奇跡と共に (祥雲)
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ep.1 ~Continuation of the fleeting dream~
幕開け


夢の続きを見たいと誰もが願う。
それは叶いはしない絵空事。

夢を終わらせないでと誰もが祈る。
そこは叶いやしない理想郷。

どうして誰も考えない?

一体誰に請うてるの?



『ナザリック地下大墳墓』

 

ユグドラシルプレイヤーでは、知らない者がいない程の知名度を誇ったギルドの本拠地だ。

所属人数41名でありながら、最高時のギルドランクは9位。

まさに少数精鋭という言葉が相応しかった。

だが最大の特徴はギルドメンバー全員が異形種であるという点であっただろう。

見た目・実力・言動・行動……

どれを取ったとしても決して一切の妥協はなく、見る者に畏怖を、羨望を与えた。

されども栄光は過ぎ去るものである。

 

彼のギルドの名は『アインズ・ウール・ゴウン』

 

かつて栄華を極めた最強の一角は、12年に及ぶユグドラシルのサービス終了の時を静かに待っていた。

 

 

 

 

 

「またどこかでお会いしましょう」

 

そう言ってログアウトしていく、今日来てくれた最後のギルドメンバーの姿を、墳墓の主たる異形は見送った。

肉のない骨の身体に豪華なガウンを纏うその姿は、まるで魔王を彷彿させる。

 

「あ……」

 

思わず。

無意識であろう、僅かに伸びた骨の手は空を切った。

いっそ禍々しいとまで言えるだろうに、寂しそうで……今にも泣きだしそうな子供の様な姿。

 

言いたい事があった。

 

―今日はサービス終了日ですし、お疲れなのはわかりますが最後まで残っていかれませんか?

 

でもその言葉は口から出ずに消えていく。

 

「どこかでお会いしましょう……か」

 

「どこで……何時会うというのだろうね――」

 

かわりに漏れたのは小さな呟き。

それと同時に湧き上がるのは激しい怒りだった。

 

「ふざけるな! 此処は皆で造り上げた『ナザリック地下大墳墓』だろ!? なんで…皆そんな簡単に棄てることが出来る!?」

 

ナザリックの地下9階層。

黒い円卓を囲むように位置する41席に座す、今や唯一の異形が嘆きを上げる。

彼こそがアインズ・ウール・ゴウンが長。

死の支配者。モモンガであった。

 

両手を円卓に叩きつけ少しは落ち着いたのか、先ほどとは一転して弱弱しい声音で呟く。

 

「……解っている……皆……リアルを優先しただけだって。だけど……!」

 

去っていった皆にメールを送った。

もう一度、皆に会いたい。

ただそれだけの……ささやかな願い。

例え1分でも、一瞬だとしても良かった。

それだけなのに…

仮想のプログラムに過ぎないが故に涙を流せないモモンガは心で泣いた。

だからであろう。

 

「あら? 折角少ない寿命を削ってまで来たのに、つれないのね? 私の知っている骸骨はもっと気概があったと思ったのだけれど」

 

「え……?」

 

自身の正面。

ついさっきまで誰もいなかった空席が埋まった事に気付けなかったのは。

遅れて軽快なリズムと共にメッセージが表示される。

 

―ベルンエステルさんがログインしました

 

腰まで届く青い髪。

モモンガを正面から覗く、深い深いワインを思わせる紅い瞳。

少女の様な真っ白い華奢な身体を包むのは黒いゴシックドレス。

そのドレスのスカートからゆらゆらとリボンの結われたしっぽが揺れた。

 

「遅れちゃってごめんなさい。少し外出許可を取るのに手間取ってしまって。あの糞医者ども……末期患者なら末期患者らしく好きにさせろってのよ」

 

「ベルンさん!? 来てくれたんですか!? っていうか来て大丈夫なんですか!?」

 

ベルンエステル

 

アインズ・ウール・ゴウンにおいて、最も謎多きギルメンである。

リアルの職業は小説家。

しかし、その小説家としての名は100年以上前から存在しておりネットでよく話題に上がるほど世間に知られていた。

世襲制や幽霊なのでは等と、様々な憶測が飛び交うスレは余りに膨大で、専用の倉庫サーバーが作られるまでとなったという実話がある。

 

そんな著名人ともいえる中の人は容姿・性別・年齢は不詳。

オフ会にも姿を見せる事はなかったが、よくギルドの中心になっていた。

そんな彼?彼女?がユグドラシルというゲームにおいて作成したのが目の前に居るキャラクターである。

こちらも100年以上前のとある同人ゲームのキャラをオマージュしたそうだが。

作戦立案、後衛から前衛、魔法主体なのに近接OKという万能キチプレイヤーであった。

魔法を撃たせれば蹂躙し。

鎌を持たせれば虐殺し。

槍を持たせれば皆殺し。

アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明こと、『ぷにっと萌え』をもってして、ベルンエステルの考えるエゲツナイ立案には脱帽したという過去がある。

 

「ええ。大丈夫よ。どうせホスピスみたいなもんだったしね。病院にいるか家にいるかの違いしかないわ。……私しか居ないの?」

 

「ええ。さっきまでヘロヘロさんも居ましたが、入れ違いでした」

 

「そう……残念ね」

 

そんな色々ぶっ飛んでいる中の人も、病魔には勝てなかった。

体調に違和感を覚え、診察に行った時は既に全身に悪性の腫瘍が転移していたのだ。

それでも本人はあっけからんと病気をギルメンに隠しながらユグドラシルをプレイしていたのだが。

いくらなんでも限界があったのだろう。

ヘロヘロが引退した少し後にプレイ中に盛大に吐血し病院に救急搬送される事態に発展。

そのまま今日まで入院と相成った。

以前、その旨を中の人の出版担当がメールで知らせてくれていた。

 

「またお会いできて本当に……本当にうれしいです! でもさっきの言葉通りならお身体は……」

 

モモンガは当時の衝撃を思い出しながら問う。

モモンガの記憶では、メールにも末期のステージ4であるという一文があった。

つまり中の人の身体はどう楽観視してもまともでは無い筈だからだ。

 

「まぁ世にいう死に体ってヤツ。自分としては問題ないと思うんだけど」

 

「いやいや!? あんた可笑しいよ!?」

 

「そう? 思考が出来て、手足が動いて、想いを喋れる。今をこうして生きている。ほら、何も変わらないわ。くすくすくす」

 

そう言いながら声とアイコンとで笑う姿も、一度として崩れる事のなかったRPも。

事実、モモンガの記憶の中と全く変わりない。

この立ち振る舞いを見て誰が目の前の人物を重病人だと思えるだろうか。

 

「……やっぱりベルンさんはベルンさんですね」

 

「くすくす。何を当たり前の事を言うのかしらこの骸骨は。ほら。この私が来たのだから湿気た声音を出さないでちょうだい。少なくとも物語の最後は悪役は悪役らしく堂々とするべきなのだから」

 

その言葉にモモンガ―鈴木悟は震えた。

言葉だけを聞けば冷たいともとれる。

しかしそこに込められた意味を。

発した声音の優しさを正しく汲み取ったから。

 

「……ありがとう。ベルンさん」

 

絞り出せたのはそんなありきたりな言葉。

でもそれで充分だ。

この場所を守った意味があったのだと。

かつての思い出は尊いのだと。

今この瞬間に独りではないのだとわかったから。

 

「シャキッとしなさいな。それともドイツ語で話さないと言葉が理解できないのかしら? それなら遠慮n「いえ! 元気一杯です!!」……くすくす」

 

モモンガは記憶の中での面接試験を彷彿させる見事な姿勢で答える。

 

「ははは……! いやぁ、やっぱりベルンさんには敵いませんね」

 

そこには先ほどまでの沈んだ様子はなく、すっかり陽気さを取り戻したモモンガがいた。

モモンガ自身、ベルンエステルとの再会は最早絶望的と考えていた分、その喜びは言うまでもないだろう。

どちらからともなく、アレは楽しかった、コレも楽しかったと思い出話に花が咲く。

2人が視界の隅に映る残り時間に気が付いたのは残り20分を切ってからだった。

 

「残り時間もそう多くないわね。童貞骸骨はこの後どうするの?」

 

「どどど童貞ちゃうわ!? こほん! 折角だし最後は玉座の間にでも行こうと思います。 コイツも一緒に」

 

モモンガが指差す先にあるのは、ギルドの核であり、ギルドと……アインズ・ウール・ゴウン全ての象徴。

『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』である。

 

「ベルンさんはどうされます?」

 

「私? ……そうね。一緒に行こうかしら」

 

「いいんですか? 最後だし行きたい所とかは」

 

「最後だからよ。あの玉座の間には皆の旗がある。あそこほど相応しい場所もないでしょ」

 

確かにそうだと、モモンガは思った。

ギルメン皆で情熱と深夜テンションとをもって立案・設計・建造した玉座の間。

ワールドアイテムすら鎮座するあの場の天井を彩るのは、アインズ・ウール・ゴウン41人全員のエンブレムがあしらわれた旗達だ。

自分は無意識に選んでいたが、改めて指摘されれば尤もである。

 

「ですね。では行きましょうか」

 

「ええ」

 

2人は円卓を後にし、玉座の間へと足を進める。

道中目にした執事やメイドのNPCを次々と引き連れ、歩く。

 

 

リア充『たっち・みー』が制作した老執事セバス・チャン。

彼の名前をどうするかでギルド内で派閥が出来た。

 

リアルボクっ娘『やまいこ』が制作した戦闘メイド・プレアデスの長女ユリ・アルファ。

デュラハンである彼女の首の着脱を巡って、『ペロロンチーノ』とやまいこの全面戦争が起きた。

 

ブレードハッピー『弐式炎雷』が制作した戦闘メイド・プレアデスの三女ナーベラル・ガンマ。

彼女の性格設定を巡り、弐式炎雷、ペロロンチーノ、設定魔である『タブラ・スマラグディナ』による三つ巴の抗争が起きた。

 

 

目に映る何気にない装飾1つにも皆で拘り、喧嘩もしたものだと、色んな思い出が駆け巡る。

 

暫くして、玉座の間に到着した2人。

とあるギルメンによって密かにギミックが組み込まれたと、実しやかに囁かれる重厚感溢れる扉を開ける。

眼前に広がる光景には、何度見ても見事という言葉しか浮かばない。

 

「跪け」

 

玉座へと昇る階段に差し掛かると、後ろに引き連れたNPCに向かってモモンガが命令した。

命を受けたNPC達はスッと乱れない動きで左右に割れる。

その様子を見て、ベルンエステルはパチパチと手を鳴らした。

 

「流石ね。貫禄ある手際だわ」

 

「ちょっ! ベルンさん恥ずかしいですって! でもありがとうございます」

 

モモンガも照れのある声音で答える。

階段を登りきると、跪く一体のNPCがいた。

純白のドレスに漆黒の髪。

穏やかな微笑を讃える女性は、ナザリック地下大墳墓・守護者統括アルベドである。

 

「あれは…タブラさんの作った守護者統括のアルベドでしたか」

 

「ああ。居たわね。確かタブラさんの作った三姉妹の次女だったかしら?」

 

「その筈です。でもタブラさんが作ったとなると……」

 

「相当設定凝ってる筈だわ。下手をしなくても上限一杯に書き込んでるわよ。きっと」

 

ベルンエステルの声は何処となく苦笑が混じっていた。

それに内心同意しながらも、モモンガはギルド長権限によってアルベドの設定文を開く。

文字。

文字。

文字

文字。

 そこに書かれた文章の膨大さは、どれだけタブラが愛を込めて作り上げたかを窺い知るには十分であろう。

 

「ホントに長っ!?」

 

コンソールの端に表示された文字数は、ベルンエステルが予想した通り上限一杯だった。

そのまま流し読む様にスクロールを下げていく。

モモンガのなぞるコンソールの終点。

そこには―

 

『ちなみにビッチである』

 

「え」

 

「あら」

 

奇しくも同時にモモンガとベルンエステルはアルベドを見た。

清楚系の美人にしか見えない。

だがビッチである。

 

「くすくす。タブラさんらしいわね」

 

「ギャップ萌えでしたっけタブラさん。でもこれは流石に……」

 

モモンガは呟きながらアルベドを凝視する。

黒髪に万人が見惚れる微笑を携えた色白美人だ。

どう見ても清楚そうな感じしかしない。

だがビッチである。

 

「……ベルンさん。これ変えてもいいですかね? 流石に守護者統括がビッチというのは」

 

「私は別に構わないわよ。使える時に使うのがお金と権力ってもんだし」

 

いや。その考えもどうなのかとモモンガは思う。

決して口には出さないが。

ギルド長権限でスタッフを軽くコンソールに当て、設定の変更を開く。

 

「……最後ですしね。う~ん。ベ、ベルンさん後ろ向いてて貰えますか?」

 

「? ……えぇ」

 

言われた通り後ろを向くベルンエステル。

了承の声が何処か喜色を含んでいた事にモモンガは気付かなかった。

時間にして数秒後にモモンガから『もう良いですよ』と声がかかる。

 

「わ、笑わないで下さいよ?」

 

最後の一文は『ちなみにビッチである』から『モモンガを愛している』に変わっていた。

 

「あぁ。やっぱりモモンガさんってアルベドみたいな女の子が好みだったのね」

 

「うぅ……最後の最後にこんな恥ずかしい事があるだなんて」

 

ニヤニヤとアイコンを表示させるベルンエステルの横で、両手で顔を覆うモモンガ。

現実であれば顔を真っ赤にしていたに違いない。

 

「でも。もし、アルベドが動けさえしていれば自然とそうなっていたとも思うわ。貴方はもっと自分に自信を持ちなさい?」

 

「ベ、ベルンさん!! いえ! ベルン姉さん!!」

 

「くす。こんな骸骨の弟はいらないわね」

 

互いにアイコンの押収の嵐。

モモンガは気恥ずかしさ反面、嬉しさ反面といった所か。

だが、時間の流れは非情で。

視界の隅に表示されるタイムリミットは残り1分を切っていた。

 

「さてと。……いよいよ最後の時が近いわね」

 

「……はい」

 

玉座を前に、モモンガとベルンエステルは自然と向かい合った。

もっと話したい事があった。

もっとやりたい事もあった。

再び共に冒険をしたかった。

そんな思いの込めた手と手が固く交わる。

 

「……きっと私が会えるのはこれが本当の最後。今までありがとう我らが盟主。…いつの世かまた会いましょう」

 

「っ!……えぇ! 必ず! 必ずお会いします!!」

 

「くすっ。まるで告白ね?」

 

「えっ!? いやその」

 

「くすくす。冗談よ。そこに居る貴方のお嫁さんに睨まれちゃうわ」

 

「嫁って……はは。最後までブレませんね」

 

「これが私だもの。仕方がないわ。それじゃぁねモモンガさん。お疲れ様。偶にはゆっくり休みなさいな」

 

「……はい。でも明日4時起きなんで、今度有給考えます」

 

そうこうしている内に残りは数秒。

次の言葉が最後であろう事は明白。

故にモモンガは力の限りで叫んだ。

    

「お疲れ様でしたベルンさん! きっとまたお会いしてみせますから!!」

 

「くす。楽しみにしているわ」

 

―そうして、ユグドラシル12年に及ぶサービスは終了

 

 

 

「っっ……―――――あぁ!! ベルンエステル様!! ナザリックの僕を代表しましてこのアルベド!! ご帰還を伏してお喜び申し上げます!!」

 

「「!?」」

 

 

 

―した筈だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

設定紹介

 

キャラクターネーム    ベルンエステル

 

種族

ケットシ―          Level‗15

                   

 

職業

コック            Level‗10

ヴァルキュリア/ランス     Level‗10

ヴァルキュリア/サイズ     Level‗10

オールド・ウィッチ      Level‗15

ミラクル・ウィッチ      Level‗15

       

                   ほか

 

 

 

 

 

 

ギルド アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの1人。

 

100年以上前に存在したとある同人ゲームのキャラクターに惚れ込んだ中の人が愛とマネーと愛をもって作り上げた。

本来の姿はしっぽに青いリボンを付けた黒猫。

普段は可愛らしい少女の姿をしているがそれは課金による外装である。

そこに更に種族スキルと職業スキルによる変化も加えており、3重で姿を形作っている無駄な(無駄しかない)徹底ぶり。

その為、常時スキルが発動しているがMP自動回復効果のある装備や他スキルのおかげで問題はない。

 

アインズ・ウール・ゴウンにおいて、『ドS』の名をギルメン全員から贈呈された過去がある。

 

リアルの性別は不明。

ユグドラシルにおいては、元ネタに忠実なRPをしていた。

ただし唯一、ギルメンの名前には敬称をつけるという常識は持っていた模様。

しかし、どちらの性別ともとれる発言や言動をしていた為、ギルメンも好きなように考えていた。

ペロロンチーノとぶくぶく茶釜の姉弟は『両性じゃね?』と思っていたのは余談である。

過去に中の人は男性と女性となら女性が好きと証言している。

それを受けてペロロンチーノが悲しみの咆哮を上げ、姉のぶくぶく茶釜が何故か力強いガッツポーズを何度もしていた、というのも全くの余談なのだ。

 

尚、声に関しては自前でボイスデータを用意したらしいが入手経路は謎。

つまり田村姫は強い(どちらも)

 




第1話『幕開け』

如何でしたでしょうか。
二次創作でも少々珍しい組み合わせかと存じます。
『私からの落とし物』が本文内にいくつか散りばめてございますので、勘の良い閲覧者様は気付かれましたらニヤリとして頂きたく。
更新頻度はリアルとの折り合いで変動するかと。
出来うる限りの速度で執筆いたしますので、何卒ご容赦の程、お願い申し上げます。
短いですが、この作品を、僅かでも楽しんで読んで頂ける方が居て下されば幸いです。

この作品へのご意見・ご感想・ご要望を是非お寄せ下さい。
では次話にて。

                                    祥雲




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震える心

彼女は彼に恋をした。
私はそれを祝います。

彼女は彼を愛してる。
私はそれを称えます。

彼女は恋に恋してる。
私はそれを認めない。



―あり得ない

 

そう漏らしたのは一体どちらが先だったのだろうか。

そんな疑問ですら、今のモモンガにとっては些事に等しかった。

 

「あのモモンガ様? ベルンエステル様? 私は何か粗相でも致しましたでしょうか?」

 

モモンガの眼前には、『不安そうに』こちらに跪いた体勢から自分を見上げるアルベドの姿がある。

 

―なんで表情が変わる?

―なんでコンソールが出ない?

―なんで良い匂いがする?

―なんで口が動く?

―なんでNPCが意思を持って喋る?

 

挙げればキリがないだろう違和感の数々。

モモンガが思わず叫び出しそうになった瞬間、『まるで何もなかった』かの様に気持ちが落ち着いていくのを感じた。

すぐに思考がクリアになっていく。

 

「……なんでもないぞアルベドよ。少しばかり違和感を感じてな。ベルンさんはどうだ?」

 

自分で喋っておいて、一体何処の魔王だ!?と言わんばかりの振る舞いに、荒れるモモンガの感情が再び静まる。

 

「……私もモモンガさんと同意見ね。ねぇ、アルベド。あんたはなにか違和感を感じない?」

 

自分のRPに合わせ意味深に返してくれた、今この瞬間の異常を共有出来るだろう友人の物言いに懐かしさを覚えるも、それですらすぐに平坦な感情に落ち着いてしまう事にモモンガは決して小さくない恐怖を覚えた。

 

「……誠に遺憾ながら、私には御二人の感じられた違和感というモノに気付く事が出来ません。至高の御方々のご期待にお応え出来ない私めに払拭の機会をいただければ、このアルベド。全霊を賭す覚悟にございます。なんなりとご命令下さい」

 

床につかんばかりに頭を更に下げたアルベド。

その後方、玉座の下ではさっきまで付き従えていた他のNPC達も同様の姿勢で伏している。

そして玉座は静寂に包まれた。

 

『Horen Sie es?(聞こえてる?)

Antworten Sie wirklich, ob Sie es horen?(聞こえたら返事をしなさい?)』

 

「やめろぉぉぉおおおお!?」

 

「「「モモンガ様!?」」」

 

突然響いた<メッセージ>は、モモンガの黒歴史を的確に抉り出す。

余りの衝撃に、謎の感情制御すら凌駕。

突如として静寂を破ったモモンガの咆哮に、跪いていたNPC達が何事か!?と主人の脅威を取り除かんと立ち上がった。

アルベドにいたっては金の両眼がギランギランと血走り、腰まで届く黒髪が意思を持ったかの如くざわつく。

その様子を間近で見てしまったモモンガは、平時であればSANチェックは免れなかったろう。

この時ばかりは謎の精神安定化に感謝した。

元凶のベルンエステルは含みのある満足気な表情をしているが。

どうやら先程の、<メッセージ>はモモンガにしか聞こえていないようだった。

 

「あ! き、気の所為だったようだ! お前達。主たる私やベルンさんの許可なく勝手に立ち上がるとは何事だ?」

 

モモンガがそれっぽい感じで、内心ビクつきながら告げてみればNPC達は乱れぬ動きで傅いた。

玉座に居るNPCの心情を代表するかの如く、恐る恐るアルベドが口を開く。

 

「申し訳ありません、モモンガ様。一度とならず二度に渡る失態。なんとお詫びすれば良いか…」

 

「良いのだアルベド。お前の全てを許そう。…セバス!」

 

「はい」

 

短く答えるは、精悍な老執事。

 

「地表に赴きナザリックの周囲1kmを確認せよ。知的生物が居た場合は交渉の上、友好的にここまで連れてこい。戦闘は極力避け、情報を持ち帰る事を最優先とする」

 

「了解いたしました。御前を失礼させていただきます、モモンガ様、ベルンエステル様」

 

恭しく腰を折るその姿は正に完璧な執事の体現。

在りし日に皆が望んだ存在そのものだった。

 

「プレアデス達は九階層に赴き、上層からの侵入者の警戒にあたるのだ」

 

『ベルンさんもそれで構いませんか?』

 

ここまで一気に捲し立てたモモンガだったが、<メッセージ>を最後に一言も言葉を発さないベルンエステルが気になった。

隣を見てみれば無表情にNPCを眺める魔女の姿。

今度はこちらから<メッセージ>を使用する。

 

『信じられませんが、これはもうゲームが現実になったとしか俺には思えません』

 

『どっちも同感ね。退屈しない展開だわ』

 

『他に指示とか、気になる事はありますか?』

 

『強いて言えば、NPC達が諸手を上げて襲ってこないって確証がないのがネックね』

 

『はい。現状で彼らに敵対する素振りはありませんが、今はなによりも情報が欲しい。リスクは飲み込んででも危険を冒す価値はあります』

 

『見えない忠誠心を見ようとする。悪魔の証明ね。実に面白い』

 

『いや…結構綱危ない渡りしてますからね? 今の俺ら』

 

その他にも少しのやり取りを行い、<メッセージ>を終える。

 

「ではプレアデス達よ。任せたぞ」

 

「頼んだわよ。働き者には後でご褒美をあげても良いわ」

 

「「「畏まりました! モモンガ様! ベルンエステル様!!」」」

 

特にベルンエステルの言葉のおかげだろうか。

プレアデス達はやる気に満ち溢れた様子で、貞淑さを損なわせない動きをもって玉座の間を後にした。

残るはアルベドただ1人。

 

「ではモモンガ様。ベルンエステル様。私は如何いたしましょう?」

 

その問いにモモンガがどうしようかと頭を悩ませていると、ベルンエステルが先に口を開いた。

 

「アルベド。私とモモンガさんの元に来なさい」

 

「はい」

 

アルベドが近くまでゆっくりと寄って来る。

モモンガはその手に握られている『短杖』の存在を思い出し息をのんだが、ベルンエステルはさして気にした様子もなく二、三歩前に踏み出した。

ベルンエステルの数歩後ろにモモンガ。

半歩程の至近距離にアルベドという図。

無表情のベルンエステルと、微笑みを携えたアルベドが見つめあう。

 

「アルベド腰を屈めなさい。私の目線までね。それとも上から私を見下ろせるのがそんなに嬉しいのかしら?」

 

「……失礼いたしました。直ちに゛っ!?」

 

「ベルンさん!?」

 

アルベドは微笑んだまま姿勢を低くする。

その瞬間、ベルンエステルはアルベドの顔を両手で抑えた。

ペロリとアルベドの左頬を舐める。

 

「……もういいわよ」

 

そして何事もなかったかの様にスタスタとモモンガの隣に戻っていった。

 

『べ、ベルンさん!? なななな何してるんですか!?』

 

『なにを動揺してるの? ただの確認よ確認』

 

『あ……18禁に該当する過剰な接触行為ですか?』

 

『えぇ。それとスキルとか色々ね。フレンドリーファイヤも解除されてるみたいだから気を付けないといけないわ。ちゃんと味も体温もあったわよ』

 

『びっくりしました。俺はてっきり『てっきり?』……なんでもないですハイ!』

 

モモンガは思わず直動姿勢をとる。

決して隣に無表情で佇む魔女の声音がコワかったからではない。

ましてや、目の前の光景に一瞬でも目を奪われた訳では断じてないのだ。

 

「……何をなさりたかったのかは解りかねますが、私如きがベルンエステル様のお役に立てたのであれば幸いでございます」

 

言いながら礼をするアルベド。

身体が折れる瞬間。

僅かに首が『左に』揺れた仕草をモモンガは見逃した。

 

「手間をかけたなアルベド。少し頼みがあるのだが構わないか?」

 

「勿論です。先程のご視線から察しますに、今この場で私の胸を御触りになられたいという事でございましょうか?」

 

モモンガの問いに対してのアルベドの回答は斜めどころか、一周して可笑しかった。

しかもモモンガはさりげなくチラ見したつもりだったのに、バッチリと本人に認識されていたという事実に震えた。

その表情は花が咲いたかの様とも、妖艶ともとれる微笑み。

 

―これが女性という生き物なのか!?

 

女性経験の無いモモンガにとって、ベルンエステルの行動でも刺激が強かったのにも関わらず、一気にコミュニケーションのハードルが上がる。

だがそこはリアル社会人。

持てる気合の限りを尽くして、言葉を紡ぐ。

 

「……アルベド。今はその様な冗談を言っている場合ではない」

 

「! し、失礼いたしました、モモンガ様」

 

「良い。先も言ったが私はお前の全てを許す。で…だ。改めてお前に

頼みがしたい」

 

「はっ。なんなりとお命じ下さい」

 

「今より1時間後。第六階層のアンフィテアトルムに各階層守護者を集めよ。ただし、ベルンさんの帰還は秘密とする。<メッセージ>を併用してセバスやプレアデス達にも伝えておけ。アウラとマーレの2人には先に私達が伝えるので必要はない」

 

「畏まりました」

 

微笑みを深くし、少しだけ速足でアルベドも玉座の間を後にした。

 

再び玉座の間を静寂が包む。

 

「……ベルンさん」

 

「なに?」

 

「その…………アルベドってどんな味でした?」

 

「流石に引くわ」

 

異常事態後、初めてベルンエステルの表情が動いた。

記念すべき初の表情差分はしかめっ面である。

 

「嘘つきの味」

 

「へ?」

 

声が小さくて聞き取れなかったのか、モモンガは呆けた声を出す。

ギルメン2人だけという、緊張感から解放された環境の所為か、魔王っぽくない素の声音だった。

 

「聞こえなかった? モモンガさんが好きで好きで、愛おしくてしょうがないって味だったわ」

 

「ああ!? お、俺はなんて事を!? タブラさん、すみません!!」

 

ベルンエステルの言葉で、モモンガの中で引っかかっていたモヤモヤが一気に晴れる。

 

アルベドの設定を『ちなみにビッチである』→『モモンガを愛している』に変えた。

 

だから、あんなにも衝撃的な発言をしたのだ。

そう確信する。

 

「式には呼んでちょうだい。でも友人代表は勘弁してほしいわ」

 

「え!? 俺ら友達ですよね? ね?」

 

「…………」

 

「ねぇ!? 無言ヤメテ!?」

 

「くすくす。冗談よ。結婚にはツッコまないの?」

 

「あ゛」

 

「くすくすくす」

 

 

モモンガの体が淡く発光する。

 

ナザリック地下大墳墓。

その最奥たる玉座の間。

 

石像よろしく固まった魔王の隣で、小さな魔女が愉しそうに微笑んだ。




少々短めですが、お楽しみ頂けましたでしょうか?
前話『幕開け』を投稿した段階で、予想よりも多くの方にお読みいただけた事を喜ばしく思います。
ご感想を下さいました『月夜野』様。
また、当作品への純粋な評価を下さった方へ、心からお礼申し上げます。

ご感想やご意見、ご要望だけでなく、ここって伏線?という様な疑問がございましたらお気軽にメッセージをお送り下さい。
楽しみにお待ちしております。
それでは次話にて。
                                     祥雲




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虚像

此処は暗い海の底?
周りは何もわからない。

此処は狭い海の底?
どちらが前かもわからない。

此処は遠い海の底?
自分の居場所もわからない。

教えて下さい。
此処は本当に海なのですか?



玉座の間でひとしきり精神の安定化を味わったモモンガと、甘美な精神の幸福感を味わったベルンエステルの2人は六階層の『闘技場』に赴いていた。

リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの実験も兼ねていたが、問題なく階層間を転移出来たのは、とても良い収穫だったとモモンガは1人満足げに頷く。

 

「わぁ! ベルンエステル様!! ご帰還を心よりお喜び申し上げます!!」

 

「私もあんたに会えて嬉しいわ」

 

「そそそんな!? も、勿体ないお言葉です!!」

 

「顔を真っ赤にしちゃって照れてるの?」

 

「えっと……あぅあぅ……」

 

「くすくす」

 

これでアイテムの使用も可能。

ベルンエステルによる先のアルベドへの確認?も含めれば大収穫といっても過言ではないだろう。

楽しそうに会話する少女2人のすぐ隣でしきりに頷く骸骨は、控えめに見ても品定めをする魔王にしか映らない。

だがそれを指摘してくれる存在はいなかった。

 

「……そういえばあんたの片割れは? 一緒じゃないの?」

 

「あ!? し、失礼しました! コラァ、マーレ!! 至高の方々がみえられてるのよ!? 早く来なさい! 失礼でしょ!?」

 

「む、無理だよぉ……お姉ちゃん。だってこんなに高いんだよ?」

 

「いいから! さっさと来る!!」

 

「うぅ……っ……えい!」

 

そしてこの『闘技場』来た理由の一つは―

 

『……さん? モモンガさん? さっきから黙ってるけど、もうドイツ語が恋しいの?』

 

『いいえ!!』

 

と、思考の海に潜っていたモモンガの意識は条件反射といえる域に達した『ドイツ語』というキーワードをもって現実へと引き戻された。

勿論モモンガの身体が発光したのは割愛する。

 

やっと外界を認識したモモンガの前には双子のダークエルフの姉弟が並んでいる。

気を取り直してモモンガは口を開いた。

 

「アウラ。マーレ。急で悪いが少し邪魔をするぞ」

 

片や、スーツを着た男装の少女、第六階層守護者アウラ。

片や、スカートを穿いた男の娘、第六階層守護者マーレ。

 

ペロロンチーノの実姉である『ぶくぶく茶釜』が、『姉より優れた弟はいねぇ。むしろいらん』と造り上げたNPCである。

製作者のその海よりも深い信念は、先ほどまでの短いやり取りの中に如実に表れている。

服装を含め、彼女の業は深い。

 

「いえお邪魔だなんて! このナザリックの支配者であるモモンガ様とベルンエステル様を邪魔者扱いするヤツなんている筈ないじゃないですか」

 

「ぼ、ボクもお姉ちゃんと同じです。至高の方々を邪険にするヒトなんて…い、居ないです!」

 

アウラは快活に。

マーレはおどおどとしながらも力強く答えた。

その姿に、敵対する可能性は低いと判断したモモンガは内心胸を撫で下ろす。

 

「うむ。お前達や皆の忠誠を私は非常に好ましく思う。ベルンさんもそうでしょう?」

 

「えぇ。思わず抱きしめたくなる位」

 

モモンガが最早デフォルトになりつつある魔王ロールで。

ベルンエステルがその無表情を悪戯気に変えて告げてみれば、双子の姉弟は面白い位に動揺した。

その光景に思わずホッコリしかけたモモンガだったが、ここに来た目的を忘れる訳にはいかないと気持ちを切り替える。

 

「実は久しぶりに訓練でもしようかと思ってな。アウラ。マーレ。私とベルンさん2人分の的を準備してくれないか?」

 

そうモモンガが告げた瞬間、双子は大きく目を見開く。

 

「く、訓練!?」

 

「お、お二人の……ですか!?」

 

「? どうした? なにか可笑しいか?」

 

その様子にモモンガが首を傾げると、双子は動きをシンクロさせて首を横に振った。

 

「いえ! 至高の御方々の訓練のお手伝いが出来るなんて、すっごく光栄です!」

 

「す、すぐ的をご準備します!」

 

バシュッ!

パタパタ!

 

 

そんな擬音が相応しいだろう動きで、アウラとマーレは慌ただしく動き出した。

闘技場の入り口付近に控えていたドラゴン・キンという、人とドラゴンを足した様なモンスターへテキパキと指示を与える。

観客席とを隔てる壁の隅に等間隔で、藁人形達が並ぶまでそう時間はかからなかった。

 

「ご苦労。ではベルンさん。私から先にやらせて貰おう」

 

『すみませんが、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの性能も確認したいので、お先に失礼しますね!』

 

「お先にどうぞ」

 

『くす。実はワクワクしてますって隠しきれてないわよ?』

 

<メッセージ>での会話を重ねつつ、モモンガは藁人形に向けて指先を向ける。

ユグドラシルというゲームでは、アイコンをクリックし、スキルを発動するという一連のプロセスがあった。

だが今はカーソルもアイコンも存在しない。

しかし、モモンガには解る。

まるで虚空にアイコンが存在するかの様に、それを意識できる。

 

効果範囲。

発動時間。

クールタイム。

 

全てが完璧に頭に浮び―

 

「<ファイヤーボール>」

 

藁人形へ向けた指先から、はち切れんばかりに膨れ上がった火球が放たれたソレは、狙いと寸分違わず藁人形へと着弾。

轟音を伴い、藁人形のあった地面ごと瞬時に燃やし尽くした。

 

「……ふふ……ははは……」

 

『ベルンさん見ました!? 魔法ですよ!? 魔法!!』

 

「お見事」

 

『ちゃんと見てるわよ。にしても、第三位階で結構な威力ね』

 

「す、凄いです! モモンガ様!」

 

「た、只の<ファイヤーボール>がまるで<ナパーム>みたいでした!!」

 

Level 100

 

カンスト勢のモモンガの放つ魔法は、その位階が低いとしても脅威的な威力を持つ。

1世紀前の格言を挙げるなら『これはメラゾーマではない。只のメラだ』といった塩梅だろうか。

その威力をまじまじと見せつけられたアウラとマーレの瞳は、それはもうキラキラと輝いていた。

モモンガの気分も最高潮である。

 

「ふはは! そうかそうか。では次はベルンさんに代わろう」

 

「あら、もう良いの? 私は気にしないから他にもやってみたら?」

 

「いや、1人だけ訓練というのも味気ないだろう。それにアウラとマーレもベルンさんの魔法を見たいよな?」

 

 

珍しくモモンガに配慮したベルンエステルだったが、自分を見る双子とモモンガ(あくまで主観)の期待を隠しきれない視線に根負けしたのだろう。

はぁ……とため息を零しながら頷いた。

そして藁人形を見やる。

さて、何を試そうかと考ようとした矢先に、モモンガからの<メッセージ>が頭に響く。

 

『ベルンさん! 久しぶりにアレが見たいです! アレ!!』

 

『良いけど……視覚的な魅せスキルではないわよ?』

 

『構いません! カッコいいですから!!』

 

精神安定作用は仕事を辞したのか。

そう勘ぐらずにはいられないベルンエステルだったが、モモンガの実に楽しそうな声に思う所があったのか。

チラリとモモンガを一瞥するだけに終わる。

そして魔女は『宣言』した。

 

 

【赤き真実 藁人形は存在出来ない】

 

 

「「えっ!?」」

 

「おお!!」

 

ベルンエステルの後に続いたのは、アウラ・マーレの驚愕に震える声とモモンガの感嘆の声。

それは当然の結果である。

皆が共通する視線の先。

並んでいた藁人形達は綺麗さっぱり消えていたのだから。

 

その後は、機嫌の良すぎるモモンガによるギルド武器自慢や、その暴走に純粋に聞き入る双子。

召喚された<根源の火精霊>と喜々として戦闘する姉と、泣きながら巻き込まれる弟。

モモンガが労いと称して<無限の水差し>を取り出して振舞ったり。

ベルンエステルも、モモンガに倣って<無限の金平糖>を振舞ったり、という一幕を経て時間は過ぎていく。

その幕間のカーテンコールは余りに自然に訪れた。

 

「おや? わたしが一番でありんすか?」

 

甘い声音の郭言葉が聞こえたかと思えば、地面から影が扉の形に浮き上がる。

その影からするりと身を躍らせたのは、白蠟の肌に銀色の髪を揺らした少女。

その者は第一・第二・第三階層が守護者。

ペロロンチーノが己の魂の限りを詰め込んだ最高傑作。

吸血鬼の真祖・シャルティアであった。

周りを見渡そうとして、視界に青い髪を捉えた瞬間、シャルティアは嬌声をあげる。

 

「ベルンエステル様ではありんせんか!? ご帰還をお待ちしておりましたでありんす!!」

 

「……ありがとシャルティア」

 

興奮して鼻息が荒いシャルティアを見つめるベルンエステル。

その両眼はしっかりと胸に注がれていた。

 

『アレ相当盛ってるわよ』

 

『? なんの話ですか?』

 

そんな会話が裏で行われているとは露知らず。

シャルティアはモモンガへと抱き着く。

 

「あぁ、我が君……わたしの唯一支配出来ぬ愛しのお゛!?」

 

が、言い終わる前にアウラに側頭部から綺麗に蹴られ吹っ飛んだ。

きりもみしながらゴロゴロと転がるも、瞬時に反転するあたり流石は近接ガチビルドと言えるだろう。

 

「チビすけ! いきなり何するでありんすか!!」

 

「いきなりモモンガ様に抱き着くなんて失礼よ! この偽乳!!」

 

突然の攻撃に憤慨するシャルティアだったが、アウラの最後の一言でビシリと亀裂が入った彫刻の様に固まった。

 

「……なんでしってるのよー!?」

 

「一目瞭然でしょ。そんなヘンテコリンな盛り方しちゃってさぁ。何枚重ね? 7枚位?」

 

「うわー!? うわー!?」

 

『あ。そういう意味でしたか』

 

思わずポンと手を叩いたモモンガ。

そして郭言葉で話すだけの余裕はシャルティアにはなかった。

そんなシャルティアにアウラは邪悪な表情を浮かべる。

 

「走れないから<転移門>使ったんだよね? 走ったら飛んでっちゃうもんねー。ぷぷっ! 未来のある私と違ってあんたは大変ね。そうでしょ? シャ・ル・ティ・ア・お・姉・ちゃ・ん?」

 

「おんどりゃぁー! 吐いた唾は飲めんぞー!」

 

互いに一触即発の空気。

その脇でオロオロするマーレ。

モモンガはその光景に懐かしさを感じた。

まるで、ペロロンチーノとぶくぶく茶釜の姉弟が喧嘩していた時の様な。

そんな気安さを感じるやり取り。

彼女らの背後に、かつての仲間の姿がダブって見える錯覚すら覚える。

 

「サワガシイナ」

 

その諍いを終わらせたのはくぐもった声。

視線を移せば、口から冷気をだす氷色の巨体が立っていた。

それは第五階層守護者。

昆虫の頂点たる『蟲王』・コキュートスである。

言い争う2人を、もう一度窘めるとすぐさま膝をついた。

 

「ベルンエステル様。コノコキュートス。ゴ帰還ノ時ヲ心待チニシテオリマシタ」

 

「ありがと。あんたは元気だった?」

 

「ハッ! 息災デゴザイマシタ。近頃ハ侵入者モ無ク、鍛錬ニ費ヤス日々デシタガ」

 

「そう。これからも励みなさい」

 

「ああ。期待しているぞ」

 

「アリガタキオ言葉」

 

「あぁ!? ずるいでありんす!」 

 

それから一言、二言会話をしていると如何にも出来るビジネスマンという表現が相応しい男が姿を見せた。

 

「おや。お待たせして申し訳ありませんね」

 

出来る男という風格を漂わせるこの男こそ、第七階層守護者。

最上位の悪魔たるデミウルゴスである。

その後ろには、デミウルゴスをここまで連れてきたのであろうアルベドの姿もあった。

 

「これはベルンエステル様!? 無事のご帰還をこのデミウルゴス。心よりお喜びさせていただきます」

 

「そう言ってくれると嬉しいわ」

 

「至高の御方々に仕える身として当然でございますれば」

 

デミウルゴスは優雅に礼をした。

この場に守護者が集まったのを確認して、モモンガは魔王ロールを開始する。

 

「よし。これで皆集まったな」

 

「恐れながらモモンガ様。まだ2名ほど来ていない様ですが?」

 

「あの2人は除外とする。流石にナザリックの防衛の要を完全に抜いてしまうのは避けたいからな」

 

「左様でしたか。モモンガ様のお考えを汲めず申し訳ありません」

 

デミウルゴスが守護者皆の代弁をしたのか、他に疑問がある者はいない様だ。

 

「では皆、至高の御方々に忠義の儀を」

 

アルベドの守護者統括に相応しい凛とした言葉を受け、守護者達は一列に並んだ。

 

『え? なにが始まるんですコレ?』

 

『さぁ? とりあえず好きにさせたら?』

 

守護者達の表情は真剣そのもの。

モモンガとベルンエステルの困惑を他所に、端に居たシャルティアが前へと一歩踏み出た。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

 

跪き、臣下の礼をとった。

シャルティアに続き、コキュートスも前に踏み出す。

 

「第五階層守護者、コキュートス。御身ノ前ニ」

 

シャルティアと同様に臣下の礼。

次に双子のダークエルフが前に出た。

 

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に」

 

「お、同じく、第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。お、御身の前に」

 

此処までに跪いた4人は、体格差をものともせず見事なまでに整った並びだ。

彼らがそうであるならば、残る2人が出来ぬという道理はない。

そしてデミウルゴスが優雅さをもって踏み出した。

 

「第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に」

 

涼しげに流れる水を思わせる華麗さをもって臣下の礼をとる。

最後に残ったアルベドが微笑みを携えて前に出た。

 

「守護者統括、アルベド。御身の前に」

 

その見惚れる様な笑顔は『モモンガに』まっすぐ向けられている。

頭を下げる直前までアルベドは微笑を崩さなかった。

 

「第四階層守護者ガルガンチュア。及び、第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。…ご命令を至高の御方々よ。我らの忠義全てを御身に捧げます」

 

その様は正に圧巻。

数はたった6人。

しかし彼らから感じられる忠誠心に、モモンガは息をのむ。

ベルンエステルも若干頬が引くついていた。

 

『べ、ベルンさん…なんか凄い事になってます!』

 

『…まさここまでとはね。会う度に畏まって喋るから覚悟はしてたけど…』

 

『でもやるしかないですね。…よし! 頑張るぞ!』

 

だがサイコロは投げられたのだ。

もう後には引けぬとモモンガは意を決して、魔王ロールを続ける。

 

「面を上げよ」

 

守護者達が乱れのない動きで頭を上げた。

彼らの瞳に映るのは、絶対なる忠誠を誓う主の姿。

 

「今このナザリックに異常事態が起きている」

 

「「「「「!!」」」」」」

 

「それに気付けたのは私とモモンガさんだけ。セバスには一足先に地表の探索を命じたわ。もう少しでこの場に来る筈よ」

 

モモンガとベルンエステルの言葉に、アルベドを除いた守護者に衝撃が走った。

同時に、見計らったとしか思えないタイミングでセバスが小走りに現れる。

 

「モモンガ様、ベルンエステル様、遅くなり誠に申し訳ありません」

 

「良いセバス。ご苦労だった」

 

「皆にもあんたの見たモノを伝えてちょうだい」

 

「はっ。まずナザリックの周辺1kmは草原でございました。以前の毒のある沼地ではありません。知的生物は確認出来ず、人工物の類も発見出来ませんでした」

 

「ありがと、セバス」

 

「はっ」

 

報告を終えたセバスが列に加わる。

守護者達は佇まいこそ変わらないが、明らかに動揺しているのがわかった。

表情の奥には、何とかこの異常事態に気付けなかった失態を払拭したいという感情が透けて見える。

それこそが2人の狙いなのだが。

 

「という訳だ。各階層守護者達よ。ナザリックの警戒レベルを一段階上げよ。侵入者がいたら生かして捕えよ」

 

「マーレ。あんたは魔法で周囲の草原にナザリックのダミーを作りなさい。その後、この大墳墓にはダミーと同じに見える幻術を私とモモンガさんが掛けるからしっかりね」

 

「は、はい! ぼ、ボク頑張ります!!」

 

「防衛守護者のデミウルゴス、守護者統括のアルベドは全ての階層の警備を厚くせよ。ただし第九と第八階層は例外とする」

 

「畏まりました」

 

「僭越ながら全力を尽くさせていただきます」

 

「シャルティアは地表からの侵入者の警戒にあたりなさい。必要なら私の『猫』を貸すからその時は<メッセージ>で伝えて。コキュートスはシャルティアと連携して行動なさい。上層のあんた達の働きが特に重要だからね」

 

「了解しましたでありんす」

 

「承リマシタ」

 

「セバスはプレアデス達を使い、各階層の連絡・伝達を徹底させよ」

 

「しかと努めさせていただきます」

 

至高と称える支配者2人からの命令。

それは失態を拭いたいと願う守護者達にとって、暗闇に差し込まれた光に等しいのだから。

 

「最後にお前達に聞きたい。お前達にとって私とベルンさんはどの様な存在だ? ―シャルティア」

 

「モモンガ様もベルンエステル様も美の結晶。モモンガ様のその白きお身体と、ベルンエステル様の深く美しき瞳はこの世のどんな宝石ですら見劣りする程でありんす」

 

「―コキュートス」

 

「我ラ守護者ノ誰ヨリモオ強イ方々デアリ、ナザリック地下大墳墓ノ支配者ニ相応シイ御方々カト」

 

「―アウラ」

 

「とても慈悲深く、深い配慮に優れた御方々です」

 

「―マーレ」

 

「す、凄く優しい方々だと思います」

 

「―デミウルゴス」

 

「賢明な判断力と聡明な頭脳、何より瞬時にご決断の出来る判断力を有された御方々。まさに端倪すべからざる、知者は水を楽しむ、という言葉が相応しきかと」

 

「―セバス」

 

「モモンガ様は至高の方々の総括を任せられ、私達を見放さずお残り下さった慈悲深き方。ベルンエステル様はその魔導だけでなく知識すら深淵を覗かせる、再びこの地にお戻り下さった温情溢れる方です」

 

「―最後になったが、アルベド」

 

「至高の御方とその最高責任者であります。

そしてモモンガ様は私の愛しい御方です」

 

「……お前達の考えは十分理解出来た。なぁベルンさん」

 

「……そうねモモンガさん。これなら十二分に任せられるわ」

 

「では今後とも忠義に励め」

 

「期待してるわよ」

 

「「「「「「ハッ」」」」」」

 

守護者達が一斉に頭を上げたのを確認して、2人は転移した。

行先は円卓。

椅子にもたれかかり、完全に脱力したその姿に、数秒前までの威厳は全くなかった。

今は少しでも気を落ち着かせたいとモモンガは思う。

 

―だってアイツラ……ガチなんだもん

 

見た目もロールも魔王な骸骨の心はガラスなのだ。

取り扱いには十分なご注意を。

 

「そういえばパンドラズ・アクターには会わないの?」

 

「―ぁ」

 

パリィンとナニカが割れる音がした。




今話は長めになっておりますが如何でしたでしょう。
この話は一気に登場キャラが増えました。
それに詳細はありませんが、ベルンエステルのスキルもチラリと。
後に詳しい描写を書く話が入り込みますので、それまでは色々とご想像を膨らませて頂ければと存じます。

UA・お気に入りが一気に増えていて驚きました。
ご感想を下さった『ラゼ』様をはじめ、この作品を読んで下さっている方々。
皆様には感謝しております
誠にありがとうございました。
今後も頑張らせて頂きます。
では次話にて。
                                     祥雲



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捧げるモノ

この世で確かに見えたのは。
        瞳に映るその姿。

この世で確かに見えるのは。
         心を焦がすその在処。

この世で誰もが見えぬのは。
        勝手に決めた勘違い。

この世で誰もが見てるのは。
         自分が嵌めた理想像。



先ほどまで感じていた重圧が消え去る。

 

モモンガとベルンエステルが転移した後の<闘技場>

至高たる支配者2人の姿は既にない。

ホゥと息をついたのは一体誰であったのか。

ようやく守護者達の身体と、張り詰めていた空気が弛緩する。

 

「す、凄く怖かったね、お姉ちゃん」

 

「ほんと。あたし押しつぶされるかと思った」

 

最初にアウラとマーレの姉弟がブルリと身を震わせた。

他の守護者も同様なのだろう。

思い思いの表情を浮かべている。

 

「流石は至高の御方々でありんす」

 

「マサカコレホドトハナ」

 

続くのはシャルティアとコキュートス。

シャルティアは頬を赤く染め上げ、コキュートスはガチガチと口元から音を鳴らした。

 

「あれが支配者としての器をお見せになられたモモンガ様の御姿なのね」

 

「おや? アルベド。守護者統括ともあろう君が、至高の主人たる御二人の内、御一方しか目に入らないというのは聊か問題ではないかね?」

 

「あら? そんなつもりはなかったのだけど、気を付けるわ」

 

シャルティアに負けない位、蕩けた顔をしていたアルベドに、デミウルゴスが眼鏡を押し上げながら苦言を零した。

アルベドは微笑みながら返す。

 

「そう願っているよ。それにしても抑えられていたとはいえ、モモンガ様のあの重圧は実に支配者たる素晴らしいものだった」

 

「そうでありんすな。でも…」

 

ふとシャルティアが言葉を濁しす。

モゴモゴと口を動かした後、意を決して言葉を繋げた。

 

「……失礼とは承知しておりんすが、ベルンエステル様からは重圧を感じんせんした」

 

「確かに……」

 

「で、でもお姉ちゃん? ベルンエステル様の魔法…なのかな? す、凄かったよね?」

 

殆どの者が首を傾げた矢先、マーレの言葉が響いた。

 

「魔法? どういう事かしら?」

 

アルベドが尋ねる。

一体なんの事かと。

マーレに話を聞けば、なんとモモンガとベルンエステルの2人が自分達の到着を待つ間に訓練をされていたそうではないか!

その事実と、至高の御方々の偉大なお力の一端を目に出来た双子に嫉妬の混じった視線が突き刺さった。

そんな視線も気にしないと言わんばかりにアウラがニシシと笑って告げる。

 

「ほんと凄かったのよ! だって只、一言お言葉を喋られただけで沢山あった藁人形が一瞬で消えたんだもん!!」

 

「ソレハ真カ!?」

 

「……なるほど」

 

アウラの言葉にざわつく周囲を他所に、デミウルゴスは納得した様子。

 

「デ、デミウルゴスさんは何か知ってるんですか?」

 

「私の創造主であるウルベルト様が話されていたのを聞いただけなのだがね。諸君はベルンエステル様というお方が、このナザリックに来られる以前に、何処に居られたかは知っているかい?」

 

デミウルゴスの問いかけに答える者はいなかった。

 

「ふむ。誰もいない様だ。…かつてベルンエステル様は『元老院』というギルドに所属されいていたそうだ」

 

「元老院?」

 

「そこは魔女達の頂点たる存在しか所属を許されない、いわば魔法職最高峰の機関らしい。そこに属する魔女は、たった一人で世界を壊す事すら容易。魔法職最強と謳われたウルベルト様をもってして、元老院の『大魔女』と呼ばれる最上位者の相手だけはしたくない……そう仰られていたよ」

 

「モシヤ……ベルンエステル様ハ……」

 

「コキュートスの察した通り。ベルンエステル様はその元老院にて大魔女と呼ばれる存在だったそうだ。そんなベルンエステル様にしてみれば、一々魔法という術式を通さずとも世の理に干渉する事など造作もないのだろうね」

 

「そ、そうなの!?」

 

「流石はベルンエステル様でありんすぅ!!」

 

偶然とはいえ、偉大な主の想像だにしなかった経歴を知った守護者に歓喜という感情が走る。

因みに真実としてベルンエステルの行使したのは、ベルンエステルの修めた職業固有の<エクストラスキル>と呼ばれるものだ。

断じてデミウルゴスの語った様な、超常的なモノではない。

そんな中、コキュートスが元々の話の焦点を思い出した。

 

「……シカシ、ソレ程ノ御方カラ何故重圧ヲ感ジナカッタノダ?」

 

「考えてもみたまえ。我々の常識を容易く凌駕されるお力を持つベルンエステル様。その方がお力の一端とはいえ解放されたらどうなる? 只でさえモモンガ様の重圧に押しつぶされそうだった我々は?」

 

そこで守護者全員の脳裏に閃光が迸る。

 

「皆、気付いた様だね。そんな事になっていたら、我々如きが耐えられる筈もない。そうベルンエステル様はお考えになられたのだろう」

 

「……なんと慈愛に満ちた御方でしょう」

 

震える声でセバスが呟く。

アルベドを除いた守護者の目尻がキラリと光ったのは、彼らにしてみれば仕方のない事。

神とすら崇める至高の主人の慈悲に触れたのだ。

ナザリックの『僕』にしてみれば身に余る光栄なのである。

そこに真実を持ち出してくれる都合の良い存在はいない。

 

「……そういえばシャルティアはどうして傅いたままなの? いい加減に立ったら?」

 

感動に打ち震える心が落ち着いた頃。

 未だに姿勢を変えないシャルティアを疑問に思ったアウラが問う。

シャルティアはブルリと身体を一瞬震わせたかと思うと、気まずそうに視線を泳がせた。

 

「モモンガ様の凄い気配を受けたり、ベルンエステル様の偉大な過去を聞いていたらゾクゾクしてしまいんして…少ぅしばかり…いぇ、かなぁり下着が不味い事に」

 

―ピキン―

 

確かに彼らは空気が凍ったと認識した。

永久凍土に座すコキュートスが太鼓判を押すのだから、その認識は正しい。

 

シャルティアは創造主たるペロロンチーノによって、彼が望んだ多くの性癖や嗜好を設定されている。

口調の正しくない似非廓言葉もそうだが。

膨大ともいえるその中に『死体愛好癖』・『両刀使い』であるという設定があるのだ。

つまり、シャルティアは相手が骨であろうが同性であろうが構わず欲情して喰っちまう変態という名の淑女なのである。

その姿をアルベドが蔑んだ目で見据えた。

 

「……このビッチ」

 

「ぁあ゛? やんのか大口ゴリラが?」

 

それより先は、恐ろしい女性同士の諍いが延々と繰り広げられた。

もしその場にモモンガが居たのなら、彼の抱いていた女性という生き物への幻想は砕け散っていたレベルで。

ギャーギャー騒ぐ女性二人を放置して、残るメンバーは話を進める。

 

「ではそろそろ私は失礼させていただきます。お二人から命ぜられた仕事がありますので」

 

「あ! あたしもー! じゃね!!」

 

「ま、待ってよぅ、お姉ちゃん!」

 

「サラバ」

 

最初に一礼したセバスが。

次にこれ幸いと駆け出したアウラが。

次に遠ざかる姉を追ったマーレが。

次にフシュ―と冷気を迸らせたコキュートスが闘技場を後にした。

 

「あぁん!? あんたなんか●●した●●の●●●でしょうが!? ●●して●に●したまま●●ってあげましょうか!?」

 

「んだとこの●●●!? てめぇこそ●●に●●させてから●●して●●を●●して●ってやんよ!?」

 

 

「ふむ、では私も行きますか。……後ろの2人は…………聞こえてませんし」

 

残ったデミウルゴスも珍しくため息をつきながら歩き出す。

その背中は何処か会議の後に疲れ切ったサラリーマンを彷彿させた。

残されるのはサキュバスとヴァンパイア。

2人の乙女が誰も居なくなった事に気づくまであと数分。

 

 

 

 

<闘技場>で恐いキャットファイトが繰り広げられていた頃。

当の支配者2人。

モモンガとベルンエステルは、テクテクとある場所を目指して歩いていた。

 

「ベルンさん……どうしても行かなきゃ駄目ですか?」

 

「駄目よ」

 

「そう言わず? ね? ね?」

 

「駄目よ」

 

―くっ! こうなったら!

 

ベルンエステルの前に移動したモモンガは立ち止まり、自身の考えつく最終兵器を使用する。

 

前屈みにその巨体を折り。

両手を祈る様に組んだ。

 そして下からの上目遣いで見上げる。

世に言う『お願い』のポーズであった。

 

「……何を逃げ腰になってんの? それに骸骨が胸の前で手を組んでおねだりしてもちっとも可愛くないわ。生者になって性別変えてから出直しなさい」

 

「酷い!?」

 

モモンガの全力の懇願をバッサリと切り捨てるベルンエステル。

 

―そんな!? 茶釜さんはこれをすれば誰でもお願いを聞いてくれるって言ったのに!?

 

そんなモモンガの胸中を察する魔女はいなかった。

いや、その目元が僅かに動いた事からわかってやってる可能性は否定出来ない。

因みに、ぶくぶく茶釜がその仕草をモモンガに伝授していた時に居たメンバーの中に、しっかりとベルンエステルの姿もあった事を明記しておく。

かつてであれば、『ガーン』というアイコンを表示させていたであろう動かないモモンガを強引に引きずりながら、ベルンエステルは歩みを進める。

 

「楽しみね。あのコは一体どんな風に動くのかしら? きっとキレのある敬礼とかハリウッドスターばりの立ち振る舞いを魅せてくれるに違いないわ」

 

「嫌だ! 離せ! 離せぇぇぇえええー!!」

 

その小さな身体の何処にそんな力があるのか。

自身の三、四倍は違うであろう体躯の魔王を引きずる魔女の姿がそこにあった。

 

「くす。ほぅら? もうすぐ着くわよ? モモンガさん喉の調子は大丈夫? ドイツ語の語彙は? カタカタ笑う顎の準備はOK?」

 

「止めろぉ! 離せ! 離してお願い!?」 

 

暴れるモモンガ等気にしない、とばかりにベルンエステルは最後の曲がり角に差し掛かる。

 

「さぁ行きましょ? くすくすくす!」

 

「イヤァァァァァアアア!?」

 

目指すは、ナザリックの財宝が溢れる宝物庫の先。

ベルンエステルを含めた、かつてのギルドメンバー全員の最強装備が眠る霊廟だ。

 

「ベルンさんの鬼ぃ! 悪魔ぁあ! 鬼畜ぅぅぅう!!」

 

薄暗い廊下にモモンガの悲鳴が木霊する。

 

―モモンガの『黒歴史』との邂逅は近かった。




さて、如何でしたでしょう?

今話は守護者達の視点が主です。
しかしデミウルゴスさんは動かしやすいですね。
王都編以降を書くのが実に楽しみです。
色々と本文での仕込みも進めておりますので、もうしばらくお付き合い下されば幸いでござます。

ご感想を下さりました『ダヨー』様を始めとした方々。
誤字をご指摘下った『ドバド』様、『かう姉』様。
評価コメントまで書いて下さった『あううううううう』様。
そして、今回の話をお読みいただいた皆様にお礼申し上げます。
それでは次話にて。
                                       祥雲


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星に祈りを

その日は良い夜でした。
 貴方と共に、居れたから。

その日は良い夜でした。
 宝物を供に、見れたから。

その日は良い夜でした。
 世界が友に、映えたから。



その景色は、どう転んでも、整理整頓という言葉とは無縁である。

 

大剣・斧・ローブ・ティアラ……それにアレは……こけしだろうか。

取り敢えず買ったはいいけど、後は無造作に放り込んだとしか思えない。

そう、ベルンエステルは評価した。

 

今、ベルンエステルが居るのはモモンガの自室に隣接したドレスルーム。

いや、ドレスの類は見当たらないから、物置という言葉が相応しいかもしれないが。

いくつか物を拾って眺めては、飽きてその辺に放り投げる。

元から大差ないから構わないだろうと考えてこその暴挙なのだ。

決して片付ける気力が失せた訳ではない。

 

「……真っ白に……燃え尽きたよ……」

 

不意に聞こえた声に振り向く。

ドレスルームと彼の自室とを隔てる扉は開けたまま。

その先で、床に突っ伏すモモンガの姿があった。

 

 

「そうね。良い感じに骨しかないわ」

 

「はぅ!」

 

ベルンエステルが答えると、床でモモンガがビクンと跳ねる。

霊廟を出てから…正確には宝物庫を出て、この部屋に入った瞬間から現在まで繰り広げられている光景だ。

 

「……ぅぅ……まさか若気の至りに対面する日が来るなんて…」

 

そうモモンガが溢したのは何度目だったろう。

20を超えた辺りからはベルンエステルも数えていなかった。

 

「私の期待通りの存在だったわね。靴を鳴らしてビシッと敬礼したかと思えば、ハリウッドスターに引けをとらない大げさなターンを披露。しかも締めは『Ween es meines Gottes Wille!(我が神のお望みとあらば!)』 もう拍手しか出ないわ」

 

「もうやめて!? とっくに俺のライフはゼロよ!?」

 

「そうね。死んでる骸骨だもの。生命力なんて元からないでしょ?」

 

「上手いなちくしょう!!」

 

ダンダン!とモモンガが悔しそうに床を叩く。

 

「……っぷ」

 

「……っくく」

 

 そのままエンドレスループに入るかと思われたが、突然2人は口を押さえた。

 

「あはははは! いやぁ懐かしい! よくこんなやり取りしてましたね」

 

「くすくす。全くだわ。それに、モモンガさんも言う程、あのコの事嫌いじゃないのでしょう?」

 

「ぅっ! バレてましたか?」

 

「この私が気付かないとでも? あのコは貴方の息子だもの。優しいモモンガさんが本気で嫌う訳がないわ」

 

「……いやでも……こう……直視出来ないと言いますか…余りに過去の自分の厨二加減が再現されていると言いますか……センチメンタルな部分が曝け出されてると言いますか…」

 

「あの能力の事を言ってるの? だとすれば見当違いも甚だしいわね」

 

「え?」

 

モモンガはガバリと体を起こした。

そんなモモンガを後目に、ベルンエステルは勝手に椅子に座る。

此れではどちらが部屋の主人か、論議が醸し出されるであろう。

 

一方は椅子で悠然と足を組む魔女。

一方は床で自然と胡坐をかく魔王。

 

正解は『床に自然と胡坐をかく魔王』である。

 

「一度しか言わないわ」

 

ベルンエステルの、非常に珍しい茶化しの一切ない真剣は声に、モモンガは動く事が出来なかった。

 

「貴方には何の罪もない。罪があるとすれば、私や他のギルドメンバーにこそ罪がある。この私ですら、一度はナザリックを離れてしまった。貴方を孤独にさせてしまった。理由はどうであれね」

 

「そんな! だってベルンさんはご病気で!!」

 

ベルンエステルらしからぬ、後悔の表情。

それを真正面から直視するなぞ、モモンガには耐えられなかった。

気が付けば声を荒げている。

先程から光っぱなしな位だ。

 

「そんなのは関係ないわ。私は貴方があのコを作った経緯を知っている。作り上げるまでの努力を目にしてる。……あのコに込めた願いを知っている」

 

対する正面のベルンエステルは、決して視線を外そうとしない。

今まで溜めていた感情を吐き出す様に。

今まで言えなかった言葉を紡ぐ為にも。

決して彼から目を背けない。

 

「だからこそ、私はモモンガさん。貴方に謝らなければならない。言わなければならない。魔女としてではなく、一人の友人として」

 

椅子からストンと飛び降りる。

 身を低くしながら、ゆっくりとモモンガの許まで来ると、その剥き出しの頬骨に手を重ねた。

骨特有の硬い感触が、指先からベルンエステルの脳に伝わっていく。

 

「…独りにしてごめんなさい…………そして……たった独りでこのナザリックを守ってくれて。……ただ独りだけでも私を待っていてくれて……………………ありがとう」

 

「!!!」

 

その言葉を受けた瞬間、今までの比ではない勢いでモモンガが淡い光を纏う。

モモンガの自室を、緑色の光が延々と染め上げる。

まるで光が2人を赦すかの如く。

この日、本当の意味で『アインズ・ウール・ゴウン』は再誕したのだ。

 

「……ありがとう……ございます……!! ありがとう……あり…………!……!」

 

モモンガは言葉に詰まった。

それは仕方のない事だろう。

それは仕様がない事だろう。

だって、今、この時に自分が赦された気がしたのだ。

 

―あの楽しかった日々が忘れられなかった。

―あの最高の友人達にもう一度会いたかった。

―彼らが何時でも帰れる居場所を守りたかった。

 

そんな醜いとさえ感じる執着がパンドラズ・アクターを作り出した。

そんな醜いとしか感じない執着でユグドラシルをプレイし続けた。

そんな醜いとすら理解していた執着で、今日まで生きてきたが故に。

ベルンエステルの言葉はまるで魔法の様に、彼の心に染み込んでいく。

 

ふと気が付けば、モモンガは温かい感覚に包まれていた。

 

「ぁ」

 

「ジッとしてなさい。……動いたら殺すわよ?」

 

骨の鼻孔を甘い香りが擽る。

華奢ながらも柔らかな感触が骨を伝わった。

確かに此処に居るのだと。

確かに此処で生きてると。

そんな想いを込めた、友の抱擁。

 

「……はい……絶対に……動きません」

 

 

それはモモンガが―鈴木悟がこの世界で初めて感じた温もりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

幾何か時間は過ぎて。

 

胸のつかえが綺麗にとれ、色々吹っ切れた状態で漆黒の全身甲冑を纏うモモンガと。

胸のつかえも綺麗にとれ、常と変わらずに歩みを進めるベルンエステルの2人が居た。

現在、彼らが歩くのはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで移動できる中で、最も地表に近い場所である中央霊廟。

ガシャン、ガシャンという鎧の擦れる音が微かに響く。

 

「でもまさか、こうでもしないと剣が持てないとは思いませんでした」

 

「変な所でゲームの制約が生きてるのね。私には関係ないけど」

 

そう。

モモンガが<上位道具創造>で鎧を纏うまで、手にした剣や斧があらぬ方向にすっ飛んでは、ドレスルームを更に混沌とした惨状にするという事件が起きたのだ。

ベルンエステルに関しては、普通に近接系の職業も修めている為ほぼ問題なかった。

 

「だけど結果オーライですよ。この恰好なら誰も俺だとわからないでしょうし! リフレッシュに行きましょう! Theお忍び!って感じで「これはモモンガ様、ベルンエステル様。近衛もお連れにならずにこんな所までいらっしゃるとは、一体何事でしょう?」……した。ハイ」

 

モモンガの目論見は瞬時に破綻した。

出口付近に佇んでいたのは、第七階層守護者デミウルゴスであった。

モモンガはこの変装?に多大なる自信を持っていたのだが、あっさり看破され意気消沈。

流石、ナザリックのNPC一の出来る男は伊達ではない。

柱の陰には、デミウルゴスの配下たる悪魔がこちらに跪いている。

 

「それに、そのお召し物は……」

 

「色々と事情があるのよ。それに今、隣に居るのは『モモンガ』さんじゃないわ」

 

「あぁ。私の事は『ダークウォリアー』と呼べ」

 

「……『ダークウォリアー様』……なるほど、そういう事ですか」

 

モモンガは内心で?を浮かべた。

 

―え? 何がなるほどなの? ネーミングダメだった? カッコよくない? ねぇほら?

 

「御二人の深遠なるご意向の一端は理解出来ました。まさに我等が忠を尽くすに相応しき御方々であらせられます。ですが、やはり供を連れずに出歩かれるとなりますと、私も見過ごす訳には参りません」

 

『コイツ……ついてくる気じゃないですか!?』

 

『リフレッシュ計画。開始3分もせずに失敗ね。くすくす』

 

「何卒この哀れな者に寛大なるお慈悲を賜りますよう、お願い申し上げます」

 

モモンガは悩む。

短い時間とはいえ感じた、忠誠心の塊の守護者達。

道中ですれ違った、一般メイドですら同様の有様。

そんな存在が、果たして主人の安全を前に折れるだろうか?

答えは否。

断じて否である。

断腸の思いでモモンガは口を開いた。

 

「……よかろう。お前のみ同行を許す」

 

「私の我儘を受け入れていただき、感謝いたします」

 

「話は纏まった?」

 

「えぇ。……行くぞ。しっかり供をせよ」

 

「はっ! ……お前達は此処に残り、私の行き先を伝えておく様に」

 

「畏まりました、デミウルゴス様。ダークウォリアー様、ベルンエステル様。どうか、お気をつけ下さいませ」

 

するりと脇を抜けて歩き出したベルンエステルを先頭に、一行は地表へと赴く。

残された悪魔達は恭しく頭を垂れた。

 

階段を上がり、外界を目にした時の興奮をモモンガは忘れないだろう。

 

「! わぁ……!」

 

脳が感情を理解するよりも先に、無意識に<飛行>を唱え空中に舞い上がる。

そのまま高度を上げていく。

少しでも上へ。

少しでも天へ!

見渡す限りの星の海。

白や青の宝石を鏤めたとしか表現出来ない、至上の夜天。

かつて、星空に焦がれたギルドメンバーの気持ちが、今なら理解出来る。

 

―凄い! 凄い!! 凄い!!!

 

モモンガが感動に打ち震えていると、隣にフワリ、いつの間やらベルンエステルが浮かんでいた。

下を見やれば、デミウルゴスも半悪魔形態で翼を生やし、此方に近づいている。

 

「……『ブルー・プラネット』さんにも見せてあげたいです。俺には『凄い』って陳腐な言葉しか出ませんが…彼ならなんと言ったでしょうか?」

 

「……言葉じゃなくて涙を流してたんじゃないかしら? だってこの景色は彼の夢そのものだもの」

 

「本当に……素晴らしいです……星と月で世界が輝いて……まるで宝石箱みたいだ」

 

熱に浮かれた様に星に手を伸ばすモモンガ。

追いついたデミウルゴスが、言葉を繋げる。

 

「そうなのかもしれません。この世界が美しいのは――御二人の身を飾る為の宝石を宿しているからかと」

 

リアルで聞けばお世辞としか捉えられなかっただろう言葉も、デミウルゴスが言うのだから本心なのだと、モモンガとベルンエステルは理解出来た。

そして、2人は奇しくも同じ想いを抱く。

 

「……いいえ。私とモモンガさんだけが独り占めってのもバツが悪いわ」

 

「……そうですね。どうせなら、ギルドメンバー全員でこの宝石箱を分け合いたい」

 

「なら『アインズ・ウール・ゴウン』らしいやり方ってもんがあるわよね?」

 

「えぇ。……世界征服なんて…面白くありません?」

 

「くす! いいわ。とっても退屈しなさそう」

 

「決まりですね!」

 

「!」

 

背後でデミウルゴスが息をのむ。

同時に、ゴゴゴゴ、という地鳴りに似た音が聞こえた。

遠くにナザリックのダミーが作られていく。

その姿は精巧そのもの。

近くで見たとしても、本物と遜色ない出来栄えだろう。

 

「……どうやらマーレはしっかりやり遂げてくれたみたいね」

 

「お見事ですね。さて、俺達も一仕事しに行きましょうか」

 

「ついでにマーレを労ってあげたら? きっとあのコ、モモンガさんに気があるわ」

 

「……え? 俺ノーマルなんですけど?」

 

軽口を交わしながら2人はナザリックと、そのダミーに幻術をかけるべく動き出した。

 

 

 

 

数日後、とある噂が王国に流れる。

何もなかったカルネという村近くの草原に突如、謎の建造物が現れたかと思えば、一時、数を増やしてすぐに見えなくなったというのだ。

ギルドで調査員が派遣されたが、何も見つける事は出来なかったという。

以下は参加したある調査員のコメントを記す。

 

 ―光る蝶を見たんだ。

 それは金色の蝶だった。

 まるで御伽噺に出てくる様な、それは綺麗な蝶さ。

 あ?

 俺は酔っぱらっちゃいねえよ。

 この話をしたのはお前さんで何人目だっけか……まぁ良いさ。

 でも、何人か青い蝶を見たと言った奴らが居たが、いつの間にかいなくなっていたんだ。

 きっと飽きて帰ったんだろうよ。

 え?

 そいつらはどんな奴らだったかって?

 金や女が大好きなロクデナシ共さ。

 でも、どこか憎めない奴らだよ。

 きっと、今頃は『良い夢』でも見てんじゃないのかい?

 




今話は如何でしたでしょうか?

前話までとは内容・趣向を少々変えたテイストとなっておりますが。
お楽しみ頂けましたら、喜ばしく思います。
UAが6000を超えたり、お気に入りが200を超えたりと、いまだに驚きを隠せません。
ご感想を下さりました『sirataki』様、『憂鬱雨』様。
ご評価下さった方や、お気に入りをして下さいました皆様。
そして、この作品をお読み下さっている多くの方に、今一度の感謝を込めて。
それでは次話にて。 
                                    祥雲


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最高のスパイス

幸せを得る権利があった。
   それは誰もが持っていて。

喜びを知る権利があった。
   それも誰もが持っていて。

だけど享受出来るのは一握り。
   
だから、貴方が持っている。
   


チリン

 

 

「失礼いたします。ベルンエステル様」

 

脇に添えられた鈴を鳴らせば、控えていた、切れ長の瞳のメイドが空いた皿を淀みなく片づけた。

音一つ立てずに裏へ消えたかと思えば、入れ替わりに別の首のチョーカーが特徴的なメイドがやって来る。

右手には銀のトレイ。

トレイの上の皿には、冷気を纏った純白の菓子が乗せられていた。

 

「こちら、デザートの『ブラマンジェ』でございます」

 

ソレを、曇り一つなく磨き上げられたスプーンで掬った。

小さく口を開けて躊躇う事無く放り込む。

ヒンヤリとした心地よい冷たさ。

芳醇なアーモンドの香り。

そして舌で感じた重量が、雪の様に溶けていく。

 

「――――美味しい」

 

心からの称賛を込めて、ベルンエステルは呟いた。

 

「「「!……!……」」」

 

控えているメイドの中には、至高の主人に奉仕出来る喜びで震え、咽び泣く者すら現れる有様。

特に巻き毛のメイドが目に付く。

メイドとしての自負からか、声は必死に抑えていたが、流れる涙の量は生物としての限界を超えていやしないだろうか。

それでもまだましだ。

なぜなら裏方が特に酷い。

ガガガガガと異音を放ちながら震える者。

涙を堪えきれずに擬態の顔面を崩す者。

『~っす! ~っすぅぅ!』としか言わない者、等々。

そんな惨状であろうと魔女は気にせず食事を続ける。

現実でも、ほとんどお目にかかった試しのない美食に舌鼓をうつベルンエステルにしてみれば、料理を楽しむ為の対価と考えれば安いもの。

 精々が、少しだけ煩わしいBGMといったところであろうか。

ゆっくりと味わったベルンエステルは、最後の一掬いを喉へと流した。

 

「――ごちそうさま」

 

膝の上に畳んであったナプキンで口元を拭う。

 

「ベルンエステル様。お口直しの紅茶にございます」

 

そう言って出された紅茶は、ミルクティーであった。

甘いデザートの後に、また甘い紅茶を出すの?

そう訝しんだが、先までの料理ですら見事の一言に尽きる品々。

きっとこのチョイスにも意味があるのだろうと考え、カップの耳に人差し指を引っ掛けた。

そのまま中指と親指で支えながら持ち上げる。

勿論、残る薬指と小指を揃えるのも忘れない。

ゆっくりと紅茶を喉に通す。

 

「……!」

 

そして、納得した。

口に広がるのは、ミルクに負けないバニラの香り。

それは、普通のフレーバードティーでは到底だせない優しさを持っていたからである。

飲み込んだ後に残るのは、しつこさではなく、まろやかさ。

 

「……グラン・ボワ・シェリ?」

 

「! 流石はベルンエステル様。紅茶にもお詳しいとは…感服いたしました」

 

記憶の糸を辿り、紅茶の知識を引っ張りだす。

現実で100年在る小説家の知識に隙はない。

紅茶を運んできたメイドが感嘆の声を上げる。

 

「最初は驚いたけど、中々どうして悪くないわね」

 

もう一度口をつける。

 

「ん。美味しい」

 

「宜しければこちらもご賞味ください」

 

出されたのは一口大の焼き菓子。

仄かに鼻腔をレモンが香る。

優雅な魔女の茶会は、それからしばらく続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ってのがさっきまでの顛末ね。実に堪能させて貰ったわ」

 

「ズルいです! 俺なんか骨ですよ!? 食事なんて夢のまた夢じゃないですかぁ……!」

 

ナザリック地下大墳墓。

第九階層のロイヤルスイートにあるモモンガの自室にて。

 

革張りのソファの上でクッションに頭を埋めるモモンガと、その上に座ってドヤ顔しているベルンエステルの姿があった。

かつてであれば、一歩間違えれば運営からの勧告があったかもしれない光景だが、幸か不幸か此処は異世界。

魔女と魔王のじゃれ合いを阻む抑止は皆無である。

 

「モモンガさんには悪いけど、食事に行って正解だったわね。あのコ達へのご褒美にもなって一石二鳥って感じかしら」

 

数時間前に、モモンガとベルンエステルは地表から戻ってきていた。

 

マーレとアルベドにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡した……というイベントもあったが、特筆すべき事もなかったなとモモンガは感じている。

しかし、アルベドは別としてマーレが『左手の薬指』に躊躇う事なく嵌めたのを、モモンガが全力で記憶から抹消した結果だという事実は変わらない。

以前のベルンエステルの勘が、嫌に現実味を帯びていた。

 

「説明で結構言葉遊びしてましたけど、今の一言で隠す気なくなりましたね。控えていたメイドってプレアデス達でしょう?」

 

モモンガが告げると、ベルンエステルは目をパチクリさせてから微笑んだ。

その表情は、良く出来ましたと言わんばかりの笑みである。

 

「あら? 良くわかったわね。謎解きの正解者にも素敵なご褒美があるわ」

 

「え? なにかくれるんですか?」

 

振り返りながら体を捻る。

と、同時にベルンエステルはモモンガの綺麗な頭蓋骨を鷲掴みにした。

 

「さぁ。動いちゃ駄目よ?」

 

そして、ゆっくりと顔を近づける。

 

「え? ちょっ!?」

 

焦らすかの様に迫るベルンエステルの顔面を前に、モモンガは光輝く。

はっきり言って、ベルンエステルの外装は紛れもない美少女である。

黒髪で色白の巨乳な美人がタイプだったモモンガでさえ、ゲーム中、偶に見惚れる瞬間があったのだから。

そして現実となった今、それを改めて至近距離で認識したモモンガ。

はっきり言おう。

童貞骸骨にはレベルが高過ぎた。

 

―え? え? ちょっ!? これどうすればいいんですかペロロンチーノさん!? いつか言ってた脳内選択肢を俺に下さい!? ジョージだろうが構いませんから!!

 

今は遠き友に内心助けを求める位、モモンガはテンパっている。

そうこうしている間にも、ベルンエステルは迫って来る。

 

「ベ、ベルンさ『コツン』」

 

―コツン?

 

モモンガが、なにかを開きかけた瞬間。

ベルンエステルは止まった。

モモンガも止まった。

吐息がすぐそこに感じられる距離で、モモンガの前頭骨とおでこと合わせる形。

 

「くす。『期待』させちゃった? 残念ながら別モノよ」

 

クスリと、ベルンエステルが笑う。

 

「あ! え……いや……えっと!」

 

「安心なさい。きっと悪いモノじゃないから。―<さぁ、カケラを紡ぎましょう>」

 

青い光がモモンガを包む。

そう認識した瞬間。

モモンガは全く別の所に座っていた。

目の前には美味しそうな料理が存在感を放っている。

現実では口にする事などなかった、生の野菜をふんだんに使用したその姿は芸術品としか思えない。

漂う極上の香りに、モモンガは知らず『喉を鳴らした』

 

―え? 喉を鳴らす?

 

困惑を他所に、身体が勝手に動く。

切り分けられたその料理を、優雅な手さばきが口に近づけていく。

口に放り、歯で噛んで、舌に乗せた。

そして広がる旨味!

 

―!! 美味い!! こんなの食べた事なんて…………?……味!?……あぁ…でも美味い……! 

 

 感動に震えるも、すぐに疑問が湧く。

しかし、その疑問ですら、感じる素晴らしい味覚に塗りつぶされていった。

 

次はとろみを感じさせる、淡いクリーム色のスープ。

真ん中にあしらわれたミントの葉が、とても可愛らしい。

 

―! すげぇ美味い! うわ……! うわぁ……!!

 

次は出てきたのは焼き立てであろう、ふっくらとしたパンであった。

現実で口にして来た粗悪品なパンとは比べ物にならない。

 

―なんて柔らかいんだ!? 今まで俺が知っていたパンは一体…………美味ぇええ!? パンなのに!? コレがパンなの!?

 

次は彩ある海老と魚のソテー。

漂うバターの香りにすら味があるかの様。

 

―綺麗だ! でも散りばめられた木の皮みたいなのは一体なんだろう?

 

フォークに海老と謎の物体Xを乗せて、齧りついた。

プリプリとした触感と、パリパリとした塩気のアクセント。

 

―海老美味い! このパリパリも凄いな…!

 

次に出てきたのは紅いこじんまりとしたシャーベットだった。

キラキラと照明の光を反射して輝く。

 

―凄い綺麗だ! ……!……甘酸っぱくて美味い!! ぁあ……最高だったなぁ……

 

シャーベットがなくなった皿を下げられ余韻に浸るモモンガの前に運ばれてきたのは、骨が付いた肉の塊。

 

―…………最後じゃなかったの!? でもグッジョブ!!

 

周りを包む香草の香りが食欲をそそる。

食べやすい大きさに切り分けられた肉は、断面から肉汁が溢れ、素材と爽やかな香りが口いっぱいに広がった。

 

―これが本物の肉か! 何だこれ……! 何だこれぇ……!?

 

モモンガの感動は止まらない。

そして次はサーモンの巻かれたチーズが運ばれてきた。

サーモンでバラを象っており、まるで皿に描かれたのかとさえ思う。

 

―うわ! 食べちゃうのがもったいない! でも身体が動いちゃうの! ……美味ぇえ……美味ぇえええよぉぉおお!

 

飯テロを味わっているモモンガの前に次に運ばれてきたのは、グラスに盛り付けられた瑞々しいフルーツだった。

 

―えぇ!? これこそ宝石みたいじゃないか!? あぁ……! 手が勝手にぃぃ……!……美味いぞぉお!!

 

そして次は、『冷気を纏った純白の菓子』が。

 

―なんて優しい口溶け!? これは素晴らしいぞ!!

 

食べ終わったタイミングで、『ミルクティー』が運ばれてきた。

その後も締めとして『小さな焼き菓子』を楽しむ。

まさに至福と呼ぶに相応しい時間をモモンガは確かに味わった。

 

「……あれ?」

 

そして気付けば、辺りは見慣れた自室。

先ほどまでに居た、レストランを彷彿させる面影は何処にもなかった。

 

「どうだったかしら?」

 

「うわ!?」

 

キョロキョロと左右を見渡していたモモンガの眼前、超至近距離にあるベルンエステルの顔。

彼女は朗らかな笑みで聞いてきた。

 

「どうって……俺は今まで確か……料理を……」

 

「美味しかったわね。特にあの骨付きのお肉とか」

 

「えぇ! もう美味いのなんって!……え?」

 

そこでモモンガは気付いた。

さっきの不思議な体験は、目の前の魔女が原因なのだと。

 

「喜んで貰えて良かったわ。……私だけがご飯を食べられるってのもちょっとね? 私の記憶の再現で悪いけれど、楽しんで貰えたかしら?」

 

―再現?

 

「え? ちょっと待って下さい!? アレってベルンさんの記憶?……いや……スキルなんですか!?」

 

「ゲーム時代は自分の過去ログの可視化って事で、観賞映像を作る位にしか用途が無かったからお蔵入りしてたのよ。こんな役立つ日が来てくれるなんてビックリ。…どう? これでモモンガさんも、ちゃんと料理が味わえるわ」

 

「べ、ベルンさん……!! そこまで俺の事考えてくれてたんですね……!」

 

モモンガは、ベルンエステルの優しさに泣いた。

涙が流せない骨の身体だが、心は大号泣である。

 

「くすくす。ほらね? 魔女のご褒美も悪くはないでしょう?」

 

「ハイ! もう一生ついてきますベルン姉さん!!」

 

「くす! だから骸骨の弟はいらないってば」

 

「ガーン!!」

 

まるで幼子の様に喜んだり落ち込んだりするモモンガに、ベルンエステルは苦笑した。

いつかと似たやり取り。

 

「「っぷ! あはははは!!」」

 

それもやがては笑いに変わった。

魔女と魔王が笑う、嗤う、嗤う。

他者から見れば、地獄の釜を開けたような光景も。

釜の中では天国だから。

奥底で彼の楽し気な声が途絶える事は、もうないだろう。

 

 

それはきっと、素敵な事だ。




さて、如何でしたか?
気付けば6話目です。
今話はちょっとだけ幕間のお話。
楽しんで貰えたら嬉しいですね。

ご感想で、『口調がもう少し砕けた方が好き』とあったので、こんな風に後書きを書いてみました。
『bb』様どうですか? 砕けてみましたよ! 前話までの私粉々ですよ!
並びに『木更津のアウトレット 』様、ご感想ありがとうございました!
そして読んでくれている皆様方。
今後も是非、この作品を楽しんでお読み下さい。
それでは次話にて。
                                     祥雲


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決意

気付いた想いは何処にある?
      覆い隠した胸の中

抱いた想いは何処にある?
      包み隠した嘘の中

焦がれた想いは何処にある?
     知らず隠した夢の中



「…………こうか? いや……こう?……むしろこう!」

 

ギルドメンバーの自室が隣接する、第九階層ロイヤルスイート。

 

そこに存在する執務室において、モモンガが大きな鏡を前に不思議な踊りを披露していた。

勿論、MP吸収効果はないが。

背後。

そんな主人に、尊い者でも見るかの眼差しが、老執事セバス・チャンから向けられている事をモモンガは気付かない。

 

「くっ! ……ゲームの時はコンソールとかあったのに! ベルンさんも見てないで一緒に考えて下さいよぉ」

 

件の鏡。

それは遠く離れた場所を映し出す事を効果とする、ゲーム内で<遠隔視の鏡>と呼ばれたアイテムだった。

低位の対情報系魔法で、簡単に妨害されるというデメリットが存在するが、視覚的に情報を得られるのは現状大きなメリットだ。

フゥと息を吐きながら挑戦を一旦止め、横の椅子で静かにワインを飲んでいたベルンエステルに向き直る。

磨き上げられた高級そうなグラスから、ゆっくりと中身がベルンエステルの喉へと消えていく。

グラスが、トンとテーブルに置かれたのを合図に、ようやくベルンエステルはモモンガを見た。

それを了承の意と解釈したモモンガは、まだ甘い。

 

―やった! 流石はベルンさん! 後でワインの味も体験させて下さいお願いします!!

 

すっかり、ナザリックの美食に味を占めたモモンガには仕方ない事かもしれなかったが。

しかし……パァと背景が明るくなった様な錯覚も、所詮錯覚でしかなかったのだと、すぐにモモンガは思い知る。

ベルンエステルは無慈悲に告げた。

 

「嫌よ。一緒にそのヘンテコな踊りをこの私にしろっての? 少し位、優しくされたからって調子に乗ってると骨密度下げるわよ?」

 

「え゛! それ俺にはマジでシャレにならないです!? むしろ出来るの!?」

 

「あら? どうして出来ないと? なんなら試しにベットする? チップは貴方の骨だけど」

 

「全力で謎の究明に取り組ませていただきます! マム!!」

 

「くす」

 

隣にいる魔女に敬礼する魔王。

果たしてベルンエステルの言った言葉が真実か否か。

確かめる勇気は、モモンガにはなかった様である。

 

ここ1年間は見られなかったモモンガの楽しそうな姿に、セバスはそっと眼尻をハンカチで拭った。

まるで時が戻ったとすら感じられたから。

再び最高の支配者に、それも2人同時に仕える事が出来るという喜びに打ち震えている。

今のセバスには、阿修羅すら凌駕出来る自信が溢れていた。

 

「……う~ん。でも実際サッパリなんですよ。これこそお手上げっていうんですか?」

 

「へぇ。舌の根も乾かない内に前言撤回しちゃうのね。試しに一発イッテミル?」

 

「骨ですから舌ないですけどね! キャー~お助け~!」

 

ニヤリと笑いながら、片手で銃を模したベルンエステルが、モモンガにその銃口を向ける。

 モモンガはモモンガで、キャーとお道化てみせた。

仕草は勿論『ハリー・アップ』!

両手を上に伸ばした瞬間、今までウンともスンともしなかった<遠隔視の鏡>の光景が移り変わっていった。

 

「やった! 動きましたよベルンさん!!」

 

「おめでとうございますモモンガ様」

 

「チッ」

 

「ありがとうセバス……今ベルンさん、チッって舌打ちしませんでした? チッて舌打ちしたよね!?」

 

「気の所為よ。セバス、おかわりを頂戴」

 

「畏まりました」

 

興味が失せたのか、ベルンエステルはセバスに命じる。

 一流レストランのウェイターでもこうはいかないと感じさせる所作の下、ベルンエステルが手にしたグラスに並々とワインが注がれた。

 

「美味しいわ。どこのワイン?」

 

「僭越ながら『ベルンカステラー・ドクトール』をご用意させていただきました」

 

「……くす!!」

 

「ほぅ? ベルンさんの名前に非常によく似ているな?」

 

「はい。以前、ベルンエステル様がワインがお好きだと溢されたのを、耳にした事を思い出しまして。料理長に命じて準備させた次第です」

 

「ありがとセバス。とっても嬉しいわ」

 

「恐悦至極に存じます」

 

―へぇそうなのか。セバスってホント出来る執事だよなぁ。洒落た銘柄をサラッと用意するし、長い時間付き合わせちゃってるのに文句一つ言わないし。なんか労いでも…そうだ!

 

モモンガは閃く。

頭に『!』のアイコンがないのが悔やまれた。

 

『ベルンさん聞こえますか?』

 

『どうしたのモモンガさん? 今凄く気分が良いから、お願いされなくても後でワインは味合わせてあげるわよ?』

 

『本当ですか!? あ。ソレはお願いしときますが本題は別です。こんなに俺達に尽くしてくれてるセバスに労いを兼ねて『アレ』渡そうと思うんですが、どうでしょう?』

 

『良いんじゃない? 何時かは渡す予定だったのだし。止める理由もないわね』

 

『わかりました』

 

<メッセージ>を終える。

そしてアイテムボックスからあるアイテムを取り出した。

 

「うむ。お前のその細やかな心遣いに感服したぞ。私自身、お前には随分助けられている。コレはその労いだ」

 

「!! ソレは!?」

 

モモンガが手にしているのは、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンであった。

セバスの瞳がはち切れんばかりに見開かれる。

 

「……この……様な至宝を、私如きが受け取っても宜しいのですか?」

 

「私はお前の働きに感謝しているのだセバスよ。無論、ベルンさんもな」

 

「モモンガさんの言う通りよ。さっきのワインも含めてね」

 

そこでワインを引き合いに出すあたり、相当嬉しかったのだろうとモモンガは強く感じた。

何かしらの思い入れがあるワインだったのだろうか?

残念ながらモモンガはワインに詳しくはなかった。

リアルでは大学教授だった『死獣天朱雀』あたりなら知っていたかもしれないが。

その内、ベルンエステルに聞いてみようと心の片隅に留めながら言葉を続ける。

 

「どうだ? これでもまだ、受け取る事を躊躇うか?」

 

「……いいえ。このセバス。謹んで賜らせていただきます。そして、恩情溢れる御二方の信頼にお応えし、より一層の忠誠を捧げましょう」

 

モモンガの前にセバスが跪いた。

気を抜けば今にも震えそうになる体を、偉大なる主人達の前に無様は晒せないと、全力で抑え付けている等、当然モモンガは知らない。

セバスはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを丁寧に受け取ると、左手へと運んでいく。

その様子にまさか!?という疑念がモモンガに過ったが、セバスが填めた指は親指だった。

そっと胸を撫で下ろす。

 

『一瞬ヒヤっとしましたよ』

 

『くす。セバスまでソッチだったら大変だったわね?』

 

『全くです。……指輪……左手……ぅ!……頭が……!』

 

モモンガの脳裏になにか、ノイズが走る感覚があったが、それもすぐに落ち着いた。

精神沈静化様様である。

もし効果が人型をとる日が来れば、モモンガは毎日せっせと、ご機嫌とりをしに行くに違いない。

そう自分でも感じられるだけの恩恵を得ている。

その比でない苦労も得ているが、今は天秤の上方だ。

実に現金なモモンガである。

 

「漸く操作も解ったし、色々見てみましょう」

 

主人の言葉を受けて、セバス佇まいを直し、背後に控えた。

 

まず<遠隔視の鏡>に映した景色はナザリックの周辺だ。

そのまま、ピントや俯瞰を調整していく。

1km・2kmと映し出す範囲を広げていると、ナザリック地下大墳墓から南西に10kmほどの所に小さな村を見つけた。

麦畑が傍らに広がるその村は、RPGでいう『最初の村』という表現がピッタリとさえ思える。

先ほどから動いている小さな点は村人だろうか。

その点にピントを合わせて、映像を近づけていく。

 

「第一村人発k……んん? もしかして、お祭りですかね? なんか忙しなく彼方此方動いてますよ?」

 

「どれどれ? ……惜しいわね」

 

「はい。これは祭りとは違うかと」

 

ベルンエステルはともかく、セバスの硬い声に嫌なものを感じながら更に映像を近づける。

 

「……なにかを寿ぐ訳でも、崇める訳でもない。これは……」

 

―殺戮よ

 

ベルンエステルの言葉が遠く感じる。

粗末な服を着た農民らしき村人達に、全身鎧で武装した騎士という風貌の集団が、剣で斬り付け、肉を裂き、紅い華があちこちに咲き誇る。

騎士達が一振り剣を振るうだけで、逃げ惑う村人達が一人、また一人と事切れていった。

 

「ちっ!」

 

モモンガは嫌なモノを見たと吐き捨てる。

折角、この世界の情報を得られると思ったのに、この村にはもう『なんの価値もない』ではないか。

ナザリックに益をもたらすならともかく…見捨てよう。

そう結論付けて。

 

―……え?

 

体が淡い光に包まれる。

今、自分はどう考えた?

今、この惨い虐殺を見てナニヲ?

モモンガは自分自身が抱いた考えに戸惑った。

 

―これじゃぁまるで……心まで人間じゃなくなったみたいだろう!?

 

鈴木悟は人間だ。

モモンガは骸骨だ。

いくら、骨の体になろうとも。

その事実は、心までは変わらないと『勝手に思い込んでいた』

 

―そうだ! ベルンさん! ベルンさんは!?

 

弾かれた様に、ベルンエステルを見る。

 

「くす」

 

魔女は実に愉しそうに微笑んでいた。

その姿にモモンガは恐怖する。

 

『……ベルン……さん……聞こえます……?』

 

『……聞きたい事はわかるわ。この惨劇を視て、なにを思ったか。でしょう?』

 

『はい。俺は……この光景に『何も感じませんでした』! こんなにも人が死んでいるのに! 同じニンゲンの筈なのに!!』

 

『私も一緒よ。なぜか彼らを同種とは見れないわ。むしろこの惨劇という舞台をクルクル廻るマリオネット位にしか感じない。それどころか、彼らの怨嗟が愛おしいとすら思えてしまう。まるで本物の魔女ね。あぁ……笑いを堪えるのに必死だわ。くす!』

 

ベルンエステルの言葉で、モモンガは認めたくない現実を確信した。

彼女の言葉も、自分の言葉も。

どちらも事実だとわかってしまったから。

だけども気持ちが楽にならないのは、一体どうしてだろう。

受け入れてしまえば楽になれるのに。

目の前の光景を、くだらないと一蹴出来ないのは、一体どうして?

 

「どういたしますか?」

 

控えていたセバスが問うてくる。

結論を出せないモモンガの揺れる瞳と、鏡の向こうで、命の灯が消えんとしている村人の視線が交わったのは偶然か。

 

―――娘達をお願いします―――

 

そう紡いで事切れた。

 

「!!」

 

「モモンガ様?」

 

何故だ。

こちらの視線に気付ける筈がないだろう?

何故。

何故。

何故!

 

思考が巡り…………止まった。

 

「……見捨てる。助けにいく理由も価値も、利益もないからな」

 

逃げる様に鏡に背を向けたモモンガが、何気なくセバスを視界に収めた瞬間。

 

 

    誰かが困っていたら助けるのは当たり前

 

 

「…………たっち……さん?」

 

老執事の背中に、かつての仲間を幻視した。

隣でベルンエステルも目を見開いている。

彼女も、自分と同じモノをみてるのだろうか?

 

そうだ。

なんで自分は忘れていたんだろう。

モモンガの最後の恩人が、ベルンエステルであれば。

モモンガの最初の恩人は、たっち・みーである。

 

ユグドラシルをプレイしたばかりの頃。

異形種狩りという風潮が蔓延った。

PKに遭い続け、いっそ辞めようかと考えていたモモンガを救った人の言葉。

アインズ・ウール・ゴウンの前身、『最初の九人』のまとめ役。

あの言葉がなければ、あの人が居なければ、モモンガは此処に居なかったのだから。

 

 

―思い出しましたよ、たっちさん。

 

 

「恩は返します。…………どちらにせよ、この世界での自分の戦闘能力は検証しなきゃいけなかった訳ですし。……ベルンさんは……どうされます?」

 

『これは俺の我儘です。事実を受け入れられない俺の……だから……』

 

「……くす。言うまでもないけれど。お供しましょう、我が友よ」

 

『良いん……ですか……?』

 

軽やかに椅子から降りたベルンエステルは、さも当然の様に、モモンガと並んだ。

 

『勿論よ。貴方が悩んだ果ての選択を、私は尊いと思う。貴方が選んだ先の未来を、私は見届けたいと思う。だけど私は悪い魔女だから。一度決めた事にはしつこいわよ? 100年だって、1000年だって付き纏ってあげるわ』

 

『それは……また……あははは』

 

<メッセージ>が閉じられる。

一体、この短い間に何度、横に並ぶ友人に助けられたのだろう。

心でそっと、感謝した。

 

もうモモンガに迷いはない。

 

「セバス!」

 

「はい。モモンガ様」

 

「ナザリックの警備レベルを最大限引き上げろ。これより私とベルンさんは、あの村へ赴く。アルべドには『真なる無』を除いた完全武装で来る様、伝えよ。村の周囲には隠密能力に長けた者達を潜ませろ。もしもの保険だ」

 

「畏まりました。直ちに」

 

一例してセバスが執務室を出ていった。

 

<転移門>

 

扉が閉まるのも確認せずに、モモンガは魔法を発動する。

闇が渦巻いたその扉は、モモンガとベルンエステルを祝福しているかの如く。

潜った瞬間に景色が変わった。

 

目の前には、嘲る表情で固まる数人の騎士の姿。

後ろには、背に大きな傷を受けながらも自らの命を楯に、腰にしがみ付く幼い命を守ろうと必死にもがく少女の姿。

 

モモンガは、己の明確な意思でもって魔法を使用した。

目の前の命を摘み取る為の魔法を。

背の後の命を摘み取らせない為の魔法を。

 

「<心臓掌握>!」

 

モモンガの掌の中で、柔らかいモノが潰れる感触と共に、騎士の一人が崩れ落ちた。

その亡骸をただ見つめる。

突如現れた、異形の存在を前に騎士達は僅かに怯んだ。

その様子にモモンガは苦笑を漏らす。

 

「……女子供は追い回せるのに、毛色が変わった相手は無理か?」

 

「……!……と、隣の少女だ! アイツを狙えぇぇえ!!」

 

流石にモモンガを見て、分が悪すぎると判断したのだろう。

一人の騎士が剣を振り被りながら、ベルンエステルへと迫る。

だが、それは。

 

「――それは悪手というものだ」

 

哀れ。

只の少女と侮った騎士よ。

その少女は……魔女である。

 

「<お行き子猫> 餌の時間よ」

 

「え? ……ぎゃぁぁぁぁぁああああ!?」

 

騎士の悲鳴が響く。

何時の間にか、小さな黒猫の群れが騎士の体に殺到していた。

一匹の猫が目を抉る。

一匹の猫が喉笛を食い千切る。

一匹の猫がハラワタを貪り出す。

 

「だ……ずげ……ぁ゛ぁぁ……ぁあ゛……………………」

 

悲鳴が収まる頃には、猫達はおろか、騎士の姿も消えていた。

残されたのは紅い血溜り。

それが、今の光景が夢でなかったのだと、その場に居る全員に示している。

残る騎士達も、抱き合う姉妹も揃って血の気が失せていく。

 

「あぁ……あ……」

 

「「……っ…………っ…………!」」

 

姿が少女だからと惑わされていた。

隣の異形とは違うのだと、思い込んでいた!

もう、騎士も姉妹も生きた心地がしない。

目の前に居るのは残忍な魔女と、それを従える冷酷な魔王なのだと、気付かされたのだ。

 

 

死の瞬間まで、ナニカに願った者が居た。

 

「せっかく来たんだ。無理矢理にでも実験に付き合ってもらうぞ?」

 

今際の際の祈りは確かに届く。

 

「直ぐに終わっちゃつまらないわ。みっともなく足搔きなさい? そうしたら少しは長生き出来るかもしれないわよ? くすくすくす」

 

 

だが、聞き届けた存在は神ではない。

 

 

カルネの村に、神は居ない。

 

 




如何でしたでしょう。
今話は中盤らへんから、暗めの内容となっております。
何卒、ご容赦いただきたく。

前話『最高のスパイス』で誤字が多くありました事を、この場を借りてお詫びさせて頂きます。
ご指摘下さった『zakojima』様、ありがとうございました。
あと、感想が一気に増えました!
『緋想』様、『神坂真之介』様、『頃宮ころり』様、『タブレット』様
『couse268』様、『あいう』様、『きってすてい』様、『無貌』様
『木屋町の桜』様、『アズサ』様
1日で10名の方々からご感想を頂けました。
評価を付けてくれた方、この作品を読んで下さっている皆様。
とても励みになります。

その中でベルン『エステル』じゃなく『カステル』じゃないのか?
というコメントがございましたので、こちらでも説明させていただきますね。

事実として、『エステル』という表記はワザとです。

この作品内で、『ユグドラシル』というゲームにおいて作成されたオマージュキャラという意味合いもありますが、実は聖書のエステル記も要素に入っていたり、という裏設定があります。
後は、1話での『ギルメン全員からドSの称号を~~』という記述にも絡めていたり。
恐らくは、多くの読者様が疑問に感じていた部分でしょうか。
配慮が足らずに申し訳ありませんでした。
それでは次話にて。
                                     祥雲


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サイコロの目は赤でした。
    いつもと同じ一の目です。

サイコロの目は黒でした。
    偶に出てくる四の目です。

サイコロの目は何でした?
    出た事のない三の目です!



「……っ…………っ!」

 

これはきっと、悪い夢なんだ。

良い子にしてなかったから、いつもお姉ちゃんを困らせてたから、バチがあたったんだ!

 

そんな風に、姉にしがみ付いて震えるネムは考えた。

 

「<中位アンデッド作成 死の騎士>」

 

さっきまで、自分や姉、隣人たちを嘲笑っていた騎士はもういない。

居るのは、怖い魔王と恐い魔女。

なぜなら彼らがもう、笑う事は…二度とないのだから。

魔王ことモモンガは、地面に転がる『騎士だったモノ』に手をかざした。

宙からブワリと、黒い霧が現れたかと思えば、横たわる残骸に溶けていく。

すると、どうだろう。

 

「――ァァ゛」

 

「「ひっ!?」」

 

あらぬ方向に曲がった膝を伸ばして、全身の砕けた関節を無視して、『騎士だったモノ』がゆらりと立ち上がった。

あり得ない光景に、姉であるエンリと悲鳴が重なる。

ゴボリという音がして。

兜の隙間から。

鎧の隙間から。

エクトプラズムの様なドス黒い、粘着質な液体が流れ出す。

 

「……っ……!…………」

 

時間にして数秒。

骨や肉が変わる音が聞こえ。

覆い隠していた闇が消える。

 

背は数倍に膨れ上がり。

左手にタワーシールド。

右手にはフランベルジェ。

身に纏う赤黒いオーラが、脈動する心臓の血管の様に蠢く。

 

『騎士だったモノ』は、覚めない悪夢に相応しい存在へと変わり果てていた。

 

「成功……ですかね……?」

 

「手始めに命令でもしてみたら?」

 

「おぉ、なるほど!」

 

なにか、モモンガとベルンエステルが話している。

だがなにもネムの耳に入らない。

 

―コワイコワイコワイコワイ!

 

悍ましさを増していく現実に身を震わす、幼い少女の耳にはなにも。

 

「では、死の騎士よ。この村を襲っている騎士を―殺せ」

 

「オオォォァァァァアアアア――!!」

 

創造主の命に、死の騎士が咆哮をあげる。

そのまま迷いのなき動きを持って、村の中心へと駆けて行った。

 

「「!!!!」」

 

ネムの体の震えは更に激しさを増し、鳥肌が立つ。

呼吸すら覚束ない。

 

「……いなくなっちゃったよ…………え? あれって主人を守る盾役じゃないの?」

 

「まぁ……大丈夫でしょ。…………ぷ」

 

「……ベルンさん、なんで目を逸らすんです? あ! 笑いましたね? 今、絶対笑いましたよね!?」 

 

「いいえ? モモンガさんが腕をかざして、決めポーズまで披露してくれた事になんて…全然これっぽちも……くすくす!」

 

「…………あ!? 忘れて下さい! 忘れろぉぉお!!」

 

視界もぼんやりして。

その先で、再びモモンガとベルンエステルが話し込んでいる。

 

―自分たちをどう弄ぶか決めてるんだ……!

 

「準備に時間がかかってしまい、申し訳ありません」

 

「……ぁ」

 

振り返れば、新たに『悪魔』が立っていた。

荒々しい曲線を描く角が付いた頬付き兜と、全身漆黒の鎧。

身の丈もある巨大なバルディッシュを手に。

そのなによりも、兜の奥でギラリと光る金の眼が、ネムには堪らなく恐ろしかった。

 

「いや丁度良いタイミングだ。アルべドよ、我らを守護する楯となるのだ」

 

「喜んで『御身を』お守りさせていただきます、モモンガ様! ……そこの汚らわしい下等生物2匹は如何いたしましょう? お手を煩わせるのであれば私が…」

 

「「っっ!!!」」

 

戦斧の切っ先が微かに動く。

 

「待て!?……お前はセバスになんと聞いて来たのだ?」

 

「…………」

 

「呆れた。ちゃんと聞いてないのね」

 

「……っ…………!」

 

が、不思議とネムは震えが若干収まったのを感じた。

先程まで感じていた『重さ』が消えたのだ。

まるで『どこか別の方向に向いた』みたいに。

 

「良いか、アルべド。私とベルンさんはこの村を助ける。敵はそこらに転がっている、鎧を着た者達だ。その娘達ではない」

 

「申し訳ありません、モモンガ様。急ぐ余り失念しておりました」

 

「謝るのは私だけか?」

 

「……いえ。ベルンエステル様もどうか『ご容赦』下さいませ」

 

「くす? 別になんとも思ってないわ。この程度、気にもならない」

 

「…………左様でございますか」

 

「頼むぞ。……さて」

 

遂に話し終えたモモンガが此方を見た。

 

ゆっくりと迫る、骨の指先の所為か。

淡々と見据えるベルンエステルの視線の所為か。

はたまた、微かに揺れるアルべドの所為か。

 

あるいはその全てが理由だろうか

ガタガタと、体の震えが増していく。

姉妹のどちらか、もしくは両方の股間に、生温かい感覚が伝わった。

身を縮める地面をジンワリ濡らす。

 

「――怪我をしているようだな」

 

周囲に漂う、特有のアンモニア臭。

ソレを意に介した素振りもなく、モモンガは何処からともなく出した袋の中から、赤い液体の入った小瓶を取り出す。

幼いネムでも一目で高級品だとわかるガラスの瓶。

それはユグドラシルというゲームで、<下級治癒薬>と呼ばれるアイテムであった。

 

「飲め」

 

無造作に小瓶が突き出される。

ネムの頭上で、姉の表情が恐怖に引き攣った瞬間。

 

「の、飲みます! だから妹にh「!っダメェ!!」……!? ね、ネム!?」

 

小さな運命が確かにズレた。

 

動かぬ体を無理矢理動かして、姉を庇う様に立つ。

いや。

事実庇っている。

膝が笑い、ガチガチと歯が鳴った。

涙と鼻水でグチャグチャの顔を更に歪ませ、ネム・エモットがエンリ・エモットの前に立ったのだ。

 

「……へぇ?」

 

「……むぅ……」

 

その姿にモモンガは困惑した様に動きを止めた。

隣のベルンエステルは、舐める様にネムを凝視する。

 

「ダメ! ダメ! ダメなの!! お姉ちゃんは死なせない!! ネムが守るもん!! ネムばっかが守ってもらっちゃダメなのぉ!! お前らなんか……! お前らなんかぁ……!! …………怖いもんかぁぁああ!!!」 

 

「!?」

 

「くすっ!!!」

 

そう、ネムは目の前の悪夢に啖呵を切った。

目を瞑り、力一杯払われた手が、ポーションに当たる。

小瓶はそのままクルクルと宙を舞い、近くの茂みへと消えた。

 

「こぉんの下等生物がぁあああ!! モモンガ様の恩情で下賜された薬を受け取らない所か跳ね退けるだと!? その罪万死に値する!!」

 

激高したアルべドの矛先がネムに向く。

 

一息もしない内に、自分の命は終わるだろう。

不思議と、ネムに死への恐怖はなかった。

 

「駄目!? 嫌ぁああああ!!!」

 

エンリの悲鳴が響く。

 

―ごめんねお姉ちゃん……大好き

 

最後に幼いネムが抱いたのは、最愛の姉への懺悔と感謝…の筈なのに。

どうして自分はまだ立っているんだろうか?

閉じていた目を恐る恐る開く。

 

「……一体なんの御積りでしょうか? ベルンエステル様」

 

「それはこっちの台詞だわ。モモンガさんは、この村を助けると言ったのよ? そこに村人が入ってないとでも?」

 

ネムの鼻先数ミリ。

アルべドの振るったバルディッシュと、何時の間にかベルンエステルが手にした、半透明な大鎌との切っ先が交差している。

 

「ベルンさんの言う通りだアルべド。少し、後ろに下がっていろ」

 

「…………はい、お言葉に従います。モモンガ様」

 

仲裁に入ったモモンガの言葉で、アルべドはバルディッシュごと後ろへ下がる。

 

一瞥してベルンエステルが鎌を放った。

地面に落ちる寸前に、光る青色の蝶へと変わり、スゥと消える。

先程の茂みから、ヒョイと小瓶を拾うと、事態が呑み込めず固まる姉妹の所まで、静かに近づく。

 

「良い? 此れは治癒の薬よ。傷を治してくれるわ」

 

「「え?」」

 

その言葉は、ネムとエンリにとって予想だにしない展開。

 

「我々は敵ではない。まぁ連れが迷惑をかけたがね……さぁ、早く飲むんだ」

 

慌ててネムは小瓶を受け取ると、姉に飲ませた。

 

「……うそ……」

 

エンリが驚愕の表情で、背中を触る。

そこには傷一つない、真っ白な肌があった。

 

「痛みはなくなったか?」

 

「は、はい……」

 

「あ、ありがとうございます! 魔女様! 魔王様!」

 

「あら? モモンガさん、どうしたの?」

 

「……はは…………このアバターが怖いのは知ってましたよ…………怯えられてましたし?……でも……魔王……まおう……かぁ……」

 

幼子の純粋な評価に沈んだモモンガであったが、すぐに再起動する。

 

「お前達は、魔法……というものを知っているか?」

 

「は、はい。と、時々村を訪れる薬師の…私と妹の友人が魔法を使えます」

 

「ならば話が早いな。我々は魔法詠唱者だ。<生命拒否の繭> <矢守りの障壁>」

 

ネムとエンリの半径3mに、うっすらと光を放つ半円の幕が張られた。

 

「ついでにこれをくれてやろう」

 

言いながら、モモンガは取り出したアイテムを投げる。

角笛に見えるそれ。

<小鬼将軍の角笛>である。

 

「それを吹けば、ゴブリンの軍勢がお前達を守ってくれる。身を守る為に使うと良い。召喚されたゴブリンは死ぬまで消滅しない。逃げる時間稼ぎ位は出来るだろう」

 

「ではな。……ベルンさん行きましょう…………あれ?」

 

それだけ言って、モモンガは歩き出すつもりだったが、ベルンエステルは違った様だ。

未だ姉妹を…いや、ネムに視線を向けたまま。

 

「あんた……名前は?」

 

その瞳は、幼い勇者を映し出す。

 

「ネムです……ネム・エモット」

 

「そう」

 

名乗りに満足したのか、モモンガの隣に並ぶ。

右側にモモンガ。

左側にベルンエステル。

右後方にアルべドがついた。

 

「あ、あの―――助けて下さって、ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます! あ! 魔女様と魔王様のお名前はなんて言うんですか?」

 

「こら、ネム!!」

 

振り返る。

そこには歳相応に瞳を輝かせるネムの姿があった。

エンリが必死に頭を下げさせている。

つい先ほどまでの、表情や行動が嘘の様だ。

 

その問いかけに、モモンガは、様々な思いを噛み締めながら答える。

 

「我が名はモモンガ。そして彼女はベルンエステルさんだ。後ろがアルべド。そして――」

 

かつて、数多の世界に名を馳せた存在があった。

 

誰もが知る最強があった。

 

その名は。

 

 

「―――我らが、我らこそが! 『アインズ・ウール・ゴウン』と知るがいい!!」

 

 




8話目『哭』、如何でしたでしょうか。

まさかなキャラの活躍に、驚かれたのではないかと。
何分、戦闘力皆無ですからね。
だけれど『力』は物理だけじゃないとも思う作者です。
そんなお話でした。
あと、残る騎士の方々の命運が気になるかとは思いますが、カルネ村編は区切りながらお送りしますのでお待ち下さい。

『木戸 神』様、『セネルケウィン』様、『ナナシ』様、ご感想をお寄せ下さりありがとうございます。
『緋想天』様、『アズサ』様、『couse28』様におかれましては、二日続けてのご感想をいただけて大変嬉しいです。
今後も頑張らせていただきます。
ここまでお読みいただいた皆様に改めて感謝を。
それでは次話にて。 
                                     祥雲



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歌劇

人は選択を迫られる。
    決めるのは他でもない、自分自身。

人は決断を迫られる。
    決めるのは誰でもない、自分自身。

だから私は観るのです。

なにより退屈しないから。   



仕事という事柄において、必ず上司・部下という関係が生ずる。

どちらにも、『理想』、『嫌な』、『可愛い』、『気に入らない』etc.

当然、個人個人の抱く印象が存在するだろう。

 

「……ははは。……こりゃ夢か?」

 

「き、きさまら! あの化け物を抑えよ!」

 

そう、叫んだ上司は間違いなく、ロンデスという騎士にとって偶数番の例に該当した。

隊の長という責すら忘れ、剣を向ける訳でもなく喚き散らす低能……いや無能であろう。

真っ二つにされた仲間が見えていないのか!

よくもまぁ、死の騎士を前にそれだけ大声を出せるものだ。

 呆れを通り越して、感心すら湧いてくる。

 

「お、俺はこんな所で死んで良い人間じゃない! お、おまえら時間を稼げぇ! 俺の楯になるんだぁああ!」

 

「「「……」」」

 

誰も動かない。

ロンデスも、他の騎士も。

騎士たる矜持すらなく、金や女といった我欲に溺れる。

二言目には金・金・金。

そんな上司―ベリュースを助けようとする者はいなかった。

自分達ですらはっきり聞こえる大声だ。

それが聞こえぬ死の騎士ではない。

ゆっくりとベリュースに向き直る。

 

「ひぃぃいいぃいいいい!?」

 

死の騎士の持つフランベルジェの刀身に、恐怖で歪むベリュースの表情が写り込んだ。

 

「か、かね! 金をやる!! 200金貨ぁ!! いや! 500金貨だっぁああ!!」

 

かなりの金額。

実際、それだけあれば1年は優に暮せただろう。

しかし、500mの断崖絶壁から紐なくして飛び降りろ、そう言われてやるのは馬鹿か自殺願望者だけだ。

そんな中、1人だけ動いた。

 

「ォボボォォオァォォォ…………」

 

ベリュースの背後。

さっき真っ二つに斬られた仲間。

その右半身だけが動き出し、ベリュースの足首を掴んだのだ。

 

「――お? ぎゃぁぁぁぁぁあああ!?」

 

<従者の動死体>

 死の騎士が倒したターゲットも、アンデッド化するというユグドラシルの設定。

それは異世界でも変わらない様だ。

 干からびた生気を感じさせない顔が笑っている。

ロンデスにはその笑みが『元部下のよしみだろぅ? 隊長殿ぉ……』と言っている様に感じてしまった。

ベリュースは情けなく失神して、倒れる。

無防備な姿を晒したベリュースの腹に、死の騎士のフランベルジェが突き立てられた。

ビクンと身体が跳ね上がり。

 

「お……おぉぉぁぁぁあああああ!!」

 

苦痛で意識を取り戻したベリュースの絶叫が響く。

 

「たじゅ、たじゅけてぇ! おねがいじまずぅ! なんでもじまじゅぅう!」

 

少しでも痛みから逃れようとするベリュースを嘲笑いたいのか。

死の騎士は上下に剣を動かし続けた。

全身鎧ごと、豆腐にでも刺しているみたいに貫通。

大量の血が周囲を濡らす。

 

「ぎゃぎゃぎゃぎゃ……!……ぁ……ぉ……ぉかねぇ!……ぉあぁぁ……おがねあげまじゅ……ぅぉぇえ……おだじゅげ――――」

 

ベリュースの体が大きく何度も跳ね、何度も剣で体を刻まれ、力が抜ける。

中心部がミンチとなったベリュースに興味が失せたのか。

はたまた満足したのか。

死の騎士はベリュースの残骸から離れた。

 

「……いやだ、やだ、やだぁ」

 

「かみさまぁ!」

 

錯乱した様に悲鳴が騎士達から上がる。

残るか逃げるか。

生きるか死ぬか。

ロンデスの出せる答えは一つしかない。

 

「―落ち着け!!」

 

たった一言の咆哮でピタリと、騎士達の悲鳴が止まった。

 

「――撤退! 撤退!! 合図を出し、馬と弓騎兵を呼べ! 残りの人間は笛を吹くまでの時間稼ぎ!! あんな……あんな死に方はごめんだ! 行動開始!!」

 

どの口が言うのか、ロンデスは胸の中で思う。

人類の為と殺し続けてきた自分が。

人類の為と罪なき村々を焼いてきた自分が。

笑い話にもなりはしない。

その間にも体は動く。

前に後ろに。

それぞれが生き残る為に。

過去最高の練度をもって、騎士達は一斉に各々駆け出した。

 

「オオオオオォァァァァアアア!!」

 

下がった騎士が剣を捨て、背負い袋から笛を取り出したのを合図に、死の騎士も動き出す。

死の騎士の盾が振るわれ、一人が吹き飛んだ。

煌くフランベルジェの閃光で、一人の胴体が上下に別れる。

 

「デズン! モーレット! 剣で殺された奴の首を刎ねろ!! アンデッドになる!!」

 

死の騎士は止まらない。

再び盾が振るわれ、一人がひしゃげて吹き飛んだ。

身を守ろうと受けた盾ごと、また一人両断された。

仲間が次々死んでいく。

 

―クソ! クソ! クソ!!

 

ロンデスは戦慄に支配されながらも、剣を構え死の騎士を対峙する。

自分は死ぬだろう。

あの死の具現からは逃げられはしない。

なれど。

 

「……亡者如きが! 人間をぉぉおお! なめるなァァァアああ!!!」

 

この剣は届かず、自分は散るだろう。

 

―構うものかよ

 

この一撃は自身の誇り。

この一撃は己が到達点。

この一撃を!

我が生き様と…………死に様と知るがいい!!

 

ロンデスと死の騎士は同時に一閃。

 

「……ははは…………どうだ……ざまぁ……み……」

 

クルクルと宙を舞うロンデスの首。

その口元は……笑っていた。

ロンデスと死の騎士は、レベル自体、2倍以上も開きがある。

武器も当然同様だ。

ロンデスの剣は粉々に砕け散っている。

ならば死の騎士の剣はどうか?

握られた剣は…………

―ピキ―

確かに聞こえたその音を最後に、ロンデス・ディ・クランプの意識は閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……素晴らしい。確固たるレベル差がありながら、あの一撃…やはりこの村へ来て正解でしたね。レベルは絶対ではないという証明になりました」

 

その遥か上空。

認識阻害の魔法を掛けたモモンガ一行が浮かんでいた。

 

「感心するのも良いけど、そろそろ降りたら? 残った連中、小鹿みたく震えてるわよ?」

 

「え? ……あ、本当だ。でも降りたら降りたで、俺こんな顔ですよ?」

 

ベルンエステルにモモンガは、自分の顔面を指差した。

眼下の死の騎士よりも怖い骸骨フェイスがそこにある。

 

「モモンガ様のご尊顔は世界一見事でございます」

 

「いや。あんたにはそうでも、ニンゲンには違うでしょうが」

 

「そうだぞ、アルべド。このままでは円滑なコミュニケーションを図れない。それは情報を得たい私にとって、大きな痛手だ」

 

「も、申し訳ありません。しかし……それならば、一体どうなさるのでしょう?」

 

アルべドの問いに、モモンガは悩んだ。

解決するアイテムを自分は持っている。

 

<嫉妬マスク>

それは、ユグドラシルに1年に一度無料配布される。

恋人達の聖夜たるクリスマスイブに、19時~22時までログインしていたプレイヤーに贈られた。

並びに拒否権はないという、運営の愛がヒシヒシと伝わってくる一品。

 

―余計なお世話だよ畜生! どうせ俺なんて! 俺なんてぇぇえ……!!

 

悲しみに止まったモモンガに、天の助け…いや、魔女の助けが降りた。

 

「ちゃんと考えてるわ、アルべド。さぁ、モモンガさん。コレを被れば解決よ」

 

『モモンガさんの事だからどうせ、嫉妬マスクでも被ろうとしてたんでしょう?』

 

「!!」

 

『ありがとうございます、ベルン姉さん! いや、姐さん!!』

 

ギュリュン!

骨はこうも回るのか。

驚きながらも、ベルンエステルから差し出されたモノを受け取った。

 

「ふむ……ありがとう、ベルンさ…………」

 

そして、再び固まる。

 

「? どうなさいましたか、モモンガ様? 至って普通の被り物かと」

 

アルべドの声はどうでも良い。

いや、どうでも良くはないが、今は手にしたモノが優先だった。

 

『……ベルンさん…………コレ……なぁに?』

 

『山羊よ』

 

『え? なんて?』

 

『黒山羊さんよ』

 

 二度目の確認を経て、漸く現実を直視した。

 

漆黒の毛に覆われた勇ましいフォルム。

勇ましく反り返った角。

爛々と輝く深紅の瞳。

 

『私のお気に入りなの。きっとモモンガさんに似合うわ。なんならセット衣装もあるんだけど……くす』

 

まごう事なき山羊の被り物だった。

 

「…………」

 

「まぁ!! 良くお似合いでございますわ、モモンガ様!!」

 

無言でソレを被る。

アルべドからは称賛の声が。

しかし、自分達を神の如く崇めてくるNPC達だ。

その筆頭たる彼女の意見は、残念ながらモモンガには、信じる事が出来なかった。

 

『……ねぇ……ベルンさん……正直に答えて下さいね……本当に…………似合ってます……?』

 

『えぇ。お腹がねじ切れちゃいそうな位に。さぁ、モモンガさん? 選ばせてあげる。なにも知らない連中の前を好い事に、あの嫉妬マスクを堂々と見せびらかして被るのか?

なにも知らない連中の前で良い事に、私とアルべドが絶賛する黒山羊マスクを被るのか?

二つに一つよ? くすくす』

 

『くぅ!?』

 

モモンガは考える。

仮に嫉妬マスクを被ったとしよう。

あの非リア充の象徴を堂々とひけらかす事になる。

どう見ても怪しい不審者だ。

仮に黒山羊さんを被ったとしよう。

あの雄々しいフォルムから、低音の声が聞こえる。

どう見ても危ない不審者だ。

 

―どっちも無理ぃぃい!? 絶対ムリィィイイイ!?

 

「モモンガ様?」

 

「モ・モ・ン・ガ・さ・ん♪」

 

「………………」

 

―俺は……俺は…………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「死の騎士よ、そこまでだ!」

 

その声は、地獄に良く似合っていた。

騎士だけでなく、中央に集められ怯えきっていた村人の視線が一気に集まる。

 

「初めまして諸君。我々の名は『アインズ・ウール・ゴウン』という」

 

それは悍ましい出で立ちだった。

黒々とした山羊の精巧過ぎる被り物を被る『3人』の集団。

それぞれが山羊頭から下の装いが異なる。

高級そうなドレスを着た者。

漆黒の鎧に包まれた者。

そして、先程から恐ろしさを感じさせるくぐもった低い声を響かせる、豪華なガウンを着込んだ者。

黒山羊の集団は、死が溢れたこの場所において、一際異彩を放っていた。

当然、誰も言葉を発せない。

発すればどうなるかわからないという確信に似た感情が、この場に居る全員に共通していたからだ。

 

「投降するならば命は助けよう。まだ戦いたいというならば―――」

 

被り物である筈の深紅の目が、爛々と光った。

まるで獲物を嘲笑うかの様に。

カランと、音がした。

続けて一回、二回、三回…

残る騎士達全員が剣を手放す。

 

「ふむ? よほど疲れたとみえるな……しかし、死の騎士の主人たる私を前に頭が高い。それともその首、要らんのか?」

 

騎士達は黙って頭を垂れた。

臣下でも巡礼者のどれでもない。

刑を待つ、咎人のそれで。

 

「諸君には生きて帰って貰おう」

 

「そして、あんた達の飼い主に伝えなさい?」

 

それぞれ残る騎士の内、光栄にも選ばれた1人の目の前に、山羊の顔があった。

片方の山羊が兜を剥ぎ取る。

片方の山羊が優しく顔を撫でる。

疲労と恐怖で濁り切った騎士の瞳と。

燃える4つの深紅の瞳が交差した。

 

「この辺りで二度と、騒ぎを起こすな」

 

「もしまた騒いだら、あんたの国に、素敵で無様な死を届けに行ってあげるってね」

 

騎士は頷く。

何度も何度も。

壊れたゼンマイ人形の様に首を上下に動かす。

 

「行け。確実に主人に伝えろよ?」

 

「もし、伝えなかったら…………くす……くす……」

 

騎士は幾度も転びながら、必死に走った。

早くしないと!

速くしないと!

後ろから死が追ってくる!!

そんな疑心暗鬼に憑りつかれてしまった騎士には、走る事しか残されていなかった。

 

「演技って……疲れますね……」

 

「あら? 随分堂に入ってたわよ? 流石はヤギンガさん」

 

「え? 俺これからもこのままですか!?」

 

「遠慮しなくていいわ、あげるからソレ」

 

「喜んで遠慮します!!」

 

小さくなっていく騎士の背中を見ながら、黒山羊さんこと、モモンガは呟いた。

隣の黒山羊さんこと、ベルンエステルも続く。

コントに走りかけた所で、後ろに村人の視線がある事を思い出す。

距離が離れていて聞こえていなかったのが、唯一の救いだった。

 

「さて、諸君達はもう安全だ。安心してほしい」

 

「その通りよ。悪い騎士はもういないわ」

 

「あ、あなた方……いえ……あなた様方は……?」

 

村の村長らしき、初老の男性が口を開いた。

その視線はチラチラと死の騎士に向けられている。

まぁ、あんなのが傍にいたら、気が気でないのも頷ける。

 

「我々はこの村を助けに来た、魔法詠唱者だ。あっちの死の騎士は私の支配下にある。諸君らに危害は加えさせないから心配しないで欲しい」

 

「おお……なんと……なんとお礼を言ったらよいか…………!!」

 

村長(仮)は、涙を流しながら礼を言ってきた。

その視線は既に死の騎士から、外れている。

 

『あれるぇ? この村長っぽい人……チョロ過ぎません?』

 

『恩人に向ける態度ならこんなもんでしょ。それにモモンガさん、死の騎士の支配権が自分にあるって喋っちゃったじゃない。むしろ当然の態度だと思うけど?』

 

『ぁ』

 

『これで私達のまとめ役は、モモンガさんだって刷り込まれたでしょうね? 頑張りなさい。応援だけはしてあげる。くすくす』

 

『い、今のナシ! リテイクを要求します!!』

 

「まぁ、私達も決して親切心や正義感から来た訳じゃないの。詳しくは隣の『代表』から話があるわ」

 

『あぁ!? なんて事言うんですかぁああ!?』

 

「む、村は今、こんな状況でして…大したお礼なんて…」

 

「その事だけど、あんた達もやる事あるでしょう? ここに来る前に姉妹を助けたの。その2人も連れてくるから、どっかで話せないかしら」

 

「そ、それでしたら、私の家にご案内を……」

 

『オカケニナッタバンゴウハ、ゲンザイ、オツナギスルコトガデキマセン』

 

『え? これは着信拒否!? そんな機能あったのか!?』

 

『くす。嘘よ』

 

『べ、ベルンさん! 流石に怒りますよ!?』

 

『実はその山羊…………何時でも消せるのよねぇ?』

 

『わーい! 俺、頑張っちゃうぞぉお!!』

 

『くすくす。最高よ、モモンガさん』

 

 

かくして、カルネ村は一先ずの危機を乗り越えた。

 

この日の出来事を、彼らは生涯伝える事となるだろう。

 

『アインズ・ウール・ゴウン』

 

かつての伝説の続編は、この村より始まるのだから。

 




9話『歌劇』如何でしたでしょうか。

活動報告に書かせて頂いておりましたが、投稿・並びにご返信が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
今話は、カルネ村編の折り返し地点となります。
嫉妬マスクは…御蔵入りと相成りました。
今後の出番をお待ち下さい。
こんなお話でしたが、少しでも楽しんでいただけたらと。

ご感想を下さいました、『yoshiaki』様、『kei』様、『ヤンバル』様。
並びに、またもご感想をいただけました『緋想天』様、『couse28』に感謝の言葉を。
ありがとうございます。
また、この作品をお読みくださっている皆様にも、心よりお申し上げます。
今後も頑張りますので、是非、ご期待下さい。
それでは次話にて。
                                    祥雲


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モラトリアム

無知が一番好ましい。
   好きな音色に染まるから。

無知が一番痛ましい。
   当たり前すら持たぬから。

無知が一番勇ましい。
   隠した恐怖を知らぬから。



村長宅での対談は、終始、モモンガのペースで行われていた。

 

村を救ってくれた事への礼から報酬の話へ。

彼らが提示した金額は、この世界の銅貨3000枚というもの。

しかし、この世界のソレがどの程度の価値かわからなくては、yesと言えないのもまた事実。

 

「ふむ? つまりこの硬貨はこの辺りでは使われていないと?」

 

「はい。加えて美術品としての価値もございましょう。秤でみても、その金貨1枚で交金貨2枚と同じ重さ。王都の蒐集家ならば、ご納得いただける額をご掲示するでしょうが……」

 

だからこそ、手持ちの余っている金貨を見せてみたが『この世界では貴重そう』という答えしか得られなかった。

しかも言外に、村としては払えないと伝えられてしまい、お手上げである。

 

「なるほど。この金貨はこちらではコウキンカ2枚に相当するのですか。いやはや、何分遠い辺境の地から参りましたもので」

 

「やはりそうでしたか…………そのお被りになられている物も、なにか意味が?」

 

「え?」

 

村長に言われて気付いた。

 余りに自然に会話が進む上に、違和感を覚えなかった所為ですっかり忘れていたのだ。

大真面目な会話の最中、自分が山羊面で話し込んでいたという事実に、密かにモモンガの体が光る。

 

「ぇ……ぇえ! 私達は、ナザリックという所で魔法の研究をしていた魔法詠唱者でして。この被り物は…………そう! 魔獣や魔物の使役効果を高めるというモノです!」

 

―違うよ!? 俺に嫉妬マスクを晒す根性がなかったからだよ!!

 

「おぉ!! なんと凄まじいマジックアイテムなのでしょう。そんな物を身に着けておられる皆様は、さぞ、お国ではご高名な方々なのでは?」

 

「まぁ……それなりには……」

 

方々……つまり、自分達アインズ・ウール・ゴウンが褒められて嬉しいモモンガだが、素直に喜べなかった。

褒められるきっかけが山羊なら仕方ないかもしれないが。

そんな事は露知らぬ村長の、『口撃』は止まらない。

 

「それほどの強き方々であり、その『代表』であらせられるモモンガ様には、大変申し上げにくいのですが……」

 

―はぅ!? だ、だいひょう

 

「事実。この村は決して多くない働き手を失いました。強者である皆様には、銅貨3000枚程度ではご納得いただけないのも重々承知! ……この村のある限り、私やその末代まででも支払い続けるとお約束いたします!! 何卒、分割という形でお願い出来ませんでしょうか?」

 

―な、なんか色々勘違いされてるぅう!?

 

モモンガの戦慄は止まらない。

ぶっちゃけ、目の前の老人が勝手に拡大解釈した結果なのだが。

因みにこの間。

アルべドは背後に控え、ベルンエステルは隣で黙って座っている。

話しているのはモモンガだけで、他は無言。

更には全員山羊頭という絵面。

モモンガが村長の立場なら、絶対に関わりたくない。

全力で逃げる自信があった。

 

『ベルンさ『コノバンゴウハ、ゲンザイ……』ってまたかぁぁぁあ!?』

 

助けを<メッセージ>で求めるも、そう何度も魔女の助けは得られない様である。

 

―くっ! えぇえい! やると言ったのは俺だ! やってやんよぉぉおお!!

 

決意に燃えるモモンガの気配が漏れ出たのか。

村長はビクリと身体を震わせた。

 

「……村長殿」

 

「! や、やはり駄目でしょうか!?」

 

「いえ。報酬は要りません」

 

「「「!?」」」

 

そのモモンガの言葉に、村長と控えていた妻、さらに今まで空気だったエモット姉妹が驚きの表情を浮かべる。

因みに、エモット姉妹に関しては村長夫妻の後ろにずっと座っていた。

 

「? なんで? 魔王様はお金要らないの?」

 

「こ、こら!」

 

カルネ村サイド全員の疑問を、ズバリ、ネムが言い切った。

隣で必死になっているエンリの姿が嫌に涙を誘う。

さて。

此処で客観的にこの場を見るとしよう。

 

ある村が滅亡の危機に瀕した所を、絶大な力を持った魔物を使役する、山羊頭の集団に助けられる。

その者達は、瞬く間に村を危機から救い、死者の弔いの時間すら与えてくれた。

あまつさえ、助けた報酬を要らないという。

 

……実に怪しい。

どう考えても裏があるとしか思えない。

 

「……そちらが気付かれた通り、我々は祖国では名のある存在だった。勿論、多少の財も持っている。だがそれはあくまで『祖国』での話であり、『この国』の話ではない」

 

「あ……なるほど……」

 

その言葉にエンリは納得した様だ。

村長夫妻も頷いているが、ネムだけは首を傾げていた。

 

「え~? わかんないよぅ…………魔女様! 教えて!!」

 

―なん……だと……!? そこでベルンさんに振るのか!? いや、振れるのか!?

 

モモンガの内情こそ、再びこの場にいる全員の意見の代弁だろう。

みれば、ネム以外は冷や汗がダラダラである。

 

「……つまりね。モモンガさんも私達も、今見せたみたいな手持ちがあるから、お金に困ってはいないのよ。むしろ欲しいのは情報だわ」

 

「「「「!」」」」

 

―喋ってくれた!? その通りですベルンさん! でも……なにより、幼女スゲェェ!?

 

「ん~?」

 

「くす。つまりね? 『遠い所』から来た私達は、あんた達が当たり前に知っている知識がないの。お金の価値や物の相場とかね。もしあんたが、リンゴを買おうとして値段がわからない。でもお店の人は銅貨10枚で良いって言ったらどうする?」

 

「あ! わかった! ネムが騙されちゃうかもしれないんだ!」

 

「そういう事。ね? 情報って大事でしょ?」

 

「うん! ありがと、魔女様!!」

 

「「「「ほっ」」」」

 

 気付けば全員が同時に胸を押さえていた。

その中にはモモンガも含まれている。

 

「……という訳です。対価として我々は情報を要求したい。加えて、我々に情報を教えてくれたという事を、決して外部に漏らさない事。以上をもって、今回の報酬とさせて頂きたいのですが」

 

「願ってもない事でございます!! 決して、外部はおろか、この場以外に漏らさないとお誓いしましょう!! ありがとうございます! ありがとうございます!! アインズ・ウール・ゴウンの皆様方!!」

 

村長が机に煌く頭を擦り付ける。

他の者も、同じように頭を下げた。

 

『……ベルンさんって……子供好きなんですか?』

 

『は?』

 

『いや……だって、普通に喋ってましたし……俺には拒否ったのに……』

 

『くす……? なにモモンガさん? 妬いてるの? あんな子供に?』

 

『え!? ち、違いますよ!?』

 

『くすくす。恥ずかしがらなくっても良いのに。わかったわ。今度からは、赤ちゃん言葉で話してあげる』

 

『ナマ言ってすいませんでした!!』

 

『なにをあやまってるんでちゅかぁ? ドイツ語でおはなしちまちょうねぇぇえ? くすくすくす!』

 

『いやぁぁあああああ!?』

 

なんやかんやで、会談は進んでいく。

村長とベルンエステルのダブルコンボに晒されつつも、モモンガはこの世界の情報を聞き出していった。

 

 

 

モモンガの精神が良い感じにすり減った頃。

村では葬儀が執り行われていた。

一応、ベルンエステルの言葉遣いは元に戻った事をお知らせしておこう。

一体何回、モモンガが光ったのかは、彼の名誉の為に伏せるが。

さて。

みすぼらしい策に囲まれた墓地に、村人が集っている。

その様子を少し離れた場所から、モモンガ達は眺めていた。

と、横に影が一つ増える。

 

「八肢刀の暗殺蟲?」

 

モモンガは思い出した。

 そういえば、セバスに隠密性の高い奴らを送れって言ってたなと。

 

「うむ。ご苦労。如何したのだ?」

 

後でセバスに礼を言っとこうか…そう考えたモモンガの至って普通の考えは、次の言葉で砕け散る。

 

「はっ。私以下、400の僕がいつでも御方々のお声一つでこの村を襲撃出来る様に、手筈を整えてございます」

 

―what?

 

はて、襲撃とは一体。

何処で、命令がねじ曲がったというのか。

 

「……襲撃の必要はないぞ。既に問題は解決したからな」

 

「お疲れ様。で? あんた達を指揮してるのは?」

 

「はっ。アウラ様とマーレ様です。他の守護者の方々はナザリックの内外の警備をしておられます」

 

「そう。なら待機よ。皆にそう伝えなさい」

 

「はっ」

 

そう言って、八肢刀の暗殺蟲は消えた。

視線を戻せば、エモット姉妹が泣き崩れている。

背を向けた夕日が濃くなっていく。

地面に映る影は、山羊だった。

その影にまた精神が静まるモモンガだったが、既に慣れたもの。

気持ちを切り替える事を覚えた様だ。

葬儀も一段落し、そろそろ帰ろうかとモモンガが考え始めた矢先、村長の様子が一変した。

 

「「チッ」」

 

また、厄介事かと、モモンガとベルンエステルの舌打ちが重なる。

 

―あぁ……帰りたいなぁ…………

 

そんなやる気の無い言葉を思いつつも、村長の元へと近づいた。

毒を食らわば皿まで。

普段からくらっている魔女の毒に比べれば、大した事もないだろう。

 

『……今、失礼な事を考えなかったかしら?』

 

『滅相もございません!!』

 

―っぶねぇぇえ!?

 

モモンガは震えた。

どうやら魔女の勘は、今日も冴え渡っているらしい。

 

「……どうされましたか?」

 

「おお、アインズ・ウール・ゴウンの皆様方……実は……」

 

村長の話を纏めると。

この村に向かってくる戦士風の集団がいるらしい。

潜んでいる僕から伝達がない事を考えれば、危険は低そうだが、一応警戒しておくに越した事はないだろう。

 

「わかりました。村人を至急集めて下さい。場所は…村長の御宅が良いでしょう。村長は我々と共に広場まで」

 

「は、はい」

 

村長の様子は怯えたものだ。

まぁ、一日に2度目の襲撃があるかもしれないと考えれば、当たり前の反応だろう。

そのまま、見晴らしの良い広場まで歩く。

確かに、此方へ向かってくる一団がいる様だった。

 

『? 武装がバラバラですね? 正規の兵団ではないのでしょうか?』

 

『さて……見た感じは如何にも歴戦の傭兵団って主張してるけど』

 

そして一団が広場へ到着する。

砂埃を上げながら、先頭の人物が馬を止めた。

ベルンエステルの言葉通り、屈強さと厳格さを感じさせる。

その人物はこちらを見て……

 

「私は、リ・エスティーゼ王こ…………何故山羊? しかも無駄にカッコいいじゃないか……」

 

 頬を染めてきた。

被り物へ向けられているとは理解出来ても、モモンガは心がざわつくのを止められない。

 

『……くっ……熱い視線を送るな!? ガチムチに見つめられても全然嬉しくないよ!? むしろ見るんじゃねぇぇぇええ!! お願い! こんな俺を見ないで!!!』

 

『……ほら。やっぱりわかる人にはわかるのよ。さぁ、モモンガさん。もっと堂々としなさい。今の貴方は客席の視線を一身に集めているのだから』

 

『嫌だよ!? むしろ分散して下さいよぉ!? ほら! あと2人いますよ!! ってなんで俺しか見ないんだこのホ○野郎!?』

 

原因としては、ただ、モモンガが一番先頭に立っている所為である。

 

「コホン。失礼した。私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らして回っている帝国の騎士達を討伐する王命を受け、村々を回っているのだ」

 

「王国戦士長……」

 

村長が呟く。

さっきまでモモンガが聞いた情報の中に、国々の名前はあったが、目の前で名乗られた人物の情報はなかったのだ。

 

―この爺……

 

軽い苛立ちを覚えるも、モモンガは問う。

 

「……一体、どの様な人物でしょう?」

 

「行商の話では、かつて王国で開かれた御前試合で優勝を果たし、王直属の精鋭兵士を纏める立場の方だとか……」

 

―それめっちゃ重要情報じゃん!?

 

『へぇ……このガチムチがねぇ……』

 

『……ベルンさん? なんで俺と交互に見比べるんです?』

 

『他意はないわ。似合ってるとだけ』

 

『ソレはこの山羊ですよね? 山羊だって言ってよ!?』

 

『実に似合ってるわ』

 

『ベルンさん! 主語! 主語って大事!!』

 

『……電波が悪いわね……切れるわよ』

 

『まさかの電波障害!? ねぇよ!? って繋がらない!? マジでなんか裏技あるんですか!?』

 

その真実は魔女のみぞ知る所である。

ついにガゼフの視線が村長に外れた。

内心モモンガもガッツポーズ。

 

「この村の村長だな。隣にいる雄々しさを感じさせる山羊頭の御仁と、後ろの御婦人方が一体誰なのか教えて貰いたい」

 

―コイツ……! 俺なら絶対に突っ込まない所に正面からいくだと!? 負けるか!!

 

「……それは及びません。はじめまして、王国戦士長殿。我々はアインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士に襲われているのを偶々見つけまして、助けに来た魔法詠唱者です」

 

「!」

 

勇気を振り絞ったモモンガの言葉を受けて、ガゼフが馬から飛び降りる。

後ろでアルべドが動く気配があったが、手で制した。

内心はガクブルだったが。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない!!」

 

ザワリと。

両方の側で空気が揺らぐ。

 

「……いえ。我々も報酬目当てでしたから。お気になされず」

 

「ほう? となると、冒険者かなにかで? 山羊頭の冒険者チームというのは、耳にした事がないのだが……」

 

「ぅ!……いえ。我々は世界を旅して見聞を広めているのですよ。この国はまだ入ったばかりですので」

 

「なるほど。異国の方々であったなら納得がいく。優秀な冒険者で、魔法詠唱者である貴殿のお時間を奪って申し訳ないが、村を襲ったという輩について、いくつかお話をお聞かせ願いたい」

 

「構いませんよ」

 

それから幾何かの情報交換の時間となった。

村長を交え、説明をする。

途中、すっかり存在を忘れていた死の騎士をガゼフが見て驚愕した。

この世界で、死の騎士といった魔物を自在に使役できる存在は稀なのである。

ガゼフの警戒心が上がるのも、無理はない。

 

「……すまないが、アインズ・ウール・ゴウンの方々。その被り物を取っていただいても?」

 

「お断りします。コレは魔獣や魔物の使役能力を向上させるマジックアイテム。我らの内、一人でも外せば途端に、死の騎士は暴れ出すでしょうね」

 

「! ……それは取らないでいただいた方が良さそうだ。失礼をした」

 

「ここではなんですし、私の家までご案内を……」

 

村長が口を開いたその時。

1人の騎兵が広場へと駆けこんだ。

額の大粒の汗からも、今から伝えられる情報の重要性が表れていた。

騎兵は大声で叫ぶ。

 

「戦士長! 周囲に複数の人影アリ! 村を取り囲む形で接近中!!」

 

「「「!!」」」

 

「そ、そんな!?」

 

村長の悲痛な叫びが広場に響く。

 

平穏を取り戻した様に見えたカルネ村。

 

脅威はいまだ過ぎ去ってなかった様だ。

 

『……あふ……飽きたわね……私、先に帰って良いかしら?』

 

『やった、繋がった!! って駄目ですよ!?』

 

……

…………本当の脅威は呑気に戯れている事を、まだ誰も知らない。

 




10話『モラトリアム』如何でしたでしょうか。
遂に二桁突入です。
今話もお楽しみいただけましたかね?
ちょっとだけ、モモンガさんの成長が…1行あります。

ご感想をいただきました、『billy003』様、『ももりもり』様、ありがとうございます。
『ジョンガリ』様はご感想並びに誤字のご指摘を。
『黒帽子』様も誤字のご指摘に感謝いたします。
『緋想天』様は、毎回のご感想を誠にありがたく思います。
投票いただいた方、今回もお読み下さった皆様にも、等しく感謝を込めて。
お気軽にメッセージ等もお待ちいたしております。
それでは次話にて。
                                   祥雲


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因果応報

槽の中の魚は幸せでした。
    餌に困りはしないから。

槽の中の魚は幸せでした。
    餌の種類を見ないから。

槽の中の魚は幸せでした。
    餌と疑いもしないから。
    


カルネ村から少し離れた小高い丘の上。

一陣の風が、そのくすんだ金の髪を撫でた。

 

「各員傾聴」

 

低い声が風に乗り、丘を巡る。

 

「獲物は檻に入った」

 

何処までも平坦な声。

 

「汝らの祈りを神に捧げよ」

 

しかし、その双眸は、強い光を灯している。

彼こそ、スレイン法国特殊部隊。

亜人や異端の殲滅を主とする陽光聖典が部隊長。

『ニグン・グリッド・ルーイン』

以下、最難関の狭き門を潜り抜けてきた精鋭達30余名。

 

「……さて。では、作戦を開始する」

 

そして、丘の上に天使が舞い降りた。

これより先は、神罰の時間なり。

 

 

 

だから―これは当然の未来であったのだろう。

 

 

 

「…くく…はははは! この程度か? この程度の力で我々を? 『アインズ・ウール・ゴウン』を相手にしようと本気で思ったのか? だとすれば可愛すぎるぞ、貴様ら」

 

目の前で、漆黒の山羊の被り物を被ったナニカが嗤う。

 

「くすくす……本当だわ。従えてた天使にしたって、『その辺の雑魚』だもの。あぁ……出し惜しみしてるの? 力はイマイチだけど、笑いのセンスだけはありそうね」

 

目の前で、漆黒の山羊の被り物を被ったナニカが嗤う。

 

「……あり……えない…………なんだ貴様らは!? ありえん!! ガゼフ・ストロノーフを何処へ……いや、どうやって、あの数の天使を……!!」

 

 目の前で起きる、理解を超えた出来事の連続に、ニグンは叫ぶ。

ガゼフを追い詰め、後は止めを刺すのみ。

そう、自分達は勝っていた。

勝てたのだ!

 何時の間にかガゼフと入れ替わって現れた、山羊頭の可怪しな集団が蹂躙するまでは! 

 

「ただの<負の爆裂>だろう? ……あんなので消えるなんて、やっぱり見た目通りの雑魚なんですかね? 監視の権天使っぽかったですし」

 

「それにさっきから向こうが使ってるのも、ユグドラシルの魔法だわ。やっぱり、ただの異世界って訳でもなさそうよ」

 

「う~ん……これは要検証ですね」

 

「あら? 目の前にとっても手ごろな『サンプル品』があるわよ?」

 

「確かに」

 

40体以上はいた天使が、一瞬で砕け散った。

隊員達が血反吐を吐きながら習得した、人類最高峰たる第三位階の魔法ですら、山羊頭達には平然と障壁を展開して防がれる。

そしてなにより、何故狩る側の自分達が狩られようとしている!?

ニグンの思考はズタボロであろう。

だが、その位でニグンの信仰心は揺るがない。

彼の唯一の矜持は、まだ折れていなかった。

 

「認めん! 断じて認めん!! 我らは陽光聖典!! 貴様ら異教徒なんぞに! 敗れて良い筈がないのだぁぁぁああああ!!」

 

「「「!」」」

 

その叫びに、先頭の意思を失いかけていた隊員達も途端に構え直した。

 

「ほぅ? やはり長が有能ならば部下はついて来るのだな。え? 異教徒?」

 

「黒山羊さんだからじゃないの?」

 

「モモンガ様は、私の最高の主人にございますぅ!!」

 

「あ。はい。そうですね……そうだよなぁ……はは……」

 

ついさっき鉄のスリングを撃ち返して、隊員の頭を炸裂させたアルべドが、クネクネと気色悪い動きをしている。

 先頭のモモンガが額っぽい所を押さえた。

 

―! 隙を見せたな!! その余裕を後悔するが良い!!

 

「最高位天使を召喚する! 時間を稼げ!!」

 

ニグンは懐から、中央に何かが埋まったクリスタルの塊を取り出した。

今回のガゼフ暗殺の切り札。

神官長より賜った、スレイン法国の至宝が一つ。

中には200年前、猛威を振るった魔神を滅ぼした最強の天使を召喚する魔法が込められている。

そのクリスタルを天へ掲げ……

 

「見よ! 最高位天s「……なぁんだ。最高位、なんて言うから熾天使級かと思えば……主天使級じゃない」……ぃ……ぁ……!?」

 

気付けば、ベルンエステルが、ニグンの肩越しにクリスタルを掴んでいた。

 

「それにコレ。<魔封じの水晶>よね? ……ユグドラシルのアイテムも存在する……と。あぁ、もう良いわ。続けて結構よ」

 

ブワリと、ベルンエステルの体を闇が包んだと思えば、向こうのモモンガ達の隣に立っている。

 

「……なん……なんだ…………なんだ、貴様らは!? ……まぁ良い! その余裕もここまでだ!!」

 

改めてニグンはクリスタルを天に掲げた。

 

「出でよ! 威光の主天使ィィィィイイイ!!」

 

草原を眩い光が包み込む。

顕現するのは光り輝く翼の集合体。

間違いなく、ニグンの叫んだ名の通り。

ユグドラシルにおいてのモンスター名と同じであった。

 

「ははは! どうだぁあ! これぞ最高位天使の姿!!」

 

ニグンは掴んだと確信する。

勝利への切符を、掴んだのだと。

 

「なんという事だ……実にくだらん」

 

「は?」

 

「全くね。そんな『大して変わらない雑魚』如きで、私達に勝てるだなんて……」

 

「「本当、不愉快だ(わ)」」

 

「……な……ぁ……ぁ……」

 

ニグンは言葉を失った。

 

―コイツラは一体なにを言っている!? この最高位天使たる、威光の主天使を『雑魚』だとぉお!? は、はったりだ!!

 

「<善なる極撃>を放てぇぇえ!!」

 

ニグンの命令を受け、威光の主天使の持つ錫が変形した。

しかし、目の前のモモンガ達は避けようともしない。

恰好だけでなく、頭もおかしいのかと勘繰る。

遅れて上空から光の柱が降り注いだ。

だが、自分の目にした現実が、その淡い希望を木っ端微塵に粉砕する。

 

「ん……結構、気持ち良い? 電気風呂って感じ」

 

「あ~。なんとなくわかりますね。強い痛みもなく半端ですし。これがダメージかは微妙ですが、良い実験にはなりました」

 

悉く―健在。

世間話すら交わしながら、しっかり両の足で立っていた。

平然……いや、どちらかと言えば満足した、そう捉えるべき声。

が、約1名だけは違った様である。

 

「か、かぁ、かとうせいぶつがぁぁぁああ!?」

 

突然の絶叫が空気を裂いた。

 

「かぁとぅすぇえいぶつがぁぁあ! わ、わた、私達のある、私のだいすきな、ちょーあいしてるモモンガさまにぃぃいいいい痛みを与えるぅぅうう!? ゴミである身の程をしれぇぇぇえええ! 容易くは殺すぁんんんん! この世界で最大の苦痛を与え続けぇ、発狂するまで弄んでやぁぁあらぁぁぁあああ!?」

 

着込んだ黒い鎧ごと掻き毟る様に、自らの体を包む腕を蠢かすアルべド。

その内部で、なにかが大きく膨れ上がるのをニグンは確かに感じた

 

「よい、アルべド。先の一撃を含めて私の計算の内だ。どこに憤る必要がある?」

 

「……はっ。取り乱しました事をお詫びいたします、モモンガ様」

 

「私達を思っての事だろう? 我らの身を憂慮してのお前の怒りは嬉しいぞ。感謝しよう、アルべド」

 

「くふー! ――ゴホン。ありがとうございます、モモンガ様」

 

「もしかしなくても、待たせちゃってるかしら?」 

 

ベルンエステルの言葉で、惚けていたニグンは我に返る。

 

「わかった……わかったぞ! お前達の正体が! ―魔神! 魔神だなぁ!」

 

最高位天使と戦える存在を、ニグンはほとんど知らない。

自らが信仰を捧げる六大神や、最強種たる竜王、たった一人で国を滅ぼしたと伝わる国堕とし、そして魔神。

伝承で魔神は、かの十三英雄によって倒されたとも、封印されたとも聞くのだ。

先程目の当たりにした邪悪な波動や、消え去る前の闇、頭を覆う黒山羊の被り物。

封印から目覚めた魔神と考えれば納得がいった。

 

「もう一度だ! もう一度<善なる極撃>を叩き込め!!」

 

もしかしたら勝てるかもしれない。

もしかしたら消耗しているのを、隠しているだけかもしれない。

もしかしたら立つ事が精一杯かもしれない。

無数の『もしかしたら』という願望が、ニグンの心を占めた。

そうしなくては、心が壊れてしまうから。

 

「……まだ『奇跡』を信じているの? この私を前にして『奇跡』が起こると?」

 

「べ、ベルンさん?」

 

威光の主天使が輝く。

召喚主の意思を代行する為に。

その光で目を細めたニグンは、ベルンエステルの表情がよく見えなかった。

 

「……とても嫌な気分だわ。こんなの何時以来かしら。まるで、どこぞのおっぱいマイスターに殴られたみたい」

 

「おっ!? ベルンさん! 落ち着いて!」

 

「<集え子猫> あの木偶を飲み込みなさい」

 

その声で、草原の彼方此方から黒猫が現れたかと思えば、ベルンエステル達の頭上へ収束。

エメラルド色の、巨大な鯨を彷彿させるナニカへと変貌した。

 

―GyaaaaaaaaAAAAAAA!!!

 

声を上げて、その大きな口で、あっさりと威光の主天使を飲み込む。

グルンと身体を翻し、空中で静止。

余りにも簡単に。

余りにもあっけなく、威光の主天使は消滅した。

草原を照らすのは、神々しい光ではなく、毒々しい光。

明るい筈なのに、周囲が一気に暗くなった気さえする。

静まり返った草原を風が駆け抜けた。

静寂が辺りを包む。

ニグンの掠れた声がはっきり響いた。

 

「お前達は……何者なんだ……」

 

超常としか表せない存在へ、ニグンは三度訪ねる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンなんていう組織の名は聞いた事がない。……最高位天使の一撃すら効かず、ましてや一撃で葬れる魔法が使える存在なんかいるはずがない! いちゃぁぁあいけないんだ…………!」

 

力なくニグンは首を振る。

 

「私にわかるのは……お前達は魔神すら遥かに超える存在という事だけ…………ぁありえない様な話だが……お前達は一体…………」

 

「アインズ・ウール・ゴウンだよ。我々は正しく『アインズ・ウール・ゴウン』だ。かつてはこの名も、知らぬ者がいないほど轟いていたのだがね」

 

「もう一つ教えてあげる。周辺には部下を伏せてあるから、逃げるのはオススメしないわ」

 

夕日が完全に沈む。

曇り一つない星空を泳ぐ鯨が、どこか幻想的だった。

その近くで、大きく空間が割れて元に戻る。

ニグンが困惑していると、モモンガが口を開いた。

 

「なんらかの情報系魔法で、お前を監視しようとした者がいたみたいだな。まぁ、私の対情報の攻勢魔法が発動したから、大して覗かれはしなかっただろうさ」

 

「私が……監視……?」

 

ニグンは思い当たる。

土の巫女姫という存在に。

本国では、任務状況の確認の為に、自分を定期的に監視していたのだろうと。

 

「広範囲に拡散する<エクスプロージョン>程度だったが……まぁ、覗き見への仕置きには丁度良いかもしれないな。…あれ? ベルンさん、鯨がいませんよ?」

 

「あら? 気付かなかったわ。今頃何処か、火の海でも泳いでるんじゃない?」

 

「え゛!? まさか…………」

 

「大丈夫よ。2時間もすれば勝手に消えるし」

 

「あぁ……見知らぬ誰か……俺にはベルンさんを止められませんでした……」

 

その言葉にニグンは、戦慄した。

あの威光の主天使を簡単に滅ぼした化け物が、神殿に送られたとでも。

 

―なんという事だ……

 

絶望に打ちひしがれるニグンに、更に追い打ちがかかる。

 

「では、遊びはこれぐらいにしよう」

 

「っ!」

 

言葉の意味を悟ってしまったニグンの背筋が凍る。

この日まで奪う側であったニグンが、奪われる側となった。

それが堪らなく怖くて恐ろしい。

今まで奪ってきた命の怨嗟が聞こえてくる錯覚すら覚える。

 

「ま、待て! いや、待って下さい! アインズ・ウール・ゴウン殿……いや、の皆様方! お待ちを! 取引をしたいのです! 決して損はさせないとお誓いします!!」

 

「ほぉ? 申してみよ」

 

「私達……いや、私だけでも構いません!! い、命を助けて下さるならば、望む額をご用意いたします!!」

 

「「「なっ!?」」」

 

周りの部下が驚愕の表情を浮かべた。

それすら今のニグンには、関係ない。

この瞬間に大切なのは自分の命だ。

部下の代えはいくらでもいよう。

されど、『召喚モンスターの強力化』という<生まれながらの異能>を持つ自身の代えはいない。

 

―法国の為、人類の為、私はこんな所で死ねんのだ!

 

「貴方方の様な偉大な魔法詠唱者を満足させるのは難しいでしょうが、それに近いだけの額を必ずやご用意いたします! 私はこれでも国ではかなり価値のある者。破格の金額だろうと国は用意出来る筈です!」

 

例え泥を啜ろうと、生き残らねばとニグンは荒く言葉を紡ぐ。

 

「なんだってご用意いたします! だからどうか、命だけはお助けを! ど、どうでしょう、アインズ・ウール・ゴウンの皆様方!!」

 

「ふふ」

 

「!」

 

ニグンの必死の懇願に、アルべドの優し気な声が返る。

弾かれた様にニグンはアルべドを見た。

 

「貴方からモモンガ様のお優しく、慈悲深いお言葉のご提案を、拒絶したのではなかったかしら?」

 

「それは!」

 

ニグンの脳裏に、ここに至るまで口にした言葉が再生される。

記憶が蘇る度に、ニグンの顔面から血の気が失せていった。

 

「そこが間違ってるのよ。ナザリックにおける生殺与奪の権利は至高の御方にある。その御方が仰った事は絶対。下等生物の貴方達は頭を垂れ、命を奪われる時を感謝しながら喜び泣くべきだったの」

 

―この女は狂っている!

 

完全のアルべドの言は、狂人のソレであった。

そして、その事を絶対だと信じている。

ニグンは一縷の望みをかけ、モモンガとベルンエステルを見た。

今まで黙っていた2人の内、ベルンエステルがパチンと指を鳴らす。

すると3人の山羊頭が光る黄金の蝶へと変わった。

そのまま空へと溶ける。

初めてニグンは、彼らの顔を見た。

 

「確か……なんだったかしら、モモンガさん?」

 

片や、青い髪と黒い尻尾を風に揺らす一人の少女。

その瞳は何処までも深く、光を感じさせない。

 

「……やだなぁ、ベルンさん。こうでしたよ」

 

片や、剥き出しの髑髏の顎をカタカタ鳴らして笑う骸骨。

その空っぽの眼窩の奥、地獄を思わせる炎が揺れた。

背後の狂人は、そんな骸骨を、まるで恋する乙女の様に見つめている。

こちらもニンゲンではない。

純白の角がそれを物語っている。

 

「無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

「思い出した。あと、モモンガさん。こうも言ってたわよ? 生き残っている村人達も殺すって」

 

「ひぃっ……!?」

 

2人の視線がニグンに集まる。

 

「それは……面白い冗談ですねぇ? くくく」

 

「ホント笑えちゃう! くすくす」

 

「「あはははははは!!」」

 

ゲラゲラと、ニグンにとっての魔神が嗤う。

心底可笑しそうに。

 

「ぁ……ぁぁあ…………!!……」

 

ニグンが掴んだのは勝利の切符等ではなかったのだ。

 

それは素敵な楽園への招待状。

 

栄えある『ナザリック地下大墳墓への片道切符』に他ならない。

 

 

「「あはははははははは!!!」」

 

 

極上のお持て成しが、招待者を待っている。

 




第11話『因果応報』如何でしたでしょう。
ガゼフさんのご活躍は、カットとなってしまいました。
次回の登場をお楽しみに。

さて。
ご感想をお寄せ下さいました、『絹豆腐』様、ありがとうございます。
以前より引き続きご感想を下さっている 『頃宮ころり』様、『ナナシ』様、『kei』様、『couse28』様、『緋想天』様、誠にありがとうございます。
ご評価下さった方への感謝も忘れずに述べさせていただきます。
ありがとうございました。
気付けばお気に入りが600超えてるじゃぁないですか!?
UAも然り。
作者びっくりです。
お読みいただいている皆様方。
今後も頑張らせていただきますね!
それでは次話にて。
                                     祥雲


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復活と産声

私が抱いた想いがある
     ならばそれを語りましょう

彼の抱いた想いがある
     ならばそれを目指しましょう

共に抱いた想いがある
     ならばそれを為しましょう



玉座の間。

そこに、数多の異形達が犇めいている。

 

「まずは、個人的な理由で勝手に動いた事を詫びよう」

 

玉座の中心。

まさに魔王という言葉が相応しい威厳溢れる声で、モモンガは百鬼夜行の視線を集めた。

 

微塵も反省の色が乗っていない物言いは、建前上のものだと、全ての僕が理解している。

自らの主は、矮小な僕の身ですら決して蔑ろにしないと、全ての僕が理解している。

故に、モモンガの言を糾弾する存在は誰一人いない。

 

「なにがあったかは、後にアルべドから聞くように。だが、なによりも至急、ナザリック地下大墳墓の者へ知らせねばならない事がある」

 

モモンガは、手を払う仕草をする。

その合図を受けて、入り口の両脇に控えていたNPCがゆっくりと扉を開いていった。

扉を掴む、NPCの手は震えている。

当然、この場にいる者達は、ある程度の実力を備えた存在のみだ。

玉座に在るだけの資格を有すると、守護者統括や他の守護者に認められた者しかいない。

ならば何故?

そんな当然の疑問を抱くNPCは皆無。

もしも自分があの役を担っていたとして、同じく震えぬ自信がなかったから。

 

「既にお前達も知っていようが……聞くのと見るのとでは違うと思ってな。この場を準備させた。―さぁ、喝采せよ!! そして、讃えよ!! 我が友の帰還である!!!」

 

モモンガの言葉が、静まり返った玉座を割った。

同時に、扉が完全に開かれる。

―カツン

それだけの……一度響いただけの靴音。

だが、なによりも確かな音色。

フワリと――青い髪が踊った。

 

「「「「「!!!!!!!!!」」」」」

 

玉座を、今度は幾百もの歓声が木霊する。

感動に打ち震え、涙を堪えきれぬ僕の間を、視線を浴びる当の本人は毅然と歩く。

 

その姿はナザリックの僕、誰もが知る尊き存在。

 

――至高の四十一人が一人。

 

その姿はナザリックの僕、誰もが焦がれた存在。

 

――奇跡の名を冠する魔女。

 

その姿こそ、ナザリックの僕、誰もが待ち望んだ存在!

 

―――その名は―――

 

「奇跡の魔女ベルンエステル。この名において……ナザリック地下大墳墓に帰還した事を宣言するわ……ただいま、みんな」

 

「「「「御帰りなさいませ! ベルンエステル様!!!」」」

 

乱れなき僕の大合唱。

見れば、上座に近い守護者やプレアデス達の中にも、嗚咽を堪えきれない者の姿もあった。

それら僕の姿を一瞥し、ベルンエステルはモモンガの隣にまで歩くと、クルリと向きを変えて並び立つ。

パチンと、白く細い指を鳴らせば、赤い革張りの豪華な椅子が現れた。

そこに静かに腰かける。

 

「素晴らしい。お前達が如何にベルンさんを想っているかが伺えた。私はとても嬉しく思おう!! ……だが、お前達はこうも思った筈だ。何故、ベルンさんがナザリックを去ったのか、と」

 

「「「「っ」」」」

 

モモンガの言葉に、熱を帯びていた玉座の間が凍り付いた。

 

「その疑問は尤もである。本来なら事情を知る私が伝えるべきなのだろうが、ベルンさんたっての希望でな。ベルンさんから説明して下さるそうだ。心して聞くが良い」

 

……ゴクリ……

喉を鳴らしたのは、一体誰か。

自分?

隣?

または……全員?

固唾を吞んで…という表現の体現とすら思える光景がそこにはあった。

 

「私がナザリックを去った理由は簡単よ。至ってシンプル。死にかけたから」

 

「「「「!?」」」」

 

今、眼前の至高の御方はなんと言ったのだ!?

動揺が走る僕達を、ベルンエステルは片手を上げて鎮める。

 

「私は病に侵されたわ。魔女をも殺す、厄介な病にね。それでも私は気にせず、この場所に残ろうとした。……まぁ、結局は駄目だったんだけど。無様にも私は負けたの」

 

「「「「っ!!!!!」」」」

 

誰もが言葉を発さない。

いや、発しない。

発せないのだ。

至高の御方の話は終わっていない。

ならば、自分達に出来る事は、歯を、口を、拳を使ってでも耐える事に他ならない。

 

「そこからはとんとん拍子よ。私は倒れ、この場所から遠く離れた所に運ばれた。モモンガさんからの文がなければ、きっと再び訪れる機会もなかったに違いないわね。そして最期の挨拶をしに此処へ来た……筈だった」

 

そこで、ベルンエステルは言葉を区切る。

突然訪れた静寂。

次の言葉を待つ僕達には、刹那の時が、幾千幾万の様にも感じられた。

 

「気が付いたら、ナザリックは未知の世界に転移していたわ。そして驚くべき事に、私に巣食っていた病も、綺麗さっぱり消えていた。まるで奇跡よ。誰よりも奇跡が起きないと知っているこの私に奇跡が起きるなんて…………笑い話にもなりはしない」

 

「だが……確かに起きたんでしょう?」

 

自嘲気味に呟いたベルンエステルの隣で、モモンガが問うた。

伏した僕達は気付かないが、その体は淡く光っており、口調も最後は変わって…否、戻っている。

 

「……えぇ。一度目は奇跡でも、二度起きれば、それは奇跡などではなくて必然。神様ってのがいるんなら、よっぽど意地が悪い奴か、甘い物に目がないアウアウしたポンコツに違いないんでしょうね。だけど、感謝はしているわ」

 

 ベルンエステルは数瞬、目を閉じるも、すぐに開いた。

 

「私は確かに此処に居る。私は確かに此処に在る。手足が動いて、思考が出来て、想いを喋れる。……えぇ。なにも変わらない。ベルンエステルは、この身はなに一つとして欠けてない」

 

「…ぁ…」

 

それは何時か言った言葉のなぞり。

モモンガが小さく声を漏らした。

 

「だからこそ、ナザリックの僕達よ。我ら『アインズ・ウール・ゴウン』の子らよ。あんた達の下へ、モモンガさんの下へ帰りし我が身は不滅である。我が想いは不変である。故に誓おう。赤でも青でもない、黄金としての真実を誓おう」

 

〚この想いがある限り、この心が曇らぬ限り、ナザリックと共にある事を!!〛

 

それは、信じる心。

それは、正しい魔法の在り方。

真実を受け入れ、理解したものにしか使えぬ奇跡!!

 

「!! 聞けっ! 此処に我が友は誓ったのだ! 今宵、ようやく『アインズ・ウール・ゴウン』は復活する!! 四十一人中たった二人に過ぎずとも! 確かに我らは此処に在るのだ!! ベルンさんの帰還に! ギルドの復活に! 異論ある者は立ってそれを示せ!!」

 

「「「「ベルンエステル様! 万歳!! 御身に我らが絶対の忠誠を!!!」」」」

 

「ふふ…… だ、そうですよ?」

 

「……くす。知ってたわ……えぇ……知っていた」

 

大歓声の中、再びベルンエステルは瞳を閉じた。

噛み締める様に。

眩しいモノを前にしたかの様に。

その様子をモモンガは、心を温かくなるのを感じながら見つめる。

この場の光景こそ、在りし日。

最高の仲間と思い描いた、理想郷に他ならないから。

 

「私からはもうないわ。モモンガさんに代わるわね」

 

ベルンエステルの言葉に、僕達の視線がモモンガへと送られた。

 

「……ベルンさんからは、先の通りだ。そして、私からも伝える事がある。これは厳命…私とベルンさんの総意であると心得よ」

 

モモンガは、僅かに間を空けた。

傅く僕たちの表情が引き締まる。

力一杯、右手に握るスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを床に突き立てた。

 

「『アインズ・ウール・ゴウン』を不変の伝説とせよ!」

 

スタッフにはめ込まれたクリスタルから、それぞれの属性色の光が溢れ、モモンガとベルンエステルの周囲を揺らめかせる。

 

「英雄が多くいるなら全てを塗りつぶせ! アインズ・ウール・ゴウンこそを大英雄と語らせろ! 生きとし生ける者全てに知らしめよ! より強き者がもし、この世界にいれば力以外の手段でもって! 我らを超える部下を持つ魔法使いがいるならば、別の手段で! 今はまだ、その前段階…備える時間に過ぎない。将来。近い未来! 来るべきその時! 勝利を知らしめる為に動け! 我らアインズ・ウール・ゴウンこそが最も偉大なる者であるのだと、未来永劫、神話に刻み、知らしめる為にだ!!!」

 

「「「「モモンガ様! ベルンエステル様! 万歳!」」」」

 

モモンガは思う。

 

「「「「至高の御方々! 偉大なる支配者、万歳!!」」」」

 

モモンガは願う。

 

―――この名を、アインズ・ウール・ゴウンという名を広めていけば、いつかきっと!

 

辞めていったメンバーがいた。

ギルドを去った友がいた。

最高の冒険をした、最高の仲間達がいた。

 

ベルンエステルは思う。

 

―――そう。二度起きればそれは、すでに奇跡じゃない。必然へと成り下がる!

 

自分達は世界を越えた。

隣には友が居て。

だけれど、あの円卓は埋まらない。

 

「「「「アインズ・ウール・ゴウン万歳!!! 我らが至高の御方々、万歳!!!」」」」

 

その名を広め、世界の全てに知らしめよう。

この大切な思い出の結晶を、誰一人知らない者がいない領域へと押し上げて。

 

地上に、天空に、海に!

 

もしかしたら、居るかもしれないから。

自分達の様に、他のメンバーも居るかもしれないのだから。

 

何時でも彼らが、安心して帰って来られる場所を。

何時か彼らが、笑顔で帰って来られる場所を。

友が幸せに笑える場所を。

 

―――俺は/私は―――

 

「「「「アインズ・ウール・ゴウン万歳! アインズ・ウール・ゴウン!! 万歳!!!」」」」

 

 

―――この世界に築いてみせる!―――

 

 

 

それは

 

遠い遠い世界の物語

 

何処かで語られる英雄譚の

 

一番初めの物語

 

 




第12話『復活と産声』、如何でしたでしょうか。
短いですが、楽しんで頂ければ嬉しいです。
次話よりは、少々、幕間のお話となります。
いわゆる本編への繋ぎor外伝等ですね。
こんな話が読みたい!
こんな話が気になる!
とのお声がもしございましたら、メッセージへお寄せ下さいませ。
是非、お待ちしております!!

ご感想をお寄せ下さいました、『野犬』様、『マカーブル』様、『toori』様、誠にありがとうございます。
『couse28』様、『緋想天』様、『頃宮ころり』様、『アズサ』様、『ナナシ』様、以前より続いてのご感想に感謝いたします。
当作品の評価を付けて下さった方々もありがとうございます。
一喜一憂しながら、励みにさせていただいております。
最後に、この作品をお読みいただいている皆様全てに感謝を。
それでは次話にて。
                                    祥雲


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そうは問屋が卸さない

月に一度の掃除当番に心躍らせる、ルプスレギナとナーベラル
掃除を続ける彼女達が、次に入った部屋は…

『奇跡と共に』短編
          『そうは問屋が卸さない』

お楽しみ下さい



ポタリ、ポタリと。

額から顎を汗が伝う様を、ルプスレギナ・ベータは、まるで他人事の様に見つめていた。

いや、実際他人事なのだから仕方がないか。

 

「……ど、どうしよう!! どうしようルプー!?」

 

「…………短い付き合いだったっす、ナーちゃん」

 

「ちょっ!? 待って! 見捨てないでぇ!!」

 

身体を翻してサッサと逃げようとするも、ガッシリと腰をホールドされては逃げられない。

何時ものクールさは何処へ売り飛ばしたといわんばかりの、ナーベラル・ガンマの決死の形相がそこにはあった。

 

「くぅっ!? 離すっす!! 離すっすぅぅう!! 私、まだ死にたくないっす!!」

 

「私だって同じよ!! お願い助けて!?」

 

ギャーギャーと騒ぐ戦闘メイド2人。

その声は当然、室内はおろか、屋外にも響いていた。

つまり。

 

「……なにしてるの?」

 

「「!? ベ、ベルンエステル様!? 何故ここに!?」」

 

「何故って……ここ私の部屋よ? 世話係を呼んだ覚えはなかったけど……」

 

所用を済ませて帰って来ようとしていた、部屋の主にも当然、丸聞こえとなる。

現在、ルプスレギナとナーベラルが居るのは、ベルンエステルの自室であった。

 

「えっと! その! あの……」

 

「えっとっすね! そのっすね! あう……」

 

訝し気な視線を送るベルンエステル。

見つめられる2人は、シドロモドロの、冷や汗ダラダラ。

 

「ふぅん? ま、良いわ。折角来たんなら、話し相手にでもなってちょうだい」

 

「「よ、喜んでお相手を務めさせていただきます(っす)!」」

 

然程気にする訳でもなく、ベルンエステルは2人をソファへ連れ添った。

その間、ルプスレギナとナーベラルは、体をスライドさせる様に移動する。

まるで、なにか見られたくない物を隠すかのように。

 

「さ、座りなさいな」

 

ベルンエステルの座ったソファの死角。

つい先程まで、ルプスレギナとナーベラルが居た壁際。

そこには一冊の本が落ちていた。

四隅を金細工であしらった、主張しなくとも、価値ある品とわかるその表紙には…

 

『マジカルベルンちゃんリターンズ~お饅頭は罪の味~ ペロロンチーノ ぶくぶく茶釜 共著』

 

更には、ベルンエステルそっくりな人物のイラストが、にぱ~☆っと満面の笑みを浮かべていた。

 

 

ここで少し、時間を戻そう。

 

 

 

 

 

「は~…掃除も楽じゃないっすねぇ…至高の方々のお部屋を合法的に視姦出来る、月一のビッグイベントっすけど」

 

「こらルプー。そんな言い方は不敬だわ」

 

「いや、ナーちゃんだって、いっつも鼻息荒いっすよ?」

 

「な!? ななななに言ってんのよ!?」

 

軽口を交えながら、ルプスレギナとナーベラルはロイヤルスイートの廊下を歩いていた。

ナザリックに仕えるメイド達の業務は基本、ローテーション制。

それは一般メイドも、彼女らプレアデス達も変わらない。

稀に、変則的に変更がある場合もない訳ではないが。

その中に、メイドの誰もが楽しみにしている日が存在するのだ。

それこそが、今のやりとりの中でルプスレギナが言ったビッグイベント。

至高の四十一人の自室の掃除当番である。

 

「っと。次はここっすね」

 

ルプスレギナが扉を開けた。

その部屋は落ち着いた独特の雰囲気を持っている。

内装は西洋風。

無数の本棚や壁掛けの振り子時計、床にもいくつか本が積み重ねられていた。

暖炉や、無造作に置かれたマッチ箱、ワインにグラス。

果物籠に入った深紅のリンゴ。

奥に、ソファが3つだけ置かれたカーテン張りの不思議な客間?も存在する。

この部屋こそ、ナザリックの僕が崇拝する魔女、ベルンエステルの自室だ。

 

「はふぅ…………落ち着くっす……むしろここに住みたいっす!」

 

「ちょっと……掃除しに来たんでしょうが」

 

ホゥと息を吐いたルプスレギナに突っ込むナーベラル。

その表情は実に対象的だった。

 

「でも仕方ないんすよぉ……生ベルンエステル様のはっきりした残り香の所為っす…こんな素敵過ぎる匂いに包まれたらもう……」

 

「残り香って……ちなみにどんな匂いなの?」

 

ルプスレギナは人狼だ。

その嗅覚は非常に鋭い。

 

「あれ~? ナーちゃん気になるっすかぁ? 気になるっすかぁ? ぷふ! ど~しよっかな~?」

 

「余り調子に乗ってると……ユリ姉さまに言いつけるわよ?」

 

「それは勘弁っす! あ~、ナーちゃんがわかるかは微妙っすけど、アレっすね。ズバリ! ドSフェロモンっす!! それはもう超ド級の!!」

 

「……は?」

 

 自信満々に胸を反らせてニカっと笑うルプスレギナが、ナーベラルには理解出来なかった。

そもそも、ドSフェロモンなんて言われて理解出来る者がいれば、ソイツは駄犬に違いない。

 

「あぁ……駄犬だったわね。ごめんなさいルプー」

 

「あれ!? なんで私、今罵倒されたんすか!? 正直に答えたのに!?」

 

「なによドSフェロモンって…」

 

酷いっす~と泣くルプスレギナを無視して、ナーベラルは再び問う。

グスっと、鼻を啜ったルプスレギナが答えた。

 

「ドSフェロモンは、ドSフェロモンっす! SはサディストのS!」

 

「……会話を成立させる気ある? 馬鹿な事言ってないで、掃除するわよ」

 

「ぶ~ぶ~。でも、了解っす! ルップルプにしてやるっすよ!」

 

両手を胸の前で握り絞め、ルプスレギナは掃除を始めた。

その様子に呆れながらも、口元が僅かに緩んでいる事にナーベラルは気付かなかったが。

その後は、特に支障もなく掃除は進んでいった。

 

「コレは……本?」

 

ナーベラルが、無造作に投げ捨てられたみたいに、壁際でうっすらと埃を被った一冊の本を見つけるまでは。

 

「っ……」

 

「ん~? どうしたっすかナーちゃん……ナーちゃん?」

 

ブルブルと震えるナーベラルを不思議に思ったルプスレギナが、後ろからヒョイと覗き込んだ。

そして固まる。

厚手のハードカバーの本。

ナーベラルには、その重量が一気に増した様にすら感じられた。

 

「こ、これは……」

 

「……あちゃぁ……ナーちゃん…よりによって見つけちゃ不味そうな物を見つけるなんて…流石っすね」

 

「これって……ベ…」

 

「…………ナーちゃんの事は寝る前にでも思い出してあげるっすよ」

 

ダラダラと、冷や汗が止まらない。

 

「……ど、どうしよう!! どうしようルプー!?」

 

「……短い付き合いだったっす、ナーちゃん」

 

「ちょっ!? 待って! 見捨てないでぇ!!」

 

そして冒頭へと至るのだ。

 

 

と、まぁ。

そんな事は露知らないベルンエステルの話し相手を務めている現在。

ルプスレギナとナーベラルの心臓は、大変な速度で脈打っていた。

 

「それでね。そのコは言ったの。『トウキョウへ帰れ。さもなくば恐ろしい事になる』ってね」

 

「なるほどっす!」

 

「つ、続きはどうなるのでしょう?」

 

ベルンエステルの語ったのは、ある物語だった。

コーアンという組織の若手隊員が、ある事件の調査で訪れた村で、不思議な少女と出会うお話。

ベルンエステルの語りもそうだが、物語の続きが気になってしょうがない。

気付けば、すっかりベルンエステルの話す物語に夢中になっていた。

ソファから身体を乗り出してさえいる。

普段なら、そんな失態を見せる事は絶対にない2人であったが、至高の存在たるベルンエステルの口から紡がれる言葉に、すっかり魅了されていたのだ。

 

「……続きは今度よ。丁度良い時間だしね」

 

ベルンエステルが言葉を止める。

同時に、壁に掛けられた振り子時計が鳴った。

 

「それにあんたらも、他に仕事があるでしょ? 休憩はこれ位にして、頑張りなさい」

 

「! ありがとうございますっす! ベルンエステル様!」

 

「ありがとうございます!」

 

ヒラヒラと手を振るベルンエステルに頭を下げ、2人はルンルンと部屋を出ようとした。

 

「……最後に一つだけ教えてあげる」

 

が、扉に手をかけた所でベルンエステルの声が耳に届いた。

何故かゾワリと、背中に悪寒が走るのをナーベラルは感じる。

横目でルプスレギナを見ても、自分と同じものを感じ取ったのだろう。

笑顔が引き攣っていた。

 

「あの後、そのコと若い隊員はお饅頭を食べるの。蒸かしたてのホクホクのをね」

 

「「っ!」」

 

2人の脳裏に衝撃が走った。

まさか、まさか、まさか…

 

「もし、どうしても続きが気になるんだったら、そこに落ちてる綺麗に拭いてくれた本を持っていくといいわ」

 

「「ぁぁ…………ぁ……」」

 

2人は思い出す。

ベルンエステルが余りにも饒舌に語るから、すっかり頭から消えていた。

そうだ、そうだ、そうだ…!

何故、忘れていた!

 

「ただし、あんた達以外の目に触れたら…………くす……くす………」

 

ベルンエステルの声が木霊する。

離れたソファに座っている筈の声が余りにも近い。

耳元で囁かれているかの如く。

視界がグルグルと回り出す。

魔女の声だけがハッキリ聞こえた。

 

「さぁ、行きなさい? ちゃんと本も持っていくのよ? 遠慮しないで……くす!」

 

 

「くすくすくすくす!!!」

 

 

その夜。

プレアデスの自室で震えるナーベラルの姿があったとか。

ルプスレギナは、妹とは違って歓喜に打ち震えていたそうだが。

 

ドSフェロモン。

それは、とある性癖の持ち主のみが放つ至高の香。

 

今日も魔女の部屋は、素敵な香りに包まれている。

 

 




幕間短編『そうは問屋が卸さない』如何でしたでしょう。

本編と分ける為に冒頭の詩はございません。
本編に戻ればまた書かせていただきます。
詩部分を楽しみにして下さっている方がおりましたら、申し訳ございません。
短編等は、こんな感じで書かせていただくつもりですのでご容赦を。

『緋想天』様、毎度のご感想ありがとうございます。
評価を付けて下さっている皆様も、ありがとうございました。
俄然、やる気に繋がります。
お気に入りもなんと800…!
思わず五度見しちゃいましたよ。
この作品を読んでくださり、誠に感謝いたしております。

それでは次話にて。
                                  祥雲


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ep.2 ~Lullaby of the treasures cupboard~
言葉遊び


その口は何を語ったのですか?
       時に友への助言を授けました。

その口は何を語ったのですか?
       時に一つの真実を授けました。

その心は何を語りたかったのですか?
       時が来れば、答えを授けます。



ナザリック地下大墳墓。

モモンガの執務室。

柔らかな緋色の絨毯が敷き詰められたその部屋は、細かな装飾品も相まってある種の品位を感じさせた。

歩いてみても、足音一つ起こらぬ程だ。

奥の壁には様々な文様の旗が交差しており、見事という他にはない内装だろう。

 

「……なるほど。言いたい事は理解したわ」

 

「……もう……俺にはこれしかないんです」

 

貫禄を感じさせる黒檀の机の前に、新たに用意された2組のソファ。

相対するのは、腕を組んだモモンガと足を組んだベルンエステルの2人だ。

人払いを済ませた執務室は、異様な緊張感に包まれている。

 

「考えは変わらないのね?」

 

「はい。……決めましたから」

 

張り詰めた緊張の糸を断ち切ったのは、モモンガだった。

 

「あんな…………あんなヒシヒシ伝わる忠誠心と勘違いと魔王ロールの日々なんて、耐えられないんですよぉ!? すぐそこに未知の世界があるんです! 冒険がしたい! 息抜きがしたぁい!」

 

つまりはそういう事である。

現在、モモンガは眼前のベルンエステルに絶賛交渉中。

NPC達が向ける忠誠心MAX具合や勝手に生まれる勘違い、日常的に行う魔王ロールにモモンガは疲れていた。

肉体があったのならば、虚ろな目をする位には。

 

「お願い! ね? お土産買ってきますから! 綺麗な櫛とか装飾品があったらその都度送りますからぁ!!」

 

「……モモンガさん。結構際どい事言ってる自覚ある? それって屑男の台詞まんまよ?」

 

「え!? 嘘!?」

 

ベルンエステルがコクリと頷けば、モモンガはビシリと固まった。

 

―確かに…物で釣るなんて、よくドラマで見るチャラオとかマダオそのままじゃないか!?

 

大口を開けた愉快な骸骨のオブジェを前に、ベルンエステルは欠伸を一つ。

 

「で?」

 

「……え?」

 

「どういうプランを立ててるの? 眠いからさっさと話しなさい」

 

「いいん……ですか……?」

 

「お土産忘れたら、カタツムリ風呂に雁字搦めにして放り込むから」

 

「絶対忘れません、マム!!」

 

―カタツムリってカルシウムが好物じゃなかった!?

 

モモンガは思わず、骨の体を抱きしめる。

それと同時にガッツポーズ。

怖いモノは恐いが、嬉しいモノは嬉しいのだから。

そこでふと、頭の片隅に引っかかるものがあった。

 

―あれ? でもベルンさんって装飾品とかに興味なかった様な…

 

「……さん? モモンガさん? ……おい、童貞」

 

「せめて骸骨は付けよう!?」

 

 ベルンエステルのドスの利いた声で意識が戻る。

 

「ゴホン。えーとですね。ベルンさんが以前、ぷにっと萌えさんと話してた世界侵略のすゝめって覚えてます?」

 

「あぁ。三徹しながらクリアしたイベント中の雑談の事?」

 

「はい。そこにウルベルトさん、るし★ふぁーさんも加わって…」

 

「で、何時の間にか本になっちゃったのよね。予想以上に売れたわ」

 

そう。

ユグドラシル内で、冗談半分に販売してみた結果、『あのアインズ・ウール・ゴウンの制作』という箔が付きバカ売れしたのだ。

実行犯は勿論、腐れゴーレムクラフターである。

 

「……その中で販売品にワザと取り上げなかった章節は覚えていますか?」

 

「へぇ?」

 

モモンガが切り出した言葉に、ベルンエステルの表情が動く。

それを見届けてから、モモンガは続きを口にした。

 

「あの章節をモデルにしようと思います。古典的で王道な。まさにこの世界にピッタリです」

 

「くす! 良いチョイスね」

 

「じゃあ?」

 

「乗るわ。考案者の一人として興味あるもの」

 

「やった!」

 

モモンガは喜びの余りソファで飛び跳ねる。

スプリングも高級品なのか、モモンガの巨体でもビクともしない。

軽やかにオーバーロードが宙を舞った。

 

「それでですね!」

 

モモンガが回転する。

 

「俺は冒険者として!」

 

更に捻りを加える。

 

「ベルンさんには!」

 

方向を変えては。

 

「の最後に!」

 

華麗に舞い。

 

「つきましてh「ステイ」っぶるわぁぁぁぁああ!?」

 

青筋を浮かべたベルンエステルにグーで殴られ、ベシャリと墜落した。

頭蓋骨から煙が出ているのは、きっと床との摩擦に違いないだろう。

拳の威力では断じてないと、モモンガは信じたかった。

 

「真面目に話なさい」

 

「……はい……」

 

ムクリと起き上がったモモンガは、今度こそしっかりとソファに座った。

ベルンエステルもソファに座りなおす。

 

「いやぁ。つい、テンションが上がっちゃいまして。最後の部分になりますが、同行者を決めたいんですよ。忠誠心とかで気疲れしない感じの」

 

「……モモンガさんの要望としては、気楽に接してくれるのが大前提なの?」

 

「出来れば羽目を外したいなぁ、と」

 

「それ、ナザリックのNPCだとほぼ不可能じゃない?」

 

「………………」

 

「………………」

 

「助けてベルン姉さん!? お願い!!」

 

ついにモモンガは土下座しそうな勢いで頭を下げた。

その様子を眺めるベルンエステルの口がゆっくり弧を描く。

 

「……良いわよ。助けてあげる」

 

「ホントですか!?」

 

ガバリとモモンガが顔を上げる。

 

「モモンガさんって、私のNPC見た事あるかしら?」

 

「……そういえば一度もないですね。ギルドの所属一覧にも載ってなかった様な」

 

「当然よ。だって、アインズ・ウール・ゴウンの所属にしてないもの」

 

「はい?」

 

「正確に言うと、ギルドでなく私個人の所有。造ったのもアインズ・ウール・ゴウンに加入する前ね。見た事あるのって、ごく一部の魔女連中位?」

 

「つまり……」

 

「私に忠誠を誓ってはいるけれど、モモンガさんには微塵もないわね」

 

「キタ━━━━━━━━!!」

 

モモンガは思わず天に拳を突き出した。

 

「流石は姐さん! 俺に出来ない事を平然とやってくれる! そこに痺れる! 憧れるぅ!!」

 

「はいはい。それじゃぁ同行者は決まりね」

 

「えぇ! それで、どんなNPCなんですか?」

 

「見た目は普通のニンゲンにしか見えないから、安心しなさい」

 

「よかった。ナザリックだと、その地点から候補者が絞られちゃいますからね。で、どんなNPCなんですか?」

 

「まだ秘密。モモンガさんの出立と同時に発表するわ」

 

「え~?」

 

「文句でも?」

 

「わぁい! 嬉しいなぁ!」

 

「宜しい」

 

この日も、ナザリックの支配者2人は平常運転だった。

 

 

 

 

 

 

数刻後。

 

ベルンエステルは、自室に戻っていた。

椅子に腰かけ、テーブルにチェス盤を置く。

すると、チェス盤が独りでに開き、一斉に駒が並べられた。

その内の一つの駒がフワリと宙に浮く。

 

「あんたの出番も近いわね」

 

『――――――――』

 

「くす。その通りよ」

 

『―――――――』

 

「…ちゃんと私好みの脚本になる様に、上手くやりなさい」

 

『――――――!』

 

「えぇ。期待してるわ」

 

『―!――――!』

 

「くすくす」

 

駒は、ベルンエステルの周囲をクルクル飛んで、元の位置に戻っていった。

すると背後で、扉を叩く音がする。

 

「開いてるわ」

 

「失礼いたします。ベルンエステル様、私に何のご用でございましょうか?」

 

入ってきたのはアルべド。

それ以外の同行者は誰もいない。

 

「あら。ちゃんと一人で来たのね。感心感心」

 

「……ベルンエステル様のご希望通りかと存じますが? それで、如何なるご用件でしょう。わざわざ、使いの猫までご用意なされて」

 

アルべドの足元で、小さな黒猫が一鳴きする。

そのままトテトテと、部屋の奥の暗がりへ溶けていった。

 

「とりあえず座りなさい」

 

「畏まりました」

 

促されるままに、アルべドはテーブルの対面の椅子に腰かけた。

そこで漸くテーブルの上のチェス盤に気が付く。

 

「……もしや、私にチェスのお相手をしろと?」

 

「これはあんたには関係ないわ。今は、だけど」

 

ベルンエステルは微かに笑いながら指を鳴らす。

チェス盤が一人でに畳まれると、近くの棚に仕舞い込まれる。

 

「では、一体なんのご用でございましょう。まさか私とお喋りがされたかっただけ、などとは……」

 

「惜しいわね。実はあんたにプレゼントがあるの」

 

「!?」

 

まさか、そう言われるとは微塵も想定していなかったアルべドが固まった。

その様子が見えている筈のベルンエステルは、気にせずに用意した『プレゼント』をテーブルに置く。

 

「これをあんたにあげるわ」

 

「ハっ!?……失礼しました。……これは……」

 

再起動したアルべドの眼前には、一振りの短刀があった。

華美な装飾がある訳でもなく、かといってみすぼらしい訳でもない。

いたってシンプルな黒く染まった短刀。

特徴といえば、鋼などで出来ている様には見えない事位だろうか。

 

「それはね。とある異端審問官の愛剣をモデルにして私と友人とで作ったの。効果は幻想の否定。特に魔女には猛毒よ。今となっては、それで心臓を抉れば例え私でも死ぬでしょうね」

 

「!!」

 

なんて事はないという風に言ったベルンエステルの言葉が、アルべドには信じられなかった。

 

「……一体なんの御冗談でしょうか。それでは御身を殺せる手段を私に贈られるという事になりますが?」

 

「その通り。そして冗談ではなく、あんたにあげる」

 

ベルンエステルは笑顔のまま、困惑するアルべドに告げる。

その笑顔が何故か、アルべドには直視出来ない。

 

「折角のプレゼントだもの。ちゃぁんと、使ってちょうだいね? くすくす」

 

「!! ……謹んで頂戴いたします」

 

「用はそれだけよ。下がりなさい」

 

「っ……失礼いたします」

 

ベルンエステルがヒラヒラと手を振れば、アルべドは逃げる様に部屋を後にした。

しっかりと、短刀をその胸に抱えて。

 

微かな音を立てて、静かに扉が閉まる。

振り返る事なくベルンエステルは天井を見上げた。

先のアルべドの会話を思い返す。

アルべドに語った事も、渡した短刀の効果も真実だ。

何一つとして嘘は言っていない。

そう嘘は言っていないのだ。

ベルンエステルが口にした、この身を殺せるという言葉に偽りはなく。

アルべドの口にした、自身を殺せる手段という言葉にも偽りはない。

胸元に手を置けば、トクン、トクンと、一定のリズムで鼓動を感じられる。

この心臓に届けば、容易くベルンエステルという魔女を殺せるだろう。

そう。

あくまで、殺す事に関しては可能である。

 

「……くす。楽しみね」

 

そのままゆっくりと深呼吸。

息を吐き出して椅子から降りた。

迷わずに、壁際の棚まで歩く。

棚からワインとグラスを取り出した。

ついでにおつまみのキムチも忘れない。

 

「ん……美味しい」

 

パクリとキムチを放り込んでは、ワインを喉に流していく。

本来ならば飾りに過ぎない窓からは、月が覗いていた。

かつてはプログラム化された景色の投影だったが、異世界に転移した現在では、地表の映像をリアルタイムで送っている。

その窓辺に、グラスを持ちながらもたれかかる。

今日は雲一つない満月だった。

 

「良い夜だわ。あんたもそう思うでしょう?」

 

ベルンエステルの呟きに答える存在はいない。

発した声だけが、夜に溶ける。

 

「……なぁんて」

 

僅かに苦笑して、再びグラスを傾ける。

視線を落とせば紅い表面に、此方を見る少女の顔が映った。

 

「……恥ずかしがり屋ね、まったく」

 

グラスが揺れる。

僅かに波立ったワインの表面が映った顔を歪ませた。

それがおさまれば、魔女の顔が見える。

 

「ふぅ」

 

残ったワインを飲み干して、ボンヤリと月を見た。

ピクリとも動かないベルンエステルの姿は、よく出来たビスクドールの様。

掛け時計の針が刻む音だけが部屋に響く。

 

「…………?」

 

ベルンエステルの視線が動いた。

月から部屋の中へ。

正確には、入り口の扉の方に。

ジッと扉を凝視する。

 

「…………」

 

その視線は僅かに移動していた。

最後には、ワインが置かれている棚の隣に行き着く。

お茶請けを仕舞う棚だ。

 

「…………ふふ」

 

ベルンエステルは立ち上がると、奥のベッドへと向かっていった。

空のグラスにワインボトル、蓋の閉まったキムチが残されたままだが。

明日にでもメイドが片付けるだろうし、別段気にはしていない様である。

仮にお茶請けや嗜好品がなにか減っていても、すぐに補充してくれるのだから。

実によく出来たメイド達であろう。

 

「……ん」

 

ベッドに体重をかけて倒れ込む。

ユグドラシルの時代に、ドロップ率が0.002%と囁かれたレア素材をふんだんに使用したキングサイズのベッド。

それは一切の抵抗なく、ベルンエステルの体を包んだ。

枕も同様。

この世界で、ベルンエステルの密かなお気に入りとなっている。

 

「…………」

 

目を閉じると、早々に睡魔がやってきた。

勿論アイテムやアクセサリーを使用すれば、睡眠や興奮といったバッドステータスに分類される状態異常は無効化出来る。

モモンガの種族特性もその一例だ。

しかし、ベルンエステルはその類の無効化を選ばなかった。

それが一体どんな意図の上にあるかは、ベルンエステル本人にしかわからない。

 

「……………………すぅ……」

 

今日も謎を重ねる魔女は静かに眠る。

小さな体躯を、巨大なベッドの上に投げ出して。

純白のシーツの海に丸く眠る姿は、まるで猫か外見相応の少女の様。

 

魔女は眠る。

 

果たして魔女の見る夢とは如何なるモノか。

ハッピーエンド?

バッドエンド?

惨劇、喜劇?

 

それも夢の主にしかわからない。

 

微かに身じろきを一つして。

 

クスリと、安らかな寝顔が微笑んだ。

 




第14話『言葉遊び』如何でしたでしょう。

更新が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
まだ少しリアルが忙しめなので、以前の様な更新速度が出来るかは、正直微妙です。
出来うる限りで、話を書き上げますので、どうか温かくお待ち下さいませ。

本来であれば、前話の様な短編を予定しておりましたが、本編へと変更になりました。
ちょっと脳内の草案達が吹っ飛んだので………
その内に短編も挟みたいなと。

さて、ご感想をいただきました『ながも~』様、『ロミアス』様、『炬燵猫鍋氏』様
前話まで続けて感想を寄せて下さっております『couse268』様、『ナナシ』様、
                      『頃宮ころり』様、『緋想天』様
誠にありがとうございます。
評価を付けて下さった方々にも、感謝を。
更新が滞ってしまったにも関わらず、お気に入りが900を超えました。
こんなにもたくさんの方にお読みいただけて、とても嬉しいです。
今後とも『奇跡と共に』を宜しくお願いいたします。
それでは次話にて。
                                    祥雲


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新たな楽しみ

私は約束を守ります。
     ちゃんと日取りも忘れません。

私は約束を守ります。
     ちゃんと感謝も忘れません。

私は約束は守ります。
     ちゃんと心遣いを忘れません。
     


リ・エスティーゼ王国の中で有名な都市がある。

 

城塞都市―エ・ランテル。

 

周囲を三重の城壁に囲まれたその都市は、冠する名に恥じないだけの堅牢さを漂わせていた。

上空から見れば、バームクーヘンの様、と言えばわかりやすいだろうか。

各城壁内で趣も装いも異なる。

外側、内側から数えて2番目。

市民達が暮す区画には、賑わいを見せる露店や店が立ち並ぶ。

忙しなく人々が行き交い、様々な表情を見せるのだから、初見の者にとっては目移りしてしまうだろう。

時刻は昼。

中央に位置する広場もまた同じく活気に溢れていた。

ある2人組が『冒険者組合』と呼ばれる建物から現れるまでは。

 

「カッコイイ……」

 

「漆黒の……戦士……」

 

その小さな言葉は、不思議と広場に居る者全てに届いた。

誰も彼もが、その2人組に釘付けとなる。

 

片方は見事な全身鎧に身を包んだ人物。

頭に被る兜も含め、それらは漆黒に輝いている。

金と紫の紋様が走り、纏うは深紅のマント。

見事という他ないであろう戦士の性別は、伺い知る事は出来ない。

性別を判断出来る物が一切表にないからだ。

顔すらもわからない。

ただ、背中のマント越しに時折顔を出す大剣。

グレートソードと呼ばれる大剣は1本ですら超重量な筈なのだ。

それを、2本も括りつけながら平然と立つ姿に、遠目に眺めていた冒険者すら目を疑った。

 

残る片方はこれまた目を引く。

連れ合いと違い、性別も顔もきちんと判別出来る。

歳は十代後半辺りだろうか。

色を感じさせる切れ長の赤い瞳はルビーの様な光を放ち、同じく真っ赤な髪を左側へと流している。

性別は男。

濃い紫色のスーツを着込み、黒いシャツに絞められていたであろう深紅のネクタイは僅かに緩ませてあった。

それにより男の首筋のラインがハッキリと見える。

整った容姿も相まって多くの女性の心を引き付けている事に、本人は気付いているのかいないのか。

薄ら笑いを浮かべていた。

 

見物人の多くは当初、組合への依頼人とその受領者という認識が大半を占めていたが、言葉を交わして歩き出した2人の首元を見て驚愕。

すぐに認識を改める事となる。

全身鎧の人物が首から小さなプレートを下げているのは、まだ頷けた。

絢爛華麗な鎧を着込んだ姿には、到底似つかわしくない『銅』のプレートであったとしてもだ。

問題はその隣を飄々と歩く男にあった。

ネクタイが緩められ露出した首元に、キラリを光る銅のプレートが見えたのだから。

 

 

 

 

 

ざわつく広場を通り過ぎた2人は、さほど広くもない通りを進んでいた。

轍や泥濘のある足場をものともせずに歩く。

段々と喧騒が遠くなり、周囲に人がいない事を確認した所で男が口を開いた。

 

「くくく。まさか意気揚々と、いざ冒険の旅へ! って息巻いて来たってのに……受付で字がわかりません……っかぁ! 最高だな! モモンさんよぉ?」

 

「やめて!? 折角なかった事にしてたのに!? つうかお前なんで字の読み書き出来たの!?」

 

「ひゃはは! この俺に死角はないぜ? きっちり前もって覚えたからな。こういう準備の良さがモテるかどうかのボーダーラインってもんだ」

 

「くぅ……! ……ん? 前もってって言った、今?」

 

大爆笑するスーツの男の隣で、悔しさを感じていた鎧の人物こと、モモンガは首を傾げた。

自分達はナザリックを出立して、ついさっきこの都市に入ったのだ。

それまで一切隣の男とは離れていない。

一体何時、そんな時間があったというのか。

むしろなんで知っているのだろうか。

付け加えれば、現地の文字も本などをナザリックに持ち帰り調査中の筈なのに。

 

「あぁ。ウチの姫さんが教えてくれたぜ? なんでも、暇つぶしにパズルが解きたくなって手頃なモンを探してたら考えついたらしい。そんで、その成果を試せってご命令があったって訳だ。結果は見事にビンゴ。因みに姫さんには、景品としてモモンさんの笑える動画が届いてるから安心しな」

 

「ベルンさん!? 滅茶苦茶凄いけど、滅茶苦茶酷いですよ!?」

 

―俺にも教えてくれても良かったじゃないですか……!

 

モモンガは、今は遠くにいる友人の高笑いを幻視した。

 

事の始まりは半日前へと遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。準備はこんなものか。ベルンさん達が見送りに表層で待っていてくれてるらしいし、急ごう」

 

最後の身だしなみのチェックを終えたモモンガは、自室を後にした。

この数日間で、待ちに待った日が遂に来たのだ。

知らずに歩みがスキップ気味になっていても仕方ないだろう。

数mの距離を移動した所で、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使えば良かったのだと気付いた。

 

「……ちょっと浮かれ過ぎたな。反省しないと……よし!」

 

気を取り直して表層近くまで転移する。

短い距離を進めば大墳墓への出入り口が見えてきた。

傍らには、見送りに来たであろうセバスやプレアデス、一部の一般メイドの姿が。

その一団の反対側には、若干の間を空けてベルンエステルとアルべドの姿もある。

確認したモモンガは威厳溢れる声を作った。

 

「うむ。見送りご苦労」

 

このロールとも一時解放されると考えると、体が光ってしまいそうになる。

そんな事を知らぬ彼らは、一斉に跪いた。

勿論、約1名は除く。

 

―我慢、我慢だ俺! 自由はすぐそこだ!

 

「モモンガ様。差し出がましくはございますが、供をお付けにならないのは余りに危険過ぎるかと」

 

内心息巻くモモンガに、アルべドが切り出した。

 

「ん? 供ならいる筈だが?」

 

「そうなのですか? 一体誰を……」

 

まさか私!? くふー! と、クネクネするアルべドの言葉が、今いる僕の総意である様だ。

皆がジッとモモンガを見つめている。

 

―まさか……

 

アルべドから視線を横にずらせば、ニンマリと笑みを浮かべるベルンエステルの姿があった。

 

―くっ……ここに来て焦らすんですか!? 流石はベルン姉さん! 一味違うぜちくしょぉぉお!

 

そんなモモンガの葛藤を知ってか、たっぷり時間を空けてからベルンエステルは言葉を切り出す。

その間、およそ3分。

カップラーメンの出来上がりを待つ時の様な感覚ですらあろう、あのもどかしさをモモンガはたっぷり味わった。

 

「悪いけど、モモンガさんのお供は私が決めたわ」

 

「……そう……ですか……」

 

ベルンエステルの言葉にアルべドが消沈した様子で視線を落とす。

モモンガが見れば、僅かにだが小刻みに震えている。

 

―あちゃぁ……期待させちゃって悪かったな。向こうに行って綺麗な装飾品あったら、ベルンさんとは別に送ろう。

 

思わぬ所で、アルべドに幸運が訪れた様である。

 

「私達、アインズ・ウール・ゴウンは良い意味でも悪い意味でも有名だった。でも今回の計画の性質上、あくまで表向きには正体を知られてはならない」

 

ベルンエステルの言葉に僕達が頷く。

 

「そこで私は考えたわ。だったらアインズ・ウール・ゴウンと知られていない存在がいれば、なにも問題はない」

 

「……お言葉ですがベルンエステル様。そのような存在がいるのでしょうか? かつてナザリックが攻め込まれた際、ほぼ全ての僕が戦闘を行っております。一度も外部の目に触れた事がない者は、それこそナザリックの防衛の要であるかと」

 

 アルべドが指摘は尤もだ。

だが、それこそがベルンエステルの待ち望んだ言葉。

 

「くす。アルべドの言う通り。そんな存在はナザリックの防衛の要のみよ。でも解決策は実に簡単。ないなら他から持ってくれば良いのだもの」

 

言うが早いか、ベルンエステルは右手を伸ばし、掌を上にして開いた。

光が溢れ、漆黒のキングの駒が浮かぶ。

 

「さて。出番よ。<偽書の黒駒>」

 

ベルンエステルの言葉を受けて更に光が輝きを増した。

 

「へっ! ようやくお披露目か。待ちくたびれたぜ」

 

「「「!?」」」

 

光が収まれば、そこに一度も見た事がない男が立っていた。

アルべドは一瞬でモモンガの前に陣取り、セバス、プレアデス達も構えをとる。

だが。

 

「なっ!?」

 

「ぐっ!?」

 

「イッヒッヒ! 駄目だなぁ。全然駄目だ。おい、姫さん。コイツラ弱いんじゃねぇの?」

 

次の瞬間には僕全員が地面に倒れ伏していた。

否。

正しく言えば攻撃の意思を示した瞬間に、見えないナニカで地面に縫い付けられたというのが正しい。

 

「ふふ。違うわ。あんたが強いだけよ。ほら遊んでないで自己紹介でもしなさい」

 

「へいへい」

 

男がベルンエステルのする様に指を鳴らせば、アルべド達の感じていたナニカが消えた。

アルべド達が警戒を崩さずに立ち上がる。

その鋭い眼差しを受けても、ニヤニヤとした笑みを一切崩さない。

男は両手を広げると、そのまま様になった動作で礼をする。

先程までの振る舞いとは似つかわしくない位、綺麗な所作だった。

 

「我が主、ベルンエステルが駒。バトラ=U=ノワール。以後、お見知りおきを。……こんなんで良いかな?」

 

「あんたにしては上出来ね」

 

「そいつはどうも」

 

ベルンエステルの評価にバトラはケラケラと笑う。

余りに自由。

余りに傍若無人。

この場にいる誰もが理解する。

眼前のバトラという存在は、根本からしてナザリックのNPCとは異なる存在なのだと。

 

「私の自慢の駒よ。実力はさっき体感したでしょう? 勿論、純粋な力や頭の出来も保証するわ。さ、モモンガさん。仲良くね? くすくす」

 

「お。話は聞いてるぜ。旅は道連れってよく言うだろ? 宜しくな、モモンg……いや、その姿はダークウォリアーだっけか? ひゃはは」

 

「「あははははは!」」

 

主従揃って実に良い笑顔がモモンガに向けられた。

 

―コイツラ……ドSだぁあああ!?

 

ここで漸くモモンガは悟る。

自らの本名の通りに気が付いた。

数日前に感じた違和感。

その正体に。

 

―そうか! あの時は嬉しさが勝って気付かなかった! ベルンさんには装飾品なんて前菜に過ぎなかったんだ!

 

数日がかりで仕組まれた魔女の罠。

全てはあの日、既に始まっていたのだ。

 

 

―――私には忠誠を誓ってはいるけれど、モモンガさんには微塵もないわね―――

 

―――見た目は普通のニンゲンにしか見えないから、安心しなさい―――

 

 

すべてはこの日、今日という日に、主菜を美味くする為の仕込み!

 

戦慄するモモンガを余所に、ドS主従は楽しそうに会話を続けている。

 

「モモンガさんは当然として、あんたのお土産にも期待してるわよ」

 

「ん~……リボンとか?」

 

「任せるわ」

 

「りょ~かい」

 

 

 

…という始まりを経て、現在へと至る。

思い返しても実にヒドイ。

よく事態を収拾出来たとすら思う程だ。

 

「はぁ……」

 

「んん? 溜息つくと幸せが逃げるぜ?」

 

「ぐ……流石はベルンさんのNPC……」

 

「もしかして褒めてる?」

 

「褒めてない!」

 

「わかった。姫さんにそう伝えとく」

 

「あ! 嘘! 褒めてます!」

 

「わり。もう伝えちまった」

 

「Noォォオオオオ!?」

 

「ウ・ソ」

 

「がぁあぁあああああ!?」

 

「やっべ……モモンさんチョー面白れぇ。姫さん気に入るだけあるわ」

 

鎧の中で、モモンガの体は何度光った事か。

 

「ベルンさん! 確かに気は張らなくて良いですけど、別のナニカが擦り切れそうです!!」

 

果たしてモモンガ手にしたのは、本当に自由だったのか。

現状を見ると、些か疑問であった。

楽しく?会話を続けていると、目的の建物が見えてくる。

文字が読めないモモンガの様な場合でも、迷わない『絵』の看板が掲げられた建物。

 

「くっ! もうすぐ着くから、お前は大人しくしてろよ…」

 

「姫さんからは、モモンさんの指示には従う様にって言われてるからな。了解したぜ」

 

「じゃぁ……ふざけたりするのも……」

 

「あ。極力が前に付くんだった。悪ぃ悪ぃ」

 

「ははは。ベルンさんとは違うベクトルで攻めてくるなぁ……!」

 

―確かに忠誠心はないけども! 俺が望んだけども!

 

気を紛らわせる為に、力強くウェスタンドアを押しやり店内に入る。

室内は広く、荒くれ者達の集う酒場となっている。

ギルドの受付嬢によれば奥に見える階段の先。

2階から3階が宿屋という話を聞いていた。

主にバトラが。

ついでに受付嬢の住んでいる部屋も判明している。

モモンガは知らないが。

 

「宿だな。何泊だ?」

 

モップを片手に掃除をしていた用心棒にしか見えない、むさ苦しい店主の濁声がモモンガにかけられた。

 

「一泊でお願いしたい」

 

「……銅のプレートか。相部屋で1日5銅貨だ」

 

その他にも、色々とサービス内容を喋っていたがどれも中々にアレだった。

2人部屋を頼めば鼻で笑われ。

理由を問えば怒鳴られる。

揚句に睨みを飛ばされたかと思えば勝手に感嘆され。

終いには…

 

「……どうしても2人部屋が良いってのか? お前さん達コレなのか?」

 

と、実に不名誉な事を言われた。

それでも負けずに部屋の鍵を手に入れ、さっさと部屋に行こうと歩き出したら酔っ払いに絡まれる。

 

―……もう、ゴールしても……いいよね…………

 

流石のモモンガも我慢の限界が来ていた。

 

「私は今、非常に苛立っている。一つ確認させて欲しい。お前はガゼフ・ストロノーフよりも強いか?」

 

モモンガから湧き出る黒い波動を感じ取った周囲の客は、一斉に距離をとる。

酔っ払いや楽し気にポーションを眺めている女冒険者などは例外となった。

 

「はぁ? なに言ってんだ、おめぇ?」

 

「喜べ。――空を飛べるぞ」

 

モモンガは酔っ払いの襟を掴んで、入り口に向かってぶん投げる。

割とガチで。

途中で酔っ払いの体に引っ掛けたのか、一本の瓶が壁に当たって砕けた。

 

「おっきゃぁぁああ!!」

 

「ぎぃゃぁぁぁぁ……………………」

 

この世界では知る由もない、ドップラー効果を振りまきながら酔っ払いが景色の向こうへと消えた。

 

「~ヒュゥ♪」

 

近くでバトラが口笛を吹いて感心している姿を見て、心が温かくなってしまう自分に、精神が沈静化されたモモンガは悲しみを覚えた。

身体を階段側に戻せば、人々が左右に割れて一本の道を形作る。

その道を歩き出した所で、背後から女のヒステリックな声が届いた。

 

「ちょっとあんた! なんて事してくれてんのよ!?」

 

「……なんだ?」

 

緩慢な動作でモモンガが振り返れば、女も一瞬、ウッ……とたじろくも眼力を鋭くしてこちらを睨む。

 

「あんたがアイツをぶん投げたせいで、私の大切なポーションが! 私の大切なポーションが割れちゃったじゃない!!」

 

実戦で養われただろう筋肉質な肉体に、手に出来た剣だこ。

如何にも私、女戦士です、と言っている容姿だった。

 

「……はぁ……ほら。代わりをやるから、もうそれで良いか?」

 

モモンガはため息を溢して、あたかもマントの中で取り出した風を装いながら、もっとも下位の赤いポーションを放り投る。

 

「わ! わわわ!」

 

名も知らぬ女戦士(仮)は、ワタワタとしながらもポーションをキャッチした。

 

「これで文句はないだろう」

 

モモンガは今度こそ振り返らずに階段を上る。

この時の彼は知らない。

思い至らない。

小さな波紋が海原を揺らす事もあるのだと。

 

「……これって……」

 

背後で聞こえた呟きも……なにも。

 

「おっ。やっと来たか。先に寛いでるぜ?」

 

「……おぅふ……」

 

上でのやり取りも当然、下には聞こえないものである。

 

この日を発端として、王国、ひいては大陸に名を轟かせる『漆黒』という冒険者の2人。

 

遠くない未来で、最高峰の冒険者チームとして知られる事になる英雄譚の幕は、割とシンプルに開けられたのだった。

 




15話『新たな楽しみ』如何でしたでしょうか。

前話の感想で、色々コメントをいただきましたNPCのお披露目回ですね。
予想が当たった方はいらっしゃいましたか?
楽しく読んで下さっていれば、嬉しいです。

ご感想をお寄せ下さいました『ドミニコ・トモン』様、『月輪熊』様、『フリークスわん』様
以前よりご感想をいただいております『couse268』様、『yoshiaki』様、
            『炬燵猫鍋氏』様、『ナナシ』様、『緋想天』様、
            『頃宮ころり』様、『途中火葬』様。
ありがとうございました。
今後も頑張らせていただきます。
それでは次話にて。
                                     祥雲


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冒険者

風が運んだものはなに?
     静かな夜を届けます。

風が運んだものはなに?
     素敵な時を届けます。

風で運んだものはなに?
     目を閉じればわかりましょう。

もしくは風に、聞いてみる?   



夜が深まる。

月が欠け、星の輝きも雲が隠してしまった。

これでは折角の星空も堪能出来やしない。

モモンガはそう、落胆して息を吐く。

 

「だから溜息つくなって。ただでさえモモンさんってリアルラック低いんだろ?」

 

それに敏感に反応したのは、隣のベッドに大の字に転がっているバトラ。

彼は昼間からずっとこんな調子だ。

無視して室内を見渡せば調度品は小さな机が1つだけ。

残るも自分が今腰かけているベッドも含め、簡易的な鍵付きの箱が備わっている粗末な木製のそれしかない。

所詮は場末の安宿とはいえ、モモンガは軽い失望感を覚えていた。

まぁ、会話の1つでもすればいくらか気分転換にはなるだろう。

そう考え、バトラへ向き直る。

 

「お前もよく、こんな所で寛げるな?」

 

「イッヒッヒ。こんなん、裸首輪とか鎖プレイに比べたら天国天国。 モモンさんも一度は経験すれば世界が広く見えるに違いないぜ?」

 

「なん…だと…」

 

モモンガはバトラの予想外の返しに驚愕する。

普通の会話の切り出しで、特殊な内容の言葉が返ってくる事を予想しろ、という方が無理があるが。

 

―…まさか…ベルンさん…!?

 

モモンガの脳裏に、楽し気に笑いながら目の前のイケメン(リアル世界でのフェイス基準超過)を裸に剥き、首輪と鎖で締め上げる友人の姿が過った。

 

「あん? お~い? モモンさーん?」

 

自分の知らぬ所でそんな事が行われていたとでもいうのか。

 

「…無視すんなって。これからモモちゃんって呼ぶぞ?」

 

もしくは、ユグドラシルの時代に既に?

モモンガの思考はグルグルと迷走する。

 

「…駄目だな。聞こえちゃいねぇ。俺はちょっくら出かけてくるから良い子でいろよ」

 

思考の坩堝に嵌ったモモンガの目の前で、何度か手を行ったり来たりさせていたバトラであったが、諦めたのか扉へと向かっていく。

扉を開けて半身が出た辺りで、一度モモンガへ振り返った。

 

「…さっきの言葉だけど、アレ姫さんの話じゃねぇぜ? どこぞのミステリー好きの意地悪魔女さ」

 

「へ?」

 

その言葉にモモンガは漸く反応を示す。

だが時すでに遅し。

バトラは閉まる寸前のドアから片手をヒラヒラ振ると、部屋を後にした。

モモンガはポツリと残される。

 

―あれ? 俺リーダーだよね? 普通単独行動とかしなくね? え? あれれ?

 

余りに自然に出て行かれたものだから、首を何度も傾げる鎧の姿があったそうな。

 

 

 

 

 

人気のない、夜の道をバトラは歩く。

石畳で舗装された道は、歩く度にコツコツと足音がして、その音色を楽しんでいる様だった。

真っ直ぐ進んでいたかと思えば、途中で右へ左へ。

今日初めて訪れた都市にも関わらず、バトラの歩みに躊躇いは微塵も感じられない。

むしろ、この道を進むのが正しい。

そんな確信を持っているとしか思えない潔さだ。

人気どころか、明かりすらない裏路地の突き当りに出た所でバトラは足を止めた。

 

「…この辺で良いか」

 

突き当りという事は、都市の城壁の前という事だ。

バトラが地面を蹴ると、普通では届きもしない高さにある城壁の上へ軽々届く。

着地と同時に、バトラを風が撫でていった。

 

「おぉ。やっぱり良い景色だぜ」

 

都市の区画のみならず、全域を一望出来るこの場所は、バトラに以外誰もいない。

 

「でも、ま」

 

バトラが右手を前に付き出す。

そこから黒い闇が湧き出た。

 

「…俺の好みじゃぁないんだ」

 

一瞬で都市全域を覆ったかと思えば、すぐさま消える。

別に何処かで爆発が起きる訳でもなく、景色には何一つ変化がなかった。

 

「くくく」

 

しかしバトラは満足気に笑う。

 

―ミィ…

 

足元を見れば、いつの間にやら1匹の黒猫の姿が。

それを一瞥すると、バトラは足を投げ出しながら座り込んだ。

 

「いひひ。誰かが言ってたな。心がないミステリーは認めない…だったっけか」

 

その言葉は猫に向けられたのだろうか。

それとも独り言か。

視線は前を向いたまま。

 

「…残念だが、俺はミステリーを紡ぐつもりはない」

 

バトラの口が吊り上がる。

醜悪に。

それでいて楽し気に。

 

「それは役違いってもんだ」

 

片足を組んで、頬杖をつきながら。

 

「この身は黒き駒。ゲーム盤の主に望まれて俺は在る」

 

ケラケラ笑う。

 

「なら、差し手の期待には応えなきゃな」

 

―…パチ…パチ…

 

何処からともなく拍手が聞こえた。

当然、周囲には誰もいない。

バトラ以外、誰も。

黒猫の姿は忽然と消えている。

 

「…おっと。こいつは張り切っちまわぁ」

 

バトラは軽やかに立ち上がった。

背後から風が強く吹き荒れる。

スーツに刻まれている金色の片翼の紋様が、夜空に浮かんでいる様でさえあった。

腕を上げて、大きく背伸び。

 

「ん~……余り遅いとモモンさんがうるさいか」

 

宿のある方角を見る。

途中で、ある民家に明かりが灯ったままだと気が付いた。

 

「……………くく。うっかり、道に迷っちまうかもしれねぇ…」

 

笑みを携え、城壁から飛び降りる。

転移するのは簡単だ。

だけども。

歩いた方が楽しみも…長持ちするのだから。

 

「……一体どんな声で鳴いてくれるんだろぉなぁ?」

 

ゆっくりと目的地を目指して歩みを進めた。

 

静かにエ・ランテルの夜は更けていく。

 

 ……モモンガの下へ、バトラが帰ったのは朝方だった。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

モモンガとバトラの2人組は、再び冒険者組合を訪れていた。

カウンターには、受付嬢が3人。

 

―あれ? 昨日対応してくれた娘がいないなぁ…休みなのか?

 

そんな疑問をモモンガは抱いたが、別に当たり前の事であるし、気にするだけ無駄だろう。

すぐに頭の片隅へと追いやった。

隣では朝帰りを敢行してくれたバトラがお詫びと称して、扉の右手側にあるボードに張り付けられた羊皮紙に掛かれた依頼を確認している。

 

「…あ~。モモちゃん、やっぱ銅には簡単な依頼しかねぇわ」

 

「やっぱりか…ってモモちゃん言うな! 私の名はモモンだ」

 

昨日、登録を済ませた際に予感はしていたのだ。

 この世界では冒険者の功績に応じてランク分けがされている。

上から、英雄・アダマンタイト・ミスリル・白金・金・銀・鉄・銅

最上位である英雄クラスの存在は、大陸中でも一握りらしく、モモンガにとっては警戒と興味の対象となっていたが。

ともかく、冒険者に登録した初めは必ず『銅』のプレートが渡される仕組みだ。

つまり銅のプレートは駆け出し…言い換えればルーキーの証である。

入りたてホヤホヤの新人の依頼に、いきなりドラゴンの討伐とかを振ってくる組織はほぼないだろう。

 

「…とりあえず、受付で良さげな依頼がないか聞いてみよう」

 

「ふぅん…俺はモモ―――ンさんの方針に従うぜ。リーダー様の交渉術のお手並み拝見だ」

 

「ねぇ、さり気なくハードル上げないでくれる?」

 

しかし、ふとした拍子にバトラの言葉から滲み出る友人の面影に、気安さを感じているのもまた事実。

モモンガはもしかしたら隠れツンデレの素質があるのかもしれない。

丁度空いた左端のカウンターの前に立つ。

 

「すまない、仕事を探しているんだが?」

 

モモンガの言葉に受付嬢が顔を見上げた。

 

「あちらの掲示板に依頼の貼り出しがありますので。選ばれましたらこちらまで羊皮紙をお持ち下さい」

 

その受付嬢は、丁寧な言葉遣いであるものの節々に堅さを感じさせた。

黒髪を後ろでポニーに括っている。

刀とかが似合いそうな容姿であった。

受付を任されるだけあり、非常に整った顔立ちだ。

 

―懐かしいなぁ…こっちだとポニーテールってあんまいないよね

 

 

「? どうかされましたか? 私の顔なぞ面白くもないでしょうに」

 

「あ。いや。なんでもない。向こうの依頼は確認済みだ。だがどれも見窄らしい仕事ばかりでな。ミスリルとかの仕事は受けられんのか?」

 

「此方にも規則がありまして、残念ながら曲げられません。――貴方様が如何に強者であろうと」

 

「ふん」

 

モモンガの言葉と嘲笑に、周囲にいた冒険者達の表情に敵意が宿る。

不思議と応対している受付嬢に敵意は感じられなかった。

周囲の反応はごく当たり前の反応だろう。

 

―周りの皆さんマジですみません! ホントはこんなの、俺のキャラじゃないんです! どうかお慈悲をぉぉぉおお!?

 

心の中でモモンガは全力で頭を下げていた。

リアルでサラリーマンだったモモンガが、一二を争って嫌いとする輩の真似事をしているのだ。

見えない鎧の中は、それはそれは綺麗に光っていた。

 

――――慈悲はありませんよ。モモンガさん――――

 

――――モモンガお兄ちゃんひっどーい☆――――

 

――――くす…いい感じになったわね――――

 

――――受付の美少女を紹介してくれ――――

 

――――知ってるか? 昔の傭兵とかって両刀使い(意味深)が多かったらしいぞw――――

 

更には、そんな懐かしい声で幻聴が聞こえてくる始末。

 

―やめてぇぇえ!? くっ…脳内ですら味方はいないのか!? っていうか最後の2人!! いつか再会したら覚えとけよ!?

 

モモンガの完全な逆恨みである。

仮にこの場に彼らが居た場合は、ガチで言われそうな言葉なだけにモモンガの精神は荒れた。

真ん中の人に関しては確実に言ってくると、モモンガは断言出来る。

 

『ねぇ。なんだかモモンガさんが良い感じに奮闘してる気がするのだけど…』

 

『ははは。気の所為ですよベルンさん……え? ベルンさん!?』

 

まさかのタイミングでの、ベルンエステルからの<メッセージ>にモモンガは驚愕する。

あの魔女には距離すら関係ないとでもいうのか。

ブルリと身を震わせた。

 

『ホームシックになったらいつでも帰ると良いわ。ただし、お土産は忘れない事。それじゃぁね』

 

『え? ちょっ……』

 

そして開始と同じく唐突に<メッセージ>が終えられる。

気付けば周囲の冒険者質は、いきなり黙り込んだモモンガに射殺さん張りのメンチを切っていた。

今なら全方位からビームが浴びせられても納得してしまうだろう。

だがモモンガもここまで来て、すごすごと引き下がる訳にはいかないのだ。

最後には引くつもりではあるが、それはある程度の状況を確保してからの話だ。

 

―大丈夫だ。俺はまだ、切り札をきっていない...いざ!

 

「後ろに居るのは私の連れで、バトラ。彼は第三位階魔法の使い手でもある」

 

ザワザワと空気が動いた。

この世界において、第三位階の使い手というのは、魔法詠唱者として大成した存在である。

ハッタリか、ホントか。

周囲がその間で揺らぎ始めた所で、モモンガの見事な鎧に目がいく。

冒険者の強さに応じて装備も、相応の物へと移ろいでゆくのは一般にも知られている。

王国戦士長のフル装備が良い例だろう。

そして目の前の立派な鎧は、誰が見ても一級品と理解出来る代物。

 

―よし! 流れが変わったな。次は…

 

モモンガは周囲の視線の色が変わり始めた事に気付くと、もう一手を打ち込んだ。

 

「そして私も当然、バトラの強さに匹敵するだけの戦士だ。この鎧も見掛け倒しではないと理解出来よう。その瞳が硝子玉でもなければだがな」

 

「………」

 

淡々とこちらを見る受付嬢に、更に一歩近づく。

 

「我々であれば、例えミスリルの仕事だろうと容易と断言できる」

 

大の男ですら思わず下がっても可笑しくはない重圧を、真正面から受けている筈の受付嬢は表情を崩さない。

それに反して周囲の冒険者達は面白い位にコロコロ変わっているというのに。

 

「銅貨何枚などという簡易な仕事がしたくて、冒険者になったのではないのだ。我々はもっとレベルの高い仕事を望んでいる。仮に力が信じられないのであれば見せようとも。だからどうか上の仕事をさせては貰えないかな?」

 

先程まで溢れていた敵意は、自然と霧散していた。

今では、確かに、または成程、そういう類の雰囲気が流れている。

荒事を生業としている彼らの多くが、モモンガの言葉に理解出来る部分があったためだろう。

だが、受付に座る者だけは違った。

 

「……申し訳ありませんが承服しかねます。お話は理解しました。なれど規則は規則。我らの命令権者でもない貴方様には、その権限がありません」

 

そう言って受付嬢は頭を下げた。

結われた髪が、名の通り尻尾の如く揺れる。

 

―やった! これで引ける! でも流石は冒険者組合の受付さんだなぁ…プロ意識半端ない

 

内心でモモンガはガッツポーズを取ると、眼前の受付嬢に尊敬の眼差しを送った。

ともかくとして、これで印象付けとしては上出来だろう。

 

「それでは仕方ないな………我儘を言った様で悪かった」

 

モモンガも軽く頭を下げた。

 

「では銅のプレートの仕事で最も難しい依頼を見繕って欲しい。そこの掲示板以外に出ているものはないかな?」

 

「畏まりました。では……」

 

受付嬢が動こうと、モモンガから視線を外す。

モモンガが完全な勝利を確信した瞬間、その感動を横合いから男の声で殴り飛ばされた。

 

「それなら私達の仕事を手伝いませんか?」

 

「あぁん?」

 

ドスの利いた声がモモンガから発せられる。

 

―あ。やば…

 

取り繕う様に急いで、出来る限り堂々と振り返った先にいたのは、4人組の冒険者。

首から下げられた銀のプレートが、差し込む日光を反射して煌いた。

 

 

 

ここは夢を求める者が集う組合所。

 

世界は今日も、色んな出会いに満ちている。

 

 




第16話『冒険者』如何でしたでしょう。

今回は少しだけ、話が進みました。
本格的な冒険の始まりですね。
それにしても、荒くれ者って書くと、脳内で牛っぽいマスクを被ったガチムチとか、ヒャッハー!!してる世紀末な集団が召喚される作者。
間違っても作中に顕現させない様に頑張ります。

さて。
『kxxxi』様、『あくあむさん』様、『阿久祢子』様、『もずく』様
ご感想をありがとうございます。
『couse268』様、『緋想天』様、『ながも~』様、『頃宮ころり』様、
『yoshiaki』様、『月輪熊』様、『ナナシ』様、『炬燵猫鍋氏』様、『アズサ』様
いつもご感想を下さり、誠にありがとうございます。

感想や考察はいつでも大歓迎です。
皆様と、よりこの作品を楽しみたく思います。
それでは次話にて。
                                   祥雲


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隠した心

知恵の林檎は美しい。
    危険だろうと惹かれてしまう。

知恵の林檎は美しい。
    深紅の輝きに焦がれてしまう。

知恵の林檎を齧りたい。
    禁断の果実がそこにある。



冒険者組合という建物には、いくつかの部屋が設けられている。

理由は単純。

依頼人を持て成す用途であったり、冒険者達のミーティング、組合関係の会議に使用する為だ。

そして今、モモンガとバトラがいる部屋もそんな場所の一つだった。

木のテーブルが中央に置かれ、その周りを椅子が囲む。

比べるのも烏滸がましいが、ナザリックの円卓を超ショボくした印象をモモンガは抱いた。

が、先に言わなければならない事がある。

 

「先程は声を荒げてしまって申し訳ない。少々気が立っていたもので」

 

「ははは。構いませんよ。いきなり声をかけてしまった私にも非がありましたし」

 

―ぅう…なんて良い人なんだ…! これだよ! これが人情だよぉ! あぁ…骨身に沁みるぅ…

 

「では、改めまして自己紹介を。仕事の話はそれが終わってからにしましょう。私は『漆黒の剣』のリーダーを務める、ペテル・モーク。隣がチームの目であり耳である野伏、ルクルット・ボルブです」

 

モモンガの中で、良い人判定が下された戦士風の男―ペテルが隣の男を紹介する。

ルクルットと呼ばれた彼は、お道化る様な笑みで頭を下げた。

全体的に細身だが、無駄なものを削った末なのだろう事は、モモンガの目にも明らか。

2人とも金髪で、聞けばどうやら王国民は金髪率が高いらしい。

街で見かける髪色の比率を思い返せば納得出来る。

 

―あ。そういえば、カルネ村の娘も金髪だっけ……

 

「そして魔法詠唱者であり、チームの頭脳ニニャ。二つ名は『術師』です」

 

「よろしくお願いします」

 

4人の中では最年少であろうニニャが軽くお辞儀をした。

他のメンバーに比べて肌は白く、容姿も中性的だ。

 

「2つ名?」

 

「いえその……ペテルが勝手に…」

 

「え? 良いじゃないですか」

 

「でも恥ずかしいですよぉ」

 

恥ずかしそうにモジモジするニニャに、ペテルが首を傾げた。

モモンガもペテルと同じく『?』を浮かべる。

 

―え? 普通にカッコいいと思うんだけどなぁ

 

そこにルクルットの注釈が入った。

 

「<生まれながらの異能>を持っていて、天才といわれる有名な魔法詠唱者なんだぜ、このニニャってやつは」

 

「ほう」

 

思わずモモンガは声を上げた。

<生まれながらの異能>

それは、ナザリックで一番初めにもたらされた価値ある情報の一つ。

実例を目の前にして、つい喜びを感じてしまう。

 

「別に凄い事じゃないんです。たまたま持っていたのが、ソッチ系統だったというだけで」

 

「ほほぅ」

 

モモンガの知的好奇心が鋭敏に刺激される。

<生まれながらの異能>は、ユグドラシルにはなかったこの世界特有の能力なのだ。

自分の取得魔法を全て覚える程のモモンガが、食い付かない筈がなかった。

聞く所によると相性の良い能力を得られるかと問われれば、必ずしもそうではないらしい。

魔法の威力アップという能力を持った者が、魔法に微塵も興味がない脳筋だった……そういう話もあるのだとか。

噛み合ったら幸運位の程度の認識が世に浸透している中、ニニャという人物は見事に合致した幸運の結晶といえるだろう。

 

「確か魔法適性ってのだっけ? 習得に8年かかるのが半分の4年で済むらしい。まぁ俺は魔法詠唱者じゃないから、それがどんくらい凄いかはいまいちピンと来ないんだけどな」

 

ルクルットの言葉に、モモンガの好奇心とコレクター魂が擽られる。

同じ魔法職としての。

アイテム部屋と化したドレスルームの主としての欲望が反応しているのだ。

ナザリックにない力を得る事は、そのまま組織の強化に繋がる。

なんらかの手段で能力を奪えればとさえ考えてしまう程。

もしも可能なら、自らの蒐集欲も満たされるのだから、一石何鳥になろうか。

 

―……………ふふ

 

モモンガは真剣に鎧の下で、超位魔法<星に願いを>の使用を考えた。

まさか兜の中で自分を見つめる視線が獲物の目をしたソレとも知らず、ニニャは会話を続けている。

 

「……この能力を持って生まれたのは幸運でした。夢を叶える一歩が踏み出せたんですから。もしもなければ、きっと最低な村人として一生を終えていたでしょう」

 

ぼそりと呟かれた声は暗い感情を感じさせた。

それを払拭する為か、ペテルが明るく声を張り上げる。

 

「という風にニニャは凄いんですよ! この都市では割と有名人なのです」

 

「…有名といえばそうでしょうが……わたしなんかよりもずっと有名な人がいますけどね」

 

「蒼の薔薇のリーダーか?」

 

「その方も有名ですが、この街にいる中でですよ」

 

「バレアレ氏であるな!」

 

まだ紹介されていない大男が重々しくかつ、大声で口にした。

 

―なんだって………コレクション候h…じゃなかった……そんな凄い人がいるのか!?

 

モモンガの興味メーターも振り切れそうである。

鎧の中の骸骨は毎秒何回光っているのか。

脱げばきっと、後光レベルに違いないだろう。

仏とはかけ離れた絵面になる事間違いナシだ。

ともあれ、沈静化は今日も仕事に勤しんでいた。

 

「…その方はどんな<生まれながらの異能>をお持ちなんですか?」

 

「え!?」

 

声を出したのはペテルだ。

見れば4人全員が驚いた表情を浮かべている。

どうやら知っていて当然の部類に入る情報だったらしい。

 

―あの村長…村から近いんだから、教えてくれても良かったじゃないか。ガゼフ・ストロノーフの時といい、物忘れ始まってるんじゃ…

 

 内心で失礼な事を考えているモモンガを余所に、漆黒の剣の面々はなんらかの結論を出したようだった。

 

「なるほど、それだけ立派な鎧を纏っているというのに、私達が知らなかったのはこの辺りの人ではないからですね。パートナーの方も、随分上等な服を着てますし」

 

「…もしかして貴族…ですか?」

 

納得した様子のペテルとは対象的に、今まで一言も喋らずにいたバトラへと、ニニャの視線が向いた。

その揺れる瞳を真正面から受けて、漸くバトラは会話に参加する。

 

「だったら?」

 

「!」

 

バトラの返事に、ニニャの表情が僅かに強張った。

他の漆黒の剣の表情も同様だ。

謎の緊張感が流れた所で、バトラが噴き出す。

 

「イッヒッヒ! なぁんて、嘘だよ」

 

「…ぇ?」

 

「俺は貴族なんかじゃない。そんな柄でもねぇ。精々、気まぐれな姫さんの使いッパシリだな、うん」

 

ポカーンと呆けるニニャがツボなのか、バトラは上機嫌に語る。

 

「俺らは昨日、この都市に来たばかりだぜぇ? なぁモモンさん」

 

渡りに船とはこの事だろう。

 

―一瞬焦ったけど、上手く繋いでくれた! うんうん。こういうのって良いよね。無言の連携って感じで!

 

すかさずモモンガも口を開く。

 

「その通りです。実は昨日、初めてこの都市に入りまして」

 

「あぁ。じゃ、知らないですかね? このエ・ランテルでは有名人なんですが、流石に遠くの都市には広まってないのかな?」

 

「えぇ。聞いた事がありませんでした。宜しければ教えて下さいませんか?」

 

「名前はンフィーレア・バレアレ。名の知れた薬師のお孫さんです。彼の力は、ありとあらゆるマジックアイテムが使用可能というものです。系統の違う巻物も、使用制限で人間には使えないとされているアイテムでも使えるんですよ」

 

「!……ほぅ」

 

「きっと王家の血が流れていなければ使えないものとかも使えるんでしょうね」

 

「…なるほど」

 

モモンガは声に警戒と喜色の色が乗らない様に努めた。

 

―凄い! 欲しい! ……けど、その範囲によっては笑えないぞ?

 

モモンガの最後の感情は冷たいモノだった。

その力は何処まで及ぶ?

特殊条件を除いて、ギルド長にしか使う事の出来ないスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンですら使用可能なのか?

警戒すべき存在。

しかしその分、利用価値が高いのも事実。

 

『バトラ。お前はどう考える?」

 

『俺に聞くのか? …俺なら取り敢えず屈服させた所で…』

 

『あ。やっぱいいや』

 

隣の相棒とは、モモンガの思考回路は根本的に異なるらしい。

その認識を再確認出来ただけでも上出来だ。

そう、自分に言い聞かせた。

 

―でもやっぱり、この都市に来て正解だった。生でしか得られない情報ばかりだ

 

「? モモンさん、どうかされましたか?」

 

「いえ。なんでもないのでお気にされずに。それよりも、最後の方の紹介がまだかと」

 

「あ! 彼は森司祭のダイン・ウッドワンダー。治癒魔法や自然を操る魔法の使い手で、薬草知識に長けていますので、もし体調が悪くなれば教えて下さい。腹痛に良く効く薬とかもありますから」

 

「よろしくお願いするのである!」

 

口元に蓄えた髭と、ガッシリとした体格が野生的な印象を抱かせる。

首元に下げた袋は匂い袋だろうか。

草の香りが僅かに感じられた。

 

「では、次は私達の番ですね。こちらはバトラ。そして私がモモンです。宜しくお願いします」

 

「はい。こちらこそ宜しくお願いします。 私達は名で呼んで貰って結構ですので。本題の仕事の話に移りましょう。……とはいえ、実を言えば仕事という訳でもなのですが」

 

「? それは…」

 

モモンガが出した訝し気な声を、ペテルが手で制す。

 

「この街周辺に出没するモンスターを狩るのが今回の目的です」

 

「モンスター討伐ですか? なんというモンスターでしょう?」

 

モモンガとしては、特別変わった仕事内容とは思えなかった。

十分、冒険者らしい仕事とすら感じる。

それとも、なにかしらの理由があるのか。

 

「あ。いえ。そっちの意味じゃないんです。モモンさんの国ではなんと言うんでしょう? モンスターを狩って特定部位を組合に提出すれば、その強さに応じて報奨金が出るんですよ」

 

―ふむふむ。つまりはPOPモンスターからドロップアイテムをいただこうって事か。懐かしいなぁ…

 

「糊口を凌ぐのに必要な仕事である」

 

「俺達にとっちゃ飯の種になる。周囲の人は危険が減って、商人は安全に移動を出来る。国は税がしっかり取れる。皆ハッピーって寸法だよな」

 

「今でこそ、組合の置かれた国はどこでもやってる事ですけど、5年前にはそんな事もなかったんですから驚きですよね」

 

ニニャの発言に、他のチームメンバーがしみじみと頷いた。

モモンガは会話に加わるタイミングを逃してしまい、黙る事にする。

 

「黄金の王女様万歳って奴だな」

 

「確か頓挫しちゃいましたけど、冒険者の足税をなくそうって動きもあったらしいですよ」

 

「あぁ。一時期噂になってたな。国家に忠誠もクソもない武力組織の何処が気に入ったのやら」

 

「でも本当、あの王女様は色々と素晴らしい案を出されるお方だよ………ほとんど潰されたし、根も葉もない噂を流されたりしたけども、挫けないのは凄いと思う」

 

「あ。噂って確か王女様に似た容姿の人が、トブの大森林で夜に見かけられたってアレか?」

 

「王女様があんな危ない所にいる訳ないのである。それに金髪碧眼は王族以外にも普通に国中にいるのであるし」

 

「まぁそうですけどね。でもすっごく綺麗な人だったらしいですよ? 街でも見ないドレスを着てたとか」

 

「それこそデマだろ。夜の森で動きにくいドレスで移動する訳がねえよ」

 

「まるで御伽話の精霊か貴婦人ですね。王族も大変です」

 

「ははは。有名税は冒険者も王族も変わらないんですね。ニニャだってこの前…」

 

一瞬、バトラがピクリと肩眉を上げた。

ほぼ同じタイミングで、モモンガも沈黙を破る。

これ以上の話の脱線は避けたい。

 

「えーと…つまりは、モンスターの討伐を目的とした都市周辺の探索が今回の仕事ですか?」

 

「! っと、失礼しました。モモンさんとバトラさんを無視して話し込んでしまって…」

 

「いえ。これで出会い頭の事はお相子って事で一つ」

 

少しお道化た声で切り出せば、ペテルは気持ちの良い笑いを上げた。

 

「…あははは! ええ! それでいきましょう。では、こちらの地図を」

 

羊皮紙を取り出すと、それをテーブルの中央に広げる。

どうやらこの周辺の地図らしく、村や森、川と、モモンガには読めないが地名などが記されていた。

字がわからぬとも、視覚的には問題ないのでスルー。

 

「基本的に南下してこの辺りを探索します」

 

ペテルが指で都市から南方の森までをなぞった。

どうやらその箇所がルートらしい。

その後はモモンガからの質問を交えつつ、仕事内容や近隣のモンスターの生育といったやり取りを続けていく。

途中、モモンガから兜の中身を見せるという博打もあった。

簡易とはいえ、幻術は上手くいった様である。

意外と若いのな、とか。

…カッコイイですね、とか。

割と高評価でモモンガ自身も驚いていた。

顔立ちは東洋人よりだったので、どう見られるかとの不安は杞憂に終わる。

 モデルはベルンエステル監修による男性で、不思議とモモンガも違和感を覚えなかった。

尚、リアルフェイスよりも男前であった事に若干落ち込んだりもしたが。

 

漆黒の剣と協力するという風に話が落ち着いた所で、モモンガの提案により質問タイムとなる。

 

「ん~…気になってたんだけど、2人ってどういう関係なの?」

 

いくつかの質問に答えた後。

ルクルットが口にした疑問に、残る3人も首を縦に振った。

確かに、スーツの男と鎧の男という組み合わせは奇妙だろう。

モモンガも自分の立場でなければ、そう思う。

 

「気になるか?」

 

どう答えようかと悩んだ所で、バトラが口を開いた。

口元にニヤニヤと笑みを作って。

 

「あぁ。無茶苦茶気になる」

 

同じく笑ったルクルットが返す。

 

―…あれ? この2人ってなんとなく気が合いそう…?

 

2人の浮かべた笑顔に、同じ種類の空気を感じた。

ない筈の冷や汗が流れる錯覚を覚えたモモンガは、バトラが口を開く前に言葉を発する。

 

「仲間です。共通の友人に紹介されたのがきっかけでしたが」

 

「…チッ…」

 

向かいに気付かれない程度にバトラが舌打ちしたのを、モモンガは聞き逃さなかった。

 

―危ない!? コイツ油断ならねぇ…!

 

もし、モモンガの決断があと数秒遅ければどんな事態になっていたのか。

 

「そろそろ出立の準備をしないといけませんね。私達は出来ていますので、モモンさん達の準備が整いましたら行きましょうか」

 

その言葉に、明後日を向いていた思考がカムバックした。

宿を出る際に、最低限のものは買ってある。

かさばるであろう食料品はモモンガには不要。

バトラも携帯食料を買い込んで、アイテムボックスに放ってあるし、いざとなればポケットから取り出した様にすれば問題はない。

 

「いえ。我々も準備は終えてますので」

 

「そうですか? では行きましょう」

 

ペテルの声に全員が立ち上がり、部屋を後にする。

組合受付まで戻れば、話をする前に比べて人が増えていた。

周囲の視線の多くが、受付で話し込んでいる一人の少年に向けられている事にモモンガは気付く。

よく見れば、応対している受付嬢はモモンガが絡んだ受付嬢ではないか。

相変わらず淡々と業務をしている。

 

その視線がハッキリとモモンガを捉えた。

静かに立ち上がった受付嬢は、モモンガの前まで歩くと口を開く。

 

「ンフィーレア・バレアレ氏より、ご指名の依頼が入っております」

 

現在、過去、未来。

 

 エ・ランテルで知らぬ者はいないであろう存在達が、一堂に会した瞬間だった。

 




第17話『隠した心』如何でしたでしょう。

今話は時間的には、そこまで進んではいないですね。
もう少しでモモンガさん達の活躍が入るかと。
それまではどうか、お付き合い下さい。

ご感想をいただきました『ミナライ』様、ありがとうございました。
以前よりご感想をお寄せ下さっております『炬燵猫鍋氏』様、『ながも~』様、『月輪熊』様、『アズサ』様、『緋想天』様、ありがとうございます。

お気に入りも遂に900後半。
1000件いったら記念回を書きたいな…そう願う作者でした。
沢山の方々にお読みいただいている様で喜ばしく思います。
それでは次話にて。
                                     祥雲


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勝らぬ宝

大切なモノを、教えて下さい。
     友と紡いだ絆の強さ?

大切なモノを、教えて下さい。
     友と繋いだ縁の強さ?

答えは幾千、幾万とあるのでしょう。

……貴方のソレはなんですか?




僅か一振りで、それは終わっていた。

 

 人食いの名で恐れられるオーガが、まるでただの案山子といわんばかりに、一刀の下に両断される。

それがどれだけの異常か。

その域に達するまでに、一体どれ程の鍛錬を必要とするのか。

戦士職であるペテルは、モモンガが軽々扱う2本の大剣による剣戟に身震いした。

 

「モモンさん……貴方は…なんという……」

 

戦闘中にも関わらず、敵も味方も時が停まった様に動きを止めた。

馬車の中に隠れたンフィーレアも、普段前髪が隠している目を驚愕に見開いている。

 

一撃必殺。

 

袈裟斬りに繰り出された一閃は、丸太以上もあるオーガの分厚い肉体を易々と二分していた。

吹きあがる血、毀れる臓物、周囲に広がる独特の異臭が、決して今の光景が夢や幻でないと教えている。

 

「……すげぇ」

 

それは口調からすればルクルットであった。

もしくはペテルなのか。

誰もが思い、誰の耳にも入る程に、戦場は静寂を漂わせていた。

 

「……信じられない。ミスリル所かオリハルコン……いや、まさかアダマンタイト?」

 

目の前で起きた剣劇を目にしたのならば、決して絵空事と笑い飛ばせない。

一太刀による両断。

一部の極致に至った者であれば当然可能だ。

もしくは、強力な魔法武器でも持てば再現可能な技といえよう。

しかし、モモンガの持つ武器がグレートソードとなれば話が違う。

本来グレートソードは両手で扱う事が大前提。

両手武器は、その質量と遠心力をもって相手を断ち切る武器であり、腕力で切り裂く用途を想定してはいないのだ。

その常識を打ち破る光景が、モモンガの行為によってまざまざと証明されている。

 

「どうした? かかってこないのか?」

 

当のモモンガといえば、すっかりテンションが上がっている。

普通の剣士がする様に、グレートソードを片手でクルクルと回し、切っ先をオーガに突き付けるという絶技(ペテル基準)すら披露しているのだから。

対するオーガ達は、今まで感じた事のない恐怖を感じていた。

動かないオーガ達に痺れを切らしたのか、モモンガが全身鎧を着ているとは思えない速さで肉薄する。

 

「……! ウォオオ!!」

 

目標とされた1体のオーガが、悲鳴とも雄たけびともつかない大声を上げた。

迫り来る恐怖を討ち払う為、棍棒を構える。

なれど、それはモモンガからすれば余りに遅い。

左のグレートソードが煌く。

オーガの上半身が、玩具の様に宙でクルリと回転し、下半身と別れを告げた。

 

「モモン氏は……化け物か……?」

 

ダインの呟きを否定する者はいない。

 

「さて……残りは……!……後ろです!」

 

モモンガの叫びで、漆黒の剣は大きく迂回して来たゴブリンの接近に漸く気付く。

 

「! っふ!!」

 

だが流石は現役の冒険者。

すぐに反応して対処した。

ペテルのブロードソードの一閃が、ゴブリンの首を刎ねる。

 

「クライヤガレ!」

 

倒れるゴブリンの背後から現れた別のゴブリンの棍棒の一撃を、容易く受け止めた。

その隙を<術師>は見逃さない。

 

「<マジックアロー>!」

 

魔法の光弾が2つ放たれ、ペテルを囲もうとしていたゴブリンが崩れ落ちた。

魔法詠唱者にとって、クールタイムは致命的な隙である。

だがそれも熟練とはいかずとも、経験を重ねてきた彼らが知らぬ訳もない。

 

「おっと! そう簡単にはいかないぜ?」

 

「である!」

 

すかさず、ニニャとゴブリンの射線上にルクルットとダインが躍り出た。

迫るゴブリンと2人の戦いはほぼ互角。

本来は弓が得物であるだろうルクルットは、弓を放り短剣でゴブリンを倒してはいるものの、いくつか貰った殴打のダメージに顔を顰めていた。

ダインも巨体の鈍重さ故か、同様に数回は殴られている様であったが、致命傷もなく問題はなさそうだ。

気付けば草原にはモンスターの死体が点々としている。

ゴブリンも漆黒の剣の奮闘で数を減らし、オーガに至っては残り2体。

モモンガの視線が向けられた1体は、奇怪なうめき声を上げて逃走を始めた。

だが逃してやる道理もない。

 

「……バトラ」

 

「はいよ」

 

モモンガの冷ややかな声が響き、バトラは軽い言葉を返した。

バトラが逃げるオーガに向かって左手を突き出す。

 

「……鮮やかに散れ…………<黒き貫く真実>…………」

 

翳した手に魔法陣が広がったかと思えば、闇色の閃光が草原を駆ける。

奥でダインの魔法に縛られていたオーガも巻き込んで、生き残っていた2体が生命の鼓動を完全に止めた。

目を細めて見届けたバトラは、前髪をかき上げながらオーガの死体に背を向ける。

 

「片翼が疼くぜ……」

 

「「……カッコイイ……」」

 

奇しくも、この場にいる魔法詠唱者2名の呟きが重なった。

 

「ニゲルゾ!」

 

「ニゲル! ニゲル!」

 

「コイツラ、オレ、マルカジリ!?」

 

自らを従えていたオーガ以上の強者を前に、ゴブリン達が蜘蛛の巣を散らした様に撤退を始めるが、ペテル達の動きの方が早かった。

戦意を喪失した相手など、敵にもならない。

ゴブリンは瞬く間に命を奪われていったのだった。

 

 

 

夕日が地平線に落ち始めた頃。

世界が朱色に染め上げられる中、食事が始まっていた。

塩漬けした燻製肉で味付けをしたシチューが、各自のお椀によそわれる。

固焼きパン、乾燥したイチジクとクルミなどのナッツ類とで、本日の夕食は完成だ。

モモンガはジッと、自分のシチューを見下ろした。

 

―うぅ……大自然の中での野宿…たき火を囲んでの談笑……なのに! 一番の醍醐味である飯が食べられないなんて……! 

 

湯気を出すシチューは簡単なものとはいえ、実に美味しそうだった。

事実、隣のバトラはモモンガに遠慮する事なくがっついている。

……<メッセージ>による解説付きで。

 

『あぁ、美味いなぁ。この塩っ辛い肉の安っぽさがなんとも言えないぜ』

 

『…………!』

 

『イチジクも保存食にしちゃぁ、程良い甘さだ』

 

『!……!』

 

『美味いなぁ。おかわり……しちゃおうかなぁ? イッヒッヒ!』

 

『あ゛あ゛ぁ゛ぁぁああ゛!?』

 

モモンガの魂の叫びが<メッセージ>に響く。

ナザリックでは、ベルンエステルによって定期的に食事を体感する事が出来ていただけに、目の前の如何にも冒険者らしい食事を摂れない現実をモモンガは全力で嘆いていた。

当初は食事を諦めていたモモンガは、既にその味を知ってしまっている。

この場に魔女はいない。

奇跡は起こらない。

モモンガはガチで涙した。

 

「あー、なんか苦手なものでも入ってた?」

 

唯一、食事に手を出そうとしないモモンガにルクルットが問いかける。

 

「いえ。そういう訳ではないのですが……ちょっとした理由がありまして」

 

―ヤバイ! 考えろ……考えるんだ俺! イケル……イケル……諦めるな! ネバー! ギブアップ! しゅぅz……ゴホゴホ!

 

「そうなん? なら良いけどさ。無理に食べる事もないし……つーか何時までヘルム付けてんの?」

 

―! 来た! ありがとうございます、バーニング先生! 俺、諦めなくて良かったです!

 

モモンガの脳内に閃くものがあった。

流石は一世紀を超えて尚、動画世界に君臨する炎の精霊。

彼の熱意は、遥か時を越えてすら不変だった模様である。

 

「……実は訓練もかねて、依頼中は食事を絶っているのですよ。僅かな重心の変化で剣先が狂うといけませんから」

 

「ほぅ! 流石はモモン氏であるな! そこまで武にストイックになれるとは……凄いのである!」

 

「ホントですよ。あれだけの剣士であるのに、まだ高みを目指すなんて、感服します」

 

 口々に称賛の声が上がった。

皆の不審な者を見る視線も、幾分か和らぐ。

偉大な先人へ感謝の祈りを捧げると、モモンガは話題を変えようとペテルに問いかけた。

 

「そういえば皆さんのチーム名は『漆黒の剣』ですが、誰もそんな剣は持ってないですよね?」

 

ペテルはロングソード。

ルクルットは弓と、昼間見せた短剣で、ダインはメイス。

最後のニニャはスタッフだ。

リーダーや武器の特徴でチーム名を決めるのは、ユグドラシルでもありふれた話だったし、この世界の技術レベルを見る限りでも剣の色を変える事は十分可能だろう。

にも関わらず、誰もその色の武器を所持していないというのが不思議だったのだ。

 

「あぁ、それ」

 

モモンガの疑問に、ペテルとルクルットが笑みを浮かべた。

何処か恥ずかし気な笑みで。

特にニニャは、焚火の照り返しではないだろう赤みを顔に差している。

 

「あれはニニャが欲しいと「もうやめて下さい。若気の至りだったんです!」…」

 

「恥じる事はないのである! 夢を大きく持つのは重要な事である!」

 

「ダイン……勘弁してくれませんか……いや、本当に……」

 

漆黒の剣の面々が朗らかにニニャに笑いかけているのとは反対に、ニニャは今にも転げ回りそうな雰囲気。

どうやら彼らにしかわからない、なにかが由来の様だった。

 

―あれ? なんだろう……あの表情…何処かで見た事あるなぁ……割と近くで……う~ん?……

 

「えっと、漆黒の剣というのは昔いらっしゃった十三英雄の1人が持つ剣にちなんでいるんです」

 

満面の笑みで答えたペテルだが、それ以上は言おうとする気配がない。

 

―十三英雄と言われても、2、300年位前に魔神を滅ぼしたって事しか知らないんだよな

 

現在もナザリックで調査中の内容の一つ。

しかし、その構成メンバーや所持品までの情報はまだ集まっていないかった。

 

―もしかして知らないと恥ずかしいネタなの? どう答えたものか……

 

モモンガが迷っていたら、先の宣言通り、おかわりしたシチューを平らげていたバトラが口を挟む。

 

「? なんだそれ?」

 

―ナイス! 

 

モモンガが内心で拳を握り込む一方で、漆黒の剣に動揺が走る。

 

―あ。チーム名にまでした武器を知らないって言われれば、当然ショックだよね……すみません……はい……俺もそうなんです……

 

「あ~。バトラは知らないのか。まぁ、不思議でもないか。十三英雄でも悪魔の血を引くとか悪者扱いされてる英雄だもんな。英雄譚でも故意に隠されてるし……持ってる能力もヤバイっていうし」

 

「漆黒の剣は、十三英雄の1人で『黒騎士』と呼ばれる方が持つ4本の剣の事なんです。闇のエネルギーを放つ魔剣キリネイラム、癒えない傷を与えるとされる腐剣コロクダバール、かすり傷ですら命を奪う死剣スフィーズ、最後の邪剣ヒューミリスはどんな能力かは伝わってないんですけどね」

 

「へぇ」

 

興味深げに頷いたバトラの横で、モモンガは考え込む。

似た能力を何処かで見た記憶があるからだ。

 

―そうだ、シャルティアだ。ペロロンチーノさんが浪漫だろって習得させてた職業の中に、同じ様なスキルを覚えるのがあったな。カースドナイトだったっけ

 

となれば、その十三英雄はカースドナイトと呼ばれる職業を主に使っていたのだろうか。

 

―でも、あのスキルって最低でも60レベ超えないといけなかった筈……

 

ならば、少々高く見積もって『黒騎士』のレベルは70位となるだろう。

それほどのレベル者が相手をしていた魔神という存在も、同程度の強さと考えられる。

カルネ村でニグンが、召喚した威光の主天使が魔神を滅ぼしたとか叫んでいたので、魔神の強さもピンからキリまであると想定するのが妥当だ。

 

―うん。これなら納得出来るな。将来的に現物を手に入れるなり、実際に会えればはっきりするし

 

モモンガが物思いにふけっている間も、一行の話は進んでいた。

折角の情報を得るチャンスを逃すまいと、慌てて意識を向ける。

 

「その剣をいつか見つけるのが、俺達の第一目標って訳さ。まぁ、伝説って言われる武器は色々あるけど、存在がしっかり確認されてるんだ。今も残ってるかは別として、可能性はあるだろ?」

 

照れくさそうに笑う面々に、ンフィーレアが軽い口調で爆弾を投下した。

 

「あ、漆黒の剣でしたら一振り持ってる方が実際にいらっしゃいますよ?」

 

瞬間、漆黒の剣の全員が勢いよく向き直る。

 

「だ、だれ!?」

 

「うぉー!? マジかよ! じゃぁ残り3本かよぉ!」

 

「むぅ……行き渡らなくなってしまったであるな……」

 

一身に視線を集めたンフィーレアがおずおずと答えた。

 

「あ……えと……『蒼の薔薇』って冒険者の方達で、そのリーダーさんが…」

 

「うげぇ! アダマンタイト! アイツラか……なら仕様がねぇか」

 

最初こそ悲鳴を上げたルクルットだったが、最後は納得した様子。

他の面々もどうやら同じらしい。

 

「そうですね。まだ3本ありますし、それが手に出来る位強くなりましょう」

 

「そうだな。実際1本あるんだ! 残りも確実にあるだろう。願わくば俺達が見つける日まで、隠れてて欲しいね」

 

そのまま、ワイワイと談笑が続く。

懐から黒い短刀を全員が出して、チームの結束を深めたりする様子に、モモンガも兜の下で微笑を浮かべた。

 

―きっと彼らの短剣に込めた思いは、俺達がスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに込めた思いと同じなんだろうなぁ…

 

そう、共感を覚えて。

だからつい、口に出してしまった。

 

「皆の意識が一つの方向を向いていると全然違いますもんね」

 

「あれ? モモンさんも昔はチームを組んでいたんですか?」

 

不思議そうにンフィーレアが聞いてくる。

それが藪蛇とは知らずに。

 

「冒険者……という身分ではありませんでしたがね」

 

モモンガの返答に察するものがあったのか、皆が口を閉ざした。

夜と沈黙の帳が降りる。

モモンガは星空を見上げ、その輝きに思い出を重ねた。

 

「最高の、素晴らしい仲間達でした。最初はたった9人から始まって、何時の間にか41人の大所帯になってましたよ。それでも皆が、誰もが最高の友人達でした。数多の冒険を繰り返し、数多の未知を踏破して……あの素晴らしい日々は忘れられません」

 

「ほぉー」

 

誰かが感心した様な声を漏らす。

火の粉が爆ぜる音が、パチパチと耳を打った。

モモンガにとって、最初の9人も、後のギルドの41人も、隔てなく最高の友だと断言出来る。

『友達』

その存在を知れたのは彼らのお蔭だ。

共に笑い、共に戦い、ユグドラシルという夢を駆けた素晴らしい仲間達。

多くの楽しみを、感動を分かち合った日々。

だからこそ、モモンガにとって『アインズ・ウール・ゴウン』というギルドは、正しく夢の結晶なのだ。

例え全てを捨てようと、全てを踏みにじってでも守り、飾らなければならない最も大切な宝物。

モモンガの……鈴木悟の輝かしい全てが詰ったあの場所こそが、なによりも大事だから。

 

「いつの日か、またその方々に匹敵する仲間が出来ますよ」

 

ニニャの慰めを含んだ言葉は、到底、モモンガに認められるモノではなかったのだ。

 

「……そんな日は絶対に来ないよ……」

 

驚く程、敵意に満ちた声音だった。

丁寧な口調はなくなり、無意識に素の口調で答える。

一瞬で場が凍りついた。

モモンガはゆっくりと立ち上がる。

 

「……少し失礼します…………バトラ、私の分も食べていいぞ」

 

振り返る事なく、モモンガは離れた場所に歩いていった。

 

気まずい空気が、残された者の間に流れる。

ニニャは、唇を噛み締め、俯いていた。

少しして、ニニャがぼそりと呟く。

 

「……悪い事を言ったみたいですね……」

 

「うむ。なにかあったのであろうな」

 

ダインが重々しく頷き、ペテルが続ける。

 

「全滅……って所じゃないかな……仲間を戦闘で全員失った人は、ああいう雰囲気を見せるよ」

 

「そいつは……難しいな…………なぁ、バトラ。その辺りどうなんだ?」

 

ルクルットの言葉に、自然とバトラに注目が集まった。

バトラは少し考える素振りを見せてから、口を開く。

 

「本当に答えて良いのか? お前らは俺の示す、横から見た真実で納得出来ると? …俺なら出来ないね」

 

その言葉に、再び場の空気が変わった。

誰もがハッと息を吞む。

 

「そうだな。わりぃ」

 

「えぇ。私も少しばかり浅薄な発言でした。すみません」

 

「発した言葉は元には戻らないのである。故にかの御仁に、それを塗り替えるだけのなにかを抱かせるしかないのである」

 

「はい……そうします」

 

「んじゃ、俺もちょいと失礼するぜ」

 

話が纏まった所で、バトラも立ち上がり、そのままモモンガの方へと歩いていった。

 

変わらぬ空の下で様々な思いが交差していようとも。

星は平等に、彼らを照らすのだ。

 

エ・ランテルの路地裏で、悪意の根がジワジワと伸びている事を、まだ誰も知らない。

 

 

瞬く星だけが、知っている。

 

 




第18話『勝らぬ宝』如何でしたでしょう。

今話で冒険者編の折り返し地点ちょっと手前ですかね。
段々と、物語も動いていきますよ。

『月輪熊』様、『あううううううう』様、『炬燵猫鍋氏』様、
ご感想ありがとうございました。
この作品を読んで下さる多くの皆様も、ありがとうございます。
それでは次話にて。
                             祥雲


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路地裏の夜

誰もが昔は子供だった。
    何時しか体は変りゆく。

誰もが昔は子供だった。
    何時しか周りも変わってく。

そうして皆が大人になって。
    心だけが変わっていない。



倒れる死体が着込んだ鎧が、耳障りな金属音を奏でる。

時折、そして確実に起きる死の戦慄が、闇夜に響いた。

 

「んふふふ~。後はお兄さんだけだね~」

 

住居エリアの貧困層に分類される中でも、当の昔に破棄された区画。

本来はとっくに人が訪れる事もなかったであろう場所で、血濡れのスティレットを携えた女が嗤う。

その笑みは、みっともなく尻餅をついて、ジリジリと後退る男に向けられていた。

 

「な……なんでこんな事をする!?」

 

男は『ワーカー』と呼ばれる存在だった。

ワーカーは冒険者からドロップアウトしたはぐれ者で、犯罪ギリギリ、内容によっては犯罪そのものでも引き受ける。

世にいう裏の人間である。

恨まれる事があっても可笑しくはないが、男はこのエ・ランテルでまだ仕事をしていないのだ。

スティレットから滴る血を軽く振って、刀身に舌なめずりをする様な女にも、当然見覚えはなかった。

 

「あ、理由が聞きたいのぉ? いやー、お兄さんが欲しいなぁって思ってさー?」

 

女は猫科を思わせる顔に、可愛らしい笑みを張り付けた。

これが街の酒場とかであれば、男も嬉しかっただろうが、死が香るこの裏路地では余りに異質。

言葉にも表情にも理解が及ばず、男は瞬きを繰り返しつつ問いかける。

 

「ど、どういう事だ?」

 

女は待ってましたとばかりに、両手を合わせて答えた。

 

「有名なさぁー、薬師のお孫さんが留守だったんだよねー。で、何時帰ってくるかわかんないじゃん? だから監視してくれる人が欲しいの! 私は、そういうメンドクサイ事したくないもん」

 

唇を突き出して、ブーブーと嫌そうに語る女の言葉に、男は混乱する。

 

「それならそう依頼をすればいいだろう!? そういうつもりで来たんじゃなかったのか!? なんでこんな……」

 

叫んだ男も、転がる仲間だった死体も、女の語った目的なら違法であろうと引き受けただろう。

なのに女に殺される理由がわからなかった。

 

「いやいや。だって裏切るかもしれないじゃん? 一人いれば十分だしぃ」

 

「俺達は約束の金さえ貰えれば、裏切ったりなんてしない!」

 

男の言葉に、女は首を傾げた。

まるで、そうなの?とでも言いたげな感じで。

 

「ん? じゃぁ依頼変えよっか? 私はね、人を殺すのが大好きなの! 好きで好きで、恋して焦がれて、愛してるの! 勿論、拷問もだぁい好き!!」

 

「っ……!?」

 

男は絶句する。

目の前にいる女は常識の通じないナニカだと、漸く理解したからだ。

 

「なんで、なんでお前、そんなにイカれてるんだよ!?」

 

「……なんで?」

 

不意に女の表情が変化した。

声の調子すらも違う。

ついさっきまでの、ふざけた態度は消えていた。

 

「本当になんでだろう? 仕事で色んな人を殺し続けたから? 優秀過ぎる兄と比べ続けられたから? 親の愛情が兄にばっかり行っていたから? まだ弱っちかった頃に、グルグル姦されたから? 友人が目の前で死んだから? それともミスって捕まって、何日も拷問を受けたから? アッツイ洋梨って痛いよねぇ」

 

代わりに男に見えたのは幼子だ。

だがそれも一瞬。

すぐに元の女の表情に戻り、張り付けた様な笑みを浮かべる。

 

「なぁーんてね。全部ぜぇんぶ、嘘、嘘、う~そぉ。そんな事された事ないよ? どーでも良いじゃん。過去を知ってもなにも変わらないんだから。人生って積み重ねが大事だよねぇ、ホント」

 

女は持っていたスティレットを手放した。

剣先が地面へと吸い込まれる様に沈む。

その異様な鋭利さが、スティレットが並みの武器ではない事を物語っていた。

 

「オリハルコンでミスリルの刀身をコーティングしてんの。自慢になるけど、結構な逸品だよぉ」

 

希少な武器と、瞬時に仲間を屠った動きが、女の強さを証明している。

男が立ち向かった所で、勝算は皆無だと。

 

「私的にはサクッと終わらせたいんだよねぇ。だからさお兄さん、動かないで頂戴?」

 

女はローブの下から、別のスティレットを抜き放つ。

月明りを反射して、冷ややかな刀身が煌いた。

 

「確かこれで良かった筈だけど…………外れたり、間違っちゃったらごめんねー。そしたらもっかいやるからさ」

 

舌をペロっと出して、女は頭をコツンと叩く。

外見は確かに、誰が見ても可愛らしいだろう。

なれど、透ける内面は泥の様に濁って見えた。

 

「っひ……!」

 

「あれー? 逃げちゃったぁー」

 

男は女に背を向けて走り出す。

背後からワザとらしい声が聞こえるが、そんな事に構ってはいられない。

 明かり一つない暗闇を、自慢出来る優れた方向感覚をフル回転させて走り続ける。

しかし、すぐに背後から小さな金属が擦れる音と、息を乱してもいない冷たい女の声が聞こえた。

 

「―ざぁんねん、遅すぎ」

 

「あ゛ぁ゛!?」

 

肩口に灼ける痛みが走る。

スティレットで肩を刺されたと考えると同時に、男の思考は霞んでいった。

男は理解する。

 

「精神……操作……」

 

「おぉー。だいせいかーい」

 

男は必死に耐えようとするが、無情にも意識が押し負けた。

 

「…………」

 

「ちぇっ……いやー、大丈夫だった? 傷は深くない?」

 

やがて、男の後ろから親しい友人の声が掛かる。

 

「あぁ、大丈夫だとも」

 

振り返って、男は友人に笑いかけた。

 

「そっかぁ! それは良かったー」

 

対する女も、おぞましい表情で微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

ドサリ、と。

 

路地裏に鈍い音が響く。

暗闇に紛れ、傍目からは良く見えない位置に、男が転がっていた。

 

「結局、我慢出来なくて殺しちゃった……うへぇ、監視なんてしたくないよぉ。今度こそちゃんと依頼してみよっかなぁ」

 

血を払ったスティレットをローブに隠し、月明りがクレマンティーヌを照らす。

渋々といった風に、踵を返そうとした所で、耳元から声がした。

 

「あら? もう終わり? ハラを裂いたりはしないのね」

 

「!?」

 

弾かれた様に、クレマンティーヌはその場を飛び退く。

一瞬で数mもの距離をあけるのは、流石は英雄の領域に踏み込んだと称されただけはあろう。

だが、同時にその逸脱人としての勘は、煩い位の警鐘を鳴らしていた。

 

―この私が気配を一切感じなかった? ありえねぇだろう…クソが…

 

「誰だ、テメェ……」

 

月が暗がりにいる存在を露わにする。

腰まで届く青い髪は前髪が切り揃えられ、纏うドレスはかつて王城で見かけたソレよりも上等な代物に見えた。

そのスカートから伸びるリボンが結われた黒い尻尾。

 

「……名乗った所で意味はあるのかしら? ……でも、そうね。奇跡の魔女とでも名乗りましょうか」

 

「魔女ぉ? お嬢ちゃん、ふざけてるのぉ? 此処は子供の来る所じゃないよ?」

 

クレマンティーヌは、あくまで調子を崩さない。

例え王国戦士長でも息をのむであろう殺気を、目の前の少女に向かって浴びせる。

 だが、魔女と名乗った少女は全く意に介さないようだった。

向けられる瞳は、どこまでも深く深く、光を一切感じさせない。

 

「くす。そんなに睨まないで。ちょっと聞きたい事があるだけだもの」

 

―なんだコイツ、なんだコイツは! 

 

クレマンティーヌは、知らず背中に冷たい汗が流れるのを自覚する。

今まで何度も死線を潜り、踏み倒してきた。

だが、目の前の少女が今までの誰よりも、どれよりも恐ろしくて仕方がない。

 

「質問はシンプル。あんた、生きたい? それとも、死にたい?」

 

だから、普通に問われた言葉が脳に浸透するまでに数秒を要した。

 

「……なにを、言ってるのかなぁ?」

 

「言葉の通りよ。生きたいか、死にたいか。簡単な二択ね」

 

少女は笑いながらクレマンティーヌを見つめる。

心臓が早鐘を打つのを止められない。

動いてすらおらず、戦闘をした訳でもない。

たった一人の少女に見つめられただけで、元漆黒聖典第九席次は動けない。

 

「……答えたら、なんかある訳?」

 

「少なくとも、あんたの明日が決まるわね」

 

まるで何時でも自分を好きに出来ると言いたげな少女の言葉。

普段であればクレマンティーヌは激昂していただろう。

だが、この時ばかりは不思議とそうはならなかった。

そうしてはイケないと、本能が叫ぶのだ。

 

「…………生きたい……」

 

「そう」

 

クレマンティーヌが呟いた答えを聞くと、少女は瞳を閉じる。

 

 

「なら、このままお帰りなさい。暗い地下でコソコソと動けばいい」

 

「!」

 

―コイツ……何処まで知ってやがる!? まさか法国の追っ手か?

 

最悪の予想をクレマンティーヌが考え付いた所で、少女はクスリと微笑んだ。

 

「……あんたの考えてる様な事はないから安心して良いわ。私は誰かを奉って、罪を、赦しを、勝手に押し付ける連中は大嫌いだもの」

 

「そう……なんだ……」

 

言葉の意味はわからないが、どうやら追っ手の類ではない様だ。

ついに法国が、自分を消しに本腰を入れてきたのかと思ってしまった。

 

「それじゃぁね。可愛い野良猫さん。もう会う事もないでしょう」

 

様々な思考が脳内を駆けるクレマンティーヌを残して、少女は歩き始める。

これ以上、関わらない事が賢明とは理解出来ても、何処かで囁く好奇心を抑えきれない。

 

「……もし、死にたいって答えてたらどうしたの?」

 

気が付けばそう、少女に問いかけていた。

 

「…………」

 

少女がクルリと振り返る。

 

「っ……!?」

 

その表情を見て、クレマンティーヌは、今度こそ完全に『のまれた』

 

「私の可愛い飼い猫にでもしてあげてたかもしれないわ。……飽きるまで、ずぅっと、何時までも。くすくす」

 

楽しくて愉しくて堪らない。

そんな未来を夢想しているであろう少女の笑顔は、醜悪な程……美しかった。

 

「ぁ……ぁ……」

 

身体の震えが止まらない。

何時の間にか、地面にへたり込み、両腕で体を抱きしめている。

定まらない視界の中で、少女の姿がブレた。

瞬き一つすれば、幻の様に消えている。

路地裏には、震えるクレマンティーヌしか残されていない。

 

「……本物の……魔女…………」

 

漸く絞り出せたのは、普段のクレマンティーヌからは想像もつかない弱弱しい声。

だが、その声音は何処か……喜色を孕んでいる。

 

「……あははは…………魔女様っているんだぁ……あは!」

 

壊れたレコーダーの様に、笑いを繰り返す。

その表情は、初めて魔法を見た少女の様に、赤く染まっていた。

 

 

空を見上げれば、満天の星空から流れ落ちる滴が1つ、2つ……

 

クレマンティーヌは、童女の様に手を組んで。

 

「……お星様、お星様。お願いがあるんです……」

 

消えゆく星に、祈りを込める。

 

「――――――」

 

 

また1つ、星が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――おまけ――――――『音色』

 

 

 

「……それ、本気で言ってる?」

 

聞き返すベルンエステルへ、モモンガはもう一度自分の考えを口にした。

 

「えっと。ギルドメンバーで音楽でもしたいなぁ……と」

 

「そうそう。ベルンちゃんもやろうぜ? 姉貴がノリノリなんだよ」

 

変態紳士の称号を名実ともに欲しいままにしているバードマンこと、ペロロンチーノも勧める。

 

「ベルンちゃんも一緒にやろうよぉ。ね? お願い☆」

 

「……姉ちゃん……歳考え「あ゛?」……すみませんでした」

 

「どうでしょう? 私も恥ずかしながら参加してみようと思いますので」

 

最早、鉄板と化しつつあるネタを披露するぶくぶく茶釜を余所に、たっち・みーは穏やかな口調でベルンエステルに問う。

 

「ワシも興味あるな。ドラムなら若いころ齧ったぞ?」

 

「マジでw 朱雀爺さんパネェwww」

 

「俺はギターなら出来るな」

 

「……エレキ」

 

「ぼ、ボクはリコーダーなら…」

 

「やまいこちゃん……マジ天使…………あたしは、出来てもカスタネットかなぁ……」

 

「実はバイオリン出来る」

 

死獣天朱雀、るし★ふぁー、ウルベルト、やまいこetc.

ギルメンが口々に会話を始める。

場の空気は、ベルンエステルを除いて纏まっている様だった。

 

「……はぁ。これじゃ、私が悪者になるわね」

 

「! それじゃぁ……」

 

「良いわ。参加しましょうとも」

 

「やった!!」

 

「お~! ベルンちゃんがデレた! ナイス、モモンガさん!!」

 

「黙れ弟。……それじゃぁ、ベルンちゃんは、私と一緒にボーカルね☆」

 

「別に構わないけど、なに歌うの?」

 

ベルンエステルの疑問に、待ってましたと動いたのは、かの腐れゴーレムクラフターである。

 

「俺が作詞・作曲したwww 安心しろよなwww」

 

「「「「「チェンジで」」」」」

 

「おいおい、流石に酷いぞ。……!……こ、これは!」

 

「どれどれ~? おぉ!?」

 

「……普通に良い歌っぽくて、負けた気がするんだが」

 

送られたサンプルを個別で聞いてみれば、予想に反して素晴らしい出来映えだったらしい。

 

「じゃぁ、後は楽器の担当を決めましょうか」

 

「アレンジは任せろ。法螺貝吹いてもらっても構わないぜ?」

 

「……弦や打楽器はともかく、管楽器ってゲームで出来るの?」

 

「「「「あ」」」」

 

「しまった!?」

  

  ・

  ・

  :

  :

 

 

その会話ログが運営の目に留まったのは……幸運と呼べたのか。

後日、謎のアップデートが行われた。

息を吹き込むという、通常使わないモーションと、各種スキル・アイテムの追加である。

 

 

「キタコレ!」

 

「……運営、狂ってんな。でもナイスだ!!」

 

「出でよ! るし★ふぁー!!」

 

「すたこらさっさー……っとw」

 

その通知を見たギルメンの一部の行動は早かった。

アレよコレよという間に、準備、練習が行われる。

しかも、全ての準備に半日もかからないという可笑しさ。

 

「うんうん! 皆、張り切ってますね! 俺も頑張るぞぉ!」

 

「モモンガさん。ワシのスティック知らんかね?」

 

「あ。朱雀さん。腰についてますよ」

 

「たっちさん。どっちが早弾き出来るか、ギター勝負といこうじゃないか」

 

「いいでしょう、ウルベルトさん。その挑戦、受けて立ちましょう」

 

「ふ~! ふ~! あ、あれ? ドが出ない!?」

 

「……他愛なし……」

 

練習風景に至ってはカオスそのものだった。

別室を使ってボーカル練習をしている、ぶくぶく茶釜とベルンエステルの2人にまで聞こえるのだから。

 

「お~! 盛り上がってるねぇ!」

 

「ちょっと、茶釜さん。次のBメロ、貴女よ?」

 

「おっと! そいつぁ失礼したぜぇぃ☆」

 

「くす。何キャラ、ソレ?」

 

「次のエロゲの担当ヒロイン。弟が予約してたタイトルの隠しキャラ♪」

 

瞬間、別室から悲鳴が響く。

 

「あぁ!? ペロロンチーノが倒れた!!」

 

「この人でなし!!」

 

「メディーック! メディーック!?」

 

「わんこ! わんこを呼べぇ!」

 

「いや、この場にヒーラーいるでしょう!?」

 

そんな叫びが木霊する。

 

「……」

 

「……」

 

「……アイツ、時々人間の限界超えるんだよね……」

 

「さ。歌いましょ」

 

しかし、あの姿形でどうやってバイオリンやらギターやらを演奏しているのだろうか。

その疑問に突っ込む存在はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「って事もあったわね」

 

「懐かしいですねぇ。途中で運営が混ざって来て、まさか、練習成果を全世界発信されるとは思ってもみませんでしたよ」

 

「映像…残ってなかったかしら?」

 

「確かあります。その内上映でもします?」

 

「良いわね。NPCの皆も喜ぶでしょうし」

 

「デミウルゴス辺りに広報とかは任せましょうか」

 

 

後日、至高の41人による大演奏会の模様がナザリックで上映され、大反響を呼んだ。

 

余りの人気故に、1週間おきに上映されるという事態に発展する。

 

 

毎回会場の隅で、その様子をご満悦で見る骸骨の姿があるのだとか。

 

 

真偽の程は定かではない。

 

 




第19話『路地裏の夜』如何でしたでしょうか。
モモンガさん達の冒険の裏で起きたストーリーの一部始終。
プラスして、短編のおまけが一つ。
お楽しみいただけましたか?

『神絵 黒のん』様、『鬼さん』様、誤字の指摘をありがとうございました。
『couse268』様、『炬燵猫鍋氏』様、『ナナシ』様、『緋想天』様、『月輪熊』様、
いつもご感想ありがとうございます。
お気に入りが遂に1000件突破しました!
本編の区切りが良い所で、記念回を挟みたいと思います。
それでは次話にて。
                                   祥雲


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魔の森

その御話を知っていますか?
     毎晩、枕元で聞かされました。

その御話を知っていますか?
     森には怖いお化けが出るのです。

その御話を信じていますか?
     今でも語らぬ者などいないでしょう。
  


翌朝、モモンガ一行はカルネ村を訪れていた。

 

現在、漆黒の剣やンフィーレアとは別行動をとっている。

そもそも今回の依頼は、漆黒の剣が提案したモンスター狩りと、ンフィーレアのポーション素材を採取するという二重のもの。

カルネ村へは、補給とンフィーレアの希望が理由で立ち寄っていた。

 

「それにしても、随分と変わったなぁ」

 

「そうなのか? 俺は知らないから、なんとも言えないんだけども」

 

モモンガとバトラは、村外れの丘になっている所からある1点を眺める。

村人が幾人か集まり、列を作って粗末な的へと弓をつがえている。

指導員らしき者の声で、一斉に矢が射られた。

弓を手にした者達の年齢、性別は様々。

ふくよかな女性もいれば、幼い少年の姿もある。

瞳には遊びといった感じの驕りはなく、敵意すら乗せた真剣な眼差しだ。

 

「あぁ。以前……ほんの十日前かそこらまでは、弓を手にした事も、相手を殺す、という手段すら考えなかった人達が今ではソレを行っている。奪われた経験があってこそなんだろうけど……」

 

「しかも教えてるのがゴブリン。村の入り口には小隊を組んだのもいるし、立派な柵だってあるもんなぁ。…なるほど、前は違ったのか。だから依頼主様達が揃って驚いてた訳だ」

 

「? ベルンさんからカルネ村について、なにも聞いてないの?」

 

「起きた事については聞いてたけどな。景観とかは聞いてない。……今日はマスクいらないのか? ヤギンガさん。そう言えば姫さんから差し入れが……」

 

「おっと! この兜って快適だなぁ! もう、これ以外考えられないや!」

 

「……チッ……」

 

―ふふふ…… もう俺は油断しない! 

 

「あー!? 魔王様だぁ!」

 

「ぬぅぉ!?」

 

内心でほくそ笑んでいたモモンガの腰に、衝撃が走る。

まるで誰かが、後方の更に高い丘の上から助走をつけて突撃して来たみたいに。

 

「ねーねー! 今日は魔女様いないの? ネム、魔女様に会いたいなぁ」

 

後ろを確認すれば、かつて救った姉妹の妹・ネムの姿があった。

 

―馬鹿な!? この姿でわかる筈が…

 

モモンガは動揺を隠して、ネムへと向き直る。

 

「……なんの事かな? 私はモモンという冒険者だぞ?」

 

「えー? でも声が一緒だよ? 歩き方も一緒だよ? なんか苦労してそうな雰囲気も一緒だよ?」

 

「余計なお世話だよ!? ベルンさんがSなだけで、俺は苦労人なんかじゃ「モモンさん。口調、口調。後、アウト」…ハッ!?」

 

バトラの言葉にしまったと、ガントレットに覆われた手で口元を覆うも、時既に遅し。

言質をとったと言わんばかりに、ネムはキラキラと目を輝かせている。

 

「ほらー、やっぱり魔王さまだ! 嘘はメッ! なんだよ? 森の幽霊さんにお尻抓られちゃうんだから」

 

隣のバトラも苦笑気味だ。

その姿に漸く気が付いたのか、ネムはまん丸な瞳をバトラに向けた。

 

「あれれ? お兄さんはだぁれ? カッコイイね! 魔王様のお友達? 四天王?」

 

「イッヒッヒ! 四天王かぁ! 悪くねぇぜ。でも、残念ながら違うんだよな。俺は魔女の姫さんの手下Bさ」

 

「お~! 魔女様の手下さんなんだ! 私、ネム・エモットって言います!」

 

ぺこりとネムがお辞儀をする。

それにバトラも応えた。

 

「これは丁寧にどーも。俺はバトラだ。宜しくな、ネム」

 

「うん! バトラさんですね!」

 

「さんはいらねぇぜ。背中が痒くならぁ。敬語もな」

 

「……うん! 宜しくバトラ!」

 

「おう」

 

バトラがしゃがんでネムの頭を撫でると、ネムはキャーと笑う。

髪がしっかりグチャグチャになってから、解放された。

 

「それでそれで? 今日は魔女様はいないの?」

 

「悪ぃな。今日は俺とモモンさんだけだ。あ、勿論モモンって言うのは偽名だぜ?」

 

「ちょっ!?」

 

しれっと秘密を暴露するバトラにモモンガが焦るも、どうやら杞憂だったらしい。

ネムは二コッと笑顔を浮かべた。

 

「やっぱり! それじゃぁ、なにかの秘密の作戦中? 世界征服の第一歩?」

 

―えぇ!? やっぱこの幼女スゲェ!? 当たってるよ! ビンゴ所じゃねぇレベルぅ!?

 

「おぉ、ネムは頭が良いなぁ。その通りだ! だから、モモンさんの正体とかナイショだぜ? 約束出来るか?」

 

「うん! ネム、魔王様も魔女様も大好きだから約束する!」

 

「ありゃ、俺は入ってないのね」

 

「ん~……バトラも手があったかいから好き!」

 

「っ!……ひゃはは! 言うねぇ、このこの!」

 

「キャー!」

 

再び撫で回されるネムから視線を外せば、こちらに向かって来る少年の姿を見つけた。

普段は隠れている目元が風圧によって上がっていた為、視線がこちらへと向けられている事がわかる。

依頼主であり、知己の友人に挨拶をしに行ったンフィーレアだ。

 

―ん? あの表情……確か前にも……汗だく……ダッシュ……村長……うっ……頭が……

 

モモンガは激しい既視感を覚えた。

そんな事を知りもしないンフィーレアは、足早にモモンガの前に来ると、息を乱したままモモンガとバトラの間で視線を迷わせる。

口を開けようとしては閉ざす。

そんな行為を繰り返していたが、意を決したのかモモンガへと視線を定めた。

尚、ネムが丁度バトラの後ろに立っていた事もあり、気がついてはいない様子だ。

 

「モモンさんが……この村を救ってくれた、モモンガさんという御方なのでしょうか?」

 

―えぇ!? ここでもバレるの!? お、もちつけ…じゃなかった、落ち着け俺! まだ確信された訳じゃない!

 

まさかの2Rnd目があるとは思いもしていなかったモモンガは固まる。

だが、無言の時間が些か長すぎた。

その間にンフィーレアは、自分の考えが正しいのだと悟ってしまう。

 

「ありがとうございました。モモンガさん。この村を……エンリを救って下さって…本当に、ありがとうございます!」

 

綺麗に90度曲げられた腰の角度。

何処のスポーツマンだと言いたくなる見事さだった。

 

「……違うとも。私は……」

 

モモンガが足搔こうと口を開こうとすれば、わかってますと、ンフィーレアに制される。

明らかに詰みであった。

 

「お名前を……その、隠されて? ……うん。隠されている事にはなにか理由があるのでしょう」

 

―ねぇ、なんで2回言ったの? やっぱ、安直過ぎたのかなぁ。…でも、他の案はベルンさんに却下されたし……ダーク・ブリンガーとか、エコー・オブ・デスとか……カッコイイと思ったんだけどなぁ

 

「それでも、この村を救ってくれた事を―――いえ。エンリを救ってくれた事にお礼を言いたかったんです。……僕の好きな女性を助けてくれてありがとうございました!」

 

―……青春……してるなぁ……若者よ……

 

割とオッサンじみた事を思ったモモンガだが、悲しきかな。

彼はリアルで三十路を過ぎたオッサンである。

ノスタルジーに浸る位には、世の荒波を生きてしまっていた。

 

「……はぁ……もう、頭を上げたまえ」

 

モモンガは敗北を認める。

これ以上彼の抱いた思いを否定する事は、なんとなく嫌だった。

 

「はい、モモンガさん。……それと実は、僕も隠してた事があるんです……って、あれ? ネム?」

 

ンフィーレアが真剣な表情で話し出そうとした所で、バトラの背後にいるネムにやっと気が付いた様だった。

ネムはといえば、うっかり口を開かないという意思表示なのか、両手で口をしっかり塞いでいた。

 

「さっき偶然会ってね。バトラ、ネムを頼む。さて、私達は向こうで話そうか」

 

「りょーかい」

 

「は、はい」

 

モモンガとンフィーレアの2人は少しばかり離れた所へ移動する。

 

「それで、なにかな?」

 

「……以前、モモンガさんが宿でポーションを女性に手渡したでしょう? その彼女が僕の所へポーションの鑑定に訪れたんです。そして、あのポーションは通常の方法では作れない、非常に希少なものです。そんなポーションを持つ人物がどんな方か、その製法はどんなレシピか。それが知りたくて今回の依頼をしました。申し訳ありません」

 

―あぁ……やっぱ、考えナシに軽々とアイテムを渡したのは失敗だったのか…マズイなぁ…

 

後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。

 

「……そのポーションはどうなったのかね?」

 

「あ、はい。その女冒険者さんがお持ちのままです。あのポーションは非常に価値あるものなので、ご自身で大切に保管したいと仰ってました」

 

―つまり、この世界では最下級のポーションですら貴重なのか。……あとでベルンさんと相談しよう

 

あの場での行動はベターであったと思う。

名声を上げる前の一歩目で、なにかしらの汚名に繋がる事態は避けたかったからだ。

ある種の賭けであり、今回は外してしまったが、それがどうした。

まだ挽回の余地があるのだから。

しかし、ンフィーレアが何故、謝罪をするのかがモモンガにはわからなかった。

 

「だが、どうして君は謝るんだ? 腹に一物抱えて、相手を嵌める為に笑顔で握手をした……そうならまだ理解出来る。今回の依頼はコネクション作りの一環なのだろう? なにが問題なんだ?」

 

心底不思議そうにモモンガが問いかけると、ンフィーレアは感心した様に息を吐いた。

 

「モモンガさんは心が広いんですね……」

 

―え? マジでなにが? ?

 

コネというパイプは社会の基本だ。

 

―あ。そっか、わかったぞ!

 

小首を傾げて悩むと、閃くものがあった。

カフェの店員が、他の店の味が気になってしまい、つい、店を訪れてしまった感覚なのだろう。

門外不出の店の味を盗みたいという目的で近づいた気にでもなってしまっているに違いない。

モモンガはそう考えた。

 

「仮に、ポーションの製法を教えたら君はどうした? どの様に使う?」

 

モモンガの問いかけに、ンフィーレアは瞬きを繰り返した。

 

「……あ。そこまで考えてはいませんでした。あくまで知識欲の一環だったので……多分、おばあちゃんも……」

 

「おばあちゃん?」

 

「はい。僕は祖母と2人暮らしなんです。祖母は第三位階魔法の使い手で、僕の師匠でもあります」

 

「ほぉ。それは凄い」

 

脳内の重要度ランキングが更新された。

因みにどんなランキングでも、第一位はアインズ・ウール・ゴウンである。

 

「凄いな……やっぱ…………が憧れるだけの……もう1人も……あれ?……女の人だよね?……」

 

ぼそぼそとした、小さな呟き。

あまり聞き取れなかったが、なにか心配事でもあるのだろうか。

 

「ところで私がモモンガだと知っているのは、君だけか? ……後ろの彼女は除くが」

 

「はい。誰にも伝えてません。というか、ネムも知ってるんですね」

 

「幼子というのは、色々と敏感らしい。だが、他の者にバレていないのはありがたいな」

 

このンフィーレアという少年は純粋で真っ直ぐだ。

ならストレートに頼んだ方が効果はあるだろう。

そう、モモンガは判断した。

 

「……今の私はモモンという一介の冒険者に過ぎない。それを忘れないでくれれば嬉しいな」

 

「はい。ちゃんとわかってます。ご迷惑をおかけしたとは思いますが、それでも僕の感謝を伝えたかったんです。しつこい様ですが、本当にありがとうございました。それと、あと半刻程で森に向かおうと思います。漆黒の剣の皆さんにも伝えて来ますので、失礼しますね」

 

そう言って、ンフィーレアが背を向けて歩き出す。

遠ざかる背中を見送って、バトラとネムの待つ所へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

目を森に向ければ、100m以上先に鬱蒼と生い茂る森が見える。

その手前にぽっかりした空間が空いていた。

聞けば、村人が柵をつくる為に木々を伐採した結果らしい。

 

「森の賢王?」

 

「はい。この辺り一帯が縄張りだそうです。伝説の魔獣で、その一撃は容易く岩を砕くとか」

 

「ふむ。なら、もしもの場合は我々が殿を務めましょう。なぁ、バトラよ」

 

「ん? そうだな、モモンさん。砕けちまうのはどっちか…教えてやるぜ」

 

自信満々に答える2人に、感嘆の声が上がる。

昨日の戦闘を目にしてから一層、2人は一目置かれる存在になっていた。

特に、ニニャのバトラを見つめる瞳はキラッキラしている。

 

―すっごいわかるよ、その気持ち!

 

「わかりました。では、有事の際はンフィーレアさんを守って森の外へ逃げさせていただきます」

 

「あ、あのモモン―さん」

 

二重の意味で言いよどんだンフィーレアが、モモンガへと向き直った。

 

「森の賢王は殺さずに追い払って下さいませんか?」

 

「……一体どうしてです?」

 

「森の賢王はこの辺りの生態系の上位者です。もしそれがいなくなってしまえば、カルネ村にこれまで以上にモンスターが流れてしまいます」

 

「なるほど……」

 

モモンガが納得した矢先、ルクルットが口を開いた。

 

「そいつは無理だろ? いくらモモンさん達が強いからつっても、伝説の魔獣が相手じゃ全力で戦わないといけねぇ。そんな余裕―――」

 

「了解しました。バトラもいいな?」

 

「問題ないぜ」

 

「はぁ!?」

 

モモンガとバトラの自然な調子で放たれた言葉に、ルクルットは驚きの声を上げた。

他の漆黒の剣の面々も、声こそ出さなかったものの、表情がその心の内を示している。

 

「難しいかもしれませんが、追い払うだけに留めておきましょうとも」

 

モモンガの力強い言葉は、裏を返せば、森の賢王だろうと敵ではない。

そんな自信に満ちているそれ。

漆黒の剣の面々に、畏怖を抱かせるには十分過ぎた。

 

「おいおいおい……相手は何百年って生きる伝説の魔獣だってのに……」

 

「これが強者にのみ許された態度である……か……」

 

「モモンさんとバトラさんの性格からすれば、慢心や増長ではないのでしょうね……」

 

対するンフィーレアは、モモンガとバトラを信じているのか、安堵の表情を浮かべる。

 

―もし、間違って森の賢王ってモンスターを倒しちゃったら、デスナイトとか適当なの置いとこ

 

そんな風にモモンガが軽く考えている事など、知る由もない。

むしろナザリックから代役を連れて来た方が、都合が良いのではないかとも思える位だ。

 

「では、こちらをご覧下さい」

 

そう言ってンフィーレアは、腹部に付けていた大きい採集用の鞄から、しなびた植物を取り出した。

 

「ほぅ。ングナクの草であるな!」

 

「はい。ダインさんの言う通りです。これが今回の目的物になりますので、皆さんで見つけたら教えて下さい」

 

―え? ソレ薬草なの? 雑草にしか見えないんだけど…

 

「モモンさんは大丈夫ですか?」

 

「ん? あぁ、それですか。了解してますとも」

 

「流石ですね。薬草にもお詳しいなんて」

 

全員の視線がモモンガに集中する。

 

―ちょっ!? やめて! 見ないで! 言えない…! 雑草にしか見えないなんて言えないのぉぉお!

 

チラリとバトラも盗み見れば、真剣な表情で地面を見ていた。

その仕草に一縷の望みをかけ、<メッセージ>を繋げる。

 

『バトラ! お前ならわかるよな!?』

 

『ふっ……この俺を誰だと思ってんだ? モモンさん?』

 

『っ! 流石はベルンさんのNPC! 頼りになるぜ!』

 

『勿論わかんね』

 

『ちくしょぉぉぉおお!』

 

神はアンデッドには微笑んでくれないらしい。

モモンガはここに来て、初めてピンチに瀕していた。

その間にも、ンフィーレアと漆黒の剣による会話は続いている。

 

「たしか栽培モンより、天然モンの方が薬効効果が高いんだっけ?」

 

「はい。ウチのポーションは天然もの100%が自慢ですから! まぁ、効果は10%増し程度しかありませんが」

 

「その10%が凄いんですよ! 一度バレアレ薬品店のポーションを知ってしまえば、他の店のポーションなんて使えやしません」

 

「あはは……そう言っていただけると照れちゃいますね」

 

―っ……雑s……じゃなかった、薬草は置いとこう。きっとなんとかなるさ! でも、やっぱりポーションでもユグドラシルと製法が違うのか…

 

ユグドラシルでは、特定の職業を修めた者のみが得られるスキルと込めたい魔法を材料にして作っていた。

モモンガはソッチ系の職業を修めていない為に知識しかないが、かつてのギルドメンバーの1人が高笑いをしながら作成していた姿を覚えている。

その彼が知的炭酸飲料風味のポーションを作り上げた時の異様なテンションには、多くのギルメンが引いていた位だ。

 なにがあそこまで彼を追い立てていたというのか。

 

―確か機関がどうとか……ぐっ……なんだか思い出してはいけない気がする……!

 

因みにモモンガの記憶からは消去されているが、その時の制作……むしろ会話に積極的に参加していた。

特定メンバーによる、異様な高笑いの大合唱。

思い出さない方が、モモンガの精神衛生上、賢明である。

 

「それじゃぁ採集に「あ。ちょっと待ってくれるか?」 えぇ。どうしましたか?」

 

ンフィーレアの言葉をバトラが遮った。

 

「少し、周囲を確認してから森に入りたいんだ。帰り道の目印とか、そんなんを覚えておいた方が安心出来るだろ?」

 

「……なるほど。確かにお2人は初めて森に入るんですものね。勿論、構いませんよ。あまり長く離れないで下さいね」

 

「サンキュー。ほら、モモンさんも行くぞー?」

 

「あぁ」

 

モモンガはバトラに引っ張られ、森の入り口から外れた茂みへと連れて行かれた。

少し開けた茂みへと迷わずに入っていく。

立ち止まった所で、木々の間からひょこっと現れる者がいた。

 

「モモンガ様、お待たせしました!」

 

「うむ。アウラすまないな、突然呼び出して」

 

「いえ! 至高の御方のご命令とあらば、このアウラ! 雪山のてっぺんだって駆けつけますよ!」

 

「そ、そうか」

 

えへへへと笑いながら姿を見せたのは、ナザリック地下大墳墓、第六階層守護者の双子の姉・アウラだった。

その視線がモモンガからバトラへと向けられる。

 

「あ! あんたがベルンエステル様の?」

 

「そっちは話に聞く、ぶくぶく茶釜さんの娘か」

 

「アウラ・ベラ・フィオーラだよ! 宜しくね!」

 

「バトラ=U=ノワールだ」

 

二カッと屈託のない笑顔を浮かべたアウラと、軽く笑みを携えたバトラが握手を交わす。

 

「聞いたよ? 初お披露目でやらかしたんだって? って事はアルべドとかを止めたんだ~! やるね!」

 

「あれは止めたんじゃねぇ。アイツラが勝手にこけただけさ」

 

「むむむ! なんか秘密があるとみた!」

 

「あとで姫さんにでも頼めば、映像でも見せてくれるだろうよ。しっかし、お前さんに解けるかな?」

 

バトラが挑発的な笑みを浮かべれば、アウラも同種の笑みを浮かべた。

 

「ふふふふ! このアウラ様にかかれば簡単よ! 後で必ずトリックを暴いてみせる!」

 

「イッヒッヒ! 楽しみにしてるぜ」

 

―あれ? バチバチと火花が散ってる気がするぞ…

 

「コホン! それではアウラ。お前を呼んだ理由はわかっているな?」

 

「ハイ! あたしが森の賢王なる魔獣を発見し、モモンガ様達にけしかければ宜しいんですね!」

 

「そうだ。特徴は白銀の体毛と、蛇の様に長い尻尾。そして四肢獣という事なのだが……それだけで思い当たるか?」

 

「えぇ。森に入ってから色々見つけましたけど、多分、真ん中らへんにいたアイツだと思います」

 

打てば響くようなやり取り。

アウラとマーレの姉弟は、なんやかんやでモモンガにとっては癒しの部類に入る。

ナザリックのNPCの中でもいい意味で純粋な2人だ。

どうかこのままで成長して欲しいと、切に願う。

 

「でもいっそ、あたしが使役しちゃいましょうか?」

 

「いや。今回はやめておこう」

 

アウラの職業は『魔獣使い』

使役は容易いだろうが、もしなにかのアクシデントで自作自演とバレたらマズイ。

不安要素は初めから取り除いた方が良いのだ。

 

「因みに、お前に与えた使命はどの程度進んでいる?」

 

「はい! ご報告いたします!」

 

アウラは臣下の礼をとった。

白いスーツが土埃で汚れるのも構わず、地面に膝をつける。

 

「大森林の捜索と把握は順調です。ナザリックに恭順の意を示すモンスターのテイムも進んでいます。しかし、物資蓄積所とベルンエステル様からの使命の方は、まだまだ時間がかかるかと」

 

「そうか…ん? ベルンさん?」

 

前もってアウラとマーレの姉弟には、大森林の捜索を主とした任務を与えていた。

情報収集は勿論、ナザリック周囲の安全確保、物資蓄積所は非常時にナザリックへの帰還が叶わない時の備えだ。

モンスターのテイムも、パワーレベリングの確認やレベルアップの概念を知る為の布石。

そんな一連の任務は与えていたが、ベルンエステルからの指示は初耳だった。

 

「あれ? ご存じなかったですか?」

 

「あぁ。良ければ聞かせてくれないか?」

 

「畏まりました! えっと、ベルンエステル様からは、森の違和感を感じる場所を地図にしておいて欲しいとの指示が」

 

―え? それだけ?

 

身構えていたモモンガだったが、命令のシンプルさに毒気を抜かれる。

 

「……それだけか?」

 

「はい。この1つのみです。正確に申し上げれば、森の違和感を感じる場所や、綺麗な蝶を見かけたら、作成した地図にポイントを書き込んで欲しいとの事でした」

 

「そうか……」

 

―ベルンさんも意外と可愛い所あるんだなぁ……蝶が好きだったのか……確かに魔法使う時とかに蝶のエフェクト入るもんな。街で綺麗な蝶の装飾品があったら買っておこう

 

モモンガはウンウンと頷く。

その仕草を了承と判断したのか、アウラは笑顔だ。

 

「ご苦労だった。これからも頼りにしているぞ。それに先駆けて森の賢王の件、任せよう」

 

「ハイ! 畏まりました!」

 

元気よく返事をしたアウラが立ち上がる。

そのまま、とぉー!という掛け声とともに木の枝に飛び乗ると、森の奥へと消えて行った。

アウラを見送った所で、モモンガがバトラへ声をかける。

 

「さて。少し遅くなっちゃったな。急いで戻ろうか」

 

「おう」

 

そのまま来た道を、真っ直ぐ戻る。

リアルでは拝めないだろう、自然の美しさを堪能しながら歩いていると、なにかが兜ごしの視界に入り込む。

 

「ん?」

 

「どした、モモンさん?」

 

「いや今……気の所為かな? あそこの木の枝が光った気がしたんだけど…」

 

「日光じゃねぇの?」

 

「う~ん? それとは明るさが違った様な…?」

 

「……ま、今は気にしても仕方ねぇよ。さ、急いだ急いだ」

 

「あ! ヤバ!」

 

モモンガはバトラの言葉に我にハッと返る。

小走りで森の入り口へと向かって行った。

もう2、3分とせずに2人は森の入り口へと着くだろう。

 

 

モモンガ達と、森の賢王の邂逅はすぐそこまで迫っている。

 

 

 

ザワリ、ザワリ。

 

誰もいなくなった森には、静かに木々の騒めきが聞こえるばかりだ。

 

 

フワリ。

 

小さな木漏れ日が地面を照らした。

 

 




第20話『魔の森』如何でしたでしょうか?

いよいよ、トブの大森林に入ります。
お楽しみいただけておりますかね?

『琳璋』様、ご感想ありがとうございます。
『はしば』様におかれましては、この作品にお付き合いいただき、ありがとうございました。
『ナナシ』様、『yoshiaki』様、『月輪熊』様、『炬燵猫鍋氏』様、『アズサ』様、
いつもご感想を下さり感謝いたします。
評価を入れていただいた方々も、ありがとうございます!
これかもどうか楽しんでいただければと。
ご感想・考察等々、お気軽にお寄せ下さいませ。
それでは次話にて。
                                     祥雲


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伝説と現実

森に生きる者がいる。
     語るに相応しい者なのでしょう。

森を生きる者がいる。
     記すに相応しい者なのでしょう。

森を生かす者がいる。
     語り始めたのは誰なのでしょう?



森の騒めきが耳を打つ。

 

通常とは違う空気の変化を、聞き耳を立てながら警戒に当たっていたルクルットは、敏感に感じ取った。

 

「なにかが来るぞ!」

 

その声に漆黒の剣は即座に武器を構え、モモンガもグレートソードを両手に握る。

バトラは、薬草採集をしていたンフィーレアを背中に隠す様に移動した。

 

「……森の賢王でしょうか?」

 

ンフィーレアの不安そうな声にバトラが答える。

 

「どっちにしろ、お前は下がってな」

 

「は、はい」

 

「……マズイなぁ、こりゃ」

 

その真剣な呟きに、皆の視線がルクルットへと集まった。

 

「猪なんかよりもデッカイのが向かって来てやがるぜ。なんで蛇行しながら動いてるかは理解出来ないが、もうすぐこっちに来るな……ただ……森の賢王かまでは判別出来ねぇ」

 

「撤収しましょう。それが森の賢王かは兎も角、残るのは危険だ。仮に森の賢王でなくとも、この辺りがテリトリーだとすれば追われる可能性もある」

 

ペテルはすぐさまチームへ指示を飛ばすと、モモンガとバトラに向き直る。

 

「モモンさん、バトラさん。しんがりを……お願いしても宜しいですか?」

 

「えぇ。任せて下さい。後は我々でなんとかしましょう」

 

漆黒の剣の面々から口々に声援が送られ、早々と離脱の準備が進められた。

 

「バトラさん、御武運を」

 

「モモンさん、無理はしないで下さいね」

 

そんな言葉を最後に、一行は木々の向こうへと消えて行く。

 

―もし、迷ってたらアウラにでも気付かれない様に誘導させよう……あ……

 

そう考えたモモンガだが、問題が1つ残されている事に気付く。

 

「しまった……今の奴が森の賢王だって判断されてないじゃないか……ナザリックに連れて行くなら、追い払った証拠は必要だし……」

 

「足とか尻尾でも切り落とせばいいんじゃね?」

 

「それだけじゃ、インパクト足りなくない?」

 

「モモンさんはインパクトが欲しいのか?」

 

「あった方が良いだろうとは……!……」

 

話込んでいた2人の視線の先。

離れた木々の間に巨大な影がある。

枝や幹に隠れ、その姿は判別する事が出来ず、特徴とされた白銀の体毛も確認出来なかった。

 

「お客様のご登場だぜぇ、モモンさん……とっ!」

 

見た目では一番装甲の薄いであろうバトラに、なにかが迫る。

空気を裂く音とともに来たソレは一見、鞭の様にも見えた。

普通なら為す術もなく、倒れ伏していただろうが、相手はバトラ。

普通の範疇に入る存在ではない。

その場で跳ね上がり、迫る攻撃に回転蹴りを放つ事で威力を相殺した。

パァン!という小気味良い音の後、蛇の鱗を思わせる異常に長い尻尾が木々の間へとゆっくり戻っていく。

 

―おぉ! バトラやるなぁ! それにしても、相手は尻尾を鞭みたく使うのか……目算で射程は20m程……割と面倒だけど、どうやって森の中で生活してるんだろう?

 

そんな疑問を感じたモモンガだったが、前方への警戒は崩さない。

何時でも追撃に反応出来る姿勢へと構えた所で、木々の後ろから静かな声が響いた。

 

「ほぅ? それがしの初撃を完全にいなすとは、見事でござる……これほどの相手は……もしかすると初めてお目にかかるやもしれぬな……」

 

「……それがし…………ござる……?」

 

ない筈の頬が引き攣った感覚が、モモンガを襲う。

 

「さて、それがしの縄張りへの侵入者よ。今すぐ逃走するならば先の見事な技に免じ、それがしは追わないでおくが……どうするでござるか?」

 

「……愚問だな。お前を倒して、我々は利益を得たいのだ。それより何故、姿を見せないんだ? 自信がないのか? それとも恥ずかしがり屋さんかな?」

 

「きっと乙女チックな面なんじゃぁねぇの?」

 

「……言うではござらんか、侵入者よ! ではそれがしの威容に瞠目し、畏怖するが良い! それがしこそ、森の賢王!! 我が名を姿を! とくと刻み込むでござる!!」

 

ゆっくりと、森の賢王が木々の間から姿を見せる。

柔らかそうな体毛は……なるほど。

話に聞く白銀に見えなくもない。

途中で色が異なる毛によってグラデーションがかかり、奇怪な文字にも似た紋様を浮かび上がらせていた。

体は馬ほどの大きさはあろうか。

しかし体高は低く、手足は短い。

横に広く、うすべったい印象。

まん丸の瞳はクリクリと輝き、髭の生えた頬はポテッとしている。

 

長い尻尾をくねらせ、森の賢王と称されたモンスターが、その全貌を現した。

 

「え……」

 

「ぶふっ!! マジかよ!? は、反則だぜ! ぶっ……!……」

 

困惑するモモンガの隣でバトラは盛大に噴き出した。

 

―え? いや……え? えぇー?

 

「…………1つ聞きたいんだが、お前の種族名はなんだ?」

 

「それがしは、人間が言う森の賢王。それ以外に対外的な名は持たぬでござるよ」

 

―でも……コイツって……

 

モモンガは息を飲み込んで、目の前の魔獣へと問いかけた。

 

「お前の種族って……ジャンガリアンハムスターとか言わないか?」

 

そう。

森の賢王の姿は、モモンガが知る所のジャンガリアンハムスターという生き物に酷似していたのだ。

白銀……というよりはスノーホワイトの毛並み。

丸く円らな瞳に、大福の様なフォルム。

勿論、モモンガの知るハムスターはあれほど巨大ではない。

だが、それ以外に喩える言葉が見つからなかった。

150人いれば、インタビュアーを含めた151人が間違いなく、ハムスターと答えるだろう。

 

―え? 突然変異なの? 水爆でも受けたのかお前? ビーム、ビームは出ますか!?

 

内心、冷静とは言い難いモモンガの目の前で、森の賢王は可愛らしく顔を傾げた。

 

「さて……以前にそんな事を言ってきた者もおったが……同族を知らぬが故に答えようがござらん。……そなた、それがしの種族を知っているのでござるか?」

 

「う……む……知っていると言って良いのか……かつての仲間にお前によく似た動物を飼っていた人がいてな……」

 

溺愛していたペットのジャンガリアンハムスターを寿命で亡くし、1週間近くユグドラシルにインして来なかったギルメンの事を思い浮かべた。

 

「なんと! それがしに似たものをペットにするとは!!」

 

気分を害したのかは分からないが、森の賢王はぷくっと頬を膨らませる。

だがどう頑張って見ても、モモンガには餌を溜め込む仕草にしか見えない。

 

「ふむ。しかし、その話は興味深いでござるな。それがしも生物として種族を維持しなくてはならないのでござる。もし同族がいれば、子孫を残さなくては生物として失格でござるが故に」

 

―あー。そういう考えかぁ……俺はもうナニすらありませんが? 同族? その辺から湧いてくんじゃないの? けっ!

 

思わず心の内で荒れるモモンガだったが、脳内に閃くものがあった。

 

―……アンデッドって生物じゃなくね? ほら、生きてないもん! つまり、その理論は俺には適応されない! ふふ…ははははは! ……はぁ……

 

大きくやる気を削がれながら、モモンガは力なく言葉を繋いだ。

 

「……お前程……大きくはなかったぞ」

 

「そうでござるか……もしや幼子でござるか?」

 

「……違う。大人でも掌サイズだ」

 

モモンガの言葉にしょんぼりしたのだろう。

森の賢王の髭が僅かに垂れる。

 

「それはちょっと無理でござるなぁ……やはり、それがしは1人なのでござろうか……いやいや……それがしにも友達位……」

 

ブツブツと呟きだした森の賢王に、少しだけ同情するモモンガだった。

暫くなんとも言い難い光景が繰り広げられたが、復活を果たした森の賢王によってそれも終わる。

 

「……まぁ、気にしても前には進めないでござる! 無駄話は終いにして、命の奪い合いを始めようではござらんか。さて……侵入者よ。それがしの糧となるでござる!」

 

「……う……む…………?……」

 

ノリノリの森の賢王。

対するモモンガは、どうにもやる気が起きない。

 

―……なにが悲しくてハムスターと戦闘なんて……もし死体を突き出しても、絶対に生暖かい目を向けられるじゃないか……

 

どう好意的に考えても、そうとしか考えつかないのだ。

ならば、倒すのではなく捕縛しようとモモンガは思い至った。

 

「バトラ、下がってろ」

 

「……ぶっ……くひっ……りょ……っ……」

 

バトラといえばツボに嵌り過ぎたのか、腹を抱え込んで頷いた。

よろよろと後ろに下がる。

 

「うーむ。2人同時でも構わないでござるが?」

 

「……ハムスター相手に2人がかり…………そんなん、恥ずかしくて出来るかぁあ!」

 

色々な思いを振り切る様に、モモンガが武器を構える。

それを合図と見たのか、森の賢王の全身が沈んだ。

 

「その選択を後悔しても遅いでござるよ! いざ参るでござる!」

 

ドン!と大地を蹴って森の賢王が巨大な肉の弾丸となって迫ってくる。

それに対してモモンガは、防ぐ訳でも避ける訳でもない、第三の選択肢をとった。

片方のグレートソードを手放し、地面に突き刺す。

残った方を両手でしっかりと握り絞め、腰を落とし、体をズラした。

 

―……会社帰りに培ったバッティング能力を! ……見るがいぃわぁぁぁあああ!!

 

「……遅い……遅すぎる……お前には圧倒的に……速さが足りない!!」

 

「むぅ!? な、なんとぉぉおおお!?」

 

「ぶふぉっ!? ちょっ……!……くひゃっ……~!!」 

 

モモンガはあろう事か、飛びかかってくる森の賢王の巨体を思いっきり撃ち返したのだ。

これには森の賢王も度肝を抜かれる。

今まで味わった事のない衝撃が体を巡り、地面にぼてっと落下した。

しかも。

 

―当たった時、キン!ってなったんですけど!? お前フカフカじゃねぇのかよ!? 詐欺! 詐欺だよそれは!

 

そう。

ヒットの瞬間、モモンガは確かに聞いたのだ。

甲高い金属音を。

つまりそれは、森の賢王の外皮等が下手な金属よりも固い事を意味する。

更に、今のモモンガはユグドラシル換算で約30lv程の戦士職に匹敵するのだ。

使用する魔法や装備品である程度の変動はあるものの、基準的にはその位である。

 

―つまり、森の賢王は低く見ても30lvか……

 

モモンガは兜の下でニヤリと笑った。

 

「丁度良いな。近接戦闘の実地テストには最適だ」

 

モモンガは手放したグレートソードを拾うと、両手に構えて突撃した。

右の袈裟上げ、左の捻り突き…連続して振り回していく。

油断は出来ないハムスターだが、前衛訓練の相手には十分過ぎた。

対する森の賢王も、ただでは転ばない。

器用に巨体を捻らせ、時に飛び跳ねては攻撃を躱していった。

モモンガの脳裏に浮かぶのは、かつての仲間達の戦闘。

 

剣と盾を駆使して戦った、全ユグドラシルプライヤー最高峰の剣士だった、たっち・みー。

『天照』・『月詠』という二刀を振るい、ギルド最高峰の攻撃力を誇った弐式炎雷。

『二の太刀いらず』その実現を目指して大太刀『斬神刀皇』・『建御雷八式』を使い分けた武人建御雷。

 

そして、最後にどうしてか王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフの姿が浮かんだ。

 

―……何故……ギルメンではなく……あのガチムチが……

 

モモンガには思い当たる理由が全くなかった。

最高の戦士、剣士の姿をモモンガは間近で見続けて来たのだ。

今更、どうしてガゼフの姿を思い出すのか。

 

―って、戦闘中になにを考えてるんだ俺は……ハムスターとはいえ、相手に失礼だろう……ハムスターだけど

 

幾重にも交わされた攻撃の果て。

モモンガの切っ先が森の賢王の体を浅く裂き、森の賢王の尻尾の一撃が、モモンガの鎧を擦った所でお互いに膠着する。

 

「その鎧、凄まじいでござるなぁ。そなたの腕力も剣も、実に見事でござるよ。人間の社会でも名の知れた御仁でござろう?」

 

「……戦士にしか見えないのか?」

 

「なにを言ってるでござる? 戦士以外のなんと見ようか。いや、もしかすると騎士とかでござるか?」

 

―……外れだなぁ。そもそも巨大ハムスターの時点でアレだったけどもさぁ……賢王とか付けたの誰だよ、全く!

 

モモンガは内心、結構ご立腹。

賢王とか名乗るんだから、自分の幼稚としか言えない剣技に違和感を感じるとか、なにか気付く予兆を感じさせるとかをして欲しかったのだ。

少し位は、名の通りの姿を示してくれても良いのにとさえ思う。

 

「……止めだ。お前には少しだけ期待していたんだがな……<絶望のオーラⅠ>」

 

剣先を地面に向けながら、右手を森の賢王へと突き出した。

本来は<絶望のオーラⅤ>を使用しているモモンガだが、流石に即死効果は強すぎるだろう。

強度を弱め、恐怖効果のみまで威力を落とした。

モモンガを中心に冷気が沸き起こる。

それを浴びた瞬間、森の賢王は全身の毛を逆立てながら凄まじい勢いでひっくり返った。

 

「こ、降伏でござる! それがしの負けでござるよ!」

 

「……はぁ……所詮、獣か……ホント、賢王って付けたの誰だよ……」

 

「えー? そうですか? 結構、賢こそうな感じですけど。あ! もし殺しちゃうんなら、皮を剥いでもいいですか? ポーチとかにしたいなぁって」

 

何時の間にやらモモンガの隣にアウラが立っていた。

しかも物騒な事まで口にしている。

どうしたものかと考えるモモンガと、丸い瞳を濡らして震える森の賢王の視線がぶつかった。

 

―……っく! その円らな瞳を向けるな……! 俺、動物のドキュメンタリーとか弱いんだよ……やめて! 見ないで! 

 

暫く無言の時間が流れる。

迷ったモモンガは、無意識の内に<メッセ―ジ>を繋げていた。

 

『はぁ……ベルンさんならどうしてたかなぁ…………』

 

『なにか用?』

 

『え!? ベルンさん、なんで!?』

 

『……なんでもなにも、<メッセージ>を送ってきたのモモンガさんじゃない』

 

『あ』

 

―恥ずかしい! そして言えない! 無意識で繋いでましたなんて……絶対に言えない!

 

取り繕う様に、モモンガは言葉を繋いだ。

 

『えっと……ベルンさんってハムスター好きですか?』

 

『? ハムスター?』

 

『はい。実は超巨大ジャンガリアンハムスターと戦闘になりまして』

 

『…………慣れない土地で疲れてるのね』

 

―ぐっ! そうだよね! 普通、ハムスターと戦闘なんてしないもんね! めっちゃ優しい声なのに、心が痛いぜぇ! ふぇぇぇえん!!

 

『……冗談でもなくて、ガチなんですよぉ。森に行ったらなんか出て来ちゃいまして。殺すのもあれだし、どうしたものかと…』

 

『適当にバラして他の魔獣の餌にしたら?』

 

『あれ、俺の話聞いてました?』

 

『聞いてたわよ? モモンガさんが責任持ってお世話するなら、ウチに連れて来ても構わないわ』

 

『あれ? さっきと言葉が違いませんか?』

 

『気の所為よ。途中で投げ出したらお仕置きだから。それじゃぁね。私、今忙しいの』

 

『あ! まっt』

 

普段通り、無情にも<メッセージ>が終えられた。

だが、これで腹は決まったのも確か。

モモンガは決断を下す。

 

「……私の真なる名前はモモンガだ。この姿の時はモモンという偽名を使っている。私に仕えるのであれば、汝の生を許そう」

 

「あ、ありがとうでごさるよ! 命を助けていただいたご恩! 絶対の忠誠にてお返しするでござる! この森の賢王、この身を偉大なるモモンガ様に!!」

 

「森の賢王というのも些か名前としては面倒だ。これからは…………ハムスケと名乗れ。後、私への呼び方も考える様に」

 

「おぉ! なんと勇ましき名でござろう! 殿! これからどうかお頼み申すでござるよ!」

 

「殿……まぁ、良いか」

 

「ちぇ……」

 

妥協して頷くモモンガの横で、アウラが残念そうな視線を送っていた。

その後ろ。

 

「ぐっ……は、腹が……いひひ……」

 

「お前笑い過ぎ!?」

 

「? バトラどうしたの? お腹痛いんだったらポーションあるよ?」

 

「大丈……ぶっふ!……!……!……」

 

「!? バトラ! しっかり!」

 

笑い過ぎて過呼吸を起こすという、旅の相棒の姿があった。

 

結局、モモンガとバトラが森から出るのは少し遅れての事となる。

 

 

 

 

 

 

森から出ると、2人の生還を待ち望んでいた面々に無事を祝いながら取り囲まれた。

そして、特に気にする事もなくハムスケの紹介をしようとした時、空気が変わる。

 

―まぁ、ジャンガリアンハムスターっていっても、これだけ大きいと圧迫感あるよね

 

どう見ても規格外の大きさだろうし、モモンガは努めて柔らかい声を出した。

 

「ご安心下さい。私の支配下に入っておりますので、決して暴れる事はありません」

 

そのまま見せつける様に、ハムスケの体を撫で回す。

 

「正に殿の仰る通りでござるよ。森の賢王改めこのハムスケ、殿に仕えともに道を歩む所存! 殿に誓って、皆々様にはご迷惑をおかけしたりはせぬでござる!」

 

巨体とはいえ、外見は可愛らしいハムスターだ。

慣れてしまえば警戒もなくなるだろう。

しかし、このハムスターが森の賢王と信じて貰えるかが、唯一の懸念であった。

だが、そんなモモンガの心配も杞憂に終わる。

 

「……これが森の賢王! 凄い! なんて立派な魔獣なんだ!!」

 

―……Nun, was sagst du?(今、君はなんて言ったのかな?)

 

驚きの余り、封印していたドイツ語が脳内で再生された。

からかわれているのかと声を出したニニャを見るが、その表情は驚愕に彩られている。

決して冗談めいたものではない。

 

「……いや……これが森の賢王とは……その名に相応しい偉大さなのである! こうして見るだけでも強大な力を感じるのである!」

 

―えぇ!? 偉大!? 強大な力ぁ!?

 

「いやはや。こいつは参った! これだけの偉業を成し遂げるたぁ、流石だぜ!」

 

「これ程の魔獣……私達では皆殺しにされていたでしょう。お見事です、モモンさん、バトラさん」

 

漆黒の剣の面々からあり得ない称賛の声を浴びたモモンガは、ハムスケへと向き直った。

超巨大ジャンガリアンハムスターの姿がそこにはある。

それ以外の感想など、ある筈もなかった。

 

「……皆さん、こいつの瞳、可愛らしいとは思いませんか?」

 

「「「「「!?」」」」」

 

その瞬間、ンフィーレアを含めた全員の方の瞳が、あり得ないものを見たとでも言いた気に見開かれる。

 

「モ、モモンさん! 貴方はこの魔獣の瞳が可愛らしいと!?」

 

―それ以外にあるの!? まさかコイツ、魅了のパッシブスキルでも持ってるんじゃ…

 

「信じられません……流石はモモンさんです。ニニャ、君ならどう思う?」

 

「……深みある英知を感じさせ、魔獣としての強大さを感じます。どう余裕の態度をとっても、決して可愛らしいとは思えませんね」

 

「…………!?」

 

―なん……だと……

 

モモンガは言葉を無くした。

全員を見渡せば、それが共通認識である事は明白。

まるで自分一人が、鏡の国にでも迷い込んだ様な錯覚さえ覚える。

 

―そうだ! バトラ! アイツなら…!

 

「バトラ! お前はどう思う?」

 

斜め後ろでは、過呼吸から脱したバトラの姿が。

あの後、アウラの持っていた上位ポーションのおかげでなんとか腹筋の崩壊を免れたのだ。

むしろ、下位ポーションでは効き目がなかったという不思議。

最後の希望を託して、バトラに問う。

 

「ん? 普通に可愛くね?」

 

「「「「「!?」」」」」

 

―そうだよね!? 俺、間違ってないよね!?

 

その後も、似た様なやり取りが続いた。

 

ンフィーレアがモモンガのチームに入りたいと頭を下げたり、それをモモンガが断ったり。

断るといっても、濁った感情ではなく、もっと穏やかな感情で、だったが。

周りの視線が、当初の予想とは違う生温かさを漂わせて所で、バトラが口を開いた。

 

「実は森の賢王を従えたモモンさんに、ちょっとした提案があるんだけどさぁ?」

 

モモンガは、その歪んだ笑いに危機感を感じる。

止めようとしても、既に遅い。

 

「おい、m「偉業達成者ってのにはさぁ。凱旋パレードって……必須じゃね?」……」

 

バトラのその提案は、彼らの耳に届いてしまった。

 

 

 

 

これより後。

 

意外にも、トブの大森林の周囲に魔物がこれまで以上に流れたりする事はなかった。

森の賢王という大きな存在が抜けたにも関わらずだ。

 

御伽話に語られるその森は、今も静寂を守る。

 

 

語り部が現れるまで。

 

 

新たにページを捲る者はいない。

 

 




第21話『伝説と現実』如何でしたでしょうか?

ハムスター回です。
まさかの長さとなりました…

ご感想を下さいました、『鳳凰院凶真』様、『絶望』様、ありがとうございました。
『couse268』様、『炬燵猫鍋氏』様、『ナナシ』様、『月輪熊』様、
いつもご感想をありがとうございます。
ご評価された方にも感謝を。
お読み下さっている皆様。
これからも当作品をお楽しみ下されば嬉しいです。
ご感想、ご考察、いつも楽しみにさせていただいております。
それでは次話にて。
                                     祥雲


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夜の始まり

今日も街は騒がしい。
   人々の活気に満ちている。

今日も街は騒がしい。
   いつも浪漫に満ちている。

今夜の街が騒がしい。
   恐怖と脅威に満ちている。



大通りは何時にも増して、沢山の人で溢れかえっている。

 

 

「……見ろ……」

 

「……なんて事だ……」

 

「おい…………嘘……だろ……」

 

そして通行人の誰もが、似た様な台詞を口にした。

彼らの見つめる先。

そこには、恐ろしくも威厳溢れる魔獣の背に乗る、漆黒の戦士の姿があったのだから。

 

 

 

 

 

 

―きゃぁぁぁぁぁあ!? 見ないで! こんな俺の姿を見ないでぇええ!?

 

 

モモンガは内心で大絶叫する。

もう何度目の確認になろうか。

小刻みに震えながら、兜ごしに自分が跨る存在を見下ろした。

 

―……どう見てもハムスターじゃん!? 恐ろしさなんて微塵もないよ!? ファンシーさしかないよぉおお! え? 今なら全身鎧のおまけ付? ……誰得だっ!! 

 

そう。

現在モモンガは、森の賢王改め、ハムスケの背に乗って大通りを闊歩しているのだ。

見物人や、少し後ろを歩く漆黒の剣の面々といった皆がいくら絶賛するとは言え、モモンガにとってはただの羞恥プレイでしかない。

 

「凄げぇ……あんな魔獣を馬代わりかよ……」

 

「わぁ、お母さん! アレ見てぇ!!」

 

「あらあら。凄いわねぇ。あむあむ」

 

―ちょっ!? そこの少年! 俺を見るんじゃない! 隣のお母さんもぉお!? なんで上品な見た目で干し肉食ってんですか!? その手に持ってるカップはなんだ!? 酒か? 酒なのか!?

 

「んく……あら? ポーションがもうない……ぐすっ……」

 

―ポーションンンン!? なんでポーション!? そこは酒だろ!? というか合うの!? 

 

寧ろ罰ゲームと言える。

自分の今の状況も。

周りの見物人も、全てがそうだ。

まるっきり質の悪い冗談を、三割増しにして現実化しましたとしか思えない程の悪夢。

某薬局の入り口にあるオレンジ色の象さんに跨る方が、遥かにマシである。

体勢すらも無様としか表現の仕様がなかった。

 

―跳び箱の練習風景じゃないんだよ! おのれ、バトラ!!

 

モモンガは全ての元凶へと恨みを募らせる。

このアイデアは、バトラによってもたらされたからだ。

勿論、最初はモモンガも止めようとした。

しかし、漆黒の剣のメンバーとンフィーレアに煽てられ、ベタ褒めされて、ほんの僅かに『良いかも』という錯覚に陥ってしまったのだ。

 

―その結果がこれだよ、ちくしょぉぉおお! 

 

モモンガが後ろを振り向けば、実に爽やかな笑顔を浮かべ、親指を立てる相棒の姿があった。

 

『ひゃっはははっは! やっぱモモンさん最高だぜ! なぁ、今どんな気持ちなんだ? 甘い言葉に惑わされて、大観衆の中をハムスターに乗って練り歩くってのはさぁ? 教えてくれよ? ぶふっ!』

 

『お前マジでなんなの!? もしかして俺に恨みでもあるのか!?』

 

『ほらほら。子供が手を振ってるぜぇ?』

 

『ぐっ!? 子供の真っ直ぐな瞳が突き刺さるぅう!? 見るな! そんなピュアな眼差しを向けちゃいけません! メッ!!』

 

『あ。言うタイミングなくてすっかり忘れてたわ。この映像は、ちゃんと姫さんに送ってるから安心しろよ!』

 

『いやぁぁぁぁぁあああああ!?』

 

そしてバトラのこの一言である。

黒歴史へ追加待ったなしの羞恥プレイが、よりにもよって、かの魔女へと送られているという。

本日一番の悲鳴が、モモンガから発せられた。

 

―ははは……終わった……お終いだぁ…………

 

鎧の中で、モモンガは真っ白に燃え尽きている。

既に真っ白な骨の身だが、それはご愛嬌というものだろう。

 

『これでお望み通りインパクトあっただろうぜ。モモンさんも、俺も、姫さんも。見ている周りもハッピーエンド。いやぁ、良い仕事したわぁ、イッヒッヒ!』

 

『……え?』

 

鎧に隠れ、羞恥に震えていたモモンガの体が固まった。

今、この愉快犯はなんと言ったのだ?

 

『ごめん。もう一回言って貰える?』

 

『ん? いやぁ、良い仕事『その前! 最初の所ぉ!』……これでお望み通りインパクトあっただろうぜ?』

 

『!!!』

 

バトラが言葉を繰り返したその瞬間、モモンガの体に衝撃が走る!

 

『ほら? 一応、俺も相棒らしくさぁ。なんか出来ないかなぁって考えてみた訳よ? モモンさんが欲しがってたインパクトについて』

 

―ま、まさか……そんな!?

 

『んで、普通に帰らせたんじゃ申し訳が立たねぇだろ? そこでチェス盤をひっくり返したのさ。それで凱旋パレードに行き着いた』

 

―本当の元凶って……俺じゃねぇぇかぁぁぁぁああ!?

 

記憶を辿れば、確かに口にしていた。

 

 

――――モモンさんはインパクトが欲しいのか?――――

 

――――あった方が良いだろうとは…――――

 

 

全てはあの会話から始まっていたのだと、モモンガは理解してしまった。

モモンガが大して気にする訳でもなく漏らした言葉を、バトラが律儀に叶えようとした事が、この事態を引き起こした要因で。

ほんの少し前の教訓を見事に忘れていたのが、モモンガの敗因である。

 

「…………」

 

「それでは、これで依頼完了とさせていただきますね」

 

「…………」

 

「では、我々でバレアレさんを家まで送りましょう。お2人は組合で森の賢王の登録がまだ残っていますしね」

 

黙々と通りを進むと、ンフィーレアによって依頼達成の言葉が言い渡された。

組合にハムスケの登録に向かう2人の為に、ンフィーレアを家まで送り届けてくれるという漆黒の剣の温かい気遣いの言葉や姿も、ショックに慄くモモンガには認識されていない。

放心状態の中身を、見事な鎧が覆い隠す。

 

既に日は傾きかけ、エ・ランテルは夜になり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃぁっ!?」

 

苦悶の声を上げた老人が、暗い地下室の壁へと叩きつけられる。

常として傅かれる立場であり、痛みを与える立場にあった老人―ガジット・デイル・バダンテールは、与えられる痛みとは久しく無縁であったのだ。

数年、数十年と失われていた感覚が、身を焦がす耐えがたい灼熱と化して、ガジットを襲っていた。

 

「あれあれ? もう終わりー? もう少し頑張ろうよぉ、ガジッちゃんもさー。名高い十二高弟の1人でしょ?」

 

その様子を笑いながら見ているのは、可愛らしい笑顔をみせるクレマンティーヌだ。

近くの手頃な岩に腰かけてケラケラと笑っている。

しかし、それはズルズルと壁にもたれかかる様に立ち上がるガジットからすれば、堪ったものではない。

 

「クレマンティーヌ! さっさと儂を助けぬかぁあ! なにを呑気に座り込んでおるのだ!?」

 

ガジットが力の限り吠える。

更にクレマンティーヌへ口汚く叫ぼうとした所で、暗闇の向こうから声が届いた。

 

「くす。出会い頭に息巻いてた割には、歯応えがないわね。私の友人を見習って欲しいものだわ。歯応え抜群よ。カルシウム100%」

 

嘲笑を携えて現れたのは1人の少女。

こんな暗い地下にいるのが場違いとすら思える、洒落たドレスに身を包んでいる。

 

「ぐっ……オヌシは一体何者だ!? この儂をこうも容易く……いや、なにより他の者達はどうしたのだ!」

 

「あぁ、あの連中? ちょっと話かけただけなのに、いきなり魔法を撃って来るんだもの。ついうっかり潰しちゃったわ」

 

「ば、馬鹿な!?」

 

世間話でもする様に返された言葉に、ガジットはただでさえ悪い顔色を白くする。

彼の弟子たる者達は決して非力でもなければ、少ない訳でもない。

1人1人が、ズーラーノーンに身を置くに相応しい力を持つ存在だ。

その彼らを相手にして、大した消耗もなく無傷でいられる筈がないというのに。

 

「おのれ……この儂の……!……50年の悲願を……貴様の様な小娘に邪魔されてなるものかぁぁぁああああ!!!」

 

カジットの足元から、鉤爪を思わせる骨が少女へと殺到した。

だが。

 

「骨なら間に合ってるわ」

 

「なっ!?」

 

ゆったりとした動作で向けられた少女の指先。

そこから溢れる闇に触れた瞬間、ボロボロと砂の様に崩れる。

地表から吹き抜けた風に乗せられ、サラサラと彼方へと消えていった。

 

「な……ぁ……」

 

「もう手札はないの? 他には?」

 

「ま、まだだ! まだ奥に「奥にいたアンデッドなら子猫のおやつになってるけど?」んな!?」

 

今度こそカジットは言葉を失う。

気付けば自分の支配下にあったアンデッドの気配も繋がりも、その一切が感じ取れなくなっていたからだ。

代わりに暗がりから見えるのは、2対ずつの光りを放つ無数のナニカ。

それが段々と増えて、増えて、増えて。

今ではもう、その数も百なんかじゃきかない程。

 

「……もうなさそうね」

 

「っ!」

 

ギリっと、ガジットは唇を噛み締める。

そして精一杯、目の前の少女を睨みつけた。

対する少女は唇を吊り上げている。

この場を制している存在がどちらかは、最早明確だった。

 

「さようなら、ノロマな亀さん。少しは退屈しなくてすんだわ」

 

「まっ……」

 

ガジットが言葉を発するよりも、少女が鎌を発現させ、振るう方が早い。

 

「……っ……か……ぁ……」

 

宙を舞うカジットの頭がなにやら呟いたが、少女の意識は既に彼には向けられていない。

認識される事もなく、コロコロと暗闇へと消えた。

グチャグチャ、ペチャペチャと耳障りな音が聞こえる。

それが消えた後には、首のない胴体だけが残されていた。

 

「それにしても、あんたが道案内をしてくれたのは意外だったわ」

 

「えへへ」

 

少女の言葉を受けて、クレマンティーヌは照れくさそうに笑う。

なにを隠そう、入り口からずっと少女を先導して来たのはクレマンティーヌなのだから。

 

「実はさぁ。魔女様にお願いがあるんだよねー?」

 

「……へぇ? 言ってみなさい。言うだけタダよ?」

 

魔女と呼ばれた少女は、愉快そうに目を細める。

対するクレマンティーヌは、モジモジと恥ずかしそうに赤面した後、意を決した様に口を開いた。

 

「私と勝負して欲しいの! 手加減ナシの、一本勝負!!」

 

「あら? てっきり愛の告白かと思ったのに…」

 

「そ、それは……まだ、早いというか……その……」

 

今のクレマンティーヌを、これまでの彼女を知る者が見たならば唖然としたに違いないだろう。

誰が見ても、ただの恋する乙女にしか見えない。

お願いの中身は割と脳筋な感じだが、表情だけは外見相応に可愛らしかった。

 

「くす……良いわよ。予定より時間が余っちゃったしね」

 

「! ほ、ホントに!? やったぁ! ありがと、魔女様!」

 

そのままクレマンティーヌが体勢を変えた。

陸上競技のクラウチングスタートのポーズに近いが、立ったまま行われたその動作は、限界まで引き絞られた弓を想像させる。

 

「いっくよー! <疾風走破>……<超回避>……<能力向上>……<能力超向上>」

 

「何時でもどうぞ? ……おいで。遊んであげるわ、野良猫さん」

 

少女の手にした鎌が光る蝶へと変わったかと思えば、瞬きの内に槍へと変化する。

左半身を前に出し、クレマンティーヌ同様に引き絞る様に腰を低くして構えた。

 

「…………」

 

「…………」

 

互いに無言。

そして――クレマンティーヌが動いた。

 

「っ!!」

 

一直線に向かい、放たれた一撃は、正に流星の如く!

 

全身の筋肉を、この瞬間の為だけに一個のバネとして収束させた刺突の究極系。

それを前にした少女の行動は…

 

「!? うっそ!?」

 

迫るスティレットの切っ先に、寸分たがわず槍の矛先を合わせ、威力を相殺するというモノ。

言葉にすれば簡単だが、実際に行うとすれば容易な事では決してない。

ピシッという音がしたかと思えば、オリハルコンでコーティングされている筈のスティレットが砕け散った。

 

「……あははは…………負けちゃったぁ…………」

 

「今のは……中々ヒヤッとしたわ」

 

ついさっきまで文字通りの真剣勝負をしていたにも関わらず、クレマンティーヌは苦笑してその場に座り込む。

行動からも表情からも、彼女に戦闘の意思がない事は明白だ。

少女がクルリと槍を回転させると、青い蝶へと変わりキラキラと虚空にとける。

 

「綺麗……」

 

光の残滓を眺めるクレマンティーヌの元へ、少女がゆっくりと近付いていく。

身1つ分程の距離まで来た所で足を止める。

 

「さてと。折角だし、昨日と同じ質問でもしましょうか。あんた、生きたい? それとも、死にたい?」

 

「…………」

 

少女の問いに対して、クレマンティーヌは晴れやかな表情で答えた。

 

「私は……魔女様、貴女に殺されたい」

 

「! あははは! 面白い事を言うわね、あんた」

 

「私は他に愛するって事を知らないの。私が知っている『愛』は殺す事だもん。だから……」

 

自分を見下ろす少女へ、クレマンティーヌは心からの笑顔を送る。

 

「私を……愛して?」

 

その笑顔を受け取った少女も、負けない位の笑顔で返す。

 

「……良いわ。あんたを愛してあげる」

 

しゃがみ込むと、クレマンティーヌの胸元へと手を乗せた。

 

「あっ……っ……」

 

そのまま魔法の様に、少女の手がクレマンティーヌの胸に沈む。

小さな手が温かく脈動するナニカに触れた。

 

「私は奇跡の魔女、ベルンエステル。あんたを愛す存在よ」

 

壊れ物でも手にした様に、静かに引き抜かれていく。

 

「……ル……ン………………」

 

「えぇ、そう。だから今はお休みなさい。もし、次に目を開ければそこは私のベッドよ」

 

「……ん…………」

 

ベルンエステルの言葉に、クレマンティーヌはとても幸せそうに微笑んだ。

それが、彼女の浮かべた最期の表情。

 

力の抜けた体を地面に横たえて、ベルンエステルは立ち上がる。

手には赤い紅い宝物。

そっとソレを抱きしめ、ベルンエステルは地上へと歩いていく。

残されるのは骸のみ。

 

入り口から見える空は、すっかり日が傾いて、夜の色へと変わりかけていた。

 

 

 

 

 

 

深夜。

 

 

皆が寝静まりかけた頃。

 

エ・ランテルに緊急事態を知らせる鐘の音が響き渡る。

それも1回、2回……いや、1か所、2か所の騒ぎではなかったのだ。

墓地、市街、役所、駐屯所。

文字通りの街中から響く異常の知らせ。

 

いち早く事態に反応した冒険者組合を中心に、様々な情報が各地点に伝達された。

以下が、その情報の一部である。

 

―――エ・ランテル各地に悪魔が大量発生! 繰り返す! 悪魔が大量発生!―――

 

―――中にはアンデッドもいる模様! 発生元と思しき共同墓地は既に壊滅状態だ! 至急、応援を求む!―――

 

―――悪魔の外見は、黒い山羊頭に深紅の双眸。首から下は人間型で、燕尾服に似た装いをしているとの事―――

 

―――強大という訳でもないが、数が異常だ! 見えるだけでも千はいるぞ!―――

 

―――既に冒険者や警備隊が動いている。市民の避難を最優先に―――

 

―――! 強力な魔獣を従えた冒険者が悪魔を殲滅しているとの報告アリ!―――

 

―――英雄だ。漆黒の英雄だ!!―――

 

 

 

エ・ランテルの長い夜が始まる。

 

 

 




第22話『夜の始まり』如何でしたでしょうか。

大筋は変わりませんが、この改変を予想していた方はおられましたかね?
はい。
次回は『あの集団』が降臨しますよ。
一体、○の皆さんなんでしょう……

『妖夢』様、ご感想をお寄せ下さいましてありがとうございました。
『炬燵猫鍋氏』様、『couse268』様、『月輪熊』様、『鬼さん』様、『ナナシ』様、『アズサ』様、 以前よりご感想をありがとうございます。
ここまでお読み下さっている皆様も同様。
これからも頑張らせていただきますね。
それでは次話にて。
                                   祥雲


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夜の終わり

明けない夜などありません。
     どんなに闇が怖くても。

明けない夜などありません。
     どんなに闇に怯えても。

明けない夜などありません。
     希望の光が照らすでしょう。



鐘の音が響く。

 

夜の静寂など、お構いなしに。

 

その音色に紛れて聞こえるのは、悲鳴。

その音色を切り裂き木霊するは、怒声。

怖ろしい悪魔から逃げ惑う市井の民の、魂からの叫びだった。

 

「助けてくれぇ!? ひ、ひぃぃいいい!?」

 

「…………」

 

足を絡ませ、地面に頭から倒れた男性に、山羊頭の悪魔が迫る。

闇夜に光る悍ましい瞳は、爛々とした煌きを見せていた。

腰が抜け、立つ事すらままならない獲物へ向かって一歩ずつ、確実に近付いていく。

悪魔の顔は、遂に男性の目と鼻の先となっていた。

 

「あ……あぁ……」

 

「…………」

 

男性は恐怖の余り、ガチガチと歯を鳴らしながら震える。

目からは涙が溢れ、血走った眼球を濡らした。

滲んでいく視界の中で、紅い光だけが変わらずに揺れている。

 

「! あ゛ぁぁ゛あぁああああ゛! がっ……! あ゛ぁぁあ゛!?」

 

グシャリ、グチャグチャ……

 

「……あ゛ぁあぁがぁああああ…あ゛……!……!!」

 

バキボキ、べチャピチャ……

 

「……っ!………………」

 

……ゴクリ…………

 

「…………」

 

ゆっくりと、悪魔が男性だったモノから離れた。

地面に広がる血溜り。

乱雑にぶちまけられた肉片。

 粗方は食い尽くされていたが、それでも見るに堪えない有様だ。

悪夢みたいな光景が、悲鳴が、断末魔が。

そこら中で当たり前の様に繰り返されている。

 

「っ! こっちだ化けモンがぁあああああ!!」

 

地獄の中としか思えない路地に、力一杯発せられた声が響き渡った。

周囲の『餌』をほとんど食い尽くしていた悪魔達の意識が、一斉にその方向に向けられる。

次の瞬間。

最も先頭にいた悪魔の額を、1本の矢が射貫いていた。

 

「ルクルット! そのまま援護射撃を頼む! ダインはアイツラの動きを止めてくれ! ニニャ! 大きい奴、頼みましたよ!!」

 

「おう!」

 

「心得たのである!」

 

「はい!」

 

路地に駆け込んできたのは、漆黒の剣のメンバーだ。

 ペテルの指示の下、それぞれが己の役割を全うする為に動き出す。

悪魔達の動きは鈍い。

あの外見で走れない事などないと思えるが、今の所は緩慢な動作しか見せていなかった。

恐らくは油断していると判断したペテルは、全力の踏み込みでもってブロードソードを一閃させる。

 

「……」

 

「よし! やっぱり動きが遅い! 囲まれでもしない限りは大丈夫だ! このまま大通りまで突っ切るぞ!!」

 

繰り出された斬撃は、悪魔の首を両断していた。

頭と胴が離れた途端に、悪魔は光る粒子になって消えていく。

 

「<トワイン・プラント>!」

 

「シッ!!」

 

ダインの魔法が発動して、壁に生えていた蔦が鎖となって悪魔達に絡みつき。

動きが止まった悪魔を片っ端から、ルクルットが射貫いていく。

 

「……ペテル! 離れて下さい!!」

 

「っ!」

 

魔力を溜め終わったのであろうニニャの声に敏感に反応したペテルが、悪魔の群れから瞬時に飛び退いた。

 

「<ライトニング>!」

 

路地に雷鳴を轟かせた閃光が迸る。

上手くペテルが注意を引いてくれていたお陰で殆ど直線に並んでいた為に、ニニャの放った<ライトニング>で路地にいた悪魔達は消滅した。

 

「ナイスだぜ、ニニャ!」

 

「ありがとうございます! …でも」

 

悪魔達が消え去った後に残ったのは、血の海に沈む人間の残骸だ。

大通りに抜ける路地に、漆黒の剣を除いて生きている者は誰もいない。

 

「感傷は後だ! まだ、助けられる人がいるかもしれない!」

 

「……そうですね! 急ぎましょう!!」

 

ペテルの叱咤を受け、ニニャの表情も再び鋭さを取り戻す。

 

4人は大通りに向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怪我人が優先じゃ! 早う、奥へ運ばんか!」

 

「おばあちゃん! 倉庫がもう一杯だよ!?」

 

「リイジーさん! ポーションの在庫も尽きそうだ!!」

 

「なんじゃと!? ちぃ……!」

 

 バレアレ薬品店はこの非常事態に対して、店周りを避難所・倉庫を治療所として開放するという迅速な動きをみせていた。

更には売り物であるポーションすらも無償で振る舞っている。

商売人としては失格だろうが、それがどうした。

人間として失格になるよりはマシだと、店主であり、街の有力者でもあるリイジー・バレアレが一切の躊躇いもなく言い切ったのだ。

だが、想定が甘過ぎたとしか言いようがない。

倉庫の広さも、ポーションの備蓄も足りていると思っていた。

向こう二月は冒険者に売ってもお釣りがきたであろうポーションの備蓄は、全て負傷者の治療でなくなり、3、40人は納まる筈の倉庫からは人が溢れている。

 

「ンフィーレア! 急いでポーションの生成に取り掛かるぞ!」

 

「う、うん!」

 

「! リイジーさん! 危ねぇ! …………ぎゃぁぁああああ!!」

 

「!? る、ルドルフ!? いきなりなn」

 

振り返ったリイジーは言葉を無くした。

男が突如リイジーを突き飛ばしたかと思えば、壁から生えた刃によって腹を貫かれていたのだから。

 

「リ、リイジーさん……逃げ……!!」

 

ルドルフと呼ばれた男が最後まで言葉を発する事はなかった。

壁から伸びる刃によって、真っ二つに裂かれたからだ。

ボトリ、と。

大量の血や臓物をまき散らして左右に落ちる。

 

「ぁ……あぁ……」

 

この光景には芯の強さに定評があるリイジーも身を震わせた。

ルドルフのいた壁は、気付けばその役割を失っている。

大きな穴が開けられ暗闇の向こうから、深紅の双眸が光っていた。

 

「お、おばあちゃん! こっちに! 早く!!」

 

「……ど、どこへ行くというのじゃ! 今ここを離れたら誰がポーションを作れるっ!!」

 

「でも……このままじゃ!」

 

暗闇から紅い光が段々と近付いて来る。

まるで嘲笑うかの如く、ゆっくり、ゆっくり。

そして遂に、山羊頭の悪魔がその姿を現した。

1体だけではない。

2体、3体……17体。

悪魔達が集まり、列を成して緩慢な動作でもって迫る。

 

「きゃぁあああ!?」

 

「く、来るな! 来るなぁああ!!」

 

叫び声が聞こえたのは、倉庫の方だ。

どうやらこの悪魔達の他にも、店や倉庫に入り込んだ悪魔がいるらしかった。

最早、逃げ場など残されてはいないだろう。

 

「……これまでか…………だが……わしの孫を死なせるものか!!」

 

「おばあちゃん!?」

 

自身を掴んでいたンフィーレアの手を払いのけ、リイジーは老人とは思えない鋭い視線を向けた。

ンフィーレアを背に庇う様にして、悪魔達へ向き直る。

 

「お前は生きるんじゃ、ンフィーレア! 生きて…いつか神の血のポーションを完成させろ!」

 

バチバチと、リイジーの右手から電流が迸った。

 

「…………せめて、お前の晴れ姿を見たかったわい…………」

 

「おばあちゃん!! 駄目だよ!! 止めて!! おばあちゃん!!!」

 

「行けぇい! ンフィーレア!!」

 

電流が膨れ上がり、正に悪魔達へ放たれんとしたその刹那。

 

「良き啖呵ですね。称賛させていただきます」

 

「……えっ?」

 

若い女の声がした。

空気を抉る様な音たてて飛ぶナニカが、悪魔達を貫く。

目で追えない速度でソレは暗がりへと戻っていった。

 

「ご無事ですか? リイジー・バレアレ様、ンフィーレア・バレアレ様」

 

カツカツという靴音を響かせ、暗がりから姿を見せた女を、ンフィーレアは最近目にしている。

 

「あ、貴女は組合の受付の!?」

 

そう。

2人の窮地を救ったのは、冒険者組合の受付嬢であった。

 

「おや、覚えておいででしたか。…しかし、流石はバレアレ薬品店。この異常事態の中、率先して治療や避難を行うとは」

 

「! そうじゃ、奥に皆が!!」

 

受付嬢の言葉で、叫び声を上げていた倉庫にいる者達の存在を思い出す。

慌てて倉庫に行こうとした2人を、受付嬢が次に発した言葉が引き留めた。

 

「ご安心下さい。倉庫の山羊達も既に我らが対処を終えていますので」

 

「なんじゃと!? それは真か!?」

 

「はい。この店の周囲にも中にも、脅威はありませんよ」

 

「そうか…」

 

ホッと胸を撫で下ろしたリイジーの後ろで、ンフィーレアが首を傾げる。

 

「あの……我らって……? それに今、どうやって悪魔達を…………いや……寧ろどうして受付嬢なのに戦闘が…」

 

「申し訳ありませんがお答えしかねます」

 

店の外へと出ていこうとしているのか、受付嬢はテクテクと歩き始めた。

 

「あ! ま、待って下さい!!」

 

ンフィーレアは思わず受付嬢の肩を掴む。

その瞬間、悪魔に囲まれた時以上の悪寒が背中を駆けた。

 

「……しつこいぞ、少年。あの方の為でなければこんな街なぞ守るものか。……さっさと肩から手を離せ」

 

「ひっ!?」

 

今までの淡々とした固い口調ではない、初めて耳にした、恐らく素であろう口調。

その声が。

ンフィーレアを見る瞳が、余りに冷たくて。

気付けばンフィーレアは床に尻餅をついていた。

 

「どうしたんじゃ、ンフィーレア!?」

 

「では、失礼いたします」

 

駆け寄るリイジーと、震えるンフィーレアを残して受付嬢は店から出て行った。

息を吐きながら、空を見上げる。

 

「……まさかとは思ったが………………間違いない…………これで……漸く……」

 

雲から覗いた月が、淡い光で受付嬢を照らす。

その輝きになにかを重ねたのか、とても眩しそうに目を細めて。

 

「この空の下に居られるのですか…………――――」

 

小さく唇を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「! マズイ!?」

 

その光景を見てペテルが叫ぶ。

大通りには、悪魔だけでなくアンデッドの大群が溢れていた。

ほとんどが西側から流れてくるあたり、確認するまでもなく発生源は共同墓地だろう。

 

「おいおい! こいつはマジでヤバいぜ!? 相手が多過ぎる……!」

 

見れば、他の冒険者・衛兵達が必死にこれ以上の進行を止めようと奮闘していた。

しかし、圧倒的に数で押し負けている。

1体を倒す頃には、既に3体は隣にいるのだ。

時間をかければかけるだけ、自らが劣勢になっていく。

時間が経てば経つ程、敗北の可能性は濃厚になるのだ。

アンデッドは放置しておくと、より強いアンデッドの発生を促してしまう。

弱いアンデッドの内に倒すのがセオリーだが、現状ではそうもいかない。

 

「ぎゃぁぁあああ!?」

 

「!? あ、兄貴ぃいいい!!」

 

「……っしょぉぉおおがぁああああああ!!」

 

また1人、また1人と見知った顔が死んでいく。

あの冒険者は以前、酒場でバカ騒ぎをしてた奴ら。

たった今、悪魔に喰われたのは前に世間話をした奴で…

 

「っ! こんな……こんな事が……許されて良い筈がないのである!!」

 

普段は寡黙なダインですらも、激昂するのは当然だ。

メイスを握り絞めた手から血が滴った。

その巨体から繰り出された一撃が、後ろにいた悪魔も巻き込んでアンデッドを吹き飛ばす。

 

「<マジックアロー>!!」

 

ニニャの魔法で、迫り来る死の群烈に穴が出来る。

僅かな隙を逃さず、彼らはダインに続いて前線へと躍り出た。

 

「っ! お前らは漆黒の剣の……」

 

「話は後だ! 今はアイツラを迎え撃つぞ!!」

 

「すまない!」

 

「礼はいりません! それで市民の方達は!?」

 

「既に避難誘導は終えている!! この先の大聖堂だ!!」

 

大聖堂の場所は、大通りを下った突き当り。

それはつまり――

 

「ここが最後の生命線か!!」

 

それがわかっているからこそ、彼らは死にもの狂いで戦っていたのだ。

皆が必死の形相で体を張って。

皆が決死の覚悟で命を懸けた。

 

 

既に一体どれ程の時間、戦っているのかも曖昧だ。

大通りに残る冒険者や衛兵の数は、多く見ても100人いるかどうか。

対する悪魔・アンデッドの数は、優に400はいるだろう。

誰もが満身創痍。

だからこそ魔法で消滅させたアンデッドにのみ意識をとられ、後ろから迫る2体の悪魔の存在に、疲弊したニニャは気付けなかった。

 

「ニニャ! 後ろだっ!!」

 

「!?」

 

慌てて振り返るも、既に悪魔との距離は体半分もない。

 

「……ぁ……」

 

「ニニャァアァアアア!!!」

 

 避けられぬ死の吐息を受けて、ニニャの体が石のように固まった。

アンデッドを斬り捨てたペテルの叫びが響く。

瞬間。

雷鳴の如き速度で飛来した、1本の『グレートソード』と、1筋の『黒い閃光』によって悪魔が消し飛ばされた。

 

「! あれは!!」

 

「っははは! タイミング良過ぎだろぉがよ!! 惚れちまったらどうしてくれるんだっての!!」

 

ソレを、漆黒の剣のメンバーは知っている。

 

その大剣の持ち主を!

あの魔法の担い手を!

 

大通りにいた者達全ての視線が、大剣と魔法が飛ばされて来た方向へと集まった。

 

「ここからは我々が引き受けましょう」

 

「運動不足だったからなぁ。肩慣らしにゃ丁度良いぜ」

 

「殿に若! 置いてくのは酷いでござるよー!」

 

片や、見事な全身鎧を身に纏い、大剣を担いだ漆黒の戦士。

片や、闇を思わせる魔力を纏った、スーツ姿の青年。

背後には、恐ろしくも偉大さを感じる魔獣まで連れている。

 

そんな存在は、唯一無二。

 

その名は――

 

「我こそ漆黒の戦士モモン」

 

「その相棒バトラ」

 

「……バトラさん!! モモンさん!!」

 

ニニャは喜びに溢れた声で叫んだ。

何時の間にか空は明るくなり、太陽が顔を出し始めている。

 

 

「「我が名を土産に、冥府へ還れ」」

 

 

昇る朝日が、2人の姿を照らした。

それが合図となって、大通りを駆ける。

モモンガの繰り出すグレートソードの剣戟で、幾体ものアンデッドが消え去り。

バトラの放つ魔法によって、幾体もの悪魔が消滅していく。

 

ほんの数分にも満たない間に、次々と、誰もが恐れた『死の具現』が蹴散らされていくのだ。

 

「あぁ……ぁぁ……!!」

 

誰かが声を震わせた。

まるで尊いモノを見たかの様に。

 

「……英雄……漆黒の英雄達だ……!!」

 

「お前達! ぼさっとしてんじゃないよ! 剣をとりな!!」

 

「彼らに続けぇ!」

 

「勝てる! この戦い…勝てるぞ!!」

 

体の震えも、恐怖を消えていた。

この場にいる彼らに共通するのは希望、そして羨望。

 

「大丈夫ですか、ニニャ!?」

 

「動けるであるか?」

 

「えぇ、すぐにでも!」

 

駆けよるダインとペテルの言葉に、ニニャは挑戦的な笑みで答える。

後ろに立つルクルットが口元を吊り上げて、バチンと背中を叩いた。

 

「なら……俺達ももう一暴れするか!!」

 

「……はい!!」

 

漆黒の剣も、他の者達に続いて戦場を駆ける。

 

生きる為に。

勝つ為に。

なにより…………あの英雄と並ぶ為に!

 

 

 

エ・ランテルの長い夜が今、終わりを迎えようとしていた。

 

 

 




第23話『夜の終わり』如何でしたでしょう。

今話はシリアス回です。
そして、山羊の皆さんのご登場。
お楽しみいただけましたか?

『ルキシェ』様、『亜姫』様、『やどかり教育者』様、ご感想を下さいまして、ありがとうございました。
『couse268』様、『yoshiaki』様、『炬燵猫鍋氏』様、『鬼さん』様、
『月輪熊』様、『ナナシ』様
いつもご感想をありがとうございます。

それにしてもUAの伸びが凄い!
このままだと10万UAも夢じゃないですねぇ……もしかすると……お気に入り記念の他にも…………?

それでは次話にて。
                                     祥雲


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誰かが望むものがある。
    ソレを為すのは自分自身?

誰かが望むものがある。
    ソレを為せるかは自分次第?

誰もが望むものがある。
    ソレを叶えるのは誰だろう?



大通りを歓声が包む。

たった今、最後の悪魔が倒された所だ。

 

「……ふぅ。流石にあのコの真似事は疲れるわね」

 

市民が避難している大聖堂。

その屋根の上に腰かけ、大きく伸びをする。

 

「私のスキルだと猿真似も良い所。……だけれど」

 

何処か楽し気な表情で、ベルンエステルは軽やかに立ち上がった。

 

「ふふ……いつか……また見たいわ。本物を」

 

そのままトンッと屋根を蹴る。

フワリと体が宙に浮かび上がった。

ベルンエステルの体が、足元から光る青色の蝶へと変わっては、溶ける様に消えていく。

 

「その内、挨拶に行くつもり。歓迎して頂戴ね。あんたの紅茶は楽しみだもの」

 

完全に消える前に、そう、ベルンエステルは呟きを残した。

誰もいない大聖堂の屋根には、人影などないというのに。

しかし。

 

「…………ぷっくっく! ……流石は大ベルンエステル卿。私如きの隠形など通用しませんか」

 

屋根の影から滲みだす様に一人の男が現れる。

 

口ひげを生やした執事服に身を包んだ男。

なにが嬉しいのか、口元に手を当てながら笑っていた。

 

「ゲストの期待に応えられねば執事の名折れ。心よりのもてなしをご用意いたしましょうとも ……」

 

男が不意に表情を正す。

真剣で、それでいて縋る様な表情。

 

「漸く……ですな…………漸く……」

 

眩しそうにしつつも、太陽の光に片手を重ねる。

 

「……お嬢様……」

 

 

 

長い夜が終わり、エ・ランテルに朝が来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

王都。

 

その名の通り、リ・エスティーゼ王国の中心都市だ。

最奥にあるのは王城ロ・レンテ。

華美という言葉とは余り縁がない、機能性を重視したこの城にも例外は存在する。

王族の住居が入る建物の中のとある1室。

『黄金』と称される王女、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフの自室も当然、含まれていた。

 

「……なにやら変な感じがしますね……」

 

豪華なカーテンを開きながら、ラナーは首を傾げる。

視界に映る景色は、先程から少しも変わりないというのに。

 

「まぁ、気の所為でしょう。すみません、誰かいませんか? 喉が渇いたのですが」

 

扉越しに給仕を呼ぶ。

だが……

 

「……誰もいないのですか?」

 

ラナーの声に反応して、扉を開ける者はいなかった。

いくら今が朝とはいえ、別段、不思議な事ではないのだが。

王侯貴族の屋敷や住居には、1日中交代制で給士がついているのが常。

それは勿論、この王城でも当たり前だ。

 

―……周りの給仕や護衛を全て始末したとでも? 扉は……

 

試しに扉を開けようとするも、扉はビクともしない。

窓も同様。

 

―脱出・救助は現時点では不可能……と。もし、私の命が目的ならこんな遊び心は見せないでしょうし……ふむ

 

仮に居住区内の衛兵といった存在、全てを始末出来たとする。

身柄が目的ならば既に攫われているだろう。

命が目的ならば、既に殺されているだろう。

肉体が目的ならば既に慰み者にされている筈。

 

―そうなると、目的は……

 

ラナーの頭は次々と思考を加速させていく。

この間、1秒となかった。

自分なりの考えがまとまったのか、落ち着いた様子で椅子に座る。

 

「まるで、私だけが世界から取り残されたみたいです」

 

「似た様なモノね。少しの間、特定フィールドごと対象を切り離せるの。1日の使用制限もあるのだけれど…気に入ったかしら?」

 

「っ」

 

その正面に、何時の間にやら少女が座っていた。

青い髪を指先で弄りながら此方を見ている。

 

「初めまして。あんたが評判の王女様ね?」

 

「……リ・エスティーゼ王国第3王女、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフと申します。気軽にラナーとお呼び下さい」

 

クスリと微笑んだ少女に対して、ラナーも同様に微笑みを返す。

 

「貴女のお名前をお聞きしても宜しいですか? 私だけ名乗るのは不公平です」

 

ぷくっと頬を膨らませながら言うラナーの言葉に、眼前の少女はパチパチと目を瞬かせた。

 

「……面白い。この状況で平静を見せ、尚且つ私に堂々と接するなんて……くす!」

 

ラナーの態度が気に入ったのか、少女は上機嫌に言葉を続ける。

 

「私の名は…………そうね。フレデリカとでも」

 

口ぶりからすれば、明らかな偽名。

しかし、偽名特有の違和感が微塵も感じられない。

 

―偽名とは思うのですが。それにしては名乗りの響きが自然過ぎますね

 

取り敢えず、疑問は置いておく事にしたラナーが口を開く。

 

「フレデリカとお呼びしても?」

 

「構わないわ」

 

「では、フレデリカ。フレデリカは一体私になんの用でしょうか?」

 

「特にないわよ」

 

「……はい?」

 

―聞き間違いでしょうか。 え? ない?

 

笑顔で固まっているラナーへ、もう一度フレデリカが答えた。

 

「ないわ」

 

「……ちょっと待って下さいね」

 

「えぇ。どうぞ」

 

律儀に相手の了承を得てから、顔を伏せる辺り、流石育ちの良さが伺える。

ラナーの頭脳が回転する。

答えを導こうと思考が巡った。

 

―目的を明かす気はない様子。しかも、御伽噺でしかない様な大魔法を行使出来るとアピールまで。ならば印象付け? そんな魔法詠唱者がいるという話は耳にした事がないですが……ラキュースからも聞いた事はありません。つまり王国外から来た? それでも噂にならないのは可笑しいですね。見た目は私よりも数歳若い。あ、尻尾可愛いですね。見た目も美人ですし。ふむ。これは…面白い。……もしかして、かの隠された十三外の英雄の生き残りですか!? 失われた英雄譚の原本には、今ではあり得ない規模の魔法を使う魔女や悪魔が記されていたとも聞きますし……

 

時間にして2秒程。

ラナーという人間の頭脳は、凡人を遥かに超える出来であった。

良くも、悪くも。

惜しくも、奇しくも。

 

「もしやフレデリカは、御伽噺の魔女さんですね!?」

 

「……は?」

 

ラナーが興奮した面持ちで、グイッと体ごとフレデリカに近づいた。

 

「王城の蔵書の中に、原本に限りなく近い英雄譚の写本がありまして! その中に暗号としていくつかの物語があったんですよ! 小さい頃に解いてソレを目にした時の感動は今でも覚えています! そうでなくとも、王国領では様々な伝承が残されていますし!!」

 

「……ちょっと近い。凄く近いわ」

 

身を乗り出したラナー顔面が迫る。

それを片手でフレデリカは押しのけた。

 

「あっ。こ、これは失礼しました」

 

すぐに我に返ったラナーが、恥ずかしそうに椅子へと座り直す。

コホンと咳払いをしても、若干赤らんだ頬は隠せていない。

フレデリカが呆れた様に目を細めた。

 

「……噂の王女様がどんな傑物かと思えば……」

 

「あ、あははは。これでも花も恥じらう乙女……という奴ですよ? えぇ。仕方ないのです。全ては若さ故の過ち…」

 

「小娘がなにを言っているのかしら?」

 

「? フレデリカの方が私よりもお若く見えますが?」

 

「魔女に歳を尋ねるものじゃないわ。根に持たれて呪われちゃうわよ」

 

「まぁ! やっぱり、魔女さんなんですね!!」

 

「あんたの言う御伽噺とやらの魔女ではないけどね」

 

ラナーの瞳が宝石の如くキラキラと輝く。

それはもう、眩しい位。

 

「私、本物の魔女さんにいつか会いたいと思ってたんです! 魔女ならきっと、私の事を理解してくれるでしょうから。ねぇ、フレデリカ? 聞いてもいいですか?」

 

「なに?」

 

「フレデリカは愛する人を、いつまでも自分の手元に置いておきたい。永遠に閉じ込めたいと思いますか?」

 

「……永遠に閉じ込める?」

 

「はい! 私の愛だけを与えて、私だけを見て、私だけが抱きしめる。他にはなにもいりません! そんな素敵な「ゲロカス以下ね。反吐が出る」……え?」

 

笑顔でラナーが固まった。

眼前のフレデリカの表情はただの無表情。

しかし、立場上様々な相手を見て来たラナーをもってして、身が竦む程の恐怖を感じさせる。

恐怖で笑顔が凍り付くのだと、ラナーは生まれて初めて知った。

 

「永遠の牢獄。一方通行の愛。全部、全部、全部。不愉快でたまらない。あんたは良いでしょう。でも相手は? そんな事を望むとでも?」

 

「なっ! クライムは……!」

 

「知ってる? 永遠の牢獄がどんなものか。出口のない迷路の怖さを…その恐ろしさを。……私は知ってるわ。えぇ。私達は知っている」

 

固まるラナーの頬に、フレデリカの手が添えられた。

ゾワリ、と。

ラナーの背筋に悪寒が走る。

 

「覚えておきなさい、人の子よ。人は愛がなければ生きられない。でもね、『愛』をはき違えてはいけないの」

 

パクパクと、口を開閉させるだけで、言葉が出せない。

結果としてラナーは無言だった。

 

「それは恋も同じ。言葉の意味を、想いの責任を。宿る重みを蔑ろにしてはならない。それだけは私達が認めない。なにを掲げようと、なにを望もうと。未来永劫、その理を曲げてはならない」

 

フレデリカの光の感じられない瞳の奥。

濁った憤怒の色が見えた気がした。

 

「これは忠告よ。魔女の気まぐれ。かつて人だった残り滓からの戯言に過ぎないけれど…………あんたは人だもの。よく、その意味を考えなさい」

 

指の感触が消える。

ラナーは思わず手を当てた。

まるで今も、頬をなぞられている気がしたから。

その熱が残っている。

 

「…………ぁ……」

 

一度も視線を外していないにも関わらず、幻の様にフレデリカの姿は消えていた。

だが、頬に残る熱が。

脳に残る言葉が、決して夢幻ではなかっとのだと、物語っている。

 

「失礼します。お呼びでしょうか、姫様」

 

後ろの扉から、女性の給仕が姿を見せた。

 

「…………」

 

「? 姫様? ラナー様?」

 

「あっ。えーと、なんでしょう?」

 

訝しんだ様子の給仕の二度目の呼びかけに、やっとラナーは反応を示す。

 

「なにかご用では? 先程、お声が聞こえましたが」

 

「そうでした。紅茶をいただけますか? 喉が酷く乾いてしまって……」

 

「畏まりました」

 

ラナーの言葉を受けて、給仕が扉を開けて奥へと消えた。

再び、ラナーだけが残される。

 

「…………」

 

無言。

ラナーの視線は、誰もいない正面の椅子へと注がれている。

 

「……私にはなにが見えていないのですか?」

 

その問いに答える存在はいない。

 

「姫様。お待たせいたしました」

 

「……ありがとう」

 

出された紅茶に口を付ける。

 

「……苦いです」

 

「!? す、すぐにおt「いえ。きっと、これで良いのでしょう」は、はぁ」

 

慌てる給仕を制して、ラナーは再び紅茶を飲んだ。

 

「……やっぱり苦い」

 

いつもと変わらぬ筈の紅茶なのに。

 

「……苦いなぁ……」

 

その味わいは、初めて感じる苦さだから。

 

「ふふ」

 

黄金と称された王女は笑みを溢す。

 

「でも……」

 

給仕の女性は扉の前に控えようと、背中を向けており、ラナーの表情を見られなかった。

それは幸運と呼べただろう。

なぜなら。

 

「……次はお友達になりたいですね。ふふふ……」

 

その口元は裂けんばかりに吊り上がり……歪められた悍ましい笑みだったのだから。

扉の向こうから、ノックと若い男の声が聞こえた。

瞬時にラナーの笑みが変化する。

 

「失礼します」

 

それは華の様な笑顔。

 

民草から『黄金』と称えられる王女ラナー。

 

彼女は今日も美しくそこに在る。

 

いつもの笑顔を張り付けて。

 

「会いたかったですよ。クライム」

 

 

彼が望み、彼だけに望まれた仮面を被るのだ。

 

 

 




第24話『問』お楽しみいただけましたでしょうか。

更新が遅くなりまして申し訳ありませんでした。
因みにこの話、何回か丸ごと書き直しております。
脇道にそれた話ですが、ご容赦いただきたく。

ご感想を下さいました『NAGI』様、『にゃん丸』様。
以前よりご感想をいただいております『yoshiaki』様、『月輪熊』様、『ナナシ』様、
                 『炬燵猫鍋氏』様、『鬼さん』様
誠にありがとうございます。

そろそろナザリック陣営が動き出す予定。
モモンガさんにはちゃんと一仕事待ってますけどね。
メインストーリーも大事ですが、サイドストーリーも楽しんで下さればと。
それでは次話にて。
                                   祥雲


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反逆の知らせ

知りたい事はなんですか?
    隠された世界の秘密

知りたい事はなんですか?
    隠された大事な時間

だけれど、考えてみて欲しい

知る事は本当に幸せな事ですか?



エ・ランテルに未曽有の大事件が起きてから、1日が経過していた。

 

決して少なくない犠牲・被害を被った城塞都市であったが、数多の冒険者や有権者の支援や尽力もあり、街は徐々に活気を取り戻しつつある。

そんな中で、2人組の冒険者の姿が人々の視線を集めていた。

 

注目の的の1人であるモモンガは、上機嫌に大通りを歩く。

 

「わぁ! お母さん見て! 漆黒の英雄さんだよ!!」

 

「まぁ。カッコイイわねぇ。あむあむ……んく……ぷはぁっ」

 

視界の隅に、何処かで見た事がある様な母子の姿があった気もするが、そんな事は今のモモンガには些細な事。

もし、此処が人通りのない所ならばスキップをしていたであろう程度には気分が高揚しているのだ。

遠巻きに見ている見物人達に、ヒラヒラと手を振り返す余裕すらあった。

 

 

―ふふふ! 遂に手に入れたぞ! ふふふふ!!

 

「……モモンさん。正直キモイ。なんかオーラがアレなんだけど。ピンクっつうか、紫っつうか……うん」

 

「ははは! ツレナイ事を言うなバトラよ! 今の我らは最下位の銅プレートではない! ミスリルプレートなのだっ!!」

 

「いや。渡された時は不満そうだったじゃんか」

 

「最初はそんなものだ! これから我らの大冒険が始まるぞ!! いっその事、ベルンさんも一緒n「うぜぇ」ぶらぁぁああ!?」

 

隣で顔を顰めながら歩いていたバトラも、我慢の限界だったのだろうか。

挙動が可笑しい全身鎧を蹴り飛ばすという暴挙に走る。

 

「落ち着いたか?」

 

「……はい」

 

モモンガは転がる…とまではいかないまでも、少し体勢を崩した。

鎧から煙が上がっている辺り、蹴りの威力もお察しだろう。

 

「あはは。いや、これから冒険者の仕事の幅が広がると思うと……つい……テヘッ」

 

モモンガはヘルム越しに頭を小突く。

コツン、ではなく、金属の擦れるゴツンという音が響いた。

 

「……その恰好でその動作はありえねぇだろ。まぁ、今のはナイスリアクションだったぜ。姫さんに送っとくわ」

 

「!! ま、待て! 早まるな!!」

 

「悪ぃ。もう送っちまった」

 

「嘘……だよな? ははは……今度も冗談なんだろ? ……冗談……ですよね?」

 

一瞬で冷静さを取り戻したモモンガが、カタカタと震えながらバトラへと手を伸ばす。

対するバトラはといえば、実に良い笑顔で伸ばされた手をスルー。

ポンっとモモンガの肩に手を乗せた。

 

「あはははは。心配するなってモモンさん」

 

「っ! それじゃぁ……」

 

「本気と書いてマジで送った☆」

 

結論として、救いはなかった様である。

 

―い、いやぁぁぁああああああ!? お願い!! ベルンさん、どうか見ないでぇぇえええ!! 

 

モモンガは内心で絶叫した。

先日のパレードといい、今回のリアクションといい。

自分でも部屋に閉じ篭りたくなる光景が、あの友人の手元に送られているという恐怖。

というか、バトラはどうやって撮影をしているのか。

そう考えたモモンガの脳裏に閃きが走る。

 

―そうだよ! 俺は今まで一度たりとも、バトラが何かしらの撮影手段を用いている所を見ていない! つまりブラフ!! ダウトだ!!

 

「……ふふふ。……甘いなバトラ。角砂糖位に甘い」

 

「ん?」

 

ニヤニヤしながら此方を見るバトラに、モモンガはビシっと指を突き付けた。

 

「お前の言動は俺の精神を削る為の虚言に過ぎない! なぜなら! あれだけの弄りネタ……ナザリックドS代表のベルンさんが何時までも放っておく筈がないからだ!!」

 

―どうだ! これでグウの音も出るまいよ!

 

「……」

 

「ははは。どうやら俺の勝ちの様だな」

 

バトラは無言。

モモンガはそのリアクションを勝利の証と確信した。

だがその確信は、儚くも崩れ去る事となる。

 

「……くくく……あはははは!!」

 

「!?」

 

「イッヒッヒ! 成程なぁ。確かに俺はそんな動作を見せてない。けどさぁ? それがなんで、『撮影出来ない』っていう証明になるんだ?」

 

「なん……だと……」

 

―なんだ……このバトラの自信は……!? いや、これすらブラフか? しかし……

 

モモンガは推理する。

だがいくら考えた所で、満足な答えは思いつかなかった。

 

「そんなに気になるんだったら、いっそ姫さんに確認したらいいじゃねぇか。ハッキリするぜぇ?」

 

「そ……それは……!」

 

―た、確かにその通りだけど! えぇい、ままよ……!!

 

モモンガは腹を括った。

 

「良いだろう。勝つのは俺だ」

 

ベルンエステルへと<メッセージ>を繋げる。

……物凄く恐る恐るだが。

 

『ベ、ベルン……さん……聞こえますか?』

 

『あら、モモンガさん。なにかしら?』

 

『じ、実はですね。えっと……その……パ、パレードとかの映像ってご存じだったりします?』

 

『……パレード? ……お遊戯会の間違いじゃないの? くすくす!』

 

『!? ま、まさか!?』

 

モモンガは、背中……ではなく背骨に冷たい感覚を覚えた。

 

『随分と可愛らしい乗り物があったものね。それになんだったかしら……我が名を土産に、冥府へ還れ? 冒険者生活が楽しそうで嬉しいわ』

 

『…………オワタ……』

 

どうやら先のバトラの発言は虚言ではなかったらしい。

脳内で、甲高い笛の音が鳴り響いている気さえする。

試合終了、コールドゲーム、ゲームセット。

いくつもの単語が頭に浮かぶが、要するにモモンガの敗北であった。

 

『くす。実は『漆黒の英雄モモンThe Movieプロジェクト』を今から立ち上げようと思うんだけど……』

 

『やめて下さい!? 恥ずかしさで死んでしまいます!?』

 

『もう死んでるじゃない。アンデッドがなにを今更』

 

『物理じゃないですぅ! 精神的な話ぃ! きっと大事なナニカぁ!』

 

『あ。さっきのポーズは中々良かったわ。パンフレットの表紙は決まりね』

 

『やめてぇえええ! あんなん、俺の威厳とか木っ端微塵ですよ!? チリッチリですよぉ!!』

 

モモンガの必死の説得が実を結んだのか、ベルンエステルは溜息をついた。

 

『そう……わかったわ。モモンガさんがそこまで言うのなら……』

 

『! わ、わかってくれましたか! 流石はb『前に披露してくれた、おねだり上目遣いに変更しましょう』ルンさんんん!?』

 

―馬鹿な! あの時、俺とベルンさん以外には誰も……っ! こ、この状況は……!?

 

モモンガは思い至る。

ベルンエステルに映像が届いているという現実。

先のバトラの自信。

誰もいなかった筈の場所で撮影される不可思議さ。

そう。

今、正にモモンガが直面している問題ではないか!

 

『ベルンさん……一体、どうやって撮影したんですか? あの時といい、今回といい。ベルンさんもバトラも、俺の傍にずっといました。そして撮影している様子も仕草もなかった! なのにどうやって!?』

 

『それは秘密。バラしちゃったら、モモンガさんの痴t……もとい、勇姿をナザリックの僕達に見せられなくなっちゃうもの』

 

『今、痴態って言いかけませんでした!?』

 

『気の所為よ……?……モモンガさん。今、なにか言った?』

 

『だから、今ベルンさんが……?……これは……あれ?……』

 

モモンガとベルンエステルの2人が同時に言葉を止めた。

なにか、<メッセージ>に紛れる様な音が聞こえたのだ。

酷くノイズがかっているが、良く聞けば声に思えなくもない。

 

『……も……し…………あ……せ……ん……』

 

―この声……シャルティアか?

 

だがすぐに聞こえなくなる。

気の所為かとも思ったが、入れ替わる様にして、アルべドからの<メッセージ>が繋がった。

 

『モモンガ様。お伝えしたい事が――』

 

『アルべド? どうかしたのか? 今、ベルンさんと話しているのだが……急ぎか?』

 

『はい。緊急を要するかと。そして、この通話にベルンエステル様もいらっしゃるのであれば好都合です。何処におられるか、わかりかねましたので』

 

―ん? という事はベルンさんはナザリックにいないのか? いや、それよりも緊急?

 

『なにかあったのか?』

 

この時のモモンガには、何処か驕りがあったのかもしれない。

だからこそ、次にアルべドから投じられた言葉は、信じがたいものであった。

 

『―――シャルティア・ブラッドフォールンが反旗を翻しました』

 

頭が言葉を理解するのにどれ位の時間が経ったのか。

1秒?

1分?

1時間?

それ程までに、アルべドの言葉はモモンガにとって衝撃だったのだ。

 

『……はぁ!?』

 

『…………』

 

やっとの思いで口に出来たのは、間の抜けた言葉のみ。

モモンガと同様に、アルべドの言葉を聞いていたであろうベルンエステルは無言だ。

 

 

さて。

 

ここで少し、時は巻き戻る。

 

 

物語を数ページ遡ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなのよ! この料理は! 全っ然っ、美味しくないわ!!」

 

甲高い女性の声が響く。

食堂にいた多くの目が、声の主へと向けられた。

一言で表せば美人である。

それも超が付く程の。

長い金の縦ロールを、煩わし気に掻き上げていて尚、その美しさは霞みもしなかった。

 

テーブルの上に並ぶのは、どれも最上級のものばかり。

エ・ランテルで一番の高級宿である『黄金の輝き亭』が誇るシェフが腕によりをかけた品々である。

見た目からすれば貴族の娘……といった所であろうか。

身に纏うドレスも、一目で価値あるものだと理解できる。

しかし、周りからすれば、彼女のテーブルに広がる料理はどれも見事としかいえないというのに。

それを『美味しくない』と騒ぎ立てるのならば、普段の食事は如何なるものになろう。

 

「もう、こんな街にはいたくないわ! すぐに出発の準備をなさい!!」

 

女性の背後に控えていた老執事が、精悍な外見に相応しい声音で言葉を投げかけた。

 

「しかし、お嬢様。今は既に夕刻。出立は明朝が宜しいかと」

 

静かでいて、力強い老執事の言葉。

だがそれは、癇癪を起した子供の様に振る舞う女性には届かなかった様だ。

 

「黙りなさい! 私が出立と言っているのだから、出立するの! 良い!? わかった!?」

 

「承知いたしました、お嬢様。すぐに出立の準備を整えたいと思います」

 

余りに理不尽な女性の物言いに表情を崩す事なく、老執事は姿勢を崩し、頭を下げた。

 

「ふん! わかったのなら、さっさと取り掛かりなさい、セバス!!」

 

女性は手にしていたフォークを投げ出した。

テーブルの上の食器とぶつかり、ガチャン!と音を立てる。

そして、貞淑とはお世辞にも言い難い足取りでダイニングを後にした。

完全に後ろ姿が見えなくなった所で、場の空気が緩む。

 

「皆様、お騒がせいたしました」

 

女性が立ち上がった拍子に倒れかけた椅子を直した老執事が、ゆっくりと他の客に対して頭を下げた。

その所作。

丁寧な口調。

とても品良く行われた老執事の謝罪に、嫌でも彼が仕えているであろう女性とのギャップが浮き彫りなる。

幾つもの憐みの込められた視線が向けられた。

 

「……支配人」

 

「はい」

 

そんな視線を意に介さず、老執事は扉近くに控えていた男を呼び寄せる。

 

「この度は失礼をいたしました。お騒がせしたお詫びという程でもありませんが、この場にいらっしゃる方々のお食事代は私の方で支払わさせていただきます」

 

思いもしなかった老執事の言葉に、驚愕する者、隠しきれない喜色を滲ませる者、熱い視線を送る婦人方、等々。

さっきまでとは別の意味で、場の空気が一変した。

この宿での一食の額は、オブラートに包んだ言い方をしても決して安くはない。

むしろ破格の金額だ。

それをこの場にいる全員分支払うという。

どれだけ低く考えた所で、一般的な平民の年収位はする筈だ。

ならば、その額を軽々しく払うと言う老執事が仕える家とは、一体どれ程の富豪であるのか。

しかも支配人の表情に動揺は見られない。

老執事の提案に、非常に丁寧に頭を下げる事で応えていた。

つまり。

このやり取りが初ではないという事。

事実としてこの一幕は、黄金の輝き亭で数日間繰り広げられている光景であった。

老執事は食堂にいた場違いな空気を纏っている男と会話を始める。

少しの間言葉を交わした後、男は食堂を出て行った。

 

 

 

「やれやれ。人というものは本来は素晴らしい生き物の筈なのですが……」

 

小さく老執事―セバスが呟くと、自分に近寄る男の存在に気付く。

 

「色々と……大変ですね。こんな時間に出立するだなんて」

 

男の名は、バルド・ロフーレ。

エ・ランテルの食料取引の元締めといっても過言ではない人物だ。

滞在中、なにかとセバスに声をかけてくる男でもある。

 

「これはバルド様」

 

「あぁ! いやいや! そんな畏まらないで下さい」

 

頭を下げようとしたセバスを、バルドは慌てて押し留めた。

城塞都市と呼ばれるエ・ランテルにおける食料取引というのは、存外馬鹿には出来ない。

王国の軍備の要でもあるこの都市は、一種の物流の収束地。

その中で武器商人と食料品を扱う商人達はかなりの権力を持っているのだ。

当然、バルドも街有数の権力者の1人に挙げられる。

にも関わらずセバスに何度もアプローチをかけてくるからには、なにかしらの理由がある筈である。

が、その接触も含め、セバス達の策に他ならない。

 

「しかし、セバスさん。アレは良くないと思うよ」

 

「……左様ですか?」

 

バルドの言うアレとは、先程までセバスが会話していた男―ザックの事だろう。

セバスも多少は表情を崩して答えた。

脳内で、この場での最適な受け答えを考えながら。

セバス達がザックを雇い入れた理由を、バルドに明かす訳にもいかない。

この都市を出る事は確定しているが、近い将来、バルドがナザリックに益をもたらす可能性も否めないからだ。

 

「そうかもしれませんね。ですが、彼の熱意をお嬢様が評価されましたので」

 

「それは……また…………なんとも」

 

セバスの完璧な作り笑いに、バルドは苦笑で返す。

恐らくバルドの中で、彼女の株は大暴落中に違いない。

汚れ仕事はいえ嫌な役を押し付けてしまったと、セバスは若干の心苦しさを感じた。

いくつかの言葉を交わしていく。

途中、バルドから信頼できる筋を紹介しても構わないという提案があった。

内容自体は魅力的であったが、今のセバス達では受けられない理由がある。

セバスが丁重に断ると、バルドはそうかい?と言って話を切った。

 

「折角のご親切を無駄にしてしまいまして、申し訳ございません」

 

「ははは。そんなに心配しないでおくれよ。正直言うとさ、恩を売っておきたいんだ。それが無理でも、せめて顔だけでもってね。どんな時でも商人として考えてしまう自分が時々嫌になるな」

 

バルドの言葉に偽りはないだろう。

セバス達の設定と、ここ数日の振る舞いを鑑みれば、セバス達の家とコネクションを作りたいと考えるのはなんら不思議ではない。

それがセバス達の狙いでもあったのだから。

釣り針の餌に食い付いた魚に、セバスは優し気な微笑みを向ける。

 

「バルド様のご親切。必ずやご主人様にお伝えいたします。商人としてだけでなく、個人としても私達を心配して下さる心優しきお方がいたと」

 

バルドの瞳が揺らぐ。

最初は喜び。

最後は驚きや照れといった具合か。

普通の人間では気付けない様な、一瞬の変化でも、セバスにしてみれば十分過ぎる時間だ。

 

「そ「申し訳ありませんが、お嬢様がお待ちですので。私はここで失礼させていただきます」……ふぅ……」

 

セバスに言葉を遮られたバルドは、溜息混じりに、別の言葉を続けた。

 

「……それじゃぁ、仕方ないね。セバスさん、またこの街に来たら是非、会いに来てよ。あのお嬢様がびっくりする位の歓迎をするからさ!」

 

「はい。その時は宜しくお願いいたします」

 

「またいずれ会おう!」

 

去って行くバルドの背中を見送る。

 

「……十人十色……という事ですか」

 

バルドの言動は、商人としての利益と打算あっての下心だけではないと、セバスは見抜いていた。

でなければ、あの様な言葉は口にしなかっただろう。

純粋に1人の女性と執事を心配する気持ちが垣間見えたからこそだ。

 

―フフッ……こういう人間が、弱き者を助けようとする人間がいるからこそ、私は人間を嫌いにはなれないのでしょうね

 

今度こそ、セバスは作り笑いなどではない爽やかな笑顔を浮かべ、気分良く食堂を出て行った。

 

 

 

 

 

数回のノックの後、セバスは室内へと入る。

 

「先程は失礼をいたしました、セバス様」

 

中で出迎えたのは、食堂で我儘な令嬢という役を見事こなしてみせたプレアデスの1人、ソリュシャン・イプシロンである。

 

「頭を下げる必要はありませんよ。貴女は仕事を果たした。それだけなのですから」

 

「しかし……」

 

「そうよ。実に見事な演技だったわ。思わず拍手しちゃいそうになったもの」

 

「「!? ベルンエステル様!?」」

 

声を認識した瞬間、セバスとソリュシャンが跪く。

まるで最初からそこにいたかの様に、至高の主の1人が備え付けのベッドに座っていたのだ。

楽にしなさいとの、ベルンエステル言葉で、2人は直立の姿勢へとシフトした。

 

「いや。もっと楽にして良いのよ? 隣、座る?」

 

「「恐れ多いです!! 私はこのままで!!」」

 

「そ」

 

軍人もかくや、というセバスとソリュシャンのリアクションにも慣れたもの。

ベルンエステルは、そこまで気にした様子もなく口を開いた。

 

「どう調子は? 魚は餌に食い付いた?」

 

「はい。大きいモノ、小さいモノ、どちらも大漁かと」

 

「間もなくシャルティア様が合流いたしますので。更なる成果も期待出来ましょう」

 

「ふむ……良くやってるわね。それじゃ、これは頑張り者へのご褒美よ」

 

ベルンエステルが指を鳴らす。

2人の手元に青いリボンのあしらわれた包みが現れた。

 

「こ、これは?」

 

「はわわわわ」

 

前者がセバス。

後者がソリュシャン。

自分達の崇拝する存在からの褒美に、2人とも動揺を隠せていなかった。

ソリュシャンは体がグネグネと脈動し、セバスも大きな変化はないものの、包みを握る手が僅かに震えている。

ベルンエステルはベッドからフワリと浮かび上がった。

 

「悪いけど、忙しいから戻るわ。じゃぁね。頑張りなさいな」

 

体の輪郭がブレたかと思えば、ベルンエステルの姿は消えている。

残された2人は、これ以上ない位慎重に、かつ丁寧に包みを解いていった。

例え袋1つ、リボン1つに至るまでだろうと、至高の御方より賜った褒美の一部。

ぞんざいに扱う等、ナザリックの僕にあるまじき行いだ。

たった1本のリボンを解く為に費やした時間は半刻。

それだけの時間を掛けてやっと、セバスとソリュシャンは袋の中身に対面する。

 

「……これは……」

 

「……本……でしょうか?」

 

現れたのは、革張りの厚手の本。

表紙にはなにも描かれていない。

 

「……では、ソリュシャン。同時に開いてみましょうか」

 

「は、はいっ」

 

セバスの言葉にソリュシャンは頷く。

 

「「っ」」

 

呼吸を合わせ、ページを捲る。

1ページはどうやら目次の様だ。

目次には次の様に書かれていた。

 

『異世界文字解読全集』

 

「これは……まさか……!」

 

「ベ、ベルンエステル様! なんと慈悲深い!!」

 

感動の余り、視界が歪む。

ベルンエステルの褒美とは、かの魔女が解いた異世界の文字の一覧といった内容が収録された本であった。

 

現在、ナザリックの僕が調査中である筈のソレを、あろう事か僕の為にと、労力を割いて下さったのだ!

 

そう解釈した2人の感動の涙を、誰が貶せようか。

 

ナザリックの僕たる自分達の為に、心優しい主君の見せた慈愛の情。

 

セバスとソリュシャンが、至高の御方々と崇める存在への畏怖の念を、より強固なモノとしたのは致し方ない。

 

 

感動に打ち震えながら2人は黄金の輝き亭を後にした。

 

 




第25話『反逆の知らせ』如何でしたでしょうか。

時間にしては殆ど進んでいませんが、物語は進みましたね。
この辺りは長いので、数話に区切らせていただきますが、ご容赦を。
お楽しみいただけていれば嬉しいです。

『白金』様、ご感想ありがとうございます。
『炬燵猫鍋氏』様、『亜姫』様、『月輪熊』様、『yoshiaki』様、『鬼さん』様、
続けてのご感想、誠にありがとうございました。

それでは次話にて。
                                   祥雲


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心の欠片

語り部はただ、文字を読む
     そこにあるのが真実だから

語り部はただ、文字を読む
     物語を伝えるのが責だから

語り部はふと、首を傾げる
     此れは誰が為の物語だろう



エ・ランテルより数kmの夜道。

 

そこを一台の馬車が走っていた。

手綱を握り、馬を操るのはセバス。

馬車の中にはソリュシャンが乗っている。

 

「シャルティア様って、思っていたよりも可愛らしいお方でしたね」

 

思い出すのは、合流した早々に任務の都合でまた離れてしまった階層守護者の姿。

ソリュシャンの言葉に、セバスも柔らかい声音で答えた。

 

「その様で。私も話をさせていただいて、色々と得るものがありました」

 

「次にお会いするのはナザリックの中か、シャルティア様のお部屋になりそうです」

 

そう言って、ソリュシャンは馬車の後ろの幕を開ける。

広がるのは闇ばかり。

暫く眺めていると、遠くで眩い光が見えた。

それは、御者台にいるセバスからも同様だったらしい。

 

「おや。中々に荒ぶっていらっしゃいますね」

 

「はい。予想外の収穫でもあったのでしょうか?」

 

天に届くかと思われた光は、少しの時間をもってから終息する。

 

「ナザリックに帰還した時にでもお聞きすれば良いでしょう」

 

「そうですね。今は満足そうにバタつかれている殿方のお相手を、集中する事にいたします」

 

この馬車にはセバスとソリュシャン以外に乗っている者はいない。

静かな時間が続くかと思われたが、突如、ソリュシャンの胸元から手が飛び出た。

 

「あらあら。お元気だ事」

 

皮膚はドロドロに溶けかけ、所々に肉の繊維が覗く。

もがく手が空を切る度に、ボタボタと粘着質な液体が馬車の床板に零れ落ちる。

 

「ふふふ。良い声です。このままゆっくり、私の中でお暴れ下さい」

 

ズブズブと音を立てながら、腕がソリュシャンの体内へと沈む。

僅かな波紋を立てる事すらなく、指先が消えた。

 

光届かぬそこは、深き淵に他ならない。

 

 

夜の世界は人の場所ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

「……誰でありんしょう?」

 

シャルティアは、見るからに不機嫌そうに問いかけた。

 

折角見つけた武技を扱えるブレインとかいう男には逃げ出され、自らの崇拝する偉大な支配者による策の一環かとも思えるユグドラシルのポーションを持っていた、ブリタという女は置いてきてしまった。

更には、スキル<血の狂乱>によって我を失った所為での暴走も含まれる。

良い所なしと言えば簡単だが、シャルティアの心情からすれば楽観できるモノでは断じてない。

失態に失態を重ねてしまったという思いが、重圧となって心に負荷をかけている。

故にこその低い声音と、歪んだ表情であったが、問を投げかけた相手はシャルティアとは対象的であった。

 

「くす。予想通りの展開ですね。こんばんは、吸血鬼。今宵は良い夜だとは思いませんか? 事件でも起こりそうな、良い夜です」

 

ニヤニヤとした笑みを張り付けたのは、1人の女。

フリルのついた可愛らしいドレスを纏い、頭には美しい華の髪飾り。

外見は自分と同じ位だろうか。

十代半ばから後半の少女。

クスリ、クスリと、笑いを絶やさない。

だが、なによりもシャルティアの苛立ちを募らせたのは、そのニヤついた笑みではなく少女の髪色である。

 

「……名乗りも満足に出来ない劣等風情が。その笑いも、その青い髪も。あの御方を辱めている様で気に入りんせん。……殺すぞ……?」

 

少女の笑み。

少女の髪色。

少女の表情。

どちらもシャルティアの視界に入る度、かの魔女の姿が脳裏にちらつくのだ。

眼前の人間如きに、偉大な御方を重ねてしまう自分への苛立ち。

そして、そんな不敬を何故か納得してしまいそうになる、自らの甚だしい思い違い。

様々な負の感情を込めた最後の言葉を受けて尚、少女の態度に変化はなかった。

 

「おぉ。怖い恐い。大丈夫ですか? カルシウム足りてますぅ? あ! 私は大丈夫ですよ。毎朝牛乳をしっかり飲んでますから。胸もちゃぁんと、ありますしぃ?」

 

「っ!!」

 

「くすくす。そんなに睨まないで欲しいですね」

 

ビキリ、と。

シャルティアの全身から軋む音が聞こえた。

今にも飛び出さんとする夜の住人の姿を前に、少女は変わらず立っている。

月に照らされ周囲が明るくなった所で、シャルティアは少女の背後になにかが落ちている事に気が付いた。

 

―落ち着くのよ、わたし。この様では、我が造物主たるペロロンチーノ様に顔向けが出来ないわ……でありんす。……ふぅ……

 

深呼吸を1つする。

 

「後ろのゴミはなんでありんしょう?」

 

「あぁ。コレですか?」

 

シャルティアの言葉に、少女は楽しそうに背後の死体をつま先で蹴り飛ばした。

 

「此処に来た時に偶然お会いしまして。いきなり絡んできたので、平和的に解決しただけです」

 

見れば男である。

心臓の位置に穴が空いており、なにが起きたかわからない、とでも言いたげな顔で事切れていた。

シャルティアの視線が死体から逸れる。

 

「さっきから不愉快な視線を向けてくる林の中の連中は、お知り合いかぇ?」

 

「いえ。ですが、こちらの方のお仲間だったそうですよ。私のお願いも快く引き受けてくれました」

 

「「「「……」」」」

 

ジロリと睨みを利かせてみれば、少女の背後から11人の男女が現れた。

内、1人の男で視線が止まる。

 

―あれは……強い……?

 

戦士が専業ではないシャルティアには、曖昧な感覚でしかわからない。

気に入らない少女も、大雑把には強いだろうとは感じられるが。

 

―プレアデス位には強そう……しっかし、男か女かもはっきりしない顔でありんすね

 

射干玉色の長髪は、地面スレスレまで伸びている。

鎧の見事さと、手にした槍のみすぼらしさがミスマッチだ。

 

「約束は守るな?」

 

「えぇ。勿論」

 

「ならば、良い。――使え」

 

男が冷ややかな声を発した瞬間、空気が変わった。

 

―どういう意味かはわかりんせんが……神器級アイテムだったら些か不味い……まぁ、あの2人以外は大した脅威にもなりんせんでしょ

 

少女以外が動き出す。

中心となっているのは、深いスリットの入ったチャイナドレスと呼ばれる代物を着込んだ老婆。

そう、老婆である。

 

―……うっ……

 

シャルティアも戦闘の前だというのに、思わず目を逸らしてしまった。

誰が好き好んで、シワシワの生足を見たいと思うのか。

だが、その行動こそが老婆の狙いだったのならば、大した役者だろう。

ゾワリ。

 

―っ!? あれは……不味い!!

 

階層守護者であり、ナザリック最高の戦力の1つであるシャルティアの体が震える。

今この時で、最優先で始末しなければならないのはあの老婆だと。

ガンガンと第六感とでもいうべき感覚が警鐘を鳴らすのだ。

何故かはわからない。

殺さなければ大変な事になると、シャルティアは本能で感じ取った。

 

「っ! 邪魔ぁぁぁあああ!!」

 

動き出そうとしたシャルティアの間に割って入った男を、本気で殴り飛ばす。

人間の体など、脆い豆腐の様に砕けさせる程の威力がある一撃。

にも関わらず、男は死んでいない。

勢いよく吹き飛びはしたものの、大したダメージを負った素振りもなく、戦意も萎えてすらいなかった。

 

―中々にやりんすな! でも、失態を挽回するチャンスに他なりんせんえ!!

 

「<集団全種族捕縛>!!」

 

シャルティアは老婆を中心に、捕縛系スキルを発動させる。

何人かを捕える事には成功するも、肝心の老婆は健在。

 

―ちぃっ! だったら……!?

 

更にスキルを発動させ様とした矢先、老婆が纏う衣服から光が迸った。

それは竜を形作りながら、シャルティアの体を包み込む。

 

―!!!!!!!

 

シャルティアの思考が、心が、想いすらも白く塗りつぶされていく。

まるで意識が身体から剥離するかの様だ。

 

―まさか!? 精神操作っ!? っざけるなぁぁぁああああああァァアアアア!!!!

 

アンデッドであり、そういった類への完全耐性を持つ自分が操られかけている?

シャルティアの残された心が、憎悪に染まった。

 

「ぎぃぃいいいいいいい!」

 

いくつもの最悪の想像を払う様に、絶叫を上げる。

血の涙を溢して尚、全霊をもって抵抗した。

 

―わたし……は……! ナザ……ク……第……者……! …………ン……ノ……様……の……!!!

 

しかし、そんな必死の抵抗を嘲笑うかの様に意識は染まりつつある。

僅かでも気を抜けば、即座に支配されてしまうという確信があった。

 

―ぐぅ……!! まだっ! まだ……りにはぁ……!!!

 

シャルティアの手に巨大な光の槍が現れる。

神話系属性が込められているソレは、属性が悪寄りだろうが大ダメージを与える事が出来るのだ。

更に発動に際して、追加でMPを支払う事で絶対命中という追加能力の付与が可能。

残された時間は少ない。

己を汚さんとする能力を行使した老婆を、シャルティアはギリっと睨んだ。

その老婆を守る様に前に立った、鏡を思わせる巨大な盾を構えた男など、既に眼中にはない。

ただあの老婆を殺さねば、必ずナザリックの害となる!

 

―ぁぁああああ゛ぁ゛ぁああああああ!!!!!

 

内心で、雄叫びとも悲鳴ともつかぬ声を上げながら、大きく振り被った。

 

そして――――投擲。

 

シャルティアの持てるスキルを、考えもせずにごちゃ混ぜに使用して、可能な限りで強化した一撃。

意識が薄れていようが、その効果は確かなものである。

加えて、シャルティアの矜持すらも込められた魂の一槍だ。

ソレが外れる道理は存在しない。

 

閃光と化した一撃が、盾をない物の様に貫通し、前に立った男ごと老婆を貫いた。

 

血反吐を吐き出し、地に崩れ落ちる2人。

集団が騒めく。

 

―……っ………………

 

 

その光景を最後に、シャルティアの意識は塗り潰される。

 

完全に意識が白く染まる寸前。

 

「グッド!」

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カイレ様! お気を確かに!!」

 

「なんでだ!! なんで傷が塞がらない!?」

 

隊員の1人が、倒れる老婆に回復魔法を行使するも、傷口は一向に癒えない。

慌てふためく隊員を余所に、この漆黒聖典の隊長である第1席次だけは別の所を見ていた。

視線の先には、ニヤニヤと此方を観察する少女の姿がある。

 

「まさか、此処まで貴女の言った通りになるとは……驚きです」

 

カイレが負傷し、それを守ろうとしたセドランの死亡。

そして、吸血鬼の登場まで。

 

この少女と遭遇した時に聞かされた予測通りになったのだから。

当初はなにを馬鹿なとも思ったが、この少女も見た目以上の化け物だったのだ。

先走った隊員の末路とを鑑みれば、十分、一考に値する。

 

「くす。この程度はなんの自慢にもなりませんがね。あぁ…お仲間の方は申し訳ありませんでした。まさか、あの程度の速度についてこられないとは思いもしなかったので」

 

「いえ。あの馬鹿の練度の低さと、相手を図る技量がなかった所為です。気にするだけ無駄でしょう」

 

「おやおや。結構、言いますね」

 

「私は事実を述べたまでです」

 

視線を外せば、死体となった仲間の姿。

僅か数刻の間に2名の死者。

1名の重体。

これでは到底、任務の続行は不可能だろう。

 

「それで……私達を見逃してくれるというのは、本当でしょうか?」

 

「勿論です。私の目的は果たしましたので。どうぞ、何処へなりと」

 

少女が嗤う。

警戒は崩さないが、現状では敵対する意思は見えなかった。

隊の質が下がった今、目の前の少女と、背後の吸血鬼を同時に相手するなど愚行が過ぎる。

選択肢は撤退の一択だ。

 

「……では、失礼します。二度と再会しない事を願いたいものです」

 

「お気をつけて。あと、あちらで吸血鬼を捕縛しようとされている方。止めた方が良いですよ?」

 

少女の指差す先。

動かなくなったシャルティアに、専用の拘束具を付けようとしている隊員の姿がある。

 

「!? ボーマルシェ! 触るな!!」

 

声を荒げるも遅かった。

ボーマルシェと呼ばれた男が、一瞬で細切りにされた。

ボトボトと、人間だったパーツが落下する。

 

「今のアレは無暗に刺激しなければ安全です。あの方みたく、不用意に接触すればわかりませんが」

 

少女は嗤う。

その笑みが、声が、表情が。

人間の形をした別の存在に見えて仕方がない。

 

「……各員。死体の回収後、カイレ様の手当てを続行。本国へ帰投する」

 

 隊長である彼の指示の下、漆黒聖典は撤収する準備を始めた。

その様子すらも、少女は興味深げに眺めている。

 

「それでは」

 

「えぇ。シーユーアゲイン、ハバ、ナイスディ」

 

準備を終え、最後に振り返れば、少女から聞きなれない言葉を送られた。

頭に僅かに残ったしこりを無視して、漆黒聖典達はこの場から遠ざかる。

その心に幾何かの恐怖を宿して。

 

 

残されるのは、少女とシャルティア。

片方は無言。

片方は笑顔。

 

雲に隠れていた月が顔を出す。

降り注ぐ月明りが、まるで舞台に上がった役者へのスポットライトの様だった。

 

「これから貴女も大変でしょうが、まぁ、私には関係ない事です」

 

少女の視線がシャルティアへと向けられる。

正確には、その頭上へと。

 

「それにしても、流石は我が主! この様なシナリオをご用意されるとは!! くす。あの骸骨さんは、考えもしていないのでしょうね。私の灰色の脳細胞が、そう告げています」

 

「えぇ。思い至りすらしないでしょう。だからこそ、私はやり遂げなきゃいけないの」

 

煌く星空を背後に浮かんでいたのは、ベルンエステルであった。

フワリと、少女の隣に着地する。

 

「あんたも、私の我儘に付き合わせちゃって悪いわね」

 

「滅相もございません! 我が主の望みは私の望み!! 何処へだって、何処までだってお供いたします!!」

 

「……くす。あんたのそういう所、私は好きよ?」

 

「ほほほほほ、本当ですか!? これで遂に相思相愛ですねっ、我が主ぃぃぃいいいいい!!」

 

「ほら、鼻水が垂れてるわ」

 

「だ、だっでぇぇええ゛」

 

「全く、世話の焼ける」

 

星と月が照らす中。

ベルンエステルは苦笑を溢しながらも、どこか嬉しそうに相手をしていた。

 

「……ねぇ。ヱリカ」

 

「ずびっ……な、なんでしょうか、我が主?」

 

「ありがとう」

 

ベルンエステルはそう呟く。

するとヱリカと呼ばれた少女は、今までの泣き顔が嘘の様に真剣な表情を見せた。

 

数歩、距離を空けて、スカートの裾を持ち上げながら礼をする。

 

「我が名はヱリカ。時に真実を暴く魔女であり、時に真実を解く名探偵。そして、我が主たる大ベルンエステル卿が一の駒! この身、この脳、この命。全てが我が主の為にございます。どうぞ存分にお使い下さい」

 

驚く程に麗しく。

驚く程に美しく。

月光のスポットライトを浴びて、今宵、表舞台にまた1人の役者が増えた。

 

「くすくす。やっぱりあんた、変なコだわ」

 

「がーん!? そんなぁ、我が主ぃぃ!! 今の私、結構キマッてましたよね!?」

 

「えぇ。私の心を撃つ位には」

 

「っ! わ、我が主ぃぃぃいいいいい……」

 

「くす。ほんと……馬鹿ね……ふふ……」

 

 

これが遡った物語の数ページ。

 

 

闇に隠された1つの真実。

 

 

魔女のシナリオの意味を、魔女の真意を。

 

 

 

モモンガも誰も――――いまだ知らない。

 

 




第26話『心の欠片』如何でしたでしょうか?

今話で物語は元の時間軸へと戻ります。
ベルンエステルの不穏な動きが表面化しました今回。
まさかの展開となりましたね。
予想された方はおられましたか?
賛否が別れそうで非常に怖いですが、物語の大事な仕込みです。
先の物語に免じて、どうかご容赦下さい。

さて。
『伊倉 一山』様、ご感想等をありがとうございました。
いつもご感想を下さいます『ながも~』様、『鬼さん』様、『アズサ』様、
             『ナナシ』様、『月輪熊』様、『炬燵猫鍋氏』様、
誠にありがとうございます。

色々な意味で、物語の山場が近づいておりますね。
今後の展開もどうかご期待下さればと。
ご感想等、お気軽にお待ちしております。
1つ、作者からのお願いが。
今後からで構いません。
物語の評価を下さる場合は、同時に一言コメントもいただきたいのです。
読み手の皆様の中で、なにが良かったか、なにが悪かったか。
作者が知る手助けとなりますので。
お手数でしょうが、何卒、お願いいたします。
それでは次話にて。
                                    祥雲


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背中を押して

映る世界を教えて下さい
     はっきり今が見えますか?

映る世界を教えて下さい
     はっきり己が見えますか?

映る世界を教えて下さい
     はっきり影がありますか?



モモンガは急遽ナザリックへと帰還していた。

玉座の間へと向かう廊下には、モモンガを含め、ベルンエステル、アルべドの姿がある。

 

 

「状況はどうなっている?」

 

「はい。モモンガ様。既に最後にシャルティアと接触したであろう、セバス・ソリュシャンの両名に聴取を終えております」

 

「という事はセバス達は反逆していないのだな?」

 

「私の見た限り、気配や素振りはございませんでした」

 

「ならば…っと、続きは中でだ」

 

重厚な扉を開く。

玉座へ向かいながら歩を進め、話の続きを切り出した。

 

「さて、セバス達からの情報を教えて貰おう」

 

「はい。昨夜にエ・ランテルを出立し、野盗と遭遇。その後にシャルティアは残党の捕縛の為、アジトと思われる場所に向かったとの事です。その間不審な点はなく、至高の御方々への忠誠を口にしていたとか」

 

「ふむ」

 

―つまり同じ場所にいた事が要因ではない訳か。別れる直前までは普段のシャルティアに思える

 

「なるほど。それ以降に反旗を翻すなにかがシャルティアにあったという事だな」

 

「恐らくは。シャルティアが連れていた2体の吸血鬼の花嫁は滅びておりますので、確信は得られませんが」

 

―いくらレベルが低いとはいえ、この世界では十分な脅威の筈……それが滅ぼされたって事は、相応のなにかが起きたという証明になるな

 

「そうか。では私の方での出来事も大雑把に伝えておこう」

 

階段を登りながら話を続ける。

冒険者としての活躍や、森の賢王という巨大ハムスターを従えた事など。

語れる部分を語り終えれば、アルべドが頭を下げた。

恐らくは了承の意味だろう。

ここで、今まで会話に入って来なかったベルンエステルへと意識が向いた。

 

「そういえばベルンさん。あの<メッセージ>の時、なにかしてたんですか? ナザリックにいなかったみたいですけど」

 

「ちょっとね。今後の為の下準備とか、色々よ」

 

「あ。例の件ですね。各国への情報収集の目途は立ちました?」

 

「えぇ。取り敢えず挨拶程度にだけど接触出来たのが少し。どれも結構な地位っぽいから役に立ちそうだわ」

 

「おぉ!」

 

ベルンエステルには情報の少ない法国と、各国の権力者への対応を考えて貰っていたのだ。

モモンガも冒険者としての地位を上げて、まずは王国内のパイプを作ろうと考えている。

セバスやデミウルゴス達にも同様の命令を与えているが、もしもの保険・情報の入手経路は多いにこした事はない。

 

―流石、ベルンさん。この短期間で1人なのに成果を出すなんて! 姐さんパネェぜ

 

「ほら、お喋りはここまでよ。今はやる事があるでしょう?」

 

「そうですね。事が終わったら聞かせて下さい」

 

モモンガは意識を切り替える。

何故わざわざ玉座の間へと足を運んだのか。

この場所でなければならない理由があったからである。

 

「マスターソース・オープン」

 

規定の言葉を唱えればコンソールにも似た半透明の窓が現れる。

細かくタグで仕切られ、無数の文字が書き込まれていた。

これはナザリックの管理システム。

24時間毎、つまりは1日単位での維持コストが詳細に書かれており、他にも現在の僕の数や種類、稼働中の罠といった情報を閲覧・管理出来る機能だ。

ユグドラシルの時代では場所を問わずに使用可能だったが、異世界に転移後は玉座の間でしか使用が不可能となっている。

 

―多分、この場所がナザリックの心臓ともいえるからだろうけど……いちいち来なきゃいけないのは面倒だなぁ。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがあるから良いんだけどさ

 

そんな事を考えながらも、モモンガは慣れた手つきで操作を始めた。

開かれたのはNPCのタグ。

記されているのはギルドメンバー達と作り上げたNPCの一覧名簿だ。

表示順を名前順からレベル順へと直す。

視線を上から動かして―――すぐに止めた。

 

「はい。この様になっております」

 

名簿の一覧は白い文字で書かれている。

しかし、一か所だけ黒かった。

数多の名が連なる中、シャルティア・ブラッドフォールンの名前だけが黒い。

 

―……馬鹿な……こんなの……あり得る筈がないっ!?

 

モモンガは何度も名簿を見直す。

瞼があったなら、何度も擦っていた事だろう。

それ程に信じ難い現実。

 

「……死亡か?」

 

どうしても諦めきれず、自分でも意味がないと理解出来る言葉を口にする。

転移による影響でマスターソースの様に、文字の色も変化したのではないか?

そう、期待して。

だがアルべドの放つ事実は、何処までも残酷であった。

 

「いいえ。死亡の場合は文字が消え、一時的な空白になります。これは紛れもなく、反逆の意味を指しているかと」

 

「……そうだよな」

 

―でもアルべドの言葉は微妙に意味が違う。あれは……でも…………あり得ないだろう

 

内心でモモンガはそう、吐き捨てる。

あの変化は第三者による精神支配を受け、敵対行動を取ったNPCへの表示なのだから。

 

―シャルティアは俺と同じアンデッドだ。精神作用は無効化される。なら、まだ俺への不満とか、あり得ないけどベルンさんが嫌いになったとか。他の組織で今よりも良い条件を出されたとか。そんな理由ならわかるけど……もしかして!

 

『ベルンさん。これは異世界特有の存在。又は現象によるものという線もありますよね?』

 

モモンガは、ベルンエステルへ<メッセ―ジ>を繋げた。

思い出すのは<武技>や<生まれながらの異能>という、ユグドラシルにはなかった要素。

ソレ等の中には、アンデッドの精神にも影響を及ぼすものがあるのではないだろうか?

 

『十分にあり得る可能性ね』

 

『っ! なら『でも、もう1つ。モモンガさんが良く知ってる可能性が残っているわ』え?』

 

モモンガの予想を否定せず、ベルンエステルは別の答えがあるという。

 

―俺が良く知っている?

 

『例えばモモンガさんの嵌めている指輪。それはなに? なにが使える?』

 

ベルンエステルの言葉に視線を指に落とす。

どれも耐性付与効果といったもの。

その中で、なにかを使用する為の指輪はただ1つ。

 

―っ! 超位魔法 <星に願いを>! これなら! ……でも待て。まだ、なにかを見落としてる気が……?

 

『その指輪は超位魔法の発動が出来るわね。なら、モモンガさんのお腹のソレは? 玉座の後ろの馬鹿デカイ樹は……なんだったかしら?』

 

『っ!? まさか!?』

 

この瞬間、モモンガの心に凄まじい衝撃が走った。

 

―世界級アイテム!!! そうだ……なんで思いつかなかったんだ!? この世界にユグドラシルのアイテムがあるのは確認済み! その中に世界級アイテムがあっても可笑しくはなかったのに!!!

 

固まるモモンガ。

そうとも知らないアルべドは、現状で一番効率の良い提案を投げかける。

 

「モモンガ様。急ぎ、シャルティア討伐隊を編成される事を進言いたします。指揮官は私。お許し下さるのであれば副指揮官にコキュートス、マーレの選抜を考えております」

 

「……待つのだ、アルべドよ」

 

アルべドの選抜なら確実にシャルティアを抹殺出来る。

正に完璧な布陣。

だがそれは――シャルティアが本当に自らの意思で反旗を翻したらの話だ。

今はシャルティアを救う事こそが本題。

なんにせよ、まずは確認をしてみなければ。

全てはそれからである。

 

「シャルティアの所在は掴めているか?」

 

「申し訳ありません。シャルティアがナザリックを攻め入る事を考え、シャルティア直轄の部下の拘束と防衛強化を優先しておりました。所在は未確認のままです」

 

「そうか。ならばアルべド。お前の姉の所へ向かう。シャルティアの居場所を掴み、確認しなければならない事が出来た」

 

「はっ」

 

 

目指すはナザリック地下第五階層。

 

ホラーマニアのタブラが、己のホラー愛を注ぎ込んだ恐怖の館。

 

氷結牢獄である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはモモンガ様、ベルンエステル様! あ、可愛い方の妹も、ご機嫌よう」

 

「久方ぶりだな、二グレドよ」

 

「暫くね」

 

「姉さん、お久しぶりです」

 

「……あら? アルべド、少し太った?」

 

「っ!?」

 

 手渡された人形を、大事そうに揺り籠へと寝かした二グレドが振り向く。

後ろでアルべドが見せられない表情を浮かべている気もするが、モモンガは見なかった事にした。

二グレドはタブラ・スマラグディナが作りし三姉妹の長女だ。

スタイルや髪色はアルべドと良く似ている。

顔立ちも恐らくは似ているのだろう。

皮がなく、表情筋が剥き出しな為、正確な事は言えないが。

 

アルべドがタブラのギャップ萌えの体現であるならば、二グレドはホラー要素の体現。

此処に来るまでのギミックも含め、正直な所、不気味さしか感じられない。

初めて訪れた時はモモンガだけでなく、過半数のギルドメンバーが悲鳴を上げた程だ。

 

「ちょっ、姉さん。それ本当!? 何処? 何処!? このままじゃモモンガ様に「それで本日はなにを?」」

 

どうやら姉妹の力関係は、姉の方が強かったらしい。

アルべドをスルーしてニコリと笑顔を浮かべた……と思われる。

 

―笑顔……だよね? 怖いけど、笑顔だよねっ!?

 

「あ、あぁ。実はお前に頼みたい事があって来たのだ。お前の能力を借りたい」

 

「私の能力ですか? 対象は生物の方でしょうか? それとも無生物の方でしょうか?」

 

二グレドの言葉にモモンガは迷った。

 

―アンデッドって……生物? 一応、生きて………生きて? ……いや死んでる……か?

 

これ以上は思考が堂々巡りしそうだったので、素直に言う事にしたモモンガは悪くない筈だ。

 

「目標はシャルティア・ブラッドフォールンだ。出来るな?」

 

「階層守護者をですか? 可能ですが、何故?」

 

「私からもお願いするわ。出来れば急ぎで」

 

「……お任せください!! 即座に開始いたします!」

 

二グレドの疑問も当然ではあるが、モモンガとベルンエステルのダブルコンボで、彼方へと吹っ飛んだ様である。

胸元で小さく拳を握り、気合いを入れる仕草をする。

 

「お願いね、姉さん」

 

更に親指を立てる事で、妹の声援への返答とした。

二グレドはナザリックでも最高位の魔法詠唱者。

情報収集・調査系に特化し、ナザリックの防衛の要の1人でもあるのだ。

だからこそ、シャルティアの捜索には適任だった。

時間にして数秒。

複数の魔法を展開した二グレドがピクリと震える。

 

「発見いたしました。モニターに表示します」

 

<水晶の画面>という魔法を使ったのだろう。

モモンガ達の前に浮かび上がった画面には、何処かの開けた森が映し出された。

木々の中にポツリと、人影が確認出来る。

 

「見事だ、二グレド。ピンポイントで標的を捉えるとは、私でも出来るかどうか。流石は特化がt!?」

 

称賛の言葉を送ろうとしたモモンガの口が閉ざされた。

映し出されたのはシャルティアに間違いはない。

しかし、血に濡れた様な深紅の鎧。

白鳥を思わせる面開きの兜。

片手にはスポイト型の巨大な槍が握り締められていた。

その装いこそ、ペロロンチーノが作り上げた守護者最高戦力。

紛れもないシャルティア・ブラッドフォールンの完全戦闘形態であったのだ。

 

「アレはスポイトランス! ペロロンチーノ様が与えた神器級マジックアイテム!!」

 

アルべドの驚愕も無理はない。

神器級アイテムはそれだけ貴重だ。

ユグドラシルでは100レベルプレイヤーの中ですら、神器級アイテムを持っていない者も珍しい話ではなかった。

最盛期に上位10ギルドに数えられた、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーは例外。

だがそのギルドメンバーでも、NPC達の装備分までは揃えていない。

せいぜいが1つ、2つを持たせる程度。

中でもペロロンチーノが作成したスポイトランスの性能は破格だ。

攻撃力も高い上に、与ダメージの数%の体力回復効果がある。

あの槍はその効果を極限まで特化させた、ペロロンチーノ自慢の逸品。

 

「すぐに向かうぞ。ベルンさんもご一緒してくれますか?」

 

「構わないわ」

 

「お、お待ち下さい! シャルティアが武装を整えている以上は戦闘が予想されます。御身の盾となる者達の選抜をしなくてはっ!!」

 

「そんな時間はない。もしもの場合はすぐに撤退すればいいだけ」

 

『おーい、モモンさん』

 

アルべドに言い切る前に、バトラからの<メッセージ>が届く。

念の為にエ・ランテルに残してきたが、あちらでもなにかあったというのか。

 

『どうしたんだ? 問題でも起きたか?』

 

『なんか組合のお偉いさんがお呼びだぜ。なんでも、大森林の外れにとんでもなく強い吸血鬼がいるんだと。その討伐依頼のご指名がかかってる』

 

『なにっ!?』

 

モモンガは再びモニターに視線を移す。

 

『容姿や特徴は聞いているか? 銀髪だとか、深紅の鎧だとかは!?』

 

『落ち着け、モモンさん。今来てんのはただの使いらしい。詳しくは組合の建物で話すってよ。もしかしなくても、これはチャンスだろう?』

 

『……なるほど! 待っていろ、すぐに行く!』

 

『りょーかい』

 

モモンガは<メッセージ>を終える。

映像から判断しても、シャルティアがいる場所は何処かの森林だ。

 そしてバトラの下へ届けられた討伐依頼。

タイミングと対象の出現場所からして、十中八九シャルティアに違いない。

 

「ベルンさん。俺は一度エ・ランテルへ戻ります。アルべド。シャルティアには監視を送り込んでおけ。接触は避ける様にな」

 

「畏まりました」

 

「……なるほど。そういう事ね」

 

恐らくベルンエステルにも、バトラからの<メッセージ>が届いたのだろう。

モモンガを止めようとはしなかった。

 

「組合の方での確認が出来次第、シャルティアの下へ向かう。……ベルンさん、この場を任せても構いませんか?」

 

「えぇ。いってらっしゃい」

 

―……っ

 

「はい! 行ってきます!!」

 

何気ないこのやり取りが、モモンガの心を一層震わせる。

 

今は一秒でも早く。

コンマでも速く、シャルティアを救うのだと。

 

頷き、願い、祈りを込めて。

 

 

モモンガは地表近くへと転移した。

 

 




第27話『背中を押して』如何でしたでしょうか?

山場への繋ぎのお話ですね。
大した盛り上がりのない今話……
しかし! シリアス+短めな分、いくつか落とし物がございます。
どうぞ考察にご使用下さい。

『亜姫』様、『ながも~』様、『鬼さん』様、『yoshiaki』様、『ドミニコ・トモン』様、『ナナシ』様、『月輪熊』様、『炬燵猫鍋氏』様
いつもながらご感想を、ありがとうございます。
それでは次話にて。
                                    祥雲


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救う心

思い出すのは笑い声
    楽しそうな、その音色

思い出すのは叫び声
    悔しそうな、あの音色

思い出すのは君の声
    嬉しそうな、ありがとう



数刻後。

 

モモンガは森の外れに立っていた。

目の前は崖。

隣にはベルンエステルの姿。

あの後、モモンガは組合で謎の吸血鬼――要はシャルティアの討伐依頼を任されている。

 

「……」

 

思い出すのは、ここに来るまでに自分が行った……いや、命じたが故の顛末。

なんの恨みをない冒険者チームを、ナザリックの僕に始末させたのだから。

他でもない、自らの意思で。

他でもない、自らの選択で。

 

―ふふ。俺はもう、人間じゃないんだな……それに臆病者だ

 

モモンガは内心で苦笑した。

この地点はシャルティアがいる場所から2km程の場所。

理由は単純。

警戒の為だ。

何処にシャルティアの精神を操作した存在がいるかの確証がない以上、慎重にならざるをえなかった。

 

「ん。了解よ」

 

意識を隣に向ければ、<メッセージ>を受け取ったであろうベルンエステルと、視線が交わる。

 

「アウラとマーレが配置に付いたわ。もし襲撃にあって、敵の数が多ければ撤退で良かったかしら?」

 

「はい。助かります。……すみません、ベルンさん。細かな指令を代わって欲しいだなんて」

 

「これからモモンガさんは、大事な正念場があるもの。これ位どうって事ないわ」

 

「ホント……ありがとうございます」

 

風が吹いた。

モモンガの着込んだボロい服が揺れる。

普段とは余りにも違う装い。

準備したアイテムの数々も、普段ならば決して使用を考えなかった代物ばかり。

 

「ベルンさん」

 

「なに?」

 

「俺……これからシャルティアを殺すんですよ」

 

「…………」

 

「この指輪を……<星に願いを>を使えば、シャルティアの精神支配が解けるかもしれないのに…… 所持している世界級アイテムもそうです。使用回数や、切り札が惜しいからって、友人の――ペロロンチーノさんの娘を殺すんですよ? ははっ。酷い話ですよねぇ」

 

そう。

 此処に来る前に一度、モモンガはシャルティアの下を訪れていた。

言葉をかけても反応はなく、触れても反応しない。

壊滅したという冒険者チームの事を考えれば、シャルティアが戦闘を行う鍵は敵対する意思の有無だろうと予測出来る。

ならば被害のない段階での解決が望ましいのは当然だ。

解決の手段があり、糸口も掴んでいる。

なのにモモンガにはソレが出来なかった。

心が騒めく。

罪悪感しか感じられない。

 

「でも「いい? モモンガさん。良く聞きなさい」……ベルンさん?」

 

心の暗い感情を吐露していたモモンガをベルンエステルの言葉が遮った。

 

「なにもモモンガさんは悪くないわ。あの墳墓の全てが貴方にとって大事なモノ。それに順列を付けろだなんていう方が酷い話だもの。えぇ。酷い話よ」

 

ベルンエステルはモモンガの正面まで歩く。

手を伸ばして、モモンガの剥き出しの頬骨を撫でた。

 

「だから、貴方が気に病む事はない。悪いのは別にいる。今はわからなくても、いつかわかるわ。来たるその時まで――その憎悪を忘れないで。貴方の心は間違いなく、優しい人間よ。貴方の宝を、貴方の想いを大事にしなさい」

 

「ベルンさん?」

 

ベルンエステルの表情は変わらない。

だがクスリと小さく笑うと、バシンとモモンガの前頭骨を叩いた。

 

「わっ!?」

 

「くす。ほら、シャキッとなさいな。貴方はシャルティアを『救う為に』来たのでしょう? 湿気た面の王子様なんて、きっとあのコも願い下げだわ。ヒーローは何時でもどんな時でも、大胆不敵でないとね」

 

きっとコレがベルンエステルなりの、モモンガへの気遣いに違いないのだろう。

不思議とモモンガの心を覆う霧は晴れていた。

 

「ありがとうございます、ベルンさん。俺……必ずシャルティアを助けますっ!!」

 

 

囚われのヒロインを救う為。

 

 

白骨――ではなく、白馬の王子となる為に。

 

 

気合いを十分に、モモンガは動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……始まったか」

 

遠くに巨大なドーム状の立体的な魔法陣が見える。

いよいよモモンガとシャルティアの戦闘が開始されたのだろう。

一度だけ意識を向けて、ベルンエステルは迷いなく森の奥へと進んでいった。

暫く進んだ所で立ち止まる。

 

「今、ナザリック全ての関心はモモンガさん達に向けられているわ。だから誰にも見られない。誰も気が付かない。安心して頂戴」

 

ベルンエステルの言葉が森に響いた。

すると。

 

「お待ちいたしておりました、ベルンエステル卿」

 

目の前に1人の少女が現れる。

黒いストレートの長髪に紅い瞳。

綺麗な礼を1つして、ベルンエステルの前に立っていた。

 

「久しぶりね。妹達は元気かしら?」

 

「はっ! 時々殴りたくなる位に元気です」

 

「そう。あんたが道案内をしてくれるの?」

 

「はいっ! 不肖、このルシファーがお連れさせていただきます。どうぞこちらへ」

 

ルシファーを先頭に、木々の間を行ったり来たり。

少しすると広い場所に出る。

辿り着いたのは豪華な屋敷だ。

庭には薔薇が咲き誇り、見事な美しさを誇っている。

視線を扉の方へと向ければ、背筋を真っ直ぐ伸ばした執事の姿があった。

 

「九羽鳥庵へ、ようこそお出で下さいました。数日ぶりでしょうかな?」

 

「そうね。私のリクエストは覚えてる?」

 

「ぷっくっく! 勿論でございます。庭の薔薇を使った紅茶と、焼き立てのスコーンのご用意が。それと……奥の部屋でお嬢様がお待ちです」

 

「……案内して」

 

「こちらです」

 

執事が扉を開ければ、広々としたロビーが姿を見せる。

正面には1枚の絵画が掲げられていた。

 

「まだ、持っていたのね」

 

「はい。あの方のお気に入りでございましたので」

 

執事の後ろをベルンエステルは歩く。

左右にある半円の階段の内、右の階段を登りながらその絵を凝視した。

場所は何処かの庭園だ。

丸いテーブルには色とりどりの菓子が並び、それを囲う数人の魔女が茶会を開いている様子が描かれている。

その中の1人は、間違いなくベルンエステル自身であった。

カツカツと、廊下を歩く音だけが響く。

いくつかの角を曲がった先の一室で、執事は立ち止まった。

 

「お嬢様。ロノウェにございます。ベルンエステル卿がおみえになりました」

 

「どうぞ。お入り下さい」

 

「失礼いたします」

 

扉の奥から聞こえたのは若い女の声。

ロノウェと名乗った執事が扉を開ける。

 

「……」

 

ベルンエステルは無言で部屋へと入った。

 まず目に飛び込んできたのは、莫大な数の黄金のインゴット。

その輝きに隠れる様に、隣にある天幕付のベッドに腰かける女の姿があった。

女は立ち上がると、小さく笑みを浮かべる。

悲しそうな、嬉しそうな、……儚げな笑顔を。

 

「……お久しぶりです……と、言うべきなのでしょうか?」

 

「……いいえ。初めましてよ」

 

ベルンエステルが口にしたのは否定の言葉。

だが女はその言葉にホッとした様に、目尻を下げた。

 

「お心遣い、感謝いたします」

 

スカートを指先で持ち上げながら礼をする。

 

「ようこそお越し下さいました、大ベルンエステル卿。貴女様の事は皆から伝え聞いております」

 

金の髪と、サファイアの如く蒼い瞳。

その美しさも顔立ちも、ベルンエステルの記憶の中と変わらない。

だが、見た目だけだ。

放つ雰囲気が。

放つ言葉が。

自分を見る表情が。

軸からして異なっている。

 

「私は――2代目の黄金の魔女ベアトニーチェ。この時が来るのをお待ち申し上げておりました」

 

ベルンエステルはなにかを噛み締める様に瞳を閉じた。

 

「……そっか。あのコは逝ったのね」

 

「はい。今より200年は昔の事でしょうか。私は先代が遺されたバックアップデータを復元しただけの模造品。貴女様や先代の言う所での、NPCに近いモノです」

 

ゆっくりと瞼を開く。

 

「詳しく聞かせて」

 

「是非もありません、あちらでロノウェがお茶の準備をしてくれています。テーブルへどうぞ」

 

促されるままにテーブルへ向かう。

既に待機していたロノウェに椅子を引かれながら、腰を下ろす。

手元に、とても良い香りを放つ紅茶が置かれた。

ベルンエステルはそっと口をつける。

フワリと、薔薇の香が広がった。

 

「……美味しい」

 

「ありがたきお言葉ですな。さぁ、お嬢様もどうぞ」

 

「ありがとう、ロノウェ。……んっ……何時も以上に美味しいですね」

 

「ぷっくっくっく!! それでは私は部屋の外に控えております。ご用がありましたら、お声がけ下さい」

 

明るく笑いながらロノウェは部屋を出た。

きっと場の雰囲気を和ませようとしたのだろう。

確かに先程より、ベルンエステルもベアトニーチェも、浮かべる表情が柔らかかった。

 

「それじゃぁ、聞かせてくれるかしら?」

 

ベルンエステルの言葉に頷いて、ベアトニーチェは語り始める。

 

「はい。ベルンエステル卿は、十三英雄をご存知でしょうか?」

 

「話程度にはね。200年位前に魔神とやらを倒して、世界を救った英雄と聞いたわ」

 

「その認識であっております。かの英雄達の正体は、異世界に転移してしまったプレイヤーの集団。ですが正確に申せば13人以上が存在しました。他の者達は故意に存在を隠されたのです」

 

「……そういう事か。それは情報だけではなかったと」

 

「……ご明察の通りです。当時の世は魔神の恐怖に打ち震えていました。特に外見や扱う力が魔神を彷彿させる様な存在は、漸く平和を迎えた世にとって余りに不都合。国々が総出となり、邪魔な存在を葬る為に兵をあげたのです。その中には先代も含まれておりました」

 

ベアトニーチェは一度、言葉を区切った。

小さく息を吸い込んで続きを話す。

 

「無論、先代も激しく抵抗しました。ロノウェやワルギリア様、煉獄の七姉妹を従えて。一部の国に協力したプレイヤーなら兎も角、只の人間との力量差は明白。双方が命をかけた戦が大陸の方々で多発しました。ですが……ある日、先代は自らお命を差し出されたのです」

 

「! 何故?」

 

「生憎私の記憶には残っておりません。あくまで先代が屋敷にいる場合しか、バックアップ機能は使えませんでしたから。ロノウェ達によれば延々と人が死に続ける毎日を嘆いての事だったと」

 

「……馬鹿ね。ほんと馬鹿よ。自分から命をくれてやるだなんて…………なら、ワルギリアは? まだ姿を見てないわ」

 

「ワルギリア様は、先代の敵討ちと称されて単身で国々に挑み……最期はかの槍に貫かれたと……」

 

「槍? 槍ってまさか」

 

「聖者殺しの槍です。だからこそワルギリア様だけは復活が出来ません」

 

「まって。ならあのコは?」

 

「……ロノウェ達の話では、完全に蘇らなくなるまで何日も何日も……火にくべられ続けたそうです」

 

「……魔女狩りの正統ね。悪趣味にも程がある」

 

「先代はこの九羽鳥庵にバックアップ機能を備えておりました。先代の死後、ロノウェ達は真っ先にその事実を思い出した。その結果は、ご覧の通りです。名も姿も力も変わらない。だけど決定的に中身が、経験が、魂が違う悪趣味な模造品が出来てしまった。私は先代の記憶をもっています。ですが……」

 

「……ですが私にとってその記憶は、私の記憶ではない。それは他人の記憶なのです。どれだけ先代の記憶が溢れようとも…………私は私ですっ!! どうして! 何故っ、私の頭には先代がいるのですか!? どうして……私を……わた……し……が…………ひっく…………ぇう……」

 

ベアトニーチェはダン!!とテーブルに拳を叩きつける。

言葉は徐々に荒々しく変わり、最後の方には涙を流していた。

 

「―もう良いわ。もう…大丈夫だから」

 

「……ぇっく…………ぅ……ぁ……」

 

ベルンエステルは椅子から立ち上がると、泣き崩れるベアトニーチェを抱きしめる。

幼子をあやす様に。

壊れ物でも扱う様に、優しく頭を撫でながら。

 

「貴女はあのコじゃない。人はね。誰かの代わりになんてなれないの。大丈夫、私は貴女を見てるわ。目の前で泣いてる貴女を見てる」

 

「…ぁ……ぇぅ……グス……」

 

ベアトニーチェが顔を上げた。

その瞳には、微笑む魔女の姿がある。

 

「私は貴女のその意思を気高く思う。貴女の心を愛しく思う。貴女は確かに此処に在る。だから……貴女は生きていていいの」

 

「っ!!」

 

「貴女が背負うべき罪はなにもない。そんな罪など私が認めない。もし、貴女が自分を許せないというのなら私が赦すわ」

 

クスリとベルンエステルは笑った。

 

「…ぁ……」

 

「奇跡の魔女ベルンエステルの名の下に、貴女に卿の称号を贈る。そして私が後見人となって、正式に貴女を黄金の魔女と認めましょう」

 

そっと指でベアトニーチェの目尻を拭う。

 

「これから宜しくね。『ベアト』卿」

 

「!……はいっ……はいっ………!!」

 

抱き締める腕に力を込める。

 

それから暫くの間、新しき黄金の魔女は奇跡の魔女に抱かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや。お帰りですか?」

 

ベルエステルが扉を開ければ、微笑むロノウェが立っている。

浮かべる表情の種類から、もしかしなくとも中の会話が筒抜けだろう事は、想像に難くなかった。

 

「えぇ。ベアトなら泣き疲れて寝ちゃったわ。寝台に運んでおいたから後は宜しくね」

 

「っ! 畏まりました。それでは、入り口までお送りしましょう」

 

来た時と同じ様に、ロノウェを先頭に廊下を歩く。

カツカツと靴音が響くが、屋敷に流れる空気の質は恐らく違う。

入り口近くまで来た所でロノウェが立ち止まった。

クルリと振り向いて深々と頭を下げる。

 

「……感謝いたします、ベルンエステル卿。私達ではお嬢様の苦悩を理解出来ても、お心を救う事は出来ませんでした」

 

「ロノウェ様の言う通りです。家具一同、心よりの感謝を贈らせていただきます」

 

「「「「「「大ベルンエステル卿への恩義!! 我らは決して忘れません!!!」」」」」」

 

気付けば玄関ホールには、人が増えていた。

道案内をしてくれたルシファー。

それにルシファーと同様の衣服を身に纏った姉妹達、全員の姿がある。

 

「ふふ。その内また来るわ。今度は皆でゆっくりお茶が飲みたいもの。ヱリカ達も喜ぶでしょうし」

 

「うげっ!? あの変態が来るんですか!?」

 

「こ、こらレヴィア! 失礼でしょう!」

 

黄緑色の髪が特徴的な少女―レヴィアタンの頭を、ルシファーが掴んだ。

そのままギャーギャーと騒がしく口喧嘩を始める。

他の姉妹も巻き込んで、徐々にヒートアップしていった。

 

「あらあら。姉妹仲は良好ね。くす」

 

苦笑を1つすれば、黒髪をポニーテールにしたベルフェゴールがペコペコと頭を下げている。

 

「申し訳ありません、ベルンエステル卿。私からも後で注意しておきますので!」

 

「くすくす。これじゃぁ、どっちが姉かわかったものじゃないわね」

 

「返す言葉もないですな。ぷっくっく」

 

そしていつの間にやら、ホールは笑いに包まれていた。

 

 

――うむ! 実に見事であったぞ! 流石は妾の親友よ!! これで安心して旅立てるな――

 

 

「っ」

 

「おや? どうかされましたかな?」

 

「……くす。ちょっと懐かしい幻聴がね。そろそろ、戻るわ」

 

扉を開けて、森へと進む。

 

チラリと視線を庭に向ければ、沢山の紅い薔薇が咲き誇っている。

風がブワリと吹き荒れて、一斉に花弁が舞い上がった。

その花弁へと手を伸ばす。

しかし、拳は握らない。

まるで誰かをおくるかの様に。

 

「――またね。いつの世か、きっと会えるわ」

 

 

遠く伸ばした指の間で。

 

 

キラリ。

 

 

黄金の花弁が空へと溶けた。

 

 




第28話『救う心』如何でしたでしょうか。

今話はオーバーロードよりも、うみねこメインのお話でしたね。
楽しんでいただければ嬉しく思います。
尚、当作品ではベアト『ニーチェ』となりました。
理由はまたの機会にでも。
さて。
『ykrs0553』様、ご感想をありがとうございました。
『couse268』様、『鬼さん』様、『ナナシ』様、『アズサ』様、『月輪熊』様、『炬燵猫鍋氏』様、以前よりご感想を下さいましてありがとうございます。
そして! 
UAが10万突破です!
本編の区切りが良い所でお気に入り記念をやろうと思っていたら、さらにUA記念が増えていたという。
嬉しいですね。
その内に、書き上げようと思います。
お読み下さっている皆様に感謝を。
それでは次話にて。
                                    祥雲


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受難と享受

思い出は美しい
   今も昔も変わらない

思い出が愛おしい
   絶えず増える1ページ

思い出を抱き締めて
   胸にそっと仕舞い込む



シャルティアとの決戦は、モモンガの勝利に終わった。

 

先程、シャルティアの復活を無事に終えたばかりだ。

玉座の間を後にしたモモンガは、自室へと戻っている。

張り詰めていた緊張の糸など、とうに切れているが、それでも安堵せずにはいられなかった。

大きく息を吐く。

ソファに身を投げ出せば、最早お約束となりつつある当り前さで、モモンガの背中にベルンエステルが腰かけた。

その事になにも感じなくなりつつある辺り、モモンガも中々に染められていると言えよう。

それが、愛しきナザリックにか、ジワジワと這い寄る変態にか、信ずる魔女にかは……さて置くが。

 

「シャルティアには悪い事をしました。皆にも迷惑をかけてしまいましたし……」

 

「そうでもないわ。さっきも最後の方なんか、自分からアルべドの手に引かれて守護者達の輪に入っていったじゃない。大きな進歩ね」

 

「そ、そうですか? いや。なんだかギルメンの皆が守護者達とダブって見えたんですよ。……あぁ、この子達の中に皆が生きてるんだなぁって。ちょっぴりウルッと来ちゃいました」

 

「くすくす。さぁて。モモンガさん。感動も良いけれど、1つ忘れている事がないかしら?」

 

「え?」

 

背中に乗るベルンエステルの言葉にモモンガは首を傾げた。

 

「シャルティアの裸が見れたから、浮かれる気持ちも理解出来なくはないわよ? ……モモンガさんってひょっとしてロリコン?」

 

私も危ないのかしら? と笑うベルンエステルに、モモンガは慌てて口を開く。

 

「え!? ま、まさか! 俺は胸の大きくて黒髪なお姉さんがタイプ……って言わせないで下さいよ!? とっくに知ってるでしょう……!」

 

「まぁね。無駄話はこれ位にして、思い出したかしら?」

 

―む、無駄……でも…………忘れている事?

 

更にモモンガは首を傾げる。

そろそろ90度に届いても可笑しくないだろう。

 

―えーと……なにかの約束か? でも、そんな覚えは………あ……あぁ!?

 

「……」

 

「思い出した?」

 

「……思い……出しました……」

 

「綺麗な装飾品をくれるんだったわよねぇ。どんなのかしら。とっても楽しみ。くすくす」

 

そう。

確かにモモンガはナザリックを出立する時、ベルンエステルと約束していた。

必ず後でお土産を送る、と。

冒険者モモンとしての活動と引き換えに、その条件を提示したのだ。

しかしながら、ここまでの数日間でモモンガは宝飾品店に足を運んでもいない。

通りの露店を見る事すらしていなかった。

ギギギと錆び付いた玩具の様な動きで、ベルンエステルへと振り向く。

そこには目元を細めて嗤う友人の姿があった。

 

「……ぃ……です」

 

「くす。なぁに? 聞こえないわ」

 

「……買ってないです! ごめんなさい、ベルンさん!!」

 

「きゃっ!?」

 

モモンガはガバリと体を起こし、ベルンエステルを掴んだ。

 

「俺、色々と一杯一杯で!! 約束の1つも守れない駄目骸骨でした!! 必ず、必ずベルンさんに似合う品を見つけてみせます!! だから「あの……モモンガさん……ち、ちかいわ……」……え?」

 

さて。

ここで今のモモンガの現状を客観的に見てみよう。

両肩をガッシリと握り、顔も触れ合いそうな至近距離。

上下も入れ替わって、まるでモモンガがベルンエステルを押し倒しているかの様な図だ。

 

眼下にベルンエステルの顔がある。

深いワイン色の瞳が揺れていた。

白い肌も。

ふっくらとした唇も。

今まで目にしても、なんとも思わなかった所にばかり目がいく。

極め付けは普段見せた事のない、しおらしそうな仕草。

 

「……み……ぃ……」

 

トドメとばかりに、ベルンエステルが鳴いた。

 

ズギューン!と、モモンガのナニカが撃ち抜かれる音がする。

 

―な、なんだこの可愛い生き物は!? その声、反則っ!!! むっちゃ可愛い!?

 

「(ゴクリ)」

 

モモンガは息を飲み込む。

すぐそこに、初めて見るベルンエステルの姿があるのだ。

 

「…………」

 

―め、目を閉じた!? これは……え!? そ、そういう事なのか!? た、助けてペロロンチーノさん!! 茶釜さん!! 俺は一体どうすれば!?

 

予想だにしない出来事の連続に、モモンガの思考はオーバーヒート寸前だ。

脳内に紳士淑女?な姉弟の声が響く。

 

 

 ―――よし! 今すぐ俺と代われ!! ベルンちゃんは俺が落とすと決めている!!! ―――

 

―――黙れ弟。ベルンちゃんは私の嫁だ。異論は認めん。私が法だ。黙して従え!!!―――

 

 

悲しきかな。

響く幻聴で得られるものは、怒りの日でしかないだろう。

 

―ちっとも参考にならねぇ!? むしろ茶釜さんが怖い!!! 俺の頭大丈夫かホント!? 確かにドイツ繋がりだけどもっ!!!

 

「すぅ……すぅ……」

 

「え?」

 

 モモンガの内心での焦りを余所に、聞こえてきたのは小さな吐息。

見れば何時の間にか、ベルンエステルが眠っていた。

 

―え? 寝てる!? あっ……動いた……

 

「……そっか、ベルンさんも疲れてるんだよなぁ」

 

いつも飄々としていて気付かなかったが、ベルンエステルはモモンガと違い生身である。

モモンガがいない時の色々な仕事や、手が回っていない案件の対応を率先して行ってくれているのだ。

ある意味で自分が抜けた分の穴埋めをしてくれているにも関わらず、文句や愚痴の1つも言わない。

 

―まぁ……その分イジッてくるけども……ははは……そう考えれば……いくらか納得も……う~ん……出来ないっす

 

規則正しい寝息を立てるベルンエステルを、ボンヤリ眺める。

 

―……そういえばベルンさんの寝顔って初めて見た。ヤバイ……普通に可愛いんですけど……まつ毛も長い……うっわ! 髪の毛サッラサラ!?

 

不意に触れた髪の感触にモモンガは驚いた。

抵抗なく指先を流れるベルンエステルの髪は、リアルでの自分の髪の毛など及びもつかない程の手触り。

 

―そ、それになんか良い匂いがする! アルべドは甘い香りだったけど、ベルンさんはなんだか安心する香りだ……って、これじゃぁ俺変態じゃん!? こんな所を誰かに見られでもしたら……

 

1人、オロオロするモモンガ。

その時、運命の女神様が微笑んだ。

善神か邪神かは兎も角。

控えめなノックの後に、ガチャリと扉が開かれる。

 

「失礼いたします。モモンガ様。ユリです。ご相談がっ!?」

 

「あ。い、いや! これは違う!? か、勘違いするなよ!? ま、待って! 話せばわかるからぁ!!」

 

部屋に入って来たユリの表情が驚愕に染まった。

扉の位置はベルンエステルの頭側。

つまり向こう側から見れば、モモンガとベルンエステルがソファで事に及ぼうとしていた様にしか見えない。

急いで扉を閉めようとするユリを掴む。

誤解されたまま帰られたら、どんな事態が発生するか。

考えるだけでも恐ろしい。

 

「ボ、ボクはなにもみみみみ見てません! 我が造物主であるやまいこ様とこの拳に誓って見ていません!! い、1時間……いえ! また明日の昼に出直しますのでっ!!!」

 

―昼って!? 昼ってなにさ!?

 

「ま、待つのだ、ユリ・アルファ!! お前は勘違いをしている!!」

 

「ふぇ? か、勘違いですか?」

 

「そ、そうだ。ベルンさんは疲れて眠ってしまったらしくてな。部屋に運ぼうと近づいただけに過ぎん。お前の考えている様な事では断じてないぞ」

 

「! 私はなんというご無礼を!? かくなる上はこの命で償いを「待って!? なんでお前達はそうなの!? コラ! 暴れるな!?」……くっ! お放し下さい、モモンガ様!」

 

ガチンと手甲を展開して、自分の頭を殴ろうとしたユリを止める。

ギャーギャーと騒いでいると、再び扉がノックされた。

必死なモモンガとユリはその事に気が付かない。

 

「モモンガ様。こちらの重要書類の審査をっ!!?? ユリ、貴女なにをしているのっ!? 私を差し置いてモモンガ様の御寵愛を受けようだなんて、なんて羨ましい!!」

 

「「ア、アルべド(様)!?」」

 

よりにもよって、新たに部屋に入って来たのはアルべドだった。

モモンガが生身だったなら、サァーと血の気が引いていただろう。

アルべドが手にした書類を投げ捨てて、モモンガへと飛びつく。

 

―あぁ! 書類がぁ!? おい! それ大事な奴じゃないのか!? ぎゃぁぁああ、来たぁぁあ!? 

 

「モモンガ様っ!! このアルべドっ!! いつ何時でもモモンガ様を受け入れる準備は出来ております!! さぁ、さぁ、さぁ!! 私の初めては3Pですかっっ!? あ、あれはベルンエステル様!? ま、まさか既に連戦中!? ま、負けません!! モ、モモンガ様衣服は!? 下着姿ですか!? 脱ぎ掛けですか!? そ・れ・と・も……くふー!!!」

 

「お、落ち着くのだアルべド!! お前も勘違いをしている!! 私は別に「モモンガ様っ!! モモンガ様ぁあ!!」いやぁ!? ローブを剥いじゃらめぇえええ!?」

 

「ア、アルべド様! 落ち着いて下さい!」

 

「くふふふ! あぁ……なんて美しい第三肋骨! ……じゅるり……堪んねぇ……ハァ……ハァ……!!」

 

―怖い! この美人怖いぃいいい! 助けてベルンさぁぁああん!!! 

 

「……すぅ……すぅ………くす……」

 

「きゃぁぁぁあ! まって! 下は駄目なのぉおおおお!?」

 

「くふー!!!」

 

「あわわわ! ボ、ボクは一体どうすれば!?」

 

 

混沌と化す自室。

 

 

騒ぎを聞きつけた他のNPCが駆けつけるまで、モモンガの貞操防衛戦は続いたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――おまけ そのに――――『無意識の底に』

 

 

「……うぇ……課長も、部下に無理矢理呑ませるなよな……やっば……っ……帰れるか? これ?」

 

その日、サラリーマン鈴木悟は飲み会後のハシゴに次ぐハシゴですっかり弱っていた。

視界も揺らぎ、足取りも不安定。

とっくに終電の時間は過ぎていて、今日に限ってタクシーも見つからない。

仕方なく歩いて家を目指してはいるものの、呑み屋を出て数十分。

全く進んでいる気がしなかった。

 

「……あぁ……明日も早いのに……寝れても3時間かなぁ…………!……ユグドラシルのイベント今日からじゃん!?……急がなきゃ!!」

 

霞のかかる頭に、もう始めて数年になろうかというゲームの事が過る。

時計を見れば深夜2時。

イベント開始は2時半を予定していた筈だ。

 

「……くっ……間に合えよ……!」

 

震える体に鞭打って、少しでも早く自宅を目指す。

 数mも歩かない内に吐き気に襲われ、口元を押さえながら地面へとしゃがみ込んだ。

 

「おぇっ……ぐっ……今回のイベントは、ペロロンチーノさんと素材集めの約束が……うぅ……」

 

脳裏に変態紳士――ではなく、変態バードマンの姿が浮かぶ。

 

―くっ……待ってて下さい、ペロロンチーノさん! 俺……今……行きまぅっぷ……

 

よろよろと立ち上がるも、吐き気は一向に治まらない。

むしろ段々と酷くなっていた。

一歩歩いて二歩下がる。

その言葉の体現者として、今の彼ほど相応しい存在はいないと思える位だ。

 

「……ぅ……駄目だ……少しでも止まったら起き上がれる気がっ!?」

 

すぐ目の前の歩行者用の信号が、チカチカと点滅する。

 

「……ぉぇ……ま、間に合え!!」

 

残された全ての力を足に込めて、歩道を渡ろうと進んでいった……が。

 

「っ!? がぁぁぁあああ!?」

 

真横からの凄まじい衝撃。

体が宙に浮かんだかと思えば、ドズンと地面に落下し、全身に激痛が走った。

瞼が開けたのは幸運であったのか。

走り去っていく車が見える。

 

―ひき逃げ!!

 

そう頭では理解するも、なんの解決にもならないだろう。

激痛で満足に指一本動かさない体では、出来る事は少ない。

頼みの綱の携帯電話は鞄の中。

反対側の通りに、ポツンと転がっているのが見えた。

あとは精々、運よく誰かが通りかかる事を期待する位。

 

―痛っ……! ……でも……この深夜に人が来るか? ……俺……このまま死んじゃうのかなぁ……

 

額から、生暖かいモノが流れる感覚があった。

視界も更にぼやけていく。

それは流れ出る血の所為か。

知らず零れる涙の所為か。

 

―…………皆……アインズ・ウール・ゴウンの皆……まだだ……まだ、死ねないのに! ……畜生っ! 動けっ! 動けよ、このポンコツっ! 俺の身体なら動いてくれよぉ!!

 

溢れるのは大切な友人達の顔。

やりたい事がある。

会いたい人達がいる。

それなのに……自分の体なのに……ピクリとも反応しない。

 

―ぐっ……くそっ……くそっ………k…………

 

無情にも意識は遠のいていくばかり。

瞼がゆっくりと閉じられようとしていた。

 

―……?……なん……だ……?……くる……ま……?

 

近付くエンジン音。

ソレは自分の近くで止まった様だった。

ドアが開く音が聞こえる。

 

「おや? こんな所で寝ていると風邪を引くぞ。 もしくはここはそなたの庭なのか?」

 

―は……ぁ……?

 

既に瞼を開ける力は殆ど残されていない。

だが、なにを馬鹿な事を言っているのだと。

姿なき声の相手に内心で罵声を飛ばした。

 

「? よく見れば血が出て…………あぁ、ひき逃げにでも遭ったか。つくづく運のない男だな」

 

「よけい……おせ…わ………」

 

睨みを利かせた……つもりだったが、相手は何故か笑いを溢した。

 

「くくく。怖い怖い」

 

―……? あれ……今……

 

「さて。病院に運んでも良いが、ここからだと私の家の方が早い」

 

声が近づいたと思えば、自分の体が浮かび上がる感触があった。

横抱きに持ち上げられたのだろう。

 

「応急処置位は出来ようとも。だから今は安心して休め。職業柄、そういった知識も持っている」

 

「……あ……り………ぅ……」

 

いよいよ意識が保てなくなって、せめてもと口を動かす。

 

そして、なにも見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

「ん…………」

 

「! 鈴木さん! 聞こえますか?」

 

声にする方に視線を向ける。

此方を見る看護婦の姿が見えた。

どうやらベッドに寝かされているらしい。

体がズキリと痛んだが、それ以上に背中に感じられるベッドの柔らかさに驚かされた。

 

「っ!? ここは……」

 

「病院です。鈴木さんは昨日、ひき逃げに遭われたのですが、覚えてないですか?」

 

「……病院?」

 

ひき逃げに遭ったのはボンヤリと覚えている。

しかし、目に映る内装は病院とは信じられない程に豪華だ。

以前出張で泊まる機会のあった経費が会社持ちのホテルですら、ここまでのグレードではなかった。

 

「あの……俺……なんでこんな所に? あ、いえ、ひき逃げは覚えているんですが。俺こんな病室に入れるお金なんて……」

 

治療費の幾分かは保険で賄えるだろうが、自分には余りにも場違いな病室。

すると、看護婦は不思議そうに首を傾げた。

 

「? 鈴木さんの医療負担はありませんよ?」

 

「え?」

 

「既に全額払われてますので」

 

「はぁ!?」

 

―ぜ、全額!? 

 

「えっと……一体どなたが? あと、全額って……い、いくらです?」

 

「申し訳ありませんが、その方に自分の事は秘密にして欲しいと言われておりまして。金額に関しては」

 

看護婦が両手をパーに広げた。

 

「……10万?」

 

「そのじゅー倍ですね。退院後のアフターサービス付きで、しめて100万ポッキリ」

 

「ひゃ、ひゃく!?」

 

想像を遥かに超える金額に度肝を抜かれた。

そんな大金を、見ず知らずの男に払った謎の人物への疑念と感謝が次々に湧いてくる。

 

「馬鹿な! 赤の他人にそんな大金を支払うだなんて!? あ、会えない事情があるなら、壁越しでも電話越しでも構いません!! せ、せめてお礼を」

 

「お気持ちは察しますが…………」

 

ベッドを乗り出して看護婦を掴む。

痛む体など知るものか。

だが碌に力の入らない手は、あっさり看護婦に引き剥がされた。

 

「それと鈴木さん? その方からの伝言があります」

 

「え?」

 

その言葉に目を見開く。

 

「……『礼なら気にするな。既に十分貰っている』だそうです。ふふふ、今時珍しい方ですよね。ほんと」

 

―え? ど、どういう事?

 

必死に思い出そうとするも覚えがない。

何時、自分はそんな事を言ったのだろう?

 

「あ。私、先生を呼ばないと! 鈴木さん、ジットしてて下さいね。すぐ戻りますから」

 

パタパタと看護婦が病室から出て行った。

残されるのは自分のみ。

 

「……」

 

体の力を抜けば、ポフッとベッドに体が沈む。

 

「一体……誰なんだ……でも……」

 

恩人であろう相手の顔も、声も、姿も思い出せない。

だが雰囲気だけは、なんとなく覚えていた。

 

「……まるで……友達みたいな安心感があった。……まぁ、俺……リアルに友達なんていないけどさぁ……ははは……?……あぁっ!? イ、イベントがっ!!」

 

代わりに脳裏に蘇るのは1つの約束。

ひき逃げが昨日ならば、とっくにユグドラシルのイベントが始まっているという事だ。

事故の事を知らないペロロンチーノが、怒りのアイコンを放って待ち続けている光景が思い浮かぶ。

セルフ焼き鳥が誕生するのも、時間の問題だろう。

 

「ヤバイ! は、早く来てぇ!!」

 

備え付けのナースボタンを連打する。

押し過ぎでボタンが跳ね返る暇がない位に。

ポチポチポチポチ!

数分としないで先程の看護婦と、彼女が呼んで来たのであろう医者・別の看護婦1人が駆け込んできた。

 

「「「鈴木さんっ! どうかされましたか!?」」」

 

「俺、おうちかえるぅ!! イベントがぁ!?」

 

「す、鈴木さん!? 落ち着いて下さい!」

 

「そっち押さえて! 鎮静剤の準備!!」

 

「は、はいっ」

 

「いやぁぁぁあ! 離してっ! 離してぇえ!? 友達のバードマンが焼き鳥になっちゃうんですぅう!!」

 

「駄目だ! 錯乱している! 準備まだか!?」

 

「で、出来ました」

 

「離しt『ブスリ』ぁ……」

 

腕に一瞬の痛み。

次の瞬間には、スゥーっと意識が遠のいていく。

 

この1件で鈴木悟の退院日が伸びたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「……という訳でして。ここ暫くログイン出来ませんでした」

 

先日までの出来事を、円卓に集ったギルメン達へと報告する。

 

「そ、そうだったの!? 大丈夫モモンガさん!?」

 

「っていうか、その謎の人物凄げぇな」

 

「私も見習いたいものです。……今週から深夜の取り締まりも強化させるか……おのれ……必ず挙げてやる」

 

「わぉ。たっちさんからヤベェオーラが見えるのは俺だけかい?」

 

「ボ、ボクにも捕まえたら会わせて下さいね。お話ししないと」

 

「O・HA・NA・SHI(物理)ですね。わかります」

 

皆が思い思いの反応を示したが、そのどれもが自分を心配してくれる類である事に、モモンガは内心で大感激していた。

 

「えぇ。体はすっかり大丈夫です。むしろ、仕事の遅れを取り戻す方が辛い位ですよ……」

 

「驚きの社畜精神。そうとも知らずにモモンガさんの部屋を荒らした俺を許してね♪」

 

「え!? ペ、ペロロンチーノさん!? 一体なにをしたんですか!?」

 

「俺とるし★ふぁーさんと協力して、『禁忌! 魔王の秘密! キャッ、そこは見ちゃダメよ?』みたいなテーマのメルヘン部屋に改装したんだぁ」

 

「あ。これが完成図なw」

 

皆に見える様に表示されたモニターには、原型を留めていない自室の変わり果てた姿。

全体的にピンクの内装。

床を埋め尽くさんと溢れかえる、ギルメンやNPCを模したぬいぐるみの数々。

 入り口から真っ先に目に入るであろう場所には、殆ど裸なペロロンチーノのポスターが貼られている。

嘴に薔薇を咥えているというオプション付き。

撮影時に何故、運営から警告が来なかったのかと疑いたくなるレベルだ。

この仕打ちには日ごろ温厚なモモンガでも、流石に平静ではいられなかった。

 

「ペ、ペロロンチーノォォォオ!! るし★ふぁぁああああー!!」

 

「「キャー。モモンガさんが怒ったー」」

 

「あっ! 待て!!」

 

「おっとぉ! 始まりましたっ! 第……なん回だっけ? まぁ、いいや。ナザリック鬼ごっこ大会ー!! 実況は私、ぶくぶく茶釜がお送りします」

 

「解説は私。ベルンエステルが担当するわ」

 

「なら高画質で録画しとくな」

 

「あれ? ウルベルトさん。それ放送用のカメラじゃね?」

 

「おやぁ? おっかしいなー。手元にこれしかないぞー?」

 

「見事な棒読み、ありがとうございます」

 

「っしゅ! しゅっしゅ!!」

 

「やまいこちゃん。そこでシャドーは止めれ」

 

「取り敢えず誰か追跡用の魔法使ってよ~」

 

「……氷結牢獄……行っちゃう?」

 

「「「全力で遠慮します」」」

 

逃げ出す2人を追って、モモンガは円卓を後にする。

 

背後もなにやら不穏な空気だ。

 

 

抑えきれない喜びを胸に、モモンガは駆け出して。

 

―ふふっ……でも……やっぱり、ユグドラシルは。この人達は最高だっ!!!

 

幸せな瞬間を噛み締めていた。

 

 

それは大切な昔話。

 

何時までも光輝く、宝の記憶。

 

 

確かにあった……ある日の想い出。

 

 




第29話『受難と享受』如何でしたでしょうか。

今話は本編と、おまけが1つ。
楽しんでいただければ幸いです。

『ティンダロスの駄犬』様、『水天日光』様、ご感想をありがとうございました。
『白金』様、『ナナシ』様、『couse268』様、『炬燵猫鍋氏』様、
『月輪熊』様、『yoshiaki』様、『鬼さん』様、
以前よりのご感想をありがとうございます。

更新していない日でも沢山の方がお読み下さっている様で、ありがたく思います。
それでは次話にて。
                                  祥雲


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還る日

大変長らくお待たせいたしました。

世はお盆の季節ですね。
なので、それに絡めた短編を1つ。
文章のクォリティが下がっている事が少し、気になりますが……
どうかご容赦いただきたく。
それでは。
『奇跡と共に』 短編
『還る日』
お楽しみ下さい。
                               祥雲


コツコツと廊下に足音が木霊する。

 

歩いている場所は、宝物庫と上層との中継点。

その薄暗い道行がどうしようもなくモモンガには不安だった。

 

「…………」

 

チラリと背後を盗み見る。

 

「あれ? ねぇ、シャルティア。その蝋燭なんだか変な匂いがしない?」

 

「そうでありんすか? 部屋にあった一番の品を持ってきたのでありんすが」

 

「なんか無駄に甘いっていうか……それにあんたが渡してきたお香も似た匂いがするんだけど」

 

「まぁ大丈夫でありんしょ。なんといってもペロロンチーノ様が下さった品。至高の御方の目利きに間違いなど起こる訳がないでありんす」

 

「それもそっか。なら大丈夫だよね」

 

またチラリと視線をずらす。

そこには他の階層守護者の姿が。

 

「あわわ。水が凍っちゃう……コ、コキュートスさん。もう少し冷気を抑えられませんか?」

 

「ム。失礼ヲシタ。シカシ、コノ柄杓トイウノハ中々ニ良イ形ヲシテイルナ」

 

「こらこら。余り騒がない様に。これから我々には大事なお役目があるのだからね」

 

「デミウルゴスの言う通りよ。モモンガ様たっての願いでもあり、似姿とはいえ至高の御方々を崇める催しなのだから。あの御方の意を貶さない様にしないと」

 

「おや? 確か今回の件はモモンガ様とベルンエステル様、御二人のご提案と伺ったが?」

 

「あら? 言葉が抜けちゃってたかしら? 気を付けるわ。ありがとう、デミウルゴス」

 

「いえいえ。言葉の綾なぞ誰にでもある事です。お気になされず」

 

またまたチラリと視線をずらす。

此方にはセバスとプレアデス達が並んでいる。

 

「あ! こらルプー! 今、貴女持ってきたお菓子食べたでしょう!?」

 

「え~? なんの事っすか、ナーちゃん? 濡れ衣っす。いたいけなルプスレギナさんを虐めるなんて……ヨヨヨ……」

 

「口を開けてみなさいよ! それに口の端に食べカスが付いてるわよ!?」

 

「はんっ! そんな古典的な手には引っかからないっすよ! ちゃんと欠片も残さずに食べきったっす!」

 

「……ルプー……アウト……」

 

「はっ!? ぐっ……図ったすね、ナーちゃん!」

 

「貴女が勝手に自爆したんでしょう…………後でボクの部屋に来る様に。お説教ですね」

 

「だって! すぐ目の前に美味しそうなお菓子があるんすよ!? 食べて食べてビームを放ってくるんすよ!? なら何時食べるっすか!? 今っす!!!」

 

「……裁判長……判決……」

 

「え~と~? よくわからないけどぉ、ギルティ~」

 

「ソリュシャン、少し荷物を此方に。歩きづらそうですし、私にはまだ余裕がありますので」

 

「あら。ありがとうございます、セバス様」

 

その後ろへと視線をずらす。

黒光りする30cm位のGである恐怖公や一般メイド達等々。       

多くの僕の姿がそこにはあった。

暗がりを異形種達がぞろぞろと歩く姿は中々に見ごたえがあるだろう。

 

「…………ねぇ、ベルンさん」

 

「なぁに? モモンガさん?」

 

色々な言いたいものを飲み込んで、モモンガは隣を歩くベルンエステルに声をかけた。

 

「なんで……こうなったんですかね?」

 

「さぁ? 強いて言えばお盆だから?」

 

「お盆にあんなピンク色の蝋燭や、どでかい香木は使いません。あと、どうして霊廟にお参りするんですか?」

 

「モモンガさんが、説明した時に紛らわしい事を言ったからじゃないの?」

 

モモンガは少し前の会話を思い起こす。

 

始まりは些細な事。

ふと。

そういえば今頃はリアルではお盆の季節だなぁ。

そんな事をモモンガが執務室で呟いたのを、傍に控えていたアルべドと偶々居合わせたデミウルゴスに尋ねられたのだ。

 

 

 

――モモンガ様。失礼ながらお盆とは如何なる意味のお言葉でございましょう?――

 

――え? あぁ。そうだな。ご先祖とか……うん。遠くに旅立った者達を尊ぶ為の行事……とでも言えば良いのだろうか。合ってますよね、ベルンさん?――

 

――概ねはそうよ。くす――

 

 ――火を焚いたり、蝋燭や香、お菓子を準備して供えるのだ。他にも桶に溜めた水を柄杓で汲んで、畏怖の念を込めて汚れを落としたりとか……祈ったりですか? 

 

――後は縁ある者達で食事をしたりね――

 

――!! なるほど。流石はモモンガ様、ベルンエステル様。多く僕の心の奥底にある想いを酌んで下さるとは、このデミウルゴス感服致しました――

 

――え?――

 

――えぇ! 流石はナザリック地下大墳墓の偉大なる支配者! 下々の者までお慈悲を下さるそのお心。なんとお優しい――

 

――え? え?――

 

――そうと決まれば……良いですね、アルべド――

 

――わかっているわ。では急ぎ準備を始めますので、失礼いたします――

 

――……なんか……色々と認識に齟齬がある様な気が……――

 

 

 

と、まぁ。

簡単に抜き出せばそんなやり取りがあった。

 

「気付けば、あれよこれよという間に連絡が行き届いてしまってましたね」

 

「えぇ。ナザリックの情報伝達能力は流石だわ」

 

「出来れば、こんなんじゃない時に実感したかったです」

 

「良かったじゃない。これでまた一つ、懸念要素が消えたんだもの」

 

「いやね? ほら。損得の問題じゃないっていうかですね? わかるでしょ? この気持ち」

 

「ほら、モモンガさん。前見て前」

 

「あ! はぐらかさないで下さい……ん?」

 

モモンガの抗議も空しく、常の通りどこ吹く風なベルンエステルの指差す先。

そこには宝物庫の入り口だったものがある。

そう。

『だったもの』が。

 

「!? なっ!? そんな馬鹿な!?」

 

「ご苦労様だったわね、パンドラズ・アクター。奥から運び出すのは大変だったでしょう?」

 

「いえいえ! これも深愛なる至高の御方々の為! 引いては我が造物主たるモモンガ様の為っ!! このパンドゥラァァァァァアアズ・ィアックタァァァアアアアア!!! 尽力は惜しみませんとも!!」

 

以前。ドイツ語を封印された代わりに、その分ハイテンションに磨きがかかったパンドラズ・アクターは一旦置いておくとして。

 

「べ、ベルンさん? こ、これは一体!?」

 

「くす。流石に皆があの霊廟に入っていくとすぐに満杯になっちゃうもの。あのコのセンスに任せて、扉の前にセッティングして貰ったわ」

 

「いや!? だからってこれは!?」

 

モモンガの視線の先にあるのは、本来ならば霊廟の奥に置かれていた筈のギルドメンバー達のオブジェ。

だが、明らかに出来が違う。

モモンガのお手製であったソレ等はお世辞にも素晴らしい出来栄えとは言えなかった。

それがどうだろう。

まるでそこに、彼らが実際に居るかの様なリアルさなのだ。

動かない事を除けば、本物と遜色ない見た目だとモモンガが判断する程。

それが飾り付けられた扉を背に、見事なバランスと配置でセッティングされていた。

 

「パンドラズ・アクターには一時的なスキル譲渡アイテムを使わせて貰ってるの。あのコの中にある皆のアバターデータだけを抜き出して、私のスキルで外装を付けてるわ」

 

「…………」

 

ベルンエステルの声が何処か遠くに聞こえる。

モモンガは熱にでも浮かれたかの様に、ただ立っていた。

すぐそこにあるのは只の模造品の筈だ。

それなのに、目が離せない。

なぜなら、もう一度会いたいと願っていた彼らが、すぐそこに見えている。

背後で僕達が次々と驚きの声を上げているが、それすらもフィルターがかかった様。

 

―たっちさん……ペロロンチーノさん……茶釜さん……ウルベルトさん……るし★ふぁーさん……死獣天朱雀さん………皆…………

 

正面で剣を地面に突き立てる様に柄の上で両手を組んでいるのは、見事な鎧を着込み深紅のマントを纏う聖騎士。

並び立つように手を前に出しているのは、魔法職最強と名を轟かせたナザリック最高の魔法詠唱者。

その横には上空を狙い撃つかの如く弓を引き絞る、凛々しさを感じさせる変態紳士バードマン。

反対側には、表現に困る形状をしながらも、迫る脅威全ての楯となる堅牢さを誇る変態淑女スライム。

他にも、ナザリック一のムードメーカーにしてトラブルメーカーたる腐れゴーレムクラフター。

ナザリックの知恵袋でありギルドの頼れる好翁や、全てを打ち砕く拳を備えた天然娘etc.

 

モモンガは無言で進む。

ソレを止める者はいない。

後ろの僕達もこの光景に目を奪われている。

 

「……皆……」

 

 もっとよく見たい。

その思いからモモンガは顔を上に上げ。

 

「……俺っぶっふううううう!?」

 

顔面に盛大にパイを食らって吹っ飛んだ。

 

―は!? な、何事!?

 

「「「!? モ、モモンガ様!?」」」

 

クリームたっぷり。

それも1つや2つではない。

前方から数十個にも及ぶパイの力でだ。

いきなり吹き飛んだモモンガに慌ててNPC達が駆け寄ろうとする。

だが、それも次の瞬間ピタリと止まった。

 

「いぇーいw ねぇ、びっくりした?w びっくりした?wwww」

 

「っぶ! モモンガさんダッセェ!!」

 

「わぁ。モモンガお兄ちゃん、クリームまみれだね☆ 舐めて欲しいのかなぁ♪」

 

「あわわわ。ごめんなさい、モモンガさん。で、でも一回パイ投げってやってみたかったし……」

 

「……無様……」

 

「すまんのぉ。ワシも可愛い娘ッ子に頼まれたら男として断れなんだ」

 

「ははは。良い感じに当たってくれました」

 

「おーい。モモンガさん、生きってかー?」

 

「なに言ってんのよ。アンデッドだから最初から死んでるでしょ?」

 

「あ。それもそうか」

 

「「「HAHAHAHAHA!!!」」」

 

 

 

「「「!!!????」」」

 

 

「なっ!? 皆っ!?」

 

 

一部のアメリカンな笑いは、普段ならば気に障る感じだったが今は違う。

NPC達は言葉をなくし、声にならない叫びを上げた。

目の前で、造り物だった筈のギルドメンバー達が動いているのだ。

 

 

「ペ、ペロロンチーノ様!?」

 

「お!? そこに居るのは俺の嫁のシャルティアたん!! やっべぇ!! 動いてら!?」

 

「……ペ、ペロロンチーノ様!! ペロロンチーノ様ぁ!! お会いしたかったでありんすぅううう!!!」

 

「うぉおおおお!! 超可愛いんですけど!!! 今すぐ結婚してくれ!!!」

 

「ほ、本当でありんすか!?」

 

「モチのロンだわさ!!」

 

 

「「ぶくぶく茶釜様!!」」

 

「会いたかったよー、私の可愛いアウラ、マーレェエエエエ!!!」

 

「「わぶっ!?」

 

「あぁ……可愛い! 可愛いよぉ!! お持ち帰りしたい!!!」

 

「「く、苦しいです」」

 

「あ!? ご、ごめんね!? 大丈夫!? い、痛かったよね!?」

 

「いえ。すっごく幸せです!!」

 

「も、もっと、ぎゅーってして貰っても良いですか?」

 

「!!! ……あー、もう!! 私の子供達は可愛いなぁああああ!!! うりゃー!!!」

 

「「むぎゅ……えへへへ」」

 

 

「元気そうだな、デミウルゴス」

 

「!? ウ、ウルベルト様!?」

 

「ふふふ。やはり動いてこそだ。お前には俺の持てる全ての悪を詰め込んだ。お前なら真の悪の高みに登りつめられるだろう」

 

「そんな!? ウルベルト様こそがその頂!! この身など到底及びもつきません!!!」

 

「くくく。嬉しい事を言ってくれるぜ。どうだ? 向こうで『完全なる悪』について語り合いでもしないか?」

 

「喜んで!!」

 

 

「お久しぶりでございます。たっち・みー様」

 

「セバスか。……モモンガさんを頼むぞ」

 

「はっ!」

 

「さて。せっかくの機会だ。私もお前と話がしてみたい」

 

「っ! 身に余る光栄にございます」

 

 

「どうやら、鍛錬は怠っていない様だな」

 

「不肖コキュートス。恐レナガラ武人武御雷様ヲ目標ニ日々、鍛錬ニ励ンデオリマス!」

 

「ふっ。その歩き方を見ればわかる。どれ、俺から1つ指導をしてやろう」

 

「ナント!? 宜シイノデスカ!?」

 

「これも可愛い息子の為だ。是非もない」

 

 

「……うん。やっぱり……お前は綺麗だよ、アルべド……」

 

「っ! ありがとうございます。タブラ・スマラグディナ様」

 

「……アレはまだ持っている?」

 

「<真なる無>でしょうか? えぇ。此方に」

 

「……お前には……黒と白が似合う……自慢の娘だ……」

 

「っ!!!」

 

 

守護者やセバスを皮切りに、次々と僕達が我先にと集まっていく。

 

「ふふふ」

 

唖然とするモモンガの意識を、傍で聞こえたベルンエステルの笑い声が引き戻した。

 

「ベ、ベルンさん!? これは一体どういう事です!? 皆が動いてますよ!? そこに居るんですよぉ!? 今すぐパイを投げ返したいけどねっ!!!」

 

「さぁ? ほら、きっとお盆だからよ。お盆は遠くにいる人が戻ってくる日だもの」

 

「そんな馬鹿な事言ってないで! 「……馬鹿?」っあ! いえ! 冗談言っている場合じゃなぶっふ!?「へーいw 誰が一発だけなんて言ったっけww」……こ、この……るし★ふぁぁぁあああああ!?」

 

「キャーw モモンガさんがご乱心よww 皆! 迎撃の用意は良いかいwww」

 

「「「イエーイ!!!!」」」

 

―!? 囲まれた!? っく! これじゃ、るし★ふぁーまでたどり着けない!! つうか、俺はパイないんだけど!?

 

「モモンガ様ー! こっちに金平糖があるっすよー!」

 

「だが残念。それは俺が貰う!」

 

「どうぞっす!!!」

 

「モモンガ様! こちらにケーキのホールが」

 

「ごめん。さっき食べちゃった…………やまいこちゃんが」

 

「えぇ!? ボ、ボクだけじゃなくて、皆で食べたじゃないですかぁ!?」

 

プレアデスからの援護も、他のギルドメンバーが次々妨害する始末。

 

―くっ! 流石は皆だ! 無駄に高い連携スキルを発揮しやがる!!

 

あわや、モモンガ再びクリームまみれの危機か!?

そんな窮地に魔女の助けが降りた。

 

「ほら。モモンガさん、これを使いなさいな」

 

「! 流石は姐さん!! ありがとう? あれ? これ傘?」

 

「えぇ。傘ね」

 

「あの……ここは普通、俺にもパイをくれる所じゃないですか?」

 

「残念ながらパイは品切れよ。偶然、そこに立てかけてあった傘しかないわね」

 

「嘘だっ!? こんな所に傘が立てかけてある筈がないもん!!!」

 

「あら? ならいらないn「喜んでいただきます!!!」……くすくす」

 

―戦力差は明らか。今はこの傘が頼りだ……全てを乗り越えて、俺は! あの腐れゴーレムクラフターにこの傘の先端をお見舞いする!!!

 

 既に混沌と化した場ではあるが、モモンガの思考も十分に混沌と化していた。

 

―俺は……勝つんだ!!!

 

 

「……ッ来い!!!」

 

 

やる気を十分に、モモンガは傘に手をかける。

 

―? あれ? 留め具が固い……ま、まさか!?

 

 

「「「だが残念。その傘は開けない!!!」」」

 

「ちくしょぉおおおお! 図ったなべルンさんんんん!?」

 

「くすくす! なんの事? その傘は『立てかけてあった』のよ? 私に責任なんてないわね」

 

「顔! 笑ってる! すっごい笑ってる!!」

 

「元々よ」

 

「「「ふふふ。さぁ。モモンガさん! 覚悟っ!!!」」」

 

「おのれ! 皆、覚えておけよ!!」

 

「「「え? モモンガさんの末路を?」」」

 

「……ふっ……さぁ! 一思いにやるが良いわっ!」

 

「「「では! 遠慮なく!!!」」」

 

 

迫る純白の砲弾達を最後に、モモンガの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

「……ん。……ンガさん。モモンガさん?」

 

「……あれ? ここは……」

 

「宝物庫の前よ」

 

「え? パイの砲弾は? 皆は?」

 

キョロキョロと左右を見渡すモモンガを前に、ベルンエステルは不思議そうに首を傾げた。

 

「? あぁ。まだアイテムの効果が効いているのかしら。皆、霊廟で倒れたのよ」

 

「え? ど、どういう事ですか?」

 

「シャルティアの準備した蝋燭と香木があったでしょう? アレ、どうやらペロロンチーノさんが弄ってたアイテムらしくてね。耐性を無視して周りを混乱に近い状態にする効果があったみたいなの」

 

「え゛!?」

 

ベルンエステルの言葉を受けて、もう一度意識しながら周りを見渡す。

そこには……

 

「ぐへへへ……ペロロンチーノ様ぁ……こんな所で……ぁ……そこは……ん……」

 

「「すぅすぅ」」

 

「フン! フン! ムン!!」

 

「おぉ! その生物にそんな使い道があったとは!!」

 

「いえ。私等、まだまだ未熟の身で……」

 

「ふふ。ありがとうございます」

 

とても見ちゃいけない表情をしたシャルティアや、仲良く眠るアウラとマーレ。

ひたすら斬撃の型を繰り返すコキュートスに。

誰もいない虚空に、相手がいるかの様に話すデミウルゴスとセバス、アルべドの姿があった。

少し脇では、プレアデスや一般メイドといった僕も同様の状態だ。

 

「ね?」

 

「いや!? 割と大参事じゃないですか!?」

 

慌ててモモンガは飛び起きる。

 

「ベルンさん! すみませんけど、皆の介抱を手伝ってもらっても良いですか!?」

 

「えぇ。良いわよ」

 

「ありがとうございます。お前達!? しっかりしろ!? って、シャルティア!? 脱ぐな!! 待って!! それ以上は流石にマズイぞ!?」

 

 

一先ずは、下着まで脱ぎ出そうとしているシャルティアを止めるのが先決だろう。

 

 

今日もオーバーロードの一日は騒がしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どう?

楽しんで貰えたかしら?

 そういえば、地球には数十億っていう人間がいるわね。

仮にその中の39人が同じ夢を見る確率っていくら位なのかしら?

大体73億人……正確には72億と9000万人ちょっと。

考えるだけで気が遠くなっちゃう。

正に天文学的な数値。

普通に考えたら起きる訳がないわ。

もし、起きたなら。

それこそ奇跡って呼べるのかもね。

だけれど、良い夢を見る確率は半分。

そう考えたら確率はぐんと跳ね上がる。

え?

それがどうしたんだって?

くすくす。

なんでもないわ。

さて。

そろそろ私も戻らないとね。

なにを不思議そうな顔をしているの?

私の住んでる所って遠いんだもの。

お盆だから遊びに来ただけよ。

それじゃぁね。

また何処かで会いましょう。

なぁに?

まだなにかあるの?

私の名前?

……くすくす。

教えてあげないわ。

だって……私は意地悪な魔女だもの。

 

 




第30話 短編『還る日』如何でしたでしょうか?

1月もの間、更新が出来ずに申し訳ありませんでした。
お待ち下さっている方がおりましたなら、深いお詫びと感謝を申し上げます。

『タブレット』様、『白金』様、『鬼さん』様、『月輪熊』様、『ナナシ』様、『炬燵猫鍋氏』様、『あうあうろら』様、『あくあむさん』様
遅れながら、ご感想をありがとうございました。
久しぶりの更新。
サイドストーリーに近いお話ではありましたが、楽しんでいただければ嬉しく思います。
今後も、この作品をお読み下さればと。
それでは次話にて。
                                     祥雲


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霧を払いて

どうか泣かないで
             彼もそう願ってる
どうか泣かないで
             私もそう願ってる
どうか嘆かないでほしい
             いずれ来る時を乗り越えて

         そう、願わずにはいられなかった



その光景を、私は生涯忘れる事はないだろう。

 

……なんて。

 

いとも簡単に考え付けるのだから、我ながら笑ってしまいそうになる。

これこそ只の思考の遊びでしかないと自覚しているのだ。

尤も。

今こうして羽ペンを走らせている私にとっては、近くも遠い未来の可能性の1つに過ぎない。

尚更苦笑がこぼれてしまう。

 

私が想い、守りたいと願った宝石達。

その輝きを愛おしく思ってしまった。

その輝きが愛おしいのだと知ってしまった。

故に。

願わくばこの手記が私以外の手で開かれない事を。

 

ここに記すは、脈絡のない、私の気まぐれな落書きでしかないのだ。

 

 

                           ■■の手記 冒頭より抜粋

 

 

 

 

会議室という役割の部屋は、割と何処にでも存在する。

 

 

一歩足を踏み入れれば、独特の緊張感すら感じられる場合もそう少なくはない。

たった今退室した男も、ある種の緊張の糸を緩めつつ溜息を溢していた。

 

「はぁ……」

 

「溜息をつくと幸せが逃げマス。意気消沈しているのであれば、療養する事をオススメする也や」

 

「誰の所為です、誰の。それに休暇なんて暫くとれそうもありませんよ」

 

「宮使いの悲しい現実デス。私も決済印ばかりの毎日は嫌デス。隊長殿の気持ちは十分わかりマス」

 

再びの溜息。

隊長と呼ばれた長髪の男の隣。

先程から独特な口調で話しているのは小さな少女だ。

神官服とも違う奇抜な蒼い装束に身を包み、色素の薄い菖蒲色の髪を左右で巻いている。

すっぽりと頭を覆う帽子と体格とのアンバランスが目についた。

しかし、この風貌でいて自らよりも年上らしいのだから人は見かけによらない。

 

「……というか、何故貴女まで退室したんですか? 流石に一応主役であった貴女が会議を抜けるのは問題では?」

 

「元が付きマス。今は只の平デス」

 

自らも漆黒聖典隊長というスレイン法国における重要ポストだという自覚があるが、隣を歩く彼女も大概である。

スレイン法国主席異端審問官『十戒』と言えば、僅か数か月で頭角を現した存在なのだ。

 

「いや。只の平があの会議室に座れる筈がないでしょう。座席のプレートにも貴女の名前がありましたし」

 

「先日ちゃんと辞退願を出したのデスが、一向に部署替えの知らせが来ないのデス」

 

「いや、それは普通に受理されないでしょう」

 

不機嫌そうに唇を尖らせる姿だけ見れば、外見相応の童女のように微笑ましい。

 

「なので腹いせにあの会議に出席している全員の洗髪剤に、脱毛成分のあるポーションを混ぜておきまシタ」

 

「……全員ですか?」

 

「全員デス」

 

「…………私も入ってます?」

 

「全員デス。特に貴方の男らしくない長髪が個人的に好ましくないのデ」

 

「それは……帰りに新しい洗髪剤を買う事にしますか」

 

彼が前言を撤回しようと強く思ったとしても、決して悪い筈はないだろう。

神人であり、その力を覚醒させた彼に大した被害はないだろうが、他の司祭達は別だ。

多くが歳老いているし、頭髪もお世辞には豊かとは言えない。

そんなある意味でズレた思考をしながら通路を進んでいると、会議室に居なかった存在が壁にもたれながらカチャカチャと手元のカラフルな小物を弄んでいた。

十代前半に見える少女の形でいて、隣を歩くヘアーテロリストと同様に実年齢はかけ離れている法国『最強』。

左右で白銀と漆黒という矛盾した髪色すら、彼女の異質な美しさを引き立てるスパイスでしかない。

漆黒聖典番外席次『絶死絶命』

こちらに気が付いたのか、ヒラヒラと手を振って来た。

 

「これ一面だと簡単なのに、二面になると難しいのよね」

 

彼女の手元で小さな正方形のソレが跳ねた。

六大神が広めたとされるその玩具の名称はルビクキュー。

彼にとっては六面全てを揃えることも、手間ではあるが出来なくもない。

しかし、素直にそう言えば面倒臭い事になる気がして苦笑いで返した。

 

「今度またコツ教えてね」

 

「勿論デス」

 

そして意外な事に、小さい方の彼女はこの玩具が得意らしかった。

ほんの5、6秒で六面全てを揃えてみせた時の衝撃は記憶に新しい。

 

「それで一体何があったの? 神官長達が総出になる会議なんてそうないじゃない」

 

そう言うのならちゃんと会議に出て欲しい、とは思っても口に出す事はしない。

彼の経験上、彼女がきちんと他人の話を聞いた所なぞ数える位しかない。

今この時ですら、彼女は一度として視線を自分達には向けていないのだ。

 

「一応確認しておきますが、報告書に目は通しましたか?」

 

「読んでない。むしろ事情をしっている人に聞いた方が確実だし楽だからね」

 

「確かに一理ありマス」

 

「まぁ、良いでしょう。簡潔に言えば任務中に吸血鬼と思しき未知のアンデッドと、少女に遭遇しました。死者3名。重体1名。任務の続行は困難と判断し、撤退したという訳です」

 

「へぇ。誰が死んだの?」

 

まるで夕食の献立を尋ねるかの様な軽さで彼女が問う。

そこに同じ部隊の仲間を悼む色は微塵も感じられない。

 

「吸血鬼の攻撃からカイレ様を守ろうとしたセドラン。動きを止めた吸血鬼を捕縛しようとしたボーマルシェ。そして偵察を行おうとしていたアレウスの3人ですね」

 

「ふーん。最近、土の神殿ごと巫女や神官達が消えたばかりだっていうのに、漆黒聖典でも3人が死亡とはね……あ、陽光聖典もか。わぁ、不幸だらけ」

 

「重体なのはカイレ様。何らかの呪いによる効果だとは思われるのですが、傷が治癒魔法で回復出来ず。一時的に序列から外し、こちらの彼女が新たに加入する事に決まりました。吸血鬼は現状放置ですね」

 

「一時的って……どの問題も先延ばしにしかしてないじゃないの」

 

「それだけ上も混乱しているのでしょう」

 

会議でも話したが、あの吸血鬼に正面から戦いを挑んで勝てる存在は限られてくる。

それこそ神人か竜王位しかいないだろうからだ。

ならば、一定ライン以上の警報機代わりと考えた方が賢い。

幸いあの吸血鬼がいるのは王国領。

倒せる存在が現れたとして、それを警戒する方がよっぽど理に適っている。

 

「でもそりゃ、吸血鬼じゃないでしょうよ」

 

「気付きますか」

 

「竜王じゃないかな? 吸血の竜王か朽棺の竜王あたり」

 

口元が裂けんばかりに引き伸ばされる。

狂気じみていて純粋さを孕んだ笑みが形作られた。

 

「……両竜とも既に滅んでますよ?」

 

「どっちもアンデッドの竜王。本当に滅んでいるかなんてわからない」

 

漸く彼女の視線が此方に向けられ、そこで彼女の瞳が喜色の色を帯びている事に気が付いた。

髪と同様に左右で色の違う瞳は爛々と輝きを放ち、彼女の体から闘気が迸る。

 

「私と吸血鬼、どっちが強そう?」

 

「あなたです」

 

その問いを予想していた彼は、即座に口を開く。

すると彼女は落胆した様子で再び視線を玩具へと落とした。

 

「残念。折角、敗北を知れると思ったのに」

 

その呟きを聞いた時。

間違いなく彼の心は安堵した。

本人に自覚がないままであったとしても。

 

「あ。そういえば貴方、結婚しないの?」

 

「相手がいないもので。それこそ、貴女はしないのですか?」

 

「私? もし私に勝てる男がいればしても良いかな。十戒は?」

 

「私デスカ? 生憎と私も素敵な出会いとは無縁デス。大切な友人達はいマスガ」

 

「世知辛い世の中ね」

 

「デス」

 

「ふふ。何処かに居ないかしらね。そんな男が」

 

そんな存在が現れたと考えてみると。

 

あの『少女』の話題をしなかったのは偶然か否か。

 

いつの日か、この自覚なき安堵の意味を彼が知る時が来るのだろう。

 

 

どうしてか不安に駆られる自分に、彼は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

 

もう何度目になろうかという溜息を溢す。

吐き出した吐息の代わりとばかりに、グラスに入った液体を勢い良くあおる。

 

「……おかわり。次、ちょうだい……」

 

言葉とは裏腹にゴツンという鈍い音をカウンターに響かせて、シャルティアはバーテンダーである副料理長に告げた。

ここはナザリック地下大墳墓第九層。

ギルドメンバー達の居住区画であるロイヤル・スイートとは別に存在する、娯楽施設を集めた区画。

その中のショットバーを意識した部屋だ。

 

「こちら<淑女の涙>でございます」

 

「ん」

 

濁った眼差しのままグラスを受け取る。

そのまま風呂上りの一杯という表現がピッタリなモーションで喉奥に流し込んだ。

すでに何杯目であろうか。

先程と全く変わらない様で、グラスをカウンターに叩き付ける。

 

「……少し酔っちゃったかしら」

 

「ペースもお速かったですしね。今日はもうお休みになられては?」

 

「……いや、帰りたくないのよ……帰れないわよ……」

 

「左様で……」

 

そう。

どの口が言うのだ。

シャルティアは内心で自虐的に笑った。

このやり取りも、この場所に来る事も、全てが己の浅ましさでしかない。

あの日。

自分は決して許されない罪を犯した。

至高の御方々の為に在る筈の身でありながら、その命を刈り取らんと槍を向けたのだと。

そう『後から』聞いた。

 

玉座の間で目を覚ました時。

自らを抱き締める愛おしい死の支配者の抱擁に心が躍った。

でも、かの御方が発したとは思えない厳格でいて、何故か泣きそうだと感じられた謝罪の言葉を聞いた瞬間。

ビキリ、と。

胸の奥で何かが割れた音が……

 

「どうしたのですか、シャルティア様?」

 

「ごめんなさい……言いたくない事なの」

 

指先でグラスを弄る。

 

――は……我ながらなんて……情けない……

 

ここに居るのも誰かに慰めて欲しいからで。

ここに居るのは誰かに気にして欲しいからで。

ここに居るのは誰にも会いたくないという矛盾した気持ち。

 

許されたい。

許されたくない。

 

必要として欲しい。

必要として欲しくない。

 

相反する感情がグルグルとシャルティアの胸を巡り……抉っていく。

 

自分でも気が付いているのだ。

まるで幼子の様な癇癪でしかないと。

だけれど理解と納得は別だ。

だからこそ理性と感情も別なのだ。

 

もし仮に。

この心を救う事が出来るとすれば。

 

「……おかわr「こんばんわ、シャルティア。隣、良いかしら?」……ぁ……ぁあ……!……!」

 

不意に耳をくすぐった声に振り返る。

グニャリと視界が歪んだ。

溢したくもないのに、嗚咽が……涙が止まらない。

 

「くす。ほら泣かないの。折角の可愛い顔が台無しよ? ……シャトーの93年を頂戴」

 

「畏まりました」

 

キュポンと、小気味良くコルクの抜ける音が響いた。

曇り1つないグラスにトクトクとワインが注がれる。

 

「どうぞ」

 

「ありがと」

 

近くの筈のやり取りが、何処か遠い所で行われているのならば、どれ程気が楽だっただろう。

 

――……そんなのは嘘だ

 

隣に座っているのは誰だ?

そんな事は解りきっている。

 

――……あぁ……そうだ……私は……

 

隣に座ってくれているのは誰だ?

そんなもの見えずとも判断出来る。

 

――……ただ……一言だけで良かったから……

 

「さぁ。一緒に呑みましょう? 1人だけで呑むのに飽きちゃった所なの」

 

「……ぁ……」

 

――……隣に居て良いよって……

 

「……言って……くれた……」

 

「ん? どうしたの?」

 

普段とは若干違う柔らかい声音が脳に伝わる。

歪んでいた視界も、気が付けば晴れていた。

柔らかいガラスの明かりが、シャルティアの眼前を照らす。

薄暗い室内でもその場所だけが輝いている様にシャルティアには感じられた。

 

「……是非ご一緒させて下さい。ベルンエステル様」

 

「あら。悪いわね」

 

スッとグラスが差し出される。

慌てて手元に視線を落とすと、何時の間にか空だった筈の自分のグラスに、十色に光る美しいカクテルが注がれていた。

 

「これは……」

 

「<ナザリック>でございます。こちらの御方から」

 

「っ!」

 

その言葉と、込められたであろう意味にシャルティアの心臓が跳ねた。

震える体を無理矢理ながらも抑え込む。

 

「……ナザリックに」

 

「ナザリックに」

 

チン、と。

 

穏やかな音色が木霊する。

 

あぁ。

 

もし仮に。

 

この心を救う事が出来ると、出来たとするならば。

 

 

それはきっと。

 

 

「ん。美味しいわね」

 

 

「……っ……はい……はいっ!」

 

 

素敵な魔法に違いなかった。

 

 




NEW31話『霧を払いて』お楽しみいただけたでしょうか?

こちらは昨日投稿していた内容が後半部分に来て、前半部分を新たに加筆してあります。

改めまして更新遅延の理由としては、作者のリアルでの体調不良が原因です。
申し訳ないですね。
本文の最後の行。
素敵な魔法という部分ですが、こちらは読み手の皆さまのお好きなルビを振って下さればと。
そのままでも構いませんし、魔法の部分を『きせき』と読んで下さっても、素敵な魔法を『白い魔法』と読んで下さっても面白いかもしれませんね。

冒頭の詩と本文書き出しが今までにない表現にしてあります。
こちらも是非、考察等にお使い下さい。
現段階とこれからの謎解きに挑戦なされる強者。
そんな、我こそは!という方がおられましたら……何時でも考察を。

さて。
『俺YOEE』様、『菊池 徳野』様、『モレ(一般人?)』様、『炬燵猫鍋氏』様、
『ナナシ』様、『yoshiaki』様、『鬼さん』様、『白金』様、『ひろりあん』様
ご感想を下さいまして、ありがとうございます。

修正前の31話でご感想を下さいました
『鬼さん』様、『まろんさん』様、『山崎門』様
ありがとうございました。

ご感想等、いつでもお待ちいたしております。
それでは、次話にて。
                                   祥雲


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ep.3 ~Even in the relentless clock~
言霊


時計の針が止まればいい
      楽しい時よ、永遠に

時計の針が止まればいい
      愛しい者よ、永遠に

時計の針が進めばいい
      願う未来よ、永遠に



勝利の定義とは一体何か?

 

 

それを語るにはページはおろか、時間が余りに足りないだろうから割愛したいと思う。

そもそも…………いや……やはり少しだけ書いておこう。

 

例えばそれが戦争だったとする。

これは実にシンプルだ。

領地を奪い、民を奪い、将を殺し、王を殺す。

たった4つの項目で大凡纏められるのだから、なんて滑稽で愚かしい事か。

 

しかし、その物差しは一体誰のもの?

国?

民?

はたまた歴史?

 

一度決めてしまった視点を変えるのは、存外に難しい。

それに気付け……というのは余りに酷で。

それに気づいて欲しいと思ってしまうのは……やはり心の贅沢。

 

どだい勝利とは、その時を駆けた者が語るべき事だ。

本当に記すべき真実は、いつしか猫箱に仕舞い込まれる。

 

暴くも閉ざすも勝手だろう。

 

……あくまで、開く鍵が見つかれば……の話だけど。

 

               ■■の手記より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

一体誰がこの展開を予想出来ただろう。

 

 

『……な……』

 

その光景を遠見で見ていた者達、ほぼ全員が思わず……といった具合にそう溢した。

それは自室で同じ様に事の顛末を見届けようとしていたモモンガも同様だった。

 

蜥蜴人という種の命運を賭けた戦の最後。

確かに、ザリュースと呼ばれた蜥蜴人の戦士の拳は届いた。

偽りとはいえ、イクヴァを、ナザリックの将を打ち破って見せたのだ。

『敗北』という結果こそ、モモンガが欲した通りの結果の筈。

戦場の将であるイクヴァはモモンガにとっては只の捨て駒である。

戦局の将であるコキュートスを含めた守護者達へ、『実際の経験』と『定められた仮想』との違いを考えさせる為の。

 

「……がふっ……」

 

「「!! ザリュースっ!?」」

 

 

だが……それはあくまで画面の向こうの『想定外』がなかったらの話。

 

 

「……良い勘してるわー。折角苦ませない様に心臓だけ刺してあげようと思ったのにナー。やっぱ木の枝でもイケルって見栄張ったのは失敗だったわね。うえー、お説教ヤダー!!」

 

スキルの画面越しに見える『想定外』は、ポイッと握っていた血まみれの枝を放り投げる。

身体の中央よりやや右側に風穴を開けたザリュースが、力なく地面へと倒れた。

 

「さて、と。次は……「貴様ぁ!!!」……?」

 

その余りに自然体で警戒の欠片もない背中に、激昂したゼンベルという蜥蜴人が飛びかかる。

体中の傷口が開こうが、骨が砕ける音がしようがお構いなし。

はち切れんばかりに膨張した腕の筋肉がその怒りの程を表しているだろう。

その鋭い一撃は容易く敵の頭部を砕……

 

「わぁ!? ……って言うと思った?」

 

「!? ガァアアアア!!?」

 

……く事はなく、ゼンベルの腕が宙を舞う。

 

「ざぁーんねん! もっと頭使いなさいよ。ア・タ・マ! あんた程度がこの私に勝てるなんて絶対にあり得ないっての。怒れば奇跡を起こせるとでも思った? 今、そこで無様に倒れてるのに? ふっ、だっさ」

 

血が吹き出す肩を抑えながら蹲るゼンベルに嘲笑が投げかけられる。

その悍ましい笑みが、ガクガクと震えるクルシュへと向いた。

 

「ヒッ!?」

 

「そんなに怯えないでよー。あんたの命を取ろうとかは思ってないからさ。安心してちょうだい。ほら、握手しましょ、握手!!」

 

先程までの悍ましさが鳴りを潜め、透き通る様な微笑みがクルシュのすぐ目の前にある。

一体何時の間に移動したのか。

恐怖に怯えるしかないクルシュはその手を取った。

瞬間。

 

「アァぁ゛ぁぁああああ゛ぁああ゛あ゛あ゛あ゛!? 痛い痛い痛いいたいいたいいたいぃいいいいいい!!!!」

 

ズルリ、と。

ブドウの皮でも剥く様に、クルシュの腕の表皮が剥がされた。

 

「あぁ。やっぱり思った通り。真っ白で綺麗な鱗ね。丁度ポーチの皮が欲しかったのよー。アリガト♪ ……喜んでくれるかなぁ、えへへ」

 

クルシェの絶叫を余所に、その元凶はうっとりとした様子で剥いだ鱗を撫でる。

血が滴るソレを嬉しそうに笑いながら弄ぶ姿は、骸の並ぶ戦場に咲いた華の様。

 

「……お……ま……え……一体……何……だ!?」

 

失った血の所為か、息も絶え絶えにゼンベルが問いかける。

その声に、待ってました、と顔全体に喜色の色を滲ませてその華は嗤った。

愛くるしいキャンディの装飾が施されたピンクのドレスが風でフワリと揺れ、絹の如き金髪が舞う。

ルビーを思わせる紅の瞳が細められる。

 

「あ! それ聞いちゃうんだー。どーしよっかなー。まだ秘密なんだよねぇ。ほら! 謎の美少女ってヒロイン的立ち位置でしょ?」

 

だからさ、と間を置いて。

 

「覗き見が好きな童貞さん? 早く来ないと大切な駒が死んじゃうわよ? 私って本当はどうしようもなく強いもの」

 

 

明らかにモモンガと目が合った状態でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パリィン! とスキルで作られた画面が砕け散る。

 

 

「モモンガ様っ!!」

 

控えていたメイドが血相を変えて駆け寄るが、モモンガは動かない。

キラキラと輝きながらその破片は宙へと溶けた。

 

―確かに目が合った。あの台詞も……甚だ遺憾であるが俺に当てはまる。それに駒だと? あの地に駒なんてイクヴァ位しか…………!!! マズイ!!!

 

その考えに至った瞬間、モモンガはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使用して転移していた。

平時の彼であれば、誰かに連絡を取り、幾つかの備えを施してから動いていた筈。

しかし、今の彼の精神にそんな余裕はない。

 

―コキュートス!!

 

もし、あの駒という言葉が現地で指揮を執っているコキュートス達を意味するとしたら。

 

―っ!!

 

モモンガは奥歯を噛み締める。

ソレは怒りだ。

ソレは恐れだ。

精神が安定化を図ろうと、スキルが発動するも、只光るだけ。

 

―まさかとは思うが……プレイヤーか!?

 

画面越しに見ていた攻撃。

その動作をモモンガは全て追えなかった。

純粋な戦士職でないモモンガにとって、『見切』という現実部分での技能は重要な割合を占める。

ユグドラシルの時代から、それこそ12年に及ぶ歳月で培ったソレはある種の極致まで高められていると言っても過言ではない。

転移した中央霊廟を走り抜け、地上への入り口に差し掛かったその時。

 

「あら? そんなに急いで何処に行くの?」

 

そんな友人の声がした。

 

「!? ベルンさん!!」

 

よく見れば入り口のやや上部。

天上近くにベルンエステルが浮いている。

 

「くす。駄目よ? 貴方が勝手に飛び出しちゃったら、ナザリックが混乱しちゃうわ」

 

「!! すみません! でも、急がないとコキュートス達が危ないんです!!」

 

ベルンエステルの言葉に、己の短慮を自覚したモモンガだったが、すぐに意識を切り替える。

 

「もしかしたらプレイヤーがあの場所に居るかもしれない! 俺の索敵魔法に干渉してきました!! そんな存在はこの世界に今まで居なかった!!」

 

「……へぇ。それはそれは」

 

ベルンエステルの表情が微かに動く。

だが、自分達と同レベルの存在が居るかもしないという懸念と、もしそうであれば階層守護者とはいえ危険だという懸念。

様々な負の要素が渦巻いているモモンガが意識する事はなかった。

 

「だからベルンさん! そこを退いて下さい!! 退かないというなら!!!」

 

最悪、押し通ろうと考え、構えたモモンガ。

その様子を見たベルンエステルは、文字通り人形の如く表情を消し去った。

 

「……いつまで思考を停めている。お前は私を失望させるのか?」

 

「っ!?」

 

今まで一度も聞いた事のない口調と冷たさがモモンガに向かって放たれた。

それは他ならない、眼前のベルンエステルからである。

ベルンエステルは気を落ち着かせる為か、息を深く吐く。

再びその小さな口に空気が吸い込まれる頃には何時もの雰囲気に戻っていた。

ベルンエステルは側頭部に指先を当てる。

そしてモモンガに聞こえる大きさの声で話を始めた。

 

「聞こえる? えぇ、残念ながら予想通りよ。あんたにも手間をかけたわね。先に戻って待ってて頂戴」

 

後に一言、二言呟いたベルンエステルの視線がモモンガを捉える。

 

「さて。結論から言えばモモンガさんの心配は杞憂よ。あのコはナザリックの敵ではないわ。私の可愛い、愛しいコだもの」

 

「……え?」

 

「今からあのコの事を含めて、説明と報告をするから玉座の間に行きましょう」

 

呆けるモモンガの手を掴んで、有無を言わせないまま転移。

 

 

玉座の間に着くまでの間、彼女が口を開く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

玉座の間の空気は重い。

 

それは後悔、困惑、警戒。

様々な感情が渦巻いている為だろう。

 

重圧とすら感じられる雰囲気を討ち払ったのは、概ねの元凶と予想されている魔女の言葉だった。

 

「さて。改めて今回の蜥蜴人との戦闘の労いを。先程モモンガさんからあった通り各々気を引き締める様に」

 

「「「「「「はっ」」」」」」

 

「そして、今回、私は独断で動いた。その真意を明かそうと思うわ」

 

ベルンエステルの視線はある1人を向いている。

玉座に座るモモンガ只1人を。

 

「この世界に来おいて、アインズ・ウール・ゴウンは間違いなく強者よ。それはここに居る誰もが実感している事でしょう。先に謝っておくわ。シャルティア。もし不快にさせたならごめんなさいね」

 

その時だけベルンエステルは視線をモモンガから外した。

 

「御気持ちだけで十分で御座います。どうぞ、我が事なぞお気にかけず、仰りたい事を仰っておくんなんし」

 

シャルティアの瞳に揺らぎはない。

ならばと、ベルンエステルは続きを話す。

 

「……先日の洗脳で、この異世界に世界級アイテムが存在し得る可能性が浮上したわ。そこでモモンガさんは警戒を強めたのよね?」

 

「そうです。二度とあんな思いを「でもソレはした『つもり』でしかなかった訳だわ」っな!?」

 

予想だにしないベルンエステルの一言にモモンガは絶句した。

それに意を唱える者が1人。

ベルンエステルをまるで仇を見る様に睨む、アルべドだ。

 

「ベルンエステル様! いくら御身とはいえ、モモンガ様にお言葉が過ぎるのではないでしょうか!?」

 

「……私が何時、発言を許したかしら?」

 

「「「「っ!」」」」

 

「「ヒィっ!」」

 

魔女から放たれる威圧にアルべド・コキュートス・デミウルゴス・シャルティアの4人は息を飲み、アウラとマーレの2人は小さな悲鳴を上げた。

異世界転移以降、ベルンエステルが威圧を意識して僕に放った事はない。

初めて感じる魔女の明確な意思をもった圧力に、守護者の誰もが動けないでいた。

 

「もう言いたい事はないわね? あっても許可しない。今、私は彼と話しているの」

 

「きゃー! ベルンったら怖いわねぇ! ほら、皆震えちゃってるじゃない」

 

『!!??』

 

その場に居る皆が驚愕する。

ベルンエステルの背後。

首に腕を回しながら抱き着くのは、蜥蜴人との戦場に唐突に現れた者に他ならなかったのだから。

 

「はぁ。あんたが今出てくると話がこんがらがるんだけど」

 

「そんなの知らないわぁ。私はベルンさえ居ればいいもの。ほら、この鱗綺麗でしょ? 後でポーチを作ってベルンに贈るの! どう、素敵だと思わない?」

 

「それは素敵だわ。でも愛を囁きあうのはベッドの中って相場が決まってるもんよ?」

 

「~~!!」

 

ベルンエステルの発言に顔を赤らめる姿からは、微塵も害意が感じられない。

それどころかベルンエステルと過剰なまでに、親密なスキンシップを図るこの少女は何者なのか。

 

「くす。ほら、自己紹介でもしなさいよ。話が進まない」

 

「……んん゛! 私は宇宙一華麗でキュートな絶対の魔女! ラムダティルダちゃんでーす! ベルンとは愛し愛される関係ね!!」

 

「……場違いなテンションをありがとう。ほら、先に部屋に戻ってて良いわ。というかさっさと行け」

 

「あぁん! ツレナイのね! でもそんな所も大好き。じゃ! ベッドで待ってるわね。私の愛しい魔女様♪」

 

ファンシーな星を散らしながら、ラムダティルダと名乗った魔女は虚空に溶ける。

 

「今のがラムダよ。そしてあのコは敵じゃないわ。……今回、私のお願いでああいう登場になったけどね。さて、これでモモンガさんの考えた最悪は勘違いだった訳だけど、そろそろ気付いてくれた?」

 

ベルンエステルはモモンガに問いかける。

モモンガが答えるまでの間、守護者達は固唾を吞んで、偉大なる支配者2人の動向を見守るしか出来なかった。

永劫とも錯覚する沈黙を経て、モモンガが言葉を発した。

 

「漸く……理解しました。ベルンさんの言う通りです。俺の覚悟は『つもり』でしかなかった……」

 

「聞かせて貰えるわね?」

 

「えぇ。……お前達も聞いて欲しい。確かに驕りがあったんだ。いくらこの世界に強者がいようと、自分達に並ぶ存在などいないのだと。いたとしても、それが己に匹敵する力を持つ可能性を私は――俺は考えようとしなかった。あの時、スキルに干渉されて初めて焦ったんだ。思考が確かに止まったんだ。そして考える事を止めて感情のままに飛び出した」

 

モモンガは玉座から立ち上がる。

 

「……ありがとうございます、ベルンさん。そして、ごめんなさい。俺にソレを自覚させる為にこんな汚れ役を貴女にさせてしまった。守護者達ナザリックの僕に嫌われるかもしれなかったのに……」

 

最初にベルンエステルを、次に守護者達を見ながらモモンガは頭を下げた。

 

「……くす。まぁ、及第点かしら」

 

その頭をベルンエステルは優しく撫でる。

 

『ちょっ!? 皆見てますって!!』

 

『あら? 2人っきりだったら良いの?』

 

『ぶふっ!? ななななななに言ってんですか!?』

 

『くすくす』

 

モモンガの頭から手が離される。

クルリと身体を翻して、ベルンエステルは守護者達に向き直った。

パン! と手を叩いて場の意識を集中させる。

 

「皆、言いたい事も思う所もあるでしょう。でもそれをここの場で口にさせるつもりはないわ。あんた達の忠誠は真の忠であると知っている。その上であんた達が決めた答えを大事になさい。只、命令を聞くだけが忠ではない。只、相手の求めた事だけを与えるのは愛ではない。今日、この日見た事を、感じた事を糧となさい。それがあんた達の血肉となってナザリックの――モモンガさんの助けとなる日が必ず来るわ」

 

「「「「「はっ!!!」」」」」

 

「くす。良い返事ね」

 

 

この騒動は1日もせずに、ナザリック中に知れ渡った。

 

 

階層守護者から一般メイドに至るまでが、その御心に深い慈愛を垣間見、御方へ仕えられる喜びを噛み締める。

 

 

至高たる存在の己が身を使ってまで示した『支える』在り方を。

 

 

なれど。

 

 

彼女が隠した意味を知るのは、全てが終わった後となるのだ。

 

 

 




第32話『言霊』如何でしたでしょうか?

今話では遂に遂に、『あの方』が登場しました。
ツッコミ所満載のお話でしたね!
シリアス?な話な上、私からの落とし物がてんこ盛りです!
メタ発言すれば、そろそろ私の想い描く物語の核心に触れれなくもないですね。
しかし、気付けば蜥蜴人さん達の活躍が美味しく食われている不思議。
原作4巻部分も、書いて2話程になりそうで……こほん。

さて。
『白金』様、NEW31話更新後のご感想ありがとうございました。
修正前にご感想下さいました
『鬼さん』様、『まろんさん』様、『山崎門』様
改めてありがとうございます。

以前にまして賛否が別れそうな展開ですが、どうかお手柔らかにお願いいたします。
近くお会いできます事を。
それでは次話にて。
                                 祥雲



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Happy Halloween !!

遠く広がる空を見た
  流れる雲の行く末を

遠く広がる空を見た
  瞬く星のきらめきを

遠く広がる空を見た
  月が隠した優しさを



ふとした瞬間に目を奪われる。

 

そんな経験をした事がない?

 

何気ない仕草に。

見慣れた景色に。

ありふれた日常の中、世界に色を付ける瞬間を、誰もが知っている筈だ。

極端な話をすれば、『生』の自覚ともとれるかもしれない。

その感情を表現する権利は誰にでも在って、色んな方法があるだろう。

例えば絵画。

例えば彫刻。

例えば忠義。

例えば恋慕。

千差万別のソレ。

……私はなにかを残せるのだろうか。

                          ■■の手記より抜粋

 

 

 

 

 

 

蜥蜴人の一件から数日が経過したあくる日。

モモンガは珍しく自室の整理をしようと思い立った。

 

―ようし! いざ!

 

正確には自室に隣接するドレスルームだ。

以前、ベルンエステルがこの場所への興味をなくした結果、今日まで魔窟のまま放置され続けていた。

勿論、日々の清掃や身の回りの世話に嬉々として取り組んでいるメイド達からすれば格好の餌場と言えるだろうが、当のモモンガ自身がそれを拒絶していれば彼女達に為す術はない。

モモンガの本心としては、自分で集めた思い出深いコレクションの数々を勝手に弄られたくないという、コレクターによくある悲しい性である。

 

「ふんふ~ん♪ ふふふふ~ん♪」

 

上機嫌に鼻歌を披露する魔王の姿がそこにはあった。

小刻みにリズムを全身で表現する姿は、凄まじい違和感を醸し出している。

勿論、人払いは完璧だ。

この瞬間。

モモンガは仮初の自由を満喫していると言っても過言ではない。

強面の軍人さんが夜一人で、足元にすり寄って来た子犬と戯れている感覚。

顎髭で周囲には暴君な老人が、家では孫子供を溺愛している感覚……等と例えれば理解しやすいかもしれない。

 

早速モモンガは一番最初のアイテムに手をかけた。

 

「おっ。これは確かフリマで衝動買いした聖剣だっけ? ……フリマで売ってる聖剣ってぶっちゃけどうよ? まぁ、カッコイイから問題ないよね!」

 

そう呟きながら手にしたのは、波打った形状の黒い片手剣だ。

名称は『ブロニストの聖剣』

 

―懐かしいなぁ。……碌に効果を確認せずにたっちさんに装備して貰ってスクショ撮ろうとしたら……駄目だ。これ以上はたっちさんの名誉に関わる。……たっちさん……すみませんでした……

 

当時の惨劇をモモンガは思い出して、静かに黙祷した。

明言は避けるが、文字通りの最強を現代オンライン世界に蘇らせてしまったとだけ言っておこう。

 

「これは……うん。奥にしまうとして、こっちは……なんだっけ? 本?」

 

気を取り直したモモンガが次に手にしたのは、何処かで触った事がある気がする手触りの本。

黄白色の皮表紙の古めかしい一冊は、手にした瞬間からドス暗いオーラを放っている。

 

「……まるで<死のオーラ>系のスキルが常時発動しているみたいな……とりあえず、中見ておこう。表紙の文字読めないし」

 

モモンガは軽い気持ちでページを開く。

 

「っ!? こ、これは!?」

 

そう。

開いてしまった。

それは余りに冒涜的な内容。

見るだけで精神が悲鳴を上げる。

有り余る筈のMPが徐々に……だが確実に減っていく感覚がモモンガを襲う。

 

「……なんで……俺の部屋にこんなものが……うっ……」

 

モモンガの指先が震えた。

本の名は『ルルイエk……』ではなく『ウスイエ本』(ぶくぶく茶釜著)。

業の深さに定評のある姉弟の姉が、モモンガを主人公に一部の腐った階層向けに徹夜で執筆したという曰くつきの魔導書である。

脳内に在りし日の記憶が鮮明に思い起こされた。

 

 

――求めよ。さすれば与えられん。なに? 求めたくない? 宜しい。ならば戦争だ――

 

――ま、待て姉ちゃん!? 俺はノーマルでありたい!! だけど男の娘までならむしろウェルカム! あれ? 俺、実は結構手遅れ? いやいや。俺はノンケだ……でも、男の娘にh――

 

――はーい。一名様ごあんなーい★――

 

――ア—‐ー!?――

 

――ペロロンチーノぉぉおおおお!?――

 

――やべぇ! 音改さん(暗黒面ver.)まで向こうに付きやがった!!――

 

――アレは噂に聞く『あいあん・めーでんくん(♂)』!? アイツらマジだぞ!?――

 

――皆さん! こっちです!――

 

――「「「たっちさん! キタコレ、勝つる!!」」」――

 

――あれぇ? たっちさん邪魔するのかな? かなぁ?――

 

――っ! なんというプレッシャー! だが男には譲れないモノがある!!――

 

――あわわわ……駄目ですよ! え、えっちぃのは……その……へぅ……――

 

――加勢します、たっちさん!!――

 

――モモンガさん! 駄目だ! 彼女達の狙いは貴方です!――

 

――ふぅん? 流石はモモンガお兄ちゃん。でもね? 誰か忘れてない?――

 

――「「「え?」」」――

 

――あら。手が滑ってしまったわ。どうしましょう。子猫達が綺麗な指輪をたくさん咥えて散り散りに……くす――

 

――あぁぁ!? リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがぁぁああ!?――

 

――ヤベェ……ヤベェよぉ……――

 

――<装飾装備無効化Ⅴ>か!? 実戦じゃ使えない死にスキルを上げとくなんて……っ――

 

――ふはっw 詰んだコレw――

 

――茶釜さーん。配置完了したよ★――

 

――くくく。もう貴様らに逃げ場はないぞ? 諦めてケツを捧げよ――

 

――言い切った!? おい、運営仕事しろ!?――

 

 

そこまで思い出した所でモモンガは回想を放棄した。

そっと、本を閉じて脇に退かす。

 

「あぁ! 次はこれにしようかなぁ! はっはっは!」

 

無駄に元気よく声を上げて別のモノを次々と手にする。

ボロボロな黄色いローブ。

見事な宝石細工のティアラ。

紅白のオットセイのキーホルダーらしきもの。

緑色の兎が描かれた掛け軸。

アレコレ手にとっては、懐かしみ、次へ次へと手を伸ばす。

 

つまりは当に彼の脳内では、『部屋の整理』という単語は消え去っているのだ。

最早、只のコレクションの確認作業と化した現状。

床を埋め尽くさんばかりに溢れかえる品々は一時、その空間を開けるがすぐに元の状態へと戻っていく。

 

モモンガ―鈴木悟は、整理整頓が出来ない男の見本のような存在であった。

 

 

 

 

コンコン、と。

ドアを叩く音で、思い出の中に没していたモモンガの意識が現実に戻される。

 

「モモンガさん? 入るわよ?」

 

「あ。どうぞ! 鍵は開いてます」

 

扉の向こうから聞こえるのは、ベルンエステルの声。

先日の一件以降、予想外にもベルンエステルの方からモモンガへと謝罪があった。

ユグドラシルの時代でも意見の衝突等で気まずい空気に敏感だったモモンガだけに、出鼻をくじかれた感は否めなかったがお互いにもう一度謝罪をし合い、喧嘩両成敗としたのだ。

 

ガチャリとドアを開けて入って来たベルンエステルへと振り返る。

 

「そうだ! ベルンさんもどうです? 中々、懐かしいものがたくさん……」

 

「? どうかしたの?」

 

言葉に詰まったモモンガに対して、ベルンエステルは不思議そうに首を傾げた。

 

―え? ……ナニコレ、ドッキリ!? ぐっ! ソレは俺に効くぞ!?

 

モモンガの見つめる先に居る小柄な魔女。

服装は普段と変わらない青いリボンのあしらわれたドレス。

しかし、その頭上。

頭の左右から黒い猫耳が生え、ピクピクと動いているのだ。

 

「? 本当にどうしたの? 何処か変かしら?」

 

「……あの……ベルンさん? そのですね? えっと……頭にですね?」

 

モモンガの視線を受けて、納得したとばかりにベルンエステルが手を叩いた。

 

「あ。この耳? 仕方ないじゃない。そういう日だもの」

 

「え!?」

 

―ナニソレ!? 猫耳生える日があるんですか!? 可愛いな畜生!!

 

実はモモンガ。

割と可愛いモノが好きである。

それはハムスケとの邂逅時にも、片鱗が現れていた。

 

「所でモモンガさんは準備しないの? 流石に普段通りの恰好はマナー違反だと思うのだけれど」

 

「? えっと……なんの話ですか?」

 

コテンと首を傾げるベルンエステルと鏡合わせの様にモモンガも首を傾げた。

 

「え?」

 

「え?」

 

互いに無言。

静寂に包まれた部屋で、小首を傾げる骸骨と猫耳少女。

第三者が見れば間違いなく目を疑う光景がそこにはあった。

 

「……私、モモンガさんがハロウィンパーティーを開くって聞いたからこんなモノまで生やして、此処に来たんだけど? 事実、他の皆は準備に大忙しよ?」

 

「……俺はベルンエステルさんが後でお茶会の誘いに来るって聞いて、暇つぶしにドレスルームの片づけをしてたんですけど? ……あの……誰から聞きました? せーので言いましょう。せー、のっ」

 

「「……バトラから」」

 

つまりはそういう事である。

 

 

 

 

 

「ぶぇっくし!!」

 

「うわっ!? ちょっとバトラ! 揺らさないでよ! 肩車してるあんたが動いたら手元が狂うでしょ!」

 

「悪ぃ、悪ぃ。どうも誰かさん達が俺の噂をしてるっぽいな。モテる男は辛いぜ」

 

天井付近の飾りつけをしているアウラに怒られているのは、諸悪の根源ことバトラであった。

後ろでは他の階層守護者やプレアデス、一般メイド達までがフル稼働で準備を行っている。

バトラは普段の黒いスーツ。

アウラはぶくぶく茶釜お手製のドレスに身を包んでいた。

一部のメイドを除き、皆が思い思いの正装に身を包んでいる。

しかしながら、誰一人として仮装をしている者はいない。

 

パーティー用の広間には見事な丁度のテーブルや食器が並び、皿の上ではこれまた豪華な食事の数々が暖かな湯気を放っていた。

形式は立食型。

壁の幕には高価な生地のカーテンを今回の為だけに惜しみなく使用している。

定番のかぼちゃのランタンや、可愛らしいバルーンに、星の飾り等々。

アウラが付けた飾りを最後に、準備は概ね完了したといってもいいだろう。

 

「アルべド。飾りつけのと料理の準備が終わったようです」

 

「了解よ、デミウルゴス。セバス達は何処かしら?」

 

「あ。さっきワインとかお酒を地下から運んでくるって言ってました。コキュートスさんもワインの質を変化させない為に手伝ってるそうです」

 

少し離れた所では、アルべド、デミウルゴス、マーレの3人が一緒に動いていた。

その様子を確認したバトラは楽しそうに笑いを溢す。

 

「バトラ?」

 

突然笑ったバトラを疑問に思ったのか、アウラが声をかける。

 

「く。いや、なんでもないぜ。そろそろ姫さんとモモンさんが来る頃だな。俺はちょっと人を呼んでくるから、一回抜けるわ」

 

「わかった。アルべド! モモンガ様とベルンエステル様のお迎えどうするの?」

 

「さっきシャルティアを向かわせたわ。間もなくお出でになるでしょう」

 

「へー。あんたにしては珍しいわね。シャルティアに塩を送るんだ?」

 

「……ふふ。これも正妻の余裕かしら? あぁ……モモンガ様……こっそり会場を抜け出して私と情熱的な夜を……」

 

「……駄目だコリャ。……ハンバーガーってあるのかな?」

 

後は主役の登場を待つばかり。

 

今日も殆どが平常運転のナザリックは、些か騒がしい夜を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

壁際にある大きな時計の針が動く。

重低音を響かせて、時を知らせる鐘の音が辺りに響いた。

 

「皆の者。今日は突然の事にも関わらず、こうして集まってくれた事に礼を言おう。ご苦労であった」

 

上座の席に座る、偉大な支配者からの賛辞に、この場に居る僕の誰もが胸が温かくなるのを感じた。

 

「今日はハロウィンと呼ばれる、リアルでも有名な行事を行う。皆、手元にお菓子の準備はしているな」

 

「「「「はっ」」」」

 

「今宵は無礼講よ。本来とは違うけれど、皆が平等に在れる日……とでも解釈してくれれば良いわ」

 

「うむ。ベルンさんの言う通りだ。存分に吞んで食べると良い。お前達への日々の労いと感謝も込められている」

 

「「「っ! もったいなきお言葉です」」」

 

僕の声が揃う。

打ち合わせた訳でもなく、示し合わせた様に紡がれる言葉は、ここに在る僕全員の純然たる想いに他ならない。

更には、偉大なる御方2人の恰好も普段とは異なるのだ。

ベルンエステルは艶のある美しい黒耳を生やし。

モモンガは鎖の巻き付いた漆黒のライダージャケットを纏っている。

僕達の緊張と遠慮を、少しでも和らげんとする御方の気遣いに、多くの僕は感動の涙を堪える程。

 

「遠慮はいらん! 各々、日々の愚痴を吐き出すも良し! 友と親交を深めるも良しだ!」

 

食事を摂れないにも拘わらず、グラスを掲げてくれる慈悲深さもそれに拍車もかけていた。

 

「これまでの諸君らの働きに! 誇らしい忠誠に! 我が宝であるナザリックに!」

 

「「「「乾杯」」」」

 

 

 

 

 

 

「「モモンガ様! Trick or treatです!!」」

 

モモンガの元にやって来たのはアウラとマーレの双子だった。

 

「ふふ。元気が良いな。ほら、私からはこれをやろう」

 

「わぁ! ありがとうございます!」

 

「えっと? 飴ですか?」

 

「そうだ。これはペロペロキャンディといってな……」

 

 

その様子を、会場の喧騒から遠く離れた別室からベルンエステルは眺めていた。

椅子にちょこんと座り、皿に盛っておいた梅干しを口に放る。

 

「……くす」

 

暫くすると、脇の出入り口からバトラが顔を出した。

 

「っと。ここにいたのか。探したぜ姫さん」

 

「あら? 私を嵌めた命知らずが、良くノコノコと顔を出せたわね?」

 

半目のベルンエステルに僅かに表情を引き攣らせたバトラだったが、頬を搔きながら苦笑い。

 

「そう言うなって。俺なりに気を使ったんだぜ? 表面上はなんてことなさ気にしてても、疲れとかストレスはあるだろうしな」

 

「それはモモンガさんの事? さっきの挨拶アドリブだから結構キテたらしいわよ?」

 

「さてね。あ、梅干し貰いっ! その猫耳も似合ってるぜ?」

 

おぉ、酸っぺぇ! 等と言いながらバトラはお道化てみせる。

その姿に怒る気力も失せたのか、ベルンエステルは溜息をついた。

 

「ちょっとした気まぐれよ。モモンガさんのアレは勝手に着てくれたわ。あんなのまであるなんて、流石魔のドレスルームね。一昔前の映画にそっくり」

 

「俺は単車よりも馬派だわ。鎖よりはウィンチェスターとかのが良い」

 

「ロノウェにお願いしてみれば? あれでも悪魔だもの」

 

「流石に薔薇執事は遠慮するわ……っと、忘れる所だった。実は姫さんにサプライズがあるんだ」

 

言いながらバトラは指を鳴らす。

 

「! わぁ! 魔女様可愛い!!」

 

「こ、こら! 失礼でしょう! 挨拶が先!!」

 

「……」

 

ベルンエステルは己の腹部に突進してきた小さい影と、それを引き離そうとする影を認識して珍しく驚いた表情をした。

バトラが用意させたであろうドレスを纏い、うっすらと化粧を施した姿は、とても田舎の村娘には見えない。

かつて救ったカルネ村の姉妹。

エンリ・エモットとネム・エモットの2人がそこにいた。

 

「イッヒッヒ! 流石の姫さんも予想外だったろ?」

 

「……くす。えぇ。ホント、ビックリしちゃったわ」

 

「す、すみません! 大事なパーティーの日に押しかけてしまって!!」

 

「構わないわよ。モモンガさんもきっと喜ぶでしょう」

 

「魔女様ー! ネム、お腹空いちゃったぁ!!」

 

「ぶっ!?」

 

無邪気にベルンエステルの手を引くネムと、それを見て青い顔で吹き出すエンリ。

後ろではバトラが大爆笑している。

 

「もう! ベルンったら私を除け者にするなんて! ラムダちゃん悲しい!!」

 

そこに新たな乱入者が1人。

急いで着替えて来たのか、帽子が変な方向を向いている。

 

「あぁ! ちょっとあんた誰よ!? 私のベルンから離れなさいー!」

 

ラムダティルダはネムの存在に気が付くと、慌ててベルンエステルを自身の方へと抱き寄せた。

 

「いーやーだー! ネム、魔女様と一緒なのー!!」

 

ベルンエステルは自らの両脇で言い争う2人を無表情に一瞥すると、小さく口元を吊り上がらせる。

 

「ほら。まずはモモンガさんの所まで行きましょう? 美味しい食べ物もお酒も一杯あるわよ」

 

未だ言い争う2人を宥めつつ、椅子から降りた。

去り際にテーブルに小さな飴玉を2つ置いて。

 

シンプルな包装紙に包まれたキャンディが部屋にポツンと残される。

 

「ベルンエステル様! Trick or treatでありんす!!」

 

「凄い! 凄い!! 全部綺麗!! 魔王様もカッコイイ!!」

 

「そうか! うんうん! そうだろう、そうだろう!! ここは私と友人とで」

 

「あ、あの! モモンガ様の御妃様でしょうか!?」

 

「っ! くふっ!! 貴女名前は!?」

 

「え、エンリ・エモットと申します! 本日はお招き下さr「ほら! あっちに美味しいスープがあるのよ!! 遠慮しないで!! ……御妃様……くふー!!」……え?     

 あの……ちょっ……力強!?」

 

「ふむ。彼が噂のベルンエステル様の……っと。失礼いたしました。ベルンエステル様、Trick or treatでございます」

 

 

煌かしい一夜の祭りを見届けながら。

 

カサリ。

 

微かな音色は楽し気な喧騒に溶けて消える。

 

 

パクリ。

 

 

「Trick or treat!」

 

 

甘いお菓子にご用心。

 

 




第33話「Happy Halloween !!」如何でしたでしょうか。

実際のハロウィンには一足早いですが、31日に書けそうになかったのでフライングハロウィン回とさせていただきます!
少し文章構成が飛び飛びですね。
今話では小ネタがあちらこちらにありますよ。
解りやすいモノからそうでないモノまで。
宜しければ探してみて下さい。
内容的には本編大して進んでないんですが……こほん。
前2話でシリアス色が強かったので、少しコメディ風なテイストを挟んでました。

さて。

前話でご感想を下さいました
『亜姫』様、『鬼さん』様、『.ワックス.』様、『炬燵猫鍋氏』様、『yoshiaki』様、『白金』様
誠にありがとうございます。
とても励みになります。
改めて感謝を。

ご意見・ご感想・ご要望等、いつでもお待ちしております。
それでは次話にて。
                                  祥雲


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遊戯

万華鏡を覗いてみた。
    同じ景色はあり得ない。

万華鏡を覗いてみた。
    望んだ景色は選べない。

万華鏡を覗いてみる。
    移ろう景色を忘れない。

    


改めて振り返ってみると、この落書きも中々どうして愛着が……わかないものだ。

 

普通は僅かでもページが埋まっていけば、ほんの少しの愛着がわきそうではあるが、どうやら私は違うらしい。

 

全てが終わったら暖炉にでもくべてスープを作ろうか?

コチジャンたっぷりの激辛スープとか良いかもしれない。

もしくはお茶を沸かして、静かなティータイム?

久し振りに鍋で小豆を煮て、おはぎを作ってあげるのも良い。

 

未来を夢想するのは自由。

 

そしてソレを決めるのは、何時だって自分の選択に他ならない。

 

                                  ■■の手記より抜粋

 

 

 

 

 

 

雨音が路地裏に木霊した。

 

 

よく雨の日を無音と表現する人もいるが、そんな事は決してない。

雨を受ける屋根は一定の音色を奏で。

壁を伝う滴は路へと落ちて、小さな水溜りを生むのだ。

 

王都リ・エスティーゼの道路は、傍目にも舗装が十分ではなかった。

土と砂利が雨を吸っては、粘り気を伴った濁りあるペンキと化して道を塗り替えていく。

バシャリと泥水が跳ねる。

歩く度、足音に追従して奏でられる音色は、まるで愛を謳う小夜曲の様。

そんな事を考えていた所為か、曲がり角から来た男にぶつかり、尻餅をついた。

 

「……」

 

「! すまねぇ、嬢ちゃん。怪我はないか?」

 

ボンヤリと見上げれば降り注ぐ滴の向こうに、細身の男がこちらを見下ろしている。

 

「……えぇ。この通り無事ですよ」

 

男の両手は引き摺る様に麻袋を抱えている為、空いていない。

仕方なく自分の両手で身体を起こした。

この世界では上等な部類のドレスだが、気にも留めずに両手の泥を拭う。

 

「さて。退いていただけますか? この先に少し用事があるもので」

 

その言葉が意外だったのか、男の眉が僅かに跳ねた。

 

「……嬢ちゃん、悪るい事は言わねぇ。来た道を戻りな。そして早く家に帰るんだ。見た所、良い家のお嬢様だろう? なにがあったかなんざ知らねぇし、聞かねぇがよ。この先には明るい夢物語なんてありはしねぇ」

 

それが男に言える精一杯。

ほの暗い世界に生きる男が、目の前にいる『まだ救える』存在に言える唯一の言葉だった。

 

「ふふふ。お優しいですね。ですが、お断りさせていただきます」

 

「……そうかい……」

 

男の視線が外される。

そこに灯る色は憐みか同情か。

しかしながらそんな感情は、見当違いも甚だしい。

互いにすれ違い、数歩ばかり進んだ所で男に声がかかった。

 

「あぁ、私からも宜しいですか?」

 

「……は?」

 

「貴方の腕。僅かに筋肉の付き方が独特です。それに身体の重心もほぼブレていない。そんな『人1人』ありそうな袋を抱えてね。掌の皮膚のすり減り具合からして日常的に荒事をする職には就いていなかったのでしょう。しかし、そうすると先の事実と矛盾します。ならば、限定的に命を張っている? NO。それにしては足の運び方が普通過ぎる。ワザとやっている可能性も考えましたが、癖が全く見えないので除外出来ます。それに先程の言葉と視線からして、特に『女性』に対する気遣い……いえ、寧ろ後悔……懺悔の念でしょうか? そういった感情がある事もわかりました。はて? そう言えば、娼館等で商品を調整する人間が居るらしいですねぇ。最近では昔ながらの鞭や梁型ではなく、手っ取り早く感情や体を弄れる素敵なお薬があるそうで? ……みるみる仕事の機会が減って、裏方のゴミ掃除に駆り出される事が多くなってしまった。すると今までの行いを鑑みる時間が出来て……と。まぁ、こんな所でしょうか? くす! お気の毒に」

 

そう一息に捲し立てた。

 

「なっ……!?」

 

弾かれた様に男が振り返る。

 

「どうでしょう? ただ一瞥しただけで、私にはこの程度の推理が可能です」

 

驚愕に彩られた表情が、何よりの答え。

 

雨音が響く。

 

「……それと最後に1つだけ。出来る限り遠くのゴミ捨て場に行かれた方が宜しいかと」

 

楽し気な笑い声が反響する。

 

「……どうしてだ?」

 

「只のお節介ですよ。なにより……探偵が犯人であってはならないもので。無駄なトリックは作りたくありませんし? まぁ、私は探偵で魔女ですが! くす!」

 

 

 

天から降り注ぐ滴が全てを洗い流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

小気味よい金属音が耳をうつ。

 

中々に高級そうなテーブルの上に、光り輝くコインが散らばった。

その輝きに魅入られる訳でもなく、どこか濁った雰囲気を醸し出しているのは、ヘルムを脱いでガッシリと頭を抱え込んだモモンガである。

 

「……ヤバイ。……どれだけヤバイかっていうと、ガチャ爆死後の給料日2日前位ヤバイ……」

 

念の為に幻術で作ってある柔和そうな顔が歪んだ。

視線の先にあるのは、テーブルの上で小高い丘と化している金貨の山。

王都だけでなく、大陸で考えてみても明らかな一財産と呼べるだけの額だが、ナザリックの外で唯一の収入としては些か心許ないのが本音であった。

しかもそれが、『中途半端』に金貨の山だったのが災いしている。

 

もし仮にこれが銀貨数枚とかだったのであれば、モモンガも激しい危機感を覚え、普段通りに精神が沈静化されただろう。

なれど、この世界でも紛れもない一級の価値ある金貨を持っているという事実。

心の片隅に生まれてしまった余裕という名の贅肉は、中年サラリーマンのお腹に這い寄る混沌の如く、ひっそりと……そして確かにジワジワとした焦燥感を感じさせるのだ。

 

―……マジで金が足りねぇ! ど、どうしよう……いっそモツでも売りさばいて……いや待て! 俺骨じゃんよぉ!? ……ろ、肋骨って需要あるのかな? …………ないな!

 

一瞬脳裏に素敵な愛と勇気の賭博場の光景が過るも、ふと現実を思い出して溜息を吐いた。

仮の話。

もしモモンガの肋骨が市場に出回った場合は、あり得ない魔力を内包したアーティファクト扱いされる。

某法国では、死の神の遺物が発見されたとかでお祭り(赤い化粧が綺麗な)騒ぎになるだろう。

まぁ、それよりも先にどこぞの恋する守護者統括ちゃんが回収するだろうが。

 

「…………」

 

モモンガは無言で目の前の金貨を小分けしていく。

 

―……まず……セバス達の活動資金の追加分で……これ位!

 

金貨の山の内、半分近くが一気に削られた。

 

―………つ、次に蜥蜴人の村の復興支援と、各所の道具調達に使う部分で……まてよ? 今のアダマンタイトとしての地位を使えば……! となるとこの位か?

 

何枚かがモモンガの指先とテーブルの間で移動する。

最終的に手元に残った金貨の枚数は、辛うじて二桁と少し。

 

「……やっぱ安定した定期収入がないときついな。商人にパトロンになってもらうにしても、金で動く俗物のイメージが定着したら元も子もない……」

 

モモンガは頭を悩ませる。

つい先日、冒険者モモンとしての功績が評価され、大陸でも3パーティーしか存在しないアダマンタイト級の冒険者に昇格した。

余りに異例なスピード出世であるのは、モモンガ自身、十分に理解しているからだ。

 

その背景にあるものこそ、正しく人々が思い描く英雄譚。

誰もが称賛し、誰もが喝采する。

そんな英雄としての偶像こそが今の自分達に求められているのだ。

『気たるべき時』の為にも、他人の評価には気を使っておかねばならないだろう。

 

「……はぁ。こんな部屋も要らないけど、英雄としていくらかの格があるって思わせとかないといけないしな。いざって時に舐められるのは面倒だ」

 

そんな理由もあって、モモンガはエ・ランテルでも最高と名高い宿屋の、これまた最上の一室を借りている。

今この場に居ないバトラとは違い、モモンガは睡眠も食事も必要としないのだから、いくらポーズとはいえ極力無駄な出費は避けたい所。

しかし、対外的にはこの都市で唯一のアダマンタイト級の冒険者がその辺の安宿などに寝泊まりしていれば、それはそれで辺に勘繰られるかもしれない。

 

「見栄とメンツってのはその時々で大事だけど…………冒険者として駆け出した時の安っぽいベッドが懐かしいなぁ」

 

だからこそ、モモンガは無駄な出費と理解して尚、今の宿屋を変えられないでいた。

 

「……う~ん……どうしたものかなぁ。依頼を受けるにしろ、最近は安い報酬の仕事しかない。かといってあんまり依頼を受けすぎても、他の同業者の反感買っちゃうし……はふぅ……」

 

再びの溜息。

なんとなく視線を金貨から、窓に移した。

宿一番の部屋という事もあって、部屋が位置するのは建物の最上階だ。

汚染されたリアルとは違う、透き通る様な青空でも見れば気分転換には十分だろう。

そう考え、モモンガは窓を見る。

 

―……ふふ……あぁ……やっぱり空は綺麗だなぁ。ほら、あんなにサラサラと流れる様に『青』が踊って……ん? んん!? あれ!? それは可笑しくない!?

 

モモンガは幻の瞼をゴシゴシと擦る。

難度目を凝らしても、広がる青空の中に、深い色彩の青色が揺れていた。

 

「って! あれベルンさんじゃん!? 何してんの!?」

 

そう。

目を凝らしてみれば、宿屋の反対側にある建物の屋根の上にベルンエステルがポツンと座っていたのだ。

驚くモモンガが目に入ったのか、こちらにヒラヒラと手を振っている。

慌ててモモンガは<メッセージ>を飛ばした。

 

『ベルンさん!? そんな所でなにしてるんですか!?』

 

『気分転換に散歩してたら眠くなっちゃって。適当に休んでたのが偶々モモンガさんの宿の向かいだったのよ』

 

『えぇ!? そ、そうだったn……って騙されるかぁ!? あんなニンマリと笑っておいてそれはないですよね!? ハッ! まさか俺が資金繰りに頭を悩ませる姿を見て楽しんでたんですか!? ヒドイ! ベルンさんの魔女! ドSぅ!』

 

『……モモンガさんが普段私をどう思っているかが良くわかったわ。はぁ……折角、お金持ちのスポンサーをt……『わぁい! こんな俺で良ければいくらでも見て下さい! ささ! どうぞこちらの御席へ! すぐにお茶を準備させます!!』……窓、開けてくれるかしら?』

 

『はいな!』

 

勢い良く窓を開け放ち、宿からサービスで勝手に用意されていたお菓子を並べる。 

後は廊下に出て適当な給仕を捕まえればOKだ。

何時も1人位は控えているものだと、受付が話していたのを思い出したのだ。

 

「あぁ。そこの君。茶の用意を頼めるか? 急ぎ持ってきてくれ」

 

モモンガは『偶々』扉の近くに居た金髪の女性に声をかける。

 

「……? えっと……お茶……ですか? ……でも……あの……その……私は……」

 

―あれ? なんか随分オロオロしてるな。……もしかして、こういう高級宿ってお茶ですら自分で指定するもんなのか?

 

「銘柄はなんでも良い。君が薦めるモノを用意してくれ。では頼んだ」

 

そのままパタンと、モモンガは扉を閉めた。

 

既にモモンガの意識は室内のベルンエステルへと向いている。

閉めた扉の向こうで、先程の女性が漏らす言葉など聞こえる筈もない。

 

「……ど、どうしましょう……私、自分でお茶を入れた事なんて……はぅぅ……困りました……」

 

もしもモモンガが積極的に宿の中を歩いていたのなら、違和感に気が付けただろう。

 

金髪の女性はオロオロと、明らかに給仕には似つかわしくない仕立ての良いドレスを揺らす。

その海原を思わせる碧眼には動揺からか、うっすらと涙が浮かんでいた。

なまじ、モモンガが普段ドレスを見慣れている為に、この異世界におけるその価値を知らない。

目にした生地の良し悪し等、論外だ。

 

「……あ! そう言えば手土産に持ってきた薔薇茶があります! あ。でも……茶器って……受付に行けば貸していただけるものなのでしょうか?」

 

 

そもそも、客人の世話をする給仕がドレス姿で仕事をする筈がないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

パタンと、扉が閉まる。

 

―ふぅ。流石は高級宿。給仕の恰好まで拘るのか……焦ったぜ

 

額の汗を拭く仕草をして、モモンガはテーブルへと向き直った。

そのまま椅子に深く腰を落とす。

 

「……」

 

そこでベルンエステルが怪訝そうな表情をしている事に気が付いた。

 

「えっと……どうかしましたか?」

 

「……ねぇ。廊下に誰か居たでしょ?」

 

「あ、はい。ドレスを来た綺麗な女性が居ました。多分、この宿の給仕でしょう。お茶の用意をお願いしましたよ」

 

「ぷっ! あははははは!!! ソレ本当!? 流石モモンガさん!! ちっとも予想してなかったわ!! あははははは!!!」

 

モモンガの答えの何が面白かったのか、ベルンエステルは腹を抱えて笑い出した。

普段以上に笑い転げるベルンエステルの姿に、モモンガは内心驚愕する。

 

―え!? なに!? なに!? どしたん!? 

 

「あ、あの……? 俺……なにかしましたか?」

 

「くす! さっきお金持ちのスポンサーの話をしようとしたでしょう? モモンガさんに途中で言葉を遮られちゃったけど」

 

「えぇ。その事を聞こうとして、今こうしてお茶を待ってるんですが……」

 

「そのスポンサーね。実はこの宿に連れて来てたの」

 

「え゛!? い、いきなりですか!?」

 

まさかの言葉にモモンガは再び驚愕した。

だが、こんな言葉をご存じであろうか?

二度ある事は……三度あるのだ。

 

「でね? そのコがどうしても挨拶したいって言うから、部屋の前で待っていて貰ったのよ」

 

「え?」

 

「綺麗な金髪碧眼で、ドレス姿の筈なのだけれども」

 

「……え?」

 

ビシリとモモンガが固まった所で、扉が開く。

 

「あら。遅かったわね」

 

そんなモモンガ越しに、楽しそうなベルンエステルの視線がゆっくり開いた扉へと向けられた。

 

「すみません。ティーセットを受付でお借りしてて……」

 

「くすくす。ヒドイわねぇ。客人にお茶を用意させるなんて」

 

「いえいえ。私が我儘を言って押しかけたのですから、これ位は……」

 

錆び付いたブリキ人形の様な動きで、モモンガは振り向く。

 

其処には先程、お茶の用意を頼んだ女性が朗らかな笑みと共に、とても良い香りを携えながら立っていた。

 

「えっと……お茶を淹れるのは……は、初めてで! 美味しく出来ていれば良いのですが……」

 

女性はモモンガの視線を受けて、ニコリと微笑む。

 

「お初にお目にかかります。漆黒の英雄モモン様。私の名はベアトニーチェ。この度、モモン様の専属顧問錬金術師をベルンエステル卿より仰せつかりました。手始めに黄金のインゴットを5本程用立ていたしましたので、どうぞお納め下さい。何分私には無用の品。ご入用の際はお好きな時に、お好きなだけ差し上げましょう」

 

そう言ってトレイに被さられた蓋が開けられれば、湯気の立つ紅茶と一緒に眩い黄金が目に入る。

 

 

「……えっと……ドッキリ?」

 

 

余りの予想をぶっ飛ばした展開に、そう答えるのが精一杯だった。

 

 

「ふふ。まさか! なんでしたら1tでも、10tでもご用意出来ますよ?」

 

 

それは覚悟の証。

 

それは小さな恩返し。

 

 

いつの世のも、何時の時代も。

 

黄金の煌きは変わらない。

 

 

「ん……美味しいわね」

 

 

「本当ですか!? やった!」

 

 

「あの……え? どゆ事?」

 

 

 

相応しき結末を彼が紡ぎ出してくれますように。

 

 

 

若き『無限』の魔女が表舞台へと舞い戻る。

 

 




第34話『遊戯』如何でしたでしょうか?

割と悩ましい原作5巻部分。
資金繰り=あの御方で解決! なお話です。
ほぼ駄文ですが、楽しんでいただけていれば嬉しく思います。

前話でご感想を下さりました『鬼さん』様、『亜姫』様
誠にありがとうございます。

ここで1つ、作者からお知らせです。
今話投稿前の段階で、作者の中のある目標値が達成されましたので、改めて色々な記念回としてのお話を書きたく思います。
別途で活動報告を『ご要望箱』というタイトルでご準備いたしておりますので、
こんなネタを是非!
とか
こんな話を見てみたい!
というご要望がございましたら、そちらまでご連絡下さい。

以前にも一度似たような事をやりましたがね……懲りない作者でございました。

ご意見・ご感想、毎度楽しみにさせて頂いております。
それでは次話にて。
                                    祥雲


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信念

旅路で兎と出会った
    きっと良い事があるよと、彼女は笑う

再び旅路で兎と出会った
    良い事があったでしょと、彼女は笑う

三度旅路で兎と出会った
    シアワセを運んで来たと、彼女は嗤う

そこでふと、思い出す

私は一人で旅をしていた筈なのだ



救いとは時に残酷である。

 

 

一縷の望み。

その希望。

 

奈落の底で差し込んだ光程、人間が縋りたいと願うものは存在しない。

 

「助けて欲しいですか?」

 

救いとは時に警告と同義だ。

差し込んだ光の先を、奈落から見通せる筈もないのだから。

 

王都の路地裏で、今にも消え去りそうな命の灯を燃やす1人の女性にとって、自らを見下ろす精悍な老執事こそがその光で。

老執事―セバスの低くも暖かみを感じさせる声こそが唯一の導。

 

「貴女は……この私に助けを求めますか?」

 

だからこそ。

 

「   」

 

例え潰れた喉から意味ある音が発せずとも。

震えの止まらぬ己の唇が、満足に動かないとしても。

その瞳だけは決して逸らさずに――刻み付けていた。

 

己の意思を。

魂の慟哭を。

生への執着を。

 

「――― -― 」

 

音とは空気の振動である。

それが鼓膜を震わせて初めて意味を伝えるというのであれば。

この場に居る誰もが聞き取れなくとも。

確かにセバスには届いたのだ。

 

「……今は静かにおやすみなさい。貴女はこの私の庇護下に入ります」

 

ゆっくりと、そして優しい力加減でセバスの手が女性の瞼におろされた。

その温もりに本人が意識してかどうかはわからないが、女性は僅かに口元を綻ばせる。

そこで女性の体から力が抜けた。

しっかりと女性の体重を支え、セバスは静かに地面へと横たえさせる。

 

ボロボロの髪と肌。

ガリガリにやせ細った体躯。

元は端正であったであろう顔は、内出血や病気の所為と思しき淡紅色の斑点とで、かつての面影なぞ皆無だ。

しかし、セバスには別の姿が重なって見えた。

人懐っこい笑みを浮かべる少女の姿が、確かに見えたのだ。

 

「嘘だ……そいつに喋られるだけn「嘘?」……! あ……い……ぁ」

 

セバスの視線が路地裏に立つ男を射抜く。

視線で人を殺せるとするなら、それは今セバスが放つ眼光こそがそうであろうか。

 

「貴方は……この私が貴方如きに……嘘をついたと?」

 

「ぁ……ち、ちが……」

 

男の喉がごくりと音を立てる。

ジリ……と、微かに後退る靴音が聞こえた。

その様に障害にはならないと判断したセバスは腰をかがめる。

 

「では彼女は連れて行かせていただきます」

 

「ま、待ってk……いや、待ってください!!」

 

声を張り上げた男をセバスは見やる。

 

「まだ何か? それとも時間稼ぎでしょうか?」

 

「ち、違う! あの……そいつを連れて行かれるのはマジィんだ。確実に厄介な事になる! あんただけじゃねぇ! あんたの御主人様もだぞ!」

 

「厄介な事ですか? それはどの様な?」

 

セバスの問いかけに男は心底怯えた様子で口を開いた。

 

「あんたも知ってんだろ? 八本指を!」

 

その名前にセバスは覚えがあった。

情報収取を進める中で、王国を裏から牛耳っている犯罪組織であると。

 

「あんたがそいつを連れて行っちまえば、俺が仕事を失敗したって事になって、罰を食らっちまうんだ」

 

男の媚びる様な視線に対し、セバスは絶対零度ともとれる冷ややかな視線と言葉を返す。

 

「彼女は連れて行きます」

 

「か、勘弁してくれ! 俺が殺されちまうんだよ!?」

 

「……ならば逃げなさい。この国の外まで行けば、とりあえずは大丈夫でしょう」

 

一瞬、この場で殺してしまおうかとも考えたが、デメリットとメリットが釣り合わない。

ここで男を殺しておいた方が安全ともいえるが、そうなれば彼女を捜索しようとする輩が出てくるだろう。

時間稼ぎとは言わないが、ある程度安全を確保出来るまでの間は、この事が男側の組織に露見する時間が多いに越した事はないのだ。

 

―それに彼女の知り合いに迷惑が掛かるかもしれません

 

と、そこまで考えた所でセバスは首を捻った。

 

―……なぜ……私は彼女を助けようとしているのでしょうか?

 

そう思い至った動機が理解できない。

自分以外のナザリックの存在であれば、簡単に手を引いて路地を抜けて去ったであろうに。

しかし、現に自分はこうして女性を助けようと動いている。

何故だ?

何が自分をこうも駆り立たせる?

グルグルと、終わる事のない自問がセバスの脳を巡る。

軽く頭を振って、今はこの事を考えるべきではないと棚上げした。

 

「これで組合に向かいなさい。 腕利きの冒険者でも雇えば、あるいは逃げ切れるでしょう」

 

セバスは懐から革袋を取り出すと男へ放った。

訝し気な表情を浮かべる男であったが、袋の中身を見た途端目を見開く。

袋の中にある金額に驚愕したのだろう。

セバスはソレを横目で見ると、踵を返して路地裏を後にする。

 

―――誰かが困っていたら

 

「……助けるのは当たり前……」

 

ずっと心の奥底で木霊している言葉を口に出す。

 

コレが何時から自分の中にあったのかはわからない。

 

だが、ソレが正しいのだと感じる自分が確かにいて。

 

「……たっち・みー様ならば……どうされたでしょうか?」

 

今は遠い、己が創造主を夢想する。

 

 

見上げた空は何処までも広く、美しい。

 

 

 

苦笑を溢して、セバスは拠点としている宿へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

老執事が去るのを、男は茫然と見送る。

 

 

「…………なんだってんだよ、一体……」

 

あの執事の眼力。

まるで視線が、いや、肉体そのものが抜き身の刃の様に感じられた。

男も伊達に裏社会で生きている訳ではない。

当然、常識では図れない様な存在も多く見て来た。

だが、それがどうだ?

あの執事に比べれば、その中の誰もが子供としか思えない。

 

「……これで……やり直すのもアリかもな……」

 

手元にある革袋を見る。

中に入っていたのは、男が一生所か2、3度人生を送りなおしても得られないであろう大金だ。

 

組合の冒険者―ミスリル級でも簡単に雇えるだけはある。

むしろお釣りの方が遥かに多い。

これ程の元手があれば、新たな人生を歩むのも容易かろう。

 

「……まぁ、それも無事にトンズラ出来ればの話だけどよ」

 

男が自嘲気味に呟いて。

 

「その通りです……よ! <ライトニング>!」

 

「……え……?」

 

後ろから、力の籠った声がした。

 

男の口から間抜けな声が漏れる。

 

何時の間にか視界一杯に地面が広がっていた。

遅れて感じるのは、全身を焦がす耐えがたい程の痛み。

 

「……あ゛ぁあああ゛!?」

 

「……うるさい!」

 

怒声と共に、男の顔面が蹴り上げられた。

肉の焦げる匂いが鼻につく。

香りの元が自分の体からであろう事は、男もすぐに理解出来た。

鼻が折れ、前歯が飛んだ。

ゴロゴロと転がり壁に当たって停止する。

血と涙でぼやける視界の中、男は声の主を漸く認識した。

 

「……貴方には聞きたい事があります。嘘偽りなく、正直に答えなさい。貴方が運んでいた荷物の中に、金髪の女性が居た筈です。彼女は一体何処ですか?」

 

見ればまだ幼い少年である。

中性的な顔立ちを激しい憎悪に染めた様は、まるで鬼か悪魔。

 

「……答えろっ!!!!」

 

「ひっ!?」

 

少年の咆哮と同時に、右手からバチバチと雷が迸った。

その余りの恐ろしさに男は思わず悲鳴を上げる。

 

「……言え言え言え言え言え言え言え言え言え言えぇぇぇぇえええええ!!! あの人はっ……! ツアレ姉さんは何処だっっっ!!!!!」

 

「ししししし、知らねぇ! ホントだ!! ツアレなんて娼婦は身に覚えもなっ」

 

「おや? 何故、ツアレさんが娼婦だとお思いに?」

 

「落ち着けニニャ! 折角の姉さんの手掛かりを殺す気か!?」

 

少年の背。

裏路地の入口からこちらに走り寄る人影があった。

首から冒険者の証である銀のプレートを下げた3人組の男と、上等そうなドレスを着た青髪の少女だ。

 

「放してくださいペテル!」

 

「いいえ、離しません! 今のニニャは冷静さを欠いているっ! ルクルットの言う通りですよ! まずは落ち着きなさい」

 

「である!」

 

優男風の男に取り押さえられた少年は暫くもがいて抵抗するも、頭に上り過ぎていた血が下りたのか、ゆっくりと息を整え始めた。

 

「ふー! ふー! ……ふー……失礼しました。もう……大丈夫です」

 

改めて男を見やる少年の瞳には、幾何か理性の色が戻っている。

だかその奥で、隠しきれない憎しみの炎が燃えているのがしっかりと見て取れた。

そして気が付く。

少年の首元にも他の男達同様に、銀のプレートが下がっているという事に。

 

「……なんだってんだよ……俺はなにも知りゃしねぇ! 相手を間違えてんじゃねぇのか、あんた達!?」

 

遂に男の感情が爆発する。

しかし、その叫びを特に気にした風もなく、少年の横に居た少女がこちらまで歩み寄り目の前にしゃがみこんだ。

 

「いいえ。私の推理によれば間違いなく貴方がニニャさんのお姉さんを運んでいた筈なのです。事実、既に裏も取れています。貴方の上司からね」

 

「なっ……う、嘘を……」

 

少女の言葉を理解するまで数秒を要した。

 

「いえ、本当の事ですよ? まぁ、上司の方やお店に居られた他の皆さんは、此方のニニャさん達のご尽力もありまして既に憲兵に引き渡されています。最も一部は健康体とは言えない状態で、でしたがねぇ。くすくす」

 

なぜなら男の所属する組織は決して小さくない。

バックにはかの八本指が控えている。

少女の言葉が真実だとすれば、目の前にいる冒険者達は八本指に……引いては王都に広がる裏社会そのものに真正面から喧嘩を吹っ掛けたに等しいのだ。

 

「……な……ぁ……」

 

パクパクと声にならない呻きだけが口から零れる。

そっと、少女が男の耳元まで顔を近づけた。

 

「……貴方に色々と喋られるのは正直都合が悪くてですね? 『彼女』には悪いですが、ここでお別れしていただきます」

 

「……ぇ」

 

そう囁いて少女は立ち上がる。

去り際……ほんの一瞬掌が男の左胸を掠めた。

 

「ぅ! ぁぁ゛がああああああああ!!!??」

 

先程とは比べ物にならない激痛が男を襲う。

まるで身体の中身がミンチにされた様な、心臓を奪われた様な、そんな気さえする程の耐えがたい痛み。

 

「「「「!?」」」」

 

いきなり暴れ出した男に、ニニャ達は慌てて駆け寄った。

 

「しっかりしろ! どうしたんだ!?」

 

「どいて!」

 

ルクルットを押しのけて、ニニャが肩に指を食い込ませながら男を揺さぶる。

 

「勝手に死ぬな! お前にはまだ姉さんの事を喋ってもらわなきゃいけないんだ!! ツアレ姉さんは何処だっ!!! 答えろっ!!!」

 

「……ぁ……ぅ……じ……」

 

男の口が微かに動く。

 

「……っ……じ………」

 

余程苦しいのだろう。

殆ど意味ある単語には聞こえない。

それでもニニャは必死になって男の言葉を聞き取ろうとする。

ここでチャンスの逃せば、恐らく次はないだろうから。

 

「なんだ! なにを言いたいんですかっ!?」

 

「…………」

 

「おい! しっかり! まだなにも! なにもっ!!「……ニニャ……もう、死んでるよ……」……っ!! ぁぁぁあ……ぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!」

 

そして無情にも、ペテルの言葉通り、男は事切れていた。

路地裏にニニャの痛ましい慟哭が木霊する。

 

「っ! 畜生!!」

 

ガツン! と、ルクルットの拳が壁に叩き付けられた。

隣ではダインが血を滲ませながら拳を握り、天を向いている。

 

この場に居る漆黒の剣の誰もが、ニニャの悲しみに共感し、現実の無慈悲さに震えていた。

 

だが、1人。

 

そうではない者がこの場にいる。

 

「……今回は残念でした。でも大丈夫です。私も微力ながら今後も力を尽くさせていただきます」

 

青髪の少女が後ろからニニャを優しく抱きしめた。

 

「っ……ヱ……リカ……さ」

 

「何を心配する必要がありますか? この名探偵が貴女のお姉さんを必ず見つけ出すと約束しているのですよ?」

 

ヱリカとニニャに呼ばれた少女は、朗らかな笑みを受かべる。

 

「貴女が私の元に依頼しに来られた事は、決して偶然等ではありません。既に貴女は望みを果たすきっかけを掴んでいるのですから」

 

「……ぅ……ぁぁあああああ!!!!!」

 

その暖かい言葉と微笑みに、ニニャは流れる涙を我慢する事が出来なかった。

ヱリカへと抱き着いて、幼子の様に泣き出す。

 

「ぁぁ! ぅぁあああああ!! あああああ!!」

 

「くす。大丈夫ですよ……ぇぇ……なにも……心配はいりませんとも」

 

そんな2人の姿を見守るペテル達も、決意を新たに固めている。

 

今回はタイミングが悪かったのだと。

 

次こそは必ずと。

 

だが……同時にこうも思った筈だ。

 

彼女の――名探偵の力があれば、きっと解決出来る……そんな思いが。

 

 

 

この出来事を皮切りに、王都である噂が流れる様になる。

 

 

曰く、ある銀の冒険者チームが王都に蔓延る悪を粛清した。

曰く、王都には解けない謎は存在しないという名探偵が居る。

曰く、名探偵は見目麗しい少女である。

 

 

そしていつしか、王都の誰もがある謳い文句を口にするのだ。

 

 

―――事件ある所に探偵あり、と

 

 

 




第35話『信念』如何でしたでしょうか?

少し暗めな話が足りない気がしたので、偶にはダークなテイストもと、この機会に盛り込んでみました。
完全なまでにサイドな話なので、本編はほぼ進んでおりません!
次はちゃんとメインに戻っている……筈です。

さて。
前話でご感想を下さいました 『亜姫』様、『鬼さん』様、『炬燵猫鍋氏』様
ありがとうございます。

ご意見・ご感想等、楽しみにお待ちしております。
それでは次話にて。
                               祥雲


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振子

風の音が木霊する
     まるで誰かに知らせるように

風の音が木霊する
     まるで言の葉を導くように

風の音が木霊する
     まるで迷いを断ち切るように




薔薇の香りが鼻を擽る。

 

 

「……ん……」

 

その香りに微睡んでいた意識がゆっくりと覚醒した。

 

驚くほど柔らかいベッドから身を起こそうとすれば、ベッドの脇に誰かが座っているのが見える。

 

「……せ……ば……す……さ……ま?」

 

微睡んだ意識の中で、自分を救ってくれた人物の名を溢して。

 

「悪いが人違いだ」

 

「っ!」

 

返された否定の言葉に一瞬で血の気が引いた。

聞こえた声は男。

よく見れば部屋の内装も、自分が保護された宿とは違う。

ベッドこそ上質なそれであるが、壁やテーブル等の調度品は安っぽさを感じさせる。

 

「……だ……だ……れ」

 

身体が震えるのをツアレは抑えられなかった。

それは仕方がない事であろう。

今まで散々男達の欲望の捌け口にされ、命の灯が消え去る寸前をセバスに救われたのだ。

そして温かい布団を、食事を、言葉を、居場所を与えられた。

漸く『人間として生きられる』様に戻れた矢先に、気づけば知らない場所に居て、隣には知らない男が居る。

これまで経験し、ため込んだ恐怖が心から溢れ出たとして、一体誰が彼女を責められようか?

そのツアレの様子を見た男は小さく目を伏せた後、淡々とした表情で口を開いた。

 

「そう怯えるな。俺はアンタの守り役だ。助けが来るまでの身の安全は保障する」

 

「……ぇ……?」

 

呆けるツアレを無視して男は足を組みなおした。

男が座る木の椅子が軋む。

 

「俺も来たくて来た訳じゃねェ。だが、あの世界一気まぐれな猫が柄にもなく頼み事をしてきたのさ。女の頭を下げさせて無視するなんざ、男として終わってるだろう」

 

「……ね……こ……?」

 

男の言い回しにツアレは眉を潜めた。

ツアレの表情で自分の発した言葉に気付いたのか、男は少しだけ顔を近づけた。

 

「無理に理解しようとするな。頭痛にならァ」

 

「……」

 

男はそう言うとツアレから視線を外し、手元にある紙の束に目を通し始める。

その傍らには湯気のたった紅茶があった。

どうやら先程からする薔薇の香りはそこかららしい。

 

「……あ……の」

 

「なんだ?」

 

「な……まえ……き……」

 

まだ上手く発声出来ない喉を震わせて言葉を紡ぐ。

 

「わた……つ……あれ……で……す」

 

「……普通そこで自己紹介するか?」

 

「……ぁぅ……」

 

ツアレの発言に男は呆れた表情で言葉を返した。

 

赤面するツアレを見ながら紙束を窓際の棚上に放る。

 

「……ウィラードだ。ウィルで良い」

 

 

男――ウィラードは目を閉じながら、考え込む様にそう告げた。

 

 

 

窓から見えた空は、変わらず青い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか八本指が絡んでいるなんて……」

 

 

そのクライムの呟きはセバスの耳に届いていた。

 

だがセバスは何の反応も示さない。

 

通りから尾行していたのは、セバスに仕向けられた暗殺者達。

流石は裏社会屈指の闇が放つ刺客だけあり、実力も相応であったがこの3人には敵わなく、呻き声をあげて路地に転がっている。

意識のある中の1人から、セバスが自身のスキルで尋問をした結果に得られたのが八本指という存在だった。

 

「俺も詳しくは知らないが、かなりデカイ犯罪組織だろう? 傭兵連中にもコネがあるって聞くぞ」

 

「その通りですね。しかも六腕は八本指最高戦力と言っても過言ではない者達の呼び名です。個々の実力はアダマンタイトに匹敵するとか。流石に顔ぶれまでは私も知りませんが……厄介な事になりましたね」

 

「……」

 

「? セバス様?」

 

ブレインの声に漸くセバスは視線を宙から戻す。

 

「……失礼しました。成程……やってくれますね」

 

「「っ!」」

 

瞬間、クライムとブレインの2人は死を見た。

否。

2人の目の前にいるのはセバスだ。

 

だがその眼力は先程までの戦闘が童の遊びに感じられる程。

初めてまみえた時以上の冷やかさが宿り、体から発せられる殺気は瞬きした刹那に命を刈り取られるのではないかと錯覚させるには十分過ぎる。

 

「事情が大幅に変わりました。元々考え自体はありましたが……えぇ、火の粉は早い内に払うべきだった」

 

静かにセバスが立ち上がった。

 

「……セバス様は一体どうされるつもりですか?」

 

ブレインの問いかけに、セバスは穏やかなまま燃え盛る瞳を向けた。

 

「問題源を潰します」

 

あっさりとセバスは答える。

 

「「……!」」

 

余りに軽く言われた決定を前にして、クライムとブレインは息を飲んだ。

それはすなわち、人類最高峰の戦闘力を持つ者に勝てる自信があるという事だ。

先程までに2人が見たセバスの立ち居振る舞いが、決してセバスの言葉が虚構ではないと確信させる。

 

「それにそこには他にも囚われている人々がいる様ですしね。動くなら早い方が良いでしょう」

 

「そうか! 放った刺客が帰らない事で異常が知られてしまいますものね! 囚われている者達を移動でもされたら助けられなくなる!」

 

クライムが納得顔で頷いた。

しかしブレインは先程のセバスの言葉に首を傾げる。

 

「……セバス様。先のお言葉ですが、『他にも』と仰いました。もしかして……」

 

「えぇ。お察しの通りです。私が救った女性が攫われました」

 

「なんですって!?」

 

セバスの肯定に場の緊張感が増した気がした。

 

「今は時間が惜しい。私はこれから乗り込むつもりです。この意思を変えるつもりはございません。申し訳ないですが、お2人はこの暗殺者達を憲兵の詰め所に運んでいただけますか?」

 

「待ってく……ださい! これが只の我儘である事は承知しています! ですが、どうか私も協力させてはいただけないだろうか?」

 

「私もお願いします。王都の治安を守る事こそ、ラナー様の配下である私の務め。もし王都の民が苦しんでいるのであれば、この剣で救いたいのです」

 

2人に背を向けて歩き出したセバスがピタリと止まる。

 

「……アングラウス君はまだ大丈夫だとは思いますが、クライム君には少し危険かもしれませんよ? 貴方にはもっと命を懸けるに相応しい場所があるのではないですか?」

 

「私はかつて1人のお方に差し伸べられた手で救われました。あの方が人々を助ける様に、私も出来る限り苦しんでいる人へ手を差し伸べたいと思っております」

 

それに、とクライムは一拍置いて言葉を繋いだ。

 

「危険だからと瞼を閉じてしまえば、私は主人に仕えるに値しない存在だと自分自身で証明してしまいます」

 

まだ少年とも呼べる筈のクライムの強い覚悟を感じ取ったのか、セバスとブレインは何方ともなく視線を交わし頷きあう。

 

「覚悟はありますね?」

 

「「勿論」」

 

ブレインとクライムの声が重なる。

 

「わかりました。もうこれ以上言う事はないでしょう。お2人とも、お力をお貸し下さい」

 

3人の決意が固まり、改めて歩みを踏み出そうとしたところで。

 

「その船……俺も乗らせてくれないか?」

 

そんな声がすぐ近くから聞こえた。

 

「貴方は!」

 

「! ……セバス様のお知り合いですか?」

 

セバスの驚き様にブレインとクライムは若干の警戒を強める。

現れたのは若い男だ。

真紅の髪に漆黒のスーツ。

整った顔立ちも合わさって、とてもこんな路地の隅には似つかわしくない。

しかし、2人の驚愕を他所にセバスは狼狽したままだ。

 

「なぜ……もしや……既に……」

 

「安心しろって。あんたのご主人様はまだ知らねぇよ。俺はまぁ……アレだ。先人からのちょっとしたお節介さ。それに少なくとも姫さんはあんたの味方として動いてる。あのお嬢様にだってわざわざ口止めしたんだぜ?」

 

「なんと……!」

 

男の言葉にセバスは震えた。

その様子を見て、更なる疑問がブレインとクライムの中に芽生える。

 

「あの……貴方は一体?」

 

「あぁ。口ぶりからすると、セバス様の主殿の側近かなにかだろうか?」

 

「イッヒッヒ! 惜しいぜ! まぁ、当たらずとも遠からずってところだろうが、今はしがない冒険者の端くれさ」

 

当然とも言える疑問に男はそう答えた。

煙に巻く物言いからしても、詳しい事情を話す気はないらしい。

男は首に手を回しながら笑う。

その時、開けられた男のシャツの胸元から光るプレートが見えた。

 

「! アダマンタイトのプレート!?」

 

「おいおい!? どこが『しがない冒険者』だ! ガッツリ1級者じゃねぇかよ!?」

 

「ん? ぁ~……この前昇格したんだったっけか。ヤベ……マズったな。うわ……ぜってぇ怒られる」

 

驚く2人も意に介さず、男は頭を抑えた。

だがすぐに暗い態度を一変させる。

 

見ればセバスが静かに頭を下げていた。

 

「ご助力と温情……感謝いたします」

 

「それは俺に言う台詞じゃねぇぜ? でも、ま! 有難く受け取っといておこうかな」

 

 

何処か苦笑交じりのソレ。

 

しかし、その表情はすぐに別のモノへと変化していった。

 

 

「改めて……俺の名はバトラ。『只の』バトラだ」

 

 

バトラは笑う。

 

不敵に、笑う。

 

 

 

 

「そんじゃぁ、紳士諸君! 古き良きカチコミといこうぜぇ?」

 

 

 

 

一陣の風が、王都を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――奇跡と共に UA・お気に入り目標数突破記念 『魔女の出会い』――――――

 

 

 

 

「新メンバー?」

 

 

ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の拠点であるナザリック地下大墳墓。

 

その円卓と呼ばれる場所で、ある会議が行われていた。

 

 

「そうなんですよ、ヘロヘロさん。なんだか茶釜さんがそれはもう熱烈に勧誘したらしくてですね」

 

ため息交じりに溢したのは、このギルドの長であるモモンガである。

 

「あり? その様子だとモモンガさん知らなかったの?」

 

「えぇ。ついさっき知りました。他ギルドのスパイって可能性もあるから、ハイそうですかと諸手を振って歓迎する訳にもいきませんし……」

 

「まぁ……それもそうだよねぇ」

 

「ぷにっと萌えさんはどう思う?」

 

「そうですね。初めから突っぱねるのも得策とは言えませんが……仮にスパイだとしたら後々に相応の報復が待っているだけですよ? 只でさえ私達のギルドは悪名高い。身内びいきで見なくとも、簡単にわかる結末が予測出来るのにそこに飛び込む馬鹿は居ないでしょう」

 

「という事は加入に賛成ですか?」

 

モモンガが尋ねれば、ナザリックの諸葛孔明ことぷにっと萌えは肩を竦める様な動作をした。

 

「入る人、入る人、全てを疑っていてはいずれギルド自体が存続出来なくなります。それはモモンガさんの望む所ではない筈です」

 

「はい。それは勿論」

 

「ならば答えは決まってます。受け入れるだけ受け入れて、もしスパイとかであれば…………ね?」

 

「わぉ。流石はぷにっと萌えさん。腹黒いぜ」

 

「はぅ……真っ黒です! 休憩中の教育主任さんみたいです……!!」

 

「失礼な。策士と言っていただきたい」

 

「でもさぁ。新メンバーさんってどんな人なんよ?」

 

「あ! それはあたしも気になる」

 

「ワシも気になる」

 

「えぇ。私も気になりますね」

 

「みーとぅーww」

 

「「「ほらあくしろよ」」」

 

受け入れが決まったとたんにコレである。

 

「えっとですね。とりあえず茶釜さんが一度連れてくるらしいんですが……何故かペロロンチーノさんも一緒なんですよ」

 

「へ? それってあの姉弟のお眼鏡に適うレベルのプレイヤーって事!?」

 

「美少女だな」

 

「……美少女……」

 

「美少女ですね」

 

「美少女じゃろうな」

 

「むしろ男の娘では?」

 

「「「それだっ!!!」」」

 

「いやいや! いくらあの2人だからって、アバターの外見がそうと決まった訳じゃ「「モモンガさん、たっだいま~!!!」」……ぇ? へぶぅっ!?」

 

ワイワイと騒ぎ出したギルドメンバーから、ペロロンチーノとぶくぶく茶釜の姉弟を擁護しようとした矢先に『頭上から』響いた声にモモンガは上を向いた。

そして次の瞬間、視界一杯に広がる鳥足とピンクの粘液。

 

「わぶっ!? ちょっ! どっから戻ってくるんですか!?」

 

「「ん? モモンガさん居たの?」」

 

「いや! 明らかに俺に対してただいまって言いましたよね!?」

 

「まぁ、モモンガさんは置いといて」

 

「なんでだよ!?」

 

「あの……置いとくのは可哀そうですよぉ……」

 

「やまいこちゃんマジ天使」

 

「ねぇねぇ、茶釜さん。噂の新メンバーってどんな人?」

 

「おいペロロンチーノw お前が出張るって事はそういう事だろ?ww」

 

怒りのアイコンを連発する激おこ骸骨に、明らかに不審な動きで喜びを表現している姉スライムと弟バードマン。

その周りを取り囲む和気藹々とした異形種達。

そして、皆が矢継ぎに浴びせる疑問の嵐にボルテージが上がりまくったのか、ぶくぶく茶釜とペロロンチーノの動きが変わった。

 

「よくぞ聞いてくれましたっ! ……弟よっ!」

 

「おうよ、姉ちゃんっ!」

 

日曜朝の特撮もかくや……という動きをもって、2人の姉弟が円卓の入口に素早く移動した。

 

「加入を交渉し続けて早1年!」

 

「ぇ!? それも聞いてな「熱烈なラブコール送っては、痴漢撃退音で返されるご褒美を続けて早1年!!」……ちょっ!?」

 

「「「マジかコイツ」」」

 

ペロロンチーノの発言にギルドメンバーに動揺が走るも、これでさえアインズ・ウール・ゴウンの日常風景である。

この程度でテンションMAXな、かの姉弟が止まる筈もない。

より一層に声を張り上げる。

 

「皆の者!!」

 

「刮目せよっ!!!」

 

「「これが私の/俺の嫁じゃぁあああ!!!」」

 

視覚用の魅せスキルまで惜しみなく使用して、扉がゆっくりと開いていく。

 

「「「……ゴクリ……」」」

 

円卓に居る誰もが動きを止めた。

そして……

 

「あれ?」

 

「おい。誰も居ないんですけど?」

 

「「……あるぇ?」」

 

「茶釜さん……ここまで引っ張っといてそれはないわー」

 

「え? ち、違うよ!? 確かに連れてきたもん!!」

 

「へーいw 俺様の期待を裏切った君の未来は焼き鳥かな?w ターキーかな?ww 北京ダックかな?www」

 

「ま、待つのだブラザー! 俺、悪いバードマンじゃないよ!!」

 

「本当にそうかしら? ストーカー紛いの行為を1年も繰り返してたってさっき自白してたわよね?」

 

「そ、それは!!」

 

「そうそう。この娘の言う通りだ……ぞ……?」

 

「そうだー! 変態には死の鉄槌……を……?」

 

「「「あり? 今の声誰?」」」

 

扉の方へと視線を向けていたギルドメンバー達が一斉に後ろを振り向いた。

 

「あー!! 酷いよぉ、ベルンちゃん!!」

 

「くす。ごめんなさいね。つい、出来心で」

 

「そうだ、そうだー! 俺氏、危うく美味しくいただかれる所だったじゃん!!」

 

「大丈夫よ。明日は可燃物の回収日だもの」

 

「あぁ! ベルンちゃんの愛が痛い!! でも可愛いから許しちゃう!!!」

 

「黙れ弟。でも可愛いのは激しく同意」

 

「くすくす。……あぁ、他の人は初めましてね。まずは自己紹介かしら?」

 

 

そこに居たのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

パタンと、開いていた本を閉じる。

 

「あれ? ベルンさん何読んでるんですか?」

 

寝そべったソファから視線だけを動かせば、きょとんと首を傾げるモモンガの姿があった。

 

「くす。内緒よ」

 

その姿に思わず笑みが零れた。

 

「……」

 

数瞬固まったモモンガ。

 

「? どうしたの?」

 

それが不思議で今度はベルンエステルが問いかける。

 

「……ふふ。いえ、内緒です」

 

先程のお返しと言わんばかりに、モモンガはそう答えた。

 

「あら。残念ね」

 

「えぇ。全くです」

 

もし2人がかつての様にアイコンを出せたなら、ニヤリと笑うアイコンを使用したに違いない。

 

「…………ぷっ」

 

「…………くっ」

 

「「あははは!」」

 

そして何方ともなく笑いを溢した。

 

楽し気な笑い声が響く。

 

―――響く。

 

―――――響く。

 

 

過去は遠く、現在は近い。

 

思い出は輝き、今日また増えて。

 

隣に居る友と、何となしに笑いあう。

 

 

きっとそれだけで良いのだろう。

 

 

 

友人とはそういうモノだ。

 

 

 

 

 




第36話『振子』如何でしたでしょうか?

今話は本編+リクエストのございましたネタで記念回を1つ。
お楽しみいただけたでしょうか?

新たな登場人物が増えてますね。
そしてセバスとツアレの命運や如何に? という感じで本編は次話に持ち越しです。
落とし物も、少々わかり辛い気もしますが、いくつかございますよ。

さて。
前話でご感想を下さいました
『まろんさん』様、『yoshiaki』様、『鬼さん』様、『てとぽう』様
誠にありがとうございます。

いつも楽しみに拝見させていただいております。

ご感想等、お気軽にお寄せ下されば幸いです。
それでは次話にて。
                              祥雲


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宣戦布告

なんとなしに前を見た
そこにあるのは見慣れた光景

なんとなしに横を見た
そこにあるのは見飽きた風景

なんとなしに上を見た
そこにあるのは見果てぬ情景




ある建物の入口に、4人の男の姿があった。

 

 

「この扉の向こうが問題の店舗です。さっきの暗殺者達の言葉を信じるならば……ですが。あとは向こう側の建物にも通路があるようですね」

 

 

男達の佇む建物は、巷でいうところの娼館だ。

 

ならば彼らは客であるか?

 

 

「確かこの手合いの建物では非常時の脱出を目的とした出入り口が2つはあると聞いています」

 

「道理だな。こういう所には世間の目を忍んだ貴族やら権力者が割と入り浸っている。一見普通そうな民家が実は……なんて良くある話だ」

 

答えは否である。

 

彼らはそんな己が情欲に駆られた者達では断じてない。

 

 

 

「なら話は早ぇぜ。サクッと乗り込むとするか」

 

鋭い眼光を光らせる老執事。

着こんだ鎧と、腰に括った両刃の剣を輝かせる少年。

 

「いやいや!? 第一組み分けはどうするのですか? 恥ずかしながら私はこの中で一番未熟だと自覚していますよ?」

 

「……否定はしないが、謙虚だなクライム君」

 

「プレート云々の前に、立ち振る舞いを見れば嫌でも理解出来てしまいます。バトラさんの動きはセバス様のソレに近いと」

 

腰から刀と呼ばれる、異国の武器を携えた長髪の男。

赤い髪に漆黒のシーツを着込んだ青年。

 

「……へぇ? でも俺は魔法詠唱者だぜ?」

 

「バトラ殿も人が悪いな。魔法詠唱者が体術に長けていないとは限らないんじゃないのか?」

 

「さてねぇ」

 

軽口すら交わす彼らには、共通するものがある。

それは彼らの纏う空気。

……もっと詳しくいえばソレは『闘気』だ。

 

「では、中に入り次第各自散開で如何でしょうか? 勿論、出来る限りは捕虜としたいですが、抵抗があった場合は……」

 

「無論安らかに眠ってもらうぜ。別に問題はないだろうさ。こっちには王室直属の騎士サマがいるんだもんなぁ? ク・ラ・イ・ム・君」

 

「ぇ……ぇえ。はい。それは勿論。しかし、八本指の幹部らしき人物が居たなら出来れば生け捕りにして欲しいのです。捕まえた後に得られるだろう情報で多くの民を救う事が出来ますので」

 

「セバス様もバトラ殿も容赦がないな」

 

「イッヒッヒ! 大義も正義も此方にあり! ってな。これで後顧の憂いなく乗り込めるだろう?」

 

「ふふ。貴方は面白い方ですね。初めてお会いした時に抱いた嫌悪を謝罪させていただきます」

 

「マジか」

 

「えぇ。でも今は好印象ですのでご安心を」

 

「悪ぃ。執事ルートは勘弁してくれ。後ろを狙われるのは1人で十分過ぎる上にガチでトラウマモンだから」

 

「? 左様ですか? であれば私の胸の内のみに留めさせていただくとしましょう」

 

「おいやめろ」

  

心なしか顔を青ざめさせた青年――バトラの発言の後に起きた小さな笑いを最後に、皆が意識を更に切り替えていく。

 

「クライム君は申し訳ないですが、向こうの建物をお願いいたします」

 

「えぇ。実力的にも内部探索に私は役者不足でしょうし、異論等ある筈もありません。あちらの制圧はお任せください。お3方、ご武運を」

 

そう言い残してクライムは数軒隣の建物へと向かっていった。

残る3人も視線を眼前の扉へと集中させる。

 

「……誰が切り込む? 個人的にはセバスさんが適任だと思うんだ。やっぱこういう時の切込み役は正義の味方って決まってらぁ」

 

ニヤリと口元を釣り上げてバトラがセバスに視線を向けた。

 

「! 私が……正義の味方?」

 

「俺もそれが良いと思います。攫われた女性を――弱者を助ける為に命をかけると迷いなく言い切ったセバス様が正義の味方でなくて、一体誰がそう名乗れましょうか」

 

僅かに息をのんだセバスを後押しするかの如く、ブレインの言葉が投げかけられる。

正義の味方。

今のセバスを表すのにこれ以上の言葉はないのだと。

そう信じて疑わないという言葉がセバスの心に染み込んでいくのだ。

 

 

「……あぁ。えぇ……そうです、そうでした……!」

 

 

この時のセバスの心情を言葉に出来たなら、なんと書いただろう。

 

 

「私は彼の御方のお言葉を確かに覚えております。 ――誰かが困っていたら助けるのは当たり前―― あの御方の目指した正義は……掲げた剣は……いつも誰かの為にあったのですから」

 

 

そう。

 

もし言葉で表現するなら。

 

 

人はソレを―――

 

 

「ならばこのセバス・チャン。今一振りの剣として、己が信じ掲げる正義の為。推して参らせていただきます」

 

 

――歓喜と呼ぶのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そろそろだな」

 

 

窓を見ながら彼――ウィラードが呟いたのをツアレは困惑しながら聞いていた。

 

「あ……の……?」

 

既にベッドからは起き上がっている。

しかし歩き回れる程には身体は回復しておらず、正しくは上半身のみをベッドから起こしている状態だ。

 

「もうじきお前さんの白馬の王子様が到着する」

 

「……え?」

 

「恐らくは一刻とかからないだろうが……念の為だ。場所を移すぞ。立て……はしないか。少しだけ我慢しろ」

 

「ぇ……わ!?」

 

言うが早いか、ウィラードはツアレの返事も聞かずに両腕を首と脚に回して軽々と持ち上げた。

 

「俺がお前を無傷で送り届ける。長くても夜には全てが終わっているだろう」

 

「……じょ……う……きょ……わ……から?」

 

眉間の皺を濃くするツアレを見て、ウィラードは小さく笑う。

 

「フッ。無理に理解しようとするな」

 

「ずつ……ぅ……な……ぁ?」

 

「わかってきたじゃねぇか」

 

それだけ言ってウィラードは部屋の扉を開けて、歩みを進めて行く。

カツン、カツンと。

固い靴音だけがあたりに響いた。

 

 

暫くして複数の人影が前方から現れる。

 

「……チッ。タイミングの悪ぃ」

 

向かいの者達もウィラードとツアレに気が付いたのか、訝し気な表情を数人が浮かべている。

 

「待っていろ。すぐに終わらせる」

 

ウィラードはツアレを降ろして背中を壁に預けさせると、真っすぐに相手方へと歩みを進めた。

 

 

「実力不足の役者にはご退場願う也や……ってな」

 

 

 

 

 

 

「此処……ですか?」

 

 

「はい。この場所に彼らの元締めが居るそうです」

 

 

漆黒の剣と、彼らと行動をともにしている探偵はとある娼館を訪れようとしていた。

 

この場所こそが先日捕まえた犯罪者達の属する組織の本部であり、ニニャの姉らしき女性が入るのを見たという証言があったからだ。

ニニャは悲願である姉を見つけ出す為、他の仲間達はニニャの力となる為に、この場所に集ったのだった。

 

「ん? おい、扉が吹っ飛んでんぞ!?」

 

「なにかがあったであるな!」

 

「っ! 姉さん!!」

 

「! 待て、ニニャ!」

 

しかし、彼らが目にしたのは無残に破壊された扉。

微かに中から漂ってくるのは、嗅ぎなれた血の香り。

 

それを認識した瞬間に、ニニャは杖も構えずに飛び込んでいった。

反射的に伸ばしたルクルットの手は空を切る。

 

「おやおや。血気盛んですね、ニニャさんは」

 

「ヱリカさんも悠長な事言っていないで! ニニャを追いかけますよ!?」

 

「おう!」

 

「である!」

 

すぐさまペテル・ルクルット・ダインの3人が建物へと乗り込んでいく。

ヱリカも彼らに続こうとして。

 

「ぁぁぁああああああああ゛!!!!???」

 

「?」

 

そんな断末魔とも呼べる叫び声と同時に、頬に冷たい感触を感じた。

 

ペロリと舌を伸ばす。

 

「…………マッズ……どうしようもないロクデナシの屑野郎の味がします」

 

言葉だけでなく吐き捨てながら、改めて入口へと足を踏み出そうとして。

 

「……はて、どなたでしょう? 私これでも忙しいもので、舞踏や逢引の誘いはご遠慮したいのですが?」

 

後ろを振り返る事なく、突然にそう言った。

 

「お前は何者だ? 否……お前は何だ?」

 

まるで谷底から響くような低音の声でもって、背後から言葉が投げかけられる。

その声にヱリカはゆっくりと、余裕をもって振り返った。

 

「見ての通り、私、極普通の探偵ですが……何か?」

 

「ふん。そこらの探偵如きがこの俺に気付ける筈がない。増してや、この俺の『殺意』を前にして平然としていられる存在が普通の範疇に収まるものか」

 

眼前に居るのは筋骨隆々の大男。

上着として機能しているとは到底思えない衣装から覗く、いくつかの動物を象った刺青がぼんやりと発光していた。

 

「くす! この程度が殺意と貴方は仰るのですか? 知り合いの幼女の方がまだ、凄まじい殺意を魅せますよ? それはもう、嗤いが止まらなくなります。貴方の場合は……プフッ(笑)?」

 

「……」

 

「おやおや? 額に血管が浮き出ておいでですが大丈夫ですか? そんな薄着で出歩くから体調を崩されるのです。もしかしていい歳をして、斜に構える自分に酔っている感じの方で? 私、そういう殿方は流石にm」

 

ヱリカが言い終わる前に、男の拳が叩き付けられた。

轟音とともに土埃が舞い視界を狭める。

 

「……やはりな」

 

土埃が消え去る前にポツリと男が呟いた。

露わになった男の拳にも、大きく陥没した地面にも一切の血が付着していない。

つまりそれは、拳を放たれた存在に当たっていないという事だ。

 

「いきなり殴りかかってくるなんて品性を疑いますねぇ」

 

「化け物に品性があるものか」

 

男の拳のすぐ横。

ニヤニヤとした笑みを張り付けたヱリカが、額に汗も、体に傷も、服に綻びすらないままで立っていた。

 

「フフ。……流石は八本指の纏め役のゼロさん。中々に遊びがいがありそうです」

 

「……今更驚かんが、貴様は生かしておけんな」

 

「くす! では少々お相手いたしましょうか。丁度、私のお箸も新調したところでしたし」

 

「……~っ!」

 

ゼロとヱリカが呼んだ男の頭部に浮かぶ青筋が増える。

 

だがそんな事はお構いなしに、ヱリカは上機嫌に懐から出した2本の棒を得意げに突きつけた。

 

「私の華麗なるお箸捌きをご覧にいれましょう!!!」

 

 

勿論、この世界においても、お箸は食器である事を明記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その手を放していただきましょうか」

 

 

半ば倒壊しているとも言える建物の広けた壇上で、セバスはそう告げた。

気付けば空は黄昏を超えて、暗い闇色に染まっている。

 

「断ると言ったら?」

 

「無駄に命を粗末にする必要がおありなのですか?」

 

元は数階建ての娼館であり、それなりの広さがあったであろうホール址に居るのは3人。

 

1人はセバス。

大地に根差すが如く踏みしめられた両足。

両の拳を握り、半身が引き金のように引き絞られた姿勢は、まさしく闘う為の構えに他ならない。

 

1人はツアレ。

気を失っているのか、その身体は重力に従ってグッタリと下に向かっている。

だがツアレはその身を横たえてはいない。

何故か?

それはこの場に3人目が居るからだ。

 

3人目は若い男である。

並みの冒険者はおろか、1級の冒険者ですら動きを止めるであろうセバスの眼力を前に、淡々とした振る舞いを一切崩さない。

皮のブーツに、透き通る様な青色のコートを纏う男。

彼がツアレを横抱きにしてセバスの正面に立っているのだ。

 

崩れた天井から差し込んだ月明りがセバスを照らす。

 

「これが最後通告です。……彼女を――ツアレを放しなさい」

 

恋物語の1ページにでもありそうな光景を、月が覗き見る。

 

「……1つ聞きたい。何故、お前はコイツを助ける?」

 

「……貴方には関係ありません」

 

男の問に対し、セバスはそう答えた。

が、セバスのその答えは男にとって望んだものではない。

先程までの淡々とした雰囲気を霧散させ、セバスに劣らぬ眼力を見せる。

 

「答えなければコイツは渡せねぇ」

 

「っ! ……人を助けるのに理由がいるのですか?」

 

「俺は人の心ってモンを大切にするのが信条だ。どんなミステリーにも、行動にも。必ず動機が存在する」

 

男は喋りながらゆっくりと歩き出した。

 

「つまり心がなければ物語は成立しねぇのさ。ホワイダニットがなけりゃ、ハウダニットも、フーダニットも必要ないからな」

 

その歩みをセバスはじっと見つめる。

男の言葉も所作1つも、どれもが自然でいて、隙が一切ないのだ。

 

「もう1度だけ聞く」

 

瓦礫が散らばるこの場所で、比較的綺麗な所まで歩いた男はそっとツアレを下ろした。

 

「お前がコイツを救う理由はなんだ?」

 

「―――」

 

再び投げかけられた問いに、セバスは答えられない。

 

目の前の男の眼はどこまでも真っ直ぐで。

 

――あの眼を……私は知っている?

 

そんな考えが頭に過った刹那。

 

「姉さんっ!!」

 

「おい! ニニャ!?」

 

「……時間切れか」

 

セバスと男の間に、小さな影が割って入った。

 

「姉さんっ!! ツアレ姉さん!! やっと……! やっと見つけたっ!!!」

 

その姿を見て、セバスは目を見開く。

歳こそ離れているものの、ツアレに泣きつく姿は、とても良く似通っていた。

何故、男装をしてるかはわからなかったが、目の前の少女がツアレの肉親であるという確信だけはある。

だが、セバスが驚いたのは目の前の存在の所為ではない。

 

――何故? どうして私は今……胸が痛んだのでしょう?

 

普段のセバスであれば、天涯孤独と思っていた存在に身寄りが居るとわかれば安堵した筈だ。

なれど、セバスの胸中に渦巻くソレは全くの正反対。

 

固まるセバスを前に、男はクルリと背を向けた。

 

「っ! 何処へ!?」

 

「悪いが俺の仕事は終わったんでな。それに早く帰らないと、家のソファと俺の尻がボロボロにならァ」

 

男はそう言いながら片方だけ肩を竦める仕草をして。

 

「悩めよ、色男。探し物ってのは近すぎると意外に見えないもんだ」

 

小さな微笑と共に、立ち去った。

 

それとほぼ同時に、数人の人影が駆け込んで来る。

 

「見つけたであるか!?」

 

「待て! ……失礼ですが、貴方は?」

 

ツアレを姉と呼んでいた少女と同じ、銀の冒険者プレートを下げた男の1人がセバスに問いかける。

確かにこの状況ではセバスがツアレを連れまわしていた客と、第三者にとられても仕方ないだろう。

ここで漸くセバスは自分が拳を構えたままであったと気が付いた。

内心で己の未熟さに苦笑しながら構えを解く。

 

「私はとある商家に仕える執事、セバス・チャンと申します。そちらのツアレを先日私共で保護したのですが、お恥ずかしながら人攫いにあってしまいまして……。彼女を救う為に此方に乗り込んでいた次第です」

 

王都で活動する為の設定と、真実とを織り交ぜながら淀みなく答えた。

 

「!? それはとんd「ありがとうございますっ!! 姉さんを救ってくれてっ!! 本当に……ありっ……!……!!」……ニニャ……」

 

狼狽した男の言葉を遮って、ニニャと呼ばれた少女がセバスへと頭を下げる。

 

 

何度も、何度も。

 

 

だからであろう。

 

 

入口の陰で2人の男女が実に良い笑顔で会話している事を、誰もが見逃した。

 

 

「久しぶりですね。我が好敵手。……ひっくり返すのはチェス盤だけで宜しいのでは?」

 

「久しぶりだな。名探偵。……お前も他人の事言えねぇだろ? 一からノックス暗唱してみ?」

 

 

 

 

 

 

パチッ…

 

暖炉の薪が音を立てて跳ねる。

 

 

その音を合図にしたかの様に、ベルンエステルの手にしていた大きな水晶を思わせるカケラから光が消えた。

 

少し遅れてカケラ自体もスゥーと消える。

 

ふと。

 

視線を外した先には窓があった。

地上の景色が投影された月が覗く。

 

傍らにあるグラスにワインを注ぎ、一息にあおる。

唇から零れたワインの雫が喉を伝い。

陶磁の肌を撫でる珠が、一筋の痕を遺していく。

 

コクリ、と小さな音を鳴らせば、淡い熱が体を焦がすのだ。

 

 

 

深々と光る三日月は、自身が記憶しているソレとなんら変わりがない。

 

 

 

「……」

 

 

だからこそ在り得てはいけないのだ。

 

違う世界で、同じ月。

 

同じ月で、違う宙。

 

言い換えるならば……そう。

 

色違いの本棚に仕舞えてしまう一冊の本、といった所だろうか。

 

 

鶏が先か、卵が先か。

 

 

矛盾を孕んでいながらも、確かに成立しているという事実。

窓から覗く三日月が、堪らなく悍ましい。

 

まるで。

 

まるでそのカタチが、此方を見て嗤っている笑みの様で。

 

「……ッ……」

 

 

宙に浮かぶ月を睨む。

 

 

月が見降ろす。

 

 

「……精々、楽しんでなさい」

 

見上げるは月。

 

「退屈しないことだけは保障してあげる」

 

見つめるは■。

 

「でもね」

 

手にしたままのグラスを更に握る。

 

 

「残念だけれど、有料なの」

 

 

白い肌を、真紅に染めて。

 

 

「きっと高くつくと思うわ」

 

 

 

偽物の夜空に、そう、笑顔で吐き捨てた。

 

 

 




第37話『宣戦布告』如何でしたでしょうか?

約半年ぶりの更新となってしまい、申し訳ありませんでした。
今話では、文章構成が区切られて、一場面毎が短くなっております。
一応、今話の最後のベルンエステルのカケラを手にしていた描写に絡めた結果、この区切り扱いなのでご容赦いただきたく。
久方ぶりに書いたので、作者的にも納得のいくクォリティではないのは大変心苦しいです。
まさかの2017年1本目が、この低クォリティ……
もしかしたら、加筆や修正話があるかもしれませんね……高確率で!
プラスして最新話の更新に伴い、新たに小節の区切りを設けております。
気が付かれましたか?

さて。
前話まででご感想を下さいました
『yoshiaki』様、『鬼さん』様、『雪崩』様、『ゴリラバナナ』様、
誠にありがとうございます。

ほぼ確定な加筆修正は別として、本格的な更新再開は恐らく4・5月になりそうです。
だいたいこの作品を投稿し始めた時期に戻るという……(´;ω;`)
しかしながら、更新出来なかった半年の間でも、ほとんどお気に入り件数が減っていなかった事に作者は嬉し涙が止まりません。
今後お時間をいただいてしまうかと思いますが、どうか、この物語の幕引きまでお付き合いいただければ幸いです。
ご感想、ご質問、楽しみにしております。
それでは次話にて。
                                 祥雲


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駆け引き

言葉は時に残酷だ
   真実のみを抉り出す

言葉は時に残酷だ
   真実だけを隠して仕舞う

言葉は常に残酷だ
   真実だけを伝えれない




「漸く眠りましたか」

 

「えぇ。もう何年と……気を張り詰め続けていましたからね」

 

 

王都――エ・ランテル。

其処に存在する中堅程度の宿の一室で、安らかに眠る2人の姉妹の姿を見ながら、セバスとペテルの2人は穏やかな声音で話していた。

 

ベッドの上。

そこに眠るのは2人の家族。

ツアレの袖口をぎゅっと握り締め、寄り添うニニャの姿を見れば、どれだけニニャが姉を想っていたか伺い知るには十分であろう。

 

ツアレを助け出した後。

セバス達は漆黒の剣の面々が宿泊している宿へと足を運んだのだ。

その道中でほんの僅かな時間ではあったが、ツアレとニニャは会話をしていた。

ツアレ自身も今回の騒動における精神的な負荷があったのか、はたまた未だ十分でない身体面での回復の所為か。

直ぐに眠ってしまったがそれでも確かに彼女達の表情は笑顔であった。

それは正しく、初めてツアレを助けた時にセバスが重ねた光景そのもの。

セバスの口元は自然と笑みを形作っていた。

 

そんなセバス同様、ペテルも優しい笑みを浮かべながら口を開く。

 

「さて。そろそろ……」

 

「えぇ。いつまでも寝ている方の隣で話し込む訳にもいかないでしょう」

 

静かに扉を閉めて2人は部屋を後にした。

そのまま隣室に向かう。

隣の部屋では、今回の事件での主だったメンバー達が集まっている。

 

「お。ニニャと姉さんの様子はどうだった……って、その顔を見りゃわかるか」

 

迎えたルクルットの口調は普段と変わらぬ軽口。

しかし、浮かべる表情は、この場に居るほぼ全員と同じく温かいソレだ。

椅子の背凭れを正面にして座るルクルットは勿論、ダインに至ってはずっと号泣しっぱなし。

 

「良かったである! 良かったであるぅううう!!」

 

「はは。気持ちは十分わかりますが、あまり声を大きくしないでくださいね? ニニャ達を起こしてしまいますよ?」

 

「ったく。デカイ図体して涙脆いって……どこの需要層狙ってんだっつの」

 

ダインの様子に苦笑を漏らす2人だが、彼らの目尻がうっすらと光っていたのはセバスの見間違いではない筈だ。

 

「しかし、皆さんはニニャさんの隠し事に気付いていたのですか?」

 

「あ~……『ソレ』か。やっぱわかる人にはわかるんだなぁ。俺らは……割と最初からじゃねぇ?」

 

「本人は本気で誤魔化せてると思ってたみたいですが……流石に骨格とか重心は誤魔化せませんから」

 

「ぐす……水浴びでも、岩の陰に隠れていたであるし」

 

「よく顔真っ赤にしてたしよ。あの歳でソッチっていう可能性もなくはねぇけども……まぁ、普通に気付くわな」

 

セバスが感じていた疑問に対して、漆黒の剣の回答はあっさりとしていた。

それはニニャの性別についてだ。

パッと見では中性的な少年とも見えなくはないが、ある程度の観察眼があれば見抜くのは容易い。

加えて彼らは常日頃から生活を共にするチームである。

気が付かない方が可笑しいというものだろう。

 

「それとニニャさんの名前ですが」

 

それに加えてもう1つ。

ツアレ本人から聞いていたがツアレというのは只の愛称。

正しくは『ツアレニーニャ』という名なのだと。

つまり『ニニャ』という名前は彼女の本名ではないという事になるのだ。

 

「……まぁ、気にならないと言えば嘘になります。しかし、それが何か問題でも?」

 

「俺達は『4人』で漆黒の剣だぜ? 仲間ってのはココで繋がってんだ。今更呼び方1つでどうこうなりゃしねぇよ」

 

「である!!」

 

ルクルットが笑いながら叩いたのは己の胸。

その奥にあるであろう、見えなくとも確かなモノ。

 

自分達の繋いだ絆はたかが呼び名如きでは揺るがないのだと。

そう、信じて疑わない程の繋がりが彼らの間にはある。

ルクルットの言葉には、そんな想いが込められていた。

 

「……ふふ。そうですね。失礼しました。どうか、老いぼれの戯言とお忘れください」

 

セバスは称賛の気持ちを込めた笑みをもって、美しい一礼で返す。

その所作こそを、続く言葉の代弁としたのだ。

 

「しかし、セバスさんの仕えている方はどんなお人なのですか? セバスさん程の腕利きの執事が仕えるだなんて」

 

「それにあの時一緒に居たのって、あのブレイン・アングラウスだろう? しかもバトラとも知り合いとは驚いたな」

 

「今や、かの御仁はアダマンタイトの冒険者なのである。そんな冒険者と面識があるセバス殿の主は相当な御仁とお見受けするのである」

 

今度は3人がセバスに問いを投げかけて来た。

確かにその疑問は当然だ。

今この場に居ないのは4人。

その内2人は王国内でも著名人と言えるだけのネームバリューを備えている。

片や、かの王国戦士長と引き分けた腕前を持つブレイン。

片や、王国3番目のアダマンタイト級冒険者2人組となったチーム『漆黒』のバトラ。

 

正しくは、今や王国の誰もが既知としている『漆黒』のモモンこと、モモンガこそがセバスの仕える絶対の存在だ。

しかし、それを馬鹿正直に言える訳もない。

かの御方はその深遠たる英知から生み出された御考えにより、あえて『人間の英雄』として活動をしているのだから。

 

「私の仕える御方々は、とても一晩では語り尽くせないほどの素晴らしい御心を持っています。例えば……~~……~~~……~~!~~~……~~……という訳でして、この国には商談の下見として滞在しているのですよ」

 

時間にして如何ほどか?

セバスにとってはとるに足らない時間であったが、思いのほか話し込んでいたらしい。

視界に映る3人の表情は心なしか、引き攣っている。

 

「ま、まさかそこまでタップリと語っていただけるとは……」

 

「おぉぅ……すっげぇ、セバスさんの眼が光ってたぜ」

 

「む? もう直ぐ夜が明けそうであるな……」

 

ダインの言葉通り、気付けば夜明けが近くなっていた様だ。

閉められたカーテンの隙間から、仄かに明かりが差し込み始めていた。

 

「おや? 気が付かない内に随分話し込んでしまった様です。これ以上の長居は流石にご迷惑でしょう。私はそろそろ……」

 

「え? あ、あぁ。そうですね。セバスさんにもご予定があるでしょうし、後日改めてお礼に伺わせていただきたいのですが」

 

「それであれば、こちらまで。もう暫くは王都に滞在するつもりでしたので」

 

セバスは机の脇に備え付けられていた小さな羊皮紙に羽ペンを走らせる。

書いたのは現在の滞在場所と、部屋番号。

それを小さく巻きペテルへと手渡した。

 

「確かに受け取りました。きっとニニャとお姉さんもセバスさんとお話したいでしょうから。必ず6人揃って伺わせていただきますね!」

 

「ふふ。楽しみにお待ちしております。……それでは」

 

そう言ってセバスは穏やかな笑みを残して、部屋を後にする。

扉が閉まるその瞬間まで、暖かな光景を瞳に焼き付けながら。

 

奥の1室で眠るのは、2人の姉妹。

この世界でたった2人の大事な家族。

 

彼女達の見る夢は、きっと楽しい夢だろう。

楽しい夢に微笑む『少女』の眠りを妨げられる者など、居る筈がないのだから。

 

それは小さなサイコロの悪戯。

 

何処かの誰かが転がした、賽の目の行き着いた先の可能性。

 

もしくは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ッ!」」

 

 

ほぼ同時に2人の男女が顔を上げる。

 

「……予想より早いな」

 

「……可能性を考えてはいましたが、こうも早く実感させられるとは……正直忌々しい位ですよ」

 

無慈悲に昇る朝日が、半壊した娼館ごと、そこに居る存在を照らした。

 

赤い髪と青い髪が朝日に煌く。

 

「どうする名探偵? 予定を前倒しにするか?」

 

「それは愚行でしょう。遺憾ではありますが、今のままでは誰も勝てませんよ」

 

漆黒の剣が滞在する宿に居なかった2人。

ヱリカとバトラである。

彼らの後ろでは、虚ろな瞳をした男女数人の姿もあった。

誰一人言葉を発する訳でもなく、前をひたすら向いたまま。

薄絹を纏った女や全身鎧、動物の刺青のある巨漢等、明らかに堅気には思えない彼らはピクリとも動かない。

僅かに肩と胸が上下しているので、死んでいる、という訳ではなさそうだった。

 

「その通りデス。今は出来る事を1つ1つやるしかないのデスカラ」

 

眉に皺を寄せている2人に横に、いつの間にやら小さな人影が増えていた。

蒼い装束に、菖蒲色の巻き毛を揺らす小柄な体躯。

 

「すみませんね、ドラノール。態々、王都まで来ていただいたうえに、手伝いまで」

 

「No problemデス。我が友ヨ。此方の準備はほぼ問題ない所まで終えていましたカラ」

 

無表情にドラノールと呼ばれた少女が答える。

一見すると冷たい態度にとれるが、彼女と付き合いがある程度長い存在であれば僅かな表情や声音の変化で判断出来る為、否と答えられるだろう。

 

「バトラも久しぶりデス。まさか貴方が駆り出されるとは思いもしませんデシタ」

 

「それを言うなって。俺を使うのがどんだけルール違反ギリギリかは、姫さんが良くわかってるだろうさ」

 

「デス。他にも法院規定はおろか私や彼マデ……鬼札はきってないとはいえ……正直な所かなり危ない綱渡りとしか言えないデス」

 

僅かに重くなった空気を晴らすように、ヱリカがパン! と、両手を合わせて音を鳴らした。

 

「まったく! 何を弱気になっているのですか? 私達の目指す先は只1つ! 『勝利』の2文字しかありえません」

 

「そのとーり! 絶対に大丈夫よぉ? この私が保障するわ!!!」

 

「ムムム!? このイラつく甘い声と、金髪成分をミックスしたような気配は……まさかっ!?」

 

バッと弾かれる様にヱリカが振り返る。

 

ていっ☆ という声がして、刺青の刻まれた巨漢が地面に転がされた。

その身体を適当な角度と配置に直して、椅子にしようとしている声に主に視線が集まる。

 

「……? もしやラムダ卿デ?」

 

「そうよぉ? 皆のアイドル! キュートで、ぱーふぇくとなラムダちゃんも頑張っちゃうんだから!! 安心して頂戴な☆」

 

最後の言葉と同時に、製作途中の『椅子』からグキリ……という鈍い音が聞こえたが恐らく空耳だ。

その証拠にこの場に居る誰もが一切ツッコマナイのだから。

 

「……ん? っと……この位? ……よし! バッチシ!!」

 

収まりの良い角度が決まったのだろう。

額の汗を拭く仕草をしながら、ラムダティルダは出来立ての椅子に腰かけて。

 

「さぁ! 皆で超ハイパーでキュートで可愛いハッピーエンドを目指すわよぉ!! おーほっほっほ!!」

 

 

早朝の王都に、清々しい程の笑い声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

同刻。

 

ナザリック地下大墳墓。

第九階層。

 

 

 

「……あれ? 気のせいかな?」

 

「? モモンガ様、どうかされましたか?」

 

 

執務室で定期報告を纏めていたモモンガは、不意に視線を書類から外した。

思わず口からこぼれた呟きに、傍に控えていたナーベラルが反応する。

 

――っとぉ!? 最近はモモンとしての活動ばっかりだったから、バトラが横にいる気になってたよ! んん゛っ!

 

モモンガは慌てて緩んだ気を引き締めると、口調を魔王ロールに戻して答えた。

 

「いや……何やら涼し気な音色が聞こえた気がしてな。ナーベラル、お前も聞いたか?」

 

「も、申し訳ありません、モモンガ様! 私には聞き取ることが出来ませんでした……何卒、この不出来な身をお許しください!!!」

 

何気なく聞いただけのモモンガの意に反し、ナーベラルはこの世の終わりとでも言いだしそうな悲痛な表情を浮かべている。

 

「だ、大丈夫だ、ナーベラルよ!! 私の空耳だった様だ!! そ、そう自分を卑下することはないのだぞ?」

 

「!! 寛大なるご慈悲に感謝いたします、モモンガ様! お許しいただけるのであれば、これからは日常的に<ラビットイヤー>を使用する所存です!!」

 

――相変わらずだねっ!? きっと俺の聞き間違いなのに…………え……ナーベラルのウサ耳? ……ちょっと見てみたい気も……

 

――ほぅ? 俺の娘に手ェ出す気かぁ? あぁん?――

 

ウサ耳姿のナーベラルの姿を思い浮かべ様としたモモンガの脳裏。

しかし、浮かんできたのはガッチガチの忍者だ。

キラリと光る刃の切っ先が、カタカタと揺れていた。

 

――!? すすすすみません、すみません!! どうかケジメだけはっ!?

 

浮かんだ姿と、ドスの利いた弐式炎雷の幻聴に内心モモンガはガチ謝りしていた。

在りし日のアインズ・ウール・ゴウンにおいて、ナーベラルにバニーコスをさせようとしていたペロロンチーノの末路を思い出したからである。

 

 

その名も『チューリップから揚げ事件』

 

 

――まずはぁ……手羽先の手羽の部分を切り離してからぁ♪――

 

――いやぁぁああ!? ちょっ!! マジでっ!? 誰か! ねぇt――

 

――お肉を骨に沿って巻き上げま~す――

 

――ぁ゛ああああ゛!? マイプリティーウィングがァぁあああ!!?――

 

――粉を塗してぇ―

 

――やめてぇええええ!! 両翼はっ!! 左はご勘弁をぉおおおお!?―― 

 

――油へっ! ドーンッ!!!――

 

――ぴゃぁぁぁあああああ!!!!???――

        ・

        ・

        :

        :

 

 

「……ナーベラルよ。お前に責はないのだ。ありのままのお前で良い。……(ブルッ」

 

「モ、モモンガ様っ! はいっ! 不詳、ナーベラル・ガンマ!! 一層身を粉にして励ませていただきます!!」

 

「うむ……少し休憩したい。すまないが香の用意を頼めるか?」

 

「直ちにご準備いたします!」

 

キッラッキラとした瞳のナーベラルが執務室を後にする。

それと同時にモモンガは机にグデーと体を預けた。

気分は、卵の中身なゆるキャラである。

 

「はふぅ……慣れって……怖いな……」

 

「まったくね」

 

「うぉう!?」

 

脱力したモモンガの視界一杯に、ドアップのベルンエステルの姿があった。

……上下逆様の。

思わずモモンガは飛び上がる。

 

「ベ、ベルンさん!? びっくりするじゃないですか!? 心臓に悪いですよぉ!」

 

「くす。ナイスリアクションよ、モモンガさん。ナザリックの外でもちゃぁんとリアクションの修業はして来たみたいね」

 

「人をリアクション芸人みたく言わないでください」

 

常と変わらない様子のベルンエステルに、モモンガは穏やかな溜息とともに言葉を吐き出した。

なんやかんやで、ナザリックに帰った際は同じようなやり取りが恒例化している現状に満足している自分が居るというのは、認めたくはないが事実なのだ。

先程吐き出した言葉がブーメランで返ってくる。

 

「その内ナザリックでお笑い大会でも開いてみる? きっと楽しいわ。なんなら一緒に出ても構わないわよ?」

 

「いやいや。そんなの結果が見えてる出来レースじゃないですか。どんな滑りネタでも優勝しますよ? 確実に」

 

「あらそう? 残念ね。折角、人体切断マジックが出来ると思ったのに……」

 

「え? お笑いの話でしたよね!?」

 

「くす。ほら、これで1つネタが出来たわ。モモンガさん、案外才能あるんじゃない?」

 

「全然嬉しくねぇ!!」

 

 

「「チャンチャン」」

 

 

と、同じタイミングで締めの言葉を口にする。

声のトーンは全く正反対だが。

 

「くすくす。わかってるじゃないの」

 

「ふふふ。いつまでも只イジラレルだけの骸骨じゃぁありませんぜ?」

 

ベルンエステルがニヤリと笑みを浮かべれば、合わせる様にモモンガもそれっぽい声音で返した。

 

「くく」

 

「くす」

 

お互いに小さな笑いを溢す。

 

何て事はない小さな日常。

 

そのどれもが、モモンガにとって、大切な宝物なのだ。

 

やがて、その積み重ねこそが、ナザリックにとっての宝となる。

 

 

だからこそ。

 

 

「しかし……お笑い大会ですか……ちょっと考えてみようかな? ベルンさんもご一緒してくれるんですよね?」

 

「私は観客席から応援してるわ」

 

 

この一瞬、一瞬が。

 

 

「マジかよ」

 

「嘘よ」

 

「……ホントに?」

 

「……嘘は事実よ?」

 

「それどれがですか? どの辺から?」

 

「お笑い大会の辺りかしら」

 

「まさかの前提から怪しい展開!?」

 

 

 

何よりも愛おしかった。

 

 




第38話『駆け引き』如何でしたか?

漸く最新話を更新出来ました。
早く書きたくても書けないリアルに悲しみを覚え始めたこの頃。
……燃え尽きそうです……でも、私、負けませんですよ?

さて。
前話まででご感想をくださいました
『yoshiaki』様、『鬼さん』様、『瀬蓮』様、『まろんさん』様、『サプリメン』様
誠にありがとうございました。
いつもご感想等、励みにさせていただいております。
そして増えてるUAとかお気に入りもまた同様。
とても嬉しいですね。
感謝感謝でございます。
近くお会いできますことを願いつつ。

それでは次話にて。
                         祥雲


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求める先の風雅

手にした灯を両手で抱いた。
   いつまで持つかもわからずに。

手にした灯を両手で抱いた。
   いつから得たかもわからずに。

手にした灯を両手で抱いた。
   いつしか消えるとわからずに。



カリカリと。

 

原始的ながらも心地よい響きが奏でられた。

 

漆黒の文字を滲ませながら羊皮紙をペン先が引っ搔いていく。

元は白紙のソレを黒が染め上げていく様には、隠しきれない誘惑が確かにあった。

 

「…………」

 

無言で文字を綴る。

 

「…………」

 

無心で文字を綴れたならば、どれ程幸福であっただろうか。

 

仮に過去を変えられたとしよう。

それは間違いなく『今』への侮辱に他ならない。

仮に過去から逃れられたとしよう。

それはいつか必ず『今』へと追いついてくる。

 

今を生きる存在が出来る唯一のことは、未来を決めること。

……正しくは、未来を選べる権利。

そう。

■は可能性に満ちているのだから。

 

「ふぅ……」

 

キリの良い所で手を止める。

羊皮紙を幾つかの束にわけた後、書き損じた分や要らなくなった分を暖炉に放り込んだ。

薪のモノとは違う、僅かな違和感を感じさせる香りが鼻を擽る。

羊皮紙が炎に包まれ、瞬きを数回する頃にはその姿を消していた。

そのままボーと暖炉を見つめる。

瞳に写した焔はユラユラと姿を変えて、一度たりとも同じ姿は作らない。

しかし、その熱は不変である。

例え姿を変えたとしても。

例え形を変えたとしても。

 

「……大丈夫よ。あんたの心配性も変わらないわね」

 

暫く続いた静寂を破ったのは、苦笑交じりのそんな言葉。

その部屋には声の主以外に誰もいない筈なのに、だ。

傍から見れば、独り芝居をしている風に捉えられてもおかしくはないだろう。

だがそんなことはお構いなしに声の主は言葉を続ける。

 

「ジャンル違い? そんなの私の知ったことじゃないわ」

 

パチンと指を鳴らせば、机の上で束ねられていた羊皮紙達が宙に浮いた。

 

「遠い昔に誰かが言っていたの」

 

そのまま人差し指を折り曲げる動作を一つ。

 

「『運命は抗える』ってね」

 

すると宙に浮いていた羊皮紙達は壁際にある棚に次々と収まっていく。

 

「始まりが変えられないなんて……とっくの昔に慣れっこよ。それこそ千……あぁ、百年だったかしら?」

 

くすくすと笑いが漏れた。

何処か懐かしむ様な、何処か焦がれる様な……そんな笑み。

 

「絶望も。恐怖も。後悔も。甘いよりは苦めの方が好みだけれど……どれだけ手の込んだお夕飯でも、同じ味付けじゃぁ飽きてしまうもの」

 

足取りは軽やかに。

 

「だから」

 

なれどその眼差しは鋼の如く固めたままで。

 

「勝つわよ――」

 

暖炉の隅。

焼け残った羊皮紙の切れ端に。

 

VERL

 

そんな綴りが舞った火の粉に当たって消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

微かな音を奏でながら、シンプルながらも華美な扉が閉められた。

 

扉の向こうには、シズとエントマが控えている。

 

 

「さて、セバス。何か言いたいことがあるのならば遠慮なく申してみよ」

 

モモンガは眼前に跪くセバスに魔王ロールでそう告げる。

今、モモンガが居る場所はナザリックにある応接室だ。

 

「……恐れながらモモンガ様。何故……私だけをお通しになったのですか?」

 

傍目――モモンガから見ても固い表情をしたセバスは、額から汗を垂らしながらそう口を開いた。

数人が楽々収まるであろう部屋に居るのはモモンガとセバスの2人のみ。

隣の別室には、他の階層守護者達が待たされている。

其方には階層守護者だけでなく、バトラも一緒なのだが。

 

「今回の件。詳細はベルンさんとバトラから聞いている。セバスよ、何か言いたいことはないか? この場には私しか居ないのだ。勿論、天井にも護衛は居ないぞ? ほら遠慮するな」

 

モモンガは善意100%で再度問いかける。

 

――ふふ! ほら! 言っていいんだぞ? 惚れた女が出来ましたって! 白馬の王子様して来ちゃいましたって!! おじさん応援するからさ! キャー! 見てますか、たっちさん!! 今日はお赤飯ですよ!!!

 

内心クラッカーが鳴りまくりのモモンガの胸中はいざ知らず。

セバスにとっては生きた心地がしないだろう。

なぜなら、当初セバス達に下された命令の中には、些事に至るまでの報告書への記載の義務があったのだから。

無論、ツアレに関することは一切報告には挙げていない。

更には命令違反といっても過言ではない単独行動。

忠義と感情の狭間で揺れるセバスには、先程のモモンガの言葉は全くの逆に意味にしか聞こえないだろう。

 

『今回の件。詳細はベルンさんとバトラから聞いている』→『今回の件、私は後から知らされたのだが? ん?』

『セバスよ、何か言いたいことはないか?』→『セバスよ、言い訳があるなら申してみよ』

 

と、こんな塩梅にセバスの中では聞こえているに違いない。

 

「……」

 

「セバス」

 

「っ!」

 

モモンガ的には優しく問いかけたつもりでも、この場において柔らかな声音は逆効果でしかないだろう。

例えるなら、マフィアのボスが笑顔でハグしようとしてくるかの如く。

セバスの心配事は全くの杞憂であるのだが、その様なことに思考が至らないのが現在のナザリックの僕達だ。

 

「……モモンガ様、このセバス・チャン。一世一代の願いの義がございます」

 

「ほう? 何だ?」

 

――キャー! キャー! なに、何!? 遂に来ちゃう? 言っちゃう!? 安心してね! 意地悪な姑ポジションにはならないよ!

 

この間。

モモンガの体は緑色に発光している。

NPCの成長を喜んだあまりの精神安定効果の所為であるが、それを知らないセバスからすればどうだろうか?

怒りを理性的に抑えている様に見えたとしても、決しておかしくはない筈だ。

 

「私が救った彼女――ツアレが肉親と安全に過ごせる手助けを――僅かながらでも援助を――お許しいただけないでしょうか?」

 

故にセバスが言ったのは小さな……だが、ナザリックの僕としては大それた願い事。

仮に対価としてこの場で自害を命じられたとしても、眼前の偉大な支配者は必ずや約束を違える筈がないという確信を持った言葉。

が、モモンガにとっては予想よりもささやかな願い事でしかない。

 

「なんだ、そんなことで良いのか? 別に構わんぞ」

 

「!? 本当でございますか!?」

 

――え? なんでそんな感動した表情してんの? ま、まさか俺って既に怖い姑認識されてた!? ま、マズイぞ! なんとか挽回せねば!

 

「し、しかし只の援助では味気がないな。セバス自身が行うのは決定として……少し待て……『アルベド、聞こえるか?』」

 

『はい、モモンガ様。如何なさいましたか?』

 

<メッセージ>を繋げれば、瞬時に応答がある。

 

『其方に居る階層守護者とバトラを此方に連れて来てくれ』

 

『畏まりました、モモンガ様』

 

<メッセージ>を終えて数秒後、控えめなノックの後に別室に待機していたアルベド達が入室してくる。

そしてバトラ以外が臣下の礼をとろうとしたが、モモンガのジェスチャーによって止められた。

 

「すまないな。僅かな時間とはいえ、お前達の予定を崩してしまって」

 

「モモンガ様がお謝りになること等ございません! 貴方様は我々の偉大なる主なのですから!!」

 

忠誠心にあふれたアルベドの言葉にうむ、と頷く。

入室してきたのは、アルベド・デミウルゴス・コキュートス・ヴィクティム・アウラ・マーレ・シャルティア・バトラの8名だ。

主だった階層守護者は勿論、普段他の階層に出向くことのないヴィクティムとベルンエステル直属のバトラがこの場に居ることこそが、これから告げられるであろう言葉の重要性を物語っていた。

 

「さて。お前達にも今回の件についてバトラから説明があっただろう」

 

モモンガの確認の言葉に守護者達が頷く。

同時に明らかな負の感情が籠った視線がセバスへと集中した。

 

「だが私にセバスを罰する気は一切ない」

 

「「「!?」」」

 

予想だにしなかったであろう発言に、セバスを筆頭とした守護者達は目を見開いた。

唯一バトラは楽し気な表情で足を組みながら頬杖をついている。

 

「な、何故?」

 

「恐れながらモモンガ様。今回のセバスの行動は明らかにナザリックに……モモンガ様に対する不忠と捉えられてもおかしくないかと」

 

「デミウルゴスの言う通りでございます。守護者統括である私にすら連絡はありませんでした」

 

「ム……」

 

「まぁ、そういきり立つな。もう一度言おう。私にセバスを罰する気は一切ない。むしろ、セバスの行動を喜ばしく思う」

 

モモンガは上座の席から立ち上がると、大きく手を広げた。

その姿は正しくカリスマ溢れるポーズ。

 

――頑張れ、俺の口! このポーズさえあれば俺は出来るっ!! 絶対順守の瞳はないけども! 同じ位の気持ちでイケるっ!!! ……筈!!!

 

「今回の件。確かにセバスは単独で動いた。その点だけ見れば決して褒められることではないだろう。しかし、だ。セバス!」

 

「っ! ハッ!」

 

「お前が彼女を救った理由はなんだ? 哀れみか? それとも気まぐれか?」

 

「……今でも確かな理由はわかりません。ですが……彼女を救いたいと思った感情に嘘はございません」

 

「つまり、お前が感じ、考えた結果……そう言うのだな?」

 

「はい」

 

力強いセバスの瞳がモモンガを、他の守護者を射抜く。

 

「ふふふ……あははははは!! そうだ! それで良い!!!」

 

モモンガの楽し気な笑い声が響く。

呆気にとられる守護者達をあえてスルーし、モモンガは言葉を続けた。

 

「かつて、このギルドでは多くの仲間が意見をぶつけては己が正義を通そうとした。それが誰かなど語るまでもないが……彼らは――あの人達は此処で生きて、此処で過ごして、此処で成長したんだ。勿論、私やベルンさんもな」

 

この場に居ない友人や、この世界に居るかもしれない友人達を想う。

 

「そして私とベルンさんは……いや、『アインズ・ウール・ゴウン』はお前達の意思を、想いを尊重する! お前達の成長を! お前達の感情をだ!!」

 

とある世界の魔王がした様に、マント――ガウンを翻しながら声を張り上げ高らかに謳い上げる。

 

「故に私はセバスの選択を間違っているとは否定しない! そして我が名に――アインズ・ウール・ゴウンの名のもとにセバスの願いを聞き届けると約束しよう!!」

 

モモンガの背後。

そこにギルドの旗が掲げられていたのは果たして偶然か?

在りし日。

掛け替えのない仲間と駆けた夢の続きで。

皆が夢見た光景の目の前で。

『アインズ・ウール・ゴウン』の旗があったのは。

 

「……偉大なる御身の慈悲に……感謝……致しますっ……」

 

「も、モモンガ様お優しいですっ!」

 

「良かったねー、セバス!」

 

肩を震わせるセバスの隣で、ニシシとアウラが笑う。

その様子に満足気に首を縦に動かしたモモンガは、もう1つの本題を切り出した。

 

――良かった! これでセバスも気兼ねなく恋人と会えるぞ!! ありがとうございます皇帝陛下!! 貴方の真似を鏡で練習した時間は無駄ではありませんでした! 欧州ってスゴイわぁ……マジで

 

「ふふ。お前達、話がこれで終わりというは些か早計だぞ?」

 

「モモンガ様? それはどういう?」

 

「なに。ベルンさんから言伝を預かっていてな。バトラ。例のモノを」

 

「はいよ」

 

バトラの軽い返事に微かにアルベドが表情を歪めた。

他の守護者達は僅かに眉を動かした程度だ。

今の彼らのバトラへの認識は、ベルンエステルにそうあれと定められたが故の態度だと割り切っている部分があるからである。

既知として同じようにそうあれと定められたペンギンを知っているからだ。

 

「今は姫さんは用事で外してるからな。代わりに俺が渡しておこう」

 

「? ベルンエステル様はナザリックにいらっしゃらないのでありんすか?」

 

「いんや? 確か第八階層に行くって言ってたな。この後、サプライズがあるらしい」

 

「……なるほど。だからベルンエステル様は私に1日遅らせる様に……」

 

シャルティアの問に答えたバトラの横で、デミウルゴスが納得した様子で1人頷いた。

 

「さて、と。女性陣とマーレ。男性陣と……ヴィクティムつったけか? お前さんはこれだ」

 

バトラが指を鳴らすと、各々の手元にフワリと大きな包みが現れる。

 

「? ナンダ?」

 

「イッヒッヒ。それは開けてのお楽しみ……と言いたいけど、時間も押してるしな。開けてみると良いぜぇ?」

 

「布……いえ、服でありんすか?」

 

「わぁ、綺麗!!」

 

「……これは……着物?」

 

普段ドレスが主なシャルティアはピンとこなかった様だが、意外にもアルベドが包みの中身を言い当てた。

実は裁縫が得意なアルベド。

彼女の装飾に対する知識は元々製作者であるタブラ・スマラグティナの影響が強い。

ギルドメンバーの多くが日本人であったこともそうだが、服について学ぶ上で和洋の壁なぞあってないようなものだ。

ならばアルベドが知っているのは別段、不思議なことでもなかった。

 

「全員、中身は確認したか? ――デミウルゴス。言いたいことがあるのではないかな?」

 

「……モモンガ様、宜しいのですか?」

 

恐らくベルンエステルと計画したサプライズの内容に、大凡感づいたであろうデミウルゴスが聞いてきた。

 

――むぅ! 流石はナザリック一の知恵者だなぁ。事前にベルンさんが軽く話してたとはいえ、即座に答えに行き着くなんて…… 俺、絶対デミウルゴスとは賭け事しないぞ! 勝てる自身ないモン

 

「構わん。さぁ、デミウルゴスよ。お前の考えを話してくれ」

 

「畏まりました」

 

デミウルゴスは優雅に一礼すると、カツカツと扉の前まで移動する。

 

「今回のセバスの件を含め、今後の我々の行動を円滑にする為、不詳デミウルゴスが提案を」

 

――あり? え? サプライズのことは?

 

そして先のモモンガに負けない程の、大物オーラを出しながら両手を広げた。

 

「作戦名『ゲヘナ』 第一段階は王都――ひいては大陸勢力の戦力把握。第二段階はモモンガ様扮する冒険者モモン様の完全なる英雄化。そして――最終第三段階」

 

キラリと眼鏡がシャンデリアの明かりを反射して煌く。

 

「世界征服の第一歩として、ナザリック地下大墳墓という国を建国する礎を手に入れることですっ!!!」

 

「え?」

 

「まぁ! なんて素晴らしい響きなのでしょうか!! これで偉大なるモモンガ様のご威光をこの世界に広めることが出来ますわ!!」

 

「はい?」

 

「が、頑張りますね!!」

 

「……フシュー……」

 

「おい……ちょっ」

 

「ふふ。皆、ヤル気は十分なようだね? 詳しい計画は後程。では、モモンガ様。私達は着替えて桜花聖域に向かいます。ベルンエステル様もお待ちでしょうし」

 

最後にさり気無くモモンガとベルンエステルのサプライズを見抜いた発言をされる。

 

――は? え? ……建国って……どゆこと!? つうかマジで答えわかってたんかい!? 

 

「桜花聖域に? どうしてでありんすか?」

 

「あ! そういうことかっ!!」

 

「……くふ。それではモモンガ様、お先に失礼致します」

 

守護者達がそれぞれ一礼してから応接室を後にしていく。

残されたのは、固まるモモンガとバトラの2人のみ。

 

「……バトラ」

 

「ん~?」

 

掠れた声で呟いたモモンガに、ニヤついたバトラが反応する。

 

「ケンコクってさ……なんだろね?」

 

「私めにはわかりかねます、モモンガ陛下」

 

「おいばかヤメロ」

 

その言葉は嫌に力が籠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓

 

第八階層――桜花聖域

 

その場所は正しく『桜花』と『聖域』の名を冠するに相応しい場所である。

大きな大樹には美しい花々が咲き誇り、その世界を一色に染め上げているかの様だ。

視界の至る所に桜が咲き、見る者達を魅了する。

加えて、この場所にナザリックの至宝が納められているのが大きいだろう。

 

舞い散る花弁の1つ1つにすら、思わず時間を忘れて魅入ってしまいそうになる。

 

「……」

 

その光景をベルンエステルは座りながら眺めていた。

 

魔女が腰かけるのは小高い石段の一番上だ。

桜の木々の景観を損なわせないばかりか、見事に調和した純和風の建築物。

石段を囲む形で建てられている朱色の鳥居。

日本文化の代表とも呼べる神社、そのものである。

 

「母様、母様? お茶が入りましたよ?」

 

「あら、ありがと」

 

もし、この場に他の存在が居たならば耳を疑っただろう。

もしくは目を疑ったかもしれない。

ベルンエステルの背後から現れたのは、巫女服をまとった優し気な女性だ。

しかし、その顔立ちと声質はあまりにベルンエステルと似通っていた。

仮にベルンエステルの外見が数年成長したならば、こうなる。

そう想像するのが容易い程に2人は似ていた。

 

「珍しいですね。母様達がこの場所に人を招こうだなんて」

 

そしてベルンエステルを母と呼んだこの女性こそ、ナザリック第八階層『桜花聖域』階層守護者である。

プレアデスの末妹であり、ナザリック唯一の不老の人間。

通称『オーちゃん』

が、他にも呼び名があることを知っているのは、片手で数えるほどもいないのだ。

 

「ねぇ……桜花」

 

「はい、母様」

 

御盆からお茶を受け取り、僅かに啜った。

そして願う。

自分の現身の様な彼女に。

自らを母と呼ぶ強い娘に。

 

「モモンガさんをお願いね」

 

「……はい。任されました」

 

ベルンエステルに桜花と呼ばれた巫女は、その優しさを崩さない。

花の様な微笑も。

柔らかな声音も。

現とは思えない、幻の様な世界で穏やかに微笑む。

 

「これからモモンガ様達がいらっしゃるのでしょう? 場所はどうするのですか?」

 

「そうね。あの大きな桜の下で良いんじゃないかしら? お料理はさっき作っちゃったから、後は運ぶだけだわ」

 

ベルンエステルが指差すのはこの聖域で一番大きな桜の樹。

背にした境内の軒下には、中々の大きさの重箱が何列か分けて積み上げられていた。

 

「ふふふ」

 

「? どうしたの、いきなり笑って」

 

「いえ……メインが和食なのに、デザートが和洋折衷なのは新鮮だったなぁ、と」

 

「リクエストがあったんだから仕様がないわね。私の所為じゃないわよ」

 

暫しの無言。

そして2人同時に笑いを溢した。

 

「ふふ」

 

「くす」

 

桜吹雪の景色の中。

石段に並んで座る姿はあまりに儚い。

美しい筈の光景は、何処か切なさを感じさせる。

そんな穏やかでゆっくりとした時間に終わりを告げたのは――

 

『ベルンさん!? た、大変なんですっ!!』

 

切羽詰まった声音のモモンガからの<メッセージ>であった。

 

『あら? どうかしたの? お花見計画が失敗とか?』

 

『いえ! ソッチは問題なかったんですがっ!! 別なのが大問題と言いますかぁ!?』

 

『くすくす。落ち着きなさいな。詳しい愚痴はお花見で聞くわ』

 

『あっ……ベルンさんまっt』

 

「……なにかしら?」

 

<メッセージ>を閉じたベルンエステルが横を向けば、クスクスと笑いを溢す巫女が居る。

 

「なにか良いことがあったのですね?」

 

「えぇ。酒の肴が1つ増えたの」

 

ベルンエステルの返答に、巫女は更に笑みを深くした。

 

「あらあら。まぁまぁ。 それはとても良きことです」

 

「くすくす。あんたも良い性格してるわね」

 

巫女に負けず、ベルンエステルも笑みを深める。

 

「きっと素敵な誰かに似たのでしょう」

 

「一体誰かしら? てんで思いつかないわね」

 

 

手にした湯呑を静かに口に運んで。

 

胸に広がる熱にホゥと息を吐き出す。

 

 

「綺麗ね」

 

 

「はい」

 

 

また一つ花弁が舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あら?

久しぶり。

まだこのカケラを見ていたの?

あんたも中々どうして物好きね。

え?

この後のお花見がどうなったか?

くすくす。

それはもう大盛況だったみたいよ。

酒に酔ったアルベドが意中の殿方に抱き着いたり。

負けじとシャルティアが着物をはだけさせたりね。

双子達は料理に夢中で。

インテリ悪魔とダンディ執事は絡み酒。

あぁ。

コキュートスは配下の雪女達と静かに吞んでたわ。

プレアデス達は勿論、他の僕達も大騒ぎ。

大事な大仕事の前のガス抜きには丁度良かったんじゃない?

きっと後片付けが大変だわ。

メイドも酔い潰れるだろうし、ご愁傷様ね。

私?

私は眺めて楽しむだけよ。

なぁに?

それは可笑しい、ですって?

くすくす。

面白い冗談ね。

あらあら。

そうむくれないで頂戴。

馬鹿にはしてないのよ?

まぁでも。

楽しませてくれたお礼に一つ、良いことを教えてあげる。

あんたの部屋に窓があるでしょう?

そこから外を見てごらんなさいな。

ついこの前まで咲いていた花を見つけられる?

……どう?

見つかった?

それとも見つからなかった?

あぁ。

答えは言わなくて良いわ。

別にどちらでも構わないもの。

赤い箱の中身と青い箱の中身。

実はどちらも同じ中身なのは意外と知られていない。

え?

なんの話をしてるんだって?

くす。

さぁてね。

何だったかしら?

忘れちゃったわ。

さて、と。

そろそろ私はお暇しようかしら。

それじゃぁね。

機会があればまた会いましょう。

え?

今度こそ名前を教えて欲しい?

……くすくす。

嫌よ。

教えてあげないわ。

だって……あなたはもう知っている筈だもの。

 

 




第39話『求める先の風雅』お楽しみいただけましたか?

今回のお話を投稿するにあって、活動報告でお知らせした様に一部原作設定を捏造している箇所がございます。
うみねこというよりはひぐらしネタなのですが、何卒ご容赦いただきたく。
タグ追加した方が良いのでしょうか?
まだ大丈夫かな?
むしろこのネタを割と初期から温めていた祥雲。
季節的にもいい感じだったのでつい実現させてしまいました。
……お気に入りがめちゃくちゃ減りそうで怖いですね!
どうか温かいお心でお読みくださいませ。

さて。
前話でご感想をいただきました『yoshiaki』様、『サプリメン』様、『鬼さん』様
誠にありがとうございます。
毎回励みにさせていただいております。
当作品へのご感想ご考察等、いつでもお待ちしておりますので、お気軽にお寄せいただければ幸いです。
それでは次話にて。
                        祥雲


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憧れたカタチ

掛け替えのない夢がある。
それは遠いカコを経て。

掛け替えのない夢がある。
それは遠いサキを見て。

大事に仕舞った夢がある。
仕舞う場所は、何処ですか?



この大陸には多くの冒険者が存在する。

 

 

中でもアダマンタイト級に類される存在は、たったの数チームのみだ。

 

彼らの名声と実力は市井の民、誰もが知っている。

 

しかし、その交友関係は意外と知られていない。

 

「……なっ!?」

 

「どうしたイビルアイ?」

 

例えば、そう。

アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』と、『黄金』と称される王女ラナーの親交等だ。

 

仮面で顔を隠した小柄な少女―イビルアイの呟きに、蒼の薔薇のリーダーであるラキュースが反応した。

良き友人であり、王女という立場でありながら、他の王族の誰よりも民を想う賢人の部屋を後にした帰り道。

正確には依頼に向かう道程の途中の道端で、イビルアイが突然立ち止まったのだ。

 

「……イビルアイの胸が減った?」

 

「ダイジョブ。元々減る程もなかった。安心して」

 

「……貴様ら……!!」

 

ラキュースの問に被せて、何から何まで同じにしか見えない姉妹が何時もの調子で軽口を叩く。

本人としても気にしている部分――永遠の乙女の象徴を弄られたイビルアイがギシリと纏う空気を固くした。

 

「ははは! マジかよイビルアイ!? とうとう凹んだのか? おめでとさん!! 遂にまな板卒業だな!!」

 

そして筋肉質な大女―ガガーランが腹を抱えて大笑いする。

 

「今夜は呑み」

 

「おめでとう」

 

「「未来ある私達に乾杯しよう」」

 

「よし。その喧嘩買ったぞ」

 

クルクルと手を取り合って踊り出した姉妹忍者に向かって、ユラリ、と。

幽鬼の如く魔力を迸らせたイビルアイが感情を感じさせない声音で一歩近づく。

その間に慌ててラキュースが割って入った。

 

「お、落ち着け!? ティアとティナも煽るな、踊るな!! ってガガーラン!! 何時まで笑ってる!?」

 

因みに現在。

彼女達が居るのは王城の城門からある程度離れた市場のど真ん中である。

既に幾つかの露店が点在しており、彼女達を見つめる多くの視線もあるが、既に王都の民には『イロモノ』認識され始めているので問題はないだろう。

 

「まったく。そもそも今夜は大捕り物の予定があるだろう? 流石に酒はマズイ」

 

この数分で一気に疲れた表情を見せるラキュースに対し、元凶である姉妹はキリリとしたドヤ顔でVサイン。

 

「大丈夫。問題ない」

 

「そう神は言っている」

 

「……相変わらず貴様らの頭は沸いているな」

 

その態度に、いくらか落ち着いた様子のイビルアイが嘆息した。

場の空気が柔らかく戻り始めたところで、一頻り笑い終えたガガーランが口を開く。

 

「それで、どうしたってんだ? 気になることでもあったのか?」

 

「在り得ないとは思うのだがな。……懐かしい顔を見た気がしたんだ」

 

イビルアイの表情は仮面によって見ることはかなわない。

だが聞こえてきた声の質は、普段強気な態度をとり続けるイビルアイには似合わない位、か細いものだった。

 

「懐かしいだぁ? お前さん自分の歳考えろよ?」

 

「ぐっ……言い返せない正論は嫌いだよ……! でも……そうだな。きっと私の見間違いだ」

 

普段からそうであるが、歯に衣着せないガガーランの言葉にイビルアイは胸を抑えた。

そして声だけは笑ってみせる。

しかし、忘れてはならなない。

この場には、全力でボケに走るシリアスブレイカーという忍者が居ることを。

 

「イビルアイ、遂にボケた」

 

「合法ロリババア(要介護) 流石に萌えない」

 

「コイツを見てくれ、どう思う?」

 

「腐ってやがる。遅すぎたんだ」

 

「……ははは。これだからお子様は困る。なにせ私は大人だからな! 華麗に聞き流してやろうじゃないか!!」

 

「おい大人。石畳に亀裂が出来てるぞ」

 

「ハァ……元気だな……お前達」

 

ラキュースが再び溜息を漏らした。

なれど、最初の溜息とは違い、苦笑交じりの溜息である。

よくよく周りを見てみれば、見物人達も微笑ましいモノに向ける眼差しをしていた。

 

彼女達の首に煌くアダマンタイトのプレートは、数多の冒険者達が目指す頂の証だ。

 

その実力は正しく英雄。

その実態は正しく英傑。

 

なれど今人々の目の前にいる彼女達は、一体どんな風に瞳へと写されているのだろうか?

 

その問の答えは、彼らの浮かべている温かい表情で伺い知れるだろう。

 

 

何処か憎めなくて。

 

 

何処か親しみやすくて。

 

 

それでも人々が羨望する枯れない華達。

 

 

『蒼の薔薇』とはそういうチームだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……宜しかったのですか? お嬢様」

 

「はい。まだ、私が彼女と出会うには早いですから」

 

カーテン越しに外の景色を眺めるロノウェの問いかけに対し、柔らかい微笑を浮かべたベアトニーチェが答える。

朗らかに笑う彼女の表情には、かつて浮かべていた負の感情は一切見られない。

 

「すれ違った時はちょっとだけ驚きましたが……元気そうで良かったです」

 

会話を続けながらゆっくりと、備え付けのソファに腰を下ろした。

さり気無くベアトニーチェが溢した言葉に、ロノウェは小さく目を見開く。

いつも飄々とした執事の珍しい姿を見て、思わず深まってしまった笑みを隠す為に口元を抑えた。

そして正面に座る人物に視線を向ける。

 

「それに急がずとも直ぐに会えるでしょうし。ですよね? ベルンエステル卿」

 

「モノは言い様ね」

 

ベアトニーチェの碧い瞳に映るのは、人差し指でクルクルと髪を巻いて遊ぶベルンエステルの姿だ。

王城近くにある宿の1室。

一般人からすれば超が付く高級宿の類であるこの場所も、ベアトニーチェという魔女にすれば普通の安宿と変わりない。

 

「あ。ロノウェ、お茶をいただけますか? よければベルンエステル卿も如何です?」

 

「貰おうかしら。もしあったら梅昆布茶が飲みたいわ」

 

「ぷっくっく! 畏まりました。暫しお待ちを」

 

何が面白いのか、肩を震わせて執事が部屋を後にする。

残されたのは2人の魔女だ。

 

「……最後に確認しとくわよ。本当に良いの? 折角の穏やかな暮らしだったのに」

 

「……」

 

ベルンエステルの言葉に、ベアトニーチェは数瞬、瞼を閉じる。

その瞼が開かれる頃には、今まで以上に揺らぎのない強い光が灯っていた。

 

「はい」

 

晴れやかな表情で紡がれた言葉は、瞳に負けない位の力強さがある。

 

「私はもう十分過ぎる程の幸せを得ました。それに……『私』だけがいつまでも寝ている訳にもいかないでしょう」

 

フワリ。

ベアトニーチェの手に黄金の蝶が1羽とまる。

その蝶が溶ける様に消えれば、黒と金で彩られた煙管が姿を覗かせていた。

 

「そしてソレは……ベルンエステル卿? 貴女にも言えることですよ?」

 

煙管をクルリと回し、先端をビシッと突きつけて。

悪戯が成功した子供みたいな微笑みを向けながら。

本日3人目の、虚を突かれた表情を浮かべた、掛け替えのない友人を見つめる。

 

「……くす。これは1本とられたわね」

 

「どうですか? 偶には私もやるでしょう?」

 

「くすくす! そんなのとうの昔にわかっているわ。あんたみたいな頑張り屋さんには、ついついお節介を焼いちゃうのよ」

 

「ふふふ。光栄ですわ」

 

指先に小さな炎を灯して、煙管の先端に近づけた。

 

「それに、昔から言うではないですか? 『魔女は謎を解かされる側じゃない』って」

 

そんなベアトニーチェに同意するかの如く、ベルンエステルの笑みも深くなる。

 

「この謎を解くのは『彼』の仕事です。彼が答えに辿り着くその時まで……とびっきりの魔法で、誰にもわからない難問を生み出して」

 

「「煙に巻いて嘲笑う」」

 

同じタイミングで、同じ言葉を紡いだ。

 

そして何方ともなく笑いだす。

 

「でも、そうしたら……ミステリー好きの魔女様に相応しい喋り方があったんじゃない?」

 

「そうですねぇ。地獄の悪魔も平伏して絶句して、最悪のトリックを無限に使いこなす。そんな魔女を、そろそろ世界が思い出してもいい頃です」

 

指が離された煙管の先から甘い草の香りが漂った。

 

「それなら『あんた』は」

 

黄金の吸い口には、真紅の淡い口付けを。

 

「やっぱり『私』は」

 

胸に懐かしい熱を燻ぶらせ。

 

その身が放つは、ぞおッと! 全身の毛が逆立つ気さえする、圧倒的に威圧的かつ、……邪悪な貫禄。

 

「「『妾』でなくっちゃ!!!」」

 

この場に居るのは間違いなく魔女達だ。

ゲラゲラ、ゲテゲテ。

真の意味で魔女が嗤う。

 

「お待たせ致しました。お嬢様にはストレート。ベルンエステル卿にはご要望通り、梅昆布茶でございます」

 

その嗤い声の合唱を聞きながら、同じく微笑む悪魔もまた増えて。

 

「……うむ! やはり、ロノウェの紅茶は美味いな!」

 

「ん……悪くないわ」

 

「ぷっくっく! 感謝の極み、でございます」

 

カーテン越しに、美しい夕陽が差し込んだ。

 

「さて、ベルンエステル卿? 久方ぶりに一局、如何かな?」

 

ベアトニーチェが煙管を振れば、テーブルの上に、白黒一対のチェス盤が現れる。

 

「くす。構わないわ。タイムリミットは日の出まで」

 

お互いにカップを一口。

 

「白が妾」

 

「黒が私」

 

「ぷっくっくっく。では私は邪魔にならない様に、脇に居りましょう」

 

ペロリと唇を舐めたのは……一体どちらか?

 

「妾にハンデは必要?」

 

「私のハンデは不要?」

 

駒の不揃いな盤面に、魔女の指が差し伸びて。

 

両者の視線が交差する。

 

 

「「上等」」

 

 

一夜限りのゲーム盤が開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ!?」

 

夜の闇に紛れる様に、小柄な体躯が弾き飛ばされる。

 

「イビルアイ!?」

 

ガガーランの叫びを瓦礫が砕ける音が搔き消す。

建物の壁を幾つかぶち抜いて、漸く止まったイビルアイが弱弱しい声を絞り出した。

 

「に、げろ!! 早く!!!」

 

今まで聞いたことのない、仲間の慟哭。

それはアダマンタイトの名を冠する冒険者とは思えない位、『恐怖』という感情に溢れている。

 

「おや? それほど力を入れたつもりはなかったのですが……ふむ。次はもう少し抑えましょうかね」

 

その悲痛な声すら、目の前の『敵』には心地よい子守歌程度にしか感じられないのだろう。

南の国で流通しているスーツという衣装に身を包み、腰からは鋼の様な尻尾を揺らす仮面の男。

月明りを反射するまでに磨き上げられた革靴が、カツカツと石畳を鳴らした。

 

「……」

 

近づく男の進路を塞いだのは、短剣を逆手に構えたティアだ。

 

「おい! 馬鹿、何してやがる!?」

 

崩れた瓦礫の残骸からイビルアイを抱き起していたガガーランが、再び声を荒げた。

 

「私が時間を稼ぐ」

 

「ほぅ? 貴女如きが私を前にして時間を稼げると? 見れば随分手酷くウチのメイドに痛めつけられておいでのご様子ですが?」

 

男の言う通り、ティアの体の彼方此方から血が流れだしている。

眼前に居るイビルアイの親戚みたいな風体の男が助けた、蟲のメイドとの戦闘があった為だ。

それはガガーランも同様。

なれど、戦闘に支障がある傷ではない。

しかし、その戦闘という前提は、目の前に居る魔神の如き相手を想定はしていなかった。

 

「知ってる。私じゃ、数合打ち合えればもった方。でも……それで充分」

 

ティアはあえて相手を挑発する為に、嘲笑を浮かべた。

彼女の意図に気が付いたであろう、イビルアイとガガーランが歯ぎしりをする。

ジャリっと、口の中でナニカが砕けた。

 

「……それは何故ですか? 一瞬でも時間があれば私を倒せると?」

 

そしてティアの目論見通りに、男の意識がティアの背後から逸らされる。

 

「ぷふっ……試してみたら?」

 

が、『その程度の策略』で眼前の悪魔からは逃げられる筈もない。

 

「ではまず、その儚い希望を潰しましょう。<次元封鎖>」

 

男の呟きが闇に溶けた途端、場の空気が一変した。

見える景色は変わらない。

だが確かにナニカが変わっていた。

まるで、透明な入れ物に世界が仕切られたかの様な……

 

「これでこの場における、転移系の魔法行使は不可能になりました」

 

「「「!」」」

 

あっさりと。

散歩の途中の会話みたいに、絶望が告げられた。

これにより、ティアの想定していたイビルアイの撤退手段が潰えたことになる。

 

「さぁ。次は? まだ手札はきり終えていないでしょう?」

 

「……ぁ……」

 

男はゆっくり、ゆっくりと。

 

一歩一歩時間をかけて近づく。

 

迫る男の姿を正面から見せつけられるティアの体が、一瞬停まった。

 

そして、その光景に、イビルアイの遠い昔の記憶が呼び起こされる。

 

――迫る絶望――

 

――今や御伽噺に語られる仲間と駆けた、魔神との闘い――

 

――信じていた人類の裏切り――

 

――大切だった友人――

 

――燃え盛る炎――

 

――響く絶叫――

 

それらが脳裏を掠めた瞬間、イビルアイは飛び出していた。

 

「ぐぅっ! あ゛ぁぁああ゛あ゛あ゛!!!」

 

足裏で魔力を局所的に爆発させ、一気に距離を詰める!

 

「「!?」」

 

既に背後へと消えた景色の中に、驚愕する仲間の顔が見えた。

 

「<魔法最強化・結晶散弾>!!!」

 

発動するのは、イビルアイお気に入りの魔法。

拳大の水晶の散弾は男に迫る。

しかし、男は避けるどころか、立ち止まって見せたのだ!

 

散弾が男に命中――する前に、幻の様に掻き消えた。

元来、魔法というモノは格上には効果を持たない場合が多い。

それほどまでに、男と自分達とでは実力に開きがあるのだ。

 

「……ふむ。なるほど、なるほど」

 

何度目になろうかという衝撃に固まるイビルアイ達の耳に、楽し気な声が聞こえた。

その響きは、好きなことへの発見を喜ぶ学者を連想させる。

 

「では私からも1つお返しを。確かこの場合に相応しい言葉は……目には目を、歯には歯を……でしたか?」

 

『<極炎の壁>』

 

演奏会を指揮するコンダクターの身振りで、優雅に男は手を振った。

同時にイビルアイの背後から、信じられない位の熱波が吹き付ける。

 

「!? ティア! ガガーラン!!」

 

慌てて振り返れば、月まで届くのではないかと錯覚するには十分な黒炎の火柱が立ち上っていた。

 

イビルアイの人間以上に良い視力が嫌でも『ソレ』を見つけてしまう。

劫火の中。

糸の切れたマリオネットを思わせる、よく知った人影が2つ舞っているのを。

2つの人影……ティアとガガーランの体がボールみたいに大地へと叩き付けられた。

 

「……ぁ」

 

同時に黒炎が姿を消す。

なれど、ピクリとも動かない仲間の姿だけが変わらない。

 

「おっと。ギリギリのラインで止めようと思っていたのですがね。あの程度で死んでしまうとは……お悔み申し上げますよ」

 

心から残念そうに。

王城の舞踏会でも見たことない優雅な動作で、男が頭を下げた。

その光景が何処かフィルター越しの様に感じられる。

景色から色が抜けて。

同時に呼び覚まされるのは、かつての記憶の続き。

 

――燃え盛る炎――

 

――笑う観客――

 

――泣き叫んで、手を伸ばす自分――

 

――自分を止めてくれた優しい女性――

 

――最期まで不敵に笑った彼女の――

 

「っ!!! 私はっ!!! 私はぁあああああ!!!」

 

カッ! とイビルアイの瞳に力が戻った。

 

イビルアイは走る。

イビルアイは駆ける。

魔法を使って滑空しながら速度を上げていく。

 

「くく。まだ立ち向かいますか。その意気やよし。ですが……実に愚かで滑稽です。<悪魔の諸相・豪魔の巨腕>」

 

魔力を込めた拳も、膨れ上がった男の巨大な腕に弾かれた。

同時に迫る肉の壁。

 

「<損傷移行>っ!」

 

回避は不可能と判断。

イビルアイは即座に防御魔法を行使しながら反転する。

 

「! 今のを防ぎますか」

 

「<魔法抵抗突破最強化・水晶の短剣>!!!」

 

巨大な水晶の短剣が射出された。

だが、最高威力まで高められたソレですら男には届かない。

イビルアイの魔法の中で、防御突破を込めた最硬の一撃までが、目の前の化け物には通用しないのだ。

 

「ちっ! まるで250年前の再現だな……! いや……むしろ続き……なのか?」

 

上気した息を整えながら、幾分か理性的になったイビルアイが言葉を漏らす。

 

「魔神をも凌ぐか……なるほど。悔しいが確かに貴様には魔神王とでも呼べるだけの力がある」

 

冷静に男との実力差を分析する。

奴は間違いなく自分より遥かに格上だ。

 

「だが……貴様より上を私は知っているぞ」

 

「……なんだと?」

 

ニヤリ、と。

イビルアイの口が笑みを作った。

男の雰囲気が初めて変化する。

ビリビリと、イビルアイの肌を裂かんばかりに、男の怒気がプレッシャーとなって襲い掛かってきたのだ。

 

「この私よりも上を知っている? 貴女が? この世界に這って生きる羽虫如きがだと?」

 

冷や汗が止まらない。

喉がカラカラに乾いていく。

すぐ目の前に死が迫ってくる。

それでもイビルアイは笑みを絶やさない。

 

「そうだ。彼女に……あの人達に比べれば、貴様なぞまだ可愛い小悪魔にしか感じんなぁ?」

 

男の纏う空気が収束していく。

1つのカタチに。

 

「……では、貴女の言う小悪魔の力。その魂に刻み込んで差し上げましょう」

 

それは殺意。

イビルアイの瞳に映る、明確な死のイメージ。

 

――……それがどうしたっ!

 

イビルアイは後天的な吸血鬼であり、伝説に謳われる『国堕し』だ。

 

そして250年前の御伽噺の生き証人。

 

死の山脈を超える覚悟なぞ、遥かな昔に決めている!!

 

「行くぞっ!!!」

 

――あぁ……願わくば……

 

――あの英雄達の背中に……

 

イビルアイが永い生涯の中に、唐突に現れた難行に挑もうとしたその刹那。

 

「「っ!?」」

 

ナニカがけたたましい音を立てながら、2人の間に落ちてきた。

 

土煙が辺りを包む。

 

「何者です!!!」

 

今日初めて耳にする、男の警戒した声。

 

同じ様にイビルアイも警戒を強め――

 

「ぁ」

 

――思考が停まる。

 

薄れていく土煙から現れたのは1人の戦士だ。

漆黒の鎧は月の煌きを反射させ、漂っていた絶望を払うかの如く、真紅のマントがたなびいた。

彼の者の両手に収まるは、2振りのグレートソード。

 

イビルアイの胸が今まで以上の熱を帯びる。

ドクン、ドクン、と。

もう動く筈のない『心の臓腑』が脈打った気がした。

 

そして何より。

 

「それで……」

 

釘付けになった視線の先で。

 

 

「……私の相手はどちらかな?」

 

 

漆黒の戦士の背中が、記憶の背中達と重なった。

 

 




第40話「憧れたカタチ」如何でしたか?

今話で少し物語を進めております。
やっとモモンガさんのイケメンタイムが。
+某無限の復活とかですね。
皆大好きデミウルゴスお兄さんの活躍も、また同様。
楽しんで頂けたなら、とても嬉しいです。

さて。
前話でご感想を下さいました
『yosiaki』様、『ながも~』様、『サプリメン』様
誠にありがとうございます。
ここまでお付き合いいただいている、読み手の皆さまにも、今一度の感謝を。
ご感想等、お気軽にお寄せいただければ幸いでございます。
それでは次話にて。
                            祥雲


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鳴り響く音

鏡よ、鏡よ、鏡さん。
   あの角笛を持つのはだぁれ?

鏡よ、鏡よ、鏡さん。
   あの角笛を吹くのはだぁれ?

鏡よ、鏡よ、鏡さん。
   あなたがその身に写すはだぁれ?

彼か、私か、はたまた貴方?
   教えて下さい。一体誰が見えますか?


轟! 

 

耳だけでなく、空気……否。

 

大気そのものを切り裂いた様な音の後に、辺りに漂った土埃が掃われた。

 

 

「ほう……これは、これは」

 

紅のマントが風に踊る。

手首から先のみを使い、超重量であろう大剣がまるで幼子の玩具の如くに軽々と回転。

正に相手を両断せんと、研ぎ澄まされた剣先が突きつけられた。

 

「……察するに彼方の男が敵かね?」

 

興味とも値踏みともとれる声音を目の前の悪魔が発し、全身鎧の偉丈夫の問いかけを受けて、漸くイビルアイは呆けていた意識を引き締める。

 

「わ、私は蒼の薔薇のイビルアイ! 助太刀を感謝する!! 漆黒の英雄殿!! 加えて頼みたい!!! 同じアダマンタイト級冒険者として、この悪魔の討伐に協力してほしい!!!」

 

声を張り上げたイビルアイ。

だが、果たして彼女は気付いているのだろうか?

自らが発した声色が、明らかな喜色を孕んでいた事に。

 

その色が、彼女がいつしか諦め、捨て去ろうと心の奥底に沈めていた感情から来ているであろう事実に。

 

眼前の悪魔から発せられる重圧は、今現在もイビルアイの体を震わせている。

それは如何に漆黒の英雄と称えられる『漆黒』のモモンにとっても同じ筈。

にも関わらず。

 

「――承知した」

 

漆黒の英雄は――モモンは、さも当然という軽い口調で承諾したのだ!

 

「っ!! 感謝する!!」

 

瞬間、イビルアイの体に何ともいえぬ活力が溢れる。

胸の奥。

戦場特有のソレとも、はたまた別のナニカとも感じられる熱が血潮となり、イビルアイの冷たい体を焦がしていく。

 

「前衛は私が務めよう。君はサポートを頼む」

 

そうモモンは口にすると、イビルアイを背にし、悪魔へと対峙した。

同時に腰から取り出したガラスの小瓶を、振り返らずに後ろへと放る。

狙ったかの様にイビルアイの手元へと収まった小瓶の正体は、冒険者ならば誰でも馴染みのあるポーションだ。

 

「気休め程度だがな。まぁ、ないよりはマシだろう。……背中は任せたぞ? イビルアイ」

 

「ぁ」

 

男の背が。

モモンの言葉が。

どうしようもない安心感をイビルアイへともたらす。

 

「さて。待たせてしまったかな?」

 

低く、重い声が悪魔へと放たれた。

その声音は己が勝利へと揺るぎない確信のある強者のソレ。

ククク、と。

悪魔が心底愉快そうに仮面の下で笑みを溢す。

 

「……あぁ、貴方が。私共の耳にも貴方の武勇は聞こえるところ。お会い出来て実に光栄です」

 

そして、ゆっくりとした動作で礼をする。

 

相手への敬意が溢れたその動作は、この悪魔が目の前の戦士を己の相手に相応しいと認めた証明か?

もしくは撫でるだけで死んでしまうニンゲンへと悪魔が向けた皮肉だろうか?

 

「私の名はヤルダバオトと申します。……既知ではありますが、是非、貴方の口からお名前を伺っても?」

 

「……モモンだ。しかし、これ程に強大な悪魔が理由もなく、こんな所に現れるとは私には思えないのだが」

 

訝し気なモモンの問にイビルアイはハッとした。

あまりの悪魔の強さによって、根本的な問題へと思考が行き着いていなかったのだから。

この悪魔レベルの存在が、悪戯に人の世に現れて良い筈がない。

何かしらの目的がなければ、種として格下と蔑んでいるだろう人の都へと、わざわざ足を運ぶワケもないのだ。

 

「……私からすれば何時からニンゲンは、地べたから飛び立てるハネアリになったのだと言いたいですがね」

 

「必要ならばヒトは空に、海に、大地に世界を広げるだろうさ。その可能性を疑わぬ限り、な。なに。私にも覚えがあるよ。……あぁ、忘れるものか。あの夢がある限り……この身に抱き締めた夢が曇らぬ限り。――何があろうとも頑張れるのだからな」

 

モモンの発した言葉には、一体どれだけの想いが込められているのだろうか。

噂に聞く『漆黒』というチームに、イビルアイは『生き急いでいる』という印象を抱いていた。

目の前にいる戦士と、その相棒たる魔法詠唱者の2人組。

表舞台に現れてたったの数か月。

それだけの時間で冒険者の最高峰たるプレートを手にするまでの冒険譚は……何処か現実味に欠けている。

そう斜に構えていた過去の自分を殴りたい位だ。

なれど、今のモモンの言葉を聞いて、そんな考えは浮かばない。

浮かべる事ができない。

 

――彼は……一体どんな出会いと別れを……いや……『こんな考えは彼への侮辱か』……

 

きっかけを掴みかけたとはいえ、未だ過去に囚われているイビルアイにモモンの言葉の真意を組む事は出来なかった。

 

それどころか、失ったナニカを搔き抱いて尚、明日を信じられる者がどれだけいよう?

 

モモンの言葉に感じるモノがあったのはイビルアイだけではなかったらしい。

悪魔――ヤルダバオトもまた、未知の言葉を、感情を知った幼子の様に心から不思議そうな声を発する。

 

「……そういうものなのですか?」

 

「あぁ。覚えておくと良い、ヤルダバオト。諦めがヒトを殺す。諦めなかった者こそが、人道を踏破する権利人となるのだ。故に貴様は負けるのだよ」

 

ニヤリ、と。

兜の下でそんな表情をモモンガ浮かべて気がした。

瞬間。

モモンの体からヤルダバオトに勝るとも劣らぬ重圧が放たれる。

 

「……ククク。アハハハハ!!! 面白い!!! 実に面白いですよ、ヒトの世の英雄よ!」

 

対するヤルダバオトもまた同様。

 

空気が震え、世界が振動する。

 

「目的のアイテムさえ回収すれば早々に立ち去る予定でしたが……気が変わりました」

 

「ほう? 今、聞き捨てならない単語が聞こえたが……?」

 

ゆっくりとヤルダバオトが初めて『構えた』。 

聞き返すモモンの手からギシリと、大剣の柄を握り直す音が聞こえる。

 

「ふふ。知りたければ……お分かりでしょう?」

 

「フッ……そうだな」

 

ヤルダバオトが両手を広げ。

鏡合わせの如く、モモンの両手が呼応する。

 

「さて、ヤルダバオトよ。覚悟は良いな」

 

両腕の延長たる大剣が煌く。

 

「この剣の届く範囲は……」

 

あの巨大な体躯から繰り出される剣戟は、如何なまでの広さだろう。

如何なまでの強さだろう。

 

今宵、英雄譚のページが新たに増えて。

 

世界は小さく揺れ動く。

 

 

「――私の国だ」

 

 

王都の嵐、未だ健在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。クイーンも中々にしぶといものよ」

 

クツクツとした笑い声が妙に耳についた。

 

笑い声の主は実に愉快そうに紫煙を燻ぶらせ続けている。

 

「……よく言うわ。獲る気も獲らせる気もないでしょうに」

 

その相手――ベアトニーチェに向けてベルンエステルが言葉を返す。

 

2人の視線の先にあるチェス盤の盤面は些か可笑しな状態であった。

 

通常、チェス盤というのは互いの駒の数が決まっている。

各々キングが1つ。

クイーンが1つ。

ビショップ2つに、ナイトが2つ。

ルークも2つで、ポーンが8つ。

 

それなのに白の駒も、黒の駒も、明らかに数が合っていない。

それどころか駒の総数自体が合っていないのだ。

しかも駒の配置も明らかに不自然であった。

 

特にソレが顕著なのがベルンエステルの黒の駒である。

盤面の前線にキングの駒とナイトの駒が出ていた。

しかもキングが獲れる位置に白のビショップがあり、逆に白のキングの隣に黒のクイーンが合ったりと。

 

これではゲームとして成立しないだろう。

この空間でチェスという遊戯は絶対に成立しない。

 

「でも、この配置じゃ無理ないわね」

 

だが2人の魔女にすれば、この盤面こそが正しく。

配置の異なる駒ですら当然の帰結である。

 

「少し戦局を変えようかしら? こんな手はどう?」

 

ベルンエステルの白く細い指先が、1つの駒を動かす。

 

「ほう! これは懐かしい!」

 

その手を見て、ベアトニーチェは感嘆の声を漏らした。

海原を思わせる両目は爛々と輝き、お気に入りだった古本を目にした子供の様。

 

「只の改変モノだけどね。でもこの盤においては関係ないわ。さぁさ。私達も場所を変えましょう?」

 

「くくく! 成程、成程! 確かに納得よ! しかし、宜しいのかな? この手は些か博打ぞ?」

 

「くす。それがなぁに? 私はあくまで勝ちにいくわ。どんな悪手を使ってでもよ」

 

ベルンエステルの手が傍らのティーカップに伸びる。

淡い色彩の唇が、深い色彩の液体に濡れた。

ペロリ、と。

それこそ猫の様に艶めかしく赤い舌が顔を出す。

 

「【これが最後の手助けだもの】。少し位の無茶もしたくはなるわ。貴女も覚えがあるでしょう? クローゼットの鍵とか、鎖とか」

 

「ふむ。そこを突かれると流石に痛い。実に胸に来る」

 

「あら。それは悪かったわね」

 

「かつてこれほど心の籠らない謝罪があっただろうか? …………あったな。むしろ、妾がしたな!」

 

これは1本取られた! と、ベアトニーチェが笑った。

 

つられてベルンエステルも小さく笑いを溢す。

 

楽し気に。

 

悲し気に。

 

魔女たちが嗤う。

 

「でも……そうね」

 

夜深い世界の何処かで。

 

「やはり、悪だくみは」

 

2人の魔女が知略を絞り。

 

 

「「魔女とに限るわ」」

 

 

罪深き世界の中で……魔女達は勝利を目指すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半刻後。

 

王都――エ・ランテル

 

「っ! これはっ!? そんな何故!?」

 

大声を張り上げたのは、モモンと一進一退の攻防を繰り広げていたヤルダバオトであった。

今までの冷静さが嘘だったかの如く取り乱している。

此処が戦場であるにも関わらず動きを止めた姿は、明らかな致命の隙に他ならない。

 

「モモン殿っ!! 今だっ!!!」

 

先の言葉通り、戦闘のサポートに回っていたイビルアイが叫ぶ。

 

しかし。

 

「馬鹿なっ……!! 一体どうし………ふざけるなよっ!! こんな事があり得てっ!? なんでだ!? どうしてですっ!!!」

 

ヤルダバオト同様に、モモンも明らかに様子がおかしい。

誰も居ない虚空へ向けて叫んでいる。

イビルアイがモモンガの視線先へと意識を向け……

 

「馬鹿ね? よく言うでしょう。敵は味方のフリをするってね」

 

……そんな声を始まりに、絶望が目に飛び込んできた。

 

 

夜空に溢れんばかりの闇が広がっている。

 

否。

 

あれは絶望ではない。

 

あれは――『彼女は』!!

 

「ギャハハハハ!! 『地獄で会おうぜ』は妾の是とする言葉であるが……此処がそうだぜぇ?」

 

「ちょっと、あんた!!! ベルンにくっつき過ぎよ!!! そこは私の場所なのよ!? 離れなさいっ、この腐れ外道!!」

 

「ぷっくっく! 差し詰めチーム外道……ですかな? いやはや。この歳でブイブイいわせる日が来ようとは……ぷっくっく」

 

「ぐぬぬぬ!! 悔しいですっ! 何故あそこでグーを出したのですか私っ!? あぁ、昨日の私を殴りたいっ!!!」

 

「おい、こっちに唾が飛んでんだよ名探偵。一人SMやんなら帰ってくんね?」

 

王都の上空に数人の人影が浮かんでいる。

青い髪を風に踊らせる小さな少女を中心に、見知った顔すらがチラホラと。

【明らかな敵意を滲ませながら】王都の上空に殺意を広げていた。

 

その身から冒涜的なまでに悍ましい魔力を溢れさせるのは、250年前の鏡映しの如く。

 

混沌と化した王都の戦場へ。

場違いなまでに。

ジャンル違いなまでに横暴に。

完璧なタイミングで第三勢力の横槍が入ったのだ!!!

 

「それじゃぁ、開幕の狼煙をあげましょう。どんな寝坊助だろうが嫌でも目に入る位、とびっきりの大きさでね」

 

青髪の少女が指を鳴らす。

 

その瞬間、世界が燃えた。

 

そうとしか表せない位、世界が明るく燃える。

目に入る景色のあちらこちらが朱に染まっていく。

 

 

――あの方角はエ・ランテルかっ! それに、カルネ村と……いやそれだけじゃない!! 彼方は法国方面で……あっちは帝国領……まさか彼女達はっ!?

 

 

イビルアイの脳裏に最悪の考えが過る。

在り得てはいけない事実が浮かび上がる。

 

――ぐっ……私の考えが合っていれば、この人類史上最悪の事態だぞっ!! あぁ……モモンさま。貴方の言う通りだ。ふざけるなっ!!!

 

「――ふざけるなよ貴様ら!! 貴様らは……貴女はまた戦争がしたいとでも言うのか!? 250年前と同じく! 罪もない数多の血を流させようというのかっ!?」

 

イビルアイの絶叫が響く。

その声を受けて、青髪の少女――ベルンエステルが怖気すら感じさせる嘲笑を浮かべ、高らかに声を張り上げる。

 

「フフフ!! アハハハハ!! 戦争? 戦争ですって!? 【そんな退屈な事はしないわ!! これはゲームよ。世界の命運をかけた大博打!!】」

 

片手を振り上げ。

その強固な意志で固められた眼差しをもって、ベルンエステルは再び口を開く。

 

『聞け! 人の子よ!! この世界に生きる全ての者達よ!!』

 

恐らくは何らかの魔法を使っているのだろう。

その声は大気を震わせるのではなく、世界を震わせながら響き渡る。

 

『お前達の倒すべき化け物は此処に居る!! トブの大森林が外れにある墳墓の最奥!! その玉座に私は居よう!!!』 

 

さながら終末の笛の如くに。

 

『この世に平穏を取り戻したくば私を討つが良い!! 数多の英雄を集めるが良い!! 我が同胞を退け、困難を踏破し、この心の臓腑に剣を突き立ててみせろ!!」

 

世界を終わらせる戦を始める為に。 

 

『さもなくば私がこの物語に幕を引くぞ!! さぁ、己が抱いた宝を守りたくば私を討て!!!』

 

願う勝利を手にする為に。

 

『世界で一番残酷な魔女を――この大ベルンエステルを恐れぬ愚か者を、私は――あの場所で待っているぞ!!!』

 

黄昏に染まる空を背にして、魔女は密やかに祈る。

 

 

――さぁ

 

手にした幸福を胸に秘め。

 

――この幸せな夢を終わらせましょうか

 

誰もが気付かない位、小さく小さく微笑んだ。

 

 

ep.3~Even in the relentless clock~ End

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――奇跡と共に 1周年記念回 『Tea Party』――

 

 

7月7日、早朝。

 

「ん? なんだこれ?」

 

世間でいうところの七夕当日。

ユグドラシルというゲームで『モモンガ』というキャラクターを使っている社会人、鈴木悟は住んでいるアパートの郵便受けに見知らぬ封筒が入っている事に気が付いた。

 

「……送り間違いかな? 明らかに紙質が触った事のない高級感なんだけど……」

 

手触りからして鈴木悟が初めて感じる触感。

更に糊付けの代わりにあるのは封蝋。

ドラマや映画でしか目にした事のない御洒落さである。

つまりはポッターな映画によく出てくるアレだ。

 

――い、一応宛名を確認しておこう……! 

 

そんな高級品とは縁遠い彼にしてみれば、道端で『ちょっと持っててくれる?』と軽々しく渡されたヴィンテージワイン程に扱いに困っていた。

明らかに持つ手が震えている。

意を決して封筒の表面を見れば、それはそれは達筆は英語で『satoru suzuki』の綴り。

 

――ん? ほら、スズキサトルさんじゃん……よか……………まままま間違いなく俺じゃないですかっ!? えっ? ナニコレ? ドッキル!? 俺死ぬん!? か、カメラは何処だ!?

 

勢いよく扉を開けて廊下を確認するも、カメラの類はおろか、他の住民の姿すらない。

ユグドラシルのギルド内であれば可能性は大いに高かっただろうが、ここはリアル。

寂れた廊下が広がるのみであった。

 

「……取り合えず中で見るか。ここまで手の込んだ悪戯って可能性も低いだろうし」

 

軽く頭を振って扉を閉める。

テクテクとリビングへ向かい、一人掛けの椅子へと腰を下ろした。

 

――あ。ウチにペーパーナイフないんだよなぁ……カッターで良いか

 

そもそも極平凡に生きていく上で、ペーパーナイフを常備している家はどれ位なのだろうか?

と。

明後日な思考で軽く現実逃避しながらも、無事、封を開け終える。

 

中を見れば――

 

「手紙と……招待状?」

 

可愛らしい子供向けのファンシーな便箋と、便箋と同様のデザインの招待状が入っていた。

 

「え? 予想の斜め上なんだけど? ちょっと可愛い過ぎて、あれ、少しだけ嬉しいぞ? って思える位には予想外だよコレ!」

 

とっくの昔に成人している良い年齢の男の自宅に間違っても届いて欲しくはない。

色々な意味で震える体を無視し、便箋に目を通し。

 

「……ぁ」

 

―― 鈴木悟様

  新緑が葉を覗かせ、肌を刺す日差しが辛い季節になって参りました。

  お体に変わりはありませんでしょうか?

  当院ではこの度、ささやかではありますが、七夕を題材にした公演会を予定しております。

                   :

                   : 

                   ・

  ご都合もおありますかと思いますので、出欠の返答は頂かなくて構いません。

  もしご出席頂けるのであれば、同封の招待状をお持ちください。

  お時間がございましたら是非お越し下さいたく思います。

  どうか、ご壮健であらせられますよう。

                                         院長 寿    ――    

 

 

その便箋を読み終わった鈴木悟は、無意識の内に招待状を握りしめていた。

 

元々、鈴木悟は孤児である。

正確には幼少期に両親が他界し、その後の生活を孤児院で過ごしたのだ。

全世界規模での環境汚染によって、一部の財閥が主となっている現代。

貧困層と富裕層との格差は激しさを増していた。

その中で鈴木悟の生まれた家庭はどちらかといえば貧困層よりであったが、両親は精一杯の愛情を子供へと注ぎ、彼は心優しい人間として育っていた。

 

そんな両親に恵まれた彼の生活も、ある日を境に一遍する。

両親の死。

しかも病死ではなく、他殺である。

幼い彼の目の前で、金銭目的で押し入った強盗による凶行であった。

両親の他に身寄りもない彼は、傷ついた心のまま、彼方此方の施設をたらい回しにされる。

そして決して短くはない時間を路地裏で過ごしたのだ。

 

俗に言うストリートチルドレン。

スラム街なぞ現代日本では珍しくもない光景であるが、自分がそこに生きる事になる等と誰が思い浮かべられよう?

しかも、彼の性根は間違いなく善人であった事も災いした。

時には死に物狂いで手にしたなけなしの食べ物を、震える自分よりも幼い子供へと与えた。

ある時には力なく倒れこく犬を見て、自身の寝床へと運んだ。

そんな事を繰り返せばおのずと結果は見えている。

何時しかやせ細り、歩くことすら満足に出来なくなった。

偶に振る雨を啜り、喉の渇きを潤す日々。

日に日に衰弱していく中であっても、彼は誰も恨まなかった。

強盗犯こそ恨んだが、とっくに犯人には刑が執行されていたからだ。

 

死んだ者は生き返らない。

 

『パパも……ママも……アイツも……』

 

誰もが笑顔で生きられる世界は何処にもない。

だが、それでも。

そうだとしても、誰かを笑顔にする事は出来たから。

 

『……たべる?』

 

『い……い……の?』

 

とても食糧とは呼べない様なパン屑を、美味しそうに。

ありがとうと、涙ながらに笑った誰かが居たのだから。

 

ゆっくりと、幼き命の灯が消えかけた刹那。

 

『! 君! しっかりしなさい!!』

 

誰かの温もりが冷え切った体に触れて。

 

『……』

 

次に目覚めた彼が感じたのは柔らかな感触。

満足に動かない体の代わりに視線を動かせば、幾分を忘れていたベッドに寝かされている事に気付く。

 

『あぁ。目が覚めたのね!』

 

そこに居たのは優し気な高齢の女性。

その声が。

その眼差しが。

どうしようもなく、失くした宝物に――両親に似ていた。

 

『……っ……ぅ……ぁあ……』

 

気付けば勝手に涙が溢れ。

 

『……大丈夫。大丈夫よ。だから泣かないで? ね?』

 

暖かな温もりに抱かれていたのだ。

 

その日を始まりに、鈴木悟に帰る場所が出来た。

 

『院長! ただいま!!』

 

その日を始まりに、鈴木悟に帰る家が出来た。

 

『おかえりなさい、悟』

 

『おかえり~! 悟兄ちゃん、一緒にあそぼ?』

 

その日を始まりに、鈴木悟に掛け替えのない家族が出来たのだから。

 

それから数年で鈴木悟は就職し、施設を後にする事になる。

しかし、如何に短い年数であろうとも、間違いなくあの日々は彼の宝物なのだ。

彼が手にした最初の宝石。

 

 

「……それなのに俺は……こんな大切な事を忘れてしまっていたなんて」

 

 

どれだけ呆けていたのだろう?

気付けば時計の針は随分と進んでいた。

手の中で軽く……とはいえないが、よれてしまった招待状を綺麗に伸ばす。

 

この招待状も、きっと小さな『家族』が心を込めて書いたのだろう。

 

あの場所へ最後に行ったのは何時だったか?

 

「……そういえば……俺がゲームで魔法使いを選ぶ様になったきっかけも……」

 

 

『あら。悟はもう白い魔法が使えるのね』

 

『まほう? ボクが?』

 

『そうよ? 誰かを笑顔に出来る。とっても優しくて、とても大切な魔法なの。先生もね。悟と同じ位の歳に教えてもらったのよ?』

 

『いんちょーも? だれから?』

 

『私のお母さんから。私のお母さんは、そのお母さんから。ほら、本棚にある絵本を書いた人よ』

 

『えほんって、らいおんさんのやつ?』

 

『えぇ。この魔法はね、一番簡単そうで、一番難しい魔法なの。だけれど、これだけ素敵な魔法はそうないわ』

 

『じゃぁ、ボクまほうつかいになる!! きっといんちょーも、みんなも、ずっとえがおにするねっ!!』

 

『ふふっ。ありがとう、優しい魔法使いさん。さてと、そろそろおやつの時間ね。今日は特大プリンよ』

 

『ほんとっ!? やったー!』

 

『あらあら……ふふ』

 

『いんちょー! はやくっ! はやくっ!!』

 

『はいはい。さ、最初に手を洗いましょうね?』

 

『うんっ』

 

 

――そうだ。俺は……あの時間が……

 

手にした招待状の時間を確認する。

開園時間は午後の13時から。

 

そして幸いにも今日は休みだ。

 

「柄じゃないけど……花屋でも覗いてみようかな」

 

久しぶりに現実で心からの笑顔を浮かべて、洗面所へと歩いていく。

今晩のユグドラシルへのログインは、少し遅れるだろう。

すみませんと謝りながら、お詫びの土産話でも持っていこう。

 

きっと、今日は素敵な1日になる。

 

それに懐かしいハーブティーの味が無性に恋しくなった。

 

 

 

慣れない礼服に袖を通して。

照れ臭い笑みを浮かべながら、腕いっぱいの花束を手渡すのだ。

あぁ。

そうだ。

ちびっこ用にキャンディでも買っていこうか。

うん。

それが良い。

 

ふと目にした窓辺の先で。

 

 

――ただいま……母さん――

 

 

――おかえり。悟――

 

 

 

青いリボンが揺れた気がした。

 

 




第41話『鳴り響く音』如何でしたか?

お久しぶりでございます。
暫くぶりの更新でありながら、ぶっ飛んだ最後となった41話。
この展開を予想していた方がいたら、本当にスゴイですよ?
今話でep.3は終了です。
少し短い章でしたね。
次章ep.4で最終章を予定しております。
ほぼオリジナルの話達になりますが、どうかお付き合いいただきたく。
……割とビビっている現在。
でも書いちゃうのが私の悪い癖。

さて。
前話でご感想をくださいました、『サプリメン』様、『bb』様
ありがとうございます。
幕引きが近い当作でありますが、ここまでお読みくださっている皆様に感謝を。
今後もどうか御贔屓にしていただければ幸いです。
次話でお会いできますことを願いつつ。
ご感想等、お待ちしております。
                         祥雲


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ep.4~end of the tender lie~
重なった秒針


子守歌を謳いましょう。
   悪い夢を見ませんように。

子守歌を謳いましょう。
   悲しい夢を見ませんように。

子守歌を謳いましょう。
   優しい夢を見れますように。

  どうか忘れないで下さい。
   確かに此処に居たのです。         



 

重く、空間そのものが身体に纏わりつくかの如く。

その場所は異様なまでの静寂と、緊張感に満ちていた。

 

王城ロ・レンテ。

本来は華やかな催し物が行われるべきであろうその場所は、息をするのすら億劫な程に、張り詰めた空気を内包している。

 

華やかなパーティーの始まりは、得てして主催者の声で始まるものだ。

故に、この全くの正反対を呼べるべき集いのカーテンコールを告げるのもまた。

深く閉ざしていた瞼を開けた……この国の主に他ならない。

 

 

「……まずは……この非常事態にこうして集って貰ったこと。誠に感謝する」

 

 

年老いて尚。

身の丈に釣り合わぬまでの重圧に耐え続けて尚。

ただの一度として、己が責務から逃げることをしなかった1人の王の声が響く。

 

リ・エスティーゼ王国・国王――ランポッサⅢ世。

 

かの王の呼び掛けにより集められた者達の意識が、言葉を発した老王へと注がれた。

 

「既に確認がとれているだけでも、我が王国内の被害は甚大である。……が、その中で人命の被害が少なかったのは不幸中の幸いと呼べるだろう」

 

世界が文字通り震撼した夜が明けた明朝。

現段階で動かせるだけの主だった戦力が、このロ・レンテへ招集されたのだ。

 

国王直属の剣たる、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

その懐刀であるガゼフと引き分けた実力者ブレイン・アングラウス。

他にもミスリル以上のプレートを下げた冒険者達や傭兵。

政に関わる貴族や王族と。

そうそうたる顔ぶれが集う。

無言を貫く漆黒の英雄や、普段はこの様な場に居る事の少ない第三王女等。

どれだけ自体が逼迫しているかを伺い知るには十分であろう。

 

王都を……否。

世界を震撼させた件の魔女――ベルンエステルは世界への宣戦布告ともとれる言葉を残すと、その姿を消していた。

加えて王都を襲撃した悪魔、ヤルダバオトの姿も同時に消えていた事から、ベルンエステルとヤルダバオトは少なくとも同勢力であるという予想が立てられている。

 

「かの魔女が伝説に聞く魔神と同程度の災禍をもたらす存在であることは明白だ。事実……あの場に居た数人の姿が、十三英雄の残した手記に記された魔の者と酷似している」

 

「っ……」

 

王の発した呟きに、アダマンタイト級冒険者チーム、青の薔薇所属のイビルアイが肩を震わせた。

この場に居る、ある程度の実力を備えた面々がその小さくも確かな変化を見逃す筈もなく。

 

「貴殿は……確か蒼の薔薇の。何かしっt」

 

「いや、ちげぇんだ!! コイツはっ」

 

誰かが発したであろう言葉を、イビルアイの隣に立っているガガーランが遮った。

昨晩にその命を落とした筈の彼女が何故かの場にいるのか?

それは、蒼の薔薇のリーダーであるラキュースのおかげである。

一度の使用制限。

復活への制約も幾分かあるが、それをクリアさえすれば、神の奇跡たる死者の復活を限定的に行えるのだ。

多くの神秘が失われて久しい現代の世において、ラキュースの持つスキルは正に破格。

そのスキルによって蒼の薔薇は結果的に誰一人欠けることなく、この場に在ることが出来ている。

 

「……ガガーラン。気持ちは嬉しいが、この非常時だ。それに……あの人が相手なら、情報の秘匿は致命になるだろう」

 

「でもよ!」

 

「……よしなさい、ガガーラン」

 

苦笑を溢したイビルアイになおも食い下がらろうとしたガガーランを、未だ疲労の色が抜けきらないラキュースが止めた。

その左右では何時でも行動を起こせる様に、自らが持てる隠密スキルを総動員した双子が素知らぬ顔をして控えている。

いざとなればこの場で事を構えても良いという仲間の絆。

隠しきれない喜びと、決して選ぶ事の出来ない優しい事実が、イビルアイの決意を揺るぎないものに変えているのだ。

それが理解できぬガガーランではないから。

理解できてしまう仲間であるからこそ、ガガーランはここまで声を荒げるのだった。

 

「まったく……お前達、王の御前だぞ? 少しは慎みというものを持つべきだ。あちらのモモン殿を見習わんか? ……さて」

 

イビルアイは何てことなさげにそう告げると、ゆっくりながらも確かな足取りをもって広間の中央まで歩き、その仮面を外す。

仮面の中から現れたのは彼女の発する貫禄とは見合わないばかりか、良い所の令嬢だとしても通じる様な美しい少女であった。

だが、その真紅の眼が。

唇の端から覗く牙が。

血の気を感じさせない余りに白すぎる肌が、彼女が只の幼子では――ヒトではない事を明確に伝えてしまっている。

 

「改めて名乗ろう。私は蒼の薔薇のイビルアイ。――かつて『国堕とし』の名で呼ばれた者だ」

 

「「「っ!?」」」

 

驚愕。

恐怖。

感嘆。

 

広間に様々な感情の色が戻った。

その色を戻したのが、たった1人の『少女』によるものだというのだから、何という皮肉だろう。

この場において、間違いなく本物の決意を持った存在がこの少女を含めて、幾人にも満たないという現実は……なんたる無様か。

 

「そして先の王の言葉は正しいよ。あぁ……何故、私が知っているか。その辺りは各々理解しているだろう。だからこそ、私がこれから話す事も事実と捉えてほしい」

 

イビルアイは一瞬その目を伏せる。

再び彼女が前を向く頃には、その身に纏う貫禄に相応しい表情を浮かべていた。

 

「かの魔女の事は私も知らない。だが……隣に居た者達ならば知っている。まぁ……その内の1人は、この場に居る多くが見知っているかもしれんがね」

 

イビルアイの言葉に、無言で佇んでいたモモンガに向けて視線が集まった。

 

「……ぁ……「でもまぁ、きっとそこの彼は何も知らんよ。いや、むしろ被害者だろうさ」……ぇ……?」

 

何かを口にしようとしただろうモモンの言葉を、彼よりも力強い声音をもってイビルアイの言葉が遮る。

 

「件の魔女の隣。黄金の髪に、碧の瞳を揺らした女性。あの人の手にかかれば、人1人の記憶や感情を弄る事なぞ、造作もないだろう」

 

再びの驚愕。

イビルアイの言葉から推測すれば、かの漆黒の英雄をも出し抜けるだけの力をその者達は備えている証明になるのだから。

が、只1人。

ランポッサⅢ世のみが、揺るぎない意思でもって、問を投げかけた。

 

 

「……して……名は?」

 

「……彼女の名はベアトニーチェ。かつて魔神を我々と討った本来の英雄の1人。そして――」

 

 

 

「――救った人類に裏切られ、火炙りに処されて死んだ……歴史から忘れられた魔女だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国から遥か南方。

 

人類の守護を掲げ、世界の救済を謳う『法国』は、宗教国家としては極めて典型的であったと言えるだろう。

 

かつての奇跡に縋り。

かつての奇跡を願い。

かつての奇跡のみに祈る。

 

自分達の罪を自覚する事もなく。

只、妄信的に。

只、狂信的に。

積み上げてきた屍の数すら忘れて、天を仰ぐ事しかしない神官達が統治した国。

 

故にこそ。

 

「……【ノックス第3条、秘密の通路の存在を禁ズ】」

 

己が身可愛さに、人類の救済という信念さえ忘れた彼らの逃げ道は潰えるのだ。

 

古来より聖堂や王城等には、時の権力者を守るための隠し通路が必ず存在する。

 

だが燃え盛る扉から静かに近づいてくる声が、その『当たり前を認めない』。

 

豪華な装飾品に身を包んだかつての聖職者達の退路を――その先にある希望を否定する。

 

「な、何故だっ!? どうして仕掛けが動かないっ!?」

 

「っ! く、来るな化け物め!! 異教徒の……魔女の手先めっ!!」

 

今、法国という国は文字通り死にかけていた。

 

多くの神殿が無残にも破壊され。

多くの精鋭達がその力を振るう事無く、『退場』させられていく。

なれどこの場において、未だ神官長達と共に、この国に在る者達が居るのもまた事実であった。

 

「あは! まさか、貴女が裏切るなんてねー? 想像もしてなかったけど、今、サイッコーに胸が高鳴っているわ!! ゾクゾクして堪らないもの!!」

 

「はぁ……貴女はどうしてこう…………神人も既に我々しか残っていないのですから、もう少し緊張感とか危機感をですね?」

 

震える神官長達を背にし、守る様に構えるのは法国が誇る最高戦力にして――唯一の残存兵力。

 

漆黒聖典『隊長』

漆黒聖典『絶死絶命』

 

それぞれ己が得物を、ゆっくりとした足取りで近づいてくる小さな体躯へと突きつけた。

 

今この瞬間にも、大聖堂の外は赤く……ひたすら紅く燃えているのだろう。

失った信仰に縋り、失くした栄光に縋った張りぼての街が燃えているのだろう。

だがそれでも。

 

「はぁ……こんな事なら、早く身を固めて隠居すれば良かったですね」

 

「ぷくく! 何だったら、私が番になってあげよっか? 貴方結構強いし? 私、今とっても気分が良いからさ? 初めてだし、きっと具合も最高だと思うわ!!」

 

「……………………………………前向きに考えておきます」

 

「おい、今の間は何だ? ああ゛?」

 

明日を信じられる程度には、未だに心が……魂が折れていないニンゲンが残っている。

 

「フム。この私が居る時点で結末は決まっていマスガ……やはりニンゲンは面白いデス」

 

そんな笑い交じりの呟きと共に、業火のアーチを潜り終えた声の主が、揺れる焔に照らされてその姿を現した。

 

菖蒲色の巻き毛に小柄な体躯。

黄金に光る両眼に、特徴的な青い帽子と装束。

交差する様に揃えられた左右の手からは、赤と青に煌く半透明の刃が伸びている。

 

「まったく。身近なところにとんだジョーカーが居たものです。そうでしょう? 法国主席異端審問官『十戒』ドラノール殿?」

 

「……それは今となっては少々正しくないデス」

 

隊長と呼ばれる長髪の男性の言葉を受けて、無表情であったドラノールの相貌が僅かに歪んだ。

その様子を見て、『絶死絶命』が挑発的な問いを投げかける。

 

「へぇ? なら『十戒』? 貴女の言う正しい肩書ってなにかしら? どっかのスパイ?」

 

「まぁ……こんな事まで起こしていながら違いマスとは言えまセンガ……そうデスネ。友に倣って私も改めて名乗りまショウ」

 

『十戒』と彼らに呼ばれたドラノールが、両の手の刃を消した。

そのまま胸に片手を当て、洗練された所作をもって美しい礼をする。

 

「天界大法院。第七管区内赦執行機関『アイゼルネ・ユングフラウ』所属。主席異端審問官、ドラノール・A・ノックスと申しマス」

 

ドラノールの背後で、聖堂を支えている支柱が幾つか倒れた。

火の粉が舞う。

崩れ始めている天井の隙間から。

ひび割れているステンドグラスから光が洩れる。

 

「これより異端審問を開廷」

 

その儚い光がドラノールを照らす。

 

「結果を……未来を闇に閉ざす選択は邪悪デス。それだけはワタシ達が許さナイ。ダカラ……」

 

正義を体現する大司教の刃が振り上げられて。

 

「その過ちを正しマス」

 

真実の楔が――彼らの切り札を封じる宣告が放たれた。

 

「【ノックス第8条、提示されない手掛かりでの解決を禁ズ】」

 

「加えて宣言しマス。【ノックス第4条、未知の薬物、及び、難解な科学装置の使用を禁ズ】」

 

世界の法則が変えられる。

否。

『あるべき姿に正される』

 

「驕りの代償は高くつくものデス。この楔を定めたあの人の様に……愛を観ようともしなかった1人の少女の様ニ」

 

建物を包む炎が一層勢いを増し、ドラノールが纏う空気が変わった。

 

より静かに。

より鋭く。

意識を――刃を研ぎ澄ませていく。

 

そして、ドン! という重厚な音を響かせ、ドラノールの小さな体躯が砲弾の如く弾かれた。

残された柱が、天井が崩れる。

発せられた衝撃で、ステンドグラスが砕け、キラキラと焔を反射させながら舞い落ちて。

一層世界に色を灯していく。

 

その姿はまるで。

 

 

「【愛がなければ真実は見えまセン】 だからこそ――我々が勝つのデスカラ!」

 

 

福音を告げる天使の様に――美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻。

 

王国領――トブの大森林のはずれ。

 

隠蔽に使われていた幻術が解除され、その荘厳たる姿を白日の元へと晒している巨大な墳墓がある。

その入口に、ポツンと。

小さな影が――ベルンエステルの姿があった。

 

何をする訳でもなく。

ただ気軽に散歩でもしている様に、世界が討つべき魔女は其処に居た。

 

「フフ。偶には悪役以外もしてみるもんね。新鮮な経験だったわ」

 

心から楽し気に。

手にした宝物を自慢する様に、上機嫌な様子でベルンエステルは笑う。

入口の上方。

張り出した出っ張りに腰かけて、青いリボンの結われた尻尾を揺らして笑った。

 

サァ―と、心地よい風が頬を撫でる。

 

ベルンエステルの青い髪が踊り、透き通った空気が肺を満たしていく。

 

「でも……そうね。どうせならもう少し…………くす。なぁんて。一体どの口が言うのやら」

 

何が面白いのか、クスクスと笑いが止まらない。

 

スッと右手を翻せば、水晶を思わせる無数の欠片が浮かび上がる。

 

「これで各国は結託をせざるを得ないわね」

 

その1つ1つには、ベルンエステルの良く知った者達が映っていた。

様々な場面が映っては消えていく。

モモンガが。

バトラが。

アルベドが。

まるで無数の映画のフィルムを雑多に張り付けた様に浮かんでは消える。

 

「何時だって世界はこんな筈じゃなかった事ばかりよ。だけれど……」

 

ベルンエステルが開いた右の掌を閉じれば、浮かんでいた無数の欠片もその姿を消していた。

再びそよ風がベルンエステルの身を撫でる。

 

「……その未来を決めるのは、今を生きる者であるべきだもの。場違いな役者はとっとと退場しないと」

 

眼前の景色を目に焼き付ける。

必死に生きる彼らを。

運命に抗う彼を。

 

「……待っているわ、我らが友よ。今はまだ立ち上がれなくとも、今はまだ選べなくとも」

 

舞い上がる髪を片手で抑えて。

 

 

「貴方が来る日を」

 

 

ベルンエステルが嗤う。

 

 

友が抱き締めた宝の隣で。

 

世界で一番残酷だと自ら語った魔女は。

 

 

「貴方の目が覚める日を――待っています」

 

 

聖女の様に微笑んだ。

 




第42話『重なった秒針』如何でしたでしょう?

短めの出だしとなりましたが、今話からep.4が始まります。
楽しんでいただけましたかね。
モモンガさんのハートは回復してません。
描写は後の話で詳しい部分を挟みたいと思っております。
そろそろ感の良い方は、この物語の全容に気付き始めたのではないでしょうか?
改めて、この物語の最後までお付き合い頂ければ幸いです。
さて。
前話でご感想をくださいました『まろんさん』様。
誠にありがとうございました。

考察・ご感想等、お気軽にお寄せ頂ければ。
それでは次話にて。
                        祥雲


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誰が者の寧日

この宝石を贈りましょう。
     あなたが手にする宝モノ。

  あの宝石を磨きましょう。
       あなたが目にするその日まで。

    その宝石を遺しましょう。
         あなただけのモノだから。


ふと。

窓の外を見上げた。

 

首だけを其処に向けて。

首から下は動かさないまま。

誰も居ない部屋で静かに苦笑を溢す。

 

あの空を最後に見上げたのは一体何時だっただろう?

 

記憶に在るのは美しい星。

視界に映るのは無機質な壁。

それがどうしようもなく可笑しくて。

くつくつ、けらけらと静かに笑う。

 

人に限らず生命というモノは存外にしぶといものだ。

例え心が朽ちようとも。

退屈という甘美な毒に侵されようとも。

 

たった1つの大切なナニカさえあれば。

躰が朽ちようと、心や魂の輝きさえ残っていれば、明日を信じられる。

 

かつて確かに貰ったその言葉を、あの笑顔を。

この広い広い世界の中で、自分しか覚えていないとして。

その事に一体何の問題があろうというのか?

 

瞼を開けても視えなくて。

口を開いても話せない。

此処にはなくて、何処かに在る。

 

自分だけが覚えている。

 

『―――――』

 

だからまだ終われないの。

自分は昔から諦めが悪い。

 

「~!~!~!」

 

枕元で鳴り続ける聞きなれた電子音も。

 

「――! ―――!!」

 

壁越しに近づいてくる聞き飽きた足音も。

何もかもが煩わしくて……愛おしいから。

 

骨の様に白い腕を挙げた。

震える指先に力を籠めて。

既に骨董品と呼ぶに相応しいペン先へ、黒いインクを付ける。

 

ポタリ。

ポタリ。

ボタリ。

 

さぁ。

最後の物語を彩ろう。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは暫しの間、此方でお寛ぎ下さいませ」

 

「……」

 

そう言い残した妙齢のメイドが退出するも、部屋へと通された当の客人は終始無言であった。

漆黒の鎧を纏った偉丈夫と呼ぶに相応しい風貌の『彼』は、酷く緩慢な動作で歩みを進めるとゆっくりベッドに倒れ込む。

 

頭部隠す兜の奥で。

ゆらゆらと空虚に揺れるは今にも消え去りそうな……赤い揺らめき。

この現世において伺い知る事の叶わない彼の表情は一体どの様な貌であったのだろうか?

 

「……な…ん……で…」

 

まるで深海の底とでも感じられる程に重く冷たい部屋。

そこにポツリ、と。

消え入りそうな程に掠れた小さな言の葉の雫が虚の水底へと溶けてゆく。

ほんの数刻前からずっと。

只ひたすらに彼の中で木霊する疑問が。

形にできないその感情が。

心という海の中を幾千もの気泡の如く浮き上がっては、明確な象になる前に消えてしまうのだ。

カーテン越しに差した温かい日差しが、まるでこの瞬間だけ意思を持ったかの様に彼を――モモンガだけを照らしていない。

 

 

王国領における武力・知力の最高峰が集められた会合は立場や地位に関わらず白熱したものとなった。

被害の再確認や今後の方針等々。

かつてない規模で、かつてない試みで。

ありとあらゆる案が飛び交った。

しかし。

世界規模で災厄を齎したかの魔女の目的が一切不明である以上、具体的な対策を練ろうにも練られないというのが現状である。

たった1つ。

唯一無二とも呼べる至ってシンプルな『事実』を除いては。

 

始まりは誰の言葉であったのか。

それすらも今のモモンガの記憶には残されていない。

なれども、その言葉がきっかけになったのは紛れもない現実なのだ。

いくら胸の内で叫ぼうとも。

いくら心が悲鳴をあげようとも。

 

幼子でも解る単純な。

 

『正に英雄譚に相応しい単純明快不変の事実』

 

――つまりはあの魔女を殺せば良いのだろう?――

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

――ふざけるなっ!!!――

 

大広間を破壊せんばかりの絶叫が自分の口から発せられていた。

 

――モ、モモン殿!?――

 

―ぁ……ち、違うんだ! いや!! 違わない! だって……だって、そうだろう!? そうでなければ可笑しいだろうがっ!!!――

 

――まさかあの人がまだ何か!? 手を貸せ戦士長! 傭兵! 今のモモン殿は錯乱しているっ!!怪我人を出したくないなら急げっ!!!――

 

イビルアイの言葉に反応したガゼフとブレイン、更には蒼の薔薇達が総出になってモモンガは取り押さえられた。

平時であれば振り払う事も可能であっただろうが、その時のモモンガにはそんな余裕は一切皆無。

 

――ベルンさんを殺す?

――この世界にたった1人、何時も隣に居てくれた大切な友を殺すだと!?

――なんでだ!!

――きっと違う!!

――友達だろう!?

――何か理由が

――でも『モモン/モモンガ』の取るべき行動は!!

――彼女は『ギルメン』なんだぞ!

――だって! だって!! 『アインズ・ウール・ゴウン』は!!!

 

一頻りに暴れて。

自分でもよくわからない叫びをあげ続け。

次々と鎮静化すら追いつかない位に叫んだ気がするも既にそれは過去の出来事である。

その後に精神の鎮静化が漸く効いたのか、不気味な程に大人しくなったモモンガは会合を退出。

 

そして今に至るのだ。

 

「……どうしてですっ……ベルンさん……どうしてっ……!」

 

既にベルンエステルへは数えるのも馬鹿らしい位に<メッセージ>を試した。

嘘であって欲しいと。

何時もの冗談ですよね、と。

一縷とも取れぬ望みに縋るも当然の様に<メッセージ>は繋がらない。

それどころか、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンでのナザリックへの転移すら失敗したのだ。

転移は発動するものの、飛んだ直後に元の場所へと戻される。

これは明らかなモモンガへの妨害であろう。

 

ギルド武器が自分にしか使えない以上、ベルンエステルがナザリックを支配するという事は事実的には不可能。

だがナザリックの僕を先導し、現実的にナザリックを支配する事は可能なのだから。

そう。

可能か不可能かでいえば、間違いなく『可能』だ。

にも関わらず。

 

『ナザリックの僕達の誰もが、その様な言動も行動も一切モモンガに行わなかったし、口にもしなかった』

 

事実としてモモンガのナザリックへの転移は現状不可能である。

しかし、ナザリックへ向けて<メッセージ>だけは可能だった。

ベルンエステルが王都の上空から姿を消した直ぐ後。

真っ先にモモンガはデミウルゴスを中心とした階層守護者へと事態の確認をしていたのだから。

 

――お前達っ! ベルンさんは何処へ行った!?――

 

――ご安心下さい、モモンガ様。万事順調にご計画は進行していますよ!――

 

――流石はモモンガ様!! この様な大胆かつ雄大なご計画を実行されるだなんてっ!!!――

 

――!? な、何を言っているのだ!?――

 

――事のあらましはベルンエステル様より聞き及んでおります。流石はモモンガ様とベルンエステル様でございます。自らがニンゲン達の敵味方という立ち位置の先導へ立つ事で、万一の可能性すら屠るとは! このデミウルゴス感服致しました――

 

――待て! 本当に何の話を!?――

 

――く~! たまらんでありんすぅ! 塵芥の使う位階では傍受される心配がゼロに等しいにも関わらず、あえて素知らぬフリをなさる迫真の御演技! 替えの下着がいくつあっても足りんせん!!――

 

――お『残念、時間切れよ』っ! ベルンさん!!――

 

そんな一番聞きたかった言葉を最後として、ナザリック内外の認識は確実にモモンガの選択肢を狭めてしまった。

モモンガのみへの妨害をベルンエステルは行っている。

モモンガを屠る為でなく。

ナザリックを奪う訳でもなく。

2人で決めた計画の為でもない。

 

これではまるで……

 

「……殺してくださいって、言っている様なものでしょう……!」

 

――……ン

 

その言葉を皮切りに、何時か聞こえた涼し気な音色は無意識に溶けて、濁っていたモモンガの思考が突然クリアとなっていく。

 

この事実をナザリックの僕が知れば、致命的な動揺が広がるだろう。

だがデミウルゴスの発言から推測すると、当のベルンエステル自身がその可能性を考慮して嘘の計画があるという体で話をした事が確定するのだ。

つまりベルンエステルはナザリックを、引いてはモモンガの事を考えているのではないか?

そして昨夜の発言を思い出す。

 

――馬鹿ね? よく言うでしょう? 敵は味方のフリをするってね――

 

あの場でベルンエステルの口にした言葉は、表面的に捉えればそれで終わりだ。

言葉通りの意味で帰結する。

なれど、あのベルンエステルの発した言葉ならば真意は違ってくると。

モモンガは――鈴木悟は確信を持って言えるのだ。

 

――考えろ

――思考を停めるな

――思い出せ、今までの事を

 

ここにきてモモンガの持ち味が息を吹き返してゆく。

ユグドラシルの時代においても、ネタビルドの構成でガチビルドに対抗出来ていたのは決して幸運が重なったからではない。

その大きな要因は『考える』という当たり前をやめなかったからだ。

スキルや装備1つ1つの構成。

立ち回り。

マップやモンスターの位置や情報。

常人であれば記憶や認識の底に追いやってしまう些細な情報ですら、モモンガは――鈴木悟は考えて行動していたのだから。

故にこその『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長であり、ユグドラシルにおける数百の魔法スキルすらも網羅出来た。

確かにリアルでの彼は貧困層のニンゲンだ。

だが暮らしや仕事と、その者の能力が必ずしもイコールで繋がるとは限らない。

 

そして間違いなく鈴木 悟という存在の思考能力は他者を大きく凌駕していた。

 

――ベルンさんはあぁ言っていたが、本当にそうなのか? バトラじゃないが、あの言葉をもう一度ひっくり返してみよう

――敵は味方のフリをする。なら味方は敵のフリをする。こう考えればベルンさんの行動にも辻褄は合ってくる。

――でもまだ足りない! そこで終われば、本当に取り返しのつかない事になる気がするんだ。

 

何時の間にやら、モモンガはベッドから身を起こしていた。

ベッド脇に腰掛ける体制にに変わり思考を続ける。

 

――あの場に居たのは、ベルンさんの他のNPC達か? でもイビルアイはあの内何人かを知っている様子だった。そうなるとNPCという可能性はなくなるが……待て! イビルアイは何と言っていた? 『本来の英雄の1人』……だったか? クソッ! 朧げにしか思い出せない! 少なくともプレーヤーが絡んでいる可能性は否定できないし、その方向で考えよう

 

――シャルティアの時と同じ世界級アイテムによる精神操作? だがそれだとナザリックへの配慮が意味を為さなくなる。仮にナザリックを使って何かしらの利を欲するならば、素知らぬ顔で俺に近づいて傀儡にでもすれば良い。つまり、その点にはベルンさんの意思が間違いなく働いているってことだろう。

 

――逆に俺への配慮は何だ? 英雄モモンとしての確固たる地位を得る事か? でもそれだけじゃぁ余りに弱い。ここにもう1つ別の要素が絡んでくる? 少なくともベルンさんが1つの行動に対して、1の結果しか得られない選択をする筈がない。

 

徐々に、徐々に。

モモンガの思考が加速していく。

寝惚けた頭が覚醒する様に。

都合の良い夢から覚める様に。

 

何処かの誰かが焦がれた心優しい男が立ち上がる。

 

『アルベドよ、聞こえるか?』

 

『! これはモモンガ様!! 如何されたのでしょうか?』

 

モモンガが<メッセージ>を繋げた相手はアルベドである。

 

『すまないがお前に相談に乗って欲しい』

 

1人で解決出来ないのなら。

 

『!? っ~! はいっ!!』

 

『……くく……はは。そんなに嬉しいものか?』

 

『あ! こほん!! 謹んでお受けいたします』

 

誰かに頼れば良いのだから。

 

モモンガは思い出す。

かつての思い出を。

アインズ・ウール・ゴウンとは、ギルドとは何であったかを。

 

同じ価値観のニンゲンなどいない。

そうだ、自分で口にしたではないか。

 

――彼らは――あの人達は此処で生きて、此処で過ごして、此処で成長したんだ

 

なのに自分は何時の間にか停まってしまっていた。

彼らの子供らがこんなにも成長しているというのに。

 

『後ほど連絡を入れる。誰にも気づかれずに此方に来られるか?』

 

『くふっ!? そ、それは夜t……いえ、デ、デートのお誘いでしょうか!?』

 

『……ぁ~……うん。そうだ、偶には良いかもしれんな』

 

『くてゅ!?』

 

――何時までも『俺』だけが逃げてちゃ駄目だろう

 

謎は未だ解けず。

答えは先送りでしかない。

でも。

そうだとしても。

 

「……俺はギルド長なんだから」

 

あのヒトを。

 

「ギルメンを信じなくてどうする」

 

絶対に失いたくないと思ったのは。

 

「そうでしょう?……ベルンさん」

 

 

『自分』の我儘だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――……―――ィ―――……―――ン

 

 

 

 




第43話 『誰が者の寧日』 如何でしたでしょう?

お久振りでございます。
ほぼ1年に近い位に更新の間が空いてしまい申し訳ございませんでした。

中々どうして作者のリアルで色々な事がありまして。
言い訳も甚だしくはありますが何卒ご容赦下さればと。
SAN値も32位まで回復しましたので、合間をみて更新させていただきたく思います。

改めて今話ですが、恐ろしく久方ぶりの更新ですね。
作者の精神も客観的に見てよく解らない状態なので、変な事を書いていないか、やや……いえ、かなぁり心配です。
まぁ、変人が少しズレても大差ないでしょう。

さて。
前話でご感想をいただきました、
『yoshiaki』様、『アラガミ太郎』様。
誠にありがとうございます。

ご評価やお気に入りをくださった方にも感謝を。
考察・ご感想等、お気軽にお寄せ頂ければ幸いです。

それでは次話にてお会いできます事を願い。
                       祥雲


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