我らこそは天が遣い八咫烏(笑) (ナスの森)
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原作開始前
鳥籠の中から烏が飛び去った


さらば真選組篇での朧の扱いに納得が行かず、もやもやして書き始めたものです。


 火の国の殿中(でんちゅう)――この国の中で最も上の立場に位置する火の国大名とその家族が住む城の中。

 その殿中の広場において、ある騒ぎが起こっていた。

 城周りの警護の者達はその侵入者たちの存在に気付かず、不届き者の侵入を許してしまったことを未だに知らぬままであった。

 それもその筈――侵入者たちの力量はそれこそ侍やそこいらの傭兵などとは比較にならない――その者達は(しのび)と呼ばれていた。その気配を悟ることなど至難の業であろう。

 今、火の国の城にこの大勢の抜け忍達が、火の国の大名の首を取らんと、この城の殿中にまでに乗り込んでいたのだった。

 

「火の国の大名とお見受け致す」

 

「そ、其方らは一体・・・・・・ど、どこから入ってきたのかえ!?」

 

 大勢の抜け忍たちに囲まれ、冷や汗をかきながら殿中の壁を背に固まる大名。

 この火の国の大名が狙われる理由――そんなものはいくらでも思いつく。

 火の国そのものに恨みを持つ者か、大名の地位を狙う一派か、そういった火の国のトップに反抗心を持つ者が雇った抜け忍たちが、こうして殿中にまで忍び込んで、火の国の大名を追い詰めていたのだ。

 

「その命、貰い受ける!」

 

 先頭にいた(しのび)(がしら)らしき男がそう言うと同時、抜け忍たちは一斉に苦無(くない)を大名へ向けて投げつける。

 無慈悲に放たれた苦無の雨が、大名の身体を剣山に変えようとしたその時――

 

 シャラン、と烏が舞い降りた。

 

 鳴り響いたその錫杖の音の衝撃により、大名に向けて投擲された全ての苦無は粉々に砕け散った。

 

「っ!?」

 

 抜け忍たちの目が見開かれる。

 錫杖の音で苦無を砕き、大名を背に守るようにして抜け忍たちの前に立ちはだかったのは、虚無僧の男だった。

 砕け散った大量の苦無の破片が虚無僧の男の前に転がる。

 

「天変に遭いて、天照(てんじょう)を恨む者があろうか――」

 

 白い法衣(ほうえ)の上に八咫烏の紋章が描かれた黒い袈裟を架けた虚無僧の男が呟くと同時、上階の通路に並んだ障子が一斉に開かれ、その中から男と同じ錫杖を持った集団が現れる。

 

「いかなる凶事に見舞われようと、それは天が成し事、天が定めし宿命――」

 

 障子の中から出てきた集団――チャイナ服を思わせるスリットの入った黒い()(ほう)を身に纏い、編み笠を被った者達――は錫杖の音を鳴らしながら上階の通路の上に並び、抜け忍たちを見下ろす。

 

「ただ(もく)して受け入れよ。天照(てん)の声を、我らが(やいば)を!」

 

 その者達の出現に――抜け忍たちは一斉に戦慄する。

 

『あ、あれは・・・・・・!!』

 

 震え上がる抜け忍たち。

 その者達の脅威を、彼らの所業を、抜け忍たちはよく知っている。

 この火の国が擁する木の葉隠れの里と対をなす、もう一つの(しのび)組織。

 第三次忍界大戦終戦直後の冷酷無比の仕業から、新興組織でありながら五大国を始めとした各国から警戒される暗殺組織。

 その名は――

 

「我らこそは(あま)が遣い八咫烏――天照院奈落」

 

 天照院(てんしょういん)奈落(ならく)――虚無僧姿の男がそう名乗り出た直後、彼らに天の裁きが下された。

 

     ◇

 

 

 ――輪廻転生という言葉がある。

 

 前後の熟語を逆にして転生輪廻ともいい、死んであの世に還った魂が、この世に何度も生まれ変わってくる事を言うらしい。

 この世界で再び意識を覚ます前、男はそんなオカルトチックな事は毛の一本たりとも信じてはいなかった。

 とあるMARCHクラスの大学の工業系の学部に通っていた男には何の縁もない話だ。

 

 だが、輪廻とは行かずとも『転生』という出来事を体験した男は今になってみればそれは真実であったと実感した。

 

 日向一族――木の葉の里でも名のある一族で在り、瞳力・白眼を血継限界とし、かつソレを利用した柔拳という一族独特の体術を伝えてきた一族。

 男はあろう事かその一族のとある分家の長男として生まれ、そして幼い頃から日向としての英才教育を受けて育った。

 

 ――宗家に仕える、分家としての定め、運命、教え。

 

 僅か三才までの間にこれら全てを叩きこまれてきた男は、その頃は親からの言い付けを守らんとし、宗家の為に精一杯頑張ろうと努力する健気な男児であった。

 生まれながらにして膨大なチャクラ量を持ち、才能もあった男児は親からの言い付けのままに一族代々伝わる体術である柔拳にてその才を発揮し、その日向の宗家に迫るであろう才能に親は歓喜した。

 が、同時に親はそんな己の子に対して複雑な感情を抱いた。

 才があるのは親として喜ぶ事だ……だが、それだけに日向の宗家として生んでやりたかったという無念が募ってくるのだ。

 日向の才に愛されていながら、分家として生きなければならぬ遣る瀬無さ。

 この子はソレをずっと抱いたまま生きてゆかねばならぬのかと。

 

 ――そして彼が四才の手前まで迫った頃、日向の分家にのみ施されるある儀式、それが男児にとっての転機となった。

 

 日向の呪印――日向一族に代々伝わる血継限界である白眼の力が他里や他国の勢力に流れぬよう、そして宗家に逆らえぬようにするために分家の者に施される呪印。

 男児はその呪印を他の分家の者と同じように額に刻まれた。

 

 ――それがトリガーとなったのかは今でも分からなかった。

 

 額に呪印を刻まれる事で脳が何等かの作用を起こし、彼に『ソレ』が戻ったのかはもう定かではない。

 だが、男児の頭に『ソレ』が蘇ったのだ。

 “前世の記憶”というものが。

 

 額に呪印を刻まれると同時、男児の視る世界は180度反転する事となる。

 儀式の直後、しばらく現実味が湧かず己の部屋に引きこもりがちになる男児。

 呪印に関する件で苦悩しているのだと親は思っていたが、生憎と男児が悩んでいたのはソレを含めたまったくの別件だった。

 

 ――これって、NARUTOの世界か?

 ――もしかしなくともこれNARUTOの世界?

 ――しかも日向の分家……だと!?

 ――嘘だと言ってよバーニィ……。

 

 薄暗い自室の中で何度も現実逃避の呟きを連呼したが、現実は非常であった。

 何せ日向の分家である。

 下手したらネジの父親と同じ運命を辿らなければならない場合もあるのだ。

 この呪印は日向の個人を守るモノではなく、日向一族を守るためだけにあり、そして宗家には一生逆らえぬという呪いなのだ。

 通学途中の電車の人身事故に巻き込まれるというなんとも言えない死を遂げ、何故かは知らないが九死に一生を得て前世の記憶付きで2度目の人生を得たというのに、一族のつまらぬ掟によってあっさり死んでいくのは何が何でも御免であった。

 ……別に宗家に生まれたいとも思わないが。

 いずれ滅びる定めにあるうちは一族に生まれるよりはマシであるにせよ、さすがにこれはないだろう神様とやらと悲観する男児(中身青年)。

 

 そもそも、だ。

 この世界がNARUTOという時点で自分にとってはもうアウトなのだ。

 男はNARUTOのファンではあるものの、それは二次元だったからこその話であったからだ。

 だがこの世界は違う。

 二次元とは違う、まごうとなき三次元なのだ。

 二次元では「すげ~」としか思わなかったキャラクター達の実力のインフレも、三次元ではガチで洒落にならない。

 この世界の自分も天才の類ではあるようだが、所謂「天才の一人」でしかない訳だ。

 そもそもNARUTO世界は天才達が蔓延る世界である。

 ここからは男の主観ではあるが、NARUTO世界の人間は「天才ではない人間はそもそも名前が出てこない背景同然の存在」として捉えられる節もある。

 たかが天才というだけでは自分はインフレの波に乗れずにそのまま十尾の攻撃に巻き込まれてまるでモブの如く死んだっておかしくないのだ。

 日向始まって以来の天才と謳われたネジだって結局は、そのインフレに飲まれキューピッドになってしまったのだ。

 

 ――生き残るには天才である事はまず前提……それでも付いてゆけなかったら死ね。

 

 まるで世界そのものからそう告げられているかのような錯覚を覚える男児(転生者)。

 こうしてはいられないと思い立った男児は、前世の記憶を取り戻す前よりも何百倍ものハードな修行を開始した。

 アカデミー入学を決意し、猛勉強と猛修行を両立した。

 如何に才能があろうとも柔拳と白眼だけでは明らかに安心できない。

 日向宗家にしか取得できない八卦掌回天(熟練度次第では十尾の攻撃すら弾く事が可能な技だが、あくまで防ぐことができる程度)や八卦六十四掌でもまだまだ心許なさすぎる。

 幸い親からの柔拳の稽古により白兵戦での基本的な足運びの基礎は出来上がっていたため、それらを発展させて体術の成績は常に上位を維持することができた。

 

 そして接近戦の手段を柔拳だけでなく、剣術、剛拳なども視野に入れて猛修行し、自分が強くなるうえで必要のないアカデミーの授業はサボったりもして、修行に時間を費やした。

 その妄念に取り憑かれる以上の異様な努力に、両親、そしてアカデミーの教員たちは声を掛けられずにドン引きするだけだった。

 両親は色々な苦心の末に息子が単に宗家の為に全力を尽くすという決意を固めただけだと無理やり納得した。

 

 色々な修行に手を出した、自分の向き不向きを確かめるために。

 自分にも極める事ができると判断した術は即座に極め、妄念に取り憑かれたかの如く修行をし、修得する。

 それでも修得できない技や術があれば潔く諦める(例えば飛雷神など)。

 もはや作業と化したソレを男児はアカデミーを卒業するまで延々と続けた。

 

 やがて里にある既存の術には留まらず、前世の記憶を引っ張り出して、時にはNARUTO関係以外の知識すら引っ張り出し何か使える物はないかと模索した。

 

 ――手足の筋肉が壊死しかけた。

 

 ――精神は摩耗しかけたが、それでもこの世界で生き残るという一心で何とか気を保った。

 

 ――――血反吐を吐いたが、それでも止まる事はなかった。

 

 それでも自分に不向きな技や術は数えるのも億劫な程もアリ、時には原初に立ち返って柔拳をひたすら極め続けた時期もあった。

 やがて呪印を解く術にも手を出したが、この呪印を解くのに役立つ手がかりは一つとてありはしなかった。

 

 ――そこで、少年はある可能性にたどり着いた。

 

 そもそも呪印とはどのような過程で人体に刻まれるかである。

 その模様は人々の信仰に則っている事には違いないが、どのようにして呪印そのものが人体にまるで身体の一部であるかのように付着するのか。

 そして、その刻まれた印一つで対象の行動を制限したり、縛ることができるのか。

 少年は考える。

 大蛇丸がサスケに刻み付けた呪印であるが、アレは対象の自由を奪う代わりにそのチャクラ、および力を増大させる効果がある。

 ――――ならば、どのような過程で増大させてるのだろうか?

 呪印そのものがチャクラの集合体であるとして、どのようにしてチャクラを対象に流し込み、力を与えているのかと。

 

 ――少年はそこで経絡系という単語が頭に過った。

 

 経絡系に干渉し、チャクラを送り込み、力を与えているのだとしたら得心のゆくものがあった。

 更に言うと経絡系はチャクラ、ひいては人体を動かすエネルギーの通り道だ。

 経絡系に干渉するという事は、そのエネルギーにも干渉しうるという訳だから、対象の動きを制限する事だって、訳ないと思う。

 

 ――つまり、経絡系そのものを歪めてしまえば、呪印はなくなるんじゃないかと。

 

 NARUTOとは別のジャンプ漫画のキャラに己の経絡を思いのままに操り、それを用いて戦闘をするキャラがいた事を記憶していた少年。

 無論の事、経絡系という物がNARUTO世界においてどれだけ重要かを理解していた少年がソレを実践していない訳もなかった。

 経絡を歪めて致命を避ける手段は役立つかもしれないから。

 そして、幸いな事に少年はその技を獲得していたのだった。

 

 ――そして、少年は頭部の経絡を限界まで歪めた。

 

 下手すれば命すら落としかねない行為だった。

 実際致命を避けるだけだったら、その部位の経絡を少しだけ歪めればいいだけの話なのだ。

 だが、経絡を歪めすぎるとチャクラの流れが狂ってしまい、最悪命を落としかねない。

 それも額部分――つまりはほぼ脳髄を通る経絡系を歪めているのだ。

 そのあまりの激痛のあまり――少年は数時間ほど意識を失った。

 

 そして、同じ日向一族の者が倒れている彼を発見した時、その者は少年にあるべき物がない事に驚愕し、そしてその出来事は全日向の者達に、瞬く間に知られる事となる。

 

 ――少年は自力で呪印を抜け出したのだ。

 

 その後、少年は日向の分家としての務めや矜持を破棄した反逆児と罵られ、両親は少年を一族から勘当した。

 両親とて本意ではなかったが、一族の総意であるのなら仕方のない事だった。

 

 少年は一族から勘当された……が、それで彼のナニが変わる訳ではなかった。

 強いて言うならいきなり勘当されるのは少し予想外だった。

 

(ふと思い付いた事を試しただけなのに……それだけで一族追放とか宗家マジキチ)

 

 自分としては再び呪印を付け直され、どのようにして呪印から抜け出せたのかを問い詰められる事を予想していたのだが、それらの過程をいきなりすっ飛ばして勘当とは。

 呪印を付け直してもまた自力で消し去られると思い、無駄だと判断したのだろうか。

 だが、白眼を封じる手段である呪印を持たない自分をほっぽりだすのは、他里への白眼の力の流出をよしとしない宗家の方針を考えると、本末転倒ではなかろうか……。

 

 ――――『卑の意志』を代々受けつぐこの里の事だ。白眼の流出を防ぐ為に同族が殺しに来ることは十分に予想できる。

 

 ……が、それをしてくる様子もないので、警戒するのも馬鹿らしくなった少年はアカデミー卒業まで修行に専念した。

 強くなり、この世界で生き残る事が何よりも先決であったのだから。

 

 そして、その時は来た。

 

 

 

 ――――第三次忍界大戦。

 

 第二次忍界大戦の終結以降、五大国の統治は揺らぎ、 国境付近で小国を巻き込んでの小競り合いが続いていた。

 それが次第に戦火という戦火を呼び、再び戦争へと発展。実質第二次忍界大戦の延長といってもよかった。

 そしてアカデミーを卒業したばかりの下忍の子供たちも即戦力として投入される事となる。

 少年もまたその一人だった。

 里の少年に対する扱いは最初はぞんざいな物だった。

 日向の才能に愛されていながら、日向の分家としての教えと矜持を捨て去った反逆児。

 日向としての矜持を捨てているのならば、どうせ碌な修行もせずにその才能も持ち腐れているのだろうと。

 だから、木の葉は少年を使い捨ての駒としか、囮としか見ていなかった。

 

 しかし、時を重ねる内に少年に対する木の葉の面々の見る目は変わってゆく。

 

 アカデミーを卒業したばかりの小童でどう見積もっても生きて帰ってこれないだろう任務の中で、少年はただ一人単身で幾度となく帰還した。

 いや、それを抜きにしても少年は日向一族の分家の中で唯一呪印を持たぬ忍であった。

 そのため、木の葉から与えられた任務に関係なく他里の忍から白眼を目的に攫われそうになったり襲われたりしたが、それでも全て返り討ちにし、生き延びてきた。

 

 ――――この時、生き残るのに必死であった少年は、何故自分が日向分家の中で唯一呪印を持たないという事が他里に知れ渡っているのか疑問に思いもしなかったが……。

 

 そして、木の葉は少年の実力を認知する事になる。

 木の葉は少年を飛び級で上忍認定をする。

 合口拵えのチャクラ刀を与えられ、少年は更なる過酷な戦地へ繰り出された。

 木の葉は純粋に少年の実力を認めた上での扱いだったのだが、少年は自分が認知される前よりも更に過酷な戦地へ送り出す木の葉に対して不満を抱くようになる。しかし、生憎と反抗する訳にも行かずソレを飲み込んだ。

 そして、少年はまた任務を成功させ、帰還した。

 そのチャクラ刀を振るう姿から、少年はこう呼ばれるようになる。

 

 ――――「木の葉の白い牙の再来」と。

 

 やがて少年は「大名の娘の護衛」という大御所任務を任される事となる。

 国の大名などの要人はこういう戦争に限って人質などに利用されてしまう。

 少年を部隊長とし、その他の木の葉下忍中忍で結成した忍部隊が、その任に当たることとなった。

 

 ――――木の葉に娘の護衛を依頼した大名の予感が的中し、敵の忍の精鋭部隊が大名の娘もろとも彼らに牙を向ける。

 

 部隊は少年を除き全て戦死。

 その中で少年は一人奮闘し続け、顔に大きな切り傷を残しながらも、少年は敵の忍の精鋭部隊を殲滅。

 無事、大名の娘を護衛し続ける。

 

 そして、少年はふとある事に気付いた。

 ――――白髪ワカメ、顔についた傷、如何にも寝不足マッハですとアピールする目下の隈。

 大御所の任務を成し遂げ、精神的に落ち着いてきた少年が自分の面を振り返る。

 

 

 

 ――あれ、これ銀魂の(おぼろ)じゃね?

 

 

 

 朧――――人気を博したジャンプ漫画、「銀魂」にて登場する敵キャラである。

 「一国傾城篇」にて初登場し、主人公である銀時と同等の実力を持つ暗殺組織の首領。

 最初は主人公の銀時と激突し、毒針を用いた戦法で銀時を圧倒したが、再戦にて銀時と壮絶な空中戦を披露するも、銀時の機転により木刀で身体を貫かれ、死亡したと思われた。

 が、生きている事が判明し、再び銀時達と対峙するその日まで出番はお預けという事になった。

 満を持して「将軍暗殺篇」にて再登場する……が、登場早々に高杉から左目を奪われ、その場で退散。

 そして「さらば真選組篇」にてようやくまともに銀時達の前に立ちふさがってくる。

 しかし、土方との斬り合いで優位に立つも、復活した近藤からの奇襲を受けることとなる。

 結果、土方に脇腹を切られ、近藤から左腕を切り落とされるという如何にもヤラレキャラらしい損な役回りを演じながら倒れる。

 それでもまだなんとか生きていたが、時折吐血するようになり、彼の身体には限界が近づきつつあった。

 ……最初は強敵として登場したにも関わらず、後半になってただのかませと化した不憫な悪役である。

 

 少年の経絡系を歪めたり操ったりする技術もこのキャラを参考にしていたが、いよいよここまで似てくるとは思わなかった。

 思えば劇中にて朧が披露した技は全て会得していた。

 朧は発勁(はっけい)による衝撃を利用して経絡系への攻撃を可能にしていたりと、限りなくNARUTOの柔拳に近い技を使っていた。

 加えて毒針による経穴への攻撃も、少年は会得していた。

 それに加えて少年自身が編み出したり、会得した忍術も数あるが、気付けば劇中にて朧が出来た技は少年には全て出来るようになっていたのだ。

 

 

 その後、大名は顔に傷を残してまで娘を守り通した少年に目を付けた。

 恩賞がたくさん送られ、木の葉の英雄として少年は知れ渡るようになる。

 少年を気に入った大名は、木の葉に少年を自分に貸し出すように命じる。

 そして大名は少年を自分の警護役として任命した。

 

 

 日向コヅキ――後に火の国の暗部と呼ばれる事となる大名直属の暗殺組織「天照院奈落」の首領にして、奈落最強の凶手、名を「朧」と名乗るようになる

 

 



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奈落と木の葉

今回はナルトを助けるテンプレ回です。

※WARNIG!
今回の話は、『卑の意思』が蔓延っております。それを不快に感じる方ブラウザをバックしてください。

‐追記‐
日刊ランキング二位……だと!?


 ――――木の葉の里。

 

 あの九尾事件から7年が立ち、里は九尾の怪物から受けた被害がまるで嘘であるようにその活気を取り戻していた。

 朝は忍術アカデミーの通学時間で登校してくるアカデミーの生徒たちが押し寄せ、更には商店街にはラーメン屋「一楽」をはじめとした小店が繁盛しており、木の葉の忍たちも、住民たちも、皆この平和を謳歌していた。

 その木の葉の商店街にある喫茶店にて二人の忍びが、任務帰りの食事を堪能していた。

 一人は上忍、もう一人は下忍の少年だった。

 最初は互いに労いの言葉を駈け合い、今日の依頼主は少し変わった人だったとか、部下がちょっとしたミスをやらかしたとか、そんな他愛のない話だったが。

 上忍の男は顔つきをほんの少し変え、ある話題を部下の下忍の少年に振った。

 

「そういえばお前、『天照院奈落』っていう組織知っているか?」

 

「“てんしょういんならく”? なんですかソレ?」

 

 やっぱりか、と上忍の男は額を押さえて溜息をつく。

 目の前にいる自分の部下はアカデミー卒業したばかりとはいえ、こういう知って当然の情報すらまったく知らない事がある。

 本人が世情に疎い所もあるのだろうが、これは度が過ぎてるのではないか。

 概ね、アカデミーで座学やそこらの授業は全て寝ていて、実技で成績を収めていた類の者であろうが。

 

「木の葉の暗部っていうのがあるだろう?」

 

「火影直属の暗殺戦術特殊部隊ですよね。それくらい自分も知ってますよ」

 

「そうだ。木の葉の里だけではなく他の忍び里もまたそれぞれ暗部を保有している」

 

 言葉を中断し、上忍の男は手元にあった湯呑の中の茶を一気に飲み干し、テーブルに置いた。

 

「でだ。木の葉には――いや、この火の国には暗部が二つ存在している」

 

「え、そんなの初耳ですよ?」

 

「それはお前が阿呆なだけだ。それでな、一つは先ほども語った通り、火影直属の暗殺戦術部隊、つまり木の葉の暗部の事だ。そしてもう一つ、それが――――」

 

「それが?」

 

「火影直属の暗部に対し、火の国大名直属の暗部――すなわち先ほどいった天照院奈落と呼ばれている組織だ」

 

「そ、そんな組織……あったんですね」

 

 言って、下忍の少年は驚愕の表情を浮かべる。

 てっきり暗部は木の葉にある火影の直属部隊だけかと思っていたが、実はそうでもないらしい。

 

「だが、奴らは、この国の忍の組織でありながら、俺達木の葉からは嫌われている」

 

「え? だって、同じ国の忍びなのでしょう? 協力し合ったりとかはしないんですか?」

 

 上忍の男の発言に下忍の少年は訝しげな表情を浮かべながら問う。

 確かに組織としては別物でも、用途は一緒だから特に反目しあう事は無い筈である。

 

「さあな、俺も暗部ではないからそこまでの事は分からん。はっきり言えることは、あくまで奴らは『里の味方』ではなく、『国の味方』でしかないという事だ」

 

「里の味方ではなく、国の味方?」

 

「そうだ。独立暗殺集団である奴らを動かす事ができるのは、火の国の大名様かその娘のみ。

 故に、奴らはこう呼ばれている――――」

 

 

 ――――天の遣い、八咫烏とな。

 

 

 喫茶店の傍にある電柱に止まっていた烏が、鳴き声をあげながら飛んでいった。

 

 

     ◇

 

 

 里を囲む崖の上に錫杖を持った三人の人影があった。

 その内の二人は男性と女性。足の付け根から下にかけて左右にスリットの入った黒い布砲――チャイナドレスと着物をミックスしたような衣装といえば分かりやすいか――を身に纏い、その袖を白い布を用いた襷掛けで袖を纏め上げている。着物のスリットからは白い括り袴がはみ出しており、腰には帯刀、さらに三度笠を被って顔を隠していた。

 そしてもう一人は白い法衣を身に纏い、白い八咫烏の紋章が大きく映った黒い袈裟をかけ、さらに深編笠(天蓋)で完全に顔を隠し、その姿は虚無僧を思わせる。肩に灰色の大きな数珠を掛け、後ろ腰に合口拵えの小太刀を上向きに差していた。

 

「……来たか」

 

 虚無僧の恰好をした男が呟くと同時、他の二人もまたその方向へ向く。

 虚無僧の恰好をした男が腕を前へ差し出す……里から、一羽の烏が鳴き声を上げながら崖の上まで昇り、差し出された男の腕の上に止まる。

 

 烏は男の腕に止まるや否や、男の腕を痛くないように口ばしで何回かつき、まるで何かを伝えているかのように、羽根を動かした。

 

「……そうか、ご苦労だった。戻っていいぞ」

 

 男はそう言うと懐から餌を取り出し、烏に与えた。

 烏は幾分か嬉しそうに鳴きながら、再び男の腕から飛び去って行った。

 

(かしら)、あれって口寄せした烏ではないのですか?」

 

 飛んでゆく烏がいつまでも煙となって消えない事に疑問を覚えた女性。

 普通、口寄せした動物は、契約主の頼みや依頼を達成、もしくは口寄せ時間が切れれば自然に元の場所へ返される筈であるが、あの烏は自分の羽で帰っているではないか。

 

「あれは頭が野生の雛を育てて躾けた密偵用の烏だ。我々奈落が烏を口寄せするのはあくまで緊急時のみ」

 

 隣にいた同じ服装の男性がその質問に答えた。

 口寄せ動物ではなくとも、カラスというのは元来かしこい生き物だ。

 躾けさえすれば密偵として大いに役立ってくれる。

 

(前にいた世界でも八歳の烏好きの少女が餌を与え続けた結果、その餌を与えられた烏が恩返しとして貢物を置いていったという例もあるしな……)

 

 虚無僧の恰好をした男――頭と呼ばれた男は深編笠の中でしみじみと前世の事を振り返る。

 そもそも口寄せ烏に密偵を依頼すると、勘のいい忍びならばどこかの者の息がかかっている口寄せ動物だと勘付いてしまう。

 普通の烏を遣いに出せばその心配もなくなる訳だ……多分。

 

「烏たちからの伝言だ。里もあの事件から息を吹き返し、繁盛している。だが妙な動きもある。一部の暗部の者達が一人の小童を監視しているようだ……」

 

(十中八九、ナルトか、もしくはサスケか……)

 

 暗部が監視するに値する小童といえば大体該当するのはこの二人だろう、と虚無僧の男――――(かしら)と呼ばれた男は推測する。

 ナルトは九尾の人柱力という事もあって、いつ暴走するか分からない身……もしくは三代目のお節介か。前者であるならばダンゾウ率いる根出身の暗部であろうが、後者であるならば三代目側の暗部の忍たちだろう。

 残るはサスケ……もしかしたらこれは根の暗部である可能性が高いが、三代目側の暗部の者達の中にも独断で監視している者がいるかもしれない。

 何せあのヤンデレ集団と呼ばれるうちは一族だ。

 九尾事件の犯人とも疑われ、そしてあのうちはマダラの件がある。万が一の為に監視している可能性も否めない。

 

(どのみち、この二人と関わるにはまだ早すぎる。暗部の監視もある事だ、なんとか関わらずに火影邸に着きたいものだ……)

 

 心の中でそう願う首領の男であったが、生憎、それは叶わぬ願いである事を後に思い知らされる事となる。

 

「行くぞ。(むしろ)(いばら)、目指すは火影邸だ」

 

「「はっ」」

 

 筵と呼ばれた男性、棘と呼ばれた女性――二人の部下を引き連れ、虚無僧の姿をした男は、木の葉の里へと足を踏み入れた。

 

 

     ◇

 

 

(関わりたくないと思った途端にこれか……)

 

 せっかく深編笠を被っている事だ、周りにばれる心配もないのだし、白眼を発動させながら行けばよかったと後悔する虚無僧姿の男。

 男の後ろにいた二人の部下も三者一様の様子でソレを眺める。

 筵はもはや見慣れているのか表情は変えない。

 ――――対して、棘は編笠の中に隠れたその顔に青筋を浮かべながらその光景を見ていた。

 

 それは迫害だった。

 数人の大の大人たちが、揃いも揃って、一人の子供を迫害していたのだ。

 

『おらっ、思い知ったか化け物』

 

『お前のせいで!』

 

『貴様のせいで!』

 

 大人たちから謂れのない暴力を受ける子供が一人。

 地面に這いつくばらされ、力一杯に踏みつけられる。

 何度も何度も。

 自分たちの鬱憤が晴れるまで、そして子供の顔を見てはまた鬱憤が再発し、また暴力をふるい続ける。

 

 ……そして、周りにいる大人たちもまたソレを止めようとはせず、まるで子供に侮蔑するかのような視線を向けている。

 

「――――……っ、……ッッ!!」

 

 子供は必死に耐えていた。

 自分がこうして暴力を振るわれる理由は分からないが、反抗すれば今以上にひどい事をされるという事を理解していた。

 故に、耐え続ける。

 いつか、自分が大人たちを見返すその日が来るまで、子供は耐え続ける。

 

『お前のせいで、オレのお袋が……!!』

 

『息子が……!!』

 

『娘が……!!』

 

『弟が……!!』

 

 そんな子供の苦悩などお構いなく、大人たちは憎悪のままに子供に暴力を振るい続ける。

 我を忘れるかのように、あの事件の惨状を思い浮かぶ度、大人たちの子供に対する理不尽な憎悪は増大し続ける。

 

「か、頭……」

 

 その光景が見るに堪えなかったのか、虚無僧姿の男の後ろにいた女性、棘は男に声をかける。

 彼女はこれでも暗部よろしく公にはできない冷酷無比な任務をこなしてきている。

 それでも、奈落に入ってまだ日の浅い方である彼女は、このような暴行を見過ごせる程冷徹にはなり切れていなかったのだろう。

 ――――助けてあげましょうよ、と目で男に訴えている。

 

 男としても助けたいのはヤマヤマであったが、一組織を率いる者として私情で割り込む事はできない。

 むしろ里の者達の矛先があの子供に向いている分、自分達が注目される事はないので好都合だ、と思考を無理やり卑劣モードにして通り過ぎようとしたのだが……

 

「……」

 

 不意に男は足を止めた。

 

「頭?」

 

 男が急に歩みを止め、その後ろにいた部下の男性、筵が男に声をかけた。

 頭と呼ばれた虚無僧姿の男は筵の声に耳を貸さず、深編笠の下で白眼を発動させてあたりを見回していた。

 

 ――――物陰に暗部が一人。

 ――――別の物陰には子供が一人。

 

(はたけカカシと……アレはもしや、ヒナタか?)

 

 白眼の透視能力を通して見える暗部の仮面の下に視える顔は間違いなくはたけカカシその人であった。迫害されている子供の姿を見ていられず、身体を震わせ今にもソコへ駈けつけたいという欲求を抑え、必死に我慢しているようだった。

 ヒナタは電柱に隠れ、虐待されている子供を恐る恐る見つめる。顔に青筋を立てており、心配そうな表情で子供を見つめつつも、子供を虐待している周囲の大人のあまりの形相に身体が震えて動けない様子だ。

 が。

 

「……?」

 

 突如、電柱に隠れていたヒナタが、身体を震わせ千鳥足ながらも足を動かし、コチラに近づいてきた。

 その様子に虚無僧姿の男は深編笠の下で眉を潜めた。

 ――何故こちらに?

 ――日向ヒナタは元来臆病な性格であり、自分達のような怪しい姿(自分で言っておいて何ではあるが)をした者達に近づくなどは考えられない。

 ……男がそんな思考をしている間にも、ヒナタという少女は自分達に近づいて来る。

 そして、口を開いた。

 

「ぉ……がい……ます」

 

 あまりにも気弱で、小さい声。

 

「おねがい……しま……す」

 

 それでも少女は勇気を振り絞り、声をあげる。

 

「あのこを……ナルトくん……を、たすけ……て……」

 

 震える身体を抑え、涙ながらに懇願する。

 

「ナルトくんを……たすけて……ください……!」

 

 地面に涙がポタポタと垂れ落ちる。

 あの少年を助けたくても、恐怖の方が勝って助けられなかったのだろう。

 ならせめて、せめて周りに助けを頼もうとするも、そもそもこの里には少年を助けようとしてくれる大人など何処にもいない。

 

 だからこそ、この里では見慣れない彼らが目に止まったのだろう。

 ――――この里のヒトじゃないなら、ナルト君を助けてくれるかもしれない。

 そんな一縷の希望を、ヒナタという少女は零れ落ちる涙と共に、彼らに託そうとしていた。

 

『まだだ化け物め、コイツをくらえ!』

 

 言って、虐待している大人たちは懐からガラス製の道具を取り出し、一斉に少年に向けて投げつける。

 ――どうせ死にはしないのだ。

 そんな侮蔑の想いが込められた凶器が一斉に少年に投げつけられた。

 

「……」

 

 気付けば、虚無僧姿の男は、ヒナタの視界から消えていた。

 

 

     ◇

 

 

 シャラン、と独特の金属音が小さく鳴り響く。

 その音と共に、子供に向けて一斉に投げつけられたガラス器具が、粉々に砕け散った。

 

『――――ッ!!』

 

 その異様な光景と、そして先ほどまで自分たちが痛めつけていた化け物と自分たちの間に割って立ちはだかった妙な姿をした男に、里の大人たちは息を飲む。

 先ほどまで虐待されていた子供もまた呆然としながらその背中を眺めていた。

 

「去ね」

 

 貫禄と静かな威圧を感じさせる声が、我に返った大人たちの耳に響く。

 立っているのは八咫烏の紋章が付いた法衣を身にまとう虚無僧姿の男。

 大人たちはただただ呆然とするだけだった。

 

「聞こえんか、去ねと言ったのだ。お前たちの叫びも慟哭も、この小童には何一つ届きはせん」

 

 男の後ろに更に、編み笠を被り同じ錫杖を手にした、男の部下である筵と棘が立ちふさがる。

 それが、今この時点ではもうあのバケモノに手を掛けるのは許されないと、大人たちに警告していた。

 しかし、男の次の言葉で……

 

「届くとすればそれは、小童に当たり己が虚無を満たさんとする貴様ら自身の醜悪さだけであろう」

 

『何……だとっ!!?』

 

 男の威圧に言葉を失っていた大人たちであったが、男の言葉が引き金となり、彼らの頭に再度血の奔流が昇っていった。

 

 ――――お前なんかに、自分たちの何が分かるというのだ!

 ――――汚い烏共なんかに、何が理解できるというのだ!

 ――――今更(・・)英雄面して、何様のつもりだ!

 

『ふざけるな! そいつは化け物だ、人の皮を被った化け狐だ!』

 

『そうよ! 私の家族を奪った……穢わらしい狐よ!』

 

『そんな奴、とっとと死んじまえばいいんだっ!!!』

 

 

「――――……ッッ!!?」

 

 

 大人たちの罵倒が、男たちに守られている少年の心を一層抉り取る。

 

 一方、男の方は……

 

(……よし、うまく食いついてくれたな)

 

 後ろで泣きそうになっている小童に心を痛めつつも、自分の狙い通りに大人たちが食いついてきたことに内心でガッツポーズを取る。

 男は、大人たちが小童にむけて『死ねばいい』という言葉を吐くのを待っていたのだ。

 

「ほう……ならば今ここで、貴様らの望み通りにしてやろうか?」

 

 そして男が後ろにいた、付き添いの二人に合図をする。

 すると、二人の部下の内の男性の方が先ほどまで男が庇った子供を大人たちに突き出す。

 

「……え?」

 

 先ほどまで自分を庇ってくれていた男たちが、急に先ほどまで自分を虐めていた大人たちに自分を突き出した事に呆然としてしまう少年。

 

 そして、男の指示で少年を大人たちの前に突き出した筵は、少年の上着を錫杖の先でたくし上げた。

 ……顕となった少年の腹にあったのは……化け物を封印する、渦巻き模様の封印式。

 

 ――――そして、筵は錫杖の仕込み刀を、少年の腹にあるソレに突き付けた。

 

『――――ッッ……!!!??』

 

 そしてその模様を見て大人たちの顔は青ざめる。

 見たことがなくとも、初めて目にするであろう者にも、勘が悪いものでもすぐに察することができよう。

 ――――その腹の中に、何がいるのかを。

 そこに、まるで化け物が潜む藪をつつかんとばかりに仕込み刀が突き付けられている。

 

「この童の命は、貴様らの思いのまま」

 

『や、やめろ……』

 

 そして、彼らは思いだす。

 この腹をぶちまけれた先にいるであろう……あの事件の元凶たる厄災を、……あのおぞましい化け狐を。

 

「さあ、言うがいい。この小僧を殺すか否か。答えなければ十秒後にこの小僧の腹を掻っ捌く」

 

『――――ッッ!?』

 

 答えなければ生かす……ではなく“殺す”。

 それは、大人たちにとって如何に残酷な選択肢であるかを痛感させられる。

 先ほど、自分たちはすでにこの男たちの前で、子供にむけて“死んでしまえばいい”と言ってしまった。

 大人たちは本当は分かっていた……自分たちが憎むべきはその子供ではなく、その子供の腹の中に飼われている本当の化け物であるということを。

 しかし、あの化け物に敵うわけがないと思っていた大人たちは、やり場のない怒りを子供にぶつけるしかなかった。

 

 ――――だからこそ、いざとなってその子供の命の危機が晒されたとき、それを自覚せざるを得なくなった。

 

 ……あの子供の腹を掻っ捌いた先に、潜んでいる化け狐を知っているからこそ。

 

「貴様らがこの小僧を迫害しておきながら態々殺さないように手心を加えていたのは、その先にあるものを恐れていたからであろう。ならばお前達の代わりに我等がそれを実践してやろう。

 だが――鬼が出るか蛇が出るか……その責任は取れんぞ?」

 

『………………ッ』

 

 制限時間が迫る。

 迫ればあの厄災がまた来ることになる。

 無論……男たちは本気でそれをしようとしている訳ではないが、既に正常な思考を破棄している大人たちにそんな考えに至る余裕はない。

 

「どうした……この小僧など死んでしまえばよかろう? 何故躊躇う必要がある」

 

 どの口が言うのだろうか。

 大人たちは何も言えなかった。

 殺してくれと答えれば、もしくは何も答えなければあの厄災が再び巻き起こる。

 しかし、殺さないでくれと答えれば――認めてしまう事になる……年端も行かないただの子供に八つ当たりしていた自分たちの惨めさを、醜悪さを。

 故に、大人たちは何も言えずにただ黙るばかり。

 しかし、その沈黙の間に制限時間はなくりなり……

 

「そうか、ならば決まりだな。――殺せ」

 

 部下の男性にそう命令する男。

 その言葉と共に、部下の男性は錫杖の仕込み刀を振り上げ、その切っ先を少年の腹に振り下ろした。

 そして――――

 

『ま、待て!! やめてくれ!』

 

『お願い!! やめて!!』

 

『頼む、この通りだ!』

 

 自らの醜悪さを認めてしまうよりも、あの厄災が再来することを恐れた大人たちは、切羽詰まった様子で叫ぶ。

 

 ――そして……部下の男が振るった仕込み刀の切っ先は少年の腹に当たる寸前で寸止めされた。

 

 そして、男が合図すると、部下の男は仕込み刀を杖の中に納め、再び一本の錫杖となった。

 

「……所詮、お前たちはこの程度だ。己が怒りと殺意を年端もゆかぬ小童にぶつけ、しかしその先にいる己が本当に憎むべき仇を恐れ、殺さないように配慮しながら痛めつけることしかできない。……その愚行こそが、あの厄災を再び招く爆弾を刺激し、お前たち自身の寿命を縮めている事も知らずに……」

 

『…………』

 

 もはや沈黙だけであった。

 ――――だが、これだけではまだ足りない。

 ここで自分たちが去っても、この子供に対する物理的な迫害が終わるとは限らない。

 彼らとて大切な者を失った身だ。

 八つ当たりだと自覚しても、やめるとは限らないだろう。

 

(それに、ナルトを人目に映さずに逃がさなければならないしな……)

 

 男は踵を返し、後ろへ向き去ってゆく。

 二人の部下もまたそれに続いてゆく。

 ――――そして、男は去り際に更なる爆雷を投下することにした。

 

「それでも尚その愚行を続けるというのであれば――」

 

 一瞬間を置き、言葉を続ける。

 

「四代目もあの世で嘆いていよう……己の命を()して護った者たちが、己が為に憎しみに身を焦がし、その命を散らしていくことを――」

 

 あえて里を守った英雄として犠牲となった四代目を話題に出すことで、彼らの琴線を更に刺激する。

 

(まあ……現在進行形でナルトの中から見ているだろうしなあ……)

 

『――ッ!』

 

 四代目――その言葉が引き金となったのか、彼らの怒りは再び頂きに達し、顔を歪めた。

 そして、再度その怒りが湧き上がってくる。

 先ほどとは比べものにならない怒りだった。

 先ほどから男の口車に乗せられている自覚もなく、大人たちは再び吠え始めた。

 

『そもそも、何であの時お前たちは来てくれなかったっ!!』

 

『そうよ! 国の為に様々な功績を立てておきながら、何故私たちを助けにこなかったのっ!?』

 

『化け狐と同じだ!! 四代目は命をかけて俺たちを守ってくれたというのに……お前たちは一体何をしたというんだっ!!?』

 

『卑しい烏どもめ!!』

 

『お前たちが――――』

 

『貴方達さえ――――』

 

 

『来てくれれば……!!』

 

 

(大体こんな所でいいだろう……)

 

 大人たちの慟哭と叫びを一身に受ける男とその部下の二人。

 しかし、それすら男の目論見の一つに過ぎなかった。

 

 ――これで、彼らの矛先は少年から完全に自分たちに向いた。

 

 今の彼らは少年に目も暮れていない。

 今がチャンスである。

 

(……棘)

 

(……はい、頭……)

 

 男に小声で指示され、了承する女性。……その声は、心なし元気がなさげであった。

 棘と呼ばれた部下の女性は袖に仕込んでいた紙切れを放つ。

 放たれた紙切れは計算されたかのように風に乗り、それは少年の手に渡った。

 

「……?」

 

 先ほどまで虐待されていた少年は何だろうと思い、その紙切れを覗く。

 

 

『 いまのうちに にげなさい 』

 

 

「――――ッ!」

 

 呆然とした表情で、少年は男二人と女一人を見上げる。

 ……今まで、自分が受けてきた仕打ちを、彼らは一心に引き受けてくれていた。

 

 少年は何も言わずに、ここから去ってゆく。

 幸い、矛先が彼らに向いているおかげか、大人たちに気づかれることなく逃げることができた。

 

(行くぞ、二人とも)

 

(はっ)

 

(………………はい)

 

 少年が無事逃げおおせた事を確認した男は、二人の部下に小声でそう言った。

 部下の男、莚は小声ではっきりと答える。

 部下の女性、棘は心なしか意気消沈しながらおぼろげに答えた。

 

 三人は振り返ることなく去ってゆく。

 ……後ろから聞こえる罵詈雑言を気にもとめず……。

 

『何故あのとき来なかった!!』

 

『大名の守護を理由に、俺達を見捨てたのか!!?』

 

『なんとか言いなさいよ!!』

 

 虐待していた大人たちは去ってゆく三人に必死で吠えるが、もはや聞こえてなどいないかのように気にも止められない。

 ……もはや、その声は届かない。

 

『……』

 

『ちくしょう……』

 

『何様のつもりだ、あいつら……!!』

 

 三人の姿が見えなくなり、それでもその彼方を見つめる大人たち。

 ある者は己の無力さに項垂れ、ある者は地面に拳を叩き込み、ある者は彼の者たちに対する憤慨を口にする。

 

 

 ――だが、彼らは周りから不穏な視線を感じ、ハッとなって周りを見渡した。

 

 

 先ほどまで自分たちが子供を虐待していた所を、止めもせずに傍観していた人々が白い目で彼らを見ていたのだ。

 ……そう、それは先ほどまで自分たちが化け狐を見ていた目と、同じ目だった。

 

『――ッ!?』

 

『な、なんで……』

 

『な、何よあなた達……』

 

 白い目で見られる者たちと、白い目で見る者たちの違いはたった一つだった。

 

 ――前者は化け物と忌み嫌われる子供に実害を及ぼしていた者。

 

 ――後者はそれを良しとし、傍観していた者。

 

 どちらも大差はさして存在しなかった。

 みんな、いまの化け狐には力がないから、いくらでも殴っても大した事はないという認識だった。

 

 だが、舞い降りた一羽の烏の言葉でその認識は覆ってしまった。

 あの子供を迫害する事は、まさしく爆弾を刺激するような行為であり、それが積りも積もってしまえば、あの厄災がもう一度起こりかねない事態だったのだと。

 傍観していた者たちの認識はそのように塗り替えられていたのだ。

 故に、化け狐の忌み嫌われる子供に実害を及ぼしていた彼らに、それとおなじような視線で見る。

 

『な、何よ。その目は……』

 

『お前らだって、あの化け狐が憎いだろ!?』

 

『だからこそ、傍観していたんだろ!?』

 

 言って、白い目で見られる彼らは少年がいた場所に指をさすが――――そこに少年の姿はすでになかった。

 

『――ッ!?』

 

 白い目で見られている者たちと、白い目で見る者たちが憎むべき化け狐は……もうここには存在しなかった。

 そして同じく憎むべき烏共の姿もない。

 彼らだけが、白い目で見られていた。

 

 そして、彼らの脳裏に先ほどまでいた烏の言葉が過った。

 

 ――“お前たちの叫びも慟哭も、何一つ届きはせん。届くとすればそれは、小童に当たり己が虚無を満たさんとする貴様ら自身の醜悪さだけであろう”

 

 まさかこの言葉が現実の物となるのは思いもしなかっただろう。

 白い目で見られる者達の中にまるで呪詛のようにこの言葉は焼き付いた。

 因果応報とは正にこの事を言うべきであろうか。

 

 

 その後、彼らは子供と同様に白い目で見られるようになり、彼らはその視線をずっと浴び続けながら里で生活するしかなかった。

 そして、化け狐と蔑まされてきた子供は実害的な迫害を受けなくなり、陰口で迫害される事はあったものの、逆に子供からの報復を恐れた一部の大人たちから庇われるようにもなった。

 

 

 『卑の意思』を持って迫害していた者たちは、突如舞い降りた一羽の烏の『卑の意思』によって、今度は自分たちがその『卑の意思』を一身に向けられるようになってしまった。

 

 

 

     ◇

 

 

 錫杖をシャランと鳴らしながら三人は道を歩く。

 先ほどの出来事もあってか、今度は人目のつかない道を選んで回り道をして火影邸へと歩みを進めていた。

 そして深編笠を被った虚無僧姿の男――――(おぼろ)は、自分の後ろにいる部下の内の一人の様子がおかしい事が気になっていた。

 ……一応、理由は察しているのだが。

 だが、このまま何も聞かない訳にもいかないので、朧は歩きながら部下の一人に話しかけた。

 

「如何した、(いばら)

 

「頭……いや、なんでも……」

 

「……」

 

 黒い御徒歩士の衣服に編み笠を被り、錫杖を手にした黒髪ポニーテールの女性――歳は17歳ほどの少女――棘は顔を逸らしてはぐらかそうとするが、じっと自分の顔を見つめる朧に根負けし、やがて話した。

 

「頭は、すごいですよね……」

 

「……」

 

「頭も木の葉のご出身なのでしょう? なのに……里の人たちから何を言われても、超然としていて……なのに、なのに……私、は……」

 

 国の暗部と呼ばれる天照院奈落の構成員である忍びたちが、何故「木の葉の忍」ではなく「火の国の忍」という曖昧な言い方で表現されるのか……答えは単純明快である。奈落の構成員の忍のほとんどは、木の葉の出ではないからだ。

 しかし、奈落が里から嫌われていると分かっていても、「里に尽くす」のではなく「国に尽くす」というレッテルを持つ奈落に入りたいと思うアカデミー生も少数ながら存在している。

 ……彼女もまた、その一人だった。

 

「すみません、こんな事を言って。覚悟は……して、いたつもりなんです。なのに、何で……こんな……気持ちに、……なるのでしょうか……?」

 

 親から名づけられた名を捨て、天照院奈落の忍「(いばら)」として新たな生を歩み始めた。

 国の暗部よろしく、冷酷無比な仕業もいくつかこなしてきた。

 そう、彼女はもう自分は「奈落の一員」になれたと思っていた。……なのに。

 

「棘、お前はまだ奈落に入ってから日が浅かったな……」

 

「……はい」

 

 朧の問いに、棘は弱々しく答える。

 

「ならば、肝に銘じておけ。奈落(われら)は『里の味方』では決してない。あくまで『国の味方』だ。里への想いを捨てろとはいわん。だが……いざ里と国を天秤にかけねばならぬ時が来た時、奈落(われら)は迷いなく国を取らなければならない、九尾事件然りな。そうでなければ……奈落(われら)の存在に意義などないのだからな」

 

「……」

 

「お前も、今では天に仕える身。日を浴びる一葉ではなく、日陰を飛ぶ一羽であることを心得よ」

 

「……はい」

 

「八咫烏の教えを忘れぬことだ。死を運ぶ烏がその羽根を散らした時、それを悼む存在など、何処にもいない」

 

「……っ、はい」

 

 咄嗟に泣きそうになった顔を編み笠で隠し、棘ははっきりと返事をする。

 しかし、零れ落ちる涙だけは隠せないのか、それがボロボロと地面に零れ落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれ……もしかして泣かせちゃった? あれ? こんな若くてピチピチな女性を、俺が泣かせちゃった!!?)

 

 威厳を感じさせる井上ボイスとは裏腹に、内心であたふたする朧(笑)。

 

(やばい、罪悪感で直死……じゃなかった、直視できない! 火影邸に着くまでには泣き止んでほしいけど……)

 

 内心でそんな事を切に願いながら、朧は二人の部下を引き連れ、火影邸を訪問すべく足を動かした。




今回登場した奈落メンバー(オリキャラ)紹介

・棘(いばら)

木の葉出身の奈落の忍。冷酷無比な任務もいくつかこなしているが、甘さが抜けきれてない模様。年は17歳で根っこはとても優しいお姉さんである。
奈落の忍のほとんどは木の葉の里の出ではないが、彼女のようにアカデミー時代から「里に尽くす」のではなく「国に尽くす」というレッテルを持つ奈落に憧れて、入る者も少数いる。
朧は憧れの人。

・莚(むしろ)

ナルトの腹の封印式に仕込み刀を突きつけるという損な役回りを命じられた人。因みに木の葉の出身ではない。
朧には忠誠を誓っている。


朧の口調、どうでしょうか。
一応、「4代目もあの世で~」の下りは、原作(銀魂)の「松陽もあの世で~」のセリフのオマージュなのですが……


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奈落と火影

やっと投稿できた・・・・・・お待たせしてすみませんm(_ _)m


 ――――3人が木の葉を訪問する前。

 

 とある木造の屋敷の畳の敷かれた和室にて一人の男性と一人の少女がいた。

 男性は20代前半の男だった。

 少女の方は10代後半辺りといった所の見た目だった。

 

 男は座布団の上に座り、事務用の分机の上にある大量の資料に目を通しながら、必要な事項と情報を整理していた。

 一方、女の方はそんな男の正面に立ち、光を灯さぬ目で見下ろす。

 

「……それで、態々私を呼び出して何の用なの、頭」

 

 女性は訝し気に男性に問う。

 普段はこんな堅苦しく狭い部屋などに呼ぶことなどせず、集合室などに隊員をまるごと招集して連絡事項を伝える筈であるのに、態々自分の部屋にまで呼び出して何の用なのか。

 

(むくろ)、暫くの間ここをお前に任せる。私の代わりに殿の警護を務めろ」

 

「……それつまり、暫くの間あなたの代わりをしろという事?」

 

「そういう事だ」

 

「……どうして?」

 

 骸と呼ばれた女性――紺色のロングヘアーでまるで人形のような雰囲気を醸し出した美女はほんの少し面倒くさそうに目を細める。

 面倒くさいというのもあるが、何より自分の所属する組織の頭領が態々しばらくの間その代わりを任せてくるというのだ。

 訝しくもなる。

 

「殿の命令で木の葉を訪問する事となった。奈落の首領として火影様への情報提供、および報告も兼ねてな」

 

「……情報提供や共有は今まで通り部下たちに任せればいいじゃない。何なら(ペット)達を遣わして済ませればいいだけ……」

 

「そういう訳にもいかん。今回は少々特殊だからな」

 

「……?」

 

「我ら奈落は忍達で結成された暗殺組織であると共に、殿に仕える御徒歩士組でもある。……この意味が分かるな」

 

奈落(わたしたち)はただ忍んでいればいいのではない。殿や姫様に仕える忠臣として、それを周囲に示さなければならない……そういう事?」

 

「端的に言えばな……」

 

(ぶっちゃけ、火影様が伝文で俺の顔を見たいって言ってたのが一番の理由だけど……)

 

 もはや奈落はただの忍組織ではなくなった。

 木の葉の暗部のように常に影の中で行動する事は難しい。

 奈落は国の暗部であると共に、大名お墨付きの護衛部隊でもある訳だ。

 時には表沙汰にはできないような冷酷無比の仕業も、時には盗賊から大名親族やその要人などを守護するなど名誉ある任務も同時にこなしている。

 木の葉は普通の忍びと暗部でそれらを使い分けているが、奈落という組織は一つしかない。

 ……両方とも平等にこなしていかなければならない……大名への忠義の下にだ。

 

 そして、今回伝令する内容は火影直々に宛てられるものだ。

 忍びとしてなら部下に任せるなり烏を遣わすなりすればいいが、今回は大名が火影に直々に宛てられた巻物を届けるのだ。

 ……火影に自分たちの大名への忠義を見せつけるためにも首領が自ら赴くぐらいの事はしなければならない。

 

(奈落が設立されたせいか原作にあった「守護忍十二士」が結成されてないままなんだよなあ……あれ、という事はもしかして俺や骸含む奈落三羽がアスマや地陸の代わりに裏の世界で賞金首として知られてる、なんて事はないよね? 角都あたりに狙われたりしないよね?)

 

 そして、ここまできてそんな可能性に今更気付くバカが一人……彼は今日も今日とて八咫烏(笑)なのであった。

 己が尊敬する首領のそんな内心を知りもせずに骸と呼ばれた女性は、男に問うた。

 

「……けど、何故態々あなたが行く必要があるの? 他の上忍クラスの奈落の隊員に任せればいいだけの事……貴方が行く必要なんて微塵も感じられない」

 

「そういう訳にもゆくまい……何せ火影様直々に私をお呼びになっているからな。姫様は反対気味のご様子であったが、殿は快く了承なされた」

 

 木の葉の忍であった男が此方に来るきっかけを作った姫様、所謂大名の娘は彼が彼方に戻る事にはあまり快く思ってはない。

 一方、火の国の大名は火影の頼みとあらば無下にすることはできず、向こうもかつての部下の顔を久々に見たいのだろうと思い、了承したのである。

 

「……でも、やっぱり分からない。組織の頭領自らが出向くなんて……。何なら私を行かせたっていい。私だって奈落三羽に数えられる者……木の葉の出身でもあるし、貴方以外の適任にもなりうる筈……」

 

「お前は駄目だ」

 

「…………どうして?」

 

 人形のような彼女であったが、男の一言で僅かに眉間に皺を寄せ、程度こそ分からないが不機嫌さが伺えた。

 

「木の葉には根のダンゾウがいる。奴は木の葉を守る為にはありとあらゆる手段も辞さない。うちはの殲滅を提案したのも奴だ。そして……その際にうちはの者たちの死体から大量の写輪眼を収集した。里を守るために里の牙を折り、そしてその牙の再利用までしようとする男だ。現在、うちはの生き残りの中で居場所が判明している者はうちはサスケとお前だけだ。ダンゾウの奴がおまえに目を付けていない筈がなかろう」

 

「……ダンゾウは私が万華鏡写輪眼の開眼者である事には気づいていない筈。……ただの写輪眼二つの為に人員を動員してまで私を狙うにはさすがにリスクを伴う。それに……万が一国に仕える組織の幹部を襲ったと知れ渡れば、ただでは済まない事くらいダンゾウも分かっている筈よ……」

 

「確かにお前の万華鏡写輪眼の能力はその特性上、目の模様が他人に目視される事はまずない。大抵の忍はただの時空間忍術と勘違いして終わるであろうな……」

 

「……なら――」

 

「奴を甘く見ぬ方がいい」

 

 頑なに男が木の葉に向かわなければならぬ事が納得いかないのか、骸は引く様子がない。だが、男としても骸を木の葉に向かわせる訳にはいかなかった。

 

「気づきはせぬとも、おそらく勘付いてはおろう。何の理屈も分からぬ時空間忍術……飛雷神のようにマーキングする訳でもなく、瞬身のようにただ単純に速く動く訳でもない。……奴なら勘付いてもおかしくはない筈だ。

 それに……奴はこういうリスクのある所業をこなすのが得意だ。たとえお前に手を出したりしても、他里の忍の仕業と見せかけ己へ牙が向くのを回避する裏工作をするくらい造作もなかろう」

 

「……」

 

 男の正論に、骸と呼ばれた女性はただ反論できずに伏し目になるだけであった。

 事実、ダンゾウという男は抜け目のない輩であり、里を想う気持ちこそ本物ではあるものの、野心家としての私情も入り混じっている為、そのやり方は懐から見ればとてもではないが良いとは言えぬモノ(奈落(かれら)が言えた事でもないが)。

 故に、裏世界では「木の葉の闇」を代表する者として知れ渡っている訳であるが。

 

「それでも……なんで頭が行く必要があるの? いくら火影様の頼みとはいえ、別に強制している訳でもない。

 

 ――――なんで……貴方がまた()()()()に戻る必要があるの?」

 

 張り詰める空気。

 ……漏れ出す殺気。

 彼女から漏れ出される殺気は男に向けられた者ではなく、目の前にいる男を持ち上げては下げ、持ち上げては下げる事を繰り返した彼の地。

 その彼の地へ、彼女は憎悪にも似た感情が漏れ出す。

 その光のない目はいつの間にか三つの勾玉模様が入った紅い目に変質し、その視線だけで常人を射殺しそうな鋭い威圧が放出された。

 だが――――

 

 

「――(むくろ)

 

 

 しかし、その威圧は更なる静かな威圧によって押し返される。

 

「――っ!?」

 

 とっさの威圧に気圧された骸は驚いてその写輪眼を見開きながら、男を見る。

 ……それは、先ほどの自分のモノとは比べ物にならない威圧だった。

 少年時代に第三次忍界大戦で常に最前線で戦い続け、「木の葉の白い牙の再来」とまで言われた男の、ただの威圧だった。

 

「…………ごめんなさい、失言だった…………」

 

 写輪眼を戻し、骸は再び光のない目に戻し、その目を伏せて反省の色を見せた。

 ――――そうだ……里に怒りと不満を一番抱いていたのはこの男だ。里に前線でこき使われ、時にはその里から命を狙われ、それでも里を……いや、里と国を想ってこの男はこの地位にいるではないか。

 今の発言はその男の覚悟を無碍にする行為……男が怒るのも無理はないだろう。

 己が過失を自覚した骸。

 一方、骸の殺気を更なる殺気で押し返した男はと言うと……

 

(やべえ、やべえよこの子。滅茶苦茶怖いんですけど……、一瞬ちびりそうになったんだけど、思わず反射的にチャクラをちょっと荒立てちゃったんだけど……!?)

 

 第三次忍界大戦時、少年時代に前線で戦わされ続けてきた男は任務では敵の殺気を受け、それ以外では唯一分家で呪印を持っていないという事で他里の暗部から狙われたり、とにかくそれらに敏感になってしまった男は思わず骸の殺気にビビッて反応しただけであった。

 無論、この事が骸に知られれば全て台無しになるわけだが、そこには触れないでおこう。

 

「とにかくだ。同じく奈落三羽である(こころ)が奈落の養成機関に派遣され不在な今、ここを任せるに適任なのは骸、お前だけだ」

 

「…………頭がそう言うなら」

 

 渋々といった様子で了承する骸。

 色々思うところはあるものの、男が自分を頼りにしてくれているというのであればその期待に応えなければならない。

 

「失礼します」

 

 廊下から声が掛かる。

 

「入れ」

 

 男の許可と共に、障子の引き戸が開けられる。そこに編み笠を被り、黒い御徒歩士組の姿をし、手に錫杖を持った二つの人影が入ってくる。

 

「頭、そろそろお時間です」

 

 一人は男、一人は女。

 (むしろ)(いばら)だった。

 

「分かった、すぐに行く。……骸、暫しの間ここを任せるぞ」

 

「……ええ」

 

 骸にそう言い残した男は、筵から錫杖を一本受け取り、障子を閉めて部屋から出ていく。

 その出ていく直前の男の背中を見て、骸はただ一人呟いた。

 

「……本当は、ダンゾウが私なんかよりも貴方に目をつけていることくらい……わかっている癖に……馬鹿な人……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……え? 初耳なんだけどそんな事……)

 

 そして、骸の呟きを地獄耳で聞き取っていた男、(おぼろ)は内心でキョドってしまう。

 骸のつぶやきを聞いても、自分にそんな心当たりなどないし、そもそも自分は木の葉に不利益な事は何一つした覚えはないので、そんな事を言われても困るだけである。

 ……強いて言うなら、自力で日向の呪印から抜け出した事か。

 

 ――――そこで、朧はハッとなった。

 

 思えば、何故自力で呪印を解いた自分に対して、日向宗家は勘当するだけで特に実害を及ぼすような事はしてこなかったのか。

 

(そういえば……大戦時に戦ってきた他里の暗部達の中に、やけに火遁を多用してきたり、木の葉に馴染みのある動きをしてきたりする奴が多いなとかちょっぴり思ったりしたけど……え、何? そういう事? つまりそういう事なの!!?)

 

 ここにきて、この馬鹿はようやく気付いたのであった。

 白眼の力が他里に渡る事を恐れた日向宗家の者たちが、自分に対して何もしてこない訳がなかった。

 ……もし、宗家の一部の者たちがダンゾウ率いる根と接触していたのだとしたら。

 ……その結果、日向宗家の者たちと同様に白眼の力が他里に渡る事をよしとしなかったダンゾウが、その宗家の者たちの意思を汲み取って実行したのだとしたら……。

 ……そして、その根の忍たちが他里の暗部に化け、自分を狙っていたのだとしたら……。

 

(あっれ~、おかしいなあ~……木の葉に行く気力が急に失せてきたぞ~? ……とか言ってる場合じゃねえよ!! どうする、俺!?)

 

 最初は大名の伝文を伝えるついでに火影様にちょっくら挨拶してこよーっと、と気楽な気分でいた朧であったが、その実自分達がかなり危ない所に自分は足を運ぼうとしている事に気付いてしまった。

 しかも下手すれば後ろにいる部下二人もとばっちりを食らう可能性がある訳だ。

 

(どうしよう……やっぱやめようかな、木の葉に行くの……)

 

 木の葉へ向かう意志が薄れていく中、やはり烏たちに任せてしまおうかと後ろの部下二人をチラリと見るが――――

 ――――一生あなたに付いていきます、的な目で自分の背中を見つめる(むしろ)

 ――――まるで憧れの人を見るかのような憧憬の目線で自分の背中を見つめる(いばら)

 

(あ、これは無理だわ)

 

 今更、こんな目で自分を見る後ろの二人に向かって「やっぱり木の葉行くのやめるぞ」など真顔で言える筈もなく、言ったとしても格好悪いだけである。

 

(どうしよう……今更木の葉への訪問を取りやめる訳にもいかんし。ダンゾウ率いる根が何もしてこなければ万々歳なんだけど、万が一という事もあるし。いざという時は問答無用でやっつけるという選択肢はまあ最終手段として、なんとか説得して引いてもらうという選択肢はダンゾウの性格からしてまずありえないし、いや、そもそも何で俺はダンゾウが何かしてくると決め付けてるんだ? これではまるで部下の言葉を鵜呑みにしてるだけだし、頭の隅にとどめておく程度でいいのでは、いやしかし――――)

 

 

 ――――そのうち朧は考えるのをやめた。

 

 

     ◇

 

 

「久しぶりじゃの、コヅキ……いや、今は(おぼろ)と言ったかの……」

 

 椅子に座り、「火」のマークが付いた傘帽子を被った老人――――三代目火影、猿飛ヒルゼンが、錫杖を床に置き片膝を立てて、己に頭を垂れている三人にそう言う。

 見た目こそ初老の老人だが、その眼光はまさしく修羅場を渡り歩いてきた強者そのものであり、それでいて他者を包み込む甘さと優しさを併せ宿っていた。

 そして、その老人の隣には覆面をした白髪の男が付き添いとして立っていた。

 

「其方こそ。ご壮健で何よりで御座います、三代目」

 

 三人の内、先頭にいた深編笠を被った男は老人を三代目と呼び忠を尽くす姿勢を示しながら挨拶をした。

 ――――とりあえず根と鉢合わせしなくてよかった、と三代目の事はそっちのけで深編笠の下ではそんな事ばかり考えていたが……。

 

「主らも、儂の我儘で態々忙しい中、済まないの……」

 

「他ならぬ貴方様の頼みです。それに、殿が三代目に直々に執筆なされたこの伝文を届けるとなれば、忠臣たる我らが赴く事は必須。三代目が気に病む必要は何処にもありませぬ」

 

「……そうか。ならよい」

 

 申し訳なさそうに目を伏せるヒルゼンであったが、それには及ばないという男の言葉を聞いて安心したかのように顔を上げ、本題に入る。

 

「ここまで態々御苦労じゃった。さっそく、大名様が直筆なさった巻物を拝見させて頂くとしよう」

 

「どうぞ、お受け取りくだされ……」

 

 言って、朧は懐に手を入れそこから一本の巻物を取り出す。それはヒルゼンの被る笠帽子に入っているのと同じ「火」の模様が入った巻物だった。

 ヒルゼンの傍にいた白髪の男――――はたけカカシが朧の前に歩み寄り、その巻物を受け取る。

 カカシは巻物の紐を解き、予めその内容を確認する。

 ……文の内容ではなく、里の最高責任者たる火影の身に危険がないかを確かめる為に、巻物に怪しい仕掛けや術が仕込まれていないかを確認する。

 無論、カカシは朧がヒルゼンに対してそのような事をする人物でない事は分かっているが、忍の世界に生きる者として気を抜く訳にはいかない。

 やがて巻物に何も仕掛けがない事を確認したカカシは、次に巻物に書かれている文字の筆跡を確認した。

 

「……確かに、大名様直々の執筆です、三代目」

 

「ふむ。どれどれ……」

 

 筆跡から大名が書いた物だと判断したカカシは、それをヒルゼンに手渡す

 ヒルゼンはそれを受け取り、顎鬚を少し弄りながらその巻物を覗き込んだ。

 

(そういえばカカシ先生……さっきの一件から俺たちより早くここまで回り込んだのか……いや、回り道をしていたのはむしろ俺たちだけど)

 

 火影が巻物を読んでいる間にそんな事を考える朧。

 

 となれば、カカシはあくまでナルトの見張り役を火影に命じられた訳ではなく、自分たちが木の葉に来たかどうかを伝える役目を命じられ、待ち伏せしている時に偶然ナルトが迫害されているのを目撃してしまった……大体こんな所だろうと朧は予測する。

 だとすれば自分たちがナルトを助けた事はむしろ正解だと言えよう。

 火影直属の部隊として知られる暗部は民衆からの信頼を削がれる事を避ける為、その立場からナルトの迫害に介入することはできないが、火影直属ではなく大名直属の組織である奈落(自分達)は木の葉の民衆から嫌われている為、別段介入してもさして問題は起こらない訳だ。

 カカシもナルトを助けたい一心であっただろうに、よくぞ割り切って耐えたものである。

 その気持ちを代弁して自分たちが代わりにナルトを助けたことでかなり安心感がある筈だ。

 ナルトに対する迫害はあれでなくなるという訳ではなかろうが、自分に味方をしてくれた人達がいた、というだけでもかなり心の支えになるはずである。

 まあ、それ以上に……

 

(泣き顔で懇願してくるかわいい幼女には逆らえない……はっきりわかんだね)

 

 それ以上にヒナタの泣き顔懇願に逆らえなかったのが大半を占めていたのだが……暗殺組織の長としてそれはどうなのか疑問ではあるが、結果良ければ全て良しなので今となっては些細な事である。

 

「ふむ……成程、わかった」

 

 一通り巻物に目を通し終わったヒルゼンは納得した面持ちで、片膝を突いている朧たちに向き直った。

 

「巻物に記された内容、確かに承った。大名様にもよろしく伝えておいてくれないかね」

 

「承知いたしました」

 

 朧は再度頭を下げ、了承の返事を返す。

 とりあえず大名の遣いとしての使命は遂げた。

 後は、火の国の忍びの一員として、火影や暗部に各国の情勢や状況を報告する任が残っている。

 

「続けて、三代目、および暗部の者たちへの情報提供を致します」

 

「うむ、よろしく頼む」

 

 言って、先ほどまで温厚だったヒルゼンの目がより真剣なものに変わる。

 里からすれば大名からの伝言よりもやはり、こちらの方が重要であろう。

 里よりも国と国同士の情勢に詳しいのはやはり国に仕える組織――――つまり天照院奈落に他ならない。

 国と里は基本的に対等だ。

 初代柱間が提唱した権威と権力を分かつための里システムは里と国の対等な関係を樹立したものの、その分互いの距離は近くなったかといえばそれは違う。

 隠れ里と呼ばれる通りに、里は国の中にありながら、結界に覆われて隔離状態にある。

 国が依頼し、里が動くといった関係は功を成しはしたものの、対等な立場ではあっても対等な者同士としての距離感があるのかは微妙な所。

 その為、里と国は互いの情勢や状況には疎くなりがちである。

 いや、武力と機動力に富む里は国からの依頼を通して国の状況を比較的把握しやすいが、逆はそうでもない。

 だからこそ、奈落(かれら)がいるのだ。

 里にとってもまた、里ではなく国に遣える組織として自分たちとはまた違うネットワークを持つ奈落(かれら)がもたらす情報は貴重なものとなりうる。

 

「まずは一つ――――三忍が一、大蛇丸が作ったと思わしき実験施設跡を発見しました」

 

「何だと?」

 

「それはまことか!?」

 

 朧の言葉に、上からカカシ、ヒルゼンが静かな驚愕を口にする。

 

「大蛇丸が作った、とまでは断言できませぬが、おそらく無関係ではないでしょう。部下が見つけた廃棄されたと思しき実験体の血液から、大蛇丸のチャクラらしきものが検出されました」

 

「……」

 

「何と……」

 

 廃棄された実験体(・・・・・・・・)――――その言葉を聞いたヒルゼンは己が無力さにほんの少し項垂れてしまう。

 つまり、大蛇丸によって捕らえられ、実験体にされ、そのまま捨て去られてしまった被害者達であると暗に表現しているようなものだった。

 

(儂はまた、あやつを……)

 

 ――――止める事ができなかった、と後悔の念がヒルゼンに襲い掛かる。

 ……だが、火影たるものこれくらいで悔やんではいけない。

 まだ聞くべき情報があるというのに、この程度で一々悔やんで時間をかけては、態々足を運んでまでやってきた彼らに申し訳がたたない。

 

「如何にして、其処を見つけた。場所は一体何処じゃ?」

 

「火の国の北の国境沿いである山頂にて、大名家の親族、およびその一行を護衛していた時です。いつ他里の忍が一行を狙わないか分からない状況の中、白眼を発動しながら警戒しておりました。……その時、かなり距離の離れた地点にて空間にチャクラを目視しまして。おそらくは認識阻害の類の結界がかけられていると踏み、一行の護衛の任を全うし帰還した後、早急に部下をその場所に向かわせました。すると……」

 

「……すると?」

 

「あったのは、既に破壊され、荒らされ廃墟となった実験施設だけでした」

 

「「……っ!!?」」

 

 朧の言葉に二人は目を見開く。

 朧の言葉から察するに、彼の部下が廃墟となった実験施設跡を直接目撃したのは、彼が護衛任務を終えてからであり、そして彼自身はあくまでその結界しか見ていないという事。

 つまり――――

 

「其方が結界を目撃していた時点では、まだ実験施設は健在だった可能性が高いのう、それは……」

 

「普通に考えれば、奈落の首領に所在が知られるのを危険視して自ら施設を切り捨てたと考えるのが妥当でしょうが……」

 

「抜け目のない大蛇丸の事じゃ。廃棄した実験体を残したまま行くといったヘマはまずしない。つまり――――」

 

 朧が結論をいう前に、カカシとヒルゼンはその可能性にたどり着く。

 やはり大戦を生き抜いてきた猛者たちは一味違う。

 さすがはこの二人だな、と朧は内心で舌を巻きながらも、二人が既に思い至ったであろう結論を口に出す。

 

「はい。おそらくは私が帰還し、部下を遣わすまでの間に何者かの襲撃を受けたものかと思われます。その証拠に、廃棄された実験体とは他に何者かに傷を負わされて倒れている者も混ざっていました。廃棄された実験体と同様に大蛇丸のチャクラが検出された事から大蛇丸の現実験体であった可能性が高いかと……」

 

「やはり……」

 

「……」

 

 カカシとヒルゼンはより一層真剣な面持ちになる。

 大蛇丸の足取りを途中までとはいえ掴めたという事もあるが、何よりその大蛇丸の実験施設を襲撃した者たちについてもだ。

 ……少なくとも、大蛇丸が廃棄した実験体を処分したり、現実験体を連れて逃げる余裕がない程の実力は備わっているという事。

 何故それほどの実力者たちが大蛇丸を狙うのか……それについても調査する必要が出来てきた。

 

(順当に考えるのならやっぱり暁かな……いや、それを抜きにしても大蛇丸はS級犯罪者だし、多くの恨みを買っていない筈もないから断定はできない、か。そういえば……この時期って大蛇丸がそろそろ音隠れの里を興す時期じゃなかったっけ? じゃああの施設の次の新たな隠れ蓑が音隠れって訳かな?)

 

 大蛇丸の施設を襲撃した犯人たちについて目星をつけるも、そもそも何故暁が大蛇丸の抹殺を企んでいるかという経緯をこの二人が知る由もなく、そもそも暁であるとも限らないので朧はあえて黙っておくことにした。

 

「――――一つ目はこれで以上です」

 

「うむ。貴重な情報、まことに感謝する。その大蛇丸の実験施設跡らしき所、後で儂も暗部の者を調査に行かせよう。詳しい場所は、後々知らせてくれて良いか?」

 

「お望みとあらば。その時はウチの者を一人付いて行かせましょう。案内はその者に任せます」

 

「度々迷惑をかけてすまない……」

 

「いえ、これも奈落(われら)の務め。では、二つ目の報告を――――」

 

 その後、朧はいくつかの情報をヒルゼンに提供する。

 無論、朧が一方的に情報を提供するだけではない。

 ヒルゼンもまた暗部を率いる者として、奈落の首領たる朧に情報を提供する。

 普段は部下や口寄せ動物、または烏たちを介して行われるやりとりが、此度は本人達同士が直接会って行われた。

 

「儂等からの情報提供も、以上じゃ」

 

「貴重な情報提供、まことに感謝いたします」

 

「これも儂等の務め(・・)じゃからのう……」

 

 先ほどの朧の発言を真似るかのように言うヒルゼン。同じく暗部を率いる者としてのちょっとした対抗心だった。

 これで一連のやりとりは終了した。

 互いにもう伝えることなどないし、今回は少々特別でもあった。

 ……しかし、まだ終わりではない。

 ヒルゼンが、深編笠で覆われた朧の顔を真剣な眼差しで見つめてくる。

 

「まことにすまないが、朧。今日、お主をここまで呼んだのは他でもない……お主と二人っきりで話がしたいのだが、構わぬか?」

 

(ああ、やっぱりこうなるよなあ……)

 

 でなければ、態々ヒルゼンが自分を直接呼び出したりなどしないだろう。

 一応、強制されてはいなかったため、ここに来たのは紛れもない朧自身の決断だ。ならば従うとしよう。

 

「…………お前たち、一旦外に出て待っていろ」

 

「「はっ」」

 

 後ろにいた(いばら)(むしろ)にそう命令する朧。

 二人は床に置いた錫杖を持って片膝を突いた体勢から立ち上がり、扉に向かって歩いていく。

 

「では三代目、自分もこれで――――」

 

「うむ、ご苦労だった」

 

 カカシもまた奈落の二人と同様に扉に向かって歩いていく、そして扉を開き、朧の方を一瞥しながら三人で出て行った。

 ……二人きりになるヒルゼンと朧。

 ヒルゼンは椅子に座ったまま、朧は未だに片膝を付きながらヒルゼンの言葉を待つ。

 

「一度、お主とこうして話がしたかった。あの時は任務を出す時にたまたま会うだけじゃったからのう」

 

「……」

 

「お主がああなってしまうのを予期できなかった不甲斐ない儂は、せめてお前と一度こうして話をしたいとここに呼んだ。……どうか、深編笠(それ)をとってはくれぬか」

 

「貴方様がそう仰るのであれば……」

 

 言って、朧は被っている深編笠を脱ぎ、錫杖が置いてある側とは逆の方の床に置く。

 ……そして、その顔は露わとなった。

 

「――――」

 

 その顔を見て、ヒルゼンは何も言えなくなる。

 昔と変わらない、いや、一層深くなった。

 

 ――――なんて、顔をしているのだろう。

 

 端正な顔立ちではあるものの、お世辞にも整っているとはいえない白髪。顔に付いた斜線状の切り傷。そして……冷徹さと威圧感を感じさせる刃物のように鋭い眼。

 なまじ瞳もなく薄紫の入った白色のそれは、その眼の冷徹さと威圧感をより一層際立たせる。

 正に大名直属の暗殺組織の長を名乗るのに相応しい――――

 

 ――――闇を背負う者の顔だった。

 

(なんということか……)

 

 これと同じ目をした男をヒルゼンは知っている。

 自分とは幼馴染の間柄にして、三代目火影の座を巡って互いに切磋琢磨しあい、競い合ってきた男であり、ヒルゼン自身の甘さ故に里の闇をその背中に背負わせてしまった男、志村ダンゾウ。

 それと同等の闇を背負っている目だったのだ。

 

「カカシから聞き及んでおる。……ナルトを助けてくれた事を、まずは礼を言いたい。儂とカカシでは、どうする事もできなかっただろう……」

 

「卑しい鼠共(ねずみども)の矛先を、(きつね)からこの(からす)に向けさせたまでの事。……尤も、鼠共がいくら叫んだ所で、空を飛ぶ烏には届きなどしないでしょう」

 

「そう言わないではくれぬか。彼らとて……大切な者を失った身、どうしようもなくやり場のない屈辱を抱えているんじゃ。許せとは言わん。だがせめて……彼らを責めないでやってほしい」

 

「……いえ、此方も出過ぎた失言を働きました。――――何卒、罰をお与えくだされ」

 

「い、いや!? 別にそんな事などせん、顔を上げんか!」

 

 自らの非を認め、自分に罰を求めてくる朧に対し、ヒルゼンは慌ててそれを止める。

 

 ――――どうして、そんな事ができようか。

 

 里と国のために、国に忠誠を誓い、国の闇を背負う覚悟を決めた男に、どうしてそんな事ができるというのだ。

 ……その闇を背負わせてしまったのは紛れもない木の葉の里(自分たち)に他ならないというのに。

 ……下手すればこの男もまた、あの「木の葉の白い牙」と同じ末路を辿っていたかもしれないというのに。

 

「第三次忍界大戦が終わった後、大名の娘を護衛しきった事で大名様に気に入られた主は、9年前に大名に里から引き抜かれ、護衛役として抜擢された。……それから直後じゃったな、火影になって間もないミナトに、まだ少年でしかなかったお主が大名直属の暗部を結成すると申し出たのは」

 

「……」

 

「儂もミナトも、おそらくはダンゾウも、最初はお主の正気を疑った。里こそが国の武力であるというのに、更に違う武力を加えればどうなるか分かったものではなかった。だが……お主は、正しかった」

 

「……」

 

 遠い所を見つめるような目で天井を見ながら、ヒルゼンは懐かし気に語る。

 朧は表情こそは変えていないものの、内心ではヒルゼンと共に懐かしんでいた。

 

(いやあ、懐かしいなあ。殿や姫様の恩に報いよう、と思ってさっそく奈落結成に動いたもんだよ。平和方針に物申して小国に切り捨てられた忍里とかを殿からいただいた恩賞で買い取って、奈落の養成機関に建て直したり、またそこの現役の忍びや各国に潜んでいる腕の立つ抜け忍を力づk――――ゲフンゲフン、OHANASHIしてスカウトしたり、餓鬼の見た目も相まってすごい辛かった……。今では皆ついてきてくれているけれど……)

 

「里は国の武力ではあるが、同時に里と国は対等……この時点でもう矛盾しておった。儂やミナトですら向き合わなかった問題を、お主はあの歳でそれに気づき、そして向き合った」

 

 第一次忍界大戦、そこから第二次そして間もなく第三次と続けざまに国は戦争を繰り返してきた。

 第一次忍界大戦以前、初代柱間が提唱したとされる「国と里の対等な国造り」……これを機に里システムという物が導入され、それまで一族単位での組織であった忍達が束ねられ、やがて火の国の武力として木の葉の里が出来上がった。

 その背景の裏には当時忍で最強一族であったうちは一族と千手一族が結ぶ事で成り立っている。

 これに対抗するかのように五大国をはじめとした各国もまた、それを真似るかのように自分の国と縁の深い忍一族達を束ねて各里を設立するようになる。

 初代柱間の夢の一歩であった「里システム」が実現し、これからずっと「国」と「里」であり続けるのだと、そう思われてきた。

 

 だが、第一次、第二次、第三次と忍び里同士による大戦。

 戦争自体は国が起こしたものであるとはいえ、そこに力として出向くのはやはり「里」である。

 

 ――――だが、この戦争が繰り返される内、火の国にてある懸念が生まれたのだ。

 

 先ほども述べたように、戦争を起こすのはあくまで国だ。

 だが、国が始めた戦争のほとんどに携わるのは里である。

 国同士が一度戦争を始めてしまえば、後はほとんどが各国の里の動きにかかってしまう訳だ。

 そして、その戦争の中で忍達はありとあらゆる手段を用いて戦おうとする。

 その中でも国の大名やその要人、果てには何の力も持たない一般人すら人質に取ったり、はたまたある村で大量に潜伏する忍びたちを一網打尽にするためにその村ごと焼いたり、とにかく忍だけではなくそれ以外の者たちまでもが力なき者として利用される訳だ。

 ひどい時があれば、自国にある経済力のない貧しい村に態々おびき寄せた所を一網打尽にし、そして自分たちがやった証拠を隠滅させる方法などもとった。

 それらが頻繁に起こる紛争が三回も起きて、この懸念が生まれない訳がないのだ。

 

 ――――自分たちと忍は、国と里は、果たして本当に対等なのだろうか。

 

 彼らは自分たちとは違い超常の力を持つ。時にはその力を関係のない人々にまで向ける時がある……それが利用できるものであるのなら。

 忍世界において血継限界はその力の大きさゆえ迫害される事が多々あるが、一般人からしてみれば忍という存在こそソレではないのか。

 

「大名様に気に入られ、国の中心にまで連れていかれたお主だからこそ、儂にもミナトにも見れぬ物を見ることが出来た。忍の力を恐れ、里の反旗を恐れる大名たち、戦争に巻き込まれ大切な者を奪われ忍を憎悪する者達や、はたまた恐れる者たち。いくら形式上の立場が国の方が上でも、圧倒的武力の塊である里の方が力関係は上じゃ。もはや彼らにとって、(わしら)(かれら)が対等に見れる訳がなかった」

 

「……」

 

(……あれ? 何このシリアス……こんなんになるなんて俺知らないんだけど!?)

 

 とうの本人は奈落を設立する過程でそこまで深く考えてはいなかったため、ヒルゼンの申し訳なさそうな様子に内心慌てていた。

 

「だからこそ、お主は立ち上がった。国の民衆の忍に対する悪しきイメージを払拭するために、そして大名様と姫様を守るために、里から引き抜いた少数の仲間と共に各国を奔走し、腕のある忍をかき集めた」

 

 ――――それこそが、天照院奈落。

 かき集められた忍たちは当初こそ、自分の故郷でもない国に尽くす事を渋々やっていたが、やがて国の闇を背負わんとする彼の覚悟に胸を打たれ、ついてゆくようになった。(本人は本当にそこまで考えていなかったが)。

 

「奈落を築き上げ、元より『木の葉の白い牙』の再来と英雄視されていたお主は、より一層里から期待の眼差しをうけるようになった。国のために様々な功績を立て、忍に憎しみや恐れを抱いていた一部の国の者たちからの信頼を獲得し、忍は国の味方である事を示す事で、国の者たちの里に対する不安や恐れも消えていった。……みんな、お前たちのお陰じゃ。だが……あの九尾事件以降、里の者たちはお前を……」

 

 ――――安心しろ、(われら)(お前達)の味方だ。

 奈落が設立されてからの三年間……彼らは国に対して忠を尽くす事で、国にそれを知らしめた。

 その影響は里にもおよび、民衆の里に対する不安や恐怖も自然と解消されていった。

 里の者たちは朧をより一層、英雄視するようになった。

 

 ――――その最中に、ソレは起こった。

 尾獣の一角である九尾が突如木の葉の里に襲い掛かった。

 それはまさに厄災だった、里は多くの住民と忍を失い、そして四代目火影自らがその命を落とす事で里は滅ばずに済んだ。

 

 それだけならばまだいい。

 奈落はあくまで国に仕える組織であり、もしも里が滅びてしまった時のための予備軍は必要であるからだ。

 そもそも大名を守るために態々遠い所から忍を派遣させるなどをしないために独自の忍組織を結成したというのに、その奈落が態々遠いところまで里へ助けにいっては本末転倒だ。

 火事場泥棒の恐れもあるので、奈落が里へ駆けつけないのは当然である。

 それだけなら、里の住民たちはまだ納得したかもしれない。

 

 ――――だが、その奈落の頭領が里の英雄であったのがいけなかった。

 

 彼らは信じていた。

 少年は里を精一杯愛していたからこそ里に尽くし、やがて大戦にて「木の葉の白い牙の再来」とまで呼ばれるようになり、英雄となったのだと。

 たとえ奈落が駆けつけずとも、少年は駆けつけてくれるだろうと信じていた。

 

「お前はただ自分の務めを全うしただけだった。里に駆けつけたいという思いを抑え、必死に自分の務めを守り続けた。だが、里の者はそんなお前を恨んだ」

 

 ――――何故来なかった。

 ――――里を愛していたからこその、英雄ではなかったのか。

 ――――自分たちを見捨て、国に尻尾を振ったというのか。

 

 そもそも、少年にとって里はそんなにいい場所ではなかった。

 日向の天才児として持て囃されたにも関わらず、呪印を抜け出した事で分家の矜持に反した反逆児として陥れられた。

 その悪評は里中に広まり、木の葉もまた彼を使い捨てとしかみなかった。

 それでも里のために功績をあげる彼に対して、民衆は再び彼を里の英雄の一人として祭りあげることになる。

 そして、九尾事件を機に里の民衆は彼を「卑しい烏」や「国に尻尾を振った元英雄」などと蔑むようになった。

 

 里の者たちは彼を上げては落とし、上げては落とす事を繰り返した。

 それでもなお彼は、里と国を思い、こうして国の闇を背負って生きている。

 ……どれほど辛いのだろう。

 ……どれだけの覚悟があったのだろう。

 

「儂は、お前の事を見てやれずに、お前に……里の闇ではない、国の闇を背負わせてしまった……」

 

 自分の友であった男と同じように、自分の甘さゆえにその闇を一身に背負わせてしまった。

 ――――本当に、無力だ。

 自分はイタチもシスイも、ダンゾウも、そしてこの男をも救う事ができなかった。

 その甘さ故に、自分が背負う筈の闇を、彼らに背負わせてしまった。

 ヒルゼンは今ほど、己の無力さを悔いた事はなかった。

 

(やばい、どうしよう……何か言わないと。でないとこの重っ苦しい空気から逃れられん!!)

 

 そんなヒルゼンの苦悩をまるで裏切るかのように、内心で慌てる朧。

 何とか自分が今言うべき言葉を選び、朧は発言した。

 

「三代目、あなた様がそれを気に病む必要はありません。これは私自身が選んだ道……かつての私は言われるがままに里の為に動いていました。それ以前もまた、日向の分家としての務めを果たせと言われ続けてきた」

 

「……コヅキ」

 

「貴方が私をその名で呼ぶのはこれで最後で御座いましょう。日向には天才児として持て囃され、里には英雄として上げられた……そんな私がそれを自ら切り捨て、そして今、里からでもなく日向から与えられたモノでもない、私が己自身に課した八咫烏の矜持……奈落(われら)はただそれを貫くのみ」

 

「……」

 

「周りから押し付けられたのではなく、私が自分自身で定めたこの教え――――貴方に悔やまれる謂れなどない」

 

「……!!」

 

 朧の言葉に、ヒルゼンは呆然とした顔で驚く。

 今まで自分に敬語を使っていた彼が、急にその口調を変貌させ、「悔やまれる謂れなどない」と強く言われた。

 

 そうだ……彼自身が選んだ道を他人が悔やんだとしても――――それはただの侮辱にしかなりえない。

 ヒルゼンは、そんな自分の愚かさを突きつけられたのだ。

 

「私は――――奈落(われら)はその矜持の下に集った者達。ならば奈落(われら)はただその教えを守り続けるだけで御座います」

 

 言って、朧は法衣の上半身部分を脱ぎ、それをヒルゼンに見せる。

 ――――その、巨大な八咫烏の呪印を。

 

奈落(われら)は、この八咫烏の呪印(おしえ)と共にある――――」

 

「……そうか」

 

 朧の決心のこもった目を直視したヒルゼンは、まるで憑き物が落ちたかのように笑う。

 心なし、僅かに安心しているようにも見えた。

 ――――それが本当に良いのかは、未だに分からないままだった。

 今までの自分の後悔こそが、闇を背負わせてきた彼らに対する侮辱であるのだと自覚したヒルゼンは、複雑な感情を抱いたまま、己から背を向け去ってゆく烏の姿を見つめていた。

 




感想に朧の年齢描写が分かりづらいとの指摘を受けたので、ここに書いておこうと思います。

この時の朧は23歳です。銀魂で言うなら大体攘夷時代くらいの年齢と捉えて頂ければ。
大蛇丸が音隠れを興すのが原作開始から五年前あたりなので、朧をアスマや紅などの世代と同期だとすれば、大体それくらいだと思います。


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奈落と根

(銀魂実写化を)消してええええええええええええ!!

リライト……しなくていいです。

今回は前半が過去話で、後半がダンゾウ視点となります。


 ――――木の葉の揺すり音が響く。

 

 森の中で木々の枝を足場にしながら疾駆する白髪の少年の姿があった。

 後ろ腰に小太刀を差し、木の葉マークが刻まれた額当てを巻いたその少年は、汗一つ掻くことなく森を疾駆していた。

 

「……」

 

 目を変える。

 眼の周囲の血管が隆起し、その視界は極限まで広がってゆく。

 白眼、勘当された唯一たる証拠の血継限界。

 その能力を使い、首を動かすことなく360度の視界を見渡す。

 

 ――――霧隠れの追い忍部隊が30人以上。

 

 前方に敵はなし、後ろから散り散りとなった敵たちがこちらに集結してくる形で迫ってくる。

 精鋭として抜擢された者たちなだけあって彼らの実力は並の忍の者たちよりもレベルは高い。

 それがざっと見渡しても三十人以上だ。

 何故仲間殺しのエキスパートと呼ばれる彼らがこんな人数を率いて少年を追っているのか。

 ……理由は簡単だ、少年の仲間が連れている人物こそ、自分たちの里を裏切った忍であるからに他ならない。

 ならば、何故その裏切り者ではなく、少年が追われているのか。

 答えは簡単だ。

 

 ――――少年は囮役だったのだ。

 

 ある一人の霧隠れの忍がいた。

 他里よりも徹底した秘匿主義である霧隠れの里の重要な情報の一部を偶然知ってしまったその忍。

 それだけならまだいい。

 木の葉の忍に捕まったその霧隠れの忍が、自分の命を保障する代わりに、霧隠れの情報を渡すと宣ったのだ。

 秘匿主義の霧隠れがこれを黙って見過ごすわけにもゆかず、霧隠れは追い忍部隊を派遣。

 自分たちの裏切り者を連れた少年の班を追いかけていた。

 

『いたぞ!』

 

『あそこだ!』

 

 そして、その囮を引き受けたのが、否、()()()()()()()()()のが少年だった。

 最初は天才として持てはやされ、周りからもその努力を認めてもらっていたにも関わらず、今では日向の矜持に反し、才能を持て余した反逆児として蔑まされている。

 ――――どうせ使い物にならなくなるくらいなら、囮にしてしまえ。

 悪く言えばそういう考えだった。

 その策に唯一反対してくれた少年と一緒の班の少女も結局は周りの総意に逆らえずに、どの道誰かを囮にしなければこの状況を脱せないのは事実。

 少年が噂通りの人物であったのであれば、善悪はともあれ忍としては正しい判断であった。

 本来、囮というものは戦力として使えないモノからいかせるのが定石。

 敢えて相応の実力者を赴かせる事で、囮となった実力者も含めて全員で帰還するという選択肢もありといえばありではあるが、今回のような極限の状況であるとそれはとてつもないリスクが伴う。

 少年は実力こそないものの、あの索敵能力などに長けた白眼持ちだ。

 敵の戦力を削ることはできないにせよ、あの索敵と感知能力を持つ少年であれば、多少時間を稼ぐことはできるであろうと……。

 

 ――まあ、それは表向きの建前に過ぎないのだが……

 

「死ね」

 

 死角から追い忍部隊の一人の刀が襲い掛かってくる。

 同胞を殺すことすら戸惑う事がない彼らは、その相手が年端もゆかぬ少年であろうとその刃を引っ込める事はない。

 本来ならばこの時点で勝負は決まっている。

 大人と子供では力も力量も、そして腕や足のリーチの長さも違う。

 追い忍部隊の一人である男の刀の前では、そのリーチの足りなさ故、しかもこの空中では反撃すらさせてもらえないだろう。

 状況は見るよりも遥かに理不尽というべきか。

 

 だが、その少年は違った。

 空中で体勢を変え、足で男の刀を白刃取りで受け止める。

 

「……っ!?」

 

 刀を足で掴んだまま、空中で体ごと捩り折った。

 パキン、と金属の割れる音が響く。

 まだ戦場をまともに経験していない筈の下忍の子供がそのような芸達者な動きをする事に動揺してしまう男。

 ……その隙を少年は逃さない。

 

「ッ!?」

 

 迷わず心臓を一突き。

 刀身に血と脂が染み込まないよう、即座に心臓に刺した小太刀を抜く。

 そして、先ほど捩じり折った敵の刀の破片を蹴り飛ばす。ただ蹴り飛ばしただけではない、蹴る瞬間に足からチャクラを放出し、それを刀の破片に流していたのだ。

 

「ガハッ!?」

 

 チャクラを纏った刀の破片はそのまま別の敵の心臓へと直撃、赤い液体をぶちまけながら為すすべもないまま木の下へ落下してゆく。

 それを目にも止めず、少年はその瞳力で敵を見渡しながら、その冷徹な目の中に斬るべき敵を焼き付ける。

 

(これぞ野獣の眼光……とかやってる場合じゃねえ!? あのクソ隊長……帰ったら絶対文句言ってやる……!!)

 

 其淫夢ネタで内心で現実逃避してみせる少年であったが、それも束の間。全身に受ける殺気を前にして内心でジョークの一つでも言わなければやっていられないのが本音であるが、そういう訳にもいかないのが現実。

 

 ――絶対いつか抜け出してやる、こんなブラック企業。

 

 少年、日向コヅキはそんな決意をしながら次々と襲ってくる敵を迎え撃つ。

 死角から手裏剣が飛んでくるが、それは相手から見た自分にとっての死角であって、少年に死角はもはやないようなもの。

 素手で手裏剣をキャッチし、投げ返す。が、敵もまたそれを刀で防ぐ。

 そして、少年のその隙を敵は逃さず、すかさず刀で切り掛かる。

 が、少年は小太刀で受け流し、そして両足で敵の腰をホールドした。

 

「……ッ」

 

 ――八門遁甲、第一開門……開!

 

 経絡を操る術を鍛え、その副産物として手に入れてしまった八門遁甲、身体にリミッターをかける八つの経穴の内の一つを開放し、足で敵をホールドした体勢から手を支えにして、後ろに一回転。

 二人は木から落下し、少年の足で拘束された追い忍部隊の男は、そのまま岩に脳天を直撃。

 

 ゴキ、と首の骨が粉砕する音が聞こえる。

 ドゴ、と頭蓋骨の砕ける音が聞こえる。

 グチャア、と脳味噌がぶちまけられる音が耳から離れない。

 

 嫌な手応えだった。

 頭蓋骨が砕け散り、脳みそはばら撒かれ、鮮血が飛び出す。

 360度の視界範囲を持つ白眼を不幸にも持っていた少年は、自分が殺した男のその惨状を目の当たりにしてしまう。

 

 まるで割れた花瓶のように砕かれた頭蓋骨、そこから露出する脳味噌の管、そして流れ出る赤い液体。

 ……吐き気を催す惨死体がここに完成していた。

 

「……」

 

 が、それを一瞥するだけで、少年はすぐさま敵の迎撃に集中していた。

 いくら前世がただの大学生だった彼であろうと、このような状況の中では一々そんな事で吐き気を覚えている暇はない。

 いや、一般人としての感覚はこの世界で生きてきた時点でもうとっくに消え失せたと言うべきか。

 人殺しに関する抵抗はもはや存在しない。

 少年の身でありながらその手は既に赤く染まっており、内も外にもドロドロとした物が死と生を表すかのように流れていた。

 

 それでも、いくら手を汚しても、いくら嫌われようと、自分は――

 

(それでも……生きるんだよォ!!)

 

 敵を切り伏せ、殴り倒し、次々と殺してゆく。

 一見無駄のないその動きは、まさしく彼の生に対する執念あってこその賜物であった。

 剣術、剛拳、柔拳を同時に使いこなし、彼は敵を次々と己の生の踏み台にせんと切り捨ててゆく。

 その度に鮮血が舞い、滴り、少年はソレを浴びる。

 眉一つ動かさず敵を殺してゆく様子とは裏腹に、彼の内心は正に夜叉のごとく吠えていた。

 

 敵の攻撃を受け流し、懐に入り込んで掌底を放つ。

 手のひらからチャクラが放出され、敵の体内の経絡へとねじ込まれる。

 ……そして、敵の内臓は文字通り壊れた。

 

「ご……は、ぁっ!?」

 

 血を吐き、地に伏す。

 少年に掌底を見舞われた男は白目を向き数秒痙攣した後そのまま動かなくなった。

 味方が次々と一人の下忍の少年に次々とやられていく光景を見て、追い忍部隊の者たちはそれに戦慄と焦燥を覚えた。

 

 ――――なんだ、こいつは?

 

 到底信じられぬ光景だった。

 おそらくあの下忍の子供が囮であろう事くらいは彼らも承知である。

 だが……まだ、子供だ。

 人員不足の中ではこのような子供までもが戦場に駆り出されてしまうのは戦争ではよくあること。

 故に、使えると踏んだ。

 まだ精神、覚悟共に未熟な子供ならば、自分の命惜しさ故に向こうの情報を吐いてくれるであろうと。

 何処からか流れた情報では日向の分家には一人だけ呪印を施されていない子供がいるというのがある。

 その情報の真偽は定かではないものの、仮に嘘であったとしても、子供が相手ならば殺さずとも生きたまま眼を頂く事もできるかもしれないと。

 

 ――――だが、現実はこれだ。

 

 霧隠れが誇る暗部、追忍部隊がたった一人の小童に手も足もでない始末。

 

 ……一体誰だというのだ、こんなモノ(化物)を囮にしようなどと考えた大馬鹿者は。

 この少年の実力を見計らう事もできずに囮に選抜したというのならば、これ以上に笑えるものはない。

 尤も……自分たちからしてみれば滅法に笑える物ではなかった。

 既に何人もの仲間が葬られている。

 霧隠れの術で状況を有利に持っていこうにも、“あの眼”の前ではそんな物は何の役にも立たない。むしろ自分たちが不利になるだけ。

 こうしている間にも、追い忍部隊(自分たち)は次々と倒れていく。

 仲間の命が惜しい訳ではなかった。何故なら同胞殺しこそが自分たちの本分であり、使命であるのだから。

 だが、無駄死にだけは頂けない。

 このまま白眼狙いで襲い掛かっても、余計にこちらが消耗するだけ。

 だからと言ってここで逃すわけにはいかない。

 この子供は危険だ。ここで逃せば、更なる脅威として自分たちの前に立ちはだかるだろう。

 ――――故に、そうなる前に殺す。

 それに殺してしまったからと言って前述の情報が正しいのであれば白眼が手に入る可能性はなくもない。賭けてみるのも一つの手だろう。

 

 その思考に至った追い忍部隊の隊長は早急に部下たちに指示を出す。

 

「奴に接近戦を仕掛けるな! この先にある広場に誘い込み、木々の上から囲んで一斉攻撃で仕留めろ!」

 

『ハッ!』

 

 隊長の指示を聞いた忍たちは一斉に散開する。

 この先にある広場で囲むための下準備である。

 木々のヴェールをかけてゆく。

 仲間たちにはあらかじめ印を結ばせ、備えておく。

 

(この先は……木々の広場か? 誘導されている、と見ていいだろうか)

 

 一方、今まで積極的に敵を狩らずに、あくまで逃げに徹し、襲い掛かられてから迎撃というスタンスを取っていた少年は、追い忍達の攻撃が急に止み、それどころ自身を後ろから囲むように散開してゆく姿を白眼で確認した。

 

 ――――一人一人を相手にしても倒し続けられる自信はあるものの、それでは時間がかかってしまう上、そろそろ逃げるのも疲れてきた頃合いだ。

 

(勝負に出るか、お互いに……)

 

 おそらくは向こうもその腹積もりであろう。

 広場におびき寄せて、一網打尽に仕留めて見せる。そう決心した少年は白眼で目視した広場へと突入する。

 

 ――――木々のヴェールを抜け、そこには木々に囲まれた野原が広がっていた。

 

 少年は木から飛び出し、野原の中心に着地しようとしたその時――――

 

「今だ!」

 

 追い忍部隊の隊長が隊員たちに指示を送る。

 既に広場を囲む木々にそれぞれ移動し終えた追い忍たちは、少年を既に包囲していた。

 彼らは大量の千本、および手裏剣を投げつける。

 

「……ッ!!?」

 

 直線を描いて飛んでくる千本。

 そして、直線ではなく卍の軌道を描きながら飛んでくる手裏剣。

 抜け忍を逃がさぬために鍛え上げられた技が、一斉に少年に襲い掛かる。

 

(あれは……八方手裏剣!)

 

 八方手裏剣――――通常の手裏剣(四方手裏剣)より純粋な殺傷力が劣る代わりに敵に命中しやすいのが特徴の手裏剣であり、四方手裏剣に劣る殺傷力を補うために刃に毒を塗られる場合が多い。

 おそらく、今この場で少年に向けて一斉に投げられた八方手裏剣にも例にもれずに毒が塗られている事であろう。

 まだ地面に着地し終わっていない少年がそれに対応しきれる筈もなく――――それでも、少年は見事にほとんどの手裏剣や千本を弾いてみせた。

 が、数本が腕や足に刺さってしまう。

 

「くっ……!?」

 

 体に回るのが早い毒なのか、その感覚は少年の体を一気に蝕んでゆく。

 苦渋の声を上げながらも、地面に足を付け、体勢を立て直そうとするも――――

 

「――――ッ!?」

 

 足が、動かなかった。

 

 ――――水遁・水飴拿原

 

 広場には超強力な粘着性を誇る水が広がっている。

 術者はもちろん霧の追い忍たちであり、広場を囲む木々からそれを少年に向けて垂れ流していた。

 

(ギャアアアアアアァァアアアアアアアアアアアァ!? ネチョネチョする!! きもい!! 何だこのG(ごきぶり)ホイホイは!!?)

 

 こんな絶望的な状況でも冷静な表情であるのとは裏腹に、内心でこのネチョネチョにすごく嫌悪感を示す下忍の少年。……というか、どう見てもそこに慌てるような状況ではない。其れに突っ込んでくれる人間がこの場にいないのは悲しい事ではあるが、それは些事であった。

 何せ、千本と手裏剣による猛攻はまだ終わっていないのだから。

 

「……」

 

 しかし、先ほどの規模には及ばないのか、足の動きを封じられた状態でも、チャクラを放出した手と小太刀で受け流し、または弾いていく。

 が。

 

「くっ……!?」

 

 それでも足の動きを封じられたというのは手痛い事であった。

 何とか急所への命中を避け、そしてかすり傷だけであろうとも、刃に塗られた毒は少年の体を命を奪う寸前まで追い込む。

 

「……」

 

 ――――少年はついに両膝を地面に突いてしまい、両腕をだらんと力なく垂れてしまう。

 もはやその様からは生気を微塵も消え失せ、急速に体の力が抜けていく。

 誰の目から見てもそう見えた。

 

(王手だ……!!)

 

「一気にかかれ!! 奴はもう毒でまともに動く事ができん、今のうちに掛かれ!!」

 

 好機と見た隊長は部隊に指示、少年が極限まで疲弊しているのを見据えた追い忍達は刀や苦無などの獲物を取り出して一気にかかる。

 足の裏にチャクラを纏い、水飴拿原の上をかけて少年へと迫る。

 いくら相手が少年で、そして死にかけであろうと、多くの仲間が目の前の少年によって殺された以上、油断はできない。

 一勢に少年にかかる。

 

 ――――それこそが、彼らの過ちであった。

 

 少年が立ち上がる。

 足からチャクラを放出し、水飴拿原からの干渉を逃れ、顔を俯かせながら覚束ない様子で立ち上がった。

 

『……っ!?』

 

 その様子に、霧隠れの追い忍達は少年があれほどの毒を受けても立ち上がる事に驚愕の様子を見せるも、その足を止める事はない。

 その様子では、立ち上がるのも精一杯であろう。

 追い忍達も、その隊長も、そう疑わなかった。

 

 

 

 

 ――――八卦掌回天

 

 

 

 

 子供の全身のチャクラ穴からチャクラが放出される。

 そのまま、体を高速回転させ、瞬間、チャクラの暴風が霧隠れの忍達に襲い掛かった。

 

『な、に……!?』

 

 少年に近づいていた追い忍達はそのチャクラの暴風をまともに食らい、彼らの世界はそこで断絶する。

 少年の周囲の霧隠れの追い忍達は次々とその暴風に巻き込まれる。

 

「くっ……!? 近づくな、引け――――」

 

 不幸中の幸いか、回天の攻撃範囲外にいた追い忍達の内の一人が仲間たちに指示しようとするも、それは途中で遮られてしまう。

 ――――体に、力が入らない。

 口すら動かす事がままならず、自分の体を見てみる。

 

 ――――数か所に針が刺さっていた。

 

 それを認識した時点で、追い忍の男の意識は途切れ、力なく倒れる。

 

『……ッ!?』

 

『何……だ……!?』

 

『体に力が……入らない……!?』

 

 襲い掛かるのは高速回転によるチャクラの暴風ではない。

 ――――それに乗っかるように飛んでくる無数の毒針(・・)だった。

 暴風の衝撃と回転の遠心力と術者本人の投擲力の三つの力が加わり超高速で360度全方向に向けて飛ばされる無数の針を避ける手段も、見切る手段も持たない霧隠れの追い忍たちは次々と倒れてゆく。

 

 出鱈目にばら撒かれているようで、追い忍たちの人体の“ある箇所”を目がけて投擲された無数の針は……

 

 

 ――――瞬く間に、霧隠れの追い忍部隊を全滅させた。

 

 

「な……一体、何…が……?」

 

 かろうじて意識を取り留めている追い忍の一人が顔を上げ、その惨状を目の当たりにする。傍に倒れている追い忍の仲間を見やる。

 ……そっと、その仮面に手を伸ばし、触れた。

 そして、ズレた仮面の中から大量の血がドロドロと溢れ出てくる。

 

「……ッ!?」

 

 その有様に、男は驚愕する。

 仮面をずらした仲間の口、そして鼻の穴から大量の腐った血が流れており、その命を断たれていた。

 ……この惨状を見るに、任務の失敗も明白。

 いても立ってもいられず、せめて自分の“主”に報告だけでもしようと思い、立ち上がろうとするも――――

 

 ――――突如、視界が霞み、倒れこんでしまった。

 

「ぐっ……!?」

 

 続いて襲い掛かるのは、とてつもない不快感と危機感を催す嘔吐。

 

「グヴォアァ……、ゲホォ――――!?」

 

 先ほど見た仲間と同じように、男の口と鼻の穴から大量の血液が溢れ落ちる。体中の血液が抜け落ちたかのように身動きは取れず、息すらまともにできなくなる。

 それだけではない――――霧隠れの追い忍が付ける仮面が、血液が地面に落ちるのを遮り、仮面の内側に腐った血液が溜まってゆく。

 

「ゲホォ、ウ――――オエェ、うぅ……ッ!!」

 

 ただでさえまともに息ができないのに、嘔吐した大量の血液が仮面の内側にとどまり、余計に呼吸を困難とする。

 人の死に際においてこれ以上に苦しい物は果たしてあるだろうか。

 

「……!」

 

 手足すら身動きがままならない。

 それでも、追い忍の男は、必死に手を自らの仮面へと伸ばし、何とか仮面を取ることに成功する。

 ……男の顔面は全面血まみれになっていた。

 目をあける。

 そして、体を必死に動かそうとする。

 

(な……ん、と、し、ぇも、ダン……ゾウ、様、に……)

 

 そもそも、男は霧隠れの追い忍などではなかった。

 木の葉の暗部の養成部門に所属する影の影……「根」の男だった。

 予め少年の隊の隊長を根の者とすり替え、少年を囮役に任命し、残りの根の者たちは霧隠れの追い忍部隊に紛れてこの広場に誘い出し、仕掛けた罠で少年を追い忍部隊ごと一網打尽にするのが手筈だった。

 

 ――――その筈だったのに、どうして……?

 

 どうしてこのような惨状になったのだ。

 罠を作動させる根の仲間もすでに毒針でやられており、かろうじて今生きている自分ですらその後を追いそうな始末。

 

(……針?)

 

 男はふと、かろうじて動く首を動かし、自分の肩に刺さっている投擲針を見やる。

 

(こ、こ、の……毒、針…………まさ……か、点穴に……!?)

 

 馬鹿な、あり得る筈がない、と男は頭の中でそう繰り返す。

 ただ点穴に針を投擲して命中させるだけならばまだいい。実際に霧隠れの追い忍たちはその技を得意としており、追い忍部隊に変装して紛れていた自分達()もそれは知っている。

 だが……いくら白眼をスコープにしていたとはいえ……高速回転しながら全方位にいる全員の敵に毒針を全て点穴に正確に命中させるなど……

 ――――そんなもの、人間技であってたまるか。

 

(いぃ……や、それ、より……も……)

 

 自分の懐に歩み寄ってくる人影が一つ。

 月光がその影を照らし、その正体が露わになる。

 

「は……ぁ……なっ、ぜ、動……ける!?」

 

 根の男の一番の疑問、それは今歩み寄ってくる人影の正体である少年が、何故動けているかだった。

 自分たちや追い忍達のように経絡に直接毒を盛られた訳ではないにせよ、毒が塗られた八方手裏剣も少年に深くは刺さらなかったものの、何発も受けていたはず。

 だから、自分たちと同じように毒で身動きすらまともに取れず、絶命している筈なのだ。

 

「何、故……そ……な、立って……いられる!?」

 

 精一杯、疑問を口にした。

 無理もない……少年に、疲弊している様子は微塵もなかったのだ。

 外傷も手裏剣による浅い刺し傷や切り傷だけ。

 ……冷酷な死神が根の男を見下ろしていた。

 そして、少年はそのまま口を開いた。

 

「……俺の技の最たるものは、敵の経を見切り攻めるものではない。己が経絡を自在に操り、経を最大限まで引き出すもの……」

 

「……」

 

「故に、活性、毒を排するも自在よ」

 

 ――――そんな事、あってたまるものか。

 根の男は頭の中でそんなことはありえないと叫ぶ。

 忍者にとっての生命線である経絡を、自在に操ることができるなど……そんな話など聞いたことがない。

 少年の言う「経絡を自在に操る」とはチャクラコントロールが自在だとかそんなレベルではない。チャクラではなく、経絡系そのものを何の外的要因も加えずに体内でそのまま操るという、前代未聞の域だった。

 一見何もしていないように見える所が、尚質が悪かった。

 

(そう……か……)

 

 だが、同時に納得もした。

 あれほどの動きを見せた少年が、ただ毒を仕込んだ大量の手裏剣を投げつけられただけで追いつめられるのは、今覚えば違和感がある。

 動きを封じる水遁の術に嵌っていたとはいえ、全身のチャクラ穴からチャクラを放出する事を可能とする日向一族が、本来ならばあんな術ごときに嵌められる筈がないのだ。

 

(嵌められたのは、此方の、方だった……か……)

 

 少年にとって毒などあってないようなもの。

 毒で身動きが取れないように見せかけた少年の演技に、自分たちはまんまと嵌ってしまった訳だ。

 

(申し訳……ありま、せん……、ダンゾウ……さ……ま……――――)

 

 ここまでかろうじて意識を保っていた根の男だったが、それももう限界だった。

 根の男の命は、そこで途切れた。

 

 

     ◇

 

 

 志村ダンゾウにとって、日向コヅキという男ほど思い通りにならない人間はいないだろう。最初はただ日向一族の出でそれなりに才能があり、努力家というだけで特に目をつけてなどいなかった。

 日向の分家としての矜持も幼き頃から肝に銘じているようにも聞いており、ダンゾウが目を付ける要素は皆無だった。

 

 だが、一部の日向宗家のものが自分に接触し、そしてダンゾウはある事実を知ることになる。

 ――――年端もゆかぬ少年が、日向の呪印を自力で抜け出したという事実。

 最初は真かを疑ったが、どうやら本当の事であるらしかった。

 さすがにこれにはダンゾウも驚いた。

 そもそもだ、日向の分家の者が自力で呪印を抜け出す事例など聞いた事がないし、彼らは一生宗家に仕え、そして宗家のためにその生を使い果たす運命にあるのだと。

 

 だが、その運命を覆した者が現れた。

 

 誰もが成しえなかった呪印からの脱出を、まだ下忍にもなっていないアカデミー生がそれを成し遂げてしまったのだ。

 

 ――――如何なる手段も問わない、日向コヅキを……あの反逆児を抹殺してほしい!!

 

 鬼気迫る表情で自分に懇願してくる日向宗家の者たちの要求を、ダンゾウは受け入れた。

 万が一のために自分の部下たちに呪印を付けている者として、彼らの必死さにダンゾウは幾ばくか共感できるものがあった。

 なるほど、確かに今まで誰にも絶対に抜け出せないとたかをくくっていたある日、一人の小童がそれをいともあっさり抜け出してしまったのだ。

 既にその噂は分家の者たちにも伝わっているだろう……そして――――その事実は彼らを刺激しただろう。

 今までどうしようもない運命だと受け入れていたにも関わらず、突如として自分たちの中からその運命から抜け出した者が現れたのだ。

 それだけでその少年の影響力は計り知れない。

 少年の影響で日向分家の中から、宗家に対してクーデターを起こそうとする者が現れたっておかしくない。

 ……いや、遅かれ早かれ必ず現れるだろう。

 そしてそのために彼らは、少年の下へ集ってゆくだろう。……少年を“運命から抜け出した第一人者”として祭り上げ、少年から呪印から抜け出す方法を聞き出し、それを実践するだろう。

 そうなれば日向一族はたちまち混乱に陥り、一族内で戦火が広がるという可能性も微々たるものだがある。

 それが一族内だけで済めばよいが、最悪里にも多かれ少なかれ被害が出るかもしれない。

 今まで鬱憤をためてきた獅子というのは恐ろしいものだ、もし分家の者たちが呪印という枷から外されれば、どうなるかは分かったものではない。

 

 ならばこそ、その火種を断つべく、少年を処理しなければならない。

 

 しかし、本家直々に少年を処分することはおそらく難しい。

 呪印を付け直そうにも、呪印から抜け出す術を持つ少年にそんなものは既に無意味だ。だからと言って直接手を下してしまえば、日向の宗家は「ただ一度掟を破っただけで年端もゆかぬ少年の命を奪う」という風評が広がってしまう。民からの信頼もなくす。

 少年は曲がりなりにもアカデミー生だ。

 今こそ「日向の矜持に反した反逆児」と蔑まされているが、だからと言って宗家が直接手を下してしまえば、今度は前述の風評がアカデミーを介して里中に広がる可能性もある。

 何より……それはそれで分家の者たちを刺激してしまう可能性がある。

 どの道、呪印を抜け出した者が現れた以上、少年が生かされようが殺されようが、分家から呪印を抜け出す方法を模索する者たちは続出してくるだろう。

 ならばせめてその元となった少年を始末しようという腹だが、先ほどの理由で本家が直接手を下す事は避けた方が賢明だ。

 

 ――――だからこそ、彼らは自分に接触してきた。

 

 確かに、今では里中に留まってはいるが、もし「日向の分家の者の中に呪印がついていない者がいる」という情報が流れれば、各国の里がそれに食いつくに違いない。

 もしそれで白眼が他里の手に加われば――――間違いなく木の葉にとって不利益な事態となる。それだけは何としても避けねばならない。

 

(何としても避けねばならんが……逆に利用もできるかもしれん)

 

 ダンゾウはこれをチャンスと考える。

 彼らからの頼みは受け入れよう。

 ダンゾウは代価としてその少年の白眼を貰っていいかと、彼らに契約を持ち掛けた。

 彼らは最初はそれを渋った。だが、他里の忍に渡るよりかは全然マシであると判断したのか、それを了承した。

 

 ――――日向コヅキはしばらくは囮として最大限利用する。そして疲弊した所で始末し、そして白眼を頂く。

 

 ダンゾウは即座に少年を抹殺する計画を練った。

 相手は曲がりなりにも日向の天才児として持て囃されていた小童だ。いまでこそ反逆児と罵られているが、それは「少年が日向の分家としての矜持」をやぶった事から来る偏見に他ならない。

 念を入れておいて損はないだろう。

 「唯一呪印を持たない日向の分家」というレッテルは囮として最大限機能する。

 

(まずは、その情報を敢えて各里にばら撒く事から始めるとしよう)

 

 そしてダンゾウは、裏で根を動かし、その情報を各国の隠れ里に広めた。

 そしてダンゾウの狙い通りに、まるで餌に食いつく犬のように各国の暗部が動き出す。

 血継限界――――それも瞳術となればそれだけで喉から手が出るほどほしいだろう。なまじ相手がまだ子供であるのなら、尚更であった。

 故に、第三次忍界大戦において、少年は囮として最大限の役割を果たしてくれた。

 

 ――――そこまでは、よかった。

 

 だが、日向コヅキという少年はダンゾウの予想の遥か斜めを行った。

 少年を囮として他里の暗部をおびき寄せ、その暗部に潜ませた根の忍の手で少年を他里の暗部ごと一網打尽にし、自分は白眼を持ちかえる事ができるという最高の結果が待っていたハズなのだ。

 しかし、少年は事あるごとに自分に迫りくる他里の暗部たちを単身で迎撃、これをすべて返り討ちに、紛れていた根の者たちも一人としてダンゾウの元へ帰らなかったという予想外の結果がダンゾウに衝撃を与える。

 その後もそれの繰り返しだった。

 囮として最大限役立ってはくれたものの、最終的にはダンゾウの思惑通りにはゆかず、根の者ごと他里の暗部を全滅させて幾度となく帰還するという所業をやってのける。

 そして、ついには三十人以上の霧隠れの追い忍部隊、しかも紛れ込ませた根の者も含めて約四十人の暗部達を相手に、単身で全滅させ帰還するという快挙まで成し遂げた。

 その出来事を繰り返したこともあってか、いつの間に日向コヅキという少年は『木の葉の白い牙の再来』という異名の元に英雄として周りから見られるようになる。

 その様を見ていたダンゾウの心境は、とてもじゃないが気持ちのいいものではなかった。

 

 ――――なんだ、この小僧は……?

 

 周りから賛美を受け、それでも表情一つ変えずに立っている少年を陰から見つめていたダンゾウは、心なしか苛立ちの感情を覚える。

 これでは、部下を無駄死にさせた上に、自分達()が彼を英雄とするために踏み台になったようなものではないか。

 他里の暗部を多数葬ることが出来たので、無駄死にでは決してないのだが、それでも肝心の目的を果たせなかった。

 ダンゾウは部下に情を一切持たない冷酷主義者であり、必要とあらば迷いなく部下を犠牲にしてまで目的を達成するが、今まで部下を無駄死ににさせた事は一つとてなかった。

 結局、少年は英雄として称えられたまま戦争は終了し、少年は大名の娘を護衛しきったその功績から火の国の大名に気に入られ、大名の護衛役として里から引き抜かれた。

 

 ――――そして、十五歳となった少年はいつの間にか、新たに設立された暗部の長となっていた。

 

 その暗部組織の名は天照院奈落――――大名の護衛を担当する御徒歩組集団にして、暗殺部隊で構成された大名直属の暗殺組織。

 聞けば、各地に散らばる腕の立つ抜け忍達をかたっぱしから集め、さらに平和方針を物申した小国から破棄された隠れ里を買い取り、その奈落の養成機関に建て替えたという。

 

 無茶なことを、とダンゾウは少年を小馬鹿にする。

 自里の掟に逆らい、抜けた者達が素直にまだ年端もゆかぬ小童に従う筈がない。さらにいうなれば、彼らは抜け忍として「信じられるのは己だけ」という思想を持って生きてきた者たち。

 そんな彼らを一か所に集め、なおかつ協調性を求めるなど正気の沙汰ではない。

 

 ――――ただ我武者羅に腕節の立つ者を集めただけの組織は、数日もしない内に瓦解する。

 

 そう思っていた。

 

 ――――しかし、ここでまた日向コヅキ……否、(おぼろ)という男はまたしてもダンゾウの予想を当然の如く覆した。

 

 ダンゾウの目に映ったのは――――つい最近まで協調性の皆無だった元抜け忍たちが、その大勢が朧を前にして片膝を突き、服従している姿だった。

 それぞれバラバラであった筈の彼らの衣装は、黒い御徒歩組の装束に統一され、編み笠を被り、腰には刀を帯刀、手には錫杖を持った軍隊と化していたのだ。

 

 ふと我に返ったダンゾウは、遠目で朧の目を覗いた。

 

 ――――覚悟の目だった。

 国と里の関係を取り持つ武装組織を率いる男の、里の闇ではない、国の闇を背負う覚悟をした一人の男の目だった。

 

(そう、か……)

 

 ダンゾウは目を瞑り、一人納得した。

 朧という男が自分にとって脅威である事に変わりはない。

 奴は里と国のために国に忠を誓う事を選んだ、そのためにいざ里と国を天秤にかけようものなら迷いなく国をとる決意をした。

 それはなんて――――矛盾めいた覚悟だろう。

 両方のために、一方を切り捨て一方を守る覚悟……それはあまりに歪な覚悟だ。

 それでも……

 

(日向コヅキ……否、朧よ。一先ずはお前の事を認めてやる。里と国の為に闇を背負い自己を犠牲にするその姿……まさしく忍が本来あるべき姿だ。だが……)

 

 しかし、それでもダンゾウのこの考えは変わらない。

 その歪な覚悟が、いざという時は国の為に里を捨てうる覚悟が、いやそれを抜きにしても朧という男は。

 

(だが、それでもお前は邪魔だ)

 

 ――――己の野望の為。

 ――――木の葉の真なる平和の為。

 

 今はそうでなくとも、天照院奈落はいずれ里の脅威になる。

 彼が頭領である内はまだ大丈夫であるが、いずれ野心を持った腐った者が現れるだろう。

 もしその者が彼に代わって頭領となれば、里と国は間違いなく戦争になる。

 

(故に、その者が現れる前にお前という八咫烏を始末し、それに群がる有象無象の烏共を瓦解させるまでよ、いずれな……)

 

 今はまだ、その時ではない。

 現状でダンゾウが朧に勝てている要素はない。個の実力はもとより、率いる組織の規模に差がありすぎる。

 自分にはあの男のような力も勢力もない。

 だがいずれ、火影となって里の権力と勢力を手にした時、ありとあらゆる手段で葬ってやる。

 

 ――――木の葉の真なる平和の為に

 

 




更新が遅れて申し訳ございません。
大学いけたら高校より楽になるとか思っていた自分を殴りたい気分です、はい。
科学実験のレポートが地獄です。それでもめげずに執筆と勉強を両立していきたいと思います。


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『木の葉の白い牙の息子』と『木の葉の白い牙の再来』

・前回のあらすじ
「日向は囮にて最適!……だけど最終的に思い通りに動いてくれないorz」byダンゾウ


 ――――その男は、気が付けば自分の遥か前方を歩いていた。

 

 六歳の頃、中忍に昇格してから一年程経った時期であろうか、少年の父親は突然亡くなった。

 中忍に昇格したとはいえ、まだ六歳だった少年を残してだ。

 ならばその死因は何か――――

 

 戦死か。

 

 暗殺か。

 

 はたまた相討ちか。

 

 否、そのどれでもなかった。

 答えは“自害”である。

 

 少年の父親はあの「伝説の三忍」と呼ばれる者たちすら霞んでしまう程の才をもつ天才忍者であり、そして少年にとっては自慢で憧れの父親だった。

 任務中は敵を容赦なく切り殺す冷徹さを持ってはいたものの、その心根は暖かく優しい。

 そんな父親の両方の側面も含めて少年は父親を尊敬していた。

 その態度を表に出す事こそは少なかったものの、少年は父親の事が好きだった。

 

 ――――そんな父親が、目の前で死んだのだ。

 

“……すまない、カカシ”

 

 死に際の父親の声は未だに耳に残っている。

 息子を残してただ自分だけ逝ってしまう事の罪深さがどれほどのものかを、はたして少年の父親は理解していたのか。

 いや、おそらく理解はしていただろう……そうでなければ、あんな言葉を言うはずがない。

 

 少年の父親を自殺に追い込んだのは他でもない。

 少年の父親を英雄「木の葉の白い牙」として持ち上げながら、最後には「任務を自ら放棄した掟破りの忍び」というレッテルを貼り、自害に追い込んだのは他でもない、木の葉の民たちだった。

 それだけならばまだよかっただろう。

 少年の父親とて、いくら故郷の人たちとはいえ、自分を英雄に押し上げるだけの「赤の他人」に手のひらを返されただけで精神を摩耗させるほど軟な精神はしていない。

 否、そうでなくとも耐える事はできただろう。

 

 だが、それだけではなかった。

 そもそも少年の父親が「掟破りの元英雄」という汚名を背負わさせれることになったのは無論ある任務の出来事であった。

 とある敵地への潜入任務において、「仲間の命」か「任務の遂行」の二択に迫られた状況の中、彼は前者のほうを選び取り、任務を中断する選択肢を取った。

 

 ――――なんとしても任務を遂行しなければならない。

 

 そのような状況下で「仲間の命」という選択肢を選んだ少年の父親を待ち受けていたのは、木の葉の里全体からの誹謗・中傷であった。

 本人とてそのような事は承知の上だっただろう。

 民衆たちからの誹謗・中傷も甘んじて受けいれよう、同僚からの非難も喜んで被ろう……そんな覚悟でいたつもりだった。

 

 だが、実際は民衆や同僚からのソレだけではなく、その任務で彼が救った仲間からすらも、ソレを受けたのだ。

 

 少年の父親の唯一の味方であったはずの彼らは、「掟破りの忍」に命を助けられたというレッテルを貼られ、少年の父親のように其れを一身に受ける事を恐れた彼らは、まるで少年の父親を庇う姿勢から手のひらを返すかのように、少年の父親を非難する側に回ったのだ。

 

 ――――そしてついに彼は、少年の前で自害した。

 

 他ならぬ彼の周りにいた人たちと、本来は彼に感謝するはずであった仲間の手によって自害にまで追い込まれたのだ。

 

 これが少年、はたけカカシにとっての、一番最初の「闇」だった。

 幼くして中忍に昇格し、よりいつか父親の隣に立ちたいと思い頑張ってきた結果が、これだった。

 

 ――――忍の世界で掟を破った者はクズ呼ばわりされる。

 

 カカシ自身が口にしたこの言葉こそが、カカシの脳裏に刻まれた呪いだった。

 以降、カカシは今まで父親に憧れていた自分自身から目を背けるようかのように、我武者羅に自分を鍛えた。

 憧れた父親を目指すためではなく、「掟を一切破らない忍」になるように。

 かつての目標とは違う、そんな空虚な目標を掲げながらカカシは忍としての任務を全うし続けた。

 

 その頃であろうか、カカシより一つや二つ上の、「日向の矜持に反した反逆児」と噂にされていた少年の姿が、目に入ったのは。

 

 ――――あいつも、掟を破ったのか。

 

 なら、あのように周りから中傷を受けるのは当然の事だ。

 その掟とやらどんなものなのかこそ分からないものの、忍である以上、あいつもまたクズ呼ばわりされて然るべき存在なのだと、そう考えた。

 

 ――――なのに、どうしてあんな目ができるのだろう。

 

 その筈なのにと、ふと、彼の目を見てカカシは疑問に思う。

 淀みない目でも、純粋な目でも、真っすぐな目でもない。

 まるで刃物のように冷たいその目は、しかし自分の父親とは違い周りからの中傷を意にも介さずあらぬ方向を見ているように見えた。

 

 ――――一体、その白い瞳で何を見据えているんだ。

 

 鳥籠を食い破った烏は、まるで周囲の中傷を目もくれず、一体何を見ているのだろうか。

 

(いや、自分には関係ない)

 

 何故、ただ掟を破った奴をそこまで気にしなければならなかったのか、その時は未だに分からなかった。

 自分の父親が自害してから更に一年、中忍になってから二年が経ち、カカシに新たな任務が言い渡される。

 ――――ミナト班への所属。

 アカデミーを卒業したばかりの下忍二人、およびその担当上忍でのフォーマンセルに所属する任務を言い渡された。

 ……確かに、自分の歳を考えれば自分の本来の今頃の立ち位置はそのような所であったかもしれない。

 だが、何故すでに中忍となった自分に今更そのような任務を言い渡したのかはカカシにとっては疑問だった。

 しかし、任務ならそれに逆らう訳にはいかないとカカシはその任を受けた。

 それに担当上忍「木の葉の黄色い閃光」と称されるあの波風ミナトである事に、多少の好奇心はあったかもしれない。

 班のメンバーは、野原リン、うちはオビト、そしてカカシの三人に加え担当上忍の波風ミナト。

 アカデミーを卒業したばかりの班の集まりという扱いという事もあって、最初は里内の雑用などをこなす低ランク任務ばかりであった。

 それらの任務をこなしていく内、カカシは再び、彼の少年の名を聞くことになる。

 

 ――――日向コヅキ、または、「木の葉の白い牙の再来」と。

 

 聞けば、オビトやリンと同様にアカデミーを卒業してから、何故かは知らないが囮任務ばかりを引き受けさせられていたらしく、他里の暗部から狙われるばかりの日々を送っていたらしい。

 そして、事あるごとにその暗部の者たちを全て返り討ちにして帰還するという、アカデミーを卒業したばかりの下忍、いやそこいらの上忍ですら到底なしえない偉業を成し遂げた。

 別名「暗部殺し」とも呼ばれるようになった。

 

 同じ班員であったリンとオビトが中忍になった、その時に其れを耳にしたカカシ。

 その事実は、カカシが今まで押し殺し、目を背けてきた「自分自身」に多大なる衝撃を与える事になる。

 ……とっくに忘れた筈の、父親への想いと、父親への失意から来るカカシ自身の闇が入り混じった複雑で、そして強烈な感情がカカシに湧き上がってきた。

 

 ――――何故、一度は掟を破ったやつが

 

 ――――何故、それでクズ呼ばわりされ続けてきた奴が

 

 ――――何故、自分とそう歳が変わらない筈の奴が

 

(何で――――父さんの跡を継いでいるんだ!?)

 

 忘れた筈の激情、そして劣等感。

 一度は忘れた筈の父親への憧れ、そしてそれに入り混じる父親への失意の感情。

 当時、まだ幼かったカカシの精神を揺さぶるのにこれ以上のものは存在しなかっただろう。

 表にこそ出さなかったものの、カカシ自身すらも気づかぬうちにその激情に頭が支配されていた。

 そして、日向コヅキは自分より先んじて、中忍の位を飛ばして飛び級で上忍となったのだ。

 そして、知らず知らずの内に激情に駆られていたカカシもまたそれに続くように上忍となる。他の班員や担当上忍がそれを祝ってくれたが、そんなものは眼中に映っていなかった。

 担当上忍であるミナトも、カカシ自身自覚していない彼の少年への激情と劣等感を感づきはしたものの、そんなカカシにしてやれる事は遠まわしな事しかなかった。

 

 それ以降、カカシの「忍の掟」に対する拘りは一層強くなる。

 一度掟を破った奴などに負けられるか、と仲間よりも任務を優先する姿勢はさらに強くなり、カカシのその更なる変化に気づかぬオビトとリンではなかっただろう。

 

 リンが敵の忍に攫われ、それでもなお仲間である彼女よりも任務を優先するカカシに、ついに堪忍袋が切れたオビトが、カカシを殴り倒した。

 

「オレは木の葉の白い牙を本当の英雄だと思ってる」

 

「――――ッ!!?」

 

「忍の世界でルールや掟を守らない奴はクズ扱いされる。――――けどな、仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ!!」

 

 ――――なら、その白い牙が大切にした仲間はどうなった?

 例えお前が言った事が正しかった所で……結局はその仲間に裏切られたじゃないか……!?

 そこまでして、守る価値が「仲間」にはあるのか!?

 

「お前はリンがそんなんに見えるのかよ!?」

 

 ――――ッ!?

 

「確かに、お前の父さんの仲間はそんな奴だったかもしれねえ……けど、リンは違うだろ!? ずっと俺たちを支えてくれた、俺たちに微笑んでくれた……それら全部が偽りだって言いたいのかよ!?」

 

 ………………

 

「オレはお前の父さんの事なんて何も知らない。だけど、きっと信じたかったんだ……! その仲間がどんな奴でも、自分が信じた仲間を助けたかったんだと思う……」

 

 ……………………

 

「お前がリンをどう思ってるかなんて知らねえ。

 ……俺はリンを助けに行く。俺たちを信じてくれたリンを、俺が信じたリンをなんとしても守るんだ!」

 

 ………………オビト………………

 

 

 呆然とするカカシに背を向け、オビトはリンが攫われた方向へと走ってゆく。

 ……その背中には微塵の迷いもなく、それが……その姿が、かつて慕った自分の父親と重なって。

 

「……ッ!?」

 

 ――――今更何を思っているんだ、自分は。

 掟を破ったものはクズなんだ……仲間を優先して助けたものも、助けられた仲間も総じてくずに成り下がる。

 それになるくらいなら、掟を守り続けてクズに成り下がらないようにする方がましだ……なのに、なのに……どうして……

 

 ――――オレは木の葉の白い牙を、本当の英雄だと思っている。

 

「……ッ」

 

 ――――忍の世界でルールや掟を守らない奴はくず呼ばわりされる。

 

「……る、さい」

 

 ――――けどな、仲間を大切にしない奴は、それ以上のくずだ。

 

「……ッ、うるさい!!」

 

 そんな事、とっくに分かっている。

 時代が悪かっただけなのだ、カカシとて自分の父親が間違っているなんて本心からは毛一本たりとも思ったことがない。

 ……だけど、それを肯定してくれる人など周りには存在しなかった。

 理解してくれる人などいなかった。あまつさえ父親が助けた仲間でさえ裏切り、自分も周りと同じように、掟を破った父親が悪いのだと、自身にそう暗示してこなければ壊れてしまいそうだった。

 ――――なのに、なんで今になって……自分が欲しかった言葉を、言ってくるのだ……!?

 ――――なんで、もっと早くその言葉を、自分にではなく、亡くなってしまう前の父さんに言ってくれなかったのっ!!?

 

「……」

 

 ――――自分は今、一体何がしたいのだ?

 自分の激情をようやく自覚し、頭の中が冷えてゆくカカシ。

 

 ――――アイツを超えて、自分こそが木の葉の白い牙の息子であると証明したい/違う。

 

 ――――このまま忍の掟を破らないまま、任務を遂行する/それも違う。

 

「俺、は……」

 

 葛藤し続けるカカシの脳裏に再び、オビトの言葉が過った。

 

 ――――お前の父さんはきっと信じたかったんだ……! その仲間がどんな奴でも、自分が信じた仲間を助けたかったんだと思う。

 

(そうだ、俺は……)

 

 ようやく、今の自分の気持ちに気づく。

 嬉しかった。……自分の父親を英雄と言ってくれた事が。……自分の父親は間違っていなかったと言ってくれた事が。……仲間として自分に怒ってくれた事が。

 だから。

 

(俺は、信じたい……)

 

 自分を信じてくれた仲間を。

 

(俺たちを繋いでくれたリンを、父さんが間違ってなかったと言ってくれたオビトを……俺は信じたい!!)

 

 ようやく今の自分の本当の気持ちを自覚したカカシの行動は早かった。

 オビトが向かった方向とは逆の方を向いて歩いていた足は即座に種を返し、オビトを追いかけんと森の中を疾駆した。

 森の中で敵にやられそうになっていた泣き虫(オビト)を助け、カカシはかつて自分の父親が使っていたチャクラ刀(・・・・・・・・・・・・・・・・)を構え、敵の前に立った。

 

『そのチャクラ刀……お前、木の葉の白い牙か!?』

 

「違う……」

 

 カカシは光を灯した目で敵を真っすぐに睨む。

 本当の自分から目を背ける必要も、その蟠りもなくなった。

 だから、カカシは誇らしく堂々と名乗り出た。

 

「俺は、木の葉の白い牙の息子だ!!」

 

 言って、カカシはオビトとともにその忍に立ち向かい、カカシの左目が切られたものの、その瞬間にオビトが写輪眼を開眼、オビトはその写輪眼を用いて敵を一突きで倒した。

 ……カカシを守りたいという一心で開眼した写輪眼だった。

 そしてリンが囚われている洞窟の中へと向かい、リンの救出には成功したものの……

 

 敵の罠による落盤で次々と落下してくる岩石。

 落下する先はカカシがいる地点、そしてカカシをその地点から押し出した影が一人。

 ……その影の正体だったオビトが、カカシの身代わりとなって体を岩石で押しつぶされたのだ。

 

「オビト!」

 

 リンと共に落石により押しつぶされたオビトの元へ向かう。

 ……あったのは、右半分を押し潰されたオビトの姿だった。

 そのオビトの姿を見たカカシは、己の無力さに項を垂れた。

 

「くそ!」

 

 ――――何が上忍だ! 何が隊長だ!

 結局は、掟に拘る自分自身の自分勝手さこそが、仲間を死なせてしまったのだ。

 ……それでもオビトは、最後の力を振り絞ってその目を開けた。

 オビトは言う、もう体の痛みを感じないと、もう自分は助からないと。

 

 だからせめて、あの時渡していなかった上忍祝いのプレゼントをやろうと。

 

 ――――オレの……この……写輪眼を、やるから……よ……

 

 その写輪眼でリンを守ってくれ、オレもお前の目になって、その力になる。

 だから、どうか、オレがいなくなっても、共に戦わせてくれと。

 

 ――――里の奴ら……何を言おうと……お前は、立派な……上忍だ、それが……オレの気持ちだ……受け取って……くれ……

 

 時間はもうなかった。

 カカシはオビトの頼みを承諾し、リンの医療忍術でオビトの左目の写輪眼をカカシの左眼として移植し、二人はオビトから背を向ける。

 

 ――――リンを……頼んだぞ、カカシ……

 

「……ああ」

 

 もう、仲間を死なせやしない。

 アイツを追いかけるのはもうやめだ。

 アイツはアイツ、自分は自分。

 あいつは「木の葉の白い牙の再来」で、自分は「木の葉の白い牙の息子」。

 ただそれだけの関係でしかない。

 

(俺はこの目と共に、お前との約束と、そして俺たちをつないでくれたリンを守るんだ!)

 

 目覚めた白き獅子はここに、死んでいった親友に誓いを立てる。

 自分の仲間は何があっても死なせない、例え掟を破ろうとも、周りから中傷されようとも自分が信じ、自分を信じてくれた仲間だけは何が何でも守り通す。

 

 ――――そう、誓いを立てた筈だった。

 

「カ、カ、シ――――」

 

 ――――なのに、なんだろうこの光景は。

 

 守ると誓った筈の少女が、何者かの手によって貫かれていた。

 心臓を一突きにされ、貫いた者の手はまるで少女を殺すためだけにあったかのようにバチバチと鳥の鳴き声のような音を発していた。

 

 その手は紛れもない、カカシ自身の手だった。

 

「リ、ン――――」

 

 何が起こったか分からずに、いや分かろうともせずに呆然としたカカシの手から力が抜けてゆく。同時にリンの体も崩れ落ち、ズチュ、内臓と肌が触れる生々しい感触を残したまま、それは終わってしまった。

 ……目の前の少女が倒れてから数秒、カカシは自分が犯した事を自覚し、涙を流し

 

 ――――友から託された左目は、二重の三枚刃の手裏剣模様へと変化する。

 

 己が悲しみと失意によって目覚めた力は、しかしそれにそぐわぬ“器”であるが故にそれに耐えきれなかったカカシを倒れさせてしまう。

 ……その近くで、“もう一つの闇”が目覚めてしまった事にすら気付かずに……。

 

 友を直接この手で殺したという事実はカカシの心に更なる影を落とす事になる。

 

 以後、カカシは自らの罪を懺悔するかのように、リンとオビトの墓に立ち寄るようになった。

 二度も友の屍を踏み越えて生き残ってしまったカカシに残されていたのは、オビトから言われた一言。

 

“忍びの世界でルールや掟を守らない者はクズ呼ばわりされる。だが、仲間を大切にしない奴はそれ以上のくずだ”

 

 もう壊れかけたカカシの心を支える、否、縛っているこの言葉こそがかろうじてカカシを前に進ませんとし、そしてカカシをカカシたらしめる唯一のものとなっていた。

 

 そして、カカシは自らを戒める為に、暗部へと入隊。

 「コピー忍者」・「冷血カカシ」という仮面を自ら被り、そして友の言葉を忘れぬよう自らを戒め、影から木の葉を支え続ける決心をした。

 第三次忍界大戦が終結し、その戦績を称えられて火影となったミナトの下で暗部として暗躍し続ける中、カカシを傍に置くミナトの前に、唐突にその少年は現れた。

 そして、火影であるミナトにこう宣言した。

 

「里ではなく、国直属の暗部を設立する」

 

 いくら上忍とはいえ、まだ十四歳でしかない筈の少年がそう宣言したのだ。

 突然の爆弾発言にミナトも、そして内心ではカカシも呆然とするだけだった。

 ――――人員はどうする?

 ――――そもそも何故それが必要なのだ?

 そんな疑問を抱き続ける彼らに、少年は眉一つ動かさずにそれを淡々と説明する。

 一般人、侍、および自衛の手段を持たない大名たちと忍との力の差と、そこから生まれる忍に対する不信。

 国の中心に連れていかれた少年だからこそ、見て、知ることができた事実。

 

 今まで里の忍や三代目、現火影である自分ですら見向きもできなかった問題を指摘され、その事実を叩き付けられたミナトはそれを承諾せざるを得なかった。

 承諾を得るや否や、さっそく里から数人の忍を引き抜き(その中にはまだアカデミーを卒業していないうちはの女児もいた)、各地に散らばる腕の立つ抜け忍を片っ端から集め、暗部を設立した。

 設立されたその暗部は数か月で国のために様々な功績を上げ、やがて名を暗殺組織「天照院奈落」と改める事となる。

 その頭であった少年はやがて大名たちから「八咫烏」の異名を授かり、国に貢献し続けた。

 また、平和方針を掲げた小国により切り捨てられた忍び里を買い取り、それを建て替えて奈落の養成機関とし、正式な人員育成所も早期に確保した。

 これだけの短い期間で示された少年の行動力にカカシは度肝を抜かれてしまった。

 

 ――――お前はどうして、そこまでできるんだ?

 

 以前のような劣等感はもう抱かなかった。純粋な驚愕と疑問だった。

 自分より一、二つ上である少年もまた辛い思いをしてきた筈なのに、なぜ眉一つ動かさずに淡々と成し遂げることができるのか。

 カカシの心は再び、違う形で少年に釘付けられる事になった。

 

 ――――その最中に、その厄災はやってきた。

 

 突如、九尾の妖狐が里を襲撃した。

 尾獣の一角にして最後の数字を駆るその化け物が、何の前触れもなく里を襲撃してきたのだ。獣と言えど人に等しい心を持つはずの尾獣にそれを有している様子はなくただ暴れまわり、里に蹂躙の限りを尽くす。

 多くの犠牲者が出た。

 多くの命が失われた。

 里の忍が総出でかかり、それでも化け狐にとっては有象無象でしかなかっただろう。

 

 幸い四代目火影、つまり()()()()()()()()()()()、里の壊滅は免れた。

 

 だが、里出身の忍の中で、英雄と謳われながら駆けつけることはおろか、駆け付ける素振りも見せなかった者が一人。

 天照院奈落首領の少年その人だった。

 

 里の英雄でありながら、里の危機に駆けつけようともしなかった彼に、里の民衆たちは一斉に敵意を露わにした。

 それは、カカシの父親が受けた誹謗・中傷を遥かに上回るひどいものだった。

 

 『卑しい烏』

 

 『国に尻尾を振った元英雄』

 

 決して少年が悪い訳ではなかった。

 奈落は大名の護衛組織にして、国の中心を守る御徒歩士組の集団だ。

 態々里から大名の護衛を派遣する手間を省かせる為に設立された組織が、里の救援にかけつけるなど本末転倒。

 彼は、心を押し殺して自分の任を全うしただけなのだ。

 

 その結果がこれだった。

 

(どうして……)

 

 里の民衆の有様に、まだ十三歳だったカカシはその拳を震わせ、沸々と憎悪に近い怒りが彼の中に湧き上がってきた。

 彼の父親の時もそうだった。

 

 ――――任務を放棄し、仲間を選んだカカシの父親。

 

 ――――自らの想いを押し殺し、尚任務を全うした少年。

 

 「木の葉の白い牙の再来」とうたわれていたにも関わらず、少年が取った選択は皮肉にもカカシの父親が選んだ物とは真逆なもの。

 なのに、少年もまた自分の父親と同様に誹謗・中傷を受けている。

 

(こいつらは……英雄一人が何か一つでも自分たちにとって気に入らない事をすれば、一方的に攻め立てずにはいられないのか……!!?)

 

 元々、父親の件もあって木の葉に対して暗い感情を抱いていたカカシだが、この一件をきっかけに再び里に対するその感情を強くすることとなる。

 

 しかも、少年と共に里を出て奈落の一員となった木の葉の忍すらも奈落を抜け、少年を中傷する側に回ったと聞く(ただ一人を除いて)。

 これではまるで自分の父親の時の二の舞ではないか。

 ――――なあ、オビト。

 カカシは今は亡き友に問う。

 ――――ここは、この里は……掟を破ってまで守る価値があるのか?

 ――――いや、そもそも掟に従う価値すらあるのか?

 

 そんな疑問を抱いたまま、八年の歳月が過ぎ、カカシが二十一歳になった頃。

 木の葉の民衆の奈落に対する不信とは反比例するかのように、奈落という組織の規模は強大になってゆき、瞬く間に一大の暗殺組織へと成長していた。

 

 そして現在、またカカシの闇を深くするような出来事が目の前に起こっていた。

 

『おらっ、思い知ったか化け物』

 

『お前のせいで!』

 

『貴様のせいで!』

 

 大人たちから謂れのない暴力を受ける子供が一人。

 地面に這いつくばらされ、力一杯に踏みつけられる。

 何度も何度も。

 自分たちの鬱憤が晴れるまで、そして子供の顔を見てはまた鬱憤が溜まり、また暴力をふるい続ける。

 

 ……そして、周りにいる大人たちもまたソレを止めようとはせず、まるで子供に侮蔑するかのような視線を向けている。

 

「――――……っ、……ッッ!!」

 

 子供は必死に耐えていた。

 自分がこうして暴力を振るわれる理由は分からないが、反抗すれば今以上にひどい事をされるという事を理解していた。

 故に、耐え続ける。

 いつか、自分が大人たちを見返すその日が来るまで、子供は耐え続ける。

 

『お前のせいで、オレのお袋が……!!』

 

『息子が……!!』

 

『娘が……!!』

 

『弟が……!!』

 

 そんな子供の苦悩などお構いなく、大人たちは憎悪のままに子供に暴力を振るい続ける。

 我を忘れるかのように、あの事件の惨状を思い浮かべる度、大人たちの子供に対する理不尽な憎悪は増大し続ける。

 

(何故だ……)

 

 彼らの来訪を伝える任を請け負い、そして偶然その現場を目撃してしまったカカシは今にもそこに飛び出したいという欲求を抑えながらそれを見ていた。

 ……少年が迫害される理由など本来なら何処にもない。

 いや、むしろ知らずの内とはいえ里を壊滅寸前まで追い込んだバケモノをその身を持って背負っているというのに、本来ならば少年が感謝されてしかるべきなのに……

 

 ――――この仕打ちは、何だ?

 

(いつから……)

 

 ――――いつから、木の葉はこんな場所に変わった?

 

 一部の者が謂れなき汚名を背負い、そして民衆がそれを破滅に追い込むまで誹謗・中傷の対象とする。

 ……今度は、自分たちをも破滅に導く行為であるという事すら知らず、お構いなしに叩いている。

 いつから、こんな場所に……?

 

 ――――そんなの、最初からだろう?

 

 幼い頃、自分の父親がたった一度の御法度を犯しただけで、こんな有様になったではないか。

 

(これの何処が、『火の意志』だと言うんですか、ミナト先生……!?)

 

 忍とは耐え忍ぶ者、師であった自来也の受け売りでミナトもまた自分にそう言ってきた記憶があるが、どこが耐え忍んでいるというのだ?

 

 ――――耐えているのは、あそこでただ迫害されている忍にもなっていない子供ただ一人だけではないか!?

 

 ――――一部の者だけが耐え、大半はその一部の者を心壊れゆくまで誹謗・中傷する事が耐え忍ぶ事だとでも言うのか!?

 

 『火の意思』とは、一体なんなのだ?

 

 心の中で葛藤するカカシ、その間にも少年に対する民衆の迫害は続いてゆく。

 そしてついに――――

 

『まだだ化け物め、コイツをくらえ!』

 

 ガラス器具を取り出す大人たち。

 態々自宅から取ってきたのか、それともたまたま持ち合わせていたのか、傍観している側の連中から譲られたのか分からなかった。

 そして、大人たちはそれを少年に向けて投げつけた。

 

(――――っ、いかん!!)

 

 少年に迫りくるガラス器具を目視したカカシは物陰から飛び出そうとする。

 いくら九尾の影響で傷の治りが早いとはいえ、あの歳の子供が怪我を負ったら変な治り方をして一生後遺症として残る可能性だってあるのだ。

 いくら人柱力でも、これ以上は――――!!?

 

 ――――シャラン、と音が響く。

 

 その男の突如の出現に飛び出そうとし身を乗り出しかけたカカシの体が止まる。

 カカシも、少年も、そして民衆もその男の突如の割り込みに呆然となった。

 ……いや、それよりも……

 

(錫杖の音圧で、投擲されたガラス器具を割る……だと!?)

 

 割り込んできた男は幼い頃のカカシの在り方を狂わせた存在(※本人は無意識)にして、いまだにカカシの中でも大きな存在である男。

 天照院首領にして、奈落最強の凶手、(おぼろ)その人だった。

 

「……去ね」

 

 貫禄と静かな威圧を感じさせる声が、我に返った大人たちの耳に響く。

 立っているのは八咫烏の紋章が付いた法衣を身にまとう虚無僧姿の男。

 

「聞こえんか、去ねと言ったのだ。お前たちの叫びも慟哭も、この小童には何一つ届きはせん。届くとすればそれは、小童に当たり己が虚無を満たさんとする貴様ら自身の醜さだけであろう」

 

『何……だと!?』

 

 男の言葉に大人たちが噛みつく。

 自分たちの何が分かるのかと、あの少年は化け物だと、人間じゃないのだと。

 そんなバケモノなど、死んでしまえばいい(・・・・・・・・・)のだと。

 

「ほう……ならば今ここで、貴様らの望み通りにしてやろうか?」

 

 朧がそう言うや否や、後ろにいた部下の男性が後ろにいた少年を大人たちの前へと突き出し、持っている錫杖で上着をたくし上げ、錫杖から仕込み刀を抜き、それを少年の腹の封印式に突き付けた。

 

「この童の命は、貴様らの思いのまま」

 

『――――ッ!!?』

 

 その光景に、大人たちの顔が青ざめていく。

 

「さあ、言うがいい。この小僧を殺すか否か。答えなければ十秒後にこの小僧の腹を掻っ捌く」

 

『――――ッッ!?』

 

 それは如何に残酷な選択肢であるかをわからないカカシではなかった。

 確かに大人たちに自身の醜さを自覚させるにはうってつけの選択肢かもしれないが、それにしたってひどい選択肢であると思う。

 ……しかも、態々「殺す」ではなく「腹を掻っ捌く」というあたり更にえげつなかった。

 

「どうした……この小僧など死んでしまえばよかろう? 何故躊躇う必要がある」

 

 冷淡な声で、しかし煽るような口調で大人たちに問いかける朧。

 そして回答を渋る大人たち。

 

(何て奴だ……一瞬にしてこの場の主導権を完全に握りやがった……!?)

 

 まるで八咫烏の巨大な羽根がこの地に根を下ろし、支配しているような錯覚に陥るカカシ。

 ……そうしている間にも、制限時間は過ぎてゆく。そして――――

 

「そうか、ならば決まりだな。――――殺せ」

 

 部下の男にそう命令を下す朧。

 仕込み刀が少年の腹へ振り下ろされる直前――――

 

『ま、待て!! やめてくれ!』

 

『お願い!! やめて!!』

 

『頼む、この通りだ!』

 

 そして大人たちは、大衆の前で自らの醜悪さを認めてしまった。

 

 部下の男の手が止まる。

 

「……所詮、お前たちはこの程度だ。己が怒りと殺意を年端もゆかぬ小童にぶつけ、しかしその先にいる己が本当に憎むべき仇を恐れ、殺さないように配慮しながら痛めつけることしかできない。……その愚行こそが、あの厄災を再び招く爆弾を刺激し、お前たち自身の寿命を縮めている事も知らずに……」

 

 カカシは目撃した。

 朧のこの発言で、傍観していた側の人々の白い目線が、少年から彼らへと移り変わってゆく所を。朧の発言で、彼らの少年に対する認識が180度覆されてゆく様を。

 

「それでも尚それを続けるというのであれば――――」

 

 何も言い返せずに黙る大人たちに背を向ける朧。

 その背中すら、誰にも踏み込めない、そこに踏み込むのは即ち八咫烏の神域に踏み込むのと同義であると語っているようだった。

 

 

 

 

「四代目もあの世で嘆いていよう……己の命を賭して護った者たちが、己が為に憎しみに手を焦がし、その命を散らしていくことを」

 

 

 

 

 最後に、カカシですら背筋が凍るような冷たい声で、大人たちにそう言い残し、朧は部下と共に背を向けて歩いてゆく。

 

『――――ッ』

 

 そして、四代目という単語を耳にした大人たちは背を向いて歩いてゆく者たちに再び食いついた。

 『なら、お前たちはなぜ来なかった!?』『四代目は命をかけて俺達を守ってくれたのに、お前たちは一体何をしていた!?』

 

(……その四代目の犠牲を、他ならないお前たちが無駄にしているという事に、何故気付かない?)

 

 カカシからしてみれば、四代目を、自分の尊敬する師を侮辱しているのは朧ではなく、他ならぬ大人達であった。

 つくづく里の民衆たちに落胆させられるカカシであったが、すぐに別の事に気づき、その思考を破棄した。

 

(いや、違う! これは……)

 

 朧の先ほどの言葉は、里の民衆たちを侮蔑するために放たれたものではないという事に気付いた。

 ――――彼らの矛先を自分たちに向けさせ、そしてその隙に少年を逃がすためのものだ。

 朧のもうひとりの部下の女性が装束の袖から紙切れを放ち、それが風に乗って少年の手に渡ってゆく所をカカシは目撃した。

 

 その紙切れを覗いた少年が、一度朧とその部下たちを見上げた後、そそくさとこの場から去っていく所を見たカカシはほっ、と胸を撫で下ろした。

 そして、大人たちの誹謗・中傷を物ともせずに平然と立ち去ってゆく朧の背中を見つめた。

 

 ――――瞬間、朧が一瞬だけ自分の方に顔を向けたのを、カカシは見逃さなかった。

 

(気付かれた……いや、気付いていたのか……)

 

 生憎、朧は深編笠を被っていたため、その表情は最後まで分からなかったが、まるで自分をもう一度確認するかのような感じだった。

 そして、カカシはある結論にたどり着いた。

 

(まさか……俺の代わりに!?)

 

 その結論にたどり着くのに時間はかからなかった。

 朧は日向一族の出だ。

 深編笠の下でこっそり白眼を発動し、自分の位置を確認していたっておかしくない。いや、彼ならばそれをしなくても自分の位置なんてわかったかもしれない。

 だからこそ、辻褄があった。

 暗部である自分が少年を助けに行ったところで、火影直属の部隊があの少年の味方をしてしまえば、火影の信用にも関わってしまうだろう。

 だからこそ、彼が代わりに割って入ったのだ。

 奈落は元から木の葉の民から嫌われているため、逆に問題になることはない。いや、嫌われていなければ、民衆の矛先を自分に向けさせ少年を逃がすと言った芸当もできなかっただろう。

 カカシが割り込もうとした直前に、彼はそこに割り込んできた。

 彼とて一組織の頭として里の問題に割り込む事は決して良くなかったであろうが、カカシが割り込めばもっと問題になっていたかもしれない。

 何より、カカシ自身が誹謗を受けていた可能性もある。

 

(お前は、どうしてそんなに……いや、違うな)

 

 あの時、父親が死んだばかりの頃にはじめて目撃していた頃から、彼は強かったのだ。

 誹謗と中傷を浴びても、目もくれずに何処かを見据える目を、カカシは最初は何も感じなかった。

 だけど、今ならあの目の意味も分かる。

 

(お前は、最初から強かった)

 

 あくまでカカシの想像でしかないが、もしかしたら、最初から自分が何をすべきかを、自分の将来の忍像を見据え、耐え忍んでいたのかもしれない(実際は如何にして生き残るかを必死で考えるあまり周りの目を気にする余裕がなかっただけなのだが)。

 今にして振り返って、彼に対して激情や劣等感を抱いていた自分が恥ずかしくなってきた。

 ただ先を見据えずに掟にこだわっていただけのあの頃の自分が、彼に勝てる訳がなかったのだ。

 

 

 ――――そこから更に五年。

 

 

 すでに暗部をやめ、担当上忍をする任を火影から与えられていたカカシは、今まで卒業演習で一人も合格者を出した事がない担当上忍として知られていた。

 

“忍びの世界でルールや掟を守らない者はクズ呼ばわりされる。だが、仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ”

 

 未だに今は亡き友の言葉に縛られていた彼は、仲間よりも任務を達成せんとする卒業者たちを次々とアカデミーに返していった。

 中には折れてアカデミーをやめるものまでいた。

 それでもカカシは、己に定めた卒業演習のルールを変える事はなかった。

 しかし、カカシが理想とする卒業者は未だに出てこず、それでもあきらめずに続けてきた。

 ――――そして、暫くして転機が訪れた。

 

 彼が新しく担当する班のメンバーは以下の通りだった。

 

 あの時、迫害されている所を朧に助けられた少年、うずまきナルト。

 

 実の兄に、一族を滅ぼされ、ただ一人生き残った少年、うちはサスケ。

 

 そして、そのサスケに惚れている春野サクラ。

 

 そして演習の結果はまあ……散々だと言ってよいだろう。

 ナルトは何も考えずに一人で突っ走り、挙句の果てには用意された弁当を勝手に食べようとした。

 サクラは傍にいるナルトに目もくれずにサスケを探すばかりであり、演習内容にすら興味を示さない始末。

 サスケは他の二人を足手まといと決めつけ、ナルトと同じく一人で突っ走る。

 

 協調性もチームワークもない。

 このままでは今までと同じくアカデミーに逆戻りコースか、もしくは忍者をやめるかの二択だ。

 

 ……だが、まだカカシの演習は終わっていない。

 

 カカシが与えた最後のチャンスだった。

 表向きは一人で弁当を勝手に食べたナルトに罰として弁当を取り上げ、そしてそのナルトの前で二人に弁当を食わせ、再演習を行う。

 

 だが、それ自体が、カカシが彼らに課したもう一つの、いや、本命の演習と言ってよかった。

 初演習で連携が取れないのは仕方がない、それは実戦や修業で慣れていくしかないだろう。

 問題は、彼らが如何に仲間を思いやり、大切にする事ができるか。

 特にナルトは奈落の入隊を志願した経歴がある。……窓口に出した途端その志願書を破り捨てられたようだが。だが、どのみちナルトがカカシの理想とする忍でなければ、カカシはナルトを絶対に彼のいる奈落に入れさせはしないだろう。何故なら奈落に入る際には、その腕前よりも、その志願者にある“特殊な覚悟”があるかどうかである。一人で突っ走るナルトにそれが務まる筈がないのだ。

 

 ――――だから、ここで見極める。

 

 彼が、自分が担当するに値する忍であるかを試す為に。

 そして――――

 

『……ほらよ』

 

 サスケが、開けた弁当をナルトに差し出してきた。

 

「――――ッ!?」

 

 カカシは目を見開き、その光景に目を見やる。

 

 サクラもまたそれに続いてナルトに自分の弁当を近づけ、動けないナルトの口に食べ物を掴んだ箸を近づけた。

 足でまといのままでは困ると言いながらもナルトに弁当を分けるサスケ、ナルトにごめんなさいと謝って弁当を分けるサクラ。

 

 それを見つめるカカシは、彼らに一途の希望を見出した。

 

(オビト、俺は未だに迷っている。ただ里のために動けばいいのか、それとも父さんを死に追いやった里に見切りを付ければいいのか……)

 

 里はカカシから多くの物を奪い、そして失望させてきた。

 だが、カカシがこうして『はたけカカシ』でいられたのも、彼が同期の仲間に恵まれていたからこそ。

 

(何故あいつがああまでして国と里を守るために歪な忠義を持って国に自分を売り込んだのか……そんな価値があるかも分からない……)

 

(もし、その価値があるのだとしたら、それはあいつらなのかもわからない……けど、これだけは言える)

 

 カカシは弁当を分け合う彼らの微笑ましい光景を見て、新たな決意をした。

 

 九尾の人柱力、うちは一族の生き残り、そんな彼らと同じ班になってしまった少女……彼らもいずれ里の闇を見ることとなるだろう。

 彼らの立場も考えるとそれは尚更だ。

 

 ――――その闇に食われて、破滅してしまうかもしれない。

 

 日の当たる場所へと足を踏み入れるカカシ、そして煙玉を用いて突如とナルト達の前に現れた。

 

「お前らぁっ!!!」

 

 怒っているように見せかけ、ドスをきかせた声でナルト達に叫ぶ。

 その形相に三人はしまった、と怯えながらカカシを見つめた。

 そんなカカシに彼らは、表情を怒りから笑顔に変えて言った。

 

「ごーかっく♡」

 

 

(いずれ闇を見るこいつらが、もしその闇に押しつぶされそうになったら、俺が支えてやろう。二度と俺のような奴が出ないように……俺がこいつらを何としても守ってみせる!)

 

 こうして、カカシ班の物語は幕をあけた。

 




とりあえず書いてみて思ったこと……この人なんで闇墜ちしなかったんだろう?

ヒナタ「お願い、ナルト君を助けて!」
朧「アイマム!」
カカシ「こいつ……俺の代わりに!?」


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波の国篇
始まり



注意:前半の描写注意です。前半を見たくなかったら◇マークの所まで飛ばしてください。



 森の中を木の上を足場にしながら疾走する複数の人影があった。

 その者たちは霧隠れの額当てを身に着け、衣装もまた霧隠れのソレを身に纏った忍たちだった。

 その忍たちはただ恐怖のまま逃げていた。

 ……任務の失敗。……およびその不手際から発生する、自分たちに向けて差し向けられた追手。

 

「隊長、まだ追ってきます!」

 

「どうすればっ」

 

「うるせえ! とにかく逃げるぞ!」

 

 今は考える余裕などない。ただ逃げることしかできない。

 振り返る余裕などなく、そんな必要などない。

 振り返らなくとも彼らには聞こえていた。

 

 ――――後ろから聞こえてくるシャラシャラとなり続ける、錫杖の鐘の音。

 

 到底敵う相手ではなかった。

 個々の実力も、仲間同士の連携も、その全てにおいて彼らはその追手達に劣っていた。

 

 彼らはある任務を請け負っていた。

 火の国の要人の暗殺が彼らの任務だった。

 霧隠れの忍に化けて彼らを襲う事で、暗殺の罪を霧隠れの里に押し付け、自分たち抜け忍は依頼主から報酬金を貰うという最高の結果が待っている筈だった。

 駕籠に乗る要人およびそれを運ぶ護衛の侍たちを木々の上から囲んで一網打尽にする筈だった。

 ――――だが、護衛の侍たちも駕籠も、そしてその中に入っていた要人も皆、“烏たち”が変化していたものだった。

 大名の護衛を担う御徒歩士組にして国に仇なす者の抹殺を担う暗殺組織・天照院奈落の忍達は、自分たちが暗殺を決行する事も、そしていつ襲ってくるかも読んでいたのだ。

 結果、仲間たちは奈落に次々と容赦なく殺されてゆき、残った彼らは無様な撤退を強いられた。

 ……だが、それを逃がす烏たちではなかった。

 

『ぐあっ!?』

 

 左右、そして後ろから手裏剣が襲い掛かってくる。

 その手裏剣を大量に受けた者、もしくは急所にもらってしまった者が次々と木から落下し、その人生を終えていく。

 

 ――――後ろからだけでなく、左右からも!?

 

 追手は後ろからだけではないと悟った抜け忍の隊長はふと横に目を見やる。そこには手裏剣を両手に持って構えている奈落の忍の姿があった。

 奈落が投げた手裏剣は真っすぐと隊長の男の首へ――――否、そこを通りすぎて彼の隣にいた仲間の首筋へ刺さった。

 その仲間は声一つ上げることなく木の下へと散ってゆく。

 

「くそ! くそ!」

 

 隊長の男はただそれだけしか言えなかった。

 ……彼らを舐めていた。

 所詮、一人の餓鬼上がりの上忍風情が設立した組織。

 しかも設立されてからまだそんなに時が経っていない新興の暗部。ただ規模がでかいだけの寄せ集めの組織など、取るに足らないと思っていた。

 ……なのに、蓋を開けてみれば自分たちの行動は筒抜けで、しかもいつどこで自分たちの存在、および計画がばれたのかさえ分からない。

 

『ぎゃあっ!』

 

『ぎぃっ!』

 

『ぐえっ!』

 

 ただでさえ任務失敗時に大多数の仲間が殺されたというのに、こうして逃げている間にも後ろから仲間の断末魔が聞こえる。

 悲しい訳ではない、いくら自分が隊長であるとはいえ、それはこの限りのものであり、自分も彼らも所詮は独り身の抜け忍でしかない。

 だが、聞こえてくるのだ。

 後ろで仲間の断末魔が聞こえてくる度に――――次はお前の番だと死神が耳元でささやいているみたいに。

 

「くそ、追手が増えてるぞ! 何とか――――」

 

 隣にいた部下が隊長の男に呼び掛けようとしたその時、更に高い木の上から降ってきた奈落の忍が振り下ろした刀によってその部下は無残に切り裂かれ、絶命してしまった。

 

「ひぃっ!?」

 

 今まで一番近くにいてくれた部下すら失い、彼は恐怖の悲鳴を上げる。

 気が付けば逃げているのはもう自分だけ。

 残りは全て八咫烏の羽からは逃れられずに無残に散っていってしまった。

 

 ――――標的が一点に絞られ、自分ただ一人に集中する殺気。

 ――――もはやトラウマになりつつあるシャクシャクと鳴る錫杖の音。

 

 気が狂いそうになるも、まだ隊長の男は諦めなかった。

 任務は失敗したが、まだ自分たちが霧隠れの忍でない事はばれていない。うまくすればまだ霧隠れの里に罪を押し付ける事は可能だ。

 

(それに、この先にある合流地点に向かえば……)

 

 連絡係として待機させた仲間たちが待っている。

 これが里の忍びであるのなら追手を撒かないまま仲間と合流させる事になり、御法度であるのだが、生憎と自分も彼らも抜け忍。そんなルールは存在しない。

 うまく彼らを囮にして、自分だけでも生き残れれば……

 

(報酬は……全部俺のモノに……!)

 

 そんな一途な希望を抱き、ただ一人生き残った隊長はただその合流地点を目指す。

 そして、その合流地点が見えてきて、隊長の男はやっとだと歓喜の表情を浮かべた。

 

(これで……少しは……!!)

 

 

 生き残れる確率が上がると、意気込んでそこたどり着く。

 

 しかし、そこにあったのは自分の囮になってくれる筈の仲間たちではなく

 

 

 

 

 

 

 ――――ただ烏達が啄む、大量の惨死体だけが転がっていた。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 その光景を目にした隊長の男は、呆然とした表情で両膝を突き、ただそれを眺める事しかできなかった。

 ……が、その惨死体を啄んでいた烏たちが錫杖を鳴らしながら此方を振り向き、すぐさま正気に戻る。

 

「……ッ!!」

 

 正気に戻った隊長の男はすぐさま後退し逃げようとするが

 

「――――ッ、ガハッ!?」

 

 先ほどまで自分たちを追っていた追手の烏たちの事を忘れていた隊長の男は、数人の奈落の忍たちから錫杖を叩き付けられ、そのまま仰向きに倒された。

 そして四肢を一本ずつ錫杖で押さえつけられ、そして喉元に数本の錫杖を突き付けられ、その退路を断たれてしまった。

 

「この男で間違いないか?」

 

「ああ。この男が隊長格だ、相違ない」

 

「他は全て殺ったか?」

 

「全て殺った。死体から情報を抜き取り次第、死体処理班に処理させるつもりだ」

 

「さすれば残るはこの男の尋問だけ」

 

「了解。この男を尋問次第、他の者たちと同様、死体処理班に処理に当たってもらう」

 

「承知した。――――おい、」

 

 

「……あ…あぁ……」

 

 編み笠を被る者たちの淡々として口調を聞いていた隊長の男はただただ恐怖で怯えてしまった。

 まるで、自分を忍とも、人間とも、いや生き物とすら思わない、ただの物として見るような目をした者たちが、自分に語り掛けてくる。

 まるで、自分は既に“生き物”ではなく“もの”であるのだと錯覚しそうになる。

 

「……恐怖で口がまともに動かない……水遁の術をかけろ」

 

「了解」

 

 一人の奈落の者が水遁の印を結び、口から水を放出する。

 バシャア、と水を顔にかけられる。

 

「――――ッ!?」

 

 その衝撃で男の意識は再び現実に引き戻される。

 

「印を結べぬよう両手の指を何本か切断しておけ。あまり切りすぎると失血死する、数本でいい」

 

『――――』

 

 男の首元に錫杖を突き付けていた奈落の忍の内の一人がそう指示すると、男の右手を押さえていた錫杖から仕込み刀が抜かれ、左手を押さえていた方の錫杖の仕込み刀も同時に抜かれる。

 そして、男の両手の指を一本ずつ切断した。

 

「ギャアアアァッ!!?」

 

 正気に戻った途端、両手の指を一本ずつ切断された彼はその悲鳴を上げる。

 痛み、そして忍の生命線が失われた事から来る絶望感。

 

 そして男が絶望に打ちひしがれ、悲鳴を上げている所で一人の女性の声が聞こえた。

 

「……ご苦労だった。尋問班はそのままソイツを拘束し続けて」

 

「……?」

 

 女性の指示を聞くや否や、男を錫杖で押さえている者達以外の奈落の忍が整列しながら道を開け、その道から男に近づいてくる影が一人いた。

 かろうじて保てる自我で男はその女性の姿を見上げる。

 ……他の奈落の者と同じ黒い僧服の装束を身に纏い、そして腰に長鞘の刀を差した女性だった。編み笠で隠れた顔も下から見上げればはっきりと映り、黒い長髪の女性が男の前にたっていた。

 

「その……長鞘の刀に、黒い長髪……お前、まさか……奈落三羽の――――」

 

「喋らないで」

 

「……ッ!?」

 

 女性はいつの間にか抜刀したのか、男にそれを気づかせぬうちに、その首に刀の刃を数ミリ食い込ませていた。

 

「今の貴方にその口を動かす権利などない。……あるのは、私の質問に対して答える義務だけ」

 

 女性の口調は物静かであるにも関わらず、そこに有無を言わせぬ強制力を併せ持っていた。

 

(詰み、か……)

 

 ここで、男はようやく己の人生の終わりを自覚する。

 ――――こんな奴らを相手に、任務を遂行できる筈がなかった。

 まだ手立てがあるのなら最後まで抗うが、生憎とその手段は見つかりそうにない。

 ……ならば、ここで潔く逝くのが楽な選択肢だった。

 

「私の質問に答えてもらう。答えなければその」

 

「その首を刎ねる、か? なら好きにしろ」

 

「……」

 

 ああ、これで終わりだ。

 彼女は何の躊躇もなく自分の首を刎ねるだろう。

 何の慈悲もなく、自分を殺すだろう。

 だが、こんな美女に殺られるというのであれば、他の野郎に殺されるよりかは幾分かマシかもしれない。

 そして、男はその首に彼女の刃を受け入れ――――

 

「いいえ」

 

 受け入れずに、彼女の刃は――――

 

 

 

 

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアァッッ……!?」

 

 

 

 

 

 

「貴方の、○○(ピー)よ」

 

 女性の刀の刃は男の首を切り落とさず、男の股間部にあるモノの内の片割れを切り離し、切り離されたソレは計算されたかのように、仰向けとなった男の胴体の上に落ちた。

 自分の股間から切り離されたその“片割れ”を否が応でも見せつけられるハメとなった男は余計その痛みと絶望を水増しされた。

 

「ちょ……ちょっ……と、ま、待てえ……!? 何故に、ソコ……――――」

 

 を切り落とす!?、と聞こうとするや否や、男の上に乗っかったその“片割れ”は女性の刀によってさらに真っ二つにされた。

 

「喋るなって言ったよね?」

 

 自分から切り離された“物”が更に目の前で真っ二つにされた事に男の表情は更に青ざめてゆく。最早切断された指の痛みなど気にならないくらいにそれは最悪の尋問だった。

 

「だ、だ、だだだだから……待……て……!? お、おおおおかし……だろ、どう考え……!!」

 

「はい余計な事喋ったからもう一回」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアァッッ……!?」

 

 男は女性の尋問のやり方に必死に抗議するも、それは虚しく、女性は容赦なく男のもう一方の“片割れ”を男の股間から切り離す。そしてまたしても計算されたかのようにそのもう一方の“片割れ”は男の胸の上に転がり込む。

 男の眼前には見事に自分の股間から切り離された二つの“ソレ”が並んだ。

 

「ハァー、ヒィー、ア……アアアアアアァッッ……!?」

 

「はい余計な事叫んだからもう一回」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアァッッ、ヒィー、ハァー、アアアアアアアァッッ……!!」

 

 もはや切り離す“片割れ”がなくなった男は、今度は本体の方を切り離され、今度は男の胸の上には転がらずに地面に無残に転がった。

 

「……早く吐いて」

 

 男が自分の質問に答えない事にいい加減痺れを切らしたのか、女性は男の首根っこを刀を持っていない方の手で掴み、男の顔面を自分の顔にぶつけた。

 

 そして、女性の瞳が深淵の黒から黒い勾玉模様の入った赤目へと姿を変える。

 

 ――――その眼を、男の目に向けて、幻術にかけた。

 

「アァ、ア……」

 

 幻術にかかった事で痛覚が遮断されたのか、男の悲鳴は急に止み、もがき苦しんでいるレベルにまで落ち着いた。

 

「まずは一つ目。貴方たちは霧隠れの忍じゃないわね。……雇い主は何処の誰?」

 

「……――――の、――――です」

 

「……ッ!?」

 

 返ってきた男の答えに女性は一瞬だけ顔を見開いたがすぐに戻し、二つ目の質問をした。

 

「その雇い主は今どこに……?」

 

「……分からねえ……俺たち、は……仲介人……を、通して、……依頼された」

 

「他に雇い主についての情報は?」

 

「……ねえ。俺たちは、所詮……抜け忍、雇われ……奴が、隠れ場所……提供し、俺たちが、うまく……」

 

「……」

 

 女性は瞳をいつもの色に戻す。

 途端、男性もまた力尽きたかのように体をぶらんと下げ、それきり動かなくなった。

 女性は遺体となった男性の体を地面に置き、周りの部下たちに命令を下した。

 

「散開してそれぞれの抜け忍たちの遺体から情報をできる限り抜き取って。各々がそれぞれ殺した者の遺体につく事。死体処理班がもうすぐ到着するから、これ以上抜き取れないと判断したら彼らに一任して頂戴」

 

『――――』

 

 女性の指示を聞き取った奈落の忍達は、無言の返事を返すと一気に散開し、死体からの情報の抜き取りにかかった。

 

「……(まどろ)

 

「はっ」

 

 それを見届けた女性は、まだその場から動いていなかった一人の奈落に声をかけた。

 

「現場の指揮を貴方に一任する。私は(かしら)の所へ報告に行ってくる」

 

 そう言って、女性は現場を後にした。

 

 

     ◇

 

 

「ああ!私の可愛いトラちゃん!!死ぬほど心配したのよォ~~」

 

「ニャァァァァ‼」

 

 肥満体型の女性が嬉しそうな表情で猫の体に頬ずりをするが、その猫は苦しそうに喚きながら悲痛の表情を醸し出していた。

 如何に飼い主が愛情を注ごうとも、それが猫にとって益にならぬものでは意味がないのだと、しみじみと三人は実感していた。

 

「ざまあねえってばよ、あのバカ猫」

 

 そんな猫の心情などお構いなしに、ナルトは散々苦労をかけられた猫に向かって罵倒する。

 

「逃げんのも無理ないわね、あれじゃ……」

 

 一方、サクラはトラと呼ばれた猫に対して同情の目線で語るものの、任務なので仕方なしと思ったのか、止める気はなかった。

 いや、そもそもその飼い主は火の国の大名の妻なのだ。

 止めるにせよ、自分ごとき下忍が口出しするのは恐れ多い……愛想自体は良さそうなのだが……。

 

「ああ、トラちゃん。今度こそ懐いておくれ……、いつもは朧さんや骸ちゃんとか見かけるとすぐ駆け寄ったりするのにどうして飼い主の私には……」

 

 愛おしそうに、しかし悲哀を含んだ表情で猫を見る。

 ……猫の表情は未だに恐怖に満ちたままだった。

 そもそも猫は自由な生き物だ。

 過度な愛情で縛り付けるだけでは嫌われてしまうのも必然。だからこそ受身で接してくれるあの2人には懐くのだとこの女性は未だに知らずにいた。

 任務を受けた担当上忍のカカシもそれについて突っ込みたい所だったが、任務成功したから関係ないというドライな心で猫を見つめていた。

 

「――――っ!? ばっちゃん、あの人の事知ってんのかってばよ!?」

 

「へ?」

 

「こらナルト! 相手は大名様の奥方様だぞ! もっと敬った言い方をしろ!!」

 

 ナルトが突然豹変した様子で大名の妻に食いつき、それに対し大名の妻は一瞬だけ呆気に取られた様子になり、それを見たイルカがナルトに怒鳴りつける。

 仮にも大名の妻だ……失礼な態度を取ればどんな処遇が待ち受けるか分かったものではない。

 

「ほっほっほ、まあそんな怒りなさんな……」

 

「しかし、奥方様……」

 

 大名の妻、マダム・しじみは怒るイルカを笑顔で構いませんわよ別にと言った後、ナルトへ向き合った。

 

「坊や、あの人の事知りたいのかい?」

 

「ウンウンウンウン! 俺ってば、“ならく”って所に入って、あの人の隣に立ちたいってばよ!」

 

「あら~坊やったら真っ直ぐなのねえ」

 

 両手をガッツポーズさせて興奮するナルトに、マダム・しじみは微笑ましい子供を相手にするかのようにナルトを褒める。

 大名の妻と知っても物怖じしないナルトを気に入ったようだった。……単に頭のネジが外れているだけなのかもしれないが。

 

「ねえ、カカシ先生。ナルトの言う“ならく”ってあの天照院奈落の事ですよね? あまりいい噂は聞かないけれど、どうしてナルトは……? それに、奥方様が言っていた“おぼろ”と“むくろ”っていう人も……」

 

 2人の会話を聞いていたサクラは小声で自分の担当上忍であるカカシに聞く。奈落が里から嫌われているにも関わらず、何故ナルトがそこに入りたがるのか不思議だった。

 しかも火影がいるこの部屋であの発言など、下手すれば里全体を敵に回すような発言である。

 

「……まあ、ナルトにも色々あるのさ」

 

 五年前の出来事を思い出し、マスクの下で表情を若干曇らせるカカシ。

 あれ以来、ナルトはある人物に憧れてしまった。

 自分ではどうしようも出来なかった状況を瞬く間に覆し、そして更に自分に対する大人たちの対応まで変えさせたその人物に。

 だから、ナルトはその人物が属している奈落という組織に入りたいと思ったのだが……。

 

(ナルトの性格からして、絶望的に向いてないよなあ……いや、それ以前に里が人柱力を安々と他勢力に渡す筈がない、か……)

 

 窓口で門前払いを食らった理由もおそらくは後者がほとんど占めているだろう。

 だがそれを抜きにしてもナルトは奈落には入れないだろう。そもそもナルトは奈落がどういう組織なのか分かっていないのだ。

 ナルトはどうしても憧れのヒーロー達みたいな目線で奈落を見がちだが、実際は国を守るためなら如何なる手段も問わず、必要とあらば冷酷無比な所業もこなす暗殺組織なのだ。ナルトが思い描くようなキレイな組織などでは断じてない。

 

「とは言ってもねえ、私もあの人の事はよく知らないのよ~。何というかその……取っ付きにくいというか……トラちゃんが懐くから悪い人ではないのだろうけれど……」

 

「ええ~なんだよソレ~」

 

「娘だったらもっと何か語れたのでしょうけれど、生憎と私はあまり、ね……」

 

 ごめんね坊や、とマダム・しじみはナルトに手を振り、報酬金を支払った後に再びトラをお構いなしに抱きしめながら部屋から出て行った。

 

「ちぇ、せっかくあの人の事聞けると思ったのにさ……」

 

「ちぇ、じゃないだろナルト! 奥方様が優しい人だったからよかったものの、普通だったら……」

 

「まあまあイルカよ、そう荒立つ事もないだろう」

 

「しかし、火影さま……」

 

「何、奥方様もあのように仰っていたことであるし、それに……心配せずともそんな事で彼ら(・・)は動かんよ」

 

「……」

 

 自分の考えを火影に見透かされ、黙るイルカ。

 イルカがこうしてナルトを怒鳴りつけるのも、全てはナルトを思っての事であるのはヒルゼンも分かっていた。

 もし大名の妻が短気な人柄であるならば、ナルトの無礼な態度を気にいらないと思い、奈落が出張ってきたって不思議じゃないのだ。

 里と国をつなぎとめた存在として既に自分たちにとってもなくてはならない存在とはなっているものの、国に忠誠を誓う事で成り立っている彼らが里に牙を向けないという保証はどこにもない。

 しかし、それは否、とヒルゼンは言った。

 

「それに奥方様は彼らを動かす権力は持っておらん。独立遊撃暗殺部隊である彼らの権限は強く、故に彼らを動かせるのは大名様か自力でその権利を勝ち取った姫さまのみだ」

 

「……それでも、設立されてからたったの十四年であそこまでの組織になるとは、少し末恐ろしいです、俺は」

 

「……確かにのお」

 

 最初は力を持て余した抜け忍たちの集まりであったというのに、いつの間にか大名やその娘以外では動かせぬ程の権限を持った組織へと成長していたのだ。しかもその首領は設立した当時14歳から今年28歳に至る現在まで未だにその組織の頭に立っている。

 奈落の忍たちからの尊敬も計り知れないものとなっているだろう。……相変わらず木の葉の民衆や忍たちから今なお誹謗と中傷を受けているが。

 

(改めて思うと、色々と規格外な男じゃな……)

 

 ただでさえ実力は日向に一度生まれるかそうでないかのぶっ壊れだというのに、それに加えて大勢の暗殺者たちを従えるカリスマまで併せ持っている。これを規格外と言わずに何というのか。

 

(そして、ナルトの奴がその男に憧れ奈落に志願するとは……何とも皮肉な事じゃ)

 

 大名の妻から朧の話を聞けずにがっかりするナルトを眺めヒルゼンは思った。

 ナルトはその性格上奈落に絶望的に向かないという事もあるが、何より人柱力を他勢力に渡すわけにはいかないという事情がある。

 結局の所、ナルトは里の者から迫害され、更にはアカデミーの教員たちからも疎まれ蔑まされてきたにも関わらず、それでも里はナルトが外へ属するのを許さないのだ。

 ……ヒルゼンにとっては否が応でも自分を含めた里の人間たちのエゴを自覚させられるのである。

 

“貴方に悔やまれる謂れなどない”

 

 その言葉は今でもヒルゼンの身に染みていた。

 結局は自分もエゴ全開の、里の民衆たちと何ら変わらないという事を思い知らされた瞬間だった。ダンゾウに闇を背負わせたのも、イタチにああさせてしまったのも、やらせてから後悔していては闇を背負う覚悟をした者に対する侮辱に他ならない。

 ――――闇を背負わせて後悔するならば、最初から背負わせるな。

 あの時の朧の眼光はそう語っているようにも見えた。朧からしてみれば、ヒルゼンが直接的な関わりがある訳でもなく自らの意思で闇を背負った自分に対し勝手に同情と後悔の念を向けてくる事が尚更侮辱に見えたに違いない。

 

(結局、儂もナルトを迫害した者達と何ら変わらないという訳か……)

 

 朧は内心で自分の事をどう思うだろうか。……ナルトに何もしてやれず、しかも火影という立場があるとはいえ里のエゴでナルトをその場所へ縛り付ける自分を内心で愚か者と嘲笑うだろうか。……他人に闇を背負わせた後から自分勝手に後悔する自分を半端者と嘲るだろうか。それとも――――。

 いずれにせよ、ヒルゼン自身の愚かさを自覚させた彼には感謝すべきだろう。例え彼が自分をどう思おうとも。

 

「さて、カカシ隊 第七班の次の任務は……ふむ、老中様の孫の子守に隣町までのお使い、芋掘りの手伝いか」

 

 感傷に至るのをやめ、第七班の任務を続けて言い渡すヒルゼンであるが――――

 

「駄目ー! そんなのノーサンキュー!」

 

 あまりにも温すぎる任務の内容にナルトはいい加減煮えくり返ったのか、両手でバッテン印を作って叫んだ。

 

「オレってはもっとこう……スゲー任務がやりてーの! 他のにしてぇ!!」

 

(一理ある……)

 

(も~……面倒くさい奴!!!)

 

(は~……そろそろ駄々こねる頃だと思った)

 

 ナルトと同様にサスケも顔に出さずとも任務の内容の温さに多少の不満を抱いていたのか、内心でナルトに同意する。対してサクラは呆れたような表情で内心でナルトに対して悪態を吐き、カカシは兼ねてからナルトの心情を察していたのか、やっぱりかとため息を吐いた。

 

「馬鹿野郎!! お前はまだペーペーの新米だろうが! 誰でも初めは簡単な任務から場数を踏んで、繰り上がって行くんだ!」

 

 イルカが机を両手で叩きながら立ち上がり、ナルトを叱るが、鬱憤を溜めていたナルトはもはや聞く耳を持たなかった。

 

「だってだーって! この前からずっとショボイ任務ばっかじゃん!! もっとこうさあ、大名の護衛とか、お姫様の護衛とかさあ!!」

 

「馬鹿かお前は!? そもそもそれは里の忍びの仕事の範疇じゃない、奈落が請負う仕事だ!」

 

「いーじゃん別に! オレをならくに入れちゃってさ、そしたらオレが向かってくる奴らどんどんぶっ倒して護衛してやんだからさー!!!」

 

「だからお前に奈落(あそこ)は向かんと何度も言っているだろう!? いいか、暗殺組織だぞ!? 暗殺だ! あ・ん・さ・つ!! 今のお前が入った所で任務中に必要以上に騒いで組織の足を引っ張るのがオチだ!!! それに暗殺や護衛だけじゃない、その他色々他言できないような汚れ仕事もやらされるんだぞ!!?」

 

「だー!!! もうイルカ先生ってば言ってる事が難しくてよく分かんないってばよ! とにかくオレってばグエッ!?」

 

 

「いい加減にしとけ、コラ!」

 

 まだ下忍の立場であるにも関わらず駄々をこねるナルトに業を煮やしたカカシはナルトの頭に拳骨を一発かました。

 拳骨を食らったナルトは痛そうに頭を押さえながらそこに蹲ってしまった。

 

 その様子を見かねた三代目火影のヒルゼンは、キセルを吹かすと同時にため息を吐く。

 

「ナルト! お前には任務がどういう物か説明する必要があるな」

 

「いつつ……あ?」

 

 ヒルゼンの真剣な声に、ナルトも痛がるのをやめてヒルゼンの方へ顔を上げる。……相変わらず不真面目な表情だが、本人なりに真剣に聞こうとしている姿勢だった。

 

「良いか。火の国には二つの忍勢力が存在する。一つは天照院奈落、彼らは主に国や大名を守るための御徒歩士組としての役割、および国に仇なさんとする者たちの暗殺、もしくは殲滅を担う暗殺集団」

 

 一応、奈落に関する説明も入れるヒルゼンだが、果たしてナルトが理解しているかどうか……。

 本当はそれだけではなく国と里を繋ぎ止める中間組織のような役割も担っているのだが、これはあくまで裏の話であるため、ヒルゼンは話から省いた。

 

「そして、もう一つは古くから国と対等の立場として存在してきた我々木の葉の里だ。里は奈落とは違いその仕事の幅は広い。要約すれば、奈落が国の中心を守る部隊ならば、我々木の葉は国、もしくは外部からの依頼を幅広い範囲で請け負う遊撃隊のような存在。

 故に里には毎日多くの依頼が舞い込んでくる、子守から暗殺までな」

 

 ヒルゼンはキセルを机の上に置き、説明を続けた。

 

「依頼リストには多種多様な依頼が記されておって、難易度の高い順にA、B、C、Dとランク分けされておる。里は大まかに分けてワシから順に上忍、中忍、下忍と能力的に分けてあって、依頼はワシ達上層部がその能力に合った忍者に任務として振り分ける。……で、任務を成功させれば、依頼主から報酬金が入ってくる訳じゃ。

 ――――とは言っても」

 

 ヒルゼンはキセルを持った手の指をナルト達の方へ指し、言い聞かせるかのように言う。

 

「お前らはまだ下忍になったばかり、Dランクが精々いいとこじゃ。――――うん?」

 

 分かるか、と言わんばかりに鼻を鳴らすヒルゼンであったが、当のナルトはというと。

 

「昨日の昼はトンコツだったから、今日はミソだな」

 

「聞けぇっ!!」

 

 難しい話や長話が大の苦手であったナルトはヒルゼンに背を向き今日の昼飯について考えていた。

 ナルトの生い立ちを考えればこの捻くれ具合も仕方ないと分かっているとはいえ、ヒルゼンは我慢できずに怒鳴ってしまう。

 

「ど、どうもすみません!」

 

(こいつ……理解していたかそうでないかはさておいて奈落の話は割かし真面目に聞いてたのに里の話になった途端……)

 

 里の話になった途端にヒルゼンから背を向けたナルトに対してカカシはため息をはいた。

 ――――やっぱりアカデミーに戻すべきだったかなあ……。

 カカシからしてみれば別にナルトに里想いであってほしいという気持ちはないが、この傾向ははっきり言ってまずい。

 まず本人が奈落がどういう組織なのかを根本的に理解しておらず、その上で奈落以外ほとんど眼中にない状態になってしまっている。その気持ちは仲間を危機に落としかねない。

 だがそれは仕方のない事だ。

 カカシ隊 第七班はまだ結成されたばかりであり、この三人の絆もそんな深い所までは行っていない。

 ――――里想いでなくていい、せめて目の前の信頼できる仲間を大切にできるような忍に成長してくれればいい。

 カカシが彼らに求めるのはその一点だ。

 

「あーあ、そーやって爺ちゃんはいっつも説教ばっかりだ! けどオレってばもう、いつまでも爺ちゃんは思ってるような悪戯小僧じゃねーんだぞ! ……ふん!」

 

 ブー、とそっぽを向き、再びヒルゼンに背を向けるナルト。

 本人は至って真剣に言っているのだが、傍から見ればただ駄々をこねるだけの小僧にしか見えない。

 だがこうなってはナルトは今までよりもやり甲斐のある任務を与えなければ梃子でも動かない。

 

(はぁ、後でどやされるなあ、俺……)

 

 頭の後ろをかいてカカシは内心でそう悪態をついた。

 サスケも表情には出していないが内心でナルトに賛成している事はカカシでも分かった。うちは一族の生き残りなだけあってそのプライドが人一倍高いのが仇になってしまっている。

 なんだかんだで今この三人の中でまともな思考をしているのはサクラなのかもしれない、とカカシは思った。

 

「……フッ」

 

 そんなナルトの思いが行き届いたのか、ヒルゼンもキセルを咥えながら微笑み、イルカもそっと微笑んだ。

 

(悪戯でしか自分を証明できなかった此奴が、そんな事を言うようになるとはのお……)

 

 成長した、とまでは決して言えぬだろうが、少なくとも下忍になったことでナルト本人もまた変わろうとしている、という事にヒルゼンは喜びを覚える。

 奈落に憧れるのが良いことであるかは分からないが、少なくとも今のナルトには憧れる人物がいて、そして目指すところがある。

 結果がどうなるにせよ、今はそれで良いではないか。

 

「よし、分かった!」

 

『――――ッ!!?』

 

 ヒルゼンの高らかな声に第七班の四人が顔を上げる。

 

「お前がそこまで言うのなら、Cランクの任務をやってもらう。ある人物の護衛だ」

 

「ホントッ!?」

 

 ヒルゼンの発言にナルトは再び顔をヒルゼンに向け、嬉々とした表情を見せる。

 

「だれ? だれ? 大名様!? それともそれとも、お姫様!?」

 

「いやだからナルト、それは奈落の仕事だってイルカ先生が言ってたでしょうが……」

 

 相変わらずのナルトの分からず屋な発言にカカシは小声で突っ込んだ。しかしそんなカカシの声もむなしくナルトは浮かれた様子でヒルゼンに問い詰める。

 

「そう慌てるな、今から紹介する。 ……入ってきてもらえますかな!!」

 

 後ろの扉へ向けてヒルゼンがそう呼びかける。

 ナルトやサスケ、サクラやカカシもまたそこへ顔を向ける。

 

 ガラー、と窓のついた引き戸が開けられる。

 そこから現れたのは……

 

「なんだァ? 超ガキばっかじゃねーかよ!」

 

 右手に酒瓶を持ち、がに股の姿勢の老人がそこにいた。

 

 




最近はこの小説を書く上での参考資料として銀魂の各長編の奈落(主にモブ共)の戦闘を繰り返し見る日が続いています。
思ったんでですけれど、彼らって感情があるのかないのか分からないですよね(笑)
仲間の死にもさして動揺せず、自分が死ぬことすら恐れていない。番兵を虐殺した2人なんかは正に無感情そのものでした。
……その割には朧の左目が切られた事に動揺したり、銀時や土方に対して「貴様ら……!!」と激昂したり……。

なんかちょっと可愛く見えてきました。


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それぞれの動向

注:波の国篇は大改編します。

FGO第六章マジ疲れた……


「ワシは橋造りの超名人、タズナというモンじゃわい! ワシが国へ帰って、橋を完成させるまでの間、命を懸けて超護衛してもらう!」

 

 この時点では、まだああなるとは四人とも思わなかった。

 たかが橋を一つ作るぐらいで敵の刺客が来たとしても、それは自分たちのテリトリーを侵されるかもしれないという危機感を持った盗賊たちや、単純に海の向こうの民をこちらへ容易に招きたくないという差別主義者が雇ったならず者たちくらいなものだ。

 これくらいの任務ならば精々Cランクに相当する任務。

 子供といえど、アカデミーで忍術をきちっと鍛えてきた彼らなら十分にやり遂げられる任務かもしれない。

 

 だがその先に待っていたのは――――鮮血に染められるであろう地だった。

 

 

     ◇

 

 波の国に向かい合っている、大陸の海沿いを目指す第七班のメンバー達。

 その道中を彼らは依頼人のタズナを含めた五人で歩いていた。

 

「ねえ、カカシ先生。波の国にも忍っているの?」

 

「いや、波の国に忍者はいない。でなければ、タズナさんが態々こうして俺たち木の葉に依頼をするなんて事はしないだろう? だがまあ、大抵の他の国には文化や風習こそ違えど隠れ里が存在し、忍がいる」

 

 カカシは人差し指を立ててサクラ達に説明する。

 大陸にある様々な国にとって、忍の里の存在ってのは国の国力に当たる。それによって隣接する他国との関係を保っており、他国の牽制の役割も果たしているのだと。

 

「とはいっても、里は国の支配下にある訳ではなく、あくまで立場は対等なんだがな。だが、タズナさんのように他国の干渉を受けにくい小さな島国なんかでは、忍の里が必要でない場合もある」

 

(最も、大陸と繋ぐ橋が完成した暁には、波の国にも忍び里が必要な時が来るかもしれないがな……)

 

 内心でそう思いながらも、カカシは説明を続ける。

 

「それぞれの忍の里を持つ国の中でも、火、水、雷、風、土の五か国は、国土が大きく力も絶大なため忍五大国とも呼ばれている。火の国・木の葉隠れの里。水の国・霧隠れの里。雷の国・雲隠れの里。風の国・砂隠れの里。土の国・岩隠れの里。各隠れ里の長のみが、影の名を名乗る事を許されている。その、火影、水影、雷影、風影、土影の、所謂“五影”は、全世界各国何万の忍者の中でも頂点に君臨する忍たちだ」

 

「へぇ~、火影さまってすごいんだー!」

 

 カカシの長い説明にサクラは表向きは感心したような態度を取っているが、内なる彼女はなんだか嘘くさいなどとぼやいている。

 ナルトの方も、自分のお色気の術で鼻血を出してぶっ倒れたヒルゼンを思い出し、火影をあまり大した風に思っていない。

 

「……ま、その中でも火の国は特に異例中の異例と言える」

 

 ナルトとサクラの二人の考えを悟って、内心でため息を吐きつつも、カカシは更に説明を付け加える。

 

「他の隠れ里を抱える各国とは違い、火の国は木の葉隠れとは別に忍勢力をもう一つ保有している、それが大名直属の暗部と呼ばれる暗殺組織・天照院奈落だ」

 

「へぇ~。じゃあ先生、火の国って五大国が持つような強大な軍事力を二つも保有してるってことになるんですか」

 

「ま、そういう事になるわな。ついでに言うなら、天照院奈落における暗殺者達の中でも特にその技に秀でた三人の忍たちは“奈落三羽”と呼ばれている。

 天照院首領にして、奈落最強の凶手とも謳われる(おぼろ)(むくろ)、そして(こころ)。さっき奥方様が言っていた“おぼろ”と“むくろ”という名も彼らの事を指していたな」

 

 アカデミーの校長室でサクラに聞かれた質問に対しても答えようと思ったカカシは、ついでに奈落に関しても説明をした。

 サクラは表向きは感心していたものの、内なる彼女はまたしても「嘘くさい」と呟き、ナルトは目を輝かせながら上を向いていた。

 

「じゃあ火の国ってすごいんですね、カカシ先生! そんな忍勢力を二つも保有しているなんて、これじゃあ火の国に逆らおうとする他国なんて何処にもいないんじゃ――――」

 

「そういう自惚れは今すぐ捨てておけ、サクラ」

 

「――――え?」

 

 その奈落三羽という単語の信憑性も疑いつつも、奈落の存在感をカカシの説明によって実感したサクラは興奮した様子でカカシにそう言うが、カカシは目を少し鋭くし、そんなサクラを注意する。

 

「それはあくまで単純な武力を見た上での考えだ。そんな考えではこの世界は生きていけない。いいか、本当は態々戦力を二つ保有せずに、一つに纏めて一つの牙とする方が理想的なんだ。現に火の国以外の忍び里を持つ各国はみんなそういう形式だ。

 ……なのに、何故か火の国だけは違う。何故だか分かるか?」

 

「そ、それは……」

 

 カカシの突然の質問にサクラは顔を俯かせ目を泳がせている。

 自分は何か間違った事を言っただろうかという疑問をちらつかせながらも、カカシに聞かれた事を彼女なりに必死に考えてみる。

 ……が、答えは出なかった。

 

「今言える答えとしては、そうせざるを得ない事情(・・・・・・・・・・・)があったからだ。つまり奈落が設立されるまで、里単体の勢力だけでは、穴だらけ(・・・・)だったという事だ。他の国と違ってな」

 

「そうせざるを得ない事情……何ですかその事情って?」

 

「今言える答えとしてはって言っただろう? これ以上は俺も言えないよ」

 

 鋭い雰囲気から一転してカカシはパッと笑顔を作り、三人に向けて言った。

 

「そこで俺からお前らに宿題だ。奈落と木の葉、何故火の国は態々この二つの忍勢力を保有せざるを得なかったのか……それを考えてくる事。ちなみに期限は無期限ってことで」

 

「な、何だってばよそれ……」

 

「それって宿題とは言わないんじゃ……」

 

 態々宿題と言っておきながら期限は無期限という曖昧な言い方にナルトとサクラの二人がカカシに突っ込むが、カカシはそうだねと笑って誤魔化した。

 

(真面目な話、これを俺の口から言うわけにはいかないからなあ)

 

 国が態々里とは別に忍勢力をもう一つ作らざるを得なかった理由……というのも、里と国の関係は一時期危ういものになっていたからだ。

 その問題に気付いたのは四代目火影や三代目火影でもなく、一人の上忍の少年であった事はこれ以上にない皮肉といえた。

 国と対等の立場故、隠れ里として切り離されていたからこそ、里にいた者は誰一人としてその問題に気付けなかったのだ。

 国の中心に連れていかれた他ならないその少年こそがその問題に気付き、そして奈落を設立するに至った。

 

 今ここで答えを言うことは、つまり奈落に対する誤解を解くという事であり、それは故郷にすら嫌われる覚悟でそれを行った少年を侮辱する事だった。

 

 だから――――もし彼らがその答えを知る事があるのなら、それは彼ら自身が見つけて知ってもらわないとならないのだとカカシは思った。

 

「ま、何はともあれ安心しろ。Cランクの任務で忍者対決なんてしやしないよ」

 

「じゃあ、外国の忍者と接触する心配はないんだ!」

 

「勿論だよ。ハハハハハ!」

 

 兼ねてからサクラが感じていた不安を察していたカカシはサクラの頭の上に手をポンと乗せ、サクラを元気づけた。

 

 ――――そして、タズナが気まずそうな表情をしたのを、カカシは見逃さなかった。

 

 

     ◇

 

 

「――――とまあ、忍者対決をしないとは言ったけど……タズナさん、ちょっとお話しがあります」

 

 木の下に縛られている二人の覆面をした男を見ながら、カカシはタズナへ問うた。

 

 先ほど、彼らはこの二人に襲われ、ピンチに陥ったのだが上忍たるカカシの手によって難なくこの二人は撃退され、木に縛られていた。

 ……ナルトが手傷を負ってしまったが。

 

「霧隠れの中忍ってとこか。こいつらは如何なる犠牲を以てしても任務を遂行する事で知られる忍だ」

 

 霧隠れの中忍の二人は何故自分たちの動きを見切れたのかを聞いてくるが、カカシはそれに説明し、事前に二人の襲撃、および隠れ場所を察知していたと答えた。

 

「あんた……それ知ってて何で餓鬼にやらせた?」

 

 冷や汗を流しつつも、タズナは訝し気な表情でカカシに聞く。

 この男が上忍であるというのなら態々部下たちを危険な目に晒させずに彼一人で片づける事だって出来た筈だ。

 ……なのに、何故?

 タズナの頭には嫌な予感が過っていた。

 

「私がその気になればこいつ等くらい瞬殺できます。――――が、私には知る必要があったんですよ、この敵のターゲットが誰であるのかをね」

 

 カカシの鋭い眼光がタズナを射抜く。

 その冷たい刃を突き付けられるような感覚にタズナは内心たじろぎながらも必死に平成を装い、聞き返した。

 

「……どういう事だ?」

 

「つまり、狙われているのは貴方なのか、それとも我々忍の内の誰かなのか……という事です」

 

「……」

 

「我々は貴方が忍に狙われているなんて言う話は聞いていない。依頼内容は、ギャングや盗賊などの武装集団からの護衛だった筈。これだと、Bランク以上の任務となります。依頼は橋を作るまでの支援護衛だった筈です。敵が忍者であるのなら、迷わず高ランクのBランクに設定されていた筈。何か訳ありみたいですが、依頼で嘘を付かれると困ります。

 

 ――――これだと、我々の任務外って事になりますよね?」

 

「……」

 

 タズナは冷や汗をかき、気まずそうな表情をしながらも沈黙を貫くばかりだった。

 

(だんまり、か……。それだけ隠し通さなきゃいけない理由があるのか、それとも単に木の葉が舐められているだけなのか……どの道正直に言って貰わないとね)

 

 もし依頼した先が他里、特に霧隠れの里だったりしたらこのタズナという老人の首はどうなるか分かったものではない。木の葉の里だって火の国の恵まれた環境の土地のせいで「甘ちゃん」だのよく言われているが、仮にも五大国に数えられる国が保有する里だ。偽りの依頼を通せる程甘くはない。

 

「話は変わりますがタズナさん、貴方が依頼人としてアカデミーの校長室に姿を現したとき、貴方は酒を飲んで酔っていましたよね?」

 

「……それがどうした?」

 

「いえね、仮にも公共の場に依頼に来るのだとしたら、まして橋造りの名人としての職を得ているのなら……普通飲酒しながら、しかもそれで酔いながら里に依頼に来る、なんて事はしません。何せそれはビジネスの場であれば失礼に当たる物ですから、ねえ?」

 

「……それは……悪かったとは思っている」

 

 心なしかカカシから申し訳なさそうに目を逸らすタズナ。

 

「いえいえ、それだけならまだちょっと失礼な依頼人だとかそんな話で済むのですよ。木の葉は其処ら辺に対してはフランクですから。

 本題はここからです。仮にも橋造りの職人である貴方なら猶更最低限の礼儀は弁えるはずなのに、態々何かから目をそらすかのように酒に酔っていた……それは、我々に対して後ろめたい事があったのか……もしくはこれから我々に対して後ろめいた事をするから、ではないのですか?」

 

「――――ッ!!?」

 

 全く的からはずれないカカシの指摘に、タズナは明らかな焦りの表情を見せる。

 如何にも図星、といったような表情にカカシは内心でため息を付いた。

 ――――やっぱり、舐められているな、木の葉……。

 正直、里に散々暗い感情を抱いてきたカカシにとっては非常に複雑だった。

 

「この任務、私たちにはまだ早すぎるわ! やめましょ!? ……ナルトの毒血を抜くにも麻酔がいるし……。里に帰って医者に見せないと!」

 

 ただでさえCランクの任務を受けることすら内心で忌避していたサクラは、それ以上の危険性の高い任務を受けさせられる事に危機感を抱き、七班のメンバーにそう提案した。

 単に自分の命が惜しいだけでなく仲間が心配であるからこそのサクラの考えにカカシは若干嬉しくなりつつも、ナルトの方を見やる。

 

「ふむ……」

 

 動き回ると毒が回るとカカシに言いつけられていたナルトは、毒を受けた自分の手の甲を見ながらどうしようかという表情でいた。

 

「こりゃ、荷が重いな。ナルトの治療ついでに、里に戻るか」

 

「……――――ッ!!」

 

 あくまで部下を死なせないためのカカシの発言……しかし、暗にそれは自分が足手まといだからこそ荷が重いとも言っているように聞こえてしまったナルト。

 ――――ふざけるな……オレってばイルカ先生や火影のじっちゃんに言ったんだ……自分はもうじいちゃんが思うような悪戯小僧じゃないんだって……!!

 ――――なのに、自分が毒を受けてしまったのが原因で里に逆戻りしたら、態々自分の我儘を聞いてくれたあの二人に合わせる顔がないってばよ!!

 心の中で憤ったナルトは唐突に懐から取り出した苦無を振り下ろし――――

 

 ――――それを、毒を受けた自分の手の甲に思い切り突き刺した。

 

『――――ッ!!?』

 

 そんなナルトに、他四人が一斉に目を見開く。

 血がドバッと飛び出し、言いようもない痛みがナルトを襲うが、ナルトはそれでも決して悲鳴を上げる事はなく、その苦渋の表情は痛みからのものではなく自分の無力による悔しさからくるものだった。

 

「どうしてこんなに違う……どうしてオレの方がいつも……ちくしょう……!!」

 

「ナルト!? 何やってんのよアンタ――――」

 

「オレってば……!!」

 

 ナルトのとち狂ったかのような行動にサクラは大声を上げるも、ナルトの迫力に押されて押し黙る。

 

「オレってば強くなっているはずなのに……どんどん任務こなして、一人で毎日、術の特訓してんのに……こんなんじゃ、あの人の隣に立つことなんて出来るわけねえ……!!」

 

 思い出すのはあの背中……白い法衣を身にまとい、腰後ろに刀を差した人物。

 自分ではどうしようもなかった状況をいとも容易く覆し、自分を助けるだけでなく、今まで自分に散々な扱いをしてきた大人たちの対応まで変えてくれたあの背中を、ナルトは一度たりとも忘れていない。

 態々、大人たちを煽って自分たちが嫌われるような真似までして汚名を当然のように被り、里の者達の矛先を自分から逸らさせてくれたあの背中を、ナルトは未だに幻視していた。

 ナルトは英雄になりたかった、だからその英雄に一番近いであろう火影を目指し、皆に認められようとした。

 ――――だが、あの日、本当の英雄とは誰かに認められようとする者ではないという事を思い知った。

 十の者達から貶され、誹謗・中傷を受け、それでもそれに流されることなく一の者を助ける。……それが人々の目からどんな悪行に映ろうとも、周りに流されずに己のすべき事を成し遂げるような人物。

 ――――それこそが、本物の英雄なんだと。

 

「オレってば、もう二度と助けられるような真似はしねえ! 怖気づいたり、逃げ腰にもならねえ! オレはサスケには負けねえ!」

 

「……」

 

「この左手の痛みに誓うってばよ! 嘘の依頼で、里の奴等がどんな事を言おうが、オレはおっさんを守る!」

 

 嘘の依頼がどうした、周りがそれを指摘して何と言おうと、それに流されずに自分は護衛し続けると決めた。

 ――――あの日、周りの非難など意にも介さず自分を助けてくれた、あの人のように!

 

「任務、続行だ!」

 

「……小僧」

 

 ナルトの強い決心を垣間見たタズナは、ただ茫然とするだけだった。

 そこに口を挟む輩が一人いた。

 

「ナルト~? 景気よく毒血を抜くのはいいが、それ以上は出血多量で死ぬぞ~」

 

 

 

 

 

『………………』

 

 

 

 

 

 この後、ナルトは滅茶苦茶慌てた。

 

 

     ◇

 

 

 波の国の森林の中に立っているアジトの中。

 

「失敗したじゃとお!?」

 

 サングラスをかけ、黒いスーツを着用し、傍にいる同じスーツを着用したボディーガードの半分ほどの背丈しかない老人が、部屋のソファーに座っている包帯の覆面をした男に向かって怒鳴りつける。

 覆面の男の傍には彼の部下らしき忍が三人片膝をついて頭を垂れていた。

 

「お前たちが元腕利きな忍者だと言うから、高い金を出して雇ったんじゃぞ!」

 

「……愚痴愚痴うるせえよ」

 

「ひぃっ!?」

 

 覆面の男はそう呟くと同時、自分の身の丈よりも遥かに長い大刀を老人に突きつける。二人の間にはかなりの距離があるにも関わらず、その大刀はあと少しで老人の首を刎ねよう程、その大刀はでかかった。

 

「今度は俺様が、この首切り包丁(・・・・・)で、ソイツを殺してやるよぉ」

 

 その冷たい覇気に老人は恐怖でたじろいでしまうも、同時にこの男なら確実に殺してくれるだろうという安心感も抱く。

 しかし、やはり不安は残ってしまう。

 

「ほ、本当に大丈夫だろうな? 敵もかなりの忍を雇ったようだし……その上鬼兄弟の暗殺の失敗で警戒を強めているとなると……容易な事では――――」

 

「この俺様を誰だと思っている? 霧隠れの鬼人と呼ばれたこの、桃地 再不斬だ」

 

「……ッ!!」

 

 確かに、この男なら殺ってくれるだろう。

 だが、老人を襲う不安はそれだけではなかった。

 

(もしも……バレているのだとしたら……)

 

 ――――奴らが、来ている可能性だって……

 

 

     ◇

 

 

 とある海沿いにて、船の中から三人の人影が姿を現した。

 一人は赤い眼鏡をかけ、背中に大双剣を背負った水色の短髪の青年。

 一人は霧マークの額当てを額に巻き、右目に眼帯を身に着けた中年の男だった。

 そしてもう一人は……肩から上胸部までを露出させた青いドレスのような服を着用した、茶髪ロングの美女だった。

 

「水影様……本当にここでいいのでしょうか?」

 

「ええ、地図上だったらここで間違いない筈よ、長十郎」

 

 長十郎と呼ばれた青年は不安そうな表情で、女性に問い、女性は大丈夫と返す。

 水影と呼ばれた女性は当たりを見まわし周りの地形が地図と一致しているかを再確認し、長十郎へ向き合う。

 

「ここで大丈夫みたいね、周りの地形と地図の地形はちゃんと一致している。待ち合わせ場所はここで間違いないわ」

 

「で、ですが……」

 

「何弱気な表情をしている、長十郎!」

 

「あ、青さん」

 

 青年の不安な表情が見るに耐えかねたのか、青と呼ばれた男が長十郎に言いつける。

 

「確かに、今回は会う相手が相手だから不安な気持ちになるのも分かる! だが、そんな目に分かるような不安な気持ちでは、相手との交渉において不利になる。 もっと自分の在り方に自信と誇りを持って対応するんだ、長十郎!」

 

 まるで親が子に説教するような絵面ではあるが、確かに青のいう通りであると青年は反省する。

 そんな青年を慰めるかのように、女性は綺麗な笑顔で長十郎に言う。

 

「大丈夫よ、長十郎。貴方は強い、青も私も貴方の事を信頼しているわ。だからこそ、今回は(・・・)追い忍部隊を連れずに貴方達だけを連れてきたのですから。……もっと、自分に自信を持ちなさい、長十郎」

 

「は、はい……」

 

 水影と呼ばれた美女・照美メイの包み込むような笑顔に長十郎は頬を赤くしながらも、彼女に聞こえるように答えた。

 が、そんな返事では青は納得せず、また説教を入れた。

 

「“はい”ははっきりと言え! まったく、喉の調子が悪いわけでもなかろうに。喉の調子が悪いなら“ムコ○イン”でも――――」

 

 

 その一言が、いけなかった。

 

 

「ムコ○イン……婿(むこ)ない……」

 

 

「で、でも青さん。僕……やっぱり不安で……」

 

「そんな事でどうする!? まったく、これだから最近の若者は……それでは回りの人からお前を見て“もらえん”ぞ!」

 

 

 

「婿が……もらえない……」

 

 

「そもそもお前は――――」

 

 未だに長十郎に説教をしようとする青。

 ……しかし、そこにゆっくりと静かに怒り狂ったメイが青に歩み寄り、そして――――

 

「黙れ殺すぞ……」

 

「――――ッ!!?」

 

 婚期の遅れた女性の妄念を凝縮したかのような笑顔。

 それはまさしく絶世の美女の笑顔ともいうべき、されどそれは鬼が宿ったような笑顔だった。

 その恐ろしい笑顔に青は恐怖の顔を青ざめながら硬直し、金縛りがかかったかのように動けなくなってしまった。

 

「さて、長十郎、青。参りましょう」

 

「はい!」

 

 硬直した青を他所に、メイは長十郎を連れて船から離れる。

 

「――――って、あ、ちょ、待ってください! 水影さま~!!?」

 

 二人との距離が離れていく内にようやく現状を理解し、現実に戻った青はメイを大声で呼びながら二人の後を追いかけていった。

 

(今回会う相手……部下や追い忍部隊を遣わすのではなく、水影様が直々お会いになる程の相手……どれほどの者なんだろう。いや、どんな相手だろうと敵対してくるなら、僕が水影様を守ろう……出来る事なら)

 

 メイの後ろを歩きながら長十郎はそう考える。

 今回会う相手、それは国と対等な位置にある里に属する者ではなく、国に直接仕える忍組織の首領である。

 あまりいい噂は聞かず、「故郷の里と同規模の忍組織を結成したのは、いずれ里の役割を乗っ取って牛耳るため」だの、「ある事件において里を見捨て、自身の組織だけを拡大させた」など、あの忍の闇を象徴するダンゾウと並んで警戒すべき人物だった。

 

(火の国大名直属の暗殺組織・天照院奈落の首領にして、奈落最強の使い手と恐れられる男……奈落設立以前の大戦時代においては少年期であるにも関わらず「暗部殺し」、または「木の葉の白い牙の再来」とまで謳われていた。いずれにせよ、警戒するに越したことはない人物だ)

 

 内心でこれから会うであろう人物の経歴を再確認した青もまた、彼の者への警戒を強めながら二人と進んでいく。

 そして、まだ大した距離も歩いていない所で――――

 

 烏の鳴き声が、響いた。

 

「……どうやら、向こうは既に出迎えの用意が出来ていたようですね」

 

「「――――」」

 

 水影の発言の元、我に返った二人はその先を見る。

 

 チャイナ服を思わせるスリットの入った布袍を身に纏い、錫杖を持った集団が待ち構えていた。

 シャラン、と息のあった統率で錫杖をリズムよく鳴らしているのは、果たして彼らなりの歓迎の合図なのか。

 その特徴的な衣装と、彼らから感じる得体の知れない感覚から三人はすぐにそれを悟った。

 ――――間違いなく、暗殺組織・天照院奈落の忍たちであると。

 

(凄い……完璧な統率だ……)

 

 単に綺麗に整列しているだけでなく、あらゆる動きや、錫杖を鳴らすタイミングまでもが完全に一致している様を見て、長十郎はただ感心するだけだった。まるで一種の軍事パレードでも見ているかのようだ。

 それは青やメイも同じだったようで、この面子の中では最も長生きしている青ですらこれほど動きが揃った忍たちを見たことがなかった。

 ――――やはり、単に忍組織というだけでなく、国に仕える軍隊としてそこらへんの訓練も受けているのだろうか?

 

 ……そう思っている内に、奈落の忍びたちは整列を維持したまま道をあけ、そして、そこから一人の男が三人に近づいてきた。

 

 ――手には錫杖を持ち

 ――編み笠を被り

 ――白い法衣の上に、八咫烏の紋章が大きく入れられた黒い袈裟を架けていた。

 

「あれが……八咫烏」

 

 その姿を見て、長十郎は呟く。

 

 二人の先頭にいたメイがその男に向けて一歩踏み出し、頭を下げて自己紹介をした。

 

「お初にお目にかかります。五代目水影、照美メイと申す者です。以後よろしく」

 

「・・・・・・(おぼろ)だ。こちらから出向く算段だったのだが、水影自らがご来訪とは、律儀な方だ」

 

 頭を下げ、自らを水影と名乗ったメイに対し、朧もまた被った三度傘を上にずらし、その素顔を長十郎達に見せる。

 整った顔立ちとは裏腹に、お世辞にも整っているとは言えない白髪は意外にもこの男にはマッチしていた。

 

(私と同じ白眼……やはりあのときの少年・・・・・・)

 

 宗家でないにも関わらず、呪印を持たない分家の子供がいる・・・・・・その情報に釣られて霧隠れの追い忍部隊総勢四十人がこの男に襲い掛かり、そして全て返り討ちに遭い、全滅したという話は霧隠れの間でも有名だった。

 やっとの思いで日向の者から戦利品として手に入れた青としては、その情報は到底信じられぬものであったが、今こうして対面する事で信じざるを得なくなった。

 あの霧隠れの追い忍部隊が偽ではなく真の情報に釣られ、しかもその上で全滅に追い込まれたなど霧隠れ(こちら側)としては笑い話にもならないのだが。

 

「それで、此度の件であるが……」

 

「分かっています。ウチの里の者が其方の要人を襲ったという件……大した証拠も揃えられず申し訳ないのですが、我々は里のモノにそのような命は下しておりません」

 

「……」

 

「例え……勝手にそのような行動に出た者たちがいたとしても、霧隠れの自里の忍の管理は徹底しております。断じてそのような事はございません」

 

 沈黙したままメイの言葉を聞く朧。

 長十郎は息を飲みながらその様子を窺い、青もまた朧を内心で警戒しながら見ていた。

 そして青は、朧の恐ろしさを実感していた。

 

(あの気迫、大戦の時とはまったく違う。・・・・・・本当に、あの少年だとでもいうのか・・・・・・?)

 

 第三次忍界大戦時、まだ名も知れていない頃の朧――つまり、日向コヅキと青は一度戦場で鉢合わせたことがある。この頃には既に他の日向一族から戦利品として白眼を奪い、右目に埋め込んでいたのが、まだ若かった青はそこで欲をかいてしまった。

 既に分家の者を生け捕りにして白眼を得るという実績を得ていた青は、だからこそ当時少年だった男にも、その方法が通じると思っていた。

 だが、ものの数秒で周囲の部下は全滅。

 青自身も投擲針で点穴を穿たれ、身動きが取れない状態にされていた。甘く見ていたのは確かだ、だが決して油断していたわけではない。

 子供といえど日向一族・・・・・・十分な対策を練った上での戦いだった筈なのに、結果は上記で語った通りだった。

 どうして自分だけ生きて帰れたのか・・・・・・決まっている、青は当時少年だった朧に見逃されたのだ。

 

 ・・・・・・話を戻そう。

 青が初めて出会った時の日向コヅキには、まだ年相応の必死さというものが僅かながら感じられたのだ。・・・・・・その僅かに感じられた必死さですら、その圧倒的な実力と明らかに釣り合っていなかったのはさておいて。

 だが、今の朧はそれすら生ぬるい。

 まだ年相応に丸かった白眼はまるで刃物のように鋭く研ぎ澄まされている。今の彼は五大国の里に並ぶ程の組織の首領を長らく務めた経験を経て、今やあらゆる諸国から警戒される暗部の長になっているではないか。

 

(・・・・・・今もそうだ。この男、私と長十郎には目もくれていない。あの時見逃されたことといい、この男は一体何を考えている?)

 

 そう思いながら、青は朧を警戒し続ける。

 ――――なお、青が気にする朧の考えている事は――――

 

(うわ~、水影様美人だな~。……というか、露出した上胸部が絶妙にエロくてやばい!! 何ていうかこう、完全に露出した部分と、編みシャツで露出させているラインの部分の組み合わせがやばいんですけど!? 何かムラムラするんだけど……俺の股間が経絡操らないと今にもヒートアップしそうなんだけど!!?)

 

 実際は水影のメイの露出した上胸部に釘付けになるあまりに、長十郎や青の事を気にする余裕がないだけだった。

 しかも自分のアソコを鎮めるためだけに、今まで培ってきた「経絡系操作()」を必死に行使していた。

 アホである。どうしようもないアホである。

 もし青がここで白眼を発動させて朧の経絡系を観察しようものならば、偉い光景がその眼に映っていたことだろう。

 

「……それについて案ずる必要はない」

 

 朧は三度笠を下にずらして目を瞑り、言葉通りの意味をその表情からも三人に伝えた。

 ……本当はメイの胸から目を逸らしたかっただけなのだが。

 

「部下に拷問をさせた結果、貴様達の仕業でない事はもう知れた事」

 

 その言葉に、三人は内心でほっと胸を撫で下ろす。

 他里の忍が他国の要人を襲うといった事態……しかもそれが五大国の間で起こるとなれば大規模な戦争に発展しかねない。

 そういう意味では、奈落(向こう)が優秀であった事に感謝できた。

 

「では――――」

 

()()()()()()()、であろう? そうでなければ、態々水影自らが出向く筈がない。それも……信頼できる部下以外に聞かれてはいけない何か……相違ないか?」

 

『……』

 

 的を射た朧の言葉に三人は押し黙る。

 根っこはアホだが、暗殺組織の首領を続けてきた事もあって、ここら辺は大分敏感になっている朧。国同士の交易にも関わってきた者として、これくらいは朝飯前だった。

 

「そこまで見抜いていらっしゃるのであれば、全てお話ししましょう」

 

「……」

 

「貴方方もおそらく分かっているでしょうが、抜け忍達に私達霧隠れに変装させて其方を襲わせたのは、あのガトーカンパニーの社長、ガトーに間違いないでしょう」

 

「其方についても裏は取れている。問題は奴の居場所だが――――」

 

 実際の所、朧は原作知識でガトーの居場所はちゃんと分かっているのだが、よく考えてみれば波の国以外にもガトーは国の乗っ取りを行っていたため、常識的にガトーが波の国にいると何の証拠もなく分かる筈がないのだ。

 

「それについて心配はありません。予てからガトーの所にはウチの者を側近として潜ませています」

 

「……」

 

「ガトーは私達霧隠れの忍が其方の要人を襲ったとみせかけ、私達に戦争をさせ、そして会社で大量に製造した武器や兵器を売りつけて大儲けをしようという腹積りのようでした」

 

 前向きを淡々と述べる五代目水影・照美メイ。

 しかし、次の瞬間、目を鋭くさせ、朧の目をまっすぐに見る。

 

「単刀直入に言います。私達は貴方方と取引をしに参りました。貴方たちは、其方の要人に刺客を差し向けたガトーの首が欲しい、違いますか?」

 

「……だとすれば、どうする?」

 

 それが自分たちの目的だと今の段階では明言する訳にもいかず、朧はそのような曖昧な問いを返した。

 

奈落(貴方達)をガトーのいる波の国へと手引きをします。ですから――――」

 

 

 

 

 

 メイは頭を下げ、朧に言った。

 

 

 

 

 

「どうか、私たちの頼み事を聞いて欲しいのです」

 

 

 

 

 

 



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霧隠れの鬼人

 千里を見渡せぬ濃霧の中、海面の上を進むボートの上に六人の人影があった。

 カカシ隊 第七班の四人、依頼人のタズナ、およびそのボートの漕ぎ係の男だった。

 カカシ隊の四人はボートの行く先を眺め、タズナは気まずそうに項垂れながらボートが目的地に着くのを待っていた。

 

「……そろそろ橋が見える。その橋沿いに行くと、波の国だ」

 

 漕ぎ係の男がそう発言すると同時、霧の奥から建設中の橋らしき影が見え始める。

 続いてその橋を建設するのに使われている大きなクレーンや、作業用の足場として仮設されている鉄骨が並び、未だ里を出た事がなかったナルトにとっての未知の世界がそこには広がっていた。

 

「うっひょー! でっけー!!」

 

「こ……こら!? 静かにしてくれ! この霧に隠れて船出してんだ。……エンジン切って手漕ぎでな。奴らに見つかったら、大変な事になる……」

 

「――――ッ!!?」

 

 漕ぎ係の男から注意され、ナルトはしまったと思い口を押さえる。

 今の自分が奈落に入った所で任務中に必要以上に騒いで組織の足を引っ張るのがオチだ、というイルカの言葉を思い出し、ナルトはイルカの言っていた事がほんの少しだが理解できた。

 サクラもナルトのように騒ぎはしなかったものの、やはり今まで見たことがないものに対して多少の驚愕と興奮を覚えていたが、男の言葉でその表情を険しくさせた。

 

「……タズナさん。船が桟橋に着く前に聞いておかなければならない事があります」

 

「……」

 

 タズナは未だに気まずそうに項垂れるだけだが、カカシはそれに構わず話を続ける。

 

「貴方を襲う者の正体、それを……。でなければ我々の任務はタズナさんが上陸した時点で終了という線もありです」

 

「……」

 

 沈黙を続ける老人、タズナ。

 だが、カカシの質問を耳に入れていた他第七班の三人も一斉にタズナに目線を移す。

 ――――嘘は許さない。

 カカシの目は鋭さこそなかったものの、言いようのない冷淡さを秘めており、その目はそう語っているようにもタズナには思えた。

 

「……話すしかないようじゃな――――いや、是非聞いてもらいたい。あんたらの言う通り、おそらくこの仕事は任務外じゃろう。

 実は儂は、超恐ろしい男に命を狙われておる」

 

「超恐ろしい男……誰です?」

 

「あんたらも名前くらいは聞いた事があるじゃろう。海運会社の大富豪、ガトーという男じゃ」

 

「――――ッ、ガトーって……あのガトーカンパニーの? 世界有数の大金持ちと言われるあの……!?」

 

 タズナから出された予想外の名前にカカシは思わず驚愕の声を上げる。

 ……予想以上の大物の名前が出てきたものだ。

 

「う~ん、だれだれ? なになに?」

 

 里に出た事がなくガトーの名を聞いた事がなかったナルトは緊張感のない言動で聞こうとするが、サスケとサクラは黙ってタズナの話を聞いていた。

 

「そう、表向きは海運会社として活動しとるが、裏ではギャングや忍を使い、麻薬や禁制品の密売……果ては企業や国の乗っ取りと言った悪どい商売を生業としている男じゃ」

 

 ――――それほどの大物が、このタズナという老人を狙う理由が何処にあるのか。

 第七班全員がそんな疑問を抱くや否や、それはタズナの次の言葉によって説明された。

 

「一年程前じゃ、そんな奴がこの波の国に目を付けたのは……。財力と暴力を楯に入り込んできた奴は、あっという間に島の全ての海上交通・運搬を牛耳ってしまったのじゃ。……波の国のような島国で、海を牛耳るという事は、富と政治、首都、全てを支配するという事じゃ。

 そんなガトーが唯一恐れているのが――――」

 

「兼ねてから建設中のあの橋の完成、という事ですか?」

 

 ガトーの言わんとする事が理解できたカカシは、タズナが言い終わる前に確認を取る。そんなカカシを見ながら黙って頷いた。

 

「確かに、波の国と大陸を繋ぐ公共の橋が完成してしまえば、そこを通って大陸の人々がここを訪れるようになる。そうなれば、ガトーカンパニーが波の国を乗っ取っている事が発覚し、そこから今まで行ってきた国の乗っ取りや悪事が公に晒される危険性がある。

 だとすれば、ガトーにとってあの橋の完成は何としても阻止しておきたい物でしょうね……」

 

「……うむ。だからこそ奴は、この橋造りを担当する儂を何としても消したいんじゃ。だからとて、儂もそう安々と死ぬ訳にはいかん。だから――――」

 

「だから、我々木の葉に依頼を出した。ですが今や波の国の金銭や主導権は全てガトーの手にある……だからこの国の大名、そしてあなたもそんな依頼金を支払う金など持っていない。……だから態々、任務のランクを下げ、嘘の依頼を出した」

 

「……全てお見通しという訳か。概ねはそれで間違いない……だが、それだけではないんじゃ」

 

『……?』

 

 タズナの含みのあるような言い方に首を傾げる。

 カカシが言い当てた事が全てではないのか、とナルト、サスケ、サクラの三人は疑問に思ったが、どうやらそれだけではないらしい。

 

「ここ最近……奴はギャングや忍といった人員をこの波の国に集中させておる。どうやら、儂の命以外にもまだ目的があるようじゃが……そのせいで危険性が余計に高まった」

 

 若干声を震わせながら、タズナは波の国に現状を伝えた。

 人員を集中させている――――その言葉に第七班全員は呆然としてしまった。

 ただでさえ大富豪と恐れられる男が、今まで乗っ取った各小国に散らしていた人員を集中させているというのだ。

 

「やれやれ、敵方が忍を雇っているだけでもBランク以上だっていうのに……まさか、それらを集中させてるとはねえ。これはBランク以上って話じゃない、間違いなく――――Aランク相当の任務だ」

 

「――――ッ!?」

 

 Bランク以上ではなく、間違いなくAランク相当と言い切るカカシ。

 カカシの目はいつものような気怠い感じではなく、それは真剣そのものだった。

 それだけでサクラの表情は幾ばくか恐怖に染まり、そして悟る。

 ――――この任務は、自分たちが思っていた以上に危険だと。

 

「……あんたが言った通り、大名にも……そして勿論わしらにも金はない。高額なBランク以上の依頼をするような金はない」

 

『……』

 

「まあ、お前らが儂の上陸と共に任務を取りやめれば、儂は確実に殺されるじゃろう。……家に辿り着くまでの間にな」

 

 タズナのその発言と共にナルトとサクラの二人は顔に青筋を浮かべる。

 

「なぁに、気にするこたあない。わしが死んでも八歳になるかわいいかわいい孫が……泣いて泣いて泣きまくるだけじゃあ!! あっ、それにわしの娘も木ノ葉の忍者を一生恨んで寂しく生きていくだけじゃ! いや、なにお前らのせいじゃない!」

 

 タズナは途端に笑顔を浮かべ、大声でナルト達の動揺を誘うような事を大声で叫ぶ。

 ナルトとサクラの表情に浮かぶ青筋は更に濃くなり、タズナは見事に彼らが任務を断りにくくする状況を作り上げてきた。

 

(だから奴らに気づかれるから大声を出すなと……)

 

 一方、カカシ達の会話を聞いていた漕ぎ係の男性は、大声で開き直るタズナに内心で突っ込む。先ほど騒いだナルトに注意をしたばかりだというのに、肝心の依頼主である本人がそれに気を配っていなければ元の子もない。

 

(勝った!)

 

 自分の発言でうまく依頼を断りづらい空気を作り出す事に成功し、タズナがそう自分の勝利を確信したその時

 

「……タズナさん。アンタ――――少し木の葉をなめ過ぎだよ」

 

 その空気をぶち壊す人物が一人。

 

「……カカシ先生?」

 

 その人物――――はたけカカシの妙な豹変にサクラは訝し気にカカシの顔を覗く。

 そして――――

 

『――――ッ!?』

 

 全員が、カカシが放つその空気に呑まれてしまった。

 第七班の三人はカカシの放つこの空気を知っている。

 卒業演習の時、自分たちのチームワークのなさを指摘し、そして静かに怒ったその目は、今度は忍ですらないタズナに向けられていた。

 

「こっちは別に貴方の娘が私たちを恨もうが恨むまいが知った事ではないんですよ。恨むなら好きに恨めばいい、よしんば恨まないならそれでお終い。ただそれだけです」

 

 元々、里に恨みを持ってもおかしくない境遇にあるカカシにとってみれば、今までそれ以上の恨みを買ってきている里が、今更何処とも知れない小娘に恨まれようが気に止めるに値しないもの。

 ただ今まで積り積もってきた恨みがまた一つ積まれるだけだ。

 例えるのであれば塵が積もって出来上がった山にまた一粒の塵が積もるだけの話である。

 

「我々からしてみればもう貴方の偽りの依頼に付き合ってやる義理も道理もない。嘘の依頼を出した貴方は間もなく木の葉からの信用を失い、二度と依頼主としてあそこに入れてもらえなくなるでしょう」

 

「……そ、それは……」

 

 下手すれば木の葉だけではなく、他の里からもタズナの依頼に取り合ってもらえなくなる可能性すらある。そうなれば、救いの道は完全に断たれてしまう訳だ。

 

「そして、貴方はそれを覚悟で私たちに依頼した。ええ、その覚悟は私たちの知れる所ではないでしょう。命に危険があるにも関わらず、おそらく周りの民がやる気を失くしているであろう中で、あなたただ一人足を運んで我々の所まで来た。追手を差し向けられる可能性があるにも関わらず、たった一人で」

 

「……」

 

「なら、尚更あなたにはなりふり構っていられる暇などない筈だ。……それなのに、自分が殺されるなど、娘が恨むなど……笑顔で開き直って同情を誘う? ふざけるのも大概にしてもらいたいですねえ」

 

「……ッ」

 

「貴方は決死の覚悟で私たちをここまで連れてきた。なら――――貴方が私たちにかける言葉はそんなもの(・・・・・)ではない筈だ」

 

「――――!!」

 

 カカシのその言葉に、タズナはハッと我に返る。

 ――――そうだ、何を自分はやけくそになっているんだ。

 そんな言葉で彼らが動いてくれる筈がない。

 そんな誠意のない言葉で、彼らの心が動いてくれる筈がない。

 何より、そんな言葉では、今まで決死の覚悟で里に依頼し、ここまで彼らを連れてきた自分自身を貶めたのも同然ではないか。

 

「……さっきの言葉は訂正する、儂の態度が悪かった」

 

『……』

 

 さっきの態度とはうってかわり、今度はきちんとナルト達に向けて己の非をタズナは認める。

 

 

「まずは謝罪させてくれ……お前たちを騙すような真似をして済まなかった……」

 

 船底に両手を突き、タズナはナルト達に土下座をし、ナルト達に嘘の依頼を出した事について謝罪した。

 今までぶっきらぼうだったタズナが誠意を込めて謝っている姿にちょっとしたギャップを感じたのか、カカシ以外の三人が目を丸くしながらタズナを見ていた。

 

「そ、そんな……私は別に……」

 

 タズナを始めとする波の国の人々の事情を思えば、仕方ないと思っていたサクラはそんなタズナに対し言い淀んでしまうが、そんな事はお構いなしにタズナはナルト達に再び頭を下げ――――

 

「そして頼む!! どうか……儂の家族を……儂等の国を……救ってほしい!!」

 

 そして、タズナは精一杯の誠意を込めて、ナルト達に頼み込んだ。

 ……心なしか彼の全身はカタカタと震えており、それだけ断られるのが恐いか、それとも罪悪感から来るものか。

 いずれにせよ、タズナに言わせたい事を粗方言わせ終わったカカシは、表情を普段の気怠い感じに戻し、ナルト達に三人に問うた。

 

「――――だってさ。どうする、お前ら?」

 

 タズナの誠意はもうこの三人は伝わっただろう。

 後の判断は子供たちに委ねようとカカシは、ナルト達に判断を迫る。

 

「へへへへ、言うまでもないってばよ」

 

 まず一番最初に口を開いたのはナルトだった。

 

「言っただろおっさん? 里の奴らが偽りの依頼だの何だの言って来ようと、この左手の痛みに誓って、おっさんを守るってな!!」

 

 何の曇りも、迷いのない笑顔でそう言い切るナルト。

 

「これも奴に近づくための糧だ。聞かれるまでもない」

 

 サスケもまた表情一つ変えず、まるで断る方がおかしいと言わんばかりに任務続行の意を表明する。

 

「……私は正直怖いけれど……だけど、もうタズナさんを見捨てる事はできないみたい。任務を続行するわ!」

 

 サクラも自分の正直な思いを告白しながらも、それでもタズナの護衛を続ける意思を表明する。

 

(……決まりだな)

 

 子供たちがやる気を見せた事で、カカシもまたタズナの護衛を続ける決心をする。

 

「それじゃ、子供達もこう言っている事ですし。ま、事前に依頼の真偽を確認しなかった木の葉にも責任はありますし? 私も乗りかかった船なので、最後まで付き合いますよ」

 

 最後に、先ほどの恐怖を帳消しにするような笑顔でカカシもまた任務続行の意をタズナに表明した。

 全員が自分の頼みを承諾してくれたタズナは嬉しさのあまり涙を浮かべ……

 

「ありがとう……恩に着るわい」

 

 そのまま頭を下げて、ナルト達に礼の言葉を言った。

 

 

     ◇

 

 

 

 無事、波の国へと上陸し、タズナの家を目指す五人。

 隣に並び立つサスケに対し、密かに対抗意識を燃やすナルト。

 その対抗意識が動かしたのかはわからないが、ナルトは一行の前を出てきょろきょろとあたりを見回す。

 そして何かを嗅ぎ付けたのか、「そこだあ!」とナルトは右の草陰に向けて苦無を投げ込む。

 ――――手応え、なし。

 「あんた何やってんのよ!」とサクラが突っ込むが、ナルトはそれに構う事無くまた別方向に苦無を投げる。……傍から見ればただの忍者ごっこも同然だった。

 「やめろ!」とサクラがそんなナルトに拳骨をかます。

 「ほ、ほんとに誰かがこっちをず~っと狙ってたんだってばよ~!」とナルトが言い訳。

 そんな二人のやりとりを見守りながらも、カカシはナルトが苦無を投げた先を確認せんと草をよけてその方向へ行く。

 

 ……そこには、ナルトの苦無にビビッて気絶している白いウサギの姿があった。

 

(こいつ……どうやらそういう感覚は他の二人よりも鋭いようだな。現にナルトは敵の忍者と勘違いはしたものの、この兎の気配を見事に嗅ぎ分けやがった)

 

 内心でナルトに対し高評価を推すも、サクラに叱られたナルトに謝られながら抱きしめられているウサギを見て別の事を考え始めた。

 

(だがあのウサギ……間違いなく雪ウサギだ。だが、あの毛色は本来日照時間の短い冬のものの筈……となると、アレは日の当たる室内で育てられた個体だ。つまり、変わり身用の……ようやくお出ましという訳か)

 

 敵の気配を察知したカカシは、ナルト達に向かって大声で叫ぶ。

 

「全員伏せろ!」

 

『――――ッ!?』

 

 カカシの掛け声が聞こえるや否や、五人の背後から巨大な刃物(・・・・・)が高速回転しながら飛来してくる。

 殺意のままに飛来してくるその刃物は、しかし体を伏せた五人の体を真っ二つにするには至らず、向こう側の木に刺さってそのまま停滞した。

 

 ――――その木に突き刺さった断刀の柄の上に一人の男が五人に背を見せながら現れた。

 

(あいつは確か……)

 

 この間、自分たちに襲ってきた二人組とは遥かに違う……カカシもサスケも、そしてサクラもそれを感じ取ったのか、顔に冷や汗を流しながらその男を見つめる。

 唯一、ナルトは今度こそは自分がサスケに勝つ番だと意気込み、武者震いを立てながらその男を見つめた。

 ――――やれやれ、ある意味ではガトー以上の大物が出てきたものだ。

 

「へーこりゃこりゃ……霧隠れの抜け忍【桃地 再不斬】君じゃないですか」

 

 後ろからの駆け音を聞き取ったカカシは、我先に突っ込まんとするナルトを手で制する。

 

「邪魔だ。下がっていろ、お前は」

 

「な、何で!?」

 

「此奴は、この間の奴らとは桁が違う。お前は下がって、タズナさんを守っていろ。サスケとサクラもな」

 

「……」

 

 納得のいかない様子のナルトであったが、いつになく真剣なカカシの声音を聞いて大人しく引き下がる。

 

「“写輪眼のカカシ”と見受ける。……悪いが、ジジイを渡してもらおうか?」

 

 断刀の柄の上に立っている人物……それぞれの四肢に迷彩柄の毛布を巻き、裸の上半身に大刀を背負うためのベルトを巻き、包帯の覆面をした男・【桃地 再不斬】と呼ばれたその人物は、獣のような眼光で睨みながらそうカカシに言う。

 

 写輪眼――――その言葉を聞いたサスケはカカシに対して訝し気な表情で見、カカシもまたそれに気づいていてはいたが、今は再不斬に向き合うことにした。

 

「断る、と言ったら?」

 

「知れた事。そのジジイの首ごとおまえの命を刈るまで……」

 

 そう言うや否や、再不斬は近くにあった池の水の上へと飛び移る。

 水の上に立った再不斬は、印を結び、そして術を発動させた。

 

 

 

 

 ――――水遁・霧隠れの術

 

 

 

 瞬間、辺りは濃霧で包まれ、静寂に包まれた。

 

 ボートで大陸から波の国まで渡るまでの道中で見た濃霧すら比べ物にならぬ重苦しい白霧が広がる。

 それが自然発生したものではなく、一人の人間によって発生させられた物だという事実がナルト達を余計恐怖に陥れた。

 

「先生!」

 

「まずは、俺を消しに来るだろうな……」

 

「あいつ……何なの!?」

 

 恐怖を抑えながらサクラはカカシに質問をする。

 

「桃地 再不斬……奴は霧隠れの元暗部で“無音殺人(サイレント・キリング)”の達人として知られた男だ」

 

「サ、サイレン?」

 

 聞きなれない西洋用語に混乱するナルト。

 

「要約すれば、凄腕の暗殺者って事さ。静寂の中、一瞬の内に遂行する殺人術……奴はその達人なのさ。無音暗殺……という点においては、おそらくあの奈落の忍たちを比較に出しても奴に敵う者は一人としていないだろう」

 

「――――ッ!!?」

 

 奈落の者たちを比較に出しても敵う者はいない、その言葉を聞いたナルトは一気に青ざめ、周囲を警戒し始める。

 無論、カカシは敢えて奈落を引き合いに出す事で、奈落に理想を見がちなナルトの警戒心を強めるのが目的で言ったのだが。

 

「どんどん霧が濃くなっていくってばよ!?」

 

「波の国は海に囲まれとるから、霧が超出やすいんじゃ……」

 

 漂う濃霧がより一層濃くなっていく様子に慌てるナルトに対し、タズナもまた冷や汗と緊張感を覚えながらもナルトに説明する。

 

『八ヶ所……咽頭・脊柱・肺・肝臓・頸静脈・鎖骨下動脈・腎臓・心臓、さて…どの急所がいい?』

 

『――――ッ!!?』

 

 ねっとりと、そして焦らすような口調で再不斬はタズナを守る下忍三人組の心を恐怖に陥れる。

 相手の恐怖心を煽り、冷静さを失わせる事でより暗殺の効率を上げるのは定石の一つだ。

 特に三人の中では一番強いサスケには、再不斬と自分の実力差が否が応でも感じさせられる。

それこそ己の体に苦無を突き立て、いっそ楽になりたいと思わせるくらいには効果があったらしい。

 

「安心しろ、サスケ」

 

 そんなサスケにカカシが声をかける。

 

「俺の仲間は、絶対に死なせやしないよ」

 

 ――――カカシがそう言うや否や、カカシの足元から、巨大な刃が襲う。

 

「――――ッ!!」

 

 一直線にカカシの首を斬り飛ばさんと振るわれる首切り包丁。

 “無音殺人(サイレント・キリング)”の達人によって振るわれた断刀は、常人ならば押し潰される程の重量があるにも関わらず、風切り音を一つも発さずにカカシの首を狙った。

 しかし、大戦時代を生きたカカシとてそのまま殺られる程甘くはない。

 間一髪で跳躍し、躱す

 

 ――――そこだ!

 

 跳躍したまま、空を斬った再不斬の首切り包丁の刀身の上に飛び乗り、仕返しにと再不斬の首を苦無で突き刺そうとする。

 

「ふんっ」

 

 が、再不斬もまたそれを顔を反らして回避。

 

「そらよっ!」

 

 首切り包丁を横に思い切り振り、カカシを振り落とすと同時、再不斬は先ほどと同じように首切り包丁をカカシに向けて投げつけ、自身もまた印を結びながらカカシへと肉薄した。

 

「くっ!」

 

 高速で回転しながら迫りくる首切り包丁をしゃがんで躱すカカシ、首切り包丁はカカシの背後にある木に突き刺さり、そのまま静止する。

 だが、それだけでは終わらわない。しゃがんだ態勢のカカシに再不斬が苦無を持ち、肉薄する。

 カカシはそれを何とか躱し、苦無でカウンターを見舞い、再不斬の首に突き刺す。

 が。

 

「甘えよ」

 

 再不斬の身体にカカシが突き刺した箇所から、水が漏れる。

 

「水分身か!?」

 

「御名答」

 

 投擲した首切り包丁の後にカカシに肉薄したのは再不斬ではなく、再不斬の水分身体だった。

 そして、本体の再不斬はカカシの後ろに回り込み、背後の木に刺さった首切り包丁を抜き取り、カカシへ切りかかる。

 首切り包丁はそのままカカシの体を上下に真っ二つにした。

 ……と思われた。

 

「――――ッ!?」

 

 しかし、カカシの体もまた先ほどの再不斬の水分身と同じように、断面から水が漏れ始める。

 そして、そのまま無に帰した。

 

「テメエ、何故俺の術を……って、そういう事かぁ……」

 

 何故相手が自分の里の術を使えるかを疑問に思った再不斬だったが、背後から苦無を突き付けてきたカカシの“開いた左眼”を見て即座に納得した。

 三つの黒い勾玉模様が入った赤眼だった。

 

「それが噂に聞く“写輪眼”……あの瞬間に俺の術をコピーしたという訳か」

 

 あの時、再不斬は態々投擲した首切り包丁を隠れ蓑にして、水分身の印を結んでいたというのに、どうやらカカシの写輪眼はそれすら見逃さなかったらしい。

 

「その刀をうまく隠れ蓑にしたつもりだろうが……俺には通用しないよ」

 

「ククク、そうみたいだなあ。……だが、果たして俺一人を相手にしていられるかなあ?」

 

「……何を言って、――――ッ!? まさか……」

 

 自分の首に苦無を突き付けられているにも関わらず、愉快そうに哂うを再不斬に対し、訝しむカカシであったが、即座に周囲にある大量の気配(・・・・・)に気付く。

 そして。

 

 ――――土遁・土流壁

 

 瞬間、カカシとナルト達の間を隔てる巨大な土の壁が盛り上がり始める。

 

「カカシ先生っ!!」

 

「お前らっ!!」

 

 互いに大声で呼び合うも、大量の土が尚も盛り上がり続け、やがて巨大な土の壁は道を完全に塞ぎ込むはおろか、左右の林地帯にも大きく食い込み、カカシとナルト達は完全に分断されてしまった。

 

「ガトーの奴め、俺一人じゃ不安なのか他にも大勢寄越してきやがったみてーだな。ガトーが雇った抜け忍共は皆俺にとっちゃ取るに足らない存在だが、一人だけ体術がからきし駄目な代わりに土遁に秀でた奴がいてなあ。まあ今のでチャクラを全部使い切っちまったみてーだが」

 

「……霧隠れの鬼人ともあろうものが、自分の獲物を他の奴に譲ると?」

 

 道を塞ぐ巨大な土の壁を見ながらそう言う再不斬に対し、カカシは訝し気な顔をしながら聞いた。

 

「あんなジジイの首なんざくれてやるよ。本当なら俺がお前ら全員の首を頂きてえ所だが、首の取り合いで喧嘩する訳にゃいかねえだろ? 少なくとも此方側でお前に敵う忍なんざ俺一人くらいな物。それに……あのジジイの首よりも、お前の首の方が余程金になりそうだしなあ?」

 

 無論邪魔してくるんだったら即首を切り落としてやるがな、と付け加える再不斬。

 

「安心しろ。あの餓鬼共とジジイを襲っている奴らは、“鬼兄弟”レベルには程遠い連中ばかりだ。もっとも、数はかなりいるがな」

 

「……」

 

「あの餓鬼共を助けに行きたければ、俺を早めに倒す事だなあ!」

 

「――――ッ!?」

 

 瞬間、カカシの背後に印を結ぶ人影が一人。

 

(此奴も水分身か!)

 

 そして、今まで自分が苦無を突き付けていた再不斬の体もまた水分身体でしかない事を見抜いたカカシ。

 

 ――――水遁・水牙弾

 

 瞬間、再不斬の水分身が、複数の水の牙に変化し、圧縮回転しながらカカシの身体を貫かんと襲い掛かる。

 そして術を発動した再不斬もまた首切り包丁でカカシに切りかかった。

 

 ―――水遁・水陣壁

 

 咄嗟に印を結んだカカシは、周囲に自分を囲む水の壁を作り出し、迫りくる水牙と再不斬の首切り包丁を間一髪で防いだ。

 

 今すぐにでも仲間を助けに行かなければならぬカカシ。

 しかし、そうするにはこの霧隠れの鬼人を倒さねばければならなかった。

 

 

 




今回はちょっとカカシがだらしない……と思う方もいるかもしれませんが、
次回でちゃんと機転を働かせますので、多少大目に見てもらえると……

ちなみに奈落の出番はまだ先。

後、感想で水影の頼みが何なのか色々考察していらっしゃる読者が多数いるようですが、実はみなさんが思うような複雑なものではありません。
むしろちょっと拍子抜けするかもです。


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コピー忍者と霧隠れの鬼人

FGOで水着モーさんが当たりました。
後、なんとなく気まぐれ呼符使ったらドレイク姉貴が出てきくれました。……まあ、こういう事もあるもんですよね。




 ――――土遁・土流壁

 

 巨大な土の壁が盛り上がり、それがカカシとナルト達四人を分断していく。

 

「カカシ先生っ!!」

 

「お前らっ!!」

 

 互いに呼び合うも、盛り上がってゆく土の壁を止める事は叶わず、ナルト達第七班の子供たちはカカシと分断されてしまった。

 残されたのはナルト、サスケ、サクラの三人と護衛対象のタズナだけ。

 第七班の主力たるカカシは壁の向こうで強敵と一対一の真剣勝負に持ち込まれてしまった。

 

「カカシ先生……くそ!?」

 

「な、何じゃ!? 超でけえ壁が急に……!?」

 

 悪態を付くナルト。突然の巨大な壁の出現に戸惑うタズナ。何をすればいいのかわからなくなるサクラ。

 三人が混乱している状況の中、ただ一人冷静さを保っている者がいた。

 

「ナルト! サクラ! 前を向け、来るぞ!!」

 

 混乱している二人に大声で呼びかけ、ナルトとサクラの二人もまたハッとなって前を向く。

 視界が限りなく0に近い濃霧の中、大勢の人影が四人に目に入る。

 相当な数だった。

 

『何だ、まだ餓鬼じゃないか』

 

『久しぶりに楽に仕事を終わらせる事ができそうだなあ』

 

『こんな所に忍者ごっこでもしに来たのか? 坊や達よお』

 

『いっちょ前に額当てまで付けてやがる』

 

『しかもそのマーク木の葉のじゃねえか。こんな餓鬼共しか寄越してこないとは、木の葉も底が知れたもんだ』

 

 まだ実戦を積んでない三人にとっては、数えるのも億劫になる数の人影がワラワラと沸いてくる。一人一人が忍者の証たる額当てを付けており、印を結び術の発動の準備をしている者、暗器を取り出して構えているもの、はたまた後ろに控えている者など様々な者たちがいた。

 

「タズナさん、この人たちは!?」

 

 サクラが慌てた様子でタズナに問う。

 

「ガトーが雇った抜け忍たちじゃ!! じゃが、もうこれほどの数を……!?」

 

 正に絶体絶命の危機だった。

 向こうは大勢の抜け忍。

 対してこちらはまだ対して経験を積んでいない下忍になったばかりの三人と、一人の護衛対象の老人。

 これを切り抜けと言われた日には何の冗談だとしか返せないだろう。

 

 ――――しかし

 

 サスケは不意に背後にある土遁の壁を一瞥する。

 正確には、この壁の向こうで戦っているであろう自分の担当上忍をだが。

 

(あんたは……おそらくこいつら以上にやばい奴を相手にしているだろうよ。ならばせめて……)

 

「ナルト、サクラ」

 

「うん!?」

 

「何、サスケ君」

 

 同じ班員のナルトとサクラに呼びかけるサスケ。

 

「こうなった以上、俺達だけでタズナを守り切るしかない。俺がこいつらを倒す。お前達はタズナを守っていろ!」

 

 ナルトとサクラにそうとだけ言い、サスケは眼前にいる大勢の人影と向き合う。

 

(幸い、おそらくこいつらの一人一人はこの間の二人組には大きく劣る。確実に一対一の状況に持ち込んで一人ずつ片していくしかない!)

 

 タズナの生命に関してはナルトとサクラを信じるしかないと判断し、後ろから聞こえるナルトの苦情を無視してサスケは彼らを迎え撃った。

 

 

     ◇

 

 

 無音殺人(サイレント・キリング)

 

 その名の通り、気配、匂い、足音の一切を敵に感知させずに、殺す暗殺技。それを極めし者は、隣で仲間が殺された事にすら気づかせず、一度に複数の敵すらも一太刀のもとで葬り去るという。

 かつて霧隠れの暗殺部隊に属し、この無音殺人を極め、彼の“霧隠れの怪人”と並んで『鬼人』の名を欲しいままにしてきたこの桃地 再不斬という男はその名に違わぬ強さでカカシを追い詰めていた。

 

「――――ッ!」

 

 気配も、物音も、そして大刀の風切り音すらも感じさせずに、次々と水遁の術や断刀による攻撃を繰り出される。

 頼りになるのは、再不斬という微かな影を追う彼の左目の写輪眼のみ。

 

 だが、相手とてカカシの写輪眼に注意を怠っていないわけがない。

 ある時は簡単な水遁の術で自身をカモフラージュしたり、またはカカシの写輪眼でない右目の方に回り込みながら戦ったりなど、とにかくお互いに一歩も譲らぬ殺し合いを繰り広げていた。

 

(これ程の奴とは、ね……!!)

 

 カカシは冷や汗をかきながらこの再不斬という男の恐ろしさを実感する。

 彼ほどの忍であるのなら、並の忍であればほんの一瞬で終わっていたであろう。

 だが、カカシという実力者ともなれば話は別だ。

 ……幾度と一閃のみで仕留めてきた技では、一撃だけではカカシを打倒しえない。

 一撃で仕留められず、しかも敵が自分の存在に気づいてしまった時点で暗殺は終わっているのだ。

 ……にも関わらず、再不斬の動きはまさしく暗殺者のソレのまま。

 未だに気配も、匂いも、殺気も、音すらも感じさせず、周辺にいると分かっているのに、まるでそこにいないかのような錯覚にさえ陥る。

 

(こいつ……写輪眼だけじゃねえな。この短時間でコイツ自身が俺の動きに慣れていってやがる……早めに仕留めてえ所だが、そういう訳にもいかねえ)

 

 一方、再不斬の方もカカシが予想外の使い手である事に内心で舌打ちをした。

 “写輪眼のカカシ”という肩書に踊らされ、その左目の写輪眼のみに注意して戦っていたが、それがいけなかったらしい。

 

(そもそも、写輪眼とは本来うちは一族が持つ血継限界、にも関わらずこいつはうちは一族じゃねえ……要はそういう事か)

 

 なぜ本来うちは一族でないにも関わらず、“写輪眼のカカシ”と謳われる程に写輪眼を使いこなせるのか、つまりはカカシ自身が写輪眼なしでも一流の忍である事に他ならない事だった。

 

(ったく、ビンゴブックってのはこれだから当てにならねえ……!)

 

 内心でそう悪態を吐く再不斬。

 所詮は此方(霧隠れ)の主観で書いた情報の羅列に過ぎない……そんな情報だけを過信してはいつか必ず想定外の事態に見舞われる。

 その事態を避けるために再不斬は無音殺人(サイレント・キリング)の技術を極め、敵がこちらに気づき、力を行使する前に暗殺するという手段を取ってきたのだ。

 

(ガトーの奴も余計な事をしてくれたもんだぜ)

 

 自分一人だけに任せるのが不安という気持ちはまあ分からなくもないが、そもそも暗殺の分野に長けている自分と、自分には足元にも及ばない有象無象どもを一緒にした所でよくなる筈がない。

 商業家というものは値段だの利益だのモノの大きさや数だけで判断するからいけない、駒の数をみるだけで戦術というものをまったく考慮しないのだ。

 だからといって再不斬だけが一人突っ込んで獲物を全て掻っ攫う訳にもいかず、あえて彼らの警戒心を再不斬に集中させ、その隙に彼らが標的に仕掛けるという戦法を態々考案してやったのだが……。

 

(それにあの餓鬼共、想像以上に粘りやがる。最初は忍者ごっこをしに来たかとでも思ったが、予定が狂うな、こりゃあ……)

 

 土遁によって出来上がった巨大な壁の向こうからの音を聞き取り、そこから判断するにカカシが連れていた三人の子供はまだ生きていると見た再不斬。

 彼らがやられるのは最早時間の問題であろうが、今はそれを考えている余裕はない。

 

 どのみち、今における自分の失敗は写輪眼を警戒しすぎるあまり、はたけカカシ本人に対する注意を怠ったという事。

 

(あまり高度な忍術は使わずに、簡易な術で写輪眼から撒きながら断刀で仕留めるっつーのが理想的だったが、出し惜しみはしちゃいられねー……なっ!!)

 

 今までは再不斬の一方的な攻撃だったにも関わらず徐々に再不斬の動きにも慣れて反撃に転じ始めるカカシ。

 朧げながらに写輪眼で捉えられる再不斬の動きを見切り、そしてカカシ自身の戦闘センスが再不斬が攻撃してくるであろうタイミングも掴んでいた。

 このままではじり貧になると思い至った再不斬は一気に決める事にした。

 

 ――――水遁・破奔流

 

 断刀・首切り包丁を上へ放り投げ、印を結んだ再不斬は掌にチャクラで作り出した水の渦をカカシに向けて近づける。

 

 瞬間、再不斬の掌の水の渦は巨大な水の竜巻へと変貌した。

 

「――――ッ!?」

 

 カカシの眼前で変貌したその水の竜巻はカカシの体を巻き込み、その水圧でカカシは腕で防御する姿勢を取ってしまう。

 

(これで……写輪眼は一時的に閉じられた!)

 

 水の竜巻をうまく目晦ましとして利用した再不斬。

 ――――そして、カカシが目を開け、目の前にあったのは……地面に刺さっていた首切り包丁だけ。

 それは先ほど再不斬が上へ放り投げた断刀だった。

 

「こっちだ」

 

 そして、背後から再不斬が苦無を持ってカカシに迫る。

 地面に刺さった首切り包丁のおかげで後ろへ退却して回避するという選択肢は既になくカカシは左右のどちらか避けるしかない。

 

 右へ避ける選択肢を取る。

 左に避けては写輪眼越しに再不斬の姿を目視できないからだ。

 ――――だが、それを読めない再不斬ではない。

 

 カカシの動きを読んでいた再不斬は即座にカカシの写輪眼目掛けて苦無を投擲する。

 そして即座に地面に刺さった首切り包丁に持ち替え、カカシに斬り付けた。

 

 自分の写輪眼目がけて飛んでくる苦無を、顔を反らして回避するカカシ。

 だが、顔を反らした方から逆に大刀の刃がカカシの頭を真っ二つにせんと迫る。

 

「――――ッ!?」

 

 タイミングも相まって、さすがに二撃目を難なく避ける事は難しかったのか、なんとか躱したもののカカシは体を大きくよろめかせてしまう。

 

 そして、その隙を逃さず、再不斬は首切り包丁を地面に差し、カカシに回し蹴りを見舞った。

 

「……ッ!?」

 

(今だ!)

 

 その衝撃でカカシの体は池の方へと吹っ飛び、宙へ舞うタイミングを見計らった再不斬は地面に刺さった首切り包丁の柄を再び握り、宙に舞うカカシへと肉薄する。

 が、直前に地面に何かがある事に気づき、足を止めた。

 

「マキビシ……ふんっ、くだらねえ!」

 

 池に落下する直前、自分の行く先に暗器をばら撒いたカカシを嘲笑う

 

 一方、池に落ちたカカシはと言うと

 

(この状況を打開するには、これしかないか……!!)

 

 ――――土遁・土流壁

 

 自分とナルト達を分断している土の壁とはまた別の巨大な土の壁が対になるようにして池の中から盛り上がってくる。

 そしてカカシはそのまま池から顔を出した。

 

「な、何だこの水……やけに重いぞ……!?」

 

 水底から水面まで上がって来た時の違和感を呟くと同時、背後から声が聞こえた。

 

「ふんっ、馬鹿が」

 

 カカシが動きを読んだ再不斬は水面から顔を出したカカシの背後に回り、水面の上にたちながら印を結び、術を発動した。

 

 ――――水遁・水牢の術

 

「――――ッ、しまった!」

 

 その瞬間、一部の池の水が人ひとりすっぽり入るような水球を形成し、そのまま水牢となってカカシの体を閉じ込める。

 

「クククク、嵌ったな。脱出不可能のスペシャル牢獄だ。大方、その巨大な土の壁を作る事で俺にテメーがその壁の外へ逃げ込んだと見せかけようとしたんだろうが……チャクラのとんだ無駄遣いだなあ、カカシ」

 

「くっ……!?」

 

 水牢を形成するチャクラを練っている右手を翳しながら、再不斬は勝利を確信したような笑顔で言う。

 やはり水の多いフィールドにおいては、水遁を得意とする再不斬の方に一日の長があった。

 

「このまま餓鬼共の悲鳴をお前と一緒に聴くのもいいが、あいつら、想像以上に手こずっているようだな、情けねえ」

 

 そう言うと再不斬は片手で印を組み、水分身を出す。

 

「奴らには悪いが、仕方ねえ。あの餓鬼どもの首も俺の水分身が掻っ攫ってくるとするか。なあ、カカシ?」

 

 愉快そうに笑いながらカカシを見る再不斬。

 しかし。

 

 

 

「そいつはどうかな?」

 

 

 

「あぁ? 何言って――――グオオオオォッ!!?」

 

 カカシの発言に訝し気な表情をする再不斬だが、次の瞬間にカカシの体が強烈な電気へと姿を変え、水牢を通じて電撃が再不斬の体へと行き渡り、再不斬はその電気をもろに受けてしまった。

 体が麻痺し、悲鳴を上げる再不斬。

 だが次の瞬間、水牢の中にカカシの姿が既にないことを目にする。

 

(まさか……俺が水牢に捕らえたのは雷遁のチャクラで練られた影分身……嵌められたのは俺の方だったか!?)

 

 相手を嵌めたつもりが逆に嵌められていた事に気づく再不斬であったが、時はすでに遅かった。

 

「さっきのお返しだよ」

 

「――――ッ!?」

 

 今度はカカシが再不斬に向けて渾身の回し蹴りを見舞う。

 再不斬は避けようと体を動かそうとするが、先ほどの電撃で体が痺れているせいかうまく動くことが出来ず、カカシの蹴りを受け入れてしまった。

 

「ぐぅっ!!」

 

 そのままカカシとナルト達を分断する土の壁へと叩き付けられ、地面へと崩れ落ちる再不斬。

 そして再不斬が顔を見上げたその先に見えたのは、カカシの複数の影分身が再不斬へと特攻してくる姿だった。

 

(おそらくあの影分身も雷遁のチャクラで練られている。当たってやる訳にはいかねえな……)

 

 手を握りしめたり開いたりしながら己の体の調子を確かめる再不斬。

 土の壁に叩き付けられた衝撃により痺れからはある程度解かれているようだった。

 ――――十分だ。

 そう判断した再不斬は特攻してくる影分身を紙一重で躱しながらカカシへと接近する。

 

 再不斬が交わしたカカシの雷遁の影分身たちはそのまま土の壁へと衝突してゆき、その土の壁に電気を流した(・・・・・・・・・・)後に姿を消した。

 

 影分身体の消滅を一瞥して確認した再不斬は、即座に印を組んで術を発動した。

 ――――そして、カカシもまた再不斬と同じタイミングで印を結び、同じ術を発動させた。

 

 ――――水遁・水龍弾の術/水遁・水龍弾の術

 

 巨大な水が龍を象り、それらがぶつかり合って巨大な水流が発生する。

 二つの巨大な龍はぶつかり合った後、そのまま一つの水流となってあたりへ霧散していった。

 

 キィン!

 

 互いの術が無力化され、再不斬の首切り包丁とカカシの苦無がぶつかる金属音が響く。

 二人は鍔迫り合いの態勢のまましばらく膠着状態となった。

 

(コイツ……!?)

 

 自分の動きを真似て、まったく同じタイミングで同じ術を発動された事に驚愕する再不斬。少なくとも自分はこの術をカカシに見せた覚えなど一度たりともない。となれば、既にカカシが別の霧隠れの忍びからコピーしていたか、それとも……

 

(まさかな……)

 

 とある可能性に至る再不斬。

 ――――やはり、ビンゴブックは当てにならない。

 即ち、写輪眼は術や体術をコピーするだけにあらず、瞬時に相手と同じ動きを真似、そのうえでコピーするという荒業も可能という訳だ。

 

 再不斬はカカシの右に回り込まんと動くが、カカシもまたそれに合わせて再不斬の左に回り込まんと動く。

 まったく同じ速さ、まったく同じタイミングで平行線となった両者は立ち止まり、印を組み始める。

 再不斬が印を組み、カカシがまたそれを真似てまったく同じタイミングでまったく同じ印を組む。

 

(俺の動きはもう完全に見切られている……おそらくこれから放つであろう術もコピーされる……ならば……)

 

「こちらが先に印を組み切って術を発動させるまで……か?」

 

(……何? こいつ、俺の心を……)

 

「読み取ってやがる」

 

 自分が心の中で思った事を先に言われていく事に段々と苛立ち始める再不斬。

 

(くそ、こいつ……)

 

「見透かしたような眼しやがって」

 

(だが、所詮はコピー、二番煎じだ……追いつかぬ速度で……)

 

「追いつかぬ速度で印を組んでやればこっちの物、か?」

 

「――――ッ!!!」

 

 そして、心の内を次々と先読みされた再不斬はついに堪忍袋の緒が切れた。

 

 

 

「……ッ、てめえのその猿真似口、二度と開けねえようにしてやる!!」

 

 再不斬は高速で印を結んでいく。

 カカシも同じ速度で結んでいく。

 

 ――――これでは、ダメだ。

 

 このままの速さではダメだとカカシを見て再不斬は思う。

 

 ――――もっと印を早く、奴が追い付けないほどの速さで……!

 

 しかし、どれだけ早く印を結ぼうとも、カカシの印を結ぶ速度が再不斬に遅れを取ることはなく、まったく同じタイミングで同じ印を結んでいく。

 

(ダメだ、どんだけ早く印を結んでもまったく同じ速さで真似してきやがる、こうなりゃあ……、――――ッ!!?)

 

 その時だった。

 カカシの背後から何かが現れるのを再不斬は目撃する。

 その影の正体は――――

 

(あ、あれは……俺?)

 

 その姿は紛れもなく桃地 再不斬と相違ないモノだった。

 となれば、あれは――――

 

(幻術なのか? いやしかし奴は俺とまったく同じ印を結んでいる。俺が結んでいるのは紛れもなく水遁の術。幻術をかける暇なんて何処にも……まさか……)

 

 ――――これも写輪眼の能力なのか、と思ったその時だった。

 

「ナルト! サスケ! サクラ! すぐにタズナさんを運んでできるだけ遠くにある高い木の上に避難しろ!!」

 

「――――ッ!?」

 

 カカシの大声で正気に戻される再不斬。

 だが、時は既に遅かった。

 

 ――――水遁・大瀑布の術

 

 カカシのいる位置を中心にして大量の水が舞い上がり、まるで滝が落ちてくるかのような水流が発生する

 地面を抉る程の威力を持った水流は、発動した後も尚大量の水を巻き上げ吸収していき、巨大な凶器となって再不斬に襲い掛かった

 

「――――ッ、しまった……!」

 

 ――――水遁・大瀑布の術

 

 幻術に気を取られていた再不斬もまた、遅れたタイミングで同じ術を発動させる。

 しかし、術を早く発動させたカカシに利があったのか、再不斬が放った巨大な水流も押し返されてしまう。

 

「ぐ、グオオオアアアアアアアアアアアアアアアァ……!!!」

 

 自分が発生させた水流にすらも巻き込まれ、再不斬は後ろへと流されていく。

 

(くそ、術のタイミングが遅れちまった! このままじゃあ……、――――ッ!?)

 

 思考すら与えてくれぬ程の豪流の中、再不斬はある違和感を感じた。

 ――――水の流れの方向が、変わった?

 その違和感を感じた再不斬は流されながらも、必死に前方を向く。

 

 ――――それは、先ほどガトーが雇った抜け忍が、カカシとナルト達を分断させるために作った巨大な土壁。

 

(……まさかっ!?)

 

 そして再不斬は理解した。

 先程、互いに術を発動させる前――――

 再不斬の背後にあった――――カカシが作り上げた土の壁。

 カカシの背後にあった――――ガトーが雇った抜け忍が作り上げた土の壁。

 

 再不斬は思い返す――――カカシが土遁により作り上げた壁は、流れてくる水を跳ね返すような形状になっている。

 再不斬は思い出す――――先ほど、自分に向けられて特攻してきたカカシの雷遁影分身は、自分には当たらず自分の背後にあった、抜け忍が作り上げた土遁の壁に当たり、電気を流した。

 

(先ほど俺に特攻させた雷遁影分身は俺にダメージを与えるためではなく、背後にあった土遁の壁に当てる為の物……土遁は雷遁に弱いため、強度が低くなる。そして先ほど奴が池の中から作りあげた土遁の壁は俺に奴が逃げた物と勘違いさせるためのものではなく、この術によって発生する水流を外に逃がさず、かつ跳ね返すためのものそして――――)

 

(水遁・大瀑布の術の水流は奴が作り上げた土遁の壁によって全て跳ね返り、そして雷遁の雷撃によって強度が薄れたもう一方の土遁の壁は、性質変化の相性では劣っている水属性でも、威力によっては破壊される。つまり――――)

 

 ――――互いが放った大忍術から発生した水流によって、カカシとナルト達を分断していた土の壁は、破壊される!

 

(そして、餓鬼共を避難させ、壁をぶち破った水流はジジイや餓鬼共を狙っていた大勢の抜け忍達を巻き込む、そして――――自身もその水流の中に潜みこんで……)

 

 

 

 

 ――――雷遁・千鳥流し

 

 

 

 

 再不斬を含め、大勢の抜け忍たちがその水流に巻き込まれ、そしてその水流の中に潜んでいたカカシは全身全霊の多量の雷遁チャクラを練り、そして水流の中で一気に放電した。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアァッ!!!!!!!!』

 

 再不斬を含めて大勢の忍びたちの断末魔が水中に響く。

 先ほど再不斬が影分身からうけた雷撃とは比較にならないほどの雷遁のチャクラが水中へと広がり、木の上へと避難したナルト達を除き、大勢の忍びがその電撃を水流を介してまともに受けてしまう。

 

「グオオオアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!!」

 

(最初から……これが狙いだったのか、はたけカカシぃ!!)

 

 他の抜け忍たちと同様、千鳥流しの雷撃を食らって悲鳴を上げる再不斬。

 水遁・大瀑布の術をもろに食らったダメージもある再不斬にとって、この雷撃は地獄以外の何物でもなかった。

 

 

 ◇

 

 

 水流に押し流され、木に引っかかりようやく地に足を付けることができた再不斬。

 しかし、禁術を見事に喰らい、しかもその中で雷遁による放電のダメージを受けた再不斬にもうまともに体を動かす力など残っていなかった。

 

「う……く……」

 

 あたりを見回してみれば、大勢の抜け忍たちがカカシと再不斬の術に巻き込まれ、更にカカシの千鳥流しによる放電ダメージを受けて屍と化していた。……かろうじて生きてる者も少なくはないが

 

「使えん奴らが――――ぐぉッ!?」

 

 悪態を吐きながらも、木に背を付けて立ち上がろうとする再不斬。

 しかし、次の瞬間、四本の苦無が再不斬に投擲され、両手、両足の四肢にそれぞれ一本ずつ苦無が突き刺さる。

 それによって立つ力すらも失った再不斬。

 

「終わりだ」

 

 再不斬が背を付けている木の上に陣取ったカカシが、苦無を構えて再不斬に殺意の視線を送る。

 

「……そういうテメエも、そうしていられるのが限界ってとこか……。いや、そうまでして俺を殺そうとしている、というべきか」

 

 後ろでどんどん緩やかになってゆく水流の音を聞きながら、再不斬もカカシを見る。

 

「ああ、お前をここで殺しておかないと色々厄介な事になるからな」

 

 そう言って、カカシは苦無を再不斬の首元目がけて投擲しようとしたその時。

 

 それより先に別の方向から、飛んできた二本の長針が再不斬の首に突き刺さった。

 

「――――ッ!?」

 

 咄嗟の出来事にカカシはすぐに針が飛んできた方向に視線を向ける。

 

 ――――そこの木の上には、霧隠れの追い忍部隊の面を付けた少年(?)が立っていた。

 

「……ありがとうございました。僕はずっと確実に再不斬を殺す機会を窺っていた者です」

 

 少年は言う。

 自分は霧隠れの追い忍部隊の一員であり、霧隠れの抜け忍であり、里の重要情報を持つ再不斬を殺害しに来たものであると。

 カカシも倒れた再不斬の体を確認し、彼の死亡を確認した。

 

(その背丈、その声……ナルトとそう年は変わらないように見えるのに、追い忍とはな)

 

 ただの餓鬼じゃないね、とカカシは呟く。

 正直、いまの状態だったら確実に自分はあの子供に負けると断言できるだろう。

 

 カカシがそう考えている間に、追い忍の子供は再不斬の懐へと飛び降り、その体の片腕を背負い、再不斬の体を持ち上げる。

 

「貴方方の戦いも一先ずこれで終わりでしょう。僕はこの死体を処理しなければなりません。……何かと秘密の多い体なもので。

 それじゃあ、失礼します」

 

 そう言って、追い忍部隊の少年が印を組むと同時、木の葉を巻き上げる小規模の竜巻が少年を中心に巻き起こり、風が晴れると同時、少年の姿は既になかった。

 

「カ、カカシ……先生」

 

「――――っ、そうだ! お前ら、無事か!!」

 

 後ろからサクラの声が聞こえ、カカシは少年の事をとりあえず後にして声が聞こえた方向へ振り向く。

 そこには――――

 

「――――ッ!?」

 

 全身が傷だらけのナルトとサスケの姿だった。

 サクラもナルトやサスケほどとはいかずとも、全身にかすり傷のようなものを負っているが、大事に至るほどの負傷ではなかった。

 

「無事かお前ら! 生きているのなら返事しろ!」

 

 とりあえずは大丈夫そうなサクラを後目に、木の下で倒れているナルトとサスケ、そしてその二人を看ているタズナの方へ向かう。

 そしてナルトとサスケに必死に声をかける。

 そして――――

 

「……へっ、へへへ、カカシ先生。俺たち……やった……ってばよ。なあ……サスケ?」

 

「……ハァ、ア……何とか……な……」

 

 息も絶え絶えという感じであったが、二人とも元気そうだった。

 

「……先生さん。こいつら、守ってくれたよ。儂を最後まで……守り切って……」

 

「……えぇ、そう……みたいですね」

 

 護衛対象のタズナ、そして何よりカカシの大切な部下である三人が無事である事に胸を撫で下ろすカカシ。

 その様子は幾分か弱弱しいものだった。

 

「三人とも……本当、に、よくやったな。よく……タズナさんを守ってくれた!」

 

「へ、へへへ……」

 

「……」

 

 カカシが三人を褒めると、ナルトは照れ臭そうに笑い、サスケもまた声に出さないが笑いをこぼす表情を見せる。

 

「ハ、ハハ。成長……した……な、おまえ、ら……」

 

 笑顔を浮かべつつも、段々と途切れ途切れになってゆくカカシの声。

 やがてカカシの体は後ろへふらつき

 

 ドサ!

 

 カカシの体は仰向きに倒れ、そのまま動かなくなった。

 

『――――ッ!?』

 

 その様子に、タズナも第七班の三人も一斉に顔を青ざめ始める。

 

「カカシ先生!」

 

 身を乗り出したサクラがカカシに大声で声をかけるが、カカシには聞こえてこなかった。

 

 

    ◇

 

 

 目覚めれば、そこは知らない天井だった。

 朦朧とした意識は徐々に目覚め始め、自分が今まで何をしていたのかを思い返す。

 そして全て思い出したカカシは、呟いた。

 

「チャクラを……使いすぎた」

 

 自分が倒れた原因はチャクラによる疲労である事は明白だった。

 というかあれほどのチャクラを使っていれば、自分がこれから倒れるであろう事くらいは予想できたが、今回は相手が相手だったために出し惜しみができなかった。

 

(千鳥流しまで使わされるとはねえ……)

 

 まだ自分が彼の者を追いかけていた時、当時自分の師匠から使えないと評されたオリジナル忍術をもっと別の応用ができないかと思い編み出した術だが、まさかその術にあれほどのチャクラを使う日が来るとは思いもしなかっただろう。

 本来は周囲の敵への牽制のために放つ雷遁の術であるため、そんなにチャクラを使う技ではないのだ。今回は特別だったといえよう。

 

「大丈夫かい、先生?」

 

 ピンク色の衣服に青色のスカートを履いた黒髪ロングの女性に声をかけられ、カカシはその方へ顔を向ける。

 

「いや、一週間は……体を動かすのも、いや、それさえもきつそうです」

 

「ほら、だったら暫く動かない方がいいよ」

 

「ええ……」

 

 女性……護衛対象であるタズナの娘のツナミにそう注意され、布団の中で大人しくするカカシ。

 ただ寝ているだけなのもあれなので、頭の中で情報を整理しようとした。

 

(海運会社ガトーカンパニーの社長・ガトー……まだナルトたちには伝えてないが、奴は数週間前に木の葉の要人、およびその一行に刺客を送っている。幸い、奈落の活躍によって要人は無事護衛され、刺客たちは皆返り討ちにした)

 

 船でのタズナの発言から照らし合わせるに、ガトーはおそらく火の国の乗っ取りも画策していると見て間違いないだろうとカカシは踏む。また、刺客たちを態々霧隠れの忍に変装させたという情報から、おそらくは火の国と水の国の間同士で戦争を起こさせ、漁夫の利を得て両国をまるごと乗っ取るつもりだったのか。

 

(だが、波の国はちょうど火の国と水の国の間にある島国だ。漁夫の利を虎視眈々と狙い高見の見物をするには非常に相応しくない場所といえる。となると……奴の目的は国の乗っ取りだけではないという事か……?)

 

「……今考えても仕方ないか。やれやれ、タズナさんが素直にガトーが絡んでいると木の葉に進言していれば、奈落の手も借りる事が――――」

 

 そこで、カカシに嫌な汗が流れる。

 ――――もし、今頃奈落がガトーの居場所を察知しているのだとしたら……。

 ガトーの戦力は現在、この波の国に集中している。

 

 もし、このような状況で奈落が介入してきたらどうなる? 

 いや、この件には水の国が絡んでいる事から、霧隠れの里が絡んでくる可能性だってある。……現に霧隠れの追い忍部隊がこの波の国に来ていたし、抜け忍の再不斬を殺しに来た、というだけではない可能性だってある。

 

 霧隠れ、ガトー一派、奈落……もしこの三勢力が絡んでくれば……

 

 ――――そうなれば波の国は――――

 

「……間違いなく、戦場になる」

 

 

     ◇

 

 

 波の国の近くにあるとある海上にて数隻の物資運送用の蒸気船が走行していた。

 大量の物資を積むための隙間が設けられ、更にはその物資を受け取るために大量の雇われの抜け忍が乗っていた。

 

「それにしても、ガトーカンパニーの奴ら、あんな物を製造して何に使うってんだ?」

 

 一人の抜け忍の男が仲間の抜け忍に聞く。

 

「さあな、俺らは所詮雇われ。詳細なんざ知ったことじゃない。……だがまあ確かに、使いようによっちゃ一般人でも俺らのような忍を簡単に殺せるような代物が出回るとすれば、さすがにちょいと悪寒が走る事実だがな……」

 

「お前もそう思うか。もし次に忍界大戦が勃発すれば、戦力として雇用されるのは俺たちだけじゃなくなるかもな。俺らはこんな物を持たなくとも忍術で十分に戦力として数えられるが、逆にいえばどんな奴でも使いこなせる人材であれば戦力になるってこった」

 

「連発銃とか言ったか? あれも大量に製造されたら戦場は荒れると思うぜ。忍術みたいな規模はないが、逆に言えば地味に目立たず簡単に人を殺せるともいえる。勿論、チャクラではなく道具を使っているのだから、感知タイプにも感知される心配がないという訳さ」

 

「お~怖い怖い。ま、今の俺たちには関係のない事だ」

 

「ハッ、まったくだ」

 

 そんな他愛のない会話をする抜け忍たち。

 自分たちの生活を考えれば、明日にはもう自分の命は既にないかもしれないという者たちばかりだ。

 今でさえこうして他愛のない会話をしているが、次会ったときは敵か味方かは分からない。

 そんな世界で生きてきた彼らにとって、“これからの心配”をするなど愚の骨頂、死ぬときは死ぬのだ。

 

「おい、そろそろ向かいの船が物資を渡しに来るだろう。船の外よく見ておけ」

 

「あいよ――――っと、もう来たみたいだぜ」

 

 霧の奥から向かいの蒸気船が見えてくる。

 あの蒸気船が運んでくる物資を、こちら側にある数隻の蒸気船ごとに違う種類の物資を受け渡し、こちらの数隻の蒸気船が波の国まで運送するという算段だ。

 向かいの船はあくまでこちらが波の国に運ぶであろう物資を、途中まで送り届ける船だ。

 

 裏の商売をしているという都合上、いくつかの正売品を混ぜて誤魔化さなければやっていけない世界である。

 ガトーカンパニーは良くも悪くもこういうところは徹底しており、態々こんな面倒くさい搬送法さえも行使していた。

 

「さて、物資を渡してもら――――ん?」

 

 向かいの船が近づき、それを見ていた抜け忍の一人がある違和感を感じた。

 

「お、おい。お前ら!」

 

 違和感を感じた抜け忍の男は即座に同じ船に乗っている大勢抜け忍たちに声をかける。

 

『なんだ』

 

『どうした?』

 

『一体何があった』

 

 と次々と仲間の抜け忍が集まってくる。

 

「物資を搬送している向かいの船が近づいてくるんだが……その――――」

 

 

 

「――――人の気配(・・・・)。が……」

 

 

 

 向かいの船はどんどん近づいてくる。

 そして、彼らの乗っている船のちょうど横に並んだ時――――彼は見た。

 

 ――――そこにあったのは、自分たちに物資を渡してくる仲間の抜け忍たちの姿ではなく

 

 

 ――――それらの成れの果てが、血をばら撒きながら倒れているだけだった。

 

 

『――――ッ!!?』

 

 その様子に、彼らは茫然とし、そして青ざめていく。

 やがてその内の一人が――――

 

「舵をきれぇ! あの船から離れろぉっ!!!!」

 

 

 

 瞬間、彼らの船の中に大量の黒い物体が投げ入れられ、そこから閃光が爆ぜた。

 その閃光弾は彼らの視界を封じ、その船に乗り込んでくる影が複数現れた。

 

 乗り込んできた影は黒い僧服の装束を身に纏い、錫杖を手にした集団だった。

 

『な、何だ!? なにが起こって、グハッ!?』

 

『ちくしょう、何者だてめえら――――ガアっ!!』

 

 錫杖を手にした集団は次々と、船に乗っていた彼らを腰の刀や仕込み刀で切り捨て、手裏剣で刺し殺し、または錫杖で撲殺していく。

 

 

 

『しゅ、襲撃だー!』

 

『急げ、援護だ!!』

 

 別の船に乗っていた抜け忍たちもまた、襲撃を受けている彼らの船へ援護せんとするが、彼らの背後からも、海から這い上がってきた僧服の者たちが奇襲をかける。

 

『――――ッ!?』

 

 何人かの抜け忍たちはそれに気づくも、彼らの奇襲に対する攻撃が遅れてしまい、遺体となって次々と海へと投げ出される。

 

 他の船も同様に錫杖を持った集団――――天上の烏達はおかまいなく乗り込み、次々と抜け忍達の命を刈り取っていく。

 冷徹に、ただ無慈悲に彼らの命を刈り取ってゆく。

 

 

 

 

 

 突如、海上を走行していた船の上に現れた天上の烏たち。

 抜け忍たちもまた大勢が応戦するが、寄せ集められた抜け忍たちが連携暗殺を得意とする奈落に集団戦で敵う道理など存在せず、しかも奇襲によって混乱が生じてしまっていたため、彼らは次々と烏達の餌食となっていった。

 

 濃霧が漂う海上の中、ガトーカンパニーが保有する搬送用の蒸気船は、突如現れた烏達に乗っ取られてしまった。

 

 ――――天に刃向かったお山の大将の首に、”彼等の刃”が迫るのももはや時間の問題である

 

 




一つお詫びを、思ったよりカカシ対再不斬の戦闘シーンが長くなってしまったので、ナルト達の戦闘は次話にて回想という形で書きます。
どうかご了承ください。

白が再不斬の経穴に千本を投げて仮死状態にさせるシーンですが、ぶっちゃけ朧さんにやってもらうか、それとも原作通りに白がやるか迷いました。
だってこの二人、同じ技持ってますもん(経穴に針)

最後のシーンでようやく奈落登場。しかし朧さんの出番はまだ先です。

後、見ればわかると思いますがカカシ先生が若干(?)強化されてます。


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搬送ルート乗っ取り、そして葛藤

皆さん、終局特異点「冠位時間神殿ソロモン」お疲れ様です!
それと投稿遅れて済まぬ!

追加投稿予定だった未完成最新話を書き足した物です。


――――この星の七割は海で出来ていると、誰かが言っていた。

 

 ……だとしたら、この陸の上で住む生き物たちはその水たまりに浮かぶ孤島に閉じ込められた囚人たちのようなものだと言っていいだろう。

 そして人は尚、国、社会、家族、友人、恋人等あらゆる牢獄に囚われる。……時に自ら望んで。

 人間たちは皆囚人でいたいのだ。そうしなければ生きられぬほど、自由というのは孤独で、心細いものである事を知っている。

 だからこそ人間たちは自由に焦がれるのだ、決して手に入らない冒険小説の宝物のように。

 ……故に生きるということは何かに囚われ続ける事を言うのかもしれない。

 

 だがその理論は何も知らない人物の戯言に過ぎない。

 人が本当に自由を求め、憧れるのは自分が住み慣れてきた『牢獄』が地獄であるからに他ならないのだ。

 生きるから『牢獄』に閉じこもるのではない、生きるから何かに捕らわれ続けるのではない。

 人間は弱い生き物だ。『牢獄』という安住の地を見つければ孤独を恐れるようになり、ずっとそこで人とふれあい続けたいと願い、そこに囚われるようになる。

 人とは元来自由な生き物である。その心地よい『牢獄(居場所)』に一生囚われ続けるか、そんな己に逆らって一生渡り鳥でいるという選択肢だって選ぶ事ができる。

 

 ――――ならば、それすら許されない人達はどうなる?

 

 渡り鳥になるという選択肢も、牢獄(安住の地)に留まるという選択肢も与えられず、ただ支配されるだけの人間はどうなるというのだろうか? 人が真に自由に憧れるのは、自分に平和と安心を与えてくれる牢獄(居場所)が存在せず、そしてそこで暮らしていく選択肢しかない時なのだ。

 

 己の居場所内にすら自由が存在せず、己が望むような牢獄にすら入ることができず、不自由な牢獄(地獄)で生きていかなければならない。

 それでも、例えそうであっても人は自由を諦めない、いや、諦めることなど出来ない。

 どれだけ自分に無駄だと言い聞かせても、もう諦めているつもりでいても、『自由』に対する憧憬を捨てることは絶対にできない。

 

 だから――――

 

 

 

「頭。船の制圧、完了しました」

 

 

 

 

 だから――――

 

 

 

 

「頭。戦闘の際の船の損傷はなし、このままこの船を牛耳ります」

 

 

 

 だから――――

 

 

 

 

「頭……」「頭……」「頭……」

 

 

 

 

(誰か俺をこの牢獄から解放してえええええええええええぇっ!!?)

 

 

 淡々とした口調で、しかし自分をまっすぐに見据えて指示を仰いでくる部下たちを前にし、とてつもない重圧に押しつぶされかかっている朧は、内心でそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――濃霧が漂う海上を走行する複数の蒸気船。船の中にいた作業員として雇われた抜け忍達の大勢が錫杖を持った僧服の集団によってその命を刈られ、船の上に残骸として倒れていた。ある者は首を潰され、ある者は心臓を一突きにされ、ある者は内臓に直接ダメージを与えられ見た目無傷のまま死んでいたりなど、様々だった。

 

 その惨状を作り上げた犯人たちは現在、血を流し動かなくなった者たちに代わって船を操作し、ガトーカンパニーの物資搬送のルートを乗っ取っていた。

 

 

「船内にいたものは全て始末しました」

 

「舵を握っていた者も始末し、各隊が乗り込んだ船それぞれに一人ずつ舵を握らせています」

 

 黒い僧服の装束を身に纏い、編み笠を被り、錫杖を手にした者たちが彼らの頭領と思しき男に報告する。

 白い法衣の上に八咫烏の紋章が大きく入った袈裟を架けており、同じく編み笠を被り、錫杖を手にした白髪の男――――朧は彼らの報告を聞くや否や、即座に指示を出す。

 

「こやつ等の死体は衣服をはぎ取った後、重りを付けて海の中に放り込め。重りを付けずに放すと波の国に漂流して我等の所業がばれる可能性がある」

 

「剥ぎ取った衣服を身に着けてこやつ等に成り代わり、ガトー一派の抜け忍を装え」

 

「お前達は船内に飛び散った返り血を拭き取れ。一滴たりとも残すな」

 

「残りの者達は潜入班として私と共に波の国へ入ってもらう」

 

「それ以外の者たちは指示された作業が終了次第、こやつ等に変わって物資搬送を続けろ。搬送の手順は霧隠れの間者から聞いている筈だ」

 

「以上、他の船に乗っている各隊にも同じ指示を伝えておけ」

 

『――――』

 

 朧の指示に無言の返事を返した彼らは、即座に立ち上がり、死体から衣服をはぎ取って身に着けた後各々で指示された行動に移る。

 朧もまた白眼を開き、自分が乗っている船とは別の船に乗っている部下たちの様子を見る。

 ペットの鴉達を通じて自分の指示がうまく他の船の部下たちにも行き届いているようで内心でそっと胸をなでおろす朧。

 

 そうしていたらまた一人の部下が朧に駆け寄ってきた。

 

「頭。海沿いに待機させている部隊から伝書烏が」

 

「見せろ」

 

 腕に烏を乗せた部下から伝書を受け取る朧。

 

 部隊からというよりは、筆跡と文からして骸が朧に当てた伝書みたいだった。

 

 

 

 

『 朧、三代目にガトーの件の事を伝えておいたけど、既に波の国に木の葉の忍たちが任務として派遣されているそうよ。しかもその依頼人がガトーではなくギャングや盗賊たちからの護衛と依頼書に表記して、Bランク以上ではなくCランクの任務として偽わってたみたい。せっかく奈落(私達)が予め木の葉にガトーに対しての注意を呼び掛けていたのに、その依頼人のおかげで全て台無しになった。どうする? その依頼人、標的の狸ジジイと一緒に斬る? 』

 

 

 

 

 

(………………まじで?)

 

 伝書の内容―—筆跡と口調からしておそらく書き手は骸――を読み終えた途端、朧の表情(内心)が一気に青ざめる。

 予想外の出来事に朧は内心であたふたしてしまった。

 原作イベントが起こる前にガトーを殺してしまう事に抵抗はあったが、まさか原作イベントと重なる事になるとは思いもしなかった。

 いや、それよりも重大な問題が立ち塞がる。

 

(確かに……普通に考えればその依頼人、多分タズナさんだろうけれど、許される事じゃないよなあ。だけど……)

 

 原作知識を振り絞って朧は考える。

 確かにタズナがした事はたぶん相手が木の葉でなければ決して許してもらえないだろう。これが霧隠れとかだったりしたらまず首が飛んでるといってもいい。

 

(タズナさん、物語の後半でちゃんとお詫びとして木の葉の復興に助力してくれるし、そのフラグを潰すのはちょっと、いやしかし……)

 

 だがそれはあくまで原作知識ありきな考えであって、周りの部下たち(特に骸)が納得できるような理由付けをしなければならない。

 しかも奈落は予めガトーに対しての要注意を呼び掛けていたにも関わらず、そのタズナが依頼内容にガトーがかかわっている事を表記せずに偽ったおかげで奈落の呼びかけが無駄になり、しかも行く先で木の葉の忍が介入してしまった事により、自分たちの手筈もかなり変更しなければならない羽目になったのだ。

 最悪、ただでさえ表向き仲の悪い木の葉と奈落の関係が更に拗れる可能性が出てくる。それを抜きにしても国の国力に当たる機関に偽りの依頼をする事は普通に犯罪である。

 木の葉が舐められているとみなされ、同時に同じ国の勢力として属する奈落も間接的に舐められているとみなされる。

 

(くそっ、擁護できる要素が見つからない! 詰んでんじゃねえこれ!? 一体どうすればいい……)

 

 里の問題に奈落は基本的に介入しないという暗黙の了解に乗っ取って何とか出来ないかとも考えたが、そもそもこの件にはそれをなしにして奈落ががっつり絡んでしまっているため、どの道にタズナを擁護する事は出来ない。

 

「『其方に一任する』と返しておけ」

 

 結果、朧は考える事をやめた。

 懐からみれば信頼できる部下に任せているように見えるが、その実組織の副官に責任を押し付けるだけのダメ頭領である。この男、早くボロを出して奈落をやめてしまった方がいいのではなかろうか。

 

 懐から取り出した白紙に朧に言われた通りの事を書いた部下は、再び烏に伝書を持たせて海の上に放った。

 

「波の国に入るまで時間はまだある。その内にお前も指示された事をしておけ」

 

 朧がそう言うと部下は何も言わずに種を返し、指示された作業に戻った。

 

(はぁ~、どうしてこんな事に……)

 

 一人になった朧は表情を変えずに内心でただただ項垂れた。

 まず……ガトーの波の国を乗っ取るに至る動機が原作よりも明らかにスケールの高いものとなっていた。それ故に各国に散らばる人員を集中させていると来た。

 本心を言うのであれば、朧はあまり波の国、もっと細かくいうのであればガトーにはあまり手出ししたくなかったのだ。原作知識を持つ者として、そして何より一国に仕える組織の頭領として。

 もし奈落がガトーを仕留めるといった事態が起きれば、ナルトが大きく成長するきっかけを与えたイベントがなくなってしまう。

 またガトーは乗っ取りという形ではあっても、周辺諸国をまとめる存在として必要悪みたいな側面もあったのだ。よしんばガトーを討った所で、彼が乗っ取っていた国の住民たちが彼の手から解放されたとしても、そこで状況がよくなっていくかと問われれば答えはノーである。今まで奴隷同然の生活を強いられてきた人間たちが解放されていきなり自由になった所で、彼らはそこから何をすればいいかなんて、余程の指導者がいない限りは見つけられないだろう。

 故に残念だと思う。

 

 火の国に手出しさえしなければ、彼の命はまだあったかもしれない。

 だが、それはもう遅い。

 

 これより、あの波の国の陸地が、彼らの首切り台となるのだ。

 

 

 

 

 

「せめて、我らの刃でその罪裁いてやろう。天に刃を向けし咎人よ」

 

 

 

 

 

 未だに見えぬ大地を見据えながら、朧はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当は現実逃避がしたくて何となくかっこいい台詞を言ってみただけだった。

 

 

     ◇

 

 

 ――――ガチ、ガチ、ガチ、ガチ

 

 手が震える。

 時計の針が刻むリズムよりも早く、心臓の鼓動よりも早く、ナルトの手は寒気を覚えた赤ん坊のように震えていた。

 仕方のない事だ。

 こんな世の中なら誰だって責めたりはしないだろう――――そんな事は分かっている。

 

 それでも、ナルトの手は震えていた。

 あの徹底抗戦で自分の担当上忍が何とか助けに入ってくれたおかげで自分達七班は九死に一生を得て助かった。

 非常に喜んだ。

 これほどまでに『生きている』という事を喜んだのは今日が初めてだった。

 里の大人たちから迫害され、同い年からの子供たちからははぐれ者にされ、生きる価値が見いだせなかった己に対してその価値を与えるかのようにして、己の命を削ってまでして努力してきた少年は、『生きている』喜びという物を実感した。

 あれほど敵視していた筈のサスケとの連携も上手く行っていた……サクラはともかくとして。

 担当上忍、はたけカカシが散々言っていたチームワークも重視した上であのガトーの抜け忍達を相手に耐える事が出来たのだ。

 チームワークを持ってして自分、仲間たち、そして護衛対象の命を繋ぎ止める事が出来たのだ。

 そこは、素直に喜べた。

 

 それでも、それでも――――

 

 ――――ガチ、ガチ、ガチ、ガチ

 

 それでも、身体の震えは止まらない。

 仲間は無事生還し、チャクラ切れ倒れた担当上忍も未だまともに動けないとはいえ、あの鬼人を相手にしてギリギリ勝利を収めて生還してくれた。……未だに安心できる状況ではないが。

 

 ――――ガチリ、ガチリ、ガチリ

 

 それでも、身体の震えは一向に収まらなかった。

 痙攣するかのように震える。

 

 何故、ナルトがこのような状態に陥っているのかというと、元を辿ればそれは昨日のガトー一派の抜け忍達の戦いだった。

 数は圧倒的に向こうが有利で、しかもこちら下忍に成りたての子供三人と護衛一人。

 幸いな事に、相手はそれで手を抜いてくれたのかそれを突いたサスケが敵を一人ずつ確実に倒していき、敵も段々と油断しなくなっていったのだ。

 そしてついにサスケがピンチに陥り、サクラが何もできずにオドオドしている中で、ナルトが多重影分身の術を使ってサスケを掩護し始めたのだ。

 初めての実戦であるにも関わらず、ナルトとサスケのコンビネーションはさながら“兄弟”と言っても差し支えない程の連携を発揮した。

 時にはナルトの影分身たちがサスケやサクラやタズナに変化したり、またはサスケがナルトに変化してナルトの影分身達に紛れ込んで敵を混乱させたり。

 そこから様々な連携による奇襲を繰り返して、四人は何とかガトー一派の抜け忍達を相手に耐えていたのだ。

 

 気持ちがよかった。

 仲間とちゃんと連携し、上手くやっているという感覚をナルトとサスケは互いに感じていた。

 仲間と気持ちを通わせ、その連携を以てして相手を上回るというのはこれ以上にない気持ちよさがあった。

 

 だがそれでも有利になったという訳では決してない。

 状況は未だにじり貧であり、極め付きにはお荷物が二つもあったのだ。

 初めての“戦場”でどう対応したらいいのかわからないサクラ、ただの護衛対象で何の戦闘能力も持たないタズナ。

 いくら影分身や変化で誤魔化していたとしても、その動きまでは誤魔化せなかった。

 断じて二人が悪い訳ではない。むしろ初めての“戦場”の中でこれほどの連携の動きを見せる二人が異常なだけなのだ。

 

 相手とて中忍以下となれど、中にはそれなりの経験を持った忍だっている。

 それぞれがバラバラの里の出身であったがために連携が皆無であったため、その面でナルト達は上回る事が出来ていた。

 だが、中には連携が皆無などころか知るかと言わんばかりに突っ込む同業者を利用し、あえて後ろから傍観して動きを見極めんとする輩も当然出てくる。

 

 まずはナルトの影分身に紛れていたサクラを発見したその忍は一直線にサクラへと肉薄。懐から取り出した暗器でサクラの喉元を掻っ切ろうとしたのだ。

 運よくもこれに気付いたナルト。

 余りある影分身の内の少数をサクラの懐に向かわせるも、ある程度の手練れであったソレはナルトの影分身を次々と蹴散らし、サクラの懐に迫る直前。

 

 間一髪間に合ったナルトの本体の苦無が、その忍の喉元を突き刺していたのだ。

 

 念を入れた影分身の数と、サスケの掩護があったが故の芸当だった。

 故に、この芸当はナルト個人によるものではなかった。

 しかし、それでもナルトはそれをやってしまったのだ。

 

 ――――この手で直接、人を殺してしまったのだ。

 

 後々成長した彼が獲得するであろう螺旋丸や螺旋手裏剣などによる大技の術によるものではない。

 まだ人も殺したことない幼いナルトが、この手で、刃物という凶器そのもの、人の喉元を突き刺し、その命を“直接”絶ったのだ。

 

 ――――ガチガチガチガチ……

 

 体の震えと共に歯ぎしりも激しくなる。

 今でも鮮明に思い出せる。

 赤い液体が己の手と腕と顔に飛び散るその瞬間を、飛び散ったその感触を、ナルトはまるで未知の恐怖に蝕まれるように覚えていた。

 

 突き刺した当初は、その動揺も一瞬だった。

 突き刺した敵以外にも倒すべき者はたくさんいたのだし、カカシが助けに来てくれるまでの間、ナルト達は粘った。

 粘って、それが終わって、そして先ほどの動揺が、今度は鮮明なトラウマの光景として脳裏に映し出され、明確な恐怖に変わっていたのだ。

 

「なんで……」

 

 震えていた唇がようやく開く。

 先ほどの光景を何度も、何遍も思い起こしながら、まるでヤケクソで向き合うかのように、無理やり自分を奮い立たせる。

 己の心理にすら、ナルトは虚勢を張らずにはいられなかった。

 

「なんで、俺ってば……」

 

 こんなに怯えてるんだ、と続ける。

 ――――人一人殺した所で、どうともないと思っていた。

 所詮、同じ人間といえど敵は敵。

 そんな敵に恐れずに立ち向かって次々と倒していく姿を笑顔で思い浮かべていたあの日の自分は何処にいったのか?

 いずれあの人のように、国に仇名す逆賊を次々となぎ倒していって、いずれあの人の隣に立つ事を夢見ていた自分は何処へいったのだ?

 

「なんで……」

 

 繰り返し呟く。

 ふと己の手の平を見返す。

 昨日付いた返り血はとうに綺麗さっぱりふきとられており、その形跡は微塵もない。……ないのに、幻視してしまう――――赤く染まった己の手を、否が応にも。

 続けて思い出してしまう、あの喉元を突き刺した時の感触を。

 その度にナルトの身体は痙攣するように震えてしまうのだ。

 

「なんでだってばよ!?」

 

 座って壁に寄りかかりながら、ドン、と地面を叩く。

 

「くそっ、くそっ、くそぉっ!」

 

 言いながら、何度も何度も地面に拳を叩きつける。

 砂埃が舞い、ナルトの目に幾粒かが入り込む。

 眼に軽い痛覚が襲うものの、それに構わずナルトは地面に拳を叩きつける。……この間と同じように手が血に濡れようとも、それでもナルトは拳を叩き続けた。

 

「くそぉっ!」

 

「そこまでにしておけ」

 

 最後の渾身の一発を叩きつけようと振りかぶったその腕は、何者かの手によって掴まれた。

 その聞き覚えのある声の主に、ナルトはゆっくりと顔を向けた。

 

「まったく、ここから命に関わる任務だって時に何をやっているのさ」

 

「カカシ先生……」

 

 声の主の名を呼ぶナルト。

 両手に持っていた松葉杖の内の片方を手放し、ナルトの手を掴んでいるその人物はナルトにとっては頼れる人物でもあった。

 覆面の男、自分達第七班の担当上忍であり、その相も変わらず妙に気だるげな感じの雰囲気を漂わせるカカシを見たナルトは、何故だか妙な安心感に包まれ、幾ばか精神が落ち着いてきた。

 こういう時の大人の安心感という物は不思議な物である。

 

「いつもなら一番ヤンチャである筈のお前が、あの木登り修行中どこか大人し気でぎこちなかったもんでな。……まあ、何があったか、大方予想は付いてる」

 

「……」

 

 ――――ああ、やっぱりこの人にはお見通しだってばよ。

 ナルトは何処か諦めたようにそう思いながら、地面に顔を向けた。

 

「隣座るぞ。……それでどうだった、初めて“直接”人を殺めた気分は?」

 

「……ッ!?」

 

 松葉杖を壁に掛けて隣に座ったと思いきや、気だるげな雰囲気を保ちつつもどこか鋭い目付きでナルトに問うカカシ。

 そのあまりにも直球な質問にさすがのナルトの面食らってしまった。

 

「……」

 

「だんまり、か。まあそうなるわな」

 

 相変わらず何を考えているのか分からない顔でカカシは、地面を見続けるナルトとは対照的に星空を見上げる。

 ……夜天に見える星々は、それはまあ美しかった。

 

「ナルト。お前が今感じている事は、忍びであれば遅かれ早かれ誰もが通る道だ。忍として、生きていく以上はな」

 

「……じゃあ、サスケとサクラちゃんも?」

 

「いずれな。今回はまあ、運が悪かったとしか言いようがない」

 

 此度の戦いにおいて、サスケとナルト達が重視していたのは“敵を殺す事”ではなく“タズナを守る事”にあった。

 しかもそこに初めての実戦で動けなかったサクラが加わっていたため、状況は非常に厳しかったと言えた。

 故に、サスケ達の戦法は自然に敵を倒す事ではなく、敵を迎撃する事になる訳だ。

 否、それを抜きにしても子供の腕力や脚力だけで大人たちを殺せる筈もない、せいぜい気絶がいい所だろう。

 

 故に、その中でナルトは運が悪かった。

 腕力や脚力だけなら殺せなくとも、刃物で急所を突けさえすればそれは致命傷となる。

 そして相手は己の腕力や脚力だけでは到底止まらない相手だった。

 知ってかそうでなくてか本能的にそれを理解したナルトは、咄嗟に苦無という凶器を取り出して、投げるのではなく、直接突き刺したのだ。

 忍術や投擲で中距離から射殺すのと、直接手にかけて殺すのとでは感じる“重み”は数倍も違かろう。

 今回はその役目を、運悪くナルトが請け負ってしまったに過ぎなかったのだ。

 

「……」

 

 納得できない、と言った様子で黙り込むナルト。それに対してカカシが言えることは何もなかった。

 運が悪かった、それだけで済ませられる程本人にとっては軽くはあるまい。

 だが、これは本当によくある話なのだ。

 カカシの知り合いの忍の者達の中でも今のナルトと同じような状態に陥った者は数多くいた。忍術や手裏剣で殺せたのだから、“直接”手にかけても大丈夫だろうと高を括っていた最中に、それを味わってしまった。

 人を殺す感触が残らない忍術、手裏剣術。人を殺す感触を味わう近接武器。両者の違いを身を以て思い知った者達。

 覚悟を決めて尚、その道を突き進む者もいた。人を直接殺した恐怖に耐えきれず、医療に逃げ込む者もいた。はたまたそのまま忍者をやめる者だっていた。

 とにかく、様々な者達がいたのだ。

 そんな事を話すカカシに対し、ナルトは悲し気に笑いながら言った。

 

「へへへ。何だ、忍の世界ってこんなつれえ物だったんだな。てっきり、敵をぶっ倒し続けて手柄上げ続けて、それでもう認められりゃそれでいいんだって……そう思ってたってばよ……っ!」

 

「……」

 

 かみ殺して言うナルトの言葉を、カカシはただ黙って聞いていた。

 ナルトは他の二人よりも早く知ってしまった。

 ――――命を直接手にかける辛さ。

 ――――『生きる』という喜び。

 ――――『生きる』という残酷さ。

 人が生きるという事は、他の誰かの命を大なり小なり奪っているという事なのだ。それが無意識であれどうあれ。

 

「とりあえずナルト、この悩みは一旦置いておけ」

 

「カカシ先生?」

 

 壁に掛けていた松葉杖を再び手に取って立ち上がるカカシ。そんなカカシを見上げるナルト。

 

「四六時中任務でそんな事を考えていればそれは命取りになる。それは下手したらチームワークにだって影響が出る」

 

「――――っ、カカシ先生、でも……!」

 

「お前は自分の失態でサスケやサクラを死に追い込みたいのか?」

 

「……っ!!? それは……」

 

 カカシの言葉に言い淀むナルト。

 カカシは内心で溜息を吐き、このナルトという少年に感心していた。

 正直、あれだけの虐待を受けておきながら他人の命を奪う事に拒否感を感じる事ができるのは奇跡としか言いようがない。

 

「お前のそういう所は美徳だと俺は思ってるよ。だけど、任務中の余計な気の迷いは己、もしくは仲間の死に繋がる。辛いようだが、分かるな?」

 

「……」

 

 言われて、ナルトは思い出す。

 ――――あれだけ、仲が悪かった。

 なのに、そんな嫌いな奴と、あんないけ好かない奴との距離が縮まっている事を感じていたナルトは、心の何処かで嬉しかった。

 友達、というにはまだ早すぎるかもしれないが、連携という形で少しでも心を通わせる事ができたのが嬉しかった。

 そんな初めてできた仲間を失いたいなどと思うだろうか、いや思わない。

 

「悩むのは後からいくらでもできる。その時は俺もできる限り相談に乗ってやるさ。そのためにも、今は全員で生きて還る事を考えろ」

 

「……」

 

 ナルトにそう言い残してカカシはタズナの家へと入っていく。

 入っていく途中で、カカシはナルトの事について考えていた。

 

(この任務が終わった後、悩んでどうするかを決めるのはナルトだ。悩み続けるのもいい。覚悟を決めてしまうのもいい。いっそ忍者をやめてしまうのもいいだろう。だが……)

 

(それでも、お前は折れないと俺は信じてるよ)

 

 かつての師の忘れ形見であるナルトを暖かい眼差しで一瞥した後、カカシはタズナの家の布団の中に身を沈めた。

 

 

     ◇

 

 

 火の国と波の国と向き合った海沿い位置する港にて、彼らはいた。

 黒い僧服、手には錫杖、腰には刀を差し、それぞれ身体の部位に八咫烏の入れ墨が入れられた集団だった。

 皆、三度笠を被って顔を隠し、僧の恰好をしながら武装しているその様は正に得体の知れない集団そのものだった。

 更にはそれだけでなく彼らの頭上では、無数の烏が足に伝令の書いた紙を巻きつかせながら各グループにそれを万遍なく通達していた。

 彼らの統率は完璧だった。

 一切のズレ、一切の乱れのない動きと整列を以て海の浅瀬に巨大な巻き物を広げては浮かせている。

 その巻物を広げながら海に浮かせ、何かの準備をしているようだった。

 一つのグループの者達が親指から血を出し、広げた巨大な巻き物に一斉にその血を垂らしてソレを発動させた。

 

――――口寄せの術

 

 全員がそう念じると同時、巻き物の上から巨大な蒸気船が現れた。

 船の上には天守閣のような建物が建てられており、所謂「城船」というべき形を持った蒸気船だった。

 それに続くようにして並んでいた巨大な巻物から次々と同じ形の船が出てくる。

 彼ら、暗殺組織・天照院奈落の専用船として製造された船たちが今、一斉にこの船の上にて次々と現れていた。

 次にその船に石炭の燃料を入れたり、何か不備がないかを各グループで点検していた。

 

「一番隊。点検に不備なし。石炭準備よし」

 

「二番隊。同じく」

 

「三番隊。同じく」

 

「四番隊。同じく」

 

 各部隊の隊長が一斉にある箇所に集まり、報告していた。

 その場所は大凡この港を見渡せるほどの高さを持った崖の上、そこにて部下の報告を受けている一人の女性の姿があった。

 他の奈落の隊員たちと同じように黒い僧服を身に纏い、他の者達と違って錫杖を持たぬ代わりに、片手に長鞘の日本刀を持った美女がいた。

 黒い長髪、素顔を三度笠で隠し、異様な雰囲気を放つ女性だった。

 

「ご苦労。出航合図まで待機してて」

 

 女性がそう指示すると同時、各部隊の隊長達は一斉に散開し、元のシフトに戻る。

 彼女の足下にある崖の斜面には大量の烏が止まっており、この烏を使役して彼女は各部隊に指令を出していた。……最後の出航準備のみ各部隊の隊長が直接赴いて報告する事になっていたが。

 

「っ!」

 

 ふと、何かに気が付いたのか彼女は空を見上げる。

 ……一羽の黒い烏が羽を羽ばたかせながら女性、(むくろ)の元へと目指して飛んできたのだ。

 その烏を視界に入れた骸は即座に刀を持っている方の腕を前方にかざし、そこに飛んできた烏を止まらせる。

 その足には、伝書が巻き付いていた。

 巻き付いた伝書をもう片方の腕にて器用に解き取り、その内容を見た。

 

『其方に一任する』

 

 それだけ。たったの一文それだけだった。

 骸はご苦労、と懐から餌を取り出してソレを烏に与えた。

 カー♪、と嬉しそうに餌を嘴でキャッチした烏はそのまま骸の足下の崖の斜面で休憩を始めた。

 

「……決め兼ねてるのね、朧」

 

 伝書の一文で自分の上司の心情を察した。

 予想通りといえば、予想通りだった。

 いくら向こうの依頼人が偽りの依頼を出して、そのおかげで此方(奈落)の計画にまで支障をきたすとなれば、殺す以外に選択肢などあるまい。

 それは向こう(木の葉)にしても同じ事だろう。

 いくら恵まれた土地から来る風評で「甘ちゃん」と他里から罵られているとはいえ、仮にも忍五大国の一が保有する忍里だ。

 偽の依頼を出されるのは、もう舐められてるのも同然と見るべきだ。

 即刻依頼人も狸ジジイ(ガトー)ともども切るべきだと骸は断じている。

 だが、問題なのは――――

 

(三代目だったら、許してしまいそうなのが怖いわね)

 

 怖い、というよりは嘲笑うように言う骸。

 

(ふざけないで……)

 

 故に、骸は内心で憤る。

 思う通りに三代目ならば本当に偽の依頼を出されても、「貸し」と言っておいて、許すのも同然の発言をするのは目に見えている。

 ――――なら、コチラの言い分はどうなるの?

 偽の依頼人は殺すべきだ。いや、これが他里であるのならその依頼人はとっくに首を刎ねられているに違いなかった。

 それが未だに存命しているなど、三代目の甘さにはほとほと呆れる。

 彼女の上司である朧だって、内心で切る事に賛成しているかもしれないが(※してません)、結局は三代目次第となる。

 ――――なるほど、朧が自分に判断を委ねてくるわけだ。

 何故なら、現在三代目、ひいては木の葉に一番近い位置にいるのは骸が率いる部隊であるからだ。

 もしこれで依頼人の命を助ける選択を選んでしまえば、舐められるのは木の葉ではなく――――

 

(他の者ならともかく、貴方は、貴方だけは舐められてはいけない!)

 

 彼がどれだけ己の命を削って今の地位にいると思っているのだ。

 そんな彼の努力を、米粒一つ分でも無駄にするような奴らを、骸は決して許さなかった。

 

(朧……馬鹿な人、私の、運命の人……)

 

 あの頃から、ちっとも変わってない。

 あの時も、骸がダンゾウに目を付けられている事を危惧して、自身がそれ以上にダンゾウに目を付けられているであろうにも関わらず自分で……。

 今だって、あの水影と青という男に写輪眼を見せないようにと、表面上はただ上司として忠告しているにも関わらず、その実骸の事を心配してくれるのが丸わかりである。

 水影と青については何故そのような事を言ってきたのか分からなかったが、十中八九骸の事を思って言ってくれていたのが彼女には丸分かりだった

 ……昔から、不器用で、優しい人なのだ。

 

 彼に命じられるのであれば、如何なる叛逆者の首だって取ろう。

 大陸の向こうにいる大名の首を刈れと言われれば、すぐにでも狩りに行こう。

 彼が望むのであれば、彼の人生の根底を狂わせた日向一族ですら根絶やしにしてみせよう。

 更にドーナッツを大量にサービスしてくれるのであれば、一族郎党の首全てを持ち帰って、並べて見せよう。

 

 故に、その偽の依頼を出した叛逆人は――――

 

「……」

 

(どの道、殺るにせよ、殺らないにせよ。筋を通しておく必要はある)

 

 刀の鍔を鞘から押し出し、そこから刀の刀身の根本が少し顕になる。

 

「――――そうでしょう? 命知らずの依頼人(叛逆者)さん?」

 

 根本の刀身には、まだ見ぬ獲物を見定めるように光る、三つの黒い勾玉模様の入った赤目が映っていた

 

 

 




うちはだし、ま、多少はね?


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大名と奈落

 奈落が創設されるよりも前の話。

 朧がまだ日向コヅキと名乗っていた頃。第三次忍界大戦最中に大名の娘を守り通し、大名に気に入られたコヅキが大名側近の護衛として引き抜かれ、4代目に大名直属の暗部を設立すると告げ、人員を集めた直後の出来事である。

 

「……のう、コヅキよ」

 

 火の国大名、すなわちこの国で最も立場の高い地位にいる男が自分の横で護衛しているコヅキに問うた。顔に傷を残してまでして娘を守り通したコヅキを気に入っているこの火の国大名は、お世辞にも相応の威厳を兼ね備えているとは言い難い。国のトップに立つ人間としては些か楽天的な性格をしているのも難点であったが、それでも争いを好まない暖かい人間であることをコヅキは知っていた。

 

「余はとても疑問に思うのじゃ。あのような者らを集めたとて一体何になるというのかえ? 其方は余を守るための組織を結成すると言っておったが、それは木の葉に一任してもよいのではないのかえ?」

 

 大名の疑問は尤もな事だった。コヅキが自らを取り立ててくれた大名への恩返しとして、大名直属の忍勢力を結成するために集めた抜け忍たちを思い出す。元々が木の葉ではない他里の出身である上にその出身もバラバラ。おまけに火の国と敵対していた国の隠れ里の忍びもいる中で、彼らが組織として纏まるなど夢のまた夢の話である。大名だけでなく、四代目火影やダンゾウも同じ疑問を抱いているだろう。

 

「態々余所の忍、それも抜け忍を集めるくらいならば、最初から木の葉の忍たちの中から選抜した方がよいと余は思うのだが……さすがに余とてあの者らが勲章を与えたとて従うとは思わん。それは“白い牙の再来”と謳われた其方が一番理解しているのではないかえ?」

 

 直属の護衛組織を設立するならば、一番信頼できる自国の隠れ里から選抜するのが一番だ。現に原作では守護忍十二士と呼ばれる12人の精鋭によって構成された木の葉の忍たちによる直属の護衛部隊が結成されていた。態々自分一人を守るために数だけの寄せ集めの者達、それも抜け忍たちを集めるなど、普遍的な意味でも、火の国の体裁的な意味でも疑問が沸いてくるのだ。

 

「殿の疑問は尤もなことで御座います」

 

 コヅキは表情一つ変えずに答える。当然の疑問とばかりに受け止めたコヅキは、大名のそのような疑問をあらかじめ予期していたと言わんばかりに冷徹な表情のまま答える。……痛い所を突かれて内心冷や汗を流していたのは内緒である。

 

「第三次忍界大戦が終結し、各大国が軍縮のため里の戦力規模を縮小したのは殿も存じていると思います」

「……ふむ。それがどうかしたのかえ?」

「私めが殿をお守りする私兵組織を結成すると宣言してから、早々にあの人数の抜け忍を集められたのは偏にそのような事情が絡んでおります。軍縮により多くの里の忍が己の牙の使い所を見失い、里を抜ける。私が集めた奴らは謂わば、そのような牙の使い所を見失った野良犬を拾ったようなもの。奴らも機密の漏洩を恐れた自里からの処分から身を守る後ろ盾を欲する。組織結成という名目(えさ)の元に野良犬をつり上げるのは、容易きこと。おかげで時間をかけることなく人員を確保できました」

「……さ、左様であったか……」

 

 聞きたくもない事情を聞いてしまい、青ざめた表情を浮かべる大名。

 

「矛先を見失った野良犬の所業など知れたこと。抜け忍たちの大半が犯罪に手を染めるのはそのような事情もあります。故に、そうなる前に奴らの収まる鞘を作ることこそ、その抜け忍たちの犯罪件数の減少にも繋がることでしょう」

「……なるほどのう、そこまで考えておったか! さすがは“白き牙の再来”といったところかえ!」

「勿体なき御言葉。ですが、理由はそれだけでは御座いません」

 

 コヅキは大名へ向き直り、より詳しい事情を説明する。

 自らをブラック企業から解放してくれた大名への恩義を報いるため、時間はかからなかったとはいえせっせと集めた人員だ。組織を結成させるだけの十分な説得力を持つ理由をより明確に説明せねばならない。さっき言った理由は謂わば火の国にあらず世界的な情勢を踏まえた上での理由だ。大名、ひいては火の国のみに利のある理由を説明せねばなるまい。

 

「私が奴らを殿を守るに値する人材と判断したのは、何も実力だけではありません。殿、第三次忍界大戦が勃発した理由、覚えておいでですか?」

 

「確か、第二次忍界大戦以降の我が五大国の統治が揺らいだことで、国境付近での小競り合いが続いた結果、戦火が拡大していったと記憶しておるが……」

 

「はい。第三次忍界大戦とは謂わば、第二次忍界大戦の延長のようなもの。三代目風影の死亡により、その火種は決定的なものとなりました。……殿、ここまでの話を聞き、何か気付いたことはありますか?」

 

「……はて、何も見当がつかぬが、なにかあるのかえ?」

 

「殿、戦争とは基本的に国が起こすものです。ですが、第二次の延長となったこの第三次忍界大戦は、その火種の大半は他国の里に対しての憎しみ、恨み、妬みなどを長きに引っ張った忍たちによるものなのです。里と国が対等なのは、偏に武力と権威を分かつため。故に武力の面を背負う里の者たちに多くの犠牲者達が出るのは自明の理」

 

「確かにのう。このような戦の時代において人質として狙われるのは儂のような一国の大名や要人であるが、やはり犠牲になる者の多くは兵力として戦に参加した忍たちじゃな」

 

「その通りです。力なき国民はともかく、我ら忍には報復を成せるだけの力を備えていました。故に、その力が火種となり、再び戦を招いた。……そろそろお気づきになられましたか?」

 

「もしや……」

 

 ここまで聞かれれば、さしもの大名にも察しがついた。これではまるで、各国が抱える忍び里が原因で戦争が起こっているようなものではないか。

 

「戦とは本来、国が起こすもの。まかり違っても忍び里が起こすことはあってはならないのです。ですが、三度の戦争の禍根を背負わされ蓄えられた今となっては、里そのものが戦争を起こしかねない状況にあるのです」

 

 原作で言うのであれば、シカマルが例にあげた、戦争勃発の原因。暁に入ったサスケが雲隠れの里の人柱力、キラー・ビーを攫ったことが原因で木の葉隠れの里と雲隠れの里との間に不穏な亀裂が入った出来事。そのときシカマルがサクラや仲間達を諭すために説明した戦争勃発の原因。恨みを恨みで返し、気がつけば戦争だと、シカマルは仲間に諭していた。そのシカマルが挙げた原因の中に、国が関わっている要因が一つもなかった。

 暁という共通の敵がなければ、国が関わらない里同士の諍いで戦争が起こると、暗に告げていたのだ。それを思い起こしたコヅキは、更に深く説明する。

 

「現に、私が集めた抜け忍どもは、特定の里に恨みをもつものはいれど、国そのものに恨みを持つものはほとんどおりませんでした。抜け忍たちですらこの状況。現に里に属する忍たちについては、いわずもがなといった所でしょう」

 

 その恨みの始まりを作ったのは、確かに国だったかもしれない。第一次忍界大戦での千手一族とうちは一族の長きに渡る因縁は、一方の国がうちは一族か千手一族を雇えば、もう一方の国がもう片方の一族を雇うといったことが繰り返されたことによって重ねられたものだ。手を取り合う機会もなく禍根という溝だけが深まっていった原因は、確かに雇う側であった国にあったのだろう。

 だが、国と里が対等となった今では、禍根を作る側が雇う側ではなく雇われる側になってしまった。それはもう、本末転倒なのだ。

 だからこそ、コヅキに集められた彼らがいるのだ。

 

「余所者を信用できない殿の心情は理解しております。ですが、里に恨みはあれど国に恨みがない。里に肩入れをしない彼らこそ、国に忠を尽くす私兵となりうるのです」

「……」

 

 里同士で戦争になってしまう原因こそが、逆に国に忠を尽くしうる要因として利用できると、コヅキは語るのだ。

 

「今はまだ野良犬の群れに過ぎませぬ。ですが必ずや彼らを、殿を、ひいては国だけを守る徒士衆として纏め上げてみせましょう。何卒、この私に、奴らに、時間をお与え下さい」

「……コヅキ」

 

 感無量、といった表情になる大名。彼は確かに、娘を戦時中守り通してくれたコヅキに全幅の信頼を置いていた。娘も彼を気に入っていたようだった。娘が彼を好いていたのは見て取れたし、義息子として迎え入れるのも吝かではないくらいには気に入っていた。よもや彼がそこまで自分のことを想ってくれていたのが、嬉しかったのだ。

 

 そして暫く時が経ち、抜け忍の寄せ集めでしかなかった野良犬の群れは、大名の瞬く間に変貌していた。互いを信用しない、ただ自らを守る後ろ盾でしかない……国や仲間をそう捉え、纏まりの「ま」の字も見せていなかった彼らは、変わっていた。

 ……群れに交じっていた、一匹の烏によって。

 その烏に羽を貰い、彼らもまた烏となった。

 

 それぞれの隠れ里の額当ては外され、バラバラだった衣装も黒い徒士装束に統一、三度笠を被って顔を隠し、標準武装となった錫杖を引っさげて、自分たちに羽根をくれた烏に片膝をついている。彼らの体の一部に刻まれた八咫烏の入れ墨は、紛れもなく彼らの天に仕える烏として生きる覚悟の証であった。

 服従でもなく、屈服でもない。

 ただ一匹の烏に、ただ一人の少年に尽くさんと、彼らは一つに纏まっていたのだ。

 

「ああ、コヅキ……」

 

 大名はコヅキの、そして彼らの覚悟に心を打たれていた。纏まりのない野良犬の群れを、見事に纏め上げて見せた。声も出ない。とうに枯れた筈の涙が零れてくる。

 自分は何て幸せなのだろう。自分のために、国のために尽くしてくれる忠臣を持てて、何て幸せなのだろう。

 戦争で手柄を挙げた忍には、適当に名付けた勲章と大金を手渡す。それが戦果を挙げた里の忍に対する大名の対応だった。コヅキもその例に漏れない。勲章を手渡し、大金を与え、自分の側近の護衛として選抜する。それが大名がコヅキに与えた精一杯の報償のつもりだった。

 だが、それではもう足りない。それ以上のものを大名はコヅキから貰ったのだ。彼の頑張りに、その忠誠に報いるために、己ができることは――

 

(余も、頑張らなくては)

 

 大名はコヅキに説明された護衛組織結成の背景を思い出す。原因は里が起こす戦。国の武力そのものとして戦争の負の側面を背負わされ続けた彼らは、時に関係のない人々や、戦火に関わらない国の要人などを多く巻き込み戦うだろう。

 だが、最初にソレを背負わせたのは紛れもなく国側なのだ。コヅキに説明されたことで、大名はようやく里と国の見えない溝を認識した。

 

(あやつらには、木の葉の里の者達には苦労をかけてばかりであったかえ……)

 

 大本の責任は、最初の戦争を始めた国に、確かにあるのだ。その責任を、国の大名たる自分が背負わないわけにはいかないではないか。

 彼らに依頼を出し、報酬金を支払う。時には戦争の武力として駆り出す。それだけの関係に、何の対等性があろうか。それは一種の無責任ではないのだろうか。

 

(歩み寄ろうかえ。少しずつでいい、里の者達に―)

 

 この日から、火の国大名の意識は大きく変わった。

 

 一方、当のコヅキはいうと――

 

(あれ、何で皆俺に片膝突いてんの? 何で皆何処かで見覚えのある衣装着てんの? 何で皆して錫杖持ってんの? あれか、俺が調子乗って朧さんロールして錫杖振り回してたせい? 何そのみんな真似して持ってたらいつの間にか標準装備になってた的なノリ? ……というか何で俺こんな僧服なんぞ着てるんだ!? そんな錫杖チリンチリン鳴らしてたら忍者も暗殺も糞もないだろうがぁ!? 何だ、どうしてこうなったんだあああぁあぁ!?)

 

 日向コヅキ、後の朧。たった14のガキに元抜け忍たちが妙な装束を着て片膝を突いている状況に内心パニックである。

 確かに殿に恩を返すために組織を結成したが、本人は自分が頭領になる気なんてこれっぽっちもなかった。適当に集めた抜け忍の誰かから頭領を決めて貰って大名の護衛という役職も彼らに押しつけて自分は戦の報償で貰った大金で悠々自適に暮らす計画を立てていた中身屑野郎である。

 大名や火影に説明した国や里、戦争などの話も組織を結成するために適当にでっちあげた方便でしかなく、組織を結成し終わったらそれで恩返しを終えようと思っていたのである。せめてノブメだけでも生活費と住居をあげて組織を抜けさせようとしたが、当の彼女は自分に付いていくの一点張りである。

 

 衣装と装備を統一し、纏まり始めた組織は「天照院奈落」と名付けられ、コヅキは朧と改名し、ノブメもまた骸へと名を変えた。

 衣装といい、面子といい、組織名といい、どう考えてもアレである。

 

(どう見ても銀魂の天照院奈落ですッ!!! 本ッッッッ当にありがとうございましたあぁぁぁああぁあぁっ!!!)

 

 そこからはもう、後戻りがきかなかった。原作にあまりに介入しない国の組織故、原作改変は大して起こらないだろうと彼は高を括っていた。

 組織の規模も所詮は一里の暗部程度のもの。木の葉の里の規模や、ましてや原作(銀魂)のように銀時たちに倒されてもワラワラとゴキブリのごとく沸いてくるような規模の組織になり得る筈がなかった。原作(NARUTO)改変など、起こりよう筈もなかった。

 

 だが、彼はそこからも色々やらかした。ある時、人員の補充の問題解決を頭領としてやらざるを得ない場面に直面した。仕方なく解決策に乗り出すまではよかったのだが、他にも方法はあるだろうに、あろうことか軍縮により各小国から破棄された隠れ里を次々と買い取って奈落の養成機関に立て替えてしまい、人員が一気に増えて木の葉の里に並ぶ程の規模の組織に成長してしまったのである。

 もはや改変どころではない。完全に原作をぶち壊す規模である。

 おかげで今や一暗部どころか木の葉の対となる忍勢力として認知されてしまった。

 

 原作(銀魂)とは違う理由で結成されたこの世界の奈落であったが、やはり天照院奈落という名の運命から逃れることはできなかった。

 最初は大名の護衛という名目で設立された筈が、気がつけば原作みたく色々な暗部に手を染める禁忌の組織と化していたのである。中には大名には言えないであろう所業すら平気でやる。

 国を里の火種から守るために設立した筈の組織が、気がつけば火種をふりまく側になっていた。不幸中の幸いにも他里や他国の警戒が頭領であるコヅキもとい朧や組織に集中していたせいか、大名や国そのものに対するヘイトは薄い。隠れ里にとって大名とは所詮それだけの存在だからということなのだろうか。

 九尾事件で駆けつけなかったことや、仕事の一部を牛耳ってしまったことも相まって木の葉の里との表向きの関係は最悪である。

 そもそも奈落を名乗る前からこの組織は色々と危うい部分を抱えてはいた。抜け忍の集まりであるということは、すなわち出身の里の機密を持っているという事実に他ならない。それが集まるだけならばまだよかったが、それらが組織として一つに纏まってしまったのだ。これだけでも警戒に値するというのに、今度はそれが一里丸々取り込んで元々その里にあった機密や禁術と一纏まりになってしまったのだ。

 これだけのことをたった一人でやらかしておいて、警戒するなというのが無理な話である。

 

 奈落の頭領として担ぎ上げられてからの本人の心労は、間違いなく本人の自業自得であることを忘れてはならない。

 今日も、そんな因果応報な心労を抱えながら彼、日向コヅキ改め朧は奈落の首領として頑張っていくのであった。

 

 

     ◇

 

 

 多数の部隊を乗せた奈落の蒸気船が波の国へと進行していく、先行部隊と共にあらかじめ波の国に潜伏した頭の朧に変わり、この部隊の指揮をとるのは、うちはノブメ――もとい(むくろ)だった。

 他の奈落の忍たちと同じく黒い徒士の装束を着込んだ彼女は、まだ見ぬ波の国の地を無機質な眼で見つめる。

 木の葉の7班に嘘の依頼を出した者を切るか否かを烏を通じて頭である朧に問いただした骸であったが、帰ってきた返答は「お前に任せる」という内容だった。

 朧もまたそれを決めかねているということに他ならない。故に、この決定は骸に一任されている。

 タズナを切るか、否か。

 

 骸は副官として考える。

 骸本人としてはタズナを切る事に異論はない。五大国が一が保有する忍び里に嘘の依頼を出したのだ。切る大義名分は十分に此方にある。

 だが、同時に疑問に思うのだ。

 

「なぜ、そうまでして抗おうとするの?」

 

 三代目ヒルゼンから第7班が受けた依頼の内容は聞いている。嘘の依頼ではあるが、橋が完成するまでの間の護衛という内容は変わらないらしい。

 ガトーカンパニーによって支配されている波の国。大名にもBランク以上の依頼を出せる金はなく、確かに支配しやすい国でもあるだろう。

 水の国と火の国を戦争させ、その利益をかすめ取ろうとするのならば、確かにこれ以上にない場所に波の国は位置している。

 水の国と火の国を跨ぐ海の中に浮かび、雨隠れの里を保有する国のように五大国と陸続きで囲まれた地形ではないため戦場にはなりにくく、かつそれぞれの国に武器や兵器を長くない航路で提供できる場所だ。

 なるほど、ガトーもよく考えたものだ。

 とはいえ、疑問も沸いてくる。

 

(いくら各小国を牛耳るガトーとはいえ、下手すれば五大国を敵に回すような真似、本当にやるのかしら?)

 

 それをできるだけの戦力を保有しているとはいえ、まだバックに何者かがいるのではないかと疑ってしまう。

 ……霧隠れは、今は協力者なので除外する。……砂隠れは、木の葉隠れと同盟を結んでいるとはいえ、奈落や火の国そのものとは何の協定も存在しないので、候補には入る。……岩隠れは、第二次忍界大戦で木の葉と激戦を繰り広げたので、候補には入る。例にもよって土影の発言力が大名よりも高いので、国そのものを動かせる力もある。……最後に雲隠れ、これも候補に入る。元々日向一族の白眼を狙ったことで木の葉とは開戦寸前に陥ってた他、第三次忍界大戦時から白眼に眼をつけていたようで、暗部を動員して分家でありながら呪印を持たなかった当時の朧を付け狙っていたようだ。その結果多くの暗部が彼によって殺され、おそらく当時の朧にやられた暗部の中では一番の被害を出したであろう里だ。そう考えれば白眼の件も踏まえて朧や自分達奈落にも無関係ではない。さらには霧隠れとの関係も良くはない。

 五大国で候補が三つ。国規模や、その他小国を考えれば候補はキリがなく挙がる。

 

(……敵が多くなったものね、奈落(わたしたち)も……)

 

 浮かび上がる候補の数に、骸は思わず内心で自嘲する。国と里の戦力バランスを担う組織。里の火種から国を守り、そうすることで里を守る。それが奈落の在り方だ。木の葉を日の当たらぬ地中から支える根と同じく、奈落も自らの在り方に沿って多くの闇に手を染めてきた。

 地中に潜む根、闇の底の奈落――光が当たれば、必ず影ができる。影には、影の使命がある。その使命が、自らの想い人を苦しめたあの陰険な里の為というのは、骸にとっては業腹なのだが。

 

(五大国に限定すれば、一番の候補は、やはり雲隠れ。木の葉や奈落、そして霧隠れの全てに因縁がある。朧も三代目も、おそらく水影も同じ結論に至るでしょうし。後で調べを入れる必要がありそうね……)

 

 水気で肩にへばり付いた紺色の長髪を、骸は左手でさらっとふり払うことで気を一転させる。ふわりとあがった髪の、その奥には首の後ろに刻まれた八咫烏の入れ墨が覗かれた。バックにいるであろう黒幕のことを考えるのはまだ先だ。今はガトーの首と、そして――タズナのことだ。

 いくら自国のためとはいえ、一職人がそこまでするにはさすがに荷が重い。

 おまけにたった一人で木の葉の里まで歩いて依頼を出してきたということだ、善悪はともかくとして、相応の覚悟で嘘の依頼を出したのは本当のようだ。

 だから――

 

「斬られても、文句は言わないわよね?」

 

 ただ一人行動を起こしたということは、逆に言えば他の国民は諦めているということだ。逆にタズナ一人が行動を起こしたという理由だけで、他の国民が粛正対象になりうる可能性もある。現に、ガトーとはそういう男なのだ。

 それも承知で、一人で背負ってここまできたのだ。

 一人で背負ってきたのならば、死ぬときもまた一人なのだ。

 

「……斬っても…………一人で………ひとり……」

 

 ひとり――そう口にして、ようやく骸の眼に迷いが生まれた。

 そうだ、あの人も一人だった。あの人に救われた里の人間は多くいるのに、里の奴らは一人もあの人を救おうとはしなかった。他にもそういった人間が里にいたことは知っている。うちはシスイ然り、少数で背負おうとするものは必ずその重みに耐えきれず、誰も知らないまま一人朽ちていく。うちはイタチも、骸が今最も敵視しているダンゾウも、やがては同じ末路を辿るのだろうか。

 

(最初は朧についていった里の奴らも、(ひつぎ)を含めて結局は九尾事件で我慢しきれず奈落を抜けた……)

 

 最後まで残った里の者は、自分だけだった。けれど、結局私はあの人をひとりにすることしかできなかった。守られてばかりで、守ることなんてできなかった。だから、今の私にできることは、あの人の障害を取り除くことだけ。そのためなら、何だって斬ってみせる。いつその道に終わりがあるかなんて見当も付かない。

 もし彼がその重みに耐えきれなくなったとしても、骸は朧に従うだけだ。里を想う気持ちよりも、木の葉への憎しみが強くなったのなら、その憎しみに従うだけだ。奈落にいること自体が辛くなったのならば、今度は彼を縛る奈落という組織を敵に回すまでだ。

 朧は今のところその素振りを見せない。故に骸もまた奈落に居続ける。

 それでも、それでも終わりが来るのであれば、願わくば――

 

(もしあの人がコヅキに戻れる日が来るならば、私もまたノブメに戻って――)

 

 思わず頭に浮かんだ夢想を、骸は破棄する。

 今の思考は、一瞬の気の迷いだ。もう自分達に後戻りは許されないのだ。闇の道に足を踏み入れたものは決して戻れない。

 

 では、タズナは?

 未だに一人抗うことをやめない彼は、どうなの?

 一人で背負い立ち上がり、一人で孤独に死んでいくのが定め?

 それを認めるということは、私は朧を――あの人を……。

 

「……斬る前に、見極める必要はある、か……」

 

 真っ直ぐに見据えたその目は、ただ単に自らの中の迷いを、誤魔化しているようにも見えた。

 

 

 一方その頃、先行部隊と共に波の国に潜入していた朧は。

 

(なあにこれぇ……)

 

 波の国の陸地へと運ばれていく兵器の部品群の数々にドン引きしていた。確かにNARUTOにおいても通信機器が登場したりパソコンが普及していたり、かなり昔の出来事として語られたであろう柱間細胞の埋め込み実験の時の回想でさえかなり進んだ科学力が垣間見えていた。

 それを考えればこのような武器があっても決しては、おかしくはないのだが――これは、これはおかしい。世界観が崩壊する。いくら続編の映画に月を破壊できるチャクラ砲が登場するとはいえ、それでもおかしすぎる。

 まだ朧の前世の世界には及ばないとはいえ、ガトリング砲が既にあるのがおかしいのだ。固定式とはいえ、一度連射されればその射程内にいる人間は忍であろうと容易に蜂の巣になろう。

 朧が率いる奈落でさえ蒸気船に積む大砲が精々だというのに、連発して発射できる拳銃、はてには忍用にチャクラを纏った状態で発射できる弾丸もある。

 

 明らかにNARUTO原作の波の国偏と比べてスケールが違いすぎる。今までやらかしてきた原作崩壊のツケが、ここまで回ってきている。

 その事実に、朧は内心身震いするばかりであった。

 

 幸いにして、これらの兵器の扱い方を知る者は、ガトーが雇うチンピラたちや抜け忍たちにはまだ少ない。ガトーとて馬鹿じゃない。これらを持って反乱でも起こされたら堪ったものではないだろう。

 

(とりあえず、こいつらは最終的に資料や設計図ごと爆破して闇に葬るのは決定として――ナルトたちが心配だ……)

 

 朧は現在、変化の術でガトー一派に雇われた抜け忍の体を装って、彼らと一緒に部品を陸地へと運んでいる。共に潜入した奈落の忍たちの一部は既に国民に扮して紛れ込ませている。ガトーを暗殺するための準備は着々と進んでいる。

 ガトー一派に紛れ込んだ霧隠れのスパイの手引きにより、奈落の忍達は次々と町民やガトー一派の抜け忍を装って潜入することができた。

 後は、機を待つだけなのだが、朧には一つの懸念があった。

 それがナルト達についてである。

 こんな命の危険性がありまくりな任務、とっとと奈落の忍たちを総動員してガトー一派を一掃して彼らの命を保障してしまった方がいいだろう。

 波の国の地が血まみれになる代償はあるが、それでナルト達の命が助かるのならばお釣りが帰ってくる。

 たとえタズナが死んでしまったとしても、木の葉のペイン襲撃に関してはヤマトさえいればどうにかなるような気はする。

 

 だが、その判断を下せぬ材料が朧にはある。

 それはNARUTOの成長イベントの喪失である。波の国篇は良くも悪くも主人公であるナルトに忍の世界の残酷さの一端を知らしめ、彼の今後の成長や方針を決めるきっかけとなる大きなイベントだ。

 今まで散々原作を崩壊させておいて虫のいい話なのは承知であったが、それでもあれをなくすことだけは、あってはならない。

 

(タズナに関しては骸に一任したけれど、まあ多分あの子なら斬らないだろう。ああ見えて情には弱いし、根は優しいし。タズナやナルト達が覚悟を見せればなんとか……時々ちょっと怖いけれど……)

 

 斬ったら斬ったで、その時はその時で考えよう。

 

 今、朧の中での選択肢は大まかに二つ。

 とっとと奈落を総動員して殲滅するついでに水影の頼みも達成してしまうか、ナルト達を影で支援しつつガトーの首を取るか。

 奈落の首領としては前者、原作に近い展開を願うのであれば相当なフォローは必要であるが後者だ。おそらく自分だけでは手に負えない、奈落の忍たちを使ってのフォローは必須だ。どのみちガトー一派の勢力に関しては総動員で皆殺しという点は変わらない。

 

(……とりあえず、うまくやろう)

 

 そう意気込みつつ、朧は潜入を続けた。

 

 この時、彼はまだ知らなかった。

 波の国のイベントとかそれ以前に、過去にやらかしてしまった行動によって、ナルトがそもそも火影に憧れていないという最大の原作崩壊をしでかしてしまっていることを、彼はまだ知らなかった。

 

 奈落創設をはじめとしたやらかしのツケは、波のように押し掛かってくるのだ。

 

 




アニメで朧さんが死んでから「書かなきゃ……書かなきゃ……」と自分に言い聞かせながらはや数年……遅くなってすみません!


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選択

前話までの誤字報告、感想ありがとうございます。
最新話をどうぞ。


 ナルトは何も五年前のあの出来事の直後から奈落入隊の夢を持ち始めたわけではない。

 自分を認めない木の葉の里の住民達を見返してやりたいという気持ちは今でも残っていないというわけではないのだ。

 火影になれば、里の奴らも自分を認めてくれる――だから、必死こいてでも火影になることを夢見ていた。

 あの出来事――偶然通りかかった奈落の首領に助けられてからも、火影への夢は持ち続けていただろう。むしろ一層夢への熱意を深めたといってもよい。

 自分の面倒を見てくれた三代目火影とは違い、表舞台で堂々とナルトを身を挺して助けてくれた彼ら。最初は部下に自分の腹の妙な模様に向けて刀を突き立てさせたりして怯えた記憶があるが、それでも彼らは里の住民たちの矛先を自分から逸らしてくれた。わけあって彼ら、天照院奈落という組織は里の住民から嫌われていたようであったが、何故嫌われているのかは未だにナルトは理解できないでいた。そもそも、自分が迫害される理由すら当時のナルトは知らなかったので、そこについては言わずもがなといったところであろう。

 とにかく、たかだか一度助けられたくらいで簡単に自分の夢を変える程ナルトは柔な性格ではない。むしろ、ナルトは精神的な支えを経て、いっそう火影への熱意を強めた。

 一時とはいえ、身を挺して自分を助けてくれた人たちがいたという事実は、ナルトの心の中の強き柱として刻まれた。

 あの後、ナルトは三代目の所へ乗り込み、彼らのことについて問い詰めた。

 

『じっちゃん! あの変な黒い格好をした人たちは誰だってばよ!!』

『変な格好って・・・・・・仮にも大名直属の者らの装束じゃぞ・・・・・・』

 

 そう叫びながら乗り込んでくるナルトに対して、三代目火影・猿飛ヒルゼンはため息をついて呆れる。確かに木の葉の里やその他の里が着る忍装束とはかなり毛色が違う格好なのは確かであるのだが。

 呆れつつも、はしゃぐナルトに対してヒルゼンは彼らのことについて少しだけ教えた。曰く、「里の者ではない、国直属の忍組織の者達である」、と。そしてナルトを助けた彼はその中でも最強の使い手として知られる、組織を束ねる頭領であると。

 名は、(おぼろ)というそうだ。

 

 組織の名は、天照院奈落と呼ばれるものらしい。当時のナルトはうまくその名を覚えられず、とりあえず「ならく」と呼ぶことにした。

 組織の細かいところまでは教えられなかったが、とりあえず、ナルトは自分が思っていたよりも随分と偉い人に助けられたということがわかった。

 

『決めたってばよ、じっちゃん! オレ、火影になってえらくなったら、今度はオレがあの人を助けるってばよ!』

 

 拳を掲げて宣言する幼いナルトに、ヒルゼンは優しく微笑み、「そうか」とだけ返した。

 ナルトが火影を目指す理由が一つ増えた。最初は自分を認めない里の者達を見返してやることだけだったが、新しく自分を助けてくれた人たちに恩返しをしたいと思ったのだ。

 

 その直後であっただろうか。

 急に、ナルトの、火影に対する熱意が冷めていったのは。

 

 あの後すぐだった。

 里の人間たちの自分に対する実害は目に見えて少なくなった。未だに陰口を叩かれることもあったり、怒鳴られることはあれど、直接手を出されることはなくなった。

 里の店に入れば拒絶の意は見せられるものの、店から蹴り飛ばされるということはなくなった。

 幼いながらも自分を助けてくれた恩人の影響を実感したナルトが自分の火影になりたいという夢を再確認した、その時だった。

 別の誰かが、自分と同じように陰口を叩かれたり、周囲から拒絶されているのが目に入ったのだ。

 その人たちに、ナルトは見覚えがあった。あの日、揃ってナルトに暴力を振るっていた里の大人達だった。ナルトを助けに入った朧に言い負かされた里の大人達。

 その大人達が、以前の自分と同じように、同じ里の者達から虐められていたのだ。

 

 迷わず、ナルトは助けに入った。

 相手は自分を虐めていた里の人間だ。それは十分に分かっていた。

 それでも、虐められる気持ちと辛さが分かっていたからこそ、ナルトは助けに入ったのだ。

 虐めていた方の人間は、ナルトが入り込んでくるや否や、苦い顔をしながらも立ち去っていった。去り際に陰口を叩かれたりしたが、そんなものは既に慣れっこだった。

 意に介さずにナルトは虐められていた里の人間に手を差し伸べようとした。

 

 しかし。

 

『化け狐が! オレに触るな! お前が、お前さえいなければ、アイツらさえいなければ、俺は・・・・・・こんな事には・・・・・・ッ』

 

 返ってきたのは、拒絶。

 ナルトの手を振り払った里の人間もまた、ナルトから逃げるように去って行った。

 

 しばらく呆然とするナルト。

 立ち止まりながら、ナルトは里の人間たちについて思い返していた。

 まるで、自分の代わりになったかのように、今度は自分を虐めていた里の人間たちが、虐められる側に回っていた。

 だから、今度は自分を助けてくれたあの人のように、自分が助けると決意して、この有様だ。

 

(――ああ、なんだ)

 

 胸にせり上がっていた熱が、次第に失われていく。

 気がつけば、膝をついたまま、うまく立ち上がることができなくなっていた。

 拒絶された悲しみではなく、空しさに項垂れた。

 

 胸の内の想いは消え去り、(うつろ)だけが残った。

 

(別に、オレでなくてもよかったんだってばよ・・・・・・)

 

 里の人間たちが、自分に揃いも揃って「化け狐」と呼んでいたのを、ナルトは思い出す。

 別に自分が化け狐と罵られる謂われは知らないが、ともかく里の人間たちはその「化け狐」が憎いのだろうということは、頭のよくないナルトでも分かった。

 それが自分の腹の中に封印されている化け物のことをさしていたのだと知るのは、まだ五年も先のことであった。

 

 それでも、当時のナルトには分かってしまったのだ。

 里の人間にとって、忌むべき「化け狐」は()()()()()()()のだと。

 ただ己の鬱憤をぶつけられる、都合のいい「化け狐」がいればそれでよかったのだ。

 本当に憎むべき本物の化け狐には立ち向かう勇気もない。

 いや、化け狐でなくてもいい。ただ憎しみを吐き出せるナニかがあれば、何でもよかったのだ。

 

 そんな奴らに、今まで認めさせようとしていた自分が、とてつもなくバカに思えてきてしまった。

 自分を認めない里の人間たちを見返す――ナルトの火影になりたいという夢の大本の部分を占めていた理由が、失われた瞬間であった。

 だが、まだ理由は残っていた。だがその理由単体では、火影への夢にはたり得ない。

 

 なぜなら、火影にならなくても、それを叶える方法があるのだから。

 

『ならく・・・・・・』

 

 虚空を見上げて、ナルトは呟く。

 

 そうだ。火影でなくても、あの人の隣に立てれば、あの人に役に立つことはできるのではないか。

 ナルトは思いを馳せる。

 国の忍として全国を駆け回り、手柄を立て、やがてあの人の隣に立っている自分を。

 あの変な黒い格好をした成長した自分が、あの人の背中を守っている姿を、夢想した。

 

 (うつろ)になった胸に、再び熱が戻ってくる。

 ナルトの熱い目は、既に里ではなく、国の中心にいる彼へと向けられる。

 

『・・・・・・よしっ!』

 

 思い立ったが吉日。

 拒絶されたショックなど嘘のように消え失せ、ナルトは火影邸に乗り込み。

 

『じっちゃん!! オレ、じっちゃんのいってた“ならく”ってところに入りてーんだけど、どうすりゃあいいんだってばよっ!?』

『ブふぉっ!?』

 

 乗り込むや否や、そんな爆弾発言をかましてくるナルトに、驚きのあまり呑んでいた茶を吹き出してしまうヒルゼン。

 火影への夢を改めて自分に語った昨日の今日でこれである。

 一体ナルトに何があったのかをヒルゼンは小一時間問い詰めたくなるのであった。

 

 

     ◇

 

 

 

 時と場所は打って変わってタズナ達の家では、カカシ達率いる第七班は現在、テーブルの上でツナミが淹れてくれた茶をご馳走になっていた。

 決して狭くはない家内だったが、心なしかそれよりも広く感じてしまうのは、果たして自分の気のせいだろうかと、カカシは思った。

 その理由を知るきっかけを、カカシの部下であったサクラが作ることとなった。

 

「あの~。なんで破れた写真なんか飾ってるんですか?」

 

 両手を後ろに回しながら、サクラが壁に飾ってある写真の前に立ち止まり、タズナに聞いた。7班の依頼主であるタズナ、娘のツナミ、そして息子のイナリが笑顔で写っている。

 イナリの左側にタズナが、右側にツナミが、それぞれ小さいイナリに合わせるかのようにかがみ込む体勢で写っていた。ここまではまだ普通の家族写真のように見える。

 だが、写真に写っている人影はタズナやツナミ、イナリだけではなかった。

 もう一人、イナリの頭の上に手を乗せ、撫でている人物が写っているのだが、その人物の顔が写っている部分が写真の左上からかけて破られていたのだ。

 体つきからしておそらく鍛えられた成人の男性だということがみてとれた。

 

「イナリくん、食事中ずっとこれ見てたけど、なんかうつってた誰かを意図的に破ったって感じよね」

 

(・・・・・・サクラ、そこは多分触れちゃいけないところだと先生は思うぞー?)

 

 内心で部下にそう突っ込みつつも、カカシもやはり気になっていたのか、タズナたちを一瞥する。

 そこには、表情に影を落とす家族三人の姿があった。

 タズナは深刻そうな顔で視線を下に、ツナミは食器を洗う手を止め、イナリに至っては俯いて表情を確認できない。

 

「あ・・・・・・」

 

 そんな三人の重い空気を感じ取り、サクラはようやく己の失言を自覚する。

 木登り修行に明け暮れていたナルトやサスケとは違い、一日中護衛としてタズナに付き添っていたサクラは、二人よりも多くこの国の現状を目撃している。

 活気のない町民たち、店とは名ばかりのほとんど何も置いていない店舗、路上の隅で座り込んで寝ているボロボロな姿の子供、平気で盗みを働こうとするもの。

 とにかく、この国の町民は皆貧困に苦しみ、活気は消え、諦めと絶望に満ちていた。

 さっきまでツナミが出してくれた料理を遠慮なく吐いては食べているナルトやサスケはその事情を深く知れず、故にカカシ以外にサクラの失言に気付けたのは他ならぬサクラ自身のみだった。

 

「ご、ごめんなさい。やっぱりなんでも・・・・・・」

「いいのよサクラちゃん。その人は・・・・・・私の夫よ」

 

 一瞬、食器を洗う手を止めていたツナミがサクラを慰めつつ、答える。

 

「・・・・・・かつて・・・・・・国の英雄と呼ばれていた男じゃ・・・・・・」

 

 タズナがそう口ずさんだ瞬間、突然席を外すイナリ。

 そのまま食卓から立ち去り、ドアを開けて部屋から出て行ってしまった。

 バタンッとドアが思いきり閉められたことから、口は動かずとも相当感情的になっていることは誰がみても明らかだ。

 

「イナリ!」

 

 ツナミもまた慌ててイナリの後を追うように部屋から出て行く。

 しばしの沈黙。

 気まずそうに、サクラは二人が出て行ったドアを見つめ、自分も追った方がいいかと思い悩んだが、カカシが首を横に振り、暗に「そっとしておいてやれ」と伝える。

 

「カカシ先生・・・・・・」

「・・・・・・イナリの前で、アイツの話をしようとすると決まってああなるのじゃ・・・・・・」

「何か、ワケありのようですね」

「・・・・・・ああ。イナリの前で言うのは気が引けたが、それでも、儂はお前達に話す義務があるじゃろう。わし等家族が、こうなってしまった理由(ワケ)を・・・・・・」

 

 間に沈黙を置き、すぅっと息を吐いたタズナは話し始める。

 

「イナリには血の繋がらない父親がいた。超仲がよく本当の親子のようじゃった。あの写真のように、あの頃のイナリはほんとによく笑う子じゃった」

 

 破れた写真を見上げ、懐かしそうにタズナは語る。

 

「・・・・・・しかし・・・・・・しかしッ」

 

 タズナの体がプルプルと震え始める。

 ポトリ、とタズナの頬を伝ってソレは食卓の上に垂れ落ちた。

 タズナは、悔しそうな表情で涙を流しながら、続けた。

 

「イナリは変わってしまったんじゃ・・・・・・父親のあの事件以来・・・・・・」

 

 タズナは説明する。

 三年前、イナリはある男と出会った。三人のいじめっ子がイナリが飼っていた犬を取り上げ、一人がその犬を海へ投げ捨てた。投げ捨てたいじめっ子は続けてイナリも海へ突き落とす。うまく泳げず海に溺れそうになり、もがくイナリ。

 同じく海へ投げ捨てられた犬、ポチは犬かきを覚えて自力で陸に上がったのだ。・・・・・・イナリには目もくれずに。

 いじめっ子からも、飼っていた犬からも見捨てられ、溺れて意識を失ったイナリを助けたのは、一人の男だった。

 

 男の名はカイザ。国外から夢を求めてこの波の国にやってきた漁師だったのだ。

 

 ごくり、と誰かが息をのむ。

 タズナの話を聞いて息をのんだのはナルトだった。

 

(まるで、あの人みたいだってばよ・・・・・・)

 

 思わず、ナルトはそう思った。

 勿論、ナルトとその人の関係と、イナリとカイザの関係はまったく異なる。

 片や一回助けられ、一方的に憧れているだけ。

 もう一方は、助けられて以降、実の親子のように生活してきた仲。比べるのがお間違いというものだろう。

 それでも、里の人間が助けてくれない中で、唯一ナルトを助けてくれたのはあろうことか里外の人間であったこと。同年代の子供に虐められ、友達からも見捨てられ、そんなイナリを助けてくれたのは国外の人間であったこと。

 同じく外の人間に助けられたという面でナルトはイナリにシンパシーを少しだが感じたのだ。

 

 ナルトの感傷を余所にタズナの説明は続く。

 助けられて以来、イナリはカイザになつくようになり、タズナやツナミが家族の一員としてカイザを迎えるようになるまでに時間はかからなかった。

 そして、波の国の人々からも熱い信頼を受けていたカイザはあることを契機に、波の国の英雄と呼ばれることになる。

 雨により川の堰が開いてしまい、D地区が全滅の危機に陥ってしまう。

 堰を閉じる手段はロープをかけて堰を引っ張ることだが、それには誰かが激流の中を泳いでロープを堰までかけなければならなかった。

 誰もがその役を引き受けたがらない中で、その役を引き受けたのがカイザだった。

 激流の中を泳ぎながらカイザはロープを堰にひっかけ、彼の活躍によりD地区は救われた。

 この件で、イナリはカイザをより慕い、憧れるようになったのだ。

 

 ・・・・・・だが、その英雄の最期はあっけなかった。

 ガトーがこの島に来て、そしてある事件が起こった。

 

「カイザは皆の前で・・・・・・ガトーに公開処刑されたんじゃ!」

「え?」

 

 呆然となるサクラ。

 ナルトとサスケも目を見開いて冷や汗を流す。

 

 財力と暴力をタテに入り込んできたガトーに、カイザは波の国を守るため異を唱えたのだが、ガトーは目障りなカイザを、テロ行為を行い国の秩序を乱した犯罪者として捕らえ、カイザを慕っていた多くの島の人間たちへの見せしめとして、両手をもがれ、十字架に磔にしたカイザを部下に処刑させたのだ。

 

「それ以来イナリは変わってしまった・・・・・・そしてツナミも、町民も・・・・・・」

 

 如何に国を救った英雄であろうと、圧倒的な力の前には何も成す術もなかったのだ。

 自分にとっての憧れの父親を、自分にとっての英雄を目の前で殺されたイナリは、己の無力に苦しみ、ガトー一派の力に対して絶望してしまった。

 父親を奪われた怒りに燃えようとも、そんな力は自分にない。

 ずっと自分を守ると誓ってくれた英雄の死、仇を討つことも出来ない己に対する失意のあまり、諦めてしまったのだ。

 

(・・・・・・イナリ・・・・・・)

 

 食卓に突っ伏せた状態で顔だけを上げながら、ナルトはイナリのことを考える。

“ヒーローなんてバッカみたい。そんなのいるわけないじゃん!”

 ここに来てから、自分に対して冷たく言い放ったイナリの言葉が脳裏に過る。

 最初は苛立ちのあまり突っかかってしまったが、あの後、ナルトはイナリが自分の部屋で何度も「父ちゃん」と連呼して影で泣いていたのをナルトは知っている。

 ナルトには生まれたときから親と呼べる存在がいない。

 故に、親を失ったイナリの気持ちを理解できるとはいえない。

 

 でも、ナルトは知っている。

 あの日自分を助けてくれた背中を。

 顔は見せてくれず、その男はただ背中だけで語った。

 顔も合わせず、言葉も交わさなかった。

 

 それでも、ナルトはその男から勇気をもらった。

 自分を助けてくれた人がいた――自分と何の分け隔てもなく接してきてくれた人間は何人かいる。でも、あんな風に身を挺して助けてくれた人がいたのだ。

 その事実は、これまでのナルトの心を支える柱となった。

 

 だから、証明しなくては!

 

 なのに、なのに!

 

(震えが・・・・・・止まんねえ・・・・・・)

 

 手の平を見つめれば、またあの光景が蘇る。

 生暖かい感触、赤く濡れた掌。

 いくら洗っても、その返り血を拭い取っても、その光景だけは頭から離れない。

 これが武者震いであればどんなによかったことか。

 

(武者震い、なんかじゃねえ。本当に怖えんだ、オレってば・・・・・・)

 

 一度味わってしまった感触は、中々離れない。

 自分の血なら腐る程見てきた。だけど、他人の血には慣れていない。

 だから、この震えは当然のもの。

 それでも、やらなければならない。

 

(だから・・・・・・頼む、止まってくれってば・・・・・・! 震えるんなら後からだってできる。今は、今は――!)

 

 気がつけば、ナルトの足もまた外の玄関へと向かっていく。

 イナリやツナミが出て行ったドアとは、正反対の方向。

 逃げるのではなく、証明すべくナルトは立ち上がった。

 

「何やってんのナルト・・・・・・」

 

 立ち上がったはいいものの、修行の疲労で勢い余ってこけてしまったナルトにサクラが突っ込む。

 ナルトの意図を察したカカシが、制止の声をかけた。

 

「ナルト、修行なら今日はもうやめとけ。チャクラの練りすぎだ。これ以上動くと死ぬぞ?」

「・・・・・・へへッ、カカシ先生。オレ、決めたってばよ!」

「・・・・・・ナルト?」

 

 あの人は、ずっと自分の英雄だった。

 例えあの人が自分を覚えてくれなかったとしても、今までずっと自分にとって心の支え(えいゆう)として頭の中にあった。

 イナリは、自分の中の英雄を見失って、道に迷っているだけなんだ。

 だが、ナルトは思う――見失っているだけで、イナリの中にはちゃんと英雄カイザが残っていると。

 その英雄を思い出させるためには、まずは自分が証明しなければならない。

 

「この()()が・・・・・・この世に英雄(ヒーロー)がいるってことを、思い出させてやる!!」

 

 気がつけば、震えは止まっていた。

 

 

     ◇

 

 

 ガトーのアジト。

 ガトーの居座る社長室にて、その騒ぎは起こっていた。

 

「おい、ガトー」

「ガッ、アッ――」

 

 口を包帯で覆い、右腕に松葉杖を持った男――桃地 再不斬が、あろうことか雇い主のガトーの首根っこを左腕でつかみ、掲げるように持ち上げていた。

 

「は、離しやがれこの――」

「この、何だぁ?」

「ヒ、ヒィッ!?」

 

 苦渋に満ちた表情ながらも文句を言おうとしたガトーであったが、再不斬の眼力に怯えて言葉を失ってしまう。

 ――こいつ、つい先日まで動けなかった筈だろうッ!?

 ガトーは内心で自分の首を掴んで持ち上げている化け物に悪態をつく。

 まだまともに戦える状態ではなく、松葉杖を突いて歩くのが今の再不斬の精一杯だ。

 それなのに、もうここまで力があるこの男は、ガトーにとっては化け物以外の何者でもない。

 

「抜け忍たちの間でちょっとした噂があってなぁ――テメエ、カラス共に手を出したっていうのは本当か?」

「カ、カラス!? 一体何のこと――」

「天照院奈落。火の国大名直属の暗殺組織――同じく火の国が所有する木の葉隠れの里と対をなす忍勢力だ。知らねえとは言わせねえぞ?」

「ぐッ・・・・・・」

 

 ガトーは視線で護衛の二人――ゾウリ、ワラジに目をやるが、肝心の二人は部屋の隅で白に取り押さえられている。

 今ここでこの騒ぎを伝えようにも、その前にこの男が自分の首を握りつぶすであろうことくらいは目に見えている。

 故に、ガトーは抵抗できない。

 

「戦争を起こして金儲け――ああ、結構だ。好きにやりゃあいい。オレのような抜け忍にも金が入るようになる。

 だがな――オレがテメエから受けた依頼はタズナっつーじーさんの始末だ。その護衛の木の葉の奴らの相手はまだしも、奈落の相手をするとは聞いてねえ。

 答えろ。テメエ、奈落を敵に回しやがったのか?」

「ま、回して、なん、か、いねえッ・・・・・・確かに、戦争を、起こすために、火の国の大名に・・・・・・刺客は、放った・・・・・・けど、私の仕業とは、バレて、ねぇ・・・・・・」

「ほぅ、なら聞こうか? その刺客は帰ってきたのか?」

「・・・・・・そ、それはッ・・・・・・」

「テメエの仕業とバレねえ保証が何処にある? 捕まった刺客が喋っちまったとかは考えねえのかよ?」

「どのみちッ・・・・・・手なんか、出せやしねえ・・・・・・ッ、こっちには人質がいる。この国だけじゃねえ・・・・・・今まで乗っ取ってきた国、企業、そいつら全員、人質だ・・・・・・ッ」

「奴らに、そんな道理が通じると思ってんのか?」

 

 ガトーの楽観的思考に再不斬は呆れる。

 天照院奈落――第三次忍界大戦終戦直後、一人の英雄によって設立された暗殺組織。里のためではなく、国のために動く彼らは、終戦直後の国に及ぶ里の火種を消して回るため暗躍し、瞬く間に各忍び里に名前が知れ渡った組織だ。

 瞬く間に木の葉と並ぶ程の勢力に達した成長力。国におよぶ火種を消すためならいかなる冷酷非道な手段も辞さず容赦なく暗殺もしくは粛正に回った組織。組織の設立者にして組織の首領である朧は、木の葉の闇と謳われるダンゾウと並んで各国、各里から警戒される人物である。

 そんな彼らが、今更人質程度で戸惑うものか。

 

「おい、ガトー。約束しろ。タズナの始末は引き続き続行してやる。だが、もし奈落を相手にするようなことがあったら――」

「わ・・・・・・っかった。払う。追加分の金を払う・・・・・・ああくそッ、態々、高い金・・・・・・払ってるのに・・・・・・この、がめつい野郎がぁ・・・・・・ッ」

「――ふん。その言葉、忘れんなよ」

 

 ガトーを床に置いて手を離す再不斬。仮にも雇い主、しかも隠れ家を提供してくれる金づるだ。そう簡単に死なれては再不斬も困るというもの。

 

「・・・・・・大変なことになりましたね、再不斬さん」

 

 白が近づいてくる。

 

「ハッ、新参のカラスどもにオレをどうにかできるわけねえだろ。無論、カカシにもな」

「・・・・・・あまり無茶はしないで下さい。やっと歩けるようになったんですから。奈落や木の葉の皆さんを相手取る前に、まずは体の方をどうにかしないと」

「・・・・・・分かってる。奴の写輪眼は既に見切った。次は、仕留める」

 

 

     ◇

 

 

 時は既に深夜。

 タズナ達三人家族も眠りにつき、部下達も夢の世界へ旅立っている頃、カカシは一人タズナの家を出てナルトを探していた。

 そして案の定、木登り修行に使っている木の下でナルトは熟睡していた。

 

「・・・・・・やれやれ、こんな所で寝ていたら風邪ひくぞー?」

 

 カカシはナルトには聞こえていないと分かりつつも、困ったように笑いながらナルトの隣に座る。昨日まで人殺しで一人震えていた子供だったのが嘘であるかのように、間の抜けた面でナルトは熟睡している。

 寝る子は育つ――いい傾向だなとカカシは一人納得し、再びナルトの寝顔を一瞥する。

 

(とりあえず、ある程度は吹っ切れたか)

 

 ほっと安心したようにカカシは息を吐く。

 初めて人を殺した恐怖を味わい、さらに再不斬がまだ生きていると知りながらも、この少年は立ち直った。

 一時はどうなるかと思ったが、ナルトはカカシが思っていた以上に意志が強かったようだ。

 

「・・・・・・英雄を思い出させる、か・・・・・・」

 

 修行に出る前のナルトの言葉を、カカシは思い出す。

 タズナの話を聞いたことでナルトは更にイナリのことが放っておけなくなったようだ。

 ナルトの中の英雄――それは間違いなく、あいつだ。

 

「・・・・・・」

 

 彼の顔を、カカシは思い浮かべる。

 一時は掟を破った忍びと見下した、一時はコンプレックスを抱いた、一時は羨望を抱いた、一時は彼を追いかけた。

 ナルトにとっての英雄である彼は、カカシにとっては大変複雑な感情を抱かせる人物だった。

 話したことはない。顔を合わせたのも、4代目や3代目を通しての数回きりだ。

 ガイが「カカシがライバル視するのであれば、奴もまたオレのライバルだ!」とか叫んでいたが、ライバルはどう考えてもあり得ないだろうと思う。

 

「・・・・・・結局、追いつけなかったしなぁ」

 

 自嘲するようにカカシは笑う。

 彼に劣等感を抱くことをやめた後も、カカシは彼に追いつくことを諦めたわけではなかった。

 むしろ、オビトのおかげで父親への誇りを思いだしたカカシは、だからこそいっそう彼に追いつこうとしたと思う。

 だから、自分を暗部へ配属させた師が、彼も暗部へ招き入れるつもりだとカカシに言ったとき、どうしようもない高揚感に見舞われたのを覚えている。

 オビトやリンを失って後悔と失意に藻掻き苦しんでいたあの頃の自分が、唯一鼓動をならした瞬間であったといえる。

 

 ――なのに、あいつは。

 

 大戦が終結し、そろそろ大名護衛の任が解かれるであろうタイミングを見計らって、ミナト先生が彼を暗部へ所属させようと打診している所に急にあいつは現れて、独自に暗部を作り出すとか言い始めて。

 そして――あいつの背中は、余計に遠くなった。

 そのときの四代目火影――ミナト先生の呆然とした表情は未だに忘れられない。きっと、自分も同じ表情をしていたと思う。

 

 ナルトにとって、あいつは英雄。

 なら俺にとって、あいつは一体何だったのだろうか。・・・・・・結局のところ、それは分からない。

 まあ、今はあいつの事はいい。

 もしかしたら介入してくるかもしれないが、今は再不斬とあの追い忍の姿をした子供について――

 

「・・・・・・?」

 

 その時だった。

 カカシの横を、ナニカが横切る。ナルトが修行に使っている木に刺さった。

 カカシは立ち上がり、木に刺さった何かに近づく。

 

 それは、矢だった。

 紙をくくりつけられた矢だった。

 

「これは矢文? 一体誰から・・・・・・これはッ!?」

 

 矢を外しくくりつけてあった紙を広げたカカシは、思わず目を見開いた。

 一見、何が書いてあるのか分からない文字列らしきもの。

 木の葉の暗部が用いるものでもなければ、奈落が用いるものでもない。

 

 それは、木の葉暗部と奈落が共同任務の際に用いていた専用の暗号だったのだ。

 カカシは過去に暗部に所属し、奈落の忍びとも何件か共同任務をこなしたことがあったため、この暗号を解読することができた。

 

「指定場所は・・・・・・あっちか」

 

 文を握りしめ、文に書いてあった場所の方へカカシは顔を向ける。

 とりあえず、ナルトをタズナの家まで運んで布団に寝かせた後、カカシは大急ぎでその場所へと移動した。

 

 木々のヴェールをかける。

 やがて指定した場所の木の下に着地すると、そこに彼らは待っていた。

 チャイナドレスのように足の付け根から下にかけて左右にスリットの入った黒い着物。その着物の袖を、白い布を用いた襷掛けでまとめ上げ、着物のスリットからは彼らの履く括り袴の布地がはみ出ている。

 顔を編み笠で隠し、錫杖と腰の刀で武装した集団。

 それらが7人ほどの小隊でカカシを待っていた。

 

(・・・・・・奈落!! 既に波の国に入り込んでいたのか・・・・・・)

 

「・・・・・・また会えて光栄です、カカシ上忍」

 

 奈落の小隊のうちの一人が前へ出て、カカシへ挨拶する。

 その声の主に、カカシは覚えがあった。

 

「お前は、確か――」

(いばら)です。貴方とは、共同で任務に当たったことがありましたね」

「・・・・・・ああ、随分久しぶりだ」

 

 多くの構成員を持つ奈落の面子の中で、カカシの中で奈落三羽の次に印象に残る奈落の構成員はこの女性――棘といっても過言ではないだろう。

 カカシが奈落としての彼女を初めて見たのは5年前――あの男がナルトを助けに割って入ったとき、男の付き添いとしていたのがこの棘だった。

 その後、暗部と奈落の共同任務で当たったことがあり、互いに顔を覚えることとなった。

 カカシの場合は暗部の面を被っていたため顔自体は彼女に見せたことはなかったが、暗部としてではなく既に『写輪眼のカカシ』としても名が売れるようになっていたので、彼女の記憶の中にある左目の写輪眼からカカシを認識したようだ。

 

「それで、文の内容についてだが――」

「・・・・・・我々は、文の内容については聞かされていない。我々に与えられた任務は、それをお前に届け、返答を骸様に伝えることだ」

 

 棘の後ろにいた小隊の一人がカカシに説明する。

 文の内容によれば、状況はカカシが思っていたよりも混沌と化していた。

 ガトーが火の国と水の国の戦争を引き起こし、波の国を拠点として自社の兵器を売り捌くことで多大な利益を得ようとしていること。

 さらにはその兵器も問題で、忍界の戦争の体系を覆しかねないものばかり。あくまでガトーが売り捌こうとしているのは忍具ではなく、“兵器”なのだ。

 さらに、ガトーの背後にいるであろう存在。

 候補は色々上がるが、関連勢力との因縁や技術力、国力の面も考慮して一番怪しいのは雲隠れ。

 ガトー一派、霧隠れ、奈落どころの話ではない。雲隠れすらもが関わっている可能性がある。

 こんな狭い島国において、これほどの複数の大きな勢力の思惑が交差している現状を、混沌と言わずしてなんと言おうか。

 つまり、今回、カカシ達第7班はそんな危険地帯に1小隊で送り出されたという危険極まりない状態なのだ。

 

 故に、奈落側から、カカシ班に対して2つの選択肢を用意する。

 

 1つ目――部下をむざむざ死なせたくないのならば、即刻任務を放棄してここから去れとのこと。元々ランクを偽っての依頼、投げ出しても其方に非はない。火影様にも話は通しておくとのこと。しかしその場合、予定を狂わせたタズナの命は確実にない。

 2つ目――このままタズナを守り続けること。この選択肢を選ぶのならば、任務が続く限り、木の葉の問題に奈落は基本介入しない規則に則り、奈落は第七班含めてタズナに手出しはしない。しかし、状況が状況なだけに、タズナ含めて第七班の生命の保障は極めて難しい。

 

 2つに、1つであると。

 

「こんな、選択ッ・・・・・・」

 

 カカシの表情が苦渋に歪む。

 元々、カカシは危惧していたのだ。

 だが、どっちを選ぶにしても、あいつらにとっては、少なくともナルトにとっては地獄になる。

 前者を選んだ場合、ナルトは己に課した忍道に背くことになる。せっかく立ち直ったというのに、タズナたちを見捨てたという事実はナルトの心に大きな影を残すことになる。

 仮に後者を選んだ場合、任務の危険度自体もそうであるが、例え生き残ったとしても、ナルトは憧れの奈落の軍隊が敵とはいえガトー一派を容赦なく殲滅する所を目撃することとなる。めったに見る事はないであろう奈落の実態を、人を殺してしまった昨日の今日で目撃してしまうことになる。

 

「・・・・・・ここからは独り言ですが、ガトー一派たちが貴方たちに手を出すまで少なくとも数日はかかるでしょう」

「・・・・・・隊長?」

「独り言です。幸い、貴方が初日にガトー一派の抜け忍たちを一網打尽にしたことで、ガトー一派はすぐ攻勢に出るのを戸惑っています」

 

「・・・・・・」

 

「時間がまったくないわけではありません。ですが、できるだけ早急にご決断を。

 ――撤収するぞ」

 

 文の内容を知らされずとも、なんとなく内容を察していた棘がカカシにそう言い終えると、先とは打って変わって奈落らしい冷たい声で部下達に指示する共に、小隊と共に姿を消した。

 

 残されたカカシは、残り少ない時間で何方かを選ぶしかなかった。

 

 

 




奈落のモブ達って、一国傾城篇だと武器が錫杖だけなんですが、将軍暗殺篇以降だと錫杖とは別に腰に刀も帯刀してるんですよね。錫杖振り回してるイメージ強いけれど、暗殺篇以降だと腰の刀使っている奈落もちらほら散見されますね。

・・・・・・尚、一国傾城偏での松陽を連れ去る回想でも実は帯刀している模様。

護衛とかの激しい戦闘を想定していない場面では錫杖一本で、戦場に駆り出す時とか、自分達から攻勢をかける場合は刀も帯刀するのか・・・・・・とかそんな無駄な考察をしてみたり。


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邂逅

 ガトーのバックにいるであろう存在――骸と同じように、その存在は朧も感づいていた。

 ガトーカンパニーに技術を横流しし、兵器の開発に着手させた存在。

 これだけの技術力を持つ存在は雲隠れを擁する雷の国である可能性が濃厚である。

 ガトー本人に存在を悟られることなく、技術だけを横流しにして自分達は静観。そのあまりの手際のよさと卑劣さを感じさせる手口は間違いなく影で動く忍のものであると朧は確信した。雷の国の技術力を考えるとあながち不可能でもないであろう兵器群。

 まるで戦争屋と武器商人と忍びの卑劣さが合わさったかのような清々しいやり口である。

 どうしてこうなったし。

 朧は考える。

 

 雲隠れがガトーを利用して火の国と水の国を戦争させようとする理由――まず念頭に置いておくことは、このやり方は、雲隠れそして雷の国にとっても大きなリスクが伴っている。こんな禁術にも等しい技術を横流している時点で、向こうの必死さがかなり垣間見える。むしろ戦争を通じて火の国と水の国がこれらの技術を独自に解析し、モノにしてしまう可能性すらある。

 開発資金自体はガトーカンパニー側が請け負っているとはいえ、これはあまりにも大きなリスクだ。

 そんなリスクを冒してまで――こんな大仰なことをしでかす理由。

 戦争を起こす理由は、単純に火の国と水の国の兵力を削っておきたいから、というのはあるだろう。

 元々五大国の擁する隠れ里の中でも突出した戦力をもっているのは、雲隠れと木の葉隠れの里だ。しかし、そのトップ争いから木の葉が身を引いたことで、実質雲隠れが五大国中トップの力ある隠れ里として現在君臨している。

 そんな自分達の優位性を態々崩しかねないリスクを冒してまで、こんな大仰なことをやらかす理由が朧には思いつかない・・・・・・こともなかった。

 

 確かに、里という単位でみれば雲隠れは最強の隠れ里だ。

 もともと雲隠れとトップ争いを続けていた木の葉隠れは大戦の犠牲に加え、うちは一族を失い、千手一族の血もいまや伝説の三忍の一人である綱手姫を除いて断絶している状態だ。尾獣を制御しうる写輪眼の血継限界を保有するうちは一族と、木遁忍術を発現しうる千手一族を失った今となっては、尾獣を制御する術が、うずまき一族より伝わる封印術以外、表立って存在していないのだ(裏では柱間細胞に適合したヤマトや、ダンゾウが大量に回収した写輪眼もあるが、あくまで裏の話である)。

 いくら最強の尾獣を保有しているとはいえ、木の葉創設に関わった二大一族がほぼ断絶している今、その一方で二位ユギトやキラービーのように尾獣化まで使いこなす人柱力を保有する雲隠れは今や木の葉を退けて五大国トップの里として君臨している。

 隠れ里という単位で見れば雲隠れは間違いなく五大国の中でもトップの戦力を保有しているのだ。

 

 ――あくまで、「里」という単位で見れば・・・・・・。

 

 だが、「国」という単位で見れば話はまったく違ってくる。

 今まで、「国」の戦力というものは、どれだけ強力な忍び里を保有するかで決まっていた。故に里の戦力が国の戦力に相当していたのだ。

 戦争に参加するのは忍びだけではないとはいえ、主に活躍するのはやはり忍びだ。

 故に、最高の戦力をもつ里である雲隠れを保有する『雷の国』は、そのまま五大国トップの軍事力をもつ国として君臨できたのだ。

 

 だが、ある男の出現によってそれは覆された。

 「里」という単位で見れば未だ軍事力トップを保っているものの、「国」という単位では雷の国は2番手に落ちぶれてしまった。

 木の葉の里を擁する火の国が、里とは別に直下の忍び勢力をもつようになったのだ。

 その組織の名は、天照院奈落。

 最初は小規模だったその組織は、瞬く間に五大国の里に並ぶ勢力へと急成長し、火の国に仇なす不穏分子や火種をかき消すために各地で暗躍してきた組織だ。

 特に第三次忍界大戦終戦直後においては、終戦直後で各地に燻っていた火種をかき消すために奔走し、容赦なく粛正し根こそぎ刈り取ったとされる。

 

 そこで彼らの買った恨みは数知れず、雲隠れの里やそれを擁する雷の国もまた例外ではない。

 さて、そこで話を戻そう。

 ここで重要なのは、それほどの規模にまで暗躍できる忍び組織を、火の国がもう1つ保有してしまったということだ。

 里同士の戦、となれば雲隠れは間違いなく木の葉隠れに対して優位を取れるだろう。

 だが、戦争というものはそんな単純ではないのだ。奈落の活躍によって里同士の争いや火種が国の人々にまで飛び火してしまうということが逆説的により証明されてしまった今、もし雲隠れが木の葉隠れと戦争になった場合、奈落をも敵に回してしまうことになる。

 下手すれば、「前門の木の葉、後門の奈落」という最悪な図式まで生まれかねない。

 そうなれば五大国トップの里の優位性など瓦解したのも同然だ。そうならないために、雲隠れは何としても自らの優位性を確かなものとするため、少しでも奈落を、相手国の力を削ぎ落としたいのである。ついでに因縁の相手である霧隠れの里の戦力も削っておきたい。

 そのためにこの両者を激突させて自分達は静観――雲隠れの目論見は大体こんなところだろうか。

 

 つまり、波の国篇がここまでややこしくなったのは紛れもなく――

 

(どう考えても俺のせいですね、クォレハ・・・・・・)

 

 奈落を(誤って)設立したこのバカのせいである。

 

(ああくそ、勘弁してくれよ・・・・・・只でさえ朧さんの隈はすごいのに、これ以上ストレスマッハになったら余計隈が黒くなっちゃうよっ!?)

 

 しかも白眼だから隈の部分が余計目立つんだよ、と付け足す。

 

 現在、朧の背後には十数人の波の国の町民――に扮した奈落の忍びたちが片膝をついて指示を待っている。

 原作の奈落のモブみたく人間味のない機械じみた表情で一般人に扮するには違和感が残る彼らであるが、幸いにも活気の失っている波の国の地においてはむしろこれ以上にないくらい風貌や雰囲気が合致している。

 下手に変化の術を使用してチャクラを消費し続けるよりかは素の状態で扮してしまう方が効率がよいというもの。

 

「手筈は以上だ。期日はもって数日。奴らがカカシ班に手をこまねいている隙を狙う」

『・・・・・・』

 

 別にガトーを殺すだけならばこんな面倒くさいことはやる必要はない。

 この問題は、ガトーを殺すだけではこの件は終わらないこと。

 ガトーが抱え込み、この波の国に集中させている戦力――それは原作で雇っていたならず者たちの数の比ではない。

 多数のギャングに加えて多くの抜け忍まで雇っている。おそらく皆戦争を起こすための駒として集められたものだろうが、もしガトーだけを殺し終わろうものならば、金づるを失った連中がどのような行動を取るかは想像に難くない。

 原作ではまだならず者たちだけだったため、立ち上がった波の国の町民たちにより追い出すことができたが、その勢いも圧倒的戦力差の前には通用しない。無数のカイザの二の舞が起こるだけだ。

 そのため、ガトーの暗殺とガトー一派の殲滅は、ほぼ同タイミングで行わなければならない。

 波の国の町民を人質に取る暇さえ与えず、この島に運ばれているであろう兵器やその設計図などの資料も全て燃やし、その関係者や知っている者も全てここで殺す。

 それに、ガトー一派に扮して紛れ込んでいる勢力はおそらく奈落や霧隠れだけではない。そのガトーのバックにいるもの――おそらく雲隠れの刺客も紛れ込んでいる筈だ。

 霧隠れと奈落がガトーの狙いに気付いた時点で、雲隠れの思惑はとうに頓挫している。後は、殲滅までの間にできるだけどこかに潜んでいるであろう雲隠れの忍びをできるだけ炙り出し、用済みとなったら始末する。・・・・・・もし原作キャラが混じっていたら、できるだけ生かして返す。

 大まかな作戦はこんな所であろう。

 

「散れ」

『――――』

 

 すべきことを頭の中で整理し終わった朧は、背後に膝をついている奈落の忍たちにそう指示する。

 前世で言うところの東南アジア・沖縄風の服を着た奈落の忍たちは朧の元から去り、再び町に戻って町民に紛れ込んでいった。

 それを見送った朧は、再び視線を空の方へ向け、再び思考に耽った。

 

(・・・・・・さてと、大まかな方針は決まったし、後はカカシさんの選択肢次第なんだけど・・・・・・)

 

 骸がカカシ達に提示した選択肢2つであり、大まかな選択肢はタズナたちを見捨て任務を終了させるか、それとも橋の完成までタズナたちを護衛し続けるかだ。

 だが、カカシたちはおそらく後者を選ぶだろうと朧は踏んでいる。

 ・・・・・・というよりも選ばざるを得ないだろう。

 

 実は、骸がカカシたちに提示した選択肢の他に、カカシ班にはまだもう1つの選択肢がある。それはおそらくカカシも考えつくだろう。

 ――それは、一時的にタズナたちを波の国から避難させ、自分達奈落がガトーを殺すまでどこか別の場所に潜伏させるという選択肢だ。

 これならばタズナの護衛という任務を継続させつつ、事の終止符を待つこともできよう。

 だが、おそらくこの手はもう使えない。

 海を牛耳ってしまっているガトーの目から逃れることは難しいのだ。原作でさえタズナがこっそり波の国を出て木の葉に依頼しに行ったということすら、実際はかなりの綱渡り行為であったことが分かる。鬼兄弟に襲われたときも、ナルトたちを連れて波の国へ帰る途中であったからよかったものの、もし木の葉にたどり着く前の段階で鬼兄弟に襲われていれば成す術もなかっただろう。

 そして、波の国へ木の葉の忍びを招くという失態を一度犯してしまった。自分達奈落が霧隠れのスパイたちの手引きがなければ、ここまでスムーズに潜入できなかったように、今じゃ波の国まわりの海域にはガトーの監視の目が敷かれてある。カカシ班だけならばまだしも、タズナたちを連れた状態じゃあ手に負えない。

 元より橋の完成をガトーが恐れていたのも、波の国での自分達の行いが世間に知れ渡ることを危惧してのものだ。にも拘わらず、タズナが波の国を出てしまい、木の葉の忍びを連れてきてしまった。

 この時点で、ガトーにとっては相当焦る案件である筈だ。

 原作で再不斬と白にタズナたちの抹殺を急いていたのも納得というものだろう。

 

(従業員に扮していた影分身からの情報もそうだけど、本当にエグかった。雲隠れめ、なんて大仰なことしてくれんの・・・・・・)

 

 そもそも原作じゃまだ里の名前しか出てきてない段階だろう。主人公たちの初の命に関わる任務にこんな大仰なこと仕掛けてくんなよおまえらの出る幕まだ先だろせめてビー(八尾の片足)がサスケに攫われるまでの間はおとなしくしていろよと朧は理不尽な呪詛を彼らにぶつける。・・・・・・すべてブーメランであることは自覚しているのだろうか。

 

(その点、水影さんマジ天使だわー)

 

 打算があったとはいえ、雲隠れとは違い陰湿なやり口(人のことは言えない)を仕掛けてくるのではなく、態々少ない部下を連れてほぼ単身で自分達の所に乗り込み、事情を説明してくれた上で協力をもちかけてきてくれた。

 おかげで強引な手に走ることなくスムーズに潜入できた。水影の頼みを引き受けてもお釣りが帰ってくるくらいだ。

 

 マジ天使。そしてエロい。結婚しよ・・・・・・っていうのはさすがに冗談で。

 

 頼みの件もあって水影たちが潜入させることのできる霧隠れの忍たちはごく少数。

 そのため水影は表立って動く大義名分のある自分達奈落に託したのだろう。

 

(まあ、それはさておき、後の懸念は・・・・・・)

 

 後の懸念はただ1つ――単純にガトー側の戦力が原作の比ではないこと。・・・・・・無論、そのために奈落の忍びを相当数動員するわけであるが、向こうの手数が増えているのは単純に厄介なのだ。

 下手したら――――ということになりかねない。

 

(まあ、その為にアイツらを町民に紛れ込ませたんだけど。指示は伝えたし、うまくやってくれよー、頼むから)

 

 ここまで来た以上、打てる手は全て打つ。

 

(もう、原作なんてどうでもいいや。ナルトが火影への夢を持ち続けてれば、なんとかなるって、それ一番言われてるから・・・・・・)

 

 もうあまりの原作知識との剥離に、朧は既に諦めかけていた。内心超諦めモードだった。

 このとき、自分の顔が弟弟子たちに嫉妬したときの原作(銀魂)の朧の病み顔とそっくりであると、洛陽決戦篇を最後まで知らない朧(笑)には分かる由もなかった。

 

     ◇

 

 

 カカシは迷っていた。

 どのみちガトーの命はないだろう。それは波の国にとってはいいことなのかもしれない。

 後数日で、潜入班とは違い、あの奈落三羽が一、骸が奈落の軍隊を率いて波の国に駐屯するガトー一派を総攻撃するという。

 ――だが・・・・・・それでも、この選択肢は、どうなんだ・・・・・・?

 一度は奈落がガトーを仕留めるまでの間、タズナを国から連れ出して別の場所で潜伏させつつ護衛するという選択肢もあった。

 だが、カカシは改めて選択肢が骸が提示した2つしかないということを悟る。

 脱出路の確保のため、念のため桟橋付近の海域を泳ぎながら探っていたが、一度国から出ればそこはもうガトーの監視船で一杯だった。

 大きなサーチライトが取り付けられた蒸気船が、列をなして並んでいたのだ。

 あれでは、とてもではないがタズナたちを連れながらでは脱出などできない!

 だが、タズナを除いたカカシたちだけならば、何とか・・・・・・。幸いナルトやサスケたちのチャクラコントロール力は木登り修行によって一気に上達している。あの調子ならばもう水の上を歩くことだって造作もないだろう。

 サーチライトを避けながら船を奪って、緊急ボートに乗って帰ってしまえばそれで済む。

 だが、タズナたちを守りながら行くのは無理だ。

 そんな長時間海の上に立っていたらチャクラはあっというまに無くなってしまうし、タズナたちを移動させるにはどうしても船が必要になる。

 カカシがタズナをおぶりながらいくという手もなくはないが、その場合、重量がまして歩いたときの波紋の大きさで確実に感づかれる。

 なんせあの監視船の中には抜け忍たちも同乗している。下手な痕跡を残したらバレるに決まっている。

 なら、いっそのことタズナを見捨てて・・・・・・

 

(本当に、それでいいのか・・・・・・?)

 

 ただでさえ、ガトーの監視の目により橋の建設すらままならない状態だ。

 カカシが抜け忍たちを再不斬と共に一掃したことが抑止力となって奴らがうかつに来れない状態であるとはいえ――

 

(おそらく、再不斬が完治すれば、奴らはもう一度やってくる)

 

 奈落の(いばら)に言われた通り、それが実質の期限となるであろう。

 それまでに、カカシは判断を下さなければならない。

 タズナたちを見捨てて、部下を連れて逃げるか。

 部下と共に、最期までタズナたちを守り通すか。だが、そのためには少なくともカカシは再不斬に付きっきりにならなければならない。

 果たして、ナルトたちだけで、今度こそタズナを守り通すことができるのか・・・・・・?

 ガトー一派だけならば、修行で強くなったナルトやサスケでも何とか対処できるかもしれない。

 だが、霧隠れや奈落は一応は敵ではないとはいえ、彼らがタズナやこの国の人間について考えているかは甚だ怪しいところだ。

 何せ冷酷無比の暗殺集団である奈落と、任務遂行のためなら仲間の犠牲すら躊躇わない血霧の里だ。

 結局のところ、カカシ達だけでタズナたちを守らなければいけなくなる。

 ・・・・・・それらをクリアしたとしても最大の懸念、それは雲隠れが関与している疑いが残る。

 ガトーのバックにいるであろう存在――かつては木の葉と五大国のトップ争いを続け、最終的に木の葉が身を引いたことで、実質五大国トップの里となった雲隠れの里。

 彼らすらもが、関わっている可能性が高い。

 雲隠れは戦力増強のためならば他里の強力な一族を拉致する手段を選ばない面を持ち合わせている。日向宗家の娘の誘拐未遂事件がいい例だ。

 そうなった場合、狙われるのはうちは一族の生き残りであるサスケか、下手したら九尾の人柱力であるナルトすら狙われる可能性がある。

 

「これじゃ偽の依頼を出したタズナさんのことを怒れないね・・・・・・先にこの国を巻き込んだのは、俺たち五大国だ・・・・・・」

 

 確かに、たとえこのような複雑な件になってなくとも、ガトーが波の国を支配した現状さえあればタズナは木の葉に嘘の依頼を出していただろう。

 けれど、丁度都合のいい所に拠点を構えたガトーを雲隠れが利用して、奈落も、木の葉隠れも、霧隠れも巻き込んで・・・・・・そんな五大国の身勝手な都合に、タズナたちは巻き込まれているのだ。

 まるで、五大国に挟まれた位置にあるが故に五大国間の凄まじい戦場になり、謂われもない被害を受け続けた雨隠れの里のように。

 今度は国境や海すらも越えてそれが再現されようとしている。

 

「どう・・・・・・すれば・・・・・・」

 

 カカシは上を見上げる。

 そこには相も変わらず木登り修行を続けているナルトがいる。

 この国のために、タズナのために、そしてイナリのため、ナルトは強くなろうと懸命になっている。

 そうだ、あいつはまだ先が長い。

 ナルトだけじゃない、サスケも、サクラも、まだまだこれからなのだ。

 今は戦争の時じゃない、オビトや、リンの時のように、お前達のような年の子供が、こんなところで死んでいい筈がないっ!

 

 だけど、だけど――

 

“へへッ、カカシ先生っ! オレ決めたってばよ!”

“この()()が・・・・・・この世に英雄(ヒーロー)がいるってことを、思い出させてやる!!”

 

 乗り越えたというのに、そんなアイツの、ミナト先生の子供の決心を、裏切るとでも?

 だが、オレはもう仲間を死なせるなんてゴメンだ。

 どっちを、どっちを選ぶのが正しいんだ!?

 

 カカシの心は路頭に迷っていた。

 結局、どちらを選択しても、自分はあいつらを裏切る結果になるのではないか?

 

“なーに迷ってんだよっ! バカカシっ!”

 

「っ!?」

 

 突如、カカシの頭の中に、よぎる、こえ。

 

「オ、オビ、ト・・・・・・?」

 

“何もテメーだけでどうこうする必要なんかねえじゃんっ! オレが上忍祝いにくれてやったその眼で、もっと見据えてみろってんだっ!”

 

「・・・・・・」

 

“オレもお前の眼になって、見てるからさ。てめーだけで、何もかもやろうとすんなよ?”

 

「――っ!?」

 

 それっきり、声は聞こえなくなった。

 ――もっと、見据える。

 額当てで隠れた左目の写輪眼に手を宛がえて、カカシはしばらくうつむく。

 ――そうだ、何を迷っているんだ、俺は・・・・・・。

 

「部下の夢も裏切らない、仲間も、絶対に、死なせない・・・・・・」

 

 何も、どちらかを選ぶ必要なんてないじゃないか。

 まだ、何か見落としている筈だ。

 2つの選択肢じゃない、第3の選択肢が必ずある筈なのだ。

 

「自分だけで、やろうとなんてするな。それで俺はリンも失った。今度は、今度こそは、絶対に・・・・・・考えろ、近くにいないのか、ナルトを、助けてくれそうな、ひと、が・・・・・・」

 

 助けてくれそうな、人間。

 過去に、ナルトを助けてくれた人間――いる。

 それも、今この波の国に、いるかもしれない人物が。

 

 ナルトがずっと憧れていた人物。国と里のバランサーとして国に自らを売り込んだ男が。その身は既に闇に染まっていようとも、ナルトにとって、そしてカカシにとっても、追いかけるべき背中として、在り続けた男が。

 里だけではなく、国という広い視野を持って行動してきたあの男ならば、この国から人柱力が失われるというリスクを説明すれば・・・・・・!

 

 カカシは、腕を横向けに掲げ、小さな口笛をふく。

 ・・・・・・しばらくすると、何処かの木の上から、一匹のカラスが飛んでくる。

 カラスはそのまま、カカシの腕の上に止まった。

 カカシが答えを出した時のために、奈落(かれら)が置いていった伝書用のカラスだった。他の忍が口寄せしたものではなく、奈落の者らが野生の雛を一から育てたカラスである。

 カラスがカカシの眼をずっと見つめる――その眼は、答えは決まったのかと謂わんばかりの眼光を放っていた。

 

「急に、すまない。答えも決まった。だから、お前の主のところへ連れて行ってくれないか?」

『――?』

「この国にいるというのなら、そのお方のところまで、案内してほしい。頼む」

『・・・・・・アーっ!』

 

 カラスはカカシの腕から漆黒の羽を羽ばたかせながら、飛んだ。

 海とは、逆の方向を飛んでいく。

 はたして、カカシの思いは通じたのだろうか。

 いや、通じたと信じるしか、ない!

 

「頼むぞ?」

 

 自身に背を向けて飛び立つカラスに祈りを捧げつつ、カカシもまたそのカラスの後を追いかけていった。

 

 

     ◇

 

 

『アーっ!』

 

 骸が使っていたはずの伝書鳩が、何故か此方の方へ飛んでくることに違和感をもった朧であったが、その(からす)の後ろを猛スピードで付いてくる人影の存在があることに朧は気付く。

 白眼でその男を間近で確認して――

 

(・・・・・・はい?)

 

 内心で呆然となった。

 なんでこの人がここに来てるんだ? この時はまだタズナたちの護衛の真っ最中ではなかったのだろうか。

 ――いやいや勘弁してよ!? 只でさえ原作乖離で何が起こるか分からないっていうのに、貴方があの三人から離れたら誰がナルト達を守るっていうの!?

 そんな突っ込みを内心で行いつつ、着地して自分に片膝を突いてきたカカシに振り向かず、問うた。

 

「何用だ?」

「例の、文の件についてです」

「その件については骸に一任している筈だ。白牙の仔、何故私のところへ来る?」

「・・・・・・その文の件も含めて、貴方にお願いがあるのです。朧様」

 

 頭を下げて、カカシは言う。

 朧の眼からみても、カカシは目に見えて追い詰められているように見えた。切羽詰まっている、というのがひしひしと伝わってくる。

 

「申してみよ」

「どうか、ナルトを、我々第七班を、助けていただけないでしょうか?」

「・・・・・・」

「貴方には既に伝わっている筈です。我々第七班が、どのような状況にあるか。明らかに、下忍が受けるレベルの任務ではないことを。このままでは――」

「ならば(わっぱ)共を連れ引き下がるが懸命であろう。留まったとて、()()()()()()()()()()()()()?」

「っ!」

 

 朧の発言に、カカシの表情は悲痛に歪む。

 この手は、リンの血によって汚れた手だった。この手は、リンを殺すだけで、守ることなんてできやしなかった。

 それでも、だからこそ、カカシは頭を下げるのだ。

 

「確かに、俺一人では、ナルトたちを、タズナさんたちを守ることはできません。ですが、貴方なら・・・・・・」

「・・・・・・」

「虫のいいお願いであることは、重々承知しております。ですが、四代目の子供の、ナルトの決心を、踏みにじるわけにはいかないのです」

「ナルト・・・・・・あの童か」

「ナルトは、立派な忍に成長しようとしています。九尾を封じられていることを理由に、里の者達から迫害されていたあの子が、誰かを守ろうと、必死になっています」

「だからこそ、我らに助力を求めたと?」

「はい。再不斬や他の抜け忍たちもそうですが、特に雲隠れは、過去にうずまきクシナの中の九尾奪取を狙ったこともあります。故に、まだ年端もいかないナルトも狙われる確率が高いかと。そんな奴らに、ナルトの思いを踏みにじらせるわけには――!」

「それはどうであろうな?」

「・・・・・・?」

 

 口を挟んでくる朧。

 訝しげになるカカシに、朧はようやく振り向く。

 

「雲隠れは二位ユギト、キラービーら人柱力を保有している。奴らは自らで尾獣化できる程に尾獣チャクラを使いこなせるという」

「・・・・・・つまり?」

「奴らの努力はあずかり知らぬが、人柱力を受け入れ慣れているあの里にいた方が、存外、あの小僧にとっては僥倖なことかもしれんぞ?」

「っ、そんなことは、あっていいはず・・・・・・」

「お前も見ていたであろう? 童一人に当たり、己が仇から目を背けるあの者らを・・・・・・」

「それは・・・・・・貴方の主観です。雲隠れにいたとしても、ナルトが彼らと同じ扱いを受けられるとは限りません」

「であろうな。故に、貴様の主観を申しても、天には届かぬ」

 

 遠回しに、客観的に見るならばガキ共々即刻去るのが賢明だと朧は言う。

 

(いや、安心してカカシさん! ちゃんと影からサポートするから。というかガトーを狙う上でタズナさんやカカシさんはこれ以上にない囮だから。決してナルトたちを見捨てようなんて考えてないから。だから頑張ってくれ!)

 

 なお、奈落の首領として表立って協力するとはいえないだけで、影からサポートする気はまんまんな朧であった。

 しかし、そんな朧の内心は知らず、カカシはさらに口を開いた。

 

「それに、元はガトーがこの国を占拠したことが原因とはいえ、今では、波の国の人々は我々五大国の利己的な都合に巻き込まれようとしていますっ! そんな彼らを更に裏切っては、木の葉の、いや、火の国含めた五大国の信用にも関わることです! 国に仕える貴方ならば、分かる筈ですっ!」

「・・・・・・」

「対価をお望みでしたら、この身にできることは何だって致します。貴方が望むなら、この眼も――」

「既に足りている。ソレは取っておけ」

 

 左目に手を宛がおうとしたカカシを、朧は声で制止した。

 ――いやいや何友達から貰った眼差しだそうとしてんの!? そんなに必死!?

 内心はかなりビクビクしていたが。

 

「――1つ、条件がある」

「・・・・・・条件?」

「ここにはもう1つ目的があって来ている。ある女にそれを任せようと思っていたところだが、貴様にも一枚噛んでもらうぞ」

 

 その一言に、カカシは息を呑んだ。

 条件を提示された――ということは、ということはだ。

 

「元より他国に人柱力をくれてやるつもりなど毛頭ない。貴様の声が届かずとも、天は既に動き出しているということだ」

「っ!? ということは――」

「追って連絡する。それまでその羽根、休めているがいい」

「有り難う、ございますっ! 何とお礼を申しあげたら良いか――」

「礼を言われる筋合いはない。死を運ぶ烏が、羽根を落としたときにはもう――」

 

 ――飛び去っている。

 

 落ちたのは、烏の羽根。

 その羽音に顔を上げたカカシの前からは、既に彼の姿は消えていた。

 飛雷神といった時空間忍術も、瞬身も用いずに、写輪眼を持つカカシですら反応する間もなく、烏は消えていた。

 

 しばらく、呆然とするカカシ。

 そして、笑った。

 心から。

 

(――父さん)

 

 亡き父親にカカシは、語る。

 

(――オレ、やっぱり心のどこかで、あいつのことが認められなかったんだ。どうして、自分じゃないのかって、どうして、アイツが『白い牙の再来』と言われてるのか、納得いってなかった)

 

(けど、やっと認めることができたよ)

 

 性格も、思想も、彼は父親とは異なるであろう。

 

(父さんも、アイツも、オレにとって、『白い牙(英雄)』なんだ)

 

 それでも、ずっと引きずっていた心の靄が、晴れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あっぶねー! オレに敬語で話してくるカカシさんとか違和感バリバリなんだけどっ!? 駄目だ、腹がよじれる。すごいむず痒いよこれぇっ!)

 

 まさかメインキャラの一人からあんな風に片膝ついて敬語を話されるとは思わず、朧は内心で悶えに悶えていた。

 朧が一瞬でカカシの前から消えて見せたのは、自分如き偽物の凡人が、あの幾度闇落ちしてもおかしくないのに最後までしなかったメンタルお化けのメインキャラに謙った口調で話されるという状況に、単にむず痒くなって耐えきれなくなっただけなのである。

 決して格好よく消えようとかそんな意図はなかったのであった。

 

 




銀ノ魂篇に登場した、包帯巻いた奈落モブ、すっごくいいと思うんですよね。
何らかの形でこっちにも登場させたいなぁ・・・・・・。


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血の波

(むくろ)。奴らは最後まで抗うことを選びとったようだ。

 どちらを選ぶにせよ、お前たち別働隊が波の国に乗り込むタイミングは私率いる先行部隊がガトーを始末したと同時という手筈になっている。

 もしタズナを切るというのであれば、カカシ班が奴の護衛の任を解かれた後にしておくことだ』

 

「・・・・・・」

 

『天に背きし愚者――だが、あの男には『餌』としての価値もある。裁きを下す前にその御魂、天のために焦がしてからでも、遅くはなかろう』

 

「・・・・・・」

 

『お前が如何にしてはたけカカシに選択を委ねたのか、その意図は図りかねるが、決定権はすでにお前にある。ゆめゆめ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(おぼろ)・・・・・・」

 

 伝書烏を通じて届いた頭からの文を、骸はぎゅっと握りしめた。

 

 

     ◇

 

 

 夜。

 カカシ、サクラ、タズナ、イナリの四人が食卓を囲んでいた中、遅くまで木登り修行をしていたサスケとナルトが戻ってきた。

 両者ともにボロボロであり、特にナルトはろくに動けない状態にまで疲労しており、サスケに肩を借りた状態でなんとかここにたどり着いたようである。

 達成感のある表情を見せる2人に、カカシは指示を出した。

 

「・・・・・・よし! ナルト、サスケ、明日からお前らもタズナさんの護衛につけ」

押忍(オス)!!」

 

 元気よく返事をするナルト。

 サスケも息を上げながらも、言われるまでもないと言わんばかりに静かに頷く。

 

「ふぅー、ワシも今日は橋造りでドロドロのバテバテじゃ・・・・・・なんせもう少しで橋も完成じゃからな」

 

 身体中の汗を拭いつつ、タズナは笑顔で言う。カカシとサクラが護衛についたことでガトーの襲撃を気にすることなく橋造りを続けることができるためだろうか。

 今のタズナの目には、カイザを失ったばかりの頃とは違い、希望を見据えているようにも見えた。

 

「ナルト君もお父さんもあまり無茶しないでね!」

「うー」

「うむ」

 

 ツナミがねぎらいの言葉をかけると、食卓についたタズナとナルトがそう返事した。

 ナルトは疲れた様子で食卓に突っ伏すと、襲われる眠気に抵抗することなく、明日に備えて寝ようとしていた。

 ……そんなナルトの様子を、イナリはじっと見つめる。

 ――何も知らない癖に、なんでそんな顔ができるんだよ……。

 ――へらへら笑いながら、そんなボロボロになって必死にやって、一体なにになるんだよ……!

 胸の内に溢れかえった思いに、イナリは耐えきれず涙を零す。

 

「なんで……なんで……」

「何だぁ?」

 

 此方を見ながらと言葉を零し始めるイナリに、ナルトは顔を向けて反応する。

 その能天気な顔が癪に障ったのか、イナリの怒りは決壊した。

 

「なんでそんなになるまで必死に頑張るんだよ!! 修行なんかしたってガトーの手下には敵いっこないんだよっ!! いくらカッコいいこと言って努力したって、本当に強いヤツの(まえ)じゃ弱いヤツはやられちゃうんだっ!!」

 

 ピクリと、ナルトの身体が震える。

 

「……本気で言ってんのかってば、それ?」

「……え?」

 

 例えイナリが今自棄になっていることは理解しているナルトだが、それでも今の言葉は聞き逃せない。

 遠回しに、英雄カイザは強くない、と言っているようなものだったのだから。

 同じく頭の中に自身の英雄を抱えるナルトにとっては、聞き捨てならない言葉だった。そんな自分自身に嘘をつくような言葉は、ナルトにとっては臓腑にこれ以上にないくらい痛いのだ。

 だから、ナルトは少し言い返す。

 

「オレは、そーやって自分に嘘ついてばっかいるお前とは違うんだってばよ」

「嘘なんかじゃねえよ!! この国のことを何も知らない癖に!! お前にボクの何が分かるんだ! つらいことなんか何も知らないで、いつも楽しそうにヘラヘラやっているお前とは違うんだよォ!」

「……だから……悲劇(ひげき)の主人公気取ってピーピー泣いてりゃあいいってか……?」

「!!」

 

 言い淀むイナリ。

 イナリだって本当は分かっている筈なのだ。

 泣いているばかりでは駄目だと。

 

「じゃあお前みたいなバカは(なん)もしなくていい、そこでずっと泣いて見ていろ! この泣き虫ヤローが!!」

「……ッ……」

 

 とうとう、ナルトの言葉に何も言い返せなくなったイナリは、これ以上ナルトに突っかかることはなくなり、ナルトの言葉通りにただ泣くことしかできなくなっていた。

 ――そうだ、何もしなくていい。何もできねーんだったら、オレが見せてやるってばよ。

 

「ちょっとナルト! アンタすこし言い過ぎよ!」

「フン!」

 

 好意を抱いているサクラの注意にすら意に介さず、ナルトはそのままイナリから背を向ける。

 明日からナルトもタズナの護衛に加わるというのに、ナルトとイナリの仲は険悪だった。

 いや、険悪というよりは、単にすれ違っているだけだろうとカカシは思う。

 この波の国のために命を張ろうとするナルトの姿に、イナリは無意識にカイザを重ね、複雑な怒りと悲しみをぶつけてしまう。

 ナルトは、泣いてばかりいるそんなイナリにかつての自分を重ね、苛立ってしまう。

 本当ならば一番分かり合えてもおかしくない2人であるというのに、そんな2人がすれ違っている様を見たカカシは、一人の大人として少し悲しくなる。

 

(ナルトはタズナさんからイナリのことを聞いて、イナリのために頑張ろうとしている。なら――今、オレにしてやれることは)

 

 背を向けて自分の方に見向きもしないナルトを見たイナリは、外に出て行ってしまった。

 そんなイナリの背中を一瞥し、カカシは決心する。

 

(あの子に、ナルトのことを教えてあげること、かな)

 

 ナルトが一方的にイナリのことを知っているだけでは、やはり不公平だ。

 ナルトには申し訳ないが、公平性を取るために、あの子にナルトのことを知ってもらおう……そう意気込み、カカシはイナリの後を追った。

 外に出て見れば夜の海風で涼んでいるイナリを後ろ姿があった。

 

「ちょっといいかな?」

「?」

 

 その背中に、カカシはそっと声をかける。

 振り向くイナリ。

 

「隣、座らせてもらうよ」

「……」

 

「さっきはウチのナルトがごめんね。あいつも、君のことを嫌いであんなことを言っているわけじゃないんだ」

「……でも……」

「あんなことは言ったけど、アイツは自分が傷つけた相手のことは、忘れられないヤツなんだ。きっと、心の中では君に謝りたいと思っている」

「……それは……」

 

 俯くイナリ。

 

「ま! 今回はお互い様ってことだネ。それに、ナルトの奴も悪気があって言っているわけじゃないんだ……アイツは不器用だからなぁ……」

「……」

「お父さんの話はタズナさんから聞いたよ。ナルトもね、君と同じで子供の頃から父親がいない」

「……えっ?」

 

 呆然となるイナリ。

 それもそうだろう。ナルトの普段の底抜けの明るさからは、そんな背景など想像する事すら難しい。

 

「……というよりも、両親を知らないんだ。……それに、アイツには友達の一人すらいなかった。ホント言うと君よりツライ過去を持ってる……」

 

 思えば、カカシの師であるミナト――つまりナルトの父親もまた里を救った英雄だった。

 そういう意味でも、やはりナルトとこの子は似ていると、そう思いながらカカシはイナリにナルトのことについて説明し続ける。

 つらい過去をもっているナルトであるが、決して挫けなかった。

 誰かに認めてもらいたくて、唯一助けてくれた人に恩を返したくて、その“夢”のためだったらいつだって命がけだったのだと。

 

「あいつはもう、泣き飽きてるんだろうなぁ……」

「……」

 

 カカシの話を聞いたイナリの頭の中に蘇るのは、やはり父親のカイザだった。

 

「だから、強いっていう事の本当の意味を知っている……君の父さんと同じようにね。

 ナルトは、君の気持ちを一番分かってるのかもしれないな……」

「え?」

 

 立ち上がりながら、優しく笑ってカカシはイナリに言う。

 

「アイツどうやら……君のことが放っておけないみたいだから」

「……」

 

 立ち上がったカカシはイナリに背を向けて家の中へと入る。

 あれであの子がナルトに対しての見方を変えるかは分からないが、あんな風に突っかかるのはナルトに何か感じ入るものがあるという証拠でもある。

 カイザの死をきっかけにあんなに暗くなってしまったイナリが、出会ったばかりである筈のナルトに対してあんな風に思いの丈をぶつけたのは、何かしら特別なものをナルトに感じているからではないかとカカシは思っていた。

 だから、もしナルトと仲良くなれたのならば――

 

(その時は、どうかあいつの友達になってやってくれ……)

 

 そんな願望をカカシはイナリに込めつつ、カカシは思考を切り替える。

 

(さて、と。あいつらが眠りについたら、あの男の所へ行くとするかな)

 

 

     ◇

 

 

「……で、そちらはどうなっている?」

「ナルトとサスケは木登りの修行を終え、明日からはタズナさんの護衛の任に付かせるつもりです」

「付け焼き刃程度では自身の身を守れんぞ?」

「アイツらも一端の忍びです。覚悟はできています」

「……だといいが」

 

 カカシとコンタクトを取り合ってから数日、あれから朧とカカシは毎晩指定の場所に落ち合っては互いの情報を交換し合っていた(ちなみにカカシの敬語には慣れた)。

 尤も、護衛任務についているカカシと、敵方に潜入している朧達奈落では得られる情報量に差があり、ほとんどカカシが一方的に情報を貰うような形になってしまっているが、朧にとってはあくまでナルトたちが原作と同じように木登り修行を完成させたかどうかを確認するだけでいいので、そこについては些細なモノだった。

 

「直に霧隠れの鬼人も再び現れよう。奴が息を吹き返せば、ガトー一派の士気も戻ってくる。奴らを相手に後手に回れば、今度はその身、チャクラ切れだけでは済まさんぞ?」

「そうならないために、こうして貴方と接触している」

 

 真っ直ぐに朧を見据えながらそう言うカカシに対し、朧もまた内心で確かに、と頷いた。

 確かに、こうしてカカシが接触してきてくれたことによって、幾分か気持ちが和らいだ感覚があるのは確かだ。

 全てを自分一人でフォローする必要はなく、互いの事情を説明し合った上で協力し合うことができる。

 元より影からカカシたちをサポートする腹づもりであったので、向こうから助けを請うてきたのはむしろ有り難い状況といえよう。おまけに此方からカカシに協力をさせる口実すらできるのだから。

 

「・・・・・・お前も分かっていようが、もし雲隠れの者らが童共を狙い動く瞬間があるとすれば――」

「間違いなく、再不斬を含めた抜け忍たちに混じって、我々との争いに乗じてやって来ると思われます。大本の目的が達成できなかったとしても、おそらく奴らは、転んでもただでは起きない。そういう奴らです」

「左様。日向の件でもそれは物語っている」

 

 転んでもただでは起きない――そんなカカシの言葉に朧は静かに頷いて同意する。

 例え原作を知っている身であったとしても、宗家の白眼狙いでまだ幼いヒナタを攫ったという報を聞いたとき、朧は内心でドン引きと嫌悪感を示したものだ(何度も言うがこいつも人の事は言えない)。

 その件で報復としてヒナタの父親であるヒアシがヒナタを日向の屋敷から連れ出した忍び頭を殺したのをいいことに、雲隠れは自分達の行いを棚に上げて、木の葉に日向ヒアシの白眼を手に入れようと、彼の遺体を要求したのだ。任務に失敗し、仲間の忍び頭が殺されたら今度はその死を都合のいい口実といわんばかりに利用してきたその姿勢は、まさに転んでもただでは起きない、というのに相応しいだろう。

 おまけに要求を飲まなければ、自分達が五大国で一番力のある里であることをいいことに、木の葉に戦争を仕掛けると脅してきたのだ。

 当然、雲隠れとの戦争を望まず、だからといって白眼を渡すわけにもいかなかった日向一族と木の葉は、分家にして日向ヒアシの双子の弟であった日向ヒザシを影武者として、呪印で白眼を封印した状態でその遺体を差し出し、何とか自分達の里の秘密と平和の両方を守ることに成功したわけだ。

 

 ・・・・・・ちなみに、この一件で里どころか関係のない火の国の人々すら巻き込みかねないほどの戦争をおこしかけた雲隠れは、それを見咎めた奈落によって“ある報復”を受けることになるのだが、それについての詳細はここでは語らないでおこう。

 とにかく、その“報復”のおかげで、もし木の葉に戦争を仕掛ければ奈落も相手取ってしまうということを悟り、自分達の五大国最強という立場が、実は見せかけだけの薄氷上のものでしかないということを、雲隠れ上層部は思い知らされてしまった。

 表向きは亀裂が深い木の葉と奈落ではあるが、上層部は暗部同士ではちゃんと協力し合っている。

 偏に、奈落の役割と、奈落と木の葉の関係を見誤った彼らの自業自得ともいえるわけなのだが。おまけにあくまで“木の葉の仕業”ではなく“奈落の仕業”であるため、日向の件とは違い、彼らは木の葉への報復の口実を無理矢理作ることすら叶わない。

 だからといって奈落に報復しようとすれば、火の国そのものへの宣戦布告と看做され、奈落は勿論のこと、それと同時に木の葉も相手することになる。

 国側と里側でそれぞれ強大な軍事力を持っていることの厄介さを、彼らは直に味わわされたといっても過言ではなかろう。

 

 それでも、正直な所、朧はこの“報復”の部分に関してだけは、彼ら――否、()に申し訳ないと思っていた。今思えば、こんな大仰なことを仕掛けられても文句を言えない位には恨まれても当然だろう、と。

 ・・・・・・とはいえ、とはいえだ。

 

「浮雲の身に甘んじていればいいものを・・・・・・天に刃向かい、地に堕とされ、尚も懲りぬとはな」

 

 咄嗟にそんな文句が出てしまう位には、呆れの感情もあった。

 

「朧様・・・・・・」

 

 意味ありげな朧の発言に、カカシは一瞬言い淀む。

 カカシも当時は暗部に所属していたため、奈落が起こした“報復”についても把握はしている。

 いくら木の葉は裏切りを許さないということを知らしめるためとはいえ、それを奈落に、この男に背負わせた木の葉に対して思うことがあるのだろう。

 尤も、奈落自体にもきちんと国を巻き込みかねない戦争を起こしかけた雲隠れに対しての“制裁(牽制)”という目的があったため、実際のところカカシがそんなことを気にする必要はないわけだが。それでも、やはり相手があの朧だからこそであろうか・・・・・・色々複雑な思いが胸中を過ってしまうのは。

 

(こいつの言う“天”には、国だけではなく里のことも、含まれているのか・・・・・・?)

 

 現に、奈落と木の葉という二大忍組織の体制により、雲隠れは強く出ることができなかった。1つの牙ではなく、2分化した牙であるが故になせる究極の牽制がそこには存在している。

 如何に奈落という組織が雲隠れにとって忌々しい存在であるかは、最早語るまでもない。

 

「ところで、朧様。奈落がこの国に来たもう一つの目的に、私が協力するという約束をしましたが、もう一人の方は・・・・・・」

 

 初めてこの国で朧とコンタクトを取ったときの、朧の言葉をカカシは思い出す。

 奈落がこの国に来たもう1つの目的――正確には水影が奈落をこの波の国へ手引きする条件として提示した頼み事についてだ。

 その時、朧はある女に頼むつもりだったと言っていた。

 

「・・・・・・素性は明かせぬが、腕は保証しよう。あの鬼人の相手に相応しい者が一人いる」

「あの再不斬に、ですか?」

 

 俄には信じがたいと、カカシは思う。

 あの鬼人の相手に、相応しい女――その女は一体何者なのだろうかと。朧の口ぶりからして奈落の忍びであることには違いないのであろうが・・・・・・。

 

「お前たちの前に鬼人が再び現れ次第、すぐに向かわせよう。我らの存在を悟られぬよう霧隠れの追い忍に扮して向かわせる。フォーメーションはお前が奈落(我ら)との共同任務で使っていたものでいい。あくまでメインは貴様だ。あちらからお前にフォーメーションを合わせるように言ってある。いざ雲隠れの(ねずみ)どもが尻尾を(あらわ)した際にも、役に立とう」

「・・・・・・分かりました。それと、このことはやはり・・・・・・」

「無論、あの小童共には委細伝えぬことだ。知るべきは私とお前、三代目のみだ」

 

 まるで、暗部時代に奈落と共同任務をしていた頃に戻ったようだと、カカシは思った。

 

「分かりました」

「後のガトー一派については此方が委細請け負う。伝えることは以上だ」

「・・・・・・何から何まで、お力添えを頂き、感謝します」

「御託はいい。早く行け、時間はないぞ?」

「はい。――では」

 

 朧に一度片膝を突いて頭を垂れたカカシは、瞬身の術で朧の前から姿を消し、タズナの家へと戻っていった。

 その背中を見送った朧は、手に仕込み錫杖を持ったまま森の中を歩き始める。

 被った編み笠を上にずらし、星空を見上げた。

 

(準備は、全て整った。(かばね)にはいつでもカカシさんたちの元へ駆けつけれるように待機させているし、ナルトとサスケが木登り修行を終えたとなると、原作的には次の日の朝に再不斬はまたタズナの前に現れる。おそらく、再不斬の他にもまだ生き残っている抜け忍たちが集中するだろうし。そこはカカシさんと(かばね)に任せるしかないなぁ・・・・・・)

 

 ぶっちゃけ自分が影分身して螺旋丸とか回天で全部吹っ飛ばして終わらせるのもありかな、とか、一瞬そんな危ない思考が過ったが、頭の中だけに留めておいた。

 

(後はガトーを殺るタイミングだけど……)

 

 原作ではそのような描写はあまり感じられなかったが、ガトーだってバカじゃない。あの男はあのナリで、自分が何者かに踊らされていることに気付いている。

 もしガトーが原作のようにナルトたちの前に姿を現すのならば、再不斬たちと第七班が疲弊し、かつその中に潜んでいる雲隠れの連中が尻尾を見せたときでだろう。

 伊達に雲隠れに見出されて兵器開発に着手しただけのことはある。

 ――まあ、所詮は狸ジジイ。死肉を啄むのは本来、(こちら)の領分であることを思い知らせてやるとしよう。

 

(とはいえ、さすがにここまでの事件になるなんて・・・・・・いくら幼女誘拐許すまじの精神でやったとはいえ・・・・・・)

 

 奈落が雲隠れに行った“報復”は、雲隠れの里そのものには何ら打撃を与えないものだった。それこそ大蛇丸の木の葉崩しに比べれば数千倍かわいいものだろう。五大国最強の里という地位が脅かされたワケでも無い。

 それでも自らの行いのせいでまた失うことになってしまった“彼”は朧の言葉どおり雲から地に転げ落ち、娑婆にありながら灼熱地獄を味わっただろう。

 それでも、この男は――

 

(まあ、奈落は五影会談には参加しないし、それに――原作には()()()()()()()なんて出てこないし――鉢合わせなきゃなんとかなるでしょ、多分・・・・・・)

 

 楽観的思考と共に反省の色はまったくなしである。

 このバカ、早く地獄に落ちた方がいいのではなかろうか。

 

 

     ◇

 

 

「じゃ! ナルトをよろしくお願いします! 限界まで体使っちゃってるから……今日はもう動けないと思いますんで……」

「分かりました、どうかお気をつけて……」

 

 木登り修行による疲労でナルトが起きないため、ナルトを抜いた第七班のメンバーでタズナの護衛に出かけることになった。

 動けないナルトやタズナやイナリに関しては、奈落の忍びが隠れて護衛しているので、カカシは彼らに任せることにした。

 ……気になるのは、再不斬が現れた時に共にフォーメーションを組むであろう女性の奈落であるが、それについては再不斬が目の前に現れなければ分からない。

 できれば再不斬と相対する前に事前にフォーメーションを組んでおきたかったのが本音であるが、そこは高望みのしすぎか。

 

「じゃ! 超行ってくる」

「ハイ」

 

 

 

 

 

 そして、建設工事中の橋の上にたどり着くと、そこには――

 

 

 

 

 

「な……なんだぁコレはァ!!!」

 

 いつもならばタズナの指示で橋を建設する筈の大工たちが、血を出しながら倒れていた。

 橋をかける予定である向こう側の陸地が見えている手前で、彼らは無惨に殺されていたのだ。

 

「どうした! いったい何があったんじゃ!?」

 

 慌ててタズナが倒れている一人に駆け寄り、問い詰める。

 

「ば、化け物……」

 

 不幸中の幸いにか、タズナが駆け寄った大工はまだ息があるようで、それだけ言って気を失った。

 それを聞いたカカシは冷や汗を流し、身構える。

 

(化け物、ね。ということは――)

 

 周囲に、霧が立ち込める。

 

「サスケ、サクラ。タズナさんを守れ! ……来るぞ!」

 

 カカシ、サクラ、サスケの三人でタズナを囲い、周囲を警戒する。

 同時に、複数の殺気が、四人に向けて一点に集まる。

 そして、特に警戒の目線が集中しているのは――やはりカカシの方だった。

 

「やはり、大勢で来たね……。サスケとサクラは、タズナさんを護衛しつつ奴等を迎え撃て。オレは――」

「ああ。借りを返しに来たぜ――カカシ」

 

 その中でも、特にカカシに格別な殺気を放つモノが一人――橋の真ん中に立っていた。

 

「再不斬、やはり生きていたか……!」

 

 背中に断刀を背負う、霧隠れの額当てを付けた男。

 隣には、再不斬を殺したと思われていたあの追い忍の子供の姿もあった。やはりカカシが予測した通りに、あの子供は追い忍ではなく、追い忍を装った再不斬の部下だったということだ。

 

「行くぞ、(はく)

「はい――再不斬さ……ッ!?」

 

 その時だった。

 霧の中から、再不斬に向かって手裏剣が飛んできた。

 それに気付いた白が再不斬を庇うようにして飛び、迫りくる手裏剣を全て千本で投擲して弾く。

 

「こいつぁ……」

 

 白に弾かれ、自身の足下に刺さった手裏剣を見やる。その手裏剣は、紛れもなく霧隠れのもの。

 

(来てくれたか……!)

 

 その様子を見たカカシが奈落からの増援を確信したと同時――霧の中から、もう一人人影が現れ、カカシの横に立つ。

 再不斬の隣にいる白と同じように、霧隠れの追い忍の恰好をした奈落。

 

「はたけカカシと見受ける、(かしら)の命により助太刀にまいったぞよ」

「……あぁ、よろしく頼むよ!」

 

 隣から聞こえる女性の声に、カカシもまた応じる。

 顔を追い忍の面で隠し、黒い長髪を2本に分かれた三つ編みでまとめた女性――カカシから見てもそれはかなりの実力者であることが窺えた。

 

 希望の架け橋の上にて、後のナルト大橋の戦いと呼ばれるようになる乱戦が、幕をあけた。

 

 

     ◇

 

 

 ――カカシたちが襲撃を受けるよりも少し前――。

 波の国にあるガトーカンパニーのアジトにて、この国を大名に代わり牛耳るガトーが橋の下に待機させている再不斬に無線機で語り掛けてた。

 

「襲撃の用意はいいか! おいザブザ、聞いてんのかおい――って切りやがったアイツ!?」

 

 ちくしょうコケにしやがって!、と癇癪を起こしながら、ガトーもまた無線機の通話ボタンを切る。

 用意された赤いソファーに腰かけ、ガトーはまあいい、と笑う。

 

 ガトーは今まで散々自分達をコケにした再不斬や白には元より、他の抜け忍たちにも報酬を払うつもりはなかった。

 正規の忍びを雇うことはできず、だからこそ隠れ家の提供を条件に抜け忍たちを雇ってきたのだが、抜け忍すら雇うには相当金がかかる。

 ただでさえ兵器開発に資金を溶かしたというのに、抜け忍たちの分の報酬まで払っていては商品が売れたとしても黒字になるかは果たして怪しい所だ。

 再不斬や白とは違い、自分に逆らわず忠実に言うことをこなしてくれる抜け忍たちについては、さすがに報酬を払ってやらないでもないが。

 

「後は、私にあれらを横流しにしてきた連中についてだ……」

 

 ガトーは薄々気付いていた。

 自分が踊らされているのではないか、と。

 気付いたのは極々最近であるが。

 思えば、さすがに都合が良すぎたのだ。たまたま火の国と水の国の間に自分が乗っ取った小国が位置していたとはいえ、そこへ天啓のように流れてきた、兵器に関する資料や設計図。そして製造部品の原型の数々。

 何が目的かは知らないが、あのオーパーツの塊ぶりからして、どう考えても五大国規模以外ではありえない。

 となれば……。

 

「チッ、まあいい。他の抜け忍どもはともかく、再不斬とあのガキだけは邪魔だ。それに五大国どもめ、もし私を利用するっていうんなら……分かってるよなぁ……?」

 

 サングラスをくいっと持ち上げ、ガトーはほくそ笑む。

 

「今まで大国どもが私に手出しできなかった理由、忘れたのか? 愚かな奴等め……私を利用して何をするつもりなのかは知らないけどねェ……こっちには、民衆といういう“人質”がいるんだ……!!」

 

 既にギャング共や抜け忍たちを各地区に向かわせ、奴等への人質にする準備をしている。

 誰も自分には手出しできないのだとガトーは笑う。

 

「ククク、今のところ奈落が動いたという情報はねえ……なら奴等が来る前に、先手を打たないとねェ……」

 

 ほくそ笑むガトーであるが、彼は知らない。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

     ◇

 

 

「こ、これは――どういう事だ!?」

 

 それは、ありえない光景だった。

 ガトーの指示通りに、町中の町民たちを人質に取るべく派遣された大勢のギャングや盗賊、抜け忍たちであるが、彼らはそこで信じられない光景を目にしていた。

 

 町から――民衆たちが消えているのだ。

 建物の中を捜索しても人の姿はなく、まるで町の住民全員が神隠しにあったかのように消えていた。

 

「くそ、アイツ等何処へ逃げやがった!?」

「川の方を探せ! 船で逃げたかもしれねえ」

 

 焦った彼らは、町中捜索したが、町民の姿は何処にもない。

 生活感だけを置き去りにして、本当に町の住民だけが綺麗さっぱりにいなくなっていた。

 

「くそ、何処にもいやがらねえ……」

「船が使われた形跡もない、一体どうなっていると――」

 

 そのときだった。

 ザッ、ザッ、ザッ。

 

 当惑している彼らの周囲から、多くの足音が耳に入る。

 いつの間にか、彼ら大勢を、数十人の町民たちが囲んでいた。

 

「お、お前らは……」

 

 今まで気配もなく、音も見せなかった町民たちが、いつの間にか自分達を囲むようにして現れたことに、彼らは不気味さを僅かに感じた。

 

「な、何だ。ちゃんといるじゃねえか、脅かすなよ……」

「残りの奴等はどこに行ったぁッ!? ここにいるのはテメーらだけかぁ!?」

「ガトーからの命令だ。お前たちには今から人質になってもらうぞ!!」

「逃げたりすんじゃねえぞぉ? 逃げようとしたヤツから打ち首にしろって言われているからなぁッ!」

 

『ハハハハハハハハッ!!』

 

 自分達を囲む町民たちを前にして、笑うならず者達。

 しかし――その中に混じっていた抜け忍たちは、彼らの立ち振る舞いに違和感を感じていた。

 これだけ大勢の成らず者たちや抜け忍たちが集まって脅しているというのに、彼らは表情一つ変えない。

 いや――全員、無機質な表情なのだ。ガトーカンパニーの圧政に苦しめられて疲弊している者の顔ではなく――まるで自分達を人と認識していないような目。

 

 そして、笑うならず者たちを尻目に、彼らは懐から一斉に得物を取り出した。

 

『なッ!?』

 

 笑っていたならず者達は、一斉に笑いを止め、表情を驚愕のものへと変える。

 町民たちが取り出したのは、腰に帯刀していた刀だった。

 刃渡りは80センチ程で反りのある刀――侍が使う打刀に分類される刀剣を、どこで入手したのか町民達は一斉に抜き放った。

 

「な、なんだ貴様らッ!?」

「我々に逆らうとどうなるか、アっ――」

 

 瞬間、一番先頭にいたならず者が切り伏せられて倒れる。

 それを合図に町民たちはガトー一派の勢力へと一気に躍り出た。

 次々と血を流して倒れていくならず者達――その中に混じっていた抜け忍たちはようやく違和感の正体に気付く。

 

「こいつら、ただの民衆じゃ……ぐあッ!?」

 

 あっという間に切り伏せられていく。

 気が付けば残っているのは抜け忍たちのみだった。

 

 そして、一人の抜け忍が刀を逆手に持って斬りかかってきた町民と切り結ぶ最中、その抜け忍の目に、ある物が目に入った。

 刀を持った手首に彫られた――八咫烏の入れ墨が。

 

「な、なら――く……あ」

 

 その一言を最後に、その抜け忍も切られる。

 本来ならば、町民たちを人質にする筈の任務が――いつの間にか抜け忍たちと、()()()()使()()()()()()()()()()の戦場へと様変わりしていた。

 

 

 一方、かつてカイザが救ったとされるD地区にも、ガトー一派の大部隊は派遣されていた。

 しかし、同じくこの町の住民の姿はなく、建物も全てもぬけの殻であった。

 

「くそッ、アイツ等何処へ行きやがったッ!?」

「船は見当たるから、この国から出たってわけじゃ、アッ――」

 

 ボチャン、と水しぶきの音が響く。

 かつてカイザが救ったD地区の川を見下ろしていた一人のならず者が何かを言いかけたその時、彼の身体は前のめりに倒れ、川の塀を越えて水の中へ落下したのだ。

 

「おいどうした!?」

「ヘッ、魚にアレを食われでもしたかぁ?」

 

 それに気付いた仲間達がそう減らず口を叩きつつ、川の中へ落ちた仲間を覗きこむ。

 しかし――川の中へ落ちた彼は、既に屍となって浮かび上がり、その首から流れ出ていた鮮血が川の水に広がっていた。

 

『お・・・・・・おい!?』

 

 彼らが動揺した、その瞬間。

 

 ドボオォン!、と先とは比べものにならない巨大な水しぶきが舞う。

 その水しぶきとともに川の水の中から飛び出してきたのは、彼らの探していた筈の()()()()だった。

 

「なッ!?」

 

 編み笠を被ったその者達の姿、服装は、紛れもなく彼らの探していた町民たちそのもの。

 一つ違いがあるとすれば、その手に武器(かたな)が握られていることくらい。

 その刀の切っ先は、紛れもなくガトー一派の部隊に向けられており――

 

「ガァっ!」

 

 一番川の手前にいたならず者が、驚愕の表情のまま、身体を両断される。

 川から飛び出してきた他の町民たちもそれに続き、臆する様子もなく、ただ無慈悲にガトー一派の者達を切り伏せていく。

 かつてカイザが救ったこのD地区もまた、ガトー一派の者らの血に染まってゆくのであった。

 

 町からいなくなった町民たち。

 かわりにいたのは、町民たちに扮していた奈落の(しのび)たち。

 

 波の国中の人々を人質に取るガトーの戦略は既に奈落に読まれていたのであった。

 



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二重の急襲

 それは、ガトー一派からすればあまりにも予期せぬ恐怖だったであろう。

 今まで自分達が虐げてきた波の国の町民たち――力もない彼らは、島の英雄という希望を奪われ、活力と勇気を奪われた筈だ。

 そんな者達が、今――

 

「な、何のつもりだお前らっ⁉」

「オ、オレ達に、ガトーに逆らうことがどういうことか分かってるのかっ!?」

 

 まるで今までの恨みを返さんといわんばかりに、武器をもって自分達に襲い掛かってきているのだ。

 次々と積みあがっていく仲間の屍。

 ――有り得ない、在り得ない、或り得ないっ!

 ガトー一派の傭兵、ギャングなどのならず者達は頭の中でその言葉を何度も反復する。

 

「お、おい、聞いてるのかっ!? 死にたくねえんだったら止まれっ!」

『―――――』

 

 しかし、一切表情を変えず、一切口を開かず、彼らは自分達の仲間の死体を跨ぎ、歩み寄ってくる。

 ――ジリ、ジリ。ジリ、ジリ。

 その手に刀という凶器を携えながら、彼らは――波の国の町民たちは、次々と仲間を惨殺し、迫ってくる。

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

 笠を被った町民たちの目には、何も映ってはおらず、ただ自分達を殺すべき対象として認識しているだけのよう。

 

「わ、分かった……」

「お、おれ達が悪かったっ! もうガトーなんかに従わねえ、だから、だから……」

 

 一部のガトー一派のならず者達が、自分から武器をおろす。

 それは投降の意――もう自分達に戦う意志はないという意志の示しだった。

 しかし、

 

「ぎゃあっ!?」

「な、なんで、ガ、ァっ……」

 

 そんなもの、彼らには関係ない。

 彼らが(かしら)から言い渡された任務はガトー一派の無力化にあらず――一人残らず殺すことなのだから。情けをかけろなどという命など受けてないのだから。

 彼らが懺悔すべき本物の町民などすでにここにはいない。

 いるのは、町民に扮した殺し屋たちのみだ。その事実に気付かず、一部の者達が許しを請うが、それはまったくの無駄骨である。

 

 A地区、B地区、C地区、D地区――その他の全ての地区に派遣されたガトー一派の部隊は、町民に扮して待ち伏せていた奈落の忍びたちの奇襲を受けることとなる。

 数でいえばガトー一派に軍配が上がるものの、奇襲を受けた混乱に加えて、上記で語った心理的な動揺もあり、このままでは各地区に派遣されたガトー一派の全部隊壊滅も時間の問題であろう。

 

(おー、やってるやってる)

 

 彼らに命を下した張本人である朧――の影分身――は波の国の中心にある高台に立ち、白眼で各地区の争乱を見守っていた。

 五大国がこれだけ大仰に絡んでいれば、さしものガトーだって感づくに決まっている。ならばと思ってガトーの手を先読みし、手を打っていた朧であったが、ものの見事に予感は的中。

 こうしてガトーは五大国への牽制として波の国中の人々を人質に取ろうとする強硬策に出ようとしている。

 念のため町民たちを(無理矢理)避難させ、代わりに町民に扮した部下を潜り込ませておいて正解だった。

 

(それにしても、ここまで(こう)()覿(てき)(めん)とはねー)

 

 自分達が虐げてきたものが武力を身に付けて反逆してくる……という図は、虐げてきた者からしてみれば恐怖の対象以外の何者でもない。前世の歴史でも学んだ“一揆”などの例からもそれは読み取れるが、最早ここまでとは朧も思いやしなかった。

 

(……というか、さすがにこわすぎね? 無人になった町に足を踏み入れたら、急に無口無表情の町民たちが現れて、一斉に刀とか抜いて無言で襲い掛かってくるとか……俺だったら絶対腰ぬかして逃げるわー)

 

 おまけにその町の人々は今まで自分達が虐げてきた(と思っている)人々と来たものだ。なまじ自分が悪いことをしているという自覚がある分、余計に恐怖が水増しされるだろう。

 原作ではイナリの声かけにより立ち上がった本物の町民たちの勢い(ナルトやカカシの影分身もあるが)にさえ後ずさって逃げていったチンピラどもが、こんな得体の知れない殺意をぶつけて来る町民の集団に耐えられる筈がない。

 

(抜け忍たちは、町民ではなく正体がどこかの忍びであることくらいは気付くだろうけど、それでもこの恐怖感は多分拭えないだろうなー)

 

 ガトー一派の血で汚れていく波の国の地を見下ろしつつ、朧は内心でうんうんと頷く。

 同じ忍びの業を扱う抜け忍たちからすれば、その正体が自分達と同じ忍であることに気付くことは容易であろう。

 それでも一度抱いた心理的な恐怖は拭えるものではない。一度染みついた未知への恐怖というものは決して消えない。

 

(この騒ぎが続くと船での迂回ルートで橋に向かっているガトーにも気づかれるだろうし、アジトからの増援も時間の問題だろう。となれば、さっさと消えて本体へ情報を伝えて、と――)

 

 その思考を最後に、朧の影分身はボンっと煙を立てて消えていく。

 彼が見聞きした記憶はチャクラと共に朧本人へと還元されていくであろう。

 

 

     ◇

 

 町中が混乱に陥っているころ、そんな騒ぎを知りもしないナルト達。もともと奈落はガトーから自分たちへの目を反らすため、タズナを含めた家族3人だけは避難をさせずにいた。

 

「あああぁあぁっ! 寝過ごしたァー!!」

 

 修行の疲れにより遅くまで寝ていたナルトは目を覚まし、家中を探す。しかし、サスケやサクラ、カカシが見つからず、途方に暮れる。

 

「あのさ!あのさ!みんなは?」

 

 居間で編み物をしているツナミとそれを手伝っているイナリの所を訪れ、ナルトは寝巻姿のままツナミに問う。

 

「あ!ナルト君、もう起きたの? 今日は先生がゆっくり休めって()っ……」

「やっぱな!やっぱな!オレ置いて行きやがった!!」

 

 ツナミが言い終わる前にナルトは居間を去り、慌てて自前の忍び装束に着替える。

 

「行ってきまーすっ!」

 

 ドタドタと絶え間ない足音を響かせながら廊下を走り、唖然となるツナミを置いてきぼりにして、ナルトは出て行った。

 

(・・・・・・本当に、元気な子ね)

 

 不思議な子だと思う。今まで感情を表にすることがなかったイナリをあそこまでムキにさせたことといい、あの子に何か不思議なものを感じる。

 イナリも、おそらくナルトにある何か不思議なものに触れて、あそこまで感情を曝け出したに違いない。

 

(どうか、お父さん達をお願いね、ナルト君・・・・・・)

 

 今は、あの少年とあの子達の先生に託すしかない。

 こんな危険な所に、嘘をついて連れてきてしまった件については、ツナミも申し訳ないと思っている。

 それでも、あの子たちはこの国を守ることを選んでくれた。

 ツナミは既に、大切な人との別れを二度も経験している。

 1人は自分との間にイナリを授かった夫、つまりはイナリの実父。

 そしてもう1人は――自分の2人目の夫にして、この町の英雄だったカイザ。

 ツナミは仲のいい夫との別れを、既に二回も体験しているのだ。

 大切な人をもう二度と失いたくない。

 できることなら自分やイナリのためにも、橋造りを続けたり、木の葉に依頼しに行ったりとガトーに目を付けられるようなことをしている父親にはこんなことはやめてほしかった。

 それでも、カイザに代わりにこの国の希望を取り戻そうとしている父親を、ツナミは止めることができなかった。

 今のツナミにできることは、そんな彼らにご馳走を振る舞うことくらいだ。

 そして、ツナミは父親だけではなく、彼らにも死んで欲しくはなかった。

 もし橋が完成し終わったら、その時はまた、こうして誰一人欠けることなく、7人で食卓を囲みたいと思っている。

 

(だから、みんな、生きて帰ってきて・・・・・・)

 

 今は、こうして祈りを捧げることしか、ツナミにはできないでいた。

 

(母ちゃん・・・・・・)

 

 憂うような表情で天井を見上げるツナミを、イナリは何も言わずに見つめ続けた。

 母親のこう言った表情を、イナリは久しぶりに見る。

 父親のカイザが死んで以来、ツナミもまた自分と同じように笑顔をなくしていた。

 ――対して、自分はどうだろうか?

 ――本当に、落ち込んで泣いてばかりで、本当にそれでいいのか?

 編み物の手伝いが終わり、トイレで手を洗っている最中にもイナリは迷い続ける。

 そのときだった。

 

「キャアアアアァッ!」

「っ!!」

 

 食卓の場所から、母のツナミの悲鳴が聞こえた。

 イナリは即座に手洗いを中断。濡れた手をタオルで拭くこともなく、トイレのドアをあけて一直線に食卓のある部屋へと走り、引き戸越しに覗き込む。

 そこには――

 

 外から開けられた大穴から入ってきた二人の男。

 いつも家族で囲んでいる食卓のテーブルがへし折れた状態で横たわり、その衝撃によって割れたであろう食器が散乱している。

 そして、ツナミは台所の洗面所を背に尻餅をつきながら、怯えた表情でにじり寄ってくる二人の侍を見上げていた。

 

(あ、あいつらはっ!?)

 

 その二人の侍の顔に、イナリは見覚えがあった。

 忘れもしない。ガトーの命令のもと、イナリの父親であるカイザを直接処刑した張本人たち。

 イナリにとってはガトーに並ぶ、にっくき怨敵たちだった。

 

「母ちゃん!!」

 

 思わずイナリは叫ぶ。

 あの二人の侍が母親の前に立っている意味――つまり、ついにガトーは父カイザを葬るだけでは飽き足らず母であるツナミも殺そうとしているのではないか――そんな焦燥に駆られたイナリは、そうはさせまいかと叫んだ。

 

「何だガキ!」

 

 入れ墨を淹れた上半身を晒した眼帯の(さむらい)――ワラジが、そんなイナリを睨み付ける。

 

「出てきちゃダメ! 早く逃げなさい!」

 

 ツナミがイナリに逃げるように促すが、だからといってイナリは母親を見捨てることなんてできるわけがなかった。

 

「こいつも連れてくか?」

「勿論。ガトーからは町中一人残らず連れて行けって言われてるしな」

 

 ワラジの疑問に、ニット帽を被ったもう一人の侍――ゾウリがそう答える。

 

「っ!?」

「な・・・・・・何ですってっ!?」

 

 ゾウリの言葉に、イナリは顔を青ざめ、ツナミは顔を強張らせる。

 

「ククっ、ガトーの命令でなあ・・・・・・この国の奴ら全員人質に取れってよぉ」

「今頃町の方は騒がしくなってる頃だろうな」

 

 愉快そうに言うワラジ。ゾウリも鏡合わせのように笑ってみせる。

 ・・・・・・尤も、今町の方はゾウリとワラジが言っているのとは逆の意味で騒がしくなっているのだが、町から離れた場所にいる二人の侍には知りようもないことだった。

 悪趣味げに笑う二人に、怒りに身を震わせるツナミ。

 

「という訳だ。悪ぃなガキ、お前にも来て貰うぜ?」

「っ!!」

 

 チャキ、と刀の刀身を見せつけ、イナリを脅すワラジ。

 怯えたイナリはささっと身を引き戸へ隠し、縮こまる。

 そんなイナリに容赦なく、ワラジは手をかけようとするが、そこに待ったの声が上がる。

 

「待ちなさい!! ・・・・・・その子に手を出したら、舌を噛み切って死にます」

 

 一瞬、唖然となるゾウリとワラジ。

 

「・・・・・・人質が、欲しいのでしょう?」

 

 切羽詰まった表情で、ツナミは二人を睨み付ける。

 体の節々は震えていて、その表情は恐怖を隠し切れていない。

 それでも、その目は覚悟を決めていた。

 

「おいおい奥さん? オレらは別にあんたらがいなくても人質なら他にもたくさん――」

「待てワラジ。・・・・・・母ちゃんに感謝するんだなボウズ」

 

 しびれを切らしたワラジが刀に手をかけようとするが、ゾウリがその手を止め、イナリに振り返ってそう言う。

 

「いいじゃねえか、なんか切りてー気分なんだぉー」

「お前いい加減にしろ。さっき試し切りしたばかりだろうが。それに、放っておいたってこのボウズには()()()()()()()()()

「っ!?」

 

 ゾウリの言葉に、イナリがピクリと身を震わせる。

 イナリは動けなかった。ゾウリの言う通り、泣きながら何もすることができない。さっきも、ワラジに刀の刀身を見せられただけで、身が竦んで動けなくなってしまった。

 

「ほら、さっさと歩け」

 

 両手を後ろに回して縄で縛ったツナミを連れ、二人の侍は家から出て行く。

 ツナミも抵抗する気はないのか、大人しく二人の言うことに従っていた。その目に怯えはあれど、後悔は一切ない。

 そんなツナミの背中を見ても、イナリは蹲ってただ泣くことしかできなかった。

 

(母ちゃん、ごめん・・・・・・ごめんよ・・・・・・ボクはガキで弱いから母ちゃんは守れないよ。それに死にたくないんだ・・・・・・ボク怖いんだ・・・・・・)

 

 思い出すのは、父親のカイザが処刑されたあの日。

 本来ならば幼きころに味わうべきではない別れを、命の重みを、イナリは知ってしまった。だからこそ動けない。

 こうして、ただ泣くことしかできない。

“泣き虫ヤローが!!”

 ふと、昨日の夜、ナルトから言われた言葉が(よぎ)る。

“悲劇の主人公気取ってピーピー泣きやがって。お前みたいなバカは何もしないでいい。ずっとそこで泣いて見ていろ!!”

 昨日の夜、カカシのお兄さんから言われた言葉を思い出す。

“あいつはもう泣き飽きてるんだろうなあ・・・・・・だから、強いっていう事の本当の意味を知ってる・・・・・・君のお父さんと同じようにね”

 

「・・・・・・」

 

 両手の掌を見る。

 掌に垂れた涙の量が多すぎて、情けなくなってくる。

 

(ああ、くそぅ・・・・・・)

 

 ――みんな、すごいよなぁ・・・・・・。

 偽の依頼を出されたにも関わらず、命がけで祖父を守ろうとする彼らを思い出す。

 ――みんな、カッコいいよなぁ……,

 必死に希望という橋を建てようとする祖父と、身を張ってまで自分を守ろうとした母を思い出す。

 ――みんな、強いよなぁ・・・・・・。

 ヘラヘラ笑いながらも、この国を守ろうとするナルトとカイザを思い出す。

 

 力強く、握り拳を作る。

 

(・・・・・・ボクも・・・・・・ボクも強くなりたいよ、父ちゃん。あの人たちみたいに、じいちゃんみたいに、母ちゃんみたいに、父ちゃんみたいに・・・・・・!!)

 

 両手で必死に涙を拭う。

 もう顔がぐしょぐしょになるのはごめんだ。

 自分はもう十分に泣いた。

 泣いてばかりでは何もできないけれど、もう涙が涸れるくらいには、泣いた筈だ。

 3年間、何もせずに泣き続けた。なら、もういいだろう――

 

 もう、泣くのはごめんだ

 

 意を決したイナリは、ようやく外へと足を踏み入れる。

 彼らが空けていった大穴、そこから差す日の光は、皮肉にもイナリには啓示のようにも思えたのだ。

 家を出たイナリは、ツナミを連れた彼らを探す。

 彼らは既に、家まで架けてあった板橋を渡りきり、陸地の森の手前まで進んでいた。

 その距離から、決心するまで時間がかかった己を頭の中で叱咤しつつ、イナリは全速力で彼らを追いかける。

 徐々に、彼らの背中が大きくなったところで、イナリは大声をあげた。

 

「待てぇ!!」

 

 その大声に、二人の侍と、両手を縛られているツナミが振り向く。

 

「イナリ!!」

 

 来てはダメ、とツナミは叫ぶが、知ったことじゃない。

 ボクはもう、泣いてばかりの子供じゃないんだ!!

 

「あん? 何ださっきのガキじゃねえか」

「母ちゃんの覚悟を無駄にするってのか、ボウズ?」

 

 刀を見せつけて脅してくる侍たち。

 そうだ、ボクはもう負けない。

 父ちゃんを切ったおまえらの剣にも、ガトーにも、負けるもんかっ!

 

「か、母ちゃんから離れろおおおおぉっ!!」

 

 怯える心に鞭を叩き、イナリは奮い立つように二人の侍たちへと突っ込んでいく。

 自分のような子供が武器をもった大人達に勝てるなんて、イナリにも思っていない。

 それでも、せめて母親だけでもあの二人から助け出そうと、イナリは走った。

 

「斬るぞ・・・・・・」

「ヤリィ」

 

 相棒に指示するゾウリ。

 相棒からの許可が出たワラジは口を歪めて微笑む。

 二人は刀の柄に手を宛がえ、突っ込んでくるイナリを居合いで切り捨てようとする。

 

「イナリ!」

 

 そんな二人の侍の動作を間近で見たツナミが切羽詰まった表情で叫ぶが、恐れを振り払うように目を瞑って突撃するイナリには届かない。

 そして。

 

 2つの、居合一閃。

 

「「!」」

 

 しかし、その一閃が切り捨てたのは小さなイナリの身体ではなく、それと同サイズの丸太だった。

 

「変わり身の術か・・・・・・!?」

 

 切り裂かれ、地面に転げ落ちた丸太を見た二人の表情は驚愕に歪む。

 そして、二人の背後に、主人公(ヒーロー)は参上した。

 

「遅くなって悪かったな」

 

 イナリとツナミを助け出した人影。

 金髪に、オレンジ色の忍び装束と、忍者の癖して目立つ出で立ちの少年。

 

「ヒーローってのは遅れて登場するもんだからよ!」

「ナルト君・・・・・・?」

「ナルトの兄ちゃんっ!?」

 

 唖然とするイナリとツナミ。

 タズナの護衛に行っている最中である筈なのに、まさか戻って駆けつけてくるとは思いもしなかったであろう。

 

「イナリ、よくやったな!」

「お前が奴らをひきつけてくれたおかげで、母ちゃんを助けられたぞ」

「・・・・・・ボ、ボクが?」

「ああっ!! なあ、イナリの母ちゃん?」

「え、ええ・・・・・・」

 

 恥ずかしそうに両手の人差し指を合わせて俯くイナリ。

 呆然としながらも、起き上がるツナミ。

 

「何だ誰かと思ったら・・・・・・タズナが雇ったダメ忍者か・・・・・・」

 

 ナルトを蔑む二人の侍は、邪魔をしてきたナルトを排除せんと、居合いの構えを取りながらダッと走り出す。

 迷いなき二人の侍の疾走に対し、ナルトは腰の手裏剣を投擲して迎え撃つ。

 

「フン・・・・・・そんなものが効くか!」

 

 忍びとの戦闘経験もあるのか、二人の侍は腰を低くしながら、刀の刀身を抜いて手裏剣を難なく弾く。

 しかし。

 

「バーカ」

 

 投擲された手裏剣はただの囮。

 本命は、後ろから急襲する影分身。

 二人の侍のそれぞれの背後に現れた影分身たちが、振り向く二人の顔面を思い切り蹴りつけた。

 

 

「兄ちゃん・・・・・・どうして(さむらい)がここに来るって分かったの?」

「んー?」

 

 血を出して倒れる二人の侍を縄で縛り上げたナルト。

 そんなナルトに、イナリは問う。

 

「森の中に刀で切られたイノシシがいたんだ。それ以外に刀傷がいっぱい木や何かにあって、それがイナリの家に向かって行ってたからな・・・・・・心配になってよ」

 

 笑顔でナルトは説明する。

 もし侍たちがそういった痕跡を残していなければ、ナルトはイナリたちの危機に気付くことすらなかっただろう。そういう意味ではこの侍たち(正確にはワラジの方だが)のミスがイナリたち親子を救ったとも言えた。

 

「そんなことより・・・・・・その、イナリ、悪かったな」

「えっ?」

「お前を泣き虫呼ばわりしちまってごめんな・・・・・・アレは無しだってばよ」

 

 気まずそうに頭を搔きつつ、にしし、と笑いながら謝るナルト。

 カカシの言っていた通りに、ナルトはあれからイナリを泣き虫呼ばわりしたことを気にしていたようだ。

 

「ボ、ボクも・・・・・・」

「ん?」

「ボクも、ナルトの兄ちゃんのこと、何も知らずに・・・・・・怒鳴って、ごめん」

「・・・・・・」

 

 ナルトは、まさか自分が謝られるとは思ってなかったのか、困ったように黙り込んでしまった。

 

「「・・・・・・・」」

 

 しばらく、お互い気まずそうに目を逸らしつつ、時々チラりとお互いを一瞥しては、また目を反らす。

 

「「う、うぅ・・・・・・」」

 

 二人とも、何かを堪えるようにプルプルと顔を強張らせる。

 そして、二人とも限界だったのか、やがて目から涙をこぼして鳴き始めた。

 

「イ゛ナ゛リ゛ィ~っ、ごめ゛んなー、本当にごめんってばよおおぉぉぉっ!!」

「ボグも゛、ボグも゛、ごめんよ、ナルトの兄ち゛ゃあ゛あああ゛ああんっ!!」

 

 お互い、涙を拭いながら、泣き合って、謝りあった。

 そんな二人の様子を見ていたツナミが、呆れたようにため息を吐きながらも、優しく微笑んで二人の頭を撫でた。

 

 暫くして泣き止む二人。

 ナルトは、イナリ、ツナミと向き合った。

 

「ここが襲われたって事は橋の方もやべーって事だ。オレはタズナのじーちゃんを助けてくっから。イナリはこっちをよろしくな」

「・・・・・・うん・・・・・・」

「ナルト君・・・・・・お父さんを、どうかよろしくお願いします」

「勿論だってばよっ!」

 

 まだ涙が止まらないのか、必死に腕をゴシゴシこすって涙を拭うイナリ。相変わらず泣いてばかりであったが、そこにもう悲壮感はない。

 

「そんじゃ、今度こそ行ってくるっ!!」

 

 二人の思いを受け取り、ナルトは今度こそ橋へと足を向ける。

 希望を取り戻した笑顔で、ツナミとイナリはそんなナルトの背中を見送る。

 もう恐くはない――あの人たちがいる限り、父(祖父)は大丈夫だと、安心したその時だった。

 

「どわっ!?」

 

 ナルトの足下の地面から生えたナニカが、ナルトの両足を掴んだ。

 前のめりに倒れるナルト。

 そして――ナルトの周囲をガトーの雇った抜け忍たちが現れ、ナルトを囲んだ。

 

「ナルト君っ!?」

「ナルトの兄ちゃんっ!?」

 

 その様子を目撃したツナミとイナリが叫ぶ。

 いつの間にかナルトを囲むようにして現れた抜け忍たち。

 それぞれ()()()()()()()()()()()、覗き込む双眸だけがナルトを睨み付ける。

 やがて、地面からナルトを掴んでいた抜け忍も、ナルトの足を掴んだまま地面から姿を現した。

 

(こいつら、ガトーのっ!? くそ、こうなったら・・・・・・!?)

 

「影分身の術!!」

 

 足を封じられて動けない今、唯一自由の身である手の指で印を結び、術を発動させる。

 チャクラを等分割して現れたのは大量の影分身。

 それらが抜け忍たちの数を優に超える影分身が彼らへ向かっていくが――彼らには、そんなものは通用しなかった。

 彼らが手にした直刀によって次々と消えていくナルトの影分身たち。

 分散していたチャクラが自分の中に戻っていくことを感じたナルトはさらに印を結んで、影分身を出そうとするが、その前に――

 

「ガっ――」

 

 ナルトの足を掴んでいた抜け忍から、今度は手を押さえつけられ、首を絞められる。

 

「アッ、ガッ・・・・・・」

 

 たかが下忍一人が、中忍一人の腕力に耐えきれる筈もない。

 ナルトは、力を失い、そのまま意識を失っていった。

 中忍の男に首を絞められたまま、力なく手足をだらんと垂れ下げるナルト。

 

 その様子を、ツナミとイナリは呆然とした様子で見つめていた。

 

(ナ、ナルトの兄ちゃんが、やられた・・・・・・?)

 

 到底、信じられない光景だった。

 自分の父親を殺した侍たちを、いとも簡単に撃退してみせた憧れのナルトが、こうも簡単にやられてしまったのだ。

 

「人柱力のガキを捕らえた」

「作戦は失敗したが、思わぬ拾い物をした。撤収するぞ」

 

 ツナミやイナリに一瞥することもなく、彼らは二人に背を向ける。

 気絶したナルトを持ち上げ、去って行く抜け忍たち。

 その様子が、ガトー一派に連れ去れるカイザに重なったイナリは、大声で彼らに叫んだ。

 

「待てぇッ!!」

 

 その声に、彼らは振り向く。

 

「兄ちゃんを・・・・・・ナルトの兄ちゃんを、返せぇッ!!」

 

「・・・・・・どうする?」

「始末する。目撃者は消すに越したことはない」

「どうせガトーの仕業にできることだしな」

 

 暫し仲間内で相談し終えた彼らは、ツナミとイナリに、その刃を向ける。

 

「イナリッ!!」

 

 イナリを庇うように抱きしめるツナミだが、イナリは彼らから目を反らさない。

 ナルトは自分と母親を身を張って助けに来てくれた。 

 だから、今度は自分がナルトを助けようと、イナリは震える身体を押さえて彼らを睨み付ける。

 

 果たして、その勇気は結ばれた。

 

 一瞬でも、イナリ達に気を取られてしまった彼ら。

 故に、彼らは後ろからの奇襲を許してしまった。

 

 ズブリ、とナルトを持ち上げていた抜け忍の心臓から、ナニカが生える。

 

「――――え?」

 

 口から血を零し、男は自分の心臓から生えたソレを見つめる。

 後ろから男の心臓に突き刺さったソレは、長さが80センチ程の直刀だった。

 柄の後ろに錫杖の(かん)のようなものが取り付けられた直刀。それが背後から投擲され、男の心臓に突き刺さったのだ。

 

「オ・・・・・・オイ!!」

 

 隣にいた仲間が呼びかけるが、彼は何も言わずに前のめりに倒れる。

 

 続けて、背後から次々と聞こえる錫杖の鳴り音に、彼らは一斉に振り向く。

 

 先ほどと同じ錫杖の仕込み刀、その雨が彼らに降り注いだ。

 風遁(ふうとん)のチャクラを刀身に纏ったそれらは、加速する凶器となって彼らに襲いかかる。

 

「避けろ!」

 

 それに対する彼らの対応はそれぞれ――最初の男と同じように心臓に突き刺さる者、身を逸らして致命傷を回避する者、刀で弾く者、中には瞬身で離脱する者もいた。

 仕込み刀の雨が飛んできた森林の暗闇の中から――その者達は現れた。

 

「な、奈落ッ!?」

「なぜ奴らがここに!?」

 

 森林の中から飛びだし、片膝を突いて着地したその者達は、()()()()()

 スリットの入った黒い()(ほう)を身に纏い、編み笠で顔を隠した数人の集団。

 得物である錫杖を投擲により失った彼らは、次なる得物である帯刀した刀に手を添え、臨戦態勢に入っていた。

 

 驚く抜け忍たちであったが、それでも彼らは邪魔してきた怨敵を排除せんと即座に躍り出た。

 

――雷遁・雷光弾(らいこうだん)の術。

 

 一斉に印を結び、手から電撃で構成されたエネルギー弾を彼らに放つ。

 それに対する奈落の忍びたちの対応も早かった。

 

――風遁・()(ふう)(へき)

 

 一斉に印を結ぶと同時、彼らの前に風でできた壁が現れ、迫り来る雷球の弾を防ぐ。

 その衝撃により、イナリとツナミの身体は耐えきれず後方に吹き飛んだ。

 

 そして、現在有利に立っていたのは抜け忍側の忍びたちだった。

 奈落側の忍びは風遁・護風壁の術を発動したことにより動けない。

 対して抜け忍側の忍びたちは術を発動していない何人かが、動ける状態でいたのだ。

 

 これが彼らが咄嗟に立てた作戦。

 数人が雷遁の術で足止めをし、残りの者達が雷遁による光に紛れ込み、風遁の術の終わりを見計らって刀で斬りかかる作戦だった。

 

(今だ!)

 

 一人の抜け忍が指示を出すと同時、術を発動していない残りの抜け忍達が光に紛れ込み、刀をもって突撃する。

 ――所詮は寄せ集めの(からす)()()()()()()()到底及ばない。

 そう思った、その時。

 

 風遁の壁の奥から――火矢の雨が飛んできた。

 

「なッ――――」

 

 一番先頭にいた抜け忍が目を見開く。

 矢先に火を纏った矢は、消えかかる風遁の壁を貫くと同時、その風により火の勢いと速度を強められ、一斉に突撃する抜け忍たちに襲いかかった。

 火遁は風遁により威力を強めることができる――その性質を利用され、速度と威力を強化された火矢が次々と抜け忍たちに突き刺さり、その箇所が燃え上がる。

 

「ガ、アアアッ!!」

「熱いッ、熱いいいぃぃッ!!」

 

 やがて火矢の雨は術を発動していた抜け忍たちにも突き刺さっていく。

 火矢の雨が晴れ、その中で一人生き残った抜け忍の男が唖然となりながらも、火矢が飛んできた森林の奥を見つめる。

 そして――森林の暗闇の奥に、弓を構えた数人の奈落の部隊がいることに気付いた。

 

(風遁の壁を張る部隊を前方に配置し、後方に、弓を装備した部隊・・・・・・だとッ!?)

 

 前衛部隊に風遁の壁を張り巡らせ、その部隊を囮に、後方に待機させていた弓部隊が風遁の壁を利用して威力を増大させた火矢を放つ。

 道理で、最初に降ってきた仕込み刀の本数と、森林の中から出てきた忍びの数が合わない筈だ。

 全ては、彼らの戦術の術中にあったのだと男は悟る。

 

「あッ――」

 

 世界が、傾いていく。

 いや、ズレていくのは世界ではなく、己の上半身だった。

 先ほどまで風遁の術を張っていた前方の奈落の忍びが接近し、刀で男の身体を両断したのだ。

 

(木の葉と奈落――やはり貴様等、裏では結託し合っ・・・・・・て・・・・・・)

 

 それが、抜け忍の男の最後の思考だった。

 

 




原作の銀ノ魂篇だと、銀時たちを囲んだ町民に扮した奈落たちの人数は28人だったのに、アニメだと(画面に映っている限りでも)43人にまで水増しされてて草生える作者であった。

それにしてもツナミさん、夫に二人も先立たれてる未亡人なんだよねぇ・・・・・・(ゴクリ)


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霧に塗れ、隠れ

遅くなってしまった申し訳ない。
5月最初の投稿です。


 天照院奈落。

 火の国の大名や要人を護衛する任務を主とする者たちによって構成された徒歩(かち)(しゅう)として表向きは存在するが、その実態は国のためならばあらゆる手段を問わず冷酷非道な行為に出る暗殺組織だ。

 故に、殺しに長けた多くの忍びが在籍しており、その規模は同じく火の国が擁する木の葉隠れの里にも匹敵するという。

 創設時に集めた抜け忍たち、その後に第三次忍界大戦後の軍縮により国から切り捨てられ存亡の危機にあった各小国の忍び里を買い取り、養成機関、および拠点として火の国領土内に移させることにより、規模は大幅に拡大し、瞬く間に五大国の擁する忍び里に匹敵する勢力にまで成長した。

 そのため、当初は抜け忍か各小国から切り捨てられた隠れ里の忍びの元メンバーで構成されていたが、今では養成機関により輩出された構成員が殆どの割合を占めている。

 暗殺という技能を前提とするため、火の寺より伝わる錫杖伝と、その仕込み刀や(うち)(がたな)を扱った剣術を基本習得させることで最低限の能力を構成員に備えさせている。更には吸収した抜け忍たちや隠れ里の持つ秘術まで行使するため、これらの情報アドバンテージや機密を保持することにより五大国を主とした各国から警戒される組織である。

 養成カリキュラムには吸収した各国忍び里の暗部育成システムを総結集したため、以降養成機関から輩出された忍びたちは皆、暗部任務を想定された訓練を受けた者ばかりである。

 とはいえ、国軍としての忍び組織と遊撃隊としての忍び組織を使い分け始めた火の国の体制に、各国の大名や要人は警戒すると同時に、羨望も向けるようにもなった。

 とりわけ多くの問題ある忍びや抜け忍を輩出してきた霧隠れを擁する水の国の大名や要人たちは密かに奈落を擁する火の国を羨んだという。

 第三次忍界大戦直後に結成され、(大名の目の届かない所で)火種を摘み取ってきた闇の組織として認知されている奈落であるが、終戦から時が経った今では各地に刺客を頻繁に送り込むことはなくなり、今の彼らの主任務はもっぱら要人の護衛などが殆どであった。

 ・・・・・・しかし、終戦直後から時を経て、再び大勢の奈落の(しのび)たちが、今こうしてこの波の国の地に派遣されているのであった。

 

「あ、ぁ・・・・・・」

 

 悲鳴が出そうになる口を手で必死に抑え、ツナミはガトー一派の抜け忍たちの屍を見ていた。

 急所に矢を穿たれ、突き刺さった箇所を中心に広がる大きな焦げ跡を残して死んでいる者達は、先ほどまで自分と息子の命を奪おうとしていた者達だった。

 あのガトーの手先がやられたのだ、本来ならば喜ぶべきことなのだろう。

 しかし、ツナミは身体を震わせながら身動きを取れず、イナリもツナミの腕にしがみ付いたまま動けないでいた。

 初めて、間近で見た忍同士の戦闘・・・・・・自分達の父――イナリにとっては祖父――タズナはこんな戦闘に巻き込まれるようなことを毎回体験しているのかと。

 今回はガトー側の者達がやられたからよかった。

 ・・・・・・だがもし、あの錫杖を投擲してきた黒衣の集団がやられていれば、自分達はどうなっていただろうか?

 ・・・・・・もし結果が逆であれば、自分達は一体・・・・・・。

 

「か、母ちゃん」

「イナリ・・・・・・」

 

 ツナミの腕にしがみ付き震えるイナリであったが、その目線は倒れているナルトへと向けられている。

 それに釣られてツナミもまたナルトの方を見た。

 抜け忍の死体の下から発見され、黒衣の集団が優しくナルトを抱きかかえる。

 ・・・・・・皮肉にも、ナルトを捕まえた抜け忍の男が倒れ、盾になったことによりナルトは火矢による被害を受けなかったといえる。無論、彼らはそれを折り込み済みで、最初に気絶したナルトを抱えた抜け忍に対して仕込み刀を投擲したわけなのだが、それを二人が知る由もなかった。

 

「・・・・・・この浅黒い肌、そしてあの雷遁――雲隠れの刺客と見て相違ない」

 

 森の中から出てきた黒衣の集団が一人ずつ、抜け忍の死体の覆面を取り外し、その顔を確認する。・・・・・・もし息があればすかさず刀でトドメを刺すことも忘れずに。

 彼らが仕留めた相手は、ガトーの雇った抜け忍に扮した雲隠れの忍たちだった。

 数は十数――丁度黒衣の集団の人数と同じくらいの数の雲隠れがナルトを狙ったのだ。

 

「目的が達成できないと見るや、標的を変え、この騒ぎに乗じて人柱力の童を狙うとはな」

「となれば、うちはの童の方にも」

『―――――』

 

 神妙になる黒衣の集団――奈落の忍たち。

 彼らの会話の内容はイナリやツナミには理解できない。

 ナルトを助けてくれたり、ここで倒れている忍者たちとは違って自分達に刃を向けてこないことから、かろうじて彼らが敵ではないということの判断がついた。

 それでも、あまりにも効率よく、ただ淡々と害虫を駆除するかのようにガトーの雇った忍の集団を一掃した黒衣の集団に対する恐れは拭えなかった。

 その時だった、忍たちの死体を観察していた黒衣の集団の内の何人かが、回収した錫杖を鳴らしながらイナリやツナミの方へ歩み寄ってきた。

 

「・・・・・・っ!?」

「か、母ちゃん?」

 

 イナリを庇いながら、下がるツナミ。

 本能の内から出た拒絶。決して意図的に退がったわけではない。

 そんなツナミの拒絶を感じ取ったのか、二人の奈落の忍は錫杖を地面に置き、素手の状態でツナミに歩み寄る。

 ツナミの両側にそれぞれしゃがみ込み、肩を優しく叩き、自分達に害意はないというサインを示す。

 

「あ――」

 

 幾分か、ツナミの身体の震えが鳴りを潜める。

 

「・・・お怪我は」

 

 決しては優しくはない声音。

 しかし此方を気遣うような雰囲気も感じ取ったツナミはようやく身体の震えを止める。

 

「私は大丈夫です。それよりも、イナリを――」

「子供に怪我はない。それよりも(まがね)、其方のご婦人が先の衝撃ですり傷を負っている。早急に手当を」

「了解」

 

 イナリを診ていた奈落の忍がそう言うと、鉄と呼ばれた男は懐から包帯を取り出し、ツナミの足の擦り傷に消毒液を塗って包帯を巻く。

 忍界では冷酷と恐れられる奈落であるが、彼らが創設された根本的な理由は忍が起こす火の粉から国を守る所にある。

 基本的には火の国の要人や民を優先するが、頭である朧の命令次第ではこうして他国の民を守るケースもあった。

 

「あ、あの・・・・・・」

 

 自分の足に淡々と包帯を巻く奈落の忍に、ツナミは声をかける。

 聞きたいことは沢山ある。

 貴方達は一体何者なのか。どうして自分達を助けてくれるのか。今町の方の人たちはどうなっているのか・・・・・・山ほど聞きたいことがあったが、今は一番の心配ごとに関して聞くことにした。

 

「タズナは・・・・・・父は、あんな戦いに、巻き込まれるようなことをしているのですか?」

 

 ツナミが問うた疑問に、隣にいたイナリの表情も強張る。

 一瞬で終わったとはいえ、ツナミとイナリは忍同士の戦いというものをこの目で見てしまった。

 一瞬の油断が死を招き、互いに欺き、陥れ、一瞬の動きの最中でそれが行われる。

 そんな濃密な死の籠もった戦場の空気を、一瞬でもツナミとイナリは吸ってしまったのだ。

 

「父は、あの子たちは・・・・・・大丈夫なのですか!?」

 

 頭に浮かぶのは、橋の建設に携わっている父親と、その護衛に付いている木の葉の忍たち。自分たちを助けてくれたナルトですら、彼らには手も足も出なかった。

 そんな集団を相手に、父は、あの子たちは戦っているとでもいうのか。

 彼らが襲ってくる前のナルトの言葉を信じるのであれば、これらと同数か、もしくはそれ以上の数の勢力が建設中の橋の元へ送られているのは間違いない。

 

『・・・・・・』

 

 必死に問うツナミに何も答えず、奈落の忍たちは互いに顔を見合わせる。三度笠の下の彼らの表情は窺い知れないが、どう答えていいのか孝巡しているのは見て取れた。

 元々善意でツナミやイナリを助けているわけでもない。むしろ奈落は雲隠れやガトーを炙り出すためにタズナ達家族を利用している側だ。タズナ達家族や橋の建設に携わっていた大工たちを避難させていないのも、そういう打算的な思惑がある。

 他国に人柱力が渡ることを危惧し、ナルトを助けるついでにこうして保護する形になっただけで、彼らからしてみればツナミの質問に答える義理はないのだ。

 ・・・・・・とはいえ、そこにいるイナリのおかげで容易に雲隠れの部隊の背後を突くことができたのも事実だ。

 義理はなくとも、多少の恩義はある。

 

「・・・・・・今、我々の別働隊が彼方(あちら)へ向かっている」

「直に片は付くだろう」

 

 それきり、彼らは何も口にすることはなかった。

 最低限の状況を説明しただけで、タズナや木の葉の第7班の安否に関することは口にすることはなかった。奈落にとってタズナの生命に対する優先順位はかなり低い。タズナの護衛に付いているのはあくまで木の葉であって、奈落ではない。

 ・・・・・・そんな彼らの思惑を知る由もなく、ツナミとイナリはほっと安心したように息を吐いた。

 少なくとも、自分達を助けてくれた彼らが駆けつけるということは、タズナや木の葉の第7班も守ってくれると二人は解釈したようだった。

 

 

     ◇

 

 

 場所は変わって建設中の橋の上。

 霧が立ちこめる空間にてタズナと第7班のメンバーは再び再不斬率いる抜け忍部隊に囲まれていた。

 しかし、そこへカカシ達の援軍として割って入ってきた追い忍の姿をした女性に再不斬は眉を潜めた。

 

「再不斬さん、あの人はっ」

「追い忍、だな」

 

 やや焦るように言う(ハク)

 対して再不斬は冷静だった。

 白が焦っている理由――それは本物の追い忍がここまでやってきたという事実に他ならなかった。

 元々自里の抜け忍殺しから逃れるためにガトーの庇護下に入ったというのに、ここで追い忍に発見されては2人にとっては本末転倒だからだ。

 いくらガトーの庇護下にいる状態であろうとも、追い忍に見つかった状態では一カ所に留まりつつ捌くのは難しい。

 ガトーの庇護下にいる意味もなくなる・・・・・・それはつまり、2人にとってこのガトーからの依頼をこなす理由もなくなってしまうからだ。

 

「再不斬さん。追い忍に見つかっては本末転倒です。ガトーに従う理由もない。ここは――」

「待てハク」

 

 任務放棄を提案するハクを、再不斬は制した。

 再不斬はカカシの横に立つ追い忍の姿を見つめる。

 

(・・・・・・妙だ。確かに()()()()()はする。だが、何だこの感じは?)

 

 妙な違和感が再不斬には付き纏う。

 間違いなく、カカシの横に立つあの女は霧隠れの出だ。殺しに慣れている感じが伝わってくる。

 だが、だからといって追い忍と問われれば話は別だ。

 

(奴らなら態々こうして姿を現さず、オレ達が消耗した所を虎視眈々と狙う筈だ。こんな開戦前から堂々と姿を現すような下手は打たない。カカシの反応からして予め手を組んでいたようだが・・・・・・それにしても非効率すぎる)

 

 再不斬は警戒の目線を、追い忍の女性から、カカシの方へ移す。

 

(おかしいといえば、カカシの方もそうだ。奴の場合はタズナの護衛という任務でここに来ている。オレを殺さずとも、タズナを守り切れさえすれば任務は達成される。・・・・・・だが、それにしても()()()()()のは何故だ?)

 

 少なくとも一週間前のカカシは完全に自分を殺す気でいた。だが、今回は違って見える。敵意はあるが、殺気は感じないのだ。

 一見、前回と同じ多勢に無勢に思えて、その実再不斬からはまったく違う状況に見えそうでならなかった。

 

(それに、何人かの抜け忍たちの中から感じる、ハクとあの小僧への視線。・・・・・・ハクの言う通り、退くのが得策か?)

 

 妙なのは、その視線がハクだけではなくカカシの部下であるあの黒髪の小僧にまで向けられていることだった。

 そしてカカシの隣に立つ追い忍の女・・・・・・分からない所だらけだった。

 

(まあ、いざという時は全員ぶっ殺せばいいだけの話だ)

 

 色々と疑問がある。

 とりあえずハクの提案は頭の隅に留めて置くとして、問題はどうやって奴らを崩すか、だ。

 向こうは足手まといが3人――いや、2人か。だがカカシとあの追い忍の姿をした女の実力はおそらくそれを補って余りある。

 カカシの写輪眼の方は見切ったとして、あの女の実力は未知数。正体も不明ときた。

 

(こりゃあ、約束通り後でガトーから追加依頼料を貰わなきゃ、分に合わないかもしれねえな・・・・・・)

 

 多勢に無勢とはいえ、此方(ガトー)側の抜け忍たちもどこまで信用できることやら・・・・・・ガトーによく言い聞かせ、自分のホームグラウンド――つまり忍法・霧隠れの術で作り上げた霧の中でも迷わず動けるものを、再不斬自らが選別したのだ。

 ガトーの勝手な判断で足手まとい共を付けられても困る故に、前回の教訓を生かし、自身の足手まといにならない忍たちを抜き取った。

 そして、いくら霧の中が動くことができれど、無音殺人術(サイレント・キリング)の達人たる再不斬には及ばず、その気になれば霧に紛れて気付かれずに切り捨てることもできる。

 己の術中の中で、好きに駒を使い捨てにできるこの戦況は、再不斬にとっては理想ともいえる布陣だ。

 だが――油断は禁物だ。

 ガトーを殺るだけなら、態々自分が出る幕もない。

 

『やれ、てめえ等』

 

 霧の中で彼らだけに分かるようにサインを出すと同時、大勢の抜け忍たちがタズナに向かって襲いかかる。

 いくら雑魚とはいえあの数の忍を相手に時間稼ぎをしてみせたあの子供たちでも、再不斬が選りすぐったこの者達では止めることなどできまい。

 

「――っ」

「おっと、テメエの相手はオレだカカシ」

 

 慌てて踵を返そうとするカカシに対し、再不斬は断刀・首斬り包丁で斬りかかった。

 写輪眼を開く隙すら与えない、その隙だらけの背中を両断してやらんとし――不意に、それを狙っていたかのように、カカシは再び再不斬の方へ即座に向き直った。

 

「っ!?」

 

 タズナたちに跳びかかる抜け忍たちに気を取られていた筈なのに、急に目もくれずに再不斬の方へ振り返り、逆に再不斬の方が不意を突かれる形となった。

 だが、再不斬は止まらない。背を低くして此方へ突撃するカカシに対し、そのまえその首を刎ねてやろうと首斬り包丁の軌道を変えずにそのまま振るう。

 しかし、カカシは顔を逸らし、首斬り包丁が刎ねたのはカカシの首ではなく――カカシの額当てだった。

 

(こいつっ!)

 

 カカシの額当ての裏に隠れていたその左目の脅威を十二分に思い知っていた再不斬は目を見開く。

 

(逆にオレにフェイントをかけ、自らみせる手間もなく写輪眼を・・・・・・だがな――)

 

「ガキ共を迷わずほっといて不意打ちたぁ余裕だなぁ!」

 

 即座にカカシの()()()回り込み、水分身の術を発動する再不斬。

 右側に移動したのは、術を発動する瞬間をカカシの左目の写輪眼に目視されないように、カカシの右側に水分身を置いた再不斬本体はそのままカカシの背後に回り込み――その背中を斬ろうとするが――

 

 雷遁・千鳥流し

 

 カカシの足下の地面を起点に、周囲に電流が迸る。

 その電流は再不斬の水分身ごと再不斬の動きを止めると思いきや――

 

「その術は既に見切ったぞ、カカシ」

 

 カカシの右側から切りかかった再不斬の水分身と同様、背後から切りかかっていた再不斬もまた水分身。

 既に一度は食らった術、二度も通じる程再不斬は甘くない。

 再不斬本体は既に後ろに退き、カカシの雷遁の術の終わりを見計らって斬りかかる。

 雷遁の術を食らった水分身たちが水となって消えると同時、再不斬は印を結んで術を発動させる。

 印を見せぬよう写輪眼の死角で結び、その術を発動させた。

 

 ――水遁・水牙弾

 

 再不斬の水分身を構成していた水が形状を変え、圧縮された水牙となってカカシに襲い掛かる。

 水分身の水を再利用し、再び水遁の術に利用する手口は前回とまったく同じ。

 

 ――水遁・水陣壁

 

 同じく、カカシも一週間前の初戦とまったく同じように自らの周囲に水の壁を形成し、水の牙を防がんとする。

 ここまでも、前回とまったく同じ。

 違うのはここからだった――印を結んだままの再不斬が地を蹴る。操る複数の水牙が狙うはただ一点。

 水牙の矛先をカカシを覆う水の壁にただ一か所に集中させ、更に自らも首切り包丁を携え――水の壁のある一点を、水牙と首切り包丁が同時に当たる。

 一点に集中した同時攻撃はカカシが張った水陣壁をいとも簡単に突き破り、その躍動する牙は止まることを知らずに奥にいるカカシさえも貫こうとする。

 

「くっ⁉」

 

 身を引くカカシだが、遅い。

 水牙がカカシの身を貫き、続いて首斬り包丁がその身を両断せんと迫る。

 一瞬の隙の内に勝負は決した――と思われた。

 ドゴォン、と橋のコンクリートの地面から鈍い音が聞こえたと同時、再不斬の足下の地面から現れたのは、もう()()()()()()だった。

 

(影分身⁉ 本体は地面から現れた目の前――いや……!!)

 

 一瞬の内に思考を巡らせる再不斬の隙を逃さんと、地面から現れたカカシが印を結ぶ。そして――

 

 ――水遁・水牙弾。

 

 水牙に貫かれた方のカカシの身体が崩れ、やがて圧縮された水の牙へと姿を変えて再不斬に襲い掛かる。

 

(いや、本命はまた別!)

 

 即座に首斬り包丁を前方へ蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた首斬り包丁は地面から飛び出てきたカカシに激突、さらにはその幅広い刀身により水牙から再不斬を守る。

 その瞬間、再不斬に覆いかぶさる影。

 再不斬が上を見上げたその瞬間――再不斬の目前に苦無の矛先が迫る。

 顔を逸らして避けるが、僅かに掠ったのか、こめかみに出来た傷から少量の血が滴る。

 

 いつの間にか再不斬が蹴り飛ばした首切り包丁の刀身の上に立ち、再不斬に苦無で切り付けたのはさらに現れた()()()()()()()()

 今度こそ間違いなく、このカカシこそが本命と悟った再不斬は、身を乗り出した隙のできたカカシに、お返しにと苦無の牙で貫くが、触れた瞬間にそのカカシは煙となって消え失せた。

 

(こっちが影分身⁉ では本物は――)

 

 本物はさっきからいた。

 先程の地面の穴から現れ、再不斬の蹴り飛ばした首切り包丁に激突し、ノックダウンしたと思われた影分身こそが――カカシの本体だったのだ。

 自身の身にかさ張る首切り包丁の柄を握り、その刀身に雷遁チャクラを流して再不斬に切り付ける。

 

「チィっ⁉」

 

 己の不手際を悟った再不斬は身を屈めて、帯電した首切り包丁を避け、カカシの足下に蹴りを入れる。

 咄嗟に出た威力のない牽制の蹴撃。

 

「っ⁉」

 

 続けて更に回し蹴り、首切り包丁を持ったカカシの腕を蹴り付ける。

 ……首切り包丁が、カカシの手から離れる。

 即座に首切り包丁を奪い返した再不斬は、すかさずカカシに斬りかかるが、カカシは苦無で防いだ。

 

「……影分身と水分身を併用するたぁ、テメェ……!!」

「お前の言う猿真似口も、捨てたもんじゃないでしょ?」

 

 写輪眼の特徴的な能力の1つとして、相手の術を盗み、コピーしてしまうものがある。

 その能力によりカカシは千の術をコピーしたコピー忍者として名が知られているが――ただコピーするだけでそう呼ばれるならば……それこそ写輪眼の本元であるうちは一族は今頃「コピー忍者」で溢れかえっている。

 ならばカカシがコピー忍者と言われる由縁とはただ写輪眼でコピーするだけではない――コピーした術を相手と同等かそれ以上に使いこなし、さらにコピーしてきた術を状況に応じて使い分ける判断力を有していることこそが、真の由縁だ。

 それは写輪眼の有無に関わらず、間違いなくカカシ自身に備わった天性なのだ。

 

「お前は一つ勘違いをしている、再不斬」

「あぁ?」

 

 苦無と首切り包丁の鍔迫り合いにより、両者の間に火花が散る中、カカシは話す。

 

「お前は、写輪眼の術中に嵌まるまいと、オレの右側に回り込む戦術を取っていたが……オレは普段から写輪眼だけに負担をかけまいと、右眼の洞察眼も鍛え上げているんだよ」

 

 でないと、すぐにチャクラ切れを起こしてしまうからな、とカカシは付け足す。

 

「右眼でお前の動きを把握し、それを写輪眼に追わせれば、術のコピーはできる」

「だから……オレの水牙弾も……!!」

 

 コピー忍者とは、はたけカカシの写輪眼の由縁にあらず、はたけカカシだからこその由縁なのだと、再不斬は思い知る。

 右側に回り込んだ再不斬の水分身は、写輪眼ではない右眼の方では確かに本体と水分身の判別は付かない。

 だがそれ以前に印を結ぶ再不斬本体の動きを見切っていたのだ。右眼で再不斬本体の動きを把握し、すかさず左目の写輪眼でその動きを追い、分析する。右目で見た再不斬の位置を確認できれば、写輪眼はすかさずその動きを追う。写輪眼の死角に隠れるのは、到底至難の業なのだ。

 だからといって右眼だけを開けた状態で、写輪眼の能力を使えるはずも無く、あくまで左の写輪眼と鍛えた右眼の視界が合わさってこそできる芸当なので、結局の所写輪眼を開けたままでないとコピーできないのは変わらないが。

 

「それに、オレには今心強い仲間もいてね……」

「っ⁉」

 

 カカシの視線が背後に移り、再不斬も釣られて後ろを見る。

 ……タズナとサクラの方へ一斉に踊りかかっていた抜け忍たちが、一気に倒れる。

 一斉に踊りかかった抜け忍たちを一掃し、三人を救ったのは、あの追い忍の姿をした抜け忍。

 

「此方は大丈夫ぞよ。其方は再不斬の方へ集中するといい」

 

 周囲の抜け忍に身を構えつつ、再不斬と鍔迫り合うカカシに一瞥(いちべつ)しながら追い忍の姿をした女性――屍は言う。

 そうさせてもらいます、と小さな声でカカシは答える。

 

「ちィっ!」

 

 黒い鉄と、白い鉄が、火花を散らして、互いの反発で離れる。

 互いに距離が空く両者。

 暫しの沈黙の内、再不斬はククっと笑い始めた。

 

「……何がおかしい?」

「いや、済まねえなカカシ。やはりビンゴブックは当てにならんな――猿真似もここまで来れば清々しいったらありゃあしねぇ……」

 

 ククっと再不斬は不適な笑いを崩さず、だがな、と続ける。

 

「この前の闘い、オレもただ馬鹿みたいにお前にやられていたわけじゃない」

「……なんだと?」

「かたわらに潜む(ハク)にその戦いの一部始終を観察させていたのさ。アイツは頭も切れる、大抵の技なら一度見ればその分析力によって対抗策を練り上げてしまう」

「……」

「そしてオレ自身も今お前と戦って分かったことがある。例え写輪眼の方ではない右眼を鍛えていようが――結局の所、お前の強さの由縁は瞳力……ただの延長線に過ぎないってわけだ」

 

 右眼の洞察眼を鍛えようと、所詮は写輪眼の能力を広げるだけの――延長に過ぎない。

 “眼”に頼っているという重大な欠落だけは、決して覆らないのだ。

 

 故に、見せてやろう。

 この桃地再不斬の見出した、“写輪眼崩し”を!

 

 ――忍法・霧隠れの術。

 

 そして、辺りは更なる濃霧に包まれた。

 

 

     ◇

 

 

「あ、貴方は……!?」

 

 自身とタズナを助けてくれた影を見上げるサクラ。

 長い黒髪を二つに分かれた三つ編みでまとめ、顔を追い忍の面で隠した女性。

 この女性が自分とタズナさんを助けてくれた――その事実だけは、何とか飲み込むことができたサクラであったが……。

 

「っ」

 

 キッと目を細め、無意識に身構えてしまうサクラ。

 信用できなかった。

 自分達は一度同じ格好をした子供に騙されている。

 せっかく再不斬を仕留めてくれたと思ったら、実は再不斬の部下で、自分達の目を欺いて再不斬を救い出した子供。

 その子供は現在、未だに自分達の行く手を阻む障害として今――想い人であるサスケの前に立ちはだかっている。

 その子供と、同じ面をしたこの女性を、信用しろとでも?

 実はこの女性も再不斬の配下で、再不斬がピンチになったら、死体を処理するという理由にかこつけて再不斬を救い出すのではないか?

 一度再不斬を見逃してしまったがために、自分達はまた命の危機に晒されている……そんな状況の中で、このお面の女性を信用しろとでも言うのか?

 

「……案ずるな、其方らの敵ではない……と言っても、素直には頷けぬか」

 

 サスケと対峙する(ハク)を見つめ、お面の女性――(かばね)は呟く。

 サクラが自分を信用できない理由を、女性は把握している。

 奈落の存在をバラすのは早いがためであることと、ある目的のためにこの姿をしているが、第七班……特にカカシの部下からの信用は得ずらいだろうというリスクは承知の上だった。

 

「だが、煩悶を抱く余地は今はないぞよ、サクラとやら。――見ろ」

「ッ、これはッ⁉」

「……霧が、超濃くなっておる……」

 

 ただでさえ濃かった霧が、更に濃くなってゆくのを見たサクラが狼狽える。

 タズナは霧が出やすい波の国の地に長いこと住んでいたため、サクラほどの動揺はないが、それでも今まで見た事もない濃い霧に息を飲んだ。

 

無音(サイレント)殺人術(キリング)……その本領の発揮ぞ。気を抜けば、わしでさえも寝首を掻かれよう」

「……、分かったわ」

 

 ここに来て、屍を警戒する余裕はないと悟ったサクラは、ただタズナを守ることに尽力することを誓う。

 そんなサクラとタズナを尻目に見ながらも、屍も苦無を構えた。

 

(……すまぬな、木の葉の衆。手を貸しているとはいえ、其方らを利用する形になってしもうた。だが、これも(かしら)の命……)

 

 右手に苦無を構え――そして、こっそり忍ばせていた左手の指から――()()()()()()()が霧に紛れ、どこかへ伸びていく。

 

(姿を見せず任務を遂行するが傀儡師の本懐。再不斬よ、この濃霧に包まれた場所は、其方だけのホームではないぞよ。この()() 乱波(らっぱ)、傀儡師の恐ろしさをその身に刻み込んでやろうぞ)

 

 そう思いつつ、(かばね)は追い忍の仮面の下で、静かにほくそ笑んだ

 




なんか今までの後書き見返してみたら、ただの奈落モブの観察日記みたいになってる……それはさておき、”ももち”繋がりでこの人は連載初期から出す予定でいました。


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炎は氷を溶かすが常

乱波さん活躍回


 息すら押さえ込まれるような濃密な死の空気は、この濃霧による錯覚では決してないとサクラは実感していた。

 湿気と汗が混ざり合い、ジメジメとした水気がまとわりつく肌は、女の子であるサクラにとっては不快以外の何物でもなかった。

 幸い、再不斬以外の周囲の抜け忍たちは自分と一緒にタズナを守ってくれている(かばね)の実力を警戒してそう簡単には仕掛けられないようだった。

 追い忍の格好をしていることからサクラは(かばね)を信用できないでいたが、それでも、この状況に関しては彼女に感謝するしかない。

 少なくとも、今自分とタズナが生きていられるのはこの人のおかげなのだと、認める他なかったのだから。

 それよりも、サクラが今心配なのは――

 

(サスケ君――)

 

 この濃霧に包まれていてはサスケとあの白とかいう再不斬の部下の様子がまるで見えない。他人を心配している場合ではないということはサクラだって分かっている。

 こんな時にナルトがいてくれれば――初めて再不斬と戦ったときのように阿鼻叫喚の連携を以てすればもしくは――

 

(ッ、何を弱気になっているのよっ!)

 

 一瞬だけ浮かび上がった女々しい思考を破棄し、サクラはタズナの護衛に集中する。余分な思考を振り払うように、肌にべた付く髪を後方にバサッと伸ばす。その動作は、一種の自己防衛。無理矢理にでも恐怖を振り払うための気付けだった。

 

(・・・やはり、小娘にはまだ早かったか)

 

 必死に己の身を震わす恐怖を取り払おうとしているサクラを一瞥した(かばね)は仮面の下で目を細めた。血霧の出身である屍は、もうサクラの年の頃には人殺しなど日常茶飯事だった。追い忍の目を盗んで里を抜けてからもそれは変わらず、朧に命を拾われ奈落に入隊してからもこの桃地 乱波の在り方は変わらなかった。

 無論、それをサクラに押しつけようとは屍は思わない。だからといってここで棒立ちをさせては任務の遂行は難しい。

 

(うちはの童も、あのままではなぶり殺しぞよ。・・・・・・あの白とかいう童にその気があればの話ではあるが)

 

 秘術・魔境氷晶により作り出された四方八方の氷の鏡により閉じ込められたサスケを一瞥する。

 ――それにしても、氷遁とはな。雪一族の血継限界をこの目で見る日が来ようとは・・・・・・。

 サクラの方は戦場の空気に触れて得物を構えることすらままならず、サスケの方に至っては相手の術中に嵌まったまま防戦一方だ。

 ・・・・・・その上で、この数の抜け忍に対処しつつ、最終的には再不斬の方も何とかしなければいけない。正直、カカシであれば再不斬の方は大丈夫であろうが、万が一もある。

 

(・・・・・・仕方あるまい。(もも)ちゃんを出せぬのは不服であるが、(かしら)の言う通り、この状況に適任な奈落の忍はわしだけ。ここは一肌脱いでやろうぞ)

 

 指からチャクラ糸を伸ばし、霧に紛れてどこかへと消えていった。

 その瞬間――

 サクラの足下の地面の石が、ボコり、と突き上がり。

 

 その正体――土遁の術で地面の中に潜んでいた抜け忍が刀でサクラを下から串刺しにせんとし――

 

 サクラの体は、跳び上がってその兇刃を回避すると同時――サクラはその抜け忍に一瞥もくれてやることなく、無造作に取り出した苦無の刃を下に向けたまま体重に任せて落下――そのまま。

 

 ずぶり、とナニかを突き刺したような感触。

 

「――え?」

 

 何が起こったのか分からず、サクラは目を点に変える。

 ・・・・・・恐る恐る、下に目を下ろす。

 取り出した覚えもない、自分の手に握られていた苦無が、いつの間にか地面に現れていた抜け忍の喉元に突き刺さっていた。

 

「ほれ、ボサッとするでない」

 

 わなわなと手が震え出すその前に、屍の声によりサクラの意識は現実へ引き戻される。

 

「積み上げた(しかばね)を振り返るのならば後にせよ。己が守るべきものを第一に考えるぞよ」

「は、はい・・・・・・」

 

 抜け忍たちが迫る。

 が、サクラの体がまた動く。

 サクラのイトには関係なく、別のイトがサクラの体を突き動かす。

 (かばね)とサクラが同時に動き、術や手裏剣を迎え撃ち、時にはタズナを狙い接近してきた抜け忍を一太刀のもとに仕留める。

 サクラの苦無が、屍の直刀が、的確に敵の急所を切り裂き、仕留めていく。無駄な動きは一切無く、効率よく敵を仕留めてゆく。

 

(な、なんで・・・・・・)

 

 血に濡れていく己の手、それに対して固まる猶予はない。

 固まることを、サクラの体を動かす別のナニかが許してはくれない。

 

(体が、勝手に・・・・・・)

 

 まるで自らが操り人形にでもなったかのように、サクラは思うように体を動かすことができなかった。

 己の意思とは真反対に、サクラの体は効率よく敵を迎え撃ち、殺す。

 やめて、と叫んでも、サクラの体は止まってはくれない。人を殺した感触は、永遠にサクラの脳裏に刻みつけられることだろう。

 

『おい、なんだあのガキ・・・・・・』

『ただの下忍の小娘ではないのか?』

 

 追い忍の屍だけではなく、まだ年端もゆかない筈のサクラが仲間の命を次々と奪ってゆく惨状を見て、抜け忍たちは動揺の声をあげる。

 ――違う、私じゃ、ない。

 必死に喉を震わせ叫ぼうとするサクラであるが、しかし――

 

「なんじゃ、超つええじゃねえか、嬢ちゃん。この調子で頼む・・・・・・もう少し、もう少しなんじゃ・・・・・・!」

「っ!」

 

 タズナの言葉に、ハっと我に返る。

 ――そうだ、今は、なりふり構ってはいられないんだ。

 初めての再不斬たち率いる抜け忍部隊との戦闘で、自分は何もできなかった。戦闘はサスケやナルトに任せっきりで、自分はただ震えながら傍観することしかできなかった。

 けれど、今の自分は、タズナを守れている。

 どこのなにものが、自分の体を動かしているかなど、この際どうでもいい。

 悪魔だというのならば、それもいいだろう。後でいくらでもしっぺ返しを受けよう。

 見えない糸に体を預ける覚悟を、サクラは決め、抜け忍たちを睨み付けた。

 

 一方、サクラの体を動かしているその悪魔は、そっと仮面の下でほくそ笑む。

 

(中々操りやすい体をしている。この小娘、存外化けるやもしれぬな。他人事だが、将来が楽しみぞよ)

 

 何を隠そう、サクラの体を操っている張本人はこの(かばね)であった。指からチャクラ糸を伸ばし、サクラの体にくっ付け、操り人形のように操っているのだった。

 ――操演・人身冴功。

 元は使役する傀儡を失った砂隠れの忍びが戦場に横たわる死体を傀儡代わりに用いて戦ったことから由来される術。

 会得難易度Aランクの高等忍術であり、(かばね)はこの忍術の達人であった。(かばね)の場合は、操る対象に対してチャクラ糸を通じて幻術をかけ、相手の身体的自由を奪った上で、思うがままに操ることができる。

 (かばね)は謂わば、死体ではなく生者を傀儡として利用することに長けた忍なのだ。その気になれば傀儡にした敵同士で一度に同士討ちにさせる、という芸当も可能である。

 朧がカカシ班の救援に屍を選別した理由はこれだ。

 対象の自由を奪った上で自らの傀儡として操るこの特性は、まだ力量不足の第七班の力量を補うにはうってつけだ。しかも再不斬の霧隠れのおかげで、チャクラ糸が目視されにくい。

 それによって奈落は表向きに力を貸さず、あくまでタズナを護衛しているのは木の葉の忍という体裁を装うことができる。例え奈落の忍であるとバレたとしても、単に抜け忍の始末の任務に居合わせただけという理由で説明もできる。それができる忍として白羽の矢が立ったのが(かばね)であったというわけだ。

 

(・・・・・・さて、問題は、さっきから此方に向かっては来ず、術を仕掛けることもなく、霧の奥で出方をうかがっている下郎共)

 

 木の葉の衆の受けた依頼はこの操演の術で、再不斬の方に関してはカカシが何とかなるだろう。

 

(おそらく紛れ込んだ雲の衆であろうが、炙り出すにはわしとこの小娘だけでは無理ぞよ。もし奴らが動く瞬間があるとすれば――)

 

 ちらりと、サスケと白の方を見やる。

 

(うちは一族の童か雪一族の童か・・・・・・どちらかが倒れ、もう一方が疲弊した絶好のタイミングしかあるまいて。貴重な血継限界が二つも狙えるこのチャンスを奴らが逃す筈がない)

 

 雲の方にとってみれば、どちらも予想だにはしない血継限界持ちの忍に遭遇したことだろう。同時にその貴重な血継限界を二つも同時に手に入れることができる絶好の機会だ。

 

(理想なのは、双方が奴らの狙いに気付き、共闘することだが、あの雪一族の童もうちは一族の童も譲りそうにないな。戦況は雪一族の童に傾いておるが、うちはの童も徐々に慣れてきておる。まだまだ長引きそうじゃ)

 

 再不斬と戦っているであろうカカシのいる方の方角を見やる。

 双方の天賦は互角。勝負はどちらに傾いてもおかしくはない。状況は霧隠れの術を行使する再不斬に傾いているが、そうした相手の油断の隙をつくのもカカシが得意とするところ。あちらも長引くことだろう。

 

(カカシとの盟約もある。とっとと、炙り出してしまおうか)

 

 意を決した(かばね)は、サクラの方に伸ばしていたチャクラ糸を、氷鏡に囲まれているサスケの体の方にも伸ばした。

 サスケに関しては幻術をかける必要もない。サスケ本人が徐々に慣れて行っている、ならばその動きの補助をしてやれば十分だろう。

 

 

     ◇

 

 

 今の白にとって、良かったと思える状況が一つと、悪いといえる状況が一つあった。

 心境的には悪い方から語った方がまだ安心できるので、まずは悪い方から語らせてもらおう。

 

(あの、追い忍の人・・・・・・)

 

 鏡の外であの女の子と共に戦っている追い忍部隊の女性だ。

 白から見る限りでも、相当腕は立つ。

 はたけカカシとの戦いで疲弊した再不斬の首を狩りに来る可能性は十分にある。そうはさせない、その前に自分があの人の秘孔にこの千本を刺してやろう。

 この魔鏡氷晶のスピードからは何者も逃れることはできないのだから。

 

 そして、良いと思える状況、それは――

 

(ここに、あの子がいなくてよかった・・・・・・)

 

 思い出すのは、自分と同じくらいの金髪の少年。

 ここにいないのは、修行の疲れか、それともタズナの家族の方を護衛しているからなのか、それは分からない。

 だが、とにかく幸いだったと白は思った。

 もしここにタズナの護衛にいようものならば、白はあの少年を殺さなければならなかった。

 自分に似ていると思ったあの少年を、自分を救ってくれたという人のため、己の夢のために真っ直ぐに進み続ける少年を、白は殺したくはなかった。

 その誰かに尽くしたい、認められたい、役に立ちたい――その一心で突き進むその姿に、白はあの少年を自分と重ねていた。その尽くしたい誰かが、何処の誰なのかは白には分からないが、できる事ならば生きて、その夢を叶えて欲しかった。

 

(ここに君がいなくてよかった。君なら、きっと夢を叶えられる。君が尽くしたいと思った誰かに、きっと認めてもらえる)

 

 それは自分も同じ。

 白もまた自分の夢のため、ここで止まるわけにはいかない。

 

(そして、夢のためならば、時に他を踏みにじらなければいけない。・・・・・・ごめんなさい、僕はここで君の仲間を殺します。そのことで僕を恨んでもらっても構いません。ですから、君も、決して止まらないでください)

 

 心の中でナルトに詫びる白。

 鏡の中に居座り、白はサスケを見下ろす。

 ・・・・・・訂正しよう、白にとってもう一つ悪い状況があった。

 白は、できることならこの少年も殺したくはなかったのだ。それなのに、この少年は段々と自分の速さに慣れてきたのか、段々と自分の動きに対処できるようになってきている。

 このままでは、この少年――サスケが白にとって脅威の存在になり得ないうちに殺してしまわなければならない。しかし、それは仕方のないこと。

 世界はいつだって、残酷なのだから。

 

「狙った急所を全てギリギリで外していますね、素晴らしい動きです」

「っ!?」

 

 嫌味かよ、とサスケは内心で吐き付ける。

 状況はどう見たって、サスケの方が不利だった。大分“慣れてきた”とはいえ、その前に自分の体力がもつかどうかすら怪しい。

 ・・・・・・それでも、やるしかない。

 サスケもまた白と同様に、ここで倒れるわけにはいかないのだ。

 一族復興と、そして兄であるうちはイタチに復讐するために、ここでは終われないのだ。

 

「君はよく動く・・・・・・けれど、次で止めます」

 

 白は、終わらせる気で動いた。

 白にとって、サスケを倒せばこの橋の上での戦いは終わりではない。タズナを倒せば最終的には終わりであるが、その前にあの追い忍の女性が立ちはだかってこよう。

 

(運動能力、反射神経、状況判断能力・・・・・・君の全ては、もう限界の筈・・・・・・)

 

 見事と言うべきであろう。

 白の秘術を前にこれだけ凌ぎ、かつ白の攻撃が鏡を利用した分身ではなく、鏡の光の反射を利用した光速移動であることを見抜いた。

 しかし、術の種が割れたからといって変わらない。

 

 白はトドメを刺さんと、また光速で別の鏡に移動し、死角からサスケに向かって、飛んだ。いくら白自身の移動スピードが速くなろうと、白の投擲する千本の速さは変わらない。故に今まではギリギリでサスケも急所を外すことができた。

 だが、今度は逃れようが無い。

 白自身のその移動術をもってして接近し、致命傷となる秘孔を千本で刺してトドメを刺す――筈だった。

 

(なっ!?)

 

 しかし、サスケはそれに対して完璧に反応してみせた。

 動揺する白の隙を突き、サスケは間を入れることなく自身の体に刺さっていた千本を引き抜き、逆に白に投げ返した。

 

「くっ!?」

 

 手元の千本で全て弾き返し、白は再び鏡の中に身を潜める。

 

(バカな!? いくら慣れてきたとはいえ、まだ僕の移動スピードを見切ることはできていない筈っ!?)

 

 白の疑問は、正しかった。

 白はサスケの目を見やる。

 

 ・・・・・・何が起こったのか、分からないという感じの目だった。

 

 サスケ自身、反応が遅れたという自覚があった。

 その筈なのに、反応が間に合った。これは明らかにおかしい。

 

((・・・・・・どういうことだ/です?))

 

 同じ疑問を抱く。

 確実に殺せる、と白は思っていた。確実に殺されると、サスケは思っていた。

 

(・・・・・・ならば、もう一度!)

 

 サスケの死角たる鏡に移動し、白はまた千本で刺しかかる。

 しかし、反応される。

 如何にサスケ自身が慣れてきていようと、この成長スピードは明らかにおかしい、と白は焦る。

 このままではまずい、と白は思い始める。

 繰り返せばその内、サスケ自身が白の動きに慣れていってしまう。

 そうなる前に、仕留めたいのに、できない。

 ――仕留めきれない、一体なぜ・・・・・・?

 白の疑問が頭の中で巡る内、一端、白は鏡の中で動きを止めた。

 あの少年の変化を、見るために。

 

 ギロリ、と赤い双眸が白を睨み付ける。

 その目に、白は見覚えがあった。

 赤い瞳に、黒い勾玉がうずまく模様。

 それは、はたけカカシの左目と同じものだった。

 

(まさか、写輪眼・・・・・・!!?)

 

 思いがけない衝撃が、身体中を迸る。

 

「・・・・・・そうか、君も血継限界の血を・・・・・・」

 

 得心がいったように、白は呟く。

 ・・・・・・だが、やはりそれでもおかしいと白は思う。

 確かに、戦いの中で徐々に才能を目覚めさせているサスケには驚かされる。

 

(それでも、彼はまだ僕のスピードを見切れてはいない。なのに、何故完全に反応される?)

 

 白はサスケを観察する。

 何故反応できる? 決して写輪眼だけではない筈だ。

 

(なにかある筈、何か、なに、か・・・・・・)

 

 その時だった、サスケの背後を映している鏡に、白は妙な違和感を感じた。

 

(あれは・・・・・・)

 

 白の魔鏡氷晶は、鏡の反射を利用した光速移動術だ。この濃霧の中では光の強度は限りなく弱まってしまうが、それでも僅かでも鏡同士で光が反射するのならば白はそこへ移動できる。

 そして、その氷の鏡は白の氷遁チャクラによって練られ、生成されたものだ。

 その鏡が、僅かに()()()()()()()映していた。

 霧に紛れて、僅かに見える、青い半透明に光る糸が、サスケの後ろから何本もくっついていた。

 四肢、頭、その他――サスケの背後の箇所の所々にそれはくっ付いていたのだった。

 

(あれは・・・・・・チャクラ糸っ!? そうか、何者かがあのチャクラ糸を通じてあの少年を操っているっ! 僕の動きに完全に反応できていたのはこのため、じゃあ誰が・・・・・・っ!!)

 

 ハっとなって、白はその犯人がいると思しき方向を向く。

 そこにいたのは、サクラと共に抜け忍たちを迎え撃っている追い忍の女性。

 その追い忍の指先から、微かに、青い半透明に光る糸状のナニカが伸びているのが、目に入った。

 その糸の伸びる先は、霧のおかげで目に見えない。

 だが、同じような糸がサスケと、サクラの背後にくっ付いていたのを、白は見逃さなかった。

 

(なんて人だっ! この少年とあの女の子を的確に操って抜け忍たちや僕を対処しつつ、あの人自身もまた体を使って戦っているっ・・・・・・!!!)

 

 あのサクラという少女はともかく、サスケに関してはおそらく補助程度にしか動かしてはいないだろう。おそらくサスケの反応が間に合わない部分を、糸を動かして反応させ、そしてサスケの写輪眼が完全に白を見切るまで待つ。

 もしサスケの写輪眼が白の目を完全に追い切ることができるようになれば、チャクラ糸による補助も必要なくなり、あの追い忍の女性の負担は減り、戦況はさらにこちら側が不利になる。

 そうなれば、再不斬も――。

 

(あの人は、追い忍じゃない・・・・・・出身はともかく、霧隠れの忍びとして過ごしてきたのならば、あのような秘術は身につかない・・・・・・!!)

 

 つまり、まったく別勢力の人間ということになる。

 一体何処の人間だ、と白は疑念の目を追い忍の女性に向ける。

 仮に出身地が霧隠れだとしよう・・・・・・あのような術を身につけるためには、少なくとも術の本場である砂隠れの里で秘術を学ぶことが必須であろう。

 だが、同時にそれは寝返りを意味する。霧隠れがそれを許す筈も無い・・・・・・となれば、あの女性も同じく抜け忍。白や再不斬と同じように、本来ならば追い忍に追われる立場の人間の筈が。

 ・・・・・・それが追い忍に扮して、カカシたち木の葉と組む訳・・・・・・。

 

(霧隠れ・・・・・・抜け忍・・・・・・木の葉・・・・・・火の国・・・・・・まさ、か・・・・・・!!?)

 

 その、まさかだとしたら。

 もし彼らが、既にこの波の国の地に入り込んでいるのだとしたら・・・・・・。

 ましてやアレほどの使い手が入り込んでいるのならば・・・・・・むしろ、追い忍よりも質が悪いでは無いか。

 

「っ、早く再不斬さんに伝えないと・・・・・・!!」

 

 もう白と再不斬がこの国に留まる理由はない。

 ガトーの庇護をなくすよりも、ガトーの元に留まっていた方が自分達にとってのリスクになる。

 それを伝えようと、鏡の中から抜け出し、戦っている再不斬の方へ向かおうとする白であったが――

 

「おせーよ」

 

 嘲笑うかのような、サスケの声。

 その声と共に振り向き、白の視界には自身が抜け出た鏡が目に入った。

 

 その鏡に映っていた自分の体の背面には――サスケやサクラと同じように、数本のチャクラ糸がくっついていたのだった。

 そのチャクラ糸が伸びる先は、あの女性ではなく、サスケ。

 

(まさか・・・・・・あの人、僕が鏡の間を移動している所を・・・・・・!!)

 

 追い忍の女性――(かばね)は、鏡と鏡の間を光速移動する白が、自身からサスケに伸びているチャクラ糸が接触したとき、その瞬間に繋ぎ変えた。チャクラ糸の繋がりを、自身とサスケから、サスケと白に繋ぎ直したのだ。

 

 今の白とサスケの間には、霧で見えにくいチャクラ糸で繋がっているのだ。

 

 そして、写輪眼でソレに気付いたサスケが、背を向ける白に向けて、印を組んだ。

 どこの誰がこんな真似をしてくれたかなど、サスケには分からなかった。

 余計なお世話だと思った。

 

 しかし、ソレを利用しない手もない。

 

「火遁――」

 

 大きく息を吸い込み――残るありったけのチャクラを口の中へためこむ。

 そして、それは放たれた。

 

「――龍火の術!!」

 

 放たれた炎は、サスケと白の間に張り巡らされたチャクラ糸を伝い、それが白へと向かって流れていく。

 いくら高速で移動しようとも、チャクラ糸による繋がりが途切れない以上、その炎はどこまでも白を追い続ける。

 

「しま・・・・・・」

 

 己の不手際を悟った時には、既に遅く。

 白は、己に向かって流れ来る豪火の線を、無防備を晒した状態で受けてしまった。

 

「アアァアアアアァァっ!!」

 

 まるで己の体を侵食するように流れ来る炎。

 その熱に、白は晒される。

 その衝撃により、追い忍の仮面が剥がされた。

 




火遁は、ちゃんと当たるんやで・・・・・・?

Q:朧さんの出番は?
A:次話で


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18話

 島の端の森林の中にひっそりと建っている小屋の中。

 海のさざ波と風に揺れる木の葉の音が心地よく響く。そんな心地よい空気の中で、ナルトの目は覚めた。

 

「うーん・・・・・・んあ?」

 

 目をこすり、微睡む意識に鞭を叩く。

 ――あれ、なんでオレ、寝てんだろ?

 段々と意識が覚醒していくと共に、思考もまた明瞭となっていく。

 そんなナルトの耳に聞こえたのは、聞き覚えのある二つの声だった。

 

「ナルトの兄ちゃん!?」

「よかった、目を覚ましたのね、ナルト君!」

 

 傍にいたツナミとイナリが嬉しそうに声をかける。

 どうやら二人はここで眠っていたナルトを看ていたようだった。

 

「イナリに、イナリの母ちゃん? ここは一体どこで・・・・・・」

「あの人たちが、私たちとナルト君を助けてくれたの。それでここに・・・・・・」

「イナリとオレが・・・・・・そうだっ! 確かオレってば!! あのさ!あのさ!オレってば、確がガトーの抜け忍ってやつらにやられて、そして・・・・・・」

 

 段々と記憶が蘇ってくるナルト。

 いざタズナの護衛に向かおうと、イナリやツナミに背を向けた途端に襲いかかってきたガトーの抜け忍たち。慌てて影分身の術で迎撃しようとするも、叶わず、首を絞められたまま、それからの記憶がない。

 あれから一体どうなったのか?

 自分が生きているということは、自分は殺されたのではなく、敵に捕まってしまったということになる。

 ならば――

 

「イナリ、イナリの母ちゃん・・・・・・どこか怪我してねえか!? あれから一体どうなったんだってばよ!?」

「・・・・・・落ち着いてナルト君」

「おいら達はなんともないよ、兄ちゃん」

 

 微笑みながらナルトを宥めるツナミとイナリであったが、二人の表情からは不安が抜けきってはいなかった。

 

「それよりも、ナルトの兄ちゃんは大丈夫っ!?」

「ナルト君、首を・・・・・・思いっきり絞められていたのよ? まだ痛くはない?」

「オ、オレは大丈夫だってばよ! それよりも・・・・・・」

 

 ナルトはイナリとツナミをよく観察する。

 イナリの方は何ともなさそうだが、ツナミの方は包帯が巻かれた足を片手で押さえていた。しかし、逆に言えばその程度。

 アレほどの刺客がいる中で非戦闘員の二人がこの程度で済んでいるなど、いくら頭のよくないナルトでもおかしいと思った。

 ・・・・・・一度、息を吸って自分なりに冷静になるナルト。

 

「それよりも、あの後、一体何があったんだってばよ・・・・・・?」

「それは・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 しばし黙るツナミとイナリ。

 自分達を助けてくれた者がいた、と説明するまではよいのだが、彼らは自分達が何者なのかを教えてはくれなかった。

 ただここにいれば安全だと、ここの隠れ家にナルトと共に連れてこられただけ。

 彼らが何者で、何故自分達を助けてくれたのかが分からないからだ。

 

「助けてくれたんだ・・・・・・あの人たちが」

「・・・・・・あのひと、たち?」

「ナルト君が気を失った後、私達がどうしようもできなかった中で、黒い服を着た人たちが、助けてくれたの。その人たちが、ここにいれば安全だって言ってくれて、それで私たちとナルト君をここへ・・・・・・」

 

 一瞬、ナルトの頭の中が、真っ白になった。

 

(黒い服の人たち、それって・・・・・・)

 

 勿論、黒色の服を着た人間ならば何処にだっている。

 だが、ツナミの話を聞いてみた限りでは、集団単位で同じ服を着ていて、かつ抜け忍たちを退けられるだけの強さを持っているということになる。

 つまり、その人たちも忍だということだ。

 

「ふ、二人とも! その人たちって、その、具体的にはどんな恰好してた!?」

「えっと・・・・・・錫杖っていうのかしら? それを持ってて、後は笠を被ってて・・・・・・」

「後、侍みたいに腰に刀をつけてた・・・・・・」

 

 とりあえず二人が無事であることに安堵するのも束の間。食い下がるナルトの勢いに、ツナミとイナリは少し身を引きつつも、ナルトの質問に答えた。

 

「そ、それって・・・・・・」

 

 俯き、瞳を揺らせるナルト。

 黒い服、錫杖、腰の刀、そして笠を被った集団――ナルトの中で思い当たるそのような特徴の人たちは、一つしかない。

 そして、そんな彼らから連想されるのは、一人の男だった。

 白い法衣を着て、変な被り物(ナルトは知らないが、天蓋と呼ばれる深編笠のこと)をした一人の男のことが、ナルトの頭に思い浮かんだ。

 ・・・・・・もし、彼らがこの国に来ているのであれば、あの人ももしかしたら・・・・・・

 

「その人たちは今はどこに!?」

「わ、分からないけれど・・・・・・」

「あの人たちの仲間が、父さんの所に向かってるって・・・・・・」

「おっさんの所ってことは・・・・・・ああああぁっ!!」

 

 思いだして、ナルトは思わず叫んでしまった。

 そうだ、こんなことをしている場合ではない。

 自分達の所にガトーの刺客が放たれたということは、すなわち橋の建設をしているタズナやその部下の大工達、そしてその人たちを護衛している仲間たちにもきっとガトーの手の者が向かった筈。

 ここでじっとしているわけにも行かず、ナルトは飛び起きる。

 

「ナ、ナルトの兄ちゃん、まさかじいちゃんの所に・・・・・・!」

「無茶よ、ナルト君はさっきまで倒れていたのよ! それに・・・・・・あの人たちの仲間が向かっているのなら、無理してナルト君が行く必要も」

「そーいうわけにはいかねーってばよ!」

 

 ツナミとイナリが制止の声をかけるが、ナルトは止まるつもりなど毛頭無い。

 下忍とはいえ、自分はもう一端の忍なのだ。他の誰かが代わりにやってくれるなんていうのはただの甘えなのだから。

 

「おっさんのこと、ぜってー守るって誓ったんだ! なのに、オレだけあそこに行かないなんて、できるわけがねー! それに・・・・・・」

 

 ――もしかしたら、あの人に会えるかもしれねぇ。

 そんな言葉が出かかったが、ナルトはそれ飲み込む。

 今はそんなことよりも、タズナと仲間のことの方が大事なのは分かっているからだ。

 

「イナリ!」

「・・・・・・え?」

「もう、母ちゃんを任せても大丈夫だよな?」

「けど、ナルトの兄ちゃんは・・・・・・」

「オレのことなら心配すんな! さっきは、ちょっとユダンしちまっただけだってばよ! 今度は、あんなドジは踏まねえから・・・・・・」

「・・・・・・」

「さっきはちょっとカッコ悪かったけどさ・・・・・・オレを信じてくれねーか、イナリ?」

 

 信じていない、訳がない。

 それでも、あんな戦いを見た後では、イナリはナルトに行って欲しくはなかった。

 戦わなければいけない、それはナルトもイナリも同じだ。

 それでも、戦ってほしくないという思いも、芽生えてしまったのだ。

 ナルトに、カイザの二の舞になってほしくないがために。

 

 それでも、きっとナルトは止まらないのだろう。

 それが分かっていたイナリは、こくんと頷いた。

 

「・・・・・・うん! ナルトの兄ちゃんも、もうさっきみたいにやられんなよ!? やられちまったらまた怒鳴ってやるからな!」

 

 ナルトの言葉に、イナリもまた軽口で返す。

 イナリなりに発破をかけているつもりなのだろう。

 

「・・・・・・ナルト君、本当に行くの?」

「オぅ!」

「・・・・・・そう・・・・・・」

 

 言って、ツナミは諦めたようにため息を吐いた。

 この子が一度やられたくらいで折れるような子でないことは、ここ一週間の付き合いでツナミもよく理解していた。

 その明るさと根性は、父親を亡くして絶望の心境にあったイナリに勇気を取り戻させてくれた。

 それでも、いくらナルトが強くても、忍の中での平均的な実力よりはまだ低いというのはツナミでも理解できた。だからこそ、ツナミはナルトに行って欲しくはなかった。

 こんな将来のある子供を、あのような戦場へ行くのを見送るなんてしたくはない。

 一人、ガトーを相手に戦って死んでしまった夫と、重なってしまうから。

 

「ナルト君。私は忍じゃないから、こんなことを言うのは驕りなのかもしれない。けど、私とイナリ、見ちゃった。・・・・・・忍者同士の、戦闘を」

「・・・・・・イナリの母ちゃん・・・・・・?」

「今でも、思い出すだけで震えが止まらないわ。もしあの人たちが来てくれなかったら、私もイナリも、ナルト君も、確実に死んでいたのよ? 忍者たちって、いつもこんな戦いをしているんだなって、そう思ったら恐ろしくて・・・・・・」

 

 身震いしながら語り出すツナミ。

 ツナミが恐怖を抱いたのは、何もガトーの抜け忍たちに対してだけではない。自分達を助けてくれたあの黒衣の忍たちに対しても、同様の恐怖を抱いてしまった。

 こうして自分の足の治療をしてくれたおかげでか、いくら緩和されているとはいえ、一度抱いた恐怖は拭えぬものではない。

 

「・・・・・・それでも、ナルト君は行くの?」

 

 ツナミの真剣な問いに、ナルトは得意げに笑ってうんうんと頷く。

 そんな笑いが、余計にカイザと重なってしまう。死ぬ時も、最後まで笑っていた夫に。

 ああ、この子は何を言っても行くつもりだと、ツナミは悟った。

 

「ナルト君、こっちへ来て。渡したいものがあるから」

「・・・・・・へ?」

 

 行って、ツナミは懐からあるものを取り出した。

 それは、白一色のねじり鉢巻きだった。

 意味が分からずに首をかしげるナルトであったが、イナリはその鉢巻きに見覚えがあったのか、狼狽えた。

 

「か、母ちゃん、それ・・・・・・」

「ええ、あの人が、貴方の父ちゃんがいつも頭に巻いていた奴だよ。イナリも、よく真似をして同じ奴を巻いていたわね」

 

 悲しそうに、笑いながらツナミは言う。

 

「私も、この子と同じだった。あの人の死を認めたくなくて、必死にあの人のことを忘れようとした。けど、これだけは手放すことができなかった・・・・・・」

 

 一度は破り捨てようとも思った。それができないなら、物置のどこかに封印しておこうとも思った。結局、それすらできず、今もこうして懐に隠し持っていたのだ。

 

「父さんには、いつもイナリの前ではあの人の話はしないでって怒鳴ってたけれど、本当は私があの人のことを思いだしたくなかっただけ。・・・・・・滑稽よね、そうでありながら、結局これだけは未練がましく持ち歩いていたんだもの」

 

 自嘲するツナミに、イナリは口をぽかーんと開ける。

 母親も、自分と同じであったことに。二人の夫に先立たれ、影を落としつつも、イナリを守らんと気丈に振る舞っていた母親も、実はカイザのことを忘れたがっていたのだと。

 

「ナルト君、これを、君に託します」

「え? へ?」

 

 そっとナルトの掌を両手で包み込むツナミ。

 手を離すと、ナルトの手の上にはカイザの鉢巻きが置かれてあった。

 意味が分からず、戸惑うナルト。

 そんな大切な物を、自分に渡す意味が分からなかったからだ。

 

「橋が無事完成するまで、これを貴方に預けておくわ」

「い、いいのかってばよ!? そんな大切なもんを渡したりして、それにイナリだって――」

「いや、持って行ってくれ、兄ちゃん!」

「・・・・・・イナリ?」

 

 自分が持って一番納得がいかないであろうイナリが、そんな言葉をかけてくるとは思わず、ナルトは更に唖然となる。

 

「この鉢巻きは、父ちゃんがオイラ達に残してくれたバトンなんだ!! けれど、オイラたちにそんな力なんかない・・・・・・だから、悔しいけれど、じいちゃんに、兄ちゃんの仲間達に、このバトンを繋げてほしいんだ・・・・・・」

「イナリ・・・・・・」

 

 真っ直ぐにナルトの目を見つめて懇願してくるイナリ。

 

「ナルト君の言う通り、これは私たちにとって大切なものよ。だから必ず返してね、約束よ?」

「イナリの母ちゃん・・・・・・」

 

 優しく微笑んでそういうツナミに、ナルトはぽかんと口を開ける。

 言外に、必ず帰ってきてくれと、ツナミは言っているのだ。

 ナルトはようやくこの鉢巻き(バトン)を、二人を通じて、カイザから自分に渡った意味を。

 片や、希望を繋げてくれと。片や、必ず生きて帰ってきてくれと。

 たった一本の鉢巻きの筈なのに、不思議と暖かい重みを感じた。

 

「・・・・・・へへっ」

 

 重いけれど、不思議と力がわいてくる。

 

押忍(おす)! 必ず、この鉢巻き(バトン)もって、おっさんも、カカシ先生も、サスケもサクラちゃんも一緒に、全員必ずここに戻ってくるってばよ!」

「うん!」

 

 鉢巻きを巻いて啖呵を切ったナルトがイナリの前に拳を突き出すと、イナリもまた拳を突き返し、合わせた。

 

     ◇

 

 

 カー、カー。

 

 島の町中は静まり返り、そこには屍とそれを啄む烏たちで溢れかえっていた。

 ギャング、盗賊、抜け忍問わず――今回の出撃のご褒美を貰うかのように、腹を空かせた烏たちがその屍に集り、啄む。

 

 パク、パク。

 ムシャ、ムシャ。

 

 町民達によって斬り殺されたその屍たちは、その存在の跡を残すことすら許さんと言わんばかりに肉を啄まれていく。

 腹を満たした烏はまた羽根を羽ばたかせて飛び、町中を空から見下ろして密偵としての仕事を再開する。

 証拠隠滅のために屍を食わせたり、また密偵用の口寄せ動物として烏を利用する隠れ里は多く存在するが、あくまで口寄せ動物としてだ。

 証拠隠滅、密偵――あくまで口寄せ時の契約を達成すれば、その時点で烏たちは役目を終え、元いた場所へ帰る。それが忍界の間での常識だ。

 だが、ここにいる烏たちは違った。

 口寄せされたものではなく、雛の頃に拾われ、育てられ、ここに連れてこられた。この烏たちは口寄せの契約を果たすためにここにいるのではなく、()()()()()()()()()()ここにいるのだ。

 

 彼らの暗黒時代を知るものならば、誰もが察することができよう。

 ここまで烏たちを手懐け、使役する忍組織など一つしかない。

 

 生き残った抜け忍の小隊が町中の路地裏を走っていた。

 彼らに見つからぬように足音を立てずに、光の届かない路地裏を走り、なんとか退路を見つけ出そうとしていた。

 

「くそ、なぜ奴らがここに・・・・・・!!」

「どのみち、もうガトーは終わりだ。今はどうにかしてこの国を出るぞ!!」

 

 彼らは既に、雇い主たるガトーを見限っていた。

 彼がガトーに従っていた理由は、あくまで自里の追い忍から逃れるための隠れ蓑として利用できたからだ。

 乗っ取った小国を人質にされているが故に各国はガトーに手を出す事ができず、その庇護を受けていたからこそ自分達もその恩恵を授かることができた。

 雲行きが怪しくなったのは、突如として雇い主のガトーが全国に散らばせていた戦力をこの国に集中させたときだった。

 その場合、乗っ取られていた各小国の民衆達はどうなるだろうか?

 ガトーの勢力が一点に集中したことにより、ガトーの支配が手薄になった小国の民衆達は、これを機に決起する気運を強めるだろう。

 無論、それだけでは不安要素はない。数々の要素が重なってこその反乱であって、例え一時的にガトーの手下を追い返して自分達の国を取り戻したとしても、必ずガトーからの報復は来る。

 特に大名はソレを分かっている。故に、大名は民衆達に言い聞かせ、民衆達もまたそれに従う。ガトーの手の者が少なくなった所で、ガトーの戦力が削れた訳では決してないのだ。

 故に、それだけでは民衆達は動かない。故にガトーの支配が崩れることはなく、その庇護にいる抜け忍たちが追い忍に見つかることもない。

 

 だが、この状況で、しかも大国の刺客の侵入を許してしまった場合はどうなる?

 ましてや相手が()()()()()()()ならば。

 思えば、ガトーの戦力が集中してしまっているこの時こそが五大国にとっての好機となろう。

 この逃げ場のない島国で一網打尽にできれば、一気にガトーの戦力は削れ、支配力は弱まる。

 ガトー本人が生き残った所で、ガトーカンパニーという企業は、組織は、長くは保たないだろう。

 

 そうなれば、自分達抜け忍がガトーの庇護につく理由は最早ない。

 早々に見切りを付けるが賢明だ。

 

 故に、彼らは雇い主(ガトー)を見限り、どうにかして烏たちの目を逃れてこの国から脱出しようとしていたのだが・・・・・・。

 

 カー、カー!

 

 また、烏たちの鳴き声が響いた。

 抜け忍たちは路地裏の空を見上げる、頭上の烏が、自分達を睨み付けて鳴いていた。

 

「チっ!」

 

 しまった、と思った抜け忍たちの一人がすかさず苦無を投擲して烏を打ち落とすが、既に遅い。

 鳴き声として響いた時点で、既にその知らせは行き届いてしまった。

 

 パリィン、と頭上からガラスの割れる音が複数。

 烏の知らせを聞いた町民たちが、路地裏の建物の窓ガラスを破り、一斉に抜け忍たちの密集する路地裏に飛び降りてくる。

 最早隠す気すらないのか、彼らの手には刀の他に手裏剣や苦無などの忍具も握られている。

 忍の扱う刀と、侍の扱う刀では、大きな差異がある。

 忍は突きに特化した直刀を、侍は切ることに特化した反りのある刀を愛用する傾向にある。

 そんな中で、好んで後者も使用する忍たちの集団が存在する。国の要人を守る、忠義を第一とするかつての侍の在り方に倣ってのものなのかは定かではないが。彼らは、手に持つ直刀仕込みの錫杖とは別に、侍のように腰に刀を帯刀しているのだ。

 

 そして、今抜け忍たちを襲撃している町民の格好をした者達は、その手に持つのは侍の愛用する打刀でありながら、忍の業を行使していた。

 そしてその者達に使役されている烏たち――もう、一部の抜け忍たちに、この得体の知れない町民たちの思い当たる正体など一つしかなかった。

 

 暗殺組織、天照院奈落の刺客だ。

 

 一部の歴戦の抜け忍たちは、彼らの脅威を、その容赦のなさを知っていた。

 第三次忍界大戦を生き残り、その終戦直後に設立され、即座に頭角を現した彼らの所業とはそれ程にまで惨いものだったのだから。

 

「くそ、見つかったかっ!?」

「迎え撃て!」

 

 幸いにも、抜け忍たちには最初ほどの動揺はなかった。

 彼らがこれほどまでに敗走を許してしまった大きな要因として、何の活力もない弱き民衆たちが突如として反旗を翻してきたことによる動揺があった。

 しかし、その正体が自分達と同じ忍であると分かっている今ならば、比較的冷静に対処することができる。

 あくまで、比較的に、だが。

 

 路地裏という閉所において、数十人の忍たちがその刃を交える。

 片やこの国から脱出するために、片や頭の命のもと殲滅するために。

 刃と忍術の剣戟が響き渡る。

 しかし、最初の数の有利など最早ないも同然。それに加えて敗走による精神的疲弊により、抜け忍たちは次々とその刃の餌食となっていく。

 烏たちにとって、任務に失敗し、敗走途中の抜け忍など、最早啄むのみの格好の的の屍でしかなかった。

 

 あっという間に、血塗れの路地裏ができあがった。

 

 烏の目を掻い潜り、生き残っていた抜け忍たちも、結局は烏たちの目から逃れることはできなかった。

 

『おい、そっちはどうだ!? 全員捕まえたか』

 

 その時だった。抜け忍の屍から聞こえる、男の声。

 その声は彼らを雇っていた男の声。

 まさか自分の放った大勢の刺客が既に殲滅されたとは思ってはおらず、その声に緊張感はない。

 その声には、自分のやることが失敗する筈が無いという傲慢さが窺えた。

 一人の奈落の忍が、その無線機を抜け忍の屍から奪い取り、こう返す。

 

「全員捕縛した。これより橋の所へ連行する」

『分かった! なら私も橋の所へ向かう! ・・・・・・ククク、再不斬め、今に見ていろよっ!!』

 

 最後に悪趣味げな笑いが聞こえた後、通信はそのまま切れる。

 

「・・・・・・憐れだな」

「・・・・・・ああ」

 

 無線機を放り投げた奈落の忍が呟くと、周囲の仲間も同意する。

 既に自分の足下の地盤が崩れ去っていることにも気付かないまま、あのガトーという男は笑っていた。

 だが、実際にはこの有様。最早ガトーに逃げ道などない。

 長い間小国を乗っ取り、寄生し生きながらえてきた虫の命も、今日限りで終わるのだ。

 雲隠れに踊らされ、奈落を敵に回さなければ、まだ希望はあっただろうに。

 

 同情するでもなく、怒るでもなく、奈落の忍たちはただガトーという男を憐れんだ。

 五大国に苦渋を嘗めさせてきた一大企業の社長も、結局は五大国という強大な力に踊らされるコッペリアでしかなかったのだから。

 

 

     ◇

 

 

 濃霧に包まれた橋の上での乱戦。

 はたけカカシ、桃地再不斬。

 片やかつて木の葉の暗殺部隊に所属し、冷血カカシ、千の術をコピーしたコピー忍者、写輪眼のカカシとして名をはせた男。

 片や元霧隠れ忍刀七人衆の一人にして、音もなく標的を仕留める無音殺人術の達人、霧隠れの鬼神として知れ渡る男。

 最早敵味方関係なく暗黙の了解として成立しているのか、この乱戦の中で二人の戦いに手を出そうとするものは一人としていない。

 それもその筈だ。この霧の中で再不斬の動きに対応できる忍が、カカシをおいて他にいない。再不斬が選んだこの抜け忍の面子の中でも、このカカシを相手に再不斬のアシストが務まる忍は長い間彼の相棒を務めた白をおいて他にいない。その白は今、サスケを相手に付きっきりになっている。

 つまり、この状況が続く限りは当人たち同士でしか決着は付けられないということだ。

 

 状況はどちらが有利かと問われれば、確実に再不斬の方だった。

 濃霧により写輪眼は封じられ、再不斬の姿を捕らえられないカカシ。

 無音殺人術の達人である再不斬は、自らも目を閉じ、姿と音を眩まし、カカシの僅かな吐息や足音で居場所を特定し、一方的に斬りかかることができる。

 

 ここは波の国――海に囲まれた島国だ。

 水遁を得意とする再不斬には圧倒的に有利なフィールドである。特に再不斬の18番である無音殺人術を最大限に発揮できる霧隠れの術を行使しやすいのが再不斬にとっての大きなアドバンテージとなっている。

 

 ・・・・・・しかし、それでも再不斬はカカシを仕留めきれないでいた。

 写輪眼の洞察眼が封じられていることにより術をコピーされる心配もないため、その心配をする必要もなく、水遁の術を行使できる。

 だが、カカシは再不斬の攻撃に対応を見せていた。

 投擲した手裏剣は全て弾かれ、術は躱され、それどころか反撃に転じてきている。まだカカシからの攻撃は受けていない再不斬であったが、このままではまたじり貧になる。

 

(・・・・・・どういう事だ。奴にオレの動きは見えていない筈。オレの方は奴の姿が見えずとも、音で一方的に奴の居場所が分かる)

 

 再不斬に慢心はない。

 写輪眼を封じたからといって、はたけカカシは甘くはない。

 写輪眼に未来が見えるように再不斬に錯覚させた、その見事な心写しの方は間違いなくカカシ自身の技量なのだから。

 それを味わった再不斬が、油断する筈がない。

 

 だが、防がれる。避けられる

 明らかに、敵の姿が見えない者の動きではない。

 

(だからといって、奴にオレの姿が見えているのも考えがたい。現に押しているのは目を閉じている俺の方だ。・・・・・・となると、奴もまた、別の方法で俺の居場所を察知しているというのか・・・・・・?)

 

 そして、その正確性はおそらく再不斬の耳には劣っている。

 例えば、カカシが再不斬の方に手裏剣や苦無を投げつけたとしても、その僅かな風切り音で再不斬はそれを躱すことができる。

 カカシの場合であったら、目の前にそれが見えた途端、咄嗟に対処できる、という程度のものだ。

 つまり、カカシは音で再不斬の居場所を察知しているわけではない。

 

 再不斬はこれまでの戦闘を思い出す。

 カカシが今まで一番反応してみせた自分の攻撃は、決まってこの首斬り包丁で斬りかかる時だった。

 この首斬り包丁の攻撃だけは、カカシは、軌道、速さ、隅々まで把握しているように思えた。

 となると、考えられるのは、カカシがこの首斬り包丁に何か細工を仕掛けた、かだ。

 

(奴が首斬り包丁に何かを仕掛ける機会・・・・・・考えてみりゃあたくさんあった。なんせ、何回も斬りあってんだ。だが、決定的なのはおそらく、あの時だ。俺がこの刀を蹴りつけてオレの手を離れたとき・・・・・・あの一瞬だけは、首斬り包丁は奴の手元にあった。ならその時しか考えられねえ。一体何を・・・・・・)

 

 再不斬は目を閉じた状態で、耳を澄ますだけでなく、この手元の首斬り包丁に全五感を総動員した。

 そして、ある違和感に、たどり着いた。

 

(これは、何の匂いだ? 奴の血の匂いならば分かる・・・・・・だが、奴の血はこの首斬り包丁の刀身の修復に使われ、殆ど残っちゃいない。これは、血の匂いでは・・・・・・そうか、この匂いは・・・・・・!!)

 

 カカシが首斬り包丁に仕掛けたモノに再不斬が気付いたその途端――再不斬の耳に、此方に向かってくる手裏剣の風切り音が入った。

 

「チィっ!!」

 

 その手裏剣を弾いた再不斬は、首斬り包丁を地面に刺し、そのまま手放した。

 そして――カカシが再不斬のいた場所に、苦無で斬りかかると同時、金属と金属のぶつかる音だけが響いた。

 

「これは・・・・・・奴はどこに・・・・・・っ!?」

 

 自身が攻撃したのが、再不斬が地面に刺していった首斬り包丁であったことに気付いたカカシは、突如として背後から再不斬の蹴りを受けてしまった。

 どうにかして受け身をとるカカシであったが、対応が遅れる。

 

「ぐっ!?」

「イヌマンとは、やってくれるじゃねぇか、カカシっ!!」

 

 カカシの背後を取った再不斬がカカシの喉元を苦無でかっきろうとするが、カカシの苦無がまたそれを止める。

 

「オレは耳で、テメエは鼻で、互いの位置が分かってたってわけか。通りで水分身を使っても本体のオレの居場所がバレるわけだぁ」

 

 カカシが再不斬の位置が分かっていたわけは単純明快。

 カカシは再不斬が自分に斬り付けるとき、その時に出血した血に、イヌマンと呼ばれる香料を混ぜていた。

 ミミズを腐らせて作った極めて臭い物質であり、自身の血に僅かに混ぜ込んで首斬り包丁に付着させていたのだ。

 首斬り包丁の性質によりカカシの血液は刀身の修復に使われるが、イヌマンは吸収されずに残る。

 そのおかげでカカシは再不斬の首斬り包丁の攻撃に対応できていたのだ。

 

「だが、それも終わりだ。テメエの首斬り包丁に付けたイヌマンの匂いを頼りにしていた。だが、首斬り包丁を手放した今のオレの匂いを追うことはできまい」

「・・・・・・やっぱり、最初から躊躇するべきじゃないね」

「・・・・・・何だと?」

 

 凄む再不斬であったが、そんな状況でも焦る様子を見せないカカシに、再不斬は訝しむ。

 このまま、カカシの体を押さえ込み、その首をかっ斬ってやることは再不斬には造作もない。

 

「・・・・・・お前の耳になら聞こえるだろう、再不斬? 何処かで、印を結ぶ音が」

「・・・・・・また影分身か。無駄だぜ。匂いが分からねえんじゃ、オレと本体であるお前の位置も分かるまい。術を発動しようが、相手の居場所が分からなきゃ意味がねえんだよ」

「本当はさ、お前に匂いを付けたのは、お前の居場所を捉えるためじゃないんだよ」

「・・・・・・何だと?」

「ただ、予想以上にお前の刀に匂いが残ったから、そのままでも追えると思った。()()()()()()()()()

 

 カカシの言いたいことが分からず、再不斬は訝しむことしかできなかった。

 一体、この男は自分に対して何がしたいのか、目的が見えてこないのだ。

 殺気がないのもそうだ、一体この男は何を考えているのかと。

 

 だが、その瞬間。

 

 ボコり、と再不斬の足下の地面が所々、盛り上がっていく。

 その音を耳にした再不斬は咄嗟にその場を離れようとするが。

 カカシの首に手を回していた再不斬の腕をカカシが掴み、逃がさない。

 

「はな――」

 

 叫ぼうとするが、もう遅かった。

 

(足が、動かな――!?)

 

 足に鈍い痛いが迸ると同時、身動きが取れなくなる。

 直後、ソレを同じ痛みが再不斬の体中の箇所に襲いかかり、再不斬は身動きが取れなくなってしまった。

 

 盛り上がった地面の中から現れ、再不斬にとびかかり、それらは次々と再不斬の体へ噛みついていく。

 足には、最初に盛り上がった足下の地面から現れた忍犬が。足が動かない隙を見計らって、周囲の地面から同じように現れた忍犬が次々と噛みついていくのだった。

 

「これ、は――!?」

 

 体中に噛みついてきた忍犬たちに再不斬は言葉を失った。

 

「霧の中で目をつむっているからそうなる。オレの影分身が発動した、追尾専用の口寄せの術だ」

 

 土遁・追牙の術。

 口寄せ契約の巻物を渡されたカカシの影分身が、その巻物を使った術で忍犬たちを口寄せしたのだった。

 

「オレの鼻で追えるのは精々、お前の刀に付着したイヌマンの匂いだ。あくまで、()()()()()()()

 

 再不斬はカカシを罠にはめたつもりでいたが、それは逆。

 カカシが再不斬を罠にはめたのだ。

 カカシは確かに再不斬の首斬り包丁以外にも、苦無や他の武器に出血した自身の血に混ぜ込んでイヌマンを付着させていたが、濃度が薄まったイヌマンの匂いまではさすがのカカシも追えない。

 カカシは再不斬にソレを気付かせた。

 気付いたが故に、得意の得物を手放し、こうして口寄せされた忍犬による奇襲に対応できなかった。

 

 カカシの鼻では追えなくとも、犬の鼻ならばその僅かな匂いでも追える。イヌマンの匂いは勿論のこと、付着したカカシの血の匂いですらも。

 それでも、大量の忍犬が飛びかかってくるだけならば再不斬でも容易に対処できた筈である。

 それこそ、例え目を閉じていても忍たちが匂いで再不斬の位置が分かるように、再不斬もまた耳で忍犬の位置を把握できるのだから。

 

 だが、その時点で再不斬は首斬り包丁という得意の得物を手放してしまっていた。

 そもそも首斬り包丁のような大きな刀身の刀は、対多数に向いた武器だ。

 その対多数に向いた得物を手放していなければ、再不斬でも対処できた筈だった。

 しかし、カカシの術中にはまり、再不斬は得意の得物を手放してしまったのだ。

 

「・・・・・・さて、悪いが再不斬。お前には少しそこで大人しくしてもらう。こっちはタズナさんを守ることだけが目的じゃなくなってるんでね・・・・・・」

「道理で殺気がねえと思ったら・・・・・・さっきからどういうつもりだテメエ!! 態々オレを殺さず、動けなくして、一体何の目的でここにいるってんだっ!!」

 

 我慢できず、再不斬はついに怒声でカカシに叫ぶ。

 写輪眼を利用した猿真似の時といい、この男はつくづく自分を苛立たせる。

 もう写輪眼の術中に嵌まり、冷静さを失うことがないように努めていた再不斬であったが、またしても堪忍袋の緒が切れてしまった。

 

 再不斬の体から離れたカカシは、後ろを見やる。

 まだサスケとサクラが戦っている方向へ。

 再不斬が動けなくなったことにより、霧が段々と晴れていく。

 

 そして――一部の抜け忍たちが、動けないサスケと倒れている白、そしていつの間にか来ていたナルトの方へ一斉に飛びかかっていくのが、カカシの目に移った。

 

(来ていたのかナルト! こんなタイミングで・・・・・・)

 

 彼らは、この機会を伺っていたのだ。

 再不斬が動けなくなり、カカシも疲弊し。

 まだ、霧も晴れきってはおらず。

 サスケと白が動けなくなった隙を、彼らは狙っていた。

 

 狙いは、血継限界をもつサスケと白。そして人柱力のナルト。

 彼らにとっての理想の状況ができあがり、彼らは動いた。

 

 だが、カカシと(かばね)の狙いもそこにあった。

 

 ――ようやく、この場でやつら(雲隠れ)が尻尾を見せてくれた。

 

(オレの方からでは間に合わない!! だが・・・・・・!!)

 

 こういう時のために、奈落と盟約を交わしたのだ。

 自身が部下たちを守れない時のために、代わりに守ってくれる存在が、あそこにはいる。

 

(任せよ)

 

 そんなカカシの期待に応えるかのように、タズナとサクラの傍にいた傀儡師は仮面の下でほくそ笑んだ。

 




・・・・・・すんません、朧さんの出番は次話です。
ナルトの到着と奮闘もその時に描きます。


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19話

今回は長めなので小休止を挟みつつお楽しみください。
後、奈落の棘の読みですが。
活動報告での提案に乗っ取り、読みを棘(おどろ)から棘(いばら)に変更します。
では、どうぞ


 また、あの人に助けられちまった。

 ナルトは羞恥半分、嬉しさ半分の気分で疾走する。

 ツナミとイナリから話を聞いた限りでは、自分を助けてくれた人たちは紛れもなく、自分が憧れ、焦がれる存在だったのだから。

 その人がまだ自分を見てくれていることを嬉しく思いつつも、その人の手を煩わせてしまったことをナルトは恥じていたのだった。

 このまま何もせず終わってはイルカ先生や自分を陰から支えてくれた3代目に対しても顔向けができないのである。

 それに、今度は、この任務を受けたのは自分の我が儘が始まりだったとはいえ――今度は、託されたものがある。

 

 その託されたバトンは、今、ナルトの額当てと一緒に巻かれている。英雄カイザから、イナリとツナミを通じてナルトへと渡った。このバトンは自分だけに渡されたものではない。タズナや仲間たちにも託されたものなのだ。

 ならばこそ、自分はこれをもって仲間たちの所へ行き、そして全員で生きて帰るのだと。

 

「うずまきナルト……全力でこの国を守るってばよ!」

 

 決意を新たにしたナルトは、橋で戦う仲間たちのもとへと急いだ。

 そんなナルトの遥か後方にある隠れ家。

 現在ツナミとイナリが隠れている場所の周辺の木々から、2人の人影が、シャラン、と錫杖の音を立てて着地した。

 

「……行かせてよかったのか?」

「カカシ班が受けた任務はタズナの護衛。あの子がタズナの元へ向かうことは、何らおかしいことではないでしょう?」

「そういうことではない」

 

 降り立ったのは、二匹の奈落忍(からす)だった。

 女性と男性。女性の烏は(いばら)、男性の烏は(むしろ)と、それぞれ戒名を持っている。かつて頭である(おぼろ)と共にナルトを虐待から一度だけ救い出した二人組である。

 

「あの童を行かせては、人柱力が雲隠れに渡るリスクが増すだろう。(かばね)の腕を疑っているわけではないが、無理やりにでも取り押さえた方が賢明ではなかろうか」

「……確かに、先輩の考えには同意します。だけど、あの子はきっとあれでいいのだと、そう思います」

「火の意志、とやらか? お前と頭が木の葉の出なのは知っての通りだが、相も変わらず要領を得んな。某でも、頭の考えることは時々分からん」

「あ、それ私もです」

 

 この2人が言い渡された任務は、目が覚めるまでのナルトと、そしてイナリとツナミの影からの護衛であった。ここでおかしいのは、ナルトに関してはあくまで()()()()()()までの護衛だということだ。

 戦力が他里に奪われてしまうリスクを考えるのならば、筵の言っていることは正しい。

 先のナルトと親子のやり取りを影ながら聞いていた二人であったが、世の中があんな綺麗事ではどうにもならないことを、長年奈落の忍をやっている2人は知っている。

 今回に限っては、そんな綺麗事がなくとも物事は収束に向かっているということ。

 汚れなど、成果でいくらでも洗い流せる。

 棘も先の綺麗事に理解は示しつつも、護衛対象が目を覚ましたら何もするなと命令してきた朧の真意までは掴めなかった。

 

「あの方から羽根を貰って、早10年経ちますけれど、相変わらず頭が何を考えているのか分からないままですね。思想には共感しますし、奈落の存在意義も、痛い程に分かってしまうのですが……結局、あの人自身のことは何も分からないままです」

「白い牙の再来……当時少年でしかなかった頭は、にも関わらずその名を欲しいままにする活躍をなされていた。本元の白い牙――はたけサクモと同様、多くの隠れ里から恨みを買っておられたが」

 

 はたけサクモは里に殺され、結果として各里各国の忍はこの朗報を喜んだ。

 だが、そのサクモの再来と言われた彼は、里では殺すことができなかった。烏は里の手の届かない場所へと飛び立ち、無数の同胞をかき集め、やがて彼らは天の遣いとなった。

 それぞれ任務に対し正反対の選択肢を選びながらも、里の住民や仲間からの対応は奇しくも一致し、白き牙も、それに続きその再来の名も地に墜ちた。

 だが、里は純白に輝く刀身を折ることはできても、天を飛ぶ烏を落とすことは終ぞ叶わなかったのである。

 つまり、そこに2人の疑問はある。

 

「白い牙の名を継いだ頭の心情は、一体どういうものだったのだろうか……?」

 

 戦が終われば、英雄もただの人間に還ってしまう。

 白い牙の名も、戦では大いに猛威を振るったものの、それが終わった後ではその名は最早厄介者でしかなかった筈だ。

 はたけサクモは英雄として猛威を振るいすぎた。故にその反動で、ただ一度の失敗を理由に里に殺された。

 偉大な名であると同時に忌み名でもあるソレを継ぐ意味を、当時の朧が悟れないわけがないと2人は考えていた(実際は全然悟れていなかった上に、誹謗中傷に耳を傾ける余裕もなかっただけなのだが)。

 里が、前大戦で活躍したその名を、第三次忍界大戦でも利用しようと考えたのだろう。もう一度、あの白い牙を使い捨てにしてやろうと。

 あの朧をもってすれば、里のそのような意図など容易に見抜けるだろうに、何故里に尽くしたのか。

 奈落を設立した理由も、里に対する恨みからはかけ離れたものだ。その意義を2人は実感こそしているものの、形にする理由が思い浮かばなかったのである。

 

「……結局、分かりませんね。同郷の私もお手上げです。骸様あたりが理由じゃないかなー、とか考えているんですが……」

「その骸様が奈落にいる今ならば、そうする必要もなかろうよ。結局、頭自身しか分からぬというわけだ」

「先輩は、奈落に入る前は、頭を恨んだりしなかったんですか? 白い牙と来れば、他里から見れば畏怖の象徴でしょうし、その名を継いだ頭に、先輩の仲間も沢山殺されてる筈、ですよね……?」

「好奇心、猫をも殺すという言葉を知らんのか、(いばら)?」

 

 ギロリ、と筵の双眸が棘を睨み付ける。

 三度笠の下から覗かれる刃物のような眼光に、棘を苦笑して後ずさった。

 

「す、すみません! アハハ、やっぱ私駄目ですねー。以後お口チャックしまーす!」

「まったく、お前も既に小隊を率いる身であろうに。何故こうも相変わらず繊細のなきところに踏み込むのだ……」

「分かってますよーだ。もう……査問会はごめんですし」

「毎回庇っていた私の身にもなれ」

 

 呆れて溜息を吐く筵。

 この棘という後輩は、木の葉から奈落に移籍してきた当初は、まったくといって奈落の仕事に馴染めてはいなかった。

 要人の護衛などはともかく、此方側から攻勢をかける暗殺などでは、それこそ甘さが祟って標的を取り逃がしてしまったり、元は罪なき人を手にかけることを躊躇するなど、とにかく奈落には向いていなかったのだ。その度に査問会にかけられてよく懲罰を食らっていたものだ。

 今でこそ割り切り、小隊も任され汚れ仕事もこなしているが、慣れてきた今ですら、この娘は奈落に向いていないんじゃないかと筵は心配していた。

 

「白い牙といえば、カカシ上忍が部下と共にこの国に残ることを選ぶのは、少し意外でした・・・・・・」

「任務遂行を最優先にする忍と聞いているが?」

「一見、そういう風に見えるんですけれどね・・・・・・」

 

 暗部時代ですら、カカシのその冷酷な態度はガワだけのものであると棘は知っている。

 なのに、今ではそのガワさえ剥がれ、いい意味で垢抜けた印象を棘はカカシから感じていた。

 ――あの強面の頭も、優しくなるとああなるのかな・・・・・・。

 一瞬、そんな考えが浮かんだ棘であったが、即座に顔を横にぶんぶんと振り、頭の中の想像を振り払う。

 目下の隈と顔の大きな傷、そして常に冷たくて静かに怒っているかのようなあの表情が、如何にして和らぐか等、棘には想像もしようがなかったのである。

 

 カー、と烏の鳴き声が小さく響く。

 烏は筵の腕に止まり、その意を身振り手振りで筵に伝えた。

 

「どうやら、市街地に派遣されたガトー一派の殲滅は終わったようだな。某の隊は先にあちらの部隊へ合流する。お前の隊は、あの親子を町民たちの避難場所に連れてゆけとのことだ」

「では、私たちの隊もそれが済み次第、合流の手筈ということでよろしいですね?」

「相違ない。……ではな」

 

 そう言って、筵は棘の前から姿を消した。

 一人になった棘は、空を仰いで考える。

 ――まさか、あの日、頭と一緒に助けた少年を、自分の部隊がまた助けることになるとは夢にも思わなかった。

 あの後、また周囲から忌み嫌われ、孤独の時を過ごしているのではないかと心配していたが、あの様子を見る限りではなんとか真っ直ぐな少年に育ったように見える。

 

「よかった……」

 

 あの時、頭があの子を助ける判断をしたのは、自分の気持ちを汲んでくれたからなのか、それとも懇願してきた日向宗家の娘の願いを聞き入れたからなのか、はたまた別の思惑があったのかもう分からない。

 それでも、あの出来事が、あの少年が真っ直ぐに育つ一助にもなったのであれば、頭が助けた意味もあったというものだろう。

 

「さて、こちらもやるべきことをやりますか……」

 

 暫しほほ笑んだ後、自身の感情を殺し、棘もまた部下を引き連れて任務に専念する。

 自分は、あの少年とは違う。

 日を浴びる一葉であったこの身は、今では奈落の影を飛ぶ烏。

 自分の進む先は闇の道――それでも、(かしら)のためとあらば、この羽根が焼き消えるその日まで尽くそうではないか。

 

 

     ◇

 

 

 ナルトが影分身を用いた陽動を駆使して、忍たちの包囲網を突破し、タズナたちの所に到着したとき、事態はかなり進んでいた。

 抜け忍たちの死体は、一週間前に味わったナルトのトラウマを掘り起こしたが、ナルトは自身の心に鞭を打って耐える。

 そして、霧の濃い中を必死に探し回り、ようやく見つけた。

 

 満身創痍の、サスケを。

 

「サスケッ!」

 

 名を呼び、ナルトはサスケに駆け寄った。

 体中に千本や当て身を食らったサスケの身体は既にボロボロで、致命傷こそないものの、無数の小さい刺し傷からの出血が酷かった。

 それでも、サスケは何とかナルトの方へ振り向き。

 

「ハァ、ハァ……ようやくッ……来やがったかよ……この、ウスラトンカチ……が……」

 

 息絶え絶えながらも、不敵に笑ってナルトに憎まれ口を返した。

 

「サ、サスケ……オマエ、その、傷……」

「……オレのことは、いいッ」

 

 立ち上がろうとするサスケだが、片膝をついた途端に崩れ落ちる。

 サスケの身体を支えようとするが、サスケはそれを手で制する。

 

「それよりも、アイツだ……」

「アイツって……」

「俺達を欺いて、再不斬を逃がしたあの面の奴は、なんとか倒せた……」

「ッ⁉」

 

 サスケの衝撃的な発言に、ナルトは思わず固まる。

 悔しさ半分と、怒り半分。

 自分と変わらない年でありながら再不斬を殺してみせ、更にはそれが茶番であったことを叩きつけられたナルトは、再不斬同様にあの面の少年に対しても一泡吹かせてやりたいと思っていたのだから。

 そのために、自分も、サスケも必死に修行していた筈だ。

 なのに、先を越された。

 そして、サスケがソレに勝ったということは、すなわちサスケはその面の少年と戦い、勝利はしたものの、このような深手を追ってしまったということ。……普段は、サスケのことを気に入らないと思っていた筈なのに、何故か怒りが込み上げてきたのだ。

 右手は悔しさに、左手は怒りに、それぞれ違う感情で拳を握る。

 

「だが……」

「……?」

「こんな深い霧だ。深手は負わせただろうが……仕留められたかどうかまでは、分からねえ……後は、分かるな……?」

「ッ!」

「悔しい……が、トドメは、お前に譲って……や、る……」

 

 言い方は大分挑発的だが、サスケの真剣な表情に、ナルトはごくりと唾を飲んだ。

 これほどになるまでのサスケの死闘は、おそらくナルトには想像も付かないものだろう。

 そんな死闘の中でサスケはあの面の少年から勝ちを握り取った。

 イナリに大見得を張った直後に恰好悪い所を見せてしまった自分とは大違いだ。

 そんなサスケが、ナルトに譲ってやると言っているが、実の所は違う。頼んでいるのだ。

 自分はもう動けないから、代わりに確認してきてくれ、と。

 

 そうだ、悔しがっている場合じゃない。この死闘を勝ち残った仲間が、自分に頼んできたのだ。ならば、その意志を継いで行くまで。

 

「おう、任せてとけってばよ!」

 

 ツナミから貰ったカイザの鉢巻きを再度引き締めて、ナルトはサスケの指さす方向へと走る。

 霧のヴェールを走り抜けると、そこに、見覚えのある衣装の少年が倒れていた。

 うつ伏せに倒れていて顔は見えないが、ナルトはその少年を近すぎず遠すぎずの距離で見つめる。

 

「……う……ぅ」

 

 ガリ、と地面と指の擦れる音と共に、少年はうめき声を上げる。

 少年の身体は焦げ跡だらけであったが、それでも少年――白には息があった。

 すんでの所で氷遁の術で防御し、サスケの龍火の術のダメージを軽減していた。氷遁は水遁の性質も内包しているため、火遁には強い。

 本来ならば完璧に防げている筈だった。

 しかし、魔鏡氷晶を発動し、あまつさえサスケに手心を加え、術の継続時間を延ばし、その分だけチャクラも消耗した状態に加え、あらゆる箇所に炎を流すチャクラ糸を繋げられていたのだ。

 チャクラが残り少なかったのはサスケも同じだとはいえ、それでも防ぎきれる筈がない。

 手心を加えた挙句、先に背中を見せてしまった白の行為は、明らかに致命的だった。

 

 腕に手を付いて、ナルトに背中を見せつつも何とか立ち上がろうとする。

 白の足下には、あの憎たらしい追い忍の仮面の破片が転がっている。火遁の術を受けた衝撃で割れたものだ。

 ナルトは、少年を睨み付ける。

 覚悟しろよ、面取ったその顔、ぜってぇ拝んでやる。

 そんでもって、サスケの仇も討つ。

 

「うおおぉぉ!!」

 

 掛け声を上げ、苦無を構えて突撃する。

 今度こそ、恰好悪い所は見せられない。もう、あの時のように躊躇はしない。一度体験したことなのだ。

 今度は……殺す!

 

 そして、あの時と同じように、苦無がその首を突き刺す直前の距離まで迫った所で。

 白は、ナルトの方へ振り向いた。

 追い忍の面の下の、その素顔を。

 

「……お……お前は……」

 

 気が付けば、殺意は霧散し、その手は止まっていた。

 相も変わらず、綺麗なその美しい顔を、ナルトは忘れない。

 そして、こんな命の危機が迫っている状況の中でも、白はナルトの刃を受け入れようとしていた。

 

「……あ、あの時の……」

 

 ナルトは、その顔を知っていた。

 

『何で修行なんかしてるんですか? 君は十分強そうに見えますよ……一体、何のために……?』

『オレを助けてくれた人に恩を返すため!! その人の隣に立って、役に立ちてーんだよ!! それに今は()()()()()()()()に証明するため!!』

 

 修行から6日目の朝――つまり昨朝で、修行疲れで木の下で眠っている時に出会った、綺麗な女顔の少年。

 

『人は……大切な何かを守りたいと思った時に、本当に強くなれるものなんです』

『うん! それはオレもよく分かってるってばよ!』

 

 不思議と息があった。

 その時、この目の前の少年にも守りたい大切な何かがあるのだと、ナルトは思った。

 

『君は強くなる……またどこかで会いましょう』

『うん!』

 

 短い間であったが、それでも、初めて会ったナルトに対して、里の人間たちのように忌み嫌うのではなく、ナルトのことを『強い』と認めてくれた少年がいた。

 その言葉は、確かに嬉しかったのだ。

 

「何故止めたんです……?」

「ッ!」

 

 暫し昨日の朝のことを振り返っていたナルトの意識は、白の言葉によって現実に戻された。

 

「あの子に頼まれて、ボクにトドメをさしにきたのでしょう? ボクを殺せないんですか?」

「……」

「君が殺らなければ、ボクをここまで追い込んだ彼の努力を無駄にすることになりますよ?」

 

 白の言葉にそれは駄目だ、とナルトは即座に思う。

 今度こそ、躊躇してはいけない。

 油断してはいけないのだ。

 ……だけど、相手も、サスケと同じだ。

 生きているだけで、もう動けそうな体ではない。こんな、身体中をヤケドしたその体では、満足に動くこともできないだろう。

 そんな相手を……しかも、自分を認めてくれた人間を、躊躇なく殺せとでもいうのか?

 

「よく勘違いをしている人がいます、倒すべき敵を倒さずに情けをかけた……命だけは見逃そう……などと……。知っていますか、夢もなく誰からも必要とされず……()()()()()()()()()()()()?」

「……それは……何が言いたいんだ?」

「再不斬さんにとって弱い忍は必要ない。さっきの彼と、あの面をした彼女に、ボクの存在理由は奪われてしまった」

 

 二コリ、と恐れもなく笑う白に、ナルトは怒りにも近い疑問を抱く。

 白の言葉を思い出す――人は大切な何かを守りたいと思った時に、本当に強くなることができる、と。

 ならば、白にとっての大切な何か、とは。

 

「なんで……なんであんな奴のために……悪人から金もらって悪いことしてるような奴が、あの眉なしが、お前の大切な人なんだよ⁉」

 

 ナルトの疑問に、白は暫し切なそうに笑うと、話し始めた。

 

「再不斬さんだけではありませんよ。……ずっと昔にも、大切な人がいました……ボクの両親です」

 

 白は語り始める。

 優しい両親だったが、自分の代で眠っていた遺伝子の力が発現してしまい、その力を恐れた父親によって殺されかけたこと。

 同じ血を引いていた母親を父親が殺し、そして自分にまで手を掛けようとした。その父親を、白は逆に殺した。

 強力な力は様々な厄災を呼び込む。人間は自分たちにはないその力を恐れると同時、魅了もされる。恐れと欲望が多くの争いを引き起こし、結果として汚れた血族と恐れられる。

 白が能力を発現したことで母がその血族であることが父親に知られ、その父親を白は殺した。つまり、自分が生まれたせいで、母も父も死んだのだと、白は語った。

 そしてやがて悟ってしまったのだ――自分がこの世に必要とされていない存在なのだと。

 だからこそ、その血を認め、自分を必要としてくれた人間が現れたことが、この上なく嬉しくて、至福だったのだ。

 

「ナルト君、ボクはもうこの身体では、再不斬さんの所へ駆けつけることさえできない。ですから……ボクを殺して下さい」

「ッ!?」

「ボクは、君に来てほしくはなかった。君はボクに似ていると思ったから……君と戦いたくはなかった。けれど、結局、君はここに来てしまった。当然だ、君にも今、守りたいものがある。ならば、君に殺されることが、ボクの運命だったのでしょう……さあ――」

 

 早く、と白は急かす。

 使えなくなった道具は、捨てられる。白はもう、再不斬の道具として役に立つことはできない。ならば、いっそのこと捨てられる前に、再不斬の道具として果てたい。

 それが白の願いだった。

 

「……オレってば、守りたい人間と、今、認められたいと思う人がいるんだ」

「……」

「オレもおめーと同じだった……初めて、オレを認めてくれた人がいて……どんなにドジやっても、悪戯しても、拳骨もすげーいてーけど、いつもラーメン奢ってくれて……」

「……そう、ですか……」

「オレを立派な忍だって、認めてくれて……すげー嬉しかった。けどさ!けどさ! もう一人、助けてくれた人がいて……多分、その人は、オレなんか必要ないくらいつええんだと思う」

「…………」

 

 ナルトが彼に庇われた時、最初に感じたのは歓喜ではなく恐怖だった。

 その背中から感じたのは、イルカから感じた“優しさ”などではなく、ただただ“圧倒的な力”だった。

 だが、その力に、ナルトは確かに救われたのだ。

 

「顔も分かんなかったし、ただめっちゃ偉い人だってことだけが分かってて。お前にとっての再不斬なんかのように、その人のことを何でも知ってるわけじゃねえんだってばよ」

 

 ただ、助けてくれたという、漠然的な事実が脳裏に刻まれているだけ。

 

「けれど、君はその人の役に、立ちたいと?」

「ああ。何でオレを助けてくれたかなんて分かんねぇ。ひょっとしたら気紛れなのかもしれねえ」

 

 だが、思いは分からずとも、その行動に、背中に、ナルトは英雄を見た。

 

「何が、言いたいのですか?」

「結局、分かんねえじゃねえか!! その人が自分をどう思ってんのかって……そんなのきっと分かんねえ。あの人は、本当はオレのことなんてどうでもよかったのかもしれねえ……だけど、オレはあの人に認められたいんだってばよ!!」

 

 最初に、自分を認めてくれた人がいた/その人を守りたいと思った。

 よく分からない人が自分を助けてくれた/その人に認められたいと思った。

 

「あの眉無しがお前を道具と思ってるなんて……そんなのお前がそう思っているだけかもしんねーじゃん!! それならさぁ!! もっと……こうさぁ……ああもう何て言っていいのかわからねーってばよ……!!」

 

 頭を掻き毟りながら言うナルトに、白は思わず微笑んでしまった。

 ――ああ、やっぱり、君は優しいですね……。

 憧れは、理解からは最も遠い感情かもしれない。ナルトを助けてくれた人間がどう思っていたかなんて、ナルト自身には分からない。

 だから、白を道具だと言い切った再不斬だって、結局白をどう思っているかなんて、白に分かるわけがないのだ。もしかしたら、違う想いだってあるかもしれない。

 

「それなのに……それなのに……自分を道具と言い切っちまうなんて……そんなの、悲しすぎるってばよ……!!」

「……悲しくはありませんよ。君の言う通りです、結局、再不斬さんがボクのことをどう思っているかなんて、ボク自身が分かる筈もありません。

 ……けど、それでいいんです。ボクはあの人のことを何も知らないかもしれないけれど、ただ一つ、あの人には夢があるということだけは知っている」

「……ッ……」

「あの人がどう思おうと、その夢の一助になれるというのであれば、ボクは喜んであの人の道具になります――それが、ボクの忍道ですから」

 

 忍道――その言葉を出されては、ナルトはもう何も言えなくなった。

 白にとって、再不斬が自分をどう思っていようと、最早些末なことなのだ。白自身が、再不斬の道具として終わることを望んでいる。

 

 ――けれど、そんなの……。

 

 その時だった。

 霧が、少しずつ晴れる。

 少しずつだが、朧気に周囲の風景も見えるようになってくる。

 

 そして、ナルトの目に入ったのは――白の背後にあった光景。

 再不斬が、カカシに口寄せされた忍犬たちに捕まり、動けなくなっている姿だった。

 

「ナルト!?」

「来ておったのか、ナルト!?」

 

 そして、自身の背後から聞き覚えのある声がした。

 サクラとタズナだ。

 彼らもまた霧が少しだけ晴れたことにより、ナルトの姿が見えるようになった。

 

「カカシ先生に、サクラちゃんに、おっさん……」

 

 霧のせいで見えなかったが、こうして護衛対象と仲間全員がまだ一人欠けることなく立っていることに、ナルトは安堵を覚えた。

 だが、一人、見覚えのない者までもが、タズナとサクラの隣にいる。

 その衣装は、追い忍の面をかぶっている時の白とよく似ていた。

 

(……一体、誰だってばよ?)

 

 そう思った、その刹那。

 

 一部の抜け忍の視線が、三人へと集中する。

 倒れて身動きの取れないサスケと白、そしてナルト。

 まだ子供で力を使いこなせていない、貴重な血継限界持ちが2人と、人柱力が一人。

 霧が徐々に晴れ、カカシも消耗し、再不斬も身動きが取れない。

 

 この瞬間を、彼らは待っていた。

 

 一斉に迫る抜け忍たち。

 

「ナルトッ!!」

「いかん、ナルトッ!!」

 

 サクラとタズナの大声に触発され、ナルトは迫りくる抜け忍たちに気付いた。

 

(や、やべえってばよ!!)

 

 またさっきと同じ状況だ。

 嫌な予感を感じたナルトは、瞬時に地面を飛びあがり、元いた位置に影分身を置く。

 それと同時――地面から飛び出た腕が、その影分身体を捕まえた。

 電撃で気絶させるつもりだったのか、地面から出てきた腕から流された電撃によって影分身は煙となって消えた。

 ――そう何度も同じ手に引っかかるかってばよ!!

 心の中でそう毒つく中、空中を見下ろす機会を得たナルトは、あることに気付いた。

 

(こいつら、オレだけじゃねえ!! サスケとあいつまで……!!)

 

 彼らの魔手は、仲間であるサスケや、白の方にまで向かっている。

 この時点で、ナルトの中で答えはもう決まっていた。

 何故彼らが白まで狙うのかまでは分からない。だが、もう決めたのだ。

 

(もう関係ねえ!! ()()()()オレが守る!!)

 

 答えは既に決まっている。

 ならばどうやって守るか。

 ナルトは考える。

 自分の18番である多重影分身による集団戦法は、おそらく通じない。前の奇襲でそれは痛い程分かっている。

 つまり、自分では彼らを倒すことはできない。

 ――だが、少しの間でも、止める事だけならば……!!

 

(こいつ等を止めるには、これしかねえってばよ……!!)

 

 まず最初に、多重影分身の印。

 本体のナルトを中心にして、大量の煙が上がる。

 そして更に――印をもう一つ。

 それは――変化の印。

 

 この術に引っかからない人間は、ナルトの経験上今まで一人もいない。敵の動きを止める用途として、最も信頼できる術をナルトは、今――。

 

 ――ハーレムの術!!

 

 ナルトの影分身達が、さらに、肌を晒した絶世の美女へと、変化した。

 

『―――――――は?』

 

 水気に満ちている筈なのに、何故だか乾いた風が、静寂の中、あじけなく通り過ぎた。

 

 ナルトの目論見通り、全員が、その動きを止めたのである。

 サスケも、サクラも、カカシも、タズナも、白も――忍犬に捕まっている再不斬ですらもが、口をあんぐりと開けたまま停止していた。……抜け忍たちに関しては、言うに及ばず。

 

(こ―――)

 

 少なくとも、心に関しては、この場で誰よりも早く復活したもの一人。

 

(こんな時に何ふざけてんのよしゃんなろおおおおおおおおおぉぉッッ!!)

 

 サクラの中の内なるサクラが、大きく突っ込みを入れる。

 やはり女性は一早く復活が早かったようだ。

 誰もが予想しない術で打って出たナルト。

 

 そして、ナルトの目論見通り、彼らの動きは止まってくれた。

 今はそれだけで十分だった。

 

「「「「「「「「「「隙ありだってばよ!」」」」」」」」」」

 

 彼らの止まった隙を見たナルトの影分身達の一部が、白とサスケのところへそれぞれ向かう。

 戦闘では彼らに敵わないことはナルトもさすがに学んでいる。

 ならば先に2人を保護して安全な場所へ運べばいいのだ。文字通り、誰もが止まっている、この隙に。

 

「しまったッ⁉」

「くそッ⁉ あのガキより先にあの2人を捕まえろ!!」

「め、目のやり場が……!!」

 

 だが、彼らも任務遂行するために来ている身。

 そうは問屋が下ろさない。ナルトの影分身たちよりも先んじて、サスケと白を捉えようと疾駆する。

 勿論、早さではナルトは彼らに敵わない。

 故に、お色気影分身の半分を妨害に当てる。

 

「ふむ、面白いぞよ、童。その術、わしの傀儡にも組み込みたいくらいじゃ」

 

 更に、ナルトの影分身達の動きが変わる。

 速さも業のキレも何もかもが。

 

「こやつらが動きを見せた時は、周囲の屍を使うつもりじゃったが、気が変わった。(わっぱ)、お主の影分身体を使わせてもらうぞよ」

 

 声の主は、タズナとサクラの隣にいた追い忍の衣装を着た女性――(かばね)

 その指から無数のチャクラ糸が伸び、分かれ、ナルトのお色気影分身体に繋がってゆく。

 

「な、なんだこれ!? 勝手に体が動くってば……!?」

 

 体が自分の意志で動かず勝手に、抜け忍たちを撃退していくことに困惑するナルトと影分身達。

 全裸の美少女たちが、抜け忍たちを凌ぐ動きで、次々と抜け忍たちを撃退していく。

 ただ肌を晒しているだけならば、抜け忍たちもまだ動きに支障を出さないだろうが、ここは霧という水気に満ちたフィールド。

 誰もが目を引く美しいスタイルの肌に、水気が汗のように肌にべたつき、その煽情を余計に引き立てる。

 そのあまりにも生々しいエロさと、それに見合わぬ戦闘力を持った美少女たちが大勢で迎え撃ってくるのだ。ペースを乱されない方がおかしい。

 

「こ、こ……これ、は……は、は……ひどい」

 

 カカシの呟きが虚空に消える。

 いくら意外性No.1とはいえ、これはさすがに酷過ぎる。

 ナルトもそうだが、その術に動揺することなく、むしろ利用して操って見せる(かばね)もだ。

 再不斬が動けなくなったことで霧は徐々に晴れ、その光景は徐々に目に入れることすら恥ずかしくなる。

 

 結局、白とサスケ、そしてナルトを狙った抜け忍たちは、屍の操るお色気影分身によって全て撃退され、さらにはそのマスクの下の顔まで晒され、やがて縄に縛られることとなった。

 

「……やはりな。(かしら)の睨んだ通り、そこの血継限界持ちの2人を狙っていたようじゃな、()()()()()()()

『……貴様らッ!!』

「木の葉はともかく、そこの雪一族の童の持つ血継限界は元来我ら霧隠れのモノ。情報漏洩を防ぐ追い忍として、渡すわけには行かないぞよ」

 

 追い忍の体を装って話す(かばね)

 この女が実は追い忍ではないという事実に気付いてるのは、この場ではカカシと、白のみである。

 

「カカシ先生……どういう事ですか?」

「……あの追い忍が全て話してくれる、3人とも、聞いていろ」

 

 困惑しつつも頷くナルトとサスケとサクラの3人。

 捕まった者以外の抜け忍たちも事態に混乱しているのか、動く様子はなく、屍の説明を聞いていた。

 

「すべては、こやつら雲隠れが、ガトーに技術を横流ししたことから始まったぞよ。わしら霧隠れはその真相を突き止め、こうしてこ奴等が尻尾を表すまで待っておったのじゃ」

 

 ごくり、と3人とタズナ、そして周囲の抜け忍たちが息を飲む。

 

「わしら霧隠れと、火の国・奈落、双方を争わせ、国力を疲弊させる。同時に戦争を起こした罪をガトーに押し付け、自分達は漁夫の利を得られるまで静観する。元々の目的はそうであったのだろうな」

『……』

 

 捕まった抜け忍たち――基、雲隠れの忍たちは冷や汗を流しつつ、誰も何も言わなかった。

 

「ガトーがお主ら抜け忍たちを集めたのも、横流しで手に入った技術から製造兵器を売り捌く土台を作るため。ようするに、わしら大国同士の戦争を利用することを考えた。ここまで雲隠れの思惑通り。だが、わしら水の国が感づいたことにより、こ奴等の目的は既に破錠しかかっていた。このままでは禁術にも等しい技術を無駄に横流ししたことになる。故にいざ失敗した時のために、無駄な技術の流出を防ごうと、ガトーを監視もしくは暗殺するために寄越されたのがこ奴らぞよ」

 

「だが、そこに幸運が舞い込んだ。悪く言えば無駄な欲が出た。ガトーの所にはそこの雪一族という血継限界持ちの童と、さらにそこのタズナの依頼により木の葉隠れからも血継限界持ちの、年端もゆかぬ童が派遣された。ついでに、特大な()()()()()もな」

 

 おまけ付き、という部分で屍はナルトの方を一瞥する。

 血継限界はともかく、人柱力のことは伏せるつもりだったので、このようなぼかす言い方にしたのだ。

 

「故に、こやつら雲隠れはガトーの監視ついでに、軍事増強のために血継限界持ちの童を攫う計画も企てた。わしらが疲弊するこの瞬間を狙ってな」

「つまり、其方らはガトーと一緒に、こやつら雲隠れに踊らされておっただけぞよ」

 

 抜け忍たちに語り掛ける屍。

 聞いた抜け忍たちは捕まった抜け忍たち――に扮した雲隠れの忍たちを恨めしそうに見下す。彼らにとって、ガトーカンパニーは数少ない良好な庇護下だったのだ。

 それに大きな問題を持ち込んで、ここまでの事態に発展したのだ。

 誰もが思うだろう――もう、ガトーの庇護下にはいられないと。大きく動いてしまったガトーは、やがて今回の罪と共に、今までの罪も白日の下に晒されることだろう。

 そうなれば、庇護はもうないも同然だったのだから。

 

 

「クククク、そんな事だろうと思ったよォ」

 

 

 その時だった。

 コツ、と杖が地面に叩かれる音。

 全員が一斉に、その声のした方向へ振り向く。

 

 そこには、彼ら抜け忍たちの雇い主であるガトーと、そして、その後ろに大勢の部下達が武器を持って待機していた。

 

「ガトー……どうしてお前がここに来る? それに何だ、その部下どもは!?」

 

 忍犬に拘束されたままの再不斬が、この場全員の意を代弁する。

 

「ククク、少々予定が変わってねぇ――と言うよりは、初めからこうするつもりだったんだが……再不斬、()()()にはここで死んでもらうんだ」

「……何だと?」

「お前達に金を支払うつもりなんて毛頭ないからねェ……」

 

「そこの女が言ったように、私はそこで無様に這いつくばっている奴等に踊らされていた。そして私は一早くそれに気付いた。故に、炙り出そうとしたんだよ。私にこんな真似をしてくれた愚か者どもをねェ」

 

「そこでどう炙り出してやろうかと思ったら、そこのタズナが丁度木の葉の忍を雇ったと聞いてねェ。そこで賭けたんだ。再不斬、お前達をぶつけて、雲隠れの連中を炙り出すのに丁度いい実力を持っているのかをな……」

 

 ナルト達を嘲笑うように一瞥し、ガトーは説明を続ける。

 

「そして、木の葉の奴等は私の期待に応えてくれたよ。敵対関係にある上に、再不斬を撃退する程の実力を持つお前達なら、きっと炙り出してくれるとな。見事私の試験を突破してくれたお前達と、再不斬、お前に私は1週間の猶予をくれてやった。お互い、最もコンディションのいい状態でお前達をぶつけ合わせ、ここ一番の混乱を起こさせる。もし私を利用しようとした奴等が潜り込んでいるとするならば、必ず漁夫の利を狙って動くとねェ……」

 

 おかしくて仕方ない、と言った様子でガトーは笑いだす。

 

「ククク、お前達はよくやってくれた。おかげでこの不届き者共を炙り出すことができた。使いっぱしりの忍風情が、私を盤上でこき使おうなんざ100年早いんだよ」

 

 大国の目を逃れ、悪事を繰り返してきたガトー。

 この波の国でのこれまでの戦いは、全てがこの男の掌の上だったのだ。

 

「ついで、金がかかるからってのもあるが、この話を聞いたお前達を生かしておくわけにはいかない。そこでこいつらが漁夫の利に乗って、逆に炙り出された後を、更に私が漁夫の利に乗ってやるわけさ。今の、この状況のようにな」

 

 ガトーは彼らを生かして返すつもりはない。

 この話を聞いていない他の抜け忍たちは引き続き駒として雇い、聞いてしまったこの場全員に関してはここで皆殺しにするつもりなのだった。

 

「まあ、利用される所だったとはいえ、せっかく齎してくれた技術だ。精々、お前達の思惑通り、大国同士の戦争で使わせてもらうとするよォ……」

「……馬鹿な……」

「……うん?」

 

 捕まっていた雲隠れの一人が、声を上げる。

 

「お前がそうするためには、我々の当初の目的が達成されていることが前提だ。しかし、そこの女が言った通り、霧隠れには勘づかれてしまった。だからこそ我々はこの地へ送られて来た。ガトー――お前を抹殺および監視して、無駄な技術の流出を防ぐためにな!!」

「ククク、何だァ、忍ってのは頭の出来まで忍んでいるのかぁ? 少しは私のように頭を使う努力をしてみたらどうだね?」

「くッ!?」

 

 自分の頭を指でトントンと指して煽るガトー。

 雲隠れの忍の表情は苦渋に歪む。

 

「方法はいくらでもある。例えば――私がお前達の技術で作った兵器を、火の国に大量に売り込み、それと共に今回のお前達の仕業を伝える。大国は5つもあるんだ。何も水や火に限らなくていい。()()()の組み合わせでだって、戦争は起こせるからなぁ……!!」

「貴様ぁッ!!」

 

 我慢しきれなくなったのか、雲隠れの一人が、拘束を振りほどき、ガトーの所へ刀で斬りかからんと迫る。

 戦いでチャクラを消費してしまっているのか、忍でないガトーにとっても、その動きはただ運動神経が少し高いだけの人間に過ぎなかったのだ。

 

 ガトーが、ニヤリと笑う。

 

 同時、ガトーに斬りかかろうとした雲隠れの忍が、一瞬で蜂の巣になった。

 

 断末魔も上げる暇もなく、血を散らして沈黙する雲隠れの忍。

 

「い、一体なんだってばよ⁉」

 

 狼狽えるナルト。

 他の皆も同様だった。

 

「ククク……」

 

 笑いながら、ガトーは背後の部下達を一瞥する。

 それに釣られて、他の者達もまた視線を其方へ向ける。

 そこにあったのは、大きな筒だった。

 荷車の上に乗せられた、無数の筒が束になり、一つの筒となったような形状の砲身が伸びていた。

 それらの筒が、さらにもう5台、ナルト達に向けられている。

 

「お前達の技術で作らせてもらったガトリング砲だ。我が社独自の商品改良も施してある。本元のお前達ですら作ることはできまい……!! さあ選べ諸君!!」

 

 大声で、ガトーはナルト達に呼びかける。

 

「好きな死に様を選ばせてやろう!! 後ろのこいつ等に全員切り殺されるか、それとも……こいつで蜂の巣になるか。好きな方を選ぶといい、ククク……」

 

 勝ち誇ったように笑うガトー。

 後ろの部下達も笑う。

 

「……カカシ、こいつらを退かせられるか?」

 

 笑うガトーを尻目に、忍犬に拘束されたままの再不斬が小声でカカシに語り掛ける。

 

「ガトーがオレ達を裏切った今、もう俺達がタズナを狙う理由もねえ。……お前と戦う理由もなくなったわけだ」

「……いいだろう。オレも口寄せにチャクラを消費し続けるわけにもいかないしね」

 

 カカシが口寄せ用の巻物を仕舞うと同時、再不斬の動きを拘束していた忍犬たちも煙を立てて消えていく。

 自由を取り戻した再不斬は、身を低くしてガトーを睨み付ける。

 その様子を、ガトーは更に嘲笑った。

 

「それにしてもお前にはほとほと呆れたよ再不斬。こんな大勢でかかっておきながらタズナ一人も仕留められないとは、霧隠れの鬼人が聞いて呆れるわ。私から言わせりゃあなんだ……ただのかわいい()()()()()ってとこだなァ」

 

「ッ、こんのぉッ……」

 

 そんな挑発に乗る程、再不斬は子供ではない。

 しかし、代わりにキレるものがいた。

 その子供は我慢しきれず、再不斬やカカシの前に走り出る。

 

「待て、ナルト――⁉」

「さっきから黙ってきいてりゃ好き勝手いいやがって!! なんでだよ⁉ こいつらはな、お前のために、こうして俺達と戦ってたんだ!!」

 

 背後の抜け忍たちを指さし、ナルトはガトーに怒鳴り付ける。

 とうの抜け忍たちは、まさか敵である自分たちのためにナルトが怒っているとは思わず、一瞬、唖然となった。再不斬も同様だ。

 

「金のためだったのかもしんねえけど、それでもコイツらは、お前のその信頼に応えようとしたんだろ⁉ なのに!なのに! 何でそうやって簡単に裏切れるんだよォ!!!」

「落ち着けナルト!!」

 

 ガトーを指さし、ナルトは怒鳴り続ける。

 今、事を荒立てるのは得策ではないと考えるカカシは、ナルトを止めようとするが、ナルトの憤怒は止まらない。

 それだけ、受け入れられないのだ。

 白のことも然り、この理不尽を受け入れることなど、ナルトにはできないのだ。

 

「オメエだけは……オメエだけは、この手でぶっ飛ばすッ!!」

 

「……ふん、うるさい餓鬼だ。気が変わった。最初に再不斬か、それとも私の腕を折ってくれたそこのガキか迷っていたが、まずはお前からだ!!」

「ッ⁉ いかんナルト、避けろッ!」

 

 後ろのガトリングの砲身がナルトに向けられるのも見たカカシが、ナルトに呼びかけるが。

 もう遅い。

 砲身が、回転をし始める。

 

「抵抗はするなよ⁉ 今、この島中の民衆どもを人質にとっている。もうすぐここに連れてこられるだろう。お前らは何もできやしな――」

 

 砲身から弾が発射されるであろうその時。

 止まったのは、ナルトの息の根ではなく――ガトーの台詞だった。

 

 シャラン、と鳴る金属音。

 ガトーの腹から生えた、直刀の刃物。

 何者かが、背後からその仕込み刀を投擲し、ガトーの身体に突き刺さった。

 その柄には、見覚えのある錫杖の先端の金属部品のようなものが取りつけらており――

 

「あ、れ――?」

 

 自分の腹から生えた刃物を見下ろしたガトーは、そのまま地面に膝と手をついてしまった。

 誰もが、ナルト達の中の誰もが、目を点にしてその一部始終を見つめた。

 

 

「知っている筈だ」

 

 

 静寂の中で、一つの声が響く。

 その声に全員の視線がガトーの背後に待機している部下達へと移った。

 ならず者やギャング達が――白い煙を立てて、その姿を変えていく。

 

 シャラン、シャラン、シャラン、シャラン。

 

 その姿が顕になる度に鳴る。錫杖の鳴り音。

 白い煙の中から、三度笠に修行僧のような衣装を身に纏った者達が姿を現す。

 

天照(てんじょう)に仇為し賊の定めは、ただ一つ」

 

 続けて、道を開けた彼らの奥から、その声の主が現れる。

 誰もが、その人物を目の当たりにし、騒然とした。

 特にナルトは、信じられないものを見るかのように、その人物に釘付けになる。

 白い法衣の上に、白い八咫烏の紋章が大きく刻まれた黒い袈裟をかけた、灰銀色の髪の男。

 ゆっくりとその者達の前に出たその人物は、三度笠を上にずらし、その白き眼光を覗かせる。

 

「この烏たちの羽からは、何者も逃れられはしない。(てん)に刃向かいし、咎人達よ」

 

 天照院奈落首領。

 ガトーの部下に扮していた烏達を引き連れ、ここに裁きを下すべく舞い降りた。

 




活動報告にて、奈落モブの衣装について少し愚痴っております。


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戦の後には烏が哭く

 己が何者なのか分からない。

 オレだけじゃない――おそらく忍であれば誰もが思う疑問だ。

 忍がなんだと問われればオレの答えは一つ――それは只の道具だ。

 道具というのは使い物にならなければ直ぐに捨てられる。より優れた道具があれば、人はすぐ其方へ持ち替える。

 オレが白を傍に置く理由なぞ、あいつが便利な道具であるからでしかない。そして、オレはアイツ以上の道具を知らない。

 

 なら――オレ達、(しのび)はいつまで道具であらねばならない?

 

 使い終わったら己の役目すらも悟ることなく終わっていく道具(なかま)たち。道具(なかま)捨てる(すてる)道具(オレ)

 それが日常になると、不思議なことにそれを疑問にも思わなくなっちまう。

 人をヒトと思えば、もう殺せなくなってしまう。

 だからこそオレ達は、自分も、そして相手も、仲間も、全てをヒトではなく道具として扱う。それが忍としてあるべき鉄則だ。

 心の底から、そう扱うのだ。

 自分自身に常に己は道具だと言い聞かせているようなバカは、必ず足下を掬われる。それが自分より何歳も年下の子供であろうとだ。

 

 なら――いつまでそんな世が続く?

 

 簡単に道具として捨てられちまうような世を改革するためには、己自身も道具に徹さねばならない。

 オレはオレの理想のために、オレの理想の道具となる。オレの意志が抱いた理想に、それ以外のオレの意志の介入など不要なのだ。

 ただ理想のために道具を使い潰し続けろ――鬼兄弟も、白も、己自身すらも。

 そうやって、オレはオレの理想を志す。

 オレの理想の道具であり続けろ。

 

 だが――やはり、何処かで限界を感じてしまうんだ。

 

 水影暗殺に失敗し、あの血腥い里を鬼兄弟や白と一緒に飛び出して、それでもオレ達ならばやれると思っていた。

 やれる、やれない、ではない。絶対にやるのだ。

 そんな意気込みでいた。

 同胞の蒸発した血で出来上がった霧の里を、もう一度、真っ白な霧に染め直すのだと。

 そのためには、力が必要だった。

 裏の仕事を引き受け、資金を集め、同志を集める。

 オレにも、それができる筈だと思っていた。

 

 だが、それは到底至難の業なのだと思い知らされた。

 

 どれだけ資金を集めた所で、人なんざついてこない。

 今なら分かるんだ――あの男が烏どもをかき集められたのは、決して金だけではないということを。

 理想に突き進もうとすればするほど、思い知る。

 自分とあの男の違いを。

 

 木の葉の里の対の勢力として設立された、火の国が擁するもう一つの忍勢力――暗殺組織・天照院奈落。

 忍に関係のない大名や要人、市民を忍の戦火から守るために結成された組織。

 

 オレの理想に、近いと思った。

 

 あの血霧の里に並ぶ勢力を築き上げることができれば、クーデターを血で染め上げる必要もなく、抑止力になれると。

 国の武力と、里の武力で、互いに抑止力として機能する。

 

 五大国の中で、自国から信用されない忍び里がどこかと問われれば、まず霧隠れ、通称血霧の里だ。

 皮肉なことだ――オレ達霧隠れの里は、任務遂行のためならば仲間の犠牲すら厭わず、終始里の道具として在ってきたはずなのに、国からは道具としてすら信用されていないのだ。

 それでも、忍び里は他の強国と渡り合っていく上での最重要のファクターだ。国側もおいそれと武力の象徴である里を切り捨てることはできない。

 いいや、もしくは恐れているのか。

 資金というただ一つの首輪さえ失えば、その首輪を失った狂犬の牙がどこに向かうのか、分かったものじゃない。

 水の国が霧隠れに政治への介入や意見を許さないのも、そういった環境をよしとする感性を持つ者達に対する恐れと、その閉鎖的な貿易体制が原因だ。

 そこに信頼なんてありはしない。あるのは金という名の信用だけ。

 閉鎖的故、自分達がおかしいのではないかという疑問さえ抱かせない。

 戦火を呼び込む血継限界持ちを徹底的に迫害してきた歴史があるが、今や里全体が国からそういった目線で見られていることに何故気付かない?

 内側からも、外側からも信頼がない。

 故に、大名たちに忍の有用性を間近で伝えることで理解させ、そうすることで里の忍の信頼を保つ組織が必要なのではないか。

 そうすれば変わるのは外側だけじゃない。抑止力の発生によって生まれる不信と警戒は確かにあるのだろうが、そうなれば多少なりとも国と里の両者は歩み寄れるのではないか?

 国が独自の勢力に頼り始めれば、里は危機感を抱く。だがその危機感こそも、里側から国に歩み寄る一助になるのではないか。

 そこから里の閉鎖的な姿勢が少しでも改善されれば、あんな仲間殺しが飛び交う馬鹿げた環境も変わるんじゃないか?

 

 何故、あの男は霧隠れに生まれてくれなかった?

 何故、木の葉なんていう安穏な里に生まれ落ちた?

 お前のような男こそ、水の国と霧の里の間には必要だったのではないか?

 

 何故、オレはお前のようになれない。

 どうすればあんな大国の里に並ぶ程の勢力を集めることができる?

 大戦後の各国の軍縮によって抜け忍が溢れかえった時代に、まるで野良犬を拾うかのように抜け忍を集めることができたからか?

 それとも大戦の戦果の褒美として得た大金があったからか?

 それとも……力か?

 

 時代、金、力……全てが揃っていた。だからこそ集められたのか?

 

 その男が成したことと、オレの理想は、近いが根本的な違いがある。

 奴は里を保つため。オレは里を変えるため。

 だが、理想を叶えるのには、結局あの男と同じくらいの力と勢力が必要なのは確かだった。

 力だけならば、自信はある。

 だが、時代と金だけは掴めなかった。

 全ての機を掴み、モノにしてみせたあの男との違いを思い知るのだ。

 

 抜け忍になってからは、カラス共とも鉢合わせになる機会は幾度とあった。

 刃を交えて思い知る。

 奴等の動きは、バラバラの寄せ集めができるものではない。連携も、練度も、大国の忍里を思わせる程に纏まっている。

 撃退しても、残るのは勝利の余韻ではなく、言いようのない募る敗北感だった。

 一騎当千の個の力ではなく、組織としての力を見せつけられては、余計に己の理想が遠く感じられてしまう。

 

 それでも、オレは止まらない。

 首切り包丁を手に、今日もオレの理想の道具であり続ける。

 止まれない。

 走り続けるしかないのだ。

 

「知っている筈だ」

 

 なのに。なぜだ。烏ども。

 

天照(てんじょう)に仇為し賊の定めは、ただ一つ」

 

 後ろの部下どもは、掴み取れなかったオレへの当てつけか――

 

「この烏たちの羽からは、何者も逃れられはしない。(てん)に刃向かいし、咎人達よ」

 

 雑多の烏どもだけならばともかく、なぜあの男までもがここにいる……!?

 

 

     ◇

 

 

「な、何じゃ……後ろのガトーの部下達が急に……!!」

 

 さっきまで夢でも見ていたのか、と言わんばかりにタズナが目をごしごし擦っては、ガトーの後ろにいる集団を見るという動作を繰り返している。

 

 呆気。悪寒。戦慄。

 ナルト達も、再不斬と白も、拘束された雲隠れの忍たちも、その他の抜け忍たちも、誰もがそんな感覚を抱いた。

 仕込み刀を刺されたガトーは、口から血を吐きつつも、青ざめた表情で自分の部下だった筈の者達に振り返っていた。

 

「存外食えぬ男であったな。お前達が利用したこの人形も……」

 

 奈落の忍たちの先頭にいる朧が、怯えるガトーを見下しつつ、雲隠れの忍たちに語り掛ける。

 

「火と水を争わせる火種として力を与えたにも関わらず、あっさりとお前達の存在に勘づき、出し抜く算段を立てていたぞ。……愚かなモノだ、糸を引くつもりが、逆に引き摺り出されるとは……天に歯向かった結果がこれだ」

 

『……………ッ!!』

 

 朧の言葉に、雲隠れの忍たちは表情を苦渋に歪める。

 ガトーごときに出し抜かれたことも屈辱であったが、何よりそのガトーの目論見すらも見抜き、こうしてガトーの更に後ろから機会を伺っていた奈落に対してもだ。

 彼らは真っ先に粛清すべき対象であるガトーをすぐには殺さずに、こうして隠れ蓑として利用することで自分達雲隠れに気付かれないようにしつつ、この機会を伺っていた。

 木の葉との戦いで消耗した自分達をガトーと共に叩ける、絶好の機会を。

 いつでも殺せる筈のガトーをあえて泳がせ、ガトーと同じように糸を引く存在を見抜き、あえてガトーの策略に乗りかかり、そうして炙り出された自分達をガトーと共に叩く算段を立てていたのだ。

 いつの間にか、ガトーを糸を引いて操る存在が、雲隠れ(自分達)から奈落(彼ら)にすり替わっていた。自分達は逆にそのガトーから更に糸を引かれる存在にまで落ちぶれていたのだ。

 天に歯向かっていた筈が、気付かぬ内に地に落とされていたのである。

 

「……や、やっぱり…………いたってばよ……」

 

 思わぬ再会に、ナルトは言葉さえも忘れていた。

 会いたいと思っていた。認められたいと思っていた。

 だが、いざ会ってみれば、どんな言葉を口にしてみればいいのか分からなかった。

 状況も状況なだけに、ナルトは唖然としたまま声を上げることができなかった。

 

(……あの時、オレを助けてくれたときに被ってた笠の下は、あんな顔だったんだな……)

 

 五年前に助けられたときは、顔全体を覆うような笠(天蓋)を被っていたためにナルトからは彼の顔は分からなかったが、こうして五年越しの再会でナルトは彼の顔を見ることが叶ったのである。

 思っていたよりも、恐い顔だった。

 ナルトが初めて会ったときに感じた“恐怖”から連想していた顔よりも、更に。

 顔立ちこそ整っているが、優しく笑う表情がとてもではないが連想できない冷酷な表情。眼は透き通るように白く、その分目下の隈が目立ち、彼の纏う闇を余計に引き立たせている。

 

(そして、後ろの人たちは、あの人の……)

 

 朧の背後にいる部下達に、ナルトの視線が移る。

 錫杖を携えた黒衣の集団――奈落の(しのび)たち。

 その黒衣の者達を率いる姿に、憧れた。自分もその中の一人になって、そしてあの人に認められたいと。恩を返したいと。

 そう思って来た。

 

「カカシ先生、あの人達は一体……」

「……あれは、天照院奈落の忍たちだな。このタイミングで来るとは……」

 

 奈落の忍たちを目の当たりにするのは初めてなのか、そんなサクラの問いにカカシが答える。

 

「あれが、奈落……? なんか、木の葉の人たちと全然違う……」

 

 あんなナリをした者達が“(しのび)”であるということが、サクラには信じられなかった。

 あの先頭にいる男も含め、彼らが着ている服は忍というよりは、まるでどこかの寺の僧みたいではないか。

 忍の証である額当てもしてはおらず、手に持った錫杖は戦闘や殺しに向いた代物にはとても見えない。

 

「な、奈落だと!?」

「烏共が、何故ここに来て……!」

 

 抜け忍たちも驚愕する。

 五大国の忍里にも匹敵する規模の勢力を持つ忍組織が、これほどまでの数を揃えてここまでやってきたのだ。

 ガトーの背後にいたのがガトーの本当の部下たちであれば、今の状況に比べてどれだけ救いがあったことか。

 

「あの時思い知った筈だ。貴様らの遠吠えは天には届かんと。牙を向ける大儀さえ失ったというのに、何故、貴様らはここにいる?」

『…………ッ』

 

 歯ぎしりをする雲隠れの忍たち。

 日向の一件での、奈落の報復。

 木の葉からの報復であれば、いくらでも予想ができた。報復をしてくるのであれば、今度こそ条約を盾に白眼を頂いてやろうと。

 雲隠れには力があった、当時の木の葉を凌ぐくらいの力が。

 だが、予想もしない横からの、まったく別勢力からの報復。

 警戒の目線が木の葉に向かっている隙に、その横槍が入れられた。

 ――卑怯だ。

 まったく己の手を汚さずに報復を成した木の葉。

 国という力を盾に、まったく別の大儀を以て報復を実行した奈落。

 

『この、卑しいカラス共が……!!』

『貴様らのおかげで、雷影様は……!!』

『貴様ら、貴様らだけは絶対にッ!!」

 

 報復により妻子を失った自分達の長は、荒れに荒れ狂った。

 最早、大義名分など関係ない。

 報復してやる、復讐してやる、家族の仇を取ってやると――だが、雷影もバカではない。

 木の葉だけではなく、奈落も同時に相手取ればどうなるか。

 故に、あの時の木の葉のように、手を汚さない報復の手段を選んだというのに……また、カラスたちに邪魔をされた。

 その怒りを声に乗せた雲隠れの忍たちであったが、怒りの矛先を向けられた当人は、話にならん、といわんばかりに取り合うことはなかった。

 

「言った筈だ。貴様らの声はどこにも届かんと。これで終わりだ」

 

 朧が言い終わると同時、後ろにいた奈落の忍たちが一斉に錫杖を構え、臨戦態勢に入る。

 青ざめたのは、雲隠れの忍たちだけではなかった。

 抜け忍たちは分かっていた。

 奈落の牙が向けられる先は、雲隠れの連中だけではない。

 間違いなく、自分達もその対象なのだと。

 

 元より、彼らは雲隠れや奈落のように潜り込んでいたわけではなく、最初からガトーに雇われていた忍だ。

 そのガトーが奈落の凶刃に倒れた今、抜け忍たちはもう本当の意味で戦う理由などない。ならば、取る選択はたった一つ。

 

「……撤収するぞ。何としてでも生き残る……」

『……………』

 

 一人の抜け忍がそう言うと同時、周囲の抜け忍もまたそれに同意し、ここから逃げる算段を立て始める。

 木ノ葉との戦いで消耗した彼らが、こんな数の奈落を相手に勝てる筈もない。

 ならば、勝つのではなく、生き残る算段を考えるのだった。

 

「――()()()()?」

 

 だが、彼らが縋る希望の光すら、朧は遮るように言う。

 

(いな)。貴様らはここで、全員果てる運命(さだめ)だ」

 

『………?』

 

 

 朧の発言に、誰もが訝んでいると――海の向こうに、波の国から出て行こうとする数隻の船が見えた。

 朧がそこへ一瞥すると同時、全員が「一体何事かと」とそこへ目を向ける。

 

 

「あ、あ………れは、私の、船?」

 

 ガトーが、途切れ途切れの声で言う。

 部下には、誰一人としてこの国から出るように命令をした覚えはなかった。

 なのに――ガトーカンパニーの船がガトーの断りもなしに、この国から出て行こうとする意味。

 

「ま、まさかあいつ等、私を、裏切っ、て……!」

 

 つまり、あの船に乗っている者達は、ガトーを見限ったのだ。

 町に派遣され、殲滅された部隊の生き残りが、何とかガトーのアジトに待機している仲間たちと連絡を取り、もう波の国にはいられないと悟ったのだ。

 故に、彼らはこうしてガトーカンパニーの船を強奪し、この国から去ろうとしている。

 しかし――

 

 

 それらの船は、一斉に爆音を立てて、動きを止めた。

 

 

『――――――ッ!?』

 

 

 誰もが目を見開き、驚愕する。

 煙を立てて停止したガトーカンパニーの船たちは、暫しした後にさらにすさまじい爆音を立てて爆散していく。

 これでは中にいる乗員たちも、無事ではあるまい。

 

 

「い、一体何が……」

 

「お、おい……あれを見ろッ!」

 

 

 誰もが困惑する中、爆散したガトーカンパニーの船の残骸らの奥から――さらに、巨大な船が姿を現した。

 黒い船体。甲板の上に城のような建物が建っている城船。

 その建物の煙突から黒灰の煙を立てながら、その船はゆっくりと、橋から見える位置の波の国の大陸から突き出ていた桟橋に停まる。

 

 

「な、なんじゃあれは⁉ 超でけぇ船が……!!」

 

 驚くタズナ。

 周囲も騒然とする。

 誰もが敵味方を忘れ、その光景に唖然とするばかりだった。

 

「カ、カカシ先生……あの人、一体何を言ってるんだってばよ? ここで全員、果てるって……」

「……奈落は、ここでガトー一派を一人残らず殲滅するつもりなんだ」

 

 状況を理解できないナルトの質問に、カカシは答える。

 

「殲滅って!?」

「……まさか!?」

 

 カカシの回答にサクラは驚き、サスケも目を見開く。

 

 

 汽笛が鳴り響く。

 直後、陸から突き出ている桟橋に通路が降ろされる。

 その通路のゲートが開くと、その中から、大勢の奈落の忍たちが出動してきた。

 船から下ろされた通路を下り、桟橋を渡った大勢の烏達はそのまま波の国の地へと足を踏み入れていく。

 

 

「お、同じ格好をした奴等が超大量に……!? あれは一体なんじゃ!? お前達は一体!?」

 

 タズナが朧に叫んで問い詰めるが、彼らは答えない。

 

 その光景に、ナルトたちが呆然となる一方で、カカシはさらに説明する。

 

「さっきの、筒のようなものを見ただろう? あれはガトーカンパニーが開発した兵器なんだ。ガトーはあのような物を各国に売り込み、戦火を広げて膨大な利益を得ることを企んでいた。

 今、ここでガトーが倒れこそしたが、その技術が消えることはない。雇い主を失った部下達は、またその技術を各国に売り込んで、戦火を広げ、私腹を肥やそうとするだろう。さっきガトーを裏切って船から逃げようとしていた奴等も、そんな連中だ。

 つまり、ガトーを殺したところで、この火は止められない」

 

 

 カカシの説明が続く中、橋の上から見えるその光景で、上陸した奈落の忍たちが、この国から逃げようとしていたガトーの部下達を切り殺していく。

 ならず者たちも、抜け忍たちも、一人残らず。

 波の国の地が、血で染まっていく。

 

 

「奈落は、その火が広がらない内に、ここで全てかき消そうとしているんだ」

 

 

 船から出てきた奈落の忍たちが一帯の殲滅を終えると、散開して国中に広がる。

 ガトーの戦力が集中しているこの時こそが好機。

 この波の国中にいるガトー分子を全て皆殺しにすべく、烏達はこの地を飛びまわる。

 

 

 そんな光景が、橋の上にいる全員の目に映った。

 

「全てを殺し尽くし、戦火を広めぬようにと……」

 

 

     ◇

 

 

 橋からは離れた別の場所。

 棘たちの隊に連れられて避難所へと連れられている途中のツナミとイナリの目にも、その光景は映っていた。

 

「か、母ちゃん、アレ……!」

「ッ!!」

 

 橋付近に停留したものと同じ船が、この近くの海沿いにも来ていた。

 桟橋のない砂浜に座礁し、船の上から大勢の奈落の忍が次々と飛び降り、波の国へと乗り込んでいく。

 その者達の姿は、今現在自分達を保護し、護衛している者達と同じ格好をしていた。

 

(こ、この人たちは……本当に、一体?)

 

 これほどの力を持つ者達が、何故ここに来ているのか。

 どう軽く見積もっても、ガトーよりも遥かに大きな力を有しているではないか。

 ツナミの、彼らへの疑問は募るばかりであった。

 

 それでも、今のツナミにできることは、ナルト達と父の無事の帰還を祈るより他なかった。

 

 

     ◇

 

 

 朧率いる潜入部隊に続き、後方に待機していた骸率いる火消し部隊までもが乗り込み、奈落は本格的なガトー一派殲滅を開始した。

 既にガトーと雲隠れの企みは潰え、そこには屍を啄まんとするカラスの群れが飛び交っている。

 誰もが、恐怖し、絶望した。

 

「お、終わりだ……」

 

 血を吐きながら、ガトーは青ざめた表情で呟く。

 自分が利用してきた者も、自分を利用してきた者も、自分が裏切った者も、自分を裏切った者も、自分が築いてきた全ても――烏達の鳴き声によって無に還っていく。

 

「私も、お前達も、全員……もう終わりだ……ア、アハハ、ハハハハハッ!!」

 

 青ざめたまま、狂ったように笑うガトー。

 ガトーだけではない。

 雲隠れの忍たちも、抜け忍たちも、皆して敵味方を忘れ、この状況に絶望していた。

 ――最早、逃げることは叶わないのだと。

 

 一方、ナルトは瞬く間に変化したこの状況に、何も言えないままでいた。

 念願の再会が叶ったというのに、次々と語られる真実に頭が追い付かず、再会を喜ぶ暇さえなかった。

 だが、次の朧の言葉で、ナルトの目は覚めた。

 

 

「さらばだ、贖い人たちよ。せめてその御魂、この烏達が還してやろう」

 

 

 朧の合図のもと、後ろで待機していた奈落の忍たちが、一斉に雲隠れや抜け忍たちに躍り出たのだ。

 錫杖の音を鳴らしながら、死神たちが迫ってくる。

 数はほぼ互角、しかし既にナルト達との戦いで消耗している彼らにとっては厳しい状況であった。

 

『グぁ、ギィッ!?』

『く、逃げ――ぐぁッ!?』

 

 まるで相手にならない。

 抜け忍と雲隠れの忍たちは、次々と奈落の忍の凶刃に倒れていく。

 錫杖を突き刺され、仕込み刀や打刀で切り殺され、あちらに見えたものと同じ光景が、この橋の上でも再現されていた。

 

「こ、こんな事って……!!」

 

 口を両手で抑えながら、サクラが狼狽える。

 サスケも必死に歯を噛みしめながら、その光景を見ていた。

 

 相手に、もう戦う意志はないではないか。

 ガトーの企みも潰え、もう彼らに戦う理由なんてどこにもないではないか。

 

 なのに――どうして?

 

 

「な、何を、しているんだ……」

 

 

 体を震わせながら、ナルトは朧を見つめる。

 こんな事、聞いていない。

 だって、奈落は里ではなく、国を守るために結成された独立組織で。

 国の偉い人達や民を守るための人たちだって、聞いていたのに……。

 

 

「な、何だってばよ、これ……!?」

 

 

 戦えない弱き者を守るのではなく、戦えない弱き者を一方的に虐殺している。

 まるで、屍を食らいに来たカラスのように。

 

『く、くそ……!?』

『退け!退けぇ!!』

 

 拘束されていた雲隠れの者たちが切り殺され、それでも尚も止まらないカラスたちを見た抜け忍たちは、次々と退却していく。

 逃げ場が、もうどこにもないことはわかっていた。

 この波の国は既に、国中がカラス達の羽に敷かれている。

 それでも、彼らは逃げるしかなかった。

 

「も、もういいんじゃ――!!」

 

 そんな逃げる彼らを見たナルトが、朧にそう叫ぼうとするが――

 

「追え」

 

 朧のその言葉がナルトの耳に入ると同時、手を伸ばそうとしたナルトを(からす)たちが通り過ぎる。

 ナルトを通り過ぎた烏達は、ナルトに一瞥もくれることなく、逃げた抜け忍たちの追撃に向かうのだった。

 

「一人たりとも逃すな」

 

 ナルトの言葉に取り合うことなく、朧は彼らに指示を出す。

 一人も逃がすな、皆殺しだ、と。

 

 

「何、で……」

 

 

 あまりにも冷徹、あまりにも無慈悲にそう言い放つ朧に、ナルトは今度こそ言葉を失ってしまった。

 ふと、ナルトの脳裏に、イルカの言葉が過る。

『だからお前に奈落(あそこ)は向かんと何度も言っているだろう!?』

『暗殺や護衛だけじゃない、その他色々他言できないような汚れ仕事もやらされるんだぞ!?』

 奈落に入りたがるナルトを心配してでの言葉――その言葉が咄嗟に過った理由を、ナルトは暫く理解できなかった。

 

 放心するナルト。

 

 いつの間にか、再不斬と白の姿が見えなくなっているということにすら、ナルトは気付けなかった。気付く余裕もなかった。

 あの2人だけでなく、共に戦ってくれた追い忍の女性の姿すらないことにも。

 

 

     ◇

 

 

(やばい……どうしよう……やっちまった……)

 

 殲滅の指示を出す一方で、朧は信じられないような目で此方を見て来るナルトを一瞥し、冷や汗を流していた。

 念のため、原作通りに事が運んでいるか確認するため、こうして配下たちと共にガトーの部下達に扮して様子を見に来た朧であったが、まさかガトーが先にナルトをやろうとするとは思わず、つい手が滑って仕込み刀をガトーに投げつけてしまったのである。

 ガトーには法的裁きを受けてもらう予定なので、かろうじて理性が働いて殺すことはなかったが、今にも治療しないと死んでしまいそうな勢いである。

 

 そこからはもうヤケクソになり、部下達に変化を解かせ、自身もナルトたちの前に姿を現すという大仰な行為に及んでしまった。

 

(ああ、もう何だよ⁉ 『この烏達の羽からは何者も逃れられはしない』って……単に尻尾を出しちまっただけだよコンチクショウ!!)

 

 尻尾を出してしまった自身の失態を誤魔化すかのように出てしまった言葉に、朧はもう恥ずかしくなるばかりだった。

 その恥ずかしさをさらに誤魔化さんと殲滅を指示してしまう間抜けっぷりである。

 図ったなガトーめ、と朧は理不尽な呪詛をガトーにぶつける。

 

(あーやばい、ナルトの視線がやばい。絶対オレを痛いヤツだって思ってるよこれ……やめてくれよ、つい手が滑っただけなんだよ……勘弁してくれよぉッ!!)

 

 自己嫌悪に陥っていた朧は、ナルトの言葉に取り合う事すら恥ずかしくてできず、こうしてヤケクソで殲滅命令を出してしまったのである。

 同時に、朧は実感する。

 ――もう、これ原作ルート無理じゃね、と。

 せめてナルトが白と再不斬の生き様を見るまでは手を出さないでおこうと思っていた朧であったが、それすらも不可能な所まで来ている。

 

(まあ、土台無理な話か……水影さんからも2人の保護を頼まれちゃったし、あの2人の生き様を見せつつ、かつあの2人を捕らえるなんて……)

 

 屍には既に指示を出し、動けなくなった白と消耗した再不斬を傀儡で捕らえさせた。

 この混乱の中だ、気付かれずにうまくやったことだろう。

 だからといって、原作崩壊が避けられたというわけではないのだが、とりあえず水影との約束は果たせそうだった。

 

(けど、まあ……)

 

 ちらりと、此方に(いたい)目線を向けてくるナルトを一瞥する。

 

(あの様子からして、多分白とはそれなりにやりとりしたみたいだし……大丈夫、か……?)

 

 ナルトの視線の意味も理解せず、相変わらずこの馬鹿は根が楽観的思考のままだった。

 

 

     ◇

 

 

「……見つけた」

 

 橋付近に停留した奈落の城船。

 その中で、橋の上にいるタズナを遠くから見つめる骸の姿があった。

 




多分次回で波の国篇は完結だと思います。


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道標は失えど、後道失わず

遅れてすまんませんしたーーーーッ!!
波の国篇、(一応)完結です。
今回は長めなので、小休止を入れつつご容赦を。


 各地で火の手が上がり、血の臭いで充満する。

 もう、カラス達に遠慮の文字はなかった。

 来襲する巨大な黒船――その中から大勢の烏たちがこの波の国の地に降り立つ。

 火の国の権威の象徴たる錫杖の鳴り音は、まるで罪人をあの世へ誘おうとする死神の足音のよう。

 黒船から舞い降りてきた奈落の忍たちに加え、予め潜入していた者達までもがその殲滅戦に加わる。

 黒船から降りてきた者達と、ガトー一派に潜入していた者達、町民に扮していた者達――総勢2000人前後もの部隊が、この波の国での殲滅戦を開始した。

 

「こっちにも敵が……!!」

「逃げ場が、何処にもない!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()、国を脱出しようとする抜け忍たちの前に立ちはだかる奈落の忍たち。印を結びながら立ちはだかった彼らに対し、抜け忍たちもまた術の印を結んで応戦しようとするが、更に遠くからチャクラ矢の雨による制圧射撃が飛んできた。

 咄嗟にソレの対応に追われた彼らは印を結ぶのが遅れ、烏たちの術の発動を許してしまった。

 

 ――水遁・水乱波

 

 奈落の忍たちからそれぞれ放たれた水の奔流により抜け忍たちは次々と一掃されていく。

 

「く、くそッ!!」

「やっぱり、ガトーの下に付くべきじゃなかったんだ……!!」

 

 後悔する抜け忍たち。

 大勢の烏達の群れが敵であるのに対し、彼らそれぞれには自身の味方というものはあまりにも少なかった。

 互いに出し抜こうとし、囮にしようとしたり、金という共通の楔すら失った彼らは、同時に互いに繋いでいた連携の鎖も断ち切られてしまったのである。

 その過半数はガトーカンパニーの施設にある資金や商品、資料を巻物などに封印して持ち去ろうという魂胆を持った者達だ。

 長年ガトーの下にいた抜け忍たちにとっては、今まで頼りにしていた庇護を失うことは痛手だ。せめてそこでガトーカンパニーの資産だけでも持ちだし、別の場所で金に変えてやろうと考えていた。

 故に、いち早く、それ以前に脱出が困難であることに気付いたのは、そんな邪なことを考えずに真っ先に国から脱出しようとした者達だった。

 資産を持ち出そうとする者達と、真っ先に脱出を考えた者――ガトーが倒れたことの報を聞いたガトー一派たちの行動は、大まかにこの二つに分かれた。

 後者にはまだ僅かな希望が残されていた――しかし、そんな彼らですら、来襲する奈落の船を前にして散っていく。

 生き残った者達が再び島の中に撤退し、その報を伝える事で、ようやく彼らは事の重大さを本格的に気付くのだ。

 島の内側だけではない、外側も烏の(ふん)だらけ、であると。

 

「急げ! 烏たちが来る!」

「逃げるって、何処へ!?」

「まだ奴等に見つかっていない隠し水路がある筈だ!! そこを通り抜ければ……!!」

「無理だ! その水路を使って脱出しようした奴等がとっくに……」

「じゃあ何処へ!?」

「マングローブのある街水道はどうだ?」

「……行ってみるか」

 

 奇しくもタズナと一緒にこの国にやってきたナルトたちと同じルートを頭に思い浮かべた抜け忍たち。

 エンジン付きのボートに乗った彼らは、エンジンを切りながら手漕ぎで国から出ようとする。一週間前ならばこんな慎重に行動する必要すらなかったというのに、今ではガトー一派の立場は逆転してしまっていた。

 そして、外に出た、その瞬間――

 

 彼らを待ち受けていたのは、同じくボートに乗って待ち構えていた奈落の忍たちによる矢の制圧射撃だった。

 

「くそッ、こっちにも――!!」

 

 起爆札付きの矢の雨が飛んでくる。

 直撃せずとも、爆風に巻き込まれたら一溜りもない。

 

 ――水遁・水陣壁

 

 一斉に印を組み、発生した水陣の壁の奥から聞こえる無数の爆音。

 命を拾ったことに安堵すると同時、ここの脱出路も既に押さえられているという事実に彼らはその焦りを強くする。

 水の壁が守ってくれる間までの猶予、彼らはここの脱出路も使えないと判断し、引き返そうとするが――そんな彼らの足下から、直刀の刃が飛び出してきた。

 

「なッ⁉」

 

 爆破の嵐や水陣の壁もやり過ごせる、水中という一番安全な通り道を泳ぎながら、抜け忍の真下に陣取った奈落の部隊が奇襲を仕掛ける。

 船の底を突き抜けた刃の数々は一斉に抜け忍たちの足を串刺しにしていき、機動力を奪われる。

 数人は逃れ水面の上に立つが、すかさず水中から飛び出してきた烏たちが追撃を仕掛ける。

 

「あ、あぁぁぁあッ!!」

「逃げろ、逃げろおぉッ!!」

 

 急いで煙玉を出そうとした抜け忍たちであったが、その前に奈落の忍たちが風遁チャクラを纏った仕込み刀を彼らへ投げつける。

 体中を串刺しにされ、断末魔を上げることもなく倒れていく抜け忍たち。早くに脱出路を見出した彼らすらもが、この島から脱出することは叶わなかった。

 

 

     ◇

 

 

 抜け忍や雲隠れの屍が散乱する橋の上で、ナルト達は呆然と立っていた。

 サクラは必死に目を瞑って顔を俯かせ、サスケはそっと歯を食いしばり、ナルトは烏達を率いてやって来た憧れの人を見つめる。

 タズナも状況が分からず、ナルトと同じように突如として現れた乱入者を見つめるだけだった。

 

「あ、あんた達は一体……」

 

 ガトー一派の抜け忍たちの死体を見て怯えつつも、タズナが朧に再度問うが、朧はタズナに見向きもしない。

 いや、そもそもちゃんと認識しているかどうかすら曖昧だ、とカカシは思う。

 部下の全員を殲滅に向かわせた今、この橋にいる奈落は朧を除いて他にいないが、それでもその場を圧倒する威圧は依然として損なわれてはいない。

 

「ご苦労だった」

 

 そのままカカシの傍を通り過ぎようという位置で、朧は立ち止まり、カカシの耳元で囁く。

 

「後は橋さえ完成すれば貴様らの任も終わりだ。残りの鼠共はカラス達が(じき)片づけよう」

「……はい。お力添えを頂き、ありがとうございます」

「対価は既に頂いた。……ではな」

 

 そう言い残し、朧は一瞬でカカシ達を通り去り、姿を消した。

 先に殲滅に向かった部隊の指揮に向かったのだろう。

 後は奈落に任せれば大丈夫だと思ったカカシは、自分の部下達を一瞥して身を案じる。

 そこには多くの屍を前に呆然としているサクラと、傷を負って座り込んでいるサスケ。

 そして――朧が向かっていった方向を見つめ続けているナルトの背中があった。

 

 そのナルトの背中は、まるで倒壊寸前の細木のようで、痛々しかった。

 

 カカシは一瞬だけ視線を地面に向け、拳を握った。

 

(……これで、よかったのか……?)

 

 タズナを見捨て早々に立ち去るか、ナルトたちに奈落の闇を見せる上でタズナを護衛するか。

 前者は実質取れず、後者を選択するしかなかったとはいえ、本当にこれでよかったのだろうか。前者だって、霧隠れの間者と繋がっている奈落に頼み込めば、取れない選択肢ではなかった筈だ。

 それを分かった上で尚、カカシは後者を選んだ。

 遅かれ早かれナルトは奈落の闇を知ることになる……そんなことは分かっていた。ならばなるべくナルト達が後悔しないであろう選択を、カカシは取ったつもりだった。

 

 しかし、あの背中を見て、自分の選択は本当に正しかったのだろうかという思いが湧いてしまう。奈落には感謝している。自分の部下達を助けてもらった上で、タズナを守らせてもらったのだ。

 結果としてカカシ班がタズナを護衛し、奈落は別目的で動いたという体裁を保ったままで、奈落は自分達カカシ班の援助に動いてくれた。

 感謝してもしきれない、そこは確かだ。

 

 ――だから、これでよかったんですよね、ミナト先生。

 

「……なあ、先生さん」

 

 己の選択の是非を頭の中で自問している最中、依頼主のタズナの声によりカカシの意識は現実に帰る。

 

「何でしょうか、タズナさん?」

「……あんた達には申し訳ないと超思っとる……嘘の依頼を出すばかりか、子供たちに、こんな超酷なものまで見せることになっちまって……だが、もう一つ、気がかりなことがあるんじゃ……どうか、付き添ってはくれんか?」

 

 冷や汗でびっしょりの頭を下げ、カカシは頭を下げる。

 カカシは、タズナが何の件で自分に頭を下げてきているのか、一瞬で理解できた。

 

「町の方、ですか?」

「ああ……さっきのガトーの言う事が正しければ、町の方には既に……」

「……分かりました」

 

 カカシもタズナも、あの町で何が起こっているかということくらいは理解できていた。

 少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()ということくらいは……それでも、念のためタズナはこの目で確かめておきたかったのだ。

 タズナの頼みを了承したカカシ班は、急いでタズナと一緒に町の方へ向かった。

 そこには、大量の死があった。

 

「あ、あぁ……」

「こ、こんなことって……」

「……ッ!?」

 

 確かに、最悪の事態は避けられていた。そこには、波の国の人たちの死体はどこにも見当たらなかったのだから。

 だが、それはとてもだが見れた光景ではない。

 その光景を見慣れてしまっているカカシはともかく、他の四人の反応はとてもだが良くはない。

 ナルトやサクラは言わずもがな、サスケはうちはの事件を思い出したのか、目を驚愕に大きく見開いたままギリっと歯を食いしばっている。

 

 そこにあったのは、ガトー一派の者達の、大量の死体だった。

 

 皆、人型という原型は残しているものの、そこにはもう生前の面影なんて存在しない。

 烏達が、それらの死体を貪っているのだ。

 血の跡だけが残されている場所もあることから、既に丸ごと咀嚼されてしまった死体もあるということは想像に難くない。

 

「あ、あぁ……」

 

 タズナは、涙を流しながら崩れ落ちる。

 そこにある感情は、悲しみと安堵の二律背反だった。

 ……自分達波の国は、確かに救われたのだと。

 ……だが、その代償なのか、波の国の地は、血の色に染まってしまっていた。

 今まで虐げられてきた波の国の住民たちが流した血なんて比べ物にならないくらいの、悍ましい外道たちの血で染まっていたのだ。

 

「誰がこんなことを……まさか……」

「みんな、あの人達がやったっていうの……?」

 

 顔を青ざめながら言うサスケとサクラ。

 最初は、ただ退屈で簡単な任務に不満を持っただけだった。

 そしたら特別にCランクの任務を任せられ、ようやく本格的な里外任務につけるのかと思えば、実は嘘の依頼で、すごく危険な任務だということが分かって、それでもタズナを守って見せると誓った。結果として任務を遂行することはできたが、誰もがこんな光景に遭遇するなんて想像だにしていなかった。

 人の命は、そんなに軽いものではない筈だ。

 簡単に奪われていい筈がないのに、まるでゴミ処理をするかのように、惨殺された死体でさえ烏に貪られ、その存在の痕跡すら許されないかのように消されていく。

 こんなことがあっていいはずがないのに、当然のように、目の前でそれが行われていたのだ。

 

「……なんで、だってばよ……」

 

 ナルトが、俯きながら体を震わせる。

 

「イルカ先生が言ってた事って……こういう事なのかってばよ……!」

 

 これが、国直属の忍たちがやることなのか。

 今まで、自分は一体この組織の何に憧れてきたというのだ。

 ただあの人の役に立つことばかりを考えてきて、その実何をやる組織かなんて、ナルトは正直あまり考えていなかった。

 

「あの人たちは、こんなことを……何回も、やってきたっていうのかってばよッ!?」

「……ナルト……」

 

 カカシは、どんなことをナルトに言えばいいのか分からなかった。

 こうなることは、分かっていた筈だった。

 

「……違うんだよ、ナルト」

「カカシ、先生?」

「こんなことをやってきたのは、何も奈落だけじゃない。霧も、砂も、雲も、岩も、そして木の葉も……大戦中は、こんな光景は、日常茶飯事だったんだ」

「ッ!?」

「あの大戦で、オレは多くの仲間を失った。だが、失ったのは敵の方だって同じなんだ。……こんな風に死んでいくのは、珍しくなんてなかった」

 

 カカシの言葉に、ナルトは今度こそ言葉を失う。

 奈落が闇の組織として認知されているのは、あくまで終戦後に設立されて、目立った争いがない中で平然とそれを行ったからに過ぎない。

 大戦中であれば、表も裏も関係ない。表も裏も、全てが血と闇に染まる地獄だったのだ。表裏で模様の違うコインを泥の池に投げ入れれば、表裏関係なく泥に染まって模様が見えなくなるように、そこに表裏の差異なんてなくなってしまうのだ。

 表裏がはっきりあるのは、平和な時代のみ。奈落はその平和な時代の裏で行ったからこそ、闇の組織として認知されたに過ぎないのだと。

 

「先生も……」

 

 俯いてカカシの話を聞いていたナルトが、ゆっくりと口を動かす。

 

「カカシ先生も、いっぱい殺したのか? こんな、風に……」

「……ああ。戦争中も、戦争が終わった後も、たくさん……殺してきたさ……」

 

 奪われるだけじゃない、奪った数と奪われた数……カカシにとってどちらの方が大きいかと言われれば、間違いなく前者と答えるだろう。

 終戦直後の、各地に燻っている火種をかき消し、暗殺し、粛清する日々。その火消しに動いていたのは何も奈落だけではない。木の葉の暗部もまた、奈落と組んで色々な汚れ仕事に奔走していた。暗部だけではない。おそらく暗部ではない一般の忍だって事情を聞かされないだけで知らず知らずの内にその手を闇に染めてきた筈だ。

 

 英雄というのは、とても難儀なものだ。

 カカシの父のように自分を英雄として祀り上げてきた里から殺された者もいれば、朧のように今も尚闇に手を染め続ける者もいる。

 だが、平和というのはようやくそれで形作られる。

 そんな光景を、カカシは幾度となく見てきた。

 

「それでも、俺たち忍は歩き続けなければならないんだ。奪ってきた分も、奪われて来た分も、全部しょい込んでな……」

「……それが、カカシ先生の忍道なの?」

「……さあな。オレが決めたのか、それとも誰かからか決められたものなのか、もう分からないよ」

 

 困ったように笑い、肩を竦めるカカシ。

 だが、ナルトには、カカシが心から笑っているようにはとても見えなかった。同時に、カカシ先生も同じなんだ、とナルトは悟る。

 白もカカシも、己が何者なのか分からないまま苦悩して、それでも今日まで生きてきた。

 

「そうだな、あえて言うんだったら……ナルト、仲間であるお前達は絶対に死なせないこと……それが、オレの今の忍道かな」

「カカシ先生……」

 

 おどけた様な笑いを引っ込めて、真剣な眼差しでそう語るカカシを見て、ナルトは一つ、分かったことがあった。

 カカシや白の忍道も、結局は他の誰かがあってこそのものなのだった。

 それは守りたい者であったり、目指すべき者であったり、人によってそれは様々なのだろう。

 なら、自分は――

 

「じゃあ、オレは、何を、目指せばいいんだってばよ……」

「……」

 

 守りたい人なら、すぐに思い浮かぶ。

 だが、目指したい場所は――

 

「火影も、あの人の隣も、どれもなくなっちまえば……オレは、一体何を目指せばいいんだってばよ……!!」

 

 真っ直ぐ、自分の言葉を曲げない――だが、今の自分には曲げられる言葉すらもがないのだ。

 また、胸の内が(うつろ)となっていく。

 あの時と同じだ――認められたいと思っていた里の人を助けて、その助けられた人から化け物と罵られた時と、同じだ。

 

 それでも――

 

 それでもだ――

 

 ナルトは、まだ彼への想いを捨てきれないでいた。

 

 三回だ。

 三回も自分はあの人に助けてもらったのだ。

 

 他人が自分のことをどう思っているかなんて、結局分かりっこなんてない――白にも言った自分の言葉が、あろうことか自分にも返って来る。

 

 ――三回も助けて貰ってんのに、自分の言葉は、あの人に届いてなかった。

 ――目の前であの人が部下に出した命が信じられなくて、必死に声をかけたのに、あの人は自分に見向きもしてくれなかった。

 

 分からない。

 あの人が自分のことをどう思ってくれてるのか……あの人がどんな世界を見て、どんな忍道を掲げているのか……

 

 己が進むべき道すらもが……深い霧で覆われて……分からなくなる。

 

「一体……どうすれば、いいんだってばよ……」

 

 もう、何もかもが分からない。

 

 

     ◇

 

 

 ――ガチリ、ガチリ……。

 

 ガトーが波の国の本拠地として置いていたアジト――そのアジトの一室にあるタンスの中に、一人の女性が必死に声を押し殺し、震えていた。

 女性は、善人とはとてもだがそうは言えぬ生涯を送って来た。

 親から独り立ちをした当初は、まだ真っ当な人間だったかもしれない。しかし、魔が差したのか麻薬の売買に手を染め、やがてその手腕を見込まれてガトーカンパニーにスカウトされ、今では麻薬を売買してきたノウハウを生かし、このガトーカンパニーの新商品である兵器を売買する手筈を具体的に考える職についていた。

 だから、いずれ自分に天罰が来ることは分かっていた。

 分かっていた筈、なのに……それでも、こうなるなんて、誰が予想できただろう。

 

 ――ガチリ、ガチリ……。

 

 タンスの中で、女性はただただ震え続ける。

 タンスの扉の隙間から見える、その光景に、ただただ怯え続けていた。

 

 ――さっきまで、見知った(もの)が。

 

 ――見知らぬ、(もの)になっていた。

 

 共に働いていた、ガトーカンパニーの同僚たちが、皆血を流して動かぬ物と化していたのだ。

 そして、その見知った者が見知らぬ物となり、さらに、見知らぬ(もの)たちがそこにはいた。

 見知った者を見知らぬ物へと変えた、見知らぬ者。

 

「これで全てか」

 

 見知らぬ者たち――黒い僧服のようなものを身に纏い、身の丈ほどある錫杖を携えた集団――の一人がそう言うと。

 

「……ああ」

 

 女性が隠れているタンスの一番近くにいた、見知らぬ者がそう答える。

 その者の言葉に、女性は一瞬、安堵した。

 どうやら彼らは、これで全て片付いたと思っているようだ。

 だが、本当の最後である自分はまだこうして生きている。

 つまり、ここで息を潜めていれば、自分は生き残れると確信()()()()

 

 その直後。

 

()()で終わりだ」

 

 一番近くにいたその見知らぬ者が、そう言いながら、女性の隠れているタンスの方へ、振り返り。

 

 悲鳴を上げる前に、終わった。

 タンスの扉を開けられることすらなく、扉の隙間を縫うように刀を突きさされ、女性の世界はそこで断絶した。

 

 

 島中のガトー一派の殲滅を終え、そしてアジトの中に籠っていた残党たちすらも皆殺しにした奈落の忍たち。

 さきほどまで惨殺現場となっていたアジトは、既にボーボーと音を立て、霧の靄と混ざった奇妙な火を上げながら燃えていた。

 火を放った張本人である奈落の忍たちは、遠くからその光景を見上げ、全ての証拠がなくなっていくのを見守る。

 在庫に置かれていた兵器は全て爆破し、アジトにあった資料や設計図は全て燃やされ、無へと還っていく。

 ガトーの野望の象徴であったそれは、音を立てて崩れていった。

 

「よくやった」

 

 そんな彼らの背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 すると、彼らは即座に振り返り、その者の姿を認めた。

 

(かしら)!』

 

 一斉に片膝を突き、頭を下げる。

 頭と呼ばれた人物――朧は三度笠を上へずらし、その顔を彼らに見せる。

 

「これで終わりだ。(かばね)の奴も無事任務を終えた。お前達も船へ撤収するがいい」

「……(かしら)は?」

「第七班が任を終えるまではここに留まる」

「……分かりました」

 

 先頭にいた男が返事すると、彼らは立ち上がり、朧に一礼した後、燃えるアジトを背に立ち去って行った。

 そんな彼らの背中を見届けた朧は、燃えゆくアジトを見つめる。

 原作ならば到底見ることのない光景が、そこには映っていた。

 ……というより……

 

(……やりすぎたかな……)

 

 今更になって自分の所業を後悔するバカが、ここにいた。

 既に修正しようのないくらい物語を歪めてしまっている自覚はさすがにあったが……。

 

 ――知ってるか? これ、原作じゃあ主人公たちの初の本格的な里外任務なんだぜ?

 

 どう見ても、そんなイベントで見る光景ではない。

 原作においてもただでさえ敵側である筈の再不斬と白の死でさえ彼らにはショックだったというのに、今回は人がまるでゴミのように死んでいくのだ。

 そんな光景を、あろうことか主人公たちに見せてしまった。

 朧にとっては大戦中の木の葉のブラックワークのせいで見慣れた光景であるにしても、これはさすがに酷過ぎる。

 

(そもそも何でよりにもよってナルト達の波の国篇の任務と重なるんだよ……おかしいだろうッ!! 呪いか何かかよッ!! もう嫌だお家帰りたーいって……あ、お家(奈落)も地獄だった……)

 

 朧にとっての火の国は、(奈落)(木ノ葉)も地獄でありました。

 おかげで目の隈は未だに取れないどころか、むしろ酷くなっています。

 前世のお父さん、お母さん――オレは一体どこで間違えたのでしょうか?

 

 木ノ葉にいればブラック上層部からのブラックな命令、奈落にいれば部下からの訳の分からない尊敬の目線での圧死地獄である。

 もういっそ死にたい。

 死んだ方が絶対楽になれる。だが結局死ぬ度胸もなく生き足掻く始末である。

 

 なら――何故、今も彼は奈落に留まるのか?

 ……結末がどうなるかはともかくとして、重責から逃れるのならばそれが一番だというのに、何故彼はそれをしないのか?

 

 

 それは、彼にも分からない。

 否、考えようともしていないし、気付かない。

 

 

 ――彼はどうしようもないバカであったが、ある一点においては憐れだった。

 

 

 何故なら――

 

 

     ◇

 

 

 タズナの嘘の依頼から始まり、ガトーカンパニーの壮大な野望に巻き込まれ、最終的に奈落によるガトー一派殲滅を目にしてしまった第七班の、過酷な初の国外任務。

 ガトー一派が奈落により一人残らず殲滅され、技術の漏洩とそれにより招かれるであろう戦乱を事前に防いだ奈落であったが、その光景を目にしてしまった七班たちのメンバーの心の傷は、計り知れないものとなった。

 

 ガトー一派の脅威が消え、奈落の船がこの島から姿を消してから二週間。

 

 奈落の手により保護されていた町の民衆たちは、密かにガトーカンパニーが建造していた地下の施設で眠らされていたのだ。

 奈落の忍たちに幻術をかけられ、その施設のベッドの上で眠らされていた。

 

 本来はガトーが自分の所業がバレた時の為の避難所として建設した施設であったが、これに目を付けた奈落が施設の管理者に接触。

 元々施設の管理者はガトーカンパニーに所属する者の中で、波の国の人々を虐げることに引け目を感じていた数少ない一人であり、奈落の忍から刃を突き付けられ脅されたことがトリガーとなり、奈落に協力することを決意したのだった。

 

 ガトーには虚偽の報告を行い、奈落の忍に刃を突き付けられ脅されつつも、心の何処かでは波の国の者達への償いのチャンスだと考えていたそうだった。

 

 町民たちが助かったのは、表向きにはその管理者のおかげとされ、タズナ一家を除いた波の国の町民たちが奈落の影を見ることはなかった。

 

 そして――

 

 橋が完成し、ようやく国外の人々が船を使わずに波の国を行き来できるようになった。

 その橋の上で、タズナ一家とタズナの部下である大工たちが、ナルト達第七班を見送っていた。

 

「ナルト、サスケ、サクラ、そして、先生さん。今回のことは、すまなかった。そして、ありがとう。お前達を酷い目に遭わせてしまった儂が言うのも何だが……儂は、依頼を受けてくれた木の葉の忍が……お前達でよかったと、超思っとる」

「いえ、こちらもお世話になりました」

 

 感謝の念を述べるタズナ。

 彼も今回の出来事には思うことがあったのか、お世辞にも純粋に喜んでいると見て取れるような表情ではない。

 今の彼には、今回の出来事で、嘘の依頼を出した事に関してカカシ達に対する負い目が尋常じゃないものになっていた。それこそ、原作とは比べ物にならないくらいには。

 カカシもそんなタズナの気持ちを察してか、その話には言及しないようにはしているが。

 

「……ナルトの兄ちゃん……」

「……あ、イナリ……」

 

 一方、イナリがナルトの方へ声をかけるが、ナルトは浮かない顔で反応する。

 それが、気まずい空気を産んでいた。

 なるべく元気な姿を見せるように努めていたナルトであったが、今回、三人が受けた中でもナルトの心の傷は深かった。

 二度目の、己の生き甲斐を、見失ってしまったのだから。

 

 イナリは、ナルトにどんな声をかけていいのか分からなかった。

 タズナとは違い、イナリとツナミは奈落によるガトー一派虐殺を本格的には目にしていない。だから、ナルトたちの心の傷が分からなかったのだ。

 それでも、今のナルトは、普段からナルトに明るい面を見てきたイナリからは信じられないくらいに落ち込んでいた。

 だが、かける言葉が見つからないのだ。

 

「そ、その……イナリ……母ちゃん、無事でよかったな……」

「う、うん……ナルトの兄ちゃんも、みんなも……」

 

「「………………」」

 

 言葉が、続かなかった。

 暫しの沈黙の後、先に口を開いたのはイナリだった。

 

「その、兄ちゃん、また、遊びに来てくれる?」

「……そ、それは……」

 

 言われて、ナルトはイナリの背後にある波の国の地を見つめる。

 今となって、ナルトにとって波の国という場所は、木ノ葉の里以上のトラウマとなってしまった。

 多くの血を浴び、多くの血を見て、そして、己の道標を見失った場所となったのである。

 

「……ぃちゃん……」

 

 自分は、これからどうすればいいのだろうか。

 

「……兄ちゃん……」

 

 自分は、これからどんな忍道を掲げて、生きていけばいいのだろうか。

 

「兄ちゃんッ!!」

「ッ⁉」

 

 向こうの波の国を見つめ、考えに耽っていたナルトであったが、イナリの声により現実に意識が戻った。

 さっきまでオドオドしていたイナリであったが、今度は決心を固めたのか、はっきりとした声でナルトに語り掛けた。

 

「兄ちゃんに、何があったのか知らねえけど……オレ、兄ちゃんが、父ちゃんの鉢巻き持って帰って来た時……すげえ嬉しかったんだ!! 父ちゃんを英雄だと言ってくれた兄ちゃんが、帰ってきてくれて……オイラの中の、父ちゃんを、取り戻してくれて……」

「イ、イナリ……?」

 

 またポロポロと泣き始めたイナリに戸惑うナルト。

 そんなナルトにお構いなく、イナリは続ける。

 

「父ちゃんは、ちゃんと、オイラの中に帰って来たんだって……だから、オイラにとって、ナルトの兄ちゃんはすげぇかっこよくて……だけど、実はオイラと同じ泣き虫で……そんな兄ちゃんと、友達に、なれて……う、うわわああああんッ!!」

 

 これ以上ナルトに泣き顔を見せたくなかったのか、ナルトから顔を背け、ツナミの方に抱き着いてしまった。

 ツナミは驚きつつも、しゃがみながらイナリを抱き止め、イナリの代わりにナルトに向き合った。

 

「まったくこの子は……ナルト君、私からも礼を言わせて。父さんを、私達を救ってくれてありがとう。イナリの友達になってくれてありがとう」

「……イナリの、母ちゃん……」

「ナルト君が、どうしてそんな顔をしているのか分からない。だけど……私達はナルト君に救われたということだけは、忘れないで」

「……うん……」

 

「これからこの国にもお金が入るようになるだろうから、おいしい食材がいっぱい買えるようになると思うわ。だから、今までよりもおいしい料理を振舞えると思うの。今、食べさせてあげられないのが残念なのだけれどね……」

 

 すすり泣くイナリの頭を撫でつつ、ツナミは困ったように笑った。

 

「だから、ナルト君」

「……」

「困っていたら、いつでもここに来なさい。私が力になれることは少ないけれど……今度は、修行とかそういうのはなしで、ナルト君にもっといっぱいおいしい物を振舞いたいから……」

「うんッ、うんッ……」

 

 ナルトの頭の上にポンっと手を乗せて、ほほ笑むツナミ。

 その笑顔が何だか眩しくて、既に手を血に染めてしまった自分に向けられているのが、何だかむず痒くて、嬉しくて、ナルトは零れてきた涙を咄嗟に袖でふき取った。

 

「ハッハッハッ!! 確かにのぉ!!」

 

 そんなツナミの話を聞いていたタズナが嬉しそうに笑う。

 

「修行の後のナルトの食いっぷりときたら超傑作だったのぉ!! 食ったり吐いたり、またあんな様子を超見てみたいもんじゃ!!」

「お、おっちゃん、オレってばそんな食い意地張ってねえってばよ!!」

 

『ハハハハハハハッ!!』

 

「あんたらまで笑うなぁ!!」

 

 タズナに続き後ろにいたタズナの部下の大工たちまでもが笑い出し、ナルトは涙目になりつつ彼らに怒鳴り付ける。

 何故自分だけ笑い物にされるのだ。食いまくっていたのはサスケだって同じだろうに、何故自分だけ……。

 恨めしそうにサスケを睨み付けたら、先ほどまで自分と同じように浮かない顔をしていたサスケが、目を瞑って静かに笑っているのが見えた。

 サクラもタズナ達に感化されたのか、先とは打って変わってほほ笑んでいる。

 

「……へへっ」

 

 続いて、少しだけナルトも笑った。

 ナルトだって、タズナがただただ自分をからかっているわけではないという事くらいは分かっている。

 いつでも食べに来い、いつでも遊びに来いと、そう言っているのだ。

 

 少しだけ、自分の(うつろ)が埋まっていくのを、ナルトは感じた。

 

 ――ああ、そうだ。

 

 彼らの笑顔を見て思う。

 確かに、道標は見失ってしまったけれど。

 それでも、この笑顔だけは、自分が必死に道標へ向けて目指した結果なのだ。

 見失えど、そこまで歩いた道に意味はあるのだ。

 

「オレ……タズナのおっさんを、守れたんだな……」

 

 嘘の依頼で里の奴等が何と言おうとおっさんを守る――自分は、その言葉だけは確かに曲げていなかった。

 だから、今はそれを喜ぼう。

 

「イナリ、イナリの母ちゃん、おっさん……ありがとうな!! また、遊びに来るってばよ!!」

 

 少しだけ元気なったナルトは、今できる精一杯の笑顔を、自分達を見送るタズナ達に返した。

 後にこの完成した橋に、自分の名前が付けられるということを、ナルトはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、さらに数時間後。

 

 

 

 

 

 

 ナルト達を見送ったタズナは家の中でイスに座ってくつろぎつつ、今までのことを振り返った。木の葉に嘘の依頼を出し、この国に連れて帰って来てから、色々なことがあった。

 忍の世界の辛さ。想像以上にえらいことになっていたガトーの企み。そして奈落とやらの介入。血に染まった波の国の地。勇気を取り戻したイナリ。活気を取り戻した町民たち。

 本当に、色々あった。

 そして――

 

「あの子たちには、超つらい目に遭わせてしまった……」

 

 俯き、タズナは懺悔するかのように呟く。

 ナルト達を連れてきたこと自体は、後悔していない。偽りの依頼から始まった関係であったが、それでも彼らでなければイナリはここまで立ち直らなかったと思っているからだ。

 だが、それでも、タズナがあの三人に抱く負い目は大きかった。

 

 忍とはいえ、彼らはまだ子供だ。

 

 本来ならば戦いに身を投じることなく、野原で遊んで駆け回っているのがお似合いな子供達なのだ。

 なのに、そんな子供の内から、自分は彼らをこんな過酷な戦いに巻き込んでしまった。

 戦いを終えた後のあの三人の表情が、タズナは忘れられなかった。

 

「特に、ナルトの顔は儂から見ても酷かった。今朝は元気に国を出て行ったが……あれは、一時的なものじゃろう」

 

 タズナは、ナルトに対して何もしてやれなかった。

 ナルトだけは更に深い理由で思い悩んでいることが、タズナの目から見ても分かったからだ。

 だから、何も言えなかった。

 いや、何も言わなかった。自分は、最低な大人だった。

 

「どうすれば、あの子たちに償える。わしは、どうすればいいんじゃ……」

 

 どうすればいいのか――ベクトルは違えど、タズナの悩みはナルトの悩みと同じように、そんな言葉で言い表すことができた。

 思えば、初めてあったときの自分のナルトに対する対応はひどいものだった。それでも、あの子は自分を守ると誓ってくれた。そして、その言葉を実行してくれた。

 なのに、自分はあの子に何も返せていない。

 一体、どうすればいいのかと思い悩んでいた、その時だった。

 

 

「なら、償えばいいじゃない。――貴方の命で」

 

 

 突如、背後から聞こえた声。

 首にひんやりと伝わる、冷たい鉄の感触。

 

「い、一体誰じゃ――」

「振り向かないで。振り向いたらその首、斬り落とす」

 

 幼さすら感じる若い女性の声でありながら、しかし有無を言わさない静かな威圧に、タズナは振り向こうとした首を動かすことができなかった。

 同時に、鉄の感触が、先ほどよりもわずかに強く、首にめり込むのがタズナには感じられた。

 自分は今、後ろにいる女性に、刀で首を切り落とされようとしているのだと、タズナはようやく悟る。

 

「今から私の質問に一字一句聞き逃さずに答えて。それ以外のことを喋れば、殺す。……いい?」

 

 タズナはごくり、と息を飲みつつ、顔を僅かに振って頷いた。

 

「ではまず最初に、何故あなたがこんな事をされているのか……心当たりはある?」

「……」

 

 タズナは暫し考える。

 この女性は最初に、罪を償ってみるか、と問うてきた。

 それはつまり――

 

「……儂がアイツ等に、嘘の依頼を出したことか?」

「ついでに言うと、そのおかげで私達は作戦を大きく変更せざるを得なかった。本来ならさっさと狸ジジイの首を取って、そいつ等に寄生する害虫も駆除して、それで終わりだった」

「それは……お前さん、もしかして――」

「質問に対する答え以外は許していない。次余計なことを言ったら首を刎ねる」

 

 あの黒い連中の仲間か、と聞こうとした途端、女性の脅しによりタズナは疑問の言葉を中断せざるをえなかった。

 

「次の質問――貴方は何故、一人で国を飛び出してきてまで、木の葉に依頼しに行ったの? 貴方の行動で、貴方の周りの人間までもが危機に晒される危険性があったのに、なぜ?」

「それは……」

「貴方一人で背負うつもりだった? 皆に叫弾されるのも覚悟の上? そんな屁理屈は許さない。答えて」

「……儂は、ただ皆に、もう一度思い出して欲しかった。あやつを、儂の義息子、英雄カイザのことを」

「……英雄カイザ、かつてD地区を救った男のことね?」

「そうじゃ。あやつがガトーの手下に殺されてから、この国の町民たちは変わってしまった。イナリもツナミもみんな……儂はあいつらにもう一度、立ち上がる勇気を持って欲しかったんじゃ」

 

 活気を失ってしまった町民たちを思い出し、タズナは当時の悔しさを思い出して拳を握る。

 

「英雄というのは、死んだらそれで終わりじゃない。例えカイザの奴が死のうとも、アイツの意志を継ぐことはできる筈じゃ。皆が勇気をもって立ち上がればできる筈だったんじゃ。そうでなければ、カイザの死は無駄になってしまう……儂はそれが超嫌だったんじゃ……!!」

「……」

「だから、せめて儂はこの島の町民に祈った。あの橋が完成するまでは、我慢してくれと。諦めないでくれと、希望を持ってくれと!! それまでの繋ぎが必要じゃった、橋が完成するまで儂を守ってくれる超つえー奴等が!! だから、儂はギイチの奴に頼み、一人で木の葉に向かった……。

 だが、儂は忍の世を超なめておった。あの子たちのおかげで、儂らは救われたというのに、儂はあの子たちを傷つけるだけだった……辛い現実を見せてしまった、だけだった……」

 

 涙を流し、身体を震わせながらタズナは必死に答える。呆れたように溜息を吐きつつ、女性は次の質問をする。

 

「次の質問よ――あなたは、これからどうするつもり?」

「……どうする、とは?」

「貴方は必死に木ノ葉に依頼して、彼らをここまで連れてきた。貴方は彼らを傷つけてでも、この波の国の希望を紡いだ。けれど、あの子たちにとっては、ここはさぞかしトラウマとなるでしょうね。

 ……貴方は、そのままでいいの?」

「それは……」

「あの子たちのトラウマも上塗りするくらいに、ここを素敵な国にする。貴方たちの勇気とやらで、この地に染み込んだ血を上塗りして、彼らに、この国が好きだと言われるくらいにまでにする。それが、貴方があの子たちにできる償いじゃないの?」

 

 女性の言葉に、タズナはハっとなる。

 

「貴方たちがここで立ち止まれば、あの子たちの努力も、貴方の抗いも、全て無駄になる。……そうじゃないの?」

「……ああ、そうじゃな。お前さんの言う通りじゃ」

「ならもう一度聞く。貴方は、()()()()()()()()()()()

 

 再度、同じ質問が投げかけられる。

 もし次、同じように言い淀んだら今度こそ首を刎ねられると、タズナは確信していた。

 だが、もう迷いなんて必要なんてなかった。

 

「そうじゃな。儂はあいつらに、いつでも来ていいと言ったが、それは甘えだった。たとえ儂ら一家にだけは心を許していたとしても、この国に付けられた傷は消えんじゃろう……儂はあいつらに知ってほしい、この国は超素敵な場所なんだと!! ガトーに支配されていた時しか知らぬのが勿体ないと思うくらいに、ここを、いい国にしてみせる!! まずは漁業を中心に各国との輪を作り、そして……!!」

「もういい。黙って」

 

 タズナの言葉を遮り、辛辣な言葉をかける女性。

 ……しかし、首に食い込んだ鉄の感触が、僅かに緩くなっていくのを感じた。

 

「今の言葉、忘れないことね。もし貴方が少しでも立ち止まる素振りを見せれば、その〇〇(ピー)切り落とすから」

「あ、ああ、分かった」

 

 女性の口から発せられたピー音に戸惑いつつも、タズナは返事を返す。

 

「じゃあ、最後の質問。これにイエスと答えるなら、私は貴方から剣を引く。……いい?」

「ああ……」

「今まではあの子たちに対する償いに関しての話だったけれど、今度は私たちに対する償いについて」

「……」

「取引よ。これを飲むならば、私達の件ついてはチャラにしてあげる」

 

 急に取引と言われ、訝しむタズナであったが、すかさず女性は続ける。

 

「貴方たち家族はこの波の国において唯一、私達と雲隠れの介入について把握をしている。……ここまではいい?」

「……ああ」

「なら――」

 

 暫し間を置き、女性は取引の内容を説明する。

 

「貴方たち家族には、雷の連中の言い分を退けるための証人になってもらう。これを飲むなら、私は貴方から剣を引く。

 さあ、答えて? イエスか、ノーか」

 

 その答えに、タズナは――

 

 

     ◇

 

 

 波の国の関門から出て、後にナルト大橋と呼ばれる橋を渡ってこの国から出て行こうとする女性の姿があった。

 チャイナドレスのようなスリットが入った、白い熨斗目のような着物を身に纏い、三度笠を被る女性。

 長い紺色の髪をたなびかせ、陶磁器のような白い肌、無機質な目と相まって、まるで人形のような可愛らしさと大人としての魅力を併せ持つ美女であったが、彼女の放つ空気は大凡人を寄せ付けるものではない。

 女は橋を渡り終わり、火の国への道である山道に差し掛かった、その時。

 

 女性は、どこから巻物を取り出す。

 そこから一瞬で得物たる長鞘の刀を口寄せし、引き抜こうとして――

 

(むくろ)、殺気を解け」

「ッ、(おぼろ)?」

 

 その手を止め、声がした方へ振り向く。

 そこにはいつものような奈落の首領服ではなく、編み笠を被った旅衣装を纏った朧が。

 いつものような合口拵えの小太刀ではなく、普通の刀を腰に差した姿で、立っていた。

 傍から見れば忍者ではなく、どこにでもいる浪人にしか見えない風貌だった。

 

「……とっくに帰ったと思っていたけれど、まだこんな所にいたの?」

「お前がどちらを選ぶのかを見張っていた。結局、斬らなかったようだが……」

「……そう。貴方の気配を今まで感じ取れなかっただなんて、私も修行不足ね」

「経絡を操り、チャクラの放出を完全に遮断していた。無理もなかろう」

「……相変わらず反則ね。化け物並のチャクラをして、気配はおろか感知も許さないだなんて……」

 

 表情に若干の呆れを含みつつ、女性――(むくろ)は刀を巻物に封印し、懐にしまった。

 

「貴方に言われた通り、後悔しない方の選択を選んだつもり。あの男を許したつもりなんてない……ただ、貴方の言うように、殺すくらいなら最後まで利用した方がいい――そういうことでしょう?」

 

 骸は思い返す――朧の伝書烏に書かれていた文の内容を。

 その御魂、天のために焦がしてからで遅くはない――と。

 

「貴方は最初から私に斬らせるつもりなんてなかった。ただヒントを与えて、態々私の判断を待っていた」

「違うな」

「……?」

「お前ならば斬らないと、ただそう判断しただけだ。あの男に利用価値を見出していたのは事実だが」

 

 自分はタズナを斬らない――その判断に、文の内容は一切関係ないのだと、骸は朧がそう言っているように聞こえた。

 尚、実際は――

 

(いやいや、殺すくらいなら最後まで利用した方がいいって、確かにそんなニュアンスも含んだけれど……さすがにそこまで考慮してないから。さすがにタズナたち家族を証人にするって発想オレには思い付かなかったから!! ただノブタスは根っこは優しいから、なんだかんだ斬らないだろうなー、とか思ってだけだから!!)

 

 実際はもし骸がタズナに斬りかかろうものならば、全力で阻止する腹積もりで、遠くから白眼で2人の様子を観察していたのだ。

 骸がタズナを斬らないと判断するまではこの男、心臓バックバックだったのである。とうの骸本人はそんな朧の気など知りようもないのだが。

 

「だが、あの親子を証人にする判断にたどり着いたのは見事だった」

 

 そして、この男はあたかも自分も同じ判断をしていたかと言わんばかりのことを言うのである。そんな男の実態を骸が知るよしもなかった。

 

「別に。あの手の輩は良心の呵責に付け込めば簡単に丸め込める、そう教えたのは貴方でしょう?」

 

 褒められることじゃない、と言いつつ、朧からそっぽを向く骸。

 顔に出ているわけではないが、実はちょっぴり照れていた骸であった。

 実際、骸がタズナに対して提案した取引はかなり狡猾なものだった。タズナの負い目はあくまで奈落ではなく、カカシ班に向けられていたものだ。

 その負い目をうまく奈落の方にも向けさせ、取引に誘導したのだから。

 第七班にだけに負い目を抱いているままのタズナでは、その罪悪感のあまり最終的には骸の刃をあっさりと受け入れていたであろう。

 

「……帰ったら、また大忙しね」

「仕方あるまい。殿も重い腰をあげるだろうが、我々の最終的な手出しは実力行使が必要な時のみだ」

「あの色黒ジジイはそれをやりかねないでしょう?」

「里同士ならばともかく、国家間の直接的な問題となれば、雷影もそう好き勝手はできん。己の政治的不利を力付くでねじ伏せようものならば、雷の国の大名からも見咎められよう」

「影の名の前じゃ、飾りの大名なんて何の意味も成さない。だから火の国では奈落が設立されたのでしょう?」

「自国内のみでの議題ならばな。だが、今回はガトーの問題を巡り、多くの国が議会に参ずるだろう。そこで横暴を敷こうものなら、雲隠れの信用は大きく瓦解する。そこで下手を打つほどあの男は愚かではない」

「……だといいのだけれど」

 

 朧としては雷影と顔を合わせるのは気まずくて個人的に超勘弁なので、雷影が実力行使に出る事がないことを祈るばかりだ。……とはいえ、今回は国家間同士の問題。里同士の長が顔を合わせる五影会談とは勝手が違う。そこで横暴を敷くほど雷影は図太くはないだろうと朧は思っていた。もし実力行使に出てきた場合は、ボコして、活性の全点穴に毒針突き刺し、活性と毒の侵食の繰り返しによる生き地獄を最悪味あわせるつもりだが。

 ……そんなえげつないことを考えつつも、朧は骸を連れて火の国を目指す山道を歩いた。

 途中、骸の歩幅が心なしか狭くなっているのはきっと気のせいだ。

 

 だが、気のせいでもなんでもなく徐々に歩幅を狭めていた骸は、不意に立ち止まった。

 

「ねえ、朧。少しだけ聞いてもいい?」

「……なんだ?」

「私がまだアカデミーを卒業していなかったのにも拘わらず、貴方は私を里から連れ出した。その後――うちはの事件が起こって、私はイタチの凶刃から逃れた」

「……」

「ただの偶然かと思ってた。けれど、貴方はあの後も頑なに私を木の葉へ向かわせようとしなかった。今回もそう――水影と会う時は、頑なに私を会わせようとしていなかった。……違う?」

 

(……どうしよう、バレてーら)

 

 真っ直ぐに己の目を見つめて問う骸。

 今まで妙に勘違いをされてきただけに、このように核心を突くような言葉を言われると、朧は今度こそ何も答えられないのである。

 

「否定はしないのね。ねえ一つだけ聞かせて――貴方は一体、何を知っているの?」

「……何の話だ?」

「うちはの事件が起こった後ならば、私を木の葉に近付けさせないのは分かる。だけど、水影と会わせないのはどうして?」

「……」

「霧隠れはうちはと何等かの因縁があった。貴方はそれを知っていたから、私を水影から遠ざけた。私に変な疑いがかからないように……」

「元より写輪眼は危険視されてあるべき血継限界だ。如何に聡明な水影といえど、見せぬに越したことはなかろう」

「……そうやって、貴方はまた誤魔化すのね……」

 

 表情一つ変えずに言ってのける朧であったが、対照的に、骸の表情は少し悲しそうだった。

 

(またそうやって、貴方は黙って私を守ろうとする。本当に、馬鹿な人……私はもう子供じゃないのに……どうして話してくれないの……どうして、頼ってくれないの?)

 

 先に歩いて行った朧の背中を見つめ、骸は僅かに俯く。

 結局、彼は答えてくれないのだ。

 分かるのは、ずっと昔から、そして今も、自分は彼に守られているということだけだった。

 

「いつになったら、話してくれるの?」

 

 後ろから問う骸の声に、朧は答えない。

 ……代わりに、袖に仕込んでいた何かを取り出しているのが、骸の目に入った。

 

「……ッ!?」

 

 そのさり気なく取り出した何かは、朧の手中に収まり、後ろにいる骸に向けてこれと言わんばかりにアピールしていた。

 

「……そんなもので、誤魔化さないでッ……」

 

 飛び付きたい衝動を抑え、我慢する骸であったが、朧は振り向かないまま、袖からさらにこれ見よがしに同じものを取り出し、手に二つ、それを持って骸に見せつけていた。

 

「いい加減に……ッ」

 

 さらにもう一つ、朧は袖の中から取り出して。

 

 

「ハムッ」

 

 

 ついに我慢できなくなったのか、朧の手の中にあったポンデリングに飛び付いたのだった。

 朧の手からポンデリングを奪い取った骸は、頬張らせつつ、それを咀嚼する。

 世界は違えど、やはり彼女はポンデリングの魅力には逆らえなかった。

 

「モグ、モグ……仕方ないから……モグ……今日はこれで……モグモグ……勘弁……ゴクリ……してあげる」

「喋るか食するかどちらかにしろ」

 

 行儀悪いぞ、と朧は骸の頭を軽く叩いて注意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

(あっぶねー、何とか誤魔化せたわ。念のため袖にポンデリング常備しておいてよかったー)

 

 まさか原作知識です、なんて言える筈もなかった朧に隙はなかった。

 骸相手ならばポンデリングを差し出せば何とかなるというのが、朧が骸を相手する内に得た教訓である。

 ……銀魂の(のぶめ)とどこまで差異があるのか分からなかったので当初はポンデリングが有用か測りかねていたが、どうやらここの骸に対してもポンデリングは有効らしい(たまに気分が違うのか、ポンデリング以外のドーナッツを要求されることがあるが)。

 

 そんなどうしようもないことを考えつつ、隣でポンデリングを頬張る骸を一瞥しながら、彼はそんな彼女と共に奈落の拠点へ帰巣するのであった。

 

 

 ――彼はどうしようもないバカであったが、ある一点においては憐れだった。

 

 

 何故なら――彼が奈落に居続けているのは、今の彼には、前世との繋がりがNARUTO以外ではそこしかなかったからなのだ。

 漫画の世界だとはいえ、前世ではそれなりに好きだったキャラと同じ容姿になって、そのキャラが率いていたのと同じ組織を設立してしまって。……ある意味俯瞰する立場にいる彼にとってみれば、奈落や骸を始めとして銀魂キャラは、NARUTO以外の、前世との唯一の繋がりだったのだ。いまやNARUTOの世界で過ごした時間の方が多いからこそ、そしてこれから多くなればなるほど、それに縋る気持ちは強くなっていく。

 

 忌避しながらも、まるで蜘蛛の糸に縋るが如く。

 

 それこそが彼が奈落に居続ける理由であることに、彼自身は気付いていなかった

 




波の国篇、とりあえず完結です。
いやー、ようやく連載開始してから四年、一度エタりつつも再開してようやくここまでこれました。
これまで付き合ってくれた全ての読者様方、ありがとうございます。

感想・評価、お待ちしております!


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