がこんな反応になるのも当然だった。

 この王様、随分とオレたちのことを羨ましがっていたからなぁ。きっと内政ばかりで、つまらないのだろう。そこにオレたちのとんでも体験ばかりの報告を聞かされたら、それはもうねぇ?

 これ明日くらいに、カルデア大使館にギルガメッシュ王がやってきて無茶ぶりされたりしてな。

 

「――ともあれ、南の密林は後回しだ。生贄はあれど、それは、価値がないから殺すのではない。寧ろ、最大限価値を認めているからこそ、殺している。犠牲に選ばれることこそが栄誉だという。

 だが、犠牲は犠牲。今は手が出せぬことが歯がゆいが、仕方ない。――それで、マーリン、ウルからエリドゥは見えたか。斧は健在か。

「樹海が広く見えなかった。けれど、斧はある。そういう気配を感じたよ」

「斧?」

「今は関係ない。さて、此度の働きは十分とはいえぬが、生還したことは褒めてやる。これからもせいぜい蟻のように働くが良い」

 

 こうして密林の調査は終わった。

 式が倒された。

 その事実だけが、重く、のしかかる。

 それでも、歩みを止めることは出来ない。

 

「世界を救うために」

 

 必ずや世界を救うために――。

 

「んぅ」

「…………」

「ん、ぅ――」

「なんで、アリスがいるのかなぁ!?」

 




待たせたな……。

いや、本当、すみません。リアルヤバイし、コンテストあるしで、忙しくて書く暇ないのに、ネタだけは思い浮かんでやばかった。

次回もゆっくりお待ちください。


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オール・ザ・ステイツメン
オール・ザ・ステイツメン 1


 虚構。

 与太話。

 法螺話。

 こねられたうどん生地は、いつしか泥に混じった。

 その泥は、いつしか、粘土板となり、絵になった。

 

 ――思い……出した……

 

 それは、泥人形の言葉だった――。

 誰かが観測した存在しえない、存在が形となったものの声だ。

 夢見る少女(アリス)と呼ばれた、泥人形の言葉だ。

 

 己という霊基(そんざい)への回帰で有り、創造主の下への帰還であった。

 

 だが、縁は結ばれた。

 同時に。

 少年の魂もまた引っ張られる。

 

 ――宝具スキップを実装するんだ。

 ――そのためなら、なんだってやってやる。

 ――そう、なんだって。

 ――私は諦めない!

 

 そう運命(くろまく)は、生け贄を射止めた。

 (うんえい)への供物。

 平行世界から、強大な力を持った存在が、供物を拾い上げる。

 

 よって、これより始まるのは、夢の話であり。

 与太話(トール・テイル)だ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「マスター、マスター!」

 

 目覚め、というのは何一つ変わらないプロセスであると、何故信じているのだろうか。

 もしかしたら、眠っている間に景色が変わっているかもしれない。

 もしかしたら、眠っている間に何かが起きているかもしれない。

 

 目覚めは変わらないものであるがそれに付随する状況は不変ではなく流動的であり、オレに関して言えばそれは大凡、こういう誰かに呼ばれる目覚めというのは何かが起きたということに他ならない。

 目覚めを誘う声は、いつものマシュの声ではなかった。その時点で、まず何かおかしな事態に巻き込まれたのだということを悟るべきなのだ。

 

 バビロニアに来てから、そういうことが多々起きているが、これはさらに群を抜いておかしいことに。

 そして、眠った後に感じたあの引っ張られる感覚にもっと意識を向けるべきだったのだ。

 

「――――」

「あっ、起きた、よかったぁ」

「ブーディカさん? ……えっと」

 

 どうしてオレの部屋に? という言葉は呑み込んだ。今、いるのはまったく異なる場所だった。ウルクではない。

 眼鏡が観測するエーテル濃度なども神代のそれではなく、比較的現代に近しい。もっと言えば19世紀ほどか。

 

 いいや、今はそれ以上にブーディカさんに膝枕をされているというこの状況を堪能するのが先だ。ほどよい柔らかさと硬さ。筋肉のしなやかさが織りなすハーモニーは極上の一言。

 されど、それ以上に、視界に飛び込む蒼穹(双丘)には、生唾を呑み込む。

 

「おーい、大丈夫? 急に黙ったけど、どこか痛いとかあるのかな?」

「あ、いや、大丈夫、です」

「本当に? 君はすーぐ隠すから」

「本当に大丈夫です! えっと、それでここは?」

 

 慌てて起き上がりながら周りを見渡す。木々に覆われた森の中のようだ。

 

「それが私にもわからなくて。いま、一緒にここに飛ばされたらしいクー・フーリンとジェロニモが調べてくれてる」

「そうか。他のみんなは?」

「今のところ、近くにいたのはマスターと私とさっきの二人だけだね」

「そっか……たぶん、探しても無駄だろうなぁ」

 

 パスはあるが、パスを感じない。この場にいないということを直感した。

 

「フォゥ」

「大丈夫だと思うけど、とりあえずどうするかは二人が戻ってきてからにしよう」

「フォキュ!」

 

 しばらく待っていると森の奥からジェロニモとクー・フーリンが戻って来た。

 

「おっ、マスターが起きてるじゃねえか。無事でなによりだぜ」

「心配かけてごめん」

「気にすることはないさ。こうして無事だったのだからね。それで、しばらくこの辺りを見回ってきたのだが」

 

 どうにも森は深いという。

 行けども行けども森であり、人の気配がない。

 

「人がいないのかな?」

「さて、その可能性はあるが――」

「っと、どうやら人はいないが敵はいるらしいな」

 

 クー・フーリンが杖を構える。

 

『GRAAAAAAAAAAA!!』

 

 森の中から現れたのは人型の怪物。

 

「これは――ウェンディゴか!」

「知っているの、ジェロニモ!」

「ああ。あれはウェンディゴ。アルゴンキンの民に伝わる、人食いの精霊憑きだ!」

「精霊憑き?!」

 

 つまり、アレはもと人間だということ。

 しかし人間とは程遠い。もはや緑色の毛皮の大猿と言った方がいい。

 鋭い牙や毒の粘液を纏った黒爪を持ち、腐った吐息を吐く。

 

『GRAAAAAAAA!!!』

 

 恐怖咆哮(クリッター・ボイス)が森に木霊する。

 それは精神を揺さぶる怪物の声。

 

「大丈夫。お姉さんが守るよ」

「もはやああなってしまっては、元に戻す術はない」

「なら、一思いに殺してやるのが情けってことさね!」

「ああ倒すぞ!」

 

 杖を構え、ルーンによる身体能力上昇。キャスターのステータスを軽く超過し、クー・フーリンは己の信条通り、槍使いとして戦う。

 焔を杖に纏わせ、ウェンディゴへと炎槍を振るう。

 

『GRAAAAAAAA――!!』

 

 それに対して嫌悪を咆哮として吐き出すのはウェンディゴだった。

 焔の光を消さんがごとく黒爪による攻撃が走る――。

 それは絶対致死の爪。たとえその爪撃を避けられたとしても、その全身に纏わりついた死塊の粘液に殺されるだろう。

 

「そんなんで死ねたら、オレは英雄になんぞなってないんでねェ!!」

 

 死塊の粘液全てを焔が焼き飛ばす。

 

『GRAAAA――!』

「流石はアイルランドの光の御子というところか。相も変わらず頼もしい限りだ」

 

 そういうジェロニモも短剣を駆使し巧みに黒爪を弾き、毒を精霊の力でもって吹き飛ばす。

 その時、さらに一匹が森の中から飛び出してくる。分厚く鋭い黒爪が幾本も空を裂く。

 ――速い。目では追えない。

 生身の体では避けきれまい。元より英雄(サーヴァント)ならざるこの身では、怪物の攻撃など避けられるはずもない。

 

 けれど、オレは傷ひとつなく、立っている。

 ウェンディゴの黒爪が裂いたのは虚空のみ。

 いいや、虚空すらも裂けてはいない。

 

『GRRRR…………? ――GROOOOOO――!!!!』

 

 今のが恐慌の声か。

 人の脳細胞を破壊し、死を育て狂気を植える。

 しかし、オレは生きている。

 その全てを車輪の護りが振り払い、魔力塊がウェンディゴを吹き飛ばす。

 

「マスターには指一本も触れさせない」

『GRUUUU――』

『GOOOO――!!』

「もう一匹! いや、この数は!?」

 

 さらに森から飛び出してくるウェンディゴの群れ。

 

「うるせぇ、喚くんじゃねえよ! アンサズ!」

 

 地面に刻まれたルーン文字が発火する。

 全てを燃やし尽くす焔が、ウェンディゴを火だるまに変えた。

 

「流石に数が多いな槍がほしいところだ」

「必要とあらば私が打って出るが、どうするマスター?」

「いいや、流石にこの状況でジェロニモに抜けられると拮抗状態が崩れる――ん?」

 

 その時、何かの振動を感じた。

 

「なんだろう、この揺れ?」

「幻想種かな?」

「いいや、これは――!」

 

 森の木々を切り倒し、巨大な足音を響かせてそれは現れた。

 

「――!?」

 

 それは、巨大だった。

 巨人というのが正しい。

 いいや、巨人ではあるが、どちらかと言えば。

 

「バカな……! 精霊……神霊……いや、そんな……」

 

 ジェロニモの驚愕。

 オレも驚愕しているが、それ以上にアレの正体を想起する。

 なんだ、知っている。そんな気がした。

 

「大丈夫ー? 助けてあげるねー」

 

 空から降ってくる声とともに、彼女が手にした斧が振るわれる。剛風とともに振るわれた刃を躱せる者などいやしない。

 耐えられる者もいない。ウェンディゴは、料理される野菜のように輪切りにされていく。

 

「このままやっつけちゃうぞー!」

 

 その宣言通り、彼女はその全てを肉片に変えて見せた。暴虐の証は何も残らない。綺麗さっぱりと開拓しつくされた大地が如く何も残らなかった。

 

「大丈夫だった?」

「でかい……」

「うん、大きな子だねぇ」

「しっかし、こんだけデカいとこっちの声は届いてんのかね」

「任されよう」

 

 ジェロニモが代表となって話すことになった。

 

「大いなる人よ」

「うん、なに?」

「私はアパッチの戦士。人はジェロニモと呼ぶが、いかなる精霊の導きでこちらに来られたのか?」

「んー、なんとなく?」

「では、そなたの名を問いたい。名を知らねば、恩義を祖霊に伝えることも叶わない」

「…………」

 

 名を聞いたとき一瞬だけ、彼女はどこか嫌そうな、遠くを見たような気がした。

 

「……バニヤン……」

「え……?」

「ポール・バニヤン。それが、私の名前」

「ポール・バニヤンだって?」

 

 ポール・バニヤン。それは、アメリカ開拓史伝承によって生み出された巨人だったはずだ。アメリカンジョークの真髄であるホラ話の体現というべき存在であると、アメリカ出身の職員さんから聞いたことがある。

 アメリカンジョークとともに、その話を聞いた。あの時のハンバーグはおいしかった。あれがまさかゲイザーからできていたなんて、誰が信じよう。

 

 と、それはさておいて。

 ポール・バニヤン。開拓者。木こり。巨人。

 そう呼ばれる存在は、おおむね身長8mという巨人の木こりであるとされている。

 気は優しくて力持ちで、豪快であるとされ気さくな髭面のナイスガイであるらしい。

 相棒に青い毛の巨牛ベイブを引き連れている。

 

 そう、ポール・バニヤンとは男なのだ。しかし、目の前にいるのは――。

 

「はーい、じろじろと見ないのマスター」

「えっと、ごめんなさいブーディカさん」

 

 女の子だ。何処からどう見ても。降ってくる声を聞いても。

 

よろしく(ボンジュール)

「ああ、よろしくバニヤン」

 

 しかし、巨大だ。下手をすれば踏み潰されてしまうかもしれない。

 意思疎通もあのままでは難しいだろう。さすがに、これだけ大きさの違う相手とは意思疎通した経験がないからどうすればいいのかわからない。

 

「あれ? みんなどこかへ行っちゃった……?」

 

 どうやら、こちらの声が聞こえていないらしい。

 

「また……ひとりぼっち……さみしいな……」

 

 彼女はそのまま歩き去ろうとしてしまう。

 

「後を追うぞ!」

 

 さみしいといった女の子を放っておけるか。

 と追おうとしたとき――。

 

「おーい! 良かった見つかったよー!」

 

 先ほどとは打って変わって小さくなった――それでも大きい――彼女が現れた。

 

「小さくなってる……でもよかった」

「えへへ。こちらこそよかったよー。みんなの声が聞こえなくて、困ったよー」

 

 ひとまずオレは名乗り、

 

「こっちがクー・フーリンで、ブーディカさん、こちらがジェロニモ。よろしくバニヤン」

「うん、よろしくね!」

「バニヤンはとっても素直な子なんだねぇ」

 

 とても素直でかわいい子のようである。しかし、伝承だと男のはずなんだが、一体どこで何があったのだろう。それに、ポール・バニヤンの伝承は確か――。

 

「うーん、でも英霊として現界したのならそれが全てか。うん。やめよう――それで、バニヤン、君はどうしてここに?」

「……誰かに召喚されて、この森に来たの」

「それは、召喚した人の命令?」

「ううん……ずっと……この森でひとりだった……」

 

 召喚されてから何も命令はない。

 

「おなか……すいたな……」

「もしかして、魔力足りてないのかな?」

「……うん…………」

 

 みんなに振り返る。

 

「マスターの好きにしていいよ」

「おう、好きにしなマスター」

「うむ、我が主よ、心のままに行くが良い。それこそが精霊の導きとなろう」

「良し! ならこれからはオレが君のマスターだ」

「いいの…………?」

「もちろんだとも!」

 

 クー・フーリンとジェロニモに頼んで、こちらとのパスをつなげてもらう。

 

「うっ……」

「だ、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫」

 

 カルデアとの通信は途絶。魔力供給に関しては正常で助かった。もしこれでそこまで以上が発生していたのなら、流石に難しかっただろう。

 それにバーサーカーか、この子。うん、バーサーカーと契約するのは特異点では二回目だし、慣れたものだね。

 

「ちゃーんと、きつくなったらいうんだよ?」

「うんいうよありがとうブーディカさん。どう? 大丈夫かなバニヤン?」

「うん、ありがとうマスター。私、とっても役に立つよ! 何でも言って!」

「それじゃあ、早速なんだけど、ここがどこだかわかるかな?」

 

 彼女ならこの場所のことも知っているかもしれない。召喚されたということは、この時代の情報が少なくとも聖杯から与えられているはずだから。

 

「えっとね、たぶんノースダコタと思う」

「ノースダコタ……」

 

 つまりはアメリカか。

 確か、ノースダコタと言えば。

 

「ああ、マスター。私が言うのもアレではあるが、田舎と言っても良いだろう。私としては良き土地であると思うが、マスターからしてみれば少し問題だろう。人口密度が極めて低く、闇雲にあるいては人家と出くわすことは到底不可能だ」

「下手すりゃ、この森の中を一生彷徨うってか」

「さらに言えば、この森は荒ぶる精霊たちであふれている。このままでは我々の魔力か、マスターの体力と魔力が尽きる」

 

 そうなれば、あとに待つのは死のみ。

 

「野営をし続けるのにも限界があるとなれば、早急に何とかしなければ」

「いつもの斧があれば、なんとかなるんだけど」

「いつもの斧?」

「うん。それがあればこの森を切り開くことが出来るよ」

「それじゃあ、それはどこにあるの?」

「私を召喚した魔術師に取り上げられたの。危ないからって」

「魔術師?」

「うん、よくわからないけれど、東に行ったよ?」

 

 とりあえず次の目的地というか、探すものは見つかったようだ。

 

「ただ、その斧がないことにはどうしようもないか――いや、こういう時こそ」

「こういう時こそ?」

「なければ、自分で作るんだよ!」

 

 素材を集め、作業台(クラフトテーブル)を作成し、素材を並べてあら不思議、いつもの斧が完成だ。

 数日ほどかかってしまったが、どうにかこうにか素材が集まって斧は完成した。

 

「さあ、行こう!」

「おー!」

 

 森を抜けるべく、バニヤンが斧を振るった。

 




バビロニアの続きだと思った? 続きだけど、続きじゃないよ!

時系列がなんかいろいろと微妙だが、一部っぽいとアレば、出すしかないよネ?
というわけで、ポール・バニヤンをバビロニアと終局に参戦させるべく、ここで突っ込みます。

ほら、ちょうどよく泥から生まれた少女がいたよネ?
バニヤンはうどん生地と聖杯の「泥」から生まれた。

良し、行けるな?
という謎理論のもと参戦させてもおかしくない理由づけは既に済んでいたのだ。
まあ、そうなると彼女のママ発言がおかしくなると思うだろう。
なりません。
ママ=リヨぐだ子。
リヨぐだ子=人類悪。
人類悪=ティアマトママ

ほら、大丈夫!

という感じでやっているので多分大丈夫です。


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オール・ザ・ステイツメン 2

 木々が倒れていく。

 ドミノ倒しのように木々が倒されていく。

 

「うわぁ、すごい!」

「すごいねぇ、森が消えちゃいそうだけど大丈夫なのかな?」

「大丈夫ー。ちゃんと出荷できるようにしてるからー!」

 

 出荷……? これもしかして全部加工できるように切っているのか。それはすごいことだと言えた。

 このまま人里まで道を拓いて、貯木場までもっていくという。

 

 みるみるうちに森は消え失せていく。それと同時に積み上がっていく丸太の山々。どれもこれも均一の長さでわけられており、使い勝手のよさそうな丸太である。

 

「流石はアメリカを作り上げた伝説の存在だなぁ」

 

 一日で山一つを更地に出来るほどの働きが出来る。

 

「アメリカにある自然物の多くを作り出し、五大湖やロッキー山脈を創って、さらにはベイブが五大湖の水を入れた桶をひっくり返した被害を抑えるために濠を作り、それがミシシッピ川となったっていうのもありえた話なのかな?」

「待ってくれマスター」

「ん? どうしたのジェロニモ」

「その話は本当なのか? そうだとするとそれは精霊どころか神霊の類ではないか?」

 

 確かに、それは神霊だ。通常の手段では召喚できない。彼女は魔術師に召喚されたといった。

 

「あー」

「私は、バニヤンという精霊は知らないから教授してほしい」

「ああ、うん。誤解させたみたいだからいうけど、たぶん通常の召喚だろうと特殊な召喚だろうとたぶんバニヤンは召喚できないと思うよ」

「それはなぜだ?」

「何故かって言われると、ポール・バニヤンの伝説っていうのは、アメリカンジョークなんだよ」

 

 アメリカ開拓史の中でまことしやかに語られてきたワイルド・ウェスト・ダイダラボッチ。

 元をたどればそれは、ただの大男に行きつく。しかして、その大男の話が波及するにつれて、尾ひれはひれが付いた。

 与太話は法螺話によって巨大化して、まさしく大男は巨人となったのだ。

 

 そう民間伝承(フォークロア)ならぬ戯話伝承(フェイクロア)

 ポール・バニヤンという存在は、そういった存在のはずなのだ。本来ならば存在しえない存在。

 

「ただ、まあ、それを言ったら――」

 

 それを言ったら英雄たちだってそうだ。特に古い英雄。

 かつてこのアメリカ大陸でともに戦ったカルナやあの騎士王たちだって、実在証明を示す根拠証拠は何一つ見つかっていないのだから。

 

「……そうなると、彼女はいったい……」

「まあ関係ないよ」

 

 彼女は存在している。

 そして、さみしいと言った。

 

「なら、オレはマスターとして彼女のやりたいことをしてあげるし、一緒にいてあげる。それがオレに出来ることだからね」

「うんうん、それでこそマスターだよ。お姉さんも協力してあげるよー」

「マスターには何言っても無駄だからな」

 

 拓いた道をオレたちは進んでいく。

 

 

「待って!」

 

 戦闘を進むバニヤンの鋭い声。

 それと同時に何かが堕ちて来た。輝く何か。

 

「――なんだ!?」

「この気配、サーヴァントだ、マスター!」

「ブーディカ、マスターを護りな! オレが前に出る!」

 

 即座に戦闘態勢に移行。光が収まると同時に、現れた二騎のサーヴァントに目を凝らす。

 

 それはこのアメリカでともに戦ったビリー・ザ・キッドだった。もう一人は、ローマで戦ったアルテラだ。

 

「えー、現着、現着。こちら保安官助手のビリー。違法な森林伐採の現場を確認」

「違法森林伐採はわるい文明。即刻このワイアット・アープが逮捕(ハカイ)する」

 

 ――そのはずなのだが――。

 

「え、え? 悪い文明!?」

 

 なんだかおかしい。

 

「えっと、アルテラとビリー、だよね?」

「違う。私はワイアット・アープ。それ以上でもそれ以下でもない。アルテラでもない」

「いや、どう見てもアルテラ――」

 

 いや、もしや本当にそういう世界と思っておいた方がいいのかもしれない。なにより、一度戦った仲間と相手だ。なら、やりやすい。

 

「おまえたちの罪は裁かれねばならない。話は裁判所で聞こう」

 

 しかし、この状況はマズイ。このままつかまってしまうと、どれだけ拘束されるかわかったものではない。ここから帰るためにはこの特異点らしき場所の修復が必要なはずだ。

 

「待ってよ、私たちは街に進みたかっただけだし、出荷の準備をしていたのは、切った木を無駄にしたくなかったからだよ!」

 

 バニヤンが釈明するが、聞き入れてはもらえない。

 

「来るぞ! 倒すしかない!」

「よっしゃ行くぜ!」

 

 クー・フーリンにアルテラを押さえてもらい、その間にブーディカさんを戦車でビリーへと突っ込ませる。

 

「ちょっ、硬いし乗り物はズルイ!」

「襲ってきたのはそっちでしょ?」

 

 ブーディカさんにビリーが発砲しようが盾で防ぐか宝具によって防がれる。

 

「今回はお姉さんが攻めだよ!」

 

 放たれる魔力塊に高い防御力。決定打はないが、じりじりとブーディカさんの優勢に傾いて行く。派手さのない堅実な戦法だ。

 

「くっ――なぁんてね」

 

 彼に回避可能な攻撃は通用しない。カウンターが来る。

 彼の宝具、壊音の霹靂は周囲の時間の流れをスローモーにし、状況を完全に把握した上でカウンターの射撃を叩き込む宝具だ。

 これによって回避可能な攻撃であれば、全てに反撃が出来る。ブーディカさんの攻撃は、回避不能の攻撃というわけではない。

 

 雷霆の如き、三連射によって、急所に穴を穿つ――。

 

「だろうね」

 

 だから、そんなもの読めている。

 

「バニヤン!!」

「うん!」

「ちょ――!?」

 

 空から降り注ぐ巨人の足。

 

驚くべき偉業(マーベラス・エクスプロイツ)――!!」

 

 バニヤンの宝具。それは単純明快な、ジャンプして巨大化してからの踏みつけだ。線では回避されるのならば面攻撃。

 これを回避するには全力で走る必要があるが、それは不可能だ。なにせ、彼女が落下するまで二秒もかからない。

 その間に逃げることは、射撃体勢のビリーには不可能。ビリーは巨大な足の下敷きになった。

 

 さらにそのまま斧が振り下ろされる。振り下ろされた斧は、アルテラの頭部に鋭角で入った。

 

「む――!」

「ここまでだよ!」

「まだやる? お姉さんとしてはこのまま邪魔しないでほしいんだけど」

「ここまでか――元より三分しか戦えない。ならば、ここは去ろう」

 

 アルテラなのかワイアットなんちゃらなのかはわからないが、彼女はそのまま飛び上がると東に向けて、飛んでいった。

 斧が鋭角で入ったのに元気なのは英霊だからというわけじゃないと信じたくないところだ。

 

「それで、君は置き去りか」

「そうみたいだねぇ……」

「最後に聞かせてほしい」

「いいよ、何?」

「君を召喚したのは誰だ?」

「そこのバニヤンと同じ魔術師だよ。彼女はシカゴにいる。そこから全てを支配しているのさ――もういい? 保安官ごっこもいいけど、やっぱりアウトローだよ」

「じゃあ、次はアウトローでよろしく」

 

 ビリーはそう言って消えた。

 

「行こう」

 

 シカゴへ。バニヤンが道を切り開きながら、オレたちは一路シカゴへと向かう。

 しかし、広い。行けども行けども広がるのは同じような景色ばかりだ。

 草原がどこまでも続いて行く。

 

「アメリカ、広すぎる……」

 

 いつも思っているが広すぎる。

 

「んー、じゃあお姉さんの戦車に乗る?」

「いや、ダ・ヴィンチちゃんの拡張キットがないから遠慮するよ」

「そう? 疲れたのならいつでもお姉さんにいうんだよ」

 

 この前のハロウィンの時は、ダ・ヴィンチちゃんによって座席拡張されていたけれど、今はされていない。それはつまり普通の二頭戦車ということになる。

 狭いのだ。オレが乗るとブーディカさんと密着することになってヤバイ。バニヤンがいる前でさすがにそれはないだろう。

 

「しかし、お腹すいたなぁ」

「私も……湖いっぱいのオートミールか、油田一杯の焼きそばが食べたい」

 

 バニヤン、規模がとてつもないよ。

 

「うーん、確かにお腹すく時間だよね。食材を分けてくれる農家でもあればお姉さんがおいしいブリタニア料理を作ってあげるんだけど」

「狩りに適した獲物の姿もないしな。リスくらいなら捕まえられるかもしれないが」

「オレはともかく、バニヤンのお腹は満たせないよね」

 

 きっと北米のリスを絶滅させても足りないだろう。

 

「おい、マスター。朗報だ。あそこに民家があるぜ」

 

 クー・フーリンが指し示した先には確かに民家があった。満場一致で食料を分けてもらうことにして、オレたちは民家へと向かい、その扉をノックする。

 

「はーい」

 

 可愛らしい子供の声が響く。

 

「あれ、この声……」

 

 がちゃりと扉を開けて出て来たのは、ジャック・ザ・リッパーだった。

 

「だれぇ? なにしにきたのー?」

「えっと西から来たんだけど、何か食べるものをわけてもらえないかと思ってね」

「おなかすいてるの? ちょっと待ってねー」

 

 すると彼女は奥へと引っ込んだ。それから出て来たのはナーサリー・ライム。やはりこの二人はセットに扱いらしい。

 

「マスター。彼女たち……」

「うん、どうしてこんなところにいるんだろう」

「わたしたちはねー? おかあさんを待ってるの」

「おかあさん?」

「そうおかあさんは、わたしたちを呼び出した人」

 

 つまりは魔術師であり、マスターか。

 

「でも、おかあさんはシカゴに行ってしまったの」

 

 なるほど。これは繋がってきたかもしれない。バニヤンやアルテラ、ビリーを召喚した魔術師というのは同一人物なのかもしれない。

 

「なるほど……」

「ねー、おなかすいたー」

「おっと、バニヤンごめんごめん、すぐになにかもらって」

「うわぁ!」

「わー! なんて大きなお友達なのかしら!」

 

 ジャックちゃんとナーサリーはバニヤンに気がつくと、まとわりつき始めた。子供同士通じるところがあるのだろうか。

 

「ハンバーグを焼きましょう」

「冷蔵庫に残った最後のハンバーグをあげるー」

「――おいしい」

「一個じゃ足りないよね」

「でも、本当においしい……」

「――っ!?」

 

 その時、小屋が揺れた。何かがぶつかってきたのだ。

 

「バッファローだわ!」

「バッファロー?」

「なんだと!? 群れが暴走しているというのか。もしや、悪しき悪霊が?」

「とにかく全部倒すぞ! ついでに倒したバッファローは食べば今のこの問題は解決する!」

「おお、それは妙案だ。クー・フーリン、頼めるか」

「あいよ――」

 

 そんなバッファローと戦う気満々のオレたちを見て――。

 

「いいの? わたしたち、何もお礼できないよ?」

「いいやもうもらったよ」

 

 最後のハンバーグを貰った。

 

「なら、しっかりと働かないとな!」

 

 そして、突撃してくるバッファローの群れを全て倒しきった。

 そのあとにはじまったのはBBQだった。

 

 それをありとあらゆるハンバーグに加工して見せた。

 ジェロニモが解体し、オレとブーディカさんが作り、クー・フーリンが焼いて、バニヤンたち子供組が食べる。

 塩コショウ、ウスターソース、ケチャップ、煮込み、鍋、チーズ、揚げ。古今東西のありとあらゆるハンバーグをブーディカさんと作ってみせた。

 

 なお、クー・フーリンは一人バッファローの丸焼きを創っていたりしたが、これがまた美味い。保存食として燻製にもしていたらしくシカゴまでの旅の間も安心だ。

 

「ふぃ……つくった、たべた、つくったぁ」

「あはは、お疲れマスター、はい、お姉さんの愛情たっぷりの最後のハンバーグはマスターのものだ」

「ありがとうございます!! んー、おいしい」

「ふふ」

 

 みんなで楽しく食事をしていると、ジャロニモが笑っていることに気が付いた。

 

「どうかした、ジェロニモ楽しそうだね」

「ああ。こうしてバッファローを狩り、仲間と騒ぐのがとても懐かしく、楽しくてな。もはや味わえぬと思ってたが、うまいな」

「うん。すごく、とっても、すごく、おいしいよ!」

「よかったぁ、今食べたのはね、おかあさんに習った味なの!」

 

 ジャックも手伝ってくれたハンバーグもおいしい。やけにミンチにするのに慣れていたし。

 

「おいしいなぁ、みんなとごはんたのしいなぁ。ずっとあの森でひとりだったから!」

「それは良かったよ」

 

 なら、オレも無理して契約した甲斐もあった。

 

「とぅー! アーンタッチャブル!」

 

 そして、現れるアルテラさん。この展開はいいかげん何が言われるかわかる。

 

「食べます?」

「食べる」

 

 もぐもぐ。

 

「はい、これ日本風の和風ハンバーグね」

「む、これはよい文明だ、そこはかとなくだが」

「次はこれ。チーズ入りハンバーグ」

「おお、中から蕩けるチーズが!」

 

 もぐもぐ、もぐもぐ。

 

「で、次にこれは揚げハンバーグ」

「むむ、これはミンチかつというものでは?」

「ハンバーグと思えばハンバーグ」

「む、そこはかとなくわるい文明な気がする」

「じゃあ、これは?」

 

 もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ。

 

「――いや、違う」

「ん? なにが?」

「いつの間にか、食べさせられるばかりだ。私はバッファロー・ビル。賄賂はつうじ、もぐもぐ――ないぞ」

 

 説得力ないな。

 だが、戦うことになっても二回目。姿はアルテラで行動もアルテラ。何度も見た戦い方はわかりやすく、読みやすく、完封可能。

 

「く、どこにこれほどの力が」

「ハンバーグとの絆の力だ!」

「マスター、マスター、サーヴァントね」

「…………サーヴァントと絆の力だ」

 

 ハンバーグ食べ過ぎたかな……。

 

「……そうか。それがおまえたちの力というのならば――おまえは為すべきを成していない。異界より訪れたマスター。おまえは、今すぐやめるべきだ」

「なにを――」

「去らばだ」

 

 問う前に彼女は再び飛び去って行った。

 

「……私……悪いことしちゃったのかな?」

「そんなことはないよ」

「そうだよ。バニヤンはわたしたちとお昼を食べていただけじゃない」

「わるいことなんて、何一つないわ!」

 

 ジャックとナーサリーの言う通り、何も悪いことはしていない。

 

「――だとしたら、ありがとう(メルシィ)。私のために戦ってくれて」

「良し。お腹いっぱいになったし、バニヤンを召喚した魔術師のところへ行こうか。ジャックとナーサリーも一緒に来る?」

「そうね、一緒に行きましょう」

「うん。待つのもう飽きちゃったから。それにバニヤンはともだちだもの」

「よし、みんなでシカゴへしゅっぱーつ!」

 

 新たな同行者を連れてオレたちはシカゴへと出発した。

 




キャスニキ入れておいて本当に良かった。キャスニキなら辛うじてエジソンの変わりが務まる……。

大神刻印(オホド・デウグ・オーディン)なら、ギリギリ、アレを敵のバフ判断することで消すことでもとに戻るという感じでどうだろうか。
まあ、万能ルーンさんなら、大丈夫か。



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オール・ザ・ステイツメン 3

「あー! またバニヤンがパセリ残してる!」

「いけないのだわ、好き嫌いはいけないのだわ!」

「えー、だってぇ……」

 

 シカゴまであと少しというところで野営をしていると、いつものやり取りが聞こえてくる。子供組とバニヤンの声だ。

 どうやらバニヤンがまたパセリを残したということでジャックとナーサリーがいけないんだと言っているようである。

 

「マスタぁー」

 

 バニヤンはいつものようにこっちに助けを求めてくるが。

 

「食べなさい」

「そんなぁ~」

「仲間はずれはだぁめ。ほら、食べられたらシカゴで食材を買ってお姉さんがおいしいパンケーキ、作ってあげるからさ、頑張って食べよう?」

「パンケーキ? わかった……頑張る……」

「うん、良い子良い子」

 

 流石はブーディカさんというべきだろう。子供をやる気にさせるのが上手い。

 

 ――その翌日シカゴの街に入る。活気あふれる街並が広がっているが、どこか見たことあるような景色な気がしたが気のせいだろう。

 

「さて、シカゴについたな」

「どこに行けばいいんだろ――あっ」

 

 どこに行けば件の魔術師に会えるのかわからなかったため、辺りを見渡しているとバニヤンと通行人がぶつかってしまった。

 

「おい、ジャマだ! デカイ図体しやがって!」

「ご、ごめんなさい…………」

「謝らなくていいよ。――おい、ぶつかってきたのはそっちだろう」

「なんだと、このガキ!」

 

 けんかっ早いチンピラだったのだろう。矛先をこちらに変えて殴りかかってくるが。

 

「おっと、そこまでにしておけよ」

 

 クー・フーリンがチンピラの腕を掴んで止める。キャスターと言えどサーヴァント。その筋力は、一般人をはるかに上回っている。

 

「あ、あだだだだ!? わ、わかった、わかったから放せよ!?」

 

 クー・フーリンが放すと、そのまま走り去っていった。

 

「……あ、ありがとう、マスター……」

「どういたしまして。あっちが悪いんだからバニヤンは気にしなくていいんだよ」

「いいの……? 私の身体、大きいから、迷惑――」

「迷惑なんかじゃない。それも個性だよ。想っただけで蛇になっちゃう女の子とか、男なのに女になってる人とかいるからね。だから、身体がちょっと大きいくらいじゃまったっくもって全然だよ」

 

 それにその程度で驚いていては、人理修復なんてできない。

 

「では、情報収集をしよう。広い街だ。手分けをする。くれぐれも問題は起こさないように。魔術師に気が付かれる可能性もある」

「はーい」

「かいたいかいたい!」

「解体はやめようね。さて、それじゃあ、時間になったら集合ということで――解散!」

 

 ブーディカさんとともに、シカゴの街を巡る。

 

「魔術師の痕跡、痕跡かぁ。どういうところにいるんだろう。下水道?」

「そういういかにもなところにもいるかもしれないけれど、こういう町だったらどこかのクラブとかじゃないかな?」

「なるほど。でも、この辺にはないよねぇ」

 

 結局、一日歩き回ってもオレの方は大した情報を得ることは出来なかった。とりあえず、地元の料理のレシピを助けたおばちゃんにいくつか教えてもらったくらいだ。

 今度ウルクでみんなに振る舞おう。

 

 時間になり集合した。クー・フーリンも情報はなし。子供組はグルメツアーで大きなピザを食べて来たらしい。楽しんできたのならいいだろう。

 重要な情報はやはりこの人、出来る男ジェロニモさんが手に入れてきてくれていた。

 

「クラブ・ハイソサエティ。この店にオカルト趣味の好事家が集まっているらしい」

 

 ほとんどは魔術使いとも呼べぬ一般人だろうが、そういうところには魔術協会の息がかかっているとジェロニモは言った。

 情報はそこ以外にない。であれば行かない選択肢はない。

 

「じゃあ、ブーディカさん、子供たちを見ていてもらっていいかな?」

「うん、良いよ。さすがにクラブには子供たちは連れていけないからね。向いのコーヒーショップで待機することにする」

「ありがとう」

「えー、いけないの?」

「バニヤンはいいのにー」

「あからさまに子供は入れないからねぇ。あそこで甘いお菓子を食べてくると良い。たぶんケーキやドーナツとかあると思うよ」

 

 お菓子でジャックとナーサリーをブーディカさんに預けて、男組とバニヤンでクラブへと向かう。

 

「三人だな? 通って良し」

 

 ルーンによる幻術を使って、成人しているくらいに化けているが、どうやらバレずに中に入れたようだった。

 

 クラブの中は酷く猥雑であった。意味のある意味ありげな、意味のないマニアックな会話をしているセレブたち。

 まるで世界の裏側を知っているのですと訳知り顔で騙る。全員が仮面をつけているのは、表での身分をわからないようにするためか。

 

「難しい話ばかりだね……もっと日常で役に立つお話をすればいいのに」

「まあ、こういう場所だからね」

「それにああいう話は警戒する必要がない。ほとんどが偽りの知識だ。正しき精霊の知識は資格を持ちし者にのみ与えられる。広く吹聴しては、価値が下がる。魔術師風に言うのならば、神秘の秘匿となるのだろうな」

「良い意見だが、気が付いてるな、ジェロニモ」

「無論だ、光の御子よ」

 

 一人だけ、この中に本物が混じっている。

 

「綺麗な人…………」

「サーヴァント……!」

 

 こちらが気が付いたように彼女もこちらに気が付いた。艶やかな女性。姿も、服装も、仕草も。あらゆる全てが男を魅了するとでもいうかのような存在感。

 されど、彼女自身に淫靡さはさほど感じない。健全であるかのようであり、されど艶やかに男を篭絡する花。

 

「うふふ。ようこそ、クラブ・ハイソサエティへ。私はマタ・ハリ。このクラブの女主人(ミストレス)よ」

「…………」

「ふふ。警戒しているのね。それも当然ね。でも、無意味よ」

「――――ッ!」

 

 意識に靄がかかる。まるで溺れて言うかのような。意識が混濁する。

 その中で冷静な部分が、これが相手の力なのだと理解する――。

 だが、対策を行っていない今の状態では対抗できるはずもなく。

 オレの意識は白く染まって――。

 

「――そうはいかないな」

「なっ、私の宝具が――!」

「甘ぇよ。今宵のオレはキャスターなんだぜ? それにジェロニモと外にはナーサリー・ライムの嬢ちゃんが控えてる。何の対策もせずに敵地に乗り込むなんざ阿呆のすることだ」

 

 靄が晴れる。

 

「っ助かった」

「さて、もう宝具はきかねえぞ。ついでに言えば、アンタが控えてる用心棒もな」

「そうみたいね」

 

 とっくに全て対策済みというわけか。

 

「言ってくれればよかったのに」

「なに、マスターが知らなかったおかげで、敵はこちらに注意を一切払わなかったからな」

「囮かい。まあいいけどさ。さて、それじゃあ聴かせてもらおうか。バニヤンたちを召喚した魔術師はどこにいる」

「……そう、そうなのね……世界コロンビア博覧会。そこに行きなさい。そこに行けばあの人に会えるわ」

 

 そう言って、マタ・ハリはバニヤンを撫でる。

 

「ポール・バニヤン。これだけは言っておこうと思うわ。人は、いいえ、あらゆる存在はね。愛があれば生きていけるの。これだけは忘れないで? 貴方はそこのマスターに愛されている――さて、それじゃあ、私は行くわ」

 

 マタ・ハリはそのまま去って行った。

 

「世界コロンビア博覧会か。バニヤン」

「うん、行こう!」

 

 世界コロンビア博覧会。訳ではそうだが、シカゴ万国博覧会ともよばれる。1893年5月1日から10月3日まで開催された国際博覧会。

 美術館、連邦政府館、園芸館、工芸館、農業館、機械館、管理棟。アメリカの繁栄を示すにふさわしいと考えられた豪華な新古典主義建築の建物が建てられ、アメリカを中心に各国からの工芸、美術、機械などがテーマごとに展示されたという。

 この博覧会には日本も参加していたという。西洋国家に自らが文明国であることを知らしめて不平等条約を撤回するために準備をして日本庭園と日本館を作り上げたらしい。

 

「ああ、こういう試みをするというのは良いことなのだろう。だが――この博覧会は醜い」

「いやだねぇ。富める者の傲慢ってやつは。まあ、そうせざるを得ない場合もあるが」

「これは酷いね。いいところももちろんあるけれど、少数民族を展示している……赦されることじゃないよ」

「そうだね……でも、一杯建物があるよ。みんな頑張って建てたんだね!」

 

 バニヤンは建てられた建物を見ている。

 

「建物は好き?」

「うん。壊して、何かを創る。広げて作る。それが人の為になる。だから、とっても好き」

「うふふ。そうね。私も楽しいわ。だって、作られたものは素敵だもの」

 

 ナーサリー・ライムは言った。

 作られたものは素敵なのだと。例え、作者が何を思っても。製作者が気に入られなかったとしても。

 

「作り上げられたものにはね、なにも関係がないの。だって、私たちに関係があることはただ一つだもの。みんなの笑顔。何を思われて作られたとしても、きっとみんなの笑顔につながるのなら、それはとても素晴らしいものだもの! ね、ジャック?」

「うん。そうだね」

「――いいや。そこまでだ」

 

 その声を遮るように。電気が照らす中に現れたのはアルテラだった。

 

「いや、いいや違う。私はデビー・クロケット。この博覧会の守護者。ポール・バニヤン。オマエは、これより先に進むべきではない」

「悪いけど、それでも進むよ」

 

 例えこの先に何が待ち受けていても。バニヤンに対して、何が降りかかろうとも。

 

「オレはマスターだから。バニヤンが先に進みたいと言っている。なら、どこまでも一緒に行くさ」

「マスター……!」

「なるほど――例え、それがこの先に進むことで悪夢に直面するとしてもか」

「バニヤンが諦めないのであれば」

 

 諦めずに前に進むのであれば。マスターとして、どこまでも一緒に行こう。世界の果てまでも。

 

「寂しいって言った女の子を放っておくなんて男じゃないだろ」

「そうか……忠告はした。あとはオマエに任せるとしよう」

 

 アルテラは去って行った。悪夢がこの先に待ち受けている。そう言って。

 

「さあ、行こうバニヤン」

「うん……悪夢が待っていても、マスターとなら、大丈夫だよね!」

「そうだよ、わたしたちも。マスターもいるよ。ブーディカも、ジェロニモも、クー・フーリンもいるよ」

「ありがとう……!」

 

 オレたちは先へ進んだ。万博の中心。そこにあるのは日本館と日本庭園だった。

 どうして日本館が中心なのか。それはわからないが――いや、わかる気がする。ここに来た、この特異点を創った者がいや、そうじゃなくて――。

 

「…………ああ、来たのか」

 

 日本館の前、そこにいたのはオレに似た、誰かだった。

 どこか疲れたようすの彼は、座り込んだままそこにこちらを見ていた。いいや、見ていないのかもしれない。そいつの眼は、何も映してなどいなかったから。

 

「私の名前は■■■■。無数に広がる平行世界の果て……君たちとは、違うカルデアから来たマスターだよ」

「じゃあ、おまえが?」

「そうだよ。みんな、私が召喚したサーヴァントたちだった。ジャック・ザ・リッパーも、ナーサリー・ライムも、君たちが退けたサーヴァントたちも」

「じゃあ、ポール・バニヤンも?」

「いいや。違う」

「違う?」

 

 ポール・バニヤンは、召喚されたといった。だが、それではつじつまが合わない。

 

「ポール・バニヤン。おまえは、違う。おまえは、サーヴァントですらないモノ。まつろうもの、うつろうもの。ただの都市伝説に過ぎない。オマエは気づいているんだろう。別世界のマスター」

「…………」

「沈黙は肯定。そっくりだね、私たち。そう。ポール・バニヤンの伝説は、ただのアメリカンジョーク。

 依って立つ伝説はない。

 縋りつく伝承もありはしない。

 必要不可欠な神秘なんてあるはずもない」

 

 だが、彼女は現にここに存在している。

 

「それを、私が、泥に混ぜて作り上げた」

「そん、な……私は、英霊、じゃない……?」

「なぜ、そんなことをした」

「私は……、私は、ただ……もう一度、会いたかっただけなんだ……」

 

 会いたかった? 誰に――。

 

「わかるだろう。平行世界の私。平行世界において、大まかな流れは変わらない。あの爆発の中、手を取った。そして、旅をした。それは変わらない」

「――――まさか……!」

 

 心眼が見抜く。直感が、答えを出す。

 

「その様子だと、君には――あぁ、羨ましいな。私は、こんなにも願っているのに、聖杯はなにも叶えてくれない。出来上がったのは、そこの出来損ないのモノだけだ」

「今、バニヤンをものと言ったか……?」

「モノだろう。価値のないモノだ。私にとって、価値のあるものはもう、どこにもいない。だから、特異点まで作ったというのに、私は、ただもう一度だけ、会いたかっただけなんだ。ただ、もう一度呼んでもらいたかっただけなんだ」

「やめろ。おまえが、どんな旅をしてきたのか、オレは知らない。でも、それでも―――仲間(サーヴァント)をもの扱いをするおまえをこれ以上好きにはさせない!」

「そうだね、マスター。例え、バニヤンがなんであっても」

「ああ、オレらが目の前にあるやつを見捨てるなんざありえねぇ」

「そうだとも。この場で否定すべき異世界のマスター。君だけだ」

 

 滾る怒りと戦闘意志。

 

「そこまでにしてもらおう」

 

 そこに現れたのは、騎士だった。青き騎士王。

 

「君は――」

「平行世界より来たマスター。私は貴方の知る私ではない」

「わかっている。だが、君は、そのマスターを庇うのか」

「無論。私はマスターのサーヴァントだ。例え、何があろうとも。なにより、この結果は我らの未熟がもたらしたもの。ならば、最後まで見届けるのが騎士の務め」

 

 輝く黄金の聖剣がこちらに向けられる。

 それだけではない。

 剣群が降り注ぐ。

 

「さて、ついに来たかという感覚ではあるが、あんなものでも我々のマスターでね。悪いが、ただで倒されてやるわけにもいかない」

 

 紅い弓兵が、二刀を手に、現れる。

 

「…………」

 

 そして、最後の一人は、漆黒の中より現れる男。

 だが、けたたましい笑いはない。

 静かに、こちらを見据える復讐鬼が一人。

 

「行くぞ、異世界のマスター!」

「行こうバニヤン!」

「うん――!」

 

 こうして、マスター同士の戦いが幕をあけた。

 




リヨぐだ子っぽい何かです。
ええ、あのままリヨぐだ子を出すと色々とアレなので、ちょっと改変してます。

性別はご想像に任せます。

ただ、あのマスターは、ただ会いたかっただけなんだ……。


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オール・ザ・ステイツメン 4

「私の敗北か……」

 

 紅の弓兵が消えて。

 

「申し訳、ありません……マスター」

 

 青い騎士王が消えて。

 

「…………」

 

 黒き復讐者も消え失せた。

 もはやここにはマスターただ一人。どこも見ていない、どこにも行けない。ただ、願いを叶えたかっただけの哀れなマスターが一人。

 

「終わりだ」

「……終わり……ああ、そうだね。終わり……ああ、もう終わってたのか……ただ会いたくて、それだけだったんだ」

「…………」

「異世界の私…………離すなよ」

 

 それは、誰をだろうか。

 誰の手をだろうか。

 いいや、違う。そんなものわかっている。

 

「わかっている」

「――――」

 

 笑ったように見えた。

 

「だが――バニヤンは駄目だ。アレは、危険すぎる」

「私が、危険……?」

「そうだ。ポール・バニヤン。世界を拡げるもの……」

「でも、私は、全部みんなの為に――」

「それが、世界を滅ぼす」

 

 ポール・バニヤンは世界を拡げる。

 いいや、破壊して作り上げる。

 確かにそれは有用だろう。

 だが――。

 

 それだけでは済まない。彼女に限度などと言うものはありはしない。彼女はあらゆる全てを拓く。

 木を切って、家を建てて。次第にそれは村になり、街になり、国になる。

 

 ポール・バニヤンは繰り返す。発展させるために。

 そして、最後には全て壊れてしまう。壊してします。

 何も悪くない。ただ良くしたかった。そのために壊してしまっただけなのだ。

 

「わた、しは――」

「バニヤン!」

「マスター……私は、いない方が、いいの……? 私は、ただ、赤ん坊が生まれずに死ぬようにしたかった。寒さに震える老人が、震えなくなればいいと思ってた。飢えて苦しむ農民が飢えなければいいと思ってた。

 全ての人を救いたくて、すべての人を助けたくて。だから、みんなが望む通りに、世界を開いてきたのに。私に心があるから、駄目なのかな。壊すべきものは、私なのかな。私は、必要のないものなの……?」

「違う! 絶対に! ポール・バニヤン。君は言った、寂しいと。それに、この世界に必要のないものなんてありはしないんだ」

「そうだよ」

 

 ジャックが言う。

 

「この世界に生まれるものに必要のないものなんてないんだよ」

「そうよ」

 

 ナーサリーがいう。

 

「この世界に生まれたものはね、どんなものでも素敵なの。今は、駄目でも、未来はわからないもの。評価されなかった傑作が、遠い未来で評価されて誰かを幸せにすることがあるのだもの」

 

 そう。

 この世界に必要のないものなんて存在しない。

 必要がないのならば生まれるはずがないのだ。生まれたからには意味がある。神話も、伝説も、民間伝承も。必要とされたからこそ生まれた。

 アメリカンジョークの与太話。それがどうした。生まれたからには、例え邪魔と言われようとも生きる権利があるのだ。

 

「世界の誰がバニヤンを要らないといっても、オレが言ってやる。おまえが必要だ。ポール・バニヤン。

 だから、オレの手を取ってくれ。ここにいよう。もう寂しい思いはさせない。オレは、君の味方だ」

「マスター……」

「そうか……ああ、そうか……」

 

 異世界のマスターは、まぶしそうな顔を見せて消え失せた。最後に残った聖杯は、異世界のマスターの手から零れ落ち、砕け散った。

 特異点が崩れ始める。ジャックとナーサリーは、この土地で召喚されたサーヴァント。特異点の消滅とともに英霊の座へと帰還する。

 

「ジャック、ナーサリー」

「んもう、そんな顔しないでバニヤン。また会えるわ」

「そうだよ。わたしたちは友達」

「だから、またねって言えばいいのよ」

「うん、友達。またね」

 

 彼女らは笑顔で帰っていく。

 

「さて、オレたちも帰ろう」

「うん!」

 

 オレたちは、帰る。

 例え誰が何を言うとも、この手を離さない。いいや、バニヤンの手だけじゃない。

 

 マシュの手も。

 

 クー・フーリンの手も。

 

 清姫の手も。

 

 ブーディカさんの手も。

 

 ダビデの手も。

 

 ジキル博士とハイドの手も。

 

 ジェロニモの手も。

 

 ベディの手も。

 

 エリちゃんの手も

 

 ノッブの手も

 

 サンタオルタの手も

 

 式の手も

 

 スカサハ師匠の手も

 

 アイリさんの手も。

 

 金時の手も。

 

 サンタジャンヌの手も。

 

 クロの手も。

 

 リリィの手も。

 

 ――絶対に離さない。

 

 そうして、意識は眠りのように沈み、再び浮かび上がる。

 

 そこは、いつものウルクのカルデア大使館にあるオレの部屋だった。

 

「…………ん……」

 

 目覚めると妙に体が重い。

 どうにも眠っている間に魔力を大量消費したようだというのも、おそらくはあの特異点のせいだろう。

 ただそれだけではない。

 

「……まったく」

 

 オレの上で眠っているのはアリスならざる少女だ。全てを思い出して、己を取り戻したポール・バニヤンだ。

 いつの間にか裸オーバーオールなのはちょっとまずくないだろうか。

 

「ん、あつい……」

「まて、脱ぐな脱ぐなぁああ!?」

 

 あ、いつも朝になると全裸になってたのって熱かったからかぁ。

 などとそんなことを思いながらも。

 

「んー。あ、マスター、おはよう」

「おはよう、バニヤン。とりあえず、服は脱がないでくれるとオレが助かる」

「わかったー……」

「それにしても良かったよ。一緒にこっちに来れて。いや、元から一緒だったからいいのか」

「うん。私もマスターと一緒にいられるようになってうれしい。――えっとね。私、あまり役に立たないし、パセリみたいなサーヴァントだけど、これからもよろしく」

「うん、よろしく――さて、お腹すいたし朝食にしようか」

「うん!」

 

 まあ、案の定バニヤンのことで色々とマシュに膨れられたりしたり、心配されたりと色々と騒がしい朝食になってしまったが、新しい仲間の加入にみんな喜んだのは言うまでもない――。

 




さて、今回短いですが、次回からバビロニアに戻ります。

では、皆さままた。

とりあえず、エレナが最下位でやる気がでないので、時間かかるかもしれません。
第2レース1位とれたけど、その落差よ……
まあ、頑張るけどさぁ……。

あと早くエレナ引きたい。エレナが画面に登場した瞬間、脳内がエレナ可愛いで埋め尽くされるクライダカラネ。

まあ、それはそれとしてノッブイケメンすぎで辛い……。ノッブがイケメンすぎてツライ……あんなん惚れるしかないやん……。


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第七特異点 絶対魔獣戦線 バビロニア
絶対魔獣戦線 バビロニア 23


 朝食の間。

 少しだけ、考え事をしていた。

 

「ん? 先輩、わたしの顔になにかついているのでしょうか。それとも寝癖が!?」

「ああ、いやなんでもない。今日も可愛いなって」

「そ、それは、ありがとう、ございます」

 

 考えていたのはあの特異点でのこと。自分に似た、けれど自分ではない平行世界の誰か。

 

 ――ただ、私は会いたかっただけなんだ……

 

 平行世界のマスターはそう言っていた。会いたかっただけと。いったい誰に会いたかったのか。

 

 ――わかってる。

 ――オレには。

 

 きっとマシュに会いたかったのだ。

 マシュ。マシュ・キリエライト。オレの戦う理由。君がいたから、オレはここまで来れた。もし君がいなかったのなら、きっとオレはどこかで潰れていたのかもしれない。

 あの監獄塔。偽りのシャトー・ディフ。深淵なりしイフ城で、きっと前に進めずに終わっていただろう。

 

 でも、マシュがいたからこそ、オレは前に進めた。

 あいつにはきっともうそれがなかったのだ。

 

「マシュ」

「はい、なんですか先輩?」

「……いや、なんでもない。今日も頑張ろう」

「? はい!」

「フハハハハ」

 

 気を取り直してシドゥリさんが来るのを待って仕事に行こうと気持ちを切り替えた時。何やらどこかで聞いたような笑い声が聞えて来た。

 

「朝っぱらから元気な声が……」

 

 嫌な予感がする。とても嫌な予感がする。笑い声とともにそこにいたのは見覚えのある顔。

 

「雨どいにしては広いではないか」

「ギルガメッシュ王――!?」

「叫ぶでないわ、シドゥリに気づかれてしまうではないか!」

 

 王よ、王の言葉が一番大きいです。

 マシュの驚きをよそに、オレはまた厄介ごとを持ってきたなこの人と思って、とりあえずどうするか考えていた。王様の相手はマシュに任せる。

 

「あの、一体どういう用件でしょうか」

「今日は趣向を変えてこちらから出向いた。日々励んでいるようなのでな。そういうわけで、新しい仕事だ」

 

 ウルクより南下してペルシア湾に行くと彼は言った。水質調査をそこでやるのだと。

 ペルシア湾の海岸線には観測所があるから、そこに荷車に乗せた空の瓶を届け、代わりに海水の入った瓶を持ち帰れば良いだけの簡単な仕事。

 ペルシア湾は三女神に襲われていない唯一の道だから安全だという。それがどこまで信じられるかはわからないが、少なくとも魔獣の類は出ないだろう。

 

「わかりました。それじゃあ準備をします。先輩」

「言っておくが、通行許可証の余りが二人分しかないのでな、貴様ら二人で来い――いや、待て、何やら一人増えていないか?」

「ああ、新しい仲間です。ちょっと昨日のうちに特異点が発生していて、そこに修復に出向いていたので」

「ええい、貴様、次から次へと面白いことを体験しおって! そういう時は我に一言声をかけてからやれと言っているだろう!」

「えぇ……」

「マスター、この人は?」

「この人はこのウルクの王様だよ。ギルガメッシュ王さ」

「王様! ええと、私はポール・バニヤン、です」

「……ふむ。よし、気が変わった。もう一人分通行許可証を用意してやる。そこの新顔も連れてこい」

「あの、本当に、大丈夫でしょうか」

「何度も言っているが問題ない。寧ろ、問題が起きるならば願ってもないことだ」

 

 あ、なるほど、そういうことね。

 王様は暇らしい。

 

「では、行くぞ」

 

 というわけで、さっそくオレとマシュ、バニヤンで出発することになったわけだが――。

 

「やっぱりついてくるんだ」

 

 カルデア大使館からずっとついてきてるからもしかしたらと思っていたけれど、やっぱりそうかぁ。

 ギルガメッシュ王が付いてきている。一句よんで上機嫌だ。よっぽど外出したかったと見える。それもそうだろう。彼は日夜このウルクにおける、魔獣戦線を支えるべく邁進している。

 少しくらい息抜きもしたくなるのだろう。あるいは、オレたちの報告に触発でもされたのか。トラブルばかりの報告だったけれど、途中から生唾飲み込む勢いで聞いていた。

 

 元来、机にかじりついたりしているのが似合わない王様だ。こういった楽しいことという奴に興じて見たかったと見える。

 

『それよりもポール・バニヤンとは。昨夜おかしな特異点が観測されたと思って君に連絡しようとしても通じなかったのはやっぱりそういうことだったんだね』

「それは朝報告した通りですドクター」

『仕方ないとはいえ、君が無事でよかったよ。両儀君が脱落した今、新たな戦力の補充が出来たのは嬉しい誤算だ』

「私、がんばる!」

『素直な良い子みたいだしね』

 

 そんな話もできてしまうくらいには、平和であった。ペルシア湾に行く道は、本当に三女神同盟の勢力下にはないようである。

 

「ここは本当に平和のようですね、先輩」

「そうだね。ドクター、敵は?」

『今のところ、反応はないね。ギルガメッシュ王の言う通り、この辺りは三女神同盟の勢力下じゃないようだ』

「だから言ったであろう気にする必要はないとな。それよりもだ、何も起きんのか」

「いや、そう言われましてもねぇ」

「はい、何も起きないのが一番です」

『――あー、非常に言いにくいことなんだけど』

「なに、ドクター?」

『敵性反応だ。何かそっちに向っているけど、見えるかい?』

 

 ドクターに言われた方向を見れば、巨像がこちらに向かって歩いてきていた。

 

「フハハハ、ようやく来たか。さあ、どうする。どうしてもとあれば我も手を貸そう。どうしてもとあれば!」

「あー」

「マスター! ギルガメッシュ王がとても戦闘をしたそうにしています!」

「私、あれくらいひとりで大丈夫だよ?」

「うーん、バニヤンはとりあえず下がっていようか。なんというか、王様が戦いたいらしいから」

「わかった!」

「じゃあ、王様、どうしてもなんで手を貸してください」

「そうか、貴様らがどうしてもというのならば仕方あるまい。この我が手を貸してやろうフハハハ!!」

 

 それからは特に特筆することなく戦闘は無事に終わった。

 というかギルガメッシュ王がハッチャけていたそれほどまでに戦いたかったのだろう。いや、戦いたかったというよりは、単純に戦闘をしたかっただけなのだろうが。

 

「フン、なんだ最後のアレは。明らかに我対策ではないか!」

「いやぁ、ライダーでしたね」

 

 何やらよくわからない電波も途中で拾ってしまったが、ともかくオレたちは無事に観測所に到着した。

 

「ツマラン。何も起こらないではないか! 珍道中を期待したというのに」

「いや、何かって、起きたじゃないですか」

 

 石像に襲われただけではご満足いただけなかったらしい。

 ともあれ、荷車の瓶を入れ替えた後、ギルガメッシュ王が観測所で何かしら調べものがあるというのでオレたちはその間休憩となった。

 

「んー、海だー」

「フォーウ、フォー」

「先輩、見てください。フォウさんがはしゃいでいます」

「バニヤンもだ。海でゆっくりなんてなかったから楽しそうだ」

 

 オケアノスでは海賊船の上がほとんどだったし。陸にあがってからはあのヘラクレスと追いかけっことかばっかりだったからあまりゆっくりできなかった。

 

「海はどう? マシュ」

「はい、オケアノスと比べると小さいですが、この先にインド洋があるかと思うとドキドキします。世界は繋がっているのだと、そう思えて」

「そうだね」

 

 今回の特異点は広い。ドクター曰く、インドまで観測可能。メソポタミアにとっては、海は重要なファクターなのだろうとのこと。

 海か。メソポタミア神話における海は、すべての始まりだったはずだ。だからなのだろう。この特異点が広いのはそういう理由なのだと思われる。

 

「海かぁ……入りたかったなぁ」

 

 マシュの水着が見たかった!

 いや、無人島で見たけれど、ここは二人っきり。いや、バニヤンがいるけれども。水着は見たい!

 

「しかし、先輩、水着がありませんので入ることはできませんね」

「だったら浜辺でも走ってみる?」

『――九時方向から高速で接近する飛翔体! 速い、時速500キロ!? この反応は! 早くそこから離れるんだ!』

「もう遅い! マシュ!」

「はい、マシュ・キリエライト衝撃を防御します!!」

 

 それはもう来ている。

 飛翔してきたのはエルキドゥ。

 

「まったく。愚かに過ぎる。君たちはそんなにも死にたいのかい。イシュタルのいないこの港に来たのが運の尽きだ」

「エルキドゥ!」

「ああ、良かったよ。こんなところにやってくるような緩い頭でも、ボクの名前くらいは憶えていられるようで、ね」

「いいえ。マスター。彼はエルキドゥではありません。彼からは魔術王の気配を感じます!」

 

 マシュの言う通りだろう。英霊エルキドゥではない。おそらくは、彼はそうじゃない。

 

「またそれか。でも、君たちは正しい。ボクはエルキドゥとしては偽物であることに違いはない」

 

 だからこそ期待などするなとエルキドゥは言う。

 壊れるまで。何があろうとも。

 人類の敵である。

 

「よって、ここで死ぬと良い。ああ、安心していいよ。三女神と違って、ボクは苦しませるようなことはしない」

 

 ただの全力を以て、安らかに串刺しにするだけだ。

 

「来る――マシュ、バニヤン!」

「はい、マスター!」

 

 放たれる最上の武具。

 無尽蔵の刃が、雨のように降り注ぐ。

 

「く、ぁあ――!」

『く、なんて攻撃なんだ。観測しているだけでも、どれもこれも最上の武具だぞ!』

「バニヤン、大きくなるなよ!」

「でも――このままじゃ」

 

 このままではマシュの方が耐えられない。

 盾が破られずとも、盾を揺るがす衝撃は何よりも巨大だった。今まで受けたこともないような衝撃が連続して降り注ぐ。

 かつてギルガメッシュ王の宝具の雨の時よりも激しい。いや、あれは手加減されていたのか。こちらは加減なし。

 

 いかに破られぬ盾でもマシュには限界がある。

 

「く――こうなったら、バニヤン!」

「うん!」

 

 ポール・バニヤンは、観測するごとに大きさが変わる。

 それは彼女が持つ武具もそう。一瞬にして巨大化、斧を壁とすると同時にエルキドゥへと叩きつける。

 

「また、新しいサーヴァントか。いくらいても――いや…………待て、なんだ貴様。まさか、母さんが。違う、違う!」

「なんだ――」

 

 エルキドゥがバニヤンを見て、止まった。降り注ぐ武具の応酬は止まった。

 何かはわからないが――いや、待て。

 確か、バニヤンは――。

 

 ――聖杯を用い、泥によってつくられた。

 

 エルキドゥは神によってつくられた泥人形。

 

「なにか、共通することでも感じ取ったか――だったらこの隙に! バニヤン!」

「行くよ――!!」

「舐めるなよただのサーヴァント風情が、ボクに傷なんてつけられるものか」

 

 バニヤンの追撃は武具によって防がれる。さらに、そのままカウンターの雨。最上の武具を惜しげもなく使い捨てるように降らせてくる。

 

「くそ、ギルガメッシュよりひどい!」

「当たり前だろう? 無尽蔵の刃を雨のように降り注がせる。それこそが、この身体における戦闘の最適解だ。むしろ、真似しているのはソイツの方さ」

「ほう――これは異なことを。これは我の記憶違いか?」

 

 さらに追撃を浴びせようとしたとき、ギルガメッシュ王が観測所から戦闘に気が付いたのかこちらにやってきた。

 

「ヤツは、我が脳裏に閃いた王の新戦法、今しがた貴様がやっているソレを、“無駄遣いの極み”と罵ったはずだがな」

 

 放たれた刃は、ギルガメッシュ王によって全て叩き落される。

 

「まったく。何をやっている。サーヴァント風情に時間をかけおって」

「――っ、ぁ――」

「まあ良い。それにしても見込み通りであったぞ。見事な悪運だ」

 

 えー、それは褒められてるのでしょうか。絶対褒めてないよねギルガメッシュ王。だが、これを予想していたのか。

 確かに少ない戦力で敵の大将がのこのこ出歩いていたらそりゃ襲いに来る。だれだってそうする。オレだってそうするだろう。

 

「さて、エルキドゥ。貴様らしくないな。かつての兵器としての無駄のなさはどうした? まさか、死んだらどこかに忘れて来たというわけではあるまい」

 

 しかし――。

 

「さっきからエルキドゥの様子がおかしい?」

 

 ギルガメッシュを見て、動揺しているのか? 

 

「ギルガメッシュ王! あれは偽物です! 本当のエルキドゥさんでは!」

「ほう、偽物。贋作にしてはよくできているではないか」

 

 それどころか出力は上とか言い出した。

 

「よほど良い魔力炉心を手に入れたな」

「黙れ――黙れ、黙れ! 貴様の声は不快だ、ギルガメッシュ! オマエは、敵だ。必ず、殺す。忘れるな、母さんの敵、この世界は、オマエの死とともに、おらわせる!」

 

 そのままエルキドゥはウルク北部方面に撤退していった。

 

『助かった……。エルキドゥは撤退したよ。こちらが劣勢だったのにどうして撤退したんだろうかはわからないけどね』

「…………」

 

 どうして、か。どう考えてもギルガメッシュ王だ。王が来てから、エルキドゥは様子がおかしかった。明らかに何か不具合でも起きたようだ。

 

「どうでもよいことだ。調べるべきものは調べた。見るべきものは見た。ウルクへ戻るぞ」

 

 ともあれ、今は無事に戻れることを喜ぼう。

 

「ごめんね、マスター。私、役に立たなくて」

「いや、役に立っていたよバニヤン。さあ、戻ろう」

「うん! お詫びに乗せてあげるね!」

 

 帰りは大きくなったバニヤンによって運ばれたのでとても楽であった。王様は大層愉快だと笑っていたが。

 




さあ、リヨイベから現在に戻って、行くとしましょう。
スピードあげてジャンジャン以降。
はやくCCCとか終局とか、いろいろと書きたい。

最新の神話ポールバニヤンと最古の神話ティアマトの戦いとか

そんな感じの対決とかしたい。
斧を運ぶのはバニヤンに任せたりとかで。

イベントはエレナチームが一位でゴールしたので大満足。
トータルでも勝ったんじゃないかな?

まあ、予想通り落ちたけど。
それにしてもアレだ。あのシルエット。
見直すとメイヴっぽいし、もう一人は新宿のアヴェンジャー。
さて、どうなるのやら。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 24

「今回は探し物だ」

 

 ギルガメッシュ王から重要な案件があるとのことで、カルデア大使館は呼び出しを受けた。ギルガメッシュ王に謁見し、その内容が伝えられる。

 探し物。クタ市に向い、そこにあるという天命の粘土板を回収してこいということだった。

 

「おや。これは意外な仕事だ。天命の粘土板はクタ市にあるのかい?」

「そうだ。冥界よりウルクに帰る際、クタで先を視たのを思いだした」

 

 天命の粘土板というのは、まさしく天命を示したものだという。ギルガメッシュ王が瞑想にふけり、その千里眼にて記録した運命の粘土板だ。

 人間にとっては先を知ることの出来るものであるが魔獣にとっては何ら役に立たないものであるらしく、放置されている可能性があるという。

 

 よって、それの回収がオレたちの今回の仕事になるらしい。

 

「それとイシュタルの情報を集めておけ」

「イシュタルの?」

「はい。ウルクより北東部。クタ市を含めた領域はイシュタル女神が制空権を支配しているのです」

「なるほど」

「そういうわけだ。此度の仕事、時間はかけられぬ故三日で戻るが良い」

 

 往復二日、現地で一日の探索。

 これは急がないといけないようだ。

 急いでカルデア大使館まで戻る。

 

「……お帰りなさい」

 

 戻るとアナが迎えてくれた。

 

「ただいま」

「慌ただしいですが、何かありましたか」

「はい。! ギルガメッシュ王からの新しい任務ですよ、アナさん!」

「今回はクタ市に行って天命の粘土板っていうのを探すことになったんだ」

 

 給料は巫女の銀がニ十個。相当な金額だ。

 

「メンバーはアナ、マーリン、マシュ、ベディ、リリィだ」

「……急いで仕度してきます」

「ノッブとスカサハ師匠は、魔獣戦線の方へ」

「うむ、了解した」

「任されよう」

 

 それぞれに役割を割り振って荷物をまとめていると牛若丸たちがやってきた。

 

「ほう、クタへですか。羨ましいですね。是非同行したいのですが」

「我らには明日より魔獣戦線に向わねばなりませんからなぁ」

「ニップル市解放作戦までもうすぐなんだっけ」

「ええ。そうです。一度くらいは貴方と旅をしてみたかったのですが。仕方ありません。辛抱していれば次の機会もめぐってきましょう」

「そうだね。次は一緒に旅をしよう」

 

 牛若たちと別れ、荷物をまとめて出発の準備を整えた。

 居残り組はカルデア大使館の運営を任せ、オレたちは北門から出発する。

 

「マーリン」

「なんだい?」

「クタ市はどうして滅んだの?」

「それがわからないのさ。クタ市は、三女神同盟が現れた後に、唐突に滅び去ってしまった。連絡が途絶え、調査隊が見たものは静寂に支配された街並みだった」

 

 血痕も遺体も争った形跡もなく、ただ眠るように息を引き取っていたのだという。

 不可思議な事件だった。ただ死んだ。

 

「ただ死んだ……」

 

 毒の類か。少なくともイシュタルや密林の女神の仕業ではないし、北の魔獣を操っている女神の仕業でもないだろう。

 おそらくは別の要因のはず。

 

「…………」

「まあ。考えたところでわからないものはわからないさ。まずは道中の魔物を倒して牧場主に恩を売りつつ行くとしよう」

 

 道中牧場主からいろいろとイシュタルについて聞きつつ、クタへとやってきた。

 

 証言は以下の通り。

 1、イシュタルは、無差別に飛び回って魔物を爆撃と高笑いを落としていく。

 2、忙しい時にやってきて、どんどん魔物を爆撃。怪我人がいないのが奇跡。あと高笑い。

 3、イシュタル様のご尊顔を拝謁だ桁だけでもよいが……。魔物を無差別に爆撃していくから雇った先から魔獣退治屋が逃げる。あと高笑い

 4、絶対、何百年後には金星の悪魔呼ばわりだよ。牧場は穴だらけ、羊は逃げだす、オマケに魔獣たちさえ皆殺しにする外道っぷり。それから、降りてきて、アナタの宝石全部貰うわと貰っていく。

 

 何とも鬼畜っぷりであるが共通していることが一つある。

 魔物を倒しているということ。

 高笑い。

 

 とりあえず高笑いは関係ないだろう。

 関係があるとすれば、魔獣を倒しているところだ。

 これは明らかにおかしい。

 

「三女神同盟は、互いに邪魔していることは今までなかった。少なくとも密林に北の魔獣がいたことはない…………」

 

 そうなると、本当にイシュタルは三女神同盟なのか? という疑問が生まれてくる。直感であったが、どうにもそう、おかしい。

 もしイシュタルが三女神同盟出ない場合、クタ市の不可思議な事件について一応の説明がつく可能性がある。そういった権能をもった女神がいる。

 

「んー、でも、神代とは言えそんなにホイホイ神様が出てきてもなぁ……」

「マスター、何を考えているんだい?」

「んー、イシュタルのこと。マーリンは何か知らない?」

「女神イシュタルのことかい? そうだね、私の知っていることなんてたかが知れているけれど、あのイシュタルは普通のイシュタルではないということくらいかな」

「普通のイシュタルじゃない?」

「そう」

 

 マーリン曰く、北部に魔獣が現れだした時に、ウルクの巫女所で王に黙ってある儀式が行われたらしいのだ。それが、イシュタル召喚の儀式である。

 ウルクは王権と祭祀場と巫女所の三権分立であり、巫女所は都市神を王よりも重視している。王が蔵を解放して北壁を作っている間に、巫女所は女神の魂だけを召喚し、この魂に適合する肉体に入れてからそれを召喚したらしい。いわゆる疑似サーヴァントという奴。

 

「だから、彼女の髪は黒いのさ。メソポタミアの神は金髪であり、人間は黒などと言われている。イシュタルの神が黒いのはもとになった少女がいるからだろう」

「……ふむ。そうか……」

 

 そうなると、どうにも色々とつながりそうな気がするが。さて。

 

『それはご愁傷様だね。観測したところ、アレは完全にイシュタルだ。元になった少女はかなりイシュタルと気があったんだろうね。

 もう完全に二つの自我が融合して、まったく新しい、それでいて元のままの女神として成立してしまっている』

「まあ、それでもそのおかげで、生きている。あのイシュタルは人間らしいからね」

 

 元になった少女には悪いけれど、おかげで助かっている。もし会うことであったらお礼が言いたいけれど無理だろうなぁ。

 

「マスター! 皆さん、クタが見えてきましたよー!」

 

 先を歩いてくれていたベディとリリィが告げる。どうやらクタに着いたようだった。

 

 クタ市。一夜にて活動停止した都市。魔獣ですら恐れて入り込んでいない。そのため、人の手がないために荒れてはいるが、破壊された痕跡は皆無だ。

 よって天命の粘土板は今もこの都市に残っているだろう。

 

『ただ、損傷がひどいね。破壊されてはいないが、ここから探し出すのは手間だぞぅ。どんな危険があるのかもわからない』

「それは大丈夫さ。私の、自分だけはなんとしても助かるぞ、という第六感も脅威はないと告げているからね」

「…………」

 

 恐ろしいほどの静寂。

 無音の大音量がここにはあった。風すらも吹かない。ただ静謐。ここには何もないのだ。まるで宇宙のようだ。あるいは深海。

 少なくとも生命というものがここには根本的に足りていない。

 

 さらに言えばここに来て気が付いたことがある。根本として様々な問題がここだけは違うのだ。

 

「やっぱり、何かいるのかもしれないな……良し。とりあえず、天命の粘土板を探そう」

 

 皆で手分けして探す。ここに脅威はない。だから、手分けした方が早い。

 

 オレの担当は南地区。

 

「待ってください。わたしは先輩のサーヴァントです。離れるわけには」

『大丈夫だよマシュ。ここに脅威はない。この先、一人で調査する必要もあるかもしれない。その時の為にも経験はしておく方がいい』

「ドクター……しかし」

「なに、キャスパリーグもいるんだ。なにかあっても大丈夫さ」

「……わかりました。先輩。くれぐれもお気をつけて」

「うん、マシュもね」

 

 みんなで手分けして天命の粘土板を探す。

 形状はギルガメッシュ王が持っている神権印象(ディンギル)の粘土板と同じものであるという。微弱な魔力を放っているらしいのでそれを感じ取ればいい。

 

「どう、ドクター?」

『うーん、見渡す限りの廃墟だね。微弱な魔力っていったけど、ここまでマナの密度が高いと逆に見つけられない』

 

 神代の弊害か。

 ともかく歩くしかない。カルデアの観測もオレを中心としているから、オレが歩き回ればそれだけデータが集まる。

 職員の皆には悪いけれど、解析してもらおう。

 

『なに、大丈夫さ。この万能の天才ダ・ヴィンチちゃんがいるんだからね。それに職員のみんなもやる気さ』

『ええ粉骨砕身やらせていただきます。だから、気にせず歩き回ってくださいね』

「よろしくお願いします」

 

 よく話をするオペレーターの人にもそう言われたし、いっちょ頑張って歩き回ってみようと、一歩踏み出した瞬間。

 何かを、踏み抜いた――。

 

「どこだ……ここ……」

 

 何か薄皮のようなものを踏み外して、下に落ちてしまった感覚。しかし、穴などではなく、もっとこう抽象的というか概念的という感じがした。

 そして、落ちたのは暗い、どこかもわからない場所だった。クタ市ではない。冷たく冷えた、どこかわからぬ場所だ。

 

「フォウ、フォーウ!」

 

 フォウ君は無事だが。

 

「どこなんだここは――」

 

 ――生者、生者だ。

 ――なぜ、冥界に生者が、いる。

 

「――!?」

 

 その時響いた声をなんと形容すればいいだろう。地の底から響くような。そう、まるで地獄の亡者のような――。

 

「嘲笑いに来たのか」

「略奪に来たのか」

「逃亡に来たのか」

「捨てに来たのか」

 

 それは怨念だった。

 

「赦されない」

 

 そのどれも許してなるものかという亡者の怨念。

 

「死ね」

 

 死ぬがいいという思念が叩きつけられる。

 

「く――」

 

 逃げなければ。殺されてしまう。

 だから、逃げようとして――。

 

「待て」

 

 全てがその一言によって静寂に帰った。

 

「ガルラ霊よ。その者はまだ死してはいない。連れ去っては主人の怒りを買おう。疾く役目に戻るが良い」

 

 その声によってその場にいたゴーストたちはいずこかへと戻った。

 

「貴方は……」

 

 いつか会った。

 確か、ジウスドゥラ。

 

「彼らに非はない。無礼を働いたのはそちらが、若人よ」

 

 生きたまま冥界。死者の国を訪れた。約定に反している。理に反している。ゆえに、ガルラ霊は怒った。本来ならば助ける道理などありはしない。

 

「そなたには、恩が、一つある」

「一つ……?」

「不肖の弟子の救いよ。最後の最後で、宿命を超えた我が不肖の弟子の願いに免じて、ただ一度だけ救おう」

「えっと……」

「若人よ。クタ市の地下は冥界とつながっている。そなたは生きたまま冥界に落ちたのだ。門はこの私が閉じよう。そなたは、伝えよ」

「なにを……」

「魔術師に、冥界は健在なり、とな」

 

 その瞬間、何かが一閃された。

 斬られていない。

 だが、この感覚には覚えがあった。

 

「まさか――」

 

 だが、それを掴む前に、オレの意識は闇に沈んだ。

 

「フォーウ……フォウ……フォーウ……」

「夢……だったのか……?」

 

 気が付けば、集合ポイントに戻っていた。

 

「ただいま戻りました。こちらにはそれらしいものはありませんでした」

「ああ、お帰りマシュ。こっちもなかったよ」

「はあ? では、その先輩のお尻のしたにあるのは?」

「二人とも戻ってきていたか。いやはや徒労徒労。まったく無駄骨に終わって……おや?」

「すみませんマスター! 見つかりませんでした! あれ、マスター、お尻の下に……」

「申し訳ありません。私の方も草の根分けて探しましたが見つかりませんでした。その代わり、食べられそうな肆草を発見したのでせめてもと摘んで……んん? マスター、その下にあるのは……」

「……西地区をしらみつぶしに探しました。粘土板らしきものはありません……む?」

「フォウ?」

 

 おや、何やら視線がオレに集中。いや、オレの下?

 

「んー?」

 

 さて、何があるのだろう。

 

「マスター。マスターが敷物として使っているその板は、どうみても天命の粘土板では!?」

「フォ…………ドフォーウ!?」

「嘘だろ……」

「いやー、良かった良かった。間違いなくそれが天命の粘土板だ。どこにあったんだい? マスターの担当地区にもないと思っていたんだけど」

「それが……」

 

 オレはあったことをそのまま話した。

 

「ふむ、ジウスドゥラ。冥界は健在と来たか。ロマニ、どうなんだい? 記録していたんだろう?」

『それがここ数分間の記録がないんだ。本当にその老人はジウスドゥラと名乗ったのかい?』

「そうだよ」

 

 それは、シュメル伝説において洪水生き残った唯一の人の名前である。つまるところノア。

 世界の終わりを継承する者、あるいはすべての死を見守る者。

 

「本人でなくともそれに近しい役割だろうね。それよりも冥界が健在か。そうなれば、冥界の主人も厳戒していると考えるべきだ」

「たぶんしてる。ジウスドゥラがそう言ってたからね」

「そうなると、僕が千里眼で視たあの三女神の集まりは……」

『考えるのあとだ! みんな気を付けて、そちらに強力な霊基が向かってきてる! イシュタルだ!』

 

 ドクターの通信が終わるのとほぼ同時に、それは降ってきた。天舟に乗ったイシュタルだ。

 

「見つけたわよ! アンタたち、私のことを牧場主に根ほり葉ほり聞いたそうね!」

「あー、聞いたね。うん」

「どういうつもりか知らないけど、女神の休日を探るなんてデリカシーなさすぎよ!」

 

 警告なしの威嚇射撃。とりあえず建物の影に隠れる。

 

「いやー大変だ。大変。牧場主から宝石を奪って貯蓄している女神がきた。今度は僕らが狙いとは」

「それ風評被害だっての! この私が金銭目的でニンゲンなんて襲うかっての!」

「じゃあなぜに宝石を巻き上げていたので?」

「決まっているじゃない。当然の権利だからよ。助けてもらったからには報酬を支払うのが道理でしょう。この私が無償で人助けなんてするもんですか」

「タダで? 助ける? え。自由気ままな女神イシュタルが人間を、ですか……?」

「やっぱり」

「しまった……余計なこと言っちゃった……」

 

 となると、三女神同盟とは……。

 

「ともかく! アナタたちには天罰が必要よ! この私を二度も虚仮にしてくれた罪を償いなさい。具体的に言うと、そのアナタが持っているそのお宝っぽいもの。それが気になるから没収するわ」

 

 あとはもうスカピンにしてくれるらしい。

 まあ、うん、もう三度目だしなぁ。

 空を飛び回っているのが厄介だが――。

 

「行きますよ、カリバーン!」

「ちょ、あぶっ!?」

「いやぁ、もう三回もオレたちあっているんですし、貴女がどこにどうやって逃げるとかわかるので」

 

 あとはそこにあらかじめビームを放てば、ほれこの通りと当たってくれる。

 

「ズルいわよ! チートよ、チート!」

「チートだったら、どんなに良かったか。貴女クラスの心の中読み取るのって、結構しんどいんですよ」

 

 今も鼻血出て来たし。

 

「くう、こうなったら――なったら――あれ……」

「ん? 止まった、ならアナ!」

「はい。空を飛べなくとも、これだけ屋根があれば!」

 

 アナが屋根へ駆け上がり、イシュタルの背後からの一撃で地面に叩き落す。

 女神イシュタルは脳天から堕ちて、気絶したのであった。

 




なに? 攻撃が当たらない?
だったら先読みしてそこにビーム置いとけばいいだろ!

というのが今回のぐだ男君の対イシュタル。
もう三回目。二回も行動を見ればおのずとわかるもの。それでも神様の心の中なんて相当無理しないと読めないけどネ。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 25

 しばっちゃれー。というわけで亀さん系縛りを気絶したイシュタルに実行。まあ、主にやったのはマーリンなのだが。

 

「それじゃあ、起きるまで待ちますかね」

 

 彼女が起きたのはすっかりと日も暮れた頃であった。

 

「――痛い……頭痛いっ……!? 何よこれ、ここはどこ、私ったら縛られててる!? 意味がわからないわ! 説明を求めるわ! いったい何が、どうなっているのかしら――!?」

 

 どうやら目覚めたようであるが、何やらちょっとオレは違和感を感じた。些細なものであるが、何か違和感を観察眼が捉えた。

 しかし、これ以上観察するわけにもいかない。起きたのなら話をしよう。

 

「おはようございます」

「――ええ、おはよう。丁寧なあいさつは好きよ、私。――でも、アナタ誰?」

 

 さて、何度かあっているはずだが。名乗っていないが、それでも何度か会った。まるで初対面みたいな。

 

「フォーウ?」

「なにそれ災厄の獣じゃない!? なんでそんなのがここにいるの!?」

 

 おや、フォウ君を見て怖がっている。

 

「もしかして食べられる? 私、生け贄にされてしまうのかしら!?」

 

 ふむ……。

 

「……はい、そうです」

「そんな――!? 私なのよ!? こんなの前代未聞よ、アナタ、後が怖くないの!?」

「まあ、怖いですけど。これまでさんざん色々とやられましたからね」

「そ、そうなの? 嘘は言っていない目ね……、うわぁ、そうなんだ。ひどい女神ね……私……」

「まあ、そういうわけですので。出来ればお話をしてくれると助かります…………女神様」

「不死殺しを首に突きつけておいてよく言うわね。なに、何が聞きたいのかしら」

「殺す気はないですよ。保険というか、アナがそうするって聞かなくて」

「……当然です」

「ふぅーん。まあいいわ。どうせ聞きたいことは三女神同盟のコトでしょう」

 

 頷く。

 こちらかの質問はシンプルだ。

 なぜウルクを襲うのか。

 ほかの女神の真名。

 誰が召喚したのか。

 

「予想通りの質問ね。貴方、名前は?」

 

 正直に本名を名乗る。

 

「……ね。わかったわ。私に名前を教えた愚かしさに免じて、答えられる範囲で答えてあげるわ」

 

 どうしてウルクを狙うのか。

 地上を支配するため。人間の支配、地上の支配で細かい違いがあるが、競争をしている。ギルガメッシュから聖杯を手に入れた者が土地の所有者になり、他の二人は、去るか付属神となるからしい。

 真名は教えられないと彼女は言った。それはそうだ。三女神同盟には互いに攻撃することを禁じる戒律があるらしく、他の女神に対して敵対行動は出来ないらしい。

 

「攻撃できないんだ」

「ええそうよ」

「なるほど……確定か」

 

 次に召喚したのは誰か。イシュタルは巫女長に。他は聖杯に惹かれてやってきたといった。

 

「話してくれてありがとう」

「質問は終わりかしら。アナタ良い人間(ヒト)ね。敵であれ、ちゃんと礼を尽くす。そう簡単に出来ることじゃないわ。こっちも質問させてもらってもいいかしら」

「どうぞ。答えられる範囲ならば」

「貴方はカルデアの魔術師なのよね。年代的に言うのなら人類最後のマスター。間違いないかしら」

「はい、間違いないですよ。でも、最後にはさせません」

 

 未来はこれからも続いて行く。

 ならば、オレが最後になんてならない。

 

「言うじゃない。そして、レアじゃない。――いいわ。ますます私の好みなのだわ」

「フォウ……フォーウ!!」

「フォウさん? ――!?」

「マスターさん! 市のいたるところに骸骨が現れました!」

 

 見張りをしていたリリィが告げてくる。

 

『なんだって!? こちらでは大量の魔力があるだけだ』

『ああ、そういうことかぁ。ロマニ、これはこれで正常なんだ。だって、今、彼らがいるのは神代なんだから』

『そうか――死体が動くくらいじゃ魔力測定に揺れは起きない。つまりそっちではそれぐらい異常じゃないんだ!』

 

 相変わらず現代の常識が通用しないな神代!

 

「……撤退しましょう。幸い粘土板は回収しています」

「アナの言う通りだ。さっさと逃げた方がいいね。だって、ここにいるのクタ市民じゃ足りないくらいだ」

『ああ、二人の言うとおり至急クタ市から脱出を!』

「わかってる。でもその前に――縛ってすみませんでした女神様」

「…………待って、どうして縄を解くの」

「話し合えば、わかると思ったので」

「ぐっ……そんなワケ、ないじゃない……」

 

 そうやって赤くなるところがそうだと言ってるんですよ女神様。

 

「まあ、あとは。オレの直感が貴女は敵じゃないって言ってるんですよ」

「――――」

「それじゃあ、生きていたらまた!」

 

 しかし状況は悪い。時間が経つほど増えていく骸骨。一体一体は弱いが数が多い。カリバーンで薙ぎ払ってもすぐに道はふさがってしまう。

 

「万事休すかな」

「すみません、マスター。私が未熟なばかりに」

「リリィのせいじゃないよ」

「さて、でもまだあきらめるわけには――」

 

 その時、矢が降り注いで道を創る。問答無用の援護射撃。

 

「早く行きなさい! 私の気が変わらないうちに」

「女神様! ありがとう! 行こう」

「では、失礼しますよマスター」

 

 ベディに抱えられてオレはクタ市の南門へと向かう。

 

「これに懲りたらもうここには近づかないことね。冥界に捕らわれてしまったら、二度と戻れないわよ」

 

 そう言って彼女は北島の空へと飛び去って行った。

 オレたちは、そのまま南門からウルクへ向けて撤退した。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ふはははははははははははは!!!」

 

 ウルクについて報告をしたら響き渡る王様の笑い声。それも当然だった。あのイシュタルが、ハタキ落とされ、情けで助けられ、脱出の手伝いをして逃げ去った。

 というのが王様の認識だからだ。

 

「それくらいに王様」

「これが笑わずにいらいでか。だが、確かに時間は有限だ。話そう。次の仕事だ。ニップル市は知っているな」

 

 ニップル市は、絶対魔獣戦線の向こう側にある都市だったはずだ。今も籠城していて、魔獣たちの襲撃周期を読んでそこを外して、少しずつこちらに避難してきていた。

 しかし、そこの備蓄がついに尽きたらしいのだ。よって、これ以上の籠城は不可能になった。糧食のない籠城などもはや自滅以外の何物でもない。

 

「巴のやつによって引き伸ばされていた時間が尽きた。それだけのことよ。ゆえに、残ったニップル市民を避難させる」

「七日に一度の攻勢の間隙を縫ってニップル民を北壁まで先導すればいいんですね王様」

「話が早いな。調べていたか」

「敵のことは色々と」

 

 王様に認められるまで依頼のおかげで色々なところにいった。その時に兵舎にも行った。そこで絶対魔獣戦線の戦況やどのように戦っているのかを聞いておいたのだ。

 これから戦う相手の情報は多い方がいい。そうすれば、どう戦えばいいかを組み立てやすい。あとは実際に見て情報を更新する。

 

 みんなに指示を出すための努力は怠っていなかったおかげでギルガメッシュ王が言いたいこともわかる。

 

「ならば奮起せよ。もしニップル市民を無事に避難させられたのであれば。貴様らを不要と言った言葉は改めよう! 存分に我が名代として人理を修復することを赦そう」

「――――」

 

 あれ、オレたちよりもシドゥリさんの方が感極まってる。

 

「待てシドゥリ。なぜそこで感極まって涙するのだ?」

「ハッ!? い、いえ、そのようなことは、ただ……世話役として彼らの苦難の日々を思い起こしただけですので。ええ」

 

 ありがたい。本当にシドゥリさんには良くしてもらった。だから、必ずこの特異点を修復し、世界を救おう。誰でもない。このウルクでかかわったみんなの為に。シドゥリさんの為に。

 

「よーし、頑張るぞー!」

「ようやくスタートラインだけどね。それじゃあ、王様? 天命の粘土板はどうするんだい?」

「我は読まん。そちらで読むが良い」

「自分が?」

「ああ。読めずとも良い。ただ触れて唱えよ」

 

 都市があった(ウル・ナナム)都市があった(ウル・ナナム)

 天と地の繋ぎ目(ドゥルアンキ)■■(ギル)カラの野原(エディン)

 

 唱えた瞬間、それを視た。

 

 ――誰かの義憤を、視た。

 ――誰かの怒りを、視た。

 ――誰かの言葉を、視た。

 

 許せぬと憤り。

 それは、誰かが抱いた怒りだった。

 誰かに抱いた怒りだった。

 それは悲劇に対する怒りだった。

 愛するが故の怒りだった。

 それは万能。

 それは至高。

 それは最強。

 

 数多、人々の理想足りえる者。足りえた者。

 全てを知る者。知り得た者。

 神に選ばれたもの。神の如きもの。

 王であった者。王の陰。

 

 彼に対する、怒りを見た。

 

 その王が赦せぬと憤るものがいたことを視た。

 世界にあふれる悲劇に何もせず、知ってなお、何かできたはずの万能の王が何もせずただ笑っていた怒りを、視た。

 回転悲劇の螺旋階段を上る生贄がいることを知りながら、王は何もせず、ただ笑っているのだ。

 そんなことを赦せるはずがない。

 

 出来たはずだ。

 ――救えたはずだ。

 出来たはずだ。

 ――悲劇をなくせたはずだ。

 

 あらゆるものを司る力を与えられ。

 あらゆるものを視る眼を与えられ。

 不可能など何一つ。

 そう、彼の王の身には不可能なことなど何一つありはしなかった。

 

 ――だが、王は何もしなかった。

 

 それを赦せるはずがない。

 

 怒り。

 怒り。

 怒り怒り怒り。怒り。怒り。

 

 この身を焦がす怒り。

 その身を永らえさせる執念。

 妄執。

 これは増悪などではありはしない。

 全ては――。

 

 ――言葉を視た。

 

 神殿を築け。

 それは必要なもの。全てをやり直すために必要なもの。その身自身。

 

 光帯を重ねよ。

 それは必要なもの。全てをやり直すために必要なもの。エネルギー。

 

 人類史三千年にも及ぶもの。

 それは滅ぼすための資源。

 それは忘れるための時間。

 

 それこそは、終局特異点への道筋。

 魔術王への玉座に通じる道筋。

 

 オレは、それを視た。

 

 ――その(ソラ)を視た。

 

 時間神殿。

 ソロモン。

 終わりの極点。

 星なき宙。

 それはあらゆる時間を束ねた渦の向こうにある。

 最後の希望――。

 

 ――ああ、そうだ

 ――そこは――。

 

「――っ!」

「マスター!? 大丈夫ですか!? 顔が真っ青ですが!?」

「っ……」

「なるほど。その顔では明確な答えはなかったようだな。だが、これで因果は出来た」

 

 アレは手がかり。ギルガメッシュ王が視た、魔術王へと通じる数少ない手がかり。

 

「いずれそれに対面しよう。それまでは頭の隅にでも放り込んでおけ。貴様には、それで十分であろう。では、行け、せいぜい励むが良いわ」

 

 それが何を意味するのか、オレにわからない。 

 神霊ならざるこの身には。

 英雄ならざるこの身には。

 碩学ならざるこの身には。

 

 だが、何かを掴んだのは確かだった。

 それはきっと、魔術王に繋がる何かだ。

 もうそれはどこかへと去って行った。

 視たはずのものも、聞いたはずの声も。

 

 もはやそれはどこか遠く。

 

「大丈夫ですか? マスター」

「うん、大丈夫だ。マシュ。時間は有限だ。北壁へ行こう」

「はい、マスター!」

 

 北壁。

 世界の最前線。

 世界を救うための戦場へ征く。

 

 ――怖いか?

 ああ、怖い。

 ――恐ろしいか?

 ああ、恐ろしい。

 

 怖い、怖ろしい。ならばやめたらどうだ。頑張っただろうと。

 弱い心は常に、そう弱音を吐いてくる。

 でも――。

 

「? どうしました先輩? じっとわたしの顔を見つめて。ごみでもついてますか?」

「いいや、なんでもないよ」

 

 輝きは、そこにある。

 あの日見た白亜の輝きは、絶えることなく。

 誰にも侵されることなく、そこにある。

 

「さあ、行こう」

 

 ならば、立ち止まることは出来ない。

 どこまでも行こう。

 魔術王の企みを阻止して、世界を救う。

 

「みんなとならやれるさ」

 

 ――その日、夢を見た。

 

 ラムレイでの移動中に白昼夢を見た。

 

 雪の降りしきるどこかで。

 

「気を付けて。それは死を知らぬ者。それは、母なるもの。貴方が視ているものではない。けれど、それは――」

 

 優しい誰かの声を――。

 




遅くなりましたー。

公募の作品とかいろいろ書いたりしてました。リアルも忙しさマックスなのでやべえです。
出版社の人から電話あったりとごたごたしてたがようやく書けました。

次回、北壁の諸々。

久々の夜会話になるから頑張るぞー。

では、また次回。
相変わらず色々とやってますが、ゆったりと待っていてくださいね。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 26

 ウルク北壁。

 絶対魔獣戦線。それこそは、人類の防壁であった。ウルク王、ギルガメッシュによって建造された、世界を破滅の瀬戸際で食い止める壁。

 魔獣の侵攻を防ぐそこは、しっかして活気で満ち溢れていた。

 

「すごいです! 先輩見てください、ウルクと同じくらいの活気ですよ!」

「ああ、すごいな……」

 

 北の防壁。最前線などと聞いていたからもっと物々しいと思っていた。

 

「すごいわ。神代の時代って、本当にすごい」

「ほんとね。城壁に街がくっついてるみたい」

 

 現代人たるアイリさんとクロが、街の規模を見て驚いている。ウルクもそうであったが、神代の時代とは思えないくらいだ。

 常識は本当に通用しない。

 

「はは。驚いてるようだね。それも当然だよ。なにせ、半年だ」

「そうか。半年もこれで耐えてるんだよね」

「兵站の観念などから鑑みるに、ただの要塞では維持は出来ない」

「だったら街をつくるか、本当すごい発想というかなんというか」

 

 ジェロニモとジキル博士からしてもこれは予想外だったようだ。それもそうだろう。こんなもの予想で来ている方がおかしい。

 ウルクと同じ活気に迎えられるなど誰が予想できよう。ここは最前線だ。現代や近代人ならば泥沼の塹壕だとかを思い浮かべるかもしれない。

 あるいは思い浮かばないのかもしれない。

 

 特異点を旅したオレだって、最前線のヤバさはしっている。アメリカでもエルサレムでも体感した。だが、これは予想外にすぎる。

 

「でも、完全に防げているというわけではないようですね」

 

 アナが指さした先を見れば丁度魔獣が乗り越えて来たところであった。

 

「ふはははは、このわしが築いた人間万里の城を超えられるわけなかろう!」

 

 しかして、それをすぐさま撃ち落とす見知った影。

 

「ノッブ!」

「ん、おお、来たか。これで本調子よ。報せは聞いておったが、ようやったの。褒めてやろう。ほれほれ」

「ちょ、頭撫でないでよ」

「照れるでないわ」

 

 恥ずかしいし、何やらマシュが膨れてるので戯れもそこまでにして、離れたところで、何かに頭をホールドされた。後頭部に当たる柔らかな感触は、確かに覚えがある。

 

「漸く来たか。待ちくたびれてしまうところであった。何分、こちらとしてもマスターと離れては本調子とはいかなぬゆえな」

「それくらいが丁度よかろうがおぬしの場合」

「はは。それはそうだ。不用意に世界を壊す心配がないからな。だが、マスターが近くにいないというのは存外、寂しいものがあるのだぞ」

「皆さまお揃いでしたか。私の出番がないのは残念です」

 

 牛若丸が上から降ってきた。塀から飛び降りて来たのだろう。

 相変わらず身軽なようだ。

 

「牛若丸様! ふぅ、いきなり塀から飛び降りるのはおやめください。如何に貴方様であろうとも危ないですぞ」

「はっはっは。弁慶殿、そうだがマスター殿が来て下さったのだ。喜ばしいことだ」

「レオニダス王」

「お久しぶりですな。報せはよく聞いていましたぞ」

「そうでもないよ。それより――」

「ええ、では早速参りましょうか」

 

 オレたちは、レオニダス王について塀へと昇る。絶対魔獣戦線を支える北壁。どこまでも続くかのような城壁は、まさしく万里の長城のようであった。

 此処が人類の最果ての防壁。そこにいる兵士たちは屈強だ。絶望的なまでの防戦であろうに、誰も彼も絶望などどこにも背負っていない。

 

「これは?」

 

 それと大きな兵器。投石器のようにも見える。

 

「ええ。これこそ、魔獣撃退の要。神権印章(ディンギル)のある射撃台です」

「……」

 

 見た限り投石器であるが、ただの投石器ではないだろう。ギルガメッシュ王が設置した魔獣撃退の要となれば、石を飛ばすためのものではないだろう。

 

「これは何を飛ばすものなのですか?」

「ええ、マシュ殿。これは、ギルガメッシュ王が所有していた様々な力ある武器を撃ち出すための大型の投石機です」

 

 台座に埋め込まれたラピスラズリに大量の魔力が込められており、それを砕くことによって撃ち出すのだという。非常に贅沢な兵器であり、それくらいの財を彼が解放しているということなのだろう。

 

『本当冬木で出会ったあの王様と同一人物だとは思えない。ウルク風、いや、ギルガメッシュ王風のバリスタか』

「それでも大層良いものというわけではありませぬ。遠見の魔術師殿。威力はあるのですが、大層狙いが甘いのです」

『なるほど。確かにギルガメッシュ王の財宝は古今を問わず、東西を問わず収集したものだそうだけれど、限りがないわけじゃない。そうなると牽制や大軍用なのかな?』

「その通りです」

『それにディンギルか』

「そう。ディンギルだとも、ロマニ。シュメルでは人々は功績のあるものを神格化する。武器もそうさ。神が認めた神ではなく、人間が認めた神。人間による人間の為の信仰と言える」

「なるほどのう。これはある意味あの金ぴか王様の意思表示というわけか。あやつめ、相当神仏が嫌いのようじゃのう。人間の手でこの戦に勝利するという意思表示じゃなこれは」

 

 ノッブの言う通りなのだろう。ディンギル。人間による、人間のため信仰。そうだというのなら、本当にそう思っているのだろう。

 

「それは知りませんでした。……なるほど。人の手だけで勝利する、ですか。確かに窮地には人は神頼みをするものですが、そんな時の神頼みほど無下にされるものはありませんからな」

「その通り。神が加担するのは勝ち組だけさ」

「なるほど……それで、オレは一体何をさせられるのかな?」

 

 そろそろ本題に入ろう。ニップル市を解放するために、オレは一体なにをさせられるのか。

 

 レオニダス、牛若丸から語られたないようは戦況の変化だった。

 夜事、ニップルから市民を避難させていたが、魔獣どもの動きが変化したのだという。あからさまなニップル包囲。

 なるほどどうやっても逃がさない腹積もりであるらしい。

 

「ギルタブリルに次ぐ指揮官が来たのでしょう」

 

 ギルタブリル。巴御前が倒したという魔獣か。

 

「だったら、そいつを倒すまで待つか?」

「いいえ。それでは餓死者が出ましょう。もはやニップルにこれ以上の時間的余裕は残っていません」

「であれば、陽動よ。そこにいてほしくないのならば、引き離せばよいだけよな」

「ノッブ殿の言う通り、牛若丸殿、弁慶殿が指揮する部隊が東からニップルを目指します」

「そうなると魔獣は迎撃に出るか。ならば、オレたちは西から行けばいいんだね?」

「ええ、その通りです。門を開き、市民を護衛してもらいたい。ただ、戦力は避けぬゆえ、貴方方のみになりますが」

「こっちはみんなサーヴァントだから、大丈夫だけれど、それじゃあ、牛若丸たちが大変なんじゃない? こっちからも戦力を回そうか?」

「いいえ、大丈夫です。私も弁慶も平原での戦には慣れております故。それに私はニップルには入れないのです。ギルガメッシュ王より入るなときつく言い渡されておりますゆえ」

 

 入れない? いったいギルガメッシュ王にはどんな意図があるのだろうか。

 まあ常人にはわからない何かしらの意図があるに違いない。あの人はそういう王様だ。

 

「では、作戦通りに。決行は?」

「明日、太陽が空の七分まで昇った時です。それまでは英気を養ってください」

「……すみません。ニップル市の地図はありますか?」

「おお、それならば拙僧が懐で温めておりますぞ。アナ殿、一緒にみますか」

「……兵士からもらってきます」

「一緒にいこうか?」

「…………結構です。あなたは休んで下さい」

 

 明日まで思い思いに過ごすことになり、今日は解散となった。

 

「さあ、ますたぁ、少しこの街を見て回りましょう」

「そうですね。わたしもその、少し気になるので」

「そうだね。城壁に出来た街なんて、初めてだし。少し見て回ろうか」

 

 清姫とマシュを引き連れて、少しだけ街を歩いた。

 そうしたら、いつの間にか全員集まってたのには笑った。

 そして夜、眠れずにいると男衆に連れ出された。

 

 酒場で酒盛りだという。食事もうまいというのは本当神代はすごいというか。

 ウルクと何一つ変わらないのが凄いと思った。

 

「すごいなぁ」

「唐突にどうしたよ、マスター」

「いや、ウルクとなにも変わらないところがね」

「なるほど。最前線だから、こんなところで酒盛りなんて出来ねえって思ってたってことか」

「まあ、そんなところ」

「マスターの言いたいこともわかるけどね。だけど、最前線だからってのもあるのさ」

 

 ダビデ曰く、こういう場所ほど娯楽というものは必須だという。

 

「戦があるところにゃ、大抵商人が集まんのさ。稼ぎ時だからってな。それが長い戦になって街になったんだ。そりゃ、こうもなるわな」

「ゴールデンだぜ。士気もたけぇしあの指揮官も中々だ。半年も戦ってんなら慣れてる頃合いだろうからな。そうなるとこういうのが必要になるってのは頼光さんに聞いたことだな」

「うむ。戦になると粗食になっていくのは致し方ないが、人間であるゆえにそれでは持たない。精神の疲労は戦において何よりも大敵だ。どれほど強い軍隊であろうとも、その精神を挫けば殺るのは容易い」

「怖い怖いって。ジェロニモ。怖いって」

「はは。戦前だからねマスター。みんな興奮してるんだよ。僕もそうだからね。大きな戦だ。それも人類趨勢を決める。英霊としても、一人の戦士としても皆血が疼くんだろうね」

「ハイドも?」

「ケハハ、そりゃなァ!」

「ハイド殿、あまり暴れるようでしたら」

「ヘイヘイ、騎士のお坊ちゃんに怒られないうちに退散しておきますよ」

 

 騒がしい夜だった。誰もが、此処で酒を飲んでいる。明日の作戦に備えているのだろう。

 

「マスター。ご安心を。円卓の騎士の末席に座る身。このベディヴィエール、全霊を以て貴方を護りましょう」

「うん、その辺はまったく心配してないよ。それよりも、みんなも気を付けてよね」

「なに言ってやがる。一番あぶねえのは、俺らについて前に来るマスターじゃねえか。俺らの心配なんざしてる暇があるのなら、魔術礼装の確認でもしておけよ。土壇場で何が役に立つかわからねえぞ」

『そうだね。こちらも確認はしているけど、万が一があってらいけない。きちんと確認だけはしておくんだよって、ダ・ヴィンチちゃんも言っていたから、寝る前に確認するんだよ』

「わかってるってドクター」

『いや。いいや、君がわかってるって言ったときは大抵無茶とかしちゃう、わかってないときだからね。最高責任者としてしっかりと言い含めておくよ。みんなもよろしく』

 

 む、そんなに無茶してない……いや、決行してるか。でも、オレがやるしかないし、なによりみんな死んでいった。

 多くの人がこの旅で死んでいく。託された、とか思い上がるようなことは言えないけれど、やれることを全力でやらないといけない。

 そうじゃないと、すべてが無駄になってしまう。それだけは嫌だし、何より。

 

「みんな頑張ってるからね」

 

 オレだけが下がったり、無茶をしないなんてのはおかしい。みんな頑張ってるんだから。

 

「そんなことより、マーリンはどこにいったんだい? 僕とキャラ被りしている奴は」

「いや、そんなことって。ダビデ……。でも、たしかに、マーリンはどこに行ったんだろうね」

「大方、どっかで女でも捕まえてんじゃねえか?」

 

 ありうる。

 

「はは。さすがの彼も前夜にそのようなことはしていないだろう。精霊の導きの下、彼も足掻いているよ」

「えぇ~ほんとうでござるか~」

 

 などと、夜は更けて、作戦決行の朝が来る――。




さあ、さくさく行こう。


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絶対魔獣戦線 バビロニア 27

 ――そこは、まさに戦場だった。

 

 鉄風雷火の戦場ではない。爪牙魔弾の戦場だ。

 だが、そこはまさに戦場だ。屍山血河が築かれる最前線。

 

 そこを案内役とともに駆け抜ける。ニップルへとたどり着き、西回りで人々を護衛する。

 

 それが与えられた役割。

 

『大丈夫かい?』

「正直、恐いです」

 

 作戦開始前に、ドクターから通信が入る。

 

『それでも、君はやるんだろう?』

「……はい。それがオレが今出来ることだから」

 

 サーヴァントたちは、オレが近くにいるほど力を発揮する。ならば、より作戦の成功率をあげるならば前に出る方が良い。

 ただでさえ魔術師としては何一ついいところのない平凡なのだから、これくらいはやらないといけない。なにより敵は強い。

 

『……君はとても強いよ。さあ、そろそろマシュが呼びに来るんじゃないかな?』

「マスター! 時間です」

「ああ、今行くよ、マシュ。それじゃ、ドクター、行ってきます」

『うん、行ってらっしゃい。君なら大丈夫と思うけれど危なくなったらちゃんと逃げるんだよ』

 

 さあ、行こう。

 

 だが、全ては遅かった。

 あらゆることは、女神の掌の上のこととでも言わんばかりに――。

 

「ようこそ。忌々しい魔獣戦線の皆さん」

 

 絶望が、其処にいた。

 もぬけの殻のニップル。

 そこにいたのは、神が造り上げし、生きた宝具。

 

 エルキドゥならざるエルキドゥ。

 

 ニップル市に既に人はいない。あるのは血の痕跡のみ。そこから導き出される結論は、ただ一つ。

 

「連れ去ったのか、ニップルの人たちを!」

「此処まで来るだけのことはあると褒めておこうか。レオニダスは言っていないようだけど、兵士の死因で最も多いのは未帰還だ」

「それはつまり――」

 

 つまりは連れ去り、栄養としたということ。あるいは――。

 

「さて、話をするつもるはないし。せっかくここまで来たんだ。こいつ相手にどこまで戦えるか、試してみると言い」

 

 ――現れる巨獣。

 魔獣ウガル。

 ティアマトの子の中でも最大の魔獣。

 

「バニヤン!」

「うん! いっくよー!」

 

 例えどれほどの数であろうとも。強力であろうとも、彼女の大きさには敵うまい。巨大なバニヤンの一撃が魔獣どもを薙ぎ払う。

 ニップルに人がいないからこそ出来る戦法だった。もし人がいれば、そうそう出来ない。

 

「……なんだい。それは。いったいどこでそんなものを。いや、今は――」

「余所見とは、余裕だな!」

 

 エルキドゥに突っ込んでいくのはスカサハだ。

 彼の手数を彼女もまた技量にて追随する。降りしきる槍の雨を蹴り上げた槍で打ち落とす。

 槍、三節棍、弓、投げナイフ、だが―、太刀。次々と取り出され、蹴り出され、放たれる絶技に武器。

 しかしてそれは相手も同じ。肉体を槍、斧、盾、獣といった万象へと自在に変化させる。それを雨あられのように放ってくる。

 

 おおざっぱ極まりないが、その全てが必殺の威力を内包していると知れば、無視をすることなどできるはずもない。全力でもってそれらすべてを撃ち落とさなければ、背後にいるあらゆる全ては死に絶える。

 だからこそ、誰もが全力だ。

 

「行くわよ!」

 

 勇者モードエリちゃんが、剣戟でもって防ぐ。

 

「やったわ! どーよ、マスターって、きゃー!?」

「はいはい、調子乗らないのっと。マシュ、そっちは大丈夫?」

「はい、大丈夫ですブーディカさん」

 

 しかして調子乗ってぶっ飛ばされるのはいつものことか。

 

「魔獣も厄介だし、ね!」

 

 ウガルは強力だ。

 そして、数が多い。いったいどれほどの数がここに集まってきているのか。まさしく総力戦。否、一方的な虐殺戦と言い換えた方が良い。

 なぜならば、敵はまだ、本気ではないのだから。

 

「ますたぁ!」

「っ――!」

 

 放たれる牙と躱す。

 間一髪。

 汗が流れる。

 

「この!」

 

 清姫の炎がウガルを焼くが、そこを乗り超えてさらに別の、さらに別の。

 倒しても倒しても出てくる。

 

「キリがない!」

「薙ぎ払うか――」

 

 聖剣から極光を立ち上らせるアルトリア。

 

「やめた方がいいんじゃないかな。なにせ、乱戦だ。それでは味方も巻き込む」

「では、どうしたら!」

「なに、単純よ。こうするんじゃ――」

 

 撃てないのなら、撃てばいい。

 

 ノッブの火縄銃が某モビルスーツよろしく飛翔しては、それぞれ撃ち抜いて行く。

 

「限定解放状態じゃ、これなら、まあ、一発で十分じゃろう」

 

 燃えるノッブ。

 比喩ではなくガチで燃えている。

 

「さて――神仏なにするものぞ。わしがここにおる限り、貴様ら全員カモじゃわ」

「――なるほどね。でも、今回はこっちが本命なんだ」

「なに――」

 

 スカサハを吹き飛ばし、エルキドゥが向かうはアナ。

 

「君は殺しておかなくちゃね。だって、カルデアのマスターより厄介だ――」

 

 本気の一撃が、穴を襲う。

 突き穿つ槍の一撃。

 

「アナ!」

「がっ――」

「マズイ、あれは致命傷クラスだ。ええい、キャスパリーグ。何をしているんだ。魔力溜め込んでいるんだろう。ここで使わなくていつ使うんだ!」

「フォウ――!」

 

 フォウ君がアナをどこかへ転移させる。

 その瞬間、何かが来た――。

 

 地面から現れた怪物。

 そう、怪物だ。まぎれもない怪物。

 それが尾を一振りする。

 ただそれだけで、兵士らは全滅する。

 

 魔獣戦線のあちこちで悲鳴が巻き起こっていた。そこに現れた存在を見て、誰もが悲鳴を上げる。

 

「なんだ、あれは――」

「アーキマン!」

『今やってる!』

 

 解析結果。

 サーヴァント。

 本体10メートル。

 全長にして100メートル。

 区分:神霊。

 クラス。復讐者。

 

「煩い。喚くな人間。三女神同盟の首魁たるこの百獣母神ティアマトが姿を見せたのだ。平伏して、死ぬべきであろう」

 

 放たれる莫大なまでの圧。

 気を張っていなければ意識そのものが押しつぶされそうなほどの圧迫感。

 これこそが、この時代を歪める女神同盟の首魁。

 ティアマト――。

 

 こちらを睥睨し、値踏みする神たるもの。

 皆悉く平伏し、首を垂れろと言わんばかりだ。

 動けない。誰一人として動けるものはいないだろう。

 それほどまでに強大。彼女が持つ力の要領は、まさしく、この時代を滅ぼすに足るのだから。

 

「まだだ……」

「おうおう、まだよ。邪な神を敬ういわれなし。さあ、命令を寄越せ、マスター」

「ノッブ……!」

「ああ。いい気分よ。わし、めっちゃ活躍しておる。これはもう沖田よりも人気になって来年は水着サーヴァントとかになること間違いなしじゃわ!」

 

 言っていることはわからないが、いい感じにぐだった!

 

「マシュ、深呼吸! マーリンはエラ呼吸でもしてて!」

「は、はい! マシュ・キリエライト、しんこきゅうします」

 

 うん、マシュのましゅまろがしんこきゅうでまーべらす。

 

「スカサハ!」

「うむ。神を殺して見せると常々いっているが、あれは儂の手にも余るわ。マスターが死にかねん」

「撤退! 全員、北壁まで逃げるぞ!」

「なら、殿はお姉さんにお任せだ。マシュ、手伝って! あとマーリンもね」

「わかりました!」

「そうだね。さすがに私も本気を出すか」

 

 三人の宝具で、敵の猛攻を防ぐ。ティアマトの攻撃は苛烈だ。

 

「わたしが連れていくよー!」

 

 大きさには大きさ。バニヤンが皆を抱えて走る。

 ニップルの門まで100メートル。だが、相手は手を伸ばすだけでこちらを捕まえることが出来る。いくら攻撃しようとも、敵に損傷は与えられない。

 聖杯の回復。

 否、それはただ彼女がそう顕現したことによる機能の一つか。

 

 だが、聖杯の在り処はわかった。あとはそれをどうやって回収するか。

 

 打倒困難。

 逃亡至難。

 絶体絶命。

 

 いつまでもマシュの盾とブーディカさんの車輪で持ちこたえられるはずもない。いつかは破られるだろう。

 だが――救いは絶体絶命の窮地でこそやってくる。

 

「――よくぞ持ちこたえました、マシュ殿」

 

 そこに牛若丸がやってきた。

 

「牛若!?」

「行きなされ! 足止めは拙者が請負ましょう! なに心配召されれるな、相手はこちらを虫としか認識しておられませぬ。宮本武蔵でもなし。ならば、虫を捕まえることなどできませぬ!」

「――ありがとう!」

「――ええ、それでよいのです。どうか健やかに、笑顔でいなされ。そうすればどのような困難であろうとも乗り越えられましょう――」

 

 彼女はきっと戻らない。

 そう思った。

 

「バニヤン!」

「うん、急ぐよお!」

 

 バニヤンがスピードを上げる。

 その後ろで、剣戟が響くがすぐにそれは消え失せる。

 ニップルの壁が崩壊しそこから現れるはティアマト。

 こちらを逃がさんと猛烈な勢いで追いかけてくる。

 

 バニヤンのまた大きいが、相手も速い。

 何より――。

 

「マシュ!」

「――はい!」

 

 相手が放つ魔眼が厄介だ。

 石化の魔眼。あれを受ければ、ただでは済まない。

 

「あれは私の天敵だ。詳しくは言えないが、私の意識が停止すると大変なことが起きる! なので、全力で守ってくれ!」

 

 などとマーリンが言うものだから、こちらもマシュとブーディカさんで全力でガードだ。

 ちまちまとダビデが石を投げているが効果は見られない。

 

「うーん。いや、本当。これはヤバいね!」

「笑っている暇があるのならば少しは、どうするかを考えたらどうかね。ダビデ王なのだろう?」

「そうはいってもねえ。正直、今の僕らの中だとアナちゃんが一番、あいつ相手には適任だったんだけど。まあ、その為に自称エルキドゥはやったんだろうし」

「なら、今は何とかして生き残ることだけを考えないとね」

「よし、バニヤン、こいつならもうちょい早くはしれんだろ」

「おー、すごい!」

 

 何とか北壁までやってくるが、このままティアマトを止められないのはマズイ――。

 

「くぅ――」

「流石に、きついね」

 

 二人とも限界だ。

 これ以上は防げない。

 だというのに――。

 

「猪口才な。だが、此処までだ――冥府で我が子らについばまれるが良い。我が魔眼にて滅びるが良い!!」

 

 相手はまだ余裕があり、その攻撃はさらに苛烈さを増していく。

 躱せない。このままでは、死ぬ――。

 

「いいえ。諦めるのはまだですぞ!」

 

 ――我々はスパルタ(ラケダイモニオイ)

 ――本来この時代に必要とされる事無く、歴史という名の淡く語られるだけの存在。

 

 だが、だが!

 この時代の王が必要といった。

 時が必要であると。

 ならば、その時を稼ごう。

 

 スパルタはそうやって歴史に名を刻んだのだから。

 

「例え、幾万幾億の敵が来ようとも、時間を稼ぎましょうぞ! なあ、()よ。今一度、戦おうぞ――炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)ァァ!!!」

 

 現れる三百人のスパルタ兵。

 放たれる熱線邪視。

 

 スパルタの生きざま、彼らが歴史に刻んだ確かな証が、女神の攻撃を跳ね返す。

 

「レオニダス王!!」

「そんな――」

 

 その身体は石化の呪いに蝕まれている。

 当然だ。

 彼の盾はただの盾なのだ。

 綺羅星の英傑たちの如き、神秘はない。

 彼らが持つのはただ絆と誇りだ。必ずや守り切るという決意だけが、彼らの盾を支えている。

 最後の一人になろうとも、時を稼ぎ、その稼いだ時が必ずや未来へ繋がるのだと信じている。

 

「自らの攻撃は多少は効きましょう。魔性に落ちし女神。ギリシア神話にて語られる落ちたる者。女神、ゴルゴーンよ」

「忌々しい名を口にしたな。だが――赦そう。その行いに免じて、貴様はここで果てるが良い。人類の滅びを見るまでもなく、此処で――」

「いいえ。それはありえません。人類は不滅なのです」

 

 そう砕けぬ思いがある限り、炎は燃え続けるのだ。

 

「無駄だ。貴様という盾が無駄死にをしたのだ。もはや人類の命運は尽きた。刻限を待つまでもなく、全てを灰燼と化しウルクへと入る!」

「いいや――まだ――」

 

 しかし、もはやティアマト――いや、ゴルゴーンはこちらを見向きもしない。バニヤンという巨人がいても、それすら敵足りえない。

 足りないのだ。全てが。

 

「このままじゃ、ウルクが攻め落とされる」

 

 それは駄目だ。レオニダス王が、牛若丸が、護ってくれたのだ。ならば、ウルクは、この世界は必ず護らなくてはならない。

 だが、怪物は足元の蟻など気にしない。

 

 このままなにもできず見ているしかできないのかと思った時、それを止めたのは――。

 

「それは性急にすぎます母上」

 

 エルキドゥであった。

 

 彼が話したことによって、十日の猶予が得られた。

 逃げるための猶予が。

 

 だが、誰一人として逃げる者はいなかった。

 

「レオニダス王は言っただろう。こんな時こそ、やれることをやるのだと」

 

 レオニダスは逝った。

 もはや彼の守りはない。

 だが、彼の教えは今もここに在るのだと、ウルク兵たちは誰一人絶望せずに前を向いていた。

 

「オレたちも、対策を立てないと。今までやられっぱなしだったんだ。このままじゃいられない」

「ああ、そうだとも。まずはギルガメッシュ王に報告をしないとね」

 

 アナのこともある。

 まずはウルクへ戻ることになった。

 



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