【完結】ミックス・アップ(魔法先生ネギま✖グレンラガン) (アニッキーブラッザー)
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第一部 学園生活編
第1話 登校しやがれ


「えええーーーーッ!? 僕が他校で研修ですかッ!?」

 

それはあまりにも突然のことだった。

 

「うむ、ネギ君が研修に行っておる間は、タカミチが君のクラスを面倒みる」

 

淡々とした口調で告げる学園長だが、額に汗をかいている。よっぽど何かがあったのだろう。

 

「ど、どうして僕が!? 研修って、僕何すればいいんですか!? それにこんな急に!?」

 

当然ネギはあまりにも突然の辞令で納得できない。

教師としての仕事も慣れ、クラスの人たちとも仲良く、そして楽しく、時には様々な問題も乗り越えてきた。

今のところ波乱万丈でありながら順風満帆に麻帆良女子中での教師生活にも慣れ、父のような魔法使いになるという目標に向けた鍛錬との両立もしている。

それが今になって短期間とはいえ他校に行けというのだ、直ぐに頷きにくい内容だった。

 

「い、いや・・・のう・・・ちょっと委員会で問題になってのう。いかに学力があるとはいえ、10歳の子供にクラスを任せていいのかどうか・・・確かに君の評判は良いが、身内びいきなのではないかと・・・」

「えっ、今さらですか!?」

 

学園長の言いにくい理由には、それがあった。いかに天才とはいえ10歳の少年にクラスを任せていいのかということだ。だが、ネギにとってはあまりにも今更すぎる問題ゆえに、思わずツッコミを入れてしまった。

 

「う、うむ。そこで協議の結果、君には2週間だけじゃが他校で授業をしてもらい、教師としてふさわしいかどうかの評価が下される。ワシも粘ったんじゃが、しばらくは重要な行事も無いので仕方ないと・・・」

「ええっ!? じゃあ、その評価がダメだったら、どうなるんですか!?」

「・・・・・・・・・・・だ、大丈夫じゃ。研修と言っても、普通に英語の授業をしてくれればよい。君は教え方は丁寧じゃから大丈夫じゃ!」

 

グッと親指を突き立てて断言する学園長だが、明らかに様子が変だ。

何か更にまずいことを隠しているような顔だ。

 

「あの~・・・学園長・・・」

「なんじゃ?」

「何か隠していませんか?」

「ギックーーウ!?」

「ええ!? 何かあるんですか!?」

 

あまりにも古典的すぎる反応で、不安がさらに深まった。

ネギも不安そうに身を乗り出すが、学園長もハッキリとしたことを言わない。

 

「・・・・研修先は麻帆良敷地内にある高校の一年生クラスじゃ。一応麻帆良敷地内ではあるが、研修中は向こうの寮で生活してもらうのでそのつもりで・・・」

「サラッと流さないでください! って、しかも高校生相手ですか!?」

 

食いつくネギを、頼むからこれ以上聞くな、さあ行った行った。といった感じで学園長室から追い出す。

 

「な、なに、大丈夫じゃ! 君なら出来る! たまには、ほれ・・・教師としての経験を積むには良い機会じゃ。あっ、くれぐれも魔法はバレんようにのう。アスナ君や木乃香にはちゃんと伝えておくから、数週間という期間じゃからがんばるように! ホレ、この紙に書いてある学園じゃ。後のことは向こうの人が世話してくれることになっておる」

「ちょちょちょちょーーーッ!!」

「では、グッドラックじゃ!」

 

爽やかな笑みでネギを学園長室から追い出す学園長。

パタンと部屋の扉を閉めて、静かになった学園長室で深くため息をついて、椅子に腰を下ろした。

 

「ふい~、ネギ君には気の毒な事をしたの~。しかし、公平性のために研修先をくじ引きにしたのがまずかったの~」

 

お茶を啜りながら、不安そうな学園長。

 

「よりにもよって・・・・・・あそことはのう・・・」

 

 

 

 

 

 

麻帆良学園都市。

その広大な敷地内には、保育園、初等部から中等部、高等部、さらには大学部まで存在し、それだけに留まらず研究所などの施設まで揃っている。

更には学生寮や住宅街、商店街、教会、神社なども集積した世界有数の超巨大な学園都市である。

しかしその広大な学園都市の中で一つだけ、ポツンと端っこの端っこに一つの高校が存在した。

本来、本校へはエスカレーター式の麻帆良学生生活において、あまりにも素行の問題や出来の悪い生徒たちはだけが集められる流刑島のような学校。

その名も・・・・

 

「ここが・・・麻帆良ダイグレン学園か・・・本校とは別にこんなところにも高校があったなんて・・・」

 

麻帆良ダイグレン学園。

麻帆良本校の高校にエスカレーターで上がれなかった問題児たちだけが集う学園。

学園都市の豊富な施設などからも遠く、まるでここだけ独立したようにポツンと存在する学園だ。

もっともネギにそんな情報を知っているはずもなく、ネギは今日から短い期間だが務めることになった学園を見上げて呟いていた。

 

「何だかんだで来ちゃったけど・・・ここが今日から僕が働く所か・・・ど~しよう、アスナさん怒ってないかな~。老子やマスターの修行も休むことになるし・・・」

 

校門の前で今日から仕事をすることになる、ダイグレン学園を見上げながら、ネギは少し憂鬱そうに溜息をついた。

 

「それに・・・なんかここ・・・すごい個性的な学校だな・・・校門がスプレーでアートされてるし、・・・ヒビが入ってボロボロだ・・・校舎も・・・」

 

第一印象からネギは、いきなりこの学園に不安を覚える。

普段自分は、校舎も綺麗で設備も非常に整い、素敵な女性たちで溢れている女子校の担任をしていただけに、校門にいきなりスプレーで「喧嘩上等! 10倍返し!」「俺たちを誰だと思ってやがる! 夜露死苦!」などと落書きされていたら、憂鬱にならない方がおかしい。

むしろ、自分が今までいかに恵まれた環境に居たのかが骨身にしみて分かった。

 

「はあ~~」

 

そうやって校門の前で深々と溜息をついていると、校庭を横切って奇妙な口調で誰かが話しかけてきた。

 

「あら~ん、随分可愛い坊やね~ん! ひょっとしてあなたが噂のネギ君かしら~ん? 話はきいてるわ~ん」

 

そこには、ネギが生まれて初めて見る性別が居た。

 

「えっ、え~と・・・そうですけど、あなたは?」

「私はリーロン。ダイグレン学園で一番偉い人よ~ん。それにしても本当に10歳の子供だなんて、う~ん、可愛いわね~ん。食べちゃいたい♪」

 

ゾゾゾゾゾと全身の鳥肌が立った。

鬼とか悪魔とか真祖の吸血鬼などこれまで見て来たネギだが、たかが数秒会話しただけで、クネクネとするリーロンに恐怖を覚えた。

 

(な、なんだこの人・・・こ、怖さの・・・種類が違う)

 

ガタブルしているネギに、余計に上機嫌になるリーロン。

これ以上ここに居たら、何だか本当に食べられてしまうのではないかと、ネギは恐怖に震えた。

しかし、幸運なことにここに来てチャイムが鳴った。

 

「ちっ・・・あらやだん。もっとお話ししておきたかったのに、無粋な鐘ね。明日から10分遅らせようかしらん」

「え、ええ~~! そんなことしていいんですか!?」

「うふふ、本気にした?」

「・・・うっ・・・」

 

流し眼でウインクしてくるリーロン。ネギは顔を青ざめさせて本当に帰りたくなった。

すると、チャイムが鳴ったのを合図に、ジャージ姿の一人の教師が走ってやって来た。

 

「おおーーい、リーロン校長!」

「あらん、ダヤッカ先生」

「まったく、もうチャイム鳴りましたよ。・・・おっと、そちらが今日から研修に来たネギ先生かい?」

「はい! ネギ・スプリングフィールドです! 担当教科は英語です。短い間ですが、よろしくお願いします!」

 

ネギはキリッと礼儀正しく挨拶をしながら、内心ホッとしていた。

 

(良かった・・・普通の先生が居た)

 

学校の第一印象に加えて、気味の悪いリーロンに会い、ネギは不安で仕方がなかったが、ダヤッカといういたって普通の教師の存在は、砂漠のオアシスだった。

だが、礼儀正しく挨拶をしたネギに対して、ダヤッカは無言だった。

あれっ? と思い顔を見上げると・・・

 

「うう・・・・ううううううう」

 

ダヤッカは泣いていた。

 

「あの~・・・ダヤッカ先生?」

「い、いや、すまないネギ先生! ちょっと感動してしまって!」

「えっ?」

「最近は10歳の子供でもこんなに良い子が居るだなんて・・・あいつらに見習わせてやりたい!」

「・・・・・・へっ?」

 

何と、挨拶だけで感動されてしまった。

 

「ネギ先生。この数週間は大変なことになるかもしれない、だが、いつでも相談してくれたまえ、俺はいつでも君の力になる!」

 

ゴシゴシと涙を拭いたダヤッカは、ネギの両手を握って力強くそう告げた。

何だかよくわからないが、とにかくダヤッカは変な人ではない。むしろとても親切な人だとネギもうれしくなった。

 

「はい! よろしくお願いします!」

「あらん、さっそく仲良くなって、妬けるわねん」

 

力強く返事をしたのだった。

 

(良かった。最初は不安だったけど、こんな良い先生も居るんだし、きっと大丈夫だ)

 

最初は少し不安だったが、ダヤッカの存在が気持ちを楽にさせてくれた。

よしっ、自分も頑張ろう。新天地でネギが決意した。

しかし・・・

 

「ダーリーン!」

「・・・・・・・へっ?」

「キ、キヨウ!?」

 

一人の女生徒がダヤッカに飛びついた。

金髪でプロポーションの良い生徒が、朝っぱらから教師に抱きついた。

 

「こ、こらキヨウ。学園では先生だろ」

「も~、あなたってばそういうところは真面目なのね。でも、そんな所が私も好きになったんだけどね♪」

「こ、こら・・・からかうな」

「ふふん、じゃっ私はもう行くから、遅刻扱いにはしないでね♪」

「・・・あっ、こらーーー! それはしっかりと取るぞーー!」

 

少しデレデレと鼻の下を伸ばしながら怒るダヤッカだが、まったく怖くない。

それにしても生徒にここまで堂々と抱きつかれたり好きだと言われるなど・・・・いや、ネギもそうだった。

「ネギくーーん」「ネギせんせーが好きです」と言われたり、あまつさえ仮契約でキスまで済ませたりしている。

 

「ダヤッカ先生って生徒に人気あるんですね」

 

ネギがほほえましそうにダヤッカに告げた。

だが・・・

 

「ううん、違うわよ、ネギ君。キヨウは確かに生徒だけど、実はダヤッカの奥さんでもあるのよん」

「へ~、奥さんですか~だから・・・・・・・・・・・・・・へっ?」

「二人は結婚してるのよん」

 

サラっとリーロンがとんでもないことを言った。

 

「さっ、もうすぐホームルームが始まるわん。君のクラスに案内するわねん」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

やはり不安になるネギだった。



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第2話 ホームルーム? なんだそりゃ!

校舎を外から見て、中を色々と想像できたが予想以上にひどい。

壁の落書きや、穴が開いている壁、ヒビだらけの廊下に壊されている扉など、ボロボロもいいところだった。

 

「ごめんね~ん、中々予算が回ってこないから修理の費用や設備に回せるお金が無いのよん。まったく、失礼よね。ロボット開発につぎ込むお金があるなら問題児を更生させることにお金を使えっての」

「は、はあ・・・・」

 

麻帆良学園都市に初めて来たとき、なんて素晴らしい場所なのだとネギは思った。

広大な敷地に活発な生徒。そんな生徒たちが存分に能力を発揮させられるための設備などは完璧と言っても良かった。

しかし、同じ学園都市内だというのに、ここまで差があるのかと思ってしまうオンボロ校舎に、ネギも驚きを隠せなかった。

 

「さっ、ここがあなたの担当するクラスよん」

「は、はい!」

 

教室の前に着いた瞬間、ネギは背筋が伸びた。どんな生徒がいるか分からず、若干緊張気味だ。

 

(どんな人たちだろう・・・そういえばここって共学だから、男子生徒も居るんだ・・・僕初めてだな・・・ちゃんと出来るかな~・・・)

 

初めての場所、初めての人、初めての経験。ネギは少し緊張したが、直ぐに顔を上げてキリッとした表情をする。

 

(大丈夫、自信を持って。僕は先生なんだ。やることは変わらない! 元気良く行くんだ!)

 

リーロンが教室の扉を開けて自分も後に続く。

そして足早に教壇の前に立ち、元気いっぱいの声で挨拶する。

 

「きょ、今日からこの学園で少しの間ですが、皆さんとお勉強をすることになりましたネギ・スプリングフィールドです! 担当教科は英語です! 短い期間ですがよろしくお願いします!」

 

言った。少し噛んだが言い切った。

深々と頭を下げて、ネギは最初の挨拶をこなした。

だが・・・

 

(・・・・・・あれ?)

 

反応が返ってこなかった。

自分の本来のクラスならばここで大騒ぎになるのだが、ちっとも自分に対して生徒たちが何も言ってこなかった。

 

(アレ? 僕・・・何か変なこと言っちゃったかな?)

 

ネギは恐る恐る顔を上げ、クラス全体を見渡した。

そして、あっけに取られた。

 

「・・・・・・・えっ?」

 

ネギは自分の目を疑って、ゴシゴシと擦ってもう一度メガネを掛けなおして教室を見渡す。だが、先ほどと何も変わっていなかった。

 

「あ、・・・・あの~・・・リーロン先生・・・・」

「う~ん、今日は一段と少ないわね~ん」

 

というか指で数えられる程度しか居なかった。

そう、生徒が少ないのである。

それもただ少ないのではない。圧倒的に少ないのだ。

机の数は麻帆良女子中等部の自分が担当してたクラスと同じぐらいある。にもかかわらず出席者が少ない。

そう、生徒が全然出席していないのである。

これにはネギも驚かざるを得なかった。

 

「あの~・・・・・・・みなさん風邪ですか?」

 

恐る恐るネギはリーロンに尋ねる。

するとリーロンは驚くどころか、さも当然のように答えた。

 

「ううん。どーせ遅刻とサボりじゃない? っていうかホームルームなんかに真面目に出席する奴なんて居ないわよん♪ あっ、因みにネギ先生はこのまま一時間目はこのクラスで授業だけど、まあ、こんなに朝早くに来る子なんて全然居ないから、気楽にやっていいわよん」

「えっ、ええええーーッ!?」

 

やーねーバカねーと言った感じで告げるリーロンだが、ネギにはあまりにも信じられないような光景だった。

 

「ちょっ・・・ちょっ・・・ええっ!?」

 

確かに遅刻やサボりは自分のクラスでもあった。

アスナたちと一緒に走って学校に行ったり、授業をサボるエヴァンジェリンなり、それも学園生活の一つだと思っていた。

だが、生徒がここまで居ないなどありえないだろう。

 

(うそ・・・ど、どうしよう・・・これが学校教育で問題の学級崩壊なのかな・・・、3-Aの人たちは色々と問題起こすけど、みんなちゃんと学校に来てたし・・・うう~~、どうすればいいのかな~)

(あらん、この子・・・おどおどしちゃって・・・マジで可愛いわねん)

(オマケに相談しようにも・・・この人・・・怖いし・・・)

 

何と研修どころか生徒が居ないなどという展開は、ネギにとっては予想外以外の何物でもなかった。

こんな状態で自分はこの学園で一体何をすればいいのだと、いきなり壁にぶつかってしまった。

しかも相談しようにも、今のところ知っている教師は自分を涎を垂らしながらトロンとした目で見てくるリーロンと、在学生と結婚しているダヤッカ。

自分もクラスの女性に告白されたり仮契約上キスしたりしてしまったが、問題のレベルが違いすぎる感覚に襲われていた。

 

「さっ、後は任せたわよん。また休み時間にね~」

「あっ、あの・・・・・・・行っちゃった・・・・」

 

さて、どうするべきか。

何十人も入る教室で、朝からいきなりこんな展開が待っているなど、予想外だった。

 

(ウウ~~、どうしよう・・・)

 

教壇でネギがず~んと肩を深く落としたその時、一人の男子生徒が手を上げた。

 

「あ・・・あの~・・・・・」

「は、はい! え~っと・・・あなたは・・・・」

 

慌てて顔を上げると、手を上げていたのは高校一年にしては少し幼さがあり、まだ中学生といったほうがしっくりくるような少年。

それ以外に特に特徴も無く、特に人をひきつけるような外見でもなく、背も高いわけでもない、ひたすら普通の学生が遠慮がちに手を上げていた。

ネギに問われてその少年は答える。

 

「あっ、はい。ええ~っと、俺はシモンっていいます。・・・その~・・・先生はどうみても子供にしか見えないんだけど」

 

その男の名はシモン。気も弱そうで、クラスの窓際の一番後ろから二番目の席に居た。

ただ、シモン自身に特徴も目立つ要素も無いのだが、彼もまた非常に目立った。

いや、そもそも現在クラスに人は少ないのだから目立って当然なのだが、そういう意味ではなかった。

何故ならシモンの隣には、シモンの机と自身の机をピタリと付けて、シモンの腕に抱きついて幸せそうにしている女生徒が居たからだ。

しかも可愛い。

ものすごく可愛い。

 

(うわ~・・・隣に居る女の人、すごい可愛い人だな~)

 

普段女生徒に囲まれているネギですら一瞬見とれてしまったぐらいだ。

この時ネギは一瞬シモンのことを忘れてしまった。

 

「あの~・・・・」

「あっ、はい! え~っと、シモンさんですね。そ、そうです。僕はまだ10歳の新米教師です」

「ええーーーっ、10歳!?」

 

普通はこの時点で学校中が大騒ぎになるほどの反応で、麻帆良女子中等部では赴任初日にクラス中からもみくちゃにされた。

しかし今はそんなことはない。

ほとんどの生徒が登校していない上に、何とかホームルームに出席している数少ない生徒たちも興味なさそうに隣同士でダベッたり、ゲームをしたり、机に突っ伏して爆睡している。

っというか驚いているのはシモンぐらいだった。

すると、驚くシモンの隣で、シモンに抱きついている可愛らしい女生徒が不思議そうに顔を上げた。

 

「新・・・米? まあ、それは新しいお米のことですか? それはおいしいのですか? シモンも食べてみたいですか?」

「・・・・・・・・えっ?」

 

ネギの目が点になった。

 

「ち、違うよニア。新米っていうのは新人のことだよ。つまりあの人は教師になったばかりってことだよ」

「まあ、では私と同じですね。私もシモンの新米妻です!」

 

そう言って女生徒はまたシモンに抱きついた。

 

「ちちちち、違うよ! 何言ってるんだよ!」

「ん~~、シモン。さあ、夫婦の愛を確かめる、早朝合体です!」

 

シモンにキスをねだる様に唇を突き出して、シモンに顔を近づける。

シモンは顔を真っ赤にしながら、キスから逃れようと後ろに体を逸らしている。

 

「ひゅーひゅー、シモン、朝から熱いじゃん! ウチの兄ちゃんと違ってモテるな~」

「ん~、私もダーリンとキスしたくなっちゃった」

 

先ほどのキヨウという生徒と、もう一人の生徒がシモンと女生徒を冷やかして、シモンがかなり戸惑っている。

対してこの光景を眺めながら、ネギも先ほどの女生徒の発言に目が点になっていた。

 

「え・・・え~っと・・・妻?」

 

そう呟いたとき、女生徒はパッとシモンから離れて、ネギに深々と礼儀正しく一礼した。

 

 

「あっ、はい。私はニア・テッぺリン。ごきげんよう、ネギ先生。私はシモンの妻です」

「あ、あなたも学生で既に結婚してるんですか!?」

「ちちち、違うよ! ニアが勝手にそう言ってるだけで・・・お、俺とニアは結婚なんてまだ・・・・」

「ふふ、お互い新米同士、これからよろしくお願いします」

 

くるくると巻いた長い髪に、白い肌、手足は細くしなやかで、とても可愛らしくニアは笑った。

少し普通とは違う世間知らずなお嬢様のような印象を受ける。

しかし、それでもネギは心のどこかで感動した。

だが・・・

 

「ん? っていうか何で子供がこの教室にいるんだよ?」

「あっ、そういえば。ね~、その子誰?」

「へっ?」

 

先ほどシモンを冷やかした生徒たちが教壇に居るネギを見て不思議そうに首をかしげた。

 

「えっ、で、ですから先ほど自己紹介を・・・・」

「あっ、ごめ~ん。教室入ったら私たちたいてい黒板とか教師とか見たりしないから、気づかなかったわ。それで、坊やはどうしてここに居るの? 迷子?」

「え・・・・えええ~~~!?」

 

ネギが教室に入ってから今に至るまでの話をまったく聞いていなかった。

というか眼中に無かった。

もはや麻帆良ダイグレン学園恐るべしと、ネギは再び不安に襲われた。そして、泣きそうになってしまった。

そんなおどおどしているネギを見かねて、一人の男が立ち上がった。

 

「やめたまえ。挨拶をされたのに、聞いていないなんて無礼にもほどがあります」

 

キリっとした瞳にオールバック、衣服の乱れている生徒たちの中で唯一しっかりとした制服を着用して身だしなみも整っている生徒が立ち上がった。

 

「あ~あ、これだからロシウは頭がかて~んだよ。いくら風紀委員だからってさ~」

「キヤル! いい加減にしないか、兄妹そろってクラスを乱すな!」

「ちぇ、は~い」

 

ネギはこの時、奇跡を見た。

このような場所にこれ程真面目な優等生が存在するなど、むしろ天の救いだった。

 

「お恥ずかしいところをお見せしましたネギ先生。さて、先ほどのシモンさんの質問ですが、先生は10歳と・・・先生の学力がどれほどかは知りませんが、まあ、この学園の偏差値を考えれば特に問題は無いでしょう。自分の名前を書けさえすれば受かる所ですから・・・」

「へん、よく言うよ! お前だってここに居るじゃんか!」

「僕は進学試験で体調を壊しただけです! 編入試験の時期になれば直ぐにでもここを出ます!」

 

何やら色々とこのロシウという男は不幸と悩みに日々頭を抱えているのだろう。まだ高校生だというのに、少しオデコが広い。

だが、それでも真面目な生徒が居てくれることはうれしいことだ。

だからネギも問われた事にはちゃんと答える。

 

「はい、では僕がまずここに来た経緯からお話します。それは・・・・・・」

 

ネギは自分のこれまでの事を話そうとする。

この時ばかりは、数人の生徒たちも教壇のネギに目を向けて、10歳の少年の事情を聞くことにした。

だがその時・・・・

 

 

「うおりゃああ! 燃える太陽天まで登りゃあ、起きた気持ちも天目指す! カミナ様、ただいま登校だ!!」

 

 

教室の後ろのドアが蹴破られた。

 

(う、うわ~~~ん・・・また変な人が来たよ~~~)

 



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第3話 それでもめげるな

 

その男、肌の上から直接に長ランを纏い、V字型のサングラスを掛け、いかにも男臭い男臭が漂う男。

 

「おう、シモン! 朝から男をしてるじゃねえか!」

 

ニアにベタベタ抱きつかれているシモンに、親指をグッと突き立てて、その男は笑った。

 

「アニキーーッ、何でいつもいつも普通に入って来ないんだよー! 何回ドアを壊せばいいんだよ~」

「馬鹿やろう! 男の前に扉があったら何をする? ノックか? 恐る恐る開けるか? 違うだろ、扉ががあったらまずはぶち破る! それが俺たちのやり方だろうが、兄弟!」

「手で開けろってことだよーー!」

 

シモンがアニキと呼ぶカミナという名の生徒。

遅刻していることなど微塵も気にするどころか、ドアをぶち壊した。再びネギの涙腺に涙が溜まった。

そして・・・

 

「あ~~あもう、うるさーーーい! 人が寝てるのに、いつもいつもうるさいのよ、カミナ! ここんとこ、ずっと私は部活の助っ人で疲れてるんだから、静かにしなさいよね!」

 

今度は今までずっと寝ていた女生徒が起きて、いきなりカミナに怒鳴り散らした。

 

「おうおう、これだからデカ尻女はよ~。デカイのはケツと胸だけで心は小せえな、ヨーコ」

「だ、誰が! 大体あんたといい、キタンといい、留年ばっかしないでさっさと卒業しなさいよね! っていうか進級ぐらいしなさいよね! 弟分とか妹と同じ学年で同じクラスとか、シャレにならないわよ!」

「か~、細かいこと気にしやがって、・・・それがどうした! 俺を誰だと思ってやがる!」

 

女性の名はヨーコ。赤い髪に鋭い瞳、大人びたプロポーションでありながら、美しさと少し幼さを感じさせる女だった。

 

「もう、アニキさんもヨーコさんも喧嘩はやめてください。今、新米先生の挨拶ですよ?」

 

ギャーギャー口論をするカミナとヨーコの間に、ニアが仲裁に入った。

 

「も~、ニアもこいつを甘やかしたらダメよ。直ぐ調子に乗るんだから。幼馴染の私が言うんだから、絶対よ。だからあんたも甘やかさないの。でないと、あんたのシモンもこいつに巻き込まれてとんでもないことになるわよ?」

「ったく、ヨーコはニアと違って男ってものを分かってねえ。ッてそうだ、ニアで思い出した。シモン、今朝テッぺリン学院の番長四天王のチミルフが麻帆良に乗り込んで喧嘩ふっかけて来やがった。手を貸せシモン!」

「えええ!? 無茶だよアニキーーーッ!」

「バカ野郎! テメエは自分を誰だと思ってやがる! 今はキタンたちがやってるが、かなり奴らも手ごわい! 加勢に行くぞ! ニア、シモンは借りていくぞ!」

 

遅刻に器物破損に違反制服の次は、早退に喧嘩。校則違反のオンパレードだった。

 

「冗談じゃないわよ! シモンの幼馴染として、そんなことは絶対にさせないわ!」

 

シモンを引っ張って無理やり連れ出そうとするカミナからシモンを引き離し、ヨーコはその豊満な胸の中にシモンを抱き寄せた。

 

「ヨヨ、ヨーコ!? むご・・・ごもごもごも」

「シモンのお父さんに頼まれてるんだから! シモンを喧嘩とかそんな危ない目には合わせないわ!」

「か~、これだから。テメエはシモンのことをな~んにも分かっちゃいねえ。男には引くに引けねえときがあるんだよ! 敵はテッペリン学院だ。あの理事長のハゲ親父の命令でニアを取り戻しに来たんだ! ニアを守るための戦い、シモンがやらねえで誰がやる!」

「そんなのあんたたちで勝手にやってなさいよ! 敵が来たら、シモンもニアも私が守るわ! 大体学園敷地内で喧嘩したら、また高畑に怒られるわよ!」

「む~~、もごもごもご!?」

 

 

シモンを胸にうずめてヨーコは放さず、カミナと口論の真っ最中だ。

シモンはヨーコの胸の中で呼吸が出来ずに苦しそうだ。

キヤルやキヨウはヨーコとカミナの喧嘩を「夫婦喧嘩か?」と言ってからかう始末。

しかしその時だった。

 

「・・・・・・・・・・・ヨーコ・・・」

「へっ? って・・・・わあっ!?」

 

冷たく抑揚の無い声が教室に響き、ヨーコに手刀が襲った。

ヨーコは抜群の反射神経で回避するが、「しまった・・・」といった表情で舌打ちした。

そしてネギは目を見開いた。

何故ならたった今ヨーコに手刀を繰り出した冷たい声の主は、なんとニアだったからだ。

 

「ヨーコ・・・シモンを抱きしめて・・・・・・あなたは何を?」

「ち、違うのよ! 誤解しないで! そういうのじゃないんだから!」

「ヨーコ・・・シモンに手を出すということは・・・・・・・絶対的絶望を与えられたいということですか?」

「だからそんなんじゃないんだってばーーッ!?」

 

ニアは先ほどとは180度変わり、まるで冷徹な感情の無い人形のような表情でヨーコを睨み、ヨーコはニアに対して慌てて弁明しているようだった。

 

「あの・・・ロシウさん? ニアさんはどうしてしまったんですか?」

 

教室の騒乱に、「もう嫌だ・・・」と頭を抱えて俯いていたロシウに小声で尋ねてみた。

 

「えっ? ・・・ああ・・・あれですか」

 

ロシウは後ろを見て、無表情な顔でヨーコに迫るニアを見て、ため息をつきながら答えた。

 

「あれは黒ニアさんです」

「・・・・・黒ニアさん?」

 

意味が分からなかった。

 

「はい・・・彼女は幼いときから親に溺愛され、窮屈な暮らしを強いられ、いつしかもう一つの顔が生まれました。要するに二重人格なんです」

「えっ!?」

「共通しているのは、どちらもシモンさんが大好きと言うことです」

 

普通は10歳児の教師ということで、これまではむしろネギが驚かせる側だった。

しかしネギはまだ数十分程度しかこの学園に来ていないのに、驚かされてばかりだった。

ネギが次々と明かされる問題に頭を抱えていると、黒ニアはシモンの手を引いて教室を出る。

 

「さあ、行きましょう、シモン。お父様にはそろそろ分かってもらう必要があります。私はここにいて良いのだと・・・」

「ちょちょちょ、黒ニアーーッ! 俺は真面目に授業受けて留年もしないで卒業したいんだよーーッ!」

「それは無理です。さあ、行きましょう、シモン。カミナも」

「おお、俺たちの熱い友情と愛の絆を見せてやろうじゃねえか!」

「ああ~~もう、分かったわよ、私も行くわよ! その代わりチミルフ倒したらさっさと帰るわよ!」

 

ニア、シモン、カミナ、そしてヨーコが退室してしまった。

 

「なあなあ、俺たちも行かね? 兄ちゃんたちも居るみたいだしよ~」

「そうね~、今日はダーリンの授業もないし、お兄ちゃんたちの加勢に行こうか」

「よっしゃあ、そうと決まれば、キノン! お前も乙女ゲームばっかやってないで、さっさと行くぞ!」

「えっ・・・へっ!? 私も!?」

 

キヤルにキヨウ、そして机に向かってこの騒ぎの中でも集中してゲームをしていたキノンと呼ばれる生徒まで手を引かれて退室した。

 

「ま、待ちなさい! 喧嘩のために早退など許しませんよ! って・・・・くそっ、何故喧嘩など・・・何故楽な道を行く。あなたたちは何も分かっていない」

 

そして最後にポツンと教室に一人取り残されたロシウは・・・・

 

「ネギ先生、必ず僕が皆を連れ戻してきます! これだからいつもいつも本校の人たちからダイグレン学園は白い目で見られるんだ・・・・・・」

 

ぶつくさ言いながら、ロシウは皆を止めるために教室から飛び出していった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

そして最後に教室に残ったのは、教壇に立つ10歳の少年。

 

「皆・・・居なくなっちゃった・・・・・・」

 

あれだけ騒がしかった教室が、無人のために静まり返って、独り言の自分の言葉が良く響いた。

 

「今日来てなかった人たちも・・・・・あんな人たちばかりなのかな・・・・・」

 

研修初日、クラスの生徒の出席者ゼロというとてつもない経験をネギはしてしまった。

 

「うっ・・・・・・・うううううう・・・・・・・・」

 

真祖の吸血鬼や、伝説の鬼神やら、様々な怪物とも戦ってきたネギだが・・・

 

「うわああああああん、帰りたいよおおおおおお!! もう、嫌だよおおおお!!」

 

誰も居ない教室で、子供らしく泣きじゃくってしまった。

 

「こ、・・・ここで、数週間も!? 無理だよーーッ! それに評価がダメだったら、僕ってクビになるんじゃ・・・・それなのに初日にこれだなんて・・・うわああああああん、お姉ちゃーーーん、アスナさーーーん!!」

 

無理だ。

こんなとんでもないところで2週間もなんてとても無理だ。

しかも学園長はハッキリとは言わなかったが、ここで教師としての評価がダメだったら、自分は教師をやめなくてはいけないかもしれない。そう思うと、再び涙が溢れ出した。

教師生活生まれて初めて味わう学級崩壊。

ネギは今、教師としての壁にぶつかるのだった。

 

「うう・・・でも・・・泣いてちゃダメだ・・・僕は先生なんだから・・・」

 

鼻水と涙を拭きながら、ネギはなんとか心を持ち直す。

 

「よ・・・よ~し、とにかく喧嘩なんて絶対ダメだ! みんなを・・・みんなを連れ戻しに行こう!」

 

少年は涙で瞳を腫らしながら、ダイグレン学園に来てから一時間もしないうちに校舎から飛び出して走った。



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第4話 全員まとめてかかって来い

小・中・高・大・全ての学生たちが使用するこの駅では、毎朝多くの生徒たちが遅刻と戦い駆け抜ける。

バイクが、自転車が、スケート靴や路面電車に至るまで広々とした学園までの通路には、毎朝数え切れないほどの人数の生徒たちで溢れている。

だが、今この場に登校している生徒はいない。だって、普通は今授業中だからだ。

しかし、登校している生徒はいないが喧嘩をしている生徒たちが居る。

異なる制服の男たちが、麻帆良学園中央駅前で大乱闘を繰り広げているのだった。

 

「おらァ! ダイグレン学園を舐めんじゃねえ!」

 

大乱闘の中央では髪の逆立った男が、群がる敵を殴り倒して吠えていた。

 

「チミルフさん。キタンの奴がヤベえです!」

「おのれキタン・・・流石はカミナに次いでダイグレン学園NO2といったところか・・・」

 

殴られた頬を押さえながら、雑兵不良の一人が、巨漢な男に嘆いている。

巨漢の男の名はチミルフ。ダイグレン学園と喧嘩中のテッペリン学院の番長四天王と呼ばれる者の一人だ。

 

「ふっ、帰って理事長に伝えるんだな」

「ニアちゃんは自分の意思で俺たちと一緒に居るってよ」

 

キタンに続いて、ダイグレン学園の生徒たちが次々と敵を蹴散らしていく。

 

「ぬう、アイラック・・・キッド・・・つむじ風ブラザーズか」

 

髪をかき上げてキメるアイラック、そして倒した敵の上に座り込んで睨むキッド。

さらに・・・

 

「おう、そうだそうだ!」

「渡さん! 渡さん! 渡さん!」

 

別の場所では地団駄をしながら相手に脅しかける双子が居る。

 

「ぬう、ジョーガン・・・バリンボーか・・・」

「チミルフさーーん・・・ゴふっ!?」

「どうしたァ!?」

 

今度は別の場所から助けを求める声がして、振り返るとそこにはテッペリン学院の不良たちの屍の山の上でタバコを吸う男がニヤリと笑っていた。

 

「へっ、じゃねえとどこまでもやるぞ?」

 

引き連れてきた舎弟は30人ほど。しかしその全てが僅か6人の不良に全滅した。

 

「ぬう・・・ゾーシイ・・・流石はカミナがおらんとはいえ、ダイグレン学園の猛者たちではないか」

 

だが、舎弟たちがやられたことに臆するどころか、チミルフは学ランを脱いで、指の関節を鳴らしながらニヤリと笑う。

 

「この怒涛のチミルフ様が直々に・・・・」

 

筋肉隆々のとんでもないガタイだ。見るからにパワーが圧倒的だと分かる。

30人の不良を蹴散らしたものの、相手の格は桁違いだとキタンたちも頬に汗をかく。

だが、ビビッて逃げ出すことは不良の世界においてはタブー。

6人のダイグレン学園の不良たちはおもしれえじゃねえか、ようやくウォーミングアップが終わったとやる気十分だった。

しかし・・・

 

「俺を誰だと思ってやがるんだキーーーック!!」

「ぶほっ!?」

 

やる気満々の両者の横から颯爽と現われた男の飛び蹴りを喰らって、チミルフはぶっとばされた。

 

「「「「「「カミナ!?」」」」」」

「おう! 麻帆良ダイグレン学園の鬼番長、カミナ様だ!!」

 

指を天に向かって指し示し、名乗りを上げるカミナ。

 

「おのれカミナ~・・・ついに来おったか!」

 

カミナに蹴り飛ばされて、打ちつけた腰と蹴られた場所を押さえながら、チミルフは立ち上がってカミナを睨む。

 

「へっ、テメエらこそノコノコとこんな所まで来やがって! 10倍返しにしてやらァ!」

 

颯爽と登場し、威風堂々とするカミナ。

 

「よう、カミナ。遅えじゃねえか」

「おう、ヨーコたちがうるさくてな」

 

カミナの登場にキタンたちは笑った。さあ、かかってきやがれとカミナたちが構える。

しかし今度は・・・

 

「卑怯な真似はさせんぞ、ハダカザルどもが!」

 

現われたカミナを後ろから一人の男が襲い掛かった。

 

「ッ、テメエは!?」

「オオ、ヴィラルではないか!!」

「遅くなりました、チミルフ番長!」

 

今度は敵の援軍だ。

すばやい動きでカミナを襲ったのはヴィラルという名の男。

そしてそのヴィラルの後ろからゾロゾロと強そうな奴らが現れた。

 

「ふん、ヴィラルだけではない。チミルフよ、てこずっているようだな」

「情けないね~、こんなバカ共に」

「グワハハハハ、さっさとケリをつけようではないか」

 

鳥の翼をモチーフにしたド派手な服を着た男、眼帯のロングスカートのスケ番、煙管を吹かした小柄な男。

 

「おお、シトマンドラ! アディーネ! グアーム! なんじゃ、全員来たのか!」

「おうおう、ぞろぞろと来やがって!」

「ヤベえぞカミナ。番長四天王にヴィラルまで来やがった!」

「けっ、上等だ! 俺を誰だと思ってやがる!」

 

この場に両の足で立っているのは、互いに学校を代表する喧嘩の腕前を持つ不良。

正にこれは学校の看板をも背負った喧嘩へと発展しようとしていた。

 

「ふん、面白いではないか。麻帆良のハダカザルごときが我らに敵う道理など無い。我らの恐ろしさ、毛穴の奥まで思い知るがいい!!」

 

総力戦だ。

不良たちは上等だとぶつかり合おうとした。

しかしその時・・・

 

「どいてくださーーーーい」

「ん? べふうっ!?」

 

走ってきた男女にヴィラル轢かれてしまった。

 

「ヴィ、ヴィラルーーッ!? ・・・って、きさ・・・あなた様は!?」

「へっ、ようやくお出ましかい!」

「おう、ようやく来たかお前ら!」

「ニアちゃん、待ってたぜ!」

 

全速力で駆け抜けてヴィラルをはね飛ばしたのはニアと、ニアに手を引かれてゼェゼェと肩で息をするシモンだった。

 

「くっ・・・ニア様! お迎えに上がりました。さあ、我らと帰りましょう。理事長がお待ちですぞ」

 

ニアが現われた瞬間、番長四天王の四人は肩膝をついて頭を下げる。

しかしニアは、胸を張って四人に向かって指を指した。

 

 

「いいえ、私は帰りません! 私は妻として、シモンとずっと一緒に居るのです! そしてダイグレン学園の皆さんと一緒に卒業するのです!」

「「「「「「よっしゃあああああああ!!」」」」」」

 

 

どーんと大きな効果音がした気がした。

堂々と四天王に告げるニアに、ダイグレン学園の不良たちは雄叫びを上げて同調した。

 

 

「「「「な、なにいいい!? やはり、その小僧の所為かァ!!」」」」

「はあ、はあ、はあ・・・・・・えっ?」

 

 

番長四天王の矛先はシモンに向いた。

全速力で走って疲れたシモンは、何も聞いていなかったが、とにかく敵がこっちを見て睨んでいるのは分かった。

 

「このクソガキがァ! ニア様を誑かせてるんじゃないよォ!」

「へ? えっ? って、きたあああああああ、なんでえええ!?」

 

番長四天王の一人、アディーネが鞭を出してシモンに襲い掛かってきた。

 

(何でいつもこうなるんだよ!? やっぱり俺は不幸だ~~!? は、早く逃げなきゃ・・・でも・・・ニアが)

 

敵が襲い掛かってきているというのに、ニアは反応が遅く首をかしげた状態で止まっている。

慌ててニアの手を引っ張りながら逃げようとするシモンだが、ニアを抱えて逃げる力はシモンに無い。

そこでシモンはニアを庇うように立つ。

 

「くっ、ニア、に・・・にに・・・逃げて!」

 

シモンは足腰を恐怖でプルプルと震わせながら、アディーネの前に立つ。

 

「シモン!」

「「「「「「シモンッ!?」」」」」」

 

ニアは驚いたようにシモンの名を叫び、不良たちは慌ててシモンを助けようとするが、アディーネのほうが早い。

 

「シモン、危ないです!」

「ニ、ニアは早く逃げて!」

「シモン!?」

「ニニ、ニアは・・・お、俺が守る!!」

 

だが、シモンは逃げない、引かない、見捨てない。

体を張ってニアを守る。

 

「ウゼーんだよ! ボッコボコにしてやんよ、小僧!!」

 

アディーネの鞭がシモンを打ちつけようとした。

しかしその時、アディーネの鞭が突如割って入った薙刀に巻きついた。

 

「ッ!? テメエは・・・」

「良くやったわ、シモン! アンタ男じゃない!」

「ヨヨ・・・ヨーコ!」

「シモンとニアを傷つける奴は、この私が許さないわ!!」

 

シモンのピンチにヨーコが助けに入った。

 

「兄ちゃーーん、助けに来たぜ!」

「面白そうだから見に来たよ!」

「何で私まで~~」

「おう、愛する妹たちじゃねえか!」

 

おまけにキヤルにキヨウにキノンまで現われた。

敵は手強いが、数の上では圧倒的に有利になった。

 

「ふわあ~~、助かった~~」

 

助かったことに安堵し、シモンそのままヘナヘナと地面に腰を抜かしてしまった。

 

「シモン・・・私を庇って・・・」

「は、はは・・・ニア・・・怪我無い?」

「シモーーーン!」

「うわァ、ニア!? み、皆見てるから抱きつかないでくれよ!」

「シモンは・・・シモンはやはり私の運命の人です!」

 

腰を抜かしたシモンだが、ヨーコはそんなシモンに対してウインクをして親指を突きたてた。

 

「後は任せて存分にイチャついてなさい! あの時代遅れのヤンキー女は、私が相手をするわ!」

「なっ、誰が時代遅れだ、この脳みそ筋肉が!!」

 

ヨーコに怒りを燃やしたアディーネは標的をヨーコに変えて武器である鞭を容赦なく振る。

一方でヨーコは自身の武器である薙刀で応戦していく。

 

「アディーネ!? バカめ・・・我々の目的はニア様の奪還だというのに・・・」

「おっと、シモンとニアの邪魔はさせねえぜ?」

「こっから先は、俺らをぶっ倒してから行くんだな。俺たちダイグレン学園をな!」

「へっ、シモンがあれだけやったんだ。俺たちが引き下がるわけにはいかねえんだよ」

「ぬう、・・・邪魔をしおって・・・ワシら番長四天王を怒らせるか!?」

 

友の下へはたどり着かせない。

立ちはだかるダイグレン学園に番長四天王たちは舌打ちする。

だが、番長四天王とて喧嘩上等の看板を常に背負って戦っている。

面白いじゃないか。

やってやろうじゃねえか。

両校が意地と意地をぶつけあって殴りかかろうとした。

だが、その時。

 

 

「喧嘩はやめてくださーーーーーーい!!」

 

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

 

一人の少年の制止する声が響いた。

ピタリと喧嘩が止み、声のした方向へ向くと、一人の少年が涙目になりながら叫んでいた。

 

 



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第5話 あっちこっちそっちどっち?

 

「今は授業中なはずですよ! そ、そこの他校のあなたたちもこんなことをしてはいけません! ぼ、僕怒りますよ! ほ、本当に怒りますよーー!」

 

「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」

 

 

ネギの涙の叫び。

生徒のために涙を流してでも叱るネギ。

不良たちは喧嘩の手をピタリと止めた。

しかし数秒後・・・

 

 

「「「「「「「「「「知ったことかアアアアア!!」」」」」」」」」」

 

「ええっ!? しかも両校全員揃ってですかァ!?」

 

 

ただ、子供が叫んでいたということで数秒気を取られただけで、不良たちは敵も味方も同じ言葉を同じ瞬間に叫んで再び殴り合い、ネギを無視した。

そもそもネギが教師だなどと、数人しか知らなかった。

 

 

「みなさん、本当に喧嘩はやめてください! 喧嘩はいけません! 学校側からペナルティを受けますよ!」

 

「「「「「「「「「「処分が怖くて不良が出来るかァ!!」」」」」」」」」」

 

「何で全員息がピッタリなんですか!? あなたたち本当は仲が良いんじゃないですか!?」

 

 

人に言われたことが出来ない。

 

「アディーネ・・・シモンを傷つけようとしました・・・許せません・・・私が・・・滅ぼします」

「って、ニアさんまで!? 黒ニアさんのほうですね!? お願いですから待ってください!」

「さあ、シモン。合体です」

「えええーーッ!? 俺も戦うのーーッ!? 無理だよーーーッ!」

「だから喧嘩はやめてくださいってばァ!!」

 

当たり前のことが出来ない。

言われたら余計に抗いたくなる、それが不良。

 

「うう~・・・誰も言うこと聞いてくれないよ~。不良って怖いよ~・・・3-Aの人たちは本当にいい子ばかりだったんだな~」

 

ネギは再び自信を喪失して打ちひしがれてしまった。

そんなネギの肩をポンポンと叩き、親指突き上げてニヤッと笑う男が居た。

 

「ボウズ。上を向け!」

「ウウ~~、カミナさん・・・」

「テメエが誰かは知らねえが、さっきから何を言ってやがる。こいつは喧嘩じゃねえ!」

「・・・・・・・・・えっ?」

 

・・・・・・・?

 

カミナの言葉に一瞬目が点になったが、直ぐにハッとなった。

 

「どう見ても喧嘩じゃないですか!?」

「喧嘩じゃねえって言ってんだろ! こいつは男と女がテメエの愛を貫くための信念の戦い! そして俺たちは、ダチを・・・仲間を守るために戦ってる! 言ってみりゃあ、大喧嘩よ!」

「大喧嘩!? ・・・・・・? ・・・って、やっぱり喧嘩じゃないですかーーーッ!?」

 

ネギはうぬぼれでは無いが自分の知能レベルはそれなりには高いと思っていた。

魔法学校でも首席で卒業し、大学卒業レベルの学力もある。

周りからは少し恥ずかしいが天才少年などと呼ばれていた。

だが、そんな自分だが分からない。

 

「ダメだーー、言ってる意味がさっぱり分からないよーーーッ!?」

「頭で分かろうとするんじゃねえ! 感じるんだよ!」

「余計分かりませんよーーーッ!?」

 

不良がどうとか、問題児がどうとか以前に、会話がまったく成立しない。

自分の短い人生ながらも濃密に過ごしてきたこれまでの経験が何一つ活かされない。

そうなっては、ただの10歳児のネギにはどうすることもできず、頭を抱えてただ叫んでいた。

 

「ったく~、ボウズ、お前はまだ男ってもんを分かってねえな」

「ウウ~~、分かりませんよ~。僕は今まで女子校で働いていましたから~~~」

 

落ち込むネギをカミナは仕方が無いという表情で頭をポリポリかく。

 

「仕方ね~な、俺がお前に男の浪漫ってものを教えてやる。例えばだ・・・アレを見ろ!」

 

そうしてカミナが指差した先には、ヨーコとアディーネが派手な動きを見せながら激しい喧嘩をしていた。

 

「・・・あれが・・・どうしたんですか?」

「まあ、見てろ! おっ、もう直ぐだ・・・もう少し・・・」

 

カミナはネギの身長に合わせて中腰になりながら、サングラスの奥の瞳を細めて、ヨーコとアディーネの戦いの、主に両者の下半身に意識を集中させる。

そして目が見開いた。

 

「ここだ!」

「・・・えっ?」

「カミナーーー! 何を余所見しておる! 覚悟ーーッ!」

「馬鹿やろうチミルフ! テメエもアレを見ろ!」

「むっ・・・・オオオオオオ!?」

 

その瞬間、争っていた男たちの手は止まり、全員がヨーコの下半身に目を光らせる。

激しい戦闘とアクションにより、風でめくれるヨーコのスカート。

 

 

「「「「「「「「「オオオオオオオオッ!?」」」」」」」」」」

 

 

この瞬間、喧嘩していた男たちは心を一つにして、確かにその目で見た!

 

「そう、これぞ男の浪漫! あ、男の浪漫! その名も・・・」

 

ヨーコがスカートの下にはいている・・・

 

 

スパッツを・・・

 

 

「「「「「「「「「「歯ァ食いしばれええええええ!!」」」」」」」」」」

 

 

男たちは涙を流しながら激昂した。

 

「なな・・・何よ・・・」

 

ヨーコも驚いて振り返ってきた。

 

「やいヨーコ! テメエには失望した! スカートの下にスパッツとは、テメエは何も分かっちゃいねえ!」

「所詮はダイグレン学園か・・・がっかりじゃよ、ヨーコよ!」

「浪漫を知らねえ!」

「女の戦いのパンチラはお約束だろうがァ!」

 

そこに敵も味方も無かった。あるのは男という悲しい種族。

 

「うっさいわよバカども! 何で私があんたたちにパンツ見せなきゃいけないのよ!!」

「うっせえ! パンツじゃねえ、へそも見せねえ、露出がねえ、ねえねえづくしのテメエにはがっかりだぜ!」

 

激しいブーイングにヨーコもブチ切れ男たちに襲いかかろうとする。

 

「あの~・・・それで・・・結局男というのはなんなんですか?」

 

再び忘れられたネギだった。

 

 

「取り込み中申し訳ありません。ヨーコが戦わないのでしたら、アディーネは私とシモンが戦います」

 

「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」

 

 

ギャーギャー味方同士で揉めているヨーコ達に溜息をつきながら、黒ニアモードのニアが、逃げようとするシモンを無理やり引きずりながら呟いた。

 

「ちょっ、黒ニア!?」

「彼女はシモンを傷つけようとしました。ですから私がここで終わらせます」

「俺は無理だよォォ!?」

 

黒ニアはシモンの懇願を無視して冷たい瞳で相手を射抜く。

その殺気にアディーネも少々顔が引きつった。

 

「箱入りお嬢様が言ってくれるじゃねえか! だが、私を倒そうなんて自惚れもいいところなんだよ!」

「ま、待つのじゃアディーネ!」

「理事長には連れて帰って来いって言われただけで、無傷でとは言われてない。だったら多少手荒なまねをさせてもらうよ!」

 

アディーネは黒ニアの態度にイライラし、我慢できずに武器を手に取り襲いかかってくる。

対して黒ニアは冷静にシモンの手を握り、シモンを起こす。

 

「さあ、シモン、合体です」

「うわあああ、何でいつもこうなんだよー!?」

 

シモンの手を握り、そしてシモンの手を引いて走り出した黒ニア。

そのスピードは意外とあった。

 

「は、速い!?」

「おう、あれがシモンの力よ。シモンは誰かと触れ合っている間だけ、二人とも力が増すんだ」

「ええ、手をつなぐだけで!?」

「俺たちはあれを、『合体』と呼んでいる」

 

一瞬喧嘩を忘れてネギも素直に驚いた。

手をつないで走る二人のスピード、不良に負けぬパワー。

 

「ちっ、チョコマカと・・・」

「シモン、頭を下げて」

「ひ、ひい!?」

 

シモンを殴ろうと拳を振り抜いたが、シモンが頭を下げ、その後ろからニアがハイキックを叩きこむ。

たった一撃でアディーネの体が揺らいだ。

 

「すごい。コンビネーションも、それに黒ニアさんの運動神経もすごい! まるでアスナさんみたいだ!」

「まあね。あの子は幼いころから色々な武道やスポーツの英才教育を受けてたし、そう簡単には負けないわよ」

 

魔法や気を使っているわけでもなく、素の力だけでも相当のものだった。

おまけにシモンと手をつないでいることがまったく枷になっておらず、シモンに指示を出して、時には守りながら黒ニアはアディーネを圧倒する。

 

「・・・どういうことだ・・・」

 

そのときカミナが呟いた。

 

「ああ・・・凄すぎるぜ」

「信じられん」

「一体どうやればあんなことが出来るんだ?」

 

カミナに続いてキタンやチミルフ達も驚いている。

いくら友人とはいえ、すごいことはすごいのだろう。ネギも素直に同意した。

そうだ、ニアの細腕や小さな体から繰り出す力は、目を見張るものがある。

この学園には、まだまだ強い人がたくさん居るのだなとネギが少し関心していると・・・

 

 

「「「「「「なんで・・・なんであんなに飛び跳ねてるのに、黒ニアちゃんのパンツが見えないんだ?」」」」」」

 

「すごいって、そっちですか!?」

「何故じゃ・・・ニア様の下穿きが見えん」

「おなたもですかッ!?」

 

 

台無しだった。

男たちはひらひらとしている、少々短い黒ニアの制服のスカートに目を充血させて集中していたのだった。

 

「っていうか皆さんさっきからそれに集中してたんですか? 少しそこから離れましょう! 大体女性に対して失礼ですよ!」

「うるせえ! 男の浪漫が分からねえガキは黙ってろ!」

 

ネギは普段麻帆良女子中にて、パンチラは日常茶飯事。

お風呂に一緒に入ったり一緒に寝たり、日々女性に囲まれてモミクチャにされている。

それがネギにとっては日常と化し、カミナ達の浪漫が少しわからなかった。

 

「あっ、でもシモンは顔真っ赤にして目を逸らしてるわよ?」

「なにッ!? じゃあ、シモンにだけは黒ニアちゃんのパンツが見えてるのか!?」

「ばかな・・・どうしてだ?」

「いえ、皆さん。そんなことを真剣になられても・・・」

 

すると、男たちの心を揺さぶる世紀の大疑問に対し、黒ニアは静かに答えた。

 

「ならば教えましょう。これが私の必殺技・・・・・・確率変動パンチラです」

「「「「「「か、確率変動パンチラ!?」」」」」」

 

銀河にビッグバンが起こったような衝撃が男たちに駆け巡った。

 

 

「本来はものすごく見えてしまう状況だったとしても、下着が見える確率を無効化します。ただし・・・シモンだけは特別です。これによりシモン以外に私の下着は見えません」

 

「「「「「「「な、なんだってええええええええ!?」」」」」」」

 

何だかよくわからんが凄い能力らしい。

 

「じゃあ、俺たちは何があっても見れないのか!?」

「その通りです。あなた方が私の下着を見る可能性は・・・ほぼゼロに近い」

 

不良たちはショックでうな垂れ、ネギも真剣な顔でぶつぶつ言っている。

 

「凄い。確率なんてもはや神の領域。それを操るっていうんですか? 魔法でもないのにこの力は一体・・・」

 

一見アホみたいな能力のようで、どうやらネギは奇跡の能力を目の当たりにしたようだ。

人知を超えた力を可能にする魔法を上回るかも知れぬ能力に、気を取られてしまった。

 

「って、そうじゃない! 喧嘩を止めなきゃダメなんだ!?」

 

何だか話を常にそらされてばかりだ。正直何度も心が折れそうになる。

だがそれでもネギは一度へこたれても直ぐに立ち上がる。

 

「諦めちゃダメだ! だって僕は・・・先生なんだから!!」

 

ネギは走り出した。

 

「ん? ちょっ、坊や!?」

「バ、バカ野郎! 危ねえぞ!」

 

交錯しようとする黒ニアの右ハイキックとアディーネの拳。

二人は相手に夢中になっているためにネギに気づいていない。

ゆえにヨーコ達が叫ぶが、二人の蹴りと拳は止まらず、ネギはその間に割って入った。

 

「ちょちょちょ、黒ニアーーーーッ!?」

「ッ!?」

 

シモンがネギに気づき、黒ニアとアディーネもこの時ようやくネギに気づいたが、既にスピードに乗せている自身の攻撃は止まらない。

このままでは二人の強力な攻撃により、幼い子供が大怪我を負ってしまう。

黒ニアとアディーネもこの時ばかりは焦り、シモンやヨーコ達が思わず目を瞑ってそらしてしまった。

しかし・・・・

 

「喧嘩はダメって言ってるでしょーーー!!」

 

何とネギは無事だった。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

「なんだとッ!?」

「ウソッ!?」

 

それどころか二人の蹴りと拳の間に体を滑り込ませ、黒ニアのキックを繰り出した足首を右手で、アディーネの渾身の右ストレートを左手で。つまり二人の攻撃を片手ずつで掴み取ってしまったのだ。

 

「あのガキ・・・」

「スゴイわ・・・どうやって?」

 

この瞬間、これまで眼中に無かった小うるさい子供を、ダイグレン学園とテッペリン学院の不良たちは初めて関心を向けた。

 

(速い・・・しかも私の蹴りの軌道を完璧に見切った)

(お、おまけに掴まれている腕がビクともしないじゃないか・・・このガキ・・・)

 

黒ニアとアディーネの表情も変わった。

 

「授業中に・・・しかも駅前でこのような乱闘騒ぎは見過ごせません。ですが、皆さんにも引くに引けない何かがあることは僕も分かりました」

 

子供の細腕でありながら、押しても引いてもビクともしない腕力に冷や汗をかく。

 

「そこでどうでしょう、皆さん。僕に提案があります」

「・・・・提案?」

 

この時、不良たちの中で少年が大きく見えた。

その甘く幼い表情の下に、どこか底の知れない何かを垣間見た気がした。

 

「おもしれえじゃねえかよ。提案ってのは何だよ、ボウズ」

「喧嘩は絶対にダメです。ただしどうしても決着をつけたいというのであれば・・・」

「あれば?」

 

ゴゴゴゴゴと、妙な威圧感を感じた。カミナたちも自分の手に汗をかいていることに気づいた。

このガキは只者じゃないと、誰もが認識した瞬間・・・

 

 

「学生らしくスポーツで勝負しましょう!」

 

「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」

 

 

やっぱりただの子供なのかもしれないと、考えを改めそうになった。

 

「スポーツだと~?」

「けっ、くだらねえ」

「小学校の体育以来やったことねえぞ?」

「いいじゃない、平和的で。私はその子に賛成よ」

「しっかし、スポーツね~」

 

あまり気が乗らないどころか、先ほどまでの喧嘩で剥き出しになっていた闘争心が少し萎えた。

全員どうしようか互いの顔を見合って、何とも面倒くさそうに頭をかいていた。

 

「大体スポーツって何の競技だ? ルールは? 総合か? 立ち技か?」

 

どうやら不良たちは双方とも、スポーツといっても格闘技だと思っているようだ。

だが、ネギは考える。

スポーツで決着をつけるといったら、何が正しいのか。

正直自分はあまりスポーツに詳しくない。

 

(格闘技はダメだ。もっとチームワークを育み、さわやかな汗を流す競技・・・争いやいがみ合いも無くなる・・・そんな競技といえば・・・)

 

そしてネギは顔を上げる。

 

(アレしかない!)

 

考えが決まった。メガネの奥の瞳がキラリと光った。

一体何を言うつもりだ?

不良たちが少し緊張しながら、ネギの言葉を待つ。

そしてネギが決めたそのスポーツとは・・・・

 

 

「ドッジボールです!!!!」

 

 

こうして麻帆良学園中央駅前で、炎の闘球勝負が始まるのだった。

 

 

「「「「「「「「「「ド・・・・・・・・・ドッジボールだとおお!?」」」」」」」」」」

 



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第6話 必殺ショットをぶちかませ!

 

「しっかし、あんなガキが俺たちの教師になるとはな」

「しかもドッジボールとはね~」

 

ネギが企画したダイグレン学園VSテッぺリン学院のドッジボール対決。

麻帆良中央駅前にドッジーボールのラインを引いて、不良たちがたむろしていた。

その間に、ネギという10歳の少年が少しの間だけ自分たちのクラスの担任になると聞いたカミナ達は、物珍しそうにドッジボールのボールをリフティングしながらネギを眺めていた。

 

「先生・・・何でドッジボールなんだよ?」

 

この中で、唯一不良たちの中であっても普通の学生に見えるシモンが少し申し訳なさそうに訪ねて来た。するとネギは、太陽を見上げながら目を輝かせて答える。

 

「実は僕が以前教えていたクラスで先輩たちの学年と問題を起こしたことがありました。互いに取っ組み合いの喧嘩になりそうになった時、全てを解決してくれたのがドッジボールでした! 仲間と一致団結しあって汗をかく青春の時間。僕もこれを皆さんに味わってもらいたいんです!」

 

ネギはスポーツの起こす奇跡に期待していた。

自分はスポーツには詳しくないが、最近クラスでも話題のアニメやドラマでも不良がスポーツに打ち込んで変わるというのは良くある話だ。

ネギはドッジボールという自分にとっても思い出深いスポーツで、皆が心を入れ替えてくれることを期待していた。

 

「そ~簡単にはいかないでしょうけどね~」

 

ヨーコが誰にも聞こえないぐらいの大きさでボソッと呟いた。

周りを見渡してもやる気があるのだか無いのだか分からない連中ばかりだ。

 

「シモ~ン。私、どっじぼおる? というスポーツは初めてです。シモンは知っているのですか?」

「う、うん。小学生の時にやったことがあるよ」

「まあ、流石シモンは物知りですね! ならば私たちのチームはシモンが居れば大丈夫ですね!」

「えっ!? いや、ルールを知ってるだけで、俺は全然苦手だよ!?」

「大丈夫。シモンなら出来ます。シモンなら何があっても大丈夫です。だから一緒に頑張りましょう、シモン」

「ええ~~ッ!?」

 

相変わらずイチャついてるシモンとニア。

 

「ドッジボールか。どんなルールだっけ?」

「ほら、以前ハンターの漫画で出て来たあれだ。要するにボールを使って攻撃する競技だ」

「か~、面倒くせえ。ちょっと一服させてくれ」

 

やる気の無さそうなキッド、アイラック、ゾーシイ。

 

「へっ、上等じゃねえか。これだけの仲間が居て負ける理由がどこにある」

「そうだそうだそうだ!」

「当てるぞ、当てるぞ、当てるぞ!」

 

やけに気合の入っているキタン、ジョーガン、バリンボー。

 

「ドッジボール? 名前が気に食わねえ。ボールがとっちか分からねえなんて曖昧な名前だ! 全部俺たちのボールだ! 今日からこのスポーツの名前はコッチボールだ!」

 

意味の分からぬことを文句言いながら叫ぶカミナ。

 

「ドッジボール・・・確かルールは内野と外野に分かれて、相手の陣地に居る敵を殲滅すれば勝ちのルール。まったく、何て野蛮なスポーツだ。降伏も逃亡も許されずに相手を虐殺するなど、どこまで皮肉にできている」

「な~、まだ始らねえのかよ~」

「あ~ん、早く帰ってダーリンと一緒にお弁当食べたいのに~」

「あの~・・・私もう帰っちゃダメでしょうか?」

 

いつの間にか混じっているロシウに各々バラバラの思いのキヤル、キヨウ、キノン。

合計14人のメンバーだが、そこにチームワークも情熱もあったものではない。

ヨーコもあまりやる気は起きない。

 

「は~~~、でもさ~ドッジボールって相手と同じ人数同士でやるんでしょ? 相手は四天王とヴィラルしか居ないじゃない。あとの舎弟は全員ボコボコにしちゃったし」

 

やる気がないうえに、人数も公平ではない。本当にこんな状態で出来るのかと、ヨーコが疑問に思っていると、そこにチミルフが口を挟んだ。

 

「ぐわははははは、安心せい。そう言うと思って、既に助っ人を呼んでいる! さあ、来い! 黒百合たちよ!」

 

チミルフが叫ぶと、彼の背後から体操服とブルマの女性たちが現れた。

 

「あれ・・・あの人確か・・・」

 

ネギはその女性たちに見覚えがあった。

 

「あなたは、麻帆良ドッジボール部の人!?」

「おほほほほほ、久しぶりね、子供先生!!」

 

そう、彼女たちこそかつてアスナたちと問題を起こし、ドッジボールでケリを付けた相手だ。

 

「私は英子! 麻帆良学園聖ウルスラ女子高等学校の3年生よ」

「同じく、ビビ!」

「そして、しい!」

「私たちがテッぺリン学院側の足りないメンバーの補充に入るわ。あなたたちの方が男性が多いのだし、それぐらい構わないわね?」

 

それなりに美しく、そして恰好から既に気合十分の英子と彼女と共に現れた女子高生たち。

 

 

「「「「「うおおおおお、ブルマーーーーッ!!??」」」」」

 

 

男たちはそんなことよりもそっちに反応したのだった。

 

「すげえ・・・生のブルマなんて初めて見たぜ・・・」

「若者が一度は思う、あの時代に生まれたかったベスト10には入るであろう、伝説の装備」

「俺たちの学園じゃ違うからな・・・・・・体育の授業出たことねえけど」

 

マジマジと英子たちのブルマ姿に目を奪われる悲しき男たち。

 

「なっ、ななな・・・なんと破廉恥な。だからダイグレン学園の人たちは嫌なのよ」

 

女たちは顔を真っ赤にしながら、ブルマを隠そうと体操着のシャツを下まで引っ張る。

しかし、その姿が逆にドツボ。男たちは親指を突き立てて、英子たちに笑顔を見せた。

 

「こんの、アホどもーーッ!? そんなもんに反応してるんじゃないわよ!」

「ヨーコ・・・しかしだな~」

「大体、あんたたちウルスラってモロ麻帆良の学生じゃない! 何で同じ麻帆良側の私たちじゃなくて、テッぺリン側に付くのよ!?」

 

ヨーコが一通りブルマに反応した男たちをしばいた後、英子たちに文句を言う。

だが、英子はヨーコの言葉に鼻で笑った。

 

「ふっ、同じ麻帆良? ふふふふ、笑わせてくれるわね。あなたたち問題ばかり起こすような落ちこぼれ組みを、私たちと同じ麻帆良の学生扱いしないでくれない?」

「なっ!?」

「みんな迷惑しているのよ。あなたたちダイグレン学園が問題ばかり起こすせいで、麻帆良の品格を落とすってね。だから今日はテッぺリン学院側の助っ人として、あなたたちに暴力ではなくスポーツで徹底的に懲らしめてやるために来たのよ!」

 

高慢な態度でヨーコ達を見下す英子たち。

 

「まあ、ワシらに助っ人して勝てば、ワシらの理事長がドッジボール部の活動に寄付金を出すという取引もしたがな・・・・」

「そこ、お静かに!! とにかく、今日はあなたたちに思い知らせてあげるわ。スポーツの怖さをね!」

 

色々取引も裏ではあったようだが、正直どうでもいい。

お前ら授業は? と誰もツッコまないので、それもいい。

しかし、ここまで言われて黙っている奴らは、ダイグレン学園には居ない。

 

「言ってくれるじゃねえか、ブルマーズ」

「なっ、ブルマーズ!? 私たちは、黒百合よ!!」

「俺たちの大喧嘩に首突っ込むとは上等だ! だったら俺たちは、無敵のダイグレン学園の恐ろしさをテメエらに教えてやる。俺らの仲間に手を出したらどうなるかを思い知りやがれ!」

 

カミナが先頭に立って、四天王、ヴィラルに黒百合ブルマーズに向かって叫ぶ。

そしてカミナの背後には、同じ目をしたクラスメートたちが集結していた。

 

「勝つぜ、カミナ!」

「当たり前よ。俺を誰だと思ってやがる!!」

 

簡単な挑発を受け流せないのが不良。

ダイグレン学園問題児たちは、一つになった。

 

 

「「「「「オオオオオオォォォォ!!!!」」」」」

 

 

麻帆良中央駅で叫ぶクラスメート。

一致団結したその姿を見て、ネギは涙を流して感動した。

 

(やった・・・やったよ~~! やっぱりスポーツは凄い! あれだけの困った人たちが、こうも真面目にスポーツに取り込もうとしている! スポーツ・・・まるで魔法みたいだよ!)

 

自分が提案したことに、喧嘩ではなくスポーツで決着をつけてくれるというのは、とてもとても大きな進歩だとネギは感動した。

その涙は・・・

数秒後に、違う意味の涙になってしまうが・・・

 

「うおりゃあああ! 全員一斉攻撃だ!!」

「よっしゃああ!!」

「くたばれ!」

「おう、そうだそうだそうだ!」

「くたばれくたばれくたばれ!」

 

試合開始直後、いきなりとんでもない展開になった。

 

「なっ、カミナァ! 貴様ら!」

「キャ・・・キャアアア!?」

「いやあッ!?」

「おのれ~、何と卑怯な!?」

 

試合開始した途端、何とカミナやキタンたちは、大量のゴミを投げた。

次々と投げられるゴミに、相手チームは思わず声を上げて逃げまどう。

 

「よっしゃ、くらいやがれ!」

「えっ・・・きゃあッ!?」

 

そして相手がゴミに気を取られている隙に、黒百合ブルマーズの一人に当てて、さっそく一人をアウトにした。

 

「き、貴様らァ!? まともにボールも投げられんのか!?」

「ウルせえ、これも立派な俺たちのボールだ!」

「ゴミはゴミだ! ボールではない!」

「何言ってるんだ、当たり前じゃねえか!」

「ぐっ、カミナァァ!?」

 

あまりにも卑怯過ぎて、ルール違反だとか、反則だとか言う気にもなれない。

 

「・・・・・なんで・・・・こうなるの・・・・」

 

感動の涙が再び悲しみの涙になって、ネギはうな垂れてしまった。

 

「皆さん! スポーツでずるして勝ってうれしいんですか!? 男なら正々堂々とじゃないんですか!?」

 

かつてドッジボール中に魔法を使おうとした自分に向かってアスナが言ってくれた言葉だ。

だが、不良に卑怯もクソも無い。

 

「何言ってやがる! 裏で金使って取引してる奴と違って、俺たちはコソコソしねえで堂々とやってるじゃねえか!!」

「開き直ってるだけじゃないですかァ!?」

 

ネギががっくりとする。

その間にもカミナたちは相手チームの内野の人間を二人三人と次々と当てていく。

 

「いいペースね。どーせ、四天王もヴィラルも素人だし、相手が混乱している隙に倒すならやっぱり経験者の奴らよね・・・だったら・・・」

 

敵に当たって運よくこちらの陣地まで再び戻ってきたボールを拾い、今度はヨーコが投げる。

 

「次はあんたよ!」

 

運動神経抜群のヨーコの球は、スピードと威力を兼ね備えた中々の剛球だった。

しかし・・・

 

「調子に乗らないことよ」

「なっ!?」

 

英子がヨーコの剛球を正面から受け止めた。

流石は経験者。ましてやそれなりの実績を兼ね備えた強豪の部でもある。

何を隠そう麻帆良ドッジボール部は関東大会優勝がどうとかの部活である。

いかに剛球とはいえ、素人のボールを止めるのは当然と言える。

 

「ふっ、確かに威力はすごいけど、所詮は単調なストレートボール。こういう技があることも知っておくようにね」

「ッ!?」

 

英子はボールを持ったまま体を捩じる。

まるで野球のトルネード投法や円盤投げのようなフォームだ。

そして捩じった体の反動、そして回転を利用してボールを放つ。

 

「トルネードスピンショット!!」

 

英子の投げたボールが、螺旋の軌道を描いてダイグレン学園に襲いかかる。

 

「つっ!?」

「へっ? ・・・っていやあ!?」

「あううッ!?」

 

ヨーコは何とかジャンプして英子のボールを回避したが、その後ろに居たキヨウとキヤルが二人まとめてボールに当たってしまった。

 

「す、すごい! 僕たちのクラスとやった時は、あんな技無かったのに」

 

これが噂のダブルヒットだ。

 

「な、なんて技なの!?」

「あの技・・・昔のドッジボールアニメで見たことがあるぜ」

「ああ、小学生の時に真似して誰一人成功しなかった技だ。まさか現実に完成させた奴が居るなんてな・・・」

 

関東大会優勝も伊達ではない。

一瞬でペースを相手の物にされ、ダイグレン学園も顔色が変わった。

 

「おほほほほほ、これが私のトルネードスピンショット。あなたたち不良にはどうあがいても止められないわ」

 

そして英子の投げたトルネードスピンショットはダイグレン学園の二人をアウトにしてもボールの威力は衰えずに、そのまま外野まで転がった。

つまりまだ相手ボールのままだ。

そしてボールは外野を中継して、また英子の元に戻る。

 

「卑怯な手でだいぶ内野の数を減らされたけど、もうこれまでよ。さて・・・次はそこのブ男たちにぶつけるわ」

 

英子が男たちに狙いを定める。だが、ここでチミルフが口を挟む。

 

「まあ、待てウルスラの。慌てることは無い」

「えっ?」

「それにこれは元々ワシらの喧嘩でもある。ならばワシらも少し活躍させてもらおうか」

「そうだね、ドッジボールってボールが回ってこないと暇だからねえ」

「ふっ、我らの必殺ショットも披露してやろう」

「そして奴らに思い知らせてやるのだ」

 

要するにボールを渡して投げさせてくれと言っているのだ。

まあ、言っていることも筋が通っている。そのため英子もニヤッと笑ってボールを渡す。

 

「さあ、まずはワシからじゃ!」

 

まずはチミルフが投げる。

その丸太のように太い剛腕、両手のひらでボールを上下から押し潰す。

そして潰されて膨張し、形が少々変形したボールを、そのまま腕力に任せて投げる。

 

「パワーショットじゃ!!」

「きゃああ!?」

「キノーーーン!? この野郎・・・よくもこの俺の可愛い妹を!!」

 

今度はキノンが当てられた。

 

「どうした、そんなものかァ!」

「ふん、大したこと無いねえ!」

「これはニア様を奪還するのは意外と楽なことになりそうじゃのう」

 

一気に人数が減っていくことと相手の挑発に悔しそうな顔を浮かべるダイグレン学園だが、相手チームの猛攻は止まらない。

 

「むっ・・・出来る・・・もしテッぺリン学院にドッジボール部が設立されたら、我らの関東王者の座も脅かされる」

 

英子も素直にテッペリン学院の強さを認め、負ける要素が一切無いと、既に余裕の表情を浮かべている。

 

「あわわわ、どうしよ~。まさか相手がこんなに強いなんて。僕が言い出したことでこんなことになるなんて・・・教師の僕が助っ人に入るわけにもいかないし・・・」

 

生徒たちのことを思ってスポーツ対決を提案したネギだが、それが裏目に出た。

まさか相手が金を使って助っ人を呼ぶなどと予想していなかったため、ダイグレン学園は窮地に追いやられていた。

 

「このままじゃ残りの皆さんも・・・」

 

だが、まだだ。

そんなネギの不安を吹き飛ばす、諦めていない男がまだ居る。

 

「へっ、上等じゃねえか! このピンチをひっくり返したら、俺たちはヒーローだぜ!」

「アニキ!?」

「カミナッ!?」

「カミナさん!?」

 

ダイグレン学園番長のカミナは諦めていない。

 

「で、でもアニキ~、四天王に経験者が相手じゃ勝ち目が無いよ~」

「馬鹿やろう! 無理を通して道理を蹴っ飛ばす! それが俺たちダイグレン学園の教育理念だろうが!!」

 

心に過ぎる不安や弱気な心など全て吹き飛ばす。

それがカミナという男の力だ。

 

(皆さんの心が・・・すごい、持ち直している。言っていることはメチャクチャだけど、カミナさんの言葉で、皆さんも目の色が変わってきた)

 

ネギの思ったとおり、その言葉を聞いたキタンたちも、臆していた気持ちが少し軽くなった。

 

「で、でもどうやって?」

 

しかし、このままではただの強がりだ。素朴な疑問をシモンが投げかける。

この状況を打破する一手、それは・・・

 

「お前がやるんだよ!」

「・・・・・・えっ?」

 

反撃開始の作戦が皆に告げられた。

 

「むむ、何をやってるの?」

「気をつけろい。カミナもそうだが、あの小僧も加わると、何をしでかすか分からん」

 

コソコソと何かをやっているダイグレン学園に英子が首をかしげ、グアームたちは警戒心を高める。

これまで幾度と無く喧嘩してきただけに、相手がこのまま終わらぬことは彼らが一番分かっていた。

そして、次の瞬間グアームたちは目を見開いた。

 

「はーっはっはっは、こいつが兄弟合体! 待たせたなテメエら!!」

「ぬぬ、合体か!?」

 

何とシモンがボールを持ち、カミナに肩車されているのである。

 

「さあ、行け! シモン! 自分を信じるな! 俺を信じろ! お前を信じる俺を信じろ!!」

「わ、分かったよ、アニキ!」

 

カミナはシモンを肩車したまま走り出す。

シモンも恐れを覚悟に変えて、振りかぶる。

 

「シモンさん、自信を持って!」

 

思わずネギも外野から声を出す。

 

「おう、そうだシモン!」

「シモン、がんばるのです! シモンなら大丈夫です!」

「しっかりやんなさいよ、シモン!」

 

ダイグレン学園の仲間たちの声が響く。

 

「いけ、シモン! お前のドリルで壁を突き破れ!! 漢の魂完全燃焼!!」

 

その声援を背負い、己の気合と合体で生み出されたパワーを用いて、シモンは吠えた。

 

「うおおおお、必殺! ギガドリルボールブレイクゥ!!」

 

シモンが投げたボールは、ドリル回転で突き進み、うねりを上げて相手チームに襲い掛かる。

 

「な、なぜだああああ!?」

「いやああ!?」

「こ、これはジャイロボール!?」

 

シモンの繰り出した想像を遥かに超える魔球が英子たちの背筋を凍らせた。

その巨大な力を止めることは出来ず、ヴィラルとブルマーズの一人が同時にヒットした。

これで残る相手は四天王と英子のみ。

希望が再び見えてきた。

 

「やっ、やったよアニキ!」

「おう、流石だぜ兄弟!」

「シモン、素敵です!」

「やるじゃないの!」

 

シモンとカミナの力が先ほどまでの不安を希望に塗り替えた。

ダイグレン学園の勝機が訪れた。

だが、次の瞬間・・・

 

「ぬりゃあああ!!」

「ッ!? シモン、危ねえ!!」

「・・・えっ?」

 

喜びに踊るダイグレン学園の隙を突き、チミルフがシモン目掛けてボールを投げてきた。

誰も気づかぬ中で、唯一気づいたカミナがダイビングしてシモンを突き飛ばす。

 

「アニキ!?」

「チミルフ!? テメエ~」

 

危うくやられるところだった。

ボールはシモンに当たらず通過し、そのまま外野へと出て行く。

しかし・・・

 

「先ほどのお返しだ!」

「ヴィ、ヴィラル!?」

「外野の者もボールを投げられるというルールを忘れるなァ!!」

 

チミルフが投げたボールを、外野に居るヴィラルがキャッチし、そのまま即座に投げ返す。

狙いはカミナだ。

だが、カミナも何とか体を反転させて、間一髪で回避するが、敵の攻撃は終わらない。

 

「これで、終わりよ!!」

「げっ、ブルマーズ!?」

 

よけたボールの先には、今度は英子が居る。

そして英子はバレーボールのレシーブのようにそのボールを高く上げ、そしてボールに向かってジャンプする。

 

「なっ、逆光が!?」

 

太陽を背に高く飛ぶ英子。カミナは太陽の逆光で英子の姿を直視できない。

 

「必殺! 太陽拳!!」

 

何度もボールを回避してきたが、立て続けに起こったためにカミナの体勢は崩れていた。

そして・・・

 

「ぐわああああああああ!?」

 

ボールはカミナの顔面に直撃し、カミナの悲鳴が麻帆良中央駅前に響き渡った。

 

「アニキ?」

 

ヒットしたカミナを、シモンは見下ろした。

 

「やられた・・・すまねえな・・・ダチ公・・・」

 

そしてダメージを受けたカミナは、そのまま気絶してしまった。

 

「ア・・・ニキ?」

 

カミナは自分を庇って、体勢を崩して敵にやられた。

 

「アニキ! アニキーーーーッ!?」

 

カミナがアウトになってしまった。

ダイグレン学園は全員開いた口が塞がらなかった。

どんな喧嘩もカミナが居たから、自分たちはここまで来れた。

しかしそのカミナがやられたことは、彼らの心に大きな穴を開けた。

 

「アニキさん・・・シモン」

 

ニアはシモンの下へ走る。

自分の所為でカミナがやられたと思っているシモンは、自分を責め、ショックで肩をガックリと落としている。

 

「俺の所為だ・・・俺の所為でアニキは・・・」

「・・・シモン・・・」

 

期待されていたのに、自分の所為でチームを最悪の展開に追い込んでしまった。

自分を責め続けるシモンに掛ける言葉が見つからず、ニアは黙ってシモンを抱きしめる。

 

「そんな・・・カミナさんが外野になってしまったら・・・」

 

ネギも僅かな時間ながら、カミナという男がダイグレン学園の不良たちの中でどれほど大きなウエイトを占めているのかがそれなりに分かっていた。

だからショックを受けるシモンやキタンたちの気持ちが分かった。

敵は逆にカミナを当てたことにより、この勝負はもう自分たちの勝ちだと疑っていない。

完全に勝ったと思っている顔だった。

当てられたカミナも気絶して何も言わない。

もう、これで終わりなのか?

この勝負はダイグレン学園側の敗北になってしまうのか?

誰もがそう思いかけたその時だった。

 

「そこで何をやっているんだい、君たち! ここをどこだと思っているんだ! しかも授業中だぞ!?」

 

三人の教師が、騒ぎを起こしているシモンたちに向かって怒鳴りながら現われた。

 

「げっ、ガンドルフィーニ!?」

「鬼の新田!?」

「やべえ、デスメガネも居やがる!」

 

現われたのは、魔法先生のガンドルフィーニ、そして魔法先生ではないが、学園の広域生活指導員の新田。

そして・・・

 

「タ・・・タカミチ」

「やあ、ネギ君。研修初日に大変だね」

 

学園最強候補のタカミチまで現われたのだった。

どれもこれも麻帆良では有名な教師。

タカミチに関してなど、テッペリン学院の不良たちでも知っていた。

 

「ぬう、あれが噂のデスメガネか」

「だが、これでこの茶番も終わりだね~」

 

こうなってはもうドッジボールどころではない。

少し拍子抜けな感じをしながら、チミルフたちも学園の教師たちの下へ歩いていった。



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第7話 今こそ言うぜ、あの言葉!

 

「たびたび問題を起こして・・・今度は授業中に駅前で乱闘・・・その次は駅前を無断に利用して、こんなくだらん遊びまでやって・・・何をやっておるかアアアア!!」

 

鬼の新田の怒号が響く。

 

「ちっ、うるせえな」

「あ~あ、つまんねえ。停学にでも退学にでもすればいいじゃねえかよ」

だが、キタンたちに反省の色は無い。

 

カミナがやられたこと。どちらにせよ勝ち目が無かったが、途中で教師の横槍が入って中断になったこと、何だか何もかもが面倒くさくなって、キタンたちも不貞腐れた。

 

「に、新田先生、待ってください!」

「ネギ先生は黙っていなさい! そもそもこいつらにはこれだけ言ってもまだ足りないんですから!」

「で、でも・・・」

 

ネギも新田を宥めようとするが、その怒りの炎は決して収まることは無い。

それに新田の後ろに居るガンドルフィーニやタカミチも難しい顔をしていた。

 

「ネギ君、この問題はある意味君には少し早い。新田先生の言っていることは間違っていないよ」

「タカミチ!?」

「その通りだ、ネギ先生。授業をサボるだけでは飽き足らず他校との喧嘩や問題・・・それに最近ではテッペリン学院の理事長の娘さんを脅しているとかで、警察沙汰にもなっている」

「えっ!?」

 

ガンドルフィーニがそう言った瞬間、シモンの傍に居たニアが慌てて叫ぶ。

 

「それは違います! 私は私の意志で皆さんと居るのです! お父様には心配を掛けているかもしれませんが、私は人形ではありません。友達や・・・好きな人と離れたくは無いのです!」

「君とこいつらの間で何があったかは知らないが、こいつらは君が思っているような奴らじゃない。平気で暴力をふるって人を傷つけるような不良たちなんだよ」

「違います! どうして皆さんは彼らの良いところを何も見ようとしないのですか?」

 

ニアが珍しく声を荒げてガンドルフィーニに食いつくが、カミナたちのこれまでの悪評のほうが高く、聞き入れてはもらえない。

 

「よせよニアちゃん」

「キッドさん!?」

「別に俺たちも言い訳する気もないんだからな」

「アイラックさんまで!?」

「へっ、くだらねえ。まあ、カミナがやられた時点でどっちにしろここまでだろ?」

「ゾーシイさん!?」

 

そもそも何故彼らはテッペリン学院と喧嘩することになったのか? その理由を誰も言わなかった。

ダイグレン学園に居たいというニアのわがまま。

そのニアを連れ戻しに来た連中からニアを守るために彼らは戦っていた。

それが分かっていたからこそニアも教師たちにその事を知ってほしかったが、教師たちは聞く耳を持たず、キタンたちも既に言い訳する気も無いようだ。

 

「タ、タカミチ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

ネギがどうするべきなのかタカミチを見上げるが、タカミチも難しそうに首を振って何も言えなかった。

 

「とりあえず・・・テッペリン学院の君たちはもう帰りなさい。そして英子君たちも後で話を聞くので職員室に来なさい」

「は・・・はあ・・・」

「仕方ない。理事長にはダメだったと言っておくか」

 

タカミチに言われて相手チームも解散し始める。

 

「さあ、お前たちはこのまま生活指導室に来い。今日という今日は許さん。キッチリと処分を下すから覚悟しておけ」

 

そしてダイグレン学園の生徒たちは教師陣に無理やり腕をつかまれ、全員連れて行かれようとしている。

これで何もかもが終わってしまう。

そう思ったとき、ネギはこのままでは絶対にダメだと思った。

 

(ダメだ・・・僕はまだ子供だけど・・・このままじゃ、どんなに指導されても説教されても何も意味が無い・・・)

 

例え新田やガンドルフィーニたちが何を言おうとも、今のキタンやシモンたちの眼を見れば、耳から耳に通り抜けるだけだろう。

それでは意味が無い。

そして下される処分は停学あたり。

停学が明ければ、そのまま元に戻る。それの繰り返しだ。

 

(ダメだ・・・僕は・・・先生なんだ・・・今は・・・今は彼らの担任なんだ)

 

ネギは必死に考える。

 

(魔法の力に頼るんじゃない・・・自分の力でやるんだ・・・それが出来なくて・・・何が先生だ!)

 

魔法使いとしてではなく、一人の教師として、ネギは決心した。

 

「待ってください!!」

 

ネギの叫びに、全員が足を止めて振り返った。

 

「授業を放棄してドッジボールをしろと言ったのは僕です。ですから、彼らに処分を下すというのなら、僕に処分を下してください!」

 

それは、誰もが驚かずにはいられなかった。

 

「ボウズ・・・」

「坊や・・・」

「・・・アンタ・・・何・・・言ってるのよ」

 

ダイグレン学園だけでなく、タカミチやガンドルフィーニも同じような顔をしていた。

 

「ネギ君・・・」

「ネギ先生。君は自分が何を言っているか分かっているのかね?」

 

だが、ネギは変わらずに頷く。

 

「はい。分かっています」

 

教師たちも目を細めて、ネギの言葉にどう反応していいのか分からない。

だが、混乱している彼らに向かって、ネギは更なる言葉を告げる。

 

「そしてお願いがあります。責任は僕が全部取ります。だから・・・このドッジボールを最後までやらせてあげてください!!」

 

小さな体で精一杯ネギは頭を下げた。

 

「ド、ドッジボールだと? ネギ先生、君は何を言っているんですか?」

「新田先生、お願いします! これはとても重要なことなんです! そして彼らは喧嘩をしていたわけではありません! 仲間を・・・大切な仲間を守るために戦っていたんです! だから・・・勝つにしろ、負けるにしろ、最後までやらせてあげてください! このままじゃ、彼らの絆にヒビが入ったまま終わってしまいます!」

 

ネギはすがるように頭を下げる。何度も何度も精一杯の想いを込めて頭を下げる。

 

「ぼ・・・ボウズ・・・」

 

キタンたちは皆、呆然としていた。

何故この子供は自分たちのためにここまで頭を下げるのか理解できなかった。

 

「ネギ君。君が優しいのは知っている。でもね、罪を庇うのは優しさじゃない。それは教育者としてやってはいけないことだよ?」

 

そんなネギの肩に手を置き、タカミチが少し複雑そうな顔をして告げた。だが、それでもネギは言う。

 

「タカミチ、確かにカミナさんたちは授業をサボるよ。喧嘩もするかもしれない。でも、彼らは仲間をとても大切にする人たちなんだよ! それって凄くいいところじゃないか! でも、このままじゃその心まで無くなっちゃう! 彼らのそんな良いところまで奪ったら絶対にダメだよ!」

「・・・・・・・ネギ・・・君・・・・」

「新田先生! ガンドルフィーニ先生! 彼らは処分を恐れずに仲間を守るために暴力を振るいました。それだけ彼らに引けない事情があったんです。でも、学内で暴力は許されない。だから僕もスポーツで決着を着けろと言いました。ですから、お願いします! 僕が後で処分を受けます。ですから・・・ですから、彼らの決着をつけさせてあげてください!」

 

言葉を失うとはこういうことなのかもしれない。

別に脅されているわけでもない。何か裏で考えているわけでもない。

そんなこと、ネギの泣きながら頭を下げる様子を見れば一目瞭然だ。

 

「バ・・・馬鹿じゃねえか・・・あのボウズ・・・」

「そうね・・・馬鹿よ・・・私たちのこと、買いかぶりすぎだわ」

 

ネギは分かっていない。ネギが思っているほど自分たちはいい人間ではない。

 

「けっ・・・くせ~し、うぜ~よ・・・・・・」

「ああ・・・・・・虫唾が走る・・・」

「甘いぜ」

「おう、甘い甘い」

 

だが、それでもネギの言葉に後ろめたさと、何か心に来るものがあった。

自分たちはニアを守るためとは言ったが、喧嘩も素行の悪さも日常茶飯事だ。

だから教師に疑われたり見下されたりしても言い訳する気は無かった。

正直余計なお世話だと普段なら言うだろう。

だが、僅か10歳の少年の純粋すぎる甘さが何よりも心を乱し、揺さぶられてしまった。

 

「ああ~~~、くそ~~、もうッ! おらあ!」

「いたっ!?」

 

イライラが限界に達したキタンは、後ろから軽くネギの尻を蹴った。

 

「キキ、キタンさん!?」

「キ、キタン!? お前はネギ先生になんて事を!?」

 

新田たちが再び叫ぶが、キタンは聞く耳持たず、そのまま歩き出す。

 

「・・・えっ?」

 

そして歩き出したキタンはイライラした中で、落ちてるボールを拾い、そのままドッジボールのコートへ戻った。

 

 

「「「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」」

 

 

キタンのその姿を見て、アイラックやキッド、ジョーガン、バリンボー、ゾーシイたちも無言でネギの頭を軽く叩き、そのままコートに戻る。

 

「イタッ! テテ、イタッ! な、何で皆さん、ぶつんですか!?」

 

ネギが頭をさすりながら文句を言うが、その後もキヨウやキヤルたちも黙ってネギの頭を叩き、ついにはロシウまで軽く扉をノックするような感じにネギの頭を叩いた。

皆の行動の意味が理解できないネギに、ヨーコも真面目な顔をして軽く叩いた。

 

「怒ってんのよ、皆」

「ヨーコさん!?」

「あんたが勝手なこと好き放題言ったせいで・・・・負けられない・・・戦う理由が増えちゃったじゃない」

 

そう呟いてヨーコまでコートに再び戻って行った。

 

「シモン・・・みんな・・・戦おうとしています」

「・・・・・・・・・・・・」

「みんな・・・やっぱりとても素敵な人たちばかりです」

「・・・・・・・・・・・・」

「シモン。私は分かっています。シモンなら大丈夫だって!」

 

ダイグレン学園の不良たちが、スポーツで決着をつけるために再びコートへ舞い戻った。

 

「シモン」

 

そんな彼らに涙を流しそうになりながら、ニアはほほ笑みながらシモンに手を差し出す。

何の疑いもなく、シモンを信じて差し出した。

ニアはシモンに一緒に行こうとも、立ち上がれとも言わない。

何故ならニアには分かっているからだ。そんな言葉が必要ないことをニアは分かっているから、何も言わないのだ。

シモンはその手を見ず、ただ、下を向いたままこれまでのことを振り返る。

 

(何やってるんだろ・・・俺・・・アニキがやられたことで動揺して、落ち込んで・・・先生たちに怒られても何も言わずにただ黙って・・・)

 

これまでのことを振り返り、そして自分自身のことを考える。

 

(あんな・・・10歳の子供があんなにしっかりと・・・一生懸命に・・・一人でがんばっているのに・・・俺はいつも・・・いつも・・・)

 

ネギ。

シモンはネギのことを良く知らない。

今日いきなり自分たちの担任になったばかりの10歳の少年。しかも事情も良く知らない。

ただ、今にして思うと、ネギはどんな思いでダイグレン学園の教室に入ってきたのだろうと考える。

欠席者ばかりで、生徒が全員早退して、喧嘩して、止めても言うことを聞かない自分たち。

普通の教師ならその場で辞めるか文句を延々と言うだろう。

しかし今、ネギは自分が処分される覚悟で自分たちのために頭を下げた。

不良でろくでなしの自分たちのために頭を下げる。

自分なら耐えられるか? カミナやニアにヨーコに囲まれて、守られている自分が、10歳のときに誰も味方の居ない教室に足を踏み入れられるか?

だからこそ、キタンやヨーコたちはコートに戻った。

ならば自分はどうする?

これまでカミナやヨーコに流されてばかりだった自分はどうする?

シモンは何をする?

決まっている。

 

「ああ、行こう!」

 

差し出されたニアの手を握り、シモンは立ち上がった。

 

「ええ!」

 

ニアも満面の笑みでほほ笑んで、シモンと共にコートへ戻る。

 

「お、お前たち・・・な、何を勝手なことを・・・」

 

やる気もなく不貞腐れていた不良たちが、コートへ戻った。

それは新田たちにも信じられない光景だった。

 

「・・・けっ・・・オチオチ寝てもいられねえか・・・」

 

するとその時、強烈なボールを顔面に受けて気絶していたカミナが立ち上がった。

 

「カ、・・・カミナ!?」

「へっ、内野だろうが外野だろうが関係ねえ! 10倍返しだ!」

「アニキ!」

 

よろよろと立ち上がったカミナは、コートの中ではなく外野へと移動する。

だが、外野と内野に分かれていても、彼らダイグレン学園の気持ちは一つ。

 

「皆さん!!」

 

ネギはうれしくて涙が出そうになった。

 

「へっ、勘違いするんじゃするんじゃねえぞ?」

「テメエのためじゃねえ。俺たちが決着をつけてえんだよ」

「まっ、後で責任とってくれるんだろ?」

「それなら遠慮なくやろうかしら?」

「へへへ、そりゃいーや。まっ、勝つのは俺たちだけどな」

「おう!」

「迷惑を掛けるなら誰にも負けないぞ!」

「まっ、僕もたまには・・・・・・ですから・・・・・」

 

そしてダイグレン学園の生徒たちは、全員ニヤリと笑ってネギに向かって言う。

 

 

「「「「「「「だからちゃんと見とけよ、ネギ先生!!」」」」」」」

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉に驚いたのは、ネギだけではない。

新田やタカミチ、ガンドルフィーニも口を開けて驚いている。

 

「は・・・・・・はい!!」

 

今日はどれだけ泣いたか分からない。だが、こんな涙なら構わない。

ネギは、うれしさのあまり、涙が止まらなかった。

 

「ふん、面白い! さすがは我らの宿敵といったところか!」

「手加減はせんぞ?」

「へっ、くせ~ことしやがって! 言っとくけど手加減しないからね!」

「ふっ、麻帆良ドッジボール部の力・・・まだまだ見せてやるわ!!」

 

チミルフや英子たちまでいつの間にか帰るのをやめてコートに戻った。

 

「なっ、お、お前たち!? ・・・・ぬ・・・・ぬぐぐぐ・・・・ええ~~~い!! さっさとケリをつけろォ!」

 

新田もとうとう折れて、止めるのを諦めてドッジボールの続行を告げた。

 

「ありがとうございます!」

「ふ、ふん。ネギ先生。後でしっかり生徒と一緒にお説教ですからね」

「はい!」

 

新田は少し複雑そうな顔をしてソッポ向く。

その様子に今まで難しい顔をしていたタカミチとガンドルフィーニも苦笑して「やれやれ・・・」と言いながら観戦に入る。

 

「さあて、カミナが外野に行ったが、俺たちはまだ負けちゃいねえ! ここはこの俺、キタン様が・・・」

「怯むな皆!!」

「・・・・・え?」

 

コートの中で今まで一番大人しかったシモンが大声で叫んだ。

 

「無理を通して道理を引っ込めるのが俺たちダイグレン学園なんだ! みんな、自分を信じろ! 俺たちを信じろ! 俺たちなら勝てる!」

 

カミナが外野に行ってしまったことで、内野の士気をどうやって上げるかの問題をシモンが即座に解決した。

これまでずっとカミナの後ろに隠れていたあのシモンが、強い瞳で叫んだ。

 

「へっ、ようやく分かってきたじゃねえか。兄弟!」

 

自分が内野に居なくても、何も心配することは無いとカミナは笑った。

 

「な・・・お、・・・おお! 当ったり前よォ! 何故なら!」

 

自分の役目を奪われたキタンだが、直ぐにシモンに頷いた。

そして他の仲間たちも頷き、相手チームに向かって叫ぶ。

 

 

「「「「「「「俺たちを誰だと思ってやがる!!」」」」」」

 

 

不良たちの意地を賭けた戦いに、いよいよ決着がつく。

 

 



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第8話 たまにはこんなのも悪くない

「ちょっとどういうことよ、ネギがダイグレン学園に!? 何であんな不良の巣窟にネギが行かないと行けないのよ!?」

 

ネギが僅かな期間だが、自分たちの担任から外れて他校へ行くことになった。

しかもただ他校へ行くだけでなく、行った先は麻帆良学園生徒なら知らぬものは居ない、悪評高い麻帆良ダイグレン学園だ。

ネギの本来の担当である3-Aの教室では、アスナを中心に生徒たちが大騒ぎだった。

 

「まったく、アスナさんの言うとおりですわ! あの純粋で真っ直ぐなネギ先生をあんなゴミ溜めのような場所に行かせるなんて、絶対に許しませんわ!」

「うん、このままじゃネギ君がイジメられるか、不良になっちゃうよ!」

「やだー! そんなの絶対ダメだよー!」

 

アスナに同調するように、委員長のあやかや、裕奈にまき絵などもギャーギャー文句を言い、クラスをはやし立てる。

 

「そ、そんな~、ネギ先生がイジメられるなんて・・・ねえ、夕映~~」

「のどか・・・・・・。確かに、これはどういう経緯があったにせよ、学園教師側の判断は絶対に間違ってるです」

「う~ん、しっかしあのネギ君がよりにもよって、あのダイグレン学園にとはね~。今頃メチャクチャ洗礼を受けてるかもね~」

 

不安を煽るようなハルナの言葉に、アスナたちはグッと立ち上がる。

 

「冗談じゃないわよ、今すぐ連れ戻してやろうじゃない!」

「アスナさんの言うとおりですわ! 今すぐダイグレン学園に乗り込んで、ネギ先生を奪還ですわ! とりあえず雪広家の特殊部隊も配置させるよう命じなければ。ネギ先生に、もし何かが合った場合は即刻ダイグレン学園を廃校にするだけでなく、不良を殲滅しますわ!」

 

ネギを救おうと過剰なまでに炎を燃やすアスナとあやか。

しかし、周りの者たちは、ネギを救いたいという気持ちがあるが、少し頷くのに躊躇ってた。

 

「でもアスナ~、不良の学校だよ? 私たちが乗り込んで、何されるか分からないよ~」

 

まき絵が皆の思ったことを代弁した。

 

「そうだね~、不良の巣窟に私たちが乗り込んだら、何されるか分からないよ」

「それって・・・エ・・・エッチなこととか?」

「それだけじゃないよ。ヤクザと繋がってるかもしれないし、売り飛ばされるとか、働かされるとか・・・」

「ええーー! そんなの嫌だよ~~!」

 

不安で顔を見合わせるクラスメートたちだが、アスナには関係ない。

 

「何言ってんのよ、そんな学校なら尚のこと救いに行かなきゃダメじゃない!」

 

そして、これまでネギと深く係わり合いのあった生徒たちも同じ。

 

「わ、私も!」

「のどかが行くのでしたら・・・私も・・・」

「せや。ネギ君を助けられるんはウチらだけやからな。ウチも行くで」

「お嬢様・・・何があっても私が必ずお守りします」

 

全身に刀やら弓矢やら槍やらお札やら、ありとあらゆる装備で完全武装した刹那が燃えていた。

 

「せ、せっちゃん・・・鬼退治やないんやから」

「いいえ。これでも足りないくらいです。麻帆良学園の暗黒街とまで呼ばれる場所へ行くのですから」 

「ふむ、では拙者らも手を貸そう」

「ネギ坊主は私の弟子アル。弟子のピンチを救うのも師匠の役目アル」

 

次々とネギ奪還のために動き出すクラスメートを見て、躊躇いがちだった他の生徒たちも、意を決してうなずいた。

さあ、出撃だ。

しかしその時、クラスメートの鳴滝双子姉妹が、教室に重大ニュースを持ち込んだ。

 

「みんなーー、大変だよーー!」

「麻帆良ダイグレン学園の不良が、中央駅前で大乱闘してるらしいよーーー!」

 

そいつらこそ、正に妥当しなければならぬ不良。

 

 

「「「「「「「「「「なにいいい!?」」」」」」」」」」

 

 

それを聴いた瞬間、アスナはいち早く教室から飛び出した。

 

「こーしちゃ居られないわ!」

「あ、アスナさん!? ええ~い、皆さん、私たちもアスナさんに続きますわ! ダイグレン学園と徹底交戦ですわ!」

 

「「「「「「「「「「おおおおおォォォ!!!!」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

何でドッジボールなのかと問われても、シモンたちには答えられない。

所詮は10歳の少年が勝手に言い出したことだからだ。

しかしその勝手な少年の言葉には熱さを感じた。真剣に自分たちのためを思ってくれる心が篭っていた。

 

「いくよ、みんな」

「ああ。これで応えなくちゃ男じゃねえ!」

「おう、そうだそうだ!」

「ちょっと~、私は女なんだけど?」

「そう言ってるが、随分いい顔してるじゃねえか」

「あら、そうかしら?」

 

元々彼らの息はピッタリだった。世間一般のチームワークというのとは少し違うが、仲間同士の絆というものは確かに感じていた。

それが彼らの強みでもあり、それがここに来て更に強固なものへと変わった気がした。

 

「皆さん・・・がんばって・・・」

 

ネギは両手を合わせて、ハラハラしながら決着の瞬間を待つ。

自分の言いたいことをすべて言った今となっては、もう自分に出来ることは見守ることだけだ。

ネギの願いを聞き入れたにタカミチにガンドルフィーニも新田も、ただ黙ってその瞬間を待つ。

どちらが意地を通すのか。世間一般では価値のないものかも知れぬが、その意地の証明こそが不良である彼らの存在価値なのだから。

 

「ふっ、不良の意地があるのなら、私にもドッジボール部の誇りがある! これで終わらせるわ!!」

 

英子がボールを高らかにあげ、太陽を背に飛び上がる。

 

「あれはさっきの!?」

「カミナに当てた技よ!」

 

上がったダイグレン学園の士気をぶち壊すかのごとく、英子は渾身の力を込めてダイグレン学園に放とうとする。

 

「太陽拳!!」

 

だが、太陽の逆光を利用したその技を、この男が逆に利用する。

 

「僕が相手だ!」

「ロシウ!?」

 

これまでまったく出番の無かったロシウが前へ出た。

不良や問題に常に頭を悩ませていた彼だが、ネギの言葉に心を動かされ、彼も前へ出る。

 

「ふっ、正面に立つとは無謀よ!」

「それはどうですかね!」

「なに!?」

 

ロシウは若者でありながら悩み多い。そのストレスが作り出した広いおでこを、太陽を背に飛ぶ英子に向ける。

 

「ロシウフラッシュ!!」

「なっ、太陽の光がおでこに反射して!?」

 

何と逆光を利用した英子に対して、ロシウは太陽の反射を利用した。

その効果は絶大で、飛び上がった英子は思わず目を瞑ってしまい、ボールの威力は格段に弱まった。

 

「この天井の無い広い空の下! お日様に背を向けてどうするというんですか!」

 

少し間抜けかもしれないが、ロシウの機転がチームのピンチを救う。

そして威力の弱まったボールを、ニアが正面からキャッチした。

 

「やりましたよ、ロシウ!」

「流石ニアさん、よく取ってくれました!」

「やっぱ色々なスポーツやってただけあって、運動神経がいいわね!」

 

ボールをキャッチしたニアは、仲間に喜びの表情を見せ、そのまま相手に向かって思いっきり投げた。

 

「たああ!」

「うぐっ!? ・・・くそっ、やられちまったね」

「アディーネ!? まずいぞい。数が減らされた」

「私だって、シモンと・・・皆さんと一緒に戦うのです!」

 

細腕のか弱い女の子に見えて、運動神経の良いニアが投げたボールはアディーネに当たり、相手の人数を更に減らした。

これで数的にはダイグレン学園が圧倒的有利になる。

だが自分の陣地に転がるボールを拾い、英子は吼える。

 

「まだまだ! ドッジボールは最後の一人が居なくなるまで、勝負は分からないのよ!」

 

太陽拳を破られた英子だが、彼女の技はまだ尽きない。

体を目いっぱい捻らせて、最初に出した技を放つ。

 

「トルネードスピンショット!!」

 

螺旋の軌道を描いたボールが、ニアに襲い掛かる。

このスピードと威力は、さすがのニアでも受け止めることは出来ない。

しかし、だからこそ男たちは黙っていない。

 

「ニアちゃんは渡さねえ!」

「レディーを守るのは男の役目!」

 

キッドとアイラックがトルネードスピンショットからニアを横から庇って、ダブルヒットを食らってしまう。

 

「キッド! アイラック!」

「ふっ・・・やられちまったな。おい・・・シモン! 俺たちと違って、お前はレディーを泣かせるなよな」

「絶対に・・・ニアを守れよ!」

 

全てを出し切ったような表情を見せ、キッドとアイラックが外野へ移動する。

 

「ふっ、しぶといわね。でもまだまだ私たちの攻撃は終わらないわ」

「ちッ、ボールが外野まで転がりやがった。なんて威力だ。まだ奴らのボールだぞ!」

 

一気に二人を減らし、ここが勝負どころだと見て、英子も勝負を掛ける。

 

「ビビ! しい! トライアングルアタックよ!」

「分かったわ、英子!」

「了解!」

 

外野に居るブルマーズの二人が頷き、その瞬間から三人の間で高速のパス回しが始まった。

 

「なっ、速いわ!?」

「トライアングルだと? どんな陣形だ!?」

「いえ、惑わされてはダメです。ただの三角形です!」

 

バカばっかの不良たちの中で、ロシウがトライアングルアタックの正体を叫ぶが、分かったからといってどうすることもできない。

 

「はい、一人アウト!」

「うぐっ、・・・しまった・・・」

 

パスの速さについていけず、後ろを取られたロシウがあっさりと当てられアウトになる。

弾かれたボールはそのまま再び相手の陣地に転がり、すかさずトライアングルアタックが繰り返される。

 

「ま、まじいぞ!? こりゃ~、ピンチって奴だ! だが、負けるわけにはいかねえ!」

 

臆せず吼えるキタンたちだが、所詮強がりに過ぎない。英子もこれでこのまま決着をつける気である。

 

(ドッジボールは人数が減ったほうがコートの中を自由に走り回れる分、使える人間が残ったら面倒になるわ。そう考えると先に当てるべきなのは・・・あの二人!)

 

英子は瞳を光らせて、運動神経の良いヨーコとニアに狙いを定める。

 

「ビビ!」

「OK!」

 

味方からパスを要求し、英子はその場で回転しながらパスボールにキャッチして、そのままダイレクトで相手を狙う。

溜めの隙を無くしたために、相手も構える準備が無い。

 

「ダイレクト・トルネードスピンアタック!!」

 

反動を利用して威力を何倍にもあげたボールが向かう先にはニアが居る。

ニアも覚悟を決めて正面から受け止めようとする。

 

「ニアは・・・俺が守る!!」

「ッ!? シモン、ダメ!」

 

ニアを庇うようにシモンが立ちはだかる。

しかしその瞬間、今度はシモンを守るように、二人の男が飛び出した。

 

「うおお、トルネードがどうした!!」

「俺たちの暴風のほうがよっぽどデケーぞ!!」

「なっ!?」

「そんな!?」

 

ジョーガンとバリンボーだ。

二人はシモンとニアを守るために自らを犠牲にした。

 

「くっ・・・まだまだァ!!」

「やべえ、ボールはまだ敵のものだ!」

「その子がダメなら、そっちを狙わせてもらうわ!」

 

英子は再びボールを受け取り、ニアではなくヨーコに狙いを定める。

ヨーコもかかって来いと相手に気迫をぶつけるが、先ほどのボールを止められる自信など無い。

だが今度は・・・

 

「俺たちの絆、テメエごときに喰いつく尽くせるかァ!!」

「うらああ!」

「なっ、キタン!? ゾーシイ!?」

 

キタンとゾーシイがヨーコを庇った。

 

「バカ、何てことすんのよ!」

「へっ、すまねえな。こいつはただの我がままだ」

「ちっ・・・ここまでしか来れなかったか」

 

嵐のような怒涛の攻撃を喰らい、大勢の仲間がアウトになった。

 

「くっ・・・やってくれるわね・・・」

 

後に残されたのは、シモン、ヨーコ、ニアの三人だけだった。

静まり返るダイグレン学園。

一度はネギとシモンの言葉で持ち直した彼らだったが、とうとう数的にも相手に逆転されてしまった。

 

「皆さん・・・シモンさん・・・ニアさん・・・ヨーコさん・・・」

 

全ての決着は内野の三人に託された。ネギは祈るように三人を見る。

 

「どうやら決着がつきそうですね」

「うん、彼らもがんばったけど、流石に英子君たちが相手じゃきついね」

 

テッペリン学院というより、麻帆良ドッジ部の底力を見せられたと、ガンドルフィーニやタカミチも惜しかったなと呟き、既に勝敗は決したと思っていた。

内野は3人。対するテッペリン学院は4人で、更にボールはテッペリン学院側。後は時間の問題だと、誰もが思っていた。

 

しかし、英子やチミルフたちはこれで終わったとは思っていない。

 

 

「ウルスラの・・・」

「ええ、分かっているわ。彼らの目を見れば一目瞭然よ」

 

仲間の犠牲により、生き残った彼らがこのまま黙って終わるはずは無い。シモンたちの目がそう語っていた。

誰も諦めちゃ居ない。

だが・・・

 

「でも・・・意地だけで、全てがまかり通るほど甘くは無いわ! これで終わりよ!」

 

英子は再び体を捻る。その捻りは、先ほどまでより更に捻っているように見える。

 

「これが風速最大限!! マックス・スピン・トルネードショットよ!!」

 

ボールがトルネードのような暴風となり、全てを終わらせるために放たれる。

これで終わりか? 

奴らの意地はこれまでか? 

だが、外野に居るダイグレン学園の瞳はまだ光を失って無い。

 

「見せてやれ、兄弟。トルネードだかスピンだか知らねえが、お前の魂を。お前が一体誰なのかをな」

 

カミナは珍しく静かにボソッと呟いた。

そもそもこれまで大声で常にうるさく騒いでいたカミナが、味方がこれだけやられているというのに一言も発していなかった。

それは諦めたからではない。知っているからだ。

自分が外野に行って落ち込みかけた仲間たちを鼓舞し、ようやく覚醒した弟分の力を知っているからだ。

 

「いけ、シモン!!」

 

英子のボールがシモンに襲い掛かる。

この瞬間、シモンはまるで世界の全てがスローモーションになったような感覚の中で、螺旋を描いて迫るボールを見た。

 

(このままじゃダメだ。それにこんなに凄い威力なら、ニアもヨーコもまとめて当てられてちゃう。だから、俺が何とかしなくちゃいけないんだ)

 

シモンは意識をボールの軌道と回転に集中させる。

 

(ボールの正面に立つんじゃダメだ・・・回転に逆らわないように・・・包み込むように・・・)

 

シモンはゆっくりと手をボールに差し出し、そしてあろうことか、ボールを手で包み込むように、そして螺旋を描くボールの軌道に自身の体を乗せ、自分もボールごと一緒に回転する。

シモンはボールを持ったまま、威力に逆らわずにその場で一回転し、その反動を利用してボールを相手に向かって手を離した。

 

「なっ!? 私の必殺ショットをいなして弾き返した!?」

「なんと!?」

「くけえ!?」

 

何かが起こるかもしれないと予想はしていた。

だが、それがこんな結果になって返ってくるとは思わなかった。

大技の後で硬直して動けぬ英子に・・・

 

「しまっ!?」

 

驚きのあまりに反応の遅れたグアームとシトマンドラに・・・

 

「しもうた!?」

「くけええ!?」

 

これぞ伝説のトリプルヒット。

 

「バカな、トリプルヒットなど、私でも数えるほどしか見たこと無いわ! ・・・・ッ!? ボールの威力がまだ残っている!?」

 

英子は驚愕する。そして螺旋を描くボールの威力はまだ衰えていない。そのまま残るチミルフに向かって飛び込んだ。

 

「それだぜ、兄弟! そいつが・・・ドリルがお前の魂だ! テメエのドリルは、壁を全部ブチ破るまで止まらねえ! お前のドリルで天を突け!!」

 

チミルフは逃げずに正面から螺旋を描いて突き進むボールの前に立つ。だが、一回転、ニ回転と、その回転力は衰えるどころか更に増し、その螺旋の力がついに壁をぶち破る。

 

「いけえええええ!!」

「ぬおおおおおおおお!?」

 

最後の一人のチミルフまでアウトになったのだった。

あまりの力に皆が声を失ってしまった。タカミチも思わずタバコをポロッと落としてしまった。

 

「そんな・・・・・・ドッジボール歴10年・・・初めて見ました。トリプルヒットを超える幻の・・・・クアドラプルヒット・・・」

 

その瞬間、伝説が生まれた。

 

 

「「「「「うおおおおおおおお!!」」」」」

 

 

奇跡の反撃に麻帆良中央駅前に歓声が舞う。

 

「やるじゃねえか、シモン!」

「流石だ兄弟!」

「見たか、これが俺たちの10倍返しだ!!」

 

外野に行かされた仲間たちがここぞとばかりに大声を張り上げる。

いや、彼らだけでなく、ネギもタカミチもガンドルフィーニも、そして新田ですら今目の前で起こった奇跡の技に、ゾクリと体を震わせ、興奮が収まらなかった。

そして、興奮していたのは彼らだけでない。

 

「すげえ! 何だよ今の技!」

「ダイグレン学園のあいつスゲエ!」

「いいぞー! ダイグレン学園!!」

 

それは、見知らぬ者たちの歓声だった。

 

「えっ・・・」

「お、・・・おお・・・これは・・・」

 

ドッジボールに集中しすぎて全員気がつかなかった。

何といつの間にか授業が終わり、既に休み時間となった生徒たちで、ドッジボールのコートの周りは人で埋め尽くされていた。

 

「ネギーーーー!!」

「ネギ先生、ご無事ですかーーーッ!」

「来たで、ネギくーーん!」

 

そして、その人ごみを掻き分けて、アスナたち3-Aの生徒たちまでここに居た。

 

「ア、 アスナさん!? それに皆さんまで、どうしてここに!?」

「何言ってんのよ、あんたがダイグレン学園で研修なんて聞いたから、皆で助けに行こうとしたんじゃない。それより、なんなのよも~、喧嘩してるって聞いたのに、ドッジボールなんかして何考えてんのよ!?」

「心配したアル!」

「だが、杞憂のようでござったな」

「まあ、先生ですからね」

 

ネギが心配で仕方なかったクラスメートたちは、直ぐにネギに怪我が無いか体をあちこち触ったり、叩いたり、とにかく囲んでもみくちゃにした。

 

「あらら、なんだかすごいことになってるわね」

「すごいです。皆、今のシモンや皆さんの活躍をちゃんと見ていてくれたのです!」

 

いつの間にか学園中の注目を集めてしまったダイグレン学園。

その視線はこれまで嫌悪や侮蔑で見られていた視線とは違う。

 

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・・」

 

シモンは全ての力を出し切ったように、腰を下ろして呆然とこの光景を眺めていた。

カミナたちはどこかうれしそうに、どこか気恥ずかしそうに周りを見渡す。

そんな光景を見せられて、そしてこれだけ完敗すれば完全に闘志が萎えてしまったチミルフは、小さく笑ってコートを出てシモンの元へ行く。

 

「助っ人を使ってこのザマだ。これ以上は恥の上塗りじゃろう。ワシらの負けだ。理事長にはそう伝えておこう」

「えっ?」

「ワシらではダイグレン学園からニア様を連れ出すのは不可能だとな」

 

どこかスッキリしたような表情だ。ヴィラルもシトマンドラもアディーネも仕方が無いと苦笑した。

 

「ニア様・・・これがニア様の答えと思っていいのですな?」

「はい。そしていつか必ず私の口からお父様に認めてもらいます」

 

シモンに抱き付いているニアは、しっかりとした口調で告げる。

もうこれ以上は無理だろうと、チミルフたちも折れてしまった。

 

「ウルスラの・・・これで良いか?」

「・・・ふっ、・・・あんなものを見せられては仕方ないわ。大人しく負けを認めるわ」

 

勝敗が決し、相手が敗北を認めた。

その瞬間、再び麻帆良学園中央駅前で大歓声が沸きあがり、外野へ行った仲間たちもシモンとニアの下へ走った。

 

「うおっしゃあああああああああ! やったぜシモン! 男を見せたな!」

「俺はお前もやる男じゃねえかと思ってたんだよ!」

「ニアを絶対に離すなよな! 見せてもらったぜ、愛の力をな!」

「もう二人でチューしろ!」

「いいえ、いっそのことこの場で結婚しちゃいなさいよ!」

 

全力を出し切って疲れ果てたシモンを仲間たちはもみくちゃにし、何度も叩いて、挙句の果てには胴上げまでしている。

しかしその中にカミナは居ない。

 

「カミナ、あんたはシモンの所に行かないの?」

「ヨーコ? ・・・ああ。言葉なんていらねえ。俺もあいつも全部分かってるからな」

 

カミナはただ、少し離れたところから、男を上げた弟分にうれしそうに笑ってた。

 

「まま、待ってくれよみんな~」

「シモン、チューです。チューをしましょう!」

「ニアも待てって、勝ったのは俺だけ力じゃないだろ? お礼を言う人が他にいるじゃないか」

 

仲間たちに囲まれているシモンは、疲れた体で無理やりその場から飛び出した。

そしてゆっくりと3-Aの少女たちに囲まれているネギの下へ行く。

 

「な、何よ・・・あんた・・・」

「えっ、・・・あっ、・・・いや・・・その・・・」

「アスナさん、待ってください。シモンさんたちは、悪い人じゃありません」

 

アスナを筆頭に、あやかや裕奈、刹那たちまでシモンをギロッと睨む。

 

「あのさ・・・その・・・俺・・・・」

 

相手は中学生の女の子たちだが、その実力は超人クラス。

妙な圧迫感に圧されて、先ほどまでのかっこよかったシモンがどこかへ行き、再びおどおどとしてしまった。

 

(楓・・・)

(うむ・・・刹那こそ・・・)

 

対してアスナたちは喧嘩が始まるかも知れぬと予感しながら警戒心を高め、いつでも飛び出せる準備をしている。

だが、そんな彼女たちの予感とはまったく予想外の行動にシモンは出た。

 

「あの、・・・先生ありがとう!」

 

「「「「「「「「「「えっ!?」」」」」」」」」」

 

不良軍団の一人が、ネギに向かって頭を下げて礼をした。

アスナたちも驚いて言葉を失ってしまった。

 

「その・・・先生が無茶してくれたから・・・俺もみんなも勝てたし、ニアを守ることが出来た。だから・・・先生・・・本当にありがとう」

 

ネギも最初は言葉を失った。

だが、徐々にシモンが言った言葉が分かり、その瞬間は子供らしくニッコリと笑ってシモンの手を取った。

 

「いいえ! だって僕・・・今は臨時ですけど、ダイグレン学園の教師ですから!」

 

シモンとネギの会話を聞きながら、アスナたちも呆然とした状態から徐々にため息をつきだし、何やら自分たちの思っていたこととは違う展開で、要らない心配だったのではないかと苦笑した。

そして二人のやり取りをヨーコたちも眺めて同じように笑っていた。

その後は良く覚えていない。

ネギも生徒たちと一緒に鬼の説教を延々と聞かされていた。

皆とハニカンで笑顔にならないように必死だったが、気を抜けば笑ってしまうぐらい、この一日はネギにとって素晴らしいものに感じていた。

ただ、全てを言い終えた新田やタカミチたちがネギやシモンたちに向かって「結構、熱いじゃないか」と言ってくれたことは、よく覚えていた。

 

そして、翌朝・・・・

 

 

 

 

「それでは・・・出席を取ります・・・・・」

 

次の日ネギは、再びうな垂れていた。

昨日は全てうまくいったかのように思えたのだが、一夜明けて教室に来てみると、早朝のホームルームに出席していたのはロシウ、シモン、ニアの三名だけだった。

 

「う・・・ううう~~~」

 

そう簡単には甘くいかなかったのか? 

ネギは少し悲しそうに顔をうつむかせた。

だが、その時教室の外からギャーギャーとうるさい声が聞こえた。

 

「だ~~、大体ホームルームって何時からなんだよ! 一回も出たことね~から分かんねーよ」

「もう、せっかく時間通りに起こしたんだから、兄ちゃん起きろよな~」

「つうか、な~んでヨーコが俺んちに起こしにくるんだよ」

「だってあんた絶対に寝坊するでしょうが!」

「眠い・・・・」

「だ~、やっぱこのまま帰っちまおうかな~」

「やっぱ慣れねえことはするもんじゃねえな~」

 

一人二人の声ではない。

10人近くの学生の声が教室の外から聞こえてきた。

 

「・・・えっ?」

 

まさかと思って顔を上げる。

すると、教室の扉を手で開けてきたカミナが顔を出し、続いてヨーコや昨日のドッジボールのメンバーたちが全員登校してきた。

 

「あの~・・・みなさん・・・ち・・・遅刻です・・・」

 

ネギは再び顔を俯かせた。

 

「なにい!? だから面倒くせえって言ったんだよ!」 

「どーせ遅刻するんならパチンコ行けば良かったよ」

「タバコ買い忘れた・・・」

「朝飯食えなかったぞーーー!」

「食えなかった食えなかった食えなかった!」

「も~、昨日はダーリンと愛し合う回数減らしてたのに、意味ないじゃなーい」

「アニメ・・・見てくればよかった」

 

遅刻を宣告された不良たちはブーブーと文句を垂れる。

だが、そんな彼らの行動に、ネギは何故か涙が浮かび上がった。

そしてその涙を必死に誤魔化しながら満面の笑みを浮かべて叫んだ。

 

「え~い、今日は出血大サービスです! 後5分遅れたらダメでしたが今日は僕、特別に許しちゃいます!!」

 

少しずつだがたった一日で変わり始めた。

昨日は途中から自分が教師としての評価がダメだったら教師を辞めなければいけないという事をすっかり忘れてしまっていた。

しかしだからこそ、ウソ偽りの無い言葉が口から出て、皆の心を動かしたのかもしれない。

まだまだ普通の生徒たちとは言いがたい問題児ばかりだが、ネギは今日はとてもうれしい気持ちで朝から過ごせることになった。

 

「それでは、ホームルームを始めます。皆さん、席についてください。それとニアさんはシモンさんを好きなのは分かりますが、席を離してちゃんと座ってください」

 

そんなネギを見て、シモンは少しネギが眩しく見えた。

自分には出来ない。

仲間もカミナもニアも居なければ、きっと昨日も自分は何も出来なかった。

しかしネギはたった一人で奮闘し、皆の心を動かしたのだ。

俺も負けていられない。

自分も変わりたい。

そう思って、教壇の前に立つネギを見ていたのだった。

 



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第9話 部活でもやるか

ネギがダイグレン学園に来て2日目。

まだまだ来たばかりといえばそれまでだが、それでもたった一日で濃密な時間をシモンたちと過ごした。

心から吼え、気合を燃やし、魂を開放し、そして皆で一つになった。

その時は、例え一緒に戦って居なくても、ネギは紛れも無く自分たちと共に居たと、口には出さないが誰もが思っている。

だからこそ、眠い目を擦りながらも、普段は絶対に来るはずの無い早朝のホームルームにも不良生徒たちは登校したのだ。

 

「さあ、以下の英文ですが、ここの文法は非常に重要ですので皆さん覚えておいてください」

 

ネギも心置きなく授業をし、教師としての仕事を着実に・・・・・・

 

「ローーン! っしゃあ、綺麗に来たァ!!」

「げっ、緑一色!?」

「っか~~、ゾーシイ、テメエまぐれだろ!?」

「ちっ、俺から上がられたか~」

 

・・・着実に教師の仕事を出来ているわけではなかった。

 

「・・・ゾーシイさん! キタンさん! キッドさん! アイラックさん! 授業中に麻雀なんかしないでください!!」

 

授業中に卓を囲んで堂々と麻雀する4人。

しかしネギに怒られても、四人はジャラジャラと手を止めない。それどころか開き直る。

 

「いーじゃねーか、ちゃんと授業に出席してるんだから麻雀ぐらい」

「今朝は喧嘩もしてねーし」

「そんなの当たり前じゃないですかァ! 大体ゾーシイさん、高校生がタバコを吸っちゃダメですよ!」

「俺は留年しまくって既に未成年じゃないからいーの」

「まあまあ、怒るな先生。喧嘩をやらずに出席するのはある意味試練なんだ。少しぐらいの息抜きも必要だ」

「息抜きばっかりじゃないですかァ! 他の人たちに迷惑ですよ!」

 

牌をジャラジャラとさせる音は非常に響くため、真面目に授業をしている人たちに迷惑だとネギは叫ぶが・・・

 

「って、・・・ショーガンさん! バリンボーさん! 授業中に早弁しないでください!」

「なに!? 腹が減ったら何も出来ねえぞ」

「そうだ、出来ねえぞ!」

 

真面目に授業を受けている奴は・・・

 

「おっしゃあ、ドンジャラ! グランドライン成立だ!」

「あ~ん、上がられちゃった~」

「げっ、それ狙ってたのかよ、カミナ~」

「うう、てっきり麦わら海賊団を狙っていると思ったのに~」

 

真面目に受けている奴は・・・

 

「カミナさん! キヨウさん! キヤルさん! キノンさん! あなたたちも麻雀ですか!?」

「何言ってんだよ、先公。これはワンピースドンジャラだよ。こいつらキタンの妹のクセに麻雀のルール知らねえって言うから仕方なくだな~」

「どっちにしろ授業中にやってはダメです~~!!」

 

真面目に・・・

 

「ヨーコさんも堂々と授業中に爆睡しないでください!」

「う~ん・・・zzz~」

「シモ~ン、先ほどキヨウさんが貸してくださったこの、えろほん? というものですが、この裸エプロンというものを私にして欲しいですか?」

「えっ!? ニア、そんなの読んじゃダメだって!」

「でも、キヨウさんも絶対にシモンが喜ぶと・・・どうです、シモン。私がこういう・・・」

「授業中にそんなエッチな話をしないでくださーーーーーーい!! うううう~~~、ロシウさんは!? こういう時、一番頼りになるロシウさんは!?」

「ああ、デコ助なら保健室だぞ? なんか、ニアの弁当の試食をしたら体調崩したらしいからよ~」

 

授業の妨害で迷惑を被るものなど一人もこの教室にいなかった

 

「何でこうなるんだ~~~!? 皆さんあんなに昨日は凄かったのに、心を入れ替えて真面目になってくれると思ったのに~~!」

 

考えが甘すぎたと今更ながら思わずにはいられない。

結局あんまり問題は改善されていないどころか、不良の彼らの恐ろしさを改めてネギは思い知ってしまった。

 

「しかしドンジャラも飽きたな。テツカンとアーテンボローたちは今日もサボりか? シモンもニアも麻雀できねーし、こうなったらヨーコを起こしてダヤッカでも呼んで面子に入れるか」

「あっ、じゃあダーリンに電話してみるわ。今なら授業も無いだろうし」

「って、授業があろうが無かろうが、先生を呼んじゃダメですよーーーー!!」

 

ダメだこりゃ・・・

昨日の一軒でカミナたちを知った気になっていたのでは駄目だ。

やはり彼らにはネギのこれまでの経験や知識は何も通用しない。

 

(うう~、でも僕は負けない・・・生徒を正しく導いて上げられなく、何が先生だ! こんな試練に打ち勝てずに、何が立派な魔法使い(マギステル・マギ)だ!)

 

どんな説教も彼らには通用しない。力に物を言わせるのは論外だ。

こうなったら・・・

 

 

「なら、僕が相手になります!」

 

「「「「「「「なにい!?」」」」」」」

 

 

ネギが卓に座った。

その瞬間、これまで言っても何も聞かなかった連中も手を止めた。

 

「その代わり、僕が勝ったらまともに授業を受けてもらいますからね!!」

 

一教師として生身でぶつかる。

相手の土俵に立って、真正面からぶつかってみせる。

それがこの学園に来てネギが導き出した教育方法だった。

 

「ほう、おもしれえじゃねえか、先公。俺を誰だと思ってやがる。よし、キタン、ゾーシイ、お前らがここに座れ」

「よっし、なら面子はカミナ、俺、ゾーシイと先生だな」

「へっ、泣いたって知らねえぞ。大体ルール知らねえんだろ?」

「や、やりながら覚えます。だからルールを簡単に教えてください」

「上等だ」

 

ネギは授業を放棄して人生初の麻雀対決に身を投じることになる。

残りの生徒たちもギャラリーとなって周りを囲む。卓上では真剣に牌と睨めっこして役を覚えるネギがいる。

 

「すごいな・・・あんなこと・・・俺には出来ないよ」

 

ネギの姿を眺めながら、シモンはポツリと呟いた。

 

(あんな風に・・・どうなるかとか、結果を恐れないで、自分がやったことの無いものでも正面から挑戦しようとするなんて・・・俺にそんな勇気なんて無い・・・)

 

やはりネギは、10歳の子供ではあるが、ただの子供ではない。

その心は、誰よりも真っ直ぐで、シモンにはとても眩しく映った。

 

(昨日の麻帆良女子中の女の子たち・・・あれが先生の教え子なんだよな~、あの子達、最初凄い俺たちを睨んでた・・・それだけ先生のことが好きなんだ・・・)

 

10歳の可愛らしい少年。

そんな少年が女子校に放り込まれたら、愛玩動物のようにもみくちゃにされているのは目に見えている。

しかし自分たちを睨んできた彼女たちの目は、ペットを取られた飼い主とは違う。

まるで、自分たちの大切な仲間を取り返しに来たような目だった。

それはネギと彼女たちがただの教師や生徒としてでなく、しっかりとした絆で結ばれているからだろう。

 

(俺もアニキや先生みたいになりたいな・・・結果を恐れないで・・・何にでも真っ直ぐに突き進めるような男に・・・)

 

自分より一回りも年下の少年に、シモンは心の中で尊敬しているのかもしれなかった。

 

 

「あ・・・僕・・・いきなり揃ってます・・・これ・・・天和っていうんじゃないですか?」

 

「「「なにいいいいいいい!?」」」

 

 

そしてネギの天運も恐ろしかった。

 

 

 

 

 

昼休みのダイグレン学園。

といっても、ほとんどものが授業も無視して昼飯も勝手に取るためにさほど意味があるわけでもない。

しかし真面目に授業に出ている者たちには貴重な休み時間。

そんな休み時間、学園の美術室の中から何かの音が聞こえてくる。

それは、何かが削られている音。

 

「はあ~~、俺何をやってるんだろうな~」

 

部屋の中には、ゴーグルをつけ、片手で持てるハンドドリルで黙々と作業しているシモンが居た。

昼休みの美術室に一人篭ってシモンは、大きな石を削っていた。

ただ意味も無く、石を手に持っているハンドドリルで彫り続け、彫り出された石像が何かの形になっていく。

それに意味なんて無い。ただシモンの趣味のようなものだ。

シモンは一人になって時間が余ると、小さい頃からずっとドリルで何かを彫る癖が身についていた。

 

「あの~・・・シモンさん?」

「ッ!? せ、先生? 何でここに?」

「えっ・・・あっ・・・いえ、廊下まで作業している音が聞こえて気になって・・・何をやってるんですか?」

 

作業に集中していたために、シモンはネギが美術室に入ってきたことに気づかなかった。

少し恥ずかしそうにしながら、持っていた石の作品を隠そうとするが、もう遅い。ネギはそれを目にした瞬間、目を輝かせてそれに飛びついた。

 

「す、すごい! これ・・・シモンさんが石から作ったんですか?」

「えっ・・・う、うん・・・」

「すごいです! それにこれ、凄いカッコイイ! この石像の名前、なんて言うんですか?」

「あ、え~っと、グレンラガンっていうんだ」

「グレンラガンですか! 凄そうな名前ですね!」

 

グレンラガンという名の手に収まる石の人形をネギは目を輝かせて色々な角度から眺める。

それは素直にシモンの作品に関心を持って、凄いと思っている目だ。

 

「あの~、先生・・・」

「はい?」

「先生は・・・気持ち悪いって思わないの?」

「えっ、何でですか? そんなことあるはずないじゃないですか?」

 

ネギは何を言っているんだと、シモンの言っていることが分からなかった。

だが、シモンは少し言いづらそうにその思いを語る。

 

「部屋に一人でこんなことやって・・・みんなは昔から言ってたんだ。気持ち悪いとか、こんなことしか取り柄の無い奴ってバカにされてたんだ・・・」

 

シモンの中のコンプレックス。それがシモンが堂々としない理由だった。だが、ネギは憤慨する。

 

「何でそんなこと言うんですか! こんな凄いことできるシモンさんが、何でバカにされなきゃいけないんですか!」

「・・・えっ?」

「大体、それならカミナさんとかニアさんは何て言ってるんです? シモンさんをバカにしたりするんですか?」

「う・・・ううん。アニキとニアだけは俺をバカにしないで、いつも褒めてくれるけど」

「やっぱり凄いじゃないですか! だったらコソコソしないで、むしろ堂々としましょうよ! それにシモンさんはこういうこと以外にも、たくさんの凄いところがあるじゃないですか!」

 

ネギはまるで自分がバカにされているかのように怒ってシモンに食いかかる。

 

「あのドッジボールだってシモンさんの力や技が無ければ勝てませんでした。カミナさんがやられても、シモンさんがいなければ、皆さんは絶対にあそこまでいけなかったと思います」

「それは・・・」

「それに、あんなに大勢の仲間が信頼してくれてるじゃないですか。ニアさんっていう素敵な女性にあそこまで愛されてるじゃないですか。そんなシモンさんに取り柄が無いだなんて、僕怒っちゃいますよ?」

 

頬を膨らませてぷんぷんと怒る可愛らしいネギの姿に、シモンは思わず噴出してしまった。

そして自分が何故ネギのような子供に憧れたのか、ようやく分かった。

 

(そうか・・・先生は・・・心が広いんだ・・・)

 

相手の良いところを見つけ、相手を純粋に心から認められるほど器が大きいのだ。

それがシモンにもようやく分かった。

 

「ところで聞いてくださいよ、シモンさん。僕、せっかく麻雀のルール覚えて戦略も完璧だったのに、一回目の上がり以降、まったく上がれなくなったんですけど、何故だか分かります?」

「えっ? ああ・・・それは、多分アニキたちはイカサマしたんじゃないかな? 三人対一人だし、先生は初心者だし」

「ええーーッ!? やっぱりイカサマ使われてたんですか!? 僕も今麻雀のこと勉強してて、そうじゃないかと思ったんです。う~・・・さっきパソコンで調べたんですが、このエレベーターっていう技が怪しいと思うんです。でも知らなかったな~~。こういう技も勉強しとかないと、皆さんに勝てないんだ・・・」

 

プリントアウトした紙と睨めっこしながら10歳の少年が麻雀とイカサマの勉強をしている。

どこか奇妙な光景ではあるが、ネギの顔は真剣そのもの。

 

「先生・・・なんでそんなに一生懸命なの?」

 

今度はネギ自身のことに、シモンは素朴な疑問を告げる。

 

「えっ? だって、勝負して勝ったら授業を聞いてもらう約束ですし・・・」

「でも、先生は僅かな期間だけなんでしょ? だったらそこまで真剣にやらなくてもいいじゃないか。それに、こういう騙し合いみたいなゲームは先生も苦手でしょ?」

 

純粋すぎるがゆえに、ネギは直ぐに思ったことが顔に出てしまう。

 

「そうですね。そうかもしれません。でも出来ないからって逃げたくないんです。それに僕は先生って言っても子供だから、多分皆さんも、先生の言うことを聞いてください~っとか、怒りますよ? って言っても効果がないと思ったんです。だから、皆さんと同じ土俵に立って立ち向かう・・・そうやって自分を認めてもらえないかと思っているんです」

 

出来ないからといって逃げたくない。それはシモンが正に自分がなりたいと思っている人間だ。

 

「ほら、この学園の教育理念は、無理を通して道理を蹴っ飛ばせですよね? だったら僕も常識に囚われたやり方じゃなくて、こういう生徒との接し方もあるんじゃないかな~って・・・ど・・・どうでしょうか?」

 

最後は少し不安そうに尋ねてきたが、シモンにとってネギの言葉は全てが自分の中で胸を高鳴らせるものであった。

 

(そうだ・・・自分もこうなりたい・・・無理を通せる男になりたい)

 

そう思った瞬間、シモンも笑ってネギの言葉に頷いたのだった。

 

「うん、いいと思う」

「へへへ、ありがとうございます。僕、がんばります」

 

10歳の少年とこんな会話をしているというのに、年上の自分が情けないと思うどころか、むしろ話をしてみて良かったとシモンは思うことが出来たのだった。

 

「・・・ん? そういえばシモンさん、ニアさんは? いつもニアさんと一緒なのに」

「えっ? ああ、今日はキヨウたちとその・・・勉強しながらゴハンを食べるって・・・あっ、勉強って言ってもその・・・いやらしい話の勉強だけど。ほら、キヨウって結婚してるしイロイロと・・・」

「あっ/////」

 

ニアが居ないことがちょっと気になったが、理由を聞いてネギも納得した。

 

「でで、でも、そ、そういう勉強をするのはシモンさんのためなんですよね? ニアさんって本当にシモンさんが好きなんですね?」

「う、うん・・・ニアはウソつかないから・・・真っ直ぐな気持ちを俺にぶつけてくれるし、買いかぶり過ぎだって思うくらいに俺をいつだって信じてくれる・・・」

「うわ~、素敵ですね~。因みにお二人はどういう・・・その・・・経緯で? 僕も参考のために聞きたいんですが・・・」

 

ネギは自身の恋愛経験ゼロだが、少し前に宮崎のどかという生徒に好きだと告白されたことがある。

まだ、恋というものが何なのかは知らないが、ゆくゆくは立ち向かっていかねばならない問題だけに、興味心身にネギは尋ねてきた。

 

「え~っと、ニアの家は凄い金持ちで小さい頃からお姫様みたいに育てられてたんだけど、それが窮屈になって家出したんだ。その時逃げているニアと俺がばったり会って・・・」

「うわ~~、まるで映画みたいな運命の出会いじゃないですか」

「う、うん、ニアも会った瞬間にそんなこと言って・・・それ以来俺とずっと一緒に居て・・・学校も元々テッペリン学院だったのに転校までしてきて・・・」

「す、すごい行動力ですね・・・でも、それだけシモンさんのことが好きなんですね」

 

ニアの行動力からシモンへの愛情の深さが感じられた。しかし話しながらもシモンは少し表情を暗くしていった。

 

「でも・・・先生もアニキも・・・そしてニアもそうだけど、俺は皆が思うほどそんなに凄くない」

「そ、そんなことッ!?」

「いや・・・俺が一番分かってるんだ。でも、だからこそ俺・・・先生を見て思ったんだ。俺も変わりたいって。アニキの期待に・・・ニアの信頼に応えられるような男になりたい・・・俺はそう思うようになってるんだ」

 

そしてシモンは再び顔を上げる。いつもオドオドしているシモンにしては、力強く決意を秘めた目。

それは昨日のドッジボール対決で見せたシモンと同じ目をしている。

 

「だから俺・・・俺も先生みたいに何かに挑戦してみるよ。まだ何をやるかは決めてないけど・・・俺も変わりたい」

 

ネギはうれしかった。

自分の生き方を見て、見ている人が自分も変わりたいと思うきっかけになったと言ってくれたのだ。

カミナたちにはまだまだ時間がかかるかもしれないが、シモンが言ってくれた言葉は、教師としての確かな自信となった。

 

「よーーーーし、なら僕にいい考えがあります!!」

 

ネギはうれしさのあまり、全身にやる気が漲った。

 

「いい考え?」

「そうです。シモンさんも何か打ち込んで努力できるもの、充実できるものを探すんです! 熱くなれるものを、僕と一緒に探しましょう!」

「でも探すって・・・そんな簡単には・・・」

「いいえ。一つだけあります・・・その方法は・・・・」

 

ネギはふふふふふ、と笑みを浮かべて答えをもったいぶる。

シモンもゴクリと息を飲み込み、その答えを待つ。

そして、ネギが出した考えとは・・・・

 

 

「部活動です!!」

 

「・・・・えッ? ・・・・ええええええッ!? 部活ーーーッ!?」

 



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第10話 いっそ作るか!

世界有数の巨大学園都市でもある麻帆良学園。

敷地内には学校が複数存在し、研究所や機関など様々な設備も整っている。

部活やサークルに同好会の数は多く、その数は三桁を超える。

当然部によっては実績や規模の差はあるものの、どの団体も十分すぎる設備や施設が与えられ、学生たちが満足のいく学生生活を送る要因の一つともなっていた。

 

「っというわけで、今から散歩部と一緒に回りながら、シモンさんがこれだと思える部活を探す会を始めたいと思います!」

「いえーーーい♪」

「がんばりましょうね~」

「ウチも手伝うえ~~!」

 

放課後の世界樹広場にて、ネギに拍手をして盛り上げる散歩部の鳴滝双子姉妹。二人ともネギの生徒である。

そして、木乃香。さらに、少し難しい顔をしてシモンを睨むアスナと刹那が控えていた。

 

「えっ、ええ~ッと、俺は一応皆より年上だけど、その~、分からないところいっぱいあるから、教えてくれたらうれしいな」

 

少し照れながら自己紹介をするシモン。

ネギの提案により、放課後はシモンが打ち込めるものを探そうということになり、しかしまだネギ自身も学園内の団体にはそれほど詳しくないため、助っ人を募った。

それは散歩部でこの学園を日々歩き回って、詳しい鳴滝双子姉妹だ。

 

「OK~! ネギ先生の頼みだし、ボクたちにど~んと任せてよ!」

「い、一生懸命お手伝いします~」

 

元気よさそうな僕ッ娘が姉の風香で、礼儀正しいのが史香。

二人とも信じられないぐらいの低身長で中学生というよりネギの同級生といわれても不思議ではないと思ったことはシモンの秘密だ。

そして彼女たちの後ろで同じく今回の集まりにやる気を見せている木乃香。

しかし一方でアスナと刹那はどこか警戒したような顔でシモンを睨んでいた。

 

「あの~、何でアスナさんや刹那さんも? 僕が呼んだのは風香さんと史香さんなんですけど・・・」

「何言ってんのよ、バカ! あんたがダイグレン学園の人をつれてくるなんて言うから、心配できたんじゃない! 何されるか分からないでしょ!」

「ウチはアスナも行くし、ネギ君が元気か見たかったから来たんよ」

「不良がいるところにお嬢様が行くというのに、私が行かないわけにはいきません」

 

どうやらネギが鳴滝姉妹を呼ぶ際に、ダイグレン学園の生徒を連れて行くと言ったのだろう。

それがアスナたちに知られて、こういう結果になったのだった。

ドッジボール対決のときにシモンたちを睨んでいたように、その警戒心は解けることもなく、アスナたちに睨まれてシモンは少しビクッとなった。

 

「これでも委員長たちに知られたら、また騒ぎになるから内緒で来たんだから、感謝しなさいよ?」

「でもアスナさん、そんな顔しなくてシモンさんは怖い人じゃありませんよ」

「ま、まあ・・・それは見りゃ分かるけど・・・、っていうか、アンタ本当にダイグレン学園なの? どう見たって普通の学生じゃない」

「へっ? う、うん・・・そうだけど・・・」

「男ならもっとシャッキッとしなさいよ! とんでもない凶暴な不良が来ると思って身構えてた私がバカみたいじゃない!」

 

悪評高いダイグレン学園の生徒にしては、シモンはあまりにも普通すぎる。

少しアスナたちも肩透かしを食らったような気分だが、それでも油断だけはしないように、まだ警戒しているようだった。

 

「は~、でっ、シモンさんだっけ? ネギはイジメられないでちゃんとやってるの?」

「あっ、うん。その~、流石にまだまともな授業はやってないけど、クラスの人たちも何だかんだで先生のことは一目置いてると思うよ」

「ふ、ふ~~ん。でもさ、そんな中でアンタは何でいきなり部活に入ろうと思ったの?」

「え~っと・・・それは・・・」

「せやな~、シモンさんは中学のときには部活には入っとらんかったん?」

「何か人に言えない事情でも?」

「え~っと・・・」

 

いろいろと質問攻めに合うシモン。普段は同世代の男子とは別の校舎なために、彼女たちも少し興味津々のようだ。

しかしたくさんの女性に詰め寄られて少し照れて口がうまく回らぬシモンの代わりに、ネギはにこ~っと笑って言った。

 

「シモンさんは、ニアさんっていう素敵な恋人とつりあうような人になりたいからだそうです」

「ちょっ、先生!? 俺そんなこと言ってないよ!?」

「えっ? でもニアさんの信頼を受け止められるぐらいの男とか・・・」

「そうだけどそうじゃないというか・・・それじゃあ、少し意味が違うというか・・・」

「何アンタ、彼女いるの? 居そうに見えないのに!」

「シモンさんって意外と進んどるんやな~」

「恋人が居るのですか。でしたらお嬢様たちと行動しても、少しは安心かもしれませんね」

「え~っと、だから、その~、俺が言いたいのは~」

「ね~っ、早く行こうよーッ!」

「もう色々な部活が始まってますよ~」

「あ~~~もう、何でいつもこうなんだよ~~」

 

いきなりネギの問題発言で場が盛り上がりだして出発に遅れてしまったが、今日の目的はシモンの部活動探し。

この広い学園をぶらぶらとし、アスナたちの質問攻めに合いながら、シモンたちは学園の中を歩き回り始めた。

 

 

まず最初は・・・・

 

「え、え~っと、ダイグレン学園のシモンです。い、一応初心者で仮入部ですがよろしくお願いします」

「ほ~い、しかし高等部の、ましてやダイグレン学園の生徒が来るとは思わなかったね」

 

麻帆良学園の体育館。

部活としては定番な場所にシモンたちは訪問した。

とある部活の顧問に頭を下げて挨拶するシモン。

その周りではレオタード姿の少女たちがダイグレン学園という名前を聞いただけで途端に嫌そうな顔をしてヒソヒソと小声で話している。

 

「ネギく~ん、あの人大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ、まき絵さん。シモンさんは怖い人じゃありません」

「いや、ネギ。まき絵が思ってるのはそれだけじゃなくって、何で新体操部なのかってことよ」

 

体育館でシモンが先に訪問したのは、何と新体操部。特に理由はない。

自分に何が出来て何が出来ないかを判断するには、とにかく手当たり次第に挑戦していこうというシモンの意思だった。

シモンは新体操というものをまったく知らずに、とりあえず顧問の二ノ宮に頭を下げる。

 

「んじゃ~、ちょっと運動神経を見たいから、なんかやってくれる? いきなりタンブリングやれとか言わないから」

「・・・タンバリン?」

「・・・は~~・・・宙返りでもバク転でも倒立でもなんでもいい。力や人と呼吸を合わせるのが得意なら、男子なら団体で組技というのもあるぞ?」

 

新体操部の規模は大きく、麻帆良の中でも強豪の部類に入る。

そのためいきなり初心者の、ましてや素行の悪いダイグレン学園の生徒など迷惑極まりなく、顧問の二ノ宮は露骨に面倒くさそうだ。

一方で、シモンは顔を叩いて気合を入れる。

 

「そういえばアニキも言っていたな。男の合体・・・それは気合、そして宙を舞う美しさだって・・・・よ~っし」

 

体育館のフロアマットに上がるシモンに、注目する麻帆良新体操部員たち。

 

「シモンさん頑張ってくださーーーい!」

「しっかりやんなさいよーー!」

「ファイトやーー」

「がんばれーー」

 

 

ネギたちも声援を送る。その声援にシモンも頷き、さあ、シモンの演技が始まった!

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

「シモン、パスだ、パス回せ!」

「は・・・はい! い、いっけええーー!」

「バカやろう! バスケのパスは相手が取りやすくなきゃ意味ねーだろうがー! 何で無駄にドリル回転させるんだよ!」

 

バスケのコートで怒鳴られるシモン。

その様子を眺めながら、女子バスケ部の明石裕奈は申し訳なさそうに、ネギにひっそりと告げる。

 

「ネ、ネギくん・・・言っちゃ悪いけど・・・・あの人・・・多分バスケは駄目かにゃ~」

「ゆ、裕奈さん・・・そんな・・・」

 

 

 

プールでは・・・

 

「あいつ溺れたぞーーー!」

「アキラ、早く助けてやれ!」

「は、はい!」

 

プールで全力で泳いでいたら足が痙攣して溺れたシモンを、ネギの生徒の大河内アキラは慌てて飛び込んで救出した。

 

「い、息が・・・しっかりしてください。今・・・じ、人工呼吸します」

「しっかりしてください、シモンさ~ん!?」

「シモンさんは、水泳部も無理そうやな~」

 

 

 

校庭では・・・

 

「よっし、キーパーと一対一だ! 絶対に決めろよ、シモン!」

「よ、よっし! 今度こそ決めてやる! アニキのように気合を入れて! いくぞ、漢の魂完全燃焼、キャノンボールアタッーー・・・って、ボール取られちゃったよ~」

「バカやろう! 必殺技がなげーんだよ!?」

 

サッカー部のゲームで怒鳴られているシモンを眺めながら、サッカー部マネージャーの和泉亜子は頭を下げる。

 

「スマン、ネギ君・・・あの人多分無理やわ・・・」

「っていうかアイツ、スポーツ向いてないんじゃない?」

「せっちゃんの剣道部はどや?」

「申し訳ありませんが100パーセント無理です」

 

 

 

同じく校庭で・・・

 

「確かに男子のチアも最近はあるけど・・・」

「う・・・うん・・・」

「ちょっとキツイかな~」

 

苦笑しながらやんわりと断る柿崎美砂と釘宮円に椎名桜子。

 

「そ・・・そう・・・・」

 

がっくりと落ち込むシモンだった。

 

 

 

その後も色々な部活を回った。

運動部からサークルや同好会に至るまで手を出した。

しかしシモンの気合が空回りし続け、変わりたいと思う一方で人はそう簡単には変われぬと思い知らされる散々な結果になってしまった。

全てが駄目駄目という結果にショックを隠しきれず、最初の世界樹広場にてシモンが小さく体育座りをして落ち込んでいた。

 

「ここまで何にも出来ないやつは珍しいわね」

「運動系の部活なら仕方ないかもしれませんね」

 

最初はシモンに嫌悪の眼差しを見せていたアスナと刹那も、シモンの駄目駄目ぶりにとうとう同情し、いつの間にか真剣に部活探しに協力していたのだが、このような結果になりシモンを苦笑しながら哀れんでいた。

 

「ボクたちも歩きすぎて疲れたよ~」

「シモンさんもあんなに頑張ったんですけどね~」

「う~ん、せやけどこれじゃシモンさんが可哀想や」

 

ここまで一緒に協力した風香も史香も木乃香も少し疲れが見えるものの、シモンが納得いく結果が出ないことを自分の事のように悲しんでいた。

 

「せめてスポーツ経験があれば・・・」

「私も男子バスケ部の先輩にお願いしたんだけどね~、こればっかりはどうも」

「うん・・・私も力になりたいけど・・・」

「ウチはマネージャーやからそんなに入部の事に関しては言えんし・・・」

 

いつの間にかシモンの部活探しに協力しだした、まき絵に裕奈にアキラに亜子も、少し申し訳なさそうな表情をしていた。

 

「皆さん、今日はシモンさんのためにありがとうございます。でも・・・シモンさん・・・自信なくしてしまって・・・これで本当によかったんでしょうか? ボクが部活だなんて言わなければ・・・」

 

ネギは協力してくれた生徒たちに軽くお礼をした後、縮こまって落ち込んでいるシモンを見て、自分は安易な事をしてしまったのではと、少し後悔していた。

 

「そんな、ネギ君は一生懸命したんでしょ?」

「そうだよ、それにまだまだ部活はいっぱいあるし、私たちもあの人に協力するよ」

 

まき絵たちは全力を尽くして努力しているネギを慰めている。

そんなネギと落ち込むシモンを交互に見て、アスナはため息をつきながらシモンの元へ行き、隣に腰を下ろした。

 

「あ~もう、あんたもいつまでも落ち込んでんじゃないわよ。一応私たちの先輩なんでしょ? あんたが落ち込むと、ネギまで落ち込んじゃうんだから」

「うん・・・俺の所為で・・・」

「あ~もう、そんなこと言うんじゃないわよ。それに・・・迷惑どころか・・・ちょっと私もあんたを見直したんだから」

「えっ?」

 

アスナの言葉にシモンは顔を上げた。

 

「ほら、ダイグレン学園なんていい噂聞かないし、どんな奴なんだろうかと思ってたけど、こんな風に恥をかいたり、人に笑われたりしても、がんばってどうにかしようって気持ちは伝わったから、ちょっと見直したって言ってるのよ」

 

アスナはシモンの隣に座り、少し照れながらシモンに言う。その言葉に刹那も近づいてきて、頷いた。

 

「私もそう思います。その・・・最初は睨んで申し訳ありませんでした。その・・・私たちも時間があれば協力しますので、いい部活を探しましょう」

 

アスナも刹那も自分を元気付けようとしているのだ。

笑って励ましてくれるその笑顔が、何よりもシモンの心に染み込んだ。

 

「ありがとう・・・俺・・・まだまだがんばるよ」

「そうよ、その意気よ!」

「はい、やはり男性はそれぐらいでないと!」

 

シモンはいつまでも落ち込んでいられないと、顔を上げて笑顔で頷いた。アスナも刹那もホッとしてその言葉に頷いた。

だがその時、アスナは笑顔を見せるシモンの顔を、ジ~ッと見つめてきた。

 

「・・・ところであんた・・・今思ったんだけど・・・・どっかで私と会ったことない?」

「えっ? 無いよ? 俺君とは今日初めて会ったし」

「う~ん、私もそう思ってたんだけど・・・あんたをよく見ると・・・どっかで・・・」

 

アスナがシモン顔を、目を細めながらジ~ッと見る。

シモンも少し照れて体をのけ反るが、アスナの顔が余計アップに見える。

刹那は少し顔を赤らめてアスナを止めようとするが、集中しているアスナはシモンとの顔の距離を気にせず、余計近づける。

少し角度を変えれば、勘違いされても仕方ない。

だから・・・

 

「・・・むっ!? アスナさん、危ない!」

「・・・へっ?」

「はあああ!!」

 

刹那がアスナに飛んできた何かを切り落とした。

あまりにも突然のことでビックリして何が何だか分からぬアスナに木乃香たち。

刹那はゆっくりと自分が切り落としたものを見下ろし、目を見開いた。

 

「これは・・・螺旋鏢!?」

 

ライフルの弾のような螺旋状の鏢を指で弾いて撃ちぬく武器。

 

「誰だ!?」

 

こんな危ないものをいきなり撃ったのは・・・

 

「放課後は用事があると・・・一人で帰れと言い・・・自分は隠れてこれ程多くの女性と何をやっているのです、シモン?」

 

氷のような冷たい瞳と圧迫感で、夫の浮気現場を見つけた妻。

 

「く、黒ニア!?」

「・・・ニアは騙せても・・・私は騙せません。そしてそこのあなた・・・シモンに顔を近づけて・・・何を?」

「へ、へっ? 私!?」

 

黒ニアがシモンの前に、そして3-Aの生徒たちの前に現われたのだった。

彼女はシモンとシモンの回りにいる女生徒たち、特にアスナには一段と鋭い目で睨んだ。

 

「なあ、ネギ君、あの人もダイグレン学園の生徒なん?」

「はい、シモンさんの恋人です」

「えええーーーーッ!? ちょっ、こいつの彼女ってあんたなの!?」

「こんな凄い美人が!?」

「う、うそ・・・」

 

今は黒ニアモードで、非常にクールで冷たい表情をしているが、それでも彼女の美しさは誰もが分かった。

 

 

「恋人ではありません。妻です」

 

「「「「「「「「「「ええええええええええ~~~~ッ!!??」」」」」」」」」」

 

 

さらには、これ程何事も駄目駄目なシモンを、ここまで愛している女がいたなどとは思っていなかったため、彼女たちの驚きの声が広場に響き渡ったのだった。

 

「黒ニア・・・その・・・これは誤解なんだよ。彼女たちにはちょっと協力をしてもらって・・・」

「協力? 何のでしょうか?」

「えっと・・・それは・・・・・・・」

 

ネギとシモンは現れた黒ニアに所々を隠しながらも、今日一日の部活探しの話をする。

だが、全てを聞き終わった黒ニアだが、納得するどころか逆に不愉快そうな表情を見せる。

 

「シモン・・・何故部活なのです? 部活に入れば私と一緒にいる時間は減ってしまいます。今も私とニアで時間配分を公平にあなたと接しているのに、これ以上時間が減るのは・・・嫌です」

 

そして次の瞬間、黒ニアの表情が変わる。

 

「私も嫌です。シモンは私と一緒は嫌なのですか? 黒ニアが怒るのも分かります。どうして相談してくれなかったのです? 私はシモンに隠し事をされたくありません!」

 

黒ニアからニアにチェンジした。

 

「分かりましたか、シモン。部活などやめて私とニアと一緒にいるのです。クラブ活動など必要ありません」

「えっ? でも、クラブ活動というのは私も興味はありますよ? 私も入部できるのなら、シモンと一緒にやりたいです」

「甘いです、ニア。他の生徒たちもいるのであれば、シモンと二人きりの時間は減ってしまいます」

 

奇跡の人格シャッフル会話。

二重人格を苦ともしないニアだから出来る芸当。

ニアと黒ニアが代わる代わるに出て会話していた。

 

「ネ、ネギ・・・・な、なんなのよあの人?」

「その~、ニアさんは・・・かくかくしかじかなわけで・・・・」

 

結局、ニアと黒ニアの話し合いが終わるのに、数十分かかった。

何だかんだで分かったのは、黒ニアもニアもシモンと一緒の時間が減るというのが嫌だということだ。

会話を全て聞いたアスナたちは、もはやダイグレン学園だとかそういう世間一般の評価など忘れてしまい、このラブラブなバカップルに苦笑しながら、女としてどこか憧れたりもしていた。

 

「・・・・・・というわけで、シモン。人数が少なく、忙しくもなく、私も入部できる団体であれば許可します」

「く、黒ニア・・・いいじゃないか俺の自由にしても! 俺のことなんだから、俺が決めるよ! こればかりは黒ニアやニアが決めることじゃ・・・」

「シモン、うるさいです」

「は・・・・・はい・・・」

 

とてつもない覇気に当てられて縮こまるシモン。

本当に自分は愛されているのだろうかと疑いたくなるが、アスナたちはニヤニヤ笑っていた。

 

「尻に敷かれてるわね~♪」

「せやな~、ホンマにシモンさんが好きなんやって、よ~分かるわ」

「う~ん、言っちゃ悪いけど、どこがいいのかな~」

「しっ、まき絵・・・殺されるからそれは聞かないようにしよう」

 

同じ女性だからだろうか、シモンが怯えるほどの黒ニアの傍若ぶりを、愛からくるものであると理解し、シモンやネギと対照的に、ほほ笑ましそうに眺めていた。

 

「ええ~っと、つまり話を整理すると、黒ニアさんもニアさんも、条件さえ守れば、シモンさんが部活をやることを許可してくれるんでしょうか?」

「ええ、そうなります」

 

とりあえずこれまでの話をまとめるネギ。

だが、まとめた後で、ネギたちも少し難しそうに唸った。

 

「う~ん、アスナさん。確かクラブの最低人数は5人ですよね?」

「そうよ、しかも忙しくないって意外と難しいわよ?」

「せやな~、もう直ぐ学園祭やし・・・せっちゃんはどう思う?」

「難しいと思います。大体そのような部活に入っても、それはシモンさんの求めるものではなさそうですしね」

「ええ~~、無理じゃーーん!」

 

黒ニアの最低限の譲歩だが、それもまた難しい条件だった。

シモンは「そんな~」と落ち込み、ネギたちも難しいと頭を悩ませる。

これはもうお手上げなのか?

シモンの望みは叶えられないのか?

しかし、誰もがそう思いかけたとき、天から声が響いた。

 

「ハハハハハハハハ、お困りのようなら私が良い案を持っているネ!」

 

それは、自分たちの真上から聞こえた声だった。

全員が驚いて見上げると、世界樹の木の上から一人の女生徒が飛び降りてきた。

 

「あっ!?」

「あなたは!?」

「フフフフ、ある時は謎の中国人発明家! ある時は学園NO1天才少女! そしてまたある時は人気屋台『超包子』オーナ! その正体は・・・・何と火星から来た火星人ネ!」

 

その女生徒もまた、ネギのクラスの生徒であり、アスナたちのクラスメートでもある女性だった。

 

「ちゃ・・・超さん!?」

 

超鈴音が笑いながらシモンの前に現われたのだった。

 

「誰?」

「超鈴音さん。僕のクラスの生徒です・・・」

 

現われた超は、ゆっくりとシモンの前に立ち、シモンを下から覗き込む。

 

「あ・・・あの~」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

少しドキッとするシモンに、無言で眉がピクリと動く黒ニア。

すると超は笑いながら、戸惑うシモンに対して口を開く。

 

「道が無ければこの手で創る! そう思わないか、シモンさん?」

「えっ、何で俺の名前を・・・」

「ふふふふ、実はダイグレン学園のシモンさんには、いつかこうして話をする機会がないかとずっと待ってたヨ。・・・って、恋愛がらみではないので黒ニアさんも睨まないで欲しいヨ」

「・・・・・・・・・・・そうですか・・・」

 

何と超鈴音はシモンのことを知っていたようだ。

これにはネギもアスナたちも素直に驚いた。

 

「でも、超さん。シモンさんに用ってどういうことですか?」

「それに案って何なのよ?」

 

疑問を述べるアスナたちに超鈴音は不気味に笑った。

 

 

「ふふふ、勧誘ヨ!」

 

「「「「「「「「「「勧誘?」」」」」」」」」」

 

 

超鈴音はシモンに一枚の紙を差し出した。

その紙には大きな字でこう書かれていた。

 

「これは・・・新クラブ設立申請書?」

 

それは、新たなクラブを作るための申請書だった。

 

「そう、私とシモンさんとニアさん。後二人の部員と顧問を募って、新しい部活を設立するヨ!!」

「あ、新しい部活を作る!?」

 

それは正に発想の転換だった。ネギやアスナたちも驚きを隠せない。

無ければ作るという発想は、まったく考えもしなかった。

 

「それってどんな部活なんだ!?」

 

シモンはワクワクしながら顔を上げる。

すると超鈴音は途端に後ろを向いて空を見上げる。

 

「シモンさん・・・螺旋というものは・・・世界の真理だと思わないカ?」

「ハッ?」

「遺伝子の形・・・文明の発展・・・石油などのエネルギー資源の発掘・・・この世界と人間の進化には、常に螺旋が関わっている・・・」

 

何か背中を向けて壮大なことを語りだした超鈴音。

しかしシモンもネギたちも期待が膨らんでいる。

 

「螺旋の力があれば世界が変わる。ならばそれは世界を救うことにも使えるとは思わないカ?」

「す・・・救う?」

 

超鈴音はニヤリと笑ってシモンを見る。

 

「そう、例えば現在途上国では砂漠に井戸を掘るためにドリルが活躍している。もしそれが更に進化し、火星のような不毛地帯だろうとも、大地を掘り、資源を生み出せるようなドリルを生み出せれば・・・ワクワクしないカ? 世界の新たな明日を掘り出す。私はそんなドリルを開発したいヨ。だからこそ、ドリルの扱いに長けているあなたの協力が必要ネ」

 

それは正に夢物語。

しかし学園最強の頭脳を誇る超鈴音の口から語られると、壮大なプロジェクトのように聞こえてくる。

 

「ド・・・ドリルを開発する? 俺の特技を活かせる・・・部活・・・」

「そう! その名も・・・世界を救うドリルを研究し、開発する部! その名もドリ研部(仮)ネ!! 名前は随時募集中! 部員は後2名必要ヨ!!」

 

これが運命の分岐点だった。

この時の超鈴音と出会い、更にまだ見ぬ新たな部員との出会いが、シモンのこれからの人生を大きく変えるきっかけになるのだった。

 



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第11話 鍋でもするか!

「では・・・ネギ・スプリングフィールド、カクラザカ・アスナ、ターゲットはこの両名で?」

「うん。ネギ君が違う学園に行ったと聞いて、二人を集めるのは困難かと思ったけど、どうやら今運よく彼と彼女は一緒のようだ。やり方は君に任せるし、特に僕の要求は無い。それでいいかな?」

「ふふふ、承りました。このヘルマンが、その仕事を請け負おう」

 

 

 

シモンの部活探しは、超鈴音の新クラブ設立という提案で幕を閉じた。

一段楽したことで、ネギはこれまで黙っていたアスナたちへの事情の説明や、修行がどうとかでアスナたちと共に行き、今日は帰らないらしい。

帰路に着くシモンは、ニアと一緒に帰りながら新クラブ設立申請書の紙と睨めっこしながら、今後自分がどうするかを話し合っていた。

 

「ドリ研部か~、でも、具体的にどういう活動すればいいんだろ」

「超さんも残りの部員集めや部室などの準備が整い次第、活動すると言ってましたね。超さんが部室の準備や設備の準備をすると言っていましたので、私とシモンがするとしたら、残りの部員集めが重要だと思います」

「うん。クラブの設立は最低5名だから、俺たちを除いて後二人。ど~しよ、・・・アニキやヨーコたちは面倒くさいって言って、きっと入ってくれないだろうし・・・」

 

今後部員を勧誘するに当たり、シモンはまずは自分の身近な人間を頭に思い浮かべて行く。

だが、一瞬でやめた。

どいつもこいつも放課後にクラブ活動をするようなキャラじゃない。

 

「ヨーコさんは色々な部を掛け持ちしていますけど?」

「う~ん、でもヨーコは運動部だからね。こうなったら、名前だけの幽霊部員でもいいかどうか今度聞いてみようか?」

「幽霊? まあ! この学園には幽霊が居るのですか? 私、幽霊は見たことがありません。もしお会いできる機会があるのだとしたら楽しみです」

 

やるべきことが見つかると、これほど世界が変わって見えるのか。

シモンはニアと帰路に着きながらワクワクしていた。

自分のこれまでの人生とは無縁だったクラブ活動というもの。

しかもそれを自分の手で作り上げるというのだ。

大変かもしれないがやりがいがある。

どうやって部員を集める。今後の活動はどうするのか。

そういえば近々学園祭もあるがどうするのか。

考えているだけでも楽しみになってきた。

 

「シモン・・・楽しそうです」

「えっ? そうかな?」

「はい。私はそんなシモンの楽しそうな顔が大好きです。私も一緒に頑張ります。ですから、ドリ研部をとてもとても楽しい部活にしましょうね」

「ああ。もちろんさ」

 

楽しそう? 

その通りだ。流石にニアはよく見ている。

これからの学生生活は今までとは違ったすごし方が出来ると思うと楽しみで仕方なかったのだ。

まずは早く部屋に帰ってこれからの事を考える作戦会議でも開こう。

ニアだって喜んで同意するだろう。

シモンはニアと一緒に足早に帰ろうとした。

だが・・・

 

「あっ、シモン見て!」

「えっ・・・あっ、あれ・・・」

 

足早に帰ろうとしたシモンとニアの前方に、ダイグレン学園の不良たちが大人数で何かを囲んでいる。

怒鳴り声や恫喝するような声も聞こえている。

シモンたちが目を凝らしてみると、その声の主は聞き覚えがあった。

 

「あの声・・・バチョーンだよ」

 

シモンは途端に嫌そうな顔をした。

バチョーンという男は同じダイグレン学園に通い、実は同じクラスでもあり、カミナやキタンと学園のトップの座を争っているライバルでもある。

カミナやキタンのように特定のダチを引き連れないで、とにかく大勢の舎弟を引き連れて学園内の地位を確立している男。

カミナと同じような前時代の番長スタイルで、意外と根はいい奴なのだが、カミナのライバルということもあり、シモンは少し苦手だった。

当然サボりの常習犯。ゆえにネギのことはまだ知らない。

 

「何をしているんでしょう・・・? 誰かを取り囲んでいるようですね」

「ええ~~、それって・・・カツアゲ・・・」

 

ニアに言われてシモンが目を凝らしてみると、確かにバチョーンたちは一人の少年を取り囲んで何かを叫んでいた。

しかも相当険悪な状態のようで、周りの舎弟たちもいつ飛び掛るか分からない状態だ。

シモンの手は震えた。

きっとカミナがここに居たらこう叫ぶだろう、テメエら何やってやがると。

ネギがここに居たらきっとこう叫ぶだろう、あなたたち一体何をやっているんですかと。

しかも二人は躊躇わないだろう。ならばシモンはどうする?

相手は何人も居る喧嘩も強い不良たちだが、ここで怯えていたらいつもと変わらない。

 

「ニアは・・・先に帰って・・・」

「シモン?」

「せっかく・・・せっかく何かを掴めそうなんだ。ここで逃げてちゃ何も掴めない! アニキや先生ならそう言う!!」

 

シモンは意を決して不良たちの下へと走った。後ろからニアが叫ぶが、止まらない。

そして勇気を振り絞って大きな声でバチョーンたちに叫んだ。

 

「そ、そこで何をやってるんだよ~!」

 

少し恐れを感じて噛んでしまったが、確かに言い切った。

その声を不良たちも聴き、現われたシモンをギロッと睨む。

 

「おっ・・・バチョーンさん。こいつカミナの舎弟ですぜ?」

「はん、いつもカミナの後ろに居る金魚のフンじゃねえか」

 

現われたのがシモンだと分かった瞬間、不良たちはケタケタと笑い出した。

 

「よう、シモンじゃねえか。カミナとキタンは居ねえのか?」

「・・・バチョーン・・・その子に何をやってるんだ」

 

不良たちに囲まれていたのは、まだ小さな少年だった。

白髪で、しかしどこかゾクリとさせられるような冷たさを感じる。黒ニアとどこか似た印象を受ける。

 

「何だ~、テメエはまさか俺がこんなガキにカツアゲしてるとでも思ったのか?」

「ち、違うの?」

「ふん、俺だってこんなガキから巻き上げたり喧嘩売るほど落ちぶれちゃいねえ。だがな、喧嘩を売られたら話は別よ」

「えっ、喧嘩を売られた!?」

 

身長的にはまだ少年に見える。そんな少年がバチョーンたちに喧嘩を売った? 自分には想像もできなかった。

すると、これまで黙っていた少年がため息をつきながら口を開いた。

 

「別に売ってなんかいないさ。ただ、せっかくコーヒーを飲んでいたのに、君たちがあまりにもやかましくて目障りだから、今すぐこの場から消えろと言っただけだよ」

「それが喧嘩売ってるって言ってんだよ!」

「やめろって言ってるだろ! バチョーンも君も」

 

なるほど、話しの流れは良く分かった。

しかしバチョーンたちのような、見るからに不良にここまで恐れずにハッキリと言うとは、この少年も只者ではないとシモンも思った。

 

「とにかく、バチョーンもこんな大勢で一人相手に喧嘩するなんてやめてくれよ」

「あん? シモン・・・お前はいつからこの俺にそんな口聞けるようになった」

 

シモンに言われた瞬間、バチョーンの矛先はシモンに向いた。

するとそれが合図となったかのように、ゾロゾロと周りの舎弟たちもシモンに近づいてきた。

ここでいつも怯えて縮こまるのがシモン。だが、自分は変わると誓ったんだ。

 

「口なら・・・いくらだって聞くさ」

「・・・なんだと?」

「俺だって・・・男だ!! いつまでも・・・いつまでも隠れてるわけじゃないんだ!」

 

バチョーンに向かってシモンが叫んだ。

その瞬間、ピキッと音を立ててバチョーンの額に筋が浮かんだ。

そして次の瞬間、シモンの頬に痛みが走った。それは拳だ。

バチョーンが拳を振りぬいて、シモンを殴り飛ばした。

 

「シモン! バチョーンさん、シモンになんてことをするんです!? どうしてぶつんですか!?」

 

殴られたシモンの下へニアが慌てて駆け寄って、バチョーンを睨む。

 

「へっ、奥さんの登場かよ。だがな、シモン、俺はそういう根性は嫌いじゃねえ。正直今までカミナの腰巾着だと思ってお前の事は嫌いだったし相手にもしなかった。だが、こういうことなら話は別だ。男として信念通したいなら、カミナたちと同じように拳で語れ! 堂々とお前とも喧嘩してやるよ」

 

バチョーンはニヤッと笑ってシモンを見下ろした。殴られたシモンはまだ地面を這っている。

だが、そんな光景を一部始終見ていた少年はため息をつきながら小さく呟いた。

 

「くだらない・・・」

「んだと!?」

「どういう美学かは知らないし知る気もない。だが、君たちみたいに何の苦労や痛みも知らずに惰眠を貪るような連中が、信念や生き様を語るのは不愉快で仕方ない。まあ、君たちに言っても仕方ないだろうけどね」

 

見下す? 侮蔑? そういうレベルではないだろう。

少年の言葉は、まるでバチョーンたちの存在そのものに不快感を示している。

 

「そして君もそうだよ。僕は別に助けなんて求めていないし、勝手に飛び出して殴られるなんていい迷惑だよ」

「ッ!?」

 

そして少年は、庇ったシモンにも冷たい言葉を浴びせた。当然そんな言葉をニアは許せない。

 

「何を言っているのです!? シモンはあなたを助けようとしたのですよ? あなたはそれを迷惑だと言うおつもりですか!?」

「そうだね・・・・迷惑だよ。頼んでいないのに誰かが庇って犠牲になる。そんな世界を僕は見たくないんだ」

「そ、そんな!? ・・・・・・・・この・・・・・良く分かりませんが・・・・純粋なシモンの行為を侮辱するのは許しません」

 

その瞬間、ニアと黒ニアは入れ替わった。黒ニアもまた少年のことを冷たい瞳で睨み返した。

 

「・・・君・・・ふっ、2重人格か・・・この学園は本当に面白いね。でも、その分不愉快なものも多いみたいだけどね・・・」

「まだ言うのですか? あなたが何者かは知りません。ですが私はシモンを傷つけるものは許さないと決めているのです」

「・・・・・・殴ったのは後ろの彼でしょ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

その瞬間、黒ニアはギロッとバチョーンを睨んだ。

少年の冷静なツッコミで、矛先がバチョーンに向いた。

 

「えっ・・・俺?」

「ま、まじいですぜ、バチョーンさん! 黒ニアは、あのテッペリン学院の四天王を上回る力を持っているんですぜ?」

「バ、バカ野郎! ビビッてんじゃねえ! いいじゃねえか、上等だ! 売られた喧嘩は10倍返し! 全員まとめてやってやらァ!!」

 

黒ニアの恐ろしさを知っているのか、不良たちは少し怯え気味だが、もうこうなったらヤケだとバチョーンも叫び、全員で襲い掛かってくる。

 

「いててて・・・って、皆来た!?」

「シモンは下がっていてください」

「ふう、・・・・石化にするわけにはいかないし、気絶させるか・・・」

 

対してシモン以外の二人は大してビビッてはいないようだ。

むしろだからどうしたと、クールにバチョーンたちを迎え撃とうとした。

だがその時、横槍が入る。

 

 

「喧嘩・・・駄目・・・・」

 

「「「「「「「「「「なァッ!?」」」」」」」」」」

 

 

目の錯覚だろうか? 幻想だろうか?

30人の不良たちとの喧嘩が始まろうとした瞬間、世にも珍しい見たことも無い生物たちが空から大量に降ってきた。

 

「な、なんだァ!?」

「うおおおお、化物だーー!?」

「コリャなんだ!? 学園祭のための小道具かァ!?」

 

突如現われた謎の生命体の大軍に不良たちは慌てて逃げ惑う。

 

「化物じゃない・・・友達・・・食べないように言ってるから大丈夫・・・」

 

そんな謎の生命たちと共に現われたのは、これまた珍妙な人物だった。

グレーの髪の色に褐色の肌に目元にピエロのようなメイクを施した少女だった。

制服から、麻帆良女子中等部の生徒だと分かる。

 

「これは一体・・・」

「わ、分からないよ。君がやったの?」

「・・・・・コク・・・」

 

シモンと黒ニアに小さく頷く少女。

そして彼女はゆっくりと白髪の少年に近づき、少年にしか聞こえないぐらいの小声で何かを喋っている。

 

「私が助けたのはあの不良。私が入らなければ、あなたは彼らに危害を加えていました」

「・・・君・・・人間じゃないね・・・何者だい?」

 

シモンと黒ニアは、二人が何を話しているかは聞き取れないが、バチョーンたちが謎の生命体に逃げ惑っているのはチャンスだと考え、少年と助けてくれた少女の手を掴んで走り出す。

 

「とりあえず逃げよう! ニアも君たちも走って!」

「分かりました。とりあえずあなたたちも」

「「・・・・・・えっ?」」

 

シモンは強引に二人を引っ張ってその場から走り出した。

遠くからバチョーンたちが「待てーーッ!」っと叫んでいるが、とにかく今は全力で走った。

 

「・・・・・・私も・・・逃げる?」

「ねえ・・・僕は別に逃げなくても・・・そろそろ手を離してくれないか?」

 

だが、懸命に走っているシモンには聞こえない。ただ必死に少年と少女を逃がそうとしていた。

しっかりと握られたその手を見ながら、少年は再びため息をつきながら思った。

 

(なんでこんなことに・・・ヘルマン氏とネギ君との戦いを観戦しようと思ったのに・・・)

 

少女は思う。

 

(・・・・・・痛い・・・・・強く握られている・・・・)

 

何でこんなことになってしまったのかと、二人は表情こそ変えぬが少し困っていた。

だが、何故かは分からないが・・・

 

(でも・・・・)

 

少年も・・・

 

(・・・この手・・・)

 

少女も・・・

シモンの手を何故か振り払うことが出来なかった。

振り払おうとすれば簡単に出来るはずなのだが、シモンに引かれた手を、何故かは分からないが振り払うことは出来なかった。

 

((・・・温かい・・・))

 

自分たちの手を強く握るシモンの手から感じる温もりや、必死さが伝わったのだった。

 

 

 

「だーーーーはっはっはっはっはっは! とうとうバチョーンに一人で啖呵を切ったか! 流石だぜ、兄弟!!」

「まったくも~、子供先生と何をやってるのかと思ったら・・・、でもあんたが部活ね~、いいんじゃない?」

「っつ、沁みる・・・」

「我慢しなさい、男の子でしょ?」

 

麻帆良学園とは思えぬほど、くたびれたボロボロの寮のこの部屋はシモンの部屋。そしてニアの部屋でもある。

ニアも寮に自分の部屋があるのだが、普段の寝泊りはほとんどシモンの部屋でしている。

シモンは止めるが知ったこっちゃないようだ。

本来まだ学生の男と女が同じ部屋で泊まるなどあってはならないのだが、それもまたニアには知ったこっちゃなかった。

今はこのボロボロの部屋に、これまでの経緯を聞いたカミナが上機嫌に笑い、シモンの殴られた頬に手当てをしているヨーコが居る。

 

「んで、そこのガキと嬢ちゃんの名前はなんて言うんだ?」

 

カミナが尋ねるのは、シモンが連れてきた少年と少女。

どうやらシモンは彼らを自分の部屋まで連れて逃げてきたらしい。

 

((・・・何故・・・・こんなことに・・・))

 

少年と少女が無言で同じことを思っていたことは、誰にも分からなかった。

 

「黙ってないで何とか言ったら? 勝手にやったこととはいえ、シモンは殴られてるんだから」

 

未だに無表情で無言の二人に、ヨーコは少し眉を吊り上げて言うが、二人はそれでも黙ったままだった。

さて、どうしたものか。

沈黙が重く感じた。

どうも少年と少女はこの場に居づらそうな雰囲気を醸し出しているため、シモンも何と声をかければいいのか分からなかった。

だが、そんな彼らにこの男は堂々としていた。

 

「おい、白髪ボウズ!」

「ッ!?」

「ピエロ娘!」

「いたっ・・・・」

 

デコピンされた。

別に痛かったわけではないが、あまり味わったことのない衝撃に二人は目を丸くして、おでこを押さえながらカミナを見る。

 

「名前って聞いてんだろうが。テメエらがどこの誰だか何だか細けえことは話したくなければそれでいい! だがいつまでも呼び方が分からなくちゃやりづれえ。テメエの名前ぐらいはハッキリ答えろ!」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

「おい、聞いてんのか? もう一発やるぞ?」

 

カミナが再びデコピンを二人に放とうとした瞬間、少し慌てた口調で二人は口を開いた。

 

「・・・フェイト・・・フェイト・アーウェルンクスだ」

「ザジ・・・・・レイニーデイ・・・」

「フェイトとザジか、言えるんならさっさと言えばいーじゃねーか」

 

そう言ってカミナは再び笑った。

思わず名乗ってしまい、一瞬フェイトは顔を顰める。何かミスをしてしまったような表情だ。

 

(しまった・・・隠密に行動していたつもりが・・・今僕がここに居ることが学園側にバレると、今後の行動も取りづらくなるんだけど・・・)

 

人には言えない事情がある。フェイトはそれなのに思わず名乗ってしまった自分の迂闊さに少し呆れていた。

 

(とにかく長居は無用・・・さっさと立ち去るか・・・)

 

いつまでもここに居るわけにはいかぬと、フェイトはソッと立ち上った。

 

 

「悪いけど僕はもう行くよ。いつまでもここに居る理由も・・・・・」

 

「「「「「うおおーーーっす! シモン、やらかしたみてえだなァ!!」」」」」

 

 

帰ろうと思った瞬間、ドアが乱暴に開けられてフェイトの言葉をかき消してしまうほどうるさい男たちが乱入してきた。

キタンたちだ。

彼らは何かコンビニの袋やスーパーの袋を大量に引っ提げて、うれしそうな顔をしていた。

 

「み、みんな・・・どうして?」

「さっき、バチョーンたちがシモンはどこだって騒いでたんだよ。聞けばお前、バチョーンに啖呵きったそうだな。お前も色々やるようになったじゃねえか。やっぱカミナの選んだ男ってか?」

「ドッジボールの時といい、男を上げたテメエを祝うために色々買って来た!」

「というわけでお前を祝うため、俺たちは闇鍋パーティーを企画したというわけだ」

「おう、そうだそうだ!」

「鍋だ鍋だ鍋だ!」

 

何と彼らはシモンとニアの狭い部屋に無理やり押しかけ、有無を言わさずに鍋を用意しだした。

 

 

「は~~、・・・・要するに何か理由を見つけて、あんたたちはバカ騒ぎしたいのね?」

 

「「「「「「そうかもしれねえ!!」」」」」」

 

 

ヨーコは呆れたように溜息をつきながら、キタンたちの考えを見抜いた。

要するにシモンへのお祝いはどうでもよくて、ただ騒ぐ口実が欲しかっただけのようだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、みんな! いきなりそんなに押し掛けられても・・・」

「まあ、素敵です! 一度、みんなで鍋パーティーというのを私もやってみたかったのです!」

「はっはっはっは、シモンの男を上げたお祝いと聞いちゃ黙ってられねえ!! よっしゃ、テメエらダイグレン学園闇鍋パーティーだ!!」

 

部屋主であるシモンの意思などもはやなかった。

ニアもカミナも乗り気になり、いつの間にか狭い部屋が満室になってしまった。

 

(・・・帰れなくなってしまった・・・)

(・・・・・・・・・・・・帰れない・・・・・・)

 

部屋のドア付近でキタンたちが座り込み、出るに出られない。

フェイトとザジはどうやってこの場から抜け出そうかと考えていたが、二人の肩に手をまわしてカミナが座った。

 

「よっしゃあ、フェイ公とザジも一緒に食ってけ! 今日は朝まで騒ぎ明かすぜ!!」

「「・・・・えっ?」」

 

冗談ではなかった。

フェイトもザジも正直どうやって帰ろうかを思案していたのに、一緒に闇鍋など論外だった。

だが、カミナにそんな事情は通用しない。

 

「おい、カミナ。その二人は誰だ?」

「ん? シモンが連れて来たダチだよ」

 

帰れないどころか、いつの間にか友達にされてしまった。

こうなったら多少の無茶をしてでも帰ろうと、フェイトは肩に回されているカミナの腕を外して立ち上がる。

 

「冗談じゃない。いつから僕が彼と友達になったんだい? 正直迷惑だ。僕はもう帰らせてもらうよ」

 

フェイトはそう言って、座っている人で埋め尽くされている畳の上を、何とか隙間を見つけてつま先立ちで帰ろうとする。

だが、その足をカミナは止めた。

 

「おらァ、ちょっと待てえ!」

「むっ・・・・」

 

足をつかまれバランスを崩してフェイトが転びかけた。

むっとして振り向くと、こちらには更にむっとしたカミナが睨んでいた。

 

「友達じゃねえだ~? バカ野郎。男と男は互いに名乗った瞬間からダチ公で、一緒に飯食えばその時点で親友だ!! 仏頂面して何考えてるか分からねえが、そんなツッパリ方は全然カッコ良くねえぞ?」

「・・・・・・・・・何も知らないなら・・・何も分からないならなおのこと、僕のことは放っておいてもらおうか?」

「あん?」

「何も知らない人間に、ましてや君たちのような好き勝手に生き、何も背負わず、何も努力しようともせず、何も成そうとしていない者たちに、僕のことをあれこれ言われたくないね」

 

何やら言いたい放題言われ、カミナは眉をピクリと動かす。

キタンやニアたちは無視していつの間にか準備を始め、シモンはハラハラして右往左往していた。

ザジはどうすればいいのか分からず、固まっていた。

 

「・・・カッコいいとかカッコ悪い・・・それが君たちの概念かい? 正直、ヤンキーというものは知らないから分からないが、僕は君たちに興味も無いし、知りたいとも思わない。分からないならハッキリ言おう。どうでもいいんだよ、君たちのことは」

 

その瞬間、部屋の温度が下がった気がした。

 

(えっ? ・・・なんだこいつ・・・この・・・妙な迫力は・・・)

 

シモンは少し寒気がした。

キタンたちは準備に夢中で気づかないが、シモンはフェイトの言葉と瞳を見た瞬間、凍りつきそうになるほどの悪寒を感じた。

気づけば何故かザジが少しお尻を浮かせて、すぐにでも飛びかかるような態勢になっている。

一体何がどうなっているのか分からない。

ひょっとしたら、自分はとんでもない者を部屋に招き入れてしまったのではないかと、シモンは震えた。

しかし・・・

 

「へっ、お前・・・ダチがいた時ねえだろ?」

「・・・なに?」

 

カミナは違った。何故かこれほどの圧迫感を前にしても、鼻で笑った。

 

「ふっ、・・・友達・・・ね・・・それこそくだらない。僕にはそんなものは必要ない。欲しいとも思わない」

 

フェイトもまた鼻で笑って返す。だが・・・

 

「必要とか必要ねえとか、欲しいとか欲しくねえとかそういうもんじゃねえ。いるかいないかだ。ダチってのは必要だから作るんじゃねえ。欲しいから作るんじゃねえ。そいつと付き合ってたら自然となっちまう。互いにダチになろうと言ったわけでもなくな。それがダチってもんなんだよ」

「・・・だから? それが僕に何の関係が」

「ダチがいねえくせに、それがくだらねえとか言うんじゃねえって事だよ。自分が分からねえクセにそれをバカにするなんざ、それこそお前の言う何も知らないクセにってヤツなんだよ!!」

「・・・言ってくれるね・・・」

「言ってやらァ! ダチってもんをバカにされて黙ってられるか、俺を誰だと思ってやがる!」

「・・・さあ、知らないよ」

 

正に一触即発の空気。カミナとフェイトの間でピリピリとした空気が流れた。

だが、その瞬間部屋が薄暗くなった。

 

「ッ!?」

 

別に何も見えないほどの暗闇ではないが、フェイトは突然の暗闇に一瞬戸惑い反応が遅れてしまった。

 

「はいはい、あんたたちそれまでにして、準備で来たわよ? いつまでも食事前に口論してんじゃないわよ」

「「ッ!?」」

 

カコーンという音が響き渡った。

それはヨーコがおたまでカミナとフェイトを殴った音だった。

 

「いって~~、何すんだよ、ヨーコ!」

「うっさいわね! あんたたちがいつまでもゴチャゴチャやってると、いつまでも始まんないでしょ! それにあんたも! つまんないことゴチャゴチャ言ってないでとにかく食べていきなさいよ。あんたにとっては意味のないくだらないものでも、何事もやってみなくちゃ分からないわよ?」

 

エプロン姿でおたまを持った姿は、まるでお母さんだ。

 

(な、殴られた・・・しかもおたまで・・・・この僕が・・・・)

 

フェイトも生まれて初めての経験なのか、戸惑っている様子だ。

 

「よっしゃあ、準備出来たぜ!」

「うわ~~、楽しみです」

「材料はとにかくブチ込んだから、順番に取っていく。一度お箸をつけたら必ず食べる。鍋の中にお箸を入れたら2秒以内に取る。それでいいわね?」

 

「「「「よっしゃああああ」」」」」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ええっと・・・何かそういうことらしいし、ザジだっけ? ザジも食べていく?」

「・・・・・・コク・・・」

「だから僕は・・・・」

「はっはっは、闇鍋前にして逃げるなんて許さねえ! それともテメエは目の前の問題から逃げだす腰抜けか?」

「・・・なんだって?」

「はいはい、もーいい加減にしなさい。それならまずはフェイトだっけ? あんたからスタートしなさい!」

「だから僕は・・・」

「よっしゃあ、新入り行って来い!!」

「ビビるんじゃねえぞ!」

 

キタンたちもフェイトをはやしたて、何だか帰れるタイミングを完全にフェイトは逃してしまった。

 

 

(・・・・学園結界内で魔法を使ってこの場を切り抜けても、学園側やネギ君にバレるからそれは避けたい・・・相手も一般人だし、手荒なまねはNGだ・・それにしても何だこの人たちは・・・全然パワーも魔力もないのにこの迫力は・・・何だか逆らえない・・・)

 

 

もはや諦めるしかない。脱出も力ずくでの強行突破も避けたいと、フェイトは深くため息をつきながら箸を持った。

 

(騒ぎも起こしたくないし、ここは郷に従うか・・・)

 



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第12話 入部しやがれ

フェイトが人生初めての闇鍋に挑戦する。

カミナやキタンたちもワクワクしながらフェイトが掴むものに注目する。

部屋は薄暗いが鍋の場所や人の顔が見えないほど暗くは無い。

しかし、何故かフェイトには鍋が未知の暗闇の世界に見えた。

どす黒い鍋の中に箸を入れ、フェイトが掴み取ったもの、正直何だかわからない。

あまり気は進まないが、ここは我慢しようと、フェイトはその食材を口に入れた瞬間、口の中がネチョネチョと気色悪い食感が広がった。

 

「・・・・・・なんだい・・・これ・・・・甘くて・・・・スポンジのような・・・」

「うおお、ひょっとして俺が入れたチョコレートケーキじゃねえか!? 畜生、取られた!」

「なるほど・・・確かに言われれば・・・・・・・・・ッ!!??」

 

バリンボーが悔しそうに叫び、フェイトもなるほど、これはチョコレートケーキかもしれないと思った・・・・いや・・・・

 

「いや・・・ちょっと待ちたまえ・・・何故鍋の中にチョコレートケーキなんて入れるんだい?」

「ん? 甘いものも欲しいだろ?」

「そうじゃなくてそれはデザートにすればいいじゃないか。チョコレートやクリームが溶解して鍋のダシと混ざると思わないのかい?」

 

闇鍋初心者のフェイトは信じられないという感じだが、ヨーコやキタンたちはさも当たり前のような顔だった。

 

「あら、別に良いじゃない。ちょっとぐらい甘くなっても気になんないわよ。お腹に入れば同じでしょ?」

「贅沢なこと言うな~、新入り、ひょっとしてお前ボンボンじゃねえのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・君たち・・・大丈夫かい?」

「おらおら、フェイ公が終わったから、次はザジだ! ほら行って来い!」

「・・・・・・コク・・・・」

 

もはやフェイトも開いた口がふさがらず、フェイトの苦情もアッサリ流されて二番手のザジが鍋に箸を入れる。

無言で鍋の中に箸を入れ、彼女は掴み取った食材を食べて呟いた。

 

 

「・・・・・・蟹・・・」

 

「「「「「「「蟹ッ!?」」」」」」」

 

 

何とザジは蟹を引いた。その瞬間全員が身を乗り出した。

 

「ちょっと待て、蟹なんて高級なもんがあったのか!?」

「あっ、そうそう。ニアが冷蔵庫に入れてた蟹をくれて、私が切って入れといたわ!」

「ニアちゃんが!?」

「はい、シモンに食べさせてあげようと思って以前買って冷蔵庫に入れていた蟹です。ヨーコさんに切ってもらいました。ザジさん、おいしいですか?」

「・・・・・・おいしい」

「よかった。た~んと召し上がれ」

「ちょっと待ちたまえ。蟹があるなら普通の鍋をすればいいじゃないか。大体僕はチョコレートケーキで何故彼女は蟹なんだい?」

「いいじゃないか別に。次にまわってきたらフェイトも取れば」

「・・・・君たちの感覚は・・・もはや理解しがたいね・・・・」

 

ニアがほほえみ、ザジはほくほくと蟹を食べ、どこか満足そうな表情をして、フェイトは一人不服そうだった。

流石は家出中とはいえ大金持ちのお嬢様。その瞬間ダイグレン学園の生徒たちは瞳を炎のように燃え上がらせた。

 

「流石ニアだぜ」

「へへ、蟹まで入ってるとはやる気が出るぜ! 天国か地獄!」

「しかし、一度目で蟹を引くとはザジちゃんか? 君もやるじゃないか」

「おう! だが、次はそうはいかん!」

「俺も取る! 俺も取る! 俺も取る!」

「へっ、ゾクゾクしてきやがる」

 

キタン、キッド、アイラック、ジョーガン、バリンボー、ゾーシイもまるで喧嘩前のような笑みを浮かべている。

 

「これは負けてられないわね」

「おう、このカミナ様も蟹をいただくぜ!」

「よ~っし俺もやるぞ~」

 

ヨーコもカミナもシモンも気合を入れる。

闇鍋のテンションはたった二人目が箸を入れただけで最高潮になる。

 

「よし、次は俺だな」

「おういけシモン! お前の箸で何かを掴め!!」

「男を見せろ、シモン!」

「シモン、がんばってくださいね」

 

続いてシモンが箸を入れる。

心を躍らせて、これだと思うものをシモンは取り上げ、それをすかさず口に入れた。

それを食べているシモンの口の中がジャリジャリと音を立てて、何かとんでもない食材かと予感させる。

しかし皆の予想とは裏腹に、食べたシモンはとても笑顔で叫んだ。

 

「おいしい! これ、すごくおいしいよ! これ・・・ロールキャベツだ!」

 

どうやら当たりのようだった。

しかしその瞬間、キタンたちは顔を見合わせて不思議そうな顔をしていた。

 

「俺たちそんなもの買ってきてないぜ?」

「ああ、本当にロールキャベツなのか?」

 

何と買い出し班のキタンたちが入れたものではないそうだ。

では誰が入れたのかと首をかしげると、再び彼女が口を開いた。

 

 

「あっ、それ今日の夕飯にしようと思っていた私の作ったロールキャベツです!」

 

「「「「「「「ッ!!??」」」」」」」

 

「良かった、シモンが取ってくれて。やはり私とシモンは繋がっているのです」

「そ、そうかな~。でも、これ本当にすごくおいしいよ」

「うん、ありがとうシモン」

 

シモンとニアの甘い甘いラブラブ空間が作りだされた。

フェイトはそれをくだらないと溜息つくが、周りを見渡すと二人以外のダイグレン学園の者たちは、驚愕の表情を浮かべて箸がプルプル震えていた。

 

「こ、・・・こんなかに・・・・ニアのて・・・手料理が・・・・」

「やべえ・・・・これはロシアンルーレットどころの騒ぎじゃねえ・・・」

「・・・生きるか死ぬか・・・それが問題だ・・・」

 

彼らはまるで何かに恐れているかのように鍋を睨んでいる。

 

 

「「?」」

 

 

フェイトもザジもどういうわけか分からず首をかしげたまま、闇鍋は進んでいく。

 

「おっしゃあ、唐揚げだ!!」

 

カミナ・・・

 

「おっ、これは魚肉ソーセージじゃねえか!」

 

キタン・・・

 

「ん~、これ・・玉子ね・・・」

 

ヨーコ・・・

 

「甘い・・・これ、パイナップルです。甘くておいしいです」

 

ニア・・・

どんどん皆が箸をつついて闇鍋が進み、ついにフェイトの2周目が来た。

 

「フェイト、ニアのロールキャベツがおいしいよ。がんばれよ」

「シモン・・・そうか・・・ならばそれを狙ってみよう・・・」

 

2周目が来たフェイトは鍋を睨み、今度こそまともな食材を取ると誓った。

 

(これまでの経過を見ると、それなりにまともな食材も多い。ジョーガンという彼が消しゴムを引いて、バリンボーという彼が紙皿を引いた以外はまともに食べられるもの・・・・って・・・)

 

そこでフェイトは我慢できずに物申す。

 

「何故消しゴムや紙皿が鍋の中に入っている? 食べるものではないと思うんだが」

「やーね、きっとテキトーに入れてたときに混ざっちゃったんでしょ? 大体消しゴムとか紙皿を煮込んで食べるバカがどこに居るの? 常識で考えなさいよ。ほら、あんたの番よ? さっさと取りなさいよ」

「・・・・・・君たちの常識が分からない・・・」

 

やはり不安だ。これほど食べ物を粗末にする料理がこの世に存在するのかと、フェイトはまるでカルチャーショックを受けたように顔を落とす。

だが、落ち込んでいる中で頭を働かせ、この状況からの活路を考える。

 

(このルールでは箸を鍋の中に入れて直ぐに取り上げなければいけない。つまり箸の感触で食材を探してはいけない。蟹は箸で挟んで持ち上げる分、コンマ数秒のタイムロスがある。つまり一発で当てなければすぐにバレる。そのタイムロスを無くすには箸を突き刺して持ち上げられる食材が良い。ならば順当にいけばシモンが言ったロールキャベツを狙うべきだ。僕ならば・・・一瞬の感触で当てられる・・・コンマ数秒で見極める) 

 

フェイトはカッと目を見開いて、箸を鍋の中に突き刺して全身系を集中させて一つの食材を鍋から出す。

それを見た瞬間、フェイトは小さく笑った。

 

 

「どうやら・・・当たりを引いたみたいだね・・・」

 

「「「「「「げっ!?」」」」」」

 

 

それは紛れもなくロールキャベツだ。

フェイトは少し本気を出せばこのようなことは造作も無いと、少し勝ち誇りながら、ロールキャベツを口に入れた。

だが、フェイトは知らなかった。

何故、ニアの手料理が入っていると分かった瞬間、ダイグレン学園の生徒たちの表情が強張ったのかを。

そして実はシモンがものすごい味音痴である事を。

 

 

「fh9qほkんッ!?」

 

 

フェイトはロールキャベツを食べた瞬間、撃沈した。

それはこの世のものとは思えぬとんでもない味がした。

刺激・異臭・食感・全ての感覚がブチ壊されるかのようなもの。

 

(な、なん・・・だこの料理は・・・この世の全てをひっくり返すかのような・・・)

 

魔法や凶器にも匹敵する最強の破壊力。

意識が朦朧とし、胃が焼けるような感覚だった。

 

「フェイトさん、・・・おいしくないですか?」

 

ニアが無言のフェイトに不安そうに尋ねてきた。

さて、フェイトはここでどうするのか。

箱入りお嬢様のような彼女がシモンという、愛する人のために心を込めて作った手料理をフェイトは口にしたのだ。

そんな手料理の感想を純粋に聞いてくるニアに面と向かって「まずい」と言えるのか?

 

「いや・・・・わ・・・・・・・・・・・悪くないね・・・」

 

ようやく搾り出した言葉でフェイトは確かにそう言った。

 

 

((((((フェイト・・・お前は漢だッ!!))))))

 

 

シモンとニアを除いたダイグレン学園の不良たちは、涙を流しながら親指を突き立てて、フェイトの男ぶりに心から賞賛した。

 

「・・・・・・豚肉・・・」

「おっ、ザジちゃん、蟹に続いて豚肉とはスゲー引きの強さじゃねえか!」

「おいしい・・・・」

 

それを聴いた瞬間、フェイトは更に不機嫌になった。

そこから先は、何でこんなことになっていたかは分からなかった。

誰がどんな食材を引いても、それが当たりでも、ハズレでも、とにかくみんなで大盛り上がりだった。

当たり食材を引いたものにはみんなが笑いながらブーイングし、ハズレ食材を引いたものには拍手しながら食べさせた。

いつの間にかフェイトもザジも帰るどころか、みんなの輪の中に居て、決してそれが不自然な光景には見えなかった。

 

 

(・・・・・何をやっているんだ僕は・・・使命を放棄してこんなくだらないことを・・・)

 

 

本来の目的を見失うどころか、何故自分はこんな所で闇鍋などしているのか? 思い出した瞬間、自分自身に呆れる。だが・・・

 

 

(しかし・・・まあ、・・・今日だけなら・・・)

 

 

ほんの一時の取るに足らぬ無駄な時間だと思えば良いだろう。フェイトはそう思うことにした。

心から笑いあうシモンやカミナたちの中で、少し胸がチクリとしながら、今だけは表情を変えずにその場の空気に流されることにした。

 

 

 

「フェイト、ザジ、おなかは大丈夫?」

 

鍋がすっからかんになり全てを食べ終えて満足し、再び電気をつけたシモン部屋で、シモンはフェイトとザジに苦笑しながら尋ねた。

 

「まあ、途中からまともな食材も引けたからね・・・なんともないよ・・・」

「おいしかった・・・です・・・」

「それは良かった!」

 

最初はどうなるかと思ったが、何だかんだでフェイトもザジも最後まで付き合った。それが何だかうれしかった。

 

「ねえ、ザジは本校の中学生だって分かるけど、フェイトはどこの学校なの? その制服見たこと無いけど・・・」

「ああ、これは制服じゃないよ。言ってみれば僕の存在証明のような服だ。まあ、君には関係のないことだけどね」

「そ、そう・・・じゃあ、学校は?」

「行ってないよ。僕にそんなものは必要ないし、他にやるべきことがたくさんあるからね」

「やるべきことって?」

「それは・・・シモンには関係のないことさ」

 

ニアやヨーコたちが片づけをしている間、ようやく落ち着いたこともありシモンがフェイトのことを尋ねるが、フェイトは変わらず自分のことは話さなかった。

少ししょぼくれるシモンだが、相変わらずのフェイトにカミナが告げる。

 

「まっ、お前の使命とやらがなんだろうと、確かに俺らにゃ関係ねーな。だが、それがお前の絶対に譲れねえものなんだとしたら、何でも構わねえ、がんばんな! 俺たちゃ応援してるぜ!」

「・・・・・・えっ・・・・」

「あっ? 何だよそのアホ面は。よく分からねえけど、やらなきゃなんねー事があるなら応援してるって言ってんだよ」

 

フェイトは目を丸くした。

 

「何故・・・応援するんだい? 僕が何をやるかどうかも分からないのに・・・」

「あ? んなもんダチだからに決まってるじゃねえか」

「・・・・・・・・・・!」

 

カミナはフェイトの問いに不思議そうな顔して当たり前のように答えた。

対して言われたフェイトの内心が揺らいだ。

 

「バカなことを・・・」

「あん?」

「バカなことを言わないでくれ」

 

そして激昂した。

 

「ふざけるな・・・今日会ったばかりの君たちと・・・僕を何も知らない君たちがどうして友になりえるんだい?」

 

表情は変わらない。相変わらずの無表情。

しかし口調の強さと、部屋全体を震え上がらせるほどの圧迫感はシモンたちがこれまで味わったことのないほどの、住んでいる世界が違うと思えるほどの存在感だった。

 

「へっ・・・へへへ・・・俺様が震えてやがる。テメエ、やっぱ只者じゃねえみてえだな」

「うん、そうだよ。僕は君たちとは違う」

 

カミナは汗をかいて震える手をギュッと力強く握りながら引きつった笑みを浮かべた。

気づけばキタンやヨーコたちも表情を変え、ただ黙ってフェイトを見つめた。

 

「僕は君たちと違う。君たちは普通に生まれ・・・普通に育ち・・・普通に学校に通う。しかも君たちはその持っている権利を当たり前のように思い、それをいい加減に過ごしたりバカなことをしたりして駄目にしている・・・僕はそういう当たり前の権利をもてない人たちを多く見てきた・・・そんな君たちと僕が・・・どうして相容れることがある?」

 

冷たく重い言葉には、フェイトの背負っているものの大きさ、自分たちには想像もつかぬほど大きな世界を感じさせた。

だが・・・

 

「だから、何だ?」

「・・・何?」

「相容れることだ? んなもん誰が決めたんだよ! そいつとダチになれるかどうかは、俺様が決める!!」

「・・・・・・・・・・・はっ?」

 

ヨーコたちはため息をついて苦笑した。

 

「よ~っし、フェイ公、テメエの言い分は分かった。要するにテメエは俺たちじゃ何もテメエのことを分からねえから、ダチにはなれねえって言いたいわけだな?」

「まあ・・・掻い摘んで言えばね・・・」

「そうと聞いたら答えは一つだ! フェイ公、お前・・・ダイグレン学園に編入しやがれ!!」

 

・・・・・・・・間。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?」

 

フェイトは目が点になった。

 

「俺たちがテメエを理解できねえかどうかは、俺たちと一緒に過ごしてから決めやがれ! テメエを知らねえとダチになれねえなら知ってやる! 意地でも知ってやる! 俺たちを誰だと思ってやがる!」

「・・・・・なんで僕がそんなことを・・・・大体君たちのような者と友にはなりたくないよ」

「よ~っし、そうだシモン。ついでにこいつをお前の部活に入れてやんな! 青春じゃねえか! それに部員はそれで揃うんだろ?」

「えっ・・・アニキ? いや、そんな強引に・・・それに部員は最低5人で・・・」

「ん? そうか・・・じゃあ、ザジ、お前も入ってやれ」

「・・・・・・・・・・え?」

「がはははは、これでお前の部活は成立だな! 弟分の部活設立に協力し、新たなダチも手に入れた! ハッハッハッ、これからまた楽しくなりそうだぜ!!」

 

人の話を一切聞かずに一人で強引に話を進めていくカミナは一人高らかに笑っていた。

最早言葉が浮かばずに呆気に取られるフェイトに、どうして良いか分からずザジはシモンを無言でじ~っと見つめた。

シモンももはや何年一緒に居ても驚かされるカミナのメチャクチャさに、改めて呆れてしまったのだった。

 

 

 

翌朝・・・

 

ネギはダイグレン学園に向かう前に学園長質に呼び出された。

何やら緊急事態ということで、良く分からないがとにかく急いだ。

 

「でも、一体どういうことでしょう。私たちまで呼び出されるとは・・・」

「へっ、なんかおもろそうなことが起こっとるんかもな。昨日のヘルマンのおっさんも結構おもろかったし、この学園はホンマに退屈せんな。転校してきて良かったで」

「うん、良かったね、小太郎君」

 

ネギと共に走るのは刹那と犬上小太郎という転校生。

普段はこの場に居るであろうアスナは一緒ではない。

何やら学園長には絶対にアスナは連れてきては駄目だと言われたからだ。

どういうわけかは分からないが、とりあえず言われたとおりアスナには黙って、ネギたちは急いで学園長室に向かう。

 

「せや、ネギ・・・お前の耳に入れとかなあかんことがある。実はな・・・今回のヘルマンのおっさんの襲撃・・・お前らの京都での事件・・・多分黒幕は・・・あいつや」

「あいつ?」

「フェイト・アーウェルンクス・・・・あの白髪のガキや」

「・・・あの・・・あの時の子が?」

 

小太郎の話をネギは聞きながら、頷いた。

 

「確かそれは修学旅行で小太郎君たちと居た・・・あの時の子が黒幕だったんですか?」

「ああ・・・お前らと修学旅行で戦った後、反省室に入れられとる俺の前にアイツが現われたんや。ネギを闇討ちにしたら出してやるって言われてな。勿論断ったけどな」

「そんなことが・・・」

「ああ、気をつけろやネギ。あいつは得体が知れん。何考えてるのかもサッパリ分からん。いつ・・・どんな手でお前の前に現われるかも分からん。用心しとくんやな」

「うん。分かった。ありがとう、小太郎君」

 

ネギは小太郎の言葉を聞き、自分を狙う脅威の存在を知って心を引き締める。

ここには大切な人たちが山ほど居る。

誰一人失わず、傷つけないためにも、絶対に生徒たちは守って見せると心に誓った。

そして小太郎の話が終わったとほぼ同時にネギたちは学園長室の前にたどり着いた。

たどり着いた彼らは軽くノックをして中に入る。

中には何人もの教師や生徒たちが居た。しかも全員只者ではない。

恐らくこの学園全土に散らばる魔法先生、魔法生徒が集結しているのだろう。

ネギも小太郎も刹那もその顔ぶれに息を呑む。

しかしどういうわけか、室内はかなりギスギスした雰囲気だ。

タカミチなど両手をポケットに入れながら、まるで憎っくき敵でも見るかのような形相で、正直寒気がした。

 

「あ~・・・・・・・ネギ君・・・・その~・・・ちょっと言いづらいんじゃが・・・・」

「?」

「これがどういうことか・・・君には分かるかの~」

 

学園長が何か言いづらそうに尋ねてくるが、正直何のことだかサッパリ分からない。

そしてネギと小太郎と刹那は少し首をかしげながら部屋を見渡し、丁度タカミチが鋭い目で睨んでいる視線の先に目が止まった。

そこに居たのは白髪の少年・・・

 

「「「・・・・・・・・・・・・・えっ!!??」」」

 

まさか・・・そう、思った瞬間ネギたちは震えた。

正直間違いであって欲しい。他人の空に出会って欲しいと願うが、その願いは無残にも砕け散った。

白髪の少年が振り返り、何だか気まずそうな表情をしながら、ネギを見ながら口を開く。

 

 

「今日から・・・・・・麻帆良ダイグレン学園に編入するハメになった、フェイト・アーウェルンクスだ。とりあえずイスタンブールの魔法協会からの留学生で、飛び級・・・・・・そういうことで誤魔化されてくれないかい?」

 

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 

何が何だか誰にも理解できず、頭を皆が抱えてしまった。

とりあえず何とか搾り出せた言葉は・・・・・・

 

 

「「「出来るかァッ!!?」」」

 

「・・・・・・・・・やはりそうだよね・・・僕もそう思うよ・・・」

 

 



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第13話 後悔? なんだそりゃ

「クソッ、やられた! まさかこのような手段で出てくるとは思わなかった! こんな大胆な作戦を取るような者だったとは!」

「タカミチ・・・少し落ち着くのじゃ・・・」

「学園長、これが落ち着いていられますか!?」

 

学園長室で悔しそうに頭を抱えながら、タカミチは叫んだ。

いつも冷静で大人の柔らかい物腰のタカミチがこれほど取り乱すなど珍しい。

逆に言えば、それだけ事態のヤバさを表しているともいえる。

 

「小太郎君の証言だけではフェイト・アーウェルンクスを立件できない。正規のルート・・・どこまで本当かは分からないが・・・まともな手続きで編入してくる以上、それを学園側が拒否するわけにはいかない。だからといって多数の腕利きの魔法使いたちが在住するこの学園に堂々と乗り込んでくるとは・・・この堂々とした作戦・・・大戦期では人の裏ばかりをかいて影で動き回っていた完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)とは明らかに違う・・・まさかこんなことになるなんて・・・今回のアーウェルンクスは・・・明らかに何かが違う!!」

「うむ・・・堂々と乗り込んできた・・・これは警告とも取れるのう。なんせワシらはこれで何千人とこの学園に通う一般生徒達を人質に取られたに等しい。ワシらが不穏な動きを見せたらどうなるか・・・これは大胆な作戦に見えてとてつもない防御も兼ね備えておる」

「はい。何よりここの学生になってしまえば、これからは堂々とネギ君や・・・アスナ君にだって近づく口実が出来る・・・こんなとんでもない作戦を実行してくるとは・・・しかもまさかダイグレン学園にとは・・・あそこではネギ君は今一人だ・・・刹那くんたちやエヴァが居るわけでもない。もし襲われたら、今のネギ君では・・・・ネギ君・・・・」

「う~ん・・・まあ、そうなんじゃがの~」

 

タカミチは己の無力さを嘆くかのように拳を握り締め、ワナワナとしている。

今すぐにでも飛び出してネギの元へ駆けつけようとしているようにも見える。

フェイトが編入してきたというとんでもない事態に、タカミチは非常に頭を痛めた。

これから起こりうるかも知れぬ何かを、どうやって防げばいいのかと悩み苦しんでいた。

だが、学園長は何故か既に達観したかのように落ち着いていた。

それがタカミチをさらに苛立たせた。

 

「学園長、もっと真剣に考えてください。こうなったら、京都に居る詠春さんに協力を要請するなど対策を色々と・・・」

「いや・・・タカミチ・・・なんというか・・・問題はそれだけに留まらんのじゃ・・・」

「ま、まさかまだ何かがあるのですか!?」

 

これ以上一体何があるというのだ。

タカミチは背筋を凍らせながら、学園長の言葉を待つ。すると・・・

 

「このままじゃネギ君・・・普通に教職取り上げられそうなんじゃよ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・えっ?」

「つーか、もうマジで取り上げられることはほぼ確定的じゃ。委員会でもそういう話がある」

 

それは信じられぬ言葉だった。

あまりにも突然すぎる言葉に我慢できなかったタカミチは思いきり怒鳴った。

するとその声は当然学園長室の外まで聞こえ、これまた偶然通りかかった3-Aの生徒たちの耳に入ることになる。

聞き耳を立てられているとは気づかず、タカミチは尋ねる。

 

「どういうことなんです?」

「うむ・・・実はダイグレン学園のネギ君のクラスで、とある課題をクリアすればネギ君を教師としての資質を認めると言っておるのじゃ・・・」

「課題? なんだ、それならなんとかなるかもしれませんよ? ちなみにその課題とは?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

タカミチの問いかけに対し、学園長は一枚の紙を無言で手渡した。

 

「なになに・・・ネギ・スプリングフィールドのクラスで中間テストの赤点者が全員追試をクリアできれば認める・・・・・・・えっ?」

 

そこに書かれている内容を、タカミチは恐る恐る読み上げる。

 

「カミナ君たちが・・・留年を毛ほども恐れぬ彼らが・・・・後一週間足らずで・・・ですか?」

 

そして固まった。

 

「・・・・無理じゃろ?」

「そ・・・それは・・・」

 

タカミチの口元は震えていた。

実はダイグレン学園の生徒は同級生の年齢が違うというのは珍しくない。

姉妹全員と同じ学年というキタンや、弟分と同じ学年のカミナ、そして既に成人男性並の貫禄のある不良たちである。

彼らのほとんどは停学や出席日数、そして単位不足が原因である。

しかし彼らの学業姿勢は留年しようが、だからどうしたといわんばかりに改善が見られない。赤点出そうと追試を出そうと・・・それ以前に・・・

 

「赤点とか追試とか以前に・・・そもそも試験を平気で休む彼らが・・・デスカ?」

「ああ、無理じゃろ? こんなもんどーしろっちゅうんじゃ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

タカミチは無言になってしまった。

思わぬ難問に、タカミチですら言葉を詰まらせた。

だが、その数秒後、噛み噛みではあるももの、タカミチは何とか学園長の言葉を否定する。

そうだ、教師である自分が信じなくてどうする。

 

「い・・・・・・・・・・・・・いえ、ネギ君は同じような課題を以前クリアしました。そう、試験順位が最下位だった自分のクラスを学年トップに押し上げました。僕は・・・・・・・信じます。彼のことを」

 

タカミチは学園長室の窓から空を遠くまで見つめる。

 

(ネギ君の可能性は無限大だ。道はこの空のようにどこまでも繋がっている・・・そう・・・彼なら・・・きっとやってくれる)

 

 

 

だが、そんな大人たちの話を何も知らずに、肝心の麻帆良ダイグレン学園の教室では・・・・

 

「待ってください!!」

「ッ!?」

 

ネギは素早くゾーシイの腕を掴んだ。

ゾーシイはネギを睨みつけるが、ネギは怖い目をしてゾーシイを睨み返す。

 

 

「ゾーシイさん・・・今・・・ぶっこ抜きをしましたね?」

「あ~~?」

「その手、・・・開いて見せてください」

 

ぶっこ抜き・・・それは、麻雀であらかじめ山牌の端に自分の好きな牌を積み込んでおき、相手の隙を見て自分の要らない牌とすりかえるポピュラーなイカサマだ。

ネギはゾーシイの腕を掴んで嫌疑を掛ける。正直ネギはメガネをかけてはいるが、一般人の怪しい動作を見逃すほど間抜けでもない。ネギはこの瞬間を待っていたとばかり、ゾーシイの腕を掴んだ。

だがゾーシイは、追い詰められているはずが、逆に笑った。

 

「はっ、俺がぶっこ抜き? とんだ言いがかりだぜ。まあ、見たけりゃ見せても良いが・・・この手の中に何もなかったら・・・どうすんだ?」

「・・・・えっ?」

「生徒にイカサマの疑いかけて・・・俺がシロだったらどうすんだ? テメエ、ちゃんと落とし前つけるんだろうな?」

「えっ・・・でも・・・僕は確かに・・・」

「ああ。だから俺もそこまで言うなら見せてやるが、あらぬ疑いを掛けた事を、どう責任取るつもりだ?」

「うっ・・・・・ううう・・・」

 

相手が一枚上手だった。

ネギは諦めてゾーシイの腕を放して、何事も無かったかのように続きを打ち始めた。

諦めたネギを見て、安堵のため息をつきながら、ゾーシイは手の中に入っていた牌を手牌に加えた。

要するにネギは間違っていなく、ゾーシイのハッタリだった。

だが、これで完全にペースを乱されたネギはズルズルと負けていく。

 

(((まだまだ甘いぜ!)))

 

男たちは不敵に笑った。

 

「まあ、泣くなって先生よ~。後でこのキタン様秘蔵のエロDVDをこっそり拝ませてやるからよ~。金髪年上年下制服コスプレなんでもござれのコレクションだ」

「なっ!? こ、高校生がそんなエッチなのはいけません!?」

「な~に言ってんだ。あのシモンとニアだってあんなツラしてきっとイロイロしてんだぜ? この世のでっかい山やきわどい谷を見てみたくねえか?」

「へっ、まずは先生の好みを知る必要があるな。そうだ、このグラビアの中で先生が一番反応すんのはどれだよ? ほれ、顔隠してねーで見てみろよ」

「駄目ですってば~~!?」

 

顔を真っ赤にして逸らすネギ、その瞬間男たちの瞳はきゅぴーんと光った。

 

 

(((はい、この隙に牌交換!!)))

 

 

麻帆良学園の魔法先生、魔法生徒たちがこれからの事態に頭を悩ませている頃、ネギはのん気にカミナたちと麻雀をして、負け越していることに頭を抱えていたのだった。

 

「シモン・・・彼・・・どんどん深みに嵌っていくけど、大丈夫なのかい?」

「う~ん、でも麻雀で勝ったら授業を真面目に受ける約束だったしね・・・」

「しかしカミナたちも容赦が無いね。さっきから見ているけど、イカサマばかりじゃないか。見破ってもネギ君では問い詰めることも出来ない・・・何だか見ていて気の毒だね」

「ああ。どうやら先生は運だけは凄いから、イカサマ使わないと勝てないらしいよ。あれでもっと押しが強ければいいのにな~」

 

麻雀対決を横目で眺めてため息をつくフェイトと苦笑するシモン。

これがこの学園の日常。

おおよそ普通の学校生活というものを味わったことの無いフェイトには戸惑う場面が多かった。

 

「フェイト、ところで今日放課後時間ある?」

「放課後? 特に用は無いけど・・・」

「良かった。今日さ、部員が揃ったって事を超って人に教えたら第一回会議とお祝いを超包子でやろうって連絡が来たんだ。だから放課後一緒に行こうよ」

「・・・部活・・・本当に僕がやるのかい?」

「うん、アニキも強引だったし、どうしても嫌だって言うなら仕方ないけど、俺はフェイトと一緒に出来たらうれしいかな・・・」

 

少し上目遣いで見てくるシモン。

ここで断ってもいいのだが、どうしてもそれを躊躇ってしまったフェイトは仕方なく了承した。

 

「・・・ふう・・・分かった。とりあえず今日は顔を出そう」

「本当? それじゃあ放課後は空けといてくれよ」

 

まるでこれでは本当にただの学生だ。

学園の魔法使いたちはフェイトの行動にハラハラとしているのに、肝心のフェイト自身は本当に何か明確な目的や考えがあって編入してきたわけではない。

しかしそれでもこの場に居てしまうフェイトは自分自身を疑問に感じていた。

 

「シモ~ン、お弁当作ってきました、一緒に食べましょう」

「ああ。いつもありがとうな」

 

大きな重箱を幸せいっぱいの顔でシモンに届けるニア。シモンも照れながらニアにお礼を言うと、ニアはもっと嬉しそうな顔で笑った。

 

「いいえ。これが私のやりたいことだもの。たくさん作ってきたので、フェイトさんもどうですか?」

「ッ!? い・・・いや・・・結構。僕は食堂で何かを買ってくる」

 

突然のニアの誘いだが、フェイトはニアの巨大な重箱を見た瞬間、背筋が震えた。

あの闇鍋で一口サイズの料理を食べただけで自分は撃沈したのだ。

その何倍もの量がある目の前の弁当は、フェイトにとって大量破壊兵器にしか見えず、やんわりと断りながら教室から出た。

 

「やれやれ・・・何をやっているんだろうな・・・僕は・・・」

 

廊下に出てフェイトは一人呟いた。

 

(・・・学校か・・・確かにそれなりに悪くない・・・だが・・・)

 

騒がしく、無意味な時間の繰り返し。特に何かが目的でもなく、当たり前のような時間を当たり前のように過ごす。

 

(本来住むべき世界が違う・・・なのに僕は何故ここに居る? ・・・場の雰囲気に流されて成すべき大義を見失う・・・そんなことは許されない・・・なのに何故僕は寄り道をしている・・・)

 

自分が分からない。

ただ、自問自答して思い出すのは、カミナが言ってくれたあの言葉。「お前のことを知ってやる」ふざけるなと拒絶したはずの自分の心が、なぜか何度もその言葉を思い出させる。

 

(カミナ・・・シモン・・・ニア・・・彼らに分かるはずがない。僕を理解できるはずはない。なら何故僕は無視せずにここに居る?)

 

おおよそ、魔法や裏の世界とは関わりのないシモンたち。しかしそんな彼らと共にある自分は一体なんなのだ?

 

(僕は人形。主の夢想を叶えるための・・・だから心はない・・・そう思っていた・・・。そうか・・・分かっていないのは僕も同じか・・・矛盾しているんだ・・・僕は・・・)

 

フェイトは騒がしく、暴力的で、しかしどこか笑いの耐えないカミナやシモンたちを見ていると、気づかなかったことに気づいてしまった。

 

(そう・・・彼らが僕を知らないんじゃない。僕が僕自身のことを分かっていないんだ・・・・)

 

分からないのは自分自身。だから自分はここに居るのかもしれないと、少し自嘲気味にフェイトは呟いた。

 

「やれやれ・・・それにしてもこの学園の自動販売機の品揃えは悪いね。こんなコーヒーは飲めたものじゃない」

 

いつの間にかたどり着いた自動販売機の前で、コーヒー党でもあるフェイトは自動販売機の飲み物の種類に愚痴を零した。

こんなことをしていると、本当に自分は学生になってしまったような感覚に陥り、それを無様だと思う反面、それほど悪くもないと思う自分が居た。

すると、自動販売機の前でため息をついているフェイトの後ろから、割り込むように小銭を入れてボタンを押した者が現われた。

だが、その人物は出てきた飲み物をそのままフェイトに差し出した。

 

「何事も経験だよ。・・・・・・転校祝いに、僕が奢るよ」

 

そこに居たのはネギだった。

少しムスッとした表情のネギは、飲み物をフェイトに渡し、そして自分用にもう一本購入し、そのままふたを開けて飲んだ。

 

「・・・七味コーラ? 嫌がらせかい?」

 

ギャグのような飲み物を手渡されてフェイトも呆れる。

 

「先に嫌がらせのような行動をしてきたのは君じゃないか。まさかダイグレン学園にいきなり編入してくるなんて・・・・・・・・何を企んでいるんだい?」

 

教室に居たときとは違い、実に真面目で真剣な表情だ。

実際フェイトのことが分からず探りを入れているという印象を受ける。

 

「そういう君こそ何をやっているんだい? 噂では中国拳法やら闇の福音の弟子になったやらで、相当修行していると聞いたんだが、ここでやっているのは麻雀や花札にグラビアアイドルなどの談義・・・君、何をやっているんだい? 授業は?」

「うっ・・・ぼ、僕だって授業をやりたいけど皆が聞いてくれなくて・・・」

「僕も同じだ・・・僕の意思とは関係なく・・・何故か逆らえない言葉に従ってしまったというべきだろうね」

「どういうこと?」

「こればかりは僕にも分からないということさ」

 

フェイトにも分からない。何をバカなという言葉だが、フェイト自身もこれが今言える本心だった。

 

「ねえ、フェイト・・・・・・ヘルマンさんは・・・君が? アスナさんたちを攫うように指示したのも・・・君か?」

 

探りを入れても分からぬため、ネギは直球でフェイトに尋ねた。だが、フェイトは至って冷静にかわした。

 

「・・・さあ・・・何か疑わしいことがあるのなら証拠を見せてみることだね。そうすれば僕を追い出せるかもしれないよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「僕を追い出すかい? ネギ・スプリングフィールド。まあ、力ずくはお勧めしないね、正直今の君の力では・・・「そんなことしない」・・・僕にかな・・・・何だって?」

 

フェイトが少し驚いた顔をした。

 

「君がどういう目的で、何を考え、何を思ってこの学園に来たかは分からないけど、僕がここに居る間は君も僕の生徒だ。迷惑な生徒だから追い出す? そんなことを僕は絶対にしない。魔法使いとしてではなく、君が生徒である以上、僕は先生として君を受け入れるよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・裏切られて後悔しないかい?」

「しないようにがんばるよ」

「・・・・・・・ふん・・・」

 

これ以上フェイトはネギと会話をする気にはならなくなった。

カミナにシモンにニアだけではない、キタンたちだけでもない、ネギもそうだ。

どうしてそう簡単に人を受け入れようとする?

 

(人・・・僕は人とは違う・・・でも・・・なら、ヒトとは何だ? ・・・分からない・・・)

 

ただフェイトは自分の心の中の戸惑いを悟られぬように、持っていた缶のふたを開けて、グイッと飲んでその場を誤魔化そうとした。

 

「あ・・・・・・・・」

「・・・・・・ぶごッ!?」

 

フェイトは自分の持っていた飲み物が「七味コーラ」ということをすっかり忘れて一気に飲んでしまったのだった。

 



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第14話 俺たちは出てこねえ

学園長室の会話を盗み聞きした鳴滝双子姉妹により、ネギが窮地に居ることが3―Aの中で瞬く間に広まった。

 

「えええええーーーーッ!? ダイグレン学園のネギのクラスの追試者が追試をクリアできなかったら、ネギはクビッ!?」

「そうだよ、高畑先生と学園長が話してたから間違いないよ!」

「ネネネネネ、ネギ先生がクビ!? そそ、そのようなことを認めてなるものですか!?」

「そんなの嫌だよーー」

「何で? 何でネギ君がそんなことになるのさ!?」

「う、うち、おじいちゃんに聞いてこよか?」

「いえ、お嬢様。恐らくこれは学園長でも覆せぬことなのではないでしょうか? 恐らく前々からネギ先生を良く思っていなかった教育委員会などが無理難題を押し付けたのでしょう」

 

ネギは僅かな期間だけの研修で、帰ってきたら以前と同じように皆と楽しい毎日を過ごせると誰もが確信していた。

だが、ここにきてネギの身に自分たちがまったく知らなかった大人の圧力がかかっていたことを、少女たちは初めて知ってしまった。

 

「本来エスカレーターで本校にいけるうちの学園で、エスカレーターでいけなかった連中が相手よ? そんなの無理に決まってんじゃない! つうか、あいつら試験すら受けてないわよ!」

「そそそ、そんなのあんまりですわ!? あんな掃きだめの連中のために、ネギ先生が・・・ネギ先生が・・・そんなの断じて許せませんわァァ!!」

「う~む、こうなったらダイグレン学園の不良に無理やり勉強させるのはどうアルか?」

「そうね、何としてもクリアさせるためには、まず授業を受けさせて・・・こうなったら私も協力・・・・」

「あ~、アスナ~それは無理だよ。どんなに馬鹿学校でも、高校生のテストなんだから、科目数とか私たちより全然多いでしょ?」

「う~む、不良たちを力ずくで何とかは拙者らにもできるやもしれぬが、勉強が関わってはお手上げでござるな」

 

どうすればいい?

どうすればネギのクビを回避できるのか?

ネギのクラスの追試者をクリアできればいいという条件だが、そう簡単なものではないことをダイグレン学園を知る彼女たちはよく理解している。

もし自分たちが同じ高校生なら、まだ協力のしようがあったかもしれないが、アスナたちなど今の中学生の勉強範囲で精一杯だ、とてもではないが協力することは出来ない。

ギャーギャーと文句を言うが、それでも打開案が思い浮かばない。

すると、少し大人しめの少女は、ここぞとばかり勇気を振り絞って叫んだ。

 

「わ、私は・・・ネギ先生を信じます!!」

 

彼女の名前は宮崎のどか。ネギに思いを寄せる少女だ。

 

「のどかの言うとおりです。馬鹿レンジャーが集い毎回学年最下位のクラスをトップまで引き上げたのは誰のお陰だったか・・・皆さん忘れたですか? それとも、ネギ先生を信じないですか?」

 

のどかの言葉で静かになったクラスに、彼女の友人である綾瀬夕映の言葉がアスナたちの心に染み渡る。

 

「何を仰るのです、この雪広あやか、世界が疑おうともネギ先生を信じますわ!」

「わ、私だってネギ君を信じてるもん!」

「そ、そうだよ・・・ネギ君は天才少年だもんね、私だって信じてるよ!」

 

あやかが叫ぶと、まき絵や裕奈も同意し、ネギを信じているという想いを皆が持つようになっていた。

アスナも刹那も木乃香も少し苦笑しながらも、確かにネギならこの状況をも何とかするかもしれないと思うようになった。

 

「ふん、まさかこんなピンチになるとはな。せっかく我が弟子になったというのに、坊やも苦労が耐えないな」

「ネギ先生も大変ですね」

「エヴァちゃん・・・茶々丸さん・・・」

 

クラスメートの大騒ぎとネギのピンチを聞いて、ネギの師でもあるエヴァンジェリンは、従者の茶々丸を連れて実に愉快そうに笑っていた。

 

「何よ、エヴァちゃんはネギが心配じゃないの?」

「はん、あの坊やはどれだけやっても出来るかどうかもわからぬ目標を達成しようと思っているのだぞ? やれば出来るようなこんな問題など目を瞑ってでもクリアできんようなら、私も興味が無いな」

「そう言いつつマスターは、ダイグレン学園に行ってしまったネギ先生との修行の時間が減って少しつまらなそうです・・・」

「余計なことは言うなよな~、茶々丸~」

 

多少は歪んでいるかもしれないが、何だかんだでネギが心配であったり信じていたりしているのだ。

これ程の人望や信頼を得ているあたり、やはりネギは何か特別なものがあるとアスナも感じていた。

 

(ネギ・・・みんなあんたのことちゃんと待ってるんだからね。不良なんかに負けんじゃないわよ!)

 

この困難もネギなら必ず何とかするとアスナも信じることにした。

 

「ふん、ところで神楽坂アスナ。坊やのことだが、この間のヘルマンとやらとの戦いは中々だったが、坊やは修行もちゃんとしているんだろうな?」

 

皆に聞こえない程度の小声でエヴァがアスナに尋ねてきた。

 

「だ、大丈夫よ。ちゃんとアイツは色々なことを覚えてるって言ってたわ。この間は千鳥とか言う技を覚えて、今はツバメ返しって技を勉強中とか・・・」

「千鳥? ツバメ返し? ほう、中々凄そうな技だな。雷系の技と剣の技か? 今度会ったときに見せてもらおうか・・・」

 

ニヤニヤと楽しみにしているエヴァだが、その技が麻雀のイカサマの技と知るのは、もう少し後のことだった。

そんなクラスメートたちの光景を外から笑みを浮かべながら眺めている少女が居た。

 

「やれやれ・・・まあ、シモンさんに限って追試ということは無いと思うガ・・・同じ部員のよしみ、私が協力するカ」

 

彼女こそ、シモンとともにドリ研部を創設した超鈴音。

中学生でありながら、大学生まで全てを入れた麻帆良全学生、研究者、教授、博士を含めたこの学園に居る全てのものを差し置いてNO1の頭脳を持つ彼女が、義理あってシモンに協力するために動き出した。

 

「シモンさんのメールによれば部員も既に残る二人を集めたと、まあどうせ残る二人はダイグレン学園の不良たちの誰かだろうネ。しかしその不良たちがもし追試をクリアできなかったら部活動も禁止だし、ネギ坊主もピンチ。それだけは避けねばならないヨ」

 

部活動禁止とネギのクビ。それは人に言えない事情だが、超鈴音には避けねばならない展開だった。

 

(シモンさん・・・私の居た世界の歴史では、常に彼は関わっていた。開拓者・・・天元突破・・・穴掘りシモン・・・その功績は歴史の裏側に刻まれる。未開の地を掘り当てる・・・資源の発掘・・・建設建築の分野・・・それら全てに貢献したのは、彼の持っていたドリルと技術と発想力にある。ドリルと技術は後世にまで伝わっている。しかし肝心な彼の発想力は受け継がれていない。それを私が自分の世界に持って帰れたら・・・魔法と科学の融合に・・・彼のドリルを融合させられれば・・・私の計画・・・最低でもそれだけはこなさねばならないネ)

 

彼女には彼女の想いがある。

どうしてもネギのクビと部活禁止は避けてシモンと友好を深めるために、他のクラスメートのようにただ単にネギを信じるだけでなく自らも動こうとしていた。

 

「ちょ、超さん、どこに行くの?」

 

教室から出ようとする超にアスナが気づいた。

 

「部活の仲間が困るかもしれないので、この学園最強の頭脳を誇る私が協力に行くネ!」

 

部活の仲間、それはシモンのこと。それを知っているアスナたちは、慌てて超に問い詰めた。

 

「ちょっ、ダイグレン学園に行く気!?」

「大丈夫、心配要らないネ。あの人たち根はいい人たちヨ」

「そりゃ~、シモンさんみたいな人がちゃんとやっていけてるんだからそうなんだろうけど・・・でも・・・」

「ちょっ、超さん! まさか一人だけネギ先生に協力してポイントを稼ごうという魂胆ではありませんか!?」

「ハハハハ、委員長も困ったものネ」

 

ピラピラと手を振りながら教室を去ろうとする超。

だが、不思議なことにそんな彼女の後ろをピタリとくっついて一緒についてくる少女が一人居た。

 

「・・・で、何でザジさんも一緒について来ようとしているカ?」

「・・・仲間・・・」

「へっ?」

 

クラス中の目が点になった。

 

「同じ部活・・・仲間・・・協力・・・」

「・・・・・・・・・ザジさんがカ?・・・・・・・・」

「・・・・・コク・・・・ドリ研部・・・・」

 

てっきりダイグレン学園の不良の誰かだと思っていた残りの部員が、こんな近くに居た。

このことに超鈴音を含めてクラスメート全員が呆気に取られてしまったのだった。

 

 



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第15話 バカとテストとグレン学園

さて、ネギを救うためにイロイロな人たちが心配し、協力しようとしているのだが、やはり一番の問題は「やる気」だろう。

実際追試を受けるカミナたちがいかに勉強に集中できるかがキーになってくる。

もし、まったく勉強にやる気が無い連中を勉強に集中させることが出来れば、正に魔法だろう。

しかしその魔法が、実に絶妙なタイミングでカミナたちに降りかかった。

 

「知らないんですか? ・・・・・・今年からの学園改革」

「・・・・・・・・・・・何?」

「赤点の人は追試で、それに失敗したら学園祭に参加できずに補習なんですよ」

「なにいいいいいいいいッ!? 赤点組は追試? ミスれば学園祭に参加できねえだとォッ!?」

「はい・・・リーロン校長がそう言っていました」

 

ロシウの言葉にキタンたちは怒りをあらわにして大抗議を始める。

 

「馬鹿言ってんじゃねえ! 去年までんなことなかったじゃねえかッ! それがまた、何でんなことになってんだよ!?」

「僕に言わないでください! ほら、ウチの学園は学園祭でお金儲けしていいというのは知っていますね? それで本来の学生の本分を忘れてそちらに集中する生徒ばかりで両親やPTAから抗議が来て、今年からの改革らしいです」

「ふざけんなァ! 学生の本分は麻雀にパチンコに学園祭だろうがァ!!」

「あー、もう! だから僕に言っても仕方ありません!」

 

この時期になると、本校の生徒たちは皆慌しく動いていた。

一年で最大級とも言うべき学校行事の学園祭。

それを何の懸念もなく迎えるために、直前の中間試験では皆が勉学に勤しんでいた。それが普通の高校だろう。

しかしここではそんなことはない。試験だなんだは知ったことではなく、学園祭の金儲けと馬鹿騒ぎに命を掛ける連中が集っている。

そんな彼らに今回の改革は衝撃的といわざるを得ない。

 

「あれ・・・みなさん、どうしたんですか?」

「ごほっ・・・騒がしいね・・・」

 

教室の喧騒を不思議そうに感じながら、ネギと少し顔色の悪いフェイトが帰ってきた。その瞬間キタンたちはネギまですっ飛んだ。

 

「うお~~~い、どういうことだよ先生よォ!? ロシウが言ってたんだが、中間の赤点者は追試ミスったら学園祭に出られねえだとォ!?」

「えっ、・・・そうなんですか?」

「どうすんだよ! って、そうだ先生、俺らに追試の問題と答えを教えやがれ、そうすりゃ俺たちは何事もなく学園祭を楽しめらァ」

「なな、そんなことできるはずないじゃないですかァ!? そ、それに追試の合格ラインは確か40点です。つまり40点以上なら、まともにやれば・・・」

 

ネギはまだ分かっていない。彼らの実力というものを。

 

 

「「「「「ぐおおおお、40点も取れるかァァァ!?」」」」」

 

 

そもそも学園に入学して以来筆記用具を持った回数など数えるほどしかないカミナやキタンたちにはとんでもない試練だった。

 

「あ~あ、くそ、やってらんね~、こうなったら諦めて逃げるか」

「テストは出来ん」

「意味無い意味無い意味無い」

 

もはや既にやる気も失っている。

テスト勉強などやるという選択肢など最初からない。赤点? 追試? 知ったこっちゃねえという様子だ。

だが、そんな彼らの様子にとうとうロシウが我慢の限界のように叫んだ。

 

「いい加減にしてください。じゃあ、あなた方は何故学校に通っているのです。授業や試験のたびにそうやってふんぞり返って、何が学生ですか。自ら退学届けを出して去っていった不良たちのほうがまだ潔良い」

「んだと、ロシウ!?」

「やんのか、コラァ!?」

 

不本意ながらこの学園に居るロシウにとっては彼らの態度はイラついて仕方ないようだ。

そのイライラした気持ちを八つ当たりのようにぶつけられてはキタンたちも黙っていられない。

 

「まま、待ってくださいよ~、喧嘩はダメです~」

「甘いですよ、ネギ先生。彼らにはこれぐらい言っても全然足りないんですから。まあ、どうせ追試もクリア出来ないと思いますが・・・」

「んだとロシウてめ~~」

「クラスメート同士で喧嘩はやめてくださいってばァ!」

 

だが、喧嘩をさせるわけにはいかず、ネギが慌てて彼らの間に入って仲裁する。

 

「そ、それじゃあどうでしょう。とりあえず簡単な小テストを皆さんにやってもらって、皆さんの実力を見たいと思います。出来る出来ないはともかく、まずはやってみてみましょう。それでいいですか?」

「あ~、めんどくせ~な~、どうせ出来るわけねえだろ? つうか、高校って科目どれぐらいあるんだっけ?」

「さあ・・・受けたことねーしな~」

「あなたたち、高校生活長いのに今更それですか!?」

 

とにかく学園側の決定以上は従うしかない。

 

「ふん、40点どころか彼らは二桁取れるかどうかも疑わしい。まあ、僕には関係ありませんが・・・」

「ロシウさん。そういうことを言うのはやめましょう。ロシウさんもこのクラスの一員なんですから、仲間を見捨ててはいけません。仲間を信じましょうよ」

「・・・せ、先生・・・」

 

追試失敗はダメならそれ以上を取るしかないのである。

無理かどうかはまずやってみて判断する。

それに学園祭というのは彼らには中々重い行事のようだ。

ネギはそれを使って彼らのやる気を最大限に高めようとする。

 

「それにほら、40点以上が無理とかは皆さんには似合いません。無理を通して道理を蹴っ飛ばす。それがこの学園の教育理念であり、皆さんのポリシーでしょ?」

「むっ・・・」

「うっ・・・」

「それに、高校生は物理や化学などの科目数が多い分、試験範囲はそれほど広くありません。つまり最低でも基本の基本さえマスターすれば、追試はクリアできるようにできています。つまりやればできることなんです! これをやって、楽しい学園祭を迎えましょうよ!」

 

ネギの言葉にキタンやゾーシイたちは互いに顔を見合い、どうするべきか相談している。

別に留年ぐらいどうってことないが、大もうけできる一年で一度のチャンスを、やればできることをやらないで台無しにするのか、その選択に迷っていた。

すると、こういう時はこの男次第。カミナは立ち上がってネギに同意した。

 

「よっしゃあ、上等じゃねえか! ここは先公の言うとおりだ! テストだか追試だか何だろうと、受けてやろうじゃねえか! バカとテストとヤンキー大会だ!! この壁をぶちやぶって、堂々と学園祭を満喫してやろうじゃねえか! 俺を誰だと思ってやがる!」

 

カミナが言えば仕方ない。

 

「おい、他のやつらはどうするんだ? アーテンとかバチョーンたちも追試だろ?」

「へっ、明日集めりゃいいだろ。あいつらも学園祭に参加できねーのは嫌だろうからな」

 

やれやれとため息つきながら、追試の心当たり・・・というかほとんどのものが中間試験を受けていないために対象者なわけだが、とりあえずはやってみようと同意した。

 

「へ~、やるじゃない、・・・あの子、麻雀で負けてるときはどうなるかと思ったけど、結局カミナたちに勉強させるとはね・・・」

 

ヨーコは少しネギを見直して、教壇の前でやる気満々のネギにほほ笑んだ。

そして行われた簡単な小テスト。

そこでネギは彼らの実力を知ることになる。

 

「カミナさん・・・格好つけて英語で自分の名前を書くのはいいんですが・・・・Kamina・・・ではなく、Kanima・・・カニマになっています・・・っていうかほかの皆さんもカタカナ間違えたりしています・・・ま、まあとりあえず・・・採点してみよう・・・」

 

 

自分の名前すら間違えていた。

予想をはるかに上回る結果だった。

抜き打ち小テスト。とりあえずは追試者もそうでない連中も含めて全員一斉に行った。

 

例えば・・・

 

 

以下の問いに答えなさい。

Q.日本の民法における結婚適齢は最低何歳か?

 

ロシウの答え 

「男性は18歳、女性は16歳」

ネギのコメント 

「正解です。ロシウさんには簡単すぎましたね」

 

キヨウの答え

「男15歳 女15歳」

ネギのコメント

「もしそうなら、ニアさんはとても喜びますね。でも、キヨウさんは・・・既婚者ですよね?」

 

ニアの答え 

「愛し合っていれば関係ありません」

ネギのコメント 

「個人的には正解にしてあげたいです」

 

 

Q.大航海時代にヨーロッパ人が「新たに」発見した土地に対する呼称をなんと言うか?

 

ニアの答え。

「新世界」

ネギのコメント

「正解です。ニアさんは時々単語の意味の間違いがありますが、とても優秀です」

 

キタンの答え。

「大海賊時代? グランドラインの後半の海・・・、新世界!!」

ネギのコメント

「正解なのが悔しいです」

 

フェイトの答え

「魔法世界(ムンドゥス・マギクス)」

ネギのコメント

「・・・君が書くとこっちが正解なのかと思えるから怖いです」

 

 

Q.以下の元素記号の元素名を答えなさい

Pt=? Fr=? Unt=?

 

フェイトの答え

「Pt=プラチナ、Fr=フランシウム、Unt=ウンウントリウム」

ネギのコメント

「流石です。難しい問題かなと思ったのですが、君も入れてニアさんとロシウさんで正解者が3人も居ました。うれしいことです」

 

カミナの答え

「Pt=相棒、Fr=ダチ公、Unt=運と度量」

ネギのコメント

「PtをPartner 、FrをFriend、ということですか? 間違っていますが、カミナさんらしい答えで僕は好きです」

 

ジョーガン、バリンボーの答え

「Pt=ピッチャー、Fr=フランス、Unt=ウンコティンティン」

ネギのコメント

「・・・自信満々にありがとうございます」

 

 

Q.次の日本語を英文に直してください。

・私は彼と恋に落ちる

 

ロシウの答え

「I fall in love with him」

ネギのコメント

「ロシウさんに言うことは特にありません。ロシウさんには楽勝でしたね」

 

ニアの答え

「I fall in love with Shimon」

ネギのコメント

「予想通りの回答でうれしいです。こういうところであなたは満点を逃しています」

 

ヨーコの答え

「Watashiwa kareto koini ochiru」

ネギの答え

「こういう回答は僕も初めて見ました。」

 

 

Q.次の日本語を英文に直しなさい

・生きるか死ぬかそれが問題

 

フェイトの回答

「To be or not to be, that is the question」

ネギのコメント

「正解です。シェークスピアの話の中に出てくる有名な言葉ですね」

 

シモンの回答

「Dead or alive, that is problem」

ネギのコメント

「それは確かにプロブレムですね」

 

 

Q.(1)世界で初めて宇宙へ行ったのは誰か? (2)また、彼が言った有名な言葉は?

 

ロシウの答え。

「(1)ガガーリン(2)地球は青かった」

ネギのコメント

「正解です。とても有名な言葉ですね。ロシウさんの回答は全てホッとします」

 

カミナの答え。

「(1)宇宙人 (2)ワレワレハウチュウジンダ」

ネギのコメント

「地球人に限定してください」

 

フェイトの答え

「(1)造物主 (2)ここに人類の新たな楽園を・・・」

ネギのコメント

「ウケ狙いだと信じてます」

 

 

ネギ式・小テストの一部を抜粋。

職員室で全ての採点を終えたネギは深々とため息をついた。

 

「う~ん・・・フェイト、ニアさん、ロシウさんは簡単なケアレスミスさえなければほぼ満点だ。それにしてもフェイト・・・ウケ狙いさえなければ満点なのに、彼ってこういうキャラなのかな? でも凄く頭がいい人が三人もいる。キノンさんも理系は点数が高い。シモンさんは全て綺麗に本校の人と同じくらいの平均点。得意科目も無いけど、不得意科目もない。となると問題は・・・・・・」

 

シモン、ニア、ロシウ、フェイト、そしてキタンの妹の一人であるキノンは基本的に大丈夫だ。そうなると、問題となるのはこれまた予想通りの人物たちだけが残った。

 

「う~ん、何とか皆さんにも学園祭を楽しんでもらいたいし・・・それに僕は彼らの担任なんだし、何とかしないと・・・英語以外は僕の担当外だけど、こうなったら担当の先生に試験範囲だけでも聞いておかないとな~」

 

追試の範囲で何が出るかなど、カミナたちが把握しているとは思えない。こうなったら少し時間がかかるかもしれないが、自分が何とかするしかない。

 

「化学とか物理とか生物に数学は皆さんやらず嫌いが目立つけど、まだ高校一年生の一学期の中間の範囲だから、本当に基礎中の基礎しか出ていない。これなら公式と用語の暗記で何とかなるかもしれない・・・歴史問題も時代が特定しやすい。現代国語は文章読解のテクニック、それと漢字だな・・・英語は教科書の長文と文法だけだし・・・よ~っし、こうなったら全科目の追試範囲の要点を全部まとめよう!!」

 

ネギはスーツの上着を脱いでYシャツを腕まくりして、瞳を燃やす。

いかに大学卒業レベルの学力のある天才少年とはいえ、専門科目外まで手を出すのは少し難しいが、それでも自分が教師である以上、生徒のためにこれだけはしたい。

授業らしい授業は出来なかったが、不純な動機とはいえキタンたちはせっかく勉強をやるきっかけができたのだ。

ならばこの機会に自分が出来ることをしよう。

問題の答えは教えられないけど、これぐらいなら自分も力になれるとネギは気合を入れた。

 

「あらん、ネギ先生、追試の範囲を全教科分まとめてるのん? 随分と面倒くさいことしてるわねん」

 

リーロンは職員室の机で集中して作業しているネギを覗き込みながら笑った。

 

「はい・・・僕にはこれぐらいしかできませんし・・・一応僕は先生ですから」

「・・・・ふふふ・・・がんばってねん♪」

 

あまり邪魔をするのもなんだと思い、リーロンはその場を後にした。

しかし途中で振り返り、ネギを温かい目で見続ける。

 

(あの子・・・追試を生徒がクリアできなかったら自分がクビってまだ知らないのよねん? つまり、自分の保身のためではなく、純粋な気持ちであんな風にがんばってるのねん・・・・ふふふふ、可愛いじゃない。ここでプレッシャーをかけるとむしろ逆効果になりそうね・・・ここは見守るべきかしらん)

 

リーロンはネギに委員会で決まったネギの課題を告げようとしていたのだが、どうやらそんな課題があろうと無かろうと、ネギは教師としての仕事を全うしようとしていた。

 

(あんな子が教師として認められないなんて・・・大人たちも頭が固いわねん。硬いのはアソコだけにしとけってのにねん)

 

最初は可愛いマスコット的なキャラだと思っていたが、中々骨がある少年だとリーロンは感心しながら、ネギを心の中で応援し、見守ることにしたのだった。

 



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第16話 お前が俺らのセンコーだ!

「いや~、テストってもんを久しぶりに受けたら疲れちまったな~」

「おう、頭を使いすぎた。こうなったら息抜きに今夜は皆で飯でも食うか?」

「って、シモンにニアにフェイトは部活か? 今日から始動だろ? テメエら大丈夫か?」

 

小テストを終えて僅かな時間ながら頭を使うことになれていないキタンたちは、欠伸をしながら解放感に包まれていた。

 

「ちょっ、俺よりも今は皆のほうが心配じゃないか」

「確かに・・・僕たちは追試じゃないけど、君たちは追試だろ? 勉強しなくて大丈夫なのかい?」

 

シモンたちは特に追試を受けることは無いのだが、肝心の受けるカミナやキタンたちはまるで他人事のように余裕だった。

 

「な~に、本番になったら奥の手を用意してある! 秘密兵器とかな! 制服の袖、消しゴムのケースの中、シャーペンの持つ部分、あらゆる場所に秘密兵器を常備しとけば楽勝だっての!」

「・・・カンニングかい?」

「おっ、さすがはフェイト! 鋭いね~」

「は~、まあ別にいいけど、見つからないようにするんだね。バレたら退学だろ?」

「ダッハハハハハ、そんときゃそん時よ!!」

 

高らかに笑うキタン。どうやら彼らは最初からまともに勉強する気は無く、カンニングで乗り切る気満々だった。

フェイトも一々とやかく言う気も無く、バレない様にと注意だけした。

だが、そんなキタンたちにヨーコが口を挟んだ。

 

「ねえ・・・キタン・・・あのさ・・・」

「ん、ど~したんだよ?」

「そういうの・・・やめない?」

「あっ?」

「なんていうかさ・・・それで追試をクリアできてもさ、もうあの子供先生と正面向いて付き合えないと思うのよね。何かあの子のこと・・・裏切れないのよね~」

 

同じく追試組みのヨーコが、カンニング戦法を企んでいたキタンたちを止めた。

 

「あっ? じゃあ、ヨーコ。おめー俺らに真面目に受けろってのか? そんな頭がありゃあ、とっくに卒業してるぜ」

「でも先生も言ってたじゃない。やれば出来るように出来ているって。それってあんたたちの頭がどうとかじゃなく、あんたたちがやらなかっただけでしょ? 私も同じよ。楽してやってこなかったことって、いつか自分に返ってくるのよ。ここでまた楽したら、多分あんたたちも私も何も変わらないわよ? 10歳の子供を裏切ったっていう罪悪感だけしかないわ」

「いや・・・でもな~」

 

キタンはアイラックたちに振り返るが、誰も何も言えずに迷った表情をしている。

カミナもまた無言のまま、ヨーコの話を腕組して聞いていた。

 

「シモンは・・・変わったわ」

「えっ? ヨーコ?」

「あんたは変わりたいって思って、自分のやりたいことを見つけて道を切り開いた。変われるところで逃げないでちゃんとがんばったから変われたのよ」

 

シモンに全員が注目する。そうだ、シモンは確かにネギが来て以来変わった。

カミナの後ろでいつもオドオドビクビクしていたシモンだが、カミナが居なくても熱く、変わるために恥をかこうが笑われようが努力した。

 

「へっ、ヨーコの言うとおりだぜ。逃げてちゃ何にも掴めねんだよ! こうなったら正面から追試ぶち破ってやろうじゃねえか!」

 

その話を聞いて、今まで黙っていたカミナが両手をバチンと叩いてニヤリと笑った。

 

「でもよ~・・・」

「勉強つっても何やればいいか分かんね~よ・・・」

 

しかしこればかりはそう簡単に頷ける問題でもなかった。

そもそもやると言っても彼らにもどうすればいいのかは分からないのである。

 

「ならば皆で協力しましょう。皆でやれば絶対に大丈夫です」

 

すると、ニアが笑って皆に告げた。

 

「やれやれ・・・本気でやる気があるなら、僕も協力しますが・・・」

「ふう・・・それじゃあ、勉強会ってところかい?」

 

同じく優等生のロシウとフェイトも前へ出た。

 

「そうだな。俺もアニキや皆と学園祭を迎えたいし、一緒に協力するよ!」

 

こうなったらやってやろう。ダイグレン学園の総力を挙げて追試を乗り切ってやる。

彼らの心に気合が満ちた。

そんな時・・・

 

 

「その話、私たちも協力するわ!!」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

教室の扉がガラッと開き、本校の制服を来た女生徒たちが現われた。

 

「おめえらは・・・ブルマーズ!?」

「ブルマーズではなく、黒百合よ!」

 

そう、あの炎のドッチボール対決をした、麻帆良ドッジボール部にしてウルスラ女子高等学校の英子たちである。

何と彼女たちは不良の巣窟でもあるダイグレン学園に乗り込んできたのである。

 

「もしあなたたちがまともに追試を受けるなら、これをあげてもいいのよ?」

「あん?」

 

英子がピラピラとカミナたちに差し出した紙。それは・・・

 

「過去5年間分の高校一年生の一学期中間試験の範囲。本校とダイグレン学園は違うとはいえ、基本的な出題傾向も範囲も偏っているわ。そして追試で出る範囲もほぼ同じ」

「うおお、何で!?」

「ふっ、部活の伝統よ。部活をやっていると先輩たちの代からこういうか過去問が代々受け継がれるシステムなのよ」

「ちょっ、待ちなさいよ。あんたたちそのために本校から来てくれたの?」

「ふふ、同じドッジボールをやった仲だからね」

 

英子は軽くウインクして笑った。

こんなもの、今のヨーコたちには一番欲しいものである。

ヨーコたちは英子の心遣いに感動しながら過去問に手を伸ばそうとするが・・・

 

「おっと、ただであげるとは言ってないわ」

「へっ?」

「あなたたちがある条件を受けてくれたら、この過去問をあげても良いわ」

 

感動した途端に、取引を持ちかけてきた。

 

「じょ、条件ですって?」

「そう・・・・彼よ」

「・・・・・・・・へっ・・・お、俺?」

 

何と英子たちはニヤリと笑って、あろう事かシモンを抱き寄せた。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

「この子をドッジボール部にくれるのなら、それをあげても良いわ」

 

 

やはり裏があった。

彼女たちの目的は、ドッジボールで大活躍したシモンのスカウトだった。

 

「それに聞いたわ、シモン君。あなた部活に入りたくてイロイロな部活を回っていたそうだけど、何故ドッジ部に来なかったの? まあ、でもいいわ。他の部と違って、私たちはあなたを大歓迎するわ」

「う、うわああ」

「シモン!? 駄目です、シモンは私とフェイトさんと超さんとザジさんでドリ研部に入るのです!」

 

年上美人に抱き寄せられ、耳元で艶っぽい声でささやかれ、シモンの顔は真っ赤になった。

 

「お、おお・・・う、うらやましいヤツ・・・」

「まあ、シモンが入部するだけでもらえるならなあ?」

 

キタンたちは別に自分たちが入部するわけではないのでニア以外特に文句はなさそうだ。

だが、このタイミングで丁度この学園にたどり着いた彼女が黙っていなかった。

 

「その話、チョット待つネ!」

 

教室の扉が勢いよく開けられて、振り返るとそこには超鈴音が居た。ついでにその後ろには無表情のザジも居た。

 

「超さん!? ザジさん!?」

「シモンさんは渡さないヨ! そして私はそのような汚いことはしないヨ! 私も学園のデーターベースから同じものを印刷できるので、それをあげるヨ。それどころか君たちには超包子の無料お食事券も付けてあげるネ!」

 

「「「「「「「なにいいいい!? 無料お食事券だとォ!?」」」」」」」

 

「き、汚いわ!? それこそ取引じゃない!」

「ハッハッハッハ、シモンさんをドッジ部に引き抜かれるわけにはいかないヨ!」

「な、ならば・・・私たちはウルスラ女子との合コンを企画してあげるわ!」

 

「「「「「なにいいいい、合コン!?」」」」」

 

「ぬっ・・・女で釣るとは卑怯ヨ!」

「食べ物で釣っているあなたに言われたくないわ!」

 

いつの間にか超鈴音と英子たちがシモンの引っ張り合いを始めた。

ザジも何を考えているか分からない顔をして、超側に立って一緒にシモンの腕を引っ張った。

 

「ちょちょ、別に俺は追試を受けな・・・痛いってば!? それに、俺の意思は!?」

 

両サイドから両腕を引っ張られるシモン。彼にもはや意思など存在しない。

いつの間にかニアも参戦してシモンを引っ張る。

するとその光景を見ながらキタンはニヤリと笑い、椅子に座りながら机の上に両足を乗せた。

どちらもおいしい条件だ。ならあとするのは・・・

 

「ふふん、まあ、俺たちはどっちからもらっても構わねえ。だが同じものを貰っても仕方ねえ。だから貰うならやっぱ・・・条件がいいほうだな!」

 

貰う側に居るはずが、ものすごいでかい態度で彼女たちのオプションを上乗せさせる気だ。

ヨーコもその魂胆が分かって深々とため息をつく。

だが、キタンたちの悪巧みを聴いた瞬間、彼女たちもオプションを吊り上げる。

 

「くう・・・ならば私たちはこの試験問題プラス・・・マンツーマンで勉強を教えるというのはどうかしら?」

 

英子たちは少々ためらいながら、そしてあろうことか制服に手をかけ、あろう事か脱ぎ捨てた。

 

 

「ブルマ姿で!!」

 

「「「「おおおおおおおおおおお!!!!」」」」

 

 

お色気で勝負する気のようだ。更に英子はブルマ姿のままシモンを抱き寄せ、シモンのふとももに右手を這わせて、耳元で息がかかるほど口を近づけてボソッと呟く。

 

「シモン君がドッジ部に入ってくれるなら、練習後に女子部皆で皆でマッサージ・・・シャワーのお手伝いもするわ?」

「dmにおfhんjッ!?」

 

シモンが鼻血を噴出した。

 

(やばいわ・・・シモン君のこの情けなさと、あの気合の入ったときのギャップがやばいわ・・・・萌える・・・)

 

悦に入りながらブルマーズは持っているカードをキタンたちに提示した。一方超は少し歯噛みした。

 

(ヤバイネ、お色気勝負では敵わないヨ。合コンの設定も中学生では勝ち目が無い。だが、食事で釣るにも限度がある・・・なら・・・)

 

超鈴音はこのままではヤバイと思い、学園最強の頭脳をフル回転させて好条件を考える。

そして・・・

 

 

「では私は・・・・・・学園や警察のデーターベースにハッキングしてあなたたちの前科をもみ消して、成績も全て改ざん・・・・」

 

「「「「「ぬあにいいいいいいいいいい!!??」」」」」

 

 

とうとう犯罪にまで手を伸ばす始末。

部活でのシモン争奪戦がいっそうに激化し始めるかと思った瞬間・・・

 

 

「・・・兼部・・・・」

 

「「「「「「「・・・・・・・へっ?」」」」」」」

 

 

ザジがポツリと呟いた。

そう、あまりにも熱くなりすぎて、超もすっかり忘れていた。

最初から兼部すればいいのである。

大体自分も様々な団体に掛け持ちで所属し、ザジだって曲芸部とドリ研部の掛け持ちだ。

ということは、それほど慌てる必要も無く、それほど無理をしなくても・・・・

 

「みなさーーーーーん、まだ帰ってなかったんですか!?」

 

その瞬間、ネギが少し疲れた表情を見せながら教室に入ってきた。

両手を後ろにやって背中に何かを隠している様子だ。

 

「おお、先公、おめえもまだ居たのか?」

「はい、実は皆さんに渡したいものがありまして・・・」

 

ネギは笑みを堪えながら、背中に持っているものを皆に差し出そうとする。

 

(ふふふ、少し雑かもしれないけど、皆さん喜んでくれるかな~)

 

ネギが今の今まで職員室に籠もって作り上げたもの。

ネギは皆がどう反応してくれるのか楽しみにていた。

だが・・・

 

「おう、聞いてくれよ先生。今ウルスラのやつらとこの超包子のオーナーの子が過去問をたんまり持ってきてくれたんだよ!」

「・・・・・・へっ?」

 

ネギは呆気に取られた顔で固まった。

 

「まあ、どっちのを貰うかは決めてねえけど、これで試験範囲も傾向もバッチリってヤツよ!」

「まあ、おいしい思いをしているのはシモンだがな」

 

キタンたちは盛大に笑いながら余裕をかましていた。

一方でネギは少し戸惑いながらも、慌てて笑顔を見せて喜びをあらわした。

 

「よ・・・よか・・・良かったですね、皆さん! それじゃあ、これで学園祭はバッチリですね!」

「おうよ、後はやるだけよ! 同じ問題も何個も出てるし、これなら楽勝だぜ! しかも全教科あるしよ!」

「まっ、丸暗記すりゃ大丈夫だな!」

「おう、楽勝だ楽勝だ楽勝だ!」

 

浮かれるキタンたちを前に何とか笑顔を見せるネギだが、その表情はどこか無理をしているように見える。

 

(・・・ん?)

(・・・先公?)

 

ヨーコとカミナだけ、その表情に違和感を覚えていた。

 

「は~~、これじゃあ、私の心配は無意味だったようネ。まっ、シモンさんが兼部するかどうかは本人に任せるよ」

 

超も要らない心配だったと、どっと疲れてため息をついた。

 

「・・・・まっ、僕にはどちらでも構わないけどね・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」

 

その時、超鈴音はフェイトの存在に気づき、引きつってしまった。

 

「シ・・・モン・・・さん?」

「ああ、紹介するよ。こいつはフェイト。フェイト・アーウェルンクスだ。編入してきたばかりだけど、俺たちドリ研部に入部してくれることになったんだよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・へっ?」

「やあ、君が超だね。話はシモンから聞いている。まあ、何をする部活かは分からないけどよろしく頼むよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

超はまだ固まったままだった。

 

(あ、・・・あれ? これはどういうことネ? へっ? こういう・・・歴史だったのカ? ザジさんでも驚いたが・・・・えっ、っていうか何でこの人がここに居るネ? しかもネギ坊主も当たり前のように・・・しかも編入? が、学園は何をやっているネ?)

 

何が何だか分からず、超は混乱していた。

 

「どうしたんだい? 僕に何か不服があるのかい?」

「い、いやいやトンデモナイヨ? フェイトさん、それについでにザジさんも歓迎するヨ」

 

あまりにも予想外すぎるメンバーを見て、超鈴音の混乱はまだ収まらないようだ。

だが、キタンたちの追試も大丈夫そうで、こうして部員が全員揃ったのだから、シモンは何も疑うことなく部員たちに声を掛ける。

 

「ヨシッ、アニキたちも大丈夫そうだし、皆揃ったんだ。ニア、フェイト、ザジ、超、皆で今から親睦会をやろうよ!」

「賛成です!」

「僕は構わないよ」

「行く・・・」

「・・・・・・しょ・・・承知したヨ・・・」

 

何とも奇想天外な5人組のドリ研部は、問題も解決したことだし、教室を後にする。

 

「まっ、待ちなさい、シモン君! さっきの条件で駄目なら他にも体育館倉庫で・・・って、待ちなさい! はい、もうこの過去問は置いていくから勝手に使いなさい!」

 

英子たちもシモンの後を追いかけ、過去問を放り投げて走って出て行った。

 

「お、おい! ブルマンツーマンは? 食事券は!? おおーーい!」

「行っちゃった・・・でも、いいじゃない。欲しいものは手に入れたんだし」

「か~~、惜しいことしたぜ」

 

おいしい条件を逃してしまったと舌打ちしたが、とりあえず欲しいものは手に入っただけでもよしとしようと、キタンたちは英子たちが置いていった過去問を手に取りパラパラと捲っていく。

その光景を眺めながら、どこか気まずくなったネギは、少しワザとらしく声を出した。

 

「あっ、そうだった。僕もまだやることがあるんでした」

「ん? そうなのか?」

「はい。では皆さんは早くお勉強をしてくださいね?」

 

ネギは笑顔を見せながら、隠しているものを見せずにそのまま走って立ち去った。

 

「何だ~?」

 

少し不自然なネギの様子にキタンたちは首をかしげる。

カミナとヨーコは、そのネギの後姿が何か気になりだし、皆でその背中を追いかけた。

 

 

 

「はあ・・・無駄になっちゃったな~」

 

ネギは結局渡さなかった皆のために作ったものを、職員室の自分の机に置きながら呟いた。

 

「でも・・・いっか・・・これで皆さんもなんとかなりそうだし・・・」

 

自分の苦労は全て無駄だった。

 

「そうだよ・・・別に僕は褒められたかったわけじゃない・・・皆さんに学園祭を楽しんでもらいたかっただけだ・・・それが何とかなりそうなんだから、それでいいじゃないか」

 

自分自身にそう言い聞かせるネギは、少し瞳が涙ぐんでいた。だが、意地でも泣かない。

だってこれで良かったのだから、泣く必要なんて無いはずである。

 

「そ、そうだ。帰る前に校舎内を見回りに行かないと。今日は疲れたし僕も早く帰ろう」

 

ネギは目元をゴシゴシと擦りながら、駆け足で職員室から飛び出した。

その背中はとても寂しそうにも見えた。

 

 

「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」

 

 

そんなネギの背中を眺めながら、無人となった職員室にカミナたちは侵入し、ネギの机の上を見た。

 

「何・・・これ・・・」

 

机の上にあったソレを見て、ヨーコたちは驚いた。

そこには紙の束が何枚も置いてあり、表紙にはデカデカとこう書かれていた。

 

「あん? 『これさえやれば大丈夫! 追試突破ネギドリルブレイク?』・・・なんだよこりゃ~」

 

キタンたちはそれをパラパラ捲っていき驚愕した。

 

「ちょっ、これ・・・まさか今度の追試の対策用じゃねえのか?」

「おいおい・・・全教科分ちゃんとあるぞ?」

「まさかあのガキ・・・一人でこんなもん作ったのか?」

「それだけじゃねえ。問題と答えだけじゃねえ・・・解説文まで丁寧に書かれている」

「おい・・・担当教科の先公がよく出す問題には二重丸が書かれてるぞ・・・」

「すごい・・・まさかネギ先生が一人で? こんなにたくさん・・・何時間かかったんでしょうか・・・」

 

急いで作ったのだろう。

手書きで少し荒い部分もある。

大体日本語の読み書きは少し苦手だとも言っていた。ネギは日本人でないのだから当たり前だ。

しかしこのネギドリルからは、そんなことを感じさせない、そんなことを思わせないほどのものを心に感じた。

 

「あいつ・・・これをさっき俺らに渡そうとしたんじゃねえのか?」

「・・・・・・・・」

 

ネギの前で自分たちが大はしゃぎしていたことを思い出し、その瞬間罪悪感に駆られた。

 

「テメエら・・・どうしてえんだ?」

 

カミナが真面目な顔で、しかもいつも自分で勝手に決めていくカミナが珍しくみなの意見を問うた。

無言になるヨーコ、キタン、ジョーガン、バリンボー、キッド、アイラック、ゾーシイ、キヨウ、キヤルの追試組に、本来関係の無い追試組ではないロシウにキノンもこの状況に何も言えなかった。

 

「・・・・・・・・・ちっ・・・・」

 

そしてついにキタンが一番最初に舌打ちして口を開く。

 

「あ~~~もう、・・・・・・くそっ・・・アーテンやテツカン、バチョーンたちも・・・つうか追試受けるヤツ全員今すぐ集めんぞ!」

 

キタンの仕方なさとヤケが混ざったその言葉にヨーコたちも苦笑しながら頷いた。

 

 

 

一通り校舎を見回り終わり、ネギはため息をついた。

 

「はあ・・・もう見回ったし・・・そろそろ帰ろうかな?」

 

外はもう暗い。早く帰ろうと思ったのに、何故か校舎内をゆっくりと歩いて見回っていたのだ。

一人で校舎をウロウロするのは寂しいが、少し今は一人になりたかったのかもしれない。だから歩く速度も自然と遅かった。

 

「カミナさんやキタンさんたち大丈夫かな・・・でも、やる気満々だし、そんなに心配すること無いかな。僕が急ぎで作ったものよりずっと確実な過去問が手に入ったんだし、これで皆さんと学園祭を楽しめるな~」

 

一人だけだというのに、ネギは無理やり明るく振舞った。

無理やり明るい声で、明るい笑顔で笑った。

そうしないと今は駄目な気がしたからだ。

 

「よしっ、もう帰ろう。おなかも減ったし・・・・・・・・・・あれ?」

 

その時ネギは気がついた。

帰ろうと思って校舎の中を歩いていたら、生徒たちの騒がしい声が聞こえてきたからだ。

とっくに下校時間は過ぎている。

ネギはおかしいと感じて声の聞こえる方向へと走った。

すると、何十分か前にはちゃんと無人で電気の消えていた教室がの明かりがついていて、中から怒鳴るような声が聞こえた。

 

「だからこの場合はこちらの公式を使えばいいんです!! いいですか、公式さえ当てはめれば後はただの簡単な掛け算と足し算だけで答えは導き出されるんです! それに先生の解説にもこの問題は毎年よく出ると書いてあるじゃないですか! いい加減覚えてください!」

 

声が聞こえたのは自分のクラスだった。

ネギがそっと覗き込むと、中でロシウが教壇に立ち、キノンが横で手伝い、カミナやキタンにヨーコたち、さらにはまだ会ったことの無い生徒たちが机に座って頭を抱えていた。

 

(みなさん・・・どうして・・・・・・・ハッ!?)

 

その時ネギは気づいた。

カミナたちが手に持っている物は、自分が作り、結局渡せなかった物。

カミナたちはそれと真剣な顔で頭をかきながら睨めっこしていた。

 

 

「ど、どうして!?」

 

「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

 

思わずネギが教室に入ると、ビックリしたカミナたちに、そしてネギがはじめて会うバチョーンたちを始めとするこれまで不登校だった生徒たちがそこに居た。

 

「おいおいこいつか・・・俺らが来てねえ間に本当に10歳のガキが教師になってやがったのかよ」

「へっ、だから言ったろ? マジだってな。おまけに麻雀の腕もそこそこだ。今度打ってみるといいぜ?」

 

バチョーンたちもキタンたちもネギを見て笑い出す。だが、ネギは未だに固まったままだ。

 

「みなさん・・・どうして・・・それを・・・」

 

ネギが震える手でそれを指差した。

すると、カミナはニヤリと笑って答えた。

 

「追試突破・・・ネギドリルブレイクだ!」

「ッ!?」

 

ネギは信じられないものを見たかのように体を震え上がらせた。

しかしこれは紛れもなく本当だ。

ヨーコたちも照れくさそうに笑っている。

 

「だから~、先生の言うとおり追試対策してるのよ」

「子供先生もやるじゃない。見直したわ」

「へっ・・・これで追試突破できなかったらキレるけどな。へへへへ」

「しっかし、全教科は広すぎだぜ。覚えることがありすぎじゃねえか」

「気合が問われるわけだが・・・」

「そうだ、気合だ!」

「気合気合気合!!」

 

ネギは呆然としてしまった。目の前の光景がやはり信じられなかったからだ。

 

「そ・・・駄目ですよ! ぼ、僕のは急いで作ったから凄い雑ですし、信用性は薄いです! やっぱりウルスラの方々や超さんの持って来てくれた過去問のほうが絶対に信用できます!」

 

うれしいはずなのに、ネギは慌てて叫ぶ。

だが、そんなネギに向かって教壇に立つロシウが口を挟む。

 

「ネギ先生!」

「ッ・・・・・・ロシウさん・・・」

「先生・・・仲間を・・・仲間を信じろって言ったのは、ネギ先生ですよね? 先生は、僕たちが先生を信じたらいけないというんですか?」

「・・・・・えっ? ・・・仲間?」

 

仲間・・・ロシウがハッキリとそう言った。

 

「ぼ、・・・・僕は・・・」

 

ネギはうまく呂律が回らなくなってきた。

まばたきすれば、瞳から涙が零れ落ちてしまう。

そんなネギの小さな肩に手を回して、カミナはネギをポンポンと頭を軽く叩きながら笑った。

 

「俺たちも同じだ。仲間は疑わねえ。だからテメエの作ったネギドリルを俺たちも信じる。だからテメエも俺たちを信じやがれ! 仲間に信じてもらえたら、俺たちは絶対に裏切らねえからよ!」

「うっ・・・ウウ・・・ガ・・・ミナざん・・・・ぐすっ・・・皆さん・・・」

「分かったのか? 分かってねえのか、どっちだ!」

「・・・ぐっ・・・うう・・・・・・・・・・・は・・・はい・・・・」

「聞こえねえよ!!」

 

ネギは鼻水と涙でグチャグチャになった顔をゴシゴシと拭う。

どれだけ拭っても目から涙は止まらないが、それでも精一杯の笑顔を見せて叫んだ。

 

「ハイッ!!」

 

作り笑いではない心からの笑顔をようやくネギは見せて、生徒たちに笑った。

 

「よーし、そうと決まればテメエも手を貸せ! 物理が終わったら英語だ! 英語はロシウじゃなくてテメエが教えやがれ! アメリカ人なら楽勝だろうが!」

「も・・・もう・・・僕はアメリカ人じゃなくてイギリス人です! でも、そういうことならビシビシ行きます! 朝になろうがとことんやりますからね!」

 

こうして赤点軍団の大勉強会が夜通しで開かれたのだった。

教室の外では、その光景に笑う大人が二人。

 

「だから言ったでしょう、心配要らないってねん。高畑先生?」

「ええ。生徒を信じていなかったのは、僕たちのほうでした・・・リーロン校長」

 

彼らは教室に入らず、心の中でネギと生徒たちに「がんばれ」と呟いたのだった。

 



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第17話 ドリ研だ! 何か文句あんのかよ?

学園人気屋台『超包子』では只今非常に珍しい光景が繰り広げられていた。

いつもは夕食の時間になると満員御礼、特に学園祭が近付くにつれて生徒たちも遅くまで学園に残っているため混雑が激しい。

しかし今日はいつもと様子が違う。

 

「うわ~~、何か凄い込んでるわね!」

「本当ですね・・・これほどの人ごみですから座れないですかね?」

「あ~ん、そんなん嫌やわ~、もうウチおなかすいたえ~」

「しっかし、どうしたんでい?」

 

夕飯を食べに来たアスナ、刹那、木乃香、そしてネギの使い魔であるがダイグレン学園にネギが行ったときに連れていくのを忘れられた妖精のカモ。

ヘルマンという悪魔と戦った後、カモもネギと一緒にダイグレン学園にくるのかと思ったのだが、人の言葉を話すカモがうっかりしゃべって魔法がバレること、何より不良学生よりもアスナたちと一緒の方が良いというカモの個人的願望もあり、カモはアスナたちと行動を共にしていた。

 

「でも、どうしたんやろ・・・そら~、超包子が込むんは当たり前やけど・・・」

「ええ・・・やけに人だかりができていますね。オマケに空気が重いです。超包子の料理はどんな人間でも和まずにはいられないのですが・・・」

 

そう、いつもと違うというのはこういうことだ。

超包子に人だかりが出来るのは当然のこと。

問題は、空気が非常に重いということだ。

この屋台の近辺では喧嘩も争いもご法度。

それどころかそんな争う気すら萎えさせてくれるのが、超包子の魅力ともいえる。

だが、この空気の重さはなんだ? 空気がギスギスしている。

アスナたちはよく分からないが、とりあえず人ごみを掻き分けて一体どうなっているのかを見に入る。

そして・・・

 

「・・・・ん?」

「・・・へっ・・・?」

「あっ・・・」

「ちょっ、どういうことでい!?」

 

3人と一匹はそこで気づいた。

人ごみを掻き分けると、席が思いのほか空いているのである。

だが、どういうわけか誰も座りたがらないのである。

それはとある光景が原因。

周りの人ごみはこの光景に息を呑み、背中に汗をかいていた。

とある席に座る5人組。

その彼らの周りの席で、その5人に聞き耳を立て、一挙手一投足全てに神経を集中させならが、まるで監視しているというか見張りをしているというか、とにかく怖い顔でその5人組を睨んでいる教職員と生徒が居たのである。

 

「あれって・・・」

「ええ・・・魔法先生に・・・魔法生徒たちですね・・・あそこに座っている方々たちを見張っているのでしょうか?」

「あの五人組・・・一体なんなんでい?」

「あれ? な~、あすこにいるん、シモンさんやない?」

 

何とも奇想天外な5人組がそこに居て、アスナたちも思わず呆気にとられてしまったのだった。

 

「・・・どうしよう・・・・・・」

「・・・・・う~ん・・・どれにしましょう・・・」

「・・・・・・迷う・・・」

「・・・・・・難しいね・・・・」

「・・・・・・・・・・だが・・・恨みっこ無しヨ・・・では・・・」

 

5人組はテーブルの上に乗っている5個入りの籠に入っている小籠包に真剣な顔で睨み、「いっせーのーせ」のタイミングで同時に箸を付いて口の中に入れた。

 

「なな・・・なんなのよ・・・この空気・・・」

「何をやっとるんやろ・・・・・・」

 

一見普通の男子生徒と女子生徒の5人組に見えなくも無いのだが、彼らがその身から出す言いようの知れぬ見えない力が働き、彼らを見張る魔法先生魔法生徒たちと、椅子に座らず黙って見守る野次馬たちも息を呑んでいた。

 

「ッ!? ごほっごほっ・・・ぐふ・・・」

 

5人組のうちの一人が口元を抑えながらむせこんだ。

その瞬間残る四人のメンバーが一斉にその一人を指差した。

 

「ハッハッハッハッハッ! それではフェイトさんがイベント係に決定ネ! 部員の親睦を深めるコンパや外での食事、小旅行などは全部フェイトさんが中心に企画するヨ!」

「がんばれよ、フェイト!」

「はい、フェイトさんなら素敵なイベントを企画できます」

「・・・がんばれ・・・」

 

・・・何やってんだ? 

少なくともアスナたちにはこの面子で何をやっているのか理解できなかった。

 

「どうだ、今の動きは?」

「ガンドルフィーニ先生、駄目です。魔力の動きなども感知できませんでした。これまでの会話も全て録音し、今解読班が会話の中に何か暗号やメッセージが隠れていないかを解読しようとしていますが、まだ成果は・・・」

「油断するな。まさかフェイト・アーウェルンクスと超鈴音が接点を持つとは思わなかった。部活の親睦会などとふざけたことを言っているが、そんなはずはない。恐らく水面下ではとてつもない計画を進行させているかもしれない・・・絶対に隙を見せるな」

 

 

そんな彼らの周りにある席であらゆる方向から監視を続けている、ガンドルフィーニを始めとする、瀬流彦、神多羅木、葛葉刀子、シャークティ、弐集院、裕奈の父でもある明石教授などを中心とした魔法先生や、ウルスラ女子の高音、中等部の佐倉愛衣などの魔法先生・魔法生徒がオールスターでシモンたちの親睦会を周りの席について監視していた。

あまりにもその様子が緊迫しているため、一般の生徒たちも近づけずにこの光景を席に座れずに眺めていたのだった。

 

「ちょっ、あんたたち何やってんのよーーッ!?」

「あ・・・君はこの間の・・・」

「確か~・・・」

「神楽坂アスナさん、私のクラスメートヨ」

「ふん・・・・・・・お姫様か・・・」

 

重苦しい空気をぶち壊すかのように、アスナがズカズカと5人組に割ってはいる。

 

「シモンさん、ニアさん、超さん、ザジさん・・・それに・・・何でアンタまでここに居るのよ!? あんたは・・・京都のヤツでしょ!?」

「・・・・・僕のことかい?」

「当ったり前じゃない!! つうかなんでのん気にシモンさんたちと点心料理食べてんのよ!?」

 

アスナが指差したのはフェイト。

そう、ここに居るのは、シモン、ニア、超鈴音、ザジ・レイニーデイ、そしてフェイト・アーウェルンクスという異色の組み合わせだ。

中でもアスナたちにとってフェイトは因縁のある相手だ。敵意むき出しの瞳でフェイトを睨む。

 

「確かてめえは京都で兄貴や姉さんたちと木乃香の姉さんを危ない目に合わせた張本人じゃねえか!?」

「せっちゃん・・・この人・・・」

「フェイト・アーウェルンクス・・・・お嬢様・・・下がってください・・・」

 

アスナに続いて怖い目で彼らを睨むカモ、木乃香、刹那。

自分たちの問いかけに、フェイトは一体何と答えるのか? 

緊張が高まる中、フェイトが告げた答えは・・・

 

 

「別に・・・ただの親睦を兼ねた部活の役職決め・・・点心料理ロシアンルーレット対決だよ」

 

「「「「・・・・・・・・・・・・・はっ!?」」」」

 

 

そんな答え、アスナたちに予想もできるはずもなく反応できずに口を半開きにして固まってしまった。

 

「ウム、5個ある点心料理の中の一個だけ激辛になってるヨ。引いた人がお題の役職になるという決まりネ。いや~、5人しかいない部活なので役職が重複して大変ネ。では次は・・・環境係・・・部室の機材設備の点検、ゴミ箱のゴミを外のゴミ捨て場に捨てに行ったり、大掃除の日程などを立てたりする、比較的簡単な役職ネ」

 

超の合図とともに、超包子の料理人であり3-Aの生徒でもある四葉五月が料理を運んでくる。

運ばれた料理は春巻き。

一見とてもおいしそうで、ハズレがあるなどとは思えぬクオリティだ。

 

「さあ・・・ヤルネ・・・」

「もう俺は部長になっちゃったし、あんまり引きたくないな~」

「駄目ですよ、シモン。公平です」

「・・・おいしそう・・・」

「僕はこういうくじ運は無いみたいだ・・・」

 

準備完了。

春巻きを真剣なまなざしで見つめる5人組。

もう幾度となく繰り返されているこのゲームに観客たちもいつの間にか手に汗握っている。

 

「環境係・・・これは何かの隠語か!?」

「分かりません、どの言語に訳しても当てはまりません!?」

「ゴミ箱・・・ゴミ捨て・・・殺しのサインではないのか?」

「その可能性は否定できませんわ! やはりあの少年は危険!?」

「学園長に・・・いや、本国に連絡を入れたほうが!?」

「待て、今彼らと話している子たち・・・桜咲くんはともかく神楽坂さんは一般人だ。目立たぬよう警戒を高めろ!」

 

魔法生徒と魔法先生は勝手に何か壮大な勘違いをしているらしいが、言っても信じてもらえないし、説明するのも面倒くさいので超もフェイトも無視していた。

さあ、細かいことは気にしないで、次のハズレは誰が・・・・

 

「って、チョット待ちなさーーーい!? だからなんであんたがこの学園で部活なんてやってんのよッ!?」

 

最早我慢の限界、アスナは叫ぶしかなかった。

だが、混乱するアスナに対して、フェイトは実にクールにサラっと返した。

 

「ずいぶんとやかましいね・・・なんで僕が? 簡単だよ。僕はダイグレン学園に編入してきてドリ研部に入っただけさ」

「はァッ!?」

「な、なんやて!?」

「・・・・どういうことでい!?」

「えっとそれって・・・シモンさんたちの同級生になったってことなん?」

「そうなるね」

 

フェイトが編入してきたことを今はじめて知ったアスナたちは驚きを隠せない。

いずれはバレることゆえ、止められていたが仕方ないと思い、刹那が皆に申し訳なさそうに事情を説明する。

 

「申し訳ございません、アスナさん。その・・・このことはまだネギ先生に小太郎君に私だけしか・・・」

「な、・・・・なんでそうなってんのよ!? こいつアレでしょ? っていうか敵なんでしょ!? 何で簡単に編入出来ちゃうわけ!?」

「それが協会からの留学生ということで正規のルートを通ってきたために拒否できなかったらしく・・・」

「つーか、何で部活なんかやってんのよ!? それにダイグレン学園に編入って、モロネギが居るところじゃない!? 全然大丈夫じゃないでしょ!?」

「うわ、それってネギ君がピンチやん!?」

「てめえ・・・兄貴に手え出してねえだろうな~!?」

 

フェイトが編入しているどころか、今ネギと同じ校舎に居るのである。

アスナはフェイトを知っている。

そしてその人物がどれほど危険なのかも身に染みている。

それほどの人物が、自分の知らないところでネギと接触していたなどと知り、アスナは悔しさで唇をかみ締める。

自分の身が切り裂かれるような思い。そんな想いを込めた瞳でアスナはフェイトを睨む。

 

「アンタ・・・・・・ネギに、ネギに何かあったら・・・・」

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!? さっきからみんなでフェイトを睨んだり文句言ったり、みんなはフェイトのことを知っているのか?」

 

皆のフェイトに対する攻撃的な口調や視線に我慢できず、シモンがフェイトを庇うように立ち上がった。

 

「シモンさん・・・その・・・シモンさんにはあんまり詳しく教えられない世界なんだけど・・・その・・・とにかくそいつは危ないヤツなのよ! そいつの所為でどんな危険な目にあったか!! ネギも同じよ・・・」

「せ、先生も!?」

「そ、そんな・・・私は信じられません。フェイトさんは悪い人ではありません!」

「シモンさんもニアさんも騙されてんのよ! とにかくこいつは、危ないヤツなのよ!!」

 

フェイトを庇うように立つシモンとニアに向かって、アスナは周りの人たちの視線や公衆の面前であることなどお構い無しにまくし立てる。

 

(おい・・・神楽坂さんの言っていることは例の京都の修学旅行の話か? 何故彼女がそのことを・・・)

(さあ、・・・彼女は一般人のはずですが、もう少し聞いてみては?)

(何か情報が得られるかも・・・)

 

魔法先生たちは様子見を決め込み、一方でアスナの言葉を聞いたシモンは複雑な顔をしながらフェイトに尋ねる。

 

「フェイト・・・この子達が言っているのは・・・」

「本当だよ」

「フェイト!?」

 

フェイトは間髪入れずに頷いた。そして小さくため息をつきながら、虚無の瞳をシモンに向ける。

 

「だから言ったじゃないか。僕と君たちとでは住む世界が違う。だから僕のことも理解できないと・・・」

「フェイト・・・」

 

ああ、この目だ。初めて会った時と同じような瞳。

自分やカミナ達の存在に対して完全に立場を線引きしたかのような瞳だ。シモンは瞬間的にそう思った。

 

「ふっ、シモン。少しは分かったかい? この子達の言っていることは本当だ。・・・それでも僕をまだ部活に・・・いや・・・仲間だ友達だなどと言うのかい?」

 

場の空気が明らかに変わった。

冷たく、何かが起こりそうな予感がする。

気づけば超とザジも何かあれば直ぐに動き出せるように真剣なまなざしでフェイトを見ている。

アスナや刹那、そして周りの魔法先生や魔法生徒たちも同じ。

ニアだけはシモンの言葉を待っているような表情で見つめている。

ニアを除いた全ての者たちが、次の瞬間フェイトが何をするかに全身系を向けていた。

だが・・・

 

 

「ああ・・・それでも俺はそう言うよ」

 

「・・・・・・・えっ?」

 

「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」

 

 

シモンのその言葉に、この場の空気が打ち壊された。

 

「シモン・・・君は本気でそんなことを・・・」

 

表情こそ変わらぬが、フェイトの口調はほんの少し震えていた。

 

「この子達とお前の間に何があったかは知らないよ。そんなこと気にしないだなんて無責任なことも言わないよ。でも、お前に何があったとしても、アニキはお前とダチになれるって言った! だったら俺やヨーコたちと同じじゃないか! それにもうお前はとっくにダイグレン学園でドリ研部なんだ。もうとっくの俺たちの仲間に入っているんだからそんなこと言うなよな!」

 

皆が唖然としていた。

ニアだけはニッコリと笑っているが、多数の魔法先生・魔法生徒たちが取り囲む中、一人の一般生徒が叫んだ言葉に全員が呆気に取られていた。

 

「・・・シモン・・・・」

「ちょっ・・・シモンさん・・・これはそんな簡単なことじゃ・・・」

 

フェイトやアスナも言葉を詰まらせうまく言葉が出ず、どう反応すればいいのか分からない空気が流れ始めた。

しかしその時だった・・・

 

「っしゃああああ、腹減ったァ!!」

「もう頭使いすぎたぜ!!」

「ほんと、こんなに何時間も勉強したの生まれて始めてかもね」

「とにかく飯だァ!」

 

騒がしい一団が、空気を読めずにその場に乗り込んできた。

 



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第18話 コイバナったあ聞き捨てならねえ

「はい、皆さんもよくがんばりました。今日は良く食べてから寝て、また一緒に追試の対策をしましょう!」

「か~、子供先生は気合入ってるね~」

「当たり前です! 追試を乗り越えるなんて無理だ何て言っている人たちを見返しちゃいましょう!」

「はいはい、まっ、学園祭のためだしやるしかないわね」

 

現われたのはカミナやヨーコたち、そしてネギだ。

 

「ネギッ!?」

「ネギ君!?」

「あれ? アスナさんに木乃香さんに刹那さん、・・・って、教職員の皆さんも・・・」

 

そこに集まっていたメンバーが少し意外で、ネギは首をかしげた。

 

「先生、どうしてアニキたちと?」

「あっ、シモンさんたちは親睦会の真っ最中でしたか?」

 

シモンを始めとするドリ研部も居た。

ネギとカミナたちが一緒に行動していたのが不思議そうなシモンの問いかけに、ネギは誇らしそうに胸を張った。

 

「ふふ~ん、僕たちは秘密の特訓です。見ていてください、シモンさん。今度の追試はきっとシモンさんたちが驚く結果になりますから」

「秘密の特訓?」

「おうよ、シモン! 今の俺たちは気合だけじゃなく努力もこなす漢っぷりよォ!」

 

一気に場が騒がしく、そして和やかな空気になってしまい、フェイトはやれやれと頭を抱えた。

先ほどの空気はどこへ行ったのか・・・

 

「はあ・・・真面目な話をしているときに・・・」

「あっ、フェイト。シモンさんたちと親睦会? うわ~、この点心すごくおいしそう」

 

真剣な場をブチ壊すだけでなく、ネギはドリ研部のテーブルの上に乗せられている点心料理の数々に目を輝かせた。

溜息つくフェイトだが、ここで一つあることを思いついた。

 

「・・・良ければ食べるかい?」

 

フェイトに勧められて、ネギは一気に嬉しそうな顔をして、箸を伸ばす。

 

「えっ、いいの? じゃあ、この春巻きをもらおうかな・・・・・・ん~~、香ばしくってカリカリでおいし・・・・・ぶふうううっ、カ、辛いいいいいッ!?」

 

満面の笑みでほっぺたが落ちそうなほどおいしそうに食べたかと思えば、ネギは一瞬で噴き出した。

 

「ほう・・・君は天運があると聞いたが、そうでもないようだね」

 

ドリ研部専用のロシアンルーレットの外れを引いてしまったネギに、フェイトはどこか満足そうにしていた。

 

「フェフェフェ、フェイト、これ激辛じゃないか!?」

「あっ、先生ハズレを引いたんだ」

「ハッハッハ、不運だったなネギ坊主」

「はい、先生お水です」

「あ、ありがとうございます、ニアさん。って、フェイト、何でこんな辛いものを!?」

「君は昼間、僕に七味コーラなどというものを飲ませたじゃないか。そのお返しだと思ってもらおうか」

 

激辛春巻きを口にして、口から炎を出したネギはこんなことをしたフェイトに詰め寄るが、フェイトはあさっての方向を向いてまったく悪いと思っていないようだ。

・・・っと、そんな光景を眺めながら忘れられていたアスナたちは・・・

 

「何普通に仲良くしてんのよアンタはァァァッ!?」

「ぶへえッ!?」

 

もはや何がどうなっているのかサッパリ分からんアスナのとりあえず出したアッパーがネギをぶっ飛ばした。

 

「せ、先生!?」

「うお~、飛んだな~、つうか誰だよあの子・・・そういや~、ドッジボールのときに居たような・・・」

「ああ、アニキたちは知らなかったね。先生が本来受け持っている中等部のクラスの女の子だよ」

 

アスナたちについて何も知らないカミナたちにシモンが説明している間、アスナはネギの胸倉を掴んで何度も揺さぶった。

 

「コラァ、こっちが心配で敵が乗り込んで来てあんたがピンチだと思ってたこの数分間の私の緊張をどーしてくれんのよーー!?」

「ァ、アスナさん・・・言葉はもっと整理してから話してくださ・・・」

「うっさいわよ、馬鹿ァ! 大体何でこいつがここに居て、しかも仲良くして、こんな大事なことを今まで黙ってたのよ!?」

「僕も突然ことでして・・・で、でもフェイトはそれほど悪い奴じゃないと・・・それにそれをいうなら小太郎君だってこの学園に通って・・・」

「だ、だからって・・・それじゃあ、私一人で馬鹿みたいじゃない! 一人でこいつに対して怒ったり、警戒したりして・・・このおおお!!」

「うわあーー!? ちゃんと説明するからぶたないでくださいーーーッ!!」

 

 

顔を真っ赤にしながらも、何も事情を知らずに騒いでいた自分はなんなのかと複雑な気持ちをネギにぶつけるアスナだが、事情を知っていたにもかかわらず振り回されている魔法先生に魔法生徒も居るので、アスナにそれほど非はない。

 

「で、・・・・せっちゃん・・・あの子は本当に問題ないん?」

「・・・・・・・今のところは・・・まあ、これだけ監視の目がキツイですしね・・・ガンドルフィーニ先生や刀子先生たちも大変ですね・・・」

 

木乃香は結局のところどうなのかと尋ねるが、それは刹那にも分からず、さきほどからずっと落ち着きのない魔法先生たちに苦笑する。

 

「なんか・・・大丈夫そうですね・・・ガンドルフィーニ先生・・・」

「ん・・・いえ、まだ油断はできないと・・・」

「う、う~む、・・・・何か普通の学生に見えるが・・・本当に何もよからぬことを考えていないのかい?」

「分かりませんわ・・・まだ監視は必要かと・・・」

 

 

何か真剣に考えていた自分たちがアホらしくなり、数分後の超包子ではいつもと変わらぬ光景が繰り広げられた。

魔法先生たちもフェイトのことがどーでも良くなり、酒を飲んで酔っ払っていた。

そしてその間に今回の話の流れを何とかアスナに説明したネギは、腕組みしながら難しい顔をしているアスナの前で正座していた。

 

「なーるほど、要するにこいつも小太郎君と同じでそれほど悪い奴じゃないし、今は自分の生徒でもある・・・あんたはそう言いたいわけね?」

「は・・・はい・・・簡単に説明するとそうなります。その~、アスナさん・・・納得できませんか?」

「そりゃ~、あんなふうにシモンさんやニアさんとかザジさんたちとロシアンルーレットとか部活とかしてるところ見せられると納得できなくもないけど・・・やっぱ一言ぐらい言ってくれても・・・」

「兄貴~、俺ッちもマジで心配したんだぜ?」

「うん、ごめんよ、カモ君。僕も急だったから・・・」

 

とりあえずの事情をアスナも聞き、少しは納得できたのかアスナもトーンダウンしてきた。

しかしそれでも自分が蚊帳の外だったような感覚は拭いきれず、まだぶつぶつと文句を言っていた。

そんなアスナの様子にニヤニヤしながら、この男がようやく収まりかけた火に油をぶっかけた。

 

「か~、情けねえな~、勉強は出来ても女のことは分からねえと見えるな、先公!」

「カ、カミナさん・・・」

「な、何よアンタ。今私はコイツと話をしてるんだから邪魔しないでよね」

 

ネギの頭をぽんぽん叩いて豪快に笑うカミナ。

アスナは途端に不機嫌そうな顔をするが、カミナはまったく怯まない。

 

「なあ先公、お前らとフェイ公の間に何があったか知らねえが、その嬢ちゃんが何で怒ってるか分かるか?」

「えっ? それは・・・大事なことを言わなかったから・・・」

「ちげえよ、お前のことならなんでも知っておきたいからだよ。要するにだ、その嬢ちゃんはテメエに惚れてんのよ! だから、大事なこととかそうでないことも、お前のことに関することは何でも知っておきてえのさ、健気なもんじゃねえか、分かってやれよ」

「・・・えっ?」

「は・・・はああああああああああ!? ちょっ、今の話の流れで何でそうなんのよォ!? テキトーなこと言ってんじゃないわよォ!!」

 

カミナの爆弾発言に顔が本当に爆発してしまったアスナは真っ赤になって否定するが・・・

 

 

(((((図星かよ・・・・))))

 

 

そんなものは信じられないわけで、ダイグレン学園の生徒たちは少々呆れてしまった。

しかしこれはこれで面白いと思い、キタンたちは意地の悪い顔を浮かべて盛大にからかう。

 

「ひゅう~、先生よ~、いいね~、女にもてるとはうらやましいぜ!」

「女子中で教えているとは聞いたが、まさか10歳のガキと女子中学生とは・・・いやはや恐ろしい世の中になったもんだ」

「あら、結構お似合いだと思うわ」

 

面倒な奴らに目をつけられたものだ。

 

「ちょちょちょ・・・・・何なのよもーーッ! 違うんだから! そんなんじゃないんだから! ただこいつには私が居ないと全然ダメだから心配なだけなんだから!!」

 

ダイグレン学園にからかわれて何度も否定するが全く信じてもらえないアスナ。

もはやフェイトの存在を完全に忘れるほどパニックになっていた。

だが、そんな彼女に笑みを浮かべながら、ネギの頭を撫でた後、カミナはアスナの頭も撫でた。

 

「ちょっ・・・なにすん・・・」

「そうやって男の世界を女が奪うんじゃねえ」

「・・・・はっ?」

 

カミナの言葉にアスナは一瞬反応が遅れた。

 

「いいか? 男ってのはバカで男にしか理解できねえ世界を持っている。なのに女がその世界を奪っちまったら、男にはバカしか残らねえ。心配だァ? 何言ってやがる。男の世界をどれだけ女が理解してやれるかによって、男から見た女の価値があがるってもんよ!」

「い・・・・・・意味分かんないんだけど!?」

「分からねえうちには、何もまだまだ分からねえってことよ!」

 

理解不能なカミナの言葉に首をかしげるアスナだが、カミナは言いたいことを言ったことに満足したのか盛大に大笑いしている。

周りの者に助けを求めるが、もはや木乃香や刹那もシモンたちのロシアンルーレットに一緒に盛り上がり、魔法先生や生徒もとっくに任務や監視も解いてはしゃいでいる。

 

「ああ~~~もう、それじゃあもう勝手にしなさいよォ!! その代わり何があっても知らないからね!」

「は、はい・・・ちゃんと僕が責任持ちます!」

「はっはっはっはっ、これにて一件落着よォ!!」

 

誰からの助けも得られないと分かったアスナは、ちっとも納得できないのだが、頭をかきむしって納得するしかなかったのだった。

 

「にしても、生徒にそれだけ心配されるとは、先生も人気あるね~」

「まっ、女子校に先生みたいな可愛い子が放りいれられたら、そりゃあ人気者でしょうね」

「いいね~、生徒に告白されたりとかあるかもな」

「へっ、生徒と教師の禁断の愛ってか?」

 

キタンたちが何気ない会話でネギをからかう。

だが、告白のキーワードが出た途端・・・

 

 

「こ、告白!? そ、そんなことあるはずありません!?」

 

「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」

 

 

ネギは否定した。

確かに否定した。

しかし、アスナの時と同様に、顔を真っ赤にして言葉を詰まらせ、慌てて否定した言葉を鵜呑みに出来るか?

それは無理だ。

 

「マジか・・・先公・・・」

「さっき習った英語で言うと・・・生徒は!・・・お前に!・・・フォーリン・・・ラブか?」

「あう・・・あわわ・・・ち、ちが・・・」

 

厄介な連中に知られた。

キタンやヨーコたちは目を輝かせてネギに詰め寄る。

 

「マジかよ先生よ~!、それならそうと早く言えよ~!」

「ねえねえ、どんな子? どんな子が告ってきたの?」

「なな、ないですないです! この話はもうお終いです!」

「ちょっ、あんたたち、それはネギとその子のプライベートのことなんだから、これ以上聞くのは・・・」

「お~っと、何故かこんなところに先生の中等部のクラスの名簿と写真が~」

「いっ、いつの間に!? 見ちゃ駄目です~」

「こらァ! やめろって言ってるでしょーーーッ!」

「それ、ご開帳~~」

 

ネギとアスナが止めようとするが、知ったことではない。

 

 

「「「「「「「「「「オオオオオ~~~~」」」」」」」」」」

 

 

キタンたちは冷やかす気満々で名簿を開いた。

そして生徒たちの顔写真を見て少し驚いた。中学生とはいえ中々の可愛い子達や美人が揃っている。

 

「か~、最近の中学生って中々いいね~」

「つうか、この龍宮って子とか、シモンとニアより年下に見えね~」

「よしっ・・・好みの子や将来性の高そうな子を、いっせーのーせ、で指差すぞ」

「ちょっと~、お兄ちゃん、今はそれより子供先生に告ッた子でしょ~?」

「おっ、それもそうだな! さて~~~~」

 

冷やかしMAXの表情で3-Aの生徒たちの顔写真を眺めていくダイグレン学園。

 

「ああ~~もう、皆さん~~」

「こら、あんた達ってば! 高校生が10歳のガキからかって・・・」

「分かった、この双子の史香って子だ! この子は中々ガキっぽいし、お似合いじゃねえのか?」

「違います~。だからもうやめてくださいよ~」

「馬鹿ね~キタン。こ~ゆう子供っぽい女の子に限って、年上の男に憧れるもんなのよ。い~い、先生みたいに年下の可愛い男の子、それでも目標に向かって一生懸命な子にキュンときちゃう子は・・・そうね~、このちょっと大人しそうな、宮崎のどかちゃんって子とか怪しんじゃない?」

 

・・・あっ・・・

 

「ッ!? ちっ、ちちちちちちちちち、違いま・・・まますすすす」

 

どうやらネギは嘘をつけない性格のようだ。

 

 

「「「「「「「「「「お、おお・・・当たったよ・・・」」」」」」」」」」

 

 

ヨーコが簡単に当ててしまった。

そしてネギの反応を見て、確信したキタンたちのニヤニヤは収まらない。

 

「そうか! のどかちゃんっていうのか~!」

「うふふ、私、のどかよ? 先生すきです。ってか? ひゅ~~、やるね~」

「も、も~~~、からかわないでくださいよ~~」

「ちょっと、本屋ちゃんは真剣なんだから、悪ふざけもいい加減にしなさいよね!」

「だははは、いいじゃねえの!」

「そうそう、結構可愛い子じゃない。アスナ? あなたともそうだけど、この子とも先生はお似合いだと思うわ」

「っで、告白された先生はなんて答えたの?」

「も、もう、何でも良いじゃないですか、この話は終わりです!」

「へっ、例えば・・・俺も好きだぜ・・・マイハニーとか?」

「明日から、僕のパンツを洗ってくださいとか?」

「いや、先生は外人だからパンチを聞かせて、僕の子種を授精してくださいとか?」

「あっ、それあるわね。ねえ、お兄ちゃん。これはどう? 僕の熱いドリルであなたの中に今から天元突破させてくださいとか?」

「おいキヨウ。それはいくらなんでもセクハラじゃ・・・」

「でも、先生は子供だけど頭いいし、意外とそうだったり・・・」

 

その瞬間、好き放題言いまくるキタンたちにもはや冷静さを失ったネギは思わず真実を叫んでしまった。

 

「違います!!! 僕はまだ恋人とかそういうのは分からないので、お友達から始めましょうって言っただけです! ・・・・あっ・・・」

 

何もかもを隠すこともできずに全て暴かれるネギだった。



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第19話 そしててっぺん越えた

「彼らのああいう力はある意味脅威だね・・・」

 

ネギを気の毒に思う一方で、フェイトはダイグレン学園の何故か逆らうことのできぬパワーに感心していた。

 

「うん、フェイトもそうやって無理やり編入させられたからな」

「おや、シモンさん。フェイトさんは自らの意思で編入したのではなく、ダイグレン学園の方が無理やりだたカ?」

「本当なん、シモンさん?」

「う~ん、大半はアニキだけどね。俺たちと闇鍋しているときに・・・」

 

超や刹那たちは目を丸くした。

 

 

「「「やっ、闇鍋!?」」」

 

 

何と今ダイグレン学園に手玉に取られているネギやアスナ同様に、フェイトまでもが翻弄されたというのである。

だが、確かにそうでなければフェイトが部活などをやる理由も思いつかず、何と滅茶苦茶なと思う一方で、何故か納得できてしまうために、もはや笑うしかない木乃香と刹那だった。

 

「まあ、確かに色々あったが・・・それでも今ここに居るのは僕の意思だ・・・まあ、そんなことは今はどうでもいい。超よ。せっかく役職は決まったんだから、そろそろ話してくれないかい? 結局ドリ研部はどういう活動をすればいいんだい?」

 

もうこの話はやめにしよう。

フェイトは話題を変えるべく、超にこの部の活動内容を尋ねる。

そういえばと、今更ながらシモンとニアも、当然ザジもそのことを把握していない。

役職決めたり親睦会をしたりしているが、結局何をすればいいのか分からない。

 

「ふっ・・・そうネ・・・」

 

すると超は笑顔の裏で、少し何かを躊躇っていた。

 

(さて・・・どうしたものネ・・・ここで世界がどうとか火星がどうとか言ってしまうと、皆はふざけ半分だと思うだろうが、フェイトさんは何かを感づいてしまう可能性は大ヨ)

 

超は警戒していた。

これまで冗談の中に本音を交えて、誰からもその本心を掴ませないように過ごしてきた彼女だが、今回はいつものようにとはいかないようで、少し言葉を躊躇していた。

 

「そうネ、活動内容は開発と研究と実験。例えば・・・人一人で動かせるドリル、機械の先に取り付けるドリル、大穴を開けるドリル、細かい作業もこなす万能型のドリル、ここではそういうドリルを開発したり、アイデアを提供したりして研究するのがメインネ。既に麻帆良の工学部で実験待ちのドリルがいくつかあるが、やはり工学部ではロボ開発がメインでドリルは二の次・・・だから私はドリルを専門的に扱う団体を作りたかたヨ」

「・・・へえ・・・研究者ではないシモンをワザワザスカウトしてまでかい?」

「ウム、ドリル=シモンさんというのは私も昔から聞いてたからネ」

「は~~、シモンさんそんなにドリルに関してはすごいん?」

「えっ? さ、さあ・・・昔からよく使ってはいるけどね」

「大丈夫、シモンにはピッタリだと思います」

 

活動内容を知ってシモンやニアに木乃香は「ほ~」と感心しているようだが、フェイトはどこか腑に落ちない様子だ。

 

「君は・・・「うわァアァァァァァァァん」・・・・」

 

感じた疑念を口に出そうとするフェイトだが、それを泣き叫びながら助けを求めてくるネギに阻まれた。

 

「うわ~~ん、シモンさ~~ん、助けてくらさいよ~~」

「せ、先生!?」

「ネギ君、どうしたん!? って、うわっ、酒くさっ!?」

「ネギ先生どうされたのです!?」

 

シモンに助けを求めるネギの顔は赤く、呂律が回っていない。

そして何より体から汗とともに発散される匂いはとても鼻につく。

そう、ネギは酔っ払っている。

 

「ちょっ、どうしたんだよ~、先生!」

「がっはっはっは、この程度で降参するとはまだまだ男としての道のりは先が長いぜ!」

「ちょっ、あなたたち、ネギ先生に何を飲ませたんですか!?」

「ネ、ネギ君が酔うとる!?」

「だっはっはっは、『ビ』と『ル』が付くジュースを飲ませただけだがな~」

「思いっきりお酒じゃないですか!? こ、高校生が学内でお酒を飲んでいいと思っているんですか!?」

「シモンさん! 刹那さん! 木乃香~、助けてよ~、もうこの人たちについてけないよ~」

「あ、アスナさんしっかり~~!?」

 

キタンたちの手によりベロンベロンになったネギに、そのネギを守るために一人果敢にダイグレン学園のメチャクチャと戦っていたアスナもとうとう降参した。

シモンと刹那と木乃香が援軍に入るものの、何の効果もない。

直ぐにキタンやカミナたちの馬鹿騒ぎに飲み込まれてしまった。

確かにここは学内だが、教職員も利用するために超包子ではお酒も扱っている。

本来生徒にお酒の販売は厳禁だが、一部のものたちが留年しまくって既に未成年ではダイグレン学園には無意味だった。

シモンと刹那も木乃香も巻き込まれて、ドリ研部で席に残っているのはフェイト、ニア、ザジ、超鈴音の4人。

 

「ニア・・・シモンが巻き込まれているけど、君は行かないのかい?」

 

シモンが行くところには常にべったりなニア。

しかし不思議なことにニアは気づけば無言で静かである。

 

「・・・む・・・君は・・・」

 

だが、そこでようやく気づいた。

ニアがいつの間にか黒ニアに変わっていることを。

 

「そうですね・・・行きたいのはやまやまですが・・・」

 

そして彼女は誰も寄せ付けぬような静かなる威圧感を出しながら、同じドリ研部の仲間に告げる。

 

 

「ある意味・・・これはいい機会かもしれません・・・本音を聞くには・・・・・・」

 

「「「・・・・・・・・」」」

 

 

フェイト、ザジ、超の三人の表情も変わった。点心を食べる箸の手をピタリと止めた。

 

「シモン・・・そしてニアならばあなた方の存在も大して気にせず受け入れるでしょう・・・しかし・・・こうも異質な存在が揃うと、流石の私も見過ごせません」

 

黒ニアの言葉にザジ、超、フェイトはそれぞれの反応を見せる。シモンが居た時には見せなかった表情だ。

 

「・・・・・・・・」

「ふっ、言うネ」

「・・・それで・・・僕たちに何が言いたいんだい?」

 

黒ニアは面倒な言い回しはしないことにする。

シモンが居ない今こそ、核心を付くことにした。彼女の小さな唇から漏れた言葉はただ一つ。

 

「あなたたちは・・・・・・何者ですか?」

 

誰か一人に向けた言葉ではない。

黒ニアが向けたのは、フェイト、ザジ、超、3人全員に向けた言葉である。

何者か?

それほど単純でいて答えがたいものはないかもしれない。

ただの学生・・・そんな言葉で流されるほど、この三人は普通とはかけ離れている。

シモンやニアが気にしなくても、いや、ダイグレン学園の誰もが気にしなくても黒ニアだけは気にせずに入られなかった。

何故なら・・・

 

「何故僕たちにそんなことを聞くんだい?」

「簡単です。本当に・・・シモンとあなた方を近づけて良いのかを判断するためです」

 

全てはシモンのため。

 

「ふん・・・ドッジ部や私にシモンさんが取り合いになっているとき、いつも黒い嫉妬心をむき出しにするあなたがやけに静かだと思っていたが、なるほど・・・私やザジさん・・・そしてフェイトさんが気になってたカ?」

 

いつもはクルクルと人格が変わるニアと黒ニアだが、今日はやけに静かだった。そんな彼女の深層心理にはこれから多くの時間を過ごすことになるであろうこの三人に意識が向けられていたからだった。

さて、シモンやニアは大丈夫でも黒ニアは誤魔化せない。

半端な嘘や冗談では乗り越えられないだろう。

 

「私は・・・(さて・・・・どうするカ・・・)」

 

超も・・・

 

「僕は・・・(僕が・・・何者か・・・問われると中々答え難いものだ・・・)」

 

フェイトも・・・

 

「・・・・・・(・・・・・・・・)」

 

ザジも、どうこの問いを乗り切るのかを頭の中で考えていると、自分でもわからぬうちにポロっととんでもないことを口に出してしまった。

 

 

「未来から来た火星人ネ」

「世界征服をたくらむ、悪の組織の大幹部」

「・・・魔族・・・」

 

 

どうせなら、もっとふざけた口調で言ってくれればよかった。

しかし、あまりにも真剣な顔でアホらしいことを言う三人に黒ニアも呆れた。

 

「ふう・・・真面目に答える気は無いようですね・・・」

 

頭の固い黒ニアは三人が真面目に答えていないと決め付けた。

だが口に出した三人は心の中で自分自身に戸惑っていた。

 

(何故私は・・・言ってしまったネ?)

(嘘をつけなかった・・・結果的には良かったが・・・)

(・・・不思議・・・)

 

彼らがこのようなことを思っているなど、黒ニアには分からないのだろうが、黒ニアはこの場はそれで済ませることにした。

 

「いいでしょう・・・あなた方が神でも悪魔でも、もう問うことはしません。とにもかくにもドリ研部や新しい仲間が出来たシモンの喜ぶ顔に免じて、今は何も聞きません」

「まったく・・・君はシモンのお母さんかい?」

「ふっ、私たちの答えをどう処理するかはあなた次第ヨ。まあ、我々が何と答えようとも、黒ニアさんの信頼を得ていない今の状態で何を言っても意味が無いがネ」

 

超は内心では戸惑っているようだが、それを悟られぬように余裕の笑みを無理やり浮かべ、黒ニアもこれ以上は問わない。

ただし最後に一言だけ・・・・・・

 

「ただし・・・何も聞きませんが・・・他の誰よりも・・・もしシモンを裏切った場合・・・これからあなた方と私がどれほど仲良くなろうとも、どれほどの恩を受けようとも・・・」

「はっはっはっは、遠慮はしないカ? 結構結構。遠慮や気兼ねが要らないのが仲間の証ヨ」

 

シモンを裏切るなと釘だけ刺し、シモンの知らない場所で行われたこの四人の話し合いは幕を閉じた。

いつの間にか監視を解いて盛り上がっていた魔法先生たちはとんでもない話を聞き逃してしまったのだが、後の祭りだった。

記念すべきドリ研部の親睦会だが、シモンを除いたものにとっては腹の探り合いでもあった。

しかしその一方で、この空間が中々居心地のいいものと化し、いつまで続くのかは分からないが、全員がしばらくはこの一時を満喫しても良いと思うようになっていたのだった。

 

 

 

その数日後、一通の手紙が異界を渡る。

 

 

 

シモンやネギたちの居る麻帆良学園を現実世界と呼ぶのなら、その異界は魔法世界と呼ばれ、現実世界に対となって存在するもう一つの世界である。

魔法の国と呼ばれ・・・・・・まあ、よくわからんがもう一つの世界である・・・

その世界のとある荒野にて、周りに人や建物に文明すら感じさせぬ場所で、とある少女たちが己を高めるための鍛錬を重ねていた。

 

「はあ・・・はあ・・・まだ・・・まだまだァ!!」

「にゃっ、私だって負けないんだからァ!!」

「ふっ、暦・・・随分とがんばるではないか! だが、私だって簡単にはやられん!」

「私だって負けないよ、焔! 今度フェイト様と会ったとき・・・絶対に驚いてもらうんだから!!」

 

焔という少女に暦という少女。さらに・・・

 

「フェイト様の計画の実行がまだいつになるのかは分かりませんけど・・・暦や焔の言うとおり、私たちもそれまでは己を高めなければ・・・。私たちもがんばりましょう、環」

「勿論・・・調・・・鍛錬の続きデス」

 

調という少女に環という少女、彼女たちはとある信念とある男のことを想い続け、つらく激しい修練であろうと心を燃やして励んでいた。

彼女たちをそれほどまでにがんばらせる想いも理由も、その時がくるまでは分からない。

だが今日は、そんな彼女たちの元へ一通の手紙が届くのだった。

 

「みんなァーーー! 大変大変大変ですわ!!」

 

血相を抱えた一人の少女が、焔たちの下へと走ってきた。

 

「・・・栞?」

「どうしたんだろう・・・」

 

その少女の名は栞。彼女もまた焔たちの仲間の一人である。

そんな彼女が一通の手紙を振り回しながら、大声で叫んだ。

 

 

「ゲ・・・ゲートを通って・・・旧世界に居るフェイト様から手紙が来ましたァ!!」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

その言葉には、先ほどまであれほど鍛錬に集中していた少女たちの意識を完全に向けてしまうほどのものがあった。

それどころか、鬼気迫るような彼女たちが一気に花が咲いたような笑顔を見せて、手紙を持って走ってきた栞に向かって全員が駆け出した。

 

 

「「「「フェイト様から手紙ッ!?」」」」

 

 

それが彼女たちにとってどれほどうれしいものなのか。

顔を真っ赤にして照れたように笑う彼女たちは、もはやどこにでもいる普通の少女たちにしか見えない。

 

「フェ・・・フェイト様からの手紙・・・まさか・・・計画の内容を?」

「何言ってるの、焔。そんな大事なことを手紙で送るわけないじゃん。やっぱり・・・私たちが元気かどうかを・・・」

「フェ・・・フェイト様・・・うう・・・涙が・・・い、急いで返事を書かなくては! たしかメガロメセンブリアに頼めば旧世界に手紙を送れるはずでしたね?」

「いっぱい書かないと・・・」

 

たった一通の手紙。

しかしその一通は彼女たちにとってはこの世のありとあらゆる金銀財宝よりも価値のあるものなのかもしれない。

たった一通の手紙が彼女たちには神々しく写っているようで、気づけば感動の涙とともに跪いたりしている。

 

「まあまあ、皆さん落ち着いて・・・とにかく・・・手紙を開封して中身を確認してもよろしいですわね?」

「う、うむ・・・き、緊張してきた・・・」

「いっせーのーせで、開封してね」

「はあ・・・フェイト様」

 

ハラハラドキドキうっとりと恍惚した表情で彼女たちはゆっくりと封筒を開け、中のものを取り出す。

 

 

「「「「「・・・・・・・・・・・えっ?」」」」」

 

 

すると中には手紙というより一枚の葉書が入っていた。

葉書に書かれていたのはたったの一言。

いや、本来ならそれだけでうれしいのである。

しかし今はそのことよりも葉書に書かれている文字の隣に貼り付けてある、シールの存在が気になった。

栞という名の少女は混乱した口調で葉書に書かれている一文を読み上げる。

 

「え~~っと・・・プ・・・プリクラというものを初めて撮ったので、君たちにも送ります。体調には気をつけて・・・・・・」

 

葉書に張り付いていたのは、二枚のプリクラ。

『新入り万歳!』と文字で書かれ、フェイトを中央に置いたむさくるしい男やら女やらがフェイトの周りを囲んでいる、とにかく色んな連中が密集して一人ひとりの顔がものすごく小さくなってしまったプリクラ。

そしてもう一枚は、フェイトともう一人男が写っており、さらに女三人が写った合計5人で取られたプリクラ。プリクラには文字でこう書かれていた。『ドリ研だ! 何か文句あんのかよ?』・・・・と。

 

 

「「「「「・・・・・・・プ・・・プリクラ・・・・・・・」」」」」

 

 

彼女たちはワナワナと震えていた。

自分たちは血反吐を吐くようなものすごい修練の日々を過ごしているのに、自分たちが心から慕う男はのん気に何をやっているのかと・・・

 

「プ・・・プリクラだと? こんなものが旧世界には・・・」

「写真とは違い・・・これほどの小さくお手軽なシール・・・」

「さらにこれほど鮮明な解像度・・・」

「わ・・・私も・・・・私も・・・」

 

のん気に何をやっているのかと・・・

 

 

「「「「「私もフェイト様とのプリクラが欲しい!!!」」」」」

 

 

・・・特に思っているわけでもなかった。

結局何かが起こるわけでもない。

何かが変わるわけでもない。

このままありふれた日常がいつまでも続くのだろう・・・少なくともこの時はまだ、そう思っていた。

写っている者たちは、それぞれ腹のうちで何かをまだ隠している。

しかしそれでもこのプリクラを撮っているときは悪い気がしていなかったはずである。

しかしフェイトと同様に葉書にプリクラを貼り付けた手紙が、とある男の元へ届いた瞬間、変わらないと思っていたものが変わりだす。

 

 

「部活に入りました・・・私は元気です・・・・・・か・・・・ニアめ・・・・・・」

 

 

シモンとニア。

ツーショットで『夫婦合体!』とシモンに抱きついてほほ笑むニアのプリクラを見ながら、男は一人呟いた。

 

「ニアめ・・・・・・いつまでもくだらぬわがままを通せると思わぬことだな・・・何が結婚だ・・・ワシに逆らってどうなるのか・・・知らんわけではあるまいな?」

 

歪んだ父の愛が大きな壁となって、男たちの前に現われる日が近づいているのだった。

 

「ワシですらまだニアと一度も・・・プリクラを・・・プリクラを撮ったことはないというのに・・・・・この・・・・小僧が!! ドリ研だ? 文句あるのかだと? ・・・・・・文句ありまくりじゃ!!」

 

矛先はシモンに向いていた。



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第20話 さあ、祭りの準備だ

その戦争は、まだ朝日が昇り始めたころに始まった。

 

「うぎゃあああああ!?」

「た、たすけ・・・・う・・・・うわあああああああ」

 

まだ、学園の生徒たちが登校する前に起こった戦争。

しかし遅刻や授業の心配をする必要はない。

 

「こ、こちら・・・ぎ・・・ぎいああああああ!?」

 

何故ならばそれまでに全て終わるからだ。

 

「エコー7、応答せよ! エコー7!」

「ダメだ・・・通信が途絶えた・・・」

「畜生・・・何がどうなってる・・・」

 

蒼白した表情、震える手、把握できない事態。その場に居た人間たちは混乱の中に居た。

 

「こちらエコー9、本部、応答願う!」

 

麻帆良学園の広大な敷地内にある大森林の中、軍服姿でマシンガン片手に持つ男が血相を変えていた。

 

「ダメだ・・・本部に連絡が取れない! ジャミングの所為で通信機器が使えない!」

「おそらく敵の仕業かもしれない・・・」

「まずいな・・・敵は神出鬼没・・・我ら精鋭100名の部隊がこうも乱されるとは・・・」

 

これは演習ではない。

戦争だ。

大切なものを賭けた大きな戦いである。

敗北は許されない。

しかしこの状況は何だ?

森林内に配置された仲間の数は100名近くだというのに、軍服姿の彼らは現在交戦中の敵に手玉に取られていた。

 

「一度本部に戻るか?」「しかし敵の数が少ないのであれば、ここは一気に敵の本丸に攻め込む方が・・・」

 

武装した者たちはこの状況をどう打破するべきかを仲間内で話し合う。

だが、所詮はアマチュアだった。

彼らにこの状況を覆せる手段など思いつくはずがない。

 

「ふっ・・・残念だけどそれまでだよ」

 

「「「ッ!?」」」

 

いつの間にか敵が自分たちの近くまで接近していた。

両手にマシンガンを持った白髪の少年。

彼はまるで感情の乱れも無くクールに銃口を向ける。

 

「くっ、撃て撃てェ!!」

「敵は一人だ! こっちは10人! 数で攻めればどうにでも・・・・・」

 

応戦しようと銃口を向けて少年に引き金を引こうとした瞬間、少年は既に目の前には居なかった。

分かったのは、自分たちの真横を突風が通り抜け、少年がいつの間にか自分たちの背後に居たことだけ。

人間の動きではない。

冷たい汗が止まらない。

だが、そんな恐怖に震える自分たちの頭に銃口を押し付けながら、少年は冷たく言い放つ。

 

「恨まないでくれ。これはそういう戦いなんだろ?」

 

その姿はまるで感情の無い殺戮マシーン。

その言葉と共に、男たちの断末魔が麻帆良の大森林に響き渡ったのだった。

 

 

 

・・・・・・・

 

 

「はっはっはっは、というわけでドリ研部VS軍事研究部のサバイバルゲームは我々の圧勝! 約束通り軍事研究部の部室は我々が頂くヨ!」

 

 

両手を腰に当てて上機嫌に笑う超鈴音。

彼女の目の前には正座した軍事研究部約100名が悔しそうに震えていた。

 

「畜生、侮った! たった5名にこれほど完敗するとは! これで、超包子の年間無料超VIP優待券がパァだ!?」

「俺たちのリラックスルームがァ!?」

「たった・・・・たった5人に敗れるとは・・・一生の不覚!」

 

軍事研究部の部員たちが自分たちの敗北に悔しがり、このありえぬ事態に戸惑っていた。

そう、つい先ほど行われていたのは、シモンたちドリ研部と麻帆良の軍事研究部のサバイバルゲーム。

軍事研究部の部室と超包子の年間無料優待券を賭けた戦争だったのだ。

軍事研究部は超鈴音にこの対決を持ちかけられた時は一瞬で承諾した。

自分たちはサバイバルゲームのキャリアもあり、何よりドリ研部は男子2名に女子3名で計5名という少人数で、自分たちはその何十倍もの部員が居る。

万が一にも負けることは無いと思っていたのだが、蓋を開ければ惨敗という結果に終わった。

 

「我々の通信機器を全て狂わすジャミングや情報操作で撹乱した超鈴音・・・一騎当千のフェイト・アーウェルンクス・・・あまりの可愛さに引き金を引けなかった我々が油断したところを静かに始末していくニア・テッぺリンに黒ニア・・・見えない壁でBB弾を全て防いでしまうザジ・レイニーデイ・・・そして・・・そんな地上の混乱の中、地中をドリルで穴掘りながら進み本部のフラッグをあっさり奪ってしまったシモン・・・何なんだ・・・この5人は一体何なんだ!?」

 

兵力差ではなく戦力差。

圧倒的な力で自分たちを蹂躙したこの5人の伝説は麻帆良軍事研究部において長く語られることになるのだった。

 

「しかし・・・部室のアテがあると言っていたが、まさか部室を複数持っている部活から奪い取るとは・・・」

 

惨敗した男たちの悔し涙に背を向けながら、帰路に着くドリ研部。

フェイトはこれまでの出来事を呆れながら振り返っていた。

 

「何を言うカ。相手の方が人数多くキャリアも長い、これはとても相手が有利だった勝負ネ。そもそも彼らは部員が多いから部室を複数持っているネ。一つぐらい取られても何も問題ないヨ」

 

つまらぬ言いがかりだと鼻で笑う超だが、フェイトは何だか相手も気の毒に感じていた。

 

「でも・・・最初は俺も驚いたけど、楽しかったな」

「はい。私たちドリ研部の記念すべき最初の勝利です!」

「・・・ピース・・・」

 

まだ朝の霧が晴れぬ登校前の早朝にドリ研部全員を集合させて、唐突に始まったサバイバルゲーム。

 

「はっはっはっは、こちらも素人だが相手もアマチュアネ。我ら五人の相手ではないと信じてたヨ」

「まあ・・・負ける気は僕もしなかったが・・・」

「ああ、それにフェイトが一人で敵を倒しまくってくれたおかげで本当に助かったよ。これで部室か~、何か本当に部活って気がしてきたよ」

「はい、ザジさんも手品のような力で鉄砲の玉を防いでいたのですごいです!」

「・・・・ありがと・・・」

 

最初いきなり超に集められ、ルールもやる理由も分からぬシモンたちだったが、少人数の初心者とはいえ、このメンツでは公平な勝負とは中々言い難いものもあった。

しかしシモンやニアにザジも部室が手に入ったことを喜んでいるため、フェイトも諦めてそれ以上は何も言わなかった。

 

「それにしても良く学園長も僕たちに部活の認可をしたね・・・」

 

シモンやニアには言えないが、ある事情があり学園長や学園の魔法使いたちに自分は重要人物としてマークされている。

そんな自分が新しい部活の設立に関わるなど、面白くないと思われるはずである。

 

「はっはっはっはっ、校則を何一つ破ってないので却下される理由がないヨ。部活の許可に部室、これで我らのドリ研部の活動の準備は整ったネ! まずは来る学園祭に向けて動き出すネ!」

 

だが、超鈴音はだからどうしたとばかりに盛大に笑い、シモンたちも同調して頷いた。

 

「ああ!」

「はい、がんばりましょう!!」

「楽しみ・・・」

 

人数も設備も場所も整った。

これで本当にスタートしたようだとシモンもニアもうれしそうにしている。

当面の活動目標は学園祭に向けての準備。

 

「学園祭? 僕たちも学園祭で何かやるのかい?」

「うむ、まあ私も掛け持ちの仕事があるからあまり多くは出来ないが・・・」

 

その時、超も言いながらそう言えばとシモンたちに振りかえる。

 

「っと、そういえばシモンさんたちのクラスは何か出し物をするカ? 私のクラスはお化け屋敷と決まったガ・・・」

 

学園祭。

世界有数の巨大学園都市で行われる全校挙げてのビッグイベント。

一日に何億もの金銭が動き、もはや学生行事規模の範疇には収まりきらぬほどのものである。

しかしダイグレン学園だけは参加かどうか未定。

 

「追試・・・結局カミナさんたちはどうなったカ?」

 

それは、中間試験の失敗者は学園祭には参加できないという決まりがあるからだ。

だが・・・

 

「ああ、それなら何の問題もないよ! それと、俺たちのクラスは、きっと超も驚く凄い出し物だよ!」

「はい、凄いです!」

「確かに斬新だしね・・・」

 

それは、ほんの数日前にさかのぼるのであった。

 

・・・・・・・・

 

 

 

「では・・・追試の結果を発表します・・・・・・・」

 

 

ダイグレン学園の朝のホームルーム。

これほどの早朝に、ましてや全生徒が出席するなどという事態は前代未聞の異例中の異例。

恐らく入学式でも全員が揃って出席ということは無かった。

 

「一部の人を除いて受けてもらった追試試験ですが・・・」

 

これも全ては、この瞬間のため。

 

「結果は・・・なんと・・・・・・・・」

 

クラス中がゴクリと息をのみ、教壇に立っているネギは静かに言葉を勿体ぶる。

沈黙が重い。

カミナやキタンたちもまるで大喧嘩前の緊張感と同じように感じていた。

だが、そのすぐ後に、ネギの表情が涙を浮かべた満面の笑みに代わり・・・

 

 

「全員追試突破です!! おめでとうございます! 」

 

「「「「「「「「「「よっしゃああああああああああああああああああああ!!!!」」」」」」」」」」

 

 

クラスメートの歓喜と歓声、そしてガッツポーズが朝のダイグレン学園に響き渡った。

 

「はーーーーっはっはっはっは、見たか! これが俺の本気よ!」

「おうよ、俺たちを誰だと思ってやがるってんだ!」

「そうだそうだそうだ!」

「思ってやがる思ってやがる思ってやがる!」

 

クラス中が歓喜に包まれて所々でハイタッチが飛び交う。

 

 

「よっしゃあ、いつものいくぞォ! 俺たちを・・・・」

 

「「「「「「「「「「俺たちを誰だと思っていやがる!!」」」」」」」」」」

 

カミナが掲げた拳に向かって、キタンやヨーコ達にバチョーンも含めた追試組が拳を同じ様に突き上げて一つになる。

肩を組み、飛びまわり、円を囲んで渦巻のウェーブでクルクル回ったり、先ほどまでの沈黙を全て取り戻すかのように彼らはハシャイだ。

 

「やったな、みんな!」

「はい、さすがアニキさんたちです!」

「まあ、追試ぐらいは通ってもらわないと。僕もこの数日はかなり協力しましたから」

 

シモンやニアもうれしそうに、追試組ではないロシウも口元に僅かな笑みを浮かべていた。

特にロシウも最初は何だかんだとキタンたちに文句を言っていたものの、最後の最後まで勉強を手伝うなどと義理堅く、だからこそ自分の苦労も実ったのだとホッとした。

 

「おうよ、デコすけ!」

「まっ、テメエやキノンにも今回ばかりは世話になったからよ!」

「つうかお前ら意外と仲いいよな! 俺たちの勉強見るのを口実に、結構親密になってたじゃねえか?」

「「なっ///」」

「だはははは、赤くなりやがって! こりゃあ、クラスにシモンとニア以外のカップルが成立か?」

「なにい!? キヨウはダヤッカに取られたが、兄貴としてこれ以上妹を取られてたまるかァ!」

「お、お兄ちゃん!? そ、・・・みっともないからやめてよ!」

 

こうやって笑いながらからかうのも彼らなりの感謝なのかもしれない。

素直に面と向かって「ありがとうございます」など、返って彼ららしくない。

いつものように、いつもの通り仲間を巻き込んでバカ騒ぎをする。

それが彼らなりの照れ隠しでもあった。

そして・・・

 

「ちょっと~、もう一人、最大の功労者を忘れてんじゃない?」

 

ヨーコがクスクス笑いながらキタンたちに言う。

そして忘れるはずがない。

そもそも自分たちがここまで勉強したきっかけは、自分たちよりも一回りも小さな子供のおかげ。

 

「当ったり前よォ!」

 

カミナもニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 

「よっしゃあ! 先公を胴上げだ! 野郎ども! かかれええええ!!」

 

「「「「「「「「「「っしゃああ、覚悟しやがれええええええ!!」」」」」」」」」」

 

生徒たちの荒々しく、力一杯の胴上げ。

 

「えっ、ちょっ・・・・うわあああああああ」

 

体重の軽いネギは何度も天井に体を打ち付けた。

 

「い、いた!? も~~、天井にぶつかってますよ~!」

「だっはっはっは、だったら天井もぶち破れ! 俺らの胴上げで天を突け!」

 

だが、痛みよりうれしさの方が大きい。

 

(でも良かった・・・本当に最良の日だ!)

 

ネギは決してやめてくれなどとは言わなかった。

 

「ま~さか全員無事とはね~、効果があったじゃない? ネギドリルブレイク」

 

ヨーコも自身が追試を乗り越えたこと、そして何よりもカミナやキタンたちなどの問題児全員まとめて追試突破させた10歳の子供の力に、もはや笑うしかなかった。

 

「とにかくおめでとうございます! これで学園祭、思う存分熱くなってください!!」

 

「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」」」」」

 

 

ヨーコがネギに感心をするのなら、ネギは生徒たちに感心していた。

言うのは簡単。

しかし「やればできる」ということを本当に生徒たちは実践したのだ。

うれし涙を堪えているようで、人から見ればバレバレの泣き顔のネギだった。

 

「っしゃああ、これで残すは学園祭よォ! やるぞォ! 燃えてきたァ!」

「今年は何をやる? 野郎ども!」

「学園祭期間中のあらゆるゲームや勝負に対するトトカルチョの胴元は俺たちがやるとして、まずはクラスの出し物だぜ!」

「ああ、だが俺たちダイグレン学園の校舎まで客が来ることはねえ、麻帆良本校の中庭辺りのスペース借りてやるしかねえ。ロシウ、テメエ本校に掛け合えるか?」

「ふっ、そういうことなら任せてください! 必ずベストポジションを勝ち取ってみせます!」

「となると出し物よね~、どの学年も気合入れてるだろうし、ここはパンチを効かせたのが良いわね~」

「よし・・・女がサービスを・・・」

「エロい事以外にしてね。ッて言っても、それでも本校の女子校には敵わないと思うけどね~」

 

追試を終えて学園祭に参加できると決まった瞬間彼らの行動も早くテンションも高い。

 

「いいぜ~、こうなったらとことんガチでやりまくって俺たちが最強になってやろうじゃねえかァ!」

 

このやる気と行動力をもっと学業に活かせたらなと思うネギだが、活き活きとする生徒たちの姿がうれしくてほほ笑みながら見守っていた。

 

「そ~ね~、ありきたりだと飲食の屋台か喫茶店・・・ゲームコーナーとかだけど、飲食系で超包子とかに勝てるわけないし、ゲーム系やアトラクションものは工学部が有利・・・難しいわね・・・」

「それに追試で勉強ばっかしてたからあんまり準備期間ね~しな~」

「う~ん・・・今から始めて儲けられるものを作るのは難しいですね・・・」

 

ヨーコやキヤルたち女生徒たちも真剣に考えている。

しかし思いつくには思いつくが、中々これだというものが無い。

それはやはり麻帆良学園の学生の能力に関係している。

彼らの能力や技術力を持ってすれば、学園祭はどこかのテーマパークや遊園地よりも遥かにクオリティの高いものが出来てしまうのである。

そんな中でお金儲けを出来る。

それは言いかえればコストや赤字は自分たちが負担しなければならないのである。

つまり生半可な出し物では到底太刀打ちできないだろう。

さらに気合の入っている団体やクラスなら、学園祭の何週間や何カ月も前から準備に勤しんできただろう。

直前まで追試の勉強に時間を費やしていた自分たちは大きく出遅れているともいえる。

何か一発逆転のアイデアがないかとクラス中が一つになって考える。

そしてこのように仲間たちが道に迷っているとき、いつだって先陣切って口を開くのはこの男。

 

「ところでよ~、以前・・・シモンの部屋に、女子高生の軽音楽部のアニメにあったんだが・・・」

 

カミナがボソッと呟いた。

 

「アニキ、何で知ってるの!? ・・・はっ!?」

 

慌てて取り乱すシモン。

しかしその瞬間シモンの腕に抱きついて甘えていたニアの目がカッと開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・・ほう・・・」

 

ドスの利いた声だった。

 

「く、黒ニア!?」 

「シモン・・・・・ハナシガアリマス・・・」

「って・・・うわあああああ」

 

慌てて立ち上がるシモンを、黒ニアがクラスの隅へ引きずっていく。

とりあえずシモンと黒ニアは置いておいて、カミナは話を続ける。

 

「内容はもう忘れちまったが、とにかく今の世の中は『もえ』というものが流行っているらしい!」

「もえ?」

 

カミナが口にした『もえ』という文化。それを聞いた瞬間、キタンたちは立ちあがった。

 

「おお、『もえ』だとッ!? それなら正に俺たちにぴったりの言葉じゃねえか!」

 

・・・・・・・・?

 

「・・・・えっ?」

 

ネギとて『もえ』という文化は聞いたことはある。

良く理解はできないが、少なくともキタンたちにぴったりの言葉だとは到底思えず、思わず首をかしげてしまった。

だがキタンに同調するように次々と男たちは頷きだした。

 

「なるほど・・・俺たちにぴったりの流行もの・・・正に王道じゃねえか!」

「ああ、しかもこれは俺たちにしかできねえ!」

「そういや~、最近メイドだか執事やらの喫茶店が多いが、その『もえ』を喫茶店に掛ければいいんじゃねえか? 料理は苦手だが、『もえ接客』に『もえ料理』なら、俺たちの超得意分野だからよ!」

「おう、完璧だ!」

 

ネギは自分が勘違いしているからなのか、何か話がどんどん進んでいく。

 

(あ、・・・あれ~? 萌ってそういうものだったっけ? 大体喫茶店と萌えを掛け合わせたのがメイド喫茶だったような気が・・・)

 

自分は確かに日本人ではないため、俗語にはそれほど詳しくはないが、3-Aの子達から聞いたり、テレビで知った文化は決してそのようなものではなかったはずだとネギが思い返していると、カミナはポーズを決めながら机の上に立って叫んだ。

 

「青の長ラン! 男の下駄ばき! そして、V字のサングラス! 燃え燃え~~ぎゅんッ!! ・・・・・・これだああああああ!!」

 

沈黙したのはネギとフェイトだけだった。

クラス中はカミナの動作に大歓声を上げていた。

 

「これぞ正に熱く燃える漢の喫茶店! その名も・・・番長喫茶!! まさに俺たちにしかできねえ分野じゃねえか! 燃えるぜーーッ!」

 

そしてネギはようやく理解した。

どうして自分の考えと彼らの考えが違うのかと。

彼らは『もえ』を『萌』ではなく『燃え』だと勘違いしているのだった。

 

「ちょっ・・・大丈夫ですか、それ!? 普通やるならメイド喫茶じゃないんですか!? 『萌え』ってそういうジャンルじゃないと思いますよ!?」

「いや・・・ネギ君・・・意外と斬新かもしれない」

「フェイト、君は本気で言ってるのかい!? っていうか斬新すぎでしょ!?」

 

 



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第21話 萌えるな燃えろ

 

「っていうことがあったんだよ」

 

自分のクラスでの出来事を楽しそうに語るシモン。その話を聞いた瞬間、超は大爆笑した。

 

「ははははははははははは! ば、番長喫茶!? それは流石に聞いたことないネ! 確かにそんな出し物はダイグレン学園にしか出来ないヨ! ネギ坊主が慌てるのも無理ないネ!」

 

確かに斬新だし、リアル不良のカミナ達にしかできない喫茶店だろう。

どんな接客や料理が出てくるのか分からないが、未知の物は興味深い。楽しみが増えたと超も笑った。

 

「しかし、番長とは・・・シモンさんやフェイトさんもやるのカ?」

「いや、僕とシモンは恐らく厨房に入るだろうね。そんな恰好したくないし・・・」

 

それは残念。

超は腹を抱えて笑いながら、フェイトの番長ルックも面白そうだと想像を膨らませた。

 

「私も調理担当がやりたかったのですが、皆さんが接客にしろというのです」

「そ、それは・・・・君にはそちらの方が客寄せになるという彼らの判断だと思うよ」

「そうですか? でも、ヨーコさんたちと一緒にスケ番という恰好をするので楽しみです」

「うん、ニアならどんな格好も似合うと思うよ?」

「ふふ、ありがとう、シモン」

 

カミナ達は追試が大丈夫どころか、既に学園祭に向けて動き出した。

シモンたちもクラスのことと部活の両立を図るのは大変だが、やりがいのある大変さだ。

 

「だけどドリ研部の活動は?」

「まずはドリルを使ったパフォーマンスネ。ニアさんとザジさんが可愛い恰好で人を集めて、私がドリルの解説をする。フェイトさんは試し掘り用の巨大な石でも用意してくれればいい。後はシモンさんが実践して掘ったり銅像を作ったりする。単純だが、この方が効果的ネ!」

「・・・・・僕が・・・石を?」

「不服か?」「いや・・・的確な人選で返って恐ろしいなと・・・」

「ふふ・・・・そうカ?」

 

その時、シモンとニアの気づかぬところでフェイトが僅かに超を睨み、その視線を受けて超は不敵にほほ笑んだ。

 

(この女・・・やはり何か妙だ・・・初めて僕を見たときも驚いているようだったし、ひょっとすると何か知っているのでは・・・)

 

超に心の中で疑心を抱くが、フェイトは直ぐに頭を振った。

 

(いや・・・ザジもそうだし・・・それを言うなら僕もそう。結局僕たちは表面上繋がっているようで・・・深いことは何も知らない・・・そして・・・知る必要も無い。計画に支障が出ないのであれば・・・)

 

気にするな。

深く誰かと関わろうとするな。

知る必要のないことまで知る必要は無い。

だから、興味を持つ必要も無いと、フェイトは疑心を捨てた。

 

「もうそろそろ行かないかい? 今日はクラスの準備をするんだろ?」

 

顔を上げてフェイトはシモンたちに振り返る。

 

「そうだな、学園祭の準備期間はみんな早朝に集合って約束だし、早く行こう!」

「ウム、ではザジさん。我々もクラスの手伝いに行くとするカ?」

「・・・コク・・・」

「では、また集まるときはメールをすると言うことでよろしいですね?」

この時は、それだけで解散した。

またメールがあれば集まればいい。

校舎は違うが、5人しかいない部活で同じ学内に居るのだ。

どうせ簡単に会える。

 

「ああ、それじゃあまたな!」

 

この時は本当にそう思っていた。シモンも・・・

 

「じゃっ、そういうことで・・・」

 

フェイトも・・・

 

「ウム、楽しみにしてるネ」

 

超も・・・

 

「・・・・ン・・・・」

 

ザジも・・・

 

「それでは超さん、ザジさん、ごきげんよう!」

 

ニアも・・・

 

 

 

誰もがそう思っていた。

5人全員揃っていられることが、どれほど難しいことであったのか・・・

互いに互いを深く知らなかったこの時は、まだ誰も分かっていなかったのだった。

 

「早く行こう! アニキたちはこういう時には遅刻しないからさ!」

「そうだね。彼らに遅刻だと怒られるのは不愉快だからね」

 

シモンとフェイトとニアは早足でダイグレン学園へと急ぐ。

まだ早朝だが、きっと遅刻せずに皆登校しているだろう。

そして、遅刻ではなく時間通りに着いた自分たちを「おせえぞ! 気合が足りねえ!」などと言って、デコピンでもしてくる光景が目に浮かぶ。

それは避けたいのか、フェイトも一緒に走る。もっとも、スピードはシモンとニアに合わせてた。

だがこの時、走っていたニアがハッとなる。

 

「そうでした!」

「どうしたの、ニア?」

「今日はスケ番というものの衣装作りでロングスカートが必要なのですが、道具を買うのを忘れていました」

 

どうやら忘れ物をしたことにニアは気づいた。

 

「私は急いで買ってきます。シモンとフェイトさんは先に行っててください」

「大丈夫かい? 荷物があるなら僕たちが持つけど・・・」

「ニア、俺も行こうか?」

「大丈夫です。私だって一人で買い物は出来ます! ですからシモンは私を信じてください! それに二人は早く行かないと、アニキさんたちに怒られてしまいますよ?」

 

世間知らずのお嬢様は、逞しそうに胸を張る。

その姿は逞しいと言うよりむしろ可愛らしい。シモンとフェイトは思わず苦笑してしまった。

 

「たしかに・・・それじゃあ、シモン、僕たちは先に行かないかい? お姫様はお供がいらないようだしね」

「ああ、それじゃあ、俺たちは先に行くからな!」

二人に言われてニアもニッコリとほほ笑んで大きく頷いた。

 

「はい、では私は行きますね」

 

ニアは少し急ぎ足で予定のものを購入するためにシモンたちと別れた。

別れたといっても、直ぐに買うものを買ったら自分も登校するため、それほど大げさなものではない。

シモンとフェイトもそのまま走って学園へと向かった。

 

だが、この日・・・・・・・・・

 

 

 

ニアが登校することは無かったのだった。

 

 

 

買い忘れたものを買うために店へと向かうニア。

だが、彼女の前に一人の男が現われた。

 

「ッ・・・あなたは・・・・」

 

その男は、ニアも良く知る男だった。

 

「ヴィラル! ヴィラルではないですか! ごきげんよう。今日はどうしたのですか? 言っておきますが、私は戻る気はありませんよ?」

 

そう、そこに居たのはヴィラルだった。

テッペリン学院のヴィラルがまるでニアが一人になるのを待っていたかのように、待ち構えていた。

 

「ニア様・・・」

 

いつもなら跪いたり懇願したりしてニアに帰ってくるように説得した挙句、ダイグレン学園のドタバタに巻き込まれて吹っ飛ばされるヴィラルだが、今日はやけに殊勝な表情だ。

 

「ヴィラル?」

 

ニアもいつもと違う様子を感じ取った。

するとヴィラル軽く一礼をしながら、手をある方向へ伸ばした。

 

「あちらに・・・」

 

ヴィラルが示した方向には、巨大なリムジンが止まっていた。

 

「ッ!?」

 

その瞬間、ニアの体が跳ね上がった。

この場には似つかわしくないほどの高級車。

どこの金持ちがこんなものを学び舎に持ってきたのだと普通は思うのだろうが、ニアは違う。

リムジンの窓ガラスはスモークで中が見えないが、その車に誰が乗っているのか分かっている。

そして言葉を失うニアの前で、車の窓ガラスがゆっくりと開き、中に居る人物が顔を出した。

 

「ニアよ・・・久しいな」

 

間違いない。

ニアは自分の思ったとおりの人物だと複雑な表情を浮かべた。

 

「お父様・・・」

 

そう、彼こそがニアの父親。

 

 

「ヴィラルよ・・・しばし下がっておれ」

「畏まりました、ロージェノム様」

 

圧倒的な威圧感。

普通の人には決して纏うことの出来ぬ王の覇気をむき出しにした男が、愛娘でもあるニアをジッと睨む。

 

「お父様・・・・」

「何をボーッとしておる。乗らぬか」

「し・・・しかし私は学園祭の出し物のお買い物に行かなくてはならないのです」

 

ニアは何とかその場を逃れようとしどろもどろに言うが、ロージェノムはもう一度睨む。

 

「もう一度言う・・・乗れ。少し話がある」

「・・・ッ・・・」

 

 

 

ニアは圧倒された。

 

(お・・・父・・・様・・・これがお父様!? 違う・・・これまで私に向けていたお父様の表情ではありません!)

 

 

 

うまく口が動かない。

いつもはどんな状況でもほほ笑んで、意味分からない言葉で周りを和まして、それでいて強い意志を持つはずのニアが、実の父が初めて見せる気迫に飲み込まれてしまった。

逆らうことの出来ぬニアは小さく頷いて、リムジンに乗り込み、久々に会う父と対面の座席に座った。

 

「手紙は見た・・・随分とやりたい放題をしておるようだな・・・」

 

空気が重い。

だがニアは意識をしっかりと保つ。

父が何のために自分の前に現われたのかを知っているからだ。

 

(嫌・・・お父様には心配をかけてしまいますが・・・戻りたくありません・・・)

 

自分を連れ戻しに来たのだ。

これまで何度も父の息のかかった者たちが自分を連れ戻しに来たが、そのたび自分は乗り越えてきた。

だが、今度ばかりは父も本気のようだ。

だからこそニアも負けたくないと拳を膝の上で強く握る。

 

(みなさんと・・・・・・お別れしたくない・・・・シモンと・・・離れたくありません)

 

仲間や愛するものと別れることだけはしたくない。

それだけを強く心の中で繰り返し、ニアは父と相対する。

 

「今日限りでお前は屋敷に、そしてテッペリン学院に戻ってもらおう」

 

来た。

娘の気持ちを無視して父は自分勝手に話を進める。

だが、ニアは強い意志を持って父に叫ぶ。

 

「お断りします! お父様、これまで私はお父様にご迷惑をおかけしました。自分勝手にしたことは謝ります。しかし私は人形ではありません。自分の居場所は・・・自分で決めたいのです!」

 

言った。

面と向かってハッキリとした強い口調でニアは実の父に対して言い放った。

 

「ふん・・・そんなに・・・あの学園が・・・いや、例の小僧が原因か?」

「シモンのことを・・・知っていてくれているのですね? 良かった・・・お父様には手紙だけでしか紹介できませんでしたから」

 

手紙など破り捨てられていると思っていた。

だが、ちゃんと自分の愛する男のことを知っていてくれている。

ニアにとってはうれしいことだった。

しかし・・・

 

「くだらん。学も無く、家柄も無い、才も無いような小僧の何がいい。何よりもあの小僧は両親もいないらしいな?」

 

次の瞬間ロージェノムから出てきた言葉は、侮辱の言葉。

 

「なっ!? く・・・・・・くだらなくなどありません!!」

 

その言葉に我慢出来ずに、ニアはキッと父を睨む。

 

「両親がいないというのが何なのです? シモンにはとても素敵なアニキさんやヨーコさんという幼馴染が居ます! たくさんの仲間や友達が居ます! とても素敵な先生も居ます! そしてシモンには、とてもとても素晴らしい力があります! とてもとても強い心があります! シモンはくだらなくなどありません!」

 

少しでも分かってもらいたい。その一身でニアは必死に父に向かって叫ぶ。

 

「ダイグレン学園の皆さんもそうです! とてもとても温かく、仲間思いで、一生懸命で、いつも私を元気にさせてくれます! あそこはそんな素敵な場所なのです! あそこがお父様の下を離れ、自分の足で歩いて見つけた私の居場所なんです!」

 

だが、そんな彼女の決意の言葉をロージェノムは鼻で笑った。

 

「ふっ・・・自分の居場所・・・か・・・だが、それが無くなったらどうなる?」

 

その時その言葉の意味が直ぐには理解できなかった。

 

「・・・・・・・・・・・えっ?」

 

だがロージェノムの目は真剣そのもの。

 

「お父様・・・どういう・・・」

 

唇が震えるニアに向かい、ロージェノムは恐るべき事実を娘に告げる。

 

「麻帆良ダイグレン学園を・・・廃校にする!」

「ッ!?」

 

 

 

それは、絶対にありえないことだと思っていた。

 

「まともな授業もせず、問題ばかり起こす不良の掃き溜めの場所・・・挙句の果てに人の娘をかどわかす・・・許しておけるものか」

 

決意し、自分の両の足でしっかりと立ち上がり、父に抗おうとしたニアの足元を根底から崩すのには十分すぎる一言だった。

 

「麻帆良の教員も教育委員会も数名のものを除いてこの件には前向きだ。確かに学校を潰すなど前代未聞のことだが、これはこの学園都市に通う一般生徒たちを守ることにも繋がる」

 

ニアには分かっている。

 

(お父様は・・・テッペリン学院の理事長としてだけでなく・・・私には理解できぬほどの大きな・・・大きな権力も・・・力もある・・・・)

 

自分の父が本気であることを。

 

(ウソや冗談では・・・ありません・・・)

 

その力を自分の父が持っていることを。

だからこそ自分が・・・

 

「だが・・・ワシがその気になれば、それを全部無しにすることも出来る」

 

こう言えばニアがどういう決断をするのか、ロージェノムは分かっている。

 

「ニアよ・・・どういうことか・・・分かるな?」

 

だが・・・

 

「分かりません・・・」

 

潰れるような微かな声でニアは呟く。

 

「ほう」

 

諦めたくない。手放したくない。その思いで精一杯抗う。

 

「分かりません! 私はようやく自分の居場所を見つけたのです! 私をお父様の娘としてではなく、私を私として見てくれる人たちとようやく出会えたのです! 私はもう子供ではありません! どうしてそれを分かってくださらないのです?」

 

ニアの目には涙が浮かんでいる。

もう自分には欠かすことが出来ないのだ。

ダイグレン学園も、シモンも、カミナたちも、自分には絶対に欠かせない存在なのだ。

それを無くしたら自分が自分でなくなってしまう。

だが・・・・

 

「分かっていないのは・・・・お前の方だァ!!!!」

 

憤怒の叫びが車内に響き渡った。

 

「ッ!?」

 

「分からぬのなら教えてやろう。お前が子供だからだ」

 

その怒号に圧迫され、身を乗り出そうとしたニアはボスンと、シートの背もたれに背中を付けてしまった。

そしてロージェノムは呆れたようにため息をつきながら、ニアに告げる。

 

「ニアよ・・・お前に何が出来る? 大体貴様のその制服はどうやって買ったのだ? 毎日の食費は? 学費は? どうやってお前は作っているのだ?」

「そ、それは、リーロン校長が奨学金だと・・・」

「たわけたことをヌカすなァ! 両親の居ないシモンとかいう小僧どもならまだしも、あのような麻帆良本校からも切り離された貧乏学園に通う生徒に奨学金など下りるかァ!」

「・・・・・・・えっ?」

「少し様子を見る意味も込めて、ワシがそう言ってダイグレン学園の校長に渡していたのだ・・・そうでも言わんとお前は受け取らんだろうからな」

「そ、そんなッ!? お・・・お父様が!?」

 

そんな話はまったく知らなかった。

 

「だが、しばらく様子を見た結果がこれだ。毎日授業もろくに出ずに遊びほうけ、下らぬ遊びや必要の無い知識などを詰め込み、喧嘩も日常茶飯事・・・それのどこがちゃんとやっているというのだ?」

「そ、・・・それは・・・・」

「おまけにワシの娘とあろう者が、不純異性交遊もする」

「ふ、不純・・・イセイコウユウ? ・・・よく分かりませんが、私とシモンは不純ではありません!」

「では黒ニアはどうだ?」

「黒ニア、どうなのです? 私とシモンはお父様が困るようなことをしたのですか?」

 

突然話を振られた黒ニアが強制的にニアに人格を入れ替えられた。

だが、黒ニアはニアの問いかけと父の真剣なまなざしを前に沈黙し・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

目を逸らしてしまった。

 

「ほれ見たことか!」

「本当なのですか、黒ニア!?」

「い、いえ・・・・・・・最後までは・・・・どれだけ襲ってもシモンは粘るので・・・・・」

 

 

黒ニアは視線を逸らしたままボソボソと呟くが、それらしいことがあったのは事実らしい。

そうなってしまえばもはやロージェノムは黙っていない。

 

「どちらでも同じこと! とにかくそのような問題生徒たちや非日常の中に娘を置いておける親がどこに居る!」 

 

痛い。

父の愛情が自分のこれまでと大切な人たちを傷つけるのが痛い。

そのようなことを言われても反論できない自分の心が痛い。

 

「自分の足で歩いて見つけた居場所だと? ふざけるな。そのような言葉は最低でも自分で金を稼ぐことが出来るようになってから言うのだな!」

 

ニアは押し黙ってしまった。

 

(何も言い返せません・・・・・・・何も・・・)

 

今日ほど自分が無知であることを呪ったことは無い。

無力であると実感したことは無い。

 

(私が見つけたと思っていた居場所も、・・・所詮はお父様に守られていた籠の中だったということなの?)

 

悔しかった。

何も言い返せない自分が悔しくてたまらなかった。

一言も発せなくなってしまったニア。

すると、そんなニアに変わり、これまで黙っていた黒ニアの人格に変わった。

 

「お父様・・・どうして今になってこれほど強行に? これまではお父様も本気のようでどこか本気ではなかった・・・チミルフたちを派遣したとしても、これほど権力に物を言わせるようなことをしませんでした・・・・どうしてですか?」

「簡単なことよ。この学園そのものに呆れたからだ。不良の掃き溜めの中において唯一救いがあるのではと期待した教師が、10歳の小僧らしいな?」

「ッ!?」

「学園長に理由を問いただしたら修行だとか試練だとか天才だとかという言葉で誤魔化しておったが、それこそふざけるなだ。自分の子の人生において大切な学生時代を子供の修行の犠牲にさせるなど、あってはならん。だからこそ潰すのだ」

 

黒ニアはようやく合点がいき納得いった。

どうやらこれまで娘のわがままに付き合っていた我慢も、ネギという10歳の少年の存在が決め手となり、ここまでの強行には走らせてしまったのだ。

 

(ここで私があの子のことを・・・どれだけ熱心で・・・想いがあり・・・生徒のために努力し・・・優秀であると言ってもきっとお父様は・・・)

 

ネギは父が思っているような子ではない。

普通の教師では決して真似できないほどのことをダイグレン学園に赴任した僅かな期間で

やり遂げた。

そのことをロージェノムは知らない。

ただ、プロフィール上のことしかネギを知らない。

だからこそ、シモンのことも、カミナのことも知らない。

どれだけ言葉を並べても、決して知ってはもらえぬだろう。

だからこそ、これから父のやろうとしていることを止めるには一つしかない。

 

(みんな・・・・ネギ先生・・・・・・・・・・シモン・・・)

 

冷静な黒ニアだからこそ、最短で最善な道がこれしかないと判断した。

 

(シモン・・・・・・・シモン!)

 

 

だが、頭は冷静だが、心は中々許してくれない。

 

(シモン・・・・私の・・・・・・私と・・・ニアの・・・・・・)

 

しかしそれほど強い想いだからこそ、彼らに迷惑をかけずに、彼らを守る方法がもうこれしかないのだと黒ニアは頭を下げた。

 

「お父様・・・私は・・・・お父様のもとへ帰ります・・・これでダイグレン学園と私は何も関係がありません・・・ですから・・・」

 

黒ニアは表情を変えない。

 

(シモン・・・・・シモン・・・・・シモン・・・好き・・・シモンのことが一生好き・・・でも・・・)

 

表のニアも顔を出さない。

 

(シモン・・・・・・・・・ずっと・・・あなたと一緒に・・・・歩いていきたかったわ)

 

だが、悔しさなのか、悲しさなのか、ハッキリとは分からないが、二人は心の中で泣いていた。

 

「うむ・・・それで良い」

 

これでいいのか?

 

 

父の愛情が何であれ、一番大事なのは何だ?

 

 

少なくともニアは心の中で泣いていた。

 

 

誰にもその涙を見せず、友と愛するものたちを守るために、一人で去ろうとしている。

 

「おっしゃああ、接客の修行だァ! いくぞ!」

「よしっ・・・・・・・ふっ、おいテメエ! 何のつもりでこの店に来たァ? へっ、いい度胸じゃねえか。ん、椅子に座りたい? そんなに座りたければ座らせてやろうか? その代わり、二度と立ち上がれねえかもしれねえがな?」

「へ~、私たちを呼びつけるだなんて、いい根性してんじゃない? 覚悟は出来てんでしょうね?」

「ココア? んな甘ったるいものを飲むのか? つうかテメエ、誰に向かって偉そうに注文してやがるんだ?」

「500円だ。全部まとめて置いてきな! ブチ殺されたくなかったらよ~」

「これに懲りたら二度とツラ見せるんじゃねえぞ~」

 

何をやっているダイグレン学園!

 

「ねえ・・・それって・・・番長というより、チンピラに見えるんだけど・・・」

「むっ、確かにフェイ公の言うとおりだな。もっと硬派にやらねえとな・・・おい、シモン。『燃え』っていうのはこれでいいのか?」

「いや・・・違うと思うけど・・・その・・・例えばツンデレっていうものがあるんだけど、最初はツンツンしてて最後はデレっとすることなんだけど、お客さんが帰るときには優しい言葉をかけてあげたら?」

「おっ、そいつはいいアイデアだ!」

「そうか~、・・・例えば・・・・・・ふっ、金なんて要らねえよ・・・本気のダチから金をもらえるかよ・・・・そうだろ? ・・・ってのはどうだ、シモン」

「いや・・・お金は取ろうよ・・・」

 

何をやっているシモン!

 

「とりあえず料理はおいしさでは勝てないからインパクトで勝負。いかにも体に悪そうなギトギトの料理を出した方がいいかもね」

「インパクトならニアもそうじゃないかい?」

「フェイト・・・あんたは客を殺したいのかしら?」

「だが、普段寮生活で金欠の中で自炊をしてる俺らにはうってつけだぜ!」

「おうよ、炎の燃え料理人の腕前を見せてやるぜ!」

 

何をやっている野郎ども!

 

萌でも燃えでもいいから今すぐに立ち上がるのだ!

 

 



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第22話 そしてこっからスタートだぜ

どう見ても学生が全て作り上げたとは思えないクオリティ。

様々な衣装に仮装した生徒たちや、恐竜のような巨大な人形も動いている。

空では航空部が派手なアトラクションで飛行機雲のアートを描く。

遊園地などのテーマパークにも匹敵する、いや、それをも上回るほどの規模を秘めている。

観覧車なども設置しているし、最早なんでもありだろう。

三日間述べ40万人近くの入場者。

世界でも有数の学園都市の全校合同のお祭りだ。三日間大騒ぎの馬鹿騒ぎ、乱痴気騒ぎのどんちゃん騒ぎというわけだ。

老若男女問わずに祭りの魅力に取り付かれたものたちは、笑顔を見せてウキウキしている。

そんな空間を騒がしいと感じる一方で、そんな騒がしい空間の中で目に見えるほどの重い空気を纏った男が隣に居て、フェイトは小さくため息をついた。

 

「ふう・・・シモン・・・結局ニアは君に何の連絡もしていないのかい?」

「うん・・・リーロン校長は家庭の事情で帰ったって言ってた・・・」

「でも、噂では彼女は家出中なんだろ? それが何で今になって?」

「・・・分からないよ・・・ただ・・・家族に何かあったのかもしれない・・・でも・・・それなら連絡の一つ位してくれればいいのに・・・」

 

シモンは目に見えて元気が無い。

その理由は分かっている。隣にニアが居ないからだ。

 

(たった一人居ないだけで、こうも違うものなのか? シモンだけではない・・・何だか僕も・・・なんだろう・・・この・・・胸の喪失感は・・・)

 

いつも彼女の直球の愛や行動に振り回されて嘆いていたシモン。そのシモンが一人になっているだけでフェイトも違和感を覚えずには居られない。

 

(シモン・・・・・・そうか・・・・これが・・・)

 

シモンとニアは常に一緒だった。

二人で一人なのだ。

常に居るのが当たり前だと思っていた。

しかし今彼女はここに居ない。

昨日まで当たり前だったものが無い。

だからこそシモンも元気が無く、フェイトも心に引っ掛かりを得た。

その引っ掛かりの正体は、今のシモンの顔を見て、フェイトも気づいた。

 

 

(これが寂しいという気持ちなのかもね・・・)

 

 

ニアは家庭の事情で急遽実家に帰ったという話を聞いた。

フェイトは最初、「ふ~ん」としか思わなかったが、キタンたちの取り乱し方は尋常ではなかった。「まさかあの親父が何かしたのか?」「テッペリン学院の仕業か?」などと生徒たちだけで話し合っていた。

ネギも、知らせに来たリーロン校長も特にそのことに何か言うことは無かった。

生徒が一度実家に帰った。たったそれだけのことだとその場はそう納めた。

ニアは自分の意思で一度実家に戻った。

そう言われてしまえば生徒の彼らに何か出来るはずも無い。

舌打ちをしながら表情を曇らせて、しかし何とかニアがいつ帰ってきてもいいようにしっかりやろうと彼らは思うしか出来なかった。

ただ、ニアの居なくなったことにシモンだけは、しばらく無言のままだった。

 

「う~ん・・・ニアさんが居ないとは寂しいネ・・・・」

 

たそがれているシモンとフェイトの背後から、超とサーカスのピエロの格好をしたザジが現われた。

 

「超・・・」

 

超もニアが居ないことに少し困ったような顔をしている。

 

 

(・・・ん?)

 

 

しかしフェイトはその時、その超の困った顔がどこか怪しく映った。

 

(・・・何だ? この女・・・まったく気持ちが篭っていない・・・まるでこうなることを予期していたかのように・・・)

 

その時、ザジが元気の無いシモンの下へと歩み寄った。

そして彼女はニッコリとほほ笑んで、2枚の紙をシモンに、そしてフェイトにも一枚渡した。

 

 

「お二人もよければどうぞ。我がサーカスへ」

 

「「ッ!?」」

 

 

無言のフェイトも落ち込んでいたシモンも驚いてしまった。

何とあのザジが笑ったのだ。

・・・というか・・・

 

「ザジ・・・お前・・・」

「君・・・普通に喋れるんじゃないか・・・」

 

いつも無表情で最低限のことしか話さないザジが人違いかと思えるぐらいのスマイルで話してきたのだ。

 

「シモンさん・・・元気を出してください。ニアさんは必ず帰ってきます。その時は是非ニアさんと二人で見に来てください」

「ザジ・・・」

「大丈夫です。ニアさんを信じましょう」

 

少し呆然としてしまった。

 

「シモンさんにはシモンさんでやるべきことがあるはずです。ドリ研部のパフォーマンス・・・今はこれに集中しましょう」

 

こんな時に普段あまり喋らず笑わない子が笑顔で励ましてくれると、何だか心が温かくなってきた。

 

「ああ・・・そうだな。ニアが自分の意思で一度実家に行ったっていうなら、きっと何か理由があったんだ。ニアが本当に助けが必要なときは、絶対に俺たちに話してくれる。だったらそれまで俺は、アイツの分もしっかりとがんばらないとな」

 

シモンが笑顔になるとザジもニッコリとほほ笑んで頷いた。

そうだ、自分には自分のやることがある。何があったかはニアが帰ってきてから聞けばいいとシモンは思い、いつもの自分を取り戻した。

 

「ウム! それでは広場でパフォーマンスネ! フェイトさん、言われたとおりの石をお願いネ!」

「ああ・・・分かったヨ」

「いや~、ニアさんの呼び込みが無かったが、ザジさんが頑張ってくれたお陰で広場には大勢の人たちが集まってくれたヨ。これならいい宣伝効果になるネ!」

 

超が指し示した先には大きな垂れ幕にデカデカと「ドリ研部」と書かれたスペースがあった。

隣には新体操部だとか空手部のためし割など、部活動のパフォーマンス広場の一角になっている。

 

「うわ~・・・これ、ザジが集めたの?」

「はい、ついでにサーカスの宣伝もさせていただきましたが・・・」

 

そしてドリ研部に与えられたスペースには、幼稚園児から大学部の生徒まで。特に多いのは、白衣を着たいかにも工学部系の生徒や教授たちが人ごみを作って集まっていた。

 

「すごいね・・・」

「はっはっはっは、まあ、麻帆良最強頭脳を誇る私の部活だからネ。工学部の人たちも興味あるみたいネ」

「へ~、超って凄いんだな~。しかし本当に多いね・・・これならニアが抜けた穴も十分埋まる!」

「ふふ、シモンさんに褒められるとうれしいね♪」

 

どうやらザジに集められた客だけでなく、麻帆良一の天才と呼ばれる超の発明に興味を持った理系関係者が集まったようだ。

なるほど、そう言われれば納得できる。予想以上に見物人が多いことに、パフォーマンスをしようとするシモンも緊張している様子だ。

 

「さて、シモンさんは心の準備を、フェイトさんは石の準備を。・・・・・安心するネ。魔法を使っても学園祭期間中は手品やCGで誤魔化せるヨ♪」

「ふん・・・やはり君は食えないね・・・・・・ん? ・・・・!?」

 

その瞬間、フェイトは口を押さえてハッとなった。

 

(待て・・・そうだ・・・ニアの役目はザジと同じ観客の呼び込みだ・・・しかし現にザジ一人でどうにかなっている・・・まるでニアが居なくなっても支障が出ないような役割を、超が最初から与えていたかのように・・・それに僕に石を用意させるというのもやはり妙だ・・・ネギ君や学園側の話によると、特別な理由で超鈴音はそれなりに魔法の知識の所有を許されているらしいが、彼女は京都で僕やネギ君の戦いは見ていなかったはず・・・僕が石の魔法を扱えることは、ネギ君に聞いたのか? それとも・・・最初から知っていたのか? ・・・どちらにせよ、この女・・・やはり臭うな・・・)

 

フェイトはこの間まで超鈴音に対する疑惑は、深入りしないために捨てたのだが、今になったやはり妙な気持ちが拭えなくなった。

 

(そしてもう一つの謎・・・何故彼女はシモンに関わろうとする?)

 

フェイトの疑念の一方で、超は手ごろなサイズのドリルをシモンに渡す。

 

「超・・・これは?」

「うむ、私がとりあえず新開発しておいたドリルヨ。クランク状に折れ曲がった取っ手を回すことで起こる回転力を、複数のギアで増大し、先端に取り付けられたドリルの歯を回して削ってゆく。科学の力により、強度、ギア、全てにおいて一歩先を進んだドリルヨ!」

「ええ~~!? これってそんなに凄いドリルなの!?」

 

ばば~んと猫型ロボットが道具を出すような効果音でシモンに向けて超は高らかにドリルを差し出す。

シモンは手渡されたドリルをあらゆる角度から眺めて不思議そうな顔をする。

 

(これ、そんなに凄いの? 普通のドリルにしか見えないけど・・・でも、超が言うならそうなんだろうけど・・・)

 

そう、見た目は一見ただの手回し式のドリルにしか見えないのである。

まだ未使用ゆえに、シモンが持っているドリルなどと比べたらピカピカなのだが、それほど大げさな発明品には見えなかった。

 

「ふふふ、見た目で判断されては困るネ。さっそくこの観衆の前でお披露目して欲しいガ・・・出来るカ?」

 

怪しい笑みを浮かべて笑う超だが、シモンは疑うことはしない。むしろ超がこのドリルはすごいと言うのだからそう信じることにした。

 

「ああ、問題ないよ」

「なら良かったネ。では、フェイトさん? フェイトさんも早速だがド派手なパフォーマンスを頼むヨ・・・・・少々本気でも構わないネ」

「・・・・分かった」

 

超に耳元でボソボソと言われて、フェイトもまたボソボソと何かを呟き始めた。

 

「ヴィシュタル・リシュタル・ヴァンゲイト・・・・・・」

 

するとまるで手品のように、何も無い空間に大人一人分ほどもある石柱が出現した。

思わぬパフォーマンスに観客も思わず息を呑む。

 

「すごいじゃないか、フェイト! それ、どうやってやったの?」

「手品だよ」

「すごい! まるで魔法みたいだ!」

「シモン・・・少しは人を疑うことも・・・・いや・・・なんでもない・・・」

 

手品ということをアッサリと信じるシモン。

 

(何だか心が痛むね・・・)

 

よくよく考えると、自分も含めてザジといい、超鈴音といい、こうも謎だらけの怪しい集団をまったく疑うこともせずに仲間や友達などと思っているシモンにフェイトも心配で頭を抱えてしまったのだった。

 

「さて、準備できたネ!」 

 

フェイトが石を出した瞬間、超はマイクを持って、集まった観客に口を開く。

 

「では、お集まりの皆様! 今日は祭りの初日で様々な魅力的なアトラクションやイベントが目白押しの中、ワザワザこんなマニアックな部活の出し物に集まってくださった皆様は、真のドリ魂を持つものと認定するネ! 今日はそんな皆様に、次世代の道を切り開く我らドリ研部の発明品第一号の試作発表を、学園一の穴掘り達人、穴掘りシモンが皆様に披露するヨ!!」

 

中には純粋な客も居るが、ほとんどがまるで学者や新作の発表会を待つ研究者たちの視線で、拍手も少なく怖い顔でシモンを見ている。

 

(うわ・・・緊張してきた~・・・皆見てるよ・・・しかも怖い顔だし・・・俺、大丈夫かな?)

 

普段自信の無い性格ゆえに、こういう風に人に注目されて何かをするのはめっぽう苦手だ。得意なドリルを扱うといっても、それは変わらない。

こういう時、カミナはこう言うだろう。「自分を信じろ!」と。

ニアならこう言うだろう「シモンなら大丈夫です!」と。

自分に自信が無いシモンに対してシモン自身よりシモンのことを二人は信じている。

だが、今は二人は居ない。

ニアに関しては学園にも居ない。そう考えるといつも傍に居てくれただけに、やはり寂しさがこみ上げてきた。

 

(さて・・・お手並み拝見といくカ・・・)

(これで分かるかな? 超が何故シモンにこだわろうとしたのか・・・魔法や裏世界を何も知らないシモンを・・・・)

(・・・シモンさん・・・・・・・)

 

部員たちはそれぞれ別々のことを思いながら、石柱を前に無言になるシモンを見守る。

対してシモンはニアの居ない寂しさや心の穴を埋めるにはどうするのかを考える。そうすると、自然と手が動いた。

埃や削った砂が目に入らぬよう、ゴーグルを装着し、何の合図も無いままドリルを回転させた。

 

「お・・・・」

「・・・おお!」

 

その瞬間、観客たちは息を呑んだ。

巨大な石柱がシモンの持つドリルによって、豆腐に穴を開けるかのように一瞬で削られてしまったからだ。

 

(ッ、ほう!!)

(なっ・・・僕が魔法で出した石柱を!?)

(・・・・・・・見事・・・・)

 

ドリ研部の三人の表情も一瞬で変わった。

何故ならシモンが今削っているものが、実はそれほど容易く削れるようなものではないと知っているからだ。

だが、シモンは顔色変えることなく易々と削っている。まるでそうなることが当たり前かのように。

 

(やっぱりだ・・・ドリルを回していると落ち着く・・・)

 

今のシモンの頭の中は、とても冷静で静かに落ち着いている。ニアが居ないことや観客に対する緊張も失せている。

 

(悲しいとき・・・寂しいとき・・・イライラするとき・・・俺はいつも一人で穴を掘っていた・・・そうすると落ち着くから・・・全てを忘れられるから・・・ドリルさえ回していれば・・・)

 

今のシモンにはドリルの回転と、目の前の石柱しか映っていない。

 

(声が聞こえてくる・・・ここが柔らかい・・・こっちを掘ってごらんって・・・・)

 

気持ちが落ち着き、観客の前で見事なドリル捌きを披露するシモン。

 

「ほう・・・すごいですな・・・」

「流石、超鈴音の発明品」

 

もっとも、シモンのドリルの腕前よりも観客はこれ程の見事な作業を可能にするドリルそのものに注目している。

シモン自身の力を見ているのは、ドリ研部の三人だけだった。

特に超鈴音は口元を手で覆いながらシモンを尋常でない眼差しで睨んでいる。

 

(ふっ、シモンさん・・・科学の力を駆使した最新技術だとか特別製の鉄を使っているなどと言ったが・・・・実はそれはただの何の変哲も無いハンドドリルに過ぎないヨ!)

 

そう、超が手渡したのは、シモンが最初に感じた通り、本当に何の変哲も無いドリルに過ぎなかった。

だが、問題はそこではない。

超にとっての大問題は、そんなドリルでシモンは自分の予想通りの事をやっていることである。

 

 

(何の変哲も無いドリルで、あなたは魔法で作り出された密度の高いフェイトさんの石を易々と穴を開けている・・・なるほど・・・これが穴掘りシモンか・・・ドリルそのものではなく、この人には魔法や気とは違う何かがやはり備わっている・・・その力の秘密さえ分かれば・・・あわよくば・・・・)

 

(なるほど・・・これがシモンか・・・確かに何かを持っているね・・・その正体は分からないけど・・・ただ・・・何だろう・・・ただ穴を掘っているだけなのに・・・・妙な胸騒ぎが・・・妙な感覚に包まれる・・・どういうことだ? この螺旋音・・・何だ? この感じは何だ?)

 

(これは偶然・・・ですが・・・私やフェイトに超鈴音・・・そしてこの人と一度に出会ったのは、運命。まさか偶然出会って何となく入部してしまったこの部に・・・・・・これが・・・螺旋・・・20年の時を越え・・・ようやく歴史の裏側に出現した、語られなかった力を垣間見ました・・・)

 

 

三人は、シモンを見て抱いた思いは絶対に口にしない。

それは絶対に口にしてはいけないと心が乱れている今でも、それだけは分かっていたからだ。

そう、そして運命はいよいよ動き出す。

まるでドリルのようにクルクルと回りながら・・・

その幕開けとなるのは、全てこの戦いから始まるのだった。

 



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第23話 番町喫茶全開

「やっぱ超は凄いな。凄いドリルが大好評だったな」

「・・・そうだね・・・」

 

祭りの人ごみの中、シモンはフェイトと並んで歩き、先ほどの出来事を振り返る。

 

「色んな大学生や教授が質問攻めしてたしね。ドリ研部の宣伝は大成功だったな!」

「・・・・・そうだね・・・」

 

超の開発したドリルにより、宣伝はバッチリだったと大喜びのシモン。シモンは超が手渡したドリルが新開発されたドリルではなく、何の変哲も無いただのドリルだとは気づいていない。

 

「後でニアに教えてあげよう! きっとニアは喜んでくれる」

「・・・そうだね・・・」

 

興奮気味に喋るシモンに対し、フェイトは至って冷静だ。

 

(分かっているのか・・・シモン・・・・君が一体どれほどありえないことをしたのか・・・魔法で作られたものを魔法の力を一切使わずに打ち消したということを・・・)

 

いや、冷静ではない。フェイトは表面上では分からぬほど、心の中では動揺していた。

 

「フェイト!!」

「ッ!?」

 

ボーっと考え事していた自分の目の前にシモンの顔があった。少し頬を膨らませてる。

 

「どうしたんだよ、さっきから『そうだね』しか言ってないじゃないか。俺の話し聞いてた?」

「えっ・・・ゴメン・・・聞いて無かったよ・・・」

「もう・・・とにかく、部活の方は一息ついて、早くアニキたちの手伝いに行こうって話だよ。あんまり遅いとアニキたちが遅いって怒るよ?」

「あ・・・そう・・・だね・・・」

 

シモンに言われてハッとなったフェイトは先ほどまでの考えを頭横に振って捨てた。

 

(ふっ・・・僕は何を考えている・・・どうでもいいじゃないか・・・そんなこと・・・シモンが何者であれ、シモンが気づいていないことを僕が気にする必要は無い・・・)

 

甘い。

 

(甘いな・・・未知のものに対してこういう考えは非常に危険だ。いつから僕はこれほど甘くなった?)

 

だが、どうしてもこれ程重要なことも、細かいことだ、気にするなとフェイトは思うようになってしまった。

 

(彼らに・・・毒されたか?) 

 

頭の中で思い浮かぶのは、ダイグレン学園の生徒たちが腕組んで笑っている姿。

 

(だが・・・悪くは無い・・・。シモンは大丈夫だ・・・シモンは僕の・・・・・・・敵ではないからね・・・)

 

その姿を思い浮かべてため息が出そうになるが、フェイトは小さく笑った。

 

「じゃあ、行こうか、シモン。カミナたちのことだから、やりたい放題しているかもしれないからしっかりと見張っておかないとね。そういうときのためにヨーコも居るけど、彼女も熱くなったらカミナたちと同じようになってしまうからね」

「はは、そうだな。ヨーコって昔からああなんだ。いつもいつもアニキのやることを止めるくせに、最後は結局手助けしちゃうんだ。ヨーコは多分アニキのこと・・・、俺はそんな二人を小さいころに見ていたとき、独りぼっちな気がして少し寂しかったな・・・」

「そうか・・・でも、今の君にはニアが居るんだろ?」

「まあね、フェイトは居ないの? 幼いときから一緒だった人とか・・・」

「・・・・僕は・・・」

 

自分たちのクラスの出し物が行われている場所へ向かう途中の何気ない会話の中、シモンの言葉でフェイトはとある少女たちのことを思い出す。

 

「幼馴染でも恋人というわけでもないが・・・幼いときから僕の後ろを付いてきてくれた娘たちは居たね・・・」

「へ~、今はどこに居るの?」

「ちょっと遠いところに今はいる。この間撮ったプリクラを張って久しぶりに手紙を書いたよ・・・まあ、元気だと思うよ」

「フェイトの家族みたいな人たちか? ふ~ん・・・いつか会ってみたいな・・・」

「いつか・・・そうだね・・・僕も何だか彼女たちにダイグレン学園のようなメチャクチャな学校に入れたらどういう反応をするのか見てみたくなったよ」

 

フェイトは頭に浮かんだ少女たちがもしもここに居たらと想像する。今の自分を見たら怒るかもしれない。しかし彼女たちも変わるかもしれない。

それは絶対にありえないことだとフェイトは思っている。

だが、そんなもしもの世界も悪くは無いなと思うのだった。

 

 

「オラオラテメエ! なんでこんなに金置いてやがる!」

 

 

フェイトとシモンが何気ない会話で盛り上がっていたら、広場から大きな声が聞こえてきた。

 

「この声・・・」

 

キタンの声だ。

 

「キタンだね・・・何かもめているみたいだね」

 

彼は番長喫茶に訪れた客と何かをもめているようだ。

お会計のためにお金を置いた生徒の胸倉をキタンが乱暴に掴み、掴まれた生徒は何が何だか分からずに怯えていた。

 

「えっ? だだ・・・だって・・・ココ・・・コーヒーは400円だって・・・」

 

怯える生徒に対し、キタンはぶっきらぼうに顔を横に背けて呟いた。

 

「馬鹿やろう! そりゃ~通常の価格での話だろうが! ・・・ダチには・・・ちっとぐらい・・・サービスさせろ」

「・・・えっ?」

「ああ~~~、うるせえ! とにかくだ、この100円はいらねえって言ってんだろ! ほら、さっさとうせやがれ!」

 

意外性のある斬新な喫茶店ということで、少々混雑しているようだ。

オープンカフェのように本校の敷地内に設置されたダイグレン学園番長喫茶のテリトリーには面白いもの見たさの野次馬までもが集まり、番町喫茶の番町の接客に皆が注目していた。

 

「あ、・・・ありがとうございます・・・・」

「へっ、小せえことは気にすんな。まっ・・・またいつでも遊びに来いよ」

 

立ち去る客に軽く手を上げて背を向けるキタン。その背中には、男の何かを感じさせた。

 

「「「「「「「「「「オオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」」」」」」

 

その瞬間、客や野次馬から歓声が上がった。

 

「きゃーーー、渋い!」

「なんだよ・・・番長かっけーじゃねえか!」

「こんなサービス初めて!」

 

普通は演技に見えるのだろうが、彼らダイグレン学園がもとからの不良ということもあり、この彼らの接客がやけにリアリティーを客に感じさせた。

更に、普段は怖くて近づけない不良をこんな形で見ることができ、更には彼らの意外な一面などを接客を通じて知ることが出来、この番長喫茶を経て意外とダイグレン学園の高感度アップに繋がっているのだった。

そうとは知らずにダイグレン学園の生徒たちは接客に力を入れる。

 

「あん? 麻帆良の格闘団体と仲が悪いだ~?」

「そうなんすよ。カミナ番長。手を貸してくんないすか?」

「馬鹿やろう! テメエの喧嘩はテメエの手でケリをつけやがれ! テメエの喧嘩を肩代わりさせるヤツはダチなんかじゃねえ!」

「そんな~・・・・」

「へっ、上を向け。言ったとおり手はかさねえ。だが、そいつが終わったらいつでも言いな。貸さなかった代わりに、何か奢ってやらァ!」

 

そして全員ノリノリで、その言葉がワザとらしくなく・・・

 

「ほら、気合入れて食べなさい! あんたみたいにナヨナヨした男じゃ、そっちの彼女を守ることはできないわよ?」

「う・・・うぐ・・・ヨ、ヨーコ番長・・・」

「か、彼女って・・・そんな~・・・ちょっと照れちゃいます」

「はいはい、ご馳走様。ホラ彼氏も、値段サービスするから、黙って食べる! いーい? 女の子はね・・・好きな人の前でぐらいお姫様になりたいときもあるのよ。だから男はしっかり守ってやんなさいよ?」

「あの~、ヨーコ番長もそういう時があるんですか?」

「私? 無い無い! 私はね、守ってもらうよりは好きな男の人と肩を並べて一緒に戦いたいぐらいだわ。か弱い乙女なんて嫌だからね。でも・・・そうね・・・そんな私みたいな可愛くない女でも守ってくれる男には・・・ちょっとぐらい・・・ねえ?」

「ええ!? ヨーコ番長はとても綺麗ですよ? お化粧とか教えましょうか?」

 

客として訪れた人たちも彼らの人間性に触れて、みるみるうちにこの空間に溶け込まれていた。

 

「すごいや・・・メニューの値段をワザと高く設定して、接客しながら正規の値段まで下げて、サービスをした振りをする作戦だったけど・・・」

「うん・・・好印象を受けているね・・・それにノリノリだね・・・」

 

意外と繁盛して、うまく機能している番長喫茶の状況を眺めて、シモンとフェイトは素直に感心した。

だが、感心していたのだがここにきて・・・

 

「番長喫茶? 何だ、このフザケタやかましい店は?」

「ケケケケ、ウケ狙イナ店ダナ」

 

超ゴスロリファッションに身を包んだ金髪幼女と不気味な人形が出現し・・・

 

「ふう・・・学園祭の飲み物巡りのつもりが、随分と珍妙な店です・・・ダイグレン学園? それはネギ先生の・・・」

「さて、ようやく入った休み時間と思って来たが・・・ふむ・・・中々面白そうな・・・」

 

幼女に続いて珍妙な客が二人して同時に現われた。

 

「ん・・・貴様ら・・・」

「あっ、エヴァンジェリンさん・・・それに龍宮さん・・・」

「エヴァンジェリンに綾瀬か・・・偶然だな」

 

エヴァンジェリン、綾瀬夕映、龍宮真名、ネギの生徒3-Aの生徒の3人。とりたててこの3人に接点は無い。

接点は無いが偶然同じ瞬間に店の前に現われたため・・・

 

 

「おうおう、数集めりゃいいってものじゃねえぞ! だが、どれだけやるのか見てやらァ! おらァ、とっとと座りやがれ!」

 

「「「・・・?」」」

 

 

三人組の客と勘違いされ、普段クラスでも集うことの無い3人組まとめてテーブルに着けさせられるのだった。

 

「何だ・・・随分とこの私に偉そうだな・・・」

「そういう趣向なんだろ、エヴァンジェリン。まあ、一々文句を言ってやるな」

「まるでやかましいチンピラのようです・・・」

 

やけにクールな客だなと、新規の客をシモンが眺めていると、横に居るフェイトが顔を逸らしていた。

 

「フェイト?」

「何でも・・・(闇の福音に僕のことがバレたらややこしくなりそうだ・・・)」

 

エヴァンジェリンにバレぬように顔を隠しているフェイトだが、フェイトはまだ知らなかった。

ややこしいことなど、なるに決まっているということを。

 

「はっはっはっはっはっは、チビにガングロにデコか・・・随分とキャラに富んだ奴らが乗り込んできたじゃねえか!」

 

この珍妙な三人組の接客に着いた番長はカミナ。

 

「チビ?」

「ガ、ガングロ・・・」

「デ・・・デコ・・・・・・・」

 

既にややこしくなりそうな匂いが漂っている。

 

「何だ~、つまらねえツラしやがって、もちっと楽しそうにしやがれ!」

「・・・・・・・・・きさま!」

 

それはカミナが何気なく笑いながらエヴァンジェリンの頭をクシャクシャ撫でた瞬間に起こった。

 

「なっ!?」

「失せろ・・・・・」

 

龍宮に夕映は「あちゃ~」という顔をしているがもう遅い。

撫でられた腕を掴み取ったエヴァは、そのままカミナをぶん投げた。

 

「うおおおお!?」

「ア、 アニキ!?」

「カミナ!?」

 

ぶん投げられたカミナが他のテーブルに激突したりして大きな音を立てた。

対してぶん投げた張本人のエヴァは優雅に飲み物を飲みながら一言・・・

 

「カスが・・・私に気安く触れるな。私の頭を撫でていいのはこの世でただ一人・・・・って、ブホオオ!? 何だこの飲み物は!?」

 

かっこ良く決まらなかった。

一睨みしてクールに飲み物を飲もうとした瞬間、エヴァは飲んでいるものを盛大に噴出した。

コーヒーか紅茶かそのような類のものだと思って目の前にあったカップの中身を確認せずに飲んでしまったエヴァは、予想とはまるで違う味や匂いや刺激が口の中に広がり、思わず噴出した。

噴出したものが自分の可愛らしいファッションに染み付いた。

かかった物体にエヴァが静かにプルプル震えていると、ぶん投げられたカミナは無傷で立ち上がり、盛大に笑った。

 

「はっはっはっは! 見たか! これが時間差カウンターアタック! 男の飲み物、ニンニクカレーだ!」

「カ・・・カレーだと・・・って、アホかァ! 飲み物でカレーを出すアホが居るかァ! どーしてくれる! 私のお気に入りの服がカレーで染み付いてしまったぞ! 匂いもついてしまったぞ!? しかもニンニクだとォ!? よりによって私が一番苦手のものを!?」

「へっ、体が小せえからって小せえことは気にすんな。身についた染みは勲章だと思え! 苦手は克服してなんぼだろうが!」

「アホかァ! 親指突き立ててうまい台詞を言ったつもりかァ!? 大体カレーの染みを勲章などと死んでも思えるかァ!!」

 

思わぬ攻撃にダメージを受けたエヴァは気品も誇りも感じられぬ、ただのやかましい子供のようにギャーギャーと叫ぶ。

 

「ほう・・・あのエヴァンジェリンを一瞬で乱すとは・・・」

「これがダイグレン学園・・・ネギ先生はこんなところに押し込まれていたですか? ・・・・っ、はっ!?」

「ん? どうした綾瀬、急に顔を隠したりなどして・・・誰か知り合いでも・・・・ふむ・・・なるほど」

 

ダイグレン学園に呆れていたところで、夕映は誰かの存在に気づき、思わず顔を隠した。

龍宮はその視線の先を思わず見ると、そこには初々しい雰囲気を出す二人の若き男女が入店してきた。

 



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第24話 馬に蹴られても恋を応援するぜ

「ここがネギ先生が担当しているダイグレン学園の方の居るところなんですね?」

「はい。・・・でも、のどかさん、本当に入るんですか?」

「はい。私もネギ先生が今一緒に過ごしている人たちを知りたいですから・・・」

 

その二人の会話が耳に入った瞬間、ダイグレン学園の生徒たちはハッとなった。

 

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」

 

彼らは『ネギ』『のどか』この二つのキーワードを聴いた瞬間、カミナが一番近くに居たエヴァたちのテーブルの陰に隠れて集合した。

 

「皆さん・・・どうしたですか?」

「おい、そこの青い頭の男! 話はまだ・・・」

「うるせえ! ちっと黙ってろ!」

「なっ!? 貴様ああああ!! むっ・・・あれは坊や? ふん・・・最近修行の時間が減っているかと思えば、のん気にデートか? これはどうするべきか・・・」

 

ネギに気づいたエヴァが意地の悪い顔を浮かべて近づこうとするが・・・

 

「うりゃ」

「ぐほっ・・・キサマァ! 人の襟をつかむなァ!」

 

二人の邪魔をしようと歩き出そうとしたエヴァの首根っこをカミナ達が引っ張って止めた。彼女の正体を知らないとはいえ、なんとも恐ろしい所業。

そしてエヴァをテーブルの影に連れて行き、カミナ達は小声で訪ねる。

 

「おい、チビジャリ、あれがまさか宮崎のどかって女か?」

「だ、・・・誰が!? だが、確かに奴は宮崎のどかだが、それがどうした!?」

「なるほどね~・・・あの子が・・・」

 

カミナやヨーコたちはテーブルの下に隠れて目を光らせている。

もっとも全然隠れられていなくて不自然なために他の客たちも注目しているのだが、知ったことではない。

彼らは入店したネギとのどかの二人に注目した。

 

「先公が告られた・・・あれが噂の宮崎のどかかよ・・・」

「なるほど・・・デートってわけか・・・」

「おお・・・写真で見るよかメチャクチャ可愛いじゃねえか」

「ありゃ~、将来性バッチリじゃねえか。彼女というより嫁さんにしたいタイプだ・・・」

「おまけに従順そうね~・・・男が弱そうなタイプね・・・」

 

以前ネギから根掘り葉掘り聞き出した、ネギに告白した生徒宮崎のどかの出現に、大して示し合わせたわけでもないのに彼らは客をほったらかしにして一斉に集合して談義に入った。

 

「あの~・・・あなたたち・・・」

 

担任と親友のデートを何だか怪しい目で観察しているカミナたちに嫌な予感がする夕映だが、その予感は的中。

 

「へっ、俺らが忙しいときに何をのん気なと言いてえところだが・・・」

「おうよ! 恋と愛が絡むのであれば話は別よォ」

「あの子には追試で借りがあるしね・・・」

「ふふふ、私たちで子供先生の恋を・・・」

 

ああ・・・やはり黙って見守るという選択肢など彼らには無い。

 

 

「「「「「「「「「「全力で応援しよう!!」」」」」」」」」」

 

 

最強の応援団がネギとのどかに襲い掛かるのだった。

 

「ちょ・・・ちょっときんちょーしますね・・・」

「そ、そうだ。何か頼みましょうよ。多分皆さんのことだから、面白いメニューがいっぱいあるはずです」

 

テーブルで向き合う二人は、互いに緊張しているのか顔が赤く、初々しい感じマックスである。

 

(あう~・・・せっかくの先生とのデートなのに何を話せばいいのか分からないよ~)

(う~っ、緊張してきた・・・・でもいいのかな~、何かカミナさんたちに知られたら恥ずかしいことになりそうだけど・・・)

 

照れ隠しなのか、会話を弾ませるためなのか、ネギがそそくさとメニューを取り出して眺めようとする。

しかしそんなネギから、店員はなんとメニューを奪い取った。

 

「おお~~っと、ボウズ!」

「あっ、キタンさん・・・」

「キタンさんじゃねえ! キタン番長だ! それよりだ、女を連れてきておいて、何をメニューなんか眺めてやがる!」

「えっ?」

「メニュー見てる暇があったら、目の前の女を見てろ! 注文考えてる暇があったら、目の前の女のことを考えろ! 女の前で他の事に気を取られるやつは、なっちゃいねえぜ! 初めて入る店だろうと男なら堂々と、いつものヤツって一言店員に告げればいいんだよ!」

「ちょちょっ!?」

「テメエの男・・・見せてもらうぜ!」

 

メニューを突然奪って男らしい台詞を残して立ち去るキタン。

 

(え・・・ええ~~!? そういう接客なのかな? 学園祭期間中は3-Aの方にも顔を出してたからあまり詳しく知らないんだよな~・・・・)

 

ネギはしばし呆然としていた。

 

「あ・・・その・・・これって接客の一種でしょうか? か、変わった接客ですね」

「あっ、はい。も~、キタンさんたちは~」

 

のどかも反応に困ったが、直ぐに笑った。

 

「ふむ・・・緊張は少しほぐれた様ね・・・」

「ここで第二段階発動だ・・・バチョーン・・・頼んだぜ」

 

デートの様子を監視するカミナ達は、ほのぼのとした二人のテーブルに、新たな刺客を送り込んだ。

 

「おうおう、見せ付けてくれてんじゃねえかよボウズ!」

 

・・・いつの時代のヤンキーだ? と思わせる口調でまた別の者が絡んできた。

 

「バチョーンさん?」

「バチョーンさんだァ? 馴れ馴れしいと言いたいが・・・男に用はねえ。用があるのは、そっちの別嬪さんよ」

「えっ・・・・わ、私ですか?」

 

そしてバチョーンは強引にのどかの腕を取った。

 

「な~、こんなモヤシみてえな小僧と一緒にいねえで、俺と一緒に遊ばねえか?」

「ちょっ・・・ちょちょ・・・い、いた・・・ちょっと放してください!」

「楽しませてやるぜ?」

「バチョーさん! 何を!? ・・・・・・・・・・・・ん?」

 

いきなり何をするのかと立ち上がるネギ。するとのどかからは見えない角度で、カミナたちが後ろでカンペを掲げている。

ネギに向かって「フリでいいから、殴れ」と。掲げている。

 

「あ・・・・あれ?」

 

気づけばバチョーンもチラチラネギを見ながら口パクで「殴れ」と言っている。

 

「・・・・・・・・・・・え・・・え~~い」

 

とりあえずわけがわからないが、言われたとおりにネギはへなへなパンチをバチョーンにぶつける。

流石に本気で殴るわけにもいかず、子供のへなへなパンチだが、それが腹に当たったバチョーンは不自然なほどぶッ飛び、あろうことか2転3回転して転がった。

 

「ぐわああああ、やーらーれーたー。畜生・・・覚えてやがれ!」

「・・・・・・へ?」

「ネギ・・・・先生?」

 

もはや三文芝居も良いところ。バチョーンは滅茶苦茶下手な演技で走って逃げだした。

しかし、のどかはネギに助けられたと思って、頬が赤い。

そして、ここで勝負に出るべく、カミナ達は次の作戦を発動する。

カンペで・・・

 

「え~っと・・・僕ののどかには指一本触れさせない? ・・・って、何ですかそれはァ!?」

「え・・・えええええッ!? ネネネネ、ネギ先生ッ!? ・・・・って・・・えっ?」

 

ネギがびしっと指さして後ろに居るカミナ達にツッコミ入れた瞬間、のどかもカンぺに気づいた。

カミナが掲げたカンぺ、更に隣ではキタンまでもが興奮しながらカンぺを掲げている。

 

「え~っと・・・そこでキスしてセリフ? お礼は10倍返しで頂きました? え・・・ええええええええッ!?」

 

のどかはその文章を口に出して読み上げた瞬間、顔から煙を噴きだした。

 

「畜生、ばれちまったじゃねえか!」

「俺たちの完ぺきなシナリオが!?」

「どこが完ぺきだ!? あんなもの猿芝居もいいところではないかッ!? あんなものでカップルを作れると思ったのか!?」

 

やらせがバレたことに悔しがるカミナ達に、エヴァが思わずツッコミを入れてしまう。

まあ、もはや最初からバレバレも良いところなのだが、ここで思わぬ出来事が起こる。

 

(え~・・・え~っとキキ・・・キスしろとか・・・こういう展開とか・・・この人たち私とネギ先生をくっつけようとしているの? 何で? こ、この人たちダイグレン学園の不良なのに・・・で、でも・・・こんなに気を使われたら・・・やややっぱり・・・へう~~、したほうが・・・いいのかな~?)

 

混乱したのどかは、ダイグレン学園の思いを感じ取った。

ムードもへったくれも無いのだが、その心づかいが身に沁みた。

 

(ネ、ネギ先生は困っているけど・・・私の方が年上だからリ・・・リードした方が・・・それに他のお客さんもそわそわしながらこっちを見てるし・・・こういうのって、空気を読んだ方がいいのかな~)

 

ネギはあたふたしているため、これ以上先は望めない。

更に他の席についている客たちも、この最強の三文芝居に呆れつつも、ネギとのどかがどういう行動を起こすのか、期待した眼差しでチラチラ見ている。

だからこそ、のどかは決心し・・・

 

「ネ・・・・ネギ先生!」

「あわわわ・・・えっ・・・はっ、はい!」

 

その瞬間、ネギの頬にチュッと音を立てて、のどかの唇がほんの少しだけ触れた。

 

「ッ!?」

「「「「「「「「「「d8さsん29fッ!?」」」」」」」」」」

 

のどかの予想外の行動に全員が言葉にならなかった。

 

キスだった。

チッスだった。

ほっぺにチュウだった。

そして突然とんでもない行動を起こしたのどかは、顔を赤らめながら「えへへ」と笑った。

 

 

「えっと・・・10倍返しは少し大きすぎるので・・・その~、お礼は5倍ぐらいにして返しました・・・・」

「・・・へっ?」

「た・・・助けてくれてありがとうございます。ネギ先生」

 

その瞬間・・・・

 

 

 

「「「「「「「「「「キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」」」」」」」」」」

 

 

 

きゃーきゃー、ぎゃーぎゃー、うおおおお、っと、学園に響き渡るぐらいの大声が発生した。

 

 

「えっ? あれ、いいの!? あんなのアリなの!?」

「すごい、素敵!」

「あの、いくら払えばああいうカップル専用のシチュエーション接客を受けられるんですか!?」

 

「あ、後で憧れてる先輩と一緒にもう一度来るので、あの接客を私にもお願いします!!」

 

カミナ達のネギとのどかのくっつけ大作戦が、のどかの大胆な行動でとんでもない展開になり、一部始終を見ていた客や野次馬もこぞって興奮し、挙句の果てに自分たちにも先ほどの不良が絡んで男が女を守るというシチュエーションを注文してきたりもした。

 

「うまく・・・いったよ・・・おい・・・」

「すごいわね・・・あの子・・・・」

「へっ・・・・終わりよければ全て良しよ!!」

「あんな・・・フザケタベタベタな展開が・・・・」

 

想像とは違うが何か成功してしまい、キタンたち自身も驚いていた。エヴァも口を開けて驚いている。

 

「・・・・・・・すごいな・・・・っで、綾瀬・・・どうした?」

「い、いえ・・・のどかの勇気を褒めたいのですが・・・その・・・」

 

苦笑せざるをえない龍宮に、その近くでは少し切なそうに夕映が二人を眺めている。

だが、番長喫茶の興奮は収まらない。

普通喫茶店と言えばのどかで静かで落ち着いた場所というイメージだが、そこに何の隔たりも無く彼らはこの幼いカップルに興奮していた。

 

「もお、何なのよ~、すごいことになってんじゃない!」

「うふふふ、見たで~、のどかはホンマにすごいえ~」

「はい、宮崎さんの勇気にはいつも感服します」

 

この騒ぎの中、二人に微笑みながらアスナと木乃香と刹那が番長喫茶に顔を出した。

 

「あれ・・・君たちは・・・」

「こんにちは~、シモンさんもフェイト君も、大変そうやな~」

「ほんとーよ。ネギが番長喫茶をシモンさんたちがやるって言ってた時、どんなものかと思ったけど、凄い面白そうね」

 

アスナたちは興奮の渦から少し離れた場所で眺めていたシモンとフェイトの所に歩み寄った。

 

「ベタベタだけど、ああいうのを実際にやられると、結構見ていて面白いわね」

「シモンさんとフェイト君はヤンキーの姿にならんの?」

「ふん、冗談じゃない。僕のキャラじゃない・・・・まあ、それよりせっかく来たんだから座れば?」

「うん、男料理に男飲み物ってのがあるけど・・・三人には普通のコーヒーが良いかな?」

「はい、あまりパンチが効きすぎるのは怖いので、それでお願いします。この後も仕事がありますので・・・」

「じゃあ、フェイト、コーヒー頼むよ。フェイトが出すコーヒーは本当においしいんだよ?」

 

もはや店内は収拾がつかない状態なため、アスナたちの接客はシモンとフェイトがする。

 

「へ~、あんたってコーヒーうまく出せるんだ~」

「さあ? お姫様のお口に合えば良いけどね」

「もう、お姫様って何よ~!」

 

まあ、三人はついでに寄っただけだし、この光景を見ているだけで楽しいだろうから、ウケ狙いの料理や飲み物はやめて普通の飲み物を出すことにし、フェイトがコーヒーを取りに厨房へ向かう。

 

「・・・・・・・・・」

 

その後ろ姿を刹那は苦笑し、思わず声を掛けた。

 

「フェイト・アーウェルンクス」

「・・・・何だい、桜咲刹那」

 

足を止めて振り返るフェイト。

そんな彼に向って刹那は言う。

 

「変わったな・・・・」

「・・・何?」

「無表情のようで・・・お前は人間臭さを感じる・・・最初に京都で会った時は感じられなかったが、それはシモンさんたちのおかげか?」

 

フェイトは変わった。

 

(僕が変わった・・・か・・・人にそう思われるようなら僕もおしまいだな・・・)

 

そう告げる刹那に対し、フェイトはプイッと顔を背けた。

 

(だけど・・・本当に変わったというのなら・・・やはり・・・)

 

背を向けたまま、少し考えてフェイトはボソッと呟く。

 

「まあ・・・・小さいことなら・・・どうでも良くなるからね・・・ここに居ると・・・」

 

ボソッとつぶやいた言葉だが、ハッキリと刹那にもアスナにも聞こえた。

 

「ああ、私もその気持ちは分かる!」

「へへ、何よ~、あんたもそういうところあんのね♪」

 

何だかうれしくなって、刹那もアスナも笑った。

 

「でも、あんたみたいな奴をそんな風にしちゃうだなんて、最初は驚いたけど、あの人たちを見ていると・・・・ねえ?」

「はい・・・」

「せやな~」

 

アスナたちは視線をそらして、未だに興奮のさなかに居る渦の中心を見る。

 

「はい、こちらがお二人への特別メニュー・・・ラブフェスタよ。二人で飲んでね♪」

 

キヨウがウインクしながらネギとのどかのテーブルに一つのドリンクを置いた。

そのドリンクは一つ。

 

「「ス、ストローが!?」」

 

だが、飲み口は二つ。

ハートマークの形で弧を描いたストローが入っていた。

 

「ちょっ・・・あんな可愛らしい飲み物があるのか!? 私にはニンニクカレーを飲ませておいて、この差は何だ!?」

「まあ、落ち着きな。カレーが嫌なら、あとでカルビ丼でも食わせてやるからよ」

「喧嘩売ってるのか貴様らァ!!」

 

興味のない人間以外には興味の持たない、あのエヴァンジェリンですら今ではただのわがままで小うるさい子供のように騒いでいる。

 

「エヴァちゃんですら何か敵いそうもないし・・・ネギの奴、よくダイグレン学園で教師なんて出来たわね~。エネルギーがいくらあっても足りないでしょ?」

「そうでもないよ。先生は普通の先生には出来ないことをやっている。俺たちだって、何度も先生に心を動かされた。良い先生だよ・・・先生は」

 

麻帆良ダイグレン学園。

ネギが研修で行くことにならなければ、アスナたちも一生関わることは無いだろうと思っていた。

それだけ評判や噂が絶えない。

だが、実際にこうして接してみると、確かに彼らは不良だが温かさがある。

想像とは全く違う彼らの温かさに触れ、アスナたちも今ではシモンたちと関わることをまったく嫌なことだと思っていなかったのだった。

 

(もっと・・・みんながシモンさんたちのこと知ってくれればいいのにな~)

 

もっと皆がダイグレン学園の人たちのことを知ったら、この学園の雰囲気がもっと変わるのではないかとアスナは感じた。

実際に会って関わって見れば、こんなに面白い人たちなのにと、残念に思った。

だが、アスナのその密かな想いは・・・

 

「ん? お客さんだ。新しい人かな?」

 

思いもよらぬ形で叶うことになるのだった。

 

「・・・・・・・ッ!?」

 

麻帆良学園全土が、麻帆良ダイグレン学園のことを知る。

 

「シモンさん、どうしたの?」

「あのお客さんがどうかしたん?」

 

喫茶店に一人の男が入ってきた。

スーツ姿の髭ヅラの男で、頭髪は無い。

そのガタイはプロレスラーを思わせるほど筋肉隆々で、身に纏うオーラが一瞬で番長喫茶内を包み込んだ。

 

 

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」

 

 

その威圧感に触れた瞬間、誰もが表情を変えて、言葉を失った。

客は何事かと呆然とし・・・

 

「あ・・・あの野郎・・・」

「な・・・どういうことだよ・・・・」

「なんで・・・ここに居んのよ・・・」

 

カミナ達はまるで仇を見るかのような目つきで男を睨み。

 

「むっ・・・・あれは・・・・」

「あの男は確か・・・・」

 

龍宮やエヴァも、現れた男を見た瞬間、真剣な表情になった

一気に静寂漂い無音と化す番長喫茶。

現れた男はキョロキョロと店内を見渡しながら、一つのイスに腰掛けて、カミナ達を見る。

この男は何だ?

何をするつもりだ?

男の正体を知らぬものたちは皆男が何をしでかすのかを、恐る恐る様子を窺う。

そして彼が息をのんで待ち続ける中、とうとう男は口を開く。

 

 

「・・・娘が・・・プリクラを一緒に撮ってくれん」

 

「「「「「「「「「「当たりめえだ!!!!」」」」」」」」」」

 

「冗談だ」

 



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第25話 力で示すぜ己の愛を

いきなり冗談から始まって、場の空気が壊れた。

だが、これでようやく遠慮はいらないとばかりに、カミナやヨーコ達は男に食ってかかる。

 

「おい・・・ハゲの親父・・・ニアは・・・家庭の事情で家に帰ったって聞いたぞ? それで何でテメエがここに居る?」

「ねえ・・・・ニアは・・・・あんた・・・どういうことなのよ?」

 

バンと勢いよくテーブルを叩くカミナ達は、イスに座る男をグルッと囲んで睨む。

その瞳は演技ではない。

本気の敵意を剥きだした目だ。

 

「あ・・・あの・・・あの人は?」

 

一体何事かとアスナが慌てると、シモンは震える唇で呟いた。

 

「ロージェノム・・・・ニアの・・・お父さんだ・・・」

「ええええええええええええええええッ!? ニアさんのお父さんッ!?」

「ぜ、全然似てない・・・・」

「そ、そうや・・・今気づいたんやけど、ニアさんはどこに居るん?」

「・・・それは・・・・」

 

シモンは無言になってロージェノムを睨む。

 

(どういうことだ? ニアは・・・ニアは家庭の事情だって・・・なのになんでロージェノムがここに・・・)

 

いや、本当はもう分かっているのかもしれない。

ロージェノムがこの場に現れたことが全ての答えになっている。

シモンもカミナ達もようやく全てに気づいた。

そしてその考えが間違っていないと証明するように・・・

 

 

「今日来たのは他でもない。ニアの退学届を提出しに来ただけだ」

 

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」

 

 

全てが繋がった。

 

「お、お前がニアを連れて行ったのか!?」

 

誰よりも反応したのはシモンだ。

アスナやネギたちは、今まで聞いたことも見たことも無いほどのシモンの怒鳴り声と怒りに満ちた表情を見た。

そしてシモンはそのまま走りだして、ロージェノムの胸ぐらをつかんだ。

 

「どうしてだ! ニアは・・・ニアは自分でここに居たいと願ったんだ! お前に・・・お前にもいつかこの場所を認めてもらいたいっていつも言ってた! ここに居たニアはいつも笑ってた! なのに・・・何で・・・・何で無理やり連れて行った!!」

 

乱暴にロージェノムの胸倉を掴んで叫ぶシモン。その気持ちはカミナやヨーコ達も同じだ。

だが・・・

 

「自分の意思で・・・だと?」

「ッ!?」

「うぬぼれるなァ!!」

 

鈍い音が響いた。

ロージェノムの大きな右拳がシモンの顔面を容赦なく殴り飛ばした。

 

「シモンッ!?」

「シモンさんッ!?」

「きゃ・・・きゃあああああ!?」

「ちょっ、あのおっさん何やってんのよ!?」

 

ネギやアスナたちも思わず立ち上がり殴り飛ばされたシモンの元へと駆け寄る。

 

「ふん、娘を傷物にされた父親の怒りの鉄拳だ」

 

カミナ達は今にもロージェノムに殴りかかりそうな勢いだ。だが、ロージェノムはそんな彼らに告げる。

 

「ニアが自分の意思でここに居た? 何を言う。ニアは自分の意思でワシの元に戻ると言った」

「なっ、うそついてんじゃねえよ!」

「そうよ・・・・ニアが・・・あの子が私たちと・・・何よりシモンのそばから離れるわけないじゃない!」

 

嘘に決まっている。そう叫ぶカミナ達だが、ロージェノムは小さく笑みを浮かべた。

 

「証拠はこれだ」

 

ロージェノムは胸ポケットから携帯電話を取り出し、ボタンを押した。その瞬間、録音されていたニアの声が流れた。

 

『お父様・・・私は・・・・お父様のもとへ帰ります・・・』

 

流れたのは間違いなくニアの声。聞き間違うはずはない。

 

「ほれ、なんならもう一度流してやろうか?」

 

不敵な笑みを浮かべるロージェノム。だが次の瞬間、カミナはテーブルを蹴り飛ばした。

 

「ざけんじゃねえ・・・どう聞いたってニアは泣いてんじゃねえかよ」

「何?」

 

カミナ達は見抜いていた。言葉の意味ではない。ニアの気持ちを。

 

「そうよ・・・泣いてんじゃない・・・つらくて・・・苦しくて・・・」

「テメエ・・・ニアちゃんに何て言ってそこまで追い詰めた!? 何でニアちゃんがこんなつらそうにしてんだよッ!?」

 

ヨーコ達は録音されたニアの声が、悔しさと悲しみの含んだ言葉だと直ぐに気づいた。

ロージェノムが無理やり言わせたとしか考えられないと詰め寄った。

ロージェノムは思わず舌打ちをした。

 

「ふん・・・くだらん・・・どちらにせよ、もはやこれは家庭の問題だ。ニアはもう貴様らの友でも何でもない。退学届も出した。もう貴様らと会うことは二度とない」

「ッ・・・テメエッ!! 何が退学届だよ! んな紙切れ一枚で切れるほど、俺らの絆は甘かねえんだよッ!」

「だったらワシを殴るか? その時点で貴様は退学になるがな・・・カミナよ」

「んだとッ!?」

「これまでは大目に見てやったが、今回はもうこれで終わりだ。本来のあるべき形に戻ってもらおう」

 

ロージェノムの言葉にカミナは退学を恐れずに殴りかかろうとする。

だが、その腕は小さな手によって止められた。

それはシモンだ。

 

「シモン・・・おめえ・・・」

 

殴り飛ばされたシモンだが、立ち上がり、頬を腫らせながらカミナの拳を止める。

そして、ロージェノムの前に立つ。

 

「ニアは・・・ニアはお前には渡さない・・・」

 

殴られてふっきれたのか、何の迷いも無くシモンは言った。

 

「渡さない? ふっ、それがニアの実の親に向かって言うセリフか? それにシモンだったな・・・本来キサマを一番憎んでいるワシが、今回を最後に大目に見てやるというのだ。学生のうちから不純な付き合いをしているお前など、本来直ぐに退学なのだぞ? それでも・・・貴様はワシにそんな口を叩くのか?」

「当たり前だ! 親だろうと何だろうと、ニアを悲しませる奴は、俺たちの敵だ!!」

「ふん、育ちが窺える。所詮はまともな教育や親の育てを受けていないからそうなるのだな・・・」

「なにッ!?」

 

親・・・その言葉を聞いた瞬間、アスナやネギも表情を変えた。

 

「ねえ、フェイト・・・シモンさんって・・・」

「ああ、僕も最近知ったけど、シモンは・・・いやカミナもそうだけど、彼らがまだ小さいころに両親は居なくなったらしい。公式的には死んだことになっている・・・まあ、どちらにせよ、彼らは幼い時から両親が居ない」

 

その話を聞いてアスナとネギは、シモンもカミナも自分と同じなのだと感じた。

 

(シモンさんとカミナさんも・・・・・・だけどあの人たちは・・・)

 

両親が居ない、それでも多くの人の支えがあったから両院が居なくても、こうして充実した日々を過ごしている。

だが、両親が居ないことでの悲しみや苦労は当然あった。

 

(ニアさんは・・・・・・この人は・・・・ッ!)

 

だからこそ、娘が居るロージェノムがそのようなことを言うのは我慢できなかった。

 

「あのッ!!」

 

ネギは叫んだ。

 

「む・・・」

「先生・・・・」

「先公・・・」

 

本来この件とは何も関係ないはずのネギが口を挟んだ。

 

「先生だと? そうか・・・キサマが例の10歳の教師か・・・ふん、麻帆良の学生に対する教育も底が知れるな・・・」

 

ネギを見た瞬間、ロージェノムは呆れたように笑った。

 

「ちょっ・・・さっきから・・・あんた・・・何なのよ!」

「アスナさん! 落ち着いてください!」

「で、でもこいつ・・・こいつムカつくわ!」

「それでもです! お願いです! 落ち着いてください!」

「・・・な・・・なんでよ・・・ネギ・・・・」

 

我慢の限界とばかりにアスナもロージェノムに殴りかかろうとするが、ネギは体を張って止める。

 

「ふん・・・それで、何の用かな、噂の天才少年よ」

 

ネギは静まり返るこの状況下で、ゆっくりとロージェノムの目の前まで歩み寄り、そして深々と頭を下げた。

 

「お願いします。もう一度ニアさんとシモンさんを会わせてあげてください! そして二人とちゃんと向き合ってあげてください。お願いします!」

 

ネギは小さな体を折り曲げて、小さな頭を深々と下げた。

だが、そんなネギの懇願をロージェノムは鼻であしらった。

 

「くだらん会わせる必要も向き合う必要もない。これは家庭の事情だ。一教員が口を挟む問題ではない」

「それでも!」

「いいか? 所詮ニアもワシから反発するためだけにこの学園に居たに過ぎん。名家の子には良くあること。親の敷いた道から逃れるためだけに居た逃げ場所に過ぎん。そうでなければこの学園にも、その小僧の傍にもこだわる理由が無い」

 

ロージェノムはまるでゴミを見るかのような目つきでカミナ達を見る。

 

「テ、テメエ・・・もう・・・」

「勘弁・・・・勘弁なら・・・」

 

我慢の限界だとカミナ達が飛びだそうとする。だが、彼らの誰かが飛びだすより前に、ネギは顔を上げてロージェノムを睨む。

 

「違います! 逃げ場所なんかではありません! この学園のことを、皆さんのことを、シモンさんのことをよく知りもしないで・・・僕の生徒を馬鹿にしないでください!!」 

 

ネギは泣きそうに目を潤ませながらも、強い口調でロージェノムに叫んだ。

 

「先生・・・」

「先公・・・」

「・・・ネギ・・・」

「ネギ先生・・・」

「・・・ネギ君」

「坊や・・・」

 

ネギの言葉に誰もが言葉を失った。

 

「僕も・・・最初は嫌でした・・・この学園に赴任した初日は嫌でした! 授業も出ないし、喧嘩もするし、人の話を全く聞かないし、不良だし、そんなダイグレン学園が嫌でした! でも、そんなの直ぐにふっとんじゃいました! まだちょっとしか居ませんけど・・・・今ではダイグレン学園は僕にとっても大好きな場所なんです!」

 

ロージェノムも、少しその気迫に押されて言葉を詰まらせた。

 

「みんな凄く熱くて・・・温かい人たちなんです! 小さな悩みなんて直ぐにどうでもよくさせてくれるような人たちなんです! そして、仲間を絶対に裏切らない、仲間を絶対に信じ抜く人たちなんです! ダイグレン学園は・・・そういう人たちの集まりなんです!」

 

ネギは言う。

 

「ニアさんもダイグレン学園が好きなんです! 皆さんのことが、シモンさんのことが大好きなんです! この学園は・・・シモンさんの傍は・・・ニアさんが自分の足で歩いて見つけ、その手で掴んだ居場所なんです! 」

 

ネギは泣いていた。涙を流しながら叫んでいた。

 

「あなたはニアさんのお父さんなんですよね!? だったら一度で良いです! 一度でも良いですから、せめてシモンさんとだけでも向き合ってください!・・・お父さんなら・・・お父さんなら! 自分の子供が好きになった人のことぐらい見てあげてください!!」

 

その言葉は、教師としてだけの言葉ではない。

 

「僕は・・・もし・・・お父さんに会うことが出来たら・・・・・・・・・・・・知って欲しいです」

 

シモンやカミナ達と同じ、親が居ない自分だからこそ、子を持つ親にはこうあって欲しいという想いが込められていた。

 

「好きな人が出来たら、大切な仲間たちが出来たら、お父さんに知って欲しいです! これが今の僕の居場所なんですって・・・これが今の僕なんだって、お父さんに知って欲しいです!!」

 

気づけばアスナたちも自然に目元が潤んできていた。ネギのどこまでも純粋な想いが、皆には痛いほど伝わっている。

 

「ニアさんだって口で言ってるだけで本心でこの場所から離れたわけではないはずです! それぐらい本当はあなただって分かっているはずです! ニアさんだって、本当はあなたにこの場所や皆さんを、シモンさんのことを知って欲しいはずです! あなたに見て欲しいはずです! あなたに認めて欲しいはずです!」

「・・・・小僧・・・・・・・」

「お願いします! これ程想い合う二人を・・・こんな形で引き裂かないであげてください!」

 

静かになった。

 

「・・・先生・・・・・・・」

 

ネギも夢中だったから、自分が何を言っていたのかは自分でも分からない。

ただ、その言葉を言い、聞いたものたちの心には何かが残った。

それは・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

言葉を失ったロージェノムも同じだった。

 

(居場所・・・・だと・・・・)

 

ロージェノムはニアの言葉を思い出す。そして今のネギの言葉をもう一度思い返す。

ここは、ニアの居場所なんだという言葉を思い返す。

 

(こいつらと・・・)

 

そしてシモンを見る。

 

(この男が?)

 

ロージェノムにとってはダイグレン学園の番長のカミナの舎弟程度の認識しかない。

自分の娘が好きになったなど、何かの間違いだと信じたかった。

だが・・・

 

(・・・ふっ・・・・ワシを睨みおって・・・・娘よ・・・お前はそこまでこの小僧のことを・・・)

 

シモンを見る。カミナの後ろにくっついているだけの男かと思えば、並のものなら萎縮してしまうであろう自分に対して堂々と向き合っている。

そしてそれはカミナやヨーコたちも同じ。たった一人のニアという自分の娘のために、真剣に怒っている目だ。

最後はネギ。教師だとか子供だとかは関係ない。その純真な言葉が自分の心の何かを揺るがした。

 

(父親なら・・・・か・・・・・・・・・ふん)

 

その時、ロージェノムが目を見開いて、シモンを見る。

 

「シモン・・・と言ったな・・・・」

 

全ての者の視線がシモンに集まった。

 

「ワシは言葉をどれだけ並べられても信用せん。大口叩くだけならば誰にでも出来る。だから・・・そこまで言うのであれば・・・」

 

ネギの言葉で動かされたロージェノムの最大の譲歩。

 

「力で語れ」

 

それはチャンスを与えること。

 

「ち・・・力?」

「そうだ、確か明日は武道大会があるそうだな? その大会の前座として、ワシと戦え!」

「ッ!?」

「その想いとやらを力に変えて、ワシからニアを奪ってみせることだな」

 

言葉ではない。もっとシンプルな決着のつけ方だ。

 

「武道大会は学園中に放映されるそうだな? キサマが無様に敗れ、恥をさらせばそれが全て流されるわけだ。それでもキサマは受けるか?」

 

威嚇するかのように更に威圧感を高めてシモンを睨むロージェノム。

ハッキリ言って素人の目から見ても分かる。

ロージェノムは、腕力という意味においては圧倒的に強い。

対するシモンはどう見ても普通の学生にしか見えない。

戦力差など見ただけで明らか・・・・

 

「当たり前だ。俺はその喧嘩を受けてやる!」

 

シモンは考える間もなくあっさりと承諾した。

 

「シ、シモンさん!?」

「ありがとう・・・先生・・・先生のお陰で道が開いた・・・・後は・・・俺がこの手でその道を必ず掴んでみせるッ!!」

 

シモンに迷いは無い。喧嘩だろうと何であろうと受けてやる。

 

「伝わった・・・先生の想い・・・その想いと共に・・・俺はやってやる!」

 

何のため? 決まっている。

 

(ニア・・・俺はまだお前に・・・言ってなかったことがある・・・・その事を今ほど後悔したことはない・・・だから・・・言う! いつもお前が俺に言ってくれた言葉・・・俺は照れて恥ずかしがって何も言ってやれなかった! だから今度こそ言う! そして・・・もう一つ・・・お前に言わなくちゃいけないことがある・・・それは・・・・)

 

全ては惚れた女を取り戻すためだ。

 

「俺はお前に勝って、必ずニアに言う! お前はここに居ていいんだと、何度だって言ってやるからな!!」

「・・・・ほう!」

「勝負だ、ロージェノム! 俺は必ずお前を乗り越えて、ニアと共に生きて行く!!」

 

その時、シモンの何かが変わった。

気迫、瞳、いや・・・うまく説明はできないだろう。

しかしネギやカミナにフェイトですら感じ取った。

そしてその何かが、変える。

何が? 何かをだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふふふふ、今年の学園祭はとても素敵な出来事が目白押しですね。10年も・・・いえ、20年も待った甲斐がありました。ですが・・・タイミングも逃しましたし、挨拶は明日にした方が良さそうですね」

 

 

番長喫茶の一部始終を眺めながら、魔法使いのようなローブを深々と被った男が笑みを浮かべていた。

 

 

「明日が楽しみですよ・・・アスナさん・・・ネギ君・・・何故か居る、アーウェルンクス・・・・・・・そしてシモン君・・・君にもです。早くニアさんを檻から解き放ち、二人でどこまで行ってください。私はその先で待っていますよ」

 

 

謎の男がただ、笑っていた。

 



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第26話 ゴチャゴチャ考えてんじゃねえ

全てを捨てでも、その人と共に生きていきたかった。

 

「どうしてこんなことになったの? 私はただ・・・シモンや皆さんと一緒にいたいだけなのに・・・」

 

薄暗い部屋。

その細い体では持て余すほど大きなキングサイズのベッドに顔を埋めながら、ニアは闇の中に居た。

 

「それは・・・私たちが子供だからです・・・・ニア・・・」

「子供は好きな人と一緒に居てはいけないというのですか、黒ニア!!」

 

一つの体に宿る二つの精神。

二つの性格は非常に違う。

ニアは天真爛漫の純粋な世間知らずのお嬢様。

対して黒ニアは、冷たい氷のような表情と、常にクールな思考で物事を判断し、どこか計算高い腹黒さもある。

だが、そんな二人だが、まったく同じ気持ちを持っている。

それは同じ場所を愛しく感じ、同じ仲間たちから温もりを感じ、そして同じ男を愛した。

だからこそ、ニアが悲しければ黒ニアも悲しいのだ。

 

「しかし・・・私たちが帰らなければ、お父様は間違いなくダイグレン学園を潰していました・・・」

「分かっています! お父様は本気だということを! 私がどれだけ力が無いということを・・・ごめんなさい、黒ニア・・・あなたにはとても悲しいことをさせてしまいました・・・・・」

「いいえ・・・・・・ただ・・・・彼らは・・・・私たちのことをどう思うのでしょう・・・・何も言わずに立ち去った我々を・・・」

「分かりません・・・でも・・・・でも・・・・結果的に私はお父様を怒らせ・・・シモンたちを失いました・・・これからどうすればいいのでしょう・・・」

 

二人のニアは会話することも出来る。

だが、精神世界でも二人の表情は浮かないままだった。

 

「そういえばお父様を怒らせた・・・不純イセイコウユウとはどういうものなのです?」

「えっ!?」

「黒ニアは、私の眠っている間にシモンとしたのでしょう? それって一体何なのですか?」

 

ニアの問いかけに精神世界で黒ニアは真っ赤になった。

 

「し・・・していません・・・未遂です」

「だから何をです?」

「ニア・・・あなた本当は分かっているでしょう・・・・」

「分かりません・・・それに、どうして黒ニアは私が知らない知識を持っているのです?」

「それはキヨウたちの話や・・・シモンの部屋に泊まったとき、彼が寝静まったのを機に彼の部屋を大捜査して見つけた資料などから・・・・」

「それはどういったものなのですか?」

 

箱入り娘らしさが際立っている。表の人格は本当に大事に育てられたのだと伺える。

 

「だ・・・ですから・・・男女の営みというか・・・その・・・ですからシモンのドリルをまずはギガドリルにして・・・私の・・・に・・・それを・・・ね・・・ねじ込んで・・・」

「それの一体何が悪いことなのですか?」

 

黒ニアは指を伸ばしたり手で妙な形をさせたりして、クールな彼女が珍しくしどろもどろに説明する。

しかしまったく伝わっている様子は無い。

 

(くっ・・・駄目です・・・ニアは本当にこのような知識が乏しい・・・全てはハゲのお父様の所為なのですね・・・だからあれほどアプローチしているのにシモンと一線を中々越えられなかったのですね・・・・)

 

そこで彼女は決心する。

 

(仕方ありません・・・ここは私がハッキリと教えましょう・・・)

 

黒ニアが意を決して、絶対に言ってはいけないキーワードを言おうとするが・・・

 

「よ・・・・要するに、・・・せっ「ニアさまァアァアァアァアァア!!!!」 ・・・・・」

 

部屋の扉が乱暴に開けられて、その声を阻まれた。

 

「それ以上先は言ってはなりません! お嬢様の発言で、ロージェノムフィルタリングにかかる用語は全て記録され、全てロージェノム様からお叱りを受けてしまいます!」

「・・・・・・・・・・ヴィラル・・・・」

「はっ、この不詳ヴィラル。ロージェノム様の命により、ニア様のごえ・・・・ふごおおおおおお!?」

「聞いていたのですね?」

 

部屋に乱入してきたヴィラルだが、速攻で黒ニアは蹴り飛ばした。

 

「いいですか? 私は同じ部屋にシモン以外の男性と二人で居ることを生理的に受け付けません。以後気をつけるように」

「ご・・・さ・・・流石・・・黒ニア様・・・・」

「それと先ほどのフィルタリングの話をもう少し詳しく教えてもらいましょうか?」

「い、いえ・・・それはニア様の教育上よろしくないということで・・・うおお、黒ニア様、踏みつけないでください!」

「早く全て教えなさい。アディーネがする以上の体罰を与えますよ?」

 

まるで家畜を見るかのような冷酷な瞳でヴィラルを射抜く黒ニア。このときの恐怖をヴィラルは生涯忘れないのであった。

 

「ぐはああああああッ!?」

 

少々グロテスクな場面のためにしばらくお待ちください・・・

 

「とと・・・とにかく・・・黒ニア様・・・とにかくお元気そうで何よりです」

 

全身包帯だらけでヴィラルは苦笑しながら告げる。僅かな間にヴィラルの身に何があったかは秘密だ。

 

「元気ではありません。呼吸などの人体の生命活動を行ううえでの支障が無いというだけです。酸素より重要なものを奪われて・・・どうして健康だと言えるのでしょう・・・」

 

明らかに表情を暗くさせる黒ニア。そんな彼女の目の前で、ヴィラルは額が床にこすり付けられるほどの土下座をした。

 

「・・・・・申し訳ありません・・・私ではロージェノム様の命令には逆らえず・・・ニア様と黒ニア様のお気持ちを考えると、この私・・・この身が切り刻まれるような思いでした! 真に・・・・申し訳ありませんでした!」

 

だが、もう遅い。今更もうどうにもならない。ヴィラルを責めても仕方ない。

黒ニアは優しくヴィラルの肩に手を置いた。

 

「安心しなさい・・・あなたの所為ではありません」

「く・・・黒ニアさま・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ところで本音は?」

「はっ、ロージェノム様は、私が中間で赤点を取った科目を追試ではなくレポートで補ってくださると・・・・ぶほおおッ!?」

「なるほど・・・単位欲しさにあなたは私を売ったというのですね?」

「おっ、お待ちくだ・・・・これは誤か・・・・ぬわああああああ!?」

 

またまたしばらくお待ちください・・・・・・・・

とにかく何だかんだで少しは元気になったニアなのだった。

 

「と、とにかく・・・それほどのお元気があるようならば心配は要りませんね」

 

再びボコボコにされたヴィラルだが、これまで死んだように閉じこもっていたニアも少しずつ元気になったのではないかと安堵する。

しかしその言葉を聞いた瞬間、黒ニアは目に見えるため息をつき、人形のような生気の無い目で呟いた。

 

「さあ、・・・どうでしょう・・・。シモンの居ない今日も明日も世界も私には何の魅力も感じません・・・死んでいるのと変わらない気もします・・・・・・」

「う、・・・・・・黒ニア様・・・そのような意地悪は・・・ふっ、ならばこれはどうでしょう! 私がテッペリン学院の中から選りすぐった男たちと合コンなd、ぶごごおおおおおおッ! も、申し訳ありません、冗談です!?」

「・・・・・・・滅ぼしますよ?」

 

生傷の絶えないヴィラルであった。

 

「ところでヴィラル・・・一体何の用なのです?」

「はっ・・・申し訳ありません。あまりの出来ごとに本来の目的を忘れておりました」

 

顔面を黒ニアに踏みつけられながら、ヴィラルは本来の目的をようやく思い出し、少し殊勝な顔つきになった。

 

「ご報告があります。ロージェノム様の命により、たった一度だけお嬢様に麻帆良学園にもう一度行ってもらいます」

「・・・・えっ?」

 

その瞬間、黒ニアの人格がニアになった。

 

「それでは、もう一度シモンや皆さんに会ってもよろしいのですか!?」

 

目に見えて嬉しそうにするニア。だが、ヴィラルは首を横に振る。

 

「いえ・・・おそらくこれが最後です」

「えっ?」

「ロージェノム様は、シモンと学園祭の武道大会の前座の試合で一騎打ちをします。その場で全ての禍根を断ち切るおつもりです」

「シモンとお父様がッ!?」

「はい。ロージェノム様の力はお嬢様も存じているでしょう。ハッキリ言ってシモンなどでは、勝敗は最初から明らかです」

 

一体どういう話の流れでそのようなことになったのか・・・

だが、父とシモンが戦うというのであれば、それがどのようなことになるのか容易に想像できる。

 

「そ・・・・んな・・・・・・・・・」

 

ニアは立つ力を失うほど呆然とし、そのままヘナヘナと床に腰を下ろした。

再び人格は黒ニアに変わる。

 

「父はシモンを許さないでしょう・・・シモンに対する恨みは異常なものがあります・・・・・・・公衆の面前でシモンを痛めつけるつもりですね・・・」

「恐らくは・・・」

「・・・何故・・・ああ・・・何故このようなことに・・・」

 

黒ニアはギリッと歯軋りする。

 

「何故・・・・私は・・・シモンを傷つけないために私たちは・・・・」

 

そして頭を抱えて、再びベッドに顔を埋めた。

 

「ああ・・・・どうしてそのようなことに・・・・・シモン・・・」

 

愛しい男の名を何度も呟く。

ただ、そんなニアの姿にヴィラルは納得がいかなかった。

 

「どうされたのです・・・いつものお嬢様ならこのようなときでも、シモンなら大丈夫と仰っているはずですよ?」

 

それはいつもいつもニアの奪還に向かっては、カミナやシモンたちに返り討ちにされたヴィラルだからこその言葉。

しかし、そう言われた瞬間、黒ニアがヴィラルを睨んだ。

 

「ヴィラル!!」

「ッ・・・・」

 

黒ニアが珍しく声を荒げた。

 

「・・・申し訳ありません・・・今は少し静かにしていてください・・・・」

 

今は誰の話しも聞きたくは無い。

 

(ああ・・・・・シモン・・・・どうすれば・・・)

 

とにかく今はシモンだ。

シモンのことが気がかりで仕方が無い。

まるで戦場へ子を送った母親のような心境で、黒ニアは顔を落とした。

だが・・・

 

「・・・・・・・・・・・・黒ニア様・・・・いえ・・・・お嬢様・・・・」

「ヴィラル・・・今は・・・」

「黙りません。まことに申し訳ありませんが、無礼を承知で申し上げます」

「えっ?」

 

だが、そんな黒ニアを見ていて、ヴィラルはとうとう拳を握って、口を開く。

 

 

「ごちゃごちゃほざいてないで、黙ってシモンを信じろ! いつから貴様らはそんな世間にありふれた軟弱なカップルに成り下がった!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?」

 

 

乱暴な口調で声を荒げるヴィラル。

黒ニアはあまりにも突然のことで、少し呆然としてしまった。

だが、それでも構わずにヴィラルは続ける。

 

 

「相手がどこの誰であろうと、あなたはシモンを信じ! それをシモンが応える! それがあなたたちの愛の形の夫婦合体ではなかったのですか? あなたがやつを信じないでどうするのです?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「私たちがどれほどお嬢様を取り戻そうとしても、シモンと共に乗り越えたのをお忘れですか! 奴は必ず壁を掘り抜けます。しかし、それはお嬢様の信じる気持ちがあってこそ! そうでなければ、奴との絆は本当に断たれてしまいますよ!?」

 

 

一頻り言いたいことを言った後、ヴィラルは一気に顔を青褪めさせた。

 

「・・・・・も・・・申し訳ありませんーーーー!? こ、この無礼は、せ、切腹してでもォ!?」

 

言って後悔したのか、直ぐに床に頭突きしながら何度も土下座するヴィラルだが、その気持ちは伝わった。

 

「・・・・・・・・・・・・当然です・・・・」

「・・・・えっ?」

 

黒ニアではなく、ニアが強い決意を秘めた目で立ち上がっていた。

 

「私はシモンを信じます。全力でシモンを信じます。それが私です。私を誰だと思っているんですか?」

「お嬢様・・・・・」

「ふふふ、黒ニアもそうでしょう?」

 

ようやく自分が何をすべきか思い出したニアはほほ笑み、忘れていた黒ニアは照れくさそうに顔をそっぽ向けた。

 

「なっ・・・・あ・・・・当たり前です」

 

だが、気持ちは再び一つになった。

 

「さあ、行きましょう、ヴィラル。シモンと・・・ダイグレン学園の皆さんの下へ!」

「ハイ! どこまでもお供いたします!」

 

立ち上がり、部屋から出ようとするニアはもう一度自分の部屋を見る。

薄暗く、広く、豪華な家具や骨董品などが置かれた部屋。

しかし最も欲しいものがこの部屋には無い。

一度手放しかけたが、もう二度と離さない。

ニアはヴィラルと、そして多くのSPに囲まれながら、愛する男の下へと向かったのだった。



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第27話 あがいてあがいてやれ

決戦の地、龍宮神社の境内に設置された『まほら武道会』の本戦会場には朝から大勢の客が賑わっている。

学園最強決定戦と銘打って行われる大会の規模や賞金金額は、今年の学園祭の目玉とも言える。

 

「おお、えっらい客が入ってやがる」

「まさか、前座とはいえ、シモンがこんな大舞台に立つことになるとはね~」

「ニアちゃん・・・この会場のどこかに居るのかな?」

「当たりめえだ。ニアがシモンを見なくてどうするってんだ」

 

最早立ち見が出るほど埋め尽くされている観客席の一角を陣とって、この大会の前座として出場するシモンの応援に駆けつけたダイグレン学園。

別に自分たちが戦うわけでもないのに、彼らはいつでも飛び出せるような目つきと、心の準備をして真剣な眼差しで、水面に浮かぶ武道会のリングを睨んでいる。

そうだ、実際に戦うのはシモンだが、彼らとて心の中では一緒に戦う。

頭の固い頑固親父に自分たちの存在を刻み込むためにも、そして何より自分たちの仲間を取り戻すためにも、心をシモンと一つにして戦うのである。

 

「おほほほほほほほ、ネギ先生の勇士を今日はこの雪広あやか、存分に見させていただきますわ!」

「ネギ君がんばれーーーッ!」

「クーフェー部長!」

 

会場は既に興奮気味で、それぞれ贔屓の選手への声援が絶えない。

彼らにとっては今から行われる前座の試合など、どうでもいいのだろう。

彼らの興味は武道大会本番のトーナメント戦だけだった。

だが、彼らにとっては興味の無い前座の試合でも、ダイグレン学園とシモンにとっては命懸けの戦い。

他の誰もが興味なくとも、カミナやキタンにヨーコたちは喉が潰れるまでシモンへ声援を送ると決めていたのだった。

既に会場の雰囲気が温まっている中、選手控え室のある部屋では出場選手たちがそれぞれの時間を過ごしていた。

その場に居るのは、今回武道大会本戦に出場するネギに小太郎、アスナや刹那、そして同じくネギの教え子である龍宮、クーフェイ、楓やエヴァンジェリンも居る。

他にはウォーミングアップをしている空手着の男や、悠然と腕を組んでいるサングラスの巨漢や、拳法着を着た濃い顔の男、そして極めつけに顔をフードで隠した二人組みの女に、顔をすっぽり隠したローブを身に纏ったいかにも怪しさ全開の人物だった。

そんな中で、シモンは部屋の隅で体育座りをして、精神を集中させていた。

深い深い精神の世界へと身を落とし、多くのものをその背中に背負っていた。

 

「しっかし、あの兄ちゃん気負いすぎやないか? アレでホンマに戦えるんか?」

 

遠めでシモンを見ながら小太郎が言った。

 

「う~ん・・・シモンさん緊張してるね・・・」

「そりゃ~そうでしょ? あんなプロレスラーみたいなゴツイおっさんと戦わなくちゃニアさんともう会えないんでしょ? 好きな人と二度と会えなくなるかもしれないなんて・・・色々考えちゃうわよ・・・」

「何かアドバイスでも出来ればいいのですが・・・」

 

ネギとアスナと刹那も、これから自分も戦うというのに部屋の隅にいるシモンのことばかりに気を取られている。

もしシモンが気の使い手だったり、魔法使いだったり、最低でも武術の心得さえあれば少しは力になれたりアドバイスもできたが、不良同士の喧嘩もろくに出来ない一般生徒のシモンにしてやれることなど思いつかなかった。

 

「ふ~む・・・見るからに弱そうアル」

「あの御仁が戦うわけでござるか・・・確かに見ていて頼りないでござるな」

 

クーフェと楓も柔軟をしながらもシモンのことを心配そうに見つめていた。

ネギの教え子たちや小太郎も、話だけはシモンの事情を聞いていた。

今日自分たちが出る大会の前座で、恋人のお父さんでもある筋肉隆々の男と戦うという簡単な事情だけだが、昨日の出来事を見ていなかったクーフェたちも知っていた。

しかし、肝心の戦うシモンが想像以上に頼りないのを見て、どうも心配になってきた。

だが、そんな心配に更に追い討ちをかけるように・・・

 

「まっ、無理だな」

「エヴァちゃん!?」

 

エヴァンジェリンが一言で駄目出しした。

 

「貴様らは知らんのだろうが、実はあのロージェノム・テッペリンという男は、テッペリン学院の理事長であると同時に、世界でも有名なテッペリン財団のトップであり、その昔は単身で戦時中の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を旅し、無事帰還したというほどの男だ」

 

腕組しながらサラッと言ったエヴァの言葉に、一番反応したのはネギだった。

 

「ええええええええええええええええええええッ!? じゃじゃ、じゃあ・・・ニアさんのお父さんって魔法使いなんですか!?」

「さあな。そこら辺は私も良く知らん。ただ言えるのは、そこそこ武も持っている男だということだ。つまり、あんなモヤシみたいな一般人が勝てるわけが無い」

 

突然明かされたロージェノムの武勇伝に取り乱すネギ。

一方でアスナたちは魔法世界というものを良く知らずに、どれだけ凄いのか分からないが、とにかく凄そうであるということだけは実感できた。

 

「ねえ・・・シモンさん・・・殺されたりしないよね?」

「・・・・なんせ・・・娘を傷物にしたって言われましたからね・・・」

 

ありえないと願いたいが、娘を傷物にされた父親の怒りを考えると、冗談ではすまない事が起こりうるかもしれないと思い、アスナたちもサーっとなった。

 

「大丈夫。最悪の事態になりそうな時は、僕が手を出すよ」

「タカミチッ!?」

「やあ、ネギ君。何かすごいことをしてしまったらしいね」

 

ウインクをしながらネギたちの話に入るタカミチ。どうやらタカミチもそれなりに今から始まる戦いに関心はあるようだ。

 

「うん・・・ねえ、タカミチ・・・僕・・・余計なことを言っちゃったのかな?」

「どうしてだい?」

「その・・・僕が余計なことを言わなければ、シモンさんがこんなことには・・・」

 

ネギは少し表情を落としてタカミチに問う。

シモンがこんなことになったのは自分の所為ではないかと少し自分を責めているようだった。

だが、タカミチはニッコリと笑い、首を横に振る。

 

「ネギ君が何を言ったのかは詳しく知らないよ。でも、自分で余計だと勝手に決め付けて黙ったままになってしまう教師はこの世にたくさん居る。僕は君に・・・まだその若さで黙ったままにはなって欲しくは無いな」

「でもシモンさんは・・・・」

「うん。でも、遅かれ早かれダイグレン学園の彼とロージェノム氏はこうなっていた。そしてその時はルールが決められたこの大会より凄惨になっていたかもしれない。僕はこれで良かったと思う」

 

もし、今回のことが無ければ、カミナやキタンたちと一緒にシモンはロージェノム家まで殴りこみに行っていたかもしれない。

そしてその時は、退学どころか警察沙汰やマスコミ沙汰になってもおかしくなかっただろう。

タカミチは、ネギのとった行動はそれを未然に防いだと判断していた。

だからこそ、生徒のために発言したネギの言葉は間違っていない、ネギに非は無いとタカミチは告げる。

 

「うん・・・そうよね・・・あのままだったら、カミナさんたちも何仕出かすか分からなかったしね」

「はい・・・そうですね」

 

それを聞いて、アスナたちも頷いていた。

そして・・・

 

「大体今更、言ってしまった言葉を一々悩んでも仕方ないだろう?」

 

ホッとしたネギの後ろには、いつの間にかフェイトが居た。

 

「フェイト!?」

「ッ、アーウェルンクス!?」

「なっ・・・貴様は・・・!」

 

突如現われたフェイトに、タカミチは途端に怖い顔をして両手をポケットに入れて構え、エヴァは面白そうだと笑みを浮かべた。

 

「何しに来たんだい?」

「おい、どうして貴様がここに?」

「ちょっ、高畑先生! そんな風に睨まないであげて! エヴァちゃんも! こいつって、実はそんなに悪いヤツじゃないのよ!」

「そうだよ、タカミチ! そしてマスターも。実はフェイトはあれからその色々あって・・・とにかくフェイトは今はこの学園の生徒なんだから、睨まないであげて!」

「私からもお願いします」

「ぬ・・・ぬう・・・確かにそうだけど・・・」

「生徒? おいおい・・・私の知らん間に面白いことになっているな」

 

フェイトに身構えるタカミチとエヴァだが、アスナとネギと刹那が割って入って二人をなだめる。

一方でフェイトはどこまでもクールに無表情のままだった。

 

「ったく、にしてもいきなりすぎよ~。あんた何しに来たの?」

「ああ、ここは大会出場者以外は来れんで? そーいや、お前が大会参加してへんのは残念やな」

 

フェイトに敵意も企みも無い。

 

「ふっ、腕相撲じゃあるまいし、こんな力比べの見世物に興味は無いよ、犬上小太郎。ただ、カミナたちに頼まれて代表でシモンに激励に来ただけだよ・・・だから高畑・T・タカミチも闇の福音も構えを解いてくれないか? 用事が済んだら帰るから」

 

フェイトはそう言ってネギたちに背を向け、部屋の隅にいるシモンの下へと歩み寄る。

シモンはネギたちの先ほどまでの騒ぎや、フェイトが目の前に居ることにも気づいていない様子だ。

ずっと黙ったまま、意識を集中させていた。

 

「シモン・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「シモン」

「・・・・えっ? フェイト? 何でここに居るんだよ?」

 

ようやくシモンが顔を上げた。

 

「やれやれ、大丈夫かい?」

「はは・・・応援に来てくれたのか? ありがとう」

 

フェイトに苦笑の笑みを浮かべるシモンだが、直ぐに表情を落とした。その姿にフェイトは少し眉をひそめる。

 

「昨日の威勢はどうしたんだい? そんな元気が無くて勝てる相手とも思えないけど・・・」

 

するとシモンは小さく頷き、今の心境を語り始めた。

 

「う、うん・・・昨日・・・家に帰るまではずっと気持ちが高鳴っていた・・・やってやる・・・絶対に勝ってやる・・・気合だ・・・気合だ・・・そう叫んでた。でも、朝になって目が覚めてから今日の事を考えた瞬間、冷静になっちゃったよ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「ロージェノムは・・・・・・・とんでもない奴だってね」

 

不安なのだ。

シモンはたまらなく不安なのだ。

何故ならシモンは今一人しか居ない。

リングに上がればカミナやヨーコもニアも居ない。

たった一人であの化物のような男と戦わなければならないのだ。

更に、試合のルールに引っかかるために得意のドリルも使えない。

 

「仲間も居ない・・・ニアも居ない・・・ドリルも使えない・・・ただのシモンになって俺は戦わなくちゃいけないんだ・・・」

 

フェイトが目を凝らすと、体育座りしているシモンの両手が若干震えていた。

 

「シモン・・・君は・・・」

 

たった一人で不安と戦っていたのだった。

そんなシモンにアドバイスできることなど、ネギやアスナたち同様に無いはず・・・

 

「いいじゃないか、ただのシモンで。だって君は君だろう?」

「・・・えっ?」

「ニアのために戦うために君はいるんだ。色々なことを背負わないで、彼女のことだけを考えて、彼女のためだけに戦えばそれでいいんじゃないか?」

 

それは自然と出た言葉だった。

 

「・・・フェイト・・・・」

 

シモンは目を丸くした。

 

「・・・・・フェイト・・・・」

「あいつ・・・・」

 

ネギやアスナ、タカミチたちですら目を丸くしていた。

そして言い終わった後で、フェイト自身もハッとなって口元を押さえた。

 

(何を言ってるんだ・・・僕は・・・なんでこんなことを・・・・・)

 

自分で自分の事が分からず、フェイトは少しうろたえてしまった。

だが一方で・・・

 

「俺は俺・・・ニアの事だけを考えて、ニアのためだけに戦う・・・か・・・」

 

シモンはどこかスッキリした顔になった。

 

「そう・・・だよな・・・だって俺はそのために今こうしてここに居るんだから」

 

フェイトの言葉、それは戦いの技術や戦術や心構えなどのアドバイスよりも、何よりも効果的なアドバイスとなった。

そうだ、ニアの事だけを考えてニアのためだけに戦え、これ以上分かりすい言葉は無い。

 

「分かったよ・・・フェイト・・・俺、分かったよ!!」

 

ようやく心の準備が整った。

シモンは立ち上がり、拳を握り締めてフェイトに向かって笑った。

 

「俺、やるよ! あのでっかい壁に風穴開けてニアをこの手に取り戻す!」

 

本気の眼差し。

卑屈でも無く、照れも無く、自然な笑顔だった。

 

「シモン・・・・」

 

自分の言葉がシモンを引っ張りあげた。

その実感が沸かないフェイトはまだ不思議そうにしたままだ。

 

(シモン・・・僕は・・・)

 

自分で自分が分からない。

今度はフェイトのほうが動揺してしまったぐらいだ。

だが、先ほどネギに言った、「今更言った言葉を一々悩んでも仕方ない」という言葉が、今になって自分に返ってきた。

 

(どうして僕の言葉を・・・君は・・・・)

 

フェイトは疑問に思う。

いや、本当は分かっている。

何故自分の言葉に心を動かすのかとシモンに問えば、きっとシモンはこう言うだろう「仲間だからだ」と。

 

(仲間・・・・か・・・)

 

動揺を悟られぬように、笑顔のシモンから少し顔を下に向けたまま、フェイトはシモンに尋ねる。

 

「ねえ、シモン・・・・聞きたい事があるんだけど、いいかい?」

「何だ?」

 

こんな質問に何の意味がある?

 

「もし・・・僕も・・・君の前から何も言わずに立ち去ったら・・・・・・君は力ずくで連れ戻しに来てくれるのかい?」

 

答えは分かりきっているのに。

 

「当たり前だ! 何も言わずに消えるなんて、俺は・・・俺たちは絶対に許さないからな!」

 

そして思ったとおりの答えが返ってきた。

しかし、フェイトは思ったとおりの答えが返ってきたというのに、どこか満足そうにした。

その時のフェイトの顔は、皆には笑顔のように見えた。

 

「シモン、応援している。君の想いを見せてくるんだ」

「ああ!!」

 

フェイトが拳を軽く伸ばし、シモンも拳を伸ばしてコツンとぶつけた。

気合が入った。

仲間からの想いをもらった。

後は自分次第だ。

シモンは前へと歩き出した。

その光景を見て、ネギもアスナたちもうれしそうに笑った。

タカミチも、要らない心配だったのかもしれないと苦笑した。

そして・・・・

 

「とても素晴らしい青春の一ページを見せていただきました。こんな未来を誰が予想したか・・・だからこそ人生は面白い」

 

フェイトとシモンの二人に拍手をしながら、顔をすっぽり隠したローブを身に纏った謎の人物が現われた。

 

「えっ?」

 

そしてあろうことかその人物は、シモンの目の前まで歩み寄り、両肩を力強く掴んだ。

 

「ちょちょ、いきなりなにすんだよ!?」

 

突然のことで掴まれた肩から手をなぎ払うシモン。しかしローブの人物はフードの下からニッコリとほほ笑んでいた。

 

「なっ・・・キサマ・・・まさか」

 

エヴァは明らかにその人物に対して驚きの表情を浮かべた。

 

「あっ・・・・・・あなた・・・は・・・」

「・・・・何故ここに・・・」

 

そしてタカミチも思わず口元のタバコをポロッと落とし、フェイトですら目を見開いていた。

 

「キサマ・・・いままで何処にいた!? お前のことも探したんだぞ!?」

「・・・・・たしかに・・・・・まあ、あなたが死んだなんてこれっぽっちも思っていませんでしたが・・・これでも心配していたんですよ」

「エヴァちゃん・・・高畑先生・・・この人は?」

 

二人の様子にネギも首を傾げる。

 

「あの・・・あなたは? タカミチやマスターの知り合いなんですか?」

「ふん、知ってるも何もこの男は・・・「コホン」」

 

エヴァの言葉に謎の人物が口を挟む。

 

 

「まあ、私にも色々ありました、しかしその話はまた今度ゆっくりということで・・・・・、とりあえず私の目的ですが・・・ふふふ、アーウェルンクスにエヴァンジェリンにタカミチ君・・・・・ネギ君・・・アスナさん・・・そしてシモン君。一同に会することが出来、非常に満足です」

 

「えっ、俺ッ!?」

 

「私もッ!?」

 

 

アスナも驚いた。

この謎の人物は何者なのかと、小太郎たちも怪しいものを見る目つきで身構えている。

とにかく分かるのは、エヴァやタカミチの反応を見る限り、只者ではないということだ。

そしてその男はぺこりとその場で一礼し、次はアスナの目の前まで近づき、優しくなでる。

 

 

「ちょっ、ちょっとイキナリ何するんですかー!?」

 

「ふふふ、驚きましたよアスナさん、人形のようだったあなたがこんな元気で活発な女の子に成長してしまうとは・・・、友人にも恵まれているようですし、ガトウがあなたをタカミチ君に託したのは正解でしたね」

 

 

柔らかに微笑う謎の人物。

 

「お・・おい、何故キサマが神楽坂明日菜を知っている!?」

「ふふふ、それは今しばらくヒ・ミ・ツということにしておきましょう」

「くっ・・・キサマは相変わらず~~~!」

 

歯軋りしながら謎の人物睨みつけるエヴァ、謎の人物はその視線を軽やかに交わしながら次はネギを見る。

 

「そしてネギ君、君にもアドバイスでもと思ったのですが、昨日のあなたを見る限りその必要も無くなりました。今の君はとても真っすぐだ」

「えっ?」

「ふふふ、君との話はもう少し後でゆっくりと・・・・問題はまずは君ですよ・・・シモン君」

 

謎の人物は一同を見渡した後、最終的には最初のシモンへと視線を戻した。

そして謎の人物は再びシモンの前まで歩み寄り、フードの下からニッコリとほほ笑んだ。

 

「こうして目の前で見ていても信じられません・・・ですが・・・ようやく出会うことが出来ましたね、シモン君」

「な、・・・なんなんだよいきなり・・・・お前は一体誰なんだ? 何で俺のことを知ってるんだ!」

 

シモンは不気味に感じた。

存在も、力も、全てにおいて掴みどころが分からぬ人物が、自分の全てを見透かしているかのような表情で見てくる。

その表情がシモンにはどこか落ち着かなかった。

すると謎の人物はあごに手を置いて、何かを考えるそぶりを見せる。

 

 

「一体誰・・・ですか・・・ふむ、私を知っている者たちが時代を経て居なくなっているとはいえ、面と向かって言われるとショックですね・・・・ですが、まあいいでしょう。私の名は・・・クウネル・サンダースとお呼びください」

 

「はあ?」

 

「何がクウネルだ、ふざけているのか?」

 

「どっからそんな名前を・・・」

 

「おやおや、エヴァンジェリン、タカミチ君、お気に召しませんでしたか? この名前は私が友人から教えてもらった非常にお気に入りな名前なのですが・・・・」

 

 

どこまで本気か分からない。シモンにも、当然ネギたちにも目の前のクウネルという人物が分からなかった。

だが、わけがわからなく困り気味のシモンやネギたちの反応を満足そうに笑いながら、クウネルはシモンと向き合う。

 

「さて、シモン君。愛するニアさんを失い大変そうですね。しかし、今のままではあのロージェノムと戦っても数秒も持ちません」

 

良く分からない人物。だが、今の言葉の意味は分かった。

 

「な、なんだよあんたは!? 一体誰なんだ! そんなこと、やってみなくちゃ分からないじゃないか!」

 

勝ち目がないと言われてシモンは言い返す。するとクウネルはその通りだと頷いた。

 

 

「その通りです。ですが勇猛に叫ぶだけではどうにもできないこともあります。だからこそ、あなたに忘れないでいて欲しいことがあるために、私はあなたに魔法の言葉を授けに来ました」

 

「えっ?」

 

「あなたは先ほどドリルがないと言いましたね。確かに、あなたは武器としてのドリルは使用できません。だから・・・・・・自分自身がドリルだと思いなさい」

 

 

クウネルは中腰になり、シモンの胸元を指差した。

 

「ここにあるのがあなたの本当のドリルです。そのドリルで壁を突き破りなさい。心のドリルと自分自身を一つにしなさい。さすればこれから始まる戦いはそれなりの形となるはずです」

 

シモンは言われた言葉に呆然となりながらも、何も無い胸元に手を置いた。

確かにそこには何もない。

しかし、クウネルに言われた瞬間、そこには何かがある気がした。

 

 

「あがきにあがいて、自分が信じる自分を信じなさい。それが絶望に勝つ唯一の方法です」

「ッ!?」

 

胸が熱くなった。

シモンは目の前の人物のことを何も知らない。今日初めて会った。

しかしその言葉はシモンの心の奥底に大きな波を打ち、小さな炎を大きく燃え上がらせた。

 

「どうして・・・・俺に?」

「ふふふ、さあ・・・どうしてでしょうね?」

 

クウネルは思わせぶりな態度を取ったまま、背を向けてその場から立ち去ろうとする。

シモンはどうしていいかわからない。だが、どうしても御礼だけはしたくて、自然と「ありがとう」と小さく呟いた。

クウネルの真意が分からず、タカミチたちも無言のままだった。

だが、このまま立ち去ろうとするクウネルを、フェイトが止めた。

 

「・・・やけに平和的だね・・・僕を・・・壊したくないのかい?」

「おや? どうしてそう思うのです?」

 

空気が変わった。

フェイトから発せられる威圧感が増し、場の雰囲気が重く感じた。

 

「どうしても何も・・・それだけの理由が君にはあるだろう?」

 

何事かとネギたちは二人を交互にキョロキョロするが、クウネルはいたって涼しい顔のままだった。

 

「さあ・・・どうでしょう・・・少なくともあなたが、3番目としてではなく、フェイトという名を背負って生きていくのであれば、私は何も言いません」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「友を裏切らないのであれば・・・新時代を生きる君に口出しできることなど私にはありません」

「・・・・・・何を企んでいる?」

「ふふふふふ、何も♪」

 

からかうような言葉を言い残し、クウネルは姿を消した。

クウネルという人物の考えが分からずに頭を悩ませるフェイトやエヴァたちだが、今はもう時間がない。

フェイトの思い、そしてクウネルから魔法の言葉を貰ったシモンは、心熱くしてゆっくりとリングへの通路へ視線を移す。

そう、間もなく始まるのだ。

世界中のほとんどの者にとってはどうでもいい、命懸けの殴り合いがついに幕を開けるのだった。

 



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第28話 あれが逆転の女神様よォ!

武道大会会場の龍宮神社。

水面に浮かぶリングの上に、3―Aの生徒、朝倉和美が上る。

興奮と熱気に包まれて騒がしかった会場中の声が、その瞬間ピタリと収まった。

朝倉の手にはマイクが握られている。

それだけで彼女の存在が何を意味しているのかを会場中が理解した。

それは即ち司会者だ。

そして司会者が現われたということは、ついに始まりのときが来たことを示している。

満員御礼の観客席を見渡しながら満足そうな笑みを浮かべて朝倉はマイクを口元に近づけ、開始の合図を告げる。

 

『お集まりの皆様、長らくお待たせしております! 今お集まりの皆様には余興を兼ねて、まほら武道大会本戦前の前座をご覧になっていただきましょう!!』

 

会場がざわついた。

前座の話は予め聞いていたが、それほど詳しくは知らない。何故なら彼らの興味は全て武道会の本戦だからだ。

 

『急遽組まれたこのカード! まず入場していただきますのは、ロージェノム・テッペリン選手!!』

 

まず先に入場してきたのはロージェノム。

真っ白いマントに全身を覆い、しかしそれでも覆いきれぬ覇王のオーラが全身からあふれ出ている。

玄人にも素人にも分かる。この雰囲気は只者ではないと。

 

『姿を現しましたロージェノム選手! この人を知らずとも、テッペリンの名を聴いたことの無い人はいないでしょう! そう、彼こそあの世界にも轟くテッペリン財団のトップ! 正に王の中の王として生きるものなのです! しかし彼とて王である前に人なのです! 家族という大事なものがあります! 今日はその娘を奪い去ろうとした憎き男の顔面に父の鉄拳を食らわせるために現われました!!』

 

紹介内容はえらくアットホームな感じがするが、笑いは起こらない。

覇王のオーラが露出し、渦を巻き、会場を飲み込んでいるからだ。

 

「ほう・・・雰囲気があるではないか」

「うん、なかなかのものだね」

 

エヴァやタカミチも中々興味深そうにロージェノムの面構えを見ていた。

 

『さて、続きましては身分の差を乗り越えようと地の底から這い上がろうとする男の入場です!!』

 

朝倉がマイクで続ける。その瞬間、カミナたちは待っていましたとばかりにシモンに声援を送る。

 

『麻帆良ダイグレン学園の一年生! 怖いもの知らずの荒くれ者たちと噂されるこの学園から、王から姫を掻っ攫うという不届き者があらわれました! しかしその想いは本物! 愛する姫を再びその手に取り戻すために男は戦います! その愛を果たして貫き通せるのか!?』

 

朝倉の紹介と共にシモンが姿を現した。

ゴーグルを頭に装着し、肌の上から直接青いジャケットに袖を通し、その背中にはサングラスを掛けた炎のドクロマークが描かれていた。

 

「カミナ・・・あれ・・・あんたが?」

「おうよ、アレこそ俺たちのシンボルだ!!」

 

入場してきたシモンの表情は硬い。

やる気は前面に出ているのかもしれないが、どう見ても肩に力が入っている。

 

(ニア・・・ニア・・・ニア!)

 

頭の中にはニアのことだけでいっぱいだ。

何が何でもやらなければならないという気持ちの表れだろう。

しかしロージェノムと比べて会場の反応を冷ややかだ。

誰の目から見ても明らに超人のオーラを纏っているロージェノムに対し、シモンは普通。とことん普通にしか見えなかったからだ。

 

「シモンさん・・・」

「ふむ・・・試合前までは良かったのですが、会場に飲まれているんでしょうか? 少しぎこちないですね」

 

ネギやクウネルは入れ込みすぎに見えるシモンを心配そうに眺めている。

そして、入場を終えた両者がついにリングの上で向かい合った。

 

「ロージェノム・・・!」

「来たか・・・小僧」

 

彼らは互いに互いをにらみ合うが、戦う理由は両者同じ。愛するニアのためだった。

 

『さあ、リング中央で互いの視線が交差し合う! 恋人の父と娘の恋人・・・そんな両者の胸中には何を宿す!? その心中は何を想う!?』

 

シモンはロージェノムを見た瞬間、俄然拳を強く握り締めた。

しかしシモンを見下ろすロージェノムの瞳は、シモンと比べると若干落ち着いて見える。

 

(ふん・・・娘の恋人に怒りの鉄拳を・・・か・・・だがそれも、殴るに値すればの話しよ。貴様を見て、そして知った結果がつまらぬものならば、何も用など無い。まあ、そもそも一般人相手に勝敗を求めるのもいささか酷ではあるがな・・・)

 

ロージェノムは余裕に見える。勝敗など最初から気にしている様子も無い。

 

(俺は勝敗にこだわっているぞ! お前に勝たなきゃいけないんだ! 絶対に・・・負けられねえんだよ!)

 

シモンは勝利を誓う。

 

(やってみよ・・・)

(やってやる!)

 

全てを得るのか、全てを失うのか、どちらが得てどちらが失うのか、それを決定付けるための運命のゴングがようやく鳴り響く。

 

『それでは、まほら武道大会前座戦、始めええ!!』

 

その瞬間、シモンは猛ダッシュで正面から飛び込んできた。

 

「先手必勝だァ!!」

 

言葉通り、何の小細工もなしに殴りかかってきた。

 

「ぬっ!?」

 

その拳にスピードはさほど感じない。

いや、シモンのような見た目ただの学生にしては上出来なスピードだが、常人レベルでの話し。

だからこそ避けるまでも無い。

そう思っていた。

しかし拳が目の前に近づいた瞬間、ロージェノムの顔つきが少々変わった。

すると受けようと思っていた拳に対して反射的に手が出てしまい、シモンの拳を右手の平で掴み取った。

だがその時ロージェノムは自分の直感が正しかったことを実感する。

 

(重さはある・・・・・・)

 

拳に重みを感じた。

掴んでみてはじめて分かる。

シモンの拳は硬く、その容姿からは想像できないほどゴツゴツで荒れた手だった。

ドリルを使い、土や石に壁などと日常から相手にしてきたシモンの手はシモンの人生そのものを表していた。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

シモンは連打する。

愛する女を取り戻すために、頑固親父の顔面目掛けて、力強く握った拳を何度も連打する。

 

(重みはあるが・・・しかし・・・)

 

だが、所詮はテレフォパンチ。振りが大きすぎる。

 

(ふん、まあ所詮は素人か・・・さらに喧嘩の経験も浅いと見える。殴り方がなっていない。よくもこれで大口叩けるものだ。まあ、ワザワザ当たってやることもないが・・・このワシが避けたと思われるのも癪・・・ならば・・・)

 

普通は当たることの無いパンチだが、ロージェノムは顔面でその拳を受け止めた。目も瞑らずにシモンのその拳を観察するように。

 

『おおーーーっと、シモン選手の拳がヒット! オープニングヒットは恋人を奪われた彼氏の鉄拳からだ!!』

「よっしゃあ、いけ、シモン! 殴れ! ボッコボコに殴りまくれえ!! んなヒゲと胸毛だけがスゲエハゲ親父なんか怖くねえぞ!」

 

シモンの拳が入った瞬間、カミナたちが乱暴な声援を送り、他の客たちは少し迷惑そうに睨んでいる。

そう、盛り上がっているのはダイグレン学園の応援席だけ。

その理由は、解説者によって語られた。

 

『いや~、しかしあのパンチでダメージは期待できないでしょう』

『それはどういうことでしょう、解説の豪徳寺さん』

 

客席の一角に、大会解説者席というのが設けられ、その席には茶々丸とその隣にはリーゼントの豪徳寺薫という男が座り、シモンの戦いぶりを冷静に分析する。

 

『ロージェノム氏は避けるのも面倒くさいという意味や、パンチがまるで効かないことをアピールするためにワザとパンチを受けているのでしょう。シモン選手のパンチの振りは大いですが、ほとんど手打ちでパンチを打つには欠かせない腰や後背筋の使い方がなっていません。あれでは何回打ってもダメージにはならないでしょう』

 

そう、豪徳寺の解説どおり、ロージェノムのように見るからに怪物のような男に対してポカポカと子供が殴っているようにしか見えないのである。

この大会は予選を通じて超人的な体技を誇る学園生徒たちの中からたった一人の最強を決める大会だ。

そのような大会に前座とはいえこのような子供の喧嘩で盛り上がれるほど観客たちも甘くは無かった。

だがそれでもシモンは殴る。

 

「うおおおお!」

 

拳が痛かろうが、疲労で呼吸が乱れようとも、がむしゃらになって殴り続ける。

 

『おまけに肩に力が入りすぎです。打撃に重要なのは瞬間的な脱力・・・基本中の基本ができていきませんね』

『なるほど。だからこそロージェノム氏も余裕のノーガードで好きに打たせているというわけですね?』

 

会場からは冷ややかな視線に、嘲笑が聞こえてくる。だが、それでもシモンは歯を食いしばる。

 

(笑いたければ笑え! これが俺だ! 格好良さなんて求めない! ただ、この手も・・・足も・・・気持ちも・・・死んでも止めない!!)

 

人からの視線など気にしない。

 

(そうだ・・・アニキたちはいつだって堂々としているんだ!)

 

カミナたちだっていつもそうだった。みっともないとか、そんな理由で何かをやめたりしない。

だから自分も戦う。

 

(引いたら負けだ! 押しまくってやる!!)

 

それがダイグレン学園の生徒なんだと、シモンは懸命に拳を繰り出した。

だが、一頻り殴られ続けていると、とうとうロージェノムが手を動かした。

 

(・・・ちっ・・・こんなものか・・・)

 

そしてシモンの額の前に腕を伸ばしてそのまま指で弾き飛ばした。

 

「ッ!?」

 

デコピンだ。

指一本で弾かれたとは思えぬほどの衝撃を受け、シモンの額から血が流れ出た。

 

『おおおーーっと、ロージェノム氏の反撃! しかもデコピンだ! だが、たったそれだけでシモン選手はぶっ飛ばされた!』

 

初めての反撃と流れ出る血にシモンが顔を歪める。だが、そんな自分に追撃するどころか、ロージェノムはシモンを見下ろしたまま盛大にため息をついた。

 

「ふう・・・」

「ッ!?」

 

がっかりしたというレベルではない。失望どころの話ではない。シモンに対する興味すらまるで失せたような目だった。

 

「お前~・・・・」

 

シモンは悔しそうに歯軋りしながら、流れる血などお構い無しに立ち上がり、拳を振りかぶってロージェノムに飛び掛った。

 

「何ため息なんかついてるんだァ!!」

 

言い終わった瞬間、スパッと素早く重い風が顔面に襲い掛かった。

 

「・・・・・・・・え・・・・」

 

それを何なのかと考える間もなく、シモンの世界が途切れ、シモンは鈍い音を響かせながらリングの上を受身も取れずに転がった。

 

『おおッ!? こ、これは!?』

 

正に一瞬の出来事。

盛り上がりの薄かった観客たちも息を呑むほどの一撃。

 

「ふう・・・つまらん・・・」

 

ただ一言だけロージェノムはそう呟いた。

朝倉も目の前で人間が殴りとばされて人形のように転がる光景に少し息を呑み、司会としての役目を一瞬忘れるほどのものだった。

 

『これは・・・見事な一撃が入ったと言ってもいいのではないでしょうか?』

『はい、茶々丸さんの言うとおり、申し分の無い一撃ですね。今の一振りだけでロージェノム氏のレベルの高さ、そして両者には決して覆せぬ圧倒的な実力差があったと言えるでしょう』

 

解説の豪徳寺も汗を流していた。

 

『豪徳寺さん。これはもうこの戦いは終わりととってもよろしいのでしょうか?』

『いえ、勝敗は揺るがないでしょうが、終わりかどうかは分かりません。ロージェノム氏は今の一撃をメチャクチャ手加減したと思われます』

『手加減?』

 

その解説を聴いた瞬間、アスナは首をかしげた。

 

「ちょっ、あのおっさん、あれで手加減したって言うの!?」

「当たり前だ、ばか者」

「な、バカって何よ、エヴァちゃん!?」

「あの男が本気でぶん殴ったら、あのモヤシ小僧、首から上がなくなるどころか、全身の肉片すら飛び散っていただろう」

「ッ!?」

 

アスナは淡々と述べるエヴァの言葉に顔を青褪めさせた。

悪い冗談だと期待したが、周りを見渡してもネギやタカミチ、刹那やクーフェに楓すら無言だったからだ。

そう、つまりそれがロージェノムやネギたちの居る世界。

 

「そんな・・・それじゃあ・・・・勝てるわけ無いじゃん・・・」

 

住んでいる世界そのものが違うのだ。

応援しようとする言葉を失うぐらいの圧倒的な現実に、アスナは悲しそうな目でシモンを見ることしか出来なかった。

 

「・・・・・ぐっ・・・・つう・・・」

 

沈黙する会場の中、シモンは歯を食いしばりながら何とか起き上がる。

一瞬意識を失っていたが、朝倉がカウントを取り始める前に何とか立ち上がった。

 

『おおーーっと、シモン選手立ち上がった! これはまだまだ諦めていないのか!?』

 

だが、立ち上がっても会場が盛り上がることは無い。

 

『豪徳寺さん、シモン選手は立ち上がりましたね?』

『はい。ロージェノム氏のパンチのキレがよすぎたのと、手加減があったために意識を完全には途絶えさせることは無かったのでしょう。しかし、この戦いはもう・・・』

 

もう終わりなのか?

 

「うおおおお、シモン! 気合だァ! んなパンチはテメエがニアを失うかもしれない痛みに比べれ屁でもねえ!」

「シモーーーーーン! 10倍にして返せええ!!」

「あんたの気合はこんなもんじゃないでしょォ!!」

 

ダイグレン学園だけは叫ぶ。逆転しろと鼓舞し、信じている。

だが、他人から見ればその姿も哀れに見えてくる。

その証拠に立ち上がったシモンだが、既にヨロヨロに見えた。

そんなシモンをつまらぬものを見るよう目で、ロージェノムが告げる。

 

「大口叩くだけでなく、力で示せと言った結果がこれか?」

「はあ・・・はあ・・・何ィ!?」

「動きもキレもまるで無い。レベル差を考慮しても酷すぎる。演技なのか・・・それとも・・・・やる気が無いのか?」

「ッ!?」

 

自分が弱いというのは知っている。だが、ニアと二度と会えないかもしれないというのに、やる気が無いなどとあるはずがない。

 

「なめんじゃねえ! やる気がないだとッ!? だったら最初からここに居るはずないじゃないか! 勝負は・・・まだまだこれから・・・・・・・!!」

 

シモンは小さい体を更に低くして、低空のタックルのような形でロージェノムの足に飛びつこうとする。

だが、上から大きな手の平で頭を捕まれ、そのまま顔面から地面に叩き潰されてしまった。

 

『うげっ!? こ、これは・・・!』

 

思わず何名かの者は目を逸らしてしまった。

顔面を地面に叩きつけられるというエグイ光景に、思わず誰もが「うっ」となってしまった。

そんな攻撃を何事も無かったかのような顔でロージェノムはシモンの頭を地面に押さえつけながら呟く。

 

「どうした? やる気の空回りか?」

 

その一言だけを吐き捨てて、そのままシモンに止めをさすこともせず、ロージェノムはアッサリとシモンの頭から手を離した。

 

「ぐっ、このお・・・・」

 

今のでやろうと思えば勝負はついていた。

だが、勝負をつけることすらくだらないと思ったのか、ロージェノムはアッサリと引く。

シモンは悔しそうに立ち上がるが、目の前で自分に対して失望したようなロージェノムの視線に体が言うことを聞かず、その場で立ち尽くしてしまった。

 

「ふう・・・やる気がどうとか以前の問題だ・・・お前は中身が伴っとらん」

「な・・・なんだとッ!?」

「お前はただやけくそになっているだけだ。技術や戦闘能力の話ではない。人間誰しも断固たる決意をして困難に立ち向かう時は、相応の覇気や眼光を秘めている。しかし貴様には無い」

「ち・・・・違う!!」

「昨日の貴様には僅かだがそれを感じることは出来た。だからワシもこのような席を設けた。勝敗など見る気は無かった・・・ただ、貴様の想いを見るつもりであったが、もう限界だ」

 

ロージェノムが半歩足を踏み出した。

 

「ッ!?」

 

たったそれだけで、引かないと誓ったはずのシモンが、後ろへ飛びのいてしまった。

 

「あ・・・・」

 

逃げた。

シモンはそれを認識してしまい、顔面が蒼白してしまった。

自分の誓いはこの程度なのか? そう自身で思ってしまうほど、ロージェノムの強さを認識して後ろへ下がってしまった。

そんなシモンに対して、とうとうロージェノムは全身の力を抜いた。もはや戦う気も失せている。

 

「棄権しろ。そして、ニアのことは忘れろ。二度とニアの前に現われるな。子供教師にそそのかされ、貴様のようなつまらん小僧にチャンスを与えたワシがバカだった」

 

シモンのことを知れ。

自分の娘が好きになった男のことぐらい知ってみろ。

ネギにそう言われてシモンを見たこの数分間で、ロージェノムが出した答えがこれだった。

あまりにも重い空気に、司会の朝倉も、解説席の茶々丸たちにも言葉が無い。

 

「ねえ・・・どうなっちゃうのよ、これ? 高畑先生~」

「・・・残念だけど・・・仕方ない。ロージェノム氏も一般人に力を使うようなものではなかったのが幸いした」

「で、でも・・・これじゃあシモンさんとニアさんは・・・」

 

アスナは認めたくは無いと周りを見るが、刹那たちももはや目を瞑って首を横に振っていた。

 

「おらァ! はげ親父! 勝手なことぬかしてんじゃねえ!」

「シモンはまだまだこっからなんだぞ!!」

「逃げんのかァ!」

 

こうなってはダイグレン学園の声援すら悲しく感じる。

数分前までは大会を楽しみにしていた観客たちで温まっていた会場の空気も、すっかりと白けて冷え切っていた。

 

(シモン・・・・やはり・・・・無理なのかい?)

 

フェイトももうこれまでだと思っていた。

 

(ふむ・・・穴掘りシモン・・・評判ほどでは無かったようネ・・・)

 

大会主催者席で見下ろす超鈴音。

 

(・・・シモンさん・・・あなたには・・・世界を変える力を感じたのですが・・・)

 

同じドリ研部のザジもその目には期待は無かった。

 

「なあ・・・もういい加減さっさと終わんねえ? 俺、早くクーフェ部長の試合が見てえんだけどよ~」

「俺も! もういいじゃねえかよ、こんな試合」

「私も早く子供先生の試合見た~い」

 

白けた会場は、さっさと終わらないかと飽き飽きしていた。

誰もが興味も期待も希望もシモンに対して抱いていなかった。

そんな男をどうして・・・

 

「どういうことなんだ・・・アル・・・」

「・・・・・・・・・・」

「アル!」

「・・・・・・・」

「・・・クウネル・・・」

「はい、何でしょう、エヴァンジェリン♪」

「ぬ・・・ぬう~~」

 

散々呼んでも反応しなかったのに、クウネルと言った瞬間に反応したクウネルに対して、エヴァはイラついている様子だが、イラつくだけこの男は喜ぶだけと思ったのか、そこはグッと堪えた。

 

「貴様は試合前にあの小僧に何か言っていたが、結局なんだったんだ? ただのつまらん一般人ではないか?」

 

そう、ただの一般人に過ぎない。

そんなシモンに対して、何故クウネルは気にかけたのか。

するとクウネルは少し難しそうな顔をした。

 

「そうですね・・・確かに状況が悪い・・・これではシモンさんの真の力は解放できません」

「はっ? 真の力だと~?」

「ね、ねえ、アンタ! 真の力って何なの!?」

「クウネルさん、どういうことですか?」

 

シモンの真の力。その言葉を聞いた瞬間、ネギたちが顔を上げた。だが、クウネルは難しい表情をしたままだった。

 

「彼の真の力を解放するには・・・相手も本気でやる気が無ければなりません・・・しかし、ロージェノム氏は最初から本気になるどころか、シモンさんとの戦いのやる気も失せています。それでは駄目なのです。シモンさんの力を発揮するには、相手もやる気にならねばならないのです」

 

クウネルの言っている言葉の意味が分からなかった。

相手がやる気になったり本気になれば、シモンが真の力を解放できる?

そんなわけの分からないこと、いや、それ以前にそんな状況になるはずが無い。

 

「あの~・・・相手が本気って・・・」

「あの兄ちゃん何も出来ずに死んでまうやん」

「相手が手加減しては駄目? しかし本気を出されたら死んでしまうでござる」

「よ、よく分からないアル・・・」

 

刹那や小太郎たち、武に長けたものたちですらクウネルの言葉の意味が判らない。それはタカミチやエヴァのような最強クラスのレベルでも同じだった。

どんなに手加減されてもシモンではロージェノムに勝てない。

ロージェノムが本気を出せばシモンの真の力が解放できるらしいが、それではシモンが死んでしまう。

どちらにしろ、話だけ聞けばシモンはもうどうしようもないと見て取れる。

その証拠に、シモンはまだ体が動くのにどうすればいいのか分からず、ロージェノムの言葉に動揺してしまっていた。

 

(くそ・・・やっぱり俺だけじゃ駄目なのか?)

 

心に暗雲が立ち込める。

 

「シモーーーン、いけえええええ!!」

 

カミナたちが叫んでいる。しかし、耳には入るが心に響いてこない。

 

(俺一人じゃ・・・ニアを・・・ニアを・・・)

 

もう駄目なのか?

 

「さあ、言え! 小僧! もう二度と、ワシらの前に現われんと!!」

 

ネギの言葉、ダイグレン学園の仲間たちの言葉、フェイトの言葉、クウネルの言葉がシモンの頭の中でグルグルと回るが、冷静な思考を失ったシモンは、それが何だったのかを忘れてしまった。

 

「~~~~~っ」

 

抱えたものを全て心ごとへし折られかけてしまったシモンは、自分の意思ではなく、自然と口が動こうとした。

 

「俺は・・・俺は・・・・・」

 

カミナたちが立ち上がれと叫ぶが、もう耳に入ってこない。

全てが終わる。

だが、そう思いかけたとき、一人の少女の言葉が会場に響いた。

 

 

「シモン!!!!」

「ッ!?」

 

 

会場中がその声に視線を移した。

観客席で可憐な、そして涙を浮かべながら、しかし両目をしっかり見開いて少女がそこに立っていた。

 

「・・・ニア・・・・」

 

そこに居たのは、ニアだ。

ニアがシモンを見ている。

周りをヴィラルや大勢のSPに囲まれて身動きがとれない、正に囚われの姫がそこに居た。

 

「シモン!」

「ニア・・・・・・二アッ!」

 

幻ではない。本物のニアだ。シモンの心臓が大きく跳ね上がった。

 

「ふん・・・・最後の対面だな・・・・」

 

ロージェノムがつめたい言葉を浴びせる。

そして、多くのものもそれが二人の最後の逢瀬だと感じ取った。

一部の・・・

 

「ふっ・・・ようやく現われましたね」

 

クウネルと・・・

 

「へっ、逆転の女神様がな!」

 

ダイグレン学園の者たちを除いて。

 



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第29話 勇気と書いて、ハートと読め!

「ふん・・・ニアよ! お前の選んだ男はこれまでだ! これがお前の居場所だと? それも今日で終わりだ!」

 

ロージェノムは観客席に居るニアに向かって叫ぶ。

だが、今のニアの瞳はついこの間まで父親の言葉に圧倒されて何も言い返せなかったときのニアとは違った。

 

「いいえ、終わりません!」

「・・・なに・・・」

 

ニアは力強く、ハッキリと答えた。

 

「このような状況でそんなことをまだ言うか? 見苦しいにもほどがある。このワシがどれだけのチャンスを与えたと思っている?」

「いいえ、私がまだ何も分からぬ子供だというのなら、お父様こそシモンのことを何も分かっていません! シモンの本気をお父様は知りません! ダイグレン学園の魂を知りません!」

 

会場中に響くその言葉に、誰もが無言になっていた。シモンは全身がビクンと跳ね上がった。

だが、ロージェノムだけはくだらないとため息ついた。

 

「ふん・・・本気・・・か・・・ふざけるな。クズどもの本気などどうでも良い!!」

 

笑わせるなと、ニアに叫ぶ。だが、ニアは引き下がらない。

そしてシモンを見る。

自分の愛する男に向かってニアは叫ぶ。

 

「シモン!」

 

なんと言う気だ?

諦めるな?

立ち上がれ?

戦え?

それとも助けてか?

こんな状況でニアは何をシモンに言う気だ?

すると、ニアが叫んだ言葉は、誰もが予想していなかった言葉だった。

彼女は両手を広げてシモンに向かって叫んだ。

 

 

「シモン! 私はここよ!」

 

「ッ!?」

 

「シモンは一人でも大丈夫! でも、シモンは一人じゃない! 世界があなたを疑おうと、私たちだけはあなたを信じています!!」

 

 

その言葉に何の意味がある? シモンには大有りだった。

 

(ニアが居る・・・ニアが・・・ニアが居る・・・・!)

 

その姿を認識した瞬間、力の抜けたはずの拳を自然と握り締めていた。

 

(手を伸ばせば届くところに・・・ニアが居る・・・)

 

目に見える距離に居る。叫べば届く距離に居る。手を伸ばせばそこに居る。

しかし、そんな二人の間に立つ壁がある。ニアが居るのは壁の向こうだ。

その壁は大きくて分厚く強大だ。だが、壁の向こうには確かにニアが居るのだ。

壁がデカ過ぎて認識できなかった。だが、これで分かった。壁の向こうには確実にニアが居る。

そしてここで逃せば向こう側まで二度とたどり着けない。ニアとはもう二度と会えない。

彼女を見た瞬間、そのことを改めて実感することが出来た。

だからこそ、湧き上がる。

 

(俺は・・・何のために戦っている?)

 

思い出せ、自分の戦う理由を。

フェイトに言われた言葉は何だ?

 

(ニアのために戦う・・・ニアのことを思って戦う・・・)

 

その想いに偽りなど無い。なぜなら・・・

 

(何で俺はニアのために戦うんだ? 決まってる・・・俺は・・・ニアのことが・・・!)

 

ニアのために戦うこと。そして何で戦うのか? 一番単純なことをようやく思い出した。

 

「俺は・・・俺は・・・・・!」

 

気が高ぶる。

静かに、静かに、心の中で波がうねりを上げて跳ね上がっていく。

 

「ふん・・・ニアよ・・・そこまで堕ちたか・・・ならば! 気が変わった! 今すぐお前の抱いた幻想をこの手で打ち砕いてやろう!!」

 

その瞬間、ロージェノムがこの試合初めて憤怒を纏った。

 

「小僧・・・一瞬だ!! 何ヶ月病院のベッドで過ごすかは分からんが、この一撃で全ての禍根を断ち切ってくれるわァ!!」

 

拳を握ったロージェノムから、目に見えない何かが噴出して、ロージェノムの立っている床が砕けた。

 

「い・・・いかん!? あれを喰らったら、死なないまでも、全身の骨が砕けてしまう! あれは危険だ!」

「おい・・・坊や・・・教え子を瀕死にさせたくなければ・・・」

 

もう限界だ。

止めた方がいい。今のロージェノムを見てそう思ったタカミチとエヴァだが、二人の前をクウネルが立ち塞ぐ。

 

「まあ・・・ちょっと様子を見ましょう」

「ちょっ、ちょっとアンタ!? ヤバイんなら早く止めないと!」

「そうです!」

「このままでは、取り返しのつかぬことになるでござる」

 

アスナたちも止めようとするが、今まで難しい顔をしていたクウネルが、何かを期待しているような目になった。

 

「本気とは言いませんが・・・ようやくロージェノム氏が打ち消す敵としてシモンさんを見なしました・・・後は・・・信じるだけです。シモンさんが信じるに値するほどの人物だったのか、そうでなかったのか、ようやく分かります」

 

クウネルは、見せてみろと言っているように聞こえた。

 

「逃げるなら、逃げろ、小僧! ニアを失いはするが、今後の人生は保障されるぞ!」

 

ロージェノムは下を向いてブツブツ言っているシモンに叫ぶが、まるで反応が無い。

 

「ふん・・・逃げぬのなら・・・・ワシの前から消え失せよォ!!」

 

その瞬間、全てを終わらせるためにロージェノムが駆け出した。

この試合初めてロージェノムの方から攻撃を仕掛けてきた。

 

「逃げるな、シモーーーーン!」

 

カミナが叫ぶ。

 

「逃げてちゃ何にも掴めねえぞーーーー!!」

 

ほとんどのものがこれで終わりだと思う中、カミナは叫んだ。

すると・・・

 

「・・・分かってる・・・!」

 

小さくシモンが呟いた。

 

(あの人が・・・言ってくれた・・・、自分が信じる自分を信じろって・・・今ならその言葉の意味が分かる)

 

シモンは逃げなかった。

 

(そして俺は一人じゃない・・・だから逃げない! ニアが、みんなが、ここに居る!!)

 

それどころか、待ち構えることもしなかった。

 

「むっ!?」

「これはッ!?」

「おっ!」

 

白けた会場もこの瞬間だけは身を乗り出した。

シモンは逃げることも、ただ突っ立ってることもしない。

シモンは向かってくるロージェノムに対して、自分も前へと駆け出した。

 

「自分から・・・」

「パンチに・・・」

「飛び込んだ!?」

 

そうだ、向かってくるロージェノムの拳に対してシモンは飛び込んだ。つまり正面衝突だ。

 

「むっ・・・」

 

拳を振り上げたロージェノムも予想外の行動に眉をしかめる。

 

(ま、まずい・・・もう拳は止まらぬ! ヤツが飛び込んできた所為で威力が増し、下手をすれば・・・)

 

このまま拳を振りぬけばシモンも死んでしまい、最悪な結果になるかもしれないと恐れたロージェノムだが、次の瞬間・・・

 

「ッ!?」

 

飛び込んできたシモンの眼光にゾクリとした。

 

「逃げてちゃ何も掴めない・・・なら・・・逃げずに飛び込んでやる!」

 

ロージェノムの拳がシモンの顔面の真横を通り過ぎた。

一瞬怯んだのか、ロージェノムの狙いが逸れた。

ロージェノムの拳がシモンの頬の皮を削り取るが、シモンは目を見開いたまま、自らも拳を伸ばす。

 

「!!?」

 

すれ違う拳が宙で交差し、シモンは渾身の一撃をロージェノムの顔面にめり込ませた。

 

「お・・・・おお!」

「あ・・・あれは!」

「ク・・・・ク・・・・ク・・・!」

 

それはまさしく・・・

 

 

「「「「「「「「「「クロスカウンターだァアァアァアァアァア!!!!」」」」」」」」」」

 

 

その瞬間、この空間に居た全ての者たちが、身を乗り出して叫んだ。

 

『こ、これは、シモン選手、逃げずにロージェノム氏のパンチに飛び込んで、クロスカウンターを叩き込みましたァアァアァァァ!!』

 

今までずっとコメントできなかった朝倉が、今までの台詞を全て取り戻すかのようにマイクを使って大声で叫んだ。

 

「「「「「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」」」」」」

 

自然と観客が拳を握って熱く叫んだ。

 

『これは、見事な反撃ではないでしょうか?』

『はい、ボクシングの東洋チャンプも言っていました! カウンターにおいて重要なのは、タイミングと勇気(ハート)です! シモン選手は恐らく狙ってやったわけではないでしょう! しかし、逃げずに立ち向かった結果、そしてロージェノム氏が初めて力を込めた攻撃だけに、見事なカウンターが成立しました!』

 

先ほどまで呆れたように解説していた豪徳寺も、マイクを持って少し興奮気味だ。

 

「ぬ・・・・ぐぬ・・・小僧が・・・・マグレで・・・図に・・・」

 

ロージェノムの鼻から血が出た。

確かにシモンに攻撃力は無いが、ロージェノム自身の力を利用したカウンターなら別。

本気ではないとはいえ、それなりに力を込めた拳がカウンターによって倍になって顔面に返ってきたのだ。

ダメージは確かにあった。

 

(くっ・・・今ので・・・指の骨が何本か折れた・・・でも・・・でも・・・)

 

もっとも、裸拳でしかもカウンターで顔面に叩き込んだのだ。シモンの拳は今のでイカれたが・・・

 

「俺の心は! 何も折れちゃいない!」

 

シモンは構わずに、未だ膝を着いたままのロージェノムに殴りかかる。

だが、ロージェノムとてただ黙って殴られる的ではない。

 

「図に乗るな、小僧!」

 

威圧感をむき出しに視界を覆うその姿は、まさに壁。反撃に出たシモンをまるで津波で飲み込むかのようにロージェノムは押し寄せた。

だが・・・

 

(・・・壁?)

 

ロージェノムが強大な壁。

そう認識した瞬間、シモンはあることを思い出した。

それは試合前にクウネルに、自分自身がドリルだと思えと言われたことだ。

 

(聞こえる・・・)

 

自分がドリル。ロージェノムが壁。そう思った瞬間、シモンの頭の中で何かが聞こえた。

 

(ここを掘ってごらん・・・ここが柔らかいよって・・・)

 

まるで穴を掘っているときと同じ感覚だ。ロージェノムの体の何個所かが、掘るべきポイントのようにシモンには光って見えた。

 

「吹き飛べ!!」

 

ロージェノムが体重と体の捻りを入れたアッパーを低空から繰り出してくる。

するとシモンはその瞬間、ロージェノムの拳を大岩に、自分自身をドリルと見立てて両足でジャンプし、自分の全体重を乗せた両足でロージェノムの拳に向かって思いっきり足を伸ばした。

 

 

「ッ!?」

 

『おおおーーーッと! シモン選手、ロージェノム選手の低空アッパーに対して両足でジャンプして勢いよく踏みつけたァ!!』

 

 

本来のロージェノムの力と一般人の力差を考えれば、両足で踏みつけようと、足ごと吹き飛ばしていただろう。

しかし・・・

 

「ぐぬうッ!?」

 

ロージェノムは表情を歪めた。

 

「バ、バカな・・・どういうことだ!? あんな攻撃、二人の力差を考えればどうでもないはずだ」

「ふっ、冷静に見ればなんてことありませんよ。角度、タイミング、全てを最高の力を込めてロージェノム氏の拳ではなく握った拳の一点に集中してカウンターすればいい話。ジャンプして勢いをつけた人間の全体重を指一本にならば悪くないですよ?」

「なっ、指一本だと!?」

 

状況に納得できないエヴァたちだが、クウネルの説明を聞いて目を見開いた。

 

「そう、今の彼はドリルそのもの! その全身の力を一点に集中して相手の一点に叩き込む。それが強大な壁に風穴を空けるために人類が開発したドリルです」

 

ようやくこの瞬間が見れたとクウネルは笑った。

 

(ぐぬっ・・・中指が砕けおったか・・・・だが・・・・まぐれだァ!!)

 

右アッパーを防がれたロージェノムは、続けざまに今度は左のフックでシモンの顔面を襲う。

だが、シモンは反応した。

自分の左手首を右手で掴んでしっかりと固定する。

 

(ロージェノムのパンチ・・・俺も拳を振りかぶったら間に合わない・・・なら・・・)

 

シモンは左手首を固定したまま、今自分が立った位置から動かずに僅かに体を捻らせ、背負い投げの要領でロージェノムのフックに向かって回転して自分の体重を投げ出し、ロージェノムのある一点を狙う。

 

「なんだとっ!?」

 

それは、ロージェノムの手首だ。

殴ろうとして繰り出した腕の手首に衝撃を受け、ロージェノムの拳は軌道がずれてシモンを外した。

これまでの動きは全て一連の動作。シモンは考えたわけではない。本能で動いた。

そしてシモンはがら空きになったロージェノムの顔面目掛けて飛んだ。

 

(早く・・・速く! 正確に!)

 

巨大な壁に見つけたドリルを突き刺すべきポイント目掛けて、シモンは飛ぶ。

相手は動く、だから素早く正確にと心がけたシモンの拳は自然と試合開始直後のようなテレフォパンチではなく、振りが小さいがキレのある拳となった。

 

「・・・・!」

 

だが、いかにキレがあっても一般人程度の力で超人の顔面を何度殴ってもダメージは無いだろう。

しかしそれも殴るポイントを工夫すれば話は別。

シモンの攻撃はロージェノムの顎の細かい一点を目掛けて振りぬいた。

その瞬間、ロージェノムの視界が歪んだ。

 

『うおおおっと、シモン選手、素早い動きでアッパーとフックを防いだと思ったら、ロージェノム氏の顎を打ち抜いたァ! しかもこれは効いているのか? ロージェノム氏の膝が揺れている!?』

 

試合開始直後はシモンの攻撃をまったく防御せずに顔面で受けていたロージェノムがダメージを受けた。

 

『どういうことでしょう、豪徳寺さん?』

『簡単です! 顎を打ち抜いて脳を揺らしたんです! いかに超人や化物的な強さを誇ろうと、ロージェノム氏も人間です! 脳を揺さぶられれば中枢神経に障害を起こし、どんな人間でもすぐには回復できません!!』

 

豪徳寺の解説にロボットの茶々丸はなるほどと呟く。そしてその解説に付け足すようにクウネルが呟く。

 

「勿論ただ顎を殴ればいいというわけではありません。顎の中でも本当に細かい一点。ここしかないという一点をシモン君は狙いました」

「顎の中の細かい・・・一点?・・・アル・・・そんなこと戦いの最中に素人の彼が出来るのかい?」

「たしかに戦闘中の相手には難しいかもしれませんが。それがただ動くだけの壁だと認識すれば、穴掘りシモンのドリルはその一点を見極めて決して逃しません。そしてその小さな穴を徐々に大きな穴へと変えます」

 

タカミチたちは、そんなバカなと言いたい表情だが、現にロージェノムの両膝はカクカク笑い、目の焦点が定まっていない。

 

(何だ? 何が・・・何が起こったのだ? 何故ワシは・・・)

 

分からない。ただ分かっているのは、歪んで見えるが、間違いなくシモンは追撃するために飛び掛ってきているということだ。

どれだけ攻撃を受けてもノーダメージだった。

これまではそうだった。

しかし、この一瞬でシモンの反撃により右手の中指、左手首、下顎に痛みを受けた。

 

「何をしたアアアアアアアアアアア!!」

「ッ!?」

 

今度は近づけることすらさせない。

ロージェノムの気迫が空気を揺らし、その衝撃だけでシモンは弾き返され、リングの上を転がった。

気迫だけで敵を吹き飛ばしたロージェノム。

だが、その行動は敵を近づけたくないという気持ちから、即ち僅かにシモンに対して恐れたということだ。

 

「はあ・・・はあ・・・まだまだ」

「ぬっ!?」

 

その証拠にむくりと立ち上がったシモンに対して、ロージェノムは明らかに表情を歪めた。

その時になり、ようやく白けきっていたはずの観客が一体となり、今日一番の大歓声を上げた。

 

 

「「「「「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」」」」」」

 

 

会場が揺れて、下から地面そのものを揺らすかのような地響きにシモンは若干驚いた。

 

「いいぞォ! 見直したぞ、ダイグレン学園!」

「おっさんに負けんじゃねえぞ!」

「がんばってえ!」

 

声援が飛び交った。

いつの間にか大観衆の関心を一身に受けたシモンの心臓は、気づいた瞬間更に高揚した。

 

「小僧・・・何をした?」

「・・・えっ?」

「お前は一体何をした!」

 

その瞳は、その質問は、目の前の男が分からなくなったからこそのもの。

つまりロージェノムは、今日初めてシモンに興味を示したのだ。その問いかけに対してシモンは・・・

 

「分からないよ・・・ただ・・・」

「・・・ただ?」

「ただ・・・俺はドリルだ! ドリルは穴を掘る道具だ! ならばやることは一つ! 壁に風穴開けて、見つけたものを掘り出す! それが・・・」

 

シモンは観客席に居るニアを見る。

手を伸ばしてグッと拳を握る。

 

「それが・・・宝物ならなおさらだ!!」

 

その言葉に一瞬面食らって呆然としてしまったロージェノム。だが、直ぐに笑った。

 

「ふん・・・宝物か・・・・だが・・・・・あれは、ワシの宝だ!! 貴様には絶対にやらーーーーん!!」

 

右手の指が折れていることなど構わずにロージェノムは笑いながらシモンに右ストレートを繰り出した。

だが、シモンは逃げない。

逆に飛び込んで、額を前へと突き出し、頭突きでロージェノムの拳を受け止めた。

 

「ッ!?」

 

この瞬間、折れたロージェノムの中指の骨が、完全に砕けた。

 

『ななななな、シモン選手、頭突きでロージェノム氏の爆裂パンチを受け止め・・・おいおい、そんなこと現実にありえるんでしょうかァ!?』

『解説の豪徳寺さん?』

『ありえます! 額は人体で一番硬い部分です! むしろ相手の打撃を額で受け止めるのは基本! 先ほどの攻防でシモン選手は体重を乗せた攻撃を身に着けました! 全体重を乗せた頭突きで、見事にロージェノム氏のパンチをカウンターで受けきったのです!!』

 

勿論シモンとてノーダメージではない。首は大きく跳ね上がり、額から鮮血が飛び散る。

しかしシモンは耐え切った。

来ると分かっている攻撃なら、歯を食いしばって耐え切ってみせる。

 

「それでも俺はお前を超えていく! お前が俺の前に立ちはだかるのなら、いつだって風穴開けて突き破る! それが・・・ドリルなんだよ!!」

「き、貴様・・・」

「皆と繋いだ絆が教えてくれる! ダイグレン学園の皆が俺を信じてるんだ! ニアが俺を信じてるんだ! 皆が信じる俺は・・・俺が信じる俺は・・・お前なんかには!!」

 

もうただの強がりにも大口にも見えない。

 

「絶対に負けねえんだよォッ!!」

 

確かなる意思を誰もが感じ取った。

 

 

「ふん・・・最初はニアも何という男に惚れたのだと思ったが・・・・確かに・・・ニアはとんでもない男に惚れたようだ・・・・別の意味でもなァ!!」

 

するとシモンの気迫を正面から受けたロージェノムは逆に笑った。興奮しているかのように熱く滾る。

 

「上等だ! ならばワシも・・・貴様を全力で叩き潰してやろう!!」

 

見えない何かが、目に見えるほど大きくなった。ロージェノムの全身から赤い炎のような光が燃え上がった。

 

「ぐわはははははははははは、絆だと? 信じる気持ちだと? 笑わせるなァ! そんな半端で曖昧なものはひとかけらも残さず断ち切ってくれるわァ!!」

「切れねえんだよ! 俺たちの絆と想いはハンパない!」

 

 

対してシモンも瞳と魂を燃やして口上する。

 

 

「燃える絆はハンパなく! 太くデッカく果てしない! 絆と想いで明日を掴み、進んでやるのが男道! それがダイグレン学園だ! 俺たちを誰だと思っていやがるッ!!」

 

 

燃える魂が天へと上り、想いと絆をシモンは叫ぶ。

 

 

「ふッ、ハンパない? 所詮は半端だということを力で証明してくれるわァ!!」

 



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第30話 俺があいつを好きだからだよ!

気や魔法の世界に関わるものには、二人の気迫がビリビリと伝わってくる。

そしてまずいということを。

このままでは本気でロージェノムはシモンを殺してしまうかもしれない。両者の力には元々それだけの差があるのだから。

しかし、猛るロージェノムの姿を見て、クウネルは笑った。

 

「ようやく引きずり込みましたね・・・」

「ど・・・どういうことだ・・・貴様・・・」

「見ていなさい、エヴァンジェリン。タカミチ君たちも。アレがシモン君のリング。互いの燃える想いがぶつかり合い、その火は留まることが無く勢いを増して燃え上がる! 魂のぶつけ合いこそが彼のリングなのですよ!!」

 

それはまるで今から本当の戦いが始まるかのような口ぶりだった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「させるか小僧がァ!!」

 

シモンの握った拳がロージェノムのわき腹に直撃する。だが、ロージェノムには通じない。

 

「何だこれは? 痒いわァ!!」

「ッ!?」

 

ロージェノムはシモンの首から上を吹き飛ばすようなラリアットをぶちかまし、シモンが何回転もして床に落ちる。

だが、倒れても意識を失うどころか、直ぐに立ち上がってもう一度ロージェノムのわき腹に拳を叩き込む。

 

「まだまだァ!!」

「痒いと言っておるだろうがァ!!」

 

懐に入り込んでボディを打ち込むシモンを真上からハンマーパンチで叩き込む。

 

「地の底へと沈めえ!!」

 

シモンは全身を強く打ち付けて床が砕ける。

しかしシモンは立ち上がる。

 

「まだだって・・・言ってんだろォ!!」

 

鼻血や口から血が、打ちつけた全身に青あざが出来ている。何度も強靭な肉体を誇るロージェノムを殴った所為で、拳はイカれている。

だが、不思議と痛みは感じない。

シモンは先ほどとまったく同じ箇所をもう一度ロージェノムに叩き込んだ。

 

「ぐぬっ!?」

 

少しロージェノムが顔をしかめた。

 

(この小僧・・・先ほどから同じ箇所を寸分の狂いも無く全力で!?)

 

壁は強大だ。ドリルを突き刺しても一回で大穴があくはずが無い。

しかし最初は小さくても・・・

 

「一回転すれば・・・ほんの少しだけだが前へと進む! それがドリルだァ!!」

「ぬうっ!?」

 

もう一度同じ箇所をシモンは殴った。ロージェノムが再び嫌そうに顔をしかめる。

 

『シモン選手倒れない! それどころかコツコツと積み上げていくリバーブローが、ロージェノム選手の肋骨に突き刺さる!!』

『しかしこれは効いているのでしょうか、豪徳寺さん? ロージェノム選手はシモン選手の拳など跳ね返してもおかしくない鋼の筋肉という鎧を纏っているのですが・・・』

『はい、効いています。リバーブローを同じ箇所に何発も打ち込んでいます! ありえないことですが、彼は寸分の狂いも無く同じ箇所に拳を突き刺しています! さらにシモン選手はロージェノム氏から攻撃を受けた直後に攻撃を返しています。攻撃を受けた直後の反撃・・・これもまた立派なカウンターです!』

 

解説の豪徳寺が拳を握りながら解説をしている。

いや、会場中がハラハラしながらも、手に汗握ってこの攻防食い入るように眺めていた。

 

「何故・・・ッ・・・いい加減に倒れぬかァァ!!」

「指が折れても!・・・拳が砕けても!・・・アバラが粉砕しても・・・鼻が折れても・・・頭蓋骨や全身の骨にヒビが入ろうと・・・俺は・・・両の足で立っている! 俺には何・一・つ! ヒビ一つ入ってねえんだよ!!」

「ならば根こそぎ砕いてやるわァ!!」

 

しかし、不可解なことがある。

 

「あの小僧が相手の僅かな急所に一点集中させた力をカウンターで叩き込んでいるのは何となくだが分かった。しかし、あれはどういうことだ? 何故・・・何故ロージェノムの攻撃を食らって立っていられる!? ヤツはただの一般人だぞ!?」

 

エヴァがありえないと叫ぶ。

 

「そうです・・・シモンさんは肉体の耐久力を上回る攻撃を食らっています。少なくとも試合開始直後のシモンさんは軽々と吹き飛ばされました・・・なのに・・・何故、立つどころか反撃できるのですか?」

「死んでもおかしくない攻撃を食らって、耐え切って殴り返す・・・説明がつかないでござる・・・」

 

刹那も楓もありえぬと頬に汗が伝わっていた。

分からない。

そんな時は、なぜかシモンのことを知っているクウネルに視線が集まる。するとクウネルは「ん~」と少し考えてからニッコリと笑った。

 

「簡単です。気合ですよ♪」

「それでは説明できんから聞いてるんだろうがァ!!」

「いえ、そうとしか説明のしようが・・・」

「何かネタがあるんだろうが、さっさと答えろ!!」

 

エヴァが「うがあ」と唸ってクウネルに掴みかかる。

だが、クウネルもどうやら本当にそうとしか説明のしようが無いようだ。

すると、意外なところからその意見の賛同者が現われた。

 

「俺・・・何か分かるかもしれん・・・・」

「小太郎君!?」

 

小太郎は顎に手を置きながら、シモンとロージェノムの殴り合いを見ながら、何かを感じ取った。

 

「私も・・・少し・・・分かるアル」

「ええ、クーフェも!?」

 

クーフェも頷いた。

 

「なんちゅうか・・・俺も説明はできんけど・・・負けられん気持ちっちゅうか・・・相手が全力で自分を叩きのめしてくるんやったら、自分も負けられん・・・信念とか根性とか・・・そういう精神論かもしれん・・・せやけど俺・・・もしああゆう殴り合いしとったら・・・絶対に倒れてたまるかっちゅう気持ちは理解できる。精神が肉体を凌駕するってああゆうことを言うんやないか?」

「ウム、痛いしダメージは溜まっているアル。ちゃんとそれは肉体に刻み込まれているアル。だけど、心は折れないアル。こういうとき、ああいうダメージは痛いが、痛いと思うよりもっと別に思うことのほうが大きく、それが体を動かすアルよ」

 

それは理論的ではなく精神的な話。しかし、感覚で戦う小太郎やクーフェにはシモンに対して理解できる部分があった。

 

『それにしても、シモン選手のタフネスには目を見張るものがありますが、豪徳寺さんはどう見ます?』

『ええ~っと、これはアドレナリンというか、エンドルフィンというか・・・ええ~~い、とにかくもう、気合です!!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおッ! 何かこう私も・・・私も何かがこみ上げてきました! とにかく痛くないんですよ! こういうときは男ってのは痛くないんですよ!! 例え痛くても、男は痛いと思ったときでもやらなきゃいけねえときがあるんですよッ!!』

 

気づけば解説席に居た豪徳寺は、制服の上着を投げ捨ててTシャツ一枚になって机の上に足を乗せて、興奮を抑えきれずにとにかく叫んだ。

 

「シモーーーン!! 道理を蹴り飛ばせ! テメエの想いで天を突け!! 男の純情炎と燃やして通してみせろ、この恋の道!!」

「ニアを手放すんじゃねえ! 俺たちが一緒だ!」

「証明しなさい、シモン! アンタが一体、誰なのかをね!!」

 

こんな時に自分たちが叫ばないでどうする!

 

「「「「「いけええええ、シモーーーーーン!!」」」」」

 

ダイグレン学園は決して絶やすことなく叫び続ける。

するとどうだ?

 

「シ・・・・モン・・・・」

 

どこの誰かは知らない。しかし誰かがシモンの名前を呟いた。

 

「シモン・・・・・シモン」

「・・・シモン・・・」

「シモン・・・・シモン・・・シモン・・・」

「シモン」

 

一人、また一人と見知らぬ誰かがシモンの名を呟き始め、気づけばそれが会場全体に波及し・・・

 

「「「「「「「「「「シモン!!」」」」」」」」」」

 

次の瞬間、会場に地鳴りが響き渡った。

 

 

「「「「「「「「「「シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン!」」」」」」」」」」

 

 

会場全体が足踏みしながらシモンにエールを送った。

倒れるどころか、死んでもおかしくない攻撃を受けても、反撃し続けるシモン。

そして、その反撃から一歩も引かないロージェノム。

 

「おっさんも・・・」

「そうだ・・・おっさんも負けるな!!」

 

シモンだけではない。

美しくもなく、ハイレベルな技術の応酬でもない不細工な殴り合いに心動かされたものたちが立ち上がって、声を上げた。

 

 

「「「「「「「「「「ロージェノムッ! ロージェノムッ! ロージェノムッ! ロージェノムッ!」」」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「「シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン!」」」」」」」」」」

 

 

誰かが言った、こんな試合はさっと終われと。

何を言っている。この光景を見ろ。

 

『し、信じられません! 折れることなき闘争心に突き動かされる二人の男の死闘に、声援が鳴り止まない!! こんな展開・・・一体誰が予想したでしょう!! 言っちゃ何だが、十数分前まではただのモヤシだった男が、今では筋肉超人と・・・な・・・殴り合っている!!』

 

意地の張り合いの死闘が見るもの全てを巻き込んで、大きな渦となったのだった。

 

「これです・・・・私が見たかったのは・・・この全てを巻き込むこの力です」

 

熱狂の渦の中で、ザジはほほ笑んだ。

 

「シモン・・・強い・・・いや・・・強くなっている・・・どんどん・・・どんどん」

 

フェイトは震えが止まらない。

 

「何故・・・立ち向かえるネ? 絶望しかなかったはずの未来を恐れずに立ち向かい・・・何故道を切り開くことが出来るネ?」

 

超鈴音は今のシモンに説明が出来なかった。分かっているのは自分の胸が高鳴っていることだけ。

謎の部員が多いドリ研部。その中で初めて自分の全てを曝け出したシモンの姿に、内なる興奮が抑えられなかった。

 

「うああああああああああ!」

「引かんぞ! 断じて引かんぞ、小僧!!」

 

二人の殴り合いは止まらない。

止まらないどころかボロボロになるにつれて、更に激しさを増しているようにも見えた。

赤い光を更に燃やすロージェノム。

そしてシモンも・・・

 

(ふふ、シモン君・・・とうとう出ましたね、螺旋力・・・)

 

対して生身だったはずのシモンの全身を、薄くだが、確かに緑色の光が纏っていた。

 

「エヴァ・・・君は・・・気づかないか? 耐久力も驚くが・・・今のシモン君・・・パワーどころかスピードも上がっているんじゃないか?」

「ッ!?」

 

興奮で冷静さを失った会場の中でそのことに最初に気づいたのはタカミチだった。

 

「確かに・・・よく見れば、拳のキレも・・・動きも・・・試合開始直後とは比べ物にならん・・・どういうことだ!?」

「・・・まさか・・・気や魔力のような強化でしょうか?」

 

シモンは魔法使いでもないし、そういった修行も受けていない一般人だ。だからそれはありえない。

 

「確かにそれに近いものもあるため、そうとも言えますが、私は違うと思いたいですね。シモン君は・・・自分の限界を限界でなくしたんですよ」

「何い!?」

「まさか・・・限界を突破したと?」

「いいえ、限界を引き上げたと言うのでしょうか・・・ただ魔力や気を身にまとって、筋力やスピードなどの身体能力を強化するのとは、少し違うと思います」

 

クウネルの言葉は相変わらず良く分からない。するとタカミチは、もう一つの異変に気づいた。

 

「待て・・・ロージェノム氏のオーラも更に強くなっている!? まさか、まだ力が上がるのか!?」

 

それは殴り合いをして、ただでさえ圧倒的な力量差のあったロージェノムの身に纏っている力が更に輝き、ロージェノムもまた強くなった。

しかしまた、クウネルは首を横に振る。

 

「タカミチ君、それも違います。力が上がるのではなく、力を引き出されたのですよ。シモン君によってね」

 

もう、誰もが何もかも分からなくなった。

 

「もはやわけが分からん・・・どういうことなのかちゃんと説明しろ!」

 

エヴァの言葉はネギたちやタカミチを含めた全ての者の気持ちを代弁していた。

この言葉では説明できない状況は一体なんなのだと、クウネルに答えを求めた。

 

「確かに・・・全てを理論で語る魔法使いたちには分からない現象かもしれませんね・・・ナギやラカンなら簡単に納得するのですが・・・」

 

するとクウネルは、ほほ笑みながら口を開く。

 

「そうですね・・・互いの魂を刺激し合いながら互いの才能を引き出し、限界を限界で無くす・・・アスナさん・・・あなたの能力が相手の能力や力を触れただけで無効化してしまうマジックキャンセルなのだとしたら、シモン君はその真逆」

「えっ・・・わ、私の逆?」

「そう、触れることにより、相手の能力や才能をむしろ引き出してしまう。それに呼応し、自分の力をも引き上げる」

 

確かにそうだ。

シモンも殴りあいながら強くなっている。

だが、ロージェノムもまた強くなっている。

まるで互いが互いを高め合っている。

 

「それがシモン君の穴掘り以外のもう一つの力。仲間と戦っているときに起こる現象を彼は『合体』と呼んでいるようですが、敵と戦うときのこの現象を現代ではこう呼びます・・・」

 

それこそが、クウネルがシモンに期待し、見たかったものかもしれない。

 

 

「そう・・・これが・・・ミックス・アップです」

 

 

その言葉に無言になってしまう一同。

 

(そして・・・上へ上へと天を目指す・・・・螺旋の力・・・)

 

いち早く沈黙を破ったのは、舌打ちしたエヴァだった。

 

「互いの力を引き出すだと? バカな・・・自分だけでなく敵まで強くして何の意味がある?」

 

それはそうだ。倒すべき敵が強くなっては自分が強くなっても意味が無い。

だが、ネギはそう思わなかった。

 

「そうでしょうか? マスター・・・僕は無意味だとは思いません・・・」

「なに?」

「だって・・・こんなに・・・胸が熱くなっているんですから・・・二人はきっと限界を超えた今こそ本音で、自分のウソ偽りの無い本気の想いを伝えているんです。拳の一発が・・・10交わす言葉よりも何倍もの価値を持って!」

 

譲らぬ二人、だがこれだけ殴り合えば相手を倒せなくとも理解は出来るはずだ。

 

「何故倒れぬ・・・小僧・・・いや、シモン!! 貴様は一体何なのだ!? 何のためにそこまで戦う!」

 

何となくは理解できても、まだ足りない。

不死身のように立ち上がり反撃するシモン、それに呼応して自分の血が騒いでいることもロージェノムには不思議で仕方ない。

 

「知らないなら教えてやる! ニアのためだ! ニアのことが・・・好きだからだよッ!!」

「な・・・にい!?」

 

だから教えてやる。シモンは指を真っ直ぐ天まで伸ばす。

ボロボロになりながら両の足でしっかりと立つシモンに上空から天の光が照らされる。

 

「心の愛に穢れなく! 恋の道は険しくも! 塞がる壁は、ドリル構えて打ち砕く!!」

 

ロージェノムに、仲間に、そして愛する女に、そして世界に向けてシモンは叫んだ。

 

 

「俺を誰だと思っている!! 俺は麻帆良ダイグレン学園生徒、ドリ研部部長! ニアを愛する、穴掘りシモンだァァァ!!」

 

一度もシモンは自分の口から言ったことが無かった。

彼女はいつも「愛している」と言ってくれたが、シモンは照れて恥ずかしがるだけで、自分の気持ちを口で直接伝えられずに居た。

でも、今は違う。その想いを愛する人に、そして世界に向けて自分の心を曝け出した。

この日、この学園は、ダイグレン学園とシモンを知った。

ダイグレン学園の、愛と絆と信じる心を知ったのだった。

 



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第31話 お前の明日は俺が創る

「うう・・・シ・・・シモ~ン・・・」

 

ニアは口元を手で覆い声を押し殺していたが、それでも嗚咽は止まらなかった。

 

「ごめんなさい・・・あなたがこれほどボロボロなのに・・・私・・・」

 

いつも自分はシモンに想いを伝えていたがシモンは照れたり笑ったりしただけで、シモンが自分をどう思っているのかは一度も言ってくれなかった。

 

「・・・あなたの・・気持ちが・・・うれしくてたまらないの」

 

だからこそうれしくて涙が止まらない。

あのシモンがこれ程の大観衆を前に、そして命を賭けてまで自分の事を好きだと言ってくれたのだ。

愛する男にここまでされてうれしくないはずがない。

 

『うおおおおおおん!』

『どうされました、豪徳寺さん』

 

解説者席に居る豪徳寺が涙を流しながら机を叩いた。

 

『自分は・・・自分は・・・自分から女に愛の告白をするような男は軟弱だと思っていました! ・・・男ってのは、口では愛を語らずに・・・でも、大事なものを守るためなら命だって投げ出す・・・それが男だと思っていました! しかし・・・しかし・・・・俺は今、猛烈に胸が熱くなっています! 畜生! シモン選手が眩しすぎて、目に染みやがる! これじゃあ、リングが見えねえじゃねえかァ!!』

 

命懸けの愛を口にした場面に遭遇し、心を動かされたのは彼だけではない。

 

「ぬああああああああ!!」

「い、委員長どうした!?」

「とうとう狂ったか!?」

 

大量の涙を流しながら、雪広あやかはへなへなと床に両手と両膝をついた。

 

「私・・・わた・・し・・・今の今までダイグレン学園というものを聞いただけで嫌悪していましたわ・・・ネギ先生が研修に行かねばならなくなったとき・・・あの学園を落ちこぼれの掃き溜めなどと・・・知りもしないで・・・」

 

涙で目を輝かせながら、愛を語るシモンに感動が止まらぬ委員長。

 

「これほどの・・・これほどの命懸けの愛を貫こうとする方がいるなどと知りもせず・・・この雪広あやか、一生の不覚ですわァ!!」

 

すると彼女の意見に同調し、そしてシモンの命がけの愛を見せつけられた3-Aの生徒たちも少し涙を浮かべて頷いた。

 

「ん・・・うん・・・、たしかに委員長の言うとおりだよね・・・」

「てっきりシモンさんって、ニアさんに振り回されている草食系の男子かと思ってたけどね~」

「この間の部活探しの時には、こんな一面があるなんて知らなかったよ」

 

まき絵、裕奈、アキラなど、シモンの部活探しに協力した彼女たちも、そしてシモンのことを今日初めて知った他の生徒たちも「ウンウン」と頷いている。

そう、熱かったのは喧嘩だけではない。

その身に宿す愛もとてつもなく熱すぎた。

他の人なら照れたり、うまく口では伝えられないことを、この極限の状態でシモンは叫んだ。

それだけ堂々とされて笑うものが居るはずがない。

呆れるものが居るはずがない。

ただ、シモンが眩しく見えた。

 

 

「ふん・・・ドサクサに告白しておって・・・この・・・小僧がァ! だが・・・その想いは・・・世界よりも広いワシの娘への愛より強いのか?」

 

口上と共に愛を叫んだシモンに、ロージェノムは何故か笑った。

何故なのかは分からない。

しかしほほ笑むロージェノムの表情は、まるで悪友とバカやっているような表情に見えた。

 

「無限に広がる宇宙よりもデカイ!!」

「大口を・・・」

「大口じゃない。俺を誰だと思っている!」

 

バカ一直線に掘りぬけた。そんなシモンに対してロージェノムは最早笑うしかなかった。

 

(ワシだけでなく、心のドリルで自分も掘りぬけたとでも言うのか?)

 

ロージェノムはそう思え、だからこそ自然と笑いが浮かんだ。

 

「だがしかーーーーし、それとこれとは話が別だァァァ!! 薄暗い道を歩む不良なんぞにワシのかわいいニアは断じてやらん!」

「何を言っている! 道に明るいも暗いも無い! 人は自分で輝くんだよォ!! 内に秘めた魂の輝きでな!」

 

どちらが先に手を出したかは分からない。気づけば再び両者は渾身の殴り合いをしていた。

 

殴られれば殴り返し、ダメージを受けても反撃し、作戦も駆け引きも何も存在しない。

 

『あ、あれええッ!? なんかいい雰囲気なのにぶち壊しです! 頑固親父の頑固も極まっています!』

 

収まるかと思った殴り合いが再び始まり、思わず叫ぶ朝倉だったが、これで良い。二人にはこれで良かった。

自分の全身全霊を賭けて愛する娘を手放そうとしない父親に、諦めない男。

何故そこまでするのかと問われれば簡単だ、それだけ二人ともニアを愛しているのだ。

だから・・・

 

(これでよい!)

(これでいい!)

 

これで良かったのだ。

情に流された展開なんかで自分たちのケリはつかない。

 

(ワシが娘を渡す男と向き合うのは・・・その男が正面からワシを乗り越えたときだ!)

(俺がニアへの想いを証明できるのは、お前を乗り越えたときだ!)

 

拳を通じて二人の男は語り合う。

 

(そうだろ、ロージェノム!)

 

シモンの拳がロージェノムの肋骨に突き刺さる。

 

(その通りだ、シモン!)

 

答えるロージェノムの拳がシモンの腹部を打ち抜いたのだった。

 

「畜生、この頑固おやじが! 負けるな、シモン!! 所詮はハゲ髭胸毛親父の悪あがきだァ!」

「お前の愛を見せてやれ!」

「がんばって! 私たちも応援するから!」

「私たちもですわ! 同じ麻帆良学園の生徒として、彼を全力で応援ですわ!」

「いっけーーー、シモンさーーん!!」

 

再び地鳴りが鳴り響いた。

動くのがおかしいぐらいの怪我をしているのに決して止まることをせず、腫らし目蓋の所為で目がうまく開かないが、その奥の瞳は光を失っていない。

もうシモンの右の拳は粉砕している。握り締めることは出来ないかもしれない。

 

 

「「一歩も引いてたまるかァ!!」」

 

 

だが、折れる骨の破片と引き換えに、ロージェノムから僅かにでも痛みを刻みこむ。

ドリルの刃先を一ミリでも食い込ませるように。

 

(くっ・・・息がうまく出来ん・・・何度もボディを打たれて動きが鈍くって来ておる・・・だが何故だ? 滾った血が収まらんわ!!)

 

体が重く、自分の意思とは関係なく肉体の構造上、これ以上動く事が出来なくなっている。

だが、それはお互いさまだ。

ロージェノムは自身のダメージとシモンの状態を照らし合わせる。

 

(・・・殴り続けて、もうやつの右腕は確実に死んでおる・・・あれならばクロスカウンターも放てまい。だが・・・この男なら死の底からも這い上がる。そうだ・・・こやつなら打つ! 死んだ拳でも打つ! ならば・・・)

 

それはある意味信頼にも似ていた。

こんな状態でもシモンならやると、ロージェノムは心の中で決めた。

 

「逃げるわけにもゆかん。正面から貴様のカウンターも潰してくれよう!!」

 

空気で伝わる。

これが恐らく最後の一撃だ。

シモンは口もうまく聞けない状態だが、ロージェノムの言葉を受け取り、体を前に乗り出して身構える。

カウンターで最後の一撃の力を溜めこんでいる。

どっちが得て、どっちが失うのか、その答えが出る。

 

『ロージェノム選手、踏み込んで左ストレートだァ!』

 

シモンも前へ出る。

その瞬間、会場の誰もがシモンのカウンターを期待した。

だが、ロージェノムは心の中でほくそ笑む。

 

(勝った!)

 

宙で交差するロージェノムの左ストレートとシモンの右のクロス。

リングに描かれる拳の十字架。

しかしその十字架が形を変える。

 

『こ、これは!?』

 

ロージェノムが瞬間的にひじを曲げて、シモンの右手を弾き飛ばす。

 

「まずいッ!?」

「シモンさんッ!?」

「ロージェノムに技を使わせたか・・・しかしッ!?」

 

腕を弾かれたシモンの体が無防備になる。

 

『あれは、ダブルクロス!?』

 

カウンターに対するカウンターという超高等技術。

 

「終わりだああァァァ!!」

 

ロージェノムは無防備になったシモンの顔面目掛けて右ストレートを放つ。

 

「ッ!? な、なにいいい!?」

 

だが、体勢を崩されながらもシモンは更に一歩踏み出して、今度は左の拳を繰り出した。

 

「あ・・・あああーーーッ!?」

「あれはッ!?」

「これだけ追い込まれてもあの男は!?」

 

何かに恐れて臆することも無く、必要とあれば体だけでなく命すら前へと押し出す。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

「態勢が崩れようとも、ま、まだ前にッ!?」

 

しかもそれだけではない。

 

(しかし、腕のリーチはワシの方が上! ワシの拳が先に・・・ッ!?)

 

それは刹那の出来事。

その一瞬に気づけたのは会場に居るほんの数名。

だが、確かに彼らは見た。

 

 

(シモン!? 拳の先に捻りを・・・まるでドリルのように回転力をつけて加速し・・・・!!?)

 

――ぐしゃっ

 

 

潰れた音はシモンの拳かロージェノムの顔面なのか?

いや、ただどちらにしろ、シモンの左拳が先にロージェノムの顔面にめり込んだ。

何度も何度も殴り続けたロージェノムの顎の骨を粉々に砕いた。

 

「シ、シモンさん!?」

「シモン!? お父様!?」

「理事長!?」

「ぐっ・・・ぐしゃって・・・」

 

拳を交差させた状態で微動だにしない二人。

 

『こ、・・・これは!?』

『ダブルクロスのカウンター・・・・しかも拳を捻って・・・これは正に・・・、コークスクリュー・トリプルクロス・カウンターじゃないかァ!!?』

 

そして、微動だにしなかった二人のうちの一人、ロージェノムがズルっと完全に膝を地面に付けた。

 

『ああ~~っと! ロー、ロージェノム氏が!? 難攻不落の帝国の王座に君臨する絶対的覇王が!?』

 

対してシモンはパンチを前に突き出したまま、何の反応も無い。

両膝を地面に着いたロージェノムは少し顔を上げてシモンを見る。

 

「そうか・・・ワシより、お前の愛が勝っていたということか・・・」

 

途切れ途切れのその言葉だが、その言葉ははっきりと聞こえた。

 

「ワシは・・・20年前・・・ある男と女に出会った・・・男は心が強く・・・熱く・・・どんな絶望も諦めず・・・・女はそんな男を何が何でも信じ抜いていた・・・ワシは当時まだ子は居なかったが・・・息子を授かったら、あの男のような強き男に・・・娘を授かったら、あの女のように惚れた男を信じ抜き・・・・・・幸せになって欲しいと・・・・あの二人のようにと・・・思っていたのだがな・・・」

 

ロージェノムは四方を見渡した。

 

「顎まで・・・いや、砕けたのはそれだけではないようだな・・・・・」

 

最初はつまらなそうに期待もしていなかったであろう観客たちに、あれだけの地鳴りを鳴り響かせ、心を熱くさせた。

もう、心は満ちた。

 

「子が親を完全に乗り越える・・・父として・・・これに勝る喜びはなし・・・」

 

そしてロージェノムは笑った。

 

「望みどおりワシを超えてゆけ。お前たちの明日を作って来い!」

 

その言葉を最後に、ロージェノムは完全に力が抜けてリングの上に倒れた。

 

「お父様!?」

 

ロージェノムが倒れ、残っているのはシモンだけ。

 

「ありがとう・・・・・・・ロージェノム・・・」

 

だというのに観客たちは静まり返っていた。

 

「お・・・・・」

「おお・・・・・・」

「た、・・・倒した・・・」

 

誰もが今すぐにでも叫びたい衝動に駆られている。

だが、まだ終わっていない。

まだ、一番大事なことが残っている。

 

「・・・・ニアッ!」

 

シモンがようやく突き出した拳を納め、観客席に居るニアを見上げる。

 

「シモン・・・」

 

シモンに名を呼ばれ、ビクッと体をニアは震えさせた。

そして心臓が高鳴った。

これだけ会場が静まり返っていると、自分の心臓の音が聞こえてしまうのではと思うほど、ニアの心臓の音は激しく波打っていた。

 

「ニア・・・俺はずっと恥ずかしくて言えなかった! お前はいつも言ってくれたけど、俺は恥ずかしくって言えなかったんだ!」

 

二人の間に、もう壁は無い。

あるのは物理的な距離だけ。

 

「恥ずかしかったし、それに言葉にしなくても俺たちは何も変わらないだなんて思ってた! でも、お前が居なくなって気づいたんだ! 言いたいことを言っておかなかったことをどれだけ後悔したか! 恥ずかしいなんて思っていた自分が恥ずかしかったんだ! だから言うよ! 何度だって!」

 

一度深呼吸して息を吸い込んだシモンは、吸い込んだ分だけため込んだ愛を吐き出した。

 

「ニア、俺はニアのことが好きだ! いつまでも傍に居てほしい! 俺の今も明日もこれからも、俺の世界は全部お前にやる! だから・・・これからもずっと一緒に居てくれ!」

 

不細工に腫れあがった顔で愛の告白。

だが、かっこ悪いだなんて誰も思わない。

ましてやニアにとって、今のシモンはこの宇宙で誰よりも輝き、かっこよく見えた。

 

「シ・・・シモン・・・!」

 

また再びため込んでいた涙がニアの目から溢れだす。

そしてシモンはニアに向かって手を伸ばし、グッと拳を握りしめる。

 

「お前の明日は俺が作るよ!!」

 

余談だがこの時、見かけ草食系男子のシモンの男らしい愛の告白に顔を真っ赤にさせて憧れた女子が何人か居たそうだが、二人の間にはどうでもいいことだ。

ニアはもう迷わない。

自分が絶望して諦めかけた難攻不落な壁をシモンが殴って壊して道を作ってくれた。

ならば、その道を自分は行く。

 

「シモーーーーーーン!」

 

ニアは飛んだ。

 

「ニ、ニア様ァァァ!?」

「ちょっ、危なーーーーい!!」

 

観客席の上段からリングに向かって飛び下りるニア。もはや、数秒でも惜しい。

たとえ危険でもシモンが受け止めてくれる。

ニアは飛び下り、シモンの胸に飛び込んだ。

シモンは勢いに押されてそのままリングに背中から倒れてしまった。

しかしそれでもその両手はしっかりとニアの背中に回し、抱きしめていた。

再び戻ったぬくもり、彼女の香り、そして彼女の吐息。

そしてニアは息がかかるぐらいシモンに顔を寄せ、シモンにとって宇宙で一番素敵な笑顔でほほ笑んでくれた。

 

「シモン、あなたが私の世界。でもね、それだけではダメ」

「ニア?」

「私たちの明日は、私たちの手で作るのよ!」

 

少しポカンとしたシモンだが、直ぐに笑みを浮かべて頷いた。

 

「ああ!」

 

シモンは強くニアを抱きしめた。

ニアも強く抱きしめた。

二人の間に壁は無い。

二人の間にもう距離は無い。

二人は再び一つになった。

 

 

『うおっしゃあああああああああああああああああああああ、これでもはや完・全・勝・利! これが二人の愛と愛の最終形態! 合体だァァ!!』

 

「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」」」」」

 

 

そして会場全体が一つになった。

 

「テメエの男、見せてもらったぜ、シモン!」

「もう二度と手放すんじゃないわよ!」

「畜生、かっこいいじゃねえかよ!」

「二人で幸せになァ!!」

「お二人の愛に感動しましたわ!」

「すげえぞ、ダイグレン学園のシモン! そんなかわいい子を絶対に泣かすなよな!」

「シモンさん、かっこええ!」

「もう、なによ~、お世辞抜きですっごい素敵よ!」

「祝福します!」

「見事な男気を見せてもらったでござる!」

「うう~、俺も早く戦いたいで~!」

「ウズウズしてきたアル!」

 

不良も教職員も普通の生徒ももはや関係ない。

誰もがシモンの男ぶりに称賛し、二人の新たな門出を祝福した。

 

 

「ウム・・・合格点をあげざるをえないネ・・・」

「君の心は・・・見せてもらったよ、シモン」

「とても素晴らしい愛を見せてもらいました」

 

謎に包まれたドリ研部部員たちも、何の裏もなく、素直にシモンに拍手を送る。

 

「非常に懐かしい力を見せてもらいましたよ、シモン君」

 

クウネルもまた、拍手でシモンを称えたのだった。

 

「う・・・うわあ・・・ど、どうしよう」

 

これだけの大歓声を人生で一度も受けたことのないシモンは、ただどうすればいいのかと照れて右往左往していた。

 

「すごい・・・みんなシモンのことを知ってくれたのです・・・・・・いいえ、知ってくれたのよ」

「ニア?」

 

シモンはその時に気づいた。

ニアが敬語ではなくなっていた。

一気に心の距離も縮まったように感じた。

そして彼女はアザだらけで紫色に腫れあがったシモンの両頬にそっと両手を添えて自分に向ける。

 

「シモン・・・私も・・・・愛しているわ」

「ッ・・・ニア・・・」

「不思議。今まで何度も言ったはずなのに、私、今一番ドキドキしているわ」

 

そして彼女はそのまま自分の唇をシモンの唇に重ね合わせた。

 

「「「「「「「「「「んなあああああああああああああッ!?」」」」」」」」」」

 

公衆の面前で何の恥じらいもなく、むしろそれが自然な行為だと言わんばかりにニアはシモンにキスした。

 

「んな・・・なななななな、ニニニニ・・・ニアッ!?」

 

もはや完全なる不意打ちでシモンは大慌てするが、ニアはシモンの頬に添えた両手を離さない。

 

「不思議・・・今までで一番うれしい!」

「ニア!? み、みんなが見て・・・んぐ・・・」

「ん~~~、シモ~~ン!」

 

間隔の短いキス。

頬に、首筋に、また唇にとニアはシモンに対してキスの雨を止めない。

 

『うお・・・うおおおお、こ、こいつは校則違反になるんでしょうか!? い、や・・・私たち麻帆良学園は空気が読める! 二人の愛を校則なんぞで縛るのはヤボってものだ! わ、私、朝倉和美は司会者としてではなく、一人の女として、そして同じ麻帆良学園の生徒として皆さまにお願いします! どうかしばらくはこの勇者に対する姫からの祝福のキスを邪魔しないで上げてください!』

 

しばし呆然としてしまった朝倉だが、急いでマイクを構えて会場に向けてアナウンスをする。

すると、空気の読める観客たちは「きゃーきゃー」「ぎゃーぎゃー」騒ぐでもなく、全員親指突き上げて「オウ!」と笑った。

 

「ひゃ、ひゃ~~ニアさんて大胆やな~」

「ふふ、でも好きな人にああやって堂々とキス出来るなんて・・・何だかうらやましいな~」

「ええ!? のどか!?」

「おんや~、何かラブ臭が・・・」

 

中学生の少女たちには少し刺激が強いのか、顔を赤くして少しリングから視線をそらそうとしているが、バッチリとシモンとニアの行為は見ているのだった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・おい・・・・・・」

 

しかしその時異変に気付いた。

エヴァがプルプルとリングに指をさす。

 

 

「どうしたのですか、エヴァンジェリンさん?」

「い、いや・・・刹那よ・・・あの二人・・・長くないか?」

「?」

「いや・・・更に濃厚になっているような・・・・」

 

 

エヴァの言葉にタカミチですら慌ててリングの二人を見る。

すると・・・

 

 

「ん、ちゅっ、・・・はむっ、・・・シモンっ、んんっ、ちゅぅ、ぴちゃ、じゅっ・・・」

 

 

何か聞こえて来た。

 



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第32話 全員参加で道を守れ!

「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」

 

 

空気を読んで何も言わねえと誓った観客たちなのだが、静まり返ってしまったことにより、何やら濃厚で唾液と舌が絡み合うアレな音が聞こえて来た。

ソレに気づいた瞬間、観客たちはサーっと顔を青ざめた。

 

「なななな、ちょっ・・・はむ・・・・んーーんーーー! ・・・・ぷはっ・・・・て、ななな、何やってるんだよーーーッ!?」

 

流石に過激になり過ぎたニアの愛のスキンシップにシモンは慌ててニアの肩を掴んで引き離す。

だがそこには、ニアとは思えぬほど妖艶な表情を浮かべたニアが居た。

 

「ふふふ、シモン!」

「く、黒ニア!?」

 

黒ニアだった。いつの間にか人格が変わっていた。

 

「シモン・・・ニアを手に入れたのなら、自動的に私もセットだということを忘れていないですね?」

 

そして彼女はシモンを押し倒したまま、慌てふためくシモンの唇に人差し指をあててウインクする。

 

「わ、分かってるよ! ニアの全てを俺は責任持つ!」

 

急にスキンシップが激しくなったことに戸惑いはあるが、シモンは決意したばかりである。

顔を赤らめながらも、黒ニアに対して頷いた。

だが、それで更に気を良くした黒ニアは止まらない。

 

「ではご褒美が必要のようですね」

「えっ・・・ちょちょ、ダメだって・・・ん・・・み、みんなが見てるよ~」

「・・・ふふ、シモン・・・そうは言っても体は正直な反応を・・・」

「どど、どこ触ってるんだよーーーッ!?」

「ん・・・ちゅ・・・しゅこし・・・ん、少し静かにしなさい。そして私に身を委ねるのです」

 

 

騒ぐシモンを黙らせるために、息継ぎの間も入れぬほど、黒ニアはシモンの唇に吸い付いた。

呼吸が出来ずに苦しむシモン。

しかし黒ニアは構わずにシモンとの距離をゼロ以上に縮めようと、片腕をシモンの頭に回し、もう片方の手をシモンの体をなぞる様に這わせる。

 

「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・(汗)」」」」」」」」」」

 

感動がどっかへ吹っ飛んだ。

普段クールで冷たい女がとことんまで男に甘える。それはそれで良いものがあるが、ハッキリ言って黒ニアは度が過ぎた。

 

 

『ちょちょ・・・いや、空気を読むっつったけど・・・や、やりすぎだろおおおお!? ちょっ、それはまず・・・まずいって!?』

 

 

マイクを通して、流石の朝倉も真っ赤になって叫ぶが、その声は空に響くばかりで、黒ニアの耳には届かなかったのだった。

 

さて・・・・

 

そんな光景を目の当たりにしたらいくらなんでも・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ・・・・・・・・・・・・・・・・ダメ・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「ワシの・・・ワシのニアはやっぱりお前にはやらああああああああああん!!」

 

 

 

 

 

親父が生き返った。

 

 

『のああああああッ!? こ、ここに来て再びロージェノム氏が立ちあがったッ!? しかも、顔面が陥没しているのにメチャクチャ元気ですッ!?』

 

 

いや、何かさっきよりもやばいオーラを全身から溢れだしていた。

 

「ん・・・ちゅぷ・・・ん~~~、ぷはっ・・・ちっ・・・お父様・・・まだ生きていたのですか?」

 

シモンの唇から糸を引きながら唇を離した黒ニアは、実の父親に向かって舌打ちした。

 

「ニアーーーッ!? あの・・・あの・・・将来はお父様のお嫁さんになりたいと言っていたあのニアがァァァァ!?」

「記憶にありません。過去を捏造しないでください」

「許さんったら許さーーーーん! ワシはお前をそんな子に育てた覚えはないぞーーーーーー!」

「私は既にシモンの色に染まっているのです」

「なっ!? この・・・こんの・・・このクソガキがアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

さきほどまでの覇王のオーラや威厳は何だったのだ?

 

『ぎゃああああああ、な、なんかみっともないけど、さっきより遥かに強い光がロージェノム氏からーーーっ!?』

 

ロージェノムは涙ながらみっともなく叫んだ。

 

「お父様が・・・ロージェノムではなく、駄々こねる駄々ジェノムに・・・」

「ダメだもん、ダメだもん、ニアはやっぱりあげないもーーーーーん!」

 

どうやら命より大切な娘と憎き男が濃厚ラブシーンを展開し、ロージェノムのキャラが完全崩壊してしまった。

 

 

「ニア特別警護団、ア~~ンド、テッぺリン財団特殊部隊出動だァァァ!! シモンをボコボコにしろおおおおお!!」

 

「「「「「「「「「「ハッ! かしこまりました、総帥!!」」」」」」」」」」

 

 

そして一体どこに隠れていたのか? 

明らかにヤバそうな黒いスーツとサングラスをかけたマッチョな連中が、ロージェノムが叫んだ瞬間、観客席から飛び出した。

 

 

「「「「「「「「「「な・・・・なにいいいいいいいいいいいいいいい!?」」」」」」」」」」

 

『ちょっ、とんでもないことになりましたア!! 恰好よくまとまったかに思えたこの対決だが、黒ニアならぬエロニアさんの堂々ぶりにブチ壊れてしまったロージェノム氏が暴走しましたアアアア!!!! つうか、この大量のヤクザだかSPみたいな連中は何なんだァ!? 私、司会ですけど司会しきれませんッ!? 誰かァ、この状況をうまく説明してくださいいいい!!』

 

 

あまりの急展開に、とうとう会場中から驚愕の声が響き渡った。

 

「ちょちょ、どーなんってんのよォ!? 話まとまったんじゃないのォ!?」

「ぼ、僕に言われても!? く、黒ニアさん・・・なんてことを・・・これじゃあ、話がややこしくなっただけじゃないですかァ!!」

「おやおや、もうすぐで合体だったのですが・・・」

「こんのエロナスビがァ! 結局これはどうすればいいのだ!」

「アル・・・何だか僕・・・さっきまで彼らを見直した自分が恥ずかしく・・・」

「・・・ところで武道大会はどうなるでござる?」

 

先ほどまで目を輝かせ、胸を熱くさせ、血がたぎってきたのが全て台無しだ。

ネギたちは一人残らずがっくりと項垂れてしまったのだった。

 

 

「シモンを殺すのだァ!! 殺した者にはこのワシから金一封だ!」

 

「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」」」」」」」」」

 

 

駄々ジェノムの指示に従い、シモンとニアに襲いかかる黒服たち。

 

「どど、どうするんだよ、黒ニア!? お、俺・・・もう体力が・・・」

 

既に満身創痍で、ロージェノムを倒した瞬間に気力が全て抜けてしまったシモンは、既にうまく歩く事も出来ないほど全身の打撲や骨折が酷かった。

 

「大丈夫です。私が全て排除します」

「いくらなんでも一人じゃ無理だって!?」

「一人ではありません。あなたが居ます」

「それでも二人じゃないか!?」

「二人なら最強です」

 

眉一つ動かさず、シモンを庇うように前へ出る黒ニアだが、相手が多すぎる。

 

『シモン選手にニアさんピンチです! って、大会は果たしてどうなってしまうのでしょうかァ!?』

 

ざっと見渡しても100人ぐらいは居るだろう。

しかし・・・

 

 

「二人だけじゃない」

 

「「!?」」

 

「仲間は守ります」

 

 

このままでは何の抵抗も出来ずに飲み込まれてしまうと、シモンが目を瞑りそうになった、その時だった。

 

 

「「「「「「「「「「ぎゃああああああああああああああ!!??」」」」」」」」」」

 

 

次の瞬間、何十人もの黒服たちが宙を舞い、何名かは衣服を綺麗に切り刻まれてパンツ一丁になってしまった。

 

「あ・・・あーーーッ!?」

 

シモンと黒ニアの前には二人を庇うように立つ二人の仲間。

 

「フェイト!? ザジ!?」

 

ポケットに手を入れながら黒服たちの前に立ちはだかるフェイトと、10の指の爪を刀のように伸ばして構えるザジが居た。

そう、二人のピンチにドリ研部の仲間が乱入した。

そして・・・

 

 

「はーーーーーはっはっはっはっはっ! 人の恋路を邪魔する奴ァ、ダイグレン学園に蹴り飛ばされんだよォォォ!!」

 

「「「「「「「「「「だよオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」」」」」」

 

 

騒がしい連中まで現われた。

 

「ア、 アニキ!? み、みんな!?」

 

今度は黒服たちの背後からカミナを筆頭としたダイグレン学園が参上して黒服たちを打ちのめす。

 

「シモン! テメエの男気は見せてもらったァ! 安心しろ! テメエの男気で切り開いた恋の道、誰にも邪魔ァさせねえよ!!」

「やり過ぎだと思ったけど、私たちはやり過ぎぐらいが丁度いいのよね!」

「おうよ、そして過ぎても過ぎ過ぎることはねえ! どんどん過ぎちまえばいいんだよ!」

「そうだァ!!」

「過ぎろ過ぎろ過ぎろ!」

「見せてやるわ、鉄(くろがね)の三姉妹の力!」

「ちげえよ、見せてやるのはダイグレン学園の力だよォ!」

 

待ってましたとばかりに颯爽と登場して次々と黒服を蹴散らしていくダイグレン学園。

どうやら彼らもまた、滾った血を押さえられずに好き勝手に大暴れしていく。

 

「まったく・・・・・・何で僕まで・・・・っというか、何でヴィラル、君まで居るんだ! 君はテッぺリン学院の生徒だろう!?」

「ふっ、細かいことを言うな、ロシウ。俺は初めて理事長の命令ではなく、この血の滾りでやるべきことを見つけたのだ! あんまり悩むとハゲるぞ?」

「ぼ、僕はそのようなこと断じて気にしてないぞ!」

「ふっ、その通り。男は抜け毛も展開も気にしない! 後先気にせずやり通す! さすがはダイグレン学園! 今日の貴様は輝いて見えるぞ!」

「それはデコか? デコですか!? 獣みたいに頭髪が痛んだあなたに言われたくない!」

「何を言う! 俺はツヤめく美髪のヴィラルサスーンだ!」

 

普段はダイグレン学園のノリについていけないような素ぶりを見せるロシウだが、やはり彼もダイグレン学園の生徒。しっかりとノリについていく。

そして本来敵であるはずのヴィラルも己の心に従い、ダイグレン学園と共に戦うことを選んだ。

 

 

『こ、これはッ!? ロージェノム氏の部下の登場に絶対絶命かと思われたシモン選手とニアさんに援軍がッ!? って、私は普通に解説してますけどこれは一体どうすればいいのでしょうかァ!?』

 

 

さらに・・・

 

「おお~、なんかまだ終わんねえのか! いいぞーー、がんばれーー!」

「やれやれーー! がんばれー、ダイグレン学園!」

「こうなったら、私たちも参戦しますわ! お二人の愛の道を切り開くのですわ!」

「いいんちょーーー!? うわ~~、・・・ええーーい、こうなったら私も行くよォ!」

「まき絵、私も行くよ! このユウナ☆キッドがシモンさんとニアさんのために一肌脱いじゃうにゃ~」

「じゃあ、私たちチァリーディング部は、この友情に熱いおバカさんたちの応援よ!」

「麻帆良ドッジボール部、黒百合! 私たちの戦友の援護に行くわ!」

「行くぞ、麻帆良軍事研究部! 偉大なライバルのために活路を切り開く!」

 

観客は声援を送り、中にはシモンとニアのためにダイグレン学園に続けとばかりに飛び出すバカたちでリングの上は溢れかえっていた。

 

『ここ、これは、一体どうなって・・・・って、ちょっと待てええええ! 何か知らんけど大乱闘が始まってしまいましたッ! もう、収集つかないんすけど!?』

 

こうなってしまえば、朝倉一人でどうにかできる問題ではない。

 

『これはどうなるのでしょう、解説の豪徳寺さん・・・・あれ・・・豪徳寺さん?・・・』

『俺も援護するぜーーー! 兵隊どもをぶっとばせえええ!』

 

もはや大会どころの話ではなかったのだった。

ネギやアスナたちの目は点になっていた。

 

「ちょっ、いいんちょたちまで・・・ど、どうする?」

「いや・・・その~、僕たち一応この後大会があるんですよね? そりゃ~、シモンさんに今日は頑張って欲しいってずっと思ってたんですけど~・・・一応今日は、僕もタカミチと戦うためにいっぱい特訓したんですけど・・・」

「私も坊やの成果を見るつもりだったが・・・もう大会どころではないではないか!?」

「み、見事にぶち壊したね・・・」

「はは・・・もう、喧嘩が駄目とかそういうレベルじゃないよね・・・」

 

見事に大乱闘に乗り遅れてしまった大会参加者たちは、もはや呆れて苦笑を浮かべるしか出来なかった。

だが、しかし・・・

 

「ははは・・・・本当に皆さん・・・」

「ネギ君?」

「メチャクチャに・・・素敵な人たちです」

 

ネギはどこかスッキリしたような顔つきになった。そしてネギはそれだけでなく、軽く柔軟をしながらリングへ向かう。

 

「ちょっ、ネギ・・・どこ行くのよ?」

「生徒を応援するのも、教師の仕事ですから」

 

ネギまでもがついに動き出した。

 

「ああ~~もう、じゃあ、私も行くわよ! シモンさんは友達だしね!」

「そうですね。では・・・・」

「ちょっ、神楽坂アスナ、刹那、貴様らもかァ!!」

 

次々と入り乱れる会場に、超鈴音はガックリと肩を落として泣きたくなった。

 

「何故・・・こんなことになるヨ・・・フェイトさんにザジさん、あなたたちまでカ? これは空気的に私も乱入しないとまずいのカ?」

 

もう何が何だか分からぬ展開と、メチャクチャになってしまった大会に頭を抱えて項垂れる大会主催者の超鈴音だった。

 

『ああ~~~、もう私は知りません! こうなったらとことんバカやってもらいましょーーーう!!』

 

とにかく乱闘は最早止まらない。

 

「押せーー! 押しまくれ!」

「誰一人、シモンとニアに近づけるなーーー!」

「壁です、二人を囲うように壁を作るのですわ!」

「黒百合! トライアングルディフェンスよ!」

「全力で俺たちのダチを死守しろーー!」

 

押し寄せる黒服たちを蹴散らしては、シモンとニアを守るように防波堤のように密集する乱入者たち。

しかも会ったことも話したことも無い連中までいつの間にかシモンとニアをダチ呼ばわりしていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!? ど、どうしてこうなってるの!? これじゃあ、俺は何のために戦ったか分からないじゃないか!?」

 

展開にもはや混乱するしかないシモン。これぞ正に・・・

 

「これじゃあ、今までのは全部骨折り損じゃないかア!? っていうか、みんなーーー、あんまりもう騒ぎを大きくしないでくれよォーーー!」

 

全身何箇所も骨折してまでしてがんばったのに、何かあんまり意味が無かったような展開になり、シモンは泣き叫んだ。

 

 

「はっーはっはっはっ、何言ってやがる、シモン! 骨折り損なんてこの世にねえ! 男は骨が折れたら更に強くなって帰って来るんだよ! 折れた骨の分だけお前の男気が、こいつらの骨の髄まで染み渡ったんだよ! そうだろ、テメエらーーーー!!」

 

「「「「「「「「「「おう! 俺たちのダチを守れええええ!!」」」」」」」」」」

 

「だから問題を大きくしないでってばァ!?」

 

「みなさん・・・・・・私とシモンのために・・・・」

 

「黒ニアも感動している場合じゃないってば!?」

 

 

リングの上の大乱闘は、シモン本人よりも熱くなっており、原因でもあるシモン自身が混乱するということになってしまった。

 

「ふふ・・・とうとう伝染してしまいましたね・・・彼の気合が・・・」

 

クウネルだけはおかしそうに笑っていたのだった。

 



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第33話 どこまでも

「へっ、祭囃子が騒がしくなってたぜ! おもしれえ!」

 

リング内で盛り上がるこの光景にカミナが笑うと、その前にロージェノムが現れた。

 

「ぬう~~、やはり立ちはだかるか、カミナめ~~!」

 

傷だらけのロージェノムを前に、カミナは笑った。

 

「はんっ、ハゲ髭胸毛親父が! テメエはもうシモンに負けてんだ! 往生際が悪いんじゃねえか?」

「負けてはいない! 負けず嫌いで往生際の悪さも男の強さの一つ!」

「何言ってやがる! テメエのは負けず嫌いなんかじゃねえ! 現実逃避して現実から目を逸らした臆病者よォ!」

 

リング中央にて、シモンに対する援軍に舌打ちするロージェノムの前でカミナは叫ぶ。

 

「行け、シモン! ここは俺らに任せろ! テメエの作った道を二人で進んでいけ!」

「アニキッ!?」

「カミナ」

「シモン! ニアと黒ニア、全部まとめてテメエが責任もって連れて行け!」

 

カミナは道を示す。

シモンが切り開いた道。

 

「そうだ、行ってこーーい!」

「お二人の愛の邪魔はさせませんわ!」

 

気づいたら様々な生徒たちが一直線上に並んで、武道会のリングから外へ通じる道へ向けて人間アーチを作っていた。

邪魔しようとする黒服たちを押しのけて作った道は、まるで二人の愛を祝福するかのように拍手喝采で築いていた。

 

「ちょちょちょ、何これ!?」

「皆さん・・・ありがとうございます・・・・私・・・・幸せになります!」

「えええええーーッ!?」

 

シモンそっちのけで盛り上がり、熱くなり、そして感動するニア。もう、シモンもどうにでもなれと思った。

 

「させんぞおおおおおおお!」

 

だが、そんな二人の旅立ちを邪魔せんと駄々ジェノムが拳を振り上げて向かってくる。

まだまだ元気なようだ。

だが・・・

 

「はあッ!!」

「ぬっ、き、キサマは!?」

 

一人の少年が、その重たい拳を正面から受け止めた。

 

「せ、先生!?」

「先公ッ!?」

「ネ、ネギ先生!?」

「な、あのバカいつの間に!?」

 

ネギが、ロージェノムの拳を受け止めた。

 

「なんのつもりだァァァァ! ワシの娘が不良に攫われようとしているのだぞ!? 教員の分際で家庭の事情に口を挟むなァァァァ!!」

「それでも・・・」

「何?」

「それでも僕は口を挟みます」

「こんのガキがアアアアアアアアア!!」

「人にどれだけ言われても怯まず二人は道を選んだんです! そんな生徒が進もうとする道を、僕は全力で応援します!」

 

ロージェノムに対して、ネギは一歩も引かない。

だが、そんなネギや抵抗するカミナたちに、駄々ジェノムは最後の手を使う。

 

 

「ふん・・・くだらぬことを~~、ワシが本気を出せばダイグレン学園そのものを廃校に出来るというのに!!」

 

「・・・・・えっ!?」

 

「・・・んだと?」

 

 

その時ロージェノムは不敵に笑い、ネギとカミナの表情が変わった。

そしてロージェノムはこの大乱戦の中でも会場中に聞こえるほどの声で叫んだ。

 

 

「そうじゃ、ワシが本気を出せばダイグレン学園そのものを廃校にすることが出来る! これはもはや委員会でも、学園長の近衛近右衛門も了承済みじゃ!」

 

「なっ!?」

 

「えっ!?」

 

「「「「「「「「「「な、・・・・・なんだとッ!?」」」」」」」」」」

 

 

その時、ダイグレン学園も他の生徒も関係なく、リング状に居たすべての者の動きが止まった。

勿論、この光景をパソコンから学園長室で眺めている学園長も、ビクッとなった。

そして僅かの静寂が徐々に・・・・

 

 

「ど・・・」

 

「どう・・・・・!」

 

「「「「「「「「「「どうなってんだコラァァァァァァ!!!!」」」」」」」」」」

 

 

爆発的な怒号となって返ってきた。

 

「ダイグレン学園が廃校になるだァ! テメエに何の権限があってんなことするんだよッ!?」

「テメエ、いい加減にしろよ!」

「いかにテッぺリン財団総帥といえど、私、雪広あやかを始めとする雪広グループが黙ってませんわ!」

 

ロージェノムの言葉に怒ったのはカミナ達だけではない。これまでダイグレン学園を白い目で見て来た本校の生徒たちも一斉になってロージェノムの言葉に噛みついた。

 

「ど、どういうことなのよ、ネギ!?」

「ぼ、僕もそんなこと何も・・・タカミチ!?」

「・・・確かにそういう話は・・・しかし学園長も既に了承済みだとは・・・」

 

難しい顔で唸るタカミチの表情が、ロージェノムの言葉が嘘ではないということを感じ取り、ネギたちも取り乱した。

しかし混乱と怒号が飛び交うリングの上でロージェノムは堂々と叫ぶ。

 

 

「黙らんかァァァァ! いくら言ってももう遅いわァ! 嫌ならニアを返すのだ! 大人しく返すのだ! そうすれば廃校は学園長にはワシから直接言って取り下げても良い!」

 

「「「「「「「「「「んだそりゃああああああああ!?」」」」」」」」」」

 

『うわっ、ちょっ、最悪だァああああああ!! ここに来てこの親父は大人の権力を取り出したァァ! しかも開き直ってます! もう、誇りも微塵も無い最低だァァァァ!』

 

「最低で構わんわァァァ! ニアの居ない日々に比べたら何て事無いわァァ!! それにこれはもうワシや学園長を始め、教育員会でも大きく取り上げた問題だから、どうしようもないんもんねええええええええ!!」

 

『うわああああ、もう、ダメです! こいつはダメです! 誰かァァァ! この駄々ジェノムを誰かぶっとばしてくださああああああい!!』

 

 

開き直った駄々っ子ほど手に負えないものは無い。

あの拳の語り合いは何だったのだと言いたくなるほどの権力乱用に麻帆良生の怒りが燃え上がる。

ニアを返せば、元通り。

ニアを返さなければ、ダイグレン学園は廃校。

それこそがニアが父親に大人しく従った理由だった。

黒ニアは拳を握って悔しそうな表情を浮かべ、無言のまま抱きついたシモンから離れようとした。

だが・・・

 

「どこ行くんだよ・・・妹分・・・」

「・・・カミナ・・・」

 

離れようとした黒ニアの前にカミナの背中が立ちはだかった。

 

「カミナァァァァァ!! キサマを退学にするぐらい~」

「ふざけんな。ダチを見捨ててまで残った学校で、俺たちは何を学べばいいってんだよォ!」

 

それがどうしたとばかりにカミナは叫んだ。

一瞬呆然としてしまったネギだが、カミナの言葉に頷いて、一緒に前へ出る。

 

「その通りです! 生徒一人と引き換えに存続するような学校で、僕は誇りを持って仕事をすることは出来ません!!」

「俺たちダイグレン学園に教室も黒板も校舎も必要ねえ! 教師と俺たち生徒が居りゃあ、そこが俺たちの学校だ!」

「一度クラスを受け持った以上、教師は一人たりとも生徒を見捨てたらダメなんです! だから、あなたの言葉には従えません! 脅しに屈するような教えは、ダイグレン学園ではしないことになっているんです!」

 

ネギとカミナ、二人が先頭となってニアが一度は諦めたロージェノムの脅しに正面から歯向かった。

 

「「それが、教育ってものだろうが(でしょう)!!」」

 

ロージェノムの超絶パワーを正面から受け止めるネギの力とカミナの叫びに全員驚くどころかむしろテンションが上がった。

 

「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」

 

そうだ、二人を守れと皆が叫んだ。

そしてその時だった。

 

「お、おい・・・アレを見ろ!」

「巨大映像だ!」

 

唐突に空に巨大な人の顔が映し出された。

 

 

「おじいちゃんやッ!?」

 

「「「「「「「「「「学園長!?」」」」」」」」」」

 

 

正に絶妙なタイミングで、・・・というか、学園長は一部始終この大会を見ていたため、相当空気が悪いと判断して、自らが映像を通して顔を出した。

そして学園長は少し俯きながら・・・

 

 

『ダ・・・ダイグレン学園は・・・永久に不滅じゃ! 絶対に潰させはせん! カミナ君、ネギ君、グッジョブじゃ!』

 

「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」

 

 

親指を突き立てて学園長は断言したのだった。

勿論これに我慢ならないのはロージェノム。

 

「き、汚いぞ、近右衛門!? 手のひらを返すとは!? 貴様もダイグレン学園を潰すことには賛成だったではないかァ!!」

『そんなことは知らん! 問題児を追い出してどうなるのじゃ? 問題児を導いてこそ真の教育じゃ! (こ~でも言わんと、ワシが危ないじゃん?)』

「せ、せこいぞ貴様ァ!?」

 

何か知らんが、どうやら心配は無いようだ。

泣きたくなるぐらいうれしくなったニアは、シモンに振り向く。

 

「さあ、シモン。行きましょう!」

「い、行くって言われても~・・・俺、もう体が・・・」

 

黒ニアはシモンに手差し出す。しかしシモンは全身がボロボロで、根性論ではなく既に肉体は動けなくなっていた・・・

 

「大丈夫です」

 

のだが・・・

 

「クウネル・サンダース!?」

「シモンさんの怪我はもう治しましたから♪」

 

いつの間にか背後に居たクウネル・サンダースがシモンに触れ、気づいたらシモンの怪我が治っていた。

 

「え・・・えええーーッ!? なんでッ!?」

「ふふ、気合です♪」

 

クウネルはニッコリとほほ笑んだ。

 

「あなた・・・何故シモンの怪我を・・・何者です?」

「おやおや、睨まないでください、黒ニアさん。私は涙が出るほどうれしのです。20年も待った甲斐があったと感動しているのです。だから、これは私の好意として素直に受け取ってください♪」

 

うさんくささMAXだが、シモンの怪我を治したのは事実。黒ニアも大して追求せずに、完治したシモンの手を引っ張って起した。

そして黒ニアは周りを見渡しながら、シモンの手をぎゅっと握る。

 

「シモン・・・とにかく行きましょう。皆さんもそれを望んでいます」

「・・・ああ・・・もう、それしかないな」

「はい。しかし気を付ける必要があります。お父様のことです。恐らくここから逃げても、学園内の至る所に部下を配置している可能性もありますから」

「それでも行くしかない。そうだろ?」

「ええ」

 

ここから出ても無事な保証はない。

しかしそれでも行くしかない。

それが二人の道なのだから。

 

「ヤレヤレ・・・こうなったらとことん行ってもらうしか無いネ」

「超ッ!?」

「部活の仲間として、そして面白いものを見せてもらったお礼に、二人には好きにしてもらおう」

 

走り出そうとするシモンの背後に、大荷物を抱えた超がどこか諦めたかのような表情で立っていた。

そして手に持っている大荷物を全てシモンに差し出した。

 

「超・・・これは?」

「走って逃げるのも限界があるヨ。これは、空を自由自在に飛行できる私が直々に開発したブースター。その名も・・・グレンウイング! それと、ハンドドリルもついでに渡しておくヨ。何とかこの二つで逃げ切るネ」

「超・・・」

「は~~、二人にはもうまいったヨ。それにこんな風に大会をメチャクチャにしてくれた・・・こうなったら意地でも幸せになってもらうヨ」

 

そして超は苦笑しながら指をさす。生徒たちで作り上げた人間アーチだ。

 

「さあ、二人とも。行ってくるネ!」

「・・・・・・ああ!!」

 

シモンはグレンウイングを背中に装着し、ニアをお姫様だっこで抱えて、低空飛行で人間アーチの真ん中を通って行く。

 

「ニア嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!?」

 

飛び立つ二人に向かって泣き叫ぶロージェノム。するとシモンに抱きかかえられながら、黒ニアではなくニアがシモンの肩越しから叫んだ。

 

「お父様! 私は、シモンと一緒に明日へ向かいます! しかし、それでも私がお父様の娘ということに変わりはありません!」

「ニアーー! パパを置いていかないでくれええええ!!」

「お父様! 今度お会いする時は・・・その時は・・・・一緒にプリクラを撮りましょう!!」

「ッ!?」

 

シモンとニアは人間アーチを通り、そして天高らかに空へと飛んだ。

 

もう誰の手も届かない。

二人はロージェノムの檻から飛び出し、完全なる自由を手に入れた。

 

「「「「「「「「「「うおっしゃああああああああああああああああああああ!!!!」」」」」」」」」」

 

旅立つ二人に大歓声で送りだす生徒たち。

拍手やハイタッチ、知らない生徒同士で笑いながら肩を組んだりと、会場は一つになっていた。

 

「う・・・・ううう・・・・ううう」

 

そんな中、リングの中央で空へと消えた娘を見上げながら、ロージェノムは震えながら涙を流していた。

 

「ハゲ髭胸毛親父・・・」

「ロージェノムさん」

 

その背中には、娘を嫁にやった父親のような寂しさが漂っていた。

 

「ワシの娘が・・・ワシの娘が居なくなってしまった・・・・」

 

みっともなく鼻水まで流して涙を浮かべるロージェノム。

だが、そんなロージェノムの背中をポンと軽くたたき、ネギは笑った。

 

「何を言っているんですか、ロージェノムさん」

「うう・・・子供教師・・・」

「あなたは、娘さんが居なくなるどころか、とっても素敵な息子さんまで手に入れたじゃないですか」

「・・・うううう・・・・うおおおおおおおおおおん」

 

ポンポンと優しく背中を叩くネギ、そして無言でロージェノムの肩に手を回して一緒に空を見上げるカミナ。

 

『会場中の皆様、本当にお疲れ様です! 魂のぶつかり合いから何故か観客を巻き込む大乱闘にまで発展し、私も途中かなり取り乱しましたが、私の心はとても満たされております! それは皆さんも同じことでしょう!』 

 

澄み渡った蒼空の下、朝倉のコメントを聞きながら皆が頷き、そして次々と歩き出した。

 

「お疲れだったね、ザジ」

「フェイトさん・・・あなたもです」

「は~~、私も疲れたネ」

 

戦いは終わった。

 

「私たちもがんばりましたわ!」

「まさか委員長たちまで出てくるとわね~」

「軍事研の方々もやるじゃない」

「へっ、ドッジ部も中々だったぜ!」

 

お疲れさまと健闘をたたえ合うダイグレン学園や本校の生徒たち。

 

「あ~、疲れた。もう、これっきりにしたいわね~」

「何言ってんだよ、ヨーコ。俺はいつでも大歓迎さ」

「だが、今日は流石に疲れました。そろそろ帰りましょうか?」

「そうだな、思う存分暴れまくった」

 

とことんまで燃え上がった戦いは、会場中全てを巻き込み、そして今終わったのだった。

 

「おい、ハゲ髭胸毛親父、さっさと来いよ。一杯奢ってやる」

「うう~~、カミナ~~」

 

泣き止まないロージェノムの肩を抱きながら、カミナは苦笑しながら手を叩く。

 

「おっしゃあ、テメエらケガ人は保健室に運んで、元気なヤツはついて来い! 弟分と妹分に手を貸してくれた礼だ! 番長喫茶出血大サービスでおごってやる!」

「そこの黒服たちも来なさいよ。喧嘩が終われば皆仲間よ!」

「「「「「「「「「「おおおおおおーーーーー!!」」」」」」」」」」

「どうする、ネギ?」

「勿論行きますよ! アスナさんや刹那さんたちも行くでしょ?」

「ふふ、ではカミナさんたちに奢ってもらいましょうか?」

「ネギ先生! 私たちも行きますわ!!」

「うわー、ダイグレン学園の奢りだって!」

「私たちも行くーー!」

 

祭りはまだ終わっていないのに、まるで一つの祭りが終わったかのように皆が笑顔だった。

 

『命懸けの愛! これに勝るものはなし! シモン選手、ロージェノム選手、ニアさん、そして偉大なバカやろうたち! この大会が成功したのは皆様のお陰です! ありがとうございました! では、またの機会にお会いしましょう! それでは皆さん、ごきげんよう!』

 

未だに熱気と興奮が冷め止まぬ中、まほら武道大会は幕を閉じるのであっ・・・・・・た?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待つネエエエエエエエエエエエエエエエエエ!! まだ本戦一試合も終わってないヨォォォォ!!?」

 

 

 

 

 

クラスメートも初めて見るほど、大慌てした超鈴音の声が響き渡った。

 

 

 

『あっ・・・すんませええええん、まほら武道大会本戦を忘れてましたァァァ!!? 皆さん、急いで会場に戻ってくださーーーい! つうか、参加選手も帰らないでくださーーーい』

 

 

 

とにもかくにも、予定より大幅に遅れたが、何とか大会は再開できたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう~~、すごいことになっちゃったな」

 

 

ニアを抱きかかえながら、学園の空を飛ぶシモン。

 

 

「ええ、凄いわ! 私たち、空を飛んでいるもの!」

「い、いや・・・そっちじゃなくて・・・・・まっ、いいか」

 

これからどうすればいいのだろう。しかし、二人に不安は何も無い。

 

「どこまで行こう・・・」

「ふふ、決まってるわ。シモン、私たち二人なら・・・」

「・・・・うん・・・」

 

この二人なら、もう大丈夫だ。

 

 

 

 

「「どこまでも!!」」

 

 

 

 

手にした明日への道を、シモンとニアは二人で進むのだった。

 




第一部「完」


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第二部 歴史の流れは知ったこっちゃねえ編
第34話 何かが動き出した


少年と少女は飛び立った。

立ちふさがる壁は殴って壊し、二人は二人の道を進んだ。

大勢の仲間たちに見送られて空の彼方へと飛び立った二人が消えた武道会のリングでは、ようやく武道大会の本戦という本来の企画が行われていた。

 

「さて・・・僕はもう行っても良いかい?」

 

観客席に居るフェイトはまるで本戦に興味を示さずにそう述べた。

 

「おいおいフェイ公。もうすぐ俺らの先公があの高畑と戦うんだぞ? 生徒として応援すべきじゃねえのか?」

 

立ち去ろうとするフェイトをカミナが止める。しかしフェイトは首を横に振る。

 

「いや・・・所詮は知れている。憤怒の渦を巻いて容赦なくシモンを叩きのめそうとしたロージェノム氏とは違い、高畑・T・タカミチは本当にただの試し合いをする気だ・・・そんなものに興味は無いさ」

「あん? ・・・良く分からねえな~」

「手加減だらけの茶番に興味は無いということさ」

 

フェイトは席から立ち上がり、この場を後にしようとする。

 

「ちょっと、フェイト・・・あんたホントに行っちゃうの?」

「まあね。・・・まあ・・・もしネギ君が勝ち上がりあのアルビレオ・・・いや・・・クウネル・サンダースというものと戦うのであれば・・・また戻ってくるよ」

 

フェイトは一度リングを見下ろして直ぐに背を向けて歩き出し、ザジの前を通り過ぎざまに声を掛ける。

 

「ザジ・・・僕は行くよ。超もシモンもニアもあの様子だし部活もクラスの出し物も無いだろうから、好きにさせてもらうよ」

 

そう言って立ち去ろうとするフェイトに対し、ザジは一言つぶやいた。

 

「・・・それならシモンさんとニアさんの様子を少し・・・」

 

その呟きにフェイトは足を止めた。

 

「様子を見て来いと? あの二人なら大丈夫だろ?」

「それでも・・・追っ手が・・・」

「・・・そうか・・・まあ、超が渡した道具もあるし、シモンなら大丈夫だと思うけど、気に掛けておくよ」

 

そう言い残してフェイトは立ち去っていく。

後に残されたダイグレン学園の生徒とザジは、ネギの試合を応援しないフェイトを少し薄情だと思う一方で、シモンを気に掛けたりと相変わらず掴みどころの分からない奴だなと感じていた。

すると、その時だった。

 

「ほう・・・ここの席は見やすいな」

 

フェイトが立ち去って空いたザジの隣の席に、誰かが不意に座った。

 

「ッ!?」

 

その人物を見た瞬間、ザジは驚愕の表情を浮かべて立ち上がった。

 

「座らせてもらうよ・・・・」

 

ザジのそんな顔は初めて見る。

だが、ザジが驚いた人物をカミナたちも見てみると、確かに驚くのは無理が無いほど怪しい人物だった。

 

「な、なんだ・・・こいつは?」

 

今日は学園祭ゆえに派手な仮装をしているものたちは多い。しかしこの人物の怪しさは際立っていた。

 

「め、珍しい仮装ね・・・」

「いや、怪しさ大爆発だろ・・・全身黒ずくめで・・・」

「黒のタートルネックに黒いズボンに黒い皮手袋に黒い靴・・・おまけに・・・黒い目出し帽を顔まで被ってやがる・・・ただの強盗にしか見えねえぞ!?」

 

そう、全身黒ずくめの謎の人物。怖いもの知らずのカミナたちも、ここまで見るからに怪しい人物は初めてだった。

だが、呆気に取られるダイグレン学園たちの傍らで、ザジだけは全身が硬直して固まっていた。

 

「・・・なぜ・・・ここに・・・」

 

ようやく搾り出せたのはその言葉。

 

「んだよ、ザジ公。こいつはテメエの知り合いか?」

「・・・・・・・・」

「おい・・・」

 

ザジは答えない。

一体この怪しい黒ずくめの男とザジがどういう関係なのかは知らないが、常に無口で無表情の謎に包まれたザジが珍しく動揺していることから、只者ではないことをカミナたちは感じ取った。

そして黒ずくめの男はザジの問いかけに答えぬまま、何かを取り出し膝の上に置いた。

思わず身構えてしまったカミナたちだが、黒ずくめの男が取り出したソレを見た瞬間、目が点になった。

 

「ここは飲食大丈夫だったね。先ほどの乱闘に目を奪われて昼食を食べてなかったのだよ」

 

黒ずくめの男が取り出したのは一枚の紙皿。その上には大量の麺が乗せられていた。

 

「あの~・・・ちょっと聞きたいんだけど・・・」

 

たまらずヨーコが口を開いた。

 

「何かな?」

「それ・・・何なの?」

 

ヨーコが恐る恐る黒ずくめの男の膝の上にある料理を指差した。すると男はさも当たり前のように答えた。

 

 

 

 

 

「あんかけスパゲティだよ」

 

 

 

 

 

「「「「「はあっ?」」」」」

 

 

 

 

 

「名古屋の名物・・・私の大好物なのだよ」

 

 

 

 

そしてその男は何のためらいも無く紙皿の上に盛り付けられた、あんかけスパゲティを割り箸ですすっていく。

 

「何なんだ~、この怪しい黒ずくめのアンスパ野郎は?」

 

そんな光景を見てカミナたちがようやく搾り出せたのはその一言だけだった。

 

「しゅるるるるる、うむ・・・うまい」

「・・・・・・・・」

「どうした、ザジ・レイニーデイ、お前も食べたいのか?」

「・・・・・・・・・」

「遠慮することは無い。どれだけ抗おうと運命は変わらぬ。生命は食欲という欲望には勝てずに己の欲望のままにメシを食らう。どれだけ制御しようともその先に待つのはただの空腹だけ。それが生命の限界。それが生命の真実だ」

 

動揺するザジにアンスパ野郎は何かわけの分からないことを言い出した。

要するに腹が減ったら食うと言いたいのだろうが、話が遠回り過ぎてカミナたちは首を傾げるだけだった。

だが、話についていけないカミナたちには聞こえぬぐらいの声で、あんかけスパゲティを食らうアンスパ野郎はザジに向かってボソッと呟いた。

 

「そう・・・このままでは運命は変わらぬのだ」

「・・・えっ?」

「研究機関がどれだけ計算しても、何もしなければ後10年足らずであの世界は崩壊する」

「ッ!?」

「君の姉も既に諦めている・・・どうやらもう動いているかもしれない」

 

あんかけスパゲティを食べながら何かを告げるアンスパに、ザジは言葉を失った。そして僅かに顔を俯かせて拳をフルフルと握った。

 

「希望は・・・無い?」

 

ザジが呟いたその言葉。

だが、アンスパは食べる手を止めて顔を上げてザジを見る。

 

「さて・・・それはどうかな?」

「・・・えっ?」

 

そしてハッキリと呟いた。

 

「研究機関の計算でも・・・決して計算しきれぬことがこれから起こり始める。計算で導き出せるものではないのだよ、希望も・・・そして愛とやらもな」

「それは・・・一体・・・」

「道理どおりにいかぬイレギュラーが変えるかもしれぬ・・・何かをな・・・20年前の魔法世界で・・・あいつが私を変えてくれたようにな・・・」

 

アンスパは空を見上げた。そしてシモンとニアが飛び立った方角を眺めた。

 

『さ~~て、お集まりの皆様、まもなく注目の一戦が始まります!! 片や不良たちの間では知らぬものなき恐怖の広域指導員、高畑.T.タカミチ!! 片や昨年度から麻帆良学園に赴任してきた噂の子供先生、ネギ・スプリングフィールド!! このような公の舞台に姿を現すのは初めてです!!』

 

アンスパとザジの会話などアッサリと打ち消すような大歓声が会場に上がる。

テンションの高い朝倉の言葉で、一度は燃え尽きかけた会場の熱気もどうやら再び取り戻されたようだ。

カミナたちも立ち上がって声援を送る。

舞台には子供の授業参観のような気分のタカミチと、少し緊張気味なネギが立っていた。

 

「さあ、見せてみろ・・・私を変えたシモン・・・そのシモンが尊敬すると言った君の力をな・・・」

 

大歓声が響く会場で、アンスパは小さくそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてその頃・・・

 

会場から飛び出して自由となった二人は・・・

 

「居たぞーーー! お嬢様と例のシモンだ!」

「捕まえろーー! 捕まえただけで7桁の賞金がもらえるんだからな!」

 

黒服たちに未だに追いかけられ、愛の逃避行を繰り広げていた。

 

「うう~、しつこいな~、でも、グレンウイングで飛んで逃げても戦闘機で追いかけられるし」

 

ニアをお姫様抱っこしながら、シモンは祭りの中を逃げ回っていた。

ロージェノムの追っ手はしつこく二人を追い掛け回し、中には賞金に目がくらんだ生徒たちも混じっている。

もっとも、大半の生徒たちは先ほどまでの武道大会のシモンとニアの愛の姿に感動し、逃げる二人に声援を送ったり冷やかしたりしているために、追いかけてくる生徒はごく一部だ。

しかしそれでも後を耐えぬ追っ手に、ニアは可愛らしく頬を膨らませた。

 

「まったく、どうして皆さんは私とシモンの邪魔をしたいのかしら?」

 

シモンの腕の中でニアはプンプンと怒った。

 

「それはやっぱり・・・ニアはお嬢様だもん」

「違うわ、シモン」

「えっ?」

 

ニアは人差し指でシモンの鼻先に触れながら、ニッコリと笑った。

 

「私はお嬢様じゃない、あなたのニアよ」

 

そうほほ笑んでくれるニアに、シモンは疲れも吹っ飛び、思わず抱きかかえる手に力を入れた。

 

「ニア!」

「ええ!」

 

ニアを抱きしめて力が漲る。今のシモンに怖いものなど何も無く、人一人を抱えているとは思えぬほどのスピードで追っ手たちを引き離していく。

 

「な、何てスピードだよあの小僧!? お嬢様を抱えながら・・・」

「くっ・・・あれが噂の合体か・・・」

 

決して追いつけず、そして引き離せない二人の愛。

あまりにも引き離されてしまい、黒服や他の生徒たちも次第に足を止めてしまったのだった。

 

「シモン、すごいわ! みんな諦めたのかしら?」

「分からないよ。でも、油断は出来ない。それに昼間はさっきの武道大会の所為で目立ちすぎるから直ぐに見つかっちゃうよ」

 

後続を引き離したものの、少し気になって何度もチラチラとシモンは心配そうに振り返る。

それにシモンの言うとおり、先ほどまでの武道大会の所為でシモンは今では学園で知らぬものは居ないほどの有名人になってしまったため、外を歩けば直ぐに騒がれてしまう。

このままウロチョロしていて大丈夫なのかと、少しシモンは考えた。

 

「なら、どこかに隠れたらどうかしら?」

「えっ?」

 

考えるシモンに、ニアはアッサリと告げる。

 

「夜になれば目立たないから、夜になるまでどこか静かな場所で隠れるのはどうかしら?」

「でも、せっかくの学園祭だよ? ニアも色々と見たいんじゃ・・・」

 

するとニアはシモンの首に両手を回し、頬をシモンの肩に乗せた。

 

「ええ、そうね。でも、夜の方がとても素敵でロマンチックなイベントもあるし、何より私はシモンと一緒ならそれだけでいいの」

「え・・・」

「それともシモンは違う? お祭りを楽しみたいの?」

 

答えなんて分かりきっているというのにニアは聞いてくる。恐らくはシモンの口から直接聞きたいのだろう。

シモンの告白を受けてからは更に甘えるようになったニア。

彼女に対し、ロージェノムと戦って気恥ずかしさを捨てたシモンは、少し照れながら答えた。

 

「き、決まってるよ・・・俺だってニアと一緒なら・・・むぐっ」

 

全てを言い終わる前にニアがより一層抱きついてきた。

 

「ええ、そんなの分かってるわ。私とシモンは一心同体だもの」

 

その時、気づいたら周りがし~んとしていることにシモンは気づいた。

 

(あっ・・・)

 

そうだ、一応ここは天下の往来だ。

ましてや今では自分もニアも有名人だ。

恐る恐るシモンが顔を逸らすと、周りの人たちはコーヒー飲んだまま固まったり、フランクフルトにかぶりつきながら呆れていたり、クスクスと笑う生徒たちや写メを撮る人たちの視線を一身に受けていた。

 

「あ・・・あの・・・その・・・」

「どうしたの、シモン?」

「ニア・・・その・・・皆が見てるけど・・・」

「それはいけないことなの?」

「えっ・・・いや・・・そんなことはないけど・・・」

 

だというのにニアは一切気にしていない。

 

「ん~~、シモン~」

 

それどころかよっぽど今の態勢が好きなのか、とても心地よさそうにシモンに抱かれていた。

そんな光景を見ては周りの野次馬もキャーキャー言い出す始末だった。

そうなれば、以前よりは恥ずかしがらなくなったシモンも普通に恥ずかしくなってきた。

 

「ニ、ニア~・・・その・・・うれしいけど・・・やっぱちょっと恥ずかしいよ・・・」

「私は恥ずかしくないわ?」

「お、俺が恥ずかしいんだよ・・・その・・・ちょっと今はさ・・・」

 

視線に耐え切れず、シモンは少し申し訳なさそうに照れながらニアを下ろそうとする、だがニアはムッとしてシモンの首に回した両手を離さない。

 

「嫌、私はもう二度とシモンとは離れないの」

「うっ!?」

 

シモンはそんなの反則だと心の中で思った。

好きな女にそこまで言われてしまえば最早苦笑するしかなかった。

 

「居たぞーーー! こっちだ!」

「お嬢様ァ!!」

「囲め囲めーー、取り囲めーー」

 

そんな二人の空気を壊すかのように、黒服たちの追っ手が次々と現われてきた。

 

「まあ」

「あっ・・・・うう~~~くっそ~~~!」

 

シモンは再びニアを抱きかかえて走り出した。

 

「し、知らないからな~、ニア!」

「?」

 

走りながらシモンはニアに叫ぶ。

 

「ほ、本当にこの先何があっても離さないよ? そ、それでいいだな?」

 

もうやけくそとばかりに叫ぶシモンの声は、周りの野次馬たちにもしっかりと聞こえている。

そんな叫びに対してニアはシモンの胸に顔を埋めて小さく頷いたのだった。

 

 

「・・・・なんだ・・・・・・・ラブラブじゃないか・・・・」

 

 

二人の愛の逃避行を建物の屋上から見下ろすのはフェイト。ザジに言われたように、本当にシモンとニアの様子を見に来たようだった。

 

「ザジに言われて探しにきたけど・・・これなら心配いらないね」

 

追っ手には追われているものの、どうやら要らない心配のようだと判断し、フェイトはその場を後にしようとした。

だが・・・

 

「ん?」

 

その時、シモンがニアを抱えて逃げている方角に、フェイトはあることを気づいた。

 

「あの先は図書館島しか・・・」

 

シモンとニアが逃げている先にあるのは、湖の上に浮かぶ巨大な建物。

麻帆良図書館島。

 

「まずいね・・・あそこへの通路は一つ・・・」

 

図書館島は湖に浮かび、巨大な橋で繋がっている。そのために橋を封鎖されれば逃げ場所は無い。

それに気づいた瞬間、フェイトは大きくため息をついた。

 

「・・・はあ・・・世話が焼ける・・・」

 

何故自分がここまでしなければならないのか分からない。

別にほっておいてもシモンとニアなら大丈夫な気がしていた。

だが、どうしてもこのまま二人を無視していくことが出来なかった。

少なくともこの時は、何か嫌な予感がしたのだ。

そしてその勘は正しかった・・・

 



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第35話 駆け落ち先はスゲーとこだ

麻帆良図書館島

明治の中ごろ学園創立と共に建設された世界でも最大規模の巨大図書館。

大戦中の戦火を避けるべく世界各地から様々な貴重書が集められ、蔵書の増加に伴い地下に向かって増改築が繰り返され、現在ではその全貌を知るものは居なくなった。

地下何十階と続くこの広大な図書館は、最早一種のダンジョンと化していた。

この巨大図書館の全容を知るために、この学園では図書館島探検部などというものが発足されているぐらいだ。

 

「どこだーーーー!」

 

その図書館島の壁をシモンは・・・

 

「くそーー、この穴の中にも居ない・・・って言うかこんなに穴だらけだとどこに逃げられたか分からん!」

 

その図書館島の壁をシモンは容赦なく掘りまくった。

とにかく壁に穴を開けて手当たり次第に進みまくった。

この図書館島はダンジョンゆえに途中で罠があったり道が途切れていたりと困難な道が続いている。

しかしそこは、穴掘りシモン。

正規のルートではなく、壁に穴開けて地中をドリルで掘り進みながら逃げていた。

 

「こんな所で超がくれたドリルが役に立つなんて・・・」

 

図書館島の地中をハンドドリルで掘り進むシモン。その傍らにはニアがいた。

 

「でも、随分逃げてきちゃったな・・・時間を見てちゃんと帰らないとな・・・」

「ふふふ、そうね。きっとその頃にはお父様の追手の人たちも諦めてるわ」

 

今頃は地上ではお祭りで学園中が賑わっているというのに、気づけば自分たちは地中の中に居た。

だが、それを苦だとは思っていない。

それは二人の表情が物語っていた。

そう、二人なら大丈夫。

例えどこへ行こうとも、どこに居ようとも、二人なら大丈夫。

そうこの先何があっても・・・

 

「あれ?」

「どうしたのシモン?」

「・・・空洞が・・・」

 

地中を闇雲に掘り進んでいたシモンのドリルの刃先が、何かを貫いた。そう、穴が貫通したのだ。

 

「ッ、ニア!?」

「えっ?」

 

下へ下へと掘り進んだドリルは、何と地下にある巨大な広場を掘り当ててしまった。

広場の天井の真上から床に落下するシモンとニア。少し天井からの距離があったが、シモンはニアを抱き寄せ、何とか着地に成功した。

 

「ニア、大丈夫か?」

「え・・・・ええ・・・・でもシモン・・・ここ・・・一体何かしら?」

「・・・ああ・・・」

 

シモンとニアは不思議そうに掘り当てた巨大な広場を見渡した。

図書館島は広大で地下何十階へと続くほど広いと聞いていたために、これぐらいの広場が地下にあってもおかしくは無いのだが、シモンとニアはこの空間に奇妙な感覚を覚えずにはいられなかった。

 

「何で・・・図書館島だよな・・・」

「ええ・・・何故本棚どころか、本が一冊も無いのかしら?」

 

そう、図書館島が地下何十階へと続くのは、膨大な量の蔵書を保管するためである。だからこそこの広場もそのうちの一つだと思った。

だが、ここには本が一冊も無い。

あるのは、妙な遺跡のような岩とサークルだけだった。

 

「何だろうここ・・・この遺跡も・・・この空間も・・・何だか不気味だな・・・」

「でも、何かしら・・・このサークルのようなもの」

 

広場の中心地点まで移動し、改めて部屋全体を見渡す二人。

なんだか不気味な感覚が拭い取れず、自然と二人は手を繋いでいた。

ここは一体何なのか?

ここは一体どこなのか?

少し不安で二人の口数がなくなった頃、誰も居ないと思っていたこの空間に、声が響いた。

 

 

「まったく・・・ザジに言われて探してよかった。とんでもないものを掘り当てたね」

 

「「ッ!?」」

 

 

やれやれといった口調で現われたその人物は、二人の良く知る人物だった。

 

「フェイト!? どうしてここに!?」

「フェイトさん! ・・・・・・・どうして泥だらけなのですか?」

 

フェイトは膝や髪の毛に土がかかって、そのことについて尋ねると不機嫌そうに怒った。

 

「君たちを追いかけて穴の中を這って進んだからだよ」

 

どうやらシモンたちが開けた穴を通って追いかけてきてくれたようだ。

 

「そうか・・・でもよく分かったな。一応追っ手を誤魔化すために色々なところに穴を開けたのに・・・」

「ふん、常人には聞こえないかもしれないが、僕の耳なら君のドリルの音を聞き取れるからね・・・まあ、それはいい。問題はここだよ」

 

フェイトは少し冷たい瞳をしている。

まるで初めて会ったときと同じような瞳でシモンとニアを見ていた。

 

「シモン、ニア・・・今すぐこの場から立ち去ろう。ここは君たちが関わっていいものではない」

 

広場の中心に居る二人に向かってフェイトは告げた。

 

「な、何だよ・・・お前はこれが何か知っているのか?」

「・・・・・・」

「フェイト!」

「・・・・知る必要のないことだよシモン・・・」

 

それはまるで壁だ。

見えない壁だ。

フェイトが転校してきて、少しずつ溶けてきたかに思えたフェイトとの壁がここに来て強固になったような気がした。

まるでフェイトが居る世界に、シモンとニアを絶対に入れさせないかのような拒絶の壁。

 

「何でだよ・・・ここはただの図書館島の地下にある広場・・・それだけじゃないのか?」

「・・・・・・・」

「フェイト・・・そんな風に俺たちと壁を作るような、そんなところなのか?」

 

フェイトは全てを知っている。そしてその真実からシモンとニアを遠ざけようとしている。

シモンにはそれが寂しかった。

 

「何を隠してるんだよ・・・フェイト・・・」

 

別にこの場所が何であろうと、フェイトが帰ろうといえば普通に帰っただろう。

ここがどんな場所であろうと、無理して調べようとするほどのことでもなかった。

シモンにとって寂しかったのは、明らかに重要なことを自分たちに隠して、何も言わずに遠ざけようとするフェイトの態度だった。

だがフェイトもまた、シモンのその瞳に思わず顔を背けながら、小さく呟いた。

まるで懇願するように・・・

 

「頼む・・・何も聞かないでくれ・・・そしてここで見たことは全て忘れるんだ。シモン・・・ニア・・・僕を友だと思ってくれるのなら・・・この場所のことだけは忘れて・・・!?」

 

だが・・・・

 

「・・・えっ?」

 

その時だった!

 

「見て! 何か光っているわ!」

「な、何だよこれ!?」

 

空間に異変が起こった。

 

「バ、バカな・・・」

 

フェイトが全てを言い終わる前に、空間が・・・いや、今自分たちが両の足で立っている地面が光り輝きだし・・・

 

「どういうことだ!?」

 

空間に巨大な紋様が浮かび上がった。

それを見たフェイトは取り乱したように叫んだ。

 

「バ、バカな!? このゲートはもう作動しないはず! 20年前に封印されたはずでは!?」

「フェ・・・フェイト?」

「いや、いくら破棄されていないからといって・・・! そうか! 世界樹の魔力! 今年は22年に一度の大発光の時期! その巨大な魔力の影響を受けて、封印されたゲートに影響が!?」

 

フェイトはシモンとニアでは理解できない言葉で何かを叫んでいる。

 

「し、しかも何だ・・・この魔法陣は・・・アレはただの転送用の陣ではない・・・妙な複雑な術式までかかっている・・・どういうことだ!?」

 

いつも冷静なはずのフェイトのこの取り乱しようから、何か尋常で無い事態が起ころうとしていることだけは分かった。

更に・・・

 

「・・・シモン・・・あなたの背中も何か輝いているわ?」

「えっ、うそ?」

「そのグレンウイングよ。グレンウイングから光が・・・・あれ? 何かしら・・・グレンウイングの窪みに時計が挟まって、それから光が漏れているわ」

 

超がくれたグレンウイングからも光が漏れだした。

シモンが慌ててグレンウイングを外して光の原因を見ると、ニアの言うとおり、グレンウイングに装着されている懐中時計のようなものから光が漏れていた。

 

「本当だ、こんなところに時計が・・・こんなの気づかなかった・・・でも・・・何だろう・・・これ」

「見せてくれ!」

 

シモンも何がなんだか分からず首をかしげているところにフェイトは割って入り、問題の時計を見る。

そしてフェイトは目を見開いた。

 

「これは・・・この時計からも妙な魔力が・・・シモン、これを一体どこで!?」

 

乱暴にシモンの胸倉を掴むフェイトの表情は本当に切羽詰っていた。

 

「えっ? これは超がくれたグレンウイングだけど・・・」

「超だと? 彼女は一体何を・・・いや、・・・いや、この懐中時計の魔力もゲートに共鳴して光っている! まずい・・・急いでこの場から離れるんだ! 速く!」

「えっ?」

 

その瞬間、天井に浮かび上がった巨大な紋様から光の柱が降り注ぎ、シモンとニアとフェイトを包み込んだ。

 

「こ、このままじゃ・・・シモン! ニア! 急いで僕の手を掴むんだ!」

 

フェイトは必死に二人に向かって手を伸ばす。

シモンとニアも言われるがまま、とにかくフェイトに向かって手を伸ばす。

 

「急ぐんだ! 魔法陣が複雑に歪んでいる! このままではどこに飛ばされるか・・・・・!」

 

だが、時既に遅し。

シモンとニアがフェイトの手に触れようとした瞬間、完全に三人を包み込んだ光の柱がその手を阻み、三人は光の中に消えた。

 

「シモン! ニア!」

 

 

そしてフェイトの叫びを最後に、シモン、ニア、フェイト、この三人の姿は麻帆良学園から完全に消えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは・・・・・・・・・」

 

 

 

自分は先ほどまで図書館島の地下に居たはずだ。

だが、巨大な光の柱に包まれたと思ったら、次の瞬間シモンは大草原の上に立っていた。

空は暗く日は既に沈んでいる。

こういうのを黄昏時というのだろう。

しかし先ほどまで地中の中に居ると思っていたのに、これはどういうことだ?

 

「どこなのかしら・・・」

 

隣にニアが居ることにようやく気づいた。それほどシモンはこの状況に戸惑っていた。

 

「ニア!?」

「私たち手を繋いでたから離れなかったのね・・・でもここ・・・どこなのかしら? 私たちさっきまで図書館島に・・・」

「ああ・・・それに・・・フェイト!? フェイトが居ない!?」

 

最後の瞬間を思い出す。必死にニアと一緒に伸ばした手は、フェイトの手まで届かなかった。

 

「まさか俺たち・・・はぐれて・・・いやいや、そもそも一体何がどうなっているんだ?」

 

フェイトが見せていた態度を思い出す。

フェイトなら恐らく何がどうなっているのかを分かっているのかもしれない。

その何かを知られたくなくて自分たちを遠ざけた。そこまではいい。

しかし、さっきまで地下世界に居たはずの自分たちが一瞬で地上に居るなど・・・

 

「こんなの・・・まるで魔法みたいだ・・・」

 

どれだけ考えても何がなんだか分からぬシモン。

 

「ねえ・・・シモン・・・アレは学園祭の出し物なのかしら?」

 

考え込むシモンの服の裾をニアが引っ張った。

 

「ん?」

「ホラあれ。お空に大きな鯨がたくさん飛んでいて、大きな人が歩いているわ」

「えっ・・・何を言ってるんだよ、ニア・・・・・・・・って!?」

 

ニアののほほんとした声に振り返り、ニアが指差す方角を見たシモンは、次の瞬間絶叫した。

 

「なななななな、何だよあれエエエエ!?」

 

そこにはシモンの人生でこれまで一度も見たことの無いものが、景色を埋め尽くしていた。

山に匹敵するほど巨大な鯨が空を飛行し、さらに巨大な人どころではなく、正に巨大な巨人の怪物を吊るしている。

そして鯨は次々と吊るしていた巨人を地上へ落とし、巨人はその巨大な両の足でズシンと大地を揺るがし広大な森林の木々を踏み倒しながら歩き始めたのだ。

 

「まあ、すごい! 一体どこのクラスの出し物なのかしら?」

 

ニアは相変わらず能天気に目を輝かせているが、シモンは震えていた。

シモンとて目の前に広がる光景が何なのかは分かっていない。ただ、全身の細胞が告げていた。

 

(あれは・・・学園祭の出し物なんかじゃない!? それにここ・・・麻帆良学園でもないぞ!?)

 

それは直感だった。だが、本能でヤバイと感じ取ったシモンは慌ててニアの手を掴んだ。

 

「ニア、急いでここから逃げるぞ!」

「えっ?」

「ここはなんだか知らないけど、とにかくヤバイぞ! 逃げるんだ! ここがどこなのかの問題は後だ!」

 

シモンはグレンウイングの翼を広げ、再びニアを抱きかかえて飛び立った。

それはロージェノムや黒服たちから追いかけられているときの逃亡とはわけが違う。

 

(こんなの・・・こんなのまるで・・・)

 

それはまるで戦争から命惜しくて逃げ出すのと同じようなものだった。

 

「シモン・・・・・・・・・・ここは・・・・・麻帆良学園ではないわね」

「黒ニア!?」

「状況は全て見ていたわ。だけど・・・これは一体何がどうなっているのかしら・・・・」

 

シモンの腕の中でニアの人格が黒ニアに変わった。こういう言い方は少し変かもしれないが、こういう時は冷静で頭の良い黒ニアの存在はありがたかった。

だが黒ニアも目の前に広がる光景を見渡しながら黙り込んでしまった。

 

「黒ニア・・・黒ニアにも分からないのか?」

「・・・・ええ・・・フェイトなら何かを知っていると思うけれど・・・・」

「やっぱりフェイトが・・・」

 

だがここにフェイトは居ない。

まったく何も分からぬ場所でシモンたちはどうすればいいのか分からなかった。

だからこそ、空を飛んでみたもののどこへ行けばいいのかも分からない。

 

「とにかくあの巨人や鯨・・・あれから遠ざかるように逃げて、人を探すのよ。まず誰かから話を・・・・・・・・」

 

その時、辺りをキョロキョロ見渡していた黒ニアの首が、ある方角を見たまま固まった。

 

 

「黒ニア?」

「シモン・・・・・・・・あれを・・・・」

 

黒ニアはある方角を指し示した。それは巨人や空飛ぶ鯨が目指している方角の直線状に存在していた。

 

「塔?」

 

そこにあったのは、巨大な巨人の大きさに匹敵するほどの塔だった。

 

「明らかに人工的に作られたもの・・・ならば・・・」

「そうか、あそこになら誰かが居るんじゃないか!?」

「ええ! でも・・・まずいわ、あの巨人・・・ひょっとしてあの塔を壊そうとしているんじゃ・・・」

 

そう、黒ニアの言うとおり、明らかに巨人は塔を倒そうと手を伸ばそうとしている。

そして良く見れば他の巨人や鯨も、その塔を破壊しようとしているのではないかと感じた。

だからこそ・・・

 

「ああああーーー! ま、まずいじゃないか!? もしあの塔に誰かが居たら・・・」

「急ぎなさい、シモン!」

 

そこに誰が居るかは知らない。大体危険すぎる。

だが、気づけばシモンは飛んでいた。

そこに誰がいるかは分からないが、いるかもしれない誰かを助けるために飛んでいた。

 

「見て、シモン! あの塔のてっぺん!」

「ああ、人がいる! 何か変なローブみたいなのを羽織っているけど、確かにアレは人だ!」

 

塔に近づくにつれてシモンとニアは塔の頂上に人の存在を確認することが出来た。

そして目に入った瞬間、余計に力が入った。

巨人が容赦なく拳を振り上げて頂上に居る人ごと塔をなぎ倒そうとしている。

そんなことはさせない。

 

「黒ニア! 絶対に俺から離れないで!」

「今更何を言っているの、シモン! 何があっても離れないわ!」

 

グレンウイングを加速させ、シモンはハンドドリルを構えて、ニアを抱えたまま塔をなぎ払おうとする巨人目掛けて飛んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい・・・・・なんだアリャ?」

 

 

そんなシモンとニアの飛行を、少し離れた草原の上から三人の男たちが眺めていた。

 

「さあ、分かりません。何者かがあの鬼神兵に突撃しようとしているようですが・・・」

「おい・・・よく見るとまだ若いぞ、あの二人!」

「ちい、早まりやがって! おい、俺たちも行くぞ!」

 

三人の男たちも駆け出した。シモンとニアの後を追いかけ、塔を目指して猛スピードで駆けていく。

 



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第36話 さあ、世界も歴史も変えてやる!

「シモン・・・あの巨人ですが・・・」

「大丈夫! ただのデカブツだ! あんなにデカクても・・・いや、デカイからこそ掘るべきポイントが分かりやすい!」

 

武道大会で穴掘りシモンとして覚醒した今のシモンは、この見知らぬ世界に戸惑っていたものの、ドリルを構えた瞬間に自信に満ちた表情になった。

そして、不安に感じないのはそれだけではない。

 

「それに、今の俺には超のドリル・・・そして、お前が居る!」

 

今は自分の傍にニアが居る。何も不安に感じることなど無い。

 

「ええ! 私たち二人なら、宇宙が敵でも最強です!」

 

黒ニアも真剣な眼差しで頷いた。

 

「何がなんだか分からぬ壁も!」

「二人の愛なら、壊せぬ壁などあるものか!」

 

ドリルを回転させ、シモンと黒ニアは雄叫びを上げながら巨人に突進する。

 

「「俺(私)たちを誰だと思ってやがる!!」」

 

突進する二人の体を緑色の光が包み込む。

まるでロージェノムと戦ったときと同じように、いや、今はその時以上の力強さを感じ、溢れ出している。

それはニアが居るからなのか、ドリルがあるからなのかは分からぬが、二人の愛の叫びの特攻は、二人の何十倍もの質量のある巨人の腕を跳ね飛ばした。

 

「よっし!」

「流石ね・・・・いえ、まだね・・・」

 

巨人の腕を弾き飛ばした二人だが、巨人はバランスを崩されただけで、直ぐに態勢を立て直した。

 

「くそ・・・やっぱりでかすぎる・・・」

「大丈夫。私たちの愛のほうが大きいわ」

「はは・・・そうだな・・・・」

 

残念ながら巨人を倒すどころか、目に見えるダメージも無い。当然といえば当然かもしれないが、それでもシモンとニアの目には不安は無い。

ここがどこだか相手が何なのかはまったく分からなくとも、自分たちを誰だと思ってやがると巨人に、空飛ぶ鯨に、そしてこのわけの分からぬ世界に飛ばされて自分たちの心に襲い掛かった不安に向かって二人は叫んだのだった。

すると・・・

 

「何者だ、お前たちは!?」

 

シモンたちの背後に聳え立つ塔の頂上から人の声が聞こえた。

 

「良かった・・・やっぱり人がいた・・・・」

 

シモンと黒ニアが振り返ると、塔から数名のローブを羽織った者たちが姿を現して叫んだ。

声からして少し年配の男といったところだろう。

そして男たちもまた動揺しているのか、口調が荒かった

 

「な・・・いや・・・それよりもそなたたちはどこの国の者だ!? どこの組織の者だ!?」

「えっ・・・国? 組織?」

「寝ぼけるな! 何ゆえ我々を助けた! 言え、何が目的だ!?」

 

せっかく助けたというのに随分と酷い言われようだった。

だが、何で助けたかなど言われても困る。

 

「だって・・・危なかったじゃないか・・・」

 

シモンも少し困ったような表情になりながら、黒ニアを抱えながらゆっくりと塔の頂上に着地しようとする。

だが、その瞬間ローブの男たちは掴みかかってきた。

 

「な、き・・・貴様ら、神聖なるこの場所に足を踏み入れるな!」

「ええ、一体何なんだよーーー!?」

「あなたたち・・・ここがどこなのか、あなたたちが誰なのかは知りませんが、シモンに僅かでも危害を加えるようであれば・・・・・・・・えっ!?」

 

シモンに掴みかかった男に黒ニアは殺気を滲み出した冷たい瞳で睨もうとしたが、次の瞬間黒ニアは表情を変えた。

 

「・・・・・あ・・・・・・えっ?」

「く、黒ニア?」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

黒ニアは体を震わせながら、歩き始めた。

 

「き、貴様、何を・・・「邪魔です」・・・なっ!?」

 

勝手に歩き出した黒ニアの前に他のローブの男たちが立ちはだかろうとするが、黒ニアは強引に彼らを掻き分けて、この空間の中心の前で足を止めた。

 

「あっ・・・・あなたは・・・・」

 

黒ニアが足を止めたそこには、一人の少女が手足を鎖に繋がれて座っていた。

 

「どうしたんだよ、黒ニア?」

 

明らかに様子がおかしい黒ニアにシモンも駆け寄った。そして少女が目に入った瞬間、シモンも固まった。

 

「アッ・・・・あれ・・・君は・・・・」

「シモン・・・これを・・・どう判断しますか?」

 

シモンと黒ニアの目の前には一人の少女が鎖で繋がれていた。

 

「え・・・・ええええッ!?」

 

エキゾチックな民族衣装に身を包んでいるし、自分たちの知っている少女とは年齢が違う。

自分たちの知っている少女はもっと大きい。

しかし目の前に居る鎖で繋がれている少女は、二人の知る人物と顔が酷似していた。

 

「君・・・名前は?」

 

恐る恐る尋ねるシモン。

すると少女は無機的な表情、無機的な声でその問いに答えた。

 

 

「アスナ・・・」

 

「・・・えっ?」

 

「アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア・・・」

 

 

少女の言葉に、シモンと黒ニアは口をパクパクさせて互いを見合う。

 

「・・・シモン?」

「いや・・・いや・・・た、確かに顔は似てるけど、全然雰囲気も背丈もあの子とは違うじゃないか!?」

「そ、・・・そうね・・・・ただの偶然・・・・」

 

黒ニアですら口元が震えている。シモンが動揺しないはずがない。

 

「こら、貴様ら! 黄昏の姫巫女に近づくな!」

「えっ・・・黄昏の姫巫女?」

 

ローブの男たちが焦った声でシモンとニアをアスナという少女から引き離そうとする。

 

「そうだ、貴様らまさか黄昏の姫巫女を攫いに来たのでは・・・」

「な、何だと!? まさか完全なる世界(コズモエンテレケイア)の手先か? それともメガロメセンブリアの間者か!?」

「お、おい、何をやっている、外を見ろ! 敵がまだまだ来るぞ! 防御結界を早く!」

「おのれ~~」

 

もう何がなんだか分からない。

アスナという少女から自分たちを引き離そうとする者たちも、攻めてくる巨人や大軍に焦っているものたちも、そして最早シモンと黒ニアも含めて全員テンパってた。

 

 

「ああああ~~~~もう、一体何がどうなってるんだよオオオオオオ!!??」

 

 

頭を掻き毟りながらわけが分からずに叫ぶシモン。

だが、そんなシモンたちの前に、更なるわけが分からぬ事態が襲い掛かった。

 

 

 

「オラアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

 

それは正に衝撃的だった。

 

「おいテメエ。さっきの特攻は中々だったぜ。後は俺たちに任せな!」

 

雷のような轟音を響かせて、巨人が両断された。

シモンのドリルでもバランスを崩すだけで精一杯の巨人を、その男はまるでテーブルの上の料理をなぎ払うかのように容易く巨人を蹴散らした。

その男はシモンのようなグレンウイングもないのに空に浮き、杖のようなものを持っている。

白いマントを靡かせて、塔にいる自分たちを守るかのように襲い掛かる大軍の前に立ちはだかるその男は、アスナという少女同様に自分たちの良く知る少年と同じ髪の色をしていた。

 

「お、お前は一体・・・・」

「ん? 俺様を知らねえのか? ちった~有名人になってるかと思ったのによ」

 

自分たちに振り返るその男はまだ若い。まだ、少年のような幼さを持ち、シモンと近い年齢に見えた。

そしてこれまた自分たちが良く知る10歳の少年の顔と似た顔立ちをしていた。

 

「な・・・・!」

「どういう・・・こと・・・」

 

その男の顔立ちを見た瞬間、シモンとニアは衝撃を受けてしまった。

 

「お、おおお!」

「お前はまさか、紅き翼(アラルブラ)・・・千の呪文の!?」

 

口を開けたまま固まってしまったシモンと黒ニアの傍らで、ローブを羽織った老人たちが現れた男を見た瞬間声を上げる。

 

「何だ・・・やっぱ有名じゃねえか」

 

男は老人たちの言葉にニッと口元に笑みを浮かべて、自信満々な少年のような笑みを浮かべて叫んだ。

 

「そう! ナギ・スプリングフィールド! またの名をサウザンドマスター!!!!」

 

そう、これが全ての始まりだった。

 

「えええええええええええ!? ス、スプリングフィールド!? でもナギって・・・ネギじゃなくて!? えっ・・・でもまさか・・・あの人、先生の・・・」

「・・・ええ、あの顔つき・・・まさかネギ・スプリングフィールドの兄弟? いえ・・・それとも親戚か何かでは・・・」

 

シモンとニアのテンパリ具合は半端ではない。

しかしそんな二人を置いてきぼりに現われたナギという男、そしてそのナギという男に続いて現われた二人の男。

一人はローブを羽織、一人はメガネをかけた剣士まで現われ、三人で次々と怪物たちを蹴散らしていく。

 

「安心しな、俺たちが全部終わらせてやる」

 

正に圧巻だった。

自分たちと同じ人間とは思えぬほどの圧倒的な力で三人は次々と敵を蹴散らしていく。

まるで映画を見ているような光景だった。

しかしシモンは少し震えながら黒ニアの手を握ると、動揺しながらも黒ニアもしっかりと手を握り返してきた。

そう、この温もり・・・やはり夢でも幻でもない。

目の前で繰り広げられている光景は、紛れもなく現実だった。

 

「おう、どうしたんだよお前ら。安心して気が抜けたか?」

「えっ?」

 

敵の手が一段楽したのか、ナギと二人の男が塔の中まで入ってきた。

 

「それにしても・・・お前らスゲーな。ドリルで鬼神兵に突っ込む奴なんざ初めて見たぜ。・・・名前は?」

「えっ・・・名前? 俺は・・・シモン。この子はニアだ」

「へえ、シモンとニアか。しかしその格好を見る限りオスティアの人間でも無さそうだな・・・お前ら一体誰なんだ? それにさっきのドリルは魔法じゃ無さそうだが何だったんだ? それに何でこいつらを守ったんだ? 死ぬかもしれなかっただろ?」

「え・・・え~~っと」

 

ナギは次々と質問してくるが、既に混乱気味のシモンにも黒ニアにも答えられるはずもなく、既にオロオロしていた。

 

「こらナギ、威嚇するな」

「ああ~? 何だよ、詠春! 威嚇なんかしてね~よ、ただちょっとこいつらが気になっただけだ」

 

質問攻めしてくるナギの頭を掴んで落ち着かせるのは、メガネを掛けた剣士。こちらの人は見たことない人だった。

 

「えっとシモン君にニア君だな? こいつが失礼をした。私の名は近衛詠春だ。それでこっちはナギ」

「えっ・・・は、はあ・・・・ン? 近衛ってまたどっかで聞いた事があるような・・・・」

 

ナギとは違い随分と落ち着いた大人の物腰の男は詠瞬と名乗り、雰囲気からして話が通じそうな気がした。

 

「おやおや、二人とも、どうやら敵の手はまだ終わっていないようですよ?」

 

そしてナギと詠春に続き、ローブのフードを被っている男が外を見ながら呟いた。

 

「ん? ちっ、ゾロゾロと来やがって。だが、上等だ。全部まとめて蹴散らしてやらァ!」

 

外には先ほどナギたちが相当の数の化け物たちを倒したというのに、未だに敵がゾロゾロ集まりだした。

それを見てナギは一度舌打ちをするが、これだけの大軍を前にして臆するどころか自信満々に叫んだ。

そしてナギは振り返り、鎖で繋がれているアスナの傍へ行き、腰を下ろして微笑んだ。

 

「よう、嬢ちゃん。名前は?」

「・・・また?」

「はあ? また?」

「・・・・・・・・・・・・・アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア・・・」

「おお、長げえな・・・だが、いい名だな、アスナ」

 

そう笑ってナギは立ち上がる。

 

「おう、シモン、ニア! 俺らはちょっくらあの雑魚共蹴散らしてくる。それまではこのアスナを頼む。テメエらのほうがこのジジイ共より信用できそうだ」

「え、えええ!?」

「じゃあ、頼んだぜ! そんじゃあ、行くぞ! 詠春! アル!」

 

勝手にシモンたちにアスナを任せて、返答を聞かぬままナギは二人の仲間を引き連れて歩き出した。

 

「やれやれ」

 

詠春は少しため息をつきながら刀を抜き、

 

「はいはい」

 

もう一人の、アルと呼ばれた男はローブのフードを取り、ナギに続いて進みだした。

だが・・・

 

「え・・・・・・・・・」

 

アルと呼ばれた男がフードを外した瞬間、その男の顔を見てシモンは目を疑った。

ナギやアスナ姫とやらと違い、他人の空にとかいうレベルではない。

今日出会ったばかりだが、そこに居た人物は、紛れもなく自分が武道大会で会った人物そのものだったからだ。

 

「ク・・・ク・・・・ク・・・」

「ん? どうしたました? シモン君でしたね? 私の顔に何かついてますか?」

 

微笑むその男は、最早間違いない。

 

「クウネル・サンダース!? な、何でお前がここに!?」

 

そう、そこに居たのは間違いなくクウネル・サンダースだった。

だが、その男はシモンに言われた瞬間、首を傾げた。

 

「クウネル? 何ですかその名前は・・・私の名は、アルビレオ・イマですよ?」

「な、何言ってんだよ、どっからどう見てもクウネルじゃ・・・・」

「ふむ・・・しかし、クウネル・サンダースですか・・・・ふむ、詠春が以前言っていたフライドチキンの人の名前に似ていて、尚且つ・・・食う寝る・・・ふふふ、実に素敵な名前ですね、気に入りました♪」

「いや、そうじゃなくてお前は!?」

 

クウネルはまるで自分を初めて見た人物の様に接してくる。

いや、様にではない。本当にクウネルは自分の事を知らないのだ。

それどころか、武道大会ではあれほど誇らしげに名乗っていたクウネルという名ではなく、アルビレオ・イマと名乗っている。

 

「おい、アル! さっさと行くぜ!」

「あっ、はいはい。それでは私にはやることがあるので、話はまた後でゆっくりと」

「ちょっ、待って!?」

「では♪」

 

ナギ、詠春、クウネル・・・いや、アルの三人は大軍へ向かって飛び出した。

そして再び先ほどと同じような圧倒的な力で戦場を駆け抜けていく。

だが、今のシモンたちには最早それに驚くことすら疲れてしまった。

 

「もう・・・・・・何が何だか分からない・・・・」

 

ようやく搾り出せたのはそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカな・・・・・どうなっている・・・・どうして・・・」

 

 

そんなシモンたちと少し離れた場所で、フェイトは目の前に広がる光景に唖然としていた。

本当は、フェイトはシモンとニアの存在に直ぐに気づいた。

少し離れた場所に飛んでしまったが、意外と近くにフェイトも居たため、急いで合流しようとした。

だが、目の前に広がる光景に衝撃を受け、フェイトはその場から一歩も動けずに居た。

 

「封印されていたゲートが起動してしまった・・・しかしそれは世界樹の大発光の影響による誤作動だと考えればいい・・・だからここが魔法世界(ムンドゥス・マギクス)なのは構わない・・・しかし・・・どういうことだ・・・?」

 

フェイトはワナワナと震えていた。

 

「図書館島のゲートはオスティアに繋がっていた・・・だからここが・・・オスティアの遺跡であるのならば僕も納得する・・・なのに・・・何故こんなところに僕が居る! 何故・・・何故彼らがここに居る! 紅き翼(アラルブラ)が・・・何故この時代に!?」

 

フェイトもまた混乱していた。

だが、何もかもが分からぬシモンとニアと違い、フェイトの頭には一つの仮説が浮かんでいた。

 

「まさか・・・まさか・・・・」

 

それは信じられないこと。

しかしそうでもないと納得できないこと。

 

「僕たちは・・・20年以上前の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に・・・タイムスリップしてしまったのでは・・・・」

 

そんな時間跳躍などというものを、フェイトも直ぐには信じることが出来ず、未だにシモンとニアに合流できずに呆然としていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼らの状況をまったく知らずに、武道大会の大会主催者席で、超は一人あることに絶叫していた。

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! ・・・シモンさんにグレンウイング渡したとき・・・間違えてカシオペア付けてた私のをあげちゃたヨ・・・あ、アレが無いと私は未来に帰れな・・・いや、後ですぐ返してもらえれば・・・しかしもしシモンさんが作動させてしまったら・・・・いや、シモンさんは魔法使いじゃないから大丈夫だと・・・・」

 

 

 

 

とにかく言えることは、大丈ばなかったということだった。

 

 

 

 

そう、間もなく始まる。

 

 

 

歴史に語られることのなかった伝説の話を。

 

 

 

異界の過去へと飛ばされてしまった、シモン、ニア、そしてフェイト。

 

 

 

愛と友情の逃避行の果てにたどり着いてしまった世界の時代から、三人は果たして戻って来れるのか?

 

 

 

だが、どうなるかは分からないがとにかく言えること・・・

 

 

 

それは・・・

 

 

 

この三人は何かをするということだった!

 



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第37話 未来は明るいのか?

「バカな・・・そんなことがあるはずねえ・・・デタラメ言ってんじゃねえよ!」

「デ、デタラメなんかじゃないよ・・・」

「嘘だ! んなこと信じられるかよ!」

 

先ほどまでは轟音、爆音、雷音が響き渡った戦場も今では静まり返っている。

辺りには巨人や鯨の飛行船の残骸が死屍累々と積み重なっている。

ナギを先頭とする紅き翼(アラルブラ)と呼ばれた男たちの戦果は、敵の脅威にさらされた小国を見事に救いだし、周りでは年老いたじいさんたちが浮かれていた。

だが、そんな中でナギはシモンの胸倉を掴んで詰め寄っていた。

その後ろでは真剣な表情で黙りこんでいるアルに詠春。

そして鎖から解放されて自由になったアスナ姫と手をつないで、こちらも無言のままのニアが二人のやり取りに口を挟めないでいた。

 

「嘘だ・・・なあ、嘘だって言えよ・・・・・」

 

ナギは瞳に涙を浮かべていた。

 

「本当・・・だよ・・・もう、随分前の話だよ・・・」

 

ナギに胸倉つかまれながら告げるシモンの言葉に、ナギは絶望の表情を浮かべて、自分の体重を支えられないぐらいよろめいた。

 

「なんてこった・・・・・そんなことが・・・」

 

ナギが知った衝撃の事実。それは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アラレちゃんが終わっていたなんて・・・・・・・」

 

 

 

大好きな漫画が終わっていたことだった。

 

「うん・・・でも、終わったのは本当に20年以上も前の話だよ? 本当に知らなかったの?」

「ああ・・・日本に行くたびに毎回楽しみに読んでいたのに・・・アニメも楽しみだったのに・・・そんな・・・畜生、Dr.スランプを終わらせるなんてなってねえぜ! 日本ではドガベンまで終わったみたいだし・・・日本を代表する漫画が終わった・・・日本の文化も、もう終わりだぜ」

 

ナギはこの世の全てが終わったかのような表情を浮かべてそのまま地べたに腰を下ろした。

あれほどの圧倒的な力で巨人たちを倒した男が、とても情けない顔をしていた。

 

「え・・・ええ? 今の漫画の代表作はワンピースにナルトにブリーチだよ? それにしてもドラゴンボールじゃなくてアラレちゃんだなんて・・・それにドガベンは今でもやってるよ? プロ野球で」

「な、なにい!? まさか、山田や岩鬼がプロ野球を舞台に暴れているのか!? く~~、見て~~!」

 

最初は落ち込んだものの、シモンの言葉ですぐに目を輝かせるナギ。

 

「しっかし、ワンピース? ナルト? ブリーチ? ドラゴンボール? 全然知らねえけど、それは面白いのか? 俺が知ってるのは、うる星やつらとか、キャプテン翼とかなんだが・・・」

「キャプテン翼は今でもやってるよ! 翼も日向も若林も海外のプロチームでプレーしてる」

「なんだと!? へへへ、あの三人なら日本のサッカーを変えると思ってたぜ! 俺、日本人じゃねーけどな」

 

相当な日本通なのか、シモンも漫画やアニメの情報に通じているためにナギとの会話は何故か盛り上がった。

 

「しかし君たちが旧世界の麻帆良学園の生徒で、事故に巻き込まれて気づいたらこの世界に居た・・・そこまではとりあえず信じるけど、まさか・・・未来から来たなどと言うとは・・・しかも2003年の人間とは・・・」

 

漫画談義でシモンと盛り上がるナギの横から詠春が首をかしげながらシモンに訪ねる。

 

「うん、俺もおかしいとは思うけど、詠春さんやナギ達が、今の地球の西暦を1982年って言うんだったら、そうとしか考えられないよ」

「う~む・・・しかしそれを証明出来るのが漫画だけというのも・・・」

 

シモンとニアは自分たちの身に起こったこれまでの経緯をナギ達に詳細に話した。

詠春が日本人であることが幸いし、思いのほか会話が簡単に成立し、自分たちが今いる場所はファンタージーの極みとも言うべき異世界だということまですんなりと納得することが出来た。

しかしその際、シモンとニアが知っている日本や流行などの話に食い違いが生じ、試しに今の地球の西暦を聞いてみると、自分たちの居た時代から20年以上も前の時代ということが判明した。

 

「しかしシモン君もニアさんも・・・やけに簡単に現実を受け入れましたね。普通はあなたたちのように魔法の知らない一般人は、夢だとか幻だとか言って受け入れようとしないのですが・・・」

「クウネルさん・・・あっ、いや、アルだった・・・・まあ、俺もそう簡単には信じられないし、冷静に考えれば異世界とかタイムスリップとかとんでもないこと言ってると思うけど、あんな空飛ぶクジラとか巨人とか、それを生身で倒しちゃう人たちを目の前で見ると、何だか何でもアリのような気がして・・・」

 

ある意味、中途半端な魔法の知識がない分、魔法というものが存在し、巨人が存在し、人間が生身で倒せ、異世界まであるのだからタイムスリップぐらいあるだろうというのがシモンとニアの見解だった。

対して詠春やアル達は魔法の世界と深くかかわっているために異世界への漂流者というものを信じても、時間跳躍というものだけは簡単に信じられなかった。

それを信じてもらうための未来の知識として漫画の話になったのだが、ナギはその話を聞いた瞬間にショックで落ち込んでしまった。

 

「う~ん・・・私は漫画には詳しくないから何とも・・・そうだ、ならばあれはどうなった! ノストラダムスの大予言は!?」

 

他に何か未来を証明できるものは無いかと思った詠春はパッと思いついたことを訪ねてみる。

 

「う、うん・・・恐怖の大王は出てこなかったよ」

「何、本当か!? そうか、それは良かった。いつの日か恐怖の大王と戦う日が来るのかと不安だったからな! なるほど・・・うん、他には! 他には何か未来の情報はないかい?」

「えっと・・・詠春さんたちの年代からだと・・・そうだ、サッカーのワールドカップに日本は出場してるよ? 海外の有名なプロチームでプレーしている日本人はたくさん居るし・・・」

「な、なにィ!? サッカー後進国とまで言われた我らが日本が!? 何と・・・そうか、それが先ほどのキャプテン翼の影響か?」

「うん、日本のサッカー競技人口が野球に負けないくらいに増えて、今では日本にプロサッカーチームがいっぱいあるよ」

 

するとシモンの答えに興奮したのか、クールな剣士かと思いきや、身を乗り出して目をキラキラ輝かせてシモンに詰め寄った。

 

「・・・・・・・・・どうやら本当みたいですね」

「あなたは信じるのですか、アルビレオ・イマ」

 

未来について語り合うシモンたちの横で、一歩引いた場所から苦笑しながらアルは黒ニアに話しかける。

 

「まあ、ありえないことがあるのも、また現実。因みに、私のことはアルで良いですよ。アスナ姫もよろしく」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ぷいっ」

「おやおや、嫌われているのですかね?」

 

黒ニアの背中に隠れてアルから顔を逸らすアスナ姫。

 

「他に未来を証明するような物は無いのかい?」

「う~んと、それなら携帯電話とか・・・」

「なにっ、携帯電話? あの、電話線が無くても使えるトランシーバーか?」

「うん、俺の居た時代では子供でも一台持つのは当たり前の時代だから・・・ほらこれだよ」

 

ポケットから携帯電話を取り出して詠春に見せるが、詠春も自分の知識とはまったく形状の違う携帯電話というものにうろたえた。

ナギも興味を持ったのか、詠春の肩越しからシモンの携帯電話のディスプレイを覗き込んだ。

 

「スゲーじゃねーかよこれ。こんなに小さいのか? 確か俺の知ってるものはもっとでかかったが、未来ではこんな風になってるのかよ。俺らは念話が出来るから必要ねーけど・・・」

「しかし画面が綺麗だ・・・ん? シモン君、このデーターフォルダというものは?」

「ああ、それは音楽とか写真とか動画とか入れる場所だよ。例えばこの携帯電話についているカメラで撮ったものがこの中に保存されるんだ」

「写真に音楽まで? す、凄い機能だな・・・未来ではカメラもラジカセも必要ないのか・・・じゃあこの中に松田聖○の音楽とかも入れられるのか・・・写真もすごい綺麗だし・・・」

「はは、そのお陰で未来では一日中携帯ばっか弄ってる人たちや、携帯が無いと生きていけないという人たちも居るよ」

「は~ん、そらまた・・・便利になってるようで変な風にもなってるんだな~」

 

シモンに渡された携帯電話を弄くりながら、遠い未来のことを頭の中で想像していくナギと詠春。

 

「ん・・・・」

 

だがその時、携帯を弄くっていた詠春の手が止まり・・・

 

「おっ!」

「ぶふうううう!?」

 

ナギが目を輝かせ、詠春は顔を真っ赤にして噴出した。

 

「えっ・・・二人とも・・・どうしたの?」

 

自分の携帯電話を見て、妙な反応を見せる二人。シモンも少し嫌な予感がした。

 

「シモ~ン・・・この携帯電話ってのは本当にスゲーな!」

「えっ?」

「これなら親に隠れてコソコソ家のビデオデッキ使ったり、夜中こっそり起きて寝静まった両親との攻防戦とかね~んだろ?」

 

ナギは何だか携帯のディスプレイを見ながらニヤニヤしている。

 

「ななな、何と破廉恥な・・・シモン君・・・君はまだ学生だろ! これはどういうことだ!」

 

その時シモンは思った。「ああ、やばい」そう思った。

詠春とナギが答えを見せる前に、二人が何故このような反応を見せたのかが直ぐに理解できた。

多分アレだ。シモンの携帯電話のデーターフォルダの中に入ってるアレを見てしまったのだろう。

シモンもやはり学生だ。

そういうことにも興味あるし、カミナとかキタンとかとつるんでいれば、そういう話で盛り上がったりするのも思春期の少年ならではだ。

それはニアという死ぬほど可愛い彼女がいても、ソレはソレ、コレはコレなのである。

自宅にあるソレ系の本やDVDはどれだけ隠してもニアというより、黒ニアに見つけられて処分されるため、シモンの残る手段はパソコンと携帯電話しかない。

自宅のパソコンのハードディスクの中にあるソレ系のものは、カモフラージュのフォルダに入れて誤魔化したり、何重ものファイアーウォールで守護している。

しかし携帯電話だけはそうもいかない。

シモンの失敗は、未来の知識や技術を見せることばかりを考えて、黒ニアの前でそれを無造作に見せてしまったことだった。

 

「ほう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

冷え切った少女の声が、場に響いた。

その瞬間シモンも、そして一騎当千の強さを見せたナギや詠春も思わず寒気がして、ガタガタ震えながら後ろを振り向くと、黒ニアが無表情のまま、まるで汚物を見るかのような目でシモンの携帯電話に流れている画像を見ていた。

 

「おやおやこれは中々の鮮明な画像で・・・」

「・・・・・・・・・・・・変態・・・」

「はうあ!?」

 

いつの間にか一緒に携帯の画面を覗き込むアルにアスナ姫。とくにアスナ姫の言葉はグサリとシモンの胸に突き刺さった。

だが、落ち込んでいる暇などない。

背後に猛吹雪と黒い影を身にまとったニアがシモンに近づき・・・

 

「・・・・・・シモン・・・・・」

「ち、違うんだよ、ニア! こ、これは迷惑メールで一緒にくっ付いてきたのが自動的に!?」

「ふふ・・・ふふふふふふふふ」

「ア・・・あう・・・あ・・・あ・・・・・・・」

 

黒ニアさんのOSHIOKIDABE~のため、少し話が中断されました。

 

「こえ~な・・・シモンの嫁さん。俺はゼッテー結婚するなら女王様タイプはダメだな・・・」

「おやおや、未来はどうなるのか分かりませんよ、ナギ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで? オメーらは結局これからどうするんだ?」

 

 

シモンへのお仕置きが一通り終わったのを見計らって、少し顔を引きつらせながらナギが聞いてきた。

 

「どうとは?」

「だって旧世界に帰すことは何とかしてやれるが、流石に21世紀まで帰すことは俺らにも出来ねーからよ。俺らはドラえもんじゃねえからよ」

「・・・そうですね・・・」

 

ナギに問われてようやく本題に入る。

ナギたちもどうやらシモンたちが未来からの漂流者ということは信じてくれたようだが、次の問題はどうやって帰るかだ。

 

「・・・実は・・・私たちのほかにもう一人仲間がいるのです・・・転移をする際にはぐれてしまったのですが・・・」

 

黒ニアはあごに手をやりながら呟いた。

そう、忘れてはいけない。

この世界に来たのはシモンとニア、そしてフェイトである。

 

「おや、お仲間がもう一人?」

「むう、それは危険だ・・・その人が君たちと同じ旧世界からの一般人なのだとしたら、今のこの世界は危険すぎる。早急に探す必要がある」

 

まだ遭難者がいることを聴いた瞬間、アルも詠春も表情を変えた。

そう、もしこの世界のように巨人やら化け物やらが居る世界に無力な人間が放り込まれたら一たまりもない。

 

「しょうがねえ。俺らも協力してそいつを見つけてやるよ」

「ナギ! いいの?」

「あたりめえだ、シモン。俺たちはもうとっくにダチだろうが? ダチのダチなら見捨てるわけにはいかねえよ!」

 

ニッと笑うナギからは同じぐらいの年齢とは思えぬほどの頼もしさを感じ、シモンもうれしくなる。

 

「よっし、ちなみにそいつの名前は何て言うんだ? どんなやつなんだ?」

「うん、そいつの名は・・・・」

 

ナギたちという心強い仲間を得て、さっそく離れ離れになった友を探そうとシモンも意気込み、フェイトのことをナギたちに教えようとする。

だが・・・

 

 

「そこまでだ・・・・・・・・・」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

巨大な石柱が紅き翼(アラルブラ)たちの前に降り注ぐ。

 

「なっ!?」

「敵ですか?」

「ちっ、誰だ!! シモン、ニア、無事か!」

 

素早い反応で襲い掛かってきた石柱から避けるナギ、詠春、アル。さらにナギはアスナ姫まで抱えてその場から飛びのいた。

 

「うん、無事だよ!」

「問題ありません」

 

石柱は明らかにシモンやニアではなくナギたちだけに降り注いだ。ゆえに、二人が巻き添えを食らうことはなかった。

とっさのことでアスナ姫は守れたが二人を助けられなかったと思ったナギは、シモンとニアの声を聞いてホッとし、すぐに目つきを変える。

 

「けっ、どこのどいつか知らねえが。随分と乱暴な挨拶じゃねえか。しかも並みの使い手じゃねえ。・・・いいぜ、上等だよ。どっからでもかかってきやがれ!」

 

強力な新手が襲ってきたのだと思ったナギはすぐに杖を持って身構える。

だが、石柱が降り注いだことによって巻き起こる砂塵が、やがて更なる大きさになり、自分たちに襲い掛かってきた。

 

「ん、なんだこりゃ?」

「これは・・・砂?」

「気をつけるのです、ナギ、詠春! 相当のやり手だと思います!」

 

砂塵が視界を阻む。これを見るだけでナギたちには敵が相当な実力だと理解し、警戒心を高める。

だが、この術者の狙いはナギたちではない。

 

「さあ、今のうちに行くよ」

 

その者は砂塵にナギたちが気をとられている隙に・・・

 

「えっ・・・?」

「あなたは・・・」

 

シモンとニアの二人を掴み、素早く転移魔法でその場から姿を消す。

 

「なっ・・・なにッ!?」

「これは・・・」

「シモン君・・・ニアさん・・・・」

 

その間わずか数秒。

追跡のための痕跡も残さずに、砂塵が晴れたナギたちの前にはシモンとニアの姿が消えうせていたのだった。

 



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第38話 全部受け入れてやる

「ふう・・・危ないところだったね・・・・」

 

転移魔法でシモンとニアを連れてきたその男はホッとため息をついた。

 

「あれはお前がやったのか? フェイト・・・」

「うん。君が僕の名前を彼らに教えようとしていたからね」

 

二人を連れてきたのは逸れていたフェイト。

 

「何であんなことしたんだよ? ナギたちはみんな良い奴で、俺たちのことも助けてくれたんだぞ? それなのにあれはないじゃないか!」

「うん・・・まあ、そうなんだけどね・・・」

「それにフェイト。さっきのアレ、やっぱり魔法っていうやつなのか? お前の正体はナギたちと同じ魔法使いなのか?」

 

シモンは少し怒り気味である。黒ニアも無言のままそれを止めない。

いきなりナギたちを攻撃して強引に自分たちを連れてきたフェイト。そしてその正体。シモンは少し口調を荒くしながらフェイトに問い詰める。

 

「シモン・・・・」

 

対してフェイトは無表情だが、少し答えにくそうにしている。

 

(いくらフェイトという名前を出しても、アーウェルンクスの名を出すわけにはいかない・・・それに近衛詠春とはいずれ京都で会うことになる・・・妙なことで歴史を狂わせるわけにもいかないしね・・・・)

 

フェイトが考えているのは、どこまでを答えることが出来るのかだった。

 

(しかしアスナ姫やサウザンドマスターとシモンが会ったのは予想外だが、よくよく考えればアルビレオ・イマは学園祭で会ったとき、僕やシモンのことを知っているようだった・・・ならば、僕たちはこの世界で面識が・・・? ・・・ということは、現在麻帆良学園の武道大会に居るアルビレオ・イマは過去にタイムスリップしていた僕たちと会ったことが? ならば、僕たちがタイムスリップしてしまったことは、時の流れを捻じ曲げる行為ではなく、正しい時の流れとして起こっていることなのか・・・・)

 

だが、考えれば考えるほど深みにはまっていく。

正直フェイト自身もタイムトラベルなどというものを経験したことはない。

だからこそ、どこまでがタブーで、どこまでを口にして良いのかの線引きがいくら考えても出来なくなっていく。

 

「おい!」

「うわっ!? シ・・・シモン・・・」

 

だが、そんな頭から湯気が出るくらい考えていたフェイトの目の前には、いつの間にかドアップでシモンが覗き込んでいた。

 

「うわっ、じゃないよ。そんなに考え込んで・・・俺、そんな難しい質問をしたか?」

「い、・・・いや・・・」

「・・・ひょっとしてフェイトはナギや詠春さんのことを知ってるのか? 武道会ではアルのことも知っているようだったし・・・」

「・・・・・・」

「フェイト!」

 

フェイトは再び黙り込んでしまった。

そう、何より悩むのはそこだ。フェイトは自分と紅き翼(アラルブラ)の関係を言うことが出来なかった。

 

(・・・僕は彼らと何十年にも渡る因縁を持った完全なる世界(コズモエンテレケイア)の人形・・・彼らの敵・・・世界を破滅に導く悪人・・・・・・・どこまで言えばシモンたちは納得してくれるか・・・いや、納得はしないだろうな・・・・)

 

感情も心もないはずのフェイトの心を、見えない何かが締め付ける。

 

(シモンたちだけは巻き込みたくなかった・・・魔法の世界を知らずに時を過ごして欲しかった・・・しかし知ってしまった以上教えるべきなのか・・・いや、危険すぎる・・・だがこれから未来へ帰るに向けて、この世界では極力余計なことをしないためにもある程度のことは教えた方がいいだろう。・・・だが、そうなると歴史の流れを知っている僕・・・そしてサウザンドマスターたちに協力してもらうわけにはいかない事情も語らなければ・・・)

 

一人ならば考えることはなかっただろう。

昔ならこれほど悩むことはなかっただろう。

いっそのこと全てをぶちまけてしまえば楽だった。だが、今の自分には出来ない。

思ったことを口に出来ない歯痒さでフェイトは思わず唇をかみ締める。

すると・・・

 

「・・・フェイト・・・・」

「えっ?」

 

フェイトの両肩をしっかりとシモンが掴んで正面から見つめてくる。

 

「・・・シモン?」

 

シモンの目は真剣で、フェイトの瞳をしっかりと見据えていた。

 

「フェイト・・・じゃあ・・・今はこれだけ答えてくれればいい」

「えっ?」

「フェイトは、魔法使いなんだな?」

 

真剣な眼差しで見てくるシモンの瞳は、濁りも無く真っ直ぐだ。

フェイトは思わず視線を逸らしたくなる。

だが、シモンの真剣さに押されて、とうとう首を縦に振ってしまった。

 

「・・・そうだ・・・僕は魔法使いだ」

 

フェイトは答えた。

 

「そして僕は先ほどの紅き翼(アラルブラ)と何十年にも渡って対立する組織の幹部だ。さっきの攻撃は、僕の情報を知られたくないから・・・ただ、それだけだよ」

「フェイト・・・」

「どうだい、驚いたかい? しかも僕はただの魔法使いじゃない。その気になれば僕は先ほどの彼らと同等に戦える力を持ち、君たちの首を一瞬で跳ね飛ばすことも・・・世界を滅ぼすことも可能だ・・・」

 

口をポカンと開けるシモンとニア。

そんな二人の予想通りの反応に、少し胸がズキンしながらも、フェイトは無理やり自嘲気味に笑った。

 

(これで終わりだな・・・早いところ未来へ帰る手段だけ考えて・・・未来へ帰ったら早急に彼らの前から・・・・)

 

フェイトはもう諦めた。

嘘や誤魔化しがシモンの前で出来なくなったために、真実を語った。

もう自分はシモンたちと一緒に居ることは出来ないだろう、そう悟ったからこその自嘲だった。

 

「そっか・・・」

「・・・えっ?」

 

だがシモンは・・・

 

「うん、本当のことを教えてくれてありがとな!」

 

どこかスッキリとした顔でシモンは笑った。

 

「シモン・・・・何で・・・」

「えっ?」

「僕が怖くないのかい? まさかたったこれだけの付き合いで僕が良い人だとでも思っているのかい?」

「えっ・・・何で?」

「いや、何でって・・・」

 

シモンの予想外の反応に、フェイトも少し震えた。だが、少し「ん~」と悩んだ末に、シモンはまた笑った。

 

「ん~、確かにもっと前だったり、フェイトとの付き合いがもっと浅かったら怖かったかもしれないけど、もうフェイトとは友達になっちゃったから今更怖がるとか憎むとかそんなこと全然思いつかないし、・・・それに今も言ってくれてたじゃないか」

「言ってくれた? 僕が・・・何を・・・」

「本当のことをだよ」

「ッ!?」

「それこそ嘘で誤魔化せば良いのに、フェイトはちゃんと答えてくれたじゃないか。ずっと隠してたことを・・・隠していたかった事を教えてくれたんだ。だったらそれでいいよ」

 

嘘をつかなかった。隠し事をしなかった。

 

「それがどうした。たったそれだけで僕のことを信じるというのかい!」

 

たったそれだけで笑うシモンに、フェイトは納得できずに詰め寄る。

 

「そういう問題じゃないさ」

「・・・なに?」

「もっと単純なことだよ。ナギたちにとってフェイトが敵でも・・・俺たちにとっては、フェイトは敵なんかじゃないってことだよ」

 

シモンがフェイトに手を伸ばした。

 

「例え隠し事があったとしても、俺たちと僅かな期間でも一緒にバカやって過ごしていたフェイトは嘘じゃないよ。多分アニキたちもそう言うはずだ。ゴチャゴチャ言ってんじゃねえってね。だから俺も言うよ」

「・・・・・・」

「フェイト、まずは一緒に帰ろう。ゴチャゴチャ考えるのはそれからにしようよ。フェイトはとっくに俺たちの部活でもクラスでも頭数に入ってるんだからな!」

 

目の前の小さな男が差し出す手は、握ってみればとても大きく分厚かった。

 

「バカだよ・・・君は・・・たったそれだけで・・・自分がどれほどの凶悪犯罪者を受け入れようとしているのか分かっているのかい?」

「そんなこと言われても分からないよ。だってそれは魔法の世界での話しなんだろ? でも、魔法使いでも何でもない俺が怖くないって言ってるんだから、それでいいじゃないか。それに俺たちがバカなんて、今更言われたって困るよ」

「・・・・・・・・シ・・・モン・・・」

「俺もさ・・・アニキたちと同じで、世界がどうとかそういう頭使うことは分からないんだ。だからさ、思ったとおりに俺らしく生きる。そう教えてくれたのがアニキで・・・ネギ先生で・・・それを忘れてた俺に、そう言って思い出させてくれたのはお前じゃないか」

「・・・僕が?」

「うん。武道大会でお前がそう言ってくれたから、俺は戦えたんだ」

 

一般的な高校生からすればシモンはとても小柄な体格なのに、その手がとても大きく逞しく、そして温かかった。

フェイトは自問した。

自分たちのように世界を舞台に動く魔法使いたちからすれば取るに足らない日常を送っているシモン。

しかしそれでもシモンはその日常を強く生き、自分の前に立ちふさがる困難から逃げずに立ち向かった。

それがロージェノムとの戦いだ。

その困難は自分やネギやナギたちのようなレベルからすれば大したことがないのかもしれない。

しかしそれでもシモンはシモンなりに懸命に戦った。アレだけボロボロになりながら、血まみれになりながら自分の心に正直に戦った。

そのことがシモンの手の平から改めて分かった。

そう、シモンも己の心に正直に命懸けで戦った男だからこそ、嘘をつかない。

だから、シモンが今口にしている言葉は本心なのだ。

 

「そうです!」

「・・・ニア・・・」

「私も、フェイトさんのお友達です!」

 

シモンとフェイトの握った手の上に、ニアもそっと手を添えて微笑んだ。

 

「三人で、私たちの帰る場所へ帰りましょう! 皆私たちのことを待っています!」

 

黒ニアではなく、表のニア。彼女もまた決して嘘をつかずに本音しか喋らない。

 

(あ・・・)

 

だからこそシモンと同様、ニアも決してフェイトを恐れたり距離を置こうという意思などまるで感じさせなかった。

 

(ああ・・・そうか・・・どうして今までシモンたちに戸惑っていたのか・・・)

 

その時フェイトは、これまで心の中で複雑に絡まっていた何かをようやく紐解くことが出来た。

 

(ようやく分かった・・・これがそういうことなんだ・・・・・そうか・・・・・)

 

シモンやカミナたちに流され、無視すれば良いのに関わって、無茶するとほっておけなくて、さっさと消えれば良いのに消えずに学園に留まり続けていた理由。

 

(僕は・・・・シモンたちのことが好きなんだ・・・・)

 

心がないと思っていたときには理解できなかった感情。

自分の事を理解できるはずがないとカミナに断言してからそれほど日は経っていないというのに、いつの間にか自分は皆を認めていた。

 

(バカ正直で・・・無知なのにいつも一生懸命で・・・熱くて・・・温かくて・・・心がある。そんなシモンやニアやカミナたちと一緒に居ることが・・・・・でも、計画を実行する時が来れば別れなければいけなくなるから・・・その気持ちに気づかないように、知らないようにしていたんだ・・・・)

 

自分が今まで知らなかった思い。

それを初めて抱いたからこそ自分は戸惑っていたのだと、フェイトはようやく理解した。

 

「そうだね・・・帰ろう・・・」

 

少し顔を俯かせて、フェイトはそう頷いた。

 

(すまない・・・シモン・・・ニア・・・みんな・・・・未来に帰ったらやはり僕は君たちの前から消える。その想いが余計に強くなった・・・)

 

そしてたどり着いたのは悲しい決意。

 

(この世界はやはり滅ぼさなければならない・・・そうしなければ・・・この世界の民との生存を賭けた戦いに地球が巻き込まれてしまう・・・そうなれば君たちに危害が及ぶ・・・当たり前の日々を当たり前のように過ごして、バカばっかやる君たちの毎日が無くなる・・・・そんなことは絶対にさせない・・・・)

 

それが生まれて初めて抱いた人形の意思。

 

(主の夢想を叶えるためではない・・・僕は君たちの明日を守るために悪になる・・・それが自分で決めた、僕の意思だ)

 

フェイトは切ないまでの想いを内に秘めたまま、シモンとニアと共に未来へ帰るための話を始めた。

 

「まず前提から話し合おう」

「前提から?」

「そう、僕たちがただの異世界への渡航だけでなく、タイムスリップした原因はやはり超の発明品というこの時計にある」

 

フェイトはシモンのグレンウイングから取り外した懐中時計を弄くりながら断言した。

 

「フェイトさん、それも魔法なのでしょうか?」

「いや、魔法だけでそんなことは出来ない。恐らく科学の力も混ざっているんだろうけど、こんなものを個人で開発できるとは・・・どうやら超もただの天才というだけじゃなさそうだね」

「そうか・・・でも、何で超のヤツは俺にこれを渡したんだろう・・・」

 

それはどれだけ深く考えても分かるはずは無い。

何故なら超は間違えてシモンに渡してしまったのだから。

 

「とにかくどうやらこの懐中時計型のタイムマシンは、使用者の魔力を動力に動くと見て間違い無さそうだ」

「だったら魔法使いのフェイトがそれを使えば直ぐに帰れるんじゃないか?」

「・・・まあ、とりあえず使ってみよう」

 

物は試しだと思い、フェイトは懐中時計を握り締めて魔力を込める。

だが、ウンともスンとも言わなかった。

 

「ダメだな・・・何も反応しない」

「えっ!? 何で?」

「・・・多分・・・これが使用できたのは学園祭期間中だったからかもしれない・・・」

「フェイトさん、どういうことですか?」

 

フェイトも少し考えながらこれまでの情報を整理していく。

 

「まずは君たちにも理解して欲しいのは、魔法は万能じゃない。火や水を出したり空を飛んだりすることは出来ても、出来ないことは出来ない。死者を蘇らせたり、ましてや時間跳躍などは現在の魔法では不可能だ」

「う、うん・・・」

「しかし超のこの懐中時計はそれを可能にした。だが、出来ないことをやる以上、何らかの条件は必要だ・・・その条件とは恐らくだけど世界樹の魔力が満ちている時・・・世界樹の魔力と使用者の魔力が動力・・・」

「あの~、先ほどから気になってたんですが、麻帆良学園の世界樹って魔法の木なんですか?」

「まあね、神木・蟠桃といって、膨大な魔力を内に秘めている。そしてその魔力は22年を周期に大発光という形で最高潮に達する」

「ええ!? じゃあ、22年に一度の大発光って魔法が原因だったんだ! って・・・それじゃあそう考えると世界樹がないこの世界じゃ未来に帰れないんじゃないか!!」

 

その通り。

フェイトの仮説を信じるのなら、ゲートの転送と同時にタイムマシンを発動してしまったためにシモンたちは過去の魔法世界に来れたが、世界樹が無いこの世界ではタイムマシンを発動できないということになる。

しかしフェイトは冷静にシモンたちを落ち着かせる。

 

「大丈夫。ちゃんと手は考えてある」

「えっ?」

「要するに、世界樹の大発光にも匹敵する魔力が満ちる瞬間ならタイムマシンを発動させることが出来るはずだ。その時にゲートを同時に発動させれば僕たちは未来に帰れるはずだ」

 

フェイトはその頭脳で、既に大まかな計画が頭の中で立てられていた。

 

「世界樹の大発光の魔力で20年分の時間跳躍を可能にした。それに匹敵する魔力が満ちる瞬間が、この時代にある」

「それって・・・いつなんだ・・・」

「確か僕の知る歴史では、紅き翼がアスナ姫と出会ったのは、西暦に直すと1982~1983年頃・・・だから今から半年~一年以内・・・世界最古の王都、オスティアの墓守人の宮殿という場所で超膨大な魔力が集中する。その瞬間に賭けよう」

 

フェイトは少し目を細めて遠い空を見つめながら、自分が知る世界の歴史を語る。

 

(そう、紅き翼と完全なる世界の最終決戦・・・黄昏の姫巫女の力を使い、世界を無にする魔法が発動する・・・その時、オスティアのゲートとタイムマシンを同時に使い、で2003年の6月21日・・・つまり学園祭の武道大会開催日に跳べば・・・)

 

フェイトはあくまで冷静に計画の内容を話したが、ある一点だけがシモンたちには重大な問題だった。

 

「は・・・半・・・半年ーーーッ!? そんなのいくらなんでも長すぎないか!? 半年も居なくなったらアニキ達が心配するんじゃ・・・」

 

そう、半年から一年など長すぎる。

その間ずっとこの世界で過ごすことになると、自分たちは麻帆良学園では行方不明扱いになっているのではないかと、慌てずには居られなかった。

だが、それすらも心配ないとフェイトはシモンとニアを宥める。

 

「大丈夫だ。例え半年過ごしたとしても、タイムマシンで僕たちがいなくなった直後の未来へ跳べば問題は無くなる・・・まあ、確かに半年は長いから色々と手はこれから考えるし・・・」

 

その時フェイトは微かに、ほんの微かにだが微笑んでいた。

 

「二人に何があってもこの世界では僕が守る。安心してくれ」

 

しかしその微笑みは、どこか悲しげで優しい、初めて見たフェイトの表情だった。

 

「フェイトさん・・・」

「フェイト・・・お前・・・」

 

一体どうしたのだと、直ぐに問い詰めることがシモンにもニアにも出来なかった。

 

「とりあえず今日はもう遅い。近くの町に行って宿を取ろう。今は戦時中だから、あまり外をうろつくわけにもいかない」

 

その微笑を見るだけで、何故か切ない気持ちになり、まるでフェイトがこれ以上聞かないでくれと懇願しているようにも見えた。

 

「う、うん。だけど、お金なんて無いよ?」

「大丈夫。急だったからあまり大した物は持っていないけど、いくつか換金できそうなマジックアイテムを持っている。だけどそれほど長い期間を過ごせる分は無いから、何かお金を手に入れる方法も考えないとね・・・」

「えっ・・・ということは、アルバイトですか! それは楽しみです! 私、以前からアルバイトというものをしてみたかったのです! それにお父様に一人前とは自分でお金を稼ぐことが出来てからと言われていますので、どんと来いです!」

「俺は工事現場で少し・・・そう言えば一生働かないかって、親方に褒められたことがあったな~」

「ふっ、それは心強いじゃないか」

 

これからシモンとニアは、世界の表舞台には決して出ることの無い世界の裏側を見て、そしてたくさんの人々と出会い、絆を育み、そして成長していく。

 

「なあ、フェイト。明日からさっそくアルバイト探しか?」

「そうだな・・・まずは当面の必要なものを買い揃えたりしたいね・・・」

「お買い物ですか? 魔法の国にはどのようなものがあるのでしょう」

 

一方フェイトは、己に記録されている歴史には記されていない歴史の裏側を知ることになる。

 

「でも忘れないでくれたまえ。この世界は過去の時代。僕も大まかな歴史の流れは教えるけど、あまり余計な・・・いや、やめておこう。余計なことをしないでくれと言ってしまえば逆に、君たちは余計なことをしそうだ」

「な、なんだよそれ~。俺たち信用無いぞ!」

「もう、フェイトさん酷いです!」

「ふふ、僕もこの短い期間でそれなりに君たちのことが分かってきたからね」

 

今はまだ前を向き、上を向き、そして笑顔で過去の異世界を歩く3人。

しかし今回のこの事故が彼らの運命の分岐点となるのは、既に明らかなことなのである。

 

 

 

(・・・シモン・・・ニア・・・君たちは僕が守る・・・この先何があろうとも・・・・だから・・・それが終わったら・・・・・・・さよならだ・・・)

 

 

 

少年は内に秘めた想いを隠したまま、三人の愛と友情の逃避行の初日が終わるのだった。

 



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第39話 なんか色々と「ゲッ」

一匹の巨大な黒竜が荒野に横たわっていた。

手ひどい傷を負っているが、死んではいない。だが、竜の頭部から生えている二本の鋭い角が、片方へし折れている。

折れた巨大な角の上に座りながら、冷たい瞳をした白髪の少年は呟いた。

 

「角をへし折るだけで殺さない・・・面倒な依頼だけど、これで完了だね」

 

自分の体より何倍もの巨体を誇る黒竜相手に、息一つ乱さずに圧倒した男の名は、フェイト・アーウェルンクス。

世界を超え、時代を超え、彼はここに居た。

 

「20年前の魔法世界に来て、もう4ヶ月か・・・早いものだ」

 

どこまでも続く空の向こうを見つめながら、フェイトは溜息ついた。

 

「だが、ついにこの日が来た。一つの大きな歴史の転換期だ。今日を過ぎれば、二人と一緒に・・・オスティアだ」

 

フェイトは黒竜の角を肩に担ぎながら、その場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超巨大魔法都市国家メガロメセンブリア。

それは魔法世界最大の軍事力を擁する、魔法世界有数の大都市である。

巨大な魔力と発達した文明を誇るこの国家こそが、魔法世界の中心的役割を秘め、無私の心で世界の人々のために力を尽くすことを使命としている。

しかし、そんな巨大都市には華やかさだけでなく、薄汚い場所も存在する。

 

「おい、聞いたかよ。紅き翼の連中の戦果をよ」

「ああ。グレート=ブリッジ奪還作戦だろ? 今じゃ、あの『連合の赤毛の悪魔』率いる紅き翼は、このまま帝都ヘラスを攻め滅ぼす勢いだぜ」

 

煌びやかで、近代的な建物や文化の誇る首都の隠れた路地裏。

その地域に立つ、一軒の何の変哲もない大衆酒場では、傭兵や軍隊崩れの賞金稼ぎやチンピラのたまり場と化していた。

 

「あ~あ、英雄様は羨ましいね~。俺も、魔法学校をちゃんと卒業してればな~」

「けっ、テメエがちゃんとしたって、たかが知れてるぜ」

「あん? なんだとコラァ!」

 

酒と堕落した人間の匂いが充満する掃き溜めの場所。チンピラたちも酔っ払い、ケンカがいつ始まってもおかしくないような環境だ。

だが、ここしばらくは、チンピラたちの大きなケンカは起きていない。

それは、この酒場でアルバイトしている一人の少女の力が大きかった。

 

「とっても大きな声がしましたけど、何をなさっているのですか?」

 

薄汚れた酒場には決して似合わぬ、可憐な花。

純白のフリフリのメイド服に身を包んだ、ニア。

彼女は不思議そうに首を傾げながら、胸ぐらをつかみ合っているチンピラたちに尋ねる。

 

「おおっと、ケンカじゃねえよ~」

「そうだぜ、ニアちゃん。俺たちは仲が良いからよ~」

 

チンピラは、慌てて互いの肩を抱き合って、笑ってごまかす。

 

「あら、いつも仲が良くて、とってもいいですね!」

 

ニアがニッコリとほほ笑む。それだけで、酒場に居た男たちはデレーッと鼻の下を伸ばして、空気が和んだのだった。

 

「あ~あ、ニアちゃんはいつ見ても可愛いな~」

「しっかし、ニアちゃんがここでバイトを始めて、どれぐらいか?」

「なあ、いい加減、おじさんたちと付き合ってくれよ~」

「ふふふ、ダメです。私には、シモンが居ます」

 

今では、ちょっとした裏通りのアイドルと化したニア。

 

「か~、またシモンかよ。あの冴えないガキが」

「いや~、最近アイツも日雇い労働者の間では、穴掘りシモンって言えば、それなりに名の通った有名人らしいぜ?」

「でもな~、ニアちゃんとじゃ釣り合わねえだろ~? せめて、あの白髪の小僧なら、まだ納得できるんだけどよ~」

 

魔法世界の過去にタイムスリップした。それをどこまで理解しているかどうかは定かではないが、ニアもシモンも逞しく生きていた。

つい最近まで、日本で普通の高校生をしていたニアとシモンが、魔法という異形が当たり前の世界で、さらに戦時中という特殊な環境下で生活するということは、普通では考えられぬことだった。

だが、そんな環境で4ヶ月も過ごしたことにより、二人もすっかりこの世界に順応し始めていた。

 

「今帰ったよ」

 

突如、酒場の扉が開いた。入ってきたのは、フェイトだった。

 

「あっ、フェイトさん、お疲れ様。依頼はどうでした?」

「うん、何ともなかったよ。シモンはまだかい?」

「はい、この間の戦争での復旧作業で、仕事が増えたそうです」

「ふっ、穴掘りシモンは現場から離れられないということか」

 

微笑しながら、椅子に座るフェイト。その表情はとても穏やかだった。

彼もまた、この4ヶ月の生活で、変わってきていた。

麻帆良学園の学園祭にて、図書館島にあった魔法世界と地球を繋ぐゲートと超鈴音の発明品の誤作動により、20年前の魔法世界にフェイトたちがタイムスリップしてから、4ヶ月。

最初のうちは、フェイトの心休まる時はなかった。

この世界は地球と違い、獰猛で強力なモンスターが多数存在し、世界全体が戦争の渦に巻き込まれている。

そんな時代のこの世界に、フェイトと一緒にやってきた二人の友。つい最近までは平和な日本で暮らし、常識の中で生きてきた普通の高校生だった二人の友を、この世界で守るのは骨が折れた。

ただ脅威から守るだけなら容易いが、この二人は、ワザとかと思えるぐらいに次から次へとトラブルを運ぶは、目を離したスキにとんでもないことをしでかすはで、無表情でクールだったフェイトという人物が、すっかり振り回されてしまった。

しかし、それでもこの二人を見捨てずに、今日までともにあり続けたのは、打算も何もない、フェイト自身の意思によるものだ。

だが、最近では二人の友も、この世界に順応し始め、今ではスッカリこの世でたくましく生きていることは、うれしいことであった。

 

「おい、フェイ公。テメエは、今日はどんなことしたんだ?」

「荒野のドラゴンを追い払う仕事さ。兵士は戦争に回されるから、人手が足りないらしい」

「ド、ドラゴン!? 涼しい顔してまあ……なんでお前は、士官しねんだ? テメエなら、紅き翼並みの働きをするんじゃねえのか?」

 

今では、メガロメセンブリアの路地裏の酒場が、フェイトたちの拠点となっていた。

表通りだと、何かと面倒なことになるというフェイトの意見から、日の当たらぬ場所を拠点として選んだ。

当然最初は、子供三人がこんな場所で受け入れられるはずはない。襲われたことや、強盗されかけたことだってある。

だが、それでも居場所を見つけ、ニアは酒場の皿運び、シモンは建設現場で、フェイトは何でも屋のような仕事で生計を立てていた。

その目的は、生活費と旅費を集めるため。

 

「言っただろ? 僕たちは、オスティアに行きたいんだ。この時代では、オスティアへ行くには相当の手間と資金が必要だから、こういうバイトをしているだけだ」

 

この世界は、今二つの巨大勢力が争っている。ヘラス帝国とメセンブリーナ連合。

辺境の僅かな諍いから始まり、世界レベルに発展したヘラス帝国の侵略戦争。帝国の目的は、オスティアという地の奪取。

つまり、オスティアとは、現在の大戦の中心ともいうべき場所なのである。

そのような場所に行くには、当然、手間と資金がかかったのだった。

 

「オスティア~? 正気かよ。んなところに行ってどうすんだよ」

「知ってっか? 噂じゃあ、あのマフィアの完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)。あの組織とオスティア上層部は繋がってるって噂もあるぐらい、ヤバい場所だぜ?」

 

彼らにとって、フェイトたちの行動は正気とは思えないらしい。だが、フェイトは涼しい顔で返した。

 

「知ってるよ。何もかも。たぶん、この世界に居る誰よりもね。でも、それでも行かなくちゃいけないんだ」

 

少し皮肉めいた口調で答えるフェイト。

 

「でも、おかしいですね。私たちが、最初に居た場所はオスティアという場所の近くだったのに、どうして遠いメガロメセンブリアに来て、またオスティアに行くのですか?」

「それは・・・まあ・・・色々とあの時期のオスティアは厄介で・・・」

 

フェイトは口ごもり、視線を窓の外へ移した。

そう、今ニアが言った通り、ニアたちが最初にこの世界に来たのはオスティア近辺だった。

しかし、オスティアは戦争の渦中のど真ん中だ。近隣の村や街も、略奪などの悲劇に晒されている。

そして、それはこの世界のどこにでも言えた。世界を巻き込む大戦中に、素人のシモンとニアの安全を確保するには、どこでもいいというわけにはいかない。

フェイト一人なら何ともないが、シモンとニアが一緒だと危険だ。そう考えると、メガロメセンブリアという巨大都市に身を隠していた方が安全だった。

・・・っというのが、表向きの理由。

 

(オスティア周辺には、組織の連中があちこちに居る。僕の存在を知られたくないからね・・・)

 

っというのも、理由の一つだった。

だが、その生活にも、ようやく終わりが見えてきた。

そろそろ、オスティアへ向けて再び動く時期になってきたと、フェイトは考える。

フェイトは、酒場から窓の外を見る。

その視線の先には、メガロメセンブリアの議事堂。

 

(さて、こちらもそろそろ時間だ・・・3・・・2・・・1・・・)

 

その時だった。巨大な爆音と、巨大な柱の棘が議事堂内部から飛び出した。

 

「な、何だこの音は!?」

「議事堂からだぞ!?」

 

慌てふためくチンピラたち。それは酒場の中だけでなく、都市に居るすべての者たちに衝撃が走った瞬間だった。

 

「なんなのです?」

「大丈夫だよ、ニア。ちょっとテロリストが、議員に化けて内部に侵入し、議事堂内で会合するはずだった紅き翼を罠にはめただけのことだ」

「えっ!? 紅き翼って・・・確か、ナギさんたちの?」

「そうだよ。歴史上、彼らは罪を被せられて、今日から賞金首になる。でも、安心したまえ。いずれその容疑が晴れて、彼らは英雄になる。今日行われることは、歴史上絶対欠かせない出来事なのさ」

 

淡々と説明するフェイト。その間に、首都の巨大艦隊がライトを照らしながら、都市を飛び回っている。

 

「大変。シモンがまだ帰ってきてません!」

「大丈夫だよ。シモンの仕事は、都市郊外だ。このまま黙って過ごしていれば、何の問題もないよ。っていうか、連合が追いかけているのは、紅き翼だから、シモンは何の関係もないよ」

 

外は今の爆発音で大騒ぎというのに、フェイトは冷静な口調でコーヒーを飲んでいる。

フェイトが冷静でいられるのは、彼が未来から来た人間で、この世界の表と裏の事情を全て把握しているからだ。

 

(帝国と連合の裏で暗躍している、僕たちの組織。組織と連合の議員が繋がっているという証拠を見つけた紅き翼が、それを連合上層部に報告に行った。だが、その人物は本物に成りすました・・・一番目のアーウェルンクス・・・。一番目に嵌められて、紅き翼は反逆者扱いになって、連合から追われる・・・それが、今日この日だ)

 

今日起こることは、全てわかっている。

 

(ついでに、組織の幹部が、秘密裏の交渉に赴いたアリカ姫とテオドラ皇女・・・この二人を揃って攫う日・・・まあ、紅き翼に救出されるけどね・・・)

 

自分の知る歴史と、一切の違いが見当たらないからこそ、フェイトは落ち着いていられるのだった。

 

「さあ、ここからようやくスタートだ。墓守り人の宮殿での戦いまで、ゴールが見えてきた」

 

だが、歴史というのは、ちょっとしたことでいくつもの道に分かれることもある。

また、全てを知った気になっていたフェイトは、今後歴史では語られなかった、知らなかった事態に直面して、頭を悩ませることになるのだった。

 

「な、なんだったんだ、今のは!?」

「議事堂の方でしたね。ナギとガトウとラカンが行ってますが・・・」

 

爆音がしたと同時に、その客は酒場に入ってきた。

爆音を聞いて、慌ててその客は外に出ようとするが、その後ろ姿を見て、ニアが声を出す。

 

「まあ! アルさん! それに詠春さんも!」

 

ニアの言葉に二人が振り返る。

 

「ニアさん?」

「おお! こんなところに居たのかい? 久しぶりだね。シモン君は?」

 

彼らの存在を見て、酒場のチンピラたちは、卒倒した。

 

「「「紅き翼(アラルブラ)!?」」」

 

そう、紅き翼の、アルと詠春がここに居た。

 

「ニア君。君たちは、今までどこに居たんだい? オスティアで、謎の魔法使いに襲撃されて君たちの姿を見失ったが・・・」

「ああ、あれですね。あれは、襲われたのではなく、私たちの友達が、私たちが襲われていると勘違いして、あんなことになってしまったのです」

「友達? なんだ、シモン君以外にも、まだ居たのかい?」

 

4ヶ月前に出会った紅き翼。

シモンとニアは彼らと行動しそうになり、自分の存在と歴史のゆがみを恐れたフェイトが、無理やり二人を連れ去った。

ニアとシモンの無事を喜ぶ詠春たち。

ニアは、心配をかけた二人に、自分たちの友を紹介しようとする。

 

「紹介します。こちらが・・・」

 

この時、フェイトは慌てて酒場のカウンターに姿を隠した。

 

(な、・・・なんだって・・・)

 

フェイトは、カウンターの下に隠れながら、汗をダラダラと流していた。

 

(ど、どういうことだ!? 確かに、紅き翼が首都に居るのは知っていたが、歴史上、ここで僕たちが出会うことはないはずだ!? 僕さえ気を付ければ、広大な首都で鉢合わせになることはないと・・・いやいや、そもそも超VIPの紅き翼が、何で裏通りに? 彼らに絶対に会わないと思ったからこそ、裏通りに拠点を置いたのに、何故? ・・・待てよ・・・そうか、情報収集のためか!)

 

フェイトは、とある事情から、紅き翼とは会うわけにはいかないのである。

だからこそ、顔を見せるわけにはいかない。

だが、事態はさらに悪化する。

 

「ここに居たか、詠春! アル!」

「まいったぜ、嵌められた! あの、白髪の小僧が!」

 

息を切らしながら、酒場に乗り込む、三人の豪傑。

 

「ナギ! ラカン! ガトウ! これは一体、どういうことだ!?」

「事情は後だ、詠春! タカミチとお師匠は、どこに居るか分からねえが、とにかく逃げるぞ! 俺らは指名手配犯になっちまった!」

「タカミチ少年はゼクトと一緒だ・・・おそらく無事だ。今は、我々がここから離脱することが先決だ!」

 

ゾロゾロと入ってきた男たちに、酒場のチンピラたちは気絶しそうになった。

そりゃそうだ。

魔法世界最強とも言われている最強チームが、こんな薄汚れた酒場に現れたのだ。声を失っても仕方なかった。

 

「おおー、ニアじゃねえか! 無事だったのか!」

「はい、友達が助けてくれました!」

「友達?」

「はい、紹介しますね」

 

フェイトの焦りはピークに達する。

 

(まずい! タカミチやフィリウスが居ないのは、せめてもの救いだが、今のサウザンドマスターたちは、一番目のアーウェルンクスと会っている! 今の僕が彼らと顔を合わせれば・・・)

 

フェイトは手に届く範囲を急いで探る。

何か、誤魔化せるものはないか? 

どうやったら、この場を乗り切れる? 

苦悩の末、フェイトが取った、行動は・・・・・・

 

 

(こ、この服は!? いや・・・しかし・・・・くっ・・・・・・・仕方ない!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首都から僅かに離れた場所に位置する広場。

 

 

 

日雇い労働者たちがスコップやツルハシ、そしてドリルを使って、土地を整備していた。

 

 

 

剣や魔法の才もなく、学もない男たちが泥だらけになって仕事をする中に、シモンは居た。

 

「なんだか、首都が騒がしいぞ?」

 

首都上空を飛び回る戦艦に、只ならぬ気配を感じ取ったシモンは、作業を中断させて首都へと視線を向ける。

 

「コラ、シモン! 手を休めるんじゃねえ! いくらおまえでも、仕事をしなけりゃ、ステーキはやらねえぞ?」

「あっ、ごめんよ、シャク親方!」

 

工事現場の責任者、シャク親方に言われて慌てて作業を再開するシモン。だが、それでも内心では首都が気になるようで、チラチラと視線を移す。

その様子をまた怒鳴られるシモン。周りに居た日雇い労働者仲間は、それを見てこそこそと話す。

 

「なあ、あの冴えない坊主がやけに親方に気に入られてるが、なんなんだ?」

「ああ、お前は新人か? あいつは、穴掘りシモンっていってな、俺たちのエースだ」

「エース?」

「ああ。固い地盤だろうと、瓦礫の山だろうと、ドリル一つで簡単に穴を開けられる不思議な野郎だ」

 

その話を聞いて、労働者たちの視線がシモンに集中する。

 

「うん……そうか……ここを掘れば、柔らかいから簡単に穴が空くんだね?」

 

シモンは親方に怒鳴られた後、静かに大地に手を置いて、意識を集中する。

 

「あいつ、一人でブツブツと何をやってんだ?」

「大地と会話してんのさ。あいつは、大地の声を聞きとって、掘る場所をピンポイントに探ってんのさ」

 

大地と会話する。それを聞いても半信半疑だった労働者たち。だが、次の瞬間、シモンはドリルを一突きして、固い大地にいとも簡単に穴を開けた。

それだけで、「相変わらずだぜ」「あいつスゲー」と言った歓声が上がる。

もう、慣れた光景だが、シモンはゴーグルを深々かぶって恥ずかしそうに穴の中に入って、身を隠した。

 

「ふう、ここら辺の作業もだいぶ進んだな~。給料もいいし、親方もたまにステーキを奢ってくれるし、一生このままでもいいかもな~」

 

褒められることは照れるが、シモンはニア同様に、この数か月でたくましく成長していた。

最初はフェイトに全てを助けられていたが、今では職を見つけ、ニアと生活できるぐらいこの世界と順応していた。

魔法だとか異世界とか、そういうことは分からず、元の時代の元の世界に帰る方法はフェイトに任せきりだ。

当然、元の世界にも戻りたいという気もするが、このままでも特に困ることはないと思う自分もいた。

泥まみれの汗水流して金を稼ぐのは、シモンの性に合った。

戦争中ではあるが、亜人や元の世界にはない文化など、新鮮な毎日だった。

 

「おい、シモン! その作業が終わったら、帰っていいぞ!」

「うん、わかったよ、親方!」

 

フェイトは、あまりこの世界の人間と深入りすることは良くないと注意している。シモンも何度も説明されて、その理由をなんとなくだが理解していた。

だが、それと同時に気になることもあった。

 

「親方、それじゃあ、お疲れ」

「おう。美人の嫁さんが待ってるぞ。さっさと、帰りな」

 

シャクの言葉で、他の労働者たちが身を乗り出す。

 

「ええ! こいつ、嫁がいんのか?」

「おうよ。ニアちゃんっていう、メチャクチャ可愛い子だ。裏通りの酒場で働いている子だ」

「か~、嫁と二人暮らしかよ。いいな~」

「いや、二人じゃねえよ。フェイ公っていう、ダチと一緒に三人暮らしだ」

 

そう、気になるのはフェイトのことだ。

フェイトは明らかに何かを隠している。そして、何か裏がある。この世界で暮らしていて、それが感じ取れた。

フェイトが話さないのであれば、無理に聞き出そうとはしない。シモンもニアもフェイトを信じているからだ。

だが、時折一人のフェイトを見ていると、どこか悲しそうで消えそうな雰囲気を感じ取ってしまうことがある。

だからシモンは、元の世界に帰る方法よりも、フェイトが何を背負っているのかが、気になって仕方なかったのだった。

 

「さて、それじゃあ帰ろうかな」

 

友を信じると決めた。だが、それでも気になる。その思いを抱えたままこの数か月を過ごしてきたシモン。

その疑問の答えが・・・

 

「ん!?」

 

間もなく明かされることになる。

 

「どうした、シモン?」

 

帰路に就こうとしたシモンは、荒野の果てをジッと見つめる。

そこには地平線に沈む太陽と岩山しかない。だが、シモンは怖い顔で見つめた。

 

「この感じは・・・戦ってる・・・いや、襲われてる・・・」

「シモン?」

「大地を伝わって、声が、攻撃の音が、争いの振動が伝わってくる」

「あん?」

 

現場で作業を続けて身に着けた、シモンの感覚。シモンは、根拠はないが、この世界で仕事をし続けて、大地からあらゆる情報を手に入れる感覚を身に着けた。

その感覚が、シモンに教えている。

 

「襲われているのは・・・女の人だ! ・・・危ない!」

 

気づいたら、シモンは走り出していた。

誰かが襲われているような気がする。それだけで、危険を恐れず走り出していた。

半年前なら、カミナの背中に隠れていた。そして恐れて逃げ出していた。

だが、今のシモンは逃げない。一瞬の迷いもなく走り出した。それもまた、この世界に来て成長した部分なのかもしれなかった。



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第40話 世界最強ヒロイン誕生だ!

「お逃げくださ・・・姫様・・・」

 

荒野の果てでボロボロの騎士は、ただその言葉だけを繰り返しながら、意識を失った。

 

「ふん、うるさい人形どもだ」

 

倒れた騎士を見下ろしながら、冷たい言葉を浴びせる、真っ黒いローブを身に包んだ仮面の人物。

仮面の人物の前には、女と少女が身構えていた。

 

「くっ、嵌められたのう・・・」

「下郎が・・・」

 

二人の女は抵抗する意思を捨てず、仮面の人物を睨みつける。二人に対して、仮面の人物は感嘆の声を漏らす。

 

「若いとはいえ、流石は国を背負っているだけはある。アリカ姫、そしてテオドラ皇女よ。だが、諦めろ。護衛の兵はこの通り全滅だ」

 

両手を広げる仮面の人物の後ろには、何十人もの武装した兵士たちが横たわっていた。今この場で立っているのは、仮面の人物と二人の女。

二人の女は、完全に追い詰められていた。

 

「アリカ姫よ・・・どうするのじゃ? ワシの部下は、あの通りじゃ。このままでは・・・」

「すまぬ、テオドラ皇女よ。まさか、我らの秘密裏の交渉が、完全にこやつらに筒抜けとは思わなんだ」

 

二人の女。その名は、アリカ姫とテオドラ皇女。ヘラス帝国の王女に、オスティアの姫。秘密裏の会談を行おうとしたときに、彼女たちは襲撃を受けた。

 

「我らの組織を甘く見すぎだ。そして抵抗しないことを勧める」

「・・・組織・・・完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)か?」

「いかにも」

 

仮面の男の足元が黒く染まっていく。それは、影。その影から、次々と髑髏の兵士が出現した。

だが、アリカもテオドラも、相手の力に恐れることなく、勇猛に立ち向かう。

 

「なめるな、テロリストめ。我らは、決して屈しぬ!」

「帝国仕込みの魔力を見せてやるぞよ!」

 

二人の叫びとともに、荒野に爆音が響く。

 

「ほう、流石は王家の力。その辺の騎士どもとは違うな・・・だが・・・」

 

仮面の人物が、手を前にやる。すると、その足元から影が棘のように伸びて、二人の手足に巻きついた。

 

「ぐぬ!? これは・・・」

「動けぬぞ!?」

「私と貴殿らでは、実戦経験に差がありすぎる。どれほど恵まれた魔力があろうと、それが全てだ」

 

アリカとテオドラは戒めを解こうとするが、ビクともせず、身動きが取れない。

あっさりと捕まったこと、何より仮面の人物が息一つ乱していないこと、それだけで力の差がハッキリと分かった。

 

「さあ、大人しくするのだな。二人には今から、私についてきてもらおう」

 

これまでか? 抵抗すら許されぬ二人の姫が、そう思いかけた時だった。

 

「うああああああああ!」

「ぬう?」

「「!?」」

 

勇気と恐れの入り混じった少年の咆哮が聞こえた。

いったい何事かと、三人が空を見上げると、空からドリルを真下に向けた男が降ってきたのだった。

 

「シモンインパクトー!」

 

仮面の人物は咄嗟にその場から飛びのき、思わずアリカとテオドラの戒めを解いてしまった。

 

「なんじゃ?」

「助かったのか?」

 

解放された二人。そして、二人を連れ去ろうとした仮面の人物は、現れた人物を睨む。

 

「何者だ・・・紅き翼でも兵士でもなさそうだが・・・」

 

突如乱入した男に、仮面の男は大して動じてはいなかった。それは、揺るぎない精神力と己の実力への自信からだ。

だが、それほどの男でも、たった今現れた何の変哲もない男の力に、その仮面の下の素顔が、すぐに歪むことになる。

 

「俺はシモンだ!」 

 

ハンドドリルを掲げ、泥まみれのシモン。

 

「女の子を力づくで連れ去るなんて、許さないぞ!」

 

泥まみれの姿だが、瞳だけはギラついていた。

 

「誰じゃ? あの、童は?」

 

後にテオドラ皇女は語る。

これが全ての元凶であったと。

 

「シモン? ・・・見る限り、騎士団では無さそうだな」

「騎士団じゃない、俺はメガロメセンブリアの日雇い労働者だ!」

「・・・・・・・ふっ」

 

シモンの言葉に仮面の男は嘲笑した。

 

「無駄な時間を過ごした」

「いかん! 童よ、逃げるのだ!」

「遅い」

 

仮面の男が指を軽く動かした瞬間、大地に影が広がり、シモンの足元から這い上がって飲み込もうとする。

 

「これは!?」

「場違いな舞台に上がろうとするから、こうなるのだ」

「ななな、なんだ!?」

「身の程を弁えよ。木偶め」

 

シモンの足元から這い上がる影が、シモンを丸呑みしていく。テオドラとアリカが助けようと立ち上がるが、既に遅い。

・・・そう思ったが・・・

 

「むっ!?」

 

影がシモンを飲み込んだ。

だが、仮面の男は違和感を覚えた。それは、手ごたえが無かったからだ。人一人を飲み込んだというのに、その実感が伝わってこなかった。

そして何より、音。

 

「なんだ、この音は?」

 

仮面の男の足元から聞こえてくる、削掘音。

徐々に大きくなり、それはやがて大地の下から顔を出した。

 

「いっけーっ!」

「なにっ!?」

 

ドリルを使って、大地の下から顔を出したシモンは、そのまま仮面の男に向かって突き進む。

仮面の男は直撃すら避けたものの、その漆黒のローブがシモンのドリルにかすって、ビリビリに引き裂かれた。

 

「ぬおっ! あの童、生きておった!」

「・・・なにものじゃ?」

 

テオドラとアリカも目を丸くしている。

 

「キサマ、どうやって・・・」

「どんなに気持ち悪い影だろうと、大地にできたものならば、俺に掘れないものなんてないさ」

「なに?」

「この世界に来て・・・ずっと友達に守られ続け・・・情けなかった自分を少しでも変えようと思って磨き続けた力だ!」

 

 

シモンは自分を恥じていた。

この世界の脅威を目の前にして、何もできない自分。そんな自分をニアは見損なったりしなかった。

フェイトは嫌な顔一つしないで、いつも気にかけてくれ、そして自分たちを守ってくれた。

友の重荷。好きな女の子も満足に守れない自分。

そんな現状を少しでも打破しようと思って、少しだけだが逞しくなった。

自分らしさを失わずに、この数か月かけての成長を、今発揮する。

 

「・・・奇怪な力だ・・・拳、剣、魔法・・・あらゆる戦闘を経験したが、そのような螺旋の武器は初めてだ・・・」

 

仮面の男は、少しだけシモンを認めたのかもしれない。そんな感じだった。

 

「だが・・・まだまだ世界を知らぬと見える」

 

しかし、それでも仮面の男の余裕は崩れない。

それどころか、身にまとうオーラのようなものが、シモンを圧迫し、空気を震わせる。

 

「教えてやろう。役者が違うということをな」

 

シモンは、確かに少しは強くなった。

でも、だからこそ相手の力が分かるようになった。

 

「どうした?」

「え・・・」

「顔が青ざめているぞ? 今さら怖くなったか?」

 

シモンの手にはびっしょりと汗でぬれていた。

ロージェノムの時とは違い、相手の力が分かるからこその恐怖が身を震わせた。

だが、あの時も勝算があったわけではない。

 

「ほんとだ・・・・でも、今さらだ。だって俺は、いつだって・・・怖いからな」

「なに?」

「でも・・・」

 

根拠があったわけでもない。

ロージェノムと殴り合ったときは、そんなことを考えて戦っていなかった。

 

「俺を・・・」

 

あるのは、気合!

 

「俺をッ!」

 

シモンが走り出す。

 

「いかん!?」

「ならぬぞ!」

 

アリカとテオドラは、慌ててシモンを止めようとするが、シモンは言葉で止まらない。

 

「ザコが・・・」

 

仮面の男が影を操り、幾重にも黒い影を拳に纏わせ、密度を上げる。

 

「粉々に・・・消え失せろ」

 

ハンマーのような巨大な拳がシモンに襲い掛かる。だが、それほどの強烈な拳を前に、シモンは瞼をしっかりとあけたまま、拳を見切る。

 

 

「俺を誰だと思っている!」

 

「ッ!?」

 

 

シモンの拳と仮面の男の拳が空で交差し、シモンの拳が仮面の男の仮面を叩き割った。

ロージェノムの時と同じ、クロスカウンターだ。

 

「ぬおっ!」

「あの童・・・」

 

テオドラとアリカも驚いている。だが、一番驚いているのは仮面の男だ。

 

「なんと・・・これは・・・」

 

割れた仮面の下からは褐色肌の男の顔が露わになった。

砕かれた仮面に少し呆然としながら、男は呟く。

 

「感情次第で力が上限する・・・これは人間の特徴・・・しかも、ただの人間ではない・・・微かに・・・この世界ではありえぬ文明の匂いを感じる・・・旧世界か・・・」

「・・・・へっ?」

「だが・・・それは困ったな・・・旧世界の人間と・・・殺し合いをするのは我々の間では御法度なのでな・・・」

「ッ!?」

 

意味の分からない会話。だが、男が戸惑っていたのは、シモンの力でも、思わぬダメージをくらったからでもない。

シモンが人間だということが分かった。意味が分からないが、戸惑っていた理由はそれだった。

 

「仕方ない。半分だけ殺してから、姫たちを連れて行こう」

 

戸惑いが終われば、男の素顔とともにあらわになった鋭い眼光が、シモンを威嚇する。

 

「後学のために知っておけ、旧世界の小僧。腕力が、剣術が、魔力が、戦闘能力がどうとかなど、もはや私の前では既に次元の違う話だということをな」

 

シモンは一瞬で理解した。

 

(なんだよ、こいつ!? 次元が・・・・)

 

次元が違う。

住む世界が違う。

睨みでシモンを震え上がらせるほどの存在感をデュナミスは出す。

テオドラも、アリカも、ポーカーフェイスを保ちながらも、汗をかいていた。

 

「そうだ・・・どうせ二度と会うことはないのだ・・・私のことを教えてやろう」

「なに?」

「私は、完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)の幹部・・・・・名は!」

 

目の錯覚かと思った。

 

「な、なにい!?」

「危ない!」

「逃げよ!」

 

大地を見下ろす真っ黒い巨大な怪物。

山のように大きく、どす黒さを孕んだ化け物が、仮面の男を額に載せながら、シモンたちを見下ろしていた。

そして男は名乗る。

 

「デュナミスだ」

 

これが、後世まで語り継がれる、完全なる世界という伝説だった。

そして、ようやく歴史が動き始める。

 

 

 

 

 

 

「隊長! 首都郊外で小競り合いしている奴ら・・・男二人は知らないっすが、女二人は・・・あの、アリカ姫とテオドラ皇女ですぜ?」

 

シモンとデュナミスたちの争いを少し離れたところから覗き見る、真っ黒いコートに身を包んだ連中。

 

「くくくく、これはついている」

 

隊長と呼ばれた男は、欲にまみれた笑みを浮かべる。

 

「アリカ姫はどうでもいいが、テオドラ皇女は違う。皇女を攫って連合本部に連れて行けば・・・俺たちは一生遊んで暮らせるぜ!」

「うっひゃー! そうっすね!」

「傭兵結社なんかでずっと働いている必要もなくなるぜ!」

 

ここに居るのは、四人。彼らは、デュナミスとシモンの争いに乗じて、テオドラ皇女を攫おうとしていた。

 

「しかし隊長・・・あいつら強そうですぜ? 俺たちじゃ・・・」

「バカ野郎! こんな時のために、最強の助っ人を連れてきたんじゃねえかよ! おい、新入り! 出番だ!」

 

隊長の男が後ろを振り返ると、筋肉隆々で、鋭い角を額から突き出した怪物が立っていた。

 

「先輩よ~、あんま俺に命令すんなよな・・・殺しちまうぜ?」

 

どすの利いた声。他の連中はビビって顔を引きつらせる。

 

「わ、悪かったな。だが、ほれ、あそこに居る連中! あのチビ皇女さえ残してくれたら、あと全員皆殺しにしていいぞ」

「頼むよ・・・あんたならできるだろ?」

 

腰を引かせながら、新入りという立場の低い存在相手に頭を下げる男たち。だが、それも仕方ない。

この新入りと呼ばれる男の存在は、格が違いすぎた。

 

 

 

 

 

「当たり前だ・・・・・・この・・・・・・チコ☆タン様ならなァ!!」

 

 

 

 

今日この日、フェイトの記憶では、アリカ姫とテオドラ皇女、二人そろって完全なる世界に捕らえられる日となっている。

 

 

そしてこれは、歴史上極めて重大な出来事であった。

 

 

だが歴史は徐々に、フェイトが知る歴史から、食い違いが現れるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの・・・フェイ――」

 

 

 

「僕の名前、それは!」

 

 

 

ニアは目をパチクリさせていた。

友の変貌に、言葉を失った。

紅き翼を含めた、酒場の客たちも声を失っている。

だがそれは、あまりの姿に、見とれていたからかもしれない。

その証拠に、酒場のチンピラたち以外にも、ガトウや詠春も顔を赤らめている。

 

「あの・・・」

「ニア! お願いだ、少し口裏を合わせておいてくれ! とにかく、フェイト・アーウェルンクスという名だけは隠しておいてくれ」

「え・・・」

 

変身したフェイトは、ニアの耳元で必死に懇願する。

紅き翼に正体を知られたくないフェイトは、酒場のカウンターにあった衣装に身を包んでまで、己の正体を隠し通そうとする。

 

「フェ、フェイ公・・・おまえ・・・女だったのか?」

「ど、どうりで美形だと思ったんだ・・・」

 

呆気にとられるチンピラたち。

そう、フェイトは今女装中だった。

酒場のカウンターにあった、ニアのもう一つのメイド服に身を包み、変装用の猫耳としっぽまで装着している。

だが、それは女装しているというより、フェイトはもともと女だったのか? と、誰もが勘違いするほど、カンペキな姿だった。

 

 

(くっ・・・なんで僕がこんなことを・・・でも、これなら正体はバレないはずだ。さあ、紅き翼・・・早く帰ってくれ・・・この格好はつらい)

 

だが、紅き翼たちは、帰るどころか、フェイトの願いをモロに裏切り、むしろ鼻息荒くしてフェイトに向かって駆け出した。

 

「お、おお、おめー、すげー可愛いな! 名前は!」

「おう、ナギ! テメエには、アリカの姫さまがいるだろうが!」

「ナギ、ジャック! お、お嬢さんが怯えているだろう。かか、顔を近づけるな!」

「う、うちの連中が失礼をした・・・その、お嬢さん・・・・ぽっ・・・」

「おやおや、詠春とガトウまで顔を赤くするとは・・・」

 

フェイトは、人から見た今の自分が、どういう姿なのかを分かっていなかった。

 

(なぜ、近寄ってくる!?)

 

困惑したフェイトは、狼狽える。

だが、その仕草が男たちの心をくすぐった。

 

(おお、俺は別に女とかどうでもいいが・・・)

(アリカのような冷たい無表情かと思いきや・・・)

(クールな表情が一転して、狼狽えるか弱い仕草・・・)

(真っ白い毛並みの猫族・・・)

(さらに、フリフリのエプロンにミニスカート・・・オーバーニーソとは・・・)

 

最強クラスの力を持つフェイトも、鼻息荒くした男たちの前には形無しだった。

 

 

「ぼ・・・僕の名前は・・・」

 

「「「「「おまけに、ボクッ娘だと!?」」」」」」

 

 

なんか、いろいろバカばっかだった。

 

「なんなんだ!?」

「この時代を先取りしたような娘は!?」

「ニア君といい、この子といい、世界は広い・・・」

「お嬢さん・・・教えてほしい・・・君の名は?」

 

フェイトは焦る。

正体がバレるバレないではなく、いろいろまずそうな気がした。だが、とりあえず誤魔化せているようだ。

 

(少なくとも・・・僕がアーウェルンクスであるとか、組織のメンバーであると疑っているわけではなさそうだ・・・なら、このままやり通すしかない・・・)

 

このままやり通す。

そう決めたフェイトは、必死に頭を働かせ、偽名を考える。そして、導き出した名前は・・・

 

 

 

「僕の名前は・・・・・・綾波・・・フェイ・・・綾波フェイだ」

 

 

 

 

「お、おお・・・なんか、ロボットを動かせそうな名前だな」

 

 

 

 

こうして、少年は神話になった。

 

 



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第41話 愛は魔法より強い!

「うぬう~・・・これは・・・」

 

荒野を黒く染める、巨大な影の化け物を見上げながら、テオドラは呟いた。

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)という組織の幹部、デュナミスの力は正直桁違いだった。

王族二人に日雇い労働者。この三人でどうにかできるレベルではないと、幼いながらもテオドラは見抜いていた。

 

(ここは一旦引くべきじゃ・・・しかし・・・)

 

敵わぬなら逃げた方がいい。しかし、シモンが気になり、それが出来なかった。

 

「のう、童。助けてもらったことは礼を言うぞ。だが、ここから先は、オヌシの対応できる領域ではない」

「で、でも・・・」

「安心せよ。隙は妾が作るぞ」

「えっ!?」

「気にするでない、童よ。か弱き市民を守れずしては、王家の名が廃る!」

 

テオドラは、まだ幼い。シモンよりも年齢は年下だろう。その屈託なく笑う笑顔は、少女そのものだった。

だが、笑顔の奥でギラつくオーラは、シモンの住む世界では見ることのできなかった、人の上に立つ者たちにのみ許された輝きがあった。

 

「付き合おう・・・ヘラス皇女」

「ぬう・・・しかし、アリカ姫よ・・・」

「気を使うな。そなたも皇女であるならば、私の気持ちが分かるであろう?」

「・・・ふっ・・・お人よしじゃの」

 

アリカも同じだった。

二人は、シモンを守るようにデュナミスの前に立ちはだかる。

 

「ちょっ、さっきから何を勝手なこと言ってんだよ!?」

 

女に守られる? それは男にとっては屈辱以外の何物でもない。

しかしそれを感じさせぬほど、二人は女というよりも、シモンにとっては遥か高みの存在に見えた。

 

「童・・・いや、シモンといったな。私の伝言を、ナギという名のバカに伝えてほしい」

「な、何言って!?」

「必ず迎えに来いとな!」

「ダ、ダメだ! 行っちゃダメだ!」

 

女は、誇り高かった。

 

「ふっ・・・その闘志・・・見事と言うほかない」

「素直に受け取っておこう」

 

デュナミスは、もうシモンの存在など目に入っていないのかもしれない。

 

「だが、教えてやろう! その誇りも闘志という感情も、所詮は偽りの不純物であるということをな!」

 

わずか数発の攻撃を打ち込んだとはいえ、シモンとアリカたちとでは、存在価値に差がありすぎた。

 

「ふはははははは、闇に飲み込まれよ!」

「させぬ! 我らは、必ず世界を照らして見せる!」

 

今のシモンでは決して届かぬ世界。敵。レベル。舞台。

だが、そんな領域に居る女たちが、小さなシモン一人を気にかけ、逃げずにデュナミスに立ち向かっている。

 

「どうしてだよ・・・」

 

シモンは、血が出るほど拳を握りしめた。

 

「ニアといい・・・二人といい・・・何で強い女は! 男の気持ちをこれっぽっちも分からないんだよ!」

 

気づけば、ハンドドリル片手にシモンも二人の後を追いかけていた。

 

「バカ者! 何故逃げぬのじゃ!」

「分かんないよー! でも、もう・・・誰かの代わりに助かるなんて、嫌なんだよー!」

 

無謀かもしれない。無駄なことかもしれない。でも、シモンは逃げたくなくて、走っていた。

 

「まだ居たか。モブキャラめ。所詮キサマなど、場違いも甚だしい!」

「知ったことか! たとえ場違いだろうと、舞台に上がったからには演じきってやる!」

 

勇ましく猛る、シモン。

だが、そんなシモンや二人の女をあざ笑うかのように、無情な闇が降り注ぐ。

 

「ならば、多少手荒くいく。重傷を負っても、恨まぬことだな」

「ッ!?」

 

巨大な影の怪物が、ハエ叩きのようにシモンたちを手のひらで押しつぶそうとする。

こんなもん、どうすればいいかなんて分からない。

 

「くそおおおおおおお!?」

 

だが、その時だった。

 

「彼を傷つけることは、許さないよ」

 

それは、その場に居なかった者の声だった。

 

「なにっ!?」

 

巨大な流砂が波を作って、巨大な怪物を丸々飲み込んだのだった。

 

「な、なんじゃと!?」

「流砂の津波!?」

 

怪物すら一飲みした巨大な力。

 

「なな・・・この魔法って・・・確かあいつの・・・ッ!」

 

自分たちのピンチに表れたその人物は、とてもかわいらしい顔をしていた。

 

「ああーーーっ!? って・・・えええええーーー!?」

 

シモンはその人物を見て、二回驚いた。

それは、現れた人物がシモンの心から信頼する友であったことへの喜び。

そしてもう一つは、その友が、何とも珍妙な姿をしていたことだった。

 

「・・・何という魔力・・・貴様・・・何者だ?」

 

降り注いだ大量の砂を払いながら、デュナミスは尋ねる。

すると、現れた人物は無表情のようで、ものすごく困ったような表情を浮かべながら、小さな声で答えた。

 

「あ、・・・綾波フェイだ・・・」

 

予想外すぎる人物がそこにいた。

 

「綾波・・・フェイだと?」

 

変身フェイトの登場だった。

 

(この巨大な魔力・・・この気配・・・アーウェルンクス・・・あの人形たちと似たものを感じるが・・・この女・・・)

 

メイド姿の猫耳フェイトを真剣な眼差しで見定めるデュナミス。

 

(くっ・・・よりにもよって・・・何でこんなことに・・・)

 

フェイトは、心の中では相当焦っていた。

 

 

(シモン・・・なぜ、デュナミスと戦っている・・・それに、アリカ姫にテオドラ皇女まで居るとは・・・しかしまずい・・・デュナミスなら、ひょっとしたら・・・)

 

(この女・・・)

 

(まずい!? 流石にデュナミスなら僕の正体に感づいて・・・)

 

(この女・・・なんと可憐なんだ!?)

 

(・・・ん?)

 

 

てっきり正体がバレるかとひやひやしていたフェイトだが、何故かデュナミスは顔を赤らめてそっぽ向いた。

その行動の意味は気になるが、どうしても気にしてはいけない気がしたので、フェイトは言葉を押し殺した。

 

「フェ・・・フェイ・・・ト?」

 

状況がまったく飲み込めないシモンは、どう反応していいか分からなかった。

 

「綾波フェイじゃと? 聞かぬな・・・」

「すごい魔力の持ち主じゃが・・・童の知り合いか?」

 

フェイトが只者ではないとアリカもテオドラもすぐに気付いた。だが、それ以上のことは分からず、ただシモンとフェイトのどちらかの言葉を待った。

すると、先にフェイトがシモンの目の前まで近づき、安堵の表情を浮かべた。

 

「助けに来たよ、シモン。・・・怪我は・・・なさそうだね。大丈夫かい? 」

「う、・・・うん・・・」

「すまない。僕が計算違いをした。まさかこんなことになっているとは思わなくてね・・・」

「えっと・・・」

「ああ、ここに僕が来た理由かい? それは、突然いなくなった君を心配した日雇い労働者の親方が店に来たのさ。それで僕が慌てて・・・」

「あ、いや、それもそうだけど・・・そんなことよりもまず・・・」

 

そう、そんなことよりも気になることがある。

 

「フェイト・・・その恰好は・・・」

「あっ!? ・・・って、静かに。今の僕は、フェイトじゃなくて綾波フェイなんだ」

「えっ?」

「ほかに名前が思いつかなかったんだ。だから、シモン。今から僕のフルネームは絶対に言わないでくれ。そうしないと、歴史が変わってしまう」

 

シモンの口を手で押さえ、慌てて事情を説明するフェイト。だが、説明になってない。

 

「でも・・・何で女装・・・」

「変装用具が他になかったんだ。それに、君が危ないと思ったから、慌てて・・・」

「・・・・・・」

 

いや、そんな説明で納得できるかよ。そんな顔で、シモンはフェイトを見る。

 

「・・・シモン・・・信じてくれ。別に僕はそういう趣味があるわけじゃない・・・ただ仕方なく」

「・・・・・・・」

 

しどろもどろのフェイトの説明では、納得できるわけがない。次第にシモンがフェイトを見つめる目が悲しくなり、フェイトは少し、しなっとなった。

 

「シ・・・シモン・・・そんな目で僕を・・・いや、とにかく軽蔑しないでほしい・・・き、君に勘違いされたくない・・・・」

「・・・えっ」

 

シモンは、何故かいきなりドキッとなった。

 

「お願いだ、シモン。こんな変なことで・・・僕を・・・その・・・君との仲をこんなことでだね・・・」

 

フェイトは無表情だ。

だから、コミュニケーションが苦手な奴だ。

だが、そんなフェイトが苦手なりに必死に自分を幻滅されないようにと、言い訳している。

するとどうだろう? シモンは少し、ドキッとしてしまった。

 

(あ、あれ? 俺、どうしたんだろ? フェ、フェイトって・・・こんなに・・・)

 

ちょっとヤバいことになりそうだった。

 

「あ、ああ・・・うん・・・・い、いいんじゃないか! ど、どんなことになったって、お前は俺たちの友達だよ! どんなことがあったって、軽蔑しないさ。お前が何者であっても、俺は、俺たちは絶対に受け入れるさ!」

「い、いや、状況が違えばうれしい言葉だが、この状況だと何か勘違いされている気がする。本当に、僕は好きでこんな恰好をしているわけじゃ・・・」

「えっ? 可愛い服を着るのが好きだったからじゃ・・・」

「違う! そうじゃない! ただ、これには事情があったんだ!」

「じゃ、なんのためなんだよ!」

「そ、それは・・・」

 

事情を言えない。それがこれほど歯がゆいものだとは思わず、フェイトは困った顔をして顔を背けた。だが、ここで、シモンは思った。

 

(フェイト・・・照れて・・・これって、素直になれない女の子がよく・・・それに、前に俺がメイド服とか良いなって言ったことあったし・・・まさか・・・)

 

激烈な勘違いをしたシモンは・・・

 

「まさか・・・俺のために・・・」

 

とんでもない道を掘り当ててしまった。

 

「ち、違う! なんでそうなるんだい。少なくともシモンのためなんかではない! 勘違いするな!」

 

この言葉を言葉通りに受け取るかどうかは、人次第。だが、少なくとも第三者の目から、特にフェイトを女だと勘違いしているものの目から見れば、このようになる。

 

「貴様ら! 神聖なる戦場で、何をイチャイチャとしている!」

 

何故か、ものすごく感情の入ったデュナミスが割って入ってきた。

 

「ち、違うと言っているじゃないか」

「ぬう、どけ、女! 私が相手をしているのは、そこの冴えない男だ!」

「たぶん君はものすごく勘違いしているが、とにかくシモンには指一本触れさせない」

「なっ!? 女に守られるとは・・・恥を知れ、小僧!」

 

さっきまでは渋くて、戦闘のプロフェショナルのようだったデュナミスだが、今はまるで、嫉妬に狂った情けない男のように見えた。

余談だが、史実ではデュナミスはこの日を境に、女性バージョンのアーウェルンクスがどうのと呟いていたそうだが、フェイトのあずかり知らぬところだった。

とにかく、レベルは高いのだが、戦場が一気にアホらしくなった。

 

「・・・のう、アリカ姫。妾はそろそろ帰っても良いか?」

「・・・私もそうしようと思っていたところだが・・・」

 

しかし、一見バカバカしいようで、二人の戦いは目を見張るものがあった。

デュナミスの影を使った攻撃。

フェイトの大地を使った攻撃。

どちらもアリカやテオドラから見ても、最強クラスの戦いだった。

 

「この女・・・わ、私の動きを・・・読んでいる?」

「すまない。とある事情で、君の力も技も、僕には手に取るようにわかるんでね」

 

ただでさえレベルが高いのに、フェイトはまるでデュナミスの全てを見透かしているかのように、デュナミスの想像を一歩上回る動きをしている。

デュナミスにやられそうになった、アリカやテオドラも、驚かずにはいられない。

だから、二人の戦いも、この妙な言い合いさえなければ、更に緊迫した戦いに思えただろう。

 

「キサマ! まさか、この私と渡り合える女がこの世に居ようとは・・・だが、何故立ちはだかる! あのような冴えない男、貴様ほどの女が盾になるほどのものなのか?」

「何を勘違いしているかは知らないが、シモンはそれほどのものだよ」

「なんだと? その男がそれほど大切な存在だというのか!」 

「ああ、僕にはかけがえのない存在だよ」

「なにっ!?」

 

フェイトは真顔。

 

「えっ///」

 

だが、アリカ、テオドラ、そしてシモンは顔を真っ赤にした。

フェイトは自分の胸に手を当てて、自分が今どういう格好をしているかも忘れて、真面目に答えてしまった。

 

「彼は・・・彼らは・・・空っぽだった僕の器を満たしてくれたんだ・・・初めて・・・誰かを守りたいと思うようになったんだ(注:友達として)」

 

ちなみに、今のフェイトは猫耳メイド服だ。

 

「童よ・・・随分と立派なおなごに愛されておるな・・・」

「あ、いや・・・あいつは・・・」

「幸せ者じゃな・・・」

「いや、そうじゃなくて・・・」

 

慌てて否定しようとするが、何分ニア以外の人にここまで言われたのは初めてだったので、シモンも困惑していた。

 

「ぬう・・・その言葉に・・・ウソ偽りはないのか?」

「ああ、ないよ」

 

迷いなく応えるフェイト。

それを友情なのか、愛情なのか、フェイトを女だと勘違いした連中には、どちらだと思ったかは定かではない。しかし、デュナミスの癇に障ったのは事実だった。

 

「私は・・・役者違いの組み合わせを、好まぬ。フィクションの舞台にも、それなりの組み合わせは存在する」

「それが何だい?」

 

フェイトを女だと勘違いしたデュナミスは、あろうことか、本来の目的を忘れてとんでもないことを言い放った。

 

「その男と貴様は釣り合いが取れぬ。見るに堪えん! 今ここで、その片方を潰してくれよう」

「・・・?」

「穴掘りの小僧! 貴様をこの場で潰す!」

 

とばっちりだった。

 

「えっ・・・えええええええええ!?」

 

確かにシモンはデュナミスと戦っていたのだから、傷つくのは仕方ない。だが、こんな形で攻撃されるのは、なんだか納得ができない。

何故デュナミスが、先ほどまで興味のなかったシモン相手にムキになるかは分からないが、とにもかくにもデュナミスがシモンに迫ってくる。

だが、シモンを大切に思うのは、綾波・・・いや、フェイトだけではない。

 

「誰が・・・」

「ぬっ!?」

「誰が・・・誰を潰すと・・・?」

 

冷たい闇のオーラを纏ったその女に比べれば、デュナミスの禍々しい影の化け物が可愛く見えた。

 

「な、何だきさ・・・ぐおおおおお!?」

 

それは間違いなく、素手だった。

そして、間違いなく女の細腕だった。

 

「誰が? 誰を? 潰すとは・・・シモンのことではないですか?」

「きさ・・・ぬう・・・こ、これは!? ぬおおおお!?」

 

女の細腕が、まるで鞭のようにしなる。

ヒュンヒュンと、音速を超えて衝撃波を放つほどの素手の打撃が、デュナミスを傷つけていく。

デュナミスの纏ったローブをビリビリに破き、その下の地肌を真っ赤に腫れ上がらせ、皮膚を傷つける。

それほどの容赦なくムゴイ攻撃を繰り出すのは、シモンを心から愛する女。

 

「ニア・・・じゃなくって、黒ニア!」

「なんと! また、知らぬ者が現れおった!」

「何者じゃ・・・フェイとやらも・・・童も・・・そして、この女も・・・」

 

氷の瞳の奥に、どす黒い憎悪を光らせ、現れた黒ニアは真っ黒いメイド服のコスチュームのまま、デュナミスを傷つけていく。

 

「バカな・・・たかが打撃で・・・この私が!?」

「愚かな・・・監督気取りで人の配役を勝手に決めるような人物でありながら、随分と無知なのですね・・・」

「な、なに!?」

「どれほど魔力というもので、肉体の強度を上げようと・・・皮膚そのものの耐久力を上げることはできません・・・」

「ッ!?」

「全身に・・・液体のイメージを・・・極限までしならせた打撃は、鞭のごとく。赤ん坊から、大魔王に至るまで、平等にダメージを与えます」

「ぐわあああああああ!?」

 

初めて食らった打撃なのか、あれほど圧倒的な存在だと思えたデュナミスが、痛みにうめき声をあげている。

両手を交差させ、防御の姿勢を見せるデュナミスだが、その防御の上からも黒ニアは打撃を放つ。

 

「あれは確か・・・格闘技の漫画で読んだことが・・・・何で黒ニアがあんなもの使えるんだよ!」

 

恐ろしい打撃を見せる黒ニアに、ただただ驚きを隠せぬシモン。

すると、黒ニアは静かに答えた。

 

「淑女の嗜みです」

「そんな嗜みがあってたまるものか!」

 

ゾッとした。

黒ニアだけは怒らせてはいけないと、この場に居た者たちは感じ取ったのだった。

 

「ぐぬ・・・ぬおおお!」

「ほう・・・さすがにレベルそのものは桁違いですね・・・まだまだ元気そうで・・・」

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

 

防御が無意味だと分かったデュナミスは、強引にその場から離脱し、距離を取った。

これだけ食らってもまだまだ動けるデュナミスに感心しつつも、敵意の一切衰えていない黒ニアの瞳を見ただけで、百戦錬磨のデュナミスはゾクッとなった。

 

「きさまも・・・何者だ! その、綾波とやらの仲間か?」

「はい・・・フェイの仲間であり・・・シモンの妻です」

「バカな! 貴様まで、そのようなツマらぬ男の女だという――ぶへあッ!?」

 

黒ニアの妻発言に驚き、シモンを侮辱するような発言をしようとしたデュナミスの顔面は、再び黒ニアの鞭のような打撃を打ち込まれた。

 

「あ・・・あれは痛い・・・」

「なんという技じゃ・・・」

「童・・・ずいぶんとモテているようだな・・・」

「あんな愛の鞭は嫌だな・・・」

 

可愛らしい容姿で、大の男を苦痛に喘がせる黒ニアに、フェイトたちはただ背中の寒気が止まらなかった。

そして、黒ニアは言う。

 

「あなたが誰かは存じません・・・しかしあなたは、このわずかな間で何度私を怒らせるのです?」

「ぐうぬぬ・・・は、鼻が・・・」

「シモンを傷つけたこと・・・侮辱したこと・・・そして何よりも!」

「ぐ・・・な、なにを・・・」

「・・・・・・・・・私までシモンの女と言いましたね? ・・・私・・・まで? ・・・ほかに・・・どなたがシモンの女なのでしょうか?」

 

・・・その瞬間、デュナミスもアリカもテオドラも、全員フェイトを見た。

 

 

 

「・・・・・なるほど・・・」

 

 

 

皆の視線だけで全てを理解した黒ニアは、ゆらりとフェイトを睨む。

 

「待て、黒ニア! それは、その男が勘違いしているだけだ! というより、そんな話を真に受けるな!」

「昨日の友が・・・今日の恋敵になるとは・・・まさか・・・あなたが・・・」

「ちがう・・・黒ニアも変な勘違いを・・・」

 

フェイトは慌てて弁明するが、何故か信用してもらえない。

とんでもない勘違いに、哀れなフェイトだが、そういう勘違いをさせるほどのモノを今のフェイトは持っていたので、仕方なかった。

 

「私もニア同様、あなたのことは好きです。大切な・・・友達です」

「あ、ああ。そうだ。僕も同じだよ」

「ですが・・・・・・もしあなたの愛が本物なら・・・私はあなたと決着を・・・」

「なぜそうなる!?」

 

当初の目的は一体なんだったであろう? 目的を見失うほどの異常事態だった。

テオドラとアリカを、政治的理由で誘拐しようとしたデュナミス。

よく事態が分からぬまま、とりあえず救出しに入ったシモン。

シモンを助けに来たフェイト。

シモンを守ろうとする健気なフェイトを見て、何故かデュナミスがシモンにキレた。

シモンを傷つけようとするデュナミスに、黒ニアがブチ切れた。

そして、今になって、黒ニアの矛先が綾波フェイに向いていたのだった。

そして今・・・

 

 

「ウガアアアアアア!! ラブコメってんじゃねえ!!」

 

 

大地を破裂させるほどの大爆音とともに、またわけの分からない者が割って入ってきた。

 

「なっ・・・」

「今度はなんだ?」

「あやつは!?」

「確か・・・シルチス亜大陸の・・・魔人・・・」

「ぐぬ・・・なんという・・・この私も予想外であった・・・」

「か、怪物だ・・・」

 

敵味方がよく分からなくなった6人の戦士たちの前に、存在感抜群の怪物が現れた。

 

 

「がはははははははは! ようやく解禁だ! バカ先輩どものお許しが出たことだ! 派手にミンチになってくれよなア!」

 

 

現れた怪物は、その場に居たシモンたち全員に向けて、獲物を見定めた野獣のような眼をして、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「なんだよ、こいつは! フェイト・・・じゃなくって、フェイ?」

「・・・どうなってるんだ? 過去にこんなことが起こっていたのか? ・・・少なくとも、こんなこと、僕は知らない・・・」

 

フェイトですら、何が何だかわかっていない様子だった。

ただでさえ混乱している戦場に現れた怪物は、それほどまでに異常な存在だった。

 

「ぐはははは、カスどもが寄り添って・・・烏合の何タラだな」

「くっ・・・きさまは確か・・・チコ☆タン・・・」

「あ゛?」

 

デュナミスが、怪物相手にチコ☆タンと呼んだ瞬間、怪物の中で何かが切れた。

 

 

 

「テメエ・・・初対面で気安く俺の名前を呼び捨てしてんじゃねえ!!!!」

 

「ッ!?」

 

 

 

ただでさえボコボコだったデュナミスの顔面を、力の限りチコ☆タンは殴り飛ばした。

 

「がはははははは、全員潰れろ! 今からここは、俺の世界だ!」

 

何メートルも軽々とふっとばされる強者デュナミスを見て、シモンたちの開いた口が塞がらなかった。

 

「ちょっ・・・ななな・・・」

「つ・・・ついてないの~」

「なんということじゃ・・・」

「シモン・・・私の後ろに・・・あなただけは守って見せます」

 

そしてその開いた口は、しばらく塞がらない。

黒ニアですら、少し臆していた。

だが、これで終わりではなかった。

まさかこの場において、これ以上の異常事態が発生するなど、フェイトも予想していなかった。

 

「やれやれ・・・随分と情けない・・・アリカ姫と人間以外は皆殺しにして構わないと言ったはずだよ?」

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

ふっとばされたデュナミスをその男は空中でキャッチして、冷たく言い放った。

 

「な、もう、なんなんじゃ!? 次から次へと、どうなっておる!?」

 

テオドラがそう取り乱すのも無理はない。ただでさえ混乱した戦場をチコ☆タンの所為でさらに乱されたと思ったら、またもや訳のわからぬ人物が登場したのだ。

しかもその現れた男・・・

 

「あ・・・あれ?」

「あの顔・・・」

 

シモンと黒ニアは、新たに表れたその男の顔を見て、隣に居るフェイトと見比べた。

 

「・・・・・・なん・・・ということだ・・・僕に内蔵されていた記憶は・・・どれほどいい加減で、重要な部分が欠けているんだ・・・」

 

フェイトは頭を抱えて、マジで悩んでいた。

 

「なんだ~? 随分とスカした男じゃねえか」

「ふっ・・・チコ☆タンか・・・まあ、デュナミスごときでは少々荷が重いかな? だが、君は君で随分と自信過剰だね」

「あ~?」

 

新手の存在に、血か騒ぐのかゾクゾクと嬉しそうなチコ☆タン。

対して、現れた男は随分と余裕たっぷりで、この人数や、チコ☆タンという化け物相手にも動じていないようだ。

だが、シモンと黒ニアは、別のことが気になった。

 

(ウソだろ・・・身長こそは・・・こいつの方が大きいけど・・・この顔・・・)

(この顔は・・・フェイトそのもの・・・)

 

そう、現れた男は、身長こそ違うが、フェイトと全く同じ顔だったのだ。

 

「どういうことだよ、フェイ・・・」

「・・・・・・・」

 

シモンがフェイトに聞こうとするが、フェイトは顔を俯かせたまま、何も答えない。

その様子を見て、黒ニアはなんとなく感づいた。

 

(・・・真面目な話に戻るなら・・・これがフェイトの事情・・・)

 

フェイトが何かを隠している。シモンもニアも、初めて出会った時からそのことは気づいていた。

まだ、それが何かはまるで何も分かっていないに等しい状態だ。

だが、ようやくその秘密を解くカギが、目の前に現れたことを、黒ニアは確信した。

 

「ぬ・・・仕事は?」

 

フラフラになりながら、デュナミスは男に尋ねる。

 

「終わったよ。紅き翼はしらばく自由に動けない。計画は次の段階に入る」

「そうか・・・。すまぬ・・・大義を見失っていた」

「構わない。運命は僕たちの手の中にあるのだから」

 

フェイトに似た男。この様子から、この男はデュナミスの仲間なのだろう。

彼らが一体何について話しているかは分からない。だが、この謎の人物の名だけは、次のデュナミスの言葉で分かった。

 

「すまぬが、今の一撃で動けん。この場を任せても構わぬか? ・・・プリームム」

「やれやれだね」

 

プリームム。それがフェイトに似た男の名前。

 

(プリームム・・・ラテン語で確か・・・一番目? ・・・フェイト・・・一体この者とあなたは何の関係が・・・)

 

黒ニアは、思ったことを中々フェイトに尋ねられなかった。

何故なら、「プリームム」という単語を聞いた後、顔を俯かせていたフェイトの背中が、より一層小さく見え、悲しそうに見えたからだ。

何故それほど儚そうに見えるのか? 何故それほど悲しそうなのか? 

 

(ふっ・・・初代アーウェルンクス・・・知らなかった・・・こんな・・・僕はこんな・・・)

 

フェイトはプリームムを見ながら、切なそうにした。

 

(カミナやシモンたちを見ていたから・・・知らなかった・・・・アーウェルンクスは・・・こんなにつまらない目をしていたんだ・・・)

 

フェイトの思いは誰にも分からず、そしてフェイトは誰にも語らなかった。

だから、シモンと黒ニアには、何が何だかわからぬまま。

 

「さあ、かかってきたまえ。アリカ姫だけは連れて行きたいんでね。僕が相手をしよう」

「アホか? ガキ皇女以外は皆殺しにしていいんだ。誰が獲物を譲るかよ!」

「ふっ・・・ならば・・・」

「がはははははは! 来いやア! ぶち殺してやらァ!」

 

何がどうなっているのか分からぬまま、プリームムという男とチコ☆タンという怪物が、大陸を震わせるほどの衝撃波を放ちながら、ぶつかり合った。

当事者のアリカとテオドラも、どうすればいいのか分からず、逃げずにその場で呆然としたまま。

シモンと黒ニアも、プリームムとフェイトを交互に見ている。

何も分からぬこの状況で、唯一分かったことと言えば、どんなにフェイトが真剣に悩んでいても・・・

フェイトは未だに猫耳メイド服のままだということだけだった。

 

 

 

一方その頃。

 

 

「どうしたんです? 師匠は・・・」

 

「タカミチ君、聞かないで上げてください」

 

 

完全なる世界に嵌められて、追手から逃げながら首都から離脱しようとする紅き翼の面々。

首都の追手は戦艦をも用いて自分たちを追い詰めようとしているため、なるべく目立たず、かつ迅速に、彼らは首都から遠ざかっていた。

色々とやらねばならぬことが山済みなのだが、どうも仲間たちの様子がおかしいことに、合流した少年タカミチは首を傾げた。

皆が難しい顔をしたり、ぼーっとした顔をしている。

唯一の例外は、タカミチと行動をしていたゼクトという男と、ニコニコしたままのアルぐらいだった。

 

「やっぱ女はな~・・・こ~、強いのはいいんだが、あの姫さんは強すぎるからな・・・その点、あのフェイって奴は・・・てっ、はは。こんなこと言ってたら、またあの姫さんに殴られるけどな!」

 

アリカと誰かを比べて、ケラケラト笑うナギ。

 

「まだまだガキだが・・・あれは、わずか四年か五年すれば・・・惜しかったな・・・」

 

少しだけ残念そうに舌打ちするラカン。

 

「もし彼女が日本に来れば、きっとすぐにスターに・・・」

 

女に弱い詠春ですら、ブツブツと言っている。

そして極めつけは・・・

 

「綾波フェイ・・・彼女は・・・とんでもない物を盗んでしまった・・・」

 

タバコの似合うハードボイルドな男、ガトウは荒野の彼方を見つめながら・・・

 

「私の心だ」

 

トンチンカンなセリフを言ったのだった。

 



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第42話 顔を隠して、なぜ偉くなれる!?

「ウガアアアアアア!!」

 

とにかく逃げるのが先決だ。

だが、どこに?

 

「ヴィシュタル・ゲイト・ヴァンゲイト」

 

プリームムvsチコ☆タン。

この広い荒野の果てまで逃げても安全な場所があるとも思えない。

 

「シモン! 黒ニア! 振り返らなくていい! 後ろは僕が務める」

「待ってくれよ、フェイト・・・じゃなくって、フェイ! この人たちも連れて行かないと!」

「む~、すまぬの~、童」

「かたじけない」

「また女性が増え・・・まあ、シモンに深入りしないのであれば構いませんが・・・」

 

チコ☆タンとプリームムの戦いの波動で、いくつもの岩山が破壊され、鼓膜が破れそうになるほどの爆音がいつまでも響いている。

フェイト、シモン、ニア、テオドラ、そしてアリカの五人は、とにかくメガロメセンブリアへ向けて走っていた。

 

(・・・って、ちょっと待て・・・ここでアリカ姫とテオドラ皇女を助けるのは・・・確か正確な日付は忘れたが、二人は組織の幹部に拉致されていたはず・・・本来ならデュナミスが・・・しかしシモンが来たことにより・・・いや、しかし・・・)

 

激しい戦闘の脅威から懸命に逃げるシモンたちの中で、フェイトは一人心の中で引っ掛かりがあり、迷っていた。

どさくさに紛れて助けてしまった人物は、本来ならこの場で誰にも助けられなかった。

しかし助けてしまえば、歴史が変わってしまうのではないか?

 

(そうだ・・・非常にまずい・・・二人の皇女は組織に拉致され、夜の宮殿に監禁される・・・そこを紅き翼が救いだし、彼らの大反撃ののろしが上がる・・・)

 

このままでは取り返しのつかないことが起こるかもしれない。だが、今さらどうすればいい? 

すると、そんなフェイトの前に、ちょうどいい人物が現れた。

 

「おっと・・・そう簡単には逃がさんぞ」

「ッ!?」

「お前!」

「ぬう、しつこいの~」

 

現れたのは、顔面ボロボロのデュナミスだった。

影を使った移動術で、逃げようとするシモンたちの前に立ちはだかった。

 

「きさま・・・」

「そんな顔で睨むな、アリカ姫。私とて幹部の意地があるのでな。まあ、あんな魔人と戦うのはご免だが・・・貴様らぐらいならわけないぞ」

 

意外とまだ元気なデュナミスは、大地から真っ黒い髑髏の剣士たちを出現させる。

 

「なんです・・・気持ち悪い・・・」

「気を付けて、黒ニア! こいつは、影を自由に操つる男だ!」

「ギャグでボコボコにされておるが、真剣にやれば意外と強いぞ」

「うむ・・・だが、こちらも人数はそろっておる・・・ここは協力すれば・・・」

 

黒ニア、シモン、テオドラ、アリカは、覚悟を決めてデュナミスに構える。

だが、一方でフェイトは、この状況をうまく利用できないかと考えた。

 

(待てよ・・・アリカ姫とテオドラ皇女が攫われるのが、正しい歴史の流れなら、やはり二人は攫われなければならない・・・なら、ここで無理に抵抗しないでデュナミスに攫われれば・・・)

 

フェイトはコッソリ、シモンとニアを見る。

 

(もちろん、シモンとニアが応じるわけがない。だが、デュナミスクラスの実力者なら、僕がうまく手を抜けば戦況はどうとでもなる。アリカ姫とテオドラ皇女も、いくら強いとはいえデュナミスには敵わないはずだ。なら、ここは・・・)

 

歴史の流れに身を任せる。

シモンとニアは悔しがるかもしれないが、どちらにしろアリカとテオドラは、フェイトの知る歴史では死なないことになっている。

 

(シモンとニアさえ傷つかなければ、構わない)

 

ならば、二人を攫いに来たデュナミスにうまく負ければ、訳の分からない展開は避けられるかもしれない。

 

(腐ってもデュナミスは未来でも同志だ。目的さえ達成すれば・・・アリカ姫とテオドラ皇女さえ捕らえれば・・・シモンとニアには・・・)

 

フェイトがそう考えた、その時だった。

 

「さあ、大人しく投降するのだ。私についてきてもらうぞ、・・・綾波フェイよ」

「・・・・えっ?」

 

デュナミスは、何故かフェイト・・・綾波フェイを指名した。

 

「ついでに、シモン・・・貴様は半殺しにしていく」

「なんだと!?」

 

デュナミスは、私的感情で大義を完全に忘れていた。

 

「何で僕が君についていくんだい!?」

「・・・はっ、しまった!? そうだ・・・大人しく投降しろ! アリカ姫とテオドラ皇女!」

「何でだい? 何で今間違えたんだい!?」

 

慌てて言い直すデュナミス。だが、おかげでテオドラとアリカは抵抗する意思をさらに強めた。

ジト~っと二人の皇女はデュナミスを睨む。

 

「きさま・・・なんか、ムカつくのう」

「女に惑わされて大義を見失うとは、随分と安っぽい男じゃ。そんな貴様らに、世界は変えられぬ」

 

二人の皇女に言われて、フェイトは頭が痛くなった。

 

(まさにその通りだ・・・僕は、未来ではこんな馬鹿な男を仲間として受け入れていたのか?)

 

少し悲しくなったフェイトだった。

 

「ふざけるなよ・・・」

 

すると、そんな頭を抱えるフェイトの前に、シモンが立つ。

 

「たとえ誰であろうと、お前には渡さない」

 

デュナミスの素ボケを真に受けて、シモンは強い口調で言い放った。

 

「なんだと?」

「シモン・・・」

「童?」

 

その言葉に、その場に居た全員が目を丸くした。

 

「俺の前で、嫌がる女は誰も連れて行かせない! だから、渡さない! お姉さんも! この子も! そして、フェイもな!」

 

その言葉は、気迫がこもっていた。譲れぬ意思というものだ。

そこには、シモンの男としての強さが滲み出ていた。

 

(ほう・・・いい目じゃ・・・輝いておる・・・)

 

無表情で氷のような瞳をしているアリカの口元が一瞬緩んだ。

 

(・・・これでもう少し筋肉があって、強ければ、婿にしてやったな・・・)

 

「ふ~ん」と、どこが頬を緩ませながらシモンを見るテオドラ。

 

「いや・・・僕は男なんだけど・・・」

 

フェイトのツッコみは、誰にも聞こえなかった。

だが、こういう敵と相対した時にこそ、覚悟を決めたシモンほど頼もしいものはない。ニアにとっては、そうだった。

 

「さすがです・・・妻として・・・誇らしいです」

 

黒ニアがほほ笑んだ。そしてシモンの手を軽く握る。

そのほほ笑みは、シモンをどこまでも信じきっているからこその笑みだった。

 

「なんだと? 小僧・・・聞かなかったことにしてやってもよいのだぞ?」

 

デュナミスは、余裕たっぷりにシモンに聞き返す。

傷だらけでも、こういうシリアスな展開になると、改めてデュナミスの強さがシモンにも伝わってきた。

シモンは自分の手を見る。

気づけば汗でびっしょりだった。だが、汗でもなんでも好きなだけ出ろという感じだった。

 

(ダメなんだ・・・逃げてちゃ・・・)

 

先ほどまで逃げていたが、こうして敵を前にして、シモンはあることを思い出した。

 

(逃げてちゃ何にもつかめない・・・そうだろ? アニキ・・・ネギ先生・・・)

 

敵は、二人の女を攫おうとしていた。

少し前までの自分だったら、何もできなかった。しかし、今も同じでいいはずがない。

敵に追われ、自分が男であることを思い出したシモンは、正面からデュナミスと対峙することを決めた。

 

「アニキなら言う・・・男なら・・・逃げねえ、退かねえ、悔やまねえ! 前しか向かねえ、振り向かねえってな!」

「なにッ!?」

 

覚悟を決めて、シモンは吠えた。

だが・・・

 

「貴様・・・・・・そこまでハーレムを守りたいのか?」 

 

デュナミスは、どうも勘違い中。

 

「それほど可憐な綾波とやらや、黒ニアとやらや、綾波とやらや・・・」

「何故僕の名前を二回言う!?」

 

やっぱこいつはどうしようもないと、フェイトは改めて確信した。

だが、シモンは己を信じ切った表情で、デュナミスに返す。

 

「バカ言ってんじゃねえよ」

「む、この私をバカだと? 大義も分からぬ小僧が、生意気な口を」

「俺が守りたいのは、ハーレムなんかじゃないさ」

「何!?」

「俺が守りたいのは・・・」

 

その時、アリカとテオドラは少し不思議に感じた。どうも、シモンがどこか大きく感じた。

どういうわけか、強敵を前にして、むしろ開き直ったシモンが彼女たちには頼もしく感じたのだった。

 

「俺が守りたいのは、大グレン学園の心根だよ!!」

「ぬうッ!?」

 

どちらが先に出したかは分からない。だが、気づいた時には互いの拳が交差しあい、クロスカウンターがデュナミスの顔面に突き刺さっていた。

 

「「「「なっ!?」」」」

 

見ていた方も、殴られた方も驚いている。

 

「また、クロスカウンターじゃと!?」

「これは・・・二度になると、まぐれではない!? 何故、大した身体能力もなく・・・」

「流石です、シモン。タイミングとハート・・・私にはわかります」

「いや・・・ちょっと・・・待て・・・」

 

フェイトはボケではなくて、素で驚いていた。

 

(腐っても、デュナミスは最強クラスの魔法使い! ロージェノムとの戦いでも驚いたが、これは少し異常だ! 幼いころからあらゆる英才教育を受けていたというニアなら分かるが、何でシモンがここまで出来る!?)

 

難なくデュナミスにクロスカウンターを二度も入れたシモン。

 

「ぬおお・・・ま、また・・・特に油断はしていなかったのだが・・・・ぐ、鼻血が・・・」

 

流石のデュナミスも、こればかりはボケで流す気はなかった。

 

「私の顔は・・・まあ、今はいい。しかし貴様・・・」

 

デュナミスは、殴られた顔面に手を当てながら、真面目な顔をする。

 

「今の一撃・・・明らかに一度目のクロスカウンターの時より、威力が数段上だった」

「・・・ん?」

「あの時も、間違いなく貴様は拳が潰れそうになるほどの全力で私に叩き込んだはず。なのになぜ、さらに威力が上がっているのだ?」

 

殴られた者にしか分からない差。シモンの拳の威力が上がっている。デュナミスはそう告げる。

シモンは、どうやら気づいていない様子。まあ、気合がどうとか思っているのだろうが、この場に居たシモンとニア以外には、少し理論的に説明できない事態ではあった。

 

「なるほど・・・先ほどの戦いが貴様の限界かと思ったが・・・少々興味深いな」

 

デュナミスが、シモンただ一人を見た。シモンはその眼光に、ブルッと体を震わせたが、すぐに苦笑いを返した。

 

「・・・シモンだけに重荷は背負わせませんよ?」

「うむ・・・カッコいいところを妾らも、見せんとな」

 

ニアとテオドラも前へ出る。シモンに感化されているのか、やけに好戦的な笑みを浮かべている。

 

「ほ~う」

 

デュナミスは武者震いを感じているような表情を見せる。

 

「面白い!!」

「くるぞ!?」

 

デュナミスは黒い影を幾重にも纏っていく。どうやら、本領発揮するようだ。

 

(まずい・・・デュナミスは本気だ・・・いくらなんでもこの状態のデュナミスの攻撃をくらえば、シモンたちではひとたまりも・・・)

 

フェイトの顔色すら変える、デュナミスの本気モード。

 

「見せてやろう! 魔道の極みを! 下らぬ恋愛などにうつつを抜かさず、ディスコの誘いも断り続け、ただただこの世の調和のために己を磨き続けたこの私の真の力!」

 

幾重に纏った黒い影は、デュナミスの血となり肉となり、筋肉隆々の巨漢を作り上げた。

 

「愚かなる人に天罰を下す。モテる男など、みんな死ねばいい!」

「な、なんじゃ? 言ってることは情けないが、ナリは逞しすぎるぞよ」

 

魔法使いとは程遠い、完全なるパワーファイターの姿だ。

そしてそれは見せ掛けだけではない。フェイトに続いて、テオドラとアリカも少々顔が引きつっている。

なら、こっちはどうする?

 

「死ねええ!!」

「させない!」

 

デュナミスの剛腕を、フェイトが正面から受け止めた。

だが、体重の差がありすぎる。いかにフェイトとはいえ、パワー勝負では分が悪すぎた。

 

「フェイ!?」

 

フェイトの両足が、デュナミスの腕力に押されて地面にめり込む。

 

 

「はっはっは! この私の拳を耐えるとはな・・・だが・・・」

 

「ッ!?」

 

「巨竜をも葬り去る、私の連撃には耐えられまい!!」

 

(まずい・・・詠唱を聞かれたら、僕の正体が・・・くっ、しかし詠唱なしでデュナミスをどうやって・・・)

 

 

まるで壁のような拳のラッシュ。もしこれがシモンやニアだったら、肉片すら飛び散っていたかもしれない。

 

「はっーはっはっはっはっはっはっは!!!!」

 

途中まで、フェイトも捌いていた。だが、捌ききれぬ拳が被弾し、そこからは全てを食らい、フェイトは為すすべなく荒野へぶっ飛ばされた。

 

「フェイ!?」

「安心しろ! 奴は私の嫁・・・あ、いや、奴は中々使えそうなので、我々の仲間になってもらう。なーに、奴なら死んではいないだろう」

「ふざけんな! フェイは誰にも渡さないぞ!!」

「ふっ、ザコが!!」

 

シモンがドリル構えてデュナミスへ飛びかかる。だが、ドリルの刃先を指一本で止められた。

 

「ッ!?」

「所詮はこの程度・・・」

「シモンのドリルが!?」

「逃げるのじゃ、童!」

 

ドリルが指一本で止められただけではない。ドリルはそれ以上進まず、むしろ亀裂が走り、ドリルが粉々に砕けた。

ドリルが砕け、驚いて硬直してしまったシモンの額に、デュナミスは三連撃を繰り出した。

 

「シッペ、デコピン、ババチョップだ!!」

 

まるで、銃弾が額に直撃したのかと思えるほどの威力が、シモンの頭に響き、シモンは大地を二転三転しながら転がった。

 

「ふ、古い!? やはり時代が・・・だが、シモンを傷つけることは、許しません!」

 

黒ニアがギリッと唇を噛みしめ、静かに怒りを燃やす。

黒ニアが体をしならせて、先ほどの鞭のような打撃を繰り出した。

だが、「パシン」と音を響かせただけで、デュナミスはノーダメージだった。

 

「皮膚への打撃とは、面白い発想。だが、今の私は皮膚の上に高密度の魔力を纏っているのだ」

「私の打撃が!?」

「人間が人間と戦うためだけに編み出した技が、造物主とともにある私に通じるものか!!」

 

デュナミスが影を手元に一点集中させ、真っ黒い球体を黒ニアに放つ。何かの魔法かもしれない。

 

「この・・・何が造物主じゃ!!」

「私的感情丸出しの貴様が、都合のいい時だけカッコつけるのではない!!」

 

テオドラがニアの前に現れ、魔法の障壁を展開させてニアの身を守る。

そしてアリカは、手刀に魔力のオーラを纏わせ、輝く剣を作り出して、デュナミスの胸を斜めに斬る。

 

「ぬう・・・断罪の剣・・・さすが、アリカ姫」

「いかに超高密度の魔力の鎧であろうと、私のオーラ―ソードは、いかなるものも断ずる!」

「ふっ・・・私の恋・・・ではなく、我等の大義をあくまで邪魔するか・・・」

「ふざけるな! 貴様を見ては、なおのこと貴様らのようなバカに世界を好き勝手にされたくないわ!」

 

アリカは、断罪の剣を掲げながら、接近戦タイプのデュナミスに自ら飛び込んでいく。

 

「ふっ・・・やはり貴様ら血族は邪魔だ・・・綾波フェイと一緒に、貴様も来てもらおう!」

「だから、そこで何故あの娘が入る! やはり、貴様らの好き勝手にはさせぬ!」

「やってみろ! 巨竜を葬り去る、我が拳撃!!」

「聞き飽きた! なれば、私の力は、世界最強の魔法使いでもあるあのバカをも泣かせる拳じゃ!」

 

腐っても悪の組織の幹部。

女とはいえ、伝統ある王家の魔力を引いた皇女。

これもまた立派な頂上決戦とも言えた。

だが、戦闘の実戦経験が違う。その差は、レベルが高くなればなるほど、明確になっていく。

接近戦だろうと、距離を取った攻防になろうと、デュナミスが優勢になっていく。

テオドラも接近戦での戦いに手は出せないものの、遠距離魔法で援護する。しかし、効果の方はイマイチなく、数による優位が機能しなくなっていく。

 

(アリカ姫とテオドラ皇女では・・・やはり、デュナミス相手に詠唱なしでは僕も厳しいか・・・せめてシモンとニアだけでも逃がしたいが、なかなか隙がない)

 

フェイトは思うように戦えない歯がゆさを感じながら、どうするべきかの対策を練る。

せめてシモンとニアだけは助けたい。

だが、その思惑とは裏腹に、シモンとニアはデュナミスに対する抵抗をさらに強め、ゆえに余計にデュナミスの攻撃の標的からは外れることは無かった。

 

「黒ニア・・・」

「シモン、大丈夫ですか!?」

 

立ち上がるシモンを見て、黒ニアはホッと胸をなで下ろす。

シモンは大丈夫だ。そしてその瞳もまだ、死んではいない。

 

「このままじゃダメだ・・・アレをやるしかない」

 

アレ? そういわれた瞬間、黒ニアは有無を言わずに頷いた。

 

「どうした! 王家の血筋もこれまでか?」

「やかましい!」

 

アリカの息が上がっていく。彼女自身、ここまで消耗したのは初めてだった。

いかに訓練を受けていても、籠の中の姫君だ。

自ら率先して戦場に立ち、命を懸けた決闘をするのはこれが初めてだった。

 

(強い・・・このままでは私も・・・テオドラ皇女も・・・そしてあの三人も・・・)

 

自分がしっかりしなければならない。強い意志が彼女を支えていた。

 

「さあ、しばし眠るが――」

「させるかァーーーッ!!」

「なにっ!?」

 

すると、次の瞬間だった。

シモンと黒ニア。

二人は手をつなぎながら、ダブルでとび蹴りをデュナミスに食らわせる。

その威力、ふざけて見えて、ハンパではない。

完全戦闘形態のデュナミスが、一瞬ひるんだ。

 

「童・・・シモン!」

 

アリカも目をパチクリとさせた。この戦場で呑気に手を繋いでいるバカップル。

 

「貴様らァ! 何のつも――」

 

だが、そのバカップルが、中々バカにできぬ光を、全身から放っていた。

 

「絆、命と魂懸けりゃ、通せぬ無理があるものか!」

 

シモンが叫ぶ。

 

「愛と気合でドリルを回す! これぞ夫婦の共同作業!」

 

黒ニアが叫ぶ。

 

「「父を超えた二人のドリル、くらってみやがれ不粋もの!!」」

 

二人の魂が螺旋のような渦を巻き、一つに重なりスパークする。

 

「「一心同体切磋琢磨!! 婚約合体!!」」

 

気合+愛+魂の力。

 

「「俺(私)たちを誰だと思ってやがる!!!!」」

 

シモンと触れ合えば、その間だけシモンとその者は全ての能力を向上させることができる。

相手が変身したならば、こっちは合体する。

それが、シモンたちのやり方だった。

 

「何が合体だ・・・別に、うらやましくなどないぞ・・・たかが、Aまでの行為で・・・ただ手をつないだだけ・・・それだけでこの私に勝てるとで――」

 

デュナミスの顎が跳ね上がる。

シモンと手をつないだまま、黒ニアの右膝蹴りがデュナミスの顎を打ち抜いた。

油断と慢心。デュナミスには正直それほどのダメージはない。

しかしそれを差し引いても、攻撃をくらったことに対してデュナミスは動揺を隠し切れなかった。

 

(合体? そう言えば、カミナたちもシモンにはそういう力があると・・・・)

 

その時、フェイトはとんでもないことを思いついた。

 

(そうだ! その手があった!)

 

フェイトが思いついたのは、人から見ればとんでもないアホみたいなこと。

少なくとも、悪の組織の大幹部のフェイト・アーウェルンクスなら絶対に思いつかない作戦。

しかし、大グレン学園のフェイト・アーウェルンクスは、バカな作戦というより、むしろ名案と思ってしまうほど、染まってしまっていた。

 

「テオドラ皇女!」

「な、なんじゃ・・・フェイとやら」

「シモンの背中に抱きつくんだ」

「・・・・・・・はっ?」

 

フェイトの作戦は、いたって単純なものだった。

 

「シモン! 僕と手を繋いでくれたまえ!」

「へっ?」

「早く!」

 

フェイトは走り出し、シモンがニアと手を繋いでいないもう一方の手をギュッと握り絞める。

 

「うう~ん、こ、これでいいのかえ?」

「ちょっ、何を!?」

 

そしてフェイトに続いて、テオドラ皇女はシモンの背中に飛びついて、おんぶしてもらうような態勢になった。

 

「な・・・なにをやってるのじゃ?」

 

アリカはこいつらが何をやっているのか理解できず、稀にみるキョトン顔になった。

 

「こ、この・・・何のつもりです!」

「妾に怒るでないぞ! フェイとやらがこうせよと言うたのじゃ!」

「黒ニア! これは作戦なんだ。変なヤキモチは焼かないでくれ」

 

実にヘンテコな体勢だった。

シモンの両手をニアとフェイトが握り、シモンの背中にはテオドラがしがみ付いている。

だが、これこそフェイトの臨んだ展開だった。

シモンと触れ合っている間、力を増すことができるのなら、全員で一緒にシモンと触れ合えば、力は何倍にも何乗にも膨れ上がる。

シモンの合体という能力を信じたフェイトが思いついた秘策だった。

 

「こ、こぞう・・・とうとう・・・そんな・・・貴様は・・・どれだけこの私を怒らせ・・・いや・・・」

 

もっとも、デュナミスから見れば、今のシモンの態勢は両手に黒ニアと綾波フェイという花に囲まれ、背中には魔法世界の皇女にしがみ付かれている、おいしい奴にしか見えなかった。

 

「フェ、フェイ・・・どうしたんだよ~、いきなり。これじゃあ、戦えないよ」

「大丈夫だ。あと、照れないでくれたまえ、シモン」

「じゃ、邪魔を・・・やはりフェイ・・・あなたは私の・・・」

「うぬー! これで本当によいのかえ!? 余計に敵を怒らせただけに見えるぞ! って、来たではないか!!」

 

スーパーハーレム体勢にしか思えず、デュナミスは誰かの気持ちを代弁するかのように吠えた。

 

「もはや貴様は、この世の全てのオスの敵だァァ!」

 

哀しき男の慟哭が響き渡ったのだった。

だが、この作戦は、フェイトの予想通りの効果を生み出した。

 

「ぬぬ、何じゃ? 妾の魔力が・・・」

「やはりだ・・・僕の体まで軽く感じる・・・」

「あっ、黒ニアと二人だけの時よりもすごい・・・」

「悔しいですがこれは・・・」

 

気合+愛+魂に、友情と魔力がプラスされた。

嫉妬に狂ったデュナミスは気づいていない。

フェイト、そしてテオドラはこの異常な事態に心を弾ませた。

理屈は分からない。しかし、シモンに触れた瞬間、シモンから温かい力が二人に流れ込み、自分の力と重なり合って、一人では決して生み出せぬ大きな力となった。

 

「ぬはははは、何者じゃ、シモンとやら!」

 

テオドラは年相応の少女らしく興奮しながら尋ねる。

だが、その問いに誰かが答える前に、さらなる変化が彼らに起こった。

 

「な、なんだァ!?」

 

四人からあふれる力は、緑色の光となり、四人の全身を包み込みながら、渦を巻いて大きくなっていく。

その渦が、やがて一つのドリルになった。

デュナミスが黒い影を身に纏って巨大化したのなら、シモンたちは寄り添いあい、緑色の光を幾重にも纏った結果、一つのドリルと化した。

 

「これ以上何を見せるというのだ?」

 

戦うのを忘れ、アリカも夢中になった。

 

「ドリル!?」

「シモンらしい・・・いや、僕たちらしいね」

「そうですね。私たちは麻帆良学園のドリ研部ですからね」

「な、なんじゃ、そのドリ研とは?」

 

自分たちらしい。シモンはその言葉で熱くなる。

そうだ。何度砕けたって、ドリルが自分たちの最大の武器なんだ。ならば、共に突き進むだけ。

テオドラはシモンたちの会話が分からず、仲間外れにされている気分で唇をとがらせているが、文句はそれまでだ。

これから行うことを共にできるのなら、文句などあるはずがない。

 

「さあ、シモン。行こう!」

「私たちが一つのドリルとなって、叩き込んでやりましょう。麻帆良大グレン学園ドリ研部のドリルを!」

「じゃから、そのドリ研部とはなんじゃ!? 妾を仲間外れにするでない!」

 

四人の魂に呼応するかのように、オーラのドリルがさらに強い渦を巻いて回転する。

そして四人は体を密着させ、一つの塊となって、身を投げ出して突撃する。

目指すはデュナミスただ一人。

 

「何をイチャつ・・・っていうか、マジで死ねええ!! ハーレム小僧めェ!!」

 

デュナミスが、更に鎧の密度を上げて巨大化し、殴り掛かった。

四人一つとなったドリルとデュナミスの拳が激突し、火花が飛び散る。

だが、結果は一瞬だった。

 

「ぬぬ!?」

 

先ほどシモンのハンドドリルを指一本で防いで砕いたデュナミスだが、今度はシモンたちのドリルがデュナミスの全力の拳に突き刺さった。

そのままデュナミスの腕を粉砕しながら突き進む。

 

 

「な、なにいいいいいいいい!? こ、こんなことがァ!?」

 

「「「「うわあああああああああああああああああ!!!!」」」」

 

 

シモンたちの突撃がデュナミスの腕を吹き飛ばし。さらにドリルから生み出した螺旋の渦が、強力な竜巻となってデュナミスの全身を深く切り刻んでいく。

デュナミスは何重にも纏った魔力の鎧が全て剥ぎ取られ、粉砕されながら天へと巻き上げられた。

 

「やったよ、シモン!」

「なんと、倒してしまったぞ!?」

 

天へと巻き上げられたデュナミスを見て、彼らは勝利を確信した。

 

「ああ。やったんだ!」

 

シモンも頷いた。

カミナたちも居ない中で、仲間と協力し合って、無理を通した。

アリカもテオドラも、思わず拳をギュッと握り絞めて喜びを表した。

 

「俺たちが・・・勝ったんだ! あんな強い奴に!」

「ああ。でも、僕たちも早いところ首都に戻ろう。あのチコ☆タンと一番目が――」

 

その喜びが・・・

 

「ッ!? ・・・・・・この感じ・・・」

「ん? どうしたんだよ、フェイ?」

 

束の間であることも知らず。

 

「バ、バカな!? ありえない!?」

 

フェイトは異常なまで体を震え上がらせた。フェイトがこれほど怯えている姿を、シモンたちは見たことなかった。

デュナミスは倒した。

天高らかに舞い上がり、意識を失っているのか、ピクリとも動かずに地面へ落下していく。

だが、その瞬間、フェイトは突然震え上がった。

 

「フェイト?」

「な、なんじゃ?」

「どうしたというのだ、綾波とやら?」

 

アリカとテオドラも勝利を忘れて、只ならぬフェイトの様子を気になって、心配そうにのぞきこんだ。

だが、フェイトはガタガタと震えるだけで、何も言わない。

 

「フェイト?」

 

どうしたというのだ? シモンがフェイトの肩に手を置こうとした。

だが、その瞬間・・・

 

「・・・・・・・・えっ?」

 

シモンのお腹を、熱い何かが通り抜けた。

 

「・・・・あっ?」

 

何が起こったか一瞬わからなかった。

だが、お腹に手を当ててシモンは気づいた。

まるでレーザービームのような光線が通り抜け、シモンの腹に風穴を開けたのだった。

 

「な・・・・あっ・・・・な・・・」

「シ・・・シモン・・・・・・・・・・」

 

痛みに気付かぬほど突然だった。

黒ニアやテオドラたちも、一瞬何が起きたのか分からず、腹に風穴があき、みるみると血が滲みだしたシモンに何も反応できないでいた。

 

「な・・・なんで・・・・」

 

そして、シモンは血を大量に口から吐き出して、大地にそのまま倒れこんだ。

 

「あ・・・あ・・・・」

「わ、童シモン!?」

「な、ななな・・・こ、これは一体どういうことじゃ!?」

 

先に反応したのはテオドラとアリカだ。二人は慌てて大地に膝をつき、シモンに手をかざす。

 

「あ・・・あ・・・あああ・・・あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

言葉にならぬ声を上げ、頭を抱えて黒ニアは半狂乱しながら取り乱した。

 

「お、落ち着くのじゃ、ニアとやら! ア、アリカ姫よ、シモンの手当てはヌシにまかせるぞ!」

「承知した!」

「シモン・・・誰が・・・誰がッ!?」

「落ち着けと言うておろう! それに、綾波もじゃ! 一体ヌシもどうしたのじゃ?」

 

シモンがやられ、ニアが取り乱し、フェイトは未だに震えたまま。

何が何だかわからない。

アリカも必死に治癒魔法でシモンの手当てをするが、動揺からか、なかなかうまくいかない。

テオドラも取り乱したニアやフェイトを落ち着かせようとするが、彼女もこの状況がよく分からず、右往左往したままだった。

 

「一体なにが・・・どういうことじゃ?」

 

何があった? その答えを、フェイトは誰よりも早く気づいていた。

 

「間違いない・・・・・・・・・・彼だ・・・・」

 

フェイトは呟いた。

 

「彼? ヌシは何を・・・・・・・・ぬっ!? 誰じゃ、そこにいるのは!?」

 

テオドラは、突如現れたその人物に気付いた。

いつからそこに居たのだろう? 

そして、何故これほどの存在感に今まで気づかなかった。

 

「ぬっ・・・」

「こ、この感じ・・・・ヌシは・・・・」

 

現れた謎の人物を認識した瞬間、アリカとテオドラの体が硬直した。

理由は分からない。

だが、彼女たちの本能が、この者には決して逆らえぬことを告げていた。

 

「あなたがシモンを・・・・・・・・・なぜ!? 顔を見せるのです!!」

 

現れた人物に黒ニアは殺意を込めた目で睨む。

すると、その人物は何かを語りだした。

 

「・・・・・・・・・・人間と・・・人形か・・・しかもただの人間ではない。イレギュラーを感じる。螺旋の力だな? ・・・その力を見るのは・・・貴様で二人目だ」

 

淡々と語りだしたその者は、デュナミスよりもさらに大きなローブで全身を覆い隠していた。

 

「私の語る『永遠』に穴を開けられては台無しだ。だからこそ、イレギュラーは始末する必要がある。例え・・・人間でもな」

 

ただヤバいとしか分からぬこの謎の人物。

フェイトは誰にも聞こえぬほどの小さな声で、震えながら呟いた。

 

「なぜここに・・・造物主(ライフメーカー)が・・・」

 

全ての始まりと終わりの存在がそこに居た。

 

 

そしてまた、同じころ・・・

 

 

 

「んの、スカし野郎が。イケメンは死んで爆発しやがれ」

 

 

 

「さすがに伊達ではないようだね。血が騒ぐよ。伝説の魔人チコ☆タンよ」

 

 

 

こちらはどれぐらい戦っていただろうか?

互いに互いの力を存分に発揮しあい、両者共に手傷を負っていた。

どちらが負けても勝っても、このままではただでは済まない。

二人の戦いによって、大きく地形が変わってしまっているこの荒野がそれを物語っていた。

だが、ここで戦闘不能になるのは割に合わない。プリームムはそう考えていた。

一方でチコ☆タンは、相変わらず自分勝手だった。

 

「うるせえよ。テメエもさっさと死ね! つーか、テメエのせいで皇女が逃げちまったじゃねえかよ!!」

「そう言うな。僕たちも迷惑しているんだ」

 

このままでは計画に大きな支障が出る。

アリカ姫という存在は、それほど完全なる世界の組織には重要な存在だった。

だが、正直テオドラ皇女に関しては、ついでのつもりだった。別にテオドラに関してはどちらでも良い。

 

「ならばここは、そろそろ一段落して取引しないかい?」

 

もういい加減、終わらせるべきだと考えたプリームムは、チコ☆タンに提案し交渉を試みた。

 

「あ゛ん?」

「君たちの目的は、テオドラ皇女だろ? なら、テオドラ皇女は君たちに引き渡そう。その代りアリカ姫だけは僕たちが連れて行く。それでこの場は丸く収めないかい?」

 

だが、チコ☆タンに交渉は百パー無理な話だった。

 

「バカかテメエは! 二人そろった方が評価高えだろうが! 俺様の昇進に響く!」

「君の力なら、すぐに昇進するだろう? 今僕と殺しあっても、割に合わないんじゃないかい?」

「知るか! イケメンぶっ殺せて、良いことずくめだろうが!!」

 

交渉にすらならなかった。

プリームムは呆れて溜息をついた。

チコ☆タンは唯我独尊に高笑いする。

だが・・・

 

 

「よかろう。それで手を打とうではないか」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

「テオドラ皇女をこちらがいただく。それで交渉成立としよう」

 

 

プリームムとチコ☆タンはまったく気づいていなかった。

 

「誰だ、テメエは! ぶっ殺・・・・って・・・社長!?」

 

そこに居たのは、チコ☆タンが唯一逆らえない者。

黒い猟犬(カニス・ニゲル)という秘密結社に所属するチコ☆タンが逆らえないのは、ボスの人物だった。

 

「社長? この・・・妙な黒ずくめの男がかい?」

 

プリームムも少々真剣な眼差しになってその社長と呼ばれた人物を見る。

 

「そうか・・・では、あなたが・・・黒い猟犬(カニス・ニゲル)の社長・・・僕たちの組織でもあなたの素性も素顔も経歴も一切調べられなかった、謎の人物・・・一体何の用だ?」

「ふん、正体不明の社長さんよ~。がははははははは、何の用だよ?」

 

ピタリと戦いの手と闘争心を止めたプリームムとチコ☆タン。

二人に対し、謎の人物は答えた。

 

「黒い猟犬の社長・・・その肩書はあまり好きではない。私はどちらかというと・・・・・・・・・・・」

 

全身真っ黒で素顔も何も分からないこの人物。

 

「どちらかというと・・・あんかけスパゲティ推進協会会長という肩書の方が好きだ」

 

その正体は、あんかけスパゲティが好きな人物だった。

 



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第43話 負けたけどそれがどうした!

「シモン!? シモン!? シモン!?」

「落ち着かぬか! 黙って、こやつの生命力を信じよ!」

 

取り乱す黒ニアの頬をパシンと叩くアリカ。彼女はそうやって強く自分を保って、シモンの回復に専念する。

だがそれは、そうでもして意識を保っていなければ、この場を包む空気にのまれてしまうからかもしれない。

 

(言っておいて、私がこのザマ・・・無理もない・・・造物主(ライフメーカ)じゃと? なんじゃこの・・・この・・・)

 

魔法世界の王族が、完全に気おされていた。

この圧迫感に意識をかろうじて保っていられたのは、彼女たちが半端な存在でない証でもあった。

しかし同時に本能で感じ取っていた。

 

「勝てる気が・・・いや、もはやそういう次元の話ではない・・・なんじゃ・・・こんな存在が・・・」

 

ガタガタと震えながら、造物主と呼ばれた存在に恐れるテオドラ。

そして同じく動揺の隠せぬフェイト。もはやこの場に、まともな精神でいられるものなど居なかった。

 

「はあ、はあ、はあ・・・・・・分からない・・・」

 

ようやくフェイトが口を開いた。

唇を震わせながら、ヨロヨロと立ち上がりながら、造物主に問いかける。

 

「なぜ、ここに・・・・・・・・・なぜ、シモンを・・・・」

 

言いたいことがうまく表現できないのだろうが、フェイトは必死に問いかける。

 

「あなたの望みは何だ!? 答えろ!」

 

フェイトは今にも崩れそうな、悲しみのこもった表情だった。

切なくて、複雑で、どうしようもなさが滲み出ていた。

するとフェイトの問いかけに、造物主と呼ばれた者が一歩前へと歩みだした。

何もない荒野をただ闊歩しているだけ。

ただそれだけで、今にも逃げ出したくなるような衝動を抑えながら、フェイトたちはその場で堪えていた。

 

「まだ起動もしておらぬはずの人形が・・・ありえぬ話だ」

「ッ!?」

「この時代には決してありえぬ存在・・・・・・人形、人間、そして螺旋の一族・・・」

 

フェイトの問いかけに対して答えているわけではない。

造物主は、この場を見渡しながら、独り言をつぶやきだした。

 

「螺旋の力を持っているのはこの世で、あの男だけだ。例外が現れたということは、奴の血縁者・・・しかし奴はまだ子を為していない」

 

ブツブツと何を言っているのか分からない。ただその一言一言が、なにかとてつもない重要性を孕んでいるのではないかと思わずにはいられない。

 

「なるほど・・・貴様ら・・・」

 

そして造物主は、とうとうフェイトを見て語りかける。

 

「奇異なこと・・・時間跳躍者か」

「「ッ!?」」

 

まだ数分しか経っていない。それだけでフェイトたちは正体を気づかれた。

 

(バレている・・・デュナミスを騙せても・・・彼は例外だった・・・)

 

フェイトは肯定も否定もせず、ただ黙ったままであった。テオドラもアリカも、何があったのか理解できず、ただ造物主とフェイトを交互に見ていた。

 

「しかし、随分と摩訶不思議な姿をしているではないか。その衣装は、誰の差し金だ?」

「・・・・・・・・・・」

「そして、何故貴様は螺旋の男と親しくしている? そして・・・人形が人を思わせる匂いを何故放つ?」

「・・・・・・・僕は・・・・」

「主の問いかけに、何故答えぬ? ・・・・・・二つ目・・・ではないな。恐らくは・・・テルティウムか?」

「ッ!?」

 

その名を聞いた瞬間、フェイトの中で何かが弾けた。

 

「違う! 僕は・・・僕を・・・テルティウムと呼ばないでくれ・・・」

「何故主の問いに答えぬ。人形よ・・・」

「違う!」

「違わぬ。例え時間軸が違っていようとも、私を誤魔化せるとでも思っておるのか?」

「違う! 違う! 僕は・・・僕は・・・!」

 

フェイトは否定する。否定しているのは、真実。

真実を受け入れたくなく、必死に否定し続けた。

 

「僕はテルティウムではない! 僕の名は・・・僕は・・・ッ!」

 

こんな感情を持っているなど、フェイト自身も思っていなかった。

フェイトは思いだす。

自分が今まで何と言われていたのかを。

 

 

――フェイ公!!

 

 

最初は嫌だった。

そんなふうに呼ばれ、馴れ馴れしくしてきた大グレン学園の生徒たちが。

だが、「テルティウム」と呼ばれた時の嫌悪感とは比べ物にならない。

 

「僕は・・・僕は!」

 

だが、否定してみたところで、それなら自分は何者になる。

 

(僕は・・・僕は・・・)

 

フェイトには、その答えがまだ見つかっていなかった。

自分が一体、誰なのかを・・・

 

「染まりすぎたか・・・」

「ッ!?」

 

造物主が消えた。

いや、消えたと思ったら、造物主はいつの間にか、フェイトの肉体に手をめり込ませていた。

 

「なっ!? は、はや・・・」

「み、みえ・・・な・・・・」

「フェ・・・フェイトッ!?」

 

レベル? 力? 魔力? 経験?

 

「フェイトッ!?」

 

そういう問題ではない。生物としてのランクが違う。

 

「あ・・・僕は・・・・・・・・・・・」

 

造物主の右腕に腹部を貫かれたフェイト。

フェイトほどの実力者でも回避できず、そして抗うこともできなかった。

 

「操作の必要のない自立型人形・・・だが、なまじ自我を埋め込むと、放置時間が長ければ長いほどイレギュラーを起こすか・・・」

「な、なにを・・・」

「今ここで、貴様の核を潰すのはたやすい。だが、・・・・・・」

「ッ!?」

 

フェイトの体内で造物主は軽く拳を握る。

まるで、フェイトの体内にある重大な臓器を掌握しているかのようだ。

フェイトもまったく抗うことができなかった。

だが、抵抗をも許さぬ造物主が、意外な言葉を漏らした。

 

「人形が私情に囚われるか・・・だが、その感情を否定はせぬ」

「・・・・・・・え・・・」

「心・・・心があるからこそ人は何かを求め進化する。そして、寄り添いあうことにより、種としての存続を可能とする」

 

否定しない。

造物主は確かにそう言った。

 

(否定しない? バカな・・・バカな・・・)

 

フェイトは信じられぬと、もう一度問いただそうとした。しかし、軽く握られた造物主の掌が、少し強まり、フェイトの発言を止めた。

 

「だが、その心がまた新たな問題を引き起こす」

「ッ!?」

「心があるからこそ、決断に戸惑い、悩み、苦しみ、重大なものを失う」

「マ・・・スター・・・ぼ、僕は・・・」

「大義のため・・・役に立つという目先の理由で自立型人形を生み出したのは私の過ち。確かに悩みと苦しみを持つお前は、既に人形ではない。人と呼んでもいいのかもしれないな」

「人!? 僕が・・・・・・人と同じ? シモンや・・・カミナたちと・・・」

「そして、そんな貴様に・・・大義は語れぬ」

 

フェイトは、たったそれだけで内からあふれ出す何かが止まらなかった。

自分が友たちと同じ「ヒト」。たったそれだけの言葉が、何よりも心の暗雲を取り払ってくれた。

だが、造物主はそこから問いかける。

 

「そう、その心に囚われ・・・私情を優先するものに大義は語れぬ・・・・・・テルティウムよ・・・我が意思を受け継がぬのなら・・・人となったお前は何を望む?」

「えっ?」

「お前は何のために生まれ・・・・何のために生きるのだ? 貴様の活動を停止させぬ代わりに、その問いに答えよ」

 

造物主の問いはいたって簡単なこと。

 

(僕はなんのために・・・)

 

テルティウムではない。自分は人形ではない。造物主に向かってそう反発したフェイト。

ならば、フェイトとは何だ? 何のために生きるのか? 

 

(その答えなら・・・もう・・・出ている・・・)

 

その答えを既にフェイトは持っていた。

 

(僕のやるべきことは変わらない。でも、それはあなたの意思を受け継いでのことではない・・・僕が・・・使命を果たすのは・・・)

 

フェイトは己の体内に腕をめり込ませる造物主の手を掴み、途切れ途切れになりながらも、その答えを言う。

この、わずか数か月間の日々を思い出しながら。

 

「大切な人たちの明日を守るため・・・・・・」

「・・・ほう・・・」

 

思い出すのは、うるさくて、バカバカしくて、何よりも温かかった日々。

 

「彼らがいつまでも・・・バカみたいに笑っていられる世界を守るため。そのために・・・そのために僕は生まれてきたんだ!」

 

フェイトの頬に液体が流れた。その液体は、フェイトの目元からあふれ出ていた。

自分勝手に、どこまでも私情に、どこまでも苦しみながらも選んだフェイトの生きる道。

それを聞いて、造物主はゆっくりとフェイトの体内から腕を出し、フェイトに語りかける。

 

「心を持ったならば・・・己を偽らずに生きよ」

 

それが・・・

 

「全てを満たす解はない。だが、それを知り、己の心を犠牲にしてまで友を守るというのであれば、それもよかろう」

 

フェイトが造物主と交わした・・・

 

「その小さな心が・・・大きな力となる。やがて、世界を救うほどに」

「マ・・・マスター・・・」

「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)も同じ。夢でも幻想でも、そこに心があるのならば、それもまた立派な人の住む世界となる」

 

それが、気を失ったフェイトが最後に聞いた、主からの言葉だった。

 

「フェ・・・フェイト・・・」

「心配するな。核に少々刺激を加えただけ。すぐに目が覚める。目が覚めたら、元の時代に戻るがいい」

 

造物主は、まだ何も言っていない黒ニアに向かって言う。

ニアは、複雑な表情をしながらも、造物主の前を通り過ぎて、倒れたフェイトを抱きかかえる。

フェイトは確かに眠っているだけのようだ。少し安心した黒ニアだが、だからと言って黒ニアの心が落ち着いたわけではない。

何故ならば、この造物主とフェイトの間柄がどういうものなのかは、今の会話だけでは彼女も理解することはできなかった。

だが、例え理解できたとはいえ、この造物主がシモンに瀕死の重傷を負わせたことには変わらなかった。

すると、そんな黒ニアの心を見透かしたかのように、造物主はニアに向かって言う。

 

「ただし・・・そちらの螺旋の小僧は、置いて行ってもらおう」

「ッ!?」

 

それは、最悪の言葉だった。

 

「なんじゃとっ!? シモンをじゃと!?」

 

テオドラもアリカもムッとして立ちかまえる。だが、造物主はそれでもゆっくりとシモンに近づいていく。

 

「シモンに近づくことは許しま――ッ!?」

 

黒ニアが飛びかかる。だが、造物主は軽く手をかざしただけで風圧を発生させて、ニアをまったく寄せ付けなかった。

大地を転がる黒ニア。

激しく打ちつけられた黒ニアの真白い肌がアザだらけになる。だが、それでも黒ニアは大地を這ってでも造物主の足を掴む。

 

「させません・・・シモンは・・・」

「・・・それほど大切か? あの、少年が。だが、覚醒されると厄介だ・・・螺旋の力に関しては、たとえ時間軸が違ったとしても、葬る必要があるのだ」

「知った・・・ことではありません。シモンは・・・シモンです」

「どうやら、事の重大さが分かっていないようだな。小娘よ」

 

すると、その手を無理に解こうとせず、造物主は口を開く。

 

「螺旋の力は――」

 

だが、その時、この場に居ないはずの声が再び飛び込んできた。

 

「螺旋の力は種の進化の象徴。全ての想いを実体化させる。言葉や理性で押さえることのできぬ、本能に突き動かされた愚かなる種族・・・・・・お前はそう言いたいのかな?」

「・・・貴様・・・」

「その小僧が私の血族かどうかは知らぬが、まだ覚醒前の螺旋戦士でさえ、恐ろしいのか?」

 

それはまた、異形の存在だった。

 

「今度は何じゃ・・・」

「皇女である私が・・・ふふふ、この私がこれほどまでに他者を見上げるとは思わなかったぞ。こやつら・・・・」

 

テオドラもアリカも、精神的に参りかけていた。この世界の社会的な立場では頂上に君臨する王の位のもの。

さらに、この魔法世界でも名だたる大国の王。皇女の中の皇女と言っても差し支えないはずの二人。

その二人をもってしても、生命の格が違うと思わざるを得ない存在が、またもや現れたことに、二人は呆れた溜息を零した。

 

「本拠地からワザワザご苦労だな、造物主よ。螺旋の力を感じてきたのか? 人形師が人形劇の舞台に上がるとは、滑稽に見えるものだよ」

 

だが、そんな二人を置いてきぼりに、現れた人物が造物主に語りかける。

対して、素顔こそ見せないものの、造物主は明らかに不快感の滲み出た溜息を洩らした。

 

「貴様か・・・・・・堀田博士」

「今の私は・・・あんかけスパゲティ大好きさん・・・略してアンスパさんだ」

 

堀田博士。突如現れた全身黒ずくめで黒い目だし帽を被った怪しい人物に、造物主は確かにそう言った。

 

「造物主・・・なぜ螺旋の力を滅ぼし、偽りの世界を作ってまで魔道の力を生かす? ライフメーカーという肩書など、思い上がった人間の夢想だというのがまだ気づかぬか?」

「生かすのではない。貴様の望む通り、我等の青き故郷とのゲートを遮断したのちに、この楽園を終焉させる。だが、それではあまりにこの世界の人形たちが不憫。だからこそ、新たな世界を与えるのだ」

「新たなる世界?」

「例え偽りと罵ろうと、各人の願望を叶える。死もなく幸福に満たされた暖かなる、永遠の楽園だ。それぐらいの慈悲があるべきだ。人形師としてな」

 

すると、堀田博士と呼ばれたアンスパは、その覆面の奥でクスクスと造物主を笑った。

 

「何故わからぬ? 造物主よ。お前のやっていることは、無駄な事なのだよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「作り物であろうと。そこに人の心が混ざる以上、その世界は必ず破綻する」

 

アンスパは、ただ静かに笑いながら語りかける。

造物主が口を閉ざした瞬間、アンスパは更に続けた。

 

「ただの欲望に満たされた世界。だが、それほどの世界を持ってしても、人の欲望が終わることは無い。より多く、より幸福に、その本能に突き動かされた人間は闇雲に新たなる世界を求める。お前の提供する完全なる世界へ押し込めようとも、いつの日か必ずその世界に閉じ込められた者たちは現実の世界へ帰ってくるものなのだよ。そして・・・完全なる世界にも欲は満たされず・・・この世界という帰る場所のない彼らは、やがて地球に矛先を向ける。移民・・・侵略・・・戦争・・・それで全てが終わる。それを防ぐには・・・」

 

その時、アンスパの指先から光が弾けた。

弾けた光は弾丸のように突き進み、造物主に向かって放たれる。

だが、光る弾丸は造物主に着弾する前に、目に見えないシールドのようなものに防がれ、拡散した。

その粉々になった光は、まるで一つの小さな世界が終わったかのような儚さを感じさせ、アンスパは告げる。

 

「慈悲など与えずに魔力の欠片が一遍にも残らぬほど、完全消滅させることだ。首都の人間たちと一緒にな」

「堀田・・・」

「貴様の与える慈悲がこの世の破滅をもたらす。その事を、何故気づかぬ?」

 

まるで、雲の上の会話に聞こえた。

 

「なんなのだ・・・なんなのだ!? 我らの世界を一括りにして、何を話しておるのだ!?」

 

ただアリカは、何も言えずに黙ったままでいることができず、二人に向かって叫んだ。

 

「・・・ことの是非は改めるべきか・・・」

「まあ、今さらすぐに解決する問題でも無さそうだからな」

 

すると二人は、これまでの会話を続けることもなく、アリカを見ながら静かに言葉を漏らした。

 

「この世の破滅という点では合意している。ならば、そちらから片づけるとしよう・・・堀田・・・」

「勝手にするがいい。我々は我々で勝手にやらせてもらおう」

 

この言いようの知れぬ不気味さと存在感。

 

「ではまた・・・」

「歴史の分岐点で会おう」

 

二人は結局その正体も何も明かさぬまま、この広い世界を小さな箱庭のような扱いにした会話を終わらせ、それぞれ反対の方向へ向く。

造物主はアリカに。

アンスパはテオドラに。

 

「来るがいい・・・オスティアの姫よ」

「来てもらおう。ヘラス帝国の皇女よ」

 

 

そこに説得も交渉も何もなかった。

一国の皇女相手に向かって「来い」の一言で終わらせる。

そして何よりもアリカとテオドラが悔しかったのは、こんなわけも分からぬ者たちの言葉に、体がまったく逆らえないことだった。

 

「~~~~ッ」

 

素直に頷かないことだけが、唯一の抵抗だった。

だが、その躊躇いすら許されぬ。

 

「「来い」」

「「ッ!?」」

 

二人同時に言った言葉。

ああ、ダメだ。

もう、どうにもならないのかもしれない。

二人の皇女の心に、その思いが過った。

 

「シモン・・・ニア・・・フェイ・・・この三人は見逃してほしい。それが条件じゃ・・・」

 

僅かに残った精神力は、他者のために使った。アリカのその呟きに、造物主もアンスパも納得した。

 

「良かろう・・・どちらにせよ、もう手遅れであろう。螺旋の小僧に関してはな・・・」

「我が血族の小僧か。だが、もし生き残るようなことがあれば・・・その時は楽しみだがな」

 

どちらでもいい。仕方ないからほっておいてやる。

シモンも、ニアも、今のこの二人からすればその程度の存在だった。

面倒くさいから殺したいところだが、生かしておいてやる。まるで、そういう口ぶりだった。

 

「感謝する・・・」

 

だが、それでも最低限のことはできたと、アリカとテオドラは安堵して、三人を見る。

 

「シモン・・・黒ニア・・・フェイ・・・結局貴様らが何者かは分からぬままであった。しかし、それほど互いを知らぬのに、命がけで助けてくれたこと・・・私は一生忘れんぞ」

「シモン・・・必ず生き延びるのじゃぞ・・・女を泣かすでないぞ」

 

二人の皇女は精一杯ハニカミながら、言葉を残す。

 

「お、お待ちなさい・・・まだ・・・」

「黒ニアよ・・・シモンは数年すればよい男になるぞ? フェイに負けるでないぞ」

 

体の動かぬ黒ニアに、二人は儚い笑みを浮かべて、背を向けた。

 

「さあ・・・来るがよい」

「終わりへ向けて始めよう」

 

造物主とアンスパ。二人はまるで陽炎のように姿を揺らめかせ、闇に飲み込まれて皇女二人と共に姿を消した。

後に残されたのは荒野に残された三人だけ。

黒ニアは、己のふがいなさに顔を落とし。

そしてシモンは・・・

 

「おれは・・・・生き・・・てるよ・・・・・・・でも・・・・・」

 

シモンは生きていた。

大量の血を失いながらも、大地を這っていた。

 

「でも・・・何も・・・・・・出来なかったよ・・・くそ・・・」

 

大地の砂を握る。握るだけの力はまだ残っている。

だが、その力もすぐに抜けて、全身から力が奪われていく。

精神論の話ではない。

自分の体が自分のものではないように、言うことを聞かない。

 

「なんなん・・・だ・・・俺は・・・・・・俺は・・・」

 

ただ、それでも唯一変わらなかったのは、「悔しさ」。

例え体が動かなくても、その思いだけは、思えば思うほどあふれ出てきた。

 

「ニア・・・・フェイトォ! 俺・・・俺・・・俺!」

 

そこから先は言葉にならなかった。ただただ、瀕死の状態で己を責めつづけるシモン。

 

「シモン・・・・・・」

 

シモンに寄り添う力もなく、己の無力さを恨む黒ニア。そしてフェイトは胸を開けられた状態で、気を失ったままだった。

 

「完敗・・・ですね・・・」

 



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第44話 何普通に登場してやがる!?

あれからわずか数時間。首都の安宿の一室にシモンを寝かせ、フェイトとニアはバルコニーで肩を落としていた。

 

「堀田社長・・・本当にそう呼ばれていたのかい?」

「ええ。確かに造物主という者は、現れた黒づくめの人物に、そう呼んでいました」

「・・・なんてことだ・・・まさか、そんな大物まで出たとなると・・・もうどうにかなる範疇を超えているかもしれない」

 

フェイトはほぼ無傷。ニアも多少の怪我が見えるが、シモンほどは深刻ではなかった。

これまでバイトで稼いできた金をつぎ込んで、最先端の医療技術を使ってシモンに治療を受けさせ、今は眠っているシモンが起き上がるのを待ちながら、フェイトとニアはこれまでのことを話し合っていた。

 

「黒ニア・・・もう、これ以上この件に首を入れるのはやめよう」

「ッ・・・フェイト・・・しかし、あの二人は我々の命と引き換えに囚われました・・・このままでは、寝覚めが・・・」

「大丈夫だ。彼女たちは紅き翼に救われる。それは歴史で既に定められていることだ。僕たちがこのまま何もしなくても、彼女たちは助かるんだ」

「・・・・・・・・」

 

気を失っていた後の話を聞いたフェイトは、シモンとニアにはこれ以上関わらせないことを決めた。

その理由は、語る必要もないことだ。だが、黒ニアは目を細めて、フェイトに問う。

 

「ならば、フェイト・・・なぜ、テオドラという皇女が、造物主というものではなく、アンスパという者に攫われたと聞いたとき、取り乱したのですか?」

「・・・それは・・・」

「あなたの知る歴史通りに時代は進んでいるのですか?」

 

フェイトはテオドラについて聞いたとき、激しく動揺した。それは、そんなことはありえないと知っているからだ。

 

(そう・・・テオドラ皇女はアリカ姫と一緒に完全なる世界に攫われるはずだった・・・なのに、それが・・・大体、堀田博士だと? 堀田というのは、たしか黒い猟犬の社長のコードネームのはず・・・どうしてそれが・・・)

 

黒ニアの指摘は当たっていた。

流石に黒ニアは騙せないと思ったフェイトは、素直に答える。

 

「確かに、歴史が変わってしまっている。もし、黒い猟犬にテオドラ皇女が殺されでもしたら・・・・・・完全に世界が変わってしまう。テオドラ皇女は・・・それほど歴史的にも重大な人物なんだ」

「ならばこのまま、テオドラ皇女を見捨ててしまった場合・・・私たちが未来へ帰っても・・・そこは私たちが来た未来と繋がってはいないのではないのですか?」

 

ニアたちが来た20年後の未来にテオドラ皇女は生きていた。しかし、歴史を変えてテオドラ皇女を死なせてしまった場合、時の矛盾が起こってしまう。

 

「黒ニア。やはり、君はシモンやニアと違って、鋭い」

 

そうなってしまった場合、ニアたちが未来へ帰れたとしても、そこは自分たちがやって来た世界ではないのかもしれない。

 

「タイムパラドックスは僕も専門外だからね・・・気を付けていたのに・・・・・・歴史が変わってしまうなんて」

「ならばやはり、テオドラ皇女は救い、歴史の辻褄を合わせることが・・・」

「それはダメだ」

 

時の矛盾。それを知ってもなお、フェイトはこれ以上シモンとニアを干渉させるのを止めた。

 

「何故です、フェイト。確かに私とシモンは・・・弱い・・・しかしこのままでは・・・」

「歴史が変わろうが変わらなかろうが、君たちが死んでは元も子もない」

「しかし・・・」

「分からないのかい? テオドラ皇女が死のうがどうなろうが、歴史が変わるのは魔法世界の歴史だけだ。魔法世界どころか魔法と何の関わりもなかった君たちには何の影響もない」

 

フェイトも自分がどれほど非道なことを言っているかは分かっている。しかし、今回ばかりはシモンとニアの我がままを受け入れるわけにはいかなかった。

 

「ニア・・・いや、黒ニア。君なら分かるだろ? シモンが・・・死にかけたんだよ? 君の・・・この世で最も大切な男が、いともたやすくね」

「ッ!?」

 

思い出しただけでも体が震えあがる。黒ニアは身を抱きしめながら、言葉が出なかった。

 

「歴史の辻褄を合わすには、黒い猟犬を・・・あのチコ☆タンを始めとする連中や謎に包まれた社長を退けて、テオドラ皇女を救い、彼女をアリカ姫と同じ完全なる世界のアジトの一つ、夜の宮殿に移動させ、紅き翼に救出されること。そんなこと・・・この三人でどうにか・・・」

 

どうにかできるわけがない。

 

「僕だってどうにかしたい。だが、現実的にこの戦力で、しかもシモンもこの状態だと・・・・・・・」

「しかし!」

「ダメだ!」

「フェイト!」

「こればかりは、僕も認められない!」

 

どうにもならない。それが答えだった。

フェイト自身もこの状況がどれほどまずいことかは承知しているが、自分たちの今の戦力を考えると、とてもではないが歴史の修正がどうのと言える状態ではない。

生きてさえいればそれでいい。

それで今は我慢するしかないのだと、フェイトも苦渋の選択だった。

だが・・・

もし、四人なら・・・

 

 

「ならば、私が足りない分を埋めます」

 

「「・・・・・・えっ・・・」」

 

「シモンさんの傷も私が見ます。歴史を元の形に導いてから、未来へ帰りましょう」

 

 

一体、いつからその少女はそこに居たのだろう。

安ホテルのバルコニーは決して広くない。

誰かが現れればすぐにわかる。

だが、声を聞くまで、そこに誰かが居るかなど気づかなかった。

そして、気づかないどころか、そこに居たのは信じられない人物。

 

「な・・・なんで君が・・・」

「ど、どうやって?」

 

サーカスの道化のような服装。

褐色肌にピエロのような可愛らしいメイク。

そして何より、常に何を考えているか分からないそのミステリアスな雰囲気が魅力的だった。

 

「20年の時間跳躍となると片道だけのエネルギーしか学園祭では手に入りませんでした。しかし、この時代なら帰りの分のエネルギーを手に入れやすい。だから、私も来ました。心配でしたので」

 

いつもは必要最低限のことを一言二言しかしゃべらない。

学園祭期間中は少し饒舌になったが、今はそれ以上。

だが、口数の問題ではなく、驚くべきはどうやって彼女がここに現れたかどうかだ。

 

「だ・・・だから・・・どうやってココに来れたというんだい! ザジ!?」

 

そう、何故か造物主やアンスパさんと同じように謎の存在、ザジ・レイニーデイが居たのだった。

 

「ザジ、どうしてここにいるのです?」

 

っていうか、本当にザジなのか? そんな疑いの眼差しに対して、ザジが珍しく微笑んで答えた。

 

「黒ニアさん・・・実は武道大会が終了後、ある人から情報を貰いました。今、シモンさん、ニアさん、フェイトさんは、魔法世界の過去にタイムスリップしてピンチだと」

「だ、誰からだい? 僕たちがこうなったことを、あの時代の誰が知っているっていうんだい?」

「・・・・私が関わっている、ある研究所の所長からです。何の研究所かは内緒です」

「所長?」

 

思わぬ助っ人。

何故? どうして? なんで? 同じ言葉の意味だが、とにかく頭の中は「?」で埋め尽くされるフェイトと黒ニア。

だが、目の前に居るのは紛れもなくザジ・レイニーデイ本人に間違いなさそうだった。

 

「ザジ・・・君が本物だとして・・・どうやって、ここに来た? 僕たちがここに来れたのは、超の作ったタイムマシーンの誤作動と学園祭の魔力による偶然が起こした奇跡。にもかかわらず、どうして君はピンポイントに僕たちの所へ来れた?」

 

ザジ本人だと分かっても、フェイトも疑いの眼差しを向ける。

ザジがどうやってここまで来れたのか? するとザジは、少し言葉を選びながら、種明かしを始めた。

 

「私がここまで来れたのは、所長の発明品によるものです」

「だから、その所長とは?」

「所長の話によると、超鈴音の発明したものは、魔法と科学を融合させた超科学の産物。それにより、魔法ではありえぬ時間跳躍を可能にしました。しかし、この世は広い。魔法と科学だけが最高峰の技術や奇跡を生み出すとは限らないのです」

「な、なんだって?」

 

ザジは懐から何かを取り出した。フェイトたちがこの時代に来たタイムマシーンに似た懐中時計に、手のひらに収まるぐらいのドリルのようなものが突き刺さっていた。

 

「これこそ、所長が開発した、コアドリルにエネルギーを凝縮し、螺旋界認識転移システムを搭載した・・・おっと、これは禁句でした」

「な、なんだい? らせんかい? なんだい、それは」

「とにかくっ、この『天も次元も超えて会えちゃうマシーン』を所長から貰い、ここまで来れたのです。多少の時間の誤差があって、すぐに再会というわけにはいきませんでしたが・・・」

「いや、何かとても重要そうなことを、誤魔化さなかったか!? っていうか、何だい、そのテキトーなネーミングは!」

 

ツッコみどころ満載だった。だが、この空気はどこか懐かしかった。大グレン学園やドリ研部のボケにフェイトが真顔でツッコむ。

どこかフェイトもホッとするような空気となった。

マジメな話が一気に和やかになってしまった。

黒ニアは、溜息をつきながら最後の確認をする。

 

「ザジ、来てくださったことは感謝します。しかし、正直なところ、シモンやニアほど私はあなたを信用していません。それはフェイトも同じだと思います」

「・・・・・・・・・・・・」

「黒ニア・・・」

「超鈴音に関してもそう。私たちは、誰よりも近くで学園生活を過ごしているようで、その心と心はとても距離があります」

 

ザジ本人。そして来れたタネも、テキトーだがとりあえず今はいい。

 

「フェイトもまだまだ私たちに話していないことは山ほどあります。しかしこの時代で数か月も彼と共に過ごし、たとえ秘密があっても、信用のおける人物だと認識しました」

 

今一番重要なのは、ザジの心の内だった。

 

「ザジ・・・ここから先は、あのふざけて騒いでいた学園生活とは違います。弱い私たちは、僅かなことで命がなくなってしまう状況です。でも私たちはあなたを・・・仲間と思っていいのですね?」

 

黒ニアの問いに、フェイトは黙って見守り、ザジの答えを待つ。

ザジは目を瞑り、少し考えてから、黒ニアの問いに答える。

 

「黒ニアさん・・・正直なところ・・・分かりません」

「分からない?」

「自分でもどうしてこうなったのか。しかし所長から話を聞き・・・どうしたいのかと問われた瞬間、私はあなたたちの帰りを待つよりも、一緒にいたいと思うようになりました」

 

自分が信用のおける人物かどうか、ザジは分からないと答えた。ただ、一つ・・・

 

「それに、私は一応・・・」

 

ただ一つ、自分がどのような人物かと問われると・・・

 

「私は一応、麻帆良ドリ研部ですから」

 

どうやら、それだけは本当のことのようだった。

 

「ふー、結局そうなるか」

「しかし、それを理由に出されたのなら、信用できないなど言っていられませんね」

 

フェイトと黒ニアは、肩の力が抜けて、呆れたように笑った。どうやら、疑念は晴れたようだ。

 

「やれやれ、いっそのこと、超も居ればよかったのにね」

「超さんは超さんで、学園祭中に色々と動いています。全てが片付いたら、部員全員で会いに行きましょう」

「ならば、問題は悩むより、さっさと解決することにしましょう」

 

疑念が晴れた瞬間、やるべきことも決まった。

 

「ザジ、シモンを治せるのかい?」

「大丈夫です」

「ならば、超鈴音は居ませんが、麻帆良ドリ研部の出動と行きましょう!」

 

歪んだ歴史を正すため、反撃開始ののろしが上がったのだった。

 



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第45話 何だかお前ら変わったな

あれからどれだけ経ったのか? 時間の感覚が分からなかった。

 

「みな・・・妾を心配しておるじゃろな・・・」

 

まだ幼いながら国を背負う皇女は、犯罪組織に拉致監禁され、牢獄に囚われていた。

鉄格子の窓一つついていない、完全に外界と遮断された牢獄の中。幾重にも封印魔法の結界が張り巡らされ、力ずくでの脱出は不可能に近かった。

 

「う~む、捕まった姫を助けに来る勇者・・・ベタベタじゃが、シチュエーションはバッチリじゃ。ならばあとは勇者殿の到着を待つだけじゃの」

 

朝か夜かもわからぬこの狭い檻に閉じ込められ、もう何度目かも分からぬため息をつきながら、テオドラはただ静かに何かを待っていた。

随分とお気楽なものだが、仕方なかった。

嫌なことを少しでも考えれば心が折れる。

常に毅然とした態度を保ちながら、テオドラは自分を救いに来てくれる誰かをずっと待っていた。

自分がこの組織に囚われ、どのような交渉道具に使われるかはまったく分からない。だが、どのような事になろうと、それは決してあってはならぬこと。

そして、囚われてからそれなりの時間は経っている。

ならばいつまでも時間はない。

自力で脱出できないのであれば、交渉の道具になる前に自害する。この天真爛漫な少女の内にはそれだけの覚悟があった。

そうなっては、後は開き直るだけ。

彼女は、時間のギリギリまで、来るはずもない勇者の存在を、待つことにしたのだった。

 

「しかし~、遅いぞよ! 牢獄もかび臭いのう! このまま時間がたつと、湯浴みもしておらんゆえに、せっかく勇者殿が来ても臭いと思われるかもしれぬ。う~む、それは屈辱じゃ。交渉云々の前に、体臭が耐え切れなくなったら自害するかの?」

 

ケラケラと笑いながら、切なそうに笑う姫。涙は決して流さず、そして心乱さず、彼女は自身を保っていた。

 

「自害・・・か・・・死ぬ覚悟は出来てるがの・・・」

 

すると、そんな姫の願いが届いたのか・・・

 

「ッ!?」

 

勇者の登場の合図、この建物を震わす衝撃音が響き渡ったのだった。

 

「なんじゃ? 一体、どうしたというのじゃ?」

 

勇者を待っているなどと言って、ふざけ半分ゆえに、いきなりの建物の揺れにテオドラはビクついた。すると、狭い牢獄で右往左往しているテオドラのすぐ隣の牢獄から、一人の男の声が聞こえてきた。

 

「誰かがこの組織に喧嘩を売ったのかもしれぬな。今のは攻撃音ではないか?」

 

話しかけられるまで、テオドラも隣の部屋に誰かが居たことに気づかなかった。

 

「ここにケンカを売るじゃと? ヌシ、なにか心当たりがあるのかえ? っと、ヌシは何者じゃ? ヌシも人攫いにあったのかえ?」

 

顔も見えぬ隣人。男のようだ。そして、口調はおっさん臭いが、声の質からそれなに若い印象も見受けられた。

すると、隣の男は自嘲気味に鼻で笑いながら、己のことを語りだした。

 

「ふっ、人攫いか。まあ、否定はせん。ワシは旧世界の冒険者。この新世界の謎や資源を求めて放浪していたところ、この組織の連中に捕まった」

「・・・そうか・・・旧世界の・・・それは災難じゃったな。ヌシ、名は?」

「ワシの名か? 聞いても知らんと思うが・・・覚えておいて損はない。いずれ、ワシは旧世界の頂点に君臨する男。ワシの名は・・・」

 

 

 

 

大陸の果てにそびえ立つ古城。

牢獄にすら届いた攻撃音は、当然同じ建物に居た組織の構成員たちにも聞こえている。

白昼堂々、この屈強な犯罪組織に攻撃を仕掛けるなど、どこのバカの仕業だと、組織内が慌ただしく動いていた。

 

「ウガアアアアアア! なんだ~~~、何の騒ぎだコラァァァァァァ!!」

 

建物全体の揺れに、魔人は吠えた。

 

「落ち着け、チコ☆タン」

「完全なる世界と中途半端にしか戦えなくて機嫌が悪いのは分かるが、建物の中で暴れるな!」

 

と言いつつ、同僚を窘めていながら彼らも気が気ではなかった。

自分たちが攻撃されることに、心当たりはありまくりだった。しかし、だからこそ警備にも力を入れている。

アジトの周りの警備も完ぺきだった。もし攻撃や敵が近づいていた場合、早急に感知されている。だが、何の前触れもなく攻撃を現に受けてしまっている。

 

「だ~~、一体誰だ!?」

「敵の目的は、テオドラ皇女の奪還か?」

「防御陣を! 各隊招集して、問題確認に当たらせろ!」

「しかし、帝国の連中が近づいたら分かるはず。たとえ少人数だとしても、帝国で隠密に長けた連中などたかが知れているはず・・・一体誰――」

 

その瞬間、また破裂音が聞こえた。

 

「攻撃すんならもっとコッソリやれっていうんだ。このバカを必ず捕まえろ!」

 

ここまで遠慮なくやられては、札付きの組織の沽券に係わる。

何としても犯人を見つけ出せと、組織内に同じ命令が飛び交っていた。

すると、一人の構成員が、建物内に設置してある監視システムから犯人を見つけ出した。

 

「居たぞ、こいつらだ! ・・・って、・・・こいつは・・・」

「どうしたァ!?」

 

モニターを監視していた者の様子がおかしい。犯人は、それほどの大物なのかと、組織内に緊張が走る。

だが・・・

 

「は、犯人は・・・四名・・・二組に分かれましたが・・・」

「四人? たった!?」

「ひ、一人は男・・・年齢は・・・恐らく20代前半・・・そして・・・残る三人は女・・・ですが・・」

「なんだァ!? 女がどうした!?」

 

監視員は何に反応したのか? 犯人がたった四名だったこと? 二十代前半らしき男は何者か? 

いや・・・

ぶっちゃけそれはどうでも良かった。

 

「ぶっちゃけ、め・・・メチャクチャ美人であります、サー!」

 

一斉に画面に食い入るように覗き込む組織の隊長クラスの連中や、主力級の戦士たち。

 

「ぬおおお、この銀髪ふわふわ髪・・・しかもこのコスチュームは何だ!? 真っ黒い、プラグスーツのような・・・うおおお、体のラインが丸分かりではないかァ! む、胸も中々あるぞ! え、エロい!!」

「いや、この少し褐色肌で道化師のような恰好をしている女性もなかなかだ! 少々表情が無表情だが・・・むおおお、ちょっと今ニコッと笑ったぞ!」

「いや、この白髪猫耳のメイドの姉さんもワンダフルだ! 貧乳など気にならん!」

 

気になったのは、犯人がどうとかではなく、メチャクチャ美人と言われた女たちのことだった。

 

「ぬう、全員若いな・・・二十代にいくかいかないか・・・」

「このむさくるしい空間に居た我々には無縁の存在・・・ぬうう、結婚しているのだろうか!?」

「今すぐ彼女たちのためにお茶の用意を! 部屋の掃除も怠るな!!」

 

哀しいかな、現場の仕事ばかりで恋愛に時間を割く余裕のなかった組織の連中たちに、我慢しろというのが酷であった。

ましてや軍人でもない、根はチンピラの彼らはすぐにチーム力が瓦解し、侵入者たちの侵攻をアッサリと許してしまったのだった。

これは、侵入者の彼らにとってはうれしい誤算だった。

 

「もっとたくさん邪魔があると思ってたけど・・・」

「あまり真面目に仕事していないのかもしれませんね」

 

あまりにもゆる過ぎる警備を打ち破りながら、圧倒的な強さで進行するのは二人のおん・・・女の恰好をしている大人二人。

アダルト大人バージョンの綾波フェイに、二十歳ぐらいの姿に変装しているザジ・レイニーデイ。

 

「ここは有名な組織。下手に顔を撮られたりして未来に問題を残したくないからということで、年齢詐称薬に手を出しましたが・・・」

「意外とザルだったね・・・」

「ところで・・・何故フェイトさんが女装?」

「僕が大人バージョンになっても、変装したことにならない。それほど顔が売れているからね・・・だからまあ・・・気にしないでくれ」

「ちなみに・・・・・・性別を逆転させる、性別詐称薬もここにありますけど・・・どうせ女装するぐらいならいっそ・・・」

「絶対飲まないからね」

 

黒い猟犬のアジトに侵入したフェイトたち。彼らは外見年齢を調整できる魔法薬を使用し、このテオドラ皇女奪還作戦を行っていた。

 

「うおおおおお、この防御ラインは絶対に通すなー! って、畜生、可愛いじゃねえか!」

「先輩! あんな美人に攻撃できないであります!」

「バカ野郎! 奴らはかなりの手練れだぞ! そんなことを言っていると、こっちの方が・・・・・・く~、しかし、美人だァ!」

 

フェイトたちが薬を服用した理由は簡単。ザジの言うように、黒い猟犬は20年後の未来にも残っているほどの巨大組織。

そんなところを素顔のままで侵入し、もし自分たちが有名人にでもなってしまえば、また時の流れがおかしくなる可能性がある。

つまり、フェイト、ザジ、この二人だけではなく、シモンとニアも同じように外見年齢を操作して、このアジトに乗り込んでいるのだった。

 

「は~、頭の悪い連中だ。それにしても、テオドラ皇女はおそらく地下牢だろうけど、シモンたちは大丈夫かな?」

「心配でしたら、今以上に組織の者たちの注意をこちらに引き付けましょう。・・・ほら、また来ます」

 

彼らの目的は、組織の壊滅ではなくテオドラ皇女の奪還ただ一つ。

そのために、アジト侵入直後にチームを二つに分けた。

出来るだけ目立つようにフェイトとザジが組織内で暴れ、その隙に隠密に動いているシモンとニアがテオドラを奪取する作戦だった。

 

「デーモニッシュアシュラーク!!」

「障壁突破『石の槍』(ト・テイコス・ディエルクサストー・ドリュ・ペトラス)」

 

フェイトとザジは強かった。組織の下っ端たちではどれほど束になろうともまったく相手にならぬほどの力差があった。

そして、囮となっている彼らが強さを証明し、派手な技をすればするほど注意が彼らに向くため、テオドラ皇女の奪還とシモンたちの安全度が増すのである。

フェイトとザジは、思う存分力を振るう。ザジは剣のように鋭く伸びた、十の爪で敵を引き裂き、フェイトは格闘と強力な魔法で相手を返り討ちにする。

古城の壁が攻撃の余波で切り裂かれたり、建物の材質である石が粉々に砕けて流砂となって、チンピラたちを飲み込んでいく。

 

「ザジ、やはり君は人間ではなかったね・・・」

 

ようやくベールを脱ぎ始めたザジの力はフェイトも驚いた。そして彼女が普通の人間でないことも見抜いた。

しかし、フェイトの言葉にザジは「ん~」とうなった後、僅かにほほ笑んだ。

 

「人間ではありません。でも・・・私は自分をヒトだと思っています・・・フェイトさんと同じように」

 

その言葉にフェイトは「やれやれ」とため息をついた。

 

「・・・ふっ・・・そうだね・・・変なことを聞いた。忘れてくれ」

 

その返し方は卑怯だと、フェイトは思った。既に失われた主に、自分をヒトだと認められたフェイト。

それがどれほど自分の心を救ったことか。

そんな今の自分に、ザジの言い方は卑怯だと感じさせた。

何も追求できなくなるからだ。

少し意地悪をしたザジは、クスッと笑って、フェイトに背中を預けて敵を打ち倒す。

 

「ならば、忘れるぐらい騒ぎましょう」

 

フェイトとザジのコンビは異色だった。「たまに笑う笑顔が最高! 道化師と猫耳メイドの最強コンビ」。後の時代ではこの囮となって戦う二人は、こう言い伝えられるようになった。

そして彼らはその名に恥じぬ戦果を積み上げていく。

 

「くそーッ、ダメだァ! 震えて杖が持てません!」

「お、俺をあなたの下僕にしてください!」

「貴様らァ! 悪党の誇りぐらい保たんかァ!」

 

強さと容姿というダブルコンボは、別に意図があったわけではないのに、とんでもない効力を発揮した。

気づけば黒いコートを着た、強面のマフィア風の者たちが武器を捨てて戦意喪失どころか、フェイトたちに拝み倒している。

正直十分だった。

下手な小細工しないでも、二人だけで組織を壊滅させられるのではないかと思えるほどだった。

だが、それならフェイトもゴチャゴチャ考えたりはしなかった。フェイトがそれほどまでシモンとニアを気遣わねばならない理由は、この組織に所属する一部の者の存在に他ならなかった。

そしてそのうちの一人が・・・

 

「ウラアアアアアア! 人のアジトの中で青春してんじゃねえッ!!」

 

とうとう姿を現したのだった。

 

「ッ、来たね」

「フェイトさん」

 

完全に怒りモードのチコ☆タンだった。

 

「ウゴアァァァァァァァァ!! 何なんだよ・・・何なんだよテメエらはァァァァ! 俺をイラつかせてどうすんだよォ! 脳みそつまってのかァァァ!?」

 

RPGでいうなら、ダンジョンの入り口付近で最弱モンスターと戦っている最中に、最強のボスが現れたようなものだった。

 

「ザジ、こいつはレベルが――」

「テメエもよそ見してんじゃねええええ!!」

「フェ、フェイトさん!?」

 

その、一度見たら一生忘れない筋肉隆々で鋭い角を持った化け物は、フェイトの顔面を容赦なく殴り飛ばした。

 

「ぬおおおおおおお、僕らのフェイちゃんがァァァァ!?」

「新入り~~~、おまっ、なんつーことを!?」

「美人の女の顔面を殴り飛ばすなど、なんて容赦ねえ奴なんだ!?」

「チコ☆タン君! ひ、ひでえ! あんな美人の顔面をぶん殴るなんて・・・」

 

容赦が無さすぎる。常人なら首から上がふっ飛んでいただろう。

 

 

「ウガアアアア、女は心だァ! 俺は見てくれで女を判断するようなクズやろうじゃねえ!!」

 

「「「「でも、女を殴るクズ野郎だ!?」」」」

 

 

壁に、天井に、床に激しくバウンドして打ちつけられながら、フェイトは瓦礫の中に埋もれた。

見かけが女なのに、これほど手加減なしにできるものなのか? ザジがゾッとした瞬間、既にチコ☆タンはザジの懐に飛び込んでいた。

 

「ッ!?」

「オラァああ! テメエも何とか言ったらどうだ、コラァ!!」

「ッ・・・アンチレイヤード!!」

「ぬおっ!? なんだコリャァ!?」

 

殴ったら激しい爆音をも生み出すチコ☆タンの拳が不発だった。目に見えない力がザジの周りを包み、攻撃を完全に逸らした。

 

「魔法障壁でもねえ・・・って、どうでもいいんだよォ! つうか、さっさと死ねやコラァ!!」

「ッ・・・無駄・・・」

 

ザジから発する謎の力に、チコ☆タンは余計にイラつきながら、パンチだけでなくキックを連発させる。

だが、どれほど拳打の雨を降らせようと、ザジは多少表情を歪めるものの、何と一撃もくらわずノーダメージだった。

目に見えない壁が、チコ☆タンの攻撃を防いだ。

 

「無駄です・・・あなたの攻撃は、全て斥力の力によって逸らしています」

「あ゛~?」

「しかし、女性の顔を何の躊躇いもなく殴ろうとするとは・・・」

 

斥力の力。さらっとザジはとんでもないことを言ったが、チコ☆タンにその言葉の意味は分からないようだ。怖い顔して首を傾げるだけだった。

そんなチコ☆タンをザジは非難する。チコ☆タンの同僚も、少し小さい声でチコ☆タンにブーイングしている。

よっぽど綾波フェイを殴り飛ばしたのが許せなかったのだろう。

だが、魔人は「それがどうした」とばかりに開き直って吠えた。

 

 

「うるせえええ! 俺はロリコンだァ! 幼女以外のババアに興味はねええええええええ!!」

 

「「「「ええええええーーーッ!?」」」」

 

「大体、美人だ~? 可愛いだ~? そういうやつに限って、男に媚びうる阿婆擦れなんだよ! ウガアアアアア、ビッチは爆発しろォォォ!!」

 

 

マジで、「えええ!?」だった。ザジもツッコみどころが多すぎて、ツッコめなかった。

その隙がザジの能力に反映されたかどうかは分からないが、斥力を発生させているはずだが、チコ☆タンの剛腕を完全に逸らすことはできなかった。チコ☆タンの拳で生み出された空気圧で、ザジの肌が僅かに切れて血が滲みだした。

 

「ッ・・・」

「テメエも、どうせアレだろ? どっかのイケメンの女なんだろうが! そんで、あれか? もう契約とかしたのか? つうか、何が魔法使いの仮契約システムだァ! 契約結ぶなら一人にしろよ! 優柔不断なイケメンがチュッチュ、チュッチュしてやがるから、世の中の女は・・・クソがァァァァァァァ! 純真無垢な幼女以外は全員爆発しやがれェェェ!! 何でおれは魔法使いじゃねえんだよ! 何で俺はイケメンに生まれなかった! こんな世界なんか粉々になればいいんだォォォォォォ!!」

 

チコ☆タンの力は、魔力を膨張させ、攻撃と同時に起こす爆発。下手したら味方も巻き込みかねない爆発を、チコ☆タンは感情任せに使いまくった。

 

「くっ・・・言っていることは最低に情けないのに、なんという威力・・・」

 

理性というものなど何も知らずに、己の力を思いのまま使う。何のためらいも容赦もない攻撃を止めるのは骨が折れた。

だが、感情任せだからこそ隙も多い。

 

「なぜ、デュナミスといい、この世界の最強クラスは見っともない感情に囚われて暴走するんだろうね・・・」

 

メイド服が絶妙のバランスでボロボロなっているが、フェイトが現れ、巨大な石柱を叩き落とす。

 

「ッテ、テメエ!?」

「フェイトさん!?」

 

フェイトは無事な姿を見せた。かなり効いたが、あれで終わるフェイトではなかった。

 

「ァ゛? 感情任せで何が悪いんだァァァ!」

「悪くはない。だが、同じ感情任せでも・・・君とシモンたちは違う。彼らの感情は、いつだって熱く激しく、輝いている」

「ぬおおお、なんだこの砂ァ!?」

 

頭上の石柱に意識が向いている隙に、チコ☆タンの両足に大量の砂が絡み付いて、動きを封じ込めた。

 

「君の感情など、見るに堪えないね!」

「ッ!?」

 

身動きが取れない以上、回避は不可能。チコ☆タンは巨大な石柱をモロにくらった。

 

「ザジ、今の内だ!」

「・・・コクっ」

 

チコ☆タンが怯んだすきに、フェイトとザジはお返しとばかりに攻撃を叩き込む。

 

「冥府の石柱(ホ・モノリートス・キォーン・トゥ・ハイドゥ)!!」

「G・ショック!!」

 

巨大な石柱と、強力な重力圧がチコ☆タンに襲い掛かる。潰され、まるで強力な重力場が発生しているかのように床にめり込むチコ☆タン。

巨躯な肉体が、床を砕き、両足が膝の高さまで埋まっていく。

 

「ぐのおおお・・・こ、この・・・ババア共がァァァァァ!!」

 

しかし、この程度で勝敗が決するのであれば、フェイトも敬遠する必要はなかった。本当の勝負は・・・

 

「俺様を、誰だと思ってんだクラァァァァ! パワァァァァゲイザァァァァー!!」

 

両腕を交互に床にたたきつけ、強力な爆発を発生させる。

その爆発は、巨大な石柱や重力場も打ち砕くほどの規格外のもの。

後にこの戦いを見ていた黒い猟犬の下っ端たちは語る。彼らは全員「どっちが勝っても、このアジトは崩壊して、もう使えないだろう・・・」と感じたそうだ。



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第46話 俺に惚れたら色々大変だぞ!

建物の異常事態は、当然牢獄まで届いている。

 

「なんじゃーーー!? 建物にひびどころか、天井まで崩れているではないかァァァ! おおーーい、誰かある!!」

 

決して取り乱さずに、皇女としての余裕を保とうなど、今のテオドラには無かった。普通の子娘のように慌てふためいていた。

自害する覚悟はあっても、何が何だか分からぬうちに崩壊した建物の下敷きになって圧死というのは想定外だった。

想定外の危機に人は対応できない。ゆえに今の彼女は、ただの子娘のように混乱していた。

 

「うおおお、このままでは妾が死んでしまうぞい! 妾が死んでは困るであろうがァァ! 見張りの兵ぐらいおらんのかァ!」

 

だが、その叫びは届かない。どうやら、見張りの兵たちも怯えて逃げてしまっているのかもしれない。

 

「ぬおおおお、嫌なのじゃァ! 死にたくないのじゃ! 怖いのじゃァーー、ガタブルじゃァ!!」

 

急にジタバタして悲鳴を上げるテオドラに、皇女の尊厳など全くなかった。

 

「おい・・・先ほど死ぬ覚悟があると呟いていたではないか?」

 

隣の牢獄の男が冷静にツッコんだ。

 

 

「ウソなのじゃァ! ほんとは死にたくないのじゃー! 怖いのじゃァァ! この間だって、アリカが余計なことを言ってしもうたせいで、身代わりになってしまっただけなのじゃァ! そう言わねば同じ皇女としてカッコ悪いと思ったのじゃァ!」

「情けない。貴様ら王家がどれだけの人を戦争という死地に送り込んでいるというのだ?」

「嫌じゃ嫌じゃ、やっぱ死ぬのは怖いのじゃァ! 勇者殿ォォォォ、来てたもおおおお!!」

 

戦争でなら、彼女も死ぬ覚悟はあっただろう。

しかしこうも訳の分からぬうちに死ぬ覚悟は全くなかった。

死ぬ覚悟をしていたとはいえ、落ちてくる瓦礫から必死に逃げ回る彼女を責めることは誰にもできなかった。

 

「なるほど・・・魔法世界人は作り物とはいえ、物理的に殺すのは心が痛むな・・・だが、その甘さが命取りとなるわけだが」

 

涙と鼻水流しながら助けを求めるテオドラの前に、アンスパが現れた。彼はテオドラの痴態を興味深そうに観察していた。

 

「ぬおおお、コレ、妾に用があったから攫ったのではないのか!? このままでは妾は死んでしまうぞ! はよ出さぬかーッ!」

 

アンスパに気付いたテオドラは鉄格子に被りつきながらアンスパに叫ぶ。だが、アンスパは特に対して反応せず、そのままテオドラの隣の牢屋の中に居る男に話しかける。

 

「どうだい、君をここから出してやろうか? 元の世界に帰りたいであろう?」

 

その無機質な声に、牢獄の中に居る男は鼻で笑う。

 

「アンスパ? それとも社長か? いや・・・ここはあえて、堀田博士と呼ばせてもらおうか?」

 

男の言葉に、アンスパもニヤッと笑みを浮かべた。

 

「ふっ、地球では最強クラスの権力を誇る君も、この偽りの世界では無力に等しい。哀れなものだな」

「それはすまなかったな。だが、貴様の方はそれなりの地位をこの世界で得ているようだな」

「そんな皮肉を言うために、私を追ってこの世界まで来たのか? ご苦労な事だ」

 

下手したら天井の崩落で二人は潰されてもおかしくない。ただ、どういうわけか、二人の周りだけは避けるように、瓦礫がまったく二人には落ちてこなかった。

そして二人は建物の崩壊などお構いなしに、淡々と会話を重ねていく。

 

「しかし、随分と悠長ではないか? 堀田博士よ」

「ん?」

「貴様の力と技術力をもってすれば。こんな世界など魔力も術式も必要とせずに消滅できるはず。何故、造物主とやらたちに時間の猶予を与えている?」

 

男の問いかけに、「なんだその事か」というような態度で、アンスパは答える。

 

「地球に存在する魔法協会に目をつけられていてね。この世界の住人と違って、実際に存在する人間が相手だと、強硬手段も中々うまくいかないのだよ。例えこちらに道理があったとしてもな。穏便に済むのであれば、イレギュラーは出来るだけ起こしたくはない」

 

アンスパはそう告げてから、牢獄に背を向ける。

 

「話は終わりだ。部下の所為でこの建物は崩落する。助けを請わないのであれば、それも良かろう。お前にはこのまま死んでもらうだけだ。さらばだ・・・・・・ロージェノムよ」

 

アンスパにそう言われた男。

鋭い眼光にチコ☆タン並みのガタイ。そして野性的な黒い長髪が印象的の男だった。

そして、二人が話を終えた直後、今日一番の爆音が建物内に響き、これまでとは比べ物にならぬ大きさの瓦礫が崩落してきた。

 

「ぬぬぬぬぬ~~~~瓦礫じゃあああああ!? こ、こんなことで・・・妾は~~~!?」

 

巨大な瓦礫の崩落に、頭を押さえてうずくまりながら、目を瞑るテオドラ。

もう駄目だ。

ここで死ぬんだと感じ取った瞬間、巨大な瓦礫が粉々に砕け散った。

 

 

「下を向くな、テオドラ!!」

 

 

恐る恐る顔を上げたテオドラの前には、一人の男が天井に向かってドリルを突き出して立っていた。

天に向かって右手にあるドリルを掲げるその姿、日の光が当たらぬ薄暗いこの部屋に居ながら、輝いて見えた。

床にまで届きそうなマントのように靡いたコート。背中のマークが印象的だった。

 

「下を向いて目を瞑ったって、何も掴めたりなんかしないさ!」

 

皇女である自分に、やけに馴れ馴れしいとは思わなかった。むしろテオドラは呆然としてしまった。

 

(だ、誰じゃ・・・どこかで見たことあるような・・・ないような・・・しかし・・・しかし・・・)

 

テオドラが気づかないのも無理はない。この男の今の姿は本当の姿ではない。変装のために外見年齢を魔法薬で誤魔化している。

そして何よりも、外見年齢に反応して、心強さまで向上しているようにも見える。

テオドラがこの男を誰だか気づかないのも無理はない。

 

(ほ、細マッチョじゃァァァ! き、筋肉モリモリも良いが・・・これはこれで・・・じゅるり・・・) 

 

男は素肌の上に直接コートを羽織っている。細身ではあるが、意外とガッシリとしている男の肉体に、テオドラは少し目を輝かせて涎が垂れていた。

 

(それにしても・・・な、なにものなんじゃ・・・この・・・この男・・・まさか・・・まかさ・・・ドキドキ・・・)

 

テオドラはこの時、ピンときた。

これはまさかアレではないかと。

お伽噺でよく見た、ベタだけど現実には中々ない、アレではないかと。

 

「まさか・・・まさか・・・勇者殿かえ?」

 

ここら辺はまだ子供。姫のピンチに助けに来た勇者ではないかと、テオドラはマジ顔だった。

すると男は、クスクス笑った。

 

「ははは、俺は勇者なんかじゃないよ」

 

あっさり否定した。

しかし・・・

 

「俺は勇者なんかじゃない・・・俺はただ・・・」

「た、ただ・・・なんじゃ?」

「俺はただの、君を助けに来た者だ!」

 

シチュエーションとしては最高だった。テオドラは機関車のように頭から汽笛を鳴らして興奮した。

 

「ぬおおおおおおおおおお!! そ、そのようなことを・・・そのようなことを・・・妾は・・・妾は~~~!」

 

頭を抱えて、だらしなくクネクネするテオドラ。幼いゆえに色恋もまだ無かった彼女は、この状況を確信した。

 

(こ、これが・・・・・・ぷろぽーず・・・しかし、良し・・・ぬおおおおおお)

 

さっきまで死の危機に取り乱しまくっていたのを忘れている。

だが、そんなデレデレとしたテオドラに、衝撃の言葉が耳に入る。

 

「良かった・・・間に合ったのですね、シモン!」

「ニア・・・ああ。間一髪だったけど、この通りだ!」

 

銀髪ふわふわの、真っ黒いプラグスーツのようなものを着た美人。

とても可憐なその笑顔は見たことないが、その面影をテオドラはすぐに気付いた。

 

「ヌシは・・・・・黒ニアではないか!?」

 

黒ニア・・・そう問われて、彼女は笑った。

 

「いいえ、私は黒ニアではありません。私はニアです。テオドラさん、ごきげんよう」

「な、なに? ご、ご機嫌ではないが・・・黒ニアではない? いや、それより・・・・・・この勇者殿がシモンじゃとォォォォォ!?」

 

そう、年齢詐称薬で外見年齢を操作した、20代のシモン。

あの、土臭い冴えない少年が、コレ? テオドラはあまりの驚愕の事実に、口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。

 

「あれ・・・テオドラ? お姫様? どうしたんだよ?」

 

テオドラがどれだけ驚いたのかが分からないシモンは、ぺしぺしと軽くテオドラの頬を叩くが、テオドラがまともに戻るのはもう少し掛かりそうだった。

そんな和やかになってしまった空気の中、ようやくアンスパが口を開いた。

 

「ほう、幻術か。だが、肉体年齢に呼応して、精神面も強くなっている気がするな。それにしても、あのケガでよくこれほど早く動けるものだな」

「え・・・・・・・」

「まあ、貴様が時間跳躍者で、私と同じ種族であるというのも、これで納得できるが・・・」

 

シモンはアンスパを見る。気絶していたため、この間は見ることができなかったが、これが噂のアンスパなのかという様子だった。

いや・・・

それだけでは無かった・・・

 

「うそ・・・・え・・・・え?」

 

何故か、アンスパの声を聞いた瞬間、シモンは不意に呆然としてしまった。

先ほどまでの力強く頼もしい目ではなく、戸惑いが表情に現れていた。

 

「同じ種族? あの男も、堀田博士と同じ種族だというのか? 何者だ?」

 

牢獄の男が呟いた。

 

「まあ、大変。あなたも閉じ込められていたのですね? 今すぐ出して・・・・・・・・・あら?」

 

テオドラの隣の牢獄に居る男の存在に気づき、ニアが大して考えもせずに男を解放しようとした瞬間、男の顔を見てニアは固まってしまった。

男の顔をじーっと見ながら、「まさか・・・まさか・・・」と呟いている。

男はニアが何故これほど自分の顔をマジマジと見てくるのか分からず、首を傾げる。

だが、登場していきなり戸惑いを見せる、シモンとニア。

その戸惑いの理由が、ようやく口に出して現れる。

 

「まさか・・・・・・・お父様?」

 

言ったのは、ニア。

 

「どうしたのだ? 同族よ」

 

アンスパが呆然とするシモンに尋ねる。

 

「その声・・・まさか・・・」

 

シモンは「そんなことありえない」と頭の中で思いつつも、その思いを口に出さずにはいられなかった。

シモンは、アンスパに向かって言う。

 

 

「まさか・・・・・・・・・・父さん・・・」

 

 

瀕死の状態から、ザジの手によって復活したシモン。

立ち上がり、上を向いたシモンの前に立っていた壁は、シモンの人生の分岐点だった。

 



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第47話 男だって悩む時ぐらいあるんだよ

「しゃーんならあああああ!!」

 

チコ☆タンはフェイトの正面に立ち、太ももの間に顔を入れて、そこから両腕をフェイトの腹に回して、そのまま頭上まで持ち上げてからしゃがみこんで、相手を背中から地面に叩きつけようとする。

プロレスでいうパワーボムだ。

 

「くらうものか!!」

 

だが、叩きつけられる前にフェイトは太ももでチコ☆タンの頭をしっかりと挟み込み、そのまま後方へ体重を預けながら、チコ☆タンの頭部を床に叩きつけた。

カウンター式のフランケンシュタイナーだ。

 

「おおおおおお!! ライガーだ! フランケンシュタイナーでパワーボムを破ったァァァァ!! ファイヤーー!!」

「チコ☆タンくうううううううん!! んなことより、スカートに頭を突っ込むって、おまッ!?」

「なぜだァァァァ!? あれだけフェイちゃんが持ち上げられたのに、絶対領域より上が見えなかったァァァァ!?」

「おおおっと! フェイちゃんはすかさず、腕挫十字固めだ!! 可愛い顔して、エゲツない技を!? 俺にもかけてくれええええ!!」

 

超スピーディーで多彩で、ハイレベルなプロレス合戦。

どうやら魔力による攻防が一転し、近接近の体術合戦となった。

パワーでひたすら押しまくるチコ☆タンに対して、ひらひらのメイド服を風になびかせながら、華麗なる技でチコ☆タンを振り回す綾波フェイ。

そして・・・

 

「ちょっとうるさい」

「うがあああああ、いてええええええ!?」

 

チコ☆タンの強靭な肉体を、いとも容易く斬りつけるザジ。

魔人は完全に手玉に取られていた。

 

 

 

 

 

 

 

父親は、自分が生まれる前からずっと、ドリルを作っていた。

 

何でドリルなのかは分からない。ただ、どういう思いでドリルを作っていたのかは分かる。

 

――ドリルでみんなを幸せにしたい

 

それが父親の口癖だった。今でも、よく覚えている。

 

当時は良く疑問に思ったものだ。ドリルでどうやって幸せにできるのかと。

 

 

しかし、気づけば両親は幼い自分を残して姿を消し、自分の手元にはドリルだけが残っていた。

 

 

「・・・父さん・・・」

 

 

昔の記憶が頭に駆け巡るシモンは、アンスパに向かって言う。するとアンスパは、少し間をおいて口を開く。

 

「・・・・・・なるほど・・・お前の正体はそういうことか。確かに、螺旋の力を受け継いでいるのは納得できよう」

「そ、それじゃあ!?」

「だが、勘違いするな。お前が何年後に生まれるかは知らんが、今の私からすればただの他人。お前に、父と呼ばれる筋合いは無いのだよ」

 

思わず飛びつきたくなったシモン。幼い時に居なくなった父。顔を覆面で隠しているものの、目の前に居るのは紛れもなく自分の家族だった。

しかし、釘を刺された。

そう、たとえ本当に目の前にいる人物が父であろうと、この時代に生まれていないシモンは、アンスパにとっては他人と言っても差し支えないのである。

行きどころのなくした心のやり場に困りながら、シモンは戸惑う。

父と呼べぬ、過去の人物。そして何よりも、その父と相対しているこの状況。勇敢に乗り込んできたシモンも、そしてニアも出鼻をくじかれたと言ってもいいだろう。

 

「・・・どうした? 私がこのような場所に居るのを、やけにショックを受けているようだが、未来の私はお前に何も話していないのか?」

 

あくまで他人として接する、血のつながりのある男に向かって、シモンは複雑な表情を浮かべて頷いた。

 

「ああ。とうさ・・・あなたは・・・俺がすごい小さい時に、母さんと一緒に消えた・・・俺の幼馴染の兄貴分の・・・カミナのアニキのお父さん・・・ジョーおじさんと一緒に・・・」

 

シモンの言葉に、アンスパはおもしろそうに笑った。

 

「ジョー? ほう、神野博士のことか・・・私も彼も、子を為していたというのは驚きだ。そうなると私の妻は・・・・・・まあ、今はいいだろう。未来の知識を知って、時の流れにゆがみを起こしても困る。イレギュラーはこれ以上必要ないからな」

 

のんきにシモンの話にのりだすアンスパ。その呑気で、どこまでもシモンに対して何も感じて無さそうな態度は、シモンをムシャクシャさせた。

 

 

「笑いごとなんかじゃない! 父さんは、こんなところで何をやってるんだ! 俺、父さんが昔こんなことをしているなんて、まったく知らなかったんだ! そして・・・ドリルだけを俺に残して・・・何が何だかサッパリなんだよ!」

 

「言ったはずだ。私はまだお前の父ではない」

 

「血が繋がってるんだ! 例え時が繋がっていなくたって、関係ねえ!!」

 

 

自分でも何を言っているか分からないぐらい、シモンは取り乱していた。

対してアンスパは、血のつながりのあるシモンを前にしても、落ち着いているように見える。それどころか、慌てるシモンに呆れてすらいた。

 

「なんと・・・未来の人間のクセに何も知らんのか? この世界の秘密を」

 

そしてその口から、知らなかった父親の側面を、シモンは知ることになる。

 

「この世界・・・だって? どういうことだよ! この世界って、魔法世界のことか!?」

「魔法世界・・・未来ではこの世界を、まだそのような名で呼んでいるのか? この、幻想の箱庭を」

「幻想? なにをバカな・・・」

「なんだ? 過去の魔法世界に時間跳躍をしてきたのは、ソレが関係しているからではないのか?」

「ソ・・・ソレ?」

「・・・どうやら本当に何も知らんようだな。私が将来、子を置いていくのは自分の意思を継がせるためではないのか? まあ、今知る必要のないことだがな」

「なにを・・・どういうことなんだよ・・・・」

 

シモンはその時、気づいた。

幼い時の記憶にある父。その父と20年前の父親の違い。

それは、ドリルでみんなを幸せにしたいと言って、目を輝かせていた時の父と違い、目の前のアンスパの瞳は、果てしなく虚無であったことだった。

 

「どういうことだ? 血の繋がりがどうとか、何の話をしているというのだ?」

 

牢の中に囚われている、20年前のロージェノムは、シモンとアンスパの会話に耳を立てる。

 

「シモンの今の姿は幻術であったか・・・しかし、裏を返せば数年後・・・青田買いということに・・・」

 

くだらぬことに頭を使っているテオドラ。

 

「・・・ええっと・・・どうすればいいのでしょう・・・」

 

たまたま出会ったのが、まさか20年前のロージェノムだとは思わず、娘のニアはどうすればいいのか困惑していた。

 

(ええっと・・・お父様が・・・でも、私のことを知りません。この場合はどうすれば・・・)

 

皆がバラバラの思いだった。

だが、そんな周りの状況などお構いなしに、アンスパは続ける。

すると、その時だった。

 

 

「ギガパワアアアアボムウウウウウウ!!!!」

 

 

天井を突き破り、巨大な爆発とともにフェイトを叩きつけるチコ☆タン。

 

「フェイト!? ザジ!?」

「・・・チコ☆タン・・・」

「ぬおおおおお、またではないかァァ!? シモーーン、さっさと妾を助けてたもォー! って、ぬおおおお、化け物じゃあああああ!!」

 

着弾と共に爆号が響く。

ハッとしたテオドラは、爆発とチコ☆タンの姿に再び絶叫する。

そして、その巨大な爆心地の傍に居たロージェノムは、巻き添えをくらった。

 

「ぐわああああああああ!! み、耳が・・・」

「お父様! 大丈夫ですか、お父様!」

 

ニアは一瞬、しまったと思った。思わずロージェノムに向かって、父と呼んでしまったからだ。

だが、その心配は不要だった。

 

「ぬう・・・・・・・耳鳴りが・・・・よく・・・聞こえん・・・」

「・・・あら?」

 

運が良かったのかもしれない。

 

「あの、お父様?」

「な、なんだ? 貴様は何と言っているのだ?」

 

チコ☆タンの起こす爆発の傍に居たロージェノムは、鼓膜がやられてしまい、どうやらしばらく耳が遠くなってしまったらしい。

耳穴から血を流してのた打ち回るロージェノム。

だが、事態はそんなことなどお構いなしに進んでいく。

 

「がっはっはっは、ちっとはこり――ぶほっ!?」

「いつまで人を掴んでいるんだい?」

「テメッ!?」

「私も居る」

「ごっ・・・この冷血女にピエロ女がァァァ!?」

 

強烈なパワーボムをくらっても、フェイトはすかさず立ち上がって、反撃する。

自分の技に酔って、隙だらけだったチコ☆タンは、フェイトの攻撃を簡単に受け、ザジもその隙に叩き込む。

 

「なんなんだ・・・・・・テメエら・・・・もう・・・許さねえ!!」

 

沸点など遥かに超えた怒りが凝縮されていく。チコ☆タンの体に漲る魔力。

 

「ザジ・・・」

「・・・このアジトを消滅させるほどの魔力・・・防がないと」

 

フェイトたちが感じ取った、チコ☆タンがやろうとしている技の威力。

ほとばしる魔力が一気に噴き出し、あたり一面を吹き飛ばそうとする。

だが・・・

 

「爆発率変動」

「ッ!?」

 

空気が一変した。

 

「な、なんじゃ!? あの、黒いのは一体何をしたのじゃ?」

 

まるでこの世が荒れ狂っているのかと思うほど、建物全体を揺らしていた爆発の予兆が、一瞬で嵐の後の静けさのごとく、静まり返った。

 

「爆発する確率を変えた。それにしても、私が居ることにも気づかないとは、新人とはいえ本能に突き動かされた者は、あまり好ましくないな」

「社長!?」

「ふん、しかも面白い連中まで連れてきているな」

 

その時、戦いに夢中になっていたフェイトとザジも、ようやくこの場の状況を理解した。

 

「シモン、ニア・・・テオドラ皇女」

「フェイト・・・ザジ・・・」

 

フェイトはシモンを見て、違和感を覚えた。

 

「シモン、無事で・・・・って、顔色が冴えないね。どうしたんだい?」

 

シモンがいつもと様子が違う。親に捨てられた子のように、とても弱弱しい瞳をしていた。

すると、フェイトにすがるような目で、シモンが口を開く。

 

「フェイト・・・アンスパは・・・アンスパの正体は・・・」

「アンスパ? ・・・堀田博士!? この者が・・・」

 

初めて見るアンスパの姿に身構えるフェイト。

隣に居たザジは、誰にも聞こえないぐらいの小声で呟く。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・所長・・・」

 

乱入してきたチコ☆タンと共に天井から落ちてきた、ザジとフェイト。

アンスパの存在に気付いたザジとフェイトは、服に着いた汚れを叩きながら、アンスパと向かい合う。

 

「あなたが堀田博士か? 初めて見るな。まさか、こんな形であなたと会うとは思わなかったよ」

「造物主の人形に・・・魔族か? 随分と珍妙な組み合わせだな」

「なに!? 社長! この色黒女が、魔族だと!? どうりで、爪とか角とか、それっぽいはずだ!」

「同じ魔族なら気づかぬのか?」

「な、・・・ザジが・・・魔族? もう・・・何がどうなってるんだよ」

 

ザジが魔族だとサラッと言われてチコ☆タンが、ハッとなる。シモンも衝撃的事実が多すぎて、未だに頭の中が処理できないでいた。

すると、ザジが魔族だと分かった瞬間、チコ☆タンは態度を一変させる。

 

「おい、ならそこの女は、俺たち側のはずだろうが」

「・・・・・・・・・・・・・」

「なんで俺様たちにケンカ売ってやがる。この会社の企業理念を知らねえのか? 魔界じゃけっこー有名だろうが!」

 

チコ☆タンは、同じ魔族であるザジに向かって、何故自分たちと戦うのかと問う。ザジは無言で黙ったままだ。

 

「社長は言った! この世界に居る邪魔な人間どもを全て滅ぼすと!! 人類も亜人も、邪魔者全てを絶やしたこの世界の大地に、新たなる世界をもう一度創生すると!! よくわかんねーけど、俺さまたちの世界創世記の邪魔をするんじゃねえ!」

 

チコ☆タンから語られるのは、随分と壮大すぎる話。

世界を創世? 正気の沙汰ではない。

 

「どういうことだよ! この世界が滅ぶって言ったり・・・根絶やしだとか・・・創るとか!」 

「ウラアア! テメエには話してねーんだよ、すっこんで・・・」

「俺もテメエに言ってんじゃねえ! アンスパ野郎! 俺はお前に聞いてんだよ!」

「なっ・・・て、テメエ! この俺に向かって・・・」

「ちゃんと全部教えてくれ! とうさ・・・いや、お前は一体何をやろうとしているんだ! 答えろ! 堀田・・・堀田キシム!!」

 

シモンは叫ぶ。父親と呼べぬ相手の本名を叫ぶ。

 

「ッ!? シモン・・・君は・・・どうして・・・」

「・・・・・・・シモンさん・・・・」

「堀田・・・キシム? あの野郎は、なに言ってやがるんだ!?」

「おい、娘・・・ぐっ・・・あの男は、何と言ったのだ? ・・・聞こえん・・・」

「私にも・・・タキシムがどうのこうのと・・・イマイチ状況がつかめないのです」

「シ、シモン・・・あやつと知り合いなのかえ?」

 

シモンが叫んだアンスパの真名に、フェイトやザジたちは驚きを隠せない。

何故、シモンが知っているのだ? 

 

「くくくくく」

 

アンスパは笑った。

 

「私のことを、その名で呼ぶのは、ロージェノム・・・神野博士・・・シータぐらいだったが・・・懐かしい響きだよ」

「誤魔化さないでくれ・・・俺は・・・俺は信じていたいんだよ・・・信じていたいんだ・・・あんたを・・・」

 

シモンは両膝をついた。悲しみに震えながら、ドリルを両手で包む。

 

「これで・・・これで皆を幸せにしたい・・・俺は今でも覚えてる・・・だから・・・だから――」

 

自分を裏切らないでほしい。そう告げようとしたシモンの前に、チコ☆タンが拳を振りかぶった。

 

「だああああ、なに俺様を差し置いて、叫んでやがる! 死ねやァァ! よくわかんねーことをゴチャゴチャゴチャゴチャ、言ってんじゃねええええええ!!!!」

「ッ!?」

 

完全なる油断。シモンが下を向いて俯いた瞬間、チコ☆タンがシモンに襲い掛かる。

シモンの心は完全に折れ掛かっていた。

相手の強さにではなく、相手の正体にだ。

今のシモンは、つつけば簡単に崩れ落ちるほど脆い。

ロージェノムとの戦いや、デュナミスとの時に味わった挫折感とは違う。

戸惑いというものにシモンは包まれ、完全なる無防備であった。

 

「させない・・・・・・」

「ッ!? テメエ・・・」

 

無防備のシモンを守ったのは、ザジ。

 

「ザジ!?」

「ドリ研部の部長には手出しをさせない」

 

目に見えぬ防御壁で、チコ☆タンの拳を無効化した。

 

「なあにしやがるあああああ!!」

「あなた・・・つまらない・・・」

「んんだとォ!?」

「名ばかりの世界創生など、この時代の堀田所長は考えてない・・・あなたは良いように操られているだけ・・・」

「ッ!?」

 

この時、無表情ばかりであったザジの目が、確かに語っていた。

好きにはさせない

両膝をつくシモンの前に立ち、指一本触れさせないという気迫で、チコ☆タンと相対していた。

 

「ほう・・・・・・社長でも博士でもなく、私のことを所長と呼ぶとは・・・この女・・・あの研究所の関係者か?」

 

そのアンスパの呟きは、チコ☆タンの怒号で誰にも聞こえなかった。

それどころか、誰も今は気にしている場合ではなかった。

シモンの状態は気がかりではあるが、何よりまず優先すべきは、この空気の読めない魔人の方であった。

 

「シモンといい、ザジといい、そして堀田博士・・・僕にも知らないことがありすぎる。世界を知った気になっていたが・・・全部後で聞くことにしよう」

 

知らないことばかりで、聞きたいことばかりだったが、今は優先すべきことがある。フェイトは苦笑しながら、ザジの隣に立つ。

ここから先には一歩も進ませない。通れるものなら、自分とザジを倒してみろと言わんばかりの態度だった。

すると、チコ☆タンに睨む一方でフェイトは、厳しい瞳でシモンに振り返る。

 

 

「シモン・・・ここは僕とザジに任せてくれ・・・ニアは、シモンを頼む」

「・・・・・・フェイト・・・ザジ・・・」

 

フェイトは、いつまでも動揺しているシモンに向かって言う。

 

「シモン・・・堀田博士と君がどんな関係であろうと、君は君だ。僕たちにとって君は君しかいないんだ。いつまでも、そんな風に甘えていてはダメだ」

 

フェイトとザジは同時にチコ☆タンに向かっていく。

 

「はっ、上等だァァ!! 死ねや、ブスどもォォォ!」

「悪いが・・・・・・もう、君の力は見切った・・・・・・瞬殺させてもらうよ?」

「・・・・あ゛?」

 

チコ☆タンを迎え撃つ、ザジとフェイト。

何もできずにシモンは膝をついたまま、何が何だかわからぬ時の中で、呆然としたままだった。

 

「フェイトさん・・・ザジさん・・・シモンも気になりますし・・・・若い時のお父様も・・・テオドラ皇女も・・・私はどうすれば・・・」

 

アンスパは手を出さずに、静観している。チコ☆タンたちの戦いを、少し興味深そうに観察している。

シモンには毛ほどの興味も示していない。

ならば、ニアはどうするのか? シモン、若い時のロージェノム、そしてテオドラ。

任されても、どうすればいいのか戸惑っていた。

だが、そんな戸惑いを、この女は一蹴した。

 

「ニア・・・お父様は見捨てましょう。どうせ生き残ります。テオドラ皇女は最悪どうでもいいです。優先すべきは・・・シモンです!!」

 

ニアの葛藤を、黒ニアは数秒で答えを出した。

一応父親の耳に軽く包帯を巻き、戦いに巻き込まれぬように壁際に寄りかからせた。

 

「うおおおおい、妾を無視するでない!? あれか? 妾が恋敵になるやもしれぬからか!?」

 

テオドラ皇女は、何だか大丈夫そうなので無視した。

そうなると、優先すべきはシモン。ニアは走ってシモンの肩を掴む。

 

「シモン・・・どうしたのです? フェイトさんとザジさんが戦っているのに、シモンだけ何もしないの?」

「ニア・・・」

「そんなのシモンではありません。どんなに絶望やショックがあっても、それを蹴っ飛ばして自分を貫くのがシモンです!」

 

ニアは少し強い口調でシモンを奮い立たそうとしている。

シモンだって、言われなくても分かっている。しかし、今回ばかりはそう簡単にはいかなかった。

 

「分かってるよ、でも・・・でも・・・」

「でもではありません!」

「父さんなんだよ! 俺の好きだった父さんが・・・俺が生まれるより前は・・・こんなことを・・・」

「昔は昔です! 今ではありません。今あそこに居るのは、シモンのお父様ではなく、ただのアンスパさんです!」

「でも、やっぱり分からないんだ! ひょっとしたら父さんと母さんが居なくなったのも・・・これに何か関係していて・・・俺がずっと信じていた父さんは・・・俺が勝手に信じていただけで・・・」

 

シモンは頭を抱えながら左右に振る。

嫌だ。考えたくない。幼い時に自分を残して消えた両親。寂しいとは思ったが、恨んだことは無かった。

キライになったことなどなかった。

しかしその感情は、ただ自分が父のことを何も知らなかっただけだと思い知らされただけのような気がしてならなかった。

 

「おい、娘よ・・・今はそんな男は捨てておけ、問題はあのチコ☆タンに、堀田博士。いかに貴様の友が強くとも、堀田には勝てん。逃げる方法を・・・」

「役に立たぬお父様は黙りなさい!」

「ぬっ・・・何を言っているかは分からぬが、何故急に豹変したような感情に・・・」

「黒ニア、お父様に何と・・・でも、お父様。今も20年前もやっぱり、シモンを信じてくださらないのですね?」

 

シモンを奮い立たせようとするニアに、逃げることを優先すべきだと提案するロージェノムに、黒ニアは厳しい態度で一蹴した。

 

「シモンは、大丈夫です。だって、シモンはシモンなんですから!」

 

シモンはシモンだから大丈夫。やけに自信ありげに答えるニア。

もっとも、耳の聞こえないロージェノムは何を言われているかは分かっていないが、怒られていることは理解し、腑に落ちないという表情だった。

だが、シモンにはしっかりと届いている。

 

「・・・・・・・・・・・分かってるよ・・・俺も」

 

そんなやり取りをしているニアたちを横目に見ながら、アンスパは呟く。

 

「血縁の事情程度で心を折るとは、情けない限りだ・・・あの程度の螺旋の戦士には何も救えぬ・・・そして何も背負えぬ・・・」

 

チコ☆タンの戦いを見る傍ら、チラッとシモンを見た後、すぐにアンスパは見限って、自分の視線を再びチコ☆タンに向けたのだった。

 

「ふむ・・・それにしても、あの二人はやるではないか。あのレベル二人では、チコ☆タンも厳しいか?」

 

アンスパの目に映るのは、二人の女の恰好をしている者たちに振り回されるチコ☆タンだった。

力の差はそれほどないだろう。それどころか一撃の破壊力はチコ☆タンにある。

だが、目の前に映る光景は、ハッキリとしたものだった。



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第48話 見えない答えはドリル使って堀り当てる

「はあ・・・はああ・・・・・ぐらあああああああああああああ!!!」

 

チコ☆タンが大きく振りかぶって拳を繰り出す。

だが、懐に飛び込んだフェイトが、鮮やかなひじ打ちをカウンター気味に、チコ☆タンのみぞおちに叩き込んだ。

胃液と血液の混じったものを吐き出すチコ☆タン。よろめくチコ☆タンに、フェイトの背後から飛び出したザジは追い打ちをかける。

 

「ジオ・インパクト」

 

その強烈な重力場は、爆発すら封じ込める。

 

「なんだ・・・んなんだよ、テメエらァァァァァァ!?」

 

チコ☆タンは、理解できなかった。一発殴れば勝てそうな連中に、手玉に取られていることに。

 

「さっきまでは、まだ互角だったろうが・・・なんで・・・なんで、俺様がやられてんだァァァ!」

 

怒号と同時に、チコ☆タンの顎が跳ね上がった。フェイトの掌打が、馬鹿でかい口を開けて叫ぶチコ☆タンの口を閉ざした。

 

「君には一生分からないよ」

 

チコ☆タンを冷めた目つきで見下すフェイト。その目に、チコ☆タンはブルッと震えた。

そんな目で自分を見下したものなど、これまでいなかった。仮にいたとしても、己の力でねじ伏せてやる。それがチコ☆タンの生き様だった。

しかし、この状況は何だ?

 

「テメエら、気に食わねええええ! この俺に・・・その冷めた目つきで見下してやがる!! ちっとも怯えやがらねえ! なぜ、恐怖を感じねええ!」

 

チコ☆タンの大ぶりの拳など、さらりとフェイトはかわす。

一撃くらえば大ダメージを免れないはずの拳に、怯えなど微塵も見せなかった。

 

「なんで、・・・何でビビらねええ!! テメエら、感情ちゃんとついてんのかァァ!?」

 

あまりにもクールなフェイトたちに、チコ☆タンは叫ぶ。すると、フェイトは何を失礼なという表情で、チコ☆タンに答える。

 

「恐怖なら感じているさ。ヒトだからね」

「なに?」

「僕は恐怖を感じないんじゃない。君なんか怖くないだけさ」

 

恐怖を感じないわけではない。

 

「私も・・・」

 

フェイトもザジも、チコ☆タンなど怖くないだけだった。

 

「君は知らない・・・」

「あなたは知らない・・・」

「本当の・・・」

「恐怖というものを・・・」

 

フェイト、ザジから放たれる強烈なプレッシャーは、チコ☆タンの背筋を震え上がらせた。

この、何でも無さそうな女の恰好をしている二人から、常人では耐え切れぬほどの威圧感を出していた。

 

「・・・ほう・・・」

 

アンスパも思わず、感嘆の溜息を洩らした。

 

「何だ・・・なんなんだ、テメエらはァァァァ!!」

 

全身に魔力を覆って、体全体で突撃してくるチコ☆タン。我を忘れた、特攻のつもりだろう。

だが、フェイトは己の手刀に魔力を込めて強化し、ザジは爪の剣で迎え撃つ。

 

「覚えておいて・・・」

「君なんかより、ダイグレン学園の闇鍋パーティーの方が、何百倍も怖かったよ」

 

一閃。

それは、この戦いを終わらせる一振りだった。

怒髪天を突くと言わんばかりの、チコ☆タンの角が断ち切られた瞬間だった。

 

「ほう・・・見事・・・」

 

アンスパは素直に称賛した。

 

「つ、角がァァァァ」

 

断ち切られ、角をなくした頭を抱えながら、苦しみだすチコ☆タン。

 

「つ、角が・・・テメエらァァァ!? つ、角が折れると・・・に、二十年は生えてこねーんだぞ!? もう、何が何だか・・・魔力が・・・抜けていくゥゥゥゥ!?」

 

角をなくしたチコ☆タン。すると、筋肉モリモリの豪傑が、みるみると萎んでいく。

全身を強化していた魔力が、角が折られたと同時に抜けていくようだ。

力をなくしていくチコ☆タンに、フェイトは言う。

 

「いいじゃないか。何もしないでも、二十年後には確実に生えてくるんだから。だったら、文句を言うんじゃない」

「な゛に゛~~~」

「来るか来ないかもわからない未来。それでも立ち向かう。そんな気合を振り絞ってから、文句を言うんだね!」

 

最後はトドメの拳骨だった。

ボコッと鈍い音を響かせて、フェイトはチコ☆タンの頭を殴りつけた。

苦しみにのた打ち回っていたチコ☆タンは、面影をなくすほど、細く萎んでしまったまま、意識を失ったのだった。

 

「やるではないか」

 

あれほど強烈なインパクトを放っていた魔人を、アッサリと一蹴したフェイトとザジ。

 

「テオドラ皇女は解放させてもらうよ・・・堀田博士」

「・・・・所長・・・・・・・・・・」

 

余力を残した二人の視線の先には、拍手をしているアンスパが映っていた。

 

「随分と、感情豊かなものだな・・・魔族の娘はもとより、そちらの人形もな」

 

アンスパは、まるで観察するかのように二人を見る。

 

「心の在り方で力が上下する。よくある話だが、それを貴様のような人形にされるとはな。本来なら同等のチコ☆タン相手に、心の在り方で圧倒する。本当に、ヒトとは愚かなものだな・・・その心が、世界を破滅へ導くというのに」

 

興味深い。そんな様子でフェイトたちを見る一方で、その立ち振る舞いは、明らかにフェイトたちを排除しようという様子だ。

だが、フェイトも言い返す。

 

「堀田博士・・・それは、魔法世界の寿命と、この世界の住人たちの真実のことを言っているのかい?」

「なに?」

「たとえ幻でも、魔法世界人にも心がある。それゆえ、何をしでかすか分からない。あなたの懸念はそこかい? そうでなければ、この世界を完全消滅させようなどと思わないはずだ」

 

しかし、フェイトのその返しに対して、アンスパは鼻で笑った。

 

「造物主の人形よ・・・お前はお前が思っているほど、人間を知らないな」

「なに?」

「底など決してない人の心は、『完全なる世界』などという箱庭に収める程度では、封印できない。いつの日か、必ず突き破られる」

「・・・・・・・・・それは・・・」

「必ず現れる。そして気づく。『完全なる世界』は本物の世界ではない。偽物の世界だとな。そうすれば、必ず夢の世界を突き破って現れるものがいるはずだ」

「だからあなたは・・・そんな慈悲の欠片も与えない、完全消滅をこの世界に求めるのか?」

「なんだ? 貴様は、既に甘い道に染まったか? もし、あそこにいるテオドラ皇女を、彼らは幻なんかではないと言うのであれば、それは最も愚かな答えだぞ?」

 

アンスパの言葉に、フェイトは押し黙った。

何故なら、その言葉を否定できなかったからだ。

もし、カミナやシモンたちを作り物の箱庭に閉じ込められたらどうなるのか? 

絶対にいつか箱庭から飛び出すとしか思えなかった。

そう、アンスパの言っていることも一理あった。一理はあったかもしれない。

だが・・・

 

(だが、もしそうなると・・・あの子たちは・・・)

 

シモンたちと同様。フェイトの頭の中には、ある5人の少女たちの顔が浮かんだ。

 

(もし、堀田博士の言葉が正しいのであれば・・・シモンやニア、そしてカミナたちの地球を守るなら、それしかないのかもしれない・・・でも・・・)

 

フェイトの頭の中に浮かんだ少女たち。彼女たちはこの時代にはいない。

数年後のこの世界に生まれてくる少女たちだ。

人とのかかわりが極力なく、目的遂行のための人形として生まれてきたフェイトにとって、唯一の繋がりのような存在。

 

(それなら・・・彼女たちは何のために生まれてくるんだ・・・)

 

フェイトは、アンスパのように割り切れなかった。

慈悲など必要ないという、アンスパの言葉をすんなりと受け入れられなかった。

そんなフェイトの戸惑いを感じ取り、アンスパは溜息をついた。

 

「やはりな。人形が甘き心にそまっているな」

「ッ!?」

「一度決めた大義に迷いを生むのであれば、貴様は何も成すべきではない。貴様の覚悟などその程度の物なのだよ」

 

フェイトの肩が跳ね上がった。

 

「違う! 僕に迷いはない!」

 

激しく取り乱したように、フェイトは叫んだ。

 

「違うことなどない。お前には、覚悟が足りない」

 

しかしアンスパはアッサリと否定する。

フェイトがどれだけ違うと叫んでも、アンスパはアッサリと否定する。もう、完全にアンスパはフェイトを見定めていたのかもしれない。

違うと叫ぶ。その根拠を示すことのできぬフェイトは、ただ叫ぶしかなかった。

だが、肩を震わせて、徐々に否定する声量が小さくなっていくフェイトに対して、優しくシモンが後ろから、肩に手を置いて止めた。

 

「もういいよ」

「ッ・・・シモン・・・」

「フェイト。そんなに悲しい顔をしてまで、何かをやらなくていいじゃないか」

「ぼ、僕は!?」

「フェイト。言いたくないならいいよ。でも、俺は絶対にフェイトの仲間だからな」

「・・・・・・シモン・・・・」

 

いつの間にか立ち上がったシモン。シモンは少し落ち着いた様子でフェイトを宥める。

 

「ふん、ようやく落ち着いたようだな、同族よ。もう私の正体に、取り乱すことは無いのか?」

 

シモンをあざ笑うアンスパ。そこに父としての愛情などまるでなかった。

しかし、シモンは拳を握りながら、口を開く。

 

「簡単には落ち着かないよ。だって俺も・・・心があるから」

「ん?」

「フェイトやザジやニアと同じ・・・そして・・・お前ともだ」

「な・・・に?」

 

アンスパは、シモンの言葉に首を傾げた。

だが、シモンは自分の言った言葉を、間違っていないと訴えるような眼をしていた。

 

「だって・・・俺の知っている父さんは・・・やっぱり心があった。俺の知らないことがあったにしろ、それだけは間違いない」

「・・・・なにが・・・言いたい?」

「世界がどうとかはよく分からないけど・・・お前こそ・・・人間なんだよ、アンスパ野郎!」

「なんだと?」

「お前がくだらないと言ってバカにしたお前の心を・・・今、全部吐き出させてやる!!」

 

シモンはゴーグルを装着する。ハンドドリルをしっかりと構え、アンスパに気迫をぶつける。

もうゴチャゴチャ考えるのはやめた。話が通じないなら、このやり方で話を通す。

 

「俺がお前の相手だ!」

 

心の戸惑いが抜けぬままだが、それでもシモンはその戸惑いを抱えたまま戦う。

今はそれしかなかった。

 

「そうです。今は戦いましょう、シモンさん。恐れを知りながらも・・・僅かな勇気が、時には大きな力になります」

 

そんなシモンの隣に、ザジは頷いて並ぶ。

 

「私も、シモンと一緒にどこまでも行きます」

 

ニアもほほ笑みながら、並ぶ。

 

「ぐぬ・・・耳が聞こえずとも・・・意味は伝わってくる」

「ロージェノム!?」

「堀田とヤルのであろう? ならば、力を貸そう! 耳が聞こえぬので、指示は受けぬぞ?」

 

20年前の若かりし頃のロージェノムの顔を、初めてシモンはまともに見た。

シモンの知っている娘に溺愛しまくったダダこねるバカ親父の面影などなく、ギラついた戦士の瞳をしていた。

何故ロージェノムがここに居るのかは知らない。だが、もう細かいことは気にしなくていい。

 

「ありがとう、心強いよ」

 

シモンの礼は聞こえないものの、シモンの表情から、意味だけはロージェノムも理解して頷いた。

 

「なははははははははは! シリアスすぎて口を挟めんかったが、あ~、ようやく好きにできるぞよ♪」

「テオドラ!」

「小難しい話は妾もよくわからんが、とにかくこやつをぶっ飛ばすのであろう? 力を貸すぞ、妾の勇者殿!」

 

テオドラも・・・

そして・・・

 

「シモン・・・ザジ・・・君たちの言うとおりだ」

「フェイト」

「今は、今を戦おう。道はきっと・・・その先にあるのだから」

 

まだ答えは出ていない。

しかし、フェイトも戦うことに、異論はなかった。

今は戦う。

今を戦う。

その思いを持った、6人の戦士たちが、アンスパの前に立ちはだかった。

 

「ふん、答えも出ていない曖昧な決意。その程度の覚悟で私に勝てると、本気で思っているのか?」

「先の見えないものを掘り出すのが、ドリルなんだよ!」

 

シモン、ニア、ザジ、フェイト。そしてロージェノムとテオドラが、歴史の分岐点に、今こそ立つのであった。

 

「よかろう、螺旋の極みを見せてやろう!」

 



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第49話 俺たちがドリ研部? 少し違うぜ!

「螺旋の進化の果ては、限りないぞ?」

 

 

相対するシモンを始めとする、6人の戦士たち。

彼らを相手するアンスパは、余裕の言葉を放つ。

 

「教えてやろう。螺旋の極みをな」

 

漆黒の炎が渦巻いて、アンスパを包み込む。

炎の中から生まれたものは、既に人ではなかった。背中から触手のように長い漆黒の二本の腕。

二本の鋭い角を額から生やした、悪魔の形相。

アンスパは変身した。チコ☆タンを遥かに凌駕する存在感。そして巨大さ。

思わず見上げてしまうその大きさは、数メートルに達するだろう。

 

「これが、私のバトルモード。その名も・・・グランゼボーマモードだ」

 

チコ☆タンを魔人ととらえるのなら、今のアンスパは、まさに魔神だった。

もはや人の痕跡を一切残さぬ、父の変身した姿に、シモンは困惑していた。

 

「こんなことも・・・できたのか・・・」

「臆するな。奴が強者であることだけを、感じればよい」

 

背中に汗をかいているのは、シモンだけではない。みな同じだ。

だが、そんな彼らの心を新たに引き締めさせたのは、20年前のロージェノムだった。

 

「そうです。お父様の言うとおりですね」

「むっ・・・声は聞き取れんが、とりあえず大丈夫そうだな」

 

ロージェノムが耳を怪我しているのを言いことに、ニアは普通にロージェノムを父と呼ぶ。

 

「どういうことじゃ? フェイ、そしてザジじゃったか? あの男とニアは、親子にしては、年齢が・・・」

「細かいことは気にするな、テオドラ皇女」

「フェイトさんの言うとおり。今は細かいことは置いて、大きなことを気にする時」

 

ロージェノムの一言のおかげで、どうやら全員そこまで臆している様子ではなさそうだ。

そして、少し気持ちを落ち着かせるととても心が軽くなった。

魔法世界の未来とか真実とか、心がどうとか、小難しい話をゴチャゴチャされるより、目の前の化け物だけを倒せばいい。

シンプルだが、それぐらいが彼らにはちょうど良かった。

 

「さあ、見せてみろ。ドリ研部とやらたちよ」

 

再びアンスパの威圧感が上がる。本当に底知れない存在なのだと思わずにはいられない。

だが、怯みはしない。シモンたちが四散して前へ出る。

シモンたちの接近を、アンスパは正面から身構えた。

 

「シモンインパクト!!」

「ニア流~、錐揉みキック!」

「G・ショック!」

「冥府の石柱(ホ・モノリートス・キォーン・トゥ・ハイドゥ)!!」

「帝国流魔拳法じゃ!」

「カテドラルナックル!」

 

それぞれが繰り出す技を、アンスパは何もしないで突っ立ったままだった。

6人の同時攻撃をくらえば、かなりのダメージを与えられるかもしれない。

しかし、異常事態が起こった。

 

 

「反力場」

 

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

 

たった一言アンスパが呟いただけで、6人の攻撃は全てアンスパに直撃するどころか、目に見えない壁に弾き返された。

 

「これは・・・どういうことなのです?」

「気をつけろ! 奴は、この世の確率や物理法則を捻じ曲げる! そして、己の想像したものを全て実体化する!」

「なんじゃとォ!? なんじゃ、そのメチャクチャな能力は!?」

「ロージェノム、堀田博士の能力を知っているなら、弱点は?」

「耳が聞こえんから何を言っているかは分からんぞ!?」

「私が代わりに答える・・・所長・・・アンスパの弱点はある」

「ザジ!? なんでザジが知ってるんだよ!」

 

一同に動揺が走る中、ザジが言う。

 

「アンスパは自分の想像を力にする。なら、想像できなくすればいい」

「つまり?」

「私たちがアンスパの想像を遥かに超えるか、何も想像できなくなるぐらい、精神に揺さぶりをかけること」

 

やけに簡単に言うザジだが、一同はうなった。

 

「くっ・・・あの堀田博士を精神的に揺さぶり・・・無理だね」

 

断固たる決意を持つアンスパに揺さぶりなどできるはずがない。

 

「想像を超える・・・じゃと? 妾らだけで?」

 

この、メンツでどうやって?

結局打開案は出てこないままだった。

 

「さあ、次はこちらから行くぞ」

 

攻撃の無力化に戸惑うシモンたちに、アンスパは両掌に渦上のホイールのようなものを発生させて投げつける。

超高速回転で圧力を圧縮し、切れ味も鋭い円状の刃。

 

「超銀河手裏剣!!」

「みんな、僕の後ろに下がるんだ!」

 

フェイトは砂の壁を何重にも集め、密度と強度を上げた防御壁でアンスパの手裏剣攻撃を防ぐ。

 

「やるな。だが・・・これならどうだ!!」

 

アンスパは超銀河手裏剣を乱れ打ちしてきた。いかに魔力で練り上げた砂の壁を引こうと、耐え切れなくなった防御壁は四散し、手裏剣がフェイトたちに襲い掛かる。

 

「私が防ぐ。ヘビー・G!」

 

飛んできた手裏剣を、ザジが重力場を発生させて叩き落とした。

 

「ほう。それは・・・貴様の魔力でも能力でもない。道具の力だな。私が研究中であった、コアドリルを使った力か?」

「ッ」

「物理法則の捻じ曲げ。コアドリルを内蔵させた武器なり武具で、実現化させる」

 

アンスパはザジの力を前に言う。シモンたちは、てっきりザジは魔法や能力で戦っているとばかり思っていたために、ザジの技がアンスパと関係していることには驚いた。

相変わらず謎の多いザジ。ザジは胸元からペンダントを取り出した。

 

「『天も次元も超えて会えちゃうマシーン』の応用。時間軸を捻じ曲げるこの装置は、重力場も変化させる。その重力部分を私は操作している」

「ふん、器用だな。本来螺旋族でもない貴様だが、コアドリルと魔力の応用で使いこなすか」

「未来で・・・教えてもらいました」

 

アンスパとザジの会話はよく分からなかった。

 

「ザジー、もっと分かる言葉で教えてくれよ!」

「要するに、気合」

「それなら、文句なしだ!」

 

細かいことはいい。シモンはザジの単純な答えで納得した。

事実、気にしている余裕はない。

 

「一時の気合程度で、私の信念を揺るがせものか!」

 

重力場をお構いなしに飛び込んで、ザジに拳を叩き込むアンスパ。ザジが苦悶の表情を浮かべる。

 

「おのれ、堀田ァァァ!!」

「きさまも、這いつくばれェ!」

 

殴り掛かるロージェノムの顔面を片手で掴み、アンスパはロージェノムを後頭部から床に叩きつける。

 

 

「我が血族は選ばれた存在! 魔道の力がこの世の真理と自惚れ、愚かな魔法使いどもの生み出した過ちを断ち切る存在として、我が種族はこの世に存在するのだ!」

 

「は、速い!?」

 

「幾多の苦悩苦痛を乗り越え、今の私の思いがある。ヒトとしての生き方を捨て、どれだけヒトから蔑まれようとも、この世界を守る私の執念に何故貴様らなんぞが勝てるというのだ!」

 

「ザジ!? ロージェノム!? フェ、フェイト!?」

 

「何故勝てる? 何故戦う? 何故否定できる! 何故私の前に立ちはだかる道理がある! 何故? 何故! 答えは否! 否否否否否否否否否否ァァァァァ!!」

 

 

フェイトやザジですら、アンスパのスピードについていけていない。幾重の魔法障壁を軽々と突き破られ、6人の戦士たちは殴られ蹴り上げられ、ふっ飛ばされる。

アジト全体を揺らすアンスパの猛攻が、シモンたちに何もさせずに打ちのめしていく。

 

「俺たちは――」

「答えを聞くまでもなく、否ァァァァァ!!」

 

圧倒的な力差だった。

まるで怪獣映画のように、何もできずに踏みつぶされていくような感覚だった。

 

「つ、強すぎる・・・やはり、生命としての格が違う・・・こんな若造どもでは、どうにもならん」

 

ダメージで体をよろめかせながら、ロージェノムは狼狽えていた。レベルそのものが違っていたのだ。

だが、それでもシモンたちは動く。

一度止まれば、もうそれまでだからだ。

 

「気張れ、ロージェノム! 下を向いたら、それまでだぞ!!」

 

シモンはロージェノムだけでなく、自分に向けても言っていた。

答えもないままかつての父と戦う、シモン。その父に、自分の知っている頃の面影などまるでなく、息子である自分を全否定して、化け物の姿に身を変えてしまった。

何故父がここまで強いのか? 何故父はここまで心が追い詰められているのか?

何故、たった一人で父は苦悩しているのか?

ここで止まったら、一生父親の答えに届かない。

シモンはドリル片手に父に向かう。

だが・・・

 

「無駄だァ! 超渦巻銀河!!」

 

ドリルの回転どころではない。

まるで銀河そのものが渦を巻いているかのような力が、シモンの心身を容赦なくズタズタにしていく。

 

「ぬおおお、よくもシモンをォォォ!!」

「シモンのお父様とはいえ・・・あなたを・・・・・・・・・私は貴様を殲滅します!」

 

テオドラと、黒ニアへと変貌したニア。

か弱い少女の身なれど、果敢に攻め込む。

だが、敵は果てしなく巨大。

 

「ふっ、笑止千万!!」

 

渦巻くが風が吹き荒れて、風に飛ばされたニアとテオドラは壁に強打させられる。

 

「バカな・・・なんだ・・・この圧倒的な力差は・・・僕たちが、まったく相手にならないなんて」

「これが、堀田所長の力・・・私も初めて見る・・・」

 

フェイトとザジも流石に堪えていた。

自分では、無敵とまではいかなくとも、自分の力は魔法や裏の世界では最強クラスの力と心の中では思っていた。

だが、目の前のアンスパは何かが違う。

力が強いとか、精神がどうのとか、そういう問題でもない。

武道家や魔法使いとも違う。

ドラゴンなどのモンスターや、チコ☆タンのような魔人とも違う。

 

「まるで・・・この世に存在しない力を相手にしているようだ・・・正に・・・神の領域」

 

曖昧な言い方だが、今のアンスパをフェイトたちはそう捉えていた。

 

「ふっ・・・どうした? その程度か、貴様らの想いは」

 

死屍累々と横たわる戦士たちの中、アンスパはシモンを片手で掴みあげて、言葉をぶつける。

 

「ま、まずい・・・やはり・・・」

「シモン・・・くっ、私が今・・・」

「おい、娘よ・・・・・・あの小僧を救出して、すぐに離脱するのだ」

「お父様?」

「格が違いすぎる」

 

冷静な戦士としての判断だった。相手にならずに全滅しましたなど、戦場では最悪の結末だ。

勝てないなら生き残る。そのためだったら逃げるのも当然だ。

ロージェノムは逃げる算段を黒ニアに持ちかける。

だが、声が聞こえぬロージェノムに、ニアは言葉の代わりに、首を横に振って答えた。

逃げない。

それが、ニアの答えだった。

 

「バカな・・・何故!」

 

ニアは、驚くロージェノムの目の前でシモンを指差した。

それの意味は、こう取れる。

シモンは逃げない。だから、自分も逃げないのだと。

 

「無理だ・・・勝てるはずがない」

 

それでもニアは首を横に振る。

 

「そうかもしれません。でも私たち・・・そんな状況に慣れています」

 

ニアは全身の力を振り絞りながら、シモンの元へと駆けつけようと、痛みに耐えながら立ち上った。

だが、ニアの想いとは裏腹に、答えの出ないまま戦いに身を投じてしまったシモンの心は、次第に弱まってきている。

 

「分かるか? 多少の反撃をしようとも、貴様らは無謀! 無知! そして何よりも無力だ!」

「とう・・・さ・・・」

「私のヒトとしての生き方を捨てる程度で、地球を救えるのであれば本望だ! だからこそ、貴様が我が血縁であるのなら、むしろ好都合! それを今この場で切り捨てて、我がヒトとしての道の退路を完全に断ち、絶対不変未来永劫の後戻りできぬ覚悟としようではないか!」

 

アンスパはシモンを投げつける。

投げつけたシモンに追撃し、一瞬のスピードで追いつていて、ボディに拳をめり込ませた。

 

「がはッッ!?」

「未来から現れし我が血縁よ! 我の永久覚悟の糧となるがよい!!」

 

父の愛の鞭ではない。まるで、全てを断ち切るための攻撃。

 

(本当に・・・殺すんだ・・・父さんは・・・俺を・・・)

 

シモンの心は暗い影で覆われた。

 

(ひょっとして俺が生まれてきたのは・・・未来の父さんが・・・過去の父さんの覚悟を決めさせるため)

 

ひょっとしたらシモンの父も、かつて未来から来たシモンと戦い、命を奪ったのかもしれない。

父はその歴史を繰り返させるために、自分を生んだのかもしれない。

どの次元に存在しようとも、アンスパが絶対不変の覚悟を手に入れるための道具として。

 

(俺は父さんに・・・愛されてなんかいなかったのか?)

 

その瞬間、シモンは頭を勢いよく振って走り出した。

 

「うおおおおおおお、父さーーーーーん!!」

「否! 貴様は、我が糧だ!!」

 

シモンはアンスパに掴みかかる。

 

「俺は・・・ネギ先生と同じ気持ちだったんだ!!」

「ん?」

 

シモンは涙を流しながら、叫ぶ。

 

「ネギ先生は、ニアを連れ去ったロージェノムに言った!」

 

それは学園祭直前に、ニアを連れ去り、退学させようとしたロージェノムに向かい、ネギが涙を流しながら頭を下げた時のこと。

ネギは言った。

 

 

――あなたはニアさんのお父さんなんですよね!? だったら一度で良いです! 一度でも良いですから、せめてシモンさんとだけでも向き合ってください!・・・お父さんなら・・・お父さんなら! 自分の子供が好きになった人のことぐらい見てあげてください!!

 

 

それは、父親と暮らしたことのない、ネギの心。

その気持ちを、シモンはよく理解できた。

 

 

――僕は・・・もし・・・お父さんに会うことが出来たら知って欲しいです! 好きな人が出来たら、大切な仲間たちが出来たら、お父さんに知って欲しいです! これが今の僕の居場所なんですって・・・これが今の僕なんだって、お父さんに知って欲しいです!!

 

 

今こそ、自分もネギのように叫びたかった。

 

「これが今の俺なんだ! みんなが俺の居場所なんだ! みんなが俺をシモンとして見てくれるんだ! 俺は・・・俺は! 俺はシモンだ! 決して、糧なんかじゃない! 父さんの息子の、穴掘りシモンなんだ!!」

 

届いてほしかった。そして見てほしかった。

シモンの道や答えを否定されたって構わない。

ただ自分を・・・

 

「だから、俺を見てくれ、父さん!!」

 

ただ自分を、糧としてではなく、息子であると見て欲しかった。

それが、シモンの想いだった。

 

「否ァァァァァァ!!」

 

その想いは、アンスパの拳に阻まれ、微塵も届くことは無かった。

無情な力が、シモンの願いを完全に阻んだのだった。

 

「とう・・・さ・・・」

 

激しく打ちつけられたシモンの心身から、力が抜けていく。

想いも、存在も、全てを実の父に否定された。

シモンの心に、ぽっかりと穴が空いてしまったようだった。

 

「いかん!?」

「まずい、シモン! く・・・体が・・・」

「誰でもいい・・・早くシモンを!!」

 

アンスパは本気だった。本気でシモンを殺そうとしている。

シモンにもそれが伝わってきた。だからこそ余計に、心が打ちのめされた。

 

「我が心の中で生き続けよ、小僧」

「と・・・・・・う・・・・さん」

「私は決して迷いはせん。この道を進む。お前は我が覚悟の証として、永劫に我が心に生き続けよ」

 

アンスパは超銀河手裏剣を、動かぬシモンに向ける。

シモンは避ける力もない。

必死に叫ぶニアたちの声も届いていないのかもしれない。

何という、幕切れ。

ダイグレン学園として、世の中に、社会に、校則に、カミナたちと反発してきた人生がここで終わる。

シモンは全身の力が抜け、観念したのか・・・

とうとう、下を向いてしまった。

 

 

「さらばだ、我がヒトの道よ!」

 

 

銀河手裏剣が飛び、シモンを両断しようとした。

 

 

 

だが・・・

 

 

 

その時だった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「漢の魂・炸裂斬りィーーーーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如現れたその男・・・いや、その漢は、シモンの前に立ち、銀河手裏剣を力づくで両断した。

 

「「「「「「「ッ!?」」」」」」」

 

驚いたのは、アンスパだけではない。

この場にいた全ての者たちだ。

青い頭の漢。

一瞬、幻かと疑ったほどだ。

だが、幻ではなく現実だ。

その漢は急に振り返り、シモンに向かって駆け出した。

 

「顔を上げろォ、シモーーーン!!」

「ア・・・アニ・・・」

「歯ァくいしばれえええええええええ!!」

 

この痛みは、紛れもなく現実だった。

痛く、重く、そして何とも熱い拳だった。

 

「う・・・そ・・・・だろ・・・」

「何故・・・」

「誰じゃ?」

「何者だ?」

 

フェイトやニアは信じられないと目を見開き、テオドラ、ロージェノム、そしてアンスパも首を傾げていた。

ただ一人、ザジだけはホッとしたように呟いた。

 

「ようやく・・・時間が重なりました」

 

その者の出現に、誰もが一歩も動けないでいた。

 

「情けねえツラしやがって。少しは目ェ覚めたか?」

 

突如現れた、V字サングラスをかけた、長ランの男。

数か月前までは、毎日毎日見飽きるほど見ていたあの男が、目の前に居た。

 

「アニ・・・キ・・・?」

 

カミナだった。

あのカミナが目の前に居た。

年齢詐称薬で姿かたちが変わっているシモンを一目で見分け、当たり前のようにシモンにいつもの力強い笑みを見せる。

 

「おうよ! お前の永遠の兄貴分! カミナ様だ!!」

 

カミナが現れた。

日本刀のような刀を引っさげ、刀を天井に向かって突き出しながら、豪快に笑った。

 

「ア・・・アニキ・・・本物のアニキなのか!? なんで!?」

「バカ野郎! 何寝ぼけたこと言ってやがる!」

 

混乱が収まらないシモンに、ヤレヤレとため息をつきながら、カミナは叫ぶ。

 

 

「麻帆良じゃ悪名だらけの無法者!! それでも胸張り進む漢道! 貫き通すが、俺様だァ!! この俺がァ、カミナじゃねえってんなら、誰だって言うんだよ!!」

 

「アニキ・・・!? でも!?」

 

「俺だけじゃねえ。こいつらもな!」

 

 

今気づいた。

 

「えっ!?」

「みみみみみみ、みなさん!?」

 

カミナの背後には、皆が立っていた。

 

 

「あら、ニア、シモン、ザジ、随分と大きくなってるじゃない」

 

「いや、待て! フェイト、お前はなんつー恰好をしてやがるんだ!」

 

「うおおお、可愛いぞ!」

 

「可愛いぞ、可愛いぞ、可愛いぞ!」

 

 

いつもよく見た、しかしどこか懐かしい、ダイグレン学園のクラスメートたちが立っていた。

 

「何者だ・・・こやつら・・・」

 

彼らは笑っている。そして、驚くシモンたちを見て、一体何を驚いている? そんな顔で、笑いながらシモンたちを見ていた。

 

「カ、カミナ・・・君たち・・・どうやって・・・」

「間に合いましたか・・・」

「ザジ!?」

「フェイトさん。『天も次元も超えて会えちゃうマシーン』で・・・過去に来たのは私だけでは無かったのです」

「ッ!?」

「使い慣れないものでしたので、時間の差はでましたが・・・ようやく全員の時間が重なりました」

 

今さらとんでもない事実を伝えるザジ。

フェイトたちは言葉を失ってしまった。

 

「アニキたち・・・どうして・・・」

「どうしてだァ? つまんねーこと聞いてんじゃねえ! お前はもし俺がピンチで助けに来るとき、イチイチ理由があんのかよ?」

「それは・・・」

「俺はお前に助けてもらうとき、絶対に理由は聞かねえ! 好きなだけ助けてもらう! 当たり前のように助けてもらう! だから俺も、お前がピンチになったときは、全力で助けに来てやる! そこが例え、宇宙の果てだろうとなァ!!」

 

ああ、カミナだ。

 

「そして、お前が弱気になりそうになったら、いつだって気合を注入してやる! だから安心しろ。お前は俺を、そしてお前は自分を、一体誰だと思ってやがる!」

 

間違いなくカミナだ。シモンの暗くなった心が、一瞬で晴れていく。

 

 

「いいか、シモン! 相手が誰で、何と言われようと、一度拳でケンカを始めたんなら下を向くんじゃねえ! ケンカに必要なのは、相手が誰で、どっちが正しいとかの理屈じゃねえ! ぶっとばすか、ぶっとばされるかのどっちかだ!」

 

「理屈は要らない・・・」

 

「たとえ相手に理屈があっても、テメエの心だけは譲れねェ。俺たちは、いつもそうやってツッパッて来たんじゃねえのかよ?」

 

 

どうしてだろう。

何故、この男はこれだけで人を立ち上がらせてくれるのだろう。

どんな傷でも、どんな絶望でも、お構いなしに人を立ち上がらせてくれる。

無茶苦茶なのに。言ってることは自分勝手なのに。カミナが言うと、自分の決断に誇ることができる。

 

「うん・・・・・うん!」

 

シモンは涙を流しながら笑った。

 

「へっ、背・・・なんかデカくなったじゃねえかよ。お前を見上げる時が来るとはな」

「それでも、俺にはアニキの方が大きく見えるよ。何もかもね」

 

立ち上がれば、今のシモンの方がカミナより身長は高い。

だが、この漢の大きさは、身長が伸びたぐらいで推し量れるものではないなと、シモンはうれしくて笑った。

 

「きさまら・・・一体何者だ?」

 

黙ったままだったアンスパが、カミナたちに尋ねる。

 

「何言ってやがる、アンスパ野郎。テメエが俺たちに、仲間を助けて行けって言ったんじゃねえか」

 

カミナはニッと笑って、アンスパに答える。

 

「なに? ・・・いや、それだけではない!?」

 

何のことを言っているのか理解できなかった。

そして、アンスパの疑問は更に深まる。

カミナたちが持っている、刀を始めとする武器だった。

その武器には、綺麗な光が発光していた。まるで、オーラのように、カミナたちの武器と全身を包んでいた。

 

 

「その剣から発生している光は、紛れもなく螺旋力! その剣、コアドリルを内蔵し、螺旋力を発動させて武器を強化している! 他のものたちの持っている武器もそうだ! 何故だ! 何故貴様らまでもが、そんな武器を持っている!」

 

「あんたが渡してくれたのよ」

 

 

今度はヨーコが答えた。

 

「私が・・・だと? また訳の分からぬことを・・・それに、いくら螺旋力を発動させようと、貴様らはそちらの魔族の娘のように、魔力も感じぬ。魔法使いでもない、一般人だ! なのに何故、貴様らにコントロールできる!?」

 

初めて見せた、アンスパの動揺。どうやら、よっぽど信じられなかったのだろう。

すると、一番冷静なロシウが代わりに答えた。

 

 

「僕たちもよく分かりませんが、あなたが教えてくれたのです。僕たちが貰ったこの武器には、超高性能AIが搭載され、僕たちの生理反応に対応する『通称・持てば何とかなるシステム』が備わっていると」

 

「な・・・なんだと・・・」

 

 

ゾロゾロと現れた仲間たち。カミナだけでなく、その一人一人の表情を見るだけで力がわく。

 

「どうよ、シモン。ちったァ、目ェ覚めたか?」

「アニキ・・・」

 

目が覚めるどころではない。力まで目覚めていくような感覚だった。

 

「貴様ら・・・未来の研究所の関係者か? それとも、その者たちと同じ、ドリ研部とやらなのか!?」

 

ドリ研部?

そう尋ねられて、カミナたちは鼻で笑った。

 

「ドリ研部じゃねえ! 俺たちは、麻帆良ダイグレン学園だ!!」

 

今こそ、始まる。

 

「おうよ! 麻帆良ダイグレン学園、先端帝王のキタン!」

 

叫んだカミナに続いて、キタンが叫ぶ。

それに続いて、駆けつけてくれた仲間たちが、次々と名乗りを上げていく。

自分たちが、誰なのかを!

 

 

「同じく、一撃必中のヨーコ!」

 

「同じく、疾風一閃のキッド!」 

 

「同じ、俊足旋風のアイラック!」 

 

「同じく、大胆不敵のゾーシイ!」 

 

「「同じく、暴走兄弟! ジョーガン・バリンボー!!」」

 

「「「同じく、キヨウ! キヤル! キノン! 純情激烈・鉄(くろがね)の三姉妹!!」」」

 

「お、同じく、・・・た、太陽光線のロシウ!」

 

 

頼もしき仲間たち。最後を締めるのは、当然この漢だ。

 

「そしてェ! 麻帆良ダイグレン学園・鬼番長! カミナ様だァ!!」

 

そして、彼らは叫ぶ。

 

あの言葉を。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「俺たちをォ誰だと思ってやがるッ!!」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

それが、シモンの感じた今日一番の迫力だった。

チコ☆タンも、グラゼンボーマも霞んでしまうほどの圧倒的な存在感だった。

 

 

「では・・・同じく、ニア・テッペリンです!」

 

「麻帆良女子中のザジ」

 

「ダイグレン学園のフェイトだ!」

 

 

笑いが止まらぬニアたちも、痛みを忘れて立ち上がった。

 

 

 

「いくぞ、兄弟! いくらなんでも、負ける気しねーだろ?」

 

 

 

カミナに肩を叩かれ、改めて周りを見る。

そうだ。

負ける気はしない。

 

 

 

「あ・・・ああ! 行こう、アニキ! みんな!」

 

 

 

今こそ、10倍返しの時間が始まった。

 



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第50話 あと二十年、あんかけスパゲティを食べて待て!

「麻帆良・・・ダイグレン学園? あれは確か・・・とことんなまでのバカの学校・・・入る勇気の方が、一流高校に進むより逆に難しいと言われる、あの? 未来の私が貴様らにコアドリルを渡しただと? 未来で私は何があった?」

 

アンスパに随分と貶されているが、ちっともムカつかない。

むしろ言われ慣れているし、こういう状況では褒め言葉にも聞こえてしまう。それほどまでに、シモンやカミナたちは自分が誇らしかった。

 

「しかし、私の血縁がそのように頭がワルイとは・・・」

「そこが俺の居場所なんだよ・・・父さん。それに、あそこはいい学校だ。ネギ先生っていう、尊敬できる人にも出会えたからね」

 

シモンがアンスパに父と言った瞬間、カミナたちはギョッとした。

 

「何ィ!? 父さん!? あのアンスパがか!?」

「ちょっとシモン! 一体どういうことなのよ!?」

「あのあんかけスパゲティ好きの変な奴がか!?」

「うん・・・俺にしか分からない・・・でも、確かにそうなんだ。あんかけスパゲティは父さんの大好物だったし・・・でも、何で今来たばかりのアニキたちが、アンスパを知ってるんだ?」

「ああ。まあ、色々あったんだが・・・メンドくせえ!」

 

細かいことを気にしなさすぎる。

 

「まあ、いいじゃねえか! シモンの親父だろうと、俺の兄弟分の敵は、俺の敵だ!」

 

結構重要なことを、あっさり切り捨てたカミナに、ヨーコは溜息つく。

 

「まったく、あんたたちは~」

「あれ、ヨーコさん。呆れてるように見えて、すごく楽しそうです」

「そう? まあ、私も結局バカなんだってことよ。タイムマシーンとか魔法がどうとか、もうイチイチ気にしてらんないわ」

 

ヨーコの言葉にジョーガンとバリンボーが地団駄を踏んで頷く。

 

「おう!」

「そうだそうだ! 大雑把な性格ならだれにも負けないぞ!」

 

相変わらず騒がしい。

 

「おおおい、それよりフェイト。テメエ・・・なんつう・・・」

「すっごい可愛い~」

「なんだよ~、私らより可愛いじゃんかよ~」

「これ・・・ネタに書ける?」

 

黒の兄妹たちも・・・

 

「たまんねーな」

「今年の学園祭は、百味も違うぜ」

「俺たちがまさか、こんな不思議体験できるとはよ~」

「は~。学園祭最終日だというのに・・・これでは、僕が何のために喫茶店のマネージメントをしてきたのか・・・」

 

ゾーシイやキッドにアイラック、そしてあのロシウまでもが武器を手に参戦している。

異常と言えば異常だった。

 

「すごいね・・・全員、ネギ君の仲間たちと違って、完全なる素人のはずなのに・・・こんなフザケタメンバーなのに、今なら神でも悪魔でも脅かせる気がするよ」

「そうですね・・・私も最初はどうかと思いましたが、この光景を見たら頼もしさしか感じません」

 

ケンカばかりの素人たち。

なのに、この頼もしさは何だ? フェイトとザジは身震いした。

 

「・・・で・・・結局誰なんじゃ?」

「ぬう・・・学生のように見えるが・・・」

 

分からないのは、テオドラとロージェノムだけ。

しかし、分からなくても、分かることはある。

二人とも、彼らが何者かは知らなくとも、頼もしさだけは感じ取れるはずだ。

 

「なんでも構わねえ! 麻帆良ダイグレン学園! でっけえ、ケンカの始まりだ!」

 

カミナの合図と同時に、彼らは動き出した。

行く。

熱き魂の塊たちが、怒涛のうねりを上げてアンスパに襲い掛かる。

 

「まったく・・・次から次へと・・・うざったいものだ!!」

 

だが、アンスパもまた・・・

 

「大志なき者どもが、邪魔をするなあああああああああああああああ!!!!」

 

麻帆良ダイグレン学園の魂の噴火に呼応して、アンスパの内に秘められた想いが解放される。

 

「来るぞ、みんな!」

 

冷たく、寂しく、何とも重い波動であることか。

 

「貴様らは、自分たちが何をやろうとしているのかを理解しているのかァ!! 己の罪にも気づかず、ただ闇雲に生きる貴様ら風情が私の道の前に立ちはだかるな!!」

 

アンスパは圧倒的威圧感を解放し、螺旋の渦をまき散らす。

 

「何が愛だ! 何が気合だ! 何が魂だ! 何が絆だ! 何が心だ! そんなもので乗り越えられる道理はない! 絶対的絶望の前にひれ伏すがいい!!」

 

アンスパが巨大な両拳を振り下ろす。一団全員叩き潰さんとする巨拳。

だが、その巨拳に立ち向かう螺旋力で強化された剛腕の二人が受け止めた。

 

「絶対的絶望がどうしたァ!」

「俺たちの胃袋の方が絶対的にデカいぞォ!」

 

ジョーガンにバリンボーだ。

 

「なにィ!?」

「何を驚いているアンスパ野郎!」

「気合だ気合だ気合だ!」

 

ジョーガンとバリンボーは、圧倒的な重さを持った拳を、自信満々の笑みを浮かべながら受け堪えた。

 

「うおお、やるじゃねえかよ、ジョーガン、バリンボー!!」

「さあ、私たちもやってやろうじゃない!!」

「おうっ!」

 

ジョーガンとバリンボーに続けとばかり、その武器と肉体に螺旋の光を纏わせた者たちが飛びかかる。

 

「さあ、いくぜ! アンスパ野郎! 未来のテメエからもらったこの、キッドナックル!」

「アインガンで!」

 

キッドは、如意棒のような武器を。アイラックはリボルバーを。

 

 

「「旋風ブラザーズ、その身で覚えておいてもらおうか!」」

 

 

アンスパの周りをグルグルと回りながら相手を翻弄し、螺旋の力を込めた攻撃をアンスパに与えていく。

 

「ぬううう、小賢しいわァ!!」

 

渦巻銀河の風が巻き起こる。うっとおしくまとわりつくキッドとアイラックを風で吹き飛ばし、宙に浮いた二人に背中にある二本の触手のような腕で貫こうとする。

だが、そこにタイミングよく飛び込んだのが、喫煙者のゾーシイだ。腕輪をはめた両腕から、音波の光線を出してアンスパの動きを鈍らせた。

 

「へっ、ビビッといきな!」

「ら、螺旋の超音波攻撃だと!? こんな武器まで・・・ぬうう・・・・・・・・うざったいわああああ!!」

「ぐおっ!?」

 

アンスパも好きにはさせない。音波攻撃の戒めを螺旋の渦で吹き飛ばした。

 

「螺旋の力を宿した武器を扱う程度で、螺旋族の我に届いたなどと自惚れるな! 所詮はただの学生どもが、この私を揺るがすなど思い上がりも甚だしいわァ!!」

 

ただ強いだけではない。絶対に負けられぬ信念がアンスパを支えていた。

 

「ごちゃごちゃ、言ってんじゃねええ!!」

「貴様か、青髪の男!」

「おうよ! 20年後ぶりだな、アンスパ野郎!!」

「くだらぬ! 散るがよい!」

「効かねえよ! 腑抜けたドリルじゃ、俺を貫けやしねえ!」

「ッ!?」

 

だが、己を支える強さならこの男も負けてはいない。

 

「未来のテメエは、んな目はしてなかった! うまくは言えねえが、今のテメエなんかよりもはるかに輝く目をしていたぜ!」

「貴様ァ、戯けたことをほざくなァ!」

「戯けちゃいねえ! 俺の言うことはバカばっかでも、嘘を吐いたことは一度もねえんだよ!」

「ぬうっ!?」

 

カミナの剣捌きと動きが冴えわたる。

 

「素人がこれほどの動きを・・・剣を媒体に発生している螺旋力を、既に使いこなしているというのか!?」

 

カミナはアンスパの四本にもなろうかという巨大な拳のラッシュを、剣一本で捌いていった。

 

「ナイス、カミナ!!」

 

発砲音が響いた。その瞬間、アンスパの額がブレた。

撃ったのはヨーコ。

 

「コアドリルの弾丸!? こんな武器を開発できるのは、やはり私しかいない!? 未来の私は何をやっている!? 何故、こんな奴らに武器を渡した!?」

 

次から次へと群がる螺旋の力。

 

「よそ見してんじゃねえ! うおおおおお、キタン必殺! 脳天地獄裂!!」

「鉄の~」

「三姉妹~」

「デラックスアターック!!」

 

例えアンスパが螺旋の渦で吹き飛ばそうと、次から次へと這い出していく。

 

「大宇宙ロシウフラッシュ!!」

「ぐおおおおお、目がァ!?」

「今です! みなさん!」

 

アンスパが突風なら、ダイグレン学園は荒波のごとく、何度も何度も押し寄せた。

螺旋の波が、次から次へとアンスパを侵していく。

 

「すごいです」

「僕たちも行くよ!」

「はい!」

「うむ!」

「ああ!」

「ふっ・・・・好機!」

 

その波に、シモンも、ニアも、フェイトもザジも、そしてテオドラもロージェノムも便乗する。

グランゼボーマは完全に怯み始めた。

 

「バカな! 何がそこまで貴様らを駆り立てる! お前たちのやろうとしていることは、地球の明日を滅ぼすことと同じことなのだぞ!」

「んだとォ?」

 

地球の明日が滅ぶ? そんな話を言われては、流石のカミナたちも動きを止めてしまった。

 

 

「そう・・・あんかけスパゲティの無い世界になってしまうのだぞ! それが分かっているのかァ!?」

 

「「「「「「「「「「ッなにィ!?」」」」」」」」」」

 

 

アンスパの口から語られる重大な・・・・

 

 

「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・別にかまわねえええええ」」」」」」」」」」

 

「貴様らそれでも人間かァァァ!?」

 

 

そうでもなかった。

 

 

「本来なら羽虫同然の生命である貴様らがここまで私と切迫できるのは、螺旋の力のおかげ。そして、その螺旋の力と対抗して並ぶのが魔道の力だ! 才能と訓練次第では身に着けることが可能な力。だが、過ぎた力は世界を滅ぼす。ゆえに、私の祖先は螺旋の力を血族の中だけに留めてきた。だが、魔法は何だ? 次から次へと生まれだす。真理だ究極だと知識欲に溺れた愚かな魔法使い共のあやま――――」

 

 

「話が長げえ!! つうか、もっと分かる言葉で言いやがれ!」

 

 

「何故分からぬ! これだから開き直ったバカどもほど面倒なものは無い!」

 

 

口論の余地など無かった。そもそも、何故アンスパとカミナたちが戦っているのかも、それほど深すぎる理由があるわけでもない。

あるわけではないのに、カミナたちは思った。どうしても負けるわけにはいかないと。

だからこそ、アンスパも思った。こいつらは気にくわぬと。

 

「つーか、テメエは頭が固すぎんだよ! 滅ぶから滅ぼすとかわけわかんねーことを! 極端から極端に行きすぎなんだよ!」

「極端などではない。研究者としての私が何度も計算し、シミュレーションしても未来は変わらぬのだ! 運命は決して覆らぬ!」

「それはテメエが決めるこっちゃねえだろうが!」

「この無知な下等種めが!!」

 

カミナは素人だ。ケンカ慣れしているとはいえ、フェイトやザジに比べれば強さの次元が違う。

だが、カミナといい、キタンもヨーコたちも、螺旋という一つの力を手に入れただけでは説明できぬ戦いぶりだった。

 

(ぬう・・・不可解だ!?)

 

アンスパは納得できなかった。

 

(いかに螺旋の力を手に入れようと、何故こやつらはここまで動ける!? 何故ここまで膨れ上がる!? 死が怖くないのか!? いや、それどころか・・・螺旋の力が更に馴染んで、動きがますます・・・)

 

まだだ。

引き上げられるようにカミナたちは力を増していく。

 

「俺とアイラックで陽動する! でっけえのを、アンスパ野郎に食らわせてやれ!」

「おう、相棒!」

 

生き生きと・・・

 

「ぬおおおおおおおお!」

「でっけえのだ! でっけえのだ! でっけえのだ!」

「おうよ! 任せろ、キッド、アイラック!」

「へっ、やってやろうぜ!」

 

猛々しく・・・

 

「いくわよ、アンスパ野郎! でっかいドリルをぶち込んでやろうじゃない!」

 

とめどない。

 

(まさか!? この力は!?)

 

アンスパはハッとした。

ダイグレン学園の底力を前に、アンスパは一つの仮説にたどり着いた。

 

(もしそうであるなら・・・この力にも納得できよう! だが・・・まさか・・・ッ!?)

 

だが、アンスパは己の中でその仮説を力づくで否定する。

 

 

「ありえぬ! 私は己の心を捨てた! この螺旋の化身の姿こそ、我が信念の証! そんな私と・・・貴様らの間で・・・」

 

「うおおおおおおお、シモンインパクトォォォォ!!」

 

「心を捨てた私と貴様らの間に、・・・ミックス・アップが起こるはずがない!?」

 

 

そんなことはありえない。だがありえないことを起こすのが彼らであり、ありえないことが起こるのが現実なのだ。

 

「ぬぐっ!?」

 

アンスパの胴体めがけて一直線にとんだシモンが吠え、ドリルという魂ごとアンスパに突き刺さった。

 

「バ、バカな!?」

 

つい数日前までは取るに足らない子供だった。だが、その子供が、とてつもない仲間たちを引き連れ、とうとうその魂がアンスパに届いた瞬間だった。

ありえない。

 

(螺旋の力と螺旋力だけではここまではいくまい・・・心まで揃って初めて発生する・・・・・・・ミックス・アップ。確かに・・・心は・・・だが・・・だが!)

 

だが、ありえるのかもしれない。アンスパは己の中で小さく笑った。

しかし・・・

 

「まだだああああああ!!!!」

 

 

アンスパの信念はまだ崩れない。

 

「所詮は我が信念の道に落ちる石ころに過ぎぬ!! それを教えてやろう!!」

 

黒い嵐が巻き起こる

際限なく圧縮された超高密度の重力場。

 

「吸い込まれるがよい! 貴様らの想いも魂も無限に収縮し、終わりなき闇の世界で永遠を過ごすがよい!!」

 

ブラックホール。

 

「野郎、なんつう力だ!」

「反則にもほどがあるぞよ!」

「まずいわ、このままじゃ吸い込まれるわ!」

 

全ての光を吸い込む大重力。

 

「させませんッ!!」

 

ザジが先頭へ出る。

 

「同じ螺旋の力なら引っ張り返します! ジオ・インパクト!!」

「ザジ!?」

「私が何とかします。だから皆さんは立ち向かってください!」

 

ザジが重力の力で、吸い込まれそうになったダイグレン学園を引っ張り返した。

 

「無駄だ! いかにコアドリルとはいえ、所詮はディバイス! 天然の螺旋エネルギーの前に敵うものか!!」

 

アンスパの作りだしたブラックホールの吸い込む力が強くなっていく。徐々にザジ一人では耐え切れぬほどの力。

だが、簡単に吸い込まれる気などさらさらない。

 

「ならば足りない分は・・・」

 

フェイトも・・・

 

「気合と!」

 

シモンも・・・

 

「愛で補うのです!」

 

ニアも・・・

 

「ヌシの示す絶望がどんなにデカくとも!」

 

テオドラも叫ぶ。

 

「気合と愛で世界を超える!」

 

カミナも、そして皆が一つになる。

 

「ブラックホールを作り出すのは奴の両腕・・・それを封じる! その役目、このワシが請け負った!!」

 

ロージェノムが咆哮した。

 

「堀田ァ!!」

 

背後からロージェノムが、アンスパを羽交い絞めにした。

サイズもパワーも本来違う両者だが、アンスパやシモンたちと共に戦っていたことが、彼の眠れる力を目覚めさせたのか、ロージェノムもオーラを身にまとい、肉体が大きくなっていた。

 

「貴様! ロージェノム!?」

「ふん・・・ワシをブラックホールへ押し込むのなら、貴様も道連れだぞ?」

「何故だ!? 貴様もあの小僧どもを信じるのか!?」

「あの娘があの男を信じろと瞳で訴えた。あの瞳・・・何故かワシの心と体を突き動かせた!」

「貴様が私に勝てると思うか! 消えろ!!」

「ふん、何を言っているのか聞こえんが、今なら、死しても本望!」

 

アンスパは体の周りに螺旋の渦を発生させ、ロージェノムを力づくで引きはがす。

 

「ロージェノム!?」

「今だァ! 堀田にくらわしてやるがよい!」

 

ロージェノムが身を切り刻まれてなお、己の意地にかけて、アンスパの隙を作った。

その、ロージェノムの意地に応えるためにも、シモンは頷く。

 

「アンスパ・・・いや、父さん・・・今、教えてやるよ」

 

シモンが呟いた。

 

「みんな・・・今さらだけどゴメン・・・俺と父さんのイザコザに巻き込んで・・・」

 

元をたどればテオドラ奪還のため。しかし、ここまで激しく大事になってしまったのは、シモンと堀田キシムという男のすれ違いから始まった。

どうせ仲間たちは気にしていないだろうが、改めて謝るシモンに、カミナはニッと笑った。

 

 

「いいってことよ。親だって人間だ。完璧なわけあるもんかよ! でもな、だからお前が居るんだろうが、シモン! ボケた親の面倒見るのは、ガキの仕事って決まってんだよ! 構うこたァねえ! やっちまえ! それが親孝行だ!」

 

「アニキ!」

 

「いくらでも俺たちが援護してやらァ! バカ親父の目を覚まして、時代を超えた親孝行をしてきやがれ!!」

 

 

行って来い。そして、一緒に行こうと、カミナたちの瞳が言っていた。

シモンはゴーグルを掻け、あの言葉を言う。

 

「みんな、アレをやるぞ!」

「待ってたぜ、兄弟!」

 

カミナが一番早く反応した。

 

「ふっ!」

「アレって言ったら、決まってるわね!」

 

皆もうれしそうに頷く。

 

「「「「「「「「「「合体だァァァァァ!!!!」」」」」」」」」」

 

手をつなぐ。

隣に居る者同士が手を繋ぎ、大きな輪を作る。

その輪の周りが緑色に輝く光の渦に包まれて、やがてその光は巨大なドリルとなった。

 

「バカな・・・貴様ら程度の意思が・・・これほどのエネルギーを生み出すというのか!?」

 

巨大な螺旋力を一つにまとめ、生み出すキーとなったのはシモン。

そう、シモンだった。

 

「貴様か・・・・・・シモン! お前はたった一人でそれほどの螺旋エネルギーを支配できるというのか!?」

 

アンスパは、初めてシモンの名前を呼んだ。

すると、シモンは否定した。

 

「支配じゃねえ!」

 

カミナが続く。

 

「応えたんだ!」

 

キタンも吠える。

 

「テメエに取っちゃっ闇雲に進むだけの俺たちの想いに・・・」

 

ヨーコも・・・

 

「魂の叫びに!」

 

ダイグレン学園たちが叫ぶ。

 

 

 

「「「「「ドリルが応えた!!」」」」」

 

 

 

これが己のやりたいように生きる者たちの力。

 

 

 

「いくぜ!」

 

「これが!」

 

「俺たちの・・・」

 

「僕たちの・・・」

 

「私たちの!」

 

 

合体で生み出された最強のドリル。

 

 

 

「「「「「「「「「「ギガドリル・ダイグレン学園スペシャルだァ!!!!」」」」」」」」」」

 

 

 

アンスパに向かって一直線に飛んで行った。

吹き飛ばされたロージェノムはその光景を瞼に焼き付けたまま、その場から退避した。

アンスパは?

 

「引かぬ・・・引いてなるものか!! 断じて退くものか!」

 

そして決着はついた。

 

「父さーーーーーん、歯ァくいしばれえええええええ!!」

 

長いようで短かった、時を超えたアンスパとの戦いは、いよいよ幕を閉じる。

 

「ぬう・・・・・これがミックスアップか・・・まさか、初めて経験するミックス・アップの相手が息子とはな・・・」

 

アンスパは最後の最後に、今までのような無機質ではない声で、口を開く。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・シモン」

 

それは、人間的な温かさのこもった声だった。

 

 

「私は心を捨て・・・一人で戦った。それが間違っていたとは思わぬ。だが・・・もし・・・もしお前たちと同じ時代で出会っていたら・・・」

 

目前まで近づくギガドリル。うねりを上げる巨大な魂の塊。

 

「・・・リミットは30年・・・なら・・・」

 

アンスパは決意した。目をカッと見開く。

その瞳は、虚無な瞳ではなく、未来に希望を見出した瞳だった。

 

「インフィニティ・ビッグバンストーム!!!!」

 

アンスパの両腕から発せられた光の嵐が、ダイグレン学園の強大なドリルを砕いた。

 

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」

 

俺たちを誰だと思っていると言い続けてきたダイグレン学園。

そう叫ぶことで己も仲間も奮い立たせ、相手を圧倒してきた。

アンスパの全エネルギーを放出した力。あまりの出力に、グランゼボーマモードを保てなくなったアンスパは、元の黒ずくめの姿に戻った。

だが、その結果・・・

 

「見事だったよ。しかし、ミックス・アップは互いの力を引き出す。ならば、お前たちの力が吊り上れば吊り上るほど、私もまた強くなる。そして何より・・・」

 

奮い立った心を集結させた合体を、完全に砕かれたのであった。

 

「私の通って来た道も・・・そこまで甘くは無かった。この結果は必然だ」

 

粉々に砕け散った、ダイグレン学園のドリル。

だが・・・

 

 

「・・・・・だっ・・・」

 

「ッ!?」

 

 

まだ・・・

 

 

「「「「まだだっ!!」」」」

 

「ッ!?」

 

 

まだ終わっていなかった。

 

「きさまら、まだ!?」

 

ビッグバンで四散したドリル。

しかし、爆発の光の中から飛び出してきた四つの影が、最後のあがきを見せ、アンスパへと飛びかかる。

 

 

「「「「うおおおおおおお!!」」」」

 

 

飛び出してきたのは、シモン、カミナ、ニア、そしてフェイトの4人。

一歩も引かぬ不退転の魂。

アンスパという天元めがけて彼らは飛び込んだ。

 

 

「「「「「ッ!!!!」」」」」

 

 

アンスパの顔面を打ち抜いた、シモンの拳。

 

「ぬぐっ!?」

 

カミナの、ニアの、そしてフェイトの拳がアンスパに最後の抵抗を見せたのだった。

アンスパは床に転がり、溜息ついた。

まさかこんなことになるとはなど、予想以上も通り越していた。

 

「・・・・・・まさか・・・これでも終わらぬか・・・人類の抵抗因子とは、これほどだというのかッ!」

 

大の字になって横たわるアンスパに、疲労困憊のシモンたち。だが、その目は決して死なずに、その両足は己を支えて立っていた。

 

「この魔法世界で・・・人類の抵抗因子を解析することができれば・・・そう思っていた・・・まさかその抵抗因子に、足元をすくわれるとは・・・」

 

アンスパが体を起こす。今改めてシモンたちを見ても、どこにでもいそうな普通の学生にしか見えない。

今でも軽く倒せそうだ。だが、それでも彼らは倒れないであろうと感じさせられるほどの何かを感じた。

 

「・・・この場は・・・もう、これで収めてやろう」

 

アンスパは、今にもフラフラで倒れそうな四人に向かって尋ねる。

 

「その代り、貴様ら・・・己の名を名乗れ」

 

今現時点でこの場に立っているのはわずか四人。彼らは互いを見合って、己の名を誇らしげに答える。

 

「シモン・・・・堀田シモンだ!」

「かみ・・・の・・・神野カミナだ!」

「ニア・・・ニア・テッペリン!」

「綾波・・・いや、フェイト・アーウェルンクスだ」

 

四人の名を聞き、アンスパはハッとする。

 

「か、神野!? さらに、テッペリンだと!?」

 

アンスパは予想もしていなかった名前に、度肝を抜かれた。

 

(そうか、この男が神野博士の・・・では、その娘は・・・まさか・・・ロージェノムの!?)

 

四人を見渡すアンスパ。今目の前にいる未来の子たち。彼らが一緒に居ることが、よっぽど信じられなかったのかもしれない。

そしてアンスパは、さらに聞く。

 

「そういえば・・・先ほど言っていた、ネギ先生とは・・・貴様が尊敬すると言った教師は誰だ?」

 

シモンはその問いに間髪入れずに答える。

 

「俺たちのクラスの担任。ネギ・スプリングフィールド先生だ」

「スプリングフィールド!? まさかサウザンドマスターの!?」

 

アンスパはシモンの言葉、そして今の目の前の光景、全てに対して震え上がった。

 

(バカな・・・つまり、20年後・・・私の息子に、神野博士の息子、ロージェノムの娘、サウザンドマスターの息子・・・そして・・・アーウェルンクスの人形までもが、同じ場所で同じ未来を過ごしているというのか!?)

 

シモンたちは今のアンスパが何を考えているのかは分からない。

これは、アンスパにだけしか分からぬこと。

シモンたちが当たり前のように過ごしていた未来の日々が、どれほどアンスパには考えられなかった未来なのか。

 

(そんな未来が存在するというのか!? 今では決して考えられぬような未来が、・・・そんな可能性が・・・ッ!)

 

アンスパは、決意した。

絶望に諦めた目ではなく、未来に可能性を見出したかのように、その目はキラリと光っていた。

 

「アーウェルンクスよ・・・私の思いは今も変わらない」

「堀田博士?」

「だが、残された時間で・・・何がどう変わるのかを、少しの間だけ見てみたくなった」

「ッ!?」

「そう、ひょっとしたら何かが・・・変わるかもしれない」

 

アンスパの言葉に、フェイトはやれやれと溜息ついた。

 

「何を急に・・・大体、何かとは一体なんなんだい?」

「決まっている。何かがだよ」

 

アンスパにしては曖昧過ぎる言葉。しかし、とてもその時のアンスパは爽やかに見えた。

 

「父さん・・・」

「アンスパ野郎?」

 

フェイトとアンスパが何の話をしているのかは分からない。だが、父と呼んだシモンの言葉を遮るように、アンスパは言う。

 

「20年後だ・・・」

「テメエ、どこ行きやがる!」

「ふっ・・・どこに? とりあえず・・・・・・20年後へ続く明日へな」

 

この言葉は、今倒れているダイグレン学園の生徒たちの頭の中にも響いた言葉だった。

 

「今度は・・・同じ時代で会おうではないか・・・・・・・・」

「アンスパ野郎!」

「父さん!」

「アンスパさん!」

「堀田博士」

 

それが崩壊した黒い猟犬のアジトの中で聞いた、アンスパの最後の言葉だった。

 

「今日の日を乗り越えたお前たちと・・・同じ時代で会ってみたくなった」

 

気づいた瞬間、アンスパの姿は闇の中へと吸い込まれて消えていた。

 

「それとシモン・・・まだ息子の居ない私に、父などと呼ぶなよな」

 

辺りやアジトの瓦礫をどれだけ探してもアンスパの姿は結局見つからなかった。

 

「行っちまった・・・結局・・・なんだったんだよ、シモンの親父は」

 

色々と交わしたい言葉があったシモン。

 

「シモン・・・」

「いいんだ・・・ニア・・・たぶん・・・今はこれで良かったのかもしれない」

 

だが、今はこれでいいと思った。

父とはきっとまた会える。絶対に会えると確信に近い思いがあった。

 

「ああ。20年後にまた会おう。父さん」

 

アンスパという社長が居なくなったことにより、シルチス亜大陸で名を馳せた黒い猟犬の本部は崩壊した。

残党が慌てて逃げ出したりしているが、そもそも組織の壊滅が目的でなかったシモンたちは無視した。

歴史の分岐点となるテオドラも奪還し、ロージェノムも耳の怪我の所為で自分たちを深く知って歴史のゆがみにかかわるようなこともなく、何より誰ひとり死なずに助かった。

 

後は気絶しているテオドラを、フェイトが言う歴史通りの場所へ連れて行けば、全てが丸く収まる。

 

これで長かった旅路も終わった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・かに見えた・・・

 



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第51話 ようやく帰って来た・・・・ぜ?

――シモン・・・歴史がヌシを覚えておらんでも、妾は決してヌシを忘れぬぞ・・・いつまでも・・・じゃから、いつか・・・

 

 

 

そこで、誰かが自分の名を呼んでいた。

 

「テオドラ皇女・・・」

 

自分を揺らす振動と、呼びかけられる声が聞こえた。

だが、体がだるく、正直まだ眠っていたい気分だった。

テオドラは、もう少し寝かせてくれとばかりに、体をよじらせた。

だが、起こしてくる相手もしつこい。テオドラが何度抵抗しようとも、何度も何度も体を揺らして起こしに来る。

 

「ぬう・・・」

 

しつこい。素直にそう思った。

テオドラの体はそれほどまでに疲れ切っていた。

シモンたちと一緒に黒い猟犬のアジトでアンスパとの死闘を繰り広げ・・・

 

「ッ!?」

 

その瞬間、テオドラは慌てて飛び起きた。

 

「シモン!? アンスパ!?」

 

そうだ。あれからどうなったのだ? 

合体というギガドリル。その技が砕かれた瞬間まではテオドラも覚えている。アンスパが最後に、20年後にまた会おうと言った言葉も覚えている。

だが、事の顛末が分からない。一瞬で頭が覚醒したテオドラが辺りを見渡す。

するとそこには、不思議そうな顔をしたアリカ姫が居た。

 

「おっ・・・おお・・・目覚めたか」

「ぬ・・・アリカ姫・・・? なんで・・・ここに?」

「いや、それは私のセリフじゃ。急にこの完全なる世界のアジトの一つ、『夜の宮殿』に削堀音がしたと思って牢獄の中を見渡したら、ヌシが居た。どんな魔法を使ったのじゃ?」

「な、なんじゃと?」

 

言われて気づいた。ここは確かに、黒い猟犬の牢獄の中などではない。

完全なる世界に拉致されたアリカ姫が居るということは、ここは完全なる世界のアジトの一つなのだろう。

だが、何故自分はここに居る?

 

「そうじゃ・・・シモンは!? シモンはどこにおる!?」

 

そうだ、シモンだ。

自分を救いに来てくれたあの男は、どこにいるのだとテオドラは尋ねる。

 

「シモン・・・とは・・・ひょっとして、この間の童か?」

「そうじゃ! 黒い猟犬のアジトから、妾を助けに来た勇者じゃ! 奴はどこにおる!」

「何を言っておるのだ? そもそもそなたに何があったのかを聞きたいのは、こっちの方じゃ」

「な・・・なんじゃと?」

 

目を開けたら、さっきまで居たはずの者たちが誰一人いなくなっていた。

 

「何を言っておる! シモンじゃシモン! ニアや、変な連中がいっぱいおったであろう!」

「だから何を言っておるというのだ。大体助けてもらったのなら、何故ここにおぬしが居るのだ?」

「そ、・・・それは・・・」

 

一体何があったのか? あの戦いはどうなった? シモンはどうした? 彼らはどうなった?

自分が生きているということは、多分彼らも生きているだろう。だが、自分を助けたはずの彼らは、何も言わず、何の言葉も残さずに消えた。

 

「シモン・・・」

 

テオドラは思い出す。そして、彼女の頭の中に一つの言葉が過った。

 

「なんじゃったか・・・よく分からんかったな・・・未来がどうとか・・・じゃが、たしか・・・・20年後がどうとか・・・」

 

アンスパが言った最後の言葉。20年後にまた会おう。

その言葉はダイグレン学園だけでなく、テオドラの脳裏にもちゃんと残っているのだった。

 

「いや、だがシモンは本当にどこじゃ! あやつは妾を命がけで・・・そして妾は共に・・・」

 

徐々に弱弱しくなっていくテオドラ。まるで一緒に居た仲間たちと自分一人だけ逸れてしまったような涙目になっている。

 

「シモン・・・シモンは・・・・シモン・・・シモン~妾のシモンはどこなのじゃ~」

 

ただ助かっただけなのではない。命がけで共に過ごした者たちが居た。それが何の前触れもなく、目が覚めたら居なくなっていたのだ。

テオドラのショックは計り知れなかった。

 

「テオドラ皇女・・・」

 

アリカも状況をイマイチ把握できず、落ち込むテオドラに何と声をかければいいのかを戸惑っていた。

だが、そんな彼女たちの元に、何かを壊す音が聞こえた。

それは二人が囚われている牢獄が破壊される音。

 

「「ッ!?」」

 

アリカはその音を聞いて、うれしそうな表情を一瞬見せた後、すぐに悟られないように平静を装う。

テオドラは「もしかして!」と期待に目を光らせる。

だが、外の世界の日の光を背負って、二人を救出に現れた男は、テオドラの望む人物ではなかった。

 

「いよう、来たぜ姫さん」

「遅いぞ、我が騎士」

 

ここから歴史は正しい道へと進むのだった。一人の皇女に、二十年間の喪失感と、実らなかった初恋の傷を背負わせながら・・・・

そして彼女は二十年経っても、未婚のままであるという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイト、これで良かったのか?」

 

「ああ。これで歴史は正しい道へと進む。テオドラ皇女ほどの高位の魔法使いに記憶操作は出来なかったけど、まあ、彼女はこれから忙しいことになるから、僕たちのことはすぐに頭から抜けるだろうね」

 

 

夜の宮殿という、完全なる世界のアジトの一つに殴り込み、囚われたアリカ姫を救出に現れた紅き翼を遠くでダイグレン学園は眺めていた。

戦いで気を失っていたテオドラを、シモンがドリルで夜の宮殿に地下から侵入して牢屋に置いてきた。もし紅き翼たちがたどり着くより遅くになってしまっていたら、歴史が変わる恐れがあった。

 

「ロージェノムは?」

「大丈夫。僕たちの顔は見られたけど、名前までは聞かれていない。タイムマシーンなんて存在を知らない以上、彼が昔共に戦った連中が未来から来た僕たちなどとは、夢にも思わないだろう」

「それは残念です」

「帰ったら聞いてみたら? ひょっとしたら、記憶の片隅に朧げに何かを覚えているかもしれないよ?」

 

ようやく懸念が一つ解消でき、フェイトはどっと疲れた溜息を吐いた。

 

「しっかし、歴史かよ。俺は日本の歴史も分からねえのに、お前は良くこんな世界の歴史を知ってやがったな」

「ほんと。テンションが落ち着いてみると、よくよく考えてみると私たちはとんでもないところに居るのよね」

「だな。どーせならちっと遊んでいきたいけどな」

 

とにかく興奮しまくって戦ったアンスパ戦の気持ちも落ち着いてきたカミナたちは、この未知の世界に目を光らせていた。

 

辺りを見渡しても、動植物を見ても、とにかく面白い。

これまでの経緯をシモンとニアから聞いて「お前らは四か月もこんな面白そうな所に居たのかよ!」と怒った。

辛いこともシモンたちにも確かにあったが、確かにこれはこれですごい経験をしたなと、今になって思うことができた。

 

「でよー、俺たちはどーすんだ?」

 

さて、それより落ち着いたところでどうするのだ? ゾーシイがタバコをふかしながら聞いた。

 

「そー、そー。もう帰るのか?」

「そうですね。僕もまだ魔法とか時間跳躍という技術を受け入れがたいですが、とにかくいつまでも居る場所ではありませんからね」

「か~、ロシウ。オメーは本当に頭が固いな」

「そーそー。私らもシモンたちみたいに遊んで帰りてーよ」

「いや、俺たち遊んでたわけじゃ・・・」

 

帰ろうと諭す組(ロシウとキノンのみ)と遊んでから帰ろうという組でハッキリと分かれた。

論理を組み立てて帰るよう説得するロシウに対して、キタンたちは遊園地から帰りたがらない子供のようにゴネタ。

そこで最終決定権は、カミナ。答えなど既に聞かなくても分かっているかもしれないが、カミナが軽く咳払いしてから皆に言おうとする。

だがその前に・・・

 

「とーぜん、のこ「帰ろう」ってあそ・・・ぶって、おおおおい!」

 

カミナの言葉をフェイトが冷静に遮った。

 

「おい、フェイ公! どーいうことだ!」

「カミナ。助けてきてもらっておいてなんだけど、やはりこの時代は僕たちがいつまでも居ていい場所ではない」

「あん? 何言ってやがる、この世に誰かが居ちゃいけない場所なんてどこにもねーんだよ」

「そういうのはキライじゃない。ただ、僕たちが元々来た時代に帰れなくなる恐れもあるからさ」

「?」

 

フェイトは事細かく順に説明した。

難しい話を永遠と。

まあ、とーぜん誰もがボケーッとした顔で聞いていた。

そして、話が終わって皆が一斉にロシウに振り向いて、「フェイトの言葉を翻訳してくれ」という顔で訴えた。

ロシウは少し顎に手を置きながら言う。

 

「恐らくは・・・タイムパラドックスのことですね」

「流石ロシウだよ。君だけでも理解してもらえて幸いだった」

「お・・・おおお・・・・さすがロシウ」

「おめー、化け物か?」

 

感嘆の息を漏らすダイグレン学園。

つーか、よくこれであのアンスパを退けられたなと、フェイトもザジも苦笑したのは言うまでもない。

 

「カミナさん。つまり僕たちが用も理由もなく遊んでいくと、僕たちの帰るべき世界がなくなっているかもしれないと、フェイトさんは言っているのです」

 

フェイトの言葉を簡単に要約するロシウ。

しかし、カミナたちは未だにブー垂れている。

 

「あ~~、なんだそりゃ? じゃあ、フェイ公たちは何で何か月もここに居たんだ」

「それが僕たちの仕方なかった理由。タイムマシーンの関係でね。でも、その問題も君たちが未来から持ってきた『天も次元も超えて会えちゃうマシーン』で解決した」

 

そう、フェイトたちはこの時代に居たくていたわけではない。全ては超の発明したタイムマシーンの事故。

そしてそれを使って元の時代に戻るには、膨大な魔力を必要とした。

この魔法世界に膨大な魔力が満ちる瞬間。その瞬間を狙って、フェイトとシモンとニアは毎日を過ごしていた。

だが、カミナやザジたちが来てくれたことにより、その問題は全て解決したのだった。

 

 

「アンスパが作ったというこのマシーン。ザジに聞いてみたところ、これには科学と螺旋力と世界樹の魔力を融合して作ってある。これなら、ワザワザこの世界に魔力が満ちる瞬間まで待たなくても、今すぐ帰ることができるはずだ」

 

「そうです。さらにこれには学園祭分の魔力とコアドリルに込められた螺旋力のエネルギーが相当詰まっていますので、後一回ぐらい20年の時間跳躍は可能です」

 

「すまん・・・フェイ公、ザジ公・・・」

 

「私たちに分かる言葉でね」

 

 

またもや全員がアホ面で首を傾げている。ザジは少し困ったように苦笑しながら、とりあえずこの言葉で話を締める。

 

「つまり、超鈴音の発明品より、未来のアンスパが作ったアイテムの方が気合があるということです」

 

それで皆は納得した。

 

「~ッ、さすがアンスパだぜ」

「ったく~、先に言えってんだ」

 

今度からは難しい理論は無しにしよう。フェイトたちが思った瞬間だった。

 

「まあ、要するに歴史がなんたらで、俺たちの居た未来が影響されて、そこに帰ってもそこはもう俺たちの居た世界じゃなくなっている。そういうことだろ?」

「うん。カミナにしてはよく理解できたね」

「はっはっはっは、俺を誰だと思ってやがる」

 

あまりよく理解できてはいないと思うが、話が長くなるのでフェイトもそれで良しとした。

 

「まあでも、遊んで帰りたい気もするけど、歴史云々を持ち出されちゃうとね~」

「っていうか、戦争の時代みたいですから不謹慎ですよ~」

「まあ、キノンの言うとおりかもね。さすがにそれを聞くと、遊んで帰りましょうってわけにも行かないか」

「ビビって帰るわけじゃねえが・・・」

「現代に帰って、世界が変わってるってのも嫌だからな」

 

原理は分からないが話の深刻さを感じ取った他の者たちも、どうやら渋々と納得し始めた。

まあ、こればかりはそこまで意地になるほどのことでもないというのが彼らの思いだった。

 

「うん、俺もこの世界の人には色々とお世話になったけど・・・」

「帰れるときに帰るのは、良いことだと思います」

 

シモンとニアもそれなりにこの世界に思い入れもあったが、4か月ぶりに元の時代と世界に帰れるという気持ちの方が大きかった。

 

「カミナ・・・・君もそれでいいかい?」

 

皆は帰ることに納得した。ならばあとはカミナだけ。フェイトが尋ねると、カミナも頭をポリポリかきながら、皆と同じように同意した。

 

「まっ、しゃーねーな。遊びの続きは学園祭でやるか」

 

じゃあ、帰るか。

一度帰還が決まると、皆も急に笑顔になった。

 

「よしっ、じゃあ皆。マシーンを前に」

「おっ、そうだ。人数分ちゃんとあるらしいからよ。ほれっ、未来のアンスパからだ」

「ちょっ、一人一人にあるのかい? 仮にもタイムマシーンじゃ・・・そんなに大量に作れるものなのかい?」

「みたいよ? 未来のアンスパ曰く一度に大量に作るのは大変だったみたいだけど、『ジェバンニが一晩でやってくれるジュース』とあんかけスパゲティが有れば、何でもできるってさ」

「・・・随分とキャラが変わってないかい?」

 

世界最大の発明家の名声すら軽く手に入れられそうなタイムマシーンという発明品が、随分とチープな価値になってしまったものだ。

だが、シモンはそんなことよりも、未来のアンスパということの方が気になった。

 

「ねえ、未来のアンスパって・・・ヨーコ・・・」

「ああ・・・そういえば、今にして思えば私たちってシモンのお父さんに会ってたのよね」

「だな。学園祭の仮装かと思ってたけど、あの黒ずくめは昔からのスタイルだったんだな」

 

そうだ。未来に居たアンスパ。あれが死闘を繰り広げたアンスパの20年後の姿で、シモンの父親なのだ。

 

「あの恰好は変わっていませんでした。でも、性格は中々面白そうな方でした」

「だよね~、だから私たちも最初は同じ人なのかなっ? って思ったんだから」

 

聞けば聞くほど死闘をしたアンスパのイメージからかけ離れる。しかしシモンにはその方が納得できた。

 

「うん、父さんだよ・・・そういうの・・・」

 

シモンは涙が出そうになった。

どうして父が自分を置いて行ったのかは知らない。だが、まさかあんなに近くに父親が居たとは思っても居なかった。

 

「もうすぐ会えます。私も、未来の義父さまに会うのがとても楽しみです」

「・・・うん!」

 

そうだ、もうすぐ会える。その気持ちの方が大きかった。

 

 

「だな! よ~っし、それじゃあちっと早えかもしれねえが、アンスパと20年ぶりの再会と行こうじゃねえか!」

 

「「「「「おおおおおおおーーーーー!!!!」」」」」

 

 

いつの間にかこの世界で遊ぶよりも、アンスパと会いに行くことの方が重要になった。

正直皆が楽しみだった。最初に会ったときは知らなかった。だが、自分たちはもうアンスパを知っている。

一体どういう形の再会になるのかが楽しみで仕方なかった。

 

「じゃあ、帰ろう! 僕たちの時代へ」

 

皆が「天も次元も超えて会えちゃうマシーン」を一斉に掲げて発動させる。

その場が緑色の光に包まれて、皆が宙に浮かび上がる。

そう、帰るんだ。ああ・・・自分たちは居るべき時代と世界へ帰れるのだ。

誰もが・・・この時は、誰もがそう思っていたのだった。

 

 

「うおおおおおおお、俺たちはーーー!」

 

 

魔法世界の荒野と打って変わって、西洋の文化の混じった都市の作り。

幾多の仮装集団やドラゴンと恐竜のオブジェが移動していることで、一瞬まだ魔法世界なのかと勘違いしそうになったが、この賑やかな祭囃子に、何よりいつも慣れ親しんだこの場所は忘れるはずもない。

 

「麻帆良学園!」

「帰って来たぜーーー!」

 

過去への旅行を体験し、カミナたちは再び自分たちが居るべき場所へと戻ってきた。

 

「ま~、たしかにもうちょっと居たかったけど、楽しかったわね~」

「ほんとほんと」

「なあ、私たちがいきなり現れたのをビックリして、みんながざわついてるぜ」

「へっ、な~に見てんだよクラァ!」

 

カミナたちにとってはつい先ほど振り。

だが、ニアやフェイトたちにとっては四か月ぶり。

久しぶりに帰って来たこの世界のこの時代に感無量。

 

・・・・と行きたいところだったのだが・・・

 

「あの・・・シモンは?」

 

 

ニアの言葉に一同固まった。

 

 

「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」

 

 

何と、全員帰って来たと思ったら、そこにはシモンの姿だけが無かったのだった。

 



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第52話 20年の恩返し

「うおおおお、空間がぐにゃぐにゃして・・・っていうか、みんな逸れちゃったけどどうして・・・」

 

 

妙な空間で漂っているシモン。

普通にみんなと一緒に帰れると思っていたら、まるで時空間の狭間のような場所で宙を漂っていた。

一体何があったのか? そう思って不意に『天も次元も超えて会えちゃうマシーン』を見て見ると、なんと・・・

 

「ああああーーー、ヒビが入ってるゥゥゥ!!?? なんでェ!?」

 

まるでマシーンは、過剰なパワーに耐えきれずに破損したかのようにヒビ割れていた。

その原因は後々わかることになる。

コアドリルから発せられる螺旋力。学園祭の世界樹の膨大な魔力。全ての膨大なエネルギーをため込んだマシーンを、己の内に計り知れぬほど膨大な螺旋力を秘めさせたシモンが扱う。

フェイトやザジのように魔力をコントロールできれば話は別だろうが、シモンにそこまでの技術は無い。

それはエネルギーの出力にマシーンが耐え切れなかったと言われれば、仕方のないこと。

何より、大量生産で未来のアンスパが一晩で造れる程度の物に、そこまで求めるのは酷であったのかもしれない。

 

「やばい・・・漫画でも良くあるけど、こういう場所に閉じ込められたら、そのうち永久に出られなくなるんだ!」

 

シモンはビビる前に、辺りを急いで見渡す。

 

「なら、ぶち破る! このままこんな終わりなんかしてたまるものか!」

 

シモンはドリルを取り出した。アンスパと戦っていた時を想いだし、内にある螺旋の力を解放する。

ここは、壁も床も天井もない世界。

だが、とにかくシモンは突く。

穴よ開け。

どこでもいいから、時限の穴よ開けと、何もない空間を突きまくった結果。

 

「あっ!?」

 

手ごたえがあった。

何もないはずの空間にヒビが入った。

そのヒビは、空間全体に広がり、やがてボロボロに落ちる。

このひび割れた世界の向こうに何があるかは分からない。だが、自分は必ずみんなの元へ帰って見せるとシモンは誓った。

その瞬間・・・

 

「ぶはえあああああああああ!?」

「・・・あれ?」

 

未知の世界へ飛び出したシモンは、初っ端に何かを踏みつけた。

辺りを見渡すと、建物の中のようだが、まるで大決戦を繰り広げていたかのようにボロボロだった。

そしてシモンは下を見る。

すると、何とシモンは両足で人の頭を踏みつけていたのだった。

 

「わああああああ、ごめんなさいいい!」

 

シモンは慌てて飛びのいた。

どこの誰だか知らないけど、これは明らかに自分がワルイ。

とにかく急いで降りて、深々と頭を下げた。だが、そんなシモンの耳に、横から聞いたことのある声が聞こえた。

 

「シ・・・シモン・・・くん?」

「えっ?」

 

シモンが顔を上げて振り返ると、そこには予想外の人物が居た。

 

「クウネル・・・じゃなくって・・・アル?」

 

そこに居たのは、紅き翼の一味の、アルビレオ・イマ。

 

「アル!? どうしてここに・・・って、どうしたんだよ、その怪我!」

 

さらにアルは傷だらけであった。壁際に寄りかかりながら、傷口から血が流れ落ちていた。

かなりの重傷のようだ。

 

「ふふ・・・どうして君がここに・・・? いや、まあ私の怪我は、今あなたが踏んづけた相手との戦いで・・・」

「俺が踏みつけた?」

 

シモンは、自分が踏みつけたものを見る。よーく見ると、誰かに似ているような気がした。

そしてその者はワナワナと震えながら、怒りをあらわにして立ち上がる。

 

「どこの誰だァァァァ! この私を足蹴にするとは、いい度胸ではないかァ!」

 

それは、ここ最近見た人物だった。

 

「お前は・・・デュナミス!」

「ぬっ・・・きさ・・・きさまは・・・キィサァマァハァ! シィモォォン!!!!」

 

どうやらアルと死闘を繰り広げている最中だったのだろう。デュナミスも相当の手傷を負っている。

だが、彼はシモンの姿を見た瞬間、これまでの傷など忘れてしまったかのように、元気な怒りを爆発させた。

 

「ハァッハッハッハッハッハッ! また会える日を楽しみにしていたぞ、この男の敵めがァ!!」

 

デュナミスの視線に、アルの姿はもう居なかった。

それどころか、積年の恨みを持った少年の姿に感動しているようにも見えた。

 

「シモン君・・・知り合いですか? それより、どうしてここに?」

「俺もよく分からないけど、ドリルで掘り当てたらここに居た。アル・・・この状況を簡単に説明してくれ」

 

意味が分からない。つい先日にボコボコニされて、ボコボコにしたデュナミスと、奇妙な縁で出会ったクウネルことアル。

一体何がこの状況を作り出しているのか?

アルは溜息つきながら、話をする。

 

 

「ここはオスティアに位置する『墓守人の宮殿』です。我々は総力を結集し、完全なる世界との最終決戦に乗り込み、敵の幹部と我々が一騎打ち。あのデュナミスという男を私が請け負い、一進一退の攻防のさなかに、あなたが登場したというところです」

 

「えっ・・・オスティア?」

 

 

シモンは「あれっ?」と思う。そう、そこは確かフェイトが帰る目標として定めた場所。

 

(それに、最終決戦て・・・)

 

そして、フェイトが定めた日。

元の世界へ帰れるチャンスがある時でもあった。

シモンは慌ててグレンウイングを見る。すると、グレンウイングの窪みにピッタリと装着されている、超鈴音の懐中時計が光り輝いていた。

 

(超のタイムマシーンが動いている! そうか、今はフェイトが言っていたように、魔力っていうのがこの場所にいっぱいあるんだ。これなら、これを使えば帰れる!)

 

シモンは心の底から安堵した。ひょっとしたら自分はとんでもない状況に陥ったのではないかと錯覚したが、自分にはまだツキがあった。

これなら帰れると、戦場に居ながらシモンは完全に気を取られていた。

そのため・・・

 

「何を余所見しておる!!」

「シモン君、危ない!!」

「・・・えっ・・・」

 

一瞬の出来事。影の触手がシモンに襲い掛かる。

だが・・・

 

「ぐうううう!?」

 

その触手の刃は、シモンをかばおうと盾になったアルに突き刺さったのだった。

 

「ア・・・・アルウウウウウ!?」

「はっはっはっはっはっは、これは一番面倒な奴が勝手にやられてくれたではないか!!」

「アル、アルッ! アルッ!?」

 

無数の触手が肉体を貫通したアル。響き渡るアルの苦痛の叫びと、シモンの叫び。

そして、デュナミスの高笑い。

 

「アルッ!?」

 

アルは何度呼びかけてもグッタリとしていた。

シモンは取り乱した。

自分の所為だ。

 

「アル・・・」

 

戦争中なんだ。

今は、世界の行く末をかけて、皆が命がけで戦っているんだ。

そんなことを忘れて、自分だけ平和で安全な時代と世界へ帰れることに油断した結果、取り返しのつかないことになってしまった。

だが、そんなシモンの涙がゆっくりと拭われる。

 

「そんな・・・・顔を・・・しては・・・ダメ・・・ですよ・・・シモン君」

「アルッ!」

「あなたには・・・男として守らねばならぬ人が居ます・・・・そんなあなたが・・・・泣いていてはダメですよ」

 

アルは笑っていた。拷問のような痛みに一切の苦しみの表情を見せず、笑ってシモンに語りかけていた。

 

「例え・・・私がやられても、私の仲間が居ます。私が負けてもきっと彼らは勝ちます。私は・・・それでいいのです」

「・・・・アルッ!」

「さあ、急いでこの場から立ち去るのです。デュナミスも・・・人間のあなたを殺すこと・・・は・・・・ぐっ!?」

「アルッ! しゃべっちゃダメだ! 傷が!?」

 

アルの傷は深い。血がどんどん溢れてくる。

こんな場所にいつまでも置いていたら、どうなるかなどシモンにも予想がつく。

そして何よりも・・・

 

「はっはっはっは、バカめ! 大のために小を捨てられぬ英雄め! だから甘いというのだ! 非情になれぬ貴様らに、世界は背負えぬ!!」

「ッ!?」

「民衆にちやほやされ過ぎて、為すべき大義を忘れた愚か者よ!」

 

この、アルを侮辱する言葉を聞いていつまでも・・・

 

「ふっ、シモンとやら。あれほど殺してやりたいと思った貴様に感謝したいぐらいだよ。おかげで私は――」

「黙れ」

「ッ!?」

 

いつまでも、黙っていることができるはずがない。

 

「なんだと? 聞かなかったことにしてやっても良いぞ?」

「シモン君、やめなさい! 逃げるのです」

 

そう、黙っていられるわけがない。シモンは立ち上がる。

 

「だったら聞こえるように言ってやる。黙れっつったんだよ! そして俺は、逃げない!!」

 

ドリルを構えて。

 

「小さな命を気遣うことのできるアルを、・・・お前なんかが・・・お前なんかがバカにするなァ!」

 

シモンは吠えた。

 

「シモン君!?」

「ふふふふ・・・はっはっはっはっはっ、笑わせる! 貴様一人に何ができるというのだ?」

 

デュナミスはおかしくて笑った。

 

「前回貴様にやられたのは、アリカ姫とテオドラ皇女、そして綾波フェイと黒ニアという者たちが居たからにすぎん。貴様一人は私に地獄を見せられたことを、もう忘れたのか?」

 

そう、デュナミスの言っていることは間違っていない。

前回の戦いは、頼もしい仲間が居たからに過ぎない。

そして今は、アンスパとの激戦を乗り越えたカミナたちも居ない。

ある意味今のシモンは、この世界に来て初めて、たった一人になってしまったのだ。

 

「そんな貴様に何ができる!! この私を侮るのもいい加減にするのだな。今度こそ、取り返しのつかぬダメージを与えるぞ!」

「いけない! シモン君!?」

「はっはっはっは、深き闇に落ちるがよい、愚かなる者よ!」

 

デュナミスが襲い掛かる。味方の居ない孤立無援のシモンに何ができる?

シモンはドリルを構える。

 

「無駄だ! 以前、指一本で止められて砕かれたのを忘れたか!」

「それは・・・何日も前のドリルの話だ」

「それがどうした! たった数日で何かが――」

「俺には一分でも時間があれば、十分なんだよ!!!!」

 

シモンはデュナミスの腹部にドリルを突き刺した。

 

「ッ!?」

 

威力も衝撃も、何よりも感じる力がデュナミスの予想を遥かに超えた。

 

「なにィ!?」

「シモン君!?」

 

アルですら驚いた。初めて会ったときは、ただの学生でしかなかったシモンがしばらく見ない間に、完全なる世界という世界最強クラスの組織の幹部を、壁際まで吹っ飛ばしたのだ。

呆気にとられるアル。

 

「思い出すよ・・・」

「えっ?」

 

すると、アルに振り返りながら、シモンが言う。

 

「また・・・アルに助けてもらっちゃったな」

 

シモンの言葉に、アルは首を傾げる。

 

「また? それは初めて会ったとき、ナギたちと一緒に居た時のことですか?」

「いや、それもあるけど・・・もっと前・・・いや、歴史的に言えば20年後の話かな?」

「はい?」

 

シモンは思い出す。

ニアがロージェノムに連れ去られ、武道大会でニアを賭けてロージェノムと戦う前のこと。

ガチガチだったシモンの前に現れたローブを羽織った謎の人物。その名はクウネル・サンダース。

 

「アル。心配するな。俺は自分を信じてるよ」

「シモン君?」

「例え、ニアやアニキたちがこの場に居なくたって・・・あいつが、どんなに強い奴だって関係ない!」

 

彼こそがアルだった。彼はシモンに言った。

 

 

――あがきにあがいて、自分が信じる自分を信じなさい。それが絶望に勝つ唯一の方法です

 

「あがきにあがいて、自分が信じる自分を信じる。それが絶望に打ち勝つ唯一の方法だ」

 

 

その言葉は、アルが教えてくれた。

 

「アルが俺に教えてくれたんだ・・・その魔法の言葉を・・・俺は魔法世界って所に来てみたけど、あの言葉以上の魔法を今でも知らないよ」

「・・・シモン君・・・きみ・・・は・・・」

 

あの言葉があったからこそ、自分はロージェノムに勝ったと言っても良い。

だからこそ・・

 

「今度は俺がアルを助けるんだ。20年分の想いをこめてな」

 

やってやる。たとえ一人でも。自分が信じる自分を信じてやり抜く。

それが、自分をかばって傷ついたアルへ、報いることだと信じたのだ。

 

「バカが・・・私と・・・タイマンをしようというのか?」

 

デュナミスが鼻で笑いながら近づいてくる。だが、今に笑えなくさせてやろうと、シモンは叫ぶ。

 

「俺を誰だと思っている」

 

シモンは自分の心を掘り抜いた。

そして誓う。

 

「待ちなさい、シモン君!?」

「待ってるだけの男には絶対にならない!」

 

アルに、仲間に、そして・・・

 

(父さん、・・・今の俺が20年後の父さんに再会しても、何も変わってないと思う。でも、どうせ会うなら少しは成長していたい)

 

約束した父に誓う。

 

(この壁を乗り越えて、父さん・・・俺は、父さんに会いに行く!)

 

シモンは走り出した。たった一人でも、その背中と胸の中に、数えきれないほどの絆と想いを掲げて。

 

「ハッ、たった一人で何ができる!」

「何でもできるさ! 俺は俺だ! 穴掘りシモンだ!!」

 

デュナミスとシモンが交差する。

 

「よかろう! 積月の恨み! 今こそ晴らしてやろう!」

「来やがれ、デュナミス! アルが仲間の元へ行く道は、俺が創る!」

 

この瞬間、シモンの20年前の魔法世界、最後の戦いが始まった。

 

「俺の覚悟を見せてやる!!」

 

この戦いの結末が・・・

誰も予想できなかったことになる・・・

シモンもデュナミスもまだ、分からなかった。

 



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第53話 因縁上等!

「シモンは大丈夫です!」

 

祭りで賑わう学園広場。

過去から帰ったダイグレン学園は、世界樹広場を陣とっていた。

 

「ニア・・・そうね・・・あいつは大丈夫よね!」

 

 

過去から帰った一同。しかし、シモンの姿だけなかった。

事故か、機械の故障か? 理由は分からない。ただ、シモンの安否を気に掛ける仲間たちの中で、一番最初にそう叫んだのはニアだった。

その言葉に、皆が頷く。

そうだ、シモンなら大丈夫だ。

 

「私は、シモンが帰ってきて、お帰りなさいを言うために、ゴハンを作って待っています」

 

どこまでもシモンを信じるニア。そして仲間たち。

その想いはきっと、声の届かぬ時限の違う空の下に居るシモンにも、届くであろう。

 

 

 

 

 

「この私に、これまで戦いを挑んだものは数知れず。しかし、あれほどの力の差がありながら、再び挑んで来るものは初めてだ」

 

完全なる上から目線で見下す姿勢を崩さないデュナミス。

 

「偉そうに言うなよ。お前、俺に負けてるじゃないか」

「ふん。お前にではない。まあ、これ以上は言い訳に聞こえるかもしれんが・・・あんなものは不意打ちに過ぎない」

「なに?」

「私が取り乱して驚いている間にやられた。こうして冷静に正面から対峙していれば貴様なんぞ・・・」

「なめんじゃねえよ!」

 

シモンのドリルの突進。デュナミスは影からの触手を幾重にも伸ばして迎え撃つ。

本来ならこれで蜂の巣だろう。だが、シモンのドリルはいともたやすく触手の群れを削りながら進んでいく。

 

「むっ」

「くらえッ!!」

 

先ほど不覚に食らったドリルの一撃。その時のことがデュナミスの脳裏によみがえった。

まともに食らうのはまずいと本能的に感じ取った。

案の定、デュナミスが交わしたシモンのドリルは、轟音響かせて強固な宮殿の壁に大きな亀裂を入れた。

それだけで威力がすぐに分かる。

 

「こいつ・・・いつの間にこれほど腕を上げた・・・」

 

完全なる世界の幹部、デュナミスはシモンを図りそこなっていた。

殺す殺すと息巻いていたが、予想よりシモンが遥かに上を行く腕と動きを見せたことが、デュナミスに冷静さを与えていた。

 

「グレンブーメラン!」

 

距離の離れた相手に、ブースターを搭載したグレンウイングを投げつける。

ジェットエンジンで加速したグレンウイングは、デュナミスの影の触手を次々と切断していき、どこまでもデュナミスを追いかける。

 

「ちっ・・・・ふんぬァ!!」

 

魔力の塊を全身に纏って、デュナミスも早々と本領発揮の姿を見せる。

以前シモンたちの前で見せた、巨漢のパワー型のバトルモードだ。

力づくでグレンウイングのブーメランを弾き返した。

 

「なるほど。少々気を引きしめてやらんと、こちらが危なそうだな」

 

指の関節を鳴らしながら、戦場の殺意を放つデュナミス。

だがシモンも、以前のようにデュナミスのプレッシャーに震えていたころとはわけが違う。

 

「俺は最初っからマジメだぞ」

「ふん、教えてやろう。マジメと真剣の差をな・・・」

「なに!?」

「見せてやろう! 光あるところには影がある! これぞ私の本領発揮だ!!」

 

デュナミスの足元の影から這い出す影の化け物たち。

 

「ドッペルゲンガーたちよ!」

 

だが、今さらこの程度のコケおどしはシモンには通用しない。

 

「そんなもんは見飽きた!」

「ふん、それは勇ましいな」

 

シモンは次々と影の化け物たちをなぎ倒す。数はそれなりに多いが、一体一体はそれほど強くは無い。

今さらこんなもので何になるというのだ?

しかし、デュナミスは不敵に笑った。

 

「技を知っているのと、技の応用を見切るのは・・・意味が違うことだぞ!」

「なにっ!?」

 

デュナミスが指を鳴らす。その瞬間、影戦士たちが破裂して無数の蝙蝠となった。

 

「これはッ!?」

「影を自在に操れる! すなわち、形も自在に操れるということだ! 的の小さい蝙蝠を、そんなドリルで全ては落とせまい!!」

 

四方八方から無数の蝙蝠が襲い掛かる。

視界を完全に覆う数は、ドリル一本では退けられない。

だが・・・

 

「道はどこだろうと創って、掘り抜けるさ!」

 

シモンは床にドリルを刺して、地中へ回避した。地上がダメなら地中。シモンならではの発想だ。

しかし、デュナミスはそれを待っていたとばかりに飛んだ。

 

「バカめ。もはや貴様のやろうとすることなど、すべてお見通しだ!!」

 

デュナミスは右拳を高らかと掲げながら、フロアの中心に向かって狙いを定める。

 

「まずい! 床を崩落させてシモン君を生き埋めにする気か!? シモン君!」

「おそい!」

 

デュナミスの強靭な拳が振り下ろされ、彼らが戦っていたフロアの床が崩落する。

 

「虚空影爪・貫手!!」

 

その破壊力は、現時点のシモンのドリルよりもはるかに上。

床下へ逃げたはずのシモンを床ごと生き埋めにしようという大胆な技だった。

崩落で生き埋めの恐れが出てきたシモンに、アルの緊張が走る。

 

「シモン君!」

 

だが、下の階に落ちた瓦礫の中から、ボロボロになりながらも瓦礫をかき分け、ドリルを翳して現れたシモンに、今度は安堵の息を漏らした。

 

「くっそ~、あいつ・・・何てメチャクチャな事を・・・」

 

瓦礫が頭に当たったのか、少し体がふらつく。だが、シモンは意識をはっきりとさせて、辺りを見る。

すると・・・

 

「なっ!?」

 

シモンの足元に黒い影が絡み付いて、身動きが取れなくなった。

 

「瓦礫の中や地中は影の宝庫。これしきでお前がくたばるとは思ってはいない」

「体が!?」

「常に先手先手に手を打っておく! これがプロフェショナルの戦い方だ!!」

 

体の身動きが一切取れずに、回避不能。

 

「さあ、逃げ場はもうない! 死ぬがよい!」

 

デュナミスが両腕を同時に振り下ろす。まともに食らえば、シモンの原型は留めないであろう。

しかし、シモンは誓った。俺は逃げないのだと。

最初から逃げるつもりはないのだから、別に構うものかと開き直る。

 

「じゃあ、お前も覚えておけ!」

「ぬっ!?」

「とにかく立ちふさがる壁を片っ端からぶっ壊す! それがダイグレン学園のケンカの仕方だ!!」

 

シモンの掲げたドリルが、シモンの意思に呼応して巨大化した。

 

「なっ!?」

 

今なら何でもできる。まるで覚醒したかのようにシモンの内から、螺旋の力があふれ出した。

 

「ギガドリル・アッパーカウンター!!」

「ぐぼはあああああ!?」

 

デュナミスが胃液を大量に吐き出した。貫通するまでには至らなかったが、巨大なドリルをカウンター気味に腹部に叩き込まれたのだ。

考えただけでもゾッとする。

 

「ぐぬ・・・きさまァ」

 

デュナミスが怯んだことにより、シモンを封じていた影の戒めが解けた。自由になったシモンは、追撃にかかる。

 

「デュナミス、トドメだ!」

 

だが、デュナミスも一筋縄ではいかない。

 

「させぬ! 影玉!!」

 

影の球体が、まるで弾丸のようにまっすぐシモンに襲い掛かる。

そして、そのうちの一つがシモンの手首を打ち抜いて、シモンの手からドリルが弾け飛んだ。

 

「ちっ、ドリルが!?」

「ふっ、これで貴様はただの小僧だ!」

 

デュナミスも、シモンの力の源がドリルだと見抜いていた。だからこそ、ドリルを失ったシモンなど恐れるに足らずと不用意に飛び込んだ。

だが・・・

 

「その手はくわねええ!」

「しまっ!? ぐはっ・・・貴様にはそれがまだ・・・」

 

デュナミスの拳と交差して、デュナミスの顔面に深々と突き刺さるシモンの拳。

デュナミスも何度もくらっていたのに、すっかり忘れていたシモンのクロスカウンターだった。

 

(ま、まずい・・・奴の二撃に、アルビレオとの戦いの傷が・・・)

 

デュナミスは思わず一瞬膝をつきそうになった。実はシモンとの戦いの前に受けた、アルからの傷が彼を蝕んでいたのだ。

だが、言い訳はしない。一度受けた戦闘に、そのような言い訳を持ち込むのは情けないからだ。

しかし、それで負けるのはもっとみっともない。

そう思ったとき・・・

 

(負ける・・・この私が?)

 

デュナミスの中で、何かが吹っ切れた。

 

(こんな小僧が死すら恐れず私に刃向うというのに・・・世界の未来を背負う私が・・・・私が!)

 

その瞬間、デュナミスもまた己の限界を超えた。

 

「この私を誰だと思っている!!」

 

薙ぎ払うような一撃が、シモンを吹き飛ばした。

 

「ぐああああああああ、首が・・・へし折れそうだ!?」

「調子に乗るな小僧! 我こそは完全なる世界の大幹部、デュナミスだ!! 貴様のような地べたを這いずる小市民とはランクが違うのだ!」

 

それは、一瞬目の錯覚かとアルも勘違いした。手負いを負ったはずのデュナミスのボディが、先ほどまでより巨大化しているように感じた。

 

(バカな! あの男、もう限界だったはず。それにシモン君の力も不可解だ。一体・・・どういうことなのです!?)

 

二人の戦闘レベルは、紅き翼の英雄アルビレオ・イマからすれば、大げさなレベルではなかった。

だが、戦いの内容はわけが分からなかった。

 

「さあ、そんなに地中が好きなら星の核に届くほど奥深くに、貴様を叩き落としてやろうか!」

「それがどうした! 丸い星なら地中を掘り続けば、いつか必ず反対側の地上に飛び出す! 俺を閉じ込められる地中なんかあるもんか! 地中も空も天の向こうも、俺は必ず掘り抜ける! だからお前も必ず掘り抜ける!」

 

デュナミスの魔素を大量に注ぎ込んだ拳とシモンの螺旋力を大量に注ぎ込んだコークスクリューパンチ。

腕力ではデュナミスに分があっても、技の貫通力ではシモンが勝る。

五分の打ち合いは、互いを後方へ弾き飛ばし、弾き飛ばされた二人はすぐに立ち上がって目の前の敵に殴り掛かる。

 

(シモン君・・・君は・・・・・これが、君の力だというのですね・・・)

 

最初はシモンが気になってしかたなかったアルだが、気づけばゾクゾクとしていた。このような戦場で不謹慎かもしれないが、自分が男であることを思い出させてくれるような、手に汗握る攻防だった。

その現象の正体を、ミックアップと呼ぶことをアルが知るのは、もう少し先の未来の話だった。

 

「ぬおおおおお!」

「でりゃああああ!」

 

だが、戦闘技術と経験はデュナミスが圧倒的に上。

彼は拳のノーガードの打ち合いをシモンに匂わせておいて、急にフェイントを入れて身を思いっきりかがめて、シモンの拳を避けた。

 

「なっ!?」

「はっはっはっはっはっ!! 好機!! ほらほらほらほらほら!」

 

そしてデュナミスは陸上のクラウチングスタートのようなスタートダッシュと、ラグビーのような低空タックルでシモンの胴体に突き刺さり、壁に激突させ、そのまま壁もぶち破ってとなりの部屋までと、どこまでも突き進んだ。

シモンの腹部は内臓が破裂したと確信できるほどの痛み。

そして背中と後頭部は、何度も建物の壁にぶつかり続けて、感覚がマヒしていた。

頃合を見計らってデュナミスはシモンを頭上に思いっきり掲げ、そのまま力いっぱい下へ向けて投げつけた。

 

「さあ、死ぬがよい!!」

「うあああああああああああああああ!!??」

 

床を突き破って下へ下へと落とされるシモン。

やがて、とある下層に全身を強く打ちつけて、彼はのた打ち回った。

 

「あ・・・ァ゛・・・くそ・・・やっぱ・・・強いな・・・・」

 

どこをどう怪我したか分からない。右も左も頭も足も、前も後ろも全てが自分の物ではないような感覚だった。

デュナミスは性格的には好きになれない相手だが、紛れもなく最強クラスの力にシモンは溜息つく。

だが・・・

 

「でも・・・」

 

それでもおちおち寝てはいられない。

自分を支えるほどの力も感じられない体に鞭を打ち、シモンはあがきにあがいて立ち上がろうとする。

だがその時・・・

 

「・・・あれ?」

 

シモンが叩き落とされた部屋の光景に、シモンの思考は止まってしまった。

 

「なんだよ・・・この部屋・・・」

 

部屋全体を見渡すと、人一人が入るような棺のような箱がいくつか転がっていた。

まるで何かを封印しているかのように、棺の扉は固く締められていた。

だが、一つだけ棺の蓋が空いていた。

中身は空っぽだが、棺の蓋は英語のような何かが書かれていた。

 

「あれ・・・何て読むんだ?」

 

学力がそれほどでもないシモンに読める文字ではなかった。

すると、フロアにドシンと大きな音を立てて着地したデュナミスが、代わりに答えた。

 

「プリームム。意味はラテン語で、『一番目』と読む」

「ッ!?」

「貴様も見たことあるであろう? 我らが初めて戦ったときに現れた、白髪の者のことだ」

 

シモンは一瞬で意識が覚醒した。

 

(プリームム!? あの、フェイトに似ていた奴のことだ!)

 

思い出した。あのときは、自分も死にかけ、テオドラも攫われたことで忘れていたが、どうして忘れていたのかと思えるようなことを、シモンは今思い出した。

 

「な、なんなんだよ・・・なんであの人の名前が書かれた箱が、こんなところに?」

 

シモンは何が何だかわからなかった。ただ、嫌な予感がバクバクと押し寄せていた。

すると、恐る恐る尋ねるシモンの言葉に、デュナミスは笑った。

 

「くくく・・・あの・・・人・・・か。まあ、アレを人と勘違いするのも分からなくはないがな」

「・・・・・・えっ?」

 

人と勘違い? その意味がよく分からなかった。

 

「な、なんだよ・・・どっからどう見ても、人だったじゃないか。それとも本当は、魔物とか魔人とかいうのか?」

「・・・・ぷっ」

 

シモンの無知ぶりが面白かったのか、デュナミスは大笑いした。

 

「くくくくく、はははははははははは! あのアーウェルンクスシリーズを人というか。無知とは恐ろしいということだな」

「なっ、なにがおか・・・・・・・・・えっ?」

「ん? どうした? 何か気になるところでもあるのか?」

 

シモンはワナワナと震えた。もしやという疑念が、どんどん確信に近くなっていた。

 

「ア・・・アーウェ・・・ルンクスシリーズ・・・だって?」

 

アーウェルンクスという名を知らないなどと言うことはできない。何故ならその名こそ、シモンのかけがえのない親友と同じ名前だったからだ。

 

「ん? そうだ。アーウェルンクスシリーズ。この私とは違う作りだが・・・共に大義のために主に造られた・・・・」

「つ、・・・造られた・・・」

「人形なのだよ」

「ッ!?」

 

それはこれまでの疑問の全てを解消することができる、恐ろしい真実だった。

 

「人形・・・お前も・・・アーウェルンクスっていうのも・・・」

「そうだ。現在活動しているのはアーウェルンクスシリーズの初号機といったところ。名はプリームム。他のシリーズは、主の許可なく動くことは無い」

「ッ・・・に、人形・・・」

 

シモンは恐る恐る部屋の中を見渡す。プリームムの空の箱を除いて、この場にあるのは6つ。

 

「ッ・・・その・・・アーウェルンクスシリーズって・・・・」

「なんだ? やけに興味を持っているようだな」

「・・・顔とか・・・同じなのか?」

 

違ってくれ。お願いだから違ってくれ。そう願うシモンも心を、デュナミスはアッサリと裏切った。

 

「まあ、基本的には同じだ。違うとすれば扱う魔法の属性ぐらいか? 地の魔法に長けたり炎や風に長けるなど、それはシリーズによって違うが、外見上はほぼ同じと言ってもいい」

「ッ!?」

 

シモンは衝撃で思わず、よろめいてしまった。

 

(それじゃあフェイト・・・お前は・・・)

 

そして、ようやく分かった。

何故フェイトが自分たちに壁を作っていたのか。

初めて会った時の、氷のような眼。

自分たちとは違うと、頑なに言い続けた事。

シモンやカミナが、フェイトの事情などお構いなしに受け入れると言った時。自分たちは友だと言った時。

 

「フェイ・・・・ト・・・・お前は」

 

何故、フェイトがあれほど複雑で、悲しそうな顔をしたのかが、ようやくシモンには分かったのだった。

 



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第54話 哀戦士・デュナミス、人生最大の慟哭!

「主の命令をただ忠実にこなす。そのためだけに我々もアーウェルンクスも作られた人形なのだよ」

 

シモンは耳をふさぎたくなった。そんなことは知りたくない。

知りたくない。知りたくなかった。だが、どうしても真実を知った今、以前のフェイトの表情が思い浮かぶ。

 

 

――僕は君たちとは違う

 

「ヤメロ・・・」

 

 

――ふっ、・・・友達・・・ね・・・それこそくだらない。僕にはそんなものは必要ない。欲しいとも思わない

 

「もう・・・やめろ・・・」

 

 

――・・・そうだ・・・僕は魔法使いだ

 

「あいつは・・・そんな奴じゃ・・・」

 

 

――そして僕は先ほどの紅き翼(アラルブラ)と何十年にも渡って対立する組織の幹部だ。さっきの攻撃は、僕の情報を知られたくないから・・・ただ、それだけだよ

 

「違う・・・あいつは・・」

 

 

――どうだい、驚いたかい? しかも僕はただの魔法使いじゃない。その気になれば僕は先ほどの彼らと同等に戦える力を持ち、君たちの首を一瞬で跳ね飛ばすことも・・・世界を滅ぼすことも可能だ・・・

 

「あいつは!」

 

 

 

否定したくとも、点と点が全て繋がってしまった。

あの時のフェイト。この時のフェイト。気にしないと言ってその時は流していたが、フェイトの違和感が全て今繋がってしまったのだった。

人形。世界を滅ぼす主に造られ、ただ命令を忠実にこなすだけの人形。

それが・・・

それが・・・

 

 

――ねえ、シモン・・・・聞きたい事があるんだけど、いいかい?

 

「・・・あっ・・・・」

 

――もし・・・僕も・・・君の前から何も言わずに立ち去ったら・・・・・・君は力ずくで連れ戻しに来てくれるのかい?

 

「ッ!?」

 

 

思い出した・・・

 

「そうだ・・・そうだったんだ・・・」

 

シモンは顔を上げた。

 

「どうした? 何か随分と取り乱している様子だったが?」

 

シモンの動揺にデュナミスは首を傾げた。だが、動揺は僅か。シモンはすぐに力強い瞳となって立ち上がった。

そしてシモンは・・・

 

「デュナミス・・・たとえ・・・お前や、そのアーウェルンクスシリーズが造られた存在だったとしても・・・」

「ん?」

「・・・俺は人形だなんて絶対に思わない」

「ッ!?」

 

全てを知ってなお、その言葉を自信満々に言った。

 

「・・・ぷっ・・・はははははははは、これは傑作だ。我々が人形じゃない? そもそもアーウェルンクスシリーズをよく知りもしないお前が何を言っているのだ?」

 

デュナミスの言葉は最もだった。しかし、デュナミスは知らない。シモンとアーウェルンクス。二人が奇妙な縁の末、力強い絆で結ばれていたことを。

 

「そうだ。人形なんかじゃない。例え元はどうあれ、俺の知るアーウェルンクスって奴は、俺にとっては大切な仲間だ!!」

「・・・お前は・・・何を言っているのだ?」

 

デュナミスは知らない。シモンが未来からやって来た者だということを。だが、シモンはそれでも構わずに言う。

 

「だってそうだろ! 人形が・・・闇鍋をするか?」

「・・・なに?」

「人形が学校のテストを皆でやるか? 人形が部活に入るか? 役職をするか? 歓迎会をするか? プリクラを撮るか? サバイバルゲームをするか? 一緒に学園祭をするか?」

「お前は・・・何を・・・」

「自信を無くしたクラスメートを奮い立たせるか!? 人の恋路を応援するか!? 身を張ってでも誰かを助けてくれるのか!」

「だから貴様は何を言っているというのだ!?」

 

思い出す。たしかにフェイトは人形臭いところがあるかもしれない。

でも、誰よりも人間臭いところを感じさせる奴でもあった。

そう、思い出がいっぱいありすぎる。フェイトの人間らしいところなど、いくらでも思いつく。

 

「たしかに命令を受けていたかもしれない・・・でも・・・俺たちと過ごして共に一緒に居たのは、命令でもなんでもない。全部、あいつの意思だ! 一緒に戦ってくれたのは、あいつの心だ!」

 

だからこそ、人形扱いするデュナミスに叫ぶ。

 

「あいつは俺たちの仲間だ! 人形だなんて言うんじゃねえよ! あいつは・・・あいつだ! ダイグレン学園、ドリ研部所属の俺の親友だ!!」

 

シモンの叫び。それはこの時代に居る誰にも理解できない言葉だろう。

だが、シモンは叫ぶ。そして、フェイトを受け入れる。例えフェイトが何者であろうと受け入れる。

 

 

――バカだよ・・・君は・・・たったそれだけで・・・自分がどれほどの凶悪犯罪者を受け入れようとしているのか分かっているのかい?

 

「良く分からんが、貴様はプリームムと面識でもあるのか? まあ、奴に友など居るとは思えんが、そもそもお前が友だと叫んでいる者の正体が分かって、そう言っているのか?」

 

 

デュナミスの言葉とかつてのフェイトの言葉が重なる。あの時と同じ言葉を、今は10倍の気持ちを込めてシモンは言う。

 

「そんなもん、魔法使いじゃない俺には関係ない。友達になれるかどうかは、俺が決める!!」

 

デュナミスに。この組織に。そしてシモンは己自身にその言葉を言い聞かせたのだった。

ようやく知った友の真実。それをシモンは、今こそすべて受け入れたのだった。

 

「ふふふふ、はははははははははははは!! なんとも滑稽な話ではないか! まさか、アーウェルンクスシリーズを捕まえて友達とは、くくくく」

 

デュナミスはこれでもかと笑った。バカにしているかのようにシモンを嘲笑った。

 

「ふん、しかし貴様がプリームムと知り合いとはな。まあ、後で聞くとしよう。どうせ奴のことだ。貴様のことは何とも思っていないはず」

 

プリームムではない。シモンの友の名は、フェイト・アーウェルンクスだ。

 

「今・・・分かった。俺にできること」

「ふん、できること? 何ができる! くははははは、貴様にできることと言えばただ一つ! さっさと死んで、我等の大義の邪魔をしないことに他ならない!」

 

話が終わり、ようやくデュナミスが再び襲い掛かって来た。

するとシモンはブツブツと何かを呟きながら、目をカッと見開き、拳が砕けるほど思いっきりデュナミスを殴り飛ばした。

 

「ぬあああ!? こ、こんな力が・・・まだ」

 

殴られたデュナミスが顔を上げる。するとそこには、デュナミスの背筋を初めて凍らせるほど、気迫に満ちたシモンが居たのだった。

 

「お前らがあいつの仲間だなんて認めない。あいつを人として扱わないあいつの居場所なんか、俺がぶっ壊してやる!」

「ん・・・ぐっ・・・・貴様・・・・」

「そして元の世界に帰ったら、あいつに言ってやるんだ。お前の真実なんかで、俺たちは変わったりなんかしない。俺たちをいつまでも見くびるんじゃないってな!」

 

その時、デュナミスは全身の鳥肌が立った。

 

(バ、バカな・・・ドリルもなくして、満身創痍なこの男が一瞬私より・・・)

 

また・・・いや、更にあふれるシモンの内なる力。

 

(この男・・・一体・・・・ぐっ・・・バカな、この私が・・・・何を恐れるというのだ!)

 

デュナミスは、恐れは気のせいだと、身を奮い立たせてシモンに向かう。

 

「何もできるものか! 仲間もドリルもなくした貴様が、何を成すというのだ!」

「ドリルなら・・・ある!」

「なに!?」

「この胸の中にあるのが、俺のドリルなんだよ!」

「ッ!?」

 

デュナミスの腹部が貫かれた。

何も持っていなかったはずのシモンの手。

だが、気づけばシモンの腕がドリルになっていた。

 

「バ、バカな!?」

 

デュナミスの腹部には、ドリルで貫かれた穴が痛々しく刻まれた。

 

「俺はあいつに言ってやる! お前の居場所は俺たちのそばだ! お前はずっと一緒に居ていいんだぞってな!」

「ぐっ・・・なにを・・・」

「お前たちに俺たちの大切な仲間は渡すもんか!」

 

どうやって? 何が起こった? そのデュナミスの疑問は誰にも答えられない。

何故なら、シモン本人もよく分かっていないからだ。ただ、気合でドリルを出したという答えしかない。

だから、どれだけデュナミスが頭を悩ませても無意味だった。

 

「デュナミス。決着をつけてやるぞ!!」

「なっ!? まだ上がるというのか!? この光り輝くエネルギーは一体なんだ!?」

 

シモンの腕のドリルが激しく回転する。

その回転のスピードがみるみる上昇し、そのたびにシモンの身に纏う光の輝きが増していくように見える。

デュナミスも。そしてこの状況を眺めているアルも、自分たちの目の前に居る男は、ひょっとするととんでもない人物だったのではないかと、今になって思うようになった。

 

「いくぞ!」

「これはまずい! 退避を!?」

 

シモンが高速回転のドリルを掲げて走り出した。

デュナミスは肌でその威力を予想できた。くらったら絶対にダメだと、直感で分かった。

完全に回避の態勢をしていたデュナミスは、寸前のところでシモンのドリルを回避した。

 

「ちっ!」

「ふっ、そんなものに付き合ってられるか!」

 

攻撃を回避されたシモンは、その勢いが止まらずどんどん部屋の奥へと進んでしまう。

勢いが付きすぎたそのドリルの先に・・・

 

「あっ・・・とっ、止まらない!?」

「お、おい貴様・・・その先は・・・って、ちょっと待てえええええ!!」

 

そのドリルの先に、アーウェルンクスシリーズの棺が置いてあるというのに。

 

 

「ああああああああああああああああああ!!!!」

 

――ぐしゃあああああああん!!

 

 

シモンのドリルが、アーウェルンクスシリーズの棺の一つに突き刺さった瞬間だった。

 

「あ・・・・・」

 

さっきまでのシリアスモードから、シモンは一気に青ざめた。

 

「ちょっ、おまっ・・・きさま・・・なんということを!?」

 

デュナミスもパニくった。

 

「ど、どうしよう!? ドリルが刺さっちゃったよ!?」

「早く抜かぬか!?」

「どうしよう!? なか大丈夫かな!?」

「お、おそらくは。大体それはマスター以外に開けられぬし、特殊な魔力でしか起動できぬ。だから大丈夫だとは思うが・・・」

 

この時は敵も味方も忘れてシモンとデュナミスは大慌てした。

貴重なアーウェルンクスシリーズの封印されている棺にドリルをぶっ刺されるなど予想もしなかったデュナミス。

友が眠っているかもしれない棺にドリルをぶっ刺してしまったシモン。

二人は互いを見合い、そーっとそーっと、ドリルを棺から抜いた。

すると・・・

 

「ぬっ!?」

「バ、バカな!?」

 

ぷしゅーっと音を立てて、何と棺が開いたのだった。

 

「バ、バカな!? 鍵もなしに開けるだと!? バカな、この男も我が主と同じ、世界創生並みの力を持っているというのか!?」

 

デュナミスの言葉、今はどうでも良かった。

とにかく扉が開いてしまった。

もしこの中身がフェイトだった場合、本来の歴史では20年後に会うはずだったシモンとフェイトがこの場で会ってしまったら、歴史はとんでもないことになってしまう。

シモンは恐る恐る箱の中に視線をやる。

すると中からは・・・

 

「・・・あれ?」

 

少し予想の斜め上行く者が出てきた。

 

「・・・君は・・・まさか・・・フェイト・・・じゃ・・・ない・・・」

 

フェイトと同じような服を着ている。ただ、中から出てきた者はフェイトではなかった。

髪の長さも違うし何より・・・・

 

「お・・・女の子?」

 

胸のふくらみがあった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

箱の中から出てきたフェイトによく似た女の子。

初めてシモンが黒ニアと出会った時。初めてフェイトと出会った時。その時を思い出させるようなクールで何を考えているか分からない瞳。

彼女はシモンをジーッと見ながら、ついに口を開く。

 

「あなたが・・・・・・・・・・」

「な、なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

「あなたが私のマスターですか?」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、フェイトじゃなくて、Fateだよ!? って・・・俺は何を言ってるんだ!?」

 

 

あまりの予想もしない言葉に一瞬変なツッコみを入れてしまったシモン。

 

 

「がっ・・・・・・・あがっ・・・・・が・・・あがっ・・・・」

 

 

デュナミスは口を開けたまま、固まってしまっていた。

何かを言っているようだが、驚愕の表情のままで、何を言っているのか分からない。

すると、デュナミスとシモンの混乱を無視して、現れた彼女はシモンの頬に触れる。

 

「なっ・・・なにすんだよ!?」

「エネルギー反応感知、エネルギー成分一致。あなたを私のマスターとして承認いたします」

「・・・・・・えっ?」

 

話が勝手に進んでいく。彼女はただ淡々とシモンに目を見開き、呟いた。

 

 

 

 

「インプリンティング(刷り込み)開始します」

 

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

 

そして勝手に進んだ話は、ついに取り返しのつかないことになってしまった。

 

「あの・・・・君は・・・」

 

彼女は急に、シモンの前に片膝を突き、まったく抑揚のない声で答えた。

 

 

「初めまして。私は水のアーウェルンクスを拝命、名は『セクストゥム』。生涯あなたにお仕えいたします」

 

「いや・・・あの・・・・」

 

「あなたの望むことはなんなりと『マイ・マスター』」

 

「・・・・・・・・・・えっ・・・・・」

 

 

もう、取り返しがつかなかった。

 

 

「どこの、そらのおとしものだよ!?」

 

 

とりあえずツッコんでみたけど、もう遅かった。

 

なんやかんやでシモンは・・・・

 

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

とんでもない物を手に入れてしまったのだった。

 

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、よりにもよってソレをォォォォォォ!? シモォォォォォォォォンッ!! おまっ・・・おまっ・・・なんばしよっと!?」

 

 

ようやくハッとなったデュナミスは血涙を流しながら、言葉遣いも忘れて叫んでいた。

 

「意外な・・・展開ですね・・・」

 

アルの冷静なツッコみは、誰にも届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界樹広場でシモンの帰りを待つダイグレン学園の仲間たち。

彼らは目の前で楽しそうなお祭り騒ぎに加わることなく、シモンが帰ってくるまでその場から離れなかった。

余談だが、世界樹広場の近くはこの時、特殊な魔力が働いていて、告白すれば120パーセント成功するというすごい力があったらしいが、ダイグレン学園が世界樹広場に屯っているせいで、告白ポイントとして使用する生徒が極端に減ったのが後の調査で分かった。

 

「それにしてもよ~、フェイトの女装は可愛かったよな~」

 

シモンを待つまでの話題作りで、キヤルがフェイトの女装について話し出した。

 

「なんだい、急に?」

「だってさ~」

「確かに。あれはあれで、すげーインパクトだった」

「そうそう。フェイトって女装が趣味だったの?」

 

その話題に身を乗り出す一同。フェイトはプイッと顔を背けて無視した。

 

(まったく・・・別に僕だって好きであんな恰好したわけじゃ・・・)

 

その時、ふとあることを思い出した。

 

(女装・・・女・・・そういえば・・・・)

 

そのふと思い出したことが、どれほどタイムリーなのかをフェイトはまだ気づいていなかった。

 

(確か女性型のアーウェルンクスもあったらしいけど、20年前の大戦の騒ぎで消失したという話を聞いたな。ただ、その話題をデュナミスの前ですると無言になったけど・・・・・まあ、関係ないか・・・)

 

関係大有りだった。

 



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第55話 ご飯にします? お風呂にします? それともアーウェルンクスにします?

何かが起こった。

その光景に目を奪われ、油断していたアルはそこで意識を失った。

 

「少々寝ておれ・・・貴様らの相手は後でしてやろう」

 

アルの意識を背後から奪ったのは、全ての始まりの魔法使い。

 

「それにしてもこちらでは・・・ふふ、中々面白いことになっておるな・・・・」

 

彼は、自らが現場に赴き、全てを見ていた。

 

 

 

 

 

 

シモンは今、ニアと出会って間もないころを思い出していた。

常識はずれのお嬢様が、何を思ったのか自分との出会いを運命の出会いと言い、家まで押しかけてきて、学校まで転校してきた。

シモンも元々一目惚れに近い感情をニアに抱いていたので、二人が強く惹かれあうのは自然な事だった。

二人は互いに強く想い合い、何人にも侵すことのできない強い絆を・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

・・・強い絆を持っているからこそ、申し訳なさと罪悪感でいっぱいだった。

 

「マスター、ご命令をなんなりと」

 

しかし、シモンの思いを知らずに、目覚めたばかりのアーウェルンクスは空気を読まない。

 

「あの・・・君?」

「なんでしょうか?」

 

無表情のまま首を傾げる。シモンは一瞬、「可愛いな畜生」と思いながらも、己の理性を精一杯保って彼女に告げる。

 

「とりあえず・・・そういうの無しにしない?」

 

咳払いして、言いにくそうに言うシモン。

 

「返品受付はされておりません」

 

しかし彼女はキッパリと断ってしまった。

 

「何でそういうところはキッチリしてるのさ!?」

 

ドサクサに紛れてアーウェルンクスをゲットしてしまったシモン。

女性型アーウェルンクスのセクストゥムは、シモンをかつてないほど動揺させていた。

それは無論、この男もそうだった。

 

 

「ぬうあああああああああああああああああああああああああああ!! なぜだああああああ、シモォオオオオ!!」

 

「デュナミス・・・」

 

「空の箱の1番を除いても、2番から6番まで5つもあったではないか!! 6番以外なら全然許したが、貴様は何一発でよりにもよって大当たりを的中しているんだ、貴様ああああああああああ!!」

 

 

誇り? 見っともなさ? んなもん知ったことかとか、デュナミスは人目はばからずに涙した。

 

 

「お前は神か!? 新世界の神かなんかか!? この世はお前の都合のいいように作られているのか!? この世の男たちに陳謝しろ!」

 

「あ、謝れって言われても・・・俺にはどうしようも・・・」

 

「いいか!? 貴様はその愛玩用アーウェ・・・ではなかった、世界平和のために生み出された聖なるアーウェルンクスを! 事故でワザとじゃないから許してくれなどと言って許されると思っているのか!? 確かにそいつは人形かもしれないが、そいつは貴様の欲望のはけ口のために生まれたわけではない! 私専属のメイドの夢・・・ではなく、共に大義を成すための同志! ご飯にします? お風呂にします? それともアーウェルンクスにします? という私の夢・・・ではなく、地球人類を救うための共に同じ道を歩くかけがえのない無い仲間を貴様は奪ったのだぞ!?」

 

 

デュナミスは、ちょくちょく大義という雰囲気を出そうとしているが、今の彼は見たまんま嫉妬と憎悪まみれの塊でしかない。

先ほどまでは絶対的に対立していたデュナミス相手に、何だかシモンも申し訳なくなってしまった。

だが、涙目のデュナミスの傍らで、無垢なるアーウェルンクスがその本領を発揮し始めるのであった。

 

「マスター、お怪我があります。治癒魔法をおかけします」

「えっ、ちょっ!?」

「ジッとなさってください」

 

顔色一つ変えずにシモンの顔を間近で覗き込んでくるセクストゥム。

 

「むむむ、無視をするではない!? 大体、セクストゥムよ! 貴様はそれで良いのか!? いくらインプリンティングしたとはいえ、貴様の身に備わった機能が泣いているぞ!?」

「マスター・・・無理を・・・なさらないでくださいね・・・」

「ってをおおおおおい、無視するではない! つーか、献身的すぎるではないか!? インプリンティングとはそれほどまでにすごいのか!?」

 

セクストゥムの視界には既にデュナミスは入っていない。クールな表情でありながら、何とも献身的で、シモンにはとても無防備な姿だった。

当然シモンも照れる。照れ隠しに、慌てて離れようとする。

 

「い、いいよ。戦いの最中だし、確かに痛いけどこんなもん舐めて唾つけときゃ治るさ!」

 

とにかく恥ずかしいシモンは、セクストゥムを突き放そうとした。

しかし、シモンはアーウェルンクスのクオリティと底力をまだ知らなかった。

 

「かしこまりました」

「かしこまりましって・・・うえッ!? おまっ、ちょっ、何を!?」

「チュッ・・・チロチロ・・・ペロペロ・・・ペロペロ・・・」

 

シモンの顔を両手で固定したセクストゥムは、なんとシモンの顔に唇を近づけ、その小さく穢れのない舌をくっつけた。

 

「なななななにをッ!?」

「マスターが舐めれば治るとおっしゃりましたので、水分を含ませ、全身を舐めさせていただきます」

「はあああああああああああああああああああああッ!? い、いいよ汚いし!?」

「お気になさらず。このために私がいるのです」

 

シモンは激しく抵抗して逃れようとするが、最強クラスの力を誇るアーウェルンクスから逃れることなどできず、ただ成されるがままだった。

 

「ほぢゅああああああああああああああああああああああああ!?」

 

デュナミスは、元の面影がないほど狂乱していた。

 

「セクストゥウウウウムッ!? 貴様は仮にも誇り高き完全なる世界のアーウェルンクスであろうがァ!? 誇りは!? 大義は!? 信念は!? 貴様の生みの親である造物主の意思はどうした!?」

「・・・・・・? プイッ・・・・・・マスター、こちらも致します。どうぞ、楽になさってください」

「私を無視するなぁああああああ!?」

 

デュナミスの言葉に一瞬首を傾げたセクストゥムだが、すぐに興味をなくして、シモンの傷の手当てに行動を移したのだった。

 

「こちらも怪我が大変ひどい状況です。こちらも私が致します」

「ちょまっ、ちょっま!? 服は脱がさなくていいから!?」

「命令のキャンセルと変更は受けかねます」

 

デュナミスは発狂した。

両膝を床について、何度も何度も頭を床に叩きつける。

そして頭がおかしくなったのか、デュナミスはローブをまくり、生傷がひどい自分の肌を見せつける。

意外とナイスでマッチョなボディをさらけ出し「ぬふ~ん」と言うデュナミスは、欲望のままに叫ぶ。

 

「セクストゥゥゥゥム!!!!」

「?」

「私も怪我しているぞ! 同志だぞ! 舐めて手当しろ!」

「・・・・・・・・・プイッ」

「そ、そこまで無視するか!?」

 

言葉に出さずとも、瞬時の拒否だった。

 

 

「こ、ころす・・・・」

 

「デュナミス、待ってくれ!? 俺にもどうしていいか分からないんだ!? っていうか、こいつはどうやったら止まるんだ!?」

 

「幸せ者の悩みなど知ったことかァァァァァァァ!! ぬおおおおお、今の私は何でもできるぞォ! 人間殺害不可という制約を解除することも出来そうだぞォォォォ!! つうか、私と死闘を繰り広げた男が、相手がそいつになると何故抵抗できん! 知ってるぞ! ワザとだろ! 嫌だ嫌だも好きの内だ! 見せつけてるんだ! 貴様の心など、お見通しだあああああああああああ!!」

 

 

デュナミスは、怒りのあまりにそろそろ何かに変身しそうだった。

身にまとう影がデュナミスの感情に左右されて、禍々しいフォルムになり、迫力が増していく。

 

「なんか・・・さっきよりすごくなってる・・・」

「ぐはははははは、この世の悲しみと憎しみ、全てを背負って今の私があるのだ」

 

だが、その限界を超えるキッカケをシモンが知っている以上、何だか見ていて悲しくなってきた。

 

「シモンよ・・・貴様は言ったな。アーウェルンクスが我々の仲間だと認めない。奴らを人間扱いしない居場所など、ぶち壊すとな」

「あ、・・・うん」

「その言葉・・・形を変えて貴様に返そう」

「な・・・なんてだよ?」

 

この日のこの瞬間は、デュナミスが本気で世界を滅亡させようと思った瞬間として歴史に刻まれる。

 

「ここまで不公平な世界など認めない。モテない男に居場所のない世界など、何百回でもぶち壊す!!!!」

 

悲しみを超越して力に変えていくデュナミスは、ドシンと床を踏みつけて、シモンを睨む。

 

 

「もうそれ、大義とか関係ないじゃないか!?」

 

「大義? 違うな。私を突き動かすのは、世界の声だ!! 世界が囁くのだ! 真の平等の世界を創世するためには、貴様のような奴は魂の欠片も残ることなく消滅させる必要があるのだ!!」

 

 

言っていることは非常に情けないのだが、そのどす黒い感情と殺意は紛れもなく本物だった。

 

「さあ、今こそ愚かなる人類に天罰下すとき!! シモン! 神妙に、消滅するがよい!!」

「くそっ、結局怪我が全然治ってないってのに!」

 

先ほどまで半死半生だったデュナミスは、怒りのあまりに限界を超え、本来の力を超越した。

巨大なパワーに、あらゆる応用の利く影魔法。

たとえ恋愛運に恵まれなくとも、その強さは偽りなかった。

当然シモンも迎え撃とうとする。だが、激戦のダメージが体を蝕み、思うように動かない。

 

(くそ・・・体が・・・でも・・・)

 

シモンはセクストゥムを見る。

どんなに人形だとデュナミスが言っても、セクストゥムは紛れもなく女の子だ。ならば、男として守らなくてはならない。

 

「くそっ、やってやる!!」

 

守る。

出会ってからの時間など関係ない。

例え限りなく他人であろうと、ここで逃げ出す男など、男ではなかった。

だが、シモンがそう覚悟を決めた瞬間・・・

 

「マスターに危害は加えさせません」

「・・・・・えっ?」

 

守ろうとするシモンを通り抜け、逆にシモンを守るようにセクストゥムが前へ出た。

 

「危ない! ここは俺に任せて!」

「はーっはっはっ! また女に守られるか、シモン! 貴様の存在と共に、その腑抜けた精神も消し去ってくれよう!!」

 

セウクストゥムを止めようとするシモンに、笑うデュナミス。

だが、次の瞬間、シモンとデュナミスは同じように驚愕する。

 

 

「氷神の戦槌(マレウス・アクィローニス)」

 

「「ッ!?」」

 

 

巨大な氷塊が、セクストゥムの無機質な呟きとともに天井に出現した。

 

「ちょっ、おまっ、で、でかすぎる!?」

「マスターは、私が守ります」

「き、きさまッ!?」

 

降り注ぐ巨大な氷塊。デュナミスは魔法で迎撃する暇などない。

 

「甘く見るなァ!! 目覚めたばかりの貴様なんぞにやられる私ではない!!」

 

彼はその身に備わったパワーで、巨大な氷塊を受け止め、渾身の力で抱き割った。

それだけでデュナミスがどれほどパワーアップしたのかが分かる。

だが・・・

 

「凍てつく氷柩」

「はっ?」

「こおれ」

「ぬおおお、体が!?」

 

砕かれたはずの氷がデュナミスを包み込み、デュナミスを四角形の氷の中に閉じ込めた。

 

「ぬううううううううううう、腐っても流石はアーウェルンクス! しかし、私がこれしきで・・・氷漬けになると思うなァ!!」

 

デュナミスが猛る。

それは、意地。

絶対零度の世界でも、這い出そうと氷河の中であがく。

しかしセクストゥムは・・・・

 

「その両手足を除去します」

「・・・・・えっ?」

 

それは、何の感情もためらいもなく、彼女はやった。

 

「水流斬破」

「ッ!?」

 

それは正にウォーターカッター。

セクストゥムが薙ぎ払うように振るった腕から、圧力と速度の誇る水流が放たれ、氷漬けで身動きの取れぬデュナミスの右腕を切断した。

 

「・・・お・・・ま・・・・・」

「ぐぬうおおおおおおおお、わ、私の腕が!?」

 

その光景に青ざめるシモンに、顔をゆがめさせるデュナミス。

だが、デュナミスはどれほど痛みを見せようと、体を氷漬けされているために身動きできない。

そんなデュナミスにセクストゥムは・・・

 

「なにやってんだ、いくらなんでもやり過ぎだろ!?」

「マスターへの脅威は全て排除します」

「やめ――ッ!?」

 

彼女は身動きできぬデュナミスの四肢を全て切断しようと・・・

 

「させぬわァ!」

「・・・・」

「このデュナミス、そう簡単に朽ちると思うな!」

 

デュナミスは氷の戒めから自力で這い出した。

 

「デュナミス、お前まだ!」

「これ以上はこの私ですら見るに堪えん! 我が同志となるはずであったセクストゥムよ! 一思いに、消してやろう!」

 

片腕を失ってなお、戦意が衰えていない。

片腕失っても、まだもう一つある。

 

「うおおおおおおおお、永遠の園でまた会おう!」

 

もはや魔力も体力と同じように尽きかけているデュナミスは残る力を振り絞って、セクストゥムを薙ぎ払う。

 

「無駄です。仮面の者」

 

だが・・・

 

「なっ!?」

「って・・・・うぇえええええええええええええ!?」

 

セクストゥムは体を水のように液体化し、デュナミスの攻撃を受け流した。

 

「き、貴様、水化だと!? そんな力は備わっていなかったはず!? どうやって!?」

「私に物理攻撃は一切通用致しません」

「そ、そんなのアリかァ!?」

 

巨大な魔法に、物理攻撃の利かぬボディ。

 

「水流連斬破」

「なんという水圧!? 魔法に身のこなしに、おまけに私の攻撃は一切通用せんだと? そんなもの・・・そんなもの・・・」

 

正に無敵だった。

さらに・・・

 

「ま・・・まて・・・やり過ぎだ! 殺す気か!」

 

セクストゥムは一切の情も加減も無い。既に半死半生のデュナミス相手を、徹底的に無力化しようとしている。

いくら何でもやり過ぎだ。

シモンも良心の呵責に耐えかね声を出す。だが、セクストゥムは一切の感情の乱れもなく返した。

 

「はい。マスターの脅威は全て排除いたします」

「なっ!?」

 

やり過ぎどころか、それを当たり前のように答えたのだった。

先ほどの一撃にすべての力を出し切ったデュナミスに、もう抵抗の力がない。

気づけば四肢を失ったデュナミスは、切断面を氷漬けにされたまま床に倒れこんだ。

 

「お前・・・・な、なんてことを・・・」

 

シモンはゾッとした。こうまで何も感じずに当たり前のようにできる、セクストゥムという存在に。

 

「切断面を氷結させました。これであなたは再生することはできません」

 

既に抵抗すら出来ぬデュナミスの状態を見ながら、セクストゥムはもう一度腕を振り上げる。

 

「さらにこの場で再生核を損壊させれば・・・」

 

まずい。

 

「やり過ぎだ! もう充分だろ!!」

「マスター?」

「もうこれ以上こいつも戦えない! 既に気も失っている! 死んじゃうじゃないか!」

 

シモンは慌ててセクストゥムを止めようとする。

 

「なにやってんだよ、お前は!? こ、ここまで・・・ここまでやる必要ないだろ!?」

「・・・マスター?」

「そりゃあ、俺たちは戦ってんだ。最悪の事態だってあるよ。でも・・・これ以上は、やっちゃダメだ!」

 

シモンとて戦う。ドリルなんてものを相手にぶつければ、どういうことになるのかは想像だってできるだろう。

そういう意味では何も違わないのかもしれない。

ただ、それでも何かが違う。何かが違うと思ったからシモンは止めた。

だが、彼女はあくまで自分を崩さない。

 

「それは・・・・・・ご命令ですか?」

「・・・なっ!?」

「この者はマスターの脅威。それでも命令だと仰るのであれば、従います」

「・・・ッ!?」

 

そういう意味ではない。そういうことではない。

だが、彼女の瞳を見ていると、うまく言葉が回らなかった。

世界を舞台に大義のために造られた人形。

そう、フェイトと同じような顔をしているようで、人間らしさを感じさせるフェイトと違い、どこまでも人に造られた存在に思えて仕方なかった。

でも・・・

 

「命令・・・なんかじゃない・・・でも・・・」

「命令でないのであれば、マスターの脅威と成り得るものを放置するわけにはまいりません」

「おまッ!?」

 

セクストゥムは腕を振り上げる。シモンの脅威と成る者の存在を葬るために。

 

「ふん、テルティウムと違って持て余すか。まだまだ若いな、螺旋の男よ」

「えっ?」

 

その時、シモンの背後に奴が現れた。

 

 

「あれほどの自我を持つテルティウム。アレと共にあり、さらには数か月前にはあの堀田の心をも変えたというお前ならと少しは期待したんだがな」

 

「お前は・・・」

 

「あの時の貴様は意識を失っていたが、これで会うのは二度目だ。時を超えて現れた螺旋族よ」

 

 

威圧感と存在感はアンスパ並み。

アンスパと同等並みの高みの存在に感じさせる、始まりの魔法使い。

造物主(ライフメーカー)がそこに居たのだった。

 



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第56話 持って帰ってきてしまった

「マスター、お下がりください」

「ほう、製作者の私を差し置いてその小僧を優先するか。螺旋のエネルギーとは凄まじいものだな。だが、やめておけ。戦いに来たわけではないのだからな」

 

シモンを守るために警戒態勢を整えるセクストゥム。そんな彼女の挙動に造物主は皮肉を込めて笑う。

 

「あの一撃で生き残ったお前を今さらどうこうする気はない。今日はただ、語らいに来ただけだ」

 

そしてシモンは、初めて見る造物主という者の存在を図れずにいた。

 

(こいつが造物主とかいう・・・・・・)

 

確かに威圧感を感じる。だが、それだけの者なら腐るほど会ってきた。

怖いのは、存在感でも威圧感でもない。

 

(こいつ・・・よく分からない・・・)

 

アンスパには、諦観や信念など、己の感情がこもっていた。

だからこそシモンもそれに負けられないと、熱くなれた。

相手の強さではなく、想いが熱いかどうかがシモンにとっては戦いの中で重要なファクターとなる。

だが、造物主に関してはよく分からない。

 

「セクストゥムに非は無い。アーウェルンクスにお前の常識を当てはめても仕方ない。そもそも、それこそがテルティウムと同じ、お前が友達になれると言ったアーウェルンクスシリーズだ」

「・・・ッ」

「言っておくが、セクストゥムはこれでまだマシな方だ。中には平気で弱者をいたぶる者も居る」

 

何も感じずにデュナミスを殺傷しようとしたセクストゥムはマシな方。まるでシモンを試すかのように造物主はシモンに聞く。

 

「お前は、それでもアーウェルンクスシリーズと友になるか? テルティウム・・・いや、お前にはフェイト・アーウェルンクスと言った方が良いか?」

 

最初からシモンたちを否定し、その存在を消そうとしたアンスパと違い、造物主はシモンをまるで観察しているかのように見える。

 

「テルティウム・・・フェイトのことか・・・」

「そうだ。そして私は言ってみれば、貴様の友の生みの親ということになるな」

 

造物主は一体シモンに何を言わせたいのか? 

 

「デュナミスは気にするな。意識を失い損傷も激しいが、完全に壊れているわけではない。この程度ならすぐに修復可能だ。頭の中身は分からんがな。それにしても・・・・ふふ」

「な、なんだよ」

「いや、テルティウム、堀田、そしてデュナミスといい、どうもお前と絡んだ者たちは人外問わずに人間臭くなるなと思っただけだ。まさかデュナミスまでもがここまで俗物的で欲望丸出しの存在になるとは思わなんだ」

「別に・・・俺一人でそんなにみんなが変わるわけじゃない。アニキたちが居ての話だ」

「ほう・・・それは興味深い話だな。まあ、今は良い。今日は少し、お前に聞きたいことがあったのでワザワザ姿を現したのだ」

「俺に、聞きたいこと?」

 

男? 女? それすらも分からぬ全てが謎に包まれたこの者は、何を聞きたいのか?

それは・・・

 

「お前から見たテルティウム・・・いや、フェイトとはどういう者であり、どういう存在だ?」

「えっ?」

 

造物主が聞きたいのは、シモンのことではない。

 

「私が知りたいのは、テルティウムの口からではなく、フェイト・アーウェルンクスと共に過ごしたお前たちの口から聞いてみたい」

「フェイトの・・・こと?」

 

造物主が知りたいのはフェイトのことであった。

 

「自分が造りだしたものから学ぶこともある。あの堀田博士が、己の息子が現れただけで数か月前この世界から手を引いた」

「父さん・・・・」

「あの堀田博士の心を変えたお前。そのお前と共に居たフェイトがどういう者であったのかを、お前の口から私に教えろ」

 

造物主のあくまで命令口調の物言い。

だが、それでもシモンは言うとおりに考えてしまう。自分とってフェイトがどういう存在であったのかを。

 

(フェイトは・・・・)

 

最初に出会った時のフェイトは、とても冷たい奴ではあった。だが・・・

 

「簡単には説明できないよ・・・・・・・でも・・・あいつは、この子とは違う。命令とかそういうのじゃなく、あいつは自分の意思で動いている」

「ほう」

「それに・・・・」

 

今は・・・

 

「あいつが居なくなると・・・俺たちは嫌だ」

 

単純明快な回答だった。だが、変な理屈をこねられるよりも、よっぽど分かりやすかっただろう。

 

「くっ・・・ぷっ・・・くく・・・・」

 

顔の見えないフードの下で、造物主は必死に笑いを堪えているように見えた。

 

「そうか・・・ふっ、居なくなると嫌か。どうやらお前もその周りも、奴を本当に友だと思っているのだな」

「なんだよ・・・バカにしているのか?」

「いや、お前たちが本当に奴を友だと思っているからこそ・・・奴もまた辛いのであろうと、思っただけだ」

「?」

「あの時に会ったテルティウムの決意は・・・儚く・・・重く・・・心が満ちていたからな」

 

この瞬間だけ違った。この瞬間だけ、謎に包まれた造物主の言葉の端々に、どこか親愛を感じさせた。

 

「私も・・・友と呼べるかは知らんが、堀田キシムとはそれなりに交友があり、本音を正面からぶつけ合った」

「お、お前が父さんと!?」

「結局私たちの意思が交わることは無かったが、堀田はお前に賭けた。それが正しかったのか正しくなかったのか、お前はそれを証明しなくてはならぬ。それを肝に銘じて生きていくがよい」

 

造物主は背を向けた。デュナミスの首根っこを掴んで引きずりながらこの場から離れていく。

 

「ちょっ、どこ行くんだよ!?」

 

造物主の後ろ姿は、どこか未来へ向けて希望を持ち、自分たちの前から姿を消したアンスパとダブって見えた。

 

「堀田が面白い物を見つけたように、私も私で見つけた。今日ここに来た、赤毛の魔法使いこそが正にそれだ」

「赤毛・・・・・・ナギたちか!」

「お前たちの話を統合する限り、この時代で世界は終幕を迎えなかったのであろう。だが、結果が分かったとしても過程は知っておく必要がある。だから、私はもう行こう。負けると分かっていてもな。そしてお前は今度こそ、自分の時代に帰るがよい」

 

決して振り返らず、造物主は片手を上げる。

その瞬間、シモンの胸元が輝きだした。

 

「あ、ちゃ、超のタイムマシーンが」

 

超の懐中時計が輝きだした。どんどんどんどん見えない力が注がれていくのが、魔法使いでないシモンにもハッキリと分かった。

 

 

「最後に小僧。私はお前に世界も未来も託せぬが・・・アーウェルンクスはお前に託そう。赤毛の魔法使いが世界と未来を救うかもしれぬ者なら、お前は何かを変えるかもしれぬ者。いずれ会う日を楽しみにしている」

 

「何を勝手に!?」

 

「そしてアーウェルンクスの親としてのアドバイスだ。奴は必ずお前たちの前から消えようとする。しっかりと捕まえておくのだな」

 

「ま、待て!?」

 

「我が子を任せた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ついでに、もう私の言うことを聞くことは無いのでこいつも持って行け」

 

 

空間が歪み始めた。あたりの景色がぐにゃぐにゃと揺れ、グルグルと回っていく。

 

「我不滅なり。いずれお前の時代で会う日が来るであろう。その時、お前の隣にアーウェルンクスが居なければ、堀田の賭けは負けたのだと笑ってやろう」

 

そして、次の瞬間、シモンの姿はこの時代のこの世界から、完全に消失したのだった。

 

 

「あと、今回お前にくれてやったその人形を・・・ちゃんと育てておけ。それも楽しみにしておく」

 

 

この後、意識を取り戻したアルは仲間と共に合流し、紅き翼はナギ・スプリングフィールドを筆頭に完全なる世界を壊滅させた。

多くの民たちに称賛され、王家から国民の前で彼らは英雄としての栄誉を与えられた。

しかし、その場にアルは行かなかった。

自分を救ってくれたドリルを持った英雄を差し置いて、自分が英雄と称えられるなど耐えられないと、彼は仲間にだけ語っていたそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時代が流れ、ようやく20年後の今に繋がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・あっ・・・・・」

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「あっ!?」」」」」」」」」」

 

 

 

 

シモンが次に見た光景は、いつもと変わらぬ仲間たちの姿。

そしてその後ろにそびえ立つのは、懐かしき麻帆良の世界樹だった。

 

「み、みんなァ!!」

 

シモンは、一瞬で嬉しそうに満面の笑顔を見せる。皆はシモンと逸れた時と同じ格好をしている。つまり、シモンと逸れてから彼らはずっとこの場所で自分を待っていてくれたのだろう。

どれだけ待っていたかの時間は気にしない。重要なのは、こうして彼ら全員を一番初めに見れ、彼らもまた嬉しそうな顔で「よう! 遅かったな!」とシモンが必ず帰ると信じていたことを証明するような笑顔で迎えてくれた。

ようやく帰って来た。

ここが自分の居場所。

そして自分の時代だ。

 

 

「遅くなってゴメン!」

 

仲間に。そして、ようやく帰って来たこの時代に、シモンは「ただいま」を心の底から言った。

 

「「「「「「シモーーーン!」」」」」

 

 

全員が一斉に飛びついた。

シモンは絶対に帰ってくると信じていたとはいえ、それでもうれしいことには代わりない。

一番最初に飛びついたのは、やはりニア。

 

「シモン」

「ニア・・・遅くなってゴメン」

「ううん。おかえりなさい、シモン」

 

ニアはまるでそこが自分の定位置かのように、自然にシモンの胸にすっぽりと収まった。

 

「ニア!」

「シモン!」

 

この時を超えた旅路でスッカリと逞しくなったシモンの腕の中で、ニアはシモンの存在を確かめるかのように、頬を何度もこすり付けた。

 

「ったく、相変わらずボロボロじゃねえか!」

「ただの迷子にしてはトラぶったようね。でも、ちゃんと帰って来たし、ニアに免じて許してあげるわ!」

 

二人をそのままにしてあげても良いが、やはりいつまでも静かにはできない。

カミナとヨーコがシモンの頭を笑いながらひっぱたき、そこからは雪崩の如くダイグレン学園が帰って来たシモンを揉みくちゃにした。

 

(はは、やっぱこれだ、これ。学園で・・・こうやってみんなと一緒に居る・・・)

 

ようやく自分が帰って来たことを、シモンは仲間たちの輪の中で再確認したのだった。

 

 

「そう、長い旅路だったようですね」

 

「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」

 

「あなたの帰還を、私にも喜ばせてください」

 

「あっ・・・あーーーーーッ!!」

 

 

そして何よりも・・・

 

「シモン君、おかえりなさい」

 

その男は、真っ白いローブを羽織っていた。学園祭というお祭りの中ではそれほど珍しくはないが、それでも彼の異質さは明らかだった。

麻帆良武道大会ではやけに馴れ馴れしく、どこか怪しさも感じられる男だった。

だが、今は違う。

 

「アル!!」

 

アルビレオ・イマ。20年前と変わらぬ姿で、20年後の今、シモンの前にようやくその素顔を完全にさらした。

 

「アルさん!」

 

ニアもうれしそうにアルの名を呼ぶ。

だが、カミナたちは知らないために首を傾げている。

 

「ん? こいつって、クウネルなんとかって奴だろ?」

「そうそう、クウネル・サンダース。あんたら、知り合いなの?」

 

知っているどころではない。20年前の過去ではシモンとニアはアルと出会っていた。

だからこそ、その彼が今目の前に居ることがうれしかった。

それはアルも同じだった。彼は、笑みを浮かべながら頷いた。

 

「ようやく・・・・・・クウネルでもなく・・・・その名で・・・・アルと・・・私を呼んでくれましたね、シモン君、ニアさん」

 

そしてそれはただシモンとニアが過去から帰って来たからうれしいとか、久しぶりの再会だからうれしいとか、そういうレベルではない。

アルにとってはもっと深い事。

だからこそ、アルは急に真面目になった。

 

「この20年。色々ありました。かつての仲間は散り散りになり、時代は流れ、世界も変わりつつあります。そんな中、ようやく見つけたあなたたち。不思議なことに20年以上前と変わらぬ姿、いえ・・・少し情けなくて弱い姿のあなたたちを見つけました」

「アル?」

「覚えていますか、シモン君? 麻帆良武道大会で最初に私が声をかけた時、あなたは何と言いました?」

 

武道大会の時、ロージェノムと戦う直前に現れたアル。

 

 

――こうして目の前で見ていても信じられません・・・ですが・・・ようやく出会うことが出来ましたね、シモン君

 

――な、・・・なんなんだよいきなり・・・・お前は一体誰なんだ? 何で俺のことを知ってるんだ!

 

―― 一体誰・・・ですか・・・ふむ、私を知っている者たちが時代を経て居なくなっているとはいえ、面と向かって言われるとショックですね・・・・

 

あの時の意味を、シモンはようやく理解できた。

 

 

「君に私の気持ちがわかりますか? 二十年前に私の命まで救ってくれ、何も言わずに姿を消した友が・・・20年の時を経てようやく再会できたと思った第一声が、お前は一体誰なんだ? ・・・ですよ?」

 

「アル、それは・・・」

 

「クウネルという名にも、まったく反応を示さなかった君に、どれほど私が悲しんだか。どれほど胸が痛かったか。どれほど・・・寂しかったか」

 

「アル! 俺は・・・その!」

 

アルはシモンの口元に人差し指を当ててウインクする。

 

「でも、もういいのです」

 

「アル・・・」

 

「あの時に言えなかった言葉を・・・今こそ言いましょう」

 

 

そして、いつも謎めいていたアルが、初めて心からの笑みを見せた。

 

 

「あの時、助けてくれてありがとうございました、シモン君」

 

「アル!!」

 

 

それは時を超えた感謝の言葉。

20年もかかってしまったが、アルはようやくその言葉を言え、とても満足そうに笑った。

 

「良かった! 心配だったんだ! ちゃんとお前たちは、勝ったんだな!」

「ええ、当然ですよ。私たちを・・・誰だと思っているんですか?」

「アル!」

 

シモンも気づけばアルに飛びついていた。

ようやく全てが繋がった。

20年という気の遠くなりそうな年月を経て、新たな友情が世界樹の下で咲いたのだった。

 

「まあ、よくわかんねーが、新たなダチか? まっ、事情は知らねーが、仲良くしようぜ!」

「とにかく、これで全員集合! 後は祭りを楽しもうぜ!」

「ししし、とにかく食うぞ! あとはとにかくパーッと騒げ!」

 

まあ、よく分かんないけど、とにかくバカ騒ぎをしようぜと、ダイグレン学園の仲間たちがダイブしてきた。

 

「ちょっ、みんな~」

「ほれほれ、さっさと行くぞ!」

「シモ~ン、デートです♪ いっぱい遊びましょう?」

「ははは、20年経っても仲がよろしいようで」

「ったく、まあいいさ。アルも一緒に行こうぜ!」

 

これで全てがめでたしめでたしのハッピーエンド・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ・・・・」

 

 

 

 

というわけにはいかないのであった。

 

「どうしたんだよ、フェイト?」

 

今までずっと無言だったフェイトが、怖い顔して口を挟んだ。

その時、皆との再会ではしゃいでいたが、シモンもようやく思い出した。

フェイトの真実。そして完全なる世界のことを。

だが、シモンは既に決意している。

フェイトの過去を全て受け入れて、いつまでも友であり続けることを。

そのことを、フェイトにちゃんと伝えたかった。

そう・・・伝えようとしたのだが・・・・

 

 

「シモン・・・・・・・これは一体・・・・・どういうことだい?」

 

「「「「「「「「「「ん?」」」」」」」」」」

 

 

フェイトが指差した先にはセクストゥムが状況を飲み込めない様子で、首を傾げていた。

 

 

「ああ、そいつはセクストゥムって言う名前らしくて、何でも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

セクストゥムが首を傾げていた。

 

 

 

「そいつは・・・セクストゥムって・・・言っ・・・て・・・・」

 

 

 

重要な事なので、シモンは二度見した。

するとセクストゥムが、普通にそこに居た。

 

「だから・・・そいつは・・・その・・・セクストゥム・・・・・って・・・・言って・・・・・」

 

セクストゥムは当たり前のようにいた。

 

 

 

 

「ついてきちゃったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」

 

 

 

 

セクストゥムがついてきてしまったのだった。

 

「うおおおお、何だこの子は!?」

「けっこ~、可愛いじゃん!?」

「つうか、フェイトに似てるな! どうしたんだよ、シモン、この子は!」

「まさかフェイトの親戚か? それともまさか妹か!」

 

フェイトと同じ顔で容姿の良いセクストゥムに興味津々で群がるダイグレン学園。

 

「シィ~~~モォ~~~ン~~~」

 

シモンは初めて見た。あのフェイトが、まるで般若を思わせるかのような形相を浮かべてシモンの胸ぐらを掴んだ。

 

「君は何さり気なくとんでもないものを連れてきているんだい!? っていうか、僕たちと逸れたこのちょっとの間に君は一体何をした!? これはちょっと洒落にならないよ!?」

「ごごごごご、ゴメン!? 俺も全然その気は無かったんだけど! この子が急に・・・」

「なんてことをしてしまったんだ君はァァァァァ!! っていうか、6番の消失の原因はこれだったのかァ!?」

 

マジ切れしてシモンの胸ぐら掴んでぶんぶん揺らすフェイト。すると・・・

 

「マスターに危害を加えるものは許さない」

「ッ・・・・君は!?」

「私のマスターには、指一本触れさせない」

 

今まで状況把握で思考を使い、無言だった彼女が初めて動いた。

それはシモンを守るため。

だが、この時に彼女が発した「マスター」という言葉は、シモンを守るどころか死刑宣告に等しいことだというのは知らなかったらしい。

 

 

「「「「「「「「「「マスタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!??」」」」」」」」」」

 

「あっ・・・・・・・終わった・・・・・・・」

 

 

終わり共に、怒号が響く。

 

「シ、シモン!? 君は一体僕の居ないところで何をした!?」

「おらああああ、男じゃねえか、シモン!」

「見損なったわ、この浮気男ッ!」

「てめえ、ニアちゃんが居ながらなんつーことを!?」

「歯をくいしばんなさあああああああい!!」

「コラァ、テメエ、分かってんだろうなァ!!」

「ちゃんと説明しろやコラァ!」

 

デュナミス、アンスパ、そして造物主。あらゆる存在と対峙したシモンだが、今こそもっとも死を実感した瞬間だった。

 

 

「いや~、良かった。テルティウム・・・フェイト君がいるのに、セクストゥムさんが今までいなかったのが、とても心配だったんですから。後は綾波フェイさんだけですけど・・・まあ、それに関してはまた後で・・・今度詠春を呼び出すので、じっくりと」

 

「ア・・・アル・・・・」

 

「こういう歴史の流れだったのですね。ようやく合点がいきました。シモン君にはニアさんが居ますけど、彼女が隣に居ないのであればそれはそれで不憫」

 

 

嫌な予感がした。

シモンの直観がそう教えてた。

アルがニヤニヤと、まるでこの瞬間を待っていたとばかりにニコ~ッと笑っているのが、いかにも怪しかった。

 

「なぜならシモン君はあの時、意識のない彼女に対して、猛った逞しく太いドリルを彼女にブスッと挿入しまして、ドリルの先からとてもとても濃いエネルギーを大量にドバドバと彼女の中に出しまして、そこでようやく目を覚ました彼女は、も~シモン君にメロメロで、シモン君に身も心もすべて捧げて忠誠を誓ったのですから」

 

終わりが更にやばいことになった。

 

 

「アル―――、その言い回しはあんまりじゃないか!? っていうか、やっぱり俺がお前を知らなかったことを怒ってるんだな!?」

 

「おやおや、だって事実でしょう? 私はちゃ~んと見て覚えてますよ? 敵の幹部が涙を流しながら、シモン君への恨みを叫んでいたことも」

 

「なんかちが~~~~~~う!!」

 

「「「「「「「「「「ぬああんんだそりゃあああああああああああああああああああああ!!??」」」」」」」」」」

 

 

それが真実であっても真実でなくても、「じゃあこの女は何なんだよ?」その質問にシモンもうまく答えられるはずもない。

 

 

「まあまあみなさん。落ち着いてください」

 

「「「「「「「「「「ぬおっ!?」」」」」」」」」」

 

 

とっても可憐な笑顔を浮かべたニアが、冷静に皆を宥めた。

 

「ニア!」

「シモンはそんなにひどいことをする人ではありません」

「ニア・・・・」

「私はちゃ~んと知っているんですから」

 

何と、もっとも騒ぎそうなニアが皆を宥めた。

 

「そうですよね? シモン」

 

とても優しく笑いながら。

なのに・・・

 

「ニア・・・・」

「・・・ちゃん・・・・」

「目が・・・・」

「・・・・・・・・・・ちっとも笑ってねえ・・・・・」

「逆に怖いわ・・・・」

 

笑顔なのに、怒鳴るダイグレン学園よりも遥かに怖かった。

 

「いいえ、ニアの言うとおり、私も信じています」

「黒ニア!?」

「でも、アルの言っていることの真偽を確かめるため、一応確認を・・・・」

 

ニアから黒ニアにチェンジし、黒というか闇を纏った黒ニアが、不気味にほほ笑む。

 

「く、黒ニア!? ドリルなんて取り出してどうしたの!?」

「シモンが中に出したとおっしゃられたので・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・で・・・で?」

「それが本当かどうか・・・・・中に誰も居ないか確認を・・・」

「それ、洒落にならないからァァ!?」

 

黒ニアが闇ニア通り越して、病みニアになった。

ああ、自分はここで死ぬかもしれない。シモンは本気で覚悟した。

 

「マスター・・・お下がりください」

「だから・・・なんでだよ~」

 

ダメ押しに、シモンに誰も手を出させないとばかりに、セクストゥムは黒ニアの前に立ち、両手を広げて通せんぼした。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・なんのつもりですか?・・・・・・・」

「私のマスターには指一本触れさせません」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「マスターから離れてもらいます」

 

学園祭はとても楽しそうで賑やかだ。

みんなハシャイで、本来なら自分たちもそこで、学園生活一生の思い出でも作ってたんだろうなと、感慨深くなるシモンであった。

 

「離れる必要はない。消えるのは君だ、セクストゥム」

 

フェイトまで争いに加わりだした。もう、勝手にやれとシモンも体育座りで項垂れた。

 

「あなたがマスターの元から消えなさい、テルティウム」

「いいや、シモンの傍から消えるのは君だ」

「私はマスターにお仕えする身。離れることなどありません」

「僕はシモンの友で部活仲間でクラスメート。ランクでいえば僕の方が上だ。だから君の方が先に消えたまえ」

「消えません」

「消えるんだ」

 

ニア、セクストゥム、フェイト。

まあ、こうなることは普通に考えればわかったはず。仲間は仲間で大激怒。

アルとカミナだけは爆笑していた。

 

(父さん・・・造物主・・・・・・・・約束果たすのは・・・結構難しいよ・・・・)

 

約束を果たすことの難しさを実感したシモンだった。

 

「テオドラ・・・綾波フェイ・・・今回の旅路でシモンとの絆が深まりましたが、どうやら余計な場所へ穴を掘り当てたようで・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「テオドラはもう会うことは無いですし、綾波フェイも誰かが望まぬ限り現れないでしょう・・・ですから、フェイトさえ警戒していればと思ったのですが・・・」

 

しかし、黒ニアの予想は意外と外れ、テオドラとも意外と数か月後ぐらいに再会することになる。

よって、シモンとニアは完全両思いでありながら、なかなか障害多い道を進むことになるのだった。

 

「私が粛清しましょう。妻は私です」

「私はマスターの人形です」

 

こうして過去の旅路から帰って来たシモン。旅と同時に、学園祭二日目が幕を閉じた。

 

 

 

「「「「「「「「「「とにかく一度裁判だ!!!!」」」」」」」」」」

 

 

 

ついでにシモンも終わった。

そして、学園最終日。ついにのけ者になっていたドリ研部のあの女が動き出す。

 

 



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第三部 完全なる世界の終わりと始まり編
第57話 仲間が増えりゃとにかくめでたい


その夜、麻帆良の世界樹が大発光した。

噂によれば22年に一度という周期で世界樹は大発光を迎えるらしい。

その原因は未だに表だって解明されてはいないが、人々にとっては何故大発光するかよりも、何て美しいのだろうという感情の方が勝っていた。

見る人たちの心に残る、一生に一度とも言える幻想的な雰囲気に見入っている生徒や祭りの参加者たちは数知れず。

だが、そんな幻想的なイベントには似つかわしくないほど、花より団子とばかりに食っては飲んで、そして騒ぐことを繰り返しする輩たちがいた。

それが・・・

 

 

「水のアーウェルンクス、セクストゥムです。以後お見知りおきを」

 

「「「「かっ・・・・かわいッッッッ!?」」」」

 

 

いつもなら「いえーい」と大歓声を上げて盛り上がるダイグレン学園の男たちが、驚愕の表情で固まった。

 

「?」

 

何か自分のあいさつに不備があったのかと、不思議そうに首を傾げるセクストゥム。彼女にアホ面で固まる男たちの気持ちを理解できるはずがない。

 

(か、かわいい・・・)

(やべえ・・・何だこの気持ちは・・・)

(美人や可愛い子たちは今まで何人も見てきたが・・・すげえ・・・)

 

麻帆良学園都市歴代最悪の学級と言われているこのダイグレン学園は、麻帆良の世界樹中央広場を陣とって、宴会をしていた。

 

「か~、いいね~、セーちゃんは!」

「こういう女を俺たちは待っていた!」

「ちょ~っと黒ニアに似てるとこもあるが、黒ニアは打算的な腹黒さがあるからな~!」

「まっ・・・シモンにしかキョーミねーって所は同じなんだがよ~」

 

シモンが何やかんやで過去から連れてきてしまった、『完全なる世界』のアーウェルンクスシリーズのセクストゥム。

 

「ああ・・・シモンにしか・・・なッ!」

「「「「「ギロッ!!」」」」」

「うっ・・・」

 

フェイトと同じ存在である彼女。始まりの魔法使いに造られ、世界崩壊へ導く駒として暗躍するはずだった彼女は、気づいた時にはダイグレン学園の荒くれ者たちに囲まれ、歓迎されていた。

その傍らで正座させられているシモン。

皆が一斉にシモンをギロリと睨む。

 

「さ~って、シモン。オメーは何やかんやでドリルをぶっこんで色々出して、セーちゃんをヤッたらしいな~?」

「ち、違うって!?」

「バーロ! ちゃんと証人が居たじゃねえか!」

「アルはワザと言ってるだけなんだってば!」

 

セクストゥムは男たちに両手を上げて大歓迎されている一方、シモンへの追及は夜通し行われていた。

 

「穴を掘るかしか能のないシモンが、そんな最低な事をしたなんてね」

「おまけにニアもいんのによ~」

「許せません」

「今回ばかりはさすがの私でも擁護できないわ」

 

特にニアと仲の良い黒の三姉妹とヨーコの睨みはキツイ。ジト目でシモンを軽蔑した目をしている。

 

「だから~~~~! セクストゥムも本当のことをちゃんと言ってくれよォ!」

 

そして、正座するシモンの隣で相手を射殺すかのような瞳で睨んでいるのが黒ニア。

視線に耐えきれずにセクストゥムに救いを求めるシモンだが、それは火に油。

 

 

「ほんとうの・・・? あのような経験は私も初めてでしたので、コメントのしようもありません」

 

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」

 

「ただあの瞬間は、マスターの温かさが私の中に満たされたと思います」

 

「「「「「「「「「「み、満たされた!? ナカにッ!?」」」」」」」」」」

 

 

確かに正解だが正確ではない。

 

「セ、クストゥム! それは言い方がむぐっ「シモンは黙ってろ!」 って、俺のことなのにー!」

 

シモンが慌てて訂正しようとするが、うるさいと判断されてキタンたちに口を無理やり押えられる。

 

「畜生がァ!? やぶったのか!? 突き破ったのか!? 初めてだったのか!? 初めてだったセクちゃんの薄い壁を突き破ったのか!?」

「しかもナカだと!? 出しただと!? 何をだ!? だが、聞きたくねえ!?」

「くそが・・・シモンの野郎・・・だが・・・だが・・・」

「シモン最低・・・でも、でも・・・これだけは・・・」

「ああ・・・これだけは私たちも聞きてえ・・・」

「やけにモテるシモンだけど・・・実際のところ・・・」

 

もごもご言うシモンを黙らせながら、ダイグレン学園は身を乗り出して、ゴクリと息を飲み込んでセクストゥムに問う。

 

 

「「「「「「「「実際のところ・・・・・初めてがシモンでどうだった?」」」」」」」」

 

「みみみみみみみみみ、みんなァ!? な、なにをモゴモゴ~~!?」

 

 

ヨーコまでもが顔を赤らめながら耳を大きくしてセクストゥムの言葉を待つ。

セクストゥムは困ったように辺りをキョロキョロ見渡しながら、最終的には口を押えられているシモンを見る。

すると、シモンは目で合図する。

 

(お願いだから、余計なことは言わないで!)

(マスター・・・)

 

日は浅くとも、シモンの訴えを読み取ったセクストゥムは、ある意味優秀であった。

しかし、正しい言葉でセクストゥムが答えられるかは、別の問題である。

 

(マスターは・・・余計なことは言うなと。それはつまり、回答を簡潔に、そして分かりやすく・・・)

 

セクストゥムは一瞬で過去を回想し、目を覚ました瞬間を思い出す。自分のボディに注ぎ込まれたエネルギーと、シモンのドリル。

 

(あの時、マスターがどうであったか・・・この方たちの問いに対して、正しく簡潔にわかりやすい回答は・・・)

 

セクストゥムは目をカッと見開く。と言っても、元々無表情であまり何も変わっていないのだが、この一瞬で彼女が思いついた回答は・・・

 

 

「マスターのドリルは・・・とても大きかったです」

 

「「「「「「「「お、大きッッッ!!??」」」」」」」」

 

 

男たちは絶望した。

 

「「「「「やっぱドリルの大きさかァ!?」」」」」

 

女たちは、顔を赤らめながらシモンの股間をチラチラ見る。

 

「「「「やっぱり・・・大きいんだ・・・」」」」

 

デュナミスのように嫉妬に狂った男たちが、「シモンぶっ殺す!」と発言し、女たちが「シモン最低」と非難する。

だが、その罵倒の嵐をものともせずにセクストゥムは両手を広げてシモンを守る。そのセクストゥムの従順すぎる行為に、仲間たちの怒りは更に募るのであった。

 

 

「シモーーーン、テメエコラァ! 俺たちをナメやがってェ!」

 

「そんなんじゃないんだってばァ!」

 

「はい。マスターは舐めていません。私がマスターの全身を舐めました」

 

「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」

 

 

――ブチッ

 

「な、舐めッ!? まさかテメエ、高級車を!? スーパーカーのことかっ!?」

「は、跳ね馬を・・・おまっ・・・それは流石に」

 

正直、この場はカオスと言っても差し支えないだろう。一応そんな彼らをまとめる役も居るのだが、あまりこの状況では役に立たない。

 

「はいはい、エロスな話はそれまでにしてください!」

「ロシウゥゥゥゥゥ!? テメエは悔しくねえのかよォ!」

「バカなことは言わないでください。まったくあなたたちは・・・それよりどうするのです? タイムパラドックスとか色々考えていたのに、過去の時代の者を未来に連れてくるなんてアリなんですか?」

 

騒がしい一同の中、唯一のインテリ組でもあるロシウが冷静にセクストゥムについて尋ねる。

皆もよく分かってはいないようだが、事態が少し特殊であることは理解している。

だが、理解はしていても、それほど気にはしていなかった。

 

「あ~ん? 今はそんなことどーでもいいだろうがよ! 大体ロシウ、オメーはこいつをどうしろって言うんだ?」

「そーだそーだ! セクストゥムちゃんは帰る気ねーんだし、いいじゃねえかよ! 今はシモンの問題が先決だ!」

 

聞く耳持たない皆に、ロシウはいつものように頭を抱えた。

 

「まったく、無責任な・・・どうするも何も・・・過去に戻って置いてくるしか・・・」

 

冷静に考えればそうだろう。

ロシウのその意見にフェイトは大きくうなずいて賛同しようとする。

だが・・・

 

「ロシウ! よくぞ言ったね。君の言う通「「「「「「「ふざけんなあああああああああああああ」」」」」」」・・・・」

 

フェイトの言葉は男たちにかき消された。

 

「ロシウ! テメエは・・・仲間を何だと思ってやがる!」

「それは・・・」

「セーちゃんを一人になんかさせねえ! 俺たちがついてる! この場所に居たいって言う仲間を、テメエは追い出す気か!」

 

ちゃぶ台をひっくり返すかのようにガタンと立ち上がって、キタンたちが叫ぶ。

 

「いや、キタンもロシウも冷静に考えたまえ。いつからセクストゥムが君たちの仲間になった?」

「ま、まあ・・・キタンさんたちの言う通りですけど・・・そうですね・・・う~ん、僕に判断は難しいですけど・・・そこまで言うのなら・・・」

「何故折れる! ロシウ! 気をしっかり保ちたまえ。君が反対しなければ、とんでもないことになる!」

 

フェイトは必死にロシウの味方に回ろうとするが、なんだかんだでロシウも「仕方ないですね」と9割あきらめ気味。

 

 

「オラァ、セクストゥムちゃんを帰すのに反対な奴は手を上げろ!!」

 

「「「「「「反対反対はんたーーーーい!!」」」」」」

 

「セクストゥムちゃんはどうよ!? 元居た場所に帰りてえのか!? それともここに居てえか!?」

 

「・・・? 私はマスターのお傍にいます」

 

「畜生! シモンムカつく! だがこの子は可愛い! 許す! これで決定だァ!」

 

「「「「「賛成だァ!!」」」」」

 

 

フェイトの言葉は簡単にかき消され、そしてついにはこの男がまとめる。

 

「だーはっはっはっはっは、ま~いいじゃねえかよ、フェイ公。オメーの妹なんだろ? そんな邪険にしなくたって、いいじゃねーかよ」

「カミナ、いーじゃねえかよではない! 大体、何を勝手に妹などと!」

「まっ、結局はダチが一人増えたってことだ! まあ、よくわかんねーけどこいつがここから離れねえって言うんだったら、俺らは構わねえぜ!」

 

カミナが手のひらを拳で叩いて決定する。

 

 

「「「「「「おう、それでいーじゃねーか!!」」」」」」

 

「あっ・・・はい、不束者ですがよろしくお願いいたします」

 

 

そして、決定事項にセクストゥムはアッサリ了承。

 

「なぜそうなるんだァァァ!?」 

 

フェイトの意見など通らず、それでいーじゃねーかということで、セクストゥムの残留はアッサリ決まってしまったのだった。

フェイトは愕然として両膝をついて頭を垂れた。

 

(な、なぜだ・・・何故この流れに僕はいつも逆らえない・・・どう考えてもおかしすぎる・・・)

 

何故意見が通らない? フェイトは頭が痛くなった。

そして問題がここで増えた。

 

(僕は・・・今回の旅が終われば・・・・皆の前からそのまま消えるつもりだった・・・)

 

そう、フェイトは魔法世界に居た時から、この場から立ち去ることを心の中で決めていた。

それは、世界を、そして友を守るためだ。その信念を通すために麻帆良から立ち去ることを決めていた。

 

(しかし、どうなる? いくらなんでもセクストゥムを置いていくわけには・・・僕だけが消えてセクストゥムを置いて今後不都合があった場合・・・セクストゥムが何か問題になった場合どのように対処すれば・・・)

 

セクストゥムの存在が足かせとなり、フェイトは踏ん切りがつかないでいた。

 

(もしセクストゥムの設定が本気でシモンをマスターと認めてしまったのなら、彼女は動かない・・・この場から力づくに連れて帰るという方法は・・・しかし・・・)

 

その戸惑いが、ただセクストゥムの存在が気がかりなだけなのか、はたまた未練があるからなのかは定かではないが、決心したはずのことでフェイトは戸惑い始めた。

どうすればいいのか? だが、結局答えは出ない。

最後の最後までこの学園は自分を悩ませてくれると、フェイトは呆れたように苦笑して溜息ついた。

 

「やれやれ、分かっているのかな? あのセクストゥムという存在がどんなものなのかを。・・・・いや、でも分かっていようと、彼らは変わらないか」

 

彼ららしい。結局それにつく。

 

(それにしても、結局・・・どんな戦いや世界を回っても、彼らは彼らのままだった・・・)

 

たとえ、完全なる世界という組織の者でも簡単に受け入れてしまう。それが彼らの危うさでもあり、そんなダイグレン学園にフェイトも心を許した・

 

(・・・セクストゥムか・・・、最初はどうなることかと思ったが・・・シモンもカミナたちも、僕の時と同じように彼女を受け入れた)

 

セクストゥムを見る。シモンに詰め寄る嫉妬と軽蔑の混じった視線から庇うように立っている。

 

(ふん、マスターに忠誠を誓う健気な人形か・・・・・・シモンもしばらくは手を焼くだろう・・・でも、この場所なら・・・彼らならきっと・・・いや、絶対に・・・セクストゥムすら変えてしまうのだろうね・・・)

 

セクストゥムはフェイトの目から見ても、今は何も知らずにただシモンという主の傍から離れぬ人形に過ぎない。

 

(カミナ・・・僕は自分のことを人形だと決めつけていた・・・だから僕たちは相容れないと断言した・・・)

 

だが、彼女もこの環境に居ればすぐに変わるのではないだろうか。自分がかつてそうだったようにと、フェイトは心の中で思う。

 

(どうやら僕の負けだったようだ・・・カミナ・・・)

 

そして、それが僅かに羨ましいと思ってしまった。

 

(彼女はこのまま何も知らず、『完全なる世界』のことも意識をしないまま、ずっとシモンたちとここに居る・・・例え僕の決着が済んでも・・・いつもの日常に彼女は居る・・・)

 

そこでフェイトは頭を振って苦笑した。

 

(やめよう。こんなことを考えるのは。ただの日常に生きるアーウェルンクスの行く末を見て見たい気もしたが、僕は僕だ。為すべきことを・・・するんだ・・・)

 

宴会の盛り上がりが高ぶる中、誰にも気づかれないように、誰にも見られないように、フェイトはそっとその場から離れる。

 

「カミナ・・・シモン・・・ニア・・・・・・みんな・・・」

 

フェイトが消えたのはほんの一瞬。

その一瞬だけで彼は何百メートルも離れた建物の屋上でダイグレン学園の宴会を遠目に見ながらほほ笑んだ。

 

「さて、行ってくるか」

 

宴会とセクストゥムという存在に気を取られていた彼らを誰も責めることはできない。

誰にも気づかれることなく、フェイトはその輪の中から消えた。

何も言わず、何の前触れもなく、彼は姿を消したのだった。

 

「さて、彼女たちも待っているだろう。そろそろ僕も自分の居場所に帰ろう・・・」

 

ここから立ち去ろう。そう決めたフェイトが背を見せた瞬間、その足を止めるものが現れた。

 

「おやおや、こんな所でコソコソと何をやってるネ?」

「・・・・・・・・君は・・・」

 

闇夜でありながら、世界樹の発光の光を背後に立つ彼女の姿は一瞬で見分けることができた。

久しぶり・・・そういう気持ちになったが、この時代の時間では僅か数時間しか経っていないだけに、その表現は正しくないのだが・・・

 

「と言っても、私もコソコソとやっている身だから人のこと言えないけどネ」

 

同じ部活に所属する仲間の存在をすっかり忘れていた。

 

「こんばんわ、フェイトさん。随分探したヨ?」

 

ドリ研部創設者の超鈴音がこの場に現れたのだった。



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第58話 似た者同士だお前らは

「超か・・・君のことをスッカリ忘れていたよ」

「んん? それは寂しいネ。シモンさん、ニアさん、そしてザジさんを探しても見当たらないから、私をのけ者にしているのかと、チョット寂しかったヨ」

「・・・ふっ、それはすまなかったな」

 

同じドリ研究部。

言って見れば彼女はフェイトにとって友と呼ばなくてはいけない存在なのだろう。

だが、体は自然に超に対して警戒していた。

 

(超か・・・久しぶりに会ってみても・・・やはりこの子には気を抜けないな・・・)

 

シモン辺りに言えば怒るかもしれないが、まだまだ己をさらけ出していない超は、フェイトにとっては心の許せるものではなかった。

 

「そう警戒しないでもらいたいネ。別にフェイトさんには何もしないネ」

 

冗談めいた口調で場の重い空気を和ませようとする超だが、フェイトはポケットに両手を入れながらも、隙をまったく見せない。

 

「ボク・・・には?」

「ん、ん~? そこに食いつくカ? 当然シモンさんたちにも何もしないネ」

「・・・何もしない・・・か・・・でも、何かをしでかそうとはしている様だね」

「あ~~、もう、フェイトさん、睨まないで欲しいネ~、流石の私もフェイトさんやシモンさんたちを敵に回すほどバカじゃないネ」

「じゃあ誰を敵に回す? と言っても、大方の予想はついているけどね」

「おっ? 流石はフェイトさん。冷静に先を見通すのは、シモンさんたちやネギ坊主にはできないことネ」

 

ただの互いの腹の探り合い。

だが、とにもかくにも世界樹の大発光を背に、二人は再会したのだった。

 

「超・・・君こそこんな夜更けに何をしているんだい?」

「シモンさんに、・・・ちょっとある物を返してもらいに行くネ」

 

ある物。フェイトはすぐにソレを理解した。

 

「ある物ね・・・・・・ふん、タイムマシーンというところかい?」

「ッ!?」

 

まさかフェイトが知っていると思わなかったのだろう。超は目を見開いた。

 

「フェイトさん・・・・」

「ふっ、君こそ睨むな。どうしてあんなものをシモンに渡したのかは知らないが、アレのおかげで僕はしばらく胃が痛かったんだから」

「ただの手違い・・・凡ミスだが・・・その様子だとフェイトさん・・・あなたたちは・・・」

 

フェイトは小さく笑って頷く。超は想定外だったのか、舌打ちする。

どうやらよっぽど知られたくなく、そして重大な事だったのだろう。何を考えているか分からない超が、感情的な表情を見せるのがその証拠だった。

そしてこれはいい機会だった。

感情をあらわにしたのだから、本音も引き出せるかもしれない。そう思ったフェイトは、立ち去る前に超から彼女自身のことを引き出すことにした。

 

「超・・・君はどの時代の人間だい?」

「単刀直入ネ。まあ、今さら隠す必要もないカ・・・・・・ふふふ、聞いて驚くがいい」

 

超はゴゴゴゴと迫力を込めて答えを勿体ぶる。そして勿体ぶった挙句に言った言葉は・・・

 

「ふふ、私は・・・未来から来た火星人ネ!」

 

タコのお化けのようにフザケふるまう超。

 

「なるほど、火星人か」

「ぬ・・・ぬぬ~~」

 

しかしフェイトは無表情のまま、アッサリ信じた。

 

「・・・・は~~、フェイトさんにはこのネタは通用せず、なおかつこれだけで全てを理解されてしまうから嫌だったネ」

 

両肩を竦めて苦笑する超。

フェイトは今の超の言葉を聞いて、全てを理解した。

 

 

「未来人か・・・ならば目的は、過去の改編と言ったところか」

 

「・・・・・・・・ウム」

 

「消滅した異界から隔離された人間・・・残された領土争い・・・・・・もし魔法や魔法世界の存在が地球で周知の物であれば・・・とどのつまり、そんなところかい?」

 

 

フェイトの言葉に超は言葉の代わりにニヤッと笑みを浮かべて肯定の返事をした。

 

「なにヨ・・・随分とアッサリ言ってくれるネ」

 

そしてフェイトの鋭さに舌を巻いたのか、超は観念して己の胸の内を明かそうとする。

 

「だがまあ、そこまで言うのならフェイトさんには教えても――」

 

だが・・・

 

「いいや、別に興味ないね」

「・・・なに?」

 

フェイトはアッサリと言い捨てた。

超は一瞬目を丸くするが、笑ってごまかして話を戻そうとする。

 

「そう言うのはちょっときついネ。私とフェイトさんは似ていると思うが?」

「似ている? 君と僕が・・・かい?」

「ウム、人に何を言われようとも、己の信念を曲げず、大義を貫き、例え力をもってしてでも突き進もうとするところネ」

 

自分たちは共犯者ではない。しかし、想いは同じであると超は言いたいのだろう。

だが、フェイトはほんのわずかの間だけ、もう一度だけ超について考えてみたが、答えは結局変わらなかった。

 

「一緒に・・・しないでもらおうか?」

「ッ・・・フェイトさん・・・・・・・」

 

フェイトは変わらず断言する。自分と超では見ている物が違うのだと。

 

「君は自分の時代から逃げたんだ。君は自分の時代から逃げて、過去を変えることにすがった」

 

フェイトが見ているのは未来。

 

「超鈴音。わざわざこの世界の根本を変える必要などない。僕が全てを終わらせる。それで終わりだ」

 

闘うのも、守るのも、この世界の未来のため。

 

「それは・・・あの世界の完全消滅を意味するカ?」

「ああ。せめてもの慈悲となる楽園は用意するけどね。君のやろうとしていることは火星の民のためになるのだろうけど、この世界のためにはならないからね」

 

フェイトは小さく「彼らのために」と超には聞こえないぐらいの大きさで呟いた。

 

「ふふふふ・・・ふはははははは、それで私たちは一緒ではないと、よく言えたものネ!」

 

だが、超は嘲笑する。

 

「世界を根本から変える私と世界そのものを消滅させるフェイトさん! どっちもどっちネ!」

「どっちもどっち?」

「そう、あなたは未来には絶望しかないと諦めて、全てを消すことを選ぶ。私は未来には絶望しかないと諦めて、過去を変える。私たちの何が違うネ! 未来を諦めたのは、あなたも同じヨ!」

 

しかし、フェイトの想いはハッキリしている。

 

「違う。僕はこの世界の未来を守るために戦う。そこに、火星の人間など関係ない」

 

自分たちは違うのだと、超の言葉を受け入れなかったのだった。

 

 

「超鈴音。この世界の今を君に壊させたりなどさせない。それに、 そんな心配しなくとも、僕のやろうとしていることが実行されれば、火星人は何も心配しなくなる世界になる。何故なら・・・火星に生命など存在しなくなるのだから」

 

「はっはっは、完全消滅か・・・それは流石に見過ごせないネ。私の存在そのものが影響を受ける」

 

「時の流れを捻じ曲げるからには、そういう可能性も考慮すべきだ。悪いけど同じ部活のよしみとはいえ、先に捻じ曲げたのは君の方。僕は君に一切の遠慮はしない」

 

 

互いの目指すべき場所は似ているようで、ハッキリと立ち位置を分かつフェイトと超。

 

「君の計画に興味はないが・・・ただ、この日常を壊そうとしていることだけは見過ごせないね」

 

次第に二人の間に火花が散り、闇夜の空気が非常に重く包み込んだ。

 

「よくぞそこまで私の大義にイチャもんつけてくれるネ。魔法世界人の心を無視して、下らぬ思想を押し付けるテロリスト風情が」

「君こそ大義の意味を分かっているのかい? 地球人の心を無視して、下らぬ思想を押し付けようとする夢想家が」

 

二人の進むべき道は違う。ならば互いが互いに障害となることは無かったはず。

無かったはずなのだが・・・

 

「セイッ!!」

「ふん!」

 

気づけば二人の拳は、交わっていた。

 

「はてさて・・・何故進む道の違う者同士が・・・こうして拳を交えるのかナ?」

「決まっているだろう? 僕たちは互いが気に食わないんだろう?」

「はっはっはっは、そうかもネッ!」

 

その瞬間、麻帆良祭二日目の夜の零時が過ぎ、日が変わった。

 

「昨日が終わり、今日になった。今日は私の全てを賭ける日ネ」

「ふっ・・・だが君は、大義を忘れて僕を殴ることに気を取られている。何かにのめりこみ過ぎると、色々なことを忘れてしまう」

「・・・フェイトさんにしては口数が多くて珍しいネ」

 

フェイトの掌打が超の顎を捕らえようとする。だが、超はその瞬間姿を消した。

それは、スピードではない。相手の動きを読んだ身のこなしではない。

まるで時間軸の違う世界に居るかのごとく、超はフェイトの背後に回り込んで、中段の崩拳を叩きこむ。

フェイトはガードしたものの、ガードの上からでも衝撃と、電流が伝わってくる。攻撃のネタは、超が身に着けている特殊スーツのようなもの。

運動能力を向上させ、攻撃に電流などの付加を加えるものだろう。

 

「確かに大義は大事。でも、だからこそ・・・その手の侮辱を私は我慢できないヨ」

 

吹き飛ばして壁に激突するフェイトを見下ろしながら、超は言う。

 

「侮辱じゃない。憐みだ。君の大義にも計画にも興味はないが、それだけは思っている」

 

だが、フェイトも殴り飛ばされながらも無表情を保ったまま立ち上がり、超に言葉を返す。

二人は似ている。だが、交わらない。

 

(ふっ・・・フェイトさん・・・もうすぐネギ坊主と待ち合わせの予定だたが・・・悪いネ、少し遅れるヨ。私はこの人から逃げたくないネ)

 

そして互いの思想が反発しあい、このような立ち位置となってしまった。

 

「「なら・・・・・・」」

 

超とフェイト。

 

「見るに堪えない!」

「フェイトさん、あなたは単純に気に食わないネ!」

 

再び混じった拳が、二人の激突を完全に告げる合図となったのだった。

 

 

 

その頃・・・

 

フェイトが己の全てを賭けてまで守りたい人たちは・・・

喧騒覚めやまぬダイグレン学園の深夜まで続く宴会の中、とあるカップルが抜けだした。

抜け出したと言ってもそれほど遠くに行ったわけではない。ただ、少しだけ静かな場所で、世界樹の大発光が良く見える位置まで移動しただけ。

建物の壁際の地面に直接腰を下ろしたシモン。

壁に寄りかかって両足伸ばしたシモンの足の間に腰を下ろすニア。シモンはニアの椅子代わりにされていた。

シモンも嫌ではなくされるがまま。ニアは心地よさそうにシモンの肩にもたれかかる。

シモンがぎこちなさそうにニアの頭撫でる。するとニアはシモンの手を自分の頬に置き、幸せそうな笑みを浮かべる。

もう何度も触れ、何度も香りを嗅いでいるのに、ニアのふわふわの髪をなでるシモンはドギマギしている。

 

(うわ~~~、なんだよこれ・・・ヤバい・・・)

 

ニアからはシモンの顔は見えない。シモンは人前には出せないぐらい、顔を真っ赤にしていた。

 

(幸せすぎる・・・)

 

腕の中にすっぽりと収まるニアを、愛おしく撫でるシモン。だが、その行為に夢中になっていたシモンに対し、ニアは突如首を上にあげて、シモンを真下から覗き込んだ。

 

「もう! 話を聞いていますか? シモン」

 

ニアは少し頬を膨らませている。

当然行為に浸っていたシモンが、話を聞いているわけはない。ただ、ちょっとだけむくれているニアからは、大体のことは予想できた。

 

「あっ、え~~っと、うん。だから、セクストゥムのことはゴメンね。でも、本当に何もないんだよ」

 

慌てて取り繕うシモン。だが、ニアは「やっぱり聞いてません」とプイッと、顔を背けた。

 

「そうではありません。私はシモンのことを信じていると言いました。少しおしおきのつもりで怒ったフリをしたのに、シモンが本気で謝るから怒っているのです」

「えっ・・・ええ?」

「シモン。私を誰だと思っているのですか?」

 

自分たちの絆を侮り過ぎだ。そんな風にニアは笑った。

 

「ニ、ニア・・・うっ・・・・あう・・・」

 

黒ニアはまあ、本気だったかもしれないが、だがニアのこのほほ笑みは心の底から信頼するものにしか見せない笑顔。

自分だけに向けられたその笑顔がどこまでも愛おしい。

 

「ニア!」

「あうっ、シモン」

 

辛抱たまらず、シモンは両腕をニアの首に回してぐっと力を込めて抱き寄せる。

ギューッと力を込めて抱き寄せられ、一瞬ニアは身をよじらせようとしたが、すぐにシモンのされるがままになった。

 

「セクストゥムのことは・・・これからちゃんと考えるよ」

「ええ。二人で、そしてみんなで考えましょう」

 

やはり自分にはニアが居ないとダメなんだ。それはニアも同じ。互いが居ないと互いが成り立たないと再認識した二人の触れ合いは、いつまでも続いた。

・・・・・邪魔されるまで。

 

「あの野郎・・・・」

「ふふっ、シモンってば、やっぱりニアが居ないとダメなのね」

「だが、何かムカつくぞ」

 

宴会で盛り上がりつつも、二人のイチャついている姿はちゃんと見られていた。シモンとニアは気づいていない。二人は完全に二人だけの世界だ。

それを微笑ましいと思う一方で、セクストゥムの件から素直にほほ笑めない野郎どもの視線に二人は晒されていた。

 

「それで~、あなたはあれを見てどう思う?」

 

キヨウがニンマリとした笑みで、セクストゥムに寄りかかる。

セクストゥムは表情を崩さず、シモンとニアをジーっと見つめながら、相変わらずズレたことを言う。

 

 

「マスターがニア・テッペリンの首を絞めています・・・しかし、マスターは顔を赤くしてどうも苦しそうです。ニア・テッペリンは笑みを浮かべて余裕の様子。マスターに加勢してもよろしいのでしょうか?」

 

「「「「「よろしくねえ!?」」」」」

 

 

シモンとニアが関節技で勝負していると勘違いしているのか、飛び出そうとするセクストゥムをダイグレン学園総出で止めた。

 

「どうしたらそういう発想になる?」

「どういう環境で育ったんだ?」

 

全員係で乗りかかられれば、流石のセクストゥムも身動きできず、下敷きになってしまった。

 

「・・・あれは戦闘ではないのですか?」

 

不思議そうに尋ねるセクストゥム。大きなため息をついたヨーコがセクストゥムの頭に手を置いて、撫で出した。

 

「確かに戦闘よ。女にとっても男にとってもね。でもだからこそ、ああいう戦闘には誰も手出ししちゃいけないの」

「・・・手出し禁止?」

「そっ。いーい? この世には、一対一の戦いで手を出しちゃいけないことってけっこーあるの。周りの仲間たちにできるのは見守って信じること。たとえそれで自分の仲間が傷ついてもね」

「私はマスターを傷つけたくありません」

「でも邪魔をしたら、怪我はしなくても、心に傷がつく場合があるの。ちゃんと覚えておきなさいよ」

 

ヨーコの話を分かったのか分かっていないのか、少し考えるそぶりを見せるセクストゥム。

 

「では、邪魔を出来る場合はどのような時なのでしょうか?」

「ん~~~それはね~~~・・・って、アレ? 今思ったけど、フェイトは?」

 

セクストゥムの問いにどう答えるかと思案したヨーコだが、あることに気付いた。

セクストゥムに関することなら一番騒ぐフェイトが居なかった。

 

「あれ? そーいや、いねーな」

「あっれ~、 ネーちゃんしらねえ?」

「知らないわよ。でも、珍しいわね。シモンのことで気づかなかったわ」

 

おかしいなと皆が首を傾げてキョロキョロ見渡している間、相変わらずセクストゥムは無表情のまま口を開く。

 

「・・・それで、邪魔を出来るのはどのような状況なのでしょうか?」



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第59話 にゃにをやっているにゃ、フェイト

フェイトと超の攻防。

実力的に言えば二人の力差は明らか。まともに戦えばフェイトの方が上だろう。

だが、現在優勢なのは超。

フェイトは超に備わった特殊な力に、手を焼いていた。

 

「時の操作・・・随分と反則な技を持っているね」

 

服に着いた埃を払いながらフェイトが言う。

 

「ふふふ、何十年分の時間跳躍を可能にするのがシモンさんの持っているカシオペア。しかし今私が持っているのは、短時間の時間跳躍を可能にする別号機。戦闘に応用すれば、スタープラチナもキングクリムゾン真っ青ネ」

 

超の特殊スーツの背中の窪みに填められている懐中時計。世界樹の光にリンクして、超に圧倒的な能力を与えていた。

 

「ふん、確かに能力差はあるようだね。でも、所詮は火力が弱すぎる」

「おっ!?」

 

フェイトが手刀を一閃させる。まるで巨大な鎌鼬が通過したかのように大地に亀裂が走る。

 

(うわお、流石はフェイトさん。一瞬の遅れが命取りネ)

 

時の操作で逃れた超だが、その頬にはうっすらと血が滲んでいた。

 

「攻撃をくらう瞬間に別次元に飛ぶことによる絶対回避と、連続時間跳躍による疑似時間停止・・・確かに面白い能力だが・・・!」

 

時空間能力により、フェイトの背後に回り込んだ超の拳がフェイトの頬に迫る。

だが、超の拳はフェイトに届くことなく、いつの間にか舞い上がった高密度の砂の壁が阻んだ。

 

「ッ・・・これはッ!?」

「君が絶対回避なら、僕は絶対防御。君が時を味方につけるなら、僕は星の大地全てを味方につける」

 

そしてその流砂が勢いを増し、半径10メートルの砂の殻を造り、その殻の中にフェイトと超を閉じ込めようとする。

だが、その瞬間再び超のカシオペアが光り、超はこの密閉空間から姿を消した。

 

「はっはっはっは、確かに私の攻撃力ではフェイトさんにはダメージは与えられないネ。しかし、この学園祭期間中ならば、フェイトさんも私には勝てないネ!」

 

閉じこめられた瞬間、時空間に逃げ込んだ超は、アッサリと捕縛から逃れる。

 

(私は常にフェイトさんの姿を確認できるが、時空間移動している私をフェイトさんは見れないネ。ならば、必ず隙ができる)

(確かにあれを捕らえるのは僕でも難しいね。おまけに魔力を世界樹から受け取っているのか、魔力切れは無さそうだ・・・なら・・・)

 

確かにこれは終わりのない戦いだ。超の攻撃力ではフェイトの大地の壁は壊せず、時空間の能力を使う超を捕まえることはできない。

決着つかない戦いにも能力ゆえに、まだ余裕のある超。

しかし、その足りない能力差をフェイトは経験で上回った。

 

「超・・・自惚れた君に教えてやろう」

「ふふふ、その手には乗らないヨ。大方私を挑発させて、動きを乱したり、時間跳躍を乱したりする作戦ネ!」

「いいや、そんなんじゃない」

 

フェイトは動きを止めた。そしてポケットに手を入れて、ゴソゴソと漁りだす。

 

 

「君はその能力に大そう自信を持っているようだが・・・僕もやろうと思えば時間ぐらい操れる」

 

「ふっ、何を出す気ネ! とっておきのマジックアイテムカ? だが、私には通用しないネ!」

 

「見せてやる。今から君の時間を止めてやろう」

 

「ハッタリを! できるならやってみるネ!」

 

 

時が加速する。超自身も加速する。その動きはどれほどの実力者であろうと、物理的に追うことは不可能。

つまり、今の超は完全なる無敵。

 

(捉えた!)

 

超は空間から飛び出して、再びフェイトに迫る。

 

「私は決して揺るがない! 例え相手が世界最強クラスの戦士でも、この期間中の私に勝つことは不可能ネ!」

 

だが、次の瞬間に超の目に飛び込んできたのは・・・

 

「えっ・・・・・・?」

 

いや、目に入った光景は・・・

 

「フェイトさんが・・・・・・」

 

これまでのフェイトを見ていたのなら、決して信じられない・・・

 

「・・・猫・・・耳?」

 

猫耳付けたフェイトだった。

 

 

 

「にゃん」

 

 

 

「ほごっ!?」

 

 

 

完全棒読みのフェイトの猫パンチ。

手首のスナップを聞かせて顎を打ち抜く、ミッキーロー○も真っ青なパンチ。

 

「あが・・・ぐが・・・あが・・・」

 

超の顎を打ち抜き、見事に脳まで揺らした。

 

「予想もしない出来事を目の当たりすれば、さすがに驚いて動きが止まるだろう? 一瞬一瞬気を抜かなければ問題なかっただろうが、能力が仇になったね」

 

いつの間に身に着けたのか、綾波フェイの頃に所持していた猫耳をフェイトは装着していた。

そして顎を打ち抜かれた超は、まるで糸の切れた人形のようにふらふらし、目の焦点が定まっていない。

 

「さすがに受けたダメージまではどうにもできないだろう? ましてや、脳を揺さぶって集中力も切れた君に、時間を操ることもできない」

「なっ・・・おお・・・フェ、フェイトさ・・・ん」

「今という時間に目を背けた・・・君の負けだ」

 

猫耳姿で決着の言葉を告げるフェイト。

そして千鳥足の超はフラフラと膝を突き、そのまま前に倒れこむ。

 

(あっ・・・たおれ・・・しまた・・・時間跳躍で逃げ・・・体が動か・・・あっ、フェイトさん猫耳かわい・・)

 

倒れこむときの超は、まるで走馬灯のように色々なことを頭に巡らせる。

 

(やば・・・計画・・・このまま倒れたら・・・今日のアレが・・・あっ、そういえばネギ坊主との話し合い・・・あっ、まだ色々と・・・ハカセとの打ち合わせ・・・龍宮さんとの・・・でも、そんなことより、フェイトさん可愛いにゃん・・・ネ)

 

脳がグルングルンと頭の中で揺れ、目を瞑る直前最後の超の言葉は・・・

 

「フェイトさん・・・卑怯にゃ~」

 

その言葉で二人の対決の幕は閉じたのだった。

 

「聖人君子でも相手にしているつもりだったのかい? 僕は君でいう悪名高きテロリストだよ」

 

前のめりに倒れる超を受け止めるフェイト。超はぐったりと気を失って、フェイトの腕の中で眠りについた。

 

「さて・・・何だかんだで倒してしまったけど、彼女はどうしたらいいかな?」

 

勢いとテンションと場の流れで、超を倒してしまったフェイト。

彼女はこの学園祭期間中に色々とやるつもりだったのだろうが、計画前にこうして倒してしまった。

まあ、フェイト自身も当初の通り、超が今さら何をしようが興味もない。決着はついたことだし、このまま置いて行こうかと思ったその時だった。

 

 

「超さーーーーーーーん!!」

 

「ん?」

 

 

超高速で駆け抜ける突風。

いや、それは駆け抜ける少年だった。

フェイトはすかさず回避して、物陰に隠れる。

超を抱えたままだったために乱暴な避け方は出来なかったが、間一髪で激突を避けられた。

一方で自分に突撃してきた相手は、止まれず勢い余って壁に激突する。舞い上がる粉じんと瓦礫が、威力を示す。

 

「超さんがいきなり退学届を出して・・・理由を聞こうと待ち合わせていたら、いつもでも待ち合わせに来ないからどうしたのかと思えば・・・・・・・・」

 

しかし少年はすぐに立ち上がり、随分と怖い目をしてフェイトに叫ぶ。

 

「そこのあなた! 僕の生徒に何をしているんですか! 今すぐ超さんを解放してください!」

 

どこまでも真っすぐで純粋な瞳で怒る少年。

 

「ネギ君・・・」

 

随分とこれまた久しぶりに見た、ネギだった。

まあ、世界樹が発光しているとはいえ、夜で薄暗かったから、超が誰にやられているのかまでは分からなかったのだろう。

物陰に隠れたフェイトは、外の様子を伺いながら、ネギがフェイトに気付いていないのだと分かった。

さらに・・・

 

「そこの物陰に隠れている者、出て来い!」

「我らのクラスメートを、離してもらうでござる」

 

ネギの後を追いかけてきたのか、こちらも随分と鋭い瞳で睨む二人の少女。

 

「桜咲刹那・・・さらに、ネギ君の生徒の忍・・・」

 

桜咲刹那と長瀬楓。三人ともフェイトにははるかに及ばないものの、そこそこの手練れ。

どうやら三人は、超と待ち合わせをしていたのだろうが、いつまでも超が現れず、その時に戦闘の音がした。

しかも来てみれば超が誰かにやられているので、慌ててきたのだろう。

その超を倒した相手がフェイトとは知らず・・・

 

(それにしても、一体何を勘違い・・・でもないか。実際、超を倒したのは僕だし・・・)

 

ネギたちが何かを勘違いしているようだが、あながち勘違いではない。

 

「さあ、観念して出てきてください!」

 

さて困った。ネギはかなり怒っているみたいだ。

別にここで出て行ってもいいが、非難されるのはムカついた。

超が悪巧みしていることをバラしてもいいが、紳士のネギが女を殴った自分にくどくど言うのも目に見える。

 

(うわ・・・面倒くさいな)

 

フェイトは考える。

 

(仕方ない・・・ここはアレをやるしかないか・・・同じ手段を二度も使うのは嫌だが、ここで僕が逃げて学園を包囲されるのは面倒だ)

 

自分の状況・・・

 

(学園長と高畑・・・さらに学園祭期間中はエヴァンジェリンも魔法を使えるから、逃げるのは僕でも容易ではない。さらに・・・)

 

逃走が困難であることと、そして何よりも仲間のこと。

 

(ここで僕が問題を起こして、ダイグレン学園に矛先が向くのも避けないとね・・・一応まだ僕は生徒だし・・・・・・ならばやはり・・・)

 

そして最悪の状況を回避するために、フェイトは封印したアレを随分早くに解禁する。

 

「すまない・・・今出ていく・・・」

 

物陰に超を連れて隠れた人物は、観念して出ていく。

だが、完全降伏したはずのその人物に、三人は目を奪われた。

 

 

「「「なっ!?」」」

 

 

フェイト? 違う。そこに居るのはまったく別の人物だった。

 

「あ、あなたは・・・一体・・・どうして超さんを・・・。いえ、その前に・・・あなたは・・・」

 

ネギが、そして刹那も楓も呆然と、正直その人物に見惚れていた。

猫耳プラス尻尾のメイド姿の女性。

 

「魔法の国からやって来た・・・・・・綾波フェイ・・・です」

 

フェイトは魔法世界の激戦で、早着替えとどこでもメイド服を出せる能力を身に着けたのだった。

 

「・・・・・・すごい可愛い・・・」

「なんと・・・うつくし・・・・」

「むう・・・なんともまあ・・・」

 

そして三人は素直に感嘆の言葉を口にする。

 

(やってしまった・・・だが、とりあえずこのまま超の話もテキトーにごまかして・・・)

 

黙って消えるつもりだったフェイトは、何故か色々な邪魔があって、未だに麻帆良に釘づけだった。

次から次へと来る予想外の連続に、フェイトは今日も頭を悩ませるのだった。

だが・・・

 

 

「「「でも・・・・・・どうしてそんな恰好を・・・フェイト」」」

 

「えっ、バレた!?」

 

 

悩みは深まるばかりだった。

そしてさらに・・・

 

「むっ、何か・・・」

「ネギ坊主、誰か来るでござる!」

 

場が混乱する。

 

「見つけました。マスターのご命令により、あなたを探しに来ました」

「ッ、バカ・・・セクストゥム・・・よりにもよってこんな時に・・・」

 

こんなタイミングで、ある意味一番来てほしくない人物が現れた。

 

「えっ!?」

「なっ、なななななッ!?」

「どういうことでござる!?」

 

フェイトと同じ顔をした女がもう一人。

 

「「「なんか増えてるっ!?」」」

 

こんなのネギたちに驚くなと言うほうが無理であった。

 

 

「・・・? あの三人は敵ですか? それと、・・・・・テルティウム・・・フェイト・・・綾波フェイ・・・あなたをどの名でお呼びすれば?」

 

「・・・・・もうダメだこれは・・・早く何とかしないと・・・・」

 

 

もう駄目だこりゃ。

 

「ちなみに、マスターの提案では、私の編入手続きの際はあなたの妹という扱いにしてはということで、兄様と呼んでみてはという意見もありました」

 

項垂れたフェイトがようやく口にできた言葉がそれだった。

 

「とりあえず・・・テルティウム以外ならどれでもいいよ・・・・・・・って、本気で入学する気か・・・・・・」

「分かりました。そして加勢します」

「・・・って、ちょっと待ちたまえ!? 流石に君が戦ったらまずい!? 手加減しないだろ、君!?」

「ヨーコが言いました。一対一の戦いは邪魔してはならないが、敵が複数いるときは加勢しても良いと」

「必要ない! 必要ないから魔力を抑えたまえ! 魔法先生たちが駆けつけてきてしまう!」

「私はマスターの命令以外は聞きません。そして、マスターに喜んでいただきます」

 

増えたアーウェルンクス。

何故か女装のフェイト。

何か知らんが揉めている。

だが、とりあえず今ネギたちが思ったことは、フェイトクラスの実力者が二人。

 

 

(((無理・・・・・・・ぜ、絶対・・・か、勝てる気がしない・・・・・・)))

 

 

素の戦力差に打ちひしがれるばかりだった。

 



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第60話 言い訳が思いつかねえ

「どんな天才や英雄でも、たった一人では世界を変えられぬ。だが、天才や英雄がたった一人でも欠けたらどうなる? たった一人では変えられぬのに、たった一人欠けただけでは何もできなくなるのか?」

 

その者は、水面下にずっと潜んでいたがようやく動き出した。

 

「シモン・・・お前ひとりだけでは世界は変えられない。お前はそれを仲間で乗り切るだろうが、その仲間はどうだ? お前の仲間はお前一人欠けたらどうなるのだ?」

 

彼の目の前には、仲良く寄り添い合いながら眠りにつくシモンとニアが居た。

彼は優しくシモンの頭を一度撫でようとしたが、途中でやめる。

代わりにその掌に緑色に輝く光を凝縮させ、その光をシモンに向ける。

 

「さあ、20年前と同じように私の心に風穴を開けてみるがよい。あの時の選択が正しかったのか・・・今度は同じ時代で証明して見せろ」

 

光がシモンを包んだとき、麻帆良学園祭最終日の最後の戦いが幕を開けることになるのだった。

 

 

 

 

 

何が何だかわからない。

天才少年のネギの思考が追い付かない。

 

「猫耳メイド服のフェイトに、フェイトによく似た女の子? ・・・何が・・・どうなっているの?」

 

もはや超がどうとか、問題児がどうとか、とにかく学園祭期間中にネギが抱えている問題など全てが小さい事のように思えた。

 

「あの・・・ネギ先生? 高畑先生や学園長からは何か?」

「いいえ、何も」

「肝心なところでそれでござるか・・・」

 

ネギ同様に、完全武闘派の刹那と楓ですら一歩後ずさりする。

目の前の二人の底知れぬ強さと、フェイトの何だかよく分からないが人を馬鹿にしたような姿に戦意を削がれてしまった。

 

「・・・フェイト・・・君が女の子の恰好をするのはいい。人の趣味はそれぞれだ」

「は、はい・・・というか・・・その・・・あれだな・・・」

「うむ・・・めんこいでござるな」

「いや、そんな温かみの混じった憐れんだ目で見なくても!?」

 

ネギの疑問は刹那と楓も同じ。

 

「その・・・同じ部活同士の君と超さんがどうしてこんなことをしたのかは分からない。ちゃんとその理由は教えてもらう。でもその前に・・・」

 

とにかく超とフェイトの仲たがいもそうだが、フェイトのやけに似合う女装もそうだが、やはり一番気になるのは当然このこと。

 

「その子は一体誰なの?」

 

後ろで「うんうん」と頷く刹那と楓。何と答えるべきかとフェイトが頭を抱えていると、指をさされたセクストゥムが勝手に喋りだした。

 

「私はマスターに使える水のアーウェルンクス、セクストゥムです」

 

その名に、緊張が走る。

 

「水の!?」

「アーウェルンクス?」

「・・・マ、マスター?」

 

なんだかすごそうだが、一瞬の間をおいてネギたちは叫ぶ。

 

「「「・・・で、結局それは何なんだ!?」」」

 

一体何のことを言っているのだろう? 情報が少なすぎてネギたちでは把握しきれない。

 

「私はマスターの命により、フェイト・アーウェルンクスという名の兄様を連れ去りに来ました」

「マ、マスター・・・ですか? あなたは、誰かのパートナーだって言うんですか? って、兄様!? フェイトの妹!?」

「あ・・・いや、そういうわけじゃ・・・」

 

一体誰だ? この謎に包まれ、そしてまるで底の知れぬ実力を内に秘めた者を裏で糸を引く人物は?

 

 

「マスター・シモンこそ、私の唯一無二の主です」

 

「「「はあッ!?」」」

 

 

シモンがマスター。

魔法とは無縁の世界に居たはずのシモンがどうして? 

 

「って、シモンさん!? 何でシモンさんが・・・」

 

さらに、武道大会以来、麻帆良学園都市公認となった恋人のニア、そしてシモンに近づくものには容赦ない黒ニアが許したのか?

 

「しかもこんな可愛い人がパートナーだなんて、黒ニアさんはどうしているんですか!?」

 

ネギがシモンと会っていなかった時間は、武道大会から数時間程度しか経っていない。

 

「シモンさんは何やってるんですか!?」

「あの人は、昼間はあれほどニアさんとの愛を叫んでいたのに」

「う、浮気でござるか? いや、ネギ坊主の仮契約とやらと同じ扱いになるのならあながち浮気とも・・・う~む」

「い、いえ楓さん! 僕と違ってシモンさんとニアさんは完全なる両思いなんですよ? 僕の場合とは少し違うような・・・」

「しかし、ネギ先生。この女が嘘をついているとも・・・っていうかフェイト・アーウェルンクスのこの格好といい、ダイグレン学園はこの数時間で何をやらかしたのでしょうか」

 

まさか20年前の魔法世界で、歴史に残らないものの伝説級の戦いを繰り広げてきたなどとも言えない。

何か全てをうまくごまかす方法は無い物かとフェイトが頭を抱えると、空気の読み方も知らないセクストゥムが先に動き出した。

 

 

「1・・・2・・・3名の排除・・・」

 

「「「へっ?」」」

 

「ま、まずい!? 逃げるんだ、ネギ君! 桜咲刹那!」

 

 

だが、もう遅い。

 

「マスターの任務遂行の妨げとなるあなた方を排除いたします」

 

セクストゥムはネギたちを障害とみなして力を振るう。

 

「来ます、ネギ先生!?」

「えっ!? なんでですか!? って、その、暴力は良くないと思いますよ!?」

「そうは言ってられぬでござる。フェイトクラスの実力者と思い、当たらねば!」

 

本来この時点で、ネギたちのすべきことは、逃げることであった。

 

「神鳴流・・・」

「楓忍法・・・」

「雷華・・・」

 

だが、なまじ実力と勇猛さがあるがゆえに、応戦態勢を取ってしまう。

そしてネギたちは知る。

最強クラスの力を持つセクストゥムの前に、ネギたちの力など児戯に等しかったということを。

 

 

「ながれなさい」

 

「「「ッ!?」」」

 

 

一瞬だった。

 

 

「水泡水龍弾」

 

 

まるで鉄砲水のような大量の水がセクストゥムから放たれた。その水流は龍の形となり咆哮し、三人の手練れを一瞬で押し流した。

 

「ネギ君!?」

 

そして彼女は容赦と言う言葉すら知らない。

 

「うわあああああああああァ!? なななな、なんて!?」

「ネギ先生!? ぐ、・・・な、楓ェ!」

「バカな!?」 

 

抗うどころか、為すすべなく流される三人。

このままではどこまでも流されると思ったネギたちは、魔力、そして気を解放して無理やり水の中から飛び出して、建物の屋上に避難する。

 

「く、信じられぬでござる! これまで見たどの水遁忍術とも比べ物にならぬ!? しかも、水のないところでこれほどの!?」

 

上から見下ろしてみると、セクストゥムはフェイトよりもはるかに冷たい瞳で睨んでくる。その冷たさにゾクリとさせられる。

 

「ぶ、無事ですか!?」

「ええ・・・なんとか・・・」

「しかし、これは・・・」

 

三人はこの一撃だけで全てを悟る。

 

「楓・・・なんとかなるか?」

「・・・無理でござる。それにあの者、本気を出せばまだまだこんなものではないはずでござる」

 

この女は格が違うと。

 

「フェイト!? 一体どうなってるんだ! この君に似ている女の子! そして超さんを倒した君! 君たちはこの学園で何をしようとしているんだ!」

 

ネギは震え上がる。

これまではダイグレン学園という個性あふれる者たちの中に潜んでいたフェイトが、ついに水面下から顔を出した。

超という手におえない問題児をどうしようかと思っていた矢先に、その超すら圧倒するフェイト。

そして今目の前にはフェイトに似て、桁外れの力を持つ女まで居るのだ。

この学園で何を企んでいる? そういう不安を抱いても仕方のないことであった。

 

「え・・・・いや、そんなこと言われても」

 

しかし、フェイトも困った。

何をしようも何も、何もしないで立ち去るつもりだっただけに、フェイトは返答に困った。

だが、フェイトがそうであろうと、周りがそう思わない。

 

 

「フェイト・アーウェルンクス! 貴様は京都で我々と対峙した。お嬢様の誘拐に関わったお前を、私は本来許しはしなかった。だが、貴様は変わった。ダイグレン学園に通いだし、私は貴様の人間らしさを知り、気づけば貴様に対する憎しみは薄れていた! なのになぜだ! シモンさんたちと共に過ごした貴様は楽しそうだった! それを・・・それをどうしてこんなことを!?」

 

 

刹那も苦しそうに叫んでいる。まるで信じていたものに裏切られたような感覚。

フェイトは「ん?」と思った。

 

 

(まて・・・これは何だかマズイ展開じゃないか? 何だか激しく誤解されているような気がする。まるで今まで仲の良かった人物が、実は潜入してきた敵のスパイだったとバラされて、それまで仲の良かった友たちが信じたくないと叫んでいるような展開に見える・・・・)

 

 

正にその通りだった。

 

「拙者も同じでござる! フェイト殿・・・武道大会で誰よりも先にシモン殿を助けに行ったのは誰でござった!? あれが嘘だとは絶対に言わせぬでござる!」

 

糸目で普段ボーっとしている楓ですら熱を込めて怒っているような気がする。

 

「ま、待ちたまえ! 今君たちに攻撃したのはセクストゥムじゃないか! 僕ではないぞ?」

「では、その子は貴様にとって一体何なんだ!? 何よりも貴様自身も超さんを傷つけたではないか!」

「あれは、超がただ気に食わなかっただけだ!」

「気に食わないという理由で、超さんを!?」

「とりあえず刀をしまえ、桜咲刹那! 超と僕の間には人には口出しできない物がイロイロとあるんだ! そして、セクストゥムに関しては一切僕に責任はないぞ!」

「き、貴様・・・この期に及んでそのような無責任な発言を・・・」

「ほ、本当だ! 大体セクストゥムのマスターはシモンで! って・・・あ・・・」

 

思わず叫んでしまったフェイトは、自分の失言に気付いた。

案の定、刹那たちも固まっている。

 

「シモンさん・・・そうだ・・・シモンさん!」

「い、いえ・・・ネギ先生、シモンさんは何も関係ないような・・・」

「いや、しかし刹那・・・シモン殿は超と関わりはあるでござる。当然、フェイトとも。何故なら彼らは・・・」

「そうか、同じ部活!?」

 

シモン。そこに全ての謎を解くカギがあるかのごとく勘違いしたネギたちは、ハッとなる。

 

「さきほども・・・あの女は、自分のマスターがシモン殿だと・・・」

「そうだ、あの人はシモンさんのご命令だって。それじゃあ、裏で糸を引いているのは・・・シモンさん?」

 

バラバラになったピースを填めていくかのごとく、推理するネギたち。

 

 

「くっ・・・どうやら、超殿の件と今回のこと・・・張り巡らされた深い何かが動いているようでござるな」

 

「いや、そこの忍者! 冷静に何をとてつもないことを!?」

 

「シモンさんが只者でないことは知っていた。そうだ、フェイトだけでなくあの超さんもシモンさんとの交友があった。学園祭で暗躍していた超さん・・・その超さんを今この場で手をかけたフェイト・・・そしてこのセクストゥムという子・・・全てがドリ研部・・・そしてシモンさんに繋がっている!」

 

 

ネギたちはまるで衝撃的な事実を知ったかのようにガタガタ震えている。

 

 

「そうだよ。大体あのフェイトがこんな女装を自らするなんて考えられない・・・もし、このセクストゥムさんと同じように、フェイトすら裏で操る者が居たとしたら・・・まさか・・・」

 

「あっ、いや・・・僕の女装に関してはシモンたちの所為では・・・」

 

「そ、それじゃあ! フェイトたちを操って、超さんにまで手をかけたのは・・・この黒幕は・・・この黒幕は!」

 

「って、マテマテ! さすがにそれは勘違い過ぎる!」

 

 

まるで迷探偵ばりの推理をしていくネギ。フェイトが必死に止めようとするが、ネギはブツブツと言っては、頭を左右に振る。

 

 

「ち、違う! そんなはずはない! シモンさんが・・・そんなこと、僕は信じない! あの人は、愛する人のために命を賭ける人。その姿に僕も教師としてではなく、男として多くを学んだじゃないか!」

 

「いや、うん。それで正しいんだ! そんなシモンが悪の組織のボスのような推理は大外れだから!」

 

 

ネギはダイグレン学園でわずかながらに教鞭を振るっていたゆえに、シモンもネギにとっては生徒だった。

 

「超さんは、この学園祭で何かを企んでいた。魔法先生たちもそれは注目していた。でも、その超さんを・・・さらに裏で操っている黒幕が居て・・・用済みになった超さんを・・・いや、ありえない! そんなはずはない!」

 

シモンは、最初はカミナという男の後ろに隠れているイメージだったが、今日の武道大会で見せたその姿は、今まで出会った男たちの中でも特に男らしさを感じ、教師でありながらネギもその背中に感動した。

そんなシモンが・・・

 

「ネギ坊主! 気をしっかり保つでござる!」

「ネギ先生・・・ありえないものを除外していき・・・残ったものがどれほど信じられなくても・・・それが真実なのだと思います」

「シャーロック・ホームズのつもりか桜咲刹那!?」

「マスターのために障害となるあなた方を排除」

「セクストゥム! 君はちょっともう、黙ってろ!」

 

なんだか何も関係のないシモンが全ての黒幕的な役割になろうとしている。

 

「だからなんでそうなるんだ!? もう、この際だけど僕の女装はただの不運の重なり! 超とのケンカはただのノリ! セクストゥムはただシモンのことが好きなだけ! 超の計画にシモンは関係ない! 結構省略したが、それが全ての真実だ!」

 

もはや恒例となったフェイトの口癖が、ダイグレン学園たち以外相手に出てしまった。

っていうか、あっちにこっちにツッコみを入れ過ぎて、フェイトも疲れた。

 

「女装は・・・後で詳しく聞くけど・・・」

「なんでだい!?」

「フェイト・・・その、今の話は信じていいんだね?」

 

不可解な点が多すぎる。だが、ネギの短いながらの教師生活で抱いた信念は、生徒を信じて応援することだ。

例えどれほど疑い深くとも、生徒であるフェイトがそう言うのなら信じたい。

ネギの想いに、フェイトはホッとしたような溜息をついて頷く。

 

「僕のことは別に信じなくてもいい。でも、シモンは何も悪くない。君の信じたとおり、彼はまったくの無害なおと・・・こ・・・」

 

っと、その時に、この場を最大に混乱させる事態が発生した。

 

「兄様」

「っ!?」

 

セクストゥムが叫び、フェイトも感じ取る。

上空から迫る気配に。

 

「離れろ、ネギ先生!!」

「ネギ君!」

 

巨大な光の柱。それは、拳。

気で極限まで高められた拳の柱が、天よりフェイトに降り注いだ。

 

「今度は何なんだ」

「兄様・・・怪我は・・・」

「大丈夫、当たっていない。ただの威嚇だ。相手も僕に当てるつもりは無かったらしい・・・しかし・・・」

 

フェイトたちの前には、普段はニコニコと生徒にも優しいタカミチが真剣な表情で。

 

「やあ、こんばんわ」

「高畑・T・タカミチ・・・」

 

同じく魔法先生のガンドルフィーに、グラサン先生、瀬流彦、葛葉刀子など、フェイトは初めて見たが麻帆良の魔法先生がこの場を取り囲むように現れたのだった。

 



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第61話 あなたを、犯人です

「タ、タカミチ!? ガンドルフィーニ先生も!?」

「刀子さん!?」

「他の先生方も・・・どうしたでござる?」

 

突如として現れ、さらに攻撃まで行ったタカミチたち。

その尋常ならざる空気が、まだ子供の刹那たちを少し緊張させた。

 

「すまない、ネギ君。だが、信じられない事実が発覚してね・・・そしてその直後に超くん・・・フェイト君・・・・・・そして新たなる・・・アーウェルンクス・・・もう、偶然とは思えなくてね」

「・・・えっ?」

 

タカミチの様子がいつもと違う。まるで戦場の武人のような空気を纏って、相手を威圧するかのようなオーラを纏っていた。

 

「高畑・T・タカミチ・・・君が僕に殺意を抱くのは構わないが、君にしてはいきなりだね?」

 

フェイトはタカミチが幼少のころより戦っていた『完全なる世界』の生き残り。

タカミチとは敵として命がけで相対し、互いのチームに大きな血が流れた。

だが、タカミチはどれほど相手が積年の相手とはいえ、武人としての礼節を弁える男。そんな彼の突然の威嚇に、フェイトも不愉快そうであった。

 

 

「フェイト・アーウェルンクス・・・今はその恰好にツッコみはいれないが、ネギ君たちが新たなアーウェルンクスに攻撃されているようだったのでね、ちょっと威嚇のつもりで撃たせてもらった」

 

「ふん・・・・」

 

 

フェイトとタカミチ。二人の間には、言葉の端々に棘のようなものを感じた。ネギにとってはタカミチがこれほど敵意をむき出しにする相手は珍しかった。

フェイトも、少し場にそぐわぬ恰好をしているのでシリアスな場面が台無し感もあったが、とりあえずは周りの魔法先生たちも「かわいい」とか思ったことは押しとどめて、今は仕事に集中したのだった。

 

「高畑先生・・・あの・・・先ほど仰った、信じられない事実とは?」

 

いつもと様子が違う魔法先生たちの空気を察し、刹那が尋ねる。

するとタカミチは怖い顔をしたまま、フェイトに尋ねる。

 

「フェイト・アーウェルンクス・・・・・・・シモン君は今どこに居るんだい? 実は、武道大会終了後に彼を探していたんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ?」

 

またシモンか? しかし、ネギたちのように勝手な勘違いとは違い、タカミチは確信を持った表情をしていた。

 

「シモンさん? どういうことなの・・・タカミチ」

「ネギ君・・・僕たちもね・・・知らなかったんだ。だから驚いた。まさか、あのシモン君にこんな秘密があったとはね・・・」

「「「「?」」」」

 

シモンの秘密。その言葉にはネギたちだけでなく、フェイトも首を傾げた。一体何の秘密があるというのか?

するとタカミチから出た言葉は、ネギにとっては驚愕、フェイトにとっては「うわ~~」と思う内容だった。

 

 

「学園祭に武道大会で暗躍していた超君。僕たちは超君を抑えようとしたが、逃げられた。そこでもう一度彼女が何を企んでいるのかを探るべく、彼女の近辺を洗った。もちろん超君はこの学園に入学するまでの記録が一切ないので、ダメもとだった・・・しかし・・・」

 

「しかし・・・なんなの? タカミチ・・・一体何なの?」

 

「彼女が何を企んでいたとしても、彼女は単独ではない。仲間がいる。そして超君はやけにたくさんの部活に入っていた。僕たちはそこに注目した。僕たちの知らないところで、隠れたコネクションを持っているかもしれない。超君の素性は無理でも、その仲間の素性を洗えば何かが分かるかもしれない。そして一番怪しかったのが・・・ドリ研部」

 

 

ドリ研部。

現在フェイトにやられて横たわっている超が創設した部活。

 

「そしてこの部活が全ての黒幕だと確信した。そもそも、完全なる世界のフェイト・アーウェルンクスと超鈴音、この二人が同じ部活に居るだなんて考えられない」

 

そりゃそーだ。

 

「大体、この部員たちは異常だ。あのロージェノム氏の娘であるニアさん・・・ザジくん、そして何より、その中心にいるのがシモン君。そのシモン君の素性を洗ったら、とんでもない事実が発覚した」

 

そう、魔法先生たちが掴んだシモンの正体。その正体が、彼らの勘違いを確信に変えてしまったのだった。

 

 

「本名で堂々と、しかも入学の時の魔力値や結界にも引っかからなくて分からなかったが、シモン君・・・堀田シモン君は、かつて魔法協会が八方手を尽くして探した、堀田キシムという男の実の息子だったんだ!!」

 

「・・・・・あっ・・・・」

 

「「「えっ?」」」

 

 

それかーーー! フェイトはガックリと肩を落とした。

 

「「「ええええええええ!? って・・・誰?」」」

 

ネギたちは堀田キシムという人物を知らないために周りの魔法先生をキョロキョロと見る。

 

 

「堀田キシム・・・かつて、魔法協会に反発し、一度は魔法世界そのものを完全消滅させようとした男だ」

 

「「「ッ!?」」」

 

 

すると、拳銃とナイフをフェイトに構えたままのガンドルフィーニが重い口を開く。

 

 

「20年以上前・・・科学が急速に発展したころ・・・魔法や気などの力と科学を融合させようとする研究所があった。その名も・・・大螺巌科学要塞研究所」

 

「だ、大ラガン?」

 

「その研究所の所長が・・・堀田キシム」

 

 

ガンドルフィーニやタカミチの口から語られるのは、ネギたちの知らない過去に埋もれた歴史の話。

 

「しかし堀田博士は魔法協会の支援により設立したその研究所で開発したもの全てを持ち去って、数名の助手や仲間を連れて消えた」

「これは噂なんだが・・・なんでも堀田博士は、人類の進化の力を極限にさせるものを開発してしまい、その力を恐れた魔法協会が堀田博士とその仲間を抑えようとしたが、寸前に逃げられたそうだ」

「我々も、学園長がシモン君の資料を見て驚くまで、何も気づきませんでした」

「堀田博士は持ち去った開発道具を使い、今は影をひそめましたがかつては魔法世界で名を馳せた『黒い猟犬』という組織を設立させ、幾多の破壊活動や魔法界の姫君の誘拐までを企てたそうだ」

「それが20年以上前の話・・・堀田博士は突然に行方不明となった。噂では死んだのでは? というものもあったが、まさか・・・地球に戻って結婚し、子供までつくっていたとはね・・・」

 

最初はただの冴えない男。でも、勇気と愛を人一倍秘めて、気合を叫べばどんな壁をも乗り越えられる。それがネギたちの知っているシモンだ。

なのに、タカミチたちから語られるシモンの素性は、これまでのシモンに抱いたイメージが揺らいでしまうほどのモノだった。

 

「かつて世界を震撼させた堀田博士の血を引くシモン君。その彼を中心に集まったフェイト・アーウェルンクスも超鈴音も、偶然ではない!」

 

超重大事実ですと言わんばかりに強調するタカミチ。ネギはガクガクと震えながら否定しようとする。

 

 

「ウソだ! だって、だって、シモンさんを僕は知っている! 一緒に授業も受けたし、いっぱい一緒に遊んだ! 僕たちと一緒に居たシモンさんは、そんな何かを企むような人じゃない!」

 

「確かに・・・あのロージェノム氏との戦いが演技だとは思えない。だが、堀田キシムの息子というのであれば話は別。堀田キシムは数々のとんでもない物を発明した。記憶の置換や性格変化、はたまたワープ能力など眉唾的だが開発に成功している。最悪な話、我々の目を欺くためにそのような道具を使っていたとも・・・」

 

「待ってよ、タカミチ! ただの偶然じゃないの? だって、それならザジさんは・・・」

 

「それも、疑いを確信に変える物だった。今日になってシモン君と同様にザジ君のことも調べてみたが、ザジ君が入学時から身に着けていたアクセサリーの類・・・詳しく鑑定してみないと分からないが、かつて大螺厳科学要塞研究所が開発した発明品と酷似していたそうだ」

 

「えええッ!?」

 

「その彼女が堀田博士の息子であるシモン君と同じ部活に? シモン君とザジ君の面識は今年に入ってからだそうだが、偶然だと思うかい?」

 

 

なるほど・・・フェイトも素直にそう思った。

 

(偶然とは怖いものだな・・・・・・もはや運命と思いたくなるな・・・)

 

確かに何かを企んでいると疑いをもたれるようなメンツとバックグラウンドが揃っていた。

 

「フェイト・アーウェルンクス。シモン君の居る所へ案内してくれ。話をまず聞きたい。抵抗するのであれば、多少は手荒になる」

「ふん、手荒だと?」

「ああ、この事態では仕方がない。必要とあれば、シモン君の記憶も見させてもらおう」

 

これまでの話の流れに、意外なザジの秘密も重なり、これはもはや疑われても仕方なかった。

 

(やれやれ、堀田博士か・・・カミナたちの話を聞く限り、この学園祭に出現しているそうだが・・・・・・ここで知られると、もっと疑いが深まりそうだな)

 

カミナたちは超のタイムマシーンで過去の魔法世界に行ったシモンたちを、アンスパという愛称の堀田博士の手助けがあって加勢に来てくれた。

 

(だが・・・冷静にシモンと高畑たちが話し合えば、堀田博士の息子であることが明るみになっても、疑いは解ける可能性は・・・しかし、頭の固い協会の連中がどう判断するか・・・)

 

ここで堀田博士との繋がりをバレルと、もっとわけの分からないことになりそうだった。

 

(シモンのことが学園内に留まるならまだいい。しかし、魔法協会どころか本国にまで知られてしまえば・・・さらに、シモンの記憶を見られるのはマズイ。シモンは過去の世界では気づかなかっただろうが、シモンは僕たち完全なる世界の計画の全容や組織そのものとも触れている・・・協会側は決して見過ごさないはず。ここは慎重に・・・そして冷静に乗り越えなければならない・・・)

 

しかしフェイトのその考えは、この女が全てをぶち壊す。

 

「手荒? 兄様とマスターに?」

「ッ!?」

「私が許しません」

 

ウォーターカッター。

その鋭い高速の水の刃は、タカミチの腕の薄皮を軽く裂いた。

 

「だからーーー、なぜ手を出すんだ!?」

 

百戦錬磨のタカミチゆえに、何とか軽症で済んだ。だが、他の者たちにとってはこんな細身の女がタカミチを傷つけるほどの力を持っているのか!? という反応になる。

 

「ッ・・・アーウェルンクス!?」

「マイ・マスターの障害となる者は全て排除します」

 

こうしてセクストゥムはまんまとやらかした。

 

「セクストゥム!?」

「タカミチ!?」

「高畑先生!?」

 

まさか先に手を出すとは・・・

 

「くっ・・・新たなアーウェルンクス・・・それにしても君はいつこの学園に潜入した? 結界になんの反応も無かった・・・」

「マスターが私をここに導いてくれたのです」

「マスター? アーウェルンクスが使えるマスターなど・・・まさか・・・始まりの魔法使いとでも言う気では・・・」

「私を導いてくださったのは、マスター・シモン」

 

おいッ! フェイトが右手の甲で鋭いツッコみを入れる。

 

「あのバカは!!」

 

ダメだコリャ。フェイトがガックリと肩を落とした。

 

「マ・・・マスター・・・」

「マスター・シモン!?」

「完全なる世界のアーウェルンクスのマスターが・・・」

「シ、シモン君!?」

 

こうして勘違いがとてつもなく加速して、もはや言い訳の通じない事態と発展してしまったのだった。

 

「この! だから生まれたての自我のない人形は!」

「兄様・・・あれを全て殲滅します」

「やめないか!」

 

とにかくこいつを止めるのが先決だった。

 

「まずいぞ! これは我らの想像を遥かに超える事態かもしれない!」

「学園長に急いで連絡を! 本国の援軍の要請も打診しなければ!」

 

しかし、今さらフェイトがセクストゥムを止めようとももはや手遅れ感MAXであった。

 

「あ、あ~~~、もう、だからどうしてこうなっているんだ。君たちは何でそうやって物事を深く考える。ダイグレン学園程とはいかなくても、少しはテキトーになれないのかい?」

 

緊急事態だと言わんばかりに慌ただしく動き出す魔法先生たち。

 

「フェイト・アーウェルンクス、そして気絶している超君に新たなアーウェルンクス。この場で拿捕する!」

 

今さらどんな言い訳も通用しないだろう。しかも、フェイトやシモンたちの素性が素性なだけにもはやどうしようもない。

 

「くそ・・・今は退く。セクストゥム、今は僕の言うことを聞け」

 

フェイトはセクストゥムの手を引いて、やむを得ず逃げることを選択する。

 

「私はマスターの命令以外は・・・」

「ならば命令にないことをするんじゃない! シモンは決してそんな命令はしていないはずだ」

「・・・・・・・」

 

フェイトはセクストゥムの手を引いて包囲網から抜け出す。

そして逃げる。

逃げる? どこへ?

 

「高畑先生、奴らが逃げます!」

「無駄だ! 既に学園結界が最大限に発動している。いかに君たちとはいえ逃げられない。大人しくするんだ!」

「フェイトォ!」

 

どこへも逃げられないだろう。フェイトが『完全なる世界』のメンバーであることは揺るぎない事実だからだ。

 

「ちっ・・・のんきに寝て・・・もとはと言えば君が・・・」

 

走って逃げる先には超が、「ぐーすか」と寝ている。フェイトは寝ている超の首を掴んで引きずり出す。

 

「起きろ! こうなったら君にもこの状況をどうにかする手を考えてもらう」

「・・・・・・う~~・・・・ん・・・・おろ?」

「さあ、とにかく逃げるぞ、超。君も彼らに捕まるのは避けたいだろう? ここは協力して追跡から逃れる手段を考えるんだ」

「・・・はっ? フェイトさん?」

 

超が捕まれば、超が何をやらかすのか分からない。何をしゃべるのかも分からない。

 

「いかん、超鈴音まで連れて行く気だぞ!」

「逃がしません」

 

超はそこで目が完全に覚めた。何やら真剣に魔法先生たちに追いかけられている自分。

そして何よりも・・・

 

「うおっ、フェイトさん、何ネその恰好は!? 猫耳からさらにパワーアップしてるヨ!?」

「いいから、とにかく逃げるぞ」

「へっ? はっ? って、高畑先生にネギ坊主!? 寝てた間に何があったネ! 確かに私にもマズイ展開ヨ!」

 

超もようやくことの深刻さに気付いて、自分の足で走り出した。

 

「んで? どうしてこうなったネ!?」

「かくかくしかじかで・・・」

「はあ? それ、ただの勘違いヨ? 多少の取り調べは受けるだろうが、疑いは・・・」

「堀田博士の名は、もはや君がこの学園祭で何をやるかよりも問題となっている。シモンが魔法協会に捕まれば彼は今後、今の日常には決して帰ってこれない。その前にシモンを連れて逃げるんだ」

「逃げる? どこへネ?」

「知らない。だから君にも案を出せと言っている」

「フェイトさん意外にバカではないカ!? っていうか、あなたどれだけシモンさんのことが好きネ?」

「好きで何が悪い! 僕はシモンの友達だぞ!」

「開き直りやがったネ、コイツ!?」

 

猛ダッシュしながら魔法先生たちの追跡から逃げ回る三人。超、フェイト、セクストゥム。

 

「まったく。だが、こんな追手から逃れるなど簡単ネ」

「なに?」

「私のカシオペアを使えば朝飯前ネ」

 

そう、超には反則ともいうべきカシオペアがある。

これを使用すれば、いかに相手が最強クラスの敵とはいえ・・・

 

「ん?」

 

簡単に逃げられるはず・・・

 

「ア、 アリ?」

 

逃げられるはずだった。

 

「超?」

 

走りながらカシオペアをぶんぶん振り回す超。懐中時計をカチカチと何度も鳴らしながら、やがて超の表情が青ざめる。

 

「ど、どういうわけネ!?」

「どうした、逃げられるんじゃなかったのか!?」

「カシオペアが作動しないネ!?」

 

なんと、反則道具のカシオペアがうんともすんとも言わなくなってしまったのだった。

ぎょぎょぎょ、とした目で告げる超に対し、フェイトはひっくり返りそうになった。

 

「な、・・・こんな時に故障か!?」

「そんなはずないネ! 私のメンテナンスは完璧ネ!」

「なら、何故逃げられない!? あれだけ僕との戦いのときには使っていたじゃないか!」

「そう言われても分からないネ!」

 

どうやら本当に動かないらしい。だが、超は走りながら何度もカシオペアを裏表にして確かめるがどこにも異常は見当たらなそうだ。

何故急に使えなくなったのかがこの状況では調べられない。流石に超もテンパって逃げる速度を速めだす。

するとその時、軽快な着信音を響かせながら、超の携帯電話が鳴りだした。こんな時に一体誰だと思う超は乱暴に携帯に出る。

だが、その電話の主は、今の超と同じぐらいに切羽詰った声を出していきなり叫んできた。

 

『超さん! 大変です!』

 

あまりにも大声で叫ばれたため、思わず超は耳から携帯を話した。

 

「ハ、ハカセか。聞こえてる。っていうか、今取り込み中ネ。話なら後で・・・」

 

そう言って切ろうとした超だが、突如電話してきたハカセの次の一言が、超に衝撃の事実を知らせることになる。

 

 

『せ、世界樹の魔力を運用するためのコンピューターシステムが・・・いえ、それだけじゃなく・・・巨大ロボット兵器や、機械人形のコントロールや制御システムに、超さんのカシオペアを作動させる魔力運用のシステム、セキュリティーもろもろ・・・何者かに乗っ取られました!!』

 

「・・・・・・へっ?」

 

 

・・・・

超はハカセの電話に絶句し、しばらく走りながら頭が空っぽになった。隣で走っているフェイトとセクストゥムは不思議そうに首を傾げている。

だが、すぐに超も意識を取り戻して、頭をぶんぶん振り回したのちに電話の向こうに向かって叫ぶ。

 

「ちょちょちょちょ、はああああああああ!? 何言ってるネ! そんなことは絶対にありえないネ!」

 

超が絶対にありえないと断言する。そこには、超やハカセのような科学にどっぷりと浸かった者にしか分からぬ根拠が揃っていた。

 

 

「あれには今の時代よりも進んだ科学技術に魔法理論を融合させた超科学が―――――――うんたらかんたら――(作者もよう分からんので割愛)」

 

『分かってますよ! ですが、本当です! 今私の居るラボのメインコンピューターがのっとられ、次々と他の機器にもウイルスのようなものが感染し・・・』

 

「は・・・はあああああああァ!? のっと、・・・ハッキングか!?」

 

『は、はい。信じられません・・・ちゃ、茶々丸の処理能力ですら対処できないウイルスをまき散らされ・・・システムを完全に奪われました』

 

「バ、バカな!? 茶々丸相手に奪い取るなど人間には不可能ネ! ブラッディマンデーのファルコンか!?」

 

 

話の内容から、何か超の計画上でまずいことが起きたということはフェイトにも感じ取れた。

フェイトも茶々丸については良く知らないが、ネギの生徒の機械人形のこと。機器の扱いなら人間の能力では及ばないほどのスペックを持っているのだろう。

超が造ったであろう、万全な機器に茶々丸という存在があれば、コンピューターを乗っ取られるなどまずありえない。

そもそも超はそれを強みとして計画を推し進め、彼女の計画の大半は魔法というよりも科学技術の力が役割を占めていた。

それを全て統括するシステムが乗っ取られたということは、超の計画全てを破綻させるものとなる。

それが分かっているからこそ、そしてそれが決してありえぬことだからこそ、電話越しのハカセも声が震えていた。

 

『に、人間業じゃありません・・・でも、でも・・・この乗っ取った者は・・・乗っ取った者は・・・』

「どうした!? 何があった!?」

 

そしてその一言が・・・・

 

『このシステムを乗っ取った者が・・・我々のディスプレイにこう書きこまれました・・・み、みんなで・・・あんかけスパゲティーを食べよう・・・と』

 

その一言だけで、犯人がフェイトには一瞬で分かった。

 

 

「あ、あんかけだと?」

 

「ぶふうううううううううううううう!?」

 

 

フェイトは盛大に噴き出した。

電話の会話は分からなかったが、超のその呟きだけで、とにかく犯人だけが分かった。

 

「なな・・・なな・・・なにを・・・」

「フェ、フェイトさん? どうしたネ?」

「あ、あんかけなんて・・・彼以外居ないじゃないか・・・」

 

フェイトは走りながらガックリと肩を落とし、心の中ではデカい声で叫んだ。

 

(か、彼は一体何をしているんだァ!?)

 

アイツしかいない。フェイトは即行で気づいた。

 

(超に一体何があって、どういう問題になったのかは知らないが、とにかく彼が何かをしたのかだけは分かったぞ!)

 

あんかけ・・・ただそれだけで、全てを理解できた。

20年前の魔法世界で戦い、そして今なお存在し続ける『人』を超越した存在。

それが今再びこの世界に存在を現した。

 

「一体彼らは何を騒いで・・・ん?」

 

フェイトたちの後を追っていたタカミチたちが不審に感じていると、次の瞬間そんなことなど一瞬で頭から抜けるような出来事が起こった。

 

「た、高畑先生・・・あ、アレ・・・」

「あ、な、なんで・・・」

 

急に追跡の足を止め、彼らはとある方角へ目を向けた。

 

「ん・・・ちょっ、フェイトさん!?」

「バカな!?」

「あ・・・マスター・・・」

 

その空には何もなかった。

だが、急に空が大きく歪んだ。電波の干渉を受けたのだ。

次の瞬間、巨大な人の姿が映し出された。その姿こそ、シモン。

 

「な、なんで・・・」

「シモンさん・・・?」

「あれは、巨大立体映像?」

「だが、なぜシモンが!?」

 

もはや追いかけっこを忘れ、誰もが麻帆良に突如現れた巨大立体映像のシモンに意識が向いていた。

フェイトやネギたちだけではない。深夜まで騒ぎまくっていた学園の生徒たちもこの光景を見ていた。

そしてそのシモンは、彼らの知っているシモンではなかった。

死んだような瞳に、皮肉めいた口元。それは、この学園中が知ったはずのシモンとは大きくかけ離れている表情だった。

 

 

 

 

『もう、うんざりなんだよ・・・・・・』

 

 

 

 

 

「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ?」」」」」

 

 

 

 

 

あろうことか巨大シモンはそう呟いた。

 

『いつもいつも授業も普通に受けられず、ケンカに巻き込まれ、校舎が壊れれば修理するのは俺一人・・・何もしていないのに皆に巻き込まれて停学処分・・・こんな学園生活・・・もう、うんざりなんだよォ!』

 

「「「「「「ッッッ!?」」」」」」

 

 

何もかもが嫌になり、投げやりになった言葉。

シモンがそんなことを言うはずがない。シモンがそんなことを思うはずはない。

だが、突如現れたシモンの立体映像は、何の前触れもなくそう叫んだ。

 

『壊してやる・・・』

 

そして、全校生徒たちが注目する中・・・

 

『こんな学園生活、この学園と一緒に俺のドリルでぶっ壊してやる!!』

 

聞き間違えで見間違えで、とにかくこれは夢なんだと誰もが思いたかった。

 

 

「フェイトさん・・・」

 

「超・・・」

 

「「むぎゅ~~~・・・ひりひり・・・痛い・・・夢じゃない・・・」

 

 

あの超とフェイトが互いを見合ったまま、互いの頬を抓る。だが、ヒリヒリと痛い。どうやら夢ではないらしい。

 

「が・・・あががが・・・」

「な、なんと・・・」

 

ネギや刹那は口をパクパクさせている。

 

「やはり・・・彼は・・・・・・・・」

「高畑先生・・・これは・・・」

 

タカミチたちもショックを受けた表情をしている。

色々な勘違いでシモンを悪の大ボスのように疑っていた彼らだが、実にタイムリーにシモンがやらかしたおかげで、彼らは自分たちの疑惑を確信し、一方で生徒を信じていたかったという思いが裏切られたことにショックを受けているようだった。

 

「マスター・・・」

 

何故かセクストゥムはシモンの巨大立体映像に目をキラキラ輝かせて手を伸ばして崇めているかのように見える。

とにかく誰もかれもがショックを受けているようだが、とにかくフェイトは一言とりあえず叫んだ。

 

「父親も息子も何をやっているんだァ! っていうか、シモン! 君に何があったァ!?」

 

闇夜に向かって叫ぶフェイト。

その叫びはしばらく学園都市内に響き渡るのであった。

 

 

「やるではないか、超鈴音という生徒は。大した技術力だ。だが、所詮は人が生み出した技術。螺旋族の力を使えば、乗っ取れぬメカなどこの世にはない」

 

 

戸惑い渦巻く麻帆良学園都市。

 

「そしてシモンへの洗脳は・・・簡単には解けん。今のシモンは、ただのやさぐれた小僧。しかし、・・・螺旋の力はそのままだがな」

 

唯一その中で笑っているのは、黒ずくめで、あんかけスパゲティをすすっている人物ただ一人。

 

「さあ、今度こそ同じ時代に立って見極めてやるぞ、新時代たちよ。シモンという拠り所を奪われたお前たちは、一体何をする? いや、何かできるのかな?」

 



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第62話 真の敵は誰だって?

突如学園に現れた巨大立体映像のシモン。

そして何よりも、人が変わってしまったかのようなその表情や口調。

彼に一体何があったのか?

 

「大したものだ、超鈴音という生徒は。技術力・作戦共にすばらしいな。だが、相手が悪いというものだな」

 

ここは麻帆良学園のどの場所に位置するのかは分からない。ただ、そこは巨大モニターにいくつもの画面で区切られた映像が部屋中にセットされていた。

 

「世界樹発光の魔力・・・セキュリティーシステム、このロボット兵器のシステムも乗っ取っておくか」

 

まるで悪の指令室のような場所だ。

もっとも、これほど広大な学園都市なのだから、こんな秘密基地のようなものがあっても不思議ではなかった。

モニター前の椅子に座ってニヤリと笑みを浮かべている人物の傍らで、縄でぐるぐる巻きに縛られているニアが叫ぶ。

 

「一体、これはどういうことなのです!?」

 

そこには捕らわれたニアが居た。身動きとれずただ動く口だけを動かして、その者に向かって叫んだ。

 

「あなたは・・・この間・・・いえ、20年前の魔法世界で心を開いたのではなかったのですか? アンスパさん!!」

 

モニターに向かっていた人物は椅子をくるりと回転して、口元に笑みを浮かべる。

 

「ふふふふふ、ロージェノムの娘よ。それはあまりにも都合の良すぎる解釈という物だよ」

 

笑う人物。その姿は誰も見間違うことのできないコスチュームに身を包んだ、あのアンスパだった。

 

「私はただ、待っていただけだ」

 

カミナたちからこの学園祭にアンスパが出現していることは聞いていた。

しかし、目の前のアンスパは本当に20年も経っているのかと疑いたくなるほど、昔と変わらぬ姿でニアたちの前に現れた。

 

「所詮あの時代でどれだけお前たちが騒ごうと、時代の違う未来から来た来訪者の言葉だ。同じ時代に立っていない。同じ時代に生きていないお前たちの言葉と奇跡だけではまだ足りなかった。だからこそ私は待った。お前たちが、私の知るお前たちになるまでな」

 

長かった・・・言葉の端々には、アンスパが今日を迎えるまでの日々を感じさせるような響きがあった。

 

「私がカミナ君やザジたちに武器とタイムマシーンを与えたので最後だ。もう、手は貸さん。ここから先の未来は私も知らん」

 

ニアたちにとって、アンスパを魔法世界で見てからまだ少ししか経っていないが、今の目の前に居るアンスパにとって、かつて自分の前に立ちはだかった強さと心と記憶を持っているニアたちと出会うのは20年ぶりなのだ。

待ちに待った20年。

彼は再び表舞台に立つ。

最終決戦の朝日が昇るのを感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、見たかよ夜中のアレ」

「ああ、あのダイグレン学園の奴のだろ~」

 

 

学園祭最終日の朝。

準備期間から数えれば、皆も相当疲れがたまっているはずなのだろうが、そんな様子を生徒たちは微塵も見せずに昨晩の出来事の話でいっぱいだった。

 

「あれってさ~、武道大会ですごかった奴だよねー」

「ほんとになんだったんだろうね、あの映像」

「彼さ~、あんなやさぐれた子だったっけ?」

「ワカンネー。結局あれから何も言ってこないしな」

 

昨晩麻帆良全土に知れ渡った巨大シモン映像。

アンスパに洗脳され、堕ちたシモンの言葉。そしてその言葉の示す意味が分からず、生徒たちは皆首を傾げていた。

だが、その言葉の意味もすぐに分かる。

シモンの意思とは別に、真の黒幕が虎視眈々と全ての準備を推し進めているのだった。

 

「じ、事態はどうなっておるのじゃ! 一体、何がどうなっておるのじゃ!?」

 

学園長室では学園長が長い頭を抱えて唸っていた。

 

 

「堀田シモン、ニア・テッペリン、フェイト・アーウェルンクス、超鈴音、ザジ・レイニーデイ、さらには新手のアーウェルンクス・・・もし彼らに堀田博士まで絡んでいたら・・・」

「高畑先生・・・今、連絡が入ったのですが、やはりその六人はどこにも見当たらないようです」

「困りましたね・・・まだ何も起こってはいませんが、彼らのことだ。世界樹の魔力が最も満ちる時間帯までには、きっと何か行動を起こしてくる」

「それまでに我々も戦力を整えて生徒を安全誘導しなくては・・・」

 

頭を抱えているのは学園長だけではない。タカミチを始め多くの魔法先生に魔法生徒が一堂集結し、この緊迫した事態に唇を噛みしめていた。

 

「くそ、だからフェイト・アーウェルンクスを編入させたのは失敗だったんだ」

「いや、それを言うなら超鈴音をネギ先生一人に任せたことが・・・」

「ロージェノム氏の娘ということで、ニアさんを警戒していなかったのも迂闊だった」

「それを言うなら、ザジ・レイニーデイなんてあんな謎すぎる少女を放置していたのも・・・」

「そんな彼らの中心にいるシモン君を、こんなギリギリまで堀田キシムの息子だと気づかなかった我々も・・・」

 

あーでもない、こーでもないのネガティブ意見が飛び交っている。

魔法生徒たちも大人たちの不安が波及して、オロオロしている。

これはまずい。

そう感じた学園長が、珍しく声を荒げて威厳を示そうとする。

 

 

「落ち着かぬか!! 情けない! ヌシらは自分を誰だと思っておる!!!!」

 

「「「「「ッ!?」」」」」」

 

「こういう想定外の事態に対しても当たり前のように任務を遂行して、世のため人のために戦うのがワシら魔法使いの責務であろう! それが何たるザマじゃ!!」

 

 

学園長の激に、シンとなる学園長室。

意外と効果があったのかもしれないと、学園長は更に続ける。

 

「よいか! ワシらは負けはせんぞ! 今日という日を毎年恒例の楽しい学園祭を生徒たちが送れるように戦うのじゃ! ワシらがやらねば誰がやる!!」

 

その言葉に、誰もが顔を上げた。

 

「学園長・・・」

 

自分で言ってて、学園長も「やべ、ワシって恰好よくね?」と少し気持ちが高ぶった。

 

「いよいよとなれば・・・このワシが動こう!」

 

だから、この戦いは絶対に勝つぞと皆を決起させようとした学園長だった。

しかし・・・

 

「「「「「えっ? 学園長、今まで役に立ったことある?」」」」」

 

皆が向けたのは冷たい目だった。

 

「ひ、ひどッ!? ワ、ワシも結構やるときやるぞい!」

 

そもそもこれだけの問題児を特に対策練らずに入学させて放置した学園長。

今までが今までだっただけに、皆が「し~ん」と冷めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園の生徒たちは、いくつかのグループに分かれた。

ただ、首を傾げるもの・・・

何かイベントなのかと楽しみにしている者・・・

そして・・・

 

「うっひゃっほ~~~い! 火星人に未来人に悪の組織の大幹部に不良少年!! いやーーー、キャラが溢れすぎでしょ!! しかも学園を感動の渦に巻き込んだ愛の聖戦士が、実は全ての黒幕! その名もシモン! あ~、なんという悲劇! もう倒しちゃえ!!」

 

便乗して盛り上がる者や・・・

 

「ハルナ、アンタはもう黙ってなさい!! そんで、ネギ! これは一体どういうことなのか説明しなさい!! 昨日の晩に何があったの!?」

 

この事態に抗う者。そのような立ち位置で生徒たちは分かれていた。

曲がって歪んでねじれまくった展開。どんな力の持ち主も、どんな頭の持ち主も、もはやこの事態の収拾をするのは困難となっていたのだった。

 

「シモンさん、そして昨日逃げられたフェイトの妹・・・昨晩からザジさんも見当たらない・・・」

 

たかが少数。しかしその少数が、事情を知る魔法という業界では名の知れた者たちをかつてないほど混乱させているのであった。

 

「っていうかよ~、高畑先生とか何て言ってるんだよ?」

「タカミチは、僕たちが何とかすると言っていましたけど・・・」

「って、できんのかよ!? できねーから、こんな訳のわからねえことになったんだろ!?」

「ちょっと、千雨ちゃん!」

「だって、そうだろうがよ!」

 

ネギと事情を知るネギの生徒たちの間で行われている会議。

彼らはこんな事態でなければ壮観なメンバーともいうべきメンツの揃ったネギパーティー。

しかし、この事態ではどうもその存在感が弱くなっていた。

千雨は立ち上がってイラついたように頭を掻きむしりながら言う。

 

「なんなんだよ! 学園破壊を企むドリル男を筆頭に、悪の組織だか何だか知らねえけど、もうやられそうなんだろうがよ!」

「ま、まだやられたと決まったわけでは・・・」

「じゃあ、勝てんのかよ、このメンツ!」

 

その瞬間、ネギを始めとして武闘派の刹那や楓も「し~ん」となった。

フェイトの妹らしきセクストゥムに手も足も出なかったのに、それぐらい厄介そうで実力未知数な敵がまだ居るのだ。

 

「え、え~と、桜咲さん。彼らの戦力はどれほどですか? そんなにやばいですか?」

「綾瀬さん・・・私も信じがたいのですが・・・正直・・・ヤバいです。特にフェイトの妹らしき人物は論外です」

「だろ!? おまけに、超のトンデモ発明品にロボット軍団が地下に眠っているらしいし、打つ手ねーだろうが!」

 

学園が悲鳴に包まれていた。

事情を知る者、魔法を知る者、常人を遥かに上回る力を持つ者たち。

この学園にはそんな者たちが山ほどいる。

しかしだからこそ、彼らはこの事態の深刻さを理解するのだが・・・

 

「しかも・・・一番わけわかんねーのは・・・」

 

ギギギギとロボットのようにぎこちなく首を回す千雨。

彼女の言葉にうなずきながら他の者たちもその方向へと目を向ける。

そこに居るのは、顔を俯かせている三人の学園の生徒たち。

 

「何で張本人のこいつらがここに居るんだよォ!?」

 

そう、一番よく分からないのは、シモンの仲間と思われた三人までこのネギパーティーの会議に出席していたことだった。

 

「むっ、そんな目で見ないでくれ。僕だって不本意だが、手を貸してやろうというのに」

「あれだけのことをしておいて何だが・・・ちょっと私達三人だけでは処理できなくなたネ」

「みなさん。我々も加勢いたします。シモンのために」

 

フェイト、超鈴音、黒ニア。

 

「って、だからそんなこと言われたって簡単に信用できるわけないでしょうが!」

「アスナさんの言う通りだ。昨晩我々と敵対したフェイト・・・なぜお前を信用できる」

「っというより、フェイトと超は喧嘩していたのではござらんか?」

 

正に今学園の問題の元凶となっているドリ研部の三名が何故かこの場に居るのだった。

 

「まあ、そう言うだろうとは思ったけどね・・・ちょっと僕たちでも手におえない事態になってしまってね・・・」

「あんたたちが手におえないって・・・っていうか、何でフェイトが女装してんのよ! しかも可愛いし!」

「それにはツッコみを入れないでくれたまえ! これに関してはノーコメントだ!」

「えー? かわええのに・・・でも、ほなら何でずぶ濡れなん?」

「うっ・・・それは・・・思い出しただけでも屈辱のことが・・・」

 

しかも何故かずぶ濡れの姿だった・・・

 

「フェイト・・・話してくれるよね・・・一体何があったの? 超さんと君がケンカしたと思ったら、今度はシモンさんがああなって、そして君たち三人がここに来て・・・」

「わけわからないのは僕も同じ。本当に困ったものだよ、ネギ君」

「わけわかんない? フェイト、超さん、あなた方は結局何をしようとしていたのですか?」

「そう焦らないで欲しいネ、刹那さん。まずは順に説明していこうではないカ」

「あの晩の後・・・私たちに何があったのかを・・・」

 

フェイト、超、黒ニア。この三人は、エヴァの別荘で会議をしていたネギパーティーたちの前にいきなり現れた。

当然ネギたちは混乱した。昨晩一戦交え、巨大シモン映像が出現した後に姿を消したと思ったら、彼らの方からやってきた。

そして開口一番に「力になろう」と言ってきたのだ。

超とフェイト。この二人の言葉にネギたちは正直戸惑った。学園で何かを企み、そして問題を起こした張本人が今度は力になると言ってきたのだ。

そして本来はシモンの傍にずっといるはずのニアが、シモンと敵対してまでネギたちの前に現れたのだ。

罠なのか? それとも事態は想像以上に混沌としているのか? とりあえずネギも生徒たちも、彼らの言葉を待った。

 

「まず前提からは話そう。過去を水に流せとは言わないが・・・」

「ウム、私たちは色々あったがとにかく事態は相当悪い方向に向かっている。この際は私の計画のことも一旦忘れておいてほしいネ」

「私たちの本当の敵・・・それを倒さぬ限りこの学園の未来はないのですから」

 

彼らの言葉に千雨が手を挙げた。

 

「まっ、待てよ・・・本当の敵って・・・その様子じゃあ、あんたらでもシモンって人でもないんだな?」

 

ネギたちは黒幕がシモンなのかと疑っていたが、フェイトたちの話しぶりではシモンではなさそうだ。

では誰だ?

フェイトと超という怪物生徒まで手におえないなどという存在など、考えただけでもゾッとする。

 

「僕たちが力を結集して倒さねばならない敵・・・その名は・・・」

 

すると彼らの口から出てきたのは・・・

 

「堀田博士という人物ネ!」

「セクストゥムという愚かな人形だ」

「セクストゥムという愚かな女です」

 

倒すべき人物が二つに分かれていた。

その瞬間、言った本人たちも首を傾げて互いを見合っていた。

 

「何を言ってるんだ、超。堀田博士もそうだが、最終的に倒すべきはセクストゥムだ」

「そうですよ、超。あの腹黒い計算女です」

「あなたたちこそ何を言ってるネ! セクストゥムはあなたたちの私怨! 本当に倒さなければならないのは堀田博士ではないカ!」

 

言い合いになる三人。

この光景を見ていたネギたちはポカンとした。

 

「結局・・・僕たちは誰と戦えばいいの?」

 



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第63話 そんなに俺のこと好きなのか!

話しは少し遡る・・・

 

「では、ドリ研部緊急集会を開きたいと思うネ。司会進行は私、超鈴音」

「書記は僕がやる」

「欠席一人・・・シモンさん・・・」

「シモンは現在作戦のために英気を養っています。・・・セクストゥムさんが護衛している状況です・・・」

 

乗っ取られた超鈴音のアジト。そのアジトの円卓を囲んで座る、超、フェイト、ザジ、ニア。

 

「・・・ならば、これで全員だな」

 

そして・・・

 

「「「って、何でお前が(あなた)ここに居る!」」」

 

大元凶とも言うべきアンスパまでもがここに居た。

 

 

「むっ、随分な言い草だな。ドリ研部の特別顧問である私に向かい」

 

「「「いつからそうなった!?」」」

 

 

当たり前のようにアンスパがこのドリ研部の緊急会議に出席していた。

 

 

「・・・・・堀田所長・・・これは一体どういうことなのです?」

 

「そうネ! 大体あの堀田キシムが何故ここに居るネ! 私の作戦を邪魔するは、シモンさんを洗脳するは、ザジさんと知り合いだったり、もう何が何だかわからないネ!」

 

「僕が大人しくこの学園から立ち去ろうとしたのに・・・」

 

「一体、シモンに何をやらせようというのですか!?」

 

 

ザジ、超、フェイト、ニアからの追及。

だが、アンスパは何の悪びれも見せず、そして相変わらずその素顔を見せずに居座った。

 

「全ての質問に答える義務はない。ただ私は確認しておきたいだけだ」

 

しれっとしたアンスパの態度に、フェイトたちはイラッとした。

 

「確認? 実の息子を力で洗脳してまで、何を確認しようというんだ!」

「お前たちの可能性とやらをだよ」

「ぬ・・・相変わらずわけの分からないことを・・・」

 

思わせぶりな事を言いながら、アンスパは決して問題の本質は語らなかった。

こういう所は彼らには相変わらずだった。

 

「アンスパさん。イジワルは良くないと思います」

「所長・・・お戯れは・・・」

「って、その前に私のメカを返して欲しいネ」

「諦めろ、超。相手が悪すぎる」

 

だが、力づくで吐かせようにも、アンスパの力を存分に思い知っているフェイトたちにどうすることも出来ないのであった。

 

「ところでニア・テッペリンよ」

「な、なんです?」

「ずっと・・・気になっていたんだが・・・」

 

何やら空気が変わった。ニアたちに緊張が走るが・・・

 

 

 

 

 

「私のことは、アンスパさんではなく、義父さまではないのか?」

 

 

 

 

 

「「「ちょッ!?」」」

 

 

 

 

 

 

ニア以外の全員が机に額を叩きつけた。

しかしニアだけは目から鱗のように、瞼を開いて震えていた。

 

「私としたことが・・・これでは妻失格です! どのような人でも、私のお父様同様にアンスパさんは私の義父さまです・・・・お、義父さま!」

「うむ、若干引っかかるがそれで良かろう」

 

ニアはアッサリとアンスパのペースに嵌った。

 

「ニア!?」

「ニアさん、裏切ったネ!!」

「ニアさん・・・現金・・・」

 

冷めた眼差しを向ける仲間の視線に、慌ててハッとなるニア。

 

「はっ!? いけません、私は・・・そうではないのです! あんなやさぐれた性格のシモンなど、私の大好きなシモンではありません! 道に迷った夫を正すのも妻の務め! ならばアンスパさんも私の敵です!」

 

キラキラと純粋なオーラを醸し出すニア。しかし、アンスパは少し勿体ぶったように溜息つきながら・・・

 

「分かった・・・将来の私の娘となり、シモンの嫁となるのはセクストゥ―――「私はどんなシモンでも愛して見せます! お義父さま!」」

 

一瞬でニアの人格から黒ニアに変わり、アッサリと黒ニアは陥落したのだった。

 

「黒ニア・・・きみは・・・。大体、堀田博士よ! シモンを人質に取るなど卑怯極まりないね。下衆な行いは、見るに堪えない」

「ほう・・・フェイト・アーウェルンクス・・・いや、今は綾波フェイと言うべきか?」

「はっ!? しまった! あまりにも慣れ過ぎたため、自分でもこの格好に気付かなかった!!」

 

フェイトは昨夜の騒動から、まだ綾波フェイの恰好をしたままだった。

ニアもザジも、そして超ですら、もはやそれが自然のように感じてツッコみを入れることも忘れていた。

急に恥ずかしくなったフェイトは先ほどの発言から一転して身を縮こまらせて俯いた。

 

「ふっ、よいではないか。草葉の陰で造物主も大爆笑していることだろう。丁度この学園の世界樹の下に封印されていることだしな」

「い、いや、それは重大なネタバレになるからこのメンツ以外の場所では不用意な発言は控えてくれたまえ」

「気にするな。私はむしろうれしいぞ? あのようにやさぐれたシモンを心配し、さっさと魔法世界に帰ればいいものを、そのような恰好をしてまでここに留まるお前の心意気がな」

「何を言っているんだ!? 何もかもあなたの所為ではないか! 何勝手にこんな事態にしたくせに勝手に感動している!!」

「そうか、文句があるのならば早々に魔法世界に帰るがよい。代わりのアーウェルンクスはシモンの傍に居るからな」

「なっ、か、代わりだと!」

 

代わりのアーウェルンクスと言われて流石にフェイトもカチンときた。

 

「ふざけるな。目覚めたばかりの彼女にシモンの隣など・・・」

 

しかしその時、狙いすましたかのようなタイミングでセクストゥムが報告のためにこの会議の場に現れた。

 

「アンスパ様。マスターがグレンラガンのエネルギーがチャージされたので、今すぐにでも出陣したいと」

 

その言葉を聞いて、アンスパは「うんうん」と頷く。

 

「うむ。セクストゥムは従順だな。これからもシモンの傍に居てやってくれ」

「当然です。私は生涯マスターのお傍にお仕え致します」

 

それを傍目で見せられているフェイトの気持ちはいか程か?

ましてや既に精神状態やら頭の中身がダイグレン学園の影響で可愛そうな人になっているフェイトは、暴走してしまった。

 

「ふ、ふざけるな!」

 

息を荒くするフェイトはビシッとセクストゥムに指をさす。

 

「シモンの傍に居るアーウェルンクスは僕一人で十分だ! 君の入る隙などない!」

 

フェイトが壊れた瞬間を超たちは存分に感じ取ったのだった。

 

「だ・・・もう・・・ダメネェェェェ!! 唯一の常識人だと思っていたフェイトさんが完全にバカになっているヨ! ツッコみがボケになるとは、私では処理できないネ!!」

 

もう嫌だ。頭を抱えてワーワー騒ぐ超鈴音に学園最高の頭脳を所持する悪の黒幕などという役割など到底似合わない。

黒ニアもフェイトもおかしくなり、超も大混乱してしまう中、ザジだけは冷静にお茶を飲んで落ち着いているのだった。

ザジはもう、分かっているのだった。

 

 

「さて、時は満ちた! 行くがよい、シモン! お前のうっ憤を、私が十年近くの歳月を込めて作ったメカ! グレンラガンで存分にはらすがよい!!!」

 

 

もうここまでくれば自分にできることは何もない。後は流れに身を委ねるしかないのだと。

なぜこうなった? このメンツの中で、特に学園祭に準備と作戦を積み重ねてきた超鈴音は思わずにいられない。

己の大義を懸け、過去の改編という禁忌を起こそうとし、またその覚悟も秘め、友を裏切り罵倒されることも想定し、並々ならぬ想いを秘めてここまで来た。

これが自分の全てだ。

今日という日を迎えるために自分はこの時代で生きてきた。そう思っていたはずが・・・

 

 

「父さん・・・もう、俺は行くよ。こんな学園ぶっ壊してやる」

 

 

真っ黒いやさぐれたオーラを滲ませてこの会議室にようやく顔を出した、どんよりとした瞳のシモン。

それにサムズアップで答える変人親父。

さらに・・・

 

「シモン、私は・・・私は・・・どのようなあなたをも愛してみせます」

「シモン! 目を覚ますんだ! あんな生まれたての頭の悪いアーウェルンクスなんかいなくても、僕が居る! ・・・ん? 僕は一体何を?」

「マスター・・・マスター・・・ご命令を・・・あの・・・ご命令をお願いいたします」

 

こんなやさぐれたシモンにも変わらぬ想いを貫く者たち・

超は唸って、会議の円卓を卓袱台のごとくひっくり返す。

 

「ああああああ、ここには変態しかいないカ!? 私の覚悟や想いはどうなっているネ!?」

 

正に卓袱台返しをくらった超鈴音はただそう叫ぶしかなかったのだった。

 

「おい、超・・・お前もこの学園が嫌いなのか?」

「はっ?」

 

そんな超の落ち込んだ肩に、やさぐれシモンが手を置く。

 

「なあ、そんなに嫌なら俺と一緒に壊そうよ」

「はっ・・・はあ?」

「俺と一緒にここをただの瓦礫の山に変えるんだよ」

 

ダメだこいつ。早く何とかしなければと、超は開いた口が塞がらなかった。

まさかあれほど精神力の強かったシモンが、ただの洗脳だけでここまでやられるとは。

 

「って、いけないヨ! それじゃあ私はただの阿呆ネ! 目を覚ますネ、シモンさん! 私は確かにいろいろと問題起こそうとしたが、それはまた別のやり方ネ! っていうかあなたには似合わないヨ!!」

 

咄嗟にシモンの胸ぐら掴んで慌てて説得に乗り出す超。

超自身は今回の学園祭ではネギたちに止められる役だと思っていたのに、まさか自分が人を止める役になるとは思っていなかった。

しかし流石にこれはまずいと判断したために、彼女ももはや半泣きになりながら止めようとする。

だが、シモンはその手を振り払った。

 

「なんだよ・・・やっぱりそうなんだ・・・超も・・・結局心の中では俺のことはどうでもいいって思ってるんだよ」

 

そしてシモンは拗ねた。

 

「・・・はっ?」

 

どうしてそういう発想になると言いたげに、超は呆けた。

 

「シ、シモン、ダメですよ。超さんはシモンのためを思っているのです。私もそうです。シモン。こんなのシモンではありませんよ?」

「そ、その通りだよ。僕も色々と取り乱したけど、こんなの君らしくないと思う。目を覚ますんだ。僕たちはみんな君の味方だから」

 

色々と取り乱したニアもフェイトも説得に回る。だが、やさぐれシモンのやさぐれ度はネガティブの方向へどこまでも突き進む。

 

 

「なんだよ・・・なんだよ・・・ニアもフェイトもそうやって・・・いつもいつも俺は二人のために命がけで戦ってきたっていうのに・・・何度も大怪我して死にかけたのに・・・それなのにどうして俺がやりたいと思うことには反対するんだよ」

 

「違います。私もフェイトさんもシモンのことが大好きです。大好きだからこそシモンを止めるのです」

 

「その通りだ。僕も君のことを大切な友だと思っているし、尊敬もしている。だからこそ、僕たちも真剣にこうして止めているんだよ」

 

「ウソだ。俺のことを本当に思ってくれているんなら、俺がどんなことをしても信じてついてきてくれるはずだ」

 

「違います!」

 

「そうだ、そんなの違うよ、シモン」

 

 

何とか説得をしたいが一筋縄ではいかない。ニアとフェイトの説得は続くが・・・

 

「マスター。私はいかなる時もマスターを信じ、いかなる命令にも従います」

 

空気の読めない子が、ちゃっかりとポイントを稼いだのだった。

 

「ああ。セクストゥムだけだよ。そうやって俺についてきてくれるのは・・・」

 

シモンは病んだ瞳でセクストゥムにほほ笑む。

 

「セクストゥムさん!?」

「セクストゥム、貴様!! そういう所でポイントを稼ぐな!」

 

シモンは病人患者のようにフラフラとよろめきながら、セクストゥムの頭を撫でる。

セクストゥムは少し俯いてしどろもどろになりながら、何かを決意したような表情でシモンに言う。

 

「マスター。マスターが命ずるのであれば、私がニアさんの代わりに色々と致します!」

「ちょっ!? 何を言っているんです、私の代わりとはどういうことなのです!?」

「兄様の代わりに、私が猫耳とメイド服を着用してマスターのお傍に居ます!」

「ま、待ちたまえ! なんかそれでは僕の存在価値が女装をするだけの役割ではないか!?」

 

ヤバイのはシモンだけではない。このセクストゥムの存在も、ニアとフェイトの存在意義を打ち砕くかのようにヤバい存在に二人は感じた。

 

「ああ・・・セクストゥム・・・俺・・・お前だけだよ」

「はい・・・マイ・マスター」

 

そして、セクストゥムの存在に脅威を感じた二人は、変貌する。

 

「セ、セクストゥム・・・さん・・・・・・(極・黒ニア化)」

「き、君は・・・・(フェイト逆鱗モード)」

 

変な方向に突き進み始めたセクストゥムだが、今のやさぐれシモンにとっては唯一の光なのかもしれず、セクストゥムの従順な姿にシモンはすがり始めた。

セクストゥムは計算なのか天然なのか分からないが、「マスター・・・マスター・・・」と呟きながら、幸せそうにシモンに頭を撫でられているのであった。

 

「黒ニア・・・・・・彼女の動きを止める・・・その間に、体の中心部にある核を壊すんだ・・・セクストゥムの機能を停止させる」

「壊すだけで良いのですか? いっそのこと、絶対的絶望を与えたのちに細胞ひとつ残らず完全消滅させることをした方が・・・」

 

二人は極めて本気の目でオーラを放っていた。

 

「もう嫌ネ・・・どうして私こんな部活作ったカ? これならクラスメート巻き込んだ方が何倍も楽だたヨ・・・」

 

超は部屋の隅で体育座りしてイジけていたのだった。

 

「では、これでメンバーは決まったな」

 

この状況の最中、どこか達観したかのように呟いたアンスパ。そして彼がいきなり指をパチッと鳴らした瞬間――

 

「えっ?」

「なッ!?」

「どういうことネ!?」

 

流石は悪の組織のアジト。

こんな仕掛けをどうやって作ったのかは分からないが、ニア、フェイト、超の三人が居た場所だけ床に穴が開き、三人はその穴から落ちた。

 

「こ、これは何ですか!?」

「アンスパ貴様ァ!?」

「っていうかいつの間にこんなものを作ったネ!?」

 

そして三人が落ちた穴を見下ろしながら、セクストゥムは誰に命令をされたわけでもなく水を流す。

 

「兄様・・・ニアさん・・・超鈴音・・・マスターの邪魔をするあなた方は不要・・・私一人で十分なのです」

 

穴の向こうから「セクストゥム貴様ああ!」という声が聞こえてくるが、その声は聞こえなくなり、穴はそのすぐ後に何事も無かったかのように閉じた。

 

「ほう、誰にも命令されたわけでもなく・・・というかエゲツないな。彼らは下水まで流されたぞ?」

「あの・・・アンスパ様・・・」

「ん? 私のことはお父様でも構わないぞ? これからも息子を頼む」

「・・・はい」

 

残されたシモン、セクストゥム、ザジ、アンスパの四人だけとなり、アンスパは言う。

 

「さて、このメンバーがこの戦いに挑むチームだ。さあ、派手に行こうではないか」

 

感情を露わにして止めようとしてきたニアたちを退場させ、従順なメンバーだけを先発したアンスパ。

この中で唯一まともなのはザジなのだが、彼女もまた何を考えているか分からぬ表情で溜息つき、何も言わずに頷いたのだった。

 

(結局、所長一人の力でドリ研部も手のひらということですか・・・シモンさんがこれでは・・・)

 

このままアンスパの成されるがままになるのか?

いや、そんな展開だけはアンスパ自身も望んでいないだろう。

例えシモンがこのような状況になったとしても、抗う者が他にも居るからこそ、アンスパはこれほど手の込んだことをしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけだ!」

 

「あれから下水を流された私たちはようやく地上に這い出て・・・そして味方を集めて彼らを打倒するために、まずここに来たネ!」

 

「全てはシモンをあの少女から取り戻すために!」

 

 

セクストゥムにやられた水と下水・・・だからずぶ濡れなのか・・・細い目でネギたちはフェイトたちを見つめた。

そして再びフェイトたちは倒すべき敵を「セクストゥムだ!」「だから堀田博士ネ!」「いえ、セクストゥムです」と口論を始めた。

結局蓋を開ければ事の真相は詳しくは分からないままとなったが、ネギたちはもうそれ以上知る気も失せた。

なにやら過去やら未来やら魔法やら世界やらと壮大な何かが動いていると思っていたのに、結局フェイトたちはシモンを盗られたことに腹を立てているようだ。

 

「「「「「「「「「「く・・・・・・くだらなさすぎる・・・・・・・・・」」」」」」」」」」

 

肩透かしをくらったネギたち。彼らはフェイトたちの口論を眺めながら、ガックリと項垂れて同じ言葉を口にしたのだった。

 

「なんだそのくだらない理由は! 要するにアレか? 変人親父に洗脳された息子と、お前の妹に対する嫉妬と、学園生活に対する鬱憤・・・全部、ダイグレン学園の問題じゃねえか! 魔法をバラすとか歴史の改ざんとか壮大なSFファンタジーはどうなった!?」

 

千雨が耐え切れずに声を荒げる。

 

「ぼ、僕たちだってくだらないとは思っているが、シモンをあのままにしておくわけにもいかないだろう!」

「アホか! ならお前らだけでやればいいだろうが! あのダイグレン学園の番長とかスケ番とか、手を貸してくれそうなのがいっぱい居るだろうが!」

「できればそうしているさ! しかし昨晩の宴会でベロンベロンになるまで騒いでいた彼らは爆睡中なんだ!」

「ま、待ってよフェイト! 皆高校生なのに、ベロンベロンになるって何を飲んだの!?」

「そこをツッコむなネギ君! 魔法をクラスの七割近くにバラしている君に比べれば高校生の飲酒ぐらいなんともないではないか!」

「ちょちょっと! そりゃあネギも悪いかもだけど、あんたこそそんなに強いのにこんな事態になるまで何やってんのよ! そんな女装をして!」

「今は細かいことを気にするな、神楽坂アスナ!」

「は、はあ? っていうかあんたちょっと見ない間におかしくなってない? シモンさんに向ける態度が、ちょっと普通じゃないんじゃない?」

「べ・・・べつに・・・普通だ・・・ですよ?」

「何でドモッて間が空いて疑問形なのよ!?」

 

学園は今危機に瀕している・・・はずなのだが、この光景だけを見れば平和そのものであった。

 

「大変でござったな・・・超・・・」

「その・・・元気を出すんだ・・・」

「うむ・・・そう言ってくれるのは楓さんと刹那さんだけネ」

「まあまあ、私は超と戦うことにならなくてうれしいアルよ」

 

つい数分前の切羽詰った空気が嘘のようであった。

 

 

「あの・・・あの、黒ニアさん、初めまして私は宮崎のどかと言います。黒ニアさんは・・・その・・・シモンさんと・・・好きな人と一緒に居て、一番近くに居るために、どのような努力をしましたか?」

 

「私の名前は綾瀬夕映というです。その・・・後学のために私も・・・」

 

「えっ? シモンと居るための努力ですか? 邪魔なお父様を排斥したり、シモンの部屋にあるイヤラシイ物の処分や、・・・・・・身近なライバルに常に警戒心を張ることなどは基本です」

 

「おんや~ん。おんや~ん? これはフェイちゃんにラブ臭が?」

 

「ラ、ラブ臭? 僕にそんなものが? って、フェイちゃんはよしたまえ」

 

「え~、ぶっちゃけて聞くけどフェイちゃんはシモンさんのこと~・・・うぷぷぷぷ?」

 

「な、なにを!? 大体僕はニアとシモンの在り方には尊敬をしているんだ! そんな邪な思いはない!」

 

「ん~、でもほなら何でフェイトはんはその妹はんにヤキモチやいとるん?」

 

「い、いや、別にヤキモチなど。大体僕はシモンとニアが幸せになってほしいと思っているだけだ。ただまあ・・・・・・・なんだかセクストゥムがシモンにまとわりついているのが・・・少し見ていてムカついて・・・うざったいというか・・・寂しいというか・・・胸がざわつくというか・・・」

 

「うおおおお! 何か来たァ! 創作意欲が湧いちゃうよォォ! これは今の時代に需要がありそうだァ!」

 

 

って、それどころではない。

 

「って、いい加減にしたまえ! 一刻を争う! 早くしなければシモンが取り返しのつかないことをしてしまう!」

 

ダンっと音を立てて床を強く踏み付けるフェイト。一瞬少女たちはビクッとなった。

 

 

「と、とにかくだ。本当に・・・本当に不本意ではあるが、僕たちの力だけでは彼らには勝てない。くやしいが・・・それを過去の世界で存分に思い知った」

 

「フェイト・・・」

 

「何度も言うが・・・僕はこんな形で守るべき日常を壊されるのだけはゴメンだ。君たちもだろ? だから利害も一致するし手を貸してやろうと・・・いや・・・その・・・あれだ・・・あ~~、もう」

 

「ちょっ、あんた!?」

 

「フェイト・アーウェルンクス!?」

 

 

アスナたちはギョッとした。あのフェイトが、頭を下げたのだ。不本意そうに拳を握りながら、ネギたちに頭を下げた。

だが、確かに下げた。

あのフェイトが・・・

 

「頼む・・・僕たちに力を貸してくれ」

 

フェイト・・・女装でなければ・・・どれだけ感動的だったか・・・

 

(((((((フェイト・・・そんなにシモンさんが大好きなんだね)))))))

 

暖かな眼差しで微笑むネギたちであった。

 

「いや・・・なんか微妙に勘違いされているような気がするのは気のせいかい?」

 

乙女たちは首を縦に振り、歯を出してニッと笑いながら親指を突き立てたり、フェイトの肩を叩きながら微笑んだのだった。

そして、フェイトとネギたちが手を組んだそのとき、同時に外の世界では巨大ロボットに乗り込んだシモンが、全てを破壊すべく動き出したのであった。

 



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第64話 お前の中に出してやる

「な・・・なんだありゃああああ!?」

 

学園の湖の湖畔に大勢の生徒や祭りの客たちが集まっていた。湖の中から現れたいくつものロボットたち。

数は100や200では済まないだろう。

サングラスをかけたロボット。戦車のようなロボット。

空中に浮遊する鋭角の物体。そして極めつけは超巨大な人型や鬼の形をしたロボットである。

 

「学園祭のイベントか?」

「こんなの何にも聞いてねえぞ!?」

「なんだ!? 今年は一体何がどうなってるんだ!?」

 

イベントなのだろうか? だが、徐々に集まった生徒たちの表情が引きつっている。

彼らもこの事態が飲み込めないようだが、妙な予感を感じてはいるようだ。

 

『全員・・・どいてろ・・・』

 

そのとき、人型巨大ロボットのうちの一体のスピーカーから人の声が聞こえてきた。

 

「おい、この声は!?」

「うん、あの人じゃない?」

 

皆がざわつき始めた。ロボットの中から聞こえたその声に、皆が聞き覚えあった。

この学園祭をきっかけに、一気に学園の有名人となった男の声。

 

『この学園の全てを破壊してやる!』

 

その声の主は、なんの抑揚もない声で言い放つ。

 

『壊してやる。壊してやるよ! もうこんな学園、ウンザリなんだよ!』

 

破滅を告げる男の宣告。ロボットの叫びで湖の水が激しく飛び散る。

それを合図として、他のロボットたちも起動したかのように、瞳がキラリと光った。

まずい!

誰もが直感的にそう感じた。これはイベントではない。彼らは侵略者だ。どういうわけかはわからないが、この学園を攻めに来たのだ。

兵器の臭いを醸し出したロボットたちが、それを証明していた。

 

「ぬおっ、もう攻めてきおったか!」

「学園長! 湖畔に生徒たちが多数! このままでは・・・」

「私たちが魔法を使って戦えば、これほどの目撃者を言いくるめるのは不可能です!」

「でもこのままでは・・・」

 

侵略などさせてはならない。それを食い止めるべく学園の者たちが続々と湖畔に現れる。

学園長を筆頭とした、麻帆良学園魔法先生に魔法生徒だ。

 

「おい、あれ高畑達じゃねえか?」

「葛葉先生も、学園長までいるぞ!?」

 

ロボットたちの集結に対して、屋根の上を飛んで移動する学園の教師たちの姿に生徒たちも気づいた。

その視線を感じながら学園長は少し唸るように考え、そして意を決したかのように魔法先生・生徒たちに言う。

 

「こうなれば・・・責任はワシが取る! 生徒たちの安全は、魔法の規則よりも重い! たとえ魔法の力が知られるようになろうとも、今は目の前の者たちを守るのじゃ!」

 

学園長の決意の叫びに、魔法先生たちは真剣な眼差しで頷く。

 

「ワシが先制する! みな後に続くのじゃ! 天神魔法・天照!!」

「学園長! うおおお、学園長の魔法初めて見た・・・すご・・・」

「さあ、ゆけい!」

 

そして彼らは杖を、刀を、魔力を次々と解放し、現れたロボット軍団に向けて先制攻撃を開始したのだった。

 

「う、うおおお!? なんだァ!?」

「ちょっ、高畑先生たちが強いの知ってたけど・・・ロボットたちが一瞬で大量にふっとんだァ!?」

 

学園側の先制攻撃で、大量のロボットたちが宙を舞う。

その人智を超えた力に生徒たちは空いた口が塞がらない。

これでもうバレたかもしれない。魔法という存在が明るみに出てしまったかもしれない。

しかし魔法先生たちは唇を噛み締めながらも前を見る。

今のこの現実を守るためにも、今は戦うことを決めた。

 

『ちくしょう・・・邪魔された。そうなんだよ・・・先生たちだって、巻き込まれている俺の話をいつも聞いてくれない・・・俺は何もしていないのに、ダイグレン学園の生徒ってだけで処罰を受ける・・・』

 

巨大ロボットのスピーカーから声が聞こえた。

その声を聞いて、タカミチが叫ぶ。

 

「シモン君! 堀田シモンくんだね! こんなことはやめるんだ!」

 

タカミチの言葉に、スピーカー越しの男・・・シモンが答える。

 

『ああ。あんたか・・・いつもいつも喧嘩は良くないなーとか言って、アニキに・・・いや、あいつに巻き込まれているだけの俺も一緒に怒る・・・高畑だな!』

 

スピーカーから聞こえた声に、タカミチは絶句した。 

これが本当にシモンなのか? たしかに声はシモンそのものだが、これがシモンなどと思うことができなかった。

タカミチもそれほど深く関わりがあるわけではない。ただ、学園の広域指導員として、学園で問題ばかり起こすダイグレン学園と関わることはある。

しかしこのシモンは、決してこんな全てに投げやりになったり不貞腐れたりするような男ではなかった。

 

「シモン君・・・君に・・・一体何があった!?」

『なんだよ~、今まで俺の話なんてあんたらは聞いてくれなかったじゃないか! もう遅いんだよ!』

「シモン君!?」

 

巨大ロボットが動き出した。

 

『見せてやるよォ! 俺はいつまでもアイツの後ろにいる男じゃない! 俺は力を手に入れたんだ! この・・・』

 

そう、巨大ロボット・・・

 

『このグレンラガンさえあれば俺はなんだって出来るんだよォ』

 

グレンラガンがドリル掲げて、タカミチに向かって襲いかかる。

タカミチは咄嗟にポケットに手を入れてカウンターの攻撃を放つ。

 

「仕方ない・・・豪殺拳!」

 

居合のような高速で放たれる巨大な拳。直撃したグレンラガンのバランスが揺らいだ。

 

『な・・・このやろう! やっぱ殴るんだな! どいつもこいつも!』

「やめろ、シモン君! それほど巨大な力で暴れるようでは、こちらも手加減ができない!」

『うるさい! そんなもん! そんなもん! そんなもん効かないぞ!』

 

まるで子供が駄々をこねているかのような動作で襲いかかるグレンラガン。動き自体は子供の喧嘩のようなもので、タカミチにとってはいかに巨大ロボでも負ける気はしなかった。

しかしやはりその巨体ゆえに手加減がしにくいこと、また長引かせれば生徒たちの危険が増すことへの懸念がタカミチを悩ませた。

 

 

「さすが高畑先生・・・って、それどころじゃない! 遠距離攻撃できる者たちは生徒の誘導をしながらの援護射撃を! 接近戦のみの方は、ロボが一体たりとも湖から出ないように当たってください!」

 

「しかし・・・これは・・・この数は・・・」

 

「泣き言を言う暇があるなら呪文を唱えろ」

 

「あーあ、これでオコジョになるのかな?」

 

 

風、炎、氷、雷、光。あらゆる属性の魔力が飛び交い、生徒たちは夢でも見ているかのような光景に唖然としていた。

突如湖から大量に現れた巨大ロボットに、それに生身で立ち向かう学園の教師と一部の生徒。

 

「ゆ・・・夢だよな・・・」

「ゆ、夢じゃないよ・・・まさか・・・本当に?」

「ね、ねえ美沙・・・これってどこまで本当かな?」

「さ、さ~、まあさすがにガチってことは無いと・・・思うけど・・・」

 

イベントや撮影やCGとも思えぬほどに真剣な眼差しで戦う教師たちの姿。

そう、これが現実で、彼らは大切なものを守るように必死で戦っているように見えた。

そして・・・

 

『どいつもこいつも・・・』

 

そんな必死さを一瞬で消し去ってしまうのもまた現実なのである。

 

『俺を俺を俺を俺を馬鹿にするなよォ!!』

 

高く突き上げたグレンラガンの拳がドリルへと変形する。激しい音を立てて回転するドリルをそのまま湖に深々と突き立てる。

水しぶきが巻き上がる。

いや、もはやそれは水しぶきなどという生易しいものではない。

湖の水全てに振動が伝わり、その振動がやがて巨大な波を作り出す。

 

「なっ・・・!?」

「ま、まずい!?」

「つ・・・つ・・・津波だァァァ!!」

 

まるで巨大な壁のように押し寄せる津波が、全てを飲み込む勢いで発生する。

 

「うっ・・・・・はああああああ、豪殺拳・乱打!!」

 

巨大な拳の柱が一部の感覚もあかずに高畑から繰り出される。

タカミチの実力と機転によって津波の水は弾き飛ばされ学園には被害がなかったが、もし一歩間違えればとんでもないことになっていたかもしれない。

 

「こ、・・・この子は・・・」

 

広場に緊張が走る。今のも僅かな間違いがあれば学園にとんでもない被害が及んでいたかもしれない。

 

「シモン君・・・なんてことを・・・言いたくはないが・・・退学どころでは済まないよ・・・」

 

高畑が火の消えたタバコを口から取りながら、震える唇でシモンに言う。

もう手遅れかもしれない。もう、この言葉はシモンには届かないかもしれない。

しかしタカミチは教師として最後の説得を試みた。

 

 

「もう一度言う・・・やめるんだ・・・良い思い出も悪い思い出もあったかもしれないが・・・この学園にいた君は・・・君たちは何よりも楽しそうだったではないか」

 

『高畑・・・』

 

「こんなこと教師として言ってはダメなのかもしれないけど・・・君たちは・・・カッコよかったよ・・・いつも・・・バカで・・・ワルで・・・いつだってぶっとんでいて・・・」

 

 

高畑の瞳には僅かな切なさを感じ取れた。広場にいる者たちもその言葉に戦いながら聞き入っていた。

 

「何も絶望をする必要がないぐらいに君もかっこよかった・・・誇らしそうだった・・・お願いだ。これ以上・・・かっこ悪い姿を見せないでくれ」

 

それは、教師としてではなく、ひとりの男としてのタカミチの本音だったのかもしれなかった。

しかし、今のシモンには響かない。

 

『うるさいなァ! 俺は強いんだ! 父さんからもらったこのグレンラガンがあれば、誰にも負けないんだァ!!』

 

タカミチに向かって暴走したシモンはグレンラガンの拳を振りかぶる。

ダメなのか? 教師として暴走した生徒一人も止められないのか? 己の無力さを痛感したタカミチの動きが一瞬止まった。

しかし・・・

 

「障壁突破『石の槍』(ト・テイコス・ディエルクサストー ドリュ・ペトラス)!!」

「雷の暴風!!」

 

グレンラガンの拳に、石の槍と雷が直撃した。

 

「こ、これは!?」

 

誰もが注目していただけに、誰もが現れたその人物に気づいた。

 

「まったく・・・シモン・・・こんなダダをこねて」

「シモンさん! これ以上の暴力はいけません! 僕だって怒りますよ! 本当に怒りますよ!」

 

フェイトとネギが、タカミチの目の前で並んでいたのだった。

 

「ネギ君! それに、フェイト・アーウェルンクス!?」

「おい、なぜフェイト・アーウェルンクスが!? 奴は堀田シモンの仲間ではないのか!?」

「超鈴音も・・・馬鹿な、ニアさんも居るぞ! 彼女こそシモンくんの味方ではないのか!?」

 

フェイトはシモン側の者ではなかったのか? 

そんな動揺が走る中、今度は地上の大量のロボットたちが激しく飛んだ。

 

「おりゃああああああ!」

「神鳴流――!」

「ふははははは、主に逆らう愚かなロボット兵器たちよ。おいたは許さないネ!」

「さあ、まずは邪魔な雑兵から片付けるでござる!」

「って、デケえー! なんだありゃあ!?」

「すす・・・すっごい・・・」

 

アスナを筆頭に、刹那や楓たち、さらには超までこの場に参戦していた。

 

「あの子達はネギ先生のクラスの!?」

「って、アスナたちじゃん!? みんなしてなにやってんの!?」

「超部長に古部長まで居るぞ!?」

 

急に緊迫した雰囲気から怒涛の嵐となって押し寄せるネギ・パーティーが参戦し、反撃の狼煙を上げる。

 

「ネギ君・・・それにフェイト・アーウェルンクス・・・なぜ君たちが!?」

「話はあとだ、高畑・T・タカミチ。今はシモンを止めることが先決だ。この場は昨日や過去の因縁を持ち出さず、目の前のことを集中しよう」

「な、馬鹿な・・・ふざけるな・・・君は・・・君はだって・・・」

 

タカミチはそこから先を言おうとしたが戸惑った。何を言う気か? かつて敵だったこと。ナギのこと。それともシモンのことか。

タカミチにはネギでも知らない、フェイトに対して一言では収まりつかないほどの複雑な思いがあった。だからこそ簡単に信じられるはずがなかった。

 

「タカミチ・・・今はフェイトの協力も必要なんだよ。シモンさんの洗脳を解くために」

「せ、洗脳!? それではシモン君は自分の意思ではなく?」

「うん。フェイトは確かに何を考えているかわからないし、女装も好きだけど、シモンさんを想う気持ちに嘘はない! だからそのシモンさんを助けるために、今はフェイトと協力して! タカミチ!」

「いや、待てネギ君! 僕は別に女装が好きなわけでは! それに今は違う! ちゃんと着替えてきた!」

 

シモンが洗脳をされている? なんだそれはと思う一方で、タカミチはある意味納得できた。

 

『お前らは・・・なんだよ・・・ネギ先生もフェイトも・・・あれだけ俺を持ち上げたりしたくせに・・・なんでみんな邪魔するんだよォ!!』

 

確かにそれぐらいのことをされなければ、あのシモンがこのような大胆な暴挙に出るはずがない。

 

「まったく仕方ない・・・しかし・・・アーウェルンクスに協力など・・・あれだが・・・」

 

心の迷いが晴れてどこかスッキリしたタカミチは、「やれやれ」と肩を竦める。

 

「ふん、我慢したまえ。まだまだ先は長いんだからね」

「先?」

「ああ。シモンの洗脳を解いても・・・まだあの女と・・・まあ、ザジがどうでるか分からないけど、アンスパも居るしね」

「アンスパ?」

 

フェイトがなぜタカミチやネギたちの力を必要としているのか。それはやはりアンスパの存在が大きかった。

セクストゥムはフェイトとほぼ同等。しかしアンスパは論外だった。過去の世界で嫌というほど味わっている。

自分の意地だけでシモンを助けられないなどということはあってはならない。だからこそフェイトは、複雑な気持ちではあるが宿敵と手を組むことも躊躇ったりはしなかった。

 

「さあ・・・まずはシモンさんの洗脳ネ!」

 

超が合図を出す。その時、湖上空で茶々丸が飛行していた。

 

「ニアさん・・・この辺で大丈夫ですか?」

「はい。あのロボットの頭部・・・シモンがいるところに下ろしてください」

 

飛行している茶々丸に抱えられているニア。誰もが地上の戦いやネギとフェイトに気を取られているすきにグレンラガンに近付く二人。

 

「シモン・・・今度は・・・囚われているあなたを私が助けます!」

 

ニアは力強い瞳で宣言する。

学園祭では父であるロージェムに束縛されていた自分をボロボロになってまで助けてくれたシモン。いや、その時だけじゃない。

出会ったときも、いつでも、時の超えた過去の世界でもシモンはいつだって命懸けで戦ってくれた。

だからこそ、今度は自分の番なのだ。

そんな思いを込めてニアがグレンラガンの頭部に近づいてシモンに叫ぶ。

だが・・・

 

「シモン! ニアです! 私です! シモン、私は――」

 

その時、ニアと茶々丸に魔力の篭った冷気が放たれた。

 

「マスターの勇姿の邪魔はさせません」

 

冷たい表情と冷たい言葉。

 

「あなたはっ、セクストゥムさん!?」

「ニアさん!?」

 

上空を飛ぶニアと茶々丸よりもさらに上空から二人に向かって魔法を放つセクストゥム。

完全にその存在に気づかなかった茶々丸とニアが宙で飛ばされた。

 

「ニア!?」

「茶々丸さん!?」

 

今度は誰だ?

あれが噂のフェイトの妹か?

マジで何かキミかわうィーね!

といった様々な反応が広がった。

 

「ニア、大丈夫か!」

「は、はい、でも・・・失敗してしまいました」

 

シモンの目を覚まさせるにはニアしかいないと思い、派手に自分たちが暴れて囮になる作戦だったが、セクストゥムの所為で阻まれた。

飛ばされたニアを受け止めて、フェイトは歯噛みしてセクストゥムを睨みつける。

 

「あの女・・・やはりシモンには悪いが機能停止させるべきだった」

「フェイト・・・あの人・・・どうにか勝てる?」

「・・・勝てはするとは思うけど・・・しかし、敵は彼女一人ではない・・・あまり力を使いたくない・・・」

 

正直この場にはいないがセクストゥムよりもはるかに厄介なアンスパもいる。

タカミチや学園長がこの場にいる以上、セクストゥムぐらいはどうにかなるだろうが、それでも戦えば多くの力と魔力を消費することになる。

フェイトはそれだけは避けたかった。

 

「フェイトさん・・・私・・・セクストゥムさんも説得してみます。セクストゥムさんもシモンが好きなら・・・本当のシモンがどう思うかと訴えれば・・・」

「いや、それは無駄だニア。セクストゥムは・・・洗脳されていようとも、シモンを絶対に裏切らない。そういう風に・・・造られているんだ」

「フェ、フェイト・・・作られてるって・・・、タカミチは何か知ってるの?」

「それは・・・」

 

とにかくロボット軍団に加えてセクストゥムがシモンまでの道を阻む。これは相当面倒な展開になったと言わざるを得ない。

そしてさらに事態は・・・

 

「兄様に・・・魔法使い多数・・・私の残存する魔力エネルギーを計算しても・・・私の敗北が濃厚でしょう・・・」

 

良いも悪いも別にして、さらに混沌と化すのであった。

 

「マスターに・・・エネルギーの補給を要請する必要があります」

 

何を思ったか、突然セクストゥムが反転してグレンラガンのコクピットへ向かい、頭部をノックする。

 

「マスター・・・マスター・・・その・・・私の願いを・・・聞いていただけないでしょうか?」

『なんだよ、願いって・・・』

 

ぶっきらぼうに答えるシモンだが、味方の言葉ゆえに頭部のコクピットを開いた。セクストゥムはその中に軽く会釈だけして入る。

セクストゥムがコクピットに入った瞬間、コクピットは再び閉じて、外からでは二人が中で何をやっているのかがまったく分からない状態になった。

 

「見て、超! あのロボットの中に、あの女の子が入っていったわ!」

「うむ・・・何を企んでいるネ?」

 

雑兵と戦いながらグレンラガンを見上げる一同。果たして何が起こるのか? そのことに皆が注目していた。

そして・・・ナニかが起こった。

 

『マスター、少々魔力が足りないようです。代価のエネルギーとして、マスターのエネルギーを注入していただけないでしょうか?』

『どうすればいいんだ?』

 

ネギが不安そうにグレンラガンを見上げて凝視する。フェイトやアスナたち、この場に集った全員がそうであった。

コクピットで何が起こっているか分からず、これから何かが起こるかもしれに嫌な予感を抱きながら、神経をすり減らしていた。

 

『私を起動させた時と同じように、私の核にマスターのドリルを突き刺し、エネルギーを入れていただければ結構です』

『ドリルを? いいのか?』

『はい。ブスリとお願い致します』

『分かった・・・俺の螺旋力をお前に分ける』

 

シモンはそう言って、ドリルを取り出し、先端に螺旋力を込めてセクストゥムの肉体の中心地に突き刺した。

その瞬間、溢れんばかりの赤い色の光がセクストゥムに注入され、その光がコクピットの外にまで漏れた。

 

「なんだ・・・一体何をしようとしているんでしょうか・・・」

 

スピーカーがオン状態だった。

まあ、シモンがスピーカー越しに愚痴を言っていたのだから、それもそうだろう。

これで中での動きは見えないが、何が起こっているかは声で判断できた。

そう、声だけで・・・・

中の様子は伺えないが、二人の声だけは聞こえてきた。

そう・・・声だけが・・

 

 

『あっ・・・・・ああああああ!』

 

 

妙に艶っぽいセクストゥムの声が、学園中の時を止めた。

 

 

『い、いきなり・・・お、奥まで・・・マスターの・・・も・・・の・・・が・・・突き刺さって・・・』

 

『セクストゥム・・・いいのか? 嫌なら抜くぞ? 少しほぐしてからのほうが良かったんじゃないか?』

 

 

『えっ!? だ、ダメです・・・マ、マスター、や、やめな・・・んっ・・・いで・・・ください! ぬかない・・・で・・・』

 

 

『だってお前、辛そうじゃないか。痛いんじゃないのか?』

 

 

『ま、まだ2回目ですから・・・ん、すぐに慣れます。ですからマスター、私のことなどお気になさらず・・・マスターの思うとおりに・・・お好きなように動いてください』

 

『じゃあ、もっといれるぞ』

 

『は・・・いっん!? ああ! 入ってきます・・・マスターのが・・・いっぱいに・・・いっぱいに・・・』

 

『この程度でそれで大丈夫なのか?』

 

『えっ、そんな!? マスターのが・・・まだ大きくなっ・・・っう、えっ、すごい、回転が!? おおき、マスターのが・・・あ、あああ!』

 

『おい、あんまり我慢するなよ。本当にダメそうなら俺は・・・』

 

『マスター・・・イジメないで・・・ください。今やめられたら・・・ワタシ・・・は・・ん、おかしくなってしまいます!』

 

『そうなのか? でもお前って・・・ずいぶんとわがままなんだな』

 

『ち、違いま・・・うっ、ん! は、激し・・・マスターのがこれほど・・・中で・・・どんどん大きっ・・・くう!』

 

『やっぱりもうダメだよ。これ以上はお前が本当に壊れる』

 

『だ、らいじょ・・大丈夫です。マスター・・・嫌・・・ぬかないで・・・全部・・・私の中に・・・だから、壊れてもいいですから・・・もっと・・・』

 

『ダメだよ! お前までダメになった・・・俺はどうすればいいんだよ!』

 

『マス・・・ター・・・』

 

『ニアもフェイトも・・・俺を間違ってるって責めるんだよ! お前まで居なくなっちゃったら俺・・・』

 

『マスター・・・私は・・・いついかなるときもおそばに・・・今も・・・これからも・・・繋がって・・・うっくうううう!』

 

『セクストゥム!』

 

『マスター、マスター、マスター・・・・・・マスタァァァァァ』

 

 

その時・・・まるでナニかの絶頂を迎えったかのような女の声が麻帆良に響いた。

 

 

『はあ、はあ、はあ、・・・なんか・・・いっぱいだしちゃったよ・・・』

 

『はい・・・あっ、中から溢れて・・・ダメ! 急いで栓をしないと溢れてしまいます!』

 

『そんなに慌てなくても』

 

『ダメです。せっかくマスターが私のために分け与えてくださったもの・・・絶対にこぼしたりなどしません』

 

『セクストゥム』

 

『はい。ああ・・・力が湧いてきます・・・今なら無限に戦うことができます。ありがとうございます。マイ・マスター』

 

 

・・・という音声だけがスピーカーから聞こえたのだった。

 

なぜか男子生徒たちは顔を真っ赤にしながら、急に前かがみになってその場で正座した。

 

女子たちは言うまでもなく顔を真っ赤にして・・・

 

そしてコクピットが開く。

 

 

「さあ、続きです」

 

「「「「「「「「「「ナカでナニがあったアアアアアアアアアアアア!!」」」」」」」」」」

 

 

中からはセクストゥムがこれ以上ないぐらいに肌をツヤツヤにして現れたのであった。

 



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第65話 麻帆良に降りたダークヒーローと五人の天使

「さあ、兄様も束になってかかってきても構いません」

 

「なっ、なな・・・」

 

「今の私は・・・誰にも負ける気はしません・・・・・・・♫」

 

「なんだそれは!? わかってるぞ! どうせシモンの持ってるドリルで核に直接エネルギーを注入しただけだろう! わかってるぞ! わかってるんだ! だから、そんな無表情のくせに勝ち誇った顔をするな!」

 

「勝ち誇ってなどいません。ただ・・・兄様は哀れだと・・・」

 

「何がだ? 何が哀れなんだ!? やはり君とは相容れない!! 消滅させる!」

 

「学園破壊に、テロ行為に・・・不純異性交遊・・・・シモン君は退学確実じゃな・・・」

 

「誰かーーー! 誰かニアさんを抑えてェ! ニアさんが黒化を通りこおして闇化・・・いや、おだやかな某野菜人が怒りをきっかけに目覚めるスーパーニアさんに変貌するかのごとくオーラが!」

 

「ちょっ、瀬流彦先生たち! なぜ先生たちまで前かがみに! シャキッとしてください!」

 

「い、いや・・・シャークティー先生こそ顔が真っ赤・・・って、刀子先生!」

 

「い、いいわねえ・・・最近の子は(怒)・・・私はもうピー歳だっていうのに欲求不満で毎日イライラしているというのに・・・!!」

 

「もう、嫌ネ・・・未来に帰りたいネ」

 

「せ、刹那・・・鼻血が出て・・・って、なぜ木乃香どのをチラチラ見る」

 

「い、いや、なんでも!?」

 

「のどか・・・なぜ羨ましそうな顔をして・・・」

 

「えっ・・・えっ? そ、そんなことない・・・かな?」

 

「うふふふふふふふふ、とうとうやっちまったっすねええ! ドロドロラブ臭の予感がァ!! ああ、創作意欲がァ!」

 

 

学園防衛軍・・・壊滅・・・

 

「って、それどころでもあるけど、それどころじゃねえ!!」

「おおおい、あんたたち! なんかロボットたちがどんどん岸に上がってるんですけどォ!」

「ちょっ、いつまでやってんのォ!」

 

防衛軍が瓦解している隙に、地上の雑兵ロボットたちも次々と湖畔へ上がる。

 

「うわああ、もう嫌だああああ!!」

「ぎゃーーー、死ぬううう!?」

 

いくら雑兵とはいえ、まだまだ数の底が見えないぐらい大量にいる。

加えてこの巨大ロボットたちに、なぜかやる気に満ち溢れたセクストゥム。

 

「ふむ・・・意外に初心(ウブ)であったな・・・」

「あの所長・・・あれは反則かと・・・」

「ふん、この程度の情事に成すべきことも見失う連中など・・・ましてやシモン一人が敵になったぐらいでこれでは・・・やはり未来は託せんな」

 

この珍事を建物の上から高みの見物を決め込むアンスパとザジ。アンスパはこんなふざけた展開を自分で作り出したくせに、その関心は徐々に薄れていくような態度を見せた。

ただ、その中でもどこかまだ期待感を残しているそぶりも見せた。

 

「まあ、別に今日はネギ・スプリングフィールドを見に来たわけではない。彼の可能性は武道大会の高畑との戦いで見たからな」

「・・・所長?」

「ただ、シモンでもなく、ネギ・スプリングフィールドでもなく・・・ましてやアーウェルンクスでもないとすれば・・・私がまだ真価を問いていないのは・・・」

「所長・・・所長は何をお考えに・・・」

「ふっ・・・ふっふっふ・・・さあ、魔法使いたちは役に立たんぞ? このままではシモンは本当に間違いを犯すぞ? さあ、君はこれをどうやって止めるのかな?」

 

アンスパが一体誰のことを言っているのかは、まだザジには分からなかった。

少なくとも、アンスパは今この場にいない誰かを待っているかのように見えた。その人物か現れないからこそ、今のこの光景にあまり興味を示さないのだ。

ならば誰だ? 学園長でも高畑でも、ネギでもフェイトでも、超鈴音でもニアでもない。

この場にいない中で、アンスパがいったい誰を待っているというのか・・・

 

「って・・・やばっ、多過ぎる!」

「なんて数だ・・・これは・・・」

「私が作ったメカ以外のも混ざってるネ! これは堀田博士のも混じってるカ!?」

「とてもじゃないが、魔力も体力もいずれ底をつく・・・どう考えても最後まで持たないぞ?」

「だからって、学園の人たちの大半は戦えないんだし・・・ここは私たちが少しでもやるしか・・・」

「つってもこれは・・・もう・・・」

 

まるで戦争の兵隊。そして何よりこのロボットたちはどれほど巨大な力で威圧しようとも、感情がない故に全体は動揺しない。

精神攻撃もきかないゆえにただ力で一体一体と戦っていくしかない。

 

「攻撃ターゲット補足」

「攻撃開始致シマス」

「レーザー砲一斉放射」

 

やばすぎる。

千、二千どころではすまないロボット軍団相手に、学園防衛側の人数は50人にも満たない。

いかに数人の最強クラスが混じっていようとも、力押しで乗り越えられる戦力差ではない。

グレンラガンを初めとする敵側の巨大ロボット兵器もまだ居る。

フェイトクラスの実力者のセクストゥムも、さらにパワーアップしている。

 

「くそ・・・大した準備もなくきたのはまずかったようだね・・・」

「フェイト、タカミチ・・・どうする?」

「どうすると言っても・・・」

 

再びグレンラガンが動き出す。

 

『さあ・・・もういい加減終わらせてやるよ。そして・・・俺の恨みを思い知れェ!!』

 

畜生――

エロかったはずの空気すら薄れさせるほどの敵戦力。

やはりあのままギャグでその場を流せるかと一瞬感じていたが、現実はそこまで甘くない。

このままでは・・・

そう思うネギやフェイトたち。

しかし事態は・・・

彼らにも・・・

シモンにも・・・

そしてアンスパたちにすら予想していなかった展開を迎えることになる。

 

 

「粉塵爆破!!」

 

 

突如鳴り響いた巨大な爆発音が、グレンラガンの拳を破壊した。

 

 

「「「「「「「「「「なにっ!!??」」」」」」」」」」

 

 

敵味方問わずにギョッとした。

さらに・・・

 

「えっ・・・って、なにこれ!?」

「なっ、いつのまに!?」

「なんなん、これ!?」

「な、・・・・なんだ?」

 

湖が、闇で包まれた。

 

「な、・・・なんだ・・・・あの化物は!?」

 

巨大な黒い・・・・怪物? ・・・・化物? 

 

 

形容の仕方が思いつかないほど、しかし誰の目からも伝わってくる巨大な闇を纏った怪物が、数多の触手と巨大な腕を広げて、突如この麻帆良の地に現れた。

 

「どっ・・・どこから・・・な、なんであんなものに気づかなかったんだ!?」

「い、いつの間にって・・・なんだ、足元も変な影が!?」

 

あまりにも巨大で、あまりにも突然に現れた怪物に誰もが驚きを隠せないのだが・・・

 

「ま、まさかこれは!?」

「馬鹿な・・・フェイト・アーウェルンクス・・・君もこれは・・・」

「し、知らない・・・僕もどうしてこうなったのかが・・・」

 

フェイトとタカミチだけは何か・・・いや、誰かを頭の中に思い浮かべているようだった。

 

『な、なんだよ・・・あの巨大な黒い怪物・・・それに地上にも・・・骸骨みたいな化け物が次々と・・・』

 

コクピットの中でシモンも戸惑っていた。ただ、どこか・・・いつだったか・・・この力・・・どこかで見たことがあるような気がした。

 

「あ、あそこに誰かいるぞォォォ!」

 

誰の叫びかはわからないが、現れた黒い化け物の頭の上を指さした。

そこに視線を向けると・・・

 

「ふふ・・・・・・・ふふふふふふふふふふ・・・・・ふはははははははははははははは!!!!」

 

そこには、狂ったように笑う謎の人物がいた。

 

「20年・・・・・・長かった・・・・貴様はもう死んだと思っていた・・・・・・もう二度と会うことはないと思っていた・・・・くははははははははは!」

 

グレンラガンに向かって、その男は愉快そうに笑っていた。

 

「だからこそ・・・・・・暦たちがハシャイでいたプリクラとやらを見て・・・私は背筋が凍った・・・テルティウムと一緒に写っていた貴様を見て・・・心臓が飛び出しそうだったよ」

 

黒いローブに仮面を付けたその男・・・

 

「ふふ・・・長かった・・・・・・長かったよ・・・ようやく貴様を殺せるなァァァ! シィ~~~モォォォォォォォォォォン!!!!!」

 

怒りと恨みと殺意とを始め、全ての負の感情を込めてシモンに叫ぶ・・・

 

 

「「「「デュ、デュナミスッ!?」」」」

 

 

完全なる世界の幹部、デュナミスがそこに居た。

 

「な、なななな・・・なんでこうなった!?」

「あの人・・・」

「えっ・・・所長・・・この事態は・・・」

「なぜ、あの男までここにいる!?」

「えっ、マジで?」

 

フェイト、ニア、ザジ、タカミチ、そしてあのアンスパですら大口開けて固まった。

 

「だ、誰? フェイト、タカミチ、知ってるの?」

「ば、馬鹿な・・・完全なる世界のデュナミス!?」

「なんでデュナミスがここに居るんだ!?」

「あの方は・・・二十年前の・・・」

「ちょっ、だから誰なのよ?」

「敵か? 味方か!?」

「今、高畑先生・・・完全なる世界って・・・」

「この魔力・・・あまり良い感じはしないでござるが・・・」

「どういうわけかシモンさんに恨みがあるような・・・」

 

現れたデュナミス。しかしデュナミスを知らないネギたちには首を傾げるしかなかった。

しかしそれだけでなく・・・

 

「ふふふ・・・デュナミス様だけではありません」

「フェイト様を傷つける人は、誰だろうと許さない!」

「私たちの敵!」

 

グレンラガンの拳を爆破した煙がようやく晴れる。

 

「き、君たちは!?」

「ええ!? さらに誰なの!?」

 

そこにはフェイトを守るように、フェイトの周囲を囲む5人の少女がいた。

 

 

「「「「「お待たせいたしました、フェイト様!!!! フェイト・ガールズ、参上いたしました!!」」」」」

 

「「「「「「「「「「ってだから誰ッ!?」」」」」」」」」」

 

 

好きな人のピンチに現れた勇敢な少女のようなドヤ顔の笑顔をキメる5人の少女。

 

「焔くん、暦くん、調くん、環くん、栞くん! なぜ君たちが!?」

「申し訳ありません、フェイト様。ご命令もないのに旧世界に現れたりなどして」

 

焔が振り返って頭を下げる。

すると少女たちが次々と我先にとフェイトに話しかける。

 

「えっと、フェイト様が以前送ってくださった手紙に貼っていたプリクラ・・・あれをデュナミス様が見た瞬間豹変して」

「はい、なんかシモン殺す、旧世界に行く、いまは22年に一度の周期で魔力が満ちているから存在を具現化できるとかブツブツと・・・」

「すまんです」

「でも・・・デュナミス様がフェイト様の居る旧世界の麻帆良学園に行くと聞いて・・・居ても経ってもいられず・・・」

 

ブツブツと正直何言ってるか分からないし、フェイトも要領を得なかった。

正直呆れ顔だ。

 

「君たちは・・・・・・」

 

少女たちは全員ビクッと体を震わせた。

 

――怒られる!

 

こんな身勝手な行動をして怒られないはずがないと、少女たちは怯えたが・・・

 

「自分で決めて・・・自分の意思で動いてこんなところにまでくるなんて・・・」

 

フェイトは怒るどころか、少女たち一人一人の頭を軽く撫でた。

 

「フェイト・・・さ・・・ま?」

 

きょとんとする少女たちの顔を見ながら、フェイトは思う。

 

(僕には簡単にはできなかった・・・自分の意思で決めて行動する人間らしいことなど・・・でも、シモンや・・・彼らと出会ってようやくできたことを君たちは・・・)

 

一直線で行動的な彼女たちに、フェイトは麻帆良に来る前までにはなかった穏やかな表情で僅かに微笑んで・・・

 

「まったく、仕方のない子達だね。悪い子達だ」

 

彼女たちの知らない表情で、決して今まで言うことのなかった言葉でフェイトは彼女たちに言った。

 

そんな表情と言葉・・・

 

「フェ・・・フェフェ・・・」

「フェイト・・・さま~」

「あう・・・あうあう・・」

「え・・・えへへ・・・あ・・・う」

 

もううれしいやらニヤニヤやら感動やらが止まらず、全員一斉にフェイトに飛びついたのだった。

 

「って、テルティウム! 貴様もシモンのように、メスとイチャつくんじゃないィィィィい!!」

 

デュナミスの影攻撃が間一髪のところまでフェイトたちに降りかかったのだった。

 

「いやいやいや、待ちたまえ。そもそも君が何故ここに・・・」

「黙れえ! 私は貴様の部下ではない! 同志だ! だからこそ貴様の言うことをいちいち聞くと思うな!」

「だ、だからって人間界に来てまで!」

「知るかあ! あのドリルの小僧を殺すためならば、銀河の果てだろうと構うものかあ!」

「どれだけ君はシモンに恨みがあるんだ! シモンは一体僕の知らないところでデュナミスに何をしたんだ!?」

「えええい、どいつもこいつも戦場でキャッキャウフフをやりよってェ!! 戦場を甘く見るなァァァ!」

 

感情剥き出しのデュナミス。なぜ彼がこれほどまでに感情的に怒りを剥き出すのか、その事情は誰にもわからなかった。

 

 

「ふうー! ふうーッ! ・・・ところでシモンよ・・・さっきも聞こえたぞ? なんか・・・セクストゥムと・・・貴様ああァァァァァ! 20年かけてそこまで調教するとは! このクズがァァァァ!」

 

『なんだよあんたは・・・あんたに怒られる筋合いなんか俺にはないぞ』

 

 

グレンラガンのスピーカーからシモンの否定の言葉が出る。しかし、シュナミスに通じるはずがない。

 

「貴様ァ、ヌケヌケと。だいたい貴様・・・綾波は・・・綾波フェイはどこへ行ったァァァァ!?」

 

フェイトがビクッとした。焔たちは「フェイト様?」と首を傾げる。

このときフェイトは思った。

どういうことだ? 何が起こっている? 自分は夢でも見ているのかという感情より先・・・・

 

(あ~良かった。女装してなくて・・・・)

 

とりあえず、綾波フェイは二度と封印すべきだと・・・無理かもしれないけど一応誓った。

 

『あんたには関係ない・・・あいつは・・・もう俺のそばにいない・・・今の俺はセクストゥムだけだ』

「き、貴様ァ! 捨てたのか! あれほどの可憐な少女を! きさ・・・きさま・・・許さん・・・許さんぞォォォォォォ!! 殺すだけでは済まさん! 20年の歳月を込め、今こそ貴様に引導を渡す!」

 

デュナミスが操る巨大な化け物が走り出す。舌打ちしながらグレンラガンが迎え撃つ。

 

「下がっていろ、邪魔な人間どもォ! 私はそこの史上最低の人間にだけ用がある! 巻き込まれぬうちに消え失せよ!!」

 

今ここに、麻帆良で巨大な大怪獣対決が突如勃発した。

 

「ちょっ、タカミチ、誰なのあの人! あの女の子たちも」

「下がるんだ、ネギ君! 奴はあれで世界最強クラスだ。巻き添えを食らうぞ!」

 

そしてこの時、この時代、この世界でデュナミスは人生最高のピークを迎える。

たとえ正義とは言い難い闇を纏っていたとしても・・・

 

「誰なんだ・・・あの人・・・」

「わかんない・・・敵じゃ・・・ない? 味方でもないかもしれないけど・・・」

「戦ってる・・・戦って・・・くれてるんだ・・・」

 

これが麻帆良で後に伝説となる、ダークヒーロー・デュナミスの誕生の瞬間だった。

 

「あの・・・所長?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

無言になるアンスパ。

ザジは察した。

アンスパが期待して待っていた人物は・・・・

 

 

少なくともこいつらじゃなかった。

 

「私が見たいのはね・・・シモンと・・・彼のガチンコ対決だ・・・デュナミスではない」

「彼? その・・・所長・・・彼・・・とは・・・」

「決まっている・・・・・・・彼だよ!」

 

 

 

 

そう、そして・・

 

 

 

「ってえ~~、飲みすぎた・・・頭いてーけど・・・」

 

 

眠れる獅子が目を覚ます。

 

「ったく、しっかしまー・・・なんかさっきから色々と聞こえてくるが・・・」

 

耳に入る雑音を頭かきながら聞きながら・・・

 

「オチオチ、寝ても・・・いられねーみてーだな」

 

なあ、兄弟? 

まったく世話の焼けるやつだと言わんばかりに一人の男が、麻帆良ダイグレン学園の荒れた教室で目を覚ました。

 



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第66話 テメエの執念感じたぜ

どちらが正義で悪なのか、んなもん事情の知らぬ者たちには分からない。

ただ分かっているのは、洗脳された少年は全てを破壊するために。現れた仮面の男は憎き男に恨みをぶつけるため。

かくして両者の拳が時を超えて再びぶつかり合うのであった。

 

「スカルブレイク!!」

「うおおおお、死ねえええええええ!!」

 

虚ろな瞳で全てを破壊する力をふるう少年に対して、憎しみとドス黒い感情を渦巻いたパンチを放つ男。

シモンとデュナミス。

この戦いは誰にも予想できなかった。

だが、勝負はそれほど長引くものではない。

グレンラガンとデュナミスの召喚魔。

同じ超重量級同士のぶつかり合いならば、勝敗を決するのは・・・

 

「なっ!?」

「笑止! その程度の魂で我を突き破れると思ったか!」

 

勝敗を決するのは、どちらがこの勝負により懸けているかだ。

そしてその一撃の撃ち合いを制したのは、なんとデュナミス。

グレンラガンのドリルを装着した拳はデュナミスの巨大召喚魔の拳によって弾かれた。

 

「そら、真剣勝負の最中だ! 何をボケッとしているのだ! 私は一切の手加減もせんぞ!!」

 

僅かに出来たシモンの動揺。しかしデュナミスは容赦なくその隙に攻撃を叩き込む。

 

「虚空影爪・貫手!!」

 

帯状の黒き影を巨大召喚魔の腕に展開させ、繰り出す必殺技。

その破壊力、速度、どれをとってもシモンに反応することも出来ず、無防備のグレンラガンの胴体を軽々と貫いた。

 

「シ、シモンッ!?」

「デュ、デュナミス!? なんてことを!?」

 

胴体を貫かれたグレンラガンの姿にニアたちが悲鳴を上げる。当然だ。いくらグレンラガンがロボットとはいえ、中にはパイロットであるシモンが乗っている。

勿論、シモンが乗っているのは頭部の部分のために今の攻撃でシモンが傷つくことはないのだが、まったく影響がないとは言えない。

今のシモンを止めるには生半可な力では止まらぬとはいえ、デュナミスの容赦のかけらもない攻撃にニアたちは居てもたってもいられなかった。

 

「黒ニア!」

「はい、彼を止めなくては!!」

 

慌てて飛び出そうとするフェイトと黒ニア。

 

 

「させんッッッ!!!!」

 

「「―――ッ!?」」

 

だが、シモンを助けようと動いた彼らに気づいたデュナミスが、湖に衝撃波を放って行く手を塞ぐ。

 

「フェイト様!?」

「お下がり下さい、フェイト様! 今のデュナミス様の力に巻き込まれたらいかにフェイト様とて無事ではすみません」

「わわ、私たちがお守りします! フェイト様、私たちの後に!」

「絶対死守です」

 

吹き飛ばされたフェイトを守るように、魔力の防壁を展開させて守るフェイトガールズ。

そういう健気な姿はデュナミスには殺意の対象であるのだが、今のデュナミスはそれすら目に入らぬほど目の前にいる男しか見ていなかった。

 

「邪魔をするな。テルティウムよ!! これは我とシモンにのみ与えられた舞台! 一切の手出しは無用! 我らどちらかの命つきるまで、神にも悪魔にも、ましてや造物主(マスター)にすらこの戦いを邪魔させん!」

 

ここは決して踏み込んではならぬ領域である。今のデュナミスはそれを踏み込む者は誰であろうと許さない。

その痛いほど伝わってくる憎悪に当てられながら、それでもフェイトは友を守るためにデュナミスに叫ぶ。

 

「デュナミス、なんてことを・・・君は自分のやろうとしていることが分かっているのか! シモンはただの人間だ!」 

「・・・だからどうした?」

「人間を殺害するということがどれほどの・・・大体、僕たちには人間殺害不可という制約が刻まれている。もしそれを無理矢理にでも破ろうものなら、君自身の存在すらただではすまないように僕たちは造られていることを忘れたのかい!」

 

造られた存在である自分たちが、もし造物主の制約を無理矢理破った場合どうなるのか?

実のところ、どうなるのかは彼らも知らない。なぜならその制約を破ったことがないからだ。

実際もし人間を殺そうとすれば、直前になんらかのリミッターが働き、力を行使できないようになっている。

だが、それでも無理矢理殺そうとしたらどうなるか? そこまで彼らは試したことはないが、何らかのリスクや強制的な力が働くことは確かだろう。

最悪の場合・・・

 

「どうなるかだと? ふっ、私の肉体は制約違反によって破損・・・最悪の場合は消滅して跡形も残らなくなる・・・その可能性もなきにしもあらずだろう」

 

しかしデュナミスは・・・

 

 

「しかし、それでも構わん!!」

 

「「「「「「「「「「ッ!!??」」」」」」」」」」

 

 

その男の覚悟に、学園が揺れた。

死んでも構わない・・・それはただの勢いでも、ましてや格好付けの言葉ではない。

デュナミスの言葉からは確固たる意思と熱が宿っていたことを、誰もが感じ取れた。

 

「この20年片時もこの男を憎まぬ時は無かった・・・その憎しみを晴らすことができるのならば命を懸ける価値はある! たとえ肉体と魂が滅ぼうとも・・・私の心に一切の悔いはない! 本望だ!」

 

死して本望。

戦争も知らぬ、戦いも知らぬ、そんなものが大多数を占めるこの学園において、その台詞とその覚悟をどれだけのものが理解できるのか。

 

「この男を野放しにしておいては、私だけではない・・・この世の不平等に苦しむ者たちにも面目が立たない!!」

 

だが、デュナミスはそれで構わない。たとえ誰に理解されなくとも、誰に止められようとも、彼は彼自身の進む道を決して止めることはない。

 

「あの男・・・なんという執念じゃ・・・」

「これほどの憎悪・・・しかしそれを貫き通すこの信念は一体・・・」

 

もはやこの戦いの場からいつの間にか傍観者としてこの戦いを見ているだけしか出来なくなった学園長もタカミチも、そして他の魔法先生や魔法生徒たちもデュナミスのその執念を感じ取った。

 

「なんなのよ・・・刹那さん・・・あいつのことを知ってる?」

「いいえ・・・知りません・・・ただ、高畑先生やフェイト・アーウェルンクスたちの様子から、かつてネギ先生のお父上たちと戦った者としか・・・」

「お父さんの敵・・・でも、だったら何でシモンさんを・・・そしてどうしてあそこまでシモンさんを憎むというのですか・・・」

「分からぬ。しかしあの御人・・・フェイト殿の仲間であるが・・・決して揺るがぬ執念のもとに戦っている・・・そう印象を受けるでござる・・・」

 

アスナ、ネギ、タカミチたちが呟く疑問には、この場にいるフェイト以外の全ての者たちが頷いた。

一体二人にはどんな因縁が? 学園を破壊しようとする不良少年と、かつて世界を征服しようとした『完全なる世界』の幹部にはどれほど壮大な因縁があるのか。

それは誰にも分からない。

誰にも理解できない。

しかしこれだけは分かる・・・

 

「僕にお二人の因縁は分かりません・・・でも、これだけは分かります。あの人は・・・デュナミス・・・さんは・・・引くに引けない・・・もう、信念なんです」

 

デュナミスを知らない。戦争も知らない。因縁も知らない。そんなデュナミスの想いをどうやって知る?

しかしネギたちには分かる。

 

「もう、理由とか・・・そういうんじゃないんだと思います。20年も人を恨む理由とか、戦う理由はそんなんじゃないんです」

 

いや、ネギだけではない。

 

「せや、きっと恨みやない。信念なんや」

 

小太郎も感じ取る。そして彼らだけではない。

タカミチや学園長。いや、もはや学園の男子生徒たちも感じ取る。

 

「わかんねーよ・・・わかんねーけど・・・どうしてだよ・・・くそ・・・」

「ああ、あの仮面の兄さん・・・きっと本気で・・・ちくしょう・・・なんか・・・なんかしらねーけど・・・」

「涙が・・・」

 

命を懸ける。それは容易く口にして良い物ではない。

命を粗末にするな。命をなんだと思っている。軽々しく口にするな。

たいていの者はそう思うだろう。

命を粗末にする選択肢は愚かだ。しかし、男はそれでもなお・・・

 

「くそ・・・どけよ・・・なんで邪魔するんだよッ!?」

「いくらでも立ちふさがるさ、シモンよ! ドリルで貫けるならば貫いてみよ! 突き立てられるものならば突き立ててみよ! 私は決して貴様からは引き下がらん!」

 

それでも男は、時には命すら惜しまずに自分の信念を貫き通す者の姿に憧れを抱く。

 

「そして何よりも・・・・」

「ッ!?」

「あの少女のために! もう私は彼女に二度と会えぬであろう! 彼女は私のことを覚えてもいないであろう! だが・・・それでも私は・・・・」

「くそッ! クソっ! なんだってんだよ!?」

「女一人を幸せに出来ぬ貴様など、私の全身全霊を懸けて否定してくれるわ!!」

 

美しいとすら思う。

そして・・・

 

「女・・・女のために!? どういうこと!?」

「まさかあの兄さん・・・自分のことを覚えていないかもしれない女のために・・・」

「ば、ばかじゃねーのか・・・そんなことのために死んでも構わねえなんて・・・」

「やべえよ・・・余計に涙が・・・ちくしょう・・・なんてイカした兄さんなんだよ!」

 

その女が誰なのかは誰にもわからない。だが、デュナミスが何を想ってこの場にいるのかだけは皆が知ることができた。

 

「何・・・ボーっとしとんのや・・・ネギ・・・」

「小太郎君・・・」

「あの仮面の兄ちゃんが敵か味方かなんて分からん・・・それにシモンちゅう兄ちゃんを殺すっちゅうのも見過ごせるもんやない・・・せやけど、忘れたらあかんのは俺らも戦ってるっちゅうことや」

 

そして・・・心を動かされる。

 

「見てみい、ネギ! この学園の湖を! まだまだロボット兵士たちがぎょうさんおるんや! こいつらもこのまま野放しにしてええはずがない!」

 

そうだ、デュナミスやシモンにばかり気を取られていてはダメだ。自分たちは戦っているのだ。

この学園を破壊しようとするシモンに従うロボット兵士たちが居る。

 

「そうだよ・・・」

 

ネギは拳と唇を噛みしめる。

 

「僕たちだって・・・戦っているんだ!」

 

例え二人の戦いに手出しは出来ずとも、ここは戦場。そしてここには守るべき者たちがいる。ならばいつまでも目を輝かせている場合ではない。

 

「皆さん、態勢を立て直します! まだ戦う力、体力、そして意思のある人たちは僕と共に行きましょう!」

 

理由なんて問わない。

 

 

「たとえか過去がなんであれ、デュナミスという人はこの学園を破壊しようとするシモンさんと戦っているんです! 僕たちが・・・僕たちが黙って見ているだけでいいはずはありません!」

 

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」

 

 

そうだ、みんな肝心なことを忘れていた。

ネギの言葉で誰もが気づいた。

 

「いや・・・だからシモンは洗脳されているんだって・・・」

 

フェイトのツッコミなんて誰も聞いていない。

 

「そうよ・・・なにボーっとしてんのよ、私たち!」

「かつて世界を征服しようとした者がこの学園を守っている・・・そうです・・・私たちがボーっとしている場合ではありません」

「負けたらあかん・・・ここはウチらの学校や」

「そうでござる・・・拙者らにも意思はある」

 

理由なんてなんでもいい。今は戦おう・・・今はそれだけでいい。

 

「お、俺も行く・・・」

「俺も・・・」

「私たちだって!!」

 

戦う。その意思を持ったのは何も魔法使い側の者たちだけではない。

 

「名前も知らない仮面の兄さんが戦ってるんだ! 俺たちだけ逃げちゃいられねえ!」

「そうよ、ここは私たちの学校だもん!」

「中等部の女子や子供先生・・・教員の連中にばっかまかせてられるか!!」

「力になれなくても、私も逃げない! 声が枯れるまで応援するんだから!!」

 

戦おう。あの、仮面の男だけに戦わせるな。

 

 

「「「「「「「「「「いくぞォォォォォォォ!!!! 仮面の兄さんに続けエエエエエエエ!!!!!」」」」」」」」」」

 

 

それは、麻帆良学園が一つになった瞬間でもあったかもしれない。

この状況は、今現在戦っているデュナミスの耳には届いていない。むしろ、急にワラワラと現れ出した人間を邪魔だとすら思ったはずだ。

 

「邪魔だ人間共!! 私が用のあるのは、シモンだけだ!! 邪魔するものは消すぞ!!」

 

湖の湖畔にいる生徒たちに叫ぶデュナミス。しかし皆はどこか温かいものを見るような眼差しでデュナミスを見る。

 

「へへ、素直じゃねエ兄さんだ」

「うん、そう言って私たちのために戦ってくれてるんだよね!」

「俺たちも負けてられねエ!!」

「仮面のお兄さん・・・がんばって!! 私たちはあなたを信じてる!!」

「やったろうやないか!」

 

拍手や指笛、歓声が巻き起こる。

誰もがデュナミスの脅しに逃げたり怯えるどころか、むしろ「あんたの気持ちは分かってるぜ!」的なウインクしたり、親指を突き立てたりしている。

 



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第67話 頑張れデュナミス

 

ちょっと待て・・・どうしてこうなった

 

「マスター・・・マスター! 私のマスターを傷つけるものは許さない・・・仮面の男・・・完全なる世界の幹部デュナミス・・・抹殺いたします!」

 

一同全てがデュナミスに心動かされている中でシモンを救うためにデュナミスに攻撃を仕掛けようとするセクストゥム。しかし、その行く手を彼女たちが塞いだ。

 

「させん! スピリット・オブ・ファイア!!」

「ッ!?」

 

猛る炎が、セクストゥムの道を妨げた。

全身に炎を纏い、そこから先は誰にも行かせぬと意思を示すのは、フェイトガールズの一人である焔。

さらに・・・

 

「私たちが付き従うのはフェイト様のみ」

「アーウェルンクス・シリーズとか関係ないもん。だから、私たちの仲間でもあるデュナミス様を攻撃するならあなたは敵と見なします!」

「行かせんです!」

 

5人のフェイトガールズが、仲間を守るためにセクストゥムの道を塞ぐ。

 

 

「・・・・・・ならば・・・消します」

 

「「「「「やってみなさい!!!!」」」」」

 

 

セクストゥムは、彼女たちの行動に、まるで虫が集った程度の反応で駆逐しようとする。

だが、彼女たちも虫ではない。そう簡単には負けはしない。

かくして、学園破壊軍団VS学園防衛軍の第二Rが開始したのだった。

その先陣を切るのは、なんとデュナミス。

 

「くっそー! 邪魔しやがって! こうなったら、俺の必殺技で終わらせてやる! くらえ、クロスカウンターだ!」

 

立ちふさがるデュナミスを蹴散らすべく、シモンは今では自分の得意技と化したクロスカウンターをデュナミスの召喚魔の顔面に叩き込もうとする。

召喚魔の右ストレートに被せるような左のカウンター。両者の腕が20年の時を超えて再びクロスする。

しかし・・・

 

「ふん、それを・・・・・・・待っていたァァァァ!!!!!」

「なっ・・・・にっ!?」

 

今シモンの目の前にいるのは20年前の魔法世界で凌ぎを削ったデュナミスではない。

シモンへの憎しみを20年以上も持ち続けたデュナミスだ。

 

(な、なんだ!? ノイズが・・・)

 

シモンの感覚に、ノイズが走った。

カウンターとはタイミングが命。

相手のリズムを読み取り、そこに自分の拳を合わせる。シモンはこれまで無意識のうちに相手のリズムを感じ取ってクロスカウンターを叩き込んできた。

しかしこの瞬間、その感覚にノイズが走った。

そのノイズの正体は・・・

 

「な、なんでデカ物のパンチがこんなに目の前に・・・はっ!?」

 

召喚魔はこれまでオーソドックスな右構えだった。しかしいつの間にかサウスポースタイルにチェンジしていた。

当然構えが違えばリズムは狂う。シモンの感じたノイズの正体はこれだ。

 

――グシャンッ!!!!!

 

シモンがそれに気づいたとき、既に時遅く、デュナミスの召喚魔の拳ががら空きになったグレンラガンの顔面に鈍い音を響かせて叩き込まれたのだった。

 

「ぐわああああああああああああああああああ!?」

 

機体の損傷と衝撃がコクピットにまで伝わる。デュナミスの予想外のカウンター返しにグレンラガンが殴り飛ばされ青天した。

 

 

「甘いぞ、シモン! 私は何度も味わった貴様のカウンターを破るため、スイッチヒッターになった!」

 

「ス、スイッチヒッターだとッ!?」

 

「紅き翼との戦いでは役に立たなかったが、全ては貴様を倒すためだ! これぞ私の貴様を倒すためだけに20年かけて身に付けた新闘法・阿修羅拳闘だ!!!!」

 

「「「「「「「「「「うおおおおおおおお、正にはじめの何歩めかのランディーさんだァ!!!!!」」」」」」」」」」

 

 

この巨大な質量でありながら、高等技術の応酬。思わず学園中から歓声が上がる。

 

「くそっ、だからどうしたってんだ! 俺の必殺技は一つじゃねエ! パンチがダメならドリルだ! んなデカ物に防げるわけがねエ!!」

 

グレンラガンが立ち上がり、片腕を丸々ドリルに変形させ、自身の機体ごと回転させながら飛び込む。

 

「ギガドリルブレイクだ!!!!」

 

それは正に巨大な弾丸がスパイラル回転して発射されているようにも見える。

だが・・・

 

「その手もくわぬ!!」

「!?」

 

ギガドリルブレイクは、紛れも無くグレンラガンという巨大ロボットのメインとも言える技の一つだ。

 

「シ、シモンさんが・・・」

「回転しながら破壊力をプラスして突撃したシモンさんが・・・」

「軽く、はたかれただけでふっとばされた!?」

 

しかしそれがどういうことだ?

デュナミスの召喚魔が軽く払っただけで、グレンラガンの機体は軽々と軌道を逸らして天高らかに打ち上げられ、そのまま受身も取れずに地面に叩きつけられたのであった。

 

「なっ!? シモン・・・ばかな・・・いくらデュナミスが最強クラスとはいえ、これはどういうことだ!?」

「シモンのギガドリルブレイクが通用しないというのですか!?」

「マスター・・・・マスターッ!!」

 

シモンは洗脳されているために本調子ではない。それは分かっている。

だが、それでもこれはどういうことだ? フェイトと黒ニアですら驚きを隠せなかった。

するとその問いにデュナミスは仮面の下でクスクスと笑いながら、倒れるグレンラガンを見下ろして言う。

 

 

「シモンよ。進む力が強いほど、横からの力に弱いということは分かるか? 弾丸は葉をかすめただけで軌道が逸れる。それの応用だ。私は貴様の突進力を過小評価しない。この結果は、私が貴様の力を理解していたからこその結果だ」

 

「「「「「「「「「なっ・・・某ピクルと戦ったグラップラーッ!?」」」」」」」」」

 

 

シモンの技が何一つ通じない? 戸惑うシモンやフェイトたちに向かい、デュナミスはむしろ当たり前のように叫ぶ。

 

「とにかくだ、この20年! 対シモンの攻略法を徹底的に考え、更に貴様が戦いの最中にするであろう予想外の事態も徹底的に想定した! 私ほど貴様の対策をした者もいまい! おかげで他が疎かになり、日常生活でタカミチとかゲーテルに逮捕されそうになったが、貴様をここで仕留められれば本望だ!」

 

「ぼ、僕とクルトが彼をよく追いつめることが出来た裏にはそんな事情が!?」

 

「「「「「「「「「「って、何十年もって言うわりにはネタは漫画ッ!?」」」」」」」」」」

 

 

正にこの20年間は今日この日のために生きてきたと言っても過言ではない。

 

「さあ、機は熟した!! 今こそ決着をつけてやろうではないか、シモンよ!!!! ぐははははははは、死ね死ね死ね死ね! 私の幸せも夢も希望も萌も全てを奪った貴様を許しはしない!!」

 

それほどデュナミスはこの瞬間に懸けてきたのだろう。なんという輝きか。

今こそ正に、生涯に何度あるか分からない、デュナミスタイムだったのだ。

 

「ね、ねえ・・・あの仮面の人・・・夢も希望もシモンさんに奪われたって・・・」

「どういうことでしょう。一体あの人とシモンさんの間に何が・・・」

「完全なる世界のデュナミスと・・・」

 

誰もがその答えを求める中、デュナミスがその旨のうちを拳と共にぶちまけていく。

 

 

「どストライクだった! 綾波フェイは・・・私の全身に稲妻を与えるかのごとき、どストライクだった!」

 

――ん?

 

「あの強力な魔力にクールな表情・・・しかし照れた時の反応もまた良し! だが、奴の隣には既に貴様が居た! 才もなく、知もなく、勇もなきお前に綾波フェイはメロメロだった! 大事なことなので二度言う! メロメロだった!」

 

・・・・

 

フェイト、余計に顔を背ける。

一方で、『綾波フェイ』が誰なのかを知るネギ、刹那、楓、タカミチ、ニアは「おろ?」と目を丸くしてフェイトに視線を送る。

 

「だが、それでも良かった! 100万歩譲ってもそれはまだ許せた! 本当は許せんが、それは置いておこう! だがとにかくだ、綾波フェイが手に入らなくなった私は、マスターに造物主に懇願した! お嫁さんが・・・ではなく、新たな同志が欲しいと! しかし・・・しかしだ・・・あそこに居るセクストゥム! 貴様は綾波フェイという恋人が居ながら、セクストゥムを寝取った!!!! そう、貴様は私から全てを奪った男だ!!!!」

 

・・・・・・・・(涙)

その男の叫びを聞いた瞬間、湖に集った生徒や教師陣たちからは様々な涙が流れた。

 

「なんて不憫な兄さんなんだ・・・」

「か、かわいそう・・・」

「シモン・・・あの野郎・・・本当は最低な野郎だったんだ・・・」

「ぼ、僕や師匠やナギたちは・・・あんな男が幹部の組織を倒すために命を・・・・」

 

するとどうだろう。

決して正義の味方とは言えないはずのデュナミスに学園中の者たちが寄り始めた。

人は、生きている。

それだけで希望があるはずだ。

がんばれ・・・

がんばれ・・・

皆がデュナミスに心からエールを送った。

 

「くそ・・・わけのわからないことを・・・」

 

一方でシモンは八つ当たりだと言わんばかりに舌打ちする。

 

「綾波フェイに関してはお前に言われる筋合いなんかないじゃないか! それに、セクストゥムに関してだってあんなもん事故みたいなもんじゃないか! 俺はセクストゥムを意識して連れてきたわけじゃないぞ!」

 

するとシモンの文句に、デュナミスの召喚魔が走り出し、強烈な跳び蹴りをグレンラガンに食らわせる。

 

 

「しかし取ったではないかアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「「「「「「もっともだアアアアアア!!!!」」」」」」

 

 

うん、シモンの言い訳が通用しないことに学園中が頷いた。

 

「とにかくだ、私はセクストゥムの創造をマスターに頼み込み、そして目覚めた暁には彼女に私のことをマスターと呼ばせ・・・いや、この世を救うために、そう例えば・・・裸エプロンとか猫耳にニーソックス、・・・いや、弱き人たちの役立たせるために、そう、たとえば、ご飯にします、お風呂にします、それともマスターは・・・とか、とにかく世界を救うために!!!!」

 

憤怒と憎しみを渦巻き、ついには嫉妬の炎が燃え上がる。

こんなデュナミスは長い付き合いのあるフェイトやフェイトガールズも知らない。

 

「すごい、デュナミス様・・・変身してしまいそうなほどにすごい魔力!」

「こ、これがデュナミスの本当の力か・・・どうやら僕たちは彼の本性をずっと見抜けなかったようだな・・・でも・・・いくらなんでもこれはないだろう」

 

少々情けないがバカに出来ないすさまじい気迫だ。

その気迫の突風で風が巻き上がり、一般生徒は油断すると吹き飛ばされてしまうほどの威力であった。

 

 

「俺は・・・そんなつもりでセクストゥムと一緒にいるわけじゃない! お前と一緒にするな、変態野郎!」

 

「でも、お前さっきコクピットの中でイチャついてナニかしだろうが!!!!」

 

「「「「「確かにそうだあああああああああ!!!!」」」」」

 

 

再びデュナミスの召喚魔に殴り飛ばされて湖を二転三転して転がるグレンラガン。

その瞬間、再び大歓声が巻き起こった。

 

「ま、負けるな! 仮面の兄さん! きっといいことあるさ!!」

「あなたは十分素敵よーーッ!!」

「俺たちはあんたの味方だ!!」

「小難しい理由で戦うより、ストレートな思いで俺たちは好きさー!」

 

デュナミスの叫びは煩悩だらけ。

そこに壮大な因縁を想像していたネギたちはひっくり返ってしまうようなアホな理由だ。

しかしだ、学園の生徒たちには違う。

アホな理由? そんなバカな。とても深刻な理由ではないか。

思春期まっただ中の学生たちが、男女の痴情のもつれにより不幸となったデュナミスに感情移入できないはずがない。

そうだ、がんばれ・・・

負けるな!

 

 

「「「「「「「デューナミス! デューナーミス! デューナーミス! デューナーミス!!」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「「いけええええ、俺(私)たちのデュナさーーーーーん!!!!」」」」」」」」」」

 

 

悪の組織の大幹部が、なぜか英雄のごとき声援を若き少年少女たちから送られたのだった。

 



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第68話 デュナミスが心を知った日

「ば、ばかな・・・、俺を応援してくれている・・・旧世界の人間が・・・」

 

さすがに今まで気にしていなかったデュナミスも気づいた。

どうしてこんなことになっている?

いつの間にか自分の半分も生きていない者たちが、目を輝かせ、時には涙を流し、自分を応援してくれている。

 

「な、なんだ、くだらん! キサマら人間たちの応援などもらってもうれしくは・・・うれしくは・・・」

 

うれしくはない・・・だが、何だ? 

悪くは・・・・・・ない。

 

「これは一体なんだ・・・これは何なんだ!!」

 

デュナミスはこんな感情は知らなかった。

うれしくはないが、心がポカポカする感じだ。

初めて綾波フェイと出会ったときと似ているが、明らかに違うこの心を包み込むような感覚は。

・・・そうか・・・

 

「そうか・・・これが・・・人間・・・これが心か!!」

 

自分は人形。一生知らなくて良い物だと思っていた。

そんなものはくだらないとすら思っていたかもしれない。

だがこうして、触れてみればなんとも・・・

 

「これが人間・・・なんという温かいものなのだ・・・」

 

デュナミスは仮面の下で、生まれて初めて嫉妬以外の涙を流したのだった。

 

「いいな・・・いいものだな・・・人間とはいいものだ・・・」

 

生まれて初めてデュナミスが心を知った。そして知ったからこそわき上がる。

わき上がるのは心の炎。

負けてはいけないという強い思い。

 

「私はお前たち人間とは違う。だが、分かる。だからこそ私は一層この戦いは負けられん!」

 

心を貰った。なら、

 

「心を貰ったからには、私は応えねばならぬ!」

 

そう、応えるのだ。

誰のために?

自分のため。そして自分に心をくれた人たちのためだ!

だから負けられない。

 

 

「うおおおおおおおおお、私は負けられなぬ! シモンというこの世の不平等をうち消すまで!! 貴様の所為で泣く男がいる! 泣く女がいる! その痛みを知れ!」

 

 

生涯で最大の魔力を全身に漲らせるデュナミス。

 

 

「貴様を倒し、あらゆる理不尽やアンフェアな不幸の無い永遠の園を造る! それが私の目指す『完全なる世界』だ!!!!」

 

「「「「「「「「「「うおおおおおおお、デュナさーーーーーーん!!!!」」」」」」」」」」

 

「なぜだ!? さ、さりげなく僕たち完全なる世界のテーマにちゃんと沿っているだけにタチが悪いぞ!?」

 

 

デュナミスが今、自分の限界を超え・・・

 

「お前が死ねよおおおおおおおおお!!!!」

「なにっ!?」

 

そのときまた、責められるだけ責められまくり、理不尽な怒りに余計にやさぐれたシモンも限界を超える。

 

「ど、どういうこと!? シモンさんの乗っている巨大メカが!?」

「紅い渦巻く光を纏っている!?」

「シモン!?」

 

ネギたちは知らない。しかしこれはかつてとは逆のパターンだ。

それは20年前の魔法世界での戦い。負の感情で戦っていたデュナミスと、正の感情で戦っていたシモン。

しかし20年後の今、正と負の感情が入れ替わった。

 

「見せてやる! 強制合体だ!!」

 

シモンの叫びと同時にグレンラガンの機体から無数のドリルが伸び出した。フルドリライズ形態だ。

そしてその幾多に伸びたドリルは湖にいるロボット兵士たちに突き刺さる。

何をする気だ!?

答えは一つ。千を遙かに超えるロボット兵士たちにドリルを突き刺したグレンラガンは、ロボット兵士たちをそのまま引き寄せて取り込む。

 

「バカな!?」

「ちょちょちょちょちょーーッ!!??」

「なななななな、んなのありか!?」

 

大量のロボット兵士たちの機体を取り込んでみるみる巨大化し、機体も変形させていくグレンラガン。

その大きさはデュナミスの召喚魔を遙かに超えて、学園全土を見下ろすほどの巨大で強大な姿を見せる。

 

「見たか! これが俺の、全機合体・ダイグレンオーだ!!!!」

 

この学園の終末を告げる最大最強の魔人の光臨だった。

誰もが見上げて腰を抜かすほどの圧倒的な存在感。

見上げてネギやフェイトたちも言葉を失ったぐらいだ。

だが・・・

 

「上等だ、シモンよ!! 言ったはず、私は決して引き下がりはせん!!」

 

腰を抜かすでもない。言葉を失うのでもない。

立ち上がるでもなく、叫ぶでもなく、勇猛に立ち向かった。

 

「デュナミス~!!」

「貴様が限界を超える? 想定内だそんなもの! 私は貴様のその限界をも超えていく!!」

 

なんと、デュナミスの巨大召喚魔が跳んだ。拳を握りしめ、デュナミスと共に天へ向かう。

 

バカな・・・

無謀だ・・・

何を考えている!

いや、考えなどはない。デュナミスにあるのは想い!

 

 

「ギガドリルブレイク・ダイグレンオースペシャルだ!!」

 

「虚空影爪 貫手八殺!!」

 

 

これがシモンとデュナミス・・・

ひょんなことからいがみ合った二人の最後の衝突。

 

 

「お前なんか目じゃねーんだよ! 消し飛べ!」

 

「ふっ、お前は20年前の方が手強かった! この私の心を砕くほどにな!」

 

「黙れ!!」

 

「今こそ決着をつけてやるぞ!!」

 

 

デュナミスは見抜いていたわけではない。

だが、シモンの強制合体は完全ではない。

心と心のぶつかり合いの合体。どこまでも諦めない心にドリルが応えてシモンの合体は成り立っていた。

強制や支配で起こる合体なんか、ただのツギハギだらけで中身の伴っていないスカスカの存在。

 

「影使いデュナミス、今こそ日の光のもとへ行こうではないか!!」

 

そんなものに、命すら懸けて戦おうとするデュナミスに及ぶはずはない。

 

「そんな!? なんで!?」

「私の勝ちだ、シモン!!」

 

巨大召喚魔の猛々しい腕から繰り出される高速の拳は、ダイグレンオーのドリルを粉々に砕き、そしてついにはダイグレンオーの腕、胴体、そして、ダイグレンオーという存在そのものを粉々に砕いたのだった。

 

「デュ、デュナミスさんが勝った!?」

「いえ、シモンは!?」

「ちょっ、これは二人ともまずいネ!」

「シモンさん、デュナミスさん!」

「マスター!?」

 

ダイグレンオーの残骸が雨のように湖に落下していく。

デュナミスもまた全ての力を出し切ったために、巨大召喚魔を維持できぬほど消耗した。

巨大召喚魔は消え、デュナミスは受け身も取れぬ状態で麻帆良の大地に叩きつけられた。

彼の姿に涙を流しながら慌てて駆け寄る麻帆良の生徒たち。そこには、仮面が砕けたデュナミスの素顔があった。

仲間のフェイトガールズたちですら初めて見たデュナミスの素顔。意外に端整で力強い顔つきに、学園の女たちは思わず顔を赤らめた。

これが、自分たちの学園を守ってくれた男・デュナミス。

 

 

「デュナミスさん、しっかりしてー! 誰か、保健室の先生を!」

 

「医者が先だ! きゅうきゅうしゃー! 頼む、おれたちの英雄を救ってくれよーーー」

 

「このかさん!」

 

「お嬢様、今なら学園中のイベントということで魔法も誤魔化せるはずです! 急いでデュナミス氏を!!」

 

「は、はいな!!」

 

 

デュナミスの素性? んなもん知るか! 

無防備にデュナミスに駆け寄ろうとする生徒たちをタカミチたちが止めようとしたが、そんなもん知らないとばかりに皆がデュナミスに駆け寄った。

誰もが傷つき倒れるデュナミスに涙を流しながらその容態を伺っている。

 

 

「う・・・ぬう・・・」

 

「「「「「デュナミスさん!?」」」」」

 

 

その時、ようやくボロボロのデュナミスが声を出した。しかしそれは今にも消え失せそうに弱々しい声だ。

その痛々しい姿に誰もが涙が止まらなかった。

 

 

「あんた、しっかりしてよ! ちゃんと元気になって私たちに『ありがとう』って言わせてよ!」

 

「ぬ、ぬう? ふっ、もはや力を出し尽くして目も霞む・・・幻も見える・・・黄昏の姫御子が私に涙を流すなど・・・ありえぬのだから・・・」

 

「なによ! なにわけのわかんないこと言ってんのよ!」

 

「明日菜くん・・・その男はかつて君を・・・」

 

「タカミチは黙ってて!」

 

「うん・・・・・・ごめんネギ君黙ってる・・・」

 

 

タカミチも別の意味で涙を流しそうだった。

 

(な、なんだこれは!? 僕たちはかつてこの男と・・・なんだ・・・師匠・・・ナギ・・・)

 

もはや英雄と同等の扱いを受けているデュナミスに、なぜかタカミチはえらく落ち込んだのだった。

 

「よい、人間よ。私はもう十分だ・・・最後に・・・これだけの者たちに心をもらったのだから・・・」

「あかん。しっかりしい。今、治したるから!」

「よいのだ。私に心残りは・・・」

 

全てを出し切り、今にも消えてしまいそうなデュナミス。このかが懸命な治療を続けているが、すでにデュナミスは何かがふっきれたような表情をしていた。

 

「いや・・・心残りは一つだけ・・・彼女だ・・・綾波フェイ・・・彼女は今・・・どうしているだろうか・・・」

 

綾波フェイ・・・ある意味ではシモンと同じくデュナミスの人生を変えてしまった者。

 

(あ・・・まずい・・・)

 

その瞬間、ビクンとフェイトの肩が跳ね上がる。

フェイトはコソコソとその場から逃げ出した。

しかしまわりこまれた。

 

 

(フェイト!)

 

(フェイト・アーウェルンクス!)

 

(フェイト殿!)

 

 

回り込んだのはネギ、刹那、楓の三人。

 

 

(まて、何で僕を見る!)

 

(デュナミスさんの願いを叶えてあげて!)

 

(いやいや、そんな涙目で僕を見るな! 僕は今からシモンを探しに行かなくては!)

 

(フェイトよ、綾波フェイとデュナミスさんの間に何があったかは知らない。しかし、このままではあまりにもデュナミスさんが不憫!)

 

(待て、僕の女装にはツッコミなしかい!?)

 

(思いを受け入れよとは言わぬ、しかしこれぐらいの望みぐらいは・・・)

 

 

待て、なんでこうなった?

今のネギたちはフェイトですら逃げられぬほどの高速でフェイトを追いつめ・・・

そして・・・

 

 

「デュ、デュナミス・・・」

 

「ぬおおおおおおおおおお、あ、あ、綾波!? バカな、私は幻でも見ているのか!?」

 

「うん、幻だ・・・お願いだからそのまま死んでく・・・いや、なんでもないからネギ君たちも睨まないでくれ」

 

 

二度とやらない。二度とやらない。でも結局やってしまう綾波フェイのご光臨だった。

 

 

「「「「「「「ぬあああああああああああああああああああああああ!!?? か、可愛いい!? なんだ、この子は!?」」」」」」」

 

 

そしてそのカリスマ性は、20年たったこの時代でも十分すぎるほど通用したのであった。

 

 

「「「フェフェフェフェフェ、フェイト様ッ!!??」」」

 

絶対にありえぬ光景を目にしてしまった彼女たち。二秒で綾波フェイの正体に気づいた。

尊敬し、生涯を賭して使えるべき主と仰いだ者のこんな姿は彼女たちには・・・

 

 

 

栞(えっ、なんでフェイト様・・・あっ、でもすごく可愛いかも・・・)

 

 

焔(フェ、フェイト様がお戯れを!? ん、待てよ? いくら私が恐れ多くても、フェイト様の恋人にはなれない・・・しかしこれならお友達には・・・おや? 一緒におやつ・・・パジャマパーティー・・・お、おふ、お風呂・・・おや?)

 

 

暦(フェイト様!? 超かわいい! でも・・・スカートの下は何をはいてるのかな~・・・そうだ、今度一緒にランジェリーショップに!!)

 

 

調(心の目でフェイト様を感じることが出来ます・・・百合でもばっちこい・・・)

 

 

環(お、お姉ちゃんと呼びたいです・・・)

 

 

彼女たちには、意外と好評だった。

 

「ぬうおおお、綾波・・・綾波・・・本当に貴様なのか・・・?」

「うん・・・」

「ほ、本当か!?」

 

これだけだった。これだけで全て・・・

 

「お、おおお・・・私は・・・私はお前に伝えるべきことが・・・」

 

体を起こして何かを言おうとするデュナミス。しかし何も言えない。

 

(どれだけそなたは傷ついた・・・最愛のシモンに捨てられこの二十年・・・いや、多くは聞くまい。こうして無事であるのなら・・・)

 

無事でいてくれた。それだけでデュナミスは十分だった。

そして何よりも・・・

 

「そうか・・・綾波フェイよ・・・そなたは私の名を覚えていてくれたのだな」

「うん・・・(知ってるに決まってるじゃないか・・・やはりこの男はダメだ・・・)」

 

綾波フェイは自分を覚えていないだろう。そう思っていたが、彼女は自分の名前を知っていた。

これ以上、何を望む。自分は救われた。たったこれだけで報われた。

 

「なあ、・・・綾波フェイよ・・・」

「なんだい、デュナミス・・・(頼むから早く気を失ってくれ)」

「この世には・・・シモン以外にも多くの男がこの世にいる・・・」

「そーだね」(棒読み)

「私には無理だろう・・・しかしいつか必ずお前を幸せにするものが・・・あら・・・われる」

「そーだね」(棒読み)

「だから・・・必ず・・・しあ・・・わせに・・・」

 

 

―――幸せになれよ・・・

 

 

 

そのとき、デュナミスは微笑みながら目を瞑った。

傷つき倒れた彼は、多くの若き少年少女たちに囲まれて眠りについた。

彼らは言う。

ありがとう?

さようなら?

違う。

今一度、英雄の名を涙と共に叫ぶのだった。

 

 

「「「「「「「「「「デュナミスさーーーーーーーーーーん!!!!!!!」」」」」」」」」」

 

 

ありがとうデュナミスさん・・・

 

さよならデュナミスさん・・・

 

また会う日まで・・・

 

 

 

「とてもどーでもいいけど、今まで知り合いには僕の変装はすぐにバレたのに、なぜデュナミスは気づかなかったんだ?」

 

 

 

倒れたデュナミスを見下ろしながらボソリと呟くフェイト。いや、綾波フェイ。

確かにそうだ。シモン、ニア、ダイグレン学園、ネギ、刹那、楓、超、ザジ、フェイトガールズ。全員女装したフェイトを一瞬で見抜いた。

なのになぜ完全なる世界でそれなりの付き合いがあったデュナミスは気づかなかったのか?

その問いに、ネギは涙を拭きながら答えた。

 

「ひっぐ・・・フェイト・・・ぐすっ・・・世の中の真理を見抜く君の冷静な瞳も・・・心までは見抜けなかったようだね・・・」

「む・・・君は分かったというのかい?」

「当たり前じゃないか・・・シモンさんとニアさんを見ていれば分かるよ。人は・・・誰かに本気で夢中になると・・・逆に何も分からなくなるんだ・・・」

「・・・・どういうことだい?」

「ほら、よく言うでしょ? 恋は盲目って!!」

 

ちなみにデュナミスは30分ぐらい寝たら元気になったのだった。

 

 

 

 

この一部始終を高みの見物していたアンスパは、あんかけスパゲティをザジと並んで食べながら、フォークを持つ手が固まったまま呆けていた。

 

「なんだ・・・この茶番は・・・・・・・・・誰得だ?」

「感動・・・」

「ザジよ、お前まで何故泣く。いや・・・おかしい・・・どうしてこうなった? というより、シモンはどうなった?」

「ニアさんとセクストゥムさんが瓦礫の中を捜索中・・・あっ、見つかったようです」

「うむ、まあ当然だろう・・・しかし、洗脳はまだ解けていなさそうだな」

 

当初、アンスパが思い描いていた予定から超大幅にずれてしまった。

本当は、シモンにはカミナをぶつけるつもりだったのに、まさかデュナミスが登場してここまで変な展開になるなどアンスパも予想外だった。

 

「しかしまあ、イレギュラーはよくあること。超イレギュラーではあるが・・・しかし・・・これでまた話は軌道修正する」

「えっ・・・まだ続ける気ですか?」

「ああ、グレンラガンが大破してしまったが・・・・ふふふ、肝心のシモンはまだまだやる気のようだからな」

 



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第69話 兄を越えてやる

「マスター! ご無事ですか!? マスター!?」

「シモン!?」

 

麻帆良にて誕生したニューヒーロー・デュナミスに人々が感動する中、屑鉄と化したグレンラガンの残骸の上で、ドリルを杖代わりにしてよろよろと起きあがる少年が一人。

真っ先に駆け寄ったのはセクストゥムとニア。

ニアはシモンの無事に心から安堵し、セクストゥムはオロオロと狼狽えて涙目を浮かべていた。

 

「くそ! くそ! くそ! どうしてこんなことに!」

 

まるで八つ当たりのように何度も何度もクズ鉄を踏みつけるシモン。

その様子に気づいた学園の生徒たちはシモンを憐れんだ目で見ていたのだった。

しかしそんなイラつくシモンではあるが・・・

 

「マスター、おケガが! 今治療を・・・ちゅ・・・ん・・・チロチロ・・・」

「!!!!????」

 

シモンの痣だらけの肉体をセクストゥムがその小さな舌で舐めるという恐るべき所業をニアの前でする。

 

「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」

 

全校生徒はもはや唖然。

しかしマスター至上主義のセクストゥムに周りの視線など気にならず、ただ献身的にシモンの傷に舌を這わせるのであった・・・が・・・

 

「も、もう、セクストゥムは何をなさっているのですかッ!?」

 

ニアが慌ててセクストゥムを引き剥がそうとするが、セクストゥムはシモンにギュッとしがみついて離れない。

それどころか、シレッとクールに答える。

 

「マスターの怪我は・・・唾をつければ治ると仰っていました」

「えっ!?」

「ですからこれは私の役目。私がマスターを手当し癒やし、介抱します。ん・・・マスター・・・こちらも私が・・・」

 

あ・・・ヤバイかも・・・

これはスーパー黒ニアが目覚めるかと誰もが思ったが、事態は意外な展開を迎えた。

 

「ならば、私もお手伝いします! シモンのケガは私も治します! 夫のケガを癒すのは妻の勤めです!!」

 

黒ニアが目覚めてキレるどころか、ニアは拳を握ってやる気満々の姿勢を見せる。

 

「では、シモン・・・左半身は私が担当します・・・では・・・ん・・・ちゅ・・・ちろ・・・くちゅ・・・」

「分かりました。確かにそのほうが効率が良いのは事実。マスターの妻であるニアさんならば是非もありません。ご協力感謝致します。それでは私は右半身を・・・ん・・・ちゅ・・・」

 

すごい光景だった。

美少女というよりも可愛い過ぎる二人の少女。

その二人がやさぐれてブツブツと先程から俯いているシモンの了承など何も聞かずに、自らの意思でシモンの両脇をキッチリと固めて何やら凄いことをしていた。

しかし、こうも学園生徒たちの真っただ中・・・

 

 

――――ぐちゅっ、にゅぷっ、にゅぷっ、ちろ、ぺろっ、ぺろぅ

 

「ちゅ・・・あっ、セクストゥムさん、そこはダメです! シモンの唇への治療は私がします!」

 

「で、ですが、マスターは唇を切られて・・・」

 

「そこは妻だけに許された場所なんですよ。ですから、セクストゥムさんは他の場所です」

 

「・・・でしたら・・・私はこちらを・・・」

 

 

多分ニアが黒ニアに目覚めなかったのは、本当にシモンのケガを心配してのことだろう。

セクストゥムとモメるよりもシモンの治療が優先だと本能が判断した故だった。

・・・治療方法に間違いがあることに気づいていないところは流石はニアと言ったところだが。

 

 

――――ブチッ

 

 

その瞬間、黒ニアの代わりに何かがキレた。

 

 

「うがああああおアアア羨まおpはw0派;sんj@0q7ry@j@おpfwくぉ@るvqmをprkcjうぇく@おpwmls;a:Orenimo!!!!!?????」

 

 

学園の英雄が突如発狂したのだった。

 

「うおおお、デュナミスさんが!?」

「意識のないはずのデュナミスさんが何故か苦しみ出した!?」

「なんか、麻薬常習者の禁断症状みたいに!?」

「やばい、早く医者に見せないと!?」

「ねえ、デュナミスさん、しっかりしてよッ!」

「っていうか、多分、シモンのせいだ!! 誰かーー、そいつにトドメをさせええええ!!!!」

 

デュナミスのために皆が泣き・・・

デュナミスのために心を痛め・・・

デュナミスのためにシモンに向けて敵意をぶつける・・・

 

「なんなんだよォ~~・・・・」

 

そんな視線を受けてイライラとしたシモンは、治療で自分にベッタリとくっついていたニアとセクストゥムを引きはがす。

 

「えっ・・・」

「マスター・・・・・・あの・・・もっと・・・」

 

ニアはポカンと・・・

セクストゥムはどこかまだ物足りなさそうな表情を浮かべながら呆然とする。

するとシモンは、杖代わりのドリルを正面に向けて、息荒くして吠える。

 

 

「どけ、みんな! 俺がそいつをぶっ壊してやる!」

 

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」

 

 

ニアたちを押しのけて、未だにデュナミスに対する攻撃的な態度が崩れること無いシモン。

この瞬間、シモンの洗脳がまだ解けていないことが誰の目にも明らかだった。

そして次の瞬間、麻帆良の全校生徒が気絶するデュナミスを守るように前に立つ。

 

―――この人に手出しはさせない!!

 

生徒たちの瞳がそう語っていた。

その生徒たちの壁にシモンは苛つき、舌打ちする。

 

「なんだよ・・・なんなんだよ・・・そいつは勝手に俺を殺そうとしてきた奴だぞ? それに昔は女の子たちを攫おうとしたりした大悪党なんだぞ! なのになんで俺をそんな目でみんなは睨んで、そいつを守ろうとするんだよ!」

 

一応それは真実だった。

20年前の魔法世界でデュナミスは人質としてアリカ姫とテオドラ皇女を攫おうとした。

だが、今のデュナミスに魅せられた生徒たちの心には届かない

 

「過去なんて関係ねえ!」

「そうよ、この人は体を張ってこの学園を守ってくれたのよ!」

「シモンさん、デュナミスさんが過去に何をしたかは分かりません。ですが、気を失った人に追い打ちをかけるのはシモンさんらしくありません! 僕はあなたの担任として、同じ男として、同じ学校の人として、見過ごすわけにはいきません!」

「どんな悪い奴かはしらないけど・・・この仮面の人はいい男じゃん!」

「そうです!」

「そうだ!」

 

そうとう愛されているデュナミス。

もはや全ての真実を知るフェイトは自業自得と思いつつも、シモンを哀れに思ってしまった。

 

「みんなして・・・なんだよ・・・なんだよお・・・なんなんだよお!」

 

もはやシモンに味方はいない。

孤立無援。

四面楚歌。

 

「マスター! ケガが・・・無理をされては・・・」

「シモン、お願いです、目を覚ましてください!」

 

いや、ニアとセクストゥムは心底シモンのことを想っているだろう。

 

だが、今のシモンはそれを判断できない。

 

 

「ニアだってそうだよ・・・浮気とか言って俺の大好きだった機動戦艦ナデシコのDVDやルリルリのポスターも処分するし! 最近ではインフィニティ・ストラトスの小説も・・・他にも10枚もCDを買って貯めたアイドルの握手権も全部処分するし・・・たか・・・み〇に・・・会えると思ったのに・・・」

 

「「「「「・・・・それは確かに酷い・・・」」」」」

 

「そ、それは私ではありません。黒ニアがやったことです!」

 

 

どこまでもやさぐれ。

どこまでもひねくれ。

ネガティブにしか物事を考えられなくなった彼は、目の前に居るニアもセクストゥムですら自分を妨げているとさえ思った。

 

「もう、うるさい・・・うるさい・・・うるさいんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

もう、嫌だ・・・

 

「どうして俺はいつもいつもこんな目に合うんだよおォォォォォォォォォォ!!!!! ただ普通の暮らしがしたいだけなのに!!!!!」

 

なんで自分がこんな目に・・・

 

「なんで俺ばっかり!!!!」

 

平穏な学校生活を送れず・・・

 

「なんでッ!?」

 

教師や不良からは目の敵にされ・・・

 

「俺は何もしていないじゃないかァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

今だって悪党の八つ当たりにやられて、それどころか皆が悪党を庇って自分を侮蔑する視線を送る・・・・

一体誰の所為で自分はこんなに・・・

 

 

 

 

「どうした、シモン。ドリル・・・無くしちまったのか?」

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

いつからいた?

その男は腕を組んで堂々とシモンを見上げていた。

 

「あっ・・・」

 

いつもそのでっかい背中を追いかけていた。

 

「あっ・・・みなさん・・・それに・・・」

「ダ、ダイグレン学園の人たち・・・」

 

いつもそのでっかい器の側に隠れていた。今のシモンにもそれぐらいの記憶はある。

V字のサングラスを掛けた、長ランの制服に下駄履き

今では珍しい古風のヤンキー。だが、その堂々とした姿には誰もが圧倒される、青髪の男。

 

「お、・・・お前の・・・・」

 

シモンが呟く・・・

 

「あん?」

 

男は「ん?」と首を傾げる。

 

「お前の・・・・・・・・・そうだ・・・」

 

男のその仕草が気に食わなかった。

そうだ、この男だ。

全てはこの男から始まった。

学園生活も素行問題も喧嘩も授業崩壊も全部はこの男から始まった。

 

「お前の・・・・ッ!!」

 

その後から後から湧いてくる怒りを抑えきれず、シモンはボロボロの体に鞭打って、激高して駆け出した。

 

「お前の所為だァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

走り出したシモンはハンドドリルを勢いよく回転させる。

 

「だ、ダメです、シモン!?」

「シモン!?」

「マスターッ!?」

 

まさかいきなり駆け出すとは思わなかった。僅かに反応の遅れたニア、フェイト、そしてセクストゥム。

周りの声などに一切耳を貸さずに特攻するシモンは、その現れた男の腹に向かって躊躇なくドリルを突き立てようとする。

だが、その瞬間、シモンの手首が弾かれて、持っていたハンドドリルが宙を舞った。

 

「ッ!?」

 

急に襲い掛かった痛みでシモンは足を止め、真横にいる人物に怒気を込めた瞳で睨みつける。

するとその横には、先程までは男の後ろにいたはずの一人の女が、薙刀部の薙刀を振り抜いた態勢でシモンを睨んでいた。

 

「ちょっと見ない間に、ずいぶんとつまんない男になったじゃない、シモン」

 

ヨーコが居た。

 

「ヨーコォ~・・・・」

「どうしたの? あんたがカミナに攻撃するなんて。なんか変なもんでも食べた?」

 

ため息つきながら、シモンを呆れたように見るヨーコ。

そしてその後ろには、同じく駆けつけたクラスメートたちが続々と前へ出た。

 

「へっ、最終日のイベントがスゲー盛り上がってるって聞いたから来てみれば・・・」

 

キタンも・・・

 

「随分と冴えねーツラだな、シモン」

 

ゾーシィ・・・

 

「ましてやオメー、俺たちの前でだな~」

 

キッド・・・

 

「ニア・・・セク・・・フェイ・・・レディを三人も心配させて、何をやっている」

 

アイラック・・・

他にもロシウなど、ダイグレン学園のシモンのクラスメートが全員集結していた。

その壮観な姿に思わず生徒たちもどよめいた。

そして当然あの男も・・・

 

「でっ、どうしたんだ?」

「ッ・・・この・・・」

 

心の底から信じられ、尊敬し、慕った男。そんな思いをシモンは嘲笑いながら口を開いた、

 

 

「やあ、来たんだね、アニ・・・いや、・・・・・・カミナッ!!」

 

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」

 

 

シモンがカミナのことを『カミナ』と言う。いかにダイグレン学園とて初めて聞いた。

これが本当にあのシモンなのか?

だが、驚いているのは回りの者だけで、当の本人のカミナにいたって余裕の笑みを浮かべていた。

 

「いよう、シモン。ずいぶんとハシャイでんじゃねーかよ」

「ふっ、なんだよその余裕は。ああ・・・あんたはいつだってそうだったよな。根拠もないのに強がり言っては俺に迷惑ばっかりかけやがって」

「ほほう。どうした、シモン? 今日はいつもと違って随分と喧嘩腰じゃねーかよ」

 

今のシモンに対してカミナは普通に会話をしている。

だが、この二人を知り、この光景を見ている者からすれば「ありえない」と思えるような会話だった。

あのシモンが、カミナに対してこのような口調で話をする。

 

「そうだよな・・・俺も良く今まで我慢していたと思うよ・・・いつもいつもあんたに良いように利用されて!!」

 

カミナノ背後に立ち、カミナとともに現れたヨーコたちは戸惑いを隠せず、事情を知っているとはいえ、ニアの目にも涙が潤んでいた。

 

「あ~? 俺がお前を利用して何が悪い。俺はお前を利用する。好きなだけ利用する。だからその分、俺もお前に利用される。十倍でも百倍でも全力で利用される! それが俺たちだろうが?」

 

だが、それでも二人の間は、誰にも阻めなかった。

 

「黙れ。あんたに俺の何が分かるッてんだ。それとも俺がいつまでもあんたより弱いとでも思ってんのか? 俺はいつまでもあんたが思っている俺じゃない」

「何を言ってやがる。お前はお前だ。シモン」

「黙れ・・・カミナッ!!」

 

苛つき叫ぶシモンの声に麻帆良の湖の湖畔が静まりかえる。

 

 

「全部あんたの所為だ。俺が普通の暮らしができないのも、俺がいつも先生や学校や警察に怒られたりしたのもあんたの所為だ。おかげで俺の人生も履歴書ももう滅茶苦茶だ!!」

 

「シモン・・・おめえ・・・」

 

「もう、終わらせてやる。何もかも全部をぶっ壊して、全部を終わらせてやるよ!!」

 

 

壊れたグレンラガンの残骸の上で、シモンはハンドドリルを取り出してカミナに向ける。

 

「おいおいおいおい、どうしたんだよ、シモンの奴は」

「ニアさん・・・僕たち今来たばかりで良くわからないんですけど・・・」

「シモンったら反抗期?」

 

キヤルにロシウにキヨウだけでなく、ダイグレン学園は正直今の状況が良くわかっていない。

だが、他の生徒たちは違う。何故ならシモンの暴走の一部始終を知っているからだ。

そして、この期に及んで未だにシモンは戦う。ましてやそのドリルを、あろうことかカミナに向けている。

さすがにこれはやりすぎだ。

 

 

「シモン、あんたさっきっから聞いてれば―――」

 

「構わねえ!!」

 

「って、カミナ!?」

 

 

暴走するシモンを怒鳴りつけようとしたヨーコをカミナが制した。

そしてカミナは今のシモンを見て怒ったり悲しんだりというよりも、むしろうれしそうに見えた。

 

 

「俺とやる気か、シモン? 構わねーぜ。兄弟喧嘩は兄弟だけに許された特権だ! この世で俺様相手にその権限を使えるのはお前だけだ! 好きに使え! 遠慮なく使え! めちゃくちゃ使え!! 使いまくれ!!」

 

 

兄弟喧嘩。カミナの口からうれしそうに出た。

 

「ちょっ、バカ言ってんじゃないわよ!」

「そうです、カミナさん! それに今のシモンは操られているのです!」

「ああ。そんなバカなことはやめて、シモンを正気に戻す方が・・・」

 

カミナのバカをヨーコにニアにフェイトが止めようとする。

しかしカミナは腕組んでうれしそうに笑う。

 

 

「ガーハッハッハッハッハ!!!! うれしいぜ、シモン!!! オメーはいつも何だかんだで俺に遠慮してやがった! 俺に遠慮しねーでそうやって堂々と文句言いまくるってのは、今まで無かった! 吐き出せ吐き出せ! 兄弟として全部受け止めてやらァ!!!」

 

「なっ!?」

 

 

この後に及んで更に笑うカミナに、シモンは地面を思いっきり踏みつけて怒鳴る。

 

 

「ふざけんじゃねえ! あんたなんか俺の兄弟なんかじゃねえ! 血だって繋がってないじゃないか!」

 

「がっはっはっはっは! ふざけんじゃねえ! 俺はお前の兄弟だ! 全力で兄弟だ! 全開で兄弟なんだよ! 魂のブラザー! ソウルの兄弟だ!」

 

 

もう、シモンも我慢の限界だった。

弾かれて地面に転がったハンドドリルを拾い上げ、今度こそ外さぬように標的めがけてドリル掲げて突っ込んだ。

 

 

「カミナーーーっ!!!」

 

 

「きやがれ、シモン!!」

 

 

二人が喧嘩? 珍しい。いや、初めてかもしれない。それだけこの二人は深い絆で結ばれていた。

それは本当の兄弟のようで、本当の兄弟よりも強い絆。血よりも濃い魂で結ばれた兄弟。

しかし、今日、二人はぶつかり合う。

それは見ていて微笑ましいような兄弟喧嘩とは違う。

見ている者が涙を流して止めたくなるような悲しい争いだ。

しかし二人はぶつかり合う。

 

 

「シモンインパクトだあああああああああああああああ!!」

 

「燃えるアニキの竜巻切りィィィィィィィィィィィィィィッ!!」

 

 

シモンのハンドドリルとカミナの刃。

強烈な金属音を響かせ、兄弟喧嘩の幕が上がったのだった。

 

「そ、そんな、カミナさんとシモンが争うなんて・・・み、見ていられません!」

「まったく、シモンのバカ・・・こうなりゃカミナを信じるしかないわね・・・」

「マスターを援護しなければ・・・」

「やめときな。これこそ手出し無用のダイグレン学園の喧嘩のルールだ」

 

本来止める立場の自分たちが情けない。カミナもカミナでうれしそうに反抗期のシモンに胸を貸す。

ヨーコたちが舌打ちする中で、止められなかった二人を囲んでネギが素朴な疑問を口にする。

 

「あ、あの・・・ところでカミナさんってどれぐらいの強さなんですか?」

「そりゃーあんた、シモンよりよ」

 

あっさりと言うヨーコの答えに、ネギやアスナたちは騒然となった。

 

「えええーーッ!? でも、シモンさんってニアさんのお父さんに勝ったりしてるんですよ?」

 

確かにそうだ。

シモンが武道大会で見せた強さは皆の記憶に新しい。しかもただ強いだけではない。

どんなにボロボロになっても立ち上がり、諦めずに立ち向かい、最後の最後に壁を突き破るのがシモン。

そしてネギたちは知らないが、シモンは魔法世界でも実践を経て確実にレベルアップしている。

だが、それでもシモンよりカミナが強いとヨーコはアッサリと答えた。そしてその答えには、キタンたちも同意のようで頷いた。

 

「確かにね。シモンは強い。それにカミナだって人間。不死身じゃないし無敵じゃない。でもね、どんなにシモンが強くなっても、カミナはシモンには負けないのよ」

 

カミナがシモンより強いと言うよりも、ヨーコの口振りではカミナはシモンには負けないと言っているように見えた。

 

「カミナの野郎はこの世の誰と戦おうとも、シモンにだけは絶対に負けちゃいけねえと思っているからな」

 

そう、それがダイグレン学園の中の共通認識でもあった。

 



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第70話 ヒロインたち最大のライバルは主人公の兄!?

「スカルブレイク!!」

「兄貴の想い爆発斬りッ!!」

 

カミナはシモンにだけは負けられない・・・

 

「どうしたカミナ!! 俺はまだまだ速く動けるぞ!」

「く~、手が痺れるぜ。やるな、シモン!」

「いつまでその強がりを言えると思うなよ!」

「どうかな? 俺は強がりを本当にしちまう男だからな!!」

 

たしかに渡り・・・いや、同等以上にやり合っているかもしれない。

互いに防御せずに一撃必殺の技をぶつけ合う二人。

フェイントや駆け引きなど一切無く、一撃一撃に全力を尽くして相手とぶつけ合う。

しかし最初は互角の打ち合いも、段々とぶつかり合う間隔が短くなり、やがては高速のドリルと刀の斬り合い刺し合いになり、その速度が常人の目では追えぬほどにまで達していく。

それはシモンにとっては魔法世界での経験を踏まえれば慣れた世界。

しかしカミナはどうだ? 多少の喧嘩慣れはあるだろうが、彼には普通の不良たちとしか喧嘩の経験はないはずである。

だが・・・

 

「・・・な、なに!?」

「はっはー、どうしたシモン! 俺もまだまだ速く動けるぜ! 気合いだ!」

 

カミナが十分にシモンの戦闘レベルに対応できている。それどころか負けじと打ち込み返している。

 

「な、なに!? シモンはまだしも、カミナまで!? あの高速の打ち合いに対応している!?」

 

フェイトも目を見張った。

魔法世界での経験でシモンの力も多少なりとも理解している。

デュナミスやアンスパなどの実力者とやり合ったシモン相手に、カミナが押している?

 

「す、すごい、カミナさん!?」

「なによ、普通にすごいじゃない!? ね、ねえ、ネギ! ダイグレン学園の番長ってただの馬鹿じゃないの!?」

「い、いえ・・・アスナさん・・・それは言い過ぎ・・・しかし確かに出来る・・・戦い慣れている。どう思う、楓」

「う~む、刹那の言うとおり、戦い・・・喧嘩・・・いや、実戦に慣れていると見えるでござる。だが・・・」

「う~む、やるのう。タカミチ・・・知っとったのか?」

「い、いえ・・・学園長・・・僕も・・・これほどとは・・・」

 

カミナのソレは、学園でも指折りの実力者たちから見ても唸らせるほどのものだった。

だが、同時にどこか腑に落ちないものであった。

カミナの力の源だ。

何故なら、カミナは魔法使いではない、普通の人間だからだ。

しかし結局周りがどれほど騒ごうとも本人は・・・

 

「だーはっはっはっはっは! 気合だ!」

 

だそうである。

 

「チッ・・・いい加減に・・・」

 

だが、その時だった。

 

「いい加減に・・・しやがれえええええええええええええ!!!!」

「つおっ!?」

 

シモンが力づくでドリルを突き立てる。

カミナはそのドリルを刃の腹で受け止めたが、勢いのあまりに激しく吹き飛ばされた。

 

「カミナッ!?」

「カミナさんッ!」

「うおっ、シモンの野郎がカミナを!?」

 

カミナの猛攻にシモンは押し切られなかった。

これにはヨーコたちも驚いた。

すると、転がって打撲の痛みに少々顔を歪めながら立ち上がろうとするカミナに、シモンは地面にドリルを強く突き立てて叫ぶ。

 

「気合だなんだってのは、まやかしだ!!!!」

 

シモンの叫びに空気が揺れた。

 

「あんたはいつもいつも思い違いをしている!! そんなもんだけで全て解決するんなら・・・俺もグレンラガンもさっきは負けたりしなかった! あんなデュナミスとかいう変態野郎なんかに負けなかった!!」

 

そう、先ほどシモンは負けた。

 

「気合いとか魂とか、そんな曖昧なもんで強くなれたら苦労しねーんだよ! いつもお前はそうやって誤魔化してるんだよ! 今のあんただって、どうせアンスパが発明した武器のおかげだ!」

 

他者を圧倒する兵器と兵力を一つにして強大な力を振るったというのに負けたシモン。

当のデュナミス本人は気絶し、今こうして立っているのはシモンだ。

しかし、勝者がデュナミスで敗者がシモンであることなど誰の目から見ても明らかだった。

だが・・・

 

「じゃあ、そいつの気合がお前を上回ったんだろうが」

「な、なにッ!?」

 

カミナは、しれっと答えた。

シモンが負けたということは、シモンと戦った相手の気合が勝っていたのだと。

 

「そのとおりかもね・・・まあ、デュナミスは気合というより・・・・・積もり積もった思いだけど・・・」

 

フェイトの言うとおり、デュナミスの思いの丈はそれはもう凄まじいものであった。

それがシモンの気合やら思いの強さに劣っていたなどと断じてない。

だからこそ、カミナは意見を曲げない。

 

「つおらああああああああ!!!!」

「ぐっ、まだッ!?」

 

立ち上がったカミナが再び刀でシモンを弾き飛ばす。

 

 

「気合だけじゃ超えられねえだ? シモン、何言ってやがる。そもそも俺に気合で何だって乗り越えられるってことを証明してくれたのはお前だろうが!!」

 

「ッ・・・」

 

「そう、ガキの頃から何度でもよ!」

 

 

カミナがもはや刀で斬るのではなく、殴る。

 

「ッ!?」

 

まるで叩きつけるかのようなその威力に、シモンは圧倒される。

 

「うおらァ!」

「こいつっ!?」

 

また一撃。

さらに一打。

もはや刀の使い方などなっていない。剣道有段者などから見ればチンピラの喧嘩そのものだ。

しかしチンピラで上等。カミナは不良だからだ。

そしてその一見ただの乱暴なだけの一撃一打はちゃんと、シモンに響いていた。

 

(バカな・・・俺のドリルがいちいち弾かれる・・・こいつ、どこにこんなに力が!)

 

折れない心。

自身をどこまでも信じぬいやまない、不滅の闘争心。

 

(くそ・・・なんなんだよ、いつもいつも・・・こいつはどこからこんな力が・・・)

 

気合い? それにしてもだ。

 

(なんでこいつはいつも!? たまにスゴイ強い奴や明らかに人数の多い奴らと喧嘩する時もそうだ! こうやって・・・)

 

このカミナの心を支えている物は一体何なのだ?

 

(何が・・・何がこいつをここまで支えてるんだよ!?)

 

シモンだけではない。この場にいる誰もが同じことを感じていただろう。

 

だが、実はそんな周りとは裏腹にカミナ本人は・・・

 

(うおおお、やべえ、ちょっと気ィぬいたらぶっ刺されそうだな! ほんと、ツエーな・・・シモン・・・)

 

実はカミナとてそれほど余裕があるわけではないのであった。

盛大に、そして豪快な笑い声を上げているが、体と共に精神もギリギリのところまで来ていた。

 

(へっ、マジで強えーな、シモン。やさぐれてこのレベルだ。大事なモンを守るために本気になった時のお前はどんだけ強いんだろうな。だがよ・・・)

 

カミナも分かっている。

今のシモンは本当のシモンの力ではない。

大事な物、仲間、信念、そしてニア。それらを守ると断固たる決意を持って戦地へ赴くシモンの底力を、カミナはこの世の誰よりも理解している。

だからこそ、今も結構実はキツイ自分だが、折れるわけにはいかない。

 

(お前もこうやって越えて来たんだよな。叩きのめされ、傷ついて、それでも歯を食いしばって気合いで乗り越えてきたんだよな・・・てめえの・・・限界って奴をな!!)

 

それどころか、どんなに心の火が消えそうになっても何度でも燃え上がるのだ。

 

―――――――!!!!

 

「ッ!?」

 

「うるあああああああああああああああ!!」

 

 

カミナの渾身の一振りが、シモンが繰り出したドリルごとなぎ飛ばした。

 

「す、すごい、カミナさん!?」

「バカな、まだ膂力が上がるというのかッ!?」

 

この既に全力かと思われたところに、カミナにはまだ力が残っている。

その光景を遠目で眺めていたアンスパは、ただ一人口元に笑みを浮かべて呟いた。

 

「まあ、当然といえば当然。ニアよりも誰よりも・・・子供の頃からシモンの側にいたのは誰か・・・シモンと共に壁を乗り越えることで、誰よりもシモンと共に合体とミックス・アップで高められたのは誰か・・・」

 

まるで、その時をずっと待っていたかのようにアンスパは呟いた。

 

「やさぐれたシモンは、もはやどこまでもひねくれた心しか出さない。しかし、やさぐれていて、ひねくれた心しか出さないというのも、立派な心をさらけ出すということだ。そんなシモンに全力で心をさらけ出して付き合えるのは、この世でカミナ君とニア・テッペリンだけだ」

 

そう、遠慮しないで不満をぶちまけるというのは、立派な心を曝け出すこと。

ならばそんなシモン相手だろうと心を自分も曝け出して対峙できるのは誰か?

ぶつかり合えるのは誰か? ましてや拳を交えられるのは誰か?

 

「倫理、論理、理屈、道理、あらゆる常識が縛る中、その全てを打ち壊して人の心を立ち上がらせる男・・・魔力の才能でも螺旋の才能でもない・・・心の才能を持つ君こそが必要なんだ」

 

そんなもの、カミナしか居ない。

 

「超えていける・・・ネギ・スプリングフィールドとフェイト・アーウェルンクスだけではない。・・・シモンとカミナ君。この二人が必要なんだ」

 

アンスパは独り言だが、確かにハッキリと呟いたのだった。

 

「俺はもう強くなったんだ! 多くの実戦を経て、俺はあんたを遙かに越えているん―――」

「どりゃああああああああああああああああ!!!!」

 

もはや、打ち合いすらままならない。

カミナの剣にシモンのドリルは弾かれる一方だった。

打ち合い不能。

そして、いずれは防御すらできなくなっていくであろう。

 

「燃える兄貴の拳骨斬りッ!!!!」

「つうあッ!?」

 

ただの渾身の一降りを真上から振り下ろしただけの技。

しかし単純であればあるほど、むしろカミナはその方が攻撃の威力は上がる。

シモンはカミナと戦うなら、カウンターなどの技術的な技を発揮できる絶好の相手だと思っていた。

実際にカミナのこういう技は、「おいしい」と技術が優れている者は思うだろう。

威力は大きい半面、大雑把で隙も多いからだ。

だが、実際にカミナの刃を目の前にして、同じことはなかなか言えない。

 

(ちくしょう、ダメだ! あんなもん、カウンターに失敗したらとんでもないことになる!)

 

幾多の激戦でドリルで突っ込むだけではなく、相手の力を利用するカウンターを身につけたシモンだが、今のシモンにそれを放つことは出来ない。

それはタイミングがどうとかの問題ではない。

リスクを恐れずに命すら投げ出す勇気と覚悟。

 

(くそ~、ダメだ! 飛び込めない!)

 

今のやさぐれたシモンにそのハートが無い。

今の全身全霊のカミナに飛び込めるだけのハートが、今のシモンには決定的に欠けているのであった。

 

「どうした、シモン。ビビッてんのか?」

「な、なんだと!? 俺を誰だと思っている!」

 

腰の引けたシモンの心を見透かしているかのように、カミナがほくそ笑んだ。

その笑みにシモンは苛つきながら反論する。

だが・・・

 

「お前が誰だか、俺が一番よく知ってるよ」

「黙れ! 俺はもうあんたが知ってる俺じゃないんだ! 俺はとっくにあんたの知ってる俺を超えたんだ!」

「いいや、知ってる! ニアだろうがヨーコだろうがフェイトだろうがそれは譲らねえ! それだけは譲れねえんだよ!」

 

いちいち聞いていられるか! シモンは首を振って、カミナに飛び込む。

それは破れかぶれだ。

しかしこれに対して、何とカミナは避けようともしない。

何故なら・・・

 

「いっ!?」

 

「「「「「「「「「うそっ!!!!???? ド、ドリルを素手で掴んだァァァァァァァ!!!!????」」」」」」」」」」

 

「ハッハッハ! 必殺男のやせ我慢! 歯ァ食いしばってのドリル鷲掴み!!」

 

何と、カミナはシモンのドリルを素手で、しかも片手で掴み取った。

 

「こ、この、離せ!!」

 

ドリルの回転すら力づくで抑えられた。

 

「し、信じらんない!? 回ってるドリルを素手で掴んだ!?」

「って、見てるだけで、いてえええええええ!? ち、血がッ!?」

「ひい!?」

「バ、バカ・・・回転しているドリルなんかを素手でつかんだりするから・・・手から・・・血が・・・」

 

誰もが目を背けたくなったり、ゾッとする光景だ。

シモンのドリルにカミナの手のひらから流れた血が垂れていく。もはや、今のカミナの手のひらの惨状はとてもではないが見たくもない。

そして、いつまでもドリルを掴まれているシモンは無理やりカミナの腕からドリルを離そうとする。

だが、それはビクともしないのだった。

 

「シモンさんが先ほど言っていたことは何も間違ったことじゃない」

 

この兄弟喧嘩に誰もが目を奪われる中、その冷静な眼差しで状況を分析するのは、ネギの生徒の龍宮。

何食わぬ顔で現れた彼女に気づいた超鈴音は若干ボケっとした。

 

「お、おろ・・・龍宮さん・・・いつの間に・・・っていうか何やってるヨ」

「何をって・・・お前が魔法を世界にバラす計画のための用心棒として私を雇ったのに、作戦が始まるどころか始まる前に全て破綻してしまったうえに、碌にお前からも連絡がなかったのでどうすればいいのかとさ迷っていたところだ」

「あっ・・・・・・・・・忙しくて忘れてたヨ・・・メンゴ・・・」

「まったく・・・にしても、エラいことになっているな」

 

超に肩を竦めてため息つきながら、もう一度シモンとカミナの二人を見る龍宮。その頬には、若干汗が流れていた。

 

「シモンさん・・・彼は言ったね。気合だなんだはまやかしだ・・・それだけで全てを超えられるわけはないと。それは真実だよ・・・なぜなら、それが現実だからだ」

 

現実・・・彼女が口にするその単語は若干重かった。

 

「くだらぬ情やクールになりきれない頭は目的達成の足を引っ張る・・・・・・勿論、気持ちの有る無しは重要かもしれんが、強者に馬鹿が馬鹿なまま勝てるなどあってはならない。シモンさんとロージェノムの試合の時のように、あんなにバカ正直に突っ込んでくる敵を逃げずに堂々と正面から迎え撃つ親切な敵など現実には居ない・・・」

 

それは自分自身の歩んできた人生で学んできたことか、それとも彼女の心得なのかは分からない。

しかしそんなことを口にしながらも、わけが分からないとばかりに呆れてため息付く。

 

「なのになぜ・・・・・・あの、カミナという男はあそこまで強いのだ?」

 

龍宮の考え方に同意見なものは、この学園にはそれなりに居た。

勿論、気持ちも大切だろう。しかし気持ちだけで乗り越えられるのなら、誰だって苦労はしない。

タカミチや刹那や楓。フェイトの従者の少女たちや、これまでダイグレン団と関わりが深くなったフェイトですらそれは否定しない。

なのになぜ、カミナは気持ちだけでここまで出来るのか?

 

(ぐっ・・・なんでだよ!? いつもいつもこいつはどこからこんな力が!?)

 

カミナに掴まれたドリルを引き抜こうとする。だが、その手をカミナは決して離しはしない。

それどころか、シモンのドリルが徐々にカミナの握力でひび割れてきた。

 

「な、なんで!? なんで!?」

 

もはやシモンに冷静に物事を考えられる精神は無かった。

ただ、既に知り尽くしていたと思ったカミナという男の底知れぬ「何か」にただただ体が震え上がった。

 

「分かんねー・・・そんなツラだな・・・シモン」

「だ、黙れ・・・」

 

その時、カミナは薄く笑みを浮かべながら、シモンに問う。

 

「なあシモン、俺は誰だ!」

 

俺を誰だと思ってやがる!

それがこの男の口癖だった。

時には人を呆れさせ、馬鹿に思われ、しかし肝心なときには心を熱くさせてくれた。

しかしここに来て、誰もが本当に問いたくなった。

お前は本当に何者なのかと。

 

「あっ? カミナだろ。今更それがどうした!」

 

そうだ、こいつはカミナだ。それ以上でもそれ以下でもないはずだ。シモンがそう叫ぼうとしたら、カミナは更にドリルを掴んだ腕に力を入れていった。

 

 

「俺はな、シモン。ダイグレン学園の番長とか、不撓不屈の鬼リーダーとか最強の不良とか・・・色んな肩書き持ってる俺だが、唯一一個だけ絶対に譲れねーもんがある」

 

「ド、ドリルが!? く、砕けてく・・・な、なんだ、なんなんだよ!?」

 

「俺にとってはその肩書きがこの世で最も譲れねえ誇りだ。だからこそ、そいつを脅かされるようなことになりゃー、相手がお前でも、いや、お前だからこそ負けられねー」

 

 

何なんだ!?

お前は一体何者だ!?

ダイグレン学園の番長?

麻帆良一の不良?

不撓不屈の無法者?

鬼リーダー?

 

「何度でも言う。シモン、俺を誰だと思ってやがる!」

「なんなんだ、なんなんだよ、お前は!?」

 

その答えはカミナが何者かを答えるにはこれ以上無いものであったかもしれない。

 

「俺はお前のアニキだよ!!」

「ッ!!??」

 

それがカミナという男がカミナであるという存在証明できる、カミナの誇る肩書きであった。

 

 

「この肩書きがあるかぎり、俺は絶対に負けられねー! ガキの頃から俺はずっとお前の背中を見てきた! お前に何度だって助けられた! だからこそ、俺はお前に笑われねえ男であること。お前のアニキであり続けること。それが俺の誇りだ!」

 

「なっ・・・なに!?」

 

「俺なんかお前のアニキじゃねえだ? ふざけんじゃねえよ。そんなこと、俺が許さねえよ! なあ、兄弟!」

 

 

その時なぜか、ドリルでいつも壁を粉々に砕いていたはずのシモンの何かが崩れたような気がした。

 

「う・・・うそだ・・・」

 

ガタガタとシモンは震え出した。

今、カミナが言った言葉は何だったのかを何度も何度も頭の中で繰り返す。

しかし、それは到底信じられぬものであった。

 

「あんたが・・・俺の背中を見ていた・・・嘘だ・・・嘘だ・・・あんたはいつだって俺より先に前へ行っていた。そんなあんたが後にいる俺の背中を見れるはずがない!」

 

子供のときからずっとカミナは上ばっかり見て、誰よりも先へ進んでいた。

そんなカミナが、いつもノロノロしていた自分の背中を見てくれた?

そんなはずはない! そう首を横に振ろうとしたシモン。

だが、そんなはずはあったのだ。

 

 

「何を言ってやがる、シモン。俺が立ち止まりそうになったときはいつも・・・お前が俺を追い抜いて俺を再び走らせてくれたんだろうが!!」

 

「ッ!? 俺・・・キ・・・を・・・走らせた・・・」

 

 

今更・・・何を・・・

シモンは頭を抱えて必死になって否定しようとする。

 

「違う・・・俺は・・・カミナが・・・・・・・・・・・・・もう・・・アニ・・・が・・・・・・・・あんたが誇れる弟じゃない・・・」

 

そうだ、自分は誰かに誇られるような人間じゃない。

だというのに・・・

 

「バカやろう。誇れねえ奴を相手に、こうして本気になれるわけねーだろうがよ! この傷と、俺様と、あいつらがその証拠だ!」

 

カミナは自分を、そして後ろを指し示した。

 

 

「この程度のバカが何だ? この程度のバカでお前を見放すような野郎は、俺たちダイグレン学園の大馬鹿野郎たちの中には一人もいねえ! 細かいこと気にすんな。俺たちを誰だと思ってやがる!」

 

 

今まで散々侮蔑の視線ばかりをぶつけられたのに、その中でも麻帆良ダイグレン学園の制服を着た者たちだけは、「やれやれ」と呆れた感じではあるものの、そこにシモンに敵意を向けたり見下したり、ましてや見放したような瞳をしているものは一人もいなかった。

 

「勝手にオレらの絆ァ、切った気になってんじゃねえェェェェェ!!!!」

「ッッッッ!!??」

 

意図的にシモンはその時、歯を食いしばった。

言われたわけではなく、自然と体がそうしていた。

振り抜かれた血だらけのカミナの拳がシモンの頬を打ち抜いた。

 

「ああ・・・そうだよ・・・・・・・俺は今まで・・・・なんてことを・・・」

 

殴られたシモンは、ズキズキと頬が傷んだが、どこか心地の良い痛みだった。

 

「・・・・・・・・・アニキ・・・・・・・・俺は・・・なんてことをしたんだ・・・俺は・・・俺は・・・アニキ・・・」

 

殴ったカミナはフッと笑う。

 

「おう、俺はお前の永遠のアニキ分! カミナだ!」

 

その得意満面の笑と頬を伝う痛みが、深い闇にとらわれたシモンの心を完全に晴らしたのだった。

 

 

「デュナミスのような力でも、ニアやフェイトのような説得でも解けなかったシモンの洗脳も心をぶつけることで解いたか・・・見事だよ・・・カミナ君」

 

 

遠くからは何もかもに満足をしたかのような、アンスパの呟き。

そして・・・・

 

 

 

 

目覚めたシモンには・・・

 

 

 

 

一連の出来事に対する学園からの処分が言い渡されるのであった。

 

 



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第71話 細けえことはどーでもいいんだよ

たとえ誰かに唆されたのだとしても、何の言い訳にもならない。

そこにどのような真実があったのだとしても、犯した罪は事実として処分される必要がある。

必死に教員たちにシモンの情状酌量を求めて詰め寄るネギたちも、そのように言われては何も言い返すことが出来なかった。

ましてや、デュナミスという重傷者が出ている以上、催眠術のような物で洗脳されていましたなど、何の言い訳にもならない。

魔法先生たちだけでなく、一般教員も交えてシモンには処分が下された。

 

 

『堀田シモン・以下の者を一週間の謹慎処分とする』

 

 

その処分に対して、これまでこういう処分に関わったことの無かったネギには、それが重いのか妥当なのか、それとも軽いのかの判断が出来なかった。

ただ、シモンはどこかホッとしたような表情だった。

何故なら、最悪の場合は退学も覚悟していたからだ。

学園の敷地内で巨大ロボット使って大暴れしたのだ。当然だ。

もっとも、麻帆良ダイグレン学園は学校経営を維持するために、よほどのことをしても退学者を出さないのが原則であるということをシモンも後に知るのだが、今はシモンに下された処分よりも、カミナたちは「ようやくシモンも初謹慎だ!」などとまるでお祝い事のように笑っていたのだった。

まあ、退学はダメなのかも知れないが、謹慎や停学ぐらいなら「男の勲章」のように思っている彼らには仕方のないことかもしれないのだった。

 

だがこの数日後・・・

 

シモンの謹慎がまだ明けない中・・・

 

シモンの初謹慎処分など、ぶっとんでしまうような大事件が麻帆良に起こるのだった。

 

 

 

 

 

 

もはや後の祭りだった。

学園祭が終わり、片づけも済み、生徒たちも名残を感じながらも再び元の学園生活に戻り始めようとしていた。

だが、学園祭が終わり数日後。

数日の振り替え休日が終わって通常授業が開始された初日に、事件は起こった。

麻帆良ダイグレン学園の教壇に立つネギ。

彼の隣には黒板に自身の名前を書き、セーラー服を纏った少女たちが気を付けして立っていた。

 

「えーそれでは自己紹介からお願いします」

 

ネギに諭され、少女たちは頭を下げて順に自己紹介を始める。

 

 

「今日より麻帆良ダイグレン学園に転入することになりました、ホムラ・アーウェルンクスです」

 

「同じく、シラベ・アーウェルンクスです。日本に来てまだ間もないですが、皆さん色々と教えてください」

 

「コヨミ・アーウェルンクスです! な、仲良くしてください!」

 

「タマキ・・・」

 

「えー、シオリ・アーウェルンクスです。よろしくお願いしますね」

 

 

この自己紹介を受けて、未だにガッツポーズを取ったまま声を発せられないほど感動しているキタンたち男子一同。

新たなクラスメートにピースをして「仲良くしようぜ」と迎え入れるキヨウやキヤルたち女性徒。

そして・・・

 

「て、転校するつもりで麻帆良女子中に退学届けを出したのだが、急に転校が無くなり・・・しかし退学が既に受理された後だったために女子中に戻ることも出来ず・・・仕方ないので飛び級の編入試験を受けて今日から通うことになた・・・」

 

先の五人の少女たちと同じように、彼女も今日からはこの学園のこのクラスの一員。

 

「ちゃ、超鈴音ネ。みなさん・・・よろしく・・・」

 

その瞬間、教室がひっくり返るほどの勢いで男たちは歓声を上げたのだった。

 

 

「「「「「「「「うおおおおおおおお! 6人も女子が転校してきたアアアアアアアア!!!!」」」」」」」

 

「「「よろしくう!!」」」

 

 

正に驚天動地の大喝采だった。

 

「はいはい、皆さん落ち着いてください。えー、本当はもう一人、セクストゥム・アーウェルンクスさんも転入の予定でしたが、シモンさんの謹慎が明けてからの登校を本人が強く希望されていましたので今日は来ませんが、今度から合計7名の女性が新しく皆さんとお勉強することになります」

 

教室の男子生徒は狂喜乱舞。もはやネギの話は聞いていない。

 

「それとー! 僕の研修ももうすぐ終わりますので、今度からこのクラスの担任もまた替わることになります。では、どーぞ」

 

騒ぎが止まぬ中、教室の扉がガラガラと開かれる。入ってきたのは大柄で褐色肌の男。

 

「研修期間の終了を迎えるネギ・スプリングフィールドの後任として今日からこの学園で教鞭を持つことになった」

 

威風堂々としたその猛者の貫禄は健在。

 

「デュナミス・コズモエンテレケイアだ。担当科目は道徳だ。まだ、教師としては新人だがよろしく頼む」

 

トレードマークの仮面を外し、ダークスーツに身を纏い、出席簿を脇に挟んで現れたこの男。

完全なる世界の大幹部にして、今では麻帆良学園のヒーローとなったこの男が、今日からこの麻帆良ダイグレン学園で教鞭を持つことになったのだった。

 

「おう、よろしく頼むぜデュナさん!」

「いよっ、待ってました旦那!」

「ピューピュー!」

 

焔たちのように興奮乱舞とまではいかないが、それでも盛り上げてデュナミスを歓迎する生徒たち。

 

 

「も、もう・・・・・・我慢の限界だ・・・一体・・・一体どうして・・・」

 

しかしそんな中でただ一人、プルプルと肩を奮わせていた者がようやく我慢の限界に達し、己の本音をぶちまける。

 

「どうしてこうなった!!!!」

 

もはや口癖と化してしまったいつものツッコミを入れるフェイトだった。

 

「騒がしいぞ、テルティウム。いや、フェイト・アーウェルンクスよ。転校初日で緊張気味の雌猫たちが居るというのに、声を荒げるのは感心せんな」

「いやいや、感心とかそういうものではない! 何故君たちが普通に転校してきて、ましてや君まで教師に!?」

「ふん、貴様には分からんさ」

 

微笑むデュナミスは、学園祭の時とは明らかに違う。

どこか話し方に余裕があり、落ち着きのある大人の男に見えた。

そう、フェイトが所属している魔法世界のテロ組織。「完全なる世界」のメンバーが全員、今日から麻帆良ダイグレン学園に通うことになった。

当初はタカミチを筆頭に魔法先生たちが「完全なる世界」のメンバー全員を捕縛しようとした。

大戦期から20年も経っているとはいえ、かつては世界を震撼させて破壊活動を行ってきた組織だ。

ましてや当時から幹部だったデュナミスは相当に名が知れ渡った悪党だ。

シモンとの戦いで傷ついたデュナミスを、長年追い続けてきたタカミチが逃すはずがなかった。

しかしここで問題になったのが、デュナミスという人物があまりにも有名人になりすぎた事にあった。

しかもただの有名人ではない。まるで学園を守った英雄のような扱いなのだ。

だからデュナミスをタカミチたちが連れて行こうとした瞬間・・・

 

 

―――待てよ、デュナさんをどこへ連れて行くんだよ!

 

―――デュナミスさんは俺たちの仲間なんだよ!

 

―――デュナミスさんは私たちのヒーローなの! 先生、お願い! 連れて行かないで!

 

 

デュナミスの事情を知らない生徒たちの大ブーイングをタカミチたちは食らった。

 

 

―――ダメだよ、タカミチ! その人が居たからシモンさんは最悪を回避できたんだ!

 

―――この方が居なければ我々はシモンさんの巨大ロボットにやられていました!

 

―――お願いよ、高畑先生!

 

―――なあ、おじいちゃん! デュナミスはんが昔どんな人やったかは知らんけど、なんとかならんの?

 

 

さらにはネギやアスナたちの壁も立ちふさがった。

この状況で、デュナミスを連れて行くことが教師陣に出来たか? 

それどころか、自分たちですら何も出来なかった巨大ロボットを、体を張って止めたデュナミスを逮捕という野暮なことが出来るか?

そこで魔法先生は協会関係者と協議の結果、デュナミスと他の完全なる世界のメンバーをフェイトと同様に麻帆良に滞在させて監視するということになった。

タカミチだけは最後まで反対したが。

 

 

 

「で、その後に学園長の近衛近右衛門に監視期間の間の職を探してもらってな。この就職氷河期でありながらも教員の募集をしてもまったく集まらないというこのダイグレン学園の教員を紹介して貰ったわけだ。教員免許は偽造したが」

 

「ふざけるな! そんな理由で教師になれてたまるものか! 旧世界の公務員の大変さを甘くみてもらっては困る! 君が教師など税金の無駄遣いだ! 大人しく魔法世界へ帰って、魔法世界崩壊の準備を進めているんだね。ゲートポートを破壊するとか」

 

「黙れ。幼い少女たちを先導してテロ活動を行おうとしていたくせに、その少女たちをほったらかしにして部活動やプリクラなど、怠惰な日々を過ごしていたお前よりはマシだ」

 

「む・・・いや・・・だが、だからといって何故教師なんだ。魔法協会や学園に従いすぎではないか!」

 

「別に従ったわけではない。ただ、条件が悪くなかっただけだ。ここに居れば私の人生の望みの一つが叶うからだ」

 

「望みだと? 魔法世界を崩壊させること以外、何の目的があるというのだ。まさか、黄昏の姫御子・神楽坂アスナか? それとも他に何かあるのか?」

 

「あるとも。この学園にはタカミチもいるからな。かつての雪辱を晴らすにはもってこいの場所。更にこの学園の世界樹の下に、我らのマスターも封印されているので、封印を解くときには都合がいいではないか」

 

「いや・・・確かにそうかもしれないが・・・」

 

「それに・・・」

 

「それに?」

 

「ふっ・・・(綾波フェイよ・・・学園祭のあと、目を覚ましたら君は居なくなっていた・・・皆に聞いても皆は口を紡ぐだけで君のことを誰も教えてはくれない・・・だが構わない。ここに居ればいつか君に会える。君はここに居るのだろう? 確信している。君はとても近くにいる。だから私は探そう。この土地に住み、君と再び会える日まで)」

 

「なんだ!? 今、悪寒が走ったぞ! 君は一体何を考えている!」

 

 

ダイグレン学園の生徒たちや転校生たちをほったらかしにして口論を始めるフェイトとデュナミス。

 

 

「あのー、フェイト様、デュナミス様! その会話、結構危険だと思うのですが! 堂々とするような会話の内容ではないと思いますが!?」

 

「会話の内容がネタバレじゃなくてモロバレですけど!」

 

「えっ? え!? どういうこと!? フェイト! デュナミス先生! さっきから何の話をしてるんですか!? 魔法世界の破壊とか、黄昏の姫御子とかマスターとか!?」

 

「あっ、ネギさん、手遅れかも知れませんけどあまり聞かないでください」

 

「おー、なんだか知らねーけど、フェイ公がやけにムキになってんぞ!」

 

「珍しいわねー」

 

「あのー・・・授業はいつ始まるんでしょうか・・・」

 

 

転校生の焔たちは、ネタバレしまくってる二人にハラハラ。

ネギは、さりげない口論の中に重大な事実が盛りだくさんで、口を挟めずにオロオロしていた。

 

「くっ・・・だが・・・だが・・・デュナミス・・・君が何を考えているのかはよく分からないが・・・それは君だけではない・・・」

 

決着つかずのデュナミスとの口論に息が上がる中、フェイトはイライラを募らせながら、他の者にも目を向ける。

 

 

「何故君たちまでここに居る! 僕は何の報告も受けていないぞ!」

 

「「「「「ビクッ!?」」」」」

 

 

それは、フェイトを慕う五人の少女たち。

フェイトにビシッと指さされてビクッと肩を震えさせた少女たち。

 

「い・・・いえ・・・あの~・・・」

「もうしわけありませんフェイト様・・・このような勝手な行動を・・・」

「で、でも・・・私たち・・・我慢できなかったんです・・・」

 

とても言いにくそうに互いを見合い、モジモジとしながら一言一言を発する少女たち。

 

そう、彼女たちがここに居るのもフェイトにとっては予想外というか、まるで想定していなかった事態だ。

 

 

「「「「「フェイト様と学園生活を過ごしたくて!!!!」」」」」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

フェイト絶句。

 

「い、いや・・・うん・・・そう・・・そうなんだ・・・でも・・・あれ? 待ってくれたまえ・・・何だか重要なことを忘れているような・・・」

 

うん、一回整理しよう。

頭と心を落ち着かせて、状況を一端整理しようとするフェイト。

そして数秒間唸ったあと、彼はあることを思いだした。

 

 

「って、君たちは魔法世界人だから、学園祭のように特別な魔力が満ちている状態でなければ旧世界には来れないはずではないのか! いや、アルビレオ・イマのような最強クラスの魔法使いなら制限や制約つきで存在を具現化できるかもしれないが、何故君たちが普通に学園に居ることができるんだい!」

 

 

問題発覚。それはこの世の道理を覆してしまうような事態だ。

これはネギも知らない。

カミナたちなど何の口論をしているのかすらも分からない。

だが、フェイトには決して無視することの出来ない大事だった。

しかし、フェイトにとっては決して無視できないような大問題に対して、少女たちは一本の栄養ドリンクのようなビンを差し出して見せた。

 

「実は・・・こ、これなんです!」

「・・・暦くん・・・これは何だい?」

「学園祭後に出会った親切な謎の博士からもらったんです!」

 

そのビンにはこう書かれていた・・・

 

「親切なアンスパという方が、この『存在感アリマスンC』を開発していただき、制限は色々ありますが、私たちもこれで旧世界でも自由に動き回ることができるのです」

 

あんかけスパゲティ協会推薦・存在感アリマスンC。

ビンにはそう書かれていた。

 

「仕事をしすぎではないか、アンスパ!? 息子を洗脳して、したらしたで行方不明になったあの男は、一体何を考えているんだ!?」

 

この滅茶苦茶な事態を作り出したのは、学園祭のあの事件の黒幕でもあるアンスパ。

またしても奴の仕業かとフェイトが言葉を失い、ガックリと肩を落とす。

一方で栄養ドリンクのようなビンを胸張りながら掲げる焔たちはキャッキャッとしていた。

 

「これでフェイト様といつも一緒です!」

「フェイト様と学生生活!」

「お弁当一緒に・・・」

「プ・・・プリクラ・・・」

 

顔を赤くしながらうれしそうにクネクネと色々と妄想している彼女たち。

 

 

「だーはっはっは、フェイ公! モテモテじゃねーか! いいぞ、男じゃねーか! マホーとかよくわかんねーけど、細かいことはどうでもいい! よろしくな、嬢ちゃんたち、デュナ先生よ!」

 

「畜生! シモンにはニアだけでなく、セクちゃんまで取られたのに、今度の転校生は全員フェイト狙いかよ!」

 

「くそっ! ダイグレン学園副番長のこのキタン様に彼女がいねーってのに、シモンもフェイトも何でモテやがる!」

 

「兄ちゃん必死だな!」

 

「ふふ、面白くなりそー! よろしくねー!」

 

 

フェイトの開いた口が塞がらなかった。

 

(どうしてこうなった!? 数ヶ月前までのこの子たちは、恵まれぬ者たちのため、世界のために、無情な争いをこの世からなくすためなどの立派な大義を掲げていたのに!?)

 

・・・立派な大義を掲げていたのに・・・

 

「は、はい! みなさん、よろしくお願いします!」

「あの~、フェイト様・・・今度我々とプリクラを・・・」

「スマートフォンをいうものも欲しいです! あの、フェイト様・・・携帯電話の選び方を・・・」

「あっ、私お弁当を作ってきましたので、お昼休みは是非フェイト様に!」

 

テロリストが気づいたら普通の女子学生になっていた。

 

(いや・・・確かに彼女たちには普通の少女たちのように争いとは無益な世界で生きていて欲しいと頼んだこともあったけど・・・それを彼女たちは拒否して今日まで僕に仕えてくれて・・・いや、別にいいと言えばいいんだけど・・・なんだ・・・この釈然としない感覚は・・・)

 

目に見えて力を失い、肩を落とすフェイト。

そんな彼の肩に優しく手を置き、「あなたの気持ちはよく分かる」と頷く少女が一人。

 

「大丈夫。気持ちよく分かるネ、フェイトさん」

「・・・超鈴音・・・」

「フェイトさん・・・分かるネ・・・分かるネ。言いたいことは分かるネ」

 

科学に魂を売った血も涙もないマッドサイエンティストとか噂されていた超鈴音。

麻帆良女子中の制服を脱ぎ、今はダイグレン学園のセーラー服姿。

 

「・・・君・・・未来に帰ったんじゃ・・・」

「・・・学園祭の打ち上げとシモンさんの初謹慎処分の飲み会で飲み過ぎて・・・その間に世界樹の発光が終わってしまい、帰れなくなってしまたよ・・・」

 

超のタイムマシンのカシオペア。

彼女は科学の力と世界樹の膨大な魔力を使い、学園祭期間中なら時間跳躍できるタイムマシンを所持していた。

しかしダイグレン学園に巻き込まれて学園祭の最終日を過ごしていたら、時間内に帰ることができなくなってしまったのだった。

 

「未来へ帰れなくなった私・・・しかも退学届けも受理されていたために麻帆良女子中にもすぐに戻ることも出来ず・・・見かねたネギボウズが飛び級でよければ、年中生徒を募集しているダイグレン学園にしばらく通えばと・・・」

 

ヨヨヨと泣き崩れる超鈴音。

そのなんとも間抜けな話しに、フェイトは深々とため息つくしかなかった。

 

「・・・君・・・本当に天才なのかい? 本当はバカなんじゃ・・・」

 

とにもかくにも、ここに麻帆良歴代最変人学園とクラスが誕生したのだった。

ただ、フェイトと超鈴音以外がこの出来事に関して大喜びしている中、ネギ・スプリングフィールは一人だけ別の喜びを感じていた。

 

(いいな・・・この光景・・・)

 

にぎやかを超越したこのクラスの光景が、ネギにとっては感慨深かった。

ネギがこのクラスに初めて足を踏み入れたのはつい数週間前。しかしその時のこのクラスの光景は燦々たるものだった。

なぜなら、クラスがどうとか以前に、ほとんどの生徒が全然学校に来てなかったのだった。

空席ばかりが目立つ席。さらには他校の生徒との喧嘩のために登校していた僅かな生徒たちも全員学校から飛び出していった。

誰も居なくなってしまった教室の教壇に立ち、あまりの過酷な現実に涙したのはつい最近。

しかし、今では違う。不良で不登校だった生徒たちは、当たり前のように登校している。

しかもそれだけではない。

何と、学園の問題児として急に退学しようとしていた超鈴音。

女子中の修学旅行でネギたちの敵として立ちはだかったはずのフェイト・アーウェルンクス。

そして、かつて尊敬する父たちの敵として世界を震撼させた「完全なる世界」のメンバー。

そんな彼らが全員混じって、誰もが対等にふざけあったり、笑い合ったりしている。

ありえないぐらいの深刻な事態で、ありえないぐらいの平和な光景。

どうしてこうなったのか。自分の知らないところで何があったのか。詳しいことは実のところネギにも分からない。学園の魔法先生やタカミチですらも分からないだろう。

だが、それでもネギはこの光景が、うれしくてたまらなかったのだった。

 

(それにシモンさんも退学じゃなくて謹慎処分で何とかすんだし・・・本当に良かった)

 

十歳でありながら、まるで麻帆良学園の生徒たちを手の掛かる子供のように思っていたネギは、どこか親にも似た心境で微笑んでいたのだった。

 



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第72話 デュナミスのいうことを聞きなさい 

「はい! では皆さん落ち着いてください! そろそろ話をすすめますよー!」

 

いつまでも騒ぎが収まらないので、ネギが手を叩いて皆を制す。

それに反応して皆も「おう」と良いながら椅子に座った姿勢を前へと正し、徐々に静かになっていく。

ただ、転校生の焔たちは自分の席がまだ決まっていないため、まだ黒板の前に立ったままだ。

 

「あっ、そうだ。それではさっそく焔さんたちの席を決めないといけませんね。では、皆さんの席ですけど・・・」

 

彼女たちの席を決めようと、ネギが教室をザッと見渡した。だが次の瞬間、

 

「「「「「ッ!!!!」」」」」

 

次の瞬間、超を除く少女たちは目を「キラーン」と光らせて瞬動的な動きで走り出す。

 

「わ、私はフェイト様の隣があいているので!」

「ふざけないでよ、焔! 私の方が絶対早かった!」

「暦! あなた今、アーティファクトを使いましたね!」

「ズルはいかんです」

「いいえ、ここは早い者勝ちではなく強いもの勝ちでということで!」

 

転校してきたばかりのフェイトの席を巡って乙女たちはつかみ合いになる。

 

「おお、なんだなんだ!」

「こいつら全員フェイトの席の隣狙いかよ!?」

「なにい! うらやまし過ぎってか、モテ過ぎだろ!」

「よっしゃー! 誰がフェイトの隣の席を手に入れるか賭けるか!」

「私、猫耳の暦に賭ける!」

「じゃあ、私は焔に!」

 

最初は緊張気味で礼儀正しく挨拶をしていた転校生の焔たちだが、急に仲間同士で髪を引っ張りあったりフェイトの隣にある机と椅子を確保しだしたりのキャットファイトが始まった。

 

「あああ、みなさん喧嘩は止めてくださいよー! 転校初日にこれはあんまりです!」

 

喧嘩っぱやいダイグレン学園に転校わずか数分で喧嘩を始める焔たち。

ある意味ではダイグレン学園の素質は十分で、キタンやキヨウたちは面白そうにはやし立てる。

ネギもここ数日は密度の濃い期間だったために、こういう光景も少し感慨深くなるが、だからといって見過ごすことはできず、しかし止められずにあたふたしているのだった。

すると・・・

 

 

「ぬぅうううううん!」

 

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」

 

 

教室の黒板が粉々に砕かれた。誰もが一瞬時を止めると、砕いたのはデュナミスだった。

そうだ、この男を忘れていた。

恋愛事やリア充にとことん憎悪を膨らませるデュナミスの前で、少女たちの一人の男を争奪戦という羨まし過ぎる展開が繰り広げられたのだ。

こちらもまた、新任早々にとんでもないことを・・・

 

「まったく、はしたないものだ。少しは落ち着いたらどうだ。ネギ教員に迷惑であろう」

 

肩を震わせてビクッとなった焔たちが慌てて気をつけをした。

だが、デュナミスは意外なほど冷静に淡々とした口調で、思いもよらぬ指示をしだした。

 

 

「そこまでテルティ・・・・・・いや、フェイトのそばがいいのなら、フェイトの位置を動かせばよい」

 

「「「「「?」」」」」

 

「まず、フェイトの周りを孤立させる。その左右の席、前後の席に貴様らが座ればいいではないか!」

 

 

それはまさにコロンブスの卵。目から鱗。少女たちは感動のあまり、言葉も無かった。

おお~っと教室から感嘆の息が漏れる。

ちなみにこれまでフェイトはシモンの隣だったが、本人もその隣のニアも今日は欠席しているため、本人には了承を得ないでフェイトを彼らの席から離すことにした。

こうして彼女たちのポジションは、フェイトの右が焔、左が調、前が環、後が暦という席順になった。

この決定に・・・

 

「ああ~! 黒板は前だから一日中、前に座ってるフェイト様を見ていてもまったく不自然じゃない! それにプリントを配られたときとか、・・・フェイト様の指に触れちゃうかも!」

 

フェイトの後に座る暦・・・

 

「フェイト様の視線をいつだって受けられるです! 視線がゾクゾクと・・・そして振り返ればフェイト様がいるです! 前から回ってきたプリントを・・・フェイト様に手渡すのは私です」

 

フェイトの前に座る環・・・

 

「よしっ、勝ち組だ・・・あっ、フェイト様! まだ教科書がありませんので、もしよろしければ見せていただけませんか!」

「私も・・・せ、席を・・・くっつけて・・・見せていただくしか・・・」

 

左右に座る、焔、調。

彼女たちに異議など無く、デュナミスは僅か数秒で彼女たちの争いを解決したのだった。

この手腕にネギも目を見張る。

 

(すごい・・・普通はこういう特別扱いはよくないかもしれないけど、彼女たちは転校生だし、まだ緊張しているだろうから顔見知りのフェイトの近くに座らせるのは悪い事じゃない! すごい、デュナミスさん! いや、デュナミス先生! 僕もこういう柔軟な考え方は、見習わないと)

 

・・・しかし、ネギたちは失念していた。

フェイトガールズにはもう一人・・・

 

「あのー! 前後左右だと四つしかないんですけど!」

「ぬ・・・」

「デュナミス様・・・いえ、デュナミス先生。私はどこへ座ればよろしいのでしょうか?」

 

私! 私は? と身を乗り出して訪ねてくる栞。

そう、栞。彼女を忘れていた。

あっ、と気づくネギ。

ふむ、と顎に手を当てるデュナミス。

 

「ふむ、しかし誰かは必ずハズレなければならない・・・」

「そ、そんな! 何で私だけ!? 別に斜めでもいいですよ! フェイト様の横顔を斜め後ろから見るというのもいいです!」

「うーむ、しかしもう空いている席がだな・・・」

 

デュナミスは至極冷静に返した。そう、誰かはフェイトの側には座れないということになるのだ。

だが、当然これには納得できない栞。

この問題をどう解決するか・・・

 

「・・・他にこの教室で空いている席はシモンとニアの近くだが、これはセクストゥムが既に予約を入れている・・・ふふ・・・セクス・・・トゥムが・・・・せくすとぅむしもん・・・ほったセクストゥム・・・ぬああああああああ!?」

 

セクストゥムの名前を出した瞬間、デュナミスは豹変して苦しみだした。

 

「やばい! デュナミスが発作を起こした!」

「デュナミス様、しっかり!」

「あのーデュナミス先生、私はどこに座ればー!」

 

ある意味、シモンが謹慎中で良かった。セクストゥムもそれに合わせての登校で良かった。

しかし、リア充には耐性が出来たと思ったら、シモンとセクストゥムの名前を出しただけでこれ。

二人が登校したときは大丈夫なのかと、ネギとフェイトが少し不安に思う中、過呼吸状態のデュナミスが少しずつ落ち着きだした。

 

「はあ。はあ、はあ。はあ、はあ、・・・ふっ、まあいい。セクストゥムはシモンにくれてやる。私には心の女神が既にいるからな」

 

何とか堪えきったデュナミス。唇から血がにじみ出るほど悔しそうだった。

 

「さて、先ほどの続きだが・・・栞の座る席だが・・・ふむ・・・」

 

デュナミスがザッと教室を見渡す。

だが、今ではカミナたちは登校するようになったが、それでも本来何十名もいるクラスにしては欠席者がまだ多い。

だからどこが空いていてどこが欠席しているだけの人の席かを一々調べるのも面倒になってきた。

だからデュナミスは適当に・・・

 

「よし、こうなったらそこに居る二人の間に入れてもらえ」

 

デュナミスは半ばどうでもよさそうに、栞のために席を一つ設けた。

そこは・・・

 

「おう、困ったことがあったら何でも言え! 何でも教えてやるぞ!」

「おう! 聞け! 聞け! 聞け!」

 

もはや涙も出ない。

栞だけはジョーガンとバリンボーの間に挟まれる席になったのだった。

 

(・・・私の青春時代が・・・、今・・・終わりました)

 

既に学校生活に絶望を感じた栞だった。

 

「いや・・・それで私の席はどこヨ」

「ぬ? それじゃあ、そこの青髪の男の隣でいいだろう」

「なに!? カミナさんの!? どう考えてもやかましくて勉強できる気がしないガ!?」

 

なんやかんやで超鈴音の席はカミナの隣に決定した。

だが、これで問題は解決したはずだ。デュナミスも最初の仕事には納得したようで、振り返り笑みを浮かべる。

 

「さあ、ネギ教員よ。これで丸く収まった。ホームルームを続けてくれたまえ」

「あっ、は、はい! ありがとうございます、デュナミス先生! では、皆さん! 一時間目は英語なので、このまま授業を始めたいと思います!」 

 

 

 

 

・・・・・・・・・放課後・・・・

 

 

 

 

『・・・それで、一時間目の授業はデュナミスとフェイトの友達たちと、クラスみんなの自己紹介から何やら盛り上がり、それ以降の授業は全て歓迎会と称してゲーム大会、麻雀大会に発展してた・・・そういうこと?』

 

「ああ。最初はロシウが止めようとしていたけど、キヨウに弱みを握られていたらしくて大人しくなってしまった」

 

『ロシウの弱み?』

 

「ああ。どうやら彼は学園最中の自由時間に、キノンとデートしているところを見られていたらしくてね、今も冷やかされている」

 

 

放課後に帰路へと付くダイグレン学園の生徒たち。彼らはクラス全員集合して、今同じ方向へと向かっていた。

その先頭で携帯電話を片手に話をしているフェイト。その電話の相手は、謹慎中のシモンだった。

フェイトは携帯電話を耳から話し、一緒に歩いているクラスメートたちの会話をシモンに聞かせる。

 

 

「だ、だから僕とキノンはそんな怪しい関係ではありません」

 

「うっそだー。私ちゃんと聞いてたもんねー。躓いて転びそうになったキノンを助けたロシウ。ロシウはキノンをその両腕でお姫様抱っこしたの。その時、キノンは言ったわ。あの・・・重くありませんか? ロシウはこう言うの。ああ、重いよ。すごく重い。キノンは顔を赤くして・・・あの、降りますよ。でもロシウは首を横に振る。いいんだ・・・今は感じていたいんだ・・・この重さを・・・」

 

「かー、まじかよおねーちゃん! 見たかったなー。にしてもやるなー、ロシウ、キノン!」

 

「安心するネ、キヤルさん。学園祭期間中に私が校舎中に張り巡らせた超高性能監視カメラの中にその映像が恐らくは・・・」

 

「超さん、それはプライバシーの侵害ですよ! ダメですよ!」

 

「先公~、かてーなーオメーは。こういうのはみんなで盛り上げて祝福してやってなんぼだろうが」

 

「うおおおお、ロシウテメエ! ダヤッカだけじゃなくテメエまで俺の妹を奪っていくのかよ!!」

 

「ったく、キタンは相変わらずシスコンね。でも、そっかー。なーんかみんなラブラブねー。私もさっさと恋人でも作ろっかなー。でも、ウチのクラスで余ってる男子でいいのってあんま居ないからねー、バカばっかで。あ、フェイトは別かもね」

 

「ヨ、ヨーコ!? ダメだ! フェイト様はダメ!」

 

「ヨーヨの・・・ヨーコのお胸には敵わないもん・・・」

 

「おう、デュナミスの旦那。さっきから辺りをキョロキョロしてどうした?」

 

「いや・・・ちょっと探している人物が居てな・・・(綾波・・・お前はどこに・・・)」

 

 

賑やかなクラスメートたちの放課後の談笑を受話器の向こうへ伝えたフェイトは、再び携帯電話を耳に当てた。

 

 

「っとまあ、こんな感じだよ、シモン」

『はは、すごく楽しそうだな~。いいな~、俺も今日学校行きたかったよ』

「そう言うな。退学にならなかっただけでも奇跡だったんだ」

『うん・・・分かってるよ・・・そんなの』

 

少し電話の向こうのシモンの声のトーンが下がった。

シモン自身、色々と学園祭のことで思うことがあるのだろう。

例え操られていたとはいえ、シモンの起こした事件は消せるものではない。

何よりシモンの性格上、気にしないというほうが無理な話だった。

フェイトもこういうときにどう声をかけていいのか分からず、口を紡いでいた。

だが、少し間をおいてシモンの方からフェイトに尋ねてきた。

 

 

『なあ、フェイト。そこにさ・・・アニキと・・・ネギ先生と・・・デュナミス・・・いる?』

 

「ん? いるさ。これからダイグレン学園寮に戻って君とニアとセクストゥムを交えての闇鍋大会だ。あの過酷さをネギ君が知らないなど許せないから、当然誘っているよ」

 

『そ・・・そっか・・・』

 

 

確認するかのようなシモンの問い。それだけでフェイトは理解した。

 

「なんだ、気まずいのかい? 彼らに会うのが」

『・・・・・・・・・・うん』

 

それはそうかもしれないと、フェイトは納得した。

 

 

「ふん、くだらないね。そんなことで迷惑だと思う彼らでもあるまい。まあ、デュナミスはどうかは分からないけど、彼はアホだから気にすることもない」

 

『そ、そんなこと言ったって・・・そりゃー、先生もアニキも学園祭の時は俺をまったく責めなかったけど・・・でも、デュナミスには・・・』

 

「そうかい? 今の彼はなかなか充実しているみたいだよ」

 

 

あの学園祭でシモンが最も迷惑をかけたのがこの三人だ。

シモンと戦い傷を負ったカミナとデュナミス。シモンの担任故に全体的な責任を負うハメになったであろうネギ。

そんな彼らに対して僅か一週間の謹慎処分など軽すぎるのではないかと、シモンは思っているのだろう。

電話越しでシモンがまた無言になる。

すると電話しているフェイトに気づいた、ネギ、カミナ、デュナミスがフェイトの肩越しから顔を出した。

 

「おう、フェイ公! シモンと話ししてんのか? どうよ、謹慎生活満喫してるか!」

「シモンさん、今からみんなで行きますから、ちゃんと準備して待っててくださいよ!」

「なに、シモンだと!? 貴様ああああ!? 今からそこへ行く! 覚悟していろ!」

「ッ、僕の耳元で騒ぐな。うるさいな」

 

あまりのうるささにフェイトが少し早走りで逃れようとする。

だが、フェイトの肩にしがみついたネギが身を乗り出して電話の向こうにいるシモンに向かって叫んだ。

 

「シモンさーん、ちゃんと聞こえてますか~?」

『ッ・・・せん・・・せい・・・お、俺・・・』

 

 

シモンが明らかにビクリとしたのがフェイトにも分かった。

今話の中に出てきた張本人がいきなり電話から声が聞こえてきたのだ。不意打ちのような状況にシモンが緊張するのも無理はない。

だが、ネギはシモンの今の心情を知っていてあえて言うのか、それとも知らずに言うのかは分からないが、まったく裏表のない幼い声でシモンに向かって言う。

 

「シモンさん、あとで教えてあげます。今、新しい先生と転校生がいっぱいきて、学校がすごく楽しくなってますよ! シモンさんも謹慎が解けたらサボらずにちゃんと登校しなきゃだめですよー!」

『ッ・・・せ・・・せんせい』

 

シモンは謝りたい気持ちでいっぱいだったのだろう。

申し訳なさや複雑な想いが電話越しにも溢れていた。

だが、ネギは何もその話題を出すこともなく、ただ純粋にシモンに接した。

それが、シモンにはたまらなく心に響いた。

 

「おう、シモン! 聞いてっか!?」

 

ネギに続いて今度はカミナがフェイトの電話を奪って話し出した。

 

 

『アニキ!?』

 

「今日はメンバーがスゲー多いからよ! 闇鍋用の料理をいっぱいニアに作っとけって言っとけよ!」

 

「「「「「「「「「「なにいいいい!?」」」」」」」」」」

 

「「「「「????」」」」」

 

 

カミナの爆弾発言にどよめき出すクラスメートたち。事情の知らない焔やネギたちは首を傾げている。

 

「おいおい・・・ニアの料理って・・・」

「なるほど・・・今日はガチの闇鍋ってことかよ・・・」

 

いつもと変わらずに接するカミナの器の大きさに心打たれるシモンに対し、クラスメートたちは大きく顔を引きつらせていたのだった。

 

 

「おう、デュナさんよ、あんたもシモンに何か言ってやれ。あの野郎、せっかくの初謹慎処分だってのに、元気がねーみてーだからよ」

 

「むっ」

 

「お、おい、待ちたまえカミナ。今のシモンにデュナミスと話をさせるのは・・・」

 

 

デュナミスにフェイトの携帯を差し出してシモンと話をさせようとするカミナ。

 

「かまわん、代われ」

「デュナミス、しかし」

「俺も奴に少し話があるのでな。安心しろ。もう落ち着いている。取り乱したりなどはせん」

 

いや、それはまずいだろうとフェイトが止めようとするが、デュナミスは普通に受け取った。

少しハラハラとするフェイトだが、デュナミスは至って冷静に、これまで色々と複雑な因縁のあるシモンに話しかけた。

 

「もしもし、シモンか。聞いていると思うが私も今日からこの学園に勤めることになった」

『ああ。聞いてるよ・・・』

「謹慎処分とやらになったそうだな。いい気味だな」

『うっ・・・その・・・ご、ごめ・・・あの・・・』

「そう怯えるな。何も取って食おうと言うわけではない」

 

どこか大人の立場で、落ち着かないシモンと会話するデュナミス。

その表情に、フェイトはデュナミスのこれまでのようなシモンに対する憎悪を感じなかった。

 

「貴様とは何十年も前からの因縁だ。言いたいことも晴らしたい恨みも多々あるが・・・」

『ああ・・・』

「だが、これからもそれなりに学園で長い付き合いになるのだろうな」

『うん・・・・』

 

この時、フェイトは思った。

ひょっとしたらあの全てを出し尽くした学園祭での戦いで、デュナミス本人の個人的なシモンへのわだかまりは消えたのではないかと。

もしそうなのだとしたら・・・

 

「まあよい。シモンよ、これからは多く顔を合わせることになるであろう。だから、今はただ――――――」

 

今はただ・・・そう言いかけたデュナミスだが、どうやら話している間に寮についたことに気づいた。

見上げるとかなりのオンボロな学生寮。

麻帆良女子中の女子寮を知っているネギにとっては、あまりの設備の差に少し引き気味だ。

だが、その時だった。

寮の入口の前で買い物袋を引っ張り合って何やら口論をしている女が二人、彼らの視界に入った。

その二人は・・・

 

「セクストゥム・・・ですから、料理は私が作ると・・・」

「いいえ、これからマスターのお食事を担当するのは私です。ニア様のお手を患わせるわけにはいきません」

「いいえ、私とニアの仕事です」

 

白いワンピースで買い物袋を引っ張り合っているニア・・・というより黒ニアと何故かメイド服のセクストゥムだった。

 

 

「そもそもあなた・・・私とニアとシモンの夫婦の生活に出しゃばり過ぎです・・・」

 

「出しゃばってはおりません。ですが、本来雑事はマスターに仕える私の仕事だと思います。ですから、日々の雑事や朝にマスターを起こすことや、お風呂でお背中をお流しするのも、マスターのお耳を掃除してさしあげるのも私がするのが妥当であると・・・」

 

「それは雑事ではありません。特権です!」

 

 

・・・とまあ、寮の前で一目も憚らずに口論している二人を見て、デュナミスはフェイトの携帯を握りしめ・・・・

 

「そうだ・・・今はただ・・・」

 

デュナミスは学園の果てまで叫んだのだった。

 

「貴様をぶち殺したい気持ちでいっぱいだああああああああ、シモオオオオオオオオオン!!!! 何が謹慎処分だアアアア!! こんな謹慎生活で反省もくそもあるか! 今こそ貴様に昔年の恨みを晴らしてくれよう!! うおおおおおおおおおおおおおおお、死ねええええええええええ!!!!!!」

 

全員がかりで暴れたデュナミスを取り押さえ、正気を取り戻させるのに30分ほど時間が掛かったのだった。

そして、フェイトの頭痛の種が増えたのだった。

 



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第73話 焔ファイヤー 

私の名前は『焔』。

完全なる世界(コズモエンテレケイア)のメンバーの一人にして、フェイト様の従者の一人。

幼い頃、魔法世界の内戦で家族を亡くし、死に行く運命であった私を拾ってくださったのがフェイト様だ。

それまでは貧しさと不幸で光り無き人生を歩んできた私にとって、フェイト様との出会いが私の全てを変えてくださった。

普通の人たちが与えられるものをフェイト様は私に与えてくださった。

温かい食事。新しい衣服。少しのおめかし。

だが、その普通が私には涙が出るほどの幸福であった。

しかし・・・

 

――学校・・・ですか?

 

――うん。アリアドネーの女学校。全寮制の入学書類だ。これからはそこで生活をするんだ。

 

――ど、・・・どうして・・・ですか?

 

――僕には成すべき事がある。そこに君を連れては行けない。だからお別れだ。君は普通の人たちと同じように過ごし、そして幸せになってくれ。

 

 

あの瞬間に私は、あれほど求めていた「普通」という幸福の価値観が全て変わった。

フェイト様の言葉に逆らったのは、あの時が初めてだ。

この方とお別れになる・・・

それを思っただけで、私はこれまでの全てを投げ出してでも受け入れたくなかった。

 

――嫌です!!!!

 

正直あの時は、自分でも何を叫んでいたか分からない。

ただ、「大義」とか「正義」とか大層なことを言い、フェイト様のお役に立ちたい。私にも手伝わせてくださいとすがった事だけは覚えている。

今にして思えばどうということはない。ただ、フェイト様の側にいたいだけだった。

あの方と共に生きたい。あの方の横に並びたい。あの方のために役立ちたい。あの方のために死のう。

こんなこと、フェイト様には一生言えない。もし言ったら不純な私を失望してしまうだろう。

ただ、それでも私は一生生き方を変えない。

例えフェイト様が・・・・

 

「ジョーガン、バリンボー、鍋の中に入れるのは食べられるものだけだぞ。前回のように誤って鍋の中に紙皿を入れるような事故を起こさないように!」

「「お、おう」」

「ニア! 鍋の中に入れるのは出来ればタレやソースがついていない料理にしてくれたまえ! 君がお手製のタレやソースを使った料理を入れたいのは分かるが、鍋の汁と融合してとんでもないことになる!!」

「はい。残念です」

「キタン! そこにあるのは闇鍋で当たり用の唐揚げなどだ! つまみ食いしないように!」

「い、いいじゃねえかよ一個ぐらい」

「セクストゥム! 氷は絶対入れてはいけないからね!」

「・・・・・・・・ぷい・・・」

 

そう・・・例えフェイト様が・・・エプロン姿で頭に三角巾を巻いて・・・闇鍋奉行をしようとしていたとしても・・・・

 

「焔くん、ペットボトルと紙コップをセットしてくれるかい?」

「ッッッッッッ!!!!???」

「ほ、焔くん!? 全身が発火しているよ!? のぼせたのかい?」

 

真っ白いフリフリエプロンのフェイト様・・・ニアという女のエプロンを借りているらしいが・・・頭に三角巾まで巻いて衛生を気にするフェイト様・・・なんと可愛らしい・・・

私は今まで見たこともないフェイト様の新たな姿に興奮して思わず自分の体が燃えてしまった。

ちなみに私の能力は炎。人体発火などは朝飯前。自分の体を炎化することもできる。

しかしこんなところでしてしまうとは、はしたない。減点一だ。

しかしあれだ、うん。フェイト様のクールで凛々しい姿は幼い頃から何度も見てきたが、こんな可愛らしい一面を見られるとはやはり転校してきて良かった。

アンスパ博士には感謝しなくてはならない。

 

「焔くん、しっかりしたまえ、この非常識だらけのメンバーの中で唯一の常識人でもある貴重な君にここで倒れてもらうわけにはいかない」

 

アンスパ博士によれば、私たちが旧世界で存在を具現化するには私たちの魔法を制限する必要があるため、今の私たちはあまり魔法を使えない体になっているらしい。

思わず力を使って私は倒れた。まさかこれほど消耗が激しいとは・・・

そんな私をフェイト様が抱き起こす。

抱き起こ・・・・

 

「ブーーーーーッ!!!!!」

「焔くん!?」

 

倒れている私を抱き起こし!? あっ、私の後頭部がフェイト様のお膝の上に!? しかもお顔が近いですフェイト様!!

ちょっと私が不忠を働いて首を少しだけ伸ばせばフェイト様の神聖なる唇に私のが届いてしまわれます。

ですからそれほど真剣な眼差しで私を見つめないでください。

私の中で悪魔が囁いてしまいます。

ああ、フェイト様。どうしてあなたはフェイト様なのでしょうか。

いや、ダメだ。この気持ちを悟られるわけにはいかない。私はフェイト様の従者。配下だ。駒だ。駒が主に対して不純な想いを抱いてはならない。

例えあなたを・・・好きになったと・・・好きに・・・好き・・・好き・・・スキスキスキスキ・・・キス?

 

「ッッッッッッッ!!!???」

 

その瞬間、炎は炎の精霊と融合したのだった。

 

「焔くん!?」

「ど、どうした!? ホムラが燃えたぞ!? 手品か!? 一発芸か!?」

「誰かー水―っ!?」

「出番よ、セクストゥム!」

 

あわや寮の食堂が燃え上がる大惨事が起こるところであったのだった。

セクストゥムの消火活動が無ければどうなっていたことか・・・

 

「ただいまーッ!!」

「フェイト様、スーパーで食べ物とおかしと面白い材料も買ってきました!」

「寮の近くでなかなか大きくて便利なお店でした。今後重宝します」

「・・・・ホムラ・・・どうした?」

 

色々とハプニングがある中で、人数があまりにも多いということで買い出しに言っていたキヨウや暦たちが帰ってきた。

大勢で行ったにも関わらず両手では抱えきれないほどの量に、みながうれしそうに歓声を上げる。

 

「野郎共、喜べ! 俺様セレクションで当たりに大ハズレを含めたイカした食材買ってきたぜ!」

「ちょっと、カミナ。あんた何買ってきたの? 一応私たちも簡単とはいえ料理したもの入れるんだから、台無しにするような物いれるんじゃないわよ?」

「ったく、ヨーコ、空気を読めよな。つっても、何を買ったかは言わねーけどな! んっ? どうやらフェイ公たちも準備はいいようだな! それじゃあ、さっさと電気消して材料のぶち込み開始と行こうじゃねえか!!」

 

一緒に買い物に行っていたカミナも既に準備万端の様子にご満悦。

闇鍋開始を今か今かと待ちかまえている。

 

「へへ、カミナ~、俺らも部屋にあったもんを持ってきたぜ!」

「メンタマ飛び出して腰抜かすなよな~」

「レディたちに果たして耐えられるかな?」

 

ゾーシイ、キッド、アイラックを始め、寮の自分の部屋にあるものを用意した連中もスタンバイ完了。

そもそも闇鍋は全員各自で内緒に材料を持ち寄り、鍋の中にぶち込んで食べるのが習わしだが、さすがに人数が多いのと、カミナたちが全員部屋にあるものを用意しただけの鍋にしたらとんでもないことになるというフェイトの考えから、部屋で用意してきた組、食堂で調理する組、買い出し組の三チームに分けた。

部屋で用意してきた組は、キタン、ジョーガン、バリンボー、キッド、アイラック、シモン。

寮の食堂の冷蔵庫にあった材料を調理したのが、ニア、フェイト、ヨーコ、焔、セクストゥム、ロシウ、キノン、超鈴音。

買い出し組が、カミナ、ネギ、デュナミス、キヨウ、キヤル、栞、調、暦、環、のメンバーであった。

 

「ふふ、僕も今日は無礼講ということで、おもしろい食材いっぱい買っちゃいましたからね」

「シモンよ。貴様のもだえ苦しむ姿が思い浮かぶな」

「えええ~~! ネギ先生もデュナミスも、ちゃんと食べられるものを買ったんだよね!?」

 

ちょっと悪戯小僧のように笑うネギとガチで悪意に満ちた笑みを浮かべるデュナミスにビビるシモン。

 

「笑い事ではない・・・これは戦争だ・・・かつて辛酸を舐めた僕だからこそ分かる」

 

何故か、これから世界最強クラスの魔法使いとでも戦うかのように気を引き締めるフェイト。

 

 

「みなさん。お鍋の後はデザートに私がゼリーを作りましたので、楽しみにして下さいね」

 

「「「「「「「「ニ、ニア特製のゼリーッ!? よりにもよって何が入っているのかが一番分かりにくい!?」」」」」」」」」」

 

 

デザートを用意したと微笑むニアの発言に恐怖に満ちた表情を浮かべるダイグレン学園の一同。

 

「きゃー! 私、鍋という文化は初めてです! それをフェイト様と一緒に体験できるなんてうれしいです!」

「みんなで一つの鍋にそれぞれの箸を入れるなんてあまり衛生的ではありませんが、郷に入ってはですね」

「私は気にせんです」

「う~ん、でも、フェイト様とならいいけど・・・他の男性方がそれぞれ口付けた箸を鍋に入れられるのはやはり抵抗が・・・」

 

初鍋の文化に抵抗とワクワクを見せるフェイトガールズ。

 

「ふふ、私お手製のロシアンルーレット天心料理も混ぜたネ! ・・・・・・って、私も何故こんなノリノリカ」

 

色々あって故郷に帰れなくなったが、今を楽しむことにした超鈴音。

様々な感情が交錯する中、ついに第二回闇鍋大会を開始する。

だが、そんな中で鍋よりもあることに気になって仕方ない少女が居た。

それが人体発火のトラブルからようやく気を取り戻した焔であった。

 

(ふう・・・ようやく落ち着いてきた・・・まったく、フェイト様の前でなんという不祥事を・・・以後気を付けなければ・・・)

 

みっともない所をよりにもよって敬愛する主に見られたことに恥じらう焔。

だが一方で、今の自分のフェイトの中での立ち位置が気になった。

 

(フェイト様は私をどう思われただろうか・・・失望? それとも嫌われ・・・いや、フェイト様はお優しい。嫌いになられることは・・・しかし・・・私は・・・嫌われるよりも・・・あなたに失望される方が怖い・・・)

 

私にとってフェイト様は全てと言っても言い過ぎではない。

別に私はフェイト様のその・・・こいび・・・まあ、そこまで私も愚か者ではない。

ただ、野心はある。それはフェイト様の右腕になることだ。そう、フェイト様一番の臣下になりたい。

言い換えてみれば、フェイト様の最も近い場所で共にありたいということだ。そのために私は日々の鍛錬を怠ったりはしなかった。

しかしそれも簡単ではない。私と同じようにフェイト様を慕う者は多くいるからだ。

例えばだ・・・

 

「ちょっと、ジョーガン、バリンボー! もし変な食材を入れたら許しませんわよ!!」

「うっ・・・おう、そんな怒るな!」

「そうだ! 怒るな! 怒るな! 怒るな!」

 

あそこで自分よりも遙かに大きい二人相手にお母さんのように叱っている栞だ。

 

ゲス・・・あっ、間違えた・・・栞・・・

 

彼女は我々の中で最初にフェイト様に拾われ、一番長くいた。それゆえ信頼も高い。

詳しくは知らないが、彼女と彼女の姉との出会いがフェイト様の中で何かを変えたという話を聞いたことがある。

顔も私のような好戦的な女と違い、女の子らしい。

正直なところ、栞が一番の強敵だと思っていた。

だが、本日その評価が覆った。なぜなら、今日の教室で彼女はフェイト様の近くの席を外してしまった。

そのことを正直私は内心で喜んだ。

栞もフェイト様を慕っているが、このようなところで運を掴めない者は脱落したと言っていいだろう。

栞などもはや恐れるに足らん。ならば、やはり警戒すべきはあの子たちだろう。

 

「君たち。この鍋は過酷な戦いになるだろう。だが、僕は願う。君たちが・・・無事でいることを・・・」

「もう、フェイト様、そんなに心配されてどうされたんですか! お顔が暗いですよ!」

「そもそも何故、鍋で戦いなのでしょうか?」

「私、好き嫌いしないで残さず食べるですよ?」

 

 

私たちの中で一番自分の気持ちを表に出す子だ。

猫族のハーフなだけあって、気を許さぬ相手にはツンケンするが、フェイト様のように心を許した相手にはデレデレに甘える。

それゆえ、時折うらやま・・・馴れ馴れしいぐらいにフェイト様にスキンシップするところがある。

だが、どこか子供っぽく、フェイト様が彼女を見つめる眼差しも歳の離れた妹か、もしくは娘を見るような親の目をしている。

ただ、それゆえフェイト様が時折和むような表情をされるので、注意が必要だ。

 

 

調

 

現在、我々従者の中で私が一番強敵だと思っているのは彼女だ。

その美しく長い髪、そしてそのサラサラ度は、私のように普段炎を全身に浴びて髪が痛んでいる者には出せない心地よさだ。

容姿も我々の中で一番美しく、可憐で清楚さも感じる。

そしてこの進化した現代社会に置いて、多種多様な下着が存在する中で彼女は純白の白を常に装着しているという、ある意味王道を貫いている。

ただ、ヴァイオリンを持つ姿はとても優雅で絵になるが、演奏は下手くそなのが少しマイナスではある。

 

 

 

彼女も強敵だ。だって、いつもおパンツを穿いていない。

 

(やはり冷静に仲間を分析してみてもみな強敵だ・・・だが、今はもうそれだけではない)

 

そう、今までは同じ従者である彼女たちだけを警戒していれば良かった。

だが、今は違う。こうして転校してきた学園都市には案の定、女子があちらこちらに溢れている。

 

(フェイト様から・・・ということは無いだろうが、邪魔な女たちが今後フェイト様に群がる可能性は非常に高い。何故ならフェイト様は宇宙一格好いいからな・・・)

 

そうなると、今この場はどうなっている?

いくら新しい友達が増えると言って喜んでいる場合ではない。

焔は鍋の回りに紙皿と箸を持ち、ゾロゾロと集まりだしたクラスメートに注目する。

 

(まずは、彼女だ!)

 

瞳の奥を燃やして必死に状況を分析する彼女の目に最初に映ったのは、ヨーコだった。

 

 

ヨーコ

 

このクラスに入ってまず一番印象的な女性はなんといっても彼女だ。

とにかくお尻とお胸がヤバイ。女の私でもうらやましいと思えるぐらいのプロポーションだ。

おまけに男子にも女子にもオープンな性格で、非常に気さくだ。

フェイト様が誘惑されないか心配だが・・・

 

「ちょっ、カミナ!? ちょっと買い出しし過ぎじゃない? どっからお金出てんのよ?」

「なーっはっはっは、デュナさんが親睦のためにと一万出してくれた!」

「んのアホー! なんで歓迎する人からお金を徴収してんのよ!?」

 

ふむ。優しく面倒見のいいヨーコも、あのカミナを相手にするとどうも口調がキツイ。だが女の私には分かる。ヨーコの本心が。

だからカミナが居る限り、ヨーコは私が張り合う相手ではないだろう。

つまり、遠慮なく友達になれるということだ。

さて、続いてはあの二人だ。

 

「シモン! 今日も私の作った料理を当ててくださいね」

「あの・・・マスター・・・私の・・・調理したものも・・・」

 

ニア。

 

ハッキリ言おう。私はこんなに可愛い少女がこの世に居たのかと疑ってしまった。

だからこそうれしかった。もしこの少女がシモンを好きでなければ、私は絶対に勝てないと戦う前から思っていただろう。

ただ、彼女は以前フェイト様から送られたプリクラにも写っていたように、フェイト様と同じ部活。

最低限の注意は必要だ・・・・

 

 

セクストゥム

 

フェイト様の妹のようなアーウェルンクス。たまにフェイト様に叱られたりしている。

だが、この女は完全にシモンにくっついてるので問題なし。

アウト・オブ・ガンチューだ。

 

以上の点から、この二人には敵意をむき出す必要はないだろう。むしろフェイト様とよくよく関わりのある二人だ。

是非とも仲良くする必要があることは間違いないだろう。

 

「あーあ、こんなんだったらダーリンも呼べばよかったかな~」

「なんだよ、おねーちゃん。これ以上カップル増やしたってつまんねーよ。な~、キノン?」

「えっ、えっ、えっ!? そんな、私は別にまだロシウとは手ぐらいしかッ!?」

 

良かった。この三姉妹も多分大丈夫だろう。彼女たちも問題ない。

 

 

キヨウ

 

既にダイグレン学園の教員であるダヤッカという人と結婚をしているらしい。

しかもニアのように言い張っているのではなく、ちゃんと籍も入れているという。

だが、それゆえ一番安全。というよりも、むしろ今後の相談を・・・

 

 

キヤル

ちょっと口調は汚いが、元気いっぱいの明るい笑顔が印象的だ。

噂では歌がうまくて、アイドルを目指しているとか・・・

恋愛に興味が無いのか、男の影は見えない。

一応警戒はしておくべきだと思う。

 

 

キノン

彼女はロシウが好きなのだろう。バレバレだ。

ただ、休み時間に話を聞く限り変な噂もある。

彼女の持ち物に薄い本があり、シモン×フェイトと書かれていた。

中身を見ようとしたら勢いよく取り上げられたが、なんだったのだろう・・・

 

 

そして最後は我々と同じ今日転校した彼女。

 

「ふふん、今では五月に調理主任を任せたとはいえ、超包子を創設したのはこの私ネ。中国四千年リュウマオシンすら卒倒するような至高の料理から、この世のものとも思えぬゲテモノまで見せてくれるネ」

 

超鈴音。

 

こいつだけは良く分からん。

ただ、たまにフェイト様と影でコソコソ話す姿を見かける。

聞けばこの女が作った部活にフェイト様は入られたそうだ。

まだ表だって調査できんが、決して私は油断しない。

 

「ふむ・・・」

 

私は一同見渡して、少し落ち着いた。

冷静に分析してみて、ダイグレン学園は魅力的な女子も多いが、彼女たちと私が敵対することはほとんどないだろう。

誰もが既に好きな男が居るので、警戒する必要もないし、むしろ堂々と友達になっても良いと思える。

一部警戒が必要かも知れないが、その彼女たちより自分の方がフェイト様の近い場所にいる自信はあった。

良かった・・・

私は心の底から安堵した。

彼女たちがフェイト様に色目を使うことは無さそうだし、何より仲間たち以外で同世代の女の子と仲良くなれるのだ。

これまでそんな生活を送ったことがないから、私はこれからの生活に少しワクワクした。

そして何より・・・

 

「そんな真剣な顔で睨んでどうしたんだい、焔くん」

「フェ、フェイト様!?」

 

ビックリした。クラスメートを真剣に分析していたために、背後にいたフェイト様に気づかなかった。

 

「あ、あの、私は別にライバルがいないかなどを調べたりなどは!?」

「・・・・? 何を言ってるんだい?」

 

ああ・・・しまった・・・動揺してしまった。フェイト様がまた瞳を細めて首を傾げておられる。

いかん・・・クラスメートや仲間がどうとか以前にそもそも私の方に問題があるのだ・・・

仲間たちに比べて私には何がある?

栞のように可愛らしさもない。

暦のように甘えたり、天真爛漫でもいられない。

調のように清楚さもない。

環のようにノーパンでは居られない。あっ・・・でも私が本気の戦闘状態になると炎化して服が燃えて全裸になるが・・・でも私はヨーコのようなプロポーションもない。

偽物の大義だけを振りかざし・・・仲間に嫉妬し・・・どれほど鍛錬しても強さではフェイト様やデュナミス様の足元にも及ばない中途半端。

私には何も・・・

 

「焔くん・・・今日は・・・いや・・・ここに居る者たちと居るときだけは君も肩の力を抜きたまえ」

「・・・え・・・・」

 

そんな私の肩にフェイト様が優しく手を置いて、騒がしいクラスメートたちには誰にも聞こえないぐらいの声で、私だけにそう告げて下さった。

 

「フェイト様・・・」

「焔くん。君がいつでもそうやってマジメにみんなをまとめてくれていたからこそ、僕も安心していられたんだ」

「フェ、フェイト様・・・・」

「でもね、これから嫌でも知ることになる。彼らと一緒にいるときはどんな真剣な思考も馬鹿らしくなるから」

 

私はその時、確かに見た。

フェイト様がとても穏やかに微笑んだ瞬間を・・・

そもそも私は当初、フェイト様の許可もなくこの学園に来たことを怒られると思っていた。

なのに・・・

 

「あの・・・フェイト様・・・怒っていないのですか?」

「何をだい?」

「私たちが勝手なことをして・・・」

 

そうだ、聞きたかった。

学校でも学園祭でもゆっくり話をする時間がなかった。

だからこそ聞いてみたかった。

こんなことをして、フェイト様に呆れられていないか・・・

 

「呆れているよ」

「・・・・・・・・・・・・え・・・・・」

「こんなとんでもないことをして・・・僕に報告もなく勝手をして・・・そんな君たちに感心してしまった自分自身にね」

 

一瞬、私は心臓が止まりそうになった。

 

「焔くん・・・この学園ではこういうときにこう言うらしい。細かいことは気にすんな・・・とね。それに、むしろ僕の方が君たちに怒られていると思ったよ。君たちをほったらかしにしていて・・・」

 

「そ、そんな!? 私たちがフェイト様を怒るなど、神や悪魔に脅されようともあるはずがありません!」

「・・・そうか・・・」

 

だって・・・フェイト様が・・・

 

「ありがとう。焔くん。そう言ってくれて僕の心も軽くなった。君たちが来てくれて良かったよ」

 

優しく私の頭を撫でて下さった・・・

その時私は、興奮して自分の体が燃えるなどという不祥事は起こさなかった。

だた、涙の方が零れそうになった。

自分たちは駒でいい。兵隊で良い。そう思っていた。

偽りの大義でも、この方のために命を落とすなら本望であった。

見返りなど・・・いらなかったのに・・・

だからこそ私は改めて誓おう。

もう、仲間やクラスメートがどうとかを気にしない。

こんな私にすら、ありがとうと言っていただけたのだ。

これ以上に何を望むのだ?

 

「はい! フェイト様、一生お仕えいたします!」

 

例え大義は偽りでも、この気持ちに偽りはない。私は胸を張ってその言葉を口にしたのだった。

 

「マスター・・・あの・・・私の調理した・・・・・・食材を是非・・・・・」

 

そう、私はもう回りの女子がどうとかなど気にしない。

ん? セクストゥムがオズオズと恥ずかしそうにシモンの服の裾を掴んで何かを言っているが、ハハ、心に余裕が出来たからだろうか。

実に微笑ましい光景に私の心は和んだ。

だが・・・

 

「待ちたまえ、セクストゥム。君に料理の能力はインストールされていないだろう。そんな君の調理したものなどをシモンに食べさせるな」

 

あれ? 何故か先ほどまで私の隣にいたフェイト様がいつの間にかセクストゥムの肩を掴んで不機嫌そうだ。

 

「シモン、こう言ってはなんだが調理能力を所持していないセクストゥムの作った物を食べてもお腹を壊す。ここは僕の作ったムール貝の・・・」

「・・・・・・・・・・む・・・・」

 

ガシャーン!!

セクストゥムが振り払うような形でフェイトの作った料理をひっくり返した。

 

「・・・手が滑りました・・・申し訳ありません、兄さま」

「なっ!? 貴様、わざとだろう! 絶対にわざとひっくり返したな!」

「いいえ、滑りました」

「いいや、わざとだ! まったく、食材もタダではないのだよ!?」

「いいえ。さて、マスター。兄さまの用意した物が無くなりましたので、やはりここは私の・・・」

「ま、待て! シモン、僕の作った物はまだあるから安心したまえ。今朝取り寄せた牡蠣の――――――」

 

・・・・・・あれ? フェイト様? なぜセクストゥムに張り合うように・・・

あれ・・・? ひょっとして私が最も警戒しなければならないのはクラスの『女子』ではなく・・・・・・・・・

こうして闇鍋大会がスタートするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃・・・

部屋の電気を消しても空気は明るいダイグレン学園の闇鍋パーティー実施中の時・・・

部屋の電気がついているのに暗く重苦しい重圧が学園長室に溢れていた。

学園長室の主である学園長は頭を抱えながら机に頭を突っ伏して、「なんてこった・・・」と項垂れている。

 

「デュナミス・・・フェイト・・・色々トラブルもあったけど、どうにか魔法協会は言いくるめられ、ネギ君の研修ももうすぐ終わるというのに・・・・・・まさか・・・このような・・・」

 

学園長の前で、学園の広域指導員である高畑・T・タカミチは一枚の紙を見ながらワナワナと震えていた。

 

「うむ・・・ネギ君が以前出された課題。ダイグレン学園の中間テストの追試試験を全員がクリアすること・・・あれを見事に乗り越えて、もうネギ君には教育委員会からツッコまれることはないと・・・そう思っておったんじゃが・・・」

 

戦えば学園最強の二人だが、この時ばかりは一枚の紙に頭を抱えていた。

 

「なんちゅーことじゃ。最後の最後に、こんな試練を出すとはの~」

 

そこには、教育委員会の判子が押された紙に、『厳命』と書かれていた。

 

 

『ネギ・スプリングフィールド。以下の者を研修終了前に担当クラスの進路希望調査・指導を行い、調査結果を委員会に提出せよ』

 

 

普通の教師にはなんてことのない問題だろう。

だが、残念ながら普通の教師と普通の学校の生徒でないからこそ、タカミチたちは頭を抱えていた。

 

 

「まあ、教師は勉強だけ教えればいいというものではないからのう。ましてや高校生などには将来の進路の教育なども非常に重要じゃ。もう義務教育も終わっておるしのう。委員会の言い分も筋が通っておるが・・・」

 

「じゅ・・・十歳のネギ君に・・・・・・あの・・・ダイグレン学園の生徒たち相手に・・・」

 

「うむ。よりにもよってあのダイグレン学園のじゃ」

 

 

調査の結果を委員会に提出しろ。それは、回収した結果をただ単純に提出するだけではダメだ。

現時点の生徒たちの思いや考え、指針をしっかりと見極め、現時点での相談やアドバイスを行った上で導き出した結果を提出しなければならない。

特にダイグレン学園のようにほとんどの者が大学に進学しないような学園では、漠然に進学とか書くだけではダメだ。

就職を希望するにしても、職も多種多様。専門知識のいるような分野に進みたいのであれば、その下準備も必要。それに基づいた進路指導なども行わなければならない。

ましてや現在のような経済不況の中で安易に就職というのも簡単ではない。

まだ学年は一年とはいえ、高校生たちには既に将来への道筋を漠然とでもいいので思い描いていてもらったほうが良い。

だがしかし・・・・・

 

 

「し、進路調査・・・・? しんろ・・ちょうさ・・・・まさかネギ君に・・・・・・ダイグレン学園の進路指導をしろと・・・」

 

「・・・・・・・ウム・・・それで、委員会に提出しろと・・・・どないせえっちゅうねん」

 

 

今を全力で楽しむ。ある意味では間違っていないかも知れないが、あのダイグレン学園を相手にマジメに進路指導して結果をまとめて提出しろなど、結果が怖くて仕方ない。

タカミチは思わずゾッとした。

 

「そ、そうだ、ちなみにダイグレン学園の子が過去に出した進路希望調査カードか何かありますか?」

「うむ。リーロン校長に何枚か見せてもらった。それが、これじゃ」

 

何年も留年しまくってるカミナたちだ。過去には何を書いたのだろうと、タカミチが慌てて学園長から受け取って見る。

そこには大学進学や就職希望などの記入欄があるが・・・

 

 

「え~・・・神野カミナ・・・・・・希望進路・・・・狭い日本には住み飽きた。俺は世界を、そして地球を飛び出し、あの月までだって行ってやる・・・・・・・?」

 

 

・・・・・・?

 

「りゅ・・・留学したいということでしょうか? それとも宇宙飛行士になりたいとか・・・」

 

何とか好意的に解釈しようとしたタカミチだが、学園長は無言で首を横に振った。

 

 

「タカミチよ。想像してみい。今年はそのカミナくんたちを加えて、更にはフェイト・アーウェルンクスなど、進路希望に何を書くかも分からん連中もおる! もし、造物主の復活とか世界征服とか書かれてみい! ワシらはどう言い訳すればよいのじゃ!」

 

「ええ・・・それに今回のシモン君と超鈴音くんの監督不届きで、ネギ君は減給処分もくらって少し評価を落としている・・・・・・・ネギ君・・・これは・・・」

 

 

そう、ネギの研修終了まであと僅か。

今ここに、ネギ・スプリングフィールドの教師生活を懸けた、麻帆良ダイグレン学園での最後の仕事が始まるのだった。

 

 



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第74話 なりてえもんはなんだ?

「マスター。進路調査とは何でしょうか?」

「シモン。進路調査とは、どこへ向かう方角を書けば良いのでしょうか?」

「違う違う。進路調査っていうのは、将来進む道をどう考えているのかを調べる事だよ」

「そうなのですか? ならばシモン、一緒に一枚の紙で書きましょう。私とシモンが進む道は一緒ですから」

「いや、それはまったく意味ないから!」

「あの・・・マスター・・・もしよろしければ・・・私も同じ紙にマスターと・・・」

「セクストゥムも真に受けないでよ! それぞれ配られた紙に自分の進路を書かないと意味ないから! 黒ニアも変なオーラ出さないで!?」

 

進路。

それは誰もが決して避けられぬ道である。

その道にゴールはなく、障害だって大きい。

子供の時には色々な道が未来へと続いていた。しかし大人になるに連れてその道が減り、狭くなっていく。

高校生。まだ高校生ととることも、もう高校生ととることもできる。

彼らも少しずつだけだが自分の進むべき道を段々考える時期に入ってきた。

なろうと思えば何にだってなれるというのは、無責任な者の言葉だ。

誰もがなろうと思ってなれるのなら、誰だって泣いたり苦労したりしないからだ。

 

「進路か~」

 

机に肘付いて一枚の紙に目を細めて考え込む生徒の名は、宇津和ヨーコ。

体育以外の成績は壊滅的だが、スタイル抜群のダイグレン学園の有名人の一人。

その類い稀ない運動神経で、学園中の運動部の助っ人にかり出されるほどだ。

性格は勝ち気であるが、男でも女でも分け隔てなく付き合えるので友達も多い。

人並みに恋愛事にも興味はあり、現在一人、気になっているクラスメートがいる。青髪の番長だ。

特に問題ない学園生活を送っている彼女だが、ただ一つ今の彼女を悩ませているものがあった。

それが、白紙の進路希望調査カードだ。

 

(何を書けばいいんだかね~。私の頭で進学も厳しいし、無理して大学行ってまでやりたいこともないし・・・あーあ、みんなは何て書くのかしら)

 

シャーペンをクルクル回しながら悩むヨーコ。

他の人の具体例をと思い、近くの席に居る友の進路調査カードを見た。

すると・・・

 

 

神野カミナ

第一志望進路 : 狭い地球には―――

 

 

「あれは無いわ」

 

 

参考にしようとしたのが間違いだった。

ヨーコはすぐに他の者の書いている者を見ようとするが・・・

 

 

「待てよ? 今の時代なら坊やじゃなくて、咲を・・・」

 

 

ゾーシイ

進路:雀聖

 

 

「俺の胃袋は宇宙よりでっけーぞ!」

 

「おう、でっけーぞ! でっけーぞ!」

 

 

ジョーガン及びバリンボー

進路:大食い王

 

 

「やっぱり・・・そろそろよねー♪」

 

 

キヨウ

進路:まずは一人目を生む

 

 

「黒ニア、他にありますか? ・・・ええ・・・書くべき項目は山ほどありますが、最終就職先としては構わないでしょう」

 

 

ニア及び黒ニア

進路:主婦及びテッペリン財団を乗っ取る

 

 

「って、俺は何でこんな恥ずかしいことを書いてるんだよー!」

 

 

シモン

進路:好きな子を幸せにしたい

 

 

「ふっ、未来へ帰れなくなった私の野望など、もはやこれを置いて他にないネ!」

 

 

超鈴音

進路:世界征服

 

 

「今更僕に将来など・・・でも・・・」

 

 

フェイト

進路:世界を救う

 

 

「・・・・・・・マスター・・・」

 

 

セクストゥム

進路:立派なサーヴァント

 

 

「ふん、進路? そんな生温いものではない。これは私の道だ!」

 

 

進路:フェイト様の右腕

 

 

「焔・・・それを進路っていうんじゃないかな?」

 

 

進路:お嫁さん

 

 

「私は、多くを望まんデス。ささやかな望みデス」

 

 

進路:可愛い下着を着てみたい

 

 

・・・そこでヨーコはひっくり返りそうになった。

 

「ど、どいつもこいつも・・・」

 

多分カミナとかは例年通りなのだろうが、ここまでふざけているのか本気なのか、とにかく滅茶苦茶だとは思わなかった。

 

(やっぱ将来とか進路とか、今の私たちじゃ何も分かんないわよね~)

 

ヨーコも何だか真剣に考えるのがバカらしくなってきた気がした。

自分もテキトーに書いて出そうとした。

だが、その時気づいた。

このクラスで、数人だけ真面目な顔で進路調査カードに向かい合い、ペンを走らせている者たちがいることに。

 

(ん? ・・・ロシウ・・・キノン、キヤル、・・・真剣な顔して何を書いてるのかしら?)

 

少し遠いのと、どこか恥ずかしそうにして彼らが紙を手で隠しながら書いているため、何を書いているかがイマイチ分からない。

 

「さあ、みなさん! もうすぐ提出ですけどちゃんと書けましたか?」

「書いた奴はさっさと我らに提出しろ。キサマらの野望がどのようなものか、じっくりと見せてもらおう」

 

そこで、ネギとデュナミスが手を叩いてクラスに伝えた。

 

(おっと。人が何を書こうが、どうでもいいわよね。私もちょちょいとテキトーに書いて出そー)

 

ビクッとなったヨーコが慌てて姿勢を正して、自分もさっさと何かを書いて提出しようと思い、テキトーにペンを動かそうとした。

 

「はーっはっはっは、勿論だぜ先公! だが、困ったことに俺の進路はこの紙切れ一枚じゃとても説明しきれねえがな!」

「いえ、ちゃんと枠内に収まるように書いてくださいよ、カミナさん!」

「バカ野郎! 男の進む道を枠に囚われてどうする! 男なら、枠からはみ出してこその野望だろうが! それだけ俺はデッケー男になるってことよ!」

「お願いです! 普通に就職とか進学とかを書いてくださーい! 他にやりたいことがあったとしたら、明確に!」

 

元々マジメにこういうのをやれというのが彼らには難しかった。カミナたちのバカなやり方に、いつも通りに困り果てるネギ。

 

「シモンは何を書きましたか?」

「えっ、あっ、だ、ダメだよ覗いたら」

「むー、何故ですか。私の進路はシモンと同じ道。どうせすぐに知ることになるのですよ?」

「だだ、ダメだったらー」

 

まあ、この二人はいつもと同じ・・・

 

「マスター・・・あの、私も一緒に・・・」

「だめです」

「ニアさ・・・黒ニア様・・・」

「セクストゥム。だめです」

 

同じというわけでもなかった。しかし、もう勝手にやっててくれという感じだ。

 

「あー、将来の目標書いたら燃えてきたな。おい、キタン。帰りに打ってこーぜ」

「いいねー。この前の負けを取り返さねえとな」

「俺も行くぞ。終わったらラーメン屋だ」

「フェイト様! 私は己の野望は必ず実現させます! で、フェイト様は何を書いたんですか?」

「別に。マジメに書いたが・・・いや、超鈴音、君は何をサラっと『世界征服』などとふざけたことを書いている」

「いや、フェイトさんも似たりよったりだと思うガ・・・」

 

ヨーコもこの様子なら特にマジメに考える必要もないなと思い、就職か進学かをテキトーに書くか、ウケ狙いを書くかを考えた。

だが、その時だった。

 

「失礼します」

 

何者かが教室に入ってきた。

 

「やれやれ。いつ来てもここは相変わらずですね」

 

その人物に、カミナたちは立ち上がり表情が強張る。

 

「げっ、テメエは!?」

「教育委員会の!?」

 

カミナたちは知っている。だが、ネギやデュナミス、そしてフェイトたちはその人物を知らなかった。

 

「あ、あの~、まだホームルーム中ですけど、どちら様ですか?」

 

ネギが顔色を伺いながらその人物に尋ねる。

スーツを着た、マッシュルーム頭でメガネを掛けた男。

 

「突然の訪問、失礼致します。私、教育委員会のギンブレーと申します。この度は、抜き打ちでこのクラスの様子を監督に来ました」

「えっ、えええええ!?」

 

男の名前はギンブレー。

教育委員会の人間だった。

 

「あ、あの、抜き打ちで監督って、僕何かしました? このクラスはとくに問題なんてなかったと思いますけど!?」

「そうだそうだ!」

「俺たちゃ最近、喧嘩もしてねーし、授業にも出てるんだぞ!」

 

ギンブレーの登場に戸惑うネギに、明らかに不満そうな生徒たち。

するとギンブレーは、生徒たちに鋭い視線を投げかけた。

 

 

「ほう。つい最近にも停学者を一人出したと聞きましたが? カミナくんと並ぶ大問題児、堀田シモン君。よく平気な顔で登校できますね」

 

「「「「「「「「「うっ・・・・・・」」」」」」」」」」

 

「まったく、近衛学園長の寛大すぎる配慮がなければどうなっていたことか。だが、流石にこれ以上は我々教育委員会も見過ごせません。生徒も生徒なら、教師も教師。この問題だらけの学園は、他の真面目に勉学に勤しむ生徒たちの害でしかない」

 

 

容赦ないギンブレーの物言いに、ダイグレン学園の生徒たちの表情がどんどんイラついていく。

 

「誰だこの男・・・超、知ってるかい?」

「教育委員会でダイグレン学園を目の敵にしている男ネ。教育委員会でも独自の勢力を持つ規律ガチガチ派、『銀部会』の代表ネ」

「何だか嫌味な人だな~・・・って、セクストゥム、何してるの!?」

「あの男、マスターを侮辱しましたので、削除しようと」

「にゃにゃ! ダメだよ! フェイト様がまた怒るよー!」

 

敵意、侮蔑の態度丸出しのギンブレー。

教室の中の空気もギスギスして、どこか一色触発の空気である。

 

「ギンブレー、待ってくれよ。俺は確かに停学になった。みんなにもいっぱい迷惑を掛けた。でも、みんなのことまでバカにするのは許さないぞ!」

「堀田シモン君。別に今に始まった事ではありません。募り募ったモノが口から出てしまうのですよ。君の学園祭で起こした惨状を聞くと、今でも私は退学にしてやりたいぐらいですよ」

「うっ、くそ・・・」

 

言葉が出ないシモン。ギンブレーを切り裂こうとしているセクストゥムを焔たちは必死に取り押さえていた。

 

 

「けっ、何が問題だ。俺たちの常識をお前らで計るんじゃねえ」

 

「むっ、カミナ君ですか」

 

「今回、シモンがやった問題なんざ、俺たちからすれば小せえことだ。それこそ俺たちには何の問題もねえ!」

 

「ほう・・・小さい問題だと?」

 

「おうよ。学園祭でシモンがした事と言えば、ハゲヒゲ親父を半殺しにして、ニアとぶっちゅうして、武道会会場中を巻き込む大乱闘をして、セクとイチャこらして、ロボット軍団引き連れて学園で大暴れして生徒たちをパンツ一丁にして、デュナ先公をボッコボコにしたぐらいじゃねえかよ!」

 

「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」

 

「本当によく退学しませんでしたね」

 

「だーはっはっは、そーいやそうだ。よっ、さすがは俺の弟分なだけあるぜ!」

 

「兄貴! 何にもフォローになってないよ!」

 

 

なんもフォローになってねえ。豪快に笑うカミナにツッコんだ。

 

「やれやれ。まあ、暴力事件に関しては生徒やロージェノム氏本人から状況に関して説明がありましたし、被害にあった者は訴えていませんので、それについてだけを強く責める事はできませんが、君は他にも不純異性交遊という重大な過ちを犯しているではないですか」

 

学生に付いて回る不祥事の一つ。暴力事件以外に、シモンは不純異性交遊という嫌疑が掛けられていた。

だが、シモンは顔を真っ赤にしながらも否定する。

 

「ななな、何言ってるんだよ! おれ、そ、そりゃ、ちょっと、キキキ、キスくらいはしたけど・・・それ以上のことなんてしてないよ!」

「ほう。では、婚前交渉はしていないと」

「し、してないよ! なあ、ニア?」

 

同意を求めて振り返ると、そこにはニアではなく、難しい顔で腕組みしている黒ニアがいた。

 

「く、黒・・・ニア・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「な、何で黙ってるんだよ! し、してないだろ? してないよね? 俺たちはまだ何もしていないよね!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

何故か、額に汗を掻いて無言になる黒ニア。その反応に衝撃が走る。

 

「あの・・・焔・・・婚前交渉とは何でしょう?」

「え、ええええ!? ちょ、セクストゥム、な、何故私に聞く!?」

「いえ、不純異性交遊と婚前交渉・・・言葉は知っていますが、意味が良く分からないので・・・」

 

何の話題なのかがイマイチよく分からないセクストゥムの問に、焔は顔を真っ赤にさせながらも彼女の耳元でボソボソと話す。

 

「つ、つまりね・・・ごにょごにょごにょ」

「分かりました。つまり、マスターと交わるということですね?」

「こら! せっかく小声で教えたのに、口に出すな!」

「しかし、マスターと交わるという行為なら、私も既に二回ほど・・・(注・シモンのシモンインパクトで、螺旋の力を送り込んでセクストゥムを起動、パワーアップさせたとき)」

 

そして、教室が再び荒れた。

 

「誰か! 黒ニアを止めろ!」

「ちょっ、フェイトさんまで急にどうしたネ!?」

「止めるな、超。僕は今、出来損ないのアーウェルンクスを処分するだけだ!」

「ほぢゅわああああああああ!!!!」

「デュナ先生を取り押さえろ!」

「どど、どうしたんですか、デュナミス先生!?」

 

結局この騒がしいペースと光景に逆戻り。

ギンブレーは深く溜息を吐かずにはいられなかった。

 

(やれやれ、まともに相手をしてはダメですね。いつも彼らのペースに乱されるのですから)

 

カミナたちとマジメに話をしてもバカバカしくなるだけ。

冷めた溜息だけ吐いて、ギンブレーは相手にしないようにした。

 

「それまでにしてください。もう、十分でしょう」

 

すると、その空気の中で手を挙げたのはこの男だった。

 

「シモンさんはちゃんと処分を受けています。カミナさんたちも問題は起こしても、着実に更生の兆しが見えています。そして、そのキッカケを作ったのがネギ先生でもあります。あまり、我々の学校をバカにしないでいただきたい」

 

それは、毅然とした態度で告げるロシウだった。

すると、ロシウにギンブレーも態度を変えた。

 

「これはこれは、ロシウさんではないですか。相変わらず全国学力試験などでは優秀な成績を収めているようで」

「それはどうも」

「しかし、私は君のことも理解できませんね。これまで私や教育委員会から、他校への編入の薦めや海外留学の誘いもあったでしょう。それなのに、あなたのような優秀な生徒がどうしていつまでもこの学園に?」

 

ギンブレーの言葉に、クラスがハッとなった。

 

「君は高校入試では体調を崩して、やむをえずこの学校に入学したのではなかったのですか?」

 

その事にはキタンたちも驚いた。

 

「おい、ロシウ! それは本当かよ」

「お前、いつも転校してーとか言ってたじゃねえかよ」

 

何故ならロシウはいつも、この学園に入ったことを嘆いて、他校の編入試験があればすぐにでも転校すると豪語していた。

だが、今のギンブレーの言葉が本当だとしたら、ロシウにはいつでもダイグレン学園から他の学校に転校することが出来たのである。

ましてやロシウのように真面目で成績優秀者なら、それこそ相応のレベルの学校にも行くことが出来たのである。

だが、ロシウはしなかった。できなかったのではなく、自らの意思でしなかったのである。

何故か?

 

「そんなこと・・・言わせないでください」

 

どこか切なげにソッポ向くロシウ。クラスメートたちはハッとなった。

 

「なるほどね・・・」

 

フェイトが呟いた。

 

「ロシウは病気になってしまったんだね。ダイグレン学園という猛毒に犯され、そして感染してしまった」

「随分スカしてるガ・・・・・・それ、フェイトさんが言える立場カ? それならあなたは超重症患者ヨ」

 

だが、フェイトの言うとおりである。いや、ある意味フェイトだからこそロシウの心情を理解できるのかも知れない。

いつの間にか、居心地の良いこの学園から離れられなくなってしまった。

 

「やれやれ、才能の無駄遣いをなさるのですね」

 

ロシウの言葉を聞いて、ギンブレーはどこか失望したような溜息を吐いた。

そしてそのままロシウの机まで歩み寄り、彼の机の上にある進路調査カードを取り、読み上げる

 

「ほう。法学部への進学希望ですか。目指すのは、弁護士ですか? 官僚ですか? それとも国連ですか? あなたなら、それを目指すに相応しい環境を手に入れられるというのに、それを放棄するのですか?」

「なっ、勝手に人の進路に口出ししないでいただきたい!」

 

怒ったロシウはギンブレーから進路調査カードを取り返す。

だが、ギンブレーはそのまま他の生徒へと歩み寄る。

 

「ふむ、黒野キノンさん。あなたもロシウさんほどではないにしても、成績は優秀。目標は大学進学で、文学部志望。けっこうなことです。健闘を祈りますよ。ただし、第二志望の同人作家というのはいただけませんね。修正なさい」

「ちょっ、見ないでください!」

「ですが、他の生徒たちはどうでしょう?」

 

淡々とキノンの進路カードを読み上げた後、ギンブレーは次々と生徒たちの進路カードを読み上げていく。

 

 

「進路・・・海賊王・・・ハーレム王・・・大和撫子、大食いチャンピオン、フェイト様の右腕等々・・・あなたたちは高校生をナメているのですか? 就職、もしくは進学する気もない者たちの掃き溜めとなるぐらいなら早急に学校をやめなさい。高校は義務教育ではないのですから」

 

「「「「「「「「「「な・・・・なんだとこのマッシュルーム頭が!!??」」」」」」」」」」

 

 

ギンブレーの容赦ない言葉に怒り心頭の生徒たち。

言われていることは間違っていないとはいえ、元々不良の彼らに納得できるはずもなく、机を蹴り飛ばし喧嘩腰に立ち上がる。

 

「あ、あのお! みなさん、ダメです落ち着いてください!」

「ふむ・・・なかなか学生というのも難儀なのだな」

「デュナミス先生も止めてくださいよー」

 

喧噪渦巻くクラス。

すると・・・

 

「おや、何を隠しているのです? 黒野キヤルさん」

「な、なんでもねえよ!」

 

キヤルが焦って机に覆い被さって、進路調査カードを隠そうとする。

だが、ギンブレーは容赦なく取り上げた。

するとそこには・・・

 

「志望進路・・・アイドル?」

 

アイドル。キヤルの進路にはそう書かれていた。

 

「ア、 アイドル?」

「キヤルさんの・・・進路が?」

 

キヤルの進路を知らなかった者は呆気にとられ、逆に知っていた者たちは「やっぱりな」と指を鳴らした。

 

「いいじゃん、いいじゃん。あんたってば、昔からそうだったもんね! この際、今流行のアイドルユニットみたいに、私たちも立ち上げる?」

「もーう、お姉ちゃんもそんなからかわないの。ねえ、お兄ちゃん?」

「いや、俺は良いと思うぜ! むしろ、俺の自慢の妹たちが姉妹でデビューなんてもんになったら、俺の鼻が高いってもんだ!」

「鉄の三姉妹ってか? それなら、むしろもっと大勢で組んだ方がいいんじゃねーのか?」

「だな、幸いこのクラスにゃ女の比率が急激に増えた。三姉妹、ヨーコにニアにフェイトガールズに超にセクちゃんやフェイト」

「正に、麻帆良・・・いや、MHR48だ!」

「いや、待ちたまえ。何故僕がエントリーされている」

「うーむ、それはおしかたネ。そういう企画があるなら超包子がスポンサーになって、学園祭で披露できたヨ。肉まんに握手券を入れれば・・・」

「それじゃあ、センターを誰に・・・」

 

アイドルという話題で盛り上がるクラスメートたち。

だが、拳を握りしめながら言葉を発せずに立ちつくすキヤルに、ギンブレーは嘲笑の籠もった溜息を吐いた。

 

「進路がアイドル。ふざけたことですね」

 

その瞬間、キヤルは前へ乗り出した。

その表情は、顔を真っ赤にしながらも真剣な表情でギンブレーを睨み付ける。

それは、キタンたちのように自分たちを侮辱されたからの怒りではない。

夢を侮辱されたからの怒りである。

 

「ふざけんじゃねえ、そして、俺はふざけてなんかねーよ。それは本気のことなんだ!!」

 

机を強く叩きつけるキヤル。

アイドル・・・キヤルのその夢を知っていた者、知らなかった者は様々。

しかし、ここまで真剣な眼差しで自分の夢を語るキヤルは、みなにも初めてだった。

 

「アイドルが本気? ・・・・ふっ」

 

しかし、ギンブレーは鼻で笑った。

 

「真剣であるのなら、更に悪い。幼稚園児でもないのに、そんな夢を未だに見るとは」

「な、なんだと!」

「まあ、今はそういうのがブームになっている時代。大方それに影響されて便乗しようという気ですかね? その程度の認識でなろうと思っているのなら、悲惨な未来しか待っていないと思いますけどね」

 

メガネのズレを指で直しながら、どこか見下したような口調で話すギンブレー。

キヤルは顔を真っ赤にしながらも、拳を悔しそうに力強く握っている。

そして、このような物言いに我慢できるダイグレン学園の生徒たちでもない。

だが、キヤルよりも我慢できずに先に動き出したのは・・・

 

「おい、ギンブレー・・・さっきから黙って聞いてれば・・・」

 

妹をバカにされたキタン・・・・ではない。

 

「キヤルはね~子供の時からその夢を・・・」

 

姉のキヨウ・・・でもない。

 

「ギンブレー。テメエ、俺らの仲間の・・・」

 

学園番長のカミナ・・・でもなかった。

本人でも、兄姉でも、番長でも、仲間でもない。

ギンブレーの発言に真っ先に声を張り上げたのは・・・

 

 

 

「いい加減にしてください!!」

 

 

―――――!?

 

 

ネギだった。

しかも、普段温厚で怒ることのないネギ。しかしこの日は違った。

張り上げた声には明らかに怒気が混じっていた。

これに驚いたのは、ギンブレーだけではない。

カミナやキタン、ヨーコたちも。静観していたデュナミスやフェイトたちも少し驚いてビクッとなった。

 

 

「ギンブレーさん。キヤルさんの進路指導は僕がします! 人の夢を真剣に聞かず、向き合わず、考えもしないあなたに、僕の生徒の指導なんかさせません!!」

 

 

教室が静まりかえった。

将来も何も、社会のこともよく分からない十歳児の子供が何を・・・などとは誰も言わなかった。

あまりに驚いて、怒鳴ろうとしていたキヤルたちもポカンとしてしまった。

 



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第75話 テメエの道をテメエで創る

「ふっ・・・ふふ・・・これは少々驚きましたね。進路指導をする? まあ、確かに君の研修の最終課題はこの学園の生徒たちの・・・」

「それは返してもらいます」

「えっ・・・えっ!?」

 

いち早くハッとしたギンブレーが冷静に振る舞おうと、ネギに皮肉を言おうとした。

だが、ネギは既にギンブレーを見ていなかった。

ネギは教壇から降り、ギンブレーが取り上げたキヤルの進路調査カードを一瞬で取り返した。

 

(ほう・・・速いな・・・そしてこの胆。流石はサウザンドマスターの子といった所か)

(ネギくん・・・学園祭から更に動きにキレが出てきているようだね)

(なんか面白くなてきたネ。これは麻帆良女子中では見れなかった光景ヨ)

 

一部野次馬丸出しの生徒たちが居るが、今は教室が静まりかえり、クラス中がネギの一挙手一投足に注目していた。

ネギはギンブレーから奪い返したキヤルの進路カードを見る。そこには、ハッキリと大きな字で、「アイドル」という進路が書かれていた。

その紙をジーッとしばらく見つめていたネギだが、ようやく顔を上げ、おおよそ十歳児とは思えぬような真剣な表情でキヤルを見上げて、二人は向き合った。

 

「キヤルさん。こちらの夢は、本気の夢なんですね?」

 

キヤルはゾクッとした。

普段は教室ではマスコット扱いでモミクチャにされたり、からかわれたり、カミナたちにあしらわれているネギとは思えないほどの迫力。

一切の虚偽どころか、ふざけ半分の解答など許さない。まるで、キヤルの本心を見抜こうとしているかのような雰囲気だった。

だが・・・

 

「・・・あ・・・ああ・・・本気・・・だよ。本気の本気だ! ワリーのかよ!」

 

自分もウソは言わない。キヤルは唾を飲み込み、汗をかいた掌を強く握り、ハッキリと答えた。

キヤルも察したのかもしれない。

この場面を逃げ出したり、気圧されて引いたりすれば、自分は一生アイドルにはなれないと直感した。

だが、ネギは畳みかける。

 

「ですが、キヤルさん。言い方の違いはあっても、ギンブレーさんの考えは間違っているわけではないと思いますよ?」

 

教室は静まりかえり、この二人を見守った。

 

「確かにこの世でアイドルとして成功し、それを職にしている人は居ます。ただ、僕もそちらの世界に詳しいわけではありませんが、それは途方もない努力や才能、環境、そして競争や報われない現実、努力とは関係ない運が左右することも多いでしょう、そしてそれ以上の困難がたくさん付きまとう世界だと思っています」

 

ギンブレーは始めからキヤルの夢を否定した。

だが、ネギはキヤルの夢を一旦受け止めた上で、そこから現実を突きつけた。

キヤルもグッと口を紡いでネギの言葉を聞く。

 

 

「さらに言えば、たとえアイドルになったとしても成功し、まともな収入を得られる人もほんの一握りのような世界だと思います。宝くじで大当たりする方がよっぽど確率の高い世界だと思います。そのうえ、生涯を通じて安定して収入を得られるのかという問題もあります」

 

「わ、分かってるよ! 一時でも成功するのもほんの一握り。その成功を生涯続けられる奴なんか、一握りの中の一握り。で・・・でも俺はそんなもん全部承知だってーの!」

 

 

たたみかけられて、そのまま飲み込まれそうになった瞬間にキヤルも反撃に出た。

そんな現実は全部承知であると。ブラウン管を通して見る華やかな世界など、本当に僅か。

その裏では想像を絶するような熾烈な争いや不幸や汚いやりとりなどだってあるだろう。

しかし、それでも自分は目指すんだとキヤルは主張した。

 

 

「しかし、闇雲に目指すものではありませんよね? 当然、どこかの事務所にも所属しないと・・・」

 

「ああ。だから今でも隠れてオーディションとか受けまくってる! 夏休みに入ったら本格的にレッスンを受けようと思ってんだ! バイトだって死ぬ気でやってやらあ!」

 

「世間では中学生から既に大学を視野にいれて学問に励んでいる人も居ます。さらに今の日本では有名大学卒業でも就職できるか分からない社会です。今はキヤルさんも高校一年生ですけど、進学か就職かを左右する時期になったとき、その時でもまだ努力が実っていなかった時、キヤルさんは確実に世間の学生から出遅れています。そんなときに後悔することはありませんか?」

 

「私は、・・・後悔なんてし・・・いや・・・正直怖くてそこまでは考えたくねえよ・・・でも、俺はそんな風に考えて諦めることはしたくねえ!」

 

 

なかなか厳しいことを言うと思える反面、これぐらいは普通というより当たり前なのかもしれない。

 

「お、おお、意外とエグイな先公」

「ってか、あんな顔もすんだな、あいつ」

「でも、口を挟まない方がいいのかもね・・・」

 

だからこそ、クラスメートたちも援護を出せなかったし口を挟めなかった。

これはネギとキヤルの真剣勝負だ。ここでキヤルが負けるようなら、どのみちアイドルなんか目指さない方がいい。

普段おちゃらけてるダイグレン学園も、それぐらいのことは雰囲気で察した。

そして、ネギは最後に問いかける。

 

「では、キヤルさん。あなたは、アイドルになれなかったらどうしますか?」

「ッ!?」

 

なれなかったらではない。むしろなれないのが当たり前の世界。

もしなれなかったら・・・というのは誰もが通る難問。

そこで道がどう分かれるかは、この難問に対してどれだけの覚悟を解答できるか。

 

「・・・そ、そんときは・・・潔く・・・・・・・いや・・・」

 

潔く諦める。それは懸命な判断かもしれない。

ダラダラと時を過ごすよりはスパッと自分で見極めるという選択だ。

だが、キヤルは途中まで言いかけて、すぐに首を横に振る。

 

「違う! もし、俺はアイドルになれなかったら・・・・・・」

 

そして、覚悟を示す。

 

「そん時は、なれるまで諦めねえ! 足掻いて足掻いてしがみつく! 無理を通して道理を蹴っ飛ばす! それが俺の答えだ!」

 

キヤルは一生夢と心中する道を選んだ。

そのキヤルの答えには、最初は野次馬気分で見ていた超やフェイトたちでも感嘆の息をもらした。

 

「~~~~」

 

人前でデカデカと夢を語り、少し恥ずかしくてそれ以上の言葉が出ないキヤル。

だが、そんなキヤルに今までの態度を一変させたネギが優しく微笑んだ。

 

 

「ならばキヤルさんは、アイドルを目指すべきだと思います」

 

「・・・・・・・・・へっ?」

 

「「「「「「「「「「えッ!?」」」」」」」」」」

 

 

意外な言葉に、誰もが言葉を失った。

だが、ネギもまたウソは言っていない。先ほどまでの現実ばかりを突きつけた表情が一変し、今度は年相応の少年のように瞳をキラキラと輝かせていた。

 

 

「誰かに言われて考えが変わってしまったり、途中で諦められるような夢なら見る必要はないと思います。でも、キヤルさんは違います。だから僕は、キヤルさんを応援します!」

 

「せ・・・せん・・・こー・・・」

 

「ずっと、全力で応援します!」

 

 

ネギの表情は、振り返らずに突っ走れと言っているように見えた。

何だかキヤルは余計に恥ずかしくなった。ここまで十歳の子供と自分の将来について向き合っていたことを。

だが、同時にうれしくもあり、キヤルは小さく「おう」とだけ答えた。

 

「何をバカなことを」

 

だが、ギンブレーは納得しなかった。

 

「ネギ先生、あなたは自分が何を言っているのかわかっているのですか? 不確かで可能性の低いものに生徒を放り出して、ダメになったときにどうやって責任を取るつもりですか!? 説得には甘すぎる!」

 

ネギのやり方は無責任だとギンブレーは言う。

だが、今のネギはキヤルの味方。キヤルがやると言った以上、ネギはどんなことがあってもキヤルを応援する味方になるつもりだ。

 

「ギンブレーさん。僕は生徒たちに、可能か不可能かで変更させる進路指導はしません」

「?」

「僕は、どの道を進めばその人が幸せに思うかどうかで進路を一緒に考えたいと思います」

 

聞いているとどこか恥ずかしく、どこか心がポカポカする。

気づけばみな自然と笑みが零れずにはいられない、ネギの教育理念だった。

 

「甘やかしますね。だが、私はそれでもやはりあなたには反対ですね」

 

しかし、ネギの思いが必ずしも万人に受け入れられるわけではない。

 

「あなたの言葉、聞こえはいいですが、私は反対です。まあ、ネギ先生には分かりません。教師であっても大人でない君には、『引導を渡す』ということも大人の役目であるということを分かっていません」

 

夢ばかりでは生きてはいけない。必ずどこかで諦めきれないものを諦めなければいけないときが来る。

そして、キヤルの進もうとしている道は、その可能性が明らかに高い世界である。

まだ社会を知らぬ、まだ子供である学生にそこまで考えてそこまで覚悟をしているかというのは、やはり疑わしいものである。

だから、真剣に現実を突きつけてやるのも間違っていない。

だが・・・

 

「ギンブレーさん。僕にも夢が・・・いえ、目標があります」

 

「はい?」

 

「自分で言うのもなんですけど、それは本当に達成困難な目標です。でも、どんな引導を渡されても僕はソレを絶対に諦めません。例え僕が十歳でも二十歳でもおじいちゃんでも変わりません。だからこそ、僕はキヤルさんも同じだと分かりました」

 

「だからと言って・・・」

 

「それがこの学園の・・・そして僕の教育理念です!」

 

 

おかしな話かも知れない。十歳の少年に将来を諭され、クラス全員が感心している。

そして中でも、ヨーコは一番だった。

 

(教育理念・・・か~・・・すごいな・・・あいつ)

 

そして、ヨーコは思う。

 

(なんだろう・・・なんか・・・・いいな・・・・)

 

今は単純な憧れかもしれないが、自分の中で「こうありたい」という将来の姿が今思いついた。

影響の受けやすい単純なダイグレン学園。

だが、だからこそ純粋に影響を受け、ヨーコも「こうありたい」と思うものがたった今できた。

ならば後は速い。一度決めたからには引かない。

 

「ねえ、先生さ・・・聞きたいことが・・・ッ」

「はい?」

 

教室中が注目する中、ギンブレーだってまだ居るのに手を上げて声を出してしまった。

思わず声を出してしまい、慌てて口を塞ぐが遅い。

みながクルリとヨーコに振り返ってしまった。

 

(うわっ、しまった~・・・後にすれば良かった。みんなこっち見てるし~・・・・・・・でも・・・)

 

失敗したと思った。

こんな質問、みんなが見ている前ではなく、後でコッソリとネギに聞きに行けば良かったと。

 

(キヤルは負けなかったんだから・・・・)

 

だが、すぐにその考えをヨーコは改める。

 

「あの、ヨーコさん?」

 

ヨーコも、道を見つけた。

ならば恥ずかしがる必要はない。キヤルやネギのように堂々とすればいいのだと、ヨーコは改めてネギに尋ねる。

 

「ねえ、センコーになるのってさ・・・やっぱ難しいのかな?」

 

 

 

宇津和ヨーコ

希望進路:大学進学 教育学部

 

 

 

 

 

 

ホームルーム後のダイグレン学園屋上にて。二人の生徒が空を見上げていた。

 

「まさか、あのヨーコがセンコーになろうと思うとはな」

「うん。俺も驚いたよ。でも、ヨーコならきっと良い先生になれると思うよ?」

「そうか~? あんなデカ尻女なんか、逆に教育に悪いんじゃねえのか?」

「はは」

 

シモンとカミナ。

未だにクラス中が一枚の紙と睨み合っている教室から抜け出して、二人は息抜きで屋上に来ていた。

思いっきり空に背伸びをする二人。

 

 

「そーいや、お前と二人でいるのも久しぶりかもな? 最近じゃァ、ニアとかセクとか、誰かが必ず一緒だったもんな」

 

「うん、俺もだよ。まさか、キヤルや先生やヨーコの話を聞いて、ニアまであんなに進路を真剣に考え出すとは思わなかったよ。なんか、ブツブツと黒ニアと相談してたよ。最終就職先は決まってるけど、大学ぐらいは出るべきなのかどうかとか・・・」

 

「まっ、最後に落ち着く場所は決まってんだろうがな」

 

 

ニアは例えどのような進路に進もうと、最後にたどり着くのはシモンの妻。

そこだけは彼女も絶対に譲らないし、他の者たちもそうならないはずがないと思っている。

シモンもシモンで、どこか男らしい表情で頷く。最近は色々とあったが、あの学園祭以来はニアとの絆が完全なものとなっていると自覚しているからこそだ。

 

 

「しっかし、ヨーコにも驚いたが、キャルとセンコーはすごかったな。さすがはダイグレン学園の仲間ってもんだ。あのギンブレーが退散したからよ~」

 

「うん。俺も、あんなに真剣なキヤルを初めて見たし、先生もすごかったよね」

 

「ああ!」

 

 

仲間たちの先程の姿に感心せずにいられないシモンとカミナ。

そして、カミナは興味本位でシモンに聞く。

 

 

「シモン、お前は何になるって書いた?」

 

「俺? それが俺・・・色々考えたけど分かんなくって。ニアとのことばかりを考えてたから。ただ、確かに先生やギンブレーの話を聴いてると、真剣に考えなきゃいけないとは思ってるけど」

 

「へへ、そうだな。お前はニアさえいりゃあ、女一人と生まれたガキを養えるぐらいの暮らしでもいいんだろうけどよ。ったく、だが男がそんなんでどうする! もっとデッケーことやスゲーことに魂を込めねえとよ」

 

「できないよ~。だって俺、ニアを幸せにできればそれでいいからさ」

 

「か~、男らしいセリフだがよ~、な~んかしっくりこねえ。これが女が出来た男の姿って奴か?」

 

 

一昔前までは自分の背中をトコトコとついてきて、少し消極的だった弟分。

だが、その弟分の隠れた根性や気合や男気というのはこれまでカミナにしか分からなかった。だが、今ではこうして明確に逞しくなったシモンに嬉しい反面、カミナもどこか寂しい気もした。

一方でシモンもまだ進路というものはうまく考えられなくても、これほどニアと居る未来ばかりを考えられるようになったあたり、自分も少しは成長したと感じた。

しかしだからこそ、シモンは気になった。

皆が着実に変わっていこうとするなかで、昔から変わらないアニキ分のことだ。

 

「アニキ。アニキってさ、進路はどう考えてるの?」

 

カミナが大学進学のために勉強をするか?

スーツを着て上司や客に頭を下げるサラリーマンになるのか?

シモンはこれまで何年もカミナと一緒に過ごしてきたが、こうして進路というものと向き合うと、カミナの未来がまったく想像できなかった。

カミナは一体何を目指して進むのか。

シモンは真剣にカミナに尋ねた。

 

 

「いつも言ってんだろ? 狭い地球から飛び出すってよ」

 

「俺、マジメなんだけど?」

 

 

カミナはいつものような回答をした。シモンは少しむくれてもう一度聞き返す。

だが、カミナは本当に嘘偽りはないと笑った。

 

「おいおい、シモン。俺が嘘を言ったことがあったか? 俺を誰だと思ってやがる」

「い、いや、でもさ、それって表現であって、具体的なものじゃ・・・」

「いや、本当にそうなんだよ、シモン」

「・・・・・・・・え?」

 

そう、いつもいつも聞いていたカミナの馬鹿げた進路。

しかし、それを今日改めてその意味をシモンは聞くのだった。

 

「なあ、シモン。お前は俺のオヤジを覚えているか?」

「え? ・・・ジョーおじさんのこと?」

 

いきなり何の話だと、シモンはポカンとした。

 

 

「お前のオヤジの親友で、いつもバカみたいな話で二人は真剣に話し合ってたよな。アンスパと棊子麺、ドリルと刀、火星と金星とか、平行世界だパラレルなんたらとか」

 

「う、うん。て言っても、二人とも俺たちがすごい小さい時にいなくなっちゃったけどね」

 

「ああ」

 

 

目を細めて空を見上げるシモンとカミナ。

遠い過去を懐かしんでいるような表情だ・・・が、少しシモンは複雑になる。

 

(って、そういえば父さんのこと忘れてた!? 学園祭の時には居たのに、そういえば何を!?)

 

完全に忘れていた。

ずっと行方不明になっていた父親が学園祭にいたのだ。

催眠術で操られたり、そのあと停学になったり、セクストゥムがシモンの部屋に居座り始めたり、デュナミスたちが転校してきたりのバタバタでスッカリ忘れていた。

だが、複雑な顔をするシモンの隣で、カミナはシモンの表情を見ずに話を続ける。

 

「あのな、シモン。俺はガキの頃一度だけ、オヤジに連れられて宇宙に行ったことがあるんだ」

「へっ・・・・・・・・・・はああ?」

 

シモンは変な声を出して聞き返してしまった。

だが、カミナはマジな顔だ。

 

「マジなんだ。あの、壁も天井も床もねえ、広大なんて言葉じゃ言い表せねえあの空の向こうにな」

「う・・・・うそでしょ?」

 

天を指さすカミナ。

シモンはポカンとしながら尋ねる。

 

「って、そもそもさ、なんで・・・・・・行ったの?」

「オヤジの話じゃ、金星に行くためだってよ」

「えええ!? き、金星!? なんで!?」

「さあな。俺もそれ以上はよく覚えてねえ。本当に金星に行ったかどうかもな。ただ、あの宇宙には行った。それだけは覚えてる」

 

想像だにしなかった告白に、シモンの思考はしばらく追いつかなかった。

 

「いや・・・んな変な顔してっけど、俺お前にガキの頃話したことあるだろ?」

「えっ!? いや、確かにそんなような自慢話してた気がするけど、でもあれって子供の時の冗談じゃ!?」

「だから言ったろ? 俺は、嘘はつかねえ。ましてやお前になら絶対にだ! そう、俺は確かに見たんだ」

 

シモンは知らなかった事実に驚きを隠せない。

 

「俺は確かめてえ。あの時、オヤジはどこを目指し、何を見ようとしていたのかをな。そのためなら、金星だろうが火星だろうが、目指すまでだ」

 

カミナは本当に嘘をつかない。それどころか、嘘みたいなことを本当に変えてしまうような男だ。

だからシモンは信じるしかなかった。

カミナが子供の時に、本当に宇宙へ行ったことがあるのだと。

 

「オヤジが目指した先に何があるのか、俺はそれを知りてえ」

「何かって・・・何があるんだろ・・・」

「さあな。案外、進化したゴキブリでもいるんじゃねえか?」

「いや、あのマンガは面白いけど、それは絶対に嫌だ!」

「だははははは! まあ、でも何かがあるんだろ!」

 

シモンは目を見開く。ここ最近で自分は変わったと自分でも感じていた。

しかし、目の前のカミナだけは何も変わっていない。

幼い頃からずっとあった魅力や心意気や純粋さを今でも持ち続けている。

子供の時のカミナがそのまま手足だけ伸びただけのようにも見える。

 

「俺もセンコーやキヤルと同じだ。現実や常識が俺を馬鹿だと罵ろうと、俺の目指すものは何も変わらねえ。俺の進路は狭い地球を飛び越えた、その先にあるものさ」

 

やはり、カミナはカミナだ。つくづくそう思うシモンだった。

みんなも自分も変わっていっても、カミナには変わって欲しくない。そう思ってしまった。

 

「まっ、今はそんな先のことよりも目先の事よ。もうすぐ夏休みだ」

「うん。今年は去年よりもすごく大騒ぎの夏休みになるかもね」

「ああ。仲間が増えまくったからな。今年の夏は、スゲーことになるぜ」

 

 

・・・その頃

 

 

学園の応接室。

 

「あなたほどの方がワザワザ確認に来なくても・・・」

 

かしこまっているようで、どこか昔を懐かしむかのような表情のタカミチ。目の前に居る女性に微笑んだ。

 

「ワシもビックリしたぞい。まさか貴方様がいきなり来るとは思わなくての」

 

タカミチの隣で、学園長もどこかかしこまっている。

そんな彼らの目の前には、一人の女性が居た。

女性はコーヒーカップからゆっくりと口を離し、顔色まったく変わらぬ無表情で口を開いた。

 

「いきなりでないと、逃げられたり感づかれたりするでしょう?」

 

物腰が柔らかく、その身には清楚さと気品が感じられた。

 

「しかし、魔法世界人は地球には来れんはずでは?」

「ええ。ですが、我々は多少の制限はありますが独自の技術で地球へ渡航することが出来るのです。あまり公にはなっていませんが」

 

長い髪に褐色の肌。真っ白いローブで前進を包んだ、美しい女性。

明らかに一般人とはかけ離れたオーラを漂わせていた。

 

「完全なる世界の残党全員が麻帆良の学園に居るなどという冗談のような話し、この目で確認しないわけにもいかないでしょう」

 

静かに語られる内容は、ここ最近でこの学園内で起こった珍妙な出来事を指していた。

 

「いやー、申し訳ない。我々もいつかはあなたにも詳細を教えねばと思っていたのですが・・・」

「良いのです。あなた方も苦労が絶えなかったでしょう」

「いや・・・・・・・・それはもう・・・・・・・・・」

 

女性の気遣いの言葉にしみじみと頷くタカミチ。彼の脳裏には今、二つの光景が浮かんでいた。

一つは、かつて参加した二十年前の大戦。命と魂を全身全霊に懸けて戦い抜いた戦の時代。

そしてもう一つは・・・

 

(それはすぐには言えないさ・・・あの、アーウェルンクスたちが転校してきたり、フェイトが女装したり、デュナミスが学園のヒーローになったなど・・・私ですら整理がすぐにできなかったのだから・・・)

 

もう一つはあの学園祭。

二つの光景がタカミチの頭の中を酷く複雑にさせ、今日に至るまでの心労が半端ではなかった。

 

「それにしても思い切ったことをしますね。ナギの息子を完全なる世界と同じ学園に入れているとは」

「あっ、それはワザとではなく、むしろ向こうがワザとなのではないかというほど複雑な事情が」

 

ああ、正にそれだ。女性が不意に口にした言葉に、タカミチは深々と頷いた。

それこそ正に学園を混乱に招いた事件である。

 

「それにしてもあのヘラスのジャジャ馬娘が大人になったもんじゃ。じゃが・・・そのしゃべりは窮屈ではないか?」

 

苦笑しながら女性に告げる学園長。

すると、女性は無表情から一変して、天真爛漫な少女のようにニコーっと笑みを浮かべた。

 

「ふふ・・・・あー、そうじゃ、窮屈でかなわんぞ。王宮では四六時中そんな感じじゃ。たまには昔からの友であるヌシらと会って本性出さねばたまらんのじゃ」

「ふぉふぉふぉ。急に行儀が悪いぞい」

「むー、よいでないか。妾もあんなキャラで年中通さねばならんのだから」

 

正しい姿勢から一気に崩れ、態度が一変した。

そして、それがむしろ自然に見える。今の彼女こそが、彼女の本性であった。

その変わり様に、タカミチと学園長は思わず笑った。

 

「やれやれ。しかし、もういくつですか? いい加減、結婚でもされて本当に落ち着けばよろしいのに」

「ならん。妾は昔から婿を既に決めておるからの」

「おや? ジャックにはまるで相手にされていないとお聞きしましたが?」

「ジャック・・・ふん! あんな鈍感超絶無礼千万な男などもう知らん。こっちが散々アプローチしても相手にもせん! やはり、妾の運命の婿は、かつて妾を救った勇者に他ならなかったの」

「そういえば、二十年ぐらい前にそんなこと言ってましたね。え~っと、誰でしたっけ?」

「なぬ、忘れておったか。これじゃから紅き翼の男共は女心を知らぬ。と言っても、その勇者殿ももう結婚しているであろうがな。ただの、実らなかった初恋じゃ。ジャックといい、勇者といい、妾は本当に恋愛運がない」

 

タカミチの言葉にプクーっと頬を膨らませてソッポ向く女性。一見二十代前半から後半に見える容姿だが、その振る舞いは十代後半の様な落ち着きのなさであった。

そして、彼女は品無く目の前のコーヒーを音を立てて一気に飲み干して立ち上がる。

 

「ほれ、もうこの話しは終わりじゃ。さっさとゆくぞ。ナギの息子と完全なる世界の残党共を拝みに行くとするかの」

 

そしてシモンの夏はスゲーことになるのだった。

 



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第76話 テオの学園視察

学園祭とは、一つの学園生活の分岐点でもある。

そういう学校の行事事を通じて、普段見られなかった学友の一面や魅力、また新たな出会いもある。

学園祭を通じて異性と親しくなることや、新たな恋が芽生えることもリア充には珍しくない。

 

「あの・・・あの・・・お、お話が・・・」

 

その学園祭をキッカケに、一人の女生徒がいじらしいまでの思いを、ある一人の男に告げようとしていた。

学園祭で世界樹の下で告白すれば結ばれるという伝説がこの学園にはある。だが、学園祭が終了した今はそのおこぼれはもらえない。

だが、それでもげんを担ぐという意味でも、彼女はここを選んだ。

 

「その・・・私・・・私・・・ッ~~」

 

顔を真っ赤にさせ、モジモジとし、自身のスカートの裾を恥ずかしさでギュッと握りしめて、彼女は俯いてしまった。

麻帆良学園高等部女子の生徒。

 

マンモス学園である麻帆良において、飛び抜けて美人というわけでもないが、小柄なポニーテールが印象的で、普段は天真爛漫に明るく学園生活を過ごす彼女はそれなりに人気があった。

 

部活は新体操部に所属し、県でも指折りの実力者でもある中等部の佐々木まき絵などの後輩女子から尊敬され、また男子にはそのレオタード姿を目的に部活をよく覗かれるなどの悩みもある。

 

だが、今の彼女はそれよりも大きな悩みがあった。それが恋だ。

 

恋愛事には普段はあまり積極的ではなかったのだが、今の彼女は気になっている男性が居て、その気持ちが抑えきれずに、今日彼女は勇気を出す。

 

目の前の女生徒、そしてこのシチュエーション。どんな男でも気づかないわけがない。男はジッと、彼女の言葉を待った。

 

「その私・・・学園祭で会って以来・・・その・・・気になって・・・気づ・・・気づいたら・・・」

 

だが、彼女はなかなか思っている事を口に出さない。それどころか見る見るうちに目尻に涙が溜まっている。

電話やメールで告白するのも珍しくない今の世の中では、逆に珍しい。二人を見守るギャラリーですら、思わず彼女を応援したくなる。

すると・・・

 

「私は逃げん。気の済むまでここにいよう」

「ッ!?」

「だから、負けるな」

 

男は女生徒の頭を優しく撫でた。大きく、強く、そして温かい。

 

「私・・・・・・・デュナミス先生のことが好きです! わ、私と付き合ってください!」

 

その瞬間、女生徒は煙を頭から一気に吹き出し、その勢いに任せて思いを全て吐き出した。

 

「私、学園祭でロボットに襲われそうになったとき、先生に助けてもらって・・・それからずっと気になっていて・・・先生は大人だから同級生の男子とは全然振る舞いや心使いが違ってクールで、でも時々子供みたいにハシャぐところが人間くさくて可愛くて・・・うううーーー、とにかく、あれからずっと好きでした!」

 

そこに居たのは、高等部の女生徒に告られている、ダークスーツを着て出席簿を脇に挟んでいるデュナミスだった。

そしてデュナミスは、優しい目をして、軽く女生徒の肩に手を置いた。

 

「見事だ。よくぞ己の不安に負けずに想いを口にした。そなたの勇気は尊敬に値し、そしてその想いを私は誇らしく思うぞ」

 

デュナミスは女生徒を称えた。フラれるかもしれない。そうしたらどうしよう。気まずい。これから先、声も掛けられなくなるかも知れない。歳だって離れている。

告白には様々な不安が付きまとう。自分によっぽどの自信が無ければ、不安の方が大きい。

だが、彼女は負けずに想いを告げた。デュナミスはその心意気だけで、彼女を称えたのだ。

しかし、同時にデュナミスは切ない表情を彼女に見せた。

 

「だが、すまぬ。私はそなたの気持ちには答えられぬ」

「ッ!?」

 

真剣だからこそ真剣に返す。

たとえ勇気を出したとはいえ、それが報われるとは限らない。

デュナミスの正面からの返答に、女生徒の瞳には涙が潤んでいた。

 

「あの・・・理由・・・、聞いてもいいですよね」

「・・・・・・・・・」

「そ、それは・・・やっぱり生徒と先生だから・・・私が、まだ先生から見たら子供だから・・・それなら、私すぐに大人になりますから・・・」

「そうではない、その程度の事で我は貴公の勇気を汚したりはしない。ただ、応えられぬ理由は別にある」

「先生は・・・ずっと辛い恋をしてきたって聞いて・・・私は、先生を辛い思いなんてさせないです・・・だから・・・その・・・私じゃダメなんですか?」

 

超えられない現実があるからか? 断られた理由を聞く権利はある。

涙を溜めながらも精一杯気丈に振る舞おうとする女生徒に、デュナミスは包み隠さずに答える。

 

「確かに私は色々とあった。心が荒れ、狂乱したこともあった。だが・・・あの学園祭で彼女と再会し、それだけで私の心は救われた。報われた」

「デュナミス・・・先生・・・」

 

顔を上げ、遠くの空を見つめるデュナミス。彼の心の中に映るのは、ある女? だった。

 

「私は奴を見届けねばならぬ。奴に惚れた者として、奴の行く末を見届けること。そして奴が幸せになること。その隣に例え私が居なくともな。それが私の愛し方であり・・・それが私の役目だ」

 

 

 

 

 

 

 

・・・とまあ、どこの安っぽいラブコメだよという光景を、この二人は呆気に取られて見ていた。

誰にも気づかれずに、茂みの中を匍匐前進で移動している二人。

 

「のう、タカミチ・・・・あのうすら寒い男は誰じゃ?」

 

震えながら指さしするテオドラ。その反応は仕方ないという表情で、タカミチは答える。

 

「デュナミスです」

「いや・・・違うじゃろ」

「いえ、あれは紛れもなくデュナミスです」

 

テオドラはソッコーで否定した。「んなはずねーだろ」と。

だが、それでも紛れもない事実なのだと、タカミチは告げる。

 

「皇女。アレが今、学園で結婚にしたい、彼氏にしたい教員ナンバーワンのデュナミスです」

「のう・・・妾は二十年ほど前にあやつに誘拐されそうになって、死にそうになったのじゃが・・・」

「信じられないでしょうが、そのデュナミスと同一人物です」

「マジかえ?」

 

マジかよ・・・っていうか、あの男には一体何があったのだ?

 

「いや、違うじゃろ! 妾は認めんぞ。妾の知っておるデュナミスは、嫉妬に狂った露出狂変態マスクマンじゃぞ!? あれはデュナミスではない! ああ、デュナミスではないぞ!? あんなのデュナミスではないわ!!」

 

かつて死ぬほど憎らしい敵だった。悪口がたくさん出るのは、逆に言えばその人物を良く理解しているからこそである。

ジタバタとだだっ子のように否定しまくるテオドラ。タカミチはその皇女らしからぬ彼女の振る舞いに苦笑する一方で、今の彼女の気持ちが心の底からよく理解できた。

しかし、真実をねじ曲げるわけにもいかない。

 

「皇女・・・ハッキリ言いましょう。これぐらいで取り乱しているようでは、ここから先に知る真実に精神が保ちませんよ?」

「な・・・なぬ? なな・・・なにかえ?」

 

テオドラ、タカミチの言葉にビクッとなる。流石にこれ以上はないのではないか? そう思いたい一方で、これ以上に何かあるのかと、ガタブルした。

 

 

 

 

タカミチがテオドラに教えなければならない真実。

かつて命を懸け、世界を懸け、数多に燃える生命たちの全身全霊を懸けた歴史に刻まれる戦い。

その宿敵でもあった、「完全なる世界」

彼らの今は・・・・

 

「ぬぬぬ、フェイトさんめ・・・逃げるとは卑怯ネ。だが、それでもこのメンバーなら世界を狙えるネ!」

 

何やら物騒な事を腕組みしながら呟く少女。

彼女の前には、6人の可愛らしい少女たち。

全員がミニスカートにノースリーブという大胆な衣装で、その手にはマイクが握られている。

その壮観さに彼女はニヤリと笑みを浮かべて指を鳴らした。

 

「さあ、ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

その瞬間、軽快な音楽が鳴り出して、少女たちは踊り出した。

 

「栞さん、そこでテヘペロヨ! 焔さん、そこはもっとお尻フリフリヨ! 暦さん、パンチラは控えるネ、こういうのは見えそうで見えないのが一番良い。ハイ、手首を軽く曲げてニャンコのポーズネ! 環さん、ドラゴンの尻尾でパンツ履けないのは分かるガ、やはり何か履かないととんでもないものが見えてしまうヨ! 調さん、そこでクルリと一回転ヨ! さあ、とどめはセクストゥムさん、そこで一瞬だけ微笑むヨ、クールキャラの一瞬だけ見せる微笑みに日本のオタク共はメロメロヨ!」

 

手拍子を叩きながら、少し力の入った声で真剣に指示していくお団子頭の女生徒。

彼女の名は超鈴音。

 

 

「ところで、超。何で私たちだけが昼休みも特訓なんだ!?」

 

「口答えは慎むね、焔さん! キヤルさんたちは既に完璧、ニアさんとヨーコさんはそつなくこなす、だがあなたたちは連携がまったくなっていないネ! こうして特訓しないと本番ではみんなに合わせられないヨ!」

 

「ぐっ・・・本番とは何だ!? こんなことして、私たちに何の得が・・・」

 

「だから、研修をもうすぐ終えるネギボウズのお別れ会ヨ! キヨウさんたちとも相談して決めたネ」

 

「だからって、ここまで本格的にしなくても・・・」

 

「ふふふ、しかしここで素晴らしいものを披露すれば、世の中の男性・・・もといフェイトさんもメロメロになると思うガ!」

 

「ッ・・・・それを早く言わないか!! 見ていろ、超鈴音。フェイト様に認めてもらうのは、私だ!」

 

「うむうむ、ヨロシ」

 

「超鈴音。話があります」

 

「うおっ、ビクッリした。途中でやめていいなどと指示してないヨ。セクストゥムさん」

 

「いえ・・・そろそろ私もマスターとお昼ご飯を食べにいきます」

 

「ふふ・・・セクストゥムさん。確かに、それも大事だが、今はもっと大事なことがある。本番当日、あなたが素晴らしいものを披露したとき・・・マスターはあなたにデレデレヨ」

 

「デレデレ・・・ですか?」

 

「うむ。例えば・・・ああ、なんて素敵なんだ、セクストゥム。俺、気づいたんだ。俺にはお前しかいないんだ。絶対一生離さないからな。お前は一生俺のものだ。俺のためにこれからも生きろ! ・・・みたいな感じネ!」

 

「私が・・・マスターの物・・・マスターの所有物・・・・一生道具として使っていただける!!!!」

 

「ぬおっ、セクストゥムさんが凄まじいやる気を! 無言と無表情の下に、とんでもない気迫を感じるネ!」

 

 

その瞬間、少女たちはアイドルマスターになったかのような動きを見せだした。

一つ一つの歌詞から伝わる想い、指先にまで行き渡った神経、体から発せられる汗に混じった魂。

 

「うむ、流石に全員基本スペックはずば抜けているネ! これなら全員集合で合わせたら、どんな化学反応が起きるか! プロデューサーとして鼻が高いネ!」

 

やる気に満ちた少女たちの潜在能力に超は鳥肌が出た。

 

「もうすぐ研修終わるネギボウズのお別れ会の出し物で、この間のキヤルさんの進路相談で出たアイドルユニット・・・ふざけて作ったがまさかここまでのものが出来上がるとは・・・これは楽しみネ!」

 

原石を磨くことに快感を得た超は、更なる質を上げようと的確な指示を出し、それに焔たちも答えていく。

 

「これなら掴めるネ・・・あとここにフェイトさん・・・いや、綾波フェイが居れば・・・私たちは掴めるはずヨ!」

 

彼女たちと一緒なら、掴めるだろう。

 

「目指せ、世界征服!」

 

己の野望を叶えるには、彼女たちの力が必要なのだと、超は感じたのだった。

 

 

 

 

・・・とまあ、そんな光景をテオドラは見ていた。

 

「・・・あそこで・・・お尻フリフリして踊っておる、どこかで見たツラと亜人の娘たちは?」

 

これまで絶句していたが、ようやく言葉を吐き出せた。

学園の昼休み。学園の噴水広場。外で弁当などを食べる生徒も多いため、ズラーッとギャラリーで囲まれている。

男子生徒たちは顔を真っ赤にしながらもエールを送って写メを取り、女生徒たちからも「かわいい!」と賛辞の言葉が飛び交っている。

そんな中で呆然としていたのは、テオドラとタカミチだけだった。

 

「のう、タカミチ・・・奴らは・・・なんじゃ?」

 

あえてもう一度聞こう。奴らは何者だと。答えは何となく分かるが、認めたくないテオドラ。

だが、それでもタカミチは悲しい表情で真実を告げる。

 

「女性型アーウェルンクスと、完全なる世界のメンバーです・・・」

 

テオドラ・・・口を開けたまま、また固まった。

 

「・・・・・・・・・・めんこいのう」

 

ようやく出せた一言に、タカミチも深々と同意。

 

「ですねえ」

「・・・・・・・平和じゃのう」

「まったくです」

「人気者じゃのう」

「それはもう」

「がんばっておるのう」

「はい、そのようで」

「これは幻じゃろう?」

「いいえ、それは違います」

 

 



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第77話 プリンセスラバー

緊迫した空気。

互いの覇気が空間を埋め尽くし、激しくぶつかり合っていた。

自分たちは果たしてこの場に居ても良いのかとさえ思った。

だが、ここまで来たら見届けよう。遠のきそうになる意識、吐き気がするほどの張りつめた神経の全てをむき出しにする。

 

「フェイト! 僕は・・・僕は負けない! 僕はここに来るまで多くのものを積み上げて、多くのものを背負ってきた! 君に負けるわけにはいかない!」

 

魂の籠もった声を上げるのは、ネギ。

 

「それが驕りだというのだ、ネギくん! 受け継いだものや積み重ねなど関係ない! 強い奴が生き残る! それが戦いだ!」

 

熱の籠もった言葉で応える、フェイト。

 

「ならば、僕は君を超えていく!」

「させるものか、勝つのは僕だ!」

 

時間の流れが狂いそうになる。それほどまでに二人の戦いにギャラリーは飲み込まれていた。

 

「すげえ・・・すげえ・・・なんなんだよ、この二人、どうして人間が・・・こんなガキが・・・こんな戦いを出来るんだよ」

「分からねえ・・・・分からねえけど・・・何か・・・熱い物が腹の底から・・・」

「どっちも引かねえ。どうなっちまうんだよ、この戦い。立っているだけで、気が狂いそうだ」

 

何気ない一つ一つの動作、目にも止まらぬ腕の動き、そして相手を射殺し、読みとり、圧倒しようとする瞳の強さ。

どうしてこの二人はこれほどの戦いが、これほど己の全てをさらけ出して出来るのか。

ただ、見守る者たちは拳を熱く握っていた。

 

「これは通じるはずだね」

「ふっ・・・確かにね、通しだ。なら、こっちはどうかな?」

「ふっ、その手はくわないさ」

 

決して互いに引かぬ、いや、引くことの出来ぬ所まで行った。

リスクを恐れず、敗北を恐れず、むしろ自分で自分の首を絞めるような危険な戦い方を両者はしていた。

力は互角。

恐れた方が負けならば、二人は恐れない。

ならば、勝負を分けるのは何か?

それは天運だ。

 

「ふふ・・・」

 

そして、ネギは笑った。

 

「ッ・・・何がおかしい!」

 

珍しく声を荒げるフェイト。だが、ネギはおかしいから笑ったのではない。

ネギは・・・

 

「違うよ、フェイト。おかしいんじゃない。僕は掴んだんだ・・・希望を!」

「ッ!?」

 

そして、二人の決着が訪れた。

 

「僕の手は、四暗刻だ!!」

「ぐっ!? ・・・ここに来て役満だと・・・」

「牌が、僕の気持ちに応えたんだ!」

「・・・くそっ・・・これで点数は・・・逆転・・・・」

「僕の勝ちだ。フェイト!」

 

その瞬間、張りつめた空気が一気に解けて教室に歓声が上がった。

 

「うおおおお、オーラスで逆転! やるじゃねえか、先公!」

「さすがに普段からアイツらに鍛えられているだけある!」

「なんか、遊戯王みたいだったけどな」

「一緒に打ってたテッカンとアーテンボローは空振りだったな」

 

勝者となったネギを教室に居た男たちは称え、乱暴だが肩を叩いていく。男ならではの祝福の方法。

ネギは照れくさそうに笑った。だが、すぐに顔を引き締め、今全力を出して戦った相手の顔を見る。

 

「フェイト・・・」

 

少し俯いているフェイト。だが、すぐに苦笑して首を横に振った。

 

「敗者に情けは不用だ、ネギ君。そして、紛れもなく君の勝ちだ」

「フェイト・・・」

「ネギ君、君の勝ちだ」

 

そして最後は両者を讃え合い、ノーサイドの証でもある固い握手をガッチリと交わしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・とまあ、そんな光景を見て一言。

教室の中には入らず、扉の影から中を覗き込む二人。テオドラとタカミチ。生徒たちは気づいていない。

 

「のう・・・あそこで、最終決戦みたいなノリで麻雀しとるのは?」

「ナギの息子のネギ君と、完全なる世界残党のボス・フェイト・ーウェルンクスだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

テオドラ。とりあえず、一通りの連中を見た。

そして一分ぐらい硬直して、ようやく口から出た言葉は・・・

 

「妾は、本当に幻術でも見とるのかの? あっ、それともこれが噂の「完全なる世界」とかでは?」

 

現実を認められなかった。

 

「いくらでも頬を握りましょうか? 僕なんて、夢かどうかを確かめるために、自分の顔に居合い拳を叩き込んだことがありますから」

 

タカミチはテオドラに激しく同意。だが、これは事実なのだと改めて言うしかなかった。

 

「あ・・・・・・あやつらを倒すために妾らは・・・妾らは・・・どれだけ」

「そうなんです。あれと戦って、師匠は・・・師匠は・・・」

「どうして・・・どうしてこうなっておるのじゃあ!?」

 

テオドラ、そこで号泣。ようやく自分の気持ちを共有できる人と会えたと、タカミチもつられて涙目。

 

「なんでじゃあ! デュナミスがモテ男になって、メンバーたちは普通の女子高生になりおって、挙げ句の果てに残党のボスと英雄の息子は仲良く麻雀じゃとお!?」

「ちなみに、この間はモンハンというものもやっていたらしいです」

「普通の友達になっとるではないか!? ええ!? なんでじゃあ!?」

 

正に、どうしてこうなっていると叫ばずにはいられない酷いものであった。

 

 

「さ、最初は疑ったんじゃ。何かの間違いでないかと。仮に本当だったとしても、完全なる世界たちが麻帆良に居るのは生徒たちを人質とかナギの息子を狙ってるとか麻帆良に眠ってる造物主の復活とかよからぬことを考えてるからだと警戒しておったのに・・・なんか普通に学生生活送っておるではないか!?」

 

「ええ。っていうか彼らは目的どころか、造物主の存在も忘れてますよ・・・今の彼らの頭の中は、せいぜい夏休みをどうしようかとかそんなものですよ」

 

「なんじゃあ!? 平和そのものなのに、このやるせなさはなんなんじゃあ!?」

 

 

タカミチ。激しく同意。何度も強く頷いた。

 

 

「分かってくれますか。分かってくれますか、皇女。僕だってそうでした。魔法先生・生徒たち、そして最新魔法技術を駆使して彼らの監視や僅かなメモ書きにすら何時間も掛けて暗号解読に当てはめたり、挙げ句の果てに隙だらけで彼らを拘束しようとしたらネギ君や生徒たちから大ブーイングを受けていた苦労が!」

 

「うむうむ。大変であったろう」

 

「ある日フェイトが、『狩りの時間だ』などと発言をし、その言葉を耳にしてようやく彼らが本性を出して動き出すと思った我々全魔法先生・生徒たちが総動員で休日に戦闘態勢及び超S級警戒態勢に入ったと思ったら、モンスターハンターをクラスメートと始めていた僕の気持ちが!」

 

 

本来は大人の物腰で落ち着いたダンディー教師のタカミチが珍しく壊れていた。

テオドラはタカミチの心労を心から理解して、同情と慰めの言葉を掛けた。

タカミチは初めて温かい言葉をもらえたと、泣きそうになってきた。

だが、タカミチはこの時は想像も出来なかった。

ようやく心を理解してくれる仲間が出来たと思ったが、このテオドラが事態をさらに訳分からなくさせてしまうということに。

 

「がーはっはっはっは! いよう、ケリはついたか!」

 

教室の扉が勢いよく開けられた。

 

「あれっ・・・先公の逆転勝ちか?」

「おうおうおう! 地味にツエー、フェイ公を倒すったあ、さすがは俺らの先公だぜ!」

 

入ってきたのは、ダイグレン学園を代表する不良たち。

そして、事態を滅茶苦茶にしてしまった元凶とも言えるものたちだった。

 

「ってことは、俺らへの挑戦権は先公が得たってことか」

「はい、カミナさん、キタンさん、ゾーシイさん。ダイグレン学園麻雀最強決定戦の最後のメンツは、僕です!」

「だはははは、俺らが食堂に行ってる間に勝ち抜きで決めとけとは言ったが・・・まさか先公が残るとはよ」

「だがな、ダイグレン学園麻雀四天王の俺たちに勝てるか?」

「この、キタン様!」

「このゾーシイに!」

「そしてこの、カミナ様になあ!」

「ええ、挑みます! 倒れていった者たちの願いと後から続く者たちの希望を織り込んで、僕は雀聖への道を掘る! それが、・・・って、違いますよ!」

「だはははは、ノリツッコミはいいが長え! まだまだ甘え!」

 

とりあえず、今の話を聞いて状況が理解できたタカミチ。あのネギ君をなんてことに巻き込むんだ・・・と思ったその時だった。

 

「ああ、皇女・・・ちなみに彼らが全ての元凶とも言える、カミナ君という名の生徒で―――――」

「ぬわあああああああああ!?」

「えっ、皇女!?」

 

何と、突然テオドラが奇声を上げて飛び出したのだった。これには、タカミチは完全に予想外。そして、生徒たちにバレた。

カミナたちもビックリして振り返る。

 

「げっ、高畑!? やべ、急いで卓を片づけろ!」

「タタ、タカミチ!? これは違うんだ、お昼休みのレクリエーションで、お金なんて賭けてないから! って・・・その人は誰?」

「ん? おい、何だこの色黒スタイル抜群の女は・・・メチャクチャ美人じゃねえか!」

 

慌てだす教室。だが、タカミチは少し戸惑っていた。それは急に飛び出したテオドラだ。彼女に一体何があったのか?

すると彼女は、カミナたちを指さして震えていた。歯をガチガチとさせ、明らかに動揺していた。

 

「ヌ、ヌシら・・・」

「あん? 何だよ、姉ちゃん」

「た・・・・確か・・・・二十年前・・・」

「はっ?」

「シモンと一緒に・・・妾を救ってくれた者たちではないか?」

 

教室がシーンとなった。

タカミチもポカーンとしている。

 

「あっ・・・テオドラ皇女・・・」

 

いち早く彼女の正体に気づいたフェイトが、思わず彼女の名をポロッと口に出した。

そして、その瞬間フェイトは全てを理解した。

 

(なんでここに、彼女が・・・って、そうか! 彼女は僕たちと二十年前に会っている! それに、まずいな・・・カミナたちが二十年前とまったく歳の取っていない状態だし・・・)

 

学園祭でタイムマシーンの事故に巻き込まれて過去の魔法世界に飛ばされたダイグレン学園の生徒たち。

そこで、彼らはテオドラと会っていた。そして一緒に戦いもした。カミナたちはまだボケーッとしていて気づいていない。

だが、このあり得ない事態にテオドラは言葉を失っていた。

 

「何だか騒がしいですね」

「ふっ、麻雀の方はどうなってるかな?」

「あれ・・・高畑先生じゃない?」

「あら、ほんとね。みんなどうしたのかしら?」

 

昼休みが終わりに近づいて、外に出ていたロシウやヨーコたちの面々が続々と教室に帰ってきた。

テオドラ、それを見てさらにビックリ。

 

「え、ええええ!? あれ、ヌシらは・・・・ヌシらは!?」

 

どういうことだ? 何がどうなっている?

混乱が加速して、何も言葉が出ない。

 

「ふう、いい汗かいたー」

「息もようやくあってきたしね」

「これなら、本番も大丈夫だよね」

「ん・・・何か様子がへんです」

「ふふふ、私も自分の手腕をたまに恐ろしいと思うネ。むっ・・・ところで少し騒がしいガ・・・って、ええ!?」

「おいどうした。もうすぐ鐘もなるであろう。いつまで立って・・・ぬぬ、あの女は・・・テオドラ皇女!?」

 

同じく外に居た焔や超たち、そしてデュナミスも帰ってきたのだが、超とデュナミスは一目でテオドラに気づき、少し慌てた。

 

 

「おい、どういうことだテルティウムよ。なぜ、ヘラス帝国の皇女がここにいる!?」

 

「フェイトさん、今度は何をやらかしたネ!?」

 

「あっ・・・デュナミス・・・うん、僕もよく分からないけど、少し黙ってたほうがいいよ。そして超。こうなった原因の大半は、君のタイムマシーンだからね」

 

 

あまりにも堂々とヘラス帝国とか皇女とか魔法世界のワードを出しすぎる無警戒なデュナミスを制するが、しかしテオドラはそれどころではないといったところだ。

 

(ど、どういうことじゃ!? なぜ、なぜこやつらがここにおる!? しかも・・・何故歳を取っておらぬ! 人違いか? それともあやつらの血縁者か? いや・・・しかし・・・)

 

混乱収まらぬテオドラ。だが、幸か不幸かこの数秒後、彼女にその全てがどうでもよくなるほどの衝撃がやってくるのだった。

 

「なあ、みんなどうしたんだよー」

「皆さん微動だにしていません。ダルマさんが転んだでしょうか?」

 

―――ッ!?

 

 

テオドラ、心臓が止まってしまうかと思った。

 

「ッ・・・そ・・・その声・・・」

 

教室に帰ってきた二人。その二人の声をテオドラは知っていた。いや、忘れることなど出来るはずがない。

 

「まさか・・・まさか・・・まさか・・・」

 

まさか・・・そう思って彼女が振り返った先には・・・

 

「あっ・・・」

「あれ・・・君・・・・どっかで・・・・」

「あら。私もどこかで見たことが・・・」

 

首を傾げる二人は、テオドラの正体に気づかない。しかし、どこか心当たりと懐かしさを感じた。

一方でテオドラは、後僅かな衝撃で両膝から崩れ落ちるところだ。気づけば頬に涙が伝っている。

ずっと会いたかった・・・ずっと恋こがれていた・・・そしてずっと探していた・・・そして、もう二度と会えないと思っていた。

だが、これは幻ではなく現実だ。正直この瞬間、テオドラはアーウェルンクスや完全なる世界など頭に無かった。

時の矛盾も気にしなかった。

ただ、目の前にいる人物が本当かどうかを明らかにするため、彼女は震える唇でその名を告げた。

 

「シ・・・シモン・・・なのか?」

「えっ? 何で俺の名前・・・あれ?」

「シモン・・・なのだな・・・い、生きて・・・いたのか・・・」

 

もはや涙が流れる程度の問題ではない。涙が止めどなく溢れだした。

首を傾げるシモンは、どうやらまだ自分の正体に気づいていないようだ。だが、当然だ。二十年も経っているのだ。テオドラとて、シモンが二十年前とまったく同じ容姿でなければ気づかなかったかもしれない。

だが、こっちが気づいて向こうが気づかないというのは、やはり面白くないと言えば面白くない。

テオドラは涙を拭いながら、両手を合わせて頭を下げた。

 

 

「お・・・・・・お久しぶりです。わ、わたくし・・・かつて勇者であるあなた様に命を救われました、ヘラス帝国皇女・テオドラにございます」

 

「えっ!?」

 

 

涙は気にせず、テオドラは皇女として、そして大人としての振る舞いを見せてシモンに一礼する。

それを見て、シモンは気づいた。

かつて魔法世界で出会った、うるさくて騒がしくて可愛らしいお姫様のことを。

 

「テオッ!!」

 

そこから先は皇女でなく、テオドラはただの女になった。

 

「シモン・・・・・・シモンッ!!!!」

 

テオドラは力強くシモンを抱きしめた。ようやく再会できた男を、離すものかと抱きしめた。

 

 

「ヌシなのだな! シモンなのだな!? 本物のシモンなのじゃな!? シモン・・・シモン・・・シモン!! まさか・・・まさかもう一度会えるとは・・・まさか・・・」

 

「テ、テオなのか? 本当にあの時のテオなのか!?」

 

「どうして・・・どうして!? どうして妾に何も言わずに消えた! どうして礼も言わせずに黙って居なくなった! どうして・・・どうして!?」

 

 

先ほどまでと違い、己の感情の全てをシモンにぶつける。

この二十年で互いの身長は逆転した。かつてはシモンよりもずっと小さかった少女が、今では小柄なシモンをすっぽりと覆い抱きしめるほど成長していた。

 

シモンが戸惑うのも無理はなかった。

 

「・・・・・・・・・・・皇女?」

「あの・・・結局あの人誰なんですか?」

「お願い・・・フェイトさん・・・これ、本当に私が原因でこんなことになってるカ教えて欲しいネ」

ポカン顔のタカミチとネギ。訳が分からん超。

 

そして・・・

 

「とりあえず・・・・・・」

 

とりあえず、皇女と呼ばれているグラマーな大人の美人に抱きしめられているシモンに、一同一言。

 

 

「「「「「「「「「「シモン・・・・・・どこのプリンセスラバーだこらあああああああああああああああああ!!!!????」」」」」」」」」」

 

 

大怒号が学園に響き渡ったのだった。

 

「シモン・・・シモン・・・シモン~・・・生きて・・・いた・・・のか・・・」

「うん。久しぶり」

「何故・・・何故歳を取っておらんのじゃ! ヌシは三十代のはず!」

「あ、えっと・・・それは・・・」

「いや、よい。話なら後で構わぬ。重要なのは、そなたが目の前に居ること。だから、妾はもう離さんぞ」

「あっ・・・むーーーーッ!!??」

 

だが、テオドラは全く気にしなかった。それどころかシモンにスリスリとし、その身長以外にも成長しているたわわに実った二つの果実にシモンを埋め込んだ。

 

「むー、むむーう!!??」

「シモン・・・ようやく会えた・・・シモンよ」

「むー!? むーっ!? むーっ!?」

 

テオドラ、感動のあまりに何も耳に入らない。だが、テオドラの胸の中でシモンが切羽詰まった声を上げている。

それは何故か。何故ならこういう状況だとクラスの怒号と、あの女が目覚めるからだ。

 

「錐揉みキーック!!!!」

「ぬぬッ!?」

 

どんなに感動に浸っていても、流石は歴戦を生き抜いた皇女。自分に向けられた殺意にはちゃんと反応した。

後、コンマ数秒反応に遅れていたら、顔面を蹴り飛ばされていた。

 

「テオドラ・・・・・・何を・・・しているのですか?」

 

額に青筋立てた黒ニアが光臨した。

 

「ニアくーーーん、なんてことを、この人は帝国の皇女なわけで!?」

「てか、高畑・・・ヘラスってどこだ? ヨーロッパのどこかか?」

「でもよー、ニアだって小さい国なら簡単に潰せるテッペリン財団のお嬢様だ。言ってみりゃ、あれも姫だろ?」

「しっかし、あの姉ちゃん何者だ? どっかで見たことあるような気がするが・・・」

 

一国の皇女の顔面に蹴り入れようとしたニアに、泡拭いて気を失いそうになるタカミチ。

だが、黒ニアは相手が誰でも関係ない。むしろ「チッ、外しました」と舌打ちしていた。

 

「ほ、ほう・・・これもまた懐かしい・・・ニアか?」

「ええ。随分と手足が伸びて脂肪もついていますね。ですが、・・・あなた・・・誰に手を出しているのでしょうか?」

「ぷはっ・・・黒ニアー、待って! ちょっ、テオだって悪気があるわけじゃないんだし、それに久しぶりなんだからここは落ち着こうよ!」

「いいえ、シモン。私は至極冷静に、テオドラの首を跳ね飛ばして肥溜めに叩き込もうと思うほど落ち着いていますが」

「な、なぬ~」

 

黒ニア。漆黒の瞳と明らかなる殺意が場を凍り付かせる。

テオドラも少しカチンと来たのか、ムッとして立ち上がろうとした。

だが、そこでテオドラは・・・

 

(むっ・・・ニア・・・・・・・ニア・・・こ、・・・これは!?)

 

あるとんでもない重大なことに気づいたのだった。

 

(・・・ぬふふ・・・なるほど・・・そういうことか。ならばここは・・・)

 

テオドラ、顔には出さないが、気づいたあることを考えるだけで、ニヤケが出そうで仕方なかった。だが、ここはあくまで冷静にと、急に大人の余裕の振る舞いを見せだした。

 

「申し訳ありません、ニア。あなたの恋人を抱きしめるような事をして」

「むっ・・・」

「しかし、うれしくて思わずしてしまったのです。お許し下さい」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

何と、テオドラは礼儀正しくニアに謝罪しだしたのである。これには黒ニアも反応に困った。あの、二十年前のじゃじゃ馬娘が、こんな落ち着きのあるお淑やか大人になったのかと。

 

「ダイグレン学園の皆さん驚かして申し訳ありません。ですが、ずっと探していた方が目の前にいましたので我慢できませんでした」

 

この時、疑ったのはタカミチだけだった。

 

(何だ・・・急に大人びた態度を見せて・・・お淑やかなフリをして・・・何を企んでいる?)

 

テオドラは明らかに何かを企んでいると、タカミチは読んだ。しかし、そのことに気づかないダイグレン学園の生徒たちは照れくさそうに笑った。

そしてテオドラは説明した。自分がかつてシモンたちと出会い。窮地を助けてもらったことを。そして何も言わずに消えたシモンやカミナたちを探していたと。

勿論、事情の知らない者たちもいたので魔法やタイムマシーンのことは旨く省いたが、ネギや超やデュナミスたちはようやく事の流れが掴めた。

 



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第78話 全て水に流そう

「そっかー、アンスパと喧嘩したときに居たチンチクリンかー!」

「あの時のあの子が、すごい素敵な女になったわね」

「すっげー美人じゃんかよ。ヨーコほどじゃねえけど、私らより全然おっぱいでけーし」

 

段々、途中で色々省略されているが考えても分からなくなってきたため、「まあ、細かいことはいいか」と流してカミナたちと再会を喜んだ。

テオドラも柔らかい笑みを返し、そしてシモンと向かい合う。

 

「どうでしょうか、シモン。私・・・少しは大人になったでしょうか?」

「う、うん、て、少しはって、少しなはずないじゃないか!! すごい・・・大人になったよ・・・」

「ふふ、そうですね。あの時の私はまだまだ手の掛かるじゃじゃ馬扱いされていましたから」

 

そこでタカミチは心の中で思った「今も十分じゃじゃ馬だろうが」と。しかし、どうしてテオドラはこうして大人の振りをしようとしているのか?

そこには、したたかなテオドラの思惑があったことに、この場にいた誰もが気づいていなかった。

 

(ふふ・・・ぬふふふふ・・・)

 

心の中で不敵に笑うテオドラ。顔に出さないように必死だった。

テオドラの思惑。それは・・・・

 

(ぬふふふふふふふ! これぞ秘技・大人のお姉さん大作戦じゃ!! 時の矛盾を逆手に取る!!)

 

実に子供らしい作戦であった。

 

(まさか再会したシモンが二十年前から歳を取っておらんとは予想外じゃ。ダンディーになってると思っただけにの。じゃが、それもよし。それはゆくゆく育ててゆけばよい。それよりも今は、あの時と変わらぬこのシモンじゃ。最初は冴えないダメ男だったが、ぬふふふふふ)

 

出会った時は、ただの頼りない男に見えた。しかし今は、シモンが本当は頼りになる男であり、命懸けで自分を救ってくれた男だとテオドラも分かっている。

真っ赤にして慌てるシモン。こんな小さな体で自分を助けてくれたのだと、うれしさとニヤけが止まらない。

 

(ぬふふ、シモンはジュルジュルじゃのう)

 

だが、テオドラはそこでシモンを自分のモノにするには障害があった。それはニアだ。

 

(ニア・・・二十年前からシモンと愛し合っていたからの。これに割って入るのは至難のワザ・・・と昔なら思ったじゃろうが・・・ぬふふふふ、ニアも歳を取ってないことが幸いした!!)

 

テオドラはメチャクチャニヤケそうになる顔をクールに保ったまま、ニアの体を上から下へ眺め、心の中でガッツポーズした。

 

(ぬははは、ニアを見たかの。貧乳じゃ、ひんぬーじゃ。今のあやつは無乳じゃあ! 子供体型じゃ! 妾のボンキュッボーンの敵ではない!)

 

今のニアなら勝てる。自分にはこの二十年で培った大人の魅力がある。それはもはや武器だ。凶器だ。兵器だ。

 

(勝てる・・・勝てるぞ! てか、もう勝ったぞい! ぬはははは、完全なる世界ももう心配せんでよいし、妾の恋愛運はここにきてV字回復! これぞラブアンドピースじゃあ!)

 

もう、テオドラの頭の中には先ほどまでの混乱はどーでもよくなっていたのだった。

 

「・・・・・・・てなことをテオドラ皇女は思ってるんじゃないかい?」

「精一杯ニヤケ面を抑えてるがバレバレヨ。まさかシモンさんが私のタイムマシーンの事故で、異世界のお姫様にフラグを立てて二十年後にルートを造るとは・・・恐ろしい人ネ」

 

小声で呆れたように話し合う、フェイトと超だった。

 

(ふっ、最大のライバルであるニアが・・・ぬ・・・ライバル・・・そういえば・・・)

 

一人、腹黒い事を考えていたテオドラだが、そこでハッとした。

今の成長した自分にとってニアはライバルになり得ないなどと思ったら、思い出した。

 

「綾波フェイはどこじゃあ!!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

無言で全員フェイトを見て、フェイトは必死に首を横に振って「余計なことを言うな」と懇願したのだった。

 

「ぬぬ、ヘラスの皇女よ。そういえば二十年前に貴様も綾波フェイを見ておったな」

「うむ。デュナミスも対峙したであろう? あの容姿にとてつもない魔力。さらにはシモンを想う強い心。妾の目は誤魔化せん。シモンと綾波は・・・ラブラブじゃった!!」

「くっ・・・だが・・・それは認めよう。我の目から見てもあの時の二人の絆は・・・いや、綾波の想いはそれだけ輝いていた」

 

力強く語り合うテオドラとデュナミス。この時、タカミチは心の底からツッコミたかった。

お前ら大戦争を繰り広げた大幹部と皇女で、互いに敵同士だっただろと。

 

「ぶーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

「きゃ、きゃあ! キノンが鼻血を出したわ!」

「キノーン、しっかり・・・って、何で幸せそうな顔してんだ!」

「イ、イッツ・・・ア・・・ふぁんたじー・・・あんど・・・どりーむ・・・やっぱり・・・・フェイ・・・シモン・・・もう、鉄板・・・夏コミもらいました・・・がくっ」

 

キノン、女の夢を抱いて散る。

そして、デュナミスに真実を語れないものの、真実を知る者たちのシモンへのジト目は半端なかった。

フェイトガールズはシモンへ殺意の眼差し。黒ニアはこの世を破壊せんばかりの負のオーラ。

もはや何とも言えないヨーコたちであった。

 

「まあ、しっかしだ。シモンの野郎はまさかホンマモンの皇女様まで落としてたとはな」

「しかし、いつからこいつはそんなにモテるようになったんだ?」

「つくづく男の風上にもおけんやつだ。ニアしかいないと公言しておいて」

「ニアニア言ってるが、結局お前の本命は誰なんだ?」

 

シモンばかりがモテて面白くないキタンたちの呟きに、ハッとなったのがデュナミス。

 

「その通りだ、シモンよ! 貴様の態度はもはや目に余る! 教師として、同じ男として貴様に問おう。過去のしがらみも今は語らん。ただ、答えろ。貴様が真に思う女は誰なのだ! ニア、テオドラ、セクストゥム、綾波・・・さあ、誰だ!!」

「むむ、それは妾も気になるぞい・・・じゃなかった、気になりますわ。今、あなたの心の中に居る女性は誰でしょうか?」

「ええええーーーッ!? なな、何でそんなこと聞くんだよ! 俺は別にフラフラしてるわけじゃないぞ!?」

 

何故か息もピッタリでシモンに詰め寄るデュナミスとテオドラ。この二人、本当に敵だったんだよなと、タカミチ教室の隅で涙目。

流石に気の毒になり、フェイトがシモンのフォローに入る。

 

「ま、待てデュナミス。シモンはニアだろう。それと綾波は数に入れなくて良いと思うけど・・・」

「黙れ! テルティウム、これはシモンと綾波の問題だぞ! 関係ない者は黙っておれ!」

「僕は無関係じゃな・・・あっ、うん、僕は全然無関係だった。まったくもって、綾波に関して関係なかった」

 

フェイトはアッサリと引き下がったのだった。

いきなり好きな女の名前を言えと言われて、少し慌てるシモン。

すると、むしろそんなの逆に恥ずかしがることじゃねえだろと、カミナがシモンの背中を叩いた。

 

 

「バカ野郎。いいじゃねえかよ、シモン」

 

「あ、アニキ・・・」

 

「どいつもこいつも、どうやら信じてねえらしい。なら、何度だって言やいいじゃねえか。恥ずかしがることはねえ。むしろ誇れ! 惚れた女の名前を叫んでテメエをどこまでも誇れ! シモン、お前は自分を誰だと思ってやがる!」

 

 

カミナの言葉に、シモンは目を覚ます。

そうだ、最初から決まっているんだ。だったら恥ずかしい事なんて何一つ無いじゃないか。

何度だって教えてやればいい。自分が、誰を好きなのかを。

 

「お、俺が好きなのは・・・ニアだよ! 俺はニアを好きなシモンだ! 俺は・・・俺はニアじゃなきゃダメなんだ! ニアに決まってるじゃないか!」

 

拳を強く握って断言するシモン。

そこで、今までようやく冷やかな目を送っていたクラスメートたちもクスリと笑って頷いた。

そうだ。それがシモンだ。

 

「はい、シモン! 大丈夫、私にもシモンしか居ません。だから私はいつでもシモンを信じています」

 

黒ニアから入れ替わり、ニアもいつものように微笑んだ。

結局はこれがあるべき姿だ。デュナミスは「そうか・・・」と少し切なそうに、テオドラは「まあ、今はまだ・・・」と少し舌打ちした。

そして、ようやく綾波とシモンの組み合わせが消えたと思ったフェイトは、安心して調子に乗ってしまった。

 

「よくぞ言った、シモン。ならば良い機会だ。その旨を、この愚かなアーウェルンクスにも伝えるんだ、セクストゥムにベタベタするなと命令しろ!」

 

ついでに便乗してセクストゥムも離れさせろとフェイトは告げる。

クラスメートたちは「鬼だ・・・」と呟くが、確かに状況を理解しないで無防備にシモンにまとわりつくセクストゥムもこのままでいいわけではない。

 

「そ、そうだよね・・・言い方はあれだけど、フェイトの言ってることも・・・わ、分かった・・・俺も男だ! ハッキリしてやる!」

「素晴らしいことだよ、シモン。ならばこの愚かなセクストゥムに引導を渡してくれ」

「何故、フェイトさんはそこまでうれしそうカ?」

 

このままでは、いずれセクストゥムも不幸になる。ならば、ハッキリさせなければならない。

シモンは心を痛めつつも、首を傾げてよく分かっていないセクストゥムに告げる。

 

「セクストゥム!」

「はい、なんでしょう」

「今日から・・・・今日から俺はお前のマスターじゃない!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ・・・・」

「だから・・・俺の命令なんてもう聞かなくていいから。お前は自由に生きるんだ!」

「・・・・ま・・・・・・・・・・・ますたー・・・・・・」

 

その時、クラスメートたちは見た。ガクガクと震えて目の焦点が定まっていないセクストゥムを。

 

「・・・・・・・・・・ねえ・・・やっぱ、ちょっと可哀想じゃ・・・」

「いや・・・・っていうか・・・何だか嫌な予感しかしねえが・・・」

「で、でもよ、ハッキリさせろって言ったのは俺たちだしよ・・・」

「セクちゃん・・・辛いんじゃねえのか?」

「アーウェルンクスに心はない。別に動じることは何もないよ」

 

「「「「「「フェイト、お前が言ってもまったく説得力ねえぞ!!!!」」」」」」

 

 

シモンが言った後、明らかに動揺してフラフラとするセクストゥムにクラスメートたちは心を痛めた。

だが、ハッキリしろと言ったのも自分たち。

ならばこれは仕方が・・・

 

「マスター、それはご命令でしょうか?」

「えっ・・・」

「命令なら従います。ご命令でしょうか?」

 

顔を落とし、表情が前髪で読み取れないが、セクストゥムは消え失せそうな声でそうシモンに返した。

 

「いや、だからさ、もう命令とかじゃなくて、今日からセクストゥムも自由ってことだよ!」

「それは、ご命令でしょうか・・・」

「ッ・・・」

 

あくまで「命令」にこだわるセクストゥム。シモンもこれ以上何と言っていいか分からず、仕方なくそう言うしかなかった。

 

「そ、・・・そうだよ、命令だよ。セクストゥム、今日から俺はお前のマスターじゃないから、フェイトみたいに自由に生きるんだ」

 

ゴクリと誰もが息を飲み込み、フェイトだけはガッツポーズをしていた。

すると、今のシモンの言葉を誕生間もないアーウェルンクスは、こう解釈した。

 

「いらない・・・ますたーは・・・もう・・・わたし・・・はいらない・・・」

「あ、いや、いらないんじゃないよ! セクストゥムはこれからも大事な仲間だってことで、いらないなんて言ってないよ!」

「いらない・・・役立たず・・・不要品、欠陥品、・・・私は・・・廃棄物・・・」

「だから、そんなこと一言も言ってないって!」

「分かりました・・・自爆します」

「だから! ・・・・・・・・・・・・・・・えっ?」

 

――――――――――――――え?

 

今、自爆と言いました?

 

「マスターは私をもう必要ないと・・・ひつよう・・・ない・・・と・・・」

 

その瞬間、セクストゥムの体を膨大な魔力が覆った。

素人でも分かる。こんなエネルギーが破裂したら・・・

 

 

「「「「「「「「「「ちょっとまてえええええええええええええええええええ!!!!????」」」」」」」」」」

 

 

大悲鳴がダイグレン学園に響き渡り、生徒たちは一斉に逃げ出した。

 

「いかんぞ、なんちゅう魔力じゃ! あんなキャラブッ壊れてて魔力はそのままって反則じゃろうが!?」

「いかん、セクストゥム君を止めるんだ!」

「だだ、だめですよー、セクストゥムさん!」

「よし、爆発する前に破壊しよう」

「そして何でフェイトはそこまでセクには厳しいんだ!?」

「シモオオオン、とりあえずセクちゃんを止めろ!!」

 

まさか、ここまで極端な奴だとは思わなかった。生徒たちはパニックになりながら、この事態を鎮圧できるであろうシモンに叫ぶ。

だが、シモンも困る。今更撤回するわけにはいかないが、このまま放置すると取り返しの付かないことになる。

 

「と、とりあえず、セクストゥムは俺の話を聞いてくれよー!」

 

とにかく、落ち着けとシモンは今にも爆発しそうなセクストゥムの肩を掴んだ。

すると、魔力の発光が徐々に収まっていく。ひょっとして、爆発を思いとどまってくれたのかと皆がホッとした瞬間、セクストゥムはシモンに振り返り、こう言った。

 

 

「マスターのいじわる!!」

 

「「「「「「「「「「ッ!!!???」」」」」」」」」」

 

 

初めて聞いた、感情的なセクストゥムの叫び。

全員呆気に取られた。

 

「うそつき・・・・うそつき・・・うそつき!」

「えっ・・・えっ? セ、セクストゥム・・・俺、ウソなんて・・・」

「学園祭で・・・マスターには、私だけだよ・・・と・・・」

「な、何言ってるんだ、俺そんなこと一言も・・・・あっ!?」

 

 

シモン、思い出した。父親に洗脳されている頃、学園祭でそんなような発言をしてしまったような記憶がある。

なんか、それから生涯ずっと居るよ的な事も・・・しまった・・・そう思った瞬間、セクストゥムがシモンの胸ぐらにしがみついた。

 

「やだ・・・マスター・・・やだ・・・」

「あっ・・・」

「ますたー・・・すて・・・ないで・・・ますたー・・・すて・・・うっ・・・・ううう・・うわああああああああん」

 

とうとう泣いてしまったのだった。

 

 

「「「「「シモオオオオオオン、セクちゃんを捨てたら許さねえええ」」」」」

 

「さっきと言ってること違うじゃないか! 俺にどうしろって言うんだよ!」

 

 

流石に女の涙にはどうしようもない。さっきまでハッキリとしろと言っていたクラスメートたちは、何故かセクストゥムの味方になってシモンをブーイングしだした。

あたふたしてどうすればいいのか分からぬシモン。

セクストゥムは、わんわん泣き出した。

すると、フェイトとデュナミスが気づいた。

 

「むっ、まずいぞ、テルティウム!?」

「う、うん・・・セクストゥムは水のアーウェルンクス・・・つまり彼女の涙は・・・」

 

止まらぬセクストゥムの涙は、止まるどころか勢いを増し、しかもそれには膨大な魔力が込められていた。

その時、彼らはかつて校長のリーロンの言葉を思い出した。

海を舐めてしょっぱいのは何故か? それは、海は乙女の涙で出来ているからだと・・・

 

 

――Noachian deluge(ノアの大洪水)

 

 

「うおおおおお、洪水だあああああ!」

 

「セクちゃん泣きやめえええ!」

 

「大丈夫よ、シモンはあなたを捨てたりしないわ!」

 

「シモンは意地悪言っただけで、本当はセクの事が大好きなのよー!」

 

「のわあああ、流されてしまうのじゃあ!!」

 

「テオドラ皇女――!」

 

「シモーン、何とかしろお!」

 

 

結局シモンが謝って、今まで通りにしようと説得してセクストゥムが泣きやむのに一時間かかった。

校舎中が水浸しになり、ダイグレン学園の生徒も教員もずぶ濡れとなったが、大きな被害はなく事は収まったのだった。

 

ちなみに、黒ニアのOSHIOKIDABEはシモンに対して徹夜で行われたのだった。

 

 

 

 

 

「・・・つまり『そういうわけですから、完全なる世界はもう大丈夫そうです・・・テオドラより・・・』テオドラ皇女からの伝聞は以上になります・・・か・・・」

 

 

ここは魔法世界。歴史ある空に浮かぶ国、オスティア。

そのオスティアを管理する男の元に、魔法世界でも中心とも言える大帝国の皇女より現実世界から送られた極秘密書。

標題に「完全なる世界の残党」と書かれていたのを見て、この密書を受け取った瞬間、心臓が飛び出しそうになるほどの衝撃を受けた。

だが、中身を読み進めていくうちに、分かったこと・・・

 

「ふふ・・・ふふふ・・・ナギの息子を迎えた際、いつか来るであろう完全なる世界の残党たちとの決着・・・それに備え、あらゆる計画や設備に兵器、そして作戦を考えていたのに・・・どうしてこうなっているんですか!!??」

 

オスティア総督・クルト・ゲーテル。

今、魔法世界で最も忙しい男とも言われている彼は、テオドラからの報告を聞いて我慢できず、執務室の自分の机を拳でたたき壊した。

 

 

「そ、総督・・・」

 

「何なんですか、コレは! 敵の情報工作ですか? デュナミスがモッテモテ? 残党たちが可愛い? アーウェルンクスとナギの息子の仲は良好? 私もこのまましばらく麻帆良のダイグレン学園に留学して彼らの様子を見ますので、しばらく帝国との外交は他の者によろしく? 今度婿を紹介します? どいつもこいつも何をやっているのですか!?」

 

「総督・・・血圧が・・・」

 

「大体、サラっと留学って何ですか!? あなたは三十路でしょうが! 女子高生など十年遅いですよ!」

 

「総督、ヘラス族は長寿であるので人間換算ではまだ十代だと・・・」

 

「関係ありません、あのババア!!」

 

 

秘書が心配で駆け寄るが、取り乱したクルトは苛立ちを隠せない。

ひとしきり気の済むまでグチを吐き捨てて、ようやく落ち着いたかと思えば深く溜息をついた。

 

 

「は~・・・なんだか、今初めて・・・完全に忘れられている造物主に同情しました・・・」

 

 

そして、魔法世界も平和であった。

 



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第四部 愛は宇宙を変える編
第79話 祭りの準備だ


夜はドンチャン騒ぎだった。

アッサリとダイグレン学園に編入が認められたテオドラに、クラス総出で歓迎会。

一次会二次会と盛り上がり、最後はシモンが入っているならとドリ研部の入部を希望したテオドラに対して三次会を部員で開く。

しかし、流石に疲れたシモン達は泥のように眠りについた。

ダイグレン学園男子寮。

金のないダイグレン学園の寮ゆえ、本校の生徒達の学生寮と比べるまでもなく設備も悪くオンボロである。

また、本来は一人部屋である。だが、今シモンの部屋では7人という人口で雑魚寝状態であった。

 

「ふむ、鍵が開いていた・・・というより壊れているようだな。カミナがいつも蹴破っているようだが、何とも不用心」

 

朝早く、いつもは騒がしい寮もまだ静かな頃、ダイグレン学園教師デュナミスは、シモンの部屋の扉を開いてその惨状に呆れていた。

彼の眼下には、スヤスヤと眠るシモンと、彼の右腕に抱きつくように眠るニア、部屋の隅で丸くなって静かに眠るザジと超、シモンの布団に入ろうとしたがフェイトに足首を捕まれたまま身動き取れずそのまま寝たのであろうセクストゥム。

そして最後は新入りテオドラ。彼女は実に妖艶でスケスケなネグジェリ姿で、シモンの左腕にしがみついたまま寝ていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふっ・・・」

 

寮の汚さとか、部屋の狭さとかなど今のデュナミスには気にならない。

今はただ羨ま・・・だらしなく、男としても許されないシモンに対する怒りのほうが先だった。

 

「シモーーーン、どこの恋姫無双だ貴様アアアアアア!!!!」

 

烈火のごときデュナミスの怒りが目覚ましとなり、6人は一斉に起きた。

敵の襲来かと思って、直後に身構えたフェイトとセクストゥムはさすがだっただろう。

 

「ふわああ、デュナミス・・・えっ、何で?」

「こんな朝早くから何の用だい? やかましくて眠れもしない」

「マスターの安眠を妨げる者は許さない」

「目がシパシパするネ・・・ザジさん起きてるカ?」

「ZZZ~~・・・二つの世界が繋がる・・・ムニャムニャ」

「まあ、テオドラ! あなた、何という格好をしているのですか!」

「何じゃ? この格好はただの勝負衣装じゃ。問題は無いと思うがのう」

 

まったくもって弛んでいる。これだけ大声で怒鳴られてもこの態度だ。

 

「貴様は相変わらず・・・テルティウムも付いていながら何というザマだ」

「僕に言われても。それに、君だって色んな女の子に告白されたりしてるじゃないか」

「私は態度をハッキリさせている。シモンと違ってな。まあ、確かに最近呼び出されて思いを伝えられる回数は多いが・・・」

 

だが、今更だろう。昨日、ニア一筋と言いながら女を侍らすシモンに物申した結果、セクストゥムが大泣きするなどの大惨事が起こった。

 

ダイグレン学園が半壊しかけた昨日の出来事を考えると、シモンを女関係で怒らせるのは得策ではないとデュナミスも大人になった。

 

「まあいい、シモンよ。実はお前に用があってきた」

「俺に?」

 

まさかまた決着でも付ける気か? それともシモンはまた知らないところでデュナミスを怒らせるようなことでもしたか?

シモンだけでなくフェイトも少し心配になった。

だが、それは杞憂に終わる。

 

「お前に頼みがある」

「えっ?」

 

予想外だった。あのデュナミスがシモンに頼み? 一体何を話そうというのだ? っていうか、何で頼みたいことがあるのなら宿敵のシモンではなく、完全なる世界のメンバーにしないんだ?

それはデュナミスの頼みたいことは、フェイト達の想像の遙か斜めに突き進む内容のものであったからだ。

 

「シモンよ、私と一緒に幼い子供たちのためのヒーローショーに出演して欲しい」

「えっ、えええ!?」

 

あまりにも唐突すぎる。フェイトや超鈴音もポカンとしている。

 

「どいうことだよ?」

 

子供向けのヒーローショー? 意味が分からないシモン達に、デュナミスは説明する。

 

「どうも最近、私は学園の生徒達から慕われてな」

「う、うん。知ってるよ。告白されたりとかもしてるし・・・」

「まあな。だが、最近では恋愛絡みだけでなく幼い児童や園児たちからも声を掛けられる。ダークヒーロー・マスクマンなどといってな」

「ダークヒーロー・マスクマンって・・・」

 

デュナミス・本職は魔法世界消滅を企む悪のテロ組織の大韓部。

それが今では幼い子供達にも大人気の学園ヒーローとなってしまった。

 

(デュナミス・・・どうして君がそんな風に・・・いや、僕も人のこと言えないか)

 

思わずツッコミたくなったフェイトだが、自分のことを考えると何も言えなかった。

フェイト・本職は魔法世界消滅を企む悪のテロ組織の大韓部。

それが今ではダイグレン学園の生徒にしてドリ研部員、時々女装。

同じアーウェルンクスのセクストゥムはシモンに従順なサーヴァント。

そしてフェイトの従者達は普通の女子高生のようになってしまった。

別にデュナミスだけじゃないかと、フェイトも何も言わなかった。

 

 

「さて、そんな時だった。今度、児童養護施設に訪問してヒーローショーでもやってくれないかと麻帆良教会のシスターから打診があった。両親も居らず辛い思いをしている子供達を楽しませて上げて欲しいとな」

 

「ええええ!? そんな依頼が来たの!? っていうか、その依頼を受けたんだ!?」

 

「ウム、そういった経験は今まで無かったからな」

 

「だからって、デュナミスがヒーロー? なんでそんなことになってるのさ!?」

 

「確かにそうかもしれん。だが、請け負ったからには楽しませてやりたい。私はヒーローではないのだが、そう思いこんで憧れている幼子達の前だけでも演じてやりたいだけだ」

 

 

アッサリと頷くデュナミス。その返答に、シモンやフェイトは当然、超やテオドラも開いた口が塞がらない。

 

 

「私はヒーローを名乗るには血に汚れすぎた。そんな私がヒーローを名乗るなど本来ならおこがましい。しかしそれで少しでも心が救われる者が居るのならば演じてやるのも吝かではない。私はこの学園で様々な人間から心と温かさをもらった。今度は私が返す番だ。誰かの恋や愛に応えてやることはできんが、誰かの心を救ってやれるのなら安いものだ」

 

「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」

 

 

一同唖然。

開いた口が塞がらないだけでなく、思わず感心してしまった。誰もが聞き入り、ニアやテオドラは感動のあまりに目が潤んでいた。

 

「素敵です! 感動しました、デュナミス先生!」

「うむ、例え過去の罪がどうであれ、今のヌシは紛れもなくヒーローじゃ!!」

 

ニアとテオドラが身を乗り出して、ギュッとデュナミスの手を握った。

シモンもそれにはまったく異議なしだった。

 

「うん! 俺もそういう理由だったら喜んで手伝うよ!」

 

シモンも笑顔で承諾する。デュナミスも少し微笑み、軽く会釈した。

 

「恩にきる」

「ううん! 全然だよ。それに、俺も両親が行方不明になって、小さいときアニキと一緒に養護施設に入って過ごしたんだ。だから、そんなのいくらでも協力するよ!」

 

ただデュナミスに感動しただけではない。

シモンもカミナも両親が行方不明になってから、養護施設に入れられて育った。だからこそ、自分たちと似た様な境遇にいる子達のために出来ることがあるのなら、喜んで協力しようと思った。

 

「で、ヒーローショーって、俺は何をするの?」

「私にやられる敵役だ。教会のシスター・シャークティたちが台本を作ってくれるのだが、敵役が必要だと言われてな」

「ふーん。でも、何で俺なの?」

「演技とはいえ私が本気でぶちのめしても心が痛まんのはお前ぐらいだからな」

「あっ・・・そうなんだ・・・」

「だが、一応は演技だ。なので、本番では私がお前に攻撃しても、セクストゥムが私に攻撃しないように命令しておけ」

「はは、そうだね」

 

少し前までは殺し合いをしていた二人だというのに、「もう忘れた」というような感じで話を進めていく。

それにどこか楽しそうだった。何だかそれが見ていて羨ましかった。

 

「何だか楽しそうじゃな。のう、妾も行ってよいか?」

「はい、私たちも協力したいです」

「確かにそういうチャリティーの場で我らが動くのも、ドリ研部のPRにも繋がるネ」

「敵役のエキストラ・・・紹介します」

 

テオドラ、ニア、超、ザジも乗り気だ。

どうやらシモンだけではなく、ドリ研部全体の活動の一つとして協力しようとしている。

 

「うむ、シスター・シャークティも人手が足りないと言っていたのでな。それは助かる。ただしだ、一つ条件がある!」

「条件? なんじゃ?」

 

デュナミスがドアップの真剣な表情で一つだけ条件を出した。それは・・・

 

「このことをカミナたちには教えないように・・・だ」

 

その条件は、カミナたちを参加させないことだった。

 

「なんでだよ。言えばアニキたちも喜んで協力してくれると思うけど?」

「そうだね。何て言ったってイベント事が大好きな彼らだからね」

「いや・・・私もそう思ったのだが、シスター・シャークティに激しく却下された。幼い子達に麻雀や喫煙飲酒に喧嘩に停学が日常茶飯事の奴らを会わせるなとな。今回もお前は特別ということで許して貰った」

 

「「「「なるほど」」」」」

 

 

確かに子供達に悪影響もいいところだろう。教会のシスターが懸念するのも無理はない。

だが、これだけ人数が居れば大丈夫だろう。シモン達は快くデュナミスの頼みを引き受けた。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・全部筒抜けだったのだが・・・・

 

 

 

遅刻常習のダイグレン学園。しかし今日は一味違った。

シモンたちがショーの計画を立てているころ、まだ授業開始から一時間以上前だというのに学園の教室には生徒達が集合していた。

まだ、教師すらも学校に来ていない朝早く、彼らはある一人の男の呼びかけに集ったのだった。

 

 

「つーわけでだ、朝シモンの部屋に行こうとしたら、あいつら面白そうなこと企んでやがった。俺様に隠し事とはフテー野郎共だ! そう思わねえか、お前ら!」

 

「「「「おう、その通りだ!!」」」」

 

 

ホームルームが始まる前の教室では、カミナを筆頭にシモン達とデュナミスの話で持ちきりだった。

とにかくどんなことでもイベント事が大好きな彼らにとって、デュナミスやシモン達の隠し事は面白いものではなかった。

 

「こりゃーもう、やるっきゃないよなー」

「そうだ! フェイト様まで参加されるのに、我々が参加しないなどありえない!」

「デュナ先生も水くせーよなー、俺らに話せば超盛り上げてやるってのによー」

 

そして、クラス全員が参加する気満々だった。

デュナミスの条件「子供達に悪影響なのでカミナたちには教えない」などまったく関係ないぜとばかりに、彼らは話を進めていった。

 

「まったく、あなたたちは。ただ、自分が楽しみたいだけでしょうに」

「なんだよ、ロシウ。それならオメーは参加しないってのかよ」

 

こういうとき、真っ先にクラスメートを諫めるのがロシウの役目。しかし彼から出てきた言葉は意外な言葉だった。

 

「いいえ、僕は既にそのイベントに参加することが決定しています」

「ええ? そうなのかよ! なんでお前だけ、ズルイぞ!!」

「ズルくありません! そもそも僕はデュナミス先生やシモンさんとは別に、お手伝いを頼まれたのです!」

「なんだよ、どういうことだよ」

 

ロシウ、少し溜息ついて語る。

 

「今度彼らがショーをする孤児院ですが、僕はそこの孤児院の出身でした。今回僕は、園長先生に頼まれたのです」

 

ロシウが孤児院出身。知らなかったのは、転校生の焔たちだけ。また、魔法世界で彼女たちも家族を亡くし戦争孤児でもあった。

そのことに少し親近感を覚えた彼女たちだが、孤児院で育ったのはロシウだけではなかった。

 

「おー、そうなのかよ。ってことはシモンたちが今度行くのは『アダイ学園』か。俺、あそこの園長嫌いなんだよなー。神がなんたらとかお祈りがどうたらとか」

「まあ、カミナさんとシモンさんの居た施設と僕たちの孤児院はよく交流してましたからね。食事前にお祈りしないカミナさんは、よく『マギン園長』に怒られてましたね」

「ああ。なっつかしー思い出だぜ」

 

焔たちは更に驚いた。何の不自由もなくやりたい放題好き放題に生きるカミナ。実は彼も、そしてシモンも孤児院出身であった。

親が居ないとか家族が居ないとか、彼らはまるでそんな雰囲気を感じさせないぐらい明るく生きている。だからこそ、自分たちと同じ孤児であることに、焔たちは信じられなかった。

 

「あの・・・カミナ・・・あなたも孤児出身なのか?」

 

信じられないと、焔が尋ねると、カミナはアッサリと肯定した。

 

「おうよ。俺の親父とシモンの親父が失踪してな。いやー、俺らの居たとこは酷いんだぜ? オンボロ施設でよ」

 

何だか昔を懐かしむように語り出すカミナ。その過去は焔たちにはとても興味深く聞き入っていた。

話している内容から、カミナにとって孤児院はあまりイイ思い出のある場所では無さそうにも見える。

だが、当時のことを語るカミナは非常に楽しそうだった。シモンとの思い出。園長との喧嘩ややり取り。まるで誇らしげだった。

多分、どんな場所でも自分の居場所にして、どんな過去すら自分にとっての誇りにしてしまう。それがカミナなのかもしれない。

 

 

「アダイはカミナさんの施設とは違いました。子供達もみな心に大きな傷を持っていましたし、施設そのものの空気は暗かったです。でも、僕はマギン園長を尊敬しています」

 

「そうそう、くれーんだよ、アダイはよ。まあ、俺らんとこも似たようなことはあったが、俺らは俺らで楽しいものにしちまったがな。そーいや、アダイに居たあの双子のチビ共とか随分会ってねーな。もう、デカくなったか?」

 

「ああ、『ギミー』と『ダリー』ですか? 今は中学三年生で、二人共来年には立派な高校生ですよ」

 

「おお、そっかー。懐かしいぜ! よっしゃあ! それならどうよ、俺たちが出てきて、ただのショーだけで終わるのはつまらねえ。そこでだ、いっちょショーを含めて大規模な祭りでもおっぱじめちまったらよ!」

 

 

祭り? いきなりなんだと、皆がキョトン顔。

 

「祭りって・・・もう、学園祭も終わったじゃない」

「でもよ、俺たちは武道大会や魔法世界だアンスパだロボット対決やらであんま学園祭を満喫できなかったろうが」

「そりゃあーたしかにそうだけど」

「んでだ。こうなったら俺たちは俺たちの祭り、ダイグレン祭を作っちまおうぜ! くれーくそガキ共が暗くなる間もねえぐらいに盛り上げてやろうぜ!」

 

別に善意ではない。正直、彼らには盛り上がる理由があれば何でも良かったのかもしれない。

少なくとも、授業を受けているときより、こういうときの彼らは皆イキイキとしている。

 

 

「あのさ、それなんだけどさ、前から企画してたネギ先生のお別れ会。みんなで色々出し物とか歌とか練習してるけどさ、いっそお別れ会を兼ねてそのお祭りに招待してやるのはどう?」

 

「あっ、それ名案かも!」

 

「ネギ先生もご両親も居ない身でありながら、単身で日本に来てあれだけ大勢の方に慕われています。あの方の存在は、子供達にもいい影響になるでしょう」

 

「よっしゃあ、アダイ学園でガキ共を楽しませて、んでもって先公をハデに見送る、ダイグレン祭といこうじゃねえか!」

 

「こうなりゃ、盛大なんてもんじゃねえ。ドハデに行こうぜ! 俺たちだけじゃねえ。ダチ公全員集めて、デッケーのにしてやろうぜ!」

 

 

こうなれば行動は早く、誰もが異議なしで声を上げた。

最初は不謹慎だと諫めていたロシウですら、「やれやれ」と呆れながらも止める気はなさそうである。

カミナを中心にダイグレン学園の熱気が、再び伝染していくことになるのだった。

 

 

 

それは、もうすぐネギが帰ってしまう麻帆良女子中にも伝わっていた。

 

「あらあら」

「どうなさいました、千鶴さん」

「ええ、今度孤児院の子供達にイベントを企画しているのだけど、そのイベントが非常に大きくなってお祭りのような規模になりますと連絡があったの」

「あら、そういえば千鶴さんはよく保育園や孤児院の子供達を相手に遊んであげてましたわね」

 

麻帆良女子中3年。那波千鶴。15歳とは決して思えぬほどの大人びた容姿と物腰は、制服を着なければ20代と間違われてもおかしくない。

どんなことでも動じないおっとりとした性格で、将来は保母になりたいという夢を持つ母性本能の塊のような女性。

何よりの特徴は、クラス一の巨乳であった。

 

「ダイグレン学園のロシウ先輩から連絡があってね、そのお祭りでネギ先生のお別れ会もやるらしいわ」

「ッ!? ネネ、ネギ先生の!?」

 

あやかが突然動揺して立ち上がった。

 

「そうですわ! 何か、馴染んでしまって忘れていましたが、もうすぐネギ先生の研修が終わる頃ではありませんの!! 雪広あやか、一生の不覚ですわ! 我が戦友であるダイグレン学園の方々はネギ先生を心から送り出す準備をしておりますのに、帰りを受け入れる我々が何もしていないなど、あってはなりませんわ!!」

 

頭を抱えてクネクネと悶える委員長。一見異常に見えるが、このクラスからしてみれば慣れ親しんだ光景であった。

 

「千鶴さん、私も協力しますわ! 当日は、お帰りなさいネギ先生祭りも開催しなければなりませんわ!」

「あらあら、あやかったら。当日の主役はアダイ園の子供達よ?」

「勿論ですわ! 雪広グループが総力を挙げて、施設の子供達及びネギ先生に最高の一日をプレゼントしようではありませんの!」

 

ある意味では、思い立ったら誰の意見も意味がないぐらいに突っ走る、雪広あやかはダイグレン団寄りの性格かも知れない。

千鶴は千鶴で、あやかの暴走を特に止める様子もなく、温かい眼差し。

 

「なになにー、ネギ君がどうしたってー?」

「ちず姉なんの話し~?」

 

そして、その祭りの熱気に誘われて、続々と人が集結するのだった。

 



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第80話 謎のシスターに殴られた

そして、昼休み・・・

 

 

「つーわけでだ、よく集まってくれたな、野郎共!!」

 

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」

 

 

今日の朝企画したはずが、今日の昼休みに既に大勢の生徒達がダイグレン学園前に集結した。

 

「おーほっほっほっほ! 協力は惜しみませんわ!」

「あらあら、あやかったら」

「僕たちもやるぞー!」

「超も協力するなら、超包子も出ないわけにはいかないアル!」

 

麻帆良女子中の生徒達。

 

「当日は子供達にスポーツのすばらしさを教えるわ!」

「麻帆良ドッヂボール部、黒百合参上!!」

 

聖ウルスラ女子校のドッヂボール部。

 

「ぐわははは、ニア様が参加されるのなら協力せんわけにはいかんのう」

「ったく。めんどくさいねー」

「このシトマンドラ様に雑用を押しつけるとは、おのれ品のない猿どもめ」

「裸ザル共め。だがしかし、祭りだと? それを聞いた瞬間の、この血の滾りは何だ? 俺は今、猛烈に熱くなっている!」

 

チミルフやヴィラルたち、テッペリン学園の生徒達。

 

「おれたち軍事研究部がサバイバルの心得って奴をだなー」

「超さんが参加するならロボット部も協力しないとなー」

 

 

麻帆良に存在する数々の部活。

最初はただのこじんまりとした出し物だけにするはずが、何故か大事になりすぎて、大規模なものへと発展しようとしていた。

 

 

「「「「なぜ・・・・・・・・・・・・」」」」

 

 

昼休み。この集った者たちの光景に、デュナミスとシモン達ドリ研部は頭を抱えた。

 

「どういうことだ、カミナ!」

「おう、デュナ先公も水臭えぜ。俺らも祭りに協力するってんだよ」

「祭り!? 何故、祭りという話しになっている。やるのはヒーローショーだぞ!」

「細えことは気にすんな! 別に金取ろうってわけじゃねーんだ。ただよ、どうせやるなら盛り上げようってだけだ」

 

 

自分たちが知らないところで、話がとても大きくなっていたことに、デュナミス達は頭が痛かった。

しかも、ワルノリもあるが、全員がやる気満々なのがタチが悪い。

 

「ほれ、それよりデュナ先公は今日、ネギ先公と一緒に午後は役所に行くとかで忙しいだろ? 俺らで色々とやっとくからよ!」

「何を言っている! そんな勝手なことを許されるものか」

「ネギ先生には内緒にしてね。これは、ネギ先生のお別れ会も含まれてるんだから」

「待て! キサマらは何を勝手なことをしようとしている! これは、アダイ学園という児童養護施設の子供達向けの催しだぞ!」

「だーいじょうぶだーいじょうぶ。そっちがメインだってのは忘れてないって」

 

全然大丈夫に見えない。引きつったデュナミスの表情がそれを告げていた。

 

「心配いらないって、デュナミス先生」

「ぬっ・・・黄昏の姫御子」

 

カミナたちの行動にハラハラしているデュナミスに、駆けつけていたアスナたちが微笑んだ。

 

「変なことをしてたら、私がカミナさんたちぶっとばすから、安心して良いよ。っていうか、黄昏の姫御子って何よ?」

「ぬっ・・・しかしだな・・・」

「それに、私もこういうのはいいと思う。私も両親居ないから・・・そういうのを気にしないでパーッとバカ騒ぎしようっていうイベントはアリだと思う」

 

バカ騒ぎをしたいだけのカミナたちかもしれないが、純粋に子供達のために祭りを催すのは悪いことではないとアスナは賛成の意志を示す。

 

「せや。ウチらもお手伝いするから、デュナミス先生も安心してええよ」

「はい。大丈夫です。こういう時のダイグレン学園の皆さんは、デュナミス先生を裏切らないと思います」

 

木乃香も刹那も、例え学校が違えども、ここ何日かでダイグレン学園というものを理解していた。だからこそ、悪ノリはしても、デュナミスを裏切るようなことはしないと太鼓判を押す。

 

「ぬう・・・黄昏の姫御子と詠春の娘にそこまで念押しされれば仕方あるまい・・・」

「もーう、だから黄昏の姫御子とか何なのよ~」

 

そこでデュナミスも盛大に溜息はきながら了承したのだった。

 

「おい、シモンよ」

「う、うん」

「とりあえず、教会のシスターたちには話を通している。お前は劇の打ち合わせに行って来い。私はネギ教員と役所に用があるので、午後は自習にする」

 

自習・・・イコール自由と捉えた生徒達は大いに盛り上がり、堂々と祭りの準備に励みだした。

 

「よっしゃあ、お許しも出た! 野郎ども、いくぞ!」

「さあ、私たちもやらかすわよ!」

 

もう、教師の了解も得たし恐い物なしだとばかりに、彼らは盛り上がり、やはり少しの不安を感じながら、デュナミスは教室を後にしたのだった。

 

「あはは、みんな、すっごいわね・・・それに・・・デュナミス先生って・・・」

「アスナ?」

「うん。昔はどういう人だったかはよくわかんいけど、憎めない人だよねー」

 

アスナたちはタカミチから、デュナミスは昔ネギの父親達と世界を賭けて闘ったという話を聞いたが、今の様子を見ているととてもその様な人物に思えなかった。

 

「ええ」

「な~。それに最近、色んな子に告白されたり、子供達に大人気ゆう話も聞いとるえ?」

「ほんとほんと。実際イケメンだし納得だよね~」

 

少女達の告白に対して、受け入れないまでも真摯に応えたかと思えば、日常では幼い子供達に慕われる学園の人気者デュナミス。

その姿に、昔のことなど関係ないと彼女たちに思わせるには十分なことであった。

それに対して・・・と言わんばかり、アスナは意地悪な表情を浮かべてシモンの肩を組む。

 

「それと比べてシモンさーん? 学園祭の武道大会まではあんなに格好良くニアさんを奪還したのに、どうして今は女の人が増えてるの~?」

 

教室を出ようとしたシモンを捕まえてニヤニヤとからかうアスナ。

その視線の先には・・・

 

「のう、妾らはどうすればよいのじゃ?」

「じゃあ、私たちは今までと同じように、焔さんたちと一緒に歌って踊って世界を取りにいくネ! とーぜん、綾波さんも」

「・・・ま、待て・・・今、なんかとんでもないものに僕を入れようとしていないかい? って、離すんだ!? 僕はやらないからな!?」

「練習」

「素敵です! 私もシモンが喜ぶようにがんばります!」

「待て! だからやらないと言っているだろう!」

「なに言ってんだよ。フェイは俺とのコンビで歌うのもあるんだから、ちゃんと歌詞も踊りも覚えろよな。ほら、ちなみにこれが歌詞。『キヤルとフェイのマジカルタイム3分前』だ」

「キヤル!? いつ僕が了承した! 大体・・・なんだこの歌詞は! り・・・り○かる・・・きっちゅ? めりかる○? みらくるあいーどるすたー? 意味が分からない!?」

「ほらほら、いけるーできるーってことでやんぞー!」

 

盛り上がるテオドラたちに視線を向け、シモンを見る。

 

「まあ、フェイトの奴はいいとして、なーんか、すっごい美人なお姉さんがいつの間にか増えてない?」

「あの方、亜人で魔法世界の姫君と高畑先生が仰ってました」

「すごいなー、シモンさん。お姫様にまでモテモテや~」

 

言葉は褒めているが少女達の視線は痛い。要するに、シモンに対して非難の目を向けているのだ。

 

「う、う~、そ、そんなこと言われたって~」

 

デュナミスに比べてこの有様は何だ? 学園祭の時のあの情熱的な愛はどうした?

あの学園祭でシモンを認めたアスナたちだからこその非難だった。

 

「シモンさん。これだけはハッキリさせて。シモンさんが一番好きなのは誰なの?」

「うっ・・・な、なんか最近そんなことばかり聞かれるな・・・」

 

年下の少女達からの追求。自分は後輩達にまで疑われるほどフラフラしているように見えるのか?

そんなことを聞かれなくても答えだけはハッキリしている。

 

「そんなの決まってる! 俺は―――」

 

だが・・・

 

「ぬはははー、シモーン見るのじゃ・・・じゃなかった、見てください。どうです、この衣装? 似合っていますか?」

「マスター・・・あの・・・あの・・私も・・・」

 

ヒラヒラとしたアイドルのような服装に、計算され尽くした角度でコテンと曲げた首に、少しの恥じらいを見せるテオドラ。

衣装に対する感想を求めるテオドラの後で、自分もどうですかとばかりに待機しているセクストゥム。

 

「あ・・・うん・・・二人ともすごい似合ってるよ・・・」

「ッ・・・ふふ・・・シモンにそう言っていただけて何よりです」

「マスター・・・・♪」

 

この光景を見て人は何を思うか。それは満場一致でこうだった・・・

 

 

「「「「「何イチャついてんだゴラアアアアアアアアア!!!!」」」」」

 

「うわあああああん、だからどうして俺がそう言われるんだよ~~~!?」

 

 

シモンは走って教室から逃亡したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ~~~~~~~」

 

教室から逃亡したシモンは深々と溜息を吐いた。

 

 

「どうすればいいのか分からないよ・・・。気持ちがハッキリしているのに、どうして俺ってこんなに流されちゃうんだろ」

 

 

何度でも言う。

自分はニアが好きだ。自分のその気持ちに偽りなんてない。

でも、最近はセクストゥムといい、テオドラといい、どうしても女の子達に振り回されてしまう。

態度をハッキリとさせて、たとえその結果相手を傷つけることになったとしても想いを貫くデュナミスの方がずっと良い。

 

「アスナって子達の言うとおりだよ・・・俺・・・ダメだよ・・・デュナミスみたいになれないよ・・・」

 

自分が情けないとシモンは自分を責め続けた。

 

「浮かない顔してるねー。そんな顔、まったく似合わないよ?」

「え・・・?」

 

だが、そんなときだった。

 

「ドリルでも無くしちゃったー?」

 

誰かが自分の目の前にいた。

 

「えっと・・・誰?」

 

その人物は黒いワンピースに、何故か顔を覆面で覆い隠した怪しい人物。

一体何者だ?

不審者か?

しかしそれにしては堂々とし過ぎている。

すると堂々とシモンの前に現れた不審な人物は、更に堂々と、人差し指を天に向かって伸ばして名乗りを上げる。

 

「私は、謎のシスター・ビューティフルスカイ!」

 

そしてその言葉に続くように・・・

 

「謎のシスター、ココ」

「そして、な・・・なぞ・・・謎のシスター、シャークです・・・・やはり恥ずかしいですね・・・」

 

覆面した謎のシスター三人が、暗いシモンの目の前に現れたのだった。

 

(誰だこの人達?)

 

いかにも怪しすぎる。普通なら通報していたかもしれない。

 

「私たちは、銀河に轟く新生大グレ・・・じゃなかった、学園お悩み解決シスターズとでも思ってくれていいよん♪」

 

しかし、どこか不思議な感じもした。自分に対してやけに馴れ馴れしいが、それがあまり失礼とは感じなかった。

覆面の奥から見える瞳は、とても優しく、温かく感じた。

 

「・・・・・・小サイ・・・カワイイ」

「えっ!?」

 

謎のシスターココ。三人の中で一番小さく、小学校低学年が園児ぐらいの子にしか見えない。

トコトコとシモンの目の前に近づいてきた彼女は、シモンの背丈を見るなり、片言の日本語で一言そう言った。

シモンは当然ショック。

 

「ち、小さいって、俺はまだ成長期なんだからもっと大きくなるさ! って、君の方が子供でしょ!?」

 

幼児相手に情けないと思いつつも、シモンは顔を真っ赤にして反論。

すると、おかしかったのか、シスター達はクスクスと笑いだした。

それどころか、三人の中で一番大人の物腰で落ち着いた雰囲気を出している、謎のシスターシャークは、「よしよし」とシモンの頭を撫でた。

 

「ええ。そうでしょうね。私たちには分かります。きっとあなたは数年もすれば、宇宙中の女性が心惹かれる素敵な男性になりますよ」

「なな、ば、ばかにしてるの!?」

「いいえ。心の底からそう思います。でも今は、とても可愛らしくて素敵ですけどね」

 

まるで息子か弟をあやすかのようなシスターシャーク。しかし、恥ずかしい一方でその手はどこか心地よかった。

すると、ちょっと落ち着きだしたシモンを見て、ビューティフルスカイが機嫌良さそうに尋ねてきた。

 

「ねえねえ、今何歳?」

「えっ・・・15歳・・・もうすぐ16歳だけど・・・」

「うっはー、見えねー。私と身長同じぐらいで、今はタメじゃん!」

「だ、だからすぐに身長伸びるんだって!」

「うんうん、高一かー・・・ってことは、私より一個学年上かー、んじゃあとりあえずお兄さん・・・いんや、ここはやっぱ兄貴と呼ばせて貰おうか!」

「なんでさ!?」

「あら、それは素敵ですね」

「はあ!?」

「兄貴ッテ呼ブ」

「何でなの!?」

 

 

からかってんのか、バカにしてるのか、この謎のシスター三人が謎でしょうがなかった。

関わらない方がいいのかもしれない。

 

「んで、兄貴。なーんか落ち込んでたみたいだけど、何かあった?」 

「べ、別に悩みなんて・・・」

「よければ相談にのるよん。シスターたるもの無償で迷える子羊を導いちゃうよん」

「何か怪しいからイヤだ!」

「いーじゃん、言えってば! ほら、家族に話すように気楽に!」

「何でいきなり家族なのさ!?」

 

関わらない方が良い。そう思ったシモンの前に三人は立ちはだかり、道を空けない。

それどころか、シスターココはシモンの手をギュッと握り、シスターシャークは未だにシモンの頭を撫で、そしてどの方向を向こうとも素早いステップでシスタービューティフルスカイは回り込んで、無理矢理シモンから話を聞きだそうとしてきた。

どうやら、話を聞くまでシモンを逃がす気は無いようである。

観念したシモンは、少しヤケになった口調で説明する。

 

「え~っと・・・あのさ・・・俺・・・この間、好きな子に告白して・・・ニアって子なんだけど・・・」

「うっひょー、マジすか!? 兄貴、いきなり恋の相談すか!? いやー、兄貴からの恋愛相談なんてレアっすね。兄貴を好きな子達からの相談はあったけど」

「はあ? 何の話しだよ?」

「いんや、こっちの話し。んで?」

「う、うん・・・それで・・・その子も俺のことを凄く好きで居てくれて、色んな人に認めてもらえたのに、・・・・・・何か俺、最近色んな女の子に迫られて・・・中途半端にしてるとクラスの仲間に怒られて、それで態度をハッキリさせたら女の子に泣かれたり攻撃されたり・・・好きな子を安心させようとしたらイチャイチャするなってぶん殴られるし・・・そんなことでウダウダしてる俺が情けなくて・・・」

 

最初は話す気はなかったが、一度漏れるとどんどん口から言葉が漏れた。

ウジウジとした暗いオーラがシモンを包み込み、「俺はやっぱりダメだよ」という空気を醸し出していた。

そんな内容の話を、シスターたちも、最初はふざけて聞いていたと思えば、急に真剣に頷きながら聞いていた。

 

「俺・・・こんなんで、どうしたらいいのかなって・・・」

 

すると・・・

 

「兄貴・・・ホッペ」

「えっ?」

「ホッペ出ス」

 

シスターココが、シモンの袖を引っ張って屈ませようとする。

一体何かと思ってシモンが中腰になると・・・

 

「兄貴、歯をンッてシテ!」

「ン? 食いしばれってこ・・・へぶっ!?」

 

なんか・・・殴られた・・・

シスターココの小さい体をいっぱいに使ったグーパンチが、シモンの顔面に炸裂した。

子供とはいえ、地味に痛い。

 

「なな、なにすんだよ!?」

 

ちょっと赤くなった頬を抑えて睨むシモン。

だが、

 

「そーだねー、兄貴~、これはもう」

「ええ。食いしばってもらうしかないですね」

 

シモンの肩を叩き、振り返るとシスター・ビューティフルスカイとシスター・シャークが、覆面越しでも分かるぐらいニッコリと微笑んで、そのままパンチを繰り出した。

 

「兄貴!」

「歯をくいしばりなさい!!」

「なんでさ!? へぶうう!?」

 

一人一発ずつで、三連発のパンチを食らわされ、シモンの顔が少し腫れた。

 

「ななな・・・・なにするんだよ!?」

 

心底そうだった。何で見ず知らずの他人に殴られる必要がある。

だが、殴ったシスターたちは何も悪びれない。それどころか、覆面の奥から見える瞳は誇らしげだった。

 

「目え覚めた?」

「えっ・・・・?」

「兄貴は自分を誰だと思ってるの?」

 

突如発せられたビューティフルスカイの言葉に、シモンは目をパチクリさせた。

 

 

「えっとさ~、私はさー、なんつーか、普段はこういう相談なら、ハーレムッしょ、やっほーいとかアドバイスするんだけど、兄貴の場合はダメなんだよね~」

 

「はい。そんなことは許しません。手の届く距離に、目の前にニアさんが居るのに、彼女をこの銀河で最も愛さないなど許しません。それでは、あなたを愛する女性に対して失礼です」

 

「兄貴、浮気ダメ」

 

 

どこか、出来の悪い兄弟か家族を叱るような三人の言葉。この時、不当に殴られたことがシモンの頭の中から消えていた。

 

「ごちゃごちゃあっても、兄貴はニアさんが好き。だったらそれでいーじゃん」

「謎のシスター・・・」

「周囲が何です? 他の女性が何ですか? 答えはもう出ているのでしょう?」

「答えは・・・もう・・・」

「兄貴・・・ニアさん嫌い?」

「そ、そんなはずないじゃないか!!」

 

そんなこと言われなくたって分かっているのに、シスター達の言葉がいちいちシモンの心を突き動かす。

 

「そんなこと別に言われなくても分かってるよ。何であんたたちにそんなこと言われなきゃいけないんだよ!」

 

違う。本当はそんなことを言いたいわけではない。ただ、不思議と胸がザワついたのだ。

まるで自分の全てを知り尽くしたかのような謎のシスター達の態度に、シモンは落ち着くことが出来なかった。

 

「俺だってニアが好きだよ。当たり前じゃないか。ずっとずっと好きなんだ。でも・・・それ以上、どうすればいいんだよ。俺、言葉でだって伝えてるし、それなりに行動だって・・・でも、他にどうすれば・・・」

 

そして自分が情けない。まるで八つ当たりのように不満をぶつけることが。だが、その言葉をシスターたちは茶化さず正面から頷いた。

 

 

「言葉でも行動でも示したのなら・・・まだ残っているものがあるのではないですか?」

 

「残っているもの?」

 

「はい。大切なのは、回りがどうとかではなく、あなたとニアさんがどうなりたいかではないでしょうか? そして、ニアさんがあなたに何を望んでいるかではないでしょうか?」

 

 

自分とニアがどうなりたいか? その答えももうとっくに出ている。

ニアが自分に何を望んでいるのか? そんなもの、ニアはずっと前から言ってくれていた。「ずっと一緒」ただそれだけだ。

 

「分かったよ・・・」

 

自分が何をすべきか? それは、ニアの望みを叶えることだ。

 

「俺分かったんだ・・・俺が今の状況を変え・・・そして、ニアにどう応えるべきなのか?」

 

顔を上げる。その瞳に迷いはない。そのシモンの表情に謎のシスターたちは満足そうに頷く。

 

「俺・・・・・・ニアにプロポーズをする! 今の俺の本当の気持ちを表すには、もうそれしかないから!」

「・・・・・・・・・・」

「例え、回りがどうだって・・・テオの気持ちも・・・セクストゥムの気持ちもうれしいけど・・・俺が一番好きなのはニアだから・・・だから、俺はニアにプロポーズをするんだ! 本当に俺はニアと結婚するんだ!!」

 

高校生でプロポーズ? 普通は早まるなと回りは止めるものなのだろうが、目の前のシスター達は違った。

 

「穴掘りシモンらしい解答です。正解です」

「うん、それでこそ兄貴!」

「兄貴ッポイ」

 

心の底からシモンを後押ししたのだった。

 

「ありがとう、謎のシスター。俺・・・俺・・・今度はみんなの前で、ニアにプロポーズをしてくる!!」

 

数分前と違って心が軽くなった。足取りも軽くなった。自分が何をすべきか分かった。

自分を殴って目を覚ましてくれた謎のシスターに別れを告げ、シモンは自分の成すべき事をするために走り出した。

そう、シモンはニアと本当の夫婦になることで、自分の気持ちを皆に示し、そしてニアに応えると決めた。

 



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第81話 教えてシスター

児童養護施設・アダイ学園。

両親と死別、遺棄、経済的理由、虐待など様々な理由で暮らせなくなった子供達を受け入れ、自立できるように支援していく環境である。

だが、アダイ学園を目にしてまず印象に残るのが、あまりにも寂れた校舎、それなりの敷地内の広場に設置されている壊れたまま修理されていない遊具。建物の中も、いくつか割れたまま張り替えられていないガラスや点滅している電灯などが目立ち、経済的な余裕がないことはすぐに感じ取れる。

だが、本日この施設に訪問したカミナは、そのことについては大して驚かなかった。彼の記憶では昔から施設の設備はこのような状態であったし、自分の育った施設もあまりお金がなかったために似たり寄ったりな環境であったからだ。

しかし、それでもこれには驚かずにはいられなかった。

面談した目の前にいる老人の姿に、カミナは戸惑いを隠せなかった。

 

「ほう、祭りか。それはありがたいな」

 

ギシギシとうるさい音が鳴るベッドから体だけを起こして微笑む老人。その手足は細く、頬もこけた様子で老いている。

カミナはこの老人を子供の頃から知っていた。昔からよく怒られた。厳格なこの男があまり好きではなかった。だが、それも今となっては良い思い出だった。

しかし、今日久しぶりに会ってみてその変わり様に驚いた。

 

「マギン園長よ~、随分と老けたな」

「久しぶりに会ってそれを言うか?」

「ああ。昔はもちっとキリっとしてたからよ。今のロシウみてーにな」

「そうか。ロシウが・・・。あいつは頭も良く優秀だが、少し考えすぎるところがあったが、お前たちが居てくれるぐらいが丁度良い」

 

精一杯悪態つくが、すっかりと老い衰えた人物に、カミナは少し悲しくなった。

 

「お前の話しはロシウから聞いているよ。文句ばかりだがとても楽しそうだ」

「ああ。あったりまえよ。俺を誰だと思ってやがる」

「お前も相変わらずだな。そういえば、彼は元気かな? お前の弟分でいつも一緒に居た・・・」

「シモンか。あいつも男になってきてるぜ? 最近、色々と悩んでいやがるから、楽しみだ」

「楽しみ? 悩みがあるのにか?」

「ああ。あいつは悩んだぶんだけデッカイ男になっていきやがる。これを乗り越えたらシモンはどんだけスゲー奴になるんだ? ってな」

「ははははは。変わらないな、相変わらず」

 

マギンはとても穏やかで優しい瞳で笑った。そんな穏やかな表情をカミナは今まで見たことがなかった。

 

「随分と優しくなったじゃねえかよ、ジジイ。昔もそれぐらい優しければよ~」

「それはお前が悪い。いつも食事前にお祈りをしないで・・・」

 

カミナは昔から色々な大人たちに怒られたり、ぶん殴られたりしてきた。マギンもその大人のうちの一人だ。

今のロシウのように真面目で頭が固くて、規律を重んじ、厳格な態度でいつも自分たちと接していた。

それが今では縁側でのんびりと余生を迎えようとしている老人のようで、寂しかった。

 

「園長先生、入りますよ」

「今帰りました。体調はどうですか?」

 

部屋の扉が開かれ、学ランとセーラー服姿の少年少女が顔を出した。

桃色の髪の可愛らしい少女と、茶髪でそばかすのある少年。一瞬誰かと思ったが、カミナはすぐに気づいた。

 

「おおお、オメーら、ギミーとダリーじゃねえか? でっかくなったなあ!」

「えっ・・・あ、あの・・・えっと」

「俺だよ俺。ジーハ学園に居たカミナだよ!」

「あ、カミナ・・・さん」

「おうよ。かーっ、なっつかしいな! いつもロシウの後ろでウロチョロしていたチビ助共!」

 

二人の名は、ギミーとダリー。

ロシウと同じ施設であるアダイ学園の子供たちであり、彼らのことをカミナは知っていた。

彼らも一瞬戸惑ったが、すぐにカミナに気づいて笑顔をくれた。

 

「最後に会ったのが、オメーらが小学生に上がる頃か? 今、いくつだ?」

「はい、中三っす。来年は高校生ですよ。それにしても、久しぶりですね、カミナさん」

「おお、来年高校か? んじゃあ、ロシウと同じでダイグレン学園に来るんだろ? 歓迎すっぜ!」

「もー、カミナさんってば相変わらず強引ですね。まだ、進路のことなんて分からないですよ」

「そーか? ってか、昔は俺のことを呼び捨てにしてて生意気なガキどもだったけど、いざ「さん」付けで呼ばれるとなんか寂しいな」

「そりゃあもう、俺たちも子供じゃないですから・・・で、久々どうしたんですか?」

「おう。今度、おめーらんとこで祭りをすることになったから報告に来たんだよ」

「・・・・・・・・・・えっ?」

「カミナ君。それは話を省略しすぎだろう」

 

懐かしい再会にカミナはうれしそうに笑った。

だが、一方で再会したギミーとダリーの二人はどこか少し元気がないことを見逃さなかった。

何だか元気がないというよりどこか冷めているという気もする。

 

(ギミダリか・・・昔はアダイの中で唯一俺やシモンのやることに楽しそうにくっついてきたのにな・・・なーんか、つまんねえ目をしてやがんな)

 

あの幼かった子供たちも少し変わってしまったのかもしれない。十年近く経っていれば当たり前ともいえる。

そして、時折せき込むマギンをオロオロとする子供のように伺う二人に、カミナはあることに気づいた。

二人がそうなってしまった原因に、年老いて体調が良さそうに見えないマギンに何か関係があるのかもしれないということに、カミナは何となく気づいた。

 

 

 

 

 

麻帆良教会は、礼拝堂のステンドグラスから日の光が射し込み、神秘的な雰囲気を漂わせていた。

だが、その礼拝堂では神聖さを台無しにするような光景が繰り広げられていた。

 

「現れたな、穴掘り怪人・スパイラルボーイ! 貴様に穴だらけにされた者たちの無念、今こそ晴らさせてもらおう!」

 

決めポーズまでしっかりキメて、相手を指さす教会のシスター。

 

「なんだよお前。お前も穴だらけにしてほしいのかよ!」

 

対して、学ラン姿で精一杯ガラの悪い声で相手を威嚇するシモン。

 

「お断りしよう。そのうえで貴様の心に風穴を空けてやろう」 

「何なんだよ。お前は一体何者だ!」

「魔法世界に轟く完全なる世界。造物主の魂背中に背負い、不撓不屈のダークヒーロー。それが、私、デュナミスだ!」

 

台本を片手にセリフに熱を入れて悪役を演じながらも、どこか恥ずかしそうに顔を赤らめてセリフを読み上げていく二人。

シスターの名は、シャークティ。麻帆良教会シスターにして麻帆良学園教員の一人でもあった。

 

「はい、とりあえずここまではシモンさんも完璧ですね。この調子で本番も頼みますよ」

 

ポンと台本を閉じて、微笑む彼女の頬は少し赤かった。大分恥ずかしかったことが伺えた。

 

「ありがとう。シスター・シャークティ!」

「しかし、この台本・・・デュナミス先生がセリフを色々と追記されてますが・・・なんでしょう・・・かなりネタバレというか、一部の人には危険なワードがチラホラと・・・」

「えっ? 何のこと?」

「いえいえ、シモンさんはお気になさらず」

 

シスター・シャークティの手に握られている台本。

タイトルは「天元突破デュナミス。侵略するスパイラルボーイ 作者・春日美空 早乙女ハルナ デュナミス」となっている。

今度、施設の子供たちのために行う劇の台本だ。

 

「最初、学園でも札付きのシモンさんが参加されると聞いて心配でしたが、とても熱心に練習されて感心しています」

「はは、アダイは俺も子供の頃から世話になってるし。大体デュナミスに頭まで下げられたら断れないよ」

 

施設にいる子供たちを楽しませるため、教会が中心となって行うチャリティー。

学園でも人気急上昇中のデュナミスに協力を依頼したシャークティ。そのデュナミスの推薦とはいえ、不良仲間が多いシモンの参加を最初は快く思って見なかったが、こうして実際会ってみてその印象がガラリと変わっていた。

 

(ふふ。学園祭では色々と暴走していましたが、普段こうして見ると熱心な生徒ではないですか。・・・・・・しかし・・・)

 

普通の生徒たちと何も変わらない。いや、それどころか両親もいないのに、ちゃんとしっかりとした性格と優しさを持っていると、むしろ感心した。

だが、同時に何かに気づいた。それは、こうして芝居の練習を熱心に行っている一方で、シモンは休憩などで時間が空くと何かを思いつめたように考え込んでいる。

何か悩みでもあるのだろうか? 迷える子羊を導くシスターならではの勘がそう告げていた。

 

「・・・シモンさん、とても真剣に練習されていますが・・・何か別のことで悩みでもあるんじゃないですか?」

「えっ・・・何で!?」

「これでもシスターですよ? 何か悩み事がある人のことぐらい、顔を見れば分かりますよ?」

 

ニッコリと優しく微笑むシャークティ。まるで、迷子になった子供を安心させるかのような母性に溢れる微笑み。どこか心地よかった。

 

「あ、うん・・・別に悩みってわけじゃないんだ。悩み事は解決したし、やるべきことは分かっているから。ただ、ちょっと考え事してて」

「よろしければ相談にのりますよ? 実は私・・・こう見えてシスターなんですよ?」

 

冗談交じりのシャークティの言葉にシモンはおかしくて笑った。

 

「そうなんだ。なんか、最近のシスターってみんな親切だよね。さっきも謎のシスターズに相談のってもらったし」

「謎のシスターズ? 何ですか、それは」

 

シモンは、さっき自分をぶん殴ったシスターを思い出す。なかなかあれは貴重な経験だったが、非常にタメになった。

恐らく、あんなシスターは他にはいないだろう。だが、シスターに相談したことで答えを見つけた経験が記憶に新しく、シモンはシャークティの言葉に甘えて打ち明けることにした。

しかし・・・

 

「実は・・・女の子ってどういうプロポーズをすれば喜んでくれるかなって」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

予想の斜め上なシモンの相談に、開いた口が塞がらない。そんな様子のシスター・シャークティだった。微笑んだ頬がピクピクと引きつっていた。

 

「えっと・・・・・・シモンさん? あなたは・・・したじゃないですか。告白。学園祭の武道大会で堂々と」

「そうなんだけど、あれって告白であってプロポーズじゃないんだ」

「いえ、これからもずっと一緒に居てくれと言っていたじゃないですか」

「そうだよ。でも、ただ一緒にいるだけじゃダメなんだ。俺、分かったんだ。それだけじゃ他のみんなと変わらないんだって。もっと・・・俺の耳がニアの耳で、ニアの目が俺の目で・・・」

「・・・・大丈夫です。言いたいことは何となく分かりますので」

 

シモンはどうやら本気だった。何かノリや勢いだけでプロポーズすると言っているわけではなさそうだ。

しかし、そうなると逆に面倒なことになる。結婚とはそんな甘いものではない。ここは、ただ応援するだけではなく大人として諭してやらねばいけない。

自身も未知なものだが、シモンに結婚についてシャークティは語る。

 

「えっとですね、そもそもプロポーズとは成功すればいいというわけではありませんよ? なんというか、自分以外の人を心だけでなく経済的にも養っていくわけですから、まだ学生であるあなたの身としては色々とあるわけで・・・」

「俺、よくバイトしている親方から一生ここで働かないかって誘われてるんだ!」

「あ~、ほら、ニアさんもまだ学生。彼女の学力なら大学進学も狙えるわけですし・・・」

「分かってるよ。だから俺、いっぱい稼がないと!」

「・・・いや・・・そういう問題じゃなくてですね・・・・それ以前に、そもそも法律ではあなたはまだ・・・」

「とにかく、俺は好きな子にプロポーズしようって思うんだけど、どうやってしようかまだ考えてないんだ」

「いえ・・・あなた何歳ですか?」

「指輪も用意しなくちゃいけない。バイトとかしないとな・・・あと、ロージェノムにも挨拶しないと・・・」

「いえ、あの法律では年齢が・・・」

「どういうシチュエーションで言うかなんだよ。できれば、プロポーズは学園祭の時の告白以上のものをしたいんだ。そう思うとアイデアが・・・」

「ですから、あなたは結婚できる年齢ではないでしょう!?」

「なんだよ、そんなに反対なの? さっき相談にのってくれた謎のシスターズは、もっと積極的な人たちだったよ? イケイケドンドンって感じだったよ!?」

「何ですか、その謎のシスターズとは!? そんなシスターなど存在しませんよ!? そんな無責任な発言をするとは、一体どこのシスターでしょうか? 顔を見てやりたいぐらいです!」

 

なぜ、神に仕える恋愛厳禁のシスターである自分がこのような恋愛相談というか結婚相談を受けているのか?

しかも、世にも珍しい学生結婚をしようとしているのだ、そんな相談、恋愛経験皆無で堅物のシスターに答えられるはずもない。

だからと言って、賛成などと言えるはずもない。

 

「まあ、・・・恥ずかしい話・・・私も異性とお付き合いしたことはありませんから・・・それを結婚だなんて・・・」

「うん、でもデュナミスもネギ先生も今日は忙しいみたいだし、アニキたちにさっき電話したら何だかみんなして取り込んでいるみたいだし・・・」

「もう、私に相談するより他の先生にしたほうがいいかもしれませんね。・・・デュナミス先生やネギ先生にその話題は酷ですが・・・例えば、ダヤッカ先生など。結婚はいいことばかりではないと教えてくれるはずです」

「うん・・・でも、俺、もう決めたんだ」

 

一方で、シモンもウダウダ悩んでいたり、ハッキリしない時間が多くあった分、答えを決めたら一切揺るがない。

だからこそタチが悪いとシャークティも苦悩していた。

だが、何も思い悩んでいるのはシモンやシャークティだけではない。

誰しもがそういうものの一つや二つは抱えているものだ。

 



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第82話 俺この冒険が終わったら結婚するんだー

園長室から少し離れた場所にある食堂。まだ夕食まで時間があるため、今の時間は施設の子供たちの溜まり場になったりしている。

幼い子達が所構わず走り回っている中、久々再会したギミーとダリーとゆっくり話していたカミナは卒倒しそうになった。

 

「はあああああああああ? 高校進学を悩んでるだ~?」

「しー! 園長先生が聞いたら心配しちゃうじゃないですか!」

「バカやろう! 心配するなって方が無理だろうが! そのこと言ったのかよ!?」

「い、いえ、まだです。これ以上心配をかけさせたくないですし・・・」

 

カミナは口をあんぐりとさせて、俯く双子と向き合っていた。

思わず、飲んでいたコーヒーを少し吹き出してしまった。一体どういうことだと。

だが、双子の表情は至って真面目。決して冗談などではなかった。

 

「園長先生の体調が最近ずっと悪くて・・・」

 

そう切り出したギミーの言葉で、カミナは先ほど見た老い衰えたマギンを思い出す。

元気が無いというわけではないが、良くもないといった様子だった。

 

「麻帆良の高校は全寮制だから、俺とダリーが高校進学すると、この学園で先生やチビ達の面倒を見る人が居なくなるし」

「はい、今は寮に入らなくていい学校で大丈夫ですけど、高校になると流石に・・・・・・ロシウのようにこの学園から出ていかなくちゃいけないですから・・・」

 

双子のギミーとダリーは、カミナにとっては驚くべき事で悩んでいた。それは、高校に進学するかどうかという話である。

確かに、話だけを聞けば二人がそういう考えを持ってもおかしくないように思える。

だが、カミナからすればそれはありえないことだった。

 

 

「いーじゃねえかよ、卒業ってことでよ! 俺もシモンもデコ助と同じで高校入学と同時に施設を卒業したぞ? 大体、あのジジイがんなことされて喜ぶタマかよ。別に寮に入ったってデコ助もバイトの連中もよく顔を出してんだろうが! 別にかまわねーだろ!」

 

「そ、そりゃあ・・・ロシウもよく来ますし、バイトの那波って子も毎日のように来てくれるっすけど・・・」

 

 

高校生活に毎日命を懸けているカミナからすれば信じられないような話だった。

 

 

「でも、俺も子供達も、園長先生が親だから・・・もし園長先生に何かあったら・・・だったら、卒業しないでこのままって・・・」

 

「ギミーの言うとおりです。それに、私たちはロシウのように頭も良くないし、高いお金を払ってもらってまで高校にいかなくても。それに私たち自身、この学園から出て生活するのも不安ですし・・・想像できないというか・・・」

 

 

ギミーとダリーの口から語られる理由も切実なものであった。気持ちは分からなくもない。

だが、カミナは納得できなかった。それは、切実な理由の裏で二人の本心を見抜いていたからだ。

 

 

「だあああああ、頭がいいとか悪いとか関係あるかよ。行きたいか行きたくないかで考えろよな! 大体、卒業しねえって、んなのあるわけねーだろ! テメエらはただ単にここを卒業して自分たちだけでやっていくのが恐いだけだろ!」

 

「そ、それは・・・」

 

「テメエら、コエーんだろ? 園長もいねーで、寮に入って生活してくのがよ。いや、・・・・・・施設を卒業して独り立ちするのがよ。マギンのジジイを言い訳に使ってんじゃねえよ!」

 

 

高校を進学しない理由に、マギン園長を言い訳にしている。その言葉で、ギミーとダリーは顔を上げた。二人は一瞬、違うと否定しようとしていたが、言葉につまっている。

実際、カミナの言葉は二人の図星をついていた。

ギミーとダリーは互いに顔を見合って、観念したかのように口を開く。

 

 

「あの・・・最近、ここに『ナキム』って子が入ったんです。両親を亡くして・・・それで、学校の子に親が居ないことや施設に入ってることでイジメを受けていて・・・」

 

「はあ?」

 

「そんなにそれは大事になりませんでした。でも、そういう経験はここに居る子達は何度か経験しています。俺たちも人ごとじゃないんです。俺もダリーも似たようなことがありましたから」

 

「ああ・・・・・・まあ、俺んとこもあったかもしれねーな。俺はねーけど」

 

「はい。でも、それでもこの家に帰ってくれば同じ傷を負った家族が居ますから何とかやってこれたんです。・・・でも、ここを卒業したら・・・」

 

 

同じ境遇でありながら、カミナとギミーたちの違い。それは、コンプレックスと不安だった。

普通の人たちとは違う人生。そのことに後ろめたさを感じ、自分自身にどこか自信がなかった。

それでもこの家の中にいれば、みんなと同じでいられた。しかし、外の世界に出て、そこで自分一人で生活していくとなると、不安で仕方がなかったのだ。

だから、彼らは無理して高校に行ってまでここを離れたくはなかった。それが本音だった。

 

「別に、ここ以外で友達とかそんな欲しいわけじゃないですし、勉強だって今じゃ通信とかでできますから」

「はい。みんな、カミナさんたちみたいに強い人じゃないんです。お祭りとかそういうことをしてもらったらうれしいですけど・・・」

 

しかし、カミナにはそれがたまらなかった。

 

「やりたくなけりゃやらなきゃいい! 俺もそう思う! でもな、それでもやらなきゃならねえ時ってのはあるんだよ!」

 

最初は、ただ自分が楽しみたいだけだった。それは今でも変わらない。

 

「おめーらよ、何でジジイがお前らの面倒見てんのか知ってっか? 別にお前らの家族になってやるためでも、年寄りの自分の面倒を見させるためにお前ら引き取ったわけじゃねーんだぞ!」

 

だが、今度の祭りはそれではダメなんだとカミナは知った。

教えてやらなければならないと思った。施設で育った本当の意味を。

 

「俺や、シモンやロシウが、狭い施設を飛び出して手に入れたもんを、今度の祭りで見せてやるよ。何のために、マギン園長がお前らの面倒見てんのか・・・テメエラに教えてやっから覚悟しときやがれ!」

 

カミナやシモンやロシウが手にしたもの? それをギミーやダリーに分かるはずがない。

だが、ギミーやダリーがまだ持っていない「何か」をカミナたちは持っていた。

それは、シモンも同じである。

そして、彼はまた新たな「何か」を手に入れるべく、奮闘していた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

「・・・っというわけなんだ。みんな、協力してくれないかな?」

 

シモンは、プロポーズについてどうすべきか考えつかず、仕方なくシャークティ同様に他の者たちからアドバイスを貰うことにした。

頭が痛くなったと言って退席したシャークティに代わり、シモンは頼もしき者たちを教会に集結させていた。

 

「シモン、あなたに協力するぞ! 絶対にプロポーズを成功させるのだ!」

 

シモンの話を聞き、瞳を輝かせながらシモンの両手を掴んで協力を申し出る。彼女は、焔。シモンのクラスメートだった。

 

「いきなり相談というから来てみれば・・・まあ、ダンスの練習も何だかグダグダになってきてたので構いませんが」

「ニア羨ましいな~」

「男らしいです」

「でも・・・だからって、何で私たちに相談? たしかに、テオドラ皇女やセクストゥムに話したら暴走するのは目に見えますが」

 

また、焔と同じようにシモンに協力を頼まれた、調、暦、環、栞。シモンのクラスメートにて、フェイトガールズのメンバーだ。

 

「ごめんよ。本当はアニキやフェイトたちに相談したかったんだけど、何か連絡しても繋がらないし、取り込んでるみたいでさ」

「っていうか、シモン。あなた、さっき広場に現れてフェイト様を連れて消えませんでした?」

「何の話ししてんの?」

「えー? あれ、シモンじゃないの? ヨーコや超とソックリな大人を連れてたんだけど」

「いや・・・だって、俺はずっとここに居て劇の練習してたし・・・」

「なーんだ、あれはシモンたちではなかったのですか。世の中には似ている人が居るもんですね~。超とかヨーコが大騒ぎして私たちもダンスの練習どころではなくなったんですよ」

「もー、何なんだよ! さっきから言ってることが意味不明だぞ? とにかく、俺はニアにプロポーズしたくて、そこで女の子の意見が聞きたいんだってば」

 

実は彼女たちだけとシモンは話をしたことがあまりない。大抵はいつも周りに他の仲間やフェイトが居たからだ。

しかし、皆も色々と祭りの準備で忙しいのか、相談したかったカミナたちとは連絡が取れず、やむを得ず同じクラスの彼女たちに話を持ちかけたのだった。

すると、その話は同じく祭りの助っ人の彼女たちの耳にも入ったらしく、フェイトガールズ5人の他に、3人の少女たちもシモンの応援に来た。

 

「そうよ、コヨミンたちもちゃんとシモンさんのことを真剣に考えてあげて!」

「せやなー、シモンさんもようやっと男前になったんやから」

「はい。私ではあまり力にはなれないですが、サポート致します」

 

明日菜、木乃香、刹那。最近だらしないシモンにハッパをかけ、そのシモンがついに答えを出したことが非常に嬉しかったのか、彼女たちもやる気満々であった。

そして、中でも一番やる気があるのは焔だった。

 

「ところで、焔。何でそんなにハリキッってるの?」

 

別に焔とシモンはそれほど仲が良いわけではないのにどうして? 友情? 違う。その答えは非常に不純なものだった。

焔は暦たちに小声で耳打ちする。

 

「考えてもみろ! シモンが結婚さえすれば、我々のライバルが減るではないか!!」

 

ライバル・・・そう言われて少女たちは気づいた。

脳裏に浮かぶのは、ラブラブ(?)なシモンとフェイトのイチャついている姿。

それに気づいた彼女たちはハッとなり、シャキッと戦隊ヒーローのようにキメポーズを決めた。

 

「「「「協力します!!」」」」」

 

そう、どうもフェイトとシモンは仲が良すぎる。嫉妬深い彼女たちにはそれが面白くなかった。

また、人間界でキノンと交流していくうちにBLというものの存在を知ってから、万が一という懸念があり、シモンを非常に警戒していた。

フェイトガールズたちのほのかな想い。だからこそ、フェイト争奪戦の最有力候補者がここで居なくなるのは、彼女たちにとっては大きな意味を持つ。

ゆえに、彼女たちは今すぐにでもシモンにニア一人に絞ってもらい、結婚してもらいたかったのだった。

 

「うんうん、なんかシモンさんらしい! う~! そうよ、それよそれ!」

「なー、あの学園祭のシモンさんや!」

「ふふふ、おかしな話しですね。シモンさんは私たちより年上なのに、何だか今のシモンさんを見ていると、弟が成長したかのような心境でうれしいです」

 

アスナ、木乃香、刹那も強い決意を秘めたシモンがうれしい様子。親指を突き立てて、「勿論協力する」という様子だった。

 

「ありがとう・・・俺、がんばるよ!」

 

こうして、シモンのプロポーズ作戦に8人の少女たちが集結したのだった。

 

頼もしき少女達の援護を受け、シモンは絶対に成すべき事を成し遂げてみせると誓ったのだった。

 

「さて、プロポーズのシチュエーションなど考えるべきことは山ずみですが、まずこの中でプロポーズをしたり、受けたことがある人はいますか?」

 

まずは作戦を考えよう。そのために参考意見を集めるのがいい。

ホワイトボードに作戦を書いていく焔が皆に尋ねる。しかし・・・

 

 

「「「「「し~~~~~~~~~~~~~~ん」」」」」」

 

 

当然の結果だった。

 

 

「も~、焔ちゃん、ウチらまだ15や。普通、プロポーズしたりされたりはせえへんよ?」

 

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 

「ど、どうしたん? アスナ?」

 

「あっ、うん、何か、木乃香だったら意外と好きな人が出来たら、自分からプロポーズしたりとかするんじゃないかな~って。お見合いとかしてるし」

 

「えー、そんなん絶対あらへんて。うち、まだ恋人いたこともないんやから。それに、ウチは自分からするより、男の人からそういうんは言ってほしいなーって思っとるんよ」

 

「は、はは、そうですね、お嬢様。私もどうして変に思ったのでしょう。とりあえず、話を元に戻しましょう」

 

 

少し話が脇道に逸れたが修正する。

実際、この場に居る少女達はプロポーズはおろか、告白されたことも、誰かと交際をするなどの恋愛経験は皆無なのであった。

勿論、少女として憧れているシチュエーションなどはあるが、どれもがリアリティの無い幻想的なものであった。

 

 

「・・・・・・・・よし、シチュエーションを考えるのは後にしよう」

 

「「「「「異議なし」」」」」

 

 

そう、重要なのはシチュエーションだけではない。この際、全ての問題を起こそうと、焔が次の質問をする。

 

「指輪か。確か人間界の情報では、男性の給料三ヶ月分だそうだが、ちなみにシモンの予算は?」

「うっ・・・実は結構やばいんだ・・・」

 

金の話をされて、自信満々の表情から一気に気まずそうな顔をするシモン。

それは、切実な問題であった。

 

「しかし、近日中にプロポーズとなると、指輪もすぐに購入する必要があります」

「でも、お金がないんだったら・・・私たちもカンパするほどお小遣いないし・・・」

「携帯代でヒーヒーです」

「う~ん、いっそのこと掘ったら? シモンさんならそのへんに穴掘ったらダイヤとか出てくるんじゃない?」

「あ、明日菜さん、それはいくらなんでも・・・・・・・・・・ないと言い切れないのが怖いですね」

 

確かに・・・と、何だかシモンがテキトーに穴掘れば何かしら出てくるのではと皆が納得し、焔もホワイトボードの指輪項目に『自力で掘り当てる』と記載した。

また、シモンの経済面から考えればそれが非現実でありながら一番現実的だった。他は『大切なのは気持ち。ニアなら縁日の指輪でも喜ぶ』『硝子細工で十分』などの意見だった。

確かにニアなら高価なモノよりも、シモンが指輪を送るということの方を喜びそうだ。だが、シモンも男としてある程度価値のあるものを送りたいというプライドもあった。

すると、フェイトガールズの一人である、環が難しい顔をしながら手を挙げた。

 

「自力で指輪を入手する件について・・・・・・自力で宝石を手に入れるというなら、一つアテがあるです」

「えっ!?」

 

フェイトガールズの中でもボケーッとしていることの多い、環からの意外な提案に皆の視線が集まった。

 

「魔法世界に伝わる伝説・・・『エメラルドドラゴン』の鱗を入手することです」

 

聞いていたアスナたちは、アホヅラで固まった。

 

「あの・・・タマちゃん? ドラゴンの鱗って・・・ここは日本よ?」

「はは、エメラルドドラゴンやて。なんか綺麗そうやなー」

「いえ・・・こんな時にそんな空想の話をされても・・・」

 

当然、そういう反応になるだろう。しかし、真面目な焔たちも同じかと思えば、アスナたちとは違った反応を見せた。

 

「そ、そうか、エメラルドドラゴン・・・竜族である環らしい発想だ!」

「私、ちっちゃいときに、お伽噺で聞いたことある。確か、エメラルドドラゴンに跨った伝説の勇者がエメラルドの指輪でお姫様に求婚して結ばれたって話し」

「ロマンチックですねー」

「まあ、魔法世界で女の子なら一度は聞いたことがある伝説ですよねー。そのドラゴンを見たことはありませんけど」

 

彼女たちは魔法世界という120%ファンタジーの世界の住人である。

木乃香たちは知らないが、その世界はドラゴンどころか獣人や亜人や空想上の生命体が生息して世界に溶け込んでいるのである。

だからこそ、環の言葉をマジメに捉えたのだった。

 

「へー、あの世界にそんなドラゴンが居たのか」

 

一応、シモンも20年前の時代とはいえ魔法世界に行った経験がある。だから、あの世界ならそんなドラゴンが居てもおかしくないと思った。

 

「ちょっ、ホムラちゃんやシモンさんも何で信じてんの!?」

「いや、しかし金のないシモンが高価な宝石を短時間で入手するにはそれが一番」

「えっ、そのドラゴンほんとにおるん!? もしそうなんやとしたらロマンチックや~」

「環、あなたも竜族。でしたら何か情報が?」

「コク・・・・」

「えっ・・・・ガチなんですか?」

「ちょっと、本当なの!? エメラルドドラゴンなんて、どこに居るか分からないという点では、古龍龍樹を捕まえるより難しいわよ?」

「何で今まで教えてくれなかったのー!?」

「乱獲防ぐため・・・」

 

リアリティのない話しが何だか着々と進行しそうな勢いである。さすがのアスナたちもオロオロしているが、環は構わず情報を伝えていく。

 

 

「竜族として情報はあるです。エメラルドドラゴンは非常にデリケートで人前に姿は現さないですが、習性があり、一年間を魔法世界、魔界、地球、月と転々と住処を変えて、各世界のマナを蓄えているそうです」

 

「なにい!? というと、エメラルドドラゴンは造物主に造られた存在ではなく、実在する生命体ということか。それならば、問題無さそうだな」

 

「ねえねえ、それじゃあ今そのドラゴンはどこに居るの?」

 

「ってか、焔ちゃん造物主って何よ?」

 

 

環は指を空に目がけて指刺した。

 

 

 

「月」

 

 

 

アスナたちは、月にはウサギが住んでいるという昔話を子供の頃に聞いたことがあった。

まさかドラゴンが住んでいたとは・・・

 

 

「ってなるかァこんちくしょおおおおおお!? ちょっと待ちなさいよおおおお!?」

 

「「「「「よーしっ、月に行くぞ!!!!」」」」」

 

「行けるかああああああああ!! で、シモンさんも焔ちゃんたちも、どうしてそんなやる気満々なのよ! んなとこに、どうやって行くのよ!!?? 大体、何で月なんかに居んのよ! 根拠がないでしょ!? この科学が進歩しまくった世界にドラゴンなんて何考えてんのよ!?」

 

 

アスナはクラスではバカレンジャーレッドと呼ばれるほど頭が悪い。つまりバカだ。しかし、今日のアスナは違う。初めて自分よりバカな連中を見たとばかりに、声を荒げる。

実際、木乃香や刹那も苦笑いしながらも、ほとんどアスナと同じ意見だった。

しかし、環は表情変えずに言う。

 

 

「根拠はあります。今の時期、月の地中深くに生息している『ブタモグラ』が繁殖期です。エメラルドドラゴンはブタモグラが大好物のため、この時期は月に居るという伝承が竜族の中で・・・」

 

「ここにきてブタモグラとか、んなブタだかモグラだか分かんない生物まで持ち出して何言ってんのよ! 月に動物が居るなんて聞いたこともないわよ! んなもんが居たら、とっくにNA○Aとかが大騒ぎしてるに決まってんでしょ!?」

 

「いえ・・・ブタモグラの存在は世間に公表されていないだけで既に色々と調査はされているはずです。エリア51とかで。エメラルドドラゴンは見つかっていないみたいですけど・・・」

 

「だーかーら、ファンタジーかSFかどっちかにしろってのよおおおおおおおおおお!!!!」

 

「仕方ないです。エメラルドドラゴンの捕獲レベルは・・・」

 

「だから、トリコでもないんだってば!!」

 

 

宇宙に出て月まで行って伝説のドラゴンを探して鱗を入手する。

言葉にすれば、目が点になるようなミッションである。

鱗を入手するというゴールまでの道のりで何が困難か? 全部である、何よりスタートからそもそも問題である。

 

「というより・・・そもそもどうやって宇宙まで行く気ですか?」

 

アスナを落ち着かせながら半笑いの刹那。夢想を語る残念な子たちを哀れんだ表情である。

だが、アスナたちは知らなかった。

ここに、シモンが居ることが、とても大きな意味を持っているということを。

 

 

「そういえば・・・俺が学園祭で洗脳されていた時、父さん・・・いや、アンスパの隠れアジトに・・・」

 

 

 

 

 

その日、教会に一通の置き手紙だけが残されてシモンと少女たちは姿を消した。

 

 

【デュナミスとシスター・シャークティへ。ちょっと月に行って来ます。祭りまでには帰ります。台本はちゃんと覚えます。シモンより】

 

・・・という内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその日、アンスパは絶叫した。

そこは、麻帆良学園より少し離れた大森林の地下深く。

地上からの入口は隠し扉で、偶然では決して見つけられないような場所にあった。

中に入れば、「あんかけ焼きそば風ジュース」「カップあんかけ焼きそば」「冷凍あんかけ焼きそば・試作品」を初め、いくつもの分厚い本や書類が散乱して足の踏み場もないような研究施設。

アンスパはワナワナと震えながら、自身の隠れ研究所の異変に大慌てだった。

 

 

「どういうことだ!? 私の開発した小型宇宙船・プチアークグレンがなくなっている!? 誰が盗んだ! まさか、学園祭の仕返しで超鈴音ではないだろうな? だが、残念ながら超鈴音、貴様にはプチアークグレンは動かせない。何故なら、あれは螺旋の力に反応して動くように出来ているからな」 

 

 

ちなみに、アンスパの宇宙船を盗んだ真犯人が、盗んだ際にこう呟いていたことをアンスパは知らない。

 

 

―――なんか操縦桿握ったら使い方が全部頭に入ってきた・・・気合いかな?

 

 

・・・と。

 



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第83話 ガガ何とかさんより早く宇宙に?

海の向こうには多くの世界があった。

遙か昔の人類は、海の向こうに多くの出会いと浪漫を求めて旅立った。そんな彼らの積み重ねが今の私たちの世界となっている。

しかし、昔の人間はここまで考えていただろうか? 海の向こうどころではない。星の海の向こうには無限とも呼べる世界が広がっていた。

下から見上げるしか出来なかった輝く星の数々が今では、四方八方に見える。

地球儀でしか見たこと無かった地球は、本当に青かった。

この光景を夢見た宇宙飛行士候補がかつて何人居たのだろう? そんな彼らを差し置いて、こんな世界に来るのは申し訳ない気がする。

でも、この感動の前にはそれも薄れた。

日本が見える。

それだけではなく、日本から飛行機で何十時間もかけなくちゃたどり着けない場所も、ここからなら短く見える。

日本から離れた場所にある国。あそこは、この間ニュースで紛争があった場所だ。

無限に宇宙は広がるのに、私たち人間はあの小さな国同士で争っている。

もし、あそこで争っている人たちにこの光景を直に見せてあげたらどうなるのだろう? 私は柄にもなく・・・

 

「エメエラルドオーーー!!」

「ちょっと、シモンさん! 人がこのスターオーシャンに感動しているとこに俗物根性丸出しの声を上げないでよ!」

「だって、大気圏を抜けたら、何だかすごい静かなんだもん。こー、気合を入れないと」

「気合と俗物は別だって言ってんのよー!」

 

星の海原に浸っていたアスナは、泥臭い気合いで雄叫びを上げるシモンたちに気分をぶちこわされた。

 

 

「もー、アスナも怒らんで。シモンさんたちの目的はドラゴンさんなんやから」

 

「何言ってんのよ、木乃香! 宇宙よ!? ノリとはいえ宇宙に来ちゃったのよ!? 人類浪漫の最終生産地よ!? もっと感動することがいっぱいあんでしょうが!?」

 

「ははは、アスナさんの気持ちも分かります。私も裏の仕事をしておりますので、魔法の国や魔界などの噂は聞いています。しかし宇宙なんて・・・なんでしょう。壮大というか・・・もう、言葉には表せませんね」

 

「でしょー! 私たち、今地球から飛び出してんのよ!? 銀河系第三惑星地球から飛び出してんのよ!? もー。ワクワクとかそういうレベルじゃないわよ!」

 

 

ツッコミたいことは腐るほどあった。そもそも、何で月にドラゴンが居るんだ? そもそも、シモンの父親は何者なのか? ってか、何で私たちまで行くんだよ。とか数限りない。

しかし、この無限の闇が広がる宇宙に飛び出しただけで、アスナは爆発しそうになったツッコミどころが全て頭から抜けた。

どこまでも壮大で、どこまでも自由で、そして果てしない宇宙の旅に、細かいことなどどうでもよくなった。

 

「なーんか、もうここまで来ちゃったんだもん。何でも来いって感じよ! シモンさん、ドラゴンと戦闘になったら手伝うからね!」

「はい。私もです。そして、必ずプロポーズを成功させてくださいね」

 

ワクワクが押さえきれず、アスナと刹那はストレッチと素振りを始めた。今なら、何でも来い。何にだって勝てる。そんな気分だった。

 

「ああ、ありがとう! 俺、がんばるよ」

 

プチアークグレン。堀田博士の隠れアジトから盗んだ宇宙船だ。

大きさ自体は、旅客機よりも遥かに小さい。だが、数名で乗るには十分すぎる大きさだった。

機内には、今シモンたちがいるブリッジの他には、予備のパーツやメンテナンス用の器具が入っていると思われる倉庫。

乗組員全員が集まれるようなミーティングルームに食堂、数名分のベッドとシャワーの付いた個室など、生活環境には申し分ない設備が整っていた。

まさかここまで整った宇宙船を、麻帆良で発見できるとは誰も思わなかった。

それを所持していたシモンの父親について、アスナたちも非常に興味深かったが、今は初めての宇宙にテンションが高まっていた。

 

「あっ・・・でも、ドラゴン倒すってどうするん? 今、この宇宙船は重力とか酸素とか整っとるけど、ウチら宇宙空間に出た瞬間に死んでまうやろ? 宇宙服とかあるん?」

 

目を輝かせて張り切るアスナたちの傍らで、木乃香の誰もが思う疑問を口にした。

すると、焔は胸を張って答えた。

 

「その点なら心配いらんぞ、近衛木乃香。我々。完全なる世界のメンバーは理由があって宇宙での知識もある。そして、生身の者が宇宙空間に出る方法も心得ている」

 

それは、宇宙には無知のアスナにも信じられない内容だった。裏世界に詳しい刹那も驚いていた。

 

 

「はああああ!? ちょっ、焔ちゃん、ほんとなの!? だって、テレビで見てたらみんな宇宙飛行士は大きい宇宙服着てるじゃん!?」

 

「あれは、一般人向けに公開されているだけだ。真に鍛えられた宇宙飛行士はとある手段を使い、生身で宇宙空間に出ている。あまり、テレビなどで公開されている情報だけが真実だと思わないことだ」

 

「えっ・・・・ちょっ、ちょっと待ってよ・・・それならその手段って・・・」

 

 

公開されている情報だけを信じるな。それは、魔法という世界に触れてアスナも思うようになったことだ。

だが、誰にでも「そんなことまであるはずがない」という頭の中での線引きがある。

魔法の世界を知っても宇宙の世界はまったくの未知であったために、アスナも驚くしかなかった。

 

「方法は簡単だ。自分の肉体を魔法や気を纏わせ、その環境に適応できるようにすればいい。感卦法なら更にいい」

 

それは、実に身近で意外な方法であった。

 

「はっ!?」

 

「そもそも感卦法や闇の魔法などは、我ら完全なる世界の主でもある、『始まりの魔法使い』が宇宙へ行くために開発した手段でもある」

 

 

始まりの魔法使い? そういえば、そもそも完全なる世界って何だ? 

まずは、アスナたちはそこから既に疑問なのである。

だが今はそれよりも・・・

 

 

「ねえ・・・焔ちゃんたち・・・・何でそうやって・・・・何で何だか重要そうな真実をサラッと日常会話で話すのよ!? いきなりすぎて反応に困んのよ!! っていうか、『始まりの魔法使い』とか何なのよ!? 人類で一番最初に宇宙に行ったのはガガなんとかさんでしょ!?」

 

「な、何故知らんのだ? 貴方の祖先でもあるというのに」

 

「知らないわよ! ってか、だからそうやってサラっと言わないでってば! 受け止め切れないから!」

 

 

重要そうなネタバレがポロポロ出過ぎて、アスナも最早どれに対して反応すればいいのかも分からなくなってきた。

 

 

「うーん、せっちゃんは何か知らん? って、何でせっちゃん頭かかえとるん!?」

 

「か・・・完全なる世界・・・始まりの魔法使い・・・アスナさんの祖先? な、なんなんでしょう・・・真実を知ってしまったら、誰かに消されてしまうぐらいの世界最大トップシークレットに触れてしまったような感覚は・・・」

 

 

世界や歴史の裏側の真実に、覚悟も心の準備も無く告げられてばかりで、何だか段々どうでもよくなってきた。

 

 

「は~、もういいわ。そこらへんの話はネギとかが居ないと何にも分かんないし。それより、今は感卦法とかっていうやつよね。悪いけど私、そんなのできないわよ?」

 

「いえ、アスナさんは武道大会で・・・と言っても、やはり難しいですね。出来たとしても常時それを纏うことなど何年も訓練しないと無理でしょう。ちょっと気が緩んで解けた瞬間に死んでしまいますからね」

 

「あ~、こんなことなら学園祭終わってからそういう修行でもすれば良かった~。剣道だけは刹那さんと修行できてるけどさ」

 

 

とにかく、衝撃の事実は今は置いておこう。

問題は目の前の問題。宇宙船に乗ってノリで宇宙まで来たはいいものの、宇宙空間に生身で出ることは死を意味する。

見たところ、この宇宙船には宇宙服のようなものは存在していない。何の準備もなしに来るような場所ではないのである。

だというのに・・・

 

「あっ、でもさっきこんなの見つけたよ?」

 

シモンが、手のひらに収まるぐらいの大きさの、丸いケースを取り出した。ワックスやクリームなどが入ってそうなケースには、こう書かれてあった。

 

 

「えーっと、『ギャラクシークリーム』。開発者・堀田キシム・神野ジョー。『これを体に塗ると生身で宇宙に出られるよ♪』だってさ」

 

「「「どこのドラえモンだ!!??」」」

 

 

なんか、大丈夫そうだった。

 

 

「とにかく、シモン。我々は愛する人のためならどこまでも想い続け、何だってやり通してしまおうというあなたを尊敬する。絶対にドラゴンを倒し、エメラルドを手に入れ、ニアへの溢れんばかりの想いをぶつけるんだ」

 

「当たり前だ。俺を誰だと思っている!」

 

 

細かいことなど、愛の前には不要だ。いつもはゴチャゴチャ考えるシモンも、今日は考えなかった。

ただまっすぐ、宇宙に浮かぶ丸い月だけを見据えていたのだった。

そんな、ニアのことしか考えないシモンを見て、フェイトガールズたちも、何だか表情がトロンとしていた。

 

「いいな~、ニアは。好きな人からプロポーズされるんだもん。しかも、初恋だよね~」

「ええ。憧れますね。想い人から心のこもった贈り物・・・素敵ですね・・・」

 

言ったのは暦と調だ。その意見には、他の娘たちも同じだった。

 

「もし・・・フェイト様に・・・」

「ば、馬鹿、恐れ多いぞ、暦!」

「い、いいじゃん、焔。想像するぐらいは別に・・・焔だって憧れるくせにさ~」

「うっ・・・そ、それは・・・まあ、思わなくはないとはいいきれないわけだが・・・」

 

これからプロポーズしようと意気込んでいるシモンを見て、何だかニアが羨ましかった。

 

 

「ふーん、何だか暦ちゃんたちは揃って恋する乙女って感じね。やっぱ、フェイトが好きなのね~」

 

「「「「「///////////////////」」」」」

 

 

「あはは、顔真っ赤や~、かわええなー、焔ちゃんたち」

 

「よっぽどフェイトのことを慕っているのですね」

 

 

声に出さずとも表情を見れば分かる。何だか微笑ましかった。

 

 

「ねえねえ、せっかくだし、フェイトとの馴れ初めとか教えてよ。完全なる何とかとか、始まりの魔法がどうのとかじゃなく、私ら学生の会話って言ったら恋バナが定番なんだから!」

 

「えっ、フェイト様の?」

 

「うん。こう言っちゃなんだけど、私やネギとかフェイトとの出会いは最悪だったのよ。嫌味ったらしい無口なガキって感じでさー。あっ、でも今は意外と情に熱くて人間臭いイイやつってのは分かってるんだけど、焔ちゃんたちが出会った頃はどうだったのかな~って」

 

「あっ、ウチも聞きたいえ!」

 

「そうですね。よほど、運命的な出会いだったのでしょうね。そうでなければ、それほど強い想いにはならないでしょうし」

 

 

木乃香も恋愛には疎い刹那も少し気になった。

フェイトガールズはそれぞれモジモジしながら、「あなたから」「暦から」「焔が話してよ」と恥ずかしそうに誰かを先に言わせようとしていた。

 

「もう、照れちゃって可愛いわね~! ほらほら、旅は長いんだから、全員まとめて洗いざらい吐いてもらうからね~!」

 

アスナも嬉々としていた。

まるで、修学旅行のようなノリだった。普段は内に秘めるはずの恋バナも、宇宙に来ればどこかオープンになった。

 

 

だが・・・

 

 

 

 

「私は特殊な能力を持った村で育っていました。その能力を国などから重宝されているうちは良かったのですが、脅威に思った人間たちに村を襲撃され、姉を殺されました。そして、私もまた同じように殺される・・・そう、思った私の前に現れ、命を救ってくださったのがフェイト様でした」

 

 

「この私の角は、万病に聞く妙薬とされ、闇の世界では高値で取引されます。欲に狂った人間たちに追い回され・・・恐怖で怯え・・・非道な笑みを浮かべて私を追い詰めていく人間たち・・・しかし・・・そこでフェイト様が現れて・・・」

 

 

「大戦後の紛争は、私から村を・・・家を・・・片目を・・・そして父様と母様を奪った・・・全てを奪われ、そして失い、絶望だけが残って生きる気力も残っていなかった私の前にフェイト様が・・・」

 

 

栞、調、焔の順。

三人とも語るも涙、しかしフェイトを語る時だけはウットリとしている。

悲しみの過去も、フェイトの出会いを想えば運命だと、むしろ誇らしげだった。

暦と環も何だか似たような話だった。

 

「あっ・・・そ~~~~~~~お~~~~~~う。良かったわね~・・・フェイトに出会えて」

 

汗まみれでドン引きのアスナ。

思ったより重かった。

こんな重い恋バナは人生で初めてだった。ズーンと重い空気を背負いながら、アスナと木乃香と刹那はただ引きつった表情のまま、そう言うことしかできなかった。

 



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第84話 兎は居ないがブタモグラがいた

今、事情を知らない者がこの組み合わせを見たら何と言うだろうか?

 

「のう、セクよ。祭りもよいが、夏期休暇の予定などは聞いておらぬか?」

「いいえ」

「むう、そうか。早いところ予定を入れんと、帝国の大臣たちが五月蠅くてのお。妾を呼び戻そうとな。しかし、シモンとの予定が入っていると言えば、将来の婿候補との時間を優先とか言って言い訳が立つであろう?」

「婿?」

「ん、ああ、安心せい。妾とシモンがつがいになっても、ヌシを遠ざけたりなどせん。妾は皇女ゆえ器が広いからの」

 

麻帆良学園名物『超包子』。昼夜問わずに賑わう中華屋台。大人から子供まで評価の高い絶品料理の香りがいつも漂っている。

様々な人種が多い麻帆良学園ゆえ、外国人、更にはコスプレしたまま食事している客も珍しくはない。

だが、数あるテーブルの一つだけ、今日はとても異質であった。

 

「うーむ、しかしうまいの、この肉まん。エビチリも絶品じゃ。卒業後にはシェフを帝国に連れて帰るかの?」

「・・・・・・ニアの料理はある意味真似できませんが・・・・・・これほど質の高い料理を真似るのも難しい・・・今の私ではマスターの食事は作れない・・・」

「そう、難しく分析せんで、食わぬか。ほれ、妾の奢りじゃ」

「コクコク」

 

端から見れば、これは物静かでミステリアスな雰囲気が漂う美少女と、褐色肌でスタイル抜群の年上美人の組み合わせ。

しかし、事情を知っている者たちからすれば、世界滅亡を目指した悪の組織のメンバーと、世界救済に尽力した大帝国の皇女。

普通なら一触即発。下手したら戦争にまで発展しかねない経歴を持つ二人だ。

だが、今のこの二人からはその空気はまったくない。

 

 

「しかし、造物主ではなくシモンに目覚めさせて貰ったとは羨ましいのう。妾なんぞ、ヌシらの生みの親やその仲間に散々な目に合わされたのだぞ? 何度誘拐されかけたことか」

 

「・・・・・・エビチリ・・・絶品です」

 

「それが、デュナミスといい、フェイトといい、肩すかしもいいとこじゃ。何だか初代や二代目のアーウェルンクスや造物主が不憫じゃ」

 

 

一般人の同世代とは大きくかけ離れた、戦乱の時代の皇女として生まれ育ったテオドラ。

普通に生まれ、普通に育つ少女たちなら手に入れて当たり前のものを知らず、ただ国のため、民のため、世界のため、そして大義のためにあらゆるものを犠牲にしてきた。

その全ては「戦争」と「敵」によってもたらされたもの。

だというのに、二十年経った今ではこうして戦争の敵だったものと食事をしている。

 

「まあ、これも時代の移り変わりかの。人生一寸先も分からぬな」

 

敵と仲良くなる。良いことと言えば良いことなのだが、どこか複雑な気にもなるが、これも人生かとテオドラは笑い、肉まんを追加注文した。

 

「にしてもじゃ、ヌシら本気でどうするんじゃ? もう造物主は復活させんのか?」

「この肉まん・・・肉汁が素晴らしいです」

「・・・魔法世界崩壊とかどーするんじゃ?」

「しかし、マスターの味覚は特殊・・・果たして同様のモノを作成したところで、お気に召していただけるかどうか・・・」

「・・・のう・・・ナギとアリカについてなんじゃが・・・ナギはともかく、ヌシらはアリカの居場所を知っておるのか?」

「この肉・・・決して高級食材を使用しているわけではないというのに・・・」

「ナギは造物主と相打ち・・・アリカは人の手が決して届かぬ地に肉体ごと封印を・・・」

「シェフの名は、四葉五月・・・世界には色々な天才が居る・・・」

 

テオドラのふった話題にド無視のセクストゥム。黙々と、超包子の点心料理を解析中。

あまりにも無視されたので、テオドラが試しに聞いてみた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・シモンのことなんじゃが」

「ッ!? マスターがどうかなさいましたか!?」

「ヲイ!? 何故、世界を揺るがす超重要な話題に反応せんで、シモンの話題にだけ反応するんじゃ!?」

 

シモンという名前を出しただけで、態度を一変させるセクストゥム。

こいつらに、自分の少女時代をメチャクチャにされたんだよなーと、かなり複雑な心境になった。

 

 

「まったく・・・と、それはさておき、シモンを見んのう。せっかくじゃから一緒におりたいのじゃが」

 

「マスターの居場所・・・? ・・・・・ッ!? マスターの反応が消失!? マスターの身に何か!?」

 

「ん? なんじゃ、あやつ麻帆良におらんのか? ならばどこにーーーってヲーーーーイ!? そのバズーカー砲とか仰々しい魔剣チックなもんを装備してどこ行く気じゃ!? 別にシモンは誘拐されたと決まったわけではないぞ!?」

 

「マスターが私を置いて学園都市外へマスターが私を置いて感知領域範囲外へマスターが私を置いてマスターが私を置いてマスターが私を置いて」

 

「のわああああ、いい加減にせぬか! あやつも色々とあるんじゃろ。あんまり付きまとうと嫌われるぞ! 時におなごは男の帰りを信じて待つというのも必要なのじゃ!」

 

 

――ピクッ

 

シモンに嫌われる。そう言っただけでセクストゥムはピタリと止まった。

 

 

「マスターに・・・付きまとってばかりだと嫌われる?」

 

「えっ・・・あ・・・ん~、そ、そうじゃ! くっついて甘えるばかりが重要なのではない。時には男に頼らず自立している面もなければ大人になれんのじゃ! 男は船で女は岬じゃ」

 

「大人・・・・・・・・」

 

「そうじゃ。そうでなければ、ヌシはいつまでも大人にも、そして大人の女にもなれん。子供のままじゃ」

 

 

テオドラ。「あれっ? 妾、今結構良いこと言ったかの?」という表情だ。

しかし、テオドラ自身は片思いの経験はあるが、異性との交際経験は皆無。

テキトーな一言にセクストゥムが食いついたのだった。

 

 

「大人・・・では、大人になるにはどうすればよろしいのでしょうか?」

 

「ほえ?」

 

「マスターに嫌われないために、大人の女になります。どうすればよろしいでしょうか?」

 

「お、大人? はて・・・どうすればよいのじゃ? うーむ・・・自立・・・一人暮らし? 自分で金を稼ぐ? う、う~ん・・・」

 

 

テオドラ。自分で着る服ですら、女中に着せて貰っている状況である。

 

(って、じゃから何で妾は完全なる世界のアーウェルンクスシリーズと、女のあるべき姿とか恋バナをしとるのじゃ? しかも大人の女じゃと? そんな話題をふられてものう・・・)

 

金に困ったことも、自分で買い物をした経験もない。というより、一人暮らしなどつい最近始めた状況である。

そんな彼女が焦って言った答えは・・・

 

「こ・・・子供を産んで母親になるとかかの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「って、今のはなしじゃあ! ま、待つのじゃ! 冗談じゃ! そんなに目をキラリと光らせて何処へ行く!?」

「大人の女になるために・・・私を作った人物を探し出して子供を産めるように改造してもらいます」

「ぬああ!? って・・・ヌシを作ったのは・・・ってダメじゃあああ! それだけは絶対、て、待たんかァ! 何故、世界樹を一目散に目指す!」

 

テオドラの必死の説得には何十分も時間がかかったが、麻帆良は平和のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

地球から38万キロ以上離れた、直径3千キロ以上の星。

 

「やったやったーーー! ついに、来たわよ!」

 

表面は多数の巨大なクレーターがあり、大気も水もない環境は決して人が住めるような場所ではない。

そんな場所に、ただ一人の女性に愛を伝えるためという理由でたどり着いてしまった。

 

「すごい・・・」

「これが・・・月・・・」

「なんか、地球から見た月とは全然違うわね。こんなに広かったなんて。それに、クレーターの大きさとか、ハンパないわ」

 

最初はギャーギャー騒いでいたアスナも、少し声のトーンが静かだった。

今になって興奮よりも緊張が大きくなってきた。

 

「みんな、椅子に座ってベルトを締めよう。多分、着陸の衝撃が結構来ると思うよ」

 

ワクワクしながらも、シモンは的確に操縦席のボタンや桿を握って操作していく。これも螺旋の力なのか、かなり手馴れているように見える。

 

「適正な地形に着陸はじめ!」

 

アークグレンのモニターに、大きく『了解』の文字が映った。

すると、アークグレンはまるで吸い込まれるように急激に下降し、全身を揺らすほど大きな衝撃とともに着陸した。

 

 

「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

「すごーーーーーーーーーーーーーーーーい!」

 

 

全員がコクピットから見える月面の景色に感嘆した。

雄大だった。

どこまでも広がる地面。そこには、壁もなく、天井もなかった。

遠く、遥か彼方まで続いている月面の大地の向こうに、丸く輝く青い球があった。

どこを見ても、爽快だった。

何もない場所なのに、一瞬で心満たす何かがそこにあった。

 

「これが月・・・はは・・・ほんとに来ちゃったわよ」

 

柄にもなくアスナも感慨にふけっていた。

自分たちは地球から飛び出してしまったのだと。

 

「よし! じゃあさっそく準備をしないとね。まずは、環境について調べないと。」

 

改まって、アスナは拳をギュッと握って立ち上がった。

 

「シモンさんには悪いけど、ギャラクシークリームなんてインチキ臭いもの信用できないからね。えーっとアークグレンで、気温を調べるには・・・あと、装備の確認しないとね。それと、忘れちゃいけないのが酸素マスク! どれぐらいの量があるか調べとかないとイザって時に・・・」 

 

アスナはイキイキとしていた。

普段は大した準備などもしないで、行き当たりばったりなところも多いアスナだが、まるで遠足前日の幼稚園児のように目を輝かせながら準備をしていた。

準備をしているだけでも楽しい。次々と案を出して、皆を引っ張ろうとした。

だが・・・

 

「はー・・・すっごいなー」

「あっ、星条旗だ!」

「なるほど・・・これが人類にとっては大きな一歩となるわけですか」

 

シモンたちは既に普通に外を歩いていた。

ズッコケたアスナの目の前には、蓋の開いたギャラクシークリームが置いてあった。

 

「だから、どーしてそんなノリで出ちゃうのよ! 一歩間違えれば死んでたじゃない!?」

 

アスナもギャラクシークリームを塗って直ぐに外へ出てきた。

慣れない頭で必死に考えていた自分がアホらしかった。

一方で緊張感の欠片も無く、平然と月を闊歩していた焔たちは、反応に困った。

 

「何故、アスナはあんなに怒っているんだ?」

「先に月面に降りられたのが、そんなに腹立たしかったのでしょうか?」

 

しかし、アスナも怒鳴りながらも結局月面に降り立ってしまったが、とくに何の問題も無さそうだった。

アスナもすぐに反応が変わった。

 

「あっ・・・でも、本当に何ともない。確か、月ってすごい気温差激しいんでしょ? それを、魔法の力で乗り越えちゃう魔法使いもすごいけど、こんな便利なクリームを作ったシモンさんのお父さんもすごいわね」

 

月は太陽が出るか出ないかで、非常に気温が大きく変化する。100℃以上だったり、マイナス100℃とか、とにかく宇宙服などの装備も何もなく、生身で生きられるような場所ではない。

それを、常識を超えた魔法の力で乗り越える魔法使いはまだしも、クリームを塗るだけで誰もが生身で宇宙空間に出れるものを開発した、シモンの父親も普通ではなかった。

 

「うーん、俺も父さんが何をやってるかはよく分からないや。でも、開発したのは父さんだけじゃないみたいだけどね」

 

シモンがクリームの箱の裏を見ながら答えた。そこには、『神野ジョー』と書かれていた。

 

「神野・・・シモンさん、その人物はひょっとして・・・」

「ああ、アニキのお父さんだよ。俺の父さんとは親友だったり、ライバルだったり、でも仲は良かったよ」

 

カミナとシモンの両親。アスナたちは想像する。

あのグレン学園のシモンとカミナの父親たちだ、今のシモンとカミナが大人になった姿を想像すれば、かなり常識はずれでメチャクチャをやりそうなところを容易に想像できる。

 

「そういえば、父さんは最近になって会うようになったけど、ジョーおじさんとは行方不明になってから会ってないや。なにをやってるんだろう」

 

シモンがふとした疑問を呟く。ちょっとそれには焔たちも興味を引いた。シモンの父親があのアンスパなのだから、カミナの父親も相当ぶっとんだ人なのだろうと。

 

 

「カミナの父上はどんな人だったんだ?」

「うーんとね、優しくてメチャクチャ頭が良かったかな。よく、アニキと一緒に空を見て星を教えて貰ってたかな」

「頭がいい? カミナの父上が・・・?」

 

それには全員目を細めた。グレン学園を留年しまくって、自分の名前もテストで間違えたというカミナの父親だ。

 

「そういえば、アニキは言ってたっけ。アニキはおじさんと一緒に、昔宇宙に行ったことがあるって!」

 

進路指導の後に、カミナと二人で話していたことを思い出した。

昔、金星を目指して壮大な宇宙に行ったことがある。それ以来、自分は地球を飛び出したその先ばかりを夢見ていると。

 

「それなら、こんなすごいものを開発してても不思議じゃないな・・・」

 

やはり、カミナはウソをついていなかった。こんな物まで開発しているのだ。この、見渡す限り壁も天上もない世界へカミナは来たことがあったのだ。

そう思うと、シモンはうれしくなった。

 

「へへ、何だかようやく少しだけアニキに追いついた気がするな」

 

いつだって、上へ上へと行ってしまうカミナの世界観に、少し追いついてきたかも知れないと思えた。

だが、それで満足してはならない。何故なら、シモンは月にはこれで来れたが、カミナの目指しているものは更にその先にあるからだ。

グッと拳を握りしめ、いつか自分もこの宇宙の先まで行ってみたいと、シモンの瞳が輝いた。

 

「は~、何だかシモンさんとカミナさんって、まさに宇宙兄弟ね」

「ははは、確かに。スケールの大きなお二人だと思っておりましたが、まさか宇宙とは・・・」

 

言ってておかしかったが、しかしシモンとカミナならいつか宇宙の先まで辿り着くかも知れない。アスナたちにもそんな予感がよぎったのだった。

 

「でも、今は浪漫よりも愛が先! 分かってるわよね?」

 

だが、夢を見るのもこれまでにしよう。今回ここまで来た目的を忘れるなと、アスナは笑顔で手を叩いた。

 

 

「ああ! まずは、この月を制覇しないとな!」

 

「そうよ! 宇宙のリングをニアさんに贈るわよー!」

 

「「「「「おーう!!」」」」」

 

 

みなで拳を突きだして一斉にぶつける。この広大で穴だらけで未知な世界を今から掘り起こすのだと、気合いを入れた。

 

「さあ、タマちゃん。さっさとドラゴンどこにいるのか教えてよ!」

 

いつの間にかアスナが仕切りだして、ビシッと環を指さす。

確かに、この広大な月の大地。起伏も激しい地形で、一匹のドラゴンを探すのは至難の業。

同じ竜族である環の手腕にかかっていると言っても過言ではない。

 

「すん・・・すん・・・すん・・・」

 

気を、鼻を、神経を張り巡らして集中する環。だが、すぐに首を振った。

 

「近くにはいない。竜にしか分からない波長を流したけど、反応ない」

 

まあ、そう簡単に見つかるとは思っていない。それぐらいはアスナたちにも予想通りだった。

とりあえず、月面で思いっきり背伸びしてみて、頭の中を一度スッキリさせた。

 

「まあ、いいわ。せっかく月に来たんだし、堪能しながら地道にやりましょ。月なら、進化したコキブリとか居ないだろうし」

「もー、アスナ。驚かさんといてや。もしそんなんがおったら、ウチら改造手術もしてへんし、ミッシェルさんが居らんと生き残れんのやから」

「はは、アスナさんもお嬢様も結構余裕がありますね」

 

相手はドラゴンだ。その姿や力を生まれて一度も見たことのないアスナたちだが、それでもゲームやマンガなどでドラゴンというものが物語ではどれほどの強さを誇っているかは分かっている。

普通、ドラゴンと戦うとなれば、それこそ大魔法とか伝説の剣とかが無いと倒せないほど難度が高いと思われる。

しかし、今回のメンツとノリと宇宙という開放感からか、あまり細かいことは気にせず自分たちなら何とかなるだろうという考えが、アスナたちの気持ちを軽くした。

 

「やはり、地道に探索する必要があるな。アークグレンを拠点として、探索の範囲を広げていこう」

 

幸いなことに、アークグレンは環境や設備が非常に整っている。

食料もキッチンもベッドルームもシャワー設備もちゃんと備わっているので、食う寝るや女の子の身だしなみなどで悩むことは無かった。

ドラゴンの戦闘にさえ気を付ければ、あまり難しいサバイバルの必要もない。

この時までは、皆がそう思っていた・・・

 

「ッ!?」

 

その時、調が何かに反応して、ある方角を見る。

 

「どうしました、調?」

「しっ! ・・・・・・何か・・・聞こえます」

「えっ・・・?」

 

調は音に非常に敏感だ。だからこそ、一番速くに察知した。

調の様子から、仲間である焔たちも調が向いた方角に警戒心を強める。

 

「調ちゃん、何が聞こえるの? ・・・まさか、ドラゴン?」

 

まさか、いきなり現れたか? アスナと刹那が剣を取り出して身構える。

調は数秒の間を置いて答えた。

 

「・・・これは・・・何かが来ます。こっちに。振動が聞こえてきます・・・」

「やっぱり!?」

「しかし! これは・・・一つではありません! 複数・・・複数の何かがこちらに近づいて来ます!」

「えっ!? 複数!?」

 

まさかドラゴンは一匹では無かったのか? もし、そうだとしたら想定外だ。

 

「で、でもまだ何も見えませんわ!」

「環。どう!?」

「いえ・・・分からない。ドラゴンの波長は感じない」

「ま、待て! た、確かに揺れが・・・地響きが!?」

 

調が気づいてから少しして、ようやく焔たちにも何かが聞こえてきた。

いや、というよりも月の表面の僅かな揺れに気づいた。

 

「でも、一向に何も見えませんよ!?」

「うちもや! せやけど、ちょっと揺れてるんは分かる! どういうことや!?」

 

しかし、どれだけ目を凝らしても何も見えない。だが、どんどん揺れが大きくなり、何かが近づいてくるのは分かる。

すると、そこで調はようやく気づいた。

 

 

「わ、分かりました! 皆さん、この音の発生源は・・・・下です!?」

 

「「「「ッ!!??」」」」

 

 

その時、シモンたちの目の前の地面が割れて、下から黒い影が飛び出した。

 

 

「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

それは、耳を塞ぎたくなるほど大きな声を発した。

 

「なっ・・・」

「なんなよこいつは!?」

 

戦慄した。

全身を毛で覆われた四足歩行の生物。

月の破片が舞い上がり、土埃が視界を覆う。だが、それでもその物体が生物でどれほどの大きさなのかはすぐに分かった。

 

「で・・・」

「デカッ!?」

 

単純にデカイ。背格好は牛や馬より大きく、横幅は大きく手を広げても足りないほどの体積だ。

どこか荒々しい鳴き声と、爪で大地を叩きながら、ソレはシモンたちを視界に入れた瞬間、突進してきた。

 

「ブモウウウウウウウウ!!」

「あ、あぶ・・・ッ!?」

 

女の子を守らなければ。咄嗟に前へ出たシモンだったが、その腹部に強烈な痛みが走った。

その生物の顔面からの突進で強打され、吐瀉物を撒き散らしながらシモンは月面を転がった。

 

「シ・・・シモンさ・・・ん・・・」

「お、おのれ!!」

 

話し合いの通じる相手などではない。そして、獰猛で動きも素早い。

 

「神鳴流・斬――――」

「せっちゃん! 下や!」

「・・・えっ!?」

 

刹那が斬りかかろうとしたが、忘れていた。近づいてきた音が一つでなかったことに。

 

「ブモウラアアアア!!」

 

その生物が空けた穴から飛び出すように、次々と同じ生物が飛び出してきた。

 

「な・・・こ、これは!?」

「な、なんなよこいつら・・・っきゃああ!?」

「アスナ!? あ、あかん、別の地面からも出てきた!?」

 

突如出現した謎の生物。明らかに自分たちに敵意を見せている。

次々と現れるその生物に成す統べなく、アスナたちはシモンを囲うように周囲の生物に構えた。

 



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第85話 月にウミガメはいない

「一体何なのよ! ゴキブリじゃなさそうだけど・・・ブタ!? それとも、モグラ!?」

 

 

生物の顔はどこかブタにもモグラにも取れる風貌だった。

それに気づいた焔が答えた。

 

「ブ・・・ブタモグラ・・・」

「えっ!? ・・・こ、これが噂の!?」

 

世界は一般には公にしていないが、月に住む生物とされていた動物。

名前からして多少は大きいモグラなのかと思っていたが、あまりにも想定外な大きさにゾクッとした。

デカ過ぎる。

 

「ね、ねえ、焔・・・私もブタモグラはよく知らないんだけど・・・これ、肉食じゃないよね?」

 

暦が少しビクついていた。

アスナたちもギョッとした。

そう、これだけ大きければ人間など軽く飲み込めるように思えた。

そして、小さいながらも牙が生えていた

 

「確か、主食は土だと聞いていたが・・・」

「じゃ、じゃあ、私たちが餌だと思ってるわけじゃ・・・ないよね・・・?」

「わ、分からん。しかし、確かブタモグラの性格は温和だと聞いたが・・・」

「・・・誰から?」

「・・・・・・・・・・さあ?」

 

しかし、そのわりには気が立っているように見える。ひょっとしたら、ナワバリに侵入してきた敵だと判断したのかもしれない。

 

「どちらにしろ、ここを脱出してアークグレンに避難しましょう」

「賛成・・・何だか戦うのも嫌だし・・・」

「よし、なら私が戦陣を切る。獣なら火が苦手なはず。道を空け、シモンを抱えてアークグレンに飛び乗るぞ!」

 

皆で頷き合う。そして、タイミングを見て一斉に前へ出る。

 

「さあ、道を空けろ! スピリット・オブ・ファイア!!」

「よし、みんな! 今のうちにシモンさんを抱えて・・・・・えっ?」

 

名前が「焔」であるだけあって、火の扱いに長けた焔だ。恐らく発動すれば相当強力な技だったのだろう。

しかし・・・

 

「な・・・ほ、炎が出ない!?」

 

ギャラクシークリームなどという物を使い、当たり前のように生身で活動しているから忘れていた。

 

「しまった!? ここは、地球のように酸素が空気中にたくさんあるわけではないんだ!」

 

炎が発生しない。ゆえに、既に突っ込んでいたアスナたちはそのままブタモグラの群れに突っ込み、カウンターを食らってしまった。

 

「ッたああああ~~~!!」

「うえええええん、いたーーーい!」

 

勢いのある頭突きをくらわされて、半泣きのアスナたち。魔力を体に漲らせて耐久力を上げているからこの程度で済んだが、生身では決して食らいたくないものである。

しかし、勢いにそのまま押され・・・

 

「あ・・・・・」

 

アスナたちは、呆然とした。

吹っ飛ばされて、ブタモグラたちが空けた穴の真上に飛ばされていた。

 

「ちょっ・・・」

「ま、まずい!?」

 

巨大なブタモグラが通ってきた穴だ。人間数人など余裕で通れた。

一瞬の油断のすえ、彼女たちは全員なすすべなく、月の地表深くまで落ちていくのだった。

 

 

「「「「きゃあああああああああああああああああああ!!」」」」

 

 

硬い土に全身を打ち付けながら、深い地の底まで転げ落ちるアスナ達。

咄嗟に全員で手をつなぎ、落ちて数メートルぐらいの地点で足を使ってブレーキを掛けようとするが、うまく伝わらない。

 

「とと、止まりませんわ!?」

「お嬢様! 絶対に手を離してはダメですよ!?」

「ああん、きっと青アザだらけやー!」

「くっ、しかしどこまで続いてるんだ、この穴は!?」

「ブタモグラの仕業でしょう! 奴ら、月の地下深くで土砂を食べて生きているんです!」

 

月にクレーターのような穴が空いているのは知っていたが、このように月面の下に空洞がここまで続いているとは思わなかった。

だんだん痛みが麻痺してきて、自分たちは一体どこまで落ちるのかと思っていたとき、穴の底でゾッとする光景を見た。

 

「え・・・・えええええええ!?」

 

穴の先には大きく開けた空間がある。そこには、大小無数のブタモグラがウジャウジャ居た。

居並ぶブタモグラの数は百を超えている。鼻をつく家畜のような匂い。聞いたこともない鳴き声。そこはブタモグラの巣に見えた。

 

「イヤですわ! あんなところに落ちるなんて絶対にイヤですわ!」

「絶対匂いが一生落なくなるーーー! お嫁に行けなくなる!!」

「うわあああん、フェイト様ァァァ!!??」

 

まともに戦えば負けることはないのだろうが、彼女たちは既に半泣きの状態だった。

とにかく、今はこのまま穴の底に落ちるわけにはいかない。落ちたら、百匹のブタモグラの群れのど真ん中に落ち、どうなるかは分からない。

だが、その時だった。

 

「さ、させない!!」

 

シモンがようやく動けるようになった。

 

「シモンさん!?」

「みんな、捕まってろ! 道が一つしか無いのなら、他の道はこの手で作る!」

 

咄嗟にシモンは真横にドリルを突き立てた。咄嗟だった。とにかくまっすぐ落ちたくない一心だった。

だが、それが功をそうしたのか、シモンたちはブタモグラの巣のルートから外れることができた。

 

「は~、危なかった。今ほどシモンさんが穴を掘るのが得意で良かったわ」

 

ブタモグラが作った穴とは別の穴を掘って、逃れることができた。

シモンたちはそのままトンネルを掘って、安全な場所まで移動しようとした。

とにかくもう落下する心配はなさそうだ。シモンが地中を掘り進み、アスナたちは擦り傷や打撲の怪我を気にしながら這って進む。

 

「ふう・・・みんな~、大丈夫?」

「なんとか・・・お嬢様、大丈夫ですか?」

「あはは、あっちこっち痛いえ~。こんなん、子供の頃に隠れてせっちゃんと山の中で遊んでたとき以来や~」

「我々も」

「全員なんとか~」

 

差し迫っていた危険を回避し、シモンたちは無事を確認し合って、軽く息を吐いた。

しかし、危機は完全に去ったわけではない。

 

「だいぶ落ちてきたが、大丈夫か?」

「分かんない、なんとかこのまま掘り進めて地上に戻るしかないよ」

 

月面に降りて僅か数分で月の地下深くに落とされたシモンたち。ワクワクの冒険のはずが一気にトーンダウンした。

 

「は~、とにかくアークグレンを目指そ。シャワー浴びたいし」

「さんせー」

 

おまけに、この土で汚れた状態がやる気を更に削いだ。

この出だしからズッコケた状況を元に戻すには、一度綺麗になって再スタートしかない。

 

「しっかし、人類初じゃない? 月の地下に落とされるって・・・」

「ブタモグラに襲われた人間も・・・」

「そう考えると貴重な経験」

 

そうやって、自分を慰めるしかなかった。

一方でシモンは無言のまま、少女たちのためにも少しでも早くとドリルを前へ進める。

もともとは自分が連れてきた子達だ。全て自分に責任がある。彼女たちは一切シモンを責めはしないが、責任からシモンはただ黙々と月を掘っていた。

だが、その時にシモンは何かに気づいた。

 

「・・・あれ・・・・・?」

 

一応地上を目指して掘り進んでいたのだが、妙なものを感じた。

それは、アスナたちも気づいた。

シモンのドリルが掘っていた場所を確認すると、何かが光っていた。いや、光が漏れていた。

 

「なんだ・・・?」

 

シモンは、その光る何かを知ろうと、ドリルを更に勧めた。

すると、空洞を掘り当てた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

シモンは、目を疑った。

アスナたちは、夢かと思った。

シモンのドリルで掘り抜いた場所は、広々とした空間となっていた。勿論、それ自体は珍しいことではない。

問題なのは、この空間を埋め尽くしているものだ。

 

「ねえ・・・夢だよね」

「さあ・・・どう思う? ちなみに、私は目の錯覚だと思いたいが・・・」

 

自分たちは月の地下深くに落ちたのは間違いない。

だが、これは何だ?

 

「これ・・・海水?」

 

シモンたちの膝上ぐらいの高さまで埋め尽くされている、海水。

 

「何で・・・月の地下に空が? 太陽が?」

 

見渡す限りの青い空。白い雲。そして、バスケットボールぐらいの大きさで輝いている太陽。

 

「何故・・・月の地下に、島が?」

 

目の前には、海水の上に漂う小さな島があった。

漂う海水が小さな波を作って、島の小さな砂浜に打ち寄せていた。

 

「何で・・・月の地下の島に・・・芝生が・・・ヤシの木があるん?」

 

島の砂浜を少し登れば、数センチ程度の芝生と、南国を思わせる木が三本並んでいた。

だが、問題はさらにあった。

 

「どうして月の地下に・・・海と空と雲と太陽と島があって・・・その島の上に・・・家があるんだろう?」

 

小さな島に立つ、小さな家。

ピンク色の木造で作られ、赤い屋根の2階建てぐらいの小さな家。

 

 

「な・・・なんで・・・・・・・・・・・」

 

「「「「「なんで、月の地下にカメハウスみたいのがある!!??」」」」」

 

 

ハッキリ言って、どこかの漫画で見たことがあるような光景が、まんまそこにあった。

 

「どーいうことよ!? 私たちは月のドラゴンを探していたら、ドラゴンボールの世界にでも来ちゃったっていうの!?」

 

本当に夢ではないのかと思うが、海水の冷たさが現実だと告げる。

 

「ア・・・アスナさん・・・アレ・・・」

 

刹那が震える指で、目の前の家を指した。言われてアスナも気づき衝撃を受けた。

家の壁にはアルファベットの赤い文字が書かれていた。

 

 

「・・・NAGI HOUSE・・・」

 

 

その言葉を目撃し、この瞬間、誰もが同じ人物を頭に思い浮かべた。

 

「ナギハウス!?」

「ナ・・・ナギって・・・まさか・・・」

「ッ!?」

 

アスナが慌てて海水から走って島に上陸し、家へ向かって一目散と走り出した。

シモンたちも急いで追いかける。

 

「ね、ねえ・・・焔・・・ナギってまさか・・・」

「そんなことあるはずが・・・あの人物が、月に来たなどという情報は・・・」

 

月の地下深くの空洞。偶然掘り当てたこの場所は、まさか・・・

そう思ったときだった。

 

「みなさん、表札に名前がありますわ! ひょっとして持ち主の名前が・・・えっ!?」

「う、ウソッ!?」

「ちょっ!?」

 

家の扉の横に付いていた表札には、確かにこう書かれていた。

 

「ナギ・スプリングフィールド・・・アリカ・スプリングフィールド・・・・・・」

 

『アリカ』という名前にシモンは、かつて出会った女を思い出した。

そして、『ナギ』、『スプリングフィールド』という名前。

まさか・・・

そう思ったとき、ずっと黙っていた環が声を荒らげた。

 

「待ちなさい!!!!」

 

それは、アスナが家の扉に手を掛けた瞬間だった。

 

「どうしたの、タマちゃん?」

「家の中に・・・誰かが・・・居る」

「ッ!?」

 

反射的にアスナはドアから手を離して後方に飛んだ。

皆も汗が頬を流れた。

 

「気配は感じない・・・でも、確かに感じる・・・人間の・・・女の匂い・・・。まるで、眠っているような・・・だけど、この家の中には・・・誰かが居る!!」

 

 



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第86話 ただの愛の巣

別に友達というわけではない。ただ、会ったことがあるだけだ。

20年前の魔法世界にタイムスリップした時、偶然出会っただけである。

しかし、それでもシモンはよく覚えている。

山のように大きな怪物を軽々と蹴散らした男。見ず知らずのシモンの命を助けるために、迷わず自身の命を危険に晒そうとした女。

あの誇り高い二人を、シモンは忘れない。

 

「ナギ・・・アリカ・・・そうか、二人は結婚してたんだ・・・」

 

月面の地下深くの空洞には、人工的に造られた空間があった。

 

「信じられない。この海水、芝生、木、そして砂・・・どれも本物だ。何故、不毛な月の地下深くで・・・」

 

焔や調たちが、海水や島の芝生や植物に手を触れた。

 

「そもそも何で空と太陽が?」

「いや・・・待って・・・この空と雲・・・よく出来ていますが、月の地中を依り代にして魔力で造られていますわ」

「ほんとだ。空だと思っていたけど、これは壁だ」

「じゃあ、あの上に浮かんでいる太陽みたいな物は?」

「あれには、魔力が感じない。恐らくは科学かなにかで人工的に造りだしたものだ」

 

掘り当てた空洞に広がる世界は、どこまでも続く海と空が広がっていると思っていたが、偽物だった。

触ってみれば、ちゃんと壁があった。しかし、それでも島と海を含めて、空洞は公園ぐらいの大きさはあった。

何故、地中にこのようなものが。そして、どうしてナギとアリカの名前がここにあるのかが、シモンたちには分からなかった。

 

「ねえ、シモンさん、ナギ・スプリングフィールドってのが、ネギのお父さんだってのは分かったけど、アリカって人は何者なの?」

「え・・・あ~・・・俺もよくは知らないんだけど・・・」

「私が教えよう」

 

 

実は、アリカについてはシモンもそれほど詳しくない。すると、少し迷いながらも焔が代わりに答えた。

 

「アリカ姫。かつての名は、アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。魔法世界最古の王国である、ウェスペルタティア王国の最後の王女だ。そして・・・」

「待って、焔。よろしいんですの?」

「仕方ない、栞。さすがにここまでくれば、我々だけで留めておける情報ではない」

 

栞が焔の判断に少し待ったを掛けた。それほど重要情報ということだ。

正直、アスナたちは「ウェスペルタティア王国」というものを知らないので、その重要性は分からない。

だが、次に語られる情報には、落ち着いてなどいられなかった。

 

 

「恐らくアリカ姫は・・・ネギ・スプリングフィールドの母親だ」

 

「「「え・・・えええええええええええええええええええええええええええ!!??」」」

 

 

驚いたのは、アスナ、刹那、木乃香だった。

 

 

「うそ!? あいつのお母さん!? ちょ、ちょっと待ってよ。今まであいつはお父さんお父さんばっかで、母親のことは何も聞いてなかったけど・・・」

 

「魔法世界最古の王国の王女が、ネギ先生の母親・・・ということは、ネギ先生は・・・」

 

「ネギ君は、本来王子様になる子やったんや!?」

 

 

アリカという人物とネギの繋がりにはさすがに驚いた。

確かに、ネギの様子や振る舞いは、時には英国紳士を通り越してどこかの王子様に見えなくもなかったが、まさか本当に王の血筋だとは思わなかった。

 

「あれ? でも、最後の王女ってどういうこと? その国は今、どうなってんの?」

 

何故、最後か? 答えは簡単だ。

 

 

「ウェスペルタティア王国は滅んだ。20年も前にな。ナギ・スプリングフィールドと我らが所属している完全なる世界の組織の戦いの後にな」

 

「えっ・・・滅んだ!?」

 

「ああ。ウェスペルタティア王国の王都は魔力の力で空に浮遊する大陸。しかし、20年前の魔法世界で大規模な魔力消失事件が起こり、王国は地上へ落下し崩壊。多数の死者と難民を生み出して幕を閉じた」

 

 

シモンもウェスペルタティア王国については何も知らない。だが、王国の王都であるオスティアについては少し知っていた。

もし、その国の王女であるアリカがネギの母親で、ナギの妻で、そしてナギやアルたちの仲間なのだとしたら?

シモンは、かつてナギやアルたちは戦に勝ったと思っていた。だが、もし焔が言った通りの歴史なのだとしたら、ナギたちは本当に勝ったと言えるのだろうか。

 

「最悪の結末を生み出したアリカ姫は、『災厄の王女』と呼ばれ、魔法世界の首都の判決により死刑。そして、18年前に刑は執行された。それが公式記録だ」

「ちょっ、死刑!? なんでよ!? ってか、どういうことよ!? 18年前に死刑って、それならネギは・・・」

「ネギ君は10歳やから、そうなると・・・」

 

計算が合わない。ネギは10歳だ。だが、それが何を意味するのか、何となくだがシモンは分かった。

 

「なあ、焔。公式記録ではってことは・・・真実は違ったりするのかな?」

「ほう・・・シモンにしては鋭いな。この事実を知っているのは、一部の首都の軍と首脳関係者・・・そして、紅き翼たちぐらいなのだが・・・」

「分かるよ。アリカがあのナギが本当に好きになった人なら。もし、ニアが同じ目に合えば・・・きっと俺もナギと同じ事をしただろうから」

 

あの時に出会ったナギという男が、自分の好きな女が死刑になると分かって黙っているはずがない。

それが例え、世界の全てを敵に回すことになったとしてもだ。

 

 

「じゃあ、そのアリカさんて、今どこにいるの?」

 

「それは我々も分からん。十年前にナギ・スプリングフィールドが行方不明になったとき、既に彼女も行方をくらませていた。まあ、彼女自身は公式記録ではもっと前に死んだことになっているからな」

 

「そんな・・・」

 

「しかし、まさか月にたどり着いていたとは思わなかった」

 

 

例え、命を拾っても幸せなハッピーエンドが待ち受けているわけでもない。

常に命を狙われる危機と隣り合わせの二人。

 

「なんだか悲しいえ・・・好きな人と普通に幸せになれんなんて・・・」

「まったくです。ましてや、世界のために己を捧げて戦い続けた英雄が・・・」

 

木乃香たちには分からぬであろう、辛さ。

もっと幸せになってもいいはずの人たち。もっと、報われてもいいであろう者たちが歩んできた人生を想像するだけで切なくなった。

 

「そうか・・・ここは、そんな二人が追っ手から逃れるために作った隠れ家って言ったところか・・・・」

 

辛い人生の中での僅かな安らぎの場所。

ここは、二人のそんな場所かもしれない。

 

「まっ、待ちなさい、シモン!? だから、誰かが家の中に居るかもしれないから、慎重に!?」

 

扉を開けたら、少しホコリが出てきた。恐らく、長らく人が手入れをしていたわけではないのだろう。

なら、この中には本当に誰かが居るのだろうか?

そう思って、ドアノブに手をかけてシモンたちは中に入った・・・が・・・・

 

 

「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」

 

 

まず目の前に飛び込んできたもの。

玄関には簾をくぐらないと中には入れないようになっていた。

しかし、その暖簾がまた、ビーズで手作りされたような可愛らしいものだった。

 

「随分と・・・玄関からいきなりフェミニンな暖簾ですわね・・・」

 

そして入ってすぐに、部屋の中央に小さなテーブル。

しかし、そのテーブルの上にはなかなか目を引くような家具が置かれていた。

 

「おお、このテーブルクロスはとても可愛らしいですね」

「わあ、この花柄のティーセット、欲しい!」

「この植物・・・枯れてるけど、元はハートの葉っぱでしょうか?」

「ハート型卓上時計」

「あああ!? ペアカップ! 赤がハートマークの中にナギって書いてて、青いカップにはアリカって書いてる!」

 

囲うようにソファー。

 

「ケーキ型のティッシュボックス・・・ちょっと乙女チックね・・・」

「みっ・・・ミッキーとミニーのスリッパ・・・ミッキーがナギので、ミニーがアリカ姫の?」

 

かなり、想像と違う部屋。

 

「・・・・・・・・・・・・・・なんか・・・・結構かわいい部屋ね・・・」

 

「「「「コクッ」」」」

 

 

とても、由緒ある王国の王女様が住んでいた家とは思えぬファンシーな模様や家具だった。

 

「あっ・・・ドラゴンボールだ・・・」

 

本棚を見る。いかにも難しそうなタイトルの並ぶ本の中に、異色とも呼べるタイトルの本。

 

「ここ・・・トイレか・・・ドアノブや便器にも裁縫のカバーがついてて・・・これ、アリカ姫って人が?」

「た、確かにネギ先生のお父上が作るとも思えませんが・・・カーテンも小花柄ですし、留め具は猫ちゃん・・・」

「あっ、キッチンにはレースのエプロンや・・・」

「冷蔵庫・・・うわあ、全部腐ってる・・・ん? 扉にメモが・・・デザート表? アイス・・・ドーナッツ、ケーキ、プリン、団子、アリカ?」

「・・・アリカなんてデザートあったでしょうか?」

「もしナギ・スプリングフィールドが・・・デザートでアリカが食べたいと言ったら、何が出てくるのでしょうか?」

「ぶほあっ!?」

「シモンさん、クローゼット開けていきなり鼻血出すなんてどうし・・・うおっ!? な、なんかすんごいセクシーな下着・・・うそ・・・ネギのお母さんってこんな大胆な・・・うわ・・・これ、下着というかランジェリーというか・・・エロ・・・」

 

世界中から追われていた人達の隠れ家にしては、何だか普通だった。

それどころか可愛らしい。何だか、二人の家というよりも女が張り切って模様替えしたような部屋だ。

 

「はうわ!?」

「どうした、栞!?」

「ちょっ、みなさん・・・・こ、この・・・このソファーのクッションを見てくださいませ・・・」

 

顔を真っ赤にしてクッションを差し出す、栞。

それは、ハート型のクッション。

そしてクッションには文字が書いてあった。

 

「表には、YES・・・裏には、NO・・・」

 

・・・・・・・・・・・・ッ!?

 

「「「「こ、これは、伝説のYes No 枕!?」」」」

 

既に滅んだと思われた伝説の寝具を前にして、乙女たちの興奮は突き抜けてしまったのだった。

 

「って、なんなのよ!? 何だか余裕そうじゃない!? さっきまでチョイ悲愛なのかな~的な空気を返しなさいよ!」

「確かに・・・・・・・・とても世界の追っ手に怯えていたとは思えませんね・・・」

「なんか、新婚さんの家みたいやー」

「いや、新婚だったのではないか?」

 

そう、いかにも結婚したての仲睦まじい夫婦の部屋のように見えた。

 

「アリカって・・・そういう人だったっけ?」

「っていうか、何でシモンさんが知ってるのよ!? シモンさんだって、この人たちが生きてたころは凄い小さいでしょ?」

「ああ。実は俺、二十年前にタイムスリップしたことがあって、その時にアリカとナギに一度会ったことがあるんだよ」

「タイッ!? だっ、か、だっかっら!! サラっとそういうこと言わないでって言ってんでしょーーーー!! もう、ここまで来ちゃったら魔法だろうが宇宙だろうがタイムトラベラーだろうとどうでもいいけど、せめてそういう話の流れで話しなさいよ! 何がサラっと何の前触れも無くタイムスリップよ!」

 

シモンもタイムスリップで出会ったアリカとは何だかキャラが違うような気がしてきた。

あの時は、もっと厳しく、勇敢で、そして誇り高いイメージがあった。

だが、このラブラブ全開な部屋を見ていると、何だかさっきまで同情していた二人に対して、複雑な気持ちになってきた。

 

 

「うーむ、一階がこれなら二階は・・・ベッドがあるはずですね!!」

 

「「「「「ッ!!??」」」」」

 

 

栞がどこか嬉しそうに顔を赤らめながら、拳をギュッと握る。

 

「ちょっ、シオリン! それはまずいって! 人の寝室を覗いちゃ・・・」

「そ、そうだぞ、栞! 夫婦の寝室は・・・それはもう・・・なんというか・・・他人が踏み込んではいけない聖域というか・・・」

「そうそう。新婚夫婦の寝室なんて言ったら・・・・・・」

「毎晩毎晩・・・」

「デザートを・・・」

「あんなバブル時代の香りがするエロ下着で・・・」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

思春期真っ只中の少女たち。口と理性ではダメだと言っていても、何故か足がフラッと二階へ向かっていく。

別にベッドなんか見てもなんともないだろうが、そのベッドで、こんなラブラブな夫婦が何をやるか?

女の子達だ。まだ早いかもしれないが、そういうものにも興味がある。

 

「何で、みんなして夢遊病患者みたいに!? たかが、ベッドでしょ!」

「黙りなさい、シモン! あなたのように、年がら年中ニアを中心にイチャイチャハーレムしているあなたには分からないですわ!」

 

というか、当初の目的は何だったのだろうか?

耳年増の少女たちが、新婚夫婦の寝室とはどのようなものかの興味を抑えきれずに駆け上がっていく。

シモンもちょっと呆れながら後を追う。

だが、寝室があると思っていたそこには・・・

 

「みんなー、どうしたんだ? 急に静かにな・・・・って・・・・・えっ?」

 

一階とは打って変わって、二階はガランとしていた。家具などは一切置いてなかった。

ただ、一つのものがそこに置かれていた。

 

「これ・・・棺桶? いや・・・どこかで・・・」

 

人一人が入るような棺のような箱が部屋の中央に横たわって置かれていた。

まるで何かを封印しているかのように、棺の扉は固く締められていた。

シモンは、それに見覚えがあった。

 

(そうだ! 二十年前の魔法世界・・・確か・・・セクストゥムが封印されていた奴にちょっと似ているぞ!?)

 

起動前のセクストゥムが収納されていた箱に、それはよく似ていた。

ならば、この中にも何かが居るのか?

 

「ちょっ・・・・なんなのよ・・・これ・・・・」

「環が感じたものはコレか?」

「ひょっとして、誰かの死体とか入っとるん? どう見ても棺桶やん」

 

少女たちも、急に表情が強ばりだした。それはそうだろう。月の地中にあるはずのない人の生活環境が有り、中を覗けば謎の棺桶だ。

 

「・・・いえ・・・生命反応は感じます・・・この中に誰かが居て・・・生きてます・・・」

「はあ!? う、嘘でしょ!?」

「で、でも確かに・・・眠っているような感じで・・・」

「しかも、蓋が相当強力な魔力で封印されています。ちょっとやそっとの衝撃では開かないでしょう」

 

一体これは何だ? 一騎当千の少女たちも急に怯えだした。

 

「ね、ねえ・・・私・・・お、お化けとかミイラはダメなんだよね・・・」

「アスナさん。そんな笑いながら怯えた表情を見せないでください・・・」

「すみません・・・私もダメですわ・・・」

「ねえ、み・・・見なかったことには・・・できない・・・よね?」

 

何だか、開けるのが非常に怖すぎる。だが、状況からしてこのまま開けずに立ち去るというのも無しだろう。

 

「よし、シモン、開けろ!」

「えっ、何で俺が!? 俺だって嫌だよ!」

「貴様のドリルなら多分開けられるだろう。それとも怖いとか言うのか? 貴様、それでも男なのか? フェイト様ならこういうときは、必ず率先されるぞ!」

「でも、多分戦えば焔のほうが俺より強いぞ!?」

「強い弱いの話ではない! 心意気の話だ! 草葉の陰でカミナも泣いているぞ!」

「別に、アニキは死んでないってば!」

 

シモンたちは、誰が開けるかでモメた。正直、柩の中が気になりすぎてこのまま立ち去れない。

しかし、何が飛び出してくるか分からない以上、自分から率先して開けたくない。

シモンたちは言い合い、ジャンケンなどをして誰が開けるかを決めようとした。

だが、その時、木乃香が何かに気づいた。

 

「ちょっ、待ってや! 棺桶の上に、本が置いてあるえ!」

「えっ、あ、ほ、ほんとだ・・・随分古い本みたいだけど・・・」

「何か表紙に文字が書いてるけど・・・うーん、全然見たことない文字ね」

 

怖くてよく見ていなかった。だが、確かに柩の上には分厚くて、少し古びた本が置いてあった。

シモンたちが手にとってみる。だが、本のタイトルなのか、表紙に書かれていた文字は見たこともない文字だった。

 

「これは、旧ウェスペルタティア語ですわ」

 

ウェスペルタティア語。それは、既に滅んだ王国の言葉。

 

「栞ちゃんたち、読めるん?」

「無理ですわ。私たちが生まれた時には既に滅んでいた国の文字ですもの」

「しかも、これ・・・本じゃないよ! ノートだよ! ウェスペルタティア語で、何かがノートにビッシリと書かれている!」

 

ノートにはビッシリと綺麗な文字で埋め尽くされていた。捲っても捲っても埋め尽くされている文字。

 

「これ・・・ひょっとして、書いたのは・・・」

 

ナギがウェスペルタティア語を書けたかどうか分からない。だが、ナギよりも確実にこの文字を扱える可能性のある人物が居る。

 

「まさか・・・これ、ネギ君のお母さんが書いたんじゃ・・・」

 

そう、アリカだ。母国の文字なのだから、まったく不思議ではない。

つまりそうなると、これは歴史上では既に故人となっている、魔法世界史上最悪と呼ばれた災厄の魔女の手記となる。

それがどれほどのものか、焔たちは想像しただけで身震いした。

 

「ど、どうしたらええんやろ! これ、ネギ君に見せた方がええんかな?」

「ええ。ですが、ネギ先生もこの文字が読めるかどうか・・・いずれにしろ、私たちだけでは何を書いているか分かりませんし・・・」

 

しかし、読めなければ意味がない。

だが、アスナはどこかボーッとした表情でノートを取り、呆然とした表情のまま口が自然と動いていった。

 

「アスナ、どうしたん?」

 

木乃香が心配そうに覗き込んだら、アスナはありえないことを口走った。

 

 

「・・・実験は成功・・・した・・・不毛な地に植物を植えることで・・・魔力が生まれた・・・」

 

「「「「ッ!!??」」」」

 

 

焔たちもギョッとした。

それはそうだろう。簡単な英文すら授業で読めないバカレンジャーのアスナが、こんな滅んだ国の文字を読み上げたのだ。

 



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第87話 歴史の真実

「ちょっ、アスナさん!?」

「アスナ、どうしたん!? ひょっとして、この文字読めるん!?」

「神楽坂アスナ!?」

 

だが、アスナ自身もよく分かっていなかったようだ。

急にハッとした。

 

「あ、あれ? 何で・・・え・・・あれ?」

「アスナさん。今、このノートの字を読みましたよね?」

「えっ、う、うん・・・どうしてだろ。何だか自然に読めちゃって・・・あれ?」

 

アスナは首をかしげてノートの文字と睨めっこをする。そして不思議そうにしていた。

一方で、焔たちは何かに気づいた。

 

(そうか・・・確かに、この人なら読めても不思議ではない・・・)

(そうですわ)

(あっ・・・そっか・・・)

(何故なら彼女は・・・)

(不思議ではないです)

 

焔たちの知っている、アスナの秘密。だが、それを彼女たちは口にしなかった。

 

「まあ、いいだろう。細かいことは気にするな」

 

それだけは、自分たちが勝手に語るわけにはいかない。まるで、そんな様子でアスナの肩に手を置いた。

 

「いや、細かくないって、焔ちゃん。私もどういうわけか・・・うそ・・・えっ・・・なんで私、読めるの?」

 

だが、アスナも自分で自分が分からず、少し混乱したような表情を見せる。

その正体を焔たちは知っている。だが、今はその時ではないかもしれない。

そう思った焔たちは、不安を感じさせないように優しく微笑んだ。

 

 

「いいではないか。それより、何と書いてあるのだ? 今は、そっちの中身が読めるのなら、そっちを優先したらどうだ? お前は、ネギ・スプリングフィールドのパートナーだろ?」

 

「えっと・・・う~ん・・・」

 

「ひょっとしたら、求めていた答えに繋がるものがのっているかもしれないぞ?」

 

「そ、そうかなー? まあ、それじゃあ・・・」

 

 

アスナも言われて渋々ノートに視線を戻し、ページを一番最初に戻す。

そして、自分が解読した文章をそのまま読み上げた。

 

 

「えっと・・・日記・・・張?・・・」

 

「「「「「日記帳!?」」」」」

 

 

そう、これは本ではなく、日記帳だった。

 

「日記帳・・・それは、つまり・・・」

「ッ・・・中は何と書いてあるんですか!? 教えてください、アスナ姫!」

 

だが、それはそれで、全てを知ることができる。

なぜなら、日記帳ということは、ここで何があったのか、ここで過ごしていたナギたちのことを知ることができるからだ。

アスナはみなに視線を送って、皆が頷く。

彼女は、覚悟を決めて日記帳の中身を読み上げていった。

 

 

「いくよ。『とうとう月にたどり着いてしまった。魔法世界。地球。ナギと共に渡り歩いたが、やはり私たちに安息の地は無かった。じゃが、ここならば『完全なる世界』や『メガロメセンブリア』の追っ手もなくてすむ。しばらくはナギとこの地から世界の様子を見続けることになるじゃろう。最初はナギがこれぞ新婚生活のハネムーンとかマイホームーンなどと下らぬシャレを口にしたときは本気で殴り飛ばしたが、これはこれでよいかもしれぬ』・・・新婚生活!?」

 

 

一階のあの雰囲気からして、ただの隠れ家ではないとは思っていたが、これは予想通りだった。

 

「し、新婚生活・・・やっぱり・・・」

「って、ちょっと待ってや! ほなら、ここはネギ君のお父さんとお母さんが新婚生活で過ごすために作ったマイホームなん!?」

「ちょっ、月にマイホーム・・・頭が痛くなってきました・・・グレン学園の方々で慣れたと思っていたのに・・・マイホームーン・・・恐ろしいですね」

 

まさか、月に自宅を作るとは、グレン団を超える滅茶苦茶ぶりかもしれない。

ネギの父親は噂以上の規格外な男だと苦笑した。

 

 

「でも、ネギのお母さんって真面目ね。なんか、堅苦しいことしか書いてないわよ? え~っと、『緑を植林してみたが、やはりうまく根付かなかった。大気の循環がないため、すぐに枯れる。堀田博士の『太陽ラジコン』も、更に改良してもらう必要がある。何故なら、この実験が成功すれば、魔法世界最悪の未来の回避に繋がるからじゃ。しかし、正直私はあの男を好かん。様々な並行世界で得た知識をしたり顔で告げる』・・・って、シモンさんのお父さんが登場してんだけど!?」

 

「と、父さん・・・ここに来たことが・・・っていうか、ナギと知り合いだったんだ・・・でも、何で?」

 

「は~・・・ネギ君のお母さんって、月に植林しようとしてたんや・・・自然が好きなんかな~?」

 

「ですね。ということは、外のヤシの木とかは、その成果でしょうか? しかし、魔法世界の最悪の未来の回避? どういうことでしょうか・・・」

 

 

書いてある内容は、実に謎だらけだった。

どういうわけか、登場しているシモンの父親。

 

 

 

――今日は新事実が発覚した。地下に生息するブタモグラは、何千年も昔に造物主が魔法ではなくテクノロジーで生み出した生物。地球以外の地でも生息することが可能な生物を生み出そうと試みたが、成功したのはブタモグラのみ。研究は断念されて、月にはブタモグラだけが放置されたのだと分かった。どうやら、造物主はかつてこの地を実験施設として使用していたようだ。探索すれば、また何かが出るかもしれぬ。

 

 

 

――ブタモグラを調査して分かった。ブタモグラの肉は非常に栄養が高い。さらに、その毛皮は衣服に、骨や筋などは加工して道具を生み出すことも出来ると思われる。恐らく排泄物は燃料として利用し、その熱で発電をし、電気を作ることも可能じゃろう。さらに、ブタモグラは主食を土としているため、土地開拓するだけで、ブタモグラを維持するための餌を得られ、その他に必要なものが手に入る。よく出来ているシステムじゃ。魔力の枯渇という課題の中で、人が生きていく環境ための生命線を確保していると言ってもよい。しかし、それならば造物主は何故、魔法世界を月ではなく火星に構築したのであろうか? さらに、ブタモグラを魔法世界に作らなかった理由は?

 

 

 

新婚のアリカの行い。これは一体何を示しているのだろうか?

その答えもまた、焔たちは気づいていた。

 

 

(そうか、魔法世界は魔力の枯渇で滅びへと向かう。それは寄り代たる火星が植物や自然などがないため、魔力が生まれぬ不毛な大地だから・・・)

 

(ですが、その不毛な大地を緑あふれる星にすることができれば・・・)

 

(ま・・・まだ仮説の領域を出ませんが・・・しかし・・・これは・・・)

 

(サウザンドマスターとアリカ姫は過去の組織の追っ手から逃れながら、月を実験台にして魔法世界の存続のための手を考えていた!?)

 

(そして、我々のマスターもまた遥か昔・・・ブタモグラを使って、月に人類の新たなる居住地の構築を計画していたことがあるということでしょうか?)

 

 

まるで、稲妻が落ちたかのような驚きぶり。

カタカタと焔たちの体は震えていた。

それが、アスナたちには何を意味しているのかは分からない。

だが、焔たちが何も語らない以上、アスナはこのまま日記の続きを読み上げることにした。

 

 

「今日は、月の地中に掘っ建て小屋のような家を建てた。この世界では地球から持ってきた木材も稀少のため、大きい物は作れなかったが、私は一目で気に入った。ナギのセンスもなかなかやると思ったが、どうやら日本という国のマンガに出てきた家をモデルにしたようじゃ。ナギ曰く、昔未来からやってきた友達が教えてくれたとか、『アラレちゃん』というマンガの作者が書いたもので、すっかり気に入ってしまっただの、わけのわからんことを言っておるが、楽しそうじゃ。私も読んでみようと思う」

 

 

そこから、日記の内容は徐々に変化していった。

 

 

「ようやく、植林がうまくいき、魔力を観測することができた。さっそく、狭い範囲ではあるが魔力を使った仮想空間を作ってみようと思う。青空と海が良い。ナギも賛成してくれた。うまくいってほしいものじゃ。荷物に詰め込んでおった水着が無駄にならんからな」

 

 

相変わらずわけのわからない実験の報告のようなものもあれば、取るに足らぬ日常のやり取りなども記載されるようになってきた。

 

 

――今日は本当に不愉快な気分じゃった。私が生まれて初めて刺繍をし、何度か指に針が刺さって痛い思いをしたが、何とかティッシュボックスを完成させ、海で泳いで遊んでおるナギを驚かせようとしたが、部屋に可愛いものばかり置くなと怒られた。しばらくは、デザート抜きじゃ!

 

 

――今日は、カレーライスなるものをナギに作ってもらった。最初は何ともおぞましいものと思ったが、実に美味であった。ブタモグラの肉とルーが混ざり合い、極上の味わいを生み出しておった。戦いが終われば、二人で魔法使いを引退してカレー屋でもやらないかとも冗談で言われたが、私はうれしいと思った。国も滅びた今、全ての敵を倒し、因縁も因果断ち切り、世界を救った後の世界では、私の使命は終わり、ただの女となるからじゃ。ナギには笑われるから言えんが。

 

 

――今日は、堀田博士が新商品の開発と言ってワザワザ訪問してきた。インスタントあんかけスパゲティとのことだが、私もナギも頼んでいたドラゴンボールのセルとの戦いの方が気になる。本当は、人間を吸収するセルが怖くて見たくはない。最近は夜に厠へ行くのも勇気がいる。ドアを開けてセルが居ないだろうかとな。しかし、続きが気になるので見てしまう。何とも罪作りな物語であろうか。

 

 

というか、何だか日記の最初の方から後になるにつれて、アリカの書いている内容がかなり変わってきていた。

だが、そうやって気を抜いていると、いきなり衝撃的なことが書かれていたりするから困ったものだ。

 

「今日は堀田博士が幼い息子の写真を持ってきて自慢しにきた。最初は鬱陶しいと思ったが、子の名を『シモン』と聞いて、私もナギも同時に『良い名前だ』と口を揃えた。どうやら、ナギも魔法世界で『あの』シモンと会ったことがあるらしい・・・・・あれ?」

 

なんか、いきなりシモンが出てきた。皆がブリキのように首をシモンへ向け、シモンは恥ずかしそうに頭を掻いていた。

 

「えっ・・・あ・・・え~っと? あれ?」

 

何でシモンの名前が出てくるんだよ。アスナは汗をダラダラと流しながら続きを読む。

 

 

「な・・・懐かしい。大戦では見なかったが、あやつも今頃どうしているであろうか? 少し頼りなさそうに見えたが、実は強く勇敢でドリルを武器にあのデュナミスと戦っておった。さらに、シモンの妻を名乗った黒ニアという女。あのデュナミスが、さらにはナギの話によればガトウや詠春も一目惚れした、シモンの恋人かと思われる綾波フェイ。二人にも会いたいものじゃ。そういえば、綾波フェイを取り合ってデュナミスと壮絶な戦いを繰り広げていたのも懐かしい。あの後、無事に生き延びて誘拐されたテオドラ皇女を救出したという話は聞いている。すっかり皇女もシモンに惚れてしまっていた・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

アスナ。そこで日記帳を握り締める力がマックスになり、震えた体も爆発して盛大に唸った。

 

「だああああああああああああ、もう! 限界よォォォォ!! シモンさん、あんた一体何をしてんのよ!!!!」

 

貴重な日記帳を丸めて、メガホンの形にして、シモンの頭を思いっきりぶっ叩いた。

一応、先輩なのだが今のアスナの鬼のような形相はそんなことをまったく考えてなかった。

 

 

「シモンでドリル持ってて妻が黒ニアで恋人綾波フェイとか、この宇宙であんたしかいないでしょーが!! さっきサラっとタイムスリップとか言ってたけど、それって本当だったってことよね!!」

 

「だだだ、だからそうだって言ったじゃ・・・」

 

「しかも何ちゃっかり歴史を変えそうなことやってんのよ!! っていうか、デュナミス先生のシモンさんに対する異常な殺意とか綾波フェイへの想いとか、テオドラさんがやけにシモンさんにベタついてんのとか、全部こういう理由だったってこと!!?? それに、さっきのナギが未来から来た友達にドラゴンボールを紹介してもらったとかあったけど、それもシモンさんのことでしょ! まだ、鳥○明先生が原作を世に出す前に教えるなんて何てことしてんのよ!! タイムパラドックス的なことが起こってこの世にドラゴンボールが生み出されなかったらどうすんのよ!」

 

「い、いや、多分そのころはギリギリやっていたような・・・」

 

「んな問題じゃないでしょ! 他には!? 他には余計なこと教えたりしてないでしょうね! って・・・何で目を逸らすのよ!!」

 

「えっと・・・大したことじゃないけど・・・ノストラダムスの大予言とか・・・ワンピースとか携帯電話とか・・・」

 

 

シモンの胸ぐら掴んで何ども前後へ揺さぶってシェイクするアスナ。

その後ろでは、焔たちも頭を抱えていた。

 

 

「まさか、デュナミス様とはそういう因縁が・・・どうりで・・・」

 

「それに、フェイト様もニアもちゃっかりタイムスリップしてるみたいだね」

 

「サウザンドマスターも滅茶苦茶だと思っていましたけど、やはりシモンたちも負けていませんわ」

 

「は~・・・怖いえ・・・もしシモンさんたちが何かやっとったら、ネギ君も生まれてなかったかもしれないんやない? っていうか、おとーさま・・・フェイトくんの女装にズキューんやったんや・・・」

 

「詠春様・・・」

 

 

ついに発覚した、シモンのタイムスリップ事件。

しかし、その時の出来事は、ちゃんとアリカやナギたちの記憶にも残っていたようだ。

アスナにぶん殴られて、シモンも痛いが、それ以上にナギやアリカの自分への思い出がこんな形ででも知れて嬉しかった。

 

「それにしても・・・二人共、俺のことを覚えてたんだ・・・そっか・・・不思議な感じだよね」

 

アルだけじゃなく、二人も自分のことを気にかけてくれていたんだと。

 

「って、何達観してスカしてんのよ!!」

「ご、ゴメン!? でも、フェイトも居たんだし、本当に余計なことはしてないよ! フェイトにもそういうのは凄い注意されてたしね!」

「~~~~~、ほんとでしょーねー」

「う、うん。ほんとほんと」

 

多分・・・とだけ、呟いて視線をあさっての方へ向けるシモン。

一応、考えたけど余計なことは本当にしていないはず。

アスナもそれならと、少し落ち着いて日記の続きを読もうとしたら・・・

 

「今度、久々に地球に戻って日本に行くことになった。京都と麻帆良じゃ。京都の旅行や詠春に会うのも久しぶりじゃな。それと、麻帆良へ行くならテオドラ皇女から頼まれていることがあった。かつて皇女が黒い猟犬(カニス・ニゲル)に誘拐されたとき、皇女を救い出して組織を壊滅させたのが、シモン、綾波、ニア、そしてカミナやヨーコという名の者たち。麻帆良ダイグレン学園の者だと名乗っておったので、調べて来て欲しいと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

まだあった。

 

 

「ダイグレン学園フルメンバーのオールスターでタイムスリップして組織一つ壊滅させてんじゃないわよおおおおおおおおおおおお!!」

 

「そ、それだけは俺の所為じゃないんだよ!?」

 

 

アスナも激しく息が上がってきた。

どんだけツッコミ入れさせればいいのだと。

今では世界でも超貴重で重大情報が載っていると思われるアリカの日記帳も折れ曲がってシワだらけになってしまっていた。

シモンへの説教がしばらく続くのだった。

 



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第88話 アリカちゃんの新妻だいあり

「とりあえず、もーないわよね?」

「うん・・・色々ごめんよ」

「それにしても、フェイト様とシモンはそのような壮絶な冒険をしていたとは・・・どうりで二人の絆は・・・やはりライバルはシモン・・・シモンには早くニアと結婚してもらわないと」

「あのアリカ姫すらシモンとフェイト様が恋人だと思うほどだったなんて、どれだけ・・・」

「シモン、ムカついたからもう一発ぶっていい?」

「私も殴ります」

「ちょっ、何でだよ!? 確かにあの時のフェイトは凄く可愛かったけど・・・って、暦!? そんな爪出して引っ掻かないでよ!!」

「私も見たかったです・・・可愛いフェイト様・・・キッ!」

「調もやめっ、いたっ!?」

「不幸やったな~、シモンさん。大丈夫、ウチが治したるえ」

「うん・・・ありがとう・・・」

「ですが、もし詠春様が道を誤れば、お嬢様が生まれなかった可能性も・・・お嬢様が生まれない? お嬢様が存在しない・・・せかい? ・・・・・・・・うわああああああ、このちゃあああああああああああああああああああああんん!! シモンさーーーーん、斬ります!!」

「ちょっ、それは俺のせいじゃなくてフェイトが可愛すぎる所為って刀はやめてよ! シャレにならないから!!」

 

アスナたちにボコボコにされて横たわってるシモン。

アスナもかなりツッコミ疲れを見せながらも、ようやく続きを読み上げようとした。

 

「はあ・・・んで・・・次は・・・」

 

シモンも、さすがにこれ以上は、自分も何もしていないだろうと思い、少し気が楽になった。

だが、その思ったのも束の間。気楽な雰囲気が一気に緊張することとなった。

 

 

「えっと、次は・・・『大戦から8年。ついに、完全なる世界も動き出した。目的はイスタンブールにある、地球と魔界を繋ぐゲートであろうが、どうにか奴らを撃退してゲートの封印を強固にすることに成功した。じゃが、敵の人形どもの能力も大戦時と遜色なく強力じゃった。特に、テルティウムという男。あの魔力と能力は、かつての綾波フェイを思わせるほどのものであった』・・・!?」

 

「「「「「テルティウムということは、フェ、フェイト様!!??」」」」」

 

「フェイト・・・やっぱり、ナギと昔は敵同士だったんだ・・・」

 

「ちょっ・・・えっと・・・『ナギと堀田博士は大戦の時から全てを知っておった。全てはゼクトが絡んでいるからじゃろう。大戦期では、造物主を倒すことは出来たが、今回ばかりは不可能に近いと言わざるをえない。いかにナギとはいえ魔法のランクが違いすぎる。造物主に魔法世界人は絶対に勝てぬ。同時に、覚醒したゼクトの宇宙魔法に勝てる生物は三界にはおらん。このままでは、ガトウとタカミチが匿っているアスナが気がかり。しかし、何故今になってあやつらが魔界のゲートにまで関わろうとするのか』・・・えっ・・・ア、アスナ・・・えっ?」

 

 

新たなに謎が増えた。ついに登場したフェイト。そして魔界という単語。さらに・・・

 

「ア、 アスナ? ・・・って、アスナのことやないん?」

「え・・・うそ・・・でも、そんなはずないわよ。大体、何で私のことをネギのお母さんが知ってるのよ?」

「でも、高畑先生の名も出てきていますし・・・」

 

シモンはその時、気づいた。

 

(あっ・・・そういえば、あのとき・・・)

 

それもまた、二十年前の魔法世界。タイムスリップ早々に、巨大な怪物がそびえ立つ塔に襲いかかっていた。

 

「もし、私とナギに何かがあった場合・・・アスナからは魔法や私たちのことに関する一切の記憶を封じる必要も・・・」

 

その時、塔の中に居たのは・・・

 

――アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア・・

 

幼い少女。アスナの面影のある、アスナという名の少女。

もし、あの時の少女が? だが、年月と合わない。

絶対にありえないことなのに、それでもシモンの頭の中から離れなかった。

 

「なんか、よくわからないけど急転直下って感じね。ねえ・・・怖くなってきた・・・私」

「ええ。これは、ネギ先生どころか・・・世界中の人たちも知らぬ真実に私たちは・・・」

「ナギ、アリカ、造物主、堀田博士、・・・あとは、ゼクト、そしてアスナ・・・他にも気になる点は色々ありますが・・・」

「ああ。彼らはずっと歴史の裏で、世界を左右させる何かをやっていたのかもしれない」

 

そうだ、自分たちは今、決して歴史上では語られることのなかった世界最大の重大情報に触れているのかもしれない。

世界の滅亡、破滅、救済への道。その道のりで関わる重要人物たち。

これは、どんな未来を指し示すのか。

 

「アスナ・・・続きや・・・」

「うん・・・分かった・・・」

 

覚悟を決めて知るしかない。アスナは自然と日記帳を持つ手に力が入った。

 

 

「えっと・・・ナギは言った。普段の私はドSじゃが、夜伽の時はMになると。悔しいが自覚はある。何故なら一番感じた体位は背面立ってどすこおおおおおおおおおおおおおおおい!!!!!」

 

 

しかし、そこで日記の内容が再び変わってしまったのだった。

日記帳を壁に向かって、思いっきり投げつけた。

 

 

「な・・・な・・・なあッ!? なんちゅーことを日記に書いてんのよ、ネギのお母さんは!! っていうか、ハートの絵文字とか小さく入れてんじゃないわよ!! さっきの衝撃事実を待っていた緊張感を返しなさいよね!!」

 

「ま、まあ、落ち着いてよ。確かに衝撃的事実ではあったし、日記帳なんて誰にも見られないこと前提だし・・・そっか、アリカの好きな体いってぶほおっ!?」

 

「いーうーなァァッ!!!! 見なさい! 焔ちゃんたちを!」

 

 

アッパーされたシモン。顎を抑えながら顔を上げると、二組に分かれていた。

 

「ぷ・・・ぷしゅ~~~~」

「た・・・たち・・・ア、あのアリカ姫が・・立ち・・・バッ・・・く・・・」

「は・・・鼻血が・・・」

 

意味の全てを理解したと思われる、焔、栞、調、刹那。

 

「えっと・・・どういうことなん? 何で、みんな顔が真っ赤なん?」

「環は分かった?」

「?」

 

意味が分からない木乃香たち。こういう組み分けだった。

 

「今日はナギが二代目アーウェルンクスを一蹴したので、私の裸前掛けなるものを褒美で見せ・・・な・・・なんとも・・・~~~ッ、ご、ごめん、ここらへんは飛ばすわ。えっと・・・新たに感じる体位を発見ってうおおおおおおおおおおおおおおおい!」

 

何度もクシャクシャにされたりぶん投げられて日記帳の形がヒドく変形してきていた。

偉人の手記であることから、売れば相当な付加価値が付くであろうが、アスナにはそんなもんはどうでも良かった。

焔と刹那に関しては鼻血の量が増えて失神してしまいそうになった。

 

「なんか・・・アリカの性格も随分変わってきたね。まあ、結婚して数年も経ってきているだろうから、丸くなったんだろうけど・・・」

「あはは、せっちゃんお首トントンせなアカンな?」

「も、申し訳ありません、お嬢様。少し興奮してしまったようで鼻血が・・・」

「なんか、ラブラブのただのノロケのような・・・完全なる世界や魔法世界やマスターについては何も語られなくなってきたし・・・」

「バカ夫婦ですわ。裸エプロン女・・・」

 

もう、そこから先も読めば読むほどラブラブ話しか書かれなくなってきた。

 

 

――ああ、ナギよ。どうしてお前はナギなのじゃ。恋の翼で塀を飛び越え、闇と汚れの中を飛び越えて私を愛していると誓ったのに、何故もう愛していると言ってくれぬのじゃ。そして、何故私も素直になれずに喧嘩してしまうのじゃ。しかし、ナギも悪い。綾波が可愛い可愛いなど・・・

 

 

――私はナギをこの世の誰よりも・・・ダメじゃ、言えぬ。文に出すだけでも手が震える。赤面赤面♡

 

 

――我が騎士よ・・・我が王子よ・・・我が・・・ダ、ダーリン・・・ダメじゃ、銀河のお星様に見られてしまう・・・

 

 

――な、なんということじゃ! 海で泳いでおったら、ナギに日記帳を読まれてしまった!? さらに、一階の床下に魔力で封印して隠してあった、書いたけれど恥ずかしくて渡せなかった恋文も、想いを込めたラブソングの楽譜も、ハートマークの刺繍がなかなか進んでいない網かけのペアルックセーターの存在・・・頭が真っ白になってしまった・・・一大事じゃ。私は何というドジっ子じゃ

 

 

しかも、それは思春期真っ只中の甘酸っぱい青春を過ごす中学生高校生の段階を遥かにすっ飛ばしたものばかり。

 

「・・・・・・・・ケッ」

 

アスナ。もう、イライラして、とても可愛らしさの欠片もない不愉快そうな顔で舌打ちする。

そして、そんな夫婦もついに・・・

 

「ナギに命を助けられ、妻となったあの日。人生最良の日だと思っておった。じゃが、今日はそれにも勝る幸せを得てしまった・・・あれ? なんか、あったのかな?」

 

よく見ると、そのページは紙がカサカサになっていた。

インクも滲んでいるように見える。まるで、水分が紙に落ちて、それを拭きながら文章を書いていたのではと思われる。

この日の日記を書いている時のアリカは、ひょっとして涙を流していたのではないか?

何となく想像してしまったアスナは、食い入るように顔を近づけながら日記の続きを読む。

 

 

「どうやら妾は・・・ついに・・・ややこができてしまったようじゃ♡ ・・・時期を数えるとじゃ、やはりあの日かもしれぬな。かつて敵をも魅了した綾波フェイ。ナギやガトウたちも一瞬でファンになったなどと聞かされ、ナギも私に少しはあの可愛らしさを見習えなどとイジワルを言うので・・・不快に感じ、見返してやろうと、猫耳姿でナギに甘えた・・・あの・・・夜のいとな・・・み・・・で、いつも以上に・・・猛った・・・ナギと・・・」

 

「アスナ・・・」

 

「ご、ゴメン・・・私も鼻血が止まんない・・・これ・・・官能小説みたいに生々しいっていうか・・・JCが読んでいい内容じゃないわよ・・・」

 

「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」

 

 

何かあったようだ。アリカは妊娠したようだ。

 

「な、なあ、アリカさん妊娠したってことは・・・つまり、お腹に居た子って・・・一人しかおらんけど、やっぱ・・・」

 

あの子しかない。現在、十歳の身でありながら、麻帆良の問題児たちに日々奔放している純粋無垢な天才少年。

 

「そうか・・・そういうことだったのか・・・」

 

そこで、シモンは全ての答えにたどり着いた。

 

 

「つまりネギ先生は、ナギとアリカが月でイチャイチャして出来た子供だったんだよ!!」

 

「「「「「なっ、なんだってえええええええ!!??」」」」」

 

 

月にはウサギもウミガメもいなかった。居たのはオスとメスのおサルさんだった。

人類が初めて月面を歩いてから十数年。人類はとうとう月面で子作りできるまで進化していたのだった。

 

「って、だからなんだっていうのよおおおおおおおおおおおおお!!」

 

アスナついにブチ切れて両手で思いっきり柩をハンマーパンチ。

ガツンと床が抜けるのではないかと思われるほどの衝撃だった。

すると・・・

 

「え・・・・・」

 

 

強固な柩。焔たちも強力な魔力がどうのとか言っていたので、女子中学生の力でまさか柩に異常が起こるとは思わなかった。

だが、確かにアスナが柩を殴った瞬間、確かにパキンという何かが弾けた音がした。

 

「ッ!? ちょっ、えっ!? ひ、柩を覆っていた魔力が消えた!?」

「えっ、・・・何で・・・?」

「って、アスナさん!! アスナさんはマジックキャンセル持っていますからッ!!」

「あ゛!?」

 

シモンも知らなかったが、どうやらアスナは魔法を無効化出来る力があるらしい。

つまり、アスナが殴れば、魔法と名のつくものはたいてい消滅してしまう。

つまり・・・

 

「うっ、うそおおおおおおおお!?」

「やああああああん、棺桶が開いてもーたやーん!!」

「ミイラはイヤああああああああああ!!」

 

柩が開いてしまったのだった。気圧の違いがあったのか、空気の流れ込む音がした。

白いもや、肌寒い冷気が柩を覆い、少女たちは慌ててシモンの後ろに隠れた。

 

「・・・・・・・・ッ・・・で、でも・・・見ないと・・・だめだよね・・・」

「うっ・・・みんな・・・いつでも戦える準備を」

「もうやってるよ」

「く、来るならきなさいよー!」

 

シモンたちは恐る恐る、柩に手をかけて、中を覗き見る。

次第に、もやも晴れていき中身が見えるようになった。

するとそこには・・・・

 

 

「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・えっ?」」」」」」」」

 

 

シモンたちは自分の目を疑った。

てっきりミイラとか封印された怪物が出てくるのかと思ったら、中には美しい女性が眠っていた。

長くストレートに伸びた美しい金髪。白く清楚なドレスと真っ白い肌は、一切の汚れが見えなかった。

その人物を一目見ただけで、シモン以外もこの女性が誰なのかを理解できた。

 

「・・・ん・・・」

 

女が僅かに声を漏らした。

この女は生きている。どうやら眠っているだけのようである。

どうして、こんな封印されるように眠っていたのかは分からない。

分かっているのは、柩が開き、彼女が目を覚まそうとしているということだ。

 

(・・・・・・この人・・・あれ? ・・・どこかで・・・)

 

アスナはつい先程までアタフタしていたが、今は不思議と落ち着いていた。

どこか郷愁に似たような感覚になり、足はフラフラと柩に向かっていた。

 

「アスナさん!」

「しっ!!」

「ちょっ、焔さんたち。一体・・・」

「いいから・・・ちょっと、様子を見てみましょう」

 

焔たちも柩で眠っている女が誰なのか分かった。そして、アスナの異変にも気づいた。

だが、それを分かっていながらも彼女たちは女に近づくアスナを止めようとしなかった。

それは、刹那も木乃香も、そしてシモンも同じだった。

今のアスナを止めてはいけない。そんな気がしていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・アリカ・・・・・・・・・・・起きて・・・」

 

柩の中で眠る女を見下ろしながら、瞳孔の開いたアスナがポツリと呟いた。

シモンたちは、その言葉にゾクッと全身の鳥肌が立った。

だが、女は起きない。しかし、反応があった。体を身じろぎした。

 

「うう・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

再び声が漏れた。

それだけで、シモンたちの心臓がバクバクと高鳴った。

今、自分たちはとんでもないものを目の当たりにしようとしている。

それが理解できたからだ。

そして、ついに女の口から言葉が漏れた。

 

「う・・・・おき・・・ぬ・・・」

 

しかし・・・

 

 

 

「うう・・・ナギ・・・起こすなら・・・目覚めの口づけをせぬか、このバカ者・・・・すうすう(´ε` )」

 

 

 

なんか、チュウを待ち望んでいるかのように唇だけ突き出した状態になった。

 

 

 

「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」

 

 

 

無言になるシモンたち。

すると、さっきまで呆然と意識が飛んでいたアスナが、急に肩をプルプル震わせ・・・

 

「バカはあんたよ! おきろっつってんのよ、このすっとこどっこい!!!!」

「な、なんッ!?」

 

柩ごとぶん投げて、中に居た女を無理やり起こしたのだった。

シモンたちはアスナの所業にもはや何も言えず、口を半開きにして目玉が飛び出した状態で固まっていた。

そして、柩ごとぶん投げられて頭を壁に強く打ち付けた女は、ようやく薄く目を開けた。

 

「ぬ、な・・・なにごとじゃ・・・・、一体誰・・・が・・・・ッ!?」

 

そして、その瞳が目の前にいる者たちを捉えた瞬間、彼女の両目が完全に開いたのだった。

 

「そなたは・・・・・・・・まさか・・・・ま、まさか・・・・・・・いや、しかし・・・・ア・・・・アスナ? ・・・・それに・・・シ・・・シモ・・・ン?」

 

これは、出会いというのだろうか。それとも再会と呼ぶのだろうか。

だが、どちらにせよ、今日シモンたちは、歴史の表世界から抹殺され、その行方が完全に不明となっていた王女。

アリカ・スプリングフィールドを見つけたのだった。

 



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第89話 子供先生大奮闘

教育とは教えて、育むというものらしい。

ただ、教えるだけではない。生徒が育まれて教育となるようだが、言葉の定義も意見もバラバラだろう。

だが、それでも教育にあたり、共通するルールがある。

 

「暴力行為を働いた生徒や教師は即退学か免職。さらに、留年の制限。それぐらいが今はスタンダードでしょう」

 

長テーブルを組み合わせた四角形の会議机。ホワイトボードを背後に厳しい口調でギンブレーは出席者に述べた。

 

「では、皆さん。まずはお手元の資料を参照願います」

 

ホワイトボードには、「麻帆良学園一学期報告会」と記載されている。

麻帆良学園には膨大な数の学校があり、全学校の教員を集合させるというのは物理的に不可能である。

今日は日程の調整が可能だった各学校の教員たちが五十名弱出席していた。

中には、学園広域指導員の高畑や鬼の異名を持つ新田も居る。

会議は主に教育委員会のギンブレーが進行させ、その隣には学園長が重く沈黙していた。

 

「この学園では、武道部などが盛んですが、公共の場で決闘や組み手などの暴力事件が絶えません。さらには、素行の悪い不良生徒たちによる喧嘩。学園祭以降は更に酷いことになっています。ここで一度厳しい規制や処罰を採用していくべきだと考えます」

 

学園で起こった不祥事の報告書だろうか。ギンブレーは電話帳並の厚さの紙束を叩き、己の意見を主張した。

 

「さらに、定期試験を疎かにして平気で留年する生徒たちも目立ちます。卒業する気のない生徒などにいつまでも在学されては迷惑です」

 

対して、難しい顔で唸る学園の教員たち。賛成も反対も、なかなか意見を出す者は居なかった。

特に、心当たりの生徒たちを受け持っている者たちはそうだった。

 

「うーむ、しかしいきなり退学というのは問題じゃと思うがの。まるで生徒を右と左で仕分けするようなやり方は同意できんのう」

 

誰も意見を出さないので仕方なく、学園長が軽く言ってみた。

 

「見せしめというものが、いつの時代も抑圧に繋がるものです。マジメに勉学に勤しむ生徒たちの妨げにさせたくないということですよ。学校とは何をしに来るところか。勉強? 部活? 大いに結構。しかし、断じて喧嘩や遊びをするために来る場所ではありません。麻帆良のカリキュラムについてこれない邪魔な生徒たちはふるい落とすべきですよ」

 

だが、ギンブレーはメガネを光らせて断固として意見を曲げない。

厳しい規律を徹底させようという意志が見え隠れする。それが彼なりの教育理念なのかも知れない。

だが、純粋すぎる子供にはそれも歪んで見えた。

 

「あ・・・あの!! 邪魔な生徒なんて居ないと思います!」

 

手も挙げず、その場で起立したネギがギンブレーに意見を言う。

 

「君ですか」

「はい。僕は、ギンブレーさんの意見も分かりますが、それが全てではないと思います!」

 

ギンブレーは静かにメガネのズレをなおして、ネギと向き合う。

 

「確かに、手の掛かる生徒たちは居ると思います。僕も頭を抱えたりします。でも、そこにマジメな生徒とか問題児とかで線引きするべきではないと思います」

「むっ・・・」

「受け持った以上、全員が自分の生徒だと認識し、一人一人に責任を持つべきだと僕は思います。誰を優先とかそういうことではありません!」

 

その時、会議室の空気が一瞬和らいだ気がした。

教育者として当たり前のことを言っただけかもしれない。

しかし、どうしてもその当たり前のことも軽々しく口に出来ない世の中になっている。

そういう打算も何もなく、ただ純粋に思ったことを口にしたネギの言葉に、自然と拍手が沸き起こった。

 

「そうですね、私もネギ先生の意見に賛成です」

「僕もです」

「そうですよ。やはり、問題のある生徒に指導をしてこその教育ですわ」

「ふふ、新任当時を思い出させられましたよ」

 

対して、ギンブレーは怪訝な顔。ネギに対して明らかに不快感を示していることが容易に分かる。

 

 

「言いますね。問題になっているのは、大半があなたの生徒だというのに」

 

「だ、だからこそ、僕には彼らに対する責任を果たさなくちゃいけません! だから、即退学などあまりにも心がないと思います! 教師が教育を放棄するということですよ!?」

 

「理想論は結構。ですが、耳障りの良い言葉だけで問題をグダグダ先延ばしにしても仕方がありません。一度、キッチリと処罰を下すべきです」

 

 

徐々に二人の意見は白熱していく。そして、互いに妥協しなかった。

だが、正直ギンブレーに分があった。単純に、教師経験数ヶ月の子供との議論だからだ。

また、耳障りのよい言葉だけでこれまで何人の教師が、教育を実践できたか分からない。

だが・・・

 

「少しよろしいですか?」

 

二人の言い合いに、一人の教師が手を挙げた。

 

「新田先生・・・」

 

鬼の新田として学園広域指導員を担当している教師。

ゆえに、学園でも顔が広く、学園で何度も問題を起こす生徒は絶対に一度や二度は生活指導を受けている。

非常に厳しい性格から、あまり生徒たちからも好かれていない。

特に、ダイグレン学園や悪ふざけ大好きな中等部女子のネギの生徒たちなどからはそうだった。

 

「四月の新学期から、私も例年通りこの学園の広域指導をしてまいりました。正直、ここ数年の生徒たちの生活は目に余るものがありました。何度、彼らを退学にしてやろうかとも思いました。しかし、思います」

 

この時、ギンブレーは自身の賛同者、ネギは自分の意見に対して否定する者が手を挙げたと思った。

タカミチも察して複雑そうな顔をしている。

だが・・・

 

「生徒が留年する。生徒が何を言っても聞かない。卒業する気がない。何度も同じ事を繰り返す。それは、全てが生徒だけの責任とは思いません。むしろ、何度も同じ過ちを繰り返させる私たち教師が原因ではないでしょうか」

 

新田の言葉に、ギンブレーは言葉に詰まった。

生徒が同じ事を何度も繰り返すのは、その都度説教する教師の問題ではないかと。

すると、新田は少し照れくさそうにある例を話した。

 

「あー、これは、一つの例なので学校名は伏せますが、そこは不登校と喧嘩と留年と校則違反が日常茶飯事で、私も日々手を焼いておりました。どれだけ怒っても、『俺は俺だ』などと言って、言うことを聞かずに学園都市で遊びほうける、どうしようもない子達でした」

 

新田は学校名を伏せているが、この場にいた者たちはその学校がどこなのかはすぐに分かった。

 

「しかし、彼らはこの数ヶ月で大きく変わりました。日に日に登校して授業にも出るようになり、学園祭前の中間追試試験では皆がマジメに受けてクリアしています」

 

ネギが来る前のあの学校はどうだったか。

 

「・・・新田先生・・・」

 

ネギは自然と研修初日を思い出した。

緊張して開けた教室の中は、片手で数えられるぐらいの生徒しかいなかった。

みんな、街で喧嘩したり授業をサボったり、そういう連中ばかりだった。

それが今ではどうだろうか?

 

「最近、その高校に通う不良の女生徒の一人と道で会いました。本を真剣に読んでいたので、後からちょっと覗いてみましたが、大学の教育学部の試験本でした」

 

ネギは、その人物に一人だけ心当たりがあった。

 

「彼女は私に気づいて慌てて本を閉じました。ですが、私が彼女に教師になりたいのかと聞いたら、彼女は堂々と頷きました。私は・・・それが、たまらなく嬉しかったのです」

 

つい最近までは何度言っても言う事を聞かずに、悩みの種でもあった生徒が、真剣に自分と同じ職を志す。

思い出したのか、新田の涙腺も少し潤んでいるような気がした。

 

「私が何年かけても言うことを聞かなかった生徒たちも、出会う教師によってはたった数ヶ月で夢や目標を持つことができるのです。だから私たちは・・・生徒に何かを押しつけたり、大人が生徒を勝手に判断して色分けしたりしないで、私たちがもっと立派な教師になりましょう!」

 

再び拍手が巻き起こる。今度は、ネギの時とは違い、教師一人一人が今の新田の言葉を胸に受け止め、力強く賛成の意思を示した。

 

「・・・・分かりました。では・・・改善の兆候も見られているということで、来季はまた定期的に会議をしながら様子を見ましょう」

 

この状況の中、ギンブレーも異議を唱えることなく黙って椅子に座って両肩の力を抜いた。

 

「新田先生・・・」

「ふふ」

「ッ・・・!」

 

ネギが新田を見上げた。新田が僅かにだが、ネギを見て頷いた。

それを見て、ネギは涙が溢れそうになった。

教師として何十年も仕事をしている者に、認められたような気がしたからだ。

それがたまらなく嬉しかった。

 

 

「で、では・・・最近、女生徒に手を出したり服や下着まで脱がしたりする前代未聞の教師が居るらしいのですが・・・学園祭では多くの女生徒に口づけしたなど不純異性交遊の目撃証言も・・・」

 

「「「「「「「さすがにそれは問題だ!!??」」」」」」」

 

「すみませんでしたああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

ギンブレーの最後の足掻きに、ダイビング土下座をするネギだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うえええええん、そうなんです、不可抗力とはいえ、僕は色々な生徒の服を脱がしてしまったんです! こればっかりは何も言い返せないですよ! だって、全部僕が悪いんですから!」

 

「泣くな、ネギ教員よ。給料3分の一カット三ヶ月で収まったのだ。十分ではないか。本来なら、免職だぞ」

 

「お金の話じゃありません! うわあああああん、僕は・・・僕はお嫁に行く前の生徒たちに何てことをしてしまったんでしょうかーーー!?」

 

「やれやれ。あれだけの教師たちに認められているのだ。もう少し堂々とすべきだ。そなたの父親はこれしきのことで涙など見せぬぞ」

 

「う~~~~」

 

 

最後の最後でケチは着いたものの、会議も滞りなく終わったネギとデュナミスは帰路についていた。

時刻は四時半頃。授業もそろそろ終わって帰宅途中の学生たちがチラホラ見えた。

 

 

「それにしても、新田という男はなかなか骨があるではないか」

 

「はい。そうなんです。すごく厳しくて、生徒たちもよく怒られているのでよく思われていない時もあるんですけど、それだけ生徒たちのことをしっかりと考えているんですよね」

 

 

正直、ネギも新田が苦手だった。

生徒たちに振り回されるネギに、「しっかりしろ」と説教を何度も受けたことがある。

だが、だからこそ今日のように、教師として新田に認められていると分かった時はうれしかった。

そのためか、帰りの足取りも非常に軽やかだった。

一方で、デュナミスもそんなネギを見てふと疑問に思った。

 

「ところで、ネギ教員」

「はい?」

「いや、ネギ・スプリングイールドよ。そなたは、このまま教師としての道を進もうとしているのか?」

「えっ?」

 

ネギは足を止めてデュナミスに振り返った。

 

 

「いや、最初はサウザンドマスターの息子であるそなたは魔法学校の卒業試験の課題として麻帆良で教師をやっていると聞いた。だが、今のそなたを見ていると魔法使いのためというよりも、普通の教師として仕事をしているように思えてならん」

 

「あっ・・・えっと・・・それは・・・」

 

「今更だが、私もテルティウムもかつてそなたの父と戦ったことがある。もっとしつこく父親のことを聞かれるのかと思ったが、そなたはそうしようとはしなかった。そなたは、父親の影を追いかけたりはしないのか?」

 

 

父親のような魔法使いになりたい。それがネギの夢である。

しかし、今のネギは魔法使いというよりも教育者としての道に力を入れているような気がしていた。

確かに、魔法の修行もしているのだろうが、父親の過去を知っているはずのデュナミスやフェイトにそのことを詳しく聞き迫ろうとしない。

だからデュナミスも、もうネギは父の影を追いかけていないのではないかと思った。

 

「いいえ。そんなことはありません」

 

しかしネギは、何の迷いもなく否定した。

 

「色々考えました。今の生活が幸せで、むしろ父さんを追う生活の方が苦しくて危険なのかもしれません。でも、だから諦めるのか? 教師の道と父さんを追い求める人生、どちらを選ぶのか? その答えは、ダイグレン学園に来て学びました」

 

ネギがあまりにもアッサリと言うものだから、少しデュナミスも戸惑った。

しかし嘘は無かった。まるで、ダイグレン学園の悪ガキたちが何かをやると決めた時のように、真っ直ぐに突き抜けた瞳だった。

そんなネギの答えとは? その答えが語られようとしたとき、何かが聞こえてきた。

 

「返してよー」

「ほれ、悔しかったら取ってみろ! 弱虫ナキムー!」

 

意地の悪い子供の声と、今にも泣きそうな男の子の声が聞こえてきた。

振り返るとそこには、泣きながら懸命に飛び跳ねている小さな男の子。

その目の前には、カバンを持ち上げて男の子をからかっている太った子供ともう一人。

 

「やーい、やーい、弱虫ナキム!」

「ほら、もうちょっと飛んでみろよ!」

 

男の子が返せと言えば言うほど、それを楽しんでいる子供たち。

何だかイジメているように見える。

 

「コラー、君たち、何をやっているんですか!」

 

反射的にそう言ったネギ。

 

「やべ、大人がいるぞ!」

「へへ、にっげろー!」

 

イジメっ子たちはネギとデュナミスの姿を見ると、笑いながらカバンを放り投げて走り去っていく。

逃げ足だけは早い。子供たちは一瞬で遠くまで駆け出してしまった。

 

「まったく・・・ほら、大丈夫ですか?」

 

少年たちが投げ捨てたカバンを拾い、ネギは男の子に尋ねる。

 

「う・・・うう・・・ううッ!!」

「あっ・・・」

 

少年は何も言わない。しかし、カバンを見るやいなや強引にネギの手から取り、力強く自分の胸の中で抱きしめる。

少年たちに乱暴に扱われて少し汚れてしまったカバンを、クシャクシャになるほどギュッと抱きしめる。

 

「えっと・・・君、大丈夫ですか?」

 

ただイジメられていたわけでもないかもしれない。

何かカバンに思い入れがあるのか、ネギはもう一度優しく尋ねた。

すると・・・

 

「コラー、あんたら!」

「えっ?」

 

元気のいい女の子が遠くから走ってきた。

その子は決して止まることはない。

そして、自分のカバンをクルクルと遠心力で力強く回し、ネギに突進してくる。

 

「やめんね! ナキム、ウチの子分じゃけん! 何イジメとるんじゃ!」

「へっ・・・・」

 

ネギよりも遥かに小さい女の子。目の前の男の子と同じぐらいで、幼稚園か小学一年生ぐらいだろう。

一体なんなのか分からず困惑しているネギだが、女の子はカバンでネギの頭に渾身の力を込めてぶん殴った。

 

「ぐほっ!?」

「トドメじゃ!」

「ちょ、ちょっ、ちょおお!?」

 

さらに、そこで女の子の攻撃は止まらない。

カバンを振り抜いた勢いをそのまま乗せて、ネギの股間を思いっきり蹴り上げた。

 

「ほ、ほわあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「う・・・よ、容赦のない・・・」

 

ネギ、地味に生まれて初めての衝撃で、鶏のような声を上げて地面を転がった。

一方で、ネギを瞬殺した女の子は両腕を組んで、フンッと顔を背けた。

 

「あ・・・なん・・・で・・・?」

「ほう。威勢の良い小娘だな。まあ、女の敵はこうあるべきであろう。なあ、ネギ教員よ」

 

見事な一撃で悶絶するネギ。妙に感心した声を漏らすデュナミスだった。

 

「だらしないのー、ナキムは。こんなチビにやられて。ほれ、さっさと起きんかい」

「うっ・・・うう・・・」

「アホ、さっさとする! ウチ帰れんじゃろ」

 

女の子はうずくまっている少年の手を掴んで無理やり起す。

メソメソ泣いている子に、ものすごく不愉快そうな顔を浮かべて無理やり引っ張っていく。

 

「ま、待ってよ、マオシャ~・・・あの人は・・・」

「知らんわ、ナキム。だいたい、あんガキにまでやられて悔しくないんか。やりかえさんから、つけあがろうもん」

 

泣いている少年の名はナキム。そして少女の名はマオシャというようだ。

どこかしっかりしたマオシャが泣き虫のナキムにイライラしながら、引きずりながらも一緒に帰ろうとしている。

 

「あ・・・あのお・・・」

「あん? なんね?」

 

少しずつダメージが抜けてきたネギは、口元をヒクヒクとさせながらも何とか笑顔で二人を呼び止めた。

 

「ぼ、僕は怪しいものではありませんよー。ただ、その子が泣いているのを見て、ほっておけなくて」

「?」

 

精一杯優しく声を掛けるが、マオシャはかなり不愉快そうな顔で睨んでいる。正直怖かった。

でも、ここで負けるわけにはいかない。

 

「あ、あの、僕はこう見えて・・・先生なんです!」

「アホ? あんた、ウチらと大して変わらんじゃろ」

「え、えっと、そうなんですけど、僕は先生の資格持ってるんですよ」

「ふん、弱か男に興味ないけん。教師なんて嘘っぱちやないんか。ほれ、ナキム行くよ。ウチのカバンもさっさと持たんね」

 

何だか圧倒された。

ギンブレーやロージェノムや他の大人たちとも堂々と言い合いをしてきたネギだが、何故かこのマオシャという女の子に逆らえなかった。

 

「ねえ、・・・・・・本当に先生なの?」

「えっ、あっ、はい! そうですよ、先生なんです。何か力になってあげられないかなーって」

 

汗をダラダラ流すネギに対し、ナキムという子は少し不思議そうにしながらもネギに聞いてきた。

ネギも少しホッとして頷こうとした。

しかし・・・

 

「あーー! ダークヒーロー・マスクマン!!」

「ぬっ?」

「え・・・・」

「?」

 

ナキムはネギからアッサリ視線を外し、その後ろに居たデュナミスを指して声を上げた。

 

「ねえ、ダークヒーロー・マスクマンでしょ?」

「・・・・・・・・・・うむ。いかにも私がダークヒーロー・マスクマンだ」

「デュデュ、デュナミス先生が便乗した!?」

 

デュナミスは目をキラリと光らせて、指を天に突き出して答えた。

 

「ナキム、なんなんよ、そのダサいの」

「知らないの、マオシャ!? この間、麻帆良に現れたヒーローだよ!」

「はあ~。そんなん喜んどるからお前は子供じゃけん」

「ま、マスクマンはカッコイイんだ! 今度、ウチの施設にだって来てくれるんだから!」

 

ウチの施設? その言葉を聞いて、デュナミスは腰を屈めてナキムに尋ねる。

 

「少年よ。ひょっとして、そなたはアダイの子か?」

「えっ? 知ってるの?」

「いや、私が今度そなたの施設に行くと聞いてな。ひょっとしたらと思ってな」

 

今度児童養護施設でヒーローショー及び祭りを開催するダイグレン学園。

幼いうちに両親と離れ離れになった子供たちを元気づけるためにと企画されたものだ。

偶然にもその施設の子供が目の前のナキムなのである。

 

「施設の・・・・・・」

 

施設という単語を聞いて、ネギも察した。

 

「うん、僕・・・父さんが死んで・・・・・・それで・・・最近・・・」

 

全部を聞かなくても分かった。

ナキムは俯いて再び顔を落とした。

 

「僕・・・麻帆良は嫌いだ・・・父さんのいない麻帆良なんか嫌いだ・・・」

 

イジメっ子たちに取られたカバンをもう一度強く抱きしめる。

 

「これ、父さんの形見なんだ。だから・・・」

「もう、いつまでウジウジしとるけん。あんガキたちに舐められるけん」

「マ・・・マオシャだって、僕をいつもイジメるくせに」

「なっ・・・うち、イジメとらんけん! ナキム、いっつもウジウジしとるけん。鍛えとっただけじゃもん!」

「みんな・・・僕がお父さんとお母さん居ないからイジメるんだ・・・」

 

弱虫ナキム。彼はそう呼ばれていた。

イジメられ、現に女の子のマオシャにもあまり反抗できずにいる。

だが、ネギはその背景を聞いて胸が苦しくなった。

そして、その気持ちを理解することもできた。だからこそ教えてあげたかった。

 

「ナキム君。お父さんとお母さんは大好きでしたか?」

 

ネギの問いかけに少し戸惑いながらも、ナキムは頷いた。

それで十分だった。ネギはナキムの頭を優しく撫でた。

 

 

「ナキム君。お父さんとお母さんが大好きなんだったら・・・・・・今の自分の辛さを、大好きなお父さんとお母さんの所為にしてはいけないと思います」

 

「えっ・・・」

 

「二人共、ナキム君が嫌いでお別れをしたわけではないと思います。ナキム君も二人を嫌いだったわけではないでしょう? だったら、お父さんとお母さんが居ないということを、何かの理由にしてはいけないと思います」

 

 

両親がいない。辛い人生の原因や理由は確かにそうかもしれない。

だが、辛いかもしれないがネギはそれでも言ってあげたかった。

例え原因や理由がそうであれ、その所為にしてはいけないと。

 

「僕はお父さんとお母さんと一緒に暮らしたことがありません」

「えっ・・・そうなの・・・?」

「辛いですよね・・・寂しいですよね・・・僕も、その気持ちは分かります」

 

ナキムは驚いた。マオシャも反応してネギを見た。

 

「ただ、僕の場合は最初から居なかったことと、死んでしまったわけではないので、ナキム君のように失った悲しみはまだ分かりません。でも、それでも今の自分の辛さを親の所為にしてはいけないと思います」

「でも・・・」

「それを乗り越えて今をすごく楽しく生きて、大勢の友達が居る人たちを僕も知っています。だからナキム君も、そういう人たちみたいになってほしいです」

 

両親とともに暮らしていなくても、大勢の仲間と共に今を楽しく生きている。

カミナやシモン。彼らのようになって欲しい。ネギはナキムに昔の自分を重ねてそう思った。

 

 

「それに、みんなのことも嫌いですか? 少なくとも、マオシャちゃんはイジメっ子たちとは違うと思いますよ? ひょっとして、マオシャちゃんはイジメっ子からナキム君を守ったり、ひとりぼっちのナキム君に構ってあげていたんじゃないんですか?」

 

「えっ!?」

 

「ちょっ、ガキ、なんばいいよっと!?」

 

 

ネギがウインクすると、マオシャは顔を真っ赤にしてネギに殴りかかるが、今度はヒラリとかわす。

ナキムと目が合うと、マオシャも急にシュンとなりモジモジしだした。

 

「マオシャが僕を? ・・・でも・・・」

 

ナキムもネギの言葉が信じられずに戸惑っていた。

 

 

「でも・・・マオシャはいつも僕をいじめるんだ。いつも、帰り道は逆なのに家まで送らされるし、髪にゴミがついてたから取ってあげようとしたのに顔を真っ赤にして怒られて殴られるし、すごくまずい手作りクッキーを無理矢理食べさせられるし」

 

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 

 

流石のデュナミスも絶句した。

 

「少年よ・・・なんと罪深い・・・」

「あ・・・あはは、そういうことなんですか」

 

ネギも、さすがに今のナキムの悩みから導き出される物が容易に分かった。

 

(あの・・・デュナミス先生・・・マオシャって子はナキム君をイジメているわけじゃなくて・・・)

(うむ・・・そうなるな・・・)

 

ナキムにとってはイジメだと思っていたマオシャの行為は明らかな好意の裏返しだということを。

これは何とも罪作りな子供だろう。しかし話しを聞いていて何だか微笑ましくなった。

デュナミスは優しく微笑んで、ナキムの頭を撫でた。

 

 

「少年よ。子供のそなたには難しいかもしれん。だから、そなたは悪くないのかもしれん」

 

「でしょ!」

 

「しかし・・・」

 

「えっ・・・?」

 

「しかし、そなたをナキムという子供ではなく、ナキムという男として見た場合は・・・まったく悪くはないかといえば、そうでもないかもしれぬ。素直になれず、気持ちのぶつけ方が分からぬ少女の想いを察してやれぬ男というのは、いかがなものかと思うぞ?」

 

 

ナキムはデュナミスの言った意味が分からなかったのか、オロオロしている。

さて、どうしたものかと、デュナミスとネギは互いに苦笑しあった。

まだ、子供には早いかもしれない。しかし、男には早いも遅いもないかもしれない。

ネギもナキムの身長にあわせて、体を屈める。

 

「ナキム君。僕も教師になって知ったんですけど、子供は好きな子をワザとイジメたり、叩いたりするっていうのを知ってますか?」

「えっ・・・・・・好きなのになんで?」

「はい・・・それは・・・・・・・・・・・・何ででしたっけ?」

 

ソッコーでデュナミスにヘルプの視線を送るネギ。無理もない。ネギ自身が初恋もどうなのか分からぬ10歳児だからだ。

デュナミスは少し溜息吐きながら、ネギのヘルプをする。

 

「ふむ。ナキムよ。そなたの言うことはもっともだ。確かに誰だって愛する者には嫌われたくはない。普通は優しくするであろう。しかし、子供というのはそういうのが分からぬ。だからこそ、安易な手を使うのだ」

 

ネギ、ウンウンと頷いているが、自身も頭の中で必死にデュナミスの言葉をメモしていた。

 

 

「好きとか嫌いとかではない。安易な手を使えば、その者はその瞬間だけ全ての感情を自分にだけ向けてくれる。その瞬間だけ自分だけを見てくれる。そうして欲しいからこそ、そうやってしまうのだよ」

 

「分かんないよ。好きだったら、結婚するとか、笑ってもらうとか、そうしたほうがいいのに・・・」

 

「うむ、その通りだ。その通りだとも。だが、その当たり前のことが出来なかったり、分からないものたちがいる。それを、子供というのだ。しかし、それを理解したときお前は大人になる。そして、理解するだけでなく察してやれるようになると、男になるのだ」

 

「子供・・・それじゃあ、マオシャも僕もまだ子供なの?」

 

「うむ、子供だな。親がいない。辛いであろう。悲しいであろう。だから、泣くなとは言わん。しかし乗り越えるのだ、少年よ。立派な大人になれとは言わん。しかし男になるのだ」

 

 

ナキムには難しいようだ。デュナミスの言葉に首をひねってる。

 

「今度の祭り、楽しみにしているが良い。中々骨のある男たちを、そなたに見せてやろう。親がいなくとも、友を多く作り、誇れる男になった者たちをな」

 

今度の祭りの目的がもう一つ増えた。デュナミスはそう思った。

ただ、元気づけるだけではない。教えてあげたいものができた。

最初は反対だったが、ダイグレン学園が総出で参加する展開は良いことだったのかもしれないと感じた。

 

「マオシャ・・・」

「なんなん、ナキム。遅いけん! 全然帰れん!」

 

そしてナキムはネギとデュナミスの言葉の意味が分からないまでも、自分なりに何かを考えたようだ。

作戦会議のようにコソコソと話し合っていた三人にイラついていたマオシャは、腕組んでつま先で何度も地面を叩いていた。

しかし、そんなマオシャの表情が次の瞬間、一瞬で固まる。

 

 

「あのさ・・・マオシャって僕のことが好きなの? だからいつも僕をいじめるの?」

 

「ッ!!??」

 

「「ヲイ!?」」

 

 

デュナミスとネギはズッコケた。

 

「す・・・す・・・・す・・・」

 

顔面が沸騰するマオシャ。彼女は数秒唸った後・・・

 

「す・・・好いとらんけん!」

「あぶっ!?」

 

豪快なビンタをナキムにくらわせる。

 

「あぐ・・・う・・・あう・・・なん・・・で・・・」

 

ダメージとショックでなかなか起きあがれないナキム。

デュナミスとネギは哀れんだ表情で、呟いたのだった。

 

「「正解だけどそれは違う・・・・・・」」

 

心の中で、ナキムにエールを送る二人だった。

 

「キッ、きさんもばりむか!!」

「ッ、ほ、ほ、でょわああああああああああああああああ!!??」

「ぬぐわああああああああああああああああああ!?」

 

 

全力全開のアッパーパンチを二発繰り出し、マオシャは全力でその場から立ち去った。

しかも幼い子供の背丈で思いっきりアッパーをやると、その拳の一番威力の乗った地点には、決して鍛えることのできぬ急所があった。

本日二度目の金的攻撃で、もはや変な泡を口から出してうずくまるネギ。そしてデュナミス。

一歩間違えれば殺し合いをする運命にあった二人の男は、この後に教育の難しさを語らいながら一杯やるのだった。

 



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第90話 息子は何処に? 雀荘です

戸惑っているのはお互い様だった。

完全に目が覚めたアリカだが、状況を理解できていない。それはシモンたちも同じだった。

 

「シモンよ。久しいと言うべきじゃが、まずは聞きたい。妾はどれだけ眠って・・・いや、今は何年じゃ? ヘラス歴、もしくは地球の西暦でも構わぬ」

 

頭を抑えながら現状を確認しようとするアリカ。シモンは彼女を落ち着かせながら、ゆっくりと語る。

 

「俺が魔法世界でアリカたちと会ってから、20年経っているよ」

「ッ!? なんじゃと!? バ、バカな、しかしそれではヌシの姿が・・・」

「うん、ちょっとワケがあるんだけど、これはウソじゃない。今は西暦2003年だよ」

 

まるで浦島太郎だろう。彼女が一体何年眠っていたかは分からないが、相当なショックを受けている様子からも、かなり長い期間眠っていたと思われる。

あの、強いイメージばかりだったアリカが、少女のように震えていた。

 

「アリカ。俺たちがここに来たのは偶然なんだ。用事があって月まで来たら、いきなりブタモグラに襲われて地下に落とされて、偶然ここを見つけたんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ここが、ナギとアリカの新婚生活を過ごしていた家であり、隠れ家っていうのも分かったけど、一体何があったんだよ? どうしてこんな棺に入ってたんだ? それに、ナギは?」

 

 

本当はもっと聞きたいことは山ほどあるが、今はこの二つが最優先だ。

何故、こんな所で眠っていたのか。

ナギはどうしたのか。

木乃香たちも聞きたいことが山ほどあったが、今は場の雰囲気を察して口を閉ざしていた。

 

「・・・・・シモンと出会ったのが二十年前・・・計算すると・・・妾が眠っていたのは、およそ十年近くじゃな」

「じゅ、十年!? そんなに!?」

「うむ。しかし・・・そうか・・・十年も・・・ゼクトと・・・いや、ナギと造物主の戦いからそれほどの年月が経ったか」

 

複雑な表情で額を抑えながら呟く。

十年。気の遠くなる時間だ。アスナたちも息を飲んだ。

しかし、何故? 一体何があってそのような事態になったのだ?

 

 

「妾とナギは勝てなかったのじゃ。造物主にな」

 

「「「「「ッ!!??」」」」」

 

 

ナギたちが勝てなかった? あの、無敵の象徴のような男が勝てなかったなど、信じることは出来ない。

しかし、アリカの表情が全て真実だと物語っていた。

 

「二十年前よりも強大となった造物主を相手に、ナギと妾は為す術がなかった。相打ち・・・それが限界じゃった・・・」

 

相打ち・・・それが指し示す言葉は一つしかない。

ならば、造物主と共にナギは死んだのか?

アスナは腰が抜けて、頭の中がグシャグシャになった。

何故なら、そのナギといつの日か会うために、毎日を懸命に生きて努力している少年を知っているからだ。

しかし・・・

 

 

「ナギもおそらく、妾と同じように封印されておる」

 

「えっ!?」

 

「造物主は不滅。たとえ倒しても魂だけが残り、また新たな器を見つけて復活する。終わり無き戦いの繰り返し・・・だからこそナギは、己の魔力と命を懸けて、魂ごと造物主を封印させたのじゃ」

 

 

それは、完全なる世界の焔たちですら知らない話しだった。

フェイトやデュナミスからもその辺りの話しは聞かせてもらってはいないからだ。

しかし、不滅の造物主は倒すよりも封印した方が効果的かもしれないというのは、その通りかも知れない。

だからこそ、文字通りナギたちが命を懸けて世界を救ったというのは誤りではないのかもしれない。

 

「じゃあ、ナギはどこ居るのよ!?」

 

アスナを見上げるアリカ。

何かアリカ自身もアスナに聞きたいことがあるのか、少し戸惑っている。

 

「・・・分からぬ。妾もあの時に力つきて倒れたからな・・・アルたちならば何かを知っているかもしれぬが・・・」

「・・・それじゃあ、あんたは? あんたは何でこんな所で封印なんかさせられてたのよ!」

 

そうだ、ナギが居なくなった経緯は納得できた。

ならば、アリカは? アリカの身には一体何が起こったのだ?

アリカも複雑な表情を浮かべて過去を振り返る。

 

 

「ナギが造物主と、アルやガトウに詠春たちが敵の人形どもと戦っている間・・・妾もある人物と戦っていた。だが、当時の妾は恐ろしいほどに体力と魔力が低下していたために奴に敗れた。ナギが造物主を封印しても、今後のために妾をカードとして所持しておきたかったのだろう」

 

「敗れたって・・・誰に・・・」

 

「墓守人の宮殿の主・・・創造主の娘・・・アマテル」

 

「「「「「ッ!!??」」」」」

 

「「「「・・・? ・・・・? ・・・???????」」」」

 

 

その名に反応があったのは、焔たちだけ。

アスナ、刹那、木乃香、シモンはまるでピンと来ない名前にどう反応していいか分からなかった。

 

「後のことは良く分からぬ。じゃが、どうしてここに封印されたのかと言えば、おおよそ検討がつく。魔法世界も地球も魔界も安心して妾を封印できる場所は無かったのじゃろう。メガロメセンブリア、魔法協会、魔界、紅き翼、そして完全なる世界の組織にも奴は妾の存在を内密にしたかったのじゃろう。アマテルにとって、妾の肉体はそれほど重要じゃからな・・・案の定、十年経っても妾の肉体に老いが感じられぬ。魔法で肉体を生きたまま眠らせて保存したのじゃろうな・・・」

 

肉体を眠らせる。言われてシモンたちも気づいた。

確か、二十年前でアリカは既に十代だったのだ。ならば、実年齢はどう考えても三十代だ。

しかし、今のアリカは二十代前半。下手したら十代後半にも見えるほどの若々しさだ。

十年間も歳も取らずに眠らされて、起きれば十年後の世界。

正にタイムスリップだ。

 

「シモンよ。ヌシが歳を取っておらんから、大して時代が経っていないと思ったが・・・アスナ・・・そして、そちは木乃香じゃな? 詠春の娘の」

「えっ・・・ええ!? アリカ様、ウチのこと知っとるん!?」

「うむ。そながた赤子の頃、京都で抱き上げたことがある。母親にもよく似ておる。すぐに分かったぞ」

「そ・・・そうやったんや・・・」

 

まさか、会ったことがあったとは思わず、木乃香も照れくさそうに頭を掻く。

木乃香に大きくなったなと微笑むアリカ。しかし、その微笑みがとても悲しそうに見えるのは、誰の目にも明らかだった。

 

「ふっ・・・そうか・・・十年か・・・長いの・・・」

 

それは・・・

 

「・・・・・・ふふ・・・・」

「アリカ?」

「・・・・・・ッ・・・すまぬ・・・・」

 

アリカの瞳に涙が浮かんだ。彼女は慌てて顔を隠すが、誤魔化すことはできない。

 

 

「いや・・・妾も・・・息子の成長を見たかったなと・・・」

 

「「「「「「ッ!!!???」」」」」

 

「約束も守れず・・・妾は・・・わら・・わ・・・は一体何を・・・」

 

 

拭いても拭いても、どれだけ微笑もうと、アリカの涙は止まらなかった。

 

「実は、妾には息子が居た。まあ、居たと言っても出産して数度抱き抱えた程度・・・戦いに巻き込まぬように直ぐにナギの故郷の知人に預けたのじゃ・・・」

 

次第に、アリカの嗚咽が漏れだした。

 

 

「必ず迎えに行くと・・・全ての決着を付けると誓ったが・・・妾は・・・帰れなかった・・・我が子に何も残すことも出来なかった・・・」

 

「アリカ・・・その・・・息子って・・・」

 

「妾とナギの息子・・・メガロメセンブリアが黙っているはずがない。・・・公式記録では死んだはずの妾に息子が居たことが世間にバレたら首都の面目は丸つぶれ・・・どうか、無事に幸せであって欲しいが・・・しかし・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

「そうじゃ、シモン。妾は戦争で王女になり、ナギに出会って女になれた。じゃが、母親にはなれなかったのじゃ」

 

 

まるで、悔いるように、そして自分を憎むように己を責めるアリカ。

 

「う・・・くっ・・・ッ、ネ・・・・・ギ・・・・ネギ」

 

その苦しみがどれほどのものか。

だが、彼女には希望が残っていた。

 

「ネギは・・・・・・・・・胸を張って堂々と、毎日を懸命に、そして笑顔で過ごしているわよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なっ・・・」

 

アリカの震えが止まった。だが、すぐに再び震えだした。

 

「ア、 アスナよ・・・今、何と? いや、何故・・・ネギのことを知って・・・」

 

ずっと真剣な顔つきだったアスナ。しかし、今のアリカを見て、自然と優しく微笑んだ。

 

「優秀な両親の血を引いた天才少年は、僅か十歳で教員免許をとり、魔法使いの修行をしながら麻帆良学園で教師をしてんのよ」

「ッッ!!??」

「そう、私や木乃香や刹那さん、焔ちゃんたちや、そしてシモンさん。みんな、ネギの生徒で・・・そして、あいつの仲間よ!」

 

歯の震えの音が響き、アリカが少女のように狼狽えている。

今の話しが真実なのか、その真偽を求めるようにシモンに弱々しい目を向ける。

その瞳に対し、シモンもニッと笑って頷いた。

 

「俺も、そしてニアもみんなもだよ。みんなが、ネギ先生と毎日を楽しく生きているよ」

 

ネギは生きている。

 

「ネギは・・・生きて・・・」

「ああ」

「・・・・・・大きくなったのか・・・」

「十歳だから背はまだ小さい。でも、大きいよ。すごく大きいと思う。俺は、ネギ先生をすごく大きな器だと思っている」

「・・・笑って・・・おるのか?」

「そーだなー、いつも兄貴たちのメチャクチャに涙目になってるけど・・・楽しそうだよ・・・それに、すごくイキイキしている」

 

辛く過酷な人生を歩ませたのかも知れない。生みの親である両親を、そして自分自身の運命を呪っているかもしれない。

しかし、そのネギは毎日を楽しく、多くの仲間たちと過ごしている。

 

「お父さんが目標なんだって」

「ッ!?」

「生まれて一度も会ったことがないけど・・・すごく尊敬しているんだって」

 

それが事実だとしたら、アリカにとってこれ以上の幸福がない。

 

「あ・・・・ああ・・・ネギ・・・・ネギ・・・・・ネギ!!!!」

 

強く誇り高い姫が、大粒の涙を流して声を上げた。

 

「良かった・・・ネギが! ネギが・・・ネギが!!」

 

生きていた。真っ直ぐに育っていた。多くの仲間たちに囲まれ、笑顔で過ごしていることが分かった。

 

「・・・決して幸福な人生を歩んでおらぬと・・・自分の運命を・・・親を恨んでいてもと思ったが・・・ネギが・・・」

 

こんなアリカを、シモンは見たことがない。

我が子の安否と幸福を知った母親の涙は、自然と木乃香たちの涙腺も潤ませた。

 

「アリカ・・・俺たちと一緒に地球へ帰ろう。そして、ネギ先生と会ってくれ」

 

シモンが手を差し出す。その意見には、アスナたちも大賛成だった。

 

「そうよ! ネギだって喜ぶわよ! お母さんが生きていたなんて分かったら!」

「うう、はようネギ君に会わせてあげたいわ!」

「はい、研修を頑張ったネギ先生に、これ以上のご褒美はないでしょう!」

 

ずっと両親の温もりを知らずに育ってきたネギ。

例え今は幸福で仲間に恵まれていたとしても、やはり母親の存在は違う。

 

「ねえ、焔・・・いいのかな? 私たち、立場的に・・・」

「・・・・・・・・・まあ、いいのではないか? ハッピーエンドということで・・・」

「うん、だよね。きっと、今のフェイト様なら呆れながら許してくれそう!」

 

少し居心地が悪そうな焔たち。当然だ。

何故ならアリカとナギとネギを引き離したのは、彼女たちが所属している組織とナギたちの戦いが原因だからだ。

しかし、今の彼女たちはその組織としての使命よりも、自分の気持ちを優先した。

みんな、ネギを心から笑顔にしてやりたい。母親に会わせてあげたい。その気持ちだけだった。

 

「行こう、アリカ!」

 

シモンはそう言って、アリカが立ち上がるのを待った。

アスナたちもアリカが頷いてくれるのを待った。

 

「礼を言う、シモン。しかし・・・」

 

しかし・・・

 

「もう、妾にその資格はない。ネギに会わせる顔がない」

「え・・・・?」

「今を幸せに生きているあの子に、妾などが今更現れても邪魔なだけじゃ」

 

アリカはシモンの提案を受け入れなかった。

彼女は今にも崩れそうな笑だけを浮かべた。

だが、そんなこと納得できるわけがない。

 

「ちょ・・・馬鹿なこと言ってんじゃないわよ! どーいうことよ!」

 

アスナはアリカの胸ぐらを掴んだ。相手は魔法世界の王女。刹那たちはハラハラしている。

だが、今のアスナの怒りは尋常ではなかった。

 

「赤ちゃんの時のアイツと約束したって言ったじゃない・・・必ず迎えに行くって・・・なのに、どうしてよ! 全然意味が分かんないわよ!」

 

当たり前だ。ようやく目を覚まし、十年間一度も会えることのなかった最愛の息子に会うことができるのだ。

それなのに、自らの意思で会わないというアリカの考えを理解することはできなかった。

しかし、アリカもまた苦しんでいた。

 

「ヌシらは・・・妾が世界でなんと呼ばれているか知っておるか?」

「はあ? 分かんないわよ。王女様? バカップル? 色ボケ女?」

「災厄の魔女・・・・」

「ッ!?」

「そう呼ばれた妾には居場所などは無い。むしろ、ネギの血筋が世間に知れ渡る方がまずい」

 

何故、ナギとアリカが月で暮らすことにしたのか? 

それは全てがその呪われた異名ゆえだ。

 

「ネギ・・・あの子だけが気がかりじゃった・・・薄れゆく意識の中で、ただあの子の幸福だけを願った。それが叶ったのじゃ。妾などが側に居ない方が良い。ヌシたちが側に居る方がよっぽど良いのじゃ」

 

シモンの手を取らずに、アリカは立ち上がり、部屋の窓を開ける。

仮初の太陽と偽物の青い空の光が部屋に差し、海の香りがした。

光と空気をいっぱいに吸い込み、アリカはどこか割り切ったような表情で振り返った。

 

「シモン、アスナ、礼を言おう。そして、後生じゃ。これからもネギの側に居てやって欲しい。それだけが、何もできなかった愚か者の唯一の望みじゃ」

 

国を救うことが出来なかった。母親としての最低限の責務すら果たすことが出来なかった。

今のアリカは、過去の十字架を背負ったまま、ネギの幸福だけを祈り、再会する気などないのだ。

 

「アリカ・・・そんな・・・何言ってんだよ・・・」

 

かける言葉が見つからない。刹那たちも、アリカの心の重荷が計り知れず、何も言うことが出来なかった。

ただ一人を除いて・・・

 

「・・・・ふざけんじゃないわよ・・・・・・・・・・」

 

震えるほど拳を握り締め、彼女は言った。

 

「・・・・・甘ったれてんじゃないわよ・・・・勘違いしてんじゃないわよ・・・」

 

アスナだった。

 

「あんた、母親でしょ・・・・あいつをお腹痛めて生んだんでしょ・・・何で・・・だったら・・・あいつの気持ちぐらい想像しなさいよ・・・」

 

アスナはアリカの言葉に微塵も納得していなかった。それどころか、余計に怒った。

アリカの言葉が許せずに、思わず涙を流しながらもアスナは言う。

 

「あいつは、自分の目標でもある両親にいつの日か会うために頑張ってんのよ・・・・・・いつの日か、あんたたちに会って・・・今の自分を見て欲しいから頑張ってんのよ・・・・・偉大なあんたたちに追いつくには、ウジウジしてたって届かないから頑張ってんのよ・・・」

 

仲間が居るから幸せだ。悲しくもない。それも正解でもある。

しかし、それだけではない。

 

「今のあいつの笑顔も嘘じゃない。でもね・・・」

 

偉大な親に追いつくのに、下を向いたって届かないことをネギは分かっているからだ。

 

「本当は・・・寂しくて・・・切なくて・・・ずっと、頭を撫でて欲しいに決まってんじゃない・・・」

 

アリカはアスナに背を向ける。その表情は伺えない。だが、その背が小刻みに震えているのが分かる。

 

「自分には資格がない? ネギを不幸にする? 私たちが側に居る方が良い? 勝手に決め付けて勘違いしてんじゃないわよッ!! あいつには、あんたが必要なのよ!!」

 

アスナはアリカに掴みかかる。掴んだ両手の爪が、アリカの真っ白い両腕に赤く食い込んでいく。

背を向けるアリカを無理やり振り返らせると、アリカも頬に涙が伝っていた。

自分の気持ちを殺して、本当は今すぐにでもネギに会いに行って抱きしめたいはずなのに、そうしない。

アスナは、そんな見当違いなアリカの考えを絶対に許さなかった。

 

 

「あいつにね、6歳ぐらいの頃の記憶を見せてもらったことがあるの」

 

「なに・・・?」

 

「お父さんもお母さんもいないで・・・大好きな親戚のお姉ちゃんともたまにしか会えず・・・ほとんど一人暮らしで・・・楽しみと言ったら魔法の修行と大好きなお父さんがどんな人か想像するぐらい・・・自分がピンチになったら助けてくれるなんて思い込んで・・・凶暴な犬にイタズラしたり、木から飛び降りたり、真冬の川に飛び込んだり・・・それぐらい寂しくてどうしようもなかったのよ」

 

 

それはシモンも初耳だった。ネギが両親と一緒ではないというのは知っていたが、今のネギがそんな過去を過ごしていたとは思わなかった。

 

「それだけじゃないわ。あいつのお父さんを恨んだどっかの馬鹿が村にたくさんの悪魔を送り込んで、村中の人たちを石化させたのよ!」

「なっ、なんじゃと!?」

「幸いあつだけは助かったけど・・・その過去を教えてくれた時のあいつは、私に何て言ったと思う?」

「ッ・・・・・・う・・・・・」

「あれは、ピンチになったらお父さんが助けに来てくれるなんて思っていた自分への罰なんじゃないかって、そんな馬鹿なことを考えてたのよ!?」

 

ショックからか、アリカは力が抜けて床に座り込んだ。

 

「十歳も六歳も変わんないわよ! 根っこじゃ、親に会って甘えたいに決まってるじゃない!!」

 

楽しく生きていると聞いて安堵していたはずが、自分の子供がそんな心の歪みを持っていたことを、まったく想像できなかった。

 

 

「確かに、今はあいつも幸せかもしんない。・・・私も・・・シモンさんもカミナさんも・・・両親や家族と一緒に暮らしていない人はこの世にもたくさんいるから・・・ネギだけが特別な過去じゃないかもしれない。でも、あんたは違うでしょ・・・ネギに会おうと思えばもう会えるんじゃない・・・頭を撫でてやることも、抱きしめてあげることだってできるんでしょ! 会えるのに会わないだなんておかしいに決まってるじゃない!」

 

「う・・あ・・う・・ネギ・・・ネギ・・・ああ・・・あ・・・ネ・・・ギ・・・・あ・・・あ、ネギ!!」

 

 

顔を覆い、顔をクシャクシャにしながらアリカはその場でボロボロと泣いた。

まるで、何年間も溜め込んだ涙を一気に解き放ったかのように、床に突っ伏して声を上げた。

 

「う、わ、わらわ・・・は・・・い、いまのままでは、・・・かつての妾とナギのように・・・ネギも世間から隠れて生きていかねばと・・・だから・・・」

「あいつはいつでもどこでも堂々と生きているわ! 自分はネギ・スプリングイールドですってね!」

「妾がそばにいれば、あの子を不幸にしてしまうと・・・白い目で見られ、犯罪者のような扱いを受けるのではと・・・」

「だったら、私たちが力を合わせ守ってやるわよ! 世間なんか蹴っ飛ばしてやるわよ!」

 

アリカの過去がネギに重荷になることはない。

万が一、それが重荷になったとしても、仲間である自分たちが絶対に何とかしてみせる。

アスナの言葉にそんな想いが宿っていた。

 

「ネギには・・・ネギにはあんたが必要なのよ・・・そして何よりも、あんたにもネギが必要なんじゃないの!?」

 

そうだ、何よりも今のアリカにこそ、ネギが必要なのだ。

 

「きっと先生も、今の自分を見て欲しいと思うはずだよ」

「・・・っ・・・シモン・・・」

「アリカ、俺たちダイグレン学園の教育方針を教えてやる。「もし」とか「たら」とか「れば」とか、そんな想いに惑わされるな。答えてくれ、アリカ。アリカは今、どうしたいんだ?」

「ッ・・・」

 

アリカの本心など一つしかないに決まっている。

もし、自分の過去がネギを苦しめたら? 今まで一度も何もしてやれなかった母親に何の資格が?

もし? たら? れば?

そんな想いを全て無視できるとしたなら、自分の答えなど一つしかないに決まっている。

 

「・・・ネギに・・・会いたい・・・会いたいにきまっているではないか・・・・」

 

その言葉を待っていた。

アスナもシモンも、そして刹那や焔たちも瞳を潤ませながら笑顔でガッツポーズした。

 

「よっし! じゃあ、一緒に行こう!」

「何が何でもネギに会わせてやるんだから!」

「フェイト様に怒られる準備しておかないとね!」

「せや! ほんで、これからはウチらでネギ君とアリカさんを守るんや!!」

「ええ。私たちが力を合わせれば可能でしょう!」

「うむ」

「ですね!」

 

シモンと少女たちの頼もしき誓いに、アリカは頭が上がらなかった。

 

「アリカ。俺さ、アリカたちが何を背負って、何と戦っていたのか、何が理由かなんて全然分からない。でも、アリカもナギも、そしてネギ先生も、俺たちの仲間なんだ!」

「そうよ、シモンさんの言うとおりだわ。こういう時、ダイグレン学園・・・いいえ、麻帆良の生徒はこうやって叫ぶのよね?」

「ああ!」

 

ダイグレン学園共通の合言葉。それをアスナたちも今は完全に同意して、共に言う。

刹那や焔たちも互いに苦笑しながら、共に叫ぶ。

 

 

「「「「「細かいことは気にするな!!」」」」」

 

 

明らかに自分より地位の低い者たちにまで深々と頭を下げるアリカ。

 

 

「すまぬ。恩にきる」

 

 

心の中で、会えなかった息子をただただ想った。

 

(ネギ・・・ヌシは今・・・どうしておる? 立派な男の子になったか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャラジャラと、空間には独特な音が響いていた。

 

 

「ローーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!」

 

 

タバコと酒の匂いが充満する部屋。

部屋の中はワイシャツの袖をまくった中年の男たちが真剣に卓を囲んでいる。

その一卓で、明らかに年齢のかけ離れた少年は、手配をオープンにして、オレンジジュースを一気に飲み干した。

 

「なっ!? だだだ、大三元!?」

「これで点差は・・・」

「うーむ」

 

ネギのアガリに頭を掻いて天井を仰ぐ大人たち。

デュナミス、新田、タカミチは、次こそはと関節を鳴らして配を積み上げていく。

 

 

「ふう、次こそ取り返さないとね。あっ、マスター、灰皿を新しいの」

 

「しかし、今日は大変でしたな、ネギ先生も。あれだけギンブレーさんと言い合いになり、不祥事で減給されたうえに、子供に股間を強打されたなんてね。あっ、私にはビールをもう一・・・いや、デュナミス先生と高畑先生のも、三つとオレンジジュース一つお願いします」

 

「ふっ、教育とは難儀なものだな。ん、ポン」

 

「う~、まだヒリヒリします。いつもアスナさんにぶっとばされてますけど、こんな痛みは初めてです。新田先生はああ言ってくれましたけど、人に教えるって本当に難しいです。リーチ」

 

「えっ、は、早いな・・・っと、それより今度は祭りだって? もうすぐ研修も終わるというのに、最後の最後まで何かをやるね、あっ、ビールありがとうございます」

 

「まあ、生徒とは不良だけではありません。デリケートで心に傷を持った子達もいます。そういった生徒をサポートするのも教師の仕事」

 

「しかし、理想は構わんが給料の割に合わん。果たして何名の人間が実践できるか・・・あと、タカミチよ、そろそろタバコが臭い。外で吸え」

 

「それより、デュナミス。君は随分となれなれしいが、僕は君が僕たちにしたこと、そして師匠のことを忘れたわけではない。それもポンだ」

 

「ふん、戦場の話をいつまでも持ち出して恨みを語る者は、返って格を落とすぞ?」

 

「もーーーーー! やめてください、デュナミス先生もタカミチも! 教師が憎み合ってどうするんですか!? あっ・・・・アガってる」

 

「「「なにいいいいいい!!??」」」

 

「ぐっ・・・デュナミス・・・君は下手すぎだ・・・そこで、何でそれを捨てる・・・ヘタが麻雀に入ると空気が悪くなる」

 

「ぬ、だ、黙れ」

 

 

椅子の隣には冷たい飲み物のグラスと瓶。山盛りになったタバコの灰皿。

普通は真剣になればあまり談笑はしないのだが、彼らは手だけは真剣に動かして、その話題は学校教育が中心になっていた。

 

 

「しかし、学園祭でネギ君の力を知ったが、まさか麻雀まで強くなっているとは・・・やれやれ、ナギたちが知ったらどれだけ悲し・・・いや、爆笑しそうですけど」

 

「ハッハッハ、よし、今日は無礼講で教育の未来を語りながら徹マンといきましょう」

 

「ふう、明日はヒーローショーのリハーサルだが、まあ大丈夫だろう」

 

「ふっふっふ、ダイグレン学園で鍛えられた僕はちょっとやソッとじゃ根を上げませんよ」

 

 

遠く離れた月の上から我が子を思うアリカ。

その息子は、教育とは何ぞやと、同僚と語り合いながら徹マン中だった。

 

 

 

そして時を同じくして、夜空に輝く満月に、今宵一頭の竜が舞い降りたのだった。

 



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第91話 アリカ様・・・草場の陰で大戦の犠牲者が泣いています

もうじき元の女子校の教師に戻るネギ。

そのネギに今までの感謝を込めて計画しているお別れ会に、ビッグサプライズを用意できた。

アリカとネギの再会をすぐにでもさせてやりたく、あとは当初の目的を達成さえさせれば、すぐにでも地球へ戻ろう。シモンたちはそう思っていた。

しかし・・・

 

 

「エメラルドドラゴンが月にじゃと? 誰じゃ、そんなデマを申したのは」

 

「「「「「えっ・・・・・・・・・・・・」」」」」

 

月での生活数年というベテランが、アッサリとシモンたち本来の目的を打ち砕いた。

 

 

「「「「「ギロッ!!」」」」」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 

一同、鋭い瞳で環を睨む。

 

「ちょっとちょっとー! せっかく月まで来たのに、ドラゴン居ないじゃないのよー!」

「大した確証もなくノリで来てみたものの、空振りとは・・・シャレになりませんね」

「環のバカー!」

「うちら何しにここまできたん?」

 

環は素知らぬ顔で口笛を吹いて誤魔化すが、後頭部に汗をかいているのが分かる。

 

「お、おかしい・・・確かに十年ぐらい前からそういう目撃情報が・・・」

「そもそも誰がそんな情報を流したのですか!?」

「りゅ、竜族の中でそういう・・・」

「月で子作りするぐらいの月生活大ベテランの方に全否定されたではありませんの!?」

 

月にエメラルドドラゴンが居る。

アリカとの再会で少し予定がズレたものの、当初の目的を果たして地球へ帰ろうとしたが、それも崩れた。

偽物の太陽の日差しを浴びて、砂浜の感触を確かめながら海の水を蹴り上げた。

 

「ふふ、しかしプロポーズか。ようやく、シモンとニアが結ばれるか」

「でも、まだ成功したわけじゃないから・・・それに指輪だってまだ・・・」

「良いではないか。重要なのは言葉や物より心じゃ。ただ、抱きしめてもらえれば女は本望じゃ」

「・・・・・・・・・・・・」

「なんじゃ、シモン・・・・いや、ヌシらもそのように目を細めてどうした?」

 

「「「「「べつに~、ごちそーさまです」」」」」

 

エメラルドドラゴンが居ないことで、何のために月にまで来たのか分からなくなったシモンたちの落胆は激しかった。

一方で、無表情なのに雰囲気はウキウキしているアリカと、テンションに差があった。

 

「そうじゃ、シモンよ。先ほどの携帯電話とやらの写真をもう一度見せてくれぬか?」

「えっ・・・また?」

「よ、よいではないか・・・その・・・何度でも見たいと思っても・・・」

 

シモン、少し溜息つきながらポケットから携帯電話を取り出して、データーフォルダから一枚の写真を取り出す。

それは、ダイグレン学園のみんなや、ネギと一緒に取った写真。

ネギの顔だけアップにして、アリカに差し出すと、アリカは全身を震わせながら携帯を受け取った。

 

「なっ!? 天使じゃと!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「な、なんじゃ、この賢く利口そうでありながらも、愛らしさまで兼ね備えた、天に愛されたかのような幼子は!? 神々のリーサルウエポンか!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「はっ・・・よく見ると・・・私の息子か・・・・・・そ、そうか、これがネギか・・・」

 

シモンたち、白けた表情でアリカを見る。

アリカは、百年の恋すら覚めるぐらいデレ~っとしていた。

 

「ねえ、これでこのやりとり何回目だっけ?」

「4回目」

 

息子の写メを見せてから、アリカはずっとこんな様子。

画像データの息子にデレデレしまくりだった。

 

「あ~、しかし心配じゃ。このようにめんこい子を世のおなごが放っておかぬであろう。しかし、十歳じゃからまだ早いであろうし・・・あ~、ネギを妬んだ何者かにイジメられてはいないであろうか・・・」

 

最初はただのバカップルだと思っていたが、もはやそれを通り超えたバカ親っぷりだった。

 

「ねえ、刹那さん。このバカ親に、アンタの息子は色んな女の服脱がせまくって、キスしてるとか教えてあげようか?」

「はは、アスナさん、アリカ様に意地悪ですね」

「なんかねー、イラつくのよねー、何でかしら?」

「アスナー、そらー、やきもちやない?」

「やきもち?」

「だって、アリカさんとネギくんが会ったら、ネギ君はアリカさんにベッタリやろー? ウチらの部屋にも住まなくなるやろうし、ネギ君を取られてまうからやない?」

「はあああああああ!? 誰が、あんな奴を!?」

「そういえば、アスナさんは真剣に先ほどアリカさんを怒っていましたね。やはり、ネギ先生のパートナーですから・・・」

「もー、そんなんじゃないんだってば! あんな麻雀ばっかの雀狂ガキなんかねー!」

 

確かに、ネギが麻帆良に来てからの付き合いのアスナ。

色々と手をやかれもしたが、共に様々なことを乗り越えて時を重ねていった二人は、他の者たちとは違う関係性だった。

それが親愛か母性か恋かは別にしても、これからネギがアリカにべったりになれば、面倒を見てきたアスナが面白く思わないのも不思議ではないと、木乃香たちは勝手に思いこんだ。

 

「ふふ、シモンよ、子供とはよいものじゃな」

「はは、そうだね」

「ニアもいずれ子を産むであろう。その時は、私とナギのような過ちを犯すでないぞ?」

「ああ。そうだね。俺も親と暮らせなかった時間が長かったから・・・だから・・・そのぶん俺は子供と一緒にいるよ」

 

シモンにアドバイスをして、再び携帯の画面にデレーっとするアリカ。

時折、カッコつけたクールな表情をしたりするが、まったくしまりがない。

昔のアリカはもう居なくなってしまったんだなと、シモンは時の流れを感慨深く感じた。

 

「そういえば、シモンよ。ニアを選んだことは分かったが、綾波はどうしたのじゃ?」

「えっ!?」

「ニアを選んだということは、選ばれなかった者も居るということになろう。じゃが、それでもヌシらの絆を思うと、綾波が気になっての」

 

言えない。

その、綾波フェイの正体がかつてナギとアリカが戦ったテルティウムだということを。

自分のクラスに転校してきて、ネギの生徒であることを。

 

「じゃが、気を付けろ? 私の宿敵、完全なる世界のデュナミスは綾波フェイに完全に心奪われた。その執念は並大抵のものではないかもしれぬ。そして、何故かシモンに異常なまでに殺意と恨みを抱いておった」

「あ・・・あ~・・・そ、そうだね」

「既にニアを選んだとはいえ、綾波もヌシには大切な者であろう? しっかりと守ってやるのじゃ」

 

言えない。

そのデュナミスとはとっくに再会して、激闘の末に今では麻帆良の教師になってること。

お前の息子と結構仲のいい同僚だと言えない。

 

「ふふ、そういえば、今のヌシには不用かと思うが、ヌシらと犯罪組織・黒い猟犬(カニス・ニゲル)との二十年前の戦いは聞いておる。あれ以来、テオドラ皇女はヌシに心奪われておったぞ?」

「はは、テ、テオね・・・」

「もし、あれ以来一度も会っておらんのなら、一度私と共に会いにゆかぬか?」

 

言えない。

とっくに会ってます。

テオは転校してきてます。

デュナミスともフェイトとも、結構今では仲良いことを。

 

「あれから十年・・・タカミチたちが居るとはいえ、完全なる世界はまだ滅んでいないであろう。戦いはまだ続いているのかも知れぬ」

 

アリカ、仮初めの水平線を見つめて、どこか決意をした目。

 

「息子と会う。それに勝る幸福はない。じゃが、戦いはまだ終わってはおらぬ。悠久の時より受け継がれてきた宿命を断ち切るまではな。・・・気を引き締めねばな・・・」

 

言えない。

その完全なる世界のメンバーフルキャストで麻帆良に居ると。

全員ネギのクラスに居るんだと。

 

 

「「「「「・・・・・・・・・ドキドキ・・・・・・・・・」」」」」

 

 

言えない。

ちなみに、この場に居る焔たちは完全なる世界のメンバーですよと。

焔たちはハラハラしながら、アリカから視線を逸らした。

 

「もーやめ! ドラゴン居ないんだし、さっさと地球に帰ろ!」

 

アスナは手を叩いて場を締める。

目的のものはないのだから、いつまでもここに居ても仕方ないだろうと。

確かにその通りである。

 

「そうだよね。あ~、でも、指輪は本当にどうしよう」

 

やっぱりちゃんと働いて指輪を購入するしかないかと思いながら、シモンたちは地表へ出ようとした。

しかし、その時だ。

この幻想空間を強烈な揺れが襲った。

 

「なっ!? じ、地震か!?」

「はあ? つ、月で? ・・・で、でもデカイわ!?」

「な、なんじゃこれは!? 私も初めてじゃぞ、これほどの揺れは」

 

突如起こった地震。しかし、その揺れはただ事ではない。

徐々に揺れが大きくなり、まるで大きなものが上から下へと降りてくるように音が響いていた。

 

「なにかが来ますわ!」

 

一同、天井を見上げる。仮初の青空と雲と太陽だ。

すると、その空の中心に巨大なヒビが入った。

 

「な、なんなのよ!?」

 

巨大なヒビはやがて、空と雲を四方に崩壊させて、それは元の月の瓦礫と化して崩落した。

降り注ぐ月の瓦礫とともに、巨大な何かが落ちてきた。

それは、大きな土煙を巻き上げ、墜落とともに海に巨大な波しぶきを上げた。

 

「えっ・・・・・・・・・・・・・・!?」

「なっ!?」

「う、・・・うそ・・・」

 

仮想空間に突如墜落してきた謎の物体。それは大きく蠢き、それだけでなく思わず目を覆ってしまうほど眩い光を放っていた。

巨大な波がナギハウスを襲い、浜辺に立っていたシモンやアスナたちはずぶ濡れになった。だが、それを気にする様子はない。彼らは顎が外れんばかりに口を開いて驚いていた。

 

「ド・・・ドラゴン・・・」

 

そう、ドラゴンだ。

自分たちの身長の十倍以上で見上げるほどの巨大さで、しかも美しいまでの光を放つ姿だ。

風貌はとても王道的。生のドラゴンをほとんど見たことのないアスナたちでも一目で分かるほどの分かりやすさ。力強く太い両足。地球の獣とは比べ物にならない巨大な鉤爪。

その胴体は爛々と輝く宝石のようだった。

 

「っ・・・バ、バカな・・・宝石竜の一体・・・エメラルドドラゴン・・・」

 

信じられぬと呟くアリカ。だが、今彼女が口にした名前が、シモンたちの「まさか」という気持ちを確信に変えた。

 

「「「「「「ホントにいたよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」」」」」

 

居ない。そう断言したアリカの言葉を一瞬で覆す存在が、目の前に現れたのだった。

 

「どど、どうすんのよ・・・な、なんなのよ、こいつは!」

「はー・・・エメラルドのドラゴン・・・ほんまにおったんや・・・」

「ッ、京都のスクナよりは小さいが・・・しかし、この内面から感じられる圧迫感は・・・」

 

アスナたちなど、お伽噺でしか見たこともないドラゴンを目の前に圧倒された。

 

「ほ、本当に現れてしまい・・・くっ、お嬢様、下がってください!」

「え、せっちゃん、戦うん!?」

「いや、しかしこのままでは危険・・・」

「環、竜語で何か話せませんの!?」

「だ、だめ・・・さっきから波長を流しているけど、この竜は・・・私とは何かが違う・・・竜だけど竜じゃない」

 

警戒態勢に入る刹那や焔たち。だが、このあとはどうすればいいのか分からない。

こちらから攻撃を仕掛けるべきか。それとも様子を見るべきか。

当のドラゴンは現れたものの、シモンたちを見下ろすだけで動かない。

獲物を選別しているのか? 自分たちに警戒しているのか? 刹那たちはドラゴンの僅かな動作に最大限の警戒を見せる。

すると、次の瞬間だった。

ドラゴンが巨大な口を開けて鋭い牙を見せた時、誰もが予想もしていなかった事が起こった。

 

「時折こうして様子を伺いにくるものじゃな」

 

―――――――!?

 

シモンたちは思わず顔を見合わせる。

 

「ね、ねえ・・・今さ・・・」

「き、聞き間違いじゃないの?」

 

そんな馬鹿なことが・・・そう思ったシモンたちだったが、再びドラゴンが口を閉開させた。

 

「何の前触れも無く封印を解かれるとは・・・いや、あれから十年経った今年は、妙に世界が大きく動き出したな・・・」

 

間違いない。

 

「しゃ・・・しゃべった・・・ドラゴンが・・・」

 

エメラルド色に輝くドラゴンは、少女のような声で老婆のような口調で言葉を発した。

一応、環も竜族ではあるが、ここまで完全なるドラゴンが人間の言葉を話すなど思いもよらなかった。

すると、アリカがドラゴンの声を聞いてハッとした。

 

「その声は・・・アマテル・・・・」

「「「「「えっ!!??」」」」」

 

アリカの話しに出てきた、創造主の娘・アマテル。

この目の前の竜が、ソレだと言うのか?

 

「・・・・・・そうじゃ・・・十年ぶりじゃな、アリカよ・・・」

「ほ、本当に・・・本当に貴様が・・・」

「そう、我こそは創造主の娘・アマテル。人類最後の希望じゃ」

 

ドラゴンの口角が釣り上がる。完全に笑っているように見えた。

 

「ウソ・・・墓所の主が・・・」

「えっ、えっ、墓所の主って、あの『墓守人の宮殿』に居て、たまにフェイト様と内緒話とかしている!?」

「そんな!? 確か、フェイト様の話では墓所の主は『墓守人の宮殿』より外では活動できないはず!」

「それも、なんでドラゴンの姿で!?」

「っ、でも、それじゃあ、こいつが・・・こいつがネギからお母さんを引き剥がした!?」

 

小型の人工太陽を完全に覆い隠し、ナギハウスは大きな影に覆われる。

そのドラゴンが浜辺に降り立つだけで波が立つ。

現れたドラゴンは値踏みするようにシモンたちを一見する。そして、その視線がアスナに向いたとき、興味深そうな呟きを発した。

 

「なるほどな。黄昏の姫御子・・・アスナ・・・我が末裔が居ったか。アリカの封印を解除できたのも納得じゃ」

「は・・・わ、私?」

「更に、テルティウムの女たちが螺旋の一族と共に居るとはな」

 

テルティウム。フェイトの名前が出てきた。やはり、この女もフェイトたちの仲間なのだろうか。

シモンが焔たちの様子を伺う。しかし・・・

 

 

「「「「「そんな・・・フェイト様の女・・・ポッ・・・」」」」」

 

「照れてる場合じゃないでしょ!? 結局、このドラゴンは・・・そして、アマテルって何者なの!?」

 

 

緊張感があまり無い様子だった。

しかし、そんなやり取りをしているシモンたちを見て、アマテルはどこか感嘆したような声を漏らした。

 

「螺旋の男・シモンじゃな? 貴様のことは我が父・・・造物主も気にしておった」

「造物主!? じゃあ、こいつはあいつの・・・!?」

「賭は聞いておる。どうやら、堀田博士の勝ちのようじゃな」

 

賭け? まさか、造物主とシモンに接点があり、賭けなどをしているなど聞いたことが無かった。

 

「どういうことなのよ、シモンさん!」

「シモン・・・あなたは、マスターと会ったことがあるというのですか!?」

「それって、さっきのタイムスリップの話し? じゃあ・・・賭けって・・・」

「シモンよ。そなた・・・どういうことじゃ?」

 

賭け。そう言われてシモンも思い出す。かつて造物主と会った時の話し。

 

 

―――私はお前に世界も未来も託せぬが・・・アーウェルンクスはお前に託そう。赤毛の魔法使いが世界と未来を救うかもしれぬ者なら、お前は何かを変えるかもしれぬ者。いずれ会う日を楽しみにしている

 

「ああ。覚えているさ」

 

 

自然と笑みが零れた。

フェイトは自分たちの前から居なくなるかもしれない。

フェイトやセクストゥムは自分たちの手に負える存在ではない。

かつて造物主はそう言った。

 

 

―――いずれお前の時代で会う日が来るであろう。その時、お前の隣にアーウェルンクスが居なければ、堀田の賭けは負けたのだと笑ってやろう

 

シモンたちは何かを変える者。堀田博士はそんなシモンたちに未来を託した。

もし、堀田博士の賭け通りなら、シモンたちならアーウェルンクスの運命すら変えられる。

それを確かめるために、造物主はシモンにフェイトとセクストゥムを託した。

 

「フェイトも、セクストゥムも、今でも、そしてこれからも、俺たちダイグレン学園の仲間だ!!」

 

胸を叩いて堂々とシモンは言う。

 

「今はもう、フェイトもセクストゥムも、そして焔たちやデュナミスが居ない学校生活なんて考えられないよ。毎日が、すごく楽しいよ」

「そうか・・・なかなか魔法世界にテルティウムたちが帰還しなかったのはそういうわけか・・・」

「ああ。お前たちが何を企んでいるかは分からない。でも、フェイトやデュナミスたちはもう、完全なる何とかなんて組織じゃない。ダイグレン学園のフェイトたちだ!」

 

シモンだけではない。違う学校のアスナたちも、そして同じ学校の焔たちだって分かっている。

そんなの当たり前だ。彼女たちの顔もそう言っていた。

 

「ま・・・待つのじゃ、シモン・・・今、幻聴なのかとてつもない会話を聞いたような・・・・」

 

ただし、アリカだけは違う。

 

「ア、アーウェルンクスや・・・デュナミスじゃと・・・それにその娘たちまで完全なる世界だとか・・・」

 

アリカは口元を引きつらせながら、「久々起きたから耳が詰まったか?」と耳を軽く叩く。

確かにそう思っても仕方ないだろう。かつて世界を巻き込む大戦争の渦中に居たアリカ。

その最大の宿敵にして、多くの悲しみを生み出した憎むべき怨敵である完全なる世界。

 

「完全なる世界のメンバーが・・・シモンの・・・仲間じゃと?」

 

少なくとも、彼女が起きていた時代からは全く予想もしていなかったことだろう。

しかし、それこそが今の時代での常識。むしろ、シモンにとってはフェイトたちがナギたちの敵だったというのが信じられないぐらいだ。

一体、完全なる世界が過去に何をやったのか。どういう連中なのか。アリカはそれをシモンたちは知っているのか戸惑ってしまった。

だが、そんなアリカの気持ちを察した刹那が苦笑する。

 

 

「王女。数ヶ月前、我々は京都へ修学旅行に行った際、アーウェルンクスに攻撃を受け、お嬢様も誘拐されました。ネギ先生も・・・戦闘で多少の負傷も・・・」

 

「ッ、・・・ならば、何故!?」

 

「はい。そのフェイトが転校生として麻帆良に来たとき、私も、高畑先生も、学園長も、他の魔法先生や生徒たちも、そしてネギ先生ですら殺気立ちました。しかし・・・」

 

 

刹那はおかしくて笑ってしまった。自分も今のアリカのような反応だった。

最も親しい友でもある木乃香を攫い、アスナやネギに危害を加えたフェイトをどうして受け入れられるのか。

いつフェイトが本性を出してもいいように、常に刀を常備して警戒していた。

しかし、今はどうだ?

 

「私は学びました。人の過去は消せない。罪も軽くなるわけでもありません。しかし、人は変わることが出来るのだと」

 

人は変わることが出来る?

実に単純な言葉だ。

だが、本当にそうなのか? 人は簡単に変わることが出来るのか?

 

「あ、ありえぬ・・・信じられぬ・・・大義のために世界を丸ごと消滅させようとした・・・完全なる世界が・・・人がそんなに簡単に変わるなど信じられぬ」

 

人は本当にそう簡単に変わることができるのか?

疑いと戸惑いで困惑するアリカを見て、アスナはちょっとイタズラを思いついてニヤリと笑った。

 

 

「おほん! え~、月移住一日目!!」

 

 

軽く咳払いをして・・・

 

 

「え~っと・・・『家具は少なくて構わぬ。殺風景の方が何かと落ち着くのでな。しかし、寝台が一つしかないのも困る。ナギを床に寝かせれば問題ないかもしれぬが、いつまでもそれでは気の毒かもしれぬ。じゃが、一緒に寝たいのか? などと不埒で自惚れた発言をするナギのバカ面を見てその気持ちは失せた』・・・」

 

「・・・ん?」

 

「月移住一ヶ月後!『ようやくナギが一緒の寝台で寝ることを了承しおった。確かに初日に拒否したのは私だが・・・大体ナギも寝台が狭いから嫌などと、どんな理由じゃ・・・狭いからこそ・・・その・・・良いのではないか・・・くっつけるし・・・』・・・だ、そうよ!!」

 

―――ズッガシャーン!!!!

 

アリカがズッコケて海に頭を強く打ち付けた。

 

 

「な、まままま、なぜななななななな!!??」

 

「はい、その一週間後! 『やはり裁縫は難しい。ナギに内緒でこの殺風景でつまらぬ部屋の模様を変えてやろうと思ったが、ハートマークがうまくいかぬ。しかし、私がこのような作業で悪戦苦闘するとは・・・ナギめ、何が魔法学校中退であまり魔法を使えないじゃ。貴様はとてつもない魔法使いじゃ。私に・・・恋の魔法をかけたのじゃから』・・・あーはいはい、そーいうことらしいです」

 

「アスナキサマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??」

 

「そーねー、アリカさん。私も人がそんなに簡単に変わるなど信じられぬ(キリッ)。なーんてね♪」

 

 

アリカ。海の中に落ちていた石に額を打ち付けて流血。しかし、その血を一切拭かずに唸る。

もう、血なのかそれとも恥ずかしいからなのか分からぬほど顔を真っ赤に沸騰させている。

 

「何故それをそなたが所持しておる!?」

 

覇気を込めて相手を圧倒するようなプレッシャーを発するアリカ。

まるで親の敵を見るような殺意を込めた瞳でアスナを睨む。

しかし、今はもう誰も恐いとは思わなかった。

 

「アリカさんが寝てた棺の上に置いてあったの。見ろってことかなーって」

「な、何故じゃ!? それは、鍵付き魔法結界付きの金庫で厳重に閉まっておいたはずじゃ!?」

 

アスナは日記帳をヒラヒラとさせていた。

すると、意外な人物が口を挟んだ。

 

「私が置いた」

「アマテル!?」

「私はお前の保存状態を伺いに、たまにここに来ては暇潰しにそれを読んでおった。前回来た時に片づけ忘れた」

「な、なんじゃと!?」

「ちなみに、アスナよ。1990年8月辺りは傑作じゃ」

「えっ、ほんと!?」

「やめぬか!!」

「なになに? えー、今日から朝の日課として、寝ているナギの布団に潜り込み、ナギのナニのエクスカリバーを口でくわブフウウウウウーーーー!!??」

「地獄に落されたいか、アスナァッ!!」

「あああー!? アスナが鼻血ブーで自爆して、アリカさんが閻魔大王みたいに!?」

 

意外にもアマテルがアスナの悪ふざけに便乗した。

 

「これは知っておるか? アリカ作詞作曲ラブソング『創世のラブエリオン』じゃ」

「やあめえぬうかああ!!」

「一万光年と二千光年前まで愛してる♪」

「シモン、許可する! ドリルでアマテルに風穴を開けるのじゃ! デュナミスとの戦いでやったミックス・アップで倒すのじゃ」

「そう言われても・・・」

 

ドリルでズタズタにしろ。風穴を開けろ。臓腑をぶちまけさせろ。

血涙を流しながら訴えるアリカだが、シモンはどうも調子が出ない。

おちょくりまくるアマテルの態度に、アリカは怒り心頭だった。

しかし、アマテルもあくまで不敵に笑う。

 

「ふっ、大義を忘れた色ボケ女に成り下がった貴様に、何の興味もない。ただ、その肉体をストックとして持っておきたかっただけに過ぎぬ」

「黙れ! この私を愚弄する気か?」

「失望したくもなる。このように残念な女になってしまった貴様は、見るに絶えぬ!」

 

その時、アマテルはドラゴンの巨大な口を開ける。開けた口には光のエネルギーが徐々に収縮されていき、一気に放たれる。

 

「ッ!?」

「危ない!?」

 

まるでレーザー光線のように放たれた、ドラゴンブレス。一直線に突き進んだ、ブレスはナギハウスに直撃し、炎上させる。

 

「貴様! 私とナギの思い出の家を!」

「だから言ったであろう? 大義を忘れて甘ったれた過去にすがる貴様は、ただの愚か者じゃ」

 

ナギハウスが燃える。それは、世界中が敵となり、逃げ続け、ようやくたどり着いた愛すべき者との安らぎの場所。

楽しかったこと、時には喧嘩もした、激しく愛を確かめ合ったこともある。戦いと苦悩の日々の中で見つけた二人だけの幸福が、無残にも崩れ去ろうとしていた。

アリカはアマテルの非情な行いに、怒りと悲しみに満ちた表情で、膝から崩れ落ちた。

だが、その時、彼女たちは動いた。

 

「大丈夫!」 

「この火はどうすることもできませんが・・・せめて!」

「せめて二人の・・・大好きな人と過ごしたっていう証拠だけは絶対に守って見せる!」

 

アスナや焔たちは燃え盛るナギハウスに、炎も恐れずに飛び込んだ。

何故、そんなことを? 決まっている。彼女たちは恋をしているから、アリカの悲しみを理解し、そしてアマテルの行動が許せず、体が勝手に動いていた。

彼女たちの行動に驚くアリカ。しかし、驚きの表情が、徐々に赤面に変わっていく。

 

「ほら、せめて思い出だけでも持ち出したわ!」

「アリカ姫、これだけあれば大丈夫でしょう!」

 

息を切らして、少しだけ鼻に煤が付いて汚れているが、満面の笑みを浮かべる少女たち。

普通なら、涙を流して感謝するところだが・・・

 

 

「YES NO 枕!」

 

「ペアカップ、ペアスリッパ!」

 

「ハートマークの手編みセーターとマフラー!」

 

「愛をつづったポエムとラブレター!」

 

「アリカ姫作詞作曲のラブソング!」

 

「エロエロランジェリー類とコスプレ衣装!」

 

「日記帳・アリカの新妻だいありー全冊!」

 

「「「「「これしか・・・これしか持ち出せなかったです」」」」」

 

「ヌシらは私をそこまでイジメたいか!?」

 

 

今となっては、綺麗さっぱり燃えて消え去ってしまっていた方が良かったのでは? と、アリカは思ってしまった。

だが、アマテルの嫌がらせは終わらない。

 

「そのラブソングの中の・・・未完の曲、『恋の宇宙開発・ラブマテリアル』も傑作じゃ」

「や、やめええええぬうううかあああああ!」

「宇宙に広がるラブマテリアル~」

 

アマテルドラゴン。アリカを挑発するかのように小躍りしながらアリカ作曲を熱唱。

 

 

「アリカ・・・ドンマイ・・・」

 

「わ、分かった。信じよう! アーウェルンクスも完全なる世界も変わったのだと信じよう! 私が色ボケ女になったことも認めよう! それでよいか! それで満足か!」

 

 

アリカは会心の一撃をくらった。

ようやく長い眠りから覚めたというのに、今すぐ死にそうなぐらい絶望に満ちた表情でうずくまっていた。

だが、刹那の言っていた「人は変わる」ということや、アマテルの「色ボケ女」という言葉が、まさかこのような形で証明されるとは、アリカ自身も思わなかった。

 



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第92話 さあ、最後の因縁だ

そして、アリカがやけくそになって「変わった」と信じたフェイトたちは・・・アリカの知っていた頃の面影など微塵もないほどに変わっていた。

 

 

「それでも僕は彼のために戦うよ。彼は僕の・・・大切な人だから」

 

「目を覚ますのだ。お前は奴のドリルに幻想を抱いているだけだ! だから、我を見ろ!」

 

「分かっている。だが、頭から離れない。忘れることができないんだ。彼の弱さも、強さも、心も、僕は・・・もう・・・どうしうようもないんだ・・・せつないんだ・・・」

 

「くだらぬ・・・何とも哀れな人形か・・・いや・・・それは私も同じか・・・、だからこそ、我が貴様を変えてやろう。貴様を呪われた螺旋の因果から救い出してやろう」

 

「いやだ・・・僕は変わりたくない・・・彼のために戦うと決めたんだ」

 

「奴は貴様が思っているような奴ではない! 貴様は己の不幸がまだ分からぬか!」

 

「僕の幸せは僕が決める! 君なんかに、彼のことが分かってたまるものか! 僕は彼とこれからもずっと一緒だ!」

 

「分かるさ。奴のドリルと交わったあの日より、我らの全てが始まったのだ。そうだ・・・我もまた奴のドリルに魅せられた、哀れな人形に過ぎぬ。だからこそ、貴様の気持ちも分からんでもない」

 

「やめるんだ。一度や二度、彼のドリルを見たぐらいで、彼の全てを知った気にならないことだ」

 

「回数など関係ない。奴の全てを込めたギガドリルとやりあったのならな。我らは惹かれあう運命なのだ。奴のドリルの強烈なインパクトだけが私の中に残った。私は奴と決着をつける。そして貴様を解放してやろう」

 

「ダメだ。やはり君は何も分かっていない! 彼のギガドリルも大きくなる前は小さいんだ。でも、その小さく弱々しい力が、やがて大きく逞しくなっていく。僕は、その時の彼を知っている。大きい時しか知らない君に、彼の何が分かる。彼を理解しているのは僕だけだ!」

 

「真に惹かれあうもの同士は、たった一度合間見えるだけで、互を深く理解するものだ。奴も、きっと我と同じ気持ちであろうな。貴様のことなど、奴はもう見ていない!」

 

「嘘だ!! 君に彼の何が分かる。不愉快な男だ」

 

「もはやそこまで墜ちたか・・・憐れな・・・・ならば、せめてもの救いだ。螺旋の力に取り憑かれた哀れな操り人形、シモンも葬って、貴様と同じ墓にでも埋めてやろう」

 

「彼に手を出させたりはしない。彼は僕が守る。僕は・・・壊れたってかまわない・・・」

 

 

鬼気迫る覇気をぶつけ合って対峙する二人。

 

「さあ、来い! ダークヒーローマスクマン!」

 

緊迫感が伝わ・・・

 

 

「キタ━(゚∀゚)━!!」

 

 

鼻血を大量に吹き出して、万歳する一人の少女にぶち壊された。

 

「上出来! 二人でシモンさんを取り合うように! フェイトくんは大好きな彼を奪われないように! デュナミス先生はNTRるように! 注文通り御馳走様でした! グフフ、グフ腐腐腐腐腐腐」

 

メガネが異常なほどにキラリと光り、その女の瞳が見えない。

ただ、全身から漂わせる腐臭のようなオーラが、フェイトとデュナミスをゾッとさせた。

 

 

「あの・・・早乙女ハルナさん・・・」

 

「どーでしたか、シャークティ先生!」

 

「いえ、ヒーローショーの台本に手直しを入れたり、フェイト・アーウェルンクスを悪の黒幕であるシモンさんの仲間役として抜擢して、ダークヒーローマスクマンと戦わせるシーンを入れるのはイイと思います」

 

「でしょでしょ! いやー、フェイトくんとシモンさん、二人だけの完全なる世界を打ち壊そうとする、ダークヒーローとの三角関係という妄想がいきなり頭の中に生まれちゃってさー」

 

「ですが・・・その・・・なんていうか・・・おかしいです。子供向けのヒーローショーが、ドロドロのBL修羅場にしか見えません・・・」

 

「う甘い! 甘すぎですよ、シャークティ先生! 私的にはもっとグログロを書きたいところを子供向けということで抑えているというのに!」

 

 

教会の講堂で行われている、ヒーローショーの劇の練習。

そこでは、ヒーローショーの台本を手がけて監督を担当する、麻帆良女子中の生徒、早乙女ハルナの猛特訓が繰り広げられていた。

 

「いや、やはりおかしいと思うが。特に、僕の演じる悪の仲間・・・シモンを好き過ぎないか?」

「どうして!? フェイシモでもシモフェイでも、今年の夏の祭典では薄い本にしたらmust buyだよ! ってか、マストゲイだよ!」

「早乙女ハルナ。やはり君の青春ラブコメは間違っていると思う・・・」

 

フェイトすらうろたえさせる、恐るべき早乙女ハルナという少女のパワー。

ダイグレン学園とは少し違う、おぞましさを感じさせた。

 

(何でこんなことに・・・・・・僕は歌と踊りの練習まであるのに、演劇まで・・・・・・やること多すぎないか?)

 

フェイトはいつものように、何でこうなった状態。

そして、結局自分は逆らえないのかと、半ばヤケになって現状を受け入れていた。

 

 

 

 

そして、アーウェルンクスも完全なる世界も、もはや完全に変わっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、そんなことを微塵も知らぬアリカは、ただただ、暴露された黒歴史に対する羞恥で、額を砂浜に何度も打ち付けていた。

 

 

「こ、殺せ・・・もう、いっそ殺せ・・・」

「あはは、えーやん、アリカ様。ウチ、そうゆんラブラブなん羨ましいと思うえ」

「たのむ、木乃香よ。今はソッとしておいてほしい」

 

がっくりと項垂れるアリカを、みんなで微笑んでいた。

気の毒ではあるが、アリカは随分と幸せだったのだな~と・・・・・・・・・・・・・って

 

 

「って、そうじゃなくて、あんたは結局なんなのよ!? 何者なの!? 敵!? 敵なんでしょ!? それより、何でネギのお母さんをここに封印したのよ! あんたは何が目的なのよ!」

 

「質問が多いの、アスナ。思った以上、アホになっておるようじゃ」

 

 

流されているところではなかった。アスナは一気にまくしたてる。

しかし、当のアマテルはまるで当初のような神聖さはなく、ドラゴンが頭を掻いて「ん~」と考えているシュールな姿を見せた。

 

 

「まあ、あえて言うなら未来に向けて、肉体のストックを増やしておきたかったというべきか」

 

「はあ?」

 

「あらゆる未来を想定しようとも、予想外の事態は存在する。我が父もまた、堀田同様にあらゆる可能性を把握したが、それでも足らぬ。それゆえ、いずれ起こるかもしれぬ戦いのため、私は戦える肉体を確保しておきたかったのじゃ。私は魔法世界以外では存在できぬ。ゆえに、他の肉体に乗り移って活動するしかなかった。このドラゴンのようにな」

 

 

アマテルの言葉は、シモンやアスナたちには支離滅裂な言葉だった。

意味が全く分からない。

 

「戦い? 未来? わけわかんないわよ。それに、超りんじゃあるまいし、そう簡単に未来が予想できるはずないじゃない」

「予想ではない。把握しているということじゃ」

「なんですって?」

「証拠はこれじゃ。私が未来を把握している証拠じゃ」

 

アマテルが口をモゴモゴとして、何かを吐き出した。

砂浜に落ちたソレは、薄く、手帳ぐらいの大きさの液晶パネル。

見たことのないものだ。

 

 

「これは、十年後の携帯電話じゃ」

 

「「「「じゅ、・・・・十年後の携帯電話!?」」」」

 

 

手にとって持ち上げたソレに、アスナたちは驚愕した。

 

「うそでしょ!? こんな薄くて平べったいのが!?」

「ボタンを押すところが一個しかないです!」

「はー、これって何も写っとらんけど、どうやって点けるん?」

 

普段自分たちが何気なく使っている携帯電話とは形が全く違う。そもそも、ボタンを押す場所も一つしかない。

これが携帯電話? 今をときめくJC、JKの少女たちは興味津々。食い入るように見つめる。

だが、少しの間を置いてアマテルは念力のような力でアスナの手から十年後の携帯電話を取り上げて、宙に浮かべる。

 

 

「ふふ、驚いたか? 我が父が未来の知識を利用して作成した、タッチパネル式携帯電話じゃ。ちなみに、これはメールと電話だけではない。色々なアプリもあるし、音楽も動画も聴き放題、見放題じゃ。しかも、電話帳に登録している者たちと会話形式のような形で文書のやり取りができる機能も備わっている! しかし、私には友が居らん上に同じ機能の携帯を持っている者が居ないために、意味がないために、今では暇つぶし機能付き目覚ましの役割にしかならぬ。自虐ネタじゃ。笑っても構わぬぞ?」

 

「そんな!? この前、フェイト様に買ってもらったものと全然機能が違う!?」

 

「そんなものは、十年後には馬鹿にされるぞ? ガラパゴス携帯などと言われる」

 

「えっ!? 最新モデルのスゴく可愛いのを選んだのに!」

 

「そして、先ほどの動画で思い出した。携帯だけを見せても未来がどうのというのも信じにくかろう。じゃが、これを見せれば納得するしかないであろう」

 

 

アマテルが巨大な爪で、小さな携帯の液晶をソフトにタッチする。

指先一つで画面が次々と変わっていく。まるで指揮者のようだ。

そして、彼女が操作をやめ、液晶の映像を拡大する。すると・・・

 

 

『これがゴッドの力!』

 

 

「「「「「?」」」」」

 

 

『破壊を楽しんでんじゃねえ!』

 

 

それは、どこかで聞いたような声だった。アスナ、刹那、木乃香、シモン、アリカたちは、その声にどこか懐かしさすら感じた。

そう、忘れるはずがない。自分たちの幼い頃のバイブルとも言うべき存在。

永遠の憧れ。漫画界宇宙史上最強の戦士の声。

 

 

「ご、悟空の声じゃ」

 

 

ドラゴンボールだった。

ドラゴンボールのアニメか? しかし、シモンたちは首をかしげた。

アリカとは違い、シモンたちは一応最後までドラゴンボールを見ている。そのため、出てくる登場人物も敵キャラも全員知っている。

しかし、映像に映っている悟空と戦っている敵がまったく分からなかった。

目を細めるシモンたちに、アマテルはドヤ顔で言う。

 

 

「この者の名は、破壊神ビルス!」

 

「ビ・・・ビルス?」

 

「なにそれ? 聞いたことないんだけど・・・」

 

「ふっ・・・当然じゃ・・・なぜなら・・・これは、今から十年後に放映されるドラゴンボールアニメの敵キャラじゃからな!」

 

「「「「「な、なんだってええええええええええええええ!!??」」」」」

 

 

むしろ携帯電話よりも驚いた。アリカですら身を乗り出している。

 

「じゅ、十年後の!? 確かに、このキャラは知らないけど、十年後!?」

「いや、ちょっ、待って・・・長い! 長すぎるわよ! じゃあ、私たちがこのアニメを見るには十年経たないとダメっていうの!?」

「はー、そら殺生や・・・って、なんかベジータが歌いながら踊っとる!? ビンゴ大会が何なん!? 何でなん!? キャラちゃうやん!?」

「そ、その答えを知るのも、じゅ、十年後ですか・・・」

「バカな! 神と融合したピッコロより強い敵が存在したのか!?」

 

そこから先は、互いに笑顔で語り合い、「今度アリカに続きを貸してあげるよ。俺、DVDも全部買ったんだ」「DVDってなんじゃ?」「ほなら帰ったら鑑賞会やなー」とか、他愛のない会話をしていたが・・・・

 

「って、だからそうじゃなくって、結局あんたの目的はなんなのよー!」

 

危うく流されるところだったが、アスナが当初の目的を思い出して、アマテルにビシッと指差す。

そうだ、危うく忘れてしまうところだった。

 

「やれやれ、ギャグの通じぬ奴らじゃ」

「~~~~、アリカさん、ほんとにこんな奴に負けたの!? キャラが全然よくわかんないし!」

「すまぬ・・・面目ない・・・」

 

すると、アマテルも先程までの様子が一変し、急にシリアスな雰囲気を醸し出した。

 

 

「私も父も、これから先に起こる、おおよその未来を既に知っておる。まあ、今のように私がお前たちといつ会ったとか、そんな細かいことまでは追いきれんが、世界規模の流れは分かっておる。どこの大陸で、いつ戦争が起こるのか。人類が本格的な宇宙開発に進むのはいつか。月への移住、火星への進出、異界の住人たちとの遭遇。全てじゃ。その流れの中、百年後には異界の者たち同士で領土を巡って争い、その争いの果てには何も残らず、不毛な大地だけとなる火星、月、そして地球で生命は絶滅への時を待つことになる・・・そんな話をしたところで、アホの貴様らにはまったく分からんであろう?」

 

「むっ、なんかムカツク言い方ね。人をアホ扱いして・・・」

 

「当たり前であろう? お前もアリカもアホじゃ、阿呆じゃ、AHOじゃ。色ボケ阿呆じゃ」

 

「なっ、い、色ボケとアホは関係ないでしょ!?」

 

 

人を馬鹿にした態度を取るアマテルにカチンと来るアスナだが、アマテルもアスナたちの見てくれを見てバカにしているのではない。

そこにはちゃんとした意味があった。

 

「ならば、聞こう、アスナよ。貴様は・・・誰かに恋をしたことはあるか?」

「な、何よ、藪から棒に! そ、そりゃー、私も中三だし・・・まあ、こないだフラれはしたけど・・・恋ぐらいは・・・」

「そうか・・・中三病でも恋をしたいというわけか・・・」

「どゆこと?」

「いや、なんでもない」

 

突然の質問に顔を赤くさせてモジモジとする、アスナ。しかしそれに何の意味があるのだ?

 

「では、もう一つ質問じゃ。そなた、恋をする前は少し賢くなかったか?」

「えっ?」

 

そう言われてアスナは迷った。恋をする前。つまり、自分がいつも世話になっているタカミチに恋愛感情を抱く前はどうだったか?

すると、その時を知っている木乃香が答えた。

 

「そういえば・・・昔のアスナは子供の中でも大人びてたような・・・大人しかったし・・・頭も悪く無かったと思うえ?」

 

だが、それが何の関係があるのだ? そう思ったとき、アマテルの瞳がキラリと光った。

 

「我が血族は元来賢い・・・しかし、一つ欠点がある。それは、恋をすればアホになることじゃ!」

「な、なんですって!? つーか、私ってあんたの血族!? どういう意味よ!」

「そっか、だからアスナはアホなんや! そや! アスナが頭悪なったんわ、高畑先生に初恋してからや!」

「お嬢様、さりげに酷いですね!?」

「アスナ姫の頭が残念なのに、そんな理由が・・・」

「・・・アリカが昔に比べてアホっぽくなったのもそれが原因だったのかな?」

「な、なにを言う、シモン! 私は断じて阿呆などではない!」

 

超意外な衝撃的な事実。しかし、その事実はむしろ誰もが納得した。

バカになって人に恋をする。いい話ではないか。アスナと、今のブッ壊れたアリカの様子を見れば一目瞭然。

おめでたいのか、悲しいのか、良く分からない血族の遺伝に、シモンたちは同情したのだった。

そして・・・

 

 

「まあ、どのみち全員死ぬのじゃ」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

「アホはアホのまま、死ぬがよい」

 

 

最初はこのままウヤムヤになるかと思えたが、そういうわけにはいかず。

 

「ちょっ、みんな、気をつけて!」

「こいつ・・・やる気なの!?」

「アマテル、貴様!」

 

ただ、何も分からぬまま、彼らは戦わざるをえなくなったのだった。

 

「腹が減ったので喰ってくぞ?」

 

ドラゴンの強烈な咆哮が月全体に広がったのだった。

 



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第93話 誰にでも黒歴史ってのはあるもんだ

「ったく、モンハンじゃないのよ!?」

「やるしかありませんね。竜退治」

「接近戦は不利だ。遠距離の魔法で削るぞ!」

 

正に伝説との対面である。

裏の世界に足を踏み入れたアスナや木乃香、元から居た刹那。

魔法世界というファンタジーの塊のような世界の出身である、焔たちですら、その存在と相対するのは初めてだ。

ただのドラゴンではない。この世でも稀少であり、伝説やお伽噺の中でしか語られないエメラルドドラゴン。

その存在が、牙を向く。

 

「ふふふ、粋がっていても小さいのう。ほれ、パタパタパタ」

 

見下したような口調で、アマテルは巨大な両翼を羽ばたかせる。その風圧だけで、吹き飛ばされそうな威力。

波が荒れ、木々が激しく揺れ、構えが解かれる。

だが、一人だけ揺るがなかった。

 

「今こそ因縁に決着を付けてくれよう、アマテル!」

 

それは、アリカ。

 

「お前に何が出来るのじゃ?」

「私は決して理不尽な力には屈せぬ! 例え相手が誰であろうと!」

 

アリカの全身から闘気の衝撃波が発せられ、風圧と相殺させて消し飛ばした。

 

「うわっ、スゴ!?」

「さすがはアリカ姫・・・ただの色ボケお姫様ではなかったのですね」

 

頼もしきアリカの力に、思わずアスナたちも見とれてしまった。

強く、美しく、そして誇り高い? その姿は、正に戦乙女のごとく。

 

「契約に従い、我に従え、氷の女王。全ての命ある者に等しき死を。其は、安らぎ也」

 

空間が凍てつくまでに急激に温度が下がる。

アリカの詠唱と同時に仮想空間の海が凍りつき、一瞬で世界が氷河と変わる。

 

「ちょっ、ウソ!?」

「こ、これはまずいです!」

 

急いで自分たちも避難しなければならない。

四方に絶対零度に近い極低温空間を発生させる魔法。魔法の世界でも最高ランクの威力を持った力が、放たれる。

 

「上級魔法か。じゃが・・・」

 

だが、

 

 

「おわるせかい!」

 

「無駄じゃ」

 

 

その瞬間、世界は元に戻った。

凍りついた海も、急激に低下した空間の温度も、全てが元に戻った。

アマテルは、ただ手をかざしただけだというのに。

 

「ッ、魔法無効化能力!?」

「そうじゃ。見た目がドラゴンに変わっても、それは変わってないぞ?」

 

アリカが思わず舌打ちする。

魔法無効化能力。それはすなわち、今後すべての魔法がアマテルの前では無力と化す。

こうなってしまえば、魔法に頼った魔法使いたちは手も足も出ない。

 

「ちょっと、魔法無効化って、私と同じじゃん!?」

「アスナさんと同じ・・・まさか、本当にアマテルはアスナさんの・・・」

 

だが、驚いている場合ではない。

アマテルの咆哮が再び皆へと向けられる。

 

「大丈夫。どんなパワーも、戦い方によっては無力にできる」

 

竜族のハーフである環が、向かい風に構わず突き進む。そして、懐から取り出した一枚のカードが輝く。

 

「アデアット・無限抱擁(エンコンパンデンティア・インフィニータ)」

 

その瞬間、周りの風景、いや・・・世界が変わった。

 

「こ、これは・・・」

「ななな、なんやこれーー!? 不思議空間!?」

「ちょっと、タマちゃん、何なのよ、これ!?」

「みんな、安心して。これが環のアーティファクト、無限抱擁(エンコンパンデンティア・インフィニータ)。この無限の広がりを持つ閉鎖空間に出口はない。理論的に脱出は不可能な最強の空間」

 

環がアーティファクトを発動した瞬間、シモンたちの周囲、四方八方が端の見えない無限の広がりを持つ空間へと変わった。

 

「無限の結界空間か。まさか、こんなもので私を閉じこめた気になっているのかな?」

「でも、これであなたはもう逃げられない」

「どうかの?」

 

アマテルが大きく口を開く。開いた口に魔力のエネルギーが凝縮されて、一気に放たれる。

だが、それが皆に直撃したかと思えば、その攻撃は貫通し、シモンたちの姿は陽炎のように揺らいで消えた。

 

「幻術と空間内転移か。流石に反応が速い。テルティウムの小娘共は実戦慣れしているな。さて、少しは遊んでやろうか」

 

無限空間の中で敵を見失った。出口もない。だというのに、アマテルにまったく乱れる様子はない。

ただ、顔を上げ、まるで暇潰しのかくれんぼでもしているかのような態度で、無限空間の中を歩き出した。

一方で、消えたシモンたちは、今のアマテルが居る場所から数十キロ離れた場所に居た。

 

「ねえ、今、何がどうなったの?」

 

あまりにも突然のこと過ぎて頭が追いつかないシモンたち。

焔たちは警戒心を解かないよう、冷静に説明していく。

 

「安心しろ。今、アマテルはここより数十キロ遠くにいる。この空間内であれば一瞬で環は移動することができる」

「マジで!? スゴイじゃん、タマちゃん! 封神演義の十天君もビックリする反則ぶりよ!」

「待て待て、話しが脇道に逸れすぎだ! とにかく、これで一応作戦を練ろう。バカ正直に正面から行って勝てる相手ではない」

 

そうだ、相手はあくまで伝説。いくらこちらは人数が多いとはいえ、質量に差がありすぎる。

この人数、そしてそれぞれの能力を駆使しなければ、決して勝てないだろう。

 

「そうじゃな。そこの娘たちの言うとおりじゃ。私もかつてアマテルと戦ったが、真剣にやらねば命がいくつあっても足りぬぞ?」

 

こういうとき、大人で実戦経験が豊富で、何よりも過去にアマテルと戦った経験のあるアリカが居るのはありがたい。

 

「私の最上クラスの魔法でもあのザマじゃ。作戦を練り、戦い方を変えねば、帰るべき場所へは帰れぬと思え。この戦い、絶対に負けられぬのだからな」

 

そして、過去の戦争を戦い抜いた経験からなのか、その瞳に一切の乱れがない。

同じ女として、アスナたちも思わず見惚れてしまった。

 

「アリカ、それじゃあ教えてくれないか? おれたちはどうすれば勝てる」

 

これだけ女の子が回りに居ては、シモンもいつものように命知らずの特攻をいつまでもするわけにはいかない。

そんなシモンの姿に、アリカも微笑んだ。「成長している」と感じたのだろう。

 

「ふふ、じゃが、肩に力が入りすぎているぞ? 緊張を抜け。力の入りすぎは、勝率を下げることになる」

「う、うん」

「よし、では皆も聞け。まずは冷静に・・・・・・」

 

アリカが皆を集めて作戦を立てようとした。

しかしその時、予想だにしない出来事が起こった。

 

「待って、アマテルが何かをしています! 少し遠すぎて聞き取れませんが・・・」

 

調が何十キロも遠くにいるアマテルの様子を感知した。

ハッとした環が空間に何かを出現させた。それは巨大モニター。

 

「環、モニターを出せ」

「これで様子はバッチリです」

「便利すぎでしょ、この空間!」

 

モニターに映し出されたのは、遠くにいるアマテル。すると、映し出されたアマテルは何か奇妙な動きをしていた。

それは、奇妙な動きというより、踊り? 巨大なドラゴンが、軽快なステップで踊っていた。

 

 

「「「「「はっ??」」」」」

 

 

一同唖然。しかも、アマテルは軽快なステップを取りながら、何かを口ずさんでいる。いや、叫んでいる。

 

 

『1991年8月! ナギの猛々しいエクスカリバーが、愛の蜜で溢れる女の証、私の聖痕(スティグマータ)と交わるとき。私の世界が全て変わった』

 

「!!!!」

 

 

それを見たとき、アリカが激変した。

美人台なし。それどころか、閻魔? 般若? 夜叉? もはや、憎悪に満ちた怪物のような形相へと変わった。

 

 

『くくくく、アリカよ、どうせ聞いておるのじゃろう? 私はこのように、十年近くも読み続けたおかげで、貴様の日記帳の中身は全て暗記した! 貴様の歴史をバラされたくなければ大人しく出てくるが良い! ほれ、さっさとせぬと、次は24時間耐久勝負の話を読み上げるぞ? それとも、11月ごろにやったという・・・アレか?』

 

 

おちょくり顔のアマテルドラゴン。もはやアリカの憎しみは誰にも止められない。

 

「ああああああああああああ!!」

「アリカはんが!?」

「ちょっ、落ち着きなさいよ!」

 

「王女、気を確かに!」

「大丈夫です、女同士ではないですか! 恥ずかしがることはありません! 気持ちは分かります!」

「そうそう、むしろラブラブで羨ましいっていうか!」

「そうですわ! ですから、何も恥じることはありません!」

 

錯乱して暴れるアリカを必死で取り押さえるアスナたち。

誰だ? アリカがクールで氷のような冷たい表情をした王女とか言ったのは? 

王家の魔力が全身から溢れ出て、街の不良よりもタチが悪い。

 

 

『今日はいつも攻めるナギに仕返しじゃ! 年齢詐称薬をナギの食事に混ぜて、成功した。十歳ぐらいの子供になったナギを無理やり寝台へ運び・・・ふふふ・・・至福なひと時じゃった・・・』

 

 

――――ブチッ!!

 

 

その時、何かがブチ切れた。

 

「「「「「う、うわ・・・・・・・それは普通に引く・・・・」」」」」」

 

再びアマテルが口にしたアリカの黒歴史。

必死にフォローしていたアスナたちですら、とうとう庇いきれない歴史まで発覚してしまった。

すると、暴れていたアリカが急に大人しくなった。

全身が脱力し、少しだけ俯いて、何かをブツブツと呟きだした。

 

「・・・・・・誰じゃ・・・誰じゃ・・・私をここまで辱めるのは・・・」

「ア・・・アリカ?」

「憎い・・・・・・・・・憎い・・・・・憎い・・・・この・・・たわけ者め・・・」

 

たわけはオメーだ・・・とは誰も一言も言えず、聞き取れるか聞き取れないかギリギリのアリカの小声が徐々に大きくなる。

 

「憎い! 憎い! 憎い!」

 

その瞬間、アリカの美しくサラサラの長い金髪が、怒髪のごとく逆だった。

 

「憎い! 憎い! 憎い! 憎い!!!!」

 

寒気がするほどの憎しみ。思わずアスナたちはガタガタと震えて座り込んでしまった。

災厄の魔女・・・アリカは自分のことを世界はそう呼ぶと言った。

そして、シモンたちは顔を見合わせて思った。

 

((((災厄の魔女・・・・・・・・ピッタリじゃん・・・・))))

 

意外と、間違ってもいないではないかと、今のアリカを見てそう思い、そして・・・

 

(((((・・・やっぱ、ネギ(先生)(くん)(さん)とは会わせないほうがいいのかも・・・・)))))

 

こんなのが母親ですとか言われても、ネギが可哀想だろうと思うシモンたちだった。

 

「突撃じゃア!!」

 

そして、全身に王家の魔力と憤怒のオーラを身に纏い、アリカは飛ぶ。

 

 

「ぎゃあああああ、アリカ姫がどこかの中国の大将軍みたいに!? つうかダメでしょ! 作戦なんも立ててないんだから、ここは待機じゃあ、でしょ!?」

 

「冷静にとか自分で言うてたやん!?」

 

「一番冷静じゃないといけない人、落ち着いてえええ!」

 

「やっぱ王家の一族は恋をするとアホになるじゃん!!」

 

「っていうか、アリカ姫、怒り具合がデュナミス様クラスになってます」

 

 

超高速の飛翔術。マッハクラスの音速で飛んでいくアリカに追いつけるはずもない。

そして、一同ガックリと項垂れながら映像を見る。

すると、踊っているアマテルに、アリカが怒りの跳び蹴りを食らわせる光景が映し出されたのだった。

 

「ふふ、来たな、色ボケ子孫め」

「黙るがよい、幼老婆。所詮キサマなど太古の遺物。せめて月に墓標を建ててやろう」

「できるか? ただの助平オタク女に成り下がったお前に」

「私は助平ではない! 色々と興味惹かれる年頃なだけじゃ!」

「それを助平というのじゃ、このビッチ姫め!」

 

アリカの手から眩い閃光が飛び、次の瞬間、大きく爆ぜる。

強烈な爆撃を受けてアマテルの体が僅かに揺らぐ。だが、アマテルはすかさず口からブレスを吐いてアリカに返す。

アリカの真っ白いドレスが焦げるが、アリカは魔力の障壁で耐えきる。

僅か一瞬で目にも止まらぬ攻防。二人の口元に好戦的な笑みがこぼれる。

 

「なんだろう、最強クラスの戦いなのに、とてもバカバカしい」

「うん・・・・・・」

 

しかし、どうしても感心できない、シモンたちであった。

だが、それでももはや戦いはどちらかが倒れるまでは終わらない。

アリカもアマテルも、お互いを既に殺す気で向かい合っている。

 

「懐かしいのう。貴様と戦うのは11年ぶりか。しかし今日の貴様は冬眠明け・・・なかなかハンデが大きいな?」

「気にするな、アマテル。私の心の底から無限に溢れるこの気持ちが、貴様を滅っするまでは止まりそうもない」

「ほう」

「それに、ハンデなら11年前からそうじゃった。あの時の私は妊娠と出産により魔力を膨大に失っていたがな・・・」

「懐かしい話じゃ。生まれたばかりの息子と別れたのは我らの所為じゃからな・・・恨んでおるか?」

「戦争をしているのじゃ。いちいち上げればキリがない。だが、私の思い出話を汚い手で踏みにじった貴様を許しはしないがな」

 

アマテルドラゴンの鱗の光が更に増していく。緑色に輝く光は、レーザーのように四方八方に伸びて、隙間なく襲いかかる。

対するアリカは右腕に魔力を込め、発光する右手に何かを出現させた。

それは、白銀のバスターソード。

その剣をひと振りすると、輝く光線を全て斬り裂いて砕いた。

 

 

「ふむ、王家の剣か・・・懐かしい・・・」

 

「そうであろう。貴様から始まり、何千年と受け継がれ、そして歴代の王たちの魔力が込められた聖剣。貴様を刻んでブタモグラの餌にしてやろう。人類の未来のため、ここで決着をつけるぞ!」

 

「やってみよ。エロリカ・・・あっ、間違えたショタリカ・・・いや、アリカ」

 

「ッッ!! 引裂いてくれよう!!」

 

 

もはや、神話に出てくるような光景。

聖剣を携えた美しき王女が、悪しき竜へと立ち向かう光景。

その二人のやり取りやアリカの残念さが全てを台無しにしているためか、シモンたちは画面の向こうでため息つくばかりだった。

 

 

 

 

 

 

地球の時刻は深夜を回った。良い子は寝る時間。少なくとも、外を出歩くのは絶対に許されない。

既に終電もない時間でありながら、雀荘では目の下にくまを作りながらも、指先と瞳に神経を注いでいる男たちの夜は終わらない。

雀荘の閉店時間は曖昧で、ここの店は「~LAST」と表記されている。つまり客さえいれば店は閉まらず、帰宅することを諦めた悪い大人たちの溜まり場と化していた。

そんな中、風営法とか未成年がどうとかの法律に引っかかりそうな子供教師が重いまぶたを擦りながら大声を上げた。

 

「えええええーーー!? 僕、麻帆良女子中に戻っても、女子寮ではもう暮らすことできないんですか!?」

「うん、なんかそういう話が出てる・・・みたい・・・くっ、ね、眠い・・・・・・・やはり二日連続はキツイ・・・昨日のオールが響いている・・・」

「なんでなの、タカミチ!? 僕何かした!?」

「いや・・・した・・・じゃないかな? ・・・ちょっと大声は出さないでくれ・・・頭に響く」

 

ダイグレン学園に来る前までは、ずっとアスナと木乃香と同じ部屋で暮らし、クラスメートの少女たちと同じ女子寮で生活をしてきたネギ。

皆優しく、明るく、そして過ごしやすく、自分にとっても非常に居心地のよい住み慣れた場所であったが、そこにはもう戻れない。

寝落ちしそうなタカミチから発せられた言葉に、ネギは取り乱した。

だが、

 

 

「ほら、会議でも問題になったように、最近女子生徒たちのスカートをめくったり、服を脱がせて、下着姿から全裸にしたり、キスをしたり、女生徒たちとお風呂でもみくちゃになったり・・・・・・が問題に・・・・・・チー」

 

「ご、ごめんなさあああああああああああああああああいい!!」

 

「ううむ、ネギ先生だから許されるというか・・・まあ、我々がやってしまえば懲戒免職程度では済みませんね・・・・刑事告訴されて、ネットにさらされて、家族全員巻き込んで住む場所を追われて野垂れ死にするとか・・・・いやあ、ネギ先生、本当にそれだけで済んでラッキーでしたね・・・・・・ぽ・・・、ポン」

 

「英雄の息子。戦が終わればただのラッキー助平か・・・嘆かわしい。ッ! カン!」

 

 

ネギは頭を抱えて罪悪感に苛まれながら身悶える。

タカミチ、新田、デュナミスも、むしろよくそれだけで済んだものだと、ネギの天運を感じた。

 

 

「ふう・・・・・この様子なら、昨日の負けを取り戻せそうだ。早乙女ハルナという少女の鬼のような地獄の演劇特訓を途中で抜け出して、こちらに合流した甲斐があったというものだ」

 

「それで、ちゃんと本番できるのかい? いちおう、僕も祭りは見に行こうと思うけど」

 

「ああ、当日は大勢の客が予想される。アダイの少年少女たちには無料で特設席で見れるが、その他の者は有料で、既に前売りチケットで婦女子が大勢席を取り合っているとの話を聞いている・・・」

 

「婦女子・・・ハルナくんの監督する演劇の客が・・・婦女子? 腐女子?」

 

 

しかし、女子寮では住めなくなったとはいえ、子供のネギには死活問題。

まずは、食事。女子寮に住んでいたころは、朝昼晩、ルームメートの木乃香が快く作ってくれた。ネギもいつのまにかそれに甘えてしまい、それがどれほど自分を救ってくれたのか、ダイグレン学園に来て心から実感した。

あと、風呂嫌いのネギを無理やりアスナが風呂に連れて行くことで、いつも清潔でいられ、何よりもいつも楽しく明るい生活を送ることができた。

そして、これは口に出しては言えないが、やはり一番の問題は夜寝る時だ。

異国の地で寂しかったネギだが、アスナは嫌々ながらもネギを自分の布団に入れて、安心感を与えてくれていた。

 

(ど、どうしよう・・・・じゃあ、今度からは僕ひとりで全部やらなきゃ・・・お風呂も炊事洗濯も・・・寝るのも・・・)

 

ネギの涙腺に涙が溜まっていく。

一人だけの生活、不安、心細さ、その全てが一気に押し寄せて寂しさが募っていく。

 

「リーチ!」

 

デュナミスは大人気なく、リーチを宣言。だが、ネギの集中力は完全に乱れていた。

 

「・・・まったく、これしきのことで乱すとは、情けない。昨日までの威勢はどうした? 昨日の負けを全て取り返すまでは、終われぬぞ?」

 

あまりにも歯ごたえがなくなったと、デュナミスが腕組んでネギに発破をかけようとするが、ネギは情けなくオロオロするばかりだった。

 

 

「っ、だって、だって、僕、一人暮らしって何だか怖くて・・・それに、住む場所も探さないと・・・通勤時間も考えてなるべく近いところに・・・ああ、でもでも、僕は減給されてるからあまり家賃の高いところは泊まれないし・・・」

 

「やれやれ。そもそもそなたは父とも母とも物心ついたころには暮らしていなかったであろう? ならば、一人暮らしにはなれていよう?」

 

「だだ、だって、その頃は近所のおじさんや、ネカネお姉ちゃ・・・えっと、親戚のお姉ちゃんがいつも面倒を見てくれたし、ぼ、僕一人なんて無理ですよ~!」

 

「ならば、一足早い独立と思って諦めよ。シモンもカミナも、そして今度のアダイの子達も境遇は似たようなものだ」

 

「あう・・・そ、そうですよね・・・シモンさんもカミナさんも、ずっと一人暮らしで・・・・・・・・・あっ、シモンさんは同棲ですよね?」

 

 

そう、シモンやカミナも幼い時から両親とは暮らしておらず、施設で育ち、今では独り立ちして自分の身の回りのことは全て自分の力でやっている。

アダイの施設の子達も、いずれシモンやカミナと同じように、施設を出て自分一人で生きていくことになる。

だがら、ネギも甘えて情けないところばかりを見せていられない。それは分かっている、分かっているがしかし、それでも心細さに嘘は付けなかった。

 

「これではサウザンドマスターだけでなく、アリカ姫も悲しむぞ?」

 

情けないネギを見て、デュナミスが何気ない一言。

すると、その言葉に眠気覚ましのコーヒーを飲んでいたタカミチが、コーヒーを口から吐き出した。

 

「ぶっ!? デュナミス、それは!その話はまだ早い!」

「む・・・なんだ? ひょっとして、貴様らはまだ何も話していないのか?」

 

タカミチが慌てて止めるが、もう遅かった。

ネギは呆然としたまま、今のデュナミスの言葉を口にした。

 

「アリカ・・・姫?」

 

その名をこれまで一度も聞いたことは無かった。そして、その名は自身の父親と並べて出てきた。

タカミチが止めようとする理由は分からない。だが、それでもネギは自分の思いを止められなかった。

 

「あの、アリカ姫って誰ですか!? あの、お父さんだけじゃなくって・・・それってまさか・・・アリカ姫って、まさか僕の!?」

 

まさか? その問いかけに、タカミチは俯く。デュナミスは無言。新田は無視して自分の手配と睨めっこ中。

タカミチは何も言わない。ただ、複雑そうな顔を浮かべながら、小さく頷くだけだった。

だが、それで十分だった。眠くて不安だったネギの心も瞳も一瞬で覚醒し、ネギは立ち上がった。

 

「タカミチ!!」

 

聞かずには居られない。全てを問いただそうとするネギだったが、タカミチは申し訳なさそうに首を横に振った。

 

 

「待て、ネギ君。この話は・・・その・・・まだ早い。いつかは、君も知らなくちゃいけないことではあるが・・・それは今ではない。話さないんじゃなくて、話せないんだ」

 

「で、でも!?」

 

「分かってくれ、ネギ君。あの方のことは・・・それほどまでに重い真実なんだ。今の君では耐えられるものではない。だから・・・お願いだ、もう少しだけ待ってくれないか?」

 

 

タカミチは、理由もなくこのようなことはしない。

逆にタカミチが「言えない」というからには、それこそ普通ではない、口では言い表せぬ何かがあるのではないか?

だが、そう思うと逆に気になる。

アリカ姫・・・一体、どのような人物なのか。

 

「タカミチ・・・だったら、だったら! これだけは・・・これだけは教えて」

 

言えないなら言えないでも構わない。だが、言えるところまでなら教えて欲しい。

ずっと知らなかった、ずっと聞いたこともない女性。

自分に深く関わりがあるその人物は、どのような女性だったのか。

 

「そのアリカ姫って・・・・・・どんな人だったの?」

 

問われたタカミチは、思わず目頭を抑える。

何度も小さく「スマナイ、ネギ君」と呟き、複雑そうに微笑みながら、答える。

 

 

 

「アリカ姫は・・・少し感情の表し方が苦手で不器用な性格ではあったが・・・・美しく、誰よりも優しく・・・可憐で、争いや憎しみを好まない、誇り高い女性だった」

 

 

 

 

 

・・・美しく、誰よりも優しく・・・可憐で、争いや憎しみを好まない、誇り高い女性・・・

 

 

その女性は今、月の大地にて・・・

 

 

 

「あああああああ 憎い! この遺物が憎い!! 憎い、憎い! 心の底からわきあがるこの感じ!! すべてを破壊し尽くすことでしか収まらぬ芽生えは~~~!!!! ジェラララララララララララララララ!!!」

 

 

 

憎しみに囚われまくった悪鬼羅刹の魔人と化していた。

 



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第94話 腹さえふくれりゃこっちのもんよ!

「臓物全てを引きずり出して細切れにしてくれよう!!」

 

 

バスターソードを片手に構え、溜を作る。

剣に光が宿り、激しい魔力が電気のようにスパークして弾ける。

 

 

「大地を斬り、海を斬り、空を斬り、そして全てを斬る!」

 

「ふっ、やはりオタク助平ビッチ姫じゃな。まあ、技も本当に再現されているからタチが悪いが・・・ならば、こちらも相応の一撃で答えてやろう」

 

 

剣に溜め込んだ魔力と共に、アリカは横一文字に一閃する。

しかし、

 

 

「アリカストラッシュ!!」

 

「竜闘気砲呪文!!」

 

 

輝く咆哮とともに発せられる、竜のエネルギーの篭った砲撃。

その一撃は一瞬でアリカを吹っ飛ばし、アリカの聖剣を粉々に砕いた。

かと思えば・・・

 

「むっ・・・これも幻術か・・・結局出てきたか、小娘ども。そしてシモンよ」

 

光に包まれたアリカが消滅したかと思えば、彼女はアスナたちに抱きかかえられて回避していた。

アマテルの正面に現れて構える、アスナ、刹那、木乃香、焔、環、暦、調、栞、そしてシモン。

 

「お前たち・・・何故・・・」

「バカ! 自分で冷静にとか言ってたくせに、一番取り乱してんじゃないわよ!」

「うっ、うう・・・す、すまぬ・・・」

 

みなもまた、非常に悩んだのだが、結局相手の目の前にバカ正直に現れたのだった。

 

「俺たちだって居るんだ! 負けられないのは俺たちも同じだ! アリカを絶対にネギ先生と会わせるって約束したんだよ!」

「そうよ。そして、もう一人では戦わせない。この人がどんだけ残念なお姫様でも、絶対に守るって決めたんだから!」

「愛する者との思い出を嘲笑い、汚すあなたを決して許さない!」

 

どく気はない。引き気もない。真っ直ぐな少年少女の瞳に、アマテルは少しため息吐いた。

 

「どいつもこいつも、よほど絶望を見たいらしいのう。こちらはせっかく幸福を与えようと言うのに」

 

アマテルは軽く空を見上げる。そして何を思ったのか、急に手を上げて・・・

 

「遊びは終わりじゃ。絶望だけを見せてやろう」

 

その瞬間、環のアーティファクトの結界空間が解かれて元の世界へと戻ったのだった。

 

「そ、そんな!?」

「魔法無効化。それは、アーティファクトとて例外ではないぞ?」

 

空間を自由に操り、追い詰められれば距離を取れるというアドバンテージが一瞬で失せた。

それどころか、今のでアマテルには魔法だけでなく、アーティファクトの能力すら効かない事が証明された。

 

「って、それなら最初からそうすればよかったではないか! わざわざ私の歴史を読み上げて誘き出す必要なかったじゃろう!」

 

アリカの悲鳴は無視して、どちらにせよ追い詰められたのはこちらのほうだ。

 

 

「くっ、いきます! 神鳴流・雷光剣!!」

「救憐唱(カントゥス・エレイモシュネース)!!」

「ギガドリルブレイク!」

「豹族獣化(チェンジ・ビースト)獣化!」

「竜化!」

 

その能力を駆使できるものは、一斉にアマテルへ飛びかかる。

だが、

 

「喝!!」

 

たった、ひと吠えだけで、シモンたちは四方へとふっとばされてしまった。

そう、最初からレベルが違ったのである。

唯一アリカだけが対抗できたかもしれないが、最初から他の者たちからすれば、手も足も出ないレベルの相手。

 

「みんな!?」

「くっ、アマテル・・・貴様、女子供に・・・」

 

相手が悪すぎたのだった。

 

「やられたとたんに、それを言うか? 自分勝手な者たちじゃな」

 

アマテルの咆哮だけで地中が揺れる。どうやら、月全体に響き渡るほどの威力だったようだ。

 

「貴様ら、まさか殺されはしないだろうとか、思っているのではないじゃろうな?」

「ッ、こ、この!」

「約束通り、喰っても構わんのだぞ?」

 

星すらも揺るがすその力は、今の皆のレベルでどうにかできる相手ではなかったのだった。

だが・・・

 

「ん?」

 

事態は少し様子が変わる。

それは地中の揺れが、徐々に大きくなっているからだ。

これは、アマテルの咆哮とはまた違う振動。何か大きなものが近づいてくる音だ。

それは・・・

 

 

 

「「「「「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」

 

 

 

「げっ!?」

 

 

 

「いっ!?」

 

 

 

「ぬっ!?」

 

 

 

「いやああ、ブタモグラです!? き、気持ち悪い!」

 

 

 

「くっ、臭いがキツイ・・・」

 

 

 

「ううっ、気持ち悪い・・・」

 

 

 

地中の壁をぶちやぶって、この空間に現れたのは、巨大ブタモグラの群れだった。

開けた穴からゾロゾロと出てくる。

 

「・・・くっ・・・くはははははは、どうやら私の今の咆哮が、自分たちの世界を脅かす敵と判断されたようだ。まったく・・・無知な子供だけでなく、獣まで私の前に立ちはだかるか?」

 

ブタモグラたちは、鼻息荒くして地面を何度も蹴っている。今すぐにでも突進してきそうな様子だ。

だが、そんなブタモグラを見ながら、アマテルは残酷な笑みを浮かべた。

 

「のう、アリカよ。何故我が父である造物主は、ブタモグラを魔法世界に放たなかったと思う?」

 

その問いかけが予想外だったのか、アリカは言葉を失った。

何故なら、アリカも月で生活をしていて、それが一番気になっていたからだ。

 

 

「ブタモグラの肉は非常に栄養が高い。さらに、その毛皮は衣服に、骨や筋などは加工して道具を生み出すことも出来る。排泄物は燃料として利用し、その熱で発電をし、電気を作ることも可能。さらに、ブタモグラは主食を土としているため、土地開拓するだけで、ブタモグラを維持するための餌を得られ、その他に必要なものが手に入る・・・・・・月の生活で気づいたことじゃ」

 

「そうじゃ。それほどまで素晴らしいシステムを作り出すブタモグラが、何故魔法世界には居ないのか? その理由は簡単じゃ。貴様ら愚か者たちは、すぐにそれを奪い合う。他国よりブタモグラを多く確保することが、直接その国の豊かさ、強さに繋がるからな」

 

 

そうだ。あらゆることに万能に利用できるブタモグラを、もし世界に放ったらどうなる? 安価でそれほど豊かな暮らしを与えることのできるブタモグラを確保しようと、世界が動く。

しかし、それでは終わらない。他国のブタモグラの奪い合い。さらには、増えたブタモグラを確保する土地。餌となる土地開拓用の土のために、多くの領土も必要となり、領土問題にすら発展するかもしれない。

 

「っても、それなら地球の牛も豚も変わらないじゃない。食用に利用するし、牛乳も飲むし、中には毛皮に使ったりとか・・・」

 

アスナが不意に口を挟んだが、一理ある話だった。

確かに、ブタモグラ一匹で人間生活を支えられる効果はあるかもしれないが、それは地球でも数種類の動物がいれば可能なこと。

動物の肉を食べ、毛皮を創り、道具を生み出し、排泄物からエネルギーを作り出すなど、人間界でもやっていること。

ならば、ブタモグラ一種を世界に放ったところで、大して何かが変わるわけではないのではないのか?

そう思った。

しかし、

 

 

「ふふふふ、アスナよ。実はな・・・アリカも知らぬようじゃが・・・ブタモグラには、もっと別の・・・真の使い方があるのじゃ」

 

「えっ!?」

 

「そして、それこそが最大の使い方にして、争いの原因となる唯一の理由じゃよ。だからこそ、父もブタモグラを断念した」

 

 

アリカも驚いた。このブタモグラには、他にもっと別の使い方があるのだと。

そして、それが戦争の引鉄になる大きな理由。造物主が魔法世界にブタモグラを与えなかった真の理由。

それは・・・

 

 

「ブタモグラの肉は栄養が非常に高いだけではない。成長に連れて魔力を肉から補給することも出来る。つまり、ブタモグラは食用や生活環境の発展のみ成らず、魔力の確保という利点もあった」

 

「なっ、・・・・・・魔力の補給!?」

 

「全ては魔力の枯渇を防ぐための実験。食べるだけで魔力を補給できるのだ。じゃが、そんなものを魔法世界に放り込んで見ろ。ブタモグラの略奪や確保で戦争が起こる。自然界のバランスを大きく崩す。ブタモグラの数は、その国の軍事力にも直結する」

 

 

魔力の確保のために生み出された生物。だが、逆にそれが争いのもとになるために、ブタモグラが魔法世界に生息させることを断念された。

その答えに、アリカだけではない。焔たちも驚きを隠せなかった。

 

「し、しかし、私もナギもブタモグラを食していたが、大して魔力が向上することも回復することもなかった。私が妊娠と出産で体力と魔力を失っていた時も、効果は無かったはずじゃ!」

 

「ふっ、アリカよ。それは・・・ブタモグラの食し方が間違っていたからじゃ」

 

「なに!? 食し方じゃと!?」

 

 

次の瞬間、ドラゴンが大きく動き出し、巨大な鋭い爪をいっぱいに伸ばした。

 

 

「魔力の源とは生命。貴様は死んだ肉から魔力を補給できると思っているのか?」

 

 

その迫力に押されて、威勢のよかったブタモグラも一瞬で散々になって逃げる。

恐らく野生の勘で気づいたのだろう。相手が、ただの敵ではなく、捕食者なのだということを。

アマテルは巨大なブタモグラすら片腕で数匹捉え、そのまま口を大きく開ける。

 

「カレーにするじゃと? もったいない。生きたまま食してこそ、純粋な魔力を得ることが出来る!」

 

グシャッと音が響いた。

あれだけ五月蠅く鳴いていたブタモグラも、全身を痙攣させたまま一言も発しなくなった。

 

「う・・・あ・・・」

「ちょっ・・・」

「うぷっ・・・」

 

アマテルは、ブタモグラを頭部から丸かじりした。

クチャクチャと牙で肉をかみ切る音、したたり落ちる大量の血液の匂いが充満した。

 

「な・・・なんてことを・・・」

「人間も似たようなことをするではないか」

 

人間も牛豚を食べるし、魚を活きたまま捌くこともある。

しかし、アマテルの今の行いは、どこかかけ離れている気がした。

思わず口元を抑えるアスナたち。木乃香など、その光景に気絶しそうだ。

だが、アマテルの食事は終わらない。気づけば、口元を血だらけにしながら、笑みを浮かべていた。

 

 

「高まるぞ。魔力が」

 

「ッ、おのれ・・・」

 

「アリカよ。十年前、妊娠と出産で魔力と体力を大幅に低下させた貴様じゃが、ブタモグラのこの効果を知っておれば結果は違ったかもしれんな」

 

 

悍ましい光景。しかし、現実は、圧倒的な力と魔力を誇っていたアマテルの力が更に高まったことになった。

威勢のよかったアスナたちも、思わず腰を抜かしてしまった。それほどまでに格が違っていた。

 

「あ・・・ああ・・・あ」

「怖いか? ようやく気づいたか? 自分たちが誰に生意気な口を聞いていたかを」

 

殺される。いや、喰われる。

全身に感じるのは恐怖。震えと汗が止まらない。

抗う手段など何もない。自分は今すぐにでも殺されてしまうのかと、誰もが思った。

すると、その時だった。

 

「ぶみゅうううう!」

 

それは、小さな鳴き声。そして、小さな体だった。

 

「ん?」

 

本当に小さい。手の平に乗るサイズしかない。

 

「なんじゃ? 威勢が良い。ブタモグラの子供か? それにしては小さすぎる」

 

巨大なブタモグラからすればありえないほど小さなブタモグラ。

涙を流しながら、必死に鳴きながら、アマテルに噛み付いていたのだった。

 

「あいつ・・・・・・」

 

アマテルにビビって動けなかったシモンは、確かに見た。

何百倍もサイズの違う敵に向かって、勇敢に立ち向かう小さなブタモグラを。

しかし、何故このブタモグラは戦っているのか? それは、そのブタモグラが流している涙が物語っていた。

 

(まさか・・・今、アマテルに食べられたブタモグラは・・・あいつの・・・・)

 

実際、本当はどうしてだったのかを、シモンが知るはずがない。

どんな気持ちでブタモグラが戦っているのかを、分かるはずがない。

でも、あんな小さな体で立ち向かっている。小さな体でハンパじゃない気合。それだけで理由は十分じゃった。

 

「喰っても仕方ないの。潰れよ!」

 

アマテルが噛み付いてくるブタモグラを振り払って、巨大な足で踏みつぶそうとしている。

だが、させない。

シモンの体は自然に動いていて、気づいたらブタモグラを両手で抱えて救い出していた。

 

「やめろッ! お前・・・絶対に許さないぞ!」

 

ブタモグラを守るように抱きしめて、シモンはアマテルに啖呵を切る。

だが・・・

 

 

「身の程を知れ」

 

「―――――――――ッッッッッッ!!!!????」

 

 

ボディブローなどという生易しいものではない。

ドラゴンの尾を振り回されて、その衝撃がシモンの腹部に直撃。

何トンもある体重のドラゴンの一撃が数十キロの人間にモロに入る。

体など軽々と宙に浮き、その威力は月の天井を貫いて、シモンをそのまま月の地表へと吹っ飛ばした。

 

 

「シ・・・・・・・・・シモンさん!!!???」

 

「い、いやああああああああああああああああああああああ!?」

 

「ア、 アマテル・・・・・・・貴様ァァ!!」

 

 

悲鳴が響く。涙が溢れる。

誰がどう見ても絶体絶命の一撃。

月の地表へ、そして宇宙へとそのまま飛ばされたシモンはもう・・・・・

 

 

「許さんぞ・・・許さんぞ、アマテル!! シモンは、シモンには帰りを待つ者が居るというのに!」

 

「そのセリフ。貴様らが戦争で殺めた者たちにも言ってやることじゃな」

 

「ッ!!」

 

「さあ、お休みの時間じゃ。アリカ。そして小娘どもよ」

 

 

 

 

 

シモンが首を動かす。

目の前には、乗ってきたプチアークグレン。

 

「・・・・・・・俺・・・・こんなところまでふっとばされ・・・・ぐっ、が・・・ううぇ・・・」

 

シモンは正に文字通り、月の彼方まで吹っ飛ばされた。

もはや、全身に感覚がない。指一つ動かせる力もない。

内蔵の全てがズタズタにされ、大量の血を吐き出した。

 

(あっ・・・腹が・・・・無くなったような・・・ダメだ・・・分からない)

 

ドラゴンの尾を食らった腹が、ごっそりと無くなったような感覚。

地中から何度も体を打ち付けて、全身強打、骨もイカレて、背中は血で染まり、青あざが出来ている。

 

(なに・・・・・やってんだ俺?)

 

痛みはもはや感じない。感じるのは、己の無力さ。

己の気合も勇気も全て根こそぎ奪われてしまう絶対的な力の差。

今まで何度も強敵と戦って乗り越えてきたが、この一撃はまずかった。もう、何もできる気がしなかった。

 

(俺・・・・何しにここまで来たんだっけ・・・・ニアにプロポーズ・・・・・・・ニアをこれからもずっと守って・・・・・・)

 

ニアを幸せにする。ずっと守る。その意思を込めて、地球に帰ったらプロポーズする予定だった。

だが、今の自分は何も守れない。月の大地でうつ伏せになって、このまま野たれ死ぬしかないのか?

 

(ッ・・・・・アニキ・・・・・・・)

 

こんな時、あの男が居てくれたら。心の中で自然に頼ってしまった。

だが、すぐに振り払う。

 

(ッ、・・・・・・違う・・・それじゃダメなんだ・・・・・・・・・・もう、アニキに頼ってばかりじゃ・・・・)

 

ニアを守るのは誰か? カミナではない。ダイグレン学園の仲間たちでもない。

自分だ、自分が守らなくてはいけないんだ。

それなのに、このザマはなんだ?

 

「くっくそ・・・」

 

シモンは立ち上がれない。だが、体を捩りながら、這ってでも前へと進む。

 

「まだ・・・・・・みんながいるんだ・・・・・行かなきゃ・・・・」

 

そうだ、前へと進むしかない。

自分にはそれしか出来ないのだから・・・・

 

「ぶみゅうう!!」

 

その時、シモンの耳元で鳴き、頬を舐める温かい何かを感じた。

 

「お前・・・・」

「ぶみゅる!」

「そっか・・・無事だったんだな・・・」

 

それは、シモンが助けた小さなブタモグラ。

そのブタモグラはシモンの頬を何度も舐め、何度も鳴いた。

 

「ありがとう・・・・・・俺を助けようとしてくれたんだね・・・」

「ぶみゅる、ぶみゅ、ぶみゅううう!!」

 

言葉は何を言っているか分からない。だが、不思議と必死に鳴くそのブタモグラが、何と言っているのかがシモンには何故か理解できた。

 

 

―――――立て!

 

 

そう言っているように聞こえた。

 

「はは・・・そうだね・・・俺、まだ・・・行かなくちゃ・・・みんな、俺のために月まで来てくれたんだ・・・だから、俺が戦わないと!」

 

必死に立とうとする。だが、現実は残酷だった。

根性論の話ではなく、人間の体の作りから、既にシモンは起き上がることができなかった。

 

(くそ・・・首から下が、まったく動かない・・・)

 

全身が麻痺している。何をやろうとしても、まったく動かない。

 

「く・・・くそ・・・行かなきゃいけないのに」

 

噛み締める唇にも力が入らない。

このまま、自分は動けないのか? このまま終わってしまうのか?

終わりたくない。絶対にあきらめない。そう思った時だった、

 

「ぶうみゅ! ぶみゅ! ぶるむ!!」

 

小さなブタモグラはお尻をシモンに突きだして激しく揺れる。

一瞬、何をしているか分からなかった。

だが、

 

「ぶみゅ、ぶるむ、ぶみゅうる!!」

「えっ・・・お前・・・何言って・・・」

「ぶぶぶみゅ!!」

「ッ!?」

 

その時、シモンは全身に鳥肌が立った。

その小さなブタモグラの覚悟に。

 

 

―――自分を食べろ

 

 

シモンには、彼がそう叫んでいるのが聞こえた。

どうして? つい数分前に出会ったばかりである。何故そんなことができる? 

だが、ブタモグラの覚悟は本物だった。

彼は、躊躇しているシモンより早く行動した。

自分で体を曲げて、自分の尻尾を勢い良く噛み千切った。

 

「ぶみゅるっ!」

 

自分の体の一部を千切ったブタモグラは、痛みで涙目である。

だが、彼は涙目になりながらも、千切った自分の尻尾を口に咥え、それをシモンの口に放り投げた。

口に放り込まれたのは、指の大きさ程度の肉。

だが・・・

 

「・・・・・・う、うまい!」

 

おいしいが、それだけではない。

僅かな肉。しかし、その僅かが信じられないぐらいに腹が膨れ、体の芯から熱くなり、力が漲ってきた。

 

「ありがとう・・・・」

「ぶるみゅ!」

「お前の覚悟・・・魂・・・想い・・・気合・・・全部受け取った!」

「ぶうみゅ!」

 

気づけば、傷も治り、シモンは立ち上がっていた。

何事もなかったかのように、それどころか以前よりも遥かに力を漲らせて。自然と顔が笑みを浮かべていた。

 

「俺は、シモン。お前は?」

「ぶうむ!」

 

自分を救ってくれたブタモグラに話しかけるシモン。それに答えるブタモグラ。

すると、不思議なことに、シモンはそのブタモグラが何といっているのか、理解できた。

 

「そうか、お前は・・・ブータっていうのか」

「ぶむ!」

「ブータ。助けてくれてありがとう」

「ぶる? ぶぶぶぶむ!!」

「先に助けたのは俺? 細かいとは気にするな? ・・・はは、お前・・・すごいやつだな! よし、決めた!」

「ぶーむ?」

「今から・・・お前は・・・・・・・・俺の相棒だ!」

「ぶるむ!」

 

まかせろ! ブータという名のブタモグラは、そう応えた。彼もまた、シモンの言葉を理解しているようだった。

家族。兄弟。仲間。親友。妻。色々な者たちがシモンの周りに集まっている中で、シモンに今日、相棒ができた。

ブータは、元気よく鳴いて、シモンの肩に飛び乗った。

初めて乗ったが、まるでそこが自分の定位置。ずっと、自分たちは何年もこうやっていたかのような、デジャブを二人は感じていた。

 

「それじゃあ、ブータ。あのアマテルを・・・あいつを・・・銀河の果てまでぶっとばすぞ!!」

「ぶううううううううううううううむ!!」

 

月の上で結成された、最強コンビ。

その叫びが銀河に響く。

復活したシモンの体から、螺旋の光が渦巻いて大きく輝き出す。

その力強さに呼応するかのように、彼らの背後で、プチアークグレンが発光した。

 



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第95話 ダメなもんはダメ

そこに、素顔も見せぬ二人の人物が居た。

一人は全身を黒いタイツのようなもので覆い、もう一人は顔を覆い隠す大きなローブをその身に纏っていた。

二人の表情を伺うことはできないが、黒タイツの者は明らかに狼狽えていた。

一体何事か? 見かねたローブの男が声を掛ける。

 

「何があった?」

 

黒タイツが答える。

 

「アレが無くなっている」

「アレ?」

 

ローブの人物が首を傾げた。

 

 

「完璧に作られたものだった。平行世界で得た情報と技術力を元に完成させた、完全なる『グレンラガン』がなくなっている」

 

「グレンラガン? ああ、お前が昔作っていたオモチャか」

 

「オモチャではない。あれこそ魔法に因われた世界を救う人類の希望だ。だが・・・私のこの研究所に保管していたグレンラガンが、天井を突き破り、姿を消した。まるで、何かに呼び出されたかのように」

 

 

黒タイツの男は上を見上げる。

人工的に作られた鉄板で囲われた、だだっ広い四角い部屋の天井には、青空が差し込むほど大きな穴が空いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

南の島の楽園のような幻想空間が、ただの瓦礫と化し、岩だらけの穴蔵の空間となった。

 

「人の抗う姿は時には美しくもあり、醜くもある。度が過ぎれば過ぎるほど、醜くなるぞ?」

「うっさいわね! いい? 私たちはこんな所でやられてなんかいられないのよ! そして、シモンさんの分も絶対にあんたをぶっ飛ばしてやるんだから!」

 

仮初の空は砕け、仮初の海は消滅し、確かな愛を育んだナギとアリカの家は破壊された。

その全てを消し去ったのは、アマテル。決して許すことはできない。

だが、その怒りが届くことはなかった。

 

「おりゃああああああ!」

「だから無意味じゃ、アスナよ。覚醒しとらんお前など、ただの小娘と変わらん」

「か・・・カタッ!?」

 

重量のある大剣を力任せに振るうが、宝石の鱗には傷一つつかない。

それどころか、その硬度に負けて、アスナの腕が強く痺れる。

 

「攻撃も通じず、ただ逃げ回って生き延びるのに必死。できることといえば、時間稼ぎぐらいか?」

「黙れ! 神鳴流・斬岩剣!・・・・ッ!?」

「岩は斬れても、宝石でできたエメラルドドラゴンのウロコは傷一つつけられぬか。半人前め!」

 

ため息混じりのアマテルの言葉には、面倒くささが感じられた。

首を少し降るだけで、飛びかかった刹那とアスナが飛ばされ、月の天井に体を強く打ち付ける。

 

「アスナ!? せっちゃん!?」

「だ、大丈夫です、お嬢様・・・つっ・・・」

「なんなのよ、全然攻撃効かないじゃないのよ! あんなの、どうやって倒せってのよ!?」

 

握った剣を見る。エメラルドドラゴンの硬度に負けて、刃が傷んでいる。

これまで二人共何度も魔法の関わる事件で怪物と戦い、その度にその剣で相手を切り伏せてきたが、今回ばかりは相手が悪い。

そしてそれは、魔法世界の過酷な環境を超えてきた焔たちも例外ではなかった。

 

「やばいよ・・・どうしよう、焔~」

「もっと酸素があれば、私の炎であんなデカブツ・・・」

「あれだけ修行した私たちの力が一切通用しません」

「打つ手が・・・アーティファクトまで通用しないとなると・・・」

「力づくでも敵わない」

 

力及ばずとも抗う少女たちの抵抗は続いていたが、魔力も体力も尽きかけている。

力も魔力も質量も経験すら天と地ほど違う者が相手。勝てる要素は何一つない。

あと一押しで決まる。そんな様子だ。

 

 

「この程度か。螺旋の男も含めた、新時代の風はここまで平和ボケした微風だとは思わなかった。我が父や堀田博士は、お前たちに何を見たのか・・・アリカよ、お前もそう思わぬか?」

 

「黙れ・・・私は・・・私たちは帰るのだ・・・帰りを待つものがいるのだから」

 

 

魔法世界王家の力を秘めたアリカですら、巨大なエメラルドドラゴンを崩すことは適わなかった。

憤怒に駆られていた時の元気がない。純白のドレスが月の砂で汚れ、美しかった肌にも打撲や切り傷が刻まれている。

その手には、粉々に刀身が砕かれた剣の柄だけが握られていた。

 

「あかん、アリカはんが!?」

「ッ、このか、お願い、急いで私を回復させて!」

「わかっとる。せやけど、なんでなん? うちの回復魔法は一瞬で回復するはずなんやけど、効果が薄いえ!」

 

足腰立てぬほどアザだらけのアスナを急いで回復をしようとするが、それすらもできない。

 

「無駄じゃ。我らは魔の力を打ち消す能力者。その力を攻撃に転用すれば、回復魔法の効力すら打ち消すことも可能」

 

唯一回復薬として後方に待機していた、このかの役目すらこの場では意味を成さない。

アスナも、刹那も、焔も環も暦も、接近戦を得意とする少女たちもまるで歯が立たない。

 

「人間ども。愚かなる種よ。恐怖せよ。この絶対的な力の前に、ひれ伏すがよい! そして、我らが指し示す運命に身を委ねるが良い。それが唯一の幸福に繋がる」

 

そして、感じる恐怖。

再び竜の咆哮が月を揺らす。地下の天井が今にでも崩れ落ちそうだ。

 

「・・・やばいわよ・・・マジで・・・どうすればいいのよ、あんな奴・・・」

 

あのアスナですら、頭で理解できてしまうほどの状況。

勝てない。元々そんな次元の相手ではなかったのだ。

伝説を前に少女たちは、今にも崩れ落ちそうだった。

 

「黙れ、私はまだ負けてはいない! この程度の傷・・・我が息子の心の傷に比べれば!」

 

だが、その度にアリカが進み出る。

 

「あ・・・アリカさん・・・」

「アリカ姫・・・」

 

帰らなければならない理由がある。何度も自分自身に、そして少女たちに言い聞かせる。

その気持ちを表すかのように、刃を無くした柄から、光り輝く剣が伸びた。

 

「闘気剣か・・・ブランクがあるくせに、ようやる」

「いかにエメラルドが強固とはいえ、それ以上の硬度と鋭さと速度で振り抜けば砕けるはず!」

「生きようとする意志か。それを尊いとも呼ぶ場合もあれば、見苦しいと思うときもある。お前は・・・後者じゃな。お前はあの時、死ぬはずじゃったのだから」

 

アリカの闘気を凝縮させたひと振りが、アマテルドラゴンの首に降り注ぐ。

膨大なエネルギーがスパークし、その場にいるだけで肌が痛くなるほどの振動が伝わってくる。

だが、

 

「なっ!?」

 

その剣はアマテルの首に突き立てたものの、振り抜くことはできなかった。

 

「魔法が通じぬから気の力を使う。着眼点は悪くはないが、貴様の細腕ではこれが限界」

「お、おのれえ!!」

「ふきとぶがよい!」

 

アマテルが大きな口を開ける。エネルギーが凝縮された咆哮が、容赦なくアリカに降り注がれる。

アリカが身に纏う王家のドレス。魔力の法衣で編まれた特殊なドレスは、本来半端な攻撃など全て弾き返す力が備わっていた。

しかしそれが何の意味もなさぬほどの力で彼女の衣服は全て燃え尽きる。

衣服も剥ぎ取られて転げるアリカ。アスナたちも力の差に大口を叩くことももはやできない。

強すぎる。誰もがそう思うしかなかった。

そして、完全に決着が着いたと思われたとき、アマテルは呆れたように告げる。

 

 

「惨めなものだな、アリカよ。何千年と続いた魔法世界の歴史を変えた我が血筋。それが、ナギ・スプリングイールドという剣と翼を失ったらこのザマじゃ」

 

「・・・・・・・・アマテル・・・」

 

「愛に溺れて、大義を見失い、結局貴様は全てを手にしたようで、全てを失った。その裸の姿こそ今の貴様を表すに相応しい」

 

「だ、黙れ・・・」

 

「貴様らなら世界の運命を救えるかもしれぬと思ったが、これまでじゃったな。どうやら・・・お前が愛に目覚めたのは間違いじゃった。愛に目覚めたものは、それを失えば何の役にも立たん」

 

「ッ!?」

 

 

誰もが思った。ふざけるなと。

 

 

「お前などに分かるものか! 何千年もの時を刻もうと、死ぬほど誰かを愛したことのない貴様に分かるものか! 自分の命よりも大切な者を持ったことのない貴様に、何が分かる! 簡単に語るな!」

 

「・・・・・・だからこそ、人は争い、憎しみ合う。お前自身も結局その連鎖に巻き込まれた」

 

「それでも愛は滅びぬ! 愛は世界すら救う!」

 

 

お前に何故そこまで言う権利がある。アリカが、ナギが、そして二人の愛によって生まれたネギすらも否定する言葉。

それだけは絶対に許せない。どれほどの想いで二人が過ごしてきたのか。どれほどの苦難を乗り越えてきたのか。それは決して日記だけでは書ききれないほど深く尊いもの。

 

「そうよ、よく言ったわよ、アリカさん!」

「絶対に負けられません。ネギ先生たちのため、そして自分のために!」

「恋の力は無限大や!」

「たとえ、完全なる世界だろうと紅き翼であろうと、愛の下では平等!」

「墓所の主、あなたやライフメーカーの思想は分かります。ですが、この想いは否定させません!」

 

折れかかった心に再び火がつき、少女たちが立ち上がろうとする。

すると、その時だった。

 

「そうだ! 愛はな、宇宙だって救うんだよ!」

 

真上だった。しかし、見上げてみてもそこには天井しかない。

だが、それでも幻聴ではなく確かに聞こえた。

あの男の声だ。

 

「シ・・・・シモン・・・・」

「シモンさんッ!?」

「この声!」

 

アリカは声の主を探した。すると、次の瞬間、その場が大きく揺れた。

最初にドラゴンが地下に現れた時と同じように、巨大な地響きとともに上から何かが落ちてくる音。・・・いや・・・上から下に何かが掘り進んでいる音だ。

 

「ッ、螺旋の男め、生きていたか!?」

 

天井を貫通するほど強烈な一撃でふっとばされたシモンが生きていたとは思わなかった。

だが、生きていたとしても、この巨大な揺れは何だ? そして、まるでスピーカーのような音声機器を通したこの声は何だ?

一瞬頭の中で駆け巡った疑問。だが、次の瞬間、その全てが頭からふっとぶぐらいの衝撃が、この場にいた者たちに駆け巡った。

 

 

「な・・・・なんじゃとっ!?」

 

「「「「・・・・・ちょっ!!!???」」」」

 

 

シモンかと思えば、そこに現れたのは巨大なエメラルドドラゴンと同じぐらいの大きさを誇る巨大ロボット。

学園祭で大暴れしていた巨大ロボットと顔つきが少し似ているが、その時よりも猛々しく、威圧的な面構えをしていた。

誰もがそのとてつもないスケールに唖然としていた。「何だお前は!?」と。

その時、巨大ロボットの頭部が開き、その下には学園祭で大暴れしたグレンラガン。そしてそのグレンラガンの頭部が開き、中のコクピットからシモンが現れた。

その肩には、小さいながらも堂々とした態度のブタモグラが乗っていた。

 

「シモンさん! 生きてた! ・・・でも・・・」

 

アスナたちもまずはシモンの生存に安堵。だが、すぐにそのシモンが乗って現れた巨大ロボットに目が行く。

 

「なんなのそれえええええええええええええええええ!?」

「す、すご!? すごすぎるわよ、シモンさん!? っていうか、なんなのよそれは!?」

「シモン!!」

「一体何がどうなっているんですか!?」

「もうウチもわけわからんけど、とにかくシモンさんすごすぎや!」

 

少女たちの絶望の表情が一瞬で歓喜に変わる。

当たり前だ、学園祭で暴れたグレンラガン。そのグレンラガンよりも大きく、まるでシモンが操縦するグレンラガンが操縦しているように見える巨大ロボットだ。

どうして? それはいったい何だ? 大丈夫なのか? 色々な疑問が頭の中で駆け巡ったが、結局彼女たちが思ったことは皆同じ。

 

――――相変わらずだな・・・・

 

やはり、シモンはこういう奴なんだ。絶対に何かをやり、何かをやらかす男で、何かをやり通す。

すると、シモンが指を天に向かって突き刺す。その指先が指し示すのは、今しがた自分が風穴を開けた天井から見える広大な宇宙空間。

 

「友の血肉をこの身に宿し、命の輝き無限に繋ぐ!」

 

シモンの声が響き渡る。

 

 

「滾る心を螺旋に変えて、巨大な敵を天ごと貫く!」

 

「ぶうみゅ!」

 

 

シモンと同じように、ブタモグラのブータも叫ぶ。そして、叫ぶ。あの言葉を。

 

 

「友情合体! アークグレンラガアアアアアアアアアアアアンッッ!!!! 俺たちを誰だと思ってやがる!!」

 

 

シモンの叫びが、広大な銀河に響き渡る。

宇宙の片隅の小さな命が、惑星誕生級のエネルギーを生み出した瞬間だった。

螺旋波動が巻き起こり、吹き荒れる力強い風がアスナたちには心の底から頼もしく感じた。

心が大きく震え、興奮が抑えられなかった。

 

「・・・その回復力・・・・貴様・・・ブタモグラの肉を喰らったな!?」

「喰ったんじゃない。俺たちは、合体したんだよ!」

「屁理屈を・・・」

 

アマテルは、気圧されながらもまるでこの状況が納得いったかのように呟いた。

 

「螺旋の進化。それだけでなく、ブタモグラの力も・・・・・・鬼に金棒・・・螺旋族にドリル・・・そのまんまじゃな」

 

結局こうなってしまったかと、アマテルは呆れた。螺旋の力を把握していたが、結局自分の想像を大きく上回ってしまった。

 

 

「覚悟しろよ、アマテル。十倍返しだ!!」

 

 

闘志をむき出しに、アークグレンは喧嘩前の不良のように指の関節を鳴らし、簡単なストレッチ。

力いっぱい殴る気満々である。

 

 

「くく・・・ふははははははは、愛は宇宙を救うか。何も失ったことのないおめでたい貴様らしい言葉じゃな。もし仮に最愛の者を失っても、お前は同じことを言えるかな?」

 

「なに?」

 

「つまり、逆も然り。愛が宇宙を救うのなら、愛が宇宙を滅ぼすこともある。違うか? ある意味、人間は愛ゆえに過ちを繰り返し続けた」

 

 

アマテルは、まるで負け惜しみのように言葉を吐き捨てる。

だが、シモンもこの程度では揺るがない。

 

「何を言っているのか、良く分からないよ。でも、これだけは言える。この先何があっても、俺のニアへの想いは変わらない。たとえ、この宇宙が滅んでも」

 

もし、本当にその時を迎えたら、人間はどうなるか分からない。

しかし、シモンの言葉は誰にもハッタリに聞こえなかった。シモンなら、本当に何があってもニアを愛し続ける。そう思えた。

 

「もう、いい加減にしろよ、アマテル。俺がナギに変わって、お前を宇宙の果てまでぶん殴ってやる! 歯を食いしばれ!!」

 

アークグレンラガンの瞳が光る。螺旋の光が漏れ出して、地響きが大きくなる。

 

「シモンさん!?」

「みんな、ここは俺とブータに任せてくれ!」

「ちょっ、っていうか、ブータって誰よ!?」

 

シモン一人で戦わせていいのか? ・・・と普段なら思うのだが、流石にこの超ド級の組み合わせを見てしまえば、気を遣う気も失せた。

月にヒビが入り、その存在感は、月にクレーターの一つや二つぐらい簡単に増やしてしまいそうなほど、圧倒的だ。

ハッキリ言って、割り込める気がしない。

 

「ッ、・・・分かった・・・、このままじゃ、私たちもまずいわ! 脱出するわよ! だから、シモンさん、絶対そいつをぶっとばしてよね!」

「お嬢様、捕まってください! この場は我々が居ても足でまといです! 月面へ避難しましょう!」

「シモン、頼んだぞ!」

「いけー、シモン! あんなババアぶっとばしちゃえ!」

「アリカ姫は我々に任せてください!」

 

引き受けた。アークグレンラガンが巨大な親指を突き上げる。

一歩一歩しっかりと地面を踏み、アマテルへ近づく。

 

「分かったようなことを! 二十年も生きとらん小僧が私に説教を!」

「歳なんて関係ねえ! 関係あるのは、掘って進んだ自分の道のりだけだ!」

 

アマテルが前へ出る。互いに超ド級。ドラゴンが両手を広げて巨大な鉤爪とともに飛びかかる。アークグレンラガンも真正面から両手で握り合う。

互いに何千トンの握力が鈍い音を響かせながら両者のボディを軋ませる。だが、勝ったのはシモン。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

「なんじゃと!?」

 

アークグレンラガンは両手でドラゴンを掴んだままその場でグルグルと回転する。風車のように回されたアマテルは、そのまま加速し、それが最大になったとき、シモンに天井に向かって投げ飛ばされる。

月が真っ二つに割れてしまわないかと思われる威力で、ドラゴンのボディと同じ大きさの穴が天井に開く。だが、それでも威力の落ちないドラゴンはそのまま月面を突き抜け、空へと投げ飛ばされる。

 

「まだまだァ!!」

 

空いた穴から追撃するかのように、アークグレンラガンは飛び立つ。

するとアマテルは宙に投げ出されたものの自力で止まり、そのまま反転して下から追撃してくるアークグレンラガンに向けて、大きな口を開ける。

 

 

「超竜闘気砲!!!!」

 

「時空烈断! バーストスピニングパアアアアアアアアアアンチィ!!!!」

 

 

だが、最強のドラゴンの咆哮は、何の工夫もないただの拳で殴り飛ばされる。

アークグレンラガンのパンチで軌道を替えられたエネルギーは、宇宙の果てで大爆発を起す。

 

「ふは・・・・・ふははは・・・・なんぞこれ?」

 

もう、笑うしかなかった。その宇宙規模のスケールに、アマテルは恐れるどころか、通り越して笑ってしまった。

 

「それほどの力をもって・・・あくまで私に歯向かうつもりか?」

「なら、お前はどうしても消滅させるつもりか?」

 

爆音がやみ、宇宙が本来の静寂に包まれた時、シモンの問いにアマテルは頷いた。

 

 

「そうだな。そうなれば、そこの娘たちも生きられないであろうがな・・・。お前は気楽なものじゃな。何も背負わずに、怠惰な日々を過ごす愚か者は。その力は世界を変えられるものを秘めているというのに」

 

「確かに俺は毎日が楽しいよ。でも、気楽じゃない。俺も、ニアも、アニキもフェイトもネギ先生もアリカもテオも焔たちも! みんな力いっぱい生きてんだよ!!」

 

「だから、滅ぼすなと?」

 

 

分かっている。こんな会話は全てが無意味だ。何故なら、お互いの意見が決して平行線から交わることがないことぐらい、既に二人共分かっている。

シモンはアマテルの答えに従う生き方はできないし、アマテルも今更話し合いで考えが変わるほど軽い人生を歩んではいない。

これは、互の覚悟の確認だ。

 

「例え真実や世界が複雑でも、俺たちダイグレン学園の生き方はいつも一つ! どんな道理があっても、ダメなもんはダメだ!! そんな道理は宇宙の果てまで蹴り飛ばす!」

 

お互いの意見は、力で押し通して決める。

 

 

「やれやれ、議論するのもアホらしい。・・・・・二千年ぐらい早くにお前とは会いたかったな」

 

「変われるさ。フェイトたちは変わったんだから」

 

「・・・・・・そうか・・・・・まあ、今更じゃな」

 

 

次の瞬間、ドラゴンの全身のウロコのエメラルドが大発光する。魔力、気、生命力、全てのエネルギーが凝縮されて爆ぜる。

対するアークグレンラガンもその右腕が変化し、巨大なドリルへと変形する。

月面での死闘も決着が近い。最後はお互い一切小細工のない力と力のぶつかり合い。

 

「アークギガドリルブレイク!」

「ふきとぶがよい!」

 

互の会話を名残惜しそうにしながらも、二人は己の最大の力を込めて相手にぶつけるために飛んだ。

 



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第96話 何の前触れもなく現れるのは勘弁しろし

雲一つない晴天。

季節はほぼ夏になるが、この暑さは気温だけが理由ではない。

通常の学校の半分ぐらいの大きさしかない狭いグラウンド。

ヒビや腐食が進み、補修の跡ばかりが目立つ建物。その入口にはサビで消えかかった文字で、「アダイ園」と書かれていた。

そこは、理由があって両親と住めなくなった身寄りのない子供たちの家。

普段は建物や場の雰囲気は薄暗く、近隣からも物静かな施設と呼ばれていた。

だが、この施設は今日に限り、今までにないぐらいの騒がしさと熱気に包まれていた。

祭りの熱気と祭囃子の騒がしさだ。

 

 

「うーらっしゃい! ジャンボフランクフルト、ギガフランクフルト、天元突破ギガフランクフルト、今なら一本300円! アダイのガキどもは全部タダだ!」

 

「おーっほっほっほ、子供たちはこちらにどうぞ! 私の幼い頃の古着1000着、サイズの合うものは自由に持って行って構いませんわ! 教室を一つ借りて試着できるようにしていますわ!」

 

「五月! 超包子特性まん、20個追加アル!」

 

「うむ、幼子たちよ、集まるでござる。今からヌシらに忍術教室を開くでござる。これをうまく学べば、今日のうちに下忍になることも可能。ほら、小太郎も手伝うでござる」

 

「みなさーん、たーんと召し上がれ」

 

「ねえねえ、あっちでデュナミス先生が影を使った手品をやってるって! 見に行こうよ!」

 

「おい、あっちでチアガール部がパフォーマンスやるってよ。シャッターチャンスだぞ!」

 

「軍事研究部、整列! これは、訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!」

 

「さあ、スーパードッヂの時間ですわ! 炎の闘球児たちよ、集いなさい!」

 

「おかーさん、あのお洋服、欲しい!」

 

「ほーう、子供向けの祭りかと思えば、麻雀大会をやるのか。腕試しで出てみるかな」

 

 

施設を囲うブロック塀沿いに立ち並ぶ屋台。手作りの舞台。それは、グラウンドをはみ出し、施設の門の外にまで広がっていた。

グラウンドの中央には簡易な椅子とテーブルが並び、休憩したり飲食をしたりできるようになっている。

それ以外は祭りの主催者側と、祭りに訪れた一般客で、アダイ園は大勢の人々で溢れかえっていた。

 

「わー、すごい! さすがダイグレン学園じゃん! 祭りをやらせれば無敵!」

「学園祭とは違って、こっちはこっちで面白そうだよね」

 

大盛況の祭りをアダイ園の門の前で驚く。ネギの生徒たちで、今日はただの客として訪れた、裕奈、亜子、アキラ、まき絵たち。

最初はもう少し質素なお祭りを予想していただけに、この普通のお祭りとなんら遜色ないクオリティーには脱帽した。

また、中にはダイグレン学園だけでなく、彼女たちのクラスメートたちも祭りの主催者側で協力していた。その働き振りもまた見事なものであった。

 

 

「あら、可愛らしい。こちらのドレスはあなたにとても似合いますわ! まるでお姫様のようですわ! きっとこのドレスはあなたと出会うのをずっと待っていたのですわ!」

 

「ねえ、お姉ちゃん、これ着ていい?」

 

「はい? もちろんですわ。でも・・・そうですわね、あなたはどちらかというとこちらの明るい色の方が似合うと思いますわ? ほら、サイズもピッタリ!」

 

「あー、これ可愛い! 私、これにする!」

 

 

家が裕福なだけあって、幼い頃からの衣類を何千着も持っていた、雪広あやか。彼女は自分の古着を子供たちにお下がりとして提供しようと、自力で古着屋台を出店していた。

最初は古着ではなく、新品の服を揃えて配ろうとも思っていたが、それでは金の力を使って人には嫌味に捉えられると判断し、彼女は古着屋にした。

馬鹿そうに見えて、意外と気を使え、汗水流しながら子供達と戯れるその姿に、亜子たちは感心した。

 

「えー、まずはチャクラの練り方を教えるでござる。そのためにはチャクラの知識を・・・」

「いや、楓ねーちゃん、皆ポカンとしとるやん。こうゆうんは、頭より体で覚えた方がええやろ?」

「ねえねえ、早くブンシンノジュツやってよー!」

 

子供たちの人だかりで円ができ、その中心では忍者姿の楓と小太郎が、忍者教室を開いていた。

ドロンのポーズで、漫才のようなやり取りをしながらも、術はしっかりとしているため、子供たちは目を輝かせている。

 

「ほーら、坊やたち、こっち向いてー、笑ってー、よし!」

 

その腕に、「記録係」という腕章をつけて、いつも以上に走り回って祭りの様子を写している朝倉。

 

「茶々丸、肉まんが無くなりかけているアル! 五月が、本店の倉庫から予備を持ってきてほしいって言ってるアル!」

「分かりました。三十秒以内に往復します」

 

学園一の人気屋台、超包子の出張サービス。

いつも大盛況で忙しいことにも慣れている彼女たちだが、今日はいつも以上に忙しい。

その理由は、いつも働いている四葉五月、古、茶々丸の他にもう一人本来は人がいるのだが、その人物は今日だけは超包子で働いていなかったからだ。

その人物は別にやることがあったために、働けなかったのだが、その人物は・・・・

 

「ぬあああああああああああああああああああああああ! フェイトガールズが居なければ、アイドルグループのライブ出来ないネ!!」

 

大量の写真やポスターの山の中で大泣きしていた。

 

「そんなッ!? こうしてフィギュア、グッズ、ブロマイドなどを大々的に準備して一儲けしようと思たのに、本人が居なければ全然意味ナイネ!?」

 

今日は手作り舞台で、超のプロデュースするアイドルグループのデビューライブのはずだった。

しかし、本番当日になってメンバーが全然来ていないことに、超はこれまでの苦労を思い出してマジ泣きだった。

人は言う。超の泣いている姿を、こんな形で見るとは思わなかったと。

だが、それでも相手はあの超鈴音。転んでもただでは起きない。

彼女は瞳を光らせ、涙を振り払いながら、首を回す。

 

「こうなったら、あの人に頑張ってもらうしか・・・・コラコラどこへ行くネ、フェイトさん♪」

 

超は悪魔のような笑顔で、その場からコッソリ立ち去ろうとする、ある人物の服の襟を後ろから掴んだ。

その人物の名は、フェイト。

 

「待て! 襟首を掴むな! 君の考えは分かっている。僕は絶対に嫌だからね!」

 

それでもジタバタして逃げようとするフェイトだが逃がさない。

 

「フェイトさん。あれを見るネ!」

 

超がフェイトの肩に手を回して指さす。

その先には、大盛り上がりの祭りの中で、何故か輪に入らずに遠くから黙って見ている子供たちが居た。

施設の子供たちだ。

 

「あの子達に笑顔を与えたいという気持ちはないカ?」

「だ、だからって、何で僕が!?」

「僕が? 違うネ。僕『も』ヨ。カミナさんやヨーコさんたちは、各々この祭りの準備、そして今も盛り上げるために走り回っているヨ」

 

軽快な手際で屋台の焼きそばや焼き鳥を捌いていくキタンたち。

ビキニ姿で男性客を虜にしながら写真を撮られているヨーコ。同じく白いワンピースの水着のニア。

施設の子供たちの手を掴んで無理矢理祭りに投げ込むカミナ。

いつも怠惰なグレン学園も、この日ばかりはイキイキとしている。

 

「そう、何もやっていないのはフェイトさんだけヨ?」

「ぐっ・・・」

 

確かに、準備もそれほど手伝っていないし、今もこうして何もやっていないのは・・・

 

「そ、そうだ! テオドラ皇女とセクストゥムも何もやっては・・・」

 

一縷の望みに賭けて、何もしていなさそうな二人を探す。しかし・・・

 

「ぬはははは、ヘラス帝国の食材を存分に使った、ヘラスもんじゃ焼きじゃ! さあ、めんこい童たちよ! もう二度と食べられるかもしれぬ食材に、今こそ飛びつくのじゃ!」

 

褐色肌。輝く汗と流れる金髪。額にタオルを巻いて、どこか活発さを感じられる。

服装も胸元の少し開いたTシャツに、デニムのショート。そして白いエプロン

とても普段はドレスを纏っている皇女とは思えない。気のいい屋台の姉ちゃんになっているテオドラ。

しかし、どこか神々しさを感じさせ、そのギャップが人を惹き付けていた。

 

「天然水・・・アーウェルンク水を無料配布中」

 

テオドラと同じラフな格好。

参加者が屋台の料理を食べるために設置されたスペースを駆け回って、紙コップに入ったオリジナル水を置いていくセクストゥム。

 

「のう、セクよ! そちらに団体二十名追加じゃ! 水の用意をたのむぞい!」

「コク」

「ぬはは、勤労勤労♪ あー、忙しいのう!」

 

見事なコンビネーションで屋台を切り盛りする二人。

その屋台にはそそられた男たちが長蛇の列を作っていた。

 

「姉ちゃん! ヘラスもんじゃを三つ! ついでにスマイル!」

「セクちゃん、水のおかわり! ついでくれた尚嬉しい!」

 

目の前の光景に目が点になる、フェイト。一番役に立たないと思っていた二人は、大勢の客を引き寄せて勤労に励んでいた。

 

「二人ともよく働いているネ」

「・・・・・・・・ああ・・・・・・」

「フェイトさん♪」

「・・・・・・・」

 

笑顔で肩をポンと叩く。そして一言。

 

「働けネ」

「・・・・・」

 

フェイトは無言。しかし超は勝手に話しを勧める。

まずは、キヤルを呼ぶ。キヤルは即決オッケーを出す。

抵抗はしないが、自分の力で歩く気力も無くしたフェイトが超とキヤルに運ばれていく。

普段は遊びまくるダイグレン学園が、今日に限っては祭りを盛り上げるためにそれぞれが役割を果たしていたために、何もしないということが許されなかった。

無理やり連れて行かれるフェイトも含めて、この祭りの状況に亜子たちも笑顔が絶えない。

 

「あはははは、フェイトくんも気の毒やなー、今日に限ってみんな働いとるから」

「でも、働いているのに、なんかみんな楽しそう」

「だね」

「ねえねえ、私たちも早く行こ! ネギ君も来てるかもしれないしー!」

「そうだね、みんなには悪いけど、私たちも今日はただ純粋に楽しもう」

「あっ、じゃあ、さっそく私はヘラスもんじゃ買ってくる! ついでにそのまま、デュナミス先生とかいう人を見に行こうよ!」

 

人に祭りを楽しませるには自分が楽しまなくてはならない。本心では、ただ馬鹿騒ぎしたいだけで始まった祭りかもしれないが、こうして客として訪れた自分たちも自然と楽しくなってしまう以上、ダイグレン学園の勝ちだと思えた。

だがしかし、それでも完全な勝利とは言えなかった。それは、亜子達は気づいていなかったが、祭りを盛り上げようとするカミナたちは嫌でも気づいていた。

 

「オラァ、ギミー、ダリー、お前ら何イスに座って休んでんだよ! もっと楽しんでこいよ!」

 

祭りの喧騒の中を走り回っていたカミナは、休憩スペースに設けられたイスに座って何もしない、ギミーとダリーのもとへと行き、二人を無理やり立たせようとする。

だが、二人も少し迷惑そうな顔をして、カミナに掴まれた手を振り払おうとする。

 

「いや、俺たちは準備で疲れてるし。今日は、チビたちが楽しめばそれでいいし」

「ばっかやろう! デカが楽しんで初めてチビが楽しくなるんだよ! デカの楽しんでるのを見て、チビはその背中を見て自分もそうなろうとするんだよ!」

「ちょっ、カミナさん、私たちだって子供じゃないんですから。私もギミーも頃合を見て、後で回ったりしますから」

「何言ってやがる! いつ回るか? 今だろ!」

「なんか予備校の先生みたいですね」

 

だが、ギミーとダリーの施設年長者の二人が祭りを一歩離れた所から見ているためなのか、今日の主役とも言えるアダイの子供たちも祭りの輪の中に入って行きにくそうである。

確かに祭りは盛り上がっているが、それはあくまで来場している一般客や出店している協力者たちだけであった。

 

「あら、そちらのお嬢ちゃん、見てないでこちらにいらっしゃい! お洋服、たくさんありますわ! 私がコーディネートしてさしあげますわ?」

「えっ・・・あ、い、いい・・・です・・・」

「あっ、ちょ、お待ちになっ・・・あら?」

 

スタートダッシュは良かったかもしれないが、店を出店している者たちは、徐々に違和感を覚え始めた。

やる気満々の、あやかのやる気が簡単に空回ったように、

 

「なあ、俺が残像拳・・・やのうて、分身の術教えたるから、来いて」

「・・・私・・・別に忍者になりたくないもん・・・」

「ええかー、チャクラの練かたは・・・って、おう、コラ、ちょと待てッ!?」

 

主催側のテンションに対して、子供たちのテンションは真逆の状態だった。

 

 

「ほら、撮るよー! 笑って笑ってー・・・って、ほら、ねえ笑ってって! スマイルスマイル! や、ほら、楽しいなーとか、もっと笑顔にね!」

 

「さあ、小僧どもよ、我らテッペリン学園がプレゼンツするこの最新型最先端技術導入のプリクラの説明をって、いい加減に聞けーーー!」

 

「どうかしら。アダイの子供たちVS希望する子供達で、スーパードッヂボール対決は!・・・あら? 坊やたち、どうしたのかし・・・・ま、待ちなさい、今から試合をやるって、ちょ、どうしたのよ!?」

 

「だーかーらー、配の読み方はそうじゃねえって言ってんだろ? やる気ねーのか? 全然、麻雀打てねえぞ!? もっかい教え・・・タ、タイムタイム、怒ってねーって、泣くなって!?」

 

 

そう、どれだけ誘っても、僕はいい、私はいい。やらない。できない。軽い拒絶というか、壁のようなものがアダイの子供たちにできていた。

どこか沈んだ表情。あまり祭りそのものに興味がなさそう。そんな様子だ。

 

 

「ったく、ここまでやっても辛気くせーとは、さすがだぜ。俺とシモンが施設に居たころより酷くなってやがる」

 

「まあ、・・・仕方ないっすよ。昨日も園長先生、熱あってずっとベッドだったし、みんな気がかりなんでしょ」

 

「いや、そりゃ分かってるけどよ。なんつーか、それで楽しまねえとか、それこそジジイが悲しむだろうがよ。言ったじゃねえか。なんでもかんでも、ジジイを理由にしてんじゃねえって」

 

 

肝心なやつらに笑顔が見れない。中々手ごわい相手に、カミナも複雑そうに頭をかいた。

 

「あー、カミナさん。こんにちは! 盛り上がってますね!」

「ん? おお、センコーじゃねえかよ! よく来たな!」

「来ますよー、当たり前じゃないですか」

 

頭を悩ますカミナのもとへ、一般客として祭りに顔を出したネギが挨拶してきた。

いつものような、教師のスーツ姿ではなく、今日はTシャツに七分丈というラフな格好。

年相応の十歳の子供にしか見えなかった。

 

「センコー? ああ、ひょっとしてその子が、有名な子供先生ですか? ロシウが言ってた」

「ほ・・・本当に子供だったんだ・・・」

「おうよ! 俺たちダイグレン学園が認める、漢の中の漢教師よ!」

「あっ、みなさんがロシウさんの居た施設の方たちですね。初めまして、ネギ・スプリングフィールドと申します。ロシウさんにはいつも助けていただいてます」

 

どこからどう見ても礼儀正しい幼い子供にしか見えない。

ネギのことは天才少年という噂だけは聞いているが、この子供が本当にロシウやカミナが認める教師なのかと、二人は疑いの眼差しでジーッとネギを観察した。

すると、挨拶も早々に、ネギは会話の流れでそのまま二人が聞かれたくないことに触れることになった。

 

「お二人は、中学生ですか?」

「まあ、中三っすけど」

「それなら来年は高校生ですね? 進学はどうするんですか? やっぱり、ロシウさんやカミナさんと同じダイグレン学園に?」

「えっ・・・あっ・・・」

「?」

 

ネギの何気ない質問に口ごもる、ギミーとダリー。その会話にカミナも反応し、二人の答えに耳を傾ける。

何か変なことを聞いたかと、ネギが首をかしげると、ギミーは数日前にカミナと話した時と同じことを言った。

 

「やっ、俺もダリーも・・・高校は行かなくてもいいかなって・・・・」

「えっ? そうなんですか? えっと・・・それは、何か他にやりたいことがあるとか・・・」

「いや、そうじゃなくって・・・えっと、なんて言えばいいかな・・・その園長先生が・・・」

 

そこで、カミナは全てを聞き終える前に体が動いていた。

乱暴にギミーの胸ぐらを掴み、

 

「おい、だからジジイを理由にしてんじゃ―――――」

 

だが、その言葉を言い終わる前に事態は少し変わる。

 

「マオシャ、ダメだよ」

「うるさいのう、ナキム。こいつら一回しばいとかんと、つけあがろうもん!」

「やーい、やーい、弱虫ナキムに凶暴マオシャー、二人の結婚式はいつですかー」

「ヒューヒュー! チューしろー!」

 

それは、突如聞こえてきた幼い子供の弱々しい声と、幼い勝気な少女の声と、幼い子供のイタズラめいた声から始まった。

 

「あん? なんだありゃ?」

「あれ・・・・あの子達はこの前の・・・」

 

弱気な少年を庇うように、イジメっ子たちを睨みつける少女。

その光景を見て余計にからかうイジメっ子のような子供たち。

ある意味、幼い子供たちの典型的な光景とも言えた。

 

「お! お前、これダーグヒーローマスクマンの劇の無料チケットじゃろ!」

「あっ、か、返せよ! それは、僕たちアダイの子供だけが貰えたんだ!」

「うっさい、お前たちだけ不公平じゃ。俺らによこさんか」

「お前ら、それナキムに返さんか!」

「へへっ、やった。これで俺もダークヒーローマスクマンの劇を特等席で、しかもタダで見れる」

「だから返せって! それは、園長先生が僕たちに楽しんで来いって言って渡してくれたんだぞ!」

「馬鹿じゃのう。ダークヒーローマスクマンはお前のような泣き虫のシャバい奴が見たって無意味なんじゃ!」

「な、なんだと!」

「へへ、悔しかったら力づくで取ってみい。それか、園長先生にもう一枚もらえばよかろう!」

 

子供たちに人気の劇のチケット。アダイの子供たちだけ特別に与えられたチケットをワルガキたちに取り上げられ、ナキムは涙腺を潤ませながらも必死に取り返そうとする。

だが、ワルガキたちは集団でチケットをパスして回しながら、ナキムに返さない。

 

「ナキムくんに、マオシャちゃん?」

「ナキム!? ったく、またあのワルガキたち、またナキムをイジメて!」

「ちょっ、おいおい、ギミー!? ガキのジャレ合いだぞ?」

「冗談じゃない! あいつらは、いつもいつも同じことをやってるんすよ! ここらで、一度ガツンと言ってやらないと」

 

ナキムとマオシャを知っているネギ。そして、ナキムもまたアダイの子供であることから、ギミーやダリーにとっては家族同然の子供。

ナキムがイジメられているのを見て、走って止めに行こうとする。

だが、その時だった。

 

 

「不思議なものだ。力があっても無くても、人はこうも分かり合えぬのだから。千年が、二千年が、そうやって人類は歴史を繰り返してきた」

 

 

今日は祭りといっても、麻帆良祭の時とは違って仮装やコスプレをしている客は居ない。

いや、仮に居たとしてもこれは絶対に目立つ。

顔と全身が隠れるぐらい深いフードのついたローブを羽織っているその人物は、まるで幽霊のようだった。

何の前触れも無く現れたソレは、ポカンとするナキムたちの間に入って彼らを見下ろす。

 

「小さき命よ、何故泣く?」

「えっ・・・な、なに?」

「小さき命よ、何故怒る?」

「な、なんじゃおまえ!?」

「小さき命よ、何故嘲笑う?」

「な・・・なんなんじゃ!」

 

見るからに異質。その存在に、ネギたちも一瞬目を奪われた。

 

「私はかつてこの世界に救いは無いと悟った。だから私は天を目指し、新たなる世界を創造した。神と称えられ、始祖と呼ばれ、世界は繁栄したが、それでも人は変わらなかった。新世界でも、旧世界でも、いつまでも争いが終わることはなかった」

 

何を言っている? だが、ネギやナキムたちは何も言えなかった。

言葉が出ない。足が動かない。そしてこの異質の存在が放つ存在感は何だ?

 

「あ・・・あ・・・うあ・・・・」

「ひっ・・・」

 

ナキムも勝気なマオシャも、イジメっ子たちも、わけがわからぬまま、突如現れたソレの存在感に圧倒されて腰を抜かした。

分からない。敵意はない。ただ、問いかけているだけだ。その言葉の端々にどこか失望の感情を交えながら。

 

「ちょっと、あなた一体何なんですか?」

 

何者か? 正体を伺うように、ネギが尋ねる。

 

すると、その者はネギに視線を向け、再び言葉を発する。

 

 

「このような、まだ何色にも染まっていない幼子たちですら分かり合えぬ。それは、あと千年経っても変わらぬであろう。そして、もう時間もない。既に崩壊は迫っている。だが、全てがゼロになることに希望も救もない。だからこそ、私は全てを救うための方法は一つしかないと判断した。それこそが、『完全なる世界』だ。そう、矛盾だ。これだけ醜く不可解な『ヒト』という種を、それでも私は捨てきれぬのだから」

 

「ちょっ、あなたは・・・一体・・・」

 

「少年よ。君は先ほどそちらの者たちが進学しない理由を理解できなかったな? 何故だ? 人は分かり合えぬ種。分かり合えぬのに、何故分かろうという無駄な行動を取る?」

 

「えっ・・・はっ? えっ?」

 

「何故だ? 私は何千年も同じ葛藤をし、十年ぶりに目覚めた今でも同じ疑問を抱き続ける。どの英雄も、どの勇者も、どの魔法使いも結局は『人』。私の欲しかった答えを誰も示さなかった。今回も所詮同じではないかと疑念を抱く」

 

 

深い絶望にも似た感情が見え隠れしている。彼の言葉が何を言っているのかは誰も分からない。分からないからこそ、理解も否定もすることもできない。

分からないからこそ、彼の問に対する返答が誰にも出来なかった。

そして、事態はさらにややこしいことになる。

 

「だが、それでも黙って私についてきたのだから、興味と僅かな期待があるのではないか?」

 

また何者かが現れた。

 

 

「お前は言ったな。人は分かり合うのは難しいが、この世界での人々は分かり合える未来に進んでいると」

 

「そうだ。そして、私はこの世界ならばお前の計画以外ないと思っていた救いの道が、無限に広がっていると見た。私はそれに賭けたい。だからお前も知るべきなのだ」

 

「ふっ、それでいきなり見せられた光景がコレでは、希望も薄いではないか」

 

 

そして彼もまた異質。全身を黒一色に包み、手足も顔も覆われている。

 

「ひいいいいいいいい!?」

 

そんな怪しいものがまた一人増えたのだから、当然子供たちは恐怖で怯える。

 

「ちょっ、あんたら何なんすか? 子供たちが怖がってるじゃないか!」

「そ、そうです! ナキム、マオシャ、あなたたちもこっちに来て!」

 

さすがにギミーたちも、いつまでも呆けていられずに、子供たちを彼らから遠ざけようとする。

すると怪しさ満載の二人組だが、黒ずくめの方は、自分たちは怪しくないと訴えるように両手を振る。

 

「安心しろ、アダイの子達。我々はただ純粋に祭りを楽しみに来ただけだ」

「そんなこと言って、怪しすぎるじゃないですか! 顔を出してください!」

 

詰め寄るダリー。すると、その肩をカミナが止めた。

 

「まあ、待てよ、ダリー」

「カミナさん!?」

「確かに怪しい奴だが、危ない奴じゃねえ」

 

こんな怪しすぎる連中に、何を言っているのだ? そう皆が思ったが、カミナは前へ出て、二人組の前に立つ。

そして、声を掛ける。

 

「いよう、アンスパ。テメェも来たのかよ。それとも・・・昔の呼び方がいいか? キシムのおっちゃん」

「こんにちは、カミナ君。そして、私のことはアンスパで構わない。もはや私にシモンの父を名乗る資格はないのだから」

 

そう、それはあの男だった。

カミナの言葉に、その男は緊張感を緩めて和やかに挨拶する。

 

 

「色々面倒をかけたね。君にもシモンにも」

 

「あん? なんだよそりゃ、んなもん忘れちまったよ。俺はいつまでも過去を根に持たねえ。その根をぶった切って、ひたすら前へ進むカミナ様だ! 俺が切らねえ根っこは、俺が俺であるための根っこで十分よォ!」

 

「やはり君は変わらない」

 

「おうよ、俺は成長するけど変わらねえ。俺もシモンもな!」

 

「こっちのシモンは今どこいるか分からねえけど、そのうち来るだろ。ただ・・・・・・『あっち』のシモンはどうだ?」

 

「さあな。どうなったか。どうなるのか。それを知りたいのは私の方だよ」

 

「まっ、シモンなら何も問題ねえって分かってるけどよ」

 

「・・・・・・そうだな・・・」

 

 

そう、カミナはこの怪しい人物を知っていた。その名はアンスパ。正体は、シモンの父親だった。

だが、そのことを知らないネギやギミーたちは二人が知り合いであったことに戸惑いを隠せなかったが、すぐに納得した。

確かにカミナの知り合いならこんな怪しい奴の一人や二人ぐらい居てもおかしくないだろうと。

しかし、その時、いつも豪快にバカ丸出しのカミナが、何故か今だけは少し複雑そうな、そしてどこか昔を懐かしんでいるかのような笑顔に見えた。

 

「まっ、来たんなら気合入れて楽しんでけよ。んで、アンスパ。そのマント野郎はお前の友達か?」

「ん? まあ、旧友だな」

 

そう言って、アンスパは半身になって黒マントの人物を前へ誘う。

黒マントの人物はゆっくりと前へ出るが、どれだけ近づいてもそのフードの下の素顔だけは見えない。

だが、彼はカミナ、そしてネギを一瞬だけ見て、再び口を開く。

 

 

「会いたかったよ・・・カミナ・・・・・・そして、ネギ・スプリングフィールド・・・」

 

「えっ、俺?」

 

「僕!?」

 

 

意外な言葉に驚く二人。すると、黒マントはあたりをキョロキョロして何かを探す。

 

 

「まあ、会いたかったのは、お前たち二人だけではないがな。堀田の息子にして、かつて私の前に現れたシモン・・・・・・そして・・・・・・」

 

 

その時、ガシャンと大きな音が聞こえた。

音の聞こえた方向へ振り返ると、フェイトが、超がプロデュースしたアイドルグループの大量のグッズを地面に盛大にぶちまけていた。

だが、フェイトはそれを拾おうとしない。それどころか、その視線を黒マントの人物から全くそらさず、全身を激しく震わせていた。

 

 

「・・・・・・・・・なぜ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なぜ・・・・・・・ここに・・・・い、いつ・・・封印から・・・・・・・・」

 

 

狼狽えるフェイトは、カミナたちも何度か見てきたが、今回のは種類が違う。

戸惑いどころではない。深刻さのこもった衝撃を受けている様子だ。

そして、

 

 

「おい、テルティウムよ、シモンを見なかったか? あやつ、結局本番になるまで一度も劇の練習もせずに、一体どこに・・・・・・・・なっ!!!???」

 

「兄様。もし、マスターの居場所を隠しているようでしたら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!!???」

 

 

初めて麻帆良に現れた時と同じ、マスクを装着した状態のデュナミスと、屋台の衣装姿のセクストゥムが、祭り当日になっても未だに現れないシモンを探しに、フェイトを訪ねに来たのだが、この光景は彼らですら絶句した。

 

 

「そう・・・お前たちにも会いたかったぞ。テルティウム・・・いや、今はフェイトだったか? そして、セクストゥム・・・・・・・・で、何故お前まで居るのだ? デュナミスよ」

 

 

フェイト、デュナミス、セクストゥムは一言も言葉を発することができなかった。

いま自分たちが目にしているのは、誰かの悪ふざけか? 幻想か? それとも現実か? その全てを確かめられずに、ただそこに立ち尽くすだけだった。

ただ、どうしてこんな状況になっているか分からないフェイトが絞り出した唯一の一言は、デュナミスもセクストゥムもまったく同じ思いを感じている一言だった。

 

「なぜ・・・・・・・・・・・・・・・マスター・・・・」

 

なぜここに? いつここに? 様々な疑問だけしか思い浮かばなかったが、それも無理のないこと。

 

「未だにシモンの隣にいたか。どうやら、お前に関する賭けは、堀田の勝ちだったようだな」

 

今ここに、フェイトたちの生みの親であり、世界崩壊を企む組織、完全なる世界の黒幕が参上したのだった。

 

 



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第97話 VIPの集い

フェイトは自分で自分のことを、感情に乏しく、多くのことに無関心で無表情なつまらぬ存在だと思っていた。

そんな時期が自分にもあった。

だが、おかしい。ここ最近、クールが特徴だと思っていたはずの自分が混乱することばかりが起こっている。

きっかけは、ダイグレン学園と初めて出会った闇鍋パーティーからだ。

しかしあれからそれほど日にちも経っていないのに、この状況は何だ?

 

「どうした? テ・・・いや、フェイトよ」

「い、いえ・・・」

 

何年か前までは配下として常にこの人物の傍に居た。

今更恐れること等、何も無いと思っていたが、あまりにも突然すぎる状況でパニック状態だ。

フェイトは落ち着こうとコーヒーを飲もうとするが、カップを持つ手が震えてうまく飲めない。

そして、そんな彼の気持ちを最も察しているのが、デュナミスだった。

 

「驚きました。・・・一体いつの間に目覚められたのですか?」

 

デュナミスは演劇で使う仮面を外さない。それは、今の自分の表情を悟られたくないからだ。

仮面の下では恐らくフェイトと同じような顔をしている。

彼はこの学園に来て、多くの人間と出会い、人の温かさや心を知って変わった。

だからこそ、今の変わった自分の前に対して、かつての主は何と言うのか。どう思われるのか。ただ恐ろしく、言葉がうまく出てこなかった。

 

 

「・・・・・・・・・キョロキョロ・・・・」

 

 

セクストゥムだけはあまり恐れていない。

それは、彼女は目覚めてすぐにシモンをマスターとして認識していたために、目の前の存在を主として認識したことはなかったからだ。

だが、それでも自分の制作者であることは認識している。

彼女は特に何かを考えているわけではないが、ただ状況がただ事では無いことは察しており、不安からか自然と自分のマスターであるシモンを探していた。

 

「私のおごりだ。食すがよい。ジュルルルルルル。うむ、うまい。やはり私は、あんかけスパゲティよりも、きしめん派だな」

「ほう。それは私に宣戦布告をしているということか?」

「いいや、やはりこんなことでも人は分かりあえぬのだと思ったところだ。人類の争いの歴史。どれも最初は小さいことらやがて大きく発展し、そして最後には戦争に繋がる。こうしてあんかけスパゲティときしめんで言い争う我らの争いも、どこかで折り合いをつけねば戦争に繋がることも・・・」

 

OK、まずは何からツッコミを入れよう。フェイトとデュナミスは頭の中を整理する。

ここは大騒ぎする祭りの中で、飲食スペースとして設置された白いプラスチックで出来た四人掛けの丸テーブルと椅子を二組くっつけた大人数用の席。夏間近で日差しが強いため、パラソルまで設置されている。

近くでは昼間からビールを飲んでいる中年や教師陣。ヘラスもんじゃを始めとする屋台メシをがっつく子供たち。その中で、目立つぐらい怪しさ全開の八人組のテーブルがある。それが自分たちだ。

 

「あの・・・えっと、僕はどちらもおいしいと思います! どちらもそれぞれ個性があり、良い面も悪い面もあると思いますが、それはどっちの方がおいしいとかまずいとかを決めるものではないと思います!」

「ふむ・・・・人類がみなそなたのように物分かりがよければよいが・・・しかし、誰もが思うはずだ。人は自分の信じたものこそ最上であり、正義であり、そして真実であると」

「そんなことないです! ナンバーワンじゃなくても、オンリーワンであればそれがその人の個性です! その個性に順位を無理やりつけなくてもいいじゃないですか!」

 

OK。いや、NOだよ、ネギ君。何で君までここに座ってるんだい? 

君は今一番ここに居たらまずい人間だよ。ってか、何普通にきしめんを食べてるんだい? 

と、フェイトとデュナミスはまったく同じことを考えていた。

 

「確かにどっちもうめえ! だが、一番を決めねえなんてことは、男としてありえねえ! 男ってもんは、自分の好きなもんこそ最強だと誇ってナンボよ! それがナンバーワンのオンリーワンって奴だ!」

「ほう、お前は本能に忠実な生き方をしているようだな」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる! だから、お前も自信を持てよな! らいふ・・・め・・・あ~、よし、ライ公! アンスパ! お前らは自分の好きなもんにとことん誇りを持って相手を負かしてやれ!」

 

・・・・・・・・ライ公?

 

「カミナアアアアアアアアアアアアア!? きききききき、君は!?」

「いかん! 頭を下げろ、カミナ! おま、おまえはなんちゅーこと・・・いやいや、何と無礼なことを! 頭を下げろ! も、申し訳ありません、マスター! この男はとにかくバカでアホなのです。しかし、悪気は無いのです。こやつの担任として・・・じゃなかった、とりあえず私が処罰を受けましょう。とにかく寛大な心でこの男を許していただきたい!」

「おう!? くそ、いてーな、何すんだよ、フェイ公、デュナ先公!?」

「何してんのは貴様の方だ!」

 

フェイトとデュナミスが超速でカミナの背後に回って首根っこを捕まえて、何度も頭を机の上に叩きつけて、頭を下げさせる。

デュナミスもフェイトもその動きに合わせるように、土下座状態。

すると彼の反応は?

 

「くくくくく」

 

不敵に笑った。それは、何の笑いだ? 怒りか? いや・・・

 

「フハハハハハハハハハハハハ!!」

 

ただの大爆笑だった。

意外な反応にポカンとするフェイトとデュナミス。

 

「なるほど。噂には聞いていたが、お前がこの時代の中心か。シモンも、ネギ・スプリングフィールドも、そして我が子たちも、お前に関わり影響を受けて変わっていく」

 

造物主は割りばしを置いて、手を差し出す。何の変哲もない人間の手だ。

 

「ライ公か。長生きしたが、そう呼ばれたのは初めてだ」

「おっ・・・」

「我が子らが世話になっている」

 

怒っていないどころか機嫌よさそうに笑い、カミナと握手する造物主。ただただ呆然とするしかないフェイト。

これはいったいどういうことか?

 

「あの! えっと、話を整理しますと、アンスパさんがシモンさんのお父さんで、ライさんがフェイトやセクストゥムさんやデュナミス先生のお父さんなんですか? っていうより、フェイトとデュナミス先生も兄弟なの?」

「あっ、いや、僕たちはそういうわけじゃないんだけど、少し特殊な関係性で・・・・・・いや、ネギくん、君がこの方をライさんと呼ぶのは色々とまずいことにだね・・・」

「そなたにも我が子らが世話になっている。今後も面倒をかけることになるかもしれないが」

「あっ、いえいえ、フェイトはとてもしっかりしていて優秀な生徒で、セクストゥムさんは少し表情が固いですけどシモンさんが絡むととても積極的な生徒ですし、デュナミス先生は僕が尊敬する、この学園でも既に代表的な先生です。お世話になっているのはむしろ僕のほうです」

 

そして、ネギもまた造物主と固く握手をする。

もう、その光景にフェイトとデュナミスは二人の苦悩が大爆発した。

 

(だから、握手をするのはやめたまえ!? 君は、誰と握手しているんだい! もし、この光景を魔法協会や魔法世界の連中に見られたら、全世界が絶望するぐらい最悪のニュースになるんだよ!? かつて世界滅亡を企んだ巨大テロ組織と世界を救った英雄の息子が握手なんて、なんて悪い夢だ!?)

(その御方はそなたの父と母をそなたから引き離した張本人だぞ!? しかも、今のマスターの肉体の器は・・・・・・まずい・・・こんな所をタカミチが目撃したら自殺するぞ!?)

 

頭を抱えて身悶える二人にアンスパは「お気の毒に」と、少し冷めた様子で、きしめんのスープをすすっていた。

そして、確かに思った通り、こんな所をタカミチなどが目撃したら発狂するレベルかも・・・

 

 

「なっ・・・・・・」

 

「「・・・・・あっ・・・」」

 

 

そして、それが前振りであり、こんな場面をタカミチが目撃したらと思えば、居るものなのだ。

祭りに客として来場し、いったん休憩とでも考えたのだろう。

テーブルに灰皿を置いて一服しようとしたタカミチが、フェイトたちの斜め後ろの席に座ろうとしていた。

タカミチは火をつけようとした煙草をそのまま落とし、フェイトとデュナミスとまったく同じような表情で震え、そして・・・・

 

「な・・・・・ななな・・・・ななななな・・・・・・・・・」

「タ、タカミチよ、これは我々もどうしてこうなったかは分からぬのだが、いったん落ち着け!」

「僕たちは何も君を騙していたわけじゃ・・・いや、頼む。泣かないでくれ!?」

 

タカミチ。大人の物腰のヒゲダンディーハードボイルドな男は、情けない表情で瞳に涙、唇を悔しさで血が出るぐらい噛みしめ、拳をギリギリと握り締めながら、その鉄拳でテーブルを叩き割った。

 

「な、なんということだ!? こ、こんな、こんなことが・・・僕が、僕が居ながらなんてことを!?」

「いや、タカミチ・・・」

「申し訳ありません、師匠! ナギ! アリカ姫! 僕の・・・僕の所為だ! ネギ君の傍に居ながら、完全なる世界を監視していながら、こんなことが・・・・ッ!? 造物主の復活を許しただけでなく、ネギ君を敵に懐柔されていることを、今の今まで気付かなかったなんて!?」

「待て、確かにそう勘違いされても仕方ないかもしれぬが、我々はネギ教員を懐柔などしておらん!」

「こうなれば、例え刺し違えてでもこの場で! たとえ、この命を落とすことになろうとも、僕は、僕は・・・!」

 

深い絶望と己の無力さに嘆くタカミチ。

必死で落ち着かせようとフェイトとデュナミスが駆け寄るが、内心少しだけホッとしていた。

ようやくこの異常な光景に正常な反応をしてくれる者があらわれたと。

そして、そんな正常な反応をする者たちが、タカミチに続き、示し合わせたかのように続々と現れるのだった。

 

「おい、随分とうるさいな。一体何が・・・・・・」

 

一人の幼女が、手にはヘラスもんじゃと、あやかの古着が大量に入った袋を抱えて、いかにも祭りを満喫しているようだったが、騒がしいこの集団に怪訝な顔で文句を言おうとしたが、彼女もまた、タカミチやフェイトたちと同じ表情で固まった。

 

「おーい、セクよ! いつまでサボっておるのじゃ! 昼時になりより一層忙しく・・・・・」

 

ソースの匂いが全身に染み、キラキラ光る汗を流しながら大声でセクストゥムを呼ぶ女性。

 

「フェイトさん、いい加減逃げるのはヤメるネ! さあ、急いでかつて魔法世界の王女が作曲したが未発表のまま歴史の中で埋もれた、『恋の宇宙開発・ラブマテリアル』を歌う・・・・はっ?」

 

どこかのテレビ局のプロデューサーのような、サングラスと帽子とパーカーを肩で羽織った女生徒。

 

「ダークヒーローマスクマンの前座にサーカスの公演をやります。是非見に来て・・・・!!??」

 

褐色肌で、全身をサーカスのピエロの仮装をしてチラシをバラまく少女。

 

「久しいな、エヴァンジェリン。我が娘よ」

「なあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「我が創造した亜人種国の皇族の末裔もまた、懐かしいな」

「ほ・・・・・ほわああああああああああああああああああああああああ!?」

「恋の宇宙開発・ラブマテリアルか・・・・・・確か、あの女が作った曲だったな」

「にょわああああああああああああああああああああああああ!?」

「魔界の姫君・・・丁度いい。まさかこんな形で、三界の主要人物全てが揃うとはな・・・偶然か必然か・・・」

「!!!!????」

 

今ここに、表も裏の世界も、新世界も旧世界も過去も未来も全てを巻き込んだ、超VIP首脳会談が開かれることになるのだった。

 



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第98話 完全なる世界の家族会議

世界を左右させるVIPたちの超会談。

しかし、そんなもん知ったこっちゃねえとばかりに、ダイグレン学園の生徒たちの熱は加熱されていく。

 

「おうこら、テッペリン学園の毛むくじゃらども、なんなんだよテメエらの出し物はよ!」

「なんだとはなんだ!? テッペリン財団総帥であるロージェノム様が私財を投資して制作した、3Dプリクラだ。古今東西南北天地魔界、あらゆる次元に死角なし! このクオリティ、毛穴の奥まで思い知るがいい!」

「あのハゲヒゲ親父、ニアと撮りたいためだけにポケットマネーで開発したってのかよ・・・」

 

ダイグレン学園と犬猿の仲であるテッペリン学園も、相変わらず喧嘩腰ではあるが、ちゃんと祭りに協力しており、意外と義理堅いのだが、それでもやはり肩を組んで仲良くというわけにはいかない。

キタン達はテッペリン学園のヴィラルといつものように言い争っていた。

 

「つうか、テメエらプリクラが出しものとか、楽をしすぎじゃねえか! これを何台か置いてるだけでお前らの仕事終わりじゃねえかよ!」

「何を言う! 我らには金では変えられぬ重大な使命がある! それを知らずして、貴様らの物差しで語るな!」

「重大な使命だ~?」

 

重大な使命という言葉を口にして、力強い瞳を向けるヴィラル。

何かを決意した男の瞳だ。その瞳に圧倒されて一瞬たじろぐキタン達。

ヴィラルが背負った使命とは・・・

 

「ニアよ・・・・・・・・・・約束したではないか・・・・・・・プリクラを一緒に撮ってくれると・・・」

「記憶にございません。何故、縁を切ったあなたとそのようなことを?」

「ぬあ、ニ、ニア!? いや、黒ニアよ、それはあんまりではないか! 学園祭の時に、ワシと約束したではないか!? しかも縁を切ったじゃと!? ワシは切っとらんぞ! 結局、シモンとの交際も苦渋の決断の末に認めたではないか!」

「そもそも、あなたが認めなくても関係ないのです。私とシモンは宇宙を敵に回しても夫婦になる運命。あなたの許可など、価値観としてはゼロに等しい」

「はぐわっ!?」

「それに、今日は両親と暮らせなくなった施設の子供たちへ向けたイベントです。その中で、仮にも元父と元娘で仲良くプリクラ? あなたには人の心が理解できないのですね」

「何を言うか!? お前こそ、父の気持ちも愛も分かっていないではないか!?」

 

白いワンピースの水着姿で接客する黒ニアと涙ながらに話しかける、ロージェノム。

その威厳も尊厳も風格も全て台無しにしながらも、ロージェノムは愛するニアとプリクラを撮りたいと訴えるものの、ニアは即拒否の態度を取り続けた。

 

「おいたわしい・・・ロージェノム様の心の傷・・・なんと深くつらいことか・・・・だから俺は決めたのだ! ロージェノム様の命運を変えてみせると! 必ずや、ニア様とのプリクラを実現してみせると!!」 

 

ヴィラルは走る。己の使命を全うさせるために。

 

「ニアさまーーーー、ロージェノム様のお気持ちもご理解下さい! ロージェノム様もあの学園祭からもずっとニア様を見守り続けておりました! 確かに途中、テオドラという女性とセクストゥムという者や綾波フェイという者をシモンとくっつけて、ニア様と別れさせようと工作したこともありましたが、それは父の純粋な嫉妬と捉えてもよろし、ぶへあうおうあ!?」

 

己の使命を宣言し、ロージェノムをフォローすべくニアの元へ駆けだしたヴィラルだが、一瞬で黒ニアのコークスクリューパンチでブッ飛ばされた。

 

「そうですか・・・テオドラとセクストゥムの寮の部屋がいつまでも用意されず、仕方ないからという理由で、何故かシモンの部屋に二人とも住むことになり、そのまま出て行かないという不思議なことがありましたが、それはやはりお父様の仕業でしたか・・・」

「い、いや、それは・・・いえ、それは全てロージェノム様の指示ではなく、この私が自分の判断で勝手に工作したことです!」

「なるほど、あくまでお父様を庇うのですか・・・それなら、テオドラがいつもセクシーでスケスケのランジェリーを着てシモンの部屋をうろついていることに対抗しようと、私が通販で取り寄せた勝負下着・・・いえ、戦争下着が全て紛失していたことがありましたが・・・」

「あっ、それはけしからんという理由でロージェノム様が直接部屋に侵入して没収――――――」

 

その瞬間、泣きじゃくっていたロージェノムにトドメとばかりに、ニアの回し蹴りが炸裂した。

 

「では最後に・・・・・・」

「ひ、ひいい!?」

「私はシモンのお小遣いから、パソコンの履歴やフォルダも全てチェックしていますが・・・・・・所持金や検索履歴からも、シモンが入手したとは思えない、大量のいかがわしい本やDVDが部屋から発見されました。恐らく、私とシモンを喧嘩させたい誰かの仕業だとは思いましたが・・・・・・・」

「ちち、誓って自分ではありません!」

「・・・・・・・・・・何故か巨乳お姉さん系のジャンルしかありませんでしたが・・・・・・・・私へのあてつけですか? テオドラのフォローですか?」

「わ、私は何も知りません!?」

「・・・・・・・・・・・・・絶対的絶望を・・・」

「全てはロロ、ロージェノム様の指示です! サー!」

 

黒ニアは、ダウンしたロージェノムに、ダメ押しとばかりに顔面を踏みつけた。

鬼。悪魔。残虐につきる黒ニアの残酷さに、さすがのダイグレン学園の面々も引き気味だ。

例え、実の親子だったとしても、分かりあえないことだってあるのだと示す光景だった。

 

「ちょっとちょっと、黒ニアー、やり過ぎじゃない?」

「いいえ、私とシモンを引き裂こうとする者は何ものも許さないだけです」

「ったく。最近ライバルが増えてイライラすんのは分かるけど、もっと余裕もったら? 表のニアは全然動じてないじゃない。正妻の余裕って奴?」

「いいえ、ニアが余裕すぎるからいけないのです。勿論、シモンのことは信じていますが、シモンのドリルだって男の子です」

「や、そうだけど・・・・ほら、見てよ子供たちを。怯えてるじゃない」

 

ヨーコが苦笑しながら指し示す先には、ナキムやマオシャに他の子供たちがガタガタと震えていた。

造物主、アンスパ、そしてこの黒ニアといい、短時間で恐るべき存在を目の当たりにしたのだ。子供たちを喜ばすどころか、逆に怯えてしまっていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

黒ニアは無言で子供たちをジーッと見つめる。

その無表情の冷たい視線が恐怖を更に加速させる。

一方で黒ニアも、ヨーコに指摘されて自分の今置かれている状況をどうすべきか悩んだ挙句、

 

「はい、ギガフランクフルトですよ~、みなさん、たーんと召し上がれ!」

 

諦めて表のニアにバトンタッチした。

だが、ニアが二重人格だと知らない子供たちからすれば、先ほど自身の父親や男子生徒を殴って蹴って踏み潰した残虐な女が、いきなり花のように可愛らしい笑顔を見せるのは、手のひらを返したような表情を見せられたようで、逆にもっと怖くなった。

 

 

「「「「ひいいいいい!!??」」」」

 

「あら? フランクフルトはお嫌いでしたか?」

 

 

恐怖に怯えて一瞬で逃げ出す子供たち。

状況を把握できないニアは、「う~ん」と軽く小首を傾げて、子供たちの背中を見ていた。

 

「あーあ、やっちゃった・・・」

 

逃げ出した子供たちを見て、ヨーコも溜息を吐いた。

ダイグレン学園の中でも、もっとも人受けがいいであろうニアにも、このようなことも起こる。

逃げ出した子供達といい、未だに心の底から笑顔ともいえない施設の子供たちの様子を見ていると、どうもうまくいかないものだと、ヨーコは少し頭を抱えた。

 

「ヨーコさん、どうしましょう。一般のお客さんたちには売れていますけど、肝心の子供たちには売れていません

「そーねー・・・うまくいかないわねー。もともと、施設の子供たちを楽しませるお祭りなのに、気づけば楽しんでるのって、私たちだけかもしれないわね」

 

本来の趣旨は祭りを盛り上げることではない。

元々暗い雰囲気のアダイの子供たちを全員明るく楽しませることが目的だ。

だが、祭り自体は確かに盛り上がっているが、本来の目的を考えると、少し引っ掛かりがあるのも事実だった。

 

「そんなことはありません。子供たちも喜んでいると思いますよ? ただ、園長先生の体調が優れないことが、気になっているんだと思いますよ」

「ロシウ? 園長先生って、マギン園長でしょ? そういえば、カミナもマギン園長の体調が悪いって言ってたわね。そんなに悪いの?」

「いえ、そこまでは。ですが、園長先生ももう歳ですから・・・みなもこの施設や、園長先生、それに自分たちの将来について色々と気になっていることが多いんでしょう。でも、お祭りはお祭りで喜んでいると思いますよ?」

「そうなんだ・・・・」

 

アダイ出身のロシウが屋台の裏方作業の仕事を一段落させて、冷静に祭りの状況を眺めてそう言った。

ロシウの言葉で少しだけホッとしたヨーコ。だが、それでもやはり気になってしまう。

 

「ねえ・・・カミナは・・・この状況をどうしようとしているのかな?」

「カミナさんですか?」

「うん。あいつは、言ってたじゃない?」

 

―――くれーくそガキ共が暗くなる間もねえぐらいに盛り上げてやろうぜ!

 

「このままじゃ、今日お祭りが終わっても、明日はまた元通りよ? あいつは、どうやってあの子たちに上を向かせようとしているのかな」

 

自分で情けないと思いつつも、ヨーコはやはり心の中でカミナに頼ってしまう。

このまま終わってしまえば、結局なにも変わらないのではないか? だが、自分にこれ以上何が出来るのだ?

家族を失い、親代わりに育ててもらっている人の体調、将来への不安、それらを今の自分に取り除いてあげることはできない。

しかし、自分にはできないが、カミナならどうするのか? ヨーコは自然と周りを見渡してカミナを探す。

そして・・・

 

(シモン・・・あんたもよ・・・あんた、今なにやってんのよ?)

 

カミナと同じぐらいヨーコが信頼する仲間、シモン。

いつもカミナの無茶苦茶な無理を通して、道理を引っ込めてしまうのは、彼が居たからだ。

しかし、そのシモンが何故か未だに現れない。連絡もない。みな、シモンなら大丈夫だろうと大して心配しない。

勿論、ヨーコだって信じている。

だが、やはりここにシモンが居ないことには、何も始まらないのではないかと不安に思ってしまうのだった。

すると、

 

 

―――ピン!

 

「あたっ」

 

――ムニュ!

 

「なっ!?」

 

 

ロシウのデコがデコピンで弾かれ、ヨーコのお尻が鷲掴みされた。

 

「ったく、まーたお前らはダイグレン学園のクセに小難しく考えやがって」

 

カミナだった。

 

「カ、カミナさん!?」

「んの、スケベやろう!」

「おっと。元気あるじゃねーか。下向いてんじゃねえよ」

 

相変わらず、ガキみたいな顔をしてケラケラ笑うカミナ。

ヨーコの鉄拳をひょいひょい交わしながら、からかう。

 

「ったく、あんたどうしたの? ギミーとかダリーとか大丈夫なの? それと、なんかゴチャゴチャ飲食スペースであったみたいだけど」

「おう、なんかよくわかんねーゴチャゴチャした話ばっかでよくワカンネーから、フケてきた」

「ふーん。でもあれ・・・アンスパにザジだっけ? それに、先生や高畑にデュナミス先生にセクにテオに超。・・・それと、よく見る金髪のちっちゃい女の子に・・・誰? あのマントの人。また変な奴が現れたわね」

 

グラウンドの中央に位置する飲食スペースで、何やら祭りとは不釣合いな雰囲気を醸し出す奇妙な集団が大きな和を作って、何かを話しているようだ。

その様子から、仲の良いグループで集まったりしているわけではなさそうだ。

そこに居る一人一人の表情、空気、全てが真剣そのものだった。

 

 

 

四人がけの丸テーブルがいくつも合体し、気づけば十人以上の重鎮たちが円を作って互を向き合っていた。

 

「善意の押し売りで、人と分かり合おうなど、甘いことだ。家族も仲間も友も、結局は自分以外の人間だ。つまり他人だ。だからこそ、自分の理想とする、自分が幸福と思う、自分を中心とした『完全なる世界』。誰にでも平等に与えられる争いのない世界。命の数だけの世界。全てのものに安らぎを与える夢と理想の実現。それさえあれば、無理に他人と分かり合おうとする必要などないだろう。どうせ、分かり合えぬのだから」

 

その中で、造物主は一人己の思想を迷いなく告げる。

その場にいる誰もが反論することも口を挟むこともしない。

ただ、黙って造物主の想いを聞いていた。

 

「そう、人は真に分かり合えぬ。だから、お前たちも私の考えを分かる気はないであろう? だからこそ、大戦は起こったのだから」

 

そう。反論しないからといって、納得しているわけではない。

それは、ここに居る誰もが同じ。

かつての大戦を思い出したのだろうか、タカミチやテオドラの瞳は闘争心がむき出しだ。

そして、

 

 

「・・・・・・・・・・・だが、自分が作った人形までもが意思を持ち、私を否定するとは思わなかったがな」

 

「「「っ!?」」」

 

「そう緊張するな。お前たちが私や魔法世界を忘れて、今を生きることを咎める気はない。ただ、確認だけはしておきたいと思ってな」

 

 

一瞬だけ、造物主の圧迫感が増した。そして、その視線がこの場にいる者たちの中の三人に向けられる。

 

「・・・セクストゥムよ」

「・・・はい・・・」

「お前は私をマスターと呼ぶ必要などない。お前のマスターは、シモンであろう? だが、これだけは答えよ。・・・どうだ・・・。今、幸福か? 」

「はい。マスターの傍に居ると、満たされます」

「そうか・・・」

 

かつて、造物主が己の計画実現のために造り上げた、人形。セクストゥム・・・

 

「デュナミス」

「はっ!」

「お前までここに居るとは思わなかった。しかも、麻帆良で私が封印されているというのに、それを忘れていたかのように日々を過ごしていたとは」

「・・・返す言葉もありません・・・」

「ふっ、まあよい。幸福かどうかは別にして、お前も私に気が回らないほど日々が充実していたのであろう。お前は二十年前のシモンとの出会いから、バグなのか、どうなってしまうのか私にも分からぬほどおかしくなったからな」

 

デュナミス・・・

そして、

 

「問題は・・・お前だ、フェイトよ」

 

造物主の視線がフェイトに止まった。

その瞬間、一層重く、強く、押しつぶすかのようなプレッシャーがフェイトに襲いかかった。

 

「ッ!?」

「二十年前、お前と話した時を覚えているか?」

「・・・・・はい・・・・」

「お前も、デュナミスもセクストゥムも、もはや人形ではない。心を持ち、感情を持ち、意思を持ち、人となった。そして私が、人となったお前の望み、そして何のために生きるのかを聞いたとき、こう答えたな・・・」

 

―――大切な人たちの明日を守るため・・・・・彼らがいつまでも・・・バカみたいに笑っていられる世界を守るため。そのために・・・そのために僕は生まれてきたんだ!

 

「・・・はい、覚えています」

 

その会話を聞いたとき、誰もが驚いた。

タカミチやテオドラなど、かつてフェイトの敵だったものたちは当然、超やザジにネギもフェイトをよく知る者たちは、フェイトがかつてそのような熱の篭った仲間への想いを口にしたことに、胸が打たれた。

そして、

 

「それを聞いたとき、お前は私の意思を継がないまでも、それでも私の示す方法を実行すると思っていた。お前の仲間はあくまでこの世界のシモンたち。だからこそ、彼らを守るためにも、魔法世界を封じなければならないと。たとえどのような非難を受けようとも」

 

造物主の言葉に、フェイトはただ黙って頷いていた。何故なら、それは紛れもない事実だったからだ。

実際にフェイトは、かつて魔法世界にタイムスリップした際に、シモンやニアたちの存在の重さに気づき、仲間を守りたいと思ったからこそ余計に自分の信念を貫こうとした。

時を見て、皆の前から去り、永遠に別れようとも思っていた。

だが、それでも今でもここに居る。それは、別れのタイミングを逃したからか? 名残惜しくなったからか? そうではない。

 

「マスター・・・僕も最初はそのつもりでした。どんなに自分が汚れても、どれだけ罵られても、彼らを守ることが出来るのならそれでいい。僕はそう思っていました。でも、違いました。僕は、みんなを見くびっていた。そんなおしつけがましい未来を彼らは何一つ望んでいなかった」

「・・・そうだ・・・押し付けがましい善意を迷惑に思うように、おしつけがましい未来も誰も望まぬ。それは私もかつての戦で学び、理解している。だが、ならどうする?」 

 

甘い理想など許さない。誤魔化すことも許さない。

 

「お前は、私が掲げた計画を今でも支持するか? 実行する気はあるか?」

「僕は・・・・・・・もう・・・しません」

「なら、どうする気だ? 時間はもうないのだぞ? あの世界は崩壊を迎え、この世界と生存をかけた領土争い、世界を巻き込む滅びの危機は目の前に迫っているのだぞ? まさか、危機感まで忘れたとは言わぬであろう?」

 

ただ、答えを出せと、造物主は言う

だが、正直なところ、フェイトは今の時点で造物主を納得させるだけの答えは持っていなかった。

造物主のやり方をもう支持しない。

 

「僕は・・・」

 

ならば、今の時点で言えることは?

 

「皆とどうにかしてみせます。もし明日世界が滅ぶとしたら、彼らはその滅びそのものを滅ぼそうとする。彼らは最後まで諦めない。だから、僕も諦めないことにします」

 

そこに明確な代案などはなかった。甘い戯言と言えばそれまでだ。

少なくとも造物主が納得できる答えとは言えなかった。

 

「やれやれ。己を偽らずに生きよとは言ったが・・・・・・それがお前の生きる道か」

 

案の定、造物主からは呆れたような深い溜息がもれた。

 

「ならば・・・・・・・・・・・・仮にこの場で私を敵に回したとしても、後悔はないということだな?」

 

フェイトだけに向けられていたプレッシャーが、空間を埋め、その場の席に座っていた者たち全員が感じ取った。

やる気か? 誰もがすぐにでも飛び出せるように臨戦態勢に入ろうとする。

ただ、一人を除いて・・・

 

「ちょっと待ってください! 話がまったくよくわかりませんけど、家族で喧嘩はいけないと思います! フェイトもライさんも、もっと仲良くしましょう! 大体、今のフェイトは何も呆れられるようなことを言ったとは思えません! 自分ひとりでは出来ないことを、信頼出来る仲間たちとともに乗り越える。そうやって、無理を可能にしようとしているってことじゃないですか! それの何がダメなんですか?」

 

ネギ。

正直、何故みながギスギスしていて、場の空気が重いのかが全く理解できていない、そして事情をまったく知らない一人である。

 

「これ、ネギ!?」

「まままま、待ちたまえ、ネギ君!?」

「ネギ坊主が造物主をライさんて・・・・どういうことネ」

「話の腰をおるなー!」

「坊や、貴様この者が一体どういう者か全く知らんのか!?」

 

当然全員激焦り。慌てて止めようとする。

もし、僅かに造物主が怒りを感じ、それこそ戦闘になってしまったら、この場所が大惨事どころの話ではない。

麻帆良の半壊、いや、世界の危機に直結する。

怒ったか? 皆が造物主の様子を伺う。

だが、ネギは更に続ける。

 

「だいたい、フェイトがあなたの知っているフェイトとどれだけかけ離れたかは知りません。でも、僕が最初に出会ったころのフェイトと比べれば、目は輝いていると思います。すごい、毎日をイキイキとしていると思います」

「ネギ・・・くん・・・」

「ちゃんと、今のフェイトを見てあげてください! 人と人とは分かり合えない? なら、分かろうとしてあげてください!」

 

まるで、子育てを放棄した親に叱っている教師のような説教。

子供が何千年も生きている造物主に説教するなど、実に奇妙な光景なのだが・・・

 

 

(((((((なんか、話の論点が結構違っていないか?)))))))

 

 

なんだか、話の流れが斜め上に行って、色々とネギも勘違いしているのではないかと感じた。

だが、一同絶句している中で、造物主だけは違った印象を受けたようだ。

 

「そなたは、シモンと同じことを言う」

「えっ・・・シモンさん?」

「ああ、分かっているとも。今のフェイトのことは、面構えを見えれば一目瞭然だ」

 

造物主は、一言も反論せず、ただネギの言葉に深く頷いた。これには、誰もが驚きを隠せなかった。

さらに、

 

「分かっているさ。私は人と人が永久に理解し合えないと諦め、力づくで計画を実行しようとしたが、結果的に力づくでその大義は破られた。力で押し通そうとした道理を力で叩き潰された以上、もはや私に大義を語る資格などないのだろう」

「造物主・・・あなたは・・・・」

「安心するが良い。もう、私は・・・・・・既に負けているのだ。あの赤毛の魔法使いにな。その私の意思を継ぐはずだったフェイトたちが、たとえ私に逆らってでも別の道を歩むと決めた以上、これ以上何が出来るというのだ」

「ちょっと待て・・・まさか貴様は!?」

「そうだ、エヴァンジェリンよ。もう、完全なる世界の野望は完全に潰えた。お前たちの勝ちだ」

 

その言葉に、まったく嘘を感じ取ることは出来なかった。

 

「造物主よ、そなたはそれで良いのか?」

「ああ、その通りだ、テオドラ皇女よ。私のやり方を力で拒否したのだ。そなたらは、そなたらのやり方で未来を変えてみろ。できるものならな」

 

何千年も存在し続け、常に世界と人類と生命と未来を背負い続け、気が遠くなるほどの苦悩の日々を過ごしてきたであろう、造物主。

だが、今その肩の荷が全て降りたのか、実にアッサリと己の役目が終わったことを宣言した。

 

「・・・まさか、こんな形で・・・二十年も前から続いていた因縁が・・・今日断ち切られるとは・・・」

「不服か? 高畑・T・タカミチ」

「・・・・・何とも言えない。僕の師匠や世話になった人たち、それに大勢の人達が、かつてあなたとの戦いで命を落とした。・・・自分の無力に嘆いて死に物狂いで力を追い求めたこともあった・・・、それがこんな形で決着と言われても、素直に喜べない自分が居るのも事実です」

 

タカミチは、何とも言いようがない複雑な表情で己の今の気持ちを告白する。

そうだ。造物主の存在により、多くの者が人生を狂わされ、大切な人達も失った。

そう簡単に割り切れないというのも事実だ。

だが、

 

「だけど、これで僕たちの戦いが終わり、その荷をネギ君たちに背負わせないで済むのなら・・・・・・きっと、師匠たちも笑ってくれるだろう。それに・・・・・・」

 

造物主を許すことはできない。気を許すこともできない。仲良くすることも難しいだろう。

しかし、フェイトとデュナミスを見ると、タカミチは思わず笑ってしまった。

 

「絶対に油断しないと決めていたのに・・・・今では、彼らが居るのも当たり前になってしまいましたからね」

 

それは、その場にいた誰もがそうだった。

 

「なはは、そーじゃな。妾はデュナミスの生徒になって、フェイトとは同じ部活仲間でライバルで、セクとは既にマブダチじゃからな。もはや、未来はどうなるか分からんもんじゃ」

「そうネ。私もどんなとんでもない歴史の歪みになってしまたかと思たが、ここまで来たらもはや未来は白紙ネ。少なくとも、未来から来た私でも、この世界の未来はまったく予想できないネ」

「我々魔界も、彼らに賭けてみたいと思っています。それが、政治や世界を抜きにして、シモンさんたちと出会って決めた私の意思でもあります」

「おい、私は何も納得はしないぞ? 造物主・・・貴様にだって殺意が無いわけではないぞ? だが・・・・・・ナギに出会ったことや・・・・まあ、この学園に居ることも・・・私の人生もそれほど悪いものでもない」

 

あまりにもあっけない幕切れ。それぞれの人生を狂わせた戦いの結末が実にアッサリと迎えられた。

それをおかしいと思う反面、何故か皆の表情には自然と笑みが溢れていった。

人と人は分かり合えない。だからこそ、誰に理解されなかったとしても造物主は己のやり方を貫こうとした。

だが、その分かり合えないという人と人同士、かつて命を賭けて争ったフェイトやデュナミスたちはいつの間にか自分たちの中で欠かせない存在になっている。

人と人は分かり合えないかもしれないが、変わることは出来る。だからこそ、この世界の未来にも希望が見えてきたと、誰もが思った。

そして、

 

「今日、私がここに来たのは、答えを見るためだ。十年前から受け継がれた新たなる風。あの男の息子。そして、シモンとカミナにお前たちを筆頭に、真に一つになろうとしている。それが本当なのかどうか、この目で確かめさせてもらおう」

 

造物主は、復活した今、何為に現れたのか。それは、行方を見届けるためだ。

 

「堀田博士。お前は、この世界ならば、甘い戯言の夢を実現できるかもしれないと言ったな? そしてお前はそれに賭けようとしていると」

「うむ」

「だから、私も見極めよう。それをな」

 

自分を拒絶した者たちの進もうとしている未来がどうなるかを、最後まで見届ける。

それが、彼の今の目的であり、責任だった。

 

「ああ。我々は、信じて見届けようではないか」

 

そして、造物主はその目に焼き付けることになる。

もうじき現れる螺旋の男がもたらす、歴史の分岐点。

目の前で、愛が世界を変える光景を。

 



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第99話 上を向いて歩け

ようやく日が僅かに沈み始めて、空が少し赤らんできた。

朝から通してやっていたのだから、そろそろ疲れが見え始めてもいい頃だろうが、決してそんなことはなかった。

むしろ、「祭りはまだまだこれからだ!」とばかりに疲れを見せない人々で、アダイは溢れていた。

 

「よっしゃー、みんなーお待たせー! みんなのアイドル! マジカルアイドルスター・キヤル参上だぞー!!」

 

ピンクと白の色が入った、フリフリの衣装。首元には真っ赤な大きい蝶ネクタイ。

そして真っ赤な大きいリボンを頭に乗せ、マイク片手に叫ぶ女生徒。

祭りのためだけに用意された手作りの舞台。

しかし、その手作りの舞台には、多くの観客たちを魅了する二人組が祭りの熱気を更に盛り上げた。

 

「みみ・・・みんなの・・・みんなのドリーム、ママ、マジカルアイドルスター・フェイ・・・さ、参上!」

 

青と白の色が入った、キャルと同じタイプの色違いの服。

だが、唯一違うのは、その頭にはリボンではなく猫耳が生えており、スカートのお尻からは猫の長い尻尾が伸びていた。

顔を赤らめて、セリフもトチりながらの綾波フェイ。

だが、それに対するブーイングはなく、むしろ余計に祭りに火をつけた。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお、綾波ィィィィィィィィィィッッッ!!!!」

「うおおおおお、キヤルちゃあああああああああああああああああああんん!!!!」

「くわ、くわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

「兄様。PV率がとてつもなく上昇しています」

「うわっ、超カワイイ! 顔ちっちゃい! 肌も白くてキレ~」

「あ、あいつ、もうなんでもありやな・・・」

「小太郎。デュナミス殿には墓の下まで秘密にしておくでござるよ」

「キヤルウウウウウ! お前の成長、兄ちゃん感動したぞ!」

「キヤルッ、フェイと~じゃなくって、フェイ! 二人共しっかりね!」

「うーむ、ダイグレン学園も侮れぬ。こんな最終兵器がおったとは。我らテッペリンにはアディーネのようなスケバンしか・・・」

「あんだ~、チミルフ。あんた、あんなキャピキャピしたのがいいってのかい?」

「かわ、かわいすぎるだろ! あんなのフツー惚れるって! 綾波フェイは俺の嫁!」

「ってか、デュナミス先生・・・学園生活の中で今が一番輝いてる・・・・」

「フェイトー、キヤルさーん、とーっても可愛いですよ」

 

男も女も入り混じった大歓声。舞台のキヤルは満面の笑み。両手を広げてジャンプしながら皆に答える。

フェイは顔を深く俯かせながらも、横に倒したピースを目元にもっていき、小さく「イェイ」とだけ呟く。

しかし、その声はしっかりとマイクで拾われていた。

それだけで男たちの心は鷲掴みされた。

 

「デュナミス先生、配置につきました!」

「よし、上出来だ! いいか! 今日は、超鈴音プロデュース、『マジカルアイドルスターズ』のデビュー公演だ! デビューなだけに緊張しているであろう彼女たちを、我々がフォローするのだ!」

「はい! 総員、準備しろ! これは訓練ではない!」

 

「「「「「了解ッ!!」」」」」

 

 

アダイの子供たちのための祭り? のはずが、舞台の最前列には、何故か頭に『ふぇい』と書かれたハチマキを巻いたデュナミスを先頭に立ち、その後ろには横並びで同じように「きやる」や「ふぇい」とそれぞれ名前の入ったハチマキを巻いた男たちが十人以上立っている。

そして、デュナミスや男たちの両手にはペンライト。

 

「いっくぜー、みんな! 一曲目はこれだ! キヤルと~」

「フェイの」

「マジカルタイムだ! いっくよー!」

 

曲が流れる。

決して迫力のあるドラムやギターではないが、軽快で可愛らしいリズム。

そのリズムに合わせて、デュナミスを初めとする男たちがペンライトをくるくる回し、自身も体を機敏に動かしながら踊り始めた。

 

 

「「きゃるーん!!」」

 

「「「「「きやるううううううううううううううううううううん!!」」」」」

 

 

小さな野外コンサートが、一瞬の内に大歓声が巻き起こる。

可愛らしいダンスと心に来る仕草で、大勢の客を魅了するキヤル。

誰もが驚く程、圧倒的な歌唱力を披露し、聴く者を見惚れさせてしまう綾波。

大勢の観客の大爆笑を誘う、デュナミスを初めとするファンクラブのヲタ芸。

観客たちも気づけば両拳を突き上げて、リズムに合わせて飛び跳ねる。

 

「まあ、本当に可愛らしいですわ」

「うおおお、撮りまくらないと!」

「でも、本当に可愛いよねー・・・ってハルナ!? ユエッ、ハルナが~」

「のどか、どうしたですか・・・って、何を鼻血出して倒れてるですか!?」

「さ、最強・・・フェイちゃん・・・もう、決定! 今年の夏コミはこれしかない!」

「あははは、でもすごいなー。ウチも美砂たちと学園祭でライブやったけど、こんなにすごくはならんかったからなー」

「やっ、これはもう特別でしょ」

「ほら、亜子、アキラ、ボーッとしてないで私たちもみんなと手拍子手拍子!」

「裕奈ノリノリだねー」

 

ネギの生徒たちもこれには驚きながらも、まるで本物のアイドルを目にしたかのように笑みを浮かべ、観客でごった返しているステージ周りにそのまま飛び込んで、一緒になって盛り上がる。

気づけば皆、それぞれ手に持っていた焼き鳥の串や使い終わった紙皿や紙コップが手から離れ、一緒に飛びながら手を叩いていた。

その空気を作り出しているのが、キヤルとあのフェイト。これには、流石の彼らも驚いた。

 

「フェイト・アーウェルンクスがあんなに歌と踊りが上手いとは思わなかった。というより、もはや完全に突き抜けたな」

「まあ、それもそうだが・・・・デュナミスがあんなに気持ち悪い技を使えるとはな・・・少し引くな・・・」

 

舞台から少し離れた飲食スペースで、コーヒーをすすり、コンサートライブを見ながら、堀田博士と造物主は何とも言えない複雑な気持ちを呟いた。

 

「ぬははははは、いいぞー、フェイ! キヤル! とてもめんこいぞ! それと、デュナミスキモいぞ! ぬはははは!」

「ぼ、僕の師匠は・・・・あんなやつらに・・・ははは・・・もう、怒る気も完全に失せたね。僕もCDとグッズを買おうかな」

「おい、造物主・・・あれは本当にバグではないのか?」

「うん、うん、うん! すばらしいネ、二人共。ひょっとしたら未来に私が帰らなかったのは、これを未来に残すためだたのかもしれないネ」

「多分、あれなら魔界の魔族も熱狂しますね」

「ライさん! ほら、フェイト、すっごい可愛いですよね!」

 

かつてのわだかまりが完全に無くなったとは言えないが、それでも今は同じ祭りを楽しむ客として、テオドラ、タカミチ、エヴァンジェリン、超鈴音、ザジ、そしてネギも一緒になって声援を送る。

ここまで突き抜けたら、争う気すら完全に失せる。

今は私怨も忘れ、ただ祭りの空気に酔っていたのだった。

 

 

「「~~~~♫♫♫」」

 

「「「「「ハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイ!!!!」」」」」

 

「「ブイ!!」」

 

「「「「ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ!!」」」」

 

 

リズムに合わせた手拍子、キヤルとフェイの名をひたすら叫ぶ歓声、その熱気の渦が激しく、この瞬間には多くの屋台も仕事をやめて一緒になって盛り上がっている。

だが・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・そこで何をしている?」

 

 

造物主が前を向いたまま声を掛ける。

誰に向けて言っているのか分からず、ネギがあたりをキョロキョロ見渡すと、自分たちの後ろ。

施設のグランドの隅のブランコや砂場や滑り台などの遊具を椅子にして座っている子供たちがいた。

周りはこれほど盛り上がっているのに、やけに冷めた様子だった。

 

「あっ、ギミーさん、ダリーさん、どうしたんですか?」

 

ネギが子供たちの顔を見ると、それは全員アダイの子供達だった。

ただ、コンサートから遠く離れた場所で、何もせずにぼーっとしている。

 

「別に。疲れたんで休んでるんだけど」

「これこれ、何を若造がジジイのようなことを言うておる。せっかくヌシらは特等席で見れるのじゃ。行ってくればよかろう」

「えっ、あっ、別にいいですよ。私たちもちょっと疲れちゃいましたし」

 

テオドラも、冷めた子供たちに声をかけるが、返ってきたのは本当に冷め切った言葉だった。

大盛り上りを見せるコンサートから離れて、遠慮しながらただ眺めているだけのギミーとダリー。

その後ろには、ナキムや他の子供たちも、ただボーッと前のステージを見ていた。

 

「ナキムくん、どうしたんですか? あれが終わったら、いよいよダークヒーローマスクマンの登場ですよ? 僕と一緒に前へ見に行きませんか?」

 

ネギがニッコリと微笑み、屈んでナキムに手を差し出す。

だが、ナキムはその手を握ることなく、ただプイッと横を向いた。

 

「学校の奴らが・・・ダークヒーローマスクマンは、僕みたいな弱い奴が見ていいものじゃないって・・・・」

「えっ? もう、そんなわけないじゃないですかー。むしろ、デュナミス先生は是非見に来てくださいって言ってたじゃないですか」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「ねえ、他の皆さんも行きましょうよ! ギミーさんとダリーさんもお願いしますよ。ね?」

 

ネギはアダイの子供たちに、こんな離れた場所にいないで祭りの中心に行って、一緒に楽しもうと諭す。

だが、ナキムをはじめ、ギミーもダリーも他の子供たちも前へ進まなかった。

そして、

 

「ねえ、ダリーお姉ちゃん。園長先生って、もう元気になったの?」

 

子供たちは笑顔どころか、むしろ悲しんだ表情のまま、年長のギミーとダリーの腰にしがみついた。

その子達に、ギミーとダリーは何も声かけられず、ただ黙って子供たちの頭を撫でた。

 

「ごめんなさい、もう七時前で遅いし、園長先生もそろそろお腹すいてるかもしれないし、私はもう中に入りますね」

「あっ、俺もそうする」

 

すると、ダリーとギミーは、子供たちを連れて祭りに飛び込むどころか、むしろその場から立ち去って中に戻ろうとしている。

この行動には、ネギたちは思わず慌てた。

 

「ちょっ、ちょっと! どうしたんですか? みなさんの気持ちも分かりますけど、まだ夏だから外も明るいし、もう少し居てもいいじゃないですか。園長先生の様子を見に行くのは大切ですけど、また戻ってくればいいじゃないですか」

 

そう、ネギの言うとおり、マギン園長の体調が悪いとはいえ、それは四六時中看病しなくてはならいないほどのものではない。

少し様子を見て、また戻ってくればいいだけの話だ。何故なら、祭りは施設の中で行われているからだ、

そう、ダリーとギミーのやろうとしていることは口実だ。本当は、ただ帰りたくなっただけだ。

 

「やっ。やっぱいいすよ。チビ達も、祭りは楽しかったかもしれないけど、やっぱ園長先生が心配みたいだし」

「私たちにとって、園長先生が親代わりだから。早く元気になってもらいたいし・・・」

 

遠慮がちにやんわりと断ろうとしているが、そこには明確な拒否がこもっていた。

勿論、ギミーとダリーや子供たちの気持ちは分かる。だが、ネギはどうしても納得できなかった。

 

「いい加減にしないか、みんな」

 

その時、彼らを叱るような声が聞こえた。

振り返ると、そこにはロシウがいた。

 

「ロシウ・・・」

「そんなに心配なら、園長先生の看病は僕がします。だから、君たちも今日だけは難しいことを考えないで、お祭りを楽しみなさい」

 

さあ、これで問題はないだろう? ロシウはそう子供たちに告げるが、それでも子供たちは俯いたまま動こうとはしなかった。

 

「・・・今日一日見ていました・・・ずっとそんな顔をして、何を考えているのですか? 君たちにそんな顔をしてもらっても、園長先生は喜びませんよ?」

 

それでも無言の子供たち。一体、何がダメなんだ? 何がそんなに不安なのだ? ロシウは問いただす。

すると、

 

「ロシウみたいに頭良くてしっかりしてる奴には分かんないよ。俺らが今どんな気持ちか」

「ギミー、それはどういうことだい?」

「俺たちはいつまでもここに居られればそれで良いって言ってんの」

 

ギミーが不貞腐れたように発した言葉に、ロシウの眉が動いた。

だが、それに同調するようにダリーも頷く。

 

「私たちは、もうすぐここを出ていかなくちゃいけない。でも、どうしていいかなんて何も分からない。園長先生に相談したくても今は・・・」

「ダリー・・・」

「ギミー兄ちゃん。ダリーお姉ちゃん。二人共来年には施設を出ちゃうの? 僕やだよ・・・また一人になっちゃう・・・ずっと一緒に居たいよ」

「君たちまで・・・」

「ロシウ。ロシウが施設卒業したときは園長先生も元気だったから良かったけど、正直・・・・今の俺たちは祭りどころじゃないんだよ・・・・すごい悪いけどさ・・・」

 

将来への不安。家族を失った経験があるからこそ、園長の体調の不安。いま自分たちが置かれている状況の不安。

その多くの不安が支配し、子供たちは皆、今日一日心から笑っていることはなかった。

その人生には同情できないこともない。だが、

 

「ふっ、惨めなガキどもめ。そうやっていつまでも傷を舐め合っている気か? くだらんな」

 

エヴァが子供たちに呆れたかのように、厳しい言葉を浴びせた。

 

「待つんだ、エヴァ。この子達の気持ちも・・・」

「甘やかすな、タカミチ。どうせ人間はいつか死ぬ。お前たちもいつかこの場所から出て行く。だが、それは当たり前のことなんだ。それも分からんのか?」

「エヴァ!」

 

子供たちにハッパをかけようとするエヴァだが、それでも子供たちは俯いたままだ。

ギミーもダリーも、エヴァの言葉が正しいことは分かっている。

だが、だからこそ不安であり、顔を上げられなかった。

その様子を見て、造物主は僅かに溜息を吐きながら、隣にいる堀田博士に尋ねる。

 

「堀田博士よ。お前はシモンがいくつの頃に姿を消した?」

「片手で数えられるぐらいだったか・・・その後は、施設に入った。カミナくんもそれぐらいだ」

「ふっ、ならばこの子らと同じ境遇か。だが・・・それでも随分と違う歩み方をしたものだな」

 

シモンとカミナ。二人共この子達と似たような境遇を歩んできたが、まったく違う。

二人共、先のことを不安にしたりせず、今を懸命に生きている。

 

「境遇は同じでも、まったく違う。そんな者同士が互を分かり合うのは無理なのかもしれぬ・・・」

「・・・・さあ、どうであろうな・・・」

「やはり、人と人が分かり合うというのは、これほどまで難しいことなのだな」

 

ロシウには分からない。そしてネギにも分からない。自分たちの気持ちなんて分からない。

そう言ってしまえば、それまでだ。お互い違うのだから、自分たちのことをゴチャゴチャ言うな。

まるでそう言っているかのような、アダイの子供たちの様子に、ネギもロシウも複雑で切ない気持ちでいっぱいだった。

すぐそばでは、何もかもを忘れてコンサートが盛り上がっているというのに、全く対極の空気を醸し出していた。

 

 

「よっしゃーーーーーーーーーー! みんな、ありがとなーーーーーーーー!」

 

「・・・・・・・・・もう、僕はどうしてこうなった・・・・・・」

 

 

「「「「「「「「「「イェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!!!!」」」」」」」」」」

 

 

その間にもコンサートは終わりに近づき、祭りもようやく終盤に差し掛かっていた。

流石に、ほぼ夏なだけあって、あれだけ盛り上がって飛び跳ねていれば、みんな汗が止まらない。しかしその流れる汗を、誰もが嬉しそうに拭っている。

 

「うおおおお、あれが、あれが俺の妹だ! テメェら、エロい目で見るなよな!」

「必死だな、キタン」

「どっちかなんて選べねえ!」

「二人ともー、可愛かったわよ!」

「つうか、アンコールだ、アンコール!」

 

曲が終わっても静まり返ることはない。

観客はむしろ手拍子を叩いてアンコールを求めて、より一層盛り上がりを見せる。

照れた様子でヤル気満々のキヤル。「まだ終わらないのか」と絶望気味の綾波フェイ。

「俺はまだまだ踊れる」とばかりに瞳を燃やすデュナミス。

全員まだ終わる気はなさそうだ。キヤルが手を上げて、曲がもう一度鳴り始めようとした。

だが、その時だった。

 

「オラアアアアアア、盛り上がりが足んねーんじゃねーか!!」

 

キヤルとフェイの舞台に勝手によじ登り、マイク片手に観客に向けて大声で叫ぶカミナが現れた。

 

「ちょっと、カミナ! なに、でしゃばってんのよ!」

「こらあ、ダイグレン学園、いくら同じ学校だからってそれは卑怯だぞ!」

「フェイちゃんから離れろ!」

「ぶーぶー、ひっこめー!」

 

お前なんか呼んでいない。勝手に舞台に乗って、観客を煽るカミナにブーイングが巻き起こる。

クラスメートたちも、相変わらずあのバカは何を考えているんだ? そんな様子だ。

だが、

 

「バカ野郎! テメェら程度の声援だけじゃあ、俺らダイグレン学園の祭りの熱気は天元突破しねえんだよ!」

 

カミナは悪びれない。腕組んで上から観客全員に挑発的な言葉を投げつけた。

 

「何が天元突破じゃ。どれだけ声出してると思ってんだ!」

「そうよそうよ! ひっこめー!」

「私たちは最高にアゲアゲだってばー!」

 

観客も、誰もが自分たちは最高に盛り上がっていると反論。

今更カミナは何を言っているのか?

だが、そう思ったとき、ステージのカミナは遠くを指差す。

 

「いいや、足りねーな。そう。だから足りねー分は、お前らがやるんだよ!」

 

カミナが指差す方向。観客も一斉にその指先がどこを指しているのか、振り返ってみる。

 

「えっ・・・・・」

 

するとそこには、離れた場所でこのコンサートを見ていた、アダイの子供たちが居た。

そう、カミナは、観客ではなく、アダイの子供達に向けて言葉を発していた。

 

「どうした、オメーら。気合が足んねーぞ! いつまでもそんなに暗くなってんだよ」

 

その瞬間、あれだけ盛り上がりを見せていた祭りの騒ぎが、一瞬で静まり返り、辺りが静寂に包まれる。

ステージのキヤルとフェイも、ただ黙ってカミナの言葉を聞いていた。

すると、その問いかけに、ギミーとダリーが申し訳なさそうに、一歩前へ出る。

 

「仕方ないですよ」

「はっ?」

「そりゃあ、祭りは楽しかったと思うけど・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

ギミーが言葉を選びながらも、カミナに言う。

 

「ギミーの言うとおりですよ、カミナさん。今日は皆さんには本当に感謝しますけど、でも、今日がいくら楽しかったと言っても、それで私たちの明日が何か変わるわけじゃないですし」

 

ダリーも、そしてアダイの子供たちもみな同じような表情をしている。

確かに今日は楽しかったかもしれない。皆の心遣いもありがたかったかもしれない。でも、それはあくまで今日だけの話。

自分たちはまた、今日とは違い、昨日までと同じ明日がまた始まる。

体調不良が続く親代わりの園長。施設卒業を目前に控え、将来を不安がるギミーとダリー。

年長者の兄貴分や姉貴分まで離れ離れになり、別れや孤独を味合わなければならない幼い子たち。

明日も結局同じ。だから、仕方ない。そうギミーたちは言った。

その言葉に、祭りに来ていた者たちや、店を出していた者たちも、何も言えずに言葉を失った。

 

「あー・・・・・・・」

 

カミナは頭を掻いた。「何故そんな風に思う?」ギミーたちの考えが、彼にはまるで理解できなかったからだ。

 

「お前らな、いつまでも自分が下向いていていいと思ってんじゃねえぞ?」

 

カミナも同じ境遇を過ごした。

親と一緒に暮らせず、施設で育った。

だが、同じ境遇でも、彼らの気持ちがカミナには理解できなかった。

 

「ギミー。お前は前、ここ以外で友達とかそんな欲しいわけじゃねえって言ったな。いらねえわけじゃねーだろ。できねえだけだろ!」

「ッ・・・」

「ダリー、お前は自分たちの明日が変わるわけじゃねえって言ったな。変わらねーんじゃねえよ。変えようとしねえだけだろ! お前はジジイに明日を変えてもらうつもりかよ。テメエの明日を変えるのは誰の役目だと思ってやがる!」

「・・・それは・・・」

「他の奴らもだ。いつまで道草食ってやがる! 一度も飛び出さず、勝たねえ、行かねえ、挑まねえ、前も向かねえ、満たされねえ、ねえねえづくしでいいと思ってんのかよ!」

 

それは、ギミーとダリーだけに向けられた言葉ではない。

二人と同じように俯いているアダイの子供たちにも向けられた言葉である。

 

「ジジイは何でお前らの面倒見てんだよ! お前らに親が居なくて可哀想だからじゃねえよ! 親が居なくたって関係ねえ。ここを飛び出しても、自分たちの力で今日よりマシ明日を手にしていけるようになって欲しいからじゃねえのかよ!」

 

カミナは言う。お前たちの考えやその表情は、お前たちの大好きな園長への裏切りだと。

その言葉に、一言も反論することができず、ただ、ギミーとダリーは俯いた。

 

「カミナさん・・・」

 

ロシウもまた、この施設の卒業生だった。

そして、自分もまたギミーやダリーたちと何も変わらない考えや表情をしていた。

だから、ロシウだけはギミーたちの気持ちがよく分かった。

でも、昔の自分もそうだったかもしれないが、今の自分は違う。

ステージの上で大声を張り上げるカミナと同じように、ロシウも子供たちに向けて声をかける。

 

「ギミー、ダリー、みんな。僕もみんなもいつまでも特別なんかじゃないんだ。僕たちが味わった悲しみや孤独は、この世の中にはありふれているんだ」

「ロシウ・・・・」

「みんな、よく考えるんだ。僕には、そして同じような境遇のカミナさんやシモンさん、そして・・・・・・ここに居るネギ先生には、こんなに大勢の仲間が居ます。今日よりいい明日を過ごそうと、毎日を懸命に生きています。同じような境遇なのに、みんなと彼らの何が違うのかが分かりませんか?」

 

何が違う? そう言われてギミーたちは押し黙る。

カミナと自分たちは何が違うのか。性格? 機会? 状況? いや、答えはもっと根本なもの。

 

「僕からもいいですか?」

 

その時、カミナ、ロシウに続いて、ネギが前へ出た。その行動にネギの生徒たちも驚く。

だが、ロシウは大して驚きもせず、むしろ「お願いします」と、ネギを招いた。

そして、ネギはカミナのような熱の入った言葉でも、ロシウのような冷静な言葉でもなく、ただ優しく問いかけるように彼らに話しかける。

 

「今を楽しまない理由を、親や施設の所為にしてはいけないと思います」

 

ネギも同じだった。今の自分の状況に、言い訳をするなと。

 

「みなさん。僕には夢があります。その夢を追いかけるには、いつかはこの学園から旅立つ時が来ます。それは、カミナさんやシモンさんたちも同じです。みんなも・・・ダイグレン学園を卒業する時が来ます」

 

ギミーもダリーも、他のアダイの子供たちも。いや、それだけではない。

今のネギの言葉は、この祭りに参加している者たち全員の心に響き渡った。

 

「誰だって、いつまでも自分にとって都合がいい居心地のいい場所は続きません。でも、先のことばかり不安がっていてどうするんですか! みんなだって、やりたいことやなりたい自分、夢とかあるはずですよ!」

 

もうすぐ施設を卒業し、その先を不安に思うギミーとダリー。

留年しまくっていつまでたっても学園から卒業しないカミナたち。だが、結局彼らもいつかは卒業をする日が来る。

そう、誰もがいつまでも同じ場所にいる訳ではない。

ネギの言葉に、ネギもいつかはこの学園から去るという意志が感じ取れ、ネギの生徒たちもどこか寂しそうにその言葉を聞いていた。

 

「明日は変わらない? いいえ、変えられますよ。人の心なんて、自分で変わろうとすれば一分で変わります。心が変われば自分のやること、思うこと、見えている世界の全て変わります。だから、明日は変わらないなんて言わないで、変えてやりましょう!」

 

人は変わる。

先のことばかり不安がっていてどうするのだ?

その言葉は、アダイの子達だけではない。

ただ黙ってその言葉を聞いていた、造物主や堀田博士たちの心にも何かを感じ取らせた。

 

「ナキムくん。明日なんて、変えようと思えば変えられるんだよ? 親がいなくたって、関係ない」

 

ネギはナキムに微笑む。ナキムは、なんと言葉を返していいか分からなかった。

ただ、どうしていいか分からず、ズボンの裾をギュッと握り、唇を噛み締めた。

 

「いつまでも狭いとこに閉じこもって、家族同士で下向いてどうすんだ! テメェの道すら掘らねえで、突き進みもしねえで、壁と天井に囲まれた世界でくすぶって。漢なら、そいつを突き破って飛び出して明日を掴んでみろよな!」

 

カミナは再び叫ぶ。いつまでも閉じこもっているなと、激を飛ばす。

でも、それでもアダイの子達は一歩を踏み出せない。

言葉だけではダメなのだ。

例え、それがどれだけ正しい言葉だったとしても、それだけで踏み出せる不安ではないからだ。

だが、

 

 

「当たり前だ!!!!」

 

 

力強い声が、施設中に響き渡った。一同一斉に声のした方に振り返る。

するとそこには、やけにボロボロの格好をして、傷がいくつも見え隠れしている男と女たちが、門から入ってきていた。

 



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第100話 世界の争い全てが終わった

「シ・・・、シモンさん!?」

 

それは、シモンだった。

 

「シモン!? もー、今までどこにいたの?」

「アスナさん、木乃香さん、刹那さんまで!」

「焔くんたちまで、一体君たちは何をやっていたんだ!?」

 

行方知れずだったシモンたちが、何故か傷だらけで服も汚しながら祭りに現れた。

いったい今まで何やっていたんだ? そんな皆の疑問を無視し、シモンはただ前へ出て、ネギとカミナたちと並び、その場に居る祭りの参加者全員に向けて叫ぶ。

 

「俺はこの手で掴んで見せる! 俺は、自分の手で今日よりいい明日にしてみせる! そのためなら、天の向こうにだって行ってみせる」

 

この中で、唯一シモンに「何をやっていたんだ?」と聞こうとしなかったカミナだけが、力強く頷いた。

 

「そうだよ、兄弟! だったら、お前のやることは何だよ!」

 

そしてシモンに問う。お前の成すべきことは何かと。

すると、

 

「好きな子を一生守りたい! それが目指す天の向こうに行っても変わらない、俺の思いだ! それが俺の明日だ! たとえこの宇宙が滅んでも!」

 

突然の告白に、祭りの参加者の女性たちは「キャー」と顔を赤らめる。

しかも、今のシモンはただ好きな女の子に告白して恋人になるとか、そういうレベルの想いに見えない。

それは、大人の男が一世一代の想いを告げるのと同じぐらいの重さ。

 

「なんじゃ急に・・・・・・まさか!? いかん、もんじゃのソースで顔が汚れておる。化粧をせねば」

「マスター?」

 

慌てて化粧を直して、着替えようとしているテオドラやよく分かっていないセクストゥムは置いておき、今のシモンが何をしようとしているのかは、誰もが理解できた。

学園祭でも学園全土に知れ渡るほどの大告白をした、あのシモンだ。あのシモンがここまで言っているのだから、彼のやろうとしていることはもはや一つしかなかった。

 

 

「ニア!!!!」

 

「ッ!・・・シモン・・・」

 

 

思わずニアの肩がビクッと震えた。

ここまで力強く、そして想いをこめて自分の名を呼ぶシモンは珍しい。

いつもはほんわかとしているニアも、自然と表情に緊張が走った。

 

「ニア・・・俺・・・分かったんだ。俺、分かったんだよ! ただ、好きとか愛してるとか、言葉にするだけじゃダメなんだって。それをどう表すのかってことを」

「・・・・・・シモン・・・・」

「俺の目がニアの目で、俺の耳がニアの耳で「まどろっこしいからさっさと言いなさいよー!!」」

 

誰もがドキドキと緊張しながら見守る中で、中々結論を言わずに廻りくどい言い方をするシモンにブチ切れたのは、同じく現れたアスナや焔たち。

 

「大事なのは言葉じゃないって言ったでしょ! さっさと答えを言いなさい! 3・2・1、ハイ!」

「私たちがどれだけ死にかけたと思っているんですか!? ニアさんの性格からして、シモンさんの言葉が意味不明だから断るっていう展開だってあるんですよ!?」

「せや、ニアさんのことやからシモンさんとニアさんは別の人間やからとか言いそうや!」

「いいか、ここにたどり着くために私たちがどれだけ死力を尽くしたと思っている!」

「さあ、シモンは早くハーレムを解除して、トゥルーエンドを迎えてよ!」

 

一緒に旅をしていたアスナ達からの怒号。今更前置きをグダグダ言うなと。

しかもニアの性格からして、シモンの言葉が要領を得なくて、変な回答をするとも考えられる。

大事なのは結論。アスナ達にギャーギャー言われてシモンも、気を取り直してニアと向かい合う。

そして、ただ答えだけを言う。

 

 

「ニア、アレが俺の気持ちだ!」

 

 

その時、シモンは指を真っすぐ天に向かって突き刺した。

カミナやシモンがよくやる、あのポーズだ。

皆もそのシモンが指し示す先を見ようと、首を上げる。そこには、見事なまでに光り輝く月があった。

今日は満月。空には丸い月が光を照らしていたのだが・・・

 

 

「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・えっ!!??」」」」」」」」」」

 

 

空に輝くのはいつも見慣れた月・・・・・・のはずだったが、今日だけ様子が違った。

いや、ひょっとしたらこれから月の姿は、今目に見えるものが普通として、後世に伝えられるかもしれない。

シモンは星の歴史を文字通り変えてしまったのかもしれない。

なんと、月にはデカデカと文字が彫られていた。

地球からでも見て、分かるぐらいデッカく。

 

 

――シモン

 

 

――ニア

 

 

二人の名前が、ハートマークの相合傘で月にぶちこまれていた。

 

 

「「「「「や・・・・・・・・」」」」」

 

 

やりやがった・・・・誰もがそう呟き、そして麻帆良全土に響き渡る大声が爆発した。

 

 

「「「「「「「「「「シモンの野郎、月に相合傘を掘りやがった!!!!???」」」」」」」」」」

 

 

多分、明日には世界中で大騒ぎだろう。全世界のメディア、機関、野次馬、ネットが大荒れするだろう。

っていうか、月ってどこの国の所有物だ? 器物破損とかあるのか? 

いや、それ以上に、あのバカはなんというとんでもないことをやりやがった!

これから先、月見は全て二人の相合傘を眺めながら。

未だに終わらぬ世界各地の紛争も、これからはあの相合傘が彫られた月の下で行われるのか?

どこのエウレカだ?

 

「シ・・・・・・シモン・・・・」

 

そして、シモンはポケットから何かを握りニアへ差し出す。

形は歪だが、手のひらほどの大きさを誇る巨大なエメラルド。

 

「時間が無くて今はこんなんだけど、これで指輪を作って、そして・・・・・・・結婚しよう、ニア!」

 

誰の目にも明らか。誰も勘違いのしようがない、プロポーズ。

これなら、ニアにも間違いなく伝わった。

そしてその返答は?

 

「シモン・・・・・・・・私、今までシモンのやることは、いっつも驚かなかった。だって、シモンだから。シモンのやることは、私は何でも分かっていたから」

 

ニアはただ、その瞳から大粒の涙を流した。

だが、それは悲しみなどではない。涙の数だけ笑顔が輝いた。

声が自然に弾む。

 

「こんなに驚いたの、私、生まれて初めて。ありがとう、シモン。私、とっても嬉しい」

 

ニアはそこで、言葉よりも雄弁は方法を選んだ。

シモンに飛びつき、首に手をまわして、唇と唇を合わせる。

それで十分だった。

数秒間の間を置いて、少しだけニアはシモンから離れ、もう一度微笑む。

 

「シモン。二人で一緒に、今日より素敵な明日を作っていこう」

「ああ!!」

 

好きだとも、愛しているとも、もうお互い言わない。そんなこと言わなくても分かっているからだ。

今まで、人目もはばからず散々夫婦ごっこをしていた二人の想いは、ついには天を突き抜けて、確かな形となった。

 

 

「うおっしゃあああああああああああああああああああああ!!」

 

「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」」」」」

 

 

その瞬間、誰もが両手を突き上げて大喝采が巻き起こった。

そしてアダイが一つになった。力強い拍手とハイタッチの音が鳴り止まない。

 

「君の心は・・・見せてもらったよ、シモン」

「とても素晴らしい愛を見せてもらいました」

「この野郎! 月にとんでもないことしやがって、このバカやろう! そんなテメェらが大好きだ!」

「何でもできるからって、何でもやりすぎだろうが!」

「浮気なんかしたら、月ごとぶっとばしてやるからね!」

「畜生、かっこいいじゃねえかよ!」

「二人で幸せになァ!! 堀田シモン! 堀田ニア!」

「まあ! まあ! まあ! まあ! お二人愛の最終決着に立ち会えたことを、この雪広あやか、誇りに思いますわ!!」

「今年のMVPはシモンさんだよ! おめでと!」

「私も二人みたいな恋愛してみせるぞ!」

「ふっ、今日ばかりは貴様を祝福しようではないか。シモンよ。なあ、テルティウムよ」

「そうだね、デュナミス。ああ・・・これが感動っていうのかな? 目から水分が出てくるよ」

「やってくれたネ、シモンさん! あんな月、未来にはないヨ。いや、幾多の並行世界にも存在しない! これが、この世界のシモンさんネ!」

 

不良も教職員も普通の生徒も施設の子供も、もはや関係ない。

誰もが称賛し、二人の新たな門出を祝福した。

 

「はは・・・スゲーや・・・シモンさん・・・久々会ったら、すごいことやってるな」

「うん・・・そうだね」

 

ギミーとダリーも気づけば笑顔で拍手をしていた。

シモンの規格外のプロポーズに、これまで自分をがんじがらめていたもの全てがなくなった気がした。

 

「あれが、君たちの先輩ですよ、ギミー、ダリー。あなたたちと同じ境遇から、外へ飛び出した人の姿です。」

 

ロシウは、まるで自分のことのように誇らしげだ。

 

「そうです。みなさんも、その気になれば何でもできるんですよ。わずかな勇気があればいいんです。あの背中を追いかけましょう」

 

ネギも、笑顔が止まらず、嬉しそうにアダイの子供たちに言う。

ネギが下を見ると、ナキムも笑顔で手を叩いていた。

 

「人は・・・変わることが出来る・・・か・・・堀田博士よ、どうやらネギ・スプリングフィールドは間違っていなかったようだな」

 

造物主は、ただ座った椅子から立ち上がらず、拍手喝采の渦を作って一つになる人々の姿に、気づけば胸が高鳴っていることに気づいた。

 

「アダイの子達も、あんな風に笑える・・・笑い合えるのだ。どうやら・・・愛が本当に変えてしまったようだ」

 

アンスパも椅子に座ったままだが、己の息子の勇姿に拍手を送る。

 

(シモン・・・私の息子が、この世界のお前でよかった。お前はどの平行世界にも負けない立派なシモンとなり、そしていつまでも二人で幸せになるんだぞ)

 

その覆面の下では、人の親の顔をした男が微笑んでいた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐすん」

 

 

そして、テオドラは体育座りで放心状態だった。

 

 

そして、

 

(そしてこれで、全てのピースが揃った。この世界ならば、絶対に全てを救うことができる)

 

そしてこの日、宇宙規模のバカップルが生み出した愛の月のもと、世界は一つになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・あの二人も来たか・・・・・・・・・・・・」

「のようだな」

 

祭りの騒ぎの中で造物主とアンスパが立ち上がり、誰にも気づかれぬようにその場から姿を消した。

音も立てず、反応もできぬほどの、超高速移動。彼らは、アダイを見下ろせる施設の屋上に一瞬で移動した。

するとそこには、二人の女が居た。

 

「奇妙な光景だな。我らが争いを目的とせずに、同じ空間に立つのだから」

「そうだな。時代が変わったということだろう」

 

造物主とアンスパが二人に声をかけると、彼女たちは振り返る。

 

「もはや、驚く気も失せたな」

「いつの間に復活を・・・と、言いたいところじゃが、堀田博士が居たのなら不思議ではないか・・・父よ・・・」

 

その二人は、アリカとアマテル。

 

「アマテルよ。どうやってこの世界で姿を具現化している?」

「テルティウムのメス猫たちが、存在感アリマスンCとやらをくれての」

「ああ、そういうことか。で、・・・・・・・シモンにコテンパンにやられたわけか」

「ぬっ・・・ま、まあ・・・・奴のドリルの突撃で、そのまま月を何周もした。気付けば、あんな文字が掘り上がっていた」

「ふはははは。さすがに、あんな月の下で、今後は人類も争う気にはなれないのではないか? 愛は、宇宙を変える。その通りだよ。しかし、こうしてお前たちが一緒にいるのはどういうわけだ? あれほど、互いにいがみ合っていた、敵同士だったお前たちが」

 

造物主の問いかけに、アリカとアマテルは互いを見合う。

あれほど互いに敵意を抱き、何年も命がけの戦いを繰り返し、その結果、人生すら狂わせた。

そう簡単に二人のわだかまりが消えるとは思えない。

だが、それでも屋上から見える光景を見て、彼女たちは微笑んでいた。

舞台の上で名演技を繰り広げて観客を魅了するデュナミス。敵役として相対するフェイト。そして、ボス役のシモン。

 

「俺たちはずっと一緒なんだ! だから、頼む! 死なないでくれ!」

「違うよ・・・僕は・・・君の中に居る大勢の人たちの中の一人・・・でも、僕はそれで構わない。だから、ここで壊れたって・・・」

「それが貴公の出した答えか・・・決して恵まれぬ人生であったが・・・それでも最後は幸福を手にしたのか・・・だが、そんな幸福に何の意味がある! 生きよ!」

 

傷つき倒れるフェイトを抱きかかえるシモン。フェイトの胴体には血糊がべったりと付着している。

二人を見下ろすように血糊で染まった剣を携えながら、デュナミスは仮面の下から涙を零している。

 

「きゃああああああああああああああ!! ハルナ、グッジョブ!」

「うおっしゃあ! 見ましたか、キノン先輩! これっしょ、これ! この三角関係が夏コミで革命を起こすんですよ! 正に夏の大三角形!」

「ううう、フェイト様~・・・そんな、そんな寂しいこと言わないでください」

「ダークヒーローマスクマン、泣かないで! その辛さを乗り越えて!」

「どうしてだ? 三人とも熱い戦いを繰り広げてんのに、腐臭がするぞ?」

 

鼻血吹き出す乙女たち。すすり泣く観客。デュナミスの応援をする子供たち。微妙な顔をして鑑賞する男たち。

反応は様々だが、多数決を取れば圧倒的に見入っている者たちの方が多い。

 

「逝っちゃダメだ! 俺はまだ、お前に何も応えていないのに!」

「ゴメン・・・・・・・でも、ありがとう・・・シモン・・・空っぽだった僕に・・・涙があふれるくらい多くのものを与えてくれて・・・・」

「諦めるな。貴様は人形から人になった存在。だからと言って、人並みに死ぬことはなかろう」

「ダークヒーローマスクマン・・・・・・・君の・・・心は、分かっている・・・君の大義を・・・でも、僕は・・・彼から離れられないんだ・・・」

 

シーンは中盤の大盛り上がり。

悪の黒幕シモンの右腕、フェイト。

人形として忠実に与えられた命令をこなす大幹部だが、世界を救おうとし、そして自分まで救おうとしているダークヒーローマスクマンと、自分に感情を与えたシモンとの間で揺れ動き、葛藤し、苦悩し続けた。

だが、ダークヒーローマスクマンとシモンが対峙し、ダークヒーローマスクマンの攻撃がシモンに直撃すると思われた時、フェイトはその身を犠牲にしてシモンを守り、そして逝こうとしている。

 

「フェイト・・・お前のことは忘れない。たとえこの宇宙が滅んでも」

「滅びないさ。そのために君が居るのだから・・・」

「ああ・・・・・・・。またな・・・・フェイト」

「ああ。ひと足早く生まれ変わってるから・・・・・・・来世で・・・会おう・・・」

 

舞台の主人公はデュナミス。よって、子供たちの注目はやはりデュナミス。

だが、人間臭い心で、デュナミスとシモンの間で揺れ動くフェイトの苦悩に心奪われた女生徒たちは、既に大粒の涙を流して嗚咽を漏らしていた。

 

「ううう、フェイトくん・・・あまりにも不憫ですわ! それでも幸せだったなんて・・・」

「いいんちょ・・・鼻水鼻水・・・」

「ゆーなも泣いてるやん」

「あっ、ほ、ほんとだ。って、亜子もアキラも泣いてるじゃんかー!」

「うっ、ひっぐ、うええ、えーん、フェイドくん・・・」

「のどか、涙をふくです。そして見届けるです・・・ぐすっ・・・己の想いを貫き通した人の最後を・・・目に、ひっぐ、やきつけるです!」

「うう、フェイト~、私も、あんたのこと、絶対忘れないから」

「そや。フェイトくんはこれからも、ウチらの背中に、この胸に、一つになって生き続けるんや・・・」

「いえ、アスナさん、お嬢様・・・演技ですよ? っていうか、ダークヒーローマスクマンの演劇なのに、フェイトが目立ってませんか?」

 

気付けば、女生徒たちは互いに手を握り合っていた。

友情? に殉ずる一人の尊敬すべき人に心を打たれ、その涙であふれる瞳で、最後まで舞台から目を逸らさない。

 

「あんな感じで、どうすか? キノン先輩」

「うーん、ここでキスすればもっと盛り上がるのに」

「ちょっとお待ちください。何故、キスが出てくるんですか? シモンさんとフェイトさんですよ?」

「はっ? 何言ってるんですか、シスターシャークティ。フツー、それぐらいしますよ」

「シスター、ハルナの言うとおりです。盛り上がれば当然、キスぐらいします!」

「シモンさんは婚約したのですが?」

「それこそナンセンス! 結婚しようが、百年度連れ添おうが、本能には逆らえないのですよ!」

 

一部、歪みまくった瞳とキラリと光る眼鏡をかけ直し、腐った女子が居るが、二人は別。

 

「デュナミスッッッ! 最後の戦いだ!」

「ああ、勿論だ! これ以上、悲しき連鎖を繰り返さぬために!」

 

逝った仲間を見送り、シモンはドリル片手に咆哮する。対するデュナミスも、正面から応える。

今まで、子供には少し難しい内容だったかもしれないが、あとはド派手な大アクションだ。

子供たちは一気に前にのめりだし、興奮気味な歓声を上げる。

 

「敵同士か・・・ひょっとしたら、私たちが勝手に敵と味方に分かれて争っていただけなのかもしれぬな」

「どういうことだ、アリカ姫」

「造物主。我々は、互いに倒すことは目的としていても、仲良くなるという考えはなかった。そして、分かりあうことは無かった」

「・・・・・・・・」

「じゃが、あやつらは違う。たとえ最初はいがみ合っていても、殴り合った次の日には仲直りしてしまう。あやつらにとって、戦いとは相手を打ち倒すことではない。むき出しの自分をお互いに知り合うための手段の一つなのかもしれぬ」

 

アリカたちが見下ろすこの光景は、今は皆仲良く一つになっているようだが、最初から仲が良かったわけではない。ただ、仲良くなっただけなのだ。

フェイトもデュナミスも、魔法世界人も魔界の魔族も未来人も、他校の生徒、近所の児童養護施設、クラスメート。

みな、最初は他人であり、最初は何度かぶつかり合っていた。だが、その争いは相手を滅ぼすための争いでは決してなかった。

その争いの全てが、今この時のために繋がっていたのかもしれない。

アマテルも、小さく頷いた。

 

「シモンは私を殺そうとはしなかった。いや、ぶっとばす選択肢はあったとしても、ぶっとばした後は私を当たり前のように宇宙船に乗せていた。シモンにとって・・・いや、奴らにはそもそも・・・仲間と喧嘩相手は居ても、敵というものが居ないのかもしれんな。だから、喧嘩が終われば当たり前のように相手を受け入れる」

 

造物主もただ俯いていた。そのフードの下で何を思っているのか? 

これまで背負ってきたもの。苦悩してきたこと。何千年も積み重ねてきたこと。それが崩れ去るのもたった一日だった。

その心中は、きっと誰にも理解することが出来ないだろう。

 

「やつらは、皆私の想像を遥かに上回った。それはつまり、私はまだ人間というものを理解していなかったということだ。理解していないものを理解した気になって、見切りをつけたということか・・・・・・」

 

シモンやカミナたちを見ていると、自分が一体何に悩んでいたのかが分からなくなる。

それは、造物主だけではない。アリカもアマテルも同じだった。

絶対に人と人の争いは終わらないと思っていたはずが、その考えすら揺らぎ始めた。

だが、もしそれを認めてしまったら、これまでの人生や戦争や犠牲になった者たちはなんだったのだ? その答えは、彼らには出せなかった。

だが、その時だった。

 

「それでもあなたは、良くやったと思うぞ」

 

それは、この場にいないはずの人物。

声の方向に四人が振り返ると、そこには年老いた老人が立っていた。

 

「貴様は・・・近衛近右衛門」

 

それは、麻帆良学園の学園長だった。

彼はとても穏やかな表情で、複雑な表情を浮かべる一同の輪の中に入った。

 

「カミナくんたちには礼を言わねばならんな。協力してくれたみんなも」

 

学園長は屋上の手すりから顔を出す。下には、つい先程までは俯いていた子供たちが楽しそうに笑っている。

それを見ているだけで、頬が緩んだ。

 

「ワシは、あなたは良くやったと思うぞ」

 

突如告げられる学園長の言葉。

それは、造物主たちには意外な言葉だった。

 

「そうだ。あなたはよくやった。敵も味方も関係なく、生半可に生きてきたものには背負いきれないことを背負い続けた。誰にでもできることではない」

 

それは、未だかつて誰にも言われたことのない言葉だった。

造物主たちは思わず言葉が出なかった。

 

「御老人・・・と言っても、私のほうが何千年も生きているが・・・」

「だが、何千年も生きたから・・・人よりも濃い人生を送ってきたから・・・だからと言って、全てが正しいわけではない。人間はそこまで簡単なものではない・・・」

 

そこに、全ての答えが詰まっていたような気がした。

そう、人間にも色々な者たちがいる。全ての人間を知った気になっていた造物主が、シモンやカミナに驚いたように、簡単に全てを理解できるようなものではない。

しかし・・・

 

「しかし・・・だから、人間は面白い。そう思わないだろうか?」

「ふっ、そうかもしれぬな」

 

しかし、だからこそ面白い。そういう考えが、造物主には面白かった。

それは、アリカも、アマテルも、堀田博士も同じだった。

 

「未来は分からない。当時、まさに神と同等の存在と思われた方と、隠居したワシがこうして会うことが出来たのだ。そしてなによりも、頼もしき新世代たちの登場をこうして見ることができた。だから、人生は面白く、やめられない」

 

 



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第101話 最後の夜

時刻は深夜を回った。

大盛り上がりだった祭りは無事解散し、そのまま二次会三次会に突入するかと思われたが、今日は様子が違った。

おんぼろの男子寮。ドアも壊れて鍵の意味すら無くなった、狭苦しいシモンの部屋。しかし今、シモンの部屋にはダイグレン学園のいつものメンバーが集合して、神妙な顔で会議をしていた。

 

「そうか。先公のおふくろか」

「うん」

「まさか、ノリで月に行って相合傘堀っただけじゃなく、とんでもねえもん堀やがって」

 

シモンの口から語られた驚くべき情報。

ネギの実の母親であるアリカを発見し、一緒に連れ帰ってきたことを皆に報告した。

 

「焔くんたちまでそんなことをしていたとは・・・」

「申し訳ありません、フェイト様。その・・・ノリで・・・」

「しかし、あの封印を解除するとは・・・シモンやお前たちと一緒に、神楽坂アスナが同行したのもただの偶然ではないのかもしれないな」

「運命・・・と言ってしまえばいいカ?」

 

この事実にカミナやヨーコたちも驚き、フェイトとデュナミスは難しい顔で頭を抱えた。

 

「っで、今そのお母さんはどこに居るの?」

「とりあえず、高畑先生が学園長とアルに会わせるって。ただ、アリカ自身は先生とすごく会いたいみたいだけど、まだ色々と心の準備が必要みたい」

「ねえ、そもそも先生って、お母さんのこと何か知ってるの? お父さんのことは、すごかったとか、目標とかいつも言ってるけど」

「多分何も知らないネ。女子中に居たころから、ネギ坊主は母親の話題は口にしなかたからネ」

「んじゃ、いきなり私がママですよとか言っても、困るんじゃねえか?」

「問題は、彼女の生存と消息が大々的に知られてしまわないかだけどね。特にメガロメセンブリア辺りなどは、強硬手段に出るかもしれないからね」

「いや、それなら恐らく大丈夫では? かつて紅き翼だった、クルトあたりが政府にいるしな」

「フェイト、デュナミス先生、それってどーいうことなの?」

「ハッキリ言おう。実は、アリカ姫は・・・死刑囚なんだ」

「お前たちも行ったのであろう? 魔法世界。かつてアリカ姫はその世界にある国の王族であった。しかし、滅んだ。そしてその責任を取らされて死刑判決を受けた。まあ、実際には死刑直前に乱入した男が姫を救い、そのまま逃亡したのだがな」

「うわー、すっげ~、じゃあ、それが先生のお父さんってことかよ」

 

ネギとアリカを会わせる。ただその気持ちだけで連れてきたのだが、こうして全員で落ち着いて話していると、「よし、すぐに会おう」というわけにはいかなかった。

言葉の説明だけでは決して足りぬほど壮絶で過酷な、アリカを取り巻く状況が明かされる。

だが、それでも「二人を会わせるのはやめよう」という意見など彼らには無かった。

 

「だからこそ、今度は俺たちが守るんだ。俺たちが絶対に守ってやるって約束したんだ」

 

シモンは月での誓いを口にする。

自分の存在がネギに迷惑をかけると言ったアリカに対し、アスナ達と共にその全てからアリカを守ると誓った。

なら、カミナたちの答えも決まっている。

 

「なら、それで充分じゃねえか! シモンがやるって決めたんだ。当然俺もやってやるぜ!」

「おう、こらカミナ! お前だけじゃねえだろ、ボケ!」

「そうよ~、俺たち私たちでしょ?」

「ああ!」

「不思議なものだな、テルティウム」

「そうだね。かつてはあれほどの死闘を繰り広げた相手を、今では守ろうとしているのだから」

「だが、そんな自分が私は誇らしい」

「僕もだよ。悩むことなく、アリカ姫を守ろうとする自分が、嫌いじゃない」

「はい! フェイト様、私たちもついています!」

「うん、私たちが力を合わせれば、何が来たって怖くないもん!」

「なるほど。それなら無敵ネ」

 

気づけば、フェイトやデュナミスたちまで微笑んで頷いた。

昔ならありえないこと。しかし今では当たり前のこと。

こんな未来を誰が想像したか? いや、できなかった。それだけ未来は予想不可能なものだ。

だが、それでも確実に決まっている未来もある。

 

「んじゃあ・・・祭りも終わったし、先公のおふくろも見つかったし、いよいよ次は・・・」

 

キタンが途端に神妙な顔になる。それに合わせて皆も表情が少し暗くなる。

 

「うん。・・・・・・先生が、女子中に戻る日だ・・・」

 

ネギがダイグレン学園に来たのは、あくまで研修であり、期間は最初から決められていた。

あまりにも馴染みすぎて、もはや一緒にいることに違和感もなかったが、これだけは避けられない。

ネギには帰る場所があるのだ。

 

「寂しくなるわね・・・」

 

ヨーコたちは不意に思い出す。ネギと初めて出会った時から今に至るまでを。

見るからに子供っぽい子供。だが、内には力強い意志と信念を持っていた。

何度救われたか分からない。何度導かれたかわからない。どれだけ教えられてきたか数え切れない。

 

「俺さ。かなり胸が痛かったんだよ」

 

不意に、キタンが複雑そうに頭をかいた。

 

「祭りんとき、先公が言ったじゃねえか。いつまで居心地のいい場所にいるつもりだ。先のことばっか不安がっても仕方ないだろってさ」

「ええ、そうね」

「あの言葉、俺にも・・・俺たちにも言えることだった。だからよ、・・・ズキっと来たぜ・・・」

 

キタンの言葉に、キッド、アイラック、ゾーシイ、ジョーガン、バリンボーなど、ダイグレン学園で留年しまくっている生徒たちが気まずそうに俯いた。

ネギの言葉。何も言い返せず、悔しいと思うと同時に、正にその通りだと感じていた。

 

「別によ。俺らは将来にビビってるわけじゃねえ。だがよ、キヤルとか可能性が分からねえ世界に勇気出して飛びこもうとしてるってのに、俺らは何やってんだってな。偉そうにあいつの夢を後押ししてるが、そういう俺はちゃんとしてんのかってな」

 

居心地のいい場所。それは、ダイグレン学園のことだ。

留年とは、本来学生には一大事のように思えるが、彼らは今の学園生活を心から楽しんでおり、むしろ卒業するぐらいならいつまでも学園に居ても良いとすら思っている。だからこそ、嫌いな勉強もしないで、留年も停学も特に恐れない。

そう、いつまでも居心地のいい場所に居ようとしていた。

キッドたちも同じことを思い、その気持ちを告げる。

 

「いつもロシウに言われてたっけな。自分から退学した奴の方が、まだ潔いって」

「いつもは頭に来て、つっかかったり流したりしていたが・・・」

「俺らは現実見ないようにしてただけかもしれねーな」

「うう、そうだ情けないぞ!」

「情けないぞ情けないぞ情けないぞ!!」

 

そうだ。自分たちはギミーにもダリーにも偉そうなことを言える立場でもなかった。

いや、将来のことを不安に思うということは、ある意味将来を真剣に考えているからとも言える。

逆に、キタン達は将来のことを不安がっていないだけではない。ただ、現実から目を背けているだけかもしれない。

楽をし、今ばかりに目を向けて、将来のことを考えようとしなかった。

つい先日、ホームルームで提出した進路希望調査にだって、ふざけたことしか書かなかった。

 

「それに比べて、お前はエレーよな、ヨーコ。お前は将来のことを考え、そして自分と向き合って、テメエのやりたいことを見つけて努力をはじめたじゃねえか」

 

ヨーコも今年入学のために留年はしていないものの、自分たちと同じバカばかりの生活をしていた。

だが、その彼女も今では大学の教育学部志望という志を持ち、大学進学を真剣に目指している。

そう、彼女も自分の道を決め、居心地のいい場所から外の世界へ歩む準備をしているのだ。

 

「シモンは結婚して、家族を養うためにこれから頑張るだろうし、なんつーか・・・・・・な」

 

ネギの姿を見て、シモンもニアとの未来を真剣に考えた。

ネギに後押しされて、キヤルは自分の夢を挑戦し続けることを決意した。

そんなネギに心を動かされ、ヨーコは自分の道を見つけた。

なら、自分たちは? すると、ヨーコが小さく笑った。

 

「何言ってんのよ。私が将来を考えたのなんてつい最近よ。それこそ今まであんたたちと好き勝手やってきただけじゃない」

「まあ、そうだけどよ・・・」

「それに自分の道が分かるのってその人のタイミングじゃない? 人それぞれよ。私も、シモンもキヤルも、それに先生なんて10歳で道を決めてるんだから」

「か~、さすがセンセイ志望の奴は言うことが違え。それっぽくなってるじゃねえか」

「そう? だったらそれも、先生のおかげなのかもね」

 

そう、ネギのおかげかもしれない。だが、そのネギももうすぐ自分たちの学び舎からはいなくなる。

自分たちはネギに何を教わったか。ネギに何をすることができたのか

そして、自分たちはどうネギに応えることができるのか?

 

「今にして思えば、あれが先公の最後の授業だったのかもしれねえな」

「ああ」

「かもな」

「間違いねえ」

 

下を向いたアダイの子供たちを奮い立たせたネギの言葉。

 

――明日は変わらない? いいえ、変えられますよ。人の心なんて、自分で変わろうとすれば一分で変わります。心が変われば自分のやること、思うこと、見えている世界の全て変わります。だから、明日は変わらないなんて言わないで、変えてやりましょう!

 

自分の気持ち次第で明日を変えられるということ。

ネギが初めてダイグレン学園に来た日から、そのことを教えてくれた。

 

「今度は俺らの番なのかもしれねえな」

 

自分たちも変わらなければいけない時が来たのかもしれない。

キタンたちの瞳が決意に満ちていた。

 

 

 

 

その部屋は、幼女の機嫌悪い舌打ちが何度も響き渡っていた。

 

「チッ、チッ、チッ、・・・チイッ!!」

「・・・・・・・・・・・・・」

「チッ、チッ、チッ、チッ!!!」

「何故、そこまで舌打ちするのじゃ、闇の福音よ。私に何か恨みでもあるのか?」

「ああ? 恨み? この絶対無敵最強にて生物界の頂点に位置する誇り高き吸血鬼であるこの私が、貴様ごときに恨み? 没落した王国の皇女風情が何を自惚れている?」

「そ、そうか。・・・まあ、しかし、闇の福音とまで恐れられたそなたまでこの学園に居るとは・・・アーウェルンクスやデュナミスたちといい、この学園は一種の更生施設にでもなっているのか?」

「チッ、チッ、チッ、チッ!!!」

「だから、さっきから何なのじゃ!?」

 

恨みはないのだが、明らかにイラついている。

学園長室の応接用のソファーであぐらをかきながら、エヴァは正面に座っているアリカをジーッと睨みながら舌打ちを連発している。

アリカはいたたまれなくなって紅茶を飲んだり視線を逸らしたりするが、エヴァの舌打ちはどんどん大きくなっていく。

一体、自分が何をした? そう思ったアリカに、隣に座っていた人物が耳元で囁く。

 

「ふふふ、これは嫉妬ですよ」

「嫉妬じゃと?」

「エヴァはあなたの旦那さんが大好きなんですよ。ですから、その奥さんが目の前に現れたもので、イライラしているんですよ」

「ほほう」

 

その瞬間、エヴァは立ち上がった。

 

「キサマアアアアアアア、このエロナスビ!! はぐわあああ!?」

 

テーブルが勢いよく蹴り飛ばされ・・・たと思ったら、現在非力な最弱状態のエヴァではテーブルを蹴り飛ばすことはできず、逆に自分の向こう脛をテーブルに強打して、激痛でのたうちまわった。

 

「これが闇の福音か・・・なんともめんこいな・・・」

「なっ!? キサマア、初対面のくせにその上から目線は何だ!? ナギと結婚したぐらいで私に勝ったつもりか!?」

「いや・・・争ってもいないのじゃが・・・そもそも、私はそなたとナギの関係は把握していないのじゃから・・・」

「なっ!? あ、相手にすらしていないとは・・・き、貴様、それは余裕か!? 正妻だからって良い気になりおって!」

 

エヴァはテーブルを踏み台にしてアリカの胸倉を掴んでギャーギャー騒ぐが、アリカは大人の対応でエヴァの火に油を注がぬように宥めようとする。

しかしそれが逆に、エヴァに火をつけた。

そして、この女にも

 

「そうじゃ、エヴァンジェリンよ! 結婚したからと言ってそれでラブストーリーは終わりではない! 取られたら、奪い返してしまえばよし! それも文化の基本法則! そして妾の持論じゃ!」

「さっきまで屍みたいだったのに、復活早いですね・・・テオドラ皇女・・・」

「当たり前じゃ! よいか、タカミチよ! 結婚して離婚した夫婦が何人この世に居ると思っている。この間、シモンの部屋に会ったマンガにも書いてあった。諦めたらそこで試合終了じゃ!」

「いえ・・・ですが・・・さすがにこれは諦めないとかそういう次元では・・・」

 

部屋に同席していたタカミチが、窓の外を指さす。

そこには光り輝く丸い満月が世界を照らしていた。

その満月には、シモンとニアの名前が相合傘で・・・

 

「ぬあああああああああああああああ!?」

 

テオドラ発狂。

 

「まあ、いいじゃないですか。今はシモン君とニア君を祝福し、アリカ姫との再会を・・・話を聞いていますか? テオドラ皇女」

「燃え尽きる前に、消滅してしまった・・・妾は哀れなピエロじゃ・・・ただのエロ要員1号じゃ・・・安西先生・・・妾は・・・妾は・・・」

 

聞いてねえ。懐かしの旧友に十年ぶりに再会したというのに、テオドラは喜びも半分、全身の力を奪われて学園長室の隅でうずくまっていた。

 

「すまぬ、テオドラ皇女よ。まさかそなたがこの学園に居て、シモンへの想いを再熱させていたとは知らなんだ」

「ふははは・・・憐れみはやめるのじゃ。宇宙でラブラブバカップルのそなたには分からぬショックじゃ。リア充め」

「リア・・・? いや、少なくともそれほどバカップルというわけでは・・・」

「はあ? 初恋で~? 命がけで助けてもらって~? 誰も手の届かぬ月に二人で暮らして~? ラブラブで~? 契りまくって~? 妊娠して~? 子供生まれて~? それで何が満たされておらんのじゃ?」

 

アリカがどれだけテオドラを慰めようとも、テオドラからすればリア充の極みとも言うべきアリカの言葉など届かなかった。

だが、代わりに反応したのはエヴァだった。

 

「ち、契りまくっただと!?」

「は、反応するではない、闇の福音。そなたにはまだ早い!」

「私が子供の姿だからといって子供扱いするな! 私がお前の何百歳年上だと思っている! いいから、今のを言え! まくったのか!? ナギと契りまくったのか!?」

「な、何を破廉恥な、そのようなことを言えるはずがないであろう!」

「何回だ!? 一日に何回した!? 最低一回か!? 二回か!? 三回か!?」

「そんなに少なくは!? ・・・あっ・・・」

「おのれえええええええええええええええええええええ!? あのスケベナギめ!!」

「も、もう良いであろう。男どもの前でこの手の話題は・・・」

 

エヴァも発狂。アリカも顔を真っ赤にしてあたふたしている。

すると、そんな三人のやりとりにクスクスと笑みを抑えきれない男が一人いた。全身を真っ白いローブで包み、フードを深く被った男。

テオドラはイラッと来て、男のフードを乱暴に取る。だが、素顔を晒しても、男はクスクス笑ったままだった。

 

「おやおや、もっと真剣な話しが聞けると思ったら、随分と明るいガールズトークですね。しかし、これはこれで・・・」

「そして・・・何故、貴様までおるのじゃ、アル! 貴様が居ることは妾も知らんかったぞ!」

「ええ。言ってませんでしたから。それに世界樹に魔力が満ちる学園祭以外では、私もあまり活動しませんし」

「じゃあ、今はどうしてここに居る!?」

「いやー、堀田博士も随分性格が丸くなりましたね~」

「存在感アリマスンCか!? 仕事しすぎじゃろ、アンスパ!?」

 

そこに居たのは、アルビレオ・イマ。またの名をクウネルサンダース。

かつてのナギやアリカの戦友でもあった男も、アリカの復活を聞き、自ら学園長室まで足を運んだのだった。

 

「ふう、このメンバーで集まるのも久しぶりですね。ラカンさんも居たら、泣いて喜ぶでしょうね。詠春さんにも連絡したら、明日にでも来ると言ってましたよ」

「ふぉっふぉっふぉっ、賑やかなのは満たされている証拠じゃ」

 

この場にいるのは、学園長、タカミチ、アル、アリカ、テオドラ。ついでにエヴァンジェリン。

かつては世界を駆けまわった戦友であったが、運命は彼らを皆バラバラに引き裂いた。

しかし、再び時を経てこうして再会できた。ただ、彼らは純粋にアリカとの再会に喜んでいた。

そして、そういう気持ち、こんな状況を作り出してくれたのは誰か? 彼らの頭の中にそいつらの表情が思い浮かぶ。

 

「不思議なものじゃ。メガロメセンブリア、完全なる世界、多くのしがらみがアリカ殿を束縛し、ワシらがこうして集まることを世界が許さなかった。じゃが、こうして実際に会ってしまえば何て事は無い。何がかかってこようと何でも出来る。そういう気持ちにさせられるのう」

「僕もです、学園長。そういう気持ちにさせてくれたのが、ネギ君であり・・・そして、ダイグレン学園なのかもしれませんね。あの祭りは・・・僕は夢の中に居るような心地でした」

「ワシは居なくて良かったわい。びっくりし過ぎて心臓が止まりそうな光景じゃからな」

「私は残念ですね。実に興味深い席だ。私も是非参加させてほしかったですが」

「いやいや、アルよ。あのテーブルはマジで心臓に悪いぞ? 妾もガタブルじゃった」

「だが、拍子ぬけたとも言えるな。私を呪われた吸血鬼にした・・・奴を目の前にしても私は何もしなかったのだから・・・」

 

アルは自分も参加したかったと言うが、テオドラは「あの場に居なかったからそんなことが言える」と思いだしただけでもゾッとしていた。

祭りの席で作り出された各世界首脳の集まり。

 

「しかし、私もシモンやアスナの言葉を聞いただけでは信じられなかった。だがあれを見せられると・・・・・・」

「うむ、どうやら造物主ももはや世界をどうこうする気はないという言葉を信じて良いかもしれんな」

「アーウェルンクスやデュナミスが、シモンやネギ、そしてこの学園のものたちとの関わりを見て、私もそう思うようになった。時代はやはり変わったのじゃと。そして、奴らも変わったのだと」

「僕も賛成です。ただ、釘はさされましたけどね。それなら、世界はどうするのだと」

「しかし、タカミチくん。これは大きな前進とも言えますよ。顔を合わせれば凄惨な殺し合いしかしていなかった我々に、初めて造物主が顔を突き合わせて話をしたのです。そして、我々の意見も求めた」

「堀田博士も前向きじゃ。妾らがこうして一つになったのを見て、息子のためにも協力しようという感じに見えたがの」

「ふん・・・日和ったものだな・・・世界最強たちも」

「とりあえず、クルトたちにも騒ぎにならない程度にこのことを知らせましょう。そのうえで、正式に造物主たちと会談の席を設けて・・・」

 

 

「その必要はない」

 

 

「「「「「ッ!!??」」」」」

 

 

いきなり現れんなよ。そんなジト目で、急に学園長室に入って来た造物主とアンスパを一同睨みつける。

 

「別に良いが、堂々とし過ぎではないかの?」

「誰に遠慮をする必要があるというのだ? 私は自分のしてきたことに何も後ろめたいとは思っていないのだからな」

「私もだ。別に指名手配犯でもあるまい」

 

ある意味、指名手配犯より厄介な二人組ではあるが、もう過去の大きなわだかまりを誰も持ち出す気はない。

ただ、呆れたように溜息だけついて二人を迎え入れた。

 

「それで、会談が必要ないとはどういうことですか?」

「言葉の通りだ。テル・・・いや、フェイトやデュナミスがその席に出席する分は自由だが、私はまだ出る気はない。堀田も同じだ」

「うむ、我らはまだやるべきことがあるからな。それが終わってから、存分に参加させてもらおう」

 

やるべきこと? この二人が何をやらかそうというのだ? それだけで嫌な予感しかしない。

エヴァが造物主を睨みつけながら尋ねる。

 

「おい、何かよからぬことを考えているのではないだろうな?」

「心配するな、エヴァンジェリンよ。我らはただ、とある世界を見届けるために暫く不在するだけだ」

「見届けるだと?」

「ああ」

 

ますます怪しくなってきた。一体、このふたりは今更何を見届けるつもりなのか?

だが、その直接的な答えを言わないまでも、二人は少しだけ教える。

 

「それは、造物主という存在と世界が争いを続けていたらどうなっていたのか・・・・・・そして、それを世界はどうやって止めるのか・・・それを見届けるのが我々の最後の仕事・・・何年も続いた平行世界を渡る旅の最後の場所だ」

「とある平行世界で面白そうなことが起きようとしている。私たちはそれを見物に行こうと思っている。この世界が最も満たされた世界なのだとしたら、そこは星の数ほどある平行世界の中で、最も過酷な道を進み、最も激しく熱い世界になろうとしている世界だ」

 

それが一体何を示しているかは、結局誰にも分からない。

ただ、それはアンスパや造物主にとっては譲れぬ何かであるということだけは感じ取れた。

 

「息子と会わんのか? 結婚したのだ。おめでとうぐらいは言ってやらぬのか?」

「お前が言うか? アリカ姫よ」

「うっ・・・」

「私は着けねばならんケジメがある。それが終わればな・・・だが、お前は別だ。お前はこれだけお膳立てされたのだ。気にせず息子と会うがよい」

 

アンスパに言った言葉がブーメランで返ってきて、アリカも複雑そうな顔を浮かべる。

会いたい。だが、もし拒絶されたら? どうしてもそれが頭によぎり、アリカは両手を握ってモジモジする。

しかし、不安と同時に月での出来事を思い出す。

シモンに、そしてアスナに言われた言葉だ

 

「そう・・・だな・・・その通りだ・・・」

 

絞り出したその言葉に、タカミチたちの表情にも笑みが浮かぶ。

 

「ついに決心していただけましたか」

「うむ、うむ! ならば、妾らもサポートせんとな」

「ネギ君も喜ぶわい」

「ちっ、これで弟子が親に甘えてばかりのガキになったらどうしてくれようか」

「キティ、いいではないですか。今まで甘えて無かったのですから、しばらくは」

 

ついに決心して、自分の口からネギと会うと告げるアリカ。

もう、これ以上何も言うことはない。

今日は、世界にとっても彼らにとっても、大きな一日として刻まれることになる。

だが、その時、アリカの様子を見て、造物主は重い口調で語りかける。

 

「アリカ姫よ。なら、一つだけお前に教えておかねばならんことがある」

「なんじゃ?」

 

喜びで包まれた学園長室だが、次の造物主から放たれる言葉に衝撃が走る。

 

 

「貴様の夫であり、ネギ・スプリングイールドの父親。ナギ・スプリングフィールドについてだ」

 

「「「「「ッ!!??」」」」」

 

 

そしてこれが、造物主と呼ばれた存在が世界に存在していた、最後の日だった。

この日を最後に、造物主は二度と世界に現れることはなかった。

 



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最終話 終わり良ければ全て良し!

今日でこの校舎ともお別れ。短い間ではあったが、実に密度の濃い日々だった。

この落書きだらけ、ヒビだらけ、破損が多い学校も見収めと思うと、少し寂しかった。

落書きの「俺たちを誰だと思っていやがる」という文字を見て、最初はどんなヒドイ学校なのかと緊張したのも懐かしい。

 

 

「お世話になりました」

 

 

ネギは校舎に振り返り、グラウンドの中央で頭を下げる。

すると、その目の前にはカミナやシモンたちを始めとする教え子たちが全員並んでいた。

 

 

「俺らも女子中まで一緒に行ってやる」

 

「すぐそこだけど、お子様がちゃんと迷子にならないように送り届けないようね」

 

 

カミナとヨーコが冗談交じりで言う。キタン達も照れくさそうに笑っている。

最後の最後まで、付きってやる。そんな表情だ。

ネギも涙が出そうになるのを堪えながら、笑顔で頷いた。

 

「ちょっと待ちなさいよーん。乙女を置いていくなんて、ヒドイじゃな~い」

「今日の授業は全部休講だ!」

 

校門から出ようとしているネギたちの後ろを、校長のリーロンとダヤッカが走って追いかけてくる。

息を切らせながら、自分たちも行くと、ネギたちに合流する。

みんな考えることは同じなのかもしれない。

ダイグレン学園の通学路から商業地区へ通ずる道、さくら通り、至る所を取る度に色々な人が声をかけてきた。

 

「おい、ダイグレン学園、貴様らそんなゾロゾロとどこへ行く気だ?」

「ん? そういえば、その小僧教師は今日で最後だったか。つまり見送りか?」

「クケー。そうか。なら、ドッヂボールをやったよしみだ。我らも共に行ってやろう!」

「はあ? なんかすげーめんどくさいね」

 

学校をサボって商業地区のカフェテリアでくつろいでいる、テッペリン学園のヴィラルやチミルフたち。

思えば、彼らと出会ったのは研修初日だった。あの時は、いきなりクラスの生徒全員がテッペリン学園との喧嘩に飛び出してしまい、教室の生徒がゼロという、教師生活初めての経験をした。

そのあと、皆を必死に説得し、喧嘩ではなくスポーツで決着をつけようと提案し、ドッヂボールが始まった。

思えば、あそこから自分のダイグレン学園の教師としての生活がスタートしたのだなと、ネギは感慨深くなった。

 

「ちょっと待ちなさい! 子供先生が、女子中に帰ると聞いて!」

「迎えに来ちゃった!」

 

麻帆良の高等部女子、ドッヂボール部。あのドッヂボール対決でテッペリン学園側の助っ人として現れた彼女たち。彼女たちもまた、あの一戦以来よくダイグレン学園とも交流するようになった。

始めは、麻帆良の面汚しと、ダイグレン学園を非常に毛嫌いしていた彼女たちも、今では楽しそうにダイグレン学園の生徒たちと関わっている。

それもネギには、たまらなく嬉しかった。

 

「おーい!」

「待ってくださーい!」

 

自分たちを呼びとめる声。振り返ると、ギミーやダリー、ナキムたち、アダイの生徒たちが駆け寄ってきた。

 

「先生、女子中に帰るんだって?」

「だったら、今日中に伝えておかなくちゃいけないことがあって・・・・」

 

ギミーとダリーがニッコリと笑う。初めて会った時は、冷めた瞳をしていた彼らだったが、彼らも実に堂々と笑顔を見せるようになった。

 

「俺もダリーも高校に進学することに決めました」

「勿論、ダイグレン学園に!」

「ッ!? そうですか! 良かった! いい学校を選びましたね、二人とも!」

 

ネギは嬉しそうに二人の手を握る。カミナ達も新しい後輩が出来たことにガッツポーズで大歓迎する。

ギミーもダリーも照れくさそうにしながらも皆に礼を言い、そしてネギにも頭を下げる。

 

「ほんとは、先生の授業も受けたかったすけど、今日でダイグレン学園は終わりなんでしょ?」

「だったらひと足早いですけど、私たちもダイグレン学園の生徒としてお見送りします」

 

一体、この集団は何なのだろう? 道行く人たちがこの奇妙な行列に振り返る。

誰もが笑顔で笑いながら、一人の小さな子供を先頭にしてその後に続いている。

ネギも道行く人の視線を感じながらも、少し後ろを振り返ってこの集まった人たちを見たときに感じる、誇らしさが大きかった。

そこに居るのは、仲間。

ほんのわずかな期間に出来たこれだけ多くの、そして頼もしく素晴らしい仲間たちを得た自分がとても誇らしかった。

だが、それでも別れの時間は近づいてくる。

 

「ここか。そーいやーくんのは初めてだな」

 

麻帆良女子中。ダイグレン学園の校舎とは天と地ほど差がある綺麗な校舎。しかも何だか良い匂いまでする。

 

「おお、そーいや、女子校だよ。女子校」

「うーむ、なんか緊張してきた」

 

キタンたちも女子校の雰囲気に僅かに緊張気味。

案の定、グラウンドで体育をしている生徒達等、大勢の男子が混ざった集団に、怪訝な顔。しかも明らかに不良のような生徒も混じっている。「なに? 殴り込み?」と、不安そうに遠くで話している声が聞こえる。

だが、その緊張感もすぐにほぐれる。

 

「お待ちしておりましたわ。そして、お帰りなさい、ネギ先生!」

 

昇降口から三十人近い女生徒たちが、ズラリとグラウンドに現れた。

真面目そうな子や、派手目の女の子など様々だが、その誰もが既にダイグレン学園も顔見知りだった。

 

 

「では、みなさん! せーの!!」

 

 

「「「「「「「「「「お帰りなさい、ネギ先生!!!!」」」」」」」」」」

 

 

大量のクラッカー。黄色い歓声。大勢の拍手。少女たちの嬉しそうな表情。

ネギが彼女たちを揃って見たのはほんの少し前だというのに、やけに懐かしく感じた。

 

「あ、ありがとうございます。みなさん! そして・・・えっと・・・・ただいま帰りました!」

 

ネギがほほ笑むと、待ちきれないとばかりに女生徒たちは駆けだした。

 

「おかえりー、ネギく~ん! スリスリスリ~!」

「やーん、ほんとにネギ君だ~。んも~、この感触久しぶり!」

「ねえねえ、向こうでイジメられたりしなかった?」

「よーし、ネギ君を胴上げだー!」

 

エネルギーマックス、元気全開の乙女たちはネギをもみくちゃにし、抱きしめたり抱きかかえたり、胴上げをしたり、頬をすりよせたりと過激なスキンシップをする。

 

「うお、うらやま、つうかハーレムじゃねえかよ、先公!」

「女子中学生相手に・・・響きがやらしいな・・・」

「うらやましいぞ、うらやましいぞ、うらやましいぞ!」

「この学園で一番モテるのは、フェイトとデュナ先公だと思っていたけど・・・すげえ・・・」

「というか、軽いセクハラじゃない? 最近の中学生も過激ね~」

 

ネギの人気、女子中学生たちがそろった時のパワーに、さすがのダイグレン学園も少し苦笑。

だが、同時にネギがこれだけ愛されている教師であることに、なんだか少し嬉しい気もした。

 

「ダイグレン学園のみなさん、私たちのネギ先生が大変お世話になりました」

 

まるでお母さんのようにネギのことで礼を言う、あやか。何だか照れくさそうになってきたが、悪い気はしなかった。

最初はあやかも、ダイグレン学園を心から毛嫌いしていたのに、今ではこの様子。ネギは、どっちも自分にとって大切な学校だから、その二つがこれからも仲良くしていてほしいと心から願った。

 

「ねえねえ、シモンさん、これからも私たち、たまに遊びに行くけどいいでしょ?」

「なあなあ、新婚旅行はどこに決めたん?」

「やはり、熱海でしょうか?」

「え~!? あっ、まあ、夏休みに色々と考えてるけど・・・」

 

アスナたちもすっかりシモンたちとは友達になっている。

それは、きっとこれからもまた続いていく日常だ。

でも今は……

 

「皆さん、ちょっといいですか?」

 

 今はまだ、ちゃんと終わっていない

 今日この瞬間まで一緒に来てくれた暑苦しい生徒たちとの別れがまだ済んでいない。

 だからネギは、女生徒たちの輪の中から抜け出して、シモンたちに向き合った。

 

「ネギ先生……」

「先公……」

 

 向かい合うネギの表情は十歳の子供の顔つきじゃない。

 一人の教師として、生徒と向き合う表情。

 その表情を向けられた生徒たちは、気づけば皆もマジメな顔をして向かい合い、騒がしかった場の雰囲気も静かになった。

 そして……

 

「皆さん。短い間でしたが、本当にお世話になりました。自分自身至らないところが多々あったと思いますが、その度に皆さんの個性的で、それでいてパワフルなエネルギーに助けてもらいました」

 

 堅苦しい挨拶から始めるネギ。しかし今は誰も茶化したりなどしなかった。

 

「僕が皆さんと一緒に勉強させてもらって学んだこと……それは……大切な仲間を想う心、決して屈っしないこと、細かいことなんて気にせずに自分の本気の想いを貫き通すこと……どれもが当たり前のことのようで、どんな時でもそれを貫き続けるというのは非常に難しいことばかりです。ですが、それを当たり前のように実践できる、自分が信じる自分を信じることの大切さ……僕はそれを学ぶことが出来たと思います」

 

 学んだこと、泣かされたこと、驚かされたこと、楽しかったこと、胸が熱くなったこと、熱くなったこと……熱くなったこと……

 その時、ネギとダイグレン学園生徒たちの脳裏にはこれまでの僅かな期間に起こった怒涛の日々がよみがえってきた。

 

「だから僕は、その学んだことを、今度は僕から誰かに教えられる……誰かに影響を与えることが出来る、そんな教師に……そんな男になりたいと思っています! 本当に、ありがとうございました!」

 

 もう一度、感謝を込めて頭を下げるネギ。

 だが、ダイグレン学園の生徒たちは皆思っていた。

 ネギの言葉。「誰かに影響が与えられる教師?」何を言っているんだと。

 もう、お前はとっくにそんな教師に……そんな男になっているだろうと。

 

「先生……礼を言うのは俺たちのほう……先生みたいに、自分で誰かを導けるような人になりたい……多分、俺たちはそう思っているよ」

 

 シモンが言う。すると、ダイグレン学園の生徒たちも皆気恥ずかしそうにしながらも、「そのとおりだ」と頷いた。

 

「へへ、なんかええな~、みんな」

「うん、ほんとーに仲良くなっちゃって」

 

 この光景にアスナたちが微笑ましそうにしながらも、この僅かな間にここまでの関係を築けたネギとダイグレン学園たちを羨ましいと思った。

 そんな想いが場を包んでいた。

 すると、そんな時だった。

 

「先生。今日は、先生に俺たちから……プレゼントがあるんだ。これを用意したのは、俺たちだけじゃなくて、先生の生徒の女子中の子たちの協力もあったんだけどね」

 

 今、この瞬間しかないだろう。シモンはそう思って手を上げた。その合図は、事情を知るアスナや木乃香、刹那たちも「待っていた」と頷いた。

 

「プレゼント……ですか?」

「うん。先生は、子供だけど先生で、大人で、でもたまに俺たちみんなと馬鹿みたいにはしゃいでいたけど……でも、先生にできないことがあった。それは、誰かに甘えることだよ」

 

 甘えること? 今の自分は相当甘ったれていると自分で思っていたネギには、シモンの言葉がよく分からなかった。

 だが、シモンは続ける。そして指さす。

 

「先生だって、誰かに甘えていいと思うよ?」

 

 ネギがシモンの指さす方向を見る。すると先から誰かがこちらに向かって歩いてきていた。

 

「うえ、誰、あの人? 見たことな~い」

「外人さんかにゃ? でも、超美人!」

「どなたかは存じませんが、たたずまいからとても気品を感じますわ」

 

 その人物を、この場に居るほとんどの者が分からない。

 分かるのは、ロングへヤーの若く美しい女が、ゆっくりとこちらに近づいてきているということだ。

 あの女は誰だ? 誰もが口をそろえてそう言った。

 勿論、ネギもその女を見たことがない。

 だが……

 

「あっ…………」

 

 しかし、ネギは想った。自分はこの女を知っていると。

 そう、知っているのだ。跳ね上がる自分の鼓動、震える体、何故かこみ上げてくる涙が、全てを物語っている。

 

「あっ……う、あ、あ……あっ……あっ……」

 

 涙でうまく言葉が出ないだけでなく、ネギはその女の名前を知らない。だから、その女をなんと呼べばいいのかも分からない。

 だが、それでもこの女を呼ぶとしたら一つの言葉しか思い浮かばなかった。

 まだ、一度も話したことのない、今初めて目の前に現れた女を、ネギは震える唇で呼んだ。

 

 

「お……かあ……さん……」

 

 

 写真でも、記憶でも、一度も見たことのない女。だけど、そう呼ぶしかなかった。それ以外の言葉でこの女を呼ぶことが出来なかった。

 当然、ネギの口からでた言葉に、この場に居た者たちは皆驚きを隠せない。

 しかし、ネギに「母」と呼ばれた女は、次の瞬間には駆け出して、幼く小さい我が子を強く抱きしめていた

 

「ッ、ネギッ!」

「お……おかあさーーーんッ!」

 

 もう、細かい話なんて無用だった。互いが互いの温もりを強く感じた瞬間、「一体どうして?」という事情なんてネギにはどうでも良かった。

 

「ネギ、すまぬ……すまぬ……すまぬっ!」

 

 現れたネギの母親、アリカ。

 アリカはただ強くネギを抱きしめながら、謝ることしかできなかった。これまで、親として、母として何も出来なかったこと。本来自分にネギの前に現れる資格などないのだと、アリカ自身が想っていた。

 だがしかし、目の前に現れ、そしてこうして抱きしめてしまえば、もうダメだった。自分はこの温もりがなくては、もう生きてはいけない。この最愛の子を二度と手放すことなんて出来ない。

 そう思いながら、アリカはこの宇宙で誰よりも愛しい存在を感じていた。

 

「おかあさん……」

 

 震えながら自分を抱きしめ、何度も謝る母に体を預けながらも、ネギは言わなくてはいけないことがあった。

 本当は「言うこと」よりも「聞きたいこと」のほうがたくさんある。

 でも、今は自分が「言う」しかない。聞きたいことならこれから聞ける機会がいくらでもある。何故なら、母と出会えたのだから。

 だから、今は自分が言うのだ。

 

「お母さん……見てよ……」

 

 ネギは言った。自分を見てくれと。言われてアリカが少し距離を離してネギを見る。互いに母と子らしく似たような泣き顔だ。そんな中で、ネギは自分をそして手を広げて自分の回りを見渡す。

 

「お母さん。これが、今の僕だよ? ここが……今の僕の居場所だよ? ここにいる皆さんは……僕の大切な……仲間だよ? この人たちに出会えたから……僕は強くなれたんだ」

 

 ネギが言いたかったこと。いや、知ってほしかったこと。

 それは、今の自分。今の自分の居場所。そして今の自分の大切な仲間たちだ。

 その全てをネギは、誇らしげにアリカに言う。

 そして……

 

「お母さん……僕はこれからも、強い男になるよ。だから……今日から僕がお母さんを守るよ」

 

 未だ帰らぬ父の変わりに、今日から自分が母を守る。

 辛い思いをさせてきたと自分を責めて来たアリカに、これ以上の言葉等あるはずがない。

 

「そうか……ネギ、……そうか……そうかっ……守ってくれるか……ネギ……」

 

 その時、アリカが微笑んだ。涙で腫らした表情でも、それでも最高の幸福に満ちた表情で笑った。

 その笑みを見て、ネギも微笑み返し、そして言う。

 

 

「当たり前だよ。僕を誰だと思っているの?」

 

 

 このとき、ネギは思った。シモンのプレゼントの内容が間違っていると。

 

 

「もう、シモンさん、なんてプレゼントをしてくれるんですか……僕が甘えられるプレゼントって……全然違うじゃないですか」

 

「先生?」

 

「こんな……こんなに嬉しい、最高のプレゼントを戴いたら……僕はもっとしっかりしないとダメじゃないですか!」

 

 

 そう、これからこの母を守るのは自分なんだ。だったら、自分がもっとしっかりして、もっと強くならなくちゃいけない。

 ネギはそう言いながら、アリカに今度は自分から抱きついた。

 

「ネギ先生、う、うううう、よかっ、よかっ……」

「ああ、良かったな、ネギくん」

「へへん、まったく世話の焼ける親子よね!」

「ったく、漢じゃねえか、俺らの先公は」

「ああ、本当にな」

 

 気づけば、回りの者たちも涙を流しながら、しかし嬉しそうに見守っていた。

 と、同時に、自分たちもまた、この親子を見守っていかなくちゃならない。この親子に何かあったなら、自分たちはいくらでも力を貸す。誰もがそう思っていた。

 そして……

 

 

「こ、こほん……ああ~……その、見苦しいところをお見せした」

 

 

 ようやくアリカがネギから離れ……と言っても、手はしっかりと握り締めているが、涙を拭ってようやくこの場に居た一同と向かい合い、皆に一礼する。

 

 

「シモン……アスナ……そして、この場に集ってくれた皆よ。今日まで、ネギと一緒に居てくれたこと、心より礼を言わせて欲しい」

 

「アリカ……」

 

「っ、至らぬ母ではあるが、今日から私も、ネギと共に過ごすことになった。学園側がどこかの部屋を用意してくれたようなので……そこで、これから二人で暮らしていこうと思う」

 

 

 皆が、「ああ」と頷く。これは別れではなく、「これからもよろしく」なのだ。

 別れるわけではない。ネギはこれからもこの学園都市に居るし、会いに以降と思えばいつでも会いにいける。

 でも、それでもどうしても切なくなってくる。

 自分たちのネギが、母と一緒に行こうとしている。

 そう思ったとき、誰もそれ以上言葉が思い浮かばなかった。

 この男を除いて……

 

「だ……ダイグレン学園野郎共、全員整列しやがれッ!」

 

 その時、カミナが叫んだ。

 そう、やはりカミナなのだ。

 本来、世界が認めるほどの騒がしい連中たちが、今この瞬間は誰もが口を閉じて、立ち去ろうとするネギを見ていた。

 ただ、ネギの受け持つ校舎が変わるだけ。会おうとすれば、いつでも会える。

 だが、それだけのことに、ダイグレン学園の生徒たちは、ネギを見送るその瞳に涙を浮かべていた。

 だからこそ、カミナなのだ。

 そんな状況を打ち破り、声を上げたのはカミナ。

 そして、ダイグレン学園生徒たちは、カミナの声を聞き、すかさずピシッと横一線に整列する。

 

「……カミナさん……みなさん……」

 

 ネギが顔を上げる。

 ほんのわずかな期間で数え切れない思い出を共有した生徒たち。

 その生徒たちが見せる初めての表情。

 そして、生徒たちは言う。

 

「ネギ先公に………いや……ネギ先生に礼ッ! あ……り、……ありがとうございましたーっ!」

 

 それは、兄弟分のシモンも、幼馴染のヨーコも、そしてダイグレン学園の悪友たちすら初めて目にする、カミノの姿。

 頭を下げる。

 

「「「「「ッ! ありがとうございましたーっ!」」」」」

 

 彼らも自然に頭を下げ、そして感謝の言葉を叫んでいた。

 そして、頭を下げた彼らは数秒後に顔を上げ、瞳は潤んではいるものの、いつものように笑った。

 

 

「またな、ダチ公ッ! いつでも遊びに来いよーッ!」

 

「せんせーい! 俺、絶対にニアを幸せにするからーっ!」

 

「ネギ先生―ッ! 私も、シモンと一緒に明日へ向かいますッ!」

 

「また、一緒に勉強してよねーっ!」

 

「うう、うおおおお、ぜってーまた遊びに来いよなーッ!」

 

「母ちゃんをしっかり守れよーっ!」

 

 

 大きく手を振り、別れを告げる生徒たち。次々と叫ばれるその言葉の一つ一つが、ネギの心に刻み込まれる。

 ほんの僅かな期間の、だけど決して忘れることの出来ない掛け替えのない日々。

 礼を言うのは自分のほうだ。止まらない涙を拭いながら、ネギは思った。

 

「ほら、ネギよ」

 

 アリカがネギの肩に優しく手を置く。

 自分も応えろ……アリカがそんな想いを込めて微笑んだ。

 ネギはアリカに頷き、そしてゴシゴシと涙を強引に拭って、自分も今出来る最高の笑顔を生徒たちに向けた。

 そして、ネギは指を天に向かって力強く突き刺して、叫んだ。

 

「友との出会いを力に変えて!」

 

 ネギがニッと笑う。その笑みを向けられてダイグレン学園は後に続く。

 

「背負った運命(さだめ)と明日を生きる!」

 

 カミナが応える。

 

「世界の道理が阻もうと」

 

ヨーコが続く。

 

「巨大な壁も空ごと穿つ!」

 

 シモンが誓う。

 

「「「「「進んで見せるぜ、己の明日をッ!」」」」」

 

 ダイグレン学園の生徒たち全員が天に向かって指を指し、世界に叫ぶ。

 たとえ、ネギが居なくなっても、これから先、誰が卒業することになっても、自分たちダイグレン学園は永久に不滅だと。

 

「「「「「それが、麻帆良ダイグレン学園! 俺たちを誰だと思ってやがるッ!」」」」」」

 

 世界に向けて叫ばれたその言葉は強く響き渡った。

 この場にいたダイグレン学園以外の生徒たちも同時に歓声をあげ、そしてこれからのネギとアリカにエールを送った。

 

「やれやれだな。フェイト。ついに、こんなことになってしまったな」

「ああ、そうだね、デュナミス。でも、今日はいいんじゃないかな? ハッピーエンドってことで」

「なははははは、デュナミス先生もフェイトさんも、しっかり染まってしまたネ。まあ、私も、この光景を見せられると、これで良かった……そう心から思うヨ」

「な~に、これから何が起ころうとも、妾らが力を合わせれば、本当にどんなことすら乗り越えられると思うぞ」

 

 本来であれば、世界そのものを左右させられる存在である、デュナミス、フェイト、超鈴音、テオドラの四人も、過去に互いに様々なことがあったものの、今この瞬間を同じ思いで受け入れ、そして同じ想いを抱いて今日を、明日を、そしてこれからを生きていこうと誓った。

 

 

 でも、それでもやっぱり寂しいという思いは変わらない。

 

 ネギとの別れを終えたダイグレン学園生徒たちは、少し重い空気のまま寮までの帰路についた。

 

「寂しくなりますね、シモン」

「ニア……うん、そうだね……そんなはずはないだろって言わなくちゃいけないんだけどね……でも、やっぱりそうだね」

「もう、シモンもニアも二人してそんな落ち込んでんじゃないわよ。あんたらバカ夫婦が盛り上げてくんないと、私らまで……ねえ」

「おうおう、尻デカ女の声がちっちゃくなってるじゃねえか」

 

 無理にでも元気で明るいところを見せなくちゃいけない。

 それは分かっている。それは分かっているが、それでもやっぱり寂しいことには変わりない。

 

「だがよ、俺らだっていつまで下向いてるわけにゃいかねえ! そうだろ、野郎共!」

 

 そんな中、カミナが声を上げる。上を向いて歩けと。

 そして……

 

「あの先公に笑われねえ男になる。俺たちには、そういう使命があるんだよ!」

「ちょっと~、私は女なんだけど」

 

 そうだ。ネギにあれだけのことを言わせたんだ。自分たちだっていつまでもウジウジしているわけにはいかない。

 それに、

 

「ええ、そうね。そのためにも……」

「俺たちも、卒業しなくちゃいけねえな」

 

 自分たちもいつまでも留まっていないで、明日へ向かう努力をしようと昨晩誓い合った。

 居心地の良い環境にいつまでも居ないで、世界から飛び出して生きていこう。

 だからこそ、いつまでも下を向くわけには行かない。

 カミナの言葉に、誰もが「その通りだ」と頷いた。

 

 すると……

 

 

「おお、そなたたちだな? この寮の生徒たちは。私は本日からこの寮の寮母として学園に雇われた、アリカ…………えっ?」

 

「「「「「…………………………………………えっ?」」」」」

 

 

 上を向こうと誓い合った生徒たちだが、次の瞬間、目が点になってしまった。

 それは、つい数分前に別れたばかりのアリカがエプロン姿で箒を持って現れたからだ。

 

 

「アリカ……なんで……」

 

「シモン……えっと……まさか……この寮に住んでいる生徒たちとは、おぬしらのことだったのか?」

 

 

 これは一体どういうことだ? 誰もが口開けたまま呆然とする中……

 

 

「ふえええええん、おかーさーーーーん! こ、ここって……学園長が紹介してくれた僕たちの新しい住居って……ダダ、ダ、ダイグレン学園の寮なんだけどーっ! ……あっ……」

 

「「「「「……………あっ……」」」」」

 

 

 そこに、さっきまで皆に見送られて立ち去ったはずのネギが、引越し荷物のカバンを背中に背負ったまま、慌てて寮から飛び出してきたのだった。

 

 しばしの沈黙が流れ、もはやどうすればいいのか分からなくなってしまった一堂だが、またカミナが一番に口を開いた。

 

 

「おい、野郎共! 新しい仲間の歓迎会だッ! 準備しやがれッ!」

 

 

 結局そうなるのだ。

 気づけば、みんな笑ってしまっていた。

 生徒たちは泣きながら笑い、ネギを揉みくちゃにして、ネギもくすぐったそうにしながらも嬉しそうに笑った。

 

 

「まっ、細けえことは気にすんな! 終わりよければ全て良しよッ!」

 

 

 天を見上げて笑うカミナの声が、世界に響いた。

 

 

 

 

 

 

 そして、このどこまでも満たされた幸福な世界と相反するように、数ある世界の中で最も過酷で、最も苛烈で、しかし最も熱き魂が燃ゆる世界の戦がようやく幕を開ける。

 




さて、書き始めたのは正直何年前だったのか分かりませんが、この物語はこれでいったん幕とさせて戴きます。

何年も前から至る所でちょこちょこと小説を書いておりましたが、今回を期に、一つの場所にまとめたいなと思うようになり、誰も読まれていないだろうと思いつつもコソコソと投稿しておりましたが、意外と「お久しぶりです」という方々多くて驚きました。

簡単なアフターストーリーぐらいは今後も書けるかもしれませんが、とりあえず今は「書いた作品をハーメルンにまとめる」という作業を行いたいと思います。

では、また会おう日まで。


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