思ってたのとなんか違う (もちすぎ)
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01

 学園都市に七人しか居ないlevel5。学園都市に住む者にとっては常識だ。どのくらい常識かっていうと、教科書にも載ってるくらい。

 しかし、そんな常識は覆ることになる。この俺、八人目のlevel5『千里山 冬至(せんりやま とうし)』の存在によってな!

 

 俺は所謂『転生者』というやつだ。トラックに轢かれて死んだり、神様の手違いによって死ぬとなれるあれだ。

 前世でどんな人間だったのか、どうやって死んだのか、神様に会ったのか、俺はそのあたりのことを一切覚えてない。しかしこれが第二の人生で、これからライトノベルの『とある魔術の禁書目録』の世界に転生する事がなんとなく分かる。

 そして転生者は大体、『特典』という形で何かしらの能力が貰えるのが常だ。これがその特典というやつなのかなんなのか分からないが、俺はlevel5になれる才能を秘めている。なんとなくだが、それが分かるのだ。

 level5といったら第一位『一方通行(アクセラレータ)』をはじめとして、第二位の『未元物質(ダークマター)』や第三位の『超電磁砲(レールガン)』などなど、どれもこれも人智を遥かに超えた力を持っている。

 そんなlevel5になれるというのだから、興奮するな、というのが無理な話だ。

 

 そのうえ『とある魔術の禁書目録』といえば、可愛い女の子が多いことでも有名だ。メインヒロインの多くは主人公である上条当麻に惚れているが、そうでないキャラクターもいる。

 俺に発現した超能力が強かったら原作に介入して、何人かのヒロインと出会ってもいいかもしれない。上条の代わりに一方通行を倒して〜みたいな。

 それに大体あの手のラノベはモブも可愛いのが常だ。level5ともなれば、モブからはモテモテに違いない。俺は高望みしない性格なのだ。ある程度可愛い彼女と、不自由なく生きていけるだけの奨学金があればそれでいい。

 一方通行や垣根帝督の様に暗部に堕ちてしまう可能性もあるが、level6を目指したり、アレイスターと交渉しようとしたりしようと考えなければ大丈夫だろう。

 

 ──さあ、始めようか! 勝利が約束された第二の人生を!

 

 

   ◇◇◇◇◇◇

 

 

「うおおおおっ!」

 

 学園都市にある無数の裏路地の一角をひたすら走る。肺と足が悲鳴をあげ、喉から吐き気が込み上げてくる。しかし止まるわけにはいかない。止まれば殺されるからだ。

 俺の“超能力”を使い追跡者を“視る”。どうやら撒いたようだ。

 しかし安心するわけにはいかない。この街には無数の監視カメラや滞空回線(アンダーライン)があり、何処に逃げようとも直ぐに見つかってしまうのだ。

 

「はあ、はあ…おええぇ! ゲホッゲホッ!」

 

 疲れたよ、マジで。

 どうして俺がこんな目に遭ってるのかといえば、あれはそう、三日前の能力診断テストの日の事だ。

 

 

 転生した俺は、どうやら今から学園都市に編入する高校生の様だった。両親が突如謎の死を遂げ、天涯孤独になった俺は無数の学生寮がある学園都市へ…… そんな感じだ。

 学園都市に編入する際、まず最初に超能力診断テストを受ける。『原石』などの高位能力者だった場合、常盤台や長点上機などの名門校に入学し、それ以外の場合は普通に試験を受けて学力にあった学力に入学する訳だ。

 俺はワクワクしながら能力診断テストを受けに行ったよ。俺がどんな能力を持っているのか気になったのもあるし、新たなlevel5が生まれた事を世に知らしめたかったから。

 果たして、俺はキチンとlevel5だった。だったのだが……

 

 能力名『万里透視(テレスコープ)』。それが俺の能力だ。

 

 その名の通り、俺の能力は透視だ。それと千里眼の凄いやつ。他にも小さいものを拡大して視たり、紫外線などの人には目視出来ないものが視えたり──要は“視る”系の能力の頂点だ。

 流石level5というだけあって、能力の精度は素晴らしい。その精度の程と言ったら、沖縄にいながら北海道の微生物を観察出来るほどだ。

 そう、出来てしまうのだ。

 ここで問題になるのは、学園都市でおこなわれている非人道的な実験の数々、暗部の闇、滞空回線(アンダーライン)と呼ばれる極小のナノマシン。俺には全て“視え”てしまう事だ。

 それに気づいた暗部は、俺を殺す事に決めたらしい。

 希少なlevel5を殺すか? という疑問もあるだろう。

 しかし俺の能力は驚く位社会に貢献しないのだ。ただ“視る”事が出来るだけで、何の役にも立たない。

 そのうえ他のlevel5と違い俺の能力は、コストや効率を度外視すればだが、科学で再現可能なのだ。千里眼は衛星で、透視はレントゲンなどで、普通なら不可能だが、学園都市の科学力ならば可能だ。つまり、俺は不要ってこと。

 

 しかも俺の能力には戦闘力がほとんど無い。

 一般人相手なら、俺はまあまあ強い。相手の皮膚を透視して筋肉を直接見ることで、相手の動きをかなりの精度で予想出来るからだ。骨の隙間や筋肉の薄いところなんかも“視え”るから、弱点だってつける。それに背後からの奇襲だって通用しない。

 しかし相手の動きが“視え”るからと言って、必ずしも体がついていく訳じゃ無い。

 学園都市には身体能力向上系の能力者は沢山いる。先の動きが“視え”ていても俺が動くより速く動かれたらどうしようも無い。それに、普通に銃を使われたら俺に避ける術は無い。

 殺しやすく、利益になりにくく、不利益になりやすいlevel5。それが俺だ。

 そんな訳で、俺は暗部に命を狙われることになったのである。

 

 

 『万里透視(テレスコープ)』を使ってみると、武装した人間が五人ほどこちらに向かって走るのが“視え”る。

 どうやら、また追いかけっこの始まりの様だ。

 可愛い女の子とも、穏やかな生活とも無縁の生活。こんなの、こんなの──

 

「思ってたのとなんか違う!」

 

 そう愚痴らずにはいられなかった。



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02

 原作では詳しく描写されていないが、ここに来て初めて実感した。学園都市は正しく“学生の為の街”だ。

 ゲーセンやファミレスが乱立し、居酒屋などの施設はほとんどない。それに閉店時間がやたらと早い。大体6時になる頃にはほとんどの店が閉まる。

 これは完全下校時刻という制度のせいだ。6時になる頃には店を閉め、バスやモノレールは停止させなければならない。

 だから学園都市では、夜になったらほとんどの人間が通りからいなくなる。暗くなったら家に帰る、なんとまあ健全なことだ。

 しかしここは学園都市、健全なままで終わるはずもなく。

 

 夜に店を閉めさせる本当の理由は、暗部が動きやすくなるように、だ。目撃証言を減らすのはもちろん、流れ弾で普通の学生が死ぬ心配も無くなる。そして何より、アンチスキル以外の人がいなくなれば、格段にターゲットが見つけやすくなる。

 そしてここでいうターゲットとは、ずばり俺の事だ。

 

「オイオイ、新しいlevel5は逃げるだけの玉無し野郎かよ! 少しは真面目に戦ったらどうだい?」

「うるせえ! 俺は女の子とは戦わない主義なんだよ!」

「あぁン? この私を前にして“女の子”だと……」

 

 クソが! それ(戦闘)が出来てたらはなから追われるような事にはなってねえんだよ!

 今俺の事を追いかけてるのはあの麦野沈利だ。学園都市の暗部から逃げること二週間、遂にlevel5を導入してきやがった。

 しかもあの野郎、逃げてる俺に民間人ごと『原子崩し(メルトダウナー)』を放とうとしやがった! そうされたら、俺は自分からあいつの方に行くしかない。まったく、上手い手だ。流石暗部、といったところか。

 

 いや、この場合運が良かったと喜ぶべきか。派遣されたのが『スクール』だったら、今頃愉快なオブジェクトになっていたな。だって垣根とか音速で動けるんだろ? 俺の能力じゃどうしようもない。後、普通にスナイパーとかに撃たれたら死ぬしね。

 

 それに比べて、麦野の『原子崩し(メルトダウナー)』は俺の『万里透視(テレスコープ)』と相性がいい。

 『原子崩し(メルトダウナー)』は本来“粒子”又は“波形”のどちからの性質になる電子を強制的に“曖昧なまま”にして操る能力だ。そして俺は空気中の電子が“視え”る。麦野が能力を使って攻撃しようとした瞬間、電子の動きでその弾道を予測することが出来る。

 元々『原子崩し(メルトダウナー)』はその強力すぎる能力故に、狙いを定めるのに時間がかかる。電子の動きをよく観察し、麦野の視線を透視すりゃあ、避けれないほどじゃあない。

 

 そしてこうして逃げているだけで、俺は勝つことが出来るのだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇◇

 

 

 学園都市に七人しかいなかった(・・・・・)level5の第四位、麦野沈利がその依頼を受けたのは早朝のことだった。

 

 麦野が第三学区の個室サロンで寝ていたところ、ピーピーと携帯電話が鳴った。麦野はその音で目を覚ますと、気だるげに携帯電話に手を伸ばし、顔を枕にうずめたままゴミ箱に放り投げた。ホールインワンである。

 すると今度は携帯電話ではなく、サロン備え付けの固定電話が鳴り出した。それを聞いた麦野は、躊躇なく固定電話のコンセントを極小の『原子崩し(メルトダウナー)』で焼き切った。

 ピーピー、途端にゴミ箱の中で再び鳴り出す携帯電話。

 

「聞こえないにゃーん」

 

 麦野は猫撫で声でそう言いながら、いつも一緒に寝ているボロボロのぬいぐるみの手を持って、ぬいぐるみの耳に当てた。そのままいやいや、とぬいぐるみの顔を振る。

 それでもなおピーピー、と鳴り続ける携帯電話。

 

「……」

 

 ブチッ、と何かが切れる音が響いた。次の瞬間、麦野は布団から飛び出し、携帯電話を掴むと通話ボタンを押して怒鳴った。

 

「朝からやかましいなクソ馬鹿!! 応答する気がないことぐらい分かんないの!?」

『こいつときたら! こっちだって朝から仕事なんかしたくねえっつーの!』

 

 麦野の予想通り、電話の相手はいつも麦野に仕事の連絡をしてくる謎の女性だった。

 

『とびっきりの依頼よ! 新たなlevel5が生まれたから、そいつを始末しなさい!』

「はぁ!?」

『まあ、今回ばかりはその反応も分かるわ。けど、つべこべ言わずやりなさい! 相手はlevel5だし、報酬は弾むわよ!』

 

 その依頼の突飛押しもなさに麦野は一瞬面食らったが、すぐに冷静さを取り戻していく。

 『電話相手』の口ぶりから、今回の依頼は断れるようなものではない。また学園都市の上層部の依頼であるなら、新たなlevel5が生まれたなどという突飛押しもない話も信憑性が高い。

 生まれたてとはいえ、level5を倒す。報酬はどうでもいいが、それは中々に魅力的だ。

 

 麦野は超のつくほどの完璧主義だ。

 学園都市の頂点に君臨するlevel5でありながら、決して満足していない。

 自分より上の序列にいるlevel5全員に勝つ、それが麦野の目的であり、暗部に堕ちた理由の一つでもある。

 新たなlevel5、それがどの序列になるのかは分からない。しかし先立って潰す機会があるというのなら、潰しておこう。麦野はそう考えた。

 

「いいよ、受けてあげる。情報をよこしな」

『最初っからそうやって素直に言う事聞いときなさいよねっ!』

 

 テロン、という音と共にサロンに設置されているパソコンにメールが届いた。

 麦野は早速メールを開き、中にあったファイルに目を通していく。凄まじい速度だが、内容は全て暗記している。

 

「オイオイ、アンタ無能か? 全然情報が足りてえじゃねえーか」

『無能だとぉ! こいつときたら! そいつがこの街に来てまだ二週間しか経ってないのよ。むしろそんだけ集めてやっただけでも感謝しなさいっつの!!』

「二週間? へえ……」

 

 普通暗殺の際は、相手のことを徹底的に調べてから行う。それは相手が強ければ強いほど、だ。

 しかし新たなlevel5、千里山冬至について書かれている情報は極めて少ない。肝心の能力ですら、『万里透視(テレスコープ)』という名前だけで、どの様な能力なのかわからないのだ。普通ならもっと、下っ端に情報を集めさせてから事にあたる。

 

 麦野ははじめ、千里山は自分や垣根帝督の様に何らかのバックが付いており、それ故情報が遮断されていると推測した。

 しかし、件の男千里山は学園都市にきてから僅か二週間。暗部に身を墜とすには少々日が浅すぎる。詰まる所、本当に学園都市の上層部は千里山についての情報を掴めていないのだろう。

 そして千里山の情報を収集する前に、一刻も早く自分(level5)を使ってでも殺したい何か(・・)が彼にはある。そう麦野は確信した。

 

「(面白い。この街の闇が無理をしてでも命を狙う新たなlevel5。そいつをこの私がサクッと殺してやろう)」

 

 こうして、麦野沈利は依頼を引き受けたのである。

 

 

   ◇◇◇◇◇◇

 

 

「チッ! まだ『万里透視(テレスコープ)』のところには辿り付かねえのかよ」

「す、すみません、麦野さん。あの、また距離を離されました」

「離されました、じゃねえんだよ。サッサと追いつけ」

「は、はい!」

 

 イラつく麦野の言葉に、暗部の末端である運転手の男は恐る恐る答えた。

 

「(どう考えたって偶然じゃない。これも『万里透視(テレスコープ)』の能力の一つか?)」

 

 麦野が千里山を殺す為に動き出してから二時間、未だ麦野は千里山に近づけずにいた。少しでも接近すると、此方の動きを察知しているのか、動いた分だけ引き離されてしまうのだ。

 此方は車、向こうは徒歩。それ故直接的な速度は此方が速い。しかし千里山は車の通れない裏路地や、建物の中を通る事で麦野の追跡を振り切っている。

 もちろん色々と追跡方法を変えている。しかし今回もまた見事に逃げ切られた。恐らくこのままでは堂々巡り。故に、

 

「これじゃあラチがあかない」

「え?」

「アンタ、もういいわ。車停めて」

「分かりました」

 

 麦野は次の一手を打つ事にした。

 先程も行ったが、麦野は完璧主義だ。何度も出し抜かれるなど、我慢ならない。それ故、普通では躊躇する様な選択肢でも、ためらう事なく選ぶ事ができる。

 その一手とは、『原子崩し(メルトダウナー)』による強行突破である。

 監視カメラの映像から千里山の位置を割り出し、そこに向けて『原子崩し(メルトダウナー)』を適当に叩き込む。当然その直線上にある建物や人間は吹き飛ぶが、そんなことは麦野の知った事ではない。

 

 麦野が右腕を突き出すと、不健康な緑色の光の玉が浮かび上がった。

 後はそれを、タブレット上に映し出された千里山の位置情報めがけて放つだけである。

 

「あァン?」

 

 麦野が『原子崩し(メルトダウナー)』を放とうとした正にその瞬間、千里山が此方に向かって動き出したのだ。

 千里山が何らかの能力によって麦野を監視している事は最早疑いようがない。麦野が『原子崩し(メルトダウナー)』を放とうとしている事は把握しているはずだ。にも関わらず、麦野の方に向かってくる。その意味は、

 

「(私に真っ向から戦って勝てると思ってんのか?)」

 

 そう麦野は推測した。

 学園都市の闇に堕ち切っている彼女は、見知らぬ民間人を助けるために動く、などという発想が出てこない。

 

「ひゃははははは! はぁ……舐められたもんだわ、ホント。まあ、ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」

 

 そして麦野はブチ切れた。千里山が自分に勝てると思っていることが、酷く不快に感じられたからだ。

 麦野は極大の『原子崩し(メルトダウナー)』を躊躇無く放った。そして千里山が死んだ事を確認する前にもう一度、更にもう一度──何本もの『原子崩し(メルトダウナー)』を続けざまに撃ち込んでいく。

 一撃でも当たれば、いや擦りでもすれば容易く人を肉塊にする『原子崩し(メルトダウナー)』。その証拠に、麦野と千里山の間にあった建物や道路は粉微塵に吹き飛んでいる。

 しかし、変わらず千里山はそこにいた。

 

「アンタ、私の『原子崩し(メルトダウナー)』をくらって、何で生きてるわけ?」

「そいつは哲学的な質問か?」

「質問に質問で返すなって、小学校で教わらなかったのかにゃーん?」

「ッ!?」

 

 突如、麦野が千里山に向けて『原子崩し(メルトダウナー)』を放った。千里山はそれを済んでのところで、しかし確実にかわす。

 

「(こいつ、明らかに私が『原子崩し(メルトダウナー)』を放つ前から避ける動作に入ってやがったな。テレパス系か? いや、そうなら根っこのところでは私と同じ能力だ。何も感じないはずがない。それなら、もっと別の……)」

 

 考え込む麦野を見て、今度は千里山の方が声を掛ける。

 

「おい、人と話してるときに攻撃するなって小学校で教わらなかったのか?」

「あぁン? よっぽど死にたいみたいだね、アンタ」

 

 何とも陳腐な挑発だが、麦野にはそれで十分だったようだ。今度は先程よりも小さい『原子崩し(メルトダウナー)』を、──しかし四発も放つ。

 

「うおっと!」

 

 一本が頬を掠め、一本が脇の下をくぐり、他の二本が数瞬前まで腹部があったところを通過する。済んでのところで『原子崩し(メルトダウナー)』を避けた千里山は、背を向けて麦野から逃げ出した。

 激昂する麦野は、『原子崩し(メルトダウナー)』を振りまきながら追いかけていく。

 

「オイオイ、新しいlevel5は逃げるだけの玉無し野郎かよ! 少しは真面目に戦ったらどうだい?」

「うるせえ! 俺は女の子とは戦わない主義なんだよ!」

「あぁン? この私を前にして“女の子”だと……」

 

 千里山が何気無く放ったその一言が、やたらと麦野を不愉快にさせた。逃げる千里山の背中に向かって、先程よりも多くの『原子崩し(メルトダウナー)』を放つ。

 千里山はまるで背中に目が付いているかのような動きでそれをかわしていく。それを見た見た麦野は一層怒り、更に多くの『原子崩し(メルトダウナー)』を放つ。

 level5同士の戦いは、まだまだ始まったばかりである。






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03

 麦野が『原子崩し(メルトダウナー)』を放ち、千里山がかわす。もちろん、麦野の方もただ闇雲に『原子崩し(メルトダウナー)』を放っている訳ではない。千里山の回避パターンを覚え、今まで見せた回避方法では避けられない攻撃パターンを作成、放っている。

 少しずつだが、確実に千里山の()を潰していく。

 しかし、未だ千里山を捉えられずにいた。

 理由は単純だ。麦野の学習能力より、千里山の回避方法の引き出しの方が多いのだ。

 

「(こいつ、学園都市に来てからまだ二週間だろ。どうしてこんなに戦い慣れてやがる!)」

 

 麦野の怒りの大きさに呼応する様に、先程よりも大きい『原子崩し(メルトダウナー)』が噴射される。しかし千里山は、身を僅かに捻らせるだけで麦野の必殺の一撃を回避する。

 千里山と麦野の距離はもう5メートルもない。人外じみた身体能力を誇る麦野。しかし、麦野はその5メートルを中々詰められずにいた。

 

 単純に千里山の足が速い、というのもあるが、それよりも千里山の走り方のほうに問題がある。彼は麦野の“嫌がる走り方”をしてくるのだ。

 人には、いや生物にはすべからく癖がある。動かしやすい筋肉、動かし辛い筋肉。したく無くてもしてしまう、無駄な動き(反射神経)などなどだ。

 千里山は能力により、麦野の筋肉を“視る”事でその癖を綿密に把握。麦野が追いかけ辛いルートを常に選択し、麦野が走り辛い走り方を強要していく。

 

 麦野は直線距離を全力で走るのは得意だが、緩急をつけてジグザグに走ったり、障害物を跳躍してかわす事は苦手だ。それ故千里山はジグザグと走り、障害物の多いルートを選択して逃げる。

 

「level5の癖に、しゃらくせえ真似してんじゃねェゾ! チキン野郎!」

「ッ!?」

 

 激昂する麦野が取り出したのは、『拡散支援半導体(シリコンバーン)』という三角形のパネルが組み合わさった、長方形のカードの様な形をしたものだ。面制圧を苦手とする『原子崩し(メルトダウナー)』の弱点を補強する為に、麦野自身が開発した麦野専用の武器である。

 拡散支援半導体(シリコンバーン)に『原子崩し(メルトダウナー)』が当たると、パネルが光線を拡散させ、前面広範囲に『原子崩し(メルトダウナー)』を射出する事ができる。

 

 麦野は拡散支援半導体(シリコンバーン)を上に向かって投げると、そこに極大の『原子崩し(メルトダウナー)』を撃ち込んだ。

 千里山は頭上で拡散されていく『原子崩し(メルトダウナー)』を“視る”と、すかさず横にあった廃ビルに窓ガラスを割りながら飛び込む。

 割れたガラスの破片が千里山に食い込むが、そんな事を気にしている場合ではない。

 千里山が廃ビルに入った次の瞬間、先程まで千里山が立っていた道路に『原子崩し(メルトダウナー)』の雨が降り注いだ。道路は穴だらけになり、砂糖菓子の様に崩れ去っていく。

 

「オイオイ、鬼ごっこの次は隠れんぼか?」

 

 麦野は廃ビルのコンクリートの壁に『原子崩し(メルトダウナー)』で穴を開け、悠々と中に入っていった。電気が通っていないため、中は暗い。

 『原子崩し(メルトダウナー)』を自分の周りに浮かべ、あたりを照らして一階を見渡してみるも、千里山の姿はない。どうやら、上の階に逃げた様だ。

 

「(この狭い廃墟の中じゃあ拡散支援半導体(シリコンバーン)は使えないわね。いっそのこと、『原子崩し(メルトダウナー)』で建物ごと吹き飛ばすか?)」

 

 麦野の『原子崩し(メルトダウナー)』であれば、一階の柱と壁を全て吹き飛ばし、ダルマ落としの様に上の階を落下させる事は容易い。

 そして落下するビルは自分の重みに耐え切れず、あっという間に瓦礫の山と化すだろう。

 そうなれば、千里山は確実に死ぬ。

 未だ千里山の詳しい能力はわかっていないが、第五位のように物理的に作用する類の能力では無いはずだ。

 

 そこまで考えて、麦野の足がズキリと痛んだ。どうやらブーツで走り過ぎたせいで、足の皮が剥けたらしい。

 冷静に自分の体を見てみると、他にも様々な傷を負っていた。

 様々な物が散乱している廃墟を走り抜けたせいで、大小様々な切り傷が身体中にある。

 慣れていない走り方をしたせいで、筋肉が嫌な痛みを湛えている。

 無理に走り続けたせいで、肺が悲鳴を上げている。息も絶え絶えだ。

 能力を使い過ぎたせいで、頭も痛い。

 『万里透視(テレスコープ)』のせいで、苦痛を感じている。

 

 ──気が済まない。

 

 このまま瓦礫に埋めてハイおしまい、では麦野の気が済まない。

 千里山を追い詰め、いたぶり、恐怖に慄く顔に直接『原子崩し(メルトダウナー)』を叩き込み殺す。そうしなければ、麦野の気が済まない。

 

 幸い、状況的にはこちらが圧倒的に有利だ。この廃ビルはそこそこ高いが、それでも階層には限りがある。いつかは逃げる場所がなくなる。

 その上、例え階段を降りて逃げようとしても『原子崩し(メルトダウナー)』であれば階段ごと撃ち抜くことができる。いや、そもそも階段を瓦礫で埋めていけば逃げる事は出来ない。

 麦野は勝利を確信し、ニンマリと笑いながら階段を登った。

 

 

   ◇◇◇◇◇◇

 

 

 下の階を“視る”と、麦野が『原子崩し(メルトダウナー)』を使い階段を瓦礫で埋めていた。ここまでは予定通りだ。

 念の為、もう一度第二学区にある風紀委員と警備員の訓練施設にある情報ステーションを“視”ておく。

 

 俺がしている事は、要はカンニングだ。

 戦いの最中、俺は風紀委員と警備員の訓練施設にある高位能力者との戦い方や、逃げ方のマニュアルなどをこっそり盗み“視”ている。そうする事で、俺は戦い方のバリエーションを増やしているのだ。

 他にもスポーツ医学の本を“視”たりする事で、麦野の身体に負荷をかけられる走り方をする事ができたりと、逃げながら色々とやっている。

 

 麦野から逃げながら、悠長に他の事を“視る”事なんて出来るのか? という疑問もあるだろう。

 結論から言えば可能だ。10場面ほどまでなら、同時に“視”ても余裕で処理出来る。

 御坂美琴をはじめとする『電撃使い(エレクトロマスター)』は周囲の微弱な電波を読み取り、レーダーの様に周囲の状況を読み取っている。その精度は、他の五感とは比べ物にならないほどだ。

 普通そんな途方もない情報量を受け取れば、脳が混乱してしまう。しかしそうはならず、すべて無意識下で処理している。

 恐らく、俺の『万里透視(テレスコープ)』も同じなのだろう。脳が複数を同時に“視る”事に慣れ、無意識のうちに処理している、のだと思う。

 

 そういう訳で、他にも色々と“視”ながら麦野を“視る”と、奴はもう六階まで来ていた。ここまで近づいてくると、もう声が聞こえてくる。

 ──さあ、大詰めだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇◇

 

「おい『万里透視(テレスコープ)』! 聞こえてんだろ? そろそろ隠れるのをやめて、最後くらい私を楽しませろォ!」

 

 麦野が大声を上げた。現在彼女がいるのは七階だ。八階にいるのであろう千里山は聞いているはず。しかし、隠れているであろう奴は返事を返さない、そう麦野は考えていた。

 

「良いぜ、『原子崩し(メルトダウナー)』!」

「なっ!? てめえ!?」

 

 麦野の予想に反して、千里山は返事を返した。それも上の階からではなく、横の窓から(・・・・・)である。

 千里山はロープの様なものにぶら下がり、振り子のように動いていた。そしてその勢いのまま窓を蹴破り、麦野の方に突っ込んだ!

 麦野の位置と刺客把握しての完璧な奇襲。

 動揺で演算が狂う麦野。いやそもそも、こんな近くまで接近されては不用意に『原子崩し(メルトダウナー)』は使えない。

 それ故麦野は、『原子崩し(メルトダウナー)』を捨てた(・・・)

 

「暗部を舐めんなァ!」

 

 窓ガラスの破片を無防備に受けながら、麦野は千里山の方へと動いた。千里山の勢いの着いた蹴りを脂肪の厚い部分──胸で受け止めた。

 

「コヒュ!」

 

 肺の中の空気が押し出され、ただでさえ階段を上る事で少なくなっていた空気を全て吐き出した。それどころか、口から血が流れでる。

 しかし麦野は激痛の中、少しも怯む事なく千里山の足を掴み、そのまま後方まで投げた。

 

「ぐあっ!」

 

 数メートル程ノーバウンドで飛んだ千里山は、先に地面に辿り着いていたガラスの破片が広がる地面に叩きつけられた。

 背中には無数の破片が突き刺さり、じわじわと血が滲んでいた。

 何とか立ち上がるが、その体はフラフラとしており、立つのがやっと、という感じだ。しかし、その顔に浮かんでいるのは敗北ではない。

 

「なあ麦野沈利、俺の能力がどんなものか知ってるか?」

 

 千里山の問いかけに、麦野は答えを返さない。ただ無言で千里山を睨みつけるだけだ。

 

「名前くらいは知ってるだろ? 検体名『万里透視(テレスコープ)』、それが俺の能力。内容は何て事ない、千里眼や透視だ。あと他にも、電子の動きを見たりも出来る。まあなんとも地味な能力だろ?」

 

 一息。

 

「じゃあどうしてこんな地味な能力者である俺が、暗部なんかに追われてるのかっていうとな、“視”てしまったからさ。この街の闇を。そう例えば、第七学区の研究所で行われている実験とか」

 

 千里山の言葉に、麦野は大きく目を見開いた。

 第七学区の研究所、そこは麦野が能力開発を受けている場所だ。もちろん第七学区には麦野が能力開発を受けている研究所以外にも無数に研究所があるが、わざわざこのタイミングで言うという事は、麦野が所属している研究所の事だろう。

 

「『原子崩し(メルトダウナー)』。類を見ない破壊力だが、その反面使用者の近距離で使うには向かない。また、照準を定めるまでに時間がかかる。通常時の体調で使えるのは176回。疲労時なら97回。──さて、今日何回『原子崩し(メルトダウナー)』を使った?」

 

 麦野は答えない。

 

「さっきから『原子崩し(メルトダウナー)』を使おうとしてるだろ? AIM拡散力場を“視”れば分かる。でももう使えない。怒りとアドレナリンで気づかなかっただろうが、とっくに限界を迎えてんだよ。俺にはそれが“視える”」

 

 千里山はそう言いながら、ポケットから拳銃を取り出した。自分を殺しに来た暗部の男から奪ったものだ。使い方は、既に“視”てある。

 千里山は人を撃ったことはまだそれ程ないが、それでもこの距離なら外さない。

 

「楽勝だ、超能力者」

 

 よく狙いをつけて、千里山は引き金を引いた。



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04

 胸部から血を流し、動かなくなった麦野。一応“視”てみると、弾はしっかり急所に当たっていた。

 俺は麦野に近づき、彼女のスカートをめくった。別に変態的なアレじゃない。用があるのはスカートの下にあるホットパンツ、そのポケットに入っている携帯電話だ。

 ポケットから携帯電話を抜き取った瞬間、ピーピーとなりだした。流石滞空回線(アンダーライン)と言ったところか。

 

「もしもし」

『もしもし、じゃないわよ! こいつと来たら! 『原子崩し(メルトダウナー)』を殺しやがってぇー! 上に怒られるのはアタシなんだからねっ!』

 

 電話に出ると、予想通り麦野の『電話相手』が出た。どうやら、自分の()が殺された事に怒り狂っている様だ。

 

「いやいや、先に命を狙われのはこっちだぜ?」

『うるさいうるさいうるさーい! アタシの邪魔をする奴は全員死ねばいいのよ! ていうか、殺してやる!!』

「まあ待て、早まるな。取り引きしないか?」

『取り引きぃ? こいつと来たら! これ以上面倒な事やるかっつーの!』

「いいのか? このままだったらあんた、貴重なlevel5を死なせた責任を負うばかりか、麦野の代わりに次に俺を殺しに来るであろう『スクール』に手柄を取られるぜ」

 

 俺がそう言うと、『電話相手』は電話の向こうで“ぐぬぬ”と唸りだした。よっぽど『スクール』に手柄を取られるのが嫌らしい。

 

『……聞くだけ聞いてやるわ』

「感謝する。単刀直入に言おう──俺を暗部で雇わないか?」

 

 

   ◇◇◇◇◇◇

 

 

 この二週間で痛感した事がある。それは、自分の非力さだ。

 二週間のあいだ、暗部に追われていた事もそうだが、普通に金がなくて餓死しかけた。

 『万里透視(テレスコープ)』で店員や監視カメラの死角をついて商品を万引きする事で、今までは何とか食いつないできた。しかしこの方法はリスクが高い。『読心能力(サイコメトラー)』が出張ってくれば一巻の終わりなのだ。

 それと正直、そろそろ暗部から逃げるのが辛くなってきた。日に日に襲撃してくる奴らが強くなっていく。麦野を倒した今、次に来るのは土御門元春か垣根帝督だろう。勝てる気がしねえ。

 

 そこで、俺は暗部に入る決心をした。

 俺としても初志貫徹を貫き、平和に生きたかった。しかしそれをするには、俺は弱すぎた。自由とは強い奴の特権なのだ。

 しかし暗部に生きる事を決めたはいいが、ある問題が浮上した。どうやって暗部に入るのか分からなかったのだ。一応学園都市中を“視た”けど、暗部の受付はなかった。何ともアホな事をしたものだが、あの時はそのくらい切羽詰っていたのだ。

 それともう一つ、暗部の窓口に辿り着いたところで、果たして俺は暗部に入れるのだろうか?

 俺に出来る事といえば、精々監視カメラの代わりくらいだ。ちなみに、監視カメラは一つ10万円程度だ。どう考えても俺を雇うより普通にカメラを買った方がいい。

 

 そこで今回の一件だ。

 暗部に堕ちているlevel5、麦野沈利。彼女を倒し、彼女のポストに入れ替わる形で俺が暗部に入る。これが俺が考えた計画だ。そのため、多少無理をしてでも麦野を倒した。

 次に戦ったら多分負ける。今回だって、部下を伴って突撃されたり、ビルごと吹き飛ばされたら死んでた。一応麦野の性格上、そうはならないだろうとは予想してたけど。

 

 まあそんな訳で、俺は麦野の『電話相手』に取り引きを持ちかけたのだ。向こうとしても、優秀な()を失って困ってるはずだ。そこに前の駒(麦野)より優秀な駒(千里山)が入る、そう悪い話じゃないはずだ。

 それに、断れないよう保険もかけておいたしな。

 

 

   ◇◇◇◇◇◇

 

 

『アンタを雇うねえ〜。確かに悪い話じゃないけど、上に聞いてダメだった時面倒くさい! やっぱ死んで!』

 

 『電話相手』はたっぷり数分悩んだ末、そう結局付けた。どうやら千里山を暗部で雇うメリットより、面倒くささの方が勝った様だ。

 それを聞いた千里山は、最後の手段をとった。

 

「お前、警備員の変装して第四学区を歩いてるだろ。口調と違って大人びた容姿してるじゃねーか」

 

 電話の向こうで『電話相手』がハッと息を呑んだ。

 

「衛星電話なぞ使いやがって。お陰で電波を辿るのが大変だったぜ」

 

 その気になれば、千里山は携帯電話の電波を“視る”事ができる。千里山は電波を辿って、『電話相手』を特定したのだ。

 

「取り引きに応じなければ、今からオメーを殺す」

『……こいつと来たら、仕方がないわね。良いわ、貴方は今から暗部の一員よ』

 

 先程までと違い、随分と大人びた口調で『電話相手』が告げた。恐らく、こちらが本来の口調なのだろう。

 そして『電話相手』はアッサリと千里山を暗部に迎え入れた。その仕事ぶりは、先程の『電話相手』と同じ人物だとは思えないほどスムーズだ。

 

「ん、ありがとよ。ところで早速なんだが、病院の手配をしてくれないか? ガラスの破片とか瓦礫が背中に刺さってて死ぬほど痛えんだわ」

『了解したわ。じゃあ早速こちらからも一つ、横で寝ている『原子崩し(メルトダウナー)』も病院に連れて行ってもらえないかしら?』

「なんだ、殺してないって気づいてたのか。まあ、いいぜ。というより、元からそのつもりだ」

 

 そう言って、千里山は隣で横たわる麦野を肉眼で見た。胸には注射器の様なものが突き刺さっている。アレは千里山が撃った麻酔弾だ。

 

『それじゃあ今から紙に病院までの地図を書くから、能力で“視”て自力で行ってくれる?』

「了解した」

 

 『電話相手』は紙にペンを走らせ、千里山達のいる廃ビルから病院までの地図を書いた。

 

『それじゃあ、私は次の仕事があるから失礼するわね」

「了解。それじゃあまた」

『あ、そうそう。貴方と麦野、二人で暗部の小組織『アイテム』を結成してもらうから。今は二人しかいないけど、良さそうなのが見つかったら、正規メンバー増員してくから』

「ちょ、まっ! ちくしょう、切りやがった。俺を殺そうとしてるやつ(麦野沈利)と『アイテム』組むとか、やべえだろ、マジで。つかそれ以前に、これどーすりゃあ良いんだよ……」

 

 目の前には、麦野が瓦礫を積んで通れなくした階段。千里山にこの瓦礫を排除する術はない。

 麦野を起こして瓦礫の排除を頼もうものなら、排除されるのは千里山の方である。

 現在位置、廃ビルの七階。学園都市に八人しかいないlevel5の一人、千里山冬至。ただの瓦礫を前にして手詰まりである。

 

 

   ◇◇◇◇◇◇

 

 

「……ん、うみゅう。ふわあぁぁ……アレー? どこにいったのかにゃーん?」

 

 とある病院の一室で、麦野沈利は目を覚ました。いつものぬいぐるみを抱いていなかったせいか、大分目覚めは悪い様だ。

 眠い目を擦りながらぬいぐるみを捜すことしばし、漸く自分が置かれている状況を思い出した。

 自分は『万里透視(テレスコープ)』に敗れ、その後意識を失った。今どこに居るのか詳しくは分からないが、恐らくここは病院だ。治療もされてる。

 暗部で任務に失敗することは即ち死だが、どうやら自分は運が良かったらしい。

 

「よう、目覚めたの──うおおっと! いきなり『原子崩し(メルトダウナー)』撃つんじゃねえよ!!」

 

 訂正。どうやら今日の運勢は最悪の様だ。

 麦野は毎日、欠かさず占い雑誌を買っている。眠っていたため今日の分は買っていないが、きっと今日の運勢は最悪だっただろうと思った。

 麦野の病室にフルーツの盛り合わせを持って入ってきたのは、誰であろう先程自分を撃った千里山だった。

 とりあえず寝起きに『原子崩し(メルトダウナー)』を撃ったがやはりかわされた。

 

 ここで再戦をしようかとも思ったが、一旦は止めておく事にした。なにせ、情報が全くないのだ。殺すのは情報を聞き出してからでも遅くはない。

 それに暗部で培った麦野の感が告げている、今千里山に戦う気はないと。こっちだけがアツくなるのは、滑稽な気がする。麦野は完璧主義者なのだ、リベンジするなら向こうも本気になった時でなくては気が済まない。

 

「なぁーんでアンタがここに居るのよ? 後、ここはどこ?」

「ここはお前の『電話相手』が手配した病院だ。それで俺がここに居る理由だが──口で説明するよりこれを見た方が早いな」

 

 そう言って千里山は、ポケットから丁寧に折りたたまれた紙を取り出した。麦野はそれを千里山の手から引っ手繰り、凄まじい速度で読み始めた。

 そして麦野は一気に最後まで読むと、呆れ返った顔で千里山を見た。

 

「……オイオイ、これ本気か?」

「マジだ」

 

 書類の内容は、『アイテム』についてである。麦野と千里山の二人を正規メンバーに据え、他の幾人もの下っ端構成員と成る事が書かれている。他の正規メンバーについてはまだ検討中、との事だ。

 また暗部の仕事はいつ入ってくるのか分からないことと、敵勢力の襲撃に備え、『アイテム』の正規メンバーは常に一緒に行動する様に、とも書かれている。他の正規メンバーがいない以上、当然麦野と千里山の二人で過ごす事になる。

 

「リーダーは麦野でいいぜ」

「なんでアンタちょっとやる気なのよ……」

「いや、久しぶりに人とまともに話したからな。ちょっと嬉しくなっちまった」

「ああ、そう」

「そういう経験ない?」

「ねーわよ」

 

 千里山が少し嬉しそうに話し、気だるそうに麦野が返した。

 こうして、二人っきりの『アイテム』が始まったのである。



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05

「思ってたのとなんか違う」

「ナニを想像してたか知らないけど、暗部の仕事なんてこんなものよ」

 

 暗部に落ちてから早数日、俺は今『アイテム』の一員として暗部のお仕事の真っ最中である。

 正直言って俺は、暗部にちょっとした憧れの様なものを抱いていた。だって『暗部』だぜ? 厨二心を擽るだろ!

 明日を生きるため、今日人を殺す。人を殺して悲しむ、なんて感情はとっくに失った。みたいな感じだと思ってたわ。

 

 今俺がやってる事は電子ドラックの密売人を捕まえることだ。いや、これだけ聞くとカッコいい仕事に思えるかもしれないな。

 俺も最初にこの依頼を受けた時は、怪しい黒づくめの男の取り引き現場を押さえる感じの、ハードボイルドなのを想像した。

 他にもなんていうかこう、逃げる男をバイクで追いかけてカーチェイスになって、みたいな展開とかあると思ってた。

 しかし実際のところは、メガネのイカれた目をしたヒョロガリを捕まえるだけの簡単な仕事だ。しかも本物のクスリと違いデータなので、部屋の中からインターネットで取り引きしてる。港の取り引き現場を押さえて云々、みたいなのはない。

 

 俺がした事といえば、そいつのネット回線を『万里透視(テレスコープ)』で追跡して、居場所を特定したことくらいだ。

 調べてみたところ、密売人はlevel2の発火能力者(パイロキネシスト)。態々level5が出るまでもない。居場所さえ突き止めれば、後は下っ端だけで事足りる。

 捕獲の際念の為近くで待機、なんてのも俺がいる限りしなくていい。学園都市どころか、日本の何処に逃げようが追跡出来る。

 

 そんな訳で暗部は基本的に暇だ。自由に遊びに行くとこも出来ないし、かと言って仕事が面白い訳じゃない。やりがいもない。

 これだと確かに、麦野が高位能力者を殺す仕事でテンションが上がるのもわかる。命の危険はあるが、スリルもある。少なくとも暇ではない。

 

「麦野、この後どうする?」

「シャケを仕入れに行くわよ」

「またかよ……」

「文句あるのかにゃーん?」

「ねえよ。マジでねえから『原子崩し(メルトダウナー)』放とうとするのヤメロ。言葉の綾だよ、マジで」

 

 こいつと来たら!

 事あるごとに俺を殺そうと、いや俺と戦おうとしてきやがる。本気の俺と再戦し、倒したいのだろう。負けず嫌いここに極まれりだ。

 しかし再び戦えば、今度こそ死ぬので絶対に戦わない。それに俺は平和主義なのだ。いつか麦野もそうなってほしい、切実に。

 そして平和主義の俺は、大人しく麦野のおねだりを聞いてあげるのだ。決して麦野が怖い訳ではない。

 

 学園都市で食料を買おうと思ったら、まず思いつくのは第四学区だ。あそこは他の学区に比べて、食品関連の品揃えが格段に良い。

 自分で調理せず、単に美味いものが食べたいだけなら第三学区も良い。あそこは高級ホテルやレストランが沢山ある。金に糸目をつけないのなら、あそこで食事するのが一番だ。

 ところが、麦野はその二つの学区でシャケを仕入れない。麦野がシャケを仕入れるのは第一一学区、つまり外部からの輸入が盛んな学区だ。そうこの女、スーパーに並ぶシャケではなく、学園都市に輸入されたシャケを直接競り落としているのだ。

 そして麦野は暗部にいるとはいえlevel5、奨学金をたんまり貰っている。それプラス暗部での仕事の報酬だ。こいつは億単位で金を持っている。当然、シャケを競り落とすくらい訳ない。

 

 俺?

 俺は貧乏だよ。まだ給料日になってないからね。口座に振り込まれてないんだ、お給料。

 それに、俺の存在が知られると、新たなlevel5を倒して名を上げようとするスキルアウトが襲ってくる可能性が非常に高い。そしてスキルアウトに襲われなら俺は負ける。だから俺の存在は秘密になってる。つまり奨学金はない。

 

「麦野、準備出来たぞ」

「なんの?」

「張っ倒すぞオマエ。シャケ仕入れに行く準備だよ」

「それを早く言いなさいよ! さっさと行くわよ、シャケが私を待ってるんだから」

 

 待ってねえよ。

 

 

   ◇◇◇◇◇◇

 

 

 俺たちがいたのは『アイテム』のアジトの一つ、第七学区のとある学生寮の一室だ。一室といっても、壁をくり抜き左右の部屋とくっつけているためとても広い。

 第七学区から第一一学区まではまあまあ距離があるので、車での移動となる。下っ端が車を運転し、俺と麦野は後部座席にいる。

 

「オイ、もっと飛ばせよ」

「す、すいません。でも、これ以上速度を出すと……」

「いや、大丈夫だから。安全運転で頼むよ」

 

 住民の大半が学生であるこの街では、車が少ない。それ故、法定速度を越してる車があるととても目立つのだ。万が一警備員(アンチスキルに)とか風紀委員(ジャッジメント)に目をつけられるととても困る。

「オイ麦野、そう急かすなよ。早く着こうが遅く着こうが関係ないんだからよ」

「こういうのは気分の問題なのよ、気分の」

「いやほら、待ってる時間が長ければ長い程食べた時美味く感じるとかあるだろ」

「ねーわよ」

 

 ねーのかよ。

 学園都市では、“鮮度”という概念が存在しない。詳しいことはよく分からないが、魚や肉を特集な液体につけたり、瞬間的に冷凍する事で撮れた時そのままの状態をキープ出来るそうだ。

 ともすると忘れがちだが、これこそ(生活を豊かにする)正しい学園都市のあり方だ。少なくとも表向きは。間違っても二万人のクローンを殺したりする事が正しい科学の使い方ではない。

 

 俺たちを乗せた車が第一一学区に差し掛かった時、麦野の携帯がピーピーと鳴り出した。

 しかし麦野は気だるそうに窓の外を眺めるだけで、電話に出る様子はない。

 

「オイ、携帯鳴ってんぞ」

「知ってるわよ」

「なら出ろよ」

「イヤよ、シャケが私を待ってるの。仕事なんかしたくないわ。『アイテム』がやらなくても、他の誰かがやるでしょ」

 

 麦野が携帯を無視すること数分、今度は俺の方にかかってきた。

 何を隠そう、最近俺も携帯を買ったのだ。いや、買ったというよりは支給された、の方が正しいか。

 俺は携帯が鳴っていると物凄くイライラとするタチなので、迷いなく電話に出た。

 

『仕事の依頼よ!』

「なんで出るのよ!」

 

 両耳から怒鳴られたせいで、耳がキーンとなった。どうやら『電話相手』は素のキャラではなく、こちらのちょっと幼いキャラで話すことにしたらしい。

 とりあえず麦野の方は無視して、『電話相手』との会話に耳を傾けた。どうせこいつは電話に出るまであの手この手で連絡を取ろうとしてくるのだ。それだったら早いほうがいい。

 

『新しい電子ドラックを作った生意気な奴がいるの! そいつを暗殺して、電子ドラックのデータだけ回収しなさい!』

「また電子ドラックかよ」

 

 なまじパソコンが高性能になった分、この手の厄介ごとが非常に多い。プログラミングに関する科目も、学園都市外の学校に比べたら遥かに多いしな。

 

『今回の電子ドラックは今までとはワケが違うんだっつーの! ついでに、作った奴も!』

「どういうことだ?」

『なんとびっくり! 今回の電子ドラックは、観るだけでハイになれちゃうのよ!』

「……そらヤバイな」

 

 電子ドラックは一般的に、耳と目でやるものだ。特殊な映像を観ながら、同時に特定の電子音を聴く事で初めて脳を揺さぶることが出来る。

 基本的に電子ドラックを味わう為には、高性能なイヤホンと高画質の液晶画面が必要だ。それと、誰にも邪魔されないスペースも。

 しかしそれが映像だけで良いとなると、話は大分変わってくる。

 個人で楽しむだけならまだ良いが、テレビの電波をジャックされて配信でもされたら、溜まったものではない。

 いや、それだけじゃない。普通の街ならいざ知らず、ここは学園都市。テレビ以外にも映像を映している媒体が沢山ある。

 そのどれか一つでもジャックされたら終わりだ。当然、全てを監視することなど出来ない。つまり、

 

「開発者を殺すしかないか」

 

 そいつがどんな意図でその電子ドラックを作ったのであれ、“もし”映像を流されたら終わりなのだ。そして少しでも“もし”がある限り、俺たちはそれを排除しなくてはならない。

 

「それで、開発者はどんな奴なんだ?」

 

 そういや、開発者の方にも何か問題がある的なこと言ってたな。

 

『開発者は長点上機に特待で入学した、プログラミングの天才! まあ、一般人ね』

 

 それは、なんとも厄介そうだ。

 そんな有名人だと、下手な殺し方をすると騒ぎになる可能性がある。

 

『じゃあ、麦野のアホにも依頼の内容伝えといてね!』

「あっ、ちょ!」

 

 切れやがった。

 ……マジで俺が麦野に伝えるの?



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