この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン (ふじっぺ)
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1章
紅魔族随一の落ちこぼれ


 

「おかしいでしょ!? 女神を連れて行くなんて反則よ!!」

 

 辺りにうるさい声が響き渡る。

 俺――佐藤和真と、アクアとかいう水色の髪をした女神は、二人共光に包まれ別の世界へ送られる寸前だ。ちなみにアクアの方は大泣きしている。

 はっはっは、ざまあ! 神様だか何だか知らんが、調子乗ってるからそうなるんだ!

 とは言え、大事な転生特典が貰える機会を、こんな嫌がらせだけの為に使って早まったかという気持ちもなくはないのだが、まぁ、スカッとしたので良しとしよう。

 

 しかし、ここでアクアは予想以上の抵抗を見せる。

 

「ふざけんじゃないわよ! こんなの無効よ! 認めないんだから!!」

「ア、アクア様!? あまり暴れないでください、転送の際に何か不具合が生じる可能性があります!」

「そんなの知ったこっちゃないわよ! 出して! 早くここから出して!!」

「おいやめろよ、お前のせいで変な所に転送されたらどうすんだよ。いきなり高レベルモンスターの真ん前とかだったら、お前を囮にして逃げてやるからな」

「こんのクソニート! こんな最低男と異世界生活なんていやああああああああああ!!!」

 

 何やらアクアは体を発光させて何とか転送を阻止しようとしているらしく、天使はハラハラしながら見ている。大丈夫なんだろうな、これ。

 少し心配になってくるが、アクアが必死に抵抗している今も、俺達の体は徐々に浮かび上がり、明るい光が全身を包み込んでいく。結局は無駄な抵抗というやつだろう。

 

 しかし、俺の視界が光に覆われる直前。

 ピシリ……と、何かがひび割れるような、嫌な音が響いた。

 

「あっ」

 

 そんな、何とも不安になる天使の声を聞いた直後、俺の意識は――――

 

 

***

 

 

「……ふぁぁぁ」

 

 うるさい音をたてて、無理矢理に意識を覚醒させにきた目覚ましを叩いて止める。カーテンの隙間から穏やかな朝の日差しが差し込んでいるのが見える。

 普段はお昼頃に起きる生活をしているせいで、とんでもなく眠い。うっかり二度寝の誘惑に負けそうになるが、何とか耐えつつ鈍い動作でベッドから出る。

 ……なんか、懐かしい夢を見ていたような気がする。どんな夢だったか…………うーん、思い出せん。まぁいいか。

 

 まだ覚醒しきっていない頭のまま、ふらふらと洗面所へと向かうと、一人の少女が何やら鏡の前で色々とポーズを決めていた。

 

「……何してんだゆんゆん。もしかして名乗りの時のポーズ決めか? あんなに恥ずかしがってたのに、お前もついに紅魔族の血が騒ぎ始めたのか」

「わああっ! に、兄さん!? ちちちち違うよ、ほら、初めての制服だし、どんな風に見えるかなって思ってただけだから!」

「ほーん?」

 

 ゆんゆんの言葉を受け、一歩下がって全体を眺めてみる。

 

「いいんじゃね? お前元々素材はいいからな。可愛い可愛い」

「え、そ、そう? ありがと……」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは顔を赤くしてもじもじと俯く。

 

「それにしても、お前も大きくなったなぁ」

「ふふ、何だかお爺ちゃんみたいだよ、兄さん。私だってもう12歳なんだからね」

「12歳か……12歳でこれは将来有望だな…………どれ」

 

 俺はおもむろに手を伸ばし、ゆんゆんの胸を揉んだ。

 おおう……こ、これは想像以上の弾力! これ、更に成長したらどうなっちまうんだ!?

 一方で、ゆんゆんは何が起きているのか理解できないのか、きょとんとしたまま固まっている。それをいいことに、しばらくそのままもにゅもにゅと胸の感触を楽しんでいたのだが……。

 

 我に返ったゆんゆんの顔が、先程よりも更に真っ赤になった。

 

「いやあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 

***

 

 

 ほっぺがヒリヒリします。

 

「なぁゆんゆん、そんなに怒んなよ。あのくらいのボディタッチ、兄妹なら普通だぞ?」

「普通じゃない! 絶対普通じゃない!! 妹の胸を揉む兄がどこにいるのよバカっ!!」

「どっかの世界にはいるかもしれないだろ。しかし、ゆんゆん、お前将来は大物になるぞ。俺が保証する」

「それどういう意味!? アークウィザードとしてってことだよね!?」

 

 そうやって朝からぎゃーぎゃーと騒ぐ俺達だったが、騒がしいのはいつものことなので、同じテーブルにつく父さんと母さんは止めようともしない。

 苦笑を浮かべながら父さんが言う。

 

「お前達は本当に仲が良いなぁ。そういえばゆんゆんは、小さい頃は何度も『大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!』とか言ってたなぁ」

「そそそそれは昔のことだから!」

「ふふ、ゆんゆんったら赤くなっちゃって。ねぇ、どうかしらカズマ。ゆんゆんも二年後には結婚できる年だし、貰ってくれないかしら?」

「お母さんまで何言ってるの!? も、もう……本当に……まったく……」

 

 ゆんゆんはそわそわと落ち着かない様子で両手の指を絡ませながら、ちらちらとこっちに視線を送ってくる。

 ふむ、ゆんゆんが俺の嫁……か。

 

「……んー、でも俺、貴族のところに婿入りするつもりだしなぁ。あ、そうだゆんゆん、愛人じゃダメか?」

「最低!!! 兄さん、さいっっっっってい!!!!!」

 

 ダメみたいだ。

 ゆんゆんは血の繋がっていない妹という、男からすれば夢みたいな存在だから結婚は問題ないのだが、ままならないものだ。

 

 そう、俺はこの家族の誰とも血が繋がっていない。

 本当の両親は、俺が物心つく前にフラフラとどこかに行ったまま蒸発してしまったらしい。一攫千金を狙ってどこかのダンジョンに潜ったまま帰って来なかっただとか、父親の方が貴族の女と不倫して、その後血で血を洗うドロドロな展開になってどうのこうのだとか、色々噂は聞くが本当の所は誰も分からない。

 唯一俺が知っている両親のエピソードと言えば、俺が生まれてきた時に例によって紅魔族特有の変な名前を付けようとしたらしいが、当時赤ん坊だった俺が「カズマ」という言葉を連呼していたらしく、それが紅魔族のセンス的にもアリだったようで、そのまま俺の名前になったというものくらいだ。

 その時は天才児だなんだと持て囃されたようだが、12歳の時に作った冒険者カードに記された知力は、紅魔族の平均と比べても低かったという何とも悲しいオチがついた。どんだけ早熟なんだよ俺。

 

 まぁとにかく、そんな生きてるかどうかも分からない人達より、一人残された俺を養子に取ってここまで育ててくれた族長と奥さんこそが、俺にとっては本当の両親だと思っている。

 もちろん、ゆんゆんは可愛い妹だ。

 

 そんな可愛い妹は、まだお兄ちゃんのことを睨んでいた。

 

「……はぁ。それで、何で兄さんは今日に限ってこんなに早起きなの? 妹の初登校の朝に変なちょっかいばかりかけて……」

「それはもちろん、可愛い妹の記念すべき日なんだから、ちゃんと見送ろうと」

「はいはい。まぁ、いいや。どうせろくなこと考えてないんだろうし」

「あの、ゆんゆん、最近お兄ちゃんへの風当たり強くない? これが反抗期か……」

「自分の胸に触れて聞いてみればいいんじゃない? 兄さんが触るのは人の胸ばかりだけど」

「ご、ごめんなさい……」

 

 おうふ……ゆんゆんも中々キツイことを言うようになったもんだ。これも成長というものなのだろうが、お兄ちゃんは何だか寂しいです。

 

 

***

 

 

 ここはどうもアウェー感が拭えない、と学校の廊下を歩きながらぼんやりと思う。

 紅魔の里では、ある程度の年齢になると学校に入って一般的な知識を学び、12歳になったら魔法の修行を始める。

 しかし、学校というものがどうも苦手だった俺はろくに通うこともなく、勉強は家で自主的にやったり父さんに教えてもらったりしていた。

 両親は最初こそは学校に行くように説得してきたが、俺がとんでもないスピードで読み書きやら算数やらを覚えていくのを見て何も言わなくなっていった。この時もやはり天才児かなどと言われたものだが、それもただ単に早熟だっただけというオチだったようだ。

 でも何だろう、読み書きや算数なんかに関しては、“覚える”というよりは“思い出す”というような感覚が強かったような気がする……いや、気のせいだとは思うけど。

 

 そんな風に学校から逃げていた俺だったが、流石に12歳から始まる魔法の修行に関しては、ちゃんと学校で学んだ方が良いと思い、渋々ながら通うことにした……が。

 そこで大きな問題が発生した。

 別にいじめられたとかそういうわけではない。もっと根本的な問題だった。

 

 俺は、アークウィザードになれなかった。

 

 まさに人生真っ逆さま。天才児から落ちこぼれへの転落だ。ステータスが全然足りなかった。紅魔族なのにアークウィザードになれないなんて前代未聞だとか。

 今じゃネタみたいに言えるけども、当時は本当にショックだった。部屋に戻ってちょっと泣いた。いや、結構泣いた。なんたって、超優秀なアークウィザードになって、冒険者として稼ぎまくって貴族の家に婿入りして自堕落な生活を送るという夢が崩れたんだ。そりゃ俺でも泣くわ。

 

 そんなことを思い返しながら歩いている内に、気付けば目的の教室の前までやって来ていた。

 この中にいる生徒達は、俺と違って全員がエリートだ。とは言え、この俺が臆することはありえない。エリートとは言っても、12歳の少女達に過ぎない。いざとなれば、俺の必殺技を炸裂させてやるぜ!

 

 そうニヤニヤして手をワキワキさせながら、俺は目の前の扉を開いた。

 

「おらー席に着けー」

 

 小さな教室だ。男女別クラスということもあって、生徒は11人しかいない。

 俺の言葉を受け、いきなり俺に対して因縁をつけてくるやんちゃな子がいることもなく、みんな大人しく席に着いてくれる。

 ……と思いきや、一人俺の言葉を無視して呆然と突っ立ってる奴がいた。

 

「おいそこの友達少なそうな子、早く席に着けっての」

「そ、その呼び方やめてよ! きっとこれからでき……る……から……」

「その割には随分不安気だな」

「放っといてよ! というか兄さん、何やってるの!?」

「何って先生に決まってんだろ。あと、学校では兄さんはやめろ先生と呼べ。敬語使え」

「えっ…………えぇ……?」

 

 未だに混乱している様子で、ゆんゆんは席に着く。

 俺達のやり取りに教室がざわめくが、俺はパンパンと手を叩いて静かにさせる。

 

「悪い、そいつは俺の妹だ。かなり面倒くさい性格で友達が植物しかいないけど、仲良くしてやってくれな」

「に……先生! これイジメじゃないですか!?」

「イジメじゃねえよ失礼な。そんじゃ、まずは自己紹介だな。まぁ、そこのぼっち以外は、前からちゃんと学校に通ってたと思うからお互い良く知ってるだろうけど、俺は皆の大半とは初対面に近いからな。よろしく頼むよ」

 

 俺の言葉に生徒達は素直に頷いてくれたが、ゆんゆんだけは苦々しい表情で俺のことを見ていた。

 ゆんゆんも、俺と同じく12歳まで学校に通わず家で勉強をしていた。とんでもなく人見知りで、自分が学校なんかに行ったら空気を悪くするんじゃないかとずっと心配しているようだった。

 俺という前例を作ってしまっていた為、両親もゆんゆんにだけ学校に行けと言うことはできず、またゆんゆんは頭の方はとても優秀だったので、黙認という形をとっていた。何というか、流石に子供に甘すぎるんじゃないかと思う。俺が言うのもなんだけど。

 

 まぁしかし、ゆんゆんも俺と同じく、12歳からの魔法の修行の為に、結局はこうして学校に来るはめになったというわけだ。

 俺と違ってゆんゆんは、それはそれは優秀な初期ステータスとスキルポイントでアークウィザードになったわけだが。

 大喜びで冒険者カードを見せてきたのにイラッときて、その場で折ろうとしたら泣きながらビンタされたなー。あれは痛かった。

 

 俺はこほんと咳払いをして喉の調子を整えると、用意していた魔道具を空中に放り投げた。

 すると、俺の頭上には数々の魔法陣が浮かび上がる。

 

「我が名はカズマ! 紅魔族随一の商人にして新米教師、いずれは不労所得で毎日遊んで暮らす者!」

 

 名乗りと同時に、俺は漆黒のマントを翻し、魔法陣からは漆黒の稲妻がバチバチと迸り、俺の足元に次々と落雷として落ちていく。

 ……あ、ちょっと床焦げた。もうちょい威力抑える必要あるな、この魔道具。

 

 気になる生徒達の反応はというと。

 

「「格好いい……!!!!!」」

 

 どうやら好評のようで、ほっと胸を撫で下ろす。

 実のところ、紅魔族特有の感性は俺にはあまり理解できないし、ぶっちゃけこれも結構恥ずかしいのだが、それで良好な関係を築けるのであれば多少は許容できる。商人をやっていると、人との繋がりとかは特に重要なものだしな。

 

 そんな中、ゆんゆんだけは顔を真っ赤にして、見ていられないとばかりに両手でその顔を覆っていた。そんなんだから友達できねえんだアイツめ。

 

 すると、やたらと発育の良い、眼帯をつけた少女が手を挙げて質問してきた。

 

「先生、ずっと気になっていたのですが、その格好良い瞳は一体……!?」

「……ふっ、これは強大なる邪神との戦いの末、何とかヤツを封印することに成功したんだが、その代償として俺の紅魔の力の半分が失われてしまったが故の後遺症なんだ……」

 

「「おおおおお!!!」」

 

 アホなことを言いながら、我ながら演技くさいにも程がある動作で右目を抑えると、クラスがまたどよめく。ゆんゆんだけは呆れた表情で溜息をついている。

 俺の目は、左目は紅魔族特有の真っ赤な色をしているが、右目は一般人にも見られる普通の茶色をしている。別に魔道具などで色を変えているわけではなく、天然の所謂オッドアイというやつだ。これが紅魔族の琴線に触れるらしく、初めて見る人は皆、目をキラキラさせて羨ましがってくる。

 個人的には、半人前の証みたいで嫌なんだけどなぁ、これ。

 

 今度は活発そうなツインテールの少女が手を挙げる。

 

「先生先生、すっごく若いですよね! 何歳ですか?」

「15。お前らの三つ上だな。言い忘れてたけど、俺は副担任だ。担任は、新年度の名乗りの練習でうっかり森を燃やしちまって、その後始末してるよ」

「だ、大丈夫なんですかその先生……」

「大丈夫じゃないから俺が副担として雇われたんだ」

 

 本来ここにいるべき担任であるぷっちんは、能力は確かなのだが調子に乗って問題ばかり起こす。俺や某ニートと一緒によく飲みに行ったりする仲で、休日は校長が知られたくない情報と引き換えに、俺のレベル上げを手伝ってくれる良い人ではあるが頭がアレという何とも惜しい人だ。

 と言っても、あれで頭までまともだったら俺やあのニートと仲良くならなかっただろうけど。

 

 こうして俺が副担任として雇われたというのも、ぷっちんと仲が良く連携が取りやすいという理由で校長や族長から頼まれたからというのがある。校長はともかく、族長の頼みは俺は基本的に断らない。

 まぁ、ここに来た一番の目的は他にあるんだけどな。

 

 次にポニーテールの少女が手を挙げる。

 

「先生、紅魔族随一の商人って言ってましたけど、その、どのくらい儲けてるんですか?」

「お、なんだなんだ、早くも俺の財産狙いか? 二年後までに色々成長させて出直して来い」

「ち、ちがっ……え、二年でいいんだ……」

「先生、セクハラです!」

 

 ポニテの子が何やらぶつぶつ言っているが、それを遮るようにゆんゆんが怒りの表情で机を叩いて立ち上がる。

 

「悪かった悪かった。詳しい額は言わないでおくけど、とりあえずこの里ではダントツで一番稼いでるよ」

「「ほうほう!」」

 

 そうやって声をハモらせたのは先程のポニテの子とツインテの子だ。将来有望だなこの子達、男は金だということをよく分かっている。思わず愛人候補にしてあげようかとも思ったが、ゆんゆんがとんでもない目で睨んできているのでやめておくことにした。

 

 持ち前の幸運のお陰か、どうやら俺には商才があるようで、紅魔族としては落ちこぼれでも商人としてはかなり成功している。

 俺は魔道具を作れるような大きな魔力はないが、世の中の流れを読んで、需要がありそうなアイテムを助言、考案したり、新しい商売を考えるのが得意だった。あるモンスターの繁殖期に合わせて、それに対し従来のものよりも有効なアイテムを考案したり、次に売れそうな魔法のスクロールを考えたり、この里のみならず他の街の観光事業にも口を出したりしている。

 そしてそれらが面白いようによく当たるので、この年にしてもう相当な額を稼いでいたりする。

 

 そろそろ俺への質問もないようなので、生徒達の自己紹介に移る。

 まず始めに、眼帯を付けた少女が華麗にマントを翻しポーズを決めた。

 

「我が名はあるえ! 紅魔族随一の発育にして、作家を目指す者!」

「小説のジャンルを詳しく。もしかして、その発育の良さを利用した、妙に描写が生々しい官能小説なんかじゃ……」

「え……い、いや、普通の冒険物にするつもりですけど……」

 

 なんだ残念だ。

 美人作家が書く官能小説ってだけで大当たり間違いなしだと俺の商人としての勘が告げているのだが、ゆんゆんが今にも殴りかかって来そうなくらいに拳を握り締めてぷるぷる震えているので、あるえには後でアドバイスすることにした。

 

 それから何人かの自己紹介が進んでいく。後半に差し掛かったところで、どこかで見たことのあるような黒髪ロングの子が、片足を上げて格好良くポーズを決めた。もう少しでパンツ見えそう。

 

「我が名はねりまき! 紅魔族随一の酒屋の娘、居酒屋の女将を目指す者!」

「あー、居酒屋のねりまきちゃんか。この間は迷惑かけたな、ごめん」

「本当ですよ……酔ったそけっとさんを煽って脱がせて写真撮影なんて、ウチは風俗店じゃないんですよ?」

「いやー、あの時は俺も悪酔いしちまって…………どわああああっ!? 待て落ち着けゆんゆん!!!」

 

 ついにブチギレたゆんゆんが椅子を蹴り倒して襲いかかってきたので、しばらくの間自己紹介は中断することになった。

 こいつ、普段は大人しいくせに、頭に血が上るととんでもない行動起こすんだよな……。

 

 ゆんゆんはそれからしばらく俺をボコった後、ねりまきに何度も頭を下げ、皆の若干引いた視線を受けながら席に着いて俯いてしまった。

 ……流石に調子に乗り過ぎたな俺。あいつの自己紹介の時はちゃんとフォローしてやろう。

 

 その後は自己紹介も滞り無く進み、残り二人となった。

 黒髪ショートの、どこか少年っぽさもある少女がビシッとポーズを決める。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛する者!」

「おー、お前がとんでもない魔力値を叩き出したっていう天才か。爆裂魔法なんて見たことあんのか?」

「はい、幼い頃に。あの全てを蹂躙する圧倒的な破壊力……今思い出しても興奮で身震いしますよ……!」

「た、確かにロマンはあるかもしれないけどよ……天才の感性ってのはよく分かんねえな……」

 

 うっとりと恍惚とした表情を浮かべて思いを馳せる少女に俺は少し引くが、やはり天才と凡人では頭の構造が違うのだろう。まぁ、爆裂魔法はあくまで見るのが好きということで、まさか自分が覚えるようなことはないと思うが。そこまでいったら感性が違うというか、普通に頭がおかしいだけだしな。

 

「じゃあ、次の子頼む」

 

 いよいよ最後、ゆんゆんの番だ。

 もう見るからに緊張している様子で、青ざめた顔で小刻みに震えている。だ、大丈夫かよ……。

 ゆんゆんは震える手を抑えつけるように、バンッと机を叩いて立ち上がった。

 

「わ、わわわ、我が名は……ゆ、ゆゆゆ」

「ゆゆゆ?」

「ち、ちがっ! ゆ、ゆんゆん!!」

 

 隣のめぐみんに首を傾げられ、慌てて訂正するゆんゆん。

 なんだこれ、こっちの方がハラハラする!

 

「落ち着けゆんゆん。ほら、ひっひっふー」

「ひ、ひっひっふー……」

「先生、それラマーズ法……お産の時の呼吸法ですよ……」

「っ!!!!????」

「あれ、そうだったっけか。流石は作家志望、物知りだな」

 

 あるえの指摘に、顔を真っ赤にしてショートするゆんゆん。あれ、俺さっきから邪魔しかしてないな……。

 それからゆんゆんは何とか再起動を果たすと、また必死に言葉を紡ぎ始める。

 

「こ、紅魔族随一の……ず、随一の…………」

 

 そこでまた言葉に詰まってしまう。無理もない、ゆんゆんは自己主張が苦手だ。能力的には十分誇っていいものを持っているが、だからと言ってそれを自信満々に言い放つのはハードルが高いだろう。

 ……しょうがねえな。

 

「ゆんゆん」

「……?」

 

 俺は自分のローブのポケットの部分をぽんぽんと叩く。

 それを見てゆんゆんが自分のポケットに手を入れると……一枚の紙を取り出して目を丸くした。

 そう、カンペというやつである。妹想いなお兄ちゃんは、このコミュ障が自己紹介で絶対詰まるだろうと思って、前もってあいつのローブのポケットに入れておいたのだ。

 

 ゆんゆんは必死の形相で紙に書かれた内容に目を通し、大きく息を吸い込んだ。

 

 

「我が名はゆんゆん!!! 紅魔族随一のブラコンにして、やがてはお兄ちゃんのお嫁さんとなる者!!!!!」

 

 

***

 

 

 ゆんゆんは早退しました。

 

「――というわけで、基本的には魔法や戦闘における知識の勉強、魔法薬の作成、体術訓練、養殖によるレベル上げなんかを中心にやっていくことになる。スキルポイントを貯めて魔法を習得すれば晴れて卒業ってわけだ」

 

 俺の言葉に、生徒達はうんうんと頷いてくれる。何だかいい気分だ。

 

「学校でスキルポイントを貯める方法は二種類。養殖の授業でレベル上げを頑張るか、普段の授業で良い成績を残して、このスキルアップポーションを貰って飲むか、だ」

 

 そう言って、俺は小さなポーションの瓶を教卓の上に置く。自然と教室中の視線がそのポーションに集まる。

 俺はニヤリと笑うと。

 

「これ、欲しいだろ?」

 

 生徒達は皆、何度も頷く。特にめぐみんは身を乗り出していて、今にもかっさらって行きそうだ。

 俺はポーションの瓶を軽く振ると。

 

「じゃあ記念すべき今年度のポーション第一号は、今から出す問題に一番早く答えられた人にやろう。答える時は挙手するようにな。問題、俺の職業はなんでしょう?」

 

 懐から冒険者カードを取り出してヒラヒラさせているので、ここでいう“職業”というのが先生や商人といったものではなく、冒険者としての職業ということは生徒達も分かっているだろう。

 ちなみにこれは、ゆんゆんがいないからこそ出せる問題でもある。あいつは当然知ってるしな。

 

 皆一斉に手を挙げた。一番早かったのは、ツインテのふにふらだろうか。分かったという割には首を傾げている。

 

「じゃあ、ふにふら」

「アークウィザードでしょう?」

「ぶっぶー」

 

 教室がざわつく。

 当然だ。紅魔族に同じ質問をしてアークウィザード以外の答えが返ってくるなんて、俺以外いないはずだ。おそらく、生徒達は最初ということでサービス問題か何かだと思ったのかもしれない。

 

「ヒント。俺は初級、中級、上級魔法、それとテレポートが使える」

「やっぱりアークウィザードじゃ……」

「他には敵感知、潜伏、窃盗、拘束スキルなんかも使える」

「……え???」

「あとは鍛冶スキルや料理スキルも使えるな。便利なんだこれが」

「分かりました」

 

 生徒達が互いに顔を見合わせ困惑の色を浮かべている中、めぐみんの手が静かに挙がった。

 しかし、めぐみんも自分の答えに納得がいっていないのか、少し戸惑っている様子だ。

 

「じゃあ、めぐみん」

「冒険者……ですよね」

「いやいや、めぐみん。私達もそのくらいは分かってるって。でも先生は冒険者の中でどんな職業なのかって…………え、もしかして」

「他に考えられないでしょう。敵感知や潜伏といったスキルは盗賊のものです。鍛冶スキルや料理スキルに至っては、鍛冶屋やコックのものです。それでいて、アークウィザードのスキルも使えるとなると」

 

 

「大きな括りで言う“冒険者”ではなく、職業としての“冒険者”しかないでしょう」

 

 

 皆、口をポカンと開けたまま固まった。

 俺はその反応に満足して何度か頷くと、ポーションを持ってめぐみんの机の前まで行き、笑顔でそれを渡す。

 

「正解。流石は紅魔族随一の天才」

「あの、冒険者カードを見せてもらってもいいですか?」

「いいよ、ほら。あ、スキルポイント結構貯めてるから、変なところ触って勝手にスキル習得させたりすんなよ」

 

 俺がめぐみんにカードを渡すと、他の生徒達も一斉に集まって覗き込んでくる。

 なんだこれ、メッチャいい匂いする。男が集まっても臭いだけなのに、何で女の子ってこんないい匂いするんだろう。

 

 めぐみんは俺のカードを信じられないように見て。

 

「ほ、本当に冒険者ですね…………なっ、ちょ、何ですかこのレベル!?」

「あー、12歳の時にカード作ってから、知り合いに協力してもらって養殖ばっかやってたからな。元々冒険者はレベルが上がりやすいってのもあって、こんなことになった」

「そんなに努力できる人なのに、夢は不労所得で遊んで暮らすことなんですか……」

「遊んで暮らすって夢があるから努力できんだよ。何十年も好き放題に生きられるなら、数年頑張るくらい何でもないっての。俺の見立てでは、二年後、俺が17歳くらいの頃にはもう一生遊べる程の金を稼いでるはずだ。そっからはボーナスステージってやつだ!」

「な、何でしょう、一応は夢に向かって努力している人のはずなのに、全く尊敬できません……それだけのレベルなのですから、もっと、こう、危険なモンスターから街を守ったり……」

「知らん。他人がどうなろうが俺には関係ない。俺は俺がダラダラ過ごせればそれでいい」

「あなたそれでも本当に教師ですか!?」

 

 何やらおかしなことを言っているめぐみんは放っておいて、俺はカードを返してもらって教壇へと戻る。皆、驚きつつも呆れた表情をこちらに向けていたが、そんな中でくすくすという笑い声が聞こえてきた。

 

「……でもでもー、先生、本当にあたし達に魔法とか戦いを教えられるんですかー?」

「あはは、確かにー。私達、皆アークウィザードですよ? いくらレベルが高いと言っても、最弱職の人に教わることなんてないんじゃないですかー?」

「そんなことはねえぞ。アークウィザードといっても、お前達はまだ12歳の子供。俺は確かにお前達と比べたら凡人だけど、それでもお前達よりは経験積んでるんだからな」

「えー、でも先生、本職は商人なんでしょ? 戦いだって、ちょっとあたし達が訓練すればすぐ追い抜いちゃうんじゃないー?」

「だよねー。私達って一応エリートってやつだし?」

 

 などと、からかうように言ってきたのは、ふにふらとどどんこだ。

 まぁ、無理もないな。仮にも将来有望なアークウィザードが、最弱職に物を教わるということに抵抗を覚えるのは当然だ。しかし、だからと言って大人しく引き下がるわけにもいかない。

 

 はぁ……しょうがねえな。

 こんなことは本当に……本当に不本意なんだが、やるしかない。あーあ、やりたくないのになー、でもしょうがないよなー。

 

「……な、なんですか? なんでそんなにニヤニヤしてるんですか……?」

「えっと……先生? あの、ごめんなさい、言い過ぎましたから、その」

 

 俺の表情に本能的な身の危険を感じたのか、二人は先程の余裕ぶった様子はどこへやら、引きつった表情で言ってくる。だがもう遅い。

 

「いや、二人の気持ちは分かるよ。お前達はエリートだし、俺は紅魔族随一の落ちこぼれだ。でもさ、ここでは一応俺が教師で、お前達が生徒なんだよ。悪いけど、卒業するまでは俺の言うことは聞いてほしいんだ」

「分かりました聞きます! だからその気味の悪い笑顔は…………なんで手をワキワキさせてるんですか!?」

「せ、先生!? 何するつもりなんですか!? 先生!?」

 

 いよいよ泣きそうな顔になる、ふにふらとどどんこ。

 幼気な12歳の少女にそんな顔をさせるのは非常に良心が……うん、良心が痛むのだが、これも仕方ない。教師とは子供達の成長の為に、あえて子供の嫌がることをやって悪者にならなければいけない時があるのだ。

 

 俺は両手を前に出し、二人に向ける。

 

「お前達は見せしめだ。他の皆は、先生に歯向かうとどうなるかをよく見てろ」

「それ完全に悪役のセリフですよ!? あの、ゆ、許してくださいお願いします!!!!!」

「や、やめ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!」

 

「『スティール』ッッッ!!!!!」

 

 俺の声で、教室は時が止まったかのように静かになった。

 皆、何が起きたのか分かっていないようだ。ふにふらとどどんこでさえも。

 だから俺は、その両方の掌に握られていたものを取り出し、指を引っ掛けてくるくる回して見せびらかした。

 

「どっちも黒かよ。ホント黒が好きだなー、ちょっと背伸びし過ぎじゃねえか?」

 

 そして時は動き出す。

 

 

「「いやああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」」

 

 

 当事者である二人は泣き叫び、他の皆もまるで魔王にでも会ったかのような恐怖の表情で、少しでも俺から距離を取ろうとする。

 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図と化した教室の中で、俺は満足しながら何度か頷く。

 

 良かった、このクラスとはこれから仲良くやっていけそうだ。

 



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紅魔族随一の天才

 

 我が家の夕飯の食卓には、重苦しい空気が漂っていた。

 

「カズマ、いくら何でも生徒のパンツを剥ぐというのはどうなんだ?」

「えぇ、流石にやり過ぎじゃないかしら……」

 

 両親が渋い表情でそんなことを言ってくる。

 あの後大騒ぎになった教室はそのまま解散した。まぁ、初日に伝えなければいけないことは大体伝えていたからそこは大丈夫だが、問題は果たして生徒達が明日も学校に来るのかどうかだ。

 うーん、パンツ奪ってくる先生がいる学校には行きたくないだろうなぁ。

 

「いやでもさ、紅魔族の子供ってのは特に躾を厳しくする必要があると思うんだよ。なんたって、子供の内から凄い力を持つことになるんだからさ」

「……ふむ、確かにそれはそうなのかもしれないが……」

「そうねぇ……カズマも少し甘やかし過ぎて、こんなことになってしまったし……」

「ごめんなさい」

 

 母さんの可哀想なものを見る目が辛いです。

 父さんは少し考えた後、溜息をついて。

 

「まぁ、フォローは父さんがしておくよ。だが、これからはもう少し慎重になってくれよ」

「あ、ありがとうございます……迷惑かけてすみません……」

「大丈夫よ、カズマ。里では『悪魔に最も近い者クズマ』や『邪智暴虐の王カスマ』、『陵辱の限りを極めしゲスマ』なんて呼ばれているあなただけど、根は良い子だって父さん母さんは分かっているからね?」

「ちょっとそれ広めてる奴について詳しく。俺がその呼び名に相応しいかどうか、身を持って思い知らせてやるから」

 

 そんなことを話していると、静かな足音が聞こえてきた。

 そちらに目をやると、学校を早退してからずっと部屋に閉じこもってしまっていたゆんゆんが、死んだ目でふらふらとやって来ていた。

 ゆんゆんは何も言わずに食卓に着く。とてつもなく気まずい沈黙が流れる。

 

 両親はちらちらと俺を見てくる。

 これ、俺が何とかしろってことか……いや、大体俺のせいなんだけどさ……。

 

「……あー、ごほん。ゆんゆん?」

 

 声をかけると、ゆんゆんは死んだ目のまま無表情でこちらに顔を向ける。こえーよ。

 俺は尋ねる。

 

「と、友達できそうか?」

「がああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!」

 

 ゆんゆんが獣のように吠えて襲いかかってきた!

 

 

***

 

 

「いってえ……最近じゃモンスター相手でもここまで怪我しないぞ俺……『ヒール』」

「…………」

 

 先程までの死んだ目とは打って変わって、真っ赤に光り輝いた目でこちらを睨んでくるゆんゆん。紅魔族は感情が昂ぶると目が光る特性がある。どうやら、俺をボコボコにするだけでは気が済まなかったらしい。

 ちなみに両親はさっさと退散してしまった。

 

「で、友達できそうか?」

「どの口が!!! どの口がそんなこと言うのよおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「ぐおおっ!?」

 

 再び掴みかかってくるゆんゆん。こ、こいつ、レベル1の魔法使いのくせに結構力あるな!

 

「おち、落ち着けって! 悪かったよ!」

「本当にどうしてくれんのよ! 私、これでもう絶対『ブラコンの痛い子』で定着しちゃったじゃない!!」

「まぁ聞けよ、プラスに考えろ。お前は今日、あの教室において確かな“キャラ”を手に入れたんだぞ」

「ブラコンなんてキャラはいらない!」

「贅沢言うなよ。ほっといたらお前、ただの存在感のない子になってたぞ。クラスメイトから『あれ、ゆんゆん居たの?』とか言われてもいいのか?」

「うっ……で、でも、それにしたってブラコンは……」

「紅魔族は強烈なキャラ持ってる奴が多いから、それに対抗するにはこっちも強烈なキャラでいくしかないんだよ。優等生キャラとか一瞬で埋もれるぞ」

「それは……そうかもしれないけど……」

 

 まだ完全に納得できてはいないらしいが、一応まともに話くらいはできるようになってきたようだ。これで本題に入れる。

 

「よし、じゃあ明日の作戦会議だ。まずお前が教室に入ると、クラスメイトの誰かが話しかけてくれると思う」

「え、そ、そうかな!? 私なんかに話しかけてくれるかな!?」

「あぁ、たぶんな。内容は『ゆんゆんって言ったっけ? お兄ちゃんとはどこまで進んでるの?』とか『大丈夫、私は応援してるよ!』とかそんな感じだろう」

「わあああああああああああああああ!!!!!」

「いででででで!! だから落ち着けっての!!! 恋バナなんて女同士の会話じゃ普通だろ!」

「兄妹の恋愛話のどこが普通なのよおおおおおおお!!!」

「分かった、分かった! そんなにその話題が嫌なら、逸しちまえばいいだろ! 『みんなはどんな男の人がタイプなの?』とかさ!」

 

 目と顔を真っ赤にしていたゆんゆんだったが、俺の言葉に少し考え込む。

 

「……な、なるほど。うん、それはいいかも……」

「だろ? で、あとは適当に『それあるー!』とか『ちょーウケるー!』とか言っとけば友達の一人や二人余裕だっての」

「ほ、本当? 本当なんだよね?」

「おう、お兄ちゃんを信じろ。俺がお前にウソついたことがあったか?」

「沢山あったけど」

「え、あ、うん……ごめん」

 

 そんなこんなで、ゆんゆんがどうやって学校で上手くやっていくかということを話し合っている内に、夜は更けていった。

 

 

***

 

 

 次の日、俺は学校の職員室から、目の前の画面を通して教室の映像を見ていた。

 これは魔道カメラを応用したもので、本来とても高い。商人としてのコネを使って、王都で安く手に入れたものだ。

 隣ではぷっちんが興味深そうに画面を見ている。

 

「ふっ、カズマ。そんなに己の片割れが心配か……? まぁ、無理もないか。お前とあいつは二人で一つ、どちらが失われてもいけない……」

「妹な妹、変な設定つけんなよ。あとお前、何度も言うが、絶対に教室で名乗る時の演出やり過ぎたりすんなよ? カメラ壊しやがったら弁償させるからな」

「ははっ、だから心配し過ぎだろう。そんなに俺が信用できないのか?」

「うん」

「何の迷いもなく言い切ったな……」

 

 当然だ、信用できる人間はついうっかりで森を燃やしたりはしない。

 

 肩を落としているぷっちんは放っておいて、教室の映像の方に視線を戻すと、ちょうどゆんゆんが教室に入ってくる所だった。しかし、見るからに挙動不審でビクビクしている。

 俺はある魔道具を起動して、頭に手を当てる。

 

『おいゆんゆん落ち着け、かなり挙動不審だぞ』

『えっ、そ、そんなに……? 普通にしてるつもりなんだけど……』

『全然普通じゃない。まるでパンツの中にバイブ仕込まれて必死に耐えてるみたいだぞ』

『兄さんのバカッ!!!』

 

 突然の大声に頭がキーンとなる。

 大声、と表現したが、ゆんゆんは実際に声を出したわけではない。この魔道具は、離れた所から心の声を送受信することができるものだ。便利なものではあるが、家族や十年来の仲間といった強い絆で結ばれている者達の間でなければ使えない。あと高い。

 

 ちなみにバイブは、以前に俺が大人のオモチャとして一度作ってみた物だったが、ゆんゆんに用途を伝え試用を頼んでみたら完膚なきまでに叩き壊された。

 

『とにかく、深呼吸でもして…………お、ふにふらとどどんこが来てるぞ』

『えっ、本当!? どどどどどどうしよう!!!』

『だから慌てすぎだっての。おい聞いてんのか? ゆんゆん?』

 

 自分の席に近付いてくるクラスメイトに緊張して、ゆんゆんは俯いたままガタガタと震え始める。やっぱ洒落になってないレベルのコミュ障だなこれ……。

 しかも困ったことに、完全に心に余裕が無くなったせいで、俺の声が届かなくなったようだ。

 

 仕方ないので、画面の方に集中して見守ることにする。

 

『あの……ゆんゆん、だっけ? お、おはよ』

『っ!! お、おおおお、おはようございます!!!』

 

 とんでもなくテンパってはいるが、何とか挨拶はできたようだ。

 でも、気になるのはふにふらとどどんこの表情だ。何だろう、俺の予想ではブラコンのことで弄ってくるだろうと考えていたのだが、どう見てもからかうような表情ではない。

 むしろ、なんか怖がってないか……?

 

『え、えっと……さ。ゆんゆんは……その、変なスキルとか……持ってないよね?』

『……は、はい?』

『だから、その……変な物を盗ったりするような……』

『???』

 

 あぁ、分かった。

 昨日あんな目に遭わされた二人は、俺の妹であるゆんゆんも変なスキルを覚えているんじゃないかと心配しているんだ。実際のところは、ゆんゆんは普通にアークウィザードだから、そんな心配する必要はないんだが、まだお互いのこともほとんど知らないしな。

 

 ゆんゆんは二人が何を言っているのか理解できなく、目をぐるぐる回して混乱している様子だ。大丈夫かこいつ、ただ自分は兄さんと違って皆と同じアークウィザードだって言うだけでいいんだぞ……。

 

 そしてゆんゆんが口を開く。

 

 

『そ、それあるー!』

『『!!!!????』』

 

 

 アカン。

 俺は再び頭に手を当てて、ゆんゆんに呼びかける。

 

『おいゆんゆんやめろ! お前かなりマズイこと言ってるぞ!』

 

 しかし、混乱を極めている様子のゆんゆんには届いていないらしく、何の反応も返ってこない。

 ふにふらとどどんこは、いよいよ震え上がっていた。

 

『え……え……や、やっぱりゆんゆんも、そういうスキルあるの……?』

『で、でも、ゆんゆんは女の子だから分かるでしょ……? あんなに鬼畜じゃない……でしょ? あれで私達がどれだけ嫌な目に』

 

『ちょーウケるー!』

 

 二人は恐怖の表情でゆんゆんから逃げ出した。

 

 

***

 

 

 昼休み。

 俺は職員室でゆんゆんが作ってくれたサンドイッチを頬張りながら、目の前の画面から教室の様子を眺めている。

 結局、名乗りの時にうっかり教卓を消し炭にしてしまったぷっちんは校長室送りとなり、そこからの授業は俺が受け持つこととなった。俺にとっても初授業だったので結構緊張したが、生徒達は驚く程真面目に授業を受けてくれたので助かった。

 俺が教室に入る度に、小さく悲鳴があがるのはちょっと凹むが。

 

 教室では、案の定ゆんゆんが一人でサンドイッチを食べている。

 

『ねぇ兄さん。どうして私、ふにふらさんとどどんこさんに怖がられてるんだろう』

『たぶんお前の兄である俺が、昨日あいつらのパンツをスティールで奪ったからだろうな。お前は早退しちまったから知らないだろうけど』

『あー、そんなことがあったんだ。兄さん、あとでぶっ殺すから』

 

 やだこの子、自然な流れでぶっ殺すとか言ったんですけど。

 俺は冷や汗をかきながら、話題を変える。

 

『そ、それより、隣の席のめぐみんがお前の方見てるぞ。たぶん食い物目当てだ、分けてやれよ』

『えっ、本当!? で、でも、女の子が食べ物目当てっていうのはいくら何でもないでしょ。もう兄さんの言うことなんて信じないわよ』

『いや、お前がサンドイッチ食う度に、ゴクッて喉鳴らしてんぞそいつ』

『……わ、分かった……ちょっと言ってみるね』

 

 それからゆんゆんは何度も深呼吸をする。

 少しは学校に慣れたのか、それとも相手が一人だからかは知らないが、朝の時よりは大分落ち着いている。これなら会話にならないということはないだろう。

 

『ね、ねぇ、めぐみん……さん?』

『なんですか? あと私のことは呼び捨てで構いませんよ』

『あ、じゃ、じゃあ……めぐみん!』

 

 名前を呼び捨てただけで、とんでもなく幸せそうな笑顔を浮かべるゆんゆんを見て、思わず目頭が熱くなる。良かったなぁ、ゆんゆん……!

 

『あのさ、その、良かったらこのサンドイッチ』

『ありがとうございます!』

 

 最後まで言い終える前に、めぐみんはサンドイッチをかっさらい、凄い勢いで食い始めた。

 

『むぐっ……んぐ、口がパサパサしますね』

『あ、お、お茶もあるよ! はい!』

『これはこれは。ありがとうございます』

 

 ……なんか、餌付けしてるみたいだなこれ。

 まぁでも、今のゆんゆんからすれば、どんな形であれクラスメイトと普通に会話できたというだけで大きな前進だろう。

 

 めぐみんは相当腹が減っていたのか、すぐにサンドイッチを完食してしまった。

 

『ふぅ……生き返りました。ごちそうさまでした、ブラコン』

『ブラコン!? ゆんゆん! ゆんゆんだから!!』

『おや、失礼しました。ブラコンのゆんゆん』

『ブラコンっていうのやめて!!!』

 

 おぉ、早速俺が与えたブラコンキャラが生きてるな。ゆんゆんもあんな泣きそうな顔しないで、素直に受け入れればいいのに。

 めぐみんは首を傾げて言う。

 

『どうして嫌なのですか? 結婚したいくらいお兄さんが好きなのでしょう?』

『あれは誤解だから! 兄さんにハメられただけなの!』

『あの、すみません、ハメられたとか流石に生々しいのでちょっと……』

『そそそそそそういう意味じゃないから!!! 分かってて言ってるでしょ!?』

 

 なるほど、女子同士の下ネタは男よりエグいというのは聞いたことがあるが、本当だったのか。まさか12歳からハメるとかそういう話をするとは……その頃は俺まだウンコとかチンコしか言ってなかったぞ……。

 何か見てはいけない闇を見てしまったような気持ちでいると、めぐみんはからかうような笑みを浮かべ。

 

『それでは私がカズマ先生と付き合ってもいいでしょうか?』

『えっ!?』

 

 おっと、何言ってんだこのロリ。いつの間にフラグ立ったんだよ。

 ……って分かってるけどな。これはゆんゆんをからかう為に言ってるだけだ。でもお兄ちゃんとしては、ゆんゆんの反応が非常に楽しみだからグッジョブ!

 

 ゆんゆんは顔を赤くして俯きながら。

 

『や、やめた方がいいよ兄さんなんて……絶対浮気ばかりするし……』

『そこは私の魅力で繋ぎ止めて見せますよ。紅魔族でアークウィザードになれないなど、かなり辛いはずですのに、あそこまで努力できる姿はとても尊敬できます。ぜひ私のものになってほしいですね』

『……確かに悪いところばかりじゃないんだけど……いつもはあんなでも、私が本当に困ってる時は助けてくれるし……』

 

 ……あれ、なにこれおかしい……こっちが恥ずかしいんだけど! ゆんゆんの奴、俺が見てるってこと忘れてんだろ!

 そんなゆんゆんに、めぐみんは更に笑みを広げて。

 

『では善は急げですね。早速今から告白してきます』

『ええっ!? ダメ! それはダメ!!』

『ほほう、何故ですか? あなたは別にブラコンでもなく、お兄さんのことは好きでも何でもないのでしょう? むしろ私が引き取ってあげるというのですから、喜ぶべきところなのでは?』

『そ、それは……だって……!』

『だって……何ですか? ほらほら、めぐみんお義姉さんが聞いてあげますよ。正直に言ったら、先生のことは諦めてあげましょう』

『ほ、ほんと……? その……わ、私……っ!』

 

 魔道具のスイッチを切った。

 うん、無理です、これ以上は本当に恥ずかしいです。ヘタレでごめんなさい。

 

 

***

 

 

 体育の時間。

 授業の方はようやく校長室から解放されたぷっちんに任せ、俺は保健室で先生を口説……楽しくお話をしていた。

 

 そんな時、扉が開けられ、誰かと思えば校庭で授業中であるはずのめぐみんが入ってきた。

 

「すみません、体調が悪いので休ませてください」

「なんだ生理か? いってえ!!!」

 

 後ろから保健の先生に叩かれた。力強いなこの人。

 めぐみんは先生と一言二言かわした後、もぞもぞとベッドの中に入っていく。

 

「俺が添い寝してやろうか?」

「結構です。あ、そうだ、体術訓練のデモでぷっちん先生が格好つけてたら、あるえの足が先生の急所に入って割と本気で死にそうな顔のまま動かなくなったんで、良かったら診てもらえませんか?」

「あのバカの為に魔力使いたくねえな。お願いします、美人先生」

「あなたね……はぁ、仕方ないわね。じゃあ私は行くけど、カズマ先生、その子は12歳だからね?」

「え、なに、何を心配されてんの俺」

 

 俺が軽くショックを受けている間に、保健の先生は部屋から出て行く。

 残されたのは俺とめぐみんの二人だけ。めぐみんは布団から頭だけ出した状態で俺のことを見ている。

 

「先生、私はあるえやゆんゆんと比べて発育は良くありません。逮捕されるリスクに対して、リターンが見合っていないと思うのです」

「だから何を心配してんのお前は!? 何もしねえよ! どんだけ信用ないんだよ俺!!」

「昨日のアレを見て信用しろという方が難しいと思いますが」

 

 ……なるほど、昨日のアレで俺はロリコン扱いされているというわけか。

 この際だ、誤解はきちんと解いておくべきだろう。

 

「いいか、よく聞けめぐみん。俺はロリコンじゃないんだ。確かにお前達にセクハラはするが、それは別に俺の性的欲求を満たすためというわけじゃなくて、ただ単にお前達の反応が面白いからってだけなんだ。分かってくれたか?」

「はい、分かりました。あなたはロリコンではなく、人間のクズなんですね」

 

 うん、ロリコン疑惑は解消されたようだが、代わりにもっと大事な何かを失ったらしい。

 というか、こんな澄んだ瞳でクズとか言われたのは初めてだ、結構ダメージくるなこれ。

 

 めぐみんは小さく溜息をつき。

 

「まったく、ゆんゆんはこんな人のどこがいいのでしょうか」

「おっと、そのセリフは危ないぞ。そういう事言う奴に限ってコロッと落ちて、好き好きアピールばっかしてくるようになるんだよ」

「なるほど。もし私がそんな状態になってしまったら、一思いに殺ってくれとゆんゆんに頼んでおきましょうか。あの子に辛い役目を頼むのは心苦しいのですが……」

「洗脳か何かでもされるって言いたいのかお前!? その悟ったような顔もやめろよ!」

 

 こ、こいつ……やっぱ天才ってだけあって大物感あるな……。

 俺はめぐみんに苦々しい顔を向けたまま言う。

 

「ったく、だから俺はお前達みたいな子供に興味はねえんだよ。特別に俺の好みのタイプを教えてやろうか?」

「結構です」

「俺のタイプはな、美人で巨乳の貴族のお姉さんで、どんなクズ男でも受け入れてくれるような包容力がある人だ。間違っても、まだ毛も生えてないようなちんちくりんじゃねえ」

「ただ言いたいだけじゃないですか……そんな人がいるとも思えませんし。というか、一応自分がクズ男というのは分かっているのですね、少し安心しましたよ」

 

 よし、こいつにも一度痛い目を見てもらおう。

 そう思い、手をワキワキさせていると、めぐみんが視線を俺から天井に移してぼーっとし始めた。ふっ、バカめ。俺から目を逸らすなんて油断したな。

 俺が口元をニヤつかせ、腕を上げようとした時。

 

「先生、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだよ。むしろ俺が懺悔の言葉の一つでも聞いてやってもいいぞ」

「私は悔いるようなことはないので、懺悔は必要ありませんね」

「だろうな。で、なんだよ」

 

 また何か舐めたことを言ったら、その瞬間にパンツを奪ってやろうと思っていると。

 

 

「先生は、爆裂魔法についてどう思いますか?」

 

 

 めぐみんが、静かな声で尋ねてきた。

 天井に向けられたその表情は、淡い笑みを浮かべてはいるがどこか寂しそうで、先程まで俺の胸の中で燃え上がっていた嗜虐心が一気に萎んでいく。

 ……なんだよ、急にシリアスになるなよ卑怯だぞ。こいつ、昨日はもっと楽しそうな顔で爆裂魔法について語ってたくせに。

 

 まぁ、生徒からの質問には答えるのが先生だ。

 俺はめぐみんの方を見ずに言う。

 

「どう思うも何も、ただのネタ魔法だろ」

「……ですよね」

「なんだよ、お前も本当はそう思ってたのか?」

「いえ、私は今でも爆裂魔法を愛していますよ。でも、里の人に同じようなことを聞いてみたところ、私と同じ想いを持つ人はいないようです。誰もが口を揃えてネタ魔法だと言います」

「だろうな」

「今日、図書室でも調べてみたのです。本であれば、何か爆裂魔法の有用性について書いてあるかもと思って……でも」

「本でもネタ魔法扱いだった」

「はい」

 

 めぐみんはふふっと自嘲気味に笑う。

 なるほどな、頼みの綱の本にまで爆裂魔法をネタ扱いされて、流石に堪えたってわけか。

 まぁ、理想と現実のギャップで悩むってのは誰にでもあることだ。ここは俺がきっちり引導を渡してやろう。

 

「本で調べたならもう知ってると思うが、爆裂魔法ってのはスキルポイントを馬鹿みたいに食う上に、魔力の消費も尋常じゃなくて撃てたとしても一発、当然他の魔法を撃つ余裕はなくなる。しかも、モンスターに使っても大体が過剰火力のオーバーキルで、爆音で他のモンスターも呼び寄せちまう」

「……はい」

「パーティーを組む時だって、爆裂魔法を使いたいなんて言えば絶対嫌がられるし、地雷扱い間違いなしだ」

「…………はい」

 

 俺の言葉に、どんどんしょんぼりしていくめぐみん。

 別にいじめたいわけじゃないが、ここで現実をぼかして希望を持たせるというのは違うだろう。一応教師だしな俺。

 

 ……と言っても、流石にここまで落ち込まれると居心地が悪いので、何かフォローしてやるか、と思っていると。

 

「くくっ、くっくっくっくっ……」

「……めぐみん?」

 

 なんか噛み締めるように笑い出した。

 どうしよう、ショックで頭がちょっとアレになっちゃったか?

 そう心配していると、めぐみんは先程までの落ち込んだ様子はどこへやら、何やら不敵な笑みを浮かべて。

 

 

「なるほど、なるほど。私は世界に試されているのですね。そう、爆裂魔法への愛を!」

 

 

 そんなことを自信満々に言ってのけた。いや、何言ってんだこいつ。

 しかしめぐみんは、ちょっと引いてる俺の様子などお構いなしに、目を紅く光らせて続ける。

 

「考えてみれば、爆裂魔法は究極の破壊魔法。その偉大さはそこらの凡人には理解できず、選ばれし一握りの人間だけが分かるものなのでしょう。それならば、この私があの魔法に魅せられたのも納得できます……何故なら、この私は紅魔族随一の天才なのですから!!!」

「おーい、もしもーし?」

「くくく、いいでしょう、望むところです。どれだけ世界が爆裂魔法をネタ魔法だと笑おうとも、この私は……えぇ、この私だけは!!! 最後の最後、この命尽き果てる時まで、爆裂魔法を愛し続けるとここに誓います!!!!!」

「愛が重いよ。なんつーか、お前、すげえな」

「ふふっ、いえいえ、それほどでもないですよ」

「褒めてないぞ」

 

 口ではそう言う俺だが、内心本当に感心している部分も無くは無かった。

 こんなアホらしいことでも、めぐみん本人にとっては立派な障害だったはずだ。こいつの爆裂魔法への愛は、最初の自己紹介だけでも十分過ぎるくらいによく伝わってきた。

 例えどんな障害があろうとも、こいつは自分の道を突き進む。まだ12歳のガキのくせに大したもんだ。

 俺は苦笑を浮かべて。

 

「お前、将来は案外大物になるかもな」

「何を言っているのです? そんな分かりきったことを改めて言われましても」

 

 バカなの? みたいな表情でこちらを見るめぐみん。こいつ、ホントかわいくねーな!

 

「ったく、どんだけ自分に自信あるんだよ。まぁ、爆裂魔法を覚えて卒業するなんて頭おかしいこと考えるくらいだし、今更お前の思考回路についてあれこれ言っても無駄か」

「な、なにおう!? 校則には、卒業する為に魔法の習得が必須とあるだけで、別に上級魔法である必要はないのです! ですから…………え、ちょ、何故私が爆裂魔法で卒業すると分かったのですか!? あ、まさか、カマをかけましたね!?」

「カマかけるとか以前の問題だろ。むしろ今までの流れでバレてないと思ってたのが驚きだよ。お前アレか、天才だけどバカなのか」

「ぐっ……こ、この私をバカ呼ばわりとは……! あの、これはバラされると本当に困ります。下手をすると、冒険者カードを取り上げられたりするかもしれないのです。だから、その、他言無用で……」

「えー、どうしよっかなー? お前あれだよ? 子供にはまだ分からないかもしれないけど、人に何かを頼む時って誠意ってやつが大事なんだよ? 分かる? ねぇ分かる?」

 

 俺がこんな美味しい状況を逃すはずもなく、超上から目線でポンポンと頭を叩いてやると、めぐみんはギリギリと音が聞こえる程に歯を食いしばる。しかし、何か反撃することはできず、されるがままだ。なにこれ、最高に気分がいい!

 ……まぁ、この辺にしといてやるか。流石の俺も、秘密を盾にとって12歳相手にやりたい放題する程堕ちてはいない。これが巨乳のお姉さんだったら、メイドになってもらってご奉仕させるところだが。

 

 俺はとりあえず『カズマ様、お願いします』と一言めぐみんに言わせて許してやろうと口を開こうとすると、その前にめぐみんの方が何かを諦めた絶望的な表情で。

 

「……分かりました。アレを舐めるまではやりますから、それで本当に勘弁してください……」

「アレって何だよ! 靴だよな!? 靴なんだよな!? 俺が何させると思ってんのお前!? どんだけクズだと思われてんの俺!? 別に何もしなくていいから! 言わねえから!」

 

 本気でそんなことをさせる人間だと思われていたことに、割と本気でショックを受ける。つか、そんなことやらかしたら一発で逮捕だろう俺が。

 俺の言葉が心底意外だったのか、めぐみんは目を丸くして驚く。だからこいつは俺のことを何だと……もういいや。

 

「ほ、本当ですか? 内緒にしてもらえるのですか?」

「あぁ、言わねえって。勝手に覚えてろよ爆裂魔法」

「……何故、先生は反対しないのですか?」

「はぁ? 何だよ反対してほしいのかよ、構ってちゃんかお前」

「いえ、純粋に疑問に思ったのです。これを知って反対しない人なんていないと思っていたので」

 

 めぐみんの言葉に、俺は何でもないように答える。

 

「別に、卒業した後にお前が困ろうが何しようが関係ないからな。お前学校では普通に優秀だから、スキルポイントが貯まらずにいつまでも居座るってこともないだろうし」

「すごいですね、本当に教師とは思えません。一周回って感心しましたよ」

「はは、褒めるなよ」

「褒めてないです」

 

 褒めてないらしい。うん、その顔見て知ってた。

 つーか、どうせ反対しても聞かないんだろうから、それを知っててわざわざ反対するってのも馬鹿らしいだろ。やっぱり構ってちゃんか。

 俺は盛大な溜息をついて。

 

「……まぁ、もし不安だったら里を出る時は俺に言えよ。どうしてもって言うなら、ある程度なら面倒見てやる」

「えっ……?」

「お前、爆裂魔法をメインにして戦うつもりなんだろ?」

「あ、はい。メインというか、それしか使う気がありません。爆裂魔法を覚えた後に手に入ったスキルポイントは、全て高速詠唱や威力上昇に使うつもりです」

「お前は一体何を倒すつもりだよ爆裂狂。まぁいい、とにかく、そんなスキル振りしてれば、普通のパーティーじゃ間違いなく地雷扱いされる。それは分かるな?」

「は、はい……」

 

 めぐみんは苦々しい表情で答える。

 こいつも馬鹿じゃない。自分が歩もうとしている道が、とてつもない茨の道であることは理解しているのだろう。まぁ、その上であえて進むのだから、やっぱりバカなのかもしれないが。

 

 俺は真っ直ぐめぐみんを見て続ける。

 

「ただ、爆裂魔法が必要になりそうなクエストもあるにはある」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ。とりあえず行くなら王都だな。あそこなら爆裂魔法でもオーバーキルにならない、とんでもなく強いモンスターの討伐クエストもある。使い捨ての強力な魔道具感覚で連れて行ってもらえるかもしれない」

「捨てられるのは困りますよ! 普通に死ぬじゃないですか私!!」

「使い捨てってそういう意味じゃねえよ。そんな高難易度クエストなら、テレポートを使える人かスクロールは必須だ。お前は一発撃ったら、先に街に飛ばしてもらえばいいんだ」

「な、なるほど……」

 

 めぐみんは感心したように俺を見て頷いている。やっと俺はただのクズではないと分かってくれたのだろうか。

 そう、俺は出来るクズなのだ。

 

「とりあえず、俺が信頼できるパーティーと交渉してやる。俺、王都はテレポート先に登録してあるし、ギルドでもそれなりに顔が利く。大物賞金首ばかり狙う頭おかしいパーティーとかとも仲良かったりするんだぜ。不本意ながら組まされたことだってあるし」

「え、カズマ先生って、本職は商人ですよね……?」

「商人だよ。ただ、人脈作りとか素材集めとか色々あんだよ色々。大物賞金首から取れる素材とかは特に貴重だしな」

 

 戦える商人というのも、いることはいる。

 例えば魔道具の素材集めだって、クエストを発注せずに自分で調達できるのであれば、その分の金は浮くことになる。強いモンスターと戦わなければいけないような素材なんかでは、その差は大きい。

 俺の知り合いの中で間違いなく最強だと言える人も、元冒険者ではあるらしいが今は商人だ。と言ってもあの人、戦闘では頼もしいんだけど、逆に本業の方がアレなんだよなぁ。

 

 目に希望の光を灯し始めためぐみんに対して、俺は更に。

 

「あと王都なら、結構な頻度で魔王軍の襲撃があるから、その時も爆裂魔法は役に立つと思うぞ。相手の数が数だから、あの広範囲魔法は使える。撃った後のフォローの方は、俺が騎士団の方に頼んでもいい。あいつらも爆裂魔法の火力は欲しいと思うし」

「王都の騎士団にも顔が利くんですか!?」

「まぁな。第一王女のアイリスは俺の妹のようなもんだ。アイリスもお兄様って呼んでくれるしな」

「あなたには、既にゆんゆんという妹がいるではないですか……」

「妹は何人いてもいいもんだ」

「それゆんゆんは知りませんよね? 言ってもいいですか?」

「やめろ」

 

 そんなことゆんゆんが知ったら、俺がどうなるか想像したくもない。

 そもそも、アイリスを妹扱いしていることだって、あの白スーツがガミガミうるさいのだ。一応あの女も、俺の実力は認めてくれてるっぽいけど。

 

 ここで俺は一息ついて。

 

「……とまぁ、色々説明したけど、どれも危険だってのは変わりない。そこは文句言うなよ」

「はい、覚悟しています。それに、そこまでしてもらえるのに文句なんて言いませんよ。あの、それで先生……私は何を要求されるのでしょうか」

「は?」

「ですから、先生がそこまでしてくれるのですから、当然タダというわけではないのでしょう? 私、お金は持っていないので、出来ることは限られているのですが…………舐め」

「よし、お前はちょっと黙ろうか」

 

 まったく、こいつはまだこんな事言ってやがる。

 正直に言うと、めぐみんのバカみたいな信念を知っていながら放置して、将来どっかで野垂れ死なれても寝覚めが悪いし、後になって責任を追求されても面倒だというだけなのだが。

 

 ただ、何か言うことを聞いてくれるというのであれば、ここは甘えておくか。

 

 

「じゃあ、ゆんゆんと仲良くしてやってくれよ」

 

 

 俺の言葉に、めぐみんはポカンと口を開けたまま呆然としている。

 しかし、少しすると本当におかしそうに口元を綻ばせて。

 

「ゆんゆんのブラコンっぷりも大したものですが、あなたのシスコンっぷりも大概ですね」

「妹がいれば、誰でもシスコンになるもんだ」

「……分からなくもないですよ、それは」

 

 そう言ってくすくすと笑うめぐみん。

 こうして見ると少女らしいあどけなさがよく目立つ。当然か、紅魔族随一の天才だなんだ言われてても、12歳の子供だしな。

 そういえば、こいつの素直な笑顔を見たのは初めてかもしれない。顔は整っているだけあって、ちょっと可愛い。いや、かなり可愛い。

 

 めぐみんは笑顔のまま言う。

 

「いいでしょう、あの子のサンドイッチはとても美味しかったですし、仲良くしていればまた食べ物を恵んでもらえるかもしれませんしね。それに、少し変わっていますが、悪い子ではないことは分かりますし」

「あいつもお前にだけは変わってるとか言われたくないだろうな。つーか、考えてみればお前も友達いないし、ぼっち同士でちょうどいいじゃん」

「ぼ、ぼっちじゃないですから! わ、私は……そう、群れることを好まない孤高の存在であって……!」

「じゃあ卒業後のパーティーの紹介とかもいらないな。一人で頑張れよー」

「意地悪です! 先生はとんでもなく意地悪です!!」

 

 そうやってぎゃーぎゃー騒いでいると、気絶したぷっちんを連れて戻ってきた保健の先生に、二人共追い出されてしまった。

 仕方がないので、俺達はまたバカみたいなことを言い合いながら、二人並んで教室へと戻って行く。めぐみんは変人だが一緒に居て退屈はしないし、ゆんゆんの良い友達になってくれそうだ。

 



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休日は友達の家で

かなり長いです。
1話と2話を合わせたよりも長いです。


 

 学校が始まってから最初の休みがやってきた。

 そんなわけで、昨日は久々に目覚ましを設定しないまま布団に入ったわけだが、普通に朝に目覚めてしまった。時計を見ると、いつもよりは少し遅いが、それでも三十分程度だ。

 

 何という規則正しい生活。これではまるで俺がちゃんとした社会人のようではないか。

 

「あ、兄さんおはよう」

「おー、おはよー」

 

 ゆんゆんが早起きなのはいつも通りだ。

 こいつ、学校行ってない時から無駄に早起きだったからなぁ。そんで朝の散歩だって、誰かと仲良くなれないかなってソワソワしながら出て行くんだけど、結局誰にも話しかけられずにしょんぼりして帰ってくるんだよな。

 

 父さんと母さんは、早い時間から出て行ってしまった。何かの会議があるとか何とか言ってたっけな。族長だけあって、こういった事は多い。

 俺はゆんゆんと二人で朝の食卓につき、何気なく言ってみる。

 

「休みの日だし、めぐみんのとこに遊びに行ってみれば?」

「ぶっ!!!」

 

 ゆんゆんは、ちょうど飲んでいたスープを吹き出した。

 

「ごほっ、ごほっ! い、いきなり何を言ってるの兄さん!? しかもそんなに気軽に! そういうのって、もっと何日もかけて準備して、万全の体制を整えてから行くものでしょう!?」

「お前はどこに行くつもりだ」

 

 このコミュ障と仲良くしてくれとめぐみんに頼んでから、教室では二人が話している姿をよく見るようになった。まぁ、大体めぐみんがゆんゆんをからかったり、飯をたかっているだけではあるんだが、とにかく話し相手ができたというだけで十分だろう。

 

 そんな最近の二人の様子を見て提案してみたわけだが、まだまだハードルが高いらしい。

 

「休日に友達の家に遊びに行くのに、何をそんなに身構える必要があんだよ。気軽に行けばいいんだよ気軽に。『あーそぼー』ってさ」

「うぅ……だ、だって、断られたりしたらショックだし……兄さんもそうやって気軽に友達の家に行ってるの?」

「もちろん。よくぶっころりーの家まで行って、『毎日そけっとでシコってるぶっころりーくーん、あーそぼー』って言ってるよ」

「それぶっころりーさんはいいの!? 何も言わないの!?」

「いや、毎回泣きながら『頼むからやめてくれ!』って言ってくるけど」

「じゃあやめなさいよ!!! 本当に友達なんだよね!?」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぐゆんゆんを見て、やっぱり友達慣れしてないなと思う。友達同士ならそのくらいは笑って済ませられるもんだ…………いや、ぶっころりーは泣いてたな。うん、次からはやめておこう。

 

 

***

 

 

 そんなこんなでめぐみんの家の前だ。

 俺とゆんゆんは、遊び道具を入れた荷物を持って立っている。

 ……あれ、というかここって。

 

「ひょいざぶろーさんの家じゃねえか」

「え、兄さん、めぐみんのお父さんのこと知ってるの?」

「あぁ、まぁ、ちょっとな」

 

 なるほど、めぐみんはあの人の娘か。道理で魔力がアホみたいに高いわけだ。

 ひょいざぶろーは魔道具店を営んでいて、強い魔力で魔道具……もといガラクタを生産している。最近見たあの人の商品と言えば、身に付ければ大幅に魔力値が上がるが魔法が唱えられなくなる、魔法使い専用のマントだ。たぶんあの人は頭がおかしいのだと思う。

 

 俺が魔道具の仕様を考案して、ひょいざぶろーさんに作ってもらうというタッグを組めば、真面目に世界を狙えると考えていた時期もあったのだが、あの人は頑として受け入れなかった。

 言われてみれば、ああいう妙な道を突っ走る辺り、親子だな……というか、今までひょいざぶろーさんの所は何度か訪ねているのに、めぐみんには一度も会わなかったんだなぁ。奥さんには会っているのに。人の縁ってのは不思議なもんだ。

 

 そんなことを思いながら、俺は後ろからゆんゆんを押す。

 

「ほら、行けって」

「ちょ、ちょっと待って! 何事にも動じないように、精神統一しなきゃいけないんだから! ドアをノックした瞬間、不意打ちが飛んできたらどうするの!?」

「だからお前はどこに行くつもりなんだよ。はようはよう」

「お、押さないで…………ねぇ、どこ押してるの!? 普通背中でしょお尻触らないでよ!!」

 

 何か言っているが無視だ。こいつの話をまともに聞いていると日が暮れてしまう。

 そうやっていると、ゆんゆんは観念したのかされるがままになり、ドアの前で立ち止まりゴクリと喉を鳴らす。

 

「に、兄さん……ノックって右手ですればいいの? それとも左手?」

「友達の家なら頭でノックするのが普通だぞ」

「頭……分かった。痛そうだけど……私、頑張る……!」

「ウソだよやめろよ。どこの変人だよ」

「……っっ!!!!!」

「そ、そんな睨むなよ悪かったって……」

 

 俺としては緊張をほぐしてやろうと思った冗談だったのだが、ゆんゆんは顔と目を真っ赤にしながら睨んでくる。そもそも信じるなよ。

 これでは埒が明かないので、俺はゆんゆんの背後から肩越しにドアを二度ノックした。

 

「ああっ!!!!! わわっ、わわわわわわわわわわ!!!!!!!」

「落ち着け、完全に不審者だぞお前」

 

 ガタガタと大きく震え始めた妹を見て、真面目に将来が心配になってくる。

 と、その時、ドアの向こうからバタバタと元気な足音が聞こえてきた。

 

 そして直後、バンッと勢い良くドアが開かれた。

 

「…………?」

 

 中から出てきたのはめぐみん……ではなく、よく似た小さな子だった。

 愛くるしい丸く大きな瞳で、きょとんとこちらを見上げている。

 

 それに対し、ゆんゆんはまだ震えながらも、何とか声を絞り出す。

 

「わ、わわ私、その、め、めぐみんさんのともっ、ともだ……」

 

 バタン、とドアが閉められた。

 ゆんゆんが固まった。辺りにはしばらく痛々しい沈黙だけが流れていく。

 

 やがて、ゆんゆんは肩を震わせながらこちらを振り返って。

 

「……ひっく……ぅぇ……ぐすっ…………ふぇぇええええええええええ!!!!!!」

「泣くな泣くな。頑張ったよお前は」

 

 そう言って頭を撫でてやるが、一向に泣き止む気配はない。

 うん、まぁ、かなり挙動不審だったしな、子供が怖がるのも無理はない。

 

 俺は溜息をつくと、ゆんゆんを後ろに下がらせて再びノックする。

 ドアはすぐに開き、先程の幼女が出てきてこちらを見上げる。

 

「お嬢ちゃん、一人? お兄ちゃん達はね、めぐみんのお友達なんだ。お姉ちゃんは家にいる?」

「姉ちゃんは部屋にいるよ! でもね、姉ちゃんが、新聞屋のお兄ちゃんと巨乳の女は、げきたいしろって言ったの!!」

「おー、えらいなー。でもな、お兄ちゃんは新聞屋じゃないぞー?」

「そうなの? でもそっちの女は巨乳!」

「ぐすっ……え、え……私、巨乳っていう程じゃ……」

「姉ちゃんと比べたらすっごい巨乳!」

「よーし、それはお姉ちゃんには言わないようになー。お姉ちゃんきっと悲しむからなー」

「わかった!」

 

 やばい、めっさ可愛いんですけどこの子……ホントこのくらいの年の子って天使だよなぁ。

 それにしても、妹に何言いつけてんだあのバカは。

 

「お嬢ちゃん、お名前は? お兄ちゃんはカズマっていうんだ、こっちのお姉ちゃんはゆんゆんな」

「我が名はこめっこ! 紅魔族随一の魔性の妹にして、家の留守を預かる者!」

 

 そう大きな声で言ってポーズを取るこめっこ。なにこれ抱きしめたい。

 魔性の妹というのも納得だ、この子に頼まれたら何でも買ってあげちゃいそう。

 

 するとこめっこは、ゆんゆんの方を向いて。

 

「お姉ちゃんがゆんゆんなんだ! 知ってるよ、ブラコンのゆんゆんでしょ!」

「ブッ……ち、違うよ!? 違うからね!? 余計なものは付けなくていいから!」

「じゃあブラコン!」

「ゆんゆんの方が消えちゃったの!? いらないのはブラコンの方だから! ゆんゆんが名前だから!!」

 

 ゆんゆんは涙目で、そんなことをこめっこに言い聞かせている。

 もう諦めてブラコンのゆんゆんって名乗ればいいのに。

 

 こめっこは、今度は俺の方を見て。

 

「お兄ちゃんはカズマ……うーん、似てる名前の人は知ってるんだけど……」

「似てる名前? どんなの?」

「クズマ! 変態教師のクズマ!!」

「よしこめっこ、お姉ちゃんの部屋はどこだ? あいつ剥いで縛って捨ててやる。泣いて謝っても許さん」

 

 やっぱりあいつは俺のことを舐め腐っているようだ。ここは一度キツイお灸を据えてやる必要がある。

 

「姉ちゃんの部屋はこっちだよ! さっき部屋から『はぁ……はぁ……んんっ……』って声が聞こえたから、中にいると思うよ!」

「!!!!!?????」

「ほう」

 

 玄関から家の中に上がったところでそんなことを言われ、俺の口元がニヤリと歪む。

 一方でゆんゆんは顔を真っ赤にして、俺の服の裾を掴んで止めた。

 

「に、兄さん、出直そう? めぐみんはちょっと立て込んでるみたいだし……」

「オ○ニーしてるだけだろ。行くぞ」

「ハッキリ言わないでよ! というか、それ知ってて行くってどういう神経してるの!?」

「お○にー?」

「オ○ニーっていうのはなごふっ!!!」

「ななななな何でもないよー! こめっこちゃんには、まだちょっと早いかなー!!!」

 

 俺の脇腹に肘を入れ、大慌てで誤魔化すゆんゆん。

 まぁいい、今はめぐみんだ。俺は服を掴まれてもお構いなしに、ゆんゆんを引きずるようにして進んでいく。

 

「くくっ、カメラを持って来てて良かったぜ。初めて友達の家に遊びに行ったっていう、ゆんゆんの大切な思い出を残す為のものだったが、もっといいモンが撮れそうだ」

「さいっっってい!!!!! 待って、兄さん待って! ねぇ、12歳には興味ないんじゃなかったの!? そんなにめぐみんがオ……ナ…………してるところ見たいの!?」

「あんな貧相な子供の体には興味ねえよ、ただあいつを脅せる材料が手に入ればそれでいい。それをネタに、生意気なあいつを奴隷のようにこき使ってやるぜ!!!!!」

「この人でなし!!!!! 兄さんには良心ってものがないの!?」

「何だそれ知らん!!!!!」

「どれい! どれい!」

「ちょ、こめっこちゃんまで何言ってるの!? ねぇ兄さん、本当に洒落にならないから! やめよう!? 流石にやめよう!?」

「ここが姉ちゃんの部屋だよ!」

「よっしゃああああああああああ!!!!!」

「ダメえええええええええええええええええええええええっっ!!!!!」

 

 バンッと勢い良くドアを開ける!

 中ではめぐみんがあられもない姿で自慰にふけっている…………こともなく。

 

 

「……人の家で何を騒いでいるのですかあなた達は」

 

 

 膝をついた、腕立て伏せの亜種のような筋トレをしていた。

 どうせこんなオチだろうと思ったよ。

 

 

***

 

 

「まったく、私がそんないかがわしい事をするわけないじゃないですか」

 

 

 そう言って、呆れた様子で溜息をつくめぐみん。

 居間には俺、ゆんゆん、めぐみん、こめっこの四人全員が集まり座っていた。こめっこは俺達が持ってきたお菓子をモグモグと頬一杯にして食べている。かわいい。

 

 ゆんゆんは未だにほんのりと顔を赤くしたまま。

 

「そ、そうだよね……めぐみんに限ってそんな、ね……」

「そうですよ、少し考えれば分かることです。あなたもクラスで二番目に優秀なのですから、もう少ししっかりしてください」

「うん、ごめんね…………でも、めぐみんはどうして筋トレなんてしてたの?」

「うっ……そ、それは……そう! 魔法使いと言えど、魔力が尽き最悪な状況に陥った時の為に、基本的な筋力は必要なのですよ!」

「あれ胸が大きくなるって筋トレだろ? 一時期王都で流行ってたっぽいけど、こっちにまで来てたのか」

「ぐっ!!!!! い、いや、その、ですね……」

「あ……そ、そっか……頑張ってめぐみん! 痛い痛い痛い!! 何するの!?」

「この私に、そんな可哀想なものを見る目を向けるのはやめてもらおうか!!!」

 

 めぐみんに掴みかかられ、涙目になるゆんゆん。

 別に12歳くらいでそこまで必死にならなくても。確かにあるえやゆんゆんは既にかなりのものを持っているとは思うが。

 

 めぐみんはひとしきりゆんゆんに不満をぶつけた後、まだ機嫌の悪そうな顔で改めて目の前のクラスメイトの全身を眺める。特に胸を中心に。

 

「……いつ見てもイラッとくる胸ですね。何ですか、私に対する当て付けですか」

「そ、そういうつもりじゃないよ! 自然と大きくなっちゃうんだから仕方ないじゃない!」

「だからそれも私に対する挑発ですか! この私の胸が不自然だとでも言うつもりですか!!」

「いたたたたたっ! 取れちゃう、取れちゃう!!」

「どうしたらこんな事になるのですか! あれですか、もしかしてそこの男に毎日揉んでもらっているのですか!!」

「な、何言ってるのめぐみん!?」

「そうだぞ、流石に毎日は揉んでない。三日に一回くらいだ」

「えっ」

「ちちちちち違うから! 無理矢理揉まれてるだけだから!!」

 

 ドン引きのめぐみんに対して、ゆんゆんは目に涙を浮かべ顔を真っ赤にして弁解している。

 

「ゆんゆん……あなた、ぼっちではなく、ビッチだったのですか……だから先程も、私が自慰しているなどという妄想を……」

「違うってば!!! ねぇ聞いてよめぐみん! 兄さんのセクハラなんて日常茶飯事でしょ!?」

「そうだぞ、めぐみん。それに、ゆんゆんがそういう妄想をしたのは、ただ単に自分もオ○ニーしてるからってだけだ。俺の妹がビッチなわけないだろ失礼な」

「……はい?」

 

 めぐみんは俺の言葉に固まり、それからゆっくりとゆんゆんへと視線を移す。

 そこでは、ゆんゆんが目の色と同じくらいに顔を真っ赤にさせて震えていた。

 

「なっ、ななななななななな何言ってるの兄さん!!!!! わ、わたっ、私が……そんな、オ、オナ…………なんて、す、するわけ……な、ないでしょ!!!!!」

 

 ゆんゆんはおろおろと目を泳がせて、そんなことを言っている。

 ……この際だ、言うしかない。

 

 

「いや、その…………今まで言えなかったけど、お前…………声漏れてるぞ?」

「!!!!!!!!!!??????????」

 

 

 部屋全体に衝撃が走った。

 皆がピクリとも動かず硬直する中、こめっこだけがマイペースにモグモグお菓子を食べている。

 

 俺はコホンと咳払いをすると。

 

「あー、わ、悪いな、もっと早く言うべきだったよな……と、とりあえず、その、するにしても、もう少し声落とした方がいいぞ……? 昨日なんて、ハッキリとお兄ちゃ」

「わあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!! あああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!」

「……その、ゆんゆん、大丈夫ですよ。例えあなたが兄でオ○ニーするような子でも、私は友だ」

「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!! ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

***

 

 

 お通夜でも、もう少し明るい空気が流れているだろう。

 しん、と静まり返る部屋の中では、こめっこがお菓子をモグモグする音だけがやたらと大きく聞こえる。

 

 ゆんゆんは……もう、なんかアレだった。表現するのもはばかられる程にアレだった。

 

 めぐみんがこちらに視線を送ってくる。

 何とかしろってか。どうしてどいつもこいつも、俺に無茶振りばかりしやがるんだ。

 

「……そ、そうだ! 俺、面白いボードゲーム持ってきたんだ! 皆でやろうぜ!!」

「いいですね! やりましょうやりましょう!!」

「…………」

 

 ダメだ。これ元に戻るんだろうな?

 そう不安に思っていると、こめっこがとてとてと、ゆんゆんの隣まで歩いて行ってその手を握った。

 

「ゆんゆん、あそぼ?」

「…………」

「わたし、ゆんゆんと遊びたいな」

「…………ぐすっ」

「ゆんゆんも、遊べば楽しいよ?」

「…………ふぇ、ひっく……ふぇぇぇえええええええええええ!!!!!」

「よしよし。みんなであそぼ?」

「ふぇぇ…………うん…………うん…………!」

 

 大天使こめっこ、グッジョブ!

 思わず俺とめぐみんは、こめっこに向けてぐっとサムズアップする。

 

 こめっこは、見ているだけで心が洗われるような、無垢な笑顔で言う。

 

 

「もうおなにーしちゃダメだよ?」

 

「殺してえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!! 誰か私を殺してえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

***

 

 

 俺が持ってきたボードゲームとは、人生ゲームというものだ。

 就職やら結婚やら色々な要素がある双六みたいなもので、ある日突然、天啓を得たかのように閃いて俺が考案したものだ。

 

「えいっ……あ、ま、また男の人と付き合うの……?」

「モテモテですね、ゆんゆん」

「う、うーん、これ喜んでいいのかな……」

 

 あれから相当苦労して、何とかゆんゆんはいつも通りに戻った。

 ゆんゆんは弄りがいのある子ではあるが、あのネタだけは封印しよう。洒落にならない。

 

「『彼氏が起業して失敗、借金を肩代わりする。-5000万エリス』…………ねぇ、私こんなのばっかりなんだけど」

「実にゆんゆんらしいと思いますよ…………『夫が他の既婚女性を孕ませ慰謝料を請求される。-200万エリス』…………さっきから何なのですかこのダメ男は!!! 捨てられないのですかこれ!!!!!」

「姉ちゃんダメ男に引っかかってるー! 『不動産王と付き合う。+10億エリス』……やったー! ふどーさんおーってなんだろ」

「えっ、付き合うだけで10億なの!? 結婚じゃなくて!? 私は付き合う度に借金が増えていくのに……」

「お前現実でも、男には本当に注意しろよ? ゆんゆんはすぐ騙されそうで、お兄ちゃん結構心配なんだからな…………『知的財産権が多数売れる。持っている知的財産権の数×5億エリス』」

 

 ゲームは完全に二極化しており、俺とこめっこの優勝争いと、ゆんゆんとめぐみんの最下位争いという構図になっている。

 しかし、すげーなこめっこ。このゲームでここまで俺についてくる奴は初めてだ。俺は持ち前の幸運のお陰で、こういった運の要素が強いゲームでは負け知らずなんだけどな。こめっこの、富豪と付き合い、適度に稼いだら別れて次の富豪へ、という悪女プレイがとんでもなくハマっている。

 

 これは最後まで勝負は分からなそうだと気合を入れていると、ゆんゆんがルーレットを回し、嫌そうな顔をした。

 

「……またセックスマス」

「せっくすせっくすー」

「あの先生、これ本当に全年齢向けなのですか? 明らかに成人向け要素があると思うのですが」

「俺が最初に作ったのはちゃんと全年齢向けだったぞ。そこから色々手がつけられた後のことは知らん」

 

 セックスマスというのは、まぁ、要するに子供が出来るかどうかのマスだ。

 ゆんゆんは心底嫌そうな表情で読み上げる。

 

「『ルーレットを回して5以下なら妊娠、それ以外は妊娠せず』……ねぇ、わざわざセックスマスなんて書かなくても、妊娠マスとか子供マスとかでもよくない?」

「俺に言うなよ、俺はこんなマス作ってねえっての」

「せっくすせっくすー」

「こ、こめっこ、その言葉は口に出さないようにしましょう。お父さんお母さんが聞いたらビックリするのです」

 

 めぐみんとこめっこの姉妹がそんなやり取りをしている間に、ゆんゆんがルーレットを回す。

 

「…………1。妊娠。…………もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 何人目よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 さっきからゆんゆんは、男に子供やら借金やらを押し付けられて逃げられるということを繰り返している。不吉過ぎる……お兄ちゃん、もっとこの子のことはしっかり見てあげるようにしよう。

 

 めぐみんもまた、憂鬱そうな表情でルーレットを回す。

 

「『夫が大貴族の一人娘に手を出す、一族を巻き込んだ大騒動に。-3000万エリス』…………また浮気しやがりましたよこの男!!!!! これでも別れない私もどんだけバカ女なのですか!?」

「姉ちゃん、変な男に捕まっちゃダメだよ?」

「大丈夫です、こめっこ。ゆんゆんならともかく、この私に限ってありえないですよ。はぁ、それにしてもゲームとは言え、ストレスが溜まりますね……」

 

 そうこうしている内にゲーム終盤。

 俺とこめっこはハイレベルな争いを続けていたが、じわじわと差が開いていき、俺の優勝が近付いて来る。

 

 こめっこは唇を噛んで悔しそうにしている。

 

「む、むぅ……」

「ははは! 残念だったなこめっこ、このままいけば俺の勝ちだ! まぁ、男に頼ってばかりの人生じゃ限界があるってこった。やっぱ最後に頼りになるのは自分の力! 勉強になったな、こめっこ!」

「将来は貴族の家に婿入りしてダラダラするのが夢の男が何か言っていますよ」

「兄さん、大人げない……」

「え、なんだって? もしかして、自己破産した奴等が何かゴチャゴチャ言ってるのか? 悪いな、最下層からの声は聞こえにくいんだ。おいこめっこ、何か聞こえるか?」

「んー……」

 

 こめっこは少し考えるような様子を見せた後、視線をゆんゆんとめぐみんに移し。

 

「……ふっ」

「「あっ!!」」

 

 鼻で笑った。

 二人はそれはそれは悔しそうで、上から見下ろすのがとても楽しい。

 

 俺は勝利を確信してルーレットを回す。

 

「『女神アクア降臨。行動を共にする』……おいおい、ついに女神まで味方に…………あれ、でもこれ、アクシズ教の女神か…………いや、女神は女神だ! これは勝負あったなこめっこ!」

「その女神は使えないよ! わたし、分かるもん! ……『大悪魔バニル召喚。行動を共にする』」

「はっはっはっ、悪魔なんか呼び出しちまって大丈夫かこめっこ! 悪いが、俺はこの女神の力で一気に…………『アクアが城壁を全壊させる。-50億エリス』…………は?」

「だから言ったのにー。『バニルが見通す力を発動する。好きな相手の知的財産権を全て奪い、その数×10億エリス』……カズマお兄ちゃん、知的財産権全部ちょーだい!」

「ちょ、まっ、なんだその悪魔!! チートじゃねえかふざけんな!!!」

 

 それから俺は女神アクアに散々足を引っ張られ、逆にこめっこは大悪魔バニルの力でとんでもない追い上げを見せる。

 そして……ついに。

 

「『バニルと一緒に魔道具店のダンジョン出張を始めて大成功。+100億エリス』……やったー!」

「ぬ、抜かれた…………は…………?」

 

 この土壇場で、こめっこに追い抜かれてしまった。

 あまりの展開に頭が追い付かず、かすれた声しか出てこない。

 

 しかし、少しすると、ふつふつと怒りが湧き上がってきた!

 

「何なんだよ…………何なんだよこの駄女神はあああああああああああああああああああああああああ!!!!! 何かする度に問題起こして金ふっ飛ばしやがって!!!!! この女神にしてあの信者ありってかちくしょうがああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

 

 俺は悔しさで顔をしかめながら、敗北を覚悟してルーレットを回す。

 今度アルカンレティアに行って、アクシズ教団本部でも襲撃してやろうか。

 

 そう考えていた時。

 

「…………『女神エリス降臨。行動を共にする』」

「むっ、それはやっかい……『バニルと一緒に冒険者のレベル上げを手伝い、代わりに不良在庫を全て買い取ってもらう。+20億エリス』」

 

 アクアの駄女神っぷりに女神への不信感を持っていた俺だが、エリスと言えば国教とされているエリス教が崇める幸運を司る女神だ。

 おそらく、頭のおかしいアクシズ教徒が崇める駄女神なんかとはモノが違うはず!

 

 俺はエリス様に祈りながらルーレットを回す。

 

「頼むっ…………『エリスと一緒に最高純度のマナタイト鉱山を掘り当てる。+7777億エリス』…………よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 あまりの嬉しさに、俺は立ち上がり高々と右腕を掲げた!

 勝った! これは勝った!! エリス様こそ俺の勝利の女神だった!!!

 

 今度エリス教に入信しようかな、などと考えている間に、こめっこは黙々とルーレットを回している。

 

「『バニルと一緒に世界最大のダンジョンを攻略する。+200億エリス』……カズマお兄ちゃんの番だよ!」

「はっはっはっ、たったの200億ぽっちか! 大したことねえなぁ、大悪魔とやらも! よーし、見てろよこめっこ、結局最後は運なんだよ!! これだけの大金があれば、いくら駄女神がやらかそうが痛くも痒くもねえ!!!」

 

 そう言って自信満々に回したルーレットは7を示す。

 

「7か! 幸運の女神様がついてる俺に相応しい数字だな! どれどれ…………『アクアが魔王城に特攻。それに巻き込まれた結果、魔王と一緒に爆死。蘇生不可。ゲームオーバー』…………」

「とうっ! …………ゴール! やったやった! わたしが一番だね!!」

 

 ………………。

 あんまり過ぎる結末に、口をあんぐり開けたまま固まってしまう。

 えっ……ゲームオーバーって…………は?

 

 そうしていると、先程まで聞こえなかった声がだんだん聞こえてくるようになった。

 

「流石は私の妹です! こんな男に負けるはずはないと信じていましたよ!!」

「やったね、こめっこちゃん! ふふっ、兄さんもたまには痛い目見ないとね!」

「我が名はこめっこ! 紅魔族随一の魔性の妹にして、人生ゲームを制する者!!」

 

 もはや何も言い返す気力も起きない。

 すると、それをいいことに、ゆんゆんとめぐみんの二人がニヤニヤして。

 

「どうしました、先生? もう私達の声は聞こえているのですよね? 何しろ、同じ最下層の仲間なのですから」

「ううん、違うよめぐみん。だって兄さんは死んじゃったんだもん。ビリだよビリ」

「ほほう、ビリですか! つまり四人中四番目ということですか! 周りは年下の女の子しかいないのに、一番下ということですか!」

 

 こ、こいつら……!

 思わずぷるぷると腕が震えてくるが、この二人は何も間違ったことは言っていないので、何も言い返せない。

 

「でも、すごいよね、一マスしかない蘇生不可の即死マスに…………ぷふっ」

「えぇ、しかもこの男、最後に何て言ってました? 『7か! 幸運の女神様がついてる俺に相応しい数字だな!』…………ぶふっ、くくくっ」

「ふふふっ、わ、笑わせないでよめぐみん……あ、でも、魔王討伐報酬って1兆エリスなんじゃなかった? やったね、兄さん! 1兆7777億エリスも稼いだんだよ!」

「死んだら全部パーですけどね!」

 

 めぐみんのその言葉の直後、二人は同時に大きな笑い声をあげた。

 

 ……何だろうこれ。何なんだろうこのクソアマ二匹!!

 ヒクヒクと顔を引きつらせて耐えていた俺も、そこでぷっつんといった。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!! やってられっかこんなクソゲー!!!!!!! アクシズ教滅びろよ何だあの駄女神ふざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!」

 

 

 気付けば俺は、さっきまで遊んでいた人生ゲームを破壊していた。

 

「ちょっと、兄さん暴れないでよ! もう、一番年上のくせに、一番子供っぽいんだから!!」

「素直に負けを受け入れたらどうです。物に当たるのは格好悪いですよ」

「うるせえよ絶壁女にオ○ニー女!!!!!」

「ぜっ、絶壁女と言いましたか!? おい誰のどこが絶壁なのか言ってもらおうじゃないか!!! そのケンカ買ってやりますよっっ!!!!!」

「オ、オ○ニー……女…………わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

 

 

***

 

 

 しばらくして、俺とゆんゆんとめぐみんの三人は、こめっこの前で正座していた。

 

「家の中でケンカしちゃダメだよ、やるなら外でやりなさい!」

「「「ご、ごめんなさい……」」」

 

 主に大人げなくスキルまでぶっ放した俺のせいで、居間はとんでもないことになっていた。

 仕方がないので三人で片付けを始め、こめっこは少し離れた所で腕を組んで立っている。

 

「姉ちゃん! そこ剥がれてるの見なかったことにして隠しちゃダメ!」

「ぐっ……し、しかしこれはどうしようも……」

「ゆんゆん! なんでゴミの前でおろおろしてるの!」

「えっ、で、でも、ゴミでも人の家の物だし、勝手に触れていいものなのかなって……」

「カズマお兄ちゃん! 姉ちゃんのパンツ覗いてないでちゃんと掃除して!」

「ばっかこめっこ! せっかく気付いてなかごばふっ!!!!!」

 

 そんなこんなで、どうにか部屋をそれなりの状態まで戻した。疲れた……。

 最後に少し前まで人生ゲームだった残骸を捨てていると、こめっこがにかっと笑って。

 

「それ面白かった! また遊びたい!」

「おー、そっかそっか。壊しちゃってごめんな、今度また持ってきてやるからなー、あのクソ女神がいないやつを」

「それより、アダルトな内容を何とかしてくださいよ。こめっこどころか、私達にも良くないと思うのですが」

「うん……間違いなく全年齢向けじゃないよね……」

「でもゆんゆんも楽しそうだったよ! 子供たくさんいて!」

「こ、こめっこちゃん、子供はたくさんいれば良いってわけじゃないんだよ……?」

「そうなの? じゃあ、せっくすやめればよかったのに」

「やめられるならやめたかったよ!」

「おいゆんゆん、なんかそれだとお前がセックス依存症みたいで、お兄ちゃん胸が痛いから言い方何とかしてくれ」

 

 この会話を何も知らない第三者が聞いていたらどんな顔をするのかと考えると、頭が痛くなってくる。とりあえず俺は警察に連行されそうだ。

 こめっこは俺の言葉は理解できなかったのか首を傾げていたが、すぐにゆんゆんの方に明るい笑顔を向けて。

 

「でも、ゆんゆんえらいっ! ちゃんと我慢できたね!」

「え、我慢? 何のことかな、こめっこちゃん?」

 

「だってゆんゆん、せっくすはたくさんしたけど、お○にーはしなかったよね!」

 

「ふぇぇええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 ゆんゆんが大泣きし始めた。こめっこ、恐ろしい子……!

 それを見ためぐみんは大慌てで慰めに入る。

 

「大丈夫です、大丈夫ですよゆんゆん! こめっこは意味を分かっていませんから! こめっこ! ゆんゆんにオ○ニーとか言ってはいけません!」

「ご、ごめんなさい……泣かないで、ゆんゆん?」

「ふぇ……ぐすっ……ひっく……っ!!」

 

 5歳児に泣かされて慰められてる12歳の姿がそこにはあった。み、見てられねえ……。

 あまりにゆんゆんが泣くので、こめっこもおろおろとしている。俺はこめっこをゆんゆん達から少し離し、隣に座らせて頭を撫でる。

 

「よしよし、こめっこは悪くないからなー? ほら、お菓子あるぞお菓子!」

「やったー! わたし、悪くない!」

「……あの、先生。元凶はあなたなのですが、忘れていませんか?」

 

 そうだったっけ。うん、忘れた。

 それからしばらく、めぐみんがゆんゆんを慰めているのを眺めながら、こめっこと二人でお菓子をモグモグ食べていると。

 

「カズマお兄ちゃんは先生なんだよね? 何でも知ってるんだよね?」

「おー、先生だぞー。でも何でもは知らないなー、知ってることだけだ」

「ふーん? あのね、せっくすをすれば子供ができるんだよね?」

「……お、おう、そうだな、うん」

「じゃあさ!」

 

「せっくすって、何をすればせっくすなの!?」

 

「ごふっ!!!」

 

 食べていた菓子を喉に詰まらせ咳き込む。

 まだ目に涙を浮かべているゆんゆんも、それを慰めているめぐみんも、こちらを見て固まる。俺が視線を送ると、すぐに逸らされてしまった。

 

 おいふざけんな、どうすんだこれ。

 こめっこは好奇心でキラキラと目を輝かせて、俺の答えを待っている。……やめて! そんな目で見ないで! つーか、こめっこは女の子なんだから、こういうことは女が教えるべきだろ!

 そう思って再びゆんゆん達を見るも、あいつらは一向に視線を合わせてくれない。

 

 …………よーし分かった。分かったよ!

 それならハッキリキッパリ言ってやろうじゃねえか!!!!!

 

 

「こめっこ、セックスってのはな、男の子のお○んちんを女の子のおま」

「「わあああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」」

 

 

 言い終える前にゆんゆんとめぐみんが真っ赤な顔で止めに入る!

 

「何ストレートに言おうとしているのですかあなたは!!! もっとこう、オブラートに包むとかそういうことは考えられないのですか!?」

「うるせえな! お前らが俺に任せたんだろうが! 大体、いつかは知らなきゃいけないんだから別に今でも」

「こめっこちゃんはまだ5歳なのよ!? 早過ぎるわよ!!」

「姉ちゃん、ゆんゆん、わたし聞こえなかった! カズマお兄ちゃん、今なんて言ったの!」

「こ、こめっこダメです! あ、その、そうです! 男女が仲良くすることをセックスというのですよー!」

「ふーん? じゃあカズマお兄ちゃんと姉ちゃんもせっくすしてるんだ! 子供できるの?」

「誰がこんなダメ男の権化みたいな男としますか!! 怒りますよこめっこ!!!」

「おいコラ、俺もキレたいんだけどお前に。というかお前みたいな平面、こっちからお断りだ!」

「平面!!!」

 

 俺とめぐみんは取っ組み合いのケンカを始め、ゆんゆんはこめっこを何とか納得させようとあれこれ言い繕っている。

 俺はめぐみんの顔面を鷲掴みにしながら。

 

「『ドレインタッチ』ッッ!!!」

「あぐぅぅっ……!! な、なんですかこのスキルは……!!」

「ひゃははははははははっ!!! 魔法も覚えてない12歳のメスガキごときが、この俺に勝てるとでも思ったか!!!!! 覚悟しろよ、これから裸に剥いて縛って吊るして写真撮影してやんよおらああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 どさっと、何かが落ちる音がした。

 

 めぐみんが力尽きたわけじゃない。

 このスキルで全力を出すと、体力が貧弱なめぐみん相手だと洒落にならないことになってしまうことから、手加減してじわじわと弱らせているのでこんなに早く終わるわけがない。

 

 音がした方に恐る恐る視線を送り……固まった。

 目に映るのは、床に落ちて魔道具の素材らしきものがはみ出ている袋に、呆然と立ち尽くす二人の人物。

 

 こめっこが元気良く言う。

 

 

「あ、お父さんお母さんお帰り!」

 

 

***

 

 

「出て行け」

「はい、すいませんでした……」

 

 仁王立ちしている厳格そうな男に対して、素直に頭を下げる俺。

 めぐみんとこめっこの父親、ひょいざぶろーはそれはそれはお怒りだった。

 当たり前だ。もし俺が家に帰ってゆんゆんが他の男から同じことをされていたら、自分でもちょっと何するか分からない。

 

 夫の隣で成り行きを見守っていた奥さん、ゆいゆいは小さく笑いながら、なだめるように。

 

「まぁまぁ、あなた。このくらいは、ほんのじゃれ合いに過ぎないでしょう。そこまで目くじらを立てなくても」

「……裸に剥いてどうのこうのと聞こえたが?」

「じょ、冗談ですって、冗談! 本当にするはずないでしょう、はははは」

「めぐみん、あれは本当にただのじゃれ合いなのか?」

「いえ、犯されそうになりました」

「はぁ!? おいめぐ」

「出て行け」

「はい、分かりました……」

 

 いよいよ強烈な敵意を向けられ、大人しく退散することにする。通報されないだけありがたいと思っておこう。元々、俺はゆんゆんの付き添いに過ぎない。当の本人は急に知らない人が増えて、部屋の隅で小さくなっているが。

 そうやって妹を心配しつつも、とぼとぼと歩き始めた時。

 

 何かが腰にしがみついてきた。

 驚いて振り向くと、こめっこが悲しい顔でこちらを見上げていた。

 

「もっとあそぼ?」

 

 ……ああもう、抱きしめてうりうりってしてやりたい!

 しかし、いくら何でも怒り心頭な父親の前でそんなことをするわけにもいかないので、俺は心を痛めながらこめっこの腕を…………そうだ。

 

 ニヤリと口元が歪む。

 

「……ごめんなこめっこ。お兄ちゃん、お前のお父さんに出てけって言われたから、出て行かないといけないんだ」

「そうなの?」

「あぁ。お兄ちゃんも本当はもっとこめっこと遊びたいんだけどな。他に面白いオモチャも沢山あるんだけどな。でもしょうがないんだ、お前のお父さんに出てけって言われちまったんだから」

「…………」

 

 こめっこは少し黙った。

 そして、ひょいざぶろーの方を向いて。

 

 

「お父さんきらいっ!」

「っっ!!!!!?????」

 

 

 クリティカルヒット。ひょいざぶろーは膝から崩れ落ちた。

 奥さんはそんな成り行きを見てくすくすと笑い。

 

「こめっこ、大丈夫よ。お父さん、カズマさんにもっと居てもらっていいって」

「ほんと!? やったー! お父さんすき!!」

 

 大天使こめっこのお陰で、どうやら俺は追い出されずに済んだようだ。

 ひょいざぶろーは悔しそうに顔をしかめて。

 

「ぐっ……こ、こめっこが……こめっこが淫獣の毒牙に……! この男と商談する時は、娘達がいない時を指定して警戒はしていたのに……ぬかったか!!」

「なっ、そんなことしてたんですか! ひょいざぶろーさんとは結構会ってるのに、不思議とめぐみん達には今まで会わなかったんだなと思ったんだ! そういうことか!!」

「当たり前だ! お前のような、吐いた息で女を孕ませるような男を娘に会わせられるか!! 大人の間ではお前の悪評は有名だが、子供は知らないからな!!」

「こんの、人が下手に出てれば調子乗りやがって! 何が吐いた息で孕ませるだコノヤロウ!! こちとらまだ童貞だっつの!!!」

「黙れ娘には手は出させんぞ! せっかく、『悪魔に最も近い男クズマ』を始めとした呼び名まで広めたのに……!!」

「お前かあああああああああああああああああああああああっっ!!!!! おいふざけんなよ何してくれてんだ!!!!! つーか娘の心配してる暇あったら、まともな魔道具の一つでも作れってんだこのガラクタ職人!!!!!」

「ガラクタ職人!!!!!」

 

 今度は俺とひょいざぶろーのバトルが始まり、せっかく先程片付けた居間は、あの時以上に荒れまくることとなった。

 

 

***

 

 

 夕食の時間となり、俺達は全員でちゃぶ台を囲んでいた。

 ちゃぶ台の上では、鍋がぐつぐつと煮えている。食材の調達や味付けなどは全て俺がやった。

 

「……美味い」

「なんでちょっと悔しそうなんすか」

 

 ひょいざぶろーの表情に、俺は文句を言う。

 まぁ、美味いのは当然だ。食材は良いのを選んだし、俺は料理スキル持ちなのだから。

 

 むすっとしている父親とは対照的に、こめっこはそれはそれは幸せそうな顔で大きな肉を頬張っていた。かわいい。

 こめっこには、せっくすやらお○にーといった言葉は言わないようにと口止めはしてある。言うこと聞く代わりに、その意味を教えろと言われてしまったが。それに、めぐみん曰く、こめっこは『絶対やるなよ!?』とか言われると逆にやりたくなる性格らしく、不安は残る。

 というか、紅魔族は全体的にそういう奴が多い。俺もちょっとそういう所はある。

 

「おいしいね! おいしいね!! お肉久しぶり!!」

「私、初めて先生と知り合えて良かったと思いましたよ」

「お前は普通に褒められねえのか。ったく、ほら、ゆんゆんも食えよ」

「う、うん……」

 

 こいつの人見知りは相変わらずだな……。

 すると、奥さんがニコニコと笑いながら。

 

「ゆんゆんさん、でしたっけ? 娘と仲良くしてくれてありがとうね」

「あ、い、いえ、私の方こそ、めぐみんにはいつも助けられ……て……?」

「ちょっと、何故そこで詰まるのですか。助けているでしょう、いつも。そもそも、私がいなければあなたはぼっちなのですよ」

「お前もな」

「ふむ、ゆんゆんさんは族長の娘だったね。流石、礼儀正しく良い子だ。将来はきっと良い族長になってくれるのだろう。まったく、それに比べてこの男は。同じ屋根の下で暮らしているはずなのに、どうしてこうなった」

「ぐっ……人の金とスキルで作った料理食ってるくせに……!」

 

 ひょいざぶろーとは、初対面の頃こそはまともに商談しようとしていたのだが、あまりにも頑固で折れない為に今では商談に行くというよりはケンカに行くと言った方が正しい。能力だけは本当に凄いものがあるので、俺としても中々諦めきれないというのがたちの悪いところだ。

 

「あの、そろそろ本当にまともな魔道具作りません? ひょいざぶろーさんの力があれば、真面目にてっぺん狙えますって」

「何を言っている、ワシはいつだってまともな魔道具を作っているぞ。今日も歴史に残るレベルの物を生み出してしまった。なんと、飲むと大量のスキルポイントが得られる最高級のスキルアップポーションだ!」

「……デメリットは?」

「相当な高レベル冒険者でないと効果が出ない。それと、飲んでから一定時間が経過すると、冒険者カードが初期化される」

「舐めんな」

 

 本当に勿体無い。

 俺なんかレベルを上げまくって元々貧弱だった魔力を少しでも上げようと努力して、その上でドレインタッチなどで上手くやりくりしてるってのに、このガラクタ職人やあの爆裂狂はアホみたいな魔力をアホみたいなことにしか使わない。

 どうなってんの神様、才能の振り分け方おかしいだろ。

 

 俺がこの世の理不尽に頭を痛めていると、奥さんは穏やかな目でゆんゆんの方を見て。

 

「本当にゆんゆんさんは、大人しくて手のかからなそうな良い子ねぇ。家の娘はどうもやんちゃで、男の子みたいなところがあるから羨ましいわ」

「あははっ、そういえば姉ちゃん男の子みたいだよね胸とか! ゆんゆんはおっきいのに!」

「なっ……ゆ、ゆんゆんが無駄に大きいだけなのです! 私はまだ12歳ですし、これから成長だって望めるはずです!」

「……めぐみん、大きく産んであげられなくて、ごめんね…………」

「やめてください……やめてくださいよお母さん! 何ですかその悲しそうな目は!! 認めません、絶対に認めませんよ!! 私は大魔法使いになって巨乳になるのです!!!」

「あの、めぐみん? 巨乳なんていい事ないと思うよ? だって私くらいでも、最近ちょっと肩が凝って痛い痛い痛いやめてえええええええええ!!!!!」

 

 めぐみんはゆんゆんの双丘を鷲掴みにして、もぎ取ろうとしている。

 俺はそれを眺めながら、奥さんに。

 

「ゆんゆんは大人しそうに見えて、身内には結構容赦無いですよ。学校で自己紹介の時に、椅子蹴り倒して俺に殴りかかってきましたから、そいつ」

「あらまぁ、意外ねぇ」

「あれは兄さんがバカなこと言うからでしょ!!!」

「ワシはまだこの男が教師をやっているなど信じられないのだが……何かやらかしていないだろうな?」

「先生の授業は意外と分かりやすいですし、里の外の話も勉強になっていますよ。言うことを聞かない生徒のパンツを奪ったり、保健室で休んでいた私に添い寝しようとしたり、ちょっとアレなところはありますが」

「…………」

「ごめんなさい」

 

 ギロリと睨まれ、即座に深々と頭を下げる俺。

 くっそ、上げて落としやがってめぐみんの奴!

 

 すると奥さんがフォローに入ってくれる。

 

「まぁまぁ、あなた。例えカズマさんが本当にめぐみんに手を出したとしても、ちゃんと責任をとってもらえばいいでしょう。カズマさんは大商人ですし、人柄も色々言われていますけど、実際は困っている人に手を差し伸べてあげられる優しくて良い人ですし、あと大商人ですし」

「あのお母さん、私にも選ぶ権利というものがあると思うのですが。あと欲望がだだ漏れているのは気のせいですか? 主にお金関係の」

「あら、そんなことはないわよ。私はあなたの為を思って言っているの。夫がろくに稼ぎもしない甲斐性なしだと、妻や子供がどれだけ苦労するか分かっていますからね」

「…………」

 

 ひょいざぶろーがとても気まずい表情で目を逸らす。奥さんの笑顔が怖いです。

 そんな奥さんの視線から逃れるように、ひょいざぶろーはごほんと咳払いをすると。

 

「……まぁ、ワシもカズマは性根まで腐っているとは思っていないが。紅魔族のよしみで援助もしてくれるしな……しかし、娘が嫌だと言っているのなら、無理に結婚させるわけにもいかんだろう」

「いや別に、俺もめぐみんと結婚したいなんて思ってないですけど」

「何だと!? この可愛い娘のどこが不満だ!!」

「面倒くせえなあんた!!!」

「はぁ……もうこの話はやめませんか? 先程からお兄ちゃん大好きなゆんゆんが、すごく不安そうな顔をしていますし」

「ええっ!? そ、そんな、私は、別に……」

「……ふむ、そういえばゆんゆんさんとカズマは、兄妹でも血は繋がっていないのだったね」

「あらあらまぁまぁ」

「あ、あの、違います! 違いますからね!? 私は、そんな、兄さんのこと、す、好きとか……その顔信じてないですよね!?」

 

 そうやってゆんゆんが、顔を真っ赤にして色々言い訳している時だった。

 ずっと鍋に集中していたこめっこが顔を上げて。

 

 

「ゆんゆん、カズマお兄ちゃんのこと好きなの? せっくすするの?」

 

 

 そんな爆弾を投下した。

 

 一瞬静まり返る食卓。

 直後、ひょいざぶろーがとんでもない目でこっちを睨んだ! こ、こええ!!

 助けを求めてゆんゆんとめぐみんに視線を送るも、二人はただ俯いて嵐が過ぎ去るのを待っている。こ、こいつら……自分達は関係ないって逃げるつもりだな! いや、確かに大元の原因は俺だけど!! でもこいつらだってゲーム中はセックスセックス連呼してただろ!!

 

 これには流石の奥さんも、柔らかな笑顔を引きつらせて。

 

「こ、こめっこ? どこでそんな言葉覚えたの? 意味は知っているの……?」

「カズマお兄ちゃんが教えてくれた! 意味も知ってるよ! せっくすするとね、子供ができるんだよ!!」

 

 アカン。

 もうひょいざぶろーの方など、恐ろしくて見ることもできない。

 どうしよう……ホントにどうしよう……。

 

 奥さんは恐る恐るといった感じに。

 

「で、でも、どんなことするのかとか詳しいことは、流石に知らないわよね……?」

 

 こめっこは答える。

 それはもう、明るく眩しい天使の笑顔で。

 

 

「知ってるよ! 男の子のおち○ちんを、女の子のお○んこに入れるんだよね! ねぇねぇ、おま○こってなに?」

 

 

 それはどのくらいの時間だったか。

 一秒にも満たない一瞬だったかもしれないし、数十秒に渡るものだったかもしれない。

 そんな、時間の感覚が狂うくらいにぽっかりと、空白の時間が訪れ…………。

 

 そして。

 

 

「『カースド・ライトニング』ッッッ!!!!!」

「『リフレクト』ッッッ!!!!!」

 

 

 俺とひょいざぶろーの大声が重なり、直後凄まじい轟音と衝撃が小さな居間に広がった!

 

 

***

 

 

「わぁぁ、お空綺麗だね!」

 

 

 ひょいざぶろーが放った黒い稲妻は、俺の魔法によって真上に逸らされ、居間の天井に大穴を空けた。結果として、頭上には満天の星空が広がっている。今日が雨じゃなくて良かった。

 ひょいざぶろーは奥さんの魔法によって眠らされ、俺は土下座していた。

 

「こめっこのこと、本当にすみませんでした……天井の方もちゃんと直しますので……」

「いえいえ、顔を上げてください。こめっこも、全て知ったというわけでもないようですし。それに、天井も元は主人の魔法です。あの人に直させますから大丈夫ですよ」

「いえ、手伝わせてください……お願いします……」

 

 確かにひょいざぶろーくらいの魔法使いであれば、この風穴もすぐに何とかなるのだろうが、全て任せてしまうのはあまりにも申し訳ない。大元の原因はやっぱり俺なのだから。

 

 それから、なんと俺とゆんゆんは今日は泊まることになった。

 ゆんゆんはともかく、俺は流石にダメだろうと思い断ろうとしたのだが、奥さんが何度も何度も誘ってきたので、ついに根負けしてしまった。

 

 俺が最後に風呂からあがって居間に戻ってくると、ひょいざぶろーと一緒にこめっこもすーすーと寝息をたてていた。まぁ、今日は色々あったしな、疲れるのも無理ないか。ちなみに、天井は応急処置として大きなシートで覆われている。

 俺は奥さんに案内され、空き部屋に通される。まさか俺が誰かと一緒に寝るわけにもいかないので、居間ではひょいざぶろーと奥さんとこめっこ、めぐみんの部屋でめぐみんとゆんゆん、そしてこの部屋で俺一人が寝ることになる。

 

 奥さんが妙ににこやかに部屋から出て数分後、何故かめぐみんを連れて戻ってきた。

 そのまま、めぐみんは奥さんに背中を押されて部屋に入ってくる。

 

「お母さん、何ですか? もしかして、こめっこの件で、先生と一緒に私にも説教するつもりですか? それなら、ゆんゆんだけお咎め無しというのは納得いかないのです!」

 

 そんな文句を言いながら、めぐみんは自分の背中を押す手を払って振り返った……のだが。

 

 バタン、と目の前でドアが閉められた。

 その直後に。

 

「『ロック』!」

 

 外から、そんな奥さんの声が聞こえてきた。

 

 …………。

 俺は唖然としてめぐみんの方を見るが、めぐみんも似たような表情でこちらを見てくる。

 

 めぐみんが慌ててドアをドンドンと叩く。

 

「ちょ、何やってるんですかお母さん! 出してください!!」

「めぐみん、あなたにとって、ゆんゆんさんは大切な友達だというのはよく分かります。でも、だからってカズマさんを譲るというのは違うわよ!」

「何を言っているのですかあなたは!? というか、年頃の娘を男と一緒に部屋に閉じ込めるとか、母親としてどうなんですか!?」

「大丈夫、カズマさんは意外と優しくしてくれる人だと思うから!」

「大丈夫じゃないですよね!? 主に私の体やあなたの頭が!! いや、あの、本当に洒落になってませんから! ここを開けてください! 開けてくだ…………開けろおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」

 

 めぐみんの叫びも虚しく、奥さんは鼻歌交じりに去っていってしまったようだ。

 あぁ……この家はひょいざぶろーやめぐみんだけじゃなく、奥さんの方もかなりアレだったのか……。

 

 めぐみんはバッと振り返り。

 

「そうだ窓! 窓なら開いて…………ない!?」

 

 どうやらここまで綿密に仕組まれていたことらしく、窓も魔法で開かなくされているらしい。

 完全密室だ。というか、トイレとか行きたくなったらどうすんだよこれ。

 

 めぐみんはごくりと喉を鳴らし、恐る恐るゆっくりとこちらを見た。

 正直、今すぐこの状況を何とかすることはできるが、ここまで切羽詰っているめぐみんというのも見ていて楽しいので乗っかってみることにする。

 

 俺はもぞもぞと、この部屋に一つしかない布団に入り。

 

「そんじゃ、寝ようぜ。ほら、お前もはよう」

「何故そんな自然に寝る流れになっているのですかおかしいでしょう!!!!!」

 

 ダメか。そりゃそうか。

 でも、ゆんゆんの奴も全然一緒に寝てくれなくなったし、この機会に久々に人肌の柔らかさと暖かさを感じたいんだけどなぁ。

 

 俺は寝返りを打って。

 

「うーん、めぐみんが一緒に寝てくれたら、この状況を打破できる方法が思い付きそうな気がする……」

「思い付いてますよね!? その余裕を見るに、すぐにでも何とかできるのですよね!?」

「うーん……ダメだぁ……このままだと思い付かないまま寝てしまうー……」

「こ、この男……!!!」

 

 ギリギリと歯を鳴らして顔をしかめるめぐみん。

 くくっ、そんな顔をしても無駄だ。そう、この状況は俺でなければどうにも出来ないという事実がある限り、俺の優位性は揺らがない! 12歳の女の子には布団なしで寝るのも辛かろう!

 

 めぐみんはジト目でこちらを見ながら。

 

「先生、12歳は興味ないとのことでしたが、本当なのですか? 私のパンツを覗くわ、ゆんゆんの胸を揉むわ、今だって……」

「それは本当だっての。お前のパンツを覗くのはアレだ、見てはいけないモノって見たくなるもんだろ? お前だって『決して覗いてはならん!』とか言われたら覗くだろ?」

「……な、何でしょう、絶対何かおかしいのに、少し納得してしまった自分がいます……!」

「あとゆんゆんの胸を揉むのは、単に感触が気持ちいいからだ。目の前にモフモフした猫とかいたら、撫でたくなるだろ? それと同じだ」

「た、確かに猫をモフモフしたいというのは分かりますけど! え、お、同じですか……!?」

「で、今お前と一緒に寝たいってのは、単に抱き枕代わりにしたいだけだ。小さな女の子ってのは、どんな高級抱き枕よりも気持ちいいからな。だからはよう」

「おかしいです! 絶対おかしいですって!!」

 

 くっ、無駄に粘るなこいつも。

 俺は少し長めの溜息をついて。

 

「そんな警戒すんなよ、エロいことはしないって」

「し、信用できません!」

「あのなぁ、百歩譲ってゆんゆんやあるえみたいな発育の良い子ならまだ分かる。でもお前みたいなちんちくりんを食って、俺に何のメリットがあるんだよ? 12歳とかアウトだよ? しかもここでやっちゃったら、責任とって一生お前を養うんだろ? やだよ」

「……あの、もっと言い方とかないのですか? あなたのクズっぷりは留まることを知りませんね本当に」

「立ち止まったら負けだと思っている」

「何格好つけてんですか最悪ですよ!」

 

 めぐみんは、俺には何を言っても無駄だということが分かったのか、部屋中に視線を彷徨わせる。自力で何とかする方法を探しているようだが、どうせ無駄だ。

 案の定、少しすると、めぐみんは俯いたまま動かなくなってしまった。

 

 そして長い葛藤のあと。

 めぐみんは、諦めて布団の中に入ってきた。

 

「きゃー! めぐみんったら大胆―!」

「私が爆裂魔法を覚えた後、最初に撃つ相手が今決まりましたよ」

 

 何やら物騒なことを言っているが、そんなのは関係ない。俺は今この時を生きる男だ。

 俺は布団の中でこちらに背を向けているめぐみんの方へ、もぞもぞと近寄って行く。

 そんな俺に、めぐみんは不安げな表情でちらちらと視線を送り。

 

「あ、あの、先生? ダメですよ……それ以上はダメですよ! いや、本当に勘弁してください!! 抱きつくのはダメです!!」

「分かってる分かってる」

「じゃあ何でこっちに来るのですか!? 待って、ダメ…………ひゃああああああああああ!?」

 

 俺はぎゅっと思い切りめぐみんを抱きしめた。

 おー、これは中々。もうあんまり覚えてないけど、ゆんゆんとは違う良さがあるなぁ。

 

 俺の腕の中でめぐみんが騒ぐ。

 

「やっ、ちょ、ちょっと、離して……あの、お願いですから……ダメです、ダメですってば……!」

「んー、やっぱ女の子を抱いてると落ち着くなー。うりうりー。安心しろよ、本当にこうしてるだけでいいんだって。エロいことはしないって言ってるだろ」

「……せ、先生……待って……本当に……もう……っ!」

「はぁぁ、女の子って何でこんないい匂いして柔らかいんだ…………こら暴れんな抱き枕、何なら麻痺か睡眠の魔法使ってもいいんだぞ? 俺としてもそっちの方が楽でいいし」

「…………ぐすっ」

「ごめん悪かった、調子乗った」

 

 泣くのは卑怯だろ……。

 慌てて俺が離れると、めぐみんは目を拭って仰向けになって天井を見上げる。

 

「泣けば手を引いてくれるのですね……いい情報を……ひっく、知りました……」

「いや、ホントごめん。泣くとは思わなかったんだマジで……お前意外と突然の逆境に弱いんだな。殴る蹴るされて叩き出されるかと思ってたんだが」

「私のこと、なんだと思っているのですか……ぐすっ……父以外の男性に、初めて抱きしめられたのですよ……」

「そ、そうだよな、悪い……」

「もういいですよ……やめてくれましたし……」

 

 まだ目を潤ませているめぐみんに対する罪悪感がすごい。

 考えてみれば、知り合ってまだ一週間くらいの男と同じ布団で寝てるってだけでも相当アレなのに、抱きしめられるってのは流石にな……。

 何となくめぐみんには何やってもいい的な感覚があったけど、そんなことはなかったようだ。当たり前か。一応まだ12歳の女の子だしな……。

 

 それからしばらく沈黙が漂う。

 俺もめぐみんも、二人並んで仰向けでただ天井を見つめるだけだ。

 

 ……うん、気まずいです。もうこの辺にしておこう。

 

 と、布団から出ようとしたが、その前にめぐみんが静かな声で。

 

「私のお父さんとお母さん、爆裂魔法のことを話したらどんな反応をすると思いますか?」

 

 …………何故こいつは急にシリアスっぽい空気をぶっ込んでくるんだろう。

 こんな空気を出されたら、俺も真面目に答えるしかないわけで。

 

 俺は目だけを動かして、ちらりと隣のめぐみんを見たあと。

 

「ひょいざぶろーさんは、何だかんだ分かってくれるんじゃないか。バカな道突っ走ってるって点では、お前と似たようなもんだし」

「バカな道とは何ですか! 我が歩むは最強への道……そう、覇道です!」

「はいはいすごいね。……けど、奥さんはかなり反対するかもな」

「……先生もそう思いますか」

「あぁ。あの人は子供にはそんな茨の道じゃなく、安定した道を歩んでほしいって思ってるだろうな。というか、そっちの方が大多数だとは思うが」

「ですが、私にも譲れないものがあります。例え親相手でも」

「知ってるよ。だからバレないように気を付けろよ。今日の奥さんの行動力見る限り、もしバレたらマジで冒険者カード取り上げられたり、勝手に操作されたりするのもありえる」

 

 この夜だけでも、あの奥さんの凄まじさはよく分かった。アレだ、目的のためには手段を選ばないタイプだ。もちろん、本人は娘の為を思っているのだろうが。

 めぐみんは困ったように小さく笑い。

 

「カードを見られるだけでもマズイですかね? もう習得候補のスキル欄の中に爆裂魔法が入っているのですが」

「マズイ。見せるな。母親ってのは特に厄介なもんだ。例えば俺が朝起きて初めてアレでパンツを汚してた時、こっそり風呂場で洗おうと思ったら、母さんが待ち構えてて何も言わずに手を出してきたんだぞ」

「や、やめてください、先生の赤裸々体験談とか聞きたくないです。分かりました、カードの管理には常に注意しておきます」

「特に、上級魔法を習得できるくらいにスキルポイントが貯まった後は気を付けろよ。その状態でカードが見つかったら、本当に言い訳できない。問答無用で上級魔法を習得させられるかもしれん」

「肝に銘じておきます…………先生、もし爆裂魔法のことがお母さんにバレて猛反対されたら、その時は一緒に説得してくれますか?」

「えー……」

「そ、そこは格好良く『分かった、任せとけ』とか言うところではないですかね、教師的には……」

 

 俺にそんな立派な教師像を求められても。

 というか、まともな教師だったら奥さんの味方になるべきなんじゃないのか。

 

 俺は少し考えて。

 

「まぁ、説得できそうなら説得するよ」

「何ですかその『行けたら行く』みたいな感じは! 説得する気あるのですか!? ないですよね!?」

「あるって。説得できそうならお前に味方するし、説得できなそうだったら奥さんに味方する」

「お母さんに味方する場合もあるのですか!? こ、この裏切り者! このっ、このっ!!」

「いてえ! いてえっての!! あのなめぐみん、人生、勝ち馬に乗るってのは大事で」

「うるさいです聞きたくないです! まったく、ちょっとでもあなたを頼りにした私がバカでしたよ!!」

 

 そう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまうめぐみん。

 でもそんなこと言われたって、無条件で子供の味方をするってのも、子供からの人気は出るかもしれないけどどうかと思うんだよなぁ。

 

 俺は頭を動かして、隣でそっぽ向いて寝ているめぐみんの後頭部へ視線を向けると。

 

 

「とりあえず俺がどっちにつくかは置いといてさ、バレたら俺のところに来いよ」

 

 

 そんな俺の言葉に、めぐみんはゆっくりとこちらを向く。

 その顔には拗ねたような、むすっとした表情が浮かんでいる。

 

「……裏切り者になる可能性がある人のところに行けというのですか」

「そんなもん俺じゃなくても全員に言えんだろ。お前、何があっても自分の味方をしてくれるって断言できる人いるのかよ。言っとくけど、ゆんゆんは絶対止めるぞ」

「…………」

「誰が味方してくれるか分からないなら、とりあえず俺を選んどけよ。少なくとも現時点では俺はお前が爆裂魔法を覚えるのを止める気はないし、交渉だってそれなりに出来る方だ」

「……でも、旗色が悪くなったら寝返るのでしょう」

「そうだな。けど、話はちゃんと聞いてやるよ。お前の話を聞いて、奥さんの話を聞いて、その上で俺はどうするか決める。まぁ、場合によってはお前を説得することになるかもしれないが、少なくともお前が納得するまで、お前の冒険者カードは触らないし、誰にも触らせない」

「…………」

 

 めぐみんが目を丸くしてこちらを見ている。

 俺はニヤリとして。

 

「今のちょっと格好良くないか? お前の冒険者カードは~っての」

「……ふふっ、その言葉が無ければ満点だったのですが」

 

 めぐみんはくすくすと、やけに楽しげに笑う。

 そんな面白いこと言ったつもりはないんだけどな……むしろ結構決めたつもりだったんだが。

 

 そんな俺の複雑な気持ちをよそに、めぐみんは胸元から冒険者カードを取り出した。

 急にどうしたのかと思っていると、なんとそれを俺に差し出してきた。

 

「先生に預けます。誰にも触らせないよう、守ってくださいね?」

「え、お前これ、どうやってそこに入れてたんだよ。挟めるわけねえだろ、すとんと垂直落下するだろ」

「そこはどうでもいいでしょう空気読んでくださいよ!!! あと、垂直落下とか失礼にも程があるのですが!!!!!」

「分かった分かった、預かればいいんだろ。へー、これがめぐみんのカードかー、ちっ、なんだよこの魔力、ムカつくな。折りたくなってきた」

「やめてくださいよ!? あの、先生を信頼して預けるのですからね?」

「お、なんだよ初級魔法ならもう覚えられるじゃねえか生意気な! あー、指が勝手にー、指が勝手に動いてスキル欄へー」

「あああああああああああああっ!!!!! 何やってんですかバカなんですか!? やっぱり返してください早く!!!!!」

 

 数分程、布団の中でカードの奪い合いを続けた後。

 結局、めぐみんは俺からカードを取り返すことができず、俺の隣で寝たまま顔だけこっちに向けて悔しそうな視線を送っている。

 

「……頼みましたからね」

「おう、任せろ任せろ。ただ、覚えておけよ。俺の機嫌一つで、お前がせっせと貯めたスキルポイントは初級魔法に消えるからな。つまりお前は俺の奴隷だ」

「本当に最悪ですよこの男!!!」

「あー、指が勝手にー」

「わああああああああああ!!! ごめんなさい先生はとてもイケメンで良い人です!!!」

「なんだ、よく分かってんじゃねえか。あとはそうだな……ほら、あれだ、俺に日頃の感謝とかないの? まだ一週間くらいだけど」

 

 そうニヤニヤ笑いながら、俺は冒険者カードを軽く振る。

 くくくっ、これは良いモンを貰ったな、文字通りめぐみんに対する切り札だ。

 

 俺の言葉を受け、めぐみんは俯き、しばらく黙り込んでしまう。

 ……あ、あれ? まさかまた泣いちゃった……? 

 俺が慌てて謝罪と慰めの言葉を言おうとした時。

 

 めぐみんが顔を上げた。

 そこには明るく無邪気な、歳相応のいい笑顔があった。

 

「先生、ありがとうございます。先生がいてくれて、本当に良かったです」

「……俺、さっきからお前が困ることしかしてないんですけど」

「ふふっ、そうですね。先生は困った人です。でも……爆裂魔法のことで反対せずに、ここまで面倒見てくれる人なんて、おそらく先生だけだと思います。先生は口では人としてどうかと思うことばかり言いますが、それでも私が助けてほしいと言えば助けてくれる人ですよね」

「人をツンデレみたいに言ってんじゃねえよ。大体、俺のことよく分かってるみたいに言ってるけど、まだそんな長い付き合いでもないだろ。お前大丈夫だろうな、あのゲームじゃないけど本当にダメ男に騙されないだろうな、先生ちょっと心配だよ」

「私を誰だと思っているのです、紅魔族随一の天才ですよ? 人を見る目はそこらの人間よりもずっとあります。それに、先生とは長い付き合いであるゆんゆんも、あなたのことが大好きみたいですしね」

「あいつなんてそれこそ騙されやすい女の典型だろ……」

 

 やはり男女別クラスというのが問題あるのだろうか。いや、でもお兄ちゃんとしては、ゆんゆんが他の男と関わる機会はできるだけ減らしたいな。

 

 それにしても、まさかめぐみんの好感度がここまで高かったとは意外だ。

 よし、これなら上手く誘導すれば、もしかしたら。

 

「お前が俺に感謝しているのは分かった。だが、俺としては口だけの感謝はいらない。行動で示してもらおうか」

「…………」

「具体的には、俺が満足するまで抱き枕に」

「台無しですよ本当に」

 

 先程までのいい笑顔はどこへやら、一気にいつものジト目に戻る。

 くそっ、この流れならいけるかと思ったのに。

 

 すると、めぐみんはくすっと笑って。

 

「……逆ならいいですよ」

「は? 逆?」

「こういうことですよ」

 

 ぎゅっと、なんとめぐみんの方から抱きついてきた。

 小柄ながらも柔らかい女の子の体が押し付けられるのを感じる。

 これは流石に予想していなかったので、驚いて固まっていると、めぐみんは俺の胸に顔を埋めてくる。

 

 ……あれ? これってまさか。

 

「え、なに、お前俺のこと好きなの? ごめん、俺の恋愛対象範囲は14歳からだから、お前とは付き合えない。でもお前なら、その内もっといい男を見つけられるよ」

「あの、勝手に勘違いして勝手に振って、人の人生に黒星つけるのやめてもらえませんか?」

「なんだよ違うのかよ。まぁでも良かったよ、好きな男に振られた可哀想な子はいなかったんだな」

「そんなちょっといい話っぽくされても。あ、言っておきますけど、先生の方から抱きつくのはダメですからね。また泣きますからね」

「その自分からならいいけど相手からは嫌だっていう女の子の気持ちが、俺には理解できないのですが」

「童貞には理解できないでしょうね」

「童貞言うな! ちっ、それじゃ、妹が家族であるお兄ちゃんに胸を揉まれて嫌がるのが理解できないってのも童貞が原因なのか!」

「いえ、それは童貞でも理解した方がいいですよ、人として」

 

 なるほど分からん。

 めぐみんの体温を全身に感じながら、人生の難しさを知る。

 

 そのまましばらく会話もなく、俺はただぼーっと天井を見上げる。

 うーん、確かに抱きつかれるってのも心地いいことは心地いいんだけど、やっぱ抱きつく方が好きだな俺は。なんか飽きた。

 というか、こいつさっきから静かだけど、寝てんじゃねえだろうな。俺の胸に埋まったままだから分からん……もし寝てたら顔に落書きしてやろう。ゆんゆんにも、一度おでこに『友達募集中』って書いたことがある。あの時の右ストレートは効いた。

 

 ゆんゆんと言えば、今はどうしているのだろうか?

 めぐみんの部屋で、一人で寂しくめぐみんの帰りを待っているのだろうか?

 その姿は容易に想像できる。多分、膝抱えてるなあいつ。で、時々「めぐみんまだかな……」って呟いてんだ。

 

 ……しょうがない、もう本当にこの辺にしておこう。

 女の子とくっついて寝るという目的は果たせたし、十分だ。

 

「よし、そろそろ行くか。ほら、どけどけ。寝てねえだろうな、ケツ揉むぞ」

「起きてますよやめてください。というか、あれ、脱出するのですか? 先生のことですから、このまま朝まで私の体を楽しむのかと思いましたが」

「その言い方は誤解を招くからやめろ。そろそろゆんゆんが、寂しさで一人しりとりとかやり始めてる頃だと思ってな。それに女子にとってお泊りの一番の楽しみって、夜のガールズトークなんじゃねーの知らんけど」

「私にガールズトークとか求められても。爆裂トークなら朝まで語れる自信ありますが」

「……お前はそういう奴だったよ」

 

 布団から出てドアの方に歩いて行くと、後ろからめぐみんもついてくる。

 俺はドアに手をかざして。

 

「『ブレイクスペル』!」

 

 俺が唱えると、ドアには魔法陣が浮かび上がり…………バンッと弾かれた。

 

「……え、おい、どんだけ魔力込めたんだよあの奥さん! この家には力の使い方がおかしい人しかいねえのか!」

「はぁ……まったくですよ。こんなくだらないところに無駄に力入れて……」

「いや、爆裂魔法覚えようとしてるお前も大概だからな? しょうがねえな……」

 

 俺は再びドアに手をかざして唱える。

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 今度は手応えありだ。

 ドアに魔法陣が浮かび上がり、パリンと何かが崩れた音がする。

 かなりの魔力を込めたので、若干のだるさが体にまとわりつくが、これも仕方ない。

 

 それを見ていためぐみんは感心したらしく。

 

「おぉ、先生って何でもできるのですね。冒険者ってそこまで悪いものでもないのでは?」

「便利なのは確かだな。けど、どのスキルも補正の関係で本職には及ばないから、器用貧乏になりがちだ。パーティーでは、それぞれの役割を明確にして動くことがほとんどだから、役割ごとに特化した職業の方が喜ばれる。ここテストに出るぞー」

「なるほど! それなら大火力に特化した私の爆裂魔法も喜ばれるのでは!」

「お前は特化し過ぎだ」

「むぅ……でも、先生はパーティーを組んでも、別にお荷物扱いされることはないのですよね?」

「まぁな。冒険者の強みはフットワークの軽さで、どんな状況でも仲間のフォローに回れることだ。まっ、俺くらい機転が利くからこそ出来る芸当なんだけどな!」

「ほうほう、つまり先生が狡猾でえげつない事ばかり考えるドス黒い思考回路の持ち主であるからこそ、冒険者でも高いレベルで活躍できるというわけですね」

「おい、言い方言い方」

 

 そんなことを言い合いながら部屋を出て、めぐみんの部屋へと向かう。

 そしてドアを開いて妹と感動の再会…………となるはずが。

 

「……こっちもロックされてんですけど」

「念には念を……ということなのでしょうか。まったく、あの母は……」

 

 めぐみんも流石に呆れた様子で、うんざりとした表情になっている。

 俺は溜息をついて手をかざす。

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 奥さんの魔法が解除される…………が、ぐらっときた。あー、だるい……。

 壁に手をついて体を支えていると、めぐみんが心配そうに。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「ちょい魔力が切れかかってるだけだ。ったく、なんで妹の友達の家でこんなに魔力使ってんだ俺は」

 

 昼間のケンカでは無駄にスキルをぶっ放し、夜にひょいざぶろーの上級魔法を防ぎ、奥さんが無駄に魔力を込めた魔法の解除。途中でめぐみんからドレインタッチで魔力を吸ってはいるが、あれも大した量ではなかったので、ガス欠するのも当然だ。

 

 そうしていると、目の前のドアが開いて中からゆんゆんが出てくる。

 

「あ、めぐみん! これどうなってるの、突然ゆいゆいさんが魔法で……めぐみんは兄さんのところに行ってたんだよね? 一体何の話を…………え、めぐみん、泣いてたの? 目元が……」

「っ……こ、これは何でもありませんよ。それより、事情は説明しますから、とりあえず中に……」

「…………兄さん? めぐみんに何かしたの? めぐみんが泣くなんて相当なことだと思うけど……ねぇ、何したの?」

 

 ゆんゆんは無表情でそんなことを言ってくる。

 あの、怖いんですけど……俺の妹がこんなにヤンデレなわけがない。

 何をしたのかと聞かれれば、同じ布団に寝てぎゅっと抱きしめたわけだが、それをそのまま言ったらどうなるのだろう。あまり想像したくない。

 

 俺達はめぐみんの部屋に入って、ゆんゆんに事情を説明する。

 めぐみんが泣いた理由は、偶然部屋に紛れ込んでいた生きのいいタマネギを処理したせいだとめぐみんが言い訳したが、ゆんゆんは絶対信じていない。当たり前だ、そもそも言い訳する気があるのかそれ。

 

 説明を聞き終えると、ゆんゆんは不安そうな目で俺を見てくる。

 

「えっと、兄さん、その、めぐみんとは何もなかったんだよね……?」

「何もねえって。俺がお前達にするのは軽いセクハラくらいで、本当に一線を越えちゃおうとするのは相手が14歳以上の時だけだ。だから心配するな」

「心配だよ、兄さんの頭が」

 

 安心させようとしたのに、何故か失礼なことを言ってくる妹。

 めぐみんは俺にジト目を向けた後、ゆんゆんをなだめるように。

 

「この男は口ではえげつない事ばかり言いますが、実際にやらかす度胸はありませんって。少し二人で布団の中でモゾモゾしましたが、本当に大したことはありませんでした」

「そ、そっか、それなら良かっ…………ねぇ、今何て言ったの?」

「よし、それじゃ俺はもう行くわ。かなりだるいし、やっぱり今日は泊まっていかずに自分の部屋でぐっすり眠るよ。ゆんゆん、めぐみんの家の人に迷惑かけないようにな」

「待って、なに平然と何もなかったみたいに帰ろうとしてるの? めぐみんと布団の中で何があったの? ちょっと、兄さん? ねぇ……おい」

 

 俺は少しフラつく体で部屋を出て行こうとする。後ろでゆんゆんが何か言っているが聞こえない。だって今ぶん殴られたりしたら結構辛いし……。

 そうやって内心ではかなりの緊張感を持ってこの場から退避しようとしていたのだが。

 

 ぎゅっと、後ろから服の裾を握られ止められた。

 俺は冷や汗をだらだら流しながらゆっくり振り返って。

 

「……ゆ、ゆんゆん。あのな、今お兄ちゃん結構あれだから」

「分かってるわよ。だから、はい」

 

 そう言って片手を差し出してきた。

 なんだろう、見逃してやる代わりに金をよこせとかそういうことだろうか。いつの間にそんなたくましくなったんだこの子は、お兄ちゃん少し複雑です。

 

「……五万くらいでいい?」

「私のことを何だと思ってるのよ! 違うわよ、魔力尽きかけてるんでしょ? 少しくらいなら持っていっていいわよ」

「……え、マジで? 妹相手にちゅーちゅーしていいの?」

「その言い方はいかがわしいからやめてほしいんだけど……いいわよ。途中で倒れちゃったりしたら大変じゃない」

 

 ……あぁ、なんて良い子なんだろう俺の妹は。

 もうこれからゆんゆんへのセクハラは、たまにしかしないようにしよう!

 

 俺達の様子を見ていためぐみんは首を傾げて。

 

「もしかして、魔力を吸い取るスキルがあるのですか?」

「おう、俺がお前の顔面を鷲掴みにしてやったやつだよ。魔力だけじゃなくて体力も吸っちまうが」

「先生は本当に色々なスキルを持っているのですね……では、私からも提供しましょうか。体力はともかく、魔力量には自信ありますし」

「そ、そんな、二人いっぺんにだと!?」

「だから、そのどことなく卑猥な言い方は何とかならないのですか」

 

 めぐみんはジト目になりながらも、ゆんゆんと同じく片手を差し出してくる。

 俺は二人の心優しい少女達に感謝して手を伸ばし。

 

 ふと、あることを思い付いた。

 

「あ、そうだ。実はこのスキル、心臓に近い所から吸った方が効率が」

「張っ倒すわよ」

「ごめんなさい」

 

 二人から魔力をもらうと、体のだるさも大分とれてきた。

 俺は体の調子を確かめるように腕や足を伸ばして。

 

「二人共ありがとな、そんじゃ俺は帰るよ。お前らもガールズトークで盛り上がるのはいいが、あんまり遅くまで起きてんじゃねえぞ」

「ガ、ガールズトーク! う、うん、それすごく友達っぽい!! ねぇ、めぐみん、ガールズトークしよっ!!」

「いいですよ、女子同士で嫌いな人の悪口で盛り上がるやつですよね? ではまず、ゆんゆんがクラスで一番苦手そうな、ふにふらの悪口からいきましょうか」

「ええっ!? ガールズトークってそういうのなの!? 恋バナとかそういうのじゃないの!? 私、兄さん以外の人の悪口なんて言いたくないんだけど……」

 

 お兄ちゃんの悪口はいいのか妹よ……。

 

 俺は少し肩を落として部屋を出る前に、ゆんゆんの様子を盗み見る。

 相変わらずめぐみんの適当な物言いに振り回されているようだが、それでもとても楽しそうにしていて、見ているこっちも自然と口元が緩む。

 今日は色々と散々な目に遭ったが、妹のこんな様子を見せられては、お兄ちゃんとしては全て許してしまえそうになる。

 

 俺は胸をほっこりさせて、静かに部屋を出た…………が。

 最後に、背後からこんな会話が聞こえてきた。

 

「あ、そうだめぐみん、兄さんと何があったのか、ちゃんと教えてね?」

「えっ、そ、それは、もう説明したではないですか。ですから、タマネギが」

「今度、お弁当にハンバーグ二つ入れてあげるからさ」

「お母さんにドアを魔法でロックされ途方に暮れる私に、先生はまず布団に入って『めぐみんが一緒に寝てくれたら、何か良い方法を思い付くかもしれない』というような事を言ったのです。それで」

 

 俺はめぐみんの家を出て、夜の里を歩きながら決意する。

 魔力が回復したら、まずは自分の部屋のドアを全力でロックしよう。

 



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初めてのレベル上げ

グロ注意です。


 

 学校が始まってから一月近くが経過していた。

 俺はあくまで副担任ということで雇われたのだが、担任であるぷっちんが思ってた以上にやらかすので、俺が教壇に立つことが多い。

 

 今日も俺は11人の少女達を相手に授業中だ。

 

「――というわけで、テレポートは便利な移動手段で、アークウィザードなら覚えておくべき魔法だと言える。それに、この魔法は使い方によっては強力な攻撃手段にもなる。その使い方とは…………じゃあ、次はふにふら! テレポートをどう使えば攻撃手段にできると思う?」

「えっ……え、えっと…………男を女風呂にテレポートさせれば社会的に抹殺できる……とか……?」

「こええな!! 想像以上にえげつない答えが返ってきて先生ビックリだよ!! 不正解!!!」

 

 なんて恐ろしいことを考えやがる。やっぱり女ってこわい。

 俺の言葉を聞いたふにふらは、一気に青ざめて涙目になった。

 

「ご、ごめんなさい! あの、今穿いてるパンツは許してください! パンツなら、後で家から持ってきますから……!!」

「いやそんなことしねえから! 間違えたらパンツ没収とか、どこのエロ企画だよ!! そもそも、パンツは間に合ってるっつの!!!」

 

 どうもふにふらやどどんこは、あの初日のことがトラウマになって、俺に対して常にビクビクしているようだ。確かに調子乗ってた二人を大人しくさせる為にやったことではあるのだが、ここまで怯えられるとは思わなかった。

 ……まぁ考えてみれば、12歳の女の子が年上の男にパンツ剥がれるって、トラウマになってもおかしくないな……。

 

 どうしたものかと悩んでいると、ゆんゆんの手が挙がった。

 あぁ、そういや授業の途中だったな。この事については、また後でじっくり考えるか。

 

「よし、じゃあゆんゆん。答えてみろ」

「先生、パンツが間に合ってるってどういうことですか?」

 

 そっちかー。

 ゆんゆんは無表情でじっとこちらを見てくる。だからその顔怖いんだって、まだ普通に怒ってる方がずっとマシだ。

 

 俺はごほんと咳払いをして。

 

「こら、授業中だぞ。関係ないことは聞かないように。じゃあ他に答えられる人は」

「兄さん、私の下着が何枚か無くなる時があるんだけど、何に使ってるの?」

 

 教室中からうわぁといった視線が俺に集まる。

 俺は慌てて。

 

「いやちょっと待て、勘違いすんな! 確かに、大量のパンツを床に敷いてその上をゴロゴロする遊びに、お前のパンツを使う時もある! でも、基本は俺が自力で調達したもので済ませてて、それで何か感触が違うなって思った時に、応急処置的にお前のパンツを持ってくるだけなんだって!!」

 

 ガンッ! と大きな音が響いた。

 ゆんゆんの机に、羽ペンが突き刺さっている。

 

「兄さん、家帰ったら話があるから」

 

 よし、今日は王都にでも行って宿を取ろう。

 

 とにかく、今はさっさと授業を進めることにする。

 主にぷっちんがカッコイイ二つ名や口上といった、どうでもいい事を教えて授業を潰す為に、肝心の魔法の知識や冒険者にとって必要な知識を教えるのが遅れているのだ。いや、俺がこういう事で授業止めるせいもあるけど。

 ゆんゆんとあるえは優秀で卒業するのも早いだろうし、めぐみんだって爆裂魔法で大量のスキルポイントが必要であるにも関わらず、凄いペースでポイントを稼いでいるので、卒業の時期はゆんゆん達とそう変わらないだろう。

 

 だから、そういう優秀な子達が卒業する前に、教えられることは教えたい。

 すると、ゆんゆんの隣でめぐみんの手が挙がった。

 

「じゃあ、めぐみん! テレポートを攻撃魔法として使うならどうすればいい?」

「テレポート先を、火山の火口のような対策をしていなければ即死してしまう場所に設定し、そこに相手を転送すれば一撃必殺の強力な攻撃魔法として機能します」

「正解、ポーションやるよ」

 

 めぐみんは魔力だけではなく、テストの成績も常にクラストップだ。これで爆裂狂なところがなければ、さぞかし優秀な魔法使いになったことだろう。

 俺はスキルアップポーションの瓶をめぐみんの机に置くと、教壇に戻って黒板にチョークを走らせながら続ける。

 

「この事から、テレポート先の一つにあえて危険な場所を設定している魔法使いはそこそこいる。テレポートは魔力消費量が大きいから、そう連発するものじゃなく、切り札的なものになるけどな」

「先生もそういう危険な場所を設定してるんですか?」

「いや、俺の本職は商人だから、商売関係で重要な場所で埋まってるよ。紅魔の里に王都、あとは世界最大のダンジョン」

「ダンジョンが商売で重要なんですか?」

「あぁ、でかいダンジョンの入り口は、これからそこに挑戦しようとしてる冒険者狙いで店が並んで賑わってることが多い。世界最大のダンジョン前なんか、観光街になってるしな。それ以外でもダンジョンには素材集めで潜ることもあるし」

 

 少し話が逸れているが、まぁダンジョンについては冒険者にとって重要な稼ぎ場所の一つでもあるので、無駄な話というわけでもないだろう。

 俺はふとあることを思いつき、ニヤリと口元を歪めて。

 

「念の為に言っておくがお前ら、もし何かトチ狂って爆裂魔法なんてものを覚えたとしても、ダンジョン内では絶対に使うなよ。ダンジョン自体が崩壊するから」

「あははははっ、そんなネタ魔法覚えるわけないじゃないですか先生ー!」

「ふふっ、そうですよー! 爆裂魔法を覚えるなんて、ウケ狙いにしてもそこまで体張ったりしませんってー!」

「はははっ、悪い悪い! そうだよな、いくら何でも爆裂魔法なんてネタ魔法を覚えるネタ魔法使いなんているわけないよなー!」

「……っっ!!!!!」

「め、めぐみん、どうしたの? 凄い顔してるけど……」

 

 俺の冗談に教室が笑いに包まれる中、めぐみんが物凄い形相でこちらを睨んでいる。しかし、何もすることはできない。隣のゆんゆんは、そんなめぐみんの様子に首を傾げている。

 うん、こうやって一方的に誰かに嫌がらせできるって、すごく楽しい。

 

 めぐみんは明らかに不機嫌そうな顔で。

 

「……というか先生、本当にテレポート先はその三つなんでしょうね? 先生のことですから、例えば見つからずに女風呂が覗けるポイントとかに設定していても不思議ではありませんが」

「それは本当だっつの。言っとくけど、スキルを悪用した犯罪ってのは、通常より厳しく罰せられるから気を付けろよ。特にめぐみん、お前は喧嘩っ早いからな。他の街で冒険者として働くようになっても、街中で魔法ぶっ放したりすんなよマジで」

「ふっ、この私がそんなバカな真似をすると思いますか?」

「うん、思う」

「ぐっ……そ、即答ですか……生徒を信じられないとかそれでも教師ですか……」

「ごめんめぐみん、私もそこに関しては兄さんと同意見。だってこの前、下級生から『え、お姉ちゃん達同じクラスなの? ……そっちのお姉ちゃん、可哀想だから牛乳あげるよ!』とか言われて、牛乳貰ったあと殴りかかってたじゃない」

「あれはあのクソガキが失礼なことを言うのが悪いのです!!」

「つか牛乳貰った上に殴ったのかお前……どっちかにしろよ……」

 

 やっぱりこいつは将来絶対何かやらかす。

 ある程度は面倒を見てやるとは言ってしまったので、騎士団でもパーティーでも、さっさと良さそうな居場所を見つけてやって厄介払いしちまおう。

 

 そんなことを考えていると、居酒屋の娘、ねりまきが思い出したように。

 

「でも先生、昔ぶっころりーさんにテレポートでとんでもないことをしたって聞きましたよ? 詳しい話までは教えてもらえなかったですけど、あの人、酔っ払った勢いで何かを思い出したのか号泣してましたよ」

「……あー」

「何ですか、やっぱり悪用してるんじゃないですか。まぁ、あのニートは人生舐めてるところがありますし、多少何やってもいいとは思いますが」

「兄さん、何やったの? ぶっころりーさんのこと、友達って言ってる割にはいつも酷いことやってる気がするんだけど」

「いや聞けよ、あれは俺悪くないぞ。そけっとの盗撮がバレかけた時にあいつだけ先に逃げやがったから、その仕返しに下剤飲ませて、トイレに駆け込む寸前を捕まえて王都にテレポートさせただけだ」

 

 うわぁ、とそこら中から声が漏れた。

 な、何だよ俺が悪いのか……? 先に裏切ったのはあいつだし! 罪には罰だ!

 

 めぐみんはドン引きの様子で。

 

「それ大丈夫だったのですか? ぶっころりーもテレポートは使えますが、そんな極限状態では詠唱もままならなかったのでは……」

「さ、流石の兄さんも、その後何かしらの方法で助けてあげたんでしょ……?」

「えっ?」

「えっ」

 

 教室に沈黙が漂う。

 俺は一度咳払いをして。

 

「…………そういう詠唱ができない状況に陥らない為にも、戦闘中は敵の状態異常攻撃なんかには特に注意するように。もし状態異常をもらっちまったら、すぐにプリーストに解除してもらえよ。はい、今日はここまで」

 

 そんな感じに無理矢理締めてみた。

 教室は驚く程静かで、生徒達は皆、苦々しい表情で俺の方を見ていた。

 

 

***

 

 

 昼休みの職員室。

 俺がゆんゆんお手製の弁当を食っていると、ぷっちんがうんざりとした表情でやって来て隣に座った。

 

「はぁ、散々だった……以前に俺が教えていた卒業生が訪ねて来たんだが、『先生の言った通りに、仲間がピンチになってもあえてギリギリまで待って、最高のタイミングで格好良く助けてたらパーティーから追い出されたんですけど!』と怒鳴り込んで来てな」

「……それで、お前は何て言ったんだよ」

「『それは仲間の方が、お前の研ぎ澄まされた感性についていけなかっただけだ。いつか本当の仲間と言える存在に巡り会えるといいな……』と言ったら、渋々ながらも納得してくれたようだ」

「パーティーは選べても先生は選べないって悲しいな」

 

 俺の言葉に首を傾げるぷっちんは放っておいて、俺は再び弁当を食う作業に戻る。

 ぷっちんもまた、俺と同じく弁当を開けながら…………ん?

 

「なぁぷっちん、お前弁当なんて作るようになったのか?」

「ん、いや、貰い物だ。朝は格好良いポーズと口上を考える時間に当てているからな、弁当など作っている暇はない」

「貰い物? え、なに、誰から貰ったんだよ、女?」

「女……ではあるが」

「マジで!? おい気を付けろよ、その女、絶対何か良からぬこと考えてるから! どうせ財産目当て……いや、お前に大した財産はないしな……じゃあ、なんでぷっちんに……?」

「何か貶されているような気がするが……女とは言ったが、生徒だよ。ふにふらだ」

「ふにふら!? ちょっと待て、ツバつけておくにしても、手を出すのはせめて後二年は待って熟れてからにしろよ……? 今すぐ手を出すとか言われたら、流石の俺もドン引きだぞ」

「その思考回路と発言に俺の方がドン引きだが……別に何かあるわけじゃない。ただ、どどんこと一緒に『先生の授業をもっと受けたいです! 頑張ってください!』と応援されて貰っているだけだ。ふっ、やはり生徒はお前の授業より、俺の授業を受けたいようだぞ」

 

 そう言ってニヤリと笑うぷっちん。

 ……なるほど、そういうことか。確かにあの二人からすれば、パンツ脱がせ魔の俺よりはぷっちんの方がずっとマシだろう。

 

 少し凹んで溜息をついている俺に、ぷっちんはぱくぱくと弁当を食らいながら。

 

「大体、この俺には女などにかまけている暇はないんだ。いずれ校長の椅子に座る俺は、常に高みを目指し日々修行を続けているのだからな。ある時は人々を怯えさせる強大なモンスターと対峙し、またある時はダンジョンに眠るとされる強力な神器を求め深い闇の中に沈み……」

「その割には、この前居酒屋でそけっとが隣に座ったら、そのキャラどっかに吹っ飛んで顔真っ赤にして挙動不審になってたな」

「なっ、ななな何をっ……ご、ごほん! ふ、ふん、何を言っている……あれは、その……そう、そけっとは未来を見通す強力なアークウィザードだからな……普段の俺を隠し、未来を見られることを避けたのだ。俺の未来は誰のものでもなく、俺自身のものなのだから…………おい、聞け!」

 

 ぷっちんが何かおかしなことを言っているが、俺には他に考えることがある。

 ふにふらとどどんこのこと、どうしようかなぁ。

 

 

***

 

 

「というわけで、お前の力が必要だ。頼んだぞ、ゆんゆん」

「何が、というわけで、なのよ……」

 

 

 放課後、教室の隅で。

 皆が帰り支度を始めている中、俺はゆんゆんを呼び寄せて、ある頼みごとをしていた。側には、めぐみんも呆れた様子で話を聞いている。

 

「つまり、まずは先生の妹であるゆんゆんにふにふら達と仲良くなってもらって、そこを糸口にしてあの二人を陥落させて、心も体も自分のものにしようということですね」

「人聞きの悪いことを言うな。まぁ、将来成長して良い女になるかもしれないから、とりあえずキープはしておくかもしれんが、今すぐ手を出すようなロリコンじゃねえよ俺は。だからゆんゆんも安心して協力してくれ」

「今のを聞いてどこに安心できる要素があるのか分からないんだけど……それに、そ、その、私にはもう友達いるし……」

「ほう、ついにゆんゆんにも友達ができたのですか? どんな人なのか興味ありますね、今度会わせてもらってもいいですか?」

「ええっ!?」

 

 めぐみんのすっとぼけた言葉に、ゆんゆんは涙目になる。

 ……いや、こいつらが仲良いのはよく分かったけど、俺としてもふにふら達のことは放置できないしな……。

 

「まぁ聞けよゆんゆん、友達ってのはいくらいても良いもんだ。お前、友達できたって言っても、まだめぐみんとサボテンくらいしかいないだろ?」

「サボテンじゃなくて、サボちゃんだってば。あと、デメちゃんも友達だよ」

「あ、あの、私はサボテンと同列にされているのですか……? 一応聞きますが、そのデメちゃんというのは……」

「昔、王都の祭りに金魚すくいって珍しい屋台が出ててな。そこで俺が取ってやった出目金って魚だ。こいつが大切に育ててるから、もうかなりの大きさになってる」

「…………ゆんゆん、ふにふら達と仲良くなりましょう。あなたは既に手遅れかもしれませんが、少しでも更正できるかもしれません」

「えっ? あ、うん、めぐみんがそう言うなら……」

 

 ゆんゆんはふにふら達の方を見て、ごくりと喉を鳴らす。

 あ、そういえば。

 

「ゆんゆんお前、ふにふらはクラスで一番苦手なんだっけか? 悪いな、忘れてた。無理はしなくていいぞ?」

「そ、そんなことないって! あれはめぐみんが勝手に言ってただけで……」

「ですがゆんゆん、私の部屋でのガールズトークの際にも『ふにふらとかマジ調子乗ってるから一度シメた方がいいわね』やら『兄さんのセクハラを止めるにはどうすればいいんだろう、もう本当にアレを切っちゃうしかないのかな?』などと怖いことを言っていたではないですか」

「ちょ、ちょっとめぐみん適当なこと言わないでよ! 私がふにふらさんのことそんな風に言うわけないから!!」

「…………な、なぁ、ゆんゆん。ふにふらの所だけじゃなく、『兄さんのアレを~』ってのも、めぐみんが適当なこと言ってるだけなんだよな……?」

「行くよめぐみん! 私がふにふらさんのこと苦手でも何でもない所、見せてあげるから!」

「ゆ、ゆんゆん? あの、ちょっと? お兄ちゃん本気でビビってんだけど、ねぇ」

 

 ガクガク震える俺を置いて、ゆんゆんとめぐみんはふにふら達の所へ歩いて行く。俺はそろそろ実家を出た方がいいのかもしれない。

 

 俺は教室の隅に隠れて、潜伏スキルで様子を伺う。

 ゆんゆん達がふにふら達の所へ着くと、相手はびくっと震えた。そして、どどんこが恐る恐るといった感じに。

 

「ど、どうしたの、ゆんゆん。何か用……?」

「えっと……そ、その……あの……」

「ゆんゆんはふにふら達に一緒に帰ろうと言いたいようです。二人の家はどの辺りにあるのですか?」

 

 言葉に詰まるゆんゆんに代わって、めぐみんがそう切り出す。

 するとふにふらは、少し困惑した様子で。

 

「えっ、あ、あたしの家は…………でも、どうして急に…………あっ!!!」

 

 何かに気付いた様子のふにふらは、顔を真っ青にして。

 

「も、もしかして……家にいる、あたしの弟狙い……? ゆんゆんって、兄や弟キャラなら何でもいけるの……!?」

「待って! ちょっと待って!! 私はただ」

「ふにふら、失礼ですよ! ゆんゆんが好きなのは兄や弟キャラではなく、カズマ先生なのです! そこを間違えると、怒って何をするか分かりませんよこの子は!」

「ひっ……ご、ごめんなさいごめんなさい!!!!」

「めぐみんも何言ってるの!? あの、誤解だから!! 話を聞いて!!!」

 

 ……雲行きが怪しくなってきた。

 ふにふら達は、じりじりと後ずさってめぐみん達から距離を取ろうとしている。

 

 それはめぐみんも気付いたのか、慌てて。

 

「ま、待ってください。そうだ、二人共、カズマ先生のセクハラを何とかしたいと思っているでしょう? それならば私達は同士です、仲良くしましょう」

 

 そんなことを笑顔で言っている。

 おい、待て。これは元々、妹であるゆんゆんを通じて俺とふにふら達の和解を図るもので、俺を共通の敵にして結束とか、本末転倒もいい所なんだが。

 

 しかし、今の言葉はふにふら達には効果的だったらしく、二人は少し期待を込めた目でゆんゆん達を見始めている。

 

「な、何とかできるの……? 本当に?」

「相手はあの先生なんだよ? そんな簡単には……」

「ふっ、このお方を誰だと思っているのです。あの変態鬼畜教師にも弱点はあるのです……そう、恐怖の妹ゆんゆんという弱点が!」

「「!!!!!」」

「ええっ!? わ、私!?」

「この超絶ブラコン妹は、兄が他の女にセクハラすることを許しません! そして、あなた達も先生からセクハラなどされたくないでしょう! 利害は一致しています!」

「「な、なるほど!!」」

「納得しちゃった!? あの、私、超絶ブラコンなんかじゃないから!!」

 

 なんか妙なテンションになってきためぐみんに、涙目になって必死に弁解してるゆんゆん。

 ふにふら達は、先程よりも希望の光を目に灯して。

 

「た、確かに、あの先生も、ゆんゆんには腰引けてる時が多い気がするし……」

「う、うん……ゆんゆんなら、もしかしたら…………でも、具体的にはどうする気なの……?」

「ゆんゆんが考えている方法は、極めて直接的かつ効果的なものです。そう、それは――」

 

 めぐみんの言葉に、ふにふら達はごくりと喉を鳴らして先を待つ。一方でゆんゆんは、何を言い出す気なのだろうと、不安げな表情でめぐみんを見ている。

 ……とてつもなく嫌な予感がする。おい、まさか……。

 

 めぐみんが神妙な様子で言った。

 

 

「先生のアレを切り落とします」

 

「「!!!!!!!!!!??????????」」

 

 

 空気が一変した。

 ふにふら達は声も出せない程に恐怖し、ガタガタと震えながらゆんゆんの方を見る。

 ゆんゆんは大慌てで。

 

「ち、ちがっ……!! ちょっとめぐみん何言ってるの!?」

「何ですか、以前にあなたが言っていたことではないですか」

「言ったけど! 確かに言ったけど!! でも」

「「!!!!!」」

「あっ、ま、待って! 違うの!! あれは別に本気じゃ」

「ごごごごごごめんゆんゆん! あ、あたし達にそんな度胸ないから!! ほ、本当に無理だから!!」

「え、えっと、あの、わ、私達はこれで! じゃ、じゃあね!!」

 

 そう言って、ふにふらとどどんこは、目に涙を浮かべて全力で逃げ出した。

 

 その後ろ姿をただ見送ることしかできない二人。

 めぐみんは難しい顔で口元に手を当てて。

 

「……かなりいい策だと思ったのですが、何がいけなかったのでしょうか。途中までは上手くいっていたはず…………うわっ!! な、何をする!!」

 

 ゆんゆんは目を真っ赤に光らせてめぐみんに掴みかかった。

 

 

***

 

 

 それから数日後のお昼過ぎ。

 里の外に広がる森の中、そこに俺とぷっちん、そして生徒達が立っていた。

 生徒達の手には木剣が握られている。ぷっちんのやつは、メッキ加工したやたら巨大なカッコイイ武器を用意しようとしていたが、俺が却下した。

 

 今日は授業で初めて “養殖”と呼ばれるレベル上げを行う。

 これは紅魔族に伝わる修行法で、力のある者がモンスターを弱らせ、まだ力のない者にトドメを刺させて経験値を稼がせるという、比較的楽にレベルアップできる手段だ。

 俺もまだレベルが低い頃は、ぷっちんやぶっころりーを買収して手伝わせたものだ。

 

 ぷっちんは腕を組んだまま、いつになく真剣な表情で。

 

「今日の授業は今までのものとは違う。実際に命のやり取りを行うことになる。この辺りの強いモンスターは、俺やカズマ先生、それと暇そうにしてたニートに手伝わせてあらかた駆除してあるから、比較的弱いモンスターしか残っていない。だが、モンスターはモンスターだ。それを忘れず、全員気を引き締めて当たるように」

 

 ぷっちんの言葉に、生徒達の表情にも緊張が滲んでいる。

 おー、ぷっちんの奴、珍しく先生っぽいな。不覚にも少し感心してしまった。

 

「これから俺とカズマ先生が、この辺りに残っているモンスターの動きを片っ端から止めていく。お前達は動けなくなったモンスターにトドメを刺すだけでいい。もし万が一何かあったら、大声を出すように」

 

 生徒達はこくこくと頷いている。

 ぷっちんは人差し指を上に立てて。

 

「確認しておく。戦闘において、何よりも大切なものは何か。めぐみん、答えてみろ」

「力です! 圧倒的な力! 全てを蹂躙する力!! 戦闘で力以外に必要なものがありますか? いいえ、ありませんとも!!」

「……ふむ。では次、ゆんゆん」

「えっ、あ、あの……冷静さ! 戦闘では目まぐるしく状況が変わっていきます。ですので、どんな状況でも的確な判断ができる、冷静さこそ最も大切だと思います!」

「ふむふむ、そうかそうか」

 

 ぷっちんは二人の答えを聞いて頷いている。

 

 まぁ、どっちもそう間違ったことは言っていないと思う。

 紅魔族の戦闘であれば、高い魔力による上級魔法のゴリ押しで大抵の場合は何とかなってしまうので、めぐみんの言葉に賛同する者が多いかもしれない。

 しかし、一般的な冒険者からすれば、ゆんゆんの言葉の方が重要だと思うだろう。

 

 さてぷっちんはどう評価するのかな、と視線を送ると。

 

「どちらも5点! 全然分かっていない!!」

「「ええっ!?」」

 

 二人はショックを受け、「5点……」と呟いている。

 

 え、どういうことだ? 俺も全然分からん。

 教師という立場もあって、若干の恥ずかしさを覚えながら、ぷっちんの言葉を待つ。ぷっちんは大きく深い溜息をついて。

 

「まったく、それでもクラスの主席と次席か! お前達にはがっかりだよ! ぺっ!!」

「「あっ!!」」

 

 ぷっちんは大袈裟な仕草で地面にツバを吐き、それを見てゆんゆんとめぐみんが相当悔しそうに顔を歪める。いいから正解言えよ正解。

 

 ぷっちんはやれやれと頭を振り。

 

「じゃあ、あるえ! お前なら分かるだろう! 戦闘において何よりも大切なものは何だ!」

 

 ぷっちんの言葉に、クラスで一番発育の良い長身巨乳の眼帯少女は、目の下に指を当てたポーズを取り、自信満々に答える。

 

 

「格好良さです」

 

 

「よし正解! 流石はあるえだ、分かっているな!」

 

 …………。

 思わずピクリと手に力が入り、今持っている鞘に納まった刀を、そのまま思い切りぷっちんの頭に叩き込みたい衝動に駆られる。

 

 ……いや、ここは我慢だ。

 さっきまでのこいつは珍しく教師っぽかった。もしかしたら、これから何か真面目な話に繋げるのかもしれない。

 

 そう思って、ぷっちんの言葉を待っていると。

 

「確かに力や冷静さも必要なものだ! 力が無ければ格好良くないし、冷静さが無ければ戦闘中に格好つけるタイミングを見逃してしまう! しかし、あくまで根本にあるものは常に“格好良さ”だ! 紅魔族にとって“格好良さ”とは、命よりも大事なものと知れ!!」

「…………」

「例えブレスを吐く寸前のドラゴンの前でも格好良く口上を決め、パーティーが全滅の危機に陥ったとしても、最高のタイミングを伺ってから格好良く助けに入る! それこそが紅魔族としておごふっ!!!!!」

 

 ぷっちんの後頭部を刀で引っ叩いた。真面目に聞いた俺がバカだった。

 頭を押さえてうずくまるアホは放っておいて、俺が後を引き継ぐ。

 

「レベルが上がればスキルポイントが貰える他にステータスも上がり、スキル耐性も上がる。ただ、この授業で頑張るのが卒業への近道なのは確かだけど、あんま無茶はすんなよー」

 

 言ってから、少しまずったかと思った。

 俺のスキル耐性という言葉に、ふにふらとどどんこがビクッと反応したからだ。

 確かにレベルが上がれば俺のスティールから逃れられる可能性も上がるわけだが……そのことに目がくらんで無茶をする予感しかしない。

 

「……あー、そんじゃ、予め作ってもらったグループを、俺とぷっちん先生でそれぞれ半分ずつ受け持つ。じゃあ、ゆんゆん達のグループと、ふにふらどどんこペアが俺の……」

 

 そこまで言ったが、ふにふら達の泣きそうな顔を見て止まってしまう。

 そ、そんなに嫌がらなくてもいいだろ……かなり凹むんだけど……。

 

 仕方なく、小さく溜息をつくと。

 

「えっと、やっぱふにふら達はぷっちん先生の方で」

 

 俺の言葉に、今度はパァと顔を輝かせる二人。泣いてもいいですか。

 

 しかし、いつまでも凹んでいる場合じゃない。

 俺は、まだ頭を押さえてうずくまっているぷっちんに近寄り。

 

「おい、いつまで痛がってんだ大袈裟な。ちょっと話がある、聞け」

「あ、あれだけ思い切り振り下ろしておいてお前な……なんだ、話って」

「ふにふらとどどんこだ。あいつら無茶するかもしれないから、特によく注意してくれ」

「……ふっ、安心しろ。何人たりとも、我が千里眼から逃れること叶わず……」

「お前千里眼スキル持ってねえだろ」

 

 本当にこいつに任せて大丈夫か。そこはかとなく不安になってくるが、今はこれしかない。

 それから俺とぷっちんは、それぞれ生徒達のグループを連れて二手に別れた。

 

 

***

 

 

 俺はゆんゆん達の三人グループと、もう一つの三人グループ、合計六人を連れて森を歩いて行く。

 ゆんゆんのグループは、ゆんゆん、めぐみん、あるえの成績上位三人で、教師的には優秀な生徒はバラけてほしい所だが、そこまで口を出すわけにはいかないだろう。

 

 俺は後ろをついてくる生徒達の方に振り返って。

 

「最初に養殖がどんな感じなのか見てもらう。トドメを刺すのは、ゆんゆんのグループの誰かがやってくれ」

 

 そう言っていると、敵感知に反応があった。まだ少し遠い。

 俺が手に持った刀の鞘から刀身を抜くと、めぐみんが興味津々に。

 

「変わった剣ですね、特注品ですか?」

「あぁ、カタナって種類の剣らしいぞ。突然閃いて作ってもらったんだけど、前に変わった名前の人がこれ見て『カタナだ!』って言ってきてな」

「兄さんってよく思いつきで変わったもの作るよね」

「ふむ……これは造形的に中々そそられるものがあるね……」

 

 何かあるえの琴線に触れたらしい。まぁ、うん、俺も結構カッコイイと思うけどさ、これ。

 

 そうこうしている内に、モンスターが視界に入ってくる。かなり巨大な大トカゲだ。

 まだこちらに気付いている様子はなく、俺は手で生徒達を制止する。

 

「『パラライズ』」

 

 刀身に指を這わせて小さく唱えると、ぽぅっと刀身が淡い光を放ち始めた。

 それから潜伏スキルで隠れながら、ゆっくりと大トカゲに近付き。

 

 死角から素早く一太刀浴びせた。

 

「グギャッ!?」

 

 軽く撫でたくらいの浅い傷ではあったが、大トカゲは麻痺して動けなくなる。

 その後、俺は大トカゲに手で触れて、ドレインタッチで魔力を吸収する。

 正直、モンスターからドレインするのは感覚的にあまり良いものではないのだが、だからと言って嫌とも言っていられない。魔力は大事に、俺のポリシーの一つだ。

 

 首尾よくモンスターを無力化できたので、若干のドヤ顔で生徒達の方を向く。

 

「ふっ、どうだ、先生もやるもんだろ? 本当は『ライト・オブ・リフレクション』で姿を消して、潜伏スキルで気配を消すっていう、アンデッド以外には大体有効な最強コンボがあるんだが、この森くらい隠れられる所があるなら潜伏だけで十分…………あれ?」

 

 てっきり生徒達が少しは俺を見直してくれたかと思いきや。

 そこにあったのは、何とも微妙な表情を浮かべた生徒達の顔だった。

 

 めぐみんが一言。

 

 

「地味ですね」

 

 

「……は、はぁ!? じ、地味って何だよ地味って! ちゃんと動けなくさせたんだからいいじゃねえか!!」

「あー、えっと……う、うん! 兄さん、凄い!!」

 

 若干無理してる感のある妹のフォローが胸に染みる。

 俺はちょっと涙目になって。

 

「何だよ! 何なんだよお前ら!! 地味でも何でも、結果が伴えばそれでいいだろ!! もっと、こう、俺を褒めろよ! 『流石は先生!』とか『カッコイイ! 抱いて!』とか言って! ほら言って!!」

 

 俺の叫びに、めぐみんは呆れた顔で。

 

「さすがはせんせー、かっこいいだいてー。これでいいですか?」

「あー、そんな態度取るんだお前! もういいや、今日の授業はここまでな! あー、残念だったなー! この授業、卒業への近道なんだけどなー!!!」

「子供ですかあなたは!! 大体、見た所そのカタナという武器、魔法の効果を付与することができるのですよね? だったらこう、『ライトニング』で稲妻の剣とか、もっと格好良いことができるでしょう!!」

「お前こそ子供かよ!! んなことしたらバチバチ鳴って敵に気付かれるだろうが! いいか、常に自分の安全を確保して、絶対的に有利な状況を保って、一方的に攻撃する。それが俺のポリシーだ!!」

「「…………」」

「ちょっ、何だよお前らその目!! 言っとくけどな、冒険者として生きていくなら、自分の命を守るのが一番重要なんだからな!! つーか、モンスター相手に正々堂々とかバカじゃねえのバーカ!!!!!」

 

 俺のこの戦い方は、紅魔族の子供には地味に映るかもしれないと少し気にはしていたが、実際にこんな目を向けられると堪えるものがある。

 

 この刀にはマナタイトを始めとした数々の鉱石が打ち込まれており、魔法を増幅し留めておく効果がある。つまり、魔法の威力が上がるだけでなく、一度刀身に魔法を付与すれば一定時間効果が継続するので、魔力量に不安のある俺にはうってつけの武器だと言える。

 

 めぐみんは溜息をついて。

 

「まったく、そんな格好良い剣を持っているのに、使い方があんまりですよ。ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「ぐっ、いいけどよ……刀身には触れるなよ。まだパラライズかかってるから」

「分かりました……ふむふむ、見れば見るほど格好良い武器です。お前も、持ち主がこんなにセンスのない人で残念でしたね、ちゅんちゅん丸」

「おい何勝手に人の刀に変な名前付けてやがんだ、それでよく俺のことセンスないなんて……」

 

 そこまで言った時だった。

 刀の柄に張ってあった銘を刻む紙に、『ちゅんちゅん丸』という堂々とした文字が浮かび上がっていた。

 

「ああああああああああああああっ!? な、なぁ……っ!」

「ん? あぁ、何ですか、まだ名前を決めていなかったのですか」

「お前ふざけんなよ! マジでふざけんなよ!! ずっと悩んでたのに! 正宗とか村雨とか色々考えてたのに!!」

「別にいいじゃないですか、そんなセンスのない名前より、ちゅんちゅん丸の方がずっと格好良いとわああああああああああああああっ!! な、なに生徒相手にドレインしてんですか!!! 相手が違いますよ!!!!!」

「うるせえ!!! モンスターの前に、お前を身動き取れなくして一撃熊の前にでも転がしてやる!!!!!」

 

 そうやってしばらくぎゃーぎゃー騒いだ後。

 俺は不機嫌なのを隠そうともせず、ちゅんちゅん丸を地面に突き刺し、生徒達に向き直る。ちゅんちゅん丸……。

 

「はぁ……とにかく、トドメ刺せよトドメ。ゆんゆん、やるか?」

「えっ……」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは恐る恐るといった様子で大トカゲの方を見る。

 

「大丈夫だって、刀で威力増幅されたパラライズだ、まだしばらくは麻痺したままだ。仮に動けたとしても、ドレインタッチで結構吸ったから弱ってる」

「……うぅ」

「あー…………めぐみん、やれるよな?」

「まったく、先生は妹に甘いですね」

 

 ゆんゆんはおろおろと大トカゲを見ており、仕方なくめぐみんに任せることにする。

 まぁ、無理もない。この養殖というレベル上げは有効な修行法ではあるのだが、モンスターとはいえ抵抗できない相手を一方的に傷めつけるので、精神的に結構くるものがある。俺も最初の頃はちょっとキツかった。すぐ慣れたけど。

 というか、このトカゲ、妙につぶらな瞳をしている。爬虫類って、よく見ると結構可愛い気もしてくるな。

 

 俺の言葉を受け、めぐみんは木剣をぶんぶん振って調子を確かめながら前に出る。そこにはゆんゆんのように気後れした様子はない。殺る気満々だ。

 ……いや、うん、冒険者を目指す者としてはいいことなんだけど、12歳の女の子としてどうなんだろう、これ。

 

 俺はそんなめぐみんに。

 

「出来れば一撃で仕留めてくれ。頭を思い切り叩けばいけると思う。あんまり苦しめるのも惨いしな」

「えっ、一撃とか無理なのですが」

「は?」

 

 めぐみんは木剣を肩に担いで、きょとんとした顔でこちらを振り返る。

 

「自慢ではないですが、身体能力で言えば私はクラスで一番下でしょう。ですので、ここは一撃の重さよりも数で勝負しようと思い、これからこいつをタコ殴りにしてじわじわ仕留めようかと思っていたのですが」

「あるえ、頼む」

 

 時には残忍になることを求められる冒険者ではあるが、いくら何でもそれはこの年頃の女の子の教育に悪い。というかこいつ、顔色一つ変えずにこんな事言ってるが、すげえ大物だな。

 

 めぐみんが不満そうに口を尖らせて下がり、入れ替わるようにあるえが前に出た。

 あるえは木剣を高々と振りかぶり。

 

「我が内に秘められたる古の魔力よ、今こそ禁じられし力の一片を解き放ち、我が敵を打ち払わん――――はっ!」

 

 パァン! という高い音と、生徒達の「おぉ!」という声が森に響いた。

 あるえが振り下ろした木剣は、見事にトカゲの脳天に命中しており、トカゲはがくっとしたまま動かなくなる。

 流石はあるえ、訳分からん口上は置いといて、いいものを持っている。いや、胸じゃなくて。……胸もだけど。

 

 あるえは小さく息をつき、こちらを振り返る。

 

「どうでしたか、先生」

「あぁ、綺麗な一撃だった。良かったぞ」

「いえ、そちらではなく、その前の口上の方です。私としては『前世より定められし宿命』という言葉も入れたかったのですが、そうすると少し冗長に」

「知らねえよ」

 

 それから俺はこの周辺にいるモンスターを片っ端から無力化させていき、それぞれのグループがトドメを刺していく。

 

 敵感知で周囲を警戒しながら適当に歩いていると、ゆんゆん達のグループが視界に入った。

 どうやら角の生えたウサギのモンスターの前で、相変わらずゆんゆんがおろおろしているようだ。

 

 先程は妹可愛さについ甘やかしてしまったが、そろそろちゃんとやらせた方が良さそうだ。そう思って一歩踏み出そうとしたが、どうやらめぐみん達が説得している様子なので、少し様子を見てみることにする。

 

「ゆんゆん、いい加減にしてください。可愛くてもモンスターですよ、それは」

「だ、だって! 見てよめぐみん、こんなに可愛いんだよ!! 冷血過ぎて人としてちょっと壊れてるめぐみんでも、これは流石に無理でしょ!?」

「さ、さらっと結構キツイこと言いますねあなたは……いいですから、さっさとトドメを…………うっ、た、確かにこれは……」

 

 めぐみんは愛くるしいウサギを見て、少し怯む。

 ゆんゆん達の前で、ウサギはくりっとした赤い瞳を潤ませ、動けないまま弱々しい声で鳴いた。

 

「きゅー……」

 

 その瞬間、ゆんゆんがぶわっと泣き出した。

 

「無理! 無理無理無理!! ねぇ、プリースト呼んできましょう!! この子にヒールかけてあげないと!!!」

「ま、待ってください! 何度も言いますが、どんなに可愛くてもこの子はモンスターです! モンスター…………なのです…………」

 

 流石のめぐみんも、真正面から潤んだ瞳を向けられ、その言葉はどんどん小さくなっていく。なんだろう、冒険者としてはダメなんだが、こいつにも人間の心があると分かって少し安心している俺もいる。

 

 しかし、このウサギは“一撃ウサギ”と呼ばれる、実は結構危険なモンスターだ。愛くるしい姿で敵を油断させ、その角の一撃は人体をも貫く。ちなみに肉食だ。

 俺も駆け出しの頃は、この可愛さにうっかり騙されそうに…………ならなかったな。普通に仕留めてウサギ鍋にした気がする。俺が本当に騙されそうになったのは、人の言葉を話す安楽少女くらいだ。あれはマジでえげつない。

 

 とにかく、ここは教師として注意しなければいけないと、出て行こうとしたが。

 その前に、あるえがゆんゆん達の前に出て、ウサギと向き合った。

 

「おそらく、この紅い魔眼がいけないのだろう。魅了系の魔法かな。でも残念、めぐみんやゆんゆんには効いても、精神操作系の状態異常を全て無効化する、一族に伝わる秘蔵の眼帯を持つ私には効かなかったようだね。ふむ、それではまず、その魔眼を潰すところから始めようか。そうすれば、二人も正気に戻ってくれるはずだ」

「やめてえええええええええええええええええ!!!!!」

 

 木剣の切っ先をウサギに突き付けるあるえに対し、後ろからその腰を掴むゆんゆん。

 するとめぐみんが、なんとかウサギから目を逸らして。

 

「ゆんゆん、覚悟を決めてください。この授業はチャンスなのですよ。上手くいけば、“ヤンデレブラコン”と呼ばれているあなたのキャラを変えることができるかもしれません」

「ええっ!? ちょ、ちょっと、私そんな風に呼ばれてるの!?」

「大丈夫、ゆんゆん。私はそんな呼び方はしていない」

「あ、あるえ……」

「私は“禁断の恋に溺れし狂気の少女ゆんゆん”と呼んでいる」

「やめて!!! お願いやめて!!!!!」

 

 目に涙を浮かべて悲痛な声で叫ぶゆんゆん。

 めぐみんは、そんなゆんゆんを真正面から見つめ、いつになく真剣な顔で。

 

「よく聞いてください。今更あなたがどれだけ否定したところで、既に決定してしまったキャラをなかったことにすることはできません。ですので、ここはキャラを“消す”のではなく“上書き”しましょう」

「う、上書き……?」

「はい。作戦はこうです。この授業でゆんゆんが『ひゃっはあああああああああ!!! もっと血をおおおおおおおおおおお!!!!!』などと叫びながら、ノリノリでモンスターを殺しまくります。そうすれば、今度からあなたは“頭のおかしい虐殺娘”というキャラに」

「ふざけてるよね!? ねぇめぐみん、ふざけてるよね!? 明らかに私をからかって遊んでるよね!?」

「めぐみん、流石にそれはあんまりだと思う。呼ぶなら“殺意の波動に囚われし」

「そこじゃないから!!! そういう問題じゃないから!!!!!」

 

 ここでめぐみんは盛大な溜息をついて。

 

「……仕方ありません、最終手段です。これは少々洒落にならないことになる可能性があるので、出来れば避けたかったのですが」

「な、なによ……何する気……?」

「ゆんゆん、そのウサギの前に立って、目を閉じてください」

「え、いいけど……言っとくけど、姿が見えないからって、殺せたりはしないわよ……?」

 

 めぐみんは、不安そうにしているゆんゆんの背後に回り、耳元に口を近付ける。

 そして、絡みつくような声で。

 

「妄想は得意ですよね? 部屋でいつも架空の友達を創り出して会話している、あなたなら」

「なっ……が、学校行くようになってからは、たまにしかやってないから!」

 

 そんなことやってたのか……たまに部屋からゆんゆんが誰かに話しかけている声が聞こえてくることはあったが、どうせサボテンや出目金に話しかけているだけだと思っていたのに……。

 何とも言えない悲しい気持ちになっている俺をよそに、めぐみんは続ける。

 

「想像してください。目の前にいるのはカズマ先生です」

「に、兄さん……?」

「そうです。先生はよく王都に行っていますが、そこで何をしているのでしょうね? もちろん、真面目に仕事もしているのでしょう。ですが、本当にそれだけだと思いますか?」

「それは…………」

「王都は巨大な街というだけあって、いかがわしいお店も多いと聞きます。そんな誘惑に、先生が耐えられると思いますか? あの、隙あらばセクハラばかりしている先生がですよ?」

「…………」

「それに、先生は大商人にして腕利きの冒険者です。きっと女性も放っておかないことでしょう。そして、あの男が女性から言い寄られて、まさかなびかないとでも思いますか?」

「…………」

「先生は自分では童貞だと言っていますが……本当にそうなのですかね? 肉体関係を結ぶというのは、女性からすれば手っ取り早い男への取り入り方です。もしかしたら、先生は童貞どころか、経験人数は余裕で二桁……いえ、もしかしたら三桁に届く可能性もあるのでは……?」

「…………」

「その後、先生がやりたい放題やりまくった結果、気付けばあなたには何人もの義姉が……もしかしたら、その中にはあなたの知り合いや、まさかの年下までも……! さぁ、そんな先生が今、あなたの目の前に」

 

 バキッ! と、ゆんゆんの木剣が、目の前のウサギの頭をかち割る音が辺りに響いた。

 

 ようやくゆんゆんがモンスターを倒せたということで、めぐみんとあるえは顔を見合わせ、ほっとしたように小さく微笑み合う。何だかんだこの二人は、モンスターを倒せないゆんゆんのことを心配してくれていたのだろう。

 

 しかし、そこから恐怖の時間が始まる。

 

「…………」

 

 未だに目を閉じたままのゆんゆんは、再び木剣を振りかぶり……また叩き付けた。

 ボキッと、何かが折れる音が辺りに響く。

 それからすぐに、ゆんゆんはまた木剣を振りかぶる。

 

 それを見ためぐみんは、先程までの微笑みはどこへやら、真っ青な顔を引きつらせて。

 

「……ゆ、ゆんゆん? あの、モンスターはもう倒せていますよ?」

 

 めぐみんの声は聞こえていないのか、ゆんゆんは再び木剣を振り下ろす。

 何度も、何度も、何度も。

 辺りには骨が砕ける音や、内臓が潰れる音が連続する。

 

 あまりの光景に、あのめぐみんとあるえですらが、身を寄せ合って震えて見ていることしかできない。

 

 俺はガクガクいっている足を引きずるようにして懸命に動かし、その場から逃げ出した。

 今まで危ない目に遭ったことは何度かあったが、ここまで何かに恐怖したのは初めてだった。

 

 こわい……マジこわい。

 

 

***

 

 

「ねぇねぇ、兄さん。私、今度久しぶりに王都に遊びに行ってみたいんだけど、連れて行ってくれないかな?」

「お、おう、もちろんいいぞ! ゆんゆんとデートできるなんて、お兄ちゃん幸せ者だなー!」

 

 それからしばらく経って、そろそろ引き上げる時間になった。

 ゆんゆんは何かが吹っ切れたようにモンスターを倒せるようになり、レベルも上がったようだ。一方で、ゆんゆんと雑談するめぐみんとあるえの顔がどこかぎこちない気もするが、まぁ気のせいだろう。

 

 俺がぷっちんと合流すると、どうやらこちらはまだ養殖を続けているようだった。

 

「おーい、そろそろ戻るぞ」

「おぉ、もうそんな時間か。今日は普段より広い範囲で狩ったせいか、俺も少し疲れたよ」

「えっ、大丈夫だったのかよそれ。二人で手分けしてるとは言え、もう少し慎重になった方がいいんじゃねえか? いや、お前の実力は知ってるけどさ、万が一ってのがあるだろ」

「あぁ、俺も最初はいつも通りの範囲でやろうと思っていたんだがな。ふにふらとどどんこが『先生、実は今日この日は、私達の中に封じられた禁忌の力が漏れ出す日なんです。そして、この力は発散しなければ、私達自身を飲み込みます……ですので、多くの贄が必要なんです!!』と言ってきてな。そんな格好良い事を言われてしまっては、俺としても断るなど」

「よし、お前後でしばくからマジで」

 

 ったく、ふにふら達を見とけって言っておいたのに、ちょっと格好良いこと言われたらすぐこれだ! どんだけちょろいんだよ!

 

 俺は嫌な予感がして、千里眼スキルを発動して辺りを見回す。

 森の中なので木々が邪魔して本来の性能は出せないが、それでも少し離れたところに早速生徒達のグループを一つ発見する。

 

 ……しかし、肝心のふにふら達が一向に見つからない。

 

 嫌な予感は更に増し、俺は口元に人差し指を当てて周りに静かにするように伝えると、目を閉じて盗聴スキルを発動する。

 広範囲の音を拾うようになった耳には、遠くの鳥の鳴き声や、虫が跳ねる音、木の実が落ちる音などが聞こえてくる。……そして。

 

『ね、ねぇ、ふにふら。ちょっと遠くに行き過ぎてない? そろそろ戻ろうよ』

『なーに言ってんの、このチャンスに出来るだけレベル上げて、カズマ先生のスティールに少しでも対抗できるようにするしかないっしょ!』

 

 俺が予想した通りのことを言っている二人の声を聞き、ほっと息をつく。

 結構離れてはいるが、すぐに迎えに行けば十分何とかなる距離だ。

 

 まったく、ここまで心配かけさせたんだから、何かしらの罰が必要だなあいつらには。と言っても、これ以上のセクハラはマズイから、他のことか…………そうだ、今度そけっとから色々情報を聞き出すのに協力してもらおう。女同士なら、そけっとも口が軽くなるだろうし、あの紅魔族随一の美人の個人情報は里の男に高く売れるのだ。

 

 そんなことを考えながらニヤついていると。

 

「…………?」

 

 何か、おかしな音が聞こえてきた。ふにふら達の近くからだ。

 それは何かが羽ばたいている音。鳥にしては明らかに大きい。モンスターだとしても、この辺りに空を飛べるやつはいないはずなのだが……。

 

 俺はごくりと喉を鳴らすと、すぐにいくつもの支援魔法を自分にかけていく。

 その様子にただならぬものを感じたのか、生徒達は何も言わず不安そうに俺を見ており、ぷっちんも怪訝そうな表情で。

 

「どうした? 何かあったのか?」

「ふにふら達の近くに何かいる。おいぷっちん、ここは任せるからな! こいつらが『前世からの因縁が私を呼んでいる……!』やら『ここが運命の交差点なのか……行かなければ……』やら言っても絶対に勝手に行動させず、ちゃんと見てろよ!?」

「分かっている……俺がそんな言葉に惑わされるような男に見えるか? 余計な心配している暇があったら、早くあいつらの元に行ってやれ」

 

 何やらいい顔でいいシーンを演出しているようだが、俺としては激しくツッコミたい所満載だ。

 しかし、今はそんな場合でもないので、こいつは後でまとめて制裁するとして、俺はふにふら達の元へと走り出した。

 

 支援魔法でステータスを底上げしているので、普段よりもずっと速く走ることができる。

 途中の木々に刀傷で目印を付けながら、俺はふにふら達の元へまっすぐ最短距離で進んでいく。

 

 そして、もうすぐかなと思い始めた頃。

 

 

「「きゃあああああああああああああああああああああああっ!!!!!」」

 

 

 少女の絶叫が、森に響き渡った。

 背筋に寒いものを感じた直後、ついに前方にふにふら達を見つける。

 二人は顔を恐怖の色で染めながらこちらへ走って来る。

 

 その後ろ。生い茂る木々のすぐ上を飛んでいるそれを見て、俺は驚きで目を見開いた。

 

 鷲の上半身に、獅子の下半身を持つそのモンスターは。

 

「グ、グリフォン……!?」

 

 何故こんな所に、という疑問が真っ先に浮かぶが、今はそれを考えている場合じゃない。

 俺は素早く詠唱を始め、ちゅんちゅん丸の刀身に指を這わせる。すると、その刀身は黒い雷を帯び始め、バチバチと音を鳴らす。

 

 前方の二人も、俺に気付いたようだ。泣きそうな目で助けを求めている。

 俺は大きく息を吸って。

 

「伏せろっ!!!!!」

 

 俺の言葉を聞いて、ふにふら達はすぐに地面に倒れ込む。

 そして俺は、グリフォンがいる方向にちゅんちゅん丸を鋭く突き出し叫ぶ!

 

「『カースド・ライトニング』ッッッ!!!!!」

 

 バチチッ! と激しい音が辺りに響き渡った。

 まるで槍のように一直線に飛んでいく黒い稲妻は、そのままグリフォンの心臓を貫く…………ことはなかった。

 グリフォンは素早い反応で体を逸らすと、心臓狙いの稲妻を避ける…………が、完全に避けきることは叶わず、稲妻はその片翼に風穴を開けた!

 

「ガアアアアッ!!!」

 

 突然の痛手に、グリフォンは空中でバランスを崩し、バキバキッ! と木の枝を折りながら地面に墜落した。

 

 俺はそのまま地に落ちて倒れているグリフォンに追撃を加えようと……。

 

 

「「せんせええええええええええええええええええええええええええっっ!!!!!」」

 

 

 ……その前にふにふらとどどんこの二人が、大泣きしながら正面から抱きついてきた。

 

「ちょっ!? お、おい、待て! まだグリフォン生きてるから!!」

 

 二人は俺の言葉が聞こえていないらしく、ぎゅっとしがみついたまま離れない。

 無理矢理引き剥がしてもいいのだが、今の俺は支援魔法で身体能力を強化しているので、力の加減が難しくうっかり怪我させてしまう可能性もある。

 

 しょうがないので、俺は二人の尻を揉みしだくことにした。

 

 念の為に言っておくが、この非常時に欲望全開でセクハラしているわけではない。

 この二人は、俺からのセクハラにトラウマを持っているので、こうすることで俺から離れてもらおうとしたのだ。決してやましい気持ちがあるわけではない。本当だよ?

 

 それにしても、尻って人によってかなり感触違うもんだなぁ。

 

「…………あ、あれ? おい?」

 

 俺の予想に反して、二人は尻を揉まれても特に反応もなく、ただただ俺の胸に顔を押し当てて泣き続けている。

 ちょっと待て、これじゃあまるで俺、生徒が弱っているところに付け込んで思う存分セクハラする、救いようのない変態クズ教師みたいじゃねえか!

 

 そうこうしている内に、グリフォンはフラつきながらも起き上がろうとしている。早く何とかしないと本気でマズイ。

 とにかく、何かセクハラ以外で二人の気を向けさせる必要がある。セクハラ以外で……セクハラ以外で…………くそっ、何も思い付かない! 俺からセクハラをとったら何も残らないのか!?

 

 考えろ、考えろ。普通の教師だったらここでどうする?

 普通の教師だったら……生徒が泣きながら抱きついてきたら…………そうだ!!!

 

 俺の頭の中に一つの考えが浮かぶ……が。

 

 これは正攻法だ。俺がこんな真っ当な方法をとって、上手くいくかどうかは微妙だ。しかし、他に何も思い付かないのだからしょうがない。やるしかない。

 

 俺は手に持っていたちゅんちゅん丸を一旦地面に置く。

 そして、ふにふらとどどんこを抱きしめ、頭を撫でてやった。

 

「落ち着け、大丈夫だ。先生は強いからな。お前達のことは、先生が必ず守ってやる」

 

 柄にもない行動に、柄にもないセリフ。自分でも言ってて違和感ありまくり……だったが。

 

 なんと、二人は俺の胸から顔を上げ、潤んだ瞳でこちらを見上げてきた。

 これはあれか、俺が珍しく先生っぽいこと言ってるから、驚いているのかもしれない。

 

 とにかく、ようやく話を聞いてくれそうになっているので、俺はこのチャンスを逃さないようにすぐに続ける。

 

「ちょっと下がってな。今からあの鳥モドキにトドメ刺してやるからな」

 

 俺のその言葉に、二人は慌てて後ろを見て、ようやくグリフォンが起き上がろうとしているのに気が付いたようだ。素直に俺の後ろに下がってくれる。

 しかし、どちらも俺のローブの背中のところを掴んだままだ。

 

 俺はちゅんちゅん丸を拾い上げて、切っ先をグリフォンに向ける。

 そして、空いてる左手で背後を指し示した。

 

「二人はあっちに向かって全力で逃げろ。途中の木に傷を付けておいたから、それを目印にして行けば皆の所に着く。敵感知にはこのグリフォンくらいしか反応してないから、途中でモンスターに遭うこともないはずだ」

「で、でも、先生は……大丈夫なんですか……?」

「心配するなって。俺もすぐ合流する。だから、ここは俺に任せて先に行け」

 

 ……あ、なんか不吉なこと言っちゃった気がする。

 そんな不安を覚える俺に、ふにふらとどどんこは。

 

「…………分かりました。でも、絶対戻ってきてくださいね! あたし、先生に聞いてほしいことがたくさんあるんです! だから……だから……!」

「私、まだまだ先生に色々教えてもらいたいです! やっと先生のこと知って、仲良くできると思ったのに……これで終わりなんて、絶対に嫌ですからね!!」

 

 おい、ちょっと待て。なんかますますそれっぽい雰囲気になってきたけど、大丈夫なのこれ。本当にぽっくり逝っちゃったりしないだろうな俺。

 というか、わざとやってないだろうなこの二人。もし意図的にこういう雰囲気を出して、俺の生存率を下げようとしてるなら流石に女性不信になるぞ。いや、こういう状況で「戻ってきてね!」とか言われると逆に生存率上がるんだっけか? よく分からん。

 

 そうやって二人が走り出すのとほぼ同時に、グリフォンもようやく体勢を立て直し、こちらに突っ込んできた!

 

「ガアアアアアアアアッ!!!!!」

「こ、こええ……」

 

 獰猛な声をあげてこちらに向かって来るグリフォンに、俺の全身がぶるっと震える。

 本来、こんな大物と真正面から対峙するなんて、俺のやり方じゃない。出来れば今すぐ姿を隠して逃げたいところなのだが、まだ近くにふにふら達がいるのでそれも出来ない。

 

 状態異常で動きを止めるか?

 いや、ここまでの大物だと、何が起きるか分からない。まずはふにふら達とこいつを引き離すところからか……。

 

 俺はそう判断すると、素早く詠唱してちゅんちゅん丸を地面に突き刺した。

 すると、その刺した所を中心に、魔法陣が展開される。

 

 グリフォンがその魔法陣の中に入った瞬間、叫ぶ!

 

「『テレポート』ッッ!!!!!」

 

 視界がグニャリと曲がった。

 

 数秒後、目に映るのは見慣れた紅魔の里。すぐ前方には、突然の転移に首を動かして警戒しているグリフォンの姿もある。

 グリフォンを連れて転移するとして、人の多い王都や世界最大のダンジョン前の観光街は論外、消去法で紅魔の里となる。ここは強力な魔法使いばかりだし、子供も学校で授業を受けている時間だ。こめっこくらい小さな子はまだ学校に入学していないが、めぐみんによると、こめっこと同じくらいの年の子は他に全然いないのだとか。それにめぐみんの家は里の隅にあるので、自由に出歩けるこめっこもここまでは来ないだろう。

 

 たまたま近くにいた里の大人達は、突如現れたグリフォンを見て声をあげる。

 

「おぉ、グリフォンじゃないか珍しいな!」

「どうしたカズマ、わざわざどっかから連れて来たのか? まさかこれは見世物だから見物料取るとか言わないだろうな?」

「はははっ、面白い戦いをしてくれたら金を出してもいいぞ! やれやれー!!」

 

 普通は人里にグリフォンなんかが入ってきたら大パニックになるものだが、ここの人達は全く動じず、それどころか楽しげにピーピー口笛を吹いたりもしている。

 それに対し文句の一つでも言ってやろうかと口を開きかけた時。

 

 グリフォンが一気に距離を詰めてきて、その鋭い鉤爪を振り下ろしてきた!

 

「うおおおおっ!?」

 

 慌ててちゅんちゅん丸で受け止めると、ガギギッ! と鈍い金属音が辺りに響き渡る。

 当然片手で支えられるものでもないので、左手でも峰の部分を押さえて、両手で何とか止めようとする。鋭い爪が目の前で揺れており、冷や汗が頬を伝う。

 

 その状態でしばらくは拮抗…………することもなく。

 支援魔法で身体能力を強化しているにも関わらず、俺はグリフォンの力に押され始め、どんどん鉤爪が近くに迫ってくる。

 

 俺は焦って周りに叫ぶ。

 

「お、おい、ピンチなんですけど俺! ここは紅魔族的に、格好良く助けに入る場面じゃねえの!?」

「ん? いやいやいや、ここから大逆転するんだろ? そりゃ俺達だって美味しい所を持って行きたいのは山々だけど、そいつはお前が連れて来たグリフォンだし、譲ってやるよ!」

「あれだろ、ここから秘められし真の力が覚醒するんだろ!? あ、いや、正解は言わなくていいぞ! 楽しみが減っちまうからな!」

「うんうん、一度ピンチを演出してから華麗に倒す……か。お前も分かってきたなカズマ! 俺、お前のことはずっとセンスのない、ただそけっとのエロい写真を売ってくれるだけの変態だと思ってたけど、ちょっと見直したぜ!」

 

 こいつら後で覚えてろよ! 眠らせて縛って魔力吸ってテレポート封じてから、アッチ系の趣味を持ってる貴族に差し出してやる! 紅魔族はレアだから高く売れるだろうなぁ!!

 

 俺はそんな復讐を心に誓い、目の前のグリフォンと向き合う。

 攻撃魔法は避けた方がいいかもしれない。ここは里の中だし、狙いが逸れたりしたら面倒なことになる。いや、どさくさに紛れて周りの奴等にぶち込むのもいいかもしれないな。

 

 ただ、魔法を無駄撃ちする余裕はない。複数の支援魔法に上級魔法、そしてテレポート。魔力残量的にあと上級魔法一発が限界だ。ここは確実に勝負を決められる魔法で仕留めよう。

 この状況がピンチであることは確かだが、同時にグリフォンはちゅんちゅん丸に直接触れている。狙うならここだ。

 

 俺は残っている魔力のほぼ全てを込めながら詠唱し、叫ぶ!

 

 

「『カースド・ペトリファクション』ッッッ!!!!」

 

 

 ちゅんちゅん丸に灰色の光が灯った直後。

 グリフォンは、刀に触れていた鉤爪からどんどん石化していく。それを見て慌てて俺から離れようとしているようだが、もう既に身動き取れる状態ではない。

 

 そして数秒後、俺の前にはグリフォンの石像が出来上がっていた。

 

「はぁ……」

 

 どさっと、尻餅をつく。

 ダルい……もう嫌だ、早く帰って寝たい。何でこんな目に遭ってんだよ俺……。

 ようやく一息つけたことで、この突然舞い込んできたトラブルに対して、今更ながら理不尽さを感じてむすっとしていると。

 

 妙に周りが静かな事に気付いた。

 

「…………?」

 

 不思議に思って辺りを見回してみる。

 一応、グリフォンを倒したんだから、何かしらの反応があってもいいんじゃないか?

 

 周りの大人達は皆、何か微妙な表情でこちらを見ていた。

 ……あれ、こんな顔、少し前に見たことあるぞ。

 

 そして、周りは口を揃えて。

 

 

「「地味」」

 

 

「う、うるせえなほっとけ!!!!! ホント何なのお前ら!? 地味で悪いか倒せたんだからそれでいいだろいちいち文句言うな!!!!! いや待て、だからその目はやめろよ…………や、やめろって言ってんだろうがちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!」

 

 俺はダルい体を無理矢理動かし、ちゅんちゅん丸をブンブン振りながら叫ぶ。

 しかし、周りは口々に「ないわー……ないわー」やら「所詮カズマか……ふっ」やら「あれ、でもこのグリフォンの石像、里の入り口にでも飾れば雰囲気あって格好良くね?」やら言っている。

 

 ……もうやだこの里。

 

 

***

 

 

 次の日の学校。

 午前中最後の授業が終わり、教材をまとめて職員室に向かおうとしていた俺だったが、ふにふらとどどんこの二人に捕まっていた。今日は休み時間になる度にこれだ。

 

「先生、先生! あたし、前世で、生まれ変わったら一緒になろうって誓い合った人がいるんですよ。それで、先生の魔力の質がその人と全く同じなんです! やっと見つけましたよ、今こそ一緒に」

「俺、前世は何の力もないニートだったような気がするから、多分人違いだなそれ」

「先生! 私、そけっとさんに運命の相手を占ってもらったんです。そしたら、なんと! 私の運命の人は、中肉中背の茶髪の人だったんです! これって先生ですよね!?」

「うん、山程該当者いそうだなそれ」

 

 なんか昨日のあれでフラグが立ったようだ。

 俺は溜息をついて。

 

「あのな、お前らいくら何でもちょろすぎんだろ。一度助けられたくらいで、すぐ男に尻尾振ってんじゃねえっての。まったく、お前らみたいなのが、優柔不断で鈍感系の爽やかイケメンのハーレムに組み込まれて、散々振り回された挙句に結局振られて泣くことになるんだよ」

「じゃあ、その前に先生があたしのこと貰ってくださいよー」

「分かった分かった、二年後な。二年後にはお前達だって少しは女っぽくなってるだろうし、考えてやってもいい。でも、俺はきっと大貴族のお嬢様の所に婿入りしてると思うから、その人が愛人を許してくれたらって条件付きだけどな」

「む、婿入りしてる立場でそんなこと言ったら、大変なことになると思うんですけど……」

「えー、どっかにいねえかな。そういうの許してくれる、都合のいい大貴族のお嬢様」

「流石にいないですって……」

 

 二人は呆れてそんなことを言ってくるが、俺はまだ諦めない。世の中広いんだ、どんな人がいてもおかしくはない。

 

 そんなことを話していると、ゆんゆんが不機嫌な表情でこちらにやって来る。めぐみんは、これに関わるのが面倒くさいのか、自分の席でマイペースにゆんゆんのお弁当をぱくぱく食べている。

 

 ゆんゆんは、一度むすっとした表情を俺に向けると、次に不安そうにふにふら達の方を向いて。

 

「……あの、ふにふらさん、どどんこさん。余計なお世話かもしれないけど、本当にもっとよく考えたほうがいいよ? 兄さんって、確かにたまに……たまーにちょっと格好良く見える時もあるけど、基本的に人としてどうかと思うレベルの鬼畜変態だよ?」

 

 さらっと、お兄ちゃんにとんでもない暴言を吐いている妹だが、大体合っているので何も言い返せない。改めて自分を省みてみると、相当酷いな俺。直すつもりはないんだけど。こういう俺が自分でもちょっと好きです。

 

 そんなバカなことを考えていると、ふにふらとどどんこが、何故か俺を庇うようにしてゆんゆんの前に立ち塞がった。

 

 

「「先生のアレは私達が守る!!」」

 

 

「待って! 違うの!! 本当に違うの!!! あれはめぐみんが誤解されるような言い方をしただけで、私も本気じゃないんだってば!!!」

 

 涙目で必死に弁解するゆんゆんに対し、二人は身構えたまま、ゆんゆんの一挙手一投足を注意深く警戒している。

 妹のクラスメイトに、妹から守られるというのも、かなり特殊な状況な気がする。

 

 そんなことを思っていると、生徒が二人、興奮した様子で教室に入ってきた。

 

「ねぇ今、里に魔剣持ちの勇者候補の人が来てるんだけど、その人すっごくイケメンで性格も良さそうなんだよ! 私、握手してもらっちゃった!」

「しかも勇者候補なだけあって、すごく強いんだって! 昨日のグリフォンも、あの人から逃げて来たみたい! あー、私が魔法を覚えたらパーティーに入れてもらえないかなぁ……」

 

 それを聞いた他の生徒達は興味津々の様子だが、俺はどんよりと目を濁らせる。

 

 ……ほう。

 つまり、その勇者候補サマとやらがグリフォンを追いやったせいで、俺は昨日あんな目に遭ったというわけか。なるほど、なるほど。

 

 よし、後で何か仕返ししてやろう。

 そうだな……そいつが泊まる宿に潜入して、風呂上がりを狙って王都にテレポートさせてやろうか。あの街は夜でも賑やかだし、さぞかし面白いことになるだろう。いや、そこは俺も一緒にテレポートして、騒ぎの現場写真を撮って、それをネタに脅して金品を巻き上げたり、好きなようにこき使ったりするのもアリか。

 

 俺がそんな策略を巡らせてニヤついていると、ゆんゆんがはっとした様子で。

 

「あ、そ、そうだ! ねぇ二人共、その勇者候補の人にアピールしてみたら!? ふにふらさんもどどんこさんも、すっごく可愛いし、きっと良い反応を貰えるよ! それにその人、イケメンで性格も良くて強いなんて、兄さんよりずっと良いよ!」

「……はぁ。ゆんゆんも子供ねぇ」

「えっ!?」

 

 どうやらゆんゆんは、ふにふら達を俺から遠ざける為に、二人をその勇者候補の人に引き取ってもらおうと思ったらしい。

 しかし、ふにふらはやれやれと首を振り、どどんこは生暖かい目でゆんゆんを見ている。

 

 ふにふらは、まるで小さな子供に諭すように。

 

「イケメンで性格も良くて強い? あのね、それは結構なことだけど、そんな男つまんないっしょ。男っていうのはね、適度に毒があってこそ魅力的だって言えるの。分かる?」

「そ、そうなの!? 私が子供なの!? あと、兄さんの毒は適度では済まないと思うんだけど! 致死量ぶっちぎってると思うんだけど!!」

「ゆんゆんはまだまだ夢見がちなお子様なんだねぇ……そんな完璧な人と一緒にいると、こっちが疲れちゃうよ。そりゃお子様はそのイケメン勇者サマを選ぶんだろうけど、出来る女はカズマ先生を選んで、沢山泣かされながらも何だかんだ付いて行くものなんだよ」

「えっ、そ、それって、出来る女とかじゃなくて、ダメ男に尽くすダメ女なんじゃないの!? 私がおかしいのこれ!?」

 

 ゆんゆんの困惑を極めた声が教室に響く。

 ……うん、たぶんおかしいのはふにふら達の方だとは思うが、二人は勇者候補のイケメンより俺の方が良いと言ってくれているんだし、俺からは何も言わないでおこう。

 

 とりあえずこれからは、ふにふらとどどんこと仲良くやっていけそうで良かった。俺の妹ということもあるのか、何だかゆんゆんとも前より親しげに話しているようだし、これでゆんゆんにも友達が増えてくれれば良いんだけどな。

 

 そんなことを思いながら、俺はそれぞれの恋愛観について騒がしく語り合う少女達を、微笑ましく眺めていた。

 

 ……それにしても、魔剣持ちの勇者候補か。

 そういえば、最近王都で少し騒がれているルーキーが強力な魔剣を持ってるとか聞いたような。名前は何て言ったかな…………うん、忘れた。今度アイリスにでも聞いてみるか。

 



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王都デート

 
今回長いです。最長です。
 


 

 勇者候補とやらが里にやって来た次の日の朝。

 俺はいつものように教室へと向かう。……本来担任であるぷっちんは、この前の養殖の授業でのやらかしで校長にこっ酷く叱られて、雑用ばかりさせられている。今は校長が大事に育てているチューリップの世話でもしているのではないだろうか。

 

 そして、俺が扉を開けて教室に入ると。

 

「あ、先生おはようござ…………ええっ!? な、なんですかそれ、イメチェンですか!? でもよく似合ってますよ!」

「わぁ! いつもと違って新鮮ですし、カッコイイです!!」

 

 俺が教室に入るなり、ふにふらとどどんこがそんな事を言ってくる。おぉ……俺のことまともに褒めてくれる人ってすげえ貴重だな。

 

 一方で。

 

「どうしたの、兄さん。変装? また何かやらかしたの?」

「例え服装を変えても、先生から滲み出るドス黒いオーラは隠し切れないと思いますので、無駄だと思いますが」

 

 ゆんゆんとめぐみんがこんな事を言ってくるが、こいつらは相変わらず俺のことを何だと思っていやがるんだろう。たぶん、それをそのまま尋ねると、かなりキツイ答えが返ってきそうなので聞かないが。

 

 俺の服装は、いつもの漆黒の紅魔族ローブではない。

 駆け出し冒険者のような身軽な服装に、緑のマント。そして眼帯で紅い左目を隠している。

 

 すると、あるえが何かを理解したのか、意味深な表情で。

 

「今の先生の姿は仮初のもの……来るべき戦いに備え、真の実力は封印し、そんなどこにでもいそうな冒険者を装いつつ、復活の時を窺っている…………そう! その眼帯による封印が解き放たれた時、世界は」

「ほい」

「ああっ! せ、世界が!! 世界が大変なことに!!!」

 

 あるえの言葉に適当に乗ってやって眼帯を外すと、あるえは両手を広げて教室の天井を見上げ、愕然とした表情を浮かべる。おもしれーなこいつ。

 

 もちろん、実際はそんな大仰な設定があるわけもなく。

 

「まぁ、ゆんゆんの言う通り変装だよ変装。なんかさ、この里に来てるっていう勇者候補ってやつが、俺のこと探してるみたいなんだ。俺の顔までは知らないようだけど、一応な」

「あ、そうだよ兄さん。その勇者候補の人、昨日ウチに来て『カズマという人を知りませんか?』って聞きに来てたよ。というか、どうして昨日は帰って来なかったの?」

「ごめんなゆんゆん、お兄ちゃんが帰って来なくて寂しかったのは分かるけど、あの勇者候補が里から出て行くまで、俺は家に帰らず出来るだけ王都にいることにした」

「べ、別に寂しいなんて…………え、王都? …………へぇ、どうして?」

 

 おっと、ゆんゆんの目が若干ヤバイものになってきたな。

 ここはちゃんと説明しないと洒落にならないことになりそうだ。

 

「い、いや実は、あの勇者候補に嫌がらせをしようと思って、姿を隠す魔法と潜伏スキルのコンボでずっと後をつけてたんだけどさ……あ、言っとくけど、アイツのパーティーの女の子には何もやってないからな。本当だぞ?」

「わざわざそう言うと余計怪しいんだけど……というか、そもそも、そんな悪趣味な真似やめなよ……」

「まぁ、聞けって。そしたら、どうもアイツ、俺を仲間にしようとここまで来たみたいなんだ」

「えっ……そう、なの……?」

 

 ゆんゆんが少し不安そうな表情になる。

 俺は溜息をつくと。

 

「あぁ、アイツは俺を探してるって他に、パーティーに入ってくれる人材を探してるとも言ってた。つまり、王都での俺の評判を聞いて、わざわざ俺が拠点にしてるここまで勧誘に来たのかもしれない。まぁ俺、最近はここの教師もやってるから、王都に行く頻度は減ってたしな」

「そ、それで、兄さんはどうするの? あの人のパーティーに入るの……?」

「入るわけねえじゃん。だからこうして逃げてんだよ」

「あ、そ、そっか、そうだよね!」

 

 ゆんゆんがほっとしたように言うと、隣でめぐみんが呆れたように。

 

「ゆんゆん、先生だっていつかは実家を出るのでしょうし、そろそろ兄離れした方がいいのでは?」

「なっ……ち、違うから! 私は、そんな、兄さんに家に居てほしいなんて……」

「はいはい、ゆんゆんがブラコンだっていうのは、あたし達も分かってっから!」

「はぁ、いいなぁ、ゆんゆん。先生と一つ屋根の下で暮らせてるなんて」

 

 ふにふらとどどんこにもこんな事を言われ、俯いて赤くなっていくゆんゆん。

 まぁ、俺としても、せめて可愛い妹が立派に成長するまでは家を出るつもりはないんだけどな。

 

 すると、めぐみんは首を傾げて。

 

「それにしても、何故先生は逃げているのです? 普通に断ればいいのでは?」

「……しばらく観察して分かったんだけど、あの勇者候補ってやつは、どうも正義感の塊のような奴みたいでな。本気で魔王討伐を考えてる。たぶん断っても『それだけの力があるのに、どうして人々の為に使おうと思わないんだ!』とか説教してきそうだ。だから関わりたくないんだよ」

「……私から見ても、先生の力の使い方がおかしいのは確かだと思うのですが」

「お前にだけは言われたくねえなそれ」

「なにおう!? ……というかその勇者候補の人、族長の家を訪ねたというのであれば、先生の顔写真の一つでも見せてもらったのでは?」

「俺が自分の写真を残しておくなんてヘマやるわけないだろ。そもそも、普段から俺の写真は誰にも撮らせないようにしてるしな。顔写真なんて残してたら怖いし」

「どんだけ後ろ暗い人生を送っているのですか」

 

 めぐみんは呆れた顔をしているが、俺としては真面目なことだ。誰かが俺への復讐の為に怖い人達を雇ったりしたら大変だ。そんな事をしそうな奴にも心当たりありまくるし。

 

 めぐみんは溜息をついて。

 

「そもそも先生なら、勇者候補の人に色々えげつない嫌がらせをして帰らせるということもできるのでは?」

「ああいう手合は厄介でな、そう簡単にはいかねえんだよ。多少の嫌がらせには屈しねえし、むしろそれをバネにしてまた向かってきたりもする。『どんな困難が待ち受けようとも、僕は負けない!』みたいにな」

「先生とはまるで真逆ですね。先生の場合は困難にぶつかっても『あ、無理』の一言で、逃げの一手でしょうに」

「俺のことよく分かってんじゃねえか、何だよ、もう奥さん気取りか?」

「はっ、まさか。冗談は存在だけにしてくださあああああああああああああああああっ!!!!! ド、ドレインはやめてくだあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 俺はめぐみんの顔面を鷲掴みにしながら。

 

「そもそも、俺は将来働かなくて済むように、ここまでやってきたんだ。もう既にそれなりの財産も持ってるのに、何でわざわざ魔王なんざと戦わなきゃいけないんだよ」

「あ、分かります分かりますー! 今時、魔王討伐なんて古いですよねー!」

「自分の力なんですから、自分の為に使うのは何もおかしくありませんよ! 魔王なんて、そういう正義感溢れる勇者候補や、生活に困ってヤケになった冒険者に任せときましょう!」

 

 俺の言葉に力強く同調してくれる、ふにふらとどどんこ。初対面での印象もそうだったが、こいつらは紅魔族にしては賢い生き方というものを中々分かっている。

 

 しかし、めぐみんは何が気に障ったのか、顔面を掴んでいた俺の手を振り払い、目を紅く光らせて。

 

「何を腑抜けたことを言っているのですか、それでも紅魔族ですかあなた達は! 先生から悪影響を受けたのかは知りませんが、紅魔族として生まれたのであれば、魔王軍幹部をばったばったとなぎ倒し、玉座にふんぞり返って座っている魔王をぶっ飛ばし、そして自分こそが新たなる魔王になろうと志すものでしょう!」

「あの、めぐみん? 魔王軍を放っておくわけにはいかないっていうのは私も同意見なんだけど、自分が魔王になるっていうのはどうかと思うんだけど……あの有名なお話じゃあるまいし……」

 

 高々と主張するめぐみんに、ゆんゆんは困ったように言う。

 

 ゆんゆんが言っている“有名なお話”というのは、強力な力でずっと一人で戦ってきた勇者が、ついに魔王を倒すも、その後、次の魔王になってしまうというお話だ。昔はその話をネタに「いつまでもぼっちだと魔王になっちゃうぞー」とか言ってゆんゆんを脅かしてみたものだ。

 

 俺はそんなことを懐かしく思い返しながら、頭をかいて。

 

「まぁ、というわけだから、お前らあの勇者候補には俺のこと言うなよ。アイツは俺の顔知らないし、こういう駆け出し冒険者の格好してれば、まさか王都で有名なカズマさんだとは思わないだろう。じゃ、出席取るぞー」

 

 

***

 

 

 今日の授業が終わり、日が傾き始めた紅魔の里。

 俺はイライラしながら早足に実家へと向かう。

 

「くそっ、学校の外で待ち伏せとかストーカーじゃねえか! 俺にそっちの気はねえぞ!」

 

 油断していた。

 学校から帰る途中、何か生徒が集まっているなと思ったら、例の勇者候補が待っていた。

 おそらく、父さん辺りから、俺が学校で教師をやっていることを聞いたのだろう。

 

 そして、アイツの周りにいたのは、俺のクラスじゃない、事情を知らない生徒達だった。つまり、あの場で俺を見た生徒が「あ、カズマ先生だ!」とか言ったら終わりだった。何とか気付かれる前に魔法で姿を消したが。

 

 まさか、ここまでグイグイくるとは。

 とにかく、さっさと家に戻って、何とか父さんに「カズマは遠い旅に出た」とでもウソ言ってもらって、さっさとあのストーカーを里から追い出そう。

 

 そう思って帰宅したのだが。

 

 

「ダメだ。わざわざこの里まで来てくれた勇者候補の人に、そんなウソつけるわけないだろう」

 

 

 きっぱりと断られてしまった。ですよねー。

 父さんは呆れた表情で。

 

「その格好も、あの人から隠れる為か? まったく、お前という奴は……」

「い、いや、だって俺、魔王討伐とかする気なんて、さらさらねえし……」

「いいじゃないか、魔王討伐。父さんは常々思っていたんだ、お前の紅い片眼は、きっと何かに選ばれし者の証だと。なるほど、そういうことか。お前はきっと、魔王を倒す者だったのだな……」

「そんな大層な設定ないから。今はレベルでごまかしてるけど、初期ステータスは紅魔族とは思えない程酷かったから俺」

「ふっ、なおさら滾るじゃないか。恵まれないステータスの最弱職が、なんと魔王を倒すとは!」

「滾らない」

 

 紅魔族の血が騒ぐのか、妙なテンションになってきている父さんは置いといて、仕方なく自室へと向かう。今日も王都で寝泊まりする為、色々と用意をする為だ。父さんがこの調子では、家にいるのは危険だろう。

 

 そして、自分の部屋で服やら何やらを鞄に詰め込んでいると、ドアがノックされた。

 開けると、そこには、やけに良い笑顔を浮かべたゆんゆんが立っていた。

 

「兄さん、今日も王都に泊まるの?」

「あぁ、なんか父さんがあの勇者候補に協力しそうな感じだしな。やっぱあいつが里から出て行くまでは、出来るだけこの里にはいない方がいいと思う」

「ふーん、それじゃあ、私も連れて行ってくれない? 明日は学校お休みだし」

「えっ」

「兄さん言ったじゃない、今度私を王都に連れて行ってくれるって」

 

 そういえば、この前の養殖の授業の時にそんなことを言ったような気がする。

 ゆんゆんは笑顔のまま首を傾げると。

 

「……私が一緒にいると何か困ることでもあるの?」

「何も困らないです! よし、行くか!!」

 

 声がこわい!

 

 

***

 

 

 王都は夜でも賑やかだ。

 隣ではゆんゆんが慣れない人混みに落ち着かない様子で、必死に俺に付いて行こうとしている。

 

 俺は口元をニヤつかせ、手を差し出し。

 

「ほら、大丈夫か?」

「こ、子供扱いしないでよ、大丈夫だから……」

 

 ゆんゆんはその手を取ることはせず、むっとした顔をしている。そういう所が子供っぽくて可愛いということに気付いていないようだ。

 

 そのまま二人で夜の街を歩いていると、何人かの知り合いに声をかけられる。気軽に挨拶だけしてく人や、立ち止まって、いつもと違う俺の服装について尋ねてくる人など、反応は様々だ。

 

 俺は冒険者カードを作った12歳から一年間は、里を中心に小金を稼いだり養殖でひたすらレベル上げなどをしていたが、13歳になってテレポートを覚えてからは、王都に出入りすることも多くなった。要するにこの街とはそれなりに長い付き合いだ。

 

 俺の隣にいるゆんゆんも、俺が声をかけられる度に慌てて頭を下げている。

 しかし、声をかけてきた相手が女性の時だけ、その後笑顔でどんな関係か聞いてくるのは怖いからやめてほしい……。

 

 そうこうしている内に、今日泊まる予定の宿に着く。金には困っていないので、それなりにランクの高い所だ。

 

 俺は空き部屋の状況を確認しながら。

 

「よし、部屋はダブル一つでいいか」

「うん、いいよ」

「えっ」

 

 恥ずかしさで顔を赤くして拒否するゆんゆんが見たかったから言ってみただけなのだが、あまりにもすんなり承諾したので、思わず間抜けな声が漏れてしまった。

 

「あの、ゆんゆん? ダブルってのはだな、大きなベッドが一つしかない部屋で」

「分かってるわよそのくらい」

「あ、そ、そうですか……いや、分かってるならいいんですけど……」

 

 その平然とした態度に、何故か丁寧語になってしまう。

 まぁゆんゆんがいいって言うならと、俺は本当にダブルの部屋を一つ取る。

 

 部屋に入ると、そこには高級感溢れる空間が広がっていた。

 ウチも里の中では裕福な方だし、家だってそれなりではあるのだが、やはりこういった所はまた違う。絨毯の柔らかさとか凄いし、風呂場には、温度や香り、効能などを自由に操作できる魔道具が設置されている。窓の外の夜景も、街の明かり一つ一つが星屑のようで、思わず見とれてしまう程に綺麗なものだ。

 

 ゆんゆんは夜景を眺めて「わぁ……」と感嘆の声を漏らし、ふかふかのベッドに腰掛ける。

 

「兄さん、いつもこんな所に女の人を連れ込んでるの?」

「いや、まだ連れ込めてないな。結構ガード堅いんだよ、ここの女の子。酒飲ませても中々…………あっ!」

「…………」

「ち、ちがっ……! 誤解だ!!」

 

 くっ、何という自然で巧妙な誘導! 成長したな妹よ……。

 ゆんゆんは俺にジト目を向けたまま。

 

「やっぱり兄さんは兄さんね…………ねぇ、このくらい大きな街なら、いかがわしいお店もそれなりにあるんでしょ? 兄さん、常連になるくらい通ってるんじゃない?」

「…………通ってない」

「こっち見なさい」

「…………ちょ、ちょっとは、そういう店も……行ったかも……」

「ちょっと?」

「け、結構行った……かも……」

 

 俺の言葉に、ぴくりと頬を引きつらせるゆんゆん。

 俺は慌てて。

 

「ま、待て聞けって! いかがわしいお店といっても、本当にアレしたりコレしたりって所じゃないから! 綺麗なお姉さんと、お酒飲みながら楽しくお話するだけだから!!」

「……本当にお話するだけ? 体触ったりしないの?」

「…………し、しない」

「…………」

「…………お、お尻くらいは……ちょっと触ったかも…………」

「お尻だけ?」

「…………む、胸も……触りました…………ごめんなさい…………」

「ふーん」

 

 気がつけば、俺は絨毯の上に正座していて、妹に懺悔していた。もはや兄としての威厳もクソもない。というか、最初からそんなものはなかった気がする。

 

 ゆんゆんはしばらく俺に無言の圧力を送っていたが、やがて呆れたように溜息をついて。

 

「……まったく。里でも私達にあれだけセクハラしてるのに、まだ足りないの? どれだけ性欲強いのよ」

「待て、それは違うぞ。確かに、この街のいけないお店でお姉さんにセクハラするのは性欲からだが、お前らへのセクハラは単純に反応が面白いのと好奇心からでごめんなさい調子乗りました」

 

 ゆんゆんの目がとんでもないことになってきたので、即座に土下座する。

 マジでこええ……ドラゴンに睨まれた時でもこんなにビビらなかったぞ俺……。

 

 ゆんゆんは俺のことをじっと見て。

 

「もうそういうお店には行くなって言われたら辛い?」

「辛い。メッチャ辛い。どれくらい辛いかと言われたら、これからは一日一食にしろって言われるよりも辛いし、一日の睡眠時間は一時間以内にしろって言われるよりも辛い」

「うん、他の三大欲求と比べても、性欲がとんでもなく強いっていうのはよく分かったわ。でも、お姉さんにセクハラとかは本当にやめてほしいんだけど。ただお話するだけじゃダメなの?」

「いや、普通にお話していても、こう、本能がね? 気がついたら手が……」

「…………兄さん、その、えっと……妹の私が、兄にこんなこと言うのはどうかと思うんだけど……」

 

 何やら急に言いよどむようにして、ほんのりと頬を赤く染めて、こちらをちらちらと見るゆんゆん。

 それから、意を決したように大きく息を吸い込むと。

 

「…………ちゃんと、自分で処理……してるの? 足りないんじゃない……?」

「してるに決まってるだろ。え、なに、足りないのか? 俺としては、人並みくらいにはやってると思ってたんだが…………参考までに、お前はどのくらいやってるの?」

「私は週に二、三…………わああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 顔を真っ赤にしたゆんゆんが拳を振り上げ襲いかかってきた!

 時々ゆんゆんの部屋から漏れ聞こえていたあの声は、初めてめぐみんの家に遊びに行ったあの日から聞こえなくはなっていたんだが、まだしてたんだな……。

 

 その後、俺はしばらくゆんゆんにボコられたあと、そういうお店に行くのは止めないがセクハラはしないようにと約束させられる。守れるかどうかは微妙……いや、多分守れない。

 

 それから一緒にお風呂に入ろうとしたのだが、それは流石に真顔で断られ(怖かった)、交代で入った後、二人仲良くベッドに潜り込む。

 そして、俺は隣で横になっているゆんゆんに。

 

「なぁ、ゆんゆん。お兄ちゃん、久々に妹枕を堪能したいです」

「妹枕って何よ…………はぁ、お好きにどうぞ」

「え、いいの? この部屋の事といい、今日はなんか積極的じゃね?」

「これで少しは他の人へのセクハラが少なくなってくれれば、と思って。私は妹だし、生け贄になるなら私しかいないでしょ」

 

 他人の為に自ら犠牲になるとか、なんて優しい子なんだろう。俺はこのよく出来た妹を誇りに思いつつ、後ろから思い切り抱きしめることにした。ゆんゆんから「んっ」と小さな声が漏れる。

 おおう、この感触にいい匂い、久しぶりだなぁ……。

 

 ゆんゆんはされるがままの状態で。

 

「言っておくけど、胸とかお尻触るのはダメだからね」

「分かってる分かってる。そんなことして、この幸せを逃すなんて馬鹿な真似しないって」

「……そんなに幸せなの?」

「おう、幸せだぞー。もう明日も一日中こうしていたいくらいだ」

「それは流石に困るんだけど…………ふふ、そっかそっか」

 

 あれ、これゆんゆんも意外と満更でもない?

 そう判断した俺は、この機を逃すまいと更にお願いしてみる。

 

「よし、それじゃあ次は俺のことをお兄ちゃんと呼んでみようか。昔みたいに」

「いや」

 

 ダメだった。くそう。

 悔しがる俺に、ゆんゆんは溜息をついて。

 

「いいから、もう寝よ? 明日は一日中、街を回るのに付き合ってもらうからね?」

「はいはい、どこへでも付いて行くって。あー、でも明日の夜は王女様に謁見することになってるから、そこは勘弁なー」

「えっ、王女様……? …………兄さん、それ私も一緒じゃダメなのかな?」

「んー、まぁ、大丈夫じゃねえの……じゃ、一緒に行くかぁ……」

「うん!」

 

 何だろう、今のゆんゆんのお願いは断った方が良かった気がする。でも、だんだんと眠くなってきていて、考えるのが面倒くさい。まぁいいか。

 

 それからは特に会話もなく、ただ心地いい沈黙だけが部屋に流れていく。

 俺としてはもう少し起きていたいところだったが、次第に睡魔が襲ってきて、意識はおぼろげになっていき…………。

 

 

「おやすみ、お兄ちゃん」

 

 

 意識の端で、そんな声を聞いたような気がした。

 

 

***

 

 

 次の日、俺達は朝食をとるとすぐに街に繰り出していた。

 まだ朝早いのにこれだけ人が行き交っているのも、この街くらいのものだろう。

 

 服装は一応駆け出し冒険者のようなものにしている。

 例の勇者候補が、テレポートでここまで送ってもらって来ている可能性を警戒してだ。

 

 ゆんゆんは相変わらず人の多さに戸惑いながらも、きょろきょろと辺りを見回して面白そうなものはないかと探している。

 俺はそんな様子を微笑ましく眺めながら。

 

「それにしても、ゆんゆんとデートってのも久しぶりだな」

「っ……い、いきなり何よ……」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは耳まで赤くして俯く。

 そんな姿を見せられては、からかうなというのが無理な話で。

 

「何だよ、照れんなよ。そうだ、せっかくのデートなんだし、手繋ごうぜ手」

 

 そう言ってニヤニヤ笑いながら手を差し出してみる。

 そして、今度はどんな可愛い反応をしてくれるかと期待していると。

 

 なんと、ゆんゆんは素直にその手を握ってきた。

 しかも、ただ握るだけでなく、指まで絡めてきた!

 

 思わずゆんゆんの顔をまじまじと見てしまう。相変わらず真っ赤になって恥ずかしそうにはしているが、それでもじっと俺の目を見てくる。

 

「……デート、なんでしょ?」

「お、おう……昨日に引き続き、今日も結構積極的なんだなゆんゆん……」

「ふふ、自分から言ってきたくせに」

 

 そう言って楽しげに微笑むゆんゆん。なにこの可愛い生き物。

 二人きりだったら抱きしめて撫で回しているところだろうが、流石に公衆の面前でそんなことをすればゆんゆんがショートしてしまうだろうし、俺も恥ずかしい。

 

 そんな、少しむず痒い雰囲気のまま歩いていると。

 

「お、そこの仲良さそうなカップルさん! ちょっと寄って行かないかい?」

 

 その声の方を向いてみると、ちょうど父さんと同じくらいの歳のオッチャンが、小さな店の前で客の呼び込みをやっているようだった。見たところ、魔道具店だろうか。

 というか、俺達カップルに見えんのか……まぁ確かに、恋人繋ぎで歩く兄妹ってのもいないかもな……。隣では、ゆんゆんが顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

 

 俺はオッチャンに申し訳なさそうに片手を上げると。

 

「悪いオッチャン、俺達紅魔族なんだ。魔道具だったら里で買うよ」

「ん、そっちの嬢ちゃんは見た目で分かるが、兄ちゃんもそうなのか? まぁ、それはいいんだ、俺は別に魔道具を売ろうってんじゃねえ。最近、魔道具を使ったカップル向けのゲームを始めてな。良かったらどうだい?」

「へぇ、ゲームか……どうする、ゆんゆん? やってみるか?」

「あ、うん、そうだね。やってみよっか」

 

 ゆんゆんも頷いたので、俺達はその店に入ってみることにする。

 ざっと店内を見回してみると、魔道具の種類は多いが強力なものは置いていない、よくある中小魔道具店のようだ。

 

 そして、オッチャンは店の奥から、大きめの魔法使いの帽子を二つ持ってきて俺達に渡す。

 

「これはウチの中では一番強力な魔道具でな。頭の中でイメージしたものを、目の前に映し出すことができるんだ」

「え、マジで? どれどれ」

 

 俺は早速帽子を被り、目を閉じる。

 その後再び目を開けると、俺のすぐ前でナイスバディのお姉さんが全裸で扇情的なポーズをとっていた!

 

「おおおおおおおおっ!!!」

「…………」

「ごめんなさい」

 

 思わず歓喜の声をあげる俺だったが、隣でゆんゆんがニッコリとこちらを見てきたので、即座に頭を下げる。妹の笑顔が怖いです。

 

 俺の行動に若干引いていたオッチャンは気を取り直して。

 

「あー、それでゲームってのは、まずは俺がいくつかお題を出す。お前さん方は、帽子を被ってそれに対する答えをイメージしてほしいんだ。で、お互いが思い浮かべたものを見ないで当てる。正解数に応じて豪華賞品プレゼントだ。挑戦料は1000エリス、どうだい? 賞品は魔道具だけじゃないし、二人共全問正解ならその帽子をあげるよ」

「へぇ、面白そうだな。おいゆんゆん、ここは俺達の絆の力ってやつを見せつけてやろうぜ!」

「う、うーん、なんか上手くいきそうにない気がするんだけど……いいよ、やろっか。あの、その前におじさん、私達実は」

「よし早速やろうぜオッチャン! はようはよう!!」

「お、おう……」

 

 ゆんゆんは気弱なことを言っているが、これはチャンスだ。

 このオッチャンは俺達のことをカップルだと思っているらしいが、実際は兄妹、つまり家族だ。家族というのはカップル以上に長い付き合いであることがほとんどで、お互いのことはより理解しているものだ。おそらくだが、俺達が兄妹だと知っていれば、このオッチャンも話を持ちかけてはこなかっただろう。

 

 ゆんゆんにも、俺達が兄妹だということは隠しておこうと言うと、少し後ろめたそうにしながらも、顔を赤くしたまま頷いてくれた。

 

 それから俺達は、背中合わせに椅子に座らせられる。この帽子によって映し出されるイメージは自分の目の前に現れるので、こうするとお互いが何を思い浮かべたのかは見ることができない。

 

 オッチャンは喉の調子を整えるように軽く咳払いをして。

 

「そんじゃ、いくぞ! 最初は『この世で最も可愛いモノ』を思い浮かべてくれ」

 

 俺はまた目を閉じてイメージしようと思ったが、それより先に既に目の前には答えが浮かび上がっていた。なるほど、さっきは自発的に妄想を映し出そうしたから集中する必要があったが、こうしてお題を聞いてから連想する場合は一瞬で済むのか。つまり、誤魔化しは効かないってわけだ。

 

「よしよし、二人共答えは出たな。じゃ、お互いの答えを当ててみてくれ。チャンスは一回だけだぞ」

 

 ふむ、ゆんゆんは何を思い浮かべているだろう。この世で最も可愛いモノ……ね。

 俺は少し考えてから、割と最近の記憶に思い当たるフシがあるのに気付く。

 

「一撃ウサギだろ」

「ほぉ、やるじゃねえか兄ちゃん」

「なっ……何で分かったの!?」

 

 オッチャンの感心した声と、ゆんゆんの驚いた声が聞こえる。

 そういえば、ゆんゆんは俺があの光景を見ていたのは知らないんだったか。俺としては、あのウサギの結末が衝撃的過ぎて中々忘れられる記憶ではない。おそらく本人は、あのウサギを始末した辺りの事はすっかり忘れているのだろうが。

 

 それからゆんゆんは俺の答えを言い当てようと、しばらくうーんと考え込んでいたが。

 

「……安楽少女?」

「あちゃー残念! 嬢ちゃんは不正解だ!」

「おいおい、ゆんゆん。冒険者カード作ってからもう三年だぞ、俺。流石にモンスターを可愛いとか思うことはなくなってるっつの。安楽少女とか、経験値が良いってだけのただのモンスターだよ」

「だ、だって! 昔兄さ……カズマさんが唯一騙されかけたモンスターだって聞いて、この人にも人の心があったんだって、私喜んで……」

「あ、あるよ人の心! ……つーか、安楽少女って実はかなり腹黒いんだよ。正体知っちまえば、何てことはねえよ」

 

 俺が初めて安楽少女に出くわした時、儚い笑顔と拙いカタコトですっかり騙されてしまい、退治できずに見逃してしまったわけだが、偶然あのモンスターが「ちっ、あの童貞もダメだったか。まぁ、紅魔族のくせに美味そうでもなかったし別にいいか」とか流暢に喋ってるのを聞いてからは、もう何の躊躇いもなくぶった斬れるようになった。

 

 俺はニヤニヤとゆんゆんの方を向いて。

 

「はぁ、残念だなー、俺はこんなにもゆんゆんのことを分かってやってるのに、ゆんゆんは俺のことを分かってくれないのかぁ……」

「そ、それは……ああもう! それで、答えは何なの!?」

 

 そう言ってゆんゆんは、こちらを振り返り。

 

「――っっ!?」

 

 俺の答えを見たゆんゆんが、顔を真っ赤に染め上げて口をぱくぱくさせている。

 何だろう、何かおかしかったのだろうか。お兄ちゃん的には至極当然な答えだと思うのだが。

 

 俺の目の前に浮かび上がっていたのは、ゆんゆんだった。

 

 オッチャンはそれを見て愉快そうに。

 

「はっはっはっ、照れんな照れんな嬢ちゃん! いい彼氏じゃねえか、もう結構なカップルを相手にしてきたが、この質問に彼女を思い浮かべる男ってのは意外といないもんだぜ!」

「そりゃもう、溺愛してるからな!」

「も、もう! 調子のいい事言って……」

 

 そんなことを言いながらも、ゆんゆんは両手の指をそわそわと絡めながら、口元は笑みを抑えようとしているのか、もにゅもにゅとさせている。かわいい。

 

 オッチャンはそんな俺達の様子をニヤニヤと見て。

 

「へっ、アツいねアツいねー! だが、悪いな! 次はそんな良い雰囲気にはなれそうにもないぞ? お題は『この世で最も怖いモノ』だ!」

 

 その言葉を聞くとすぐ、俺の目の前には答えが浮かび上がる。ゆんゆんの方も何かしらのモノが現れていることだろう。

 

「えっ」

 

 その声はオッチャンのものだった。

 どうしたのかとそちらを見てみると、目を丸くして驚いている様子だ。

 あれ、こういう反応は俺達へのヒントにもなっちゃうと思うんだけど……それ程意外だったのか? ……まぁ、確かに俺の答えは意外だったかもしれないけど。

 

 しかし、よく見ると、オッチャンは俺の方とゆんゆんの方を交互に見ているようだった。ということは……ゆんゆんの方も何か意外な答えなのか?

 

 少し考えてみる。

 ゆんゆんの怖いものと言われても、クモとかムカデとか、あとはナメクジとか、ありきたりなものしか浮かんでこない。それらは別に意外なものでもないだろう。女の子なら苦手じゃない方が珍しいくらいだ。

 

 じゃあ、普通の人は怖くも何ともないけど、ゆんゆんからすれば怖いもの…………何か本気で嫌がるような…………あ。

 

 俺の頭に浮かんできたのは、またもや比較的新しい記憶だった。

 そういえば、学校が始まってから最初の休みの日。ゆんゆんが散々な目に遭った一日があったはずだ。あの時ほど本気で泣きわめくゆんゆんは、他にあまり記憶に無い。

 

 あの日、ゆんゆんを一番泣かせた要因と言えば。

 

「……もしかして、こめっこか?」

「っ!? な、何で分かっ…………ち、違うの! 別にこめっこちゃんが苦手とか、そういうことじゃなくて、その……!」

「お、お前……いくら何でも5歳児を怖がるってどうなんだ……?」

「だって! だって!!」

「す、すげえな兄ちゃん。どうして嬢ちゃんがこんな小さな可愛らしい子を怖がってるのか、俺にはさっぱりだ」

 

 ……うーん、でもこめっこはそこらの5歳児と比べて明らかに小悪魔っぽさが際立っていて、無邪気にとんでもなく切れ味ある事言ってきたりするしなぁ。特にゆんゆんは、主にアレ関連で酷い目に遭っていた。しょうがない……のか?

 

 俺は溜息をついて。

 

「まぁ、そんな怖がってやるなって、こめっこだって悪気があるわけじゃないんだからさ。それよりほら、俺の答えも当ててみろよ」

「…………警察?」

「ちげえよ! やめろよ俺が何かいけない事してるみたいじゃねえか! グレーっぽい事をする時は、絶対に足は残さないようにしてるから警察なんて怖がってねえし!」

「グレーな事はしてるんじゃない! もう、分からないわよ、兄……カズマさんが怖がるモノなんて……」

 

 そう言いながら、こちらを振り返るゆんゆん。そして、俺の前に浮かぶものを見て、固まった。

 そこには、またもやゆんゆんが浮かび上がっていた。

 

 ゆんゆんは一瞬ぽかんとした後。

 

「…………えっ!? ちょ、ちょっと、何でまた私なの!?」

「いや、だって普通に怖いもんお前……この前、めぐみんとかあるえも『ゆんゆん、ヤバイ……マジ、ヤバイ……』って震えてたぞ」

「うそぉ!? そ、そんなに私って怖いの!? 心当たりないんだけど!!」

 

 どうやら自覚はないらしい。一番厄介なパターンだ。

 

 それからオッチャンはいくつかお題を出し、俺はそれら全てのゆんゆんの答えを言い当て、逆にゆんゆんは俺の斜め下の答えを全て外していた。

 そして、いよいよ最後のお題となった時には、ゆんゆんはすっかりしょげ切ってしまっていた。

 

 流石に可哀想になった俺はフォローするように。

 

「……あー、あんま気にすんなよ。俺の答えが特殊なだけだ」

「でも……これだけ一緒にいるのに一問も当てられないなんて……。私のことは全部当ててくれてるのに……」

 

 そんな俺達を見て、オッチャンも気の毒そうに。

 

「よ、よし! それじゃあ最後のお題はサービスしてやる! ずばり『好きな異性』だ! ほら、簡単だろ?」

 

 そう言ってにこりと笑うオッチャン。良い人だ……。

 しかし、ゆんゆんは途端に慌てた様子で。

 

「えっ、ま、待って! それは…………ああああああっ!!! ちがっ、これは違うの!!!!!」

「いや俺からは見えてねえから落ち着けって。まぁ、俺なんだろうけど」

「こ、これはね!? これは、その……ほら! 私ってそんなに異性の知り合いがいないから、そ、それで……!」

 

 おそらく、今ゆんゆんは、ゆでダコのように赤くなっているのだろう。見なくても分かる。

 オッチャンも、そんなゆんゆんを微笑ましく見て…………いなかった。オッチャンの視線は、俺の前方に固定され、明らかにドン引きした表情で何も言えない様子だ。

 

 えっ、俺の答え、そんなにおかしいのか?

 

「……えっと、じゃあゆんゆん、俺の答え当ててみろよ」

「あ、う、うん…………どうせ、私とかめぐみんとかは子供扱いして、女として見てないんだろうから…………そ、そけっとさん、とか?」

「おお! やったぞゆんゆん、やっと正解だ!」

「えっ……あ、そ、そうなんだ…………そけっとさん、か…………」

 

 やっと正解したというのに、ゆんゆんは分かりやすく落ち込んでいる。

 う、うーん、お兄ちゃんとしては妹からの気持ちに応えられないのは心苦しいのだが、やっぱり12歳はまだそういう目では見られねえんだよな……。

 

 ゆんゆんは少し泣きそうになりながら、こちらを振り返り…………固まった。

 

 俺の前には、そけっとが浮かび上がっている。

 

 しかし、そこに現れているのは、そけっとだけじゃなかった。

 

 そけっと以外にも、商人仲間で巨乳のお姉さんや、何度か参加した城内パーティーで目を付けた貴族のお姉さん方、他にもギルドの受付嬢やらセクシーな女冒険者、はたまた、いけないお店のお気に入りの子まで。

 

 それはもう、選り取りみどり、眼福と言える光景が浮かんでいた。

 

「オッチャン、この美人の紅魔族がそけっとだ。まぁ、そけっと以外にも沢山いるけど、答えの一つには変わりないし正解でいいよな! お、やったぞ、ゆんゆん! 最後にお前が正解してくれたお陰で、賞品は結構使えそうな録音の魔道具だ! これが1000エリスなら、かなりお得…………ゆんゆん? ど、どうした…………よし、落ち着け、ここは店の中だ。あまりご迷惑になることはごばふっ!!!!!!」

 

 店の中ではしばらく暴力音が連続した。

 

 

***

 

 

「兄さんは一度刺された方がいいと思う」

 

 まだご機嫌斜めな妹から、キツイ言葉を投げかけられる。

 俺は心外だとばかりに。

 

「いや待てってゆんゆん。言っとくけどな、別にあの人達の誰かと付き合ってるとか、そういうわけじゃないんだぞ? 『美人だなー、ヤりたいなー、結婚したいなー』って思ってるだけなんだ。つまり、純情な片思いに過ぎないってわけだ」

「兄さん、一度に何人もの女性に対して劣情を催すのは、片思いとは言わないんだよ?」

「え、そうなの?」

「うん」

 

 そ、そうだったのか……つまり、俺はまだ恋を知らないってことなのか……。

 なんか、一気に自分が子供に思えてきて少し凹む。

 

 しかし、ゆんゆんは俺の言葉にどこか安心したように小さな声で。

 

「……まぁ、兄さんは本気で誰かを好きになったことはないんだよね……」

「それなら、私にもまだチャンスはある!」

「そ、そんなこと言ってないから!! 兄さんのバカッ!!!」

 

 そうやって顔を真っ赤にしてポカポカ叩いてくる我が妹。こんなに可愛い妹がいて、お兄ちゃんはとても幸せ者です。

 

 それから俺達は昼食に串焼きを買い、それを食べながら街を歩く。太陽が高く昇るにつれて、街もどんどん活気付いてくる。

 俺はふと良いことを思いつき、隣のゆんゆんにニヤリと。

 

「お兄ちゃん、そっちのも食べてみたいな。一口くれよ」

「えっ……あ、う、うん、いいよ……」

「サンキュー。俺のも食っていいぞ、ほら」

 

 そう言ってお互いが持っていた串焼きを交換する。俺の持っていたものは肉系で、ゆんゆんが持っていたものは海鮮系だ。

 

 俺がなんの躊躇もなく、ゆんゆんの食べかけの串焼きをかじると、ゆんゆんはそれを顔を赤くして見ていた。

 そして、自分が持っている俺の串焼きを見てごくりと喉を鳴らす。そんなに美味しそうに見えるのだろうか。……いや、分かってるけどね。分かっていてやってるんだけどね。

 

 ゆんゆんは真っ赤な顔で、ゆっくりと串焼きを口まで持っていき……かじった。

 

「そういえばキスってさ」

「っっ!!!!!????? きゅ、急に何!?」

 

 俺の言葉に、びくっと全身を震わせるゆんゆん。

 その反応に思わず吹き出してしまいそうになるのを何とかこらえて、言ってみる。

 

「いや、キスってさ、二人の間でとんでもない数の菌が交換されるらしいぞ。それなら、間接キスはどうなんかなって」

「なんで今そんなこと言うの!? からかってるよね!? 私の事からかって遊んでるよね!?」

 

 そう言いながら、真っ赤な顔で詰め寄ってくるゆんゆんを、笑いながらなだめる。

 こういう反応は、からかう側からすれば楽しいものなのだが、おそらくこの妹は分かっていないだろう。めぐみんがよくオモチャにしているのも頷ける。

 

 その後、俺達はぶらぶらと街を歩きながら、ゆんゆんがペットショップでまりもを買って友達にしたり、夜の謁見の為に、服飾店でゆんゆんのドレスを見繕ったりしてもらった。

 

 それから、再び街を歩いていると、ゆんゆんが少し照れたように。

 

「あ、あの、私、友達にお土産とか買いたいなって……」

「ん、じゃあさっきのペットショップに戻るか? サボテン用の良い土とか、魚用の良い水草とか色々あったぞ。まぁ、土の方は俺のクリエイトアースでもいいと思うけど」

「そっちはまりもと一緒にもう買ったよ。そうじゃなくて、人間の方。ほら、めぐみんとか……」

「あー、そっかそっか」

 

 確かに考えてみれば、休みの日に王都に行って学校の友達にお土産を買うというのは、ゆんゆんにとってはやってみたいイベントだろう。

 俺は少し考えて。

 

「どうせクラスメイトは全部で10人しかいないし、全員分買っちまうか。じゃあ、ゆんゆんは、めぐみん、あるえ、ふにふら、どどんこ辺りのお土産選んでくれ。俺は他の子のを選ぶから」

「あ、う、うん……ちゃんと喜んでもらえる物を選べればいいんだけど……」

「まぁ、もう皆のキャラは大体分かってきただろ? そこまで大外しすることはないだろ」

「うーん、ふにふらさんとどどんこさんは、可愛い感じの小物でいいと思うんだけどね。めぐみんとあるえは……」

「めぐみんはとりあえず腹にたまる食い物やれば喜ぶだろ。あるえは曰くつきのアイテムとかがいいんじゃね? この前、怪しい店で血塗られたロザリオとか見たけど、あれとか良さそう」

「明らかに女の子へのお土産の選び方じゃないんだけど、否定出来ない……」

 

 ゆんゆんはそう言って苦笑いを浮かべながらも、初めての友達へのお土産選びにとても楽しそうにしており、見ているこっちまでほっこりした。良かったなぁ、ゆんゆん。

 

 

***

 

 

 楽しい時間というのはいつだって早く過ぎていくものであり、気付けば太陽は沈みかけていて、赤みがかった暗い空には星がいくつか光り始めている。

 街灯が照らす夜の街を歩きながら、俺は大きな時計塔を見上げて。

 

「少し早いけど、そろそろ城に向かうか」

「そ、そうだね……うん……」

「そんな緊張するなって。王女様といっても、冒険話をすれば笑顔で楽しそうに聞いてくれて、エロい話をすれば顔を真っ赤にしながらも興味津々に聞いてくる、普通の10歳の女の子だ」

「王女様にまでえっちな話とかしてるの!? 大丈夫なのそれ!?」

「大丈夫、大丈夫。クレアっていう護衛の女がブチギレて剣を抜いたりするけど、そのくらいだ」

「全然大丈夫じゃないと思うんだけどそれ」

 

 ゆんゆんが呆れてそう言った時だった。

 

 

 夜の街に、けたたましい鐘の音が響き渡った。

 

 

『魔王軍襲撃警報、魔王軍襲撃警報! 高レベル冒険者の方は、街へのモンスターの侵入に警戒してください! なお、普段から最前線での参戦をお願いしている超高レベル冒険者の方は、騎士団と共に至急王城前へ集まるようお願いします!』

 

 

 国の首都ともなれば、こうした魔王軍による襲撃も珍しくない。

 紅魔の里も比較的魔王城の近くにあるので、本来であればもっと襲撃があってもいいのだが、あの里には強力なアークウィザードがわんさかいる上に極めて好戦的なので、魔王軍もあまり手が出せない状況なのだ。

 

 街の人々は警報にざわついてはいるが、パニックになることはなく、落ち着いて避難を始めている。流石に慣れているといった感じだ。

 

 隣でゆんゆんが、俺のことを不安そうに見つめてくる。

 

「兄さん……行くんだよね……」

「そうだな、俺達も避難しないと……一旦宿に戻るか? あそこからなら、最前線で打ち上げられる魔法とかが花火みたいに見えて、結構綺麗かもしんないぞ」

「……えっ? あ、あれ? 兄さん、高レベル冒険者だから街の入り口を守ったり、騎士団の人達と前線で戦ったりしないの……?」

「ははは、何言ってんだよゆんゆん。高レベル冒険者といっても、俺は最弱職だぞ? そんな危ないことは、つよーい上級職の人に任せておけばいいんだ。ほら避難だ避難」

「ええっ!? それでいいの人として!?」

 

 そうやって何か騒いでいるゆんゆんの手を引いて、宿に戻ろうとしていた時。

 

 

『冒険者のお呼び出しを申し上げます! 冒険者カズマ様! 超高レベル冒険者のカズマ様! 至急王城前へお越しください!! なお、カズマ様が今回参戦されなかった場合、この後予定されている王女アイリス様への謁見の話はなかったことになると、シンフォニア家長女クレア様からのお達しです!!』

 

 

 あんのクソアマー!!!

 

 

***

 

 

 王城前は、鍛え抜かれた騎士団と、腕利きの冒険者達が集まっている。

 ゆんゆんも一人にしておくわけにはいかないのでここまで連れて来たが、流石に戦場まで連れて行くわけにはいかないので、城内に置いといてもらった。

 

 俺が顔全体で不機嫌ですと言いながら集合場所までやって来ると、そこには白スーツのクソ女が腕を組んで待っていた。

 

「やっと来たか。どうせギルドでクエストを受けるわけでもなく、またろくでもない事に手を染めていたのだろう」

「おうコラ、人様のデートを邪魔しといて第一声がそれかよ」

「ふむ、やはりろくでもない事をしていたか。罪のない一人の女性を、邪悪な男の魔の手から救えたようで何よりだ」

「お前また剥ぐぞ」

「き、貴様、今度あんなことをすれば、もう今後一切アイリス様には会わせないからな……!」

 

 アイリスの護衛にして、大貴族シンフォニア家の長女クレアは、ほんのり頬を赤く染めながらも、奥歯をギリッと鳴らしてこちらを睨む。何か嫌なことを思い出したらしい。

 

 そして、ジロッと俺の全身を眺めて。

 

「それにしても、何だその格好は。そんなもので、『自分は駆け出し冒険者です』などと誤魔化せるとでも思ったか」

「うるせえな、これには他の理由があんだよ。紅魔族風に言えば…………我が名はカズマ! 紅魔族随一の冒険者にして、訳あってその正体を隠す者…………ってとこか」

「貴様は紅魔族随一の変態にして鬼畜だろう」

「お前、その変態鬼畜男に手助け求めてんだけど、そこんとこ分かってんの?」

「ぐっ…………ま、まぁ、貴様の腕だけは……そう腕だけ、本当に腕だけは、信用している。頼んだぞ」

「ここまでやる気が出ない頼み方ってのも珍しいな」

 

 それから俺達は王城前を離れ、魔王軍が進行している最前線へと向かう。

 

 すぐに目的地に到着し、数多くの騎士や冒険者に囲まれ、敵を正面から待ち構える。

 かなりの数だ。もう帰りたい。

 俺が深い深い溜息をついていると、騎士団長の人が話しかけてくる。

 

「カズマ様。毎回のことで申し訳ないのですが」

「分かってます。潜伏からの敵指導者への奇襲に、上級魔法での広範囲攻撃、アンデッドや悪魔の浄化、敵の厄介な支援魔法や弱体魔法の打ち消し、味方への回復魔法や支援魔法、魔力が枯渇した者への魔力提供。この辺りを戦況に応じて適宜行え、でしょう」

「は、はい……カズマ様ほど多種多様なスキルを扱える者など、この国にはおりませんので……」

「確かにスキルは多いですけど、魔力は無限ってわけじゃないんですけどね……まぁ、こんだけの敵の数なら、いくらでも吸えますけど……」

 

 最弱職をこき使い過ぎじゃないかとも思うが、元々冒険者なんてのは、戦況に応じてどこにでもフォローに回れるというのが最大の利点だ。戦いになると、自然と役回りはこんな感じになる。

 

 俺は邪魔な眼帯を外し、ちゅんちゅん丸を鞘から抜きながら、盗聴スキルを使って敵の出方を窺ってみる。

 スキルによって様々な音を拾うようになった俺の耳は、魔王軍の連中の会話を捕まえる。

 

『おい……ありゃカズマじゃねえか? いつもと格好はちげーが、あの片眼だけ紅い紅魔族はそうだろ』

『うげっマジかよ……最近はあんま来てなかったってのに、ついてねーな』

『あの先輩、なんすか、そのカズマって奴は』

『あぁ、お前は知らねえか新入り。魔王軍では変態鬼畜のカズマと呼ばれる、悪魔より悪魔らしい紅魔族でな。アイツには、幹部の人達ですら酷い目に遭わされているんだ』

『か、幹部の人でも!?』

『そうだ。ウィズ様に対してすんごい事するぞとか言って脅し、スキルを無理矢理教えさせたり、そのウィズ様の下着を使ってベルディア様を罠にはめ、相当な痛手を負わせたり……』

『他にもシルビア様の胸に挟まれて幸せそうにしていたと思ったら、半分は男だと知って逆上。怪しげな魔道具を使って、他の紅魔族と一緒に、グロウキメラのシルビア様を無理矢理分離させ男に戻した後、縛り上げて雌オークの集落に放置したとか……』

『ひぃぃぃいい……』

 

「ち、違うから! 少なくともウィズは脅してなんかないから! 他は大体合ってるけど!!」

「えっ、急にどうしましたカズマ様……?」

「あ、いや、ごめんなさい、何でもないです……」

 

 ドレインタッチのスキルについて、人間側には、偶然出会ったリッチーを脅して無理矢理教えさせたという説明をしていた。モンスターと友好的にしてるとか思われると、下手をすれば魔王の手先だと思われても無理はないしな。でもそこから『ウィズを脅した』とか言われるのはちょっと……。

 

 というか、人間側だけじゃなく魔王軍の間でもそんな扱いされてんのかよ俺……。

 “いつもはアレだけど、ここぞという時に格好良いカズマさん”で通そうと思ってたのに、これじゃただの変態鬼畜で定着しちまいそうだ……。

 

 そんな感じに、どんよりとテンションが下がりながらも、俺はちゅんちゅん丸に魔法を宿し、周りの騎士や冒険者に紛れるように姿を潜め、戦場へと向かった。

 

 

***

 

 

 魔王軍を撃退したあと、俺は王城内の巨大な風呂を貸してもらい戦いの汚れを落とし、何度着ても着慣れない正装の黒スーツを着て、城で待たせていたゆんゆんと合流する。

 ゆんゆんは肩の開いた黒いドレスを着ており、その白い肌や紅い瞳、まだあどけない顔立ちに不釣合いな程に大人びた身体は何というか…………。

 

「……エロいな」

「エロい!? 何か他の褒め方ないの!?」

「すごくエッチだ……」

「言い方の問題じゃないから!!!」

 

 そんなやり取りをしながら、俺達はアイリスの部屋へと向かう。

 普通謁見で王族の私室に行くなんてことはないのだが、アイリスが落ち着いて話を聞ける所が良いと言うので、クレアも渋々ながら毎回了承している。

 

 騎士達に連れられて部屋の前までやって来ると、そこではクレアが若干むすっとした表情で待っていた。

 しかし、俺の隣にいるゆんゆんを見て、口元を綻ばせて綺麗な一礼をする。

 

「初めまして、ゆんゆん殿。私はクレア、第一王女アイリス様の護衛を担っている者です。この度はご足労頂きありがとうございます。アイリス様は未知なる学校生活についてお聞きになるのを、それはそれは楽しみにしているご様子です。どうか、お話し願えないでしょうか」

「あ、は、はい、もちろん……えっと、この度は、このような所にお招きいただき……」

「気を付けろゆんゆん、そいつは小さな女の子を危ない目で見る変態貴族だ」

「貴様いきなり何を言い出すか無礼者があああああああああああああっっ!!!!!」

 

 そんなことを言われても、妹を邪悪な魔の手から守るのはお兄ちゃんの義務なので仕方ない。

 クレアはふーふーと荒い息を吐き出しながら俺を睨みつつも、ドアをノックして返事を待ってから俺達を中に招き入れた。

 

 そこでは、金髪碧眼の、幼さの中に確かな高貴さも感じられる正統派王女様が、心からの明るい笑顔で出迎えてくれた。

 

「お久しぶりです、お兄様! そして、初めまして、ゆんゆん様! 第一王女のアイリスです。ゆんゆん様のことは、お兄様からよく聞いております。長いお付き合いになるでしょうし、これから仲良くしていただければと思います」

「あ、は、はい、こちらこそ…………お兄様…………?」

「い、いや特に深い意味はないって! こめっこが俺のことを『カズマお兄ちゃん』って呼ぶのと同じだ!」

 

 そんな言い訳をしていると、クレアが不機嫌そうに。

 

「何を言っている。貴様の方から自分のことは兄と呼ぶようにと、アイリス様に言ったのだろうが」

「……ふーん」

「ごめんなさい」

 

 無表情で紅く輝く瞳を向けられ、冷や汗をかきながら俺は素直に土下座する。

 ゆんゆんはしばらく俺に探るような目を向けた後、一度息をついてから、緊張した様子でアイリスの方に視線を戻して。

 

「……は、初めましてアイリス様。この度は、その、お招きいただき……」

「ふふ、そのような畏まった言葉遣いではなく、普段お兄様へ向けるようなもので構いませんよ? 確かに私は一国の王女であると同時に、ゆんゆん様の義理の姉になるわけですが、私としては近い距離で親しくしていきたいと思っておりますので」

「…………義理? 姉?」

「っ!! そうだアイリス、今回も面白そうな話が沢山あるんだぞー! 早速話して」

「兄さん、少し黙って」

 

 今更ながら、アイリスの言ってる事の意味を理解した俺は、慌てて話題を変えようとしたのだが、ゆんゆんの一言で封殺される。

 ゆんゆんは若干引きつった笑顔で。

 

「すみません、アイリス様が私の義理の姉というのは、一体どういう事なのでしょうか……?」

「それはもちろん、私は将来お兄様と結婚することになりますので、お兄様の妹であるゆんゆん様にとって、私は義理の姉になる……ということですよ」

「…………」

「待てゆんゆん、違うんだ。これは王族特有のロイヤルジョークと言ってだな」

「なっ、ジョークなどではありません! お兄様、この前のパーティーで言ってくれたじゃないですか! 『よーし、パパ魔王倒しちゃうぞー!』って! それで私は、ついにお兄様が私と結ばれることを決めてくれたのだと、大喜びしましたのに……!」

 

 そう言って少し涙目になるアイリスに胸が痛む……とても酔った勢いでとか言えない……。あとゆんゆんがとんでもない表情でこっち見ててすごく怖い。

 

 すると、クレアが溜息をついて。

 

「アイリス様、この男が魔王を倒すなどありえませんよ。確かに腕はありますし、本気で魔王を倒そうというのであれば、その可能性はあるでしょう。しかし、この男は肝心のやる気がありません。どうせその魔王を倒すという言葉も、酔った勢いでとかそんなオチでしょう」

「そう、なのですか、お兄様……?」

「あー、えっと、その……」

「そ、そうですよ! 兄さんは魔王を倒すなんて柄ではありませんって! 稼ぐだけ稼いだら、あとは一生ダラダラ遊んで暮らすような人ですから!!」

 

 アイリスは見るからに落ち込んでしょんぼりとしているが、ゆんゆんやクレアの言葉は大体合っているので、俺も何も言い返すことができない。

 俺の夢を考えれば、アイリスと結婚というのは理想とは言える。しかし、その為に魔王を倒さなければならないとなると、どうしても気後れしてしまう。

 

 俺は気まずさを感じながら、頭をかいて。

 

「……ごめんな。でもアイリスはまだ10歳だろ? 俺よりも良い男なんて、これからいくらでも出会うって。言っとくけど、俺って結構アレな方だぞ? 魔王を倒して世界を救うような勇者様の方が、きっと良い奴だと思うし……」

「ほう、貴様にしては珍しく真っ当なことを言うのだな」

 

 こ、この白スーツ……!

 一方で、アイリスは首を大きく横に振って。

 

「お兄様がダメな人なのはよく知っています! それでも、私はお兄様がいいのです! お兄様以外の方とは結婚したくありません!!」

「……愛されてるんだね兄さん」

「ち、違うって、懐かれてるだけだって! …………アイリス、少し聞いてくれるか?」

 

 俺は不安そうな目でこちらを見てくるアイリスに目線を合わせる。

 そして、普段はあまり使わない真剣な声で。

 

「アイリスはさ、初めて俺と会った時、俺のことどう思った?」

「えっ……それは……ぶ、無礼な人だな、と……」

「だろうなぁ……俺も正直言うと、アイリスのこと、可愛げのない奴だとか思ったよ」

「うぅ……ご、ごめんなさい……」

「いや謝ることないって。しょうがねえよ、お互いがお互いのこと、何も知らなかったんだから。…………でも、今では俺はアイリスのこと大好きだぞ」

「は、はい! 私もお兄様のことが大好きです!」

 

 そんなことを話していると、自然とお互いの口元がほころぶ。

 

「やっぱり、人間、ちゃんと話してみないとお互いのことってのは良く分からないと思うんだ。だからさ、魔王を倒す勇者様が現れても、すぐに拒絶するんじゃなくて、少しは話してみないか? もしかしたら、俺よりもずっと良い男かもしれないだろ?」

「……それは…………で、でも…………」

「で、話してみて、そいつのことをよく知って、それでも結婚したくないと思ったら、その時はお兄ちゃんに言えよ。お前を連れてどっかに逃げてやるから」

「なっ……何を言っている貴様!!!!!」

 

 それまで大人しく聞いていたクレアが激昂するが、俺はただアイリスだけを見つめる。

 アイリスもまた俺のことをじっと見つめ返し…………小さく笑った。

 

「……お兄様は意地悪です。そんなことをすれば、国全体に……お兄様に多大なご迷惑をかけてしまいます……。分かっています、私は一国の王女です。少しワガママを言ってみたかっただけなのです。もちろん、魔王を倒した勇者様のことを無碍に扱うようなこともしません」

「いや、アイリスが望むなら真面目に連れ出してやるぞ、俺」

「ふふ、やめてください、本当に気持ちが揺らいでしまいますよ。……分かりました、今すぐ結論を出すことはしません。私の中にあるお兄様への気持ちについても、保留……ということにしておいてあげます。確かに、私はまだ10年しか生きていない子供です、何かを決めつけてしまうのは早過ぎるのでしょう…………でも」

 

 ここで、アイリスはずいっと俺に顔を近付けてきた。

 その綺麗な碧眼に、俺の顔が映っているのが見えるくらいだ。

 

「やっぱり私は、お兄様に魔王を倒してもらいたいです。ダメでしょうか?」

「…………あー」

 

 俺は少し考え込み。

 

「……分かった。本当に、確実に、こっちがやられるような危険が全くないような状況に持ち込めたら、その時は倒すよ。ごめん、魔王とか正直おっかなすぎる。死にたくないんだ俺」

「えぇ、それで結構です! 私だって、お兄様には死んでほしくありません。それに、お兄様ならきっと、いつかそんな奇跡的なチャンスさえも作り出せてしまうのではないかと、私はそう思います」

 

 そう言って、眩しいくらいの笑顔を浮かべるアイリス。

 魔王相手にそんな状況を作り出せるとか全く自信はないし、とんでもなく買い被られているような気がするが、それでもこんな笑顔を向けられては頑張ってみようと思えてしまう。

 それにしても、こんな俺でも少しのやる気を出させてしまうとは、これが王の資質…………違うか。俺が幼女に甘いだけか。

 

 クレアは何か言いたげな顔をしつつも、渋々といった感じで黙っているようだ。

 そして、ゆんゆんはと言うと。

 

「……兄さん。良い雰囲気のところ悪いんだけど、私がいるって忘れてない?」

「も、もちろん忘れてないぞ! 俺が妹のことを忘れるわけがないだろ! というか、良い雰囲気って何だよ、アイリスは10歳だぞ? これは心温まる教育的な一場面であって、間違っても妙なことは……」

「ふふ、お兄様からすればそうだとしても、私はときめきましたよ?」

「だってさ、兄さん。良かったね」

 

 それならもっと良かったと思えるような顔で言ってほしい。こ、怖いって。

 そんなゆんゆんに、アイリスが戸惑った様子で。

 

「えっと、ゆんゆん様もお兄様のことが好きなのですか? ですが、ゆんゆん様は妹なのですし、結ばれるのは私以上に困難…………というより流石に無理だと思うのですが……」

「で、出来ますよ結婚! その、兄さんは私の家の養子で、血は繋がっていないですから……」

「なっ……き、貴様……まさか結婚可能な妹を得る為に養子に入ったのでは……」

「ちげえよ!! 俺が養子に入ったのは物心付く前だっつの!! 流石にそこまでゲスじゃねえよ!!!」

 

 とんでもなく失礼なことを言い出したクレアに、全力で否定する。こいつは本当に俺のことを何だと思ってんだ。

 

 すると、ゆんゆんの言葉を聞いたアイリスは、少し警戒するような表情で。

 

「では……ゆんゆん様はお兄様と結婚するつもりなのですか? もしかして……もう付き合っていたり……?」

「えっ!? そ、そんなことはないですよ!! わ、私は、別に、兄さんとはそんなつもりは……け、結婚だって、一応出来るってだけで…………!!」

「…………そうですか!」

 

 ゆんゆんの様子をじっと観察していたアイリスは、安心したような笑顔になった。

 

「良かったです、強力なライバルかと思いましたが、全然そんなことはありませんでした! そうですよね、もうずっと一緒にいたというのに何もないのですから、これからも進展などあるはずもないですよね!」

「あれっ!? ま、待ってください! その、ですね! 本当に全くこれっぽっちも、そんな気持ちがないというわけではなくて……」

「分かっています分かっています。ただ、私としては、ゆんゆん様がこのタイプで安心しました! お兄様は案外押しに弱い所があるので、そのタイプでしたらどうしたものかと思いましたが…………あの、ゆんゆん様! 私達、良いお友達になれるような気がするのですが、どうでしょう!」

「何だろう! 良い友達になれるって凄く嬉しい事言われてるのに、凄く釈然としないのは何だろう!! うぅ……私だって、王都に来てからはちょっと頑張ってるのに……」

 

 若干涙目になっているゆんゆんを見ながら、俺はアイリスの言葉に唖然とする。

 い、今時の10歳って恋愛でこんな事言うものなの……?

 ちらっとクレアの方を見てみると、相当引きつった表情をしていた。決して俺の感覚がおかしいわけではないようだ。

 

 そんな俺達のことは気にせず、アイリスは楽しげに笑って、ゆんゆんに手を差し出す。

 

「私、年が近い子と関わる機会があまりなくて…………よろしければ、お友達なっていただけたら嬉しいです。口調や呼び方も、もっと砕けた感じで接してほしいです」

 

 アイリスの言葉に、ゆんゆんはおろおろとしてクレアの方を見た。

 クレアは優しい笑みを浮かべて、ゆっくりと頷く。おい、なんか俺の時と随分と対応が違うんですが。

 

 それを見て、ゆんゆんも照れたようにはにかみ、アイリスの手を握った。

 

「あの、私で良ければ喜んで…………えっと、アイリスちゃん……でいい、のかな……」

「それも構いませんが、お義姉さん、というのはどうでしょう?」

「ええっ!? い、いや、それはナシで!!」

「ふふ、仕方ありませんね。それでは私は、ゆんゆんさんと呼ぶことにします。私とお友達になってくれてありがとうございます、ゆんゆんさん!」

「あ、う、うん、こちらこそありがとう! よろしくね!」

 

 こうして、ゆんゆんに新しい友達ができた。良かった良かった。

 

 それから、ゆんゆんはアイリスに学校のことを詳しく聞かせてあげた。

 余程その話が面白いのか、アイリスは目をキラキラさせて、ゆんゆんが少し話す毎にいくつもの質問を投げかけていた。クレアまでも、学校の話というのは珍しく感じるのか、アイリスと一緒になって聞き込んでいるようだった。

 

 ここで学校の話も出てきたので、俺が教えている生徒の一人である、あの頭のおかしい爆裂狂のことについて少し聞いてみることにした。要するに、ここの騎士団で使えるかどうかだ。

 一応ゆんゆんにはまだ秘密にしておいた方がいいと思い、俺はクレアに手招きする。

 

「おいクレア、ちょっといいか。こっちこっち」

「ん、なんだ、貴様と内緒話などしたくないのだが」

「お、お兄様……? クレアだけに話したいことがあるのですか……?」

「あ、いや、そんなに大したことじゃねえって! ただ、ちょっとオトナの話ってやつで……」

「……兄さん、もしかして何かえっちな話でもする気なの?」

「そういう意味じゃねえよ! いいからほら!」

 

 アイリスの不安そうな目と、ゆんゆんの疑いの目を受けながら、俺はクレアを部屋の隅に連れてくる。

 最初は何か怪しむような表情を浮かべていたクレアだったが、俺の真面目な顔を見て話を聞く気にはなってくれたようだ。

 

「静かに聞けよ? 実は、俺のクラスに爆裂魔法を覚えようとしてるバカがいるんだけどさ」

「ば、爆れ――もごっ!!」

「しー! 里の奴等にはまだ秘密にしてんだよ、色々と面倒だから。もちろん、ゆんゆんにも」

「ぐっ、貴様のような下賤な者がよくも私の口を…………しかし、本当なのかそれは? そもそも、覚えたところで撃てるのか?」

「たぶん撃てる。そいつは紅魔族随一の天才とか言われていてな、紅魔族の中でも特別強い魔力を持ってるんだ。ただ、頭の方がかなりアレでな、爆裂魔法以外の魔法は覚える気がないらしい。あの魔法は強力だが、どんなに魔力があっても日に一発が限度だろう。これじゃ絶対普通の冒険者パーティーには入れない」

「……だから、騎士団にどうか、という話か。ふむ」

 

 俺が言いたい事を早くも理解してくれたクレアは、口元に手を当てて少し考える。

 

「爆裂魔法に関しては、私は直接この目で見たことがないのだが、実際どんなものなのだ? 神々や最上位悪魔にすら通用する、人類最強の攻撃手段……という話は聞いているのだが、使い手すら見たことがなくてな」

「まぁ俺も一度見ただけなんだが、とんでもなかったぞ。もう魔法とかそういうレベルじゃなく、火山の噴火みたいな災害って言った方がいい。広範囲に渡って全てを消し飛ばし、あんまり強力なもんだから地形も変わる。今日みたいな魔王軍の大群にぶち込めば、一度に数百数千単位で大打撃を与えられると思う」

 

 俺の言葉に、クレアはゴクリと喉を鳴らす。

 俺が見たのはもう随分と昔のことなのだが、あの強烈な光景は未だによく覚えている。幼い頃のめぐみんが魅せられたというのも分からなくもない。

 

 ……あれ? そういやあまり気にしたことがなかったけど、めぐみんの冒険者カードには習得可能スキルとして既に爆裂魔法が暗い文字で表示されていたが、誰に教えてもらったのだろう。爆裂魔法を使える人なんて、そうそう出会えるわけもないと思うが…………もしかして、あの巨乳店主か?

 

 そんなことを考えていると、クレアが一度頷いて。

 

「分かった、検討してみよう。確かに我々にとって、そのような一撃で戦況を変えられるような攻撃手段はぜひ欲しいところだ。騎士団は冒険者パーティーとは違い、大規模な集団戦が多い。魔法を撃った後のフォローも何とかなるはずだ」

「そっか! それなら良かったよ! あ、そうだ、王都の騎士団なら、最高純度のマナタイトで爆裂魔法の連発! みたいな反則技も出来るんじゃないか?」

「王都だからと言って、そこまでの財政的余裕があるはずないだろう。まぁ、一つ二つ用意して、戦況によって再び撃ってもらうということはあるかもしれんが……」

「十分だ、アイツ喜ぶぞきっと。とにかく、よろしく頼むわ。クラスで一番の天才のくせに、一番の問題児なんだアイツは」

「……ふん。なんだ、貴様が教師をやっていると聞いた時は、紅魔族は何を考えているのかと思ったが、一応は教師らしいことも出来るのだな」

「失礼な。クラスでは、パンツ盗ったりお尻揉んだり添い寝しようとしてくるけど、何だかんだ生徒想いの良い先生ってことで通ってんだぜ」

「それは良い先生ではないだろう!! 大丈夫なのか紅魔族の学生は!?」

 

 そんな感じに話がまとまり、俺は満足してアイリスとゆんゆんの方に戻って行く。どうやら二人で学校の話の続きをしていたようだが、俺達の話が終わったのを見ると、すぐにアイリスがクレアに向かって。

 

「そ、それで、どんなお話だったのですか!? まさか、いつの間にやら、お兄様とクレアはオトナの関係に……!?」

「何を仰っているのですかアイリス様!? くっ、やはりこの男の悪影響が……」

「兄さん、何の話をしてたの? 兄さんの事だから、私達に聞かせられない話っていう時点で、もう嫌な予感しかしないんだけど」

「お、俺だってたまには真面目な話くらいするわ! いつもセクハラしか頭にないと思うなよ!」

「大丈夫です、アイリス様、ゆんゆん殿。この男にしては珍しく……本当に珍しく、真面目な話でした。この国の防衛関係のことです」

 

 ……なんだろう。一応はこの白スーツが珍しく俺のことをフォローしているのに、この何とも言えない感じは。俺だって、そんなにいつもふざけた事ばかり言ってるわけじゃ…………うん、大体ふざけた事しか言ってないな。

 

 クレアの言葉を聞いたアイリスは、安心したように息をついて。

 

「それなら良かったです…………はぁ、それにしても、聞けば聞くほど楽しそうな所ですね、学校という所は。ぜひ私も通ってみたいものです…………その為には、お兄様に魔王を倒して世界を平和にしていただかないと、ですね!」

「いえいえアイリス様。そんな男よりも、もっと頼もしい者が王都には沢山いますよ。ここには、強力な能力を持った、変わった名前の勇者候補などもよく集まってきますから。魔王を倒すのは、きっと彼らの内の誰かでしょう」

「ぐっ、ああいうチート持ち連中は、案外搦め手に弱かったりするんだぞ…………あ、そうだそうだ。そういえば、そのことで聞きたいことがあるんだった」

 

 可愛い可愛いアイリスに会えて浮かれて、うっかり忘れるところだった。まぁ、忘れたところでそこまで大きな問題でもないが。

 

 俺は、首を傾げて先を促しているアイリスに。

 

「最近、名を挙げてきてる魔剣使いの勇者候補っていなかったか? 俺も何となくは聞いたことあったんだが、男のことはそんなに長く覚えていられなくてな。確か仲間の女の子は『キョウヤ』とか呼んでたんだけど」

「あぁ、それでしたらミツルギ様のことでしょう。魔剣グラムを持つ勇者候補、ミツルギキョウヤ様です」

「……ミツルギ、か。やっぱつえーのか、そいつ? 言っても、まだルーキーだろ?」

「強い。あの魔剣はあらゆる物を斬り裂く力を持っていてな、高い魔力の鱗で大抵の攻撃を弾いてしまうドラゴンですら、一太刀で斬り伏せてしまう程だ」

「す、すごい……ドラゴンを一撃なんて、紅魔族でも出来る人はほとんどいないんじゃないかな……」

 

 ゆんゆんが驚いて言う。確かに、そんなことが出来る人なんて、俺も知り合いの巨乳商人くらいしか思い当たらない。

 …………いや、俺も本気出せば出来なくもないんだよ? ほんとだよ?

 

 すると、クレアはニヤリと笑い。

 

「当然、ミツルギ殿も魔王討伐を考えているようだぞ。あの方は腕が立ち、心優しく、しかもイケメンだ。貴様のような、腕が立つだけで他が壊滅的な者など相手にならないだろうな」

「私もそのミツルギさんって人はちらっと見ましたけど、兄さんよりはるかにイケメンでしたね……顔じゃ完敗かも……」

「むっ、確かにミツルギ様はイケメンですし、強くて優しくて……そしてとてもイケメンです! ですが、お兄様にはお兄様の良さがあるのです!」

 

 この世のイケメンを全員葬れるスイッチとかないかな。連打するぞ連打。

 というか、クレアの奴、何が腕が立つ以外は壊滅的だ。それは流石に言い過ぎ…………。

 

「……あ、あのさ、この際、俺の性格が壊滅的だってのは認めてやらなくもない。でも俺、その、顔も……壊滅的、か? じ、自分では一応平均レベルはあるかと思ってたんだけど……」

 

 少し……いや、かなり心配して聞いてみる。

 すると、アイリスが慌てて。

 

「だ、大丈夫ですよお兄様! お兄様のお顔は決して酷くありません! 普通です! まさに平均点ど真ん中というくらいに普通です!! だから安心してください!!」

「…………あ、ありがとう」

 

 そ、そっか……普通かぁ…………普通ね…………。

 そんな、妙に虚しい気持ちになりながら。

 

「あー、とにかく、そのミツルギって奴がさ、紅魔の里まで来て俺を探してるみたいなんだ。パーティーメンバーを探してるとも言ってたし、多分俺を仲間にしたいと思ってるんだろうけど……」

 

 そう言った時だった。

 何故かクレアが、さっと俺から視線を逸らした。

 

 …………。

 

「おい、そこの白スーツ。今なんで目を逸らした、言え」

「し、白スーツと呼ぶな無礼者! ふん、別に大した理由はない。平均点ど真ん中の貴様の顔を見続けても面白いことはないだろう」

「ぐっ、こ、こいつ……」

 

 明らかに何かを隠している様子だ。こういうのは放置しておくと、大抵後で面倒なことになるもんなんだが……。

 

 しかし、アイリスはパァと顔を輝かせて。

 

「お兄様とミツルギ様がパーティーを組む……良いではないですか! それなら、きっと魔王だって倒せます!」

「えー、アイツ俺と真逆の存在と言ってもいいくらいだぞ。絶対合わないって」

「う、うん、そうだよ! 兄さんとあの人じゃ、ケンカばかりでダメだよ! やっぱりパーティーはチームワークが大切だし!」

「……ゆんゆんさんは、そろそろ兄離れした方がいいですよ? どうせこれ以上一緒にいても何もないでしょうし」

「アイリスちゃんにまで兄離れしろって言われた! 二歳も年下の子に兄離れしろって言われた!!」

 

 ゆんゆんはショックを受けているようだが、俺はどうしてもクレアの反応が気になる。

 クレアの方も俺に怪しまれていることには気付いているのか、わざとらしく咳払いをすると。

 

「そういえば、貴様は今日の戦いの際、まるで駆け出し冒険者のような格好をしていたが、あれは結局なんだったのだ?」

「あれはそのミツルギ対策だよ。アイツは俺の顔までは知らないみたいだったから、ああいう格好して気付かれないようにしてたんだ。たぶん、俺の名前は王都の腕利き冒険者ってことで知ってると思ってな」

 

 俺の言い分に、アイリスは困ったように笑って。

 

「そ、そこまでして隠れなくても…………でも、服装などで正体を隠して戦うって格好良いですよね! ほら、以前にお兄様が紅魔の里から持ってきてくれた本にも、ゴロウコウという身分の高い方が、その正体を隠して世直しするというものがありましたし!」

「あ、それアイリスちゃんも読んだことあるんだ! 面白いよね! 私も何度も読み返してるよ! 正体を隠して悪事を暴くっていうなら、『暴れん坊ロード』って本も面白いよ!」

「ぜひ、それも読んでみたいです! 次の機会に持ってきてくれませんか!? ……はぁ、私も一度あのゴロウコウのような事をやってみたいとクレアにお願いしているのですが、中々了承してくれないのです」

「と、当然です! 護衛が二人だけなど、王女様を守るにはあまりにも少ないです!」

「正体を隠すのですから、ぞろぞろと来られても困ると何度も言っているでしょう! 護衛はスケサン、カクサンだけです! 私としてはスケサン、カクサンを、クレアとレイン。そしてお調子者のハチベエを、お兄様にやっていただきたいのですが……」

 

 アイリスのそんな言葉を聞きながら、クレアはキッとこっちを睨む。な、なんだよ、俺が貸した本が悪いってのかよ!

 

 仕方ないので、俺は溜息を一つつき。

 

「ま、まぁ、それはアイリスがもう少し大きくなってからな! その代わりと言っちゃ何だが、俺がそのゴロウコウみたいに、正体を隠して悪者を懲らしめた話をしてやろう!」

「え、ほ、本当ですか! ぜひ聞きたいです!!」

「いや貴様の場合、別に貴族でも王族でもないのだから、隠す正体もないだろう。鬼畜で変態なのを隠して、という意味か? それなら常に隠している事をオススメするが」

「そこ、うるさいぞ。――――それは少し昔のこと、とある街ではカツアゲの被害が増えており、人々は困っていました。そこで、偶然通りかかった俺は、何とかしてあげようと思ったわけだ」

 

 語り出す俺に、アイリスは好奇心でキラキラした瞳をじっと向けてくる。

 ゆんゆんもまた、少し意外そうな表情でこちらを見ており、クレアは相変わらず胡散臭そうにしていた。

 

「俺は自分を囮にして、絡んできたカツアゲ野郎をぶっ飛ばすという作戦を実行することにした。だが、それには一つ問題があった。そう、俺の紅魔族ローブと紅い瞳だ。カツアゲ野郎が狙うのは、どれも力のない人達だったから、紅魔族だと狙われない可能性があった」

「だから、普段とは違う格好をして正体を隠すのですね!」

「そう! 俺は駆け出し冒険者の服に身を包み、眼帯で紅い左眼を隠した。その上で人気のない路地を歩いていると、早速俺はカツアゲ野郎に絡まれ、そこで華麗に眼帯を外し、『この紅い瞳が目に入らぬか!』と格好良く言ってやった!」

「わぁぁ! それで、相手の方はお兄様が紅魔族だと知って、途端に頭を下げたのですね!」

「いや、『片眼だけ紅い紅魔族なんざ聞いたことねえぞ、このパチモンが!』とか言われて普通に襲われたから、反撃してぶっ倒しただけなんだけどな」

「……そ、そうですか」

「まぁ、そんな感じに、その後も同じ方法で何人ものカツアゲ野郎をノシて縛り上げ、金品を巻き上げて被害者に返し、その後『荒くれ者相手に無理矢理すんごい事がしたい……はぁ、はぁ……』とか言っていた変態貴族に身柄を売り渡し、俺は人知れず街を離れたのだった……」

 

「「…………」」

 

 俺の話を聞き終え、明らかにドン引きした目を向けてくる三人。

 クレアは深々と溜息をつき。

 

「貴様が人助けなどおかしいとは思ったのだ。初めから、その変態貴族とやらに犯罪者を売り付ける為だったのか」

「兄さん……それ普通に人身売買じゃない……」

「……あ、あの、お兄様、いくら相手が犯罪者だとしても、それはダメなんじゃ……」

「……アイリス、よく聞いてくれ」

 

 俺はアイリスの目を正面から見る。

 

「犯罪者相手なら、何したって犯罪にはならないんだ」

 

 そんなことを、大真面目に言ってみた。

 アイリスは目を丸くして。

 

「そ、そうなのですか!? ご、ごめんなさい! 王女ともあろう者が、勉強不足でした!!」

「そう落ち込むなって。これから勉強していけばいいさ」

「そんなわけあるかあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 クレアがすんごい形相で掴みかかってきた!

 

「貴様そういうウソをアイリス様に吹き込むなと何度言えば分かる!! 犯罪者相手でも犯罪は犯罪だこの悪人めが!!!!!」

「ふっ、違うな。犯罪ってのは訴えられて初めて犯罪になるんだ。俺は訴えられてない。つまり犯罪じゃない」

「どうせ貴族が権力を使って、もみ消しているだけだろうが! それなら私が凶悪事件として立件してやろうか!」

「この話はフィクションです。登場する人物、団体、名称等は」

「今更すっとぼける気か貴様あああああああああああああああああ!!!!!」

「大体、そんなキレることねえだろ。被害者にはちゃんと金返ってきたし、カツアゲ犯だって貴族の屋敷から出てきた後は、すっかり心入れ替えて奉仕活動も進んでやる良民になったみたいだし。まぁ、自分の背後に男が立つ度に、ケツ押さえて逃げ出すようにはなったみたいだけど」

「それ完全にトラウマになってるじゃない……」

「アイリス様! やはりこの男と会われるのはやめた方がいいです! アイリス様にとって、悪影響にしかなりません!」

「そ、そんなことは……! …………あ、ありません……たぶん……」

 

 アイリス! もっと強く否定してくれ!

 いよいよクレアは俺に対して警戒心を露わにして、アイリスを守るように間に立つ。

 

「もういい、貴様は早く出て行け! あ、ゆんゆん殿は、もちろんこのまま居てくれて構わないですよ。アイリス様の大切なご友人なのですから」

「…………クレア、ちょっと来い」

 

 ここはもう切り札を出すしかなさそうだ。

 俺は再びクレアに手招きをして、部屋の隅に呼ぶ。クレアは怪訝な表情をしながらも、何が起きても対応できるように身構えながらこちらにやって来た。

 

「なんだ。言っておくが、私に賄賂の類は通用しないぞ」

「んなこと分かってるよ。俺はただ、お前にお願いしたいだけだ。可愛い妹分であるアイリスを、俺から引き剥がすなって」

「断る。どうしてもと言うのなら、まずはその汚れきった心を何とかしてから出直して来い」

「……はっ。おいクレア、これを見てから同じこと言ってみろよ」

 

 俺はニヤリと笑みを浮かべ、懐から数枚の写真を取り出す。そう、これが切り札だ。

 クレアは面倒くさそうに、それに目を向け…………。

 

 驚愕の表情を浮かべて固まった。

 

「……あ……あぁ…………!」

「お前さっき、汚れきった心がどうとか言ってたよなぁ? けど、いつもアイリスの側にいるお前はどうなの? 綺麗な心なの?」

 

 そう言って、写真をヒラヒラ振ってやる。

 

 そこに写っていたのは、アイリスの服を抱きしめクンカクンカしているクレアの姿だった。

 

 おそらく、サイズが小さくなってアイリスが着なくなった物なのだろう。それをこの変態は私物化して、好き放題に使っていたわけだ。

 他にも、アイリスの写真を自分の部屋中に貼り付け、それを撫でながら危ない目をして何かを話しかけている様子や、アイリスのものらしき長い金髪を数本、枕に忍ばせている様子なども激写されていた。

 

 クレアは今まで見たこともないくらいに顔を青くして、目にはちょっと涙も浮かべて震えている。

 

「あぁ…………ぁぁぁあ…………!!!」

「お前のアイリスを見る目が何かおかしいとは思ってたんだ。絶対忠誠心以上の何かがあるってな。ふっ、この俺が、毎度毎度自分の邪魔をしてくる相手に対して、弱みの一つも握らないままいるとでも思ったか!」

「あああ…………あああああ…………!!!!!」

「どうやってこんなものが撮れたのか、とか聞きたいのか? 俺を誰だと思ってやがる、たぶんこの国で一番多くのスキルを持ってる冒険者だぞ。その気になれば、大貴族の屋敷だろうが何だろうが、侵入することなんて容易いんだよ」

「あああああ…………あああああああ…………ああああああああ……っ!!」

「くくくっ、俺が言いたいことは分かるな? これでお前は俺に逆らえない。まぁ、安心しろよ、そんなとんでもない命令をするわけじゃない。とりあえず、俺がアイリスと会うのを邪魔しなければそれでいい。もし拒否するってんなら、これをアイリスに見せて」

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 

 突然絶叫したクレアが剣を抜いた! 目がやばい!!

 

「うおおおっ!? お、おい、待て落ち着け!! 分かった、俺が悪かった! つかどんだけヒステリックなんだよ、こんなのが王女様の護衛でいいの!?」

「ク、クレア、急にどうしたのですか!? と、とにかく、剣をしまって……」

「兄さん、また何かやらかしたの!? どうして、どこへ行ってもトラブルばかり起こすのよ!!」

 

 流石にこんな状況でゆんゆん達が気付かないはずもなく、二人共突然のクレアの奇行に目を丸くして驚きつつも、何とか止めようとしている。

 

 クレアは叫ぶ。

 

「もうダメだ!!! 私は終わりだ!!!!! アイリス様に嫌われたら私はもう生きていけない!!!!! こ、ここここここうなったら、貴様を殺して私も死んでやるっっ!!!!!」

 

 それからしばらくクレアは大暴れし、何とか俺のスキルで大人しくさせた後は、大慌てで現れたレインに連れられてどこかへ去っていった。

 そして、こんな大騒ぎを起こしてアイリスへの謁見が続けられるわけもなく、俺とゆんゆんは厄介払いされるように城から出て行くことになった。

 

 

***

 

 

 正装から普段着に着替えた俺達は、夜の王都をとぼとぼと歩く。

 隣ではゆんゆんが呆れたように。

 

「兄さん、本当にクレアさんに何言ったのよ」

「言わない。つーか、それ言ったら多分、クレアがもっと大変なことになる」

 

 脅しには屈しないというタイプも会ったことはあるが、あそこまで発狂するタイプは初めてだった。俺の可愛いアイリスが心配だ。

 

 そのまま二人で歩き着いた先は、この街の冒険者ギルドだった。

 何だかんだ、ギルドの空気は落ち着く。魔王軍の襲撃から城での騒ぎでぐったりしてしまったので、ここで軽く一杯引っ掛けようかと思ったのだ。

 

 正面扉を開けると、むわっとした熱気が肌を撫でる。ギルドは食べ物や酒の香りで満たされ、そこら中から笑い声があがっている。

 冒険者というのは、暇さえあれば賑やかに騒ぎたい連中がほとんどだ。ここの冒険者はそれなりに成功した者が多いこともあって、金に困らず好き放題に飲み食いしている者も多い。

 

 ゆんゆんは、この雰囲気に圧倒されるように息を飲んでいる。

 そんな妹を連れて、俺はちらほら話しかけてくる冒険者達に適当に言葉を返しつつ、空いているテーブルを探して座る。すぐに店員さんを呼んで、酒やつまみ、それとゆんゆん用のネロイドを注文していく。ゆんゆんはそれを呆然と眺めているだけだ。

 

 そして、早速運ばれてきた酒を、グイッと呷っていると。

 

「お、カズマじゃねえか。どうした、最近顔見せなかったな。今度はどんなわりーことしてたんだ? というかその格好、まさかまたカツアゲ狩りでもやってんのか?」

 

 鼻に大きな引っかき傷のある大柄な男が、えらく上機嫌に言いながら近くにやって来た。

 テーブルの向かいでは、急に知らない人が話しかけてきたので、ゆんゆんがビクッとしている。

 

 俺は手にしたジョッキをテーブルに置き、その男に向かって。

 

「悪い事なんてしてねえよレックス。俺、里のほうで教師やってんだ今」

「へぇ、教師ねぇ…………教師!? お前が!?」

 

 俺の言葉がそれだけ意外だったのか、素っ頓狂な声をあげて驚く男。

 

 この男はレックス。それなりに腕の立つ大剣使いの戦士職で、以前に他の街で知り合い、パーティーを組んだこともある。その時に俺が、それくらい腕が立つなら、ここより王都の方がレベルも上がるし儲かるぞとアドバイスをして、この王都に移り住んだという経緯があったりもする。

 少し離れた所のテーブルでは、レックスのパーティーメンバーである斧使いのテリーや、槍使いのソフィもいて、俺の視線に気付くと機嫌良さそうにジョッキを軽く上げて挨拶してきた。

 

 レックスは少しの間呆気にとられた様子で固まっていたが、すぐに何かを思い付いたのかニヤニヤと笑い始め。

 

「お前のことだ、何かおいしい見返りがあってそんなことやってんだろ? 何だよ教えろよ、そんで一枚噛ませろよ」

「はっ、やだね。つーか、教え子の前でそんなこと言えるはずねえだろ」

 

 そう言って、俺は手にしたジョッキで向かいのゆんゆんの事を指し、また呷る。

 レックスは視線をゆんゆんに向けて。

 

「あぁ、この子が教え子か。初めましてだな、嬢ちゃん。俺はレックス。王都でも名うての冒険者だ、良かったらサインしてやってもいいぜ」

「お前、名うての冒険者だったのか。その割には魔王軍襲撃の時の最前線で見かけないな」

「う、うるせえな、あっさりバラすなよ! すぐに最前線にも呼ばれるようになってやるよ!」

「あ、あの、初めまして……私、紅魔族のゆんゆんといいます……」

「……え? あ、おう……なんだ、珍しい紅魔族だな。紅魔族には王都で何人か会ったことがあるが、どいつもこいつも妙な名乗りばかり上げていたが」

「ゆんゆんは紅魔族の中では変わり者扱いされてるからな」

「えっ、い、いや、変わり者は他の奴等の方じゃ…………なんつーか、苦労してんだな、嬢ちゃん……」

 

 若干気の毒そうな表情を浮かべるレックス。

 ……まぁ、ゆんゆんにも紅魔族ですらドン引きのとんでもない一面があったりもするのだが、わざわざ初対面の人にそんなことを言わなくてもいいだろう。

 

 それからレックスは、俺とゆんゆんを交互に見て。

 

「にしてもカズマ、いくら何でも生徒に手を出すってのはどうなんだ? しかもまだ子供じゃねえか」

「手出すわけねえだろ、12歳だぞ。そもそも妹だし」

「ははっ、また妹かよ! お前年下の子と仲良くなったら誰でも妹にすんの、そろそろやめとけって!」

「ち、ちげえよマジな方の妹だよ! というかやめろよ、ゆんゆんが怖い顔になってるから!」

「何を大袈裟な、子供の怒った顔なんて可愛いもん…………あ、えっと、悪かった。許してくれ」

 

 ゆんゆんの無表情を見て、その視線を受けているわけでもないレックスまでもが、ビビって即座に謝る。視線が直撃している俺なんて、何とか体の震えを止めるのに必死だ。何でここまで怖い顔できんだよこいつ……。

 

 俺は、この凍りついた空気を何とかしようと。

 

「そ、そうだ! なぁレックス、ゆんゆんが卒業したら、こいつをパーティーに入れてやってくれないか!? お前のパーティーは戦士職三人だし、魔法使いは欲しいだろ!?」

「あ、そ、そうだな! 紅魔族の魔法使いなら、俺達も大歓迎だぜ!」

「ええっ!? あ、う……そ、その……!」

 

 突然のパーティー入りの話で、ゆんゆんは途端にうろたえ始める。

 とりあえず勢いで言ってみたことだったが、俺としても、ある程度気の知れたパーティーに入ってくれると安心するというのもある。

 

 ゆんゆんは、おろおろと目を泳がし、顔を赤くしながら。

 

「あ、あの、私、あまり人付き合いが得意な方じゃなくて、は、話とかつまらないと思いますし、目とか中々合わせられませんけど、だ、大丈夫ですかね!? それと、その、クエストとかなくても、毎日一緒にご飯食べたり、お喋りしたり、どこかに遊びに行ったりとかは迷惑ですか!? 出来れば会話が途切れて沈黙が流れても、その空気も心地いいと思えるような、そんな関係を築けていければいいと思っているのですが、お、重いとか言わないでくれますか!? そ、それでも、こんな私でよろしければ、精一杯お互いに幸せになれるように努力しますので、末永くお付き合いの程、よろしくお願いします!!!」

 

「おいカズマ! 今お前、この子をパーティーメンバーに入れてくれないかって話をしてたよな!? 間違っても男女交際やら結婚やら、そういう話じゃないよな!?」

「そうだレックス、お前が正しい。おいゆんゆん、落ち着け。お前色々とすっ飛ばしたこと言ってるから、まずは落ち着け」

 

 テンパった上に何か重すぎることを言い出したゆんゆんを見て、こいつは本当に将来大丈夫なのかと真面目に心配になってくる。俺もろくな育ち方はしていないとは思うが、これはこれでマズイだろう。

 

 ゆんゆんは将来族長を継ぐつもりらしいが、その前に外の世界を見て経験を積みたいらしく、冒険者になることを考えている。まぁ、今のゆんゆんの状態で里に引きこもったまま族長になるのは、後々色々と問題が出てきそうなので俺も賛成だ。

 ただ、これは想像以上に先が思いやられそうだ。このコミュ障っぷりも、学校を卒業するまでには、いくらかマシになってくれればいいのだが。

 

 ゆんゆんは自分を落ち着かせる為か、まだ少し泳いでいる目と赤い顔で、テーブルの上のネロイドをちびちび飲んでいる。

 その間、俺はつまみの枝豆を飛ばして口に放り込み。

 

「そうだ、アイツらいねーのか? ほら、大物賞金首ばかり狙う頭おかしい奴等」

「あぁ、アイツらなら、かなり前に冬将軍に勝負挑んでぶった斬られたらしいぞ。一応命は助かったらしいが、まだ寝込んでるとかだ」

「……なんで冬将軍なんかに挑んでんだよ。放っておけば何もしてこないから、強さの割に賞金がそこまで出ない奴じゃねえか。二億だっけか? あれ倒して二億なら、魔王軍幹部を狙った方がまだ割が良いだろうに」

「俺も似たような事を聞いたが、アイツら、一番の目的は金ではないらしいぞ。何でも『俺達が大物賞金首に挑む理由? それはな…………そこに強者がいるから、さ』……だとか。次は機動要塞デストロイヤーに挑戦するらしいな」

「なるほど分かった、アイツらは俺が思ってた以上に頭がおかしい」

 

 めぐみんの事は騎士団で受け入れてくれそうではあるが、もし何かしらの問題が発生してそれが難しくなった時の為に、爆裂魔法が必要になりそうな大物を狙うパーティーに話だけでもしておこうかと思っていたのだが、これはやめた方がよさそうだ。冬将軍やデストロイヤーなんて、爆裂魔法があってもどうにか出来るレベルではない。

 何だか感性的には、割とめぐみんに近いものがあるような気もするが、だからってそこまで危険な所に放り込む気にはなれない。一撃離脱戦法を取るにしても、だ。

 

 するとレックスも苦笑いを浮かべて。

 

「あぁ、アイツらは頭がおかしい。ただ、まぁ、人生楽しそうだし良いんじゃねえかアレはアレで。賞金首と言えば、まだ大物とまでは言えないが、例の銀髪イケメン義賊の懸賞金がまた上がったらしいぞ。もう随分と貴族達も被害に遭ってるみたいだ」

「イケメンの話はもう聞きたくねえ」

「お、どうしたどうした。何ふてくされてんだ。そんな卑屈になんなよ、俺よりはまだモテそうな顔してると思うぞ、お前は」

「気休めはいいんだよ、イケメン死ねばいいのに」

「はぁ……ったく。おーいソフィ! お前も言ってやれよ、カズマって顔はそこまで悪くないよなぁ!?」

 

 そうやって、突然レックスは、少し離れたテーブルにいた仲間のソフィに呼びかける。

 ソフィは俺の方を見て、にっこり笑顔を浮かべて。

 

「あははっ、大丈夫よカズマ! あんたの顔は全然悪い方じゃないし…………うん、普通よ!!!」

「普通なのはよく分かったっつの!!!!!」

 

 何だよ、皆して普通普通って……いや別に自分がイケメンだとは思ってねえけどさ……もっと、こう……なんかないの……?

 

 俺はむすっとしたまま。

 

「イケメンの話より、可愛い女の子の話はねえのかよ。例えば、愛人沢山作っても怒らない貴族のお嬢様の話とかさ」

「そんなもんねえよ…………あ、貴族のお嬢様の話なら一応あるな。何でも、近い内に大貴族ダスティネス家の一人娘が城内パーティーに参加するらしいぞ。そのお嬢様がパーティーに顔を出すのは珍しいらしい。それで他の貴族も張り切って、高級素材の収集クエストとかを色々貼り出してるんだ」

「へぇ、美人なん? 性格は? 婿入りしたら、働かずにぐーたらして愛人囲っても文句言わなそう?」

「それで文句言わねえってどんな女だよ…………ただ、すげー美人だって話だな。あとダスティネス家ってのは、庶民とも友好的に、近い距離で接してくれる貴族ってので有名らしい。だから性格も良いんじゃねえの?」

「ほうほう、俺の将来の嫁候補としてはアリだな」

「何で上から目線なんだよ……相手は大貴族だぞ……」

 

 あー、でもしまったな。こんな事なら、アイリスにその美人令嬢のことも聞いておけば良かったか。いや、アイリスって俺が貴族のお嬢様狙うのやたら嫌がるから、教えてくれなかったかなー。

 そんな事を考えていた時だった。

 

 ガンッ!! と、大きな音が響いた。

 

 驚いてそちらを見ると、向かいに座るゆんゆんが、ジョッキをテーブルに叩きつけていた。

 俯いていて、その表情は髪に隠れてよく見えない……が、嫌な予感しかしない。隣ではレックスも顔を引きつらせている。

 

 ゆんゆんがぼそりと言う。

 

「……また他の女の話してる」

 

 ビクッと体が震える。

 俺は慌てて。

 

「い、いや、聞けってゆんゆん! こんなのは、ちょっとした酔っ払いの戯言で、本当に大貴族をどうにか出来るなんて……」

 

 そう、言いかけた時だった。

 

 

「なんでお兄ちゃんは他の女の話ばかりするのよ!!!」

 

 

 俺もレックスも唖然とした。

 顔を上げたゆんゆんは真っ赤で、目も焦点が合っていない。というか、こんな人前でお兄ちゃんとか言っている時点で何かおかしい。

 

 俺は、ゆんゆんの手元にあったネロイドを引き寄せ、一口飲んでみた。

 

「……クリムゾンビアのネロイド割りじゃねえか」

 

 どうやら、この妹は酔っ払っちゃってるようだった。

 しかもこの感じ、相当面倒くさい酔い方っぽい。ゆんゆんに酒なんて飲ませたことなかったから、こいつがどんな酔い方するのかなんて知るはずもない。

 

 そんなことを考えている間に、突然ゆんゆんが泣き出した!

 

「ふぇぇえええええええええええ! なんで……ぐすっ……なんでお兄ちゃんは……ひっく……すぐ他の女のことばかり気にするのよ!! 私はこんなにもお兄ちゃんのことが大好きなのに!!! もっと私のこと見てよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 あまりに大きな声で泣き始めるものだから、周りの視線がこちらに集まってくる。

 レックスはそそくさとこのテーブルから離れ、仲間達のいる所まで戻って行ってしまった。あ、あのヤロウ、逃げやがった……。

 

 俺は何とか妹をなだめようと。

 

「あー、ゆんゆん? 大丈夫か? とりあえず水飲もうぜ、ほら」

「うぅ……どうしてよ……どうして私のおっぱい揉んでるくせに、クラスの子達にもセクハラするのよ!!! パンツ盗ったり覗いたり、お尻揉んだり抱きしめたり!!! セクハラなら私だけにしてよおおおおおおおっ!!!!!!」

「待て!!! ホント待て!!!!! お前マジでとんでもないこと言ってるから!!!!!」

 

 周りの視線が本当に痛いものになってる!

 「なんだクズマか……」とか「相変わらずカスマね」とか「ゲスマ死ねばいいのに」とか色々聞こえてきてる!

 

 しかし、ゆんゆんは止まらない。

 

「結婚だって貴族じゃなくてもいいじゃない!!! 私でいいじゃない!!! 私がお兄ちゃんを養ってあげるから!!!!! お兄ちゃんはずっと家でゴロゴロしてていいから!!!!! だから私と結婚してよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」

「よし、もう出よう!!! ほら歩けるか!? 歩けないなら、お兄ちゃんがおんぶしてやるから……」

「いつまでも子供扱いしないでよっっ!!!!! 見てよ、私、おっぱいだってちゃんと大きく……」

「何脱ぎ始めてんだお前やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!!」

 

 俺は血相変えてゆんゆんを取り押さえた!

 

 

***

 

 

 あれから随分と騒ぎ続けた後、ようやく眠って大人しくなったゆんゆんを背負って、俺は真夜中の紅魔の里を歩いていた。

 王都と違ってこんな夜中に出歩いている者もいないので、聞こえてくるのは俺が地面を踏みしめる音と、耳元で微かに聞こえるゆんゆんの寝息くらいだ。

 

 ……とんでもなく疲れた。これから王都のギルドでは、俺は何と呼ばれることになるのだろう。考えたくもない。

 

 そうやってどんよりと溜息をつくと、後ろでもぞもぞとゆんゆんが動き始めた。

 

「ん……んん…………あれ、私…………」

「おう、起きたか。気分はどうだ? 気持ち悪くないか?」

「うん、大丈夫…………えっと、ここって……里……?」

「あぁ、もうすぐ家だからな。今日はすぐ寝ちまえ。俺も疲れたよ」

「…………ねぇ、兄さん。願いの泉まで行ってくれない? コインとか投げ込む所」

「は? いや、こんな時間にあんな所に何の用だよ」

 

 俺は首を動かし、視界の端で背中のゆんゆんの表情を捉えようとするが、周りの暗さもあってよく分からない。

 

 ゆんゆんは俺の疑問に、こう答えた。

 

「私、泉に沈むことにしたから。めぐみん達には探さないでって言っておいて」

 

 …………。

 これは、つまり、あれだよな。

 

「……えっと、ゆんゆん。あれは酒のせいなんだから」

「うぅ…………うぅぅうううう…………!!!!!」

 

 ゆんゆんが俺の背中に顔を押し当てて、地を這うように呻いている。

 本当は全部忘れたかったんだな、でも全部バッチリ覚えちゃってたんだな。どうやら神様は、都合よく恥ずかしい記憶を消してくれる程、優しくはなかったらしい。

 

 とりあえず、話題は変えた方がいいだろう。

 俺は小さく咳払いをして。

 

「でも、何だかこうしてると懐かしいな」

「……え?」

「ほら、昔もあったじゃん。お前が森で大泣きしててさ、俺が見つけてこうしておぶって里まで帰ったことが」

「…………あったね」

 

 ゆんゆんは、きゅっと俺の背中を掴む力を強くした。

 俺は頭上で輝く星空を見上げ、思い出話を続ける。

 

「あの時は大変だったなぁ。お前、すげえ泣きまくっててさ」

「仕方ないじゃない。あの時は私、まだ小さかったし。というか、あれって、最初に兄さんが森の中で迷子になって、探しに行った私も一緒に迷子になっちゃったって話でしょ」

「えっ、そ、そうだっけ!?」

「そうよ。覚えてないの? 兄さんがぶっころりーさんと一緒に森に入って、モンスターに追いかけられて逃げてる内に迷子になったって」

 

 ……そうだった。

 確かまだあの頃は冒険者カードを作ったばかりで、ぶっころりーに手伝ってもらって養殖でレベル上げしてたら、調子に乗ったぶっころりーが魔力切れを起こして、モンスターに追いかけられるはめになったんだったな。

 

 しばらくの間必死に逃げ回って、俺とぶっころりーははぐれて……里に戻る方向を見失って、ちょっと泣きそうになっていた時に、何故か森の中で大泣きしているゆんゆんを見つけたんだ。

 そんな妹を見たら、お兄ちゃんは自然としっかりするもので。

 

「そういえば、あの時も兄さんは、他の話題で私の気を紛らわそうとしてくれたよね」

「あー、そうだったか? 悪い、どんなこと話したかまでは覚えてねえわ」

「私も全部は覚えてないけど、“ぶっころりーがそけっとと付き合うには、どんな人に転生すればいいのか”とか話してたよ。転生前提で今のぶっころりーさん全否定ってところがえげつないよね」

「昔からそんな酷いこと言ってたか俺!?」

「言ってた言ってた」

 

 言われてみれば言ってたような気がする。ひでえ12歳だな俺。

 ゆんゆんはくすくす笑って。

 

「でもね、そうやって兄さんのバカな話を聞いている内に安心してきて、私も自然と泣き止んでたの。まぁ、何度も言うけど、元はと言えば兄さんのせいなんだけどね」

「うっ…………というか、確かに元は俺達がヘマしたせいとは言え、お前もお兄ちゃんが帰って来ないからって、一人で森に飛び込むとか無謀にも程があるだろ。どんだけお兄ちゃん大好きなんだよ」

「……本当だよね。お兄ちゃん大好き過ぎるよね私……ブラコンって言われても仕方ないや」

 

 そう素直に認められても反応に困る……もしかして、まだ酔いが残ってるのか……?

 ゆんゆんは後ろから腕を回してきて、俺に抱きついてくる。うん、やっぱまだ酔ってるなこいつ。いや別に俺としては、この状況は一向に構わないんだけどさ。

 

 背後から、ゆんゆんの小さな溜息が聞こえる。

 

「結局、あの頃からあまり成長してないってことなのかな、私。自分では随分と成長したつもりだったけど、こうやってまだ兄さんにおぶわれて慰められてる」

「成長はしてると思うぞ。背中に当たってるからよく分かる」

「そ、そっちだけじゃなくて! その、内面的な……というか……」

「内面も成長してると思うぞ。今では人間の友達も何人かいるじゃん」

「でもそれも、兄さんのお陰っていうのが大きいと思うの……私、まだ一人じゃ何もできないんじゃないかって……」

 

 そんなことを言って落ち込むゆんゆんに、俺は。

 

「別にいいんじゃねえの、それで」

「……えっ?」

「人間、どうせ全部一人で何でも出来るわけじゃないんだ。それなら苦手な事くらい人に頼ってもいいじゃねえか。俺なんて、身の回りのこと全部他人に任せて、自分は好き放題に生きるってのが将来の夢だぞ」

「ちょ、ちょっと待って、前半部分には少し納得しかけてたのに、後半部分で一気に胡散臭くなったんだけど!?」

「要するに、嫌なことからは逃げろ。とにかく逃げろ。ひたすら楽な方へと流されろ」

「やっぱりダメな話だった! これ絶対、まともに聞くとダメ人間になる話だよね!?」

 

 俺としては人生の先輩として真っ当なアドバイスをしたつもりだったんだが、妹からの反応はあまり良くない。あれー? なんか流れ的には、俺がちょっといい事言って、それに対してゆんゆんが感動する場面だと思ったんだけどなー。

 

 ゆんゆんは、先程よりも大きく深々と溜息をついて。

 

「…………決めた。私、絶対人見知りを克服する。苦手だからって逃げてちゃダメ。じゃないと、兄さんみたいなダメ人間になっちゃう。ありがとう、兄さん。私、ちょっとスッキリしたよ」

「えっ、あ、う、うん、お前が吹っ切れたならそれでいいです……」

 

 な、なんだろう、妹の助けになれたのに、珍しく素直にお礼言われたのに、このモヤモヤする感じは。いや、いいんだけどさ、別に……うん……。

 

 俺はそんな微妙な気分を、頭を振って払うようにすると。

 

「まぁ、苦手を克服するってのは結構だけど、本当に困ったらお兄ちゃんに言えよ。妹の為なら何だってしてあげるからな」

「じゃあセクハラやめてほしいんだけど」

「それは流石に無理だ。お前それ、息をするなとか言ってるのと同じだからな?」

「お、同じなんだ……」

 

 背中からゆんゆんの呆れた声が聞こえてくるが、俺は特におかしなことは言っていないはずだ。

 ゆんゆんは何かを諦めたように。

 

「兄さんはもう色々と手遅れなんだね……私がちゃんと見ていなかったせいなのかな……」

「そ、そんな絶望的な声で言うなよ…………ただ、お兄ちゃんはお前のこと、ちゃんと見てるからな。発育状態とか」

「やっぱりそこなの!? 他にもっと見る所があると思うけど!?」

「他もちゃんと見てるよ。お前が毎日、めぐみん以外のクラスメイトにも話しかけてみようって頑張ってる所も、相手のことを考え過ぎていつも失敗してる所も、大事な人の為だったらとんでもない無茶をする所も、ちゃんと見てきたよ」

「……え、あ、そ、そうなんだ…………」

 

 途端に恥ずかしそうに声が小さくなっていくゆんゆん。

 俺はそんなゆんゆんに小さく笑って。

 

「だからさ、安心して大きくなれよ。もし色々疲れて、もう全部嫌になったら、お兄ちゃんが面倒見てやる。養われるのが大好きな俺だけど、可愛い妹ならいくらでも養ってやるし」

「……いくら何でも甘やかし過ぎだと思うけど……どんだけシスコンなのよ……」

「なんだよ知らなかったのか? お前が紅魔族随一のブラコンであるのと同時に、俺は紅魔族随一のシスコンなんだぞ?」

「……知ってる」

 

 ゆんゆんはおかしそうに笑って、ギュッと俺のお腹の辺りに回している腕の力を強めた。

 

「もう、人がせっかく頑張ろうって決めたのに……兄さんは私のことをダメ人間にしたいの?」

「それも悪くないな。妹ってのは、いつまでも手元に置いておきたいもんだ。……ただ、そういうつもりじゃねえよ。頑張るにしてもさ、いざとなった時の逃げ道があると随分と楽に感じるもんだぞ」

「いざとなった時の逃げ道……?」

「あぁ、俺が貴族と結婚したいと思ってるのも、そういう理由だ。人生、何が起こるか分からない。もしかしたら、俺の財産が一気に消し飛ぶようなこともあるかもしれない。そんな時の為の逃げ道だ。で、貴族の方も何かしらの理由でダメになったら、大人しく実家に逃げて寄生するしな」

「……ふふっ、本当に兄さんは兄さんなんだね。そんなに自信満々に逃げ方ばかり教える人なんて中々いないよ」

「逃げるのは恥ずかしいことじゃないからな。逃げられずに、どうしようもなくなっちまう方が恥ずかしい。まぁ、世の中にはあえて逃げ道を無くして自分を追い込むストイックな奴もいるけど、俺とは相容れない人種だな」

 

 例えば、普通の魔法には目もくれず、生まれ持った高い魔力で歴史に残るレベルの超優秀な魔法使いになる道を捨て、爆裂魔法なんていうネタ魔法を極めようとしているネタ魔法使いもいる。と言ってもアイツの場合は、あえて逃げ道を無くしてるというか、勝手に変な道を突っ走った結果、勝手に逃げ道を潰しまくってるだけなんだが。フォローに回る俺としては迷惑極まりない。

 

 ただ、アイツはそんな変な道を行っても、何だかんだ結局は歴史に名を残すようなことをやりそうな気がする。そこら辺はやっぱり“天才”なんだな、と思う。俺とは全然違う。

 

 ゆんゆんは、しばらく考え込むように静かになったあと。

 

「…………うん、確かに兄さんが見ていてくれて、最後には助けてくれるって思うと安心するかも」

「だろ? だから俺には隠し事をしないで、思う存分色々と見せてくれていいんだぞ」

「その言い方は何か卑猥だからやめてほしいんだけど…………でも、私はいつまでも兄さんに甘えているつもりはないよ」

 

 ゆんゆんは決心したようにそう言って、更に身を寄せてくる。

 

「いつか兄さんが安心して見ていられるように、もう子供じゃないんだなって思ってもらえるように…………私、ちゃんと立派な大人になるから!」

 

 どこまでも真面目な妹は、そうキッパリと言い切った。

 その言葉に俺は、妹が前に進もうとしている事に喜びつつも、何だか少し寂しくもある、複雑な気持ちで小さく笑った。

 

 ……そうだよなぁ。ゆんゆんも、いつまでも子供のままでいるわけはないんだよなぁ。

 

 そんな気持ちを誤魔化すように、俺はゆんゆんの言葉の後を引き継ぐように。

 

「『そして、立派な大人になったら…………その時は私と結婚してね、お兄ちゃん!』……か。分かった、ゆんゆん。その時になったら、俺も真剣に考えるよ」

「そそそそそそんな事言ってないでしょ!!! な、何勝手に繋げてるのよ!!!!!」

「えー、でもお前王都のギルドで」

「知らない知らない知らない!!!!! 私は何も言ってないわよ!!!!! 兄さん、酔っ払って記憶あやふやになってるんじゃない!?」

 

 ゆんゆんは上ずった声で、必死にそんなことを言ってくる。顔は見えないが、十中八九、耳まで真っ赤になっていることだろう。

 

 なるほど、そう逃げる気か。あれは全部無かったことにする、と。

 ……ふっ、俺はそう簡単に逃がす程甘くないぞ。妹のこんなに可愛くて面白いことなんだから当然だ。

 

 俺は口元をニヤリと歪め、ある魔道具を取り出した。

 

「これ、なーんだ?」

「えっ、それって王都のゲームの賞品で貰った…………っっ!!!!!」

 

 何かに気付いたゆんゆんが、声にならない悲鳴をあげた。

 だが、もう遅い。俺はゆんゆんが何か言う前に、魔道具のスイッチを押していた。

 

 

『結婚だって貴族じゃなくてもいいじゃない!!! 私でいいじゃない!!! 私がお兄ちゃんを養ってあげるから!!!!! お兄ちゃんはずっと家でゴロゴロしてていいから!!!!! だから私と結婚してよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!』

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 

 妹の絶叫が、夜の紅魔の里に響き渡る。

 そのまましばらくゆんゆんは大暴れし、俺に頭突きやら首絞めやら散々決めた挙句、録音を消さなければもう一生口を利かないと言われ、仕方なく言う通りにするはめになった。

 あーあ、録音したゆんゆんのセリフ、目覚ましに組み込んで毎朝聞こうと思ってたんだけどなぁ……。

 

 ……それにしても。

 こんな妹でも、いつかは大人に見える時がくるのだろうか?

 さっきは少し寂しい気持ちになっていた俺だったが、そんな日は一生来ることはないんじゃないかとも思えてきて、安心したり不安になったり、結局また複雑な気分になってしまった。

 

 そうやって俺は、まだ背中でぎゃーぎゃー騒ぐゆんゆんをなだめながら、住み慣れた実家へと帰っていくのだった。

 




 
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想でいくつか聞かれたことについて、一応説明を。


・アクアはどうなったのか
アクアが暴れたせいで色々歪んで、カズマは16年前に赤ん坊として転生しましたが、アクア自身は女神パワーで普通に転送されています。
つまりアクアは、時系列的には今から1年後にアクセルの街に降臨します。

・カズマの強さについて
カズマは12歳の頃に冒険者カードを作り、それから三年間、豊富な人脈を使って定期的に養殖を行っていて、王都でも最高レベルの冒険者になっています。元々レベルが上がりやすいというのもありますが。
三年という時間がありますので、ステータス的にはweb版最終盤のカズマよりもずっと強いです……が、元がしょぼいのは変わりないので、高レベルの上級職には敵いません。


余談ですが、ぷっちんが想像以上に渋くて困惑中……w 勝手に若手教師だと思ってました(^_^;)
 


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魔剣使いの勇者候補 1

 
前回の前書きで「次回は短いと思います」とか言っておきながら過去最長を更新してしまったので、流石に2話に分割しました。のんびり読んでもらえたら嬉しいです。
 


 

 世界最大のダンジョン。

 至る所からやって来る数多くの名のある冒険者達が挑み、それでもまだ攻略されていない、謎の多い場所。内部は魔素が濃く、深層部は地獄と繋がっていたりすることもある。

 

 そんなダンジョンの暗闇の中を、俺ともう一人は明かりも点けずに歩いている。

 

 しかも俺の格好は相変わらずの駆け出し冒険者のようなものだ。元々、あの勇者候補の目を欺く為の格好だったが、アイツが中々里から出て行かないので、もう普段着のようになってしまっている。いちいち着替えるのが面倒なのだ。

 本当はこういった危険な場所に来るのであれば、着慣れた紅魔族ローブの方がいいのだろう。特に俺が着てた物は、強力な魔力繊維を使い、軽量性と強度の両立に成功した特注品なのだが……まぁ、元々俺は極力モンスターとの接触は避けるスタイルだし、無いなら無いでも何とかなるだろう。

 

 隣からは少し考え込むような声で。

 

「うーん、めぐみんさん、ですか…………ごめんなさい、たぶんお会いしたことはないと思いますが……爆裂魔法を人に教えたこともありませんし……」

「そっかぁ、ひょっとしたらウィズなのかなと思ったんだけど……。じゃあアイツ、一体誰から爆裂魔法なんてもんを教わったんだろうな」

「それは分かりませんが……人間以外の方である可能性が高いですね。爆裂魔法というのは、長く生きてスキルポイントを余した魔族などが、酔狂で覚えるようなものですから」

「あれ、でもウィズって人間やめてからそんなに経ってないんだよな? まだスキルポイントが余るってことはないと思うんだけど、なんで爆裂魔法なんて覚えてんだ?」

「ふふ、大した理由ではありませんよ。以前、どれだけ上級魔法を撃ち込んでも倒せない大悪魔の方と戦う機会がありまして。その方が『我輩の残機を減らしたくば、爆裂魔法でも覚えるのだな』と言っていたので、覚えてみようかな、と」

「ウィズの上級魔法で倒せない奴なんているのかよ…………じゃあ、その大悪魔を爆殺する為だけに爆裂魔法を覚えたってことか? す、すげえ恨んでんだな、その悪魔のこと……」

「あ、い、いえ! 確かに当時は本当にイライラさせられましたけど、今では良い友人なんです。爆裂魔法も、規格外の強敵に備えて念の為に覚えただけで、決してその人に仕返しするつもりなんて…………ない、です……たぶん」

 

 俺と並んで歩いている連れ……ウィズは、歯切れ悪くそう言う。いつか仕返ししてやりたいとは思っているらしい。この様子を見るに、友人になった後も何かしらの嫌がらせは続いているのだろう。

 

 ウィズは駆け出しの街アクセルで魔道具店を営んでいる、元凄腕魔法使いで少し顔色の悪い美人店主さん…………ということになっているが、その正体は魔王軍幹部にしてアンデッドの王リッチーだ。

 

 このダンジョンに通い始めた頃、ひょんなことから知り合い、それからはこうしてたまに一緒に素材集めやらレベル上げを手伝ってもらうくらいに仲良くなった。

 魔王軍幹部だけあって、戦闘能力は俺の知り合いの中でもダントツだが、商売センスが絶望的になく、いつも赤字にヒーヒー言ってるポンコツ店主の側面も併せ持つ。

 

 俺は千里眼スキル、ウィズはリッチーとしての暗視能力で暗闇の中を歩きながら。

 

「そうだ、そのめぐみんに関係することなんだけどさ、今度、爆裂魔法を撮らせてもらえないか? 実はアイツを騎士団に入れようと思ってて向こうも結構ノリ気なんだけど、まだ一度もあの魔法を見たことがないって言うからさ」

「えぇ、もちろんいいですよ。ふふ、私もたまには使わないと詠唱を忘れてしまいそうですし」

「悪いな、助かるよ。お礼と言っちゃなんだけど、ウィズの店に置かせてもらってる俺の商品の利益、今月は全部持っていっていいからさ」

「い、いいんですか!? ありがとうございます、ありがとうございます!! 本当に助かります……何せウチで売れる物と言ったら、ほとんどがカズマさんの商品で……実は今月も新商品が全然売れず、また赤字になりそうだったので……」

 

 泣きそうな声でそんなことを言っているウィズ。

 俺は嫌な予感を覚えながら、あまり聞きたくはないが、一応聞いてみる。

 

「……ちなみに、その新商品ってどんな物なんだ?」

「巻き物です! 読み上げると、モンスターからは見えない特殊な明かりを点けられる、ダンジョン探索にはもってこいの魔道具です! 何故売れないのでしょう……」

「おいそれ、文字も見えないくらい真っ暗闇の中で読まないと効果がないとかいうオチじゃねえだろうな。知り合いのガラクタ職人がそんなもん作ってたんだが」

「あ、カズマさんもその商品を知っているのですね! 確かに発想はそこからです! でも、私なりの大きなアレンジを加えたもので、明かりの下で読み上げても問題なく効果は発揮されます。ですので、ダンジョンに潜る前に発動させておくのがいいでしょうね」

「なんだよ、普通に良い魔道具じゃねえか。俺は千里眼の暗視能力があるけど、これだって周りの輪郭が青白く見えるだけだしな。モンスターに気付かれない明かりを使えるなら、俺だって使うぞ。何で売れないんだ? 本当にただ巻き物を読み上げるだけなんだろ?」

「はい、本当に読み上げるだけでいいんです。ただ、大声で繰り返し読み上げ続けなければいけませんが……」

「そこだろ!!! 売れない理由、どう考えてもそこだろ!!! モンスターに気付かれない明かりを使ってても、大声出し続けてたら普通に明かりを使うよりも目立って気付かれるわ!!! こんな風に!!!!!」

 

 思わず大声でツッコんでしまい、周りからは獣の唸り声が聞こえてくる。

 それを見てウィズは感心したように。

 

「な、なるほど……盲点でした!」

「も、盲点というか、明らかに見えてる地雷というか…………あの、ウィズさん。俺が呼び寄せておいて悪いんですけど、何とかしてくれると助かります。これケルベロスだろ全部……」

「あ、ごめんなさい! …………『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 ウィズの凍結魔法が発動し、ケルベロス達が一斉に氷漬けにされる。いとも簡単にこんなことをやってのけてしまう辺り、流石はリッチーといったところだが、こういう所を見ているとやはり生き方を間違っているんじゃないかと思ってしまう。まぁ、本人が選んだ道だし、そこまで口を出すつもりはないが……。

 

 それにしても、あの爆裂狂といいガラクタ職人といい、どうも俺の周りでは、優れた才能を持っているのに変な道を行ってしまう人が多い気がする。

 俺も変な生き方をしてるとか言われることもあるが、この人達と比べたらまだ随分とマシだと思うんだけどなぁ……誰だって働かずに済むならそうしたいだろうし……。

 

 ウィズによって氷漬けにされたケルベロスに、俺が次々とトドメを刺していく。ウィズの方は、もうレベル上げにそれほど関心はないらしく、こうやっていつも経験値を譲ってくれる。

 そして俺は、流れ作業のようにケルベロスに刀を突き立てながら、ふと思い付く。

 

 今日ここに来たのは魔道具の素材集めの他に、ウィズに新しいスキルを教えてもらうという目的があった。スキル自体はもう教えてもらい、習得も済んでいるのだが、一度試してみるべきだろう。

 

 俺はケルベロスの死体に手をかざして。

 

「『カースド・ネクロマンシー』!」

 

 俺の声に反応するように、事切れていたはずのケルベロスがむくっと起き上がり、こちらを見つめる。よし、問題なさそうだ。魔力はかなり使うが、それに見合う働きはしてくれる……はずだ。

 

 そんな俺の様子を、ウィズは苦笑いを浮かべて見ながら。

 

「わ、私が教えておいて何ですけど、カズマさんはそのスキルに抵抗とかは一切ないのですね……死体を操るって、それなりに禍々しいというか、倫理的に危ういことですし……」

「あぁ、紅魔族はそこら辺緩いからな。なんせ子供の内から、学校で養殖なんてエグいレベル上げやったりするくらいだし。生物実験も大好きだしな。一応俺にも、養殖で抵抗できないモンスターにトドメだけ刺すってことに、少しは気後れしてた時期もあったよ。すぐに慣れたけど」

「な、なるほど……そうですね、冒険者としてはそちらの方が正しいですよね。どんな手段を用いても、少しでも生存率を上げるというのは真っ当な考え方です」

「そうそう、奪った命を生き残る為に使わせてもらうだけだ。ご飯として美味しくいただくのとそんなに変わんないだろ、たぶん。…………お、敵だな」

 

 敵感知で大体の位置を把握し、そちらへ向かうと、数匹のオーガを見つける。身の丈三メートルはあろうかという巨体だが、モンスターの格としてはケルベロスの方が上だ。

 俺は、近くでお座りの状態で待っているケルベロスに指示を出す。

 

「太郎丸、君に決めた! かみつく攻撃だ!」

「ガウッ!!」

「タ、タロウマル……? 変わった名前ですね、紅魔族の方は特殊なネーミングセンスを持っているというのは知っていますが……」

「えっ、い、いや、アイツらのセンスと比べたらまだマシだろ! まぁ、特に深く考えたわけでもなく、何となく頭に浮かんできた名前にしただけなんだけどさ……」

「うーん、確かに紅魔族の人のセンスというより、勇者候補の人の変わった名前に近いような…………あ、でも、アンデッド化させた子に名前とか付けちゃうと、うっかり情とか移っちゃって別れる時辛くなりますよ?」

「大丈夫だ、ウィズ。名前があろうとなかろうと、アンデッドの使い魔なら爆弾くわえさせて特攻だってさせられる男だ、俺は」

「ひ、酷い!」

 

 何やらウィズがドン引きしているが、今は敵に集中しなければいけない。

 と言っても、どうやら既に太郎丸が大体何とかしてくれたようだ。次々と足を噛まれたオーガは、うずくまって動けなくなっていた。ケルベロスのよだれには猛毒がある。そのよだれが垂れた地面からは強力な毒草が生え、怪しい魔道具に使われることも多い。

 

 俺は、よくやったと太郎丸の頭を撫で、オーガに刀を突き立てトドメを刺していく。

 

「やっぱ便利だなこのスキル。死体を戦わせて、自分は安全地帯から動かなくて済む。しかも死体だから多少無茶させても大丈夫だし、後々恨まれることもない。俺にピッタリなスキルだ。ありがとな、ウィズ!」

「そ、そういう言い方をされると、同じスキルを持つ私としては微妙な気持ちになるのですが! わ、私は、アンデッドでも無茶なことはさせませんよ!? 私自身もアンデッドですし、そもそも、そのスキルはあんまり使いませんし……」

「ふっ、正直になれよウィズ。本当は倒したモンスターを片っ端からアンデッド化させて、ノーライフキングっぽく大群を率いてふんぞり返っていたいと思ってるんだろ! 高笑いとかしちゃってさ!」

「そんなこと思ってません! 思ってませんから!!」

 

 それから俺達はしばらくダンジョンを探索し、目的の素材を集めていく。

 太郎丸のお陰もあり、モンスターはウィズの助けを借りなくても安全に素早く処理できていた。アンデッドとして操れる時間は限りがあるので、定期的に死霊術をかけ直す必要があるが、その為の魔力も途中のモンスターからドレインタッチで十分回収できる範囲内だ。

 

 そして、素材を集め終え、そろそろ帰ろうかと思い始めた頃。

 少し離れた所に、俺達以外のパーティーを発見した。

 

「なぁ、もう戻ろうぜ……? テレポートの巻き物(スクロール)なしで歩き回るのは流石に危険だって」

「だからあの巻き物盗んでったクソモンスターを探してとっちめるんだろ? あれだって安くねえんだぞ。大丈夫だろ、もうこのダンジョンにも大分慣れてきた頃だ。そんな酷いことにはならねえって」

「う、うん……そうよね! 今日は調子良くてお宝も結構手に入ったし、多少無理しても大丈夫よ!」

 

 俺はウィズを手で制止して、向こうの三人を指差す。

 するとウィズは一気に渋い表情になり。

 

「……あの、カズマさん。もしかして、またやるのですか……?」

「どうしたんだよ、そんな顔して。俺はただあのパーティーが心配だから、無事にここから出られるまで見守ってあげようと思ってるだけだぞ?」

「そ、それなら、今すぐテレポートであの人達を送ってあげればいいのでは……?」

「いや、あのパーティーだって、世界最大のダンジョンに挑戦してここまで来る程の冒険者達だ。そうやってすぐ手を貸すのは、あの人達の誇りを傷つけちまうかもしれない。向こうは自分達だけで何とか出来ると思ってるらしいし」

「それは……そう、かもしれないですが……」

「大丈夫だって。とりあえずしばらく様子を見て、何事もなければそれで良し、本当に危なくなったら助ける。それだけだ」

 

 俺の言葉に、ウィズはまだ納得しきれていない表情ながらも、小さく頷く。珍しく俺が人助けをしようと言っているのに、一体何が不満なのだろう。

 

 このダンジョンでは今まで何組ものパーティーを見てきたが、ああいった少し慣れてきたくらいの人達が一番危ない。本来、緊急用の脱出手段であるテレポートの巻き物がなくなったというのなら、大人しく撤退するべきだ。あの様子を見る限り、この辺のモンスターに遅れを取ることはないようだが、ダンジョンにて危険なのは何もモンスターだけではない。

 

 それから少しして、彼らが何度目かの戦闘を終えた後のことだった。

 

「ん……? 今何か踏んだような…………うおおおおおおおおおっ!?」

「えっ!? ちょっ、何よこれ……きゃあああああああああああああああああああ!!!」

「しまった罠だ!!! おい大丈夫か!!! おい……うわああああああああああああっ!!!」

 

 三人は、まるで地面に飲み込まれるようにして、姿を消してしまった。

 隣のウィズは口をぱくぱくとさせて。

 

「た、大変!! カカカカカズマさん、どうしましょう!!!!!」

「落ち着けウィズ、あそこの罠は俺も知ってる。ただ下の階層に落とされるだけだ、直接命に関わる罠じゃない」

「そ、そうなんですか……? え、あれ、カズマさん、あそこに罠があるって知ってて黙ってたんですか!?」

「……あー、いや、あの人達も当然気付いてるもんだと思って……ほ、本当だぞ?」

 

 ウィズが怪しむような様子でこちらを見ている。

 

 このレベルのダンジョン攻略において、罠対策は必須と言える。盗賊スキル『罠発見』や、アークウィザードの魔法『トラップ・サーチ』などだ。まぁ、ダンジョンに潜るならパーティーに盗賊を入れる事が一般的なので、大体その辺りは盗賊に任せてしまえばいい。

 

 あのパーティーも普段から何かしらの罠対策をしていたはずだが、脱出手段を奪われるというイレギュラーな状況に動揺し、スキルやアイテムを使うのを失念していたのだろう。

 

 ウィズは俺を引っ張って、先程三人組が飲み込まれた辺りまで連れて行く。

 

「すぐに彼らを追いましょう! この下の地下10層からはモンスターのレベルも上がりますし、放っておいたら危ないです!」

「大丈夫だって、ここでのアイツらの戦いっぷりを見る限り、この下の階層でもすぐにやられたりはしないって」

「でも、今あの人達は緊急用の脱出手段を持っていないのですから、万が一のことがあれば大変です! ここは何が起こるか分かりません。昔は、頭の足りない大悪魔が、地獄から度々迷い込んで来ていたなんていう事も聞いたことがあります! 最近では見なくなったようですが」

「あ、頭の足りない大悪魔……? 何だよその凄いのか凄くないのかよく分かんない奴は。悪魔ってのは上位になるほど、高い知性を持ってるんじゃないのか?」

「え、えぇ、そのはずなのですが……私の友人の大悪魔の方も、性格はアレですが、頭は良い人ですし…………と、とにかく! 行きますよ、カズマさん!」

「わ、分かった分かった!」

 

 ウィズの勢いに押されるように、俺は大人しく付いて行って、二人で罠にかかって下の階層に降りる。少し離れた所にはあの三人の姿が確認でき、まだ特にモンスターに襲われているということはないようだ。

 俺達は再びこそこそと前方のパーティーの後をつけ始めた……その時だった。

 

 ズンッ! と、体の芯にまで伝わるような震動が、ダンジョン内に響いた。

 

 俺は思わずごくりと喉を鳴らす。太郎丸もどこか警戒した様子を見せている。

 嫌な予感しかしない。この震動、どこかで感じた覚えがある。

 

「……おいウィズ。今の足音だよな」

「え、えぇ……これ、多分……」

 

 

「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」」」

 

 

 先を進んでいた冒険者パーティーの悲鳴があがった!

 

 俺達は急いで走り出す。

 すぐに三人組がこちらに向かって逃げてくるのが見える……そして、その後ろには。

 

 

 メジャーもメジャーな強モンスター……ドラゴンがいたそうな。

 

 

 ダンジョンの高さ一杯、そこら辺の小屋より大きいと思われるそのドラゴンは、血走った目をして、口元からは炎を漏らしながら、元気に獲物を追いかけていたそうなー。

 

 ドラゴンさんは吠える。

 

「グゴァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」

 

 ビリビリと、全身が総毛立つ。何これこわい。

 俺は少し考え。

 

「よし逃げよう」

「ええっ!? ダメですよ、あの人達を助けるんじゃないんですか!!!」

「た、助けてください!! 助けてくださいお願いしますうううううううう!!!」

 

 俺達を見た三人組が、涙目で助けを求めてくる。

 正直、俺も一緒に逃げたいところなのだが、隣でウィズがジト目を向けてきているので、それは出来ないだろう。

 

 俺は諦めて溜息をつくと、相棒に告げる。

 

「太郎丸、かみつく攻撃だ!」

「ガウッ!!」

「なっ、ま、待ってください! ケルベロスじゃドラゴンには……」

 

 ウィズが何か言っているが、その間にも太郎丸は俺の指示で一直線にドラゴンへと向かって行く。俺はその間に魔法の詠唱を行う。

 

 太郎丸はドラゴンの足に噛みつき……牙が折れた。流石はドラゴンの鱗、とんでもなく硬いらしい。

 そして次の瞬間。

 

「ギャンッ!!」

「ああっ!!! タロウマルちゃんが!! タロウマルちゃんが踏み潰されちゃいましたよ!!!」

「太郎丸……お前の事は忘れない…………よし、太郎丸のお陰で詠唱の時間は稼げた。ウィズ、俺がドラゴンの動きを止めるから、その間に仕留めてくれ」

「軽くないですか!? もっと感傷に浸ってもいいのでは!?」

「甘い事言うなウィズ、ここで俺達までやられたら太郎丸の死……まぁ、元々死んでたけど……が無駄になるだろ!」

「何でしょう!! 確かにその通りなんですが何か釈然としません!!!」

 

 そう言いながらも、ウィズは上級魔法の詠唱を始める。

 俺は元々詠唱を済ませているので、ちゅんちゅん丸を抜き、こちらに向かって来るドラゴンに突きつけ、大量の魔力を込めて叫ぶ!

 

「『ボトムレス・スワンプ』ッッッ!!!」

 

 直後、ドラゴンの足元に巨大な泥沼が発生し、ドラゴンは足を沈めて動きを止めた。

 ドラゴンには麻痺や睡眠といった状態異常は効きにくい。だからこうして、物理的に動きを止める方が有効だ。

 

 とは言え、相手は強力なモンスターであるドラゴン。

 いくら大量の魔力を込めたとは言え、俺の魔法くらいでいつまでも動きを止められるなんて事があるはずもなく、もう既に沼から抜け出しかけている。あと数秒も保たない…………おい、なんかブレス体勢に入ってるんですが。

 

「ウィズー! やばい、ブレスがくる!! 早くうううううううううっっ!!!!!」

 

 俺は全身から嫌な汗を流しながら叫ぶ。

 隣ではウィズが詠唱を終え、掌を真っ直ぐドラゴンに向けていた。

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 バチチッ! というスパーク音と共に、黒い稲妻がドラゴンへと飛んで行く!

 

 沼に足元を取られ、しかもブレス体勢に入っていたドラゴンはそれを避けることはできず、稲妻はその胸に大きな風穴を空けた。ドラゴンは、口から紅蓮の炎を天井に勢い良く吹き上げ、ぐらりと体をよろめかせた。

 そして、そのままドスン! とダンジョン内を揺さぶる震動と共に倒れ、動かなくなった。

 

 まだブレスの熱気が残る中、俺は緊張を解いて、軽く息をつく。

 

「流石はウィズ。ありがとう、助かったよ。敵を討ってくれて、太郎丸もきっと喜んでるよ」

「あ、いえ、お役に立てたのなら…………あの、カズマさん、タロウマルちゃんのことなんですけど、捨て駒としてわざと特攻させてませんでしたか?」

「あのー、そっちは大丈夫ですかー!」

 

 ウィズが何か言いたそうな顔でこちらを見ているが、まずはあの三人組の安否確認だ。

 俺の呼びかけに三人が応え、おそらくパーティーリーダーであろう男が、一歩前に出て深々と頭を下げた。

 

「本当にありがとう……俺達、もうダメかと…………あんた達は命の恩人だ……!!」

「ははは、いやいやそんな。人として当たり前のことをしただけですよ」

「…………」

 

 ウィズがすごーく何かを言いたそうにしているが、今はそれよりこの冒険者達だ。そう、彼らは脱出手段を失っており、このダンジョンから出るには地道に歩いて戻らなければいけない。しかし、今しがた凶暴なドラゴンに襲われたのだし、もう一刻も早くここから出たいだろう。

 

 俺は心配そうに言う。

 

「ここは今みたいなドラゴンに遭遇することもあります。すぐテレポートか何かで脱出した方がいいですよ」

「それが、テレポートの巻き物を上の層のモンスターに盗まれちまって……」

「それならご安心を! 実は俺達、ダンジョン出張中の転送屋なんです。ダンジョンを回って、あなた方のような今すぐ戻りたいと思っている方を、テレポートで地上に帰しているんですよ。まぁ、その、お値段は少し割高となっておりますが……」

「ほ、本当か!? ぜひ頼む! 少しくらい高くても構わねえさ!」

「ではお客様が今手にしているお宝全てで」

「えっ」

「な、何を言ってるんですかカズマさん!?」

 

 俺の言葉に顔を引きつらせる男、後ろのパーティーメンバー達も似たような顔をしている。

 ウィズも信じられないといった表情でこちらを見てくるが、今はビジネスの話が優先だ。

 

「ちょっと高いですかね?」

「あ、あぁ……それは流石に……」

「そうですか、残念です。それではお気をつけて」

「ちょっ!? ま、待ってくれ! その、もう少しまけてくれねえか!? いくら何でもこの宝全部ってのは……」

「こちらも命がけですので、価格を下げるのはちょっと……大丈夫ですよ、お客様の実力なら、きっと歩いてでも地上に辿り着けるでしょう。まぁ、この辺りになると魔素もかなり濃くなってきますので、地獄からとんでもないモノが迷い込んできたりもしますが……」

「じ、地獄……から……?」

「えぇ。例えば地獄ネロイド。普段は地獄に生息しているネロイドなんですが、かなりの速さでズルズル這ってきて獲物に食いつきます。冒険者が足を食われたまま、地獄に引きずり込まれたという例もあるそうです」

「ひぃぃ……!!」

 

 その話に、三人は真っ青になる。

 俺は畳み掛けるように。

 

「ネロイドなんてまだ可愛いものですよ。ここには、そのネロイドをペットにしている上位悪魔までやって来る事もあるんです。以前俺達が遭遇したのは、アマリリスという上位悪魔で。それはもう恐ろしいの何のって……なぁ、ウィズ?」

「えっ? あ、は、はい……そう、ですね……あれは、ちょっと……」

 

 急に話を振られたウィズが驚いた表情を浮かべるが、すぐに何か嫌なことを思い出したのか、怯えた表情に変わる。

 

 そして、ウィズのその反応を見て、三人はいよいよ震え上がってしまう。

 何せ、先程ドラゴンを一撃で倒したウィズが怯えているのだ。ヘタな言葉よりもずっと説得力があるだろう。

 

 まぁ、実際のところアマリリスという上位悪魔は、グロく恐ろしい姿で人を怖がらせて恐怖の悪感情を食らっていくのだが、直接人を襲い傷付けるようなことはしない。ただ、あの姿は本当にトラウマにもなりかねないので、たちが悪いというのは確かなんだが。

 

 俺は、身を寄せ合って震えている三人に背を向け。

 

「それでは皆さんお達者で。あなた方が無事このダンジョンから出られることを祈っています」

「わああああああああああ待ってくれ!!!!! 分かった、宝ならいくらでもやるから!! 頼むから見捨てないでくれえええええええええええ!!!!!」

「そうですかそうですか! ご利用ありがとうございます!! それではお宝の方をお願いします!!」

 

 そう言って手を出して笑いかけると、男は泣く泣くといった様子で、色々詰まっていそうな荷物をこちらに――――。

 

 

「『テレポート』!」

 

 

 ――渡そうとした時、急に光に包まれて三人ともいなくなってしまった。

 もちろん俺は何もやっていない。

 

「えっ……ちょ、おいウィズ!? 何してくれてんだよ、せっかくの金づるが!!!」

「カズマさんこそ何やってるんですか! 以前までは相場の何割増しかでしたので黙っていましたが、今回はいくら何でもぼったくりすぎです!!」

「こういうのは時価だから、価格なんて色々変わるんだって! いいじゃねえか、アイツらお宝結構持ってそうだったし! それにほら、今回はドラゴンまで倒したわけだし……」

「倒したの私ですけど!?」

「お、俺だって援護したじゃん! あ、もちろんウィズの分け前は半分以上にするつもりだったぞ!」

「いりません! 私まで共犯みたいになるじゃないですか!」

「きょ、共犯って……! 大体、アイツらは命が助かって嬉しい、俺も儲かって嬉しいで、どちらにも得があるウィンウィンな関係だと思うんだけど!」

「じゃあ何であの人達は泣きそうな顔してたんですか! 明らかに嬉し泣きとかじゃなかったですよ!! というか、やっぱりこれ、ほとんどマッチポンプみたいなものなんじゃ……」

「マ、マッチポンプじゃねーし! アイツらが勝手にピンチになっただけだし! 俺は何もやってねえし!!」

 

 そんな風に俺達はしばらく言い合い、音を聞きつけたモンスターに再び囲まれることになるのだった。

 

 

***

 

 

 ダンジョンでの用事を終えた俺は、テレポートで紅魔の里に帰ってくる。隣にはウィズもいる。何でも、ぜひ会って話がしたい魔道具職人がいるらしい。確かにここには優秀な魔道具職人が多く、外から商談にやってくる者も多い。でもウィズに限っては、なんか嫌な予感するんだよなぁ……。

 

「あー、なんつーか、大丈夫か? いや、ここの商人って結構クセのある奴も多いからさ……というか、紅魔族全体がそんな感じなんだけど……」

「ふふ、大丈夫ですよカズマさん。私も商人ですから、商談くらいはできますよ!」

「そ、そっか……じゃあ、その、頑張って……」

「はい! ここまで送っていただき、本当にありがとうございました!」

 

 そう言って深々と頭を下げるウィズ。

 

 本当に大丈夫なんだろうか。正直かなり心配だったが、他の商人の商談にあまり首を突っ込むというのも、褒められたことではないだろう。例え気の知れた間柄だとしても、だ。

 

 そんなわけで、俺は最後にウィズに軽く声をかけてから別れ、テレポートで王都に飛ぼうとして……魔力が心もとないことに気が付いた。ダンジョン帰りというのもあるし、つい先程テレポートを使ったばかりだ。

 別にあと一回テレポートを使えばぶっ倒れるという程ギリギリだというわけでもないが、それでも体がだるくなるのは間違いないだろう。

 

 しょうがない、少し森に入って適当なモンスターから吸ってくるか。

 そう思って歩き出した時。

 

 

「あ、そこの君、悪いんだけどちょっといいかな?」

 

 

 ぎくっと体が硬直した。

 どこかで聞いたようなその声に、恐る恐るそちらを向いてみると。

 

 爽やかスマイルを携えた、イケメン勇者候補サマがそこにいた。

 えーと、確かカツラギとか言ったか?

 

「少し聞きたいことがあって。“カズマ”という人を知らないかな? この里で教師をやっているみたいなんだけど」

「……いやー、ちょっと分からないな、力になれなくて悪いね。それじゃ」

 

 そう答え、そそくさと退散しようとした…………が。

 

「ま、待ってくれ! その、もし良ければ食事でもどうかな? もちろん、僕が奢るからさ。実はこの里に来てから、まだろくに観光も出来ていなくて……何だか君はこの里に慣れている様子だし、出来れば良いお店とか観光スポットとか教えてもらえたら嬉しいなって」

「…………えっ」

 

 何こいつ、本当にそっちの趣味があるのか?

 いつもは可愛い子を二人も連れてんのに……今はいないようだけど。

 

 すると、俺の若干引いた反応に気付いたのか、カツラギは慌てて。

 

「あ、いや、君、見たところ紅魔族ではなくて僕と同じ冒険者だよね? えっと、この里の人達は皆良い人達だというのは分かるんだけど、何というか、ほら、ちょっと特殊な感性を持っているだろう?」

「あー、つまり、ここの奴等の妙なノリにうんざりしてきたから、普通の人に話を聞きたいってことか」

「う、うんざりしているとまでは言ってないよ! ただ、よそ者の僕があまりズカズカ距離を詰めても迷惑かもしれないし……」

 

 なんか良い人ぶって回りくどいことを言っているが、言いたいことは大体分かった。紅魔族特有のセンスについていけないとかそんなことなんだろう。こいつ自身は、選ばれし勇者やら、強力な魔剣やら、この里の奴等が好きそうな属性を持っているのだが。

 

 でも、どうしたもんかね。

 正直、こいつと一緒に飯食いたいとかはあまり思わないが、あまり露骨に嫌がったりすると逆に怪しまれるかもしれない。こいつのことだ、そうやって人から邪険にされる経験もあまりないだろうしな。

 

 ただ、こいつと一緒にいて、知り合いから名前を呼ばれたらマズイしな…………しょうがない、さっさと飯食って退散するか。

 

 そんなわけで、俺は食事の誘いを承諾し、二人で少し歩いて紅魔族随一の喫茶店に入る。紅魔族随一とはいうが、単純にこの里に喫茶店が一つしかないという、ここではありがちなパターンなのだが。

 

 長居するつもりもないので、俺はメニューを開いてさっさと料理を決める。

 

「俺は『溶岩竜の吐息風カラシスパゲティ』にするけど、お前は?」

「えっ……じゃ、じゃあ僕は『暗黒神の加護を受けしシチュー』で…………あのさ、この溶岩竜や暗黒神がどうのこうのっていうのは……」

「ただ格好良いから付けてるだけだろ。他には特に意味はないと思う」

「そ、そっか……」

 

 色々ツッコミたい気持ちは分かる。しかし、この里でそういうことに対して律儀にいちいちツッコんでいたら疲れるだろう。

 この時間は特に繁盛しているわけでもないので、料理はすぐに運ばれてくる。ここの料理は名前はアレだが、味は確かだ。

 

 俺がカラシスパゲティを口に運んでいると、カツラギは改まった様子で。

 

「自己紹介が遅れたね。僕の名前はミツルギ。ミツルギキョウヤだ。職業はソードマスター、普段は王都でクエストを受けることが多いんだけど、人探しと仲間探しでここに来たんだ。よろしく」

 

 そう言って爽やかスマイルで手を差し出してくるカツラギ……もといミツルギ。そうだ、ミツルギだミツルギ。

 おそらくこの自然な動作だけでも、何人もの女達を落としてきたのだろう。思わずむかっとくるが、ここで事を荒立てるわけにもいかない。

 

 俺もまた営業スマイルでその手を握る。

 

「これは丁寧にどうも。俺は…………あー、オズマ! そう、オズマっていうんだ! 見た通り、お前と違って装備も貧弱な駆け出し冒険者で、職業も最弱職だ。よろしくな!」

 

 名前の最初の文字を一文字前にずらしただけという何とも安直な偽名だったが、ミツルギは特に疑問を覚えることもなく、にこやかに笑う。……なんかこの名前、どっかの球体の裏ボスっぽいな、何でそう思うのかは分からんが。

 

 首をひねる俺に、ミツルギはイケメンスマイルを崩さずに。

 

「よろしく、オズマ。あれ、でも駆け出し冒険者の君がどうやってここまで来たんだい? 僕はここに来るまでに、かなりの高レベルモンスターと出会って来たんだけど」

「あ、そ、それは……知り合いにテレポートが使える紅魔族がいるんだ! それで、紅魔の里に時々連れて来てもらえるってわけ!」

「なるほど。やっぱり便利そうだね、テレポートって。僕のパーティーは組んでから日が浅くて、まだ後衛職がいないんだ。魔法使いとプリーストの人が入ってくれればと思っているんだけど、真剣に魔王討伐を考えてくれる人が中々いなくてね」

 

 そう困ったように苦笑いを浮かべるミツルギ。

 当たり前だ、本気で魔王討伐なんかを考える冒険者なんてのはほんの一握り、しかもそんな意識高い奴等は、もうどこかのパーティーに入っていることがほとんどだろう。

 

 すると、ミツルギは目に期待の色を浮かべて。

 

「そういえば、オズマはもうパーティーは決まっているのかい? もしまだだと言うのなら、僕のパーティーはどうかな?」

「えっ、い、いや、でも俺、後衛職じゃないし……最弱職だし……」

「構わないさ! 後衛職がほしいとは言ったけど、もちろんやる気さえあれば誰でも大歓迎だよ! それに僕のパーティーって、他の二人はどちらも女の子でさ。少し肩身が狭く感じる時もあって、新しく入ってくれる人は出来れば同性の人がいいなと思っていたんだ」

「…………」

 

 あんな可愛い子を二人も連れてるくせに、肩身が狭いとか舐めてんのかコイツ。そこは他の仲間も女で固めて、ハーレム目指すとこだろう普通は。何なのイ○ポなの? それとも本当にあっちの趣味があるの?

 

 ミツルギは、そんなどんよりとした視線を送っている俺には気付かないようで、相変わらずの笑顔を浮かべたまま。

 

「オズマとはまだ会ったばかりだけど、君とならきっと上手くやっていけそうな気がするんだ。だから、ぜひ僕達と一緒に魔王を」

「お断りします」

「えっ…………あ、う、うん、ごめん、分かった……僕も無理にとは言わないよ……」

 

 俺が取り付く島もないくらいにハッキリと断ると、流石のミツルギも動揺したのか顔を強張らせる。

 

 自分は強いのに、こんな見るからに弱そうな俺をパーティーに入れてくれようとする辺り、このイケメンは取り繕っているわけではなく本当に心優しい性格をしているのだろう。

 しかし、残念ながら俺は魔王を倒そうだなんて、これっぽっちも考えていない。つまり、前提条件の“やる気さえあれば”というところからアウトなわけで、それならお互いの為にもパーティーなんか組まない方がいいはずだ。

 

 ミツルギは見るからに肩を落としてがっかりしている。

 流石にそんな姿を見せられると、俺も痛む心がないわけでもないので、一応フォローを入れておくことにする。

 

「悪いな、俺にもやる事があるんだ…………まぁ、お前くらい強くて良い奴なら、優秀な魔法使いやプリーストくらい、その内見つかるって」

「そ、そうかな、そう言ってもらえると嬉しいけど……うん、根気よく探すことにするよ。ありがとう、オズマ」

 

 そう言って朗らかに笑うミツルギ。

 何だろう、普通に良い奴だなこいつ。こうやって向かい合って話してみると、大分印象も違うものだ。こいつと話していると、まるで俺が汚れきった存在であるかのように思えてしまう。いや実際そうなんだろうけど。

 

 それから俺はミツルギに、適当に里のことについて色々話してやる。

 元々、良い店とか観光スポットを教えてくれってことだったしな。

 

「――とまぁ、こんな感じで、基本ここの観光スポットはろくなもんがない。あ、“選ばれし者だけが抜ける聖剣”はどうしても欲しいってんなら手はあるぞ。あれ、鍛冶屋のおっさんが魔法で抜けなくしてるだけだしな。腕の良いプリーストでも連れて来て、『ブレイクスペル』でもかければ抜けるかもしれん」

「な、なんか聞かない方が良かった気がするよそれは……僕はソードマスターだし、聖剣と言われて少し昂ぶっていたのに……」

「世の中そんなもんだ。あ、そうだ、山の頂上にある展望台は行ってみて損はないかもな。特にお前は。あそこには強力な遠見の魔法がかけられた魔道具があって、魔王城を覗けるようになってるんだ。まだ気の早い話かもしんないけど、魔王城攻略の下見にはいいんじゃないか?」

「それはいいね! 流石は力のある魔法使いばかりの紅魔族、いずれ訪れるであろう魔王との決戦に備えて、そうやって常に魔王城を監視できる状態にしてあるのか!」

「いや、ただ単に観光スポットに利用してるだけだな。オススメの監視スポットは魔王の娘の部屋だとか宣伝してるし」

「…………」

 

 何とも残念な表情を浮かべているミツルギ。気持ちは分かる。でも、紅魔族なんてこんなもんだと割り切ることが大事だ。

 と言っても、そういった何も知らない外の人間を狙った観光スポットの数々は、俺が関わっているものも多いのだが。まぁ、ミツルギには一応こうして飯まで奢ってもらってるわけだし、こいつまで騙そうとは思わない。

 

 するとミツルギは気を取り直した様子で、少し真面目な顔をして。

 

「あのさオズマ、観光スポットとかじゃないかもしれないけど、この地には女神様が封じられているという話を聞いてずっと気になっていたんだ。何か知っているかい?」

「え、なに、もしかして女神様までお前のハーレムに入れるつもりなのか?」

「ちちち違うよっ! そもそも僕はハーレムなんて作っていないし!」

 

 何やら珍しく動揺しているミツルギ。ははーん、実は結構図星だったのか?

 俺は口元をニヤニヤとさせながら。

 

「まぁ、残念だったな。確かにここには、信者が一人もいなくなって名前も忘れ去られた女神ってのが封じられてるらしいけど、何でもそれ、『傀儡と復讐を司る女神』とやらで、ほとんど邪神に近いらしいぞ」

「……そ、そうなのか……考えてみればそうか、封じられているということは、つまりは良くないモノということなんだろうね……」

「そんな落ち込むなって。女神様と仲良くなりたいなら、ほら、エリス祭の時にこっそり降臨してるって噂の、幸運を司る女神エリス様なんかを探せばいいんじゃないか? あ、言っとくけど、アクシズ教のアクアとかいう女神はやめとけよ。あれも邪神に近い奴だから」

「なっ……アクア様の事をそんな風に言わないでくれ!!!」

「うおっ!?」

 

 ミツルギは突然テーブルを叩き立ち上がった。び、びっくりした……。

 俺はこちらを睨んでいるミツルギに、慌てて。

 

「わ、悪かったよ。なんだよ、お前、アクシズ教徒だったのか?」

「……いや、そういうわけじゃないけど…………ごめん、僕も熱くなりすぎたよ」

 

 そう言って、ミツルギは大人しく席に座る。

 そういえば勇者候補っていうのは、神々から特殊な力を授けられたっていう話だし、どんな女神でも悪く言われるのは我慢ならないという事なのだろうか。いやでも、さっきこの里に封じられている女神のことを邪神とか言った時は怒らなかったしなぁ。

 

 俺は微妙な感じになってきた空気を何とかしようと、明るい笑みを作り。

 

「あー、観光スポットはアレだけどさ、店の方は期待してくれていいと思うぞ。魔道具店とかポーション屋なんかは、他の街と比べても断然良いもんが揃ってるよ。……一部の店を除いて。それに、鍛冶屋の鎧は上質だって有名でな、何でもどこかの大貴族からも注文がくるらしいぞ」

 

 ソードマスターであるミツルギにとっては、良い鎧というのはぜひ欲しいものだろうと思い言ってみたのだが、どうやらその予想は正しかったようだ。

 ミツルギは目を輝かせて身を乗り出し。

 

「へぇ、それは良い事を聞いたよ! ちょうど鎧を新調しようかと思っていたところでね。それなら明日にでも鍛冶屋に顔を出してみようかな」

「そうしてやれ、あのおっさんも、お前くらい羽振りが良さそうな相手が来てくれたら喜ぶぞ。あとやっぱりこの里で外せないのは占い屋だな。ほぼ百パーセントの的中率で、最寄り街のアルカンレティアの上層部だけじゃなく、王都のお偉いさんなんかも、そこの占いを頼りにしていたりするんだぜ」

「すごいな、そんな的中率の占い師なんて聞いたことが…………いや、そういえば魔王軍にも、ほぼ確実に未来を言い当てる預言者がいるとか聞いたな…………うん、それじゃあ、僕も里を出る前に一度は訪ねてみるよ」

「ちなみに、どんなことを占ってもらうつもりなんだ? まぁ、その凄腕占い師は里一番の美人だし、占い関係なく口説きに行くだけってのもアリだとは思うけど」

「く、口説いたりはしないよ…………そうだな、占ってもらうなら、やっぱり魔王討伐に関することだろうね。魔王討伐の為にどこで力をつけるべきなのかとか、どこで真の仲間と出会えるのか、とか」

「…………お前すげーなホント。そこまで真っ直ぐ、世界を救うことだけを考えてる奴とか初めて見たぞ。マジで根っからの勇者様なんだな」

 

 俺の言葉に、ミツルギは苦笑を浮かべて。

 

「別に、そんな大それた人間じゃないよ僕は。多くの人は、少しでも誰かの役に立ちたいと思っているものだと思う。僕はたまたま力を得ることができたというだけで、同じような気持ちは誰もが持っているものだと思うよ」

「……それはどうだかな。人間ってそこまで綺麗なもんじゃねえと思うけど。なぁミツルギ、お前いつも世界を救うことばかり考えてるけどさ、もし本当に魔王を倒したとして、そのあとはどうするんだ?」

「えっ……それは……」

 

 俺の質問が意外だったのか、ミツルギは意表を突かれた表情で固まる。

 それから、難しい顔になって顎に手を当てて。

 

「……考えたことがなかったな。魔王を倒したあと、か」

「お前アレだな、若い頃から大した趣味も持たずにただ働きまくって、歳とって仕事辞めたら何もすることが無くなって呆然とするってパターンだぞ」

「なっ……そ、そんなことは…………な、い…………と思う…………」

「自分でも否定しきれてねえじゃねーか。ったく、しょうがねえな」

 

 俺はやれやれと首を振ると、自分の分のジュースを一気に飲み干し、立ち上がる。

 ここは一つ、このクソ真面目な勇者様に教師らしく教育でもしてやるか。それでこいつの真面目さが少しでも減って、“カズマ”という男を探して仲間にするのを諦めてくれたら、なおいい。

 

 俺は、きょとんとこちらを見ているミツルギにニヤリと笑いかけ。

 

「もうすぐ日も落ちる頃だ。ちょうどいい、飲みに行くぞ。羽目をはずして騒ぐってことを教えてやる。お前のお仲間も呼んでこいよ、女の子いないと寂しいし」

 

 

***

 

 

 すっかり夜の闇に包まれ、静かになった紅魔の里。

 紅魔族随一の居酒屋はここからが稼ぎ時だ。俺達は、若干困ったような笑顔を浮かべる居酒屋の娘、ねりまきが持ってくる酒を呷りながら、アルコールによってほんのりと顔を紅潮させて騒いでいた。

 

 同じ席には、ミツルギのパーティー以外にも、俺が適当に連れて来てやった、ぷっちんやぶっころりーもいる。もちろん俺の正体は隠すように言ってあるが。

 クソニートのぶっころりーは上機嫌に言う。

 

「うんうん、誰かの金で飲む酒の旨さったらないよね! よし、じゃあお礼に、紅魔族随一の美人である、そけっとに関する情報をあげるよ! そけっとはね、毎日朝七時頃に起きて、朝食はうどんを食べて、その後お風呂に入るんだよ。ただ、ここで困ったことがあってさ、そけっとは洗濯物をすぐ洗濯してしまうんだ。何が困るんだって? それはもちろん――」

 

 そして、ぷっちんはとんでもなく緊張した様子で、ミツルギの仲間の女の子の方をちらちら見ながら。

 

「わ、我が名は……あ、いや、俺は…………ぼ、僕は、その、ぷぷぷぷぷっ、ぷっちんと、いいます…………きょ、教師をやややっていて……12歳の女の子達に色々教えています!!!」

 

 そんな俺の友人達……いや、知り合いを見て、引きつった笑顔を浮かべているミツルギ。こんな奴等相手でも一応笑みは崩さない辺り流石だ。

 しかし、仲間の女子達の方は見るからにドン引きの様子で。

 

「ね、ねぇ、キョウヤ、もうそろそろ帰らない? ほら、明日も人探しとか色々あるでしょ……?」

「う、うん、そうだよ。もう十分飲んだし楽しんだし……ね?」

 

 確か名前は、ランサーの子がクレメアで、盗賊の子がフィオだったか。なるほど、こんな男共と飲みたくないという気持ちはよく分かるが、ここで逃がすわけにはいかない。

 

 俺はジョッキの中身を一気に飲み干し、ミツルギにニヤリと笑いかけ。

 

「よーし……そんじゃあ、そろそろハッキリさせようじゃねえか……」

「えっと、大丈夫かい? 少し飲み過ぎなんじゃ……」

「んなこたぁねえよ! まだまだイケるぞ俺は!! それより俺の話を聞け!! そんで、正直に答えろ!!」

「わ、分かった、分かったよ。何でも聞いてくれ」

「言ったな? じゃあ聞くぞ」

 

 そして俺は、ミツルギの仲間の女の子二人を両手で指差し。

 

 

「結局、どっちの子が本命なわけ?」

 

 

 ミツルギ達の空気が凍った。

 俺達の間には重苦しい沈黙が…………いや、空気を読めないぷっちんとぶっころりーは、まだ勝手に自己紹介やらそけっとの話を続けている。俺が連れて来といてなんだが、もうこいつらは放置しよう。

 

 一方で、ミツルギ達の方は周りのバカ二人を気にしている余裕はないらしい。

 女の子二人は不安げにちらちらとミツルギを見ており、ミツルギの方は困ったように笑いながら。

 

「いや、その、二人はどちらも大切な仲間だけど、恋愛関係とかそういうのは……」

「つまり、そこの二人は仲間としては使えるが、女としては眼中にない、と」

「えっ!? ち、ちがっ……! そういうわけじゃなくて!!」

 

 俺の言葉を聞いてショックを受ける女の子二人に、一気に慌て出すミツルギ。何これ面白い、もっと言ってやろう。

 

「じゃあさ、仮定の話でいいよ。もし仮に、この二人から同時に告られたとして、お前はどっちを選ぶんだ?」

「なっ……そ、それは……」

「ま、待ってよ! ねぇ、そんなこと聞かなくていいじゃない!!」

「そ、そうよ!! それって聞いちゃったら色々ダメなやつだと思うんだけど!!! これからの関係とか、そういうの的にさ!!!」

「いやいや、俺はお前らの為を思って言ってやってるんだよ? どうせお前ら、今の関係を壊したくない~とか言って、このままずるずる仲間としてやっていくつもりなんだろ? 本当は今以上の関係になりたいのに」

「「うっ……」」

「で、そのくせ魔王との決戦前夜に、最後になるかもしれないからとか言って告白、玉砕。それを肝心の魔王戦にまで引きずって足手まといになり、庇ったミツルギが致命傷を」

「やめて! なんか妙にありそうな気がしてくるからホントやめて!!」

「そもそも、本当に私達の為を思って言ってるの!? 楽しんでるだけのように見えるんだけど!」

「失礼な、本当に心配してんだよ。男女関係でギクシャクするパーティーを外から眺めるのは楽しいなぁとか、もしこいつらのどっちかが振られたら傷心に付け込んでワンチャンあるかもとかは、少ししか思ってない」

「ちょっと待って! なんか最悪なこと言ってるんだけどこの人!!」

「キョウヤ、やっぱりもう帰ろう!? こんな人の言うことなんて聞かなくていいって!」

 

 ミツルギは先程から話についていけない様子で、おろおろと成り行きを見守っているだけだ。多分、この二人が自分のことが好きだということも分かっていない。そういう鈍感さは、ハーレム野郎の特性だ。

 

 ミツルギは二人の言葉を受けて少し考え込み、それから真っ直ぐ俺を見た。

 

「いや、オズマにはさっき『何でも聞いてくれ』と言ってしまった。前言を撤回するのはよくないことだと思う」

「お、流石は真面目な勇者様、分かってるじゃねえか」

 

 俺だったら「何でも聞くとは言ったが、答えるとは言っていない」とか言って逃げるところだろうが、そんなのは小悪党のやることであり、勇者様のやることではない。

 

 ミツルギは覚悟を決めた表情で。

 

「君の質問は『もしもこの二人から告白されたら、どちらを選ぶのか』でいいのかな?」

「あぁ、まぁ、それでいいよ」

「えっ、ま、待って! 本当に答えるの!?」

「そ、その、急に言われても、私達だって困るっていうか、こ、心の準備が……!」

「ははっ、そんなに構えるようなことじゃないって。あくまで仮定の話だよ。ここで僕が何と言おうが、僕達が大切な仲間同士であることには変わりはない、そうだろう?」

 

 そんなことを言いながらイケメンスマイルを向けられ、二人は何か言いたげな表情で口元をむにむにしている。この鈍感イケメンは一度ぶん殴られた方がいいと思う。

 

 でもいくら仮定の話だからって、ここでの答えはそのまま二人への好感度を表すことになり、そこに優劣を付けてしまえば、今まで通りとはいかなくなりそうなもんだが。

 

 と、そんな事を考えていると、ミツルギはハッキリとこう答えた。

 

 

「僕の答えは、『どちらも選ぶことはできない』、だ。僕には他に好きな人がいるんだ」

 

 

 …………なるほど。

 確かに“どちらも選ばない”ということは、二人の間に差を付けていることにはならず、これからの関係性には影響を及ぼさないのかもしれない。質問自体が仮定の話だしな。

 

 しかし、そんなのが通用するのは、この二人がミツルギのことを、あくまで仲間だと割り切っている場合だ。当然、この二人にはそんなのが当てはまるわけもない。というか、こんだけ好き好きオーラ出されて気付かないとか、わざとやっているとしか思えない。まぁ、コイツがそんな俺と同レベルのクズであるはずもないし、本当に分かってないんだろうけど……。

 

 案の定、女の子二人はとんでもなくショックを受けたようで、泣きそうな顔で呆然としている。

 これには流石の俺も罪悪感を覚え、フォローすることに。

 

「……あー、元気出せよ。世の中広いんだ、いい男なんて他にいくらでもいるって。例えば俺とか」

「早速傷心に付け込んできたんだけどこの人!! 信じらんない!!!」

「いくら何でも、振られて数秒で他の男に鞍替えするわけないでしょ! どれだけビッチなのよ私達!!」

 

 ちっ、ダメだったか。

 まぁ、そんだけ怒る元気があるなら大丈夫だろう。案外たくましい子達なのかもしれない。考えてみれば、この二人はミツルギが魔王を倒そうとしている事を知った上でパーティーにいるのだろうし、そんなにやわでもないのか。

 

 俺はミツルギに尋ねる。

 

「しっかし、お前に好きな人がいたなんて意外だな、魔王討伐にしか興味ないんじゃないかと思ってたわ。で、どんな人なん? 同じ冒険者?」

「僕の好きな人は…………いや、やめておこう。きっと言っても信じてもらえないだろうしね。それに、おそらくこの想いはあの人に届くことはないだろう。あの人は、僕とは違う世界にいる人だから……」

 

 そう言って、少し寂しげな表情で遠くを見るような目をするミツルギ。

 違う世界ってことは、相手は貴族か何かなのか? でもコイツならいくらでも功績を挙げられるだろうし、チャンスはあると思うけどなぁ。

 

 すると、そんなミツルギの言葉を聞いた女の子二人は、少し希望を取り戻したようで。

 

「そ、その……キョウヤ! 例えその人への想いは届かなくても、他にキョウヤのことを想ってくれる人はいるはずだって! 意外と近くに!!」

「うん、そうだよ! だから、えっと……その人のことは、あまり引きずらないようにして、もっと周りを見てみるのもいいんじゃないかな!」

「フィオ、クレメア…………ありがとう。僕は本当に良い仲間を持ったよ」

 

 そう言って笑いかけるミツルギと、“仲間”というワードに若干顔を引きつらせる二人。うん、もう勝手にやってろ。

 

 それよりも、俺には気になることがあった。

 

「なぁミツルギ、そのお前が好きな人ってのは、やっぱり身分が高い人なのか? 見た目はどんな感じ? かわいい?」

「あぁ、身分が高い……というか、もう存在としての格が違うというか……。それに、まさに女神と言えるくらい人間離れした美しさで、全てを失った僕を導いてくれた、心清らかな人だったよ」

 

 幸せそうに微笑み、そんなことを言うミツルギ。

 つまり、とんでもなく偉くて、とんでもなく綺麗で、とんでもなく性格が良い人か……。

 

 これは正妻候補としてチェックするしかない!

 

「おいもっとその人について詳しく。つか、もう全部言っちゃえよ。お前が諦めるってんなら、俺がありがたく貰うからさ」

「えっ!? い、いや、それは無理だと……」

「何だよそんなの分かんねえだろ。俺ならお前よりずっと上手くやれるはずだ。身分の差だって、俺なら何とか出来る。実績もあるからな」

 

 そう、俺は王女様とだって仲良くなれたんだ。今更身分の差なんかで怯んだりはしない。

 すると、ミツルギの取り巻き二人が、何故かイラッとした表情で。

 

「キョウヤでも無理って言う人が、あんたなんかにどうにか出来るわけないでしょ!」

「そうよそうよ! 身の程を知りなさい!!」

「はぁ!? つか何でお前らが怒ってんだよ、ミツルギの好きな人を俺がかっさらってやるって言ってんだから、むしろ喜ぶとこだろ!」

「それとこれは別よ! キョウヤがあんたに劣ってるみたいに言われて、黙っていられるわけないでしょ!!」

「キョウヤと比べたらあんたなんて、ゴブリン以下なんだから! 調子に乗らないでよね!」

「んだとこのクソアマ!!! 女だからって大目に見てもらえると思うなよ、すんごい事してやるぞ!!!!!」

「な、何よその手つき! 変なことしたら、ただじゃおかないんだからね!!」

「ひっ……こ、こっち来ないでよ変態!!!」

「み、みんな、少し酔いすぎだよ……ほら、他のお客さんにも迷惑だし……」

 

 それから何度も、ミツルギは必死に俺達の仲裁に入ることとなった。

 そして日付が変わる頃にはすっかり疲れきった表情で、ぎゃーぎゃー騒ぐ俺、ぷっちん、ぶっころりーの三人に一言声をかけてから、眠りこける仲間二人を抱えて帰っていった。

 

 そんな状態になっても、ちゃんと全員分の金は置いていく辺り、流石は勇者様だと思いました。

 



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魔剣使いの勇者候補 2

 

 ミツルギ達と飲んでから数日後の朝、俺はいつもより早めに学校へと向かっていた。誰もいない教室で、一人の少女と秘密のお話をする為だ。

 ……これだけ言うと何か淡い青春の一ページのように聞こえるが、実際は爆裂魔法に関してめぐみんと少し話すだけだ。色気もクソもあったもんじゃない。

 

 教室に着くと、めぐみんは既にそこにいて、窓際の自分の席に座って待っていた。

 

「おはようございます、先生」

「おう、おはよ」

 

 窓から差し込む優しい朝日に照らされたその顔には、小さな微笑みが浮かんでいる。これでめぐみんがもう少し年が上だったら、俺も意識したのだろうか。……うーん、どうだかなぁ。こいつもこいつで、色恋より食い気や爆裂って感じだしなぁ。

 

 俺はめぐみんの隣、ゆんゆんの席に座って冒険者カードを取り出す。俺のものではない、めぐみんから預かっている彼女のカードだ。

 

「上級魔法なら、もうそろそろ覚えられそうだな。たぶん学校始まって以来の超スピードだぞこれ。お前本当成績だけは優秀だからな」

「成績だけとは何ですか。私は紅魔族随一の天才ですよ? 他にも大体全ての事に関して優秀ですよ」

「少なくとも発育は優秀じゃないだろ」

「ぐっ……!! ……ふ、ふん。そっちの成長はこれからなのです。知っていますか? 大魔法使いには巨乳が多いのです。つまりは、私もいずれは巨乳になるのです」

「何だその胡散臭い話は…………いや、でも言われてみれば…………」

 

 そういえば、俺の知り合いでも女性で力のある魔法使いは巨乳ばかりな気がする。ウィズとかバインバインだしな。

 そうやって考え込む俺を見て、めぐみんは不敵に笑う。

 

「ふっ、分かりましたか? 私を貧乳貧乳とバカに出来るのも今の内なのです。勝利は約束されているようなものです」

「でもお前が将来なるのは、優秀な大魔法使いじゃなくて、ネタ魔法を極めたネタ魔法使いじゃねえか。もしかして、貧乳で魔法の才能がある奴は、皆お前みたいに変な道へ行っちまうのか? だから、大魔法使いは巨乳ばかりになるとか」

「な、なにおう!? 変な道ではないですから! 立派な大魔法使いへの道ですから!! というか、私の前で爆裂魔法をネタ魔法扱いするのはやめてもらおうか!!!」

「ネタだろネタ。しかも一発しか使えないから一発ネタだ。大魔法使いというより、一発ネタに人生かけた大道芸人って言われた方が、まだしっくりくるわ」

「一発ネタ!? 大道芸人!? ……分かりました、売られたケンカは必ず買うのが紅魔族です!!」

 

 激昂しためぐみんが掴みかかってきた……が。

 

「『ドレインタッチ』」

「ああああああああああああああああっ!! ぐっ……そ、そのスキルは卑怯です!! あなたは年下の女の子相手に、真正面からケンカすることも出来ないのですか!!!」

「はっ、それは挑発のつもりか? 残念だったな、俺は相手が女だろうが年下だろうが、常に自分が一番安全かつ確実に勝てる手段を躊躇なく選べる男だ」

「なに良い顔して言ってるんですか!? 最悪ですよ!!」

 

 そう言いながらも、めぐみんは悔しそうにしながら俺を掴んでいた手を離す。

 それでいい、勝てない相手には無理をしない。人生を賢く生きる為に必要なことだ。

 

 しかし、めぐみんはまだこちらを恨めしげに見たまま。

 

「私が爆裂魔法を習得したら、覚えといてくださいよ……」

「な、なんだってー、大変だー、じゃあ今すぐこのスキルポイントを……」

「わあああああああああああああああ!!! ウソですウソです!!! ほんの冗談ですから!!!!!」

 

 冒険者カードを人質に取られては、喧嘩っ早いめぐみんもこの有様だ。おそらく今、どうして俺にカードを預けてしまったのか、猛烈に後悔していることだろう。

 

 俺は何となくめぐみんのカードを眺める。

 そこに記されているステータスだけを見れば、輝かしい未来が目に浮かんでくるようだ。

 

 しかし。

 

「……一応聞くけどさ、今でも上級魔法を覚えるつもりはないんだよな? 優秀な大魔法使いになるつもりはないんだよな?」

「上級魔法を覚えるつもりはありませんが、大魔法使いになるつもりはありますよ。私は何かを妥協するのは嫌です。大好きな爆裂魔法だけで大魔法使いになり、巨乳にもなります」

 

 めぐみんは何の迷いもなく言い切る。

 言っている内容はとんでもなくバカなことではあるのだが、ここまで堂々としているといっそ清々しくもあり、思わず感心してしまう。漢らしいなコイツ……。

 

「…………はぁ。ったく、無駄に大物っぽいこと言いやがって。まぁいい、今更分かりきったことを聞いて悪かったよ。好きにすればいい。そういう真っ直ぐな生き方、俺は嫌いじゃないよ」

「ふふ、私も先生のそういう話の分かるところ、嫌いじゃないですよ。でも少し意外ですね、先生は真っ直ぐな生き方は嫌う人だと思っていましたが」

「何言ってんだ、俺だって真っ直ぐ生きてんだろ。欲望とかに」

「……そうでした。何でしょう、この一気にガックリくる感じは」

「考えてみれば、人生に妥協したくないって所も、案外似てるのかもな俺達。俺も金、女、権力全部手に入れるつもりだし」

「あ、あの、それで似てるとか言われても、私としては反応に困るのですが……」

 

 微妙な顔でそんなことを言ってくるめぐみん。

 何だろう、今ちょっとお互いを認め合えた的な良い感じになってたのに、気付けばいつも通りの空気に戻っている気がする。

 

「何だよ、めぐみんだって大魔法使いになって金や権力を手に入れて、巨乳になってイケメンを引っ掛けようと思ってんだろ?」

「違いますよ!!! 私が欲しいのは最強の魔法使いという称号です! 確かに今は貧乏ですのでお金も欲しいですが、それも最低限暮らしていけるだけで十分だと思っています。権力だって興味ありません。巨乳になりたいのだって、別に男を引っ掛けたいとかそういう事ではなく、ただ単に見栄えの問題です」

「おい待て、他はともかく一つ聞き捨てならないことを言いやがったな…………巨乳が単に見栄えの問題、だと? お前何言ってんの? 巨乳は男に揉まれる為にあるんだよ?」

「あなたが何を言っているのですか」

 

 ドン引きの表情でこんなことを言ってくるめぐみん。あれ、俺何かおかしな事言ったか……?

 めぐみんは深々と溜息をついて。

 

「……まったく。あの先生、女性として一つアドバイスしますが、先生はそのゲスい言動さえ抑えれば、それなりにモテると思うのです。お金持ちですし、顔だってそんなに悪くありません。何だかんだ結構優しい所もありますし」

「え、なに、急にどうした。告白でもすんの? ごめん、正直なところ、お前のこと生意気で頭おかしいクソガキくらいにしか思ってないから無理だ。でもお前ならきっと他に良い男が」

「だから勝手に私が振られたような流れを作るのはやめてもらおうか! そこですよ! そういう所ですよ!! 何故あなたは、ちょっと油断するとすぐにぽんぽんぽんぽんゲスい言動が飛び出すのですか!! 何ですか、照れ隠しなんですか!?」

「えっ?」

「あ、はい、照れ隠しでも何でもないんですね。素なんですね。その顔でよく分かりました」

 

 何だろう、めぐみんが色々と諦めたような表情をしている。そんな俺が手遅れみたいな感じを出されても反応に困るんだが……。

 

 俺はどう言ったもんかと、頭をかいて。

 

「しかし、ゲスい言動を抑えろって言われてもなぁ。自分の本質を抑え続ける人生に意味はあるか?」

「ついに自分の本質とか言っちゃいましたよこの男……」

「だってさー……めぐみんに例えるなら、一生爆裂魔法なしで生きていけとか言われてるようなもんだぞ」

「うぐっ……そ、それは……辛いですね…………」

「だろ? だから俺は、今のゲスい自分を捨てずに、金と女と権力を手に入れ人生の勝者になってみせる! はは、結局俺も、爆裂魔法を捨てずに巨乳の大魔法使いになろうとしてるお前と変わらないんだな」

「……ええっ!? あ、あれ!? 先生は私と変わらないのですか!? 何かおかしくないですか!?」

「おかしくないよ」

 

 そう、何もおかしなことはない。人には決して譲れないものがあるというだけの話だ。

 俺は、何か釈然としない様子のめぐみんに。

 

「大体、俺の言動に文句つけるのはいいが、俺だってお前のその爆裂狂っぷりに、文句の一つでも言いたいところだね。いや言ってるけど」

「うっ……そ、その、私も先生に色々と迷惑かけてしまっているのは分かっていますし、フォローしてくれる先生には感謝もしています……でも」

「分かってるよ、お前の爆裂魔法への愛は、よーくな。だから、お前と違ってオトナで良い先生な俺は、文句言いつつもちゃんとお前の引き取り先は探してやってんだぜ。もう騎士団の方には話しておいたし」

「……えっ? ほ、本当ですか……?」

「あぁ。爆裂魔法しか使えないネタ魔法使いでも、騎士団なら結構欲しがってるみたいだったぞ。冒険者パーティーと違って、集団戦が多いから向こうもお前をフォローしやすいだろうし、何より敵の大群に魔法をブチ込めるチャンスも多い。どうだ、お前にとってもいいんじゃないか?」

「…………」

「え、な、なんだよ、何か気に入らないのか?」

 

 めぐみんはポカンと口を半開きにしてこちらを見ている。

 もしかして、冒険者じゃないと嫌だとか言うつもりか。別にそっちで探してやってもいいんだが、やっぱり安全って事を考えると騎士団の方だと思うんだけどなぁ。

 

 しかし、そういう事ではなかったらしく、めぐみんはもじもじと両手の指を絡ませながら、チラチラと上目遣いでこちらを見て。

 

「……あの、えっと、ありがとうございます。先生、ちゃんと私のことを考えてくれていたのですね」

「ん、まぁ、先生ってのはそんなもんだろ。それに面倒見てやるって言ったろ」

「それは、そうですが……その、急にそうやって優しくされると、反応に困ると言いますか……」

「なに、イジメてほしいの? ドMなの?」

「違いますよ!! ……はぁ、まったく、また先生はすぐそうやって……」

「うわぁ、そう言いながらも何でちょっと嬉しそうなのこの子。どうしよう、俺、12歳の女の子相手に、何か変な扉を開けちゃったのかも……」

「だから違うと言っているでしょう!! あー……こほん! 先生」

 

 めぐみんは気を取り直して、真っ直ぐ俺を見つめる。

 朝日で光る紅い瞳には俺だけが映っていて、まるで吸い込まれるように俺の視線もそこに釘付けにされる。

 

 そして、めぐみんは朗らかな笑顔を浮かべて。

 

「改めまして、本当にありがとうございます。こんなに生徒のことを想ってくれる先生と出会えて、私は幸せ者です」

「……な、何だよ急に。大袈裟だっつの。ちょうど王城に行く機会があったから、その時に聞いてみたってだけだ」

「でも、ちゃんと私のこと忘れずに聞いてくれたのでしょう? それだけで、私はとても嬉しいですよ。ふふ、何ですか、照れているのですか?」

「照れてねえし! こんな真正面からお礼言われることが少なくて、ちょっと調子狂うってだけで、別に照れてるわけじゃねえし!!」

 

 俺の言葉に、めぐみんはくすくすと笑う。

 ぐっ……この俺が、12歳の女の子相手に手玉に取られてる感じがする!

 

 俺は仕返しとばかりに。

 

「ったく、お前もちょろすぎて、ふにふら達の事言えねえな! ちょっと優しくしたらこれだ! 将来、変な奴に騙されたりすんなよ!」

「ご心配なく。以前にも言ったでしょう。紅魔族随一の天才の知力を舐めないでください、人を見る目はありますよ。つい先日も、ウチを狙った詐欺師の正体を見破り、撃退したところですし」

「えっ、貧乏なお前のところに詐欺師? なんでそんな所狙ったんだそいつも。まぁ確かに、多少生活に苦しんでいる人の方が、心に余裕が無いから騙しやすいってのは聞いたことあるけど……」

「び、貧乏って、ハッキリ言いますね……その通りなのですが。ただ、先日の詐欺師に関しては、やり方がお粗末過ぎましたね。なにせ、『ひょいざぶろーさんの素晴らしい魔道具の数々に深く感銘を受けました! つきましては、今後ぜひ良いお付き合いをさせて頂きたく……』などと正気を疑うようなことを言ってきましたから。こんなの、こめっこでも怪しいと思いますよ」

「…………」

 

 何だろう、その詐欺師とやらに凄く心当たりがある。

 俺は嫌な予感をひしひしと感じながら、嫌々ながら聞いてみることにした。

 

「……その詐欺師、名前は何て言ってた?」

「ウィズ、とか言ってましたかね。どうせ偽名でしょうが」

「…………それで、お前はそのウィズを追い返したってことか?」

「はい。そんな手口には引っかからないとキッパリ言っても、しつこく食い下がってきましたので、『これ以上うだうだ言うつもりなら、この国随一の変態にして鬼畜、カズマ先生を呼んですんごい事をしてもらいます!』と脅したら泣いて逃げ出しました」

「おい」

 

 こいつは何勝手に俺の悪評を広げてくれちゃってるのだろう。しかも紅魔族随一から、国随一にランクアップしてんじゃねえか。いやこの場合はランクダウンか。

 それにウィズもウィズだ、俺のことは知っているんだから、そこまで怯えなくても……知っているからこそ、泣いて逃げたのかもしれない。流石に俺も凹むぞ……。

 

 しかし、まぁ、ウィズにとっては残念な結果かもしれないが、実際はこれで良かったのだろう。ウィズの商売センスは前からアレだったが、ひょいざぶろーと手を組んだりしたら赤字が加速して俺でもフォローしきれなくなる可能性がある。

 

 ウィズの話が出たところで、俺はふとある事を思い出し。

 

「そういやめぐみん、お前ってさ、誰から爆裂魔法なんてもんを教わったんだ? あんな魔法、覚えてる奴なんてそうそういないと思うが」

「うーん、名前は聞いていませんし、フードを目深に被っていましたので顔も良く分からなかったんですよね。かなり昔のことですので、記憶も曖昧ですし。ただ、ローブの上からでも分かる見事な巨乳のお姉さんだったという事は覚えています」

「巨乳のお姉さん……そこはウィズの特徴とも一致するんだけど、本人は違うって言ってたしな……」

「私の命の恩人にして爆裂魔法の師匠は、あんな詐欺師ではありませんよ失礼な。というか、先生はあのウィズとかいう詐欺師と知り合いなのですか?」

「あぁ、ウィズは商人仲間だよ、詐欺師なんかじゃ…………あれ、おい、今その師匠の事、命の恩人とか言ったか?」

「はい。確か私がこめっこと同じくらいの年の頃でしょうか。貧乏なウチにはオモチャの類が無く、仕方ないので邪神のお墓にあったパズルで遊んでいたのです。そしたら突然、大きな漆黒の獣が現れて、そいつに襲われていた所をそのお姉さんが爆裂魔法で助けてくれたのです」

「…………えっ」

 

 聞き覚えがある。今から七年前、あの邪神の封印が解けかけて、流れの魔法使いが再び邪神を封印したとかいう……しかも、あの邪神の封印は、本来なら賢者級の大人でも手こずるようなパズル形式で……。

 

 俺の引きつった表情を見て、めぐみんは俺が何を言いたいのかは大体分かったらしい。

 ニコッとイタズラっ子のような笑顔を浮かべ、人差し指を立てて口元に当て。

 

「皆には、ナイショですよ?」

「何ちょっと可愛く言ってんの!? そんな秘密知りたくもなかったよ!!」

 

 よし、聞かなかったことにしよう。俺は何も関係ない。

 

 それにしても、結局めぐみんに爆裂魔法を教えたという諸悪の根源とも言える迷惑な人に関しては、大した事は分からなかった。その流れの魔法使いに関しては、謎に包まれたまま里を出て行ってしまったようだし。

 ただ、邪神を一人で再封印できるような魔法使いだ。それに爆裂魔法を撃った後でも動けているくらいなのだから、とんでもない大魔法使いだというのは分かる。でもそこまでの者なら、もっと名前が売れてるもんだけどなぁ。

 

 それからしばらくめぐみんとバカな話をしていると、次第に他の生徒達も登校して来る。

 クラス一の優等生であるゆんゆんも、いつものように余裕を持って教室に入ってきて、自分の席に座っている俺を見て。

 

「あれ、どうしたの兄さん、私の席で。今日は随分と早く家を出て行ったけど、何か授業の準備とかがあったんじゃないの?」

「あー、それは」

「先生は、私と秘密の話をする為に、わざわざ朝早く来てくれたのですよ」

「えっ、秘密の話……? それって私にも内緒なの?」

「えぇ、ゆんゆんにも言えません。というか、こんな事、親にだって言えませんよ……言ってしまえば、先生にも責任を取ってもらうという事になってしまうかもしれません……」

「おいちょっと待て! 言い方がおかしい!! 色々ぼかして言おうとすると、そうなっちまうのかもしれないけど!!」

「兄さん、どういうこと?」

 

 ゆんゆんが例の無表情になる。こわい……こわいって。くっ、これはダメだ、めぐみんには悪いが、ここは俺の命を優先させてもらおう。

 俺は暗い瞳でこちらを見続けるゆんゆんに震えながらも、何とか向き合って。

 

「ゆ、ゆんゆん、聞いてくれ。秘密の話と言っても、何もやましい事なんかない。ただ、このバカが爆れもごっ!!」

「何言おうとしてんですか! ダメですよ!! あ、いえ、ゆんゆんにはいずれ話すつもりですが、まだ早いです。私はまだ学生の身です、バレれば猛反対され阻止されてしまう事でしょう。とにかく、卒業してしまえばこちらのもの……ですので、ゆんゆんには卒業後、もしくは卒業直前に言おうと思っているのです」

「…………ねぇ、めぐみん。それって兄さんも関わっているのよね?」

「えぇ、もちろん。あれは学校が始まって二日目のこと、私と先生が保健室で二人きりになり、ある秘密を共有して以来、先生は私の将来の為に欠かせない人になったのです」

「わざとだよな!? わざとそんな言い方してんだよな!? ち、違うんだゆんゆん! お前は誤解してる! すごく誤解してる!! あのな、よく聞け。めぐみんは爆」

「ああああああああああっ!!! だから言わないでくださいって! 何ですか、さっきはあれだけ優しくしてくれて、私も感動したのに!! 私だって本気で怒りますよ!! あの日、私の部屋の布団の中で、私の大切なものを手に入れたからって調子に乗らないでください!!! いつまでも言いなりになるような女ではないのですよ私は!!!」

「おいやめろ!!! マジでやめろ!!!!! なにお前、俺を破滅させたいの!? 分かった、俺が悪かったから!! あの事は言わないから早く誤解を解いてくれ!!! ゆんゆんが本当に洒落にならない顔になってるから!!!!!」

 

 それから必死になって何とかゆんゆんの誤解を解いた時には、もう始業時間も近付きクラス全員が教室に集まっていて、そこら中で仲良しグループ達がかしましくお喋りしていた。

 ……今日は朝からどっと疲れた。もう帰りたい。校長を説得して、ぷっちんに全部任せて、本当に帰っちまおうか。

 

 そんな時だった。

 ドアが開かれ、華やかな教室に異物が混ざり込んだ。まぁ、元から俺という異物は混ざってるんだけども。

 

 

「あれ、オズマじゃないか! ここで会うなんて奇遇だね」

「げっ」

 

 

 イケメン勇者様ミツルギが、爽やかスマイルを浮かべて教室に入ってきた。あまりに急な遭遇に、思わず口から嫌な声が漏れる。

 なにコイツ、学校の前で待ち伏せするだけじゃ飽きたらず、ついに教室にまで乗り込んできやがった! こわいんだけど!!

 

 教室にいた生徒達もミツルギの登場には驚いたのか、先程までのお喋りをやめて、視線をそちらに集中させる。中にはキャーキャーと黄色い声で騒ぎ始めた子達もいる。

 

 ミツルギは俺のドン引きした様子には気付いていないのか、相変わらずの笑顔を浮かべたまま。

 

「実は僕が探しているカズマという男が、ここで教師をやっているみたいでね。族長さんの口添えで校長先生に話をつけてもらって、学校見学をさせてもらえる事になったんだ。ところで、オズマはどうしてここに?」

「うっ、あー、その……そうそう、俺もよく知らないんだけど、何でも今年度からこのクラスを受け持った先生が不真面目でクラスに居ないことも多いらしくて、今日もそいつの代わりに臨時で俺が先生にって頼まれたんだ! 里の外の事について色々と教えてもらえないかって!」

「えっ、そうなのかい? 確かにカズマという男は教師ではあるが、問題行動ばかり起こしていると聞いたな…………じゃあ、今日はここに居ても会えないのか……」

 

 よし! 咄嗟に思い付いて言った事だが、上手くいきそうだ!

 ミツルギは難しい顔をして。

 

「……まったく、それにしてもカズマという男は、噂通りのダメ人間のようだな……やはり、僕が一度懲らしめる必要があるのかもしれない……」

「…………えっ、ちょ、ちょっと待て。今何て言った?」

「ん? あぁ、カズマという男はやはり懲らしめるべきなのかな、ってね。そもそも、そんな男を教師として雇うというのもどうかと思うんだけど……」

 

 あれ、おかしい。何言ってんだコイツ。俺を仲間に入れるつもりだったんじゃないのか?

 ミツルギの顔を見ると、そこには嫌悪感が浮かんでいる。どう見ても仲間に迎えようとしている者について話すような顔じゃない。

 

 すると、そんな成り行きを見ていたゆんゆんが、おろおろと。

 

「あ、あの、ミツルギさんは兄さんを仲間にしようと、ここまで来たんじゃないんですか……?」

「えっ、あー、君は族長さんの娘さんだったね。いや、違うよ。確かにここにはカズマという男を探す他に、優秀な魔法使いを仲間に勧誘したいという目的もあったけど、あくまで別件さ。王都でカズマという男の悪評をあまりにも聞くものだから、一度懲らしめてやろうと思ったんだ…………どうしたんだい、オズマ?」

「い、いや、なんでも……」

 

 気まずくなって俯いた俺を、ミツルギはきょとんと見てくる。

 

 なにこれ恥ずかしい。勝手に仲間の勧誘だと思い込んでたのに、実際はその真逆だとか。めぐみんなんか、ニヤニヤとこっち見てるし。

 お、俺だって悪評ばかりってわけじゃねえんだけどな……ミツルギはまだ王都に来てから日が浅いから目立つ悪評ばかり聞くだけで、もう少しあの街に居れば俺の良い話の一つや二つくらい聞くはず……だと思う…………。

 

 ゆんゆんは、そんな俺に呆れた顔を向けたあと、ミツルギに尋ねる。

 

「そんなに評判悪いんですか、兄さん」

「あぁ、至る所でセクハラや、人の足元を見た悪どい商売をやらかしているみたいだ。中でも僕が一番許せないのは、王女アイリス様にまでとんでもない無礼を働いていることさ。これはアイリス様の護衛であるクレア様から聞いたことだから、信憑性もあるしね」

「……具体的に、兄さんは王女様にどんなことをしているんですか?」

「それが、カズマという男は言葉巧みにアイリス様に取り入り、アイリス様に冒険譚を聞かせるという名目の下、卑猥なことや犯罪まがいな事まで教え込み、更には妹プレイと称してアイリス様に妙な事をさせたり言わせたりしているとか」

「なるほど、そんな人は今すぐぶった斬られちゃった方がいいですね。兄さんならそこに」

「わああああああああああ!!! ま、待てゆんゆん!!!」

 

 軽く俺の正体をバラそうとしたゆんゆんを慌てて止める。

 ゆんゆんはむすっと俺を睨んでいたが、後で説明するからとこっそり告げると、渋々ながらも納得してくれたようだ。

 

 つーか、あの白スーツ、この前の謁見の時にミツルギのこと聞いたら妙な態度取ってたのはこういう事か! 今度会ったら覚えとけよ……。

 

 ミツルギはそんな俺達の様子に首を傾げながら。

 

「えーと、それじゃあ僕は少し校長先生と話して来るよ。これだけ評判の悪い男が教師をやっているというだけで嫌な予感がしていたけど、やはり生徒の事を何も考えられていないようだね。そんな男に将来有望な紅魔族の子供達を任せてなんておけない。君達もその男には随分と嫌な思いをさせられてきたんだろう? そういう時は我慢せずに、親御さんや他の先生方に相談した方がいい。そうすれば、そんな男、すぐに追い出せるはずだから」

 

 ぐっ……い、言いたい放題だな……。

 と言っても、俺がろくでもない教師というのは事実なので、返す言葉もないという所が悲しいところだ。そうだよな……普通だったらとっくに追い出されてるよな俺……。

 

 ただ、意外なのは生徒達の反応だ。

 彼女達はミツルギの言葉に同調するどころか、明らかに不機嫌そうな目でミツルギを睨んでいる。ふにふらやどどんこなんかは今にも噛み付きそうな感じだし、先程俺を売ろうとしたゆんゆんですら、何か言いたそうな不満気な表情をしている。

 

 俺はそんな生徒達に心が暖かくなりつつも、下手な真似はしないようにと、目と小さな動作で合図する。

 実際のところ、俺が褒められた人間じゃないというのは確かだ。だからこそ、そんな人間の側について勇者候補相手に喧嘩を売ろうものなら、生徒達にまで余計な面倒事が降りかかりそうだ。

 

 別に、俺は悪く言われることは慣れている。と言うか、今の状況みたいに、そもそも俺が悪いということばかりだ。そりゃ俺だってたまーに良い事する時もあるが、大抵はろくでもない事しかしていないので、こういう時は素直に受け止めるべきだと思う。

 

 ミツルギは生徒達の鋭い視線には気付いていないらしく、そのまま教室を出て行こうとする。

 それを見て緊張が緩み、ほっと息をついた時だった。

 

 

「待ってください。今の言葉は聞き捨てなりませんね」

 

 

 静かで、しかし確かに力のある、威圧するような声が教室に響いた。

 その声は決して大きなものではなかったが、教室中の者の耳に直接叩き込まれるかのように、よく聞こえた。

 

 そうだった。このクラスには一人、どうしようもなく優秀で好戦的で、周りなどお構いなしにひたすら我が道を突き進む問題児がいるのだった。

 

 ミツルギはその声に振り返り……固まった。

 声を発したそいつの……めぐみんの紅い瞳はギラギラと、危うい光を放っている。例え紅魔族の特性をよく知らなかったとしても、それを見れば何となく彼女の精神状態は分かるだろう。現に、ミツルギは顔をこわばらせ、ごくりと生唾を飲んでいる。

 

「えっと……ごめん、何か気に障ることを言ってしまったかな……」

「えぇ、言いましたね。当たり前でしょう。私にとって大切な恩師の悪口を言われたのですから」

 

 めぐみんの言葉に、ミツルギは目を丸くして。

 

「恩師って……もしかしてカズマって男のことかい? でも、その男は」

「そうですよ、ろくでもない人ですよ。人としてどうかと思うような言動も日常茶飯事です。でも、決して生徒の事をないがしろにはしません。あの先生は、口では色々文句を言いつつも、何だかんだ私達の面倒を見てくれる人なんです。あなたに先生の何が分かるのですか。評判だけで先生を知った気にならないでください」

 

 めぐみんは声を荒らげることもなく、ただ淡々と、それでいてただならぬ空気をまとって言い切った。

 そんなめぐみんに押されるように、ミツルギは言葉に詰まっている。

 

 すると、そこに畳み掛けるように。

 

「あ、あの……兄さんは本当に少しですが、良い所もあるんです……えっと、もちろんそれで全てが許されるわけではないですけど、そこを全く無視するのもどうかなって……」

「ていうか、あんたに先生の何が分かんのよこのイケメン! 先生はあたしとどどんこの事を、グリフォンから助けてくれたんだから!! 勝手な事言わないでよイケメン!!」

「そうよイケメン! あんたイケメンだからって調子乗ってんじゃないの!?」

「先生というのは仮の姿、その俗物的な行いの全ても、所詮は偽りの姿でしかないのだろう。あの人からは、強い神々の力を感じる……そう、忘却の彼方に置いてきた真の力を手に入れし時、全ては崩壊し、そして新たな……魔王討伐への道が切り開かれる……」

 

 次々と俺をフォローしてくれる生徒達の言葉に……いや、ゆんゆんはともかく、ふにふらとどどんこのイケメン連呼は果たして悪口になっているのか微妙だし、あるえに至っては何を言っているのかよく分からないが……それでも不覚にもじーんときてしまう。

 正直、気を抜くとうっかり泣いてしまいそうなくらい感動していたりもするのだが、ここで泣いたりすれば一生めぐみんにからかわれる事間違いなしなので何とか耐える。

 

 そんな生徒達を、ミツルギはしばらく難しい顔でじっと見ていたが、やがて深々と頭を下げた。

 

「……君達の言う通りだ、すまない。確かに僕は、まだ会ったこともない人について、好き勝手に言ってしまった。僕よりも君達の方が、カズマという人をずっと良く知っているというのは当然だ。そして、そんな君達がここまで言うのだから、きっとその人は噂通りの人ではないのだろう」

 

 素直に謝ったミツルギに対して、めぐみんはまだ厳しい表情を浮かべて。

 

「謝る相手が違うでしょう。それに、私達の言葉だけで先生の事を知ろうというのも、また違うと思いますよ。あなたはきちんと先生と向き合うべきです。それはもちろん、逃げてばかりの先生にも同じことが言えます」

「……分かった。カズマという人がどんな人間なのかは、この目で確かめる。それじゃあ、今日も僕はその人を探すことにするよ。もしここに来たら、ミツルギという男が探していると伝えてくれるかな?」

「何を言っているのです? カズマ先生ならもうこの教室に来ていますが」

「えっ?」

 

 ……おい、まさか。

 俺は嫌な予感がして、慌ててめぐみんを止めようとするが、めぐみんはそれを制止するように俺に向かって掌を突き出した。

 

 めぐみんは不敵な笑みを浮かべると、大袈裟にローブをばさっとはためかせ。

 

「一見すればただの冒険者。その正体は、この国随一の変態鬼畜男。セクハラをした相手は数知れず。悪どい商売で泣かせた客も数知れず。相手が妹でも王女様でも人外でもお構いなしの、無限の欲望を持つ男…………」

 

 そこでめぐみんはわざとらしく溜めを作り、そして。

 

 

「カズマ先生とは、この人の事です!!!!!」

 

 

 ビシっと俺を示し、堂々と言ってのけた。……言ってくれやがった。

 

 ミツルギは唖然としており、確認を求めるように、めぐみん以外の生徒達の方を見る。

 他の生徒達も、そのめぐみんの威勢良すぎる暴露に隠す気も失せたのか、素直にこくこくと頷いていた。

 

 ミツルギがこちらを見る。顔は引きつっていて、信じられないものを見るような目をしている。

 

「……君が、カズマ……だったのか……?」

「……う、うん」

 

 なんだこれ……凄く気まずい!

 くっ、こんな事なら素直に自分から名乗った方がずっと良かったじゃねえか……というか、めぐみんの奴、何やりきったみたいな表情でこっち見てんだ腹立つなコイツ! さっきまでの感動を返せ!

 

 ……けど、まぁ、生徒達がここまで庇ってくれたんだ。こんな俺でも、いつまでもコソコソと隠れているわけにはいかないか。

 

 俺は苦笑いを浮かべ頭をかいて、一歩前に出る。

 

「えっと、その、悪かったな、騙してて。俺がカズマだ」

「……そっか…………うん、考えてみれば、この前君と飲みに行った時の言動にも、その片鱗は現れていたんだね。フィオとクレメアへのセクハラとか……あの時は酔っ払った勢いなんだと思ってたんだけど……」

 

 ミツルギは少し考える様子を見せて。

 

「でも、そこの子は君のことを国随一の変態鬼畜男とか言っていたけど…………僕は君のことはそこまで悪い人のようには思えなかったな」

「そ、それはコイツがちょっと大袈裟に言ってるだけだって! 紅魔族ってそういう奴等だって知ってるだろ!? それに、噂なんてもんは、多少大袈裟に伝わっていくもんだ! 名が売れると仕方ない事なのかもしれないけど、困ったもんだよなまったく!」

「……なるほど。確かに僕のことも『魔王城を攻略したいのか女の子を攻略したいのか分からない、優柔不断のハーレム野郎』なんて噂を流す輩もいるみたいだし、噂なんてそんなものなのかもしれないね」

 

 俺としてはそのミツルギの噂に関しては全力で肯定したいところなのだが、ここは波風立てずに笑顔でこくこくと頷くことにする。

 ミツルギは申し訳無さそうに苦笑いを浮かべて。

 

「ごめん、カズマ。僕の早とちりで余計な迷惑をかけてしまったようだ」

「あー、いや、気にすんなよ。誰にだって間違いはあるさ」

「そう言ってもらえると助かるよ。これからは噂など当てにせず、直接自分の目で真実を確かめるようにしていくよ。そうだよね、これ程までに生徒に慕われている人が、噂通りの人間であるはずがない」

 

 

「いえ、先生に関する悪い噂は、概ね正しいものだと思いますが」

 

 

 ようやく穏やかにまとまりかけていた空気の中。

 めぐみんは、『何言ってんだコイツ』みたいな顔でそんな事を言いやがった。

 

 ピシリ、と空気が凍ったような気がした。

 ミツルギは何か聞き間違いでもしたかのように、困惑した様子で。

 

「えっ……い、いや、でもカズマに関する噂っていうのは、本当にろくでもないことばかりで……」

「えぇ。ですから、私も言ったじゃないですか、『ろくでもない人ですよ』って。『人としてどうかと思う言動も日常茶飯事』とも言いました」

「……で、でも、君にとっては良い先生なのだろう? そのマイナスイメージも、多少大袈裟に言っているだけで……」

「いえ、大袈裟などではなく、そのまま思った通りに言っていますよ。確かに私にとって先生は大切な恩師ではありますが、不満な所は沢山あります。例えば」

「まままま待て! ご、ごめんな、不満な所はちゃんと聞くし、直すからさ!! だから、それは後で」

「本当に直してくれるのですか? 私が先生に直してもらいたい所は一つや二つではないのですが。まず、隙あらば私のスカートの中を覗こうとするのをやめてください。私が体調不良で体育を休む度に『生理か?』とか聞いてくるのもやめてください。あと5歳の妹に卑猥な言葉を教えるのもやめてください」

「ちょっ!!!」

「……カ、カズマ?」

 

 めぐみんの言葉に、ミツルギはドン引きした様子でこちらを見ている。俺の頬を冷や汗が伝っていくのを感じる。あかん……これはあかん……。

 しかし、めぐみんは止まらない。

 

「大体、先生は全体的に欲望に忠実過ぎるのですよ。保健室で添い寝しようとしてくるとか、教師としてかなりギリギリですよ? あと夜中に私の部屋で、言葉巧みに私を布団の中に引きずり込んだ挙句、抱きしめて泣かせたことに至っては完全にアウトですし」

「ちょ、ちょっと待ってよめぐみん! あたし、それ初耳なんだけど! え、なに、めぐみんと先生ってどこまでいってんの!?」

「めぐみんはオシャレに無頓着だし、食い気ばかりでそういう事には興味ないと思ってたのに! もしかして、それで周りを油断させるって作戦だったの!?」

 

 めぐみんの言葉に、ふにふらとどどんこが食いついている。

 それを聞いて、めぐみんは彼女達に視線を向けて。

 

「……ふっ」

「「あっ!!」」

 

 鼻で笑っためぐみんに、ふにふら達は悔しそうに顔を歪める。

 この場合、別にめぐみんは俺との関係が進んでいると自慢したいのではなく、ただ自分が周りよりオトナであるかのように見せて優越感に浸りたいだけだろう。それは結構だが、俺を巻き込むのはやめてほしい。

 

 そして、めぐみんはやれやれと、余裕を持った動作と共に。

 

「まぁ、そんな些細なことはどうでもいいではないですか。それより、先生が不満を聞いてくれるそうですよ? この際です、あなた達も何か言ってやればいいでしょう」

「さ、些細なこと!? うぅ、なんでめぐみんにこんな上から目線で…………それに、先生に不満なんて…………あっ……えっと、先生、流石に公衆の面前でパンツを脱がされるのは恥ずかしいので、やめてもらえると嬉しいなって……」

「う、うん……そだね……二人きりの時ならいいんだけど、皆の前では恥ずかしいというか……」

「二人きりならいいの!? ね、ねぇ、おかしくない!?」

 

 顔を赤くしてそんな事を言ってくるふにふらとどどんこに、ゆんゆんがツッコミを入れる。うん、ゆんゆんの言う通りおかしいとは思うが、俺としては一向に構わん。ただ、二人きりの時にパンツを剥いで満更でもない反応をされると、こっちとしても凄く困るので本当にやったりはしないが。

 

 めぐみんは、今度は何やら騒いでいるゆんゆんの方を向いて。

 

「ゆんゆんも先生に何か言わないのですか? あなたなんかは特に色々と不満が溜まってそうですが」

「えっ、そ、それはもちろんそうなんだけど……まず定期的に私の胸を揉むのをやめてほしいし……年下の子なら王女様でも何でも妹にするのもやめてほしいし……あと、『魔王討伐なんてそこらのやる気ある奴に任せといて、お前達はひたすら楽に生きられる道を目指せ』とか子供に悪影響ありそうな事ばかり言うのもどうかと思うし……」

「私も先生に言いたいことがある……作家になる道を応援してくれるのは嬉しいのだけど、事あるごとに私自身をモデルにした官能小説を書かせようとするのはどうかと……」

「なに、兄さん、あるえにそんな事言ってるの?」

「い、いや、それはだな、あくまで商業的なアドバイスとして、な? 作家ってのは食いつないでいくのが難しい職業だし、そりゃ自分の好き勝手に書いて皆が買ってくれるならそれが一番良いんだろうが、世の中そう上手くはいかない。だ、だから、恒常的に需要がありそうなものを……」

 

 そう必死に言い訳をしていると、今度は居酒屋の娘、ねりまきが。

 

「えーと、私からも、先生がお友達と居酒屋に来た時、私とお母さんを変な目で見ながら親子丼注文するのはやめてほしいなって……」

「…………兄さん?」

「すいませんでした!!!!!」

 

 もはや言い訳も出来なくなった俺は、即座に土下座に移った。

 

 何故俺はこんな事になっているのだろう。さっきまでは、クラスの皆が先生を庇ってくれるっていう、ちょっと感動的な場面じゃなかったか? なにこの落差、もうちょっと余韻に浸らせてくれたっていいんじゃないか。

 

 そう思いながら、先程とは違う意味で若干泣きたくなっていると。

 

「……カズマ。彼女達の話は本当なのかい?」

「いっ!? あ、い、いや、それはだな……!」

「もういい。その反応で大体分かったよ。信じたくはないが、全て真実のようだね」

 

 ミツルギがじっとこちらを見つめる。その目には、先程までの友人に向けるような暖かみなど一切ない。まるで魔王軍の者に向けるような、敵意のこもった鋭い目だ。その声も冷たく、突き放したようなものになっている。

 

 ミツルギは小さく溜息をつき。

 

「残念だよ、カズマ。君とは良い友人になれると思っていたのに」

「お、俺は今でも友達になれると思ってるぞ! よし、たぶんお前はまた誤解してると思うから、ちょっと話そ」

「カズマ」

 

 ミツルギは俺の言葉を遮り、正義感に目を光らせて。

 

 

「僕と決闘をしてくれ」

 

 

***

 

 

 そんなわけで、放課後。

 よく開けた広場にて、俺とミツルギの決闘が行われることとなった。

 俺としては逃げるという手もあったのだが、少し考えがあって素直に受けることにした。

 

 どこから聞きつけたのか、周りにはかなりのギャラリーがいて、祭りか何かのようにガヤガヤと賑わっている。

 

「賭けるやつはいねーかー? まだ間に合うぞー」

「じゃあ俺、カズマに3000エリス!」

「俺は勇者様の方に5000エリスだな。たまにはカズマが痛い目に遭うところを見てみたいし」

 

 そんな好き勝手言ってやがるギャラリーは無視して、俺は目の前のミツルギを見る。

 ミツルギは魔剣を抜き、調子を確かめるように軽く振ってから、俺に突き付ける。

 

「正体を隠して僕に近付いたのも、君の思惑の一つだったんだろうね。ああやって事前に好印象を抱かせておいて騙す。何て悪どいやり方なんだ」

「いや勝手に近付いてきたのはお前だろ! というか、何でお前がそんなに怒ってんだよ。確かに俺がクラスの奴等にやってる事は褒められた事じゃないと思うけど、本人達は何だかんだ俺のことを良い先生だって認めてくれてるんだからいいじゃねえか」

「よくない! 君は年端もいかない少女達を騙しているだけだ! いや、もはや洗脳に近い!! パンツを脱がされたり胸を揉まれたりしているのに良い先生とか、どう考えてもおかしいだろう!!!」

「うっ……」

 

 それを言われてしまうと返す言葉がない。うん、おかしいな確かに。

 ミツルギは敵意のこもった目で俺を睨みながら。

 

「セクハラだけの問題じゃない。君の教える事は、全体的に自分のことしか考えていないじゃないか! 面倒事は他人に任せて楽に生きろだって!? 君は子供達をダメ人間へと導きたいのか! 優秀な紅魔族の子供達にそんな教育をするなんて、国からすれば魔王軍よりよっぽど脅威だよ!!」

「わ、分かったよ、悪かったよ……それで、お前は俺をどうしたいんだよ。教師を辞めてほしいのか?」

「いや、君は教師の前に人間として欠けているものが多過ぎる。この決闘で僕が勝ったら、君は王都にある、人格破綻者を収容している施設に入ってもらう」

「はぁ!? ちょ、お、俺は別に人格破綻者なんかじゃ…………ない……と思うけど……」

「自分でも否定しきれていないじゃないか……」

 

 何か、ミツルギとはこの前似たようなやり取りをしたような気がする。立場は逆だったはずだが。

 お、俺……人格破綻してるのかなぁ……うーん、そうかも…………いやいやいやいや! 俺は商人として成功してるし、友人だってそこそこいる! そんなことはないはずだ!

 

 すると、俺達のやり取りを聞いて、ギャラリーの中から聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「えっ、に、兄さん、施設に入っちゃうの……?」

「先生が負ければそうなるでしょうね。今の内にお別れを言いますか?」

「な、何でめぐみんはそんなに冷静なの!? めぐみんだって、その、兄さんは良い先生だって……」

「えぇ、良い先生です……が。ここで負けるのであれば、所詮はその程度の人だったという事です」

「何か格好良い事言ってるけど、ちょっと冷たすぎない!?」

 

 大勢のギャラリーの中でも、妹の姿ならすぐに見つけられる。ゆんゆんは他のクラスメイト達の集団の中にいて、こちらに不安そうな顔を向けている。

 そんなゆんゆんに対して、めぐみんの隣にいたあるえが。

 

「大丈夫、先生はまだ眼帯を外していない。いざとなれば、あれを外して封印されし力を解き放てば、魔剣使いくらいわけないさ」

「あれ、298エリスの市販品とか言ってたけど……」

「ちょっと、妹のゆんゆんがそんなに弱気でどうすんのよ! 先生はこの世全てのイケメンを憎んでるから、いつもの何倍も強いって!」

「うん、きっと『顔じゃ完敗だから、せめて実力だけは勝ちたい!』って気合入ってるはずだよ!!」

 

 ……たぶん俺のクラスメイトは応援してくれているつもりなんだろうが、力が入るどころか抜けていくのは何故だろう。

 

 もう負けて施設に入ってのんびり暮らすのもいいかなぁ……と遠い目をしていると。

 

「ゆんゆん。心配しなくとも、私が認めた先生がこんな所で負けるはずはありませんよ」

「で、でも……!」

「はぁ……仕方ありませんね。そんなに不安なら、先生を超強化できる呪文を教えますよ。耳貸してください」

「えっ……うん……」

 

 めぐみんの奴、ゆんゆんに何を吹き込むつもりだ? あまり妙なこと言っていなければいいが。ゆんゆんはやたらと信じ込みやすいし。

 俺は少し不安になりながらも、そちらを指差し。

 

「おい、いいのかよミツルギ。俺が施設に送られちまうかもって、俺の可愛い妹が涙目になってるんだけど」

「うっ……そ、それは……我慢してもらうしかない。あの子にとっても、それが一番いいんだ」

「お前がゆんゆんの何を知ってんだよ。あいつにはな、“ちょっとダメな所があるけど何だかんだ妹想いなお兄ちゃん”が必要なんだよ」

「ちょっとダメというレベルじゃないだろ君は!!」

 

 くっ、ダメか。頭の堅い奴め。

 どうやらもう説得は無理そうなので、仕方なく俺も腕や足を伸ばし準備運動をする。あーやだなー、何でこんな金にもならないのに体動かさなきゃいけないんだ……。

 

 ギャラリーからは、ミツルギの仲間の声も聞こえてくる。

 

「キョウヤー! そんな最低男、一瞬で倒しちゃってよー!」

「私達もそいつには嫌な思いさせられたんだから! その分もお願いー!!」

「あぁ、分かっているよ、フィオ、クレメア。君達の為にも、僕は負けない」

「「キョウヤ……」」

 

 なんですか、俺は悪者ですか…………悪者ですね。

 ふんっ、黄色い声援がなんだ。こっちにだって女の子はついてんだよ。

 

 そう思って、クラスメイト達が集まっている方を見ると。

 

「ねぇねぇ、あるえ。実際のところ、先生って勝てるの?」

「どうだろうね。真正面からやりあったら厳しいんじゃないかな」

「えー、まぁ、でも、先生ならきっと、何か斜め下をいくゲスい作戦とかあるだろうし、大丈夫っしょ」

「うんうん、そういうゲスい事を考えるのは得意だからね、先生は!」

 

 …………もう帰りたい。

 いつの間にか俺の頭の中では、施設に可愛い子っているのかなぁとか、飯はどんなもんが出るのかなぁといった事が浮かんでくる。

 

 そんな時だった。

 

 

「お兄ちゃん!! お願い、勝って!! 施設になんて行っちゃやだ!!!」

 

 

 驚いてそちらを見る。他のギャラリーも、その大声にざわめき、視線が集中する。

 

 そこでは、ゆんゆんが顔を真っ赤にしながらも、こちらを真っ直ぐ見ていた。

 本当は今すぐにでも顔を覆いたいくらい恥ずかしいのだろう。それでも、全身をぷるぷると震わせながらも、視線は逸らさない。

 

 ゆんゆんの隣では、何故かドヤ顔のめぐみんが、こちらにサムズアップしている。いつもならイラッとしてドレインの刑をお見舞いしてやる所だが…………今回ばかりはグッジョブだ!

 

 俺はゆんゆんに言葉は返さず、ただ一度だけ力強く頷いた。

 そして、目の前のミツルギを見据える。

 

「なぁ、知ってっかミツルギ。お兄ちゃんってのはな、妹の為なら最強になれるんだぜ」

「ごめん、良い顔で良い事言ったみたいな感じだけど、意味が分からないよ……」

「なら、そこがお前の限界だ」

「げ、限界なのか……」

 

 ミツルギは俺のシスコンっぷりにドン引きしているようだが、そんなのは全く気にならない。負ける気がしない。何せ、妹が応援してくれているのだ。負ける要素がどこにあるんだ。今なら何だって出来る気がする。

 

 すると、そんな俺の様子を、まるで師匠か何かのように余裕ぶった笑みを浮かべて見ていためぐみんが。

 

「そうだ、先生。ちゅんちゅん丸はいらないのですか? 必要なら取ってきますよ?」

「いらない。素手で十分だ」

「ちゅ、ちゅんちゅん丸ってなんだい?」

「刀だよ。刀ってのは剣みたいなもんで……あぁ、お前なら知ってるんじゃないのか? 元々、刀って名前は、お前みたいな変わった名前の勇者候補から教えてもらったし」

「うん、知ってるよ。この世界に刀なんてあったんだね、驚いたよ…………でも、もっとマシな名前はなかったのかい……?」

「おおおお俺が付けたんじゃねえし! 俺だって嫌だよこんな名前!!」

 

 そんな俺の言葉に、何やらめぐみんから怒りの声が上がったような気がしたが、無視する。

 ミツルギはやれやれと溜息をついて。

 

「それで、本当に刀は必要ないのかい? 素手だからって、僕は手加減しないよ?」

「いいよ、ご心配なく」

 

 俺の言葉に、ミツルギだけじゃなく、周りのギャラリー達も意外そうな表情になる。

 しかし、不敵に笑う俺を見て、ミツルギは若干不快そうに。

 

「…………舐められたものだね。確かに僕はまだルーキーではあるけど、もう既に王都でそれなりに話題になるくらいには成果を上げているんだ。見くびらないでほしいな」

「それがどうした。確かにルーキーの割には腕は立つようだけど、俺からすれば隙だらけのヒヨッコにしか見えねえよ」

「そう言う君の方こそ、とても王都で有名な冒険者には見えないな。なんだい、その装備は。完全に駆け出し冒険者のそれじゃないか。それに、その目を見る限り、紅魔族でもないようだ。王都で名が売れていて、紅魔の里を拠点にしていると聞いていたから、てっきり紅魔族の腕利き冒険者だと思っていたんだけどね」

「別に、紅魔の里を拠点にしてるからって紅魔族とは限らないし、名前が売れてるからって腕利きとは限らないだろ」

「ふっ、そうだね。どうやら君は王都で有名になる程人格が破綻しているというだけで、冒険者としての実力があるというわけではないんだね」

「……あのさ、ルーキーだからまだ色々と知らない事があるのは仕方ないと思うけど、せめて自分が勝負を挑もうとしている相手については少しは調べた方がいいぞ」

「そうだね、助言ありがとう。君の言う通り、相手の力量を見極めるのは大事なことだ。今回は相手が想定よりもずっと弱いようだからまだ良いけど、逆だったら困った事になったかもしれない。次からは気を付けるよ」

 

 そう言って、ミツルギはニコリと微笑む。

 こ、こいつ、ただの爽やかイケメンだと思いきや、結構言うじゃねえか……まぁ、こっちの方が好都合ではあるんだけど……。

 

 とりあえず、いつまでも言い合ってても仕方ない。ずっとゆんゆんが不安そうな顔をしているので、出来れば早く楽にしてあげたい。

 

「そんじゃ、さっさと始めちまおうぜ。相手が気を失うか、『参った』と言ったら勝ちって事でいいよな?」

「うん、いいよ。それで、僕が勝ったら、君はさっき言った更生施設に入ってもらう。君が勝ったら、僕は何でも一つ言うことを聞くよ」

「よし、それでいいぞ。開始の合図はどうする?」

「このエリス硬貨でいいだろう」

 

 そう言って、ミツルギはギャラリーの一人に硬貨を渡す。

 

「彼がコインを投げて地面に落ちたら決闘開始。それでいいかな?」

「あぁ、分かった」

「じゃあコイン投げるぞー!」

 

 コインを受け取ったオッサンはそう大声で宣言すると、周りのギャラリー達が一斉に盛り上がる。直後、オッサンの指がコインを弾き、キン! という高い音と共に空高く舞い上がる。

 

 コインはそのまま重力に従い…………地面に落ちた。

 

 その瞬間、俺とミツルギが同時に動き始める!

 ミツルギは真っ直ぐ俺に向かって突っ込んで来て、何かのスキルを発動させたのか、魔剣を光らせ大きく振りかぶる。そして、そのまま強力な剣撃を…………放つことはなかった。

 

 ミツルギは、剣を振りかぶった無防備な状態で固まってしまった。

 別に俺がスキルや魔道具で何かしたわけではない。向こうが勝手に動きを止めているだけだ。

 

 ミツルギの視線の先には当然俺がいる。

 そして、俺はというと。

 

 正座をして。

 両手を膝の前方辺りの地面に付け。

 深々と頭を下げ、ひれ伏していた。

 

 

 つまり、DOGEZAをしていた。

 

 

 しん、と辺りが静まり返る。

 おそらく、俺の行動があまりにも予想外過ぎて、みんな頭が追いついていないのだろう。

 

 しかし、それも長くは続かない。

 時間が経つに連れて、次第に目の前の光景について理解していったギャラリーは。

 

 それはそれは盛大なブーイングをかましてきた。

 

「ふざけんなカズマー! それはねえだろ!!」

「いや確かにお前らしいけど! お前らしいけど、もっと、こう、空気読めよ!!」

「ちくしょう! お前に賭けた金、今すぐお前が返せよ!!」

 

 何やら言いたい放題のギャラリーは無視だ。

 ちらりと生徒達の方にも視線を送ってみるが、皆一様に呆れ果てているようだった。ゆんゆんですら、さっきまではあれだけ心配してくれていたのに、今では頭を押さえて深々と溜息をついている。

 

 当然、対峙するミツルギなんかは一番驚いているわけで。

 

「き、君は……何をしているんだい……?」

「見れば分かるだろ。DOGEZAだよ」

「そ、それは分かるけど……決闘前はあれだけ威勢のいい事を言っておいて、始まった途端それなのかい……?」

「それはそれ、これはこれだ」

「…………な、なるほどね。武器がいらないというのもそういう事か……君は初めから戦うつもりがなかったのか……」

 

 ミツルギは渋い顔をしたまま、構えていた剣を下ろした。

 

「まったく、こんな決着は僕としても拍子抜けなんだけど…………まぁ、いいさ。どんな決着だろうと、約束は約束だ、カズマ。先に言ってあった通り、君には人格破綻者用の更生施設に入ってもらう。なに、本人の状態にも寄るようだが、早ければ一月もしない内に出られるらしい。だから妹さんを長く悲しませたくなければ、大人しく処置を受けて早く更正することだ」

 

 そう締めくくり、ミツルギは剣を鞘に収めた。

 

 俺は未だ頭を下げ続けている。

 だから、ミツルギからは俺の表情が見えない。

 

 

 勝利を確信し、ニヤリと笑っている俺に、ミツルギは気付かない。

 

 

 直後、俺はばっと立ち上がる!

 そして、まるで身構える様子もなく、アホ面を浮かべているミツルギに掌を突き付け、叫ぶ!

 

「『カースド・クリスタルプリズン』ッッッ!!!!!」

 

 ビシィィ! と凍てつく冷気と音が辺りに広がった。

 

 再び広場が静まり返る。

 俺の凍結魔法を受けたミツルギは、首から下全てを凍らされ、その顔には驚愕の表情が浮かんでいる。ちゅんちゅん丸を使っていないので、その分魔力を多めに込めて威力を増強する必要があったが、これなら自力での脱出は不可能だろう。

 

 沈黙の中、最初に口を開いたのはミツルギの仲間達だった。

 

「なななななな何やってんのよアンタ!!!!! もう勝負はついたじゃない!!!!!」

「そうよ!!! 負け惜しみはやめなさいよね!!!!!」

 

 そんな二人に、俺は首を傾げる。

 

「……いつ勝負がついたんだ?」

「はぁ!? だって、アンタ降参したじゃない! だからキョウヤは剣を収めたのに!!」

「俺がいつ降参したんだよ?」

「何言ってんの!? さっき思い切り土下座したじゃない!!」

 

 二人は俺が何を言いたいのか分からないらしく、困惑した様子で言ってくる。

 

 しかし、周りの紅魔族達は理解したらしい。

 彼らは皆、苦々しい表情を浮かべながら。

 

「……そういうことかよ。本当にカズマはカズマだな……」

「うわぁ、ないわー……マジないわー……」

「何だろう、俺、賭けには勝ったはずなのに、この負けたような感じは……」

 

 相変わらず好き勝手言っているが、俺は聞く耳を持たない。

 そして、未だに何が起きているのか理解していない様子のミツルギに近付き。

 

「ミツルギ、この決闘の勝利条件はなんだ?」

「な、何を今更聞いているんだ……相手を気絶させるか、『参った』と言わせる…………か…………」

 

 ここで、ミツルギも気付いたらしい。

 その表情は、困惑から絶望へと変わっていく。

 

 俺はニヤリと笑みを浮かべて。

 

 

「確かに俺は土下座した。でも、俺は気絶してないし、『参った』とも言ってないよな? あ、今言ったけど、これはノーカンでいいな? それ言い出したらお前の方が先に言ってるし」

 

 

 ミツルギは何も答えられない。ただただ、金魚のように口をパクパクさせているだけだ。

 ギャラリーから大きな声が上がる。

 

「卑怯者ー!!!!! 卑怯者卑怯者卑怯者ー!!!!!!!!!!」

「こんなの無効よ!!! 認めない!!! 絶対に認めないんだから!!!!!」

 

 女の子二人が噛み付いてくるが、そんなのに怯むわけはない。

 俺はここぞとばかりに、先程から押さえ込んでいた気持ちを爆発させる。

 

「うはははははははははははははははっっ!!!!! お前らが認めようが何しようが関係ないんだよ!!!!! 騙されるのがわりーんだバーカ!!!!! そんなに言うなら、周りに聞いてみろよ、『こんなのは無効ですよね!』ってよぉ!!!!!」

「えっ、う、うそ……こんなの……ダメ、ですよね……?」

「あの……え、ちょっと、目を逸らさないでくださいよ……!!」

 

 ミツルギの仲間の二人は助けを求めるように、おろおろと周りを伺う。

 しかし、他のギャラリー達は、相変わらず苦い表情を浮かべながら。

 

「……残念だけど、これは冒険者同士の決闘だ。カズマの言い分の方が通るだろうな……」

「あ、あぁ、勝利条件は先にちゃんと決めてあったしな……俺としても認めたくないところだけど……」

「諦めろ嬢ちゃん達……これがカズマなんだ……」

「そ、そんな……そんなぁ……!!!!!」

 

 おい、俺は何ですか。天災か何かですか。なんで皆してそんな絶望して諦めたような顔してるんですか。もうちょっと俺の華麗なる機転とかを褒めてくれたっていいんじゃないですか。

 

 そんなことを期待して、生徒達の方を見ると。

 

「え、えっと……すごいね先生! こ、こんな手があるなんてー!」

「う、うん、私、全然思い付かなかったー!!」

「……これはひどい」

 

 一応褒めてくれているようだが、引きつった顔が苦しいふにふらとどどんこ。そして、いつもの痛々しい設定を口にすることもなく、心の底からドン引きしている様子のあるえ。

 

 頼みの綱のゆんゆんの方を見てみると。

 

「あの、ゆんゆん。あれどうなんですか。もう完全に悪役が勇者様を罠にはめた図なんですけど、あなたの兄はあれでいいんですか?」

「…………」

 

 めぐみんが呆れを通り越して哀れみさえ窺える表情を浮かべて、ゆんゆんにそんな事を尋ねているが、ゆんゆんはそれに答えることなく、ただ目を逸らし続けている。自分はあの男の関係者でも何でもないとでも言いたげに。

 

 一気にテンションが落ちていって、頭と体の奥が冷えていくのを感じる。うん、俺、卑怯な悪役だな……。

 べ、別にいいけど! 勝てばいいんだよ勝てば!! 文句あるかちくしょう!!!

 

 俺は、今は心の底から悔しそうな表情を浮かべているミツルギに。

 

「……えっと、俺のこと、卑怯だと思う?」

「当たり前だろう! 君は本当に人なのか!? 悪魔か何かじゃないのか!?」

「な、何だとコノヤロウ! こんなんでも人だよ失礼だなお前!!」

 

 そのまま俺とミツルギは睨み合う。

 そして、俺はイライラと頭をかいて。

 

「大体、何が卑怯だ甘えんな! ちょっとルールの穴を突いただけじゃねえか! お前、冒険者のことを、人々を守ってる良い人達みたいに思ってんのかもしれないけど、所詮冒険者なんてのは荒くれ者の集まりなんだよ! ちょっと騙されたくらいでビービー言うな!」

「なっ……た、確かにまんまと騙された僕も迂闊だったが……!」

「つーかお前、魔王を倒すんだろ? 魔王軍との戦いにルールなんてもんはねえし、もっと卑怯な罠にはめられる可能性だってあるんだぞ? そんな状況に陥ったら、勇者サマは魔王軍に向かって卑怯だーって叫ぶんですかぁぁ?」

「うっ……い、いや、僕は……!」

 

 よし、とりあえず適当なこと言ってみたけど、このクソ真面目な勇者様には結構効いているようだ。これなら、このまま押し切れる。

 

 しかし、一方で。

 

「あの、ゆんゆん。あなたの兄がゲス顔でメチャクチャなこと言って自分を正当化しようとしていますが、あれはいいのですか? 魔王軍はもっと酷いとか言ってますけど、そうは思えないのですが。魔王軍ですらドン引きしそうなのですが」

「…………」

 

 めぐみんがゆさゆさとゆんゆんを揺さぶるが、ゆんゆんは相変わらず目を逸らし続けている。

 ……俺、決闘相手のミツルギからよりも、自分の生徒達からの方がよっぽどダメージ受けてるんですけど……。

 

 ミツルギはギリギリと歯を食いしばる。

 そして、気を落ち着かせる為か、一度息をついて。

 

「これは……上級魔法だろう? 君は紅魔族でもなければ大した腕もない、悪名だけの冒険者じゃないのか……?」

「俺、紅魔族だけど」

 

 俺が眼帯を取って紅い左目を見せると、ミツルギは口を半開きにして目を丸くする。

 

「ついでに言うと、この服だって変装用だっての。はっ、どうせお前、俺のこと舐めてたんだろ? ただの冴えない顔した童貞だとか思ってたんだろ!」

「ど、童貞だとかは思ってないよ! 王都にはそういう店もあると聞いたし……」

「はぁ!? ふふふふふざけんなよお前、俺のこと素人童貞だとか言う気かコラァァ!!!!! あと冴えない顔ってのは否定しねえんだな!!! ちょっと自分がイケメンだからって、上から目線で調子乗ってんじゃねえぞちくしょおおおおおお!!!!! 『ドレインタッチ』ッッ!!!!!」

「あああああああああああああああああああっっ!!!!!」

「「キョウヤー!!!!!」」

 

 俺が怒りに任せてミツルギの顔面を掴んでスキルを発動すると、仲間の女の子達から悲鳴が上がる。これだからイケメンはムカつく!

 

 そうしていると、ギャラリーの一部から。

 

「ゆんゆん、ゆんゆん。あなたの兄が素人童貞だと思われて激昂していますが、あれは図星なのですかね? それと、イケメンへの僻みが凄まじいのですが、ここは『お兄ちゃんもイケメンだよ!』と心ないフォローを入れてあげた方がいいのでは?」

「…………」

「ただの童貞だから!!! 素人童貞じゃないから!!!!! あとそんな心ないフォローは余計に傷付くし、いらないから!!!!!」

 

 本当に何なんだろうアイツは、俺を精神的に抹殺したいのだろうか。あと、ゆんゆんがまだ目を逸らし続けてるのが地味に一番辛いんだけど、お兄ちゃんそろそろ泣いてもいいですか。

 

 ミツルギは体力魔力を吸われて荒い息を吐きながら、苦い顔を浮かべて。

 

「……君のことを侮っていたのは本当だよ……その服装も、眼帯で目を隠していたのも、武器を使わなかったのも、全ては僕を油断させる作戦だったのか……」

「そうだよ、まんまとはまってくれて、こっちの方が拍子抜けだよ。俺が土下座した時もお前、特に深く考えることもなかっただろ。あの時は、なんか余裕ぶって色々言ってくれたけど、今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち?」

「ぐっ…………な、何故こんな勝ち方を選んだんだ! それだけの力があるなら、真正面から戦っても勝てたんじゃないのか!?」

「俺は、例え相手が魔剣使いの勇者様でも、年下の女の子でも、常に自分が一番安全かつ確実に勝てる手段を選ぶ男だ」

「そ、そこまで堂々と言えることかそれは!?」

「あぁ、言えるね! 少なくとも、正々堂々やってそんな氷漬けにされちまうよりは、ずっとマシだと思うね!」

 

 俺の言葉に、ミツルギは顔をしかめる。

 そのまましばらく俺達は睨み合っていた…………が。

 

「…………確かにね。返す言葉もないよ。もしこれが魔王軍相手だったら、取り返しの付かない事になっていただろう」

 

 ついに折れたのか、ミツルギは目線を落とし、自嘲気味に笑う。

 それを見て俺は溜息をつき。

 

「これに懲りたら、もう少し相手を疑うってのを覚えた方がいいぞ。お前は真正直にも程がある。魔王軍どころか、ちょっと頭が回る本当の駆け出し冒険者にも負けそうだぞお前。魔剣でゴリ押しするのもいいけど、それがいつも通用するとは思うなよ」

「……君は、もしかして僕にアドバイスをしてくれているのかい?」

「そうだよ。お前みたいな勇者様がちゃんと魔王軍と戦ってくれないと、俺が楽できないからな。流石に皆が魔王軍を放置したら大変なことになるし」

「ど、どこまでも他力本願なんだな……そこまでの力があるというのに君は…………いや、何でもない。何を言っても無駄なのだろう」

 

 俺のことを分かってきてくれたようで何よりだ。

 ちなみに、魔王軍に関しては基本的にミツルギのような勇者候補に任せるが、最終決戦とかにはちゃっかり隅っこの方にくっついて行こうかとも考えている。主にアイリスからのお願いがあるからで、もしかしたら魔王にトドメだけ刺せるチャンスが巡ってくるかもしれないしな。

 

 どうやらミツルギはもう言いたい事もないようなので、俺は掌を前に出して。

 

「そんじゃ、どうする? 降参するか?」

「……しないよ。僕は最後まで諦めない。もしかしたら、何か奇跡のような事が起きて、これから君が気絶するかもしれないじゃないか」

「はいはい、勇者様はそう簡単に負けを認めるわけにはいかないんだよな」

 

 どこまでも俺とは相容れない人間だ。

 それなのに、自然と口元が緩むのを感じる。まぁ、世の中こんな奴がいても面白いだろう。

 

 そして、俺が掌をミツルギの顔に近付けていくと。

 

「……フィオ、クレメア。ごめん、こんなみっともない姿を見せて……」

「キョウヤ……ううん、謝らなくていいよ……キョウヤは真っ向から戦ったんだから、全然みっともなくないよ! 私は格好良いと思う!!」

「うん! 私達はいつだってキョウヤの味方だから……ずっと側にいるから……!」

「ありがとう……こんなに良い仲間がいてくれて、僕は本当に幸せだよ…………後は頼む」

「「キョウヤー!!!!!」」

「…………あの、もしもし? そういう演出されると、いよいよ完全に俺が悪者なんですけど…………あっ、お、お前、今ちょっと笑いやがったな!? もしかして、わざとかこれ!?」

「くくっ、さぁ、どうだろう。僕だってただでは負けないよ。…………そうだね、もしかしたら、君の意地の悪さを少し参考にしたかもしれない。このままの僕では、魔王軍には勝てないのだろう?」

 

 そう言ってニヤリと笑うミツルギ。こいつのこんな性格悪そうな笑顔は初めて見た。

 そのやり取りは俺達以外には届いていないらしく、ギャラリーは全員すっかりミツルギの味方で、悪人の卑劣な罠に落ちてしまった勇者様を、皆が悲痛な表情で負けるな頑張れと声援を送っている。

 

 なんで俺のホームのはずなのに、こんなに雰囲気がアウェイなんだ…………別にいいけど…………別にいいけど!!!

 

 俺はひくひくと頬を引きつらせて。

 

「い、意外とイイ根性してんじゃねえかお前…………覚えとけよ!! 『ドレインタッチ』!!」

「ぐぅぅうううあああああああああああああああああああああああああっっ!!!」

 

 そのまましばらく体力と魔力を吸っていくと、ミツルギはがくっと気を失った。……ったく、ルーキーのくせに、かなりの体力だったな。これだから神々に選ばれし勇者ってのは。

 

 ミツルギの負けが確定したことで、ギャラリーからは容赦無いブーイングが飛んでくる。

 俺はそんな外野に向けて。

 

「うるせえ結果が全てなんだよ!! 俺の勝ちだから!! 完全勝利だから!!! ざまあみろ愚民共が、お前らがどんだけ騒ごうが、最後に勝つのはこのカズマさんなんだよ!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」

 

 そんな勝利宣言に、ブーイングが更に大きくなるが、気にしない。

 ……まためぐみんがゆんゆんに何か言っているようだが、そちらも気にしない。

 

 とにかく、これで俺の勝ちは確定した。

 これからは楽しい楽しい、罰ゲームの時間ということになる。

 

「さて、と。俺が勝ったら何でも一つ言うことを聞かせられるんだよな。どうしてやろうか、このイケメン勇者様」

「ね、ねぇ、確かに何でもとは言ったけど……ほ、本当に酷いことはやめてよ……?」

「えっと、あ、あんたにだって、一応良識ってもんが残ってるでしょ……? だから」

「俺にそんなもんが残ってると思ったか」

「やめてえええええええええええええ!!! お願い、許して!!! 何を命令するつもりなの!?」

「頭ならいくらでも下げるから!! 土下座でも何でもするから!!! だから、酷すぎる命令だけはやめてお願い!!!!!」

「だから、ミツルギもそうだけど、俺に対して『何でもする』とか言わない方がいいぞ。そう言われたら、本当にすんごい事する男だから、俺」

「「ひぃぃっっ!!!!!」」

 

 ミツルギの仲間二人はすっかり怯えて、涙目で震え上がっているが、だからと言って手加減してやるつもりはない。

 そもそも、この決闘を受けたのだって、こうして勝った時に、何でも言うこと聞かせられる展開に持ち込めるかもと思ったからだ。ミツルギから逃げ続けるというのも面倒だ、だからここで俺に手を出せなくなる命令をしようと思う。この勇者様は約束は守ってくれるから安心だ。

 

 ただ、俺に手を出せなくなる命令と言っても、色々と考えられる。ふむ、どうしたもんか。

 

「……あ、じゃあこんなのはどうだ? せっかくグリフォンの石像を里の入り口に飾るようになったんだし、勇者の石像もセットで飾ってみるってのは? 格好良くね?」

「何を言ってるの!? 本当に何を言ってるの!? い、いくら何でも、そんなの許されるわけ……ない、わよね……?」

「そ、そうよ……流石に、そ、それは、ダメ……なんだから……」

 

 そう言って女の子二人は、同意を求めるように周りを見回すが。

 

「……確かに格好良いかもな。勇者とグリフォンか」

「あぁ、アリだと思う。カズマにしてはいい考えだ」

「ポーズはどうする? とりあえず剣は抜いてもらった状態で、グリフォンに突き付けるように……」

 

 そんなことを口々に言い出す紅魔族を見て、二人は顔を真っ青にする。

 そう、紅魔族とはこういう奴等だ。魔王城を観光名所にしたり、格好良いからという理由で他の地に封印されていた邪神を、わざわざこの地に持ってきて封印し直したり、どこか頭のネジが飛んでいるのだ。

 

 二人はとうとう泣き出して。

 

「お願いします!!! それだけは!!!!! それだけは許して下さい!!!!! お願い……ですから……ふぇぇええええええええええええ!!!!!」

「いやああああああああ!!!!! キョウヤああああああああああああああ!!!!! キョウヤああああああああああああああああああっっ!!!!!」

「お、落ち着けって冗談だよ冗談!! 悪かった、ちょっとからかっただけだって!!!」

 

 まさかここまで号泣されると思わなかったので、慌ててなだめる。あの、ある方向から俺に突き刺さりまくってる視線が痛いです……。

 

 俺は頭をかきながら溜息をついて。

 

「じゃあ『一生俺の邪魔をするな』でいいよ。本当は『一生俺に服従』にするつもりだったけど、それだとまたお前ら泣くだろうし」

「ありがとうございます!! 本当にありがとう……ぐすっ……ひっく……ございますぅぅ……!!!」

「ふええええええええ、良かったあああああああああああああ!!! キョウヤああああああああああああ!!!!!」

 

 どっちにしろ泣いていた。本当に周りからの視線が辛いからやめてほしいんだけど……。

 

 それから俺は、三人をテレポートで王都に飛ばしてしまった。

 これ以上アイツらがここに居たら、周囲から容赦なく突き刺さる視線に俺の精神が擦り切れそうだ。悪ぶってはいるが、俺だって傷付くのだ。いや、マジで……そろそろ結構辛いんです……。

 

 俺は精神的に疲弊しながらも、ふらふらと、ある所へと向かう。

 こういう時は俺の心の癒やしを求めるしかない……つまり、愛しの妹だ。

 

 俺はゆんゆんの所までやって来ると、精一杯の笑顔でぐっとサムズアップした。

 

「お兄ちゃん、勝ったぞ」

 

 ゆんゆんもまた、可愛らしい笑顔で迎えてくれて。

 

「そうですね、お疲れ様です。そして、おめでとうございます」

「…………あれっ?」

 

 な、なんだろう、なんで丁寧語なんだろうこの子。

 俺は少し戸惑いながらも、可愛い妹に尋ねる。

 

「え、えっと、なんでそんな口調なんだ? いつもみたいに普通に話していいぞ普通に」

「いえ、そういうわけにはいきませんよ。カズマさんは年上の方ですし、適切な言葉遣いをしないと」

「カズマさん!? あの、ゆんゆん? お兄ちゃんとまでは言わないから、せめて兄さんって呼んでくれませんか……?」

「ふふ、またまたカズマさんは、そうやってすぐ悪ふざけをして。でも、カズマさんが先生を続けられるようで、私も()()として嬉しいですよ。それでは、私はこれで」

「ちょっ、ま、待って! ゆんゆん待って!! お兄ちゃんを置いてかないで!!!」

 

 そんな俺の言葉を背に受けて、ゆんゆんは行ってしまった。

 それを呆然と見送るしかない俺は、恐る恐る隣のめぐみんに目を向けて、どういうことなのかを尋ねる。

 

 めぐみんは大した事でもないように。

 

 

「先生の見事な悪役っぷりに、自分がその妹であるという現実を拒否することにしたみたいですね。その内、元に戻りますよ……たぶん」

 

 

 俺は両手で顔を覆って膝から崩れ落ちた。

 魔剣の勇者には勝ったが、大切な何かを失ってしまった放課後だった。

 




 
ここまで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
今更ですが、章で分けることにしました。たぶん3章で完結です。
 


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爆裂狂の逃避行 1

 
今回は3話分使う話になると思います、たぶん。次の投稿はまた後日になります。
 


 

 俺がミツルギに完全勝利してから、しばらく経った。

 あの後、必死にゆんゆんを説得して何とか妹に戻ってもらったり、王都に行ってミツルギの件の仕返しにクレアのパンツをスティールした後、シンフォニア家の屋敷の正門に引っ掛けて飾ったりと色々あったが、今では平穏な日々が戻ってきている。

 

 今は学校の地下の実験室で魔道具製作の授業中だ。

 もう変装する必要もないので、俺の格好は普段通り漆黒の紅魔族ローブで眼帯もつけていない。

 

 ちなみにぷっちんは、前の授業でカッコイイ名乗り方というのを校庭で教えていたのだが、演出の為の雷を校長が大切にしているチューリップに落として説教をくらっている。

 

 俺はこちらに注目している生徒達を眺めて、小さなベルを目の前の机に置いて。

 

「今日作ってもらうのは、この嘘を見抜く魔道具だ。警察署や裁判所で使われることが多く、部屋にかけられた魔法と連動して、発言者の言葉に嘘が含まれていた時に音を鳴らす。まぁ、お前らはこんなもん使われるような事にはならないように、真っ当に生きろよ」

 

 すると、俺の言葉にめぐみんがジト目を向けてきて。

 

「先生から真っ当に生きろとか言われても釈然としないのですが……というか、先生はもう何度もその魔道具を使われているのではないですか? 警察のお世話になったのも一度や二度ではないでしょう?」

「失礼な。多少やらかしてちょっと話くらいは聞かれた事はあるが、これを使われるレベルでやらかした事はねえよ。前科もついてねえし」

「またまた、先生に前科がついていないなど、冗談にしてももっとあるでしょう、ふふ」

「じょ、冗談じゃねえから! お前ホント失礼だなおい!! 見ろよこの魔道具だって反応してねえだろうが!!」

「壊れてるんじゃないですか、それ」

「……めぐみん、お前最近、ゆんゆんの胸は順調に成長してるのに、自分は一向にぺったんこのままで内心結構焦ってるだろ」

「なっ、なんですか急に! ふ、ふん、そんなわけないでしょう、この私がそのような些細なことでいちいち焦るなど」

 

 チリーン、とベルが鳴った。

 部屋中から気の毒そうな視線がめぐみんに集まり、めぐみんは顔を赤く染め上げる。

 

「よし、壊れてはいないな。じゃあ」

「ま、待ってください、壊れてますよ! 今鳴ったのが何よりの証拠です!! 何故なら、私は決して焦ってなどいないのですから!!」

 

 またチリーンと鳴った。

 めぐみんはとうとう荒々しく立ち上がり。

 

「何なんですかこの魔道具は!! こんな不良品ぶっ壊してやります!!!」

「おいやめろバカ!! ったく、お前も往生際が悪いな。まぁ確かに、この魔道具がちゃんと機能してるか確認するなら、そういう感情的な事じゃなく、名前とか誕生日みたいな決まりきった質問の方がいいんだけど……じゃあ、ゆんゆん。お前スリーサイズは○○-△△-□□だろ?」

「え……あ、うん、そうだけど……」

 

 急に質問され、ゆんゆんは少し戸惑いながらも素直に頷く。

 皆の視線がベルに集まるが、何も反応しない。

 

「ほら、やっぱ壊れてねえじゃん。これでいいだろ、貧乳を気にしちゃってるめぐみん」

「…………そうですね、壊れているのは先生の頭の方でした……」

「な、なんだよその目は……俺が何をしたって…………お、おい、ゆんゆん? どうした?」

「…………んで……ってんのよ…………」

「……えっ?」

 

 俺はめぐみんをからかっていたはずなのだが、ゆんゆんの様子がおかしい。

 ゆんゆんは何やら俯いてぷるぷるしていたと思ったら。

 

 椅子を蹴り倒し、真っ赤な顔でこちらに掴みかかってきた!

 

「なんで私のスリーサイズ知ってんのよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「いっ!? お、おいゆんゆん、今は授業中……いでででででででででで!!!!! い、いや、これは教師として知っておかなきゃいけない情報なんだって!!」

 

 ここでチリーンと音が鳴り、完全にブチギレたゆんゆんは俺の首を絞め始める。

 ちなみに、そういった身体的な数値は保健の先生が管理していて、俺のところまでは回ってこない。当たり前か。どうやって手に入れたのかは企業秘密だ。

 

 それからしばらく怒り狂っていたゆんゆんを何とかなだめ、頬や首に散々手形を付けられた状態で授業を再開する。そして、あらかた説明を終えた後、生徒達はそれぞれ材料を手にして魔道具製作に取りかかる。

 

 魔道具製作には魔力が必要だ。

 ここの生徒達はまだ魔法を使うことは出来ないが、魔力を込めるくらいなら出来るので、そこは問題ない。まだ5歳のこめっこも、魔力点火式のお風呂を難なく扱えるくらいだ。いや、それは普通にこめっこが凄いというのもあるんだが。もしかしたら、めぐみん以上の天才なのかもしれない。

 

 とは言え、今回の課題は中々に難しいものなので、生徒達も悪戦苦闘している。

 そんな中でも、このクラスの3トップ、めぐみん、ゆんゆん、あるえは早くもそれなりの所まで仕上げてきていた。

 

 あるえは真実や嘘を色々口にして魔道具の反応を確認しており、側で作業していたふにふらは行き詰まっている様子で、あるえの方を面白くなさそうに見ている。

 すると、ふにふらは何やらニヤリと笑って。

 

「ねぇねぇ、あるえ。そういえばさ、その眼帯ってどんな効果があるんだっけ?」

「ん……これかい?」

「そうそう! 何か大層な効果があるって言ってなかったっけ?」

 

 こ、こいつ、イイ性格してんな……。

 どうやらふにふらは、あるえにこの魔道具の前でいつもの設定を言わせて、からかってやろうと思っているようだ。

 

 あるえは少し考えた後。

 

「ふむ……それより、ふにふらは弟さんを溺愛していて、ゆんゆんのことを笑えない程のブラコンだと聞いたけど、本当なのかい?」

「はぁ!? ちちちち違っ! あ、あたしはブラコンなんかじゃないし!!」

 

 あるえの手元にあった魔道具がチリーンと鳴った。ふにふらの顔が真っ赤になる。

 その隣では、どどんこが「おー」と感心した声をあげて。

 

「すごいじゃん、あるえ。ちゃんと機能してるよ、それ」

「き、機能してないから! 全然間違ってる、壊れてるよそれ!! 嘘じゃなくて、真実に反応しちゃってんじゃん!!」

「……なるほど。どこかで間違ってしまったのかな……?」

 

 ふにふらの言葉を、妙に素直に受け入れるあるえ。

 それを聞いて、ふにふらはほっとした表情を浮かべて。

 

「うんうん、絶対そうだよ! あはは、全く逆の効果の魔道具を作っちゃうなんて、おっちょこちょいなんだから! まぁ、でも、最初から逆の反応をするって分かっていれば嘘発見器としては使えそうだし、先生も一応点数は付けてくれるんじゃない!」

「…………そういえば、ふにふら。君は先生のことが好きなんだよね?」

「きゅ、急に何!? ま、まぁ、その……うん、好き……だけど……」

 

 ふにふらは頬染めて少し恥ずかしそうにしながらも、俺の方をちらちらと見ながら答える。

 あるえとどどんこの視線が魔道具に向けられる。反応はない。

 

 すると、あるえは口元に楽しげな笑みを浮かべて。

 

「反応しない……この失敗作は真実に反応するらしいから……つまり、君は普段あれだけ先生に好き好き言っているのに、それは真実ではないということになるのかな?」

「うわー、ふにふら、そうだったんだ……」

「ええっ!? ち、違っ、ちょっと待って!!」

「ふむ、もしかしてふにふらは、先生の財産を狙って心にもない事を言っているんじゃ……」

「そんな事ないから! 財産目当てとかじゃないから!!」

「…………魔道具が反応しないね。つまり今の言葉も」

「ごめんなさいあたしが悪かったです!!!!! もう許して下さい!!!!!」

 

 結局ふにふらは涙目であるえに頭を下げていた。

 やるなあるえ……でも、出来れば俺をネタにするのはやめてほしかった。何故かって、ふにふらの言葉を聞いていた愛しの妹が、妙にニコニコとこちらを見ていて怖いからだ。

 

 俺がそうやって怯えていると、机の前にめぐみんがやって来て、完成した魔道具を置いた。ドヤ顔で。

 

「いつも通り、私が一番のようですね。まぁ、当然ですが」

「はいはい、お前は優秀だよ発育以外。そんじゃ、この魔道具の性能を確認するから、俺の質問に真実を答えた後、次は同じ質問に嘘を答えてくれ」

「い、いいですけど……変な質問はやめてくださいよ? さっきゆんゆんに言ってたスリーサイズとか……」

「ゆんゆんやあるえはともかく、お前のスリーサイズなんざ全く興味ないし調べてもいないから安心しろ。普通に名前を確認するだけだ」

「…………何でしょう、別にそういう事を聞いてほしいわけではないのですが、物凄くイラッとしました」

 

 めぐみんはそんな事を言ってむすっと不貞腐れていたが、俺がめぐみんの名前を尋ねると、ちゃんと真実と嘘で答えてくれる。魔道具も正常に作動しており、問題なさそうだ。

 

「よし、オッケー。ほら、スキルアップポーション…………めぐみん、ちょっといいか?」

「なんですか、今日のパンツの色でしたら教えませんよ」

「黒に赤のリボンだろさっき見た。それより、俺の話を聞けって」

「いやちょっと待ってください軽く流さないでください!! いつ見たんですか!? いつ覗いたんですか!?」

 

 そう言ってスカートの裾を押さえて俺から距離を取ろうとするめぐみんを捕まえ、俺は皆には聞こえないように小さな声で。

 

「そのポーションで、お前は上級魔法を習得出来るだけのスキルポイントが貯まる。つまり、その気になればもう卒業できるわけだ」

「……ほう、流石は紅魔族随一の天才である私ですね。ですが、私はそんなつまらない魔法でここを卒業するつもりはありませんよ?」

「分かってるよ。ただ、お前の冒険者カードは俺が預かっているとは言え、今まで以上にお前の母親にはバレないように気を付けろよ」

「はい、大丈夫ですよ。たまにレベルやステータスを聞かれることはありますが、先生から貰った書類を見せれば納得してくれています」

 

 めぐみんは、落ち着きのない自分ではうっかりカードを誤操作してしまう可能性があるから、先生にカードを預けていると母親に言っていた。その方が、先生にとっても生徒を指導する上で助かる、とも。奥さんは俺に対して割と好印象を持っているらしく、それで納得してくれていた。

 

 そして、めぐみんのレベルやステータスなんかは、商人の間での正式な書類で使われるような上質紙と書式で書き写してめぐみんに渡してあり、母親に聞かれた時はそれを見せてやり過ごしている。その内容はスキルポイントの数値と、スキル欄の習得候補にある爆裂魔法以外は概ね原本と同じものとなっており、正式な書類のように見せかけているので、奥さんも特に疑うこともないようだ。

 

 とは言え、油断は禁物だ。秘密というのは、どんな所からバレるか分かったものではない。

 俺の例を挙げるならば、ゆんゆんの誕生日の時に撮った写真を現像したら、フィルムにそけっとのちょっとエッチな盗撮写真が紛れ込んでいて、ゆんゆんがガチギレして酷いことになった事がある。

 

「母親の勘ってのをあんま舐めない方がいいぞ。お前も気付かない内に何かボロ出してるかもしれないし……」

「心配性ですね先生は。大丈夫ですって、お母さんがこの事に気付く可能性は1パーセント以下です、この私に限って失敗などあるはずがありません」

「おいやめろ、そういう事言うな。嫌な予感しかしないから」

 

 そうやって、何故か自信満々に不吉なことを言っているめぐみんを止めていると。

 

「二人して何こそこそしてるの?」

 

 いつの間にか机の前まで来ていたゆんゆんが、完成したらしい魔道具を片手に首を傾げていた。

 俺とめぐみんは慌てて。

 

「な、何でもない、何でもないぞ。皆の邪魔にならないように小声で雑談してただけだ、うん」

「そ、そうですよ、やましい事など何もありませんとも。まぁ、その、先生が言うには、アレが貯まったらしくて、でも、私としてはもっと貯まってから……えっと……」

「……何が溜まったの、兄さん?」

「ま、待て! 待って!! あ、いや……金だ金! 金が貯まってパーッと使っちまおうかと思ってたんだけど、めぐみんがもっと貯めた方がいいってな……!」

「いつも安定を求めてる兄さんが、お金をそんな一気に使ったりするの……?」

「す、するって、俺だってたまには散財することだってあるんだ……例えば、必要なら俺は、ゆんゆんの為に全財産だって使えるぞ」

「っ……そ、そう。うん、まぁ……なら、いいけど…………もう、兄さんはシスコンなんだから……」

 

 先程まで怖い空気を出していたゆんゆんは顔を赤くして、もじもじと俯いてしまう。そして、その言葉の割には嬉しそうに、こっちをちらちら窺っている。

 隣ではめぐみんが呆れた顔を浮かべているが、気にしないことにする。というか、コイツだって結構シスコンのくせに。

 

 とりあえず機嫌を戻してくれたゆんゆんは、気を取り直すようにこほんと咳払いをして。

 

「と、とにかく、バカなこと言ってないで私の魔道具見てよ。まためぐみんには負けちゃったけど……」

「あぁ、分かった分かった。じゃあ、ゆんゆんはお兄ちゃんの事が好きか?」

「えっ、う、うん…………っていきなり何言わせてんのよ!!」

 

 顔を真っ赤にして怒るゆんゆんだったが、魔道具は反応しない。

 それを俺とめぐみんがニヤニヤと見ながら。

 

「流石は私に次ぐ成績なだけありますね。その魔道具、ちゃんと機能しているようではないですか」

「ち、ちがっ…………兄さん! なんでそんな質問するのよ!! 『私の名前はゆんゆんです』! 『私の名前はゆんゆんではありません』!! ほら、これでいいでしょ!!」

 

 確かに今のゆんゆんの言葉に対し、魔道具は真実には無反応で嘘にはチリーンと音を鳴らしたのだが……。

 

「ダメだダメだ。質問に答えるのが決まりだ。そっちの方が楽しいし。ほら、次も同じ質問するから、今度は『いいえ』って答えてみろ。魔道具が鳴れば合格だぞ」

「今さらっと楽しいとか言った!? じゃ、じゃあ、質問には答えるから、普通に名前を聞いてよ!! というか、そういう感情的な質問は、この魔道具の動作確認には向かないとか言ってたじゃない!!」

「確かに感情は曖昧なものだから質問には適さないってのはあるけど、ゆんゆんが俺のことを好きだってのは、自分の名前と同じくらい決まりきった事だし、別にいいだろ」

「きききき決まりきってなんか……!!! わ、私は、別に……兄さんなんて……うぅ……」

「そんな恥ずかしがるなって。俺がゆんゆんのこと好きってのも、同じくらい決まりきったことだしさ」

「そ、そういう事言えば丸め込めると思わないで! 大体、兄さんの言う“好き”って……その……そういう意味じゃないし……」

 

 どうやら今度は上手くいかなかったようだ。ゆんゆんは少しいじけた顔になっている。

 俺は溜息をついて、ゆんゆんの後ろを指差し。

 

「ほら、さっさと答えないと後ろがつっかえてるぞ。あるえも完成したみたいだし、ねりまきもそろそろ出来そうだし」

「あっ、ご、ごめんねあるえ! ね、ねぇ、兄さん、本当にその質問じゃないとダメなの……?」

「ダメですー。ほらほら、答えられないなら、あるえ達に先譲ってやった方がいいんじゃねー? スキルアップポーションは先着三名様までだけどなー」

「うぅ……そんな……」

「……はぁ。もうその辺でいいじゃないですか。ゆんゆんがお兄ちゃん大好きっ子なのは分かりきっている事でしょう」

 

 めぐみんがジト目でそんな事を言ってくるが、お兄ちゃんは何度だって妹に好きだと言ってもらいたいものなんだ。こればかりは誰にも止められない。

 

 それからゆんゆんは少しの間、顔を赤くしておろおろとした後、俯いてしまった。

 

 ……少しからかい過ぎたか?

 これで嫌われて口を利いてもらえなくなるのも辛いので、仕方なく名前で許してあげようかと考えていた時。

 

 ゆんゆんが俯いたまま、静かな声で。

 

「…………ねぇ。さっき兄さんは質問に答えなきゃダメとか言ってたけど、それって別に私が答える必要はないわよね?」

「……えっ?」

「つまり、私が兄さんの質問に答えるんじゃなくても、兄さんが私の質問に答えるのでもいいんじゃないかって話。というか、合否を決めるのは兄さんなんだし、自分のことを答えて確認する方が分かりやすいんじゃない?」

「…………そ、そうかも……しれないけど……」

 

 俺の若干震えた言葉を聞いて、ゆんゆんは顔を上げて微笑んだ。

 こ、こわいんですが……。

 

「じゃあ兄さん、質問。最近、王都にある、お姉さんと楽しくお話できるお店に行った?」

「ちょっ!? お、落ち着け、ゆんゆん。そういう質問は教育上よろしくないと言うかな……そうだ、じゃあさっきの仕返しってことで、『お兄ちゃんは私のこと好き?』とかでいいんじゃん! それならお兄ちゃん、張り切って答え」

「行ったの?」

「…………行ってません」

 

 チリーンと、魔道具が鳴った。

 部屋中からドン引きの視線が集まってくるのを感じる。

 

 ゆんゆんの方を見られないからどんな表情をしているのかは分からないが、それでも何となく想像できてしまう。

 

「……まぁ、そういうお店に一切行くなとは言ってないから、それだけならいいんだけど…………なんで嘘ついたの? 何かやましいことでもあるの?」

「…………ないです」

 

 チリーン。

 

「お姉さんの胸触った?」

「…………さ、触ってないです」

 

 チリーン。

 

「お姉さんのお尻触った?」

「…………触って……ない、です…………」

 

 チリーン。

 

「…………ねぇ、兄さん。私のこと好きなんだよね?」

「もちろん!!」

 

 シーン。

 

「じゃあ、約束守ってほしいんだけど。そういうお店に行っても、セクハラはやめてほしいんだけど。次からはちゃんと守ってくれる?」

「…………は、はい」

 

 チリーン。

 

 その音を聞いた瞬間、ゆんゆんは俺の胸ぐらをガッと掴んできた!

 目を合わそうとしない俺を、無理矢理自分の方に向かせる愛しの妹は無表情で、何も言わずじっと俺の目を覗き込んでいた。

 こ、怖すぎるんですけど……軽く泣きそうなんですけど俺……。

 

 そんな様子を呆れ顔で見ていためぐみんは、ふと思い付いたように。

 

「では、この機会に他の皆も先生に色々と聞いてみるのはどうでしょう。あるえも、先生には何か聞きたいことがあるのではないですか?」

「……うん、そうだね。私からは、先生が私に官能小説を書くように言ってくるのは、本当に商業的な理由だけなのかという辺りを聞きたいと思っているよ」

「いっ!?」

「だってさ、兄さん。ちゃんと答えてあげなよ……ねぇ」

「ごめんなさい先生が悪かったです許して下さい!!!!!」

 

 結局俺は、実験室の冷たい床の上で土下座することとなった。

 この頃、土下座してばかりなのは気のせいだと思いたい……。

 

 

***

 

 

 それから数日後の夜のことだった。

 俺が自分の部屋でとある作業に没頭していると、窓にコツンコツンと連続して何かが当たる音がした。俺は身なりを整えると、窓を開けて外を窺う。

 

 俺の部屋は二階にある。空には何も見えないので、別にフクロウとかその辺がぶつかって来たわけではないらしい。次に地面の方を見下ろしてみると。

 

 制服姿のめぐみんが、こちらに片手を振っていた。別の手には小さな石が握られていて、それを投げたのだろう。

 ただ、めぐみんは、どこか焦ったような表情をしている。……なんだろう、嫌な予感しかしないが、放っておくわけにもいかないだろう。

 

 俺は特殊な魔力ロープを取り出す。普段から持ち歩いている物で、通常時は五センチ程度だが魔力を込めると何倍にも伸びる。どことなく卑猥に聞こえるが、アレは関係ない。

 そのロープを伸ばしてめぐみんに投げてやると、両手で掴むようにジェスチャーで伝える。彼女は首を傾げて困惑しながらも言われた通りにする。おそらく、自分の力ではロープを使って二階まで登っていくなど無理だと言いたいのだろうが、その心配はいらない。

 

 俺がロープを軽く引きながら魔力を込めると。

 

「わっ!? きゃああああああああああああああああ!!!!!」

 

 ロープは一気に元の長さへと縮まっていき、勢い良くめぐみんを引っ張り上げる。

 そして、そのままの勢いで突っ込んでくるめぐみんを、念の為に支援魔法で強化した体で受け止めた……が、想像以上に衝撃が少なく拍子抜けする。こいつ、こんなに華奢なんだな……もう少し食料の差し入れとかしてやるべきか……。

 

 俺がそんなことを考えながら可哀想な目で見ていると、至近距離からめぐみんが食ってかかってくる。

 

「いきなり何するんですか!! 肩外れるかと思いましたよ!!」

「大丈夫だって、一応ロープ伝いにお前にも軽く支援魔法かけてたから。これも特注品のロープで、魔法を伝達するんだ。ちゅんちゅん丸みたいに増幅や維持は出来ないけど」

「そ、そうなんですか……ありがとうございます……でも、そんな配慮してくれるなら、せめて一言あってほしかったです……」

「いやそっちの方が面白い反応してくれると思って。しかし『きゃー!』って。お前学校では他とは違う天才気取ってるのに、悲鳴は普通に可愛いよな」

「う、うるさいですよ!! というか、大丈夫なのですかこれ。さっきの悲鳴を聞きつけて、ゆんゆんが部屋に入って来て今の状況を見たら、大変なことになりますよ」

「そこは心配するな。この部屋、お前が来る前から『サイレント』の魔法がかかってて、外へは音が漏れなくなってるから。外からの音はちゃんと聞こえるけど。だからいくらでも声出していいぞ」

「あの、私を抱き止めているこの状態でそのセリフは、犯罪臭が凄いのでやめてほしいんですけど……あと、そろそろ離してくれませんか?」

「おおう、悪い悪い。女の子特有の、華奢ながらも柔らかくて良い匂いがする体が心地よくて、つい」

「正直なのは良い事ですが、この状況でそんな本音をぶち撒けられても反応に困りますね……」

 

 そんなやり取りをして、俺はめぐみんを離す。

 めぐみんは若干乱れた服を整えながら。

 

「それにしても、何故消音の魔法なんてかけているのですか? 授業計画などを考えているから集中したいとか? でも、それなら部屋の中の音を消すのではなくて、外からの音を消した方がいいのでは……」

 

 首を傾げためぐみんからの質問に、俺は気まずく感じて目を逸し。

 

「…………詳しく聞くなよ恥ずかしい」

「何をしていたのですか!? いえ、ナニをしていたのですか!? えっ……じゃあまさか…………あ、あの、手はちゃんと洗いましたか……?」

 

 めぐみんが不安そうに聞いてくるので、俺は窓を開けて。

 

「『クリエイト・ウォーター』…………洗った」

「遅いですよ!!!!! ちょっと待ってください、さっき先生は、アレを握った手で私をキャッチしたのですか!?」

「そんなことよりも、ゴミ箱のティッシュには触るなよ。ニオイ対策はしてあるけどさ」

「触らないですよ!!! 今の流れでゴミ箱漁るとか、どんだけ痴女なのですか私は!!!!!」

 

 めぐみんは顔を真っ赤にして騒いでいるが、急に来たのはそっちなんだし俺は悪くないはずだ。大体、15歳の少年が夜中にそういう事をやっているなんて、十分想定できる範囲内だろう。

 

 めぐみんはそのまましばらく俺から距離を取って、どんよりとした目で俺を警戒していたが、最後には諦めたように溜息をついた。

 

「……まったく。この非常事態に、先生はどうしてこうなのですか……いえ、先生らしいと言えばそうなのですが……」

「非常事態? なんだよ、もしかして、ついにお前もおっぱいを手に入れたのか?」

「元から持ってますよ失礼な!!! 私だってほんの少しくらいは膨らんでますから!!!」

「ほう、なら先生に」

「見せませんよ!? 見せるわけないでしょう!! ここで流されて胸を見せるとか、どんだけちょろいのですか!! その程度の口車に乗せられるとは思わないでください、私はゆんゆんではないのです!!!」

「い、いや、流石にゆんゆんもそこまでちょろくねえって……」

 

 正直、ゆんゆんがそのレベルでちょろかったら、嬉しいというか普通に心配になってくる。……大丈夫だよな? 今度念の為確認してみるか、殴られそうだけど。

 

 めぐみんは頭痛に耐えるように頭を押さえて。

 

「先生のせいで、また話が脱線しました……いいですか、聞いてください。私の母に爆裂魔法のことがバレそうなのです」

 

 めぐみんのその言葉に、一瞬部屋が静まり返る。

 俺は恐る恐る、小さな声で。

 

「…………マジで?」

「マジです。私もびっくりしましたよ。突然『めぐみん、あなた爆裂魔法を習得しようとしていない?』と聞いてくるのですから」

「なっ……本当に非常事態じゃねえか!! お前さっさと言えよそういう事は!!!」

「なにおう!? 先生が悪いのですよ、次から次へと変な事ばかり言ったりやったり!!!」

「おいめぐみん、今はそんな事言い合ってる場合じゃないぞ! しっかりしろ!!」

「確かにその通りですが! そうやって急に自分だけしっかりされても、納得できないのですが!!」

 

 何やらまだめぐみんが文句をつけてくるが、それどころではない。これは冗談抜きに、めぐみんの将来に関わる重大なことだ。

 

 俺は口元に手を当てて考え込み。

 

「しかし、またストレートにきたな……やっぱお前、何かボロを出してたんじゃないのか?」

「ボロなんて出してませんって。私を誰だと思っているのです。紅魔族随一の天才ですよ? 例え母親相手だとしても、油断することなどないですよ」

「そっか…………奥さんは他に何か言ってたか?」

「えぇ、『明日、カズマさんからめぐみんの冒険者カードの原本を見せてもらうわ』とも言っていました。あの母のことです、朝一で先生の所へ向かう可能性もありましたので、今こうして相談に来たのです」

「……そうだよな、奥さんからすれば、普通に俺も怪しいよな…………」

 

 そこまで考えて、俺はふと気付いた。

 ……今のこの状況、マズくね?

 

「な、なぁ、めぐみん。その話を聞いてお前が家から出て行ったら、奥さんは真っ先にここを疑うんじゃないか……?」

「えぇ、そうでしょうね。ですが、既にそんな事を気にしていられるような状況ではないでしょう。それに、先生は言ってくれたじゃないですか。『バレたら俺のところに来い』と。やけに格好つけてドヤ顔で」

 

 ……そういえば、そんな事を言ってしまった気がする。

 何故俺はあの時、雰囲気に流されてあんな格好つけてしまったのだろう。今更ながら後悔する。

 

 俺は少し考えている様子を見せて。

 

「……よし、聞けめぐみん。こういう事は自然解決を待つのが一番だ。奥さんの言葉は聞かなかったことにして、俺達はいつも通り過ごしていこう。という事で、解散!」

「自然解決するわけないでしょう!! もう関わりたくないだけですよね!? とりあえず厄介払いしたいだけですよね!? させませんよ、何とか私の母を納得させられる方法を、二人で考えていこうではないか! 必要とあらば朝まで!!」

「待て待て、年頃の女の子が、こんな時間に男の部屋に入り浸るもんじゃありません。朝までなんて論外だ。というわけで、そろそろ帰るべきだと思うんだけど……」

「普段はあれだけ私にセクハラしまくってるくせに、今更紳士ぶられても!! 先生がそのつもりなら、私にも考えがありますよ! 私と先生が、大切な秘密を共有する関係だという事は、お母さんも気付いています。つまりそこから、私達がただならぬ関係であると思い込ませ、ある事ない事好き放題に信じ込ませることだって出来るのですよ!! 必要とあらば、お父さんにだって!!」

「おい調子に乗るなよ! お前の冒険者カードはこっちにあるんだ! そんなバカな事をすれば、お前が必死こいて貯めたスキルポイントは、どっかの無駄スキルに消えることになるぞ! そうだ、初級魔法とその威力上昇に全部突っ込んでやろうか! ネタ魔法しか使えないネタ魔法使いよりはよっぽど役に立つだろうよぉぉ!!」

「やれるものならやってみてください!!! もしそんな事をすれば、ゆんゆんにも色々と吹き込みますよ! あの子だって私と先生が何か怪しい関係であると疑い始めていますし、簡単に信じ込ませる事ができるでしょう!! ふふ、あのヤンデレ妹は何をするのでしょうねぇ!!」

 

 そうやって俺とめぐみんが、いよいよ取っ組み合いのケンカを始めようとした時。

 

 コンコンと、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 

 俺とめぐみんは掴み合った状態でビクッと固まり、二人して恐る恐るドアの方に視線を向ける。

 

 

「カズマ、ひょいざぶろーさんの所の奥さんが訪ねてきたぞ。お前、また何かやらかしたのか?」

「「っ!!」」

 

 

 父さんのその言葉に、俺とめぐみんは消音魔法のことも忘れて、思わず息を潜めた。

 そして、すぐに別の声が聞こえてくる。

 

「いえいえ、そんな。私としても、カズマさんにはいつも娘がお世話になっておりますので、そこまで大事にするつもりはありませんよ。あの、カズマさん。夜分遅く申し訳ありません、今お取り込み中である事は分かっているのですが、少々お時間を頂けませんか? 今すぐにとは言いませんので、少ししたらカズマさんともう一人で、私共の家までいらして下されば幸いです」

 

 そんな奥さんの声は静かで穏やかなものではあったが……どことなく影のようなものを感じ取れてとても怖い。これ、断ったらどうなるんだろう……。

 めぐみんは俺の服を掴んだまま、不安そうにこちらを見ている。

 

 よく考えろ。これは安易に答えてはいけない。

 何よりも、こんなんでも俺は教師だ。生徒のことを考え、一番生徒の為になる道を選択するべきだ。こういった親子間でのトラブルだって、こうして俺を頼ってくれる生徒がいるのだから、無関心でいるわけにはいかないだろう。俺は今、教師として何をするべきだ?

 

 ……よし。

 俺は自分の中の信念に基づく結論を導き出し、部屋の消音魔法を解除した。

 そして、奥さんに告げる。

 

「分かりました! どっかのバカを連れて必ず伺います!!」

「!!!!!?????」

「ふふ、ありがとうございます。カズマさんでしたら、きっとそう言っていただけると思っていましたよ。それでは、お待ちしております」

 

 そう残して、二人はドアの前から離れて行った。

 

 俺は緊張を解いて一息つく…………ことも出来ず。

 めぐみんが凄い顔で首を絞めてきたので、仕方なく再び消音魔法を唱える事となった。

 

「何故あなたはいつもそうなのですか!!!!! 簡単に生徒を売り過ぎでしょう!? 良い先生という評価を本当に取り下げたくなるのですが!!!」

「落ち着けって。これはお前のためでもあるんだ。こういう大切な事は、ちゃんと親御さんと話し合うべきだと思う。あとお前の母ちゃん怖いんだもん、俺の世間体も危ないし」

「後半の言葉が本音ですよね!? 何か真っ当な事も言ってますが、要するにウチの母が怖くて自分の世間体が心配なだけですよね!? というか、先生の場合、世間体とかその辺はもう手遅れだと思うのですが!!」

「まぁ、聞けよ。俺だって、ただお前を売るつもりはない。奥さんを説得するつもりだって少しはある。俺に任せとけ」

「えっ……あ、はい…………そういう事でしたら…………あれ? 今、説得するつもりは少しはあるとか言いましたか!? 少ししかないんですか!? 大丈夫なんですかそれ!?」

 

 何やらめぐみんがまだ食ってかかってきているが、それに構っている余裕もないので、俺は黙々と準備を進めていく。

 今夜は厳しい戦いが待っていそうだ……。

 

 

***

 

 

 そんなこんなで準備を整えた俺達は、めぐみんの家までやって来る。

 

 俺は寝間着から紅魔族ローブに着替えており、魔道具もいくつか揃えている。流石にちゅんちゅん丸までは持ってきてはいないが、まるでこれからクエストにでも行くかのような格好だ。こんな準備は無駄になってくれるのが一番なのだが……。

 

 俺が緊張しながらドアをノックすると、すぐに笑顔を浮かべた奥さんが出迎えてくれた。

 

「こんばんは、カズマさん。お越し頂きありがとうございます。こんな時間にお呼びしてすみません。それに、お帰りなさい、めぐみん。カズマさんに迷惑かけなかった?」

「あ、ど、どうも、こんばんは……」

「た、ただいま……あの、お母さん……」

「話は中でしましょう。さぁ、カズマさんもどうぞどうぞ」

「え、えっと、お邪魔します……」

 

 何だろう、珍しくもない小さな一軒家なのに、世界最大のダンジョンよりも威圧感がある。中に入ったら、もう出て来られないような……。

 

 そんな不安を覚えながら、俺とめぐみんが家の中に入ると。

 

「『ロック』」

 

 奥さんの魔法で、玄関のドアが締められた。

 ゴクリと喉を鳴らす俺達を見て、奥さんは何でもないように笑って。

 

「あ、気にしないでください。こんな夜中ですので、念の為に戸締まりはしておこうと思っただけですから」

「で、ですよねー! いくら里の治安が良いと言っても、戸締まりくらいはしますよねー!」

 

 あかん、こわい。もう帰りたい。

 そんな俺の気持ちを察したのか、めぐみんは俺の服の裾を握って、縋り付くような目でこちらを見てくる。くっ、そんな目をして庇護欲でもくすぐるつもりかコイツ! 紅魔族随一の天才とかいうプライドはどこ行った!

 

 そのまま俺達は居間へと通され、ちゃぶ台の前に並んで座る。二人共正座だ。

 奥さんは人数分のお茶をちゃぶ台に置くと、向かいに座って相変わらずの笑顔で俺達のことをじっと見てくる。

 

 なんだろうこれ……まるで若くて経済能力もない男女がうっかり子供を作ってしまい、それを女の子側の親に報告するような重苦しい空気を感じる。

 そんな空気に耐えられず、俺はわざとらしくキョロキョロと辺りを見回し。

 

「こ、こめっこは、もう寝てるんですか?」

「はい、他の部屋で眠っていますよ。消音魔法もかけてあるので、多少大きな音を出しても起きることはないでしょう」

「そ、そうですかそうですか! あ、いえ、別に騒いだりするつもりはありませんけどね!?」

「ふふ、分かっていますよ。私だって騒いだりするつもりはありません。今のところは」

 

 ひぃぃ……もう泣きそうなんだけど俺……!

 助けを求めて隣を見ると、めぐみんは俺の袖口を握りしめたまま、小さく震えて目を泳がせている。ダメだ、コイツはこういう肝心な所でヘタれる奴だった!

 

 奥さんは、そんな俺達の様子をにこやかに見つめながら。

 

「では、単刀直入にお聞きします。家の娘は、爆裂魔法を覚えようとしているのですね?」

「っ…………ど、どうしてそう思ったんですか?」

 

 まずは情報源を探るところからだ。そこを知らなければ誤魔化しようもない。

 一番怪しいのはめぐみんだが、本人はボロは出さなかったと言っていたし、もしかしたら別の所から漏れている可能性もある。

 

 俺の言葉に、奥さんは何故かクスクスと笑うと。

 

「だって、めぐみんが時々部屋で呪文と共に『エクスプロージョン!』と叫んでいるものですから。それに寝言でも『ふっふっふっ、ようやく爆裂魔法を覚えることが出来ました! これで卒業です!』とか言っていましたし」

「はい、このバカは爆裂魔法で学校を卒業しようとしています。しかも他の魔法を覚える気はさらさらないようです。俺は止めたんですが、全然言うことを聞かなくて困っていたんですよ。これまで俺が手伝っていた工作も、とあるネタでめぐみんから脅されて嫌々やっていたんです」

「ええええええええええっ!? ちょっ、何さらっと暴露して責任逃れしているのですか!!!!! この裏切り者おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「うるせえお前ふざけんなよ!!! 何が紅魔族随一の天才だ、油断しまくりでボロ出しまくりじゃねえかこのバカ!!! 誤魔化す為に色々やってやった俺の苦労返せよテメー!!!!!」

 

 俺とめぐみんはギャーギャーと騒いで掴み合う。

 どこから奥さんにバレたんだろうと色々考えてたのに、こんなしょうもないオチとかホント何なんだコイツは! もう知らん!!

 

 しかし、奥さんが小さく咳払いしたのを聞いて、俺達は慌てて正座に戻った。

 

「めぐみん、あなたは爆裂魔法を覚えてどうするの? いずれはこの里を出るつもりなのでしょう?」

「……私は、爆裂魔法を教えてくれた人にもう一度会って、お礼を言って、私の爆裂魔法を見せたいのです。もちろん、ただ魔法を見せるだけではありません。大好きな爆裂魔法で数多くの強敵を屠り、レベルを上げて、立派な大魔法使いになって、『私の爆裂魔法はどうですか?』と聞きたいのです」

「…………爆裂魔法しか使えない魔法使いがどんな扱いを受けるのか、あなたは想像出来ているのよね?」

「…………はい、覚悟の上です」

 

 めぐみんの真剣な目と言葉に、奥さんは何も言わず、ただじっと娘のことを見つめていた。

 

 俺は親の気持ちなんて分からないが、それでもこういう時、どう思うんだろうなと考えてしまう。

 もちろん、親だったら自分の子供の望みは叶えてあげたいだろう。しかし、そこにとてつもない困難が待ち受けていて、数多くの不幸にも見舞われるだろうと予想できる時、それを止めたいと思うのもまた親として当然の気持ちだと思う。

 

 しばらくの沈黙が流れた後、奥さんは重い口を開いた。

 

「ダメです、そんな事は許せません。爆裂魔法しか覚えていない娘を里の外に出すだなんて……しかも、街の中で安全に暮らすならともかく、冒険者として生計を立てていくつもりなのでしょう? そんなの親として認められるわけない……きっと満足にご飯も食べられずに行き倒れてしまうわ」

「そ、そんな! でも、私は……!」

「……あの、奥さん。確かに爆裂魔法しか使えない魔法使いなんて、冒険者パーティーじゃお荷物扱いされるのが普通です。でも、王都の騎士団ならそうでもないみたいなんです」

「えっ、騎士団……?」

 

 俺の言葉に、奥さんは意表を突かれた様子で、めぐみんは希望を乗せた瞳でこちらを見ている。

 俺はそれなりの手応えを感じて、そのまま続ける。

 

「はい、もう実はその騎士団の上の方に話はしてあって。大規模な集団戦においては、爆裂魔法しか使えない魔法使いでも活躍できるようですし、十分フォローもしてもらえるようです。全く危険がないわけではないですが、冒険者と比べたらまだマシですし、給料だって安定しています」

「…………なるほど、そうなんですか……」

 

 奥さんは口元に手を当てて考え込んでいる。

 俺とめぐみんはそんな奥さんの様子を緊張しながらもじっと見つめ、次の言葉を待つ。いつの間にか、めぐみんの手が俺の手を握っているが、今はそんな事は気になら…………コイツの手、ひんやりしてて気持ちいいなぁ……。

 

 そして、奥さんは俺を真っ直ぐ見て。

 

「カズマさん、先程、騎士団の上の方には既に話はしてあると仰っていましたが、それは内定を頂けているという事でよろしいのですか?」

「えっ……あ、い、いや……それは、まだで……」

「……そうですか。では、めぐみんは一度くらいは、その騎士団の上の方に顔を見せていたりはするのですか?」

「…………そ、それも、まだ……です……」

「…………そうですか」

 

 あれ、やばい、これあかん流れや。

 俺は慌てて次の言葉を探していると、奥さんは続けて。

 

「カズマさん。先程、めぐみんの爆裂魔法は騎士団で役に立つと仰っていましたが、能力ではなく性格の方はどうなのでしょう? 親から見ると、家の娘は性格的には騎士団に向いているとは思えないのですが……」

「…………た、確かに」

「ちょっと先生!? 何あっさりと納得しているのですか、もう少し頑張ってくださいよ! さぁ、私がいかに騎士団に向いているか、ビシッと言ってやってください!!」

「いや、だってお前、性格的には騎士団ってより魔王軍側だし……魔王をぶっ倒して次の魔王になるとか言ってたし……」

「うっ!! そ、それは……何と言いますか、言葉の綾というか……!!」

 

 そう言って気まずそうに目を逸らすめぐみん。ダメだこりゃ。

 これはやっぱり、奥さんよりもめぐみんを説得する方がいいかとさえ思い始めていたのだが。

 

 奥さんは何やら微笑ましげにこちらを見て。

 

「一つだけ、めぐみんが爆裂魔法一筋で生きていくことを許す条件があるのですが……聞きますか?」

「えっ」

「聞きます! ぜひ聞かせてください!!」

 

 俺より先に、めぐみんが身を乗り出して食いついていた。まぁ、そりゃそんな条件があるなら、聞きたいわな。

 ……でも、なんだろう、何か嫌な予感がするんだけど。なんか奥さんがめぐみんというより、俺の方を見てる気がするんだけど。

 

 奥さんはにっこりと笑って。

 

 

「カズマさんとめぐみんが結婚する――――これが、私がめぐみんの爆裂魔法習得を認める、唯一の条件です」

 

 

 しん、としばらく部屋に沈黙が流れる。

 俺は嫌な予感が的中したと頭を押さえ、めぐみんは目を丸くして呆然としている。奥さんは相変わらず、こちらを見て微笑んでいる。

 

 めぐみんが何も言えなくなっているので、仕方なく俺が頭をかきながら。

 

「えーと……理由を伺っても?」

「ふふ、それはもちろん、カズマさんが一生めぐみんの側にいてくださるというのであれば安心だからです。何だかんだカズマさんは、結婚すれば相手のことを大切にしてくださる方だと思いますし」

「そ、それは…………おいめぐみん、お前からも何か言えよ。お前の母ちゃん、またとんでもない事言ってんぞ。…………おい?」

 

 そう言ってめぐみんの方を見たのだが、めぐみんは何やら俯いてしまっていた。

 髪で隠れて表情が見えない。もしかして悩んでんのか? いやいや、いくらコイツが爆裂狂だとしても、流石にこの条件は代償が大きすぎるだろ。

 

 そんなことを考えながら首を傾げていると、ようやくめぐみんが顔を上げた。

 何やら決意した様子だが、ほんのりと頬を赤く染めているのが気になる。ぎゅっと、俺の手を握る力が強くなるのを感じる。

 

 …………えっ、まさか。

 

 

「分かりました。私、先生と結婚します」

 

 

 普段から色気よりも食い気や爆裂ばかりの天才は、顔を赤くしながらも、堂々とそんなバカな事を言ってのけた。

 俺は口をあんぐりと開けて、ただ呆然とすることしかできない。

 

 一方で、奥さんは満足そうに何度か頷いて。

 

「ふふ、分かったわ。あなたはあなたの好きに生きなさい。何かあっても、きっとカズマさんが助けてくれるから。あ、お父さんはお母さんが説得するから、あなたは安心して幸せになりなさいね?」

「は、はい……あの、でも私、まだ12歳ですので……」

「えぇ、分かっていますよ。あなたが14歳になるまでは、カズマさんとは婚約という形をとってもらうわ。魔法を使った本格的な契約を結べば、いくらカズマさんでも逃れようがないし」

 

 えっ、ちょ、俺を置いて勝手に話が進んでるんですけど。奥さんが何か恐ろしい事言ってるんですけど。

 しかし、めぐみんは頬を染めたまま、こちらにはにかんで。

 

「えっと……末永くお願いしますね先生……。あの、私、そこまで嫌というわけでもないですから。確かに、そういう事は今まで想像したこともなかったのですが、相手が先生なら、いいかな……と。普段はアレですけど、何だかんだ良い所もあるというのも知っていますし…………だ、だから……」

 

 めぐみんは目を潤ませ、上目遣いでじっとこちらを見てくる。誰だお前。

 

 しかし、女の子にここまで言わせてしまったのだから、流石に俺も何も言わずに逃げるという事はできない。

 俺は、めぐみんの紅い瞳を真っ直ぐ見つめ。

 

「……めぐみん。俺からもお前に言いたい事がある」

「…………はい」

 

 めぐみんは感情が昂ぶっているのだろう、目を紅く光らせてじっと俺の言葉を待っている。

 そんな少女に、俺は。

 

 

「悪い、結婚は無理だ。愛人で我慢してくれ」

 

 

 瞬間、めぐみんは真っ赤な顔のまま掴みかかってきた!

 

「あなたという人は!!! あなたという人はあああああああああ!!!!!」

「いででででででででで!!!!! おい離せバカ!!! 俺にだって人生プランってのがあるんだよ!!! こんな簡単に結婚相手を決められてたまるか!!!!!」

「何故こういう所ではブレないのですかあなたは!!! 少しはブレてくれてもいいではないですか!!! ここは、私の想いを受けて『しょうがねえなぁ』と笑いながらも、婚約してくれる流れでしょう!!!!!」

「そんな流れ知るか!!! つか、何が“私の想い”だ!!! お前にそんな色気は欠片もないってのはよーく分かってんだよ!!! 爆裂魔法に釣られて暴走してんじゃねえ!!!」

「わ、私にだって色気くらいありますよ! 何ですか、本物の愛が感じられないとか言いたいのですか!? ふっ、先生って意外とそういう所だけは純情なんですね、流石は童貞」

「んだとコラァァあああああああ!!!!! いつも食う事と爆裂魔法の事しか考えてないお前よりはずっとマシですぅぅ!!! いいかお前、さっき俺と結婚するとか言ってたけど、それ小さな子が『大きくなったらパパと結婚する!』とか言ってんのと大差ねえから!!!!!」

「何という侮辱!!!!! 先生だって本当に人を好きになった事なんてないくせに!!! 私は12歳ですからまだそういう事もあると思いますけど、15歳でそれとかヤバイんじゃないですか人として!!!!! あ、先生が人としてヤバイのは今更でしたね!!!!!」

「よし表出ろお前!!!!! 裸にひん剥いて里中引きずり回してやんよ!!!!!」

 

 やはり俺とめぐみんとの間に色っぽい展開なんてありえない。俺はめぐみんと掴み合いながらそれを再認識し、コテンパンにしてやろうとスキルを発動しようとした…………が。

 

 その前に、奥さんが微笑んだまま静かに聞いてきた。

 

「それで、二人は結婚するのですか?」

「「誰がこんなのと!!!!!」」

 

 綺麗にハモる俺とめぐみん。

 奥さんはそれを聞いて、笑顔のまま何度か頷いた後。

 

 

「それではカズマさん。めぐみんの冒険者カードを渡してもらえますか?」

 

 

 そう言って、静かに片手を差し出してきた。

 

 俺とめぐみんは、互いに胸ぐらを掴んだ状態で固まる。

 明らかに空気が変わった。奥さんは口調や表情こそは穏やかなものだが、その裏から有無を言わせない威圧感がひしひしと伝わってくる。

 

 ゴクリと、俺とめぐみんの喉がほぼ同時に鳴る。

 ここで奥さんにカードを渡したら終わりだ。カードを見せれば、めぐみんがもう上級魔法を習得出来ることが一発でバレてしまう。そうなったら、次の展開は火を見るより明らかだ。

 

 それだけは、させない。

 

 俺はめぐみんの手を握り、素早く詠唱して叫ぶ!

 

 

「『テレポート』ッッ!!! …………あれっ!?」

 

 

 何も起こらなかった。

 俺とめぐみんはどこに転移することもなく、今もまだめぐみんの家の居間に座っていた。

 

 予想外の事態に愕然とするが、いつまでも呆けている場合じゃない。

 なぜなら、奥さんが掌をこちらに向け、今にも魔法を唱えようとしていたからだ!

 

 俺も反射的に掌を突き出し、二つの声が重なる!

 

「『スリープ』!!」

「『スキル・バインド』!!」

 

 奥さんは睡眠魔法を唱えたらしいが、俺の盗賊スキルで不発に終わる。

 魔封じのスキルは、魔法使いの『マジックキャンセラー』もあるのだが、盗賊スキルの方が発動が早いので俺はこちらを習得している。

 

 魔法を封じられ、奥さんは目を丸くして少し怯んだ。

 その隙に、俺は次の魔法の詠唱を始めながら、めぐみんの手を掴んで玄関へと走り出す。

 

 ちらりと後ろを振り返ると、奥さんが再びこちらに掌を向けていた。

 えっ、もう魔封じが解けたの!? 何かの魔道具か!?

 

「『アンクルスネア』!!」

「うおっ!!!」

「せ、先生!?」

 

 突然足が動かなくなり、俺は玄関へと続く廊下で派手に転ぶ。

 後ろから奥さんが近付いてくるのを感じる。おそらく、今度こそ近距離から睡眠魔法を当てるつもりだ。

 

 めぐみんは俺の側に屈みこんで、何とか俺を運ぼうと…………するのかと思いきや。

 

「先生はもうダメです! 私だけでも逃げますから、カードを渡してください!!」

「諦めるのはえーよ!! ここは頑張って俺を運ぼうとする場面じゃねえの!?」

「何を言っているのですか、クラスの中でも非力な私が先生を運べるわけないじゃないですか。こんな状況で無駄なことをしている暇はありません!」

「確かにその通りなんだけど! もっと、こう…………ああもう、ちくしょう!!」

 

 俺は倒れたまま掌を突き出し、目を閉じて叫ぶ!

 

「『フラッシュ』ッッ!!!」

「うっ!!」

「ああっ!! ちょ、先生、私もくらってますよ!! 何も見えないのですが!!!」

 

 俺が放った目眩ましの魔法に、めぐみんと奥さんは足元をフラフラとさせる。

 その隙に俺は、動かなくなった自分の足に手を当てて。

 

「『ブレイクスペル』! ……よし、ほら騒ぐなめぐみん、運んでやるから……一応、筋力強化かけとくか……『パワード』!」

「なっ、筋力強化なんていりませんよ! 私は軽いですし!!」

「何ムキになってんだよ、出来るだけ速く動けるようにってだけだ。お前が軽いのは知ってるよ、筋肉も全然付いてないし、無駄な脂肪もないしな。必要な脂肪もないけど」

「必要な脂肪って胸のことですね!? 一言多いんですよ先生は!!」

 

 そんな文句を聞き流しながら、俺はめぐみんを担ぎ、玄関へと駆けて行く。

 奥さんはまだ目眩ましの効果が消えないようだ。それはめぐみんも同じだが。

 

「あ……あの、先生!? 先生!!」

「何だよこの忙しい時に! あんまり喋んなよ、舌噛むぞ!」

「いえ、触ってます! 私のお尻触ってますってば!!」

「いちいち気にすんなよ、担いでんだからついうっかり触っちゃう事もあんだろ」

「ついうっかりとかいうレベルじゃないですってば! ガッツリ触ってんじゃないですか!! こんな状況でもセクハラは忘れないとか、本当に呆れ果てますよ先生には!!」

「いいじゃねえか別に減るもんじゃねえし。……『セイクリッド・ブレイクスペル』!!」

 

 俺は玄関のドアにかかっていたロックの魔法を解除し、急いで靴だけ回収する。

 そして、体当たりをするようにして勢い良くドアを開き、家から飛び出していった。

 

 

***

 

 

 とりあえず、俺達はめぐみんの家から大分離れた場所まで逃げてきていた。

 もうめぐみんも目眩ましの効果がなくなり、今では普通に歩いているのだが、尻を押さえて俺にジト目を向けて距離を取っている。担がれている間に散々揉みしだかれたのが余程堪えたらしい。

 いやでも、めぐみんにセクハラする時は、胸はないからパンツ覗くか尻揉むかくらいしかないんだよなぁ。

 

 俺は先程から、もう何度目か分からないくらいに同じ詠唱を唱えていた。

 

「『テレポート』!! ……ダメか。こりゃかなり広範囲にテレポート禁止の結界が張られてんな。というかこれ、朝までに消えるのか? このままだと転送屋の人が泣くぞ」

「結界なら『ライト・オブ・セイバー』で斬れないのですか?」

「こんだけの規模の結界となると、相当な大魔法使いじゃないと無理だ。俺程度だと、ちゅんちゅん丸を使って全魔力を込めてもダメだろうな」

「……まぁ、そうですよね。格好良く結界を斬り裂く先生とか、想像できませんし」

「な、なんだと!? 俺だってやろうと思えば、こんな結界ぶった斬れるんだからな!? ただ、代償が大きいからやらないだけで!!」

「はいはい。ぶっころりーもよく言ってますよね、『俺はやれば出来る男なんだ……ただ、やろうとしないだけで……』とか何とか」

「あんなニートと同じ扱いはやめて……」

 

 とにかく、いつまでもこうしていても埒が明かない。

 おそらくこの結界は里全体、いやそれ以上に広がっていると考えられる。発生源はこの里の中にあるのかもしれないが、それを探すより先に、まずは境界面の確認をした方がいいだろう。物理的に出られなくなっているのであればどうしようもないが、ただテレポートだけが封じられているのであれば、結界の外へと出ればいいだけの話になる。

 

 というわけで、俺達は里の入り口から外へと出ることにする……が。

 そこで何者かが道を塞ぐように仁王立ちしていた。そして、その人物を見た瞬間、大体のことを理解してしまった。

 

 俺は警戒してめぐみんの手を握り、めぐみんもしっかりと握り返してくる。

 

「…………この結界、もしかして、あなたの魔道具ですか?」

「あぁ、そうだ。言っておくが、このまま結界の外に出ようとしても無駄だぞ。境界面は出入りできなくなっているからな。ワシが持っている魔道具を止めるしかない」

 

 めぐみんの父親、ひょいざぶろーはそう言って、じっと険しい目で俺達を見る。

 

 めぐみんの家に行った時、ひょいざぶろーがいなかったのは、奥さんが意図的に排除していたのだと思っていた。この人の性格を考えると、めぐみんの味方につく可能性もあるからな。

 でも、目の前の光景を踏まえて今までの事を考えると、どうやらひょいざぶろーは奥さんの味方らしい事が分かる。予め魔道具で俺のテレポートを封じておき、万が一家から逃げられたとしても、里から出ようとした所をひょいざぶろーが確保する。そんな所だろう。

 

 しかし、俺には不可解な事があった。

 

「あの、これ本当にひょいざぶろーさんの魔道具の力なんですか? これだけの魔道具です、何かろくでもないデメリットがあるんじゃ……」

「そんなものはない。強いて挙げれば大量の魔力を使うことだが……まぁ、これがワシらしくない魔道具である事は認めよう。本来であれば、こんなつまらない魔道具なんぞ作らん。しかし、大切な娘を守るために必要だというのであれば、どんなにつまらない物だとしても作るさ」

「ひょいざぶろーさん…………この結界の魔道具、売る気はないんですか?」

「ない。こんなもの恥ずかしくて売れんわ」

「いや売れよ!!! アンタがいつも作ってるガラクタに比べたらよっぽど売れるわ!!! つーか、娘を守るってんなら、まずは日々の食生活から守ってやれよ!! こめっこが『固いものが食べたいです』とか言ってんの聞くと、こっちが泣きたくなんだよ!!!」

「まぁまぁ、あまり父を責めないであげてください。私だって大切な人の為であれば、爆裂魔法を諦めることだって出来ますが、本当に最後の最後までは諦めたくはないですから。それと同じようなことなのでしょう」

「おお、分かってくれるかめぐみん……流石はワシの娘だ……」

「あ、うん……もういいや何でも……」

 

 もうやだこの親子……。

 しかしこのように、奥さんと違ってひょいざぶろーの方は、めぐみんと同じように変な道を突き進むタイプだ。もしかしたら、話せば分かるかもしれない。

 

「あの、ひょいざぶろーさんも、めぐみんが爆裂魔法を覚えるのを止めようと思っているんですよね? でも、めぐみんの気持ちも分かってあげてもいいじゃないですか。コイツは、周りからは理解されなくても、本当に爆裂魔法が好きなんですよ。ひょいざぶろーさんも、どれだけ周りからズレていても、自分の道を進みたいという気持ちは分かるでしょう?」

「爆裂魔法? 何を訳の分からない事を。ワシは母さんから、お前とめぐみんが駆け落ちするかもしれないという話を聞いて、止めようと思っただけだ」

「「はぁ!?」」

 

 俺とめぐみんが同時に間の抜けた声をあげる。

 

 何言ってんだこの人。

 俺が唖然としていると、隣ではめぐみんが呆れて溜息をついて。

 

「まったく……大方、お母さんから何か妙なことを吹き込まれたのでしょうが、この男が女性一人の為にそこまで出来ると思いますか?」

「……いや、しかしお前やこめっこは紅魔族随一どころか、国随一の美人だろう。それならば、そこの男でも心を動かされて、らしくない行動を取ってもおかしくはない」

「…………ふむ」

 

 ひょいざぶろーの言葉に、めぐみんは少し考え込む。

 ……いや、そんな真面目に考えるようなことじゃねえだろ。普通に考えれば、お前の親父さんが頭おかしいこと言ってるだけって分かるだろうが。

 

 そんな俺の呆れた視線に気付いていないのか、めぐみんは小さく頷くと。

 

「…………なるほど、一理ありますね」

「ねーよ!!! 誰がお前みたいな色気もクソもない、爆裂狂の貧乳ロリの為に駆け落ちなんざするか!!! というか、お前が国随一の美人? …………ふっ」

「鼻で笑いましたね!? 私は体付きこそ貧相ですが、顔に関してはそれなりだと思うのですが! 少なくとも、そこら辺にいくらでもいそうな冴えない普通の顔をした先生に笑われる謂れはないはずです!!」

「う、うるせえな普通で悪かったな!! 人間大事なのは顔じゃなくて中身なんだよ!! 確かにお前はそこそこ可愛いが、中身が壊滅的だから女としてはアウトだアウト!! お前は将来、若い頃は爆裂魔法で思う存分暴れまわったものの、それが災いして嫁の貰い手がいなくて行き遅れ、涙目で一人寂しく生きていくってオチだろうよ!!!」

「そそそそそんな事ないですから!! わ、私くらい美人なら、嫁の貰い手くらいいくらでもいますから!!! 大体、何が大事なのは中身ですか!! そんな事言ったら先生は、外見も大したことないくせに中身でカバーできるわけでもない……むしろ中身の方が酷い、救いようのないダメ男という事になりますが!!!」

「おいふざけんなよお前!!!!! そういう人が気にしてる事ズバズバ言ってんじゃねえぞコラァァあああああああ!!!!!」

 

 何だか今日はコイツとはケンカしてばかりだ。……いや、いつも結構やりあってるが、今日は特に多いというだけか。まぁ、単に一緒にいる時間が長いと、それだけケンカも増えるということだろうが。

 

 ひょいざぶろーの方は、そうやってケンカしている俺達を見て、複雑そうな表情をしていた。

 

「……ケンカしている割には、手はしっかり繋いでいるのだな」

「えっ、あ……まぁ、これは先生のいつものセクハラです。このくらいならまだ可愛いものなので、仕方なく許してあげているだけですよ」

「はぁ!? せっかく人が引っ張って逃げてやろうかと思ってたのにそれかよ! そっちだって握り返してきたくせに!!」

「そ、それは、先生は私の冒険者カードを持っているわけですし、念の為に近くに置いておきたいだけですよ! いつ諦めてカードを差し出すか分かりませんし!!」

「……本当に、めぐみんは冒険者カードをその男に預けているのか……母さんから聞いてはいたが、実のところ半信半疑だったのだが……」

 

 ひょいざぶろーは更に複雑な顔で、こちらを見てくる。

 これはチャンスかもしれない。

 

「俺がめぐみんのカードを預かっているのには理由があるんです! さっきめぐみんが言ったじゃないですか、ひょいざぶろーさんは奥さんに妙なことを吹き込まれてるって! 本当は、めぐみんが爆れ」

「もはや娘は自分のカードすら預けられる程に、この男のことを…………くっ、だがワシは認めんぞ!! カズマ! お前もウチの娘が欲しいのなら、定番の『娘さんを僕にください!』くらい言ったらどうだ!!」

「いらねえよこんなの!!! 話聞けよ!!!」

「こ、こんなの!? あ、あの、いくら何でもその言い方はあんまりだと思うのですが!!!」

 

 何やらめぐみんがショックを受けているが、今はそれどころではない。

 俺は何とかひょいざぶろーを説得しようと再び口を開こうとするが、ひょいざぶろーは片手を出してそれを制止して。

 

「……分かった。先程から何か話も噛み合わんし、ゆっくりと腰を落ち着けて話そうか」

「あ……は、はい! それがいいです! そうしましょう!!」

「よし、では家に行こうか。母さんも待っている」

「「えっ」」

 

 ようやくまとまりそうな空気になってきたと思ったら、ひょいざぶろーが不穏な事を言ってきた。ま、またあの人の所に行くとか、激しく嫌なんですけど……。

 隣のめぐみんも似たようなことを思っているのか、苦々しい表情でこっちをちらちらと見てくる。

 

「あー……その、まずは奥さん抜きで話しませんか……?」

「ダメだ。どちらか一方の話ではなく、両方の話を聞いてどういう事なのか確かめたい。なんだ、母さんがいると何か不都合でもあるのか?」

「お、お母さんはほら、ちょっと何やるか分からない所があるじゃないですか。もし私達が家に戻ったりしたら、出合い頭に睡眠魔法を使ってくる可能性も……」

「はっはっはっ、流石に母さんもそこまではしないだろう」

 

 いやするよ! 絶対するよ!!

 

 やっぱり、これはダメっぽい。

 ひょいざぶろーはかなり頑固だし、奥さんも交えての話し合いという所は譲らないだろう。

 …………それなら、強行手段だ。

 

 俺はめぐみんの方をちらっと見て、目で合図する。めぐみんも俺の言いたい事は大体伝わったのか、小さく頷いてくる。

 

 直後、俺は手を突き出し、叫ぶ!

 

 

「『スティール』ッッ!!!」

 

 

 ずしっと右手に重みが伝わる。ニヤリと口元が歪む。

 手の中には、光り輝く魔道具があった。

 

 突然の不意打ちに、ひょいざぶろーはただ呆然と俺の手の中の魔道具を見ている。

 その隙に、俺はめぐみんの手を引いて走り出し、里の入り口からは少しずれた場所から森の中へと入った。

 

 少し遅れて、背後から。

 

 

「娘はやらんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」

 

 

 相変わらず勘違いしている大声が轟いた。

 もうツッコミを入れるのも面倒なので、俺は無視して手元の魔道具に集中する。これを止めてしまえば、後はテレポートで逃げればいい……と思っていたのだが。

 

 隣から、めぐみんが。

 

「それ、ロックかかってますね」

「えっ」

 

 魔道具は、何やらスライド式のパズルを解かなければ動かせないようになっていた。

 ……まぁ、これだけ大規模な魔道具なのだから、このくらいのセキュリティはあっても不思議ではない…………けど、あの人何でこんな時だけまともなんだよ!

 

 俺はすがるようにめぐみんを見て、魔道具を渡す。

 めぐみんは適当にパズルを動かしながら。

 

「……早くて15分、といったところでしょうか。一応20分は見てください」

 

 その言葉の直後、背後から雷撃が飛んできて、すぐ側にあった木に直撃し、風穴を空けてメキメキと音をたてて倒れた。

 俺は全身をぶるぶる震わせながら背後を振り返ると。

 

「娘を返せ。娘のカードも返せ」

 

 娘を奪われ、ビキビキと額に青筋を立てた父親が、目を真っ赤にさせて迫ってきていた。

 こ、こええ……魔王軍幹部よりずっとこええ……!!

 

 というか、こんなのと20分も鬼ごっこ? …………うん、無理だ。

 

「めぐみん、作戦がある。お前は自分のカードを持って、ひょいざぶろーさんの所に行くんだ。あとは、まぁ、流れに任せるってことで」

「それはつまり、私を見捨てるということですね!? いやですよ!! 普通にお母さんの所に連れて行かれて終わりじゃないですか!!!」

「うん、でもほら…………上級魔法も結構いいもんだぜ?」

「もう完全に諦めてんじゃないですか!!! まだいけます!! もうちょっと頑張ってみましょうよ!! ……え、ちょ、無言でカード押し付けてくるのやめてもらえませんか!?」

 

 絶体絶命のピンチの中。

 夜の森には、俺達のそんな見苦しいやり取りが虚しく響き渡っていた。

 



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爆裂狂の逃避行 2

 
予想以上に長くなりました……そして何とか今日中にと思ったら日付変わってこんな時間に……(^_^;)
 


 

 俺とめぐみんは夜の森を疾走する。背後からはいくつもの魔法が放たれ、体のすぐ側を通り過ぎて行き、その度に冷や汗がだらだらと流れる。

 とりあえず魔道具はめぐみんに任せて、俺はひょいざぶろーから逃れる事だけを考える。まずは姿を隠すところからだ。

 

「『ライト・オブ・リフレクション』」

 

 光を屈折する魔法によって、俺とめぐみんの姿を見えなくする。あとは潜伏スキルを使えば、そうそう見つかるものじゃない。

 

 そうやって、念の為に目立たない所に隠れて、ひょいざぶろーの様子を窺っていると。

 

「『カースド・ライトニング』!!」

 

 真っ直ぐ俺に向かって、黒い雷撃が襲いかかる!

 俺が咄嗟に身を躱すと、雷撃は後方にあった木に大きな風穴を空けてなぎ倒した。

 

「せ、先生!! 大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ、何とか……」

 

 つー、と嫌な汗が頬を伝っていく。

 今のは意図して避けたわけじゃない。モンクスキルの『自動回避』が運良く発動しただけだ。あんな不意打ち、まともに避けられるはずがない。

 

 それより、なんで居場所がバレてんだ……この潜伏コンボはそうそう破られるようなものじゃ……。

 

 そんな疑問を抱いている間にも、ひょいざぶろーはガサガサと草木をかき分け、こちらへ近付いてくる。そして、あるものが目に入ってきた。

 ひょいざぶろーのその右目には、銀色の片眼鏡がかけられていた。

 

 ひょいざぶろーは顔をしかめながら。

 

「この魔道具の前では人間だろうがモンスターだろうが、姿を隠すことはできん。…………これも邪道もいいところだが、娘のためなら」

「だからそういうの売れよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 俺は半泣きになりながら、めぐみんを引っ張って全力で逃げ出す。

 

 後ろからは怒り心頭のひょいざぶろーが、魔法をぶっ放しまくりながら追いかけてくる。

 本当に不本意ながら、いつの間にか俺とめぐみんが駆け落ちしようとして、それを追いかける父親みたいな状況になっていた。

 

 というか、この結界だって相当の魔力を使うだろうに、それに加えて上級魔法をここまで連発できるとか、どんな魔力してんだあの人。あと魔法を撃つインターバルがとんでもなく短いことから、高速詠唱にもかなりポイントを振ってる事が窺える。

 

 そんな理不尽な力に、俺は八つ当たり気味にめぐみんに突っかかる。

 

「おい、お前の父ちゃんどうなってんだよ! 商人の戦いっぷりじゃねえぞ、さっさと魔王でも何でも倒しに行った方がいいんじゃねえのあれ!?」

「ふっ、紅魔族随一の天才である私の父ですよ? 生半可な魔法使いではないのは当然でしょう。父の魔道具は入手難度の高い素材が使われることが多く、強力なモンスターと戦うこともしょっちゅうらしいので、レベルも相当なものになっていると思いますよ」

 

 そんなことをドヤ顔で言ってくるめぐみん。コイツ、もう置いていってしまおうか。

 

 紅魔族は、魔道具などの素材を集める時、ギルドを介して冒険者に依頼するということをしない。そもそも里にはギルドがない。基本的には素材も自力で調達してしまう。

 そして、紅魔族は例え商人であっても、上級魔法を使えるアークウィザードであることがほとんどで、ちょっと野菜の収穫をしてくるような感覚で一撃熊の肝を取ってきてしまう。当然、レベルも上がる。それにしたって、ここまでの強さになるのはおかしいのだが。

 

 すると、めぐみんが目を光らせて興奮した様子で。

 

「それより、先生! ヤバイです!!」

「何だよどうした! そんなにパズルが難しいのか!? 頑張れ、邪神の封印パズルも解いたお前ならきっと」

「お父さんのあの片眼鏡、ヤバイです! カッコイイです!! 先生、あれもスティールで奪ってくれませんか!?」

「いいからパズル解けえええええええええええええええええ!!!!!」

 

 こんな時でもバカなことを口走る爆裂狂に叫び返しながら、俺は必死に頭を回す。

 確かにあの魔道具を奪えば姿を隠せるようになるかもしれない……が、もうそんな隙は見せてくれないだろう。その前にやられるのがオチだ。

 

「くそっ、どうする、どうする!? おいめぐみん、どうすればいい!? お前、紅魔族随一の天才なんだろ!? 何か一発逆転の策とか思い付かねえのかよ!?」

「そ、そんなすぐには思い付きませんよ! それに、私はこのパズルに集中しなければいけませんし!!」

「ああもう、使えねえな! お前から無駄に高い知力を取ったら、もう無駄に高い魔力しか取り柄ねえじゃねえか! しかもその魔力だって、魔法を覚えてるわけでもねえから使えねえし!!」

「なにおう!? そんな事言ったら、先生こそ無駄に悪い方に回る頭がダメなら、もう本格的に取り柄がなくなるじゃないですか!! ただの変態鬼畜男になるじゃないですか!! …………あれ、でもそれって普段とあまり変わらない……?」

「おおおお俺だって他に良い所は沢山あるし! 例えば…………例えば…………まぁ、あれだ、沢山あるんだよ!!」

「思い付かなかったのですね。自分でも何も思い付かなかったのですね」

「ち、ちげえよ! 沢山ありすぎて言うのが大変ってだけで…………どわああっっ!!!」

 

 めぐみんに言い返そうとした時、俺の顔のすぐ横を、背後から飛んできた黒い稲妻が通り過ぎて行き、思わず悲鳴をあげる。

 本当に容赦がない。父親が娘のことを大切にするのは当たり前だが、いくら何でもこれは暴走し過ぎだろう。…………いや、でも俺もゆんゆんを他の男に連れて行かれたらこのくらいするか。むしろ、これ以上するかもしれない。

 

 そこまで考えて、ふと俺の頭に名案が浮かんできた。

 

「…………めぐみん、お前を背負ってもいいか? 良い作戦があるんだ。尻は出来るだけ触らないように努力するかもしれないから」

「何ですか、そのとてつもなく信用できない言い方は!! 触らないでくださいよ!? 絶対触らないでくださいよ!?」

「分かってる分かってる…………よっと」

 

 めぐみんの言葉を聞き流しながら、俺は自分に支援魔法をかけてめぐみんを背負う。

 そして、そのまま手で尻や太ももの感触を楽しんでいると。

 

「やっぱり触ってるじゃないですか!!! あ、あの、ちょっと、触り過ぎですってば!!!!!」

「不可抗力、不可抗力。お前、太ももすべすべだなー」

「何言ってんですか全然嬉しくないですよ! や、やめ……あっ……んんっ……はぁ……はぁ……いやぁ……」

「おおおおおおおおおお前変な声出すなよ!? そこまでエロくは触ってないだろ!!!」

「娘に何をしてる貴様ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ひぃぃ!!!!! ご、誤解です!! コイツが大袈裟に声出してるだけですって!!!」

 

 俺が慌ててめぐみんの足を掴み直すと、後ろで「ふっ」と小さく笑う声が聞こえてくる。

 こ、こいつ……やっぱわざとか……!

 

 後ろのひょいざぶろーは、それはもうビキビキと青筋立てまくりでブチギレ状態なのだが、俺の策が上手くいったらしく、先程までのように魔法を連発してくることはない。

 めぐみんもそれに気付いたようで。

 

「先生、何をしたのですか? お父さんが魔法を撃ってこなくなりましたが」

「そりゃ俺がこうしてお前を背負ってるから、向こうも迂闊に撃てなくなったんだろ。名付けて『めぐみんバリア』だ」

「ひ、酷すぎる……何がバリアですか、ただの人質じゃないですか……」

「う、うるせえな文句言うなっ!! それよりお前も、ひょいざぶろーさんに何か甘い言葉とかかけろよ! あの人の弱点はお前だ!!」

「甘い言葉と言われましても…………お、お父さん! 先生も結構良い所もあるのですよ!? 保健室や、私の部屋の布団の中では優しくしてくれましたし……」

「なっ……あああああ……カズマ貴様あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ちちちちち違います違います!!! ふざけんなよお前!? マジでふざけんなよ!?」

 

 いよいよ人間がやっちゃいけないような形相になったひょいざぶろーは、目をこれでもかというくらいに紅く光らせ、更に速度を上げて追いかけてくる。

 これ、捕まったらマジで殺されるんじゃないか俺……。

 

 とにかく、このままだと追い付かれる。

 今はめぐみんバリアがあるから大丈夫だが、もし引き剥がされたりしたら、その後俺がどうなるかは想像したくもない。

 

 少しすると、生い茂る木が途切れ、開けた場所に出た。紅魔族の誰かが、この辺の木を斬ったり燃やしたりしたのだろうか。

 いずれにせよ、これはチャンスだ。

 

 俺は急いで魔力ロープを取り出し、先端に鏃を取り付ける。

 

「めぐみん、俺にしがみつけ! 出来るだけ強く!!」

「ええっ!? で、でもそんな事したら色々当たってしまうというか……」

「何が当たんだよ何が! さっさとしろ振り落とされても知らねえぞ!!」

「本当に失礼ですねあなたは! 分かりましたよ! しがみつけばいいのでしょう!!」

 

 半ばやけくそ気味に俺にしがみつくめぐみん。

 それを確かめると、俺は手にしたロープに魔力を込めて、投擲スキルを使って思い切り前方へと投げた。ロープはどんどん伸びていき、遥か向こうにある木の上部に鏃が突き刺さる。

 

 直後、一気にロープを縮めると、俺達の体が浮き上がり、グンッと勢い良く鏃を刺した木へと引っ張られる!

 

「わっ!! ちょ、ちょっと、ぶつかっちゃいますって!!」

「わーってる!」

 

 このまま行くと、めぐみんの言う通り木に突っ込んでしまうので、ある程度木が近付いてきたところでロープを縮めるのを止める。後はここまでについた勢いに任せ、俺は無事、鏃を撃ち込んだ木の近くに着地する。背中のめぐみんもちゃんとしがみついている。

 

 この跳躍はひょいざぶろーも予想していなかったのか、遥か後方で唖然として立ち止まっているようだ。その隙に俺は素早くロープを回収して、再び走り出す。

 

 背中では、めぐみんが弾んだ声で。

 

「あ、あの、先生! そのロープ、今度貸してもらえませんか!? 魔力を込めれば使えるのでしょう!?」

「ロープなんて何に使うつもりだよ……もしかしてそういう趣味でもあんのか? ゆんゆんを縛ってイケナイ事でもする気か?」

「私のこと何だと思ってんですか!!! そんな趣味ありませんよ!!! それにゆんゆんとも、そんな関係でもありません!!!」

「え、でもお前とゆんゆん、いつも一緒にいて百合百合しいとか言われて怪しまれてるぞ?」

「ええっ!? わ、私達そんな風に思われているのですか!? 誰がそんなふざけた事を言っているのですか!!」

「ふにふらとかどどんことか」

「分かりました、その二人は後でとっちめます。違いますよロープを貸してもらいたいのは、先程みたいにビュンビュン飛んでみたいのです!!」

「ダメだダメだ、普通にあぶねーから。下手すれば大怪我するぞ」

 

 確かにこのロープを使えば機動力は上がるのだが、かなり無茶な動きをするので、基本的には支援魔法を始めとした様々なスキルと併用することがほとんどだ。つまり、子供のオモチャにできるようなものではない。

 

 背後を確認すると、先程あれだけ差を付けたにも関わらず、ひょいざぶろーが凄い勢いでどんどん差を縮めてきていた。

 俺はそれを見て焦って。

 

「お、おいパズルは!? まだ解けねえのか!?」

「まだ少しかかります、五分といったところでしょうか。後でロープで遊ばせてくれると約束してくれるのなら、もっと早く解けるかも……」

「よし分かった、後でとは言わず今遊ばせてやるよ。自分自身を弾にした人間パチンコとかどうだ? 着地とかその辺は自分で何とかしろよ」

「ぐっ……わ、分かりましたよ、解けばいいのでしょう解けば……」

 

 めぐみんはブツブツ文句を言いつつも、パズルの方に集中する。

 

 木が多い場所では、ロープを使った長い跳躍は使えない。短い跳躍を連続させる事は可能だが、それは魔力消費が激しく長くは保たない……が。

 

 ここで俺の運の良さが発揮されたのか、前方にまた開けた場所が見えてきた。思わずぐっと拳を握る。

 ただ、一つ不安要素もある。ここまでかなりスキルを使っていて、そろそろ魔力が心もとない。

 

 ……よし、ここは。

 

「悪いめぐみん、魔力がキツくなってきた。少し吸わせてくれ」

「いいですけど……そのスキルって体力も吸ってしまうのではなかったですか? 私、魔力には自信ありますが、体力は全然なので吸い過ぎないでくださいよ? すぐ気絶しますよ、たぶん」

「分かってる、その辺りは調整しつつ吸い過ぎないようにもするから安心しろ人間マナタイト。俺だってここでお前に気絶されたら困る」

「分かりました、お願いしますよ…………今私のこと何て呼びました?」

「将来有望な美人魔法使いって呼んだよ」

 

 適当にそう答えると、俺はめぐみんから魔力を補給する。本当はもっと吸っておきたいところなのだが、これ以上はめぐみんの体力的にマズイだろう。

 これが体力も魔力も高い人なら本当に人間マナタイトとして機能するんだけど、どっかにいないもんかねー。美人ならなおよし。

 

 俺から魔力を吸われためぐみんは、ぐでっと俺の肩に顎を乗せて。

 

「うぅ、ダルいです……パズルとかやる気なくなってきました……」

「が、頑張ってくれよ……そのくらい月一のアレと比べたら大したことないだろ?」

「それはそうですが…………あの先生、そういう事軽く言うのやめてもらえます? 今度ゆんゆんに、その月一のアレがこないって言いますよ。先生の方をちらちら見ながら」

「ごめんなさい俺が悪かったです」

 

 そんなバカなやり取りをしている内に、開けた場所に出る。

 俺は先程と同じように、先端に鏃の付いたロープを取り出し、向こう側の木へと撃ち込む。

 

 ここで飛べば、後ろのひょいざぶろーとはまた差を付けられ、それでめぐみんがパズルを解き終えるまでの時間は稼げるだろう。

 そんなことを思いながら少し安心して、ロープに魔力を込めて跳躍した……その時。

 

「『ライト・オブ・セイバー』」

 

 振り返ると、そこにはとんでもない長さの光の剣を、横に構えるひょいざぶろーがいた。

 ……え、ちょ、そのままぶった斬る気か? いやいや、めぐみんごと斬るわけがない……というか、やけに姿勢が低いような……。

 

 と、そこまで考えた時、ひょいざぶろーは光の剣を横に一閃した!

 

 『ライト・オブ・セイバー』は全てを斬り裂く上級魔法。強力な大魔法使いが使えば、魔王城の結界ですら斬り裂いてしまうその斬撃は、飛んでいる俺の下を通って行き。

 

 前方の、俺が鏃を撃ち込んだ木を、根本の部分から斬り飛ばしていた。

 

「うおおおおっ!?」

 

 当然、そこに向かってロープに引っ張られていた俺の体勢は空中で崩れる。

 慌ててロープを離すも、既に崩れきった体勢を整えることはできず。

 

「へぶぅぅっ!!!!!」

 

 見事に顔面から地面に墜落することとなった。

 背中のめぐみんは俺をクッションして無傷だ。たぶんひょいざぶろーもここまで計算していたのだろう。

 

 俺は思い切り鼻を打って若干涙目になりながらも、何とか起き上がろうとする。

 そんな俺の背中では、めぐみんが小さく震えているのを感じる。

 

 そこまで怖かったのだろうか……と思っていたら。

 

「せ、先生……思い切り顔からいきましたね……へぶぅぅって…………ぶふっ」

「笑ったな!? 笑いやがったなテメェ!? つーか、さっさと下りろよ重いんだよ!!」

「なっ、し、失礼な! 私は重くなんかないですよ、クラスの中でもスリムな方ですから!!」

「スリムだろうが何だろうが重いもんは重いんだよ! あと背中にお前の肋骨がゴリゴリ当たって痛いんだよ!!」

「肋骨!? 女性に向かって肋骨が痛いとか言いましたか!? おかしいでしょう他にも当たるものがあると思うのですが!!! ほら、よく確かめてくださいよ、ほら!!!」

 

 そんな感じに、地面に倒れ込んだまま言い合っていると。

 ざっと、すぐ近くで足音が聞こえた。

 

「……娘に胸を押し付けられて何を喜んでいる」

「よよよよ喜んでないですよ!? そもそも押し付けられる胸がないです!!」

「ありますって!! ちゃんと確かめてくださいよ!!!」

「おいバカやめろ!!! お前の父ちゃんが凄い顔になってるから!!!」

 

 こんなバカなことをやっているが、実際のところ本当に絶体絶命だ。

 すぐ近くにはひょいざぶろー、俺の残り魔力は上級魔法を一発撃てるかどうか。それに、この倒れている状態から何かアクションを起こすとなると、どうしてもワンテンポ遅れてしまう。明らかに不審な動きをすれば、すぐに無力化されてしまうだろう。

 

 考えろ……何かないか。スキルでも魔道具でも何でもいい、この状況を打開できる何か……。

 

「…………あっ」

 

 その時、近くに落ちている“それ”を見て、俺は思わず声を漏らしていた。

 おそらく、俺が地面に落とされた時に、一緒に懐から落ちたのだろう。

 

 上手くいくかは分からない。でも、賭けてみる価値はある。

 というか、今はこれくらいしか思い付かない。

 

 俺はそれに手を伸ばした。

 つい先日、授業で使って何となくそのまま持っていた……今の今まで、持っていることすら忘れていた“それ”に。

 

「……ひょいざぶろーさん。これ、何だか分かりますよね?」

「それは……」

 

 ひょいざぶろーは俺が持っている魔道具を見て、足を止めた。

 この人もセンスこそおかしいが、一応は魔道具職人だ。一目でこれが何なのか分かってくれたようだ。

 

 だから、俺がこの魔道具と連動する魔法を辺りに展開しても、何もしてこない。この魔道具が、相手を攻撃するようなものではないと分かっているからだ。

 

 そして、俺は宣言する。

 

「俺達は、駆け落ちするつもりなんて全くありません!!」

 

 その言葉を聞いたひょいざぶろーの視線は、俺には向いていなかった。

 ただ、俺が持っている“それ”を、穴が空くほど見つめている。

 

 

 “それ”…………嘘を見抜く魔道具は、何も反応を見せなかった。

 

 

***

 

 

 森の中の開けた広場で、俺とめぐみんは正座して、あぐらをかいているひょいざぶろーと向き合っている。

 

 魔道具の動作確認などをしてから、俺達はひょいざぶろーに今まであった事を正直に話していた。

 めぐみんが爆裂魔法に魅せられ、習得しようとしていること。奥さんがそれを知って、カードを取り上げようとしていること……等々。

 

 ひょいざぶろーはしばらく何も言わず、ただじっと俺達の声に耳を傾け、やがて重苦しい声で。

 

「……めぐみん。爆裂魔法を極めるというその道、決して後悔しないと誓えるか?」

「誓います」

 

 そんなめぐみんの即答に、ひょいざぶろーは満足そうな笑みを浮かべて頷いた。

 

「良い返事だ。よし、それならばワシが止める理由など何一つないな!」

「あ、あっさりだな…………あの、ひょいざぶろーさん。こんな事しといて何ですけど、親としてはもっと色々葛藤すべきなんじゃ……」

「何を言っている。自分の信じた道を歩まずして何が人生だ。例え周りからは決して理解されずとも、ただ己の信念に基づいて突き進むその姿勢、実に見事。流石はワシの娘だ!」

「ふっ、お父さんなら分かってくれると思っていましたよ。さぁ、共にあのわからず屋の母をとっちめようではありませんか!!」

「えっ、い、いや、その……なんだ…………本気になった母さんは、恐ろしいというか……」

「ええっ!? ちょ、肝心なところでヘタれましたよこの父は!! しっかりしてくださいよ、せっかくそんないかつい顔をしているのですから、もっと亭主関白な感じでガツンと言ってやってもいいではありませんか!!」

 

 めぐみんは父の襟元を掴んで揺さぶっているが、ひょいざぶろーの方は娘の方を真っ直ぐ見ることも出来ず、視線を泳がせている。

 ……いや、分からなくもないけどさ。奥さん、すげえ怖かったし。

 

 ただ、ひょいざぶろーも逃げられないとは思っているのか、やがてめぐみんのことを気まずそうに見ながら。

 

「……わ、分かった。一応説得だけはしてみよう。だがその間、めぐみんは冒険者カードを持ってどこかに隠れていた方がいい。…………カズマ」

「は、はい」

 

 ひょいざぶろーは急に真剣な表情で俺のことを見てきて、俺も自然と背筋を伸ばす。

 

「お前は教師として、娘と娘のカードは何があっても絶対に守ると誓えるか?」

「誓います」

 

 魔道具は反応しない。

 

 隣でめぐみんがぼーっとこっちを見てきているが、今は気にしている余裕はない。ひょいざぶろーからの言葉に、心から答える必要があるからだ。

 

 ひょいざぶろーは俺の返事に、一度だけ深く頷くと。

 

「……悪かった、カズマ。ワシはお前のことを誤解していた。普段はどうしようもない事ばかりするお前だが、生徒のことを大切に想い導いてくれる、立派な教師だ」

「…………ど、どうも」

 

 な、なんだろう、珍しくこの人に褒められてるんだけど……なんか恥ずかしい!

 俺は恥ずかしさを誤魔化すように一度咳払いをして。

 

「とりあえず、今日は王都に泊まろうと思ってるんですけど、それでいいですか? 奥さんの説得はひょいざぶろーさんに任せますけど、こっちもこっちで、一応手は考えてあるんです」

「あぁ、頼む。念の為に確認しておくが、本当に娘をどうこうする気はないのだな?」

「えぇ、大丈夫です。俺にとってめぐみんは大事な教え子ってだけで、女としては本当に全くこれっぽっちも意識していないんで、安心してください」

 

 当然、魔道具は反応しない…………が。

 めぐみんは俺にジト目を向けてきており、ひょいざぶろーもビキビキと青筋を立て始めて。

 

「き、貴様ああああああああああああああああ!!! ワシの娘が女として魅力がないとでも言う気かあああああああああああああっ!!!!!」

「はぁ!? えっ、ちょ、何でキレていでででででででででででで!!!!! じょ、冗談です、娘さんのことは女として意識しまくってます!!!」

 

 その言葉にチリーンと魔道具が鳴り、俺を掴むひょいざぶろーの手に更に力が込められる。どうしろってんだよこれ!

 

 そうやってしばらく俺に掴みかかっていたひょいざぶろーは、突然何かを思い付いたらしく、若干顔を引きつらせて俺から手を離した。そして、後ずさって距離を取る。

 今度は何だ、嫌な予感しかしないけど……。

 

「ま、まさか貴様、普段あれだけセクハラ三昧なのはカモフラージュに過ぎず、本当は女ではなく男を……」

「おいふざけんな!!! 何ぶっ飛んだこと言い出してんだアンタ、俺はノーマルだっつの!!!!! 魔道具見ろ魔道具!!!」

「では何故娘を女として見ないのだ!! これ程の美人、中々いないだろう!!!」

「アンタは娘を取られたいのか取られたくないのかどっちだよ! あとコイツの顔が良いのは認めるけど、まだガキだろガキ!! 俺は子供は嫌いじゃないけど、そういう対象で見るようなロリコンじゃねえんだよ!!!」

「さっきから黙って聞いていれば何なのですか!! 人のことをガキガキと、先生だって体はともかく内面はまだまだ子供じゃないですか!!! ちょっと良い事した時も、恥ずかしがって変に悪ぶったりふざけたりしますし、おまけにその年でまだ人を好きになる気持ちも分からないとか……」

「ぐっ……お、お前よりはマシだろ! お前なんて年中食う事と爆裂魔法の事しか考えてなくて色気なんざ皆無だし!! つーか、俺は漠然と彼女欲しいなーくらいは思うけど、お前の場合それすらねえだろ!! どうせその内、『爆裂魔法が恋人』だとか言い始めんだろうよ!!!」

「いくら何でもそこまで女捨ててませんよ私は!! それに、まだ恋とまでは言えないかもしれないですが……その、私にだって、少しはそういう気持ちが……えっと……ないわけでもないですし……」

 

 めぐみんは若干頬を染て、もじもじとそんな事を言ってきた。

 ハッタリだ。この爆裂狂が恋? HAHAHA。

 

 そう思って、俺はひょいざぶろーと一緒に視線を魔道具に移して…………それが反応していない事に気付いた。

 

 …………。

 辺りに一瞬、静寂が訪れたあと。

 

「……え? マ、マジで? お前……こ、恋とかしちゃってんの……?」

「い、いえ、ですから、まだ本当にそうなのかは分かりませんし、ただ、何となくそれっぽい気持ちが、ですね……」

「だだだだ誰だ……ワシの可愛い娘にちょっかい出した男は誰だ……!?」

「お、お父さん、落ち着いてください。それを知ってどうするつもりですか」

「……なに、そんなに心配することはない。少し話して殺……あー、いや、その相手がどのような人柄なのかを見て殺……ごほん、お前が幸せになれるような男なのかを見極めて殺…………とにかく、誰なんだ、言ってみなさい」

「言いませんよ、絶対言いませんよ。殺意が駄々漏れですって」

 

 そんな二人の会話を眺めながら、俺は少し考える。

 めぐみんの場合、まず好きになるくらいに男と関わる機会自体がそれ程ないはずだ。候補はかなり絞られてくる。

 

 とりあえず、普通に考えて一番ありえるのは俺だ。

 だってそうだろう、俺はめぐみんに対してそれなりにカッコイイ所も見せている…………と思う。少なくとも、ただの変態教師だとは思われていない…………はずだ。そ、そうだよな?

 

 しかし、ここで素直に“めぐみんは俺の事が好き”という結論に飛び付くほど、俺もバカじゃない。

 何せ、相手はこれまで色気なんてほとんど見せてこなかった爆裂狂だ。何か裏があると見るのが妥当だろう。

 嘘を見抜く魔道具は反応していなかったから、気になる相手自体は本当にいるのだろうが、『その相手は先生ですよー』みたいな空気を出しておいて、いざ確認してみたら『えっ、違うんですけど。ちょっとナルシスト入ってて気持ち悪いんですけど』などと言ってきて大ダメージを与えてくる可能性も十分考えられる。

 

 ふっ、俺を舐めるなよめぐみん。そんな手に引っかかる程、俺はちょろい男ではないのだ。ここはズバリ本命を言い当てて、お前を焦らせてやるぜ!

 

 俺以外でめぐみんと関わりの深い男と言えば。

 

「…………ぶっころりーだろ」

「えっ」

「なっ……靴屋のせがれか!! 確かにあの男は、めぐみんからすれば幼馴染で親交も深い……」

「はい。それにアイツ、少し前にそけっとに『将来結ばれる相手』を占ってもらったら、水晶球に誰も映らなかったらしくて。それでかなり凹んでましたから、そけっとの事は諦めて身近な攻略しやすそうな相手を狙い始めた……と考えても不思議ではありません」

「なるほど、話を聞く必要はありそうだな。今からでも、とっ捕まえて拷問を……」

「待ってください違いますよ! ぶっころりーではありません! 早まらないでください、そんな事で父が逮捕されるとか、とても恥ずかしいので!!」

「そんな事とは何だ、娘の一大事だぞ! ワシはその相手を知ってぶっ殺さなければならん!」

「もう隠す気もないのですね! 普通にぶっ殺すとか言いましたね!」

 

 ……あれ、ぶっころりーが違うってなると、もう他にめぐみんと関わりの深い男なんて……いや、何もその相手と関わりが深いとは限らないのか? 世の中には一目惚れってのもあって、コイツだって爆裂魔法に一目惚れしたようなもんだし……うーん……。

 

 しかし、やっぱり普通に考えると俺…………ちょっと待てよ。

 例え本当にそうだったとしても、ここでそれをハッキリさせるのはマズイんじゃないか。というかマズイだろ。ひょいざぶろーは俺を教師としては認めてくれたらしいが、娘を誑かしたロリコンだと認識したら、結局ぶっ殺されそうだ。

 

 俺は背筋に寒いものを感じながら。

 

「……え、えっと、ひょいざぶろーさん。そんな強引に聞き出すことでもないんじゃないですか、こういう事って……」

「むっ、しかし、娘を誑かす男など放っておけるわけが……」

「……あの、お父さん。こういう事をしつこく聞いてくる父親って……正直かなりウザいです」

「ぐっ!!! …………し、仕方ない、その事は一時保留にしておこうか」

 

 やはり娘からのキツイ一言は効くのか、何とか引き下がってくれた。

 

 それから、結界の魔道具のパズルを解いためぐみんによって結界は解かれ、三人でこれからの事を少し話し合った後、ひょいざぶろーは奥さんを説得するために里へとテレポートする。

 俺もめぐみんを連れて王都にテレポートしようとして。

 

「……そういや、もう魔力あんま残ってないんだった……。どうすっかな、マナタイト……いや、このくらいならそこら辺のモンスターから適当に吸って……」

「あ、あの、先生」

 

 俺が悩んでいると、めぐみんがモジモジと何か言い難そうに話しかけてくる。

 

「なんだよ便所か? 悪いけどその辺で」

「違いますよ! そうじゃなくて…………先程の話なのですが」

「先程のって……あぁ、お前の好きな相手ってやつか?」

「す、好きだって決まったわけではないですけどね! ただ、何となく、ちょっといいかも……ってだけです!!」

「分かった分かった、安心しろ聞かねえよ。恋でも何でも、俺の知らない所で好きなだけ青春を謳歌してろよ」

「…………先生は、その、本当は薄々気付いているのではないですか……?」

 

 めぐみんは顔を赤くさせながら、こっちをちらちらと窺っている。

 ……もう、いよいよ俺しかありえないんじゃないのかこれは? でもここまであからさまだと、それはそれで罠のようにも…………いや、ここは確認しとくべきだ!

 

「あー、めぐみん。一応聞くけど……」

「ま、待ってくださいやっぱりいいです! 何度も言ってますが、この気持ちはまだ曖昧なものですから!! だからいいです、もうこの話はやめましょう!!」

「……お、おう、そうだな……そうしよう……」

 

 めぐみんの勢いに押されて、俺も大人しく引き下がることにする。

 まぁでも、ここであまり踏み込みすぎると、これからの付き合いにおいて若干気まずいことになりそうだ。ゆんゆんの場合は、妹ということもあってブラコンとかそういう事で収まってはいるが、めぐみんだとそうもいかない。

 

 世の中には謎のままにしておいた方がいいこともある……という言葉は誰のものだったか。かなり昔に聞いたような言葉だが、この事に関してもそういうものだという事にして、曖昧なままにしておこう。それが一番だ。

 

 そう、結論付けて次の行動を考えようとした…………その時だった。

 

 ゴゴゴッ! と鈍い震動が辺りに伝わる。

 

「っ!! めぐみん!!」

「きゃっ! な、なにを……」

 

 俺がめぐみんを突き飛ばすとほぼ同時。

 

 先程までめぐみんが立っていた地面から、身の毛もよだつ巨大ミミズが這い上がってきた!

 太さは直径一メートル、全長は五メートルはあろうか。

 

 めぐみんは、突き飛ばされたことでミミズにパックリいかれることはなかった。

 

 しかし、代わりに突き飛ばした俺の方が、勢い良く飛び出してきたミミズに弾き飛ばされた!

 

 その瞬間、とんでもない激痛が全身に響き、視界が激しくブレる。

 俺の体は為す術なく空中へと舞い上げられ、地面に落ちた後もしばらく勢い良く転がり続け……やがて止まった。

 

「先生!? だ、大丈夫ですか先生!!」

 

 これには流石のめぐみんも、本気で切羽詰まった声をあげる。

 

 それに対して余裕そうな表情を浮かべて、「大丈夫、心配するな」とか格好良く言いたいところだが、残念ながらそんな余裕はない。

 全身超いてえ……血もドクドク出てるんですけど……右腕だけやけに痛みがないなと思ったら感覚自体なくなってるんですけど……たぶん折れてるんですけどこれ……。

 

 もう泣きたくなってくるが、いつまでも寝ているわけにはいかない。

 俺は朦朧としていた意識を無理矢理覚醒させ、フラフラと何とか立ち上がる。

 

 俺としたことが、完全に油断した。ひょいざぶろーと和解できた事に、安心して気が抜けていたのだろう。

 

 突然飛び出してきた巨大ミミズ……ジャイアント・アースウォームは、本来であれば図体だけの雑魚モンスターでしかない。しかし、紅魔の里周辺に出現する個体は強力に進化している。通常種と比べて動きが断然速い上に、本来柔らかいはずの体表に地中の鉱石類をまとって驚きの硬さを手に入れているのだ。

 ちなみに、この鉱石類は良い武器の素材になり、倒した後に採掘すると中々の稼ぎになったりもする。規模は違うが、宝島と呼ばれる甲羅に貴重な鉱石類を蓄えた超大型カメ、玄武と似たようなものだ。

 

 俺は吹っ飛ばされたことで、巨大ミミズとの距離は少し開いている。そして、めぐみんとも。

 巨大ミミズは目のない頭部を、近くにいためぐみんへと向け、グパッとピンク色の大口を見せた。

 

「ひっ!!」

「おいめぐみん! めぐみん!!」

 

 そのグロさに、めぐみんはすっかり縮み上がっており、俺の声が届かない。

 まぁ、このままパックリいかれても、このモンスターには歯があるわけでもなく消化液もそこまで強力でもないので、すぐに『ライト・オブ・セイバー』なんかで鉱石ごと体をズバッとしてやれば、一応助けられる。

 

 ……と言っても、モンスターに捕食されるなんてトラウマになってもおかしくはない。粘液まみれになった美少女というのも、それはそれでエロいのかもしれないが、あいにく俺はロリコンではないので、めぐみんがそんな事になっても特に反応はしない。

 

 俺は魔力ロープを投げて、魔力を込めてめぐみんに向かって伸ばしていく。

 めぐみんの視線は巨大ミミズに固定されていて、ロープに気付く様子はない。だが、別に気付かなくても構わない。

 

 ロープがめぐみんの元へと着くと、俺はぎゅっとそれを握りしめ。

 

「『バインド』ッッ!!!」

「きゃあああっ!! えっ、な、なんですか……!?」

 

 突然ロープによって拘束され、めぐみんはようやくミミズから目を逸らして、自分に巻き付いているロープを見て目を丸くする。

 直後、俺は魚でも釣り上げるかのように、ロープを引っ張り上げると同時に魔力を込めて一気に縮める。めぐみんはされるがままにこちらへ飛んでくる。

 

 やがてドンッという衝撃と共に、俺はめぐみんを受け止める。

 人一人にしては衝撃自体は少ない方ではあるのだが、ボロボロの体にはかなり響く。全身にビリビリと鋭い痛みが走った。

 

「いってえ!! やっぱ肋骨いてえよお前!!」

「ご、ごめんなさい……肋骨女でごめんなさい……」

「えっ……あ、いや……じょ、冗談だ冗談! や、やめろよそんな反応されると、俺がただの最低男みたいじゃねえか……」

 

 こんな普通に申し訳無さそうな反応してくるとは思わなかった……ちょっとふざけて、めぐみんを安心させようかと思ったのに…………こんなやり方しか出来ないのが悪いな、うん……。

 

 巨大ミミズはすぐにこちらを向き、凄い勢いで迫ってくる。この手のモンスターは、目がない代わりに音や体温を感知して襲ってくる。再び、そのピンク色の口が大きく開かれた。

 それを見て、めぐみんが涙目で抱きつく力を強める。

 

「ひぃぃ!! せ、先生!! 強くて格好良い先生!! 早くあれをやっつけてください!!!」

「いや無理。魔力もあまり残ってないし、この体だし」

「ええっ!? な、なんでそんなあっさりとしているのですか、それって絶体絶命というやつなんじゃないですか!? あ、そ、それなら私から魔力を吸ってください!」

「いや、これ以上吸うとお前の体力が危ないって…………まぁ、そんなに不安がるなよ。パクッと丸飲みにされても、もしかしたらブリッとケツから出られるかもしれないだろ?」

「嫌ですよ!!! というか、その前に窒息死するでしょう普通に!!! ほ、本当にもうダメなのですか!? 食われるしかないのですか!?」

 

 めぐみんはいよいよガタガタと震え始める。

 俺は返事代わりに、懐からあるものを取り出した。

 

「安心しろって、魔法使いの必需品くらい持ってる」

「あっ……!!」

 

 魔法使いは魔力が無くなったら役立たずもいい所だ。

 だからこそ、魔法使い達は万が一の時の為に、魔力が尽きたとしても戦える手段を残しておく。

 

 俺は素早く魔法の詠唱をすると、手に持っているアイテムを強く握りしめた。

 使用する魔力を肩代わりしてくれるアイテム、マナタイトだ。

 

 迫り来る巨大ミミズを真っ直ぐ見据え、俺は叫ぶ!

 

 

「『テレポート』ッッ!!!」

 

 

***

 

 

 夜の王都を、俺はめぐみんと二人で歩いている。

 隣のめぐみんは、ちらちらと俺の方を不安そうに見て。

 

「大丈夫ですか、先生? やっぱり肩貸しますって」

「大丈夫だって。お前だってドレインで体力吸われてるんだから、無理すんな」

 

 そう言って格好つけてみるが、正直結構辛い。血はある程度止まってくれたのだが、全身の痛みは全然引く気配はない。

 

 周りの住人達も、心配そうな表情をこちらに向けてはくるが、こういう傷だらけの冒険者が街を歩いているというのはそこまで珍しいことでもない。特にここ王都では、高難易度のクエストで大怪我して担架で運ばれている冒険者というのもよく見る。

 

 とは言え、こうやってめぐみんに本気で心配されるというのも何だかむず痒いので、話題を変えてみることにする。

 

「それより、どうだったよさっきの俺は。身を挺して生徒を守る……まさに教師の鑑みたいな人間じゃね。もうただの変態教師だとかは言わせないぞ、学校に戻ったらちゃんと俺の武勇伝を皆に伝えるんだぞ」

「……ふふ、今更そんな事しなくても、あなたが良い先生だって事くらい皆分かっていますよ。この間の勇者候補の人の一件で分かったでしょう?」

「あー……そうだったっけ。もう忘れちまったよ、俺は過去には囚われないタイプだしな」

「照れ隠しですね」

「照れ隠しじゃねえし!」

 

 ぐっ、こ、こいつ、年下のくせにニヤニヤと余裕そうな顔しやがって!

 俺は大袈裟に咳払いをすると。

 

「しっかし、お前もああいうグロいモンスターは普通に苦手なんだな。ゆんゆんがああいうの苦手なのはよく知ってるけど、何となくお前は、どんなゲテモノでも顔色一つ変えないイメージがあったんだけど」

「いい加減先生には、私のこと何だと思っているのか詳しく聞きたいですね。分かっていないようなら言っておきますけど、私、12歳の女の子なのですが」

「普段の言動が言動だからなお前……まぁでも、巨大ミミズに怯えて、涙目で俺にしがみついてくる姿は結構新鮮で可愛かったな」

「うっ……わ、私が魔法を覚えれば、あんなミミズ怖くも何ともないですけどね! ……な、何ですかその目は! 本当ですよ!!」

「はいはい……なんだ、意外と大丈夫そうだし、もっと勿体つけて、怯えるめぐみんを楽しんでからテレポートしても良かったな……」

「なっ、そんなこと考えていたのですか!? そういえば、マナタイト持っているならもっと早くテレポートしてしまえば良かったじゃないですか!!」

「いや最初にミミズに襲われた時は、本当に余裕がなかったんだって。いきなりだったし、詠唱してる時間もなかったし。ただ、お前を回収した後に、少し勿体つけてお前の様子を楽しんだってだけだ。まぁ、そんなに気にすんなって、ギリギリのところでテレポートで逃げるって紅魔族っぽいじゃん」

「普段は紅魔族のお決まりなんて無視しまくってるくせに、こんな時だけそんなことを言われても! 本当に先生はどんな時でもろくでもない事ばかり考えますね! ちょっとカッコイイとか思った私の気持ちを返してほしいですよ!!」

 

 そうやってぎゃーぎゃー騒いでいるめぐみんに、俺は少し安心する。

 これだよ、これ。俺達の間に甘酸っぱい空気なんていらん、こうしてバカなことを言い合ってるのが一番落ち着く。

 

 そこで、めぐみんはふと思い出したように。

 

「そういえば先生、マナタイトはまだあるのではないですか? それを使って回復魔法で傷を治せばいいのでは」

「やだよ、マナタイトだって安くないんだぞ。特に俺が常備してるのは上級魔法用の上質なマナタイトだし。今日はもうテレポートで一つ使っちまったから、もう使いたくねえ。正直歩くのも辛いけど、教会まで行って回復魔法かけてもらう方が安上がりだ」

「ど、どれだけお金への執着心が強いのですか……なんだか段々と心配する気が失せてきたのですが……」

「それよりめぐみん、この折れた腕なんだけどさ、これだけ魔法を使わずに自然治癒に任せたら、治るまで愛しの妹が手取り足取り世話してくれないかな? ちょうど利き腕だし」

「さっさと魔法で治せと怒られて終わりでしょう」

 

 もはやめぐみんは先程までの心配そうな表情はどこへやら、すっかり冷めた目でこちらを見ている。……この目に安心するのは、別に俺がそういう性癖に目覚めたとかいう事ではないはずだ。

 

 そのまま俺達が教会に向かって歩いていると、知り合いの冒険者なんかが話しかけて来る。

 

「お、なんだどうしたよカズマ! お前がそんなボロボロになってるなんて珍しい。いいな、お前のそういう姿見ると、なんかスカッとするわ!」

「もしかして、その紅魔の子に手を出そうとしてこっ酷くやられたのかー? なんだよ、お前ロリコンではないとか言ってたくせに、やっぱそういう趣味もあるんじゃねえか」

「ねえカズマ、あたしが回復魔法かけてあげよっか! ただし、相場の数倍でね! あはは、あんたがいつもやってる手でしょー?」

 

 こ、こいつら……後で覚えてやがれよ……!

 冒険者からすればこうやってボロボロになるのは日常茶飯事なので、このくらいの怪我では心配なんてしてくれない。俺の普段の行いも相まって、こうやってからかわれるのが普通だ。

 

 しかし、まだそういった事を分かっていないめぐみんは、むっとして。

 

「何なのですかあなた達は、先生は私のことを守って怪我をしたのですよ! そんな先生のことを笑うなんて、この私が許しません! それ以上言うつもりでしたら、私にも考えがあります!!」

 

 めぐみんはそう言って、紅い目を光らせる。

 さっきまでこいつも俺のことをろくでもないとか散々言っていたはずなのだが、他人が言うのは許せないとかそういうものなのだろうか……でも、まぁ、庇ってくれるのはちょっと嬉しい。

 

 そんなめぐみんの様子を見て、冒険者達は慌てて。

 

「わ、悪い悪い! 気に障ったのなら謝る、紅魔族にケンカ売るつもりはねえって!」

「待てコラ、俺も一応紅魔族なんだけど」

「しっかし、カズマの事を庇う女の子なんて初めて見た…………お前まさか! 女にちょっかいかけたりとかはよくやってたけど、いつも相手にされないってのがお決まりのパターンだったのに、ついにゲットしちまったのか!? しかもこんな小さな子を!!」

「おい、その小さな子というのが誰のことなのか言ってもらおうじゃないか!」

「ま、待って待って! ねぇあなた、本当にそんなのが好きなの? 人生の先輩としてアドバイスするけど、カズマだけはやめといた方がいいわよ?」

「すっ……な、何を言っているのですかまったく、すぐにそういう色恋話に持っていくのはやめてほしいですね。私を助けてくれた先生のことを庇うのは人として当然のことですので、別にそういった感情があるという事には……」

「ねぇこの子、ちょっと顔赤らめちゃって、すごく可愛いんだけど! ちょっとカズマ! あんたこんな可愛い子を手籠めにするとか、ホント悪魔ね悪魔!! どんなエグい手使ったのよ!!!」

「誰が悪魔だ手籠めにもしてねーよ!! いつまでも調子乗ってると剥ぐぞコラ!! スティール一発分くらいの魔力は残ってんだからなぁ!!!」

 

 それから似たようなやり取りを他にも何組かの冒険者パーティーとやった後。

 めぐみんは小さく溜息をついて、呆れたようにこっちを見てくる。

 

「今更ですが、先生は普段からどんな生活を送っているのですか。いくら荒くれ者ばかりの冒険者でも、ここまでからかわれるというのは異常だと思いますが」

「なんだよ俺の私生活が気になんのか? とりあえず二年後くらいに出直してこい」

「…………二年後に出直せば、詳しく教えてくれるのですか?」

「えっ、いや、そういうわけじゃ……な、なんだよ、やめろよ、俺が求めてる反応はそういうんじゃねえよ……」

 

 めぐみんは俺に向かって小首を傾げ、クスクス笑っている。

 くそっ、コイツ、俺がこういう空気苦手だって知っててわざとやってやがるな! 色気もないくせに魔性の女気取りか!

 

 とにかく、コイツのいいようにやられるのは我慢ならない。ここはさっきみたいに何かふざけた事でも言って、いつもの空気に戻して……と思った時。

 

「おっ、どうしたカズマ、その怪我は。いつも自分の安全を確保するのが最優先で、せっこい事ばかりしてるお前が珍しいな」

 

 いきなりそんな失礼極まりない事を言ってきたのは、大剣使いのレックスだ。クエスト帰りなのか、仲間のテリーとソフィも一緒にいる。

 

「うるせえな脳筋。言っとくけど、今回は名誉の負傷ってやつだぞ。何せ、生徒を守って怪我したんだからな」

「生徒……あぁ、また違う妹か。あんま手当たり次第ってのはやめといた方がいいんじゃねえの? あの子、相当ヤバかったし、こんな所見られたらどうなるか分かんねえぞ」

「だからゆんゆんはマジな妹だっつってんだろ。確かにヤバイけど。あと今回は別にデートとかそういうのじゃねえよ。生徒の就職活動を手伝ってるだけだ」

「ははっ、本当かよそれ……嬢ちゃんも気をつけた方がいいぞ? あぁ、俺はレックスで、こっちはテリーとソフィだ。よろしくな」

 

 レックスのその言葉に、めぐみんはここぞとばかりにバサッとローブをはためかせ。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛する者! よろしくお願いします」

「……そうだな、これが紅魔族だよな、うん」

「おい、我々のカッコイイ名乗り方に文句があるなら聞こうじゃないか」

 

 何か納得したように頷くレックスに、めぐみんが不満そうに絡んでいく。

 仲裁に入るのも面倒なので放っておくと、斧使いのテリーが。

 

「それにしても、結構な深手じゃないのかそれ。教会に向かっているんだろう? カズマには恩もあるし、運んで行こうか?」

「おぉ……今日ここに来て初めて、人間らしい暖かみのある冒険者に会ったぞ……じゃあ」

 

 ようやく人の優しさというものに触れて少し感動し、ここは素直にテリーの言葉に甘えようかと思っていると、レックスがめぐみんから逃れてきて口を挟んでくる。

 

「おいおい、そんな甘やかさなくていいだろテリー。へっ、そうだな……ならカズマ、『お願いしますレックス様』とか言えば、レックスお兄ちゃんがおんぶしてあげまちゅよ?」

「なぁソフィ。レックスの奴さ、この間お前の」

「俺が悪かった! 許してくださいカズマ様!!」

「……ねぇ、凄く気になるんだけど。なに、レックスが私に何かしたの?」

 

 街中だというのに即座に土下座するレックスに、凄く訝しげな表情を浮かべるソフィ。

 そして、またいつものが始まったと、どんよりした視線を送ってくるめぐみんは放っておいて。

 

「よし、じゃあ頼むわテリー。本音を言うと、鎧を脱いだソフィのむちむちボディを満喫しながら運んでもらいたいところだけど、この際贅沢は言わねえよ。運んでくれるだけでも十分ありがたい、助かるよ」

「あの、この人割と大丈夫そうなので、後は私に任せてもらって結構ですよ」

「そうみたいね。じゃあ、私達はもう行こうかしら。またね、カズマ、めぐみん」

「ええっ!? お、おい、待ってって! 何だかんだ結構重傷だと思うんですけど俺!!」

「先生が重症なのは頭でしょう。ほら行きますよ」

 

 テリーは何度かこちらを振り向いてはくれたが、ソフィに引っ張られて行ってしまう。レックスはレックスで、ひたすらソフィに何か焦った様子で説明しているようだった。

 

 そして、俺は結局歩いて教会まで行くこととなってしまった……なんて世知辛い世の中だ……もっと優しさがほしいです……。

 

 

***

 

 

 その後、教会に行って傷を治してもらうと、今日はもう宿をとって休むことにする。

 元々用があるのは王城なのだが、こんな夜中に訪ねるというのもアレだろう。それに、明日の朝にはひょいざぶろーと落ち合って、説得が上手くいったかどうかの確認をすることになっている。とりあえず動くのは、その結果を知ってからでいいだろう。

 

 宿は前回ゆんゆんとのデートで泊まったところだ。

 そして、受付で部屋を選ぶ時になって、ふとこの前のことを思い出し、ニヤニヤとめぐみんの方を向いて。

 

「ダブルでいいか?」

「いいですよ」

「…………あのさ、女の子って王都に来ると気が大きくなるというか、色々寛容になるもんなの?」

「えっ? いえ、それは分かりませんが……どうしたのですか急に」

 

 きょとんと首を傾げるめぐみん。

 え、なに、俺がおかしいの? 教師と生徒がダブルの部屋に泊まるって普通なの?

 

 そんなことをモヤモヤと考えながら、自分で提案した手前今更変えるのも気まずいので、そのままダブルの部屋を取って、俺達は部屋へと向かう。

 

 ドアを開けると、そこには相変わらず高級な空間が広がっている。

 ただ、めぐみんの場合はゆんゆんとは少し反応も違っていて、窓から見える夜景よりもルームサービスのメニューや、お風呂に備え付けられている高級魔道具に興味津々といった様子だった。

 

 とりあえず、今日はもう疲れたので、風呂に入るとさっさと眠ってしまうことにする。

 俺が布団に入って横になると、めぐみんも隣に入ってきて。

 

「……今日は抱き枕がどうのこうのとか言わないのですね」

「言わねえよ、流石にあんなマジ泣きされたのに、またやらかす程鬼畜じゃないっての。……そういや、お前寝相は大丈夫か? なんか俺をベッドから突き落としてきそうで嫌なんだけど」

「ですから先生は私のことを何だと……はぁ、大丈夫ですよ、寝相は良いほうです。それより、あの、少し聞きたいことがあるのですが……ゆんゆんのことです」

「ん、別にゆんゆんは胸を大きくする為に特別何かやってるわけじゃないぞ。やっぱ遺伝とかその辺の問題なんじゃねえの。あ、でもお前の場合は栄養が十分じゃないって可能性もあるにはあるけど……」

「胸のことではないですよ! あ、いえ、それも気になってはいましたが……そうですか、ゆんゆんは何もやっていないのですか…………ではなくて! …………先生、王都でゆんゆんとデートしたというのは本当なのですか?」

「本当だよ。ほら、お前らにもお土産やっただろ? あの時だよ」

「えぇ、それは覚えていますが……私はてっきり家族で行ったのかと思いまして。というか、他の皆もそう思っていると思いますが…………デートということは、二人きりで行ったのですよね?」

「そうだよ。ゆんゆんが連れて行ってって言ってきてさ」

「…………意外と積極的な所もあるのですねあの子は」

 

 めぐみんは少しむすっとした顔になっている。

 ……これってもしかしなくても。

 

「なにお前、もしかして嫉妬してんの?」

「……してると言ったらどうします?」

「えっ……どうするって言われても……」

 

 段々分かってきた……コイツ、二人きりだと結構こういう事言ってくるみたいだ。

 ここは適当に軽口でも叩いて、無理矢理いつもの空気に戻すところかもしれないが、疲れてもうそんな気力も湧いてこない。

 

「ったく、バカなこと言ってないでさっさと寝るぞ。ちゃんと規則正しい睡眠を取らないと胸って成長しないらしいぞ」

「ぐっ、先生こそバカなこと言ってるじゃないですか、胸が大きくなると言えば何でも言うこと聞くと思ったら大間違いですよ。今夜はもう少し私の話を聞いてもらいますよ。というか、こんな美少女と同じ布団の中で語り合う事ができるのですから、もっと喜んだらどうです」

「わーやったー。で、話って何だよ手短にな」

「……はぁ。先生はいつもそうです。デリカシーなど皆無で、いつも何かしらのセクハラ行為ばかり。自分が得する為には手段を選ばず、えげつない事でも平気でやる。将来的に楽することしか考えてなくて、その為に今は一生懸命頑張るとかいう何とも反応に困る努力を続ける、そんな人です」

「おやすみー」

 

 何故寝る前にこんなグサグサ言われなくてはいけないのか。こんなの真面目に聞いてられっか、さっさと寝ちまおう。

 

 そう思って、めぐみんに背を向けて目を閉じたのだが。

 

「…………今回も、本当にありがとうございます。私と、私のカードを守ってここまで逃げてくれて。モンスターから私を守ってくれた時なんて、とても格好良かったです。それに、先生がいてくれなかったら、きっと私は上級魔法を覚えさせられていたでしょう。普段は憎まれ口ばかり叩いて、ゲスい言動にドン引きする事も多いですけど、何だかんだこうして助けてくれる……先生は、そんな人です」

 

 めぐみんが、俺に抱きついてきた。

 そのままぎゅっと、体を押し付けてきて。

 

 

「私は……そんな先生のことが、好きですよ」

 

 

 言いやがった。普通に言いやがったコイツ。

 なにこれ、どうすんの、どうしてくれんのこの空気…………いや、待て、落ち着けよく考えろ。

 

 確かに今、めぐみんは俺のことが好きだと言った。

 しかし、好きと言ってもいくらでもあるだろう。そもそも、コイツ自身が言っていただろう、『この気持ちは曖昧なもので、本当に恋かどうかは分からない』、と。

 

 というか、まず、めぐみんが言っていた“気になる相手”というのが俺だというのも確定ではないのだ。そっちは全く関係ない他の人で、今俺に言った“好き”というのは、あくまで人としてというオチだってまだ残されている。

 

 そのまま俺はしばらく頭を悩ませ……決める。

 

 やはり、ここは安易に飛び付くべきではない。

 最悪の場合、『これだから童貞は。ちょろ過ぎるでしょう』と鼻で笑われる。

 

 ……よし、まずは一つ一つ確認していくことから始めよう。

 

「…………あ、あのさ、めぐみん。その“好き”ってのは、つまりどういう意味なんだ?」

「…………」

「い、いや、答えづらいってんなら、別にいいんだ、それでも。まぁ、でも、ほら、一応聞いておくべきだなって思って……」

「…………」

「…………あれ、めぐみん? その、やっぱデリカシーがない……か? 悪い、俺、そういうのは本当に分からなくて……だから何か言ってくれると…………ん?」

 

 俺はさっきから無言を貫くめぐみんに少し焦り始めていたのだが、何やら様子がおかしい事に気付く。

 

 ……おいまさか。

 俺はとんでもなく嫌な予感を覚えながら、寝返りを打ってめぐみんと向き合い、その顔を覗きこむと。

 

 

「…………すかー…………」

 

 

 めぐみんは、それはそれは健やかな寝息をたてていたそうなー…………ぶっ殺!!!!!

 

 

 瞬間、俺はベッドの上を全部一気にひっくり返す!

 その後、高級宿の一室ではしばらく罵声や暴力が飛び交い、真夜中過ぎまで止むことはなかった。

 

 

***

 

 

 翌日の朝、俺達は寝ぼけ眼を擦りながら、ひょいざぶろーとの合流地点まで歩いていた。

 昨夜は散々やりあって、眠ったのは深夜を回ってからだった。これがエロい意味だったなら、カップルあるある話になるのかもしれないが、実際はケンカしていただけで、そういった色気など皆無だったりする。

 

 隣ではめぐみんが呆れたように。

 

「先生、いつまでむくれているのですか。まったく、子供なのですから。ほら、仲直りしましょう?」

「黙れ悪女。俺はな、人を振り回すのは好きだが、人から振り回されるのは大っ嫌いなんだよ」

「平然と酷い事言ってますねこの男……話の途中で眠ってしまったのは謝りますって、そこまで怒らなくてもいいではないですか。というか私、どこまで起きていたのですか? ぶっちゃけると、どこから夢だったのか少し曖昧になっているのです」

「お前はそういう奴だったよちくしょう!!」

 

 別にめぐみんと良い雰囲気になっていたのに水を差されて怒っているわけではない。正直このロリっ子とそういう関係になろうだなんてこれっぽっちも思わないし、むしろああいう妙な空気がぶっ壊れて安心したところもある。

 

 でも、俺だってそれなりに真剣に考えていたんだ。

 ああいったシリアスな空気の中で、本当にめぐみんが俺のことを異性として好きだと言うなら、流石に俺も真面目に答えなければいけない。いつものノリでバッサリ振るなんてできるはずもなく、相手のことを想った言葉を必死に考えるとかいう、柄にもない事もしてたのに! 

 

「断言する。やっぱお前、将来は結婚できなくて行き遅れる」

「なっ、何ですか急に! ふん、そんな事はありませんよ。私は将来、世界最強の魔法使いになりますし、しかもこの美貌です。男なんて放っておいても寄ってくる事でしょう」

「で、その肩書や見てくれに騙されて近付いた男達は皆、お前がただの頭のおかしい爆裂狂だって知って離れていくわけだ。その顔だってもったいねえよな、お前に整った顔が付いてても何も意味ないのに。ホント神様ってのは無駄な奴に無駄なモン授けやがる」

「意味がない!? 無駄!? 自分の顔に対して、ここまでの悪口を言われたのは初めてですよ!!! いいでしょう、売られたケンカはいつでもどこでも買うのが紅魔族です!!!」

「はっ、紅魔族随一の天才とか言ってる割には学習しねえなお前も! 俺はモンスター相手よりも対人戦にこそ真の力を発揮するってまだ分かんねえか!! 何度かかってきても結果は同じなんだよ!!!」

 

 俺は掴みかかってきためぐみんの顔面を鷲掴みにして、いつものようにドレインタッチで勝負を決めてしまおうとした…………その時。

 

 めぐみんが大声で叫んだ!

 

「きゃああああああああああああ!!!!! だ、誰か助けてください!!!!! この男に犯されます!!!!!」

「っ!? お、おまっ、何言って…………あ、ちょ、ちょっと待ってください! 違います!! 俺はコイツの教師でして、少し躾を……本当ですって!!! おいコラめぐみん、早く説明しろマジで洒落にならないから!!! えっ、署で……? い、いや、あの…………めぐみん様ぁぁ!!! お願いします助けてください!!!!!」

 

 警察の人に連行されそうになりながら、俺は必死にめぐみんに縋り付く。

 そんなわけでこの日は、初めてめぐみんにケンカで負けた日となった。

 

 覚えてろよこのクソガキ……!

 

 

***

 

 

 集合場所にひょいざぶろーが来ない。

 とっくに約束の時間は過ぎているのだが、何かあったのだろうか。……うん、何かあったんだろうな。何があったのかは、あまり深く考えないことにした。こわいし。

 

「よし、じゃあ次の手を打つぞ。ひょいざぶろーさんの犠牲を無駄にするわけにはいかない」

「そうですね。では行きましょうか先生」

 

 ここでひょいざぶろーの事を心配して里に戻るという事にはなるはずもなく、俺達はさっさと次の行動に移る。

 

 次の手、それはもちろん、めぐみんの騎士団入団の内定をもらうことだ。

 めぐみんの家で奥さんに話した時は、まだ具体的にまとまっていたわけでもなかったので、納得してもらえなかったが、正式に内定を貰えたのであれば別だろう。

 めぐみんの性格的に合っていないんじゃないかという心配は残るが、それでもある程度安定した収入と、冒険者になるよりは危険が少ないというのは奥さんも分かっているので、そこまでの問題にはならないだろう。騎士団側……クレアなどに、めぐみんは実は騎士団に合っているとか、適当な事言ってもらうという手もあるし。

 

 というわけで、俺達は王城へと向かう。

 今日はアイリスへの謁見ではないのだが、一応王城へ行くという事で正装くらいはしておいた方がいいだろう。めぐみんは就職活動みたいなもんだから、ドレスじゃなくてスーツかな……いや、魔法使いとしての正装なら、ローブでいいのか……?

 

 俺はそんな事を考えながら、めぐみんのことを眺めて。

 

「……あー、制服でもいいのか別に。学生なんだしな」

「そうなのですか? でも、それなら助かります。まぁそもそも、家が貧乏なんで他の服なんて持ってないんですけどね」

 

 そういえば、めぐみんの服装に関しては、制服姿とパジャマ姿しか見たことがない。ふにふら達が、めぐみんはオシャレに無頓着だとか言っていたが、そういった切実な理由があると少し可哀想にも…………いや、コイツの場合は例え金があっても服には使わなそうだな。

 

 ただ、普段着が一着しかないってのは色々不便ではなかろうか。

 

「お前、ちゃんと服洗ってんのか? 仮にも女子が臭いとか結構アレだぞ。まぁ、臭いフェチとかその辺の男を狙ってんなら……」

「先生は本当にそういう事を平気で言いますね! ちゃんと洗ってますよ! 魔力式洗濯機に放り込めば、すぐに済むというのは先生だって知っているでしょう!」

 

 そんな事をムキになって言ってくるめぐみん。

 うん、まぁ、知ってて言ったんだけどさ。むしろ、いつも良い匂いするし、コイツ。

 一般的には、そういった魔力を使う家庭用器具は高価なものではあるのだが、紅魔の里ではそれが標準仕様で、めぐみんの家のような貧しい家庭にも備え付けられている。

 

 とりあえず、めぐみんは制服でいいかもしれないが、付き添いの俺は念の為にスーツの方がいいだろう。スーツは家に何着かあるが、ここに持ってきているわけではないので、服飾店に入ってレンタルしてもらうことにする。

 

 店に入って、俺が店員さんにスーツを見繕ってもらっている間、めぐみんはきょろきょろと服を眺めていた。もしかしたら、こういった店に入ること自体ほとんどないのかもしれない。

 

 少しして、俺は店員さんからスーツを受け取ると、未だにきょろきょろとしているめぐみんに。

 

「服が欲しいのか? 何か買ってやろうか?」

「えっ……あ、い、いえ、大丈夫です。私は制服で十分ですので……」

「なんだよ、こんな時だけ遠慮すんなって。仮にも女子が私服持ってないってのもアレだしさ」

「…………そ、それではお言葉に甘えましょうかね……あの、もし良かったら、先生が選んでくれませんか? 私は自分で服を買った事などありませんし……」

「それは別にいいけど……あんまし俺のセンスには期待すんなよ?」

「ふふ、分かっていますよ。先生が可愛いと思う服を選んでくれるだけでいいです。それにしても意外ですね、先生って女性に対して、こんな気軽に何かを買ってあげるようなイメージはなかったのですが。むしろ女性の方に払わせるというか」

「まぁ、そうだな。何とか女の子とデートまで漕ぎ着けた時とか、『これいいなー』とか物欲しそうな目で服やアクセサリをねだってくる子とか何人かいたけど、『俺は女には貢がない。むしろ女に貢がせたい』ってハッキリ言ってたしな。その後、速攻で帰られるんだけど」

「でしょうね。まぁでも、セリフはともかく、ハッキリ言うのは良い事ですよ。お互いのためにも。…………ですが、何故私には服を買ってくれるのですか?」

「お前は、例えるなら仲の良い親戚の子供って感じだからな。俺、子供は結構好きだから何か買ってあげるのに抵抗はないんだ。あ、ロリコンとかそういう意味じゃないぞ?」

「……こ、子供、ですか」

 

 俺の言葉に、何か納得できないようにむくれるめぐみん。

 まぁ、めぐみんだって成長していく。今はこんなんだが、いつかは子供扱いできなくなる日がくるのかも…………なんか、ゆんゆんと一緒であまり想像できないな。

 

 そんなわけで、俺はめぐみんの服を選ぶこととなり、めぐみんは俺の後ろをひょこひょこと付いてくる。

 ……ふむ、真面目に選んでやってもいいが、まずは遊んでみるか。

 

 そう思って、俺はネタ方面で適当に服を選び、めぐみんに渡して試着させてみることにする。めぐみんは少し戸惑った様子ではあったが、大人しく試着室に入る。

 

 試着室のカーテンが開き、若干恥ずかしそうにしながらめぐみんが出てくると。

 

「ど、どうでしょうか……こういった服を着るのは初めてで……」

「…………かわいいな」

「あ、そ、そうですか…………あの、何か悔しそうにしていません?」

「してないよ」

 

 めぐみんの服装は、膝下くらいの丈で幅広のズボン……本来はズボン下らしいが……ステテコと呼ばれているものに、背中に「爆裂道」と書かれたラフなTシャツ、それにサンダルだ。まるで休日のオッサンのような服装なのだが…………よく似合っている。

 ちなみに、文字が書かれたTシャツは、魔力で好きな文字を書けるようになっている。まぁ、普通に考えて爆裂道なんて書く奴はコイツくらいしかいないだろう。

 

 それにしても、俺は笑ってやるつもりだったのだが、普通に可愛い。なんだこれ、顔が良いとどんな服でも様になるというのは聞いたことがあるが、こんなのでも大丈夫なのかよ。なんか面白くない。

 ……俺なんか、どんなに流行の組み合わせを試してみても、どうしても冴えない感じが抜けないってのに……世の中不公平だ。

 

 それから俺は、めぐみんに何着かネタ系の服を着せてみたのだが、やはりどれもこれも似合ってしまう。まるで、めぐみんに合わせて、服の方が印象を変えているようにも思えるくらいだ。

 

「ぐっ……あのー、すいませーん! もっと、こう、変な感じの服ないですか!」

「変な服って言いましたね今! さっきから何だか服のチョイスがおかしいとは思っていましたが、やはり意図的だったのですか!」

「いやでも、お前が普通に可愛い服とか着たら、それこそ外見に騙される哀れな男が増えるじゃねえか。だから、ここは服装から頭おかしいようなものにして、コイツはまともじゃないですよって周りに警告した方がいいと思うんだ」

「もはや私のことなんて、これっぽっちも考えていませんよねそれ! 背中に『変人注意』とかいう貼り紙を張られて歩かされるイジメと変わらないではないですか!!」

 

 そんなことを言い合っている俺達に、店員は「特殊な服ならありますが……」などと言ってきて、少し気まずそうに奥の方へと案内してくれる。

 

 そこには。

 

「……サキュバス風の服か。なるほど、こういうのもあるのか」

「ま、待ってください! いくら何でもこれは着ませんからね! 布面積が少なすぎるでしょう、これって服としてどうなのですか!?」

「安心しろって、いくら俺でもお前にこんなもん着せて惨めな思いをさせるなんて事はしねえよ。流石に酷すぎるもんな」

「…………決して着るつもりはないのですが、その言い方にはどこか納得いかないのですが……」

「めぐみんにこんなもん着せたら、貧相な体が目立っちまうだろ」

「ハッキリ言えという意味ではないですよ!!! もっとオブラートに包んでくださいってことです!!!!!」

 

 何やら怒っているめぐみんは放っておいて、俺は他にも色々見て回る。

 しかし、どうやらこれ以上変わった服というのもないらしく、諦めて溜息をつく。

 

「しょうがねえな……普通に選ぶか。でもいつかは、お前が着ても明らかにおかしい服を見つけてやる……」

「見つけなくていいですよ、何でそんな無駄な事に熱くなっているのですか。先生はもっと他に熱くなるべき所が沢山あると思うのですが」

「俺は人が嫌がる事を考える時が一番活き活きしてると言われている」

「悪魔か何かですか」

 

 まぁ、普通に選ぶと言っても、俺に服のセンスがあるわけでもないので、とりあえず良さそうなものを適当に持ってくるだけだ。

 俺は変なものを探して店中を物色したので、もう既に良さそうなものは目を付けてある。

 

 手っ取り早くそれを持ってきてめぐみんに渡す。

 めぐみんは少し頬を染めてそれを受け取り、試着室へと入って行った。

 

 少しして、カーテンが開かれる。

 

 そこにはシンプルな黒のワンピースを着ためぐみんが、そわそわと落ち着きなく立っていた。

 

「ど、どうでしょう」

「かわいい」

「……あの、先生。さっきからそれしか言ってないような気がするのですが、いい加減に言ってません? もっと色々言ってくれてもいいのですよ?」

「俺にそんなもん求めんな。ゆんゆんの服を見る時は『エロい』しか言わないぞ俺」

「…………それと比べたらマシに思えてきました。というか、“かわいい”ならともかく、“エロい”なんていう褒め方はそんなに何でも使えるとは思えないのですが……」

「いや、それが本当に何着てもエロいんだよアイツ。顔はまだまだ幼いのに、体の成長は早いからな。そのアンバランスさが、すごくエロい」

 

 俺のその主張に、めぐみんはドン引きの表情を浮かべている。

 何だろう、何かおかしな事を言ったか俺は。

 

 でも服とかそういう感想ってのは、色々言葉をひねり出すよりも、ぱっと頭に浮かんできた言葉をそのまま言う方が本心が出ていいと思う。可愛いなら可愛い、エロいならエロい、それでいいじゃねえか。

 

 それから俺はステテコに爆裂Tシャツにサンダル……それと黒のワンピースを買って、めぐみんに渡して店を出る。めぐみんは受け取った紙袋を、大切な宝物のように抱きしめた。

 

「ありがとうございます、先生。一生大切にしますね」

「それはつまり、その服を一生着続けるってことか? いくら何でもそこまで自分の発育を卑下しなくても……」

「違いますよ! そういう意味ではなく……ああもう! また先生はそうやって!!」

 

 ほんの少し前までは頬を染めて俺を見ていたくせに、今では隣で怒っているめぐみん。

 まぁ、なに……素直にお礼とか言われるのは恥ずかしいし……本来、こうやって女の子に何か買ってあげるっていうのも、俺の柄じゃないしな……とにかく、妙な空気を出すのはやめてほしいってだけだ、うん……。

 

 

***

 

 

 服飾店を出た俺達は、一度宿に戻って荷物を置き、俺はそこでスーツに着替える。

 そして、それからすぐに王城へと向かうことにする。

 

 隣ではめぐみんが、俺のことを頭からつま先まで眺めて。

 

「……先生、スーツ似合わないですね」

「ほっとけ、知り合いにも散々言われてるわ。じゃあめぐみんは、俺はどんな服装なら似合うと思うんだよ」

「え……うーん…………囚人服とか似合うのでは?」

「うん、お前が俺のことどんな風に思っているのかはよーく分かった」

「ま、待ってください、何ですかその目は、何する気ですか……! えーと、そうですね、他には……あ、この前の変装用の駆け出し冒険者の服装なんかもよく似合っていましたよ」

「あー、そういやあれ、ふにふら達も似合ってるって言ってたっけか。でも、何だかなぁ……俺ってそんな小物っぽく見えるか? これでも王都では結構名の知れた冒険者なんだけど……」

「そんなに落ち込まないでください。先生の、能力的には普通に優秀なのに、どうしても小物っぽさが抜けないというのは良い所だと思いますよ。優秀な人間というのは、どうしても周りから逆恨みされるという事がままありますが、先生はそういう事もなさそうです。先生の場合は、恨まれるとしたら逆恨みというより、正当な理由である事の方が多いと思いますし」

「お前それ褒めてないよな? 全然まったくこれっぽっちも褒めてないよな?」

 

 確かに、知り合いには『高レベル冒険者だけど、身近に感じて話しやすい』だとか言われることもあるが、たまには何というか、尊敬の眼差しとかその辺を受けてみたいというのも思わなくはないわけで。

 ……まぁ、いいけどさ。俺の本職は商人だし? 気安く話しやすい小物って方が何かと得だし? …………ふん。

 

 そうやって少しむすっとしていると、王城が見えてくる。

 めぐみんはそれを見上げ、圧倒されたように息をついて。

 

「実際に見てみると凄いですね。こんな所に住んでる人間というのはどんな人達なのでしょう。何となく鼻持ちならない性格をしてそうですが」

「お前、初めてここに来た俺と似たような事言ってんぞ」

「っ!? せ、先生と……似たような事を……!? こ、この私が……そんな……!!」

「どんだけショック受けてんだよコラ」

 

 失礼な反応をしているめぐみんを小突いている内に、俺達は城門前に着く。

 そこにはもちろん屈強な騎士達が守りを固めており、虫一匹も通さないといった感じだ。

 

 めぐみんはそれを不安そうに見ながら。

 

「そういえば、急に来たのでアポとか取っていないのではないですか? それでは入れてもらえないのでは……」

「大丈夫だって。前にも言ったろ、俺は騎士団に顔が利くって。多少のワガママは聞いてもらえるよ」

 

 俺は王都への魔王軍襲撃の際なんかは、よく最前線に行って騎士団と一緒に戦っていたりもするので、騎士の人達からは一目置かれているところもある。あまりのゲスっぷりに、ドン引きされている部分も多いが。

 

 とにかく、俺がちょっと頼めば通して…………あれ? なんか凄く気まずそうな顔されてんですけど。

 

「……カ、カズマ様。城に何か御用ですか?」

「え、あ、はい……どうしたんですか? 俺、何かしましたっけ」

 

 まぁ、俺が城に行くと大抵何かしらの問題が起きたりはするが、それもいつもの事なので今ではもうそこまで気にされなくなってきていたのだが。

 

 俺の質問に、騎士は言い難そうに。

 

「実はその、クレア様より、『カズマが来ても絶対に入れるな』と仰せつかっておりまして……」

 

 ……この前のアレか。

 確かに、ミツルギの件の仕返しに、パンツを剥いでシンフォニア家の屋敷の門に引っ掛けて飾ったけど、ここまで根に持たなくてもいいだろうに。

 

「……あー、クレアはどうすれば許してくれるのか、とか何か言ってませんでした?」

「えぇ、『私の屋敷の前で三日三晩土下座を続ければ許してやる』……との事です」

「…………」

 

 よし、そっちがその気なら、俺にも考えがあるぞあのアマ。

 俺は口元を歪めて、目の前の騎士に。

 

「申し訳ないんですけど、クレアに伝言お願いできますか? 『さっさと俺を入れないと、お前がオフの日はフリル多めの意外と可愛いパンツ履いてるのバラすぞ』って」

「えっ!? あ、は、はい、かしこまりました……!」

 

 騎士はぎょっとした表情を浮かべるが、慌てて城の中へと走っていく。

 俺は満足しながらその後ろ姿を見送っていると、隣でめぐみんがくいくいと俺の袖を引っ張って。

 

「先生、先生。今、そのクレアという人の秘密をバラすぞと脅していましたが、伝言を頼んだ時点でもう既にバラしていると思うのですが……」

「ん、そうか? あー、そうかもな。気付かなかったわ、あっはっはっ」

「ひ、ひどい…………あれ、誰か来ましたよ。…………あの、先生。とんでもない顔をしたスーツ姿の女の人がこちらへ来ているのですが。ちょ、ちょっと、剣を抜いているのですがあの人!!」

「おー、ホントだ。あんまり気にすんなめぐみん。アイツは大体いつもあんな感じだから」

「いつもあんな感じなのですか!? そんな人が城にいて大丈夫なのですか!?」

 

 その後、マジギレしたクレアが俺をぶった斬ろうとして、周りの騎士達が必死に止める事となった。これも、城ではよく見る光景だ。

 

 

***

 

 

 王城内の一室にて。

 俺はクレアにめぐみんを紹介し、これまでの事情を話す。そして、前にも話した、めぐみんの騎士団入団の件について、何とか内定を貰えないかと頼んでみている。

 

 クレアは、めぐみんの冒険者カードを見て目を丸くして。

 

「なっ……こ、このレベルで、この魔力に知力……!?」

「ふっふっふっ、私は紅魔族随一の天才ですから。そのくらいで驚いていては、我が爆裂魔法を見た時には、腰を抜かしてしまいますよ?」

「どうだクレア。コイツはまだガキだし、頭もおかしいけど、ステータスだけは確かだ。何とか使いこなせれば、騎士団にとっても強力な戦力になるだろ?」

「ちょっと待ってください! 何ですか、たまには素直に褒めてくれたっていいではないですか! 教育において、褒める時はちゃんと褒めてあげるというのは大事だと聞いた事がありますよ!」

「分かった分かった、暴れんな話進まないから。お前はゆんゆんと仲良くしてくれてるし、何だかんだアイツが困っていたら放っておけない、友達思いの良い奴だよな。体は色々とコンパクトで環境に優しいし、成績もクラスで一番で、顔も可愛い。きっと良い魔法使いになるよお前は」

「えっ……あ、そ、その…………ありがとうございます。……じ、自分で言っておいて何ですが、流石にちょっと照れますね…………ん? あの、先生、何がコンパクトって言いました?」

「それよりクレア、めぐみんに内定は出せそうか?」

 

 俺の袖を引っ張ってくるめぐみんはスルーして、めぐみんのカードを眺めながら真剣に考えている様子のクレアに聞いてみる。

 

 クレアは何度か確かめるように頷くと。

 

「あぁ、これ程の魔法使いを私は見たことがない。めぐみん殿には是非騎士団に入っていただきたく思う。本音を言えば、一度この目で爆裂魔法を見てみたい所なのだが、それもめぐみん殿が魔法を覚えて学校を卒業してからでもいいだろう」

「あ、それなら見られるぞ。この前、お前が爆裂魔法見たことないって言ってたから、撮ってきたんだ」

 

 そう言って、俺は懐から魔道カメラを取り出す。写真タイプではなく動画タイプであり、より高価なものでもある。

 

 俺のその言葉に、クレアよりも先にめぐみんが食いついてくる。

 

「ば、爆裂魔法を撮ったのですか!? 早く、早く見せてください! 私だって、七年前に見たきりなので、もう一度見てみたいです!!」

「わ、分かったって服引っ張んな伸びる!」

「し、しかし、どうやってそんなものを撮ったのだ? 爆裂魔法など、習得している者は世界中探してもほとんどいないはずだが……」

「あー、この前偶然リッチーを見つけてな。そいつが爆裂魔法を使おうとしてたから、隠れながらこっそり撮ったんだ」

「またリッチーに会ったのか貴様は。リッチーなど、一生の内に一度も会わずに終わる冒険者がほとんどだというのに……ふむ、似た者同士、引き合う運命だということなのか……?」

「おい誰がリッチーと似た者同士だ、ケンカ売ってんのかコラ」

「そんなことより早く! 先生、早く!!」

「だーもう、うるせえええええ!! ちょっと落ち着けっての!!!」

 

 俺が魔道具を起動させると、目の前に映像が浮かび上がる。

 そこに映るのは、だだっ広い平原に佇む、黒いローブを着てフードを被った謎の人物だった。人じゃなくてリッチーだけど。

 

 リッチーは少し緊張した様子で。

 

『あー、こ、こほん! わ、私の最強魔法を、み、見るがいいー!』

 

「……あの、このリッチー、やけに棒読みなのですが気のせいですか? それとこの声、どこかで聞いたような……」

「そもそも、リッチーは何故爆裂魔法を撃とうとしているのだ? 見た感じ、このリッチーの前には何もいないようだが」

「こ、細かいことは気にすんなよ! リッチーなんだし、人間じゃ理解できない事も色々あんだろ! ほら、いよいよ撃つみたいだぞ!」

 

 そのリッチーは両手を頭の上に掲げ、詠唱を始める。

 ビリビリと、リッチーの周りの空気が振動しているのが分かる。ただならぬその様子に、クレアがゴクリと喉を鳴らすのが聞こえる。

 

 そして、リッチーは唱えた。

 

『「エクスプロージョン」ッッ!!!』

 

 とんでもない轟音が響き渡った。

 映像は一瞬眩い光に包まれた後、凄まじい衝撃によって撒き散らされる土煙によって何も見えなくなる。ここだけ見ると、まさかこれが一つの魔法によるものだとは思わないだろう。あまりの光景に、映像越しでも熱風が伝わってくるかのようだ。

 

 しばらくして視界が開けると、魔法が放たれたらしきその場所には巨大なクレーターが出来上がっていた。その表面は未だ熱を持っているらしく、グツグツと真っ赤に煮えている。

 

 それを見てめぐみんはキラキラと目を輝かせており、クレアの方は驚愕の表情を浮かべて小さく震えている。

 

 俺は、中々言葉を発せないでいるクレアに向かって。

 

「これが爆裂魔法だ。どうだ、ここまでの魔法なら、例え一発限りだとしても、騎士団にとっては価値があるんじゃないか?」

「……そ、想像以上だ。何だこれは、本当に魔法なのか? こ、この力が騎士団に加わるのか……ここまで桁違いだと、あまり実感が湧いてこないな……」

「せ、先生! このリッチーって、どこで会ったのですか!? 見た感じ、ローブの上からでもハッキリ分かる程の巨乳ですよねこの人! もしかして私の師匠むぐっ!!!」

 

 俺は、バカなことを口走りそうになっためぐみんの口を塞ぐ。

 それを見て首を傾げているクレアに愛想笑いを浮かべながら、このバカを部屋の隅へと引きずっていく。

 

「あのリッチーはお前の師匠じゃねえよ。正体は後で教えてやるから、頼むから変な事口にすんな。リッチーが師匠の魔法使いが騎士団に入れるわけねえだろ」

「うっ、そ、そうですね、分かりました……でも後でちゃんと教えてくださいよ?」

 

 そんな感じにめぐみんを納得させ、俺達はクレアの所まで戻る。

 クレアは力強くめぐみんの手を握り。

 

「めぐみん殿! 騎士団はあなた様を歓迎いたします! 是非、その偉大なるお力を国のためにお貸しください!!」

「……ふっ、いいでしょう。この私が爆裂魔法を覚えた暁には、魔王軍などいくらでも消し飛ばしてみせましょう! そして、誰が最強なのかを、その身に刻み込んでやるのです!!」

「なんと頼もしい! 流石は紅魔族随一の天才、言うことが違う! 期待していますよ、めぐみん殿!!」

 

 クレアは尊敬に満ちた眼差しで、めぐみんを見つめている。

 ……こいつ、俺にはそんな目向けたことないくせに。俺だって、この国の為に結構色々と頑張ってたりする事もあるんだけど、何か扱いが不公平だ。

 

 まぁでも、とりあえずはすんなりと話がまとまって良かった。

 クレアはちらりと時計を見て。

 

「それでは、今から正式な内定書を作製いたしますので、めぐみん殿は…………そうだ、ちょうど今頃なら、騎士団の魔法使い達が訓練を行っているはずです。入団前に、見学などはいかがでしょう?」

「いいですね、私も自分が加わる所には興味ありますし。案内してもらえますか?」

「はい、喜んで! …………あぁ、貴様はもう帰っていいぞ? めぐみん殿は、後で責任を持って宿に送り届けよう」

「帰りませんー!! ここまで来たのにアイリスに会わずに帰れっか!!」

「今アイリス様は学業のお時間だ! 邪魔するなら即刻叩き出すぞ!! あ、おい、聞いているのか貴様!!」

 

 俺はそんなクレアの声を背中に受けながら、ドアを開けて外へ出た。

 

 

***

 

 

 俺は城の廊下をぶらぶらと歩く。

 アイリスは勉強中らしいが、本当に邪魔をするつもりはない。教えているのはレインだろうし、あの人はクレアが俺にブチギレた時とかに庇ってくれたりもする良い人なので、迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 でも、どうすっかな。

 クレアに言われた通りに、このまま宿に戻ってもいいんだが、なんかアイツの言う通りに動くのは癪だ。仮にも大貴族の娘のくせに、どうしてアイツは…………あ、そうだ。

 

 そこで俺はある事を思い付き、城の中にいる騎士を探して話しかける。

 

「あの、ちょっといいですか? 聞きたい事があるんですけど……」

「すみません、カズマ様。今現在、城に滞在しておられる貴族のご令嬢についての情報はお渡しすることはできません。どうかご理解を」

「ぐっ……まだ何も言ってないのに! いや、合ってるんだけど……それもクレアから?」

「はい。クレア様だけではなく、アイリス様からの仰せ付けでもあります」

 

 俺の行動は読まれてたか……しかもアイリスまでそんな……。

 かくなる上は。

 

「……騎士さん騎士さん。月々の給料に不満はないですか? もし良かったら」

「賄賂は受け取りませんよ」

「何だよ何だよ! そこは『ぐへへ、お主も悪よのう……』とか言って、色々教えてくれる流れじゃねえかよぉぉ!!」

「言いませんって教えませんって……勘弁してくださいよカズマ様、後で怒られるのは私なんですから……」

「でもほら、クレアはともかくアイリスは怒った顔もかなり可愛かったりしますよ? 頬を膨らませて、ぷりぷり怒ってるアイリスとか見たくないですか?」

「そ、それは…………ダメですダメです! 主の命令は絶対です、お話することは何もありません!!」

 

 ちっ、ダメか。少しは揺らいだっぽいけど。

 それなら次は……これだ!

 

「……やっぱり騎士になっちゃうと、色々と周りの目も気になるでしょう? プライベートでも、常に騎士にふさわしい言動を求められたり」

「えぇ、まぁ……ですが、これも自分で選んだ道です。私は騎士として国民の方々を守る事を誇りに思っているので、そこまでの苦行だとは思っていませんよ」

「でも、ほんのちょっとは息苦しく思う時だってあるでしょう?」

「うっ……そ、そうですね、私だって騎士である前に人間ですから。そういった時が全く無いと言えば嘘になりますが……」

「そうでしょう、そうでしょう。騎士だと、イケナイお店なんかも気軽にいけないでしょうし、イケナイ物を手に入れるのも大変だと思います。だから、色々と持て余しちゃったりもするでしょう?」

「ちょっ!? な、なななな何を言っているのですか!! わ、私は別にそういった事は……!!」

「……本当にないんですか? まったく?」

「…………無いことも、無いですが」

 

 ここで、この騎士は俺が言わんとする事が分かってきたらしい。

 その目には警戒の色と一緒に、どこか期待の色も見えてきた。これはいける。

 

 俺はニヤリと笑って。

 

「実はちょうど今、何と言いますか、“良い写真”を数枚持っていまして。ただ、俺は結構抜けている所があって、うっかり落し物をしてしまう事がよくあるんですよね。ほんと、ついうっかり」

「……つ、ついうっかり、ですか。そ、そうですよね……いくらカズマ様ほどの冒険者であろうとも、うっかりしてしまう事くらいはありますよね……えぇ」

「分かってくれますか、自分でも直そうと思っているんですが、これが中々上手くいかなくて……特に、何か“いい話”を聞いた時にうっかりする事が多いみたいなんですよ」

「ほうほう、“いい話”……ですか」

「そうなんです。まぁでも、一度落とした物は、もう諦めちゃうんですけどね。その後で誰かが拾ったとしても、それはその人が手にする運命だったんだと……」

 

 俺のその言葉に、騎士はそわそわと挙動不審になる。

 そして辺りをやたら警戒して、誰も見ていない事を確認すると、ごほんとわざとらしい咳払いをしてから。

 

「……あー、そういえば、これは独り言なのですが、今この城には、あの大貴族ダスティネス家のご令嬢が滞在しておられるとか…………確か場所は…………」

 

 そして俺は、騎士から情報を聞き出すと、“ついうっかり”落し物をしてから、足取り軽くその場所へと向かうのだった。

 

 性欲は全てを凌駕すると思う今日この頃です。

 

 

***

 

 

 ダスティネス家。

 王国の懐刀とも呼ばれる有能な大貴族であり、それでいて平民にも友好的に接してくれると評判もすこぶる良い。

 

 そして、そこの一人娘は相当な美女らしく、他の貴族達もこぞって必死にアピールするくらいなのだとか。そういや、この前レックスが、ダスティネス家のお嬢様が王都に来るとかそんな事言ってたな。

 

 話だけ聞けば、地位もあって性格も良さそうで、しかも美人。これ程の優良物件は中々ないだろう。もしかしたら、ミツルギの想い人というのも、そのお嬢様なのかもしれない。アイツの言ってた特徴とも一致するっぽいし。

 

 俺は騎士から聞き出した部屋の近くまでやって来た。ドアのところには、使用人が何人か立っている。

 当然俺は、姿を消す魔法に潜伏スキルのコンボで隠れており、そうそう見つかったりはしないだろう。

 

 まずは情報収集だ。

 相手が相手だけに、言い寄るにしても慎重に慎重を期したい。逃がすのは惜し過ぎる。とにかく、彼女の性格やら好みなどを把握して、初対面の時に出来るだけ良い第一印象を与えられるようにする所から始めるべきだ。

 

 俺は壁に張り付き、盗聴スキルを発動する。

 すると、まるで間に壁などないかのように、向こう側の声がハッキリと聞こえてくる。

 

『ララティーナ、いい加減機嫌を直してくれないか……確かに冒険者として民を守る姿は立派だ。しかし、お前は貴族の娘でもあるのだ。どうしてもこういった場には出席しなければいけない時もあるもので……』

『分かっていますわお父様。えぇ、怒ってなどいませんとも。今回の城内パーティーのせいで、街の近くに出没したとされる触手系モンスターの討伐クエストを受けられなかった事に対して、腸が煮えくり返ってなどいませんとも……!』

 

 どうやら、ララティーナお嬢様はお怒りの様子だった。一緒に聞こえる若干怯えた渋い声は、おそらく父親でダスティネス家の現当主だろう。

 

 しかし、冒険者なんてやってるのか、このお嬢様は。

 ここまでの大貴族であれば一生ゴロゴロして堕落しきった生活を送れるだろうに、普段から民を守るために自ら危険な場所へ赴き、貴族の集まりよりもモンスター討伐を優先したいとか、どんだけ出来た人なんだ。

 あ、でも、これだけ出来た人だと、俺が婿入りしてダラダラするのも許してくれないかも……うーん……。

 

 そうやって悩んでいると、親父さんが困った声で。

 

『そもそも、私としてはお前が危険な冒険者を続けているというのも、まだ納得できていないのだが……民を守るといっても、やり方は色々とあると思うのだ。貴族は貴族で、街を守ってくれる冒険者達に出来る限りの援助をして、少しでも冒険に役立ててもらうといった……』

『もちろん、そういった事は貴族としての義務だと思いますし、続けていくべきだと思いますわ。ですが、貴族が冒険者として直接街を守ってはいけないという事にはならないでしょう。適材適所という言葉もあります。幸いなことに、(わたくし)は能力的に恵まれ、クルセイダーになる事ができました。クルセイダーは机に向かっているよりも、戦場に出た方が民の役に立つとは思いませんか?』

『そ、それはそうかもしれないが……しかし、お前は我が家の大切な一人娘なのだぞ。万が一、何かあったらと考えると……やはり貴族の者があまり前線に出すぎるというのは……』

『あら、貴族でも力のある者は戦うべきでしょう。王族である第一王子のジャティス様など、最前線で魔王軍と戦っておられますし、アクセルではライン=シェイカーという隣国の貴族の方が、身分を偽って冒険者をしているとの噂も聞きます。それに、私の硬さはお父様もよく知っているでしょう。モンスターの攻撃など気持ち良いだけで何も心配する事などありませんわ』

 

 …………あれ?

 今このお嬢様、モンスターの攻撃が気持ち良いとか言ったか? …………いやいやいや、流石に聞き間違いか。

 

 それにしてもこの人、クルセイダーなのか……大貴族の娘で、しかも上級職とか何てハイスペックなんだ。王族なんかは代々優秀な血を受け入れるようにしているから、基本的に皆強いらしいけど。

 

 部屋からは、親父さんの悲痛な声が聞こえてくる。

 

『それではせめて! せめて「両手剣」を始めとした攻撃的なスキルも取ってはくれないか!? 街でよく耳にするのだ、「攻撃が全然当たらないくせに、自分から敵の中に突っ込んでいくクルセイダーがいる」と!』

『私はクルセイダー、本分は誰かの盾になることです。防御系スキルを優先させるのは当然のことでしょう。それに、簡単に攻撃が当たるようになってしまえばもったいな……いえ、何でもありませんわ。とにかく、攻撃スキルは後回しです』

『今お前何と言おうと……ララティーナ。間違ってもお前の本分というか、本性は誰にも知られていないだろうな?』

『大丈夫ですわ。誰も私が実は貴族だと気付いている様子はありません』

『そ、そっちではないのだが…………まぁ、いい。ところでララティーナ、今回のパーティーでは、人柄が良いと評判の男性が何人も参加するようだ。それで、もし良かったら』

『もう、いやですわお父様。また私にお父様を張っ倒させるおつもりですの? 大変心が痛むので、もう私にあのような事をさせないでください……』

『ま、待ってくれ、お前ももう17だろう? 貴族としては、そろそろ本気で結婚というのを考えなければ……』

『ああもう、しつこいぞ! 人が大人しくしているからって調子に乗るな! 大体、(わたし)を本気で結婚させたいと思っているなら、もっと真面目に相手を選んだらどうだ!! 次から次へとつまらん男ばかり選んで何のつもりだ!! 私の好みはもっと』

『言わないでくれ聞きたくない! あと声が大きい!! こんな事誰かに聞かれたら…………むっ、もうこんな時間か。ララティーナ、私は少し出てくるが、その間に頭を冷やしてよく考えてほしい。何よりも、お前の将来の為に……な? どうか分かってほしい……』

 

 ……なんか、聞いちゃいけないことを聞いちゃった気分だ。ララティーナお嬢様、メッチャ男らしいじゃないっすか、なんすかその口調……。

 

 まぁでも、俺としては妙に畏まった話し方よりも、最後の方の男みたいな感じの方が接しやすそうな感じはするんだけどな。たぶん、冒険者として活動している時はこの口調なんだろう。お嬢様言葉の冒険者なんて目立つしな。

 

 それから少しして、部屋のドアが開き、中から凛々しい顔をした男が出てきてどこかへ行ってしまった。ということは、今部屋の中はお嬢様一人だけだ。

 

 チャンスではあるが、ここで慌てるわけにはいかない。

 一人きりのところに、見知らぬ男がやって来たら警戒されるだろうし、やはり今はまだ情報収集に徹するべきだろう。初対面はパーティー中とかその辺でいこう。

 

 そんな事を考えていると。

 

『……まったく、あの分からず屋め。何が人柄の良い男だ、そんな奴のどこが面白いのだ。私の好みは、もっと俗物的な男だというのに。スケベで、すぐに他の女に鼻の下を伸ばし、常に楽に生きていきたいと人生舐めているような奴がいいというのに』

 

 おっと、なんだこれ、俺達相性バッチリじゃないのか?

 突然のお嬢様の暴露に、俺はそわそわと落ち着かなくなってくる。

 どうする、行くべきか? このお嬢様相手なら、むしろ失礼とかそういうのは考えずに、本能の赴くままにガツガツ迫ったほうがいいんじゃないのか?

 

 そう考えを巡らせていると、部屋の中のお嬢様は。

 

『はぁ……今頃クリスは、別のパーティーにでも入って、例の触手系モンスターと戦っているのだろうか……くっ、それなのに何故私はこんな所にいるのだ……!!』

 

 そう言って、ギリギリと歯を食いしばる音が聞こえてくる。

 クリスというのは冒険者仲間なのだろう。そんな仲間がモンスターと戦っているというのに、自分は一緒に戦えない事を悔しがっているようだ。騎士の鑑のような人だ。

 

 すると、お嬢様は続けて。

 

 

『あぁもう、なんて羨ましいんだクリスの奴!!! 今頃、モンスターに捕まって、その汚らわしい触手で全身をいやらしく弄られているのだろうか!!! ずるい……ずるい!!!!! そこは私のポジションだろう!!!!! 女騎士が皆を庇ってモンスターに捕まり、衆人環視の中、普段は凛々しいその顔を次第に女のものへと変えていき、ダメだと分かっているのに体だけはどうしても反応してしまい、皆の前で私は……私は…………くぅぅっ…………!!!!!』

 

 

 …………えっ。

 

 一瞬、頭の中が真っ白になる。

 な、なに、今何て言ったこのお嬢様。今度は流石に聞き間違いようがない。絶対言った、ハッキリ言った! 興奮して、とんでもない事を口走ったぞこのお嬢様!!

 

 俺がドン引きして壁から少し離れると、まだ興奮冷めやらぬお嬢様は。

 

『触手モンスターの方も、よりにもよって何故このタイミングで来るのだ……!! 普通のモンスターの攻撃も確かに気持ち良い……気持ち良いのだが、触手には羞恥攻めという、違った楽しみがあるというのに!! あぁ、服を溶かすというスライムもその系統だな!! 他のモンスターも、もっとその辺りを分かってもらいたいものだ……ただ攻撃するだけではなく、少しずつ鎧を削り取ってきて、全裸には剥かず中途半端に一部だけを残して逆に扇情的な姿にしてくるような…………そんなモンスターはいないものだろうか!!!!!』

 

 …………。

 

『……はっ!! い、いけない、いけない……ここは王城、こんな所で貴族の娘がこんなはしたない事を口走っているのを誰かに聞かれたら…………聞かれたら…………「ぐへへ、聞いちまったぜお嬢様よぉ。バラされたくなかったら、大人しく言うことを聞いてもらおうか?」……くっ、わ、私はそんな脅しには屈しない……や、やめろぉぉっ…………こんな事、嫌なのに……嫌なのにぃぃっ…………くぅぅぅんっっ…………!!!!!』

 

 そこまで聞いて、俺は静かに部屋の前から離れた。

 それから、先程交渉した騎士の元へと真っ直ぐ戻る。騎士の方は、俺の様子を見て首を傾げている。

 

 俺は、その胸ぐらに掴みかかった!

 

 

「テメェえええええええええええええええええ誰がド変態貴族の部屋教えろっつったあああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

「ええっ!?」

 

 

***

 

 

 それからしばらくして、俺とめぐみんは最初にいた部屋でクレアの帰りを待っていた。

 今は二人きりなので、先程見せた爆裂魔法使いのことを教えてやると、めぐみんは意外そうに口を小さく開けて。

 

「ほ、本当に、あのウィズという詐欺師がリッチーで、爆裂魔法の使い手なのですか?」

「だからそうだって。あと詐欺師じゃなくて商人だよ。ひょいざぶろーさんの魔道具を本気で褒めるようなセンスの持ち主だけどな」

「……それは惜しいことをしました。是非とも生で爆裂魔法を見せてもらいたかったですし、ウチのガラクタを買い取ってくれるチャンスでもあったのに……次訪ねてきたら絶対に逃しません……!」

 

 そんな事を言いながら、ぐっと拳を握るめぐみん。

 これは、ウィズのことを考えたら商人であることは黙っていた方が良かったかもな……。

 

 そして、めぐみんは妙に浮かれた様子で。

 

「まぁそれはいいでしょう、今は気分が良いのです。先生、どうやら私は、騎士団こそが自分の居場所のようです。紹介感謝しますよ」

「ん、そういやお前、騎士団の魔法使いの訓練の見学をしてたんだっけか。何か面白いことでもやってたのか?」

「いえ、そういうわけではなくて。ただ、私の冒険者カードを見た魔法使いの人達が、皆私を崇めてくれたもので。歴史に名を残す大魔法使いになるに違いないと、握手まで求められてしまいましたよ。普段は先生から色々と失礼なことを言われる私ですが、本来はそうやってチヤホヤされるべき人物なのですよ!」

「そんなの今だけだろ。入団して少しすれば、その人達も、お前がただの頭のおかしい爆裂狂だって気付くって。あ、けどもしお前が大魔法使いとして有名になったら、ちゃんと俺のことを『私をここまで導いてくれた偉大な先生』って紹介しろよ」

「先生のことは、『学生時代に散々セクハラされた変態教師』と紹介するのでご安心を。まぁ、その頃には先生の悪名ももっと広がっていそうですし、わざわざ私が言う必要もなさそうですけどね」

 

 そんな事を言ってくるめぐみんを、いつものようにドレインタッチで黙らせようとしていると、ドアが開いてクレアが入ってくる。

 その手には上質紙で作製されたらしき書類がある。国の紋章もしっかりと刻まれており、この国の人間なら誰でも、それが国からの正式な文書であると分かるだろう。

 

 クレアは書類をめぐみんに見せて。

 

「お待たせしました、めぐみん殿。こちらが騎士団の内定書となります。お手数ですが、記載事項に誤りがないかご確認お願いします」

「…………あの、注意事項のところにある『※この者は紅魔族である為、名前は記入ミスではない』という部分が凄く引っかかるのですが……」

「あっ、そ、それは……えっと、この書類は王都の方でも管理するものですので……他の誰かが確認した時に、イタズラか何かだと思わないように……」

「おい、この名前がイタズラだと思われる理由について詳しく聞こうじゃないか!」

「待て待て、落ち着け。いいじゃねえかよそのくらい」

 

 おろおろとしているクレアに詰め寄るめぐみんを、俺が押し留める。

 めぐみんがむすっとしながらも引き下がると、クレアはほっと息をついて。

 

「ところで、めぐみん殿。もしよろしければ、私も共に紅魔の里へ行き、直接めぐみん殿のご家族様とお話する機会を頂けたらと思っているのですが、いかがでしょうか?」

「えっ、それはもちろん、あなたが来てくれるのであれば、母もより納得してくれそうですし、こちらとしては嬉しいのですが……いいのですか?」

「もちろんです、めぐみん殿の入団は国としても重要なことですから。その為とあらば最大限のサポートは惜しみませんよ」

「……本当か? お前の個人的な性癖が理由なんじゃないのか? 小さい女の子が好きっていう」

「いきなり何を言うか貴様あああああああああああああああああ!!!!!」

 

 顔を真っ赤にしたクレアが剣を抜いて襲い掛かってくる。

 この反応は読めたので、冷静に俺は暴れる白スーツを押さえていると、めぐみんが目を丸くして驚きながら。

 

「きゅ、急にどうしたのですか……というか、小さな女の子が好きとか言いましたか……?」

「あぁ、お前も気を付けろよ。なんせコイツ、アイリスにも」

「ああああああああああああああああああああ!!!!! やめろ大たわけが貴様何のつもりだ!!! ぶった斬るぞ!!!!!」

「何のつもりかと聞かれても、生徒を守るのは先生として当然だろ? だから忠告してるだけだ。俺、もう貴族ってのが信じられなくなってんだよ。変人ばっかじゃねえか」

「何の偏見だそれは!!! この無礼者めが!!!!!」

 

 そうやって騒いでいる時だった。

 突然ドアがバンッと開き、何事かと俺達の視線がそちらへ集まる。

 

 駆け込んできたのは、金髪碧眼の少女、第一王女のアイリスだった。背後には護衛の一人、レインも付き従っている。

 

 アイリスは俺を見てほっと息をついて。

 

「良かった、まだいた…………クレア! 何故お兄様が来ていると教えてくれないのですか!!」

「うっ……そ、それは、アイリス様はお勉強中でしたので、お邪魔になってはいけないと……」

「ただ一言伝えるくらいならいいではないですか! (わたくし)とお兄様を会わせたくなかったのでしょう!」

「け、決してそのような事は…………レイン、その、お前が教えたのか……?」

「いえ、城の騎士達の間で、カズマ様が来ていると話題になっていて。…………カズマ様、少しよろしいですか?」

「えっ? あ、はい……」

 

 レインは俺に手招きをして部屋の隅へと連れて行くと、小さな声で。

 

「あまり城の騎士達に妙な取引を持ちかけないよう、お願いします。クレア様に知られたら大変なことになりますよ」

「いっ!? な、なんでそれを!? まさかアイリスも知ってるんですか……?」

「いえ、アイリス様は断片的にしか聞いておらず、意味もよく分かっていなかったようですから大丈夫ですよ。その後、私が詳しく聞き出しただけです」

「そ、そうですか……すいません、もうしません……」

 

 俺は素直にレインに頭を下げる。この人には頭が上がらないなホント……。

 

 俺達が部屋の隅っこから戻ってくると、ちょうどめぐみんがアイリスに挨拶をするところだった。

 めぐみんは、バッとローブをはためかせ。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして爆裂魔法を愛する者、そして、やがては王都の騎士団として魔王軍を殲滅せし者!! よろしくお願いします、王女様」

「えっ、あ、はい、私は第一王女のアイリスです、よろしくお願いします…………あの、今の名乗り上げは……」

「あぁ、気にすんな。紅魔族の病気みたいなもんだから」

「病気とは何ですか失礼な! むしろ他の人達の名乗り方が地味すぎるのですよ、自分の名前には誇りを持って、格好良く言い放つべきです!! さぁ、王女様も!!」

「ええっ!? …………そ、その、我が名はアイリス……えっと」

 

 恥ずかしそうに言い始めるアイリスに、クレアが慌てて。

 

「め、めぐみん殿! あー、何と言いますか、その名乗り上げは紅魔族の特別性を引き立て、周りの者に畏怖の念を抱かせるものです。しかし、他の人達も同じような名乗り方をするようになれば、効果が薄れてしまう可能性も……」

「…………ふむ、一理ありますね。そうですね、この名乗り方は、紅魔族にしか許されないものかもしれません……」

 

 おお、クレアの奴、既にめぐみんの扱い方が分かってきてるな。

 ただ、こういうのを見ると、余計にめぐみんの身が心配になってきたりもするんだが。

 

 アイリスは妙な名乗りをしなくて済み、ほっとした様子で微笑んで。

 

「めぐみん様も、ゆんゆんさんと同じくお兄様が受け持つ生徒の方なのですよね? ゆんゆんさんとは仲が良かったりするのでしょうか?」

「おや、ゆんゆんの事はもう知っているのですね。私のことも、さん付けくらいでいいですよ。ゆんゆんとは……まぁ、その、一応友達です。……あの、王女様。さっきから気になっていたのですが、その“お兄様”という呼び方は……」

「ふふ、私のことも呼び捨てで構いませんよ。お兄様という呼び方は、カズマ様がそう呼んでほしいと仰ったからです。私としては、妹というよりも、妻という関係を望んでいるのですけどね」

「…………えっ」

 

 くすくすと笑うアイリスと対象的に、めぐみんが俺に対してゴミを見る目を向ける。

 当然、俺はさっと目を逸らす。

 

 めぐみんはどういう事だと、クレアとレインに目で問いかけるが、クレアは渋い表情で頭を押さえるだけで、レインも苦笑いを浮かべている。

 その二人の様子を見て、どうやらアイリスが本気であると理解したらしく、めぐみんは再び俺に鋭い目を向けて。

 

「先生、どういう事ですか。この子はまだ10歳でしょう。何故12歳の私が子供扱いされて、アイリスとは妻とかそういう話になっているのですか」

「ご、誤解だ別にそんな話にはなってねえよ! これはただ」

「でも、お兄様は魔王を倒すことを考えてもいいと言ってくれたではないですか! それはつまり、私との結婚を考えてもいいという事でしょう!」

「確かにそうなるかもしれないけど! いや、でもさ」

「うわぁ……本当にドン引きですよこの男は…………先生のゲスっぷりは知っていますけど、10歳の少女に手を出そうとするとか流石に……というか、まさか一国の王女様にまでセクハラとかしているのでは……」

「ひ、人聞きの悪い事を言うなよ! いくら何でもお前らにやってるようなセクハラはしてねえよ、流石に首が飛ぶわ!! ちょっとエロい事を話したりはするけど!!」

「本来であれば十分それも首が飛んでもおかしくないぞ! 分かっているのか貴様!」

 

 クレアがイライラとそんな事を言ってくるが、今はめぐみん達だ。

 アイリスはめぐみんの言葉が気に入らなかったのか、何やらむっとした様子でめぐみんの事を見ており。

 

「なんですか、あまり私の事を子供扱いしないでください! めぐみんさんだって、私とは二つしか変わらないではないですか!」

「二つしかではなく、二つ“も”です。二年あれば、私なんかは結婚も出来る年になりますし」

「お前、三つ離れた俺には、いつも子供扱いするなとか言ってくるくせに……」

「そ、それはそれ、これはこれです。大体、先生だってアイリスには直接的なセクハラはしないのでしょう? それは身分的な理由以外にも、年齢的な理由もあるからでしょう? 一方で、私には直接手を出してくる事からも、私の方がオトナ扱いされているという事になります」

「っ……め、めぐみんさんは、お兄様から具体的にどんな事をされているのですか……?」

「ちょっ!? ア、アイリス、その話はまた今度してやるから……」

「お兄様は黙っていてください!」

 

 マズイ……これはダメな流れだ!

 めぐみんは、ふっと鼻で笑ってドヤ顔で。

 

「私は先生と同じ布団で寝た事があります。それも二度も」

「!?」

「しかも、ただ寝るだけではありませんよ。先生は私を抱きしめ、私も先生を抱きしめました」

「!!!???」

「おい待て!!! ホント待って!!!!! いや、合ってる、合ってるんだけど!!!!!」

「!!!!!?????」

 

 アイリスは俺達の言葉を聞いて、顔を真っ青にして呆然としている。クレアは顔を引きつらせ一歩下がって俺から距離を取り、レインも何かおぞましい物を見るような目を向けてきている。……いや、クレアは人のこと言えねえだろ!

 

 めぐみんは勢いで言ったようだが、流石に少し恥ずかしかったのか、ほんのりと頬を染めつつもニヤリと不敵に笑って。

 

「これで分かりましたか? 先生にとってあなたは、所詮は可愛い妹止まりなのですよ。ですから、結婚などとバカなことを口走るのはやめるべきです」

「…………その先はどうなのですか?」

「えっ?」

 

 いつの間にかアイリスは、さっきまでの動揺しまくった表情から立ち直っており、めぐみんの事を正面から睨みつけている。

 

 アイリスは続ける。

 

「ですから、その先です! 同じ布団で寝て抱きしめられたとしても、そこまでしておいて、それ以上は何もなかったというのであれば、それこそ子供扱いではないですか!」

「ぐっ……そ、それは…………ふん。では聞きますが、“その先”とは何ですか? 言ってみてくださいよ!」

「甘いですねめぐみんさん! ここで私が恥ずかしがって何も言えなくなると思ったら大間違いですよ!! いいですよ、言ってやりますよ!! その先とは、つまりキスとかセッ」

「「アイリス様あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」

 

 その瞬間、血相を変えてアイリスの口を塞ぐクレアとレイン。

 そして、クレアは俺のことを凄まじい目で睨みつけてくる。な、なんだよ、俺が悪いのかよ!

 

 アイリスは二人の手を払うと、めぐみんに。

 

「どうなんですか、めぐみんさん! どうせ何もなかったのでしょう!!」

「た、確かに何もなかったですが…………でも、アイリスよりは大人扱いされている事には変わりないですよ!! あなたは、先生とは、ただお喋りしているだけなのでしょう!?」

「ふん、一緒に寝るくらい、私だってやろうと思えばすぐできますよ! お兄様、今晩は私の部屋で一緒に寝てください!! そして、ぎゅっと抱きしめてください!!」

「え、いいの? ロイヤル抱き枕とか楽しみ過ぎるんだけど。じゃあ」

「いいわけあるかたわけ!!! 何がロイヤル抱き枕だ処刑されたいのか貴様!!!!! アイリス様も落ち着いてください! そんな事をすれば、国王様がどんなお顔をされるか……」

 

 そんなクレアの言葉に、めぐみんは勝ち誇った顔で。

 

「そうですよ、私とアイリスの差はそこにもあります! いいですか聞いてください、私の母親は既に私の結婚について考えているのですよ! 私に先生と結婚してほしいとまで言ってきたのですから!!」

「っ!? ほ、本当なのですかお兄様!?」

「……あー、まぁ、嘘は言ってないけど……」

「ふふ、どうですか、分かりましたか? 私は二年後にはもう結婚できる年ですし、親もその事を視野に入れているのです。つまり、もうほとんどオトナ扱いされているのです!! アイリスはどうなのですか? 例え国王様に結婚の話をしても、『お前にはまだ早い』と言われて終わりでしょう!!」

「そ、そんな事ありません! 王女は代々魔王を倒した勇者様と結婚していますし、そういった話は常に付いてくるものです! いいでしょう、ではお父様に言ってやりますよ! 『私はカズマ様と結婚したいから魔王を倒してもらう』と! きっとお父様は真面目に聞いてくださるはずです!!」

「ちょっと待った! 確かに国王様は真面目に聞くと思う!! そんでその後、俺が大変なことになると思う!!!」

「アイリス様、どうか早まらないでください! 本当に大騒動になりますから!!」

 

 アイリスの言葉に俺は冷や汗をたらし、クレアとレインも大慌てだ。

 当たり前だ。まだ10歳の王女様を誑かしたというだけでも大事なのに、しかも俺の評判は悪いものが多い。そんな男をアイリスに近付けたということで、クレア達も責任を問われるのは自然な流れだろう。

 

 アイリスもそれがマズイというのは内心分かっているのか、少し怯んだ表情を浮かべ、めぐみんはそれを見て勝ち誇る。

 

「やはりまだまだ子供ですね。自分の気持ちを優先して国を混乱に陥れるなど、とても王女様の行いとは言えませんよ。まぁ、アイリスもまだ10歳ですし仕方のないことですが。これから立派なオトナになるのですよ」

「ぐ、ぐぬぬ……!!!」

 

 アイリスが、今までに見たことのないような、まるでめぐみんに噛みつかんとするかの如く悔しそうな表情で睨んでいる。こんな顔をしてても可愛いのはすげえな。

 

 めぐみんは、一仕事終えたかのような達成感に満ちた表情を浮かべて。

 

「さて、オトナな私は暇ではないのです、そろそろ失礼しますよ。これから里に戻って騎士団内定の事を、親に報告しなければいけないので」

「……騎士団……内定? どういうこと、クレア?」

「えぇ、めぐみん殿はそれは優れた魔法使いでして、その力をお借りすることになったのですよ。今はまだ学生ですが、魔法を習得して卒業した暁には、騎士団にとってかけがえのない重要な戦力になっていただけると確信しております」

「そういう事です。というわけで、あなたとはこれからも度々顔を合わせる事もあるかもしれませんね。大丈夫です、オトナで優秀な魔法使いである私が、この国を守ってあげましょう。改めてよろしくお願いしますよ、“アイリス様”」

「…………」

 

 アイリスはめぐみんの言葉には答えず、むすっとした顔でじーっとめぐみんを見つめている。

 ……何だろう、何か嫌な予感がする。どうやら、クレアとレインも同じ思いらしく、不安そうな表情でアイリスの方を見ている。

 

 そして、アイリスは。

 

 

「ダメです。私は、あなたの騎士団入団は認めません」

 

 

 そう、キッパリと宣言した。

 

 しん、と。部屋が水を打ったように静かになる。

 簡潔な言葉だが、その威力は凄まじく、部屋の者は何も言えなくなってしまった。

 

 しかし、少しして、まずめぐみんが。

 

「なっ……そ、そんな横暴が許されるわけないでしょう! ちょっと、何ですかこの私的な理由で権力を振りかざす王女様は! 王族としてどうなのですかこれ!!」

「確かに、私はお兄様と出会ってからワガママが増えたとは言われますが、それでもまだまだ大人しく言うことを聞く事の方が多いとは思いますよ? そうでしょう、クレア?」

「は、はい……国王様も、以前はアイリス様が少しもワガママを言わないことを心配していましたから、今くらいの方が嬉しいようですが…………し、しかし、これは流石に……」

「もちろん、理由はちゃんとありますよ。めぐみんさんは、能力はともかく精神的に騎士団に相応しいとは思えません。私のことを子供子供と言っていますが、めぐみんさんこそオトナとは言えないと思うのです」

「うん、まぁ、それはそうだな。コイツ、どうでもいい事にすぐムキになるわ喧嘩っ早いわで、たぶん、騎士団どころか普通の飲食店のバイトとかもすぐクビになりそう」

「先生!? 何故あなたがそこで敵に回るのですか!! この私がバイト如きでクビになるはずがないでしょう!! そういう先生だって、結構子供っぽい所あるくせに!!!」

 

 めぐみんが噛み付いてくるが、実際のところアイリスの言う通りだと思うから仕方ない。俺は可愛い妹には嘘はつけない…………いや、結構ついてるな。

 

 アイリスは真面目な顔でクレアの方を向いて。

 

「クレア、騎士団というのは能力の前に高潔なる精神を重んじるものでしょう? それなのに能力だけを見て内定を決めるというのは、いかがなものかと思うのですが」

「…………仰るとおりです」

 

 アイリスの言葉を深く噛み締めるように、クレアはそう答えた。

 ちなみに、騎士団の高潔なる精神とやらは、先程エロの前にあっさりと砕け散ったわけだが、それを言ってしまうと俺も困ったことになるので黙っておく。

 

 めぐみんは慌てた様子で。

 

「ちょ、ちょっと、あなたまで何を……!」

「すみません、めぐみん殿……ですが……アイリス様のお言葉も、ごもっともで……」

「……そもそも、アイリスにそんな事を決める権限などあるのですか。いくら第一王女とは言え、まだ10歳の少女に……」

「別に私の言葉に強制力があるとは一言も言っていませんよ。ただ、私の個人的な意見を述べているだけです。まぁ、それを聞いてクレアが考えを改める事はあるかもしれませんが……」

「そ、そんなのただの屁理屈ではないですか! 例え強制力はなくても、王女様の言葉を護衛の人が無視するわけないでしょう!!」

「ふふっ、ごめんなさい。私、まだまだ()()ですので。屁理屈が大好きなのですよ。これから立派なオトナになりますので、今は大目に見ていただけませんか?」

「ぐ、ぐぬぬ……!!!」

 

 アイリスの片目を瞑ったイタズラっ子のような笑みに、今度はめぐみんが悔しそうに歯をギリギリと鳴らす。アイリスも随分と言うようになったもんだ。これが成長…………なのか?

 

 そんな事を考えていると、レインが俺の耳元で小さな声で。

 

「どんどんカズマ様に似てきていますよ、アイリス様……あまり悪い事を教えないでくださいね……?」

「えっ、そ、そうですか? ごめんなさい……気を付けます……」

 

 言われてみればそんな気もしてくる。少なくとも、出会った頃はこんな小狡いことは言いそうになかったと思う。

 もしかして、俺は既にとんでもない事をやらかしているのだろうか。一国の王女様に悪影響を与えるとか、魔王軍と同じような扱いをされても不思議ではない。

 

 めぐみんはアイリスを睨みつけながら。

 

「戦いはおろか、ケンカすらしたことのない箱入り王女様のくせに、騎士団の人事に口を出すなど許されると思っているのですか……!」

「なっ……あまり舐めないでください! 私だって、戦いについては基本的な事くらいなら習っております! レイピアだって扱えます!! ケンカについても、お兄様から教えていただきましたし!!」

「はっ、それが何ですか、実戦も経験していないくせに調子に乗らないでほしいですね。言っときますが、私は既にモンスターだって倒したことがあるのですよ。ケンカだって沢山してきました。箱入り王女様、あなたはパンチの打ち方を知っているのですか? いい加減分かってもらいたいですね、自分がただのこど」

「えいっ!!!」

「おごっ!!!!!」

「「アイリス様!?」」

 

 めぐみんの挑発の途中で、アイリスのパンチがめぐみんのみぞおちを捉えた!

 しかも通常の拳を横にしたパンチではなく、拳を縦に構え、踏み込みと同時に鋭く速い突きでの先制攻撃。それによって、めぐみんの両足は一瞬地面を離れ後方へと倒れ込み、うずくまってぷるぷる震えている。

 

 び、びっくりした……たぶん俺でも反応できずにくらってたぞ今の……。

 クレアとレインは慌ててアイリスを取り押さえ、めぐみんから大きく引き離すが、アイリスはめぐみんを見下ろして得意気に。

 

「パンチの打ち方くらい知っています! 油断しましたね、ケンカは先制攻撃こそが全てです! 砂を隠し持って目潰しとして投げつけたり、わざと下手に出て相手を油断させて騙し打ちを仕掛けたり、今のように話の途中でいきなり攻撃するのは常套手段です! ですよね、お兄様!!」

 

 はい、そうです、よくできました。

 でも、あなたの護衛がビキビキと青筋を立ててこっちを睨んでいるから、今だけはその笑顔を向けてくるのはやめてほしいです……。

 

 めぐみんはようやくまともに話せるようになったのか、ふらふらと立ち上がり、ふーふーと荒い息を吐きながら猛獣のようにアイリスを睨みつけ。

 

「ごほっ……や、やってくれましたね……それでも王族ですか、なんて卑怯な……!」

「ふんっ、何を甘いことを言っているのですか、卑怯などというのは負け犬のお決まりのセリフと聞いております。それに、本当だったら、今頃あなたは床で伸びているはずだったのですよ? クレアとレインに押さえられていなければ、私はめぐみんさんがうずくまっている間に、あなたを仰向けに押し倒してマウントポジションを取り、一方的に攻撃を畳み掛けるつもりでしたから」

「カズマ貴様あとで本当に覚えていろ!!! アイリス様に何て事を教えている、どれだけ悪影響を与えれば気が済むのだこの極悪人め!!!!!」

「ま、待てよ! でも実際、倒れた相手には追撃するべきだろ! チャンスなんだから!!」

「王族としての品位に関わると言っているのだ!! アイリス様をそこらのチンピラと一緒にするな!!」

「品位なんざ知るか! ケンカではそんなもんは邪魔にしかならねえから、どっかに捨てちまえ!!」

 

 俺とクレアが言い合っていると、めぐみんは拳を固く握り締めてアイリスに向かっていく。

 

「私はオトナですので、いつもならあなたのような子供からの悪ふざけくらいは、笑って許してあげられる余裕はあります。でも、あなたはやり過ぎました。手加減してもらえると思わないことです……!」

「いやお前、この前下級生から『紅魔族随一のまな板』とか言われてマジギレして問題起こしたばっかじゃねえか。つーか何する気だやめろ」

「は、離してください! やられっぱなしでは私の気が済みません!!」

「だーもう、お前の方がお姉ちゃんなんだから、そんなにムキになるなっての。この辺で仲直りしろよ仲直り」

「…………」

 

 俺に取り押さえられてジタバタと暴れていためぐみんだったが、急に大人しくなる。

 あれ、なんだ? “お姉ちゃんなんだから”というワードが効いたのか? こういう言い方は嫌う子の方が多いような気もするけど……。

 

 するとめぐみんは、訝しげな表情を浮かべているアイリスを見て。

 

「……そうですね、少し頭に血が上り過ぎていました。アイリスのことを子供子供と言っておいて、私の方が大人気なかったですね。あれだけ子供扱いされれば怒るのは当然です。ごめんなさい」

「…………いえ、私の方も言い過ぎました。それに、先に手を出してしまいましたし……申し訳ありません」

「いえいえ。では、仲直りの握手でもしましょうか。それでもう、お互いに言いっこ無しということで」

「はい、喜んで」

 

 そうやって笑顔を浮かべて歩み寄る二人に、クレアとレインがほっとした表情を浮かべる。

 ……なんだろう、聞き分けが良すぎる。ここまであっさりと和解できるのなら、初めからケンカなどしていないような気がするんだが……。

 

 そんな俺の嫌な予感は的中する。

 

 俺からある程度離れ、もう邪魔されないと判断しためぐみんが、その表情を邪悪な笑みへと変えてアイリスに向かって拳を握って駆け出した!

 

 

「ははははははははっ!!!!! 仲直りはしてあげますよ!!! でもそれは私が強烈な一撃をお返ししてからでごふっ!!!!!」

 

 

 思い切り腕を振りかぶってパンチを打ち込もうとしていためぐみんだったが、それより先にアイリスの縦拳が再びみぞおちにめり込んだ。

 

 それにしても、いい突きだ。

 踏み込みの勢いを上手く拳に乗せられているし、少ない予備動作で素早く距離を詰めるので、ケンカ慣れしているめぐみんも相手の間合いを測れていない様子だ。これも王族のセンスというやつなのだろうか。

 

 そして、今度こそ追撃を加えようとするアイリスは再びクレアとレインに取り押さえられ、俺はみぞおちを押さえて動けなくなっているめぐみんの背中を擦ってやる。

 

「お前は一旦頭を冷やせ。アイリスは年下といっても王族だぞ? 身体能力ではクラスでもビリなお前が、真正面からやって勝てる相手じゃねえって。不意打ちとかも俺が色々教えてるから対応してくるし」

「……ぅぅ……こ、この……私が……こんな…………絶対に許しません……いつか必ず……レベルを上げて……ボコボコに……!!」

「クレア、レイン、離してください! この人はいずれ私に復讐するつもりです! それならば、めぐみんさんには今ここで、トラウマになるくらいの“すんごい事”をしなければなりません! そうでしょう、お兄様!!」

「確かにそう教えたけど! いやでも、アイリスもちょっと落ち着けって…………クレアも! お前いい加減すぐ剣抜くのやめろって!!」

 

 それからアイリスの方は割とすぐに大人しくなってくれたが、めぐみんがしばらく暴れ続け、俺が後ろから羽交い締めにする事でようやく落ち着いたようだ。

 しかし、これはこれで新たな問題が生まれており、俺と密着しているめぐみんを、アイリスが不機嫌そうに見ていた。

 

「……むぅ」

「ふふ、どうしましたその目は。私が羨ましいのですか? 先生とくっついてる私が羨ましいのですね?」

 

 こいつは本当に……。

 俺と密着した所で何とも思ってないだろうに、アイリスの反応を見てニヤニヤとして更に身を寄せてくる。

 

 放っておくとまたケンカになりそうなので、俺はこれ以上めぐみんが何か言う前にアイリスに。

 

「あのさ、アイリス。めぐみんの騎士団入団の件なんだけど、どうしてもダメか……? 実は結構込み入った事情があってさ、内定を貰えないとかなり困ったことになるんだ」

「…………あの、お兄様がそこまでめぐみんさんの事を思っているのは、ただ教え子だから……という事なのですよね?」

「うん、もちろん。何だよアイリス、もしかして俺がめぐみんに惚れてるとか思ったのか? ないない。いくら俺でも、こんな体も性格も男と区別つかないような子供を狙う程見境なしってわけじゃねえって」

「言いたい放題言ってくれますね本当に! 誰が男と区別がつかないですか!! 先生だって悪魔と区別つかないくせに!!」

「つくだろそれは流石に! え……つく、よな?」

「え……あー…………はい、区別つきますよ! お兄様は悪魔ではありません!」

 

 アイリスの少し考えるような間に、俺の心が抉られるのを感じる……人としてどうなのとかはよく言われるけど、そんなに酷いか俺……。

 

 すると、めぐみんは呆れた様子でアイリスの方を見て。

 

「というか、仮に私と先生がそういう関係だったとしたら、どうするつもりだったのですか。『騎士団に入りたくばお兄様と別れてください』とか言うつもりだったのですか?」

「ち、違います! ただ気になっただけで……めぐみんさん、あなたはお兄様のこと……好きなのですか?」

「さぁ、どうでしょうね。それに答えなければ騎士団には入れないとか言うつもりですか?」

「そ、そんな事は言いませんが…………何だか、めぐみんさんからは危険なものを感じるのです……ゆんゆんさんは直接的なアプローチをする度胸もないみたいでしたし、放っておいても大丈夫だと思ったのですが……あなたは……」

「ふっ……まぁ、仮に私が先生のことを好きだったとしたら、あなたにとって私はゆんゆんなど比べ物にならない程の強敵になることでしょうね。ゆんゆんなんて、先生とは十年以上一緒にいて一向に関係を進められないヘタレのくせに、愛が重くて変な方向にこじらせ始めているくらいですから」

 

 知らないところで友人二人からディスられているゆんゆん。不憫だ……。

 いや、ゆんゆんはああいう素直になれない所がまた可愛いと思うんだけどな……まぁ、めぐみんの言う通り、重すぎる愛で怖いことになってる時もあるけど……。

 

 クレアは二人のやり取りを聞きながら、不安そうに。

 

「あ、あの、アイリス様? めぐみん殿は騎士団に入ってこの国を守ると言ってくださっているのですし、あまりそう邪険にしなくても……」

「えっ、いえ、これはそういった話ではなく……あ、クレアやレインにはあまりピンとこないかもしれませんね……これは恋愛の駆け引きといったもので……」

「「うぐっ……!!!!」」

 

 アイリスの言葉に、かなりの精神的ダメージを受けた様子でうめくクレアとレイン。

 た、たぶんアイリスには悪気があったわけじゃないと思うが、これはキツイだろう……二人は美人だし、いつかは良い人が見つかるとフォローするべきだろうか。でも余計なこと言うと、俺にまでとばっちりがきたりするしなぁ……。

 

 それからアイリスは、少し何かを考え込んだあと。

 

「……分かりました。私の方も、一方的にめぐみんさんが騎士団に合っていないと判断して、入団を拒むというのはおかしいですよね」

「やっと分かってくれましたか。そうですよ、これ程までに騎士団に相応しい高潔な精神を持った者など中々……」

 

 そう、めぐみんが言いかけた時だった。

 アイリスは両手を合わせて、眩しい笑顔で。

 

 

「では、めぐみんさんには、これから一定期間、実際に騎士団に入ってもらうことにしましょう。お試し入団というやつです。そこでめぐみんさんの適性を見ることにします。能力だけではなく、内面的な部分も含めて」

「えっ」

 

 

 突然のアイリスの提案に、めぐみんは短く驚きの声を漏らすだけだ。

 俺達も何も言えずに、ただ目を丸くしていたのだが……。

 

「クレア、どうですか? そういう事は出来ますか?」

「……で、出来ないことはないと思いますが……しかし、めぐみん殿はまだ魔法を習得していないので……」

「魔法が使えなくとも出来ることはあるでしょう。例えばめぐみんさんは、その年でアークウィザードになれる程の高い知力を持っているのですから、それを騎士団の為に活かしてもらうというのも良いと思うのですが」

「……そうですね。ちょうど今、騎士団は貴族の方々からの強い要請で、銀髪の盗賊を追っているところです。その盗賊はまさに神出鬼没なのですが、めぐみん殿の知恵をお借りすれば、その足取りを掴めるかもしれません……」

「…………いいでしょう」

 

 めぐみんは静かにそう言うと、不敵な笑みを浮かべる。

 そして、バサッとローブをはためかせて決めポーズを取ると。

 

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして爆裂魔法を愛する者! ふふ、そんなに我が強大なる力を見たいのであれば、思う存分見せてあげましょうとも。我ほどの者となれば、自らの価値を証明するのに魔法など必要ありません……邪神の封印パズルすら解いてしまうこの頭脳、ひとまずはこの国のために使ってあげるとしましょうか! 盗賊の一人や二人、朝飯前です!!」

 

 

 そんな感じに、自信満々に言ってのけるめぐみん。

 ……本当に大丈夫だろうか。こいつの知力が高いのは確かだが、普段の行いはとても知的とは程遠いものが多い。いや、でも、現状は受けるしかないわけだが。

 

 俺が本当に心配なのは、めぐみんの精神的な部分の方だ。こいつはこれから騎士団の一員として生活していくわけだが、何か問題を起こしたりしないだろうか。クラスでも何かあった時は大体こいつが絡んでるし……。

 

 そうやって、俺はまるで他所に自分の子供を預ける親のような気持ちで、ただめぐみんを見ていることしかできないのだった。もし何かあっても俺は関係ないと言い張ろう、うん。

 




 
何気にゆんゆんが出ない回は初めてかも?
次でこの話は終わり……のはずです、たぶん。
 


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爆裂狂の逃避行 3

 
色々あって遅くなりました、ごめんなさいm(_ _)m
とても長いので、適度に休みながらのんびり読んでもらえたらと思います。
 


 

 時刻は深夜近く。

 騎士団に仮入団することとなっためぐみんは、城の中にある騎士団員用の部屋で集団生活をしている。何もやらかさなければいいのだが……やはり心配だ。

 

 俺はといえば、いつものようにアイリスの部屋で色々話を聞かせてあげている。

 何でも、俺の話は他の冒険者達の冒険譚とは全く違っていて、とても面白いらしい。俺の話をここまで目を輝かせて聞いてくれる人は少ないので、俺も嬉しい。だって大抵の人は、俺の話を聞いてもドン引きするだけだし……。

 

 こんな時間に王女様が自分の部屋で男と話しているというのは、普通に考えたら許されるわけない事なのだろうが、護衛のクレアも同席させるという事で何とか許してもらっている。

 ……といっても、この時間になるとクレアはうとうとする事が多く、実質アイリスと二人きりみたいなもんなんだが。

 

 ちょうど今は、この前俺が華麗にミツルギに勝った時の話をしている。

 

「――つまり、俺が土下座したところで、ミツルギは勝利条件を何も満たしていなかったってことだ。だから俺がやったのは、勝手に油断した相手に魔法をぶち込んだってだけなんだ」

「なるほど……! すごいです、ルールの穴を突いたということですね!」

「そう、穴があったら何でも突く! それが男ってもんだ!」

「…………あの、流石に10歳の私に、そういう直接的な下ネタはどうかと思うのですが……」

「やだもーアイリスったらエロいんだから! 今のですぐに下ネタだって分かる10歳児ってのも中々いないぞー?」

「わ、私はエロくなどありません! もしそうだとしても、私に色々と教え込んだお兄様のせいですからね!!」

「…………そ、その、俺が悪かったから、そういう事は外で言ったりするなよ? 俺、処刑されちゃうから」

 

 何か誤解を招きそうなアイリスの言葉に、俺は冷や汗を流す。

 変態だ鬼畜だなどと散々言われている俺でも、流石に10歳の女の子に手を出すほど危ない奴ではない。ただ、俺の話っていうのは、どうしても下ネタ関係が混ざることが多く、そういう知識をアイリスに植え付けてしまうのは仕方のないことなのだ。うん、俺は悪くない。

 

「それにしても、アイリスはちゃんと俺のこと褒めてくれるんだよな。クラスの奴等なんて、せっかく先生が勝ったってのに、皆ドン引きだったぞ」

「そうなのですか? まぁ確かに、あまり理解されない勝ち方だとは思いますが、お兄様にとっても負けられない決闘だったわけですからね。時には手段を選んでいられないこともある、というのはお兄様から教わったことですし、私もその通りだと思いますよ」

「アイリス……俺のこと分かってくれるのはお前だけだ……その上、王女様だし可愛いし、魔王討伐って条件がなかったら今すぐにでも婚約するところなんだけどなぁ……」

 

 アイリスの言葉に感動した俺は、特に深く考える事もなくそんな事を言うと。

 何やら興奮した様子のアイリスが、ずいっと顔を近付けてきた!

 

「ほ、本当ですか!? …………分かりました! お兄様がそのつもりでしたら、私も手段を選んでいる場合ではありませんね! 私が何とかお父様を説得してみせます!」

「えっ……い、いや、今のは軽い気持ちで言っただけで……というか、何を説得するつもりなんだ……?」

「それはもちろん、結婚の条件です! 元々、魔王を倒した勇者様に王女と結婚する権利を与える一番の理由は“王家に優秀な血を入れる事”です。つまり、いかにお兄様が優秀な人物なのかを説明すれば、可能性はあるはず! お兄様は数多のスキルを使いこなす超高レベル冒険者で、しかも商人としても素晴らしいです。そんな人を優秀と呼ばすに何と呼べるでしょう!?」

「鬼畜やら変態やら色々呼ばれてるけど……と、とりあえず落ち着けアイリス。褒めてくれるのは嬉しいけど、いくら何でも魔王を倒した勇者様と俺が同格だとは思えないって」

「では、その魔王を倒すために、という事にすればどうでしょう? 魔王が元気に暴れている現状を考えれば、魔王を倒した者と結婚して……などと悠長なことを言っていないで、どんどん優秀な人と結婚して子供を作り、いずれ魔王を倒す者として育て上げる方が良いと思うのです!」

「そ、それは……まぁ、一理あるかもしれないけど、魔王討伐と言えば王族じゃなくて冒険者の役割なんじゃ……」

「そんな事はありません! せっかく王族は優秀な血を繋いできているのですから、魔王討伐も冒険者に任せるのではなく、王族自ら積極的に動くべきなのです! この国の王子だって、最前線で魔王軍と戦っています! 決めました、私、お兄様……カズマ様と結婚したいと、明日にでもお父様にお願いすることにします!」

「いや無理だって! 魔王を倒す為に早く結婚するべきだってのは聞いてくれるかもしれないけど、相手が俺ってのは許されるわけないって! 俺は悪評も広まりすぎてるし、才能的には運以外全然大したことがない。それなら、凄い力を持った変わった名前の勇者候補なんかと結婚させられる可能性の方が高いと思うぞ。ミツルギみたいな」

 

 ミツルギはミツルギで、魔剣グラムがなければ大したこともない気がするが、もしかしたらアイツの子も魔剣を扱えるかもしれないし、俺よりは喜ばれるだろう。イケメンだし、性格も良いしな。まぁでも、アイツは他に好きな人がいるらしいし、断りそうな気もするが。

 

 アイリスは俺の言葉にぶんぶんと首を横に振って。

 

「私は優秀な人であれば誰でも結婚したいわけではありません、お兄様と結婚したいのです! 王女としてあまりワガママを言うべきではないという事は分かっていますが、そこは土下座でも何でもしてお父様に懇願します! お兄様が優秀なのは事実ですし! お父様だって、出来るだけ私が望む結婚をさせてあげたいと思ってくれるはずです!」

「お、おい、土下座はやめとけって……いくら国王相手でも、王女がそんなこと……」

「手段を選ぶなと言ったのはお兄様ではないですか! お兄様と結ばれる為なら、土下座なんて何でもないです! きっとお父様だって、私が土下座をして『カズマ様と子作りさせてください』とお願いすれば許してくれるはずです!」

「うん、お前は許されるかもしれない! でも、確実に俺が許されないから!! 王女様を誑かした罪で処刑されるから!! 頼むから落ち着け!!」

 

 とんでもない事を言い出したアイリスを必死に説得して止める。こんなの、もしクレアが起きていたら、間違いなく激怒してぶった斬ろうとしてくる所だ。

 確かに“手段を選ぶな”ってのは言った事があるけど、まさかこんな所で使われるとは……王族は国のために非情な選択をしなければいけない時もあると思って言ったんだけど……。

 

 少しして、俺の懸命の説得もあって、アイリスは渋々ながらも何とか思い留まってくれたようだ。

 アイリスは口を尖らせて。

 

「……私は不安なのです。いつかお兄様を取られてしまうのではないかと……特にめぐみんさんは危険です……」

「えっ……いやいやいや、それはないって。アイツの頭の中は大半が爆裂魔法で占められてるし、そういう色気なんざないよ。まぁ、昨日の夜はベッドの中で好きとか言われたけど、あれだって……」

「今何と言いました!? え、べ、ベッドの中で告白されたのですか!?」

「ちょ、ちょっと待てって! それだって、どういう意味で言ったのか分かんねえし、確認しようと思ったらグースカ寝てやがったんだよアイツ。だから、たぶんそんなに深い意味は…………アイリス?」

 

 どうやらアイリスはもう俺の声は耳に入っていないらしく、少し俯いてぶつぶつと何かを呟いている。

 そして、顔を上げたと思ったら、俺のことを真剣な表情で真っ直ぐ見つめて。

 

「お兄様、今夜は私と一緒に寝てください」

「喜んで。…………と言いたいところだけど、それは流石に無理なんじゃ……」

「大丈夫です、私に考えがあります」

 

 そう言うと、アイリスは眠っているクレアのことをちらちらと見ながら、俺の耳元に口を近付ける。めぐみんやゆんゆんのものとはまた違った、とてもいい香りがする。

 

 それから、アイリスは小さな声で俺に策を聞かせると、今度は縋り付くような表情で俺をじっと見つめた。

 

 ……悪くはない策だとは思った。

 でもバレる可能性がないとは言い切れず、もしバレた時は大変なことになる。相手は王女様だ、めぐみんやゆんゆんと一緒に寝るのとはわけが違う。

 

 でも、アイリスにこんな顔で見つめられては断ることもできないわけで。

 

「……分かった、やってみるよ」

 

 俺の言葉に、アイリスはぱぁっと明るい笑顔を浮かべる。

 あぁもう、可愛いなぁアイリスは……結局俺も国王やクレアのように、この笑顔の前では骨抜きにされてしまうようだ。

 

 そして、俺は小さく唱える。

 

「『ライト・オブ・リフレクション』」

 

 いつもの、姿を消す魔法に潜伏スキルのコンボだ。

 それを確認したアイリスは、眠っているクレアを揺さぶる。クレアはゆっくりと目を開けて。

 

「…………あっ、も、申し訳ありません!! 護衛ともあろう者が、ついうとうとと……どんな罰でも受けます!!」

「ふふ、気にしなくていいですよ。クレアの寝顔は美しいので、私も見ていて飽きませんし。それに、クレアは毎日この国の為に忙しく働いてくれていますからね。こちらこそ、こんな時間まで付き合わせてしまってごめんなさい」

「っ!!! そ、そんな、も、勿体無いお言葉です……!!!」

 

 クレアは顔を真っ赤にして俯いてしまい、アイリスはそれを見てクスクスと笑っている。

 ……あれ、もしかして俺はお邪魔な感じ? これから、王女様とお嬢様の高貴な百合展開が始まるの?

 

 そんな事を考えていると、クレアはまだ顔を赤くしたまま、辺りを見回して。

 

「え、えっと、アイリス様。あの男は……」

「お兄様でしたら、もう部屋に戻られましたよ。だからクレアも、今日はもう自分の部屋に戻って休んでください。ここではあまり気も休まらないでしょう?」

「いえそんな事はありません! むしろここの方が……」

「……えっ?」

「あっ!!! す、すみません、何でもありません! ではお言葉に甘えて、自分はこれで失礼します!! おやすみなさい!!」

 

 クレアは慌ててそう言うと、一礼をしてから部屋から出て行った。つい本音が出ちゃったんだな、気持ちは分からなくもない。

 

 クレアが離れて行ったのを確認すると、俺は魔法を解いて姿を現す。

 アイリスはベッドのシーツをぽんぽんと整えながら笑顔で。

 

「では、一緒に寝ましょうか」

「……アイリス、俺と一緒に寝るという事がどういう事なのか分かってるのか?」

「ど、どういう事って…………あ、あの! 流石に一線を越えるのは、もう少し待ってもらいたいです! あ、いえ、お兄様とはいずれそういう事もしたいとは思っているのですが、まだ早いかと……」

「ち、ちがっ、そんな事する気はねえって! そうじゃなくて、アイリスを抱き枕にしてもいいかってことだよ!」

「な、なんだ、そういう事ですか。もちろん、構いませんよ。むしろ、私からお願いしようと思っていたところです。……はぁ。クレアが『あの男は子供相手でも「年齢二桁なら余裕!」などと言って手を出してきます! 気を付けてください!』と言っていたものですから、焦ってしまいましたよ……」

 

 あの白スーツは本当に俺のことを何だと思っていやがるのだろう。また剥いてやろうか。

 

 それから俺達はベッドに入って、ぎゅっとお互いを抱きしめあう。

 アイリスの体はめぐみんやゆんゆんよりも更に小さく、それでいて柔らかくていい香りがして心地いい。背中に腕を回しているので、手にはさらさらとした長い金髪の感触も伝わってくる。

 

 俺はアイリスの髪を撫でながら。

 

「髪、すっげーさらさらだな。やっぱ王女様は高いシャンプーとか使ってんの?」

「どうなのでしょう、私は用意されているものを使っているだけなので…………でも、お兄様の家も裕福なのですし、良いものが揃っているのではないですか?」

「あー、まぁ、そうだな。ぶっちゃけ俺は特にこだわりとかないんだけど、ゆんゆんには良いもの使ってもらいたいしな。……でもそういや、家が貧乏なめぐみんも髪はさらっさらなんだよな。あれはやっぱ、生まれ持った物が違うってやつなのかね」

「…………お兄様、この状況で他の女性の話をするのはどうかと思うのですが。というか、妹であるゆんゆんさんはともかく、めぐみんさんの髪もそんなに触る機会があるのですか?」

「え、い、いや、そんなにはないよ。ただ、ほら、昨日一緒に寝たばっかだし……」

 

 俺の話を聞いている内に、どんどん不機嫌そうになってくるアイリス。

 こんな拗ねた顔もすごく可愛いのだが、それをもっと見たいと思うほど意地悪にはなれない。

 

「言っとくけど、めぐみんとはそんなに色気のある展開にはならないぞ? 確かにアイツは俺に気があるような事を言うようになってきてるけど、それだってからかうような感じなのがほとんどだしな。大体はお互いにバカなことを言って流して終わりだ。そんな真剣に愛を語るなんてのも、アイツの柄じゃないしな」

「……お兄様は、めぐみんさんのことは異性としてどう思っているのですか?」

「めぐみんの事が異性として好きとかそういうのは全然ないよ。人としては……まぁ、爆裂狂だけど結構良い所もあって、その、嫌いじゃないけどさ」

「本当ですか? 私は不安なのです……めぐみんさんはかなり押してくるタイプだと思うので、お兄様がコロッと落ちてしまわないかと……」

「大丈夫だって、俺はそんなちょろくないっての。めぐみんがもうちょい大人だったら分かんなかったけど、少なくとも今は可愛い教え子がじゃれてきてるくらいにしか思ってないよ」

「という事は、めぐみんさんがもう少し成長したら意識する可能性もあるという事ですね……」

「あー…………でも、俺が意識するくらいにアイツが大人になるって全然想像つかねえんだよな。例え何年経っても、俺達に限ってそんな色っぽい展開なんて120パーセントありえないと思うぞ」

「そ、それは、以前お兄様が教えてくれた“フラグ”というものではないのですか!? 結局お兄様がめぐみんさんに落とされる未来しか見えないのですが!!」

 

 ……言われてみればフラグっぽいな。紅魔の里では、わざと勝利フラグを立てて勝ちを呼び込もうとする者も少なくはないが、今のは別にそういう計算をしていたわけじゃない。素で言ってしまった。だからこそ余計にフラグっぽいと思えてしまう。

 

 アイリスが不安そうな表情でこちらを見ているので、俺は慌てて。

 

「フ、フラグとかじゃねえって! というか、今のこの状況だって、アイリスはめぐみんより先に進んでるんだぞ?」

「え、でも、めぐみんさんもお兄様とは一緒に寝て抱き合ったと……」

「正確には、“俺がめぐみんを抱きしめたり、めぐみんが俺を抱きしめたり”だ。こうやって抱き合って寝たことはないよ。そもそも、俺がめぐみんを抱きしめたら、アイツ泣き出したんだぞ。なんか、自分から抱きしめるのはいいけど、相手から抱きしめられるのは抵抗があるとかそんな事言ってたと思う。まぁ、その頃はまだ知り合ったばかりだったんだけど」

「し、知り合ったばかりでそんな状況までいってしまうというのも凄いと思うのですが……」

「うっ……それは、その、アクシデントというか、色々と陰謀が絡み合った結果でな…………と、とにかく! めぐみんよりも、アイリスの方がずっと俺と凄いことをしてるってことだ!」

「…………そ、そうですか」

 

 それを聞いて今更恥ずかしくなったのか、アイリスは赤くなった顔を隠すように俺の胸元に顔を埋める。

 

 よし、このタイミングならいけるかもしれない。

 

「……あのさ、アイリス。騎士団の件なんだけど、めぐみんもまだまだ子供だし、大目に見てくれないか……? 今、騎士団が追ってるっていう銀髪の盗賊って結構厄介な相手なんだろ? そんなのを相手にして功績をあげろってのは、ちょい厳しいと思うんだけど……」

「…………ふふ、安心してください。元より功績は重視していませんよ。例え何も成果を上げられなくても、騎士団として何も問題を起こさず無難に過ごしてもらえれば、それで内定は認めるつもりです」

「ぶ、無難に……か……」

 

 成果をあげなくてもいいというのはありがたい事だが、アイツの場合、何も問題を起こさないという所からして怪しい。大丈夫だろうなアイツ……。

 

 そう不安に思っていると、アイリスはぎゅっと俺に抱きつく力を強めると。

 

「お兄様は、めぐみんさんの事ばかり考えていますね」

「クラスで一番の問題児だからな……教師って立場上、面倒見てやらないといけないし。さっさと卒業させてやって、騎士団に引き取ってもらいたいよ」

「……そう言いつつもお兄様、めぐみんさんの面倒を見る事に対して、満更でもない様子に見えますよ?」

「えっ、そ、そうか? ……いやいや、気のせいだって。俺にそんな世話好きな一面があるわけないって。むしろ出来ることなら、身の回りのこと全部誰かに任せたいと思ってるくらいだし」

「気のせいならいいのですけどね……」

 

 アイリスはそう呟くと、しばらく何かを考え込み。

 やがて、意を決した様子で俺の目を見つめた。

 

「私はめぐみんさんには負けません。お兄様は私が貰います」

「……そもそも、めぐみんが本当に俺を欲しがってるのかどうかも結構怪しいと思うけどな……それ、俺じゃなくてめぐみんに言ってみろよ。平気な顔で『どうぞどうぞ』とか言うかも…………アイリス? お、おいどうした、顔が近い……まさかキ」

 

 柔らかい、唇の感触が伝わってきた…………ほっぺに。

 それは一瞬のものではあったが、しばらくその唇の感触がほっぺに残っているような気がして、思わずその場所を手で触ってしまう。

 

 アイリスは顔を赤くしながらも、どこか勝ち誇ったように笑みを浮かべて。

 

「ど、どうですか。めぐみんさんも、ここまではやっていないでしょう?」

「…………ぶふっ」

「っ!? な、なんですか!! 何故笑うのですか!! その妙に穏やかな目はどういう事ですか!!! わ、私は今、キ、キスをしたのですよ!?」

「ははっ、悪い悪い! いや、キスしてくるのは予想ついたんだけど、ほっぺにってとこが可愛くてな。うんうん、お前はめぐみんより先に進んだよ、頑張った頑張った」

「明らかに子供扱いしてますよねそれ!!! ち、違いますよ、今のは……そう、準備運動みたいなものです!! 今度は、く、口に…………いえ、舌も入れます!!!」

「おいおい無理すんなって。ほっぺにチューだけでそんだけ顔真っ赤にしてるのに。つか、ベロチューは流石に早すぎるだろ。あれ、耐性ない人がやると、頭がバカになって鼻血吹いて気絶するらしいぞ」

「そ、そんなに危険なものなのですか!? で、では、舌は入れませんので、口に……」

「それもやめた方がいい。何故なら俺は、口にキスされると反射的に舌を入れて、相手の口腔内をベロベロ蹂躙しまくる癖があるんだ。そんな事されたらお前、とんでもない事になるぞ」

「ええっ!? 本当ですかそれは!? というか、お兄様はそもそもキス自体した事ないのでは……」

「なっ……あ、あるし! キスくらいした事あるし!! 小さい頃にゆんゆんとした事あるし!!」

「…………ふふ、そうですかそうですか。安心しました」

「あっ、お前今バカにしたな!? よし、じゃあお望み通りキスしてやるよ! 俺のテクニック見せてやる!!」

「え、ちょ、ちょっと、私、一応ファーストキスという事になるのですが、そんなヤケクソみたいな感じにされるのは……もっと、こう、ムードとか……」

「だーもう、さっきはそっちも勢いでしようとしてたのに面倒くせえな! ぶちゅっとやっちゃえば一緒だろ!」

「一緒じゃありませんよ! もう、やめですやめ! お兄様は本当にデリカシーというものが足りませんね!!」

 

 そんなこんなで、結局アイリスとはそれ以上何もする事はなかった。

 何だろう、めぐみんやゆんゆんだけじゃなく、アイリスともすぐにこんな騒がしい空気になってしまう。まぁ、10歳や12歳の子供とそんな色気のある空気になってもアレなので、むしろこっちの方が好ましいのだが、いつか本当に好きな子が出来て、その子を口説く時もこんな感じになるのは困る。

 

 デリカシーか……今度ゆんゆんにそこら辺を教えてもらうか……。

 

 

***

 

 

 次の日。

 万が一俺がアイリスと一緒に寝ている所を見られては大変だということで、俺は朝早くに起きると自分の部屋へと戻り、二度寝することにした。

 

 二度寝というのは最高だ。眠気にそのまま身を任せられる心地良さというのもあるが、何かいけない事をしているような感じもいい。

 そんなわけで、俺はベッドの中でうとうととしていたのだが。

 

 

「カズマ貴様アイリス様に何をしたああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 朝っぱらからでかい声を出して、クレアがドアを蹴り破って入ってきた。

 何やら怒っているようだが、今は眠くて構ってやる気力もない。そのまま無視して眠ろう……としたのだが。

 

 クレアは俺の掛け布団をひっぺがし、胸ぐらを掴んで無理矢理起き上がらせてきた。

 

「正直に答えろ。貴様、アイリス様に何をした?」

「なんだよもー……人が気持ち良く寝てるってのに……むにゃ……」

「おい寝るな! ちょ、まっ、何故私をベッドの中に引きずり込もうとする!? 待てやめろ寝ぼけているのか貴様!!!!!」

「そ、その声はクレア様ですか? 一体どうなさったの……ですか…………」

 

 部屋のドアを開けっ放しでクレアが大声を出すものだから、それを聞きつけた白髪の執事が何事かと慌てて部屋に入ってきて……固まった。

 

 執事の視線の先では、俺とクレアが乱れたベッドの上でもつれ合っていた。

 クレアのスーツは乱れて脱げかけており、俺に至ってはパジャマを持ってきていなかったので、Tシャツにパンツという格好だ。

 

「…………大変お邪魔いたしました。ですが、その、そういった事をなさるのでしたら、せめてドアをお閉めになってからの方がよろしいかと…………では、失礼いたします」

「なぁっ!? ち、ちちち違う誤解だ!!!!! 待て!!!!!」

 

 クレアが大慌てで弁解するが、執事はそそくさと部屋を後にしてしまう。

 すぐにクレアは涙目で俺のことをキッと睨むが、俺はしっしっと手を振って。

 

「ほら、さっさと誤解を解かないと、シンフォニア家のお嬢様は朝っぱらから男と変な事する人だって噂たてられるぞー。というわけで、行った行った」

「ぐっ……この城の執事はそんな下賤な噂をたてたりせぬわ!!! それよりも、アイリス様に何をしたのか答えろと言っているだろう!! やはり何か言えない事をしたのか!?」

「だーうっせえ!!! 急に疑ってきて何なんだよ、ちゃんと説明しやがれ!!!」

「説明するのは貴様の方だ!!! アイリス様のベッドの中から男の匂いがしたのだ!! これが騒がずにいられるか!!! それに、この髪の毛も見つかった! この茶髪は貴様だろう!!」

「うっ……そ、それは…………いや待て。お前はなんでアイリスのベッドの匂いなんて嗅いでんだよ。シーツを取り替えたりするのはメイドの仕事だろ」

「それはもちろん、アイリス様の残り香を楽しんだり、髪の毛を頂戴する為に決まっているだろう! そんなことより、貴様はアイリス様のベッドに入ったのか!? ま、まさか、一緒に……!!」

「とうとう隠す気もなくなったなこの変態貴族!!! 何がそんな事よりだ、国王に言いつけてやるからな!!!」

「言えるものなら言ってみろ!!! そんな事をすれば、私もアイリス様のベッドの中から貴様の髪の毛が見つかったと言うぞ!!!」

 

 そのまま俺とクレアは至近距離で睨み合う。

 とりあえず俺は、何かしらのスキルでこの変態を黙らせようと口を開きかけた……その時だった。

 

 

 突然、ドンッ! と城中に爆音と震動が響き渡った。

 

 

「なっ……敵襲か!? アイリス様!!!」

 

 クレアは真っ青な顔で一目散に部屋を出て行ってしまった。

 それ自体は俺にとって都合のいいことではあるのだが、今の爆音を聞いて二度寝出来る程、俺の神経も図太くない。俺も急いで着替えると、部屋を飛び出す。

 

 アイリスの方へはクレアが向かったはずだから、俺はめぐみんの元へと向かうことにする。アイツの近くには騎士団の人達もいるだろうし、そこまで心配することもないのかもしれないが、念のため、だ。

 

 しかし、めぐみんの元へと近付くにつれて、何か嫌な予感がしてくる。

 人の流れがおかしい。俺が廊下を走っていると、城に滞在していた貴族の人達が、みんな慌てた様子で俺とは反対方向へと走って行く。

 

 ……まるで、危険な場所の中心から離れようとしているかのように

 

 そのまま走っていく内に、だんだんと黒い煙が漂うようになり、俺の疑惑はいよいよ確信へと変わり始めている。

 そして少しすると、ある部屋の前で騎士団が集まって、皆が引きつった顔を浮かべているのを発見する。

 

 …………何があったのか聞きたくない。

 俺はもう引き返して二度寝でもするかと思っていたのだが、その前に騎士達が俺に気付いて。

 

「あ、カズマ様! あの、実は……」

 

 騎士達は、俺に気まずそうな視線を送った後、部屋の中を見る。

 俺は嫌々ながらも、部屋を覗き込み…………。

 

「…………何してんのお前」

 

 全身煤だらけにして目を逸らしているめぐみんに尋ねた。

 

 

***

 

 

「先生、話を聞いてください。これには深い理由があるのです」

「おう、聞いてやる。言え」

 

 部屋の掃除をして、風呂で綺麗になっためぐみんが、腕を組む俺の前で正座をしている。俺の側には困り顔のクレアやレイン、それに呆れ顔のアイリスもいた。

 

 めぐみんは、ちらちらと俺の様子を伺いながら。

 

「その、騎士団の魔法使いの人が、朝の日課と言って、魔力繊維に魔力を込めて強化していたのです。それを見て、ここは私の強大なる魔力を見せつけるチャンスだと思ったわけです」

「おう、それで?」

「そ、それで、その魔力繊維を貸してもらって、ありったけの魔力を込めて最高強度を与えようとしたのですが…………何故か見る見る内に真っ赤に染まっていって…………」

「染まっていって?」

「ボンッてなりました。…………いたたたたたたたたた!!!!! 痛いです痛いですごめんらさい!!!!!」

 

 俺はめぐみんの頬を、両手で思い切り引っ張る。

 どんな魔力繊維にも許容量というものがある。コイツのアホみたいに高い魔力を全力で注入して耐えられるものなど、本当に限られた高級品くらいしかないはずで、容量オーバーでボンッてなるのは当然だ。

 

 そのやり取りを見ていたクレアは苦笑いを浮かべて。

 

「ま、まぁ、めぐみん殿は紅魔族の中でも特別強い魔力を持っているとのことで、それを制御するのも大変なのだろう。幸い、全員すぐに避難した事で怪我人も出ていない。だから次からは気を付けてもらうということで……」

「そ、そう、その通りですよ! 元々私は善意でやった事ですし、ちょっと失敗したくらいでそんなに怒らなくてもいたたたたたたたたたたたたたた!!!!!」

「王城の中で爆発起こしといて、なーにがちょっと失敗しただこのバカ! 調子に乗ってやらかしただけだろ今すぐ里にテレポートさせてやろうか!!」

「ま、待って!! 待ってください!!! もうしません、反省していますから!!!」

「ま、まぁまぁカズマ様。めぐみん様も反省しておられますし、私達魔法使いとしても、めぐみん様には色々と教えていただきたいことも沢山あります。どうかその辺りでお許しになっていただければと……」

 

 レインがそう言うので、俺は渋々ながらもめぐみんの頬から手を離す。コイツが紅魔族随一の天才だからか、クレアもレインも甘い気がする。特にクレアは、俺に対しては厳しいってレベルじゃないくせに……。

 

 そんな様子を眺めていたアイリスは溜息をついて。

 

「まったく、いきなりこんな問題を起こして。何がオトナですか、私よりも子供じゃないですか」

「ぐっ……ふ、ふん、どんなに優れた人間でも、何かしらの失敗はするものです。何ですか、せっかくまとまりかけていたのにグチグチと。仮にも人の上に立つ者なのに、そんな小さな器で大丈夫なのですか」

「なっ……ひ、開き直りましたね!? やはりめぐみんさんは騎士団には相応しくないです!」

「アイリスこそ王女様に相応しくないでしょう! 結局は、私と先生の関係が、あなたよりもずっと進んでいるから妬んでいるだけのくせに!」

「ちちちちち違います! 私は、そんな…………そ、それに、私はあなたを追い抜きましたよ! 私、昨夜はお兄様と抱き合って眠り、しかも……キ、キスまでしましたから!!!!!」

「えっ」

「ちょっ!? ま、待て、頼むからちょっと待って!! キスといっても、そんなマジなやつじゃなくてだな、軽く…………き、聞いてる?」

 

 めぐみんは俺にゴミを見る目を向けており、クレアは無言で剣を抜いていて、レインは顔を引きつらせて俺から一歩下がって距離を置いていた。

 ちなみに、アイリスは頬を赤らめながらも、ドヤ顔をしている。くっそ、こんな状況でも可愛いなちくしょう!

 

 めぐみんは、一度目を閉じて怒りを抑えるかのように長く息を吐き出すと、次は妙にニコニコとした笑顔をこちらに向けてきた。

 

「……これは良い土産話ができましたね。里に帰ったら早速ゆんゆんに話してあげることにします」

「ごめんなさい!!! それだけは勘弁してくださいお願いします!!!!!」

 

 今度は俺が正座をして許しを請う事となった。

 

 

***

 

 

 それから数日間、めぐみんはやらかしにやらかしまくった。

 ある日には、名前をバカにされたと言って貴族のお坊ちゃんをぶん殴ったり、またある日には紅魔族の強さの秘訣だとか言って、騎士団の人達にカッコイイ口上やら二つ名やらを延々と考えさせてレインを困らせたり。

 

 そして、今日もめぐみんは気まずそうな表情で、俺の前で正座をしている。

 

「……で、今日は何をやらかしたんだ?」

「きょ、今日は私は悪くありませんよ! 実は、街の治安維持ということで、騎士団の人達と路地裏の見回りをしていたのですが、その時に見るからにガラの悪いチンピラに絡まれたものですから、撃退しただけなのです!」

 

 その話だけ聞けば確かに正当防衛のような気もする。

 ちなみに、めぐみんは今回の仕事の前に支援魔法をかけてもらっていたようなので、大人相手でも一般人であれば余裕で勝てるくらいの身体能力はあったようだ。

 

 俺は視線をめぐみんからレインへと移して。

 

「本当のところはどうなんですか?」

「え、えっと……路地裏でガラの悪い男達と遭遇したのは本当のようです……ただ、その男達は、当初は特に絡んでくることもなく、そのまますれ違おうとしていたようなのですが……」

「そこで私が言ってやったわけです。『ちょっと待ってください。路地裏でこんな美少女と出会って何も声をかけないのは失礼ではないですか? あなた方は女性一人も口説けない腰抜けですか』と。何もしてこないようでは、点数稼ぎもできませんし」

「…………で?」

「そしたらチンピラが『ぶははっ!! そんなちんちくりんで女性ってのは流石に背伸びし過ぎだろ! アメちゃんでも買ってやるから、それで許してくれよ可愛いお嬢ちゃん!!』などと舐めたことを言ってきたものですから、ボコボコにしました」

 

 どうやらチンピラはコイツの方だったようだ。

 俺は静かに詠唱を始めながら、めぐみんに右手をかざして。

 

「『テレポ』」

「わああああああああああああああ!!!!! ちょ、ちょっと、何しようとしてんですか!!! 私を見捨てる気ですか先生!!!」

「うん。奥さんが正しかった、お前が騎士団とか無理だわ。爆裂魔法なんて諦めて上級魔法覚えてこい。『テレポ』」

「ままままま待ってください!!! せめて今夜どうなるか見てくださいよ!!! 私の偉大なる頭脳で推理した、義賊が次に狙う貴族の屋敷…………これは自信ありますから!!!」

「そ、そうですね、めぐみん殿がそこまで確信を持っているという事で、私達も今夜こそは例の盗賊を捕らえられると期待していますし……」

 

 いよいよめぐみんのフォローをすることも難しくなってきたクレアとレインだったが、まだコイツを諦めきれないらしい。

 どうやらめぐみんもこのままではマズイと思ったらしく、最近は特に義賊の調査に集中していて、ついに当たりを付けたらしい。根拠については詳しく聞いていないが、何かモンスターがどうのこうのとか物騒なことを言っていたような気がする。

 

 とは言え、最終決定を下すのは俺ではなくアイリスだ。

 俺がそちらを見ると、アイリスは痛む頭を押さえながら。

 

「……分かりました、今夜までは様子を見ます。見事盗賊を捕らえる事が出来たのならば、今までのことは不問とし、騎士団の内定を認めましょう」

「ふっ、中々物分りが良くなってきたではないですかアイリス。そうです、私には多少の失敗では決して揺るがない程の価値があるのです。今夜、この私がいかに騎士団にとって有用か思い知ることになるでしょう!」

 

 アイリスは、めぐみんが何も功績を上げなくても問題さえ起こさなければ内定を認めるとは言ってくれたが、今は状況が変わっている。こんなに問題を起こしまくって、その上、義賊を捕まえられなかったら本当に内定を取り消しにするかもしれない。

 いや、本当だったら今の時点で取り消しにされてもおかしくないのだし、これはむしろまだチャンスをくれるアイリスに感謝するべきところだ。

 

 そんな俺の心配をよそに、調子に乗りまくってドヤ顔でポーズを決めているめぐみん。

 俺はそのバカをじとー、と見ながら。

 

「やっぱりアイリスの方がずっとオトナじゃねえか。俺、将来結婚するならお前より断然アイリスだわ」

「「!?」」

 

 その言葉に、めぐみんは引きつった顔で固まり、アイリスは顔を赤くして俯いた。

 

 

***

 

 

 その日の夜。

 俺は騎士団の人達と一緒に、とある貴族の屋敷で噂の義賊とやらを待ち伏せることになった。

 その貴族は、義賊に狙われるような後ろ暗いことはしていないと白を切ってはいたが、怪しい噂が絶えないそうで、近々警察のご厄介になる可能性が高いそうだ。

 

 騎士は盗賊スキルに対して相性が悪い。

 だから、狙われる可能性が高い金庫の近くは俺が守った方がいいと思ったのだが、この屋敷の貴族の方から却下されてしまった。まぁ、悪名ばっか広まってるからな、俺……。

 

 そんなわけで、俺は広間のソファーで手持ちの魔道具の確認などをしていて、隣ではめぐみんがそれを興味深そうに覗き込んできている。

 実はアイリスも、めぐみんの仮入団を提案した立場上この任務の行方を自分の目で見届ける義務があるとか何とか言って、無理を通してこの屋敷に滞在している。相手が義賊なので危険も少ないし、他に騎士団も大勢待機しているとの事で何とか許してもらえたようだ。

 

 しかし、夜中に俺と同じ部屋にいることは、クレアから固く禁じられてしまった……あんな事があったんだし、当たり前か。アイリスはすごく不満そうにしていたが。

 

 めぐみんは、テーブルの上の魔道具に向けていた視線を天井に移して。

 

「……来ませんね、義賊」

「まだ来ないだろ。狙ってくるとしたら、日付が変わった後じゃねえの。なんだ、お前でもやっぱ不安か?」

「それはそうですよ……これで私の推理が外れていたら、騎士団に入れなくなって、いよいよ先生と駆け落ちするしかなくなるではないですか」

「だから駆け落ちなんてしねえっつの。面倒見てやるとは言ったが、人生全部捧げるつもりはねえよ」

「むっ、なんですか、こんな美少女とずっと一緒にいられるというのに、何が不満なのですか」

「ずっと一緒にいるからこそ、外見より中身重視するべきだろ。ぶっちゃけ俺は、顔はそこそこでいいから、俺を甘やかしまくって面倒見てくれる人と結婚したい」

「か、顔より中身というのは良い人っぽいセリフなのに、詳細を聞くと一気にダメ男にしか思えなくなるのが凄いですね……」

「爆裂魔法の為にそのダメ男と結婚しようとした奴に言われたくないっての」

「…………もし、爆裂魔法の為だけではないと言ったらどうしますか?」

 

 めぐみんはそんな事を言いながら、体を倒して俺にもたれかかってきた。柔らかい女の子の体の感触と、ふんわりとした良い香りを感じる。

 まーた始まったよコイツ……。

 

「……あー、それは何、告白のつもりなの? いや、それ通り越してプロポーズか?」

「さぁ、どうでしょう。好きなように受け取ってもらっていいですよ」

「お前あれだ、そういうのは……その、ずるいと思うんですが。何だよ、ふわふわした事ばっか言いやがって、俺の反応を楽しんでるだけか?」

「ふふ、女の子はずるいものですよ。それに、先生だって口ではそう言いながらも、こういう曖昧な方がありがたいと思っていません?」

「そ、それは……」

 

 ……正直図星だったりもする。

 めぐみんの曖昧な物言いは確かにもやもやとするのだが、かと言って真剣に告白とかされたら、こっちも真剣に返さなければいけないわけで。そして、俺はまだめぐみんの事をそういう対象として見ることができないわけで。

 

 やはり、ここは真面目に受け答えたら負けな気がする。

 俺はがりがりと頭をかいて。

 

「……ったく、そもそも、俺は結婚するならお前よりアイリスだって言ったろ。なんたってアイリスは身分も高いし可愛いし俺のこと甘やかしてくれそうだしで、年以外は文句なしだしな!」

「私も好きになった人には意外と尽くすタイプだったりしますよ? それに先生だって、口ではそう言ってますけど、いざ本当に誰かを好きになったら身分だとか自分を甘やかしてくれそうだとかそういう事は関係なくなりそうですけどね」

「な、なんでそんな事分かんだよ……俺は、好きになったら何でもオッケーみたいな恋愛脳じゃねえって……」

「いえいえ、先生は悪ぶっていて意外と純情なところがありますからね。私やアイリスくらいの年では対象外のようですが、もう少し年上の子が真正面から好意をぶつけてきたら、自然と自分も好きになってしまうくらいにはちょろいと思いますよ」

「おいちょっと待て。その上から目線で俺のことは全部分かってますよ的な態度は気に食わないぞ。お前だってそういう経験は乏しいくせに」

「先生よりは経験値高いですよ。少なくとも私は、人を好きになるという気持ちは知っていますし」

「お、お前、『本当に好きなのかは分からない』とか『この気持ちはまだ曖昧なもの』とか言ってたじゃねえか! はっ、自分でもよく分かってねえのに無理すんなって!」

「そんな事言いましたっけ?」

「言ったよ! メッチャ言ってたよ!! コノヤロウ、とぼける気だな!! 俺はハッキリ聞いたぞ、俺のことを難聴系だと思ったら大間違いだからな!!!」

「ふふ、証拠がなければその主張も無意味ですよ。録音の魔道具でも使っておくのでしたね。というか、難聴系ってなんですか?」

「ぐっ、コイツ…………難聴系ってのはだな…………あれ、なんだ?」

 

 自分で言っといて首を傾げてしまう。

 何だろう、耳がよく聞こえないという意味は分かるのだが、それなら難聴だけでいいはずだ。うーん、たまに自分でも意味がよく分からない言葉が口をついて出てくるんだよな……何かの病気じゃねえだろうな……。

 

 なんか、このまま言い合っていても疲れるだけのような気がしてきた。

 俺は深々と溜息をつくと。

 

「ったく、そもそも、例の義賊ってのがちゃんとここに現れて、そいつを捕まえればいいだけだろ。いや、捕まえられなくても駆け落ちなんざするつもりはねえけど。とにかく、全てはお前の推理次第だ。当てになるんだろうな?」

「えぇ、紅魔族随一の天才の頭脳を甘く見ないでください。銀髪の義賊とやらは、99パーセント、今夜ここに現れますよ」

「フラグにしか聞こえねえぞそれ……何でここだと思ったんだ?」

「共通点ですよ。最近義賊に入られた貴族達の間に共通したものを見出して、次に狙う所の当たりを付けたのです。捜査の基本ですね」

「共通点っていうと、義賊が狙うのは何かしら後ろ暗い事を抱えてる悪徳貴族ってことか? けど、それだったらここじゃなくても、他にも候補はあるんじゃ……」

「もちろん、それも共通点の一つではありますが、他にもあったのです。それも、犯罪関係のことではなく、まっとうな活動の方で……まぁ、これも表向きはそう見えるだけで、裏で何やっているかは分かりませんが」

「へぇ、どんな共通点があったんだ?」

「モンスターですよ」

「は?」

 

 俺の間の抜けた声に、めぐみんは部屋の壁を指差す。

 そこには、モンスターの剥製がいくつも飾ってあった。

 

「最近狙われた貴族は、どれもモンスターに対してかなりの執着を見せていたようです」

「執着ねぇ……でも、剥製くらい貴族なら飾ってるところも多いんじゃないか?」

「剥製だけではありませんよ。義賊に入られた貴族達は、冒険者に珍しい変異種を捕らえさせて自ら生態観察を行ったり、モンスターの品種改良の研究に多額の出資をしたり。はたまた、実際に戦っている野生モンスターの姿を見たいとの事で、無理矢理冒険者パーティーに同行していた者もいたそうです」

「マジか……確かにそこまでいくと中々いないだろうな……」

「えぇ。ただ、その辺はあくまで趣味に近いものでしたからね。警察や騎士団などは、それよりも目立った犯罪の方を中心に調べていたようです。横領、違法な徴税などが発覚していましたので、そこからお金の流れを辿ったり、ですね」

 

 まぁ確かに、義賊に狙われた悪徳貴族の共通点を調べるなら、真っ先にその貴族達がやらかしていた犯罪行為の方から探っていくものだろう。だから趣味のところは後回しになってしまうのも無理はない。

 

 そうやって俺は納得しかけていたのだが。

 

「……でも、義賊はなんでそんな相手ばかり狙うんだ? 悪徳貴族から金銭を巻き上げて教会に寄付してるみたいだけど、それならもっと金を蓄えてそうな所を狙えばいいのに」

「もしかしたら、何か別の目的があるのかもしれませんね。珍しいモンスターを探しているとか。いずれにせよ、この共通点は偶然では片付けられません。今夜、ここの貴族はパーティーに出掛ける際に優秀な護衛を引き連れ、屋敷の警備も薄くなるという情報を意図的に外に流してあります。きっと狙ってくるはずです」

 

 めぐみんは真剣な顔で、半ば自分に言い聞かせるように断言した。

 この様子を見ても、何だかんだやはりコイツも緊張しているのだろう。無理もない、爆裂魔法がめぐみんにとってどれだけ大事なものなのかはよく分かっている。

 

 ただ、万が一ここで義賊を捕まえられなくても、それで即刻里に送り返すつもりはない。

 もちろん駆け落ちなんてするつもりはないが、本人が望むのなら、このまま王都で爆裂魔法を覚えるまでレベル上げを手伝ってやるという事も考えている。

 しかし、俺と違って才能豊かで上級職のめぐみんはレベルが上がり難い。爆裂魔法を習得できるまでのスキルポイントを貯めるとなると、それなりの時間がかかってしまう。その間に奥さんがどんな手を打ってくるか分からない。

 

 それに、出来ればちゃんと学校に通わせて卒業させてやりたいしな。ゆんゆんも、一番の友達が中退なんてのは寂しいだろうし。めぐみんだって同じ気持ちだろう。

 

 それから俺達は適当に雑談しながら、盗賊がやって来るのを待つ。

 そして日付が変わる頃になると、会話も少なくなっていき、隣ではめぐみんがこくりこくりと船を漕ぎ始め……俺の肩に顔をぶつけてびくっと起きる。

 

「す、すいません。少しうとうとしていました……」

「大丈夫か? 仮眠用の部屋がいくつか用意されてるし、寝ててもいいんだぞ? アイリスも寝てんじゃねえかな」

「いえ、私は義賊捕縛には役に立たないかもしれませんが、推理だけして後は全て任せるというのも、一応は騎士団の一員としてどうかと思いますからね。それに、アイリスも多分頑張って起きていますよ。私だけ寝るわけにはいきません」

「お前がそう言うなら止めないけど……まぁ、安心しろよ。義賊が来たら、俺が必ず捕まえてやる。俺は元々夜型だし、夜更かしもそこまで辛くないしな。あと義賊だか何だか知らんが、イケメンは全員俺の敵だ」

「……えぇ、頼りにしていますよ先生。それにしても、相変わらずイケメンが大嫌いなのですね。私は、先生の顔も全然ありだと思えてきましたし、そこまで卑下しなくてもいいと思いますが」

「それってあれだろ、ブサイクでも三日で慣れるみたいな慰めになってない慰めだろ」

「ふふ、違いますって。……ほら、よく見せてください」

 

 そう言うと、めぐみんは俺の頬にひんやりとした両手を当てて、顔を近付けてくる…………いや近い近い近い!

 あまりに近いもんだから、めぐみんの真紅の瞳に俺が映っているところまで見えてしまう。

 

「…………やっぱり、私は先生の顔、結構好きですよ?」

「わ、分かった、分かったからもういいだろ。こんな所、誰かに見られたらいよいよロリコン疑惑を否定できなくなっちまう」

「この雰囲気でそういう事言いますかね。というか、アイリスにキスなんてしたのですから、疑惑ではなくて普通にロリコンでしょう先生は。今更何を取り繕おうとしているのですか」

「ロリコンじゃねえから! 10歳とか12歳は対象外だから!! それにキスしたって言っても、ほっぺに軽くされただけだし、そんなのノーカンだノーカン!」

「……では、口だったらノーカンではないのですかね?」

 

 くすくすと笑いながら、至近距離でそんなことを言ってくるめぐみん。

 

 ……よし、コイツにはここらで分からせてやる必要があるようだ。

 俺の恋愛経験が乏しいのは事実だが、だからといってこんなやられっぱなしで我慢できるわけがない。調子に乗りすぎだ。覚悟しろよ、この魔性の女気取りが……。

 

 俺は真剣な目でめぐみんを見つめると、その両肩をガシッと掴んだ。

 その行動は予想外だったのか、めぐみんはびくっと震えて、恐る恐るといった様子で。

 

「あ、あの……先生? どうしました、目が怖いですよ? ……え、えっと、分かっていますよ、先生がロリコンではないって事くらい……ちょっとからかっただけで…………きゃあっ!!!」

 

 めぐみんが何やら言っているが、そんなものを大人しく聞いてやるつもりはない。

 俺はめぐみんをソファーの上に押し倒し、そのまま覆いかぶさるようにする。

 

 これには流石のめぐみんも、顔を真っ赤にして。

 

「ま、待って、待ってください! ダ、ダメですって……!!」

「何がダメなんだよ、そっちから散々誘ってきやがったくせに。お前、自分のことをオトナだとか言ってたし、ここで本当に大人にしてやるよ。ありがたく思え」

「ほ、本気ですか!? あの……わ、私、初めてですし……せめて個室で……!!」

「はぁ!? お前なにバカな…………ごほん。ダメだ。ここでする」

「鬼畜!!! 先生の鬼畜!!!!!」

「鬼畜で結構。そんなの散々言われてきたことだし、今更そんなこと気にするわけねえだろ」

 

 危ない危ない……混乱してるのか知らんが、コイツがいきなりバカなこと言いだすから、つい素に戻るところだった。何がせめて個室で、だ。

 

 俺はめぐみんに覆いかぶさったまま、ゆっくりと顔を近付けていく。

 めぐみんはそれを見てごくっと喉を鳴らし、わずかに身じろぎをして微かな抵抗を見せていたが…………やがて、目をぎゅっと閉じて、動かなくなってしまった。…………いや、諦め早すぎるだろ……もっと抵抗しろよホント大丈夫かよコイツ……。

 

 まぁでも、ここまで動揺させられたなら満足だ。

 俺は、顔を真っ赤にして固まっているめぐみんをニヤニヤと眺めて。

 

 その額に、強めのデコピンをぶち当てた。

 

「いたあああああああああっっ!!!!! えっ……ええっ!? い、いきなり何を……!!」

「ぶははははははははははははっっ!!!!! なに本気にしてんだよバーカ!!! くくっ、俺がお前みたいな子供に手を出すわけねーだろ!! これに懲りたら、子供は子供らしく、背伸びして妙な空気出して俺をからかうとかはやめる事だな!!!」

 

 今まで散々やられてきた事もあって、めぐみんに完璧な仕返しを出来たことにスカッとして、笑いがこみ上げてくる。ざまあみろ、俺だってやられっぱなしじゃねえんだ!

 

 めぐみんはしばらくポカンとしていたが…………やがて顔を俯かせてしまった。

 

 はっ、次は泣いて俺の動揺を誘うつもりか?

 甘く見られたもんだ、そんなものが何度も通用する俺じゃない。

 

「おいおいどうした、オトナなめぐみんさんよー! もしかして、泣いちゃったんですかー? ごめんごめん、オトナならこのくらい平気だと…………うおおっ!?」

 

 言葉の途中で、いきなりめぐみんが体当たりをしてきた!

 突然の不意打ちで、俺はされるがままにソファーの上に転がされ、めぐみんが覆いかぶさってくる。さっきまでとは逆の状態だ。

 

 めぐみんはまだ顔を真っ赤にしているが、今はそれが照れによるものなのか、怒りによるものなのかは分からない。両方かもしれない。いずれにせよ感情が昂ぶっているのは確からしく、その真紅の瞳は爛々と輝いている。

 

「……先生をからかい過ぎた事は謝りますよ。でも、だからと言って、覚悟を決めた女性に対してこの仕打ちはあんまりだと思うのです」

「な、なんだよ……俺は謝らねえぞ……」

「別に謝らなくてもいいですよ。これから先生には、責任をとって最後までしてもらいますから。冗談では済ませませんよ、私が子供などではないという事を分からせてやります。どうしても許してほしければ、誠意を込めて謝ってください」

「はぁ!? お前何言って…………あぁ、いいよ、やれるもんならやってみろよ! どうせそんな度胸もないくせに!! ほらほら、抵抗なんかしねえから、ご自由にどうぞどうぞ!!」

「では絶対抵抗できないように、そこにある相手を麻痺させる魔道具で身動きを封じてもいいですか? あとスキル封じの魔道具もあるみたいですし、それも」

「はっ、そんなんで俺がビビるとでも思ったか! いいよいいよ、好きにしろよ!!」

 

 本来なら魔道具はこんな所で使うべきではないのだろうが、そんな事は関係ない。これはめぐみんとの真剣勝負だ。負けた方は、これから舐められ続けることになるわけで、決して負けるわけにはいかない。

 

 俺はコイツが本当に一線を越える事なんて出来るはずないと分かっている。なんせ、ちょっと抱きしめただけでも泣き出した奴だ。さっきだって、俺が押し倒したらあれだけ動揺していたわけだし。

 つまり、俺は何も抵抗しないで、どんっと構えているだけでいい。それだけで俺の勝ちだ。

 

 めぐみんは黙々と俺に魔道具を使っていく。体が麻痺し、スキルが封じられた。

 あれ、でもこれ、今義賊が来たら俺、何も出来ないような…………まぁいいか。義賊なんか知らん。とにかく今は、コイツの鼻っ柱を折る事が全てだ。

 

 めぐみんは俺がろくに動けないことを確認すると、そのまま仰向けの俺の上に乗っかってくる。

 

「では、脱がしますね」

「えっ……ぬ、脱がすの……?」

「当たり前でしょう。脱がずにどうやってするのですか。……あ、いえ、そういうプレイもあるのかもしれませんが、初めては普通にしたいですし……」

「……そ、そうだな、うん…………でも、ほら……俺だけ脱いでも仕方ないじゃん? お、お前も脱ぐことになるわけだけど、そこんとこ分かってんの……?」

「わ、分かっていますよ。私もちゃんと脱ぎます。ですが、まずは先生からです。……謝るのなら今の内ですよ?」

「だ、誰が謝るか!! お前こそ、怖気づいてんじゃねえか? どうせ引っ込みつかなくなってるだけだろ! お前こそ強がってないでさっさと…………うひゃあ!!! ちょ、ちょっ、まっ……!!!」

 

 めぐみんが俺の紅魔族ローブを勢い良く剥ぎ取り、シャツを脱がしてきた!

 あまりにも突然のことだったので、口から情けない声が漏れ、めぐみんは俺の半裸を見ながら瞳を輝かせて不敵に笑う。

 

「ふっ、なんですか今の声は。体だけ大きくなって中身は子供のままな先生には刺激が強すぎましたか?」

「ぐっ…………べ、別にそんなことねえし! ちょっと驚いただけだし!! お前こそ、俺の半裸見て内心ドキドキしてんだろ!!」

「そんな事ありませんよ、上半身裸の先生を見たって私は何とも…………い、意外といい体していますね。冒険者でも高レベルになるとこうなるのですか……」

「ひぃぃっ!!! お、おまっ、何エロい手付きで触ってんだよこのエロガキ!!!」

「エ、エロくなどありません! 普通に触ってみただけですよ!! な、なんですか、ギブアップなのですか!? これからもっと凄いことするのに、今からそんなでは保ちませんよ!!」

「っ……ギブアップなんざするか!!! 今のもちょっと驚いただけだ、全然平気だからどんと来い!!! …………ひゃうっ!!!!!」

「ふふ、そう言っている割には、ちょっと触られるだけでも派手に反応しているようですが」

 

 めぐみんの細い指が俺の上半身を這い、背筋にゾクゾクとした何かが走るのを感じる。

 なにこれ……なにこれ! 俺が過敏なだけなのか、それともコイツの手付きがエロ過ぎるからなのかは知らんが…………すごくヤバイ!!

 

 しかし、ここで音を上げるわけにはいかない。

 見れば、めぐみんだって決して平常心ではない。顔を真っ赤にしているし、目も泳いでいる。

 

 俺は何とか耐えきろうと、歯を食いしばりながら。

 

「くっ……ふぅぅっ……!!!」

「ちょ、ちょっと、流石に反応し過ぎではないですか……? あ、あの、私まで妙な気持ちになってくるのですが……」

「そ、それならもうやめろよ! 人の体ベタベタ触りやがって!! あと、俺が触られて反応するのは普通だけど、触ってるお前はモジモジし過ぎだろ!!! なに発情してんだよ!!!」

「は、はつじょ……ちちちち違います! これは、その、生理現象であって……」

「だからそれを発情っていうんだろうが!! この変態!!! 痴女!!!」

 

 その言葉に、めぐみんは俺の体を触る手を止め、俯いたままぷるぷるし始める。

 よし、いける……これはいけるぞ! やっぱりコイツはただの子供で、これ以上やる度胸もない!!

 

 俺は勝利を確信して、ニヤリと口元を歪め。

 

「あれー? オトナなめぐみんさん、手が止まってますよー? もっと凄いことするんじゃなかったんですかー?」

「…………」

「おーい、めぐみんさーん? 変態やら痴女やら言われて、恥ずかしくて動けなくなっちゃっためぐみんさーん? 本当は一杯一杯だったのに、必死に隠して頑張って攻めてためぐみんさーん?」

「…………」

「……ったく、もう限界だろ、素直に降参しろよ。変なとこで意地を張るからそうなるんだ、これからはもっと考えて物を…………おい? な、なんだよその顔は……」

 

 めぐみんがゆっくりと顔を上げてこちらを見た。

 その目は真っ赤に光り輝いていて、口元には引きつった笑みが浮かんでいる。

 

 そして。

 

「分かりました…………よーく分かりましたよ先生。いいでしょう、紅魔族は売られたケンカは買うのです。私の本気、見せてやりますよ!!!!!」

 

 めぐみんが、俺のズボンに手をかけた!

 そのまま「うへへ」とか気味の悪い笑い声を漏らしながら、カチャカチャとベルトを…………おいおいおいおい!!!

 

「えっ!? ちょ、や、やめっ……何なのお前!? おい待て、ホント待て!!!!! お前自分が何やってるか分かってんの!?」

「何を焦っているのですか! 私達はこれからセッ○スするのです、ズボンを脱がすのは当たり前じゃないですか!! 何ですか、今更ビビってるんですか!?」

「本気かお前!? よし分かった、一度落ち着こうか! そんで改めて今のこの状況を見てみよう…………ひゃああああああああああ!!!!!」

 

 ずるっと、ズボンを脱がされた。

 

 ヤバイ! マジでヤバイ!! 完全に暴走してやがるコイツ!!!

 めぐみんは俺から脱がしたズボンをそこら辺に放り投げると、危ない感じの笑みを浮かべて手をワキワキとさせてパンツ一丁になった俺を見下ろしている。

 

 このままだと本当に洒落にならない事になる!

 俺は大慌てで。

 

「め、めぐみん、聞け! 俺が悪かった!! 本当にごめん!! ごめんなさい!!! お前は全然子供じゃなくて立派なオトナだ!!! だからもう許してください!!!!!」

「その言葉は大分遅かったですね!! くくくっ、さぁ、その惨めな包茎チ○コを晒してもらいましょうか!!!」

「ほほほほほほ包茎じゃねえし! ちゃんと剥けてるし!! いや待て、だからって確かめようとすんな止まれ!!! …………そ、そうだ、お前、これって俺とセ○クスしようとしてんだろ!? じゃあ、俺だけ脱ぐのはおかしいだろうが、お前も脱いでみろよ!!!」

「いいですよ」

「……えっ、お、おい、何してんだよ……なに本当に脱ぎだしてんだよお前はあああああああああああああああああ!!!!!」

 

 めぐみんは人のことは脱がせても、自分が脱ぐことはできないと思っての反撃だったのだが、予想に反して全く抵抗もなく素直にするすると脱いでいく。

 

 俺の叫び声を聞いて、めぐみんはきょとんと首を傾げて。

 

「どうしました? 先生が言ったのではないですか、私も脱げと」

「確かに言ったけど、本当に脱ぐとは思わねえだろうが!!! おい待て、お前の裸なんざ見ても俺の息子は全く反応しないが、状況的にかなりヤバイ感じになるからやめろ!!! いや、やめてください!!!」

「…………この期に及んで、まだそんな事を言いますか」

「な、なんだよ、今度は何する気だよ……お、おい、分かってんのか? これ以上は本当にありえないからな……? 聞いてる……?」

 

 とりあえず脱ぐのは止まってくれたが、今のめぐみんの状態はかなりマズイ。

 制服のローブは脱ぎ、ネクタイも外し、シャツのボタンを上からいくつか外して、薄い胸元が見え隠れしている。しかも、その状態でパンツ一丁の俺にまたがっているわけで、こんな所を誰かに見られたら…………ちょ、ちょっと待て。

 

 さっきまでは頭に血が上っていて、俺もめぐみんも全く気にしなくなっていたが、ここは個室でも何でもなく広間のソファーだ。今は誰もいないが、いつ誰が来てもおかしくなく、おまけにさっきから散々叫びまくっていたわけで、ここまで誰も来なかった事が奇跡だとも言える。

 

 こんな所を誰かに見られたら色々と終わる。

 その事実に、一瞬俺の頭が真っ白になった時。

 

 めぐみんの手が、パンツにかかった!

 

「ひぃぃぃぃいいいやあああああああ!!! それはヤバイ!!! ほんとヤバイから!!!!! マジで洒落にならないから!!!!!」

「反応しないならさせるだけです!!! 大丈夫です、先生は安心して身を任せていればいいですから!!!」

「どこが大丈夫だふざけんなよお前!? ちょっ……や、やめ…………やめてえええええええええええええええええええええええ!!!!! だ、誰かああああああああああああああ!!!!! 痴女に犯されるうううううううううううううううううううううううう!!!!!」

 

 もう恥も外聞もなく、俺は涙目で叫ぶ!

 こわい! マジでこわい!! どうなるの!? どうなっちゃうの俺!?

 

 しかし、その時。

 もうバレても構わないと捨て身のSOSが功を奏したのか。

 

 

 絶体絶命の俺に、救世主が現れた。

 

 

「何をしているのですか?」

 

 

 静かだが、それでいて圧力を感じる声が聞こえてくる。

 

 第三者のその声に、めぐみんはようやく我に返ったのか、びくっと震えて俺のパンツから手を離して恐る恐るそちらを見る。

 俺は体が動かないので、何とか目だけを動かして見てみる…………と。

 

 そこには金髪碧眼の王女様がいて。

 今まで見たこともない、身も凍るような冷たい目をこちらに向けていたそうな……。

 

 

***

 

 

「バカなのですか? お兄様も、めぐみんさんも、大バカなのですか?」

「「…………」」

 

 ぐうの音も出ない。

 

 俺とめぐみんは服装を整え、アイリスの前で二人並んで正座していた。

 アイリスは心の底から呆れ果てた表情を浮かべていて、その両隣ではクレアとレインが痛む頭を押さえていた。

 

 あの後、俺達はアイリス達に正直に説明した。

 めぐみんが色目を使って俺をからかってきたから、俺も反撃として冗談で押し倒して襲うふりをしたら、めぐみんが怒って本気で襲うとか言い出したので、どうせそんな度胸もないだろうと思って自分の身動きやスキルを封じて好きにさせていたら、めぐみんが暴走してあんな事になったと。

 

 こうしてまとめてみると、本当にバカな事してたな俺達……。

 深夜ということもあって、ちょっとおかしいテンションになっていたのかもしれないし、今日義賊を捕らえられなかったらマズイという緊張感も変に作用したのかもしれない。

 

 しかし、麻痺が解けるまでパンツ一丁で放置しておくというのもアイリスにとって目に毒ということで、クレアとレインに服を着させてもらったのだが、何というか、情けなさすぎて泣きたくなった。めぐみんはあまりにも恥ずかしかったのか、しばらくの間使い物にならなかったし。

 

 俺は、もう何度目か分からないが、頭を下げて。

 

「本当にごめんなさい…………今回ばかりはマジでどうかしてた」

「わ、私もです……その、自分でもどうしてあんな事をしてしまったのか……ごめんなさい……」

「もう……本当にビックリしましたよ。突然お兄様の悲鳴が私の部屋にまで聞こえてきたのですから」

「そ、そっか、ごめん…………でも、それでよく他の騎士には見つからなかったな……不幸中の幸いってやつか……」

「いえ、思い切り見つかっていたようですが」

「「えっ!?」」

 

 驚愕の表情を浮かべる俺とめぐみんに、クレアが言い難そうに。

 

「……騎士の何人かは、私達が来る前に二人の声を聞きつけて様子を見に行ったようだが……貴様とめぐみん殿が、その、ソファーでもつれ合っている所を見て、邪魔しないようにそっとその場を後にしていたようだ」

「っ……!!」

 

 めぐみんは顔を真っ赤にして小さくなってしまう。

 コイツのこういう反応は新鮮なのだが、残念ながら俺にはそれを楽しむ余裕はない。俺もメッチャ恥ずかしいです……!

 

 そんな俺達に、アイリスは深々と溜息をついて。

 

「とにかく、深く反省してもう二度とこのような事を起こさないでください。次やったら問答無用で内定取り消しですからね。分かりましたか?」

「「はい……すみません……」」

 

 めぐみんに関しては今まで騎士団で散々やらかしてきたので、これでアウトかもと思ったのだが、何とか温情を貰えたようだ……やっぱりアイリスは優しいなぁ……。

 

 こうして、一時はどうなるかと思ったが、何とかまとまってくれた事にほっとしていると。

 何故かアイリスが、ほんのりと頬を赤く染めて。

 

「そ、それで、あの……その代わりと言っては何ですが……」

「ん、なんだ? 何でも言ってくれよ、こんな事やらかしちまったんだし。なっ、めぐみん?」

「えぇ、今回ばかりは完全に私達の落ち度ですし……」

 

 今回ばかりはというか、他のお前のやらかしも大体お前が悪いけどな。

 そんな事を思っていると、アイリスは言い難そうにちらちらと俺を見て。

 

「いえ、めぐみんさんではなく、お兄様にお願いしたいことがあって…………そ、その、私にも、お兄様の上半身を触らせていただけないでしょうか……?」

「えっ」

「なっ……何を言っているのですかアイリス様!?」

「い、いけませんよ! そんな、王女様が、と、殿方の体に触るなど……!」

「だ、だって、めぐみんさんだけズルいではないですか! 私もお兄様の体を触ってみたいです!!」

 

 お、俺はどうすればいいんだこれ。

 正直言うと、体を触られるのはかなりむず痒いので遠慮してもらいたい所なのだが、あんな事をやった俺達を許してくれたアイリスの頼みであれば、出来るだけ聞いてあげたい。

 でも、触らせたら触らせたで、クレア辺りが面倒な事になる予感しかしない。

 

 すると、めぐみんが小さく咳払いをして。

 

「……そ、そんな、わざわざ触る程のものでもなかったですよ。意外と引き締まった体をしているので、私達女の体のように柔らかくもなく、がっちりとした感触が新鮮で、掌から直に伝わってくる先生の体温で妙な気持ちになったりもしますが、その程度のものです」

「それは自慢しているのですよね!? さぁお兄様、服を脱いでください!!」

「わ、分かったよ、アイリスが触りたいって言うなら……」

「何脱ごうとしているのだ貴様ああああああああ!!!!! アイリス様も冷静になってください! 殿方の体を触りたいというのであれば、ジャティス様などにお願いするのではダメなのですか?」

「ダメです! 私は好きな男性の体に触れたいのです! 直に感じたいのです!!」

「ア、アイリス様! 今あなたはかなり危ういことを言っていますよ!?」

 

 そんな風に、クレアとレインはしばらくアイリスを説得するのに苦労して、俺は服に手をかけたまま、その流れを見ていることしかできなかった。

 あと、アイリスに対して得意気な表情を浮かべているめぐみんは、この仕事が終わったら何かしら制裁してやろう。

 

 

***

 

 

 何とかアイリスをなだめて、一段落ついた後。

 暇なら仕事をしろと言われた俺とめぐみんは、見回りということで、二人で屋敷の廊下を歩いていた。

 

 俺は隣を歩くめぐみんに向かって。

 

「そういやお前、もう眠気とかは大丈夫なのか?」

「えぇ、まぁ……あ、あんな事があれば目も覚めますよ……」

「そ、そっか。そうだよな……」

 

 何だろう、すごく気まずい。

 あの時は妙なテンションになっていて、勢いに任せて色々やらかしてしまったが、冷静になって思い返してみると本当に恥ずかしくなってくる。なに体触られて変な声出してんだよ俺……。

 

 そのまま、少しの間微妙な沈黙が漂った後。

 めぐみんがちらちらとこっちを伺いながら。

 

「……あ、あの、念の為聞いておきたいのですが…………見ました?」

「え、何を?」

「…………む、胸です」

 

 そう言って、めぐみんは顔を赤くして俯いてしまう。

 ……何だよ、何なんだよこの空気! 凄くいたたまれないんですけど!!

 

 めぐみんが聞きたいことはよく分かった。

 あの時、めぐみんはシャツのボタンをかなり際どい所まで開けていた。見られていたかもしれないと考えるのは当然だろう。

 

 俺は目を逸らして。

 

「見てないよ」

「何故目を逸らすのですか!? 見ましたね!? 見たのですね!?」

「見てないよ。でも、あれだ、仮に見ていたとしても俺は悪くない。ブラもしてないお前が悪い」

「やっぱり見たんじゃないですか!!! それに、その、ブラは……私にはまだ早いというか……」

「でも小さくても付けた方がいいって聞いたことあるぞ? 言ってくれたら、この間の服屋で一緒に買ってやったのに」

「い、いいですよ! ブラ買ってもらうとか流石に恥ずかしいです! というか、乙女の胸を見たというのに何ですかそのいい加減な態度は! 先生の場合、もう一生見られない可能性だってあるのに随分と余裕ですね!」

「い、一生見られないとか言うな! つーか、俺だって胸くらい見てるっての! ゆんゆんとか……ゆんゆんとか!! 何だよ、もしかして感想とか言ってほしいのか? ……まぁ、あれだ、強く生きろ」

「それ貶していますよね明らかに!!! あとその可哀想なものを見る目もやめてください!! 私はまだ12歳ですし、これからですから!!!」

 

 そうやって顔を赤くして噛み付いてくるめぐみん。……よし、いつもの空気が戻ってきた。

 その事に俺は安堵するが、さっきアイリス達に怒られたばかりなのに、またすぐ騒ぐのもマズイと思い。

 

「そんな大声出すなって。そろそろ真面目に仕事しないと、本当に追い出されちまうぞ?」

「ぐっ……わ、分かりました。この事に関しては後でじっくりと話し合いましょうか。…………それにしても、何故この辺りはこんなに気味の悪いモンスターの剥製ばかり飾っているのでしょう……」

「さぁ……もしかして、この辺に何かやましいものでもあって、人を寄せ付けたくないのかもな。まぁ、そんなビビんなって。もし剥製が浮かび上がって飛んできても俺が何とかしてやるから」

「な、何を言っているのですか、そんな事あるわけ……」

「いや、結構あるんだよ……こういうデカイ屋敷なんかは特に霊的なモンも住み着いたりするからな。ポルターガイストくらい聞いたことあんだろ?」

「っ……そ、そうなのですか……先生は、そういうのは平気なのですか……?」

「最初はビビってたけど、もう慣れたな。冒険者やってればアンデッドを相手にするなんて良くある事だ。余程の大物でもなければ『ターンアンデッド』で一撃だし、普通のモンスターより楽だよ。ふっ、怖かったら、ちょっとくらいならくっついてもいいぞ?」

「……では、お言葉に甘えて」

 

 そう言って、めぐみんは俺に身を寄せて腕を組んできた。

 ……え。思ってた反応と違う。そこはムキになって平気な振りをするところじゃないの?

 

 やっといつもの空気に戻せたと思ったのに、また妙な感じになってきた。

 俺は何とかこの雰囲気を変えようと、小さく咳払いをして。

 

「……ったく、そんな臆病じゃ冒険者としてやっていけな……あぁ、お前は騎士団か。でも、騎士団だって、アンデッドを相手にする事はそれなりにあると思うぞ」

「ゾンビとかスケルトンとかならまだいいのですが、亡霊的なものはちょっと苦手でして……いいではないですか。先生がくっついてもいいと言ってくれたのですよ?」

「それはそうだけど……その、こうも素直にくっついてくるとは思ってなくて…………もしムキになってたら、ちょっと脅かしてやろうと思ってたんだけどな」

「またそんなろくでもない事を考えて……具体的にはどんな事をしようと思っていたのですか?」

「魔法で姿を消してから、芸達者になれるスキルを使ってゆんゆんの声真似をして『めぐみん、どうして私から兄さんを奪ったの? 信じてたのに……許さない……』ってヤンデレっぽく囁やこうと思ってた」

「何とんでもない事考えてんですか!? そんな事してたら私、大パニックに陥っていましたよ! さっきアイリスにあれだけ言われたのに本当に懲りないですね!!」

 

 めぐみんはむっとしているが、腕は俺と組んだままで離そうとしない。

 これ、傍から見たら仕事してるってより、ただイチャついてるようにしか見えないんじゃ……いやいや、せいぜい仲の良い兄妹くらいにしか見えないはず…………でもソファーの上であれこれやってた時、他の騎士の人達は空気読んで立ち去ったみたいだしなぁ……。

 

 とはいえ、俺からくっついてもいいと言ってしまった手前、今更離れろとも言えない。

 仕方ないので、せめて人の目から逃れようと思い、近くにあった大きめの両開きの扉を指差して。

 

「……ちょっとここ入ってみようぜ」

「ここは書庫……ですか? な、なんですか、良い雰囲気だからって、人のいない所で先程の続きをしようとか言うつもりですか? ダメですよ、これ以上やらかすわけにはいきません。というか、節操なさすぎるでしょう、やれれば何でもいいのですかあなたは」

「ちっげーよ、自意識過剰にも程があんだろ。こんな所誰かに見られたら、ますます俺のロリコン疑惑が深まりそうだから、あんまり人目につきそうな所には居たくないんだよ」

「むっ……妙にロリコン扱いされる事を嫌がりますね先生は。もう既に変態やら鬼畜やら色々言われているのですから、今更ではないですか?」

「変態やら鬼畜やらは大体合ってるけど、ロリコンは合ってないから嫌なだけだ」

「何でしょう、ここまで堂々と開き直られると、いっそ清々しく思えてきます……ちなみに、変態な所や鬼畜な所を直すつもりは……」

「ない。バカなこと言ってないでさっさと入るぞ」

「バカなことを言っているのはあなたですよ……」

 

 扉を開けて中に入ると、すんと古い紙の匂いが鼻をくすぐる。

 そこはかなり大きめの書庫で、俺の背丈よりもずっと高い本棚が立ち並んでいた。紙を沢山使う本は高価なものなのに、よくここまで集めたものだ。

 

 めぐみんは一番近くの本棚に近付き。

 

「この辺りは全部モンスター関連の本ですね……ドラゴンなんかは貴族にも人気があるそうですが、ここの人はモンスターなら何でもいけるみたいですね。この『ゾンビと友達になる10の方法』という本なんて、とても正気の沙汰とは…………いえ、ゆんゆんなら真面目に読みそうですね……」

「そこまで末期なのか俺の妹は!? ゾンビと友達になる方法って、自分も死んでゾンビになるってオチだろ絶対!! ったく、あの変態お嬢様も、触手系モンスターとか服を溶かすスライムが好きだとか頭おかしいこと言ってたし、貴族ってのはホントろくなのがいねえな……」

「そ、そんなお嬢様がいるのですか……? 何というか、爆裂魔法を愛する私も、よく先生から変人扱いを受けていますが、そういう人達と比べたら随分とマシではないですか?」

「お前の場合、もう変なところは爆裂魔法関係だけじゃないだろ。12歳で年上の男を逆レ○プ未遂とか相当アレだぞ」

「そそそそそれはもう言わないでくださいよ!!! お願いですから忘れてください!!!」

 

 そんな事を言われても、アレはそうそう忘れられるものでもない。

 めぐみんは何とか話題を変えようとしているのか、顔を赤くしたまま、あちこち歩き回って本を眺めながら。

 

「ど、どれもモンスターの本ばかりですね……爆裂魔法に関する本などがあれば、こっそり持って帰ろうかと思ったのですが」

「目当ては本当に爆裂魔法の本だけかー? エロいお前のことだ、どうせエロ本も探してるんだろ?」

「ま、まだ言いますか! そんなもの探していませんよ、先生ではないのですから!! どうせ先生なんて、そういう本をいくつも部屋に隠し持ってて、ゆんゆんにバレては怒られているのでしょう!」

「もうその程度じゃゆんゆんは怒らねえよ、いかがわしい店に行かれるよりはマシだってさ。それに妹物を多めに置いとけば、むしろ機嫌良くなるし」

「兄が妹物のエロ本持ってて機嫌が良くなる妹ってどうなんですか……」

 

 何やらめぐみんがドン引きしているが、別におかしいことではないと思う。お兄ちゃん大好きな妹なら普通なはずだ……普通だよな?

 

 俺は適当に目に付いた本を抜き出しながら。

 

「まぁ、エロ本探しなら俺に任せとけ。隠し場所として定番なのは、こういうやたらと大きいカバー本の中にあったり…………」

「べ、別にそんなもの探さなくてもいいですから! どうして先生はすぐそうやって…………どうしました?」

 

 分厚いハードカバー本を手に取ったまま固まっている俺に、めぐみんはきょとんと首を傾げる。

 俺はそれには答えず、カバーの中身をめぐみんに見せた。そこには何冊もの薄い本がつめ込まれていて。

 

 その全てが、触手やスライムなどのモンスター関係のエロ本だった。

 

 表紙にはモンスターしかいないが、タイトルが『触手に犯されて……』などといったものなので、エロ本に間違いない。

 俺とめぐみんが、ほぼ同時にごくりと喉を鳴らす。

 

「……あったぞ」

「な、なに本当に見つけちゃってんですか……早く戻してくださいって……!」

「バカお前、エロ本見つけといて中身を見ないなんて人としてどうなんだよ」

「すみません、意味が分からないです。まず、よく知らない貴族の人の書庫でエロ本探してる時点で人としてどうかと思いますが……」

「なんだよ、お前だって気になってるくせに、このムッツリめ。いいよ、俺が勝手に読んで…………」

 

 俺はエロ本をパラパラとめくり…………固まった。

 そんな俺を、めぐみんが不思議そうに眺め、やがて恐る恐るといった様子で俺の肩越しに中身を覗き込んで……同じように固まった。

 

 確かに触手物だしスライム物でもある。

 でも、この本には一番肝心なものがどこにも写っていない。

 

 女……というか、人間が一人もいない。

 

 つまり、触手などが襲う相手も人外だった。

 それでも、姿形が美人だったなら、例え人外でも全然いい。ウィズみたいな綺麗なリッチーや、サキュバスみたいな可愛い女悪魔なら問題なく使える。しかし、ここに写っているのはそんな生易しいものではなかった。

 

 触手に襲われているのは雌オークがほとんどで、いくら俺でもこれは無理だ。使えない。しかも、よく見たら襲われているというか性処理に利用しているようにしか見えない。

 他にもゾンビやらスケルトンやら、もはや女かどうかすら全く分からないものまで、触手やスライムに変なことをされている。

 

 …………レベルが高すぎる。

 

 俺は無言でエロ本を元に戻し、引きつった表情で固まっているめぐみんをぼんやりと眺め。

 

「……お前って、よく見たらすっげー可愛いよな」

「このタイミングでそれを言いますか!? 全然嬉しくないのですが!!」

 

 せっかく褒めてやったのに、めぐみんは不満そうだ。

 

 それから俺達はしばらく書庫の中をうろうろとする。

 ざっと見回ったところ、当然というべきかこんな所に義賊が隠れているわけもなく、分かったことは、ここはモンスター関連の本が大半を占めているという事くらいだった。

 

 とりあえず、俺とめぐみんの間の妙な空気もなくなってきたので、そろそろ見回りに戻ろうかと思っていた頃。

 俺は少し気になる本棚を見つけて立ち止まった。

 

「……どうしました? またエロ本ですか?」

「ちげーよ。なんかこの本棚だけおかしくないか? 他はきっちり整頓されてんのに、ここだけぐちゃぐちゃだ。棚の上にまで本が積まれてるし」

「言われてみればそうですが…………えっ、まさか、そんなベタな事があるわけが……」

 

 めぐみんは俺が言おうとしている事が分かったらしく、戸惑った表情を浮かべている。

 

 そう、これはきっと小説なんかでよく出てくる仕掛け本棚とかいうやつだ。

 学校の図書室でも謎解き物の小説はいくつか置いてあり、俺も暇な時は読んだりしている。めぐみんやゆんゆんも本は嫌いじゃないらしいし、当然知っているだろう。

 

 俺は本を一つ一つ調べながら。

 

「さっきのエロ本の隠し方といい、ここの貴族はお約束はきっちり守る奴と見た。きっとここにも何か…………なんだこれ、背表紙に……印?」

 

 適当に抜き出した本の背表紙には、一見すると落書きのようにも思える、線のような模様のようなものがペンで書かれていた。そして、他の本の背表紙にも同じようなものが確認できる。

 これって多分……。

 

「めぐみん、出番だ。本の背表紙にある模様を繋げていって、何か意味のありそうな形にしてくれ」

「えー……これだけ数もありますし、とてつもなく面倒くさいのですが…………そうだ、先生が魔法でこの辺りをふっ飛ばせば、隠し扉やら何やらも見つかるのでは?」

「力技過ぎんだろお前それでも紅魔族随一の天才かよ……こんな所でそんな派手なことやらかすわけにはいかねえよ。後で俺が色々と弁償するはめになるだろうが。頼むよめぐみんさん、串焼き一本買ってやるからさ」

「どれだけ安い女だと思われているのですか私は!? ちょっと食べ物をちらつかせれば、ほいほいと言う事を聞くようなちょろい女ではないのですよ!」

「じゃあ霜降り赤ガニでも買ってやるから」

「分かりました任せて下さい! こんな謎解き程度、紅魔族随一の天才にかかれば何でもないですよ!!」

 

 ちょろい女で助かった。

 

 めぐみんは先程までとは打って変わって、やる気満々で次々と本を手に取りながら試行錯誤していく。そして、本を棚に収めていくにつれて、段々と全体の模様が見えてきた。ドラゴンっぽいなこれ。

 

 めぐみんは本棚によじ登って一番上の段に本を収め、俺はぼけーとそれを後ろから眺めながら。

 

「よくそんな早く解けるな。普段はとてもそうは見えないけど、お前って頭いいんだよな」

「ふっ、能ある鷹は爪を隠すというやつですよ。この私の優秀な頭脳は、そうやすやすと使うべきものではないのです……」

「そんなパンツ丸出しでドヤ顔されても」

「っ!? み、見えてるならそう言ってくださいよ!! 何かじっと見られているなとは思っていましたが、そういう事ですか!!!」

 

 めぐみんは顔を赤くして本棚から飛び降り、スカートを押さえてこちらを睨む。

 

「なに怒ってんだよ、お前だって俺のパンツ見たんだからこれでお相子だろ」

「せ、先生のパンツなんて、別に見たくて見たわけじゃないですよ! あれは、その、流れというか何というか……」

「お前のパンツだって見たくて見たわけじゃねえよ。ちょうど視界にあったからガン見しただけだ。というか、パンツの一つや二つで騒ぎすぎだろ。ゆんゆんなんて、何度俺に風呂を覗かれて裸を見られた事か」

「妹と妹の友達では全然違うでしょう! あと、いくらゆんゆん相手でも、お風呂を覗くのは流石にそろそろやめた方がいいと思いますが……」

「もうやってないよ。実は段々アイツの反応がおかしくなってな。恥ずかしそうに体を隠しながらも、『そ、そんなに見たいの……?』ってちらちら俺を見てくるようになってから、これ以上は何かヤバそうだと思ってやめたよ」

「本当にヤバイですねそれ……どうするのですか、先生が変態過ぎるせいで、とんでもない妹になっちゃってるじゃないですか」

 

 やっぱりゆんゆんがちょっとおかしいのは俺のせいなんだろうか……まぁでも、アイツだってその内兄離れするだろうし大丈夫だろう。少し寂しいけどそういうもんだ。

 

 それから少しして、めぐみんは見事本棚のパズルを解き終え、最後の一冊を棚に差し込む。

 すると、ゴゴゴッという鈍い震動と共に本棚が床に引っ込んでいき。

 

 目の前に、隠し扉が現れた。

 

「……ふ、不覚にも少し感動してしまいました」

「お、おう、俺もだ……とんでもない変態だけど、中々分かってるじゃねえか、ここの貴族」

 

 俺達はワクワクしながら隠し扉へと手を伸ばす……が。

 僅かに残っている理性が働き、俺はめぐみんに。

 

「なぁ……ここは二人で行くんじゃなくて、騎士の人達呼んで皆で行くべきなんじゃね? 万が一なんかヤバイもんとかあったら……ほら、侵入者撃退用のトラップとかあるかもしれないじゃん……」

「『罠発見』スキルを持っている先生なら平気でしょう? それに、そんな大勢でぞろぞろと隠し部屋を探索なんて、ロマンがないですよ」

「ロマンってお前な…………いや、分からなくもないけどさ。しょうがねえな、まぁ、大勢で行って皆いっぺんに罠にかけられるってのも笑えないし、ある程度先行して罠解除しておくか」

 

 嫌な予感がするが、確かにめぐみんの言う通り、俺がいればトラップの類は何とかなるだろうし、二人でも大丈夫かもしれない。

 

 ゆっくりと隠し扉を開くと、その先には何もない狭い空間があった。

 てっきり怪しい物が大量に置いてあると思っていたので、何とも肩透かしな感じだったが……。

 

「……床に扉があるな」

「こ、これって、もしかしなくても地下への扉ですよね?」

 

 めぐみんが好奇心旺盛なきらきらとした瞳を向けてくる。

 うん、正直俺もかなり昂ぶってきた。ここで地下か、これは行ってみるしかねえな!

 

 俺達は互いに頷き合い、床の扉を押し上げると、地下へ降りる階段が現れた。

 

 二人並んで歩ける程の幅はないので、俺が先に行ってめぐみんが後に続く形で降りていく。

 地下なんて本来なら真っ暗のはずだが、等間隔で光を灯す魔道具が設置されているので、十分に明るい。

 

 そのまま階段を少し降りた時、俺は立ち止まって、後ろのめぐみんを手で制止する。

 

「敵感知に何か引っかかった。もっと下の方……おい、かなりの数だぞ……」

「モンスターですよね……もしかして、地下でこっそり違法な種を飼っているとか……」

 

 ここの貴族はモンスターに並々ならぬ興味を抱いているようだし、それは大いにありうる。

 しかし、飼っているのなら、檻か何かに入れられていると考えるのが妥当だろう。それなら襲われる心配はない……はずだ。

 

 念のため潜伏スキルで気配を消して、ゆっくりと階段を降りていく。

 しばらくすると、巨大な空間に出た。

 

 目の前の光景に、俺とめぐみんが息を呑む。

 

 地下の壁に穴を空けて、入り口に鉄格子を付けて檻にしているようだ。

 壁には数えきれない程の檻が作られていて、奥では様々な種類のモンスターが唸り声をあげている。俺も三年冒険者をやっているが、見たこともないモンスターもちらほらいる。

 

 何よりも目を引くのは一番奥の檻だ。

 その檻は他よりも明らかに大きく、小さな民家くらいはあるだろう。そして、中にはそれに見合うほどの巨大モンスターがいるわけで。

 

「…………ドラゴン、だよな……これ」

「え、えぇ、おそらく……強大な魔力も感じますし……」

 

 鋭くこちらを睨みつける金色の瞳。口から見え隠れしている、どんなものでも噛み砕いてしまいそうな大きな牙。手の先には、全てを切り裂いてしまいそうな鋭い爪。

 

 しかし、特に目を引くのは、その体を覆う漆黒の体毛だ。

 ドラゴンというのは大抵は毛ではなく鱗で体を守っているものだが、目の前のコイツは柔らかそうな毛が生えそろっていて、巨大な鳥類にも見える。

 

 めぐみんは、近くの机の上にあった資料を手に取って。

 

「シャギードラゴン……とても珍しい種で濃い体毛を持つ。幼竜時は特に鳥類と見分けがつき難い。ドラゴン種の中でも素早く、この個体に関しては光り物を集める習性がある……とのことです」

「カラスかよ! こんなデカイのを地下に押し込むなんて無理だろうし、卵を買い取ってここで育てたんだろうな……」

 

 見れば、檻の中には綺羅びやかな剣やら鎧やらが一箇所に集められているのが分かる。見た感じかなり上等なものっぽいのに、もったいねえ……。

 

 俺達はしばらく、そのドラゴンの存在感に圧倒されていたが。

 

「……な、なんだ、あの変態ヤロウじゃねえのか……驚かせんナヨ……!」

 

 不意にそんな声が聞こえてきたので、俺達は急いでそちらを振り向く。

 数ある檻の中の一つ。そこでは、何体かのマンティコアがこちらを警戒して睨んでいた。人の顔に獅子の身体、サソリの尾にコウモリの羽を持った上位モンスターだ。

 

 俺達はその檻へと近付き、鉄格子の近くにいる個体をしげしげと眺めて。

 

「マンティコアって初めて見ましたけど、思ってたのと大分違いますね。上位モンスターらしく、もっと堂々としているイメージだったのですが」

「いや、俺だってここまで人間に怯えるマンティコアなんて見たことないぞ。なんでそんなにビビってんだよ」

「ビビるに決まってんダロ! あのヤロウ、やめろっつってんのに、お、俺のケツに……あんな、ぶっといモン……!!」

「…………あ、あぁ、それは……なんというか、気の毒に……つか、一応マンティコアなんだし、抵抗とか出来なかったのかよ?」

「この檻には体の自由を奪う装置がついてんダヨ! くそっ、俺はネコじゃなくてタチだって言っても聞きやしネェ!」

「そっちの趣味はあんのかよ」

 

 変態に捕まるモンスターというのもまた、変態であることが多いのだろうか。

 しかし、モンスターとは言え、これは流石にあんまりな仕打ちだと思うし、少し同情もしてしまう。

 

 マンティコアは、そんな俺の様子に気付いたのか、

 

「なぁ、ニイチャンよ、お前だって俺達が可哀想だと思うダロ? 頼むよ、逃がしてくれネーカ?」

「いや、それは……確かにちょっと可哀想だとは思うけど、モンスターを逃がすわけには……」

「そこをナントカ頼むって! おっ、よく見たらニイチャン、男前ダナ! 俺のタイプだぜ!!」

「よし、それ聞いて決心がついたわ。じゃあな」

「ええっ!? オ、オイ、待てって!!!」

 

 あいにく俺にそんな趣味はないので、自分の貞操を守るべくこの変態は放置することに。

 

 さて、と。ざっと見回した限り罠らしい罠もないみたいだし、もう少し調べたら騎士団に報告しに行くか…………と思っていたら。

 

「……めぐみん、俺の後ろに隠れろ。何か来る」

「えっ……モ、モンスターですか? まさか檻から逃げ出したものが……」

「どうかな……敵感知にはモンスターだけじゃなく人間も反応する。でも、その場合はこっちに敵意を持ってるって事だから、どっちにしろ警戒した方がいい。だから、どさくさに紛れてケツ触ったりすんなよ」

「しませんよ! ここってもう少し緊張感を出すべき局面でしょう!? 何故先生はこんな時でもそうなのですか!! あと私のこと何だと思っているのですか!!」

「いや、だってお前、さっき俺を上半身裸にして乳首ねぶってたじゃねえか」

「そそそそそそこまでしてませんから!!! ちょっと腹筋を撫でただけですから!!!」

 

 めぐみんが顔を真っ赤にして大声で喚いていると。

 

 

「い、一応敵が来てるんだから、もうちょっと警戒してくれないかな……」

 

 

 そんな困った様子で、そいつは現れた。

 

 口元を黒い布で隠した銀髪の盗賊。間違いない、王都で噂の義賊というやつだ。

 年は俺と同じくらいだろうか? 思っていたよりもずっと若い。そして、噂通りのイケメンだ。中性的なその顔立ちは、さぞかし女の子に人気が出ることだろう。

 

 義賊は苦笑いを浮かべたまま頬をかいて俺達を眺め。

 

「えーと、話の流れ的に二人は恋人同士なのかな? そういう話は、もっと落ち着いた場所でするべきだと思うんだけど……」

「恋人じゃねえよ。俺は学校の教師で、こいつは生徒。それだけだ」

「えっ……で、でも、さっき上半身裸にして……とか、凄いこと聞こえたんだけど、それは……?」

「それは本当だよ。こいつ、かなりの痴女だからな」

「ち、痴女扱いはやめてくださいって! あ、あのくらいは教師と生徒の軽いスキンシップのようなものでしょう! 先生だって、普段は私に色々やってるくせに!!」

「うーん……まぁ、言われてみればそうかな……」

「ま、待って待って! それ、明らかに教師と生徒の関係を飛び越えてると思うんだけど!! というか、その子にも色々やってるって……!!」

「私のパンツを見たりお尻を触ったり胸を見たり同じ布団で寝させて抱きしめたり、ですね。このくらい、先生は顔色一つ変えずにやりますよ」

「……ね、ねぇ、やっぱり恋人同士なんでしょ? 教師と生徒ってだけじゃないんでしょ?」

「なに動揺しまくってんだよ、意外とそういう事に耐性ないのか? このくらい、ちょっと仲の良い間柄なら普通だぞ?」

「普通なの!? 今時の子って、恋人同士じゃなくてもそういう事するの!?」

 

 驚愕の表情で固まってしまう義賊。

 これ程イケメンなら女の子と色々遊んでそうだと思ったのだが、そんなこともないらしい。

 

 義賊はそのまましばらく動揺していたが、やがて気を取り直すように咳払いをして。

 

「……あー、うん、キミ達の関係についてはもういいや。でも、教師と生徒がこんな所で何してるのさ。てっきり騎士団の一員だと思ってたんだけどね」

「俺は違うけど、こっちは騎士団の一員ってことで合ってるよ。仮入団だけどな」

「か、仮入団? ……あぁ、卒業が近いから就活でもしてるのかな? ふふ、それなら、さぞかしこの義賊を捕まえてポイント稼ぎたいんだろうね?」

「えぇ、その通りです。正直、恵まれない人達の為に悪徳貴族の家に盗みに入る義賊とか、かなり格好良いと思っているのですが、こればかりは仕方ありません」

「えっ……か、格好良い……? その、ありがと……」

 

 義賊はそわそわと視線を泳がせ、頬をかく。

 しかし、すぐに照れている場合ではないと理解したのか、頭を軽く振って俺達に鋭い視線を送って。

 

「それにしても、こんなに簡単に気付かれるとは思わなかったよ。潜伏スキルは使ってたんだけど……敵感知を使えるってことは、そこのキミは同業さんかな?」

「一緒にすんなよ。確かに盗賊スキルは色々覚えてるけど、俺は人の金を盗んだりはしないぞ。合法的に金を巻き上げたりはするけどさ。あと俺が窃盗スキルで一番盗るものは、金じゃなくて女のパンツだ」

「うん、ごめん、全然一緒じゃなかったよ…………はぁ、キミ達と話していると何だか凄く疲れるよ……気付かれずに無力化できれば良かったんだけど……」

「はっ、残念だったな。潜伏スキルでこっそり近付き、拘束スキルか何かで俺達を無力化、その後ここの檻にでも放り込んでモンスターに食わせちまおうとでも思ってたんだろうが、そこまで俺は甘くないぞ」

「そ、そこまで考えてないから! 身動き取れないようにするだけだよ!! どうしてそんな惨いこと思い付くの!?」

「ふふ、あなたは何も知らないようですね…………この男の名はカズマ! この国随一の変態にして鬼畜のカズマです!! この男のドス黒い思考回路を舐めないでもらいたいですね!!」

 

 めぐみんの失礼極まりない紹介に、首根っこを掴んでドレインをかましてやろうかと思っていると。

 義賊は、顔を真っ青にして後ずさった。

 

「き、聞いたことある……そうだ、片目だけ紅い紅魔族…………隙あらばセクハラ、法スレスレの悪徳商売…………女の、ううん、人類の敵……!!」

「おいちょっと待て、そこまで言われてんのか俺!? もはや魔王と似たような扱いじゃねえかふざけんなよ!!」

「ひぃぃ!! こ、こっち来ないでぇ!!! セクハラとかするんでしょ!?」

「はぁ!? いやその反応はいくら何でもおかしいだろ! だってお前」

「……先生って男もいけたのですか…………ごめんなさい、あなたのことを少し見くびっていたようです」

「お前も何言ってんの!? 俺はノーマルだっつの!!!」

 

 変態だ何だと言われる俺だが、流石にそこまで何でもアリなわけではない。なんか、俺だったら他にどんな性癖があってもおかしくないと思われている節がある……ホントやめてほしい……。

 

 すると、義賊は少し困惑した様子で。

 

「……男もいける? ノーマル? ご、ごめん、何を言ってるのか分からないんだけど……」

「いやだから、いくら中性的な顔立ちだからって、男のお前にセクハラするほど見境なしじゃねえっての!」

「お…………男!? あ、あたしの事、男って言った今!?」

「え、うん、言ったけど…………ん? あたし?」

 

 俺が首を傾げると、義賊はショックを受けた様子で。

 

「あたし、女だから!!! え、なに、もしかして他の人達からも男だと思われてんのあたし!?」

「何を今更……街でも、銀髪のイケメン義賊ってことで知られてるぞ」

「イケメンって言われてるのは知らなかったよ! う、うそ……あたしって、そんなに男に見える……?」

「見える……っていうか、男だろ。胸とか、めぐみんと同じでぺったんこじゃねえか。こいつも髪短いし服装を変えたら男にも見えるだろうけど、まだ12歳だからな。お前は俺と同じくらいの年なのにそれとか、もう男としか考えられないだろ」

「ちょっと待ってください、私も男に見えるとか言いましたか!? さっきは私と一線を越えようとしたくせに、よくそんなこと言えますね!!」

「おいコラ、そういうこと人前で言うな!!! あと、しようとしてたのは俺じゃなくてお前だろうがこの痴女!!!」

「え、えっと、ごめん、目の前でそういう生々しいこと話されても困るんだけど…………というか、あたしは本当に女なんだってば!! ぺったんことか、失礼過ぎるでしょ!! ほ、ほら、ちゃんと胸あるから!!!」

 

 義賊はそう言って、顔を赤くしながら、腕を使って服の上から胸を寄せて見せつけている。

 何を無駄な努力を……まぁ、例え男でも太っていたりすれば胸のように見えなくもないだろうが、この義賊は細身だしそんな事をしても……。

 

 …………あれ?

 な、なんだろう、なんか……小さいながらも膨らみが見えるような……。

 

「…………マ、マジで女なの?」

「だ、だからさっきから言ってるじゃん……こ、これで分かったでしょ?」

「いや待て、まだ分からん。もう少しそのままで」

「えっ……そ、それは……その、恥ずかしいんだけど……」

「恥ずかしがってる場合か! ここでちゃんと証明しないとお前、いつまでも男扱いのままだぞ! ほら、もっと寄せて!!」

「こ、この男……! 私のことはいつも貧乳だ何だとバカにするくせに、どうしてこの人の胸にはそこまで食いついているのですか!!」

「うるせえ! 12歳のクソガキの貧乳と、同い年くらいの子の貧乳じゃ全然違うんだよ!! ほら、もっと見せて! つか、もういっそ脱いで」

「『バインド』ッッ!!!」

「ぬああああああああっ!!!!!」

 

 義賊は突然拘束スキルを使い、俺の体にロープが巻きつき身動きを封じられる。

 俺はそのままバランスを崩し、地面に倒れてもぞもぞとする事しかできなくなった。

 

「くそっ、油断した!! 体で誘惑して俺の隙を突くとか卑怯だぞ!!!」

「「…………」」

 

 床でもぞもぞしている俺を、二人の少女が無言で見下ろしている。

 

 めぐみんは、頼りにしていた先生が無力化されてしまい、心配そうな表情でこちらを…………おっと、これはゴミを見る目ですね。

 スキルをかけた義賊の方も、似たような目を俺に向けて。

 

「この人は本当にモンスターの餌にしちゃった方がいい気がしてきたよ」

「はい、私もそう思います。一番奥のドラゴンの檻に入れましょうか」

「いっ!? わ、悪かったって、俺も調子乗りすぎた! そ、そもそも、何でこんな所に義賊が来てんだよ、金庫はここじゃねえぞ!」

「あたしの一番の目的はお金じゃないんだよ。……そうだね、キミ達には話してもいいかな。他の人には内緒だよ?」

 

 義賊はそう言って、改まったように。

 

「キミ達は神器って知ってる?」

「えぇ、神々が作り出したとされる、通常では考えられない程の強大な力をもった魔道具の事でしょう? 変わった名前をした勇者候補がよく持っているという。最近、里に来た勇者候補の人も魔剣グラムという神器を持っていました」

「あー、そういやいたなそんな奴も。なんだよ、じゃあ神器が欲しくて貴族の家を探してるってわけか?」

「うん、まぁ、欲しいと言っても、あたしが使おうとか思ってるわけじゃないんだけどね。とりあえず、今、私が探しているのはモンスターを召喚して使役する事ができる神器でね。何でも、どこかの貴族に買われたらしいんだよ。それで、こうやってそれっぽい所を虱潰しに探してるのさ」

「……なるほど。だからモンスターに関心のありそうな貴族が狙われていたのですか。確かに、これだけのモンスターを集めるのは相当苦労するでしょうし、そういった神器を持っていると言われれば納得できます」

「モンスターを召喚して使役する神器ねぇ…………なぁ、それってサキュバスとかも呼べるの?」

「サキュバスを呼んで何するつもりなのさ君は……あ、ううん、言わなくていいけど。とにかく、そんな神器が悪い人に渡ったら危ないから、探し出して封印しようと思ってるんだ」

「本当かー? 神器を集めて世界征服とか考えてるんじゃ……」

「そ、そんな事考えてないよキミじゃないんだから!!」

「お、俺だってそんな事考えねえよ! 本当に俺の事何だと思ってんだよ!!」

 

 ……まぁ、わざわざ悪徳貴族だけを狙って、しかも盗んだ金は孤児院に寄付とかしているのだから、この義賊は本当に世の中の為を思って神器を手に入れようとしているのだろう。

 人知れず悪をこらしめて恵まれない人々の為に尽くす。盗みは盗みだが、その精神はまるで女神様のようだ。あの天然勇者様といい、こういう人っているもんなんだなぁ。

 

 めぐみんは義賊の言葉を聞いて、そわそわとして。

 

「……ど、どうしましょう。話を聞けば聞くほど、本当に格好良いです。もう軽くファンになってしまいました……あの、良かったらサイン貰えませんか……?」

「待て待て! お前、その義賊捕まえないと騎士団入れないんだぞ!?」

「うっ……そ、それは分かっているのですが! でもこの人を捕まえるのはちょっと……というか、先生の方がよっぽど捕まるべきなんじゃないかと……」

「な、何だと!? いいか、どんなに良い事だろうが盗みは盗み、犯罪は犯罪なんだよ! そんで、どんなに悪い事でも犯罪じゃなければ問題はない! ったく、しょうがねえな、じゃあ俺が捕まえてやるよ!! 『ブレイクスペル』! からの『バインド』ッッ!!!」

「えっ……きゃああああっ!!!」

 

 突然拘束から抜け出し、逆に拘束スキルを使う俺。

 その行動はあまりにも予想外だったらしく、義賊は反応できずに、自分が使っていたロープで縛られて床に転がされてしまった。

 

 俺はニヤニヤと義賊を見下ろして。

 

「油断したな。俺は盗賊じゃねえよ冒険者だ。その気になればいつでも抜け出せたんだよ。よし、やったぞめぐみん! あとはこいつを騎士団に差し出せば、晴れて入団内定だ!」

「な、なんか、どっちが悪人なのか分からなくなってくるのですが……」

「なに甘いこと言ってんだ! じゃあお前は爆裂魔法を諦めることになってもいいのかよ!」

「そ、それは嫌ですけど……では、騎士団の人達に事情を説明しましょうよ! 話を聞けばきっと……」

「それはダメ。神器っていうのはね、使い方によっては世の中を一変させられるくらいに強力なものなんだよ。どこかに神器が流れていると知れば、それを手に入れようとする人はいくらでもいるだろうし、悪用する人も多いと思う……あまりそうは思いたくないんだけどね……」

 

 義賊は目を伏せて、悲しそうに言う。

 まぁ、その辺りは俺も同意見だ。人間ってのは大抵が自分の欲望を優先させる生き物だし、この義賊みたいに神器を手に入れても使わずに封印するなんて奴がどれだけいることか。

 

 確かにこいつの言う通り、この情報はあまり他に流さない方が良さそうだ。

 

「……とりあえず、こいつを騎士団に引き渡す前に、そのモンスターを召喚する神器ってのが屋敷にないか探しとくか。俺達なら手に入れても別に悪用したりは…………うん……しないと思うし」

「本当だよね!? なんかとんでもなく不安な言い方だけど、大丈夫だよね!? キミは何だかんだ根は真っ直ぐな子だと思ったから話したけど、少し不安になってきたよ!」

 

 俺達がそんな事を言い合う一方で、めぐみんはまだ納得できていない様子で。

 

「あの、や、やっぱり、この人は騎士団に渡してしまうのですか? 他に方法は……」

「……ありがとね。えっと、めぐみん、でいいのかな? でも、これはそこのカズマっていう人の方が正しいよ。あたしは義賊とは言われてるけど、盗みを働く犯罪者には変わりないしさ。捕まっても文句は言えないよ」

「そうだぞ、めぐみん。犯罪者相手でも犯罪は犯罪だ。見逃せることじゃない」

「先生、以前クラスで『犯罪者相手なら何してもいいんだ』とか言ってませんでした?」

「言ってないよ」

「言ってましたって! ちゃんとこっちを見てください!!」

「ふ、ふん、それなら録音でもしておくんだったな! その主張も証拠がなければ無意味だ! お前が言ったことだぞ!!」

「ぐっ……で、でも……先生、本当にどうにかならないのですか……?」

 

 めぐみんは、まるで捨てられた子犬を拾ってきた子供のような目でこちらを見ている。

 や、やめろよ、そんな目で見られても俺は…………。

 

 そのまま俺はしばらくめぐみんの視線から逃れるように目を逸らしていたが、こいつは一向に諦める気がない。挙句の果てに、きゅっと俺の服の裾を握ったりしてきた……お前そんなキャラじゃねえだろ……。

 

 俺は深々と溜息をついて。

 

「……まぁ、なんだ。そこの義賊が騎士団に連行されてる途中で、何者かの邪魔が入ってせっかく捕まえた義賊を取り逃がしちまったら、それは俺達の責任ではないよな。義賊を引き渡した時点で、そいつの管理責任は移ってるわけだし」

 

 何となく気恥ずかしくて、早口になってしまう。

 二人は少しの間ぽかんとしていたが、義賊の方が目を丸くしたまま、ゆっくりと確かめるように。

 

「……も、もしかして、後で逃がしてくれるって言ってる?」

「い、言ってねえし! 誰か迷惑な奴がお前を逃がしても、俺達の責任じゃねえって言ってるだけだし!」

「でも、その、大丈夫なの? キミってそんなに強そうに見えないけど……」

「人を見かけで判断すんなっての。これでもいろんなスキルと魔道具持ってんだ。やりようはいくらでもある…………いや、俺はそんな事しないけど!」

 

 俺の言葉に、義賊はまだ驚いたまま、今度はめぐみんの方を見る。

 めぐみんは、俺の顔をじっと見つめた後、それはそれは楽しそうにくすくすと笑って。

 

「大丈夫です、先生は何だかんだ頼りになりますから。安心してください」

「そ、そっか……うん、分かった……その……あ、ありがとね? あと、ごめん、さっき色々と酷いこと言っちゃって……」

「な、何で礼を言われなきゃいけないんだよ、俺は何もしないっての……」

「ふふ、先生もゆんゆんの事言えないくらい素直じゃないですよね。でも、先生のそういう所が、私は好きです」

「っ……お、お前、人前でもそういう事言うのかよ……やめろよ……」

「わ、わぁ……普通に好きって言った……や、やっぱりそういう関係なんだぁ……」

「ち、違うって! どうせ今のはそういう意味じゃ……おいコラめぐみん! お前なに意味深に微笑んでんだよ、ちゃんと誤解を解け!!!」

 

 相変わらずめぐみんはほんのりと頬染めて笑顔を向けているわ、義賊は俺達を交互に見て気まずそうにしているわで、何とも妙な空気が漂っている。

 俺はそんな空気を誤魔化すように、床に転がした義賊のロープを持って引きずりながら、例の神器がないか部屋を探し始める。

 

「いたたたた! ちょ、ちょっと、何で引きずるのさ! 照れ隠しってやつ!?」

「て、照れ隠しじゃないから! そもそも照れてないから!! 俺達はどれが神器なのか分からないから、お前に確認してもらわないといけないだろ」

「え、でもキミ、盗賊スキル持ってるんでしょ? 『宝感知』は覚えてないの? それで分かると思うけど」

「あっ……そ、そうだな……ちょっとうっかりしてた……」

「……やっぱり照れてるじゃん」

「照れてねえ!!」

 

 俺の反応を見て、義賊はどこかワクワクと興味深そうにしている。こういう話は大好物なお年頃なんだろうけど、すっげームカつく!

 

 すると、めぐみんまでどこか照れた様子で、顔を赤くしてもじもじとしつつ。

 

「あ、あの、自分で言っておいて何ですが、そこまで照れられると私も少々気恥ずかしいです……えっと、さっきのは、そこまで深く考えなくていいですよ……?」

「ホントお前が言っといて何だよ! あーもういい! もし真面目に告られたらどうしようとか考えてた俺がバカだった!! ほら、もうさっさと告っちまえよ!! バッサリ振ってやるから!! それで終わりだ終わり!!!」

「そ、それを聞いて告白なんてするはずないでしょう! そもそも、私が先生に言う“好き”という言葉がどういう意味なのかはまだ教えていませんし! 別に異性としてではなく、人としてという事も考えられるでしょう思い上がらないでください!!」

「なに今更そんな事言ってんだ! さっきはお前から俺と一線を越えようとしたくせに!! じゃあお前は、好きでもない男とそういう事しようとするビッチって事になるけどいいんだな!?」

「ち、ちがっ……あの、そ、それは……先生が途中でヘタレて拒否すると確信していたから迫っただけです! 本気で最後までするつもりはなかったですよ!!」

「はぁ!? 何言ってやがる、だってお前、俺のパンツまで脱が」

「わあああああああああああああああああ!!!!! ま、待ってください!! それ以上は言わないでください!!!」

「う、うん、あたしもそこまでは聞きたくないよ! そういう話は二人きりの時にした方がいいと思う!!」

 

 めぐみんも義賊も顔を真っ赤にして俺の言葉を止める。

 ちっ、まぁいいか。これに懲りて、少しはめぐみんの奴も、妙な真似をして俺をからかう事も減るだろう。

 

 とりあえず俺は、義賊に言われた通りに宝感知のスキルを使って、この部屋に神器がないか探してみる。これだけ大掛かりな隠し部屋だ、そんな物があるとしたら金庫よりもここの可能性が高い。

 早速強い反応を感知してそちらへ向かってみると、なんとドラゴンの檻の中だった。

 

「…………おい、光り物好きのドラゴンに与えてる剣やら鎧にしか反応しないんだが。これが神器とか言わないよな?」

「違うよモンスター召喚の神器は丸い石だよ。はぁー……ここも空振りかぁー」

 

 分かりやすく肩を落とす義賊。

 まぁ、神器ってのは神々の力が宿るとまで言われている最上級の魔道具だ。そう簡単に見つかるものでもないだろう。

 

 そう結論付けて、そろそろここから出て騎士団の方に報告と、こいつの身柄を引き渡そうかと思っていたら。

 

「せ、先生、先生! なんだか物凄く怪しいボタンを見つけたのですが!!」

 

 違う所を調べていためぐみんが、興奮気味にそんな事を言ってきた。

 俺が義賊を引きずってそちらへ向かうと。

 

 何やら真っ赤な丸いボタンがあった。

 めぐみんはそれを指差して、こちらをワクワクと見ている。

 俺はボタンを眺めて数秒考えて。

 

「押すか」

「ですよね! 押しましょう!!」

「押すの!? 明らかに押しちゃいけないやつだと思うんだけど、押しちゃうの!?」

 

 俺とめぐみんの言葉に、顔を引きつらせて焦りだす義賊。

 急にどうしたんだろうか。

 

「えっ、何言ってんのお前。押しちゃダメっぽいボタン程、押したくなるもんだろ」

「そうですよ。これはフリのようなものでしょう。『押すなよ!? 絶対押すなよ!?』みたいな。それで本当に押さないなんてありえませんよ」

「その言い分は分からなくもないけど、この状況で躊躇なく選択できるその神経が分からない! 紅魔族って皆そんななの!?」

「まぁ聞けって。何も怪しいボタンが危険しかないってわけでもないだろ。俺が思うに、これは人の心理を逆手に取った仕掛けだ。普通の人だったら、こんなあからさまに怪しいボタンなんて押さない。だからこそ、何かを隠すにはピッタリだと思わねえか? もしかしたら、更なる隠し扉を開けるものかもしれないし、神器が見つからないようにスキル対策をされていた場合、それを解除するものかもしれない」

「そ、それもなくはないと思うけど……でも、やっぱり普通に何か危ないボタンだと思う! 罠発見のスキルには何か反応してないの!?」

「いや、特にしてないけど……」

 

 ノリノリな俺達とは対照的に、義賊はまだ不安そうだ。

 その様子を見て、だんだんと俺達も冷静になっていく。……うん、確かに押したら何かヤバそうだよな。罠ではないみたいだけど……。

 

 すると、檻の中から先程のマンティコアが。

 

「ここで会ったのも何かの縁だ。一応忠告しといてヤルガ、そこの銀髪の言う通りソレは押さない方がイイ」

「「…………」」

 

 マンティコアのその言葉に、俺とめぐみんが顔を見合わせる。

 なんでモンスターがわざわざそんな忠告をしてくれるのだろう。しかも、マンティコアなんてのは間違っても人間に味方するような温厚なモンスターではない。脅されてるとかならともかく…………あ。

 

 …………なるほど、そういう事か。

 俺はめぐみんに一度だけ頷くと、めぐみんもまた頷き返す。そして。

 

 

 何の躊躇いもなく、めぐみんがボタンを押した。

 

 

 それに対して、義賊は目を見開いて。

 

「なななななななんで押しちゃったの!?」

「よく考えてください。モンスターが押すなと言っているのですよ。忠告などというのはウソっぱちです。このボタンは、彼らにとっては押されたら困るものなのです」

「あぁ、それにここのモンスターは貴族に色々と開発や調教をされてるみたいだし、貴族の味方をしてもおかしくはない。もし何かあったらキツイお仕置きをするとか貴族から脅されてたりな。まぁ、見てろって。きっと……」

 

 そこまで言った時だった。

 

 

 ビービー! と何かの警告音が部屋に鳴り響いた。

 

 

 続いて、ゴゴゴッと何か重々しいものが動きだすような音が聞こえてくる。

 ……嫌な予感しかしない。おい、まさか…………。

 

 俺達は恐る恐る、音のする方に目を向ける。

 見れば、檻に付けられた鉄格子が全て開いている所で。

 俺達はその様子を呆然と眺めていることしかできなくて。

 

 罠発見が発動しなかった事から、多分このボタンを作った者は別に誰かをハメようとしたわけではなく、純粋に施設の仕掛けを作動する為の物に過ぎないのだろう。

 

 義賊の泣きそうな声が聞こえてくる。

 

「だ、だから言ったじゃん……押しちゃダメだって……言ったじゃん……!!!」

「あわ……あわわわわわわわわわ……!!!!!」

「……よ、よし、大丈夫だ落ち着け二人共。檻を開けるボタンがあるなら、閉めるボタンだってあるはずだ。それをすぐに押せば……」

 

 だらだらと冷や汗をかきながら、そこまで言った時だった。

 檻が開けられた事で、中のモンスター達が皆ゆっくりと起き上がり始め…………一斉にこちらを向いた。俺達三人の体が同時にビクッと震える。

 

 マンティコア達も檻から出てきて、先程まで俺達と話していた個体はニヤリと笑って。

 

「ケケッ、アリガトヨ! オマエらなら、押すなって言えば押してくれると思ったゼ!! お礼にそこのニイチャンには、ケツにイイもんくれてやろうか!?」

 

 こ、こいつ……ハメやがったのか……!!

 

 ……いや待て、考えてみれば俺達は変態貴族に捕らえられていたモンスターを解放してあげたわけで、感謝こそされど恨まれる謂れはないんじゃないか。

 

 そう思って、俺はぎこちないながらも、モンスター達に対して精一杯の笑みを浮かべて、こちらに敵意がないことを伝えようとする。

 すると、モンスター達は…………。

 

 

「「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」

「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」

 

 

 凶暴な唸り声をあげて真っ直ぐこちらに襲いかかってきた!!!

 

 

***

 

 

 大騒ぎだ。

 檻から脱走したモンスター達は、必死に逃げる俺達を追って屋敷の中にまで出てきて、大慌てで騎士団が対応しているが、数が数なのでそう簡単にはいかない。

 

 しかも。

 

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「ぐおおおおっ!!! 総員、何としてもこいつを抑えろ!!! 決して外に出してはいかん!!!!!」

 

 シャギードラゴンが大暴れしており、王国が誇る騎士団も攻めあぐねている。

 屋敷の中は床や天井が崩れたりと、それはそれは悲惨な状況であり、このまま戦っていればすぐに屋敷自体が崩壊してしまうだろう。

 

 俺は近くに迫ってきていたゴブリンを拘束スキルで押さえ、ドレインタッチで無力化させながら。

 

「くっそ、めぐみんがあんなボタン押したせいで大惨事じゃねえか、どうすんだよこれ!」

「なっ、先生だってノリノリだったじゃないですか! それに私はまだ子供ですし、この場合は先生の監督責任という事になると思います!!」

「お前いつも散々子供扱いすんなとか言っといて、こういう時だけそんな事言うかコノヤロウ! つーか、お前って紅魔族随一の天才なんだろ!? それなのにあんな怪しいボタン押すとか何なのバカなんじゃねえの!?」

「どの口が! どの口がそんな事言うのですか!! 先生もそれらしい理屈をドヤ顔で披露して押す気満々だったくせに!!」

 

 そうやって醜い争いをする俺達。

 

 この騒ぎは、ここの貴族が屋敷のどこかで密かに飼っていたモンスターが勝手に脱走したものだと思われている。もしくは、モンスターから逃げている義賊も目撃されていた事から、その義賊が誤って逃がしてしまったのではないか、とも。どさくさに紛れて、既に義賊は外へ逃げてしまったようだが。

 

 クレアとレインは既にアイリスを連れてテレポートで脱出している。

 出来れば俺もめぐみんを連れてさっさと逃げたいところなのだが、流石の俺も、この騒動の元凶という立場上それは躊躇われた。

 

 すると、とある騎士の上ずった声が聞こえてくる。

 

「ほ、報告します! モンスター数種が屋敷を飛び出し街に繰り出している模様! 既に冒険者や街に残しておいた騎士達が対処しているようですが、数が多く応援が必要とのことです!」

「くっ、しかし、このドラゴンを放っておくわけにも……!」

「あ、お、俺行きます俺! 街の人達には手は出させませんよ!」

「ええっ!? あ、あの、カズマ様は出来ればここで我々と共にドラゴンの相手をお願いしたいのですが……」

「大丈夫、騎士団の強さは俺がよく知っています! そんな鳥だかトカゲだか分からないモンスターくらい何とかなりますって!」

「うわぁ……先生って一応は高レベル冒険者なのに丸投げですか……」

「う、うるせえな元はと言えばお前のせいだろうが! 大体、ちゅんちゅん丸も里に置いてきちまったし、ドラゴン相手とか普通に無理!」

 

 俺の言葉に、騎士団長は少しの間悩ましげに考え込んで。

 

「……わ、分かりました。ではカズマ様は外の方をお願いします。そして、外が片付いたらこちらの応援を……」

「はい、行けたら行きます! それじゃ!」

「ほ、本当に来てくださるんですよね!? お願いしますよ!?」

 

 そんな不安そうな騎士団長の言葉を背に受けて、俺とめぐみんは屋敷を飛び出して中心街の方へと向かった。

 

 人の多い王都とはいえ、深夜にもなると流石に外に出ている者は少ない。

 王都は度々魔王軍の襲撃がある為に、どの家にも避難用の頑丈な部屋が一つは備え付けられてあり、おそらくこの騒ぎで目覚めた人達はそこへ隠れているだろう。

 

 しかし、いくら魔王軍の襲撃には慣れているとはいえ、深夜に突然モンスターが街に出現するなんて事はそうそうあるものではない。

 中にはパニックになって、寝間着のまま外に飛び出してしまっている人達もいて、そんな彼らを守るために騎士団や冒険者が奮闘している。

 

 俺達はその光景を呆然と眺めて。

 

「お前のせいだぞ」「先生のせいですね」

 

 同時にそう言い合い、再びいがみ合う……いや、そんな事をしてる場合じゃない。

 ちゅんちゅん丸がないのは何とも不安だが、魔道具はそれなりに用意してある。あまり強すぎるモンスター相手は厳しいが、ざっと見た感じでは十分やれそうなレベルしかいないようだ。

 

 俺は魔法の詠唱を始め、手始めに一番近くにいたイノシシ型のモンスターに狙いをつけた……その時だった。

 

 

『皆さん、どうか落ち着いてください! 大丈夫です、この街には優秀な騎士や冒険者の方々が沢山います! 皆さんが傷付くことなんて決してありません!!』

 

 

 魔道具で拡大されたその声に、逃げ惑う住民達が足を止め、一斉にそちらを向く。

 これだけの騒ぎだ。拡声器を使ったとしても、聞いてもらえないという可能性も十分あったはずだ。

 

 でも、この場合は、声の主が主だ。

 見晴らしのいい高台の上から毅然とした表情で民に呼びかけるのは、テレポートで城に戻ったはずの第一王女アイリスだった。

 

 人々は信じられないものを見るように、目を丸くして。

 

「ア、アイリス様……!? なぜこんな所に……」

「まさか俺達のことを…………あっ!!! あぶない!!!」

「アイリス様、お逃げください!! モンスターが来ています!!!」

 

 あれだけ目立てばモンスターからも狙われるのも当然だ。

 アイリスの元には鳥型のモンスターが真っ直ぐ突っ込んでいき、俺は慌ててそちらに手をかざして魔法を撃つ……前に。

 

 別の声が鋭く響いた。

 

「『ライトニング』!!」

「はぁっ!!!」

 

 レインの電撃魔法がモンスターに直撃し、動きが鈍ったところをクレアが見事に両断した。

 その息のあった連携に、住民だけではなく騎士や冒険者の口からも「おお!」と感嘆の声が漏れた。

 

 アイリスは二人に対して、笑みを浮かべてしっかりと頷いた後、再び住民達に向き直り。

 

『この通りです。安心してください、騎士や冒険者の方々はモンスターなどには決して負けたりしません! ですから、皆さんも落ち着いて避難してください!!』

 

 アイリスのその言葉に、今までパニックになっていた人達は次第に落ち着きを取り戻し。

 

「そ、そうだ……アイリス様があれだけ堂々としているのに、俺は何をしているんだ……!」

「あ、あぁ、わざわざアイリス様が俺達の為にこんな危険な所まで来てくれたんだ……俺達もしっかりしねえと……!」

「よし、さっさと避難するぞ! 騎士様や冒険者の人達の邪魔になっちゃいけねえ!!」

 

 そんな事を言いながら、住民達は統率のとれた動きで避難していく。先程までの混乱が嘘のようだ。

 

 流石はアイリス、まだ10歳なのにもう立派に王女やってるじゃねえか。

 隣ではめぐみんが、ぼーっとアイリスの方を見ている。

 

 アイリスは冷静になった国民を見て、ほっとした表情を浮かべるが……。

 

「なんだアイツ、俺達を舐めてやがんナ! おい、やっちまえやっちまえ!!」

 

 どこかで聞いた声だと思ったら、変態貴族の屋敷の地下で出会った変態マンティコアが、他の仲間達と一緒にアイリスに襲いかかっていた。

 

 アイリスの周りには、クレアやレインを始めとして、大勢の騎士達によって厳重に警護されているのだが、モンスターの方も数が多い。

 俺は魔力ロープを取り出すと、アイリスのいる高台に引っ掛けながら。

 

「めぐみん、危ないからお前はどっかに隠れてろ!」

「いいえ、アイリスが格好良い所を見せたというのに、私だけ隠れるなんて事はできませんよ! 私だって仮とはいえ今は騎士団の一員なのですから!」

「だああああああ、こんな時に何言ってんだよ! 人生、気持ちだけで何とかなったら苦労しねえんだよ、お前がいても何の役にも立たねえだろうが! いや、例え爆裂魔法を覚えていたとしても、こんな街中じゃぶっ放せねえだろ!」

「ふっ、私ほどの天才ともなれば、魔法がなくともモンスターに対抗する手段はあります。ですので、私も連れて行ってください!!」

「ぐおおっ、コラ離せバカ!!」

 

 めぐみんは俺にしがみついて意地でも付いて行くつもりだ。

 こうなったコイツは本当に頑固だし、説得してる暇もない。仕方ないのでめぐみんと一緒にアイリスの元へと向かうことにする。一応何かしらの策はあるみたいだしな。あまり良い予感はしないが。

 

 ロープを一気に収縮させて高台へと飛ぶと、そこでは騎士達とモンスターの乱戦が繰り広げられていた。

 普通のモンスターであれば王都の騎士団の敵ではないのだが、ここには上位モンスターであるマンティコアが複数いることもあって、力は拮抗しているようだ。

 

 ……よし、まずはいつも通り安全の確保からだな。

 

「『ライト・オブ・リフレ』……うおおおっ!?」

 

 詠唱と共に姿を消す魔法を使おうとしたのだが、その前に大量のゾンビが俺の近くに群がってきた!

 そしてよく見ると、ゾンビの内、何体かのケツからオトナのオモチャっぽいのが飛び出している…………ホント頭おかしいだろあそこの変態貴族! あとそのゾンビが微妙に頬を染めてるような気がするんだけど、見間違いであってほしい!

 

 めぐみんは引きつった表情で俺から数歩離れ。

 

「こ、ここは先生に任せて私は先にアイリスの所に行きます! 必ず追いついて来てくださいね!」

「おいコラふざけんな!! 勝手に俺の死亡フラグ立ててんじゃねえ!!!」

 

 俺は不吉なことを言って去るめぐみんの背中に叫び返すと、ゾンビの群れに向き直る。

 アンデッド相手では姿を消しても生命力で追ってくるので意味がない。あまり気は進まないが、ここは小細工無しに正面から立ち向かうしかないようだ。

 

 すると、そんな俺の様子を見ていた騎士達が。

 

「あ、カズマ様がいるぞ! 悪魔やアンデッドはお任せしろ!」

「助かった! 特にアンデッドは武器が効きにくいから厄介なんだ!」

「ちょっ、い、いや、いくら何でもそんなに押し付けられると困るんですが…………って多い多い!!! 『ターンアンデッド』! 『ターンアンデッド』!! 『エクソシズム』!!!」

 

 悪魔やアンデッドと対峙していた騎士達は、次々と俺に相手を任せて自分達はマンティコアと戦っている者への応援に向かっている。

 俺は軽く泣きそうになって走って逃げながら、浄化魔法や退魔魔法で敵を消し去っていくが、数が数なので中々減っていかない。

 

 そうしていると、いつの間にか近くでマンティコアと戦っていたクレアが顔をしかめて。

 

「おいカズマ、悪魔やアンデッドを引き連れたまま無闇に動き回るな! どこか隅っこのほうで仲良くやっていろ!」

「ムチャクチャ言ってやがんなテメェ! 半分くらい押し付けてやろうか!! それよりアイリスはどうしたんだよ!? 護衛なんだから側にいろよ!!」

「分かっている! しかし、小賢しくもマンティコア達が分断してきた! レインもテレポートを唱える暇がない!!」

「ケケッ、俺達は頭がイイんだ。あの舐めた事言いやがったガキは必ずぶっ殺してヤンヨ! それにオマエ、貴族なんだってナァ!! 貴族には恨みがあんだ、どうせオマエもとんでもねえ変態で、俺のケツを狙ってんダロ!!!」

「ななななな何を言っている貴様ァァ! 貴族を何だと思っている!!」

 

 マンティコアの言葉に、クレアは奥歯をギリギリと鳴らす。…………いや、俺は割とマンティコアの言ってる事も分かるけどなぁ……。

 

 ただ、クレアもレインも分断されたとなれば、アイリスが危ない。こんな数を相手している暇なんてない。

 俺はそう判断すると、高台の端まで走って行き、下に向かって大声で呼びかける。

 

「おいお前ら! 今から色々降ってくるけど、任せた!!」

「「は???」」

 

 下で戦っている冒険者や騎士は皆首を傾げているが、悠長に説明している場合でもない。

 俺は大量のゾンビや悪魔と向き合うと、そちらに手をかざし詠唱して。

 

「『トルネード』ッッ!!!!!」

 

 大量の魔力を込めて巨大な竜巻を生み出すと、ゾンビや悪魔達は皆一斉に空高く巻き上げられ、高台から下へと次々に落とされていった。人間なら落下ダメージだけで致命傷になるところだが、アンデッドなんかは耐えてしまうことだろう。

 

「どわああああああああっ!!! なっ、モンスターが降ってきてるぞ!!!」

「いいっ!? もしかしてさっきカズマが言ってたのはこれか!!!」

「くっそ、カズマァァ!! テメェふざけんなああああああああああああああああ!!!!!」

 

 下から何やら罵声が聞こえてくるが、無視だ。今落としたモンスターは数こそ多いが、強さはそんなでもないので、十分何とかできるはずだ。

 翼を持っているタイプの悪魔は下から飛び上がってきたりもしたが、それは退魔魔法で迎撃し、数もそんなにいないのですぐに終わる。

 

 ようやく全ての敵を片付けた……というか、押し付けた俺は、千里眼スキルや盗聴スキルを使ってアイリスの居場所を探る。ついでにめぐみんも。

 

 すると、程なくして二人同時に見つけることになった……のだが。

 

「オウ、嬢ちゃんとは屋敷の地下で会ったナ? あのニイチャンはいねえのか? グヘヘ、見つけたらイイ事してやろうと思ったのにヨ」

 

 ぞわわっと背筋に寒いものが走り、思わず尻を押さえてしまう。よりにもよってあの変態マンティコアかよ……。

 マンティコアはアイリスのすぐ近くまで迫っており、めぐみんがその前に立ちふさがっている。予想以上にヤバイ状況だ。周りの騎士達も、自分達に襲いかかるモンスターの相手で精一杯といった感じだ。

 

 千里眼スキルで姿は見えているし、盗聴スキルで声も聞こえるのだが、まだ二人の所までは距離がある。急いで駆け寄ろうとはしているのだが、あちこちからスキルの余波やらモンスターの邪魔を受けて中々前に進めない。

 

 もうこれは、いざとなったら奥の手を使うしかない。

 そう思って懐に手を伸ばす…………これだけは使いたくないんだけど、大事な妹の為なら……あと、めぐみんにも何かあったら色々アレだし……。

 

 そんな葛藤をしていると、アイリスはめぐみんの背後から心配そうな声で。

 

「あ、あの、めぐみんさん? 多分、めぐみんさんよりは私の方が強いと思いますので、この立場は逆の方がいいのでは……」

「そ、そんな事ありませんから! 何ですか、あのケンカで決着がついたとでも思っているのですか!! あんなのはノーカンです、もう一度やれば私が勝ちます!!」

「今はそんな事でムキになっている場合ではないでしょう! ほら、私が守ってあげますから、めぐみんさんは後ろに……」

「いや、王女様なのですから素直に守られてくださいよ! 私は仮とはいえ騎士団の一員なのですから、あなたの後ろに隠れられるわけがないでしょう! そういうのを抜きにしても、自分より小さくて幼い少女の後ろに隠れるとか人としてどうかと思います! 先生ではないのですから!!」

「お、お兄様も流石にそこまでは……しないと…………思います…………たぶん……」

 

 めぐみんは後でとんでもない目に遭わせるとして、すごく自信なさそうに否定するアイリスの言葉が心にくる……いくら俺でも幼女の後ろに隠れたりはしねえよ……強いお姉さんの後ろとかなら躊躇いなく隠れると思うけど。

 

 マンティコアは二人のやり取りに愉快そうに笑い。

 

「ヒャッハッハッ、どっちが前出ても同じだっつの! まぁ、女子供をいたぶって遊ぶ趣味はねぇし、サクッと殺ってやるから安心シロヨ!」

「……ふっ、マンティコアは知能の高いモンスターだと聞いていましたが、所詮はその程度ですか。人を見た目で判断するとは愚かですね。紅魔族も知らないのですか?」

「あぁ? なんだソリャ…………いや、聞いたことあんナ……確か、紅い瞳をした凄腕魔法使いの集まりだとか…………お、おい、まさかその瞳、嬢ちゃんがそうだって言うんジャ……」

「そのまさかですよ。我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛する者!! そして王都の騎士団員にして王女様を守護する者!! さぁ、分かったら大人しく……」

「そうだ、紅魔族ってのは皆バカみてえな名前を持ってるとか聞いタゾ! オマエ、やっぱり本物の紅魔族ナノカ!!」

「おい、誰の名前がバカみたいなのか詳しく聞こうじゃないか」

 

 ギラッと紅く目を輝かせるめぐみんに、マンティコアが若干引きつった表情を見せる。

 対照的にめぐみんは不敵な笑みを浮かべて、懐から冒険者カードを取り出し、マンティコアに向けて突き付ける。

 

「知能の高い上位モンスターともあれば、冒険者カードくらいは知っているのではないですか?」

「……知ってるぜ。冒険者をぶっ殺す時、そいつを奪ってどっちがツエー奴を狩ったのか仲間と勝負したりしてたからナァ…………なっ、アークウィザードだと……そ、それに、何だそのスゲエ魔力値は……!!!」

「これで分かりましたか? 私が本気を出せば、マンティコア程度瞬殺できるのです。その辺りをよく考えて行動することですね」

 

 めぐみんは、冒険者カードのスキル欄のところは上手く隠して、ステータスだけを見せつけてマンティコアをビビらせている。

 なるほど、確かにアイツがアークウィザードである事と、高い魔力値を見せつければ怯える者も多いだろう。こんな戦場にいるのに、まさか魔法を覚えていないとは思うまい。アイリスも、感心したようにめぐみんの背中を見ている。

 

 ……しかし。

 

「ちっ、こんな奴がいるなんてツイてねえ…………ん?」

「……どうしました? 不審な行動を取るようなら、その瞬間に私の魔法の餌食ですが……」

「いや、不審なのはオマエだ。ナニを震えてやがんダヨ」

「っ……ふ、震えてなどいませんし! そっちが震えているからそう見えるのでは!?」

「ハァ? 明らかにオマエが…………チョット待てよ。オマエがスゲエ魔法使いだってんなら、何でワザワザ俺に教えんだ? 油断してる所をさっさと仕留めちまえばいいだけダロ」

 

 マンティコアが首を傾げると、めぐみんは先程までの余裕ぶった表情はどこへやら、顔を引きつらせて冷や汗を流している。

 

 よく見れば、マンティコアの言う通り、めぐみんは小さく震えているようだ。

 まぁ……無理もない。上位モンスターを前にして、ハッタリかまして冷静でいられる程に肝が座っている者は、それなりの冒険者でも少ない。アイツはアイツで、普段の態度の割に、追い詰められるとすぐにボロが出るところもあるしな……。

 

 マンティコアは少し考え込んだ後、ニヤリと口元を歪ませて。

 

「……オマエ、もしかして何かしらの理由で魔法使えねえんじゃネーノ? 封印とか何かでヨォ」

「…………ふ、ふふ……なななななな何を根拠にそんな……」

「ヒャハハ、分かりやすいナァ!! じゃあ試してヤンヨ!! ぶっ殺されたくナカッタラ反撃してミヤガレ!!!」

 

 とうとう襲いかかってきたマンティコアを見て、アイリスはすぐにめぐみんの前に出ようとするが、めぐみんはガタガタと震えながらもそれを必死に押し留めている。

 

 途中までは上手くいってたのに、土壇場でのアイツのヘタレっぷりで何とも格好悪い感じになってしまったが、それでもアイリスの前に立ち続けている所は後で褒めてやろう。ちょっと騎士っぽいじゃねえか。

 

 それに、めぐみんのやった事は無駄じゃなかった。

 俺が二人の元に辿り着くまでの時間を稼げたからだ。

 

「『ヴァーサタイル・エンターテイナー』」

 

 俺は芸達者になる魔法を唱えると、自分の声を先程クレアが対峙していた別のマンティコアの物に合わせると。

 

 前方でめぐみん達に襲いかかる変態マンティコアに叫ぶ!

 

「下からくるぞ気を付けろ! デカイ泥沼魔法だ!!」

「ナニっ!?」

 

 仲間の声を聞いて、マンティコアは空へと舞い上がる。

 そこに、俺は手をかざして素早く詠唱し、いつもより多めに魔力を込めて。

 

「『ライトニング・ストライク』ッッ!!!!!」

「ギャンッッ!!! う、上からじゃねえか……!!!」

 

 目も眩む光と耳をつんざく轟音と共に、頭上からの落雷がマンティコアに直撃し、体をバチバチと帯電させながら地面に墜落した。

 

 めぐみんとアイリスは同時にこちらを向き、パァと顔を綻ばせる……が、安心するのはまだ早い。

 マンティコアはフラフラとしながらも、すぐに起き上がって。

 

「あの時のニイチャンか、やるじゃネーカ! だがこんなモン、ちょっと痺れるくらいで決定打にはならネーナ!! ケケッ、覚悟しろよ、すぐにそのケツにこのぶっといモン刺して……」

「『バインド』!!」

「グオッ!?」

 

 ニヤニヤとしながらサソリの尾を揺らしていたマンティコアだったが、俺のスキルによって体をミスリル合金のワイヤーで拘束される。尾もワイヤーに挟み込まれて動かす事ができないようだ。

 

 マンティコアは魔法防御力が高く、俺の魔法程度では大したダメージは与えられない。ちゅんちゅん丸があれば違うのだが。

 しかし、俺の武器は魔法だけじゃない。他にも様々なスキルや財力もある。このミスリル合金のワイヤーは高価だが、一度拘束してしまえば強力なモンスターだろうが抜け出すことはできない。要するに、最初の落雷は動きを鈍らせるだけのもので、本命は拘束スキルの方だ。

 

 俺は身動き取れなくなったマンティコアに近付き。

 

「『ドレインタッチ』」

「ああああああああああああああ!!!!! テ、テメェ……さっきから狡い真似ばっかりシヤガッテ……!!!」

「狡いだとか卑怯だとかは言われ慣れてるっての。ついでに変態とかロリコンとかシスコンとか鬼畜とかもな。もう何言われても平気だ、残念だったな」

「残念なのはオマエだろ……モンスターの俺が言うのも何ダガ、もう少し真っ当に生きた方がイイんじゃネーノ……?」

 

 マンティコアが何か言っているが、ちゃんと聞く気はない。

 

 流石は上位モンスターということもあって、さっきからかなり消費していた魔力が、ドレインタッチで一気に満タン近くまで回復するのが分かる。まぁ、こんな変態相手にドレインするのは気が進まないが、そうも言ってられる状況ではない。

 

 俺のスキルで体力魔力を奪われたマンティコアは、縛られたままぐったりとしてしまう。

 

「テメェ……こ、これで勝ったと思うナヨ……すぐに回復してこの尾でケツを……」

「……すいませーん、そこの騎士の人! ちょっとコイツにトドメ刺したいんで、少しだけその槍を貸してもらえませんか?」

「おぉ、マンティコアを倒したのですね、流石はカズマ様! こちらも丁度終わったところですので、どうぞどうぞ」

「どうもー! …………おい、お前、俺のケツをどうするんだって? ぶっといモンをどうのこうのとか言ってなかったか?」

「…………ちょ、ちょっと待て。よし、落ち着け。そうだ、俺がオマエの使い魔になってやるよ! もちろん、オマエのケツを狙ったりもしねえ! だ、だから……ヤメロ……く、来るな…………そんなモン入るわけが…………ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

***

 

 

 少しすると周りの戦闘も一段落つき、ようやく落ち着いて話せる状況になる。

 俺がめぐみんとアイリスの元へ歩いて行くと。

 

「先生、ありがとうござ――」

「お兄様!!」

 

 アイリスが胸に飛び込んできた。

 近くに居たクレアが顔をしかめるが、今回はアイリスの元から分断されてしまうという失態を演じてしまった事もあって、アイリスを救った俺には強く言えないらしい。うん、良い事だ。

 

 ふんわりとした良い香りを感じながら、俺はその背中をぽんぽんと叩き。

 

「ったく、無茶したなアイリス。こんな危ない所まで来るなんて、よくクレアやレインが許してくれたな」

「私はこの騒動の原因となったあの屋敷にいたのですから無関係ではありません。少しでも国民の皆さんの為になる行動を取るのは、王女として当然のことでしょう。それに、私はクレアやレイン、冒険者や騎士団の方々を信じていますから。もちろん、お兄様も。本当にありがとうございます、助かりました」

 

 そう言って、にこりと微笑むアイリス。

 何て健気なんだ……俺は感動して思わずアイリスをぎゅっと抱きしめてしまい、胸元で「はぅっ」と可愛らしい声が漏れるのが聞こえてくる。

 

 すると、めぐみんが大袈裟な咳払いをして。

 

「……あの、一応私も頑張ったと思うのですが、何か労いの言葉とかはないのでしょうか」

「分かった分かった、お前も頑張ったよ。ほら、ハグしてほしいんだろ? 来いよ」

「べ、別に私はそんな事してほしくありませんから! もうオトナですし! そういう先生こそ、私をハグしたいだけなのではないですか!?」

「いや俺は今こうやってアイリスをハグしてるだけでも幸せだけど」

「ロリコン……」

「ロリコンじゃねえ、シスコンだ。アイリスは妹枠だしな」

「何が妹枠ですか、ゆんゆんはどうしたんですかゆんゆんは」

「あれはリアル妹枠。妹枠とは少し違うんだよ」

「すみません、先生が何言っているのか分からないですし、分かりたくもないです」

 

 心の底からドン引きした表情を浮かべて、俺から一歩離れるめぐみん。何だろう、最近のコイツは俺に好き好きアピール的なものをしていたような気がしたが、気のせいだったのかもしれない。

 

 そうやって首を傾げていると、アイリスが俺の胸元から離れてめぐみんと向き合う。

 アイリスは真剣な表情でめぐみんを見つめると、深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます、めぐみんさん。あなたがいてくれなかったら、今頃どうなっていたことか……マンティコアを相手に魔法もなしで立ち向かうなんて、一体どれほどの人が同じ事を出来るでしょう」

「ふっ、ようやく私の価値が分かってきましたか。そう、魔法を覚えていなくても既にこの有能さ。これ程の人材が騎士団に入りたいと言っているのですから、大歓迎するべきだとは思いませんか?」

「はい、その通りです。ごめんなさい、私、めぐみんさんの事を何も分かっていませんでした。自分の身を危険に晒してでも誰かを守るその姿勢、まさしく騎士に相応しいです。本当にダメですね私は……人を見る目というのは王族にとって大切な事ですのに……」

「…………え、えっと、私も、その、大人げない事ばかりしていましたので、良い印象を受けなかったのも仕方ない事だと思います。だから、あの、そこまで気にしないでください。それに、さっきだって、内心怯えているのを敵に見破られてしまうという失態を犯してしまいましたし……」

 

 めぐみんはそう言って気まずそうにしている。多分、ここまでアイリスが自分のことを高く評価してくれるとは思っていなかったのだろう。こいつはすぐに調子に乗るところがあるが、素直に褒められるとこうして動揺する事も多い。

 

 アイリスはめぐみんの言葉に静かに首を横に振って。

 

「誰だってあの状況は恐ろしいものです。それでも、ああいった勇気ある行動を取れるというのは十分誇れる事だと思います。私はあの場で何も出来ませんでした……あなたの事は、心から尊敬します」

「…………あー、そ、それより! まだモンスターは全て駆除されていないのでしょう? アイリスはもう十分役目を果たしました。そろそろ城に戻るべきでしょう」

「そうだな、照れてるからって慌てて話題を変えようとしてるめぐみんの言う通りだ。やんちゃな王女様ってのも可愛いけど、これ以上やっちまうと国王様とか心配して倒れそうだ」

「照れてませんから! 私はただ、今の状況を冷静に考えて、それで…………何をニヤニヤしているのですか!!」

 

 顔を赤くして俺に食ってかかるめぐみん。

 アイリスはそれを見てくすくすと笑うと。

 

「それでは、後はお任せしますね。ご武運を」

「えぇ、任されました。ここから先は、私達騎士団と冒険者の仕事です」

「いやお前もアイリスと一緒に戻れよ。危ないから。というか真っ当な戦闘だったら真面目にアイリス以下だろお前」

「なっ……こ、ここでそんな事を言いますか!? ちょっとは空気読んでくださいよ、マンティコアから助けてくれた時はかなりキュンときたのに、どうしてこういう所ではそうなんですか!!」

「お、お前、怒るのかデレるのかハッキリしろよ……だから、ハッタリだけでやっていくのも限界があるだろ。本来ならお前の役目だって、義賊の狙う家を当てた時点で終わってんだよ。現時点では初めから戦闘能力に関しては求められてないんだから、ここは大人しく――」

 

 そこまで言った時だった。

 

 バサッバサッと、何か巨大な翼の音が聞こえてきた。

 ……凄く嫌な予感がひしひしと伝わってくる。ちらっとクレアやレインの様子を伺ってみると、ある一方向を向いたまま青ざめた顔を浮かべている。そして周りの人達もどんどん何かに気付き、めぐみんやアイリス、それに騎士達も同じような表情を浮かべて皆が同じ方向を向いている。

 

 …………よし、嫌なものをわざわざ見ることもないだろう。

 何やらクレアがこちらを見て何かを言いたそうにしているようだが、俺はそれを無視して下の方を見渡して。

 

「おっ、あんな所にまだゾンビが残ってるじゃねえか! しょうがねえな、ここは俺が浄化して……」

「現実逃避をするな! ゾンビなどはいい、アレを見ろアレを!! 貴様の次の仕事だ!!」

「嫌だやめろ離せ!! 見たくないし聞きたくもない!!! 俺の仕事はゾンビの浄化だ!!!」

 

 屋敷の方角からやって来たそれ――漆黒のシャギードラゴンは、深夜の王都の上空を、それはそれは元気に飛び回っていたそうな。

 

 

***

 

 

 ドラゴン退治なんてものは、それこそ勇者様やら騎士様のお仕事だと思う。俺の本職は商人で、普通はそういった人達をサポートする立場であって、間違っても前線に出るものではないと思う。

 

 ただ、クレアが言うだけなら無視する事もできるのだが、アイリスにまで頼まれてしまったら、お兄ちゃんは断ることはできない。

 いや、アイリスは直接口に出して頼んできたわけではなく、不安そうな目で俺のことを見てきただけなのだが、あんな目で見つめられたら自然と体も動くってもんだ。

 ……いや、まぁ、元はと言えばこの状況は俺のせいだからっていうのもあるんだけど……。

 

 ちなみにめぐみんは、ドラゴンスレイヤーの称号がどうのこうのとバカな事を言って付いてこようとしていたが、普通に置いてきた。

 

 シャギードラゴンは街の大きめの広間にて、手練の冒険者や騎士達が相手をしているようだ。

 現場に着くと、そこには。

 

「あっ、カズマじゃないか! 王都に来ていたのか!」

「げっ、お前は…………えーと…………それより、お前がいるなら」

「ミツルギだ!! ミツルギキョウヤだ!!! あんな事があって名前も覚えていないのか君は!!!」

「や、やめろよ、そこだけ聞くと何か勘違いされるだろ……俺達の関係とか……」

「何を気まずそうにしているんだ、そんな勘違いされるわけないだろう!! ああもう!! 来て早々何なんだ君は!!!」

 

 何やらテンションの高い勇者候補、ミツルギ。いや、名前は覚えてたけどさ。ちょっとからかってみただけで。

 俺はがりがりと頭をかいて。

 

「それより、お前がいるならあんな鳥だかドラゴンだか分からない奴、その魔剣グラムでどうにでもなるだろ。さっさとぶった斬ってくれよ。アレは本能の赴くままって感じの鳥頭みたいだし、剣振り回すしか脳のないお前でも何とかなるだろ」

「い、言いたい放題言ってくれるね……やはり君とはいずれ再戦して…………いや、今はいい。それに、そう簡単にもいかないんだよ。見てくれ、あのドラゴンはとても素早い。弓矢や魔法も全然当たらない。僕の魔剣は当たれば一撃必殺の威力を持つけれど、そもそも当たらないことには……」

「…………つかえねー」

「何だと!? じゃあ君が何とかしたらどうだ! 僕に勝ったんだから、ドラゴンの一体くらいお手の物だろう!!」

「はぁ!? 勇者候補サマのくせに人に丸投げとか何なの!? あと俺がお前に勝ったのは、別に俺が強いってわけじゃなくて単にお前がバカなだけだ!!」

「ぐっ……き、君は本当に…………それなら、何か策の一つでも考えてくれ! この際、どんな卑怯な手でも構わない! そういうのは君の十八番だろう!!」

「コ、コノヤロ……あぁ分かったよ! バカなお前じゃ到底思い付かない、とびっきりの策を考えてやるよ!!」

 

 こいつ、他の人達には好青年らしく接してるのに、なんで俺にだけこんなに当たりが強いんだよ……心当たりはあり過ぎるくらいだけど。あと、俺への当たりが強いのはコイツだけじゃなく、大体みんなそうだけど……あれ、俺って嫌われ者……?

 

 とにかく、相手が素早くて攻撃が当たらないならば、まずは動きを止めるのがセオリーだ。

 動きを止める手段は色々と考えられるが、それもまずは当たらないと意味がないわけで、簡単なことではない。

 

 麻痺や睡眠といった状態異常はドラゴンには効かない。

 拘束スキルも、あれだけ飛び回っている相手には当たらない。

 と、なると…………。

 

 そこまで考えた時。

 

「危ないっ!!」

 

 見れば、ミツルギが金髪の女性をドラゴンから守っているところだった。

 ドラゴンは急降下して女性を食おうとしていたようだが、ミツルギが庇うようにその人の前に飛び出して魔剣を振ったので、ドラゴンはそれを避けてそのまま空へと舞い上がっていく。

 

 俺は溜息をついて。

 

「まーた女の子助けてハーレム要員追加ですか、ミツルギさん。流石っすね、俺にも今度そのテクニック教えて下さいよ。そういや、いつものハーレムっ子達はどうした? 盗賊とランサーの子」

「ひ、人聞きの悪い事を言うな! モンスターから人を守るのは当然のことだろう! 女の子だから助けているわけじゃない!! あとフィオとクレメアは仲間だ、ハーレムっ子というのはやめてくれ! 二人共、他のモンスターの相手をお願いしているよ」

「つまり、ドラゴン相手だと足手まといになるから置いてきた、と。良い判断だな」

「ち、ちがっ、その、ドラゴンだけに集中していては、他のモンスターへの対処が疎かになると思って分かれただけで、決して足手まといだなんて思っていない!」

「はいはい。でも、あの子達も、こうやってお前が他の女にフラグ立てようとしてるって知ったら怒るんじゃねえの? お前、女の子だから助けてるわけじゃないって言っても、近くでピンチになるのは、いつも決まって可愛い女の子なんだろ」

「…………そ、そんな事はないよ」

「おいこっち向けイケメン。なんだその羨ましいスキルは俺に教えやがれ」

 

 神々とやらは魔剣グラムだけではなく、ハーレム体質までこいつに授けたのだろうか。やっぱり神様もイケメンが好きということか。神様ってのは、そんなに俗っぽいものなのだろうか。まぁ、頭のおかしいアクシズ教徒が崇めるアクア様とやらはろくなもんじゃなさそうだしな……。

 

 ただ、俺も最近は女の子のピンチに立ち会う場面が多い気もするが、その全てが対象年齢外のロリっ子ばかりというのが何とも残念な感じだ。もっとオトナな女性との出会いがほしい……。

 

 そんな風に、この世の不公平さを嘆いていると。

 

「…………するな」

「えっ?」

 

 何やら、先程ミツルギが助けた金髪の女性が、顔を俯かせたまま何かを呟いている。

 あれ、珍しいな。ハーレム体質のミツルギのことだ、この後は助けた子が頬を染めてお礼を言うというのがお決まりの展開だと思ったのだが、この人からは何か不穏な空気を感じる。

 

 そして、金髪の女は、バッと勢い良く顔を上げた。

 その表情には怒りの色がありありと窺える。

 

「余計なことをするなと言っている!!! 私はクルセイダーだ、人を守ることを生業としている者であって、決して守られるような立場ではない!!!」

「す、すいません! でも、いくらクルセイダーの方とはいえ、モンスターに捕食されそうになっているところを見過ごすわけには……」

「私は一向に構わない! むしろ望む所だ!! ドラゴンに食われるなど中々体験できない事だし、さぞかし気持ち良さそ…………ごほん。とにかく、私は決して守られるような弱い女ではない。助けるにしても、乱暴に突き飛ばしたり、無理矢理地面に組み伏せたりならまだ許せるのだが、アレはなんだ! 女を助けるという大義名分のもと、色々と欲望をぶつけるのが普通だろう!! それでも男か貴様!!」

「ええっ!? あの、何言ってるのかよく分からないんですが……」

 

 …………分かった。分かりたくもないけど、分かってしまった。

 どこかで聞いた声と言動だと思ったら、コイツ……。

 

「お、お前……ララティーナとかいう変態ドM令嬢か!!!」

「っ!!!!!????? な、なぁ……初対面から、そ、そんな…………くぅぅっ……!!!!!」

 

 頬を染めて全身をビクンビクンと震わせる変態を見て、俺とミツルギは同時に一歩下がる。こいつと息が合ったのは初めてだ。

 

 ララティーナという貴族令嬢は、噂通り……いや、それ以上の美人だった。スタイルもいい……すごくいい。それなのに…………それなのに!!!

 神様というのは無駄な奴に無駄なものを授けやがるというのは常々思っていた事だが、今日ほどそれを強く思った事はない。

 

 誰もが見惚れる美貌、鎧の上からでも分かるエロい肢体。見た感じ年齢は俺より少し上といった所だろうが、その年で上級職であるクルセイダーになれる程の武の才、大貴族ダスティネス家という身分。

 それら全てが、このどうしようもない変態に与えられているのだ。宝の持ち腐れってレベルじゃねえぞ、どうなってんのマジで。

 

 そう思いながら、どんよりとした気持ちでララティーナを見ていると。

 

「……な、なんだその目は……くぅぅっ……お、お前はどれだけ私を……!!」

「カ、カズマ、この人と知り合いなのかい?」

「いや、俺が一方的に知ってるだけだ。こいつはダスティネス家の一人娘のララティーナっつって、触手モンスターが大好きな変いでででででででででで!!!!!」

 

 言葉の途中で、ララティーナが凄まじい力で俺の腕を掴んで引っ張り、ミツルギから離れる。

 

「何故それを知っている!? あ、い、いや……ごほん。そんな根も葉もない噂を流さないでもらいたい。もう知っているようだから隠すこともしないが、これでも私はそこそこ大きい貴族の娘であって……」

「何が根も葉もない噂だ。俺はハッキリ聞いたぞ王城で。お前が触手モンスターに捕まってエロい事されている所を妄想して」

「わあああああああああああああああああああ!!!!! わ、わわわ分かった、何が目的だ!? 金か!? ……はっ!!! そ、そうか、そういう事か!!! これは定番の、『秘密をバラされたくなかったら俺の言うことを聞け』という展開か!!! いいだろう、私はどんな恥かしめにも負けたりはしない!!!!! さぁ、何でも」

「それ以上バカなこと口走ったら、王都にいる貴族に片っ端からお前の性癖をバラすからな」

「!?」

 

 ビクッと震えて青ざめるララティーナ。こういうのは守備範囲外のようだ。助かった。

 

 とにかく、今はこんな変態に構っている場合ではない。

 こうしている間にも冒険者や騎士達はシャギードラゴンと交戦しているのだが、戦況は芳しくない。先程のララティーナのように、危うく食われそうになっている者もちらほらいて…………ん?

 

 よく観察していると、ドラゴンが食おうとするのは、戦士職の冒険者や騎士といった鎧を着ている者だけなのが分かる。それ以外の者達には、爪や尻尾、ブレスなどで普通に攻撃している。

 …………そうか、もしかしてあれって食おうとしてるわけじゃなくて……。

 

 俺の中で一つの仮説が生まれ、それとほぼ同時に、ある作戦が頭に浮かんでくる。

 

「あっ、お、お下がりくださいダスティネス様! ここは我々が食い止めますので!!」

「このドラゴンは危険です! ダスティネス様にもしもの事があれば……!!」

「何を言っている、今この場では私は一人のクルセイダーだ! モンスターを食い止めるのは私の仕事だろう!! それにお前達ばかり攻撃を受けるなどズルいではないか!!!」

 

 その身を挺して皆を守るララティーナの姿に、騎士達は尊敬の眼差しを送っている。後半の頭おかしい言葉は聞こえていなかったのか、勝手に都合よく別の解釈でもしたのだろう。

 

 俺はそんな変態の腕を掴んで。

 

「悪い、ちょっと来てくれ。話がある」

「後にしろ! 今はこのドラゴンの攻撃を味わ」

「いいから来いっての。アレをバラすぞ」

「っ!? くっ、し、仕方ない……お前の言うことには絶対服従するしかないのだな私は……!!」

 

 頬を染めてはぁはぁ言っている事にはもうツッコむ気力もなく、俺はララティーナをドラゴンから引き離して。

 

「ララティーナお前、クルセイダーだけあって硬さには自信あるんだよな?」

「あぁ、防御力はこの国でも随一だという自負があるぞ…………と、ところで、ララティーナというのはやめてもらえないだろうか? 私は冒険者として活動している時はダク」

「うるさい知らん。それなら、変態、ドM、ララティーナの中で一つ好きなの選べ。それで呼んでやる」

「ぐっ……へ、変態やらドMと呼ばれたら、その度に体が反応して戦いに集中できないだろう! 分かった……ララティーナでいい……」

「じゃあ変態、ちょっと冒険者カード見せてみろ」

「くぅぅっ!!!!! な、何なんだお前は、ここまでの逸材は未だかつて会った事がない!!!」

 

 何やら褒められているようだが、全く嬉しくない。

 

 ララティーナが差し出してきた冒険者カードを見てみると、なるほど、確かにとんでもない物理防御力に魔法防御力だ。それに加えてスキルも『物理耐性』『魔法耐性』『状態異常耐性』など防御系スキルが充実している。

 

 しかし。

 

「……お前、マジで攻撃系スキルを一つも取ってないんだな」

「あぁ、クルセイダーの本分は防御だからな。それに、攻撃スキルを取って敵を簡単に倒せるようになってしまうと」

「いいです、聞きたくないです! ほら、返すよカード! つーか、よく知らない相手に軽々しく自分のカード渡してんじゃねえよ!!」

「じ、自分から見せろと言っておいてこの仕打ち……!!!」

 

 こいつと話していると頭が痛くなってくるが、とりあえずこのクルセイダーがとんでもない硬さを持っていることは分かった。多分、アダマンタイト以上はあるかもしれない。よくもまぁ、ここまで尖ったスキル振りをしたもんだ。

 

 ただ、これならいけそうだ。

 俺はそう判断すると、声を大きくする魔道具を使って。

 

 

『全員、よく聞いてくれ!!! この国随一の策士と名高いこの俺、冒険者カズマが良い作戦を思い付いた!!! たぶん上手くいく、協力してほしい!!!!!』

 

 

***

 

 

「何でそんな事を思い付くんだよ……本当に人間かよやっぱり悪魔なんじゃ……」

「こ、これが鬼畜のカズマか……話には聞いていたが、これ程までとは……」

「カ、カズマ様、それはいくら何でもあんまりでは……」

 

 俺の作戦を聞いた冒険者や騎士達は、皆が皆ドン引きした様子で俺を見ていた。しかし、俺は気にしない。こんなのにはもう慣れっこだ。

 

 一方で、ララティーナは興奮で頬を火照らせて。

 

「カ、カズマといったな、パーティーはもう決まっていたりするのか!? まだだというのなら、一緒にアクセルに来て私のパーティーに入らないか!? 私はお前のような男を探し求めていたのだ!!!」

「いやだ」

「即……答……っっ!!!!!」

 

 俺はそうやってビクンビクンとしている変態に、ミスリル合金のワイヤーを巻きつけていく。

 その様子を苦々しい表情で見ていたミツルギは。

 

「……ほ、本当にやるつもりかい? 君らしいと言えば君らしい作戦ではあるし、策を考えてくれと言ったのは僕の方だけど…………これは流石に人としてどうかと思うよ……」

「しょうがねえだろ。あんなドラゴン、お前の攻撃が当たらないとどうしようもねえんだから。俺は悪くない、お前が悪い」

「ぐっ……し、しかし……」

「なんだ、また私の楽しみを邪魔する気か貴様は! いい加減にしろ!!」

「い、いや、僕はあなたの為を思って言っているんですよ! あなたは自分がこれからどんな目に遭うか分かっているんですか!?」

「分かっているに決まっているだろう! そして、それは私も望んでいることだ!!」

 

 この変態があまりにも堂々と言い放つものだから、ミツルギも言葉を失っている様子だ。ミツルギがララティーナの身を案じて言っているのは本当なのだろうが、それなのに当の本人から邪魔者扱いされるというのはちょっと不憫に思える……うん、ドンマイ。

 

 俺はララティーナの体にワイヤーを巻き終えると、今度はその体に手をかざして。

 

「『プロテクション』!!」

 

 防御力を上げる支援魔法をララティーナにかける。

 元々このクルセイダーは十分過ぎる程の硬さを持ってはいるが、念には念を入れておくべきだろう。相手はドラゴン、万が一ということもある。ミスリル合金のワイヤーを体に巻きつけたのも、硬さを補強するためだ。

 

 それから俺は魔力ロープを取り出し、これもララティーナの体に巻きつけていく。

 

「はぁはぁ……ワイヤーだけではなく、ロープでも……この異なる二つの物で縛られるというのは、また新感覚だな……う、うん、悪くないな……」

「お前、縛られて悪くないとか言ったか?」

「言ってない」

「言ったろ。というかお前はもう色々と手遅れだから素直に認めろよ」

 

 諸々の言動からこいつが筋金入りのド変態だというのは明らかなのだが、一応最後のプライド的なものがあるのか、自分から認めるつもりはないようだ。

 

 ララティーナにロープを巻き終えると、そのロープの先端を手に取って魔力を込めて伸ばしていく。

 すると、ララティーナはどこか改まったようにこちらを向いて。

 

「……ありがとう、カズマ」

「変態」

「そ、そっちではなく! あ、いや、そっちもだが……」

 

 そっちもなのかよ。

 こいつの変態っぷりには、もうツッコむのも面倒になってきた。

 

 ララティーナは朗らかな笑みを浮かべて。

 

「攻撃が全然当たらなく、攻撃スキルも持っていない私は、パーティーの役に立てない事も多くてな。パーティーを組んだ者から『何故自分から敵の中に突っ込んでいくんだ!』と泣かれたり、攻撃が当たらない事をからかわれたり、まぁ色々あったものだ。しかしお前は、そんな私をいらない子扱いせずに最大限活かせる策を考えてくれる。それが、とても嬉しいんだ」

「…………まぁ、なに、問題児の扱いは慣れてるしな」

 

 ここまで真っ直ぐお礼を言われると照れるものがある。

 しかも、こいつは黙っていれば美人でスタイルの良いお姉さんだ。そんな女がこうして笑いかけてきたのだから、ちょっとくらい顔が熱くなるのは仕方のない事だと思う。例え本性が変態ドMだとしても。

 

 俺は照れているのを隠そうと、口早に。

 

「あー、攻撃が当たらないってのはアレだけどさ、防御特化な分それはそれで役立つ場面もあると思うぞ。パーティーってのはお互いに足りないものを補っていくものだしな。お前は変態な所以外は結構良い奴っぽいし、その内良いメンバーにも巡り会えるんじゃねえの、たぶん」

「ではやはりカズマが私と組んでくれないだろうか! カズマは頭も回るようだし、私のような尖った者も上手く使ってくれるだろう!? それに、性格的な相性も良いと思うのだ!!」

「お前と相性いいって言われても全く嬉しくないんだけど……それに、悪いけど組むのは無理だ。俺、本職は商人だし、今は教師やってんだよ」

「むぅ……そ、そうか…………いや、この男のことだ、教師などをやっていればその内何かしら問題を起こしクビになる……そこを…………」

「おい聞こえてるからな。なに失礼なこと考えてやがる。そう簡単にクビになってたまるか」

 

 美人で巨乳の貴族のお姉さんから執着されるというのは、それだけ聞けば幸せな事なのだろう。でも、中身が残念過ぎる。どうして俺の周りは美少女とか美人だけで完結しない女ばかりなんだ。

 

 そうこうしている内に準備が整い、俺は周りに呼びかける。

 冒険者や騎士達は、ララティーナのことを心配そうに見つつも、皆がララティーナから伸びた一本の魔力ロープを握りしめた。

 

 それを確認して。

 

「ララティーナ、やれ!!!」

「『デコイ』ッッ!!!」

 

 ララティーナが敵を引き付けるスキルを使うと、シャギードラゴンは鋭い瞳をそちらに向けた。

 このドラゴンは、光り物を集める習性がある。戦士職の冒険者や騎士達だけが食われそうになっていたのもそのせいだ。正確には人を捕食しようとしていたわけではなく、鎧や剣を収集しようとしていたのだ。

 

 ドラゴンは大口を開けて、真っ直ぐララティーナに向かって急降下していく。

 周りの者達は固唾を呑んでそれを見つめ、ララティーナはドラゴンを前にしても微動だにせず向き合っている。

 

 それだけ見れば誰もが憧れる立派な騎士そのものなのだが、よく見ると頬を染めてはぁはぁと息を荒くしているのが何とも残念過ぎる。

 

 数秒後、ララティーナはドラゴンに食われた。

 その瞬間、俺はロープを握り締めて叫ぶ!

 

「引けええええええええええええええええええええええええっっ!!!!!」

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」」

 

 ララティーナに巻きつけて伸ばしていたロープ。

 今その先端はドラゴンの口から伸びており、それを掴んでいた者達が一斉に力の限り引っ張る!

 

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」

 

 ガクンッ! とドラゴンが空中でバランスを崩した。

 そう、これはララティーナを餌にしてドラゴンを釣って動きを止めるという作戦で、ここまでは思惑通りの展開!

 

「ミツルギ、どうだ!? 斬れねえか!?」

「くっ、いや、まだ無理だ! 暴れすぎだ!!」

「ちくしょう、やっぱ地上に落とさないとダメか!!!」

 

 ここでミツルギの剣が当たればそれで終わりなのだが、ドラゴンは空中で激しく抵抗していて、上下左右とジタバタ体を捻って的を絞れない状態だ。それでも咥えたララティーナは離さない辺り、余程光り物には目がないと見える。

 

 このドラゴンは、光り物を食べるのではなく集める事を目的としているので、ララティーナが飲み込まれることはないと踏んでいるのだが、それでも口の中にはかなりの圧力がかかっていると思われる。

 

 俺は大勢の者達の先頭でロープを引っ張りながら、ドラゴンの口に向かって叫ぶ。

 

「おいララティーナ、聞こえるか!? 回復魔法はいるか!?」

「大丈夫だ! このドラゴンも鎧を壊したくないのだろう、本気で噛んでいるわけではないようだ! し、しかし、私の体を包む、このむせ返る程の臭いに熱い体温、そして圧迫感……す、少しくせになりそうだ……!」

 

 ドラゴンの口の隙間からは、そんな声が聞こえてきた。思った以上に余裕そうで、俺はほっと一息つく。

 このロープは魔法を伝達する効果があるので、もしもの時はララティーナに回復魔法やらテレポートを使おうと思っていたが、その心配はなさそうだ。

 

 となれば、後は何とかドラゴンを地面に引きずり落とすだけなのだが……俺の見立てが甘かった。

 ドラゴンには予想以上に強い力で抵抗され、何十人もの冒険者や騎士達でロープを引っ張っているにも関わらず力は拮抗……いや、徐々にこちらの方が相手に引かれ始めている。

 

 それは他の者達も分かっているらしく、背後からは様々な声が聞こえてくる。

 

「ぐっ、おい皆気合入れろ! こんな奴さっさと倒して、その後皆で一杯やろうぜ! 俺、良い店知ってんだ!!」

「当たり前だ! それに俺、来月には結婚するんだ…………こんな所で負けてられっか!!」

「もう……ゴールしてもいいよね……」

 

 ……あかん。

 

 おそらく、スタミナの問題だ。

 見れば周りの者達の顔には疲労の色が見え、正直俺も結構しんどい。人間、フルパワーを出せる時間というのは普通はそんなに長くはない。

 

 とにかく、このままではジリ貧だ。

 俺は歯噛みしながら、何とかこの状況を打破しようと考えを巡らせる…………が、中々いい案が出てこない。当たり前だ、ドラゴン相手に通用する作戦など、そうぽんぽんと出てくるわけがない。

 

 そんな時だった。

 

 

「真打ち登場」

 

 

 ざっという足音と共に、不敵な笑みを浮かべて無駄に格好つけたポーズで現れたそいつ。

 その声を聞いた周りの者達は一斉にそちらを向いて。

 

「なっ、こんな所で何してんだ嬢ちゃん! 危ないから離れて…………え、そ、その瞳は、もしかして紅魔族か!?」

「ほ、本当だ! カズマみたいななんちゃって紅魔族じゃなく、本物の紅魔族だ!!」

「助かった! 頼む、手を貸してくれ!!」

「ふふ、いいでしょう。我が名はめぐみん。紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛し、今は騎士団に属する者……我が呪われし禁断の力、この国の為、一時的に解放することにしましょうか」

 

 俺をなんちゃって紅魔族扱いした奴は後でしばくとして。

 俺は自信満々にそんな事を言っているバカ……めぐみんの方をちらっと見て。めぐみんもこっちを見て、小さく頷いた後。

 

 俺は視線を前に戻して再び考える作業に戻る。

 

「魔法で攻撃してみるか……? いや、中途半端な魔法じゃ気を逸らすこともできないか……」

「えっ、無視!? あ、あの、私としてはいいタイミングで格好良く登場したつもりだったのですが、それはあんまりではないですか!?」

 

 何やらめぐみんが喚いているが、今は魔法が使えない紅魔族に構っている暇はない。何でこんな所にいるんだとか、アイリスと一緒に城に戻ったんじゃないのかとか、色々聞きたいことはあるが全部後回しだ。

 

 攻撃か何かでドラゴンを弱らせる事ができればいいのだが、そう簡単なことではない。ドラゴンに対してダメージを与えられる手段など限られているし、そもそもあれだけ空中で激しく暴れていては当てること自体が難しい…………そうだ。

 

 あるじゃないか。確実に当てられて、もしかしたらダメージが通るかもしれない攻撃が!

 

 俺はロープを握る力を強め、素早く詠唱して叫んだ。

 

「『カースド・ライトニング』ッッ!!!!!」

 

 黒い電撃はロープを伝って前方へと走っていき。

 ドラゴンの口の中にいるララティーナのところで炸裂した!

 

「んひぃぃいいいいいいいいっ!!!!!」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!」

 

 どこか嬉しそうな変態の悲鳴と一緒に、ドラゴンが苦しげな声をあげた。効いてる!

 高い魔法防御力を持つドラゴンだが、口の中への攻撃には流石に堪えたのだろう。ロープを引っ張る力が弱まり、ズズッと地面に引き寄せられている。

 

 その光景を後ろで見ていた者達は、勝機を見出して活気付く……かと思えば。

 

「ひ、ひでえ……味方に上級魔法ぶち込む奴なんて初めて見た……」

「い、いや、実際上手くいってはいるが……それを躊躇いもなく実行できる辺りカズマだな……」

「まさか……ダスティネス様は切り捨てるおつもりなのですか……?」

「カズマ……もしかして君は過去に何かとても辛い事があったのか? そのせいで君がそこまで歪んでしまったというのなら、僕で良ければ話くらいは聞くから……」

「せ、先生……私は先生のことを分かってはいるつもりですが、これは流石に……」

 

 皆、ドン引きした視線をこちらに向けてくる。ミツルギなんて哀れみすら抱いているようだ……や、やめろよ、そんな目で俺を見るなよ……。

 

「ち、ちげえって! アイツは魔法防御力も高いから、俺の魔法くらいじゃくたばったりしないって!! だよな、ララティーナ!?」

「あぁ、もちろんだ! ワイヤーやらロープやらで縛られた挙句、モンスターに食われ、その上電撃プレイだとかどこまで分かっているのだお前は!! ほら、もう終わりか!? もっと」

「『カースド・ライトニング』!!!」

「くぅぅぅぅぅうううううううううっっ!!!!!」

 

 こいつと話していると本当に頭が痛くなるので、もう一度電撃を放って黙らせる。

 しかし今度は、ドラゴンがさっきのようにあからさまに苦しむことはなかった。さっきのは不意打ちだったが、事前にこういう攻撃がくるものだと身構えていれば耐えられるのかもしれない。

 くそっ、これだとただララティーナを悦ばせるだけじゃねえか! 何アイツ口の隙間から物欲しそうにこっち見てんだ、自分が何でそんな所にいるのか忘れてねえだろうな!?

 

 ララティーナのステータスやスキル振りを見れば、ひょっとしたら爆裂魔法さえも耐え切ってしまうのではないかと思うほどなのだが、俺にはそこまで強力な攻撃手段がない。

 いよいよ打つ手が無くなってきて、もうとっくに疲れきっている腕に精一杯の力を込めて、せめてもの抵抗と引いていると。

 

「……やはり、この私の力が必要なようですね」

「おい待て、何するつもりだ。お前一人が加わったところで…………まさか」

 

 めぐみんはニヤリと笑って俺の前に来てロープを掴んだ。

 嫌な予感しかしない。こ、こいつ……。

 

 次の瞬間、突然ぐんっとドラゴンが引き寄せられた!

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおおっっ!?」」

 

 周りの者達が一斉に驚きの声をあげる。

 めぐみんは、それはそれは得意げに、腹立つドヤ顔で。

 

「このロープは魔力を込める事で伸縮できるものでしょう? それならば、この私の強大なる魔力で一気に縮めてしまえば、あんなドラゴンなどすぐに引きずり落とせます!」

「こ、このバカっ!!! そんな事したら……あづぅっ!!!」

「あちぃっ! な、なんだ!? ロープがメチャクチャ熱いぞ!?」

「あちちちちちっ!! おい持ってられねえぞこれ!!!」

「『フリーズ』! 『フリーズ』!!」

 

 許容量以上に魔力を込められたせいで、ロープが見る見る内に真っ赤になっていき熱を持ち始める。凍結魔法で冷やしてはいるが、まさに焼け石に水というやつだ。

 

 めぐみんはそれを見ておろおろとし始め。

 

「あ、そ、その、違うのです! 先生が持っているロープなら高級品でしょうし、私の魔力にも耐えられるかと……つまり、こんな安物を使っていた先生が悪いです! 私は悪くありません!!」

「開き直ってんじゃねえええええええええ!!! これだって十分高級品だっつの、お前のバカ魔力に耐えられる魔道具なんざ本当に一部の最高級品しかないんだよ!!」

「……ふふ、なるほど。私のこの強すぎる力が仇となってしまったわけですか……いたああああっ!!! ご、ごめんなさい痛いですごめんなさい!!!」

 

 何故か得意気に語りだしためぐみんに頭突きをくらわせつつ、どうしたものかと考えていると。

 今度は、ドラゴンの口の隙間から変態が。

 

「ま、まぁ待て、あまりその子を責めないでやってくれ。それに、熱いロープで縛られるというのも、中々味わえない感覚で……くふぅっ……!」

「よし、お前はもう黙ろうか。つーか、このままだとボンッってなっちまうんだよ!」

「ボンッとなるのか!? ど、どのくらいボンッとなるのだ!?」

「悦んでんじゃねええええええええ!!! お前分かってんのか、ロープがボンッてなったら、そのままドラゴンの巣までお持ち帰りされるかもしれないぞ!!」

「っ!? お持ち帰り……だと……!? ……くっ、いや、それでこのドラゴンが街から離れるなら、騎士として受け入れねばならないだろう! 大丈夫、心配するな!! 私は簡単にモンスターに屈したりはしない!!!」

 

 もうこいつ、本当にドラゴンに差し出してしまおうか。

 一瞬そんな考えが浮かんでくるが、こんなのでもモンスターに連れて行かれたとなると寝覚めが悪くなりそうだし、俺も流石にそこまで鬼畜でもない。

 それに、ララティーナを手に入れたからって、このドラゴンが大人しく帰ってくれる保証もない。口にあんな変態を入れたままでいるというのも、気分が良いものでもなさそうだが。

 

 とは言え、あまり悠長に考えている時間もない。

 ロープはどんどん赤く染まっていき、ボンッとなるのも時間の問題だ。もう熱くて握っているのも辛い。このままボンッなんて事になったら、あの変態なら平気だろうが、普通の人間は巻き込まれたら洒落にならないし…………。

 

「…………そうだ」

 

 思い付いた。

 ロープがボンッてなるのはもう止められない。それなら。

 

 俺は、周りの者達に向かって叫ぶ!

 

「皆離れろおおおおおおおおおおおおおお!!!!! ロープがボンッてなるぞ!!!!!」

「「!?」」

 

 俺の言葉に、周りは青ざめた顔で一斉にロープから離れ、大急ぎで距離をとる。

 そんな中、俺だけはロープを離さない。

 

「先生!?」

 

 めぐみんが真っ青な顔で俺に手を伸ばすが、間に合わない。

 ドラゴンが一気に夜空へ舞い上がると、その口から伸びるロープを掴んだままの俺は、為す術なく一緒に連れて行かれる。

 

 足が地面を離れ、どんどん地上が遠くなっていく。

 めぐみんは泣きそうな顔で俺を見送ることしかできない。こんな事を思うのはアレかもしれないが、めぐみんは心から俺のことを心配してくれているようで、少し嬉しくもある。

 

 ただ、俺は立派な騎士様のように自分を犠牲にするつもりなど毛頭ない。

 また、ドラゴンの口の隙間から心配そうにこちらを見ている変態騎士様を犠牲にするつもりもない。どんな変態性癖や騎士道精神を持っていようが勝手だが、それは俺の見てない所で存分に発揮してほしい。人を踏み台にする事を厭わない俺だが、ここであの変態を見捨てるのは気分が悪い。

 

 ララティーナは本気で焦った様子で。

 

「カ、カズマ、何をしている! 私なら大丈夫だ、お前まで付いてくる必要はない! これは真面目な話だ!」

「今更真面目ぶってんじゃねえよ変態。聞けララティーナ、俺は今すぐにでもお前をテレポートで脱出させる事ができる。でもお前が脱出を諦めれば、ドラゴンを倒せるかもしれない手がある。その場合お前はとんでもない目に遭うけど…………どっちがいい?」

「そんなの後者に決まっているだろう! 聞かれるまでもない!!」

「……そのセリフだけ聞くと立派な騎士様なんだけど、表情が残念過ぎる…………ったく、本当にブレねえなお前は」

 

 頬を染めてはぁはぁ言っている変態に口元が緩んでしまう辺り、この土壇場の状況で俺も相当頭がアレになってきているのだろう。

 

 俺は、今や真っ赤になって、いつボンッとなってもおかしくないロープを握りしめ、叫ぶ!

 

 

「『バインド』ッッ!!!!!」

 

 

 俺の手からロープが離れ、支えが無くなった事で俺の体は上空数十メートルの所で投げ出され、重力に従って落下していく。そして、千里眼スキルを使って策が上手くいくかどうか見守る。

 ドラゴンの口から伸びていた長く真っ赤なロープは、俺のスキルによってドラゴンの元へと向かっていく。しかし、俺は何もドラゴンを拘束しようとしたわけではない。どうせ躱されてしまうだろうし。

 

 俺が狙ったのは、ドラゴンではなくララティーナだ。

 ロープはどんどんドラゴンの口の中へと吸い込まれていき、ララティーナを拘束していく。ドラゴンも、自分の体を狙った攻撃には反応できるようだが、口の中の人間に向けた攻撃には上手く対応できないようだ。

 

 あれだけ長く伸ばしたロープを全て巻きつけたので、ララティーナはもう全身を縛られているというか、もはや包まれていると表現した方が正しいくらいだ。顔どころか全身がロープに覆われて全く見えない。

 

 そして、直後。

 

 

 ついにロープは、ドンッ! と体の芯に響くような轟音をたてて、大爆発を起こした!

 

 

「ゴアアアアッッ!!!!! …………アア…………」

 

 

 口の中から強烈な爆撃を受け、流石のドラゴンも白目を剥いてグラッと体をよろめかせ、力なく地面に落ちていく。

 

 先に落下していた俺は、地面近くで風の魔法を使って安全に着地して、急いでこの場から離れようとした…………が。

 その前に、めぐみんが胸に飛び込んできた。

 

「先生……無事で良かったです……本当に……!」

「ちょっ、ま、待て、こんな事してる場合じゃねえって! ドラゴンが落ちて…………どわあああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 ズドンッ! とすぐ近くに巨体が落ちてきて、その衝撃によって近くにいた俺とめぐみんは数メートル程吹き飛ばされる。それでも、めぐみんは俺の胸にしがみついたまま離れない。……あの、周りが微笑ましげにこっち見てて、凄く恥ずかしいんですが……。

 

 落ちてきたドラゴンはだらんと口を開けていて、そこからうっとりとして満足気なララティーナが転がり出てくる。

 所々焦げてはいるが、あの爆発でこの程度のダメージで済むのだから、やはりその硬さは人並み外れている。

 

 ドラゴンは次第に目に光を戻して、フラフラとしながらも立ち上がって再び飛び立とうとする。

 それを見て俺は、切り札に呼びかける。

 

「まだ生きてるぞ! やれ、ミツルギ!!」

「あぁ、分かってる!! 『ルーン・オブ・セイバー』ッッ!!!!!」

「グギャッッ!!!???」

 

 ミツルギが魔剣グラムを光らせ必殺の一撃を浴びせると、あれほど暴れまわったドラゴンは呆気なく真っ二つにされてしまった。流石は神器持ちの勇者候補様、やる事のスケールが違う。

 

 その瞬間、辺りは一瞬静まり返る。

 あまりにも呆気なかったもので、目の前の光景に脳の方が付いていってないのだろう。

 しかし、それも次第に実感を伴っていき、皆がお互いを見つめ合って……そして。

 

 冒険者や騎士達が、一斉に歓声を上げた!

 

 皆それぞれ嬉しさを爆発させ、お互いに手を叩き合ったり、笑い合ったりしている。

 ミツルギやララティーナの元には沢山の人が集まっていき。

 

「ドラゴンを一撃で両断なんて初めて見たぞ! 凄い力を持っているとは聞いてたけど、生で見ると本当にとんでもねえな! 助かったぜ!!」

「いけ好かねえイケメンだとか思ってて悪かったな! 最高だぜアンタ!!」

「いや、そんな。僕は自分の役目を果たしただけさ」

「待て待て! ミツルギ殿の力も凄まじいものがあるが、今回のドラゴン退治はダスティネス様のお力によるものも大きいだろう!」

「あぁ、そうだ。ダスティネス様がドラゴンを引き付け、その身を投げ出してドラゴンの隙を作ってくださったのだ。まさに騎士の鑑というべきお方だ……」

「おう、確かにそうだな! 俺、貴族ってもっとお高く止まった嫌味な奴等だと思ってたよ! でも、アンタは全然そんな事ないな! 助かったよありがとな!!」

「き、貴様、ダスティネス様に向かって何という口を……これだから冒険者は!」

「ま、まぁまぁ、私は気にしていない。それよりも、この戦いにおける一番の功労者は他にいるだろう?」

 

 ララティーナはそう言いながら、口元に笑みをたたえてこっちを見る。

 他の者達も、その視線を追って一斉にこちらに注目する。……ふっ、まぁ、そうだな。今回の戦いで誰が一番役に立ったのかと言われれば、それはもちろん――――。

 

「そうだ、そこの紅魔族のお嬢ちゃん! めぐみんっていったか!? アンタのあの爆発の魔法が決定打になったんだ!」

「いやー流石は紅魔族だ。魔法使いとパーティー組んだことはあるけど、あんなすげえ爆発見たことねえぞ。あれが爆裂魔法ってやつなのか?」

「……ふふ、爆裂魔法はあんなものではないですよ。あの何倍……いえ、何十倍もの威力はあるのです!!」

「な、なんと……そんな強大な力を扱う方が、騎士団に加わってくださるというのか……クレア様があれだけ推すわけだ……!」

 

 ………………。

 うん、まぁ、確かに結果的にはめぐみんの魔力が役に立った形にはなったけどさ。

 

 でも、ほら、俺だって結構頑張ったと思うんだけど? ちょっとくらい褒めてくれたっていいと思うんだけど? 自分から言い出すのは格好悪いから、誰かから言われるのを待ってるんだけど?

 そう思って期待を込めた視線を周りの人達に送ってみたりもするのだが、皆それには全く気付いていない様子で、今名前の挙がった三人を称えたり、共に戦った者達で笑顔で語り合っている。

 

 それは緊迫した戦闘ですり減った心を癒やすような良い光景ではあるんだろうけど…………うん……何ていうか、日頃の行いとかそういうのもあるんだろうけど…………。

 

 

 俺ってこんなんばっか!

 

 

***

 

 

 次の日のお昼頃。

 昨夜は深夜遅くまでモンスターの相手をしたせいで、ベッドに入ったのは空が白み始めてきた朝方になってしまい、そこから眠って起きたらもうお昼だった。

 

 俺が教師になる以前は、朝方に眠って昼に起きるという生活リズムを続けていたのだが、最近は夜に寝て朝に起きるという規則正しい生活を送っているせいか、頭がぼーっとして調子が出ない。俺もすっかり真人間になったもんだ。

 

 昨夜の功績によって、晴れてめぐみんの騎士団内定が正式に認められた。

 肝心の義賊は取り逃してしまったが、めぐみんの推理が当たっていた事には変わりなく、しかもその後のシャギードラゴンの討伐においても大きな貢献をしたという事で、文句を言う者など誰もいなかった。ちなみに、あの屋敷の貴族は、違法なモンスターを飼育していた罪で逮捕された。

 

 そんなわけで、俺達は王城の一室にてクレアを待ってから、紅魔の里に向かうことになっている。騎士団内定を告げれば、あの奥さんもきっと分かってくれるだろう。

 

「……でも考えてみれば、義賊の件はともかく、その後のモンスターの騒ぎは元々俺達のせいだし、ドラゴン退治に貢献したって言っても、ほとんどマッチポンプみたいなもんなんじゃ……」

「…………それより、遅いですねクレア。何だか嫌な予感がするので、早く里に向かいたいところなのですが」

「あからさまに話題逸らしたな。いや、俺もそこまで深く考えるつもりはないけどさ…………つーか、嫌な予感ってなんだよ。やめろよ、そういうフラグになりそうなこと言うのは」

「だって考えてもみてくださいよ。私達が里を出てからもう何日も経っているのですよ。学校の人達からどんな事を言われているか分かったものではないですし、お母さんも何をしている事か……それに、先生だってゆんゆんに何も告げずに来たのでしょう? 大丈夫なんですか、あのヤンデレっ子は」

「…………だ、大丈夫だろ、話せばきっと分かってくれる……はず……」

 

 そうだ、こっちの事で手一杯で里の事を全く考えていなかった。

 どうしよう、ゆんゆんと顔を合わせるのが怖すぎる。

 

 俺はその恐怖を紛らわそうと、他の話題を探して……。

 

「……そういえば、昨日はお前、なんでドラゴンの所まで来てたんだよ。アイリスと一緒に城に戻れって言ったろ?」

「そ、それは……ほら、言ったではないですか、私はドラゴンスレイヤーの称号が欲しいと。それ以上の理由などありませんとも、えぇ」

「それは聞いたけどさ。でもそんな理由でクレア達が納得するわけないだろ。あの人達からすれば、お前は騎士団の重要な戦力候補なんだし、魔法も覚えていない状態でドラゴンに特攻させるわけが…………というかお前、なんでそんなに動揺してんだよ」

「ど、動揺なんてしてませんよ! その、もういいではないですか、結果的に私の力でドラゴンを倒せたのですから! ふふ、流石は紅魔族随一の天才である私です、魔法を使えなくてもあれだけ貢献できるとは……」

「……ははーん。そういやお前、俺がドラゴンに連れて行かれそうになった時、メチャクチャ心配そうな顔してたな。もしかしてあれか? 俺のことが心配で心配でたまらないってクレア達を説得したのか?」

「ちちちち違っ!!! そ、そこまでは言ってませんから!!!」

「へぇー、じゃあ、どこまでは言ったんだ?」

「……ど、どこまでって……うぅ……」

 

 俺の質問にはすぐには答えられず、顔を真っ赤にして俯いてしまうめぐみん。何これ、ニヤニヤが止まらない。

 めぐみんはそのまましばらく黙っていたが。

 

「…………『先生は私にとって大切な……本当に大切な人なのです。だからお願いします、行かせてください』……と言いました」

「えっ…………あ、そ、そう……ふーん…………」

 

 めぐみんが真っ赤な顔のまま目を潤ませて白状したその言葉に、こっちの顔まで熱くなってくる。し、失敗した、こんな変な空気になるんだったら深くツッコまない方がよかった!

 

 そうやって居心地を悪くしていると、部屋のドアがノックされ、アイリス、クレア、レインが入ってきた。

 それを見てほっとする俺だったが、アイリス達の方も何か問題があったらしく、何故かアイリスが若干むすっとしている。

 クレアは少し疲れた表情で。

 

「遅くなって申し訳ない。アイリス様が一緒に紅魔の里に行くと言って聞かないもので……」

「クレアは本当に頑固です! いいではないですか、そのくらい!」

「いえ、クレア様の仰る通りですよアイリス様。昨夜はあのような危険な目に遭われたのですから、どうか今日は城の方で大人しくしていただけたらと……」

「レインまで! むぅ……将来お兄様と結ばれる者として、お兄様のご両親にも一度ご挨拶をと思っていたのに……」

「……い、いや、それは父さんも母さんもビックリし過ぎて倒れかねないから勘弁してくれ……」

 

 両親は俺の普段の行いはよく知っているが、流石に10歳の王女様からいきなりそんな事を言われるなど想像もしていないだろう。あとゆんゆんが怖い。

 

 レインはそんなアイリスに困ったように笑いながら、気を取り直してめぐみんの方に歩み寄り、国の紋章と杖を形どったバッチを渡した。

 

「これは騎士団に所属する魔法使いだと証明するものです。魔道具にもなっていて、魔法の威力を向上させる効果もあります。どうぞ」

「これはこれは、ありがとうございます。でも、いいのですか? 私は内定をもらっただけで身分的にはまだ学生なのですが……」

「……え、えーと、それは……」

 

 何故かレインが気まずそうな目でアイリスを見る。

 すると、アイリスはふふんと鼻を鳴らして。

 

「昨夜のめぐみんさんには騎士に相応しい精神を見せていただけましたが、やはり普段の行いには問題が多いですからね。そのバッチを手に、少しは騎士団に入る者としての自覚を持ってもらえればと思ったのです。犯罪などを犯されて内定取り消しなど笑えませんからね」

「……ほう、言ってくれますね。アイリスこそ、ワガママばかりで周りを困らせてはいけませんよ? 昨夜は、まぁ、そこそこ格好良いところを見せてはいましたが、今だって先生のご両親に挨拶などとバカな事を言っているようですし、かなり心配ですよ」

 

 二人はそう言い合いながら、頬を引きつらせている。

 何でも昨夜は二人きりで色々話して、同じ部屋で眠ったりもしたようで、少しは仲良くなったのかと思ったらすぐこれだ。

 

 まぁでも、何というか、今はケンカしつつもどこかお互いを認めているような感じもするが。

 

 クレアはそんな二人をハラハラした様子で見ていたが、話を変えるように何かが詰まった袋を二つ取り出して。

 

「めぐみん殿、こちらは昨夜のモンスター退治に対する報酬です。通常報酬とは別に、特に重要な貢献をした方々には特別報酬も合わせた額となっています。あとカズマ、貴様にも一応な」

「「えっ」」

 

 袋を前にして、固まってしまう俺とめぐみん。

 おそらく中身は金貨なのだろうが、袋の大きさからしてかなりの額であることが想像できる。

 

 めぐみんがこちらを気まずそうに見る。

 さっきマッチポンプがどうとか言ったばかりだ。流石の俺も、一歩間違えれば洒落にならない事をやってしまった為、この金を素直に受け取ろうという気にはならない……。

 

 俺は視線をあちこちに彷徨わせながら。

 

「え、えっと、俺達は報酬はいいや。その金は、今回の騒ぎで出た被害の補填とかに使ってくれ」

「は、はい、そうですね。私なんかはまだ学生ですし、そんな大金貰っても仕方ありませんしね!」

「なっ、そ、そんな、そういうわけにも…………というか、めぐみん殿はともかく、カズマはどうしたのだ? 何か悪い物でも食ったか?」

「べべべべ別に!? お、俺だってたまには良い事しようと思ったりもするんだよ! それに、ほら、金には余裕あるしな!!」

「お兄様? 凄い汗ですよ?」

 

 俺は動揺しまくりながらも、何とかクレア達を説得して金は受け取らないという事で納得させる。誰かから金をむしり取る事ならまだしも、金を受け取らない事にこんなに必死になったのは初めてだ。

 

 そうしていると、再びドアがノックされる。

 

「突然すみません、ダスティネスです。冒険者のカズマがこちらに居ると聞いたのですが……」

「『ライト・オブ・リフレクション』」

「えっ……お、お兄様!?」

「俺はもう里に帰ったって言ってくれ。頼む」

 

 俺の言葉に皆は首を傾げつつ、レインがドアを開ける。

 外からはララティーナと、その親父さんが入ってきた。ララティーナはまるで獲物を狙う肉食動物のような目で部屋中に視線を走らせ、親父さんは疲弊した顔で頭を押さえている。

 

「申し訳ありません、アイリス様、それに皆様も。ウチの娘がどうしてもと……」

「そ、その……おに……カズマ様は既に里に帰られましたよ」

「えっ……そ、そうですか……それは残念です……」

「あの、あなたは先生から散々な目に遭わされたと思うのですが、何故そこまであの人に執着するのですか?」

「ん……あぁ、あの時の紅魔族の少女か……なるほど、あの男は教師をやっていると言っていたが、あなたは教え子ということか。散々な目というのは大袈裟だ、あれはドラゴンを倒す為に必要なことだった」

「し、しかしララティーナ。ワシとしても、大切な娘がドラゴンを釣る為の餌にされた挙句、電撃や爆撃でドラゴンごと攻撃されたと聞いたら中々納得できない部分も……」

「ああもう、しつこいぞ! 昨夜から何度言わせるつもりだ! あれは私の硬さを活かした立派な作戦であり、実際上手くいった! カズマは称賛されるべきであって、非難される謂れなどどこにもない! それに、あれはとても……んっ……」

 

 ……そう言って庇ってくれるのは嬉しいのだが、その時の事を思い出したのか、頬を染めて発情しているのを見ていると、何とも残念な気持ちになる。他の皆……親父さん以外は、よく分かっていない様子だが。

 

 それにしても、昨夜俺がララティーナにした事を他の人の口から聞くと、自分でもちょっと引いてしまう。ひでえな俺。これ、ダスティネス家が温厚な貴族だったから良かったものの、他の貴族だったら大変なことになってたんじゃないか。

 

 めぐみんはどこか警戒したように、ララティーナの全身を眺めつつ。

 

「……とにかく、先生とはあまり関わらない方がいいですよ。昨夜で分かったでしょう、あの人は大貴族のお嬢様だろうが手加減しません。あの鬼畜っぷりは相当なものですよ」

「あぁ、そうだろうな。私はアクセルの街で冒険者としても活動しているが、荒くれ者が多い冒険者といえども、あれほどの鬼畜男はいなかった! だからこそ、ぜひパーティーを組みたい!!」

「えっ……あ、あの、意味が分からないのですが……ですから、あんな人とパーティーなんか組めば、次はどんな目に遭わされるか……」

「あぁ、次はどんな目に遭わされるのだろうか!!! も、もう、想像するだけで……!」

「すみません、私達はこれで!! 皆様、失礼いたしました!!!」

 

 親父さんは大慌てでそう言うと、頬を染めてはぁはぁ言っている変態を連れて部屋から出て行ってしまった。親父さんもあの変態には苦労しているらしく同情もするが、あんな事になる前に何か対処はできなかったんだろうか……もう手遅れだろあれ……。

 

 部屋はまるで嵐が通り過ぎていったかのような空気になっていて、そんな中俺は魔法を解いて姿を現して溜息をついた。

 すると、めぐみんがこちらにジト目を向けて。

 

「良かったではないですか、あんな美人でスタイルもいい大貴族のお嬢様から好かれて。一体どんな手を使ったのですか? というか、何故隠れたのですか?」

「俺の方が関わりたくないから隠れたんだよ。とにかく、俺はアイツは全く狙ってない。信じられないなら嘘を見抜く魔道具でも持ってこいよ」

「…………そ、そうなのですか? いえ、そこまで言うのならそうなんでしょうね……まぁ、それならいいのですが……でもどうしてですか?」

「アイツもお前と同じように、中身が致命的なんだよ。詳しく言うと、あの親父さんが悲しむだろうから言わないけど」

「ララティーナにそんな致命的な欠点があったのですか……? 私、全然知りませんでしたが……」

 

 アイリスは意外そうな顔をしているが、出来れば一生知らないでいてほしい。アレの本性は、この純粋な少女に見せてはいけない。

 

 すると、クレアが訝しみながら俺を見て。

 

「しかしダスティネス卿の様子がどこかおかしかったが、カズマ貴様、何か妙な事を教えこんではいないだろうな? アイリス様にも、世間を知らないからと言って好き放題吹き込んでいる貴様のことだ、ダスティネス卿にも同じことをしていても不思議ではない」

「わ、私だって世間を全く知らないという事はありません! 世間知らずといったら、クレアもそうじゃない!!」

「そうですね……この前もクレア様は、モンスター討伐に関する世間一般の相場を知らなかった為に、ゴブリン退治にとんでもない額を……」

「そ、その事は言わないでくれと言っただろうレイン!!」

 

 レインの言葉に、顔を赤くして慌て出すクレア。こいつは世間知らず大貴族の為か金銭感覚がおかしく、度々財務を困らせているようだが、またやったのか。

 

 俺はクレアにうんざりとした目を送って。

 

「別にアイツには何も吹き込んでねえよ。最初から色々と終わってたしな。それより、街の奴等もそうだけど、俺のこと変な目で見過ぎだろ。昨夜だって俺、結構頑張ったってのに、功績よりも鬼畜っぷりの方が広まってんだぞ」

「それは日頃の行いのせいだろう。これに懲りたら、もう少し真っ当に生きるという事を心がけることだな。まぁ、貴様の場合はどんなに真っ当に生きようとしても、すぐにボロが出そうだが」

「ぐっ……この白スーツが……今度また剥いでやるぞ……」

「だからそういう事をやめろと言っているのだたわけが!!」

「……お兄様、お兄様」

「ん、どうしたアイリス? あぁ、お前なら分かってくれるよな……俺にもちょっとくらいは良い所もあるって…………っ!?」

 

 言葉の途中で、アイリスが頬にキスをしてきた。

 あまりに唐突だったので、部屋にいる人間は、アイリス以外呆然として何も言えないでいる。

 

 アイリスはほんのりと頬を染めて、手を後ろに組んでイタズラっぽく微笑んで。

 

「この国を守ってくれて、ありがとうございますお兄様。お金は受け取ってもらえないようですので、せめてこれだけでも。大丈夫ですよ、私は、お兄様がこの国の為にいつも頑張ってくれている事はよく知っていますから。そんなお兄様のことが、私は大好きですよ」

 

 ……可愛い妹からこんな事を言われて、キスまでされて嬉しくないお兄ちゃんなどいない。

 昨日は大変だったが、今ので全部報われたと思ってしまうのは、決して俺がちょろいわけではないはずだ。

 

 当然、クレア達は大騒ぎだ。

 

「アアアアアイリス様!!! い、いけませんよ、そのような事は……!!!」

「そ、そうですよ、アイリス様……そういった事は人前ではなく、二人きりの時にするべきかと……」

「レインも何を言っているのだ!? そういう問題ではない、そもそも殿方に対して、そ、そんな、キスなど……!」

「あら、好きな男性にキスをしたいというのは、女性として当然の気持ちでしょう? クレアも、恋をすれば分かりますよ」

「そ、それはそうかもしれませんが! い、いや、しかし……」

 

 キスをした当人よりも狼狽えているクレアを見ていると、一体どちらが年下なのか分からなくなってくる。別にほっぺにチューくらいで、そんなに目くじらを立てなくてもいいじゃねえか。俺もちょっと驚いたけどさ。

 

 そして、面倒くさそうな奴は他にもいる。

 めぐみんは余裕ぶった笑みを浮かべようとして失敗したような引きつった表情で。

 

「…………何ですか、好きだからといって所構わずキスとか、ビッチですか。一国の王女様がビッチとかどうなんですか」

「ビ、ビッチではありません! 私はお兄様一筋ですし、他の殿方にはこのような事はしません!! それに、お兄様を脱がして襲おうとしためぐみんさんには言われたくないですよ!!」

「あ、あれは……そう、合意の下ですから! 先生は最後にヘタレましたが、最初は『やれるものならやってみろ』と言っていましたし!! あなたのような不意打ちではありません!!」

「いやそれって合意っていうか…………合意なのか…………?」

 

 そのまましばらく、めぐみんとアイリスはいがみ合う。

 状況だけ見れば、俺を巡って女の子二人が争っているという事になるんだろうけど……でも二人共子供だしなぁ……。

 

 俺を好いてくれる女の子は基本的に子供ばかりで、今回珍しく年上のお姉さんから好かれたと思ったらアレだ。何だろう、神様は俺にロリコンの変態になるか、変態ドMを飼いならす変態になるか選べとでも言っているのだろうか。普通にどっちもお断りなんだけど……。

 

 とにかく、こうしていてはいつまでも里に帰れない。

 俺は軽く手を叩くと。

 

「ほら、もういいだろ。そろそろ行くから、別れ際くらい仲良くしろって」

 

 俺の言葉に、めぐみんとアイリスは何か言いたそうな顔でこちらを見る。な、なんだよ、俺に飛び火とか嫌なんだけど……。

 

 しかし、二人は顔を見合わせて同時に溜息をついて。

 

「まぁ……先生はこうですよね」

「えぇ、お兄様ですから、仕方ありません」

 

 そんな風に諦めたように言った。

 これはあれか、俺のせいで揉めているのだから、さっさとどっちか決めろとか言いたいのだろうか。でも本当にそう言われたら、どっちも振ることになるから、悲劇しか起こらないと思うんだが。うん、今のままが一番だ。

 

 ようやく二人が落ち着いてくれたので、俺はテレポートの詠唱を始める。

 レインもテレポートは使えるのだが、紅魔の里は設定していないようなので、俺のテレポートで帰ることになる。当初の予定通り、クレアも付いてきてめぐみんの母親の説得に協力してもらう。

 

 すぐに詠唱は終わり、いつでも飛べるようになる。

 すると、アイリスは一歩前に出て深々と頭を下げた。

 

「改めまして、今回は本当にありがとうございました。お二人共、どうかお元気で。またお会いできる日を、心より楽しみにしています」

「おう、その内また会いに来るよ。この白スーツが邪魔しなければな」

「私も相手がまともな人物なら邪魔などせぬわ! 貴様の人格に問題があるんだ!!」

「……まぁ、学校を卒業すれば、私は騎士団としてこの城に滞在する事になります。そうなれば嫌になるくらい顔を合わせる事になるでしょうし、そんなに寂しそうにしなくても大丈夫ですよ」

「さ、寂しそうになどしていません! 私はそんな子供ではありませんから!!」

 

 俺から見れば、寂しそうなのはどっちもだけどな。

 ケンカばかりな二人だが、これはこれで良い友達と言えるのかもしれない。本人達は認めないだろうけど。ただ、クレアやレインは俺と同じことを思っているのか、微笑ましげに二人を見ていた。

 

 アイリスは気を取り直すように一度咳払いして。

 

「それと、めぐみんさんには一つ言っておきますが」

 

 そう言って、少し間を取る。

 何だろうとめぐみんが首を傾げていると、アイリスは不敵な笑みを浮かべて。

 

 

「私、お兄様を譲るつもりはありませんからね」

 

 

 そう、宣言した。

 めぐみんは一瞬不意を突かれたような表情をするが、すぐにアイリスと同じような笑みを浮かべて。

 

 

「何の事だか分かりませんが、私はどんな勝負だろうが相手だろうが負けるつもりはない、とだけ言っておきますよ」

 

 

 言葉こそは挑発的なものではあるが、めぐみんとアイリスはどこか楽しそうにしている。

 そんな二人を見て、クレアは苦々しく、レインは微笑ましげに俺を見る。

 

 ……俺も何か言った方がいいのか? いや、何も言わない方がいい気がする、たぶん。

 そんなわけで、俺は何となく居心地が悪くなってきたので。

 

「あー、それじゃもう行くな。『テレポート』!!」

 

 そう唱えて、王都を後にする。

 最後に見えたアイリスは、クスクスとおかしそうに笑っていたような気がした。

 

 なんか俺、めぐみんだけじゃなく、10歳のアイリスにまで若干手玉に取られているような……いやいや、気のせいだ…………気のせいだと思いたい。

 

 

***

 

 

 里に戻った俺達は真っ直ぐめぐみんの家に向かい、めぐみんの両親……というか奥さんの説得にあたった。一応ひょいざぶろーもその場にいたのだが、どこかやつれた顔をしていた。この数日間で一体何があったのかは気になる所だが、聞かない事にした。こわいし。

 

 結果から言うと、説得は驚くほどすんなりと上手くいった。

 

 めぐみんの騎士団入団の内定書に加えて、大貴族シンフォニア家の長女クレアも、めぐみんの爆裂魔法は騎士団にとって重要な戦力になるものだと説明し、昨夜の功績の例を挙げて、めぐみん自身の精神も騎士団に相応しいと太鼓判を押した。

 その時点で奥さんはもうほとんど納得しかけていたのだが、最後に騎士団におけるめぐみんの待遇……特に給料面を聞いた瞬間、奥さんはむしろ自分から頼み込んでいて、その勢いにクレアが押されるくらいだった。

 

 そんなわけで、めぐみんの爆裂道は守られた…………のだが。

 代わりに新たな問題が出てきていた。

 

 俺とめぐみんが、夕暮れの紅魔の里を歩いていると。

 

「お、カズマじゃねえか! なんだよ、ひょいざぶろーさんとこの娘さんと駆け落ちしたんじゃねえのか?」

「もしかして、今更戻ってきて、その子の両親に『娘さんをください!』とか言うつもりなのか? はははっ、お前の柄じゃねえな!!」

「それにしても、その子何歳だよ。結婚出来る年ではないだろ。お前、そっちの趣味はないって言ってたのになぁ……」

「だああああああああああああ!!!!! だからちげえっての、どんだけその噂広まってんだよ!!!!!」

 

 もう何度同じやり取りをしただろうか。ひょっとしたら、里中の人間が知っているのかもしれない。ここはそんなに大きな里ではないので、それも十分考えられる。

 

 噂を流したのは十中八九奥さんだ。何かやっているかもしれないとは思っていたが、本当に厄介な人だ……。

 

 俺は隣を歩くめぐみんをじとーっと見て。

 

「つーか、お前もちゃんと否定しろよ。さっきから俺ばっか大声出してんじゃねえか、喉痛いんですけど」

「……まぁ、人の噂も七十五日と言いますし、その内収まるでしょう。そこまで気にしなくてもいいのでは?」

「なげえよ、二ヶ月と半月じゃねえか。お前あれだろ、俺のこと好きだから、この噂は別にそんなに嫌じゃないんだろ」

「ふふ、どうでしょうね。先生の想像にお任せしますよ」

 

 こいつはまたこうやって曖昧な事を……うん、もういいや。こういうのは真面目に相手すると疲れるだけだし、流すことにする。

 

 めぐみんは俺がどんな返しをするか、こっちをちらちらと見て伺っていたが、俺が何も言わない様子を見ると。

 

「……それにしても、本当に私も付いて行かなければならないのですか? 正直家にいて霜降り赤ガニを食べていたかったのですが」

「ダメだ、お前も来て一緒に説明しろ。カニなら持ってきてやっただろ、ウチで食え」

 

 今めぐみんの家ではカニパーティーが開かれている。

 王都から俺とクレアが持ってきた霜降り赤ガニを見た瞬間のあの一家と言えば、もう凄かった。ひょいざぶろー、ゆいゆい、こめっこは三人とも目を真っ赤に輝かせて、もはや狂気すら感じる程にカニを崇めていた。

 

 そんな所から、俺はめぐみんを連れて出てきたわけだ。

 出る時に、クレアが縋り付くような目でこちらを見ていたが、こっちはこっちで大切な用事があるので、あの異常なテンションの一家の事は任せることにした。

 

 大切な用事、それはもちろん。

 

「ゆんゆん、怒ってるよな、たぶん……カニで機嫌直してくれねえかな……」

「無理でしょうね。先制攻撃で刺してくる可能性もあると思いますよ。念の為に支援魔法をかけておいた方がいいのでは?」

「……妹と会うのに支援魔法をかけておくって色々間違ってないか……? どうしてこうなった……」

「大体先生のせいだと思いますが…………そうだ、私からも先生に一つ言いたいことがあるのですが、聞いてもらえますか?」

「なんだよ、告白か?」

「いえ、違いますが…………告白してくれというのなら、しましょうか?」

「い、いや、いいよ、冗談だよ本気にするなよ……」

 

 というか、告白してくれと言われて告白とか、それって本当に告白か? なんかモテない男が寂しい事を頼んでるみたいで、かなり切ない気分になりそうだ。

 

 めぐみんはくすくすと笑っていたが、やがて穏やかな笑みで俺の事をじっと見ると。

 ぺこりと頭を下げて。

 

「私の夢を守ってくれて、本当にありがとうございました。先生のお陰で、私は爆裂魔法を覚える事ができそうです。先生には、いくら感謝してもしきれません」

 

 そう言って頭を上げて、こちらに笑いかけるめぐみんに、妙に気恥ずかしくなってしまう。

 いや、別に12歳相手にドキドキしてるとかそんな事はないが、こういう真面目な空気というか、そんなものは苦手というか。

 お礼を言うにしても、もっと、こう、「どうもです!」みたいな軽いノリでいいんだけどな……うん。

 

 俺はどう返したものかと考えながら。

 

「…………あー、ま、まぁ、そうだな、俺には感謝するべきだ。その……なに、これもビジネスの一貫ってやつだからな。お前は何だかんだ将来凄い魔法使いになりそうだし、今の内に恩を売っておくってわけだ。ちゃんと返せよ? …………な、なんだよ、その顔は! 言っとくけど、別に照れてるとかじゃねえからな、勘違いすんなよ!」

「ふふ、はいはい、分かっていますって。先生は、私に恩を売っておきたかっただけなんですよね」

「あぁ、そうだ! その通りだ! 王都でも言ったけど、お前が将来有名になったら、俺のことを『偉大な先生』とかいい感じに紹介しろよ!」

「分かっていますよ。『私の人生において欠かす事のできない大切な人』と紹介します」

「……えっ、い、いや、そこまで言わなくてもいいぞ……というかそれ、絶対何か誤解されるんじゃ…………あー、も、もういいや! ほら、バカなこと言ってないで、さっさとウチに……」

 

 この空気に耐え切れなくなった俺は、そう強引に話を切り上げて、さっさと歩き出そうとする…………が、俺のローブをめぐみんが後ろから摘んで引き止めた。

 

「そ、その……もう一つ、聞いてもらいたい話があるのですが」

 

 先程までめぐみんは余裕のある態度をとっていたのだが、今はそれが消えていて、声が震えているのが分かる。ぎゅっと、俺のローブを摘む力が強まるのを感じる。

 

 ……今度こそ、マジで告白か?

 え、ど、どうしよう……真面目な話、めぐみんの事はまだそういう対象として見ることはできないから、仮に告白されても応えることはできないわけで……。

 

 そのまま、俺達の間にはしばらく沈黙が流れる。

 う、動けない……でも、振り返るべきなのか? いや、無理だ。こんな空気で向き合うとかハードルが高すぎる。今の時点でむずむずして落ち着かないってのに。

 

 やがて、めぐみんは意を決したように。

 

「せ、先生、私――!」

「二人共、何やってるの?」

 

 バッと、俺とめぐみんが離れた!

 その反応の速さは、頭で考えるよりも先に体が動いたといった感じだった。

 

 先程までとは違う緊張を感じる。

 ゆっくりと、声がした方に顔を向けてみると。

 

 

「久しぶり。兄さん、めぐみん」

 

 

 愛しのリアル妹、ゆんゆんがにっこりとこちらに笑いかけていた。

 

 ぶるっと、俺とめぐみんの体が震える。

 こ、こわい……相手は笑顔を浮かべた12歳の少女なのに、昨日のドラゴンよりこわい……!

 

 俺はゴクリと喉を鳴らして。

 

「お、おう、ゆんゆん! はは、久しぶりってのは大袈裟だって! 数日いなかったくらいだし、そのくらい前にもあっただろ?」

「……そうだったっけ? でも何も言わずに帰ってこないと、私も心配するわよ。数日間でも、凄く長く感じたな……」

「ま、まったく、ゆんゆんは寂しがり屋ですね! 先生もいつまでも家に居るというわけではないのですから、そろそろ兄離れを」

「めぐみんは、兄さんとずっと一緒にいたんだよね? 楽しかった?」

 

 ひぃぃ……何この子、相変わらず笑顔なのに声の圧力が半端ないんですけど……!

 

 めぐみんはガタガタ震えながら俺の後ろに隠れる。おいやめろ! 俺を盾にするな泣くぞ!!

 そして、ゆんゆんはそんな俺達を見て。

 

「……ふふ、冗談よ冗談」

「「えっ?」」

 

 ゆんゆんの言葉に、俺達は気の抜けた声を出してしまう。

 俺達の反応に、ゆんゆんはくすくすと笑いながら。

 

「里では兄さんとめぐみんが駆け落ちとか変な噂が流れてるけど、実際は違うんでしょ? ちゃんと本当の理由を話してくれれば怒ったりしないわよ。まぁ、出来れば里を出る前に一言あっても良かったと思うけど……」

「そ、そうなんだよ! 流石は俺の妹、ちゃんとお兄ちゃんのこと分かってくれてるんだな! 実は……」

「あ、話ならウチでしない? 兄さん達が帰ってきてるって聞いたから、ちょうど夕飯の買い出しして帰る所だったし」

 

 その提案を断る理由はない。

 良かった……最近すっかりヤンデレポジションを確立してきたゆんゆんだったが、話せば分かってくれる良い子なんだ……。

 でも、なんでめぐみんは、まだどこか不安そうな表情をしてるんだろう? まぁいいか。

 

 家に着くと、父さんや母さんは留守のようだった。

 ゆんゆんは夕飯の支度をしながら。

 

「お父さんとお母さんはさっきまで居たんだけどね。ちょっと用事があるみたいで出掛けてるわ」

「……ず、随分とタイミングの良い……いえ、悪いことですね……」

「ん、どうしためぐみん? ウチの親がどっか行ってるのは別に珍しいことじゃないぞ。一応族長だからな、色々あるんだよ」

 

 何でもないように言う俺に、めぐみんは声を落として。

 

「先生、ゆんゆんの事はまだ警戒しておくべきです。何か仕掛けてますって絶対」

「なんだよ疑り深いな。大丈夫だって、ほら、ゆんゆんを見てみろよ。あれは純粋に『お兄ちゃんが帰ってきてくれて嬉しいなー』って顔だ」

「私にはチャンスを窺う暗殺者か何かのように見えるのですが……」

 

 そんな事を話している内に、夕食の準備を終えてゆんゆんが鍋を運んでくる。

 中にはゆんゆんが買ってきた新鮮な野菜に加えて、俺が持ってきた霜降り赤ガニが入っている。良い香りが部屋を包み、お腹が減ってくる。

 

 それから俺達は「いただきます」と声を合わせると、美味しい美味しいと顔を綻ばせながらカニ鍋を食べていく。

 最初こそはゆんゆんを警戒していためぐみんだったが、カニを食べた瞬間もう全部吹き飛んだらしく、一心不乱に食べ続けている。これ、確実に女の子の食い方じゃねえな……気持ちは分からなくもないけど……。

 

 そして、鍋が半分程減った頃になって、ゆんゆんが。

 

「それじゃ、そろそろ教えてくれない? この数日間、兄さんとめぐみんは、何をしてたの?」

「ん、おー、じゃあどこから話すか…………あぁ、まずはこのバカが爆裂魔法を覚えようとしてるって所からか」

「……え?」

「爆裂魔法ですよ。人類最強の攻撃手段にして、神々にもダメージを与えられると言われるあれです」

「…………えええええええええっ!?」

 

 ゆんゆんが大声をあげて驚く。

 そりゃそうだ、学校一の天才魔法使いが自分からネタ魔法使いになろうと言っているのだから、驚かない方がおかしい。

 

 ゆんゆんはどこかをちらちらと見ながら。

 

「な、なんで!? めぐみん程の才能があるなら、歴史に名を残すレベルの凄い魔法使いになれるのに!! どうしてネタ魔法なんて覚えようとしてんの!?」

「私の前で爆裂魔法をネタ魔法扱いするのはやめてもらおうか! ふんっ、心配しなくても私は、後世まで語り継がれるようになりますよ。世界最強の爆裂魔法使いとして」

「めぐみんの名前が語り継がれるとしても、それは才能の使い方を間違い過ぎた、過去最大のお馬鹿さんとしてだと思う! 学校で『こうはなるなよー』みたいに反面教師にされると思う!!」

「なっ……いいですよ、好きに言えるのも今の内です! 何時の世も、天才というのは周りから理解されないもの……将来、私が世界最強になっても、ゆんゆんにはサインはあげませんから!」

「いらないわよそんなの! ねぇ兄さん、教師としてこんなのは止めるべきなんじゃないの!?」

「んー、まぁ、めぐみんの人生だし、好きにやらせてもいいんじゃねえか。俺も結構好き放題に生きてるし」

「確かに兄さんも好き放題し過ぎだと思うけど! でも、爆裂魔法なんて本当に人生が一気に苦しく……ねぇ、めぐみん。どうしてそこまで爆裂魔法に拘るの? 他の魔法じゃダメなの?」

 

 ゆんゆんは心優しい子だ。本当にめぐみんの人生を心配しているのだろう。

 でも、爆裂狂は止まらない。このくらいで止まるようだったら、とっくに止まっている。

 

 めぐみんは口元に小さく笑みを浮かべて。

 

「…………では、ゆんゆんはどうしてそこまで先生に拘るのですか? 他の男性ではダメなのですか?」

「え、そ、それは…………ええっ!? ちょ、ちょっとめぐみん、急に何言ってんのよ!!! 兄さんもニヤニヤしてこっち見ないで!!!」

「それと同じ事ですよ。私は爆裂魔法が好きなのです。他の魔法ではなく、爆裂魔法だけが好きなのです。ゆんゆんも、男であれば誰でも良いわけではなく、先生だからこそ好きなのでしょう?」

「ま、待って! 言いたいことは分かるから、その例えはどうにかならないの!?」

「そして、好きな魔法なのですから習得したいと思うのは当然の事です。例えその後の人生が厳しいものになるとしても。ゆんゆんだって、先生のことが好きだから将来は結婚したいと思っているのでしょう? 例えその後の人生をずっと先生に振り回されるのだとしても、それでも良いと」

「やめてえええええええええええええええええ!!!!! わ、分かった、もうよく分かったから!!!」

 

 ゆんゆんが顔を真っ赤にして涙目でめぐみんの言葉を遮る。ゆんゆんは可愛いなぁ。

 そんな光景を見てほっこりとしていると、めぐみんはまとめるように。

 

「分かってくれたのならいいです。私の夢は爆裂魔法で世界最強になること。そして、爆裂魔法を教えてくれたあの人に再会して、立派に成長した私の魔法を見てもらう事です。この夢だけは諦められません」

「…………はぁ。もういいわよ、そこまで言われたら止められないし……でも、本当に大変な道だと思うわよ? それは分かっているのよね?」

「えぇ、分かっていますとも。どんなに険しい道だろうが、この私が踏破してみせましょうとも。そして、遙かなる高みから人々を見下ろし、宣言するのです。この私こそが最強だと!」

「……ねぇ、兄さん。めぐみんって大物っぽい感じだけど、どこかで調子に乗りすぎて痛い目みることになりそうなんだけど、どう思う?」

「そうだな、何かとんでもない事やらかして騎士団をクビになって路頭に迷うってのは割と想像できる」

「ふ、二人は私のことを何だと思っているのですか! まぁでも、私にもしもの事があっても、先生やゆんゆんが助けてくれるでしょうし、険しい人生でもあまり不安はありませんが」

「いっそ清々しい程の人頼みね…………そんなのめぐみんの自業自得なんだし、私は…………その…………」

 

 ゆんゆんは、自分はそこまでお人好しではないと否定しようとしたようだが、その声はどんどん小さくなっていく。まぁ、ゆんゆんの事だ、めぐみんが路頭に迷ったら、何だかんだ文句言いつつも助けてあげるだろう。

 ただ、そういうのはめぐみん相手ならいいんだけど、この妹はよく知らない人にもちょっと頼まれたら何でも言うこと聞いちゃいそうで、お兄ちゃんは少し心配だ。

 

 それにしても、ゆんゆんはさっきから同じ所をちらちらと見ているような気がするが、何だろう。そちらを見てみても、特に何かがあるわけでもない。まさかぼっちをこじらせて、見えちゃいけないモノとか見えてないだろうな……。

 

 ゆんゆんは、めぐみんからニヤニヤと見つめられて居心地悪そうにしながら。

 

「……そ、それより! めぐみんが爆裂魔法を覚えようとしてるっていうのは分かったけど、ここ数日二人が留守にしていた理由はまだ聞いてないんだけど! その爆裂魔法の事が関係あるんだよね!?」

 

 ゆんゆんは誤魔化すように、若干顔を赤らめて聞いてくる。

 めぐみんは更に追求したそうな顔をしているが、いつまでもこの素直になれない子を弄っていても話が進まない。

 

 俺はゆんゆんに、奥さんとの一件や騎士団の一件など今までのことを説明した。

 

 ゆんゆんは俺の話を聞いて大体納得したらしく、ほっと息をついている。相変わらず何もない所をちらちらと見ているのは気になるが。

 

「そっか、そんな事があったんだ…………めぐみんが騎士団かぁ……」

「おや、もしかして私と一緒に入団したいとか思っていますか? 流石に友達がいるから同じ所に就職するというのはどうかと思うのですが……」

「うっ……た、確かにそれはちょっと考えたけど! でも、やっぱりいつまでもめぐみんに頼りっきりっていうのもダメだと思うし……私は私で、冒険者としてやっていくつもり。それで、外の世界の事を学んだら、ゆくゆくは族長に……」

「正直俺としては、めぐみんより心配なんだよな、ゆんゆんは。冒険者になるのは止めないけどさ、変な男に捕まったりすんなよ本当に。お前がろくでもない男に妙な事されたとか聞いたら、俺はそいつを社会的にも物理的にもぶっ殺さないといけないからな」

「わ、私はそこまで軽い女じゃ……兄さんこそ、ちょっと女の人から押されたら、すぐ流されそうじゃない」

「その心配はしなくていいと思うぞ、まずまともな女から押される事がないからな。俺に対して押してくる女なんて、頭のおかしい爆裂狂か、頭のおかしい変態くらいしかいねえんだよ」

「おい、頭のおかしい爆裂狂というのは誰のことなのか詳しく聞こうじゃないか」

「…………めぐみんから、押された……?」

 

 あ、しまった。

 つい口走ってしまったが、今更マズイと気付いても、もう遅い。めぐみんも、俺に対して非難するような目を向けてくる。

 

 ゆんゆんは、黒いオーラを出して、恐ろしく平坦な声で。

 

「……ねぇ、兄さん。この数日間、めぐみんと何かやましい事とかはなかったの?」

 

 ゴクリ、と俺は喉を鳴らす。

 それから、一瞬だけめぐみんと目を合わせてから。

 

「もちろん、何もなかったぞ。なぁ、めぐみん?」

「えぇ、そうですね。やましい事など一つも」

 

 チリーンと、音が鳴った。

 

 その音に、俺とめぐみんはビクッと体を震わせて固まってしまう。

 とても聞き覚えのある音だ。頭の中ではもうその音の正体は分かってはいるのだが、これ以上思考を先に進めるのが恐ろしい。

 

 ゆんゆんはにっこりと笑って。

 

「言い忘れてたけど、そこに嘘を見抜く魔道具が置いてあるから。お父さんに頼んで目に見えないようにする魔法をかけてもらったの。…………それで、どんなやましい事があったの?」

 

 ……な、なるほど、先程からちらちらと何も無い所を見ていたのはそういう事か……。

 

 食卓に重苦しい沈黙が流れる。

 霜降り赤ガニを前にしてここまで暗い空気が流れることなど、相当珍しいことだろう。

 

 仕方ない。嘘を見抜く魔道具があるんじゃ誤魔化しようがない。

 俺はちらっとめぐみんに目を向けると、めぐみんの方も不安そうな目をこちらに送っていた。

 

 それを受けて、俺は一度だけ小さく頷き、そして口を開き――――。

 

「ゆんゆん、聞いてくれ。俺は悪くない、むしろ被害者なんだ。実は王都の屋敷で、俺はめぐみんに体の自由を封じられ、服を脱がされて体を撫でられて……」

「ちょっ!? いきなり裏切りましたねこの男!!! 待ってください、私の話も聞いてくださいゆんゆん! そもそも、最初に私を押し倒してきたのは先生の方なんです!! 『ここで大人にしてやるよ』とも言われました!!!」

「あああああああああああああああああ!!!!! ち、ちがっ、あれは冗談だっつっただろうが!!! お前なんか、俺のパンツまで脱がそうとしたくせに!!!」

「ああああれは、その、盛り上がってしまったというか、何というか! そもそも、冗談で女性を押し倒すとか何考えてるんですか!! あのちょっと良い雰囲気で、いきなりあんな事されたら本気だと思うじゃないですか!!!」

「ななな何がちょっと良い雰囲気だよ、お前がからかってきただけじゃねえか! 何度も言ってるけどな、俺はロリコンじゃねえっての!! 本気で襲うわけねえだろ!!」

「…………そうですか。王都での最初の夜はダブルの部屋を取って一緒に寝たり、次の日は一緒に服屋に行って私の服を選んで買ってくれたりしたのに、浮かれていたのは私だけで、先生は全くそういう気はなかったという事ですか……」

「えっ…………お、おい、やめろよ……本当はそんなに落ち込んでないだろ、いくら何でも大袈裟過ぎ」

「兄さん」

 

 ゆっくりと、地を這うようなその声に、背筋がぞっと寒くなる。

 ゆんゆんは目を真っ赤に輝かせて、瞬きもせずに無表情でじっとこちらを見つめている。

 

 あまりにも恐ろしい妹のその表情に、目だけを動かしてめぐみんの方を見るが、俯いていてその表情はよく分からな…………あ、口元ちょっとニヤついてやがるコイツ! 上手く俺に矛先を向ける事ができたから、しめしめとか思ってやがるな絶対!

 

 めぐみんには文句の一つでも言ってドレインをぶちかましてやりたい所だが、今はそんな事をしている場合ではない。

 ゆんゆんは、とても12歳とは思えないほどの威圧感を出しながら。

 

「めぐみんと何があったのか、最初から順序立てて説明して。…………お願い、お兄ちゃん?」

 

 普段であれば、ゆんゆんからお兄ちゃん呼びされるなんて小躍りするくらいに嬉しいものなのだが、今はとてもそんな気分にはなれず、むしろ怖すぎて軽く泣きそうだ。

 

 それから俺は、椅子の上に正座して懺悔するように項垂れ、妹に全てを打ち明けた。

 

 ゆんゆんは無表情で何も言わずに、しばらく俺の言葉に耳を傾ける。

 そして、俺の説明が終わると、小さく息をついて。

 

「……めぐみん、ちょっといい? 二人で話したいことがあるんだけど」

「えっ!? ま、待ってください、何故私だけなのですか! 確かに私も悪かったとは思いますが、先生にだって非はあると思います!!」

「いいからいいから」

 

 珍しくゆんゆんに押されるめぐみん。まぁ、この状態のゆんゆんは本当に怖いから無理もない。

 

 そのままめぐみんは、ゆんゆんにどこかに連れて行かれてしまい、俺は一人残される。

 い、一体どんな事を話しているのだろう……そもそも、本当に話だけで済むのだろうか…………うん、あまり深く考えるのはやめておこう。

 

 俺はそう結論付けて、カニを食べながらゆんゆん達が戻ってくるのを待つ。…………せっかくの高級品なのに、ゆんゆん達の方が気になって味が全然分からない。

 

 それから少しして、ゆんゆんとめぐみんは戻ってきた。

 ゆんゆんは相変わらずの無表情……い、いや、さっきよりも冷たい目で俺を見ている。一方で、めぐみんは俺と目を合わせようとせず、そわそわと落ち着かない様子だ。しかも、何故かほんのりと頬を染めている。

 な、なんだよ……何があったんだよ……嫌な予感しかしないんだけど……。

 

 ゆんゆんは俺のことをじっと見て。

 

「全部兄さんが悪い」

「……は、はぁ!? いやそれはいくら何でもおかしいだろ! 確かに俺もちょっとくらいは悪かったかもしれないけど、全部悪いってのは言い過ぎだろ明らかに!! 俺はこういう理不尽は断固として認めない男だ!! いくらお前が怒っても…………その…………え、えっと…………ごめんなさい…………」

 

 ゆんゆんは特に何も言わずに俺の話を聞いているだけなのだが、その無表情が恐ろしすぎて、気付けば正座して頭を下げていた。

 何でこんなに怒ってんだよ……めぐみんが何か余計な事を言って俺に罪を擦り付けたのか? ……いや、でもアイツの様子を見る限りそんな感じでもないんだよな……。

 

 それから俺はしばらく、静かに怒ったゆんゆんからお説教をくらい続け、ただただ頭を下げるしかなかった。なんか俺は全体的にデリカシーが無さすぎるとか散々言われた。最近そればっかり言われている気がする。

 

 ある問題が解決しても、またすぐに別の問題が出てくる。それが人生なのかもしれない。

 そんな、どこか悟ったような事を思いながら、やっぱりそろそろ真面目にデリカシーというのを学んだ方がいいかもしれないと思った夜だった。

 




 
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次は学校っぽい話になる予定です。そろそろ卒業です。
 


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紅魔祭 1

 
ちょっと時間取れなくなってきて遅くなってしまいました、ごめんなさいm(_ _)m
2期始まるまでに1章くらいは終わらせたいなぁ
 


 

 とある宿のバルコニーにて、二人の少女は肩を並べ手すりに腕を置き、何を話すわけでもなくぼーっとしていた。

 頭上には満天の星空。前方には禍々しい巨大な城。

 ひんやりとした夜風が頬を撫で、二人の綺麗な黒髪を静かに揺らす。

 

 二人の間にはただ沈黙だけが流れるが、それは決して気まずいものではなく。

 むしろ、心地いいとさえ思っているようでもあった。

 

 少しすると、少女の片方がぼんやりと遠くの城を見ながら。

 

「いよいよだね、めぐみん」

「えぇ、長かったですが、明日で全て終わります。ここまで来れたのは、ゆんゆんの、皆のお陰です。本当に感謝しています」

「何言ってんのよ、私達は皆自分の意思でめぐみんに付いてきたんだから、お礼なんて言う必要ないわよ。それに、どうしてもお礼言いたいにしても、まだ早いでしょ?」

「……そうですね。まずは魔王を倒す……お礼やら何やらはその後ですね」

 

 めぐみんはそう言って、宵闇に紅い瞳を輝かせて魔王城をじっと見つめる。

 そんなめぐみんを、ゆんゆんが横目で見ながら。

 

「…………やっぱり凄いね、めぐみんは」

「え? どうしたのですか急に」

「だってめぐみん、明日にはあの魔王と対決するっていうのに凄く落ち着いてるじゃない。……実はね、私は少し……ううん、とても怖いの……明日のことを考えると、体の震えが止まらなくて……」

「ゆんゆん……」

「あ、あはは、ごめんね……こんなんじゃ、めぐみんや他の皆にも迷惑かけちゃうよね……大丈夫、何とか…………めぐみん?」

「……どうしました?」

「え、えっと、その……手……」

 

 めぐみんは、隣で小さく震えていたゆんゆんの手を握っていた。

 包み込むように、優しく。

 

 ゆんゆんはほんのりと頬を染めて、戸惑いながらその手とめぐみんの顔を交互に見る。

 そんな彼女を見て、めぐみんはくすくすと笑うと。

 

「私だって、内心怖いですよ。かなりビビってます」

「……そう、なの?」

「そうですとも。おそらく、私一人だったら尻尾巻いて逃げ出しているでしょう。でも、私は一人ではありません。私の周りには、ゆんゆんや他の皆がいてくれます。それだけで、魔王だろうが何だろうが何とかなりそうな気がしてくるのです」

「…………ふふ、初めは『魔王討伐など私一人で十分です!』とか言ってたのに、随分変わったよね、めぐみんも」

「うっ……そ、それは言わないでくださいよ……」

 

 めぐみんが気まずそうに目を逸らし、今度はゆんゆんが楽しげにくすくすと笑う。

 それから、ゆんゆんは穏やかな笑顔で。

 

「ありがとう、めぐみん。そうだよね、めぐみんが、皆がいてくれれば何も怖いことなんてないよね」

「えぇ、その通りです。今や私達は国随一と言ってもいいくらいに優秀なパーティーです。恐れるとすればむしろ敵の方でしょう。大丈夫です、例え相手がどんなに強大であろうとも、私の爆裂魔法は全てを消し飛ばします。それはゆんゆんもよく知っているでしょう?」

「……うん、よく知ってる。めぐみんが強いことも……優しいことも……」

 

 ことんと、ゆんゆんの頭が隣のめぐみんの肩に乗せられる。

 それに対して、めぐみんは特に何か反応することもなく、ただ頭上の星空を見上げている。

 

 再び、二人の間には沈黙が流れる。

 しかし、それも今回は長く続くことはなく、すぐに破られることになる。

 

 ゆんゆんが、めぐみんの肩に頭を乗せたまま。

 

「ねぇ、めぐみん。一つ、聞いてもらいたいことがあるの」

「……何でしょう」

 

 めぐみんのその声は静かで、包み込まれるような安心感がある。

 ゆんゆんはゆっくりとめぐみんの肩から頭を起こすと、まっすぐに相手の目を見つめる。

 

 お互いの綺麗な紅い瞳が至近距離で向かい合う。

 真紅の瞳の中には、また真紅の瞳が映り込んでいて、更にその紅い瞳を輝かせているようにも見える。

 

 そして、ゆんゆんは頬を染めて、少しはにかむような笑顔で。

 

 

「私ね、めぐみんのことが――――」

 

 

***

 

 

 めぐみんの騎士団内定からしばらく経ったある日の昼下がり。

 今日は学校が休みなので、めぐみんがゆんゆんと遊びにウチまで来ていた。友達なのだからこのくらいは特に珍しいことでもないのだろうが、ゆんゆんのコミュ障っぷりを考えると、これもかなりの奇跡のように思えてくる。

 

 今二人はリビングで王都で人気のボードゲームをやっている。

 お互いに戦士や魔法使いなど複数の駒を動かし、王様を取れば勝ちというものだ。

 めぐみんは不敵に笑って、駒を持ち。

 

「では、冒険者をここに進ませましょうか」

「……ふふ、うっかりしてたわね、めぐみん! そこはアークウィザードの攻撃の射程圏内よ……ライトニング! はい、これで冒険者は」

「ここでアークプリーストのリザレクション。冒険者は復活します」

「ああっ!? うぅ……さっきからアークプリーストが自由過ぎる……アークウィザードもいやらしい所でテレポートを使うし…………そのせいで確実に冒険者が割りを食っているのに、それでも全体で見ると上手く事を運べているっていうのが……」

「ふっ、紅魔族随一の天才であるこの私が、頭を使うゲームで敗れるわけがないでしょう。それに、冒険者は最弱の駒ですし、他の駒の為に汚れ仕事をして美味しいところは持っていかれるのは仕方のない事でしょうに」

 

 …………。

 いや、ゲームってのは分かってるけど……なんか、こう……。

 

 二人はそんな俺の微妙な顔には気付かず、集中して盤面を睨んでいる。

 少しすると、ゆんゆんがはっとした表情になり。

 

「…………そうよ、ここよ! アークプリーストの祝福でアーチャーの運を強化、敵のアークウィザードを狙撃!」

「あっ!!! くっ……私としたことが、その手を見逃していました……!」

「やった、めぐみんのアークウィザードを倒した! これであの忌々しいエクスプロージョンもない! 勝負あったわね、めぐみん!!」

「…………では、冒険者をこのマスに」

「そこはソードマスターの攻撃範囲内よ! ルーン・オブ・セイバー!」

「デコイ!!」

「なっ……ずっといらない子扱いだったクルセイダーがここにきて……! でも、どういうつもり? そうやって冒険者を兄さんみたいに逃げ隠れさせてても何にもならないわよ?」

「ふっ、あなたは冒険者を過小評価していますね。確かに最弱の駒ではありますが、使いようによっては他のどの駒よりも強力に作用する事があるのですよ。そう、普段は人としてダメダメな先生が、いざという時はドス黒い思考回路で誰も想像出来なかったゲスい突破口を切り開くように」

「おいコラ、おい」

 

 勝負の間は黙っていようと思っていたのだが、思わずツッコんでしまう。何故いきなりこんな事を言われなければいけないのか。俺だってそこまで毎回酷い作戦ばかり考えてるわけじゃ…………いや、大体合ってるな。

 

 めぐみんは俺の言葉など完全無視で、ニヤリと笑って。

 

「冒険者をこのマスに移動します。この意味が分かりますか?」

「…………そ、そっかクラスチェンジ! その位置で冒険者がソードマスターになられると……で、でもまだ勝負は決まってないわよ! めぐみんだってアークウィザードを失っているんだから、厳しい事には変わりないわ!!」

「誰が冒険者をクラスチェンジさせると言いましたか?」

「えっ」

 

 ゆんゆんの呆然とした声の直後。

 めぐみんは盤を引っ掴むと。

 

 

「エクスプロージョン!!!!!」

「あああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 盛大にひっくり返した。

 ルール上問題ないとは言ってもやり過ぎなんだよコイツ……この前駒の一つが無くなって散々探したのをもう忘れてやがるな……。

 これでもしまた駒が無くなったら、めぐみん一人で探させよう。

 

 めぐみんはドヤ顔で。

 

「失念していましたね、ゆんゆん。冒険者はここまで敵陣へと進むと、クラスチェンジの代わりに一度だけ全ての職業のスキルを使えるのです!」

「うぅ……このゲーム、絶対ルールおかしいわよ……」

 

 ゆんゆんは無念そうに言うが、実際のところこんなルールなのだから仕方ない。俺だってこのゲームには言いたいことが山程あるが、もう諦めている。

 

 めぐみんは満足気にジュースを飲み、今度は俺の方を向いて。

 

「次は先生が相手になってみます? ゆんゆん以上に負ける気はしませんが」

「やらねーよ。というか、俺ってここに居る意味あるのか? 休日くらい、子供のお守りは勘弁してもらいたいんだけど」

「なっ、何がお守りですか! ふん、先生のようなモテない男が、休日にこんな美女と過ごせるというのですから、むしろ感謝すべきだと思うのですが」

「美女? …………ふっ」

「鼻で笑いましたね!!! いいでしょう、表に出てください!!!」

「よし、上等だ! お前も最近俺のこと舐め腐ってやがったからな、ここらで一度自分の立場ってのを分からせてやる!」

「はいはい、休みの日までケンカしないでってば」

 

 いきり立つ俺とめぐみんを、ゆんゆんが呆れた顔で止める。

 それから、ゆんゆんは俺の方を見ると。

 

「今日は兄さんに少し相談があるの。まぁ、兄さんは放っておくとどこで何やらかすか分からないから、手元に置いて監視しておきたいっていうのもあるんだけど」

「お前、いよいよ自分のお兄ちゃんのことを犯罪者予備軍みたいに扱い始めたな…………で、相談ってなんだよ?」

「うん……その、ほら、私とめぐみんってそろそろスキルポイントが貯まって卒業が見えてきたじゃない? それで……」

「正確に言えば、私はクラスでダントツに優秀なので、ゆんゆんよりも遥かにスキルポイントを稼いでいます。ですが、爆裂魔法と上級魔法では習得に必要なスキルポイントが段違いなので、結果的に卒業の時期はゆんゆんと同じくらいになりそうって事なんですけどね」

「わ、分かってるわよそのくらい! いちいちそれ言って優越感に浸らなくていいから! そ、それでね、兄さん。卒業が近付いてきたら、なんか寂しくなってきちゃって……その、最後に何かしたいなって……」

「……あー、卒業前に学校で何かイベントみたいなのがやりたいとかそういう事か?」

「う、うん! そんな大袈裟な事じゃなくてもいいから、思い出に残りそうな事をできたらなって……」

 

 ゆんゆんはそう言って、少し恥ずかしそうにちらちらとこっちを伺ってくる。

 なるほど、卒業前に何か思い出を……か。最初はゆんゆんが学校に馴染めるか割と本気で心配だったが、こうして寂しく思うくらいには学校を好きになったようで、俺は少し嬉しく思う。まぁ、ろくに学校通ってなかった俺がこう思うのも何だが。

 

 めぐみんは、ゆんゆんの言葉に首を傾げて少し考える仕草をして。

 

「卒業前の思い出になりそうな事と言えば…………ゆんゆんにとって苦手なふにふらを、校舎裏にでも呼び出して一度徹底的にシメるとか?」

「そんな事しないわよ!!! そもそも、もうふにふらさんは別に苦手でも何でもないから!!」

「もう、っていう事は、最初はやっぱり苦手だったんですね?」

「うっ……そそそそそれは別にいいじゃない! とにかく、そんなの良い思い出になるわけないでしょうが!! もっと他にあるでしょ、こう……」

「では、真夜中に学校に侵入して窓ガラスを全部割るとか?」

「違うってば!!! どうしてめぐみんはそんな物騒な事しか思い付かないのよ!!!」

 

 ……まぁ、めぐみんの言っている事も分からなくはない。

 学校の図書室にある学園物の小説では、不良がそういった悪いことをやらかすのも青春の一ページ的な感じで書かれていることは確かだ。とは言え、教師という立場上それを勧めるわけにはいかないが。

 

 そもそも、温厚なゆんゆんにそんな過激なことは明らかに合っていないだろう。

 俺はやれやれと首を振って溜息をつくと。

 

「ったく、めぐみんは血の気が多すぎんだよ。つーより、女らしさが足りな過ぎる。女の子にとっての学校の思い出って言ったら、やっぱ恋愛とかその辺だろ」

「っ!! そ、それは……うん、そうかもしれないけど……」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは顔を赤くして上目遣いに俺を見ており、めぐみんは思いっきり胡散臭そうな目をこっちに向けてきている。

 

 俺はゆんゆんに頷きながら。

 

「大丈夫、お兄ちゃんはちゃんとゆんゆんの事分かってるからな。つまり、ゆんゆんは夕暮れの教室で告白されたり、学校が終わったら手を繋いで仲良く下校したり、保健室で隠れてセッ○スしたりってのに憧れてるんだよな?」

「た、確かにちょっと憧れるけど! でも…………あれ? 兄さん、最後何て言ったの?」

「保健室で隠れてセ○クスしたり」

「ごめん、その発想は全くなかったんだけど…………に、兄さんは私と保健室でそういう事したいの……?」

「えっ、いや相手は俺ってわけじゃ……俺の守備範囲は14歳からだし、お前妹だし…………あれ、でもゆんゆんが他の男とそういう事すんのはムカつくな。ごめん、今の全部なしで。ゆんゆんは恋なんてしなくていい。例え俺が誰かと結婚したとしても、一生独身でいてくれ」

「ねぇ兄さん、今自分がとんでもなく最低な事言ってるって分かってる? 分かってないよね? どうしたら分かってくれるのかな?」

 

 おっと、ゆんゆんが凄い顔して今にも掴みかかってきそうだ。

 俺は助けを求めてめぐみんの方を見るが、めぐみんは呆れ果てた様子で。

 

「真面目な話、先生はそういう所直さないといずれ本当に刺されますよ。あと、私は初めてがコソコソ隠れて保健室でなんてお断りですからね。この前王都でやれそうだったからって調子に乗らないでもらいたいです。せめてどちらかの部屋でお願いします」

「いや待て、ホント待って、お前マジで何言ってんの……お、おいちょっと、ゆんゆんが洒落にならない顔になってきてるんだけど何とかしろよお前のせいだぞ!!!!!」

 

 何というか、最近のゆんゆんは恐ろしい顔ばかりしている気がする。お兄ちゃん的にはもっと可愛い笑顔とかを見たいんだけどなぁ…………うん、俺が悪いんだけど。

 

 そんなこんなで、めぐみんの奴が完全に我関せず状態なので、俺が必死にゆんゆんの機嫌を取りながら、実際の所、ぼちぼち卒業していくゆんゆんやめぐみんの為に、何をしてやるべきかというのを考える。

 

 学校らしい思い出かぁ……。

 

 

***

 

 

 ゆんゆんの相談を受けてから俺は、授業はぷっちんに任せて、学校の図書室で学園物の小説を読み漁っていた。というか、俺は副担任なので、授業内容などをぷっちんと一緒に考えたりすることはあっても、実際に教壇に立つのは基本的にアイツであるのが本来の形であると思うんだが……。

 

 この国で学校という教育システムを取っているのは紅魔の里くらいのもので、学園物の小説を書けるのもまた紅魔族だけかと思いきや、ここにある学園物の小説というのは、どうやら大半が他国から伝わってきたものらしい。

 

 紅魔の里付近は強力なモンスターが生息する危険地域という事もあってか、たまに訪れる旅人というのは特別な力を持った変わった名前の冒険者である事が多い。彼らは皆、別の国からやってきたらしく、様々な変わったものを伝えて行ったのだとか。里にある神社という施設や、そこにご神体として祀られている、変わった服を着た女の子の人形なんかもそうだ。

 

 そして、他国から伝わってきた学園物小説を色々調べた結果、ある行事が一番目につく事が分かってきた。物語が盛り上がるのも、その行事の所である事が多い。

 …………それにしても、この学園物小説の主人公達は容姿は普通とか書かれていても、やたらと女の子から好かれる事が多くて羨ましい。こんな学園生活が送れるなら、俺だってもっと真面目に学校に行ったんだけどな……。

 

 その後、俺は早速校長室へと向かい、その行事をやってみないかと提案してみた。

 かなり大掛かりな事なので一日で結論が出ることもなく、それから他の先生達も交えて何日か話し合いを続けて、ようやく皆の同意を得ることができた。

 

 俺は最後の確認を取ってから、校長室を後にする。

 ちょうどそろそろ最後の授業が終わる頃だ。日は大分傾いていて、空はうっすらとオレンジ色に染まり始めている。

 俺は教室まで歩いて行って扉の外で少し待っていると、すぐに終業のチャイムが響き渡った。

 

 それを合図に俺が教室に入ると、すぐにこちらに気付いたふにふらとどどんこが。

 

「あれ、先生どうしたんですか? 最近は授業そっちのけで保健の先生を口説いてるって聞きましたけど」

「私は他のクラスの美人先生を口説いてるって聞いたなぁ……どっちが本命なんですか、先生?」

「んー、どっちかというと保健の先生だけど、あっちはガード堅くてなぁ…………あっ、いや、落ち着けゆんゆん、冗談だ冗談! 俺は妹一筋だから安心しろ!」

「……別に、兄さんがどこの誰を口説こうが私には関係ないけど、そうやって手当たり次第っていうのはどうかと思うだけよ」

 

 そう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまうゆんゆん。

 それでも、先程の妹一筋というのは嬉しかったのか、少し頬を染めているのが可愛い。

 

 めぐみんはやれやれと溜息をついて。

 

「相変わらず素直ではないですね、ゆんゆんは…………まぁ、私にとっては好都合ですが」

「す、素直じゃないって何の事よ! …………あれ? 今、最後に小さく何か言わなかった?」

「いえ、何も言っていませんよ。それより先生はどうしてここに? 授業は全てぷっちん先生に任せて、朝と帰りのホームルームだけ受け持って仕事をしてる振りをする方針に切り替えたのですか?」

「人聞きの悪いことを言うな。ここ最近俺が授業してないのは、ちょっとした調べ物をしてたからだよ。つーか、ぷっちんはまともに授業やってんだろうな」

 

 俺の怪しむ視線を受け、ぷっちんは無駄に格好付けたポーズを決めながら。

 

「ふっ、何を心配することがある。この俺はいずれ校長の座に着く者……授業くらいお前の手を借りずとも余裕だ」

「めぐみん、さっきの授業はどんな事やってたんだ?」

「今日の授業は魔法使いの杖についてですね。杖と一口に言っても、魔法の属性ごとに相性が違っていたり、威力よりも発動速度を上げるものもあったりと様々なので、自分にあった杖を選ぶことが大切だという話でした」

「うむ、流石はめぐみん。今日教えたことをよく理解してくれているようだな」

 

 ぷっちんはそう言って満足気に頷いている。

 ……これだけ聞くとまともに授業をしているようにも思えるが、どうせコイツのことだ、これだけじゃないんだろう……。

 

 俺は更にめぐみんに向かって。

 

「……それだけか? 他に何か言ってなかったか?」

「そうですね……あぁ、そういえばこんな事も言っていましたね。杖の性能は様々なのでどれが正解だとは言い難い。だから自分の杖はデザインで選ぶのが良い。どんなに良い杖だろうと、格好良いデザインでなければ力の半分も出ない。もっと言うと、デザインさえ自分の感性と合っていれば、それが杖である必要もなく、特に魔法と関係ない剣や斧を杖代わりだと言い張っても構わない……とか」

「…………」

「あとは、呪いがかかった武器というのもこの世には存在するが、恐れずに積極的に使っていくべきだ。何故なら格好良いから……とも言ってました」

「なるほど分かった。おいぷっちん、明日からはまた俺が授業をするから、お前は校長のチューリップの世話でもしてろ」

「ちょ、ちょっと待て! お前だって杖を使わず、変わった形のカッコイイ剣を使っているだろう!」

「杖でも剣でも魔法を強化するならどっちでも構わねえよ! でも、全然関係ない物をカッコイイからってだけで持たせようとするのがおかしいって言ってんだこのバカ! 普段は杖を使って、緊急用に短剣を忍ばせてる魔法使いはいるけどさ……」

 

 実際のところ、実用性を無視して格好良さだけで武器を選んでいる者が、紅魔族にはいなくはないという辺りが困ったものだ。例えばそけっとなんかもそうだ。

 彼女は里の中でも相当な実力者ではあるのだが、戦闘では杖を使わずいつもドラゴンの彫刻が施された木刀を手にしている。そして、その木刀は特殊な効果が秘められているという事もなく、雑貨屋で普通に売られている物でしかない。本人曰く、可愛いから使っているらしいのだが、里一番の美人でもそのセンスは紅魔族らしく酷いものがある。

 

 それでも、俺がちゅんちゅん丸を使って威力を増幅して撃った魔法よりも、そけっとが何の変哲もない木刀を振り回して撃った魔法の方がずっと強力だというのは何とも虚しいものだ。

 

 あと、呪われた武器というのは強い力を秘めている事も多々あるので、呪いには目を瞑ってあえて使っている者というのもいないわけではないのだが、だからと言って学生に使えと教えるのはどうかと思う。

 

 それからしばらく俺はぷっちんに授業方針について文句を言った後、クラスの皆を座らせ教壇から彼女達を見渡して。

 

「えー、突然だけど、近々文化祭をやる事にします」

「「文化祭?」」

 

 ゆんゆん、めぐみん、あるえと言った比較的本を読む事が多い者達は分かっているようだが、大部分の生徒達は何のことか分かっていないらしく首を傾げている。ぷっちんもだ。

 

 まぁ、これは予想していたので、俺はそのまま説明する。

 

「文化祭ってのは学校でやるお祭りみたいなもんだ。クラスごとに生徒達で何かしらの店を出して客を呼ぶんだ」

「せ、生徒だけで? でも、そんなお店なんて……儲けだって出せませんよきっと……」

「大丈夫だって、店といっても簡易的なものだし生徒だけでも何とかなる。もちろん、先生だって少しはサポートするしさ。それに、文化祭の店に関しては別に利益を上げる事はそこまで重要な事でもないんだ」

「えっ、利益が重要じゃない……? 儲けるために人間性を投げ捨てたと言われている先生からそんな言葉が出てくるなんて……」

「えっ、ちょ、なに、そんな事言われてんの俺? いや、間違ってはないけど……」

 

 何だか聞けば聞くほど色々な俺の悪評が広まっているようで、慣れているとはいえ少し凹む。例え事実でも、もうちょっとオブラートに包むとかそういう配慮がほしい。明らかに太ってる人にぽっちゃり系とか言うような感じで。

 その辺の配慮がないというのも、やっぱり日々の行いってのが関係してるんだろうけど……。

 

 とはいえ、いつまでも凹んでいても仕方ない。

 日々の行いについてはこれから考えるとして……あまり直す気はないが……とりあえず今は文化祭についての説明が先だ。

 

「生徒達だけで店を出す一番の目的は、最低限の社会性を身に付けてもらうことだ。皆で協力して一つのことに取り組んだり、学校の外の人達への接客とかを通じてな。特にゆんゆんとめぐみん、お前らは社会に出てやっていけるのか、かなり心配だからな」

「うっ……わ、私だって接客くらい…………できるかなぁ……?」

「あの、先生。いくら何でも、この典型的コミュ障のゆんゆんと同列に並べられるのは納得いかないのです。私にちゃんとした社会性が備わっているのは、騎士団の内定を貰えたことからも分かるでしょう」

「よし、まずお前は王都で自分が何やらかしたか思い出せ。それから俺の目を真っ直ぐ見て『自分には社会性が備わっている』って言ってみろ。ほら言え」

「…………そ、そもそも、冒険者や騎士などは戦うことが仕事なのですし、力さえあれば後はそこまで重要ではないでしょう!」

「あのな、冒険者や騎士だって一人で戦うわけじゃねえだろうが。冒険者パーティーでも騎士団でも、協調性のない奴はすぐにお荷物扱いされて放り出されるぞ」

 

 俺の言葉に、めぐみんは何かを言い返そうと口を開くが、言葉が浮かんでこないのかそのまま何も言わずに苦々しい表情になる。

 めぐみんの爆裂魔法は一発撃てば魔力を使い果たしてしまうようなものなので、仲間がいないと成り立たない。そこは本人もよく分かっているのだろう。

 

 すると、隣で話を聞いていたぷっちんが。

 

「なぁ、それ校長にはもう話を通しているのか? 祭りというくらいだから、許可が必要だと思うんだが」

「あぁ、校長や他の先生にはもう話してあるし、承諾もしてくれた。この文化祭は学校内だけじゃなく、里全体で協力してやっていこうと思ってるから、族長にも話をしてある」

「…………俺、何も聞いてないんだけど」

「お前は最初から話し合いに呼ばれてなかったからな。校長曰く、ぷっちんがいるとまともに話が進まないとか何とかで」

「えっ」

 

 ショックを受けているぷっちんは一旦置いておき、俺は教室の生徒達を見渡して。

 

「というわけで、まずはどんな店をやるかってところからだな。そこも生徒達だけで決めてくれ。さっき利益は重視しないとは言ったけど、それでも儲かった分はお前達で持っていっていいから、小遣い稼ぎくらいにはなると思うぞ」

 

 生徒達は戸惑ったような表情で俺の話を聞いていたのだが、金の話を聞いた瞬間、目の色を変えてそれぞれ夢中になって話し合っていく。

 げ、現金な奴等だな……俺も人のことは言えないけど……。

 

 まぁ、どんな理由であれ、やる気になってくれたなら良かった。

 そんな事を思いながら満足して教室の様子を眺めていると、ゆんゆんがこちらを見て小さく笑いかけてきた。隣では若干呆れたような顔のめぐみんもいる。

 

 おそらくめぐみんは、妹の思い出作りの為にここまでやる俺にどこまでシスコンなんだとか言いたいのだろうが、別にこれはゆんゆんの為だけを思ってのことではない。

 ゆんゆんと同じようにめぐみんだって、いよいよ卒業が近付くにつれて少しくらいはセンチな気分になったりもするだろう。どうせアイツは口では「学校など通過点に過ぎませんから」とか強がりを言うんだろうが。

 

 それに、卒業というのは二人だけの話では終わらない。

 時期の違いはあっても、他の生徒達だっていずれは卒業していくのだし、ゆんゆんとめぐみんが先に卒業すれば、残された生徒達も何だかんだ寂しく思うはずだ。だから、こうして全員揃っている間に、何か一つでも思い出に残るような事が出来ればと思ったのだ。

 

 それから少し待って、生徒達に考えをまとめさせた後、俺は軽く手を鳴らして注目を集めると。

 

「そんじゃ、何かやりたい事がある人は手を挙げてくれ。……じゃあ、ふにふら」

「喫茶店とかどうですか! 可愛い制服とか用意すれば、男からいくらでもむしり取れると思うんです!」

 

 ふにふらは目をキラキラさせてそんなえげつない事を言い、どどんこも追従するようにこくこくと頷いている。何というか、俺が言うのも何だがこの二人は人生舐めてる感が強いので、いつか痛い目に遭いそうで心配だ……いや、実際登校初日から俺のスティールをくらうはめになっているんだけど。

 

 他の生徒達は少し照れくさそうに笑っているが、そこまで嫌だというわけでもなさそうだ。まぁ、女の子なら可愛い服着て働くっていうのに興味あるのは普通だろう。これに関しては、明らかにどうでも良さそうな顔をしているめぐみんやあるえの方がおかしいと思う。この二人はクラスの中でも変わり者筆頭だしな……。

 

 ただ、可愛い服を着れば儲かるほど商売というのも単純なものではないわけで。

 

「確かに紅魔族の女の子は皆可愛いし、そこを押していくってのは間違ってない。喫茶店ってのも無難な所だし大外しはしないと思う。でもそれで男を捕まえられるってのは楽観的過ぎるだろ、お前らの年齢的に」

「年齢? 男の人からすれば、女の子は若ければ若いほどいいんじゃないんですか?」

「そりゃオバサンよりは若い子の方がいいけど、限度があるっての。お前らの場合、若いというか幼いんだよな……可愛いっていっても、子供的な意味でってのが強い。かといって、子供らしい可愛さを押し出していくなら、もっと幼い方がいいんだよな……めぐみんの妹のこめっこくらいがベストだ。要するに中途半端なんだよ12歳って」

「「中途半端!?」」

 

 じとーと、非難するような視線が教室中から集まってくる。

 その、凄く居心地が悪いんですが……。

 

「な、なんだよ、俺は間違ったことは言ってないぞ多分……なぁ、ぷっちん! 12歳とか普通は対象外だよな!?」

「それはそうだが、もっと言い方があったと思うが…………まぁ、カズマはそんなものか」

「いつもバカなことしか言ってないぷっちんにまで呆れられた!? すげえショックなんだけど!!」

「なっ、お、お前だってバカなことだったら結構やらかしているだろう! ……ところで、喫茶店の制服は可愛らしさよりも格好良さを押し出していったほうが良いと思うんだ。銀の装飾が施されたミステリアスなフード付きローブで顔を隠しつつ、大鎌や鎖などの武器を持っていれば雰囲気出るだろう。そして、注文をとる時にフードを外してその正体が年端もいかない少女だと明かせば、ギャップも相まってかなりのインパクトが……」

「こえーよ、誰がそんな怪しい店に入るってんだよ」

 

 俺はその一言でぷっちんの案を却下したのだが。

 

「……それ、結構アリかも」

「うん、可愛いのもいいけど、そういう方向性も……」

「そうだ、魔道具か何かで黒いオーラみたいのを見せたらもっと格好良くなるんじゃ……!」

「「えっ!?」」

 

 生徒達の意外な好反応に、俺とゆんゆんが驚きの声をあげる。

 そうだ、ぷっちんが教え込むまでもなく、こいつらの感性は紅魔族のそれであり、つまり基本的には格好良さ至上主義だ。

 

 マズイ、このままだと文化祭の出し物が怪しげな宗教団体の集会みたいになってしまう。

 俺は祈るように生徒達に向かって。

 

「ほ、他に何かやりたい事がある人はいないか!? 遠慮無く言ってくれ!」

 

 これで誰も手を挙げずに厨二喫茶が採用されたらどうしようかと割と真面目に心配していたのだが、あるえの手が高く挙がってくれた。

 俺はほっとして。

 

「よし、じゃああるえ! 何でもいい、言ってみろ!」

「皆で劇をやってみたいです。もちろん、脚本は私で」

「うん、それがいいな。決定!」

「ちょ、ちょっと先生!? あたしが言った喫茶店は!?」

 

 ふにふらが慌ててそんな事を言ってくるが、俺には考えがある。

 

「まぁ聞けって、そんなに喫茶店がやりたいってんなら、劇中でそういう場面を出せばいいだろ? そうすりゃ、お前とあるえ、二人のやりたい事が一緒にできるんだし。それに、あるえの脚本ってんなら、どうせ王道な冒険物だろ? それなら、ぷっちんが言ってた格好良い服装だって全然浮かないしさ」

「えー……でも、劇の中で喫茶店やるのとはちょっと違うような……」

 

 何やらふにふらはまだ納得出来ないようで、頬をふくらませている。

 ……うーん、ダメか。まぁ確かに、劇の中でやるのと現実でやるのとは大分違うかもしれないけど…………そうだ!

 

「じゃあさ、劇を楽しめる喫茶店ってのはどうだ? もうそれ喫茶店じゃないだろ的なツッコミはあるかもしれないけど、まぁそこは妥協してさ。売り子役と劇の役者に分かれて……」

「でも先生、私の脚本的にふにふらがいないのは少し困るのですが……」

「え、そうなの? でもふにふらって無駄に主人公に絡む小物役くらいしかできないと思うんだけど……」

「なっ、そんな事ないですよ失礼ですね! ふふ、そっかそっか、あるえは劇にあたしのキャラがどうしても欲しいんだね! まぁ、あたしは華もあってよく映えるっていうのはよく分かるんだけど、売り子の方も捨てられないしなぁ……」

「そこを何とか。先生はバカにしているけど、主人公に絡んで呆気無く返り討ちにされるような小物キャラは、物語において重要だから」

「やっぱりそういうキャラをやらせるつもりなんだ!!! 嫌だよ!!!」

 

 あるえの言葉に、半泣きになっているふにふら。

 何だかこじれてきたなぁ……と思っていると、めぐみんが。

 

「それでは、役者と売り子に分かれなければいいのでは? 先生は以前私に爆裂魔法を記録した動画を見せてくれましたよね? あれと同じような要領で、劇を撮影して教室で流すのはどうでしょう。ゆんゆんがオススメしてくれた本の中に、そんなものを作製している作品があったのです」

「あ、うん、あったあった! “映画”っていうんだよね!」

「…………なるほど」

 

 そういえば、学園物の小説を読み漁っていた中には、文化祭でその映画を作るというものがいくつかあったような気がする。

 確かにこれなら、一度撮ってしまえば後はそれを繰り返し流すだけでいいので当日人手が必要になることもなく、全員を売り子の方に回すことができる。

 

 後は二人が納得してくれるかどうかだが……。

 

「あるえは劇じゃなくて映画でもいいか? 自分の脚本を皆に演じてもらうってのは変わらないし、映画ならお前が納得できるまで何度も撮り直しできるぞ」

「はい、私は構いませんよ。……何度も撮り直し……ふふ、腕が鳴るね……」

 

 あれ、なんかあるえの目がギラギラと輝いている。

 迂闊なことを言ってしまっただろうか……何度も撮り直せるといっても、一応スケジュールというものがあるので限度はあるんだが……。

 

 とはいえ、それに関しては今から心配していても仕方ないだろう。

 俺はふにふらの方を向くと。

 

「ふにふらはどうだ? 映画の上映前に飲食物の注文を取る売り子ってのはダメか? ほら、衣装は映画に関係あるカッコイイ服や可愛い服とか着てさ」

「…………それは別にいいんですけど、私の役って」

「よし、決まりだ! それじゃあ、このクラスの出し物は映画で、上映前には飲食物を売る! あ、ついでに映画に登場する魔道具とか売るのもいいかもな! とにかく、これは上手くいくと思う!」

「ま、待って、待ってくださいって! この際多少扱いの悪い役でも文句言わないですから、ちょっとくらいはカッコイイ見せ場くらいは……聞いてます!?」

 

 ふにふらが何か言っているが、脚本に関してはあるえの管轄なので俺からは何も言えない。

 そしてあるえはというと、ふにふらに対して生暖かい笑顔を向けており、それを見てふにふらは更に嫌な予感がするのか顔を引きつらせている。

 

 ……まぁ、うん、誰もが幸せになれる道なんてのは難しい。いつだって物事ってのは、誰かの犠牲の上に成り立ってるものなんだ。

 

 

***

 

 

 次の日から早速文化祭の準備は始まった。

 準備期間は一ヶ月。やたらと大掛かりのように思えるが、これは学校だけではなく村全体でもお祭り的なものをやってしまおうという理由がある。この機会にテレポートサービスを使って、外の人達を紅魔の里に呼ぼうという考えもあったりする。

 

 祭りの名は“紅魔祭”に決まった。他の者達は『深淵へと至る宴』やら『輪廻の檻に囚われし魂の解放祭』やら意味不明な名前を付けようとしていたが、即却下した。俺は族長の息子であり、里の観光事業にもよく口を出していて商人としては成功しているので、それなりの発言権がある。

 

 とはいえ、今回俺は教師という立場上、最優先すべきなのはクラスの出し物の方だ。

 基本的に生徒に任せるとは言ったものの、放っておいたら何やらかすか分からないので、ちゃんと見ていなくてはいけない。担任のぷっちん含めて。

 

 今日は最後の授業の時間を文化祭準備に当てることになっている。

 他のクラスもワイワイと賑やかに各々準備をしていて、学校中がいつもより活気づいている。まるで、もう祭りが始まったかのようだ。まぁ、祭りっていうのは、準備してる時が一番楽しいとか言うしな。

 

 ただ、俺達のクラスの映画はまず脚本ができないとどうしようもないので、まずはどんな飲食物を出すかという所から考えようと思っていたのだが。

 あるえは紙束を教壇の上にバサッと置いて。

 

「徹夜で書き上げてきました」

「お前すげえなマジで」

 

 徹夜明けということもあって、あるえの表情は疲れも見えることは見えるが、それ以上にこれから自分が書いた脚本を皆が演じるということにワクワクと興奮しているようだった。

 教師としては徹夜ってのは注意した方がいいんだろうが、こんな顔をされると叱るにも叱れない。

 

 あるえの脚本にざっと目を通すと、どうやら王道的な魔王討伐物語のようだ。

 紅魔族特有のやたらと格好付けたがる表現が多いので読むのは苦労したが、とある才能溢れる魔法使いが仲間の大切さを知っていくという話らしい。

 

 ちなみに物語に出てくるキャラは皆このクラスの生徒達をモデルにしている……というか、ほぼそのまんまだ。名前もそのまま実名だし。

 

 それから俺は黒板に大まかな流れを書きつつ。

 

「とりあえず、主人公はめぐみんでヒロインがゆんゆんって感じか。頑張れよ」

「ふっ、流石はあるえですね。この私を主役に置くとは分かっています」

「わ、私がヒロイン…………えっと、男の子が主人公に対して女の子のヒロインっていうのは分かるんだけど、女の子の主人公で女の子のヒロインってどういう感じになるのかな?」

 

 首を傾げるゆんゆんに、あるえは何でもなさそうに。

 

「違いはそんなにないよ。ゆんゆんは一番めぐみんの側にいて、めぐみんが仲間の大切さを知る重要なピースになるんだ。あとは……そうだね、これは定番だけど、次第にゆんゆんはめぐみんに対して友達以上の感情を持ち始めるんだ」

「…………ちょ、ちょっと待って。その友達以上の感情って……」

「それはもちろん恋愛感情だけど」

「恋愛感情!? い、いやいやいや、おかしいでしょそれ!!!」

「急にどうしたんだい? ヒロインが主人公に恋するくらい、何もおかしな事はないだろう」

「それは男の子の主人公と女の子のヒロインの場合でしょ!!! えっ、あれ、もしかして映画の中のめぐみんは男の子の設定なの!? めぐみんなら男の子の役もできそうだし……」

「おい、私が男の役も出来そうな理由について詳しく聞こうじゃないか」

 

 めぐみんがむかっとしてそんな事を言っているが、ゆんゆんは聞こえていないようだ。

 あるえはきょとんとした様子で。

 

「いや? めぐみんは映画の中でも普通に女の子の設定だよ」

「待って待って! それはつまり、私は女の子に恋するっていうことなの!?」

「うん、そうだけど。あ、でも純粋なレズビアンというわけではないんだ。元々ゆんゆんはお兄さんに兄妹以上の感情を持っていたんだけど、徐々にめぐみんに傾いていく自分の心に戸惑う場面もある。つまり、レズではなくてバイなんだ」

「え……ええええええっ!? い、いや、ねぇちょっと、ホントにおかしいでしょ!!! なんで私そんなキャラ設定なの!?」

「なんでって言われても、現実準拠だし……」

「現実準拠!?」

 

 ゆんゆんは余程ショックだったのか、それ以上言葉を続けられずに呆然としている。

 それを見て、めぐみんはやれやれと首を振って。

 

「まったく、ヤンデレブラコンでしかも女の子もいけるとか、どれだけ属性を積み上げれば気が済むのですかこの子は。いくらクラスで埋もれない為とはいえ、限度というものが……」

「ちなみに、めぐみんもゆんゆんからの好意に満更でもない反応をするんだけどね。こっちは純粋なレズの設定だよ」

「今何て言いましたか!? 妙な勘違いはやめてください私はノーマルですから! そ、その、好きな男性もいますし!!」

 

 その言葉に、ふにふらが口元をニヤニヤとさせて。

 

「またまたー。男より食べ物のめぐみんが、そんな普通の恋愛なんかできるわけないっしょ。結局、この前流れてた先生とめぐみんが駆け落ちしたとかいう噂だって、クラスの子達はゆんゆん以外ろくに信じてなかったし。前々からあんたとゆんゆんは怪しいと思ってたし。大丈夫大丈夫、男じゃなくて女の子が好きでも、あたし達は二人のこと暖かく見守って」

「ぶっ殺」

 

 ついにブチギレためぐみんが飛びかかり、ふにふらが悲鳴をあげる。

 は、話が進まねえ……。

 

 とりあえず俺はふにふらに掴みかかっているめぐみんを引き離し、魂が抜けているゆんゆんを揺さぶって現実に戻す。

 それから脚本をパラパラとめくりながら、あるえに。

 

「俺からも一ついいか? これ、クラスの皆出演してるように見えて、あるえだけは出てないよな?」

「はい、私は出来るだけ外から全体を眺めたいと思っているので……」

「いや、それじゃダメだ! つーか、あるえが出ないなんてもったいない!!」

「えっ、そ、そうですか……?」

 

 俺の勢いに、あるえは若干押された様子で戸惑っている。

 そんなあるえに対して、俺は拳を握りしめて力強く。

 

「あぁ、そうだ。あるえはこのクラスで一番発育が良い! つまり貴重なお色気枠なんだよ!!」

「……兄さん?」

「あ、い、いや、物語にはそういうのがあった方がウケが良いっていうか……えっと、ゆんゆん、その目は凄く怖いから出来ればやめてもらいたいんですけど……」

「まったく、この人は。何がお色気枠ですか、昨日は私達のことを女として中途半端だとか散々言ってくれたくせに」

「それはそれ、これはこれだ。別に本気で男を発情させろとか言ってんじゃない、単に見栄えの問題だ。映画に出てくるのが皆ちんちくりんの幼児体型だと見てる方も飽きるだろ。だから、あるえやゆんゆんみたいな発育の良い子がいた方が……いてえいてえ!!! わ、悪かったって!!!」

 

 急にクラス中から様々な物が投げつけられ慌てて謝る。

 一方であるえは少し悩んでいる様子だったが、それを見ていためぐみんが。

 

「まぁ、先生のバカみたいな言い分はともかく、こうやってクラス皆でここまで大掛かりな事をやる機会というのも中々ないですし、せっかくですからあるえも出演するのも良いんじゃないですか。何だかんだ良い思い出になりますよ」

 

 そう言うと、周りのクラスメイト達も笑顔で頷いている。

 あるえは少し驚いたように皆のことを見て……口元を綻ばせた。

 

「……それもそうだね。では、私も出ることにするよ。……ただ、そういう事ならまた設定を考え直さなければいけないね。私は謎多きクラスメイトで、その正体は幾千もの可能性未来から来た魔法使い、片目に封印された強大な魔力で時さえも操り、破滅の未来を変えようと……」

 

 そんな感じに、何やらぶつぶつ言い出したあるえ。こうして一度没頭し始めてしまうと、並大抵のことでは自分の世界から出てこなくなってしまうのはよく知っているので、クラスの皆は俺を含めて苦笑いを浮かべつつも彼女の邪魔をしようとは思わない。

 

 何にせよ、クラスの仲は良好なようで、見ていてほっこりする。

 学校が苦手だった俺も、いつの間にかこのクラスに来るのが楽しみになっていた。もちろん、俺が教師をやっている当初の目的も重要ではあるが、今はそれだけじゃない。もしかしたら、父さんは俺に学校の楽しさを知ってもらうとか、その辺も考えて俺に話を持ってきたのかもしれない。

 

 ……まぁ、うん、学校ってのも悪くはないよな。

 

 そんな事を考えていると、ゆんゆんがあるえに対しておずおずと。

 

「あ、あのさ、設定を考え直すっていうなら、私の設定もどうにかならないのかな? そもそも、メインキャラは皆女の子なんだから、恋愛要素とかそういうのは要らないんじゃ……」

「でも、女の子ばかりだからこそ、イチャイチャさせるべきだと…………先生が」

「…………」

「い、いや、聞けってゆんゆん。物語ってのは自由な発想が大事だ、女の子同士だからって恋愛要素を取っ払うっていう安易な発想じゃ良いものはできない。むしろそういう所を積極的に攻めていくべきだ。大丈夫、女の子同士がイチャイチャしてるのだって需要はある。俺が保証する」

「そんな需要知らないわよ! ねぇめぐみんも何か言ってよ!」

「はぁ……あの、映画の中とはいえ、ゆんゆんを私に取られてお兄ちゃん的には何か複雑な気持ちとかはないんですか?」

 

 めぐみんの呆れたような言葉に、俺は真っ直ぐと目を向けて。

 がしっと力強くめぐんみんの肩を握って、別の手で親指を立てて見せた。

 

「複雑な気持ちが全くないと言ったら嘘になる。なんせ、ゆんゆんは俺の可愛い妹だしな。でも、めぐみん、お前ならゆんゆんを任せられる。どこぞの馬の骨にウチの可愛い妹をやるくらいなら、お前にやる。幸せにしてやってくれ」

「いりません!! 何トチ狂った事言ってるんですか!?」

「……あの、誤解がないように私にそういう趣味はないって言っとくけど、ハッキリいらないとか言われると、それはそれでちょっと悲しいものが……」

 

 可愛い妹にちょっかい出す男なんてのは片っ端から破滅させるつもりの俺だが、現実的に考えてこんなに可愛いゆんゆんが里を出たら男から言い寄られないなんてありえない。だからといって、あまり頑固に近付く男を潰し続けていたら、いつかゆんゆんから愛想を尽かされるかもしれない。

 

 要するに、どこかで妥協というものが必要なわけで、相手がめぐみんであればまだ祝福できるという話だ。何だかんだ良い奴だしな。

 

 しかし、ゆんゆんは全く納得できていない様子で、むすっとこっちを見ていた……が。

 何やら急にそわそわとし始めたと思ったら、ほんのりと頬を染めて上目遣いでちらちら見てきて。

 

「……そ、そんなに私を他の男の人に取られたくないなら、兄さんが取っちゃえばいいじゃない……」

「何言ってんだ、いくら何でも妹はアウトだろ。常識的に考えて」

「妹を友達の女の子とくっつけようとしてる人に常識がどうとか言われたくないわよ! そ、それに、えっと、私は妹だけど義理だし、結婚だって出来るし……」

「あー……その……俺はお前のこと大好きだけど、それはあくまで妹としてって事で、そういう風には見れないっていうか……お前が俺に兄以上の感情を抱いていて、結婚したいと思ってるってのは知ってるけど……ごめん」

「ええっ!? ちょ、ちょっと何で私が兄さんに振られたみたいになってんの!? わ、私は別に兄さんと結婚したいなんて一言も…………なんで皆そんな可哀想な目で私を見るの!? や、やめてよめぐみん、そんな柄にもなく優しい顔で肩ぽんぽんしないでよ……あるえも、そんな切ない表情で遠くを見ないでよ!!! わ、私は振られてなんか……ふ、振られてなんか…………わああああああああああああああああ!!!!!」

 

 結局、ゆんゆんは泣きながら外へ飛び出して行ってしまった。

 可愛い妹を泣かしてしまった事に心が痛むが、曖昧なままずるずる行っても、それはそれで酷い気がするし……。

 

 すると、ふにふらはゆんゆんが出て行った後を気の毒そうに見ながら。

 

「先生の側にいられる時間が長いっていうのは凄く有利なはずなのに、それが逆に女の子として見られない原因にもなるんだね…………その点、あたしは先生とは近すぎず遠すぎず絶妙な距離感のはず! どうですか先生、あたしとは結婚とか考えられますか!?」

「いや、12歳相手に結婚考えられるとか言ったらヤバイだろ。それに、ふにふらもめぐみんよりはマシとはいえ、結構幼児体型だからな……まだどどんこの方が可能性あると思う」

「う、そ…………あ、あたしが……キャラ立ってなくて目立たないどどんこに……負けた……?」

「ちょっとふにふら!? 私のことそんな風に思ってたの!?」

 

 どどんこが涙目になりながらふにふらを揺さぶるが、ふにふらの方はショックを受けて目が虚ろになってしまっている。

 

 そんな感じに、どんどん妙なことになっている教室の様子を眺めながら、めぐみんがちらっと俺の方を見た後、わざとらしく溜息をついて。

 

「二人共落ち着いてください。先生は年齢がどうとか言ってますけど、結局のところは本人の魅力次第ですよ。その証拠に、王都で私と先生はかなり恥ずかしいことまでしましたから」

「はいはい、前に言ってた布団の中で抱き合ったとかだって、結局先生はめぐみんの事子供扱いしてただけってバレてたじゃない。もう騙されないわよ」

「そうそう、いくら先生でも、色気ゼロのめぐみんに手を出すほど見境ないとは思ってないって」

「なっ……し、失礼ですね嘘ではないですから! 勝手に戦力外扱いしないでほしいです!! ふっ、あなた達のような子供には分からないようですが、私には男を虜にする魅力があるのですよ。紅魔族随一の魔性の女と呼ばれる日も遠くないはずです……」

「魔性の女……ねぇ……」

「へぇ……まぁ、うん、頑張って」

「おい何だその目は、言いたい事があるなら聞こうじゃないか!」

 

 頭に血が上り始めためぐみんに対して、ふにふらとどどんこは余裕の笑みを崩さずに。

 

「じゃあその話が嘘じゃないって証明してよ。どうせまた大袈裟に言ってるだけなんでしょ?」

「あ、そうだ……ねぇ先生! めぐみんがこんな事言ってるけど、本当はそんな大したことは…………あれ? せ、先生?」

 

 どどんこの言葉に、俺はそっと目を逸らす。

 そんな俺の反応を見て、ふにふらとどどんこの二人はぽかんとした後、どんどん青ざめていく。他の生徒達もひそひそと何かを囁き合いながら、ちらちらとこっちを見てくる。その目は「とうとうやっちまったか……」と言っていた。

 

 ふにふらは、青ざめたまま震える声で。

 

「あの、せ、先生? 冗談ですよね? だ、だって、色気より食い気のめぐみんが……そんな……」

「この期に及んでまだそんな事を言いますか。言っときますけど、おそらく私はこのクラスで一番経験豊富ですよ。先生の肌の感触だって知っています。意外とがっしりしているんですよ」

「「!?」」

「お、おい、ふざけんなよ……こんな所でそれ言うなって……」

「「!!!???」」

 

 教室中がざわつき、恐る恐るといった感じで俺とめぐみんを交互に見ている。

 しまった、これはマズイ。

 

「あ、いや、違う違う! 確かにこいつに上半身をベタベタ触られたけど、別にそんな妙な空気なんかには」

「何言ってるんですか、変な声あげてたくせに」

「あああああああれはお前が変な触り方するからだろうが!!! 俺は被害者だろこの痴女が!!!!!」

「そ、そういう先生だって私の胸見たくせに! 綺麗な形をした私の胸に興奮してたくせに!!」

「興奮なんかするかバカじゃねーの!? つーか、あんなよく見れば少し膨らんでるくらいの大きさで形がどうとか言ってんじゃねえよ! 俺はあんなの胸とは認めねえ!!」

「なっ……乙女の胸を見といてそれですか!! 最悪ですこの男!!!」

「うるせえな、ちょっと胸見られたくらいでそんな騒ぐなよ減るもんじゃないし! そもそも減るほどねえし!!」

 

 その言葉にぷっつんといっためぐみんが飛びかかってきたので、俺は手をワキワキさせてドレインで仕留めてやろうと思っていた……が。

 

 ふと、教室中が静まり返っていることに気付き、俺とめぐみんは戦闘態勢のまま固まり、ゆっくりと周りを見渡す。

 そこには、引きつった顔を浮かべた生徒達。

 

 そんな中、ふにふらとどどんこは涙目で。

 

「め、めぐみんって……その、先生のこと好きだったの……? あ、いや、好きだからそういう事したんだろうけど……」

「めぐみんが男に対してそこまで積極的になるなんて意外過ぎるんだけど……そ、その、もしかして本当に一線を越えちゃったの……?」

 

 二人の言葉に、他の生徒達の視線もめぐみんに集まる。

 めぐみんは頬を染めて少し怯むが、すぐに気を取り直してどこか余裕ぶった表情を浮かべると。

 

「そういった事はわざわざ口に出すようなことではないでしょう。私が先生のことが好きなのかどうかというのも含めて、皆の想像にお任せしますよ」

 

 そう言ってふっと笑みを浮かべるめぐみん。

 それに対して、ふにふらとどどんこは涙目のまま、ぷるぷる震え始め。

 

「な、なにさ、そんなオトナの女みたいな余裕な顔して……め、めぐみんの……くせに…………ちょっと先生と進んでるからって…………そんな……うぅ……わあああああああああああああああああああああ!!!!!」

「これで勝ったと思わないでね! 諦めないから!! 絶対諦めないからあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 結局ゆんゆんの後を追うように大泣きして教室を飛び出して行ってしまった二人。

 そして、めぐみんは少し恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、満足そうな表情をして二人が出て行くのを見送っていた。

 

 いや、お前は満足かもしれないけどよ……どうすんだよこれ……本当に……。

 

 教室中の視線が痛い。

 ひそひそという囁き声も聞こえなくなっていて、完全に沈黙してる辺り相当ドン引きされているようだ。

 なんだよ……いつもは皆子供扱いされるのを嫌うくせに、本当に手を出したとなるとここまで引かれるのかよ……。

 

 そうやってガックリきていると、がらっとドアが開いて、担任のぷっちんが入ってきた。

 

「遅れてすまない……まったく、あの校長は困ったものだ。この俺の偉大なる力を恐れて色々と文句をつけてきてな……まぁ、俺の封印されし禁断の力を警戒するのは当然のことだとは思うが……」

「よし、後はお前に任せた。頑張れよ担任。じゃ」

「え、お、おいどうしたカズマ? というか何だこの空気は?」

 

 俺は戸惑うぷっちんの肩をぽんぽんと叩くと、教室を後にした。

 本来俺は副担任であり、担任はぷっちんの方だ。基本的に教室のことは担任に任せるのが自然な流れのはずだ。

 

 決して教室の空気に居たたまれなくなって逃げたわけではない、うん。

 

 

***

 

 

 それから数日後。

 

 俺がめぐみんと一線を超えてしまったという洒落にならない誤解については、嘘を見抜く魔道具を使って何とか解くことができた。最近この魔道具が大活躍している気がする。

 ……まぁ、一線を越えないまでも、かなり危うい所まで行ってしまったのはバレてしまったので、どちらにしろ白い目で見られたが、とりあえず今はもう皆普通に接してくれている。

 

 そんなこんなで、今日は脚本の細かいところを皆で詰めて、いよいよ撮影を始めることとなった。

 一応俺も役はあることはあるが、ゆんゆんの兄で大商人という現実と変わらない設定だ。出番もそんなにない。クラスの出し物で先生が目立つってのもどうかと思うしな。

 俺はあまり写真とかで自分の顔を残しておくのは好きではないのだが、まぁ、今回くらいはいいだろう。俺だってクラスの思い出ってやつが欲しいっていう気持ちも少しくらいはある。

 

 隣では、めぐみんが撮影用の杖をぶんぶんと振り回している。

 服装もいつもの制服ではなく、赤いローブの上に黒いマントを羽織り、黒い帽子を被った魔法使いらしいものになっている。

 服装に無頓着なめぐみんは、自分の衣装はクラスの皆に決めてもらったのだが、満足そうにしているので何よりだ。

 

 そんな事を考えていると、めぐみんがふとこちらを向いて。

 

「でも少し意外でしたね。先生のことですから、自分を主人公にして私達をハーレム要員にとか言うものかと思っていました」

「12歳の子供侍らせてどうすんだよ。俺が主人公で、そけっとや保健の先生とかがヒロインのハーレム物は提案してみたんだけど、あるえに却下されたし」

 

 俺の言葉に、めぐみんとゆんゆんがじとーとした視線を送ってくるが気にしない。

 すると、近くからぷっちんが。

 

「まずカズマが主人公では華というものがないだろう、俺と違ってな。まぁ、前世において神々と大悪魔の終末戦争すら経験した選ばれし者である俺と比べれば、誰もが見劣りしてしまうものだが……」

「……いつもの戯言でも、その格好と顔で言われると妙に説得力あんな」

「ですが、映画的にはこのくらい迫力があった方がいいでしょう。流石はお父さんの魔道具、効果だけは強力ですね。というか、ゆんゆんは怯え過ぎでしょう」

「だ、だって……ぷっちん先生だっていうのは分かってるんだけど、急に話しかけられたりしたらやっぱりビックリしちゃって……」

 

 今のぷっちんは、身長はゆうに二メートルを超え、禍々しい雰囲気をまとった極悪な人相をしていた。人相というか、角とかも生えてるしもはや人間には見えない。これたぶん、普通の街に行ったら魔族だと思われてたちまち大パニックになるな。

 

 ぷっちんは魔王役ということになった。本人も、最強の存在は自分にうってつけの役だと思っているらしくノリノリだ。

 そもそも、このクラスで魔王役をこなせそうなのは俺とぷっちんくらいで、俺は魔王にしては小物感が際立つということでぷっちんになったわけだが。

 

 ……別に俺は魔王役やりたかったわけじゃないけど……どいつもこいつも、俺のこと小物小物って……一応高レベル冒険者なのに……。

 

 というか、魔道具を使って見た目をここまで変えてしまうのであれば、元々の雰囲気はそんなに関係ないんじゃないかとも思う。

 出来自体は想像以上のものなのだが、不安なのはめぐみんの父親ひょいざぶろー作という辺りだ。

 

 俺はめぐみんにヒソヒソ声で。

 

「なぁ、あの魔道具本当に大丈夫なのか? ひょいざぶろーさんの事だ、何かろくでもないデメリットがあるんだろ?」

「大丈夫ですよ。確かにデメリットはありますが、映画を撮るにあたっては何も問題ないものです。一ヶ月元に戻れないだけですから」

「…………えっ。一ヶ月ずっとあのままなの? それ本人に言ったのか?」

「いえ、言ってませんが……まぁ、ぷっちん先生も気に入っているようですし、これもそこまでの問題にはならないでしょう」

 

 ……どうだろう。

 めぐみんの言う通りぷっちんは変身した自分の姿にご満悦ではあるが、一ヶ月このままだと言われたら流石にショックなんじゃ…………うん、俺からは黙っておこう。

 

 そんな事を話している内に、俺達は記念すべき最初の撮影場所、めぐみんの家までやってきた。この物語の主人公はめぐみんなので、ここから始まるというのも自然なことだろう。

 今回の撮影ではめぐみんの家族も快く協力してくれるということで、ゲストという形で出演してもらうことになっている。なんだかこめっこは良く分かってないような気もするけど。

 

 こめっこは魔王と化したぷっちんに興味津々の様子で。

 

「すごいすごい、これが魔王なんだ! ホーストよりも強そう!!」

「くくっ、当たり前だ。我を誰だと思っている。そう、我こそが世界最強の存在である魔王! ホーストとやらがどんなに強かろうと、我にかかれば一捻りよ!! ふははははははははは!!!」

 

 そうやって、ぷっちんはまだ撮影も始まっていないにも関わらず既に魔王に成りきっており、高らかに笑い声をあげながら魔法で背後に黒い雷を落としている。

 こめっこは目をキラキラさせてご満悦の様子で、それを見たひょいざぶろーが得意げに。

 

「こめっこ、この姿を変える魔道具は父さんが作ったものなんだぞー、どうだ、すごいだろー?」

「うん、すごいすごい! お父さんもたまには良い魔道具も作るんだね!!」

「た、たまには……」

 

 がくっと肩を落とすひょいざぶろーに、くすくすと奥さんが笑っている。

 これを機にもう少しまともな魔道具を作ればいいんだが…………いや、ないな。

 

 それから俺とぷっちんで魔法を使って光の調節を始める。

 映画を知っている変わった名前の勇者候補の話では、レフ板とやらを使ってやるものらしいが、魔法でやってしまった方が早いだろう。

 

 すぐに準備は整い、いよいよ撮影開始だ。

 俺はカメラを構え、後ろではあるえが監督用の椅子に座って見ている。

 

 最初のシーン、めぐみんは家の前で家族に見送られて魔王討伐の旅へと出ることになる。

 

「では、行ってきます。必ず魔王を討ち取ってきますよ」

「無理しないでね、めぐみん。何なら旅の途中で、ちょっと悪ぶっているけど根は優しい大商人の方と結婚して、魔王なんて忘れて幸せに暮らしてもいいからね?」

「男には気を付けるんだぞ、めぐみん。特に王都でも悪名高いオッドアイの紅魔族には注意するんだ」

 

 ぐっ……ひょいざぶろーさんにも奥さんにも凄く言いたいことがあるんだけど……!

 というか、確かにここはアドリブでいいとは言ったけど、これはどうなんだろう。一応あるえの方を向いてみるが、問題ないようで小さく頷いている。

 

 すると、そんなやり取りを聞いていたこめっこが。

 

「え、姉ちゃん魔王倒しに行くの? 学校は?」

「あー……ふっ、学校なんてものはすぐに卒業してしまいましたよ。私は紅魔族随一の天才ですから」

「ふーん、そうなんだ」

 

 こめっこの言葉に、何とかアドリブで対応するめぐみん。こいつやるな。

 ……と感心していたのだが、こめっこは首を傾げて。

 

「でも姉ちゃん、卒業までにカズマお兄ちゃんを落と」

「わああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 突然めぐみんは顔を真っ赤にして、慌ててこめっこの口を塞ぐ。

 いや、そんな事しても、こめっこが何を言おうとしていたのかは何となく分かっちゃってるけどね。周りを見る限り、それは俺だけじゃないらしくニヤニヤと皆視線をめぐみんに集中させる。

 

 一方でゆんゆん、ふにふら、どどんこの表情は複雑そうだ。

 この状況はなんだかハーレム主人公になったような感じだが、相手が12歳の子供達という辺りが何とも惜しい……子供の頃に懐いてくれていた子達が、大きくなったら相手にしてくれなくなるってのは良くある事だしなぁ……。

 

 そんな周りの様子に、めぐみんは顔を赤くしたまま慌てて。

 

「み、皆して何ですか! 何か誤解しているようですから説明しますけど、私は卒業までにケンカで先生に勝ちたいと思っているだけで……信じてませんねその目は!!!」

「分かった分かった、そういう事にしといてやるから、さっさと撮影に戻ろうぜ。あるえ、今のは流石に使えないだろ?」

「うーん……めぐみんもゆんゆんもカズマ先生のことが好きで、二人で取り合うという展開にも出来ますが。その場合、ゆんゆんはダークサイドに落ちて、禁断の闇魔法を習得してめぐみんの前に立ちはだかるという感じで……」

「私、敵になっちゃうの!? あ、あの、めぐみん? めぐみんの兄さんへの気持ちは知ってるけど、映画の中では我慢してほしいっていうか……」

「なななな何を言っているのですか意味分からない事言わないでください! まったく、どうしてこう変に勘ぐられなければならないのですか……」

「え、だってこの前」

「分かりました! 別に映画の中で先生と結ばれなくても全然構いませんから、もうこの話はやめましょう! ……それと、ゆんゆんにこめっこ。その、私が先生に関して言った事は他の人に言わないでもらえると助かるのですが……」

「あっ、う、うん、ごめん……」

「しょうがねえなー! 姉ちゃんがそう言うなら言わないであげる!」

「本当に頼みますよ…………というか、しょうがねえなーって……先生、こめっこに変な言葉を教えないでくださいって言ってるじゃないですか」

 

 そう言ってジト目でこっちを見てくるめぐみん。

 

「えっ、い、いや、俺じゃねえよ! そんな言葉教えたことねえっての!」

「では先生の口癖が移ったのでしょう。何にせよ、こめっこの前で妙なことを言うのは控えてください。ただでさえ、先生の悪影響を受けている節が多く見受けられるのですから」

「わ、分かったよ……でも俺、こめっこの前でそんな言葉使ったっけなぁ……」

 

 何か釈然としないが、口癖だと思われているなら無意識に言ってしまっていたことも十分考えられる。

 

 その後、最初のシーンを撮り終えた俺達は、次のシーンを撮るために里の入り口に移動する。

 次は物語でも重要な場面とも言える、ヒロイン登場の場面だ。演じるゆんゆんの顔にも緊張の色が窺える。

 

 ゆんゆんは恐る恐るといった様子で。

 

「ね、ねぇ、あるえ。本当にあの脚本通りにやるの? 私、未だに納得できてないんだけど……」

「突然主人公の頭上から落ちてくるヒロインっていうのは物語の定番だよ。ゆんゆんだって、本はよく読むみたいだし、分かるだろう?」

「うん、そこはいいんだけど……落ちてくる理由がちょっと……」

「ん? 『兄の行動を逐一観察する為に里中に監視カメラを設置する途中で、里の入り口の木の上にカメラを仕掛けている時に足を滑らせて落ちてしまった』……という理由のどこに不満があるんだい?」

「全部よ全部! もうそれ私、完全に危ない女じゃない! まさかそれも現実準拠とか言うつもり!? …………えっ、み、皆どうしたのその目は……私だったら本当にやりかねないとか思ってない!?」

 

 ゆんゆんが涙目でクラスメイト達の方を見るが、皆一斉に視線を逸らす。

 ……いや、ゆんゆんに関しては少し誇張してる部分はあるけど、現にお兄ちゃん大好き過ぎて若干こじらせてる部分も確かにあるし、方向性は間違ってないと思ってしまう。妹から愛されるってのはお兄ちゃん冥利に尽きるってものだけど、ちょっと重すぎるんだよな……。

 

 ただ、お兄ちゃんとしては、妹が涙目になっているのに何もフォローしないというのもありえないので。

 

「まぁ、これはあくまで映画の中の設定だからそんな気にすんなって。ちゃんと『この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません』って入れるからさ。大体、徹底的に監視って簡単に言うけど、いざやってみるとかなりしんどかったりするしな」

「……ねぇ、何でそんな経験に基づいてるような言い方なの? 誰かを徹底的に監視したことあるの?」

「あっ……い、いや、別にやましいことはないぞ! えーと、そうだ! クエストでモンスターの生態の調査ってのがあって、その時に…………あの、信じてない?」

 

 生徒達からドン引きの視線が俺に集中している。

 ほ、本当にそういうクエストを受けたことはあるし、嘘は言ってないのに……他に言ってないことはあるけど。

 

 俺は何とか話を逸らそうと。

 

「そ、そういうゆんゆんだって、監視とまではいかなくても、こっそりお兄ちゃんの写真とか撮ってるんだろ? 分かるぞ、兄妹だしな」

「っ!! な、ななな何を根拠にそんなこと……!」

「…………えっ、何その反応。ちょっとからかっただけなんだけど…………お、お前本当に俺を盗撮とかしてたの? もしかして、エロい感じのやつも沢山撮ってたりする……?」

「そ、そういうのはそんなにないから! ほとんど健全なもので…………あっ!!!」

「そんなにないって事は、少しはあるんだよな!? おいちょっと待て。いくら可愛い妹でも、それはちょっと許容できな」

「そ、それよりあるえ! もう脚本はそれでいいから、早く撮影始めちゃおうよ!!」

 

 そうやって露骨に俺からの追求から無理矢理逃れるゆんゆん。

 

 マジかよ……ゆんゆんは重度のブラコンだとは思ってたけど、まさかそこまでしてたとは思わなかった……ますますあるえの脚本に違和感なくなってきてるじゃねえか……。

 そういえば、以前そけっとの盗撮写真をゆんゆんに見られて酷いことになった事があるけど、それがきっかけになったのかも……あれ、結局俺の悪影響ってやつなのか……?

 

 ゆんゆんの言葉にあるえは特に何か追求することもなく、素直に頷いて準備を始めていく。あるえは、ゆんゆんがここまでブラコンが進んでしまっているのは想定内なのかもしれない。作家志望ということもあって、周りの人達のキャラを把握するのは得意なのかも……。

 

 すると、何やら落ち着かない様子で、めぐみん、ふにふら、どどんこの三人がゆんゆんにこそこそと何か話している。

 嫌な予感がしたので盗聴スキルを使ってみると。

 

「ゆ、ゆんゆん。その、先生の盗撮写真なんですが、今度見せてもらえませんか? 一応あなたの友人として、あなたがどこまでやらかしているのか確認する義務があるといいますか……いえ、決して先生のそういう写真が見たいというわけではなくてですね!」

「あたしは先生の写真見たい! ていうか、売ってくれない!?」

「あっ、ふにふらズルい! ねぇ、ゆんゆん、売るなら私に売ってよ! ふにふらはいつも金欠金欠言ってるから、そんなに出せないよ!」

「なに二人で勝手に話を進めているのですか! では、ゆんゆん! 私はお金は払えませんが、その代わりに先生の写真をくれれば、友達期間を一ヶ月延長してあげましょう!」

「ま、待ってよ、兄さんの写真は売り物なんかじゃ…………え、めぐみん、それって写真を渡さないと、私達友達じゃなくなるってこと!?」

「おいコラ聞こえてるからなそこ! 妙な取引持ちかけてんじゃねえ!!」

 

 こいつらは人の写真で何盛り上がってやがんだ。

 ……それにしても、俺も可愛い子の写真を取引に使うこともあるけど、女の子側からすればこんな気持ちなんだな……これからは出来るだけ控えるように努力しよう……。

 

 そうやって俺が反省している間にも、撮影の準備は進んでいく。

 

 このシーンではゆんゆんが木の上から落ちてくることになっているので、撮影の為には当然木に登らなくてはならない。

 そしてゆんゆんは木登りが得意なアグレッシブな女の子でもなく、そもそも里の入り口付近の木は低い位置に取っ掛かりが少なく登るにはハードルが高い。

 

 というわけで、まず俺が魔力ロープを使って木に登ってから、上からロープを使ってゆんゆんを引き上げることにした。このロープは魔力を込めて伸縮させることができるので、戦士職のような力持ちでなくても、魔力さえあればこのくらいはできる。

 

 俺に引っ張り上げられて木の上にやってきたゆんゆんは、恐る恐るといった感じで下にいるめぐみんの方を見て。

 

「け、結構な高さなんだけど……ねぇ、これ、非力なめぐみんが私を受け止めるって無理じゃない……?」

「そうですね……猫くらいならともかく、人一人を、しかも自分よりかなり重い相手ともなると、正直厳しいです」

「なっ、か、かなり重いとか言わないでよ! というか、めぐみんが貧弱過ぎるのよ! 私はめぐみんより色々大きいから、その分少しだけ重いかもしれないけど、別に太ってるわけじゃないから!!」

「色々大きいとは胸とか身長のことを言っているのですか!? 何度も言っていますが、私はまだ成長途中なだけです! 自分が少しだけ育っているからって調子に乗らないでください! このっ、このっ!!」

「や、やめっ、木を蹴らないでよ!!!」

 

 実際はめぐみんが蹴りを入れた所で大して揺れてはいないのだが、それでも気分的に怖いのか、ビクビク震えながら俺にしがみつくゆんゆん。

 ……うん、なんかまた育ったような気がするな、ゆんゆんの胸……今それを指摘すると木から落とされそうだから言わないけど。

 

 まぁ、ゆんゆんの言う通り、非力なめぐみんが落ちてくるゆんゆんを受け止められるわけがない。

 小説とかだと、落ちてくるヒロインを主人公が普通に受け止めたりしているのを見るが、実際はそう簡単なことじゃない。相手がどんなに軽い女の子だったとしても、猫のような小動物を受け止めるのとはわけが違う。

 

 俺はぎゃーぎゃー騒いでいる二人に。

 

「二人共落ち着けよ、その辺りはちゃんと考えてるって」

 

 そう言うと、ゆんゆんに防御力アップの支援魔法をかけ、次にロープをめぐみんに垂らしてロープ伝いにあっちにも筋力アップや防御力アップの支援魔法をかける。

 

 そしてぷっちんは大袈裟なポーズを取りながら、両手を地面に押し付けて。

 

「母なる大地よ、盟約に基づき我が願いを聞き入れよ! 『アース・シェイカー』!!」

 

 ぷっちんの魔法により大地は大きくうねり、もこもことその性質を変えていく。ちなみに、最初の詠唱は正規のものではなく、ぷっちんの創作だ。母なる大地様はアイツとの盟約なんて知ったこっちゃない。

 一応はかなりの大魔法ではあるのだが、要は畑で使うような柔らかい土になるように耕して、クッション代わりにするというわけだ。俺の支援魔法もあるし、これでゆんゆんが落ちたとしても怪我はしないだろう。

 

 とは言え、高いところから落ちるというのはやはり怖いものなのだろう、ゆんゆんは中々踏ん切りが付かないようだ。

 

「……あー、やっぱ無理か? それなら、俺のロープを使ってゆっくり落ちていくって感じに変更してもらおうか? ロープは光の魔法をかければ見えなくできるし」

「だ、大丈夫よ、私だってもう子供じゃないんだから、このくらい…………こ、このくらい…………」

 

 ダメそうだ……。

 俺は下にいるあるえに向かって首を振ると、あるえも小さく頷いて何かを言おうと――――。

 

 その前に、めぐみんが。

 

「ゆんゆん、私を信じてください」

「……めぐみん?」

 

 めぐみんは、ゆんゆんの方を見上げて、安心させるように朗らかな笑顔を見せて。

 

「大丈夫です、先生から支援魔法をもらいましたし、これならゆんゆんの事を受け止めることができます」

「め、めぐみんは不安とかないの……? 兄さん達が色々準備してくれたとはいえ、めぐみんより重い私を受け止めるのに……」

「重いとかそういうのは冗談ですよ。その……なんですか、正直に言うと、演技とはいえ友達のピンチを救うというのは、それなりに昂ぶるといいますか……」

 

 そう言って、視線を逸らすめぐみん。少し恥ずかしいのだろう。

 そして、それを見たゆんゆんは、驚いたような表情をしている。それだけ、この答えは意外だったのだろう。

 

 すると、ゆんゆんは次第に笑みを浮かべて。

 

「……分かったわ。そういう事なら、私、めぐみんを信じる。友達だもんね」

 

 そんな二人のやり取りに、他のクラスメイト達はやれやれと若干からかい混じりではあるが、暖かい視線を送っている。

 

 困難なことでも、友情で乗り越えていく。

 それはこの映画でも描かれていることでもあり、冒険者になってからも大切になっていくことだ。文化祭を通じてそれを学んでくれたら教師として嬉しいもんだ。もちろん、ゆんゆんのお兄ちゃんとしても。

 

 ゆんゆんはじっと地面の方を見る。

 そこには先程までの怯えた様子は消えていて、覚悟を決めた表情になっている。それだけ一番の友達であるめぐみんの事を信じているのだろう。

 

 俺はあるえの方を見て小さく頷く。

 あるえも頷き返し、クラスメイトに合図してカメラを回し始める。

 

 それを確認したゆんゆんは、一度深く深呼吸をすると。

 

「きゃあっ!!!」

 

 悲鳴を上げる演技と共に、勢い良く木から飛び降りた。

 下ではめぐみんがゆんゆんを受け止めようと身構えた…………と思ったら。

 

「わっ」

 

 避けた。…………避けやがった。

 そして、ゆんゆんは。

 

「ぶっ!!!!!」

 

 ぼふっと、柔らかい地面に顔から落ちた。

 支援魔法をかけてあるし、土も柔らかくしてあるので怪我はしていないとは思うが、ゆんゆんは土に顔をめり込ませたまま微動だにしない。

 

 しん、と辺りが静まり返っている。

 ドン引きな視線がめぐみんに集まっていて、めぐみんも気まずそうに目を逸らしている……が、ここは自分が何かしないとどうにもならないというのは分かっているらしく、恐る恐るといった様子で。

 

「……す、すいません、ゆんゆん。その、予想以上に勢いがあったもので……本能的に避けてしまいました」

「…………」

 

 めぐみんの言葉を受けて、ゆらりとゆんゆんが立ち上がる。

 顔からぼとぼとと土を落としている光景は何とも言えない。木の上からだとゆんゆんの表情は良く分からないが、周りの人達の顔を見るに相当ヤバイことになっているというのは分かる。

 よし、俺はこのまま下に降りずにここから成り行きを見守ろう。

 

 すると、めぐみんはゆんゆんを落ち着かせようと、無駄に良い笑顔で一言。

 

「ま、まぁ、現実では私とゆんゆんは友達ですが、映画のこの場面では二人はまだそこまで仲良しというわけでもありません。そのくらいの相手が上から降ってきたら、受け止めるよりも避ける方が普通の反応だと思うのです。そ、そうでしょう、あるえ!」

「え……あー、うん、そうかもしれないけど……」

「…………」

「ほ、ほら、あるえもこう言っていますし、別に今のはNGというわけではありませんって! アドリブというのも時にはやってみるべきで……で、ですから……えーと…………ナイス演技です、ゆんゆん!」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 めぐみんがサムズアップした瞬間、ゆんゆんが大声をあげて掴みかかった!

 

 二人がもみ合い、ぷっちんが何とか引き剥がそうとしているのを木の上から眺めながら、こんな調子でまともに最後まで撮れるんだろうかと俺は頭を押さえるのだった。

 

 

***

 

 

 その次の日からも、俺達は撮影を続けていく。

 

 もちろん順調に進んで……ということもなく、主にあるえ監督の厳しいチェックによって何度もやり直しになったりしていた。その拘りようは半端じゃなく、決めポーズの腕の微妙な角度から、カッコイイ口上を言い放つ際の言葉の速さやら強弱の付け方など、俺にはとても理解できない細かい所まで指摘していた。

 

 そういった拘りというのは創作において大切なものなんだとは思うけど、あまりやられるとスケジュール的に厳しくなるので、こっちはハラハラだ。あるえは作品に没頭し過ぎて、絶対そういう所まで考えてないだろうからな……多分言った所で聞かないし……。

 

 撮影場所に関しては、場面に応じて里の中や近辺にそれっぽいセットを自作して撮っていた。

 外へロケハンに出かけるにも時間が足りない。学校はまだ通常授業も行っていて、文化祭の準備に使える時間は限られているからだ。

 

 紅魔族の魔法による建設能力は他の街と比べて凄まじいものがあり、例え里全体を壊滅させられても三日もあれば完璧に復興できると言われる程だ。そもそも、この里が壊滅させられるなんて事自体が想像できないけども。

 

 要するに、撮影用のセットを建設するくらい紅魔族にとっては訳なく、適当に手の空いている里のニートとかに手伝ってもらい、必要なセットはもうあらかた作ってもらっている。そのクオリティも素晴らしいもので、あるえも納得させられるレベルだった。

 

 しかし、あるえには何箇所か、どうしても自作ではなく実際に行ってみたいロケ地があった。

 仕方ないので、それから数日間は、そのロケ地が使われる場面の撮影は後回しにすることに。その代わり、他の場面を先に撮影したり、映画上映の前に販売する飲食物や上映後に売ろうと思っている映画でも使われる魔道具を考える時間に当てた。

 

 そして、いよいよ学校の普通授業がなくなり、文化祭の準備に専念出来るようになってから、早速俺達はそのロケ地の一つへと出かけることになった。誰かがそこをテレポート先に設定していれば良かったのだが、場所が場所ということもあって、そんな人は見つからなかった。仕方ないので、地道に旅をすることに。

 

 それなりに危険な旅になることは予想できたので、まずは俺、ぷっちん、ぶっころりーの三人で現地まで向かい、ニートでテレポート先は紅魔の里しか登録していないぶっころりーにその場所を登録させて、それから里に戻って生徒を迎えに行った。

 危険な場所ということもあり、大人数で行くわけにもいかないので、連れてくる生徒も必要最低限の人数だけだ。

 

 と……そこまでは順調だったんだが。

 

「なぁ、いいじゃねえかよ、ちょっと撮るくらい。ケチケチすんなって」

「帰れ!!!!!」

 

 人類最大の敵、魔王が拠点としている、魔王城。

 その結界のすぐ外で、魔王軍幹部の一人であるデュラハンのベルディアは、取り付く島もなく撮影を拒否してきた。

 

 そんな俺達のやり取りを見ていたゆんゆんはジト目で。

 

「兄さん、『俺は魔王軍幹部にも顔が利くんだ。まぁ見てろって』とか自信満々に言ってたくせに、全然ダメじゃない」

「う、うるせえな……大体ベルディア、ノリが悪いぞノリが。お祭りなんだから、少しくらい融通利かせてくれてもいいじゃんか」

「何故俺がそんな目で見られねばならんのだ! 俺がおかしいのか!? どう考えても、魔王城で撮影を始めるお前ら紅魔族の方が頭おかしいだろうが!!」

「そんな事言われても、ウチの生徒がどうしてもここで撮りたいって言ってんだよ。なぁ、あるえ?」

「はい。魔王城には、自作では中々出せない禍々しい威圧感というものがありますからね。こうして実際に間近で見てみても、やっぱり来て良かったと思いますよ」

「……ほう、中々分かっているようだな紅魔の娘よ。そう、この魔王城は、そんじょそこらの城とは一線を画する格というものが…………って違う!!! 褒めたところで撮らせたりはしないからな!!!」

 

 そう言って慌てて取り繕うベルディア。

 こいつ、結構ちょろいな。褒めちぎれば割といけそうな気がしてきた。

 

 そんな事を考えていると、めぐみんがすっと前に出て。

 

「では、私と取引しませんか?」

「は? 取引?」

「えぇ、我が名はめぐみん。紅魔族随一の天才にして、いずれ魔王を屠る者……この冒険者カードを見れば、私のポテンシャルの高さは理解できるでしょう」

「…………ほう。その年で大した魔力値だ。だがまぁ、確かに魔王軍にとって脅威になり得るかもしれんが、魔王様を倒せるとまでは思えんな。あの方を甘く見るな」

「私だって今すぐ魔王を倒せるなどとは思っていませんよ。でも、嫌がらせくらいならできます。やめてほしければ、大人しく撮影を許可してください」

「嫌がらせだと? はっ、この魔王城には結界が張られている、何をする気かは知らんが、やれるものならやってみるがいい」

 

 そうやって余裕ぶっているベルディアに対し、めぐみんは不敵に笑い。

 

「結界のことはもちろん知っていますよ。ですが、いくら結界が張られているとはいっても、毎日爆裂魔法を叩きこまれれば、それなりにストレスは溜まるものでしょう? 実は私、もうすぐ念願の爆裂魔法を習得できるので、思う存分ぶっ放せる相手を探していたのですよ」

「…………えっ」

「この場所は、そこにいるニートのぶっころりーがテレポート先に登録してあります。ですので、ぶっころりーにここまで連れて来てもらい、爆裂魔法を撃ち、それからすぐにまたテレポートで里に戻るというのを日課にしようかと。人里の近くで撃つと騒音やら何やらで文句を言われるかもしれませんが、魔王城に撃ち込む分には、むしろ良くやったと褒められると思いまして」

「やめろおおおおおおおおお!!!!! 何だその陰湿な嫌がらせは!!! お前ら紅魔族の頭の中は本当にどうなっている!?」

「……ごめん、めぐみん。魔王軍の味方するってわけじゃないけど、それは私もあんまりだと思う……」

 

 ベルディアは悲鳴じみた声をあげ、ゆんゆんもドン引きの様子だ。

 というか、いくら紅魔族が変わり者揃いと言えども、めぐみんと同じにされるのは心外だ。爆裂魔法に人生を捧げるようなぶっ飛んだ奴はこいつくらいしかいない。

 

 ただ、めぐみんの言葉にベルディアは明らかにうろたえ、交渉の糸口が見えてきたのは確かだ。

 よし、ここは俺も乗っかっておこう。

 

「それだけじゃないぞベルディア。紅魔族随一の天才が主役の映画は、里の連中からも期待されてるんだ。まず、映画ってのが新しい取り組みだしな。それが邪魔されたと知れば、里の連中だってここに嫌がらせに来る可能性も十分考えられるぞ」

「そ、そっちがその気ならこちらも全力で迎え撃つだけだ!! 魔王軍を舐めるなよ!!」

「まぁ、聞けって。お前らだって大勢の紅魔族とまともにぶつかったらただでは済まないだろ? その辺りを考えたら、撮影を許可する方がずっと穏便に済ませられていいんじゃないか? 魔王にも聞いてみろって」

「ぐっ…………す、少し待っていろ! いいか、妙なことはするなよ!? 絶対するなよ!?」

 

 そんな前振りみたいな事を言いながら、ベルディアは魔王城の中へと入って行った。

 

 それからベルディアを待っている間、俺達は適当に魔王城周辺の散策をして、どこが撮影場所に適しているのかあるえに確認してもらったり、魔王城の結界というのがどんなものなのか、ぷっちんやぶっころりーが魔法をぶっ放し、ゆんゆんがオロオロとしながら止めていると。

 

 ドタドタと大慌てでベルディアが城から戻ってきた。

 

「何をやっているか貴様らあああああああああああああああ!!!!!」

「お、意外と早かったな。つか何でそんなに怒ってんだよ」

「結界にポンポンポンポン魔法撃ち込んでおいて何を言っている!! 本当に貴様らは目を離すとろくなことをしない!! これだから嫌なのだ紅魔族とアクシズ教徒は!!!」

「おい、いくら何でもアクシズ教徒と一緒にすんなよ、流石にあそこまで頭おかしくねえっつの。それで、話はどうなったんだよ」

 

 俺の言葉に、ベルディアは苦々しい声色で。

 

「『魔王城を背景に映画を撮るのは構わないから、さっさと撮って帰ってくれ』……とのことだ。魔王様の寛大なお心に感謝しろ!」

「えー、魔王城の中はダメなのか?」

「ダメに決まっているだろう! これ以上は一歩も譲れないからな!!」

 

 俺があるえの方を見ると、彼女は少々残念そうにしながらも頷いた。

 それを確認してから。

 

「しょうがねえなぁ、それでいいよ」

「な、何故頼んでいる側のそっちの態度がそんなにデカイのだ……! 本来であれば、以前俺を卑劣な罠にハメて窮地に陥らせたり、シルビアにトラウマを植え付けた貴様らの頼みなんぞ断るところなんだぞ!!」

 

 ベルディアが怒り狂ってそう言うと、めぐみんが思い出したように。

 

「そういえば、魔王軍の幹部を皆でオモチャにしたという話は聞いたことありますね。先生も絡んでいたのですか」

「兄さんだけじゃなくて、ウチのお父さんも喜々として混ざってたらしいんだよね……もう、ほんとどうかしてるわよ……」

「いやいや、魔王軍を懲らしめてやったんだから、感謝されるべきだろ、あれは。つーか、もしかしてシルビアってまだ落ち込んでたりする? もう結構前のことじゃねえか」

「未だに自分の部屋から出てこないわ!! しかもバニルの奴が『いつまでうじうじしている、雌オークを何体も相手にした男らしさはどこへいった? ……おっと、汝は心は女だったか、すまんすまん! フハハハハハハハハ!!』などとからかって更に引きこもらせ、魔王様も頭を痛くしておられるのだ!!!」

「いや、原因は俺達かもしれないけど、中々立ち直れないのはそのバニルって奴のせいなんじゃねえの……」

 

 シルビアとは魔王軍幹部の一人であるグロウキメラで、見た目だけなら美しい女性の姿をしている。しかし、その正体は体を作り変えた男であり、アレも生えている。

 

 魔王軍でもそこそこ有名になっていた俺を倒す為に、里にまでやって来て色仕掛けで誘惑してきて俺も危うく騙される所だったのだが、オカマ野郎だと知って里の連中と協力して無理矢理体を分離させて男に戻し、縛ったまま雌オークの集落に放置したことがある。

 紅魔族というのは体をいじる類の生物実験が大好きだ。そして、その実験は里の発展の為に役立つ事も多いので、父さんもノリノリだったわけだ。

 

 その後、シルビアは部下に救出されたらしいが心に深い傷を負ったらしい。

 まぁ、当然といえば当然だ。助け出されるまでに雌オークにどんな事をされたのか、想像するだけでも恐ろしい。

 

 ともかく、無事許可も貰えたということで、俺達は撮影の準備を進めていく。

 そして俺は、こちらを注意深く監視しているベルディアに。

 

「ほらベルディア、こっち来いよ。そこ立って」

「は? 何を言って」

「いいから早く早く。あるえ、どうだ?」

「もう少しめぐみんとの距離を置いてください…………はい、その辺りです」

「おいちょっと待て! まさか俺もその映画とやらに出ろとか言うつもりか!?」

「あれ、言ってなかったか? ここは、単独で魔王城にやって来ためぐみんが、幹部に負けちまうってシーンなんだ。だから、本物の魔王軍幹部のお前に協力してもらおうと思ってたんだけど」

「聞いとらんし断るに決まっとろうが!! どこまで魔王軍を舐め腐れば気が済むのだ貴様らは!!!」

 

 そんな事言われても、こっちは最初からそのつもりで来たから、幹部役とか決めてないんだけどなぁ…………うん、やっぱり説得するしかないな。

 俺は少し考えてから、ベルディアにひそひそと小さな声で。

 

「ベルディアってさ、改めて見ると凄くカッコイイ騎士だと思うんだ。魔王城と同じで魔王軍幹部の迫力ってのも、他の人達じゃ中々出せないものだし、撮らせてもらえると助かるんだけど……」

「……ふ、ふん! そうやっておだてても無駄だぞ! 貴様の言う通り、魔王軍幹部の役をそんじょそこらの人間に演じられるとは思えんが、だからといって俺が協力してやる義理は」

「女にもモテるかも」

「!?」

 

 その言葉に、ベルディアがビクッと反応する。

 分かりやすいなーこいつ。

 

「例え敵役だとしても、幹部みたいなカリスマ性のある強キャラなら、十分女から人気でる可能性はある。女ってのは悪い男に惹かれるところもあるしな」

「し、しかし……俺は人間ではないのだぞ……そんな簡単には……」

「人間じゃなくても、本当に良い男には女が集まるもんだ。女悪魔に魅せられる男ってのがいなくならないのと同じでな」

「…………」

「何なら、映画のコピーをやってもいいから、魔王城の中で流してみればいい。魔王軍にも女はそれなりにいるだろ? それ観ればきっと、お前を見る目も変わってくると思うぞ」

 

 ベルディアはついに黙り込んでしまった。

 こいつは事あるごとに口では自分は騎士だと強調し、それを誇りに思っているようだが、中身はただのスケベ野郎だ。ウィズへのセクハラエピソードは聞けば聞くほど出てくる。

 まぁ、王都の騎士もエロ写真で簡単に買収できたりもしたし、案外騎士ってのはそんなもんなのかもしれない。こう言うと色々な所から猛烈な反論が飛んできそうな気もするが。

 

 その後、ベルディアはわざとらしく大きな咳払いをすると。

 

「……ふむ、考えてみれば、これは紅魔族に接近し、その弱点を暴くチャンスでもあるな! よし、いいだろう! 本来であればこの俺がこんな茶番に付き合ってやるはずもないのだが、魔王軍の為になるというのであれば仕方あるまい!!」

 

 そんな事を言いながら出演を受諾してくれたベルディア。

 ゆんゆんを始めとした生徒達は、その言葉を鵜呑みにすることもなく、若干疑わしげな視線を送っていたが、ベルディアが出演してくれるのは映画的に良い事であるのは確かなので、それ以上追求することもなかった。

 

 俺としては別に隠すことでもないと思うんだけどな。女からモテたいってのは男として当然の欲求だと思うし。ただ、騎士としてのプライドとかその辺があるんだと思うが。

 

 それから俺達はベルディアを交えて動きの確認をしていく。

 この場面では、魔王軍幹部の力というものを可能な限り大きく派手に見せたい。アクションシーンは重要だ。

 

 そういうわけで、デモとしてベルディアは頭を空に高々と投げ上げると、剣を両手で持ち直し、目にも留まらぬ連撃を繰り出す。

 その迫力ある攻撃に、めぐみん達は「おお……!」と感心した声をあげる。

 

 ベルディアも満更でもない様子で。

 

「ふっ、まぁ魔王軍幹部ともなればこのくらいは余裕だな。俺のこの技を目にして生きていられる者は少ない。光栄に思うことだ紅魔の者達よ」

「俺は何度か見てるけどな、それ。その首はハンデになるかと思いきや、そうやって全体を俯瞰的に見れるのは大きな武器だよな。他にもウィズの足元に首転がしてスカートの中を覗いたり、結構便利みたいだし」

「「うわぁ……」」

「なぁ……!! ち、ちがっ、それは本当に手が滑って転がっていってしまっただけだ! 騎士である俺がそんな」

「ウィズが言うには、他にも女子トイレに首を置き忘れたり、女の胸元にはまるように上から首を落としたり」

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 何を言っているのかさっぱり分からんなあああああああああああ!!!!!」

 

 ベルディアが大慌てでごまかそうとしているが、既に少女達の目はゴミを見るものに変わっている。普段から俺もよく向けられるやつだ。

 年端もいかない少女からこういう目を向けられるというのは、人によってはご褒美になるのかもしれないが、ベルディアにはそういった性癖はないらしく、普通に精神的ダメージを受けているようだった。俺も何度受けても、結構キツイからなあの目……。

 

 ともあれ、中身はさておきスペックだけは十分過ぎるベルディアにあるえも満足そうで、早速撮影を始めることにする。

 まずは下準備として、ぷっちんが両手を空に掲げて。

 

「大いなる天空の神々よ、我が願いを聞き入れ、恵みを授け給え! 『コントロール・オブ・ウェザー』!!!」

 

 ぷっちんが唱えると、ぽつぽつと雨粒が落ちてきたかと思うと、次の瞬間にはザーッと本格的に降り始めた。

 これから撮るのは主人公の敗北シーンだ。その演出として、雨というのは定番ではあるが、それだけに間違いはない。

 

 あるえは掌で雨を受け止めてその強さを確認して、カメラの映り具合を気にしてから、ゆんゆんに合図を出す。

 ゆんゆんは一度頷くと。

 

「じゃあ、その、いきます! 3、2、1……アクション!」

 

 カンッ! というカチンコの小気味いい音と共に、撮影が始まる。

 カメラに映っているのは、めぐみんとベルディアだけ。降りしきる雨の中、二人は無言で対峙していて、両者の間にはビリビリとした緊張感が漂っている。

 

 おぉ、やっぱり本物の魔王軍幹部を使うと雰囲気出るな。そんな大物と向き合っているということで、めぐみんの雰囲気もいつもとは違う気がする。

 

 ベルディアは真っ直ぐめぐみんを見据えたまま、重苦しく迫力のある声で話し出す。

 

「紅魔の娘よ。一人でここまで乗り込んでくるその度胸は認めてやろう。しかし、これは無謀というものだ。これでも俺は生前は真っ当な騎士だった。年端もいかぬ少女を一方的に傷めつける趣味はない。今なら大人しく頭を下げれば見逃してやらなくもないが?」

「ふん、誰に物を言っているのですか。我が名はめぐみん、紅魔族随一の天才と呼ばれし者。魔王城を落とすなど、私一人で十分……というか、私ほどの実力者ともなれば、仲間などは足を引っ張る存在でしかありませんから」

 

 余裕綽々でそんな事を言って不敵に笑うめぐみん。その姿は演技とは思えないほどに様になっている。

 まぁ、現実の話をすれば、めぐみんが覚えようと思っている爆裂魔法はその性質上仲間というのは必須になるわけだが。

 

 めぐみんの言葉を受け、ベルディアは剣を抜く。

 

「いいだろう。そこまで言うのであれば、この魔王軍幹部が一人、デュラハンのベルディアが相手になってやろう。先手は貴様に譲ってやる、今放てる最強の魔法を俺にぶつけてみるがいい」

「……随分と舐められたものですね。その言葉、後悔させてやりますよ」

 

 めぐみんはキッとベルディアを睨みつけると、静かに詠唱を始める。

 

 当然、学生であるめぐみんはまだ何の魔法も使うことができない。

 なので、めぐみんの詠唱に合わせて、光の屈折魔法で姿を消したぶっころりーが魔法を使うという方法をとる。ぶっころりー自身の詠唱が聞こえないように、消音の魔法も合わせて使っている。

 

 一応クラスで一番の成績をほこるめぐみんは、上級魔法の全ての詠唱を暗記しており、スラスラと一言一句間違わずに詠唱していく。

 と言っても、将来めぐみんは爆裂魔法しか使うつもりがないようなので、いくら上級魔法の詠唱を暗記していても使うことがないというのが何とも虚しいものだが。

 

 この映画においても、めぐみんは演技とはいえ上級魔法を使うことに抵抗があったようだが、映画におけるめぐみんはネタ魔法使いではなく普通に優秀な天才魔法使いの設定なので、そこは納得させた。

 

 程なくして詠唱を終えためぐみんは、手にした杖を真っ直ぐベルディアに向け。

 

「我が地獄の業火にて焼き尽くされるがいい!! インフェルノ!!!!!」

 

 直後、紅蓮の炎がベルディアを包み込んだ!

 

 炎は瞬く間に広がっていき、めぐみんの前はすぐに火の海となった。

 その熱量は凄まじく、それなりに離れているこっちにまで熱風が飛んできて息苦しい。実際に直撃したベルディアはどれ程の熱に晒されているのか、想像もつかない。

 

 しかし、そこは魔王軍幹部。

 それ程までの大魔法を受けながらも、ベルディアは悠々と立ったまま余裕を……。

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!! あっぢいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

 

 

 普通に効いていた。メッチャ熱そうだった。…………おい、台本と違うぞ。

 すぐさま、あるえが。

 

「カット、カット! そこは平然と耐えて炎の中から出てきて『くくっ、こんなものが地獄の業火とやらか? ぬるい、ぬる過ぎるわ!!』と幹部の実力を見せつける所だよ!」

「い、いや、待て……あぢぢぢぢぢぢぢ!! それより火を何とかしろおおおおおおお!!!」

 

 仕方ないので、ぶっころりーが水の魔法を唱えて消火する。

 確かベルディアは水が弱点でもあったはずだが、それを気にしていられない程に熱かったらしい。

 

 ベルディアはしばらくぜーぜーと荒い息を吐いていたが、光の魔法を解いて姿を現していたぶっころりーの方に首を向けて。

 

「おい、これは演技なのだろう!? どれだけ全力で撃っているのだ貴様は!! 少しは手加減というものをするだろう普通は!! 本当に殺す気か!!!」

「えっ、あー……魔王軍幹部ならこのくらい平気だと思って……悪かったよ、はぁ……」

「なんだそのちょっとガッカリしたような反応は!! 俺が悪いのか!? 俺だってそんじょそこらの魔法使いの魔法なら簡単に耐えられるわ!! というか貴様、見かけによらずやたらと強くないか!?」

「あぁ、俺はニートだからね。暇を持て余して、ちょくちょく森に入ってモンスターを狩って修行っぽいことしてたら結構高レベルになってたんだ」

「これだから紅魔族というやつは!!! そこまでの力があるなら、いくらでも仕事はあるだろう!! ちゃんと働け!!!」

 

 魔王軍幹部から真っ当な説教をくらっているぶっころりー。

 似たようなことは俺もぷっちんも何度も言ってきたのだが、全く効果がなかったのは見ての通りだ。もうあれだ、こういうのは本当に追い詰められないと動かないタイプなんだと思う。

 

 ベルディアはイライラとした様子で。

 

「とにかく、いくら俺でも高レベルの紅魔族の魔法をまともにくらって平気なはずがないだろう! 少しは手加減をしろ!!」

「俺はカズマと同じで人生に妥協しない男だ。誰に何と言われようがニートを貫き通すし、魔法もいつだって全力なんだ」

「おい頼むからお前と一緒にすんなマジで! 俺も最終的にはニート志望だけど、ちゃんと一生遊んで暮らせる程の金を稼いでからって考えだから、お前とは天と地の差がある!!」

「ええい、それならば魔法を撃つ役を変えろ!! そうだ、そこの変態鬼畜男でいいだろう!! こいつの魔法であればいくらでも耐えられるわ!!!」

「な、なんだと……前は俺にやられたくせに……!」

「あれは貴様の小賢しい策が、たまたま上手くはまっただけだ! それに一対一でもなかったしな!! 力に関しては大したことないからこそ、無駄に悪知恵を働かせて卑怯な事ばかりしているだけだろう貴様は!!!」

 

 ぐっ、こいつ、言いたい放題言ってくれやがって……!

 しかし、言っていることは間違っていないので、俺は歯をギリギリ鳴らすことしかできない。

 

 確かに、俺の魔法ではちゅんちゅん丸込みでもぶっころりーには及ばないし、ベルディアだって普通に耐えられるものだろう。というか、この場合は比較対象が悪いだけで、普通の冒険者と比べたら十分強い方なんだけどな俺も……。

 

 ただ、まぁ、例え事実だとしても、ここまで挑発されると何かやってやりたい気持ちになるわけで。

 

 それから、魔法を撃つのはぶっころりーから俺に変わり、再び撮影が始まる。

 そして、すぐに先程止められた、めぐみんが魔法を撃つ場面になる。

 

 光の屈折魔法で姿を消し、消音魔法で声が届かないようにした俺は、めぐみんのセリフに合わせて詠唱を始め、ベルディアに向けて魔法を放つ。

 

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』、『クリエイト・ウォーター』!!!!!」

 

 

 アンデッドを消し去る浄化魔法、そして水を生み出す初級魔法。

 それらを合わせることで、神聖属性が加わった水、つまり聖水を生み出しベルディアに直撃させた!

 

「いぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 効いた。普通に効いた。

 

 ベルディアは魔王の加護により神聖属性に対して耐性があったはずだが、もう一つの弱点である水による弱体化効果も合わさると、ちゃんとダメージは通るらしい。先程ぷっちんの炎魔法を消す為に、水を浴びていた事も影響したかもしれない。

 

 とはいえ、本来浄化魔法というのはアンデッドを一撃で消し去る魔法なので、弱体化してもこうして決定打にはならない辺りは流石は魔王軍幹部だ。

 

 まぁ、それでも俺を舐めきっていたベルディアに一矢報いたので、俺は黒い煙をあげながら片膝をついているベルディアを見下ろしてニヤリと笑って。

 

「あれー? どうしたんですか、ベルディアさん? 俺の魔法なんていくらでも耐えられるんじゃなかったんですかー?」

「き、きききき貴様あああああああああああああああああああ!!! そこの娘が唱えたのは『インフェルノ』だろうが!!!!!」

「ん、そうだっけか。悪かったよ、次はちゃんとインフェルノ撃つって。まぁ、それだけ弱体化すれば俺の魔法でも効きそうだけどなぁ!」

「こ、この……調子に乗るなよ貴様ァァ!!! ぶった斬ってくれる!!!」

「お、やる気か? 今なら俺のスティール一発でその首ぶん取って終わり……」

「来たれ、アンデッドナイト! そこのクソ生意気な紅魔族を八つ裂きにしろ!!」

「いっ!? お、おい、手下召喚は卑怯…………うわああああああああああ!!! ちょ、多い多い多い!!! ぶっころりー、ぷっちん、助けてえええええええええええ!!!!!」 

 

 結局、大勢のアンデッドナイトに追いかけられ、半泣きになる俺。

 くそ……幹部のくせにちょっとからかっただけでマジギレとか大人げないだろ……!

 

 普通のアンデッドならばターンアンデッドで一発なのだが、こいつらにも魔王の加護がかかっている為、そう簡単にはいかない。

 他の魔法で倒そうにも、ゾンビの上位種であるアンデッドナイトは一体一体が普通に強い。それがこの数だ。とても俺の貧弱な魔力でどうにかできる状況じゃない。

 

 その後も色々と衝突が続き、思うように撮影が進まずに騒いでいると。

 

 

「ふふ、何やら楽しそうな事をなさっていますね。よろしければ、わたくしも混ぜてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 

 そんな言葉と共に、魔王城から一人の美女が現れた。

 

 ごくりと、思わず喉が鳴った。

 やばい、なんだこの美女……エロいってレベルじゃない!

 ぶっころりーやぷっちんも、あまりの衝撃に固まっていて、クラスの少女達もその美女のあまりの美貌に狼狽えている様子だった。

 

 美女には角や尻尾が生えていて明らかに人間ではなく、おそらく悪魔なんだろうが、そんな事はどうでもいい。

 まさに男を魅了する事だけを考えたような、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる見事なプロポーション。着ているのはほとんど下着のような極端に布面積が小さいもので、瑞々しい生肌が惜しげなく披露されている。そんな肌に雨で濡れた髪が張り付いて……何というか……もうたまらない感じになってます!

 

 すると、何故かベルディアが苦々しい声で。

 

「おい、お前……」

「ふふ、何を仰るつもりですか、ベルディア様。悪ふざけはおやめくださいな」

「あっ、ちょ、首を返せ首を!!!」

 

 さっと自然な動作でベルディアの手から首を取ってしまう美女。それを見る限り、この美女も相当な実力者である事が伺える。

 ウィズには散々セクハラをしていたベルディアが、この美女にはそういった雰囲気を一切見せない所も何か引っかかるが、それも今はどうでもいい。

 

 俺は美女から目を離せずにいると、彼女はクスリと蠱惑的な笑顔をこちらに向けて。

 

「お初にお目にかかります、カズマ様。わたくしはサキュバスの女王、サキュバスクイーンです。カズマ様には是非一度お会いしたいと思っておりました」

「お、俺に……? なんでまた……」

「それはもちろん、カズマ様がとても魅力的な男性だと思ったからですよ。目的のためには手段を選ばない非情さに、ベルディア様やシルビア様をも罠にはめる狡猾さ、そして様々なスキルを使いこなす器量。例え敵であったとしても、女としては惹かれてしまうものなのです……」

「っ!!! ほ、本気で言ってるんですか……? お、俺、女の人からそんな事言われた事なんて一度も……」

「それはカズマ様の魅力を理解できない女性の方が未熟なのです。これでもわたくしは、人間よりもずっと長く生きております。だからこそ、分かるのです。カズマ様ほど魅力的な男性は他にはいませんよ」

 

 そう言って、俺の両頬に手を当てて微笑むお姉さん。

 その仕草に、ドクンと心臓が跳ね上がるのを感じる。

 

 そうだ……そうだよ。

 いつも鬼畜だの変態だの散々言われてるけど、今までの実績を考えればこうして俺のことを想ってくれる人がいても不思議じゃないんだ! 分かる人にはこうして分かってもらえるんだ!

 

 そうやって俺が感動に震えていると。

 

「いや、先生、よく考えてくださいよ。先生の評判を聞いて惹かれる女性なんているはずないでしょう。何か裏がありますって」

「そうよ兄さん、相手はサキュバスよ? どうせこんな甘いこと言って、兄さんから精力を搾り取ろうとしてるに決まってるわよ」

 

 呆れた様子で空気の読めないことを言ってくるめぐみんとゆんゆん。

 そんな二人に追従するように、ぶっころりーとぷっちんも。

 

「うん、そうだそうだ……カズマがそんな美人から想いを寄せられるなんてありえない! い、いや、俺はそけっと一筋だから、別に羨ましいとかそういうのは思ってないけど!」

「まったく、カズマも女の色香に惑わされるとはまだまだだな……今ならまだ間に合う、戻ってこい。お前はこちら側の人間だ……」

 

 そうやって好き勝手言ってくる奴等に、俺は盛大に溜息をついた。

 そして、若干不安そうにこちらを見るサキュバスのお姉さんの肩を掴んでこちらに引き寄せると。

 

「あいつらの言ってる事は気にしないでください。あっちのマセガキ二人は俺のことが好きで嫉妬してるだけで、あっちの童貞二人は俺がモテて妬んでるだけです。じゃあ、こんな所では何ですから、どこか静かな所で二人きりにでもなりましょうか」

「いやいやいや! 待ってください、この唐突な流れに少しは疑問を持ってくださいよ! 本気ですか先生!?」

「どうして兄さんはそうやっていつもいつも欲望だけに全力なのよ! もうちょっと理性ってものを働かせなさいよ!!」

「うるせえええええええええええええええええ!!! いつもいつも好かれるのは子供ばっか、ようやく美人のお姉さんとお近づきになれたと思ったらドMの変態!! そんな俺にやっと春が来たんだ邪魔すんな!! お前らそんなに俺のことが好きなら、今すぐこのお姉さんくらいオトナになってみろってんだ! ほら早く!!」

「最悪ですこの男!!! と、というか、確かに先生のことを好きだと言ったことはありますが、それが男性としてだとは一度も言ったことありませんよ! 勝手に思い込まないでください!!」

「わ、私だって兄さんのこと好きだなんて言ったことないから!! これはただ、妹として兄を……」

「いや、めぐみんはともかく、ゆんゆんはハッキリ俺のこと男として好きだって言ったろ。ほら、王都でデートした時にギルドで結婚してって」

「わあああああああああああああああああ!!!!! 知らない知らない知らない!!! 兄さん酔っ払ってて記憶違いしてるんじゃないの!?」

 

 ゆんゆんが顔を真っ赤にして否定するが、めぐみんを始めとした周りのクラスメイトはその反応で真実だと判断したらしく、生暖かい視線を送っている。

 

 とにかく、誰に何と言われようが、俺はこのサキュバスのお姉さんとイチャイチャすると決めたんだ。俺はミツルギみたいな鈍感で優柔不断な男ではない。綺麗なお姉さんと上手くいきそうなチャンスを逃すなんてヘマをやらかしたりはしない。

 

 そう、俺は今日から彼女持ちのリア充になるんだ!

 種族とかそこら辺は関係ない。俺は可愛かったり綺麗だったら人外でも何でもオーケーな、広い心を持っている。

 

 そうやって決意を固めていると、サキュバスのお姉さんが余裕のあるオトナな微笑みを浮かべながら。

 

「ふふ、大人気ですねカズマ様。そういえば、皆さんは先程から何をしていたのですか? 何やら楽しそうでしたが」

「あぁ、映画を撮ってるんですよ。映画っていうのは、お芝居を動画として残すみたいな感じで、今度里の祭りで発表しようと思ってるんです」

「まぁ、それは素晴らしいですね! あの、もしよろしければ、わたくしも出演させてもらえないでしょうか? ほんの端役でいいですので……」

「もちろん! というか、あなた程の美人に端役なんてもったいない! もっと目立つ役を……いや、待てよ……」

 

 俺は少し考え込む。

 今回の映画の中心はめぐみんとゆんゆんであり、俺はあまり出番もない。魔王役のぷっちんの方が目立つくらいだ。

 

 元々クラスとしての出し物だし、生徒が中心になるべきだと思ってそこは納得していたのだが…………このお姉さんが本格的に出演するとなると話は別だ。

 そういう事なら、俺ももっと目立ちたい……というか、お姉さんと色々絡む役をやりたい……!

 

 俺はすぐにあるえに。

 

「あるえ、脚本変更だ。せっかくこんな美人なお姉さんが出てくれるって言ってるんだ、ここはこのお姉さんをメインヒロインに置いたラブロマンスにしよう。主役は当然俺な。ストーリーは……そうだな、勇者として魔王を倒しに魔王城まで来た俺とサキュバスクイーンが恋に落ちて、色んなしがらみから二人で逃避行するみたいな……」

「えっ、ちょ、ちょっと待ってください、急にそんな事言われても……」

 

 いきなりの提案に、流石のあるえも戸惑っているが、俺にも譲れないものがある。ここは勢いで押し切る……つもりだったのだが。

 

 やはりというべきか、外野から凄まじい抗議の声が。

 

「なに勝手に脚本変えようとしているのですか! 先生、文化祭は生徒が中心になるべきだとか言ってたくせに!!」

「よく聞けめぐみん、状況ってのは常に変わっていくもんだ。それに合わせて、言ってることをコロコロ変えることは何も悪いことじゃない」

「ちょっと良い事言ったみたいな顔してますが、それってただ無責任に好き放題言ってるだけって事じゃないですか!! ほら、ゆんゆんも黙ってないで何か言ってやってくださいよ! あなたの兄が相変わらずのダメっぷりを発揮しているのですが!!」

「…………めぐみん、兄さんはいつもこんな感じだし、いくら騒いでも無駄だよ。それは妹の私がよく分かってる」

「えっ、ど、どうしたのですかゆんゆん。確かに先生はいつもこうですが、だからといってそれを放置するなど……」

 

 ゆんゆんの言葉に、動揺を隠せないでいるめぐみん。

 あれ、俺もてっきりゆんゆんには色々文句言われるだろうと覚悟していたんだけど…………もしかして、ついに兄離れしようと決意して、お兄ちゃんの恋愛を応援してくれるつもりになったんだろうか。

 

 ……うーん、それはそれで少し寂しいような……どうしてほしいんだ俺は。

 

 そんな自分でもよく分からない複雑な気持ちに頭を悩ませていると、ゆんゆんはにっこりと笑顔を浮かべて。

 

「もちろん、このまま放っておいたりはしないわ。ただ、今回は必ずしも兄さんだけが悪いってわけじゃないと思うの。そこの女はサキュバス、何か魅了系の魔法を使って兄さんを操っている可能性もなくはないわ。だから、駆除するのが一番良いと思うの」

「く、駆除……? で、ですが、相手はサキュバスクイーン、そんな簡単にはいかないのでは……」

「そこは人の手を借りましょう。例えば悪魔嫌いで有名な頭のおかしいアクシズ教徒辺りをけしかければ、きっと」

「ま、待て待て待て! いくら何でもそれは酷すぎるだろ、落ち着けゆんゆん!」

「大丈夫よ、私は落ち着いてるわ。私は自分の兄を誑かす悪魔に消えてほしいだけだから」

 

 確かにゆんゆんの口調は冷静なものだけど、なんかとんでもなく冷たい!

 あと、目が怖い! 光が消えてる! これなら真っ赤に光ってた方がまだマシだ……。

 

 流石のサキュバスクイーンもアクシズ教徒の名前を聞くと、とても嫌そうな表情を浮かべて何歩か後ずさる。

 俺は庇うようにその前に出て。

 

「ゆんゆん、俺の目を見ろ! ずっと一緒にいたお前なら分かるだろ、俺は正気だし、このお姉さんとは真剣に愛し合ってるんだ。分かってくれ」

 

 そう言ってじっとゆんゆんを見つめる。

 ゆんゆんは冷えた目のままで、しばらく俺の目を見据える。

 その迫力に思わず目を逸らしたくなるが、そこはぐっと我慢して何とか視線を受け止め続ける。

 

 しばらくして、ようやくゆんゆんは若干戸惑いの色を見せ始め。

 

「……た、確かに嘘をついてるようには見えないけど……でも、そこのサキュバスの人とはさっき会ったばかりじゃない。それで愛し合ってるなんて言われても……」

「愛に時間なんて必要ないんだ。一目惚れって言葉もあるだろ? 俺は自分のことを好きになってくれる、エロくて美人なエロいお姉さんの事は問答無用で好きになる」

「それって本当に愛って言っていいの!? 欲望が前に出過ぎてると思うんだけど!!」

「いいんだよ、俺が愛って言えばそれは愛なんだ、他人がどうこう言うもんじゃない!」

「うっ……そ、それはそうかもしれないけど……あ、あの、そこのサキュバスの人はどうなんですか! どうせ他の男の人にも同じように誘惑しているんじゃないですか!!」

「……えぇ、私はサキュバスですから、今まで男性を誘惑することは何度もありました。ですが、それはあくまで精力を貰うため……いわばエサとして見ているだけで、そこには愛はありません。カズマ様への気持ちとは全く違います!」

 

 そんなお姉さんの弁解を聞いて、複雑そうな表情を浮かべて黙ってしまうゆんゆん。

 すると、代わりにめぐみんがふっと口元に笑みを浮かべて。

 

「ですが、あなたはサキュバスなのですし、そこに愛がなくとも精力を貰う為に他の男性と色々といかがわしい事もしたのではないですか? 先生は意外と女の子に幻想を持っているタイプなので、そういう過去はマイナスになると思いますが」

「なっ、そ、そんな小さい男じゃねえよ俺は! 今俺のことを好きでいてくれるなら、過去のことは別に気にしない……い、いや、ちょっとは気になるけど…………あ、あの、実際のところはどうなんですか……?」

「思いっきり気にしてるじゃない……」

 

 ゆんゆんが呆れ、めぐみんはそれ見たことかと得意気な顔をしている。

 く、くそ……とてつもなくムカつくが、気になるものは気になるし、しょうがない……い、いや、これでこのお姉さんが他の男とやりまくりだったとしても、俺の気持ちは変わらない……と思う……たぶん……。

 

 しかし、サキュバスのお姉さんはにっこりと微笑んで。

 

「いつも私は男性を油断させてから眠らせ、淫夢を見せて精力を貰っていただけですから、この身は清いままですよ」

「そ、そうですか! はっ、残念だったな二人共!! サキュバスだからって妙な偏見を持ってビッチだとか思ってたみたいだが、全然そんな事はないってよ!!」

「そ、そんなの口では何とでも言えるではないですか! というか、何故こういう時だけ何の疑問も持たず相手の言葉を鵜呑みにするのですか!!」

 

 めぐみんの言葉に、サキュバスのお姉さんは口元をニヤリと怪しく歪めると。

 

「ふふ、そこまで言うのであれば、今からカズマ様に確かめてもらっても……」

「えっ、いいんですか!? よし、分かりました! お姉さんの身の潔白のためです、俺がきちんと調べて……」

「何バカなこと言ってんのよダメに決まってるでしょ!! そもそも、童貞の兄さんが何やったってそんなの確かめられるはずないじゃない!!」

「う、うるせえな童貞バカにすんなよ! ……じゃあこうするか。まず清い身だと分かってるゆんゆんにキスとか色々やって反応を見て、それからこのお姉さんに同じことをして比較するとか」

「えっ……キ、キス……とか……?」

「何ちょっと期待してるんですか!? 冷静になってください、相当頭おかしい事言ってますよあなたの兄は!!」

 

 ちっ、流石にめぐみんは止めるか。というか、自分から仕掛けといて何だけど、俺の妹はちょろ過ぎないか、大丈夫か。ぶっちゃけ話を逸らす為に言ってみただけで、初めから冗談のつもりだったんだけど……。

 サキュバスのお姉さんは、そんなゆんゆんを見てくすくすと笑うと。

 

「気持ちは分かりますよ。わたくしも、カズマ様とキスできると聞いて昂ぶっておりましたから。でも、冗談なのでしょう?」

「いえ冗談ではないです。今すぐしましょう、そうしましょう。ほら、映画にはキスシーンも入れる予定ですし、その練習とかそんな感じで」

「どんだけキスしたいのですか!! させませんよ、どうしてもやると言うのであれば、力尽くで止めてやります!!」

「うん、でも勘違いしないでよね、これは別に兄さんを他の女に取られそうになって嫉妬してるわけじゃなくて、あくまで悪魔に騙されそうになってる兄さんを助けようとしているだけなんだから!!」

「『アンクルスネア』」

「「きゃあ!!!」」

 

 何やら意気込んで俺とサキュバスのお姉さんの間に割って入ろうとした二人だったが、俺の魔法によって足が動かなくなり、そのままつんのめる。

 俺は恨めしげにこっちを睨んでいる二人に、辛そうな声で。

 

「悪いな、俺だって妹や生徒に魔法をかけるってのは心が痛む。でも、分かってくれ……男には譲れないものがあるんだ……」

「悪いと思っているのならせめてこっちを見てくれませんか!? 欲望にまみれた目でサキュバスのお姉さんをガン見しているようですが!!」

「あ、あの、ぷっちん先生! それにぶっころりーさんも! このままでは兄さんに先を越されてしまいますよ、いいんですか!?」

 

 くっ、そうくるか。流石は俺の妹、中々いい手を打ってきやがる。

 俺は嫌な予感を受けながら視線を男二人に移すと。

 

「……うん、そうだ。友達として、カズマが悪魔に騙されるのを黙って見ているわけにはいかない! 言っとくけど、別にカズマに先越されるとか思って邪魔するわけじゃないぞ! なんたって、俺にはそけっとがいるし! この三人の中では一番可能性あるし!」

「俺も友人として、そして職場の同僚としてカズマを悪魔から助けるだけだ。決して他意があるわけではない。そもそも、この俺にとっては色恋などはもとより興味のないもので、己を高めるにあたって足かせにしかならない。まぁ、その内俺が校長の座を射止めた暁には、放っておいても女の方から寄ってくることはあるかもしれないがな……」

 

 そんな言い訳を並べながら、俺の恋路を全力で邪魔するべくこちらに向かってくる独身男二人。その目を見るに、俺を独り身の闇に引き戻そうとする気満々だ。

 

 しかし、俺だってこの二人とは長い付き合いだ。

 こういう時どうすればいいかくらい、すぐに思い付く。

 

 俺は二人から逃げることもなく、むしろ手招きをしてもっとこっちに来るように誘う。

 二人は首を傾げつつも、警戒を緩めずに近くまでやって来たところで、俺はひそひそ声で。

 

「……二人共よく考えろ。ここで俺がこのお姉さんとくっついた方が、お前らにとっても得になると思うぞ」

 

 そう言うと、二人は眉を潜めて先を促す視線を送ってくる。

 俺はそのまま続けて。

 

「考えてみろ、このお姉さんはサキュバスクイーン。つまり仲良くなれれば、他のサキュバスの子だっていくらでも紹介してもらえるわけだ」

「「!!!」」

「俺だって一人で幸せになるつもりなんてねえって。俺達、友達だろ? 一緒にイイ思いしようぜ」

 

 俺の言葉に、ぷっちんとぶっころりーは顔を見合わせ。

 

 それから程なくして、男三人はそれぞれ固い握手を交わした。

 ぷっちんとぶっころりーは清々しい表情で俺から離れていく。

 

 それを見てゆんゆんとめぐみんは唖然として。

 

「ちょ、ちょっと、どうしたんですか!? 兄さんを止めるんじゃなかったんですか!?」

「いや、カズマの気持ちは本物だ。それなら、友達として応援するべきだろう? 例え相手が悪魔だとしても」

「あぁ。めぐみんとゆんゆんも、もう少し大人になれば分かる。種族を超えた愛というのはいいものだ。時に愛というのは、何にも勝る強大な力を生み出すこともある……」

「二人共さっきと言ってる事が違うのですが、先生に何か吹き込まれましたね!? それも、おそらくはろくでもない事を!!」

「何言ってんだめぐみん、俺は別にろくでもない事を吹き込んだわけじゃない。大切な事だ。そう、男にとっては特にな。女には分からない世界ってもんがあるんだよ」

「もうその言葉でろくでもない事だというのがよく分かりましたよ! いいからさっさと魔法を解いてください!!」

 

 めぐみんとゆんゆんは凄い形相でこちらを睨んでいるが、ここで親切に魔法を解いてやる程俺も甘くはない。

 

 一番俺の事を邪魔しそうな妹と爆裂狂は魔法で動きを止め、男共は説得、これで俺を止める者はいなくなった。

 ふにふらとどどんこがこの場にいたら邪魔してきたかもしれないが、今回は来ていないし、あるえや他の生徒達は呆れた顔をしているが何かするような気配はない。

 

 そんなわけで、俺は心置きなくサキュバスのお姉さんと向き合う。

 すると、お姉さんはもう覚悟は決めているのか、静かに目を閉じて少し顎を上げた。

 

 こ、これはあれだよな……いわゆる、キスしてポーズってやつだよな……!

 

 ゴクリと喉が鳴る。

 先程までぎゃーぎゃーとうるさく騒いでいためぐみんやゆんゆんの声が全く聞こえなくなる。

 俺の視界はお姉さんの艶やかな唇に固定されて全く動かすことができない。

 

 俺はお姉さんの両肩を掴んで、ゆっくりと顔を近付けていく。

 自分にとってのファーストキスがどういうものになるのかというのは、俺自身色々と想像していたが、まさかこんな雨の中でサキュバス相手というのは予想できなかった。人生、何が起きるか分からないもんだ。

 

 お姉さんの唇が目の前に迫ってきたところで、俺も目を瞑る。

 あぁ……これでついに俺も一歩オトナになるんだ……。

 

 そして次の瞬間、俺とお姉さんの唇が重なった。

 

 想像以上に柔らかい感触に、心臓がドクンと一気に跳ね上がる。

 それで俺は一気に照れくさくなってすぐに離してしまい、結果としてほんの少し触れた程度のキスになってしまった。断じてヘタレたわけじゃない。何というか、その、ちょっとビックリしただけだし!

 

 そんな、誰に対してか分からない言い訳を頭に浮かべながら、目を開いて相手の様子を伺う。

 目の前には、未だにキス待ちポーズを続けるお姉さんが…………えっ、もしかして今のじゃダメってことか……?

 

 そう心配になっていたのだが。

 

「…………あれ? お姉さん?」

 

 サキュバスのお姉さんの様子が何かおかしい。

 お姉さんは未だに同じポーズのまま固まっているのだが、何というか、生気というものを感じられない。まるで人形というか……。

 

 それによって俺もようやく冷静になってきて、周りも見えてくるようになる。

 ふと、ゆんゆんやめぐみんの方を見てみたら、二人は俺がお姉さんとキスしたことにショックを受けている……という事もなく、何やら哀れみの目を向けてきていた。

 

 そして、二人はそのまま俺が向いている方とは反対方向を指差す。

 すぐにそちらを振り向いてみると。

 

 

「フハハ!! フハハハハハハハハ!!! サキュバスクイーンかと思ったか? 残念、我輩でした! そして、そこに残ってるのは我輩が脱皮した後の皮だ。つまり、それが汝のファーストキスの相手というわけだ」

 

 

 …………。

 

 そこにいたのは、怪しげな仮面をつけ、タキシードに身を包んだ大柄の男だった。その口元にはそれはそれは愉快そうな笑みが浮かんでいる。

 

「おっと、名乗るのを忘れていたな。我輩は魔王軍幹部の一人にして、地獄の公爵、バニルである。……うむ、いいぞいいぞ、ふつふつと悪感情が湧いてきたな」

 

 バニルは楽しげにそう言うと、いつの間に手にしていたのか、手元の魔道カメラを小さく振って。

 

「喜べ、良い物が撮れたぞ小僧! 普段は粋がっているくせに、思いがけずやってきたファーストキスのチャンスに動揺しまくっている童貞の画だ! 映画とやらよりも、こちらの方がネタ的に受けるのではないか? 主に汝に恨みやら何やらを持っている者などにはな。フハハハハハ!!」

「…………」

「うむ、その悪感情、大変に美味である。やはり我輩の目に狂いはなかった、汝はドロドロとした中々に良い悪感情を放ってくれるな! 美女に化けて人間の男を誑かした後に正体を明かすという手法はこれが初めてではないが、これ程までに美味な悪感情をいただけたのは汝が初めてだ!」

「…………」

「まぁ、そう睨むな小僧。一時の事とはいえ、サキュバスクイーンから言い寄られるという夢を見させてやったのだ。それに、念願のファーストキスも果たせただろう? …………相手は我輩の皮だが」

 

 

「『セイクリッド・エクソシズム』ッッ!!!!!!!」

 

 

 未だかつてない程に気合を入れた退魔魔法をぶち込んでやった。

 何の前触れもない突然の攻撃に、周りのゆんゆん達も唖然としている。

 

 こんな不意打ちはご立派な騎士様なんかには卑怯だなんだと言われるかもしれないが、相手は魔王軍幹部にして地獄の公爵、手段を選んでいられるような相手じゃない。

 

 それに、何より。

 

「テメェふざけんなよ!!! マジでふざけんなよ!!!!! 童貞からかうとどんな目に遭うか存分に教え込んでやるよコラァァあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 この悪魔は男の純情というものを弄んだ!! 絶対に許さねえ!!!

 

 一方で、バニルの方は俺の魔法によって体が崩れていた。

 地獄の公爵なんてのに本職でもない俺の退魔魔法が効くかどうかは怪しかったのだが、思ったよりも普通に効いてくれているようだ。

 

「ぐっ……まさかこの我輩を倒すとは…………見事だ、オッドアイの紅魔族よ…………」

 

 そのままバニルの体は崩れ去り、俺の前には土の山と仮面だけが残った。…………え? 終わったのか?

 

 なんかあっさりとし過ぎているような気もするが、まぁ、実際こうして倒せたのだから良しとしよう。多分、俺の怒りのパワーが魔法の威力を跳ね上げたとかそんな感じなんだろう。

 

 俺は少し前までバニルだった土の山に向かって。

 

「ざまああああああああああああ!!! 人間舐めてるからそんな事になるんだクソ悪魔め!! せいぜい地獄で後悔するんだなぁ!!!」

「うわぁ……いくら悪魔相手とはいえ、不意打ちで一方的に滅しておいてこの言いよう……流石は先生というか……」

「そもそも、本当に倒せたの? 兄さんの魔法で魔王軍幹部がこんなに呆気無くやられるとは思えないんだけど」

「な、なんだよ、俺だってやる時はやるんだよ! きっとあれだ、実は俺は神々に選ばれし勇者様ってやつで、秘められし力がアレしてとかそんな感じだ。な、あるえ?」

「いえ、おそらくそこの仮面が本体で、体の方はいくら崩しても復活できるとかそういうオチなのでは」

「えっ、そこはいつもみたいに『先生の禁じられし力が……』みたいにノッてくれよ! 何こんな時だけ冷静に…………仮面が本体って言ったか今?」

 

 嫌な予感がして、俺は視線をめぐみん達から再びバニルだった土の山の方へと移す。

 そして、口をあんぐりと開けてしまう。

 

 そこでは、先程と何も変わらない姿で立っているバニルが、ニヤニヤとこちらを見ていた。

 

「我輩を倒せたと思ったか? フハハハハハハ!! 残念、この通りピンピンしているぞ! 貴様程度の魔法で浄化されるほど我輩も甘くはないわ!! ……うむ、その悪感情、大変に美味である」

「こ、こんの……! 『セイクリッド・エクソシズム』ッッ!!!」

「効かーん! 最初に体を崩したのは、あくまで貴様をからかう為であって、本来であればこの程度軽く耐えられるのだ。……それにしても、先程は中々面白いことを言っていたな。貴様が神々に選ばれし勇者様だと? フハハ、フハハハハハハハハ!!!!! そうかそうか、我輩を倒せたと思って舞い上がってしまったか!!」

「ああああああああああああああコイツむかつくうううううううううううううう!!!!! 『セイクリッド・エクソシズム』!! 『セイクリッド・エクソシズム』!!! 『セイクリッド・エクソシズム』!!!!!」

「フハハハハハハ!!! いいぞ、その調子でどんどん悪感情を溢れ出させるがいい!! しかしまぁ、我輩が見通したところ、先程の貴様の言葉はあながちデタラメでもないというのがまた面白い…………ぬおっ!! こ、こら、仮面を掴むな仮面を!!!」

 

 それからこのムカツク悪魔としばらくジタバタ格闘し、ぶっころりーやぷっちんの助けも借りたのだが、結局俺達では相手にならないという事だけが分かった。こいつ、同じ幹部でもベルディアやシルビアとは格が違うじゃねえか……!

 

 俺はゼーゼーと肩で息をしながら、バニルを睨みつけることしかできない。

 そんな俺に、バニルは俺に掴まれてズレた仮面を直しながら。

 

「ようやく諦めたか。この我輩を倒したければ、それこそ本物の女神でも連れてくるか、爆裂魔法でも習得することだ」

「なるほど、爆裂魔法ならテメェを倒せるんだな! 今度、頭がおかしい爆裂狂と、商売センスがおかしい貧乏店主さん連れて来てやるから覚悟しとけよ!!」

「ちょっと待ってください、頭がおかしい爆裂狂というのはひょっとしなくても私のことですか!? 先生には恩もありますし、手を貸すのはいいですが、それなら頭がおかしい呼ばわりはやめてもらいたいのですが!!」

「何というか、威勢はいいのに結局人頼みっていうところが兄さんらしいよね……」

 

 周りが何やら言っているが、そんなのは関係ない。

 この悪魔とはまだ出会ったばかりだが、一気に俺の許さないリスト最上位にまで躍り出てくれやがった。ホント覚えてろよコイツ……。

 

 あれ、そういや貧乏店主さんで思い出したけど、以前あの人が言っていた、爆裂魔法を覚えるきっかけになった友人の大悪魔ってまさかコイツの事なのか……? もしそうなら、友達は選べと言いたいところなんだけど……。

 

 対してバニルの方は余裕の笑みを浮かべたまま。

 

「フハハ、そう睨むな。我輩としては汝とはより良い関係を築いていきたいとも思っているのだ。我輩が見通したところ、汝の数少ない取り柄である幸運や商才は、我輩が夢を叶えるのに利用できそうであるからな」

「良い関係を築いていきたいってんなら、まずその口を開く度にカチンとくる事言うのをやめるところから始めやがれ」

「うむ、それは無理だ。隙あらば人をおちょくって悪感情をいただくというのは、我輩にとってはもはや本能に近いものがあるのでな。そうだな、汝が隙あらば異性にセクハラするのと同じようなものだ」

「…………なるほどな」

「それで納得しちゃうんだ……」

 

 ゆんゆんが、もはや若干諦めたような口調で言ってくるが、実際バニルの出した例はとても分かりやすかった。

 まぁ、納得しても許すかどうかは別問題だけどな!

 

 すると、これまでのやり取りをずっと呆れた様子で傍観していたベルディアが。

 

「こいつの悪癖は魔王様が言っても聞かんから諦めるんだな。まぁ、俺から言わせれば貴様らも簡単に騙され過ぎだがな」

「何を上から目線で語っている、煩悩にまみれた首なし中年よ。流石に最近は我輩に騙されなくなってきたようだが、昔は貴様も我輩の悪感情漁りに巻き込まれて血の涙を流したものだろう。例えば、我輩が下着姿の貧乏女リッチーに化けて迫った時など」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 何の事だかさっぱり分からんなあああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 すぐにベルディアが大声で遮るが、今のだけでも話の概要は大体分かるので、めぐみん達からはゴミを見るような目が集まっていた。

 何というか、魔王軍もこいつには苦労させられているらしい……。

 

 やがてバニルは満足気に一息つくと。

 

「さて、と。それでは我輩はこの辺で失礼しようか。悪感情もたらふくいただいたしな。その礼と言うわけではないが、そこの、生徒の何人かから異性としての好意を向けられて、口では対象外と言いながらもいずれはきちんと向き合ってやらなきゃなと割と真剣に悩んでいる小僧よ。汝にお近づきの記念としてバニル仮面を贈呈しよう。月夜に着ければ色々と絶好調になれる代物だ。しかも色はレアなブラックであるからして、存分に喜ぶがいい」

「い、いらねえ…………というかちょっと待て!! お前、俺のこと何て呼びやがった!? ふふふふふざけんなよ何デタラメ言ってんだ、お、俺がそんなロリっ子から言い寄られて真剣に悩むわけ…………二人もチラチラこっち見てんじゃねえ!!!」

「み、見てませんよ、見てません! そもそも、そこの悪魔は、その先生に好意を向ける生徒というのに私が含まれているとは一言も言ってないではないですか!!」

「わ、私だって別に見てなんてないから! まったくもう、私はあくまでも妹なんだから、家族として好きっていうのはあっても、異性としてなんて……」

「……ほーん。おい、そこんとこどうなんだよバニル。ぶっちゃけ俺のことが好きな生徒って、この二人とふにふら、どどんこじゃねえの」

「うむ、もちろんそうだが」

 

 あっさりと白状するバニル。

 それを受けて俺がニヤニヤと二人の方を向くと、二人は顔を真っ赤に染め上げて。

 

「デ、デタラメです!!!!! その悪魔には先生も先程騙されたばかりでしょう、何をすんなりと信じているのですか!!!」

「そ、そうよ、これもきっと悪感情を引き出す為の策略に違いないわ! まず悪魔の言うことなんて信じる方がおかしいわよ!!」

「うむ、羞恥の悪感情、中々の味だ。まぁ、別に我輩の言葉を信じる信じないはどちらでも構わんが、いつまでも手をこまねいていると、いずれ思わぬ伏兵が現れ、横からそこの小僧を掻っ攫われる可能性もあるとだけ忠告しておいてやろう」

「「思わぬ伏兵……」」

 

 ゆんゆんとめぐみんはそう呟くと、二人してあるえの方を向いた。

 あるえは、二人の無言の圧力に少し押されながら。

 

「な、なんだいその目は……私は本当に先生のことを異性として意識したことなんてないんだけど…………というか、先程は二人共、悪魔の言うことなんて信じないとか言っていたじゃないか……」

「まぁ落ち着けって。あるえはないにしても、金や便利なスキルを沢山持ってる俺に惚れる女の子ってのは、どれだけいてもおかしくない。特別に二人にアドバイスしてやるが、俺からの好感度を上げたければ俺のことを思い切り甘やかすのがいいぞ」

「ぐっ……こんな男がそんな都合よく他の女性に惚れられるなんて事はないはずですが、魔王軍幹部の大悪魔の予言もあると妙な説得力も…………い、いえ、別に私は先生が誰に好かれようがどうでもいいですが!!」

「あ、あの、バニルさん……でしたっけ? 本当にこんな兄さんを狙う伏兵なんているんですか……? ちょっと信じ切れないので、できればもう少し詳しく教えてもらえたらなって……あ、その、これはあくまで妹として、まともな人が兄に騙されるのを防ぎたいとかそういう事で……!」

 

 この散々な言われよう、お兄ちゃんちょっと泣きそう。

 でも、詳しく聞きたいというのは俺も同じだ。俺だってそろそろ子供や色物以外の普通の女の子に好かれてもいいと思うんだ。

 

 ゆんゆんの言葉に、バニルはふむと少し考える仕草をして。

 

「あまり詳しく教えるのは我輩の流儀に反するのだが……とりあえず汝らは少し勘違いしているようだが、小僧を狙う伏兵が現れるというのはあくまで可能性があるというだけで、確定しているわけではない。見たところ、そこの早いところ金だけ稼いで後はダラダラ人生を過ごしたいと思っている小僧は、その願いに反して中々に波乱万丈な人生を送っていく事になりそうであるからして、恋愛やら何やらに関しても、もつれにもつれそうなのである」

「えっ、おい、そういう不安になるような事言うのやめろよ。俺はそんな人生に刺激とか求めてないんだよ、金稼いで貴族のお姉さんと結婚して、何不自由なく暮らしていきたいんだけど……」

「……まぁ、色々とアレな性格をしている兄さんが、すんなりと誰かと結ばれるなんて事はないとは思うけど……そ、それで、実際のところ、兄さんと結ばれる可能性がある女性というのはどういった人達なんですか?」

「それを言ってしまってはつまらんであろう。こうして中途半端に伝えてかき乱すくらいに留めておくのが一番面白い上に、後々良い悪感情もいただける事が多いのだ。故に、汝が冒険者になった後に待ち受けるぼっち生活に関しても詳しくは教えん」

「ぼっち生活!? や、やっぱり私、仲間見つけられないんですか!?」

 

 バニルの言葉に涙目になるゆんゆん。

 マジか……ゆんゆんのコミュ障は良く知ってるし、仲間に関してはお兄ちゃんも出来るだけ協力しようと思ってたんだけど、それでもぼっちになっちゃうのか……。

 

 すると、流石にゆんゆんを哀れに思ったのか、めぐみんは目を逸らしながら。

 

「……まったく、仕方ないですね。私は冒険者ではなく騎士団に入るつもりですが、あなたが冒険者になって王都を拠点にするというのであれば、私が非番の時くらいには遊んであげるくらいはしてあげますよ。……その、一応友達ですし」

「め、めぐみん……」

「大体、そんな悪魔の言葉に落ち込み過ぎなのです。未来は変えられるものなのですから、むしろこのままではマズイという事を知れた事をプラスに思うべきです」

「そ、そっか……そうだよね! うん……私、冒険者になったら、頑張って自分から声かけて絶対仲間を見つける! そ、その……ありがとね、めぐみん……」

「……もう結婚しちゃえばいいんじゃね、お前ら」

「何故ここでそんなセリフが出てくるのですか! どんだけ私達をくっつけたいのですか! あと、あるえも、何か閃いたようにメモに色々書き込むのやめてもらえませんか!? また映画にいらない設定を加えるつもりでしょう!!」

「まったく、兄さんは私達の事なんだと思ってるのよ! 私だって、仲間の条件は話が通じればって所までは妥協できるけど、流石に結婚で相手は女の子でもいいとまでは妥協できないわよ!!」

 

 二人の様子を見てついほっこりして言ってしまったのだが、すぐに否定されてしまう。

 ……というか、仲間は話が通じればオッケーって妥協し過ぎだろ……本当に大丈夫なのだろうか俺の妹は…………まぁ、ろくでもない仲間に引っかかってたら、お兄ちゃんが黙ってないけど。

 

 すると何故かバニルはニヤリと笑い。

 

「うむ、確かにそこの二人の娘の間にあるのは純粋な友情のみであるようだが……まぁ、女の友情などというものは、男が絡むと容易く崩れるものだ。ぼっち娘に忠告しておくが、汝の兄と結ばれる可能性が一番高いのは、そこの爆裂娘だぞ」

「えっ!?」

「では、我輩は本当にこれで失礼しよう。妹の言いつけを守らずに未だに王都のいかがわしい店に通ってセクハラ三昧な小僧よ、貧乏店主に会ったら、我輩がその内店を冷やかしに行くと伝えておくがいい」

「ばっ……お、お前、口を開く度に余計なこと言い過ぎだろ!!! つーか、やっぱウィズが言ってた友人ってお前のこと……いや、それよりも!! さらっととんでもない事言ってなかったか!? 俺と結ばれる可能性が一番高いのがめぐみんって……おい!!!」

 

 バニルは特に何も答えず、こちらを振り返らずにヒラヒラと手を振って城へと戻って行ってしまった。俺に怪しげな黒い仮面だけ押し付けて。

 

 後に残るのは何とも微妙な空気だ。

 めぐみんはほんのりと頬を染めて、落ち着かない様子でこっちをちらちらと伺っており、ゆんゆんはそんなめぐみんと俺を不安そうな表情で見ている。

 いつものゆんゆんなら、俺がまだ例の王都のお店に通ってセクハラしている事を知れば激怒するところだろうが、そこに気が回らない程動揺しているらしい。

 

 ど、どうすんだよこの空気……バニルの奴、絶対許さねえ……。

 俺は何とかこの状況を打開しようと、とりあえず口を開く。

 

「あー……その、なんだ……あまり気にすんなって! 見通す悪魔だか何だか知らねえけど、悪魔の言うことなんて信用ならないってゆんゆんも言ってただろ! どうせ俺達をからかって悪感情ってやつをもらおうとしてただけだって…………おい、そこの童貞二人、何だその目は」

「いや……12歳の子供に手を出すとか、カズマもそこまで見境なくなったんだなぁって……カズマの友人でめぐみんの幼馴染の俺としては、何とも反応に困るっていうか……」

「カズマ、『愛故に罪を背負いし者』という称号は確かに格好良いかもしれないが、流石にその内容に問題があり過ぎると思うんだが……」

「ふ、ふざっ、俺がこんな子供に手を出すわけねえだろ! 勝手にロリコン扱いしてドン引きしてんじゃねえ!! そもそも、仮にあの悪魔の言葉が正しかったとしても、ずっと先の事って可能性だってあるだろうが!!」

 

 俺のロリコン疑惑に、ぷっちんやぶっころりーだけではなく、あるえやベルディアまで何かおぞましい物を見るような目を向けてきているが、断じて俺にそんな趣味はない。

 つまり、俺とめぐみんがくっつく可能性があるとすれば、それは将来めぐみんが立派なオトナの女に成長した場合に限ると言える。

 

 ……でも、めぐみんがオトナの女になるってイマイチ想像できないんだよな……そりゃ人間だし成長くらいはするだろうけど、根本的な子供っぽさは変わらない気がしてならない。

 

 当の本人は未だに照れた様子で。

 

「えっと……まぁ、あれです、私は将来大魔法使いになって巨乳にもなるでしょうし、先生がコロッと私に惚れてしまうというのも十分ありえる話でしょう。ただ、私を軽い女だとは思わないでください。先生が本当に私と、その、恋人やそれ以上の関係になりたいと思っているのなら、直してほしい所が沢山あります。まずはそこから……」

「待て待て待て、おかしいだろ。なんで俺がお前に惚れる前提で話が進んでんだよ。まず現時点でお前が俺に惚れてるんだから、本当に恋人同士になるとしても、お前が猛アタックしまくってきて俺が仕方なく折れて付き合ってやるって展開だろ」

「な、なんですかその上から目線は! なにか私が先生に惚れていると決めつけていますし! というか、もし本当に私が先生に惚れていて正面から猛アタックとか仕掛けたら、それはそれで動揺するくせに!!」

「そ、そんな事ねえよ! 俺はお前よりずっと大人だからな、ちょっと女から言い寄られたくらいで動揺なんかするか!! しかも相手はめぐみんだろ、まず女として意識したことなんかねえし!!」

 

 そう、俺は決してちょろい童貞なんかではない。

 俺だって王都ではそれなりに有名だし、女から言い寄られる事もなくはないが、冷静に対処してきた。つーか、どいつもこいつも俺のサイフ目当てで、軽く女性不信に陥りかけた事もある。

 

 しかし、ズバッと言ってやって清々しい気持ちになっていると、何やらめぐみんの様子がおかしい事に気付いた。

 てっきり、激昂して掴みかかってくるものだとばかり思っていたのだが、何だかとても静かだ。

 

 俺は首を傾げながら、めぐみんの表情を伺ってみて……ギクッと固まった。

 なんと、めぐみんは今にも泣きそうな悲しそうな表情をして。

 

「……やはり、私の事は女として見てもらえないのですか。残念です」

「…………は? な、なんだよ急に……そうやってしょんぼりすれば、俺が慌てると思ったら大間違いだからな!」

 

 え、なに……こんな本気で悲しまれると俺としても困るというか……。

 思わぬ反応に動揺を悟られないようにそんな事を言っていると、めぐみんは今度は儚げに微笑んで。

 

「そうですよね。私はまだ子供ですし、女の子らしくもありません。先生が全く意識しないのも当然のことです。先生には私なんかよりも相応しい人がいくらでもいますよね」

「……い、いや、その……悪い、言い過ぎたって。さっきのは勢いで言っちまっただけで、えっと、めぐみんの色々と豪快で我が道を行くみたいな生き方は格好良いと思うし、友達想いで、たまに見せる可愛いところも知ってる。顔だって普通に美少女に分類されると思うし…………だ、だから、もう少し大人になったら、俺だって意識することもある……と思う」

 

 言っている内に妙にこっ恥ずかしくなり、途中からはめぐみんから目を逸らし、あさっての方向を向きながら早口でまくし立ててしまった。

 俺は何でこんな所で真面目にこんな事を語ってるんだろう……。

 

 しかし、俺が恥ずかしさに耐えながらフォローしたにも関わらず、中々めぐみんからの反応が返ってこない。

 俺は少し不安になって、ちらりとめぐみんの方へ視線を戻してみると。

 

 めぐみんは、ニヤニヤと、それはそれはからかう気全開な顔をしていた。

 

「ふっ、やはり先生は何だかんだ言って結構純粋な所もありますよね。傷ついた女の子にはちゃんと優しくしてあげられる所とか、私は好きですよ。流石に焦り過ぎな気もしますが」

 

 こいつ!!!

 

「ハ、ハメやがったなちくしょう!!!!! そうだ、そうだったよ、お前は平気でこういう事してくる奴だったよこの悪女が!!!!!」

「まぁまぁ、このくらい可愛い子供のイタズラだと思って、笑って流してあげるのがオトナというものでしょう。それより先生、私の可愛い所を知っていると言ってくれましたね? 具体的にどんな所か教えてもらえませんか?」

 

 めぐみんはここぞとばかりに、これでもかというくらいに顔をニヤつかせて聞いてくる。

 コノヤロウ…………俺がこのままやられっぱなしだとは思うなよ…………。

 

「……めぐみんは、一見クールな天才みたいな感じを装っているくせに、案外コロコロと表情が変わるのが可愛いと思う。笑顔はもちろん、照れて赤くなってる顔も俺は好きだぞ」

「えっ…………そ、そうですか……へぇ……」

「あと、普段は堂々としてる時が多いけど、逆境に立たされると普通に怯える所とかもギャップがあって可愛い。守りたくなる。ほら、この前ゆいゆいさんに呼び出された時とか、巨大ミミズに襲われた時とか」

「まままま待ってください! あの、自分から言っておいて何ですが、もうその辺でいいです!」

「ん、どうしたんだよ、顔が赤いぞ? 照れてんのか? 可愛いな」

「~~~~!!!!!」

 

 ふっ、勝った。

 度重なる俺の恥ずかしい言葉に、めぐみんは顔を真っ赤にして何も言えなくなっている。

 コイツは度々色っぽいことを言って俺のことをからかってくるが、別にそういう事への耐性があるわけでもなく、いざこうして俺から迫られれば動揺するであろう事は容易に想像できた。

 

 ……といっても、こういう反撃はもうこれっきりにしたい。

 ぶっちゃけ、俺もメッチャ恥ずかしいです。それを悟られないようにするのが大変です。

 

 しかし、めぐみんの方もこれであっさりと終わったりはしなかった。

 俺が内心恥ずかしがっている事を知ってか知らずか、赤い顔のまま、俺から逸らしていた目を再びこちらに向けて。

 

「……わ、私だって先生のこと、格好良いと思いますよ。さっき先生は、私に対してギャップがあって可愛いとか言ってくれましたが、それは先生にも当てはまると思うのです。普段はどうしようもない言動ばかりですが、いざという時には頼りになる所とか……その……ときめくと言いますか……」

「っ……な、なんだよ、反撃のつもりか!? はっ、悪いがお前と違って俺はオトナだから、そんな褒めちぎられても別に……」

「何がオトナですか、先生は良い事をしても照れてすぐ悪ぶってしまう所とか、子供そのものではないですか。……商人として悪どい商売をする時は思い切り相手に恩に着せるくせに、真面目な場面ではむしろ恩に思わせないようにする所は先生らしいというか、やっぱり先生は根っこは普通に良い人なんですよね。先生のそういう面を知っている事が私は嬉しいですし、格好良い事をしていても微妙に格好付かない、そんな先生のことが、私は好きですよ」

「よし分かった、引き分けだ! 引き分けにしよう!! これ以上はお互いダメージを受けるだけで泥沼だ!! 白状する、俺はマジで恥ずかしいです!!! お前だって顔真っ赤だし、今回はこの辺で手を打とうぜ!!!」

「そ、そうですね、それがいいです! ふっ、引き分け、ですか。紅魔族随一の天才である私を相手に出来る者など、先生くらいのものでしょう……」

「…………この流れで“私を相手に出来る”とか言われると、また変な意味に聞こえるんだけど……」

「ち、違います!! 今のは別に恋愛的な意味ではなく勝負事に関してで……!」

 

 せっかく落とし所を見つけられたと思ったのに、また妙な空気になってしまう。

 すると、そんな様子を見ていたあるえが、珍しく気まずそうな表情で。

 

「……あの、先生、めぐみん。もうイチャつくのはその辺にした方が……」

「「イチャついてない!!!」」

 

 俺とめぐみんの声が綺麗にハモる。

 あるえの奴、いきなり何馬鹿な事を…………端から見たらイチャついてるように見えるのか俺達……?

 

 あるえは、俺達の言葉には何も答えず、ただある方向に目を向ける。

 それによって、俺とめぐみんの視線も誘導されるように同じ方向へ向いて。

 

 二人同時に固まった。

 

「……? 二人共どうしたの?」

 

 我が妹、ゆんゆんは、微笑みながら首を傾げる。

 

 本来、女の子のそんな仕草はとても可愛いものだろう。

 でも、ゆんゆんのその微笑みからは、何か底知れないものを感じて、思わずゴクリと喉が鳴る程だった。

 周りの人達、魔王軍幹部のベルディアさえもが、ゆんゆんからは目を逸らして、自分は関わりたくないと訴えている。

 

 な、なんだろうこのゆんゆん……笑ってるのに無表情の時よりも怖いんだけど……!

 俺は慌てて。

 

「ゆ、ゆんゆん、一応言っとくけど、俺とめぐみんは別に何にもないからな? お兄ちゃんは、お前だけのお兄ちゃんだから安心していいぞ!」

「ふふ、そんなに慌てなくていいわよ。もしかして、もし兄さんとめぐみんが付き合ったら、私とめぐみんの関係がこじれるとか思ってる? 大丈夫よ、私とめぐみんは大切な友達同士だし、そのくらいでどうにかなったりしないって。……ふふ」

「そ、そうですよね! 私達は男関係ですぐ決裂してしまう程浅い関係ではないはずです!」

「あ、でも、めぐみんは私の友達であると同時にお義姉さんにもなるんだよね……実感湧かないなぁ……ふふふ……」

「えっ、い、いや、それはいくら何でも気が早いのでは……というか、ゆんゆん、何だか目が危ない感じになってますが、大丈夫ですか……? ちょ、ちょっと先生、何自分はもう関係ないみたいな顔してるんですか、一緒に説得してくださいよ!!」

 

 ゆんゆんの威圧感に押されるように、めぐみんは必死に助けを求めてくる。

 たぶん、ゆんゆん本人は威圧するつもりはなく、様々な感情が混ざり合って処理できない結果として、こんな凄みのある笑顔が生まれているような気がする。テンパりまくった人が急に笑い出す怖さとちょっと似ている。

 

 うん、やっぱりこういう時は、親友であるめぐみんに任せるのが一番だよな。

 それからめぐみんがゆんゆんを説得して、何とか撮影を再開したのはしばらく経った後のことだった。

 

 

***

 

 

 今日の分の撮影を終え、魔王城からテレポートで里に戻った後。

 明日は森での撮影を予定していたので、ぷっちんやぶっころりーと手分けして里周辺の森の強力なモンスターを片付けていた。

 

 バニル相手に退魔魔法を連発したせいで、始めの内は魔力が少なくてダルかったのだが、何体かのモンスターからドレインすることによって大分回復してきた。

 ただ、体の方は戻っても、精神的な疲労はどうにもならない……これもあのクソ悪魔のせいだ、めぐみんが爆裂魔法を覚えたら、本当に試し打ちの的にしてやろうか。

 

 とはいえ、映画撮影も始まったばかりだ。今から音を上げていては、とても最後まで持たないだろう。

 今後予定されているロケ地は王都とアルカンレティア。今日と同じかそれ以上に面倒なことになる可能性がある。というか、今から嫌な予感しかしない。

 

 思わず溜息が溢れるが、まぁ、なるようになる……と思いたい。すんなりと全て上手くいくよりは、皆で色々な困難を乗り越える方が思い出になるという考え方もある。一応俺も先生だし、生徒達より先にへばるわけにはいかない。

 

 そんな事を考えていると、敵感知にかなりの数の反応があった。

 これ程の群れで行動するモンスターというと、一撃ウサギ辺りだろうか。正直、多数を相手にするのは得意ではないのだが、スルーするわけにはいかないだろう。

 

 俺は頭の中で戦略を組み立てながら、茂みの向こう側を伺うと。

 

 

「…………えっ」

 

 

 そこにいたのはモンスターの群れではあったが、一撃ウサギではなかった。

 

 漆黒の毛皮に覆われた二メートルをゆうに超える巨大な体躯、口から覗く鋭い牙、筋肉の塊のような豪腕の先には鋭い爪が備わっている。

 

 ギルドでは百万エリス以上の報酬が払われる程の強力なモンスター、一撃熊だ。

 

 ゴクッと喉が鳴る。

 確かに一撃熊は強力なモンスターだが、上級魔法を習得した一人前の紅魔族であれば問題なく倒せる相手だ。魔法使いとしては半人前の俺でも、少し策を練れば安全に倒せる。

 

 でも、それはあくまで一対一の場合だ。

 本来一撃熊というのは群れるものではないはずで、こんな光景は俺も生まれて初めて見た。

 

 ……うん、ダメだ、この数の一撃熊を相手にしたら普通に死ねる。

 俺はすぐにそう結論付けると、気付かれない内にこの場から離れ、ぷっちんやぶっころりーと合流して改めて作戦を考えることにする。

 

 そうやって、一歩後ずさった時だった。

 

 

「きしゃーっ!!」

 

 

 それは一撃熊の声ではなかった。

 この状況では拍子抜けするくらいに幼く、愛らしさのあるその声の主は。

 

 ブカブカのローブの裾を泥だらけにした、紅魔族随一の魔性の妹……こめっこだった。

 

 何でこんな所に、とか聞きたい事は沢山あったが、今はそれどころではない。

 なんとこめっこは、威嚇の声をあげながら、真っ直ぐ一撃熊の群れに突っ込んでいた!

 

「こ、こめっ……待っ……!」

 

 あまりの展開に、今まで頭の中を巡っていた思考が全て吹き飛ぶ。ぶわっと、全身から嫌な汗が吹き出る。

 もう作戦がどうとか言ってられない。とにかく一刻も早くこめっこを掴んでテレポート、これしかない!

 

 しかし、その前に。

 

「こめっこさん!?」

 

 別の声が聞こえた。

 普段はもっと荒々しく威圧感のある声なのだろうが、俺と同じように動揺しまくって裏返ってしまっている。

 

 なんにせよ、この声の主もこめっこを止めようとしている事は明らかで、俺は少し希望が見えてきた。人手は多ければ多い方がいい。

 そう思って、声がした方を向くと。

 

 …………そこにいたのは、人ではなかった。

 

 大きさは一撃熊と同じかそれ以上、光沢のある漆黒の体躯の背中には巨大なコウモリの羽、頭からは猛々しい角も生えている。どう見ても悪魔だった。

 しかも、その姿形もそうだが、溢れ出る存在感や魔力を見る限り、どう考えても普通の悪魔じゃない。とびきりの上位悪魔だ。

 

 そんな上位悪魔が、こめっこを必死に守るようにして、一撃熊の群れへと突っ込んでいた。

 

 するとこめっこが、呆然としていた俺に気付いて。

 

「あっ、カズマお兄ちゃんだ! あのね、今からわたしが一撃熊を追っ払うから見てて! ほらホースト邪魔!!」

「いいから俺様の後ろに隠れてろ! ったく、どこまで大物なんだよお前は、怖いもの知らずにも程があるだろうがよぉ!! ……くそっ、しかもまた目撃者が増えちまったか……しょうがねえ、おいそこの紅魔族! こめっこの知り合いなんだろ、手を貸せ…………おい!? なに遠い目してやがる、この状況分かってんのか!?」

 

 …………もう、何というか、あまりの急展開の連続に、完全に頭がついていけなくなった俺は。

 こめっこに振り回されながら、必死に一撃熊の群れと戦ういかつい上位悪魔を眺めつつ、紅魔族随一の魔性の妹の名は伊達じゃないなぁ……などとぼんやりと思うのだった。

 



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紅魔祭 2

 
アニメ2期始まってるうううううううう
遅くなってごめんなさい! 次からはもうちょい短めにして、なるべく早く更新できるように頑張ります!
 


 

 何とか一撃熊の群れを追い払った後、俺達は森の中である程度開けた場所を見つけて話すことにした。

 ぷっちんやぶっころりーとも合流しておきたい所だったのだが、この悪魔が嫌がったので、とりあえずは従うことにした。下手に気に障ることをして暴れられたら手がつけられないからだ。

 

 俺は適当な岩の上に座ると、こめっこに羽やら角やらをいじられてされるがままになっている悪魔と向き合う。

 

「……で、悪魔なんかが俺の可愛い妹に何ちょっかいだしてんだよ」

「あぁ? なんだこめっこ、お前の兄貴だったのかこいつ?」

「うん、カズマお兄ちゃんはね、少しでも仲良くなった年下の女の子を皆妹にしちゃうんだよ」

「俺様よりよっぽど危険人物じゃねえか」

 

 何か悪魔からドン引きした目を向けられているが、可愛い子を妹にしたいと思うのは男として普通のことだと思う。悪魔には理解できないだけだろう。

 

 悪魔は少し疲れたように溜息をつき、

 

「ったく、紅魔族ってのはどいつもこいつも癖があり過ぎるだろ…………別に、こめっこには何もしてねえよ。ただ少し遊んでやってるだけだ」

「違うよ、わたしがホーストと遊んであげてるんだよ。わたしが飽きたって言っても、『頼みますよこめっこさん』とか頼んでくるじゃん。ほら、お墓のパズ」

「あああああああああああ!!! ……そ、そうだったな!! 俺様が遊んでもらってるんだった!!」

「え、なに、もしかしてお前、悪魔のくせにロリコンなの……? やっぱり里の皆に伝えて倒すべきなんじゃ……」

「んなわけあるかコラァァ!!! ……あー、まぁ、あれだ、こめっこはまだガキだが、相当な才能を秘めてる。将来良い悪魔使いになるかもしれねえってので、こうして近くで見ているわけだ」

「えっへん! わたし、すごい!!」

「…………ほーん」

 

 悪魔使いに良いも悪いもあるのかとかそういう疑問は残るが、こめっこが才能に恵まれているというのは俺も知っている。この年にして既にかなりの魔力を持っており、家庭用の魔道具を難なく使えるという時点で、素質としてはめぐみんと同等かそれ以上というのが伺える。

 

 ……といっても、悪魔に目を付けられるってのはなぁ。

 そんな俺の視線を受けて、ホーストと呼ばれた悪魔は。

 

「言っとくが、俺様はこめっこの大事な遊び相手なんだぜ? そんな俺様を引き離せば、こめっこはきっと悲しむだろうよ……なぁ、こめっこ?」

「んー……どうしてもお別れしなきゃいけないなら、わたし我慢する!」

「えっ!? い、いや、子供はもっとワガママ言ってもいいと思うぜ!? そ、そうだ、さっきみたいに空飛んでみたくねえか!? あと腹が減ったなら、いつでも食いもん持ってきてやるぜ!?」

「ほんとう!? じゃあやっぱりお別れはやだ!!」

「よ、よし…………どうだ、こめっこもこう言ってんだし、余計なことはしない方がいいんじゃねえの?」

 

 何だかとてつもなく突っ込みたくなる流れだが、まぁ、こめっこがこの悪魔によく懐いているのは分かった。

 めぐみんの話では、こめっこは同じくらいの年の子が里にいないので、いつも一人で遊んでいるとの事だった。それを考えれば、遊び相手っていうのは大切だとは思うけど……。

 

 俺の悩んでいる様子を見て、ホーストはここがチャンスと見たのか、こめっこに。

 

「おいこめっこ、お前からも言ってやれよ。この自称お前の兄貴とやらは、もうお前と俺様を会わせたくないらしいぞ」

「えー、ダメだよカズマお兄ちゃん、ホーストはわたしの友達だよ!」

「そ、そうは言ってもな……いくら何でも相手が悪魔ってのは……」

「カズマお兄ちゃんだって悪魔に近いって里の皆が言ってたよ」

「ぜ、全然近くねえから失礼な! とにかく、悪魔はダメだっての! 元いた所に戻してきなさい!!」

「な、なぁ、その捨て犬やら捨て猫みたいな扱いはやめねえか……? 俺様、一応上位悪魔なんだが……」

 

 普段なら、こめっこのワガママなら何でも聞いてあげる俺だが、流石に今回ばかりは聞くことができない。目をうるうるとさせてこっちを見上げているその姿は、思わず甘やかしてしまいたくなるが、それでも我慢だ! 心を鬼にしろ俺!!

 

 すると、こめっこは急にジト目になって、

 

「……姉ちゃんはカズマお兄ちゃんといつも遊んでるのにズルい。この間も、姉ちゃんとおっきな街に行って、オトナの遊びしたんでしょ?」

「いっ!? ま、まて、それめぐみんの奴が言ったのか!?」

「うん、どんな遊びなのかは教えてくれなかったけど、すっごく嬉しそうに自慢してた。『もう私はほとんどオトナなのですよ』とか言ってた」

 

 あのバカ、俺にはこめっこに変な事を教え込むなとか言ってるくせに、自分だってとんでもない事言ってんじゃねえか!

 

 そんなこめっこの言葉を聞いたホーストは、恐る恐る。

 

「……一応聞くが、お前の姉ちゃんってのは何歳くらいなんだ?」

「12歳!」

「うわぁ……」

「い、いや、ちがっ、本気で手を出そうとしたわけじゃなくて、事故というかその……それに、一線は越えてねえから!!」

 

 周りからドン引きされるというのはいつもの事なのだが、相手が悪魔となると精神的ダメージがキツイ……もしかして俺は本当に悪魔以上に鬼畜なんじゃないかと思えてくる……。

 まぁ、うん、確かに悪魔でも引くかもなこれは…………。

 

 俺は心が折れそうになりながらも、

 

「こ、こめっこ、頼むからそれは他の人には絶対言うなよ……俺が色々と終わっちゃうから……」

「んー、じゃあ、わたしとホーストも一緒に遊んでもいい?」

「そ、それは……」

「お父さんに言うよ」

「どうぞ好きなだけホーストと遊んでくださいこめっこ様!!!」

 

 俺はこめっこの前に為す術なく屈するのだった。

 この五歳児、恐ろしすぎる……。

 

 

***

 

 

「エクスプロージョン!!」

「『エクスプロージョン』!!」

 

 めぐみんとウィズの声が重なり、広場には凄まじい爆風が吹き荒れる。

 

 魔王城での撮影から数日後。

 この映画では、めぐみん本人の強い要望もあって、必殺魔法として爆裂魔法が登場する。

 現実的に考えれば、爆裂魔法などというのは使い勝手の悪い一発芸扱いされる事がほとんどだが、これは映画、フィクションだ。細かいところは置いといて、派手な魔法は見栄えがいいので映像向きではあると思う。

 

 そんなわけで、俺が知ってる唯一の爆裂魔法の使い手であるウィズが呼ばれたわけだ。

 もちろん、ウィズが魔法を唱える声は消音魔法によって映像には入らないようにしているし、姿も光の屈折魔法で見えなくしている。つまり、映像だけ見ればめぐみんが爆裂魔法を使っているようにしか見えないわけだ。

 

 ちなみに、担任のぷっちんは一ヶ月元の姿に戻れないと聞いた時は「い、一ヶ月くらい何てことはない……この姿も格好良いしな……」などと強がっていたが、次の日学校で下級生が怖がりまくって、何とか元に戻せないかとひょいざぶろーを訪ねている。望みは薄そうだったけど……。

 

 地面に巨大なクレーターを作る規格外の魔法に、めぐみんは目を輝かせ、他の生徒達も口をあんぐりと開けている。

 おそらくめぐみん以外の生徒は爆裂魔法を見るのはこれが初めてだろうし、これをきっかけに第二第三のめぐみんが生まれたらどうしようと密かに心配していたのだが……。

 

「す、すごっ……これが爆裂魔法なんだ……」

「威力だけはとんでもないね……威力だけは」

「でも見た目だけなら派手だし、確かに映画にピッタリだね。ネタ魔法にもこんな使い方があったんだぁ……」

 

 そんな爆裂魔法の扱いに、めぐみんがこめかみをピクピクとさせているので、暴れないように肩を押さえておく。良かった、やっぱり頭のおかしい爆裂娘はコイツ一人のようだ。

 ウィズの方は爆裂魔法をネタにされても特に気にしている様子はない。まぁ、まともな魔法使いならこの反応は当然だと思う。

 

 すると、何やらゆんゆんがそわそわとしながらウィズに、

 

「あ、あの、初めまして、ゆんゆんと言います。兄がいつもお世話になっています」

「いえいえ、むしろお世話になっているのは私の方で…………ふふ、カズマさんから聞いていた通りの可愛らしい妹さんですね。アクセルの街で魔道具店を営んでいるウィズといいます、よろしくお願いしますね」

 

 おぉ、ゆんゆんの奴、初対面の人相手に自分から話しかけてるぞ。

 そうやって、妹の成長を喜んでいたのだが、どうやらゆんゆんにはウィズに聞きたい事があるようだ。

 …………というか、俺のこともちらちら見てるし、その内容も大体予想できるが……。

 

「……その、ウィズさんは、兄さんとは友人で商人仲間とのことですが……」

「えぇ、私、自分では一生懸命働いているつもりなのですが、何故かどんどん貧乏になっていって……それでも何とかお店を続けていけているのはカズマさんのお陰なんです。カズマさんには感謝してもしきれませんよ」

「……も、もしかして、それで兄さんに友人以上の感情を抱いたりとかは……」

「えっ? あはは、ないですないです。あくまでカズマさんは大切な友人で恩人ですよ」

「あっ、そ、そうですか! そうですよね、鬼畜で変態な兄さんが、こんな綺麗な人に好かれるなんてありえないですよね!」

「ふふ、そんな綺麗だなんて……カズマさんも、ああ見えて実はとても優しい人ですから、きっと良い女性とも巡り合うと思いますよ」

 

 ウィズのフォローが心に染みる。

 でもそっか……ウィズには脈なしか……ちょっと、いやかなり狙ってたんだけどな……。

 あと、ゆんゆんは言い過ぎじゃないですかね、お兄ちゃん泣くぞ。

 

 ふと視線を感じて周りを見ると、ふにふらやどどんこ、それにめぐみんも、そわそわと聞き耳を立てているのに気付く。

 

「大丈夫だっての。悲しい事に俺は今まで恋人なんかいたことないし、今も当然フリーだよ」

 

 俺の言葉に、ふにふら達は顔をぱぁと明るくさせるが、めぐみんは頬を染めて、

 

「べ、別にそんなこと気にしてませんから! ブラコンゆんゆんがまた暴走しないか警戒していただけで……」

「はいはい、ツンデレってるところ悪いけど、次の撮影始まるみたいだぞ」

「ツンデレってません!!!」

 

 ムキになって文句を言っている主役めぐみんをあるえに引き渡し、俺とウィズは少し離れた所から撮影風景を眺める。

 どうやら、めぐみんと二人で格好良いポーズを決める場面のようだが。

 

「ゆんゆん、まだ照れが残ってるよ! ポーズを決める時は堂々と! 腕はもっと高く上げて、表情も引き締めて!」

「う、うん、ごめんね……!」

 

 あるえ監督の容赦無い厳しい声が飛んでいる。

 特にゆんゆんは恥ずかしがり屋ということもあって、注意される事が多い。

 

 俺の隣では、ウィズが少し驚いている様子で。

 

「な、何か思っていた以上に本格的というか、空気が張り詰めていますね……子供達の出し物と聞いていたので、てっきりお遊戯に近い感じだと思っていたのですが……」

「まぁ、格好良さを見せつけるチャンスだしな、紅魔族的にやる気も出るもんなんだろ。あと、あるえもすげえ本気出してるしなぁ……あ、でもウィズの爆裂魔法は連発できるもんじゃないってのは念を押してるから、流石にやり直しくらう事はないと思うから安心してくれ」

「は、はい、それなら助かります……まぁ、爆裂魔法を撃った後にモンスターなどからドレインすれば二発目以降も撃てるとは思いますが、その為だけに魔力を奪うのは可哀想な気もしますし……」

 

 やっぱりウィズは優しいなぁ……リッチーで魔王軍幹部だけど、俺の周りがキワモノばかりなせいで、こういった真っ当な常識人は心が落ち着く。

 

「でも、本当にギャラはいいのか? 何だかんだ結構拘束しちまうし、その間店も閉めてるんだろ?」

「えぇ、映画で私のお店の魔道具も宣伝してもらえて、しかもお祭の売り場にも並べてもらえるのですから、それだけで十分過ぎるくらいですよ。それに、私のお店は少しくらい空けていても、そんなに人も来ませんし気にしないでください」

 

 そ、それは店として大丈夫なんだろうか……余計気になるんだけど……。

 

 今回ウィズに協力してもらうに当たって、彼女の店の商品の宣伝もすることになったのだが、これが中々の難問で、脚本担当のあるえの頭を悩ませることになった。

 何せ、ウィズの店で扱っている魔道具というのは、どれもこれも何かしら無視できない欠点のあるものばかりだからだ。

 

 しかし、そこは作家志望のあるえ。ウィズの魔道具を活躍させろという無茶振りにも応えてくれた。

 例えば、『誰でも初級魔法を一度使えるが、魔力が空になる』とかいう魔道具に関して、上手い策で敵に使わせ魔力を枯渇させるという使い方で活用したりしていた。

 ……なんかもう完全に、自分では使ってはいけない罠扱いされてるのがアレだが……。

 

 撮影の方は、ちょうどふにふら、どどんこの二人組の初登場シーンに入っていた。

 とりあえずメインとなるキャラは、めぐみん、ゆんゆんにこの二人を加えた四人組となっている。あるえは時々現れて四人を導く師匠的なポジションだ。

 

 ふにふらは意地の悪そうな笑みを浮かべて、

 

「なになに、あんた達、本気で魔王討伐とか考えちゃってるわけ? あはは、今時そんなの古いってばー。めぐみんもゆんゆんも変わり者だけど顔は可愛いんだし、お金持ってそうな男引っ掛けて生きた方が絶対楽しいって。ね、どどんこ?」

「うんうん、魔王討伐もお金にはなるんだろうけど、流石に危なすぎるしねー。やっぱり女の子なんだから可愛く生きたいでしょ」

「何が可愛くですか、あなた達はそれでも紅魔族ですか。そんな、男に媚を売って生きていくなんて私にはできませんね。ゆんゆんに至っては、男の前に人と話すこともままならないので、もっと無理ですし」

「ちょ、ちょっと! い、いくら何でもそこまで酷くないから! 少なくとも、男勝りで女の子らしさ皆無のめぐみんよりは、まだ私の方が男の人とお付き合いできる可能性も高いと思う!」

「なっ……い、言ってくれますね! 私が女としてゆんゆんに劣る!? いいでしょう、正直恋人とかはどうでもいいですが、女としての魅力で劣っていると思われるのは癪です。ここは一つ、どちらが魅力的なのか勝負といきましょうか!!」

「の、望むところよ! 魔法使いとしてはまだめぐみんには敵わないかもしれないけど、そういう勝負なら負けないわよ!!」

 

 絡んできたふにふらとどどんこを放置して、勝手にいがみ合う二人。

 そんな流れに、ふにふらとどどんこは顔を引きつらせて、

 

「えっ、ちょ…………へ、へぇ、面白そうじゃん! それじゃ、あたし達も混ざろっかなその勝負。女子力じゃ負ける気しないし! どどんことは良い勝負になりそうだけどね!」

「あー……う、うん、そうだね! めぐみん達には負けないよ!!」

 

 ふにふらとどどんこは焦っている様子だが、それもそのはず、実はこんな流れは台本には全くなく、完全にアドリブだからだ。

 最初のふにふら、どどんこのセリフはまだ台本通りだったのだが、その後めぐみんがゆんゆんを煽る辺りから全部アドリブだ。

 

 こうやって突然アドリブを入れるのは、めぐみん自身が型にはまるのを嫌って自由にやりたがるというのもあるのだが、実はゆんゆんの事を思ってという理由もある。

 まだ演技にぎこちなさがあるゆんゆんだが、こうして普段通りに近い会話を混ぜると、演技も割と自然になるのだ。普通はアドリブなんか入れられるとパニくってしまうものだろうが、ゆんゆんにとってめぐみんとの会話はそれだけ落ち着くものなのだろう……やっぱり百合百合しい……。

 

 あるえ監督の方も特に文句はないらしく、そのまま撮影を続けている。というのも、めぐみんはアドリブこそ入れるが、それで元の脚本から大きく外れたりはしないで、すぐに本筋に戻すからだ。

 こういう所を見ると、やっぱり頭の出来自体はいいんだなぁと思う。普段は頭おかしい事ばかり言うので中々気付かないが。

 

 めぐみんは自信満々の表情でふにふら達を見て、

 

「いいでしょう、それでは適当な男性審査員を集めて、四人の内誰が一番女として魅力的か勝負しましょう。もし私かゆんゆんが勝ったら、二人は私達の魔王討伐に協力してもらいましょう。使える駒は多い方がいいですし」

「え、ちょ、ちょっと待って、それ私のメリットなくなってない!? 魔王討伐だって、めぐみんが一方的に協力しろって言ってきたんじゃない! しかも駒ってなによ!!」

「友達になってあげるからと言ったら簡単に承諾してくれたのはゆんゆんではないですか」

「うっ……そ、それはそうだけど!」

「ちょっと、何もう勝った気でいんのよ! じゃあ逆にあたし達が勝ったら、めぐみん達には男漁りに協力してもらうよ。あんたら、一応顔はいい感じだから、色々使い道はありそうだし」

「まぁ、そうでしょうね。そこの腰巾着のどどんこは存在感がなくてあまり役に立ちそうにありませんし、私達を利用したいというのは分かりますよ」

「腰巾着!? 存在感がない!?」

 

 どどんこが半泣きになっているが、めぐみんは構わずにビシッとふにふらに指を突き付ける。

 

「しかし、勝つのは私です。確かにふにふらは毎晩毎晩様々な男性とヤリまくりのクソビッチですし、私達よりはずっと男性経験豊富でしょう。ですが、そんなものは本当の」

「待って! ねぇちょっと待って!! あたしって、『軽そうに見えて、実はゆんゆんのお兄さんに一途な女の子』って設定じゃなかった!? 勝手に人のキャラ設定変えるなっての!!!」

 

 ここで、黙って見ていたあるえ監督が溜息をついて、

 

「カットカット……ふにふら、流石にそれはないよ。私はメタは好きじゃないんだ」

「いやアドリブのつもりじゃないから! え、もしかして今のめぐみんのアドリブはオッケーなの!? あたし、クソビッチにされてるんだけど!!」

「……それじゃあ、ただのビッチじゃなくて『弟への禁断の愛を忘れようと色々な男に手を出すが、結局弟にも手を出してしまう』系のビッチというのは」

「どう考えても悪化してるからあああああああああああああ!!! わあああああああああああせんせええええええええええええええ!!!!!」

 

 俺は泣きついてくるふにふらを受け止め背中をぽんぽん叩いてやりながら、めぐみん達にジト目を送る。

 めぐみんやあるえに振り回されて泣き付かれるというのは、これまでもゆんゆんで何度かあったので、この対応も慣れたもんだ。

 

「お前ら流石にクソビッチ設定付けるのはやめろっての。12歳の女の子がヤリまくりとかエグいだろ苦情くるわ。それにふにふらだって、ビッチっぽいけど本当にビッチになるような奴じゃねえって」

「ビ、ビッチっぽいですかあたし!? うぅ……あたしビッチじゃないのに……先生以外とそういう事する気はないのに……」

「は!? あ、い、いや、俺が悪かった!! お前は全然ビッチでも何でもないから、こんな所でそういう事言うのはやめようか! なんかキツイ視線が飛んできてるから!!」

 

 めぐみんの冷たい視線はまだいいのだが、問題はその隣のゆんゆんだ。もう圧力が半端無く、そっちを見て確認することも恐ろしくてできない。今のゆんゆんの視線をまともに受け止めたら、指一本動かせなくなりそうだ。いつから俺の妹はメデューサになったんだろう……。

 あと、地味にウィズから送られるドン引きの視線も痛いです……。

 

 とにかく俺は、生徒達には時間がないからとさっさと撮影を続けさせ、何とか誤魔化す。

 問題は、先程までと比べて俺から若干距離を置いて、変質者を見るような目を向けてきているウィズなんだけど…………あ、そうだ。

 

「そ、そういえばさウィズ、この前魔王城で撮影した時にバニルって悪魔に会ったんだけど」

「あっ、バニルさんですか! 元気にしていました? まぁ、あの人のことですから、今でも相変わらずお城の人達をからかって困らせて楽しんでいそうですが」

 

 どうやら空気を変えることには成功したらしく、ウィズは懐かしそうに微笑んでいる。

 

「あぁ、元気過ぎるくらい元気だったぞ。やっぱり、ウィズが前に言ってた大悪魔の友人ってバニルのことだったのか。ウィズもよくあんなのと友達になれたよな、少し関わっただけでどっと疲れたぞ俺は……」

「あ、あはは……そうですね、私も人間だった頃はバニルさんにからかわれて何度も衝突していましたけど、慣れてくると案外平気なものですよ。あの人はああいうものだと割り切ってしまえるので」

 

 そ、そういうもんなのか……俺としては、あんなのと長く付き合いたいとは思わないけど……。

 あ、そうだ、そういえばバニルから伝言も頼まれていた気がする。

 

「あとバニルの奴、その内店を冷やかしに行くとか言ってたぞ。前にからかわれたし返しに、聖水のブービートラップでも仕掛けとこうぜ。俺も手伝うぞ」

「ふふ、そんなものに引っかかるバニルさんではないですって。また私が殺人光線で焦がされてしまいますよ」

「殺人光線って……しかも、またって言ったか今……なんつーか、魔王軍の幹部同士だと日常風景でもやる事が派手だな……」

「ちょっとやそっとでは死なない方ばかりですからねぇ。あ、でもバニルさんは人に殺人光線を撃ったりしませんから安心してくださいね。あの人は決して人を襲ったりしませんから!」

 

 ……人に撃たない殺人光線って何なんだよとかツッコミ所はあるが、ウィズがこう言うのだから信じてもいいのだろう。

 それにしても、ウィズだけじゃなくバニルも人には危害を加えないとか、こっちとしては助かるけど魔王軍的には人選をもう少し考えた方がいいんじゃ……まぁ、倒されずに結界だけ維持してくれればって事なんだろうけども。

 

 そういえば、あの日はバニル以外にもホーストという悪魔に出会った。

 あの悪魔もこちらを襲ってくる様子はなかったし、むしろこめっことは仲良くしてるみたいだったけど……。

 

「もしかして悪魔って、そこまで人類の敵ってわけでもないのか?」

「それは一概には言えませんが、少なくとも人間が滅んだりすれば、その感情を食す悪魔にとっても困ったことになりますからね。知能の低い下級悪魔は問答無用に人を襲ったりしますが、上位の存在になるほど無闇に襲ったりはしないはずです」

「あー、言われてみれば、ダンジョンにいるグレムリンなんかは普通に襲ってくるけど、バニルやアマリリスは直接危害を加えたりはしてこないな。つっても、アイツら嫌がらせは全力でやってくるから、精神衛生的にはグレムリンなんかよりずっと質悪いけどな……」

「あ、あはは……まぁでも、悪魔というのは契約を絶対視するものですから、誰かと何かしらの契約を結んでいる場合は、その内容によっては上位悪魔でも人に危害を加えることもあるので注意は必要ですね」

 

 ……なるほど。

 ただ、あのホーストという悪魔に関しては、こめっこの悪魔使いの才能に興味があるという話だった。実際にこめっこのことを体張って守ってたし、他の何者かとの契約が絡んでいるとかそういう事はないだろう。

 

 すると、ウィズは苦笑いを浮かべて俺を見て、

 

「それと、例え人間でも、他の人間に対して極端に害になる相手には容赦がなくなる悪魔というのもいますから、カズマさんも気をつけてくださいね? 正直、カズマさんに関しては『悪魔より悪魔らしい』という評判が誇張ではないと思う時が度々ありますので……」

「えっ……あ、は、はい、気をつけます……」

 

 マジか……魔王軍幹部から見ても悪魔っぽいのか俺……。

 悪さをし過ぎて悪魔にとっちめられるとか全然笑えないし、これからはもう少し真っ当に生きよう…………という努力はしよう。

 

 そうやって反省していると。

 

「ほら、ゆんゆん! 何をぼーっとしているんだい、次のシーン始めるよ」

「あっ、う、うん、ごめん!」

 

 あるえの言葉に、慌てて持ち場につくゆんゆんの後ろ姿を眺めながら俺は首を傾げる。

 

 最近のゆんゆんについて、少し気になる事がある。

 というのも、今みたいにふとした時に、どこか淋しげな微笑みを浮かべて、遠巻きにクラスメイト達の事を眺めているという事が多いのだ。

 

 ゆんゆんがこのクラスに入ったばかりの頃であれば、中々クラスの輪に入れずに楽しそうな光景を眺めている事しかできない、という事なのだろうが、今はもう状況が違う。

 相変わらず自分から輪に入っていくのは苦手みたいだが、クラスメイトの方がゆんゆんの事を受け入れてくれている。今ではめぐみんだけではなく、ふにふらやどどんこともお昼を一緒にする事も多いのだとか。

 これもきっと、俺がゆんゆんにヤンデレブラコンという強烈なキャラを付けてあげたお陰だろう、きっと。

 

 だからこそ、最近のゆんゆんの様子は、教師としてもお兄ちゃんとしても気になるのだが…………とりあえず、もう少し様子を見て事情を聞くかどうか決めるか。ゆんゆんも色々と難しい年頃だし、あまりズカズカと踏み入って嫌われたりなんかしたら相当凹むしな俺。

 

 

***

 

 

 数日後、俺達は次のロケ地に来ていた。

 

 水と温泉の都アルカンレティア。

 青を基調とした綺麗で清潔な街並みにはいくつもの水路が巡らされていて、底まで見えるくらいに透き通った水が流れ、キラキラと太陽の光を反射している。

 

 ……うん、街は綺麗なんだよ街は。

 しかし。

 

「仕事が辛いそこのあなた、今すぐ辞めましょう! 身分違いの恋に悩むそこのあなた、相手を引きずり下ろしましょう! アクア様の素晴らしい教えの下、人生を自由に生きたい方はぜひアクシズ教へ!」

「アクシズ教に入れば芸達者になれると言われています! とっておきの隠し芸があれば、気になるあの子の気を引いたり、上司からの『何か面白いことやれ』という無茶振りに対応できたり、本職の芸人を煽って楽しめたり、良い事尽くめですよ!」

「アクア様は、それが犯罪だったり、悪魔やアンデッド相手でない限り、全ての愛を認めてくださります! 幼い子が好きでもいいじゃない、可愛い妹やカッコイイお兄ちゃんが好きでもいいじゃない、というか別に相手が同性でもいいじゃない、むしろ人外でもいいじゃない! しかもアクシズ教徒は死後、アクア様によって、あらゆる性癖に対応した薄い本が溢れる素晴らしい世界に転生できると言われています! 特殊な性癖を持った同志よ、ぜひアクシズ教へどうぞ!」

「アクシズ教に入って悪魔やアンデッドをしばき倒しましょう! エリス邪教徒に嫌がらせをしましょう! ストレス解消に持って来いですよー!!」

 

 温泉以上にこの街の名物となっているアクシズ教徒は、今日も元気に布教活動に勤しんでいるようだ。

 俺の後ろでは、紅魔の里から初めてこの街に来た生徒達が、アクシズ教徒の勢いに圧倒されている様子だった。

 

 生徒達だけではなく、ウィズもこの街に来たのは初めてらしく、若干怯えた様子で半分俺の後ろに隠れるようにしながら。

 

「あ、あの、私、正体がバレたら大変なことになるのでは……」

「だ、大丈夫だろ、普通にしてたらバレないって……そんなに長くいるわけでもないし……」

 

 今日は映画の撮影としてここに来ているわけだが、せっかくなので、温泉宿で一泊していく予定だ。

 景観だけはこの国でも一、二を争うくらいに美しい街ではあり、映画のロケ地としては確かに適していると言えるのかもしれないが、あるえによると街並み以上にアクシズ教徒を撮りたいのだそうだ。なんかもう、珍獣か何かみたいな扱いだな。

 

 ちなみに、ぷっちんは来ていない。

 あんな姿を悪魔に厳しいアクシズ教徒に見られたらどんな事になるか分からないからだ。…………ぶっちゃけ俺は、アイツがアクシズ教徒に追われる様はちょっと見てみたかったけど、本人が頑なに拒否した。

 

 俺は知らない街にそわそわとしている生徒達の方を向いて、

 

「念の為に言っとくけど、どんな手を使われても入信とかすんじゃねえぞ。生徒をアクシズ教徒にしたなんて親御さんに知られたら、俺一発でクビだから。どうしても入りたいっていうなら、まず親御さんを説得してくれ。あと、ブラコンでも許されるとか聞いてチラチラ向こう気にしてるゆんゆん、妹がアクシズ教徒になるとか、お兄ちゃんは絶対許さないからな」

「き、きききき気にしてないから! ブラコンでもないから!! に、兄さんこそシスコンでも許されるって聞いて、内心入信したいとか思ってるんじゃないの!?」

「そんなわけあるか。そもそも、俺がそんなに周りの目を気にするような人間なら、もう少しまともに生きてるだろ。誰に何と言われようと、俺はシスコンを曲げる気はないぞ」

「に、兄さん……」

 

 ゆんゆんが頬を染めていると、めぐみんが呆れ顔で。

 

「何ちょっといい話みたいな感じになってるんですか、あなたの兄はドヤ顔で相当アレなこと言ってるんですが…………というか、先生って本質的にアクシズ教徒と似たものがありますよね」

「おいふざけんな、お前それ、今までで最悪レベルの悪口だからな分かってんの?」

 

 まったく、何て失礼なことを言いやがるんだコイツは。

 そりゃ俺も多少は好き放題に生きてるかもしれないけど、流石にアクシズ教徒よりはまだ常識ってものを持ってる…………と、思う。

 それに、俺は顔も知らない神よりは金を信じてる。この世は金と女と妹が全てだ。

 

 一方で、あるえはアクシズ教徒を興味深そうに見つめて。

 

「……思っていた以上だね。この人達、色々と強烈過ぎて、演技とかなしにそのままフィクションの世界にいても違和感ないよ。これは撮りがいがありそうだ」

「えっと、あるえ、それ褒めてるのかな……?」

「もちろん、褒めているよ」

 

 ゆんゆんが微妙な顔で尋ねるが、あるえは満足気にそう言い切る。

 そしてワクワクとした様子で俺の方を見ると。

 

「それでは早速撮りましょう。許可とかは取ってあるんですよね?」

「あぁ、そこら辺は事前に話付けてあるよ。街としても、宣伝になれば嬉しいって快く許可してくれた。そんじゃ、まずはめぐみん達のシーンからだよな?」

 

 そう言いながら、俺がカメラを取り出した時。

 

 ばばっと、布教活動に勤しんでいたアクシズ教徒達が一斉にこちらを見た。

 え、なに、こわっ!!

 

 アクシズ教徒達は目を輝かせながら。

 

「話は聞いてますよ、映画撮影の人達ですよね!? 今回は我々アクシズ教徒の勇姿を撮りたいのでしょう!? ではまず、主人公がアクシズ教の素晴らしさに気付き、入信するシーンから撮りましょう! あ、入信書はこちらで用意してありますので大丈夫ですよ!」

「ロ、ロリっ子! とんでもなく可愛いロリっ子が沢山いるぞ!! はぁ、はぁ……お、お嬢ちゃん、もしよければ僕のこと『パパ』って読んでくれないかな……?」

「ロリだけじゃないぞ、こっちのお姉さんもとんでもなく美人さんだ! あの、頭撫ででもらってもいいですか? あ、そうだ、じゃあ俺、お姉さんの弟役……いや、子供役をやるぞ! これなら思う存分甘えられる!!」

「だああああああああああ、落ち着け狂信者共!! あと、あんたどう見てもウィズより年上だろ、これはシュール系の映画じゃねえんだよ!!!」

 

 甘かった。

 アクシズ教は決して大きな宗派ではないのだが、信者の布教意欲だけはこの国で随一と言ってもいい。それはこの街で毎日行われている強烈な布教活動を見ても理解できるだろう。

 そんな信者達に映画の撮影を申し込んだらどんな対応をしてくるか…………これは少し考えれば分かることだった。

 

 俺は騒いでいるアクシズ教徒達に大声で、

 

「とにかく、脚本はもう決まってんだよ、頼むから俺達の言う通りに動いてくれって。謝礼はちゃんと出すから!」

「謝礼なんていらない! せっかくアクシズ教を宣伝できる機会なんだ、これを逃す手はない! よし、じゃあ早速邪悪なるエリス教を滅ぼすシーンを撮ろうじゃないか!」

「だから話聞けっての! 話はもう決まってるって言ってんだろうが!! 大体、そんなエリス教を悪者にする話なんか作れるわけが」

 

 その時、あるえが。

 

「ふむ、めぐみん達がアクシズ教と協力してエリス教を倒す……か。そういう方向性もアリかもしれないね」

「は?」

 

 思わず唖然としてあるえの方を向いて固まってしまう。

 こいつ、今何て言った? いや、流石に冗談だよな……もし本当にそんな話に変更するつもりなら全力で止めるが。

 

 

***

 

 

 とりあえず、まずは平和な観光シーンから撮影が始まる。

 前方ではめぐみん、ゆんゆん、ふにふら、どどんこの四人が自然な感じで演技をしていた。

 めぐみんは興味津々な様子で辺りを眺めながら、

 

「さて、さっさと傷によく効くと言われている温泉に入って、魔王軍狩りに戻りますよ。私達の居場所は戦場なのですから」

「それ完全に女の子のセリフじゃないでしょ……いーじゃん、いーじゃん、せっかくの温泉街なんだから、ちょっとはゆっくりしていこうよ」

「流石はビッチのふにふら、こんな所でも男漁りですか」

「ビッチじゃねーから! あたしはカズマさん一筋だから!!」

「ま、まぁまぁ、二人共。でも私も少しはゆっくりしたいかなー。ほら、ゆんゆんだって、温泉楽しみって言ってたし」

「う、うん……めぐみん、みんな戦いばかりじゃ疲れちゃうしさ…………ね?」

「…………はぁ。仕方ありませんね、そこまで言うなら付き合ってあげますよ」

 

 映画の設定では、打倒魔王を目論むめぐみん一行が、戦いの傷を癒やす湯治の為にこの街に訪れたということになっている。

 

 めぐみん達以外の生徒達は別行動をしている。

 大勢でぞろぞろ歩くというのも目立ちすぎてしまうだろうし、とりあえずメインキャストのシーンを中心に撮って、他の者達は時間ごとに適宜集まるみたいな感じにして各々観光に繰り出して行ったというわけだ。

 

 当然、俺はのんびり観光というわけにもいかなく、あるえと一緒に常に撮影を手伝う……というか、俺自身がカメラを持って撮ることに。

 

 周りの人達には出来るだけ自然に振る舞ってくれと言っている。

 とは言え、それを大人しく聞くアクシズ教徒ではない。

 

「聞きましたよ、旅の方! 魔王討伐を目指しているのであれば、ぜひアクシズ教に! アクシズ教の教えには『魔王しばくべし』というものもあって、あなた方にピッタリだと思いますよ!! それに、魔王軍もアクシズ教の神聖な力には恐れを抱いていて、この街も全然襲われないのですよ!!」

「えっ、いえ、私達は湯治に来ただけで、特に入信とかするつもりは……」

「いやいや、そう言わずに! それに、見たところ、君達二人は何やら友人以上の親密さを感じるけど、そこもアクシズ教に合ってると思うんだ。何故なら、アクシズ教はそこに愛があれば同性愛も認めているからね!」

「「は!?」」

 

 突然の百合扱いに、めぐみんとゆんゆんが演技も忘れて驚愕の声をあげる。

 やっぱり、初めて見た人にも百合百合しく見えるんだなこの二人……もう諦めてそっちの道に進むってのもありだと思うけどな、俺は応援するぞ。

 

 あと、この街が魔王軍にも恐れられているというのは本当なのだが、その理由としてはアクシズ教徒の神聖な力というより頭のおかしさにあったりする。

 

 すると、アクシズ教徒の言葉を受けて、ふにふらは何かを思い付いたのかニヤリと不敵な笑みを浮かべて、

 

「……ふふ、他の人から見てもそう見えるんだってさ二人共。あー、やだやだ、お熱くて敵わないなー、温泉でも裸でイチャイチャしてるんだろうなー。あんまり見せつけないでね二人共、反応に困るから」

「ぶっ!!! ちょっ、ななななな何言って……べ、別に私とめぐみんはそんな……!!!」

「い、言ってくれますね……! あなたこそ、混浴で男性といやらしい事をして大声で喘いだりしないでくださいよ! こっちまで恥ずかしいですから!!」

「はぁ!? あんた本当にあたしの事なんだと思ってんのよ!! 大体、エロい事だったらめぐみんの方が沢山してんじゃん!!! 友達のお兄さん押し倒して乳首舐るとか完全に痴女じゃん!!!」

「舐ってませんから!! ちょっと触っただけですから!!! あとそういう事言うと、ゆんゆんの目から光が消えるんでやめてもらえませんか!?」

「ふふ……大丈夫よめぐみん、私は別に……ふふ…………」

「て、ていうか、皆ちょっと落ち着こ? 特にふにふらとめぐみん、声大きいから……!」

 

 とてつもなく居心地悪そうに、どどんこが言う。

 当たり前だ、年端もいかない少女の会話じゃないし、周りも何事かとこちらを見ている。そりゃそうだよな、映画の話って知っててもこのセリフはアレだよな……。

 

 その時だった。

 

 

 そうやって注目されている少女達に、はぁはぁと息を荒くして興奮した金髪の女性プリーストが、もう我慢できないとばかりに近寄ってきた。

 

 

「お、お嬢ちゃん達、エロいことに興味あるの? それなら是非アクシズ教に! お姉ちゃんが手取り足取り教えてあげるわ……!」

「おいコラ、俺の生徒から離れろ変態!!」

 

 一瞬でこれはダメだろうと判断し、俺は撮影を中断して慌てて間に割って入る。

 この人、たぶんこれが映画の撮影だって分かってない。少し周りを見ればカメラが回っているのは分かるはずだが、それに気付かないくらいにめぐみん達を凝視している。

 というか、めぐみん達を見る目がマジでやばい。完全に獲物を狙うそれだ。見た目だけは普通に美人なのに……。

 

 変態プリーストは、急に出てきた俺に少し驚きつつも、警戒した様子で。

 

「『こいつらは俺の獲物だ手を出すな』……ってことね。分かったわ、じゃあ全員とは言わないから一人だけ私にちょうだい。この小さくて短髪の可愛らしい子を!」

「めぐみんか…………しょうがねえな、それで手を打ってやる」

「えっ!?」

「決まりね! うへへ……めぐみんさんっていうの? 大丈夫、安心して、お姉さんが優しく教えてあげるから……!」

「何を教えるつもりですか!? て、ていうか先生! 平然と生徒を売るとか、どこまで鬼畜なんですか!!!」

「いや、何となくノリで。あと、いつも俺を舐め腐ってるお前の怯える顔って見てて楽しいし」

「最低ですこの男!!!」

 

 そう言いつつも、めぐみんは変態プリーストから隠れるように、俺の後ろに回ってギュッと服の裾を握ってくる。

 気付けば、めぐみん以外の三人も目の前の変態を警戒して、俺の後ろに隠れていた。あるえだけはマイペースにこの光景を眺めて…………いや、こいつ、カメラ回してやがる……!

 

 変態は俺とめぐみん達を交互に見て、ギリッと奥歯を鳴らす。

 

「……既に調教済みってわけね。くっ、私の入り込む余地はないっていうの……!?」

「ちょっと待て誤解を生むような事言ってんじゃねえ! 何が調教だ、俺はこいつらの先生だっつの!!」

「そういう設定で心置きなく調教しているという事ね! なるほど、その手が……!!」

 

 もうコイツは物理的に黙らせた方がいいかもしれない。

 そう考えて拘束スキルでも使おうかと考えていると。

 

 

「退いた退いた! 幼い少女に卑猥なことをしようとしてる者がいると通報を受け…………またお前かセシリー!!」

 

 

 くっ、警察か……!

 

 こっちはただ変態に絡まれただけの被害者なんだが、その前にめぐみん達が卑猥なことを言っていたのは確かだし、監督者として俺に変な目を向けられる可能性はある。

 撮影に関しても許可は取ってあるのだが、内容については王道な魔王討伐物としか言っておらず、12歳の女の子が平然とビッチやら何やら言う映画だと知ったら色々とマズイことになるかもしれない。

 

 すると、セシリーと呼ばれた変態が苦々しい表情を浮かべて、

 

「ちっ……相変わらず来るのが早いわね…………こっちよ!」

「は!? あ、おい!!」

「待てええええええええええええええええ!!!!!」

 

 急に腕を取られ、俺は引っ張られるように路地裏に連れ込まれる。

 めぐみん達も俺の後をついてきていて、結局、全員で警察から逃げる形に。

 

 なんか納得いかねえ……!

 

 

***

 

 

「なるほど、つまりポルノ映画の撮影中だったというわけね。でも、こんなロリっ子達を出演させると警察がうるさいわよ? アクシズ教徒はロリっ子が大好きな人が多いし、結婚可能年齢の引き下げなんかもずっと訴えているけど、中々認められないし」

「ポルノじゃねえよ、全年齢向けだって。つか、結婚可能年齢引き下げって、まさかこいつらの年齢くらいまで下げろとか言ってんじゃねえだろうな。そんなもん通るわけないだろ」

「甘いわね、アクシズ教徒の間では『年齢一桁の嫁が欲しい!』という意見も多いわよ」

「アクシズ教は滅びた方がいいと思う」

 

 そんな俺の言葉はジョークか何かと思われたのか軽く笑って流しながら、目の前の変態プリーストは自分の胸に手を当てて、

 

「自己紹介が遅れちゃったわね。私はアクシズ教の美人プリーストのセシリー、好きなものはところてんスライムと可愛いロリっ子と私を養ってくれそうな年下のイケメンよ。よろしくね」

「それ聞いて、ますますよろしくしたくなくなったぞ」

「大丈夫、大丈夫。あなたはイケメンじゃないし狙わないってば」

「そっちじゃねえよロリっ子のくだりだ! つかイケメンじゃなくて悪かったな!!」

 

 何とか警察を撒いた俺達は、セシリーの案内の下、人気の少ない路地裏を通ってアクシズ教本部の大教会へと向かっている。

 本当はそんな所に行きたくないのだが、あるえが映画の為にどうしてもと言うので仕方なくだ。確かに大教会ってのは映えるかもしれないけどさぁ……。

 

 そのあるえは、俺達から少し距離を置いて後ろを歩いている。見た目ではただぼーっと付いてきてるだけのように見えるが、セシリーの様子を観察しながら度々メモを取っているようだ。ここまで濃いキャラだと創作においても参考になるものがあるのだろうか。

 めぐみん達とセシリーが軽く自己紹介をしている間に、俺はあるえに近付いてヒソヒソと、

 

「……なぁ。やっぱアクシズ教徒を出演させるのってヤバくないか? 存在自体が放送事故みたいなもんだろこれ」

「使えそうにないところは後でカットするんで大丈夫ですよ。それにこの人、いい感じに頭のネジがぶっ飛んでて、特に演技とかしなくても映画的に良いキャラしてると思いますよ」

「強烈なキャラってのは認めるけど……強烈過ぎて映画のジャンルごと変えられそうなんだよな……」

 

 そうやって話し合っていると、ふとセシリーがこちらを振り向いた。

 どうしたのだろうと首を傾げると、何故かセシリーはニヤニヤとし始めて、

 

「……へぇへぇ、あなたの本命はその発育の良さそうな子ってわけね。いいわ、あなたカズマさんって言ったわね? その子はあなたに譲ってあげるから、他の子は私にちょうだいな」

「コイツは本命じゃないし、他もやらねーよ。何度も言ってんだろ俺は教師だって」

「えっ、子供に近付いてエロいことしたい人が教師になるんじゃないの?」

「お前、この世界の教師全員からボコボコにされても文句言えないような事言ってんぞコラ」

 

 まぁ、少なくともこの国で学校という教育制度を採用しているのは紅魔の里くらいなので、教師の数というのもそんなに多くはないのだが、それでもこんな酷すぎる偏見を聞けば里の教師達は一斉に魔法をぶっ放すだろう。あと、アイリスの教育係も務めているレインみたいな常識人もいるわけだし。

 

 しかし、セシリーはまだ納得していない様子で。

 

「んー、じゃあお嬢ちゃん達は、この先生からエロい事とかされたことないの?」

「当然ありますよ。私は先生と一緒の布団に寝かせられたり、押し倒されて胸も見られましたから」

「私も兄さんには着替え覗かれたり胸揉まれたりは日常茶飯事ですね……」

「い、言い過ぎだって! あたし達は一度パンツ取られたくらいだし……ねっ、どどんこ!」

「う、うん、パンツ取られたのはあの時だけだし、いつもはちょっと覗いてくるだけだから、そんなに気にしてないし!」

「……ちょ、ちょっと待て。あのな、これは、その……」

 

 とてつもなく腹立つドヤ顔で、それ見たことかとこちらを見るセシリーに、俺は中々言葉を紡げないでいる。

 いや、俺は別に生徒にエロいことをする為に教師になったわけじゃなく他に目的があるし、そういうセクハラは単に暇つぶしというか娯楽というか…………うん、どっちにしろ酷いな。とんでもない教師じゃねえか俺、よくクビにならないな。

 

 すると、セシリーは何故か表情を穏やかなものに変え、ぽんと俺の肩に手を置くと。

 

「いいのよ、私は最初から分かっていたから。その身にまとう欲望にまみれた雰囲気、どこか私達と似て」

「に、似てない! 似てないから!! 俺はお前らと比べたらずっと常識人だから!!」

「大丈夫よ、アクア様は全てを許してくださるわ。教師という立場を利用してロリっ子にエロい事するのも、私のことを冷たく扱いながらも、ちらちらと胸を見てくるのも……」

「みみみみみみ見てねえし! な、なんだよお前らまで……ち、違うからな!! 変態のくせに良い体してるなとは思ったけど、そんなに何度もは見てねえから!!」

「カズマさん、やっぱり私、あなたにはこれが必要だと思うの」

 

 何やらセシリーがご機嫌な様子で、何かを手渡してくる。

 今度は何だと、手にしたそれに目を向けてみると。

 

 ――アクシズ教団入信書。

 

「だあああああああらあああああああああああああああああ!!!!!」

「あああああああああああああ!!! 何てことを!!!!!」

 

 俺は入信書をビリビリに破いてゴミ箱に投げ捨てると、肩を怒らせてずんずんと先へ進む。

 もうホント嫌だこの街! さっさと帰りたい!!

 

 セシリーはなおも食い下がってきて、

 

「じゃあこうしましょう! もし入信してくれれば、パンツ大好きなカズマさんには、この美人プリーストのパンツをあげるわ!!」

「…………いくら美人でも、変態のパンツなんざいらねえよ!」

「今ちょっと間がありましたね、ゆんゆん」

「うん、迷ったんだろうね、兄さんだし」

 

 後ろの二人がうるさい! 迷ってないし少ししか!

 セシリーはそんな二人の言葉に気を良くしたのか、

 

「カズマさんはあれね、結構素直じゃないというか、ツンデレ成分多めって感じね! 私のことだって、口ではそう言っても内心ではかなり気があるパターンと見たわ! でもごめんなさい、いくら何でも入信する代わりに結婚してほしいとか、私の熟れた体をメチャクチャにしたいとかそういうのは……」

「俺、お前がホントに嫌い」

「ふふ、分かっているわ。ツンデレさんの言う『嫌い』は好きの裏返しで」

「俺、お前がホントに嫌い」

「…………あ、あの、流石にお姉さんもゼスタ様みたいに何でもイケる性癖を持ってるわけじゃないから、そんな目で見られると結構傷付くのだけど……」

 

 俺の心からの想いが通じてくれたらしい。良かった良かった。

 

 

***

 

 

 セシリーと頭の痛くなるやり取りをしている内に、アクシズ教団本部の大教会が見えてきた。

 

 本部というだけあってその大きさの他に、アクシズ教のシンボルカラーである青色に明暗をつけて絶妙なタッチで塗り分けてあったり、思わず目を奪われる美しい幾何学模様に水を流して一つの芸術作品のように仕立てあげていたりと、観光名所として十分過ぎる程に優れている。そういえば、アクシズ教徒は芸術に関する腕が上がるとか聞いたことがあるな……。

 

 これで肝心の信者の方ももっとまともなら、アクシズ教もエリス教と同じくらい大きくなれたんじゃないかなぁと思いながら教会に入ると。

 

「あ、カズマさん! 奇遇ですね!」

 

 教会内には、俺達と別れて観光していたウィズと生徒数名がいた。

 まぁ、これだけ立派な教会なのだから、観光目的で見に来ていても不思議ではないか。

 

 セシリーは両手を頬に当てて恍惚とした表情で、

 

「何ということでしょう、ロリっ子が増えたわ! ここは天国なの!? ふふふ、これはきっと、日頃の行いが良い私へのご褒美というやつね……感謝しますアクア様!」

 

 そんなセシリーに、他の男性信者達が、

 

「おい、全員独り占めするつもりかよ! この子達は俺達の方が先に知り合ったんだぞ!」

「そうだそうだ! 大体何が“日頃の行いが良い”だ! この前のエリス教会への嫌がらせの落書きだって、描き終える前にエリス教徒に追い回されたくせに!」

「くっ……それを言ったら、あなた達だってエリス教の女プリーストに踏まれて満足してただけじゃない! 本当だったら、その足を舐めるところまでやる予定だったのに! そもそも、あなた達は条例で子供に近付くことを禁止されていたでしょう!」

「ふっ、甘いなセシリー。あの条例には子供と書いているだけで具体的な年齢は書いていなかった! 聞くところによると、この子達は12歳だそうだ。そう、ちょうど子供から大人への変化を始める時期! つまり、完全な子供とは言えないわけで、例え俺達が近付いたとしても完全にクロとは言えない! グレーゾーンってやつなんだ!!」

「なっ……なんてことなの……! 条例にそんな抜け道が……確かに、12歳というのは完全に子供とは言い切れない、背徳感が唆られる魅惑的な時期……!」

 

 もうこいつらまとめて通報してやろうか。

 そんな事を考えていると。

 

 

「おや、これはまた可愛らしい方々がいらっしゃいましたね。この教会もいつもよりずっと華やいで見えますな」

 

 

 奥から白髪交じりのおじさんが、それはもう幸せそうな笑顔を浮かべてこちらへやって来た。

 隣には秘書らしき女性を連れている事から、それなりに偉い人なのかなと予想する。

 

 おじさんは両手を広げて歓迎の意を示して、

 

「当教団へようこそ。私はアクシズ教最高責任者のゼスタと申します。もしやとは思いますが、その左眼……噂のオッドアイの紅魔族、カズマさんでは?」

「えっ、そうですけど……俺のこと知ってるんですか?」

 

 このおじさんことゼスタが予想以上に大物であったことにも驚いたが、それ以上に俺のことを知っているということに驚きだ。

 紅魔の里に一番近い街ということで、里とこの街の間に交友関係があるのは確かだけど、俺はアクシズ教徒とはなるべく関わらないように生きてきたんだけどな……。

 

 するとゼスタは感慨深げに一度頷くと。

 

「えぇ、えぇ。よく聞いておりますとも。超高レベル冒険者にして、大商人、そして様々なスキルや財力を使ってセクハラ三昧……国随一の変態鬼畜男、カズマさんでしょう! 我々アクシズ教徒とよく似た性質を持っていると聞いて、常々お会いして教団に引き入れたいと思っていたのですよ!」

「おい待てコラ! 俺がアクシズ教徒に似てる!? 誰だそんなふざけた事言った奴は!!」

「占い師のそけっとさんです。この街には度々占いを届けてもらっているのですよ」

「なっ……そ、そけっとかよ……」

 

 た、確かにそけっとには色々とやらかしてるし、多少は言われてもしょうがないかもしれないけど、いくら何でもアクシズ教徒と同類にされるのは……!

 とにかく、ここはハッキリ言っておかなければいけない。

 

 俺は荒ぶった気持ちを落ち着ける為に一度深呼吸する。

 

「あの、俺、実際はそこまで酷くありませんから。噂が一人歩きしてる部分もかなりありますし。だから、別にアクシズ教徒に似てるっていうこともなくて……」

「いえいえ、そんなご謙遜を。魔法でこっそり女性の体を測定し、その情報からほぼ現実と変わらない程に高精度なセクシー写真を生み出す製法など、並大抵の人間からは出てこない発想で本当に感服いたしました!」

「いっ!? ちょ、待っ……」

「他にも目当ての女性が歩く先で、姿を消す魔法を使った状態で寝転ぶことで、踏んでもらえる上にスカートであれば下着まで見られるという美味しい作戦を実行したとか。実はその手法、勝手ながら我がアクシズ教団でも取り入れさせてもらっていまして、エリス教の美人プリーストへのセクハ……聖戦においてとても役に立っているのですよ。我々は姿を消す魔法は使えませんが、それでもあのプリーストが涙目になりながら踏んづけてくる様といったら、それはもうたまらないものです」

「そ、それはぶっころりーのバカが『そけっとにゴミのように踏んでもらいたい』とか言い出したから、ちょっと助言してやっただけで、俺は別に何もやってねえから! あと勝手に俺を共犯みたいにしてんじゃねえ!!」

「まぁまぁ、カズマさんは今更このくらいの事を気にするような人ではないでしょう? なにせ、擬似おっぱいなる物を作る時に、こっそり妹さんの」

「あああああああああああ!!! 分かった、もう分かったから!! 頼むから少し黙ってくれ!!」

「ねぇちょっと待って兄さん、その人、最後にとんでもない事言おうとしたような気がするんだけど」

 

 ゆんゆんのジト目から必死に逃れようとする俺。

 でもしょうがないんだ……擬似おっぱいってのは酒入った時の悪ノリで作ろうとか思ったものだけど、参考にできる良い見本が身近にあったってだけなんだ……!

 ていうか、そんな事までそけっとに言った記憶は…………あー、でも時々酒の席で調子乗って色んなことぶちまけちまってるな……。

 

 俺は生徒達やウィズからのゴミを見るような目から逃れるように軽く咳払いをすると。

 

「あー、それにしても、最高責任者の人がこんなにのんびりしていていいんですか? それだけ偉い人になると、色々と仕事もあるんじゃ……秘書っぽい人も連れてるみたいですし」

「いえ、正直そんなに忙しくしているわけじゃないんですよ。まぁ、今日はもう暇つぶ……仕事でエリス教会の前で暗黒神エリスのパッド疑惑について十分に説いて、美人プリーストの顔を真っ赤にして激怒させてきましたから。それに、そこのお嬢さん方には危ない所を助けていただきましたし、何かお礼をしたいと思っていたのですよ」

「ホントろくでもない事してんなあんたら…………ん、危ない所を助けた? ウィズ達が?」

 

 俺とあるえは、映画のメインキャストであるめぐみん達に付いて行って撮影していたので、別行動をしていたウィズと数人の生徒達がどこで何をやっていたのかは当然知らない。

 俺はゼスタの言葉を確認するようにウィズ達の方を見るが、何故か気まずそうに目を逸らされてしまう。

 

 首を傾げている俺に、ゼスタはにこやかに、

 

「えぇ、これ程までにナイスバディな美女や可愛らしいロリっ子の集団を見かけて居ても立ってもいられなくなりまして、ちょっと唾液でもいただこうかとお願いしたのですが、警察に見つかってしまい連行されそうになりまして」

「…………」

「そんな時、そこの優しいお嬢様方が『そこまで気にしていないから』と、この私に救いの手を差し伸べてくださったのです!」

 

 話を聞いてドン引きした俺は、ゼスタではなくセシリーの方を向いて、

 

「なぁ、本当にこの人が最高責任者なのか? 俺が言うのも何だけど、ただの変態にしか見えないんだけど」

「うーん、まぁ、この人が多少アレなのは私達がよく分かってるけど、信仰心はアクシズ教徒の誰もが認めてるわよ。あと、こう見えて中々の実力者だったりするのよ。高レベルのアークプリーストだし」

「えっ、アークプリースト? マジで?」

 

 アークプリーストと言えば相当なレア職であり、三年冒険者やってきた俺も数えるくらいしか会ったことがない。

 元々プリーストは冒険者パーティーでも人気の職業で、パーティーの生存率に直結する重要な役割を担っている。その上級職ともなれば、どこも喉から手が出る程欲しがるもので、一度王都で流れのアークプリーストがパーティー募集の貼り紙をギルドの掲示板に貼ったのを見たことがあるが、それはもう凄い取り合いになったものだ。

 

 そう感心していたのだが、何故かゼスタは憂鬱そうに溜息をついて、

 

「ただ、この力を役立てる場面があまりないのですよ。悪魔やアンデッドがこの街に寄り付くこともないですし、たまに教会を訪れる怪我人なども私の治療を嫌がるのです」

「治療を嫌がる? アークプリーストのヒールなんて誰でも喜びそうなもんだけど」

「えぇ、不思議なものです。何でも、私に任せると治療中に必要以上に体をベタベタといやらしく触られるから嫌だとか言われたのですが、冒険者達の健康的な体が無防備に私の目の前に晒されているのに、手を出さないというのもおかしな話でしょう?」

「…………まぁ、一理あるけど」

「一理あるの!? やっぱり兄さん、アクシズ教徒と相性良いんじゃない……?」

「だから俺をこんなのと一緒にすんのはやめろ。俺だったら『あれ、触りすぎじゃない? でも、こんなものなのかな……』みたいに絶妙なラインで楽しむ。常に欲望全開でやりたい放題なアクシズ教徒とは天と地の差があるんだよ」

「すいません、そこまで差があるようには思えないのですが……というか、先生は学校でセクハラやら何やら相当やりたい放題ではないですか。駆け引きとかしてないでしょう」

「いやお前らへのセクハラは半分以上反応を楽しんでるだけだしなぁ。別にドキドキもしないし。俺が駆け引きをするのは、子供相手の遊びのセクハラじゃなくて、恋愛対象内の女の子相手の本気のセクハラだけいてえ!! いてえって!!!」

 

 俺の言葉を聞いた生徒達が、一斉に俺の脛を蹴り始めた。

 な、何でこんなに怒られんだよ! どっちかというと、こいつらを恋愛対象に見てて本気のセクハラしてる方がヤバイだろ!

 

 そんな事を思っていると、ゆんゆんが恐る恐るといった感じでウィズに、

 

「あの、ウィズさんは兄さんとは商人仲間で、関わることも多いんですよね? 兄さんに何かされたりは……」

「えっ……あー、その……」

「何もないって! そうだよなウィズ!?」

「兄さんは黙って」

 

 こちらに少し気まずそうな目を送るウィズに対して慌てて口を挟むが、ゆんゆんがピシャリと遮ってしまう。

 するとウィズ言い難そうにしながらも、ぽつりぽつりと。

 

「えっと……おそらく気のせいだとは思うのですが、何だかボディタッチが多いなと思うことが何度か……。カズマさんとは一緒にダンジョンに潜ったりもするのですが、暗いから手を繋ごうと提案してくださる事があって……でも、カズマさんは私が暗視能力を持っている事を知っているはずで……」

「……へー。ふーん。兄さんも千里眼スキル持ってるし、暗闇でもちゃんと見えるはずだよね?」

「い、いや、俺の千里眼の暗視はウィズと比べると心もとなくてな! だから念の為に……あの、信じてない?」

「ウィズさん、他に何か思い付くことは?」

「その…………じ、実は一度、私の……あの、し、下着がどうしても欲しいと土下座されたことがありまして……何でも、やんごとなき事情があるとか何とかで……」

「…………」

「ちがっ、き、聞けってゆんゆん! それはマジでちゃんとした理由があってだな、魔王軍幹部のベルディアを罠にはめる為にウィズのパンツが必要で…………ほ、本当だって!!」

 

 いよいよゆんゆんが掴みかかってきそうな空気を出し始め、他の生徒達はドン引きの表情を浮かべている。

 しかし、ウィズの下着はベルディアと戦う為に必要だったというのは本当で、別にやましい気持ちは……少ししかなかった。

 正直に話さなかったのは、一応ウィズも魔王軍幹部でベルディアとも知り合いだったので、協力してくれないかと思ったからだ。

 

 ウィズは少し驚いた顔で、

 

「ベルディアさん……ですか?」

「あ、あぁ。ほら、ベルディアの奴が相当なムッツリで、そういうのに弱いってのはウィズも知ってるだろ?」

「……た、確かにそうでしたが…………まさかそんな事に使われていたなんて……い、いえ、カズマさんには普段からとてもお世話になっているので、お役に立てたのであれば良いのですが……」

「そ、そっか、そう言ってくれると助かるよ! よし、ゆんゆん、これで分かってくれただろ!? 俺は別にウィズにセクハラしてるわけじゃないんだ!」

「…………何だか凄く納得いかないんだけど」

「何かと口実を作りながらいかがわしい事をする辺り、先生の微妙なヘタレっぷりが見え隠れしていますね」

 

 めぐみんの呆れた声に、俺は若干カチンときて手をワキワキとさせる。

 

「堂々とセクハラすれば鬼畜だ変態だって言うくせに……今度からお前へのセクハラはもっと凄いことしてやろうか」

「ふ、ふん、やれるものならやってみるがいいです。例え相手が私でも、一線を越えることはできないくせに。あの夜のこと、忘れたとは言わせませんよ。いつもはパンツを覗いたり盗ったりとやりたい放題なくせに、いざ本当に私とそういう事ができる空気になったらあれだけ動揺して」

「お前それ外で言うのマジでやめろって!!! 本当に逮捕されかねないから俺!! ちょっ、ウィズ、違うんだって、これには深いわけが…………ん?」

 

 ウィズが顔を引きつらせて「ついにそこまで……」とか呟きながら、俺から距離を置いていたので必死に弁解しようとしていたのだが、ぽんっと後ろから優しく肩に手を置かれた。

 振り返ってみると、そこには妙に穏やかな笑みを浮かべたゼスタと、悔しそうな表情を浮かべたセシリーがいて、

 

「大丈夫です、カズマさん。私はあなたの理解者ですよ。そう、愛というものに年齢など関係ないのです……つまり、小さい子を愛でる事を悪とする風潮がおかしい! ロリコンの何が悪いのでしょうか!!」

「くっ、嫌な予感はしていたけど、まさかめぐみんさんが攻略済みとは……! …………いいわ、今は私の負けを認めてあげる。めぐみんさんもしばらくはあなたに預けるわ。その代わり、ロリっ子とそこまで進展させられるテクニックを教えてちょうだい!! 一体どんな手を使ったの!?」

「や、やめろぉ!! 同士っぽく絡んでくるんじゃねえ!!! 俺はお前らとは違うって言ってんだろうが、これ以上俺の悪評を増やすな!!!」

「兄さん、最近では鬼畜とか変態とか言われても開き直ってたのに、アクシズ教徒と一緒にされるのは本気で嫌がってるわね……」

 

 当たり前だ、この世界において「お前アクシズ教徒みたいだな」とか言われてキレない奴なんてまずいない。酷すぎる暴言だ。

 するとここで、居酒屋の娘ねりまきが苦笑いを浮かべて、

 

「先生のセクハラといえば、ウチに飲みに来る時なんかは絶好調ですよね。お酒の席のことなんで多少は仕方ないかもしれないですけど、もう少し自重してもらえると助かります……」

「ねぇ兄さんはどれだけやらかせば気が済むの? 私はどうすればいいの?」

「ま、まて、ねりまきも言ってるけど、人間酒が入るとちょっとやり過ぎちまう事もあってだな……それに、あの店では他の客のセクハラを止めることもあるんだぞ俺! なっ、ねりまき!」

「え、えぇ、でもその後助けた女性の近くに居座って、その人にとってセクハラだと思われない程度のボディタッチを探っていくというのはどうかと……」

「…………」

「ごめんなさい」

 

 ゆんゆんの冷たいの瞳の前に深々と頭を下げる俺。

 しかし、ねりまきの暴露は止まらない。

 

「あと、酔っ払ったそけっとさんを煽って服を脱がそうとするのもちょっと……あの人酒癖悪くてすぐ大胆になるんですから……」

「…………」

「本当にごめんなさい」

 

 ゆんゆんの瞳がいよいよ絶対零度に達しようとしていたので、俺は素早く土下座に移行する。

 いや、最初はぶっころりーとかと一緒にノリで「脱げ脱げー」って騒いでただけなんだけど、そけっとが本当に脱ぎ始めたから、それ以降味をしめちゃっただけなんだ……ぶっころりーの奴は鼻血吹き出して倒れるし。どんだけ純情なんだアイツ。

 

 そんな俺を見て、ゼスタが何故か目を輝かせる。

 

「これ程までに可愛らしい妹さんにゴミを見るような目を向けられながら土下座とは何と羨ましいご褒美でしょうか……ま、まさか、それを見越してわざと怒らせているのですか……!?」

「あんた本当に何でもアリだな頼むからちょっと黙ってくれ」

 

 ダメだ、頭がおかしいと有名なアクシズ教徒の中でも、このおっさんは相当やばい。話していると、こっちまでおかしくなりそうだ。

 なんかあるえが撮りたくてうずうずしているのが見えるが、これは一般公開しちゃいけない類のものだろう。こんなキャラ、全てがアウト過ぎて使い物にならないと思うんだけど。

 

 しかし、あるえはおもむろに一歩踏み出して、

 

「あの、実は私達、映画撮影をしていまして。もしよろしければ、アクシズ教徒の代表としてゼスタさんを中心に、いくつか撮らせてもらってもいいですか?」

「おや、映画の話は聞いていましたが、あなた方がそうだったのですか! えぇ、もちろん喜んでお受けしますよ! 助けていただいたお礼もしたいですし、何よりこんなロリっ子達と一緒に映画に出てアクシズ教を宣伝できるなんて願ったり叶ったりです!!」

「あ、ずるいですよゼスタ様! それなら私も! 私も映画に出て、合法的にロリっ子達とイチャイチャしたいです!! それにゼスタ様は子供の多い場所など、この街で立ち入りを禁止されている所もいくつかありますし、一人よりも二人の方がいいですよ。まぁ、私もゼスタ様程ではありませんが、立ち入り禁止の場所はありますが……」

「立ち入り禁止って一体何やらかして……いや、いい、聞きたくない。それより、あるえ。本気でこの人達を使うつもりか?」

「はい、こんな濃い人達、使わない手はないですよ」

 

 真顔で言い切るあるえ。

 この二人を使って何も起きなかったら、それこそ神の奇跡とも言えるくらいに嫌な予感がするんですけど……もしもの時に責任取るのは俺なんですけど……。

 

 そんな俺の不安をよそに、ゼスタとセシリーは興奮しながら、

 

「では、早速カップリングを決めましょうか。セシリーさんはめぐみんさんがお気に入りなんですよね?」

「えぇ、でも他の子も皆可愛くてとても選べないですね…………あ、じゃあ、私がロリっ子全員貰って愛でつつアクシズ教に勧誘しますので、ゼスタ様は」

「いや、カップリングとかいいから! つーかオッサンとロリっ子のカプとか犯罪臭しかしねえから却下だ却下! お姉さんとロリっ子の百合カプはアリっちゃアリだけど、セシリーさんも中身が完全に変態だからやっぱりダメだ。そもそも、この映画はめぐみんとゆんゆんのカプが唯一にして至高なんだよ。現実準拠だしな」

「「現実準拠じゃない!!!!!」」

 

 めぐみんとゆんゆんが顔を赤くして同時に否定するが、やっぱり息ぴったりだなとしか思えない。現実でも映画のように友達以上の関係になるのは時間の問題のはずだ。きっと。

 

 しかし、ここであるえが唐突に爆弾を投下した。

 

 

「私の脚本では、ゼスタさんもセシリーさんも、めぐみん達とは存分にイチャつける展開になりますから期待していいですよ」

 

 

 ゼスタとセシリーが目を輝かせ、俺とめぐみん達は凍りついた。

 

 

***

 

 

 ――――どうしてこうなった。

 

「そうですかそうですか! その年で、アクシズ教の素晴らしさに行き着くとは、流石は紅魔族ですね!」

「は、はい、我慢などせずに自由気ままに自分を押し出して生きるその姿、とても羨ましいです。ぜひとも入信させてもらいたいのですが、親を始めとして周りから猛反対されまして。そこで、アクシズ教の悪い噂は全てエリス教の陰謀だと暴いて、皆の誤解を解こうと思ったのです」

 

 先程までいたアクシズ教本部からエリス教会への道中。

 

 満足そうな笑みを浮かべているゼスタの隣で、若干引きつった顔でいつも以上にトチ狂ったような言葉を吐いているめぐみん。

 そんなめぐみんの頭を、セシリーが後ろから自愛に満ちた……いや、欲望に満ちた顔で撫でているという酷い光景が目の前にある。

 

「なんて健気で可愛い子なの! ねぇめぐみんさん、私のこと“セシリーお姉ちゃん”って呼んでみてくれないかしら! 出来れば舌っ足らずな感じで!!」

「……セ、セシリーお姉ちゃん……?」

「ぶほぉ!! な、なんなのこれ……もはや凶器……!!!」

 

 普段のめぐみんなら決して出さない甘えた声に悶絶するセシリー。

 そして、更にふにふらとどどんこが、ゼスタの服をきゅっと摘んで、

 

「ゼ、ゼスタさんってアクシズ教の最高責任者なんですよね!? な、なんていうか、その、すっごくカッコイイです! ね、どどんこ!?」

「う、うん、その…………お、おヒゲとか! おヒゲとかカッコイイです多分! オトナの渋さというか、そういうのがアレしてコレして…………あ、あれ、ゼスタさん? どうしたんですか?」

「……あ、すみません。美少女の良い香りを体中に巡らそうと、深呼吸に全神経を注いでいました」

 

 ゼスタの変態そのもののセリフに、二人は一瞬めぐみんと同じように引きつった顔を見せるが、すぐにニコニコとした表情に戻す。その役者根性には頭が下がる。

 

 ……というか、そろそろ俺の方が限界だ。

 これ以上生徒達が変態共に好き放題されている所を見ていると、我を忘れて暴れだしてしまいそうだ。俺が生徒にセクハラするのはいいけど、他の誰かがするのは我慢ならん。

 

 そんな想いが表情に出ていたのか、隣でウィズが魔法で音を調整しながらヒソヒソと声をかけてくる。

 

「あの、ここは何とか我慢した方が……とりあえず、まだ度が過ぎたセクハラなどはないみたいですし……」

 

 ウィズの言葉に、俺は苦々しく思いながらも、小さく頷く。

 確かに、このくらいで騒いでいたら、ちょっと過保護だとか言われるかもしれない。普段の生徒達への雑な扱いも相まって、後でニヤニヤとからかわれる可能性もある。

 

 そう結論づけて自分を納得させていると、前方ではゆんゆんが顔を赤くしながらゼスタに近付いて、

 

「その、わ、私、実はあまり男の人と……というか、人と話すのがあまり得意じゃなくて……で、でも、ゼ、ゼスタさんなら凄く落ち着くというか、自然に話せるんです! だから、えっと」

「なるほど、つまり、私のことを“お父さん”と呼んで、色々と親密なスキンシップを取りたい、と! そういう事でしたら、私で良ければ喜んでお引き受けしますよ!!」

「ええっ!? あ、は、はい、そうです、その通りです! えっと……ありがとうございます、お、お父さん……!!」

「はぁ、はぁ……い、いいですね、想像以上にいいです…………いや、だが果たしてここで満足していいのだろうか? もしかしたら、もっとグッとくるものがあるかも…………あの、ゆんゆんさん。次は“お兄ちゃん”と呼びながら、抱きついてきてはもらえませんか? そうすればきっと、ゆんゆんさんも人に慣れることが出来ると思いますので……」

「っ……うぅ……は、はい……! お、お兄ち」

 

 

 ぷつんと、俺の中で何かが切れた。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! 『カースド・ライトニング』ッッ!!!!! 『カースド・クリスタルプリズン』ッッ!!!!! 『インフェルノ』おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」

 

 

 数分後。

 

 俺はゆんゆんを抱きしめた状態で、黒焦げになってぷすぷすと燻っているゼスタと、そんなゼスタに回復魔法をかけているセシリーに対して距離を取って、ふーふーと荒い息を吐きながら威嚇していた。間にはウィズがオロオロとしながら立っており、ゼスタへの俺の更なる追撃を警戒している。

 

 惨憺たるこの状況に、あるえは溜息をつく。

 

「先生、これはあくまで映画のワンシーンなんですから、そこまで必死にならなくても」

 

 そう、これはただの映画の撮影だ。それは分かってる。

 でも、だからといって何でもかんでも許せる程俺は映画に全てをかけているわけではない。

 

「ふざけんな! 俺の大切な妹をあんな変態オヤジが抱きしめるとか許せるわけねえだろうが!! なんだこれ、寝取られってやつか!? 俺にそんな性癖はねえんだよ!!!」

「はぁ、別にハグくらい、いいじゃないですか…………ん、でも、先生がそうやって本気のシスコンっぷりを見せつける所も画としては結構いいかも……脚本を少し弄れば…………」

「よし、分かった。めぐみんっていう分かりやすい問題児に隠れてたけど、お前も大概な性格してやがんな。里に帰ったらきっちり教育してやるから覚えとけよ」

「あのカズマさん、その教育とはどういったものなんですか? 後学のために教えていただきたいのですが……」

 

 はぁはぁと興奮気味に尋ねてくるゼスタは無視だ。というか、このオッサンまだ話せるのかすげえな。

 俺は未だ納得できていない様子のあるえに、

 

「とにかく、そのオッサンと過度なスキンシップは却下だ! どうしてもってんなら、相手はセシリーさんにしてくれ。それなら百歩譲って許してやってもいい」

「えっ、つまり私なら過度なスキンシップもオッケーってこと!? まぁそうよね、同性だものね!! ふふ、ふふふふふ……まさかロリっ子の体を好きに出来るなんて……!! アクア様、感謝します!!!」

「おい、ハグより過激なことやったら、商人のコネを使ってところてんスライムの流通止めるからな」

「ひどい!!!」

 

 セシリーは涙目になるが、泣きたいのはこっちの方だ。

 ララティーナといい、どうして最近知り合えた美人なお姉さんはこんなにもアレなんだろうか。俺が何したっていうんだ…………いや、色々してるな。

 

 すると、何故かめぐみんがジト目でこっちを見ていることに気付く。

 

「ん、なんだよめぐみん。せっかく俺がお前達を変態オヤジのセクハラから助けてやろうとしてんのに、何でそんなに不満そうなんだよ。…………まさかお前、俺のことが好きだと見せかけて、実は男なら誰でも良かったとかいうビッチってオチなんじゃ……」

「いきなり何言ってんですか、そんなわけないでしょう!!! そうではなく、いつまでそうやってゆんゆんを抱きしめているつもりなのかと思いまして!!」

「え、あー、この機会に可愛い妹の感触を存分に楽しもうと思ってるだけだ気にすんな。普段は照れてこういう事させてくれないからなゆんゆんは」

「も、もう、何恥ずかしいこと言ってるのよ兄さん……」

 

 そんな兄妹のスキンシップを見て、めぐみんだけではなく、ふにふらとどどんこもわなわなと震えながら、

 

「な、なんかゆんゆんも満更でもない顔してるし! ていうか、先生はともかく、ゆんゆんの方は雰囲気的に家族の軽いハグって感じじゃないんだけど!! これ、あたしの目がおかしいだけ!?」

「う、ううん、私もそう見えるよ……ふにふらのブラコンっぷりにも結構引くこと多いけど、こっちはそれ以上だね……」

「えっ、ひ、引かれてたのあたし!? ゆんゆんはアレだけど、あたしは別に普通でしょ! 弟がいたら誰でも可愛いと思うのは当然だから!!」

「あ、あの……それなら私も別に普通だと思う! 妹なら、不安な時とか悲しい時とか、ちょっと兄さんに甘え……頼りたくなるっていうのは特におかしい事でも」

「いや、ゆんゆんはお兄さんに甘えるっていうか…………ねぇ?」

「うん…………発情してるよね」

「しししししししてない!!!」

 

 ゆんゆんが俺の腕の中で顔を真っ赤にさせて反論しているが、あまり説得力はない。

 ……発情かぁ。妹からの気持ちは全て受け止めてあげたいところではあるんだけど、流石に一線を越えるとかそういうのはなぁ……。

 

 めぐみんは、未だに不満そうな表情で、

 

「とにかく、そろそろ離れてください。色々と不健全ですよ。あと、ゆんゆん。どさくさに紛れてクンカクンカと一心不乱に先生の匂いを楽しんでいること、バレていないと思ったら大間違いですからね」

「っ!? ク、クンカクンカって、そんなに嗅いでないから!! スンスンくらいだから!!!」

「気にすんなゆんゆん。俺だってゆんゆんの事クンカクンカするし、兄妹なら普通だ」

「普通じゃないです、絶対普通じゃないです!!!!! 兄妹で抱き合ってクンカクンカとか明らかにおかしいですって!!! 他にそんなことやってる兄妹がいると思いますか!?」

「めぐみん、お前親からこんな事言われたことないか? 『よそはよそ、うちはうち』」

「ここでそれを言いますか!?」

 

 そうめぐみんと言い合っていると、ゼスタの治療をあらかた終えたらしいセシリーが、俺達兄妹の目の前までやって来て、珍しく慈悲深いプリーストのようなほほ笑みを浮かべる。

 

「大丈夫、アクア様はあなた達のような兄妹の愛も認めてくださるわ。アクシズ教徒からすれば、シスコンブラコンなんて些細なことよ。決して引いたりはしないし、むしろこう言われることでしょう…………『義妹は甘え』、と」

「ほら見ろお前ら、アクシズ教徒と比べたら俺なんて、まだまだまともな部類に入るだろ」

「いえ、アクシズ教徒と比べないといけない時点で相当アレなことを証明していると思うのですが……」

 

 めぐみんが何か言っているが、聞きたくない。自分より下に誰かがいる、それこそが重要で心強いものなんだ。

 

 それからの撮影もとことん難航した。主に撮影という名目のもとにやりたい放題なゼスタとセシリーのせいで。

 あるえがこの二人を使うと言った時点で苦労することは当然予想できた事ではあるのだが、ここまでだとは思わなかった。クラス一の問題児のめぐみんがまだ可愛く見えるぞ……。

 

 そんなこんなで、疲れきっている俺をよそに、ゼスタとセシリーは幸せそうなホクホク顔だ。

 

「ふぅ……ロリっ子達とこんなに楽しくお喋りできるなど久しぶりですよ。まさかこんな美味しい事に恵まれるとは。これもアクア様が日頃の私達の行いを見ていてくださっているという事でしょう」

「えぇ、きっとそうですよゼスタ様! 毎日勧誘を始めとして、エリス教への嫌がらせや魔王軍に関する悪評の流布など頑張ってきましたからね!」

「魔王軍に関する悪評、ですか……そ、そうですよね、人類の敵ですものね……」

 

 ウィズが気まずそうに目を泳がせているが、エリス教への嫌がらせはともかく、魔王軍の悪評を広めるのは、例えアクシズ教徒の行いだとしても特に咎められるような事でもないだろう。

 ゼスタは誇らしげに胸を張りながら、

 

「アクシズ教の教えには『魔王しばくべし』というものもありますから、魔王軍への嫌がらせは欠かせないのです。もっと直接的なことをしてもいいのですが、魔王軍はこの街を一度襲撃してからは、もう二度と来なくなってしまって……悪魔やアンデッドも寄り付かなくなりましたし、獲物がいなくて困ったものですよ」

「ひっ……!!」

 

 ゼスタの言葉に、魔王軍幹部にしてアンデッドのリッチーであるウィズがビクッと震える。

 何というか、端から見ている分には宿敵がこんなに近くにいるのに気付かないという少し面白い状況ではあるのだが、ウィズ本人からしてみれば気が気じゃないだろう。まぁ、アクシズ教の本拠地でアクシズ教徒を敵に回すとどうなるか…………想像したくもないな。

 

 ウィズは不安そうな表情で、恐る恐るといった感じで尋ねる。

 

「あ、あの、参考までにお聞きしたいのですが、その魔王軍の悪評というのはどんなものがあるのですか……?」

「それはもう色々なものが。魔王は、女と見れば例え子供でも攫った挙句に私達が想像も出来ない程のアブノーマルプレイで陵辱の限りを尽くす大陸一の変態で、もはや女だけでは飽きたらず男にも手を出しているのです。その変態っぷりは、ベルゼルグ一の変態鬼畜男、紅魔族のカズマさんをも超えるとも言われています」

「えっ……ええええええっ!? い、いえ、全然そんな事ありませんって!! 魔王さんは部下にも優しくて慕われていますし、むしろ他の人達の行き過ぎた行動をたしなめる事が多くて……そもそも、何を根拠にそんな噂を……」

「根拠と言われましても……魔王とはこんなものだろう、と」

「違いますって! いくら何でも酷すぎますよ、そんな……カズマさんを超える変態だなんて……!!」

「ちょ、ちょっとウィズ、落ち着け怪しまれるぞ…………ん、あれ? なぁ、俺、魔王より酷いとか言われてないか?」

 

 ウィズの反応にゼスタやセシリーが首を傾げていたので、俺がヒソヒソと忠告しようとしたのだが、俺としても聞き流せない事が含まれていた気がする。……あの、ウィズさん、目を逸らさないでほしいです。

 というか、魔王の悪い噂なのに何で俺まで巻き添えくらってんだよ!

 

 すると、セシリーが何か納得したような様子で、

 

「あぁ、もしかして、魔王本人の噂だけじゃ足りない、まだまだ甘いと言いたいのかしら? ふふ、大丈夫よ、私達アクシズ教徒は魔王だけじゃなく他の魔王軍の悪い噂だってちゃんと流してるんだから!」

「っ!? ……た、例えばどんなものが?」

「それも色々とあるんだけど……とりあえず幹部でいうと、デュラハンは騎士のくせに女に目がないムッツリスケベで、キメラは女の姿をしているけど実は男のホモで、女リッチーは男に全く縁がない行き遅れ年増……とかって感じよ!」

「今最後何て言いましたか!? 本気で怒りますよ!!!」

「待っ、ストップストップ! 気持ちは凄く分かるけど頼むから落ち着いてくれ!!!」

 

 ここまで怒ったウィズは初めて見たかもしれない。

 い、行き遅れとか年増とか実は気にしてたのかな……そういえば、ウィズの実年齢ってどのくらいなんだろう……。

 あと幹部に関する噂については、アクシズ教徒が好き勝手に流している噂の割には大体合ってるってのが何とも言えない。

 

 少しすると、エリス教会に着いた。

 これから撮るシーンは、普段から不当にアクシズ教徒を貶めている邪悪なエリス教徒を懲らしめるというものなのだが、やっぱり気が進まない。だってどう考えてもアクシズ教の悪評は不当でも何でもないだろ……。

 

「さぁ、セシリーさん! これはアクシズ教を宣伝するまたとない大チャンスです、いつも以上に張り切ってやりますよ!!」

「えぇ、ゼスタ様! 優しくて美人だとか言われて持て囃されているエリス教のプリーストを涙目にしてあげましょう!! この街一番の美人プリーストが本当は誰なのかを思い知らせてやるわ!!!」

 

 鼻息荒くやる気満々の二人を見ながら、俺は小声であるえに、

 

「なぁ、本当にあの脚本でやるのか? 流石にエリス教徒の人が気の毒過ぎるんだけど……」

「その事なんですが、少しいいですか? 先生だけじゃなくて他の人達も」

 

 何やらあるえはちょいちょいと手招きをしながら身をかがめ、内緒話をする体勢になっている。どうやら、ゼスタやセシリーには聞かれたくない話らしい。

 俺達は首を傾げながらも、皆で固まって聞く体勢をとる。ゼスタ達はまだ勝手に盛り上がっている様子で、こちらには気付いていないようだ。

 

 そしてあるえは、めぐみん達役者を始めとして、俺やウィズが集まったのを確認すると、小さな声でひそひそと話し始めた。

 

 その内容を聞き終えると、まず渋い表情をしたのはゆんゆんとウィズだ。

 

「えっと、そ、それはいくら何でも可哀想じゃない……? 確かに元のエリス教徒を懲らしめるっていうのよりはマシだとは思うけど……」

「あ、あの、私もそれは流石にどうかと……あと、それ実行するのって私ですよね……? 気が引けるというか出来ればやりたくないのですが……」

 

 基本的に温厚な二人はあまり良い反応をしていないが、俺は何度か頷きながら、あるえの提案に肯定する立場を示す。

 

「いや、別にいいだろ、あるえの言った通りにいこう。大丈夫だって、相手はアクシズ教徒だし」

「兄さん、アクシズ教徒相手なら何やってもいいとか思ってない?」

「思ってる。というか、あいつらだって『犯罪じゃなければ何やってもいい』とか言ってるし、許してくれるだろ多分」

「犯罪……じゃないのかなぁ、それ……」

 

 ゆんゆんはまだ納得しきれていない様子だが、めぐみん、ふにふら、どどんこの三人も俺と同意見のようで特に反対していないのを見て、これ以上食い下がるつもりはないようだ。

 

 ざっと足音を響かせて、ゼスタとセシリーが二人並んでエリス教会の正面入口前に仁王立ちする。

 その姿は一見すると格好良くも見え、まるで決戦前の勇者一行のような迫力さえ感じられる。後ろから距離をおいて眺めているあるえも満足気にしている。

 

 そんなアクシズ教徒二人の少し後ろにはめぐみん達が控えていて、まるで部下のように見えて、俺としては複雑な想いだ。あくまで映画の撮影なのだが、そう簡単には割り切れないものだ。

 ちなみに、ウィズにはとある用事を頼んでいて別行動中だ。

 

 そして、ゼスタとセシリーは大きく息を吸い込むと。

 

「邪悪なるエリス教よ! 今日もアクシズ教が正義の鉄槌を下しに来ましたぞ!! さぁ、いつもの美人神官はいないのですかな!? 聖職者であるはずの彼女の太ももは、男を惹きつけてやまない呪いがかかっていると見ました! まったくもってけしからん!! この私が解呪してさしあげましょう!!」

「あと、いつもの恵まれない人用のパンもお願いね! 私、もうところてんスライムしか食べるものがないのよ。好物でも流石に飽きるの、そろそろ固いものが食べたいの」

 

 そんなろくでもない言葉を吐き出した二人に、すぐさま教会の正面扉がバンッと勢い良く開いて、中からエリス教プリーストのお姉さんが現れる。

 なるほど、確かに美人だ。美人なんだけども…………。

 

 その顔は、憤怒に染まりきっていた。

 

「また来たの!? もういい加減にしなさいよ!!!」

「まぁまぁ、何を怒っているのですか。私はただ、あなたの太ももにかかった呪いを解いてさしあげようと思っているだけですよ」

「そうよ、私だって、ただ恵まれない人としてパンを貰いに来ただけよ」

「何が呪いよ、セクハラしたいだけじゃない! 何が恵まれない人よ、どうせまた調子乗ってところてんスライムを買い占めてお金がなくなっただけじゃない!! もう本当にうんざりなのよ、あなた達!!!」

 

 エリス教のお姉さんが、こめかみに青筋を立てながら叫んでいる。

 アクシズ教の本拠地であるこの街ではエリス教も肩身の狭い思いをしているとは予想できたが、この様子を見るに思っていた以上に悲惨なことになっているらしい。

 

 ゼスタ達の後ろに控えるめぐみん達は、こんなアクシズ教徒と一緒にされたくないのか居心地悪そうにそわそわしているが、もうカメラも回っているので今更投げ出すわけにもいかない。

 めぐみんは目を泳がせていたが、やがて覚悟を決めたようにぎゅっと唇を引き結んで、一歩前へと踏み出す。

 

「あ、あの、もう少しこの人達を信じてみてもいいのではないでしょうか。世間では評判の悪いアクシズ教徒ではありますが、話してみると意外と悪い人でもなかったりしますよ……?」

 

 めぐみんの言葉に、ゆんゆん、ふにふら、どどんこの三人も追従してこくこくと頷いている。

 しかし、お姉さんはそれを見て更に表情を険しくする。

 

「あ、あなた達、もしかしてその目は紅魔族……? くっ、アクシズ教徒め、この街の子供に近付くのを禁止されてるからって、街の外の子供にまで変な事教えたのね!! アクシズ教の教えは『我慢はしないでやりたい事をやればいい』だとか『あなたは悪くない世間が悪い』だとか、子供に悪影響なものばかりなんだからやめなさいよ!!!」

「何を失礼な。子供は特に自由に生きるべきでしょう。それに、我々はこういった道もあることを示すだけで、実際に選んだのはこの子達ですよ」

「そ、それは……そうかもしれないけど……!!」

「大体、こうやって大人同士がいがみ合っている様子を見せる方が子供には良くないんじゃない? 本当に子供達の事を思っているなら、ここは少しでも歩み寄るべきじゃないかしら?」

「うっ……」

 

 ゼスタとセシリーの言葉に押されてうろたえるお姉さん。

 それに加勢するかのように、めぐみん達は普段は絶対見せないような保護欲を掻き立てるような、目をうるませた無垢な表情でお姉さんを見つめる。

 

 そんな事をされては、元々温厚で慈悲深いであろうエリス教徒が無視できるわけもなく。

 

「…………わ、分かったわ。今日のところをは追い返したりはしないから、用事が済んだらすぐに帰ってくれるかしら……」

 

 渋々といった様子で折れたお姉さん。

 しかし、これが大間違いだった…………いや、人事みたいに言ってるけど俺達のせいですね、ホントごめんなさい。

 

 もうやりたい放題だった。

 ゼスタはといえば、荒い息を吐きながらお姉さんの足を撫でるという変態そのものの姿を晒しながら、

 

「はぁ……はぁ……これは間違いありません、サキュバスが得意とするチャームの魔法がこの太ももにかかっていますよ! では、私の渾身の魔力を込めた『ブレイクスペル』を発動させますので、しばしお待ちを……」

「本当なんでしょうね!? さっきから触り方がとてつもなくいやらしいんだけど…………ちょっ、どこ触ってんのよそこは関係ないでしょう!!! というか、あなた一応それでも高レベルのアークプリーストでしょう!? サキュバスくらいの魔法を解くのに、そんなに気合入れる必要ないじゃない!!! そもそも、チャームくらい私でも何とかなるわよ!!!」

「いえいえ、どんな相手であろうと、人類の敵である悪魔を舐めてはいけませんよ。念には念を入れて徹底的にやらなくては…………ところで、手で触るよりも舌で舐めた方が魔法の効力が上がるのですが」

「張っ倒すわよ!!!!!」

 

 そんな風にギャーギャー言い争ってるゼスタとお姉さんをよそに、セシリーは口いっぱいにパンを頬張りながら、他のパンは手持ちの袋に詰めていく。

 

「えっと、これが明日の朝の分で、こっちがお昼…………ねぇ、このパン、味は一種類しかないの? 全部同じ味だと飽きちゃうんですけど」

「何を贅沢言って……っていうか、どれだけ持っていく気なのよ!? そんなに持っていかれると本当に必要な人に行き届かないでしょ返しなさいよ!!!」

「私だって本当に必要なのよ! なに、もしかしてこの場で食べる分だけって決まりでもあるの? テイクアウト禁止なの? サービス悪いわねー」

「ここはお店じゃないのよ!! いいから、それ半分くらいは置いて行きなさいってば!! あなたの場合は我慢してところてんスライムで食い繋ぐ事だって出来るでしょう!!!」

「なによ、ケチケチしてんじゃないわよ、買い足せばいいだけでしょう! ウチの教団よりずっと儲かってるくせに!! この悪徳宗教団体め!!!」

「人聞きの悪い事言ってんじゃないわよ! エリス教は常に節制を心がけているし、お金だって孤児院の建設費や運営費、定期的に行っている配給とか色々でほとんど全部出て行っちゃうわよ!!」

「そんな事言って、ちゃっかり懐にいくらか蓄えてたりするんでしょう! だって私だったら絶対そうするもの!!」

「あなたと一緒にしないで!!!」

 

 …………もう、何というか、この惨状の原因を作った立場からすれば今すぐ土下座したいくらいだ。本当にごめんなさい……。

 めぐみん達も同じように罪悪感を抱いているのか、ゼスタとセシリーの狂行に振り回されまくって涙目になっているエリス教プリーストの事を直視できないでいる。

 

 しかし、あるえだけはこの光景に満足しているらしく、小さく微笑みながら何度か頷いている。やっぱイイ根性してやがんなコイツ……。

 

 お姉さんはもう我慢できないとばかりに、

 

「ああもう!!! ほら、二人共用事は済んだでしょ!? ゼスタさんの事は通報しないし、セシリーもそのパン持って行っていいから、さっさと出て行ってよ!!!」

「そう邪険にせずともよいではないですか。アクア様とエリスは先輩後輩の関係で、慈悲深いアクア様は、いつも何かをやらかすエリスの尻拭いを毎回してらっしゃるようですし、エリス教徒もアクシズ教徒にはもう少し恩というものを感じてもらいたいものですな」

「なんで毎回毎回教会に石投げてきたり、エリス様の肖像画に落書きしていく連中に恩を感じなきゃいけないのよ! 大体、アクア様とエリス様が先輩後輩の関係って話はあるけど、そんなエリス様が問題児みたいに言ってるのなんてあなた達だけじゃない!! むしろ、アクア様が何かやらかして、エリス様がそのフォローをしてるって言われた方がしっくりくるわよ!! アクア様は好奇心旺盛で全体的に自由過ぎる女神って言われてるし!!!」

 

 確かにお姉さんの言う通り、何かやらかすとしたらアクアの方だろう絶対。

 だってアイツ、死者の案内っていう割と真面目な仕事してる時でもスナック菓子ボリボリ食いながらだし、人の死因で大笑いしやがるし………………あれ?

 

 俺は思わず首を傾げる。

 何でそんな実際に見たようなイメージがあるんだろう。夢で見たとかそんなのか?

 

 一方でゼスタは、やれやれと首を振りながら、長い溜息をついて、

 

「まったく、分かっていないですな。そういう子供のような無邪気さがアクア様の魅力ではないですか。私達アクシズ教徒は、そんなアクア様に惹かれ、敬い、愛でているのですよ」

「あの、敬うっていうのは分かるけど、愛でるっていうのは信仰する女神様に使う言葉なの……? 何か、根本的な宗教観の違いがあるみたいなんだけど…………って、ちょっとセシリー!!! あなたは一体何やってんのよ!!!!!」

 

 突然お姉さんが大声をあげたので、その視線を追ってみると、そこには女神エリスの像に何かをしているセシリーがいた。

 セシリーはきょとんとした様子で、

 

「何って、パン貰ったお礼にこの石像を良い感じにアレンジしてあげようと思ったのよ。まぁ見てなさいな、アクシズ教徒は芸術方面には強いのよ」

「そ、それは知ってるけど…………待って、待ちなさい!!! あなた今どこ削ってんの!?」

「え、胸だけど。エリスはパッドで誤魔化しているだけの貧乳ってのはもうバレてるんだから、潔く真実の姿にしてあげようと思って」

「そんなのあなた達が勝手に言ってるだけでしょう!!! こ、こら、やめなさい、やめ…………やめろ背教者が!!!!!」

「痛い痛い痛い!!! なによ、ついに本性現したわね邪教徒め!!!」

 

 ついにお姉さんもブチ切れてセシリーに掴みかかっていた。

 まぁ、信仰してる女神様の像にこんなイタズラされれば怒るのも当然か……というか、これ普通に犯罪だろ……。

 

 いよいよ収集がつかなくなってきて、めぐみん達は不安そうにちらちらとこっちを伺っている。その目は「まだなのか」と尋ねていた。

 俺も少し不安になりながら、開け放たれたままの正面扉から外を見ていると。

 

 

「こらあああああああああああああ、何をやっている!!! またお前達かアクシズ教徒!!!!!」

 

 

 ようやく警察の方々が到着したようだ。近くには予め呼びに行かせていたウィズの姿もある。

 俺やめぐみん達は安心してほっと息をついているが、ゼスタとセシリーはすぐさま教会の窓へと駆け出していた。

 

「さぁ皆さん、逃げますよ! まったく、今日はいつもより早く来ましたね……!!」

「みんな大丈夫よ、お姉さんに付いてきて! いつも通り、そこの窓を割って路地裏に入っちゃえば撒けるから!!」

 

 そんな、明らかに常習犯だと思われるろくでもない事を口走りながら走るゼスタとセシリー。

 警察の人は慌ててこちらに走ってきながら、

 

「ま、待て、今日こそは逃がさないぞ!! それと、そこの子達も話を聞きたいから、そこを動かないように!!!」

「「えっ!!!」」

 

 警察の言葉に、顔を引きつらせるめぐみん達。

 ……まぁ、さっきのゼスタ達の言葉を聞いたら共犯か何かだと思われるよな……。

 

 すると、めぐみん達は動揺しながらも、それぞれ自分の杖取り出して構える。

 それを見た警察はぎょっとした様子で、

 

「なっ……まさか魔法で攻撃してくるつもりか!? そんな事をすれば、公務執行妨害でしばらくは檻の中だぞ!!」

 

 セシリーもめぐみん達が攻撃の体勢を取っているのに気付いて、驚いて目を見開く。

 

「ま、まさか、私の為に時間稼ぎをしてくれるっていうの!? ダメよそんなの!! ゼスタ様やカズマさんなら全然構わないけど、あなた達のような可愛らしいロリっ子を置いて逃げるなんて事はできないわ!!!」

「セシリーさん、めぐみんさん達はまだ子供ですが紅魔族です。おそらく、自力で何とかできる策があるのでしょう。ここは彼女達の想いを無駄にしない為にも、私達はちゃんと逃げて…………あの、今、私なら置いて行っても全然構わないとか言いませんでしたか?」

「言ってないです。くっ、仕方ないわね……後から必ず追いついて来るのよ! もし待ってても来なかったら、絶対お姉さんが助けに行くから!!」

 

 苦渋の決断をして、辛そうな表情で走り出すセシリー。

 その光景だけを見れば良いシーンのように思えるかもしれないが、こちらが一方的に相手に絡んだ挙句に警察が来て逃げているという事を考えると一気に残念なものになる。

 つーかこの女、さらっと俺のことも置いて逃げるのは全然構わないとか言いやがったな……。

 

 こちらに背を向けて走りだしたセシリーに、めぐみん達はほっと安心したように息を吐いた。

 そして、めぐみん達はそれぞれ同じ詠唱を始め、四人分の声が重なる。

 それを見て、俺とウィズは静かに『ライト・オブ・リフレクション』で姿を消した。

 

 警察はめぐみん達の本気の様子を見て、ゴクリと喉を鳴らす。

 

「ほ、本当にやるつもりなのか……? 何を考えているんだ、いくら子供でも許されないぞ!!」

 

 そんな警察の言葉も意に介さず、詠唱を終えためぐみん達は杖を掲げ、大きく息を吸い込み大声で叫んだ!

 

 

「「『ライトニング』!!!!!」」

 

 

 バチィィ!! というスパーク音と共に、強烈な電撃が放たれた!

 それは真っ直ぐ警察に向かう…………事はなく。

 

 

 一目散に逃げていたゼスタとセシリーの背中にまともに直撃した。

 

 

「「あばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!!!」」

 

 

 ビリビリと全身を痙攣させ、ぷすぷすと煙を上げながらぱたりと倒れてしまう二人。

 

 しーんと、辺りに沈黙が流れる。

 あまりの予想外の展開に警察はただ唖然としている。

 しかし、すぐに我に返ると、戸惑った様子で、

 

「え、えっと、君達はそこのアクシズ教徒の仲間ではなかったのか……?」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは、ふにふらだ。

 

「ち、違います違います! あたし達はあの人達とは今日会ったばかりで、全然仲間とかじゃないですし!!」

「えっ、そうなの? でも、私にアクシズ教徒の話を聞いてあげてほしいって言ってたから、てっきりアクシズ教徒の口車に乗せられていたのだとばかり……」

 

 エリス教のお姉さんがそんな事を言うと、ここでどどんこが得意気な顔で一歩前に出た。

 なんか、どどんこがこうやって出てくるのは珍しい感じがするな。いつもふにふらとセットって感じだからか。

 

「ふふ、私達は知能が高い紅魔族ですよ? そんな簡単にアクシズ教徒に乗せられるわけないじゃないですか! 実は」

「実はアクシズ教徒と仲良くしていたのは演技だったのです。この街のアクシズ教徒がエリス教会に嫌がらせをしていると聞いて何とかしようと思いまして。何やら、逃げ足が早くて中々現行犯で捕まえられないとの事でしたので、このような方法を取ってみました。とはいえ、エリス教のお姉さんには迷惑をかけてしまいました、ごめんなさい。相手には高レベルのゼスタさんもいたので、最大の隙を見せるまで待つ必要があって……」

「いいえ、気にしないで! なるほどね、アクシズ教徒に同調してるような事言いながら、何か様子がおかしいし、ゼスタさんやセシリーと一緒に私に嫌がらせをしてくる事もないし、妙だなと思っていたの! そういう事なのね! アクシズ教徒には本当に困っていたの、ありがとう!!」

「これは失礼しました! 仰るとおり、アクシズ教徒はもうすっかり我々から逃げるのにも慣れてきていて苦労していたのですよ……ご協力感謝いたします!」

 

 何とか誤解を解くことができたようで、警察もさっきまでの警戒した空気はもうない。

 エリス教のお姉さんも、日頃からよっぽどストレスが溜まっていたのだろう、深々と頭を下げて感謝していた。

 

 一方で、どどんこは納得出来ない様子でめぐみんに突っかかっていた。

 

「ちょっとめぐみん、今私がネタばらししようとしてたのに、なに横取りしてるのよ!!」

「何を怒っているのですか。そんな美味しい役、地味などどんこではなく、私がやった方が盛り上がるからに決まっているでしょう」

「じ、地味……!?」

 

 ショックを受けるどどんこに、ゆんゆんがおろおろと、

 

「あ、あの、どどんこさん、めぐみんの言ってる事なんだからそんなに気にしなくていいと思うよ……? それに、どどんこさんが地味なら、私なんてもっと地味だし……」

「うぅ……そんな事ないよ、ゆんゆんはヤンデレブラコンで女の子もイケるっていう濃いキャラ持ってるじゃん……。ふにふらは本命が弟なのか先生なのかよく分かんないビッチだし、めぐみんは普通に頭おかしいし……やっぱり私が一番キャラ立ってなくて地味だよ分かってるよ……」

「そ、そんな事ないってば、どどんこさんにはどどんこさんの良さが…………待って、今私の事なんて言ったの!?」

「ていうか、あたしの事も凄い事言ってたよね!? 本命は普通に先生だから!! 弟じゃないから!!!」

「シメましょう! この自分だけ常識人ぶっている裏切り者を、皆でシメてやりましょう!!」

 

 そうやって騒ぎ出しためぐみん達に、こういった所はやはりまだ子供だと思ったのか、警察やお姉さんは微笑ましげな視線を送っている。

 

 そんな中、俺の隣でウィズが気絶したゼスタとセシリーを見ながら。

 

「ほ、本当にこれで良かったんでしょうか……何だかとても罪悪感があるのですが……」

 

 当たり前だが、めぐみん達はまだ魔法が使えない。

 だから、映画で実際に魔法を放つ場面では、姿を消してこっそりとめぐみん達の代わりに魔法を発動させる役が必要なのだが、それを今回はウィズに頼んでいた。

 加えて、ゼスタ達がエリス教会に嫌がらせをしている間に警察を呼びに行ったのもウィズなので、こうして申し訳なく思うのは仕方ないのかもしれない。

 

 といっても、

 

「そんな気にすんなって。本当にエリス教から不当なマイナスイメージを付けられていたのなら可哀想だけど、実際にやりたい放題してたんだからな。ウィズだって、行き遅れの年増扱いされてんだぞ」

「……そうでした。確かに、少し痛い目見るのは当然ですね」

 

 俺の言葉で思い出したのか、ウィズの目が一気に冷たくなり、突き放すようなことを言い始める。

 ……お、俺も間違ってもウィズには年齢とか結婚とかの話題を振ったりしないように気をつけよう……。

 

 ちなみに、あるえは満足そうにしていたので、どうやら望む映像は無事撮れたようだった。

 

 

***

 

 

 そんなこんなで夜。

 アルカンレティアまで来て温泉に入らない人などまずいない。

 というわけで、俺達は温泉宿までやって来ており、夕食前にこの街自慢の温泉に入ろうということになったわけだが。

 

「ふぅ、どうです、この街自慢の温泉は? 一日の疲れなどすぐに飛んでしまうでしょう。他にも、汚らわしい悪魔やアンデッドと戦った同志の為に、聖水風呂なんてものもあるんですよ」

「へぇ、流石温泉の街って言われるだけあるなぁ…………でも、確かにいい湯だよ、この一日の疲れが大体あんたらのせいってのがちょっと気になるけど…………ふぅ……」

 

 広い露天風呂に浸かりながら手足を伸ばすと、あまりの心地良さに静かに瞼を閉じる。

 元々俺が風呂好きというのもあるが、温泉は実にいいものだ。紅魔の里の近くにも山はあるし、何とか温泉引いてこれないかなぁ……。

 

 ちなみに、この男湯には今は俺とゼスタしかいない。まるで貸し切りのようだ。

 不意打ちのライトニングで気絶させられた事に随分と文句を言っていたが、アクシズ教徒が運営しているこの旅館に一泊して金を落としてくれれば水に流してくれるらしい。というか、警察から解放されるの早くないか。もう警察の方もこいつらとは極力関わりたくないとか思ってるんじゃないか。

 

 ……そして、俺は当然気付いている。この変態のことだ、ここに泊まって金を落としてほしいなんて二の次に決まっている。

 おそらく、本命は風呂の覗きだ。何故なら、温泉でのメインイベントといえば、それしかないからだ。実際、俺もぜひ覗こうとは思ってたし。

 

 とはいえ、俺が覗く分にはよくても、こんなオッサンに生徒達の……特に愛する妹の裸を見せるわけにはいかない。

 そんなわけで、こうして一緒に風呂に入って監視しているわけだ。

 

 そういえば、俺達が入ってきた時には他にも何人か先客がいたのだが、ゼスタの姿を見ると慌てて出て行ってしまった。

 こんなド変態が温泉に入って、覗きやら何やらをやらかさないなんて思う者はこの街にはいない。おそらくあの人達は、それで何かとばっちりを受けないように出て行ったのだろう。

 そりゃ俺だって何かやらかすに決まっているこの人の側になんていたくない。でも俺には守るべき大切なものがある。

 

 それからしばらく俺もゼスタも無言でぼーっと湯に浸かっていたのだが。

 

「もう、ゆんゆん! 女同士なのに、なーにそんな恥ずかしがってんのよ! ほらっ!!」

「きゃあああ!!! ちょ、ちょっとふにふらさん、タオル取らないでえええ!!!」

「う、うわ……ゆんゆん、大きいとは思ってたけど、脱ぐと凄いね……」

 

 隣の女湯から聞こえてきたのは、ゆんゆん、ふにふら、どどんこの声。どうやらアイツらも露天風呂に入りに来たらしい。まぁ、中の風呂だけで満足して露天風呂に入らないという人も中々いないか。

 

 それに続いて、ウィズやセシリーのお姉さん組の声も。

 

「あ、あの、あんまりはしゃぐと転んじゃいますよー」

「うふふ、大丈夫よウィズさん。私、回復魔法だけは得意だから。もし怪我してもすぐ治せるわ。ウィズさんもどこか怪我をしたら遠慮なく言ってね? …………じゅるり」

「ひっ!! は、はい、その、ありがとうございます……!!」

 

 うん、セシリーの回復魔法は傷は治るかもしれないが、新たに精神的ダメージを負いそうな気がする。まぁ、それがなくとも、アンデッドのウィズにとって回復魔法なんてのは肉体的にもダメージ食らっちゃうんだけど。

 それにしてもゼスタといい、アクシズ教のプリーストはもはや聖職者と言っていいのだろうか……。

 

 その後も他の生徒達がはしゃぐ声が連続するが、何か違和感を覚える。

 ……そうだ、めぐみんとあるえの声がしない。あれ、二人共確かに風呂には向かってたけどな。

 

 俺は首を傾げながら盗聴スキルを使ってみると。

 

「……あるえ。その、本気でここも撮るんですか? どうせ先生から何か言われたのでしょうが、お風呂のシーンなんて流石に……」

「念の為だよ。せっかくのロケだし、使えそうな画は撮れるだけ撮っておこうと思ってね。もちろん、見えちゃいけない所は見えないように編集するし、それも私がやるからそこまで心配しなくても大丈夫だよ」

「むぅ……ですが……」

「……大丈夫、めぐみんのような体型でもきっと需要はあるはず」

「そんな心配をしているわけではないですよ失礼な!!!」

 

 最後のめぐみんの怒声は、もはやスキルを使わなくても十分聞こえるような音量だ。

 なるほどな、撮影のことについて揉めてたのか。たぶんあるえは誰にも言わずこっそり撮るつもりだったんだろうが、何かの拍子にめぐみんにバレてしまったのだろう。無駄に勘のいい時があるからなアイツ……。

 あと、編集はあるえがやるとか言ってたけど、何とかその前に無修正版見れねえかなぁ……。

 

 そんな事を考えていると、激昂しためぐみんを抑えようとしているのか。

 

「もう、こんな所で何怒ってるのよ。あんまり騒ぐと、兄さんが『これは教師の仕事として生徒を静かにさせる為だ』とか言いながら、こっちに乗り込んで来るかもしれないじゃない」

「…………先生ならやりかねない所が何ともアレですね」

 

 あいつらは俺のことを何だと思ってやがんだ、いくら何でもそんな事…………いや、結構アリだなそれ。

 これは実行に移してみるべきかと考えていると。

 

「ふふ、でもお姉さんは怒ってるめぐみんさんも可愛いと思うわよ? ……えっ、ちょ、めぐみんさんの肌って何でこんなにスベスベなの!?」

「ひぃぃ!! ま、待ってくださいお姉さん、触り方がとんでもなくいかがわしいのですが!!!」

「まぁまぁ、女同士仲良くやりましょうよ……でもこっちのウィズさんもひんやりしてて心地良いわぁ…………基本ロリっ子好きな私だけど、こういうのもたまにはいいわねぇ……」

「ひゃああああああああ!!! ダ、ダメですセシリーさん……んんっ!」

「あ、あの、ウィズさん、変な声出さないでください! もし兄さんに聞こえたら変な気を起こしそうですし!」

「そ、そんな事言われましても……これ……!」

「はぁ、はぁ……両手に美女とロリっ子……お姉さん、今日ほど女に生まれて良かったと思った日はないわ!!」

「ああああああああ!!! いつまで触ってんですかいい加減離してください!! ていうか、なんで私の周りに巨乳ばかり集まってくるんですか!!! ケンカ売ってんですか!? さっさと散ってください、ほらほら!!!」

 

 いつの間にか、俺とゼスタは男湯と女湯を分ける岩壁の近くまでやって来ていて、耳をそばだてていた。

 そして、ゼスタが女湯の方には聞こえないように、小さな声でポツリと。

 

「温泉っていいものでしょう?」

「うん、いい。凄くいい」

 

 もちろん、俺はロリコンというわけではないので、一番気になるのはウィズの体だ。

 一応セシリーも修道服の上からでもハッキリ分かるほどのナイスバディではあるし、出会って間もない時は結構気になったものだが、この短時間の間に中身が酷すぎるせいか全く興味が湧かなくなってしまった。

 

 女湯の様子は、あるえがこっそり持ち込んだ魔道カメラでバッチリ撮れているとは思うが、風呂から上がったらすぐに修正を加えられて肝心な所は見えなくなってしまうのだろう。だからその前に何とかカメラを手に入れたい所だが、それもあるえ自身やめぐみんが警戒しているはずだ。

 

 しかし、こんなチャンスに俺が何の準備もしてきていないなどありえない。

 当然のように、俺も魔法で見えなくした魔道カメラを持ち込んでいた。

 残る問題は隣にいるゼスタだ。共犯を持ちかけたとしても、どうせ後で撮れた写真を要求してくるだろうし、そんなものをこのおっさんに渡すわけにもいかないので決裂は確実。

 

 やはり、隣の変態はここから追い出す必要がある。

 俺は小声でゼスタの説得に入る。

 

「…………ゼスタさん、そろそろ上がったほうがいいんじゃないか? 年取ってくると、あんまり長湯はよくないって言うぞ? 最高責任者なんだし、もっと体を大事にした方がいいと思うけど」

「ふふ、ご心配なく。これでもアークプリーストですので、体調の管理は得意ですよ。それに、アクシズ教徒というのは、そこまで長生きというものには興味はないのですよ。何故なら、我々アクシズ教徒は死した後はアクア様によって、あらゆる性癖に対応したエロ本に溢れる素晴らしい世界に転生させていただけると言われていますからね」

「もう色々とダメだろその世界」

 

 予想はしていたが、このオッサンは一筋縄ではいかないようだ。

 まぁ、俺だってこんな美味しい状況でさっさと上がるなんてもったいない事をしようとは思えないけど……どうすっかなぁ。

 

 頭を悩ませていると、隣の女風呂からこんな声が。

 

「ん、どうしたのゆんゆん? なんかぼーっとしちゃってさ。のぼせちゃった?」

「えっ、あ、ううん、大丈夫大丈夫! 少し考え事っていうか……その……」

 

 声をかけたのはどどんこだろうか、それに対しゆんゆんが慌てて誤魔化すような事を言っている。

 最近のゆんゆんは里でも度々ぼーっとしている様子を見るが、やっぱり何か悩み事があるのだろうか。流石にそろそろちゃんと聞いておくべきか?

 

 そんな事を考えていると、ふにふらが、

 

「なになに、何か隠し事? あ、分かった! もしかして、また胸が大きくなったとか!? だからそんなにガッチリ胸を隠してるんだ!!」

「ええっ!? ち、ちがっ……」

「それなら手をどけて、ちゃんと見せてみなって! ハダカの付き合いってのはもっと堂々としてないと! 友達と一緒にお風呂入ったら、胸を比べてみるなんて当たり前だよ!」

「そ、そうなの!? うぅ……わ、分かった……」

「……う、うわ、やっぱすご……あと、ふにふら、間違ってもゆんゆんと胸比べとかやんない方がいいよ。そもそも、並ばない方がいいかも」

「ちょ、何それどどんこ!! 自分はちょっとばかり大きいからって!!! あと、いつもゆんゆんの隣にはクラスで一番小さいめぐみんがいるんだし、今更でしょ!!」

「それは私にケンカを売っているのですねそうですね!!! というか、勝手に私をクラス最小扱いしてくれてますが、身長ならともかく胸はどうですかね!! ふにふら、あなたも相当小さいようですが!!!」

「なっ、め、めぐみんには流石に勝ってるし!!! わ、分かった、そこまで言うなら勝負しようか!!!」

「いいでしょう、この勝負、女として負けるわけにはいきません!」

 

 なんかすげえ面白そうな事やってんなぁ……ここで俺が判定してやるよって言いながら乗り込めば何とか溶け込めるんじゃないだろうか。

 …………いや、普通に追い出されるな。

 

 そんな女のプライドのぶつかり合いに、ウィズの困ったような声が。

 

「あ、あの、二人共まだまだ若いですし、今からそこまで胸のことを心配する必要はないと思いますよ……?」

「……では、今それ程の巨乳を持っているウィズは、私達くらいの年の頃はまだ貧乳だったのですか?」

「…………え、えっと、どうだったでしょうか……」

「目を逸らさないでください!! やっぱり昔から大きかったんですね!!! どうやらこの問題に関しては、今の段階から真剣に取り組んでいく必要がありそうですね!! では、ゆんゆん!! 私とふにふらの胸、どちらが大きいか判定してもらえますか!?」

「ええっ!? な、なんで私が……」

「めぐみんさん、めぐみんさん。乳比べならお姉さんに任せなさいな! この手でロリっ子の体の全てを暴き、完全に公平な判定を約束するわよ!」

「お姉さんに任せると身の危険を感じるので却下です。それに、ゆんゆんはあの先生の妹です。当然女性の胸に関しても一家言あるのでしょう?」

「ないよ! 全然ないよ!! 兄さんと一緒にしないでよお願いだから!!!」

 

 ゆんゆんの本気で嫌がる声が少しショックです……いや、日頃の俺の行いを考えれば当然なんだろうけど……。

 それから結局判定を押し付けられてしまったゆんゆんは、悩ましげな声を漏らしてしばらく考え込んでいるようだったが、やがておずおずといった調子で呟く。

 

「…………引き分けでいいんじゃないかな」

「あっ、その顔、どんぐりの背比べとか思ってるでしょ!? 自分と比べたらどっちも無いに等しいとか思ってるでしょ!?」

 

 ふにふらのショックを受けた声に、ゆんゆんは慌てて、

 

「そ、そんな事ないって!!! ただ、その……そ、そうだ、別に私が判定しなくても、身体測定の時の記録で勝負すればいいんじゃないかな!」

「身体測定からはもう随分と時間が経っているではないですか。私達は成長期なのです、短い期間でも驚く程成長している可能性だってあるはずです」

「あ、それ分かる……最近ブラもすぐ合わなくなって……痛い痛い痛い!!! どうして私、めぐみんに同意したのに叩かれてるの!?」

 

 それは、きっとめぐみんは口では成長しているとは言っているが、実際は全然だからだろう。というか、めぐみんの場合まずブラつけてないしな。

 すると、ふと何かに気付いたようなどどんこの声が聞こえてくる。

 

「ブラとかそういう話だと、あるえも大変そうだよね。一番そういうのに興味なさそうだけど、そこら辺はちゃんとしてるの? いくら無頓着でも、流石にその大きさだと付けないわけにはいかないでしょ?」

「ん? あー、うん、確かにゆんゆんの言う通り、合わなくなる事は多いね。ただ、そこは大体親に任せてるかな。……まったく、正直胸なんて邪魔なだけだよ。肩も凝るし」

「うわー、勝者のセリフってやつじゃん、それ……」

「そんなことないよ。それに、君達だって私にはないものを持っているじゃないか。めぐみんは膨大な魔力、ゆんゆんは思いやり、ふにふらは社交性、どどんこは…………とにかく、価値観っていうのは人それぞれだし、そこまで気にしない方がいいと思うよ」

「ねぇ、ちょっと待って私は!? 今私だけスルーしなかった!?」

 

 あるえは何か良い事を言っていたが、どどんこは悲痛な声をあげている。

 まったく、あるえも酷いやつだ。俺は先生だし、どどんこの良い所もちゃんと知ってるぞ。

 ずばり、特徴がない所だ。これだけキワモノが揃っていると、どどんこみたいな比較的普通な子がいないと俺の心が休まらない。

 

 そんな事を思っていると、ふにふらはまだ納得していないような声で、

 

「でも、やっぱり女子としては胸は気になるじゃんか…………先生も絶対巨乳好きだし。そうだ、セシリーさん、ウィズさん、あとあるえとゆんゆんも。何か胸を大きくする秘訣とか知ってたら教えてほしいな!」

「それはズバリ、アクシズ教徒になってストレスフリーな毎日を送ることね! 間違ってもエリス教になんか入っちゃダメよ、あそこの信者は貧乳が多いって有名なんだから! 何せ、崇めてるエリス本人が胸パッドでかさ増ししてるくらいだからね!!」

「なんだか色々と偏り過ぎててあまり参考にならないのですが……まぁ、でも、確かにストレスはよくないとは聞きますね。これは一刻も早く憧れの大魔法を習得してぶっ放すべき……」

「めぐみんの場合、日頃からストレスなんて溜めてないでしょうに……」

 

 ゆんゆんの言葉に、俺もコクコクと頷く。

 俺も人のことは言えないが、めぐみんは割と普段からやりたい放題だし、俺も振り回されることが多いと思う。この前の家出騒ぎとか、最終的にドラゴン退治にまで発展して散々だったからな。

 

 続いて聞こえてくるのはウィズの悩ましげな声だ。

 

「え、えっと……私は特に何かをやっているわけではないですね……」

「それは本当ですか? ウィズはこの国でも屈指の魔法使いでしょう。それならば、何か胸を大きくする秘術を知っていてもおかしくはないのでは?」

「ひ、秘術! うん、なんかそれありそう!! やっぱり魔法使いなら、秘術や禁呪の一つくらいは覚えておきたいものだよね!!」

 

 めぐみんの言葉にふにふらもテンション高く食いつく。

 しかし、一方でどどんこは冷静に。

 

「えー、秘術と言えばもっとこう、イケメン王子様と一緒に強敵に放つ凄い魔法だったり、前世の恋人と会う為に生み出した時魔法とかそういう感じじゃない? 胸を大きくするって、なんかスケールが小さいというか…………ねぇ、ゆんゆん?」

「えっ、ご、ごめん、その辺りのセンスはよく分からないけど……でも、確かに何かスケールが小さいっていうのは分かるような……」

「何ですか、既にある程度持っているからって上から目線ですかそうですか! 聞きましたかふにふら、私達にとっては割と真剣な悩みなのに『スケールが小さい』とか言いましたよこの二人!」

「聞いた聞いた! 今の二人の言葉には『そんな小さい事しか考えられないから胸も小さいんだよ』っていう心の内が滲み出てたね!」

「「そこまで言ってないから!!」」

 

 め、面倒くせえな貧乳二人……本人にとっては真剣な悩みってのは分かるけどさ……。

 ウィズはオロオロとした声で、

 

「い、一応奥の手というか、普段はあまり見せないスキルはありますけど、そんな秘術は持ってませんって…………あ、でも、あらゆる呪いをかける事ができる禁呪があるのですが、それを使えばもしかしたら身体的特徴を変えることも……」

「「それを詳しく!!!」」

「あ、いえ、それは流石に無理ですって! 魔王軍幹部の悪魔の方が使う禁呪ですので……」

「……悪魔の禁呪ですか。ふむ、しかし、最終手段としては考えておくのも……」

「うん……悪魔くらい先生なら全然許してくれそうだし……」

 

 めぐみんとふにふらはこんな事を言っているが、まさか本気じゃないよな……? 胸のために悪魔に魂を売るとか、そんなアホなことは流石にやらかさないと思うが……。

 あと、ふにふらの言葉は、何だか俺が普段から悪魔以上に酷いことをやっているみたいに聞こえるんだけど、気のせいだよな。

 

 ただ、こんな二人に一応は聖職者であるセシリーが黙っているわけもない。

 

「ダメよダメよ。悪魔なんて世界に蔓延る寄生虫みたいなものなんだから、そんなものの力を借りるなんて、ロリっ子にとことん甘いお姉さんでも見逃せないわよ。まぁでも、お姉さんとしても少し残念ね。その身体を変えられる禁呪っていうのは少し興味があったんだけど」

「なんですか、お姉さんはもう十分立派なものを持っているではないですか。まだ大きくしたいのですか?」

「あぁ、そうじゃなくってね。カラダを弄れるってことは、もしかしたら性転換も可能かもしれないじゃない? そうすれば好きな時に男になって、めぐみんさんや他のロリっ子達と」

「それ以上は言わせませんよ!!!」

 

 ロリっ子の為なら性転換も厭わない変態のくせに、あれだけの美貌とスタイルを持っているというのが何とも納得いかない。

 もうこれは何度思ったか分からないが、やっぱり神様ってやつの仕事は適当過ぎるんじゃなかろうか。

 

 俺がそうやって神様に不信感を抱いていると、今度はゆんゆんの遠慮気味な声が聞こえてくる。

 

「で、でも、私も身体を変えられる魔法っていうのは興味あるかも……。あ、別に胸を大きくしたいとかそういうのじゃなくて、小さな動物になってみたいなって思った事は今まで何度かあって。子猫とか子犬とか」

「えー、子猫か子犬? 確かに可愛いけど、紅魔族的には普通はドラゴンとかじゃない? ゆんゆんらしいと言えばゆんゆんらしいけどさー」

 

 ふにふらのからかうような言葉に、ゆんゆんは、

 

「でも、子猫とか子犬って、色んな人に構ってもらえるから……そういう所を端から見てて羨ましくて……それで、私もそういう愛される動物になれたら人と仲良くできるんじゃないかなって……」

「ちょっ、待って待って! 想像以上に悲しすぎる理由が出てきたんだけど!! 人間のままでも、あたし達が仲良くしてあげるから!!」

「そうだよ、卑屈過ぎるってば! あー、びっくりした。ゆんゆんって、たまにホント予想外な事言い出すよね…………というか、めぐみんももっとちゃんとゆんゆんの相手してあげなよ。将来結婚するんでしょ?」

「しないですよ!!! あれはいつもの先生の頭おかしい思い付きで」

「大丈夫よ、めぐみんさん。アクシズ教は愛さえあれば同性愛も重婚も認めてるわ。だから、ゆんゆんさんだけじゃなく、私とも」

「ここにも頭おかしい人がいましたね!! これ以上私に変な設定を付け加えるのはやめてもらおうか!!!」

 

 なんか俺もセシリーも似たような扱いをされているが、セシリーは自分の欲望全開なだけだが、俺は愛しの妹の将来を案じてめぐみんと結婚してほしいと言ってるわけで、断然俺の方がまともだと思う。まともだよな?

 

 めぐみんはこれ以上この話を引っ張りたくないのか、さっさと話題を戻して、

 

「とにかく次です次! あるえ、発育に関してだけは私の負けを認めてあげてもいいですので、何をすればそんなバインバインに育つのか教えてもらえませんか?」

「いや、別に何もやっていないけど…………多分遺伝じゃないかな。めぐみんのお母さんは」

「遺伝なんて絶対に関係ありません。絶対にです」

 

 うん、まぁ、ゆいゆいさんも慎ましいからな……遺伝とか言われると夢も希望もなくなってしまう。

 あるえは溜息をついて、

 

「じゃあ、本当に分からないよ。そもそも、君達は私が胸を大きくする為に何かをしているとでも思っているのかい?」

「あー……まぁ、そうだよねー、あるえが胸の大きさを気にしてるわけないかー」

 

 あるえの言葉に、ふにふらは残念そうにしながらも納得している。確かに、あるえはそういう事に全く興味なさそうだしな。あるえにとっては、胸を盛るよりも、物語の設定を盛る方がずっと大事だろう。そして、例えあるえが貧乳だったとしても、そのスタンスは変わらなかったと思う。

 

 めぐみんもまた、思うような答えを得られずに悔しそうにしながらも、あるえの次に発育の良いゆんゆんに話を振る。

 

「では、最後はゆんゆんです。その分不相応で使う場面もなく、結局無駄になりそうな脂肪の塊はどうやって手に入れたのですか?」

「ねぇ今私の胸のこと何て言った!? 質問してるのか貶してるのか分からないんだけど!! …………それに、私だって特に何かやってるわけじゃないわよ」

「ホントにー? あるえはともかく、ゆんゆんは何かやってそうだけどなー。ほら、先生って明らかに巨乳好きだし、ゆんゆんって先生に関する事なら手段を選ばないイメージあるし」

「そんなイメージあるの!? ほ、本当に大したことは……やってない……けど……」

「つまり、大したことない事はやってるんだ?」

「うっ……」

 

 何とか言い逃れようとしているが、徐々に追い詰められていくゆんゆん。

 俺が知っている限りでは本人の言う通り特に何もしていないようには見えたが、普通はそういう努力は兄に見せるようなものではないだろうし、俺が知らないだけなのかもしれない。

 

 すると、ここが攻めどころとばかりに、どどんこが追い打ちをかける。

 

「……もしかしてさ、ゆんゆんはいつも先生に胸揉まれてるから大きくなったんじゃないの。揉まれると大きくなるって言うじゃん」

「ぶっ!!! ちちちちちちがっ、大体、兄さんが胸揉んでくるようになったのは、もうある程度大きくなってからだから!!」

「いやいや、先生のことだから『お兄ちゃんが揉んで大きくしてやるよ……ぐへへ』とか言いながら揉んでたんじゃないの?」

「……ううん、それはないよ。だって兄さん、『貧乳を揉んでも巨乳を揉んでも、どうせ怒られる事に変わりはない。それなら俺は巨乳を揉みたい』とか言ってたし」

「「…………なるほど」」

 

 ちょっと待ってほしい、確かにそんな事を言った覚えはあるけど、何もこんな所で暴露しなくてもいいんじゃないか。あと、めぐみん達のもう慣れたといった感じの納得の仕方が地味にキツイ……。

 案の定、ウィズが心底軽蔑したような声で。

 

「ひ、酷すぎる……」

「流石のお姉さんもちょっと引いたわ……」

 

 ウィズの言葉も心に刺さるが、あのセシリーまで引いているっていうのがかなりダメージくる……そ、そんなに酷いか……? ぶっちゃけ割と理にかなってると思うんだけど……。

 

 そして、めぐみんは少し悩ましげな声で、

 

「しかし、先生のセクハラが原因ではないとなると、他には中々思い付きませんね。まさか、ゆんゆんが毎日書いている、友達とどこどこで遊んだという妄想日記が胸の成長に何か関係があるとは思えませんし……」

「なななななななな、何でそれ知ってるのよ!!! ていうか、知っててもこんな所で言わないでよ、すっごく悲しい目で見られてるんだけど!!! それに、全部妄想っていうわけじゃないから!!! 最近は休日にめぐみんと遊ぶことだってあるじゃない!!!」

「それならもうあんな悲しい妄想日記など書かなくてもいいではないですか……。他にも、この日は誰々と何回目が合っただとか、誰々と何を話したとか、クラスメイトのみならず、里の子供からお年寄り、挙げ句の果てに犬やら猫やら植物相手まで細かくビッシリ記録しているのは軽く恐怖を覚えるのでやめた方がいいですよ?」

「それも見たの!? い、いいじゃない、それは会話内容とかを見直して、次はこうすればもっと仲良く出来るんじゃないかってシミュレーションする為のものなんだから!!」

「日常会話の予習復習とか、もう真面目を通り越してる気がするのですが……どうせシミュレーション通りには出来ないくせに…………ですが、ゆんゆんの身の回りを探ってもぼっちネタばかりで、胸の成長に関係ありそうなのはないですね」

「ぼ、ぼっちって言わないでよ……だから言ってるでしょ、特別なことはしてないって……」

 

 まぁ、そうだよな。ゆんゆんにとっては、胸の大きさよりも友達の少なさの方が深刻な問題だろう。というか、深刻に考えすぎて逆に引かれるっていう負のループに陥ってる気もするが。

 

 しかし、めぐみんはまだ納得していないようで、疑わしげな声でゆんゆんに追求する。

 

「……本当に何もしていないのですか? その様子を見ていると、隠し事をしているような気がするのですが」

「べ、別に隠し事なんてしてないわよ……それに、めぐみんって他人にはそこまで興味ないじゃない。そんな私の事はお見通しみたいな事言っても説得力ないわよ」

「何を言っているのですか、私はゆんゆんの一番の友達でしょう。普段一緒にいる時間だって、学校がある分、もしかしたらこめっこよりも長いかもしれません。ですので、ゆんゆんが何かを隠していてもすぐ気付くのですよ」

「えっ……あ、そ、そっか……へぇ…………で、でも、これは流石に友達相手でも恥ずかしいっていうか……!」

「なるほど、やっぱり胸を大きくする為に何かしていましたか」

「あっ!! ず、ずるいずるい!! 友達とか何とか言って、最初から私の口を滑らせる為だったのね!!!」

「いえ、確かに友達というワードを出せば口が軽くなるかもという期待はしていましたが、今言ったことは普通に本心ですよ」

「……あ、う、うん……そうなんだ……」

 

 めぐみんの言葉に嬉しそうに口ごもるゆんゆん。何だこの甘酸っぱい空気は、もっとやれ。

 しかし、他の女の子達にとっては気まずいらしく、ふにふらが、

 

「あの、百合ってるところ悪いんだけどさ、そういう空気は二人きりの時に出してもらえると嬉しいんだけど……」

「百合ってません!! ほら、ゆんゆん、あなたのせいでまたあらぬ誤解を受けているではないですか!! さっさと白状してください!!! 本当の友達は隠し事なんてしないものですよ!!!」

「わ、私のせいなの!? どっちかというと、めぐみんの方がそういう事言ってきたんじゃない!! あと、友達って言えば私が何でも言うこと聞くと思ったら大間違いだから!!」

「ぐっ、意外と強情ですね……いいでしょう、それなら紅魔族随一の天才の頭脳を使って推理してあげますよ! ヒントは言葉だけではありません、ゆんゆんのその態度にもあります! まず、そこまで恥ずかしがるという事は…………あ」

 

 どうやら、早速めぐみんは何かを思い付いたようだ。流石高い知力を持っているだけあるが、もっと他に使い道があるんじゃなかろうか。

 そんなめぐみんの様子に、ゆんゆんは不安そうに、

 

「な、何よ、いくら何でもそんなにすぐ思い付くなんて」

「分かりましたよ、ゆんゆん! そうですよ、あなたがそこまで恥ずかしがる事といえばアレくらいしかありません!! 胸が大きくなった原因、それはズバリ、先生をオカズにしたオ」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 風呂場にゆんゆんの大絶叫が響き渡る。

 ……教師としては風呂であまり大声出すなと注意するべき所なのかもしれないが、状況的に声をかけづらい。めぐみんの奴も、いきなり何言い出してんだよ……。

 

 一方で、元凶であるめぐみんは至って冷静に、

 

「なるほど、なるほど。考えてみれば、ああいった行為は性の部分、つまり胸を成長させると言われれば割と納得できいたたたたたたたたたたたたたた!!!!! な、何をする!!!!!」

「許さない! あんた絶対許さない!! こんな所で何言ってくれてんのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「お、落ち着きなってゆんゆん! ていうか、あたし、めぐみんが何を言ったのか聞き取れなかったんだけど」

「うん、私も……ゆんゆんがここまで怒るなんて、一体何を言ったのよめぐみん……」

「あ、あの、ゆんゆんさんも嫌がってますし、これ以上は聞かない方が……」

 

 ふにふらとどどんこは、めぐみんの言葉を理解できていないようだが、ウィズは何となく察したらしい。

 そして、セシリーも大体分かったらしく、オトナのお姉さんらしくフォローを入れる。

 

「大丈夫よ、ゆんゆんさん。アクシズ教は、例え兄をオカズにオ○ニーしてても受け入れて」

「やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 フォローではなく追い打ちだったようだ。

 流石にこれでふにふら達も分かったらしく、「あぁ、うん……」みたいな微妙な声が聞こえてくる。

 

 ゆんゆんは泣きそうな声で、

 

「ほ、本当に違うの! 私が胸を大きくする為にやってたのは、お風呂の時に胸をマッサージするくらいだから!!」

「やっと白状しましたか、最初からそう言っていれば無駄な傷を負うこともなかったでしょうに。まぁ、どうせそのマッサージだって、先生に揉まれてる所を妄想しながらやっていたのでしょう。まったく、なんてエロいのでしょうこの子は」

「っ!!!!!」

「……えっ。な、何ですかその反応、私は冗談のつもりで言ったのですが…………もしかして、本当にそんな妄想しながらやってたんですか? というか、それほとんどオ○ニーと変わらないのでは……」

「う、うぅぅ……そ、そんなことは……!」

 

 何だよゆんゆんの奴、言ってくれれば、例え貧乳でも揉みまくって協力してあげたのに。…………なんか凄く気持ち悪い事言ってる気がする、俺。あと、真正面からそんな事を提案すれば普通にビンタされて終わりだろう。

 

 すると、先程まで自分から話に入ろうとしなかったあるえが、この話題には興味があるのか、ゆんゆんに尋ねる。

 

「ふむ、ゆんゆん。その話、もう少し詳しく聞かせてもらえないかな? ここまで重度のブラコンというのも中々いないし、小説を書く上で参考になる事も多いかもしれない」

「言うわけないでしょ!!! と、とにかく、私はもうちゃんと話したんだから、これでおしまい! いいわよね!?」

「仕方ないですね……しかし、マッサージ、ですか。なんだか普通というかありきたりというか……まぁ、ゆんゆんらしいと言えばそうですが」

「なんで正直に話したのにそんな微妙な反応されてるの私……」

 

 ゆんゆんの落ち込んだ声に、ふにふらがうーんと声を漏らしながら、新たに浮かび上がった疑問を口にする。

 

「でもさ、マッサージくらいならあたしもやった事あるよ。里の人から聞いた、王都で流行ってるとか言われてた方法なんだけど……ほら、どどんこも一緒に聞いてたでしょ?」

「あー、あったねそんな話。正直本当に効果あるのか怪しかったから、結局私はやらなかったけど…………じゃあ、ふにふらも先生とか弟の事想ってやってたわけ……?」

「い、いや、あたしは普通にマッサージしただけだって……流石にそんな変態じゃないから……」

「へ、変態……!?」

 

 ふにふらの何気ない言葉に更にダメージを負うゆんゆん。

 もういっそ変態だって認めた方が楽になるって後で助言しに行こうか、多分殴られるな。

 

 すると、めぐみんも思考を巡らせながら、

 

「偏にマッサージと言っても色々あるものでしょう。ゆんゆんが行っていたものと、ふにふらの行っていたものでは、やり方が違うという可能性は?」

「私も王都で流行ってるって言われてるものを兄さんから教えてもらったから、多分同じだと思うけど……その、こういう感じにやるやつ……」

「あー、それそれ! えー、じゃあ何であたしは何も効果でなかったの?」

 

 ……あれ、俺が教えたんだっけか。

 昔のことなのであまりよく覚えてないが、言われてみればそんな気も……そういえば、俺が王都に出るようになったばかりの頃は、よく王都での流行を得意気にゆんゆんに聞かせていたから、その時の話の中にあったかもしれない。

 

 めぐみんはまた少し考えながら、

 

「……となると、同じマッサージでもゆんゆんがやっていて、ふにふらがやっていなかった事……つまり、先生に揉んでもらうという変態的な妄想が関係あるのですかね……」

「へ、変態って言わないで! それはその……ほ、ほら、兄さんって巨乳に目がないから、私も大きくなったら揉まれちゃうのかなって思って、それで……」

「はいはい。まぁですが、実際のところ妄想が重要というのは中々信憑性があるかもしれませんよ? なにせ、ゆんゆんにあるえにウィズにセシリーさんと、今ここにいる巨乳は皆妄想癖がある人ばかりですし」

「ええっ!?」

 

 めぐみんの言葉にショックを受けたような声をあげたのはウィズだ。

 ゆんゆんも小声でぼそぼそと否定しているのは盗聴スキルのお陰で聞こえるが、今までの行いからしてクラスメイトから一斉にツッコまれるのは容易に想像できるので、声を大にしては言えないのだろう。

 

 というか、妄想癖なんてものは、いつもカッコイイ設定を勝手に作って自分に付けたりしている紅魔族全員に当てはまるものだと思うけど、そこはツッコんじゃいけないのだろうか。めぐみんも自分の前世を破壊神だと疑ってなかったり、将来大魔法使いになれば巨乳になれると確信していたりするし。

 

 ウィズは若干上ずった声で、

 

「あ、あの、私ってそんなに妄想好きのように見えるでしょうか!?」

「えぇ。言っておきますが、ゆんゆん達の先生絡みの恋愛話になると、そわそわとしながらも興味津々になっているのはバレていますからね。そんなに興味があるのに、自分には浮ついた話がないというのは高確率で妄想好きです」

「うぐっ……!!」

「でもウィズは元々冒険者だったのですよね? ゆんゆんのようなコミュ障でもあるまいし、良い出会いの一つや二つくらいなかったのですか? パーティーの仲間とか」

「そ、それは……その、冒険者時代の私は落ち着きがなかったと言いますか、えっと、戦いの事以外はあまり考えていなくて……」

 

 そんな事を若干恥ずかしがりながら歯切れ悪く言うウィズ。

 俺も王都で聞いたことはあるが、冒険者時代のウィズは今からは想像できないくらいにイケイケだったらしく、「氷の魔女」という二つ名まで付いていたとか。ただ、以前本人にその事について聞いてみたら、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたので、あまり深くは聞いていないが。

 

 ウィズの言葉を聞いて、ふにふらとどどんこも意外そうな声を上げる。

 

「へぇぇ、もしかしてウィズさんって、昔はかなり荒れてたって感じ? めぐみんみたいな狂犬だったとか?」

「あー、でも、ウィズさんって凄く温厚なのにやたらと強いから、少し不思議には思ってたんだよね。そっかぁ、昔はそれだけ戦ってばかりだったんだぁ……それが男の人を遠ざけちゃってたって事なのかな……」

「というか、ウィズの話なのに、さらっと私を狂犬扱いするのはやめてもらおうか。まぁ、上級魔法に加えて爆裂魔法まで習得しているくらいですから、それだけ数多の敵を葬り去ってレベルを上げてスキルポイントを貯めたのでしょう。…………どうしました、あるえ? 先程までとはウィズを見る目が違う気がするのですが」

「いや、今はこうして穏やかな店主さんでも、昔は躯の山の上で高笑いをあげていた、というのが何とも小説の師匠キャラとして美味しいと思ってね。今回の映画に何とかして使えないものかと……」

「た、高笑いとかしてませんから! それに、そこまで怖がられていたわけでは……ないと……思いますけど……」

 

 最後の方は自信なさげに声が小さくなっていくウィズ。

 そんな彼女に、ゆんゆんが慌ててフォローを入れる。

 

「あ、あの、昔のことはよく分からないですけど、ウィズさんはとても優しくて綺麗ですし、きっと良い人が見つかると思いますよ!」

「ゆんゆんさん……でも、私、この年になって恋愛経験もなくて……」

 

 自信なさげに言うウィズに、ふにふらが明るい声で、

 

「そんな気にする必要ないって! だって、ウィズさん20歳でしょ? アラサーで恋愛経験なしとかになるとちょっと厳しくなるかもしれないけど、まだ全然これからでしょ!!」

「…………」

「えっ!? あ、あれ、ウィズさん!?」

「まったく、無神経ですよふにふら。ちょっと耳貸してください」

「へ? う、うん………………あっ!!! ご、ごめんなさいごめんなさい!!! あ、あたし、そんなつもりは……!!!」

「だ、大丈夫、大丈夫ですから……ふふ……」

 

 どうやらふにふらのフォローはウィズの心を更に抉ってしまったらしい。

 ……うん、20歳っていうのは人間だった頃の年で、ふにふらはそこを失念していた。つまり、今はもっといってるんだろう……近くにセシリーもいるので、おおっぴらに言える事ではないが。

 

 すると、ここでセシリーが暖かく包み込むような声で、

 

「ウィズさん。男性に縁がなくても、考え方を少し変えるだけで世界が変わって見えるものよ」

「考え方を……? それはどういう……」

 

 ウィズの疑問の声に、セシリーは堂々と答える。

 

「相手が女の子でもいいじゃない」

「ウィズ、このお姉さんの話は聞かなくていいです。というか、聞かない方がいいです」

「ちょっとちょっとめぐみんさん、お姉さん割と本気で言ってるのよ? だって、恋愛対象を異性だけにするのと同性も含めるのでは出会いの数も全然違うでしょう? だから、これは恋で悩む人にとって画期的な解決策なのよ! あとは年齢層の下限と上限を広くすれば完璧ね!」

「どこが完璧ですか、異性がダメなら同性とかそんな切り替えできる人なんてアクシズ教徒くらいですよ!!!」

「うふふ、最初は皆そう言うものなのよ。めぐみんさんも私と一緒にいれば、きっと目覚めてくれるわ。元々素質はありそうだし」

「目覚めません! 素質もありません!! お姉さんの妄想癖がゆんゆんと同レベルというのはよく分かりましたから、人を巻き込むのはやめてください!!」

「ちょっと待って!! 私、この人と同レベルなの!? 流石にそれは聞き捨てならないんだけど!!!」

 

 かなりのショックを受けたらしいゆんゆんの声が聞こえるが、めぐみんはまともに取り合う気はないようだ。

 一方でセシリーは何故か得意気に、

 

「めぐみんさん、あなたはまだアクシズ教徒というものが良く分かっていないようね。そう、確かに最初はただの妄想だとか思われるかもしれない…………でも、それを妄想で終わらせずに現実にしようと行動するのがアクシズ教徒なのよ」

「何でしょう、セリフだけ聞けば良い事を言ってるような気がしないでもないのですが、アクシズ教徒が言うとろくでもない事にしか聞こえませんね……」

 

 めぐみんの呆れた声を聞きながら、俺も何度も頷く。

 言葉というのは、それを言う者によって受け取られ方が大きく違ってくるものだ。例えば俺が子供が好きだと言えばロリコンと罵られ、ミツルギ辺りが同じことを言えば子供好きの優しいイケメンと評判が良くなる。

 

 俺がそんな事を考えながら世の中の不公平さを嘆いていると、あるえの声が聞こえてくる。

 

「まぁでも、妄想癖というのも悪いことばかりじゃないよ。妄想でも想像力は付くからね。私なんかは作家を目指しているから重要な事だし、そうじゃなくても想像力豊かな人は、あらゆる可能性を想定する事ができる。例えばそうだね…………」

 

 ここであるえは言葉を切って、

 

 

「――――先生もちょうど今露天風呂に入っていて、隣の男湯でじっと耳をそばだてて私達の会話を聞いていたりする可能性はないかな?」

 

 

 思わずビクッと体が震えた。

 な、なんだ、あるえの奴、気付いてたのか!?

 

 あるえの言葉に、女湯はしんと静まり返った後。

 

「兄さん? もしかして、そこにいるの?」

 

 真っ先に尋ねてきたのはゆんゆんだ。

 ど、どうしよう、さっきからずっと黙っていたくせに今更返事とかしたら、やっぱり聞き耳を立てていたとか思われて怒られそうだ。いや、実際その通りなんだけどさ。

 

 と言っても、向こうが勝手に胸とかそういう話を始めたわけで、俺は別に悪くないんじゃないか? 女子トークで盛り上がっている所に俺が水を差すのも悪いと思ったとか言えば、それで何とかなるんじゃ…………ダメっぽい気がする。

 

 俺が色々と考えを巡らせていると、めぐみんも訝しげな声で、

 

「先程のあるえの言葉の後、隣の男湯から水音が聞こえましたね。さっきまではずっと静かだったのに。…………先生? いるのですか? 女の子の胸の話を聞いて興奮しているのですか?」

「普通なら気にしすぎと思いたいところですけど、カズマさんですからね……本当に聞いていたとしても何も不思議じゃないというのが……」

 

 めぐみんはいつもの事だが、ウィズもまるで信用してなくて俺は悲しいです……いや、完全に日頃の行いのせいなんだけど……。

 

「うーん、お姉さんはカズマさんとは知り合ったばかりだけど、考えすぎだと思うわね」

 

 ここで、意外にもセシリーがこんな事を言ってきた。

 あれ、どうしたんだろうこの人、てっきり一番俺が聞き耳を立てている説を推してくるかと思ったんだけど。

 

 セシリーの予想外の反応に戸惑っているのは俺だけではないらしく、めぐみんが、

 

「急にどうしました、お姉さん? 言っときますけど、先生の欲望への忠実っぷりはアクシズ教徒並だと思いますよ?」

「えぇ、お姉さんもそう思っているわ。だからこそ、もし本当にカズマさんが隣にいるなら、聞き耳を立てる程度で終わるとは思えないのよ。だって、私がカズマさんだったら、めぐみんさん達の胸の話を聞いて我慢できずにここに特攻しているもの」

「すみません、私がアクシズ教徒を舐めていたみたいです……先生は普段からセクハラ三昧ですが、流石にそこまで捨て身では来ませんって」

 

 やっぱりセシリーはセシリーだった。つーか一番酷い事言ってるぞこの女。

 ……と言っても、実際俺は聞き耳を立てるだけじゃ終わらずに、なんとか魔道カメラで女湯を盗撮しようと考えてたから、あながち全て間違いだと切り捨てられないのも事実なんだけども。

 

 すると、ふにふらが少し照れくさそうな声で、

 

「ま、まぁ、でも、先生が本気で混浴したいとか思ってるなら、ちょっと恥ずかしいけどあたしはアリかなーって……二人きりとかなら…………どどんこもそう思わない?」

「えー…………私は流石にまだちょっと恥ずかしいかな…………」

「えっ、そ、そう? でもさ、先生はすぐ他の女の人に流されそうだし、少しくらい強引に距離を縮めた方が」

「はぁ……そうやってすぐに体を差し出す辺り、やはりビッチですね。そんな話を振られてどどんこも困っているではないですか。どどんこの目をちゃんと見てくださいよ、これは『何言ってんだこのビッチ』と思ってる目ですよ」

「ええっ!?」

「ま、待って、そこまでは思ってないから! ただ、ゆんゆんと同レベルの事言い出したから、少し反応に困っただけで……」

「ゆんゆんと同レベル……!?」

「ねぇ、本当に私って皆からどう思われてるの!?」

 

 どどんこの言葉にショックを受けるふにふらに、更にショックを受けるゆんゆん。

 俺としては、ふにふらみたいに積極的なのはウェルカムなんだけどなー。かと言って、めぐみんみたいに普段はそっけない奴が、たまに直球で来たりするとそれはそれで困るけど……面倒臭いな俺。

 

 すると、突然めぐみんが驚いた声をあげる。

 

「な、何をしているのですかお姉さん!?」

「え、何って、本当にカズマさんがいるかどうか確かめてみようかなって。この壁の向こうが男湯だから」

「もしかして直接覗く気なのですか!? それは流石にアウトだと思うのですが!!」

「大丈夫、大丈夫。男が女湯を覗くのと比べたら、女が男湯を覗くのは大した事じゃないわ」

 

 おい何言ってんだこの女、マジで覗く気か!?

 俺はすぐに風呂から出ようと考えるが、今セシリーがどの程度まで壁をよじ登っているのか分からない。運が悪ければ、立ち上がった瞬間をセシリーに見られるという可能性も捨てきれない。

 

 それならと、俺は小声で素早く詠唱して、

 

「『ライト・オブ・リフレクション』」

 

 魔法によって、俺の姿は消える。

 とりあえずは、これで覗かれてもすぐにバレることはない……が、当然里の生徒達は俺のこの魔法のことを知っている。まだまだ油断することはできない。

 

 そこまで考えた時、男湯と女湯を区切っている壁の上から、セシリーの頭が出てきた。

 向こうからは俺の姿は見えないというのは分かっているが、それでも緊張で全身が強張る。

 

 そして。

 

 

「あぁ、なんだ、ゼスタ様だったんですか」

 

 

 その言葉に、俺ははっとする。

 急展開に焦って忘れていたが、今ここには俺以外にゼスタもいる。

 そのゼスタはと言えば、俺と違って何のアクションも見せておらず、穏やかな表情でセシリーを見上げて、

 

「バレてしまいましたか。勘付いた子はあるえさんと言いましたか、流石は紅魔族の娘さん、知能が高い」

「はぁ……ゼスタ様は相変わらずですね。私達アクシズ教徒でも、ゼスタ様の性癖全てに付き合える人などいないのですから、もう少し…………あれ? でも珍しいですね、ゼスタ様がこんな聞き耳を立てるだけで満足しているなんて」

「いえ、私も少し別の趣向を試していたのですよ。ただ覗くだけでは一瞬で終わってしまいます。そこで、ある程度こうして聞き耳を立てて隣の様子を妄想し心を高揚させてから、いざ実物を目にした方が、より大きな感動を得られるのではないかと思いましてね」

「……なるほど。一理あります」

 

 不覚にも俺も少し納得してしまった。

 イケナイお店なんかでも、女の子が最初から際どい服で出てくるよりも、最初は普段着で接客してもらって、頃合いを見てから着替えてもらう方がずっと興奮する。あのワクワク感がいいんだよな。

 

 ……って、そんな悠長に頷いてる場合じゃない。

 犯人はゼスタだったというのは俺にとっては都合のいい展開ではあるが、このままゼスタが俺のことをバラさないという保証はどこにもない。

 

 俺が祈るようにしてゼスタを見ていると、

 

「まぁしかし、バレてしまっては仕方ありませんね。やはり、目の前の欲求にすぐに飛びつかないというのは私らしくなかったのかもしれません。では、ここからは」

「みんな、ゼスタ様が覗いてくるわよ! 早く行った行った!! ロリっ子達は私だけのものよ!!!」

 

 セシリーの言葉の直後、隣からは女の子達の慌てた声と、風呂から上がると思われるバシャバシャという水音が連続する。すぐにセシリーも壁の上から頭を引っ込めてしまう。

 

 それから少しして、隣が完全に静かになったのを見計らって俺は光の屈折魔法を解く。

 

「た、助かった……ありがとう、ゼスタさん。俺のこと言わないでいてくれて」

 

 結局、女湯の覗きは失敗してしまったが、とりあえずはバレなかっただけでも良しとしよう。実際に現行犯で捕まらなくても、隣で息を潜めて聞き耳を立てているだけでも、日頃の行いのせいで覗こうとしていたと言われてもおかしくなかった。

 

 相手が生徒達だけならバレてもキャーキャー騒ぐくらいで可愛いだけなんだが、セシリーやウィズもいるとなると話は別だ。セシリーは代償として何を要求してくるか分かったもんじゃないし、ウィズなんかはテンパッて魔法をぶっ放されたりしたらマジで洒落にならない。

 

 そう考えながらほっと一息ついている俺に、ゼスタはニコニコと。

 

「いえいえ、私としてもこの状況を壊したくはなかったですし、お気になさらず」

「え? いや、たぶん隣はもう皆出ちゃったぞ? 流石にゼスタさんに覗かれるっていうのが分かってて残っているような大物はウチのクラスにはいないって」

「……? あぁ、そういえば言ってなかったですかね」

 

 ゼスタは少しきょとんとした顔になったが、すぐにまた笑顔を浮かべて、

 

 

「私、男もイケますから」

 

 

 ………………。

 ん? あれ? 今このおっさん、何て言った?

 

 まだ上手く事態を飲み込めていない俺に、ゼスタは相変わらずご機嫌な様子のまま、

 

「あ、もちろんロリっ子も大好物ですよ? 出来ればどっちも堪能したい所でしたが、私としてはとりあえずカズマさんがいてくれれば満足ですよ」

「…………」

「ふふ、セシリーさんはカズマさんのことを平凡だなどと言っていましたが、私からすれば全然そんな事はありませんよ。あのロリっ子達よりはお兄さんとはいえ、私から見ればまだまだあどけなさの残る顔立ち、しかしそこに潜む世を知った黒さ。そのギャップがまたたまらないのですよ」

「…………」

「ギャップといえば、その肉体もですね。15歳にして高レベル冒険者なだけあって程よく引き締まったその体、そして冒険者の割には傷がほとんど見られない白い肌。それは思わず手を出すのを躊躇う程美しく、しかし、だからこそ触れてみたいという欲求も同時に湧き起こり……はぁ、はぁ……」

「…………え、えっと、俺、もうそろそろ上がろうかなー」

 

 最初に気付くべきだった。

 ゼスタが風呂に入ってきた時の、先客の人達の反応で気付くべきだった!

 

 これ以上この人と一緒にいるとヤバイ!!

 

 先程セシリーがこちらを覗こうとしていた時とは比べ物にならない程に緊張しているのが分かる。心臓がバクバクと嫌な鼓動を打っている。

 とにかく、ここは速やかにこの場を離れるしかない!

 

 俺は立ち上がって、風呂から出ようとした…………その時だった。

 

 ぎゅむ、と。

 尻を……後ろから……掴まれ……。

 

 

「ふふふ、思った通り、良い感触です。安心してください、最初は戸惑うかもしれませんが、その内」

 

 

 ぷつんと、何かが弾けた。

 

 

「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 

***

 

 

 ここはアルカンレティアにある一番大きな湖の畔。

 あの後、俺は何とか変態から逃げ切ることはできたのだが、支援魔法までかけた本気のダッシュをしたせいで汗だくになってしまい、火照った体の熱を下げる為に夜の街を散歩していたら偶然この湖を見つけたのだった。

 

「はぁ……こんだけ汗かいちまったら、温泉入った意味ねえじゃねえか……かと言って入り直すってのもこえーし…………ん?」

 

 そんな文句を言いながら暗い夜の湖の畔を歩いていると、何やら人影を見つける。

 俺と同じく散歩でもしているのだろうかと思ったが、何やら独り言を言っているようだ。しかも、声が結構でかい。

 

 

「この気持ちは何なんだろう……。私はお兄ちゃんの事が好きだったはずなのに、いつの間にかめぐみんの事も…………私は、どうしたら……」

 

 

 ゆんゆんだった。

 ゆんゆんが、一人で、湖の畔で、そんな事を言っていた。

 

 ………………。

 これは、あれだな、明らかに聞いちゃいけなかったやつだな。

 

 俺は速やかに回れ右をすると、ゆんゆんに気付かれない内にこの場を後にしようとする。

 しかし、一歩後ずさった瞬間、パキッと小枝を踏んでしまった。

 

「だ、誰!? え、あっ、に、兄さん!?」

 

 俺の高い幸運はどこへ消えたんだ……。

 足元の折れた枝に忌々しい視線を送ったあと、ゆんゆんには慌てて取り繕った笑顔を向ける。

 

「よ、よう、ゆんゆん、奇遇だな。言っとくけど、俺は何も聞いてないから安心しろ。あと、お兄ちゃんとしては、ゆんゆんとめぐみんの百合展開も大歓迎です」

「バッチリ聞いてるじゃない!!! ち、違うの!! これは」

「分かってる分かってる。そうだよな、好きな人が変わるっていうのはよくある事だと思うよ、うん。でも、相手がめぐみんだっていうなら、お兄ちゃんも大人しく引き下がるから」

「全然分かってないじゃない!!!!! 本当に誤解なのよおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 その後のゆんゆんの必死の説明によると、どうやらゆんゆんは映画の演技の練習をしていたらしく、先程のはそのセリフなんだとか。

 撮影の時もゆんゆんの照れの残った演技で、あるえ監督からストップがかかる事が多いため、こうしてコッソリ練習していたらしい。

 

 説明を受けて、俺もようやく納得する。

 

「なるほどな。つまりさっきのは全部演技の練習で、実際はめぐみんの事は友達として好きで、俺のことは男として好きだって区別は付いてるんだな」

「うん、だから…………ちょ、ちょっと待って! 違うから!! べ、別に私は兄さんのことは」

「はいはい、かわいいかわいい」

「その微笑みやめて!!! 頭も撫でないで!!! 違うって言ってるでしょ!!!!!」

 

 ゆんゆんは顔を真っ赤にしながら、頭を撫でる俺の手を振り払いながら話を変えるように、

 

「そ、それより、兄さんこそこんな所で何してるのよ。なんか大声出して宿から飛び出して行ったじゃない」

「それがあのゼスタっておっさん、どうやら男もイケるらしくてな。風呂場でとんでもない目に遭ったんだ」

「えっ……と、とんでもない目って……?」

「…………言いたくない」

 

 軽く自分の尻に触れてみると、まだあのゼスタの手の感触が残っているような感じがする。

 あんなに背筋が凍ったのは生まれて初めてじゃないか。マジでトラウマになりそうだ……ホント何なんだよあのおっさんは。今まで変な奴は何度も見てきたけど、アレはレベルが違うぞ……。

 

 そんな俺の様子を見たゆんゆんは、何かを察したかのようにはっとして、

 

「そ、そんな……兄さんが……まさか、男の人に……! うぅ、他の子達には気を付けていたのに、そんな所から……」

「……あの、ゆんゆん?」

 

 とてつもなく悔やむような、悲しむような表情を浮かべた妹に、どう反応していいか分からなくなる。

 ゆんゆんの奴、なんか勘違いしてるような……。

 

 すると、今度は突然俺に気遣わしげな表情を向けてきて、

 

「あっ、ご、ごめんね兄さん、一番辛いのは兄さんなのに…………その、大丈夫? お、お尻とか痛くない……?」

「え、いや、まだちょっと気持ち悪い感触は残ってるけど、別に痛くはないな……そんなに強くやられたわけじゃないし……」

「い、痛くなかったの? でも流石に最初は……あ、でも、お風呂場なら石鹸とかで滑りを良くすれば平気なのかな……」

「…………」

「えっと、とにかく、私は兄さんの味方だから。何か話したいことがあったら何でも言ってね? それで兄さんの気持ちが少しでも軽くなってくれるなら、いくらでも付き合うから……だから、その、これからも前を向いて生きていこう?」

「…………ゆんゆん。早速だけどお兄ちゃんとちょっとお話をしようか」

 

 どうも話が怪しい方向へと進んでいるのを感じ、この辺りでお互いの認識の確認をする事に。

 その結果。

 

 

「へ、変態だ!!! この妹、可愛い顔して、自分の兄のケツにおっさんのアレが突っ込まれたとか妄想するド変態だっっ!!!!!」

「やめてえええええええええええええええええええええええええええ!!!!! 何よ、兄さんが紛らわしい言い方するのが悪いんでしょバカああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 どうやらゆんゆんは、俺がゼスタに襲われて最後までやられてしまったと勘違いしていたようだ。

 まったく、どれだけ妄想力豊かなのだろうこの子は。お兄ちゃんとしては妹がエロいのは一向に構わないんだが、他の男に付け込まれないか心配だ。

 

 俺は妹の将来を案じながら、頭をかいて、

 

「やっぱゆんゆんって、長年ぼっちこじらせてたせいか、一人で色々考えて暴走するところがあるよな。何かあったらちゃんとお兄ちゃんに相談しろよ? 特に他の男が言い寄ってきたとかそういうのは。すぐに何とかしてやるから」

「そういう時はめぐみんに言うわよ。兄さんに言うと、どう考えても過剰な事するし。…………でも、相談……か」

 

 そこでゆんゆんは少し逡巡するような表情になる。

 ……そうだ、ゆんゆんはこの頃ぼーっとして何かを考え込んでいる様子を多々見かける。この際だ、それについて聞いてしまった方がいいかもしれない。

 

 そう思って口を開いた時。

 

 

「相談なら、お姉さんに任せなさいな!!!」

 

 

 ザバァァ! と大きな水音をあげて、湖から突然セシリーが上がってきた!

 あまりにも唐突な登場に、俺もゆんゆんも同時にビクッと体を震わせる。

 

「きゃっ……セ、セシリーさん!? なんで水の中から!?」

「び、びっくりした……こんな所で何してるんだよあんた……」

「何って、私はアクシズ教のプリーストよ? アクア様は水を司る女神で、ここはこの街で一番大きな湖。やることは決まっているでしょう?」

「あ、もしかして、水の儀式か何かでもやっていたんですか……?」

「えっ、セシリーさんがそんな聖職者らしい事やんのか?」

 

 俺達の言葉に、セシリーはきょとんとした様子で、

 

「いいえ? 釣りしてたのよ。ところてんスライム以外に食べる物が欲しくて。宿の店主は同じアクシズ教徒なのにケチで、温泉入るのは許してやるけど金がないなら夕飯は出さないって言うし、今日のエリス教会襲撃は失敗しちゃったからパンもないの。この街の水や温泉の管理はアクシズ教徒に任されてるから、ここでどれだけ魚を乱獲したところで怒られたりはしないし、安心して食料調達できるのよ」

「あんた本当にプリーストらしさの欠片もないな……つーか、店主さんも温泉入らせてくれるだけ十分親切だろケチとか言ってんじゃねえよ……」

「えっと、でも釣りをしててどうして湖の中から……足を滑らせて湖に落ちちゃった……とか?」

「あぁ、それは」

 

 セシリーがそう言いかけた時だった。

 

 

 ザバァァ! と突然湖の中からタコだがイカだかの触手が飛び出し、俺の体を絡め取ってきた!

 

 

「どわあああああああああああ!!!!!」

「兄さん!!!!!」

 

 モンスターに捕まった俺は、両足が地面から離れ、ふわっという浮遊感と共に為す術なく湖の方へと引っ張られていく。

 このままではマズイと思い、俺は咄嗟に自分を捕まえている触手を掴み、『ドレインタッチ』を発動させる!

 

 すると、体を絡め取っていた触手の力が緩み、宙に持ち上げられていた俺は落下して地面を転がる。

 

「げほっ……し、死ぬかと思った……」

「兄さん、大丈夫!?」

「ゆんゆんさん、危ないから下がって! まだモンスターが狙ってきてるわ、ここはカズマさんを囮……じゃなくて、カズマさんに任せて私達だけでも逃げましょう!!」

「ええっ、そんな!!」

 

 あ、あのアマ……いや、ゆんゆんがこっちに来ないように抑えてくれるのは助かるけどさ……。

 『ドレインタッチ』によってモンスターは怯んだのか、再び攻撃してくることはなく、触手を宙でゆらゆらさせてこちらの出方を伺っているように見える。本体は依然として湖の中から出てこない。

 

 俺はこの間に詠唱を終え、手を手刀の形にして振りかぶり、

 

「『ライト・オブ・セイバー』!!!」

 

 手刀の先から伸びた光の剣は、夜の闇を裂くように横に振るわれ、モンスターの触手を斬り飛ばした。良かった、ちゅんちゅん丸がないので、俺の魔法じゃ威力が足りないかと思ったけど、このモンスターは図体の割に防御力はないみたいだ。

 

 謎のモンスターは触手を斬られて危機を感じたのか、それ以上襲ってくることはなくなり、その隙に俺達は湖から一目散に逃げる。

 向かった先は冒険者ギルドで、すぐにあの湖付近を立ち入り禁止にしてもらい、討伐クエストを出してもらった。

 

 ようやく一息つけたところで、俺はセシリーにじとっとした視線を送る。

 

「まったく、あんなのがいるなら早く言ってくれよ……あんたが湖から出てきたのは、あれに捕まって引きずり込まれたのか」

「あっ、そ、そういう事なんですか、セシリーさん? よく無事でしたね……」

「えぇ、あのモンスターは大きい割に柔らかくて臆病っていうのは知ってたから、触手に噛み付いたら離してくれたわ。あんなにしつこく追ってくるなんて思わなかったけどね。アクシズ教徒には触手攻めが好きな人や、自分を餌にした釣りを好む性癖の人はいるけど、お姉さんは違うし、いい迷惑よ」

「そのふざけた性癖にもツッコミたいところだけど、なんかセシリーさん、あのモンスターについてよく知ってるみたいな口振りだな」

「えぇ、元々あれって、以前私達が布教用に持ってきた水棲モンスターなのよ。結局布教は失敗しちゃって、全部外に逃がしたつもりだったんだけど、残ってたのが住み着いちゃってたのね。まぁ、適当に魔王軍の仕業だとか言っておけば、バレないわよきっと」

「完全にお前らのせいじゃねえか!!! 何でも魔王軍のせいにしてんじゃねえよ……お前らもう魔王軍よりたちが悪いと思えてきたぞ」

「そ、そもそも、布教にモンスターって、どう使っていたんですか……?」

「ふふ、聞きたい? 何故か警察に捕まっちゃったけど、これが中々良い布教法で」

「待てゆんゆん、聞くな。どうせエリス教に罪を押し付けたマッチポンプとかろくでもない事に決まってる」

「なっ……どうして分かったの!? 流石はカズマさんね……やはりあなたにはアクシズ教徒と同じ匂いが……」

「しねえよ! まだ言うかそれ!!」

 

 相変わらずのアクシズ教徒のフリーダムさに頭が痛くなってくる。

 セシリーは水を吸った修道服の袖の部分を絞りながら、

 

「とにかく、お姉さんの事は心配しなくていいわ。それより、今はゆんゆんさんの悩みよ」

「心配してねえよ……心配するとしても頭の方だよ…………え、あれ、セシリーさん、ゆんゆんが何か悩んでるのに気付いてたのか?」

 

 俺は意外に思ってそう尋ねる。隣では、ゆんゆんもまた目を丸くして驚いているようだ。

 セシリーは優しい微笑みを浮かべて、

 

「これでも一応はプリーストのお姉さんだからね。何か悩みがありそうな人は見ていればすぐ分かるのよ。でも、周りに人がいると言いづらいかと思って、二人きりになれるチャンスを伺っていたの。それで、偶然湖でゆんゆんさんを見かけて、ちょうど二人きりだし聞いてみようかと思ったんだけど、いきなり『お兄ちゃんの事が好きなのに……!』とか言い始めたから、空気読んで離れて釣りしてたのよ」

「う、うぅぅぅぅ……!!」

「く、空気読むなら最後まで読んで言わないでおいてやれよ…………でも、ちょっと見直したよ。普段はふざけてても、やっぱ聖職者なんだなセシリーさん。皆のことしっかり見てるんだな」

「普段からアクア様に見られても恥ずかしくない生き方をしているから当然よ。まぁでも、ロリっ子以外は見てないんだけどね。だから、私のお悩み相談はロリっ子限定よ。あ、年下のイケメンでもいいわよ」

「俺の感心を返せよ」

 

 俺はジト目でセシリーを見るが、向こうはどうしてそんな目で見られているのか分からないらしく、きょとんとしている。もういいや……。

 

 俺は溜息をつくと、改めてゆんゆんの方を向いて、

 

「で、ゆんゆんは何に悩んでるんだ? 最近、時々何か考え込むように黙り込んでる時あるよな」

「え、えっと、その、別に悩みっていう程でもないんだけど…………そっか、兄さんもセシリーさんも気付いてたんだ……」

「言っとくけど、俺の方が先に気付いてたからな。なんたってお兄ちゃんだしな」

「ちょっと待ちなさいな。それはカズマさんの方が先に気付くチャンスがあったってだけの話で、出会ってからまだ一日も経っていないお姉さんの方が、気付くまでは早かったって言えるはずよ!」

「なっ、俺よりあんたの方がゆんゆんの事を分かってるとか言う気か!? それは流石に聞き捨てならねえな、俺は小さい頃から一緒にいるんだ! ゆんゆんのスリーサイズはもちろん、紅魔族の体にある刺青の場所だって正確に把握してるんだからな!!」

「お姉さんくらいになると、ロリっ子のスリーサイズくらい目分量で正確に測れるようになるのよ! ズバリ、○○-△△-□□でしょう!」

「っ!!」

「ふふ、その反応は当たりって事でいいわよね? やっぱり女の子の事は同性であるお姉さんの方がよく分かっているのよ。もちろん、その刺青の場所だって、お風呂の時にちゃんと確認したわ! 他の子達も含めて全員分ね! ゆんゆんさんの場所は」

「ま、待って待って待って!!! やめて何言おうとしてるの!? と、というか、どうしてそんんな体の事ばかりなのよ、もっと、その、内面的な事とか……」

 

 顔を赤らめながら、不満そうな顔をするゆんゆんに、俺は。

 

「もちろん内面的な事だって何でも知ってるぞ! 例えば、ゆんゆんはお兄ちゃんの事が大好きで、しかもそれは家族としてとかじゃなくて、一人の男として愛してるって事とか!!」

「そのくらい私だってすぐに気付いたわ! でもゆんゆんさんはその気持ちを素直にぶつける事ができずに、夜な夜な一人で発散を」

「ねぇお願いだからちょっと待って!! どっちがより私を辱められるかみたいな勝負になってるから!!!」

 

 いよいよゆんゆんが顔を真っ赤にさせて泣きそうになっているので、仕方なく俺とセシリーは言い争うのをやめる。

 それにしてもこの人、本当にロリっ子の事はよく見てるな。意外と面倒見の良いお姉さんと見ることもできなくはないが、普段の言動がアレ過ぎて犯罪臭しかしない。一応本命はめぐみんらしいが、ゆんゆんにも何かちょっかい出さないか警戒しておくに越したことはないだろう。

 

 とにかく、ここはまずはゆんゆんの話を聞こう。

 それはセシリーも同じことを思ったのか、自然と俺達はじっとゆんゆんへと視線を送る。

 

 それを受けたゆんゆんは、少し躊躇うような様子を見せたが、意を決したように。

 

「……あの、ね。私」

「ぶぁっくしゅんっっ!!!!!」

 

 とても綺麗なお姉さんのものとは思えない、派手なくしゃみが響いた。

 俺は空気を読めない変態プリーストに思い切りどんよりとした視線をぶつけるが、相手は全く気にしている様子もなくマイペースに。

 

「お姉さん、こんな濡れ濡れだと風邪引いちゃうから、とりあえず宿に戻らない?」

 

 どことなくエロい言い方してるのが腹立つなちくしょう!

 

 

***

 

 

 それから俺達は宿に戻り、セシリーさんは濡れた服を着替え、他の生徒達には知られないように俺が泊まる部屋でゆんゆんの悩みを聞くこととなった。

 

 そして、大体の話を聞いた後、俺は。

 

「なんだ、そんな事で悩んでたのかよ」

「そんな事!? わ、私にとっては結構大事なことなんだけど……!!」

 

 俺の素っ気ない反応にムキになるゆんゆん。

 確かに色々考え込んでしまうゆんゆんらしい悩みなのかもしれないが、俺からすればそこまで深刻に考えなくてもと言う他ない。まぁでも、俺自身まともに学校生活送ってたわけじゃないし、そこら辺が原因で俺とゆんゆんの間に齟齬が生じているのかもしれない。

 

 どうしたもんかと考えていると、セシリーが優しげな微笑みを浮かべて、

 

「ゆんゆんさんはいつだって他の人の気持ちを大切にしている、思いやりのある優しい子なのよね。だから、誰かの為だったら思う存分動けるけど、自分の為に何か行動を起こす時は他の人の事を考えて萎縮してしまう……そうでしょう?」

 

 セシリーの言葉に、ゆんゆんは口を小さく開けて固まってしまう。

 すげえなこの人、ゆんゆんとはまだ知り合ってからほとんど経ってないのに、もう大体のことは分かっているようだ。

 

 セシリーは聖職者らしい、包み込むような優しい口調で、

 

「でもね、相手への気遣いは大切なことだけれど、やり過ぎると壁を作られていると思われることもあるの。だから、たまには自分の素直な気持ちを言ってみてもいいと思うわ」

「で、でも、それで重いとか思われて引かれちゃうとか……」

「大丈夫よ。私が見た限り、クラスの子達みんな、ゆんゆんさんの事が大好きだと思うから。それに、ゆんゆんさんも、カズマさんやめぐみんさんと話す時はそこまで遠慮する事もないでしょ? それと同じような感じで他の子達とも話してあげれば、相手もより親しみを感じてくれると思うの」

 

 …………誰だこの人。

 まるで真っ当なプリーストのようなセシリーの言動に、俺は誰かが変装してるんじゃないかとばかりにまじまじと見てしまう。

 

 そして、ゆんゆんは少しの間難しい顔で考え込んでいたが、やがて何かを決意したような凛とした表情になる。

 

「……わ、分かりました! 私、皆とちゃんと話してみます!」

「ふふ、それがいいわ。お姉さんも、陰ながら応援しているわよ」

 

 ゆんゆんを暖かく見守るセシリーの表情は、見ているだけでこっちまで心強く感じられる…………が。

 

 あれ、なんか俺の役割を完全に奪われている気がするんですが、気のせいですか。

 俺、一応ゆんゆんの先生で兄でもあるんだけど……そのポジションは本来俺がいるところのはずなんだけど……。

 

 何とも寂しい疎外感を覚えている内に、ゆんゆんは部屋から出て皆の所へと行ってしまった。

 妹の背中を見送ったあと、俺は頭をかきながらセシリーに、

 

「その、ありがとなセシリーさん。お陰でゆんゆんも吹っ切れたみたいだ」

「お礼なんていいわよ。可愛いロリっ子の力になれたのなら、お姉さんは幸せなんだから」

「どんだけロリっ子が好きなんだよ、まったく……」

 

 相変わらずブレないセシリーに思わず口元が緩む。

 何というか、第一印象こそは酷いものだったが、こういった純粋にロリっ子を愛でようとしている所だけは認めてやってもいいのかもしれない。

 

 そんな風に思っていると、セシリーは俺に対して講義をするかのように、

 

「あと、これはまだゆんゆんさんにとっては、きっかけでしかないわ。見たところ、あの必要以上に人に遠慮しちゃう性格は染み付いちゃっているみたいだからね。もっと自分を出せるようにするには、段階を踏む必要があるわ」

「あー、まぁ、そうだろうな。性格ってのはそう簡単に変わるもんでもないしな。でも段階って、まだ何か考えがあるのか?」

「えぇ、もちろん。とりあえず、第二段階としてはゆんゆんさんにはアクシズ教に入信してもらうわ」

「おい」

「そして第三段階として、『人との距離を縮めるため』とか言って、日常的に一緒にお風呂入ったり同じ布団で寝た上で、女同士の良さに目覚めさせて」

「目的変わってんじゃねえか! あんたもうゆんゆんに近付くんじゃねえぞ!!」

 

 そうだ、セシリーの意外な一面を見たせいで忘れかけていたが、この人は基本的に油断ならない変態だった。危ない危ない……。

 

 俺はセシリーを警戒しながら、

 

「大体、あんたの本命はめぐみんだったはずだろ」

「確かに一番好みなのはめぐみんさんだけど、だからって他の可愛いロリっ子には手を出さない理由にはならないわよ。あなただって、正妻とは別に何人か愛人を持ったハーレム生活っていうのには憧れるでしょう?」

「ぐっ……少し納得しちまうのがなんか悔しい……!」

 

 もちろん、素直にそれを認めてしまうと、やっぱり俺はアクシズ教が向いているとか言われてしまいそうなので堪えるが。

 

 このままセシリーと話していると何かドツボにはまってしまうような気がしたので、俺はこの辺りで話を打ち切ることにする。

 

「じゃあ、俺はそろそろ休むから。セシリーさんは」

「えっ、ごめんなさい。年下の男の子は好きだけど、できれば初めてはもう少しイケメンでお姉さんを末永く養ってくれそうな子がいいの」

「ちげえよ何勝手に妙な解釈してんだ! 自分の部屋に戻れって言ってんだよ!!」

「あぁ、一人でするって事ね」

「一人でもしねえよ!!!」

 

 もうホント、この人と話していると頭が痛くなる上にどっと疲れる……。

 

 それから俺はセシリーを追い出すと、ある魔道具を取り出した。

 風呂の覗きには失敗してしまった俺だが、そこで終わるような男ではない。実は女部屋の方には既に魔道カメラを仕掛けてあり、こちらのモニターで向こうの様子を観察できるようになっていた。ゆんゆんがまだ学校に慣れてない頃は、似たような方法で休み時間の教室を観察して妹のことを見守っていたものだ。

 

 カメラを仕掛けたのは、ゆんゆん、めぐみん、ふにふら、どどんこの四人部屋だ。本当はウィズの部屋に付けてサービスショットを狙いたかったのだが、今回はクラスのお泊りに臨む妹の姿を保存することを優先した。お兄ちゃんだもんな俺。

 

 こういった旅行の夜といえばガールズトークというものは欠かせないだろう。その流れで、もしかしたらゆんゆんがお兄ちゃんへの愛を語ってくれる可能性もあるかもしれない。そんな妹の言葉を録音できた日には、きっと毎日が幸せになれる事請け合いだ。

 

 そんな期待に胸をワクワクさせながらモニターをつけると、そこにはちゃんと女部屋が映し出され、浴衣姿の少女達が各々リラックスしている様子が見える。

 どうやら、まだゆんゆんは部屋に戻ってきていないらしいので、俺はそのまま少し待っていると。

 

「へぇ、流石はカズマさんね。そんな手を仕込んでいただなんて」

「どわあああっ!?」

 

 突然頭上からそんな声をかけられ、驚きのあまり体が跳ね上がる!

 すぐに声のした方向、天井へと視線を向けてみると、なんと天井裏からセシリーが板を外してこちらをニヤニヤと見ていた。

 

「どこ隠れてんだよ、NINJAかあんたは!」

「NINJA? よく分からないけど、ここはアクシズ教徒が運営している宿よ? こういう仕掛けがあっても不思議ではないでしょう?」

「あんたらの頭が不思議だよ…………つーか、まさかそのまま天井裏から女子部屋まで隠れて行くための仕掛けなのかそれ」

「残念ながら、女子部屋へは行けないように封鎖されてるわ。一度ゼスタ様がやらかして逮捕されちゃってね」

「息をするように逮捕されるなあんたら」

 

 アクシズ教徒の奇行にいちいちツッコんでいたらキリがないというのは分かってはいるのだが、流石に全部スルーできる程俺は図太くない。

 ちなみにNINJAというのは、紅魔の里の図書館にある本にたまに出てくる、アサシンのようなものだ。

 

 頭を痛めている俺にはお構いなしに、セシリーは慣れた動作で天井裏から部屋に下りてくる。

 

「それ、めぐみんさん達の部屋を映してるんでしょ? お姉さんにも見せて見せて」

「いや、セシリーさんは一応女なんだし、普通に部屋訪ねればいいだろ」

「こんな美人プリーストに一応女って…………もちろん、部屋は訪ねたわよ。カズマさんが宿を飛び出したすぐ後くらいだったかしら。でも、ロリっ子にお布団っていう組み合わせにテンション上がりすぎちゃって、ちょっと過度なスキンシップしちゃったみたいで、激しい抵抗を受けて部屋から追い出されたわ」

「お前は俺がいない間にウチの生徒に何やらかしてくれてんだ。そんなん聞いて見せられるか、しっしっ」

「現在進行形でやらかしてる人に言われても…………ふふ、でもそんなにお姉さんを無碍に扱っていいのかしら? アクシズ教徒を下手に抑圧すると、反動で何をやらかすか分からないわよ? それなら、ここで映像を見せてくれた方が平和的に終わるんじゃないかしら」

「こ、こいつ、開き直りやがったな……!」

 

 しかし、考えてみるとその通りで、この変態女が可愛いロリっ子の為に手段を選ばずにとんでもない事をやらかす可能性だってゼロじゃない。

 

 それならば、睡眠魔法とかで眠らせてしまうというのも考えるが、セシリーの力量がよく分からないのが不安だ。ただの変質者のおっさんにしか見えないゼスタが高レベルのアークプリーストだというのを考慮すると、セシリーも実力者である可能性は捨てきれない。

 それに、プリーストには『リフレクト』という攻撃を反射するスキルもあるので、下手に魔法を使えば自分に返ってくるリスクもある。

 

 色々考えた結果、俺は渋々ながら。

 

「……分かったよ。セシリーさんも見ていいよ」

「カズマさんならそう言ってくれると思っていたわ! そうよ、私達は争うよりも協力していくのが」

「ただし」

 

 セシリーの言葉を遮って、俺は一言。

 

「これを見終わったら、今日はもう俺の生徒には何もせずに自分の部屋に戻って寝るって約束しろ。断ったらバトル展開だからな。そんなのは、お互いリスクもあるし得はしないだろ?」

「えぇ、約束するわ! だから早く映像を」

「アクア様とやらに誓え」

「………………」

 

 俺の言葉に、セシリーの笑顔がピシリと固まり、そろーっと目を横に逸らしていく。

 こいつ……やっぱり約束破る気満々だったな……!

 

 俺はセシリーが逸らした視線の先に回り込み、じっとガン飛ばし、

 

「ち、か、え」

「わ、分かった、分かったわよ!! 誓えばいいんでしょ誓えば!!! …………ちっ」

 

 普通に舌打ちしやがったこの女!

 やはり決して油断ならないと、俺は改めて警戒を強める。

 

「ねぇ、もう少しそっち行ってもらえる? よく見えないのだけど」

「そんな押すなって、これじゃ俺が見づらくなるだろ。一応俺の持ち物なんだから、少しは遠慮しろよ遠慮」

「さっきゆんゆんさんに言ったけど、親交を深めるにあたって、時には遠慮しないというのも大切な事なのよ。つまり、私はもっとカズマさんと仲良くなりたいと思っているからこそ、こうやって」

「何が仲良くだ! お前らアクシズ教徒はいつだって遠慮なんかしてねえだろ絶対!!」

 

 美人でナイスバディなお姉さんと部屋で二人きりで体を密着させているというのは、それだけ聞けば男として凄くおいしい状況ではあるのかもしれない。

 しかし、相手がセシリーとなると、今ではそんな色気は一気に消し飛んでしまう。最初はエロいと思ったんだけどなぁ。

 何だろう、ララティーナも相当残念な美人ではあったけど、少なくともあのエロい体には少しくらいは劣情を催すことはあったんだが……アクシズ教徒ってのがアレなんだろうか。

 

 そうやってセシリーと騒いでいる間に、画面にはゆんゆんが部屋に戻ってきたのが映されていた。

 俺とセシリーは互いに押し合うのをやめ、モニターに注目する。

 

『おや、ゆんゆん。どこへ行っていたのですか。まさか、誰かに話しかけられるだけでも嬉しいからって、外に出てアクシズ教徒から勧誘を受けていたとか言いませんよね』

『い、いくら私でもそこまではしないから! えっと、その、ちょっと相談したい事があって兄さんの部屋に行ってたの』

『『先生の部屋!?』』

 

 ゆんゆんの言葉に、めぐみんだけではなく、肌の手入れをしていたふにふらとどどんこも勢い良く食いつく。

 

『あたし達もいつ行こうか話し合ってたのに、まさかゆんゆんに先を越されるなんて! どうせ、相談って言っても大したことじゃなくて、ただ先生とイチャイチャしに行ったんでしょ!!』

『ち、違うって! た、確かに兄さんには大したことでもないみたいな反応されたけど、私にとっては真剣な悩みで……』

『……もしかしてゆんゆん、旅先でテンション上がりすぎてついに告っちゃった、とか? その悩みだって、「私、兄さんのことが男として好きみたいなの!」ってやつで、そこからの「うん、知ってる」って流れ?』

『ちちちちちち違うってば!!! 本当にそういうんじゃないから!!! そもそも、兄さんの部屋に行くことになったのも偶然外であんな所を見られちゃったからで……』

『あんな所って?』

『そ、それは……』

 

 一人で隠れて演技の練習をしていたと言うのが恥ずかしいのか、口ごもってしまうゆんゆん。

 俺からすれば、別に悪い事してるわけじゃないし言ってもいいんじゃないかって思うけど、本人にとっては違うんだろう。

 

 そして、ゆんゆんは頬を赤く染めてぼそぼそと、

 

『……ひ、秘密の……その、恥ずかしい所を……』

『『秘密の恥ずかしい所!?』』

 

 おい、言い方、言い方。

 ゆんゆんのもじもじと恥ずかしがっている様子も相まって、何か変な誤解をしているようで顔を驚愕の色に染めているふにふらとどどんこの二人。

 

 ゆんゆんもまた、結構ムッツリであるからかすぐに気付いたようで、

 

『あっ、ちがっ、ま、待って!! そういう事じゃないの!!! そ、そうだ、セシリーさんもいたの! 私、別に兄さんと二人きりってわけじゃなかったの!! それで、本当は外でも良かったんだけど、セシリーさんがビショビショになっちゃったから、兄さんの部屋に』

『『セシリーさんがビショビショに!?』』

 

 あかん。

 ゆんゆんの奴、テンパり過ぎて必要な事は言わないで余計な事ばかり言ってドツボにはまってる……というか、これじゃ俺の立場まで危うい事になってるんですけど……。

 

 すると、隣からセシリーがくいくいと袖を引っ張ってくる。

 

「ねぇ、大変なの。ゆんゆんさんの羞恥プレイを見てると、お姉さん本当にビショビショになりそう」

「もう帰ってくんないかなあんた」

 

 そうやってセシリーのバカな言葉を一蹴していると、画面の中では先程まで静かにしていためぐみんが冷静な口調で、

 

『まぁ待ってください、二人共。とりあえずは落ち着いてゆんゆんの話を聞いてみましょう。自分から告白や、そんないかがわしい事など、奥手なこの子がそう簡単に出来るものではありませんよ。二人は、ゆんゆんの事は恋敵としてはそこまで警戒していなかったでしょう? ふにふらだって、先程「まさかゆんゆんに先を越されるなんて」と言っていたではないですか』

 

 めぐみんの言葉に、ふにふらとどどんこも少しは冷静になったようで、腕を組んで考え始める。

 

『…………うん、そっか、そうだよね。妹っていう一番身近な立場にいて、全然アピールできないで勝手に暴走してるのがゆんゆんだもんね』

『そうだね、冷静に考えてみると…………というか、ぶっちゃけ最近一番怪しいのって、めぐみんだし』

『…………さ、さぁ、ゆんゆん! ちゃんと話してください!』

 

 急に自分に矛先を向けられ、慌ててゆんゆんに話を振るめぐみん。

 ゆんゆんはめぐみん達の会話に何か言いたげに口をむにむにとさせていたが、せっかく話を聞いてくれるようになったのに、ここで余計なことを言ってまたこじらせたくなかったのか、一度深呼吸をしてから今度こそは冷静に順序立てて説明していく。

 

 少しして、ようやく誤解が解けると、ゆんゆんだけではなく、ふにふらやどどんこも安心したようにほっと一息ついていた。

 めぐみんだけは、どうせこんな事だろうと予想していたのか、特に表情を変えないまま、

 

『それで、結局そのゆんゆんの悩みとやらは何だったのですか?』

『あ、うん……めぐみんは知ってると思うけど、実は、その……』

 

 ゆんゆんは一瞬ちらっと不安げにふにふらとどどんこの事を見るが、元から言おうと決意していた事もあって、すぐに気を取り直してから、

 

 

『――――私、もうそろそろ学校を卒業できそうなの』

 

 

 一瞬の間。

 ゆんゆんは緊張した面持ちで二人の反応を待っている。

 

 すると。

 

『えっ……ホント!? はやっ!! 凄いじゃん、おめでとう、ゆんゆん!! あたしなんて、まだ当分卒業なんて出来そうにないのに!!』

『あ、でもそうだよね。ゆんゆんっていつもテストで良い点取ってるし、ポーション沢山貰ってスキルポイントが貯まっててもおかしくないよね…………あれ、でも、なんでそれが悩みなの?』

 

 普通に祝福されて少し戸惑っていたゆんゆんだったが、どどんこの疑問に両手の指をもじもじと絡ませながら言い難そうに、

 

『だ、だって……卒業しちゃったら、クラスの皆とも会う機会がなくなっちゃうと思って……わ、私、それは嫌だなって……』

 

 そう、最近ゆんゆんがぼーっとしていたのは、紅魔祭に向けてドタバタと騒がしくも楽しいクラスでの時間を過ごしていると、そういった時間も残り少ないという事も同時に実感して、寂しい気持ちになってしまうからだった。

 

 そこまでクラスのことが好きになってくれたのであれば、先生として俺も嬉しい事は嬉しいのだが、だからと言って卒業を嫌がられるというのもまた困ったもので。

 

 まぁでもきっと、これはゆんゆんが考えている程、難しい問題でもないと思う。

 

 ゆんゆんの言葉を聞いたふにふらとどどんこは、少しの間きょとんとしていたが、すぐに明るい笑顔を浮かべる。

 

『あはは、そんな重く考える事じゃないっしょ! まぁ、うん、確かに卒業しちゃうと学校で会うことはなくなっちゃうかもしれないけど、それでもあたし達が友達って事には変わりないじゃん!』

『そうそう、学校がなくても会おうと思えば会えるって! 里の外に出るようになっても、テレポートさえ覚えちゃえば気軽に集まれるしさ!』

『…………「私達、ずっと友達だよね!」とか言っておきながら、割とあっさりと疎遠になってしまうというパターンもよくあるらしいですが』

『あんたここでそれ言う!?』

 

 めぐみんが余計なことを言っているが、何だかんだふにふら達は卒業した後もゆんゆんの事を気にかけてくれるとは思う。

 

 どんなに仲がいい相手でも、ずっと一緒にいるというのはそんなにある事でもない。

 俺だって今は教師として紅魔の里にいる事が多いが、商人になって度々里を出るようになってからは、その前と比べてぶっころりーやぷっちんと会う機会は減った。それでも、別に縁が切れるとかそういう事もなかったし、時々一緒に飲みに行ってたりもした。まぁ、あいつらとは腐れ縁って感じだが。

 

 ゆんゆんは二人の答えが予想外だったのか、目を丸くして何も言えずにいたが、少しして遠慮気味に上目遣いで、

 

『ほ、本当に……? 卒業しても、私と友達でいてくれるの……?』

『当たり前じゃん! というか、むしろ卒業してからが本番的なところもあるっしょ! 皆ある程度仕事とか見つけて落ち着いたら、またこうやって旅行にでも行こうよ』

『い、いいの!? 私、こうやって皆でお泊りなんて信じられないくらい幸せで……もう一生分の幸せを使い果たしちゃったんじゃないかって思うくらいで、これが人生で一番幸せな思い出になるんだなって……』

『重いよ!!! 旅行くらい、いくらでも一緒に行ってあげるから!!! 旅行じゃなくたって、もっと気軽にショッピングとかもさ!』

 

 ぼっちをこじらせ過ぎたゆんゆんに、慌ててフォローを入れる二人。

 それを聞いて、ゆんゆんはぱぁっとそれは嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

『じゃ、じゃあ、友達同士で楽しくお店を回って何買うか色々話して決めたり、服とかを見せ合いっこして「これかわいいー!」とか、そういうのも出来るの!?』

『で、できるよ、できるってば! というか、そのくらい普段からめぐみんとやったりしないの!?』

『一緒に買い食いくらいならしていますよ。「これ美味しそうですね」とか言いながら食べ物を選ぶのは楽しいです』

『ねぇ待ってめぐみん、それ絶対あんたはお金払ってないよね? ただゆんゆんにたかってるだけだよね? 似たような方法で他の子達にもたかってたでしょうが。ゆんゆんも、いくら友達だからって甘やかし過ぎでしょ……』

『うん……流石に私もめぐみんにはどうかと思うんだけど、目でずっと私と食べ物を交互に見てくるから、つい……』

 

 一応めぐみんの家には俺が定期的に食料を届けたりもしているので飢える事はないと思うのだが、だからといって無駄に買い食いする余裕があるはずもなく、買い食いするなら誰かにたかるしかない。

 ちなみに、誰かに貢がせる能力ではめぐみんよりもこめっこの方が圧倒的に高く、あの子に頼まれると大抵の人間は何でも買ってきてしまう。こめっこは天使だからな、無理もない。

 

 ふにふらは呆れて溜息をつきながら、

 

『まったく、めぐみんは相変わらずねー。たまにはあんたからゆんゆんに何か奢ってあげたら? プレゼントとかでもいいけどさ。バイトとかして』

『私にとって今はとにかく大魔法習得が第一ですので、バイトなどしている暇はないのです。それに、ゆんゆんにプレゼントなどしても、ふにふらが以前にあげた髪留めのように使われずに保存されるのがオチですよ』

『えっ、ほ、保存って……?』

 

 ふにふらが恐る恐るといった様子で尋ねると、ゆんゆんは幸せそうにはにかむ。

 

『えっとね、ふにふらさんから可愛い髪留めを貰った時、本当に嬉しくて嬉しくて……だから三重の鍵がついた宝箱に入れてるの。それでね、寝る前にギュッって抱きしめると、胸がポカポカしてきてよく眠れて……』

『いやいやいやいや!!! おかしいから、明らかに髪留めの使い方じゃないから!!! あとそれ、100エリスくらいの安物で、そんな大層な物じゃないし!!!』

『ううん、値段なんて関係ないの。私にとっては、友達から貰った物っていうだけで、どんな物でも一生の宝物だから……もちろん、どどんこさんから貰った手紙も大切に取ってあるよ』

『え、手紙? そんなのあげた事あったっけ…………あ、も、もしかして、たまに授業中に先生の目を盗んで回してるメモのこと言ってるの!? あれも大事にしてるの!?』

 

 ふにふらもどどんこも、あまりのゆんゆんのこじらせっぷりに顔を引きつらせている。

 というか、授業中にメモなんか回してやがったのかアイツら……学校生活あるあるかもしれないけど、俺の授業で良い度胸だ。ふにふらやどどんこなんかは最初はあんだけ俺にビビってたくせに、今では全然そんな事もないのが悪い方にいった結果だろうか。

 

 ……まぁでも、今回だけは見逃してやるか。

 気付けなかった俺も俺だし、ゆんゆんも嬉しそうだしな…………次見つけたらとんでもない事をしてやるが。

 

 それから、ふにふらとどどんこは、ゆんゆんの根っからのぼっちっぷりを何とかしようと、色々諭しているようだ。これからはめぐみんだけじゃなくて、自分達とももっと遊ぼうとか何とか。

 画面越しにそんな様子を見ていたセシリーが、優しく微笑みながら、

 

「やっぱり、このクラスの子達って可愛いだけじゃなくて中身もすっごく良い子ばかりね。クラスの雰囲気も良さそうだし、カズマさんが意外にも良い先生だって事なのかしら。結束を固めるには、共通の敵の存在が一番とも言うし」

「おいコラ、誰が共通の敵だ。……いや、まぁ、最初はそんな扱いだったかもしれないけど、今は認めてもらってる……と思うから。それに、めぐみん達なんかは俺にデレデレだしな!」

「えぇ……てっきり財産目当てだとしか思ってなかったのだけど、よくよく見てると本当にカズマさんに惚れているみたいね……」

「財産目当てとか言うな」

 

 まったく、失礼極まりない。

 俺レベルになると、財産目当ての女なんて今まで散々見てきたし、すぐ分かるもんだ。なんたって、王都で俺に近付いて来る女の大半がそれだしな。…………なんか悲しくなってきた。

 

 そうやって一人で勝手に自爆して憂鬱な気持ちになっていると、何やら珍しくセシリーが考え込んでいる様子で。

 

「…………そうよね、考えてみればカズマさんって、凄い商人でお金は持っているのよね…………それに、ゆんゆんさんのお兄さんで、めぐみんさんが好きな相手…………そうよ!」

 

 突然、何か閃いたように手を叩くセシリー。

 嫌な予感しかしないし、聞きたくない。しかし、俺が耳を塞ぐより前に、セシリーは俺の両手を取ってきた。

 

 

「カズマさん、私、あなたと結婚することに決めたわ。不束者ですが、よろしくね!」

「不束者過ぎるだろ。何だどうした、今度は頭のどのネジがふっ飛んだんだ」

 

 

 突然普段以上にトチ狂った事を言い出したセシリーは、ギラギラとした欲望にまみれた目を向けてきて、

 

「だってカズマさんってお金は十分持ってるし、私のこと養ってくれそうだし。それに、カズマさんと結婚すればゆんゆんさんを妹にできて、めぐみんさんとはカズマさんの妻同士ってことで仲良くできて、良い事尽くめなのよ!」

「…………」

 

 一体どこからツッコめばいいのだろうか。一度にこんなにツッコミどころをぶっ込んでくるのはやめてほしいのだが。

 というか、人生初のプロポーズをされた相手がこれかよ…………いや、王都のギルドで酔っ払ったゆんゆんが「私と結婚してよ!」とか叫んでたし、そっちを初めてとしてカウントすることにしよう。そうしよう。

 

 とにかく、セシリーに関してはもう面相臭いので放置でもいいんだが、それはそれで鬱陶しい事になりそうだし、とりあえずこれだけ言っておこう。

 

「ごめんなさい、無理です。他を当たってください」

「…………ええっ!?」

 

 そんなに俺の返答が予想外だったのか、ショックを受けたように呆然とするセシリー。

 

「ど、どうして!? こんな美人なお姉さんのどこが気に入らないの!?」

「どこって言われても、色々あり過ぎてな……えっと、とにかく俺達は合わないと思うんだ、うん」

「そんな事ないわよ! 確かに顔だけで言えば、平凡なカズマさんと超絶美人な私は不釣り合いかもしれないけど、そこはお金でカバーできるから大丈夫よ! 私、カズマさんがイケメンじゃなくても妥協できるから!」

「張っ倒すぞ」

 

 ここまで酷い口説かれ方は生まれて初めてだ。というか、これ口説いてないだろ、貶してるだろ。正直なのは良い事だけど、正直過ぎるにも程がある……。

 するとセシリーは、俺の顔を見て口説き方を間違えたことは理解できたらしく、

 

「も、もちろん、お金だけじゃないわよ! 後はほら、さっきも言ったけど、ゆんゆんさんやめぐみんさんと家族になれるじゃない!」

「もう俺の事じゃねえだろそれ! そもそも、ゆんゆんを妹にできるってのは分かるけど、めぐみんと妻同士って何だよ。俺はセシリーさんとめぐみんの二人と結婚するのかよ。まず妻同士って仲良くなれそうな感じしないんだけど」

「大丈夫よ、私はカズマさんとイチャイチャしたいわけじゃなくて、妻という安定した立場をゲットして養ってもらいつつ、ロリっ子達とイチャイチャしたいだけだから! めぐみんさんともきっと上手くやれるし、何も問題ないわ!」

「一夫多妻は国の法律的に問題あるんだけど……」

「ふふ、そこも抜かりないわよ。アクシズ教は常日頃から同性婚や一夫多妻制を認めるように運動を…………はっ! ちょっと待って、それなら同性婚で私がゆんゆんさんと結婚して、カズマさんの妹になるっていうのもありね……血の繋がってない年上の妹なんて、シスコンのカズマさんならきっと大喜びで養ってくれる事間違いないんじゃ……!!」

「……まぁ、とりあえず法律を変えるところから頑張れよ」

 

 もうまともに相手をする気力もないので、それだけ言って終わらせておく事にする。

 

 ただ、俺としては同性婚はともかく一夫多妻制というのは中々魅力的であり、そこだけはアクシズ教を応援してもいいかもしれないとは思う。

 ……あれ、でも同性婚が認められるようになったら、百合百合しいゆんゆんとめぐみんが結婚して、めぐみんが俺の妹になるって可能性も…………アリだな。

 

 俺はそこまで考えると、セシリーに手を差し出す。

 

「……よし、分かった。同性婚と一夫多妻制の合法化運動、俺も陰ながら協力するよ。資金援助は任せとけ。そうだよな、愛には色んな形があるんだから、一組の異性同士しか認められないなんて間違ってる」

「カズマさん……えぇ、その通りよ、あなたならきっと分かってくれると思っていたわ! ねぇ、やっぱりカズマさんはアクシズ教に入信すべきだと思うんだけど」

「それは断る」

「ぐっ……ま、まぁ今はそれでいいわ。ここはお互いの利益の為に協力しましょう」

 

 セシリーは少し残念そうな顔をしたが、すぐに切り替えて不敵な笑みを浮かべながら俺と固く握手を交わした。

 

 例え一夫多妻制が認められたとしても、セシリーと結婚して養っていくつもりなど毛頭ない。

 しかし、俺は自分の利益を考えて行動できる男だ。少なくとも法改正自体は双方にとって利益になる事は確実なので、利用できる所は利用させてもらおう。

 

 俺とセシリーは互いに色々な思惑を抱きつつ、口元に薄い笑みを浮かべていると、モニターの方では未だにふにふらとどどんこが友達についてゆんゆんに諭していて、そんな二人にめぐみんが、

 

『…………あの、実は私からも一つ言っておきたい事があるのです』

『えー、ゆんゆんはともかく、あんたのは聞きたくないなぁ。また何かやらかしたの?』

『お願いだから私達は巻き込まないでね?』

『違いますよ! いつも何かやらかしている問題児のような扱いはやめてもらおうか! ……そ、その目もやめろぉ!! …………こほん。実はですね』

 

 めぐみんは勿体ぶるような間を作った後、右手を顔の近くにかざす妙な決めポーズを取りながら、

 

『私も、そろそろ卒業なのです。クラス一の天才がいなくなると色々と不都合が生じるかもしれませんが、これからはあなた達だけで』

『へぇ、そうなんだ。おめでと。それより、ゆんゆん! あんたとりあえず、人から貰った物を何でも仕舞いこんじゃうのやめなってば! いや、貰った物を大切にするのは良い事だと思うけど、流石に髪留めとかは普通に使ってよ!』

『そうそう、ゆんゆんって顔も性格も凄く良い子なんだから、普通にしてたら里を出ても人気者になれるし友達も出来るって。卒業したら王都を拠点に冒険者するつもりなんだっけ?』

『あ、う、うん……もっと外の事を見てきて、次の族長に相応しい人間になれたらって…………それに、王都は人が集まるところだし、もしかしたら私と仲良くなってくれる人もいるんじゃないかと思って……』

『そこがもう卑屈過ぎるでしょ! 仲良くなってくれる人なんていくらでもいるって! あーもう、ゆんゆんが王都なんかに行ったら簡単に変な男に騙されそうで心配だよ。あんた可愛いんだから気をつけぶごっ!!!???』

 

 突然ふにふらの顔面に枕が飛んできて、とても女の子のものとは思えない声があがった。

 投げた本人であるめぐみんは、こめかみをピクピクとさせて、

 

『ゆんゆんと比べてこの扱いの悪さは何ですか!!! クラスメイトが卒業すると言っているのに、軽く流すとかどんだけ薄情なのですか!!!!!』

『急に何よもー……だってゆんゆんと違って、あんたは別に卒業するから寂しいなんて、まともな人間みたいな感情は持ちあわせてないでしょ?』

『あ、そうだ。あんた卒業したら外で何かとんでもない事やらかしそうだし、私達とクラスメイトだったとか言わなくていいからね? 私達まで変な目で見られそうだし』

『なるほど、二人共私にケンカを売っているのですね!? いいでしょう、売られたケンカは買ってやりますとも!!!』

 

 両手で枕を掴み振り回して襲いかかるめぐみんに、ふにふらとどどんこは悲鳴をあげる。

 そして、そんな光景に「も、もしかしてこれが、友達と旅行に行った時にやるって言われてる『枕投げ』なの……!?」とか何とか呟きながら、自分も参加するべきかどうか迷っているようだ。いや、これはただのケンカだろ……。

 

 そうやって暴れ回る生徒達を画面越しに見ながら、セシリーは、はぁはぁと荒い息を吐いている。

 

「つ、ついにエロシーンがきたわ!! もう、浴衣であんなに暴れちゃって、はだけて色々見えちゃってるじゃない!!! もっとやって!!!」

 

 こんな子供同士のケンカを見て、こんだけ興奮するような変態はこの人だけだと思いたい。

 俺は呆れながら、

 

「あんたは風呂であいつらの裸まで見てんのに、今更浴衣がはだけたくらいでそんなに興奮出来るものなのか?」

「はぁ……分かってないわねぇ。確かにお風呂での裸の付き合いも凄く良いけど、浴衣からちらっと見える生足や胸元やうなじなんかも温泉宿での楽しみとして外せないでしょ。ほら、カズマさんもちゃんと見てみなさいな」

 

 何故か俺の方が呆れられてしまい、セシリーがやれやれと首を振っている。

 その仕草にイラッとしながらも、言われるままに画面を見てみる。

 

 子供らしく布団の上で取っ組み合ってぎゃーぎゃー暴れているめぐみん達は、セシリーの言う通り浴衣がはだけて胸やら下着やらが見えてしまっていて、もはや衣服としての機能を果たしていない。

 

 …………あれ。

 何だろう、セシリーの主張を素直に認めるのはかなり抵抗があるのだが、確かに浴衣というのは何か普通とは違う魔力のようなものがある気がする。

 パンチラくらいなら、制服のスカートが短いこともあって普段から割と頻繁に見ているし、ゆんゆん相手には何度か風呂を覗いたりした事もあったが、それらとは違った趣があるというか……。

 

 あの少しめくれば色々と見えてしまう危うい構造のせいか、それとも、旅行先で開放的になっているという印象のせいか、浴衣と女の子の肌という組み合わせは自然と目が引き寄せられる。それはもはや芸術的とさえ思えた。これまで女の子の浴衣姿を見るという機会がほとんどなかったせいもあるが、今まで気づかなかった自分が男として情けない……。

 

 とはいえ、こうして乱れているのがめぐみん達のような子供という事もあって、セシリーと違って俺はそこまで興奮することはないが、これがウィズだったら…………よし、この宿にいる間に何とか写真の一枚は撮らせてもらおう。

 

 そんな俺の様子を、隣でセシリーが不敵な笑みを浮かべて眺めつつ、

 

「ふふ、その顔、どうやら浴衣の良さは分かってくれたみたいね?」

「…………そうだな、認めるよ。浴衣は良いもんだ。今度紅魔族随一の美人のそけっと辺りにも何とか着せてみて、エロい写真撮れないか試してみるか……」

「流石はカズマさん、考えが女の敵そのものね。でもそうやって欲望に忠実なの、私は嫌いじゃないわよ。あ、でも、だからってお姉さんの浴衣のセクシーショットは安くないわよ? どうしても見たいって言うなら、私を養ってくれるって約束してから……」

「いや、あんたはいいや」

「!?」

 

 何やらショックを受けているセシリーは置いといて、俺は再び画面に集中する。

 どうやら取っ組み合いは一段落ついたらしく、ふにふらとどどんこは乱れた浴衣姿で布団の上に倒れたままシクシクと泣いていて、それをめぐみんが満足気に眺めていた。その絵面はかなりアレで、これだけ見ると何か変な誤解をしてしまいそうだ。

 

 それにしてもめぐみんの奴、体格ではクラスで一番貧弱といってもいいはずなのに、どうしてここまでケンカが強いのだろうか。まぁ、こいつは頭が良くてズルい手を考えるのも得意だし、手段を選ばなければいくらでもやりようはあるのかもしれない。

 実際、俺もケンカでまともにやり合う事はほとんどない。大体、何か相手の弱みに付け込んで一方的に優位に進める。それが賢いケンカってやつだ。

 

 そんな状況を、一歩引いた場所から苦々しく見ていたゆんゆんは、

 

『さ、流石にやり過ぎでしょ……めぐみんって本当血の気が多いというか喧嘩っ早いというか、それ少しは直さないと騎士団だってすぐクビになっちゃうわよ』

『ふん、騎士団といっても相手にするのは魔王軍や荒くれ者がほとんどなのですから、このくらいでいいのですよ。何より、私は替えのきかない重要な戦力なのですから、多少やらかしても見逃してくれるでしょう』

 

 

 そんな事をドヤ顔で言うめぐみん。

 これはぜひ痛い目を見てもらいたい所だが、実際クレアはめぐみんには結構甘いので、多少やらかしても見逃してもらえるというのは否定出来ない……俺にはあんだけガミガミ言ってくるくせに……。

 

 ゆんゆんもまた、俺と同じような気持ちなのか、渋い顔で何か言いたげにしている。

 そんな中、ふにふらとどどんこが布団から起き上がりながら、

 

『里でもちらっと聞いたけど、そのめぐみんが騎士団から内定貰ったって話は本当なの? 短気が服着て歩いてるようなのが騎士団って、似合わないってレベルじゃないと思うんだけど』

『うん、ちょっと想像できないよね。こんな、どっちかというと魔王軍の方が合ってそうなめぐみんが騎士団ねぇ……』

『……二人は中々根性があるようですね。そんなに私とラウンド2がやりたいのですか。それならお望み通りに』

『ま、待って待って! 分かった、悪かったってば!! めぐみんが騎士団なんて、ちょっと意外に思っただけだって!!』

『う、うん、そうそう! えっと、そ、それで、どうしてそんな事になったの? この前先生と一緒に王都に行ってたのも、騎士団の関係で……ってことなんでしょ?』

 

 そういや、めぐみんが騎士団入りする事になった経緯とかは、クラスではゆんゆん以外は知らないんだったな。まず大前提として、爆裂魔法については極力知られたくないという事があるので、それに関連する事柄も自然と伝わり難いというのもある。

 

 めぐみんは得意気な顔で、

 

『私は紅魔族随一の天才ですからね。学生の頃から里の外からも注目を集めてしまうのは仕方のない事です。実はこの前は、王都で騎士団への期限付き入団のようなものをしまして。その間に王都を襲ったドラゴンの討伐戦において多大な貢献を認められ、無事に入団内定を貰ったというわけです』

『『ドラゴン!?』』

 

 ふにふらとどどんこは、二人揃って目を丸くして驚きの声をあげる。

 

 ……嘘は言ってない。

 めぐみんは学生ながらも、王都の騎士団では知れ渡っているのも事実だし、シャギードラゴンとの戦いでも一応貢献はしていた。

 ただ、騎士団へは元々俺の方からめぐみんの話をしていたっていうのと、シャギードラゴン戦では俺の魔道具を誤って爆発させたのが結果的に良い方向に転がったってのを言ってないだけだ。

 

 めぐみんは二人の反応に気を良くしたのか、更に調子に乗る。

 

『あの時の私の勇姿は、それこそ今撮っている映画にも問題なく使えたでしょうね。ドラゴン戦では、国一番の硬さとも言われるクルセイダーが攻撃を引きつけ、その隙にこの私が膨大な魔力を解放し、ドラゴンに多大なダメージを与え地に落とし、最後は魔剣使いのソードマスターが一閃。その後、私の活躍に心を打たれた王女様直々に正式に騎士団に入ってもらいたいと頼まれたというわけです』

『それはいくら何でも話盛ってるよね!? 大体、めぐみんの魔力が凄いのは知ってるけど、まだ肝心の魔法を覚えてないじゃん! それでどうやってドラゴンにダメージを与えられんのよ!』

『ふっ、魔法が使えなくとも、膨大な魔力さえあればいくらでもやりようはあるのですよ。そんなに信じられないなら、里に帰ってから嘘を看破する魔道具でも使ってあげましょうか?』

『えっ……な、何でそんなに自信満々なのよ……まさか、本当に……!? そんな、でも、相手はドラゴンなんでしょ!? 一体どうやって……』

『そこで何も思いつかないようでは、私のいる高みまで辿り着く事はできませんよ。戦闘において重要なものは力に知恵、そして格好良さです。その全てが高いレベルにあるからこそ、私は「紅魔族随一の天才」の称号を冠しているのですよ』

 

 うわぁ、このドヤ顔腹立つわぁ……バインドで縛って外に捨ててぇ……。

 ふにふらとどどんこも、悔しげに歯をギリギリと食いしばっているが、何も言うことができない。

 というかこいつ、さっきの話でララティーナとミツルギの活躍はちゃんと出してるくせに、俺のことは完全無視じゃねえか。後で覚えてろよ。

 

 一方で、ふにふら達とは違って大体の話は聞いているゆんゆんは、ジト目でめぐみんを見ている。

 

『でもめぐみん、その期限付き入団の間だけでも相当な問題も起こしたらしいじゃない。お城で爆発騒ぎを起こしたり、貴族の子供を殴ったり。アイリスちゃんともケンカになってたって聞いたけど? 王女様とケンカする騎士団員なんて聞いたことないわよ』

『ぐっ…………そ、それでも、私という人材の有用性を考えれば、その程度は些細な事だと判断されたからこそ内定を貰えたわけで、別にそこまで気にする必要は……』

『ふーん、盗賊を捕まえる任務の最中に、めぐみんが兄さんを性的に襲おうとして大騒ぎした挙句アイリスちゃんに怒られたっていうのも大した問題じゃないってわけ?』

『いいいいい今そんな事言わなくてもいいでしょう!!!』

 

 ゆんゆんが不機嫌そうにそんな事を言うと、めぐみんは顔を赤くして居心地悪そうに身を小さくしてしまう。

 おっ、ゆんゆんの奴、王都から帰ってきた日にその件について説明した時には「兄さんが悪い」とか言ってきたくせに、やっぱりめぐみんにも不満はあったようだ。多分、嫉妬しているところを俺に見せたくなかったのだろう、可愛いやつめ。

 

 そうやってニヤニヤとしていると、隣からセシリーが再び俺の袖をくいくいと引っ張ってくる。

 

「結局めぐみんさんとは、どこまでやっちゃったの? 私のめぐみんさんの純潔は無事なんでしょうね?」

「そこまでやるわけねえし、そもそもあんたのでもねえよ。というか、被害者だしな俺。動けない俺をアイツが脱がせてきて、上半身をベタベタ触られたり、パンツ下ろされそうになっただけだ」

「め、めぐみんさんったら、そんなに積極的なの!? …………でも、ずっと私がめぐみんさんにイタズラする妄想しかしてなかったけど、逆にめぐみんさんが私の体にイタズラするっていうのも悪くないかも…………むしろ、それはそれでいいわね!! カズマさん、どうやればめぐみんさんとそんな状況に持ち込めるの!?」

「そんな危ない妄想聞かされて教えるわけないだろ」

「ぐっ……まぁ、いいわ。そこはお姉さんのロリっ子に対する鋭い洞察力で当ててみせるわ! ……そうね、まず本来めぐみんさんは、いくら相手がカズマさんとはいえ、ただ欲望のままに襲ったりはしないはず。元々の原因はカズマさんにあると見たわ!」

「っ……な、なんだよ、俺は何も教えないぞ。そんなにじっと見たって無駄だからな!」

「ふふ、その反応だけで十分よ。となると、めぐみんさんの煽られたらすぐムキになる喧嘩っ早さからして、やっぱり挑発に乗ったって考えるのが自然かしらね。つまり、カズマさんが『襲えるもんなら襲ってみろよ、そんな度胸もないくせに』とか言ったんじゃ」

「ちょっと待て、何でそんなまるで見てたみたいに言えるんだよ! おかしいだろ!! あんたまさか心を読める魔法とか使えるんじゃないだろうな!!!」

 

 本当に言い当てられてしまい、変な汗をかきながら思わず大声を出してしまう。

 もはや凄い通り越してこええよ! どんだけめぐみんの事把握してんだ、これが理解あるまともな聖職者ならいいんだが、ロリっ子に目がない変態だってのが大問題だ。

 

 そんな焦っている俺を見て、セシリーはトドメとばかりにビシッとこちらに指を突き付ける。

 

「このお姉さんにロリっ子について隠し事出来るとは思わないことね! ふふふふふ、そういう事なら話は早いわ! めぐみんさんの前に私の無防備な姿を晒して、『子供じゃないなら襲ってみなさいな』と挑発すれば、ロリっ子にイタズラしてもらった上に既成事実まで作れるってわけね!」

「…………うん、そうだね、良かったね」

 

 先程まで緊張していた体から一気に力が抜けていくのが分かる。そうだったな、アクシズ教徒ってのは基本的に何かおかしい事しかやらない人達だった。

 セシリーは自信満々に言っているが、多分そんな事をすれば性的にではなく物理的に襲われて終わるだけだろう。いや、ロリっ子に襲われるなら性的じゃなくてもご褒美とか言い出しそうだな……それはそれで子供に悪影響だしやっぱり止めるべきなのか……?

 

 そんな事を考えていると、画面の中では先程までめぐみんに押されていたふにふらとどどんこが再び勢いを取り戻したようで、めぐみんの方へと身を乗り出して、

 

『あ、そうだ! その先生を襲おうとしたっていうの、詳しく聞こうと思ってたんだ! せっかくの機会だし、洗いざらい全部吐いてもらうよ!!』

『ていうかめぐみんって、実際のところ先生のこと好きなの? なんかいつもハッキリ言わないで煙に巻いてる感じじゃん。ゆんゆんは何か聞いてる?』

『あ、うん、聞いてるよ。めぐみんは兄さんのこと』

『わあああああああああああああああ!!!!! な、何ですか、何なんですかこの流れは!!! ゆんゆん、その話は親友の間だけの秘密です!!!』

『し、親友だけの……!? そ、そっか、それじゃあ言わない方が……』

『ちょっと、ゆんゆんに「親友」とか言って口止めさせるなんて卑怯でしょ! 旅行の夜なんだから、隠し事はなしで吐いちゃいなって! ほらほら、先生のこと好きなんでしょ?』

『そういえば、めぐみんにも妹がいたよね? 案外そっちの方には口が軽くて色々言ってるんじゃ……今度めぐみんの家行って聞いてみよっか』

『あ、あの、先程は調子に乗ってすみませんでした……本当に勘弁してください……』

 

 流石に分が悪いと見たのか、顔を赤くしたまま珍しく素直に頭を下げるめぐみん。

 こいつ、俺と二人きりの時は妙に攻めてくるくせに、こうやって周りからからかわれると普通に恥ずかしがるのか。

 

 というかめぐみんの奴、ゆんゆんに対しては俺への想いとか白状してるんだな。多分俺が聞いても教えてくれないだろうけど、そういうのって二人の間で微妙な空気になったりしないのだろうか。

 でもまぁ、思い切り俺のこと好きだとか言っちゃってるアイリスとも二人は仲良くできているし、そこはあまり関係ないのかもしれない。なんかもう、ゆんゆんはともかくめぐみんも俺のことが好きだって前提で話進めちゃってるけども。

 

 ふにふらとどどんこは、めぐみんの言葉に大人しく引くわけもなく、ニヤニヤと笑ったまま、

 

『もう何言ってんのよ、女の子同士でお泊りしたなら、恋愛話するのは定番ってやつでしょ! 分かった分かった、あたしから先に言ってあげるわよ。あたしは、先生のことが大好きだよ! あたしと先生の出会いは偶然ではなく必然、きっと世界に選ばれたカップルだと思うんだよね!』

『私も先生が好き! 私と先生は、前世では恋人同士で将来を誓い合ったけど、不幸にも仲を引き裂かれ、来世ではずっと一緒にいようって約束した関係なんだよ! はい、めぐみんの番』

『ふ、二人は普段から別に隠すこともなく先生に好きだとアピールしまくってるではないですか! それに、どうせ二人は先生とは大した進展もなくハーレム要員その一、その二といった感じでフェードアウトしそうですし、そこまで重要な情報でもないというか……』

『はぁ!? あんた今何て言ったのよ!! ひ、人が気にしてることズバズバと……あたし達を勝手に戦力外扱いしてると、後で痛い目見るわよ!! あたし達だって、チャンスさえあればいくらでも進展できるし! ゆんゆんじゃないんだから!!』

『大体、ちょっと自分が先生と凄いことしたからって調子乗ってるみたいだけど、逆に言えばそんな事しても関係が全く進んでないんだから、めぐみんの方こそ脈なしって事じゃん! 結局ゆんゆんと同じで、いくらチャンスがあっても意味ないって事じゃん!』

『なっ……こ、この私をゆんゆんと同じだとか言いましたか!? こんな、一番良いポジジョンにいながら、先生に素直になれないせいで当て馬となる事が確定しているようなゆんゆんと同じ!? それは流石に聞き捨てなりませんね!!!』

『ねぇちょっと待って!? 三人のケンカなのに、何も言ってない私が一番酷いこと言われてる気がするんだけど!?』

 

 何故か三人からボロクソに言われて涙目になっている可哀想なゆんゆんだが、これを機にもう少し積極的になってくれる事を期待しちゃってる俺はお兄ちゃん失格なのだろうか。

 つーかめぐみんの奴、これ完全に俺のこと好きだって言ってるようなもんなんだけど、俺は聞いちゃっててもいいのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、隣からセシリーが、

 

「それで、カズマさんはどの子が本命なの?」

「どの子も本命じゃないって、俺をロリコン扱いするのはやめろよ。別に年下が嫌だってわけじゃないけど、最低でも14歳からだな」

「……なるほど。アクシズ教の中年男性信者の中には『14歳こそ至高』って主張する人達も結構いるけど、カズマさんもその人達と同じ考えというわけね」

「おい待て違う!! 中年のおっさんが14歳がいいとか言うのは、ただの変態ロリコンだろ一緒にすんなよ!! 大体、俺は14歳に限定してないだろ、それ以上なら良いってだけだよ」

「えっと、つまり14歳以上なら熟女通り越してお婆さんも対象内ってこと? 流石にそこまでストライクゾーンが広い人はアクシズ教徒でも中々いないわね……それこそ、悪魔やアンデッドじゃなければ年齢性別種族関係なくいけるゼスタ様くらいかしら……」

「あの、正確に言わなかった俺も悪いけど、頼むからアクシズ教徒基準で考えるのはやめてください……」

 

 もう聞けば聞くほどアクシズ教徒の変態っぷりが浮き彫りになっていき、今すぐにでも生徒達を連れて里に帰りたくなってくる……。

 

 でも、あれだな、年齢的にどこから対象内かってのは考えたことあるけど、どこまでいけるかってのはあまり考えたことなかったな。

 まぁ、何となくで言えば20代までとかになるんだろうけど……ただ、もっと年いってても綺麗な人は綺麗だしな…………結局は顔と体か。うん、酷いな俺。

 

 セシリーとそんな事を話していると、どうやらめぐみん達は更にヒートアップしているらしく、ふにふらがぐっと拳を握りしめて立ち上がっていた。

 

『分かった! それじゃあ証明してあげるよ、あたしが単なるハーレム要員その一じゃないって所をさ!! 今から先生の所行って、バッチリ進展させてくるから!!』

『ええっ!? あ、あの、ふにふらさん? もう夜も遅いし、今から兄さんの所に行くっていうのはどうなのかなって……』

『ゆんゆん、旅行の夜に好きな男子の部屋に遊びに行くっていうのも定番中の定番だよ! 止めたって無駄だよ、もう決めたから! ていうか、最初から決めてたけどね!! それに、めぐみんにこんなにバカにされて黙ってなんかいられないし!!』

 

 お、何だ何だ、面白いことになってるじゃないか。

 俺としてはもちろんウェルカムだし、ゆんゆんやめぐみんと比べて、ふにふら抱き枕がどんなものなのか結構興味がある。

 

 どうせならいつもふにふらと一緒にいるどどんこもセットでダブル抱き枕っていうのもいいなと思っていると、そのどどんこはノリノリなふにふらと違い少し戸惑っている様子だ。

 

『ほ、本当に行くの? 私、てっきり冗談かと思ってたんだけど……その、先生だと何するか分からないというか、本当に一線超えちゃう可能性もあるんじゃ……それは流石にまだ早くない……?』

『っ……そ、そんな事ないって! あたし達だってもう12だし、早い子ならそろそろそういうのも経験するものなんじゃないかな……たぶん……』

『そんなわけないでしょう、どこのビッチですか。行かせませんよ。先生が本当に手を出すとは思えませんが、それでもこんな夜中に発情した娘を男性の部屋に行かせるわけないじゃないですか。もう少し常識というものを持ってくださいよ』

『めぐみんに常識がどうとか言われた! 何よ、自分は先生を性的に襲ったくせに、あたしにはやめろとか言う気!?』

『だ、だからその事を持ち出すのはやめてもらおうか!! …………くっ、仕方ありませんね。それでは妥協案です。私も付いていきます』

『ちょっ、めぐみん!?』

 

 めぐみんの提案に驚きの声をあげるゆんゆん。

 しかし、ふにふらは不満そうに唇を尖らせて、

 

『えー、あたしは先生と二人きりがいいんだけど……』

『言っておきますが、これが最大の譲歩ですよ。もしこれで納得出来ないようでしたら、あらゆる手段を用いて邪魔させてもらいますが』

『わ、分かった、分かったからそんな目を真っ赤にさせないでよ怖いから! ……はぁ、何だかんだ言って、やっぱりめぐみんだって先生が好きなんじゃん。つまり、めぐみんも先生の部屋行きたいってだけでしょ?』

『ち、違います! これは何と言いますか、そう、あれでも一応お世話になっている先生ですからね。先生がふにふら相手に一線を越えるなど思ってはいませんが、ふにふらが調子に乗って変なことをしないか監視する為に…………何ですかその顔は!!』

 

 めぐみんは目を泳がせてそんな言い訳をしているが、ふにふらがニヤニヤしているのを見て顔を赤くして文句をつける。

 何だよめぐみんの奴、可愛いところもあるじゃないか。俺の部屋来たいなら素直に来ればいいのに。

 

 そして、こうなってくると愛しの妹も黙っていられず、

 

『あ、あの、それなら私も行く! 確かに兄さんは私達を子供としか見てないし本当に手を出してくる事はないと思うけど、それでもセクハラくらいなら平気でやってくるから安心なんかできないし…………それに、めぐみんはふにふらさんを監視するとか言ってるけど、私からすればめぐみんも兄さんに何かしないか不安なんだよね…………前科もあるし』

『なっ、ゆんゆんまでそれを言いますか! 前科と言えば、ゆんゆんこそ先生関係では色々とやらかしているではないですか! 例えば盗撮とかオ』

『わあああああああああああああああああああ!!!!! と、とにかく、私も行くから! これは別に兄さんの部屋に行きたいっていうわけじゃなくて、あくまで妹として』

『はいはい、分かった分かった。それじゃ、どどんこ、あたし達ちょっと行ってくるから……』

『えっ、皆行っちゃうの!? 流石に部屋に一人残されるっていうのは……じゃ、じゃあ私も行くよ!』

『すみません、先生の部屋は四人用なんです。私達と先生で定員一杯です。そういうわけなので、どどんこは』

『ちょっ、四人用って何よ! 先生が泊まってる部屋ってこの部屋と広さはそこまで変わらないし、五人になっても全然平気でしょ! 私だけ置いてかないでよ!!』

『分かった分かった、じゃあ皆で行くよ。……あ、ちょっと待って。これから先生の所行くなら、あたしもう少し髪整えたいし……ていうか、めぐみんとどどんこも暴れたから凄いことになってるよ、髪』

 

 ふにふらがそんな事を言って、それぞれ身なりを整える少女達。何だよ、マジで皆ここに来んのか。

 本人達も言ってるように年齢的には俺の対象範囲外なので、ミツルギみたいなハーレム気分を体験できるわけではないが、可愛いロリっ子に囲まれるというのはそれだけで幸福な気分になれるものだ。

 

 しかし、今この部屋には大きな問題があるわけで。

 

「どうしましょうカズマさん、あんな無防備な浴衣姿のロリっ子が四人も来るわよ! お姉さんはどうすればいいの!? 脱いで待てばいいの!?」

 

 そう、この興奮してはぁはぁと息を荒くしている変態プリーストだ。

 おそらくゆんゆん達は、まだセシリーがこの部屋にいるとは思っていない。まぁ、俺のセシリーへの態度や、セシリーがロリっ子やイケメンにしか興味ないのを見ていれば、こうしていつまでも二人で同じ部屋にいるなどとは考えないだろう。

 

 ゆんゆん達が部屋に来る前に、この変態をどうにかしなければいけないわけだが、俺には考えがある。

 まずは俺は女子部屋を映しているモニターのスイッチを切ると、

 

「よし、盗撮はここまで。そういう事だから、セシリーさんはさっさと自分の部屋に戻って寝ろよ」

「……えっ。ちょ、ちょっと待ちなさいな! これからロリっ子が来るのに、さっさと出て行けと言っているの!?」

「言っているの。というかあんた、最初に誓ったよな? 『これを見終わったら、今日はもう俺の生徒には何もせずに自分の部屋に戻って寝る』って」

「そ、そんな事誓ったかしら……? でも困ったわね、アクシズ教の教えには『自分を抑えず、本能のおもむくままに進みなさい』というものもあるし、それを破るわけにも……」

「アクア様に誓ったよな」

「っっ!!!」

 

 俺から目を逸らしてとぼける気満々のセシリーだったが、俺の一言で一気に顔を強張らせる。

 確かに信者にとってアクシズ教の教えというのは絶対とも言うべきものなのかもしれない。しかし、それに従うとセシリーは女神アクアへの誓いを破ることになる。

 

 勝利を確信した俺は、何も言えなくなってしまったセシリーに意気揚々と。

 

「はっはっはっはっ!!!!! これがあんたらアクシズ教徒の限界だ! あんたらにとって、教えってのは大事かもしれないが、一番大切なのはアクア様だろ!! 確かに好き放題に生きてるっていう点だけ考えると、俺とアクシズ教徒は似てるかもしれない。でも、俺は神だとかそんなのはどうでもいいし、むしろ利用できるなら神だって利用する男だ!!!」

 

 ……決まった。これでようやく、この変態を抑える事ができるはずだ。

 

 俺の言葉に、セシリーは悔しげに奥歯を噛み締めていた……が。

 急に立ち上がると、恨めしげにこちらを見ながら、

 

「…………分かったわ。今日のところは引き分けという事にしといてあげる。でも、これで私がロリっ子達を諦めるだなんて思わないことね!!!」

 

 そんな捨て台詞を残して、セシリーは部屋から出て行った。

 

 はっ、何が引き分けだ、どう見てもこれは俺の完全勝利だろう。

 俺がこれからロリっ子四人を一度に抱き枕にしてぐっすり眠れるのに対して、セシリーは一人寂しく自分の部屋で寝るしかない。これを勝利と呼ばずとして何と呼ぼうか。

 

 さて、そろそろゆんゆん達がこの部屋までやって来る頃だろう。

 このまま大人しく待っててもいいのだが、向こうからすれば俺の部屋を訪れるというのはサプライズ的なものだろうし、それならば、こちらからも何かサプライズを仕掛けてみるのもいいかもしれない。

 

 ……よし、決めた。

 俺はある名案を思い付くと、急いで部屋の明かりを消して布団の中に潜り込む。

 

 それから少しして、小さく扉を開く音が聞こえてきた。

 

 なるほど、ノックなしにこっそり入ってくるって事は、向こうも俺を驚かせる気満々というわけか。望む所だ。

 耳を澄ませば、俺に気付かれないようにゆっくりと忍び足で近寄ってくる足音も聞こえてくる。足音は一つしか聞こえないので、おそらくゆんゆん達四人の中の一人が先に部屋に入って俺を驚かせるという事なのだろう。全員でぞろぞろ入ってきても、バレるリスクが上がるだけだしな。

 

 程なくして、その足音は寝ている俺のすぐ近くまでやって来る。

 そして、俺の被っている布団に手をかけてきた、その瞬間。

 

 

 俺は素早く手を伸ばして相手を掴むと、そのまま布団の中に引っ張りこんだ!

 

 

「うおりゃ、捕まえたああああああああっ!!!!! くっくっ、もう逃さねえぞ、お前は朝まで抱き枕の刑…………あ、れ…………?」

 

 このまま抱き心地だけで忍び込んできた奴の正体を見破ってやろうと思っていたのだが、物凄い違和感を覚える。

 え……な、なんか体大きくないかこいつ……というか、女の子の柔らかい感触と違って、このごつごつしたのって……。

 

 とてつもない嫌な予感に全身が硬直し、冷や汗が頬を伝い、ゴクリと喉が鳴る。

 すると、俺が抱きしめていた相手が、ぎゅっと強い力で抱きしめ返してきた!

 

 

「はぁ、はぁ……誰かにこんな風に抱き締められたのは初めての経験です……セシリーさん、そして何よりアクア様! 感謝します!!」

 

 

 アクシズ教の最高責任者で、相手が悪魔やアンデッド以外なら何でもいけると豪語する、アクシズ教徒の中でも屈指の変態――――ゼスタが、俺の胸元に顔を埋めて、荒い息を吐いていた。

 

 

「うおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!??? ちょ、待っ、離れろおっさん!!!!! つか、なに俺の部屋まで来てんだよ!!!」

「ふふふふ、自分から抱き締めておいて連れないではないですかカズマさん。それに、カズマさんだって、私が来るのを待っていたのでしょう?」

「はぁ!? そんなわけあるか!!! てきとーな事言ってんじゃねえ!!! というか、マジで離れろっての!!! どんだけ引っ付いてんだテメェ!!!!!」

「離れませんとも!!! 先程偶然廊下でセシリーさんと会いまして、その時に彼女が言っていましたよ。『カズマさんはツンデレで、ゼスタ様を避けているように見せて、実は満更でもないんです。今も部屋でゼスタ様が訪ねて来ないか期待して待っていますよ』……と!!!」

「あ……あのクソアマああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! 引き分けってこういう事かよちくしょうがああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 確かにセシリーは、ロリっ子に手を出しているわけでもないし、今頃は部屋に戻って布団に入っているのだろう。約束を破っているわけではない……ない、けど!!

 くそっ、一刻も早くあの女をとんでもない目に遭わせてやりたいが、今はとにかくこの変態オヤジから逃げないといけない! 首筋におっさんの息が当たって鳥肌が止まらない!!

 

 そうやって、この状況に俺が本気でパニックに陥っていた時だった。

 急に部屋の明かりが点いて、

 

 

「な、何を……やってる…………の?」

 

 

 震えるその声を聞いて、俺は今度こそ頭が真っ白になった。

 直接見なくても、声を聞くだけで誰なのか分かる。今まで何度も聞いてきた声だ。

 

 愛しの妹、ゆんゆんは今まで見たこともない程に顔を引きつらせて、目の前の様子にただ立ち尽くしていた。

 

 そして、ゆんゆんの後ろには他の三人もいて。

 

「…………予想外です。本当に予想外です。先生が一方的にそのおじさんから襲われているのならすぐに助けるところなのですが、さっき凄いことが聞こえてきましたよ。先生の方からその人を布団に引っ張りこんだとか……」

「えっ、あの、これってつまり先生って…………そっちの人って事なんですか……? あ、あたし達は、年齢の前に、まず性別が対象外だったっていう……」

「……ふ、振られるにしても、この振られ方は何というか……結構くるものがあるね……」

 

 とんでもない誤解を始めた生徒達に、俺は慌てて、

 

「お、おい待て違う!! これは」

「お嬢さん方。これはいわゆるオトナの関係というものであり、あなた達にはまだ早いと思いますな。もう遅いですし、今日は部屋に戻って休んではいかがでしょうか。あ、出て行く時にそこの扉をちゃんと閉めて行ってもらえると助かります」

「「…………はい」」

「ちょっ、は、話を聞けって! おい!! おいってば!!! 頼むから置いてかないでええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 そんな俺の絶叫も、すっかり放心状態に陥ってしまっている少女達には届かず、バタンと、扉の閉まる無情な音が部屋に響いた。

 

 その後、俺は自分の大切な物を賭けて、布団の中で変態オヤジと激闘を繰り広げる事となった。

 もう嫌だ、アクシズ教徒と関わり合いになるなんて、今後一切絶対にあってなるものかと、俺は心に深く誓った。

 

 絶対に負けられないその戦いは、朝方まで続いた。

 

 

***

 

 

 次の日。

 俺はゼスタとの戦いで疲れきった体を引きずり、生徒達を連れて街の転送屋に向かっていた。

 

 行きはウィズと分担してテレポートでここまで来たのだが、帰りはそうもいかなくなった。まず俺はゼスタにスキルを連発したせいで魔力がほとんど残っていないし、ウィズは……。

 

 俺は隣を見る。

 そこには俺の肩を借りてフラフラと何とか歩いているウィズがいる。

 

「す、すみませんカズマさん……こんなご迷惑をおかけして……」

「いや、気にすんなって。やばそうならすぐ言ってくれよ。またドレインタッチで体力分けるから」

「そんな、カズマさんも疲れているのですからこれ以上は…………大丈夫ですよ、少し油断すると昔の仲間が見えるくらいですから……」

「明らかに大丈夫じゃないだろそれ!!! お、おい、しっかりしろウィズ!!!」

 

 ウィズはここの温泉がとても気に入ったらしく、今朝も入りに行ったようだが、そこで間違えて聖水風呂とかいうものに浸かってしまったらしい。そういえば、ゼスタがそんなものがあるとか言ってたような気がする。

 普通の聖水ならアンデッドの王とも言われるリッチーがここまでなるはずがないのだが、水を司る女神アクアを信仰するアクシズ教徒が作った聖水風呂だ。相当強力なものだったのだろう。

 

 ちなみに、弱ったウィズはウチの生徒達が何とか風呂から引き上げて、大慌てで俺を呼びに来たのだが、俺がウィズのもとまでやって来ると、しっかりとタオルでガードされた状態だった。…………いや、非常事態だから裸を見ても仕方ないとか妄想したわけじゃないけど。

 

 とにかく、ウィズの事がなくても、俺としては一刻も早く里に帰りたい。

 

 この街に心残りがあるとしたら、セシリーに過去最大級の折檻をお見舞いしたい所だが、どうやら向こうも俺の仕返しは予想できているらしく、朝早くにウチの生徒達に別れの挨拶だけして、俺が来る前にさっさとどこかへ行ってしまったらしい。いつか必ずとんでもない目に遭わせてやる。

 

 すぐ近くではゆんゆんが俺の顔を覗き込みながら、

 

「ウィズさんも心配だけど、兄さんも大丈夫? 目のクマ凄いよ? あと、その……体とか……」

「頼むから思い出させないでくれ……マジでトラウマになりそうだから……」

 

 今日の朝すぐにゆんゆん達の誤解は解いていて、ゆんゆんも普通に心配してくれている……妹の優しさは本当に心に染みるなぁ……。

 

 ゆんゆんの近くにいためぐみんは小さく息をついて、

 

「でもこれで少しはセクハラされる側の気持ちも分かったでしょう? これに懲りたら、私達へのセクハラも自重してもらえると助かるのですが」

「うん、分かった……俺が悪かった……。そうだよな、セクハラなんてやられる側からすればたまったもんじゃないよな。本当、何やってんだろうな、俺。こんな可愛い生徒達にセクハラするなんて……」

「えっ……あ、あの、そう素直な反応されると、こちらとしても居心地が悪いのですが……。わ、私の方こそごめんなさい、こんな傷心につけ込むような真似をして……」

「いや、いいんだめぐみん。お前が謝ることなんて一つもないよ。めぐみんは優しいな。可愛くて優しくて頭も良い。きっと将来、男達がこぞって取り合いするような良い女になるんだろうな」

「っ……ど、どうしたんですか先生! いつもと違いすぎて気味が悪いのですが!! あ、あと、例え他のどんな男性から口説かれようと、私は、その……」

 

 何やらめぐみんが顔を赤くしてもじもじと照れているが、俺は思っている事をそのまま言っているだけだ。

 そうだ、俺は日頃からめぐみんを問題児扱いしてきたが、人間なんだから欠点の一つや二つあるのは当然のことで、それよりももっと良い所を見てあげるべきだった。もちろん、めぐみんだけではなく、他の生徒達についても。俺のクラスの子達は皆とても良い子なのだから。

 

 そう染み染みと考えていると、ふにふらとどどんこがそわそわとした様子で俺をちらちらと見ながら、

 

「な、何だろう、普段と違ってちょっと気弱で綺麗な感じの先生も結構アリかも……」

「う、うん、分かる、何かキュンとくるよね……」

「いや、こんなの先生じゃないですって! 確かに少し新鮮というのはありますが、こっちの調子が狂ってしまいますよ! ゆんゆん、どうにかならないのですかこれ」

「あー、大丈夫。昔兄さんが密かに狙ってたらしいお気に入りの女の子がイケメン冒険者に取られちゃった時も似たような事になったけど、三日くらいで元に戻ったから」

 

 おっと、妹から辛辣な言葉が聞こえますね。あと、その話もトラウマを抉られるからやめてほしい。

 まったく、ゆんゆんの奴も、昨夜の事が誤解で俺の体が無事だって知った時は心の底からほっとした顔してたくせに、相変わらず素直じゃない妹だ。そこが可愛い所でもあるんだけど。

 

 一方で、この街で散々な目に遭った俺と違って、他の生徒達にとっては良い思い出になったらしく、皆楽しげな声で話している。まぁ、先生としては、それは何よりだけども。

 そして、特にこの街を気に入った様子なのは、

 

「あるえ。キョロキョロし過ぎだって、ちゃんと前見ろぶつかるぞ」

「でも先生、至る所でアクシズ教徒が何かやらかしているので、見ていて飽きないですよ。ほら、あそこでは孤児院設立の署名運動をやっていますけど、よく見たら下にアクシズ教の入信書を重ねています。名前の部分だけ上の紙が切られていて明らかにおかしいのでバレバレですけどね。……あ、警察に捕まりましたよ」

「ああいうのは見ちゃいけません。やっぱ子供の教育には悪すぎるなこの街は……」

「作家志望の私としては、この街は好きですよ。歩いているだけでネタの宝庫です。卒業後は割と真剣にこの街に住んでもいいかなと思っています」

「卒業後にどうするかまでは強制しないけど、頼むから今回のことがきっかけでとか親に言うなよ、俺が責任取らされそうだから……」

 

 あるえの親御さんがどう思うかは知らないが、少なくともゆんゆんがアルカンレティアに住みたいとか言い出したら全力で止める。

 まぁでも、あるえに関しては、この街に住んでもアクシズ教徒にはならないような気がするが。

 

 そんな事を話している間に、俺達は転送屋までやって来た…………が。

 

 

「皆さん、もう行かれるのですね。水臭いではないですか、短い間ですが共にアクシズ教発展の為に歩んだ仲ではありませんか。見送りくらい……」

「ひぃっ!!! く、来るなおっさん!!! 俺に指一本でも触れてみろ、大泣きしながら警察署に駆け込むからな!!!!!」

 

 

 店の前で待っていたのは、俺の中の危険人物ダントツ一位に踊り出たばかりの変態プリースト、ゼスタだった。

 ゼスタは俺の怯えきった様子に、

 

「な、何もそこまで毛嫌いしなくてもいいではないですか……昨夜は互いに色々とペロペロした仲でしょう」

「おいふざけんなおっさん!!! ペロペロしてたのはあんただけで俺は何もしてねえだろうが!!! これ以上妙な誤解を生む発言すんなよ頼むから!!!!!」

「おや、そうでしたか? それでは、帰る前に私のこともペロペロしますか?」

「しねえよ!!!!!」

 

 もう本当に何なんだよこの人、会話してるだけで精神力がゴリゴリと削られていくようだ。

 そんな不穏なワードを含んだ会話をする俺とゼスタに対して、生徒達から送られる腫れ物に触るような視線も地味に辛い……。

 

 するとゼスタは、俺に肩を借りているウィズに心配そうな目を向けて、

 

「ウィズさんは大丈夫ですか? やはり私のヒールを……」

「だ、大丈夫、大丈夫ですから! お、お気遣いなく!!」

 

 ゼスタの言葉を聞いて、ウィズが大慌てで言う。

 今の弱ったウィズが、アークプリーストのヒールとか受けたら本当に消えちゃうかもしれないからな……。

 

 ゼスタはウィズの反応に少し首を傾げていたが、その必死な様子を元気になってきたと受け取ったのか、安心したような笑顔を浮かべて、

 

「それならいいのですが…………それでは皆さん、アクシズ教徒を代表して私から、ささやかなお礼と感謝を。この度はアクシズ教の布教にご協力いただき、誠にありがとうございました。例え入信していなくとも、あなた方は私達の立派な同志です。アクア様もきっとあなた方を見守っていてくださる事でしょう」

 

 そう言いながら、ずしりとやたら重量感のある袋を差し出してきた。……正直、同志扱いはやめてほしいんだけど。

 

 俺がゼスタに近付こうとしないので、ゆんゆんが代わりに一歩踏み出して袋を受け取る。

 そして、その中身を見て目を丸くさせた。

 

「えっ、あ、あの、こんな大金いいんですか!?」

「えぇ、もちろん。これから転送屋を利用するとなると、お金もそれなりにご入り用でしょう? 遠慮せずどうぞどうぞ」

「で、でも、その、アクシズ教の宣伝といっても、映画では悪役みたいにしちゃったのに……」

「そこは確かに不満もありますが、まぁ、聖戦というのも常に勝てるものでもありませんし、むしろ負け戦を見せる事で、我々と共に邪悪なエリス教と戦いたいと思う同志が増えてくれるのではないかと思いまして。どちらにせよ、私達の活動を多くの人達に見てもらうだけでも、きっと入信者は劇的に増えると思うのです!」

 

 もしそれで本当にアクシズ教徒が劇的に増えたら、この世界は魔王に滅ぼされた方がいいと思う。

 俺のそんな思いをよそに、ゼスタは上機嫌のまま、

 

「では最後に、皆さんの紅魔祭の成功を祈り、女神アクアの祝福があらんことを――――『ブレッシング』!! またいつでも、この街に遊びに来てくださいね。その時はアクシズ教徒一同、歓迎いたしますよ!」

「あ……その、こちらこそお世話になりました! 映画、必ず良い物に仕上げてみせます! ね、あるえ!」

「うん、もちろんだよ。後世まで語り継がれるような、誰の記憶にも残る物を作ってみせるさ」

「ふふ、それはいいですね。紅魔祭はアクシズ教徒総出で参加させてもらうつもりですので、楽しみにしていますよ」

 

 何だかまるでゆんゆんが先生にでもなったかのように対応し、和やかな空気が辺りを包んでいる。

 

 ちなみに、先程ゼスタが唱えた魔法は運を上昇させる魔法で、神の祝福を授けるものとも言われている。……まぁ、この人含めたアクシズ教徒って根は悪い人じゃないんだよな、変人過ぎて危険なのは変わりないけど。

 

 それから俺達は転送屋に入って紅魔の里に帰…………あれ?

 ちょっと待て、さっきゼスタの奴、何かとんでもない事言ってなかったか?

 

 俺は慌てて店を出ると、店の前にはまだゼスタがいて、

 

「おや、どうしました? まさか、昨夜の事が忘れられず、カズマさんはこの街に残ることに」

「んなわけあるか!!! いや、なんかさっき妙な事を聞いた気がしてな……アクシズ教徒が総出で何だって……?」

「紅魔祭に行くと言いましたが」

「やめてくださいお願いします!!!!!」

 

 確かに紅魔祭はテレポートを活用して外から観光客を多数招ければと考えてはいるが、アクシズ教徒なんかが押し寄せたらどんな事になるか想像したくもない。映画撮影に協力してもらっている以上、祭り当日に招くというのは自然な流れなのかもしれないけど……。

 

 ゼスタはくすくすと笑いながら、

 

「そこまで心配しなくとも大丈夫ですよ。決して妙な事はしません、映画と合わせて現地でも布教すれば効果も二倍かと思いまして。皆今からそれはもうやる気満々で、我らの本気を見せる時だと」

「本当に勘弁してくださいお願いします!!!!!」

「そう言われましても、そんなおいしい布教の機会を逃すわけには…………そういえば、あなた方は、次は王都で撮影するのですよね?」

「え、そうだけど……」

 

 どうやらゼスタは何か思い付いたらしい。

 何やら怪しげに目を光らせ、ニヤリと口元を緩める。

 

「実は以前、上手いことやってこの街のギルドが管理している緊急用の大型拡声魔道具をジャックし、それで街中にアクシズ教の教義を広めたことがあったのです。効果は中々のもので、主に自由を求める子供達が我が教会に集まってきて、それはもう素晴らしい光景でしたよ。まぁ、すぐに親御さんが必死な顔で連れ戻しに来るのですが」

「もはやテロだろそれ、牢屋にぶち込まれても文句言えねえぞ」

「えぇ、まぁ普通に逮捕されたのですけどね。それで、ここからが本題なのですが、王都にも当然大型の拡声魔道具はあるのでしょう。そこで」

「おい待て、何言う気だ。無理だぞ無理無理、絶対無理!」

「そこを何とか! この布教法は、王都のように人が多い街でこそ真の効果を発揮するものなのです! これが成功すればきっと、信者の数はぐっと跳ね上がると思うのです!!」

「王都にそんだけアクシズ教徒予備軍がいてたまるか! それに、王都の緊急用の拡声魔道具は、他の街と違ってギルドじゃなくて王城で管理してるから、ジャックとか流石に無理だっつの!」

「……それでは仕方ありません、やはり紅魔祭で布教活動を……」

「ぐっ……!!」

 

 アクシズ教徒に里に乗り込まれてやりたい放題されるか、王都の王城にある拡声魔道具をジャックして街中にアクシズ教を布教するか。酷すぎる二択だ、どっちもマジで嫌だ……。

 

 しかし、どうしてもどちらかを選ばなければいけないとなると……。

 

「…………分かった、やるよ、やればいいんだろ! で、何か策とかあるんだろうな!!」

「そうですか、やってくれますか!! 私達の時はギルドで宴会芸やセクハラなどをやって注意を引いている隙に……といった感じで成功させましたが……」

「今度は王城なんだからそれで全部上手くはいかないって、騎士の数だって相当だし。なぁ、やっぱり無理だと思うから何か別の」

「い、いえ、策はありますよ! あー、ごほん! …………勇敢なあなたに、女神アクアの祝福を! 『ブレッシング』!!」

「運任せって事かコノヤロウ!!!!! 分かったよ、策は自分で考えるよちくしょう!!!!!」

「おお、ありがとうございます! 大丈夫ですよ、何となくなのですが、カズマさんからはアクア様のお力の残滓のようなものを感じられるのです。きっとあなたの事を見守ってくださっているのでしょう」

「あんたらが信仰してる女神様に見守られてるとか嫌な予感しかしないんですけど……俺としては幸運の女神エリス様の方がずっといいんですけど……」

 

 そうやってテンションを落としていると、ふと、ある事に思い至る。

 

「…………あれ、でもアクシズ教の布教なんかしたら、犯人はアクシズ教徒ってバレバレじゃねえか。実行犯の俺が何とかバレずに逃げ切れたとしても、あんたらだって絶対取り調べくらうだろ」

「ふふ、そこはちゃんと考えてありますよ。伊達に何度も逮捕されていません、抜け道は分かっています」

 

 そう自信満々に言いながら懐を探るゼスタ。

 何度も逮捕されてるってのに何でこんな堂々としてるんだこの人は……。

 

 そして、ゼスタが取り出した物は、

 

「録音の魔道具です。布教用の言葉は既に録音済みなので、拡声魔道具をジャックしたらこれを使って私の声を王都に広めてください」

「え、あー、それは分かったけど……こんなのが逮捕への対策になるのか? つーか、ゼスタさんの声とか、それこそ言い逃れできなくないか?」

 

 俺が首を傾げると、ゼスタは何故か取り出した魔道具をまた懐にしまいこんでしまった。

 ……?? 何がしたいんだこの人、ついにボケがきてしまったのだろうか。

 

「カズマさんは確か盗賊スキルを習得しているのですよね? 顔を隠した状態で、『スティール』を使って、私から先程の魔道具を盗んではもらえないでしょうか?」

「は? いや、まぁいいけど……」

「あ、もしカズマさんが望むのであれば、私のパンツを盗っても構いませんよ。お礼として差し上げます。カズマさんは、そのスキルでパンツを盗む事が多いと聞きましたよ」

「ここで本当にあんたのパンツが盗れたら、俺は自分に絶望するよ。じゃあいくぞ、『スティール』!!」

 

 俺が紅魔族ローブのフードを深く被って顔を隠した上で、右手を突き出してスキルを発動すると、次の瞬間には手の中に先程の録音の魔道具が収まっていた。

 それを見てゼスタは満足気に何度か頷きながら、

 

「これで大丈夫です。それではカズマさん、お願いしますよ! 成功した暁には、あなたを名誉アクシズ教徒として」

「それはいいです。……はぁ、よく分かんないけど、本当に洒落にならない事になっても知らないからな」

 

 俺はただ祭りを成功させたいだけなのに、何故王都でテロリストみたいな真似をしなくてはいけないのだろう……やっぱりアクシズ教徒の本拠地で撮影なんて力尽くでも止めるべきだったのか……。

 

 ゼスタと別れた俺は、これからどうしたものかと気が重くなりながら、再び店の扉を開けようとして…………既に少し開いているのに気が付いた。

 奥からは紅い瞳がこちらを覗いている。

 

「……? あぁ、あるえか。なんだよ、ずっとそうやって待ってたのか? それなら悪かったな、もう話は終わったから」

「先生、ちょっといいですか」

 

 あるえは俺の手を引いて店の隅に連れて行く。

 何だろう、あるえがこういう事をするのは珍しい気がする。もしかして、知らぬ間に俺はあるえまでも惚れさせていたのだろうか。…………いくら何でもそれはないな。

 

 それからあるえは、他の生徒達の方を見て、誰にも聞かれていない事を確認すると、

 

「話、聞きましたよ。先生、王都の拡声魔道具をジャックするのでしょう?」

「なんだよ聞いてたのか。まぁ、俺のスキルがあれば絶対不可能ではないと思うから、こっちは気にすんなって。流石にこんな事に生徒を巻き込むわけには」

 

 そう言いかけた時。

 あるえは、どこかミステリアスな感じの笑みを浮かべ、目は好奇心でキラキラさせながら、指先を額に当てた何やら大仰なポーズを取る。

 

 

「私に、良い考えがあります」

 

 

 …………もう本当に嫌な予感しかしない。

 




 
なんか今のところ紅魔祭あんま関係ないので、その内サブタイ変えるかも……
 


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紅魔祭 3

 
前回よりは文量も投稿間隔も短くなりました!
ごめんなさい、次はもっと短くします、ごめんなさい
 


 

 紅魔祭開催日が近付いてきた。

 里では何体ものゴーレムが闊歩して、祭り用施設の建設作業にあたっている。中には、悪魔まで召喚してこき使っている者もいて、悪魔が大工道具を持ってウロウロする姿はかなりシュールだ。

 

 とあるポーション屋の前では親子と思われる二人が店の飾り付けについて話し合っていたが、俺はふと飾りの一つの照明魔道具がチカチカと点滅しているのを見つけて、

 

「なぁ、ここ切れかかってるぞ」

「え、あっ、ホントだ! えっと、予備は…………ねぇな。親父、照明魔道具作りたいんだけど、材料残ってる?」

「サンダードレイクの電気袋が足りねえな、取ってこい。ついでにファイアードレイクの火袋もいくつか頼む。この着火魔道具、火力が落ちてきてやがる。あと、一撃熊の肝も三つ程ほしい。もうちょいポーションの在庫増やしときたいしな。モンスター寄せのポーションはそこにあるから持ってけ」

「だーもう、面倒くせえな! あ、教えてくれてサンキューな、カズマ!」

 

 そう言って、頭をかきながら森へと歩いて行くポーション屋の息子。

 

 今ポーション屋の店主が要求した内容は、普通の街のギルドに頼めば報酬100万エリスをゆうに超える高難易度クエストになるくらい無茶なものだったりするのだが、紅魔の里ではちょっとそこらで山菜でも摘んでこいみたいなノリで済まされてしまうので、冒険者を始めた紅魔族なんかは外の世界とのギャップに驚くことが多い。

 

 その辺りも今度授業でちゃんとやった方がいいなぁ、などと思いながら歩いていると、とある鍛冶屋の前に大剣やら斧やらゴツい武器が何十本も地面に突き立てられているのを見つけて足を止める。

 

「……なにこれ」

「お、カズマじゃねえか。何って、せっかくの祭りなんだからウチだって気合入れてるんだよ。元々ウチの商品は里の連中にはあまり売れないからな、外の人達が訪ねてくるこの機会に売れるだけ売っちまわないとな!」

「いや売らなきゃいけないってのは分かるけど、なんでこんな武器を地面に突き立てまくってんだ?」

「カッコイイからに決まってるだろう。分かってねえなぁ、カズマは。いいか? こうやって、周りを武器に囲まれた状態ってのは大抵何をしていても格好良くなるものなんだ。例えばこの中で膝をついてみれば、それは戦いに明け暮れ疲れてしまった歴戦の戦士のような雰囲気を出せるし、逆に腕組みをして仁王立ちでもすれば、戦いの中でしか生きられない狂戦士のように見せることもできる」

「……へぇー」

「しかも、それだけじゃないぞ。お客さんの中には試し振りをしてみたいって人もいるだろう、そんな人は当然地面に刺さっている武器を引き抜くわけだが、ここであえて俺の魔法で簡単に抜けなくするんだ。それでも苦労して抜いたお客さんに対して『その武器は、あんたを選んだようだな……』と意味深に言う。どうだ、もう買うしかないだろ?」

「俺だったらちょっと力入れて抜けなかった時点で帰るな」

 

 相変わらず紅魔族のセンスは理解できないが、まぁせっかくの祭りなんだし好きにやるのが一番なのかもしれない。外の人達からすればこういうのも新鮮だろうし。

 

 そのまま少し歩くと、とある靴屋の前に、そこの息子であるクソニートのぶっころりーが珍しく外にいた。

 ぶっころりーは俺に気付くと、得意気な顔で片足を少し上げて、

 

「やぁ、カズマ。どうかな、このブーツ。俺が作ってみたんだけど」

「へぇ、お前がまともに働いてるなんて珍しいな。靴のことはよく分かんねえけど、個人的には良いと思うぞ。素材も良さそうだし、羽飾りも結構凝ってて綺麗だな。貴族が履くような高級靴みたいだ。何か魔法的な効果はあるのか?」

「逃げ足が速くなる。カズマが持ってる『逃走』スキルみたいなものさ。最近祭りの準備が忙しいとかで、俺が家でゴロゴロしてると親父が『ちったぁ店のこと手伝いやがれクソニート!!』とか言ってきて」

 

 ぶっころりーがそう言いかけた時、店のドアが開いて、中から怒り心頭といった様子の親父さんが飛び出してきた。

 

「テメェまた逃げる気かクソニートがあああああああああああ!!!!!」

「おっと、親父のお出ましだ。それじゃ、カズマ。俺はもう行くよ」

 

 ぶっころりーはそう言うと、凄まじい速さで逃げていってしまった。

 どうやら、靴の力は本物のようだし靴屋も問題なく継げそうではあるが、本人がアレってのが問題だ。親父さんも可哀想に……。

 というか、逃げた所で結局アイツが帰る所は自宅くらいしかないし、どっちにしろとっちめられるってのは変わらないと思うが、そこはどうするつもりなのだろう。

 

 そうやって父親とか現実とかから逃走するニートを見送っていると、今度は何やら山の方から別の知り合いが歩いてきた。

 禍々しい空気を放つ、どう見ても魔族の格好をした二メートルをゆうに超える大柄の男で、何度見ても慣れずにどこか警戒してしまう。

 

「よう、ぷっちん。お前相変わらず、とんでもない姿だなそれ。今は祭りの準備でそこら中に召喚された悪魔がいるし、そこまで目立たないと思ってたんだけど、それでもかなり浮くもんだな。流石はひょいざぶろーさんの魔道具というか」

「ぐっ、ほっとけ! 大体、俺はクラスの映画の為にこんな姿をしているんだぞ……しかも、これのせいでお前達が楽しくロケに行ってるのに俺だけ置いて行かれるし……」

「あー…………まぁそう言うなって、魔王役なんて重要な役はお前にしかできないんだからさ」

「っ…………ふ、ふふ、確かにそれはそうだがな! ラスボスというのは、主人公と同じくらい重要な役だと言っても過言ではないし、誰にでも出来るものではない……。いいだろう、真の力を持つ者は、時として周りの為に耐え忍ぶ必要もあるものだ……」

 

 少しおだててみた結果、何やら勝手に意味深なことを呟いて納得してくれたようだ。

 

 そう、今はどう見ても人間に見えないこの男だが、元々はゆんゆん達のクラスの担任であるぷっちんだ。

 今回の映画では魔王役を演じることになったのだが、その為にひょいざぶろーの魔道具を使って魔王のような姿に変えている。問題は、一ヶ月の間元の姿に戻れないことだが。

 

 ……ふと考えてみると、祭りが終わるまでずっとこの姿とか、俺だったらショックで引きこもってるかもしれない。ぷっちんのメンタルすげえな。

 

 俺がそうやって感心しながらぷっちんを見てると、その魔王もどきが何かトロッコのような乗り物を引きずっているのに気付いた。

 

「それなんだ? というか、山の方から来たよなお前、何してたんだ?」

「ん、あぁ、映画の俺のシーンって最後の方に集中しているから、それまで暇でな。他のクラスの出し物を手伝っているんだ。その関係で、ドラゴンズピークまでちょっとな」

「…………ドラゴンズピークに?」

 

 ドラゴンズピークとは里の裏側にそびえる霊峰なのだが……。

 俺は何か嫌な予感がして、改めてぷっちんが引きずっているトロッコを観察してみるが、何やら焦げた跡があちこちに見受けられる。

 

 …………。

 

「おい。おいぷっちん。お前何かとんでもない事してねえだろうな。その手伝ってる他のクラスの出し物ってなんだ。何でドラゴンズピークなんかに行くんだ」

「ふっ、それを言ってしまったらつまらないだろう。だが、期待はしていいぞ。俺達のクラスの出し物に勝るとも劣らない、素晴らしい物ができそうだ」

 

 どうしよう、本当に嫌な予感しかしない。

 

 でも、正直俺はウチのクラスの映画の方で手一杯だし、これ以上何か厄介事を抱え込むわけにはいかない。ただでさえ、ゼスタから色々な意味で危険な頼み事をされているというのに。

 よし、何かあっても俺は知らん。責任は全部こいつに被ってもらおう。

 

 そんな感じに色々寄り道しながら学校までやって来ると、ここでも祭りの準備が急ピッチで進められていた。

 俺と一緒に来ていたぷっちんは、さっさと今手伝っているクラスの方へと行ってしまう。あいつ、自分の担当クラスはちゃんと覚えてるんだろうな。もはや他のクラスがメインになってないか。

 

 入り口の辺りでは、生徒達によって綺羅びやかな飾りの付けられたゲートが作られていて、巨大な黒い悪魔が手伝いながら時々指示も出している。

 

「おい、そこちょっとズレてんぞ、もうちょい右だ右……そう……よし、良い感じだ。ん、なんだ、鬼畜男じゃねえか」

「その呼び方はやめろっての…………なんかお前、もうすっかり馴染んでるな、ホースト」

「あぁ、紅魔祭とやらの準備のお陰でな。ただ、こうして堂々と里にいられるってのはいいんだが、外を出歩く人間が増えると肝心なあっちの方が進められねえってのがな……」

「あっちの方?」

「ん、だから封印の…………あっ! い、いや、何でもねえ何でもねえ!!」

「?? まぁ、いいけどさ」

 

 この悪魔、ホーストは、以前に森でこめっこと一緒にいた奴で、あの時は里の奴等には知られたら困るような反応をしていたが、今ではこうしてすっかり溶け込んでしまっている。

 というのも、今は祭りの準備の為に悪魔を召喚して使役している紅魔族というのも珍しくないので、そこまで存在が浮くということもないのだ。

 

 学校の生徒達も最初は怖がっている子も多かったが、今の里には他にも悪魔がちらほら歩いているので、もうすっかり慣れてしまったらしくホーストに懐いている子も多いくらいだ。

 

 そして、ホーストの近くには、にこにことご機嫌なこめっこもいて、

 

「ホースト! そこの飾り付け、わたしがやりたい!」

「分かった分かった。つっても、ここは結構難しいところだぞ? そこの魔力紐を使って魔法陣を作るんだ。まぁ、俺様の手じゃ細かい作業は向いてねえし、助かるけどよ……できるのか?」

「わたしなら余裕! 姉ちゃんにも手先が器用だって褒められたことあるよ。我が力、今こそ見せつける時!」

「お、おい、こめっこ、手先が器用ってのは分かったから、その手を怪しくワキワキさせるのはやめようぜ……一応女の子なんだからよ……」

「これはカズマお兄ちゃんの真似!」

「お、お前……」

「ちちちちちげえよ! 別にこめっこには何もしてねえし!! 姉の方にドレインタッチやスティールぶちかます時にそういう手の動きはしてたかもしれないけど!!」

 

 悪魔からドン引きの視線を送られ、慌てて弁解する。

 俺は決して五歳児にまでセクハラするような救いようのない変態ではなく、セクハラするのは最低でもめぐみんくらいの年からという健全な男なんだ。

 

 それからホーストはこめっこを肩に乗せて飾り付けをやらせてみる。

 気になるその腕前はというと。

 

「…………何というか、お前ってやっぱり大物で天才なんだな」

「うん、そうだよ」

 

 ホーストの呟きに、手を動かしながら平然と言うこめっこ。

 こめっこが作る魔法陣はそれは綺麗な物で、一応手先は器用な方である俺がやっても絶対ここまで綺麗にはできないと思わせるくらいだった。前から思ってたけど、こめっこの才能は本当に底が見えない。願わくば、姉のような変な道に進みませんように。

 

 その時だった。

 こめっこが作っていた魔法陣が急に発光し始めた。

 

「「は!?」」

 

 俺とホーストの声が重なる。

 元々この魔力紐には発光する仕掛け自体は付けてはあるが、この光り方は明らかに違う。

 というか、こ、これって……。

 

 

 次の瞬間、魔法陣から下級悪魔グレムリンが飛び出してきた!

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「っっ!? 『エクソシズム』!!」

 

 咄嗟に破魔魔法を発動させて滅する。

 び、びっくりした……大した悪魔じゃなかったから良かったけど、不意打ち過ぎてまだ心臓がバクバク鳴ってる。

 

 周囲も突然の出来事にざわつくが、召喚した悪魔が言う事を聞かずに襲ってきて返り討ちにするというのは、紅魔族でもたまにあるのでそこまで大事にはならずにざわめきも収まっていく。

 それでも、悪魔を召喚したのが五歳の幼女という所まで周りの人達が知っていたらもっと大騒ぎになったのだろうが、そこまでは分かっていない人が大半だったらしい。

 

 ホーストの方も驚きで口をあんぐり開けているが、当のこめっこは首を傾げて、

 

「なんか出てきた」

「こ、こめっこお前、無意識に悪魔召喚したのか……? つーか、よく見たらこの魔法陣、召喚用のやつじゃねえか! おい、これ誰に教わったんだ!?」

「前に姉ちゃんがゆんゆんから没収した『悪魔と友達になろう!』って本に書いてあったよ」

「そんな本書く奴も読む奴も大丈夫かよ……色々と……」

 

 ホーストは引きつった顔でそんな事を言っているが、俺は黙って目を逸らす。

 どうしよう、ゆんゆんは愛しの妹だけど、今だけは「それ俺の妹なんです」とか言いたくない……。

 

 すると、こめっこはちょっと不満そうに唇を尖らせて、

 

「でも、あの悪魔、弱っちかったね」

「いや、いくらグレムリンつっても、その年でこんな雑な方法で召喚できるとか、とんでもねえ事してんだぞお前……元々悪魔使いの素質はあると思ってたが、こりゃ俺様クラスを召喚できるようになるのもそう遠くないかもな」

「んー、本当はこうしゃく級っていう最強の悪魔を呼びたかったけど、ホーストで我慢する!」

「そ、そうか、ありがとよ……なんつーか、お前ならいつか本当に公爵級も呼べそうってのが末恐ろしいよな……」

 

 ホーストは苦笑いを浮かべて、そんな事を言っている。

 こめっこが公爵級悪魔も呼べるようになるかもしれないっていうのは俺も否定できないが、そんなものを呼ばれたら、バニルみたいな割と人間に友好的な奴ならともかく、そうじゃない奴が出てきて暴れ始めた場合、多分紅魔族でもどうしようもないから勘弁してほしいところだ。

 

 俺がこめっこの底知れぬ才能にビビっていると、他の生徒達がこめっこの周りに集まってきた。

 

「い、今、悪魔召喚したよな!? すっげー!!」

「なぁ、俺にも悪魔の呼び方教えてくれよ! 宿題とか全部やらせるからさ!!」

「あ、それなら俺は意地悪してくる兄ちゃんを懲らしめてもらう!」

「こめっこっていったっけ? 俺らのクラス来いよ、皆も聞きたいと思うし!」

「んー……おやつある?」

「えっ……あ、あるよ、ある! …………お、おい、皆お小遣いどのくらいある?」

 

 こめっこの言葉に、ひそひそと相談し始める生徒達。ここにいるのは下級生ばかりなのだが、どうやらこめっこの魔性の妹っぷりは、大人相手じゃなくとも十分通用するらしい。

 俺としては、こんな坊主共に可愛いこめっこをやるわけにはいかないが、まぁ、こめっこも普段はホーストくらいしか遊び相手がいないので、邪魔をするのもな……と、ここは我慢して成り行きを見守ろうと思っていた時。

 

 

「おい、妹に何か用があるなら、まずは私を通してもらおうか」

「あ、姉ちゃん」

 

 

 面倒臭い奴がやって来た。

 こめっこと生徒達の間に割って入るように立ち塞がっためぐみんは、バサッといつもより派手にローブを翻してポーズを決める。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして爆裂魔法を愛し、妹を外敵から護り抜く者!」

「あ、紅魔族随一のまな板だ」

「こめっこってまな板の妹なんだ」

「そういえば、まな板も魔力だけは凄いんだっけ?」

「ぶっ殺」

 

 下級生相手にからかわれ、一瞬で頭に血が昇っためぐみんが襲いかかった。

 教師としては目の前でケンカが行われているのを放置するわけにもいかなく、俺は後ろからめぐみんの制服の襟首を掴んで止める。

 

「どうどう、落ち着けって。あと、お前らも、まな板とか言うのやめろよ。めぐみんだって一応女の子なんだから、そんな事言われると傷付くだろうが。本当のことでも言っていい事と悪い事があるんだぞ」

「一応って何ですか、本当のことって何ですか! そういう一言も十分私を傷付けているのですが!!」

 

 めぐみんの怒りは収まるどころか更に燃え上がって、俺に捕まった状態でもバタバタと暴れて抵抗している。

 ホーストはそんなめぐみんを呆れた様子で見ながら、

 

「なんだ荒れてんなぁ、こめっこの姉貴さんよ。前々から思ってたが、人間の女ってのは二の腕や腹につく脂肪は嫌がるくせに、胸は別ってのが俺様にはよく分かんねえな」

「ぐっ、ほっといてください、どうせ悪魔には分かりませんよ! ……そうだ、ホーストは仮にも上位悪魔ですよね。悪魔というのは魂と引き換えにどんな願いでも叶えてくれるもの。流石に魂まではやれませんが、あなた方の大好物である人間の悪感情を集める手伝いくらいはできると思うので、代わりに私を巨乳にして、ついでに魔王にしてもらえませんか?」

「お前ら人間がそういうムチャクチャな願いばっか言ってくるから、その魂と引き換えに願いを叶えるサービスは廃止されたんだよ……」

 

 どこかうんざりしたように言うホースト。悪魔というのも色々大変らしい。

 一方で、下級生達は反省してくれたのか、素直に頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさい……そんなに気にしてると思わなかったんだ……」

「その、大丈夫だよめぐみん。ウチのお母さんも『女の価値は胸じゃない! あんたはあんな脂肪の塊に惑わされるようなバカな男になっちゃダメよ!』って言ってたし……」

「う、うん、それに、めぐみんって里一番の天才なんでしょ? それなら別に、胸なくても……」

「や、やめろぉ!!! そんな哀れみの目で私を見ないでもらおうか!!!!!」

 

 下級生から気を使われ、からかわれている時よりもダメージを受けている様子のめぐみん。

 まぁでも、天は二物を与えずとは言うが、めぐみんの場合は凄まじい魔力に整った容姿と他の者が羨む物は複数持っているのだから、胸くらいは諦めてもいいと思うのだが、女の子には譲れないものというのがあるのだろう。

 

 それは例えるならば、男がアレの大きさを気にするみたいな事なのだろうか。

 …………確かに、男としてはアレが小さいとか言われたら傷付くな……これからは胸のことでめぐみんをからかうのは控えるようにするか……。

 

 そんな事を思いながら、俺も今までのことを少し反省していると、ようやくめぐみんは大人しくなってくれたようで、俺に向き直って、

 

「それで、どうしてウチのこめっこがナンパされているのですか。いえ、まぁ、これだけ可愛いのですから、男に目を付けられるのは当然だとは思いますが」

「ナンパってお前な……別にそういうのじゃなくて、こめっこが悪魔を召喚したから、ちょっと人気者になってただけだよ」

「はぁ、なるほど、そういう事でしたか…………悪魔を召喚!? えっ、ちょ、本当ですかこめっこ!?」

「えっへん!」

「褒めてません! 危ないでしょう!! 悪魔というのは、必ずしもそこにいるホーストや先生のように話の分かる者だとは限らないのですよ!?」

「あぁ、俺もそこはめぐみんと同意見だ。こめっこ、これからはもう悪魔の召喚は…………おいちょっと待て、お前今、俺のことを悪魔扱いしやがったか?」

「してません。とにかく、こめっこ、悪魔の召喚は今後一切禁止です。分かりましたね?」

「わかりますん」

「どっちですか!! 先生みたいな事言わないでください!!!」

 

 すっとぼけた表情を浮かべるこめっこに、いよいよ困り果てた様子のめぐみん。

 すると、そんな俺達のやり取りを見ていた下級生の一人が、

 

「なんだか、カズマ先生とめぐみん、こめっこのお父さんとお母さんみたいだね」

「っ!?」

 

 その何気ない一言に、めぐみんはびくっと体を震わせ、一瞬俺の方を窺ったあと、

 

「と、突然何を言い出すのですか。確かに私とこめっこは七つも年が離れてはいますが、だからといって親子というのは言いすぎでしょう。…………まぁ、私と先生が夫婦に見えるというのは、場合によってはあるのかもしれませんが」

「いや、俺と夫婦扱いされて満更でもないってのは分かるけど、それは無理あるだろ。誤解されるにしても、普通に兄妹だろ」

「な、何勝手に満更でもないとか決めつけてるんですか! あくまで私は、年齢的な意味でですね……!!」

 

 めぐみんは視線を泳がせながらそんな事を言ってくるが、相変わらず他に誰かいる状況では素直になれない奴だ。

 でもそういや、王都での一件以来めぐみんとは二人きりになるという状況がない気がする。まぁ、最近は祭りでゴタゴタしてるしな。それに、そういう状況になって、まためぐみんが妙な事を言って妙な雰囲気になるのもアレなので、むしろ俺としては助かるんだけども。

 

 そんな事を思っていると、こめっこが不思議そうな顔をして首を傾げる。

 

「でも姉ちゃん、もうオトナなんでしょ? 外の街でカズマお兄ちゃんとオトナの遊びをしたって言ってたじゃん」

「こここここめっこ、そ、それは外で言ってはいけません! あのですね」

「オトナのあそびー? なにそれー?」

「あ、俺知ってる知ってる! 前に、夜中にウチの父ちゃんと母ちゃんがハダカで抱き合ってるところ見たんだけど、何してるのって聞いたらオトナの遊びとか言ってた!」

「わあああああああああああああ!!!!! ち、違います、違いますよ!? その……そう! オトナの遊びというのにはいくつか種類があるのです! だから別に私と先生はそんな事をしたわけでは……!!」

 

 焦るめぐみんに、ホーストが何か思い付いた様子で、

 

「ハダカで抱き合うっつったら、人間の生殖活動ってやつなんじゃねえの。なんだお前ら、つがいだったのか?」

「つがいじゃないです!!! 先生も黙ってないで何か言ってくださいよ!!!」

 

 こうやってめぐみんが顔を真っ赤にして慌てているのを見るのは中々に楽しいものだが、放っておくと俺が12歳に手を出した変態ロリコンという不名誉極まりない風潮が生まれかねないので、そろそろちゃんと否定しておこう。

 

 そう思って、俺が口を開きかけた時。

 こめっこが、ふと何かを思い出したように、

 

「あ、そうだ。そういえば姉ちゃん、『最近、先生と二人きりになる機会がなくて……』って悲しそうに言ってたね。ねぇ、みんな、向こう行ってあそぼ!」

「そっか、気が付かなくてごめんね! じゃあ俺達はもう行くから!」

「俺もラブラブなカップルを見かけても邪魔しちゃいけないってお母さんから言われた事ある! こういう時のことだったんだ!」

「なっ、ちょ、何勝手に話を進めているのですか!!! というかこめっこ、それは他の人には言ってはいけないとあれだけ……あの、聞いてますか!? 子供のくせにそんな『空気読みますのでごゆっくり』みたいな顔されると物凄く腹立たしいのですが!!!」

 

 そうやって騒ぐめぐみんをよそに、下級生達は分かってる分かってると言わんばかりに頷きながら離れていく。これではどっちが年下なのか分かったものではない。

 

 そして、こめっこはホーストに、

 

「ほら、ホーストも行こ。邪魔しちゃダメだよ」

「ん、あー、こいつらこれから子作りでもすんのか? そんじゃ俺様も空気読んでやるよ」

「読まなくていいです! 子作りもしません!! それに、ホーストには少し話がありますので残ってください!!」

「…………惚気話を聞く気はないぞ?」

「誰が悪魔にそんな話をしますか!!!」

 

 そんなこんなで、下級生達とこめっこは行ってしまい、後には俺とめぐみんとホーストだけが残される。

 

 めぐみんの言う話ってのは……やっぱりこめっこ関係なんだろうな。

 そして、普段の行いから忘れがちだが、めぐみんは知力が高い。そんなめぐみんがホーストに話があるというのだ、自然とその内容は予想がつく。

 

 めぐみんは、改めてホーストの全身を眺める。

 

「……やはり、今まで見たことがない悪魔ですね。ここまで迫力のある上位悪魔でしたら、以前に見たことがあれば印象に残っていないわけがありません。あなたは誰に使役されているのですか?」

「いっ!? そ、それは、だな……」

 

 めぐみんの紅い瞳から逃れるように、そわそわと辺りに視線を彷徨わせるホースト。

 

 これはマズイ。

 一応めぐみんは質問という形を取ってはいるが、おそらく結論はもう自分の中にあって、これは確認という意味の方が大きいのだろう。

 

 そして、ホーストが野良悪魔だとバレるのは俺としても避けたい。

 というのも、もしも真実を知っためぐみんが、こめっことホーストを引き離そうとした場合、こめっこが反撃のためにどんな行動に出るか読めないからだ。

 

 例えばめぐみんが口止めしているであろう、俺とのいかがわしいあれこれについて、ひょいざぶろー辺りにバラされたりしたら、めぐみんよりも俺が大変なことになる。

 

 ……よし、悪魔を庇うというのも不本意だが、ここは俺が何とか切り抜けさせてやろう。

 めぐみんは、ホーストが誰に使役されているのかと聞いているが、安易に誰かの名前を出せば本人に確認を取られて簡単に嘘がバレてしまう。

 

 それなら。

 

「……めぐみん。実はこのホーストな、俺が召喚して使役してるんだ」

「そうですか、凄いですね! …………怪しいとは思っていましたが、先生はホーストが里の誰かに使役されているわけではないと知っていたのですね」

「えっ!? お、おい、なんだよそれ、俺が嘘ついてるって言ってんのか! 証拠を出せ証拠を!!」

「い、いや、どう考えてもお前が俺様を召喚できるわけねえだろ……つくならもう少しマシな嘘ついてくれよ……」

 

 なんかホーストにも呆れられてしまった…………な、なんだよ、これでも俺、一応高レベル冒険者なんですけど、扱いが酷くありませんか……?

 いや、まぁ、確かにこのレベルの悪魔の召喚とか、俺じゃ逆立ちしたって無理なんだけど。

 

 これでホーストが野良悪魔だと確信しためぐみんは、じっと紅い瞳を向ける。

 それを受け、ホーストの顔には緊張の色が浮かび、視線を辺りに巡らせてこの先の行動を考えているようだ。

 

 もしここでめぐみんが大声でこの事をバラしたりすれば、ここは修羅場に早変わりだ。ホーストが相当強力な悪魔だというのは分かっているが、それでも紅魔の里で大勢の紅魔族を一人で相手にするのはキツイだろう。

 

 めぐみんの口が開かれる。

 その一言で状況が大きく変わるのは分かっているだけに、俺とホーストの喉がゴクリと鳴った。

 

 そして。

 

 

「そんな顔しなくていいですよ。別に誰かに言ったりはしませんって」

 

 

 ポカンと、俺とホーストの口が開いた。

 そんな俺達の反応に、めぐみんは苦笑を浮かべる。

 

「なんですか、そんなに意外ですか?」

「お、おう……絶対バラされると思ったぞ俺様は……」

「お、俺も……シスコンのお前のことだから、『妹に手を出す悪魔など滅ぶべきです!』とか言いながら、里の皆から追い回されるホーストを高笑いして眺めるくらいやると思った……」

「私にどんなイメージ持ってるんですか!!! あと、シスコンじゃないですから!!!」

 

 めぐみんは気を取り直すように軽く咳払いをすると、

 

「まぁ、確かに妹の近くに悪魔がいるというのは手放しで認められる事ではありませんが…………見たところ、こめっこはホーストに相当懐いているようですからね。あの子はまだ幼いですが、私と同じで人を見る目は確かです。この場合は人ではなく悪魔ですが。それに、私から見てもあなたはそこまで害があるようには見えませんでしたので、とりあえずは様子見という事にしてあげます」

 

 そう言って、小さく微笑んだ。

 

 意外な言葉に、未だにホーストは唖然としているが、俺は思わず口元が緩んでいた。

 めぐみんは妹のことを大切に想っている。だからこそ、ホーストと一緒にいる時のこめっこの楽しそうな笑顔を奪いたくないのだろう。こめっこにはずっと遊ぶ友達がいなかったので、例え悪魔だとしてもそういう存在はありがたいのかもしれない。

 

 しかし、ここでめぐみんは目を紅く光らせると、

 

「一応言っておきますが、もしもこめっこが傷付くようなことがあった場合は容赦しませんので、そのつもりでお願いします」

「…………はっ、分かってるよ。例えどんな事があってもこめっこを傷付けたりはしねえって約束する。悪魔は約束を破らないんだぜ」

 

 さっきから驚きっぱなしだったホーストは、めぐみんからの警告に、ようやくどこか楽しそうに笑みを浮かべながらそんな事を言った。

 前から思っていたが、ホーストは悪魔の割に人間みたいな表情をよく見せる。こういった所も、こめっこが懐いた理由の一つなのかもしれない。

 

 悪魔にとって契約は絶対。

 それは俺も学校で教えている。そして、勉強に関しては優等生であるめぐみんはもちろんその事は覚えていて、満足そうに頷いている。

 

 俺はそれを見て、安心して一息つく。

 

「……はぁ。まったく、一時はどうなる事かと思ったけど、これで」

 

 そこまで言った時だった。

 

 めぐみんの様子がおかしい。

 先程までの穏やかな雰囲気はどこへやら、今は青ざめた顔でどこか一点を見て微動だにしていない。

 

 ……なんだ?

 俺は疑問に思いつつも、めぐみんの視線の先を追いかけて…………固まった。

 

 二人の少女がこっちに来ていた。

 一人はめぐみんの妹のこめっこで、一緒に来た少女に手を引かれているようだ。

 

 そして、もう一人は。

 これでもかというくらいに目を紅く光らせた、お、俺の、最愛の…………。

 

 

「兄さん、めぐみん。なんかこめっこちゃんから、『姉ちゃんとカズマお兄ちゃんはオトナの遊びをするみたいだから、邪魔しちゃダメだよ!』って言われたんだけど…………オトナの遊びって何かな?」

 

 

 俺とめぐみんは大慌てでゆんゆんに弁解を始めた!

 

 

***

 

 

 いよいよ俺達のクラスは、映画撮影最後のロケ地に来ていた。

 

 場所は王都。

 王道な魔王討伐物語において、魔王城の次くらいに必ず撮っておきたい場所だ。

 

 もちろん、王都側から撮影許可は貰っている。紅魔族というのは魔王軍に対する強力な戦力でもあるので、よほどとんでもない頼みでもない限り、良好な関係を継続する為にこちらの要求は大体聞き入れてくれる。

 

 ここでの撮影の目玉はもちろん国が誇る立派な王城、そしてもう一つ。

 定期的に王都を襲う、魔王の軍勢との戦いだ。

 

 今俺達がいるのは、魔王軍と戦う最前線。

 集まっているのは日頃から厳しい鍛錬を積んでいる王国の騎士や、腕利き冒険者ばかり。

 そして、今回は紅魔族の大人達も、それなりの人数が里から出向いている。

 

 魔王軍の方はまだ見えてこないが、その内地平線の向こうから現れることだろう。

 報告によると、千は軽く超える数だとか。

 

 そんな中で、めぐみんは一番前に陣取り、撮影用衣装のマントをはためかせ、魔法使い用の三角帽子のつばの先を指先で掴み、不敵な笑みを浮かべている。

 

「……風がざわついていますね。我が必殺魔法に、大気までもが恐れをなしているのでしょうか」

「一応言っとくけど、まだ撮影始まってないからな」

 

 そう声をかけるが、めぐみんは既に役に入り込んで……というか、多分これは素なんだろうが、とにかく自分に酔っていらっしゃるようだった。まぁ、撮影的にはこれでいいんだけどさ……。

 

 一方で、ゆんゆん、ふにふら、どどんこは、

 

「ね、ねぇ、兄さん、本当に大丈夫なの……? 魔王軍って凄い数なんでしょ……こ、こんな、呑気に映画撮影なんてやってる場合じゃないんじゃ……」

「ゆ、ゆんゆん、ビビり過ぎでしょ! あ、あたし達は紅魔族だよ!? あのくらい余裕だって!!」

「そ、そうだよ、それに、こっちだってこんなに冒険者や騎士がいるんだし……」

 

 これから来る大規模な魔王軍にビビりまくってるゆんゆん達。

 まぁ、紅魔族といっても、まだ学生だ。例え大人の冒険者であっても、初めてここに来た者は皆ビビるものだし、俺だってそうだった。

 確か初めての前線は、一年前、俺が14の時だったか。もうホント怖すぎて、姿を消す魔法使ったままこっそり帰ろうかと思ったくらいだった。

 

 というか、俺はこの撮影に関しては普通に反対したんだが、あるえやめぐみんにどうしてもと押し切れられたのだ。めぐみんは「爆裂魔法の素晴らしさを広めるチャンスです!」とか息巻いていて、あるえは当然のように映画のことしか頭にない。

 ただ、めぐみんに関しては、卒業後はこういった場面に立ち向かう事が多くなると思うので、今の内に慣れておくというのは良い事ではあるのかもしれないが。

 

 あるえはいつもと変わらない落ち着いた様子で、マイペースに良さそうな撮影ポイントの確認などをしている。

 俺はそんなあるえに、ゆんゆん達のことを指差しながら、

 

「なぁ、あいつらすっかりビビっちまってるんだけど、やっぱやめないか?」

「やめません。大丈夫ですよ、ゆんゆん達はあれで問題ありません。物語的には、めぐみんさえ毅然としていて、仲間を引っ張ってもらえればいいので。もちろん爆裂魔法の出来栄えも大事ですが、百戦錬磨の大魔法使いであるウィズさんであれば心配ないです」

「そ、そんな、私はそんな大それたものでは…………でも、すごいですね、あるえさん。私も昔は冒険者として魔王さんの軍勢とは何度も戦いましたが、この状況でここまで冷静な人なんてあまり記憶にないですよ」

「あるえはこういう奴だからな……大物というか何というか。まぁでも、ゆんゆん達もそんなに心配すんなって。王都にはチート持ちの勇者候補が集まってるし、今回は紅魔族も結構来てる。その上ウィズだっているんだしな。それに、お前達は乱戦になる前に絶対テレポートで逃がすからさ」

 

 何とか安心させようとそう言うと、ゆんゆん達は少し冷静になったようで、周りを見回して表情を少しだけ柔らかくさせる。

 

 彼女達にとって、ここにいる騎士や冒険者の実力というのはまだ未知数なところがあるのだろうが、その強さをよく知っている里の紅魔族やウィズがいるというのが心強いのかもしれない。

 ただし、紅魔族に関しては、今回は戦力として来たというよりは別の目的があったりするのだが。

 

 ちなみにウィズは着ているローブのフードを深く被って顔を隠している。

 もし魔王軍の連中が、こちらにウィズがいることに気付けば色々と面倒なことになりそうだからだ。

 一応映画のために姿を消す魔法も使う予定ではあるが、念には念を……だ。

 

 本当なら、ウィズは立場上、騎士や冒険者が魔王軍と戦う場合は、基本的にはどちらかに手を貸すことはないらしい。しかし、一般人に危害を加えるような魔王軍連中に関しては別で、容赦なく攻撃する。

 そして、王都を襲撃するような連中は魔王軍の中でも特に血の気の多い連中ばかりで、一般人でも容赦なく殺してきたような奴等なので、ウィズの攻撃対象になるのだとか。

 

 ウィズの周りには他の冒険者達が集まっていて、皆どこか懐かしそうにしている。

 

「カズマの言う通りだ、今回は紅魔族がこんだけいてくれるんだし、何よりウィズだ! ウィズがいてくれれば魔王軍なんか怖くないぜ! なんたって、魔王軍も恐れた『氷の魔女』なんだからな!!」

「そうだな、今ではすっかり丸くなっちまったが、昔はいつも張り詰めた顔してて、周りを寄せ付けない怖さがあったからなぁ。『氷の魔女』って通り名は、まさにピッタリだった」

「そうそう、あんなイケイケで魔王軍を狩りまくってたウィズが、駆け出し冒険者の街で店を出してるなんて聞いた時は驚いたなー。ついに『氷の魔女』の氷が解けただの、解かした男は誰なのかだとか、王都ではしばらくその話で持ち切りだったっけか」

「あ、あの、昔の話ですので、もうその辺でいいじゃないですか! あの時は私も色々と余裕がなくてですね……!!」

 

 昔の黒歴史を掘り返された挙句、めぐみん達も「氷の魔女……」などと呟いていて、ウィズは恥ずかしさの余り上ずった声で、さっさと話を切り上げようとしている。

 あと、ウィズの氷を解かした男というのは俺としてもかなり気になる所だが、俺は案外バニルの奴が関係しているんじゃないかと思っている。あいつの場合、男っていうか悪魔だけど。

 

 ウィズのそんな様子に、冒険者の一人が笑いながら、

 

「まぁそうだな、確かにもう結構昔のことだし、それだけ時間があれば人も何かしら変わるってもんか。しかし、ウィズって内面は大分変わったけど、外見は全然変わらないよなぁ。確か俺と同い年じゃなかったか?」

「っ!! あ、そ、その、これでも色々とお手入れをしているんですよ!? 女性というのは、いつまでも若く見られたいものですからね!!」

「ははは、なんだウィズ、お前ってそういう事にはあまり関心なかったのに、本当に変わったなぁ。やっぱり男でもできたのか?」

「あ、あはは……ど、どうでしょうね……」

 

 からかうように言ってくる冒険者に、ウィズは目を逸らして言葉を濁す。

 ウィズがリッチーで魔王軍幹部というのは基本的には秘密で、昔のウィズを知る王都の冒険者達も知らない。

 

 ……それにしても、この人、ウィズと同い年なのか。

 

「…………なぁ、あんたの年は」

「カズマさん、ちょっといいですか」

 

 俺がそう尋ねかけた時、すぐさまウィズが遮り、俺の腕を取って隅っこの方へと連れて行く。

 あ、あれ、なんかウィズの声が異様に冷たかったような……。

 

 そして、ウィズは誰にも聞かれていない事を確認すると、笑顔を浮かべて、

 

「アンデッドである私は年を取りません。つまり、今も私は人間だった頃の20歳なんです。あの人が何歳であろうが、私は20歳です。これから何年経っても20歳です。分かりましたか?」

「は、はい、分かりました!!!」

 

 ウィズが氷の魔女だった頃の名残を見たような気がした。こ、こええ……。

 

 俺はウィズに怯えながら、めぐみん達の所に戻ってくる。

 まだ魔王軍の姿は見えないが、そろそろ来る頃であり、騎士や冒険者達は各々武器を振って調子を確かめたり、腕や足を伸ばして体をほぐしたりしている。

 

 と、今度はよく見知った冒険者がやって来る。

 見るからに上等そうな鎧に、凄まじい魔力を放つ魔剣を携えたそのイケメンは。

 

「なんだ、ハーレム勇者じゃねえか」

「ミツルギだ!! それよりもカズマ、君は相変わらず何を考えているんだ? こんな危険なところに、まだ魔法も覚えていない子供達を連れてくるだなんて」

「ん、なんだよまだ聞いてないのか? 映画ってやつを撮るんだよ。今度の里の祭りで流そうと思ってな」

「…………は!? 映画!? こんな魔王軍との大規模な戦闘で映画撮影!? 何を考えているんだ君はァァ!!!!!」

「いででででででででででで!!!!! お、おいコラ、お前、俺との決闘に負けた時の『もう俺の邪魔をしない』って約束忘れてねえだろうな!!」

「くっ……」

 

 ミツルギは苦々しげに、俺の胸ぐらを掴んでいた手を離す。

 流石は勇者様、約束はちゃんと守ってくれるらしい。俺だったら何か屁理屈をつけてなかった事にするところだけど。

 

 俺は掴まれたことで乱れた服装を整えながら、

 

「俺だって反対はしたんだけどな……とりあえず、乱戦になる前にはテレポートで逃がすって。それに、一度こういうのを見せておくってのもいいんじゃないか。めぐみんは卒業したら騎士団に入るし、ゆんゆんだってきっと凄腕冒険者になるから、いずれここには来ることになると思うし。他の子だって、今回で何か触発されて魔王軍と戦う道を選ぶかもしれないし、そうなったら打倒魔王を目指すお前としては良い事だろ?」

「それは……そうかもしれないけど…………まったく、物は言いようだね。分かったよ、どちらにせよ僕は君には逆らえないんだ。この子達については僕もよく見ておくし、決して危害が及ばないよう警戒しておく」

 

 ミツルギは諦めて溜息をつきながら、そんな事を言ってくる。

 ウィズだけではなく、王都でも名が売れているミツルギにも守ってもらえるなら、それは安心できるし、ありがたい事ではある…………が。

 

「…………でもお前、油断するとすぐ女の子攻略し始めるからなぁ。言っとくけど、ウチの生徒の頭撫でたり笑いかけたりすんじゃねえぞ。あと話しかけるのもダメだし、目を合わせるのもダメだし、そもそも近付くのもダメだな」

「僕は病原菌か何かか!? この機会だから言っておくけど、そうやって僕が手当たり次第に女性を口説いているみたいに言うのはやめてもらえないかな……」

「つまり、『僕は口説いているつもりはないんだけど、女の子の方が勝手に惚れてくるだけなんだ』って言いたいのか? はっはっはっ…………死ねばいいのに」

「ち、違うよ! そうじゃなくて……そ、そもそも、そんな都合よく女の子が僕に惚れるわけないじゃないか! 君がハーレム要員だとか失礼なことを言ってくるフィオやクレメアだって、僕に惚れてるとかそんな事はなくて、あくまで仲間として」

「死ねばいいのに」

「ま、待ってくれ、何だその目は!!」

 

 こういう天然たらしの鈍感イケメンハーレム野郎は、もしかしたら俺以上に女の敵じゃないかと思う。

 

 ミツルギにとって、本命は以前言っていた女神のような人とやらで、こいつの性格からして他の女の子に目移りする事なく一途に想い続けるのだろう。そして、このイケメンの事だから、その子との間にどんな障害が待ち受けていようと、結局は乗り越えて無事結ばれてハッピーエンドを迎える。そんな未来が約束されていることだろう。

 

 ミツルギのパーティーメンバーのフィオとクレメアは、その本命の存在を知ってなお、振り向かせてみせると決めたようだが、勝ち目は薄いように思える。

 

 ミツルギは、俺のどんよりとした視線に居心地悪そうにしながらも、めぐみん達の方を見て、

 

「そ、そうだ、そう言う君だって周りを女の子に囲まれているじゃないか! 僕のことをハーレム野郎扱いするなら、君だって」

「いや、あいつらはヒロイン枠じゃなくてロリ枠だから」

「…………あの、君の生徒達が、物凄く何か言いたげな目をしてこっち見てるみたいなんだけど…………」

 

 その視線には当然気付いているが、面倒なことになるのが分かりきっているので、俺は意地でもそちらには目を向けない。

 ミツルギは生徒達の方をちらちらと気にしながら、

 

「でも彼女達だって、今はまだ子供でも、いずれは成長して大人になるんだ。そしたら、どうするんだい。結局、君の言うハーレムという状況になるんじゃないか」

「そうなったとしても、俺はお前と違って本命がいないから全然マシだ。お前は本命がいるくせに、他の女の子達にも手当たり次第にフラグを立てて、ズルズルと期待だけ持たせておいて結局最後には振る。そんな、ある意味俺より鬼畜な奴だ」

「ま、待ってくれ! 僕はそんなつもりは……」

「それに比べたら、俺は別に本命の女の子がいるわけでもないし、余程頭がアレな女じゃない限りは誰でもウェルカムだ。一途に想っている相手がいないから、ちょっと地位とか体とかでアピールされれば誰にでもすぐなびくし、チャンスがある。つまり、お前よりはずっとマシってわけだ。証明終了」

「あの、カズマ。君の生徒達が、さっきよりも酷い目で君のことを見ているみたいなんだけど……」

 

 ミツルギが何か言っているが、当然俺はそちらを見ない。

 絶対後で長々と文句を言われるだろうが、とりあえず先延ばしにしとこう。

 

 その時だった。

 

 

「魔王軍が来たぞおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 その声に、周りにいた騎士や冒険者達の表情が一気に引き締まる。

 地平線の辺りで蠢く影。千里眼スキルを使わなくても、大規模な軍勢が侵攻してきている事が分かる。

 アンデッドや悪魔、鬼、鎧騎士など、多種多様な魔物で構成された魔王軍は、ゆっくりと、しかし着実にこちらへ近付いてくる。

 

 とりあえず俺は、いつも通りに盗聴スキルで相手の出方を窺うことにする。

 スキルによって、俺の耳がまだ遠くにいる魔王軍の奴らの会話を正確に拾う。

 

 

『はっ、相変わらず人間共がうじゃうじゃいやがるぜ! 今日こそは我が魔王軍が根絶やしに…………げっ!!! おい、カズマがいるぞ!!!』

『マジかよ……カズマといえば、また新たにやべえ話が増えてたぞ……何でも、少し前に王都で魔物騒ぎがあったらしいんだが、その時にあいつ、嫌がるマンティコアのケツ穴にぶっといモンぶち込んだとか……』

『ひぃぃ……あ、あいつ、そっちの趣味もあったのかよぉ……!!』

『俺は別の話も聞いたぜ。確か、貴族のお嬢様とやらを縄で縛り上げてモンスターの餌にした挙句に、そのモンスターをお嬢様ごと爆破したとか……』

『……なぁ、あいつって明らかにこっち側の人間じゃね? 対立するより仲間に引き入れた方がいいんじゃねえの?』

『や、やめとこうぜ、あんな変態鬼畜男の仲間とか思われたくねえよ……』

 

 

 く、くそ、言いたい放題だなあいつら! 嘘は言ってないけど!!

 あと、変態だとか鬼畜だとか言われることには慣れてきた俺だけど、魔王軍に言われると結構くるものがあるからやめてほしい。

 

 そんな俺の渋い顔を見て、ミツルギは首を傾げて、

 

「どうしたんだい、カズマ。奴等が何か良からぬ事でも企んでいたのか?」

「い、いや、その…………あいつら、やっぱ俺を一番警戒してるみたいだな!」

「そっか……君の名前は魔王軍にも十分知られているんだね。よし、僕も負けていられないな。魔王軍には僕のことも危険人物として覚えてもらうよ」

 

 ミツルギはそんな事を言いながら、闘志をメラメラと燃やしているようだ。

 いや、別に俺は魔王軍に名前なんか覚えられたくなかったんだけどな……。

 

 俺が鬱屈した気分で溜息をついていると、何やら服の裾を引っ張られる感覚があった。

 振り向いてみると、そこには、俺の服を掴んでいるゆんゆん、ふにふら、どどんこの三人。そして、その全員が大規模な魔王軍を実際にその目で見た結果、怯えて涙目になっている。

 

「…………あるえ、やっぱダメだ。ゆんゆん達はテレポートで帰すぞ」

「……仕方ないですね。とりあえず、めぐみんさえ何とかやってくれれば、脚本的には十分修正できるので……」

「分かった。じゃあ……『テレポ』」

「ま、待って!」

 

 俺がテレポートを唱えようとした時、ゆんゆんが慌ててそれを遮った。

 一体どうしたのかと、ふにふら、どどんこと一緒にゆんゆんの顔を見ると、その目がある方向にじっと向けられているのに気付く。

 

 視線の先には、前方でじっと佇むめぐみんの後ろ姿があった。

 大勢の魔王軍を前にしても微動だにせず、ただマントだけが変わらず風にはためいている。

 

 そんな友人を見て、ゆんゆんはぐっと拳を握りしめる。

 

「私は……だ、大丈夫、だから……。ふにふらさんとどどんこさんだけ送ってあげて」

 

 その言葉に、他の二人も、

 

「あ、あたしも平気! あんなの数が多いだけでしょ! ここで逃げたら、後でめぐみんに何を言われるか分かんないし!」

「う、うん、それに私達は紅魔族だし! 上級魔法さえ覚えちゃえば、あんなの何でもないんだから、怖がる必要なんかないよね!」

 

 明らかに無理をしている様子の三人だが、あるえは穏やかな笑みを浮かべて頷いている。

 俺としてはもう大人しく帰らせたいところではあるのだが、本人達がここまで言っているので、その気持ちを汲むことにする。

 

「分かった、乱戦になる前には必ずテレポートで逃がすから、それまでの辛抱だ。ウィズ、そろそろだけど、いけるか?」

「あ、はい! 私はいつでも大丈夫ですよ!」

 

 今回の魔王軍への最初の攻撃はもう決まっている。

 そう、ウィズの爆裂魔法だ。

 

 あの魔法は威力は絶大だが、効果範囲もまた絶大なだけに、乱戦になると敵味方関係なく消し飛ばしてしまうので使えない。

 だからこそ、使うなら先制攻撃、または敵が撤退する際の追い打ちといった場面に限られ、映画の脚本上、先制攻撃の方で使うということになったのだ。

 

 騎士や冒険者達は、皆固唾を呑んで開戦の合図ともなるウィズの爆裂魔法を待っている。

 ちなみに、ウィズは爆裂魔法で大量の魔力を消費するので、映画の為の姿を消す魔法や、ウィズの詠唱が映像に入らないようにする為の消音の魔法は、俺から彼女にかけている。

 

 準備は整った。

 あるえの方もカメラのチェックを終え、俺に小さく頷いている。

 あとは、主役の仕事だ。

 

「よし、めぐみん。そろそろやるぞ。お前はただ堂々とセリフや詠唱を読み上げればいい。そうすれば、ウィズが最高の爆裂魔法を決めてくれるさ」

「…………」

「……? なんだよ、まさかセリフ忘れたとか言うんじゃねえだろうな。おい、めぐみん?」

「…………はっ!! え、な、ななな何でしょう!!! あ、で、出番ですか!? い、いいでしょう、ば、ばば爆裂魔法の恐ろしさ、魔王軍に、お、教え込んで……」

 

 …………あかん。

 

 さっきからずっとこいつの後ろ姿しか見ていなかったから気付かなかったが、正面から見てみるとよく分かる。

 その顔は思いっきり引きつっていて、ダラダラと冷や汗をかきながら、目も明らかに泳いでいる。

 

 つまり。

 

「お、お前……ゆんゆん達と比べて妙に冷静だと思ってたけど、普通にビビりまくってるじゃねえか! 魔王軍が来る前はあんだけ余裕ぶってたくせに!!」

「ビ、ビビってません! ビビってませんよ!! こ、これは武者震いというやつですから!!」

 

 そうだ、こいつが意外と逆境に弱いってのを忘れてた……。

 

 俺はめぐみんの強がりはスルーして、どうしたものかとあるえの方を見る。

 向こうも困り顔で口元に手を当てて考え込んでいる。どうやらゆんゆん達は、自分達もいっぱいいっぱいだからか、めぐみんがこんな事になっているとは気付いていないようだ。

 

 映画的に、ここはめぐみんが堂々と魔法を唱えて魔王軍を攻撃する場面であり、こんな怯えていては撮影にならない。そして、ゆんゆん達と違ってめぐみんはこの場面の肝なので、簡単に内容を変えることもできない。

 

「めぐみん、落ち着け。実際に魔法を使うのはウィズだ。お前はそんなに気負う必要はないって」

「わわわ分かっていますよ、私はいつだって冷静沈着です! じゃあいきますよ! く、くく黒よりくりょく……」

「待て待て待て! その前にセリフだセリフ! あと詠唱噛みすぎて早口言葉に失敗したみたいになってんぞ!!」

 

 やっぱり、このままじゃダメだ。

 でも、この分だといくら説得したところで落ち着きそうもないし、どうしたもんか…………何か、こいつが普段通りになれるような……いつものめぐみんといえば…………あ。

 

 思い付いた。

 そうだ、こいつにはどんな時だってブレない軸がある。そこを上手く使えば……。

 

 俺は少し考えたあと、声を大きくする魔法を自分に使った。

 そして、大きく息を吸い込んで、

 

 

『よく聞け、魔王軍ども!! 我が名はカズマ!!! 紅魔族随一の冒険者にして、数多のスキルを使いこなす者!!!』

 

 

 俺の声に、魔王軍だけでなく、こちら側の騎士や冒険者達もざわめく。

 ゆんゆん達や、隣にいるめぐみんも目を丸くして、ただ呆然と俺を見ているが、あるえだけは楽しそうな笑みを浮かべてカメラを回しているようだ。ホントあいつは……いや、今はいい。

 

 俺はそのまま魔法で大きくした声で続ける。

 

『今日は俺の大事な教え子を連れて来た! そして、驚け!! こいつは何と、爆裂魔法を覚えている!! 今から大勢消し飛ばしてやるから覚悟しろよ!!!』

「えっ、ちょっと兄さん!? 何でそれバラしちゃうの!?」

 

 後ろからゆんゆんがそんな事を言ってくるが、俺は答えずに、じっと魔王軍の反応を見る。

 大丈夫……大丈夫だ。きっと望み通りの反応をしてくれる……はずだ。た、頼むぞ……!

 

 魔王軍はしんと静まり返っていた。

 突然の俺の宣言に、面食らって反応が遅れているのだろう。内容も内容だしな。

 

 俺はゴクリと喉を鳴らしながら、辛抱強く待った。

 隣からは、めぐみんが不安そうな顔をこちらに向けているが、今は声をかける時じゃない。

 

 すると、その時。

 盗聴スキルでじっと聞き耳を立てていた俺の耳に、魔王軍から突然、「ぶっ」と短い音が聞こえた。

 

 そして、次の瞬間。

 

 

「「ぶはははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」」

 

 

 魔王軍が一斉に笑い出した。

 もはや盗聴スキルなどいらないくらいに、何百、何千もの声が重なり、巨大な音の波として大地を揺るがすかのごとく、その笑い声はこちらに伝わってくる。

 

 思わず、口元が緩んだ。

 決して、笑い声につられたとかそういう事ではない。

 

 すると、魔王軍の中の指揮官らしき者が、俺と同じように魔法で声を大きくして、こんな事を言ってきた。

 

『何が爆裂魔法だ、そんなもの誰が信じるか!! 悪名高き貴様のことだ、どうせそう言って何か別の罠にハメるつもりなんだろう! 大体、人間でそんなネタ魔法を覚えるようなバカがいてたまるか!!』

 

 ピクリ、と俺の隣でめぐみんが反応した。

 よし、いいぞ魔王軍、その調子だ。

 

 俺はその指揮官に、

 

『お前、爆裂魔法のことをネタ魔法だとか言ったか? 訂正するなら今の内だぞ』

『ぶはは、誰が訂正などするか! あんな魔法、威力だけは高いが消費魔力が尋常じゃない上に、効果範囲が広すぎて使い所を間違えれば自分も一緒に消し飛ばすものだぞ。しかも、大量に魔力を失った後には、爆音を聞きつけたモンスターが集まってくる危険もあるというオマケつきだ』

 

 指揮官の言葉に、周りの魔族達もゲラゲラと下品な笑い声をあげている。

 俺の隣では、めぐみんがぷるぷると震え始めた。

 

 敵の指揮官もまた、くくっと小さく笑い声を漏らしながら、

 

『しかし、なるほど、今の状況は確かに爆裂魔法にはおあつらえ向きとは言えるかもしれん。だが、こんな限られた状況の為だけに、あんな魔法を覚えるようなバカなどいるわけがない。まともな魔法使いというのは、目ぼしい魔法を習得したら、あとはその威力上昇など補助スキルにポイントを費やすものだ。まともな魔法使いならな』

『……じゃあ、爆裂魔法使いは、まともな魔法使いじゃないってことか?』

『ぶははははははは!! 何を分かりきったことを! 爆裂魔法というのは、長い時を生きてスキルポイントを余らせた魔族が酔狂で取るような魔法だ。それを、たかだか百年も生きられずに寿命を迎える人間如きが習得するなど愚の骨頂! 仮に本当にそんな奴がいるとすれば、そいつはネタ魔法に相応しい、ネタ魔法使いと呼ぶべきだろうな!!』

 

 もう十分だった。

 ちらりと見ためぐみんの横顔には、先程までの怯えはどこにもなく。

 

 

 目をギラギラと真っ赤に光らせて、歯をギリギリと噛み締め、手に持った杖をギチギチと音が鳴る程に力強く握りしめていた。

 

 

 めぐみんは言う。

 

「先生、その声を大きくする魔法、私にもお願いします」

 

 俺は言われた通りに魔法をかけてやる。

 それを待ってから、めぐみんは片手でマントをばさっと翻し、もう片方の手で杖を相手に突きつけたポーズを取って、

 

 

『我が名はめぐみん!!! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りし者!!!!! 私の前で爆裂魔法をバカにするとは良い度胸です、そのバカにしていた魔法に消し飛ばされながら後悔するがいい!!!!!』

 

 

 めぐみんのその大声に、魔王軍は当然警戒などするはずもなく、ただ笑い声を返すだけだ。

 しかし、それにはお構いなしに詠唱を始めるめぐみん。もはや言葉を交わす気などないくらいに憤っているようだ。

 

 敵の指揮官は煽るように、

 

『ぶはは、やってみろやってみろ! 紅魔族とはいえ、小娘如きが爆裂魔法など撃てるわけがない!! バレバレなハッタリはやめることだな、口だけ紅魔族よ!!』

 

 そうだ、確かにめぐみんは爆裂魔法を覚えていない。ハッタリや口だけというのは間違いではない。ちょっと前までは魔王軍を前にビビりまくっていたし。

 

 でも、今のめぐみんは堂々としている。

 

 本当は魔法を一つも覚えていないけれど。

 実際に魔法を使うのはウィズで、めぐみんはただ子供らしく魔法使いの真似事をしているようなものだけれど。

 

 それでも、こうして大勢の魔王軍を前にして、大声で威勢よく啖呵を切れる者がどれほどいるだろうか。

 

 そんなめぐみんの背中を、ゆんゆん達は夢中になって見つめていた。

 その目はまるで、小さな子供が憧れのヒーローを見るかのように、キラキラと輝いている。

 

 爆裂魔法の詠唱が終わった。

 めぐみんが手に持つ杖の先に、白い光が灯った。

 といっても、これは映画の演出の為の仕掛けであり、杖に魔力を少し込めれば誰でも同じことができる。

 

 しかし、それを遠くから眺めていた魔王軍がざわめきだした。

 敵の指揮官も、先程までのからかうような態度から一転、怯えを隠し切れない震え声で、

 

『な、なんだ、その光は……? まさか……ほ、本当に爆裂魔法なんてものを使うつもり……なのか……?』

 

 めぐみんの近くにいる俺達には、その光に大した魔力が込められていない事はすぐに分かる。

 だが、遠くから眺めている魔王軍はそれに気付くことはできず、先程のめぐみんの言葉から焦りだけがどんどん増していっているようだった。

 

 めぐみんがゆっくりと、大きく息を吸い込む。

 

 敵の指揮官は、もはや動揺していることを隠すこともなく、必死の形相で上ずった声をあげる。

 

『わ、分かった!! 今回のところは引き分けということで、大人しく引き下がってやろう!!! それに、その、悪かったな、口だけなどと言って!!! だ、だから』

 

 

「エクスプロージョンッッ!!!!!」

 

 

 直後、とてつもない音と衝撃を伴った、全てを蹂躙し空高くまで昇る圧倒的な爆焔が魔王軍を飲み込んだ。

 

 

***

 

 

 魔王軍との戦いを終えた俺達は、他の冒険者達と一緒に城での戦勝パーティーに招待されていた。

 冒険者達は堅苦しい正装は嫌がる者も多いので普段通りの服装で参加している者が多いのだが、せっかくなのでウチの生徒達は、レンタルではあるがそれなりに豪華なドレスを着て参加している。

 

 ちなみに俺は普段着慣れた紅魔族ローブのままだ。

 これにはスーツ姿が似合わないとか生徒達にからかわれるのが嫌だったという理由もあるのだが、ある計画のために動きやすい格好でいたいというのが大きい。

 

 周りを見てみると、肩口の開いた黒いドレスを着たゆんゆんとめぐみんが目についた。

 ゆんゆんは慣れないパーティーに若干緊張している様子だが、めぐみんは仏頂面でむすっとしている。

 

「……もう、いつまでむすっとしてるのよ。爆裂魔法をバカにされて腹が立ったのは分かるけど、あれだけやったんだから、それで満足できないの?」

「ふん、あれは私の爆裂魔法ではなく、ウィズの爆裂魔法です。このくらいでは私の気は収まりませんよ。私も早く爆裂魔法を習得して騎士団に入り、私自身の手で魔王軍を屠ってやりたいです」

「流石はめぐみん殿、実に頼もしい! 私共も、一日でも早いめぐみん殿の入団をお待ちしております!!」

 

 未だに不機嫌なめぐみんとは対照的に、上機嫌にそんな事を言っているのは、アイリスの護衛にして大貴族シンフォニア家の長女クレアだ。

 

 どうやらクレアは、今回の戦いでの爆裂魔法がどれだけ効果的だったかという報告を聞いて、すっかり気を良くしたらしく、他の貴族に「爆裂魔法の有用性を発見したのは私なのだ」と自慢していたくらいだ。

 まぁ、すぐに「最初に爆裂魔法使いを騎士団に推したのは俺だ」ってバラしてやったら涙目になってたけど。

 

 ただ、こうしてめぐみんが魔王軍にビビらなくなったのは、卒業したら騎士団で何度も魔王軍と戦うことを考えると良かったとは思う。張り切り過ぎて、騎士団の指示とか関係なくぶっ放しそうで怖いところはあるけど……。

 

 今回の戦いについて語っているのはクレアだけではなく、周りの他の貴族や、騎士や冒険者なども同じような感じだ。

 

 主に冒険者は興奮冷めやらぬといった様子で、やれ自分がどう活躍したのか、どんな敵を倒したのか、など。

 貴族は全体を通して騎士団の統制具合や、特に目立った活躍をした冒険者の功績など。

 それぞれ思い思いに語り合っているようだ。

 

 こういった戦勝パーティーは俺も今までに何度か参加していて、初めの内はそういう話題に自分のことが含まれていないかと聞き耳を立てていたものだが、今ではむしろ俺のことは聞きたくない。

 だってあいつら、俺に関しては活躍より悪評について語りまくってるからな……特に貴族の奴等。いや、俺の日頃の行いが悪いとか言われたら何も言い返せないんだけども……。

 

 そして、今回の戦いでのMVPと言えばもちろんウィズであり、そういった者の周りには騎士や冒険者、気さくな貴族なんかが集まるもの…………なのだが。

 

 何故だか、ウィズの周りの者達は顔を引きつらせて、一刻も早くここから離れたいと思っているように見える。

 

「それで、こっちが戦闘で使った泥沼魔法の効果を飛躍的に向上させるポーションで、今回のような大規模戦闘では大いに役立つので……」

「い、いや、ウィズがそれ使うの見てたって俺……効果範囲が広がりすぎて、自分ごと沼に沈めてただろ……」

「うっ……そ、それはですね、えっと…………あ、それではこちらの、周囲の者の心を読める帽子はどうでしょう!? 味方の心を読んで言葉を交わさずに連携を取ったり、敵の心を読んで次の攻撃を予測できる物ですよ!! きっと役立つはずです!!」

「それ俺が使わせてもらったけど、心の声が大き過ぎるんだよ! 大音量過ぎて、もはや何言ってるのか分からないし、頭痛くなるし、戦闘どころじゃなかったよ……」

「えっ、ご、ごごごめんなさい! で、では、こちらの敵の耐性を著しく下げる毒餌なんかは…………あれ!? あの、皆さんどこへ行くんですか!?」

 

 ウィズから何か妙な物を売り付けられない内に、さっさと退散し始める冒険者達。

 

 先制攻撃で爆裂魔法を撃って魔力を大量に消費したウィズは、あの後は自分が持ってきた魔道具を活用して戦っていた。

 ドレインタッチで魔力を補給するにしても、あまり大っぴらにやるとリッチーである事がバレてしまう可能性もあったし、魔道具を使えば自分の店の宣伝にもなると思ったのだろう。

 

 しかし、まぁ、ウィズの店で扱っている魔道具というのは、どれもこれも何かしら見逃せない問題がある物ばかりで、戦闘中に何度も自滅しかけていたので、他の騎士や冒険者達もウィズに近付かなくなっていったのだった。

 

 ウィズの他にも、何体もの敵をまとめて魔剣で斬り払ったミツルギの周りにも人が集まっていて、しかも女の子が多く、近くにいるフィオやクレメアが目立たない程度に威嚇しているのが見えた。あいつらも苦労してるなぁ。

 

 もちろん、俺が連れて来た紅魔族の連中も存分に活躍したわけだが、このパーティーには参加せずにさっさと里に帰って行った。元々、ここで魔王軍を相手にしたのは紅魔祭のある準備のためであり、すぐにやるべき事があったのだ。

 

 この機会に紅魔族を仲間に加えたい冒険者達はがっかりしていたが、その代わりに俺が連れて来た生徒達の方が次々と勧誘されているようだ。

 

 魔法使いをパーティーに入れたいと思っているミツルギなんかも、勧誘したくてウズウズしているように見えたが、フィオとクレメアがこれ以上ライバルを増やしてなるものかと邪魔をしていて中々思うようにはいっていないらしい。

 まぁ、例え二人が邪魔しなくても俺が邪魔したが。大事な生徒を鈍感ハーレム野郎の餌食にさせるわけにはいかないしな。

 

 そんな中、ふにふらとどどんこは、中々イケメンな戦士風の冒険者に話しかけられていた。

 

「どうだ、卒業したらウチのパーティーに来ないか? ウチは全員が上級職で、王都でもかなり稼いでる方だと思うぞ。それに高レベルの前衛職が多いから、後衛職はしっかり守ってもらえる。条件は悪くないと思うんだ」

「うーん……そうだね、結構良いかも。85点」

「私はそこまであげられないかなー、70点くらい」

 

 これだけ聞けば、二人は条件面に対しての評価として点数を付けているように思うかもしれないし、この冒険者もそう受け取っているだろう。

 

 しかし、二人の事をよく知っている俺には分かる。

 この二人、絶対相手の顔だけ見て点数付けてるだろ。というか、よく見ればこいつら、さっきから相手の顔しか見ていないようで、話を聞いているのかも怪しい。

 

 どうやら俺が授業で教えた、パーティー選びに関する注意点などは頭から消し飛んでいるようだ。まぁ、元々冒険者になるつもりはなさそうだったしな、この二人は。

 

 何も知らない冒険者は、その高評価に顔を輝かせる。

 

「つまり、前向きに考えてくれるって事でいいのかな! 頼むよ、フリーのアークウィザードなんてそうそう出会えるものじゃないんだ…………そうだ! 君達、王都はまだ慣れていないんじゃないか? 良かったら明日辺り、ウチのパーティーの連中でこの街を案内しようか! お互いに人柄とか知ることができるし、いいと思うんだ。途中で何か買いたいものがあったら買ってあげるしさ!」

「「ほう」」

 

 冒険者の最後の言葉に、二人は同時にキラリと目を光らせる。

 こ、こいつら本当に現金な奴等だな…………いや、俺も人のことは言えないけど。

 

 二人はそのまますぐに食いつくかと思いきや、何やら勿体ぶった様子を見せて、

 

「でも、どうしよっかなー。あたし達、ちょっと言い寄られれば簡単に付いて行くような軽い女じゃないからなー」

「えっ……いや、これは別にそういう意味で誘っているわけじゃなくて、確かにウチは男しかいないけど、あくまでパーティーの皆の事を見てほしいってことなんだけど……」

「本当かなー? 何か下心がありそうなんだけどー」

「ええっ!? ちょ、そんな事あるわけないじゃないか!」

 

 冒険者が慌てるのも無理はない。

 ふにふら達が妙なことを言い出すものだから、その冒険者は周りから変な目で見られている。具体的には、「このロリコンが」みたいな目で。

 

 俺が見た感じこの人は、アルカンレティアで会ったアクシズ教徒のような変態ロリコン野郎ではなく、純粋にアークウィザードの卵として勧誘しているっていうのは分かるんだが……可哀想に。

 

 しかし、その時。

 ふにふらとどどんこは二人で何かこそこそ話し合った後、何やらニヤニヤしながら辺りに視線を巡らせ始めた。

 

 ……なんだろう、嫌な予感がする。

 俺はその直感に従い、その場を後にしようとしたのだが。

 

 ちょうどその瞬間、二人の視線が俺を捉えて、

 

「「せんせー!!」」

 

 こ、このタイミングで呼ぶのかよ、反応したくねえ……!

 だが、ふにふら達の方に集まっていた視線は既に俺の方にも向けられているので、ここで完全に無視するというのも中々できない。

 

 俺は諦めて二人の方まで行って、

 

「なんだよ、どうした」

「えへへ、実はあたし達、今ちょっとナンパされてまして。明日街を案内するって言われて、どうしたらいいかなーって呼んでみました!」

「うん、先生としても、生徒が知らない人とどこか行くのは心配じゃないかなーって思いまして!」

「ち、違うんだ、聞いてくれ! 俺は別にナンパしたとかそういうのではなく、あくまでパーティーに」

「大丈夫、大丈夫。大体分かってるよ」

 

 さて、どうしたもんか。

 ふにふらとどどんこは、顔に期待の色を浮かべてちらちらとこっちの様子を窺っているけど、これってやっぱ俺に嫉妬してほしいとかそういう事なのかなぁ……。

 

 俺は少し考える。

 そして。

 

 

「……うん、別にいいんじゃねえの。行ってこいよ。二人共、あまり迷惑かけるんじゃねえぞ」

「「あれっ!?」」

 

 

 俺の言葉が予想外だったのか、二人はショックを受けたように固まってしまった。

 俺はそのまま続けて、

 

「一応明日も撮影はあるけど、そんな丸一日かかるようなものじゃないしな。撮り終わったら街を回る時間くらいはあるさ。それに、この人のパーティーも皆気さくで良い人ばかりって評判だし、俺も別に心配してないよ」

「そ、そうか、ありがとう! 助かったよ、何か妙な誤解をされるかと……」

「え、ちょ、ちょっと先生……その、少しくらいは止めてくれたっていいんですよ……?」

「ていうか、ここまですんなりと許されるっていうのも……なんというか……」

 

 そう言って微妙な顔をする二人。

 

 正直に言うと、教え子が他の男達と街を巡るというのには若干モヤモヤした気持ちはある。例えそれが、恋愛的なものを含まないものだったとしても。これは多分、父親が娘を他の男に取られるのを嫌がるとか、そういう気持ちなのだろう。

 

 でも、そこは俺もオトナだ。

 相手がアクシズ教徒みたいな変態だったり、ミツルギのような鈍感ハーレム野郎じゃなければ、俺は生徒達を束縛するような事はしない。そもそも、俺にとって12歳は年齢的に恋愛対象外で手を出すつもりなど全くないくせに、他の男には渡さないというのも身勝手な話だ。

 

 あと、今ここで断れば、一気に俺がロリコン扱いされるしな。

 ぶっちゃけ、今の状況ではこれが一番大きな理由かもしれない。

 

 というわけで、俺はさっさとこの場を後にすることに。

 しかし。

 

「う、うぅ……捨てられた……先生に捨てられたぁ……!」

「やっぱり私達のことは遊びだったんだ……本気じゃなかったんだ……本命はめぐみんかゆんゆんなんだ……!」

 

 二人はそんな事を言い出し、周りの視線が俺に集中する。

 え、ちょ……!

 

「お、おい、待て、聞け! 違う、違うぞ、俺は別にロリコンじゃないし、こいつらに何かしたってわけでも…………あ、いや、あくまで指導として多少はアレなことやったかもしれないけど…………で、でも、本当に手を出したとかそういうのは…………だから聞けってば!! お前達も変な誤解されるようなこと」

「あたし達、先生にパンツまであげたのに……あれもやっぱり遊びに過ぎなかったんだ……」

「ちょ、ちがっ……パ、パンツは盗んだけど、ちゃんと返しただろ!! おいやめろよ、周りからの目が酷いことになってるんだけど!!!」

 

 もはや周りは俺の弁解など聞く気配すらなく、ひそひそと「カスマ」やら「クズマ」やら「ロリマ」やら色々聞こえてくる。

 何故ここまで言われなければいけないのか、教育の一環としてパンツを剥ぐくらい別に普通…………じゃないな。どこの変態教師だよ。

 

 俺に残された選択肢は、逃げるようにその場を離れることだけだった。

 

 

***

 

 

 晴れてロリコンという悪評が追加された俺が、次に目にしたものは。

 

「なぁ、あんた、卒業したら王都で冒険者やるんだって? それなら、ウチのパーティーにぜひ!」

「…………えっ。あ、あの! それ、私に言ってるんですか!? めぐみんじゃなくて、私に!?」

「お、おう、そうだけど……そっちの短髪の嬢ちゃんは騎士団に入るってのは聞いたし……と、というか、嬢ちゃん、目が真っ赤に光って……」

 

 どうやら、めぐみんと一緒にいたゆんゆんが、冒険者から仲間に入らないかと誘われているらしい。まぁ、ゆんゆんは元々冒険者やるつもりだったし、他の子よりは勧誘に成功する確率は高い。

 お兄ちゃんとしては、できれば男が少ないパーティーに入ってもらいたいところなんだけど、流石にそこまで口を出すわけにもいかないので、とりあえずは大人しく見守ることにしたのだが……。

 

 なんか、早くも暗雲立ち込めている感じだ。

 というのも、声をかけられた事で感情が昂ぶったゆんゆんの目が真っ赤に光って、冒険者が若干怯えているように見えるからだ。

 

「その……す、すまん。何か気に障ったなら謝るから、言ってもらえると助かる……紅魔族が目を光らせる時って、怒ってる時なんだろ……?」

「えっ!? あ、ち、違います違います! 怒っているわけじゃなくて、ただ感情が昂ぶっているだけで…………そ、その!! ほ、本当に私でいいんですか!? わ、私、話が面白いわけでもないですし、最初の内は相手の目を見て話すっていうのもまだちょっと難しいんですけど、そ、それでも見捨てないでくれますか!? あ、あの、クエストがない日でも一緒に遊びに行ったり、ご飯食べたりとかしたいんですけど……そ、それってウザかったりしますか!?」

「ちょっ……急にどうした!? えっと、俺はただ、ウチのパーティーに入ってくれないかって……」

「うぅ……や、やった……こんな私にも、仲間が……! 冒険者になっても上手く仲間を見つけられずに、本当に一人ぼっちになるかもって思ってたのに…………良かったぁ……!!」

 

 目にうっすらと涙まで浮かべ、心の底からほっとした様子のゆんゆんに、声をかけた冒険者は引きつった顔で一歩後ずさった。

 

 ……そいつの気持ちは分かる。

 フリーのアークウィザードなんてそれこそ引く手数多であり、本人だってそれは分かっているのが普通で、多少天狗になることはあっても、ここまで仲間の心配をする者などいない。

 本来ならば、相手のほうが必死にアピールして、アークウィザードは誘われた中から条件が良いものを好きに選べる立場だ。

 

 そんなアークウィザードが、ここまで必死になっているのだ。

 俺だったら絶対、何かある地雷なんじゃないかと警戒する。

 実際のところは、地雷なのは隣の爆裂狂であり、ゆんゆんは普通に優秀な魔法使いになる予定なのだが。

 

 とはいえ、この冒険者は俺と違ってこいつらの事はまだ何も知らない。

 冒険者は、恐る恐るといった様子で尋ねる。

 

「な、なぁ、なんであんたはそんなに仲間が出来るかなんて心配してんだ? もしかして、その……何か、あるのか……? えっと、人から避けられそうな事、とか……」

「えっ? そ、それは一体どういう……」

「それについては、私から説明しましょう」

 

 ゆんゆんの言葉を遮って、めぐみんが一歩前に出た。

 ……何言い出す気だろう、こいつは。何かろくでもない事を言い出すような気がしてならない。

 それはゆんゆんも同じ思いらしく、心配そうな表情でめぐみんの方を見ている。

 

 めぐみんは、こほんと咳払いをして喉の調子を整えると、

 

「まず、ゆんゆんはカズマ先生の妹で、この子のことをそれはもう溺愛しています。例えば、冒険仲間として付き合っていく中で、この子が何か悲しむような事があったとします。その場合、例えそれがどんな些細なことであっても、あの国随一の変態鬼畜男がどんな行動に出るか予想も付きません」

「!?」

「ちょ、ちょっとめぐみん!? いきなり何言い出すの!?」

 

 冒険者は驚愕の表情を浮かべて、また一歩後ずさった。

 

 ……まぁ、めぐみんの言っていることは間違ってはいない。

 ゆんゆんが冒険者になったら、俺もちょくちょく様子を見に行こうとは思っているが、もし可愛い妹が何か嫌な思いをしていると知ったら、その時はあらゆる手段を用いてその何倍もの嫌がらせをするつもりだ。これはお兄ちゃんとして当然のことだろう。

 

 めぐみんは、涙目のゆんゆんに揺さぶられながら、なおも続ける。

 

「そして、この子自身も大好きな人に関する事で時々暴走して、そうとう恐ろしい言動をとったりもします。その恐ろしさは、あの先生が震え上がる程です。例えば、目の前のモンスターを浮気性な先生に見立てて、無表情でひたすら木刀で何度もめった打ちにして仕留めたり、これ以上先生がセクハラをしないように、アレを切り落とすことを考え始めたり……などです」

「ひぃぃっっ……!!」

「や、やめてえええええええ!! め、めぐみん、まだそんな事覚えてたの!? あ、あの、違いますよ!? アレを切り落とすとか、全然本気で言ったわけじゃなくて!!!」

 

 ゆんゆんが大慌てで弁解しているが、もう冒険者はほとんど泣きそうな顔で、一歩、二歩とどんどん後ずさってゆんゆんから距離を置き始めている。

 

 めぐみんは、その冒険者の反応はお構いなしに、締めくくるようにニコリと笑顔を浮かべて、

 

「でも、そんなゆんゆんにも冒険仲間ができるようで、友達の私としても安心しました。それでは、何かと危うい所も多い子ですが、末永くお願いしますよ?」

「うっ……わ、悪い! 何というか、その、や、やっぱりウチのパーティーじゃ荷が重すぎるみたいだ!! ほら、王都には他に冒険者パーティーなんていくらでもあるしさ!! きっと、その子にもっと合うパーティーも見つかるはずだ!! そ、そういうわけで、俺はこれで……」

「ええっ!? あ、あの、待って!! 待ってください!!! お願いですから話を聞いてえええええええええ!!!!!」

 

 ゆんゆんの悲痛な声も虚しく、その冒険者はそそくさと立ち去ってしまった。

 そして、よく見ると、次に声をかけようとしていた周りの冒険者達も、ここまでの会話を聞いて一斉に解散し始める。

 

 ……これはひどい。

 大勢の冒険者からモテモテなゆんゆんというのは俺もモヤモヤする想いがあったが、かといってこんな状況を見せられると心にくるものがある……。

 

 一方で、元凶であるめぐみんは、呆然と立ちすくんでいるゆんゆんの肩に手を置いて、

 

「あまり気にしない方がいいですよ。これで去っていくという事は、所詮はその程度の気持ちしかなかったのです。あなたにはきっと、もっと良い仲間が」

「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「いたたたたたたたたたたたたた!!!!! ちょ、何なんですか急に!!! 私はあなたの事を思って」

「許さない!!! 今度という今度は絶対に許さない!!!!! あんた本当にいい加減にしなさいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「いたっ、痛いですってば!!! あなたの方こそいい加減に……こ、この…………あああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 そんなこんなで、パーティー会場で取っ組み合いを始める二人。

 事情をよく知らない冒険者なんかは、騒ぎを聞きつけて見物しながらぴーぴーと口笛を吹いたりもしている。

 

 本来なら俺が止めなきゃいけないんだろうが、正直関わりたくない……ほっとけばその内ミツルギやクレアが止めてくれるかもしれないし、放置じゃダメかな……。

 

 まぁ、めぐみんは、やり方はアレだが、ゆんゆんに良い仲間を見つけてもらいたいと思っているのは本当だと思う……が、多分それだけじゃない。

 しょうがねえなぁ。

 

 俺は二人のところまで歩いて行って、

 

「二人共その辺にしとけって、ここは学校じゃないんだぞ。特にめぐみん、お前仮にも騎士団に入るんだから、今からイメージ悪くしてどうするんだよ」

「止めたいなら、そっちのぼっちに言ってくださいよ! この子は放っておくと、話しかけられただけで舞い上がり、どんな相手にも付いて行ってしまいます。だから私が善意で冒険者の選別をしてあげようと思ったのに……!」

「善意!? 善意って言った今!? あと私が誰にでも付いて行くような軽い女みたいに言わないでよ! めぐみんこそ、ちょっと食べ物をちらつかされたら簡単に付いて行きそうなくせに!!」

「な、なにおう!?」

「やめろっての。とりあえずめぐみん、ゆんゆんが変な奴に付いて行かないか心配してくれるのはありがたいけど、やり方もっと考えろって。というか、ちょっと寂しかったんだろお前」

「っ!! な、なぜ私が寂しがらなくてはいけないのですか、ちょっと意味が分からないですね!!」

「……? 兄さん、どういうこと?」

 

 何やら慌てだしためぐみんを見て、ゆんゆんは首を傾げながら、ようやく少しは落ち着いたらしく、めぐみんを掴んでいた手を離した。

 

 俺は口元を緩ませながら、めぐみんの方を指して、

 

「ゆんゆんは色々テンパってたから気付かなかったかもしれないけど、めぐみんの奴、冒険者から誘われてるゆんゆんを見て寂しそうな顔してたんだよ。自分の一番の友達が他に冒険仲間を見つけて楽しくやっていくってのが複雑だったんだろうぜ」

「なっ……ち、違いますから、別に寂しそうになんかしてませんから!!! ま、全く、この私がそんな、子供みたいなこと思うわけないでしょう……勝手な妄想はやめてほしいですね……」

「…………め、めぐみん? その……私達、立場は違くてもどっちも王都を拠点にするんだし、そんなに寂しがる必要は……」

「だから違うと言ってるでしょう!!! な、何ですか、何なんですかそのちょっと嬉しそうな顔は!! 何度も言っていますが、これは勝手に先生が言ってるだけで…………先生は何ニヤニヤしてるんですか!!!!!」

 

 今やめぐみんは顔を真っ赤にしているが、これは中々可愛いものだ。

 そう思っているのは俺だけじゃなく周りの冒険者や騎士も同じらしく、微笑ましげに仲良しな二人の事を眺めている。

 

 ……そんな、良い雰囲気だったのに。

 

 

「あっ、見つけた! 見つけたぞカズマ! お前が王都に来ていると聞いて…………ん、なんだこの空気は、その子はめぐみんといったか? なぜそんなに顔を赤くして…………はっ!! ま、まさか、こんな公衆の面前で何かしらの羞恥プレイを……!?」

 

 

 いきなり頭のおかしい事を言いながらやって来た金髪碧眼の女。

 俺は一瞬だけそいつを見た後、再びゆんゆん達の方に視線を戻す。

 

「まぁでもゆんゆん、めぐみんのやり方はともかく、仲間はちゃんと選んだ方がいいぞ。お兄ちゃん的には、女の子が多いパーティーの方が嬉しい」

「無……視……っ!? くぅぅっ!!」

「あ、あの、兄さん? この人は?」

 

 できればこの変態はずっと放置しておきたかったのだが、流石にゆんゆんが尋ねてきた。

 すると、俺が何か言う前にめぐみんが、

 

「ゆんゆん、この人はララティーナというお嬢様で、持ち前のエロい体を使って先生を籠絡しようと企んでいる人です。気を付けてください」

「えっ」

「ちちちち、違っー!? わ、私はただ、カズマとパーティーが組みたいだけで……!!」

 

 めぐみんの紹介に顔を赤くして言い訳をするララティーナ。

 一応その辺の羞恥心はちゃんとあるらしい。その羞恥心をもっと別のところにも向けてほしいところだが。

 

 ララティーナは気を取り直すように、一度咳払いをすると、

 

「私の名はダスティネス・フォード・ララティーナ。カズマとは以前、特殊プレ…………ではなく、ドラゴン討伐で共に戦った間柄だ」

「ダ、ダスティネスって、あの……!? あ、わ、私はゆんゆんといいます! えっと」

「ゆんゆんは先生の妹で、自分の兄に対して家族以上の重い愛情を抱いています。普段は大人しい子ですが、先生絡みの事となると、平気でとんでもない事をやらかす子ですので、あなたも先生を狙うというのなら覚悟しておいた方が痛い痛い痛い!!! 何するんですか!!!!!」

「それはこっちのセリフよ!!! さっきから何なのよバカああああああああああ!!!!!」

 

 確かにさっきと似たような流れだが、今回はゆんゆんのヤンデレっぷりを教えておいて、ララティーナが俺に近付かないように牽制するつもりだったのだろう。

 ララティーナの方は、冗談か何かかと思ったのか、苦笑いを浮かべているだけだ。

 

 俺は溜息をついて、

 

「あのな、めぐみんには前にも言ったけど、本当にララティーナとは何もないし、これからもそうだ」

「それは聞きましたが、理由まではハッキリ聞いていませんから、まだ納得しきれていないのですよ。だって大貴族で美人なお姉さんなんて、先生が飛びつかない方がおかしいくらいじゃないですか」

「そ、そうだよね、兄さんがこんな良い人に手を出さないわけが…………あ、あの、ダスティネス家なんて大貴族の方が、どうして兄さんにそこまで……」

「ん、この前の戦いで、カズマは私ととても相性が良いと思ってな。私は駆け出しの街で冒険者をやっているのだが、ぜひパーティーに入ってはもらえないかと頼んでいたんだ」

「おいふざけんな、アクシズ教徒といい、なんで俺と相性が良いとか言ってくる奴はどいつもこいつも変態なんだよ。悪魔やアンデッドと相性良いって言われる方がまだマシだぞ」

「……ふふ、そうだ、それだ。私の立場を知っていてなお、その歯に衣着せぬ物言いや容赦無い暴言……そこが気持ちい…………ごほん。そこが気に入ったのだ」

 

 ララティーナのその言葉に、ゆんゆんとめぐみんは複雑そうな表情で黙り込む。

 ……なんだろう、アイリスに気に入られた理由も似たようなものだったと思うが、こいつに言われると残念な気持ちにしかならない……もうホントどうにかしてくれこの変態……。

 

 ゆんゆんは不安げな目で俺とララティーナを交互に見ながら、

 

「その、妹の私が言うのも何ですけど、兄さんはやめた方がいいですよ……? 油断するとすぐにセクハラばかりしてきますし……学校でも、教室の皆の前でスキルを使って生徒の下着を剥ぐなんて事もあって……」

「なっ……こ、公衆の面前で下着を剥ぐ……だと……!?」

「はい……他にも、勇者候補の人との決闘で、土下座して相手を油断させた隙に、不意打ちで全身を氷漬けにしたり……」

「不意打ちで全身氷漬け!?」

「そうなんです。こんなのはほんの一例で、兄さんがやらかした事なんて他にもいくらでもあります。だから…………あ、あれ? あの、どうしたんですか? 何か顔が赤く……」

「ゆんゆん、見ちゃいけない。これは見たらダメなやつだ」

 

 俺の悪行を聞いて、思いとどまるどころか頬を染めて息を荒くし始める変態の姿を見せまいと、俺は両手でそっと妹の目を塞ぐ。ゆんゆんはゆんゆんでエロいところはあるけど、こういうアブノーマルな世界は見せたくない……教育に悪すぎるだろこのお嬢様……。

 

 そうやって頭を痛めていた時だった。

 

 

「これはこれはダスティネス様。今日もお美しくいらっしゃる。このような大規模なパーティーでも一際目立つその輝きは、さながら夜空に光る一番星のようですな」

 

 

 そんな歯の浮くようなセリフを言いながらやって来たのは、頭髪は薄い割に体は毛深い、太った大柄の中年男。そいつは。

 

「なんだ、アルダープのオッサンじゃねえか。こんな所で何してんだ? あと、お星様ってなんか死んだ人みたいなイメージもあるし、その例えはやめた方がいいんじゃねえの」

「や、やかましいわ!!! 貴族のワシがここにいて何が悪い!! それにワシのことはアルダープ様と呼べと何度言えば分かる!!!」

 

 このオッサンはアルダープという成金貴族で、普段は駆け出しの街アクセル周辺の地を収める領主をやっている。

 普通なら俺と接点を持つことはないような相手なのだが、とある物品関係の取引で度々かち合うことがあるのだ。

 

 アルダープは不機嫌そのものの表情で俺を睨んでいたが、そこから視線をゆんゆんやめぐみんに移すと、口元をニヤリと歪める。

 

「……ほう」

「おい、あんたが女に目がないってのは知ってるが、ウチの生徒に手を出したら承知しねえぞ。特にこっちは俺の妹なんだからな」

「し、失敬な! ワシはただ可愛らしいお嬢さんだと…………ん、今何と言った? その少女が貴様の妹? …………あぁ、金で買ったのか」

「何だとコラ、失礼だなコノヤロウ!!! 血は繋がってないけど、ちゃんとした義妹だ義妹!!!」

 

 俺とゆんゆんが似てないってのはあるが、それにしたって酷い暴言だ。

 まったく、俺のことをちゃんと理解してくれている人なら、俺が金で妹を買うなんて非人道的なことをするわけがないって分かって……くれると……思う……。

 …………分かってくれるよな?

 

 ゆんゆんとめぐみんは、アルダープのいやらしい目付きを嫌がり、俺の後ろに隠れてしまっている。セクハラは俺で慣れているとは思ったが、このおっさんは受け付けないらしい。

 

 アルダープは胡散臭い目で俺を見たあと、ララティーナに視線を移して、

 

「ダスティネス様、こやつは王都でも悪名高い冒険者です。あまり関わり合いにはならない方がよろしいかと……」

「ん、それは私も聞いてはいますが、実際に接してみてそこまで悪い印象は受けませんでしたよ。悪名や悪評といったものがあてにならないというのは、あなたも常々仰っている事ではないですか、領主殿」

「うっ……そ、それは、そうかもしれませんが……」

「そうだぞオッサン、大体あんただって人のこと言えないだろうが。エロ関係の魔道具取引で俺とよく取り合いに」

「うおおおおおおおおおお!!!!! き、貴様、いきなり何を言い出す!!! ち、違いますぞ、ダスティネス様!! これはこやつが勝手に……!!!」

「何が違うってんだ! この前だって、俺が狙ってたマジックミラーを横取りしたくせに!! あれは一体どこに取り付けるつもりなんだ言ってみろ!!」

「わわわ、分かった!! ワシも言い過ぎたな、ここは穏便に済まそうではないか!!! 互いのためにもな!!!」

 

 アルダープは大慌てでそう誤魔化すと、ごほんと咳払いをして、

 

「そ、それよりも。恐れながら、今日はダスティネス様にお見合いの話を持って参りました。お父上にも話は通してあります」

「は? 見合い? いやいやいやいや、いくら何でもオッサンがララティーナと結婚とか無理あんだろ」

「貴様は黙っとれ!! それに今回はワシではないわ!!!」

 

 今回はってことは、前にオッサン自身も見合いを申し込んだことはあんのか。引くわー。

 一方で、アルダープの言葉に、ララティーナは眉をひそめる。

 

「見合い……ですか。それで、その相手というのは?」

「私の息子でございます。まだまだ未熟な部分はありますが、向上心は人一倍で民からの評判も良く、最年少で騎士に叙勲される程の剣の腕もあります。どうかご一考いただければと…………バルター! 来い、バルター!!」

 

 アルダープの言葉に、今まで目立たないようにそっと後ろに控えていた青年が前に出てくる。

 澄んだ瞳をした爽やか系のイケメンだ。身長は俺より頭一つ分くらい高く、騎士に叙勲されているというだけあって、体も引き締まって鍛えられているのが服の上からでも分かる。

 

 バルターは口元に柔らかい笑みを浮かべたまま、深々と頭を下げる。

 

「お初にお目にかかります、ダスティネス様。私はアレクセイ家の長男、アレクセイ・バーネス・バルターと申します。どうかお見知り置きを」

「……ダスティネス・フォード・ララティーナです。しかし、その、私は見合いなどは……」

「お、バルターじゃん。なんだよ、ララティーナの見合い相手ってお前なのか。やめとけやめとけ、このお嬢様、見てくれだけはいいけど中身が問題ありまくりだから」

「だから邪魔をするなと言っているだろうが小僧め!! なんだ貴様、もしやダスティネス様に気があるのか!? 身の程を知れ平民が!!!」

「あぁ!? おい今なんつったコラ!? 俺はバルターのことを心配してんだよ、誰がこんな変態ドMなんか」

「わああああああああああああああああ!!! ななな、何を言うつもりだカズマ!!! そ、それに、その、別に私はお前とどうこうなるつもりはないが、そこまでバッサリ切り捨てられると、一応は女の端くれとして何というか……」

 

 ララティーナはそう言って微妙な顔をする。

 こいつ、見合いには消極的っぽかったのに、なんて面倒くさいお嬢様なんだ……あと基本ドMのくせに、喜ぶ時と喜ばない時の線引がよく分からん。

 

 ちなみに、俺はバルターとも一応知り合いで、俺のことを目の敵にするアルダープのオッサンをなだめてくれたりする良い人なので、基本的にイケメンは敵視する俺もバルターにだけは好感を持っている。だからこそ、ララティーナとの見合いを止めようと思ったわけだ。

 

 バルターは、そんな俺達に苦笑いを浮かべながら、

 

「カズマ君も相変わらず元気そうで何よりだよ。それにしても、驚いたよ。君はダスティネス様とも親交があるのかい?」

「いや、ちょっと知り合う機会があっただけだよ……とにかく、このお嬢様はやめとけ。わざわざこんな地雷選ばなくても、お前にはもっと良い子がいるって」

「まだ言うか小僧!! これ以上邪魔するつもりならワシにも考えが」

「ま、まぁまぁ、父上! その、ダスティネス様も、カズマ君やそこの紅魔族の子達と歓談していた所だったのですよね? お邪魔してしまい申し訳ありません」

「え、あぁ、まぁ……」

「父上、これ以上はダスティネス様のご迷惑になってしまうかと……」

「くっ…………で、では、ダスティネス様、私達は失礼させていただきます。どうかお見合いの件はお願いいたします」

 

 不満そうな表情で去っていくアルダープの後ろを、こちらに申し訳なさそうに会釈してから付いて行くバルター。ホント良い奴だなぁ……。

 

 そんな二人を見送った後、ようやく俺の背後に隠れていたゆんゆんとめぐみんが出てくる。

 

「な、なんだろう……セクハラとかは兄さんで慣れてるのに、あのオジサンだけはどうしても生理的に受け付けないというか……」

「えぇ、紅魔族の勘が告げていますが、あれは裏で相当悪どいことをやらかしていますよ。たぶん先生以上の悪党ですよ、あの人」

「お、よく分かってるなめぐみん。あのオッサンは法律的にアウトなことでも貴族の権力で強引に揉み消すような奴だけど、俺は権力なんていう卑怯な手には頼らずに、のらりくらりと警察をかわしていくスタイルだから、全然マシだと思う」

「お、お前、それだって胸を張って言えるようなことでは…………ま、まぁ今はいい。それよりも、だ」

 

 そこでララティーナは険しい表情を浮かべると、綺麗な碧眼を真っ直ぐ俺に向ける。

 

「カズマ、アルダープについてはよく知っているのか? もしそうなら、どんな些細なことでもいいから、出来る限り情報提供を頼みたいのだが……」

「……え、なに、お前もしかしてああいうのがタイプなの?」

「ちがっ、そうではない! まぁ、あの舐め回すようないやらしい目付きはカズマに通じるところがあるし、誠実そのものでつまらんバルターよりはマシかもしれないが、これは真面目な話なんだ」

「真面目な話ならその余計な前置きやめろよ!!! い、いや、違うって、俺はそんな目向けて…………ちょ、ちょっとしか向けてねえから!!!」

 

 ゆんゆんとめぐみんがジト目で見てくるので慌てて弁解する。

 あとララティーナのやつ、どさくさに紛れてバルターよりはアルダープの方がマシとかとんでもない事言いやがったが、そこはあまりツッコみたくもないのでスルーすることにする。

 

 俺は何とか二人をなだめたあと、

 

「情報提供っつっても、本当にやばいネタは持ってないよ。ちょっと法から外れちゃってるかもしれないエロ魔道具関係くらいだ。あと、それに関しては吐くと俺も面倒なことになりそうだから黙秘させてもらうぞ」

「お、お前…………分かった。いや、分かりたくはないが、とりあえず今は追求しないでおく。その代わり、アルダープに関して何か大きな情報を掴んだらすぐに私に教えてほしい。謝礼も出すぞ」

「それはいいけど……なんでそこまでして、あのオッサンの情報が欲しいんだ? そりゃ邪魔な家を失脚させるってのは、貴族が成り上がるには必要な事なのかもしれないけど、お前の家くらい巨大になるともう成り上がりとか関係ないだろ。それにアルダープって金は持ってるみたいだけど、貴族としての格じゃお前が気にするような相手じゃないと思うんだけど」

「し、失敬な、当家はそんな意図的に他の家を蹴落とすような真似はしない! ……いや、貴族の間でそういう事があるというのは否定しないが……」

 

 ララティーナは気まずそうにそう濁すと、アルダープが去っていった方向を苦々しく見ながら、

 

「そういった露骨な蹴落としをやっているのはアルダープの方だ。めぐみんやゆんゆんの言う通り、アルダープはどう見ても真っ黒でな。贈収賄や不当な搾取、気に入らなかったり邪魔な人間は罪人に仕立てあげ、気に入った女は汚い手で物にして飽きたら捨てる。流石に国も黙っているわけにはいかないので、本格的に調査に乗り出してすぐに裁判にかけようとしたのだが……」

「……証拠が出てこない。それで、国はお前の家に調査を頼んだってわけか。そういや、王国の懐刀とも言われてたなダスティネス家は」

「あぁ、そうだ。国から何かを頼まれるのは今まで何度もあったが、ここまで厄介なものは初めてでな。今回は調査に関する情報共有の為に、父と一緒に王都まで来ていたのだ」

 

 俺の言葉に、ララティーナは渋い顔でそう説明する。

 どれだけ怪しくても、肝心の証拠が出てこなければ捕まえることはできない。そこを無理矢理捻じ曲げて強引に逮捕してしまえば、それはアルダープがやっている事とほとんど変わらない行為になってしまう。

 

 ゆんゆんは少し意外そうな顔で俺のことを見て、

 

「兄さん、妙に察しが良いね。今の流れでそこまで分かっちゃうんだ」

「まぁな。ほら、俺も後ろ暗いことはいくつかあるし、常に証拠を残さないようにってのは気をつけてるんだよ」

「そ、そういうことね……うん、兄さんらしいというか、もう追求する気も起きないというか……」

「いや私としては中々聞き流せないのだが……なぁカズマ。一応聞いておくが、その後ろ暗い事とはどんな事なんだ? ちょっと話してみろ、怒らないから」

「いやです」

 

 怒らないからとか言ってた奴が本当に怒らなかった試しがないので、俺はそっぽを向く。

 一方でめぐみんは怪訝そうな表情を浮かべて、

 

「しかし、そんなにやりたい放題やって証拠が出てこないものなのですか? どんなに上手く誤魔化しても、何かしらボロが出そうな気がしますが」

「あぁ、国の方も最初はここまでこじれるとは思っていなかったようだ。本当に不思議なものだ。痕跡はいくらでもあるのに、証拠だけは全く出てこないのだ」

「あ、え、えっと……もしかして、何かしらの魔法や魔道具を使ってるんじゃないですか……? お金はあるみたいですし、力のある魔法使いを雇ったり、凄い魔道具を買ったり……」

「その辺りも魔法に関するスペシャリストを王都中から集めて調査したらしいが、皆口を揃えて何もなかったと報告してきたそうだ」

「じゃあ、そいつら皆買収されちまったんじゃねえの」

「そんなの嘘を見抜く魔道具を使えばすぐ分かるでしょ。兄さんだってあれ使われたら、色々マズイ物が出てくるんじゃない?」

 

 ゆんゆんはそう言って、俺に疑わしげな目を向けてくる。

 まったく、失礼な妹だ。俺の場合はそれでマズイ物が出てきたとしても、金をいくらか巻き上げられて少しの間牢屋にぶち込まれるくらいで済んでくれるはずだ。そこまで大きなことはしていない。

 

 めぐみんはしばらく考え込んでいたが、やがて頭を振って、

 

「すみません、紅魔族随一の天才の頭脳でも、何故証拠が出てこないのかは思い付きませんね。強いて挙げれば、学校の図書室にあった本の『地獄の公爵シリーズ』に載っていた『真理を捻じ曲げる悪魔』ならば証拠を完全に隠し、真実そのものを捻じ曲げるので嘘を見抜く魔道具も突破できそうですが、あのオジサンが公爵級悪魔を使役できるような器があるようには思えませんしね」

「うん、公爵級悪魔なんて本来なら人間が使役できるようなものじゃないしね……紅魔族だって無理だと思う。何故か兄さんは、あのバニルっていう公爵級悪魔にやたら気に入られてたみたいだったけど……」

「なんかそうやってアルダープのオッサンより悪魔に好かれてるみたいに言われると、俺があのオッサンより酷い奴みたいに聞こえるからやめてほしいんだけど……」

 

 そもそも、バニルは悪魔の中でもかなり特殊な性格をしてるし、あんまり参考にならないと思う。悪魔といっても色々な奴がいるし、もしかしたら公爵級悪魔の中にもアルダープを気に入るような奴だっているかもしれない。…………いや、性格はともかく、力関係を考えると可能性は限りなく低いとは思うけど。

 

 ここでめぐみんは自分の考えをまとめて、

 

「とりあえず、先程ゆんゆんが言った、魔法や魔道具関係を疑うというのは間違ってはいないはずです。調査に送る人材に幅を持たせて、より広い分野をカバーできるようにした方がいいかもしれません。一口に魔法や魔道具といっても、その種類は多岐にわたりますし、専門分野も人によって違いますからね」

「あと、モンスター関係のスキルも調べた方がいいかも……兄さんのドレインタッチとか見ても、便利そうなものがあります。兄さんみたいにモンスターのスキルを覚えている冒険者というのはそんなに多くありませんが、魔獣使いを囲えば良いようにスキルを使えると思いますし……」

「…………ふむ、なるほど。ありがとう、凄く参考になった、後で父に話してみよう。やはり紅魔族の意見は参考になる。…………ん、どうしたカズマ、お前からも何かあるのか?」

「いや、さっきからお前が真面目なことしか言わないから珍しいと思ってな。やれば出来るじゃねえかララティーナ、まるで貴族のお嬢様みたいだぞ」

「ま、まるでとか言うな! これでも立派な貴族のお嬢様だ!! ……こほん。いいかカズマ、お前は何か私のことを誤解しているようだが、私はいつだって真面目だ。お前が勝手に茶化してくるだけなんだ」

「……つまりお前は真面目にモンスターに陵辱されたいとか思ってんだな」

「あぁ、そうだ」

「ついに言い切りやがったなお前……」

 

 もはや自分の性癖を隠すことすらしなくなり、真面目な顔で酷いことを言う変態。ここで初めて知ったゆんゆんとめぐみんは、引きつった顔でララティーナから一歩距離を取った。

 子供の教育には悪すぎるお嬢様だが、これで俺がこいつを狙ってなんかいないってのは分かってくれたはずだ。

 

 そうしていると、俺達のもとに気の良さそうなオッサンがやって来た。

 ララティーナの親父さんだ。何やら困り顔だが。

 

「探したぞ、ララティーナ……バルター殿にはもう会ったか? 今日は他にも良い若者が集まっているから、ぜひ…………おや、その左だけ紅い瞳……君はもしかしてカズマ君かい? そちらのお嬢さん方は教え子さんかな」

 

 俺達に気付いた親父さんが、興味深そうに目を向けてくる。

 

 ……な、なんか気まずい。

 この人と正面から向き合って話すのはこれが初めてだけど、以前ララティーナをドラゴンの餌にした事で、あまり良い印象を持ってなかったみたいだったからな……いや、娘がそんな目に遭わされたら父親だったらそれが当然だと思うけど……。

 

 俺がおどおどしている間に、ゆんゆんとめぐみんは挨拶を済ませていて、残った俺に視線が集まる。

 

「……あー、え、えっと、カズマです……その、この前は、娘さんをその……」

「ははは、そのことはもう構わないよ。確かに最初は納得しきれない部分もあったが、その後詳しい話を聞けば、あの戦いは君の作戦が大きかったらしいじゃないか。それに」

 

 親父さんはそこで言葉を切ると、俺とララティーナを見て優しい微笑みを浮かべて、

 

「ララティーナは家でも実に楽しそうに君のことを話すんだ。……内容は酷いものなんだが。それでも、ウチの娘がこれだけ誰かを気に入ることはそうそうない。カズマ君、それにめぐみんさんとゆんゆんさんも、これからも娘と仲良くしてもらえるとありがたい」

「あ、は、はい……」

 

 俺と一緒に、隣でゆんゆんとめぐみんも頷いている。

 良い親父さんだなぁ……貴族ってのは色んな意味で問題ある奴が多いけど、この人やバルターは人格者でほっとする。でも、娘はどうしてこうなった……。

 

 すると、親父さんは急に改まったように、ララティーナを見つめて、

 

「……ララティーナ、もしやお前が見合いを断り続けるのは、カズマ君がいるからなのか? あ、いや、二人がそういった関係であるのならば、私も応援しよう。身分の問題はあるが、そこも何とか」

「「それはないです」」

「えっ」

 

 珍しく俺とララティーナの意見が合い、綺麗に声が重なる。

 そんな俺達の反応に、親父さんは目を丸くして驚いているようだ。

 

「そ、そうなのか……家で娘があれだけカズマ君のことを話すものだから、私はてっきり……」

「いやですわお父様、結婚相手と特殊プレイの相手はまた別物でしょう? そもそも相手の問題ではないのです、私はまだ結婚などせずに自由に色々なプレイを楽しみたいのです」

「お嬢様言葉で何言ってんだこの変態。でも、親父さん、俺も流石にこれはちょっと勘弁してもらいたいです。俺にだって選ぶ権利くらいはあると思うんです」

「なっ、ちょ、ちょっと待て! 先程も言ったが、そこまでハッキリと否定されると、女の端くれとして納得できないものがあるのだが!! これでも私は殿方からの人気はそこそこあるのだぞ!?」

「そりゃ見た目だけは良いからなお前。それなのに中身はどうしようもない変態とか、もはや詐欺だろ詐欺。綺麗な女の姿に化けて冒険者を騙すモンスターと変わんねえよ」

「さ、詐欺……モンスターと変わらない……!? こ、この……私だって怒る時は怒るのだぞ!! というか、お前こそどうなんだ! 見た目は平凡で、中身の方も巷で女の敵だとか囁かれるダメ男なんて、それこそ私くらいしか貰い手がいないのではないか? ふっ、どうだ、痩せ我慢などせずに、お前も私を口説いてみるか?」

「はっ、俺がお前を口説く? 冗談はその性癖だけにしとけよ。つーか、お前、一応女としての自覚はあったんだな。普段はそんなもんお構いなしに女捨てたみたいな変態っぷりを見せつけてくるくせに、女扱いしないと怒るとか面倒くさいですね、なんちゃってお嬢様!」

「面倒くさい!? なんちゃってお嬢様!? …………いいだろう、ここまで愚弄されたのは生まれて初めてだ!! ぶっ殺してやる!!!」

「は!? うおおおおっ!?」

 

 激昂したララティーナが掴みかかってきた!

 それに対して俺が慌てて両手を出した結果、手四つの形で組み合う状態に。

 

 そして相手はクルセイダー。

 レベルは俺の方がずっと高いが、戦士系の上級職相手に俺が筋力で勝てるはずもない。

 案の定、ギリギリと手を握りしめられ、骨から鳴っちゃいけない音が鳴り始める。

 

「いでででででででででで!!!!! お、おい、仮にも女の端くれだとか言うなら、こうやってすぐ暴力に頼るのはどうなんでしょうか!! 女の子はもっとお淑やかでいるべきではないでしょうか!!!」

「うふふ、いやですわカズマ様。こんなものは軽いスキンシップではありませんか。カズマ様は、そんなに私と手を繋ぐことが嫌なのですか?」

「何が軽いスキンシップだこの筋肉女……いだだだだだだだだだだだ!!!!! ぐっ……あんま調子に乗るなよ、くらえ『ドレインタッチ』!!!」

「んんんっ!? ふ、ふふ、妙なスキルだな、体力を吸っているのかこれは……しかし、この程度で私が止まると思うなよ! むしろ、自分の中のものをカズマに強引に奪われていると思うと、ゾクゾクして気持ち良い!!」

 

 くそっ、こっちはこんな変態の体力を吸い取って自分の中に入れてると思うと、ゾワゾワしてくる!

 つーか、どんだけ体力あんだよこの脳筋お嬢様! こんなもん吸いきる前に俺の手がへし折られる!!

 

「こ、この……それならこれでどうだ!! 『パラライズ』!! 『スリープ』!!!」

「ふはははははははははは、無駄だ無駄だ!!! 私の状態異常耐性スキルがあれば、本職の紅魔族の魔法ならともかく、貴様みたいななんちゃって紅魔族の魔法などくらわん!!」

「今なんちゃって紅魔族とか言ったかコラ!? な、舐めるなよ、俺がどれだけスキルを持ってると思ってやがる!! お前には効かないってんなら……『パワード』! 『プロテクション』!!」

「なるほどな、支援魔法か! 面白い、では改めて力比べだ!!」

「はっ、そんな余裕も今の内だ! いくぞ、強化した俺の力いだだだだだだだだだだだだ!!!!! 痛い痛い痛い!!!!! ちょ、待っ、たんまたんま!!!!!」

「残念だったなカズマ!! 本職のアークプリーストの支援魔法ならともかく、なんちゃって紅魔族である貴様の支援魔法では到底私とのステータス差は補えないようだな!!!!!」

「またなんちゃって紅魔族とか言った!!! そんなになんちゃってお嬢様扱いされたのを気にしてたんですか、可愛いところありますね!!! でもお嬢様のくせに、こんな喧嘩っ早くて、すぐご自慢の馬鹿力で男でも捩じ伏せるんだから、なんちゃって扱いされてもしょうがないああああああああああああああああ!!!!! 折れる折れる折れるってばあああああああ!!!!!」

 

 こ、こいつ、あんなにバカなスキル振りしてるくせに、この状況だと本当に厄介だな! もう剣とか使わずに素手で戦えよ!!

 

 いよいよどうにもならなくなってきたので、俺はゆんゆんとめぐみんの方を向いて、

 

「お、おい、二人共、お前らの恩師が大ピンチだ! 助けてくれたら、こっそり次のテストの問題を教えてやらなくも…………あ、あれ? あの、どうしてそんなにニコニコしているんですか……?」

「さて、こう言っていますが、どうしましょうかゆんゆん。私としては、こんなに追い詰められている先生というのも珍しいですし、日頃のセクハラやら何やらもあって胸がスカッとする気持ちなので、出来ればこのまましばらく見ていたいのですが」

「うん、そうだね。兄さんって対人戦はやたらと強いから、ちゃんと懲らしめることが出来る人があんまりいないのよね。だからこの機会に、たっぷり痛い目見ておくのもいいんじゃないかな」

「ひ、酷い、あんまりだ!! お前らだけ次のテスト難しくしてやるから覚えとけよ!!!」

 

 薄情な生徒達の反応に軽く泣きそうになるが、今はそれどころではない。

 俺はすぐにララティーナの親父さんの方を向いて、

 

「あの、ちょっと! おたくの娘さん、本気で俺の手をへし折る勢いなんですけど、何とかしてもらえませんか!?」

「ははは、いや、すまないね。こんな風に娘が同世代の子と力尽くのケンカをする所なんて珍しいから、つい見入ってしまっていたよ。良い友人を見つけたようだな、ララティーナ」

「いやいやいやいや!! そんなのんびりした状況じゃないですから!!! 娘さんは立派な脳筋女に成長して、そんな微笑ましい子供のケンカじゃ済まなくなってますから!!!」

 

 そうやって騒いでいると、いつの間にか周りには人が集まってきていた。

 その多くは、こういった荒事が好きな冒険者連中で、興味津々といった様子で俺達の様子を眺めている。

 

「お、なんだなんだ、カズマがまた何かやらかしたのか?」

「ダスティネス家のお嬢様とケンカだってよ! しかもカズマの方が劣勢っぽい!」

「はははははっ、マジかよ! いいぞ嬢ちゃん、やっちまえやっちまえー!!」

「あー、魔道カメラ持ってればなー。カズマが負けるところなんて、そうそう見れるものじゃねえのに」

「お、お前らホント覚えとけよ! 後で絶対後悔させてやるからなちくしょうが!!」

 

 どうやらギャラリーの大半がララティーナを応援しているらしく、完全アウェーの状況だ。

 …………というか、日頃の行いのせいか、どこ行ってもこんな感じがする。俺のホームはどこにあるのでしょうか……。

 

 しかし、ギャラリーの存在というのはララティーナにとってもマイナスになる。

 

「おい、いいのかララティーナ! もう結構人も集まってきたけど、こんな所でこれ以上馬鹿力を発揮すれば、冒険者の間でお前は『筋肉令嬢』だとか呼ばれ続ける事になるぞ!!」

「ふ、ふん、そんな事を言う奴は片っ端から、今のお前のような目に遭わせてやればいいだけだ! そうすれば誰も私に迂闊なことを言えなくなるはずだ!!」

「どこの独裁者だ、発想が脳筋過ぎるだろ!!! お前、こんな事してると、マジで嫁の貰い手いなくなるからな!? はっ、俺には見えるぜ、今は自由にやりたいだとか言ってるけど、結局行き遅れて、いつまでも結婚できない曰くつきのお嬢様とか言われてるお前がなぁ!!!!!」

「うふふふふふふ、それは大変ですわね!! それでは、こうして私の手を取ってくださるカズマ様だけは力の限り握り締めて離さないようにしなくてはいけませんね!!!!!」

「いだだだだだだあああああああああああああああああああああああああああ!!!!! わ、分かりました俺の負けです許してくださいダスティネス様あああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 ララティーナは俺の渾身の謝罪に、満足そうに笑みを浮かべてやっと手を離す。

 それを見届けた周りの冒険者は歓声をあげてララティーナを祝福し、ゆんゆんとめぐみんまで親指を立ててララティーナと笑い合っている。

 

 く、くそ、覚えてろよ……いつか絶対に泣かせてやる!

 俺は半泣きで自分の手にヒールをかけながら、復讐を心に誓う。…………でもこのドMお嬢様、何しても悦びそうなんだよなぁ……本当に厄介な相手だ……。

 

 ララティーナの親父さんは、苦笑いを浮かべて娘を見ながら、

 

「まったくこの娘は……こんな事を続けていたら、カズマ君の言う通り本当に嫁の貰い手がいなくなってしまうかもしれんぞ? ……まぁ、いざとなったら、本当にカズマ君に貰ってもらうというのもあるが……名の売れた冒険者で大商人でもあるわけだしな……」

「ごめんなさい、無理です。大貴族のお嬢様と結婚して婿入りなんて、俺の理想とも言えるくらいありがたい話なんですが、相手がコレってのは本当に無理です。あ、この変態を追い出して、代わりに可愛い養女をとって俺と結婚させたいというのなら喜んでお受けします」

「こ、この……お前はまだそんな事を言うか……! しかし何だ、この怒りと悦びが同居する新感覚は…………こほん。お父様、何も私は一生結婚しないなどとは言っていませんわ、今はまだその時ではないというだけです。私はまだ17、もっと自分の目で世界を見て、良い出会いを探す段階かと……」

「む、むぅ、しかし貴族としてはそろそろ…………いや、お前の言っている事も分かるし、親としては尊重してやりたいのだが……」

「親父さん、騙されちゃダメです! このお嬢様、どうせ来年は『私はまだ18……』とか言うに決まってる!! とりあえず先延ばしにしてるだけだ、俺には分かる!! 何故なら、俺がよく使う手だから!!」

「ぐっ、カズマ貴様、余計なことを……! お父様、私を信じてください、必ずいつかは結婚しますので……」

「…………そ、そこまで言うのなら」

「いやいやいや! いつかやるとか言ってる奴が本当にいつかやる事なんてないですから! 親父さん、ちょっといいですか!」

 

 このままではララティーナに押し切られそうなので、一旦親父さんを娘から離すことにする。

 

 俺としてはララティーナが結婚するかどうか自体はどうでもいいのだが、もしも本当にララティーナが結婚せずに行き遅れた場合、こっちにまで飛び火する可能性があると思ったからだ。

 何故か親父さんは俺のことを買っているようで、『いざとなったらカズマ君に貰ってもらう』というのも笑い飛ばせる冗談じゃないようにも思える。

 

 そして相手は大貴族ダスティネス家だ。

 普段は権力の行使を嫌う家ではあるらしいが、なりふり構っていられない状況になればどうなるか分からない。当然、ダスティネス家が本気を出せば、一市民である俺くらいどうにでも出来るだろう。

 

 そんな事にならない為にも、ララティーナにはちゃんと見合いを受けて、どこかの貴族か何かと結婚してもらう!

 俺は真剣な顔で親父さんに諭すように話す。

 

「親父さん、娘さんが可愛いというのは分かります。でも、甘やかし過ぎるのはダメですよ。そうやって自由にやらせてきた結果が、あのとんでもない性癖ですよ」

「うっ……それを言われてしまうと何も言えないのだが……。しかし、その、結婚などと言った話は本人の意見というのも尊重しなければいけないもので……」

「甘い! 甘すぎますよ!! お宅の娘さんは、もうそんな悠長なことを言ってる場合じゃないんですよ! 常に触手モンスターや魔王軍に陵辱される妄想で発情してるような奴ですよ!? ほっとけば、その内とんでもない事に突っ込んで行くに決まってる!! というか、チャンスさえあれば自分から魔王軍に捕まりに行きますよアイツは!!」

「そ、それは……」

「あと、ララティーナは自分で良い出会いを探すとか何とか言ってましたけど、あいつに任せといたらとんでもない奴連れてくるに決まってますよ! さっきなんて、バルターよりはアルダープの方がマシだとか言ってたんですよ!!」

「っ……!! そ、そう、だな、カズマ君の言う通りだ……いつまでも甘やかしていると大変なことになるかもしれん…………分かった、私も心を鬼にしよう。何よりも娘のために!」

 

 俺の説得により、親父さんは意を決したようにララティーナのもとへ向かうと、険しい表情で娘を真っ直ぐ見据える。

 

 その様子にただならぬ物を感じたのか、ララティーナは若干押された様子で、

 

「あ、あの、お父様? どうなされたのですか? もしやカズマ様に何か妙なことを吹き込まれたのでは……」

「……ララティーナ。お前が選んだ冒険者という道、親としては応援してやりたいのだが、やはり危険も伴うので心配の方が大きいのだ。もしも、魔王軍に捕らえられたりなどしたら、お前はどうするつもりなのだ」

「それはもちろん理想のシチュエーションなので存分に楽しむつも…………あー、い、いえ、その時は騎士として立派に耐え忍んでみせますわ! 例えどんな辱めを受けたとしても、私は決して落ちたりは……んんっ……」

「うむ、よく分かった。お前はダメだ。もうどうしようもなくダメだ。結婚して少しは落ち着きなさい。大丈夫、相手は私がきちんと選ぶ。まずは見合い希望者達にご挨拶に行こうか」

「ええっ!? ちょ、ちょっと、お父様!? あの、この手をお離しになってもらえると…………こ、この、離せ! やめろ、誰が結婚などするか!! おいカズマ貴様、父に何を言った!!!」

 

 ララティーナは抵抗しながら俺を睨んでくる。

 いや、確かに俺が後押ししたけど、決定打はお前の今の頭おかしい言動だろ……。

 

 しかし、ララティーナは往生際悪く、俺達の方を見ながら、

 

「そ、そうだ、待ってくださいお父様! 今私は彼らと大事な話をしていたのです! アルダープの悪事に関することです! 今は見合いなどよりも、そちらの方が大切でしょう!!」

「む……そうなのかい、カズマ君?」

 

 少し困った様子で聞いてくる親父さんに、俺は。

 

 

「いえ、もう話は終わったんで連れて行っていいですよ」

 

 

「よし、じゃあ行くぞララティーナ。彼らとの話は、後で私にも聞かせてくれ」

「お、お前、覚えていろよカズマあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 そう喚きながら、ララティーナは連行されていった。

 うん、ちょっとスッキリした。少しはさっきのお返しができたみたいだ。このままどこかの誰かと幸せになってくれればいいんだけど。

 

 そうやって無事にララティーナを見送って満足していたのだが、何やら隣でゆんゆんがぼーっと物憂げな表情でララティーナの後ろ姿を見ているのに気付く。

 

「ん、どうしたゆんゆん。もしかして、あいつと友達になりたかったとか? まぁ、あいつも変態だけど基本的には良い奴だし、別に反対はしないけどさ。ただ、あんま色物枠が増えると振り回される事が増えて大変だと思うぞ? ただでさえ、めぐみんみたいなのが親友なんだしさ」

「おい、この私を色物枠扱いするのはやめてもらおうか! 大体、そういう事言ったら、一番身近にいる先生こそが最もゆんゆんを振り回していると思うのですが」

「う、うーん、兄さんとめぐみんだと、やりたい放題っていう点では結構良い勝負な気がするけど…………あの、ね。ララティーナさんが行き遅れるかもとか心配されてるの見て、私もそうなったりしないかなぁって、ちょっと不安になってたの……ほら、そ、その、私って」

「あぁ、そういう事ですか。そうですね、男性はおろか同性とも仲良くなるのに苦労するコミュ障ぼっちのゆんゆんですし、行き遅れる可能性は高いでしょうね」

「そんなにハッキリ言わなくてもいいでしょ!!! やっぱりめぐみんってそういう所無神経だよね! めぐみんこそ、行き遅れる可能性は十分あると思う!!」

「な、なにおう!?」

 

 また掴み合ってケンカを始めた二人に、俺は溜息をつきながら、

 

「だからこんな所でケンカすんなって言ってんだろ。大丈夫だって、二人共行き遅れることなんてねえよ。もし貰い手がいないってんなら……」

「も、貰い手がいないなら……?」

「な、何ですか、何を言うつもりですか……」

 

 急にそわそわし始めて、俺の次の言葉を待つ二人。

 俺はニッと笑顔を見せると、親指を立てて、

 

「お前らで結婚しちまえばいい」

「どうせそんな事だろうと思いましたよ! ですから、私達はそんな関係ではないと何度言えば分かるのですか!! 大体、同性でどうやって結婚するというのですか!!」

「その辺りは任せとけ。アクシズ教徒に協力して何とか法律を変えられないか考えているところだ。そもそも、二人は愛し合っているってのに同性だからダメなんて、法律の方がおかしい」

「だから愛し合ってないって言ってるでしょ! おかしいのは兄さんの頭でしょ!! もし本当に私達を結婚させる為に法律変えるなんてバカなことしたら、ゼスタさんに兄さんを幸せにしてくださいって紹介するからね。同性でもいいんでしょ!」

「いっ!? わ、分かった、俺が悪かったから、それだけは勘弁してくださいお願いします!!」

 

 ここで俺のトラウマを引きずり出してくるのは卑怯だと思う……流石は俺の妹、的確に俺の弱い所を突いてくる……。

 でも、大切な妹をどこかの馬の骨に取られたくないというお兄ちゃんの気持ちも分かってほしい。ゆんゆんとめぐみんってお似合いだと思うんだけどなぁ……。

 

 そうやって俺達が騒いでいると、何やら周りがざわつき始めた。

 この会話にドン引きでもされたのかと辺りを見回してみると、何やら皆が視線を前の方に向けているのに気付く。

 

 すぐに俺達はその視線を追ってみると、パーティー会場の前方にある壇上に、見知った少女が上がっていた。金髪碧眼で純白の綺麗なドレスに身を包んだ、ゆんゆん達よりも少し年下でまだあどけなさの残る顔立ちをしたその少女。

 

 この国の第一王女、アイリスだ。

 

 それは、少女の幼いながらも身についたカリスマ性によるものなのか、自然と会場中の視線は彼女の元に集まり、周りの雑音も消えていく。

 そしてアイリスは、見る者を安心させる柔らかな笑みを浮かべて、拡声魔道具を使って集まっている皆に向けて話し始める。

 

『こんばんは、第一王女のアイリスです。皆さん、今回は魔王軍の撃退、本当にお疲れ様でした。国の為に勇敢に戦ってくださる皆さんのお陰で、大勢の民が守られ、暮らしていけています。王族として、そして一国民として、深く感謝申し上げます』

 

 そう言って、アイリスは深々と頭を下げる。

 

 ……王族が人に頭を下げてもいいのだろうか。

 そんな疑問が浮かんで、ふとアイリスの側に控えるクレアとレインを見てみるが、二人共顔を引きつらせているので、やっぱりダメなんだろう。

 

 アイリスは頭を上げると、更に続けて、

 

『もちろん、全てを皆さんに押し付けたりなどはいたしません。国は皆さんへの協力を惜しみません。戦う力のない者でも、何かしら別の形で必ず力になってみせます。魔王軍との厳しい戦いは続きますが、共に力を合わせ、いずれは魔王を討ち滅ぼし、真の平和を手に入れましょう! …………では堅苦しい話はここまでで、引き続きパーティーをお楽しみください! お料理は高級品質のものばかりですので、沢山召し上がって力をつけてくださいね!』

 

 アイリスの言葉に、パーティー会場からは割れんばかりの歓声が湧き起こる。

 騎士達は流石に節度を保っているようではあるが、冒険者の方はそんな事を考えられるはずもなく、皆礼儀などはお構いなしにアイリスに声をかける。

 

「うおおおおおおおおおおおお!! やっぱアイリスちゃんの言葉は心にくるぜ!!! アイリスちゃんの為なら死ねる!!!」

「アイリスちゃん、こっち向いてくれえええええええええええ!!! ニコッてしてくれえええええええええええええ!!!!!」

「アイリスちゃん可愛いよアイリスちゃん!! アイリスちゃんが応援してくれれば、魔王なんて全然大したことないぜ!!!」

 

 もはや完全にお姫様に向けるような言葉ではないのだが、当のアイリスは全く気にする素振りも見せずに、頬を染めて照れているようだ。まぁ、アイリスには俺が散々無礼の限りを尽くしたみたいな感じなので、今更この程度でどうこう思うこともないだろう。

 

 とはいえ、やはりクレアとしてはこんなものをスルー出来るはずもないらしく、騎士団長と一緒になって凄い剣幕で冒険者達に怒鳴っているが、あまり効果はないみたいだ。

 

 それにしても、アイリスも立派になったものだ。とても10歳の少女とは思えない。

 ……それは俺としても嬉しいことなんだけど、何というか、アイリスが遠い所に行ってしまったようにも思えて、少しばかり寂しい感じもする。あぁ、ゆんゆんを見ててもたまに思うけど、こういうのが娘を持った父親の心境なのかなぁ。

 

 そうやって、少ししんみりとしていると、壇上でアイリスがキョロキョロしていて…………すぐに俺と目が合った。

 その瞬間、ぱぁっと顔を輝かせて、壇を降りてこちらへ走って来る。

 

 そして。

 

「お兄様! こんばんは!」

「おおっ?」

「「なぁっ!?」」

 

 そのまま、正面から抱きついてきた。

 それを見て、ゆんゆんとめぐみんがショックを受けたような声を出している。

 

 その声を聞いて、アイリスは二人の方を見て、

 

「あ、ゆんゆんさんもめぐみんさんも、こんばんは! ゆんゆんさんはお久しぶりですね」

「え、あ、う、うん、こんばんは久しぶり…………あ、あの、アイリスちゃん……?」

「いきなりやってくれますね、このお姫様は……!」

 

 ゆんゆんは戸惑いを隠せずに目の前の光景に目を白黒させていて、めぐみんは不機嫌なのを隠さずにアイリスに紅く光った目を向けている。

 

 正直、俺もかなり驚いたが、とりあえずここはオトナとしての余裕を見せるために、アイリスのサラサラの金髪を撫でながら、

 

「どうした、どうした。さっきまでのアイリスは随分立派に見えて、兄離れも近いかもしれないってちょっと寂しく思ってたのに、急に甘えん坊になったな。いや、俺としては嬉しいんだけどさ」

「っ……ご、ごめんなさい、つい……」

 

 流石にこれは自分でも積極的すぎたと思ったのか、顔を赤くして俺から離れるアイリス。

 しまった、こんな事なら余計なことなんか言わなきゃ良かった。

 

 と、後悔していたのだが。

 周りにいた冒険者達がひそひそと。

 

「お、おい、カズマのやつ、今アイリスちゃんに抱きつかれてたぞ……」

「見た見た。しかも『お兄様』とか呼ばせてたぞ……ついにやっちまったなアイツ……」

「いくらカズマでも、王族にまで手を出すとは思わなかったぜ……これ、国王に報告しといた方がいいんじゃね? 知ってて黙ってたら後で何か罪になりそうだし」

 

 何か恐ろしいことを言い出したので、俺は慌てて弁解する。

 

「ま、待て、誤解だ誤解!!! これは、ちょっと子供がじゃれてきたとかそういうので、別にそんな大層なことじゃないから、国王に言うとかはマジでやめろ!!!!!」

「むっ、いつまでも子供扱いしないでくださいお兄様。これでも私、お兄様に女性として見てもらえるように、日々勉強しているのですよ? この前は、とある書物にて仕事から帰ってきた夫を家で出迎える妻の決まり文句を学びました! えっと、確か『おかえりなさい、あなた。ご飯にする? お風呂にする? それともわた』」

「よしアイリス、ここじゃ何だから、もっと静かな所に行こうか!!!」

 

 かなり危ういことを言い出したアイリスを、大慌てで引きずるようにして人があまりいない会場の隅っこへと連れて行く。

 

 アイリスが俺によく懐いてくれているのは、騎士団の人達とか普段城にいる人は知っている人も多く、空気を読んでそれ程大事にしないでくれているのだが、冒険者は俺とアイリスの関係についてはそこまでよく知らないし、空気を読んでくれる保証もない。

 アイツら、面白そうなことになるとすぐ騒ぎたてるからな……。

 

 そんなわけで、少しは落ち着いて話せる場所までやって来たのだが、めぐみんは全く落ち着いていなく、むしろ憤った様子で早速アイリスに噛みつく。

 

「まったく、さっきから何なのですかあなたは! 急に先生に抱きついたと思ったら、今度は夫を出迎える妻がどうとか訳の分からないことを言い出して! 先生のことで暴走するのはゆんゆんだけで十分なのですよ!!」

「ちょ、わ、私はそんな兄さんのことで暴走なんて……し、してないと……思うけど……」

 

 ゆんゆんは言っている途中で説得力が皆無なことに気付いたのか、次第に声を小さくしていってしまう。

 一方で、アイリスは少し居心地が悪そうにしながら、

 

「そ、その、確かにめぐみんさんの言う通り、少し舞い上がり過ぎてしまったかもしれません。私、お兄様と会えたのが嬉しくて……」

「なるほど、嬉しかったのなら仕方ないな。なぁめぐみん、嫉妬してんのは分かるけど、もうこの辺で許してあげてもいいんじゃないか?」

「し、嫉妬じゃないですから! これはアイリスに一国の王女として立ち振る舞うように注意しただけで…………それに先生はアイリスに甘すぎるのですよ! 大体、ゆんゆんはともかく、私と先生はこの前王都に来てからそこまで経っていないではないですか。それなのに、もうそんなに寂しがっているとか、やっぱりまだ子供じゃないですか」

「うっ…………で、ですが、私は不安だったのです! めぐみんさんは何をやるか分からないところがありますし、何かの勢いでお兄様の貞操が奪われていないかと……」

「おい、人のことを痴女みたいに言うのはやめてもらおうか! 何もやっていませんよ失礼ですね!!」

「痴女みたいって、実際痴女じゃないですか! 忘れたとは言わせませんよ、仕事中にも関わらず、お兄様のし、下着をむぐっ!!」

「言わせませんよ!!! こ、こんな所で何てこと言おうとしてんですか!! あとそれを言うとゆんゆんの目から光が消えるのでやめてください!!!」

 

 どうやら、あの事は本気で忘れたいらしく、めぐみんは顔を真っ赤にしてアイリスの口を押さえ込んでいる。そして、ゆんゆんはこの話になると、何とかショックを隠そうとして失敗した結果、何とも影のある笑顔を浮かべる……本人は別にそんなつもりはないんだろうけど、妙に迫力があって怖い。

 

 でも、うん、正直俺としてもアレはなかった事にしたいです……。

 今まで色々やらかしてきた俺だが、アレはその中でも特に消したい黒歴史だ。

 

 アイリスは自分の口を押さえるめぐみんの手をどかすと、

 

「とにかく、めぐみんさんは危険なんですよ色々と! 少しはゆんゆんさんの事を見習ってください!! ゆんゆんさんの安心感は、めぐみんさんとは雲泥の差です!!」

「え……あ、ありがとう……なんか照れるな……。こほん、まぁでも、そうね。めぐみんは全体的に落ち着きが足りないと思うわ。気を抜くと、すぐ変なことするんだから。もうちょっと、周りの迷惑とかも考えなさいよね」

「ぐっ、コミュ障のぼっちがこの私に説教とは……そ、それに、そんな変なことなど……」

「いいえ、めぐみんさんは本当に油断なりません! ゆんゆんさんを見てください、いつもお兄様の一番近くに一番長くいるのに、何も進展無さそうなこの安心感!! これがもし、めぐみんさんの方が妹だったらと思うとぞっとしますよ……」

「あ、あれっ!? 安心するってそういう意味だったの!?」

 

 アイリスからの好印象に最初は顔を綻ばせていたゆんゆんだったが、その詳しい理由を聞いて一気に涙目になってしまう。

 これで対抗心を燃やして、お兄ちゃんに甘えまくってくれたら嬉しいのだが、そう素直になれないのが我が妹だ。それはそれで可愛いんだけどさ。

 

 めぐみんは溜息をついて呆れた様子で、

 

「まぁ、ヤンデレブラコンこじらせて進展する気配すらないゆんゆんは置いときますが……アイリス、あなたも」

「置いとかないで! なんかもうすっかり私にそんな変なキャラが付いちゃってるけど、別に私はヤンデレでもブラコンでもない……と思うんだけど……」

「アイリス、あなたももう子供ではないというのなら、そろそろ自分の立場というものを理解して、先生と結婚などという非現実的なことを言うのはやめるべきです」

「無視!?」

 

 めぐみんの言葉を受け、アイリスはむっと口をへの字に曲げる。

 涙目のゆんゆんは二人共完全に放置だ。どうしよう、お兄ちゃんが慰めてあげるところなのだろうか、ここは。

 

 アイリスはめぐみんに対して挑むように、

 

「非現実的などではありません! 大魔道師キールが貴族の令嬢を攫った有名なお話も、真実は身分違いの恋が原因の二人の逃避行という説もありますし、隣国では国随一の槍使いであるドラゴンナイトの方が、お姫様をドラゴンに乗せて連れ去ったというお話も」

「ちょっと待ってください。それはつまり、先生もそうやってアイリスを連れて逃げてくれるかもしれないとか言っているのですか?」

「えぇ! 実際、お兄様は以前に『アイリスが望むなら連れ出してやる』と言ってくれましたから! あの時はゆんゆんさんもいて、聞いていましたよね?」

「た、確かにそんな事言ってた気がするけど……でもその時って、アイリスちゃんは『国に迷惑をかけられない』って王女様として立派なこと言ってたような……」

「ゆんゆんさん、状況というのは常に変わっていくものですので、それに合わせて言っていることをコロコロ変えていくのは何も悪いことではないのですよ」

「それ絶対兄さんから吹き込まれた事だよね!? そういうのは一切聞かなくていいから! というか、前も今もアイリスちゃんが王女様っていう一番重要なところは何も変わってないから!!」

 

 ど、どうしよう、めぐみんという厄介な存在を知ったからか、なんだかアイリスがどんどん手段を選ばなくなってきてる……いや、手段を選ぶなってのは俺が教えたことではあるんだけども……。

 

 俺のそんな心配をよそに、アイリスは得意気な表情を浮かべている。

 

「まぁ、攫ってもらうというのは冗談です。でも、めぐみんさんが里に帰ってから、私も色々と動いていたのです。実はある相談をお父様にしておりまして……お兄様には以前私と同じベッドで寝た時に言ったと思いますが、王女の婚約に関することです」

「あ、あの、アイリス、同じベッドで寝たって所を強調するのはめぐみんへの当て付けっていうのは分かるんだけども、それ他にバレると大変なことになるし、めぐみん以上にそこの妹が怖い顔でアイリスじゃなくて俺を見てるから、あくまで内緒の話にしてほしいんだけど…………ん? ちょっと待て、王女の婚約に関することって……まさか……」

「はい! 『魔王軍相手に苦戦している現状で、魔王を倒した者を王女の婿として迎えるというのは、もはや悠長な考え方ではないか。それよりも、勇者の血を受け継いだ王女は早く優秀な者と結婚して子供を作り、新たな勇者候補として育てるべきではないか』というものです!」

「えっ、あ、あれ言ったのか!? 国王に!?」

「えぇ、言いました! あ、大丈夫ですよ、そこでお兄様の名前を出してしまうと色々と大変なことになるというのは分かっております。お父様は『急にどうしたアイリス……もしやお前、誰か好きな相手ができたのか……!?』と聞いてきましたが、『それは秘密です』って誤魔化しておきましたから!」

「それは多分、誤魔化しきれてないと思うんだけど!! そこからアイリスの周りを徹底的に調べられて、俺のことがバレて処刑されるって流れにならないだろうな!?」

 

 なんか一気にこの城にいるのが不安になってきた。

 

 例えば俺がゆんゆんに『好きな相手ができたのか』って聞いて『それは秘密よ』とか返ってきたら、確実に俺の可愛い妹に手を出した害虫がいると判断するし、必ず突き止めてあらゆる手段を用いて排除するだろう。

 まぁでも、国王は第一王子と共に魔王軍と戦う最前線にいることが多いので、俺が王都にいる時とかち合うというのはあまりないのだが……。

 

 そんな俺の不安をよそに、アイリスはニコニコと上機嫌に、

 

「お父様はかなり渋い顔をしていましたが、『一応考えておく……』と言っていました! 下準備は整っています。あとはお兄様がどれだけ優秀な人なのかを知らしめれば、晴れて私とお兄様は結ばれるというわけです!」

「いや、確かに先生は優秀なのかもしれないですけど、性格の方に難があり過ぎるので普通に断られて終わりでしょう。自分の娘をこんなのに渡そうと思う父親がいたら見てみたいですよ……いえ、先程のララティーナお嬢様の件は特殊な例だとは思いますが……」

「うん……普通は兄さんのことを知れば知る程、ダメな所が露呈していって大変なことになると思う……。ほ、ほら、アイリスちゃんはまだあまり外のことを知らないしさ、もっと色々な人と出逢えばもっと良い人が見つかると思うよ! 兄さんってかなりアレだと思うし!」

「おい、俺のことをこんなのだとかアレだとか言いたい放題言ってくれてるが、それに惚れてるお前らはどうなんだよ」

 

 俺の言葉に二人は答えずに目を逸らす。

 こ、こいつら、これで誤魔化してるつもりなのか……。

 

 一方でアイリスは自信満々といった様子で、

 

「もちろん、このままお兄様を紹介したら大変なことになるというのは分かっています。これでも私、人を見る目はあるつもりです。お兄様がアレなこともよく知っていますとも。その辺りもちゃんと考えています!」

「ア、アイリスまで俺のことアレって…………まぁでも、俺の評判が最悪ってのは本当だし、それを覆すってのはかなり難しいと思うぞ?」

「そうでしょうか? お兄様は功績自体はよくあげていると思うのです。それでも悪評の方が目立ってしまうというのなら、その悪評をかき消すくらいにもっともっと功績をあげれば良いのです!!」

 

 アイリスは拳を握ってそう力説してくるが、めぐみんは呆れながら、

 

「策というから聞いてみれば、ただのゴリ押しではないですか。だいたい、先生は基本的に国のために積極的に功績をあげるような人ではないでしょう。名誉よりも金をくれと言う人ですよ」

「それも分かっています。私が考えた策はこうです。まず私自身が強くなります。そうすればお父様や本当のお兄様のように、前線で戦えるようになります。そうしたら私の側近の参謀的な役割にお兄様を指名して、無理矢理にでも功績をあげさせます。王家の力があればお兄様も逃げられません」

「おい、どうしようゆんゆん。なんかいつの間にかアイリスまでお前みたいに暴走し始めてるんだけど。王家の権力を使ってでも俺を逃がさないとか言ってるんだけど」

「だ、だからそこで私を出さないでよ、そこまで暴走なんてしてないから!!! でもアイリスちゃん、いくら強くなっても国王様がお姫様を前線で戦わせるとは思えないんだけど……」

「その時はお父様に決闘を挑んで力尽くでも認めてもらいます! 大丈夫です、お父様も強いですが、勝算はあります。お父様は私には甘いですし、色々と隙を突くことはできるはずです」

 

 何という脳筋理論。

 いや、この国ベルゼルグは昔から武闘派で、他国との交渉でもその国で一番厄介なモンスターを退治して代わりに要求を飲んでもらうという力技をやっていたとかは聞く。

 

 めぐみんは深々と溜息をつきながら頭を押さえて、

 

「仮にその頭の悪い策が上手くいくとしても、アイリスが前線で戦えるようになるまで一体どのくらいかかるか分からないでしょう。いくら才能に恵まれた王族といっても、まだ10歳の子供じゃないですか」

「ふっ、そうやって私を子供扱いできるのも今の内です! この前の王都でのモンスター騒ぎの事もあって、私も本格的に強くなるための訓練を始めましたから! 既に魔法も習得したのですよ!」

 

 自信満々にそう言うアイリスに、ゆんゆんは目を丸くする。

 

「え、ほんと? 10歳で魔法を覚えるなんて、紅魔族でも滅多にないのに……どんな魔法を覚えたの?」

「聖なる雷の魔法です! 上から雷をズドンと落として、ブワッと辺り一帯をなぎ払います!」

「雷の魔法っていうと……も、もしかして、ライトニング・ストライク? でもあれって上級魔法なんだけど……」

「何を言っているのですか、王族といえど10歳の子供に上級魔法が使えるわけがないでしょう。その習得した魔法とやらもアイリスが大袈裟に言っているだけで、実際は初級魔法程度のお遊びのような威力ですよきっと」

「そ、そんなことありません! それは王家に代々伝わるオリジナル魔法で、伝説の勇者様も使っていたとされる強力な魔法なのです! 強いモンスターだって一撃で倒せるのですよ!!」

「はいはい、そこらで虫でも捕まえて痺れさせてみたのですか? 虫だって命があるのですから、あまり可哀想なことはするべきではないですよ」

「まったく信じていませんね!? 分かりました! そこまで言うのなら今から見せてあげますよ!! クレア!!」

「はっ、お呼びでしょうかアイリス様」

 

 アイリスが呼んだ瞬間、いつの間にかクレアがすぐ側にやって来ていた。

 俺は急に現れたクレアに少し驚いて、

 

「なんだクレア、いたのか。どこから湧いたのかと思ったぞ」

「か、仮にも大貴族の私を虫か何かのように言うな! いや、私としては常にアイリス様の一番近くに付いていたいとは思っているのだが、近頃はアイリス様に嫌がられて……」

「クレアは私の側近としての仕事をよくやってくれているとは思います。ですが、私が何をするでも側にいるというのは、いくら何でも過保護だと思うのです。特に、私がお兄様と話していると、いつもガミガミとうるさいではないですか」

「それは、この男の言動は明らかにアイリス様に悪影響を及ぼすからです! アイリス様は一国の姫君なのですから、こういった下賤な欲望に塗れた思想に染まってしまうと色々と問題があります」

「はぁ、まったく、相変わらずクレアは頭が固いですね。欲があるというのも人間らしいではないですか。自身の欲を抑えた清らかな精神というのも崇高な物ではあると思いますが、そればかりというのも人として何かが欠けてしまうと思うのです。もっと柔軟な考えを持ちましょうクレア。そんなだから、男性との縁にも恵まれないのですよ」

「っっ!? そそそそ、それは今は関係ないのでは……!? くっ……ついにアイリス様にも反抗期が……これもやはりカズマのせいか……!!!」

「ふっ、諦めろクレア。まだ子供だからって、いつまでも手元に置いておけると思ったら大間違いだぞ。俺の妹も、昔はお兄ちゃんと一緒にお風呂に入ってくれてたのに、今じゃ全然入ってくれなくなってな……」

 

 俺が溜息をついていると、ゆんゆんは顔を赤くして、

 

「そ、そんなの当たり前でしょ!!! この年になって一緒にお風呂入るなんて、相当なブラコンでもない限り…………な、何よめぐみん、その何か言いたげな目は……」

「いえ、相当なブラコンであるゆんゆんの事ですから、口では拒否していても口実さえあれば簡単に押し切れるくらいチョロいのではと思いまして。聞きましたよ、先生がお風呂を覗こうとすると『そんなに見たいの……?』と満更でもない反応をするみたいじゃないですか」

「なぁっ!? ちょ、ちょっと兄さん、めぐみんにそんな事言ったの!? あれは別にそんなつもりじゃ…………そ、そう言うめぐみんこそ、兄さんにちょっと挑発されたら勢いで一緒にお風呂でも入っちゃいそうじゃない!! この前だって王都で勢いで一線を越えそうになったんでしょ!!!」

「わ、私のことを何だと思っているのですか!? いくら何でもそこまで後先考えてないわけじゃないですよ、失礼な!!」

「はぁ……ゆんゆんさんもめぐみんさんも、どっちもどっちですよ。お二人共、淑女としてはしたないです。いくらお兄様が流されやすいといっても、もっと慎みを持ってですね……」

「国家権力を使ってでも先生を囲おうと思っている王女様が何か言っていますね!!!」

 

 そうやって騒ぐ三人の少女を眺め、俺はやれやれと肩をすくめる。

 

「モテる男ってのも罪なもんだな……」

「貴様は一度刺された方がいいと思うぞ」

 

 クレアの辛辣な言葉は無視する。

 ただ、美少女達が俺を巡って揉めているのは見ている分には悪い気はしないのだが、あまり騒ぎ過ぎると周りがこちらに気付いてしまうかもしれないので、そろそろ止めることにする。

 

「ほら、もうその辺にしとけって。それよりアイリス、何かあってクレアを呼んだんじゃなかったか?」

「あ、そうでした! クレア、皆さんに私の魔法を見せたいので、修練場を開けてもらえませんか?」

「えっ、い、今からですか? もうこんな時間ですし、明日にしては……」

「今からです! めぐみんさんに私の魔法をバカにされたのです、黙ってなどいられません!」

 

 わざわざ修練場に行く必要があるという事は、それなりの規模の魔法なんだろうか。

 初級魔法くらいのものなら、例えこの場で使っても問題にはならないだろうし、もしかしたら中級魔法くらいの威力があるのかもしれない。中級魔法といえば、普通の魔法使いのメインスキルなわけだが、10歳の子供が使えるとしたら流石は王族といったところだろう。

 

 しかし、ここでアイリスがこの会場を出て他へ向かうのは、とある事情から俺としては少し困る。

 

「……あー、その、アイリス? 実は俺、これからちょっと用事があってな……その凄い魔法は明日見せてくれないか?」

「え、そうなのですか…………それでは仕方ありませんね、では明日は必ず見てくださいね!」

「ア、アイリス様……その男の言うことは素直に聞くのですね……。というかカズマ、ちょっとした用事というのは何だ。貴様のことだ、また何か良からぬ事でも考えているのではないか」

「考えてないよ」

「おい、こっちを見ろ」

 

 ちっ、こいつ、相変わらず俺のことを犯罪者か何かみたいに扱いやがって……いや、今実際ろくでもない事を考えてるし、こいつの警戒は正しいんだけども。

 俺の様子にクレアだけではなく、ゆんゆんやめぐみんも不審そうな目でこちらを見ているので、これ以上余計な詮索を入れられないように、俺はさっさとこの場を離れることに。

 

 一人で会場を歩きながら、俺は気合を入れ直す。

 ここからが本番だ。俺にとって、今回王都にやって来たのは映画撮影以上に重要な目的がある。

 

 そう、王都の拡声魔道具をジャックして、アクシズ教の宣伝をすることだ。

 これに失敗すれば、紅魔祭には大勢のアクシズ教徒が押し寄せることになり、それはすなわち祭りの破滅を意味する。責任は重大だ。

 

 そうやって気を引き締めていると。

 

「行くんですね、先生」

「うおおっ!?」

 

 突然近くから声をかけられ、思わずビクッと全身を震わせてしまう。

 心臓がバクバクいっているのを感じながら声のした方へ目を向けると、赤いドレスに身を包んだあるえが気付かない内に近くに来ていた。

 

「な、なんだ、あるえか。驚かすなよ。それにしてもあれだな、そのドレスすげー似合ってるぞ。元々お前って発育はクラスで一番だもんな、子供のくせにやたらエロくて良いと思います。ほら、あそこの貴族連中なんかも、お前のことちらちらと見てるぞ」

「それはどうも。ですが、今はそれよりも、例のアクシズ教の宣伝の話です。やはり先生のやり方は良くないと思います、考え直してください」

 

 何とか話を逸らそうとしたのだが、あるえは軽く流すとすぐに本題に戻してしまう。

 い、一応女の子なんだから、容姿とか服に関することにはもう少し食いついてもいいと思うんだけど……いや、こいつはこういう奴だっていうのは知ってるけどさ……。

 

 俺がアクシズ教の宣伝をすることになったというのは、今のところあるえくらいしか知らない。本当は生徒には誰にも知らせるつもりはなかったのだが、あるえには事故のような物でバレてしまったのだ。

 

 あの後にあるえの言う“いい考え”とやらを聞いたのだが、それは即座に却下した後、俺が自分で一番可能性が高そうな策を考えたのだが、そちらはあるえには不満のようだ。

 

「あのな、何度も言ってるけど、俺は安全性重視でいきたいんだよ。いつも色々やらかしてきた俺だけど、今回ばかりはバレたらマジでやばいんだって。それを考えたら姿を消す魔法と潜伏スキルのコンボ一択だってのは分かるだろ。それに今は、このパーティー会場に貴族だけじゃなくアイリスも集まってる。警備はこの場所に集中してて他は普段よりは甘くなってるはずだ。もちろん、それで全て上手くいく程王城の警備も甘くないけど、少なくともお前のメチャクチャな策よりはずっとマシだっつの。そもそも策とも言えないだろお前のは」

「ですから私も何度も言っていますが、映画のことも考えてくださいよ。こんな美味しい状況、撮らない選択肢はないです。姿を消す魔法は映画と相性が悪いんですよ。やはりここは、私が提案した通り、城の警備が万全な時に真正面から突破した方が映画的に絶対面白いですって。城の全てを巻き込んだ大捕り物……謎の凄腕盗賊は並み居る兵士達を相手にどんどん先へと進んでいく……しかし、そこで賊の前にめぐみん達が現れる! 完璧です」

「だから誰が映画にとって良い方法を考えろつったああああ!! そんな余裕あるわけないだろ、俺を何だと思ってやがる!! 正面突破とか普通に捕まるわ!!! つかお前分かってんのか、これ失敗したら祭りにアクシズ教徒が押し寄せて大変なことになるんだぞ?」

「正直、私的にはアクシズ教徒が来ることになっても一向に構わないのですが。むしろああいった濃い人達の存在は、創作においてもインスピレーションを得られるので歓迎したいところです。それに先生が捕まるというのも、映画的には普通にアリだと思いますし。正義は勝つみたいな感じで。大丈夫ですよ、仮に捕まったとしても、先生には王女様という強力なバックがついていますし、何日か牢に入れられるくらいで済みますって」

「お前ふざけんなよ!? なんでお前の落書き創作の為に俺が前科持ちにならなきゃいけねえんだ!!」

「ら、落書き!? 私の魂の結晶である脚本を落書きとか言いましたか!?」

「ああ言ったね! というか、俺は何度も言ってきただろ、お前は自分のエロい体を生々しく描写した官能小説を書いたほうが絶対売れるっていででででで!!!!! おいコラ離せ!!!!!」

 

 珍しく激昂したあるえが掴みかかってきた!

 いつもクールに振る舞ってはいるが、譲れない一線というものがあるのだろう。

 

 俺はそんなあるえを振りほどいて、

 

「とにかく、俺は俺の好きにやらせてもらう! アクシズ教徒が来ても構わないとか言ってる辺り、俺とお前は絶対に相容れないようだしな!! 一応言っとくけど、邪魔したらどうなるか分かってるな!?」

 

 俺はそう言い残して、さっさとその場を後にする。

 あるえだって馬鹿じゃない、俺の仕返しを無視して邪魔してくることなどないはずだ。

 

 そんなこんなで色々とあったが、ようやく計画を実行に移せそうだ。

 俺は小さく詠唱しながら、人気の少ない場所まで行ってから魔法を唱える。

 

「『ライト・オブ・リフレクション』」

 

 いつもの光を屈折させる魔法によって姿を消した俺は、人にぶつからないように慎重に歩いて行き、静かに扉を開けてパーティー会場を出た。

 

 会場の外は、予想していた通り普段よりは騎士も少なく、動きやすそうだ。

 今までクレアの実家に忍び込んで嫌がらせをしたことはあっても、王城で同じようなことをやる度胸は流石になかったので、かなり心配な所もあったのだが、これなら余程のことがない限りバレることはないだろう。

 

 拡声魔道具は王城の上の方に置かれている。

 この魔道具は魔王軍襲撃警報を鳴らす時によく使われているのだが、王族からの国民への大事なお言葉などにも使われるので、そのセキュリティは生半可なものではない。

 

 まずは強力な結界を破らなければその部屋入ることすらできないのだが、それは俺のブレイクスペル程度でどうにかなるものでもない。

 しかし、この魔道具はいつ魔王軍が来てもすぐ使えるように、常に別室で結界を解除できる腕利きの魔法使いが数人待機しているので、攻略するならそこからという事になる。この辺りは何度も王城に来て知っていた知識が役に立つ。

 

 俺は姿を消しているとはいえ、慎重に慎重を重ねて、ゆっくりと辺りを警戒しながら進んでいく。時折会場の方から楽しそうな笑い声なんかも聞こえてくるが、さっきまでその場に自分がいたことが嘘のように、今は極限まで集中を高めていた。

 

 そんな時だった。

 

 

「こっち……かな。ふー、流石に緊張するなぁ……」

 

 

 小さな声でそんな事を呟きながら、俺と同じように人目を気にしつつ、低い体勢でゆっくりと廊下を歩く少女が目についた。

 起伏の乏しい体付きに、銀色の髪、口元を黒い布で覆ったその少女に、俺はとても見覚えがある。

 

 …………。

 俺は急な展開にしばし冷静に考えたあと。

 

 

「『バインド』」

「えっ!? きゃあああああああああああっ!!!!!」

 

 

 とりあえず、目の前の銀髪の義賊を捕縛してみることにした。

 

 

***

 

 

「おかしいな、確かにこっちから女の子の悲鳴が……」

「なんだよ、まさか警備中に居眠りでもしてたんじゃないだろうな。まぁ大方、パーティー会場から聞こえてきた女の子がはしゃぐ声を勘違いしたんじゃないのか。確か今、紅魔の里から女子学生さんが来てるんだろ?」

「うーん、それにしては妙に近くから聞こえたんだよなぁ……まぁ、いいか。悪い、持ち場に戻ろう」

 

 部屋の外からそんな騎士達の声と共に、足音が遠ざかっていくのが聞こえる。

 俺は小さく息をついて、

 

「ふぅ、助かったな」

「ね、ねぇ、もう行ったならそろそろ離れてもいいんじゃない……? あたし、こんな状態でキミとこんなに密着してると、すごく身の危険を感じるんだけど……」

「何言ってんだ、油断するのはまだ早いぞ。もうちょっとこのままでいよう。ほら、そんな離れようとすんなって」

「ちょっ、どこ触ってんの!? やめっ、誰か助けてええええええ!!」

「ばっ……そんな大声出したら流石に見つかるっての! 分かった、離れるから落ち着け!!」

 

 俺が慌てて離れると、義賊は涙目ながらもようやく静かになってくれる。

 

 この少女は、王都で有名になっている、悪徳貴族だけを狙う銀髪の義賊。

 少し前にめぐみんの騎士団入りの件で王都に来た時に捕まえて、何だかんだあって逃がすことになったわけだが、まさか再会することになるとは思わなかった。

 

 現在、義賊の体には俺の拘束スキルによってロープが巻き付いていて、自分ではろくに身動き一つ取れない状態だ。

 本来であれば、敵感知スキルを持っている盗賊相手に不意打ちを決めるというのは中々難しいことではあるのだが、あそこまで接近していた事もあって、向こうも反応が間に合わなかったようだ。

 

 とはいえ、つい悪戯心でやってしまった代償に軽い騒ぎになってしまい、警備の騎士が駆けつけてきたので、慌てて近くの部屋に逃げ込んだわけだ。

 

 もちろん、騎士達は廊下だけではなく、この部屋も中を覗いて誰かいるのか確認をしていたのだが、俺達は部屋の隅っこで小さくなりながら、姿を消す魔法と潜伏スキルで何とかやり過ごした。

 

 身を寄せ合っていたのは、姿を消す魔法の効果範囲を少し広げて、その中に義賊を入れるため……というのは建前で、その気になれば効果範囲はもう少し広げられるし、あそこまでくっつく必要はなかったのだが、女の子と密着できる機会を逃すほど俺もバカじゃない。

 盗賊だけあって肌の露出も大きく、とても堪能させてもらいました。この義賊はかなり細身なのに、肌はすごく柔らかいから女の子は不思議だ。胸はめぐみん並のぺったんこだけど。

 

 そんな感想を抱いていると、義賊は俺に警戒する目を向けながら、

 

「……あの、そろそろこのロープ解いてくれないかな……あとずっと思ってたんだけど、なんか縛り方がやらしい気がするんだけどこれ……」

「いや、その縛り方は胸を圧迫しないように配慮した結果なんだぞ? まぁそんな気にすんなよ、普通だったら胸が強調されるはずなんだが、お前は全然そんな事もなく全くエロいことにはなってないから」

「うるさいよ! ほっといてよ!! ていうかいい加減解いてってば、そもそもなんで急にこんな事したのさ!!」

「なんでって言われても……目の前に無防備な女の子がいたら、男ならとりあえず縛ってみたくなるもんじゃないか?」

「もし男の子が皆キミみたいな考えだったら、この世界は滅びちゃった方がいいと思う」

「そ、そこまで言うかよ世界とか大袈裟過ぎるだろ……分かったよ……」

 

 どんよりとした視線を向けてくる義賊に、流石にちょっと居心地が悪くなったので、俺は大人しくブレイクスペルをかけて拘束スキルを解除した。

 

 そして、ようやく解放されて体を伸ばしている義賊を見ながら、気になっていたことを聞くことにする。

 

「で、なんでお前がこんな所にいるんだよ。悪徳貴族しか狙わない正義の盗賊って評判なのに、ついに本性現したのか?」

「ひ、人聞きの悪い言わないでよ! 別に何も盗むつもりはないよ、王城にどんな神器があるか確認だけしたくてね。あ、でも、何かしらの悪意を感じられる神器があったら持って行っちゃおうとは思ってるけどね」

「悪意? 神器ってのはすんごい便利アイテムじゃないのか? その言い方だと呪いのアイテムみたいじゃねえか」

「本人が扱いきれていないと、結果的に呪いのアイテムみたいになっちゃうのもあるね。例えば、体を入れ替える神器は、知らずに身に着けていると誰かに発動されて体を奪われちゃう事もあるし、前に話したモンスターを召喚して使役する神器だって、呼び出したモンスターにそのまま殺されちゃうことだってあるんだから」

「なにそれこわい」

 

 なまじ凄い効果があるだけに、それに伴うトラブルというのも大変なものになる……どこかひょいざぶろーのガラクタ魔道具を髣髴とさせるな。流石にあれと一緒にしたら失礼かもしれないが。

 

 義賊は更に続けて、

 

「あとほら、モンスターを召喚する神器がどこかの貴族に買われたって話は前にしたでしょ? このお城には王族だけじゃなくて貴族も滞在することが多いから、もしかしたらこっそりこの城のどこかに神器を隠している人もいるかもってね。セキュリティを考えれば、ここ以上に安全な場所はないと思うし」

「あー、それは俺も似たようなことをやったことあるな。何だか警察が俺を怪しんでいるような気配を感じた時は、がさ入れに来られる前にヤバそうなもんをアイリスの部屋に隠してもらうんだ。もちろん、本人にはそれがどんな物なのかは教えずに、ただ俺の宝物とだけ言っておいてな」

「キ、キミってやつは…………はぁ、もういいや。そういえば、キミってかなり有名な商人だったね。ってことは、流通に関しては情報を持ってるんだよね? その中に、何か神器に関係しそうな情報とかないかな? 妙なものを買っていた貴族とかは?」

「うーん、すんごい魔道具の情報は頻繁に入ってくるけど、そこまで詳しく調べたりはしないからなぁ。魔道具の性能に関しては里にある物で十分過ぎるくらいだし。あ、でも妙なものを買ってる貴族ってのは一人心当たりがあるな」

「え、ほんと!? どんな人!? 詳しく教えて!!」

「アルダープってオッサンなんだけどさ、そいつがいつもエロ魔道具買い漁ってて俺とよく取り合いに」

「うん、ごめん、もういいや……」

 

 自分から聞いておいて、頭を押さえながら話を切り上げてしまう義賊。

 なんでこんな呆れた反応をされなければならないのだろう。エロ魔道具というのは男のロマンというやつなのだが、やはり女には理解できないのだろうか。

 

 神器に関してはこれ以上俺から聞けることはないと判断したのか、義賊は他のことを聞いてくる。

 

「それで、キミはどうして姿を消す魔法まで使って、コソコソとしていたのさ。キミこそ何か良からぬことを考えてるんじゃないの?」

「いや、神器をどうこうしようっていうお前と比べたら全然大したことないよ。ちょっと拡声魔道具をジャックしてアクシズ教の宣伝をしようと思っていただけだから」

「あー、そうなんだ…………えええええええええええ!? ちょ、ちょっと待って、全然大したことあると思うんだけど!! ほ、本気なの!?」

「あぁ、本気だ。男には絶対に守らなければいけないものってのがあるんだ」

「そんなカッコイイ感じの事言われても意味が分からないんだけど!? ていうかキミ、アクシズ教徒だったんだね…………まぁ、うん、言われてみれば確かに…………何となくキミ、アクア先輩とも相性良さそうだし」

「お、おい、納得すんな!!! 違うから!! これには深い理由があって、間違っても俺はアクシズ教徒なんかじゃねえから!!! つーか、あの頭のおかしい連中が崇めてる女神様と相性が良いとか言うのはやめてほしい…………ん? あれ、お前今、アクア先輩って言ったか?」

「……あっ!! え、えっと、その、あたしはエリス教徒だからね! ほら、女神アクアと女神エリスは先輩後輩の関係だっていうし、それでちょっと呼んでみたっていうか!! あ、あはは、ダメだよね、あたしは一信徒に過ぎないんだし、ちゃんとアクア様って呼ばないとね!!」

 

 何故か焦った様子で言い訳がましくそんな事を言う義賊。

 俺からすればそこまで気にするようなことでもないと思うけどなぁ。むしろ、俺としては神様と言えどアクアに様付けする事が何となく嫌だ。なんだろう、この前アクシズ教徒に散々な目に遭わされたばかりだからだろうか。

 

 そうやって首を傾げていた時だった。

 

「「……ん?」」

 

 俺と義賊が同時に扉の方を見る。

 敵感知に何か反応した。

 義賊は緊張をにじませた表情で、俺の近くに寄ってくる。再び姿を消す魔法の効果範囲内に入るためだ。

 

「…………近付いてきてるね」

「あぁ。お前が騒ぎ過ぎたんじゃないのか。さっき俺がアクシズ教の宣伝するって言ったら大声あげてたじゃねえか」

「あ、あたしのせいにするの!? キミだって結構な大声で話してたじゃんか!」

 

 俺達がひそひそと罪を擦り付け合っていると。

 

 

「カズマ! どこだカズマ出てこい!! お前達もしっかり探せ、奴は姿を消す魔法を使っている可能性もある、生体反応を感知できる魔道具を使うのを忘れるな!」

 

 

 突然聞こえてきたクレアの声に、俺と義賊がビクッと同時に体を震わせる。

 そして、義賊はジト目でこちらを見て、

 

「…………やっぱりキミじゃん」

「お、おかしいって! なんで俺だけなんだよ! クレアの奴、そんなに俺の声に敏感なのかよ、もしかして俺のこと好きなのか?」

「この状況でそこまでポジティブになれるのは凄いと思うよ……」

 

 義賊が呆れきっているのは置いといて、この状況はマズイ。

 敵感知スキルだけではなく、声の大きさから考えても、もうかなり近くまで来ている。

 

 どうしたものかと考えていると、クレアの他に騎士らしき声も聞こえてくる。

 

「しかしクレア様、本当にカズマ様はこの城で何かを企てているのですか?」

「あぁ、それは間違いない、明らかに様子がおかしかったからな。それに紅魔族の生徒のあるえ殿も、カズマが何かを企んでいるような顔でこっそりと会場を出るのを見たそうだ」

 

 あ、あるえの仕業かああああああああ!!! あいつ覚えてろよ、後ですんごい事してやる!!!

 俺がそうやってギリギリと歯を鳴らしていると、

 

「ですがクレア様、カズマ様は具体的に何をしようというのでしょうか……カズマ様といえばアイリス様にご執心というのは知っておりますが、今現在アイリス様はパーティー会場の方にいらっしゃいますし……」

「おそらく、奴の狙いはアイリス様の私物だ。この隙にアイリス様の部屋へと侵入して、アイリス様の香りが染み付いた枕に顔を埋めて深呼吸したり、ゴミ箱を漁ってアイリス様が鼻をかんだ紙を手に入れたり、アイリス様の歯ブラシを探して口に含んで味わおうとしているに違いない!! そんなことさせるか!!」

 

 あいつは俺のことを何だと思ってやがる。

 というか予想が妙に生々しいんだが、まさか似たようなことやってんじゃないだろうな。俺より先にアイツの方を何とかしたほうがいいんじゃねえのか。

 

 まぁでも、クレアのこの口振りであれば真っ直ぐアイリスの部屋へと向かうのだろうし、この部屋に潜んでいればとりあえずはやり過ごせそうだ。

 

 俺はほっと一息ついていると、隣から妙な視線を感じる。

 すぐにそちらを見てみると、そこにはドン引きの目を向けてくる義賊が。

 

「…………うわぁ」

「おい違うからな!? 俺そんなことやってないから! アイツが勝手に言ってるだけだから!!」

「それならいいんだけど……もしキミがそこまでの変態さんだったら、この密着してる状況に割と本気で身の危険を感じたりするから……」

 

 こいつは本当に俺がクレアの言っているレベルの変態でもおかしくないとか思っているのだろうか。いや、国随一の変態鬼畜男とか呼ばれてるし、これが自然な反応なのか……。

 

 俺がかなりガックリきていると、他の騎士の声が聞こえてきた。

 

「クレア様? どうなさったのですか、そのような大きな声で」

「カズマだ! カズマが何かをやらかそうとしている!! お前達はこの辺りの警備中だったな? 何か妙なことはなかったか?」

「妙なこと……そういえば先程、この辺りで少女の叫び声らしきものを聞いて駆けつけたのですが、特に変わったこともなく、ただの私の勘違いだったと」

 

 騎士の言葉が終わる前に、バンッと隣の部屋の扉が勢い良く開けられる音がした!

 バクバクと、自分の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。隣では、義賊がゴクリと喉を鳴らしている。

 

 隣の部屋を捜索しているらしきクレアの声が聞こえてくる。

 

「近くにいるぞ! 十中八九、姿を消す魔法を使っている! その少女の叫び声というのは、もうすぐアイリス様の私物を味わえると思って感情が昂ぶり性魔獣と化した奴が、たまたま他の少女を見つけて我慢できずにセクハラしたに違いない!! 警備中のお前達が異変に気付いたから、慌てて少女の動きを封じた後、魔法で自分と少女両方の姿を消して隠れているに違いない!!」

 

 あ、あのアマ、完全に俺を性犯罪者か何かみたいに扱ってやがる! でも言ってることは所々合ってるから全否定できない!!

 

 くそ、どうする。

 隣の部屋を調べ終えたら、次はきっとこの部屋だ。どうやらこの姿を消す魔法を看破できる魔道具も持ってるみたいだし、ここでじっとしていてもすぐに捕まっちまう。敵感知によると、廊下には何人か騎士を立たせているみたいだし、ここから出ることもできない。残るは窓しかないけど、それはそれで、隣の部屋のクレアに気付かれる危険が……。

 

 しかも、隣には王都で有名な賞金首、銀髪の義賊までいる。

 こうして二人で隠れているところを見られると、俺もこいつの仲間だとか思われる可能性すらある。それは絶対に避けたい…………待てよ?

 

 俺はある妙案が浮かび、姿を消す魔法を解除する。

 すると、隣の義賊が慌てた様子で、

 

「ちょ、ちょっと、どうして魔法解いちゃうの!?」

「どっちみち、この部屋を調べられたらすぐにバレちまうだろ。一番マズイのは、隠れているところを見つかることだ。それなら、その前に堂々と出て行った方がマシだ。お前はそこにいろよ、アイツが探してるのは俺だ。俺が見つかれば、これ以上探ってきたりはしないよ」

「えっ……そ、それってもしかして、自分が囮になるって言ってるの? …………その、ありがと……あたし、キミのこと誤解してたかも……」

 

 義賊はそう言って、こちらに申し訳なさそうな顔を向けてくる。

 元々俺のせいでこんな事になっているのだが、それでもこうして俺のことを気遣ってくれる辺り、やっぱりこの義賊は良い人なんだと思う。

 

 俺は親指を立ててそれに応えると、扉を開けて顔だけ廊下に出す。

 廊下にいた騎士達は俺を見てざわつくが、お構いなしに叫ぶ。

 

 

「皆、いい所に来た! 銀髪の義賊だ! この部屋にいるぞ!!」

「「えっ!?」」

 

 

 俺の言葉に、騎士達だけではなく隣の部屋のクレアや、この部屋にいる義賊の声も重なった。

 すぐさま騎士達が部屋に雪崩れ込んで来て、隣の部屋から出てきたクレアもその後を追って来る。

 

 クレアは、目の前の光景に目を丸くして、

 

「なっ……ほ、本当に銀髪の義賊が……これはどういう事だカズマ!!」

「どういう事も何も、俺が怪しい気配を感じて城を見回っていたらこいつを見つけたんだ! そこにちょうどお前らがやって来たんだよ!」

「キ、キミって……やつはぁ…………!!!」

 

 追い詰められた義賊は涙目になってぷるぷる震えている。

 しかし、これはしょうがない事だ。そう、人生というのは悲しいことに、誰かを蹴落とさなければならない場面というのが必ずあるものだ。

 

 俺はビシッと義賊を指さし、

 

「義賊とか言われてても、罪は罪だ! 逃げられると思うなよ! 行くぞクレア、騎士のみんな!!」

「よ、よし、この機会を逃すわけにはいかん! 全員、かかれええええええええ!!」

「「うおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」」

「お、覚えてろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 義賊はそんな捨て台詞を残して、半泣きになりながら窓から逃げていった。

 

 その後、義賊は何とか逃げ切ったようで、俺の怪しい行動は全て、こっそり曲者を捕らえるためのものだったという事で一応納得してもらえた。

 しかし、この騒動のせいで城の警備は厳重になり、ますます潜入が困難になってしまった。

 

 アクシズ教徒の足音が背後まで迫って来ているような、そんなおぞましい気配を感じながら、俺は頭を抱えて次の策を必死に考えるはめになったのだった。

 




 
アルダープは2章の為の顔見せ程度って感じです
いつになったら2章に入れるんだろう……
 


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紅魔祭 4

 
今回は38000字程です
話的には次で一段落するので、一度に読みたいという人は次の投稿の時にまとめて読んでいただければと
 


 

 

「おいあるえ、覚悟はできてるなコラ」

 

 義賊騒ぎから一夜明けた朝。

 俺は王城の一室であるえと対峙していた。自分では分からないが、今俺の左目はギラギラと紅い光を放っていることだろう。

 

 今回、俺達は客人として城に招かれていて、一人一室与えられている。

 そして、ここはあるえの部屋。

 

 昨夜はこいつが余計なことをクレアに言ったせいでとんでもない目に遭った。

 それに対して、何かしらの制裁を下してやろうというわけだ。

 

 少しでも俺のことを知っている女であれば、こうして俺が目の前で手をワキワキさせているのを見れば恐怖で逃げ出すものだ。

 しかし、あるえは全く動じる様子も見せずに、普段と変わらない何を考えているのかよく分からない表情でじっと俺を見ている。

 

「具体的には何をするつもりなのですか?」

「お、なんだ、もしかして子供相手なら手加減してもらえるとか思ってるんじゃないだろうな? 俺はやる時はやる男だ、相手が女子供だろうが容赦しないぞ。とりあえず、スティールの刑は避けられないな。女にはこれが一番よく効くってのは分かってる」

「それはつまり、いつかのふにふらやどどんこにやったように、スティールで私の下着を剥ぐということですか?」

「……な、なんだよその『芸がないな』みたいな微妙な顔は! あ、あまり俺を舐めるなよ、今回はパンツ剥ぐだけじゃ済まさねえからな! パンツだけじゃなく、服全部剥いだあと魔道カメラで撮影会始めてやるよ!! 映画の為にやりたい放題なお前にはお似合いの末路ってやつだ!!」

「…………ふむ。流石は先生、それでこそ国随一の変態鬼畜男です。それでは、どうぞ」

 

 そう言うと、あるえは両手を横に広げて無抵抗を示して待つ。

 

 え、な、なんでこいつ、こんなに冷静なんだ?

 まさかここまで潔い反応をされるとは思わなかった。というか、俺がセクハラしようとしてこんなに落ち着いてる女とか人生で初めて見たかもしれない。

 

 一瞬俺は思わず怯んでしまうが、すぐに気を取り直して、

 

「『スティール』!!」

 

 相手が無抵抗だとかは関係ない、さっきも言ったが、俺はやる時はやる男だ。

 俺の窃盗スキルは今日も抜群の切れ味で、手の中には黒のパンツが握られている。

 

「ふっ、そうやって堂々としていれば見逃してもらえるとでも思ったか? さぁ、どうするあるえ。もしここで『先生ごめんなさい』って言って頭を下げるなら、この辺りで勘弁してやっても」

「え、これで終わりなんですか?」

「…………『スティール』!!!」

 

 俺がもう一度スキルを発動させると、今度は黒いブラが手の中に収まった。

 

 朝っぱらということもあって今のあるえの格好は、寝間着用のゆったりとした黒のワンピース。

 つまり、パンツとブラを剥いだこの状態でもう一発スティールを発動させれば、即座にすっぽんぽんだ。

 

「おいあるえ、これが本当に最後の忠告だ。余裕そうな顔してるけど、内心はもうやめてほしいんだろ? 無理するなよ、女の子なんだからそれが普通だ。お前は歳の割にいいカラダしてるとは思うけど、俺はロリコンじゃないからお前の全裸がどうしても見たいってわけでもない。だから素直に謝れば」

「どうしたのですか先生、私を裸にして撮影会をすると言っていたではないですか。こんな所で終わる先生ではないでしょう?」

「い、いいのか!? やるぞ!? 本当にやるぞ!? お、お前、このままだと裸を見られるんだぞ!?」

「そうなりますね。父以外の男性に裸を見られるのは初めてですが、まぁ、人生そんなこともあるのでしょう」

「確かにそんな事はあると思うけど! でも、初めて裸見られる男ってのは、恋人ってのが健全だと思うんだけど!!」

 

 ど、どうしよう、こいつマジで何とも思ってないみたいだ……これじゃ俺が、何も知らない子供にイケナイことをするド変態ロリコンみたいになっちまう……!

 こう言うと普段から生徒達にセクハラしまくってるだろとか言われてしまうかもしれないが、あれは半分以上反応を楽しんでいるだけで、相手も期待通りの反応をしてくれるので軽いノリみたいに済ませられるのだが、こうやって受け入れられてしまうと冗談では済まなくなるというか……!

 

 しかし、俺としてもあれだけ言っておいてここで引くわけにもいかない。

 最後のスティールをかけようと、あるえに向けて掌を向けるが、その手が若干震えているのが分かる。

 な、なんだろう、追い詰めているのは俺のはずなのに、精神的な形勢は全くの逆になっている気がする。

 

 まさかの状況に、俺は最後の一言を言えずにいると。

 

 

「あの、あるえ起きてる? ちょっと映画の設定について聞きたいことがあるんだけど……」

 

 

 時が止まったような気がした。

 

 こんこんという控えめなノックと共に聞こえてきたその声は、普段であればいつでも聞きたいと思えるのだが、今この瞬間だけは最も聞きたくなかった声でもあった。

 

 それは、最愛の妹、ゆんゆんの声だった。

 

 ゴクリと喉を鳴らす。

 今のこの部屋の状況を見られたら、俺は一発で終わる。

 目の前には下着を剥がれたあるえがいて、部屋で俺と二人きり。言い訳のしようがない、どう考えても酷い結末しか見えない。

 

 姿を消す魔法を使うか? ……いや、一番良いのは何も反応しないことだ。

 まだ朝早いし、あるえが寝ていると判断すれば、ゆんゆんも大人しく出直すはずだ。

 

 そう考えた俺は、小さな声で詠唱を始め、消音魔法を使おうとした……が。

 

「起きてるよ、ゆんゆん。でも、今はちょっと立て込んでいてね。もう少し経ってからまた来てもらえると助かるかな」

 

 くっ……黙っていればいいのにあるえの奴……!

 

 でも、どうやら俺のことは言わずに、ゆんゆんを遠ざけようとしてくれているようではある。

 あるえからすれば、俺のセクハラを回避する為にここで助けを求めるのが一番だとは思うんだけど……やっぱり何を考えているのかよく分からない。

 

 外からは、ゆんゆんの慌てた声が聞こえてくる。

 

「あ、え、えっと、こんな朝早くにごめんね! そうだよね、朝は色々と忙しいよね!」

「まぁ、そうだね。忙しいといえば忙しいよ。実は今から撮影会をしようと思っていてね。先生もいるんだけど、私の裸を撮るって言っ」

 

 

 あるえがそう言いかけた瞬間、ドアが蹴破られた!

 

 

***

 

 

「つまり、あるえが何かやらかして、それに対する教育ということで下着を剥いだ……ってことね」

「そうなんだよ、やっと分かってくれたか。俺が何の理由もなしに生徒にスティールくらわせるような奴じゃないってのはお前も知ってるだろ?」

 

 部屋に入ってきた時のゆんゆんは、お兄ちゃんである俺がビビるくらい、それはもうお怒りだったわけだが、何とか説明だけはして今は少しは落ち着いている。

 

 未だに俺を見る目は冷たいが。

 

「……ねぇ、兄さん。別に生徒を叱るなとは言わないわよ。多少の罰を与えるのも仕方ないと思う。兄さんは先生なんだし。でも、下着を剥ぐっていうのはどうかと思うんだけど。とてもまともな教育だとは思えないんだけど」

「罰ってのは中途半端じゃダメだと思うんだ。廊下に立たせたり、延々と魔法の詠唱の書き取りをさせたりってのも、その時は辛いかもしれないけど、次の日にはもう忘れてるもんだ。そのせいで何度も叱られて、何度も罰を受けるってのも可哀想だろ? それなら、一発強烈なものをくらわせた方が、その後も気を付けるだろうし、トータルで受ける罰の数も少なくて済むと思うんだ。つまり、これは俺の優しさでもあるんだよ」

「いくら何でもその優しさは歪み過ぎてると思う…………というか、兄さんこそ、そろそろ痛い目を見るべきだと思うんだけど……」

「何言ってんだ、俺なんてとっくに痛い目見てるだろ。なんたって、紅魔族なのにアークウィザードになれなかったんだからな。そこから、ここまで人生立て直したんだから、多少調子に乗っちゃってもしょうがないと思うんだ。皆もっと俺に優しさを向けるべきだと思う」

「兄さんの場合、“多少”調子に乗ってるで済まないでしょ! 紅魔族が外で浮いちゃうっていうのはよくあるみたいだけど、兄さんくらい悪評だらけの紅魔族なんて聞いたことないわよ! そんなやりたい放題やってると、いつか罰が当たるわよ!」

 

 妹は相変わらず俺に厳しいが、このスタンスを崩すつもりはない。

 それに罰が当たるとか言われても、俺は無宗教だし、そもそも神様とやらには才能の振り分け方やら色々と文句を言いたいくらいだ。罰を当てるってんなら当ててみろってんだ。

 

 兄妹でそんな事を言い合っていると、ここで意外なことにあるえが俺を庇ってくれる。

 

「まぁゆんゆん、そこまで先生を責めることもないと思うよ。私が罰を受けるだけのことをしたのは事実だし、スティールも受け入れようと思っていたから。別にそこまで深刻に考えることでもないよ、たかが布切れの一枚や二枚や三枚……」

「ま、待ってあるえ、その考えは女の子としてどうかと思う! 服を無理矢理脱がされるんだよ!? 恥ずかしくないの!?」

「いや、別に……自分で言うのも何だけど、プロポーションには結構自信あるし……」

「そういう問題じゃなくて!!! ……ね、ねぇ、兄さん。あるえが何をして兄さんを怒らせたのかは知らないけど、あるえのこの感覚の方がよっぽど大問題なんじゃ……」

「あ、あぁ、そうだな。俺もまさかスティールにビビらない女がいるとは思わなかった……」

 

 俺とゆんゆんの言葉に、あるえはきょとんと首を傾げている。

 

「二人がどうしてそこまで深刻そうな顔をしているのかが分からないけど……ただ、先生が私にスティールを使ってくれないというのは少し困るね……」

「「えっ」」

 

 あるえがいきなりそんな事を言い出し、俺とゆんゆんは顔を引きつらせる。

 も、もしかしてこいつ、服を脱がされて喜ぶ変態さんだったのか……?

 

 俺は恐る恐る尋ねる。

 

「お、おいあるえ、なんで俺がお前にスティールを使わないと困るんだよ……返答次第では、これからお前を見る目が大分変わることになるんだけど……」

「……実は、この部屋にはカメラを仕掛けていまして。映画には先生の鬼畜っぷりが足りないと思っていましたので、この機会にそういうシーンを撮れたらと思っていたんです」

「…………は!? カメラ!?」

「えぇ、ここに」

 

 あるえが机の上の何もない空間に手を伸ばすと、急にそこにカメラが姿を現した。俺が盗撮用に開発した透明化機能を持った魔道カメラだ。

 

 あまりに予想外の事実に俺が呆然としていると、あるえは何を勘違いしたのか、

 

「あ、大丈夫ですよ。この辺りの会話は編集で簡単に切り取れます。ですので、先生は気にせずスティールを使ってもらえれば……」

「そんな心配してるんじゃねえよ!!! なにお前、もう怖いんだけど!! どんだけ創作しか頭にないんだよ、どうしてそうなった!!!」

「ねぇあるえ、もっと自分を大切にしよう!? いくら映画の為と言っても、そんな自分が脱がされる場面を撮るなんて……!!」

「そこも大丈夫だよ、いくら何でも裸をそのまま撮るのがマズイというのは私も分かっているさ。ちゃんと修正を加えて見えちゃいけない所は見えないようにするから……」

「そうじゃなくて!!!」

 

 ……クラスではめぐみんが一番の問題児だと思っていたが、俺はとんでもない奴を見逃していたらしい。

 あるえは何が問題視されているのか本気で分からないらしく、きょとんと首を傾げている。どうしよう、どうやったら直るんだこれ、というか直るのか……? めぐみんの爆裂狂やらララティーナのドMやらと同じようにもう手遅れなんじゃ……。

 

 それから俺達は何とかあるえに納得してもらおうとしばらく説得したが、効果は芳しくないまま時間だけが過ぎていった。

 

 

***

 

 

 王族というのを舐めていたのかもしれない。

 俺は城の修練場にて、ほとんど真っ白になりかけている頭の中で、かろうじてそんな事だけを考えていた。

 

 

「『セイクリッド・ライトニングブレア』!!!」

 

 

 それは可愛らしい少女の声。

 しかし、続けて聞こえてきた音はそんな生易しいものではなく、凄まじい轟音が辺りに響き渡り、耳がキーンとなる。

 音だけではなく衝撃波がこちらにまで飛んできてビリビリと肌を打ち、暴風によってバサバサと服が激しくなびく。

 

 それらは、目も眩むような真っ白な稲妻が修練場の中央に突き刺さった余波に過ぎなかった。

 土煙が晴れた後には、上級魔法の一撃でも砕けるかどうかというくらい硬い鉱石が、無残にも粉々になっていた。

 

 魔法を唱えた少女、アイリスは満面の笑みを浮かべてこちらを見る。

 

「どうですかお兄様! 私の魔法は!!」

「…………す、すごいなアイリス、お兄ちゃんビックリしたぞー…………いやマジで。おいクレア、どうなってんだよこれ、なんで10歳の子供がこんなトンデモ魔法使えるんだよ、お前らアイリスを使って人体実験とかしてないだろうな」

「一国の姫君にそんな事をするわけがないだろう大たわけが! 王族は代々勇者の血を受け入れて様々な才を持ち、食事も日頃から経験値の詰まった最高級品を口にされているというのは貴様も知っているだろうに」

 

 それにしたって、ここまでとは思わないだろ普通……生まれ持った才能や立場ってのはこんなにも大きいものだと見せつけられると、一庶民な上に紅魔族の落ちこぼれで、生まれ持った才能といえば運くらいしかない俺からすれば結構くるものがある……。

 

 朝食を済ませた俺は、ゆんゆんやめぐみんと共に、修練場にてアイリスの魔法を見せてもらっていた。アイリスは一刻も早く見せたかったらしく、朝食の時からずっとその話しかしていなかったのだが、ここまでの大魔法を習得したのだからそれも納得だ。俺だってこんな魔法覚えたら自慢したい。

 

 アイリスの魔法を見て、ゆんゆんもめぐみんも目を丸くして口をあんぐり開けて固まっていた。強力な魔法は見慣れている紅魔族が、魔法でここまで驚くのは珍しい。

 ゆんゆんは目の前の光景が信じられないといった様子で、

 

「ね、ねぇ、兄さん、アイリスちゃんって私達はもちろん、兄さんよりも強」

「おっと、それ以上言うのは妹でも許さないぞ」

「でも明らかに今の魔法、兄さんの上級魔法よりも」

「聞こえない! 俺は何も聞こえないからな!!」

 

 ゆんゆんの言葉に、俺は耳を塞いで現実逃避をする。

 俺にも一応お兄ちゃんとしてのプライドというものはあるのだ。純粋な紅魔族相手に魔法で劣るのはもう諦めているが、王族といえど10歳の女の子以下というのは受け入れがたいものがある。

 

 俺はお兄ちゃんとして、精一杯余裕のある態度を保ちながら、

 

「ま、まぁ、でも、俺も本気出せば、魔王軍幹部にだって大ダメージを与えられる凄い魔法を使えるんだけどな!」

「え、本当ですかお兄様! ぜひ、見せてもらえませんか!?」

「……アイリス、奥の手ってものは、そう簡単に見せるものじゃないんだ。魔王軍やモンスターとの戦いは常に命のやり取りだからな。隠せるものは、本当に必要になる時まで隠した方がいい。もちろん、アイリス達を疑っているわけじゃないけど、情報ってのはどこから漏れるか分かったものじゃないからな」

「はっ……な、なるほど! そうですね、スキルの情報というのは、戦いにおいて極めて重要なものというのは習いました。ごめんなさい、私が浅はかでした……」

「いいんだアイリス、本来こういう事はお姫様は知らなくても良い事だと思うしさ。戦場の常識なんて、知らないでいられるならそれが一番幸せなんだよ」

 

 俺がそうやってアイリスに言い聞かせていると、ゆんゆんとクレアがジト目でこちらを見てくる。

 

「…………上手く誤魔化したわね、兄さん。というか、兄さんだって可能な限り戦場は避けて安全地帯から出ないスタンスじゃない……」

「そもそも、貴様の奥の手などというのはどうせろくでもない物だろうし、言いたくないというのも、ただ人様に自慢できるようなものではないというだけだろう。不意打ち騙し打ち、弱みを握った上での脅迫、裏切りに買収…………さぁ、どれだ」

「ち、ちげえし! 本当に俺のことなんだと思ってんだよ! ちゃんとした奥の手があんだって!! な、なんだよその目は、信じてないだろ!?」

 

 ゆんゆんとクレアの胡散臭いものを見る目に、思わずアイリスのように見せつけてやろうとも思ったが、この奥の手はこっちもかなりのダメージを受けるので何とか思いとどまる。

 

 そういえば、この奥の手を用意したのはもう随分と前のことなのだが、今まで一度も使ったことがない。まぁ、これを使うってことはそれだけ追い詰められているということだし、使う機会がないというのは、それだけ俺が上手くピンチを避けているということだろう。

 要するに、俺が優秀すぎて使う機会がないってことだ。うん。

 

 と、ここで一人静かな奴がいることに気付く。そう、めぐみんだ。

 元はと言えば、こいつがアイリスの魔法について煽るから、こんな事になったわけなんだが……。

 

「おいめぐみん、いつまでショック受けてんだよ。お前も何か言ってやったらどうだ?」

「……ショック? ふっ、何のことやら。まぁ、そこそこ、といった感じではないですか? 紅魔族随一の天才の私からすれば物足りない所もありますが、10歳の子供が使う魔法にしては中々のものではないでしょうか」

 

 何という上から目線。

 つーかこいつ、アイリスが魔法を使った直後は、ゆんゆんと一緒に目を丸くして驚いてたくせに。

 

 そして当然、こんな言い方をされてアイリスが納得できるはずもなく。

 

「な、なんですか、伝説の勇者も使っていたとされる魔法を物足りないとか言いましたか!?」

「えぇ、物足りないですね。それに、伝説の勇者が使っていたというのが本当だったとしても、その威力まで再現できているとは限らないではないですか。この程度の鉱石であれば問題なく砕けるようですが、アダマンタイトは無理なのでしょう?」

「そ、それは…………ですが、アダマンタイトなど、それこそ限られた魔法でないと」

「爆裂魔法なら問題なく壊せます。木っ端微塵ですよ」

 

 ここで凄まじい程のドヤ顔が出た。

 確かに威力だけで言えば爆裂魔法に敵う魔法など存在しないわけだが……。

 

 俺はぼそっと。

 

「……まだ習得できてないくせに」

「も、もうすぐできますから!!」

 

 そこは触れてほしくなかったのか、めぐみんは恥ずかしさでほんのりと頬を染める。

 アイリスは悔しそうにしながらも、

 

「で、ですが、爆裂魔法なんてそれこそ威力だけではないですか! 使い所も限られます!! 私は剣も扱えますし、魔法だって一発しか使えないなんてことはないです!! つまり、めぐみんさんより私の方がずっと役に立つのです!!」

「言ってくれますね! 本当の強者との戦いになればなるほど、私のような一点特化型の方が重要な戦力になりますから! あなたのような中途半端に何でも出来るような者は、戦いの中盤くらいまでなら活躍できるかもしれませんが、終盤に向かうにつれてインフレについて行けなくなり、解説役に回るものなのです!! 最終決戦において、あなたが、同じく中途半端に強いゆんゆんと一緒に私の偉大さを解説している姿が目に浮かびますよ!!」

「ねぇ、だからどうして私を巻き込むの!? 二人のケンカだよねこれ!?」

「中途半端と言いましたか!? めぐみんさんこそ、いくら力があったとしても、協調性皆無で問題行動ばかり起こしていては、すぐに騎士団から放り出されて最終決戦がどうとかいう話ではなくなると思います! そして、冒険仲間も中々見つからずに、結局一人で頑張っていたゆんゆんさんに泣きつくことになるでしょう!!」

「あ、あの、アイリスちゃん? なんか私も仲間を見つけられないっていう前提で話してない……?」

「お、お二人共、この辺りで落ち着いていただけると…………ああっ!!」

 

 涙目になっているゆんゆんは放置され、クレアの言葉も無視され、結局掴み合いのケンカを始めるめぐみんとアイリス。

 

 この二人は何でこんなにケンカばかりなのだろう……いや、一応お互いのことは心の底では認めているような感じはあるし、言いたいことを言い合える仲だからこそっていうのもあるんだろうけど……。

 

 そんな事を考えながら、必死に二人を止めているクレアを眺めていた時。

 

 

「失礼致します! クレア様、ご報告が」

 

 

 そう言いながら修練場に入ってきたのは一人の騎士だった。

 クレアは両手で怒れる二人の少女を抑えながら、

 

「見ての通り、取り込み中だ! 緊急でないなら後にしろ!」

「それが、その……緊急というか……紅魔族の方々に関することで……」

 

 騎士は言い難そうにしながら、俺のことをちらりと見る。

 あ、まずい、きっとあれだ。

 

 俺は即座に不穏な空気を感じ取り、

 

「それじゃ、俺はちょっと街でも見て来るかなー」

「待て」

 

 一歩踏み出した瞬間、後ろからクレアに首根っこを掴まれた。

 

 

***

 

 

 ここは王都にあるモンスター研究所。

 モンスターを捕らえて、その生態を観察し、弱点などを見つけて最も安全な対処法などを探る目的の為作られた施設だ。

 

 そんな施設に、悲鳴が響き渡っている。

 

 

「や、やめ……ぎゃあああああああああああああああっ!!!」

「ひぃぃっ!! た、頼む、何でもする! 何でも話す!! だから……ああああああああああああああああ!!!!!」

「頭おかしいだろお前ら!! これが人間のすることかよおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 騎士の報告を受けてやって来たのは、俺とアイリスとクレア。

 ゆんゆんとめぐみんは、次の撮影の打ち合わせとやらであるえに呼ばれて行ってしまった。まぁ、ここは生徒の教育には良くないだろうし、来ないほうが良かったとは思う。本当はアイリスにもあまり見せるべきではないのかもしれないが、本人が強く希望したので折れた形だ。

 

 先程から悲鳴をあげているのは、魔王軍の鬼やら鎧騎士といった魔族達。

 研究所内には、数人の紅魔族がいて、それはそれは楽しそうに魔族達を弄り回していた。

 

 俺は呆れながら、

 

「あんまりやり過ぎるなよお前ら。そいつらにはまだ仕事があるんだ、本来の目的忘れてないだろうな」

「分かってる分かってる。ちょっと遊……実験してるだけだって。あ、こら暴れんな!」

 

 どうやら魔族達は何とか紅魔族の魔の手から逃れようとしているようだが、元々魔法で体の動きを鈍らされていることもあって、逃げ切ることなどできない。

 紅魔族達は魔族を捕まえながら、目に怪しい光を宿して、

 

「逃げるな逃げるな。俺の考えが正しければ、この位置にゴキブリでもテレポートさせれば、うまい具合にお前と合成されて新種のキメラが出来ると思うんだ。お前にとっても機動力が上がって良い事だと思うぞ?」

「そんな怯えるなよ、ちょっとこいつを頭にぶっ刺すだけじゃないか。それにこの薬は、上手くモンスターの脳に作用すれば、人間への残虐性が消えて共存できるようになるかもしれないんだぞ。まぁ、まだまだ試作段階だから頭がパーになる可能性の方が高いんだけどさ」

「よし、じゃあ次はお前をオークの雌と掛け合わせてみるか。どんな子供ができるのか楽しみ……ほら、抵抗すんな! 大丈夫だって、相手は経験豊富なテクニシャンだって評判だぞ!」

 

 こんな光景を目の当たりにして、アイリスもクレアも引きつった顔を浮かべている。

 紅魔族的には、こういった実験などはそこまで抵抗ないのだが、普通の感性を持っている人からすると違うのだろう。

 

 クレアは額に青筋を立ててこちらを見る。

 

「おいカズマ、これは何だ」

「何だって言われても、見ての通りモンスターを使った実験だけど……その、黙ってたことは謝るって。でも正直に言ってたらお前、絶対反対してくるじゃん……」

「当たり前だ!!! いくら何でもこれは人道に反しすぎているだろう!!! いや、普段からこの研究所ではモンスターを捕らえて研究はしている。しかし、意思疎通ができる相手にここまでする事はないぞ!」

 

 やっぱりこうなるよな……。

 元々ここにいた研究員達には口止めはしていたのだが、紅魔族の実験内容が酷すぎてたまらず騎士に報告したとかそんな所なのだろう。

 

 アイリスも悲鳴をあげる魔族達に目を向けた後、おずおずと、

 

「あの、お兄様……私も流石にこれは残酷過ぎるのではないかと……いくらモンスターといっても……」

「アイリス、今俺達は魔王軍と戦争してるんだ。そんな甘いことを言ってられない、多少残酷なことでもやらなきゃいけないんだ。それに法律で魔王軍の人権……人じゃないけど……に関する項目なんて存在しない。つまり、魔王軍相手なら何やっても罪にはならないんだ」

「そ、そうなのですか……? なるほど……以前にお兄様に、敵には情けをかけるな、徹底的にやれと教わったことがあります。綺麗事だけではやっていけないのですね……」

「ア、アイリス様、この男の話を聞いてはいけません! 確かに魔王軍との戦いでは時に残酷な選択を取ることもありますが、これは一線を越えていますから!! それとカズマ! ここにいる魔族は魔王軍の者なのか!? どうしてこんな所にいる、しかもこの数はなんだ!!」

 

 ……どうしよう。

 正直怒られるのが目に見えてるし、すごく気が進まないのだが、他の紅魔族達は実験に夢中でこっちの事全く気にしてないし、俺が説明するしかないよな……。

 

「えっと、ほら、今度ウチの里で祭りをするって話は聞いてるだろ? その祭りのために必要なことなんだよ。昨日の魔王軍との戦いで、紅魔族の連中は敵を状態異常に陥らせてからテレポートでここに飛ばしてたんだ。実はここだけじゃなくて、他の大きめの街にも似たような施設がいくつかあって、そこにも飛ばしてるんだけどな」

「あ、そのお祭でしたら私も聞きましたよ! 私もぜひ行きたいのですが、クレアがそれならば護衛を何十人も付けるとか大袈裟なことを言い出して……」

「大袈裟でも何でもありません、一国の王女様が外出するのですから当然の対応です! しかし、祭り……? 紅魔族の祭りの話は聞いているが、それがどう魔王軍と繋がるのだ?」

 

 クレアのもっともな疑問に、俺は答える。

 

「今回の祭りには外の人達も沢山招きたいってのは知ってるだろ? でも、紅魔の里ってのは周辺に強力なモンスターが多くて誰でも気軽に行けるような場所じゃない。だから、移動には安全なテレポートを使うってのが妥当なところなんだけど、テレポートってのはかなりの魔力を消費する魔法だから、紅魔族でも何十回も使えるようなものじゃない」

「あ、はい、それは私も城での勉学で教わりました! 日に何度も使えるものではないから、転送屋の価格が高額なのですよね?」

「そうだ、賢いなアイリス。もちろんテレポート係は多めに動員するつもりだけど、大勢の人をテレポートで送るにはやっぱり魔力が足りない。かといって、マナタイトを使うにしても、それもコストが高い。一応里には魔力供給施設もあるんだけど、そっちもまだまだ試行錯誤の段階で、やっぱりコストの問題がある。それならどうするかって考えた時に思い付いたのが俺のドレインタッチだ」

「お、おい、まさか貴様……」

 

 何だかんだクレアとも、それなりに長い付き合いだ。どうやら本当の目的が見えてきたらしく、顔をしかめている。

 一方で純粋なアイリスはまだピンときていないらしく首を傾げて、

 

「ドレインタッチは魔力や体力を吸い取ったり、逆に誰かに分け与えることができるスキルでしたね。便利なスキルだとは思いますが…………あ!」

「お、気付いたかアイリス、流石は俺の妹だ」

「妹ではない! 貴様がアイリス様に妙なことばかり吹き込むから、戦術の授業などで鬼畜過ぎる策ばかり答えて教師が困り果てているのだぞ!!」

 

 何やら喚いているクレアは放っておいて、俺は正解を言う。

 

 

「要するに、テレポートの魔力確保に、この魔王軍の奴等を使うってことだ。ドレインタッチ用の魔力タンクとしてな」

 

 

 俺の言葉に、アイリスは小さく口を開けて感心している様子だ。

 一方でクレアは痛む頭を押さえながら、

 

「昨日紅魔族が魔王軍撃退に協力してくれたのは、初めからそんな目的があったのか…………し、しかし、祭りの時の転送用の魔力を確保するのだから、相当な数を送ったんじゃないのか? その魔力はどこから……」

「それも俺のドレインタッチだよ。敵も王都に攻めてくる奴等だけあって、魔力が高い奴は結構いたからな。そういう奴等を状態異常やらバインドで動けなくして、俺のドレインタッチで魔力を吸い切ってからテレポート。これを繰り返せば魔力切れになることもないんだ。まぁ、俺自身のテレポートの登録先は街だと王都くらいしかないから、他の紅魔族の連中にも魔力を分けて、そいつらに色々な街にモンスターを送ってもらったってわけだ」

「な、なるほど、お兄様は本当に色々と考えているのですね…………あれ、でも、お祭まではまだ少し日がありますよね? それまでの間、魔王軍の方達はどうするのですか?」

「それぞれの街で飼うって感じになるな。大丈夫、生物実験が好きな紅魔族はモンスターの扱いも心得てるよ。里にはモンスター博物館なんてもんもあるしな。餌代とかその辺もマナタイトを大量に買うよりはずっと安くつくよ。適当に残飯とか食わせといてもいいし」

 

 そう聞いて、まだ非情になりきれない心優しいアイリスは複雑そうな表情を浮かべている。もちろんクレアは、俺を全否定するような険しい顔でこちらを睨んでいる。

 

 俺は、アイリスに微笑みながら諭すように言う。

 

「アイリス、人っていうのはな、生きるために他の生き物を犠牲にしなくてはいけないんだ。そう、これは農家で牛さんや豚さんを育てて美味しくいただくのと変わらない。むしろ、ただ魔王軍を殺すよりは、こうやって有効活用した方が相手の命を尊重していると言えると思うんだ」

「はっ……そ、そうですね……! 確かに牛さんや豚さんをただ殺すだけというのは残酷なことですが、食べるためであるなら仕方ありません! それが食物ではなく魔力に変わっただけなのですね!」

「だ、騙されてはなりませんアイリス様! 魔力が必要なのは生きるためではありません、祭りのためにこんな事をしているのですよこの男は!! それに人と意思疎通ができる程知能を持った相手を家畜として扱うなど倫理的に…………何をやってる貴様ぁぁ!! アイリス様のお耳から手を離せ!!!!!」

 

 余計なことを聞かせまいとアイリスの耳を塞いだところでクレアの怒号が飛んだ。

 

 

***

 

 

 怒り狂うクレアは研究所に置いといて、俺とアイリスは映画の撮影の為に街に繰り出していた。

 もちろん、アイリスが普通に街を歩いたりすれば大騒ぎになるので、フードを深く被って顔が見えないようにしている。加えて、私服姿の騎士達がさり気なく周りの群衆に紛れて警護にあたっていた。

 ちなみに、アイリスのことを外で呼ぶ時は、周りに気付かれないように “イリス”という偽名を使うことになっている。

 

 集合場所には既にクラスの生徒達が集まっている。

 俺達の姿を見つけたゆんゆんは心配そうに、

 

「あ、兄さん、イリスちゃん。クレアさんは? それに、あの騎士の人の呼び出しって結局何だったの? モンスター研究所に行ってたんだっけ」

「クレアは研究所の方と少々お話があるとの事でした。でも安心してください、お兄様は悪さをしたわけではありません、お祭のことを考えて魔王ぐむぐっ!?」

「な、何でもない何でもない! ほら、紅魔族って生物実験が好きでモンスターにも詳しいだろ? それで色々と聞きたいことがあったとかそういう事だったんだ!」

 

 普通の紅魔族であれば、あの程度で何か思うことはないのだが、ゆんゆんは別だ。あんな事をしているとバレたら、クレアと同じかそれ以上に怒るに決まってる。

 

 ゆんゆんは俺の様子に少々訝しげにしながらも、一応は納得してくれたようだ。

 しかし、そんなゆんゆんの隣で。

 

「……おいあるえ。お前は何をしてるんだ」

「あ、どうぞお構いなく。先生が後ろから王女様の口を塞いでいるというのが中々面白い画だと思って撮っているだけですから。王女様が満更でもなさそうに頬を染めているのも、また」

「なんつーもんを撮ってやがるんだテメェはぁぁ!!!」

 

 本当にこいつは油断も隙もない。

 そんな映像、どこかに漏れれば即刻俺の首が飛ぶわ!

 

 俺が慌ててアイリスの口から手を離し、あるえからカメラを取り上げていると、ふにふらとどどんこが興味津々といった様子でアイリスを見ながら、

 

「わぁ、王女様だ……本物の王女様だぁ……!! すごい、近くで見ると本当にお人形さんみたい……綺麗な青い目にさらっさらな金髪……」

「ちょ、ちょっと、ふにふら! そんな無遠慮に見ちゃダメだって! 相手は王女様だよ!?」

「あ、いえ、気にしなくても結構ですよ! もしよろしければ、私にもクラスメイトのように砕けて接していただけると嬉しいです!」

 

 そんなアイリスの笑顔に、緊張していた二人もつられるように笑顔になる。

 そして、二人の元々のコミュ力の高さもあって、すぐにアイリスとも打ち解ける。

 

 お互いに挨拶を済ませると、アイリスが嬉しそうに、

 

「お二人が、ふにふらさんとどどんこさんでしたか! お二人のことは、めぐみんさんから聞いていますよ! 素敵な人達だと聞いていましたので、お会いできて嬉しいです!」

「え、そ、そうなんだ、めぐみんがあたし達の話を……ちょっと意外かも……」

「うん、ゆんゆんの話ならともかく、私達の事なんて、最初は中々名前も覚えなかったのに……」

 

 そう言いながら、ちらちらと視線を送ってくる二人に、めぐみんは小さく笑みを浮かべながら、

 

「今や二人ともそれなりに長い付き合いになってきましたからね。私にとっては、ゆんゆんの次に親しい仲だと思っていますし、私がイリスに二人のことを話していてもそこまで不思議なことでもないと思いますが」

「……ふ、ふーん、そんな風に思ってくれてたんだ……へぇ……」

「な、何ていうか、その、照れるね……うん……」

 

 二人は若干頬を染めて、どこか百合百合しい空気が漂い始める。

 めぐみんは妙に男らしいというか、こういった事を堂々と言う所がある。もう百合ハーレムとか築いちゃえばいいんじゃないかな。男がハーレム作ってるのはムカつくが、それなら許せる……いや、でもめぐみんにはゆんゆん一筋でいてほしいな。

 

 そんな事を考えていると、ふにふらが、そわそわとアイリスに尋ねる。

 

「その、めぐみんはあたし達のこと何て言ってたの? 素敵な人達って、めぐみんがそんな風にあたし達を紹介するっていうのもかなり意外というか……」

「そうだよね、日頃はあんなに私達のこと散々バカにしてるのに……もしかして、ツンデレってやつなの……?」

「めぐみんさんは、お二人のことを、自分には決して出来ないことをやってのける人だと言っていましたよ! ふにふらさんは、どんな男性ともすぐに性交渉をする程に仲良くなれるビッチで、どどんこさんは、自身は影が薄くても目立つ人に取り入るのが得意な腰巾着で、それでうまい汁を吸えているとか……」

「ちょっと待って!! それぜんっぜん褒めてないよね!? むしろ貶してるよね!?」

「めぐみん、あんた王女様に何吹き込んでるのよ!! ていうかどこ見てんのよ、こっち見なってば!!!!!」

 

 二人が先程とは打って変わって怒りの形相でめぐみんに食ってかかるが、当の本人は明後日の方向を見ながら、格好良いポーズや詠唱を考え始めていた。もうわざとらしいにも程がある。

 

 アイリスはそんな二人の反応は予想外だったのか、驚きながら、

 

「あ、あの、私、ビッチや腰巾着といった言葉についてはまだ良く分からないのですが、ふにふらさんのように男性とすぐに仲良くなれるというのは、生物の種の保存を考えても優れたことだと思いますよ? それに、どどんこさんのように有力者に取り入るのが上手い者は、人生を有利に進めていけるとお兄様も言っていましたし……」

「種の保存……!? な、なんか、とんでもなく斜め上の解釈をされてるような……あのねイリス、ビッチっていうのは全然褒め言葉でも何でもないから! だからめぐみんの言ったことは全部忘れていいから! ていうか忘れて!」

「紅魔族随一の天才とかいうめぐみんの肩書に騙されちゃダメだよ! 実際はただの変人だから!」

「おい、流石にそれは私も聞き捨てなりませんね! 誰が変人ですか!! あるえやゆんゆんと比べれば、私は十分常識人に入ると思います!!」

「えっ!? わ、私、めぐみんよりおかしいの!? いくら何でもそれは納得出来ないんだけど!!」

 

 めぐみんの言葉に涙目になるゆんゆん。だから、唐突にゆんゆんに流れ弾を命中させるのはやめてやれよ……。

 

 アイリスはふにふらとどどんこの言葉に何やら考え込みながら、

 

「た、確かに、変人さんの言葉を鵜呑みにするのは良くないですね……めぐみんさんの頭がおかしい事はよく知っていますし…………ありがとうございます、ふにふらさん、どどんこさん。とても勉強になります!」

「今普通に私のことを頭おかしいとか言いましたか!?」

 

 何やら納得した様子のアイリスに、めぐみんが噛みつく。

 そんなめぐみんをよそに、アイリスはふと何か思い出したように、

 

「……あの、ふにふらさん、どどんこさん、一つお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「ん、なになに、何でも聞いてよ! やっぱり世間の流行とか? あたし達、その辺には敏感で、常に流行の最先端を行ってる自信あるよ!!」

「あ、あはは、王都に比べたら私達の里の方がずっと田舎だけどね……でも、王女様だとあまり外には出られないだろうし、流行には疎かったりするのかな?」

「あ、はい、それもぜひ知りたいのですが……今はそれよりも、お二人のお兄様との関係について聞いておきたいと思いまして」

「「えっ」」

 

 二人が同時に俺の方を見てきたので、俺はさっと視線を逸らす。

 でも、他の周りの生徒達からも「やりやがったこいつ……」みたいなドン引きの視線が集まってきていて、逃げ場がない……違うのに、本当に俺はロリコンなんかじゃないのに……!

 

 アイリスは、戸惑っている二人に、

 

「実は、お二人はお兄様に好意を寄せていて周りをちょろちょろしていますが、特に何か進展する気配もなく最後には他の人に掻っ攫われるような典型的なかませ犬ポジションだというのを、めぐみんさんから聞いていたのですが……」

「「めぐみん!?」」

 

 二人は同時にめぐみんの方を向くが、めぐみんは再び格好良いポーズの考案に取り組み始めていた。

 アイリスは不安そうな表情で続ける。

 

「ですが、めぐみんさんの言葉があてにならないとなると、お二人とお兄様の関係というのも本当の所はどういったものなのかと気になりまして……」

「そ、そっか、なるほどね……うん、もちろん、あたし達はめぐみんの言うようなかませ犬なんかじゃないよ!」

「そうそう、むしろ、先生の周りの女の子って色物枠ばかりだし、私達みたいな常識人にこそチャンスがあると思う!」

 

 そんな事を力説している二人に、ゆんゆんとめぐみんは渋い顔でとてつもなく何か言いたそうにしているが、自分が色物枠というのを真っ向から否定できないのか何も言えずにいる。

 一方で、アイリスは探るような目付きで、二人に尋ねる。

 

「お二人は、お兄様と同じベッドで寝たことはありますか?」

「「えっ」」

 

 おい、いきなり何を言い出すんだこの王女様は。

 いきなりの突っ込んだ質問に、二人は見るからに動揺しながら、

 

「え、えっと、それは流石に……ねぇ?」

「うん……そこまでは、まだ……いや、いずれはそういう事もしたいなって思ってるけど……」

 

 歯切れ悪くそんな事を言う二人に、アイリスは一度頷いたあと、

 

「それでは、お兄様にキスをしたことはありますか?」

「「ええっ!?」」

 

 あの、周りの俺を見る目がとんでもなく冷たいものになっているのですが。

 特に、ゆんゆんの目が凄いことになってるんですが、本当に勘弁してください。

 そんな微妙な雰囲気の中、ふにふらとどどんこはアイリスの質問にブンブンと首を横に振ることしかできない。

 

 それを見て、アイリスはどこか余裕を窺える、柔らかい笑顔を浮かべる。

 

「なるほど、大体分かりました。ありがとうございます」

「あれっ!? なんか遙かなる高みから見下されてるような気がするんだけど!! え、も、もしかしてイリス、今言ったこと先生とやったことがあるの!?」

「ま、まさか、先生は私達は年齢的に対象外とか言ってたけど、それって幼いってことじゃなくてむしろ逆だったってこと……!?」

「おい、違う! 人を本当に洒落にならないようなロリコンみたいに言ってんじゃねえ! これには色々とわけが……!!」

 

 これは放置していたらとんでもない事になりそうなので、たまらず口を挟む。

 それからしばらくは撮影などそっちのけで、ひたすら俺は生徒達からの凍るような冷たい視線を何とかしようと必死に弁解するのだった。

 

 

***

 

 

 ようやく撮影が始まった。

 

 といっても、普通に街を見て回るめぐみん一行とアイリスを撮っているだけなのだが。

 まぁ、この場面は、城の外の世界に疎いアイリスにめぐみん達が色々と教えてあげるというものなので、特に演技などは意識せずに自然体でいてくれればいいというのが、あるえ監督からの要望だ。

 

 アイリスにとって、こうやって同世代の子と街を歩くというのは貴重な体験なのだろう。フードから少しだけ覗く顔を見ても、それはそれは楽しそうだ。

 周りの群衆に紛れてアイリスを警護する私服姿の騎士達も、そんなアイリスを見て嬉しそうに微笑んでいた。

 

 少しすると、めぐみん一行は串焼きの露店の前で立ち止まった。

 

「そういえば、イリスは一人で買い物をしたことがないのでは? この機会ですし、社会勉強も兼ねてやってみてはどうですか。ちなみに、私は串焼き好きですよ」

「あ、はい、そうですね! 私も一度お買い物というのをしてみたいとは思っていました! それでは、めぐみんさんや他の皆さんの分も一緒に買ってきますね!」

「い、いいよイリスちゃん、私達の分は自分で買うから! ……ねぇ、めぐみん、社会勉強とか言ってるけど、それイリスちゃんにたかってるだけじゃないの……?」

「何というか、流石めぐみんだわ……年下の王女様にもたかるとか、あたし達じゃ中々出てこない発想だよね……」

「まぁ、うん……こういう貴族や王族相手でも物怖じしないでズカズカ行く所とか、先生と通ずるところがあるかも……」

「う、うるさいですよ、何ですか皆して! 私はただ、串焼きが好きだと言っただけですから! というか、先生と通ずる所があるとか失礼極まりない言い草はやめてもらおうか!!」

 

 おい、お前のその言葉も俺に対して失礼極まりないんだが。

 ゆんゆん達から一斉に非難の目を向けられ居心地悪そうにしているめぐみんだが、アイリスはやたらと嬉しそうに、懐から財布を取り出す。

 

「ふふ、皆さんそんな遠慮なさらずに。皆さんには外のことを色々と教えてもらっているので、そのお礼だと思ってください。えっと、買いたい物を言って、お金を払えばいいのですよね。あの、お金はこのくらいあれば足りるでしょうか?」

「大丈夫ですよ、串焼きなんて一本百エリス程度なので…………ちょ、ちょっと待ってください、その硬貨はしまってください! 店中のお金を集めてもお釣りが払えませんから!」

「そ、そうなのですか? でも、この硬貨くらいしか持ちあわせていないのですが……」

「……はぁ、仕方ありませんね。ここは特別に私が…………わ、わたし、が……」

「その、いいわよめぐみん、私が出すから……」

 

 アイリスに対してちょっとお姉さんっぽい所を見せてやろうと財布を取り出しためぐみんだったが、その中身を見て厳しい現実を思い出して引きつった顔で固まってしまう。

 それを気の毒そうに見ながら、自分の財布から硬貨を数枚取り出してアイリスに渡すゆんゆん。

 

 アイリスは受け取った硬貨を興味津々に見ながら、

 

「ありがとうございます、ゆんゆんさん! わぁ、このようなお金があるのですね、初めて見ました! あの、一枚だけでも、私の持っている硬貨と交換していただけないでしょうか?」

「ええっ!? い、いや、流石にそれは……」

「そこを何とか! それでは、こちらはこの硬貨を十枚出しますので、それでそちらと交換というのは……」

「そういう事じゃなくてね!? あのね、イリスちゃん、その硬貨は」

「じゃ、じゃあ、あたしが持ってるのと交換しようよイリス!」

「あ、ふにふらズルい! ほら、私のコインの方が綺麗だよ!?」

「ふにふらさん、どどんこさん、ダメだってば!!」

 

 目をキラキラさせて自分の財布から硬貨を取り出す二人を、必死に止めるゆんゆん。

 

 アイリスが持ってきた魔銀貨は一枚で百万エリスの高額硬貨で、商人である俺はそこそこ見ることもあるが、一般人は人生でそう何度も見るようなものじゃない。

 普通だったら子供が知っているような物でもないのだが、俺が以前に授業で得意気に実物を見せびらかして教えてしまったことがあった……お、俺のせいなのかこれも……。

 

 それからゆんゆんが何とかアイリスに硬貨の価値を教え込んだ頃。

 ようやくめぐみんがショックから立ち直ったらしく、気を取り直してアイリスに一般常識を教え始める。

 

 ……めぐみんが常識を教えるというのも何とも不安なものだが。

 

「それでは、世間知らずなイリスには買い物の極意というものを教えてあげましょう。まず、買い物をする時は限界まで値切るのが基本です。そう、買い物というのは、日々の生活を支えるものであって、一種の戦いとも言えるのです」

「な、なるほど、世の中にはそういった戦いもあるのですね…………勉強になります!」

「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ、お買い物ってそんな物騒な物じゃないでしょ……? むしろ、お金さえ払えば店員さんが会話してくれる、人付き合いが苦手な人にも優しいコミュニケーションツールみたいなものじゃないの……?」

「え、えっと、ゆんゆん? 確かにめぐみんの言い分もどうかと思うけど、あんたもあんたで相当こじらせてるからね……?」

 

 何か悲しいことを言っているゆんゆんに、若干引きながらそんな事を言い聞かせているふにふら。隣ではどどんこも同じような表情を浮かべている。

 

 もう、何というか、俺の妹はどうしてこうなってしまったのだろう。

 このままでは、将来「友達になってやるから、毎月友達料払えよ」とか言われたら普通に払ってしまいそうで心配だ。まぁ、もしゆんゆんにそんな事を持ちかけるような奴がいたら、逆に俺があらゆる手段を用いて相手の全財産を毟り取ってやるが。

 

 ちなみに、俺としてはめぐみんの言い分はそこそこ理解できる。

 一応金はそれなりに持っているので、普段の買い物でしつこく値切るなんて事はしないが、商談における値段の交渉なんかはまさに戦いだ。

 

 そして、ふにふらもゆんゆんよりは、まだめぐみんの方に共感できるらしく、

 

「まぁ、あたしも『おじさんまけてよー』くらいは言うかなー。流石にめぐみんみたいに必死にやったりはしないけどさ。イリス可愛いし、ちょっと言ってみるのもいいんじゃない? 上手くいくかもよ?」

「そ、そんな、可愛いなんて……でも、それがお買い物の作法という事でしたら、私もやってみます!」

「う、うーん、作法っていうのかなぁそれ…………というか、ふにふらはたまーにしかまけてもらってない気がするけど」

「う、うるさいな、別にあたしは本気出してないだけだし!」

 

 どどんこの言葉に、慌てて言い訳をするふにふら。

 それを見て、めぐみんは一度頷いてから、

 

「そうですね。ふにふらが本気出せば、串焼きの一本や二本、余裕でまけてもらえますよね」

「え、あ、う、うん! そうだよ、その通り! なんだ、珍しくめぐみんも分かってるじゃん!!」

「えぇ、ふにふらのことはよく分かっていますよ。ふにふらの武器といえば、その尻の軽さ。ようするに、店員さんにまけてくれれば一夜を共にするからと言って」

「しねえから!! あんたホントあたしをビッチ扱いするのやめろっての!!! ていうか、あたしの体の価値は串焼き程度って言ってないそれ!?」

「……それでは、もしかして、ふにふらの本気というのは、腰巾着のどどんこを使うという事でしょうか。ふにふらはコミュ力はそこそこありますし、話力で店員の注意を引き付けつつ、その間にどどんこがその存在感の無さを活かして商品をかっぱらうとか……」

「だから私のことも腰巾着だとか存在感がないだとか言わないでよ!! そもそもそれ、もはや値切りじゃなくてただの窃盗でしょ!!!」

 

 めぐみんの酷すぎる言葉を大声で否定する二人。

 まったく、こいつの思考回路は本当にどうなってるんだ。俺のことも鬼畜だなんだと散々言ってくれるが、人のこと言えないだろ。

 

 放っておいたらその内とんでもない事をしでかすんじゃないかと頭が痛くなってくるが、そんな俺の心配をよそに、めぐみんはアイリスにろくでもない事を教え込む。

 

「まぁ、イリスは買い物をするのは初めてですし、ここは簡単な値切り方から教えましょうか。まず、串焼きを一本普通に買って食べます。そして、あらかた食べた後に『生焼けだったのですが』などととイチャモンをつけます。すると、店の人は無料で新しい物をくれますので、一本分の値段で二本食べられるというわけです」

「な、なるほど! 私、まったく思い付きませんでした! 勉強になります!」

「イ、イリスちゃん、それは聞いちゃダメなやつだから!! 値切りっていうか、ただの迷惑なクレーマーだからそれ!!」

「ゆんゆんの話は聞き流してください。この子は里でも有名な変わり者なので。でも、そうですね、イリスならば他にもっと有効な値切り方があるかもしれません。例えば、胸をガン見されただとかパンツ覗かれたとか難癖つけて騒ぎ立て、許してあげる代わりに安くしろというのはどうでしょう。基本的にイリスのような幼女には大抵の人間が甘くなるものですし、周りの人達も味方してくれると思うのです。完全に悪者になった店員は、事態を穏便に済ませるために串焼きを安く、もしくは無料で差し出してくれるというわけです」

「凄いですめぐみんさん、それは確かに上手くいきそうな気がします! 流石は紅魔族随一の天才ですね!」

「イリスちゃん、待って! 本当に待って!! それ値切りじゃなくて普通に脅迫だってば!! めぐみんも王女様に変なこと教えるのやめなさいよ、兄さんじゃないんだから!! というか、あんた本当にお店でそんな事してないでしょうね!?」

 

 もう、めぐみんの奴は騎士団の前に牢屋に入ったほうがいいんじゃないか。

 

 クレアは俺がアイリスに悪影響を与えているだとか言ってくれるが、めぐみんが騎士団に入ったら、俺と同じかそれ以上にアイリスに変なことを吹き込むんじゃないだろうか。

 まぁ、めぐみんが卒業した後のことだし、俺はもう無関係だよな。そこはクレアに頑張ってもらおう。

 

 これには流石にふにふらとどどんこも呆れ顔で、

 

「ねぇ、めぐみん。いくら何でもそれはダメでしょ、下手すると警察呼ばれるって。あんたはともかく、王女様に前科がつくとか洒落にならないってば」

「うん、めぐみんだったら遅かれ早かれ前科はつく事になりそうだしいいかもしれないけど、イリスを巻き込むのはねぇ」

「おい、私をいつ犯罪を犯してもおかしくないような、ならず者扱いするのはやめてもらおうか。……はぁ、分かりましたよ、それでは一番穏便に済む方法を教えます。イリス、耳を貸してもらえますか?」

 

 言われた通りアイリスが耳を近付けると、めぐみんが何かを呟く。

 しかし、それを受けたアイリスはどこか困惑している様子だ。

 

「あの……それだけで本当に上手くいくのでしょうか?」

「えぇ、間違いなく上手くいきます。私が保証します」

「ちょっとめぐみん、何言ったの? 嫌な予感しかしないんだけど」

「大したことではありませんよ。もちろん、犯罪でもありません」

 

 不安気なゆんゆんに、めぐみんは何でもなさそうに答える。

 というか、俺も不安だ……アイリスの反応を見る限りでは、本当に大したことでもないようにも思えるが、アイリスが世間知らずだという事を考えると安心はできない。本人からすれば大した事でなくとも、実際はとんでもない事をやらかす可能性もある。

 

 群衆に紛れてアイリスを見守る騎士達も不安そうに見つめる中、アイリスはフードの奥で緊張した表情を浮かべながら、いよいよ串焼きの露店まで歩いて行く。

 店主は気の良さそうなオッチャンだ。

 

「あ、あの! この串焼きを、えっと……五本頂けますか?」

「お、可愛いお嬢ちゃんだね、お使いかい? よし、そんな偉い子には一本おまけしよう! 400エリスだ!」

「えっ? あ、ありがとうございます!」

 

 どうやら、アイリスが何かやらなくても値切るという目的は達成できてしまったようだ。うん、アイリス可愛いもんな。ケチな俺でもおまけすると思う。

 

 一方で、アイリスは思わぬ展開にめぐみんの方をちらりと見るが、めぐみんは一度だけ力強く頷いた。

 それを見て、アイリスは覚悟を決めたような表情になり、

 

「あの…………これを見てもらえませんか?」

「ん?」

 

 そう言いながら、胸元からペンダントを取り出すアイリス…………お、おい、まさか。

 ここでようやくめぐみんがアイリスに何を吹き込んだのか見当がつく……が、今更止めることもできない。

 

 ペンダントを見た店主は、一気に顔を青ざめさせ、顔中から脂汗をダラダラと流し始め。

 次の瞬間、大慌てで深々と頭を下げた。

 

 

「しししししし、失礼しましたあああああああああああああ!!!!! もちろんお代などいりません、どうぞお好きなだけ持って行ってください!!!!!」

 

 

 こうして、アイリスは一銭も払わずに串焼きを手に入れる事となった。

 

 先程アイリスが取り出したペンダントには、王家の紋章が刻まれている。

 ようするに、めぐみんが教えた値切り方とは、この国一番の権力を使うというものだった。

 いや、うん、確かにそれが一番確実なのかもしれないけど、串焼きに使うなよ……店のオッチャン、寿命縮んだぞ絶対……。

 

 しかし、当のアイリスはどうしてこんなにも上手くいったのか分かっていないらしく、驚きの表情を浮かべながら、めぐみん達の元へと戻っていき、

 

「めぐみんさん、凄いです! お金を払っていないのに、こんなに串焼きを貰ってしまいました!!」

「よくやりましたアイリス! では皆で食べましょう!」

「ねぇ、めぐみん、これって良いの!? こんな風に王家の権力使っちゃって怒られたりしないの!?」

 

 おそらく、ゆんゆんが心配している通り、バレたら怒られるだろう。

 王様が権力を振りかざしてやりたい放題という国もあるが、この国の王族は真っ当な人達でそういった事を良しとしない。

 

 まぁでも、バレなきゃいいだけだ。

 周りの騎士達は引きつった顔を浮かべているが、とりあえず面倒な奴に知られなければ……。

 

 そこまで考えた時だった。

 

 騎士達の方に視線を向けていた俺は、あるものを見つけた。……見つけてしまった。

 さっきまではいなかったから、今来た所なのだろう。そして、アイリスと店主のオッチャンのやり取りはちょうど良くバッチリ目撃したのだろう。

 

 そこにいたのは、王家の権力を使って串焼きを巻き上げたアイリスを見て、驚きのあまり何も言えずに口をぱくぱくとさせている白スーツの女。

 

 アイリスの側近にして、大貴族シンフォニア家の長女、クレアだった。

 

 ……どうしよう。

 いや、今回は俺は全く悪くないはずだ。うん、めぐみんの奴が全部悪い。

 そう考え、何を言われても責任逃れをする為の言葉を頭の中で考えて身構えていると。

 

 

 クレアは何の躊躇もなく、言葉より先に真っ直ぐ俺に掴みかかってきた!

 

 

「カズマ貴様ああああああああああああああ!!!!! アイリス様に何を教え込んでいる大たわけが!!!!!」

「いででででででででで!!!!! バ、バカッ、俺じゃねえよ、話聞けって!!!!!」

 

 

***

 

 

 ろくに人の話も聞かないクレアに頭にきて、スティールでパンツを剥いだ結果。

 もはやちょっとやそっとでは収集がつかない事態になってきたので、生徒達の映画撮影の方はクレアに丸投げして、俺は冒険者ギルドまで来て昼間から酒を呷っていた。いわゆるやけ酒というやつだ。

 

 理由としては、クレアからの理不尽過ぎる扱いもあるが、それよりも俺には頭が痛い大きな問題が一つあった。

 

 そう、王城の拡声魔道具でアクシズ教の宣伝をしなければ、紅魔祭にアクシズ教徒が大勢押し寄せるという問題だ。

 

「はぁ……」

「お、どうした、そんな深い溜息ついてよ。もしかして、ついに妹から愛想尽かされたか?」

「それは大丈夫だ、ゆんゆんは変わらずお兄ちゃん大好きっ子だよ。俺のことも盗撮してるみたいだしな」

「それは大丈夫じゃねえんじゃねえか……?」

 

 同じテーブルでジョッキ片手にドン引きしているのは、王都で活動している戦士職の冒険者で、鼻に引っかき傷のある大柄の男、レックスだ。

 レックスはぐいっと酒を呷り、口元の泡を拭うとニヤリと笑う。

 

「まぁ、相談くらいなら乗ってやるぜ? 何だかんだお前とも、それなりに長い付き合いになってきたしな。何か手伝いが必要だってんなら、手伝ってやらねえこともない。報酬次第だけどな」

「……うーん」

 

 手伝ってくれるというのはありがたい事だが、例え助けがあったとしても、現状としてはかなり困難だと言わざるをえない。

 

 その大きな理由としては、昨日の義賊騒ぎにある。

 あれのせいで城の警備が普段よりも厳重になっていて、動きづらくなってしまったのだ。

 

 警備が厳しいなら、日を置いて出直すという手もある。

 しかし、もう祭りまでそこまで日はないし、今回は映画撮影ということで王城に招かれているので、城の状況を把握しやすいというメリットもある。これを何とか活かしたい所だったのだが……。

 

 とにかく、警備の注意を逸らす必要はある。

 

「そうだな……じゃあレックス。報酬は100万くらいなら出すから、一つ頼まれてくれないか」

「おっ、何だよカズマにしては気前がいいじゃねえか! いいぜ、いいぜ、頼まれてやるよ。何をすればいい?」

「ちょっと王城に特攻して大騒ぎを起こしてくれ」

「舐めんな」

 

 一刀両断されてしまった。頼まれてやるよとか言ってたくせに……!

 

 まぁ、俺としてもそこまで本気で言ったわけでもない。

 囮というのは考えてはいるが、出来ればその役目は盗賊職がいい。すぐに捕まってしまっては、時間を稼げないからだ。

 

 といっても、知り合いの盗賊でこんな危ない橋を渡ってくれる奴なんていたっけなぁ……。

 

 そうやって俺が頭を悩ませていると、レックスは呆れた様子で、

 

「ったく、お前まさか王城にケンカ売るつもりなのか? 普段から法律スレスレどころか、ギリギリアウトな事まで平気でやるお前だけど、そこまでぶっ飛んだ事やるような奴だったか?」

「事情があんだよ事情が。俺だってこんな事やりたくねえけど、やらないともっととんでもない事になるんだよ。お前だって自分の故郷でアクシズ教徒が大暴れしたら嫌だろ」

「何がどうなったらそんな事になるのかは知らねえけど、想像したくもねえ悪夢だなそれは…………けど、それなら紅魔族の奴等に協力してもらえばいいんじゃねえの?」

「それも考えたんだけど、あいつら変人で行動読めないのが怖いんだよな……それに今は祭りの準備で手の空いてる奴もあんまりいないし」

「あー……そういや、紅魔族ってのは変わり者ばっかなんだっけか。お前も相当アレだしな」

「アレとか言うな、俺はまだ一般人寄りだと思うぞ」

 

 基本的に紅魔族というのは普通の人達とは感性が違う人ばかりで、格好つけたいが為に余計な事をする可能性もある。

 例えば、隙あらば格好良く名乗りたいという紅魔族の習性も不安だし、派手な魔法なんかを使えば紅魔族が絡んでいるとバレるかもしれない。それに、時間稼ぎの囮を頼んだとしても、「別に倒してしまっても構わんのだろう?」とか言い出したら最悪だ。俺は別に王都と戦争がしたいわけではない。

 

 昨日はドレインタッチ用の魔力源として魔王軍を捕まえるにあたって紅魔族の協力を得たが、あれも生物実験ができるという分かりやすいエサがあったから余計なことをせずに動いてくれたのだ。

 

 他に何か良い方法はないかと考えていると。

 

 

「どうしたんだい、カズマ。そんな難しい顔で考え込んで。また何か良からぬ事でも考えているんじゃないだろうね」

 

 

 そんな声に顔を上げると、いつの間にかテーブルの近くに一人の爽やかイケメンが立っていた。

 魔剣を携えた勇者候補、ミツルギだ。

 

 俺はこれ見よがしに深い溜息をつくと。

 

「何か御用でしょうか勇者サマ。悪いけど、今はとても鈍感系ハーレム野郎を相手にするような気分じゃないから手短にな」

「いい加減そのハーレム野郎という呼び方はやめてもらえないかな……別に、これといって用があったわけじゃないよ。でも、君が何かを考え込んでいるのを見ると嫌な予感しかしなくてね。昨日なんかは城で義賊騒ぎもあったし、これ以上何か余計な問題を起こしてほしくないんだ。僕も今夜は城の警備を頼まれてるし」

「お前まで警備に駆り出されてるのかよ……まぁでも、俺が何考えてようと、お前は俺との約束で、俺のことを邪魔できないんだから知ったところでどうしようもないだろ」

「ぐっ……た、確かにそうなんだけど…………それじゃあ、もう一度僕と勝負してくれないか? 次はあんな失態は演じない。だから」

「やだよ。せっかく面倒くさいお前を抑えられる約束を結ばせたのに、何でわざわざそれがチャラになるリスクを取らなくちゃいけないんだ。お前とはもう今後一切勝負しないからよろしく」

「き、君ってやつは……」

 

 取り付く島もない俺の言葉に、ミツルギは肩を落とす。

 そんなやり取りを眺めながら、レックスは苦笑いを浮かべて、

 

「なんだ、魔剣使いの兄ちゃんもカズマ関係で何かあったのか? まぁ、こいつはこんな奴だし、犬に噛まれたとでも思っとけば良いと思うぜ」

「うん……僕も最初はカズマが更正できるんじゃないかと思ってたんだけど、それは無理そうだね……」

「はっはっはっ、カズマが更正? まだ魔王が良い人になって人間と仲良くし始めるとか言われた方が現実味があるってもんだなそりゃ!」

「おいコラ、言い過ぎだろ。俺は何なの、魔王以上の悪なの?」

「実際、君はもしかしたら魔王以上に厄介なんじゃないかと言う人もいるくらいだよ……特にアイリス様に色々と変なことを教え込むのは、もはや魔王軍の工作と変わらないんじゃないかとか……」

「お、おい、カズマ、お前が王女様にも何かやらかしてるって噂は俺も聞いたが、まさかマジなのかよ……?」

「い、いや、やらかしてるとか人聞きの悪い事言うなよ! 俺はただアイリスと仲良くしてるだけで、別に変なことは…………な、何で距離取ってるんだよ!!」

 

 俺と関わっていると、自分にまでとばっちりがくるとでも思ったのか、おもむろに椅子を引いて俺から離れるレックス。

 

 噂の出処はクレアか、それとも昨日のパーティー会場でアイリスが俺に抱きついているのを見て、変な解釈をされたのか。

 どうしよう……国王の耳に入ったら処刑されるんじゃないだろうな、俺……いや、そこはアイリスがきっと庇ってくれるはず……。

 

 まぁ、噂に関しては止めようとして止められるものでもないし、出来るだけ早く自然消滅するのを待つしかない……それよりも、今は差し迫った問題がある。

 

 そこまで考えた時、ふとある事を思い出した。

 

「……あれ、そういやミツルギって女神アクアを信仰してるんだっけ?」

「げっ、お前アクシズ教徒なのかよ……言っとくが、俺は入信しねえからな! 入信書は絶対受け取らねえし、だからって服の至る所にねじ込んでくるのもやめろよ!」

「ち、違うよ、僕はアクシズ教徒じゃないよ! アクア様には深く感謝しているけど、それはあくまで個人的なもので……それに、アクシズ教徒は確かにちょっと変わった所があるけど、アクア様は神々しくも心優しく、魔王軍に脅かされているこの世界を救おうとしてくださっている、偉大な方なんだ」

「なんだよ、まるでアクアに会った事があるような言い方だな。リザレクションをかけてもらった事がある人はエリス様に会ってきたとか言うらしいけど」

「……うん、実は僕はアクア様に会ったことがあるんだ。そして、アクア様はこの僕を、魔王を倒す勇者として選んでくださったんだ」

「「…………うわぁ」」

「そ、そんなに引かないでもらえるかな!? ほ、本当なんだよ!!」

 

 ドン引きの俺とレックスに対して、すがるようにそんな事を言うミツルギ。

 やっぱり女神アクアを崇めていると頭がおかしくなるのかもしれない。

 

 ただ、ミツルギがアクシズ教徒だったなら、今回の俺の企みを手伝ってもらえるかもしれないと思ったのだが、そこはダメそうだ。

 ミツルギは女神アクアを崇めていても、アクシズ教徒の事はおかしな連中だと思っているようで、俺がやろうとしている事を話せば普通に邪魔されるだろう。

 

 …………そういえば。

 

「……お前って確か前に紅魔の里で、自分には好きな人がいて、その人はまさに女神のように美しいとか言ってたな…………まさか」

「うっ……よ、よく覚えていたね。まぁ、うん……そういう事だよ。僕はアクア様のことが……」

「…………」

「だ、だから、そんな痛い人を見る目を向けるのはやめてくれないかな!?」

 

 どうしよう、この勇者サマ、かなりヤバイ人だ。

 それはレックスも同じことを思ったらしく、

 

「……なんつーか、あれだな、まだカズマのロリコン、シスコン趣味の方がマシに見えてくるな……神様相手に本気で恋してる奴なんて初めて見たぜ……しかも、自分をその神様に選ばれた勇者様だって思い込んでるっていうのは……」

「おい、俺はシスコンであってもロリコンじゃねえ。あと、いくら何でもこんなのと一緒にすんな。俺も普段から言動に問題があるとは言われてるけど、ここまでネジぶっ飛んでねえよ」

「ま、待って、待ってほしい! 僕の話を聞いてほしい!!」

 

 もはや病人か何かのように扱われたミツルギが必死に弁解しようとしているが、これ以上おかしな事を言われても付いていける自信はないので、俺もレックスもろくに聞いていない。

 

 そんな時、テーブルに二人の少女が近付いてきた。

 

「あ、キョウヤ、いたいた! 良いクエストあったよ…………げっ」

「どうしたのクレメア、すごい顔して…………うわっ」

 

 俺のことを見て露骨に嫌そうな顔をしたのは、盗賊の少女とランサーの少女。

 えーと、確かこいつらは……。

 

「なんだミツルギのハーレム要員その一とその二じゃないか。というか、いきなりその反応はあんまりだろ、どんだけ嫌われてんだよ俺」

「そういう事言ってくるから嫌なのよ! 名前くらい覚えなさいよ、私がクレメアでこっちがフィオよ!」

「ていうか、またキョウヤに何かちょっかいかけにきたわけ!? これ以上何する気よ!」

 

 どうやら、以前の里での一件もあって、俺とはもう関わりたくないらしい。

 いや、今回も前回も、先にちょっかいかけられたのは俺の方だと思うんだけど……。

 

 隣ではレックスも面白くなさそうな顔をしている。

 

「けっ、いつ見ても華やかなパーティーで良い御身分だな、流石クエストと女を同時攻略する勇者サマは違うぜ」

「そ、そんな事してないよ! 僕はただクエストをこなしてるだけで……」

「キョウヤ、いちいち相手しなくていいよ! モテない男が僻んでるだけだよ!」

「そうそう、そんな事言ってるからモテないのにね! そういえば、テリーとソフィって言ったっけ? あんたのパーティーメンバーの他の二人が一緒に仲良く街歩いてるのを見たけど、やっぱりソフィから見てもあんたは対象外って事よね。残念でした!」

「えっ……ちょ、ちょっと待て! 確かにテリーとソフィは二人して何か用事があるとか言って今日は休みにしようとか言ってきたが、二人で一緒にいたのか!? あの二人、いつの間にかデキてたのか!? おいカズマ、お前は何か知らないか!?」

 

 フィオの言葉に、急に慌てだしたレックス。

 考えてみれば、三人パーティーで自分以外の男女が恋仲というのは中々複雑な気持ちになるのかもしれない。

 

 俺はそんなレックスの肩に、ポンと手を置いてやった。

 

「…………まぁ、その、なんだ。お前にだって、テリーよりも良い所がどこかはあるはずだから、そんなに落ち込むなよ。女だってソフィ以外にもいるんだし」

「や、やめろよ…………そんな優しい目で俺を見るなよ…………ち、ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 そんな悲しい叫びを残して走り去ってしまったレックス。

 

 ……本当のところは、テリーとソフィはパーティー結成記念日に合わせて、リーダーであるレックスに何かプレゼントをあげようと思っているだけというのは知っているのだが、本人には秘密にしておいてほしいと言われたので黙っていただけだったりする。

 

 その上で、面白そうだったのでちょっとからかってみたのだが、想像以上にショックを受けてしまったようだ。……今度お詫びに酒でも奢った方が良さそうだな……。

 

 寂しい男の後ろ姿を見送った後、俺はミツルギの取り巻き二人に向き直って、

 

「おいお前ら、いくら先にケンカ売られたからって、あそこまでやらなくてもいいだろ。つーか、俺達のこと散々言ってくれてるけど、ミツルギの女の趣味もろくなものじゃないぞ」

「い、いや、確かにきっかけはこっちかもしれないけど、あいつにトドメを刺したのはあんたじゃん…………え、ちょっと待って、キョウヤの女の趣味って言った?」

「……それって私達とパーティー組んでるなんて趣味が悪いってケンカ売ってるわけ……?」

「違う違う。実はさっき、ミツルギの好きな女が分かってな。それに対してドン引きしてたんだよ」

「「えっ!?」」

 

 バッと同時に勢い良くミツルギの方を向く二人。

 ミツルギは居心地悪そうにしながらも、俺に抗議する。

 

「ぼ、僕はドン引きされるような謂れはないはずだ! 誰だってあの人に会えば、同じような気持ちになるはずだよ! ならない人がいるとすれば、カズマのような人として大切な何かが欠けている人くらいだ!」

「なっ、言ってくれるなコノヤロウ……! つーか、今回ばかりは俺の方が真っ当な事言ってると思うぞ! 何なら、こいつらにも聞かせてみるか!?」

「え、うっ……キョウヤの好きな人か……聞きたいような聞きたくないような……」

「で、でも、聞いておけば、キョウヤがどんな人が好きなのか分かるし……」

 

 複雑そうな表情の二人に、ミツルギは少し迷うような様子を見せる。

 しかし、一度目を閉じると、すぐに覚悟を決めた表情になった。やはり、このまま俺に頭のおかしい奴扱いされるのは嫌で、ここでハッキリさせておきたいのだろう。

 

 ミツルギは、じっと二人を真っ直ぐ見つめて、真剣な表情で告白した。

 

 

「フィオ、クレメア。僕の好きな人というのは…………女神アクア様なんだ。あの人に世界を救う勇者に選ばれ、魔剣を授けられたその時から、この気持ちは変わらない」

 

 

 しん、と空白の時間が流れた。

 ギルドの酒場ということで周りは騒がしいはずなのに、この辺りだけ別世界になったようだった。

 

 ミツルギの言葉を受けた二人は、目を点にして、しばらく何も言えずにいた。

 しかし、次第にその表情を心優しいものへと変えていく。

 

 そう、まるで重い病気を患った人を気遣うような。

 

「ねぇ、キョウヤ、やっぱり今日はクエスト受けるのはやめておこう? あ、そうだ、王都の中にも、お花畑が綺麗なところもあるんだよ! たまにはそういう所でのんびりしない?」

「えっ……? ど、どうしたんだい、急に? さっきまでは割の良いクエストを見つけてくるって二人共張り切っていたのに……」

「ごめんねキョウヤ、気付いてあげられなくて……そうだよね、普段のクエストとかでも、キョウヤには一番負担をかけちゃってるし、疲れてるのも当然だよね……」

「い、いや、僕は別に疲れては……ま、待ってくれ、話を聞いてくれ! 本当に僕はアクア様に会って…………あ、あの、優しい顔でうんうん頷かれると、逆に堪えるんだけど……!!」

 

 そんな会話をしながら、ミツルギは二人に背中を押されるようにしてギルドから出て行ってしまった。

 日々のストレスで頭が変になってしまったリーダーを気遣う仲間二人、それは固い絆で結ばれた良いパーティーの光景だった。

 

 それから俺は、王城の拡声魔道具ジャック計画に協力してくれそうな人はいないか、ギルド内を歩き回って探してみる。

 すると、程なくして何やら見知った顔を見つけた。

 

「こ、これはとても良い物のはずなんです! 物理耐性、魔法耐性といった耐性全般を著しく下げる毒餌で、なんと、スライムに剣が通ったりするんです!」

「うん、それは凄いと思ったよ。でも同時に防御全般がありえないくらい上がっちゃ意味ないだろ! 剣が当たってもダメージが全く入らないんだよ!!」

 

 そんな事を言い合っているのは、ウィズと他の冒険者達だ。

 どうやらウィズはまだ自分の店で扱っている魔道具の宣伝を頑張っているようだが、中々上手くいかないらしい。

 

 まぁ、厄介なモンスターの中には防御力云々の前に、端から攻撃を無効化するような強力な耐性を持っているモンスターが多い。例に出たスライムもそうだし、ウィズ自身も物理攻撃を無効化するリッチーという種族だ。

 その耐性を下げられるというのであれば、それは有用な魔道具のようにも思えるのだが、同時に防御力を上昇させてしまっては結局ダメージは入らないわけで。

 

 そんな事を考えながら、話しかけるべきかどうか迷っていると、ウィズの方がこちらに気付く。

 

「あ、カズマさん、良い所に! あの、この魔道具なのですが、私としては絶対に売れると思っていたのですが、思いの外不評で……」

「そりゃな……もういっそ、毒餌じゃなくて自分が使う物として売ったらどうだ? それ使えば大抵の攻撃じゃダメージを受けなくなるし、耐性全般が下がるデメリットを加味しても、まだそっちの方が売れそうだと思うけど……」

「っ!! な、なるほど、確かにそうかもしれません! 流石はカズマさん、相変わらず凄いことを思い付きますね!!」

「い、いや、これは別に俺が凄いとかそういう事じゃ……あ、でも、使用に注意が必要なのは変わらないぞ。耐性全般が下がるってことは」

「それでは、宣伝文句も変えた方がいいですね! 『これがあれば魔王さんの攻撃だって怖くない!』などはいかがでしょう!?」

「うん、魔王にさん付けは、正体バレる可能性があるからやめた方がいいな。というか、それよりも耐性の低下には致命的な弱点が…………あの、聞いてる?」

 

 俺の声はもうウィズには届いていないらしく、何だか一人で盛り上がっているようだ。

 まぁ、他の商人のやり方にあまり口を出し過ぎるというのも良くないし、本人がやりたいようにやらせるというのが良いのだろうか。何か嫌な予感しかしないが。

 

 そう思いながらウィズを眺めていると。

 

 

「ん、そこにいるのはカズマか! ……お、おい、今私のことを見ただろ! そういうプレイも悪くはないが、今はまともに相手をしてほしい!」

 

 

 いきなりそんな馬鹿なことを言いながらやって来たのは、金髪碧眼の大貴族のお嬢様で、その正体はただのドMの変態であるララティーナだ。

 

 俺を見かけてここまで嬉しそうな表情をする人というのも滅多にいないが、俺としては全く嬉しくないというのが悲しいところだ。

 ララティーナは上機嫌な様子で笑みを浮かべながら、

 

「良い所で会った。実は今から気持ち良さそうなクエストを探して挑んでみようと思っていたのだが、カズマも」

「断る」

「……んっ!」

「あ、あの、カズマさん? この方は……」

 

 俺からの一言で頬を染めて興奮している変態を見ながら、若干引いた様子のウィズが尋ねてくる。

 

「こいつはララティーナっていう変態だ。言っとくけど、俺とはちょっとした知り合い程度の関係だから、そこは誤解しないでくれ」

「ちょ、ちょっと待ってほしい、流石にその紹介は雑すぎると思うのだが! ……こほん。私はダスティネス・フォード・ララティーナ。カズマとは共にドラゴンを倒したり特殊プレイをした事もある決して浅くはない間柄だ。カズマはこう言っているが、照れているだけだ」

「おいホントやめろ! 俺の悪評をこれ以上広めるんじゃねえ!」

「は、はぁ……流石はカズマさんというか…………えっ!? い、今、ダスティネスっていいましたか!? あのダスティネス家!?」

 

 ウィズが目を見開いてそう聞くと、ララティーナは微妙な表情をしつつも頷いた。

 何だろう、あまり家のことを言われるのは好きじゃないんだろうか。でも俺がなんちゃってお嬢様扱いしたら普通に怒ってたし、やっぱり面倒くさい女なのかもしれない。

 

 ウィズは大慌てで頭を下げて、

 

「あ、私、ウィズといいます! アクセルで魔道具店を営んでおりまして……冒険に役立つ魔道具を多数取り扱っておりますので、クエストの前などには是非お立ち寄りいただければと……!」

「なるほど、アクセルに店を……分かった、今度訪ねてみよう」

 

 ウィズから店の住所を書いた紙を渡され、微笑みながらそう答えるララティーナ。

 なるほど、ダスティネス家なんていう大貴族にご贔屓にしてもらえば、確かに店の経営にとっても大きくプラスになるだろう。

 

 ただ、問題は肝心の魔道具にあるわけで。

 そんな俺の心配をよそに、ウィズはここぞとばかりに自分の店の宣伝をする。

 

「見たところ、ララティーナさんはクルセイダーですよね? それでしたら、最近入荷した魔道具の中に、戦士職の囮スキルの効果を劇的に引き上げるポーションがあるんです! その効果はもう凄まじいもので、近くのモンスターのみならず数キロ離れた先にいるものまで一気に集まってきて、気付けば視界全てがモンスターで埋まる程なんですよ!」

「な、なんだと……!? 確かにそれは私が求めていたものだ! よし、アクセルに帰った暁には、是非買わせてもらおう! 在庫はどのくらいある? 一つ二つなどではなく、箱単位で買いたいのだが……!」

「ありがとうございます、ありがとうございます! 大量に仕入れて在庫はいくらでもありますから、どうぞご心配なく!!」

 

 ……うん、どうやら相手も頭がおかしければ、ウィズの魔道具も普通に売れるらしい。ウィズは思った以上の上客を手に入れたようだ。

 この変態ドMに付き合わされる他のパーティーメンバーは気の毒でならないが、そこは色々と頑張ってもらおう。俺は関わりたくない。

 

 そんな事を思っていると、ふとある疑問が浮かんでくる。

 

「そういえば、お前のパーティーメンバーはどこだよ? もしかしてソロなのか? まぁ、お前とパーティー組むような奇特な人間は中々いないとは思うけど……」

「し、失礼な、私にだって仲間はいる! もう長い付き合いになる盗賊職の親友がな! 今は情報収集とやらで別行動をとっているが、もうすぐここに集まる約束をしている。ここに来たら、お前にも紹介しよう」

「……そいつ、お前の財産目当てとかじゃないだろうな。盗賊なんだろ? 『今月の友達料払えよ』とか言われてないか?」

「だから失礼にも程があるぞ貴様! あいつは私の身分についても知っているが、一度だって金など要求してきた事はない! 私の性癖に関して自重しろと少々うるさい所はあるが、それ以外は非の打ち所のない自慢の親友だ」

「…………マジか」

「もう、本当に失礼ですよカズマさん。友達料ってなんですか、そんなの要求する人なんてカズマさん以外にいませんって。そもそも、そんなものを大人しく払う人だっていませんよ」

「お、俺だってそんなもの誰かに要求したことないって! ただ、何となく思い浮かんだだけで……!」

 

 ウィズのもう手遅れな人を見るような目が痛いです……自業自得なんだろうけど……。

 あと、友達料を要求されて普通に払ってしまいそうな奴にも心当たりがあるのだが、それも心が痛くなってくるのであまり考えないようにする。

 

 ララティーナはその仲間のことを思い浮かべているのか、柔らかい笑みを口元に浮かべて、

 

「まぁ、あれは良い奴だよ。盗賊職なだけあって、見た目こそは少々軽薄そうな印象を抱いてしまうかもしれないが、困っている者を見ると放っておけないような心優しさを持っていて、いつも明るく、何でもない事でも話していて楽しくなってくる。私以上に熱心なエリス教徒でもあり、クエストの報酬のほとんどを教会への寄付に充てるくらいだ」

「へぇ、それ聞く限りだと本当に良い奴みたいだな。まぁ、お前と友達になってくれるくらいだしな」

「そ、それはどういう意味だ! い、いや、あいつには色々と苦労をかけてしまっているというのも事実ではあるのだが……しかし、あいつだって何もかもが完璧というわけでもないんだぞ! 例えば相手が悪魔やアンデッドとなると、何を置いても滅ぼしてやると、他の全てがどうでも良くなるくらいに一人で突っ走るところがあり、その鬼気迫る姿はどっちが悪魔だか分からないとさえ言われるくらいだ」

 

 苦笑を浮かべながらそんな事を言うララティーナに、ウィズは冷や汗をかきながらゴクリと喉を鳴らす。

 

「あ、あの、神を信仰している人達にとって悪魔やアンデッドが許せない存在であることは分かります……ですが、えっと、何かしらの事情があって人の身を捨てた者なんかには温情などがあったりは……」

「ないな。『どんな事情があっても関係ない、悪魔やアンデッドはとりあえず滅ぼす。話はその後に聞く』というのがあいつのスタンスだからな。滅ぼした後にどうやって話を聞くのかは知らないが……」

「ひぃぃ……!! あ、あの、それでは私は、この辺で失礼しますね! じ、実は今夜城の警備を頼まれていまして……それと、騎士団が使う魔道具に、私の店の物を採用してもらえないか売り込んでみようかと思っていたので……」

 

 ウィズは涙目になって、ビクビクしながら慌てて立ち去って行った。

 どうやらララティーナの親友は、悪魔やアンデッドを目の敵にしているようなので、会うのが恐ろしいのだろう。

 

 というか、ミツルギだけじゃなくウィズまで城の警備を頼まれてるのか……まぁ、噂の義賊がついに王城にまで乗り込んできたっていうんだから、これも当然の対応なのかもしれないけど……。

 

 それにしても、ララティーナの仲間は、かなり狂信的なエリス教徒らしい。

 国教とされているだけあって、その教えも信者もアクシズ教とは比べ物にならない程まともなものではあるのだが、悪魔やアンデッドに関してはアクシズ教と同じかそれ以上に厳しいのがエリス教だ。

 

 どうしよう、俺は正真正銘人間だけど、人よりも悪魔に近いだとか言う心ない奴もいるし、ララティーナの親友がそれを真に受けて聖水とかぶっかけて確認とかしてこないか不安になってきた。そんなアホなことをする奴がいるのかと普通は思うかもしれないが、悪魔が絡んでくるとエリス教徒は何をやるか予想がつかない。

 

 もうさっさとこの場から退散しようかと考えていると。

 

 

「あれ、ダクネス? あんたがそんな分かりやすく上機嫌なのは珍しいね。そんなに王都のクエストが楽しみ…………あっ!!」

「ん?」

 

 

 声の感じからして少女だろうか、何となく聞き覚えがあるような気がする。

 おそらくこの少女は、ララティーナが言っていた親友なのだろう。ダクネスというのはあだ名だろうか。

 

 しかし、仲の良さを窺える気軽な態度でララティーナに話しかけてきた少女だったが、すぐに背を向けてしまった。

 

 顔の方はフードを深く被っていて見えづらい。

 まるでさっきまでのアイリスみたいだ。意図的に顔を隠してるのか……?

 

 ララティーナはそんな仲間の反応に首を傾げて、

 

「お前こそどうしたんだクリス。社交的なお前がいきなり人に背を向けるなど初めて見たぞ。もしかして、カズマと何かあったのか?」

「な、何もないよ、何もない! 初対面だよ! あ、えっと、それじゃあ、あたしはそこらで時間潰してるから、ダクネスはゆっくり彼と話してるといいよ!」

「ま、待て待て、私はカズマも一緒にクエストにどうかと誘っていたのだ。前に話したことがあるだろう、私と相性の良さそうな者を見つけたと。それがこのカズマだ。だから、まずはお互いに紹介を…………カズマ?」

「……んー」

 

 頑なに俺の方を見ようとしない、ララティーナからクリスと呼ばれた少女を、俺は逆にジロジロと全身を眺める。

 

 何だろう、凄く見覚えがあるような気がする。

 顔は見えなくても、俺は一度見た女の子の体型はかなり頭に残る方だ。そう、この少女のような起伏の乏しい体型でも、差別せず他の子と同じように平等に俺の脳内に刻まれて…………あ。

 

 ようやく、俺の脳内検索で一人の少女が該当した。

 しかし、その結論は突拍子もなく、自分でも素直に受け入れていいものか疑問を抱いてしまう程だ。……マジなのか?

 

 一方で、ララティーナは俺の様子を眺めながら、何故か頬を染めて、

 

「カ、カズマ、初対面の少女に対して、いきなりそんな全身を舐め回すように視姦するのはどうかと思うのだが……ど、どうしてもと言うのなら、この私が受け止めて……!」

「…………なぁ、あんたクリスっていったか? 俺達どこかで会わなかったか? 具体的には昨日の夜とか」

「な、なんのことかな!? も、もしかして、あたしのこと口説いてるとか!? でも残念、あたしはそのくらいでなびくような軽い女じゃ」

「『バインド』」

「ちょ、きゃああああああっ!?」

「なっ……初対面の女にいきなり拘束スキル……だと……!? くっ、何てことをするんだお前は、やるなら私にやれ!! ほら、やってみせろ!!!」

 

 変態が何かを言っているが、徹底的に無視する。

 それよりも、クリスという少女を縛ったことで、俺の疑惑は確信へと変わった。

 

 俺は縛られて床に転がるクリスにビシッと指を向けて、

 

 

「やっぱり! 俺の拘束スキルでも全然強調されないその胸! これでハッキリした、お前、銀髪の義」

「わああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 その正体を口にしかけた俺に、クリス……銀髪の義賊は大声をあげて遮ってきた。

 

 

***

 

 

「それで、何で普通にこんな所にいるんだよ銀髪の義賊さんよ」

「ぎ、義賊って呼ぶのはやめてってば! ……こほん。ふふ、この姿では初めましてだねカズマ君。あたしはクリス。普段はアクセルの街で活動している盗賊で、ダクネスのパーティーメンバーだよ」

「しかしてその正体は王都を騒がす義賊で、ララティーナと友達になったのも、大貴族ダスティネス家を狙っているからであった……って事か」

「だから義賊って言わないでってば! あと別にダクネスの家を狙おうとも思ってないから!! あたしだって後ろ暗い身で王都をウロウロなんてしたくないけど、ダクネスがどうしても王都の高難易度クエストを受けてみたいっていうから……」

 

 俺達は人気のないギルドの裏手まできていた。ララティーナはギルドに放置してきた。

 まさかララティーナのパーティーメンバーが銀髪の義賊だったとは思わなかったが、人の縁というのも妙なところで繋がっているものだ。

 

 そして、意外だったのは向こうも同じらしく。

 

「それにしても、ダクネスが言ってた王都で見つけた相性が良さそうな人っていうのがキミだったとはね。確かにダクネスの性癖的にキミとは結構合いそうな気がするけど、親友のあたしとしては、あの性癖が更に悪化しそうで諸手を挙げて祝福はできないなぁ……」

「お、おい、妙な誤解するなって! 鬼畜だ何だ言われてる俺だけど、それは単に目的のためには手段を選ばないってだけで、ドSとかそういう性癖は持ってないから!」

 

 そもそも、相性が良さそうとか言われても、ララティーナの奴が勝手に楽しそうにしているだけで、俺にはひたすら疲労が蓄積されていくだけなんだけど。

 

 クリスはまだ納得していないような表情だったが、気を取り直すようにして、

 

「まぁそれはともかく、あたしの正体を知っているのはキミだけなんだから、そこは気を付けてよ。まったくもう、本当にキミは会う度にとんでもない事をしてくれるよ。昨日だって追手を撒くのに苦労したんだからね」

「こっちだってお前が無駄に騒いだせいで、せっかくの計画が台無しになったんだぞ。警備も厳重になっちまったし、どうしてくれるんだよ」

「それだってキミが最初にちょっかいかけてきたんじゃん!」

 

 ……そうだったっけか。うん、そうだったな、俺のせいか。

 

 しかし、なるほど、改めて考えてみると、これは中々に美味しい状況なのかもしれない。

 これはつまり、クリスにとって致命的な弱みを握ったというわけで、

 

「……ふむ」

「あ、あの、カズマ君……? なんだかその目付きは凄く不安を覚えるんだけど……何考えてるの?」

「いや、俺は人の弱みを握ったら骨の髄までしゃぶり尽くす程に活用する男だからさ。クリスのこの重要な秘密を使って何をしてやろうか考えてるんだ」

「っ!? あ、あたしに何するつもりさ!! い、言っとくけどね、あたしは敬虔なエリス教徒だから、変なことしたらエリス様から強烈な天罰が下るからね!!! 急いでる時にタンスの角に小指をぶつけたり、靴紐が切れたり、急にお腹が痛くなったり!!!」

「ふっ、その辺は心配ないぞ。なんせ、俺のステータスで唯一誰にも負けないものが運だからな。前から思ってたんだけど、これってやっぱ俺がエリス様に愛されてるってことだと思うんだ。だから、俺が何やってもエリス様はきっと許してくれるさ」

「そ、そんな事はないんじゃないかなぁ!! エリス様全然許さないと思うよ!?」

 

 やたらと確信がありそうな感じで言ってくるが、いくら敬虔な信徒だとしてもエリス様がどう思っているかなど誰にも分からないだろう。まぁ、俺はミツルギのような痛い奴じゃないので、本気で女神様に恋しているとかそういうのはないが。

 

 それよりも、今はこの義賊の使い道だ。

 そうだ、ちょうど今、人手が欲しい案件があったじゃないか。

 

「よし、それじゃクリス。お前が義賊だってのは黙っといてやる。でもその代わり、ちょっと今夜辺り王城まで行ってまた騎士団と鬼ごっこしてくれ」

「いきなり何言ってるの!? そんな、ちょっと近所の子供と遊んでくれみたいな気軽な感じで言われても!」

「でも昨日だって似たような事してちゃんと逃げ切れたじゃないか。大丈夫だよ、敬虔なエリス教徒であるお前には幸運の女神エリス様がついてる。きっと上手くいくさ」

「確かにエリス様はついてるけどさぁ! …………うーん、何だかなぁ、この言いたいこと言えない感じ……」

 

 何やら複雑そうな顔をしているクリスだったが、少し考えた後、渋々ながらも一度だけ頷く。

 

「……分かったよ、やってみるよ。予め逃げる算段とか色々立てておけば、たぶん何とかなると思うし……一応聞くけど、あたしは逃げるだけでいいんだよね? 要するに囮ってことでしょ?」

「お、理解が早いな、その通りだよ。昨日のことがあったばかりだし、お前が見つかれば城の連中の大半はそっちに行くと思う。その隙に、俺は城で自分の目的を果たすって寸法さ」

「その目的って昨日言ってたアクシズ教の宣伝だよね……? はぁ、あたしがこんなに身を挺してまでアクシズ教の宣伝に協力するなんて、どうしてこんな妙なことになるのかなぁ……」

「あー、確かにエリス教徒のクリスにこんな事頼むのもあれかもしれないけどさ、そこは頼むよ。ほら、何でもアクアとエリスは先輩後輩の関係で、アクアは毎回後輩であるエリスの仕事の尻拭いをしてるってアクシズ教徒も言ってたし、ちょっとくらい協力してやってもいいんじゃないか?」

「そ、そんな事言われてるの!? うぅ……どっちかというと、あたしが先輩の分の仕事までやってるのに……」

 

 明らかに納得いかない様子のクリスだが、最後の方は声が小さくて何を言っているのか聞こえなかった。

 

 まぁ、俺もアクシズ教徒の言うことを鵜呑みにする程残念な頭はしてないし、今回その話を出してみたのは単にクリスを言いくるめたかっただけだ。

 というか、本当にアクアとエリスが先輩後輩だったとしても、どうせ自由奔放と言われるアクアの方が迷惑をかけてそうというイメージしかない。これは主に信者に対するイメージによるものが大きい。

 

 とはいえ、ここまで危ない橋を渡るクリスに何のメリットもないというのも流石にあんまりかもしれない。

 モチベーションというのは物事を大きく左右する要因になる。

 

「そういえば、クリスは城にある神器を確認したいんだっけか。それなら、俺がついでに宝物庫にでも行って、宝感知を使って一番凄そうなお宝を持ってきてやるよ。問題なかった時に後で返すのはお前がやれよ」

「え、い、いいの? それはあたしとしても助かるんだけど……でも、宝物庫ってそんな気軽に入れる場所じゃないと思うんだけど、大丈夫なの?」

「あぁ、そこは元々考えてた拡声魔道具をジャックする方法を応用すれば何とかなると思う。ただ、寄り道する分、そっちの時間稼ぎは長めに頼むぞ。追手はすぐに撒いたりしないで、出来るだけ長い間引きつけておいてくれ」

「うん、分かった! そういう事なら、あたしもやる気が出るってもんさ! 任せといて、追手の騎士達がバテちゃうくらい長い鬼ごっこにしてあげるよ!」

 

 クリスはそう言ってニッと笑い、握り拳を作ってみせる。

 

 よし、上手く乗せることができた。これなら期待できそうだ。

 結果として余計な寄り道をする必要が出てきたが、まぁこっちは本当についで程度に済ませることができると思うし、そこまで障害になることもないはずだ。

 

 勝負は今夜、そこで紅魔祭の運命が決まる。

 アクシズ教徒から里を守るためにも、その責任は重大だ。

 

 すると、クリスが何やら得意気に、

 

「お、流石のキミでも緊張とかするのかな? まぁ、聞きたいことがあったら何でも聞いてよ! それなりの場数踏んでる先輩盗賊として、後輩クンにアドバイスくらいはしてあげるよ」

「いや後輩扱いはやめてくれよ……俺は人生にそんなスリル求めてないし、盗賊なんてこれっきりにしたいんだからさ……。つっても、俺には姿を消す魔法と潜伏スキルのコンボがあるし、盗賊やらせたら案外クリスより上なんじゃないか?」

「な、なにおう!? そういう油断が命取りになるんだよ! それに、昨日はクレアって人がキミの姿を消す魔法を看破する魔道具を持ってたじゃないか。あと、いくらあたしが囮になるっていっても、何人かは城に残しておくと思うし、万が一誰かに姿を見られる可能性を考えても、実際に動く時はあたしみたいに変装くらいはしといた方がいいんじゃない?」

「……そうだな、もし顔とか見られたら大変なことになるしな……つっても、事前に城の様子とかも見ておきたいし、クリスが騒ぎを起こす直前くらいに、どこか城の中の人気のなさそうな所で着替えるって感じになるのかな」

「うん、それがいいかもね。あと変装の方は、とりあえず目立たない黒装束なんかでいいと思うけど、問題は顔だね」

「俺の顔が問題とか言われると結構傷付くんだけど……」

「そ、そういう意味じゃないってば! キミは王城では顔が知られてるんだから、ちゃんと隠さなきゃダメってこと!」

 

 なるほど、それはごもっともだ。

 そこを考えると、義賊モードのクリスのように口元を隠すだけでも不十分に思える。

 かといって、先程までのアイリスや現在のクリスのようにフードを深く被るっていうのも、少し不安だし……。

 

 となると。

 

「じゃあ、仮面とかで顔を隠すか…………あ」

「ん? どうしたの?」

「いや、ちょうどこの前、悪……じゃなくて、知り合いから仮面を貰ってな。ちょうどいいから、それを使わせてもらうよ」

「ふーん? まぁ別にそれでもいいと思うけど、その知り合いにバレちゃう可能性もない? 大丈夫?」

「あぁ、そこは大丈夫だ。あいつが俺のことをバラそうと警察なんか行っても、逆にあいつの方が捕まるしな」

「キ、キミの知り合いってそんなのばかりってことはないよね……?」

「あー、何かしら後ろ暗い身だって奴はちらほらいるな。お前も含めて」

「うっ……それを言われると何も言えないです……」

 

 それから俺達はしばらく話し合い、細部を詰めていった。

 クリスの方は初めて盗賊仲間ができたというのもあったのか、やけに楽しそうにしていたが、俺はとてもそんな気分にはなれなかった。俺の目標は、何の心配もせずにのんびりダラダラと退廃的な暮らしをすることなのに、どうしてこうなった……。

 

 話も終わってクリスと別れた後、俺は城へと歩を進めながら、その巨大な城を眺めながら今夜のことを思って深々と溜息をついた。

 



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紅魔祭 5

 
ちょっと色々あって遅れてしまいました、ごめんなさい!
 


 

 

 夜が来て気付いたが、今夜は満月らしい。

 とはいえ、今の俺に月を見上げて物思いに耽るような余裕があるはずもなく、むしろこれからやる事を考えれば、月の光が差さない新月の方がありがたいくらいだった。

 

 俺が今いるのは王城の中。

 今夜のためにわざわざ紅魔の里に一旦戻ってまで持ってきた変装用の仮面は、黒装束と一緒に人目につきにくい部屋に隠してある。

 

 作戦決行の時刻まではまだ少し余裕がある。

 その間もただ待っているだけではなく、城の中を歩き回って何か不安要素などないか色々と確認しておく。

 

 とりあえず、相変わらず警備はかなりの数が配置されているが、特に気になるのはその中の二人だ。

 

「いいか、ミツルギ、ウィズ。二人は何としてでも義賊を捕まえなきゃいけない。分かってるな? もし義賊が現れたら、何よりも優先して地の果てまで追いかけるんだぞ」

「あ、あぁ、もちろん義賊が現れたのなら全力で逮捕に協力するつもりだけど……どうしたんだい、カズマ。君にしては珍しくやけに気合が入っているじゃないか」

「えぇ、私の経験上、カズマさんが珍しくやる気を出してる時は、必ずと言っていい程何かえげつない事を考えている時なのですが……」

「何を言ってるんだウィズ、俺はただ、義賊といっても許されるべきではないって思っているだけさ。相手が善人だったとしても、犯罪は犯罪だしな」

 

 笑顔でそう言ってみたのだが、ウィズやミツルギはまだ怪訝そうな表情でこちらを見ている。

 ミツルギはともかく、ウィズにそこまで信用されてないっていうのは結構凹む……いや、今までウィズの前でも結構やらかしてたし、自業自得なのかもしれないけど……というか、実際今もろくでもない事をやらかそうとしてるしな……。

 

 こうして念を押したのは、もちろん二人をクリスの方に引きつけておきたいからだ。

 ウィズとはもうそこそこ長い付き合いだし、その強さはよく分かっている。そして、ミツルギだって、この前の決闘では勝てはしたが、あれはルールを逆手に取った不意打ちが上手く決まってくれたからで、まともにやりあえばかなり不利だ。

 

 しかし、色々と考えている俺とは違って、ミツルギはどこか楽観的な様子だ。

 

「まぁでも、これだけの厳戒態勢だし、流石の銀髪の義賊も手が出せないんじゃないかな。また城を狙ってくるにしても、もう少し日を置くと思うよ」

「そう思わせといて、あえて昨日の今日でまた狙ってくる可能性だってあるぞ。盗賊ってのはそういう心の隙を突いてくるもんだ。特にミツルギは脳筋で搦め手に弱いんだから、油断はしない方がいいぞ」

「ぐっ……いや、確かに以前の決闘では君の策略にまんまとやられたから何も言えないけど……」

「な、何だかカズマさんが言うと説得力がありますね……でも、安心してください、万が一例の義賊さんと戦闘になったとしても、とっておきの魔道具を用意していますから! カズマさんはもう知っていると思いますが、これを使えば耐性全般が低下する代わりに強大な防御力を得ることができるのです!」

「あー、それか。早速持ってきたんだな」

「えぇ、ここで私の魔道具を宣伝して、騎士団に採用してもらえれば、安定した取引先を手に入れることができますから!」

 

 ……うん、ウィズの言っていることは間違ってはいない。

 ウィズが店を構えているアクセルの街は駆け出し冒険者が集まる場所なので、比較的高度な魔道具を扱うことが多いウィズの店とは相性が良くない。だから、この機会に王都への供給ラインを結んでおこうというわけだ。

 

 例えば、紅魔族随一の鍛冶屋なんかは、ゴツい武器や防具ばかり作るから魔法使いばかりの里の中では決して繁盛しているとは言えないのだが、その質は確かで外部に大きなお得意さんをいくつか持っているのでやっていけている。

 

 まぁ、それならアクセルじゃなくて王都に店を移せばいいのではとも思うが、ウィズの立場上、できるだけ魔王城からは離れた街で商売はしたいだろうし、そもそも王都は土地も高い。

 

 それに、そういった理由以外でも、どうやらウィズはアクセルという街を気に入っているらしい。

 俺は行ったことがないのでよく知らないが、あの辺りは強いモンスターもいなく、魔王城から遠く離れているため全体的に穏やかな雰囲気で治安も良いと聞くし、温厚なウィズからすれば居心地も良いのだろう。

 

 といっても、とにかく金を貯めたい今の俺にとってはやはり縁のない街だろう。

 でも、そうだな、一生遊べるだけの金を稼いだ後は、そういう静かな所でのんびりと過ごすのも悪くないかもしれない。

 

 そうやって俺が将来について考えている間に、ミツルギはウィズの魔道具に興味を持ったらしい。

 

「なるほど、耐性全般を犠牲にして防御力全般を上げる魔道具ですか……あの、これを使うと防御力はどのくらい上昇するんですか?」

「それはもう劇的に上がりますよ! 物理攻撃では魔王軍幹部のベルディアさんの斬撃でも傷一つ付かなくなりますし、魔法攻撃では紅魔族の方の上級魔法も楽に耐えられるようになります!」

「本当ですか!? なるほど、確かにそれは凄い魔道具だ…………いや、でも、耐性が下がるということは……」

「どうでしょうミツルギさん、この機会にご購入されてみては! 値段はそこそこするのですが、まとめ買いという事ならお安くしますよ!!」

「えっ、あ、い、いや、ちょっと待って……もう少し考えさせて……」

 

 ウィズの勢いに押されながら、ミツルギは助けを求めるようにこちらを見るが、俺も商人としてミツルギのような金を持ってそうな冒険者を狙うというのはよく分かるし、ここは放っておこう。

 

 

***

 

 

 それから城の中を少し歩くと、大きめの広間で生徒達が映画の撮影をしているのを見つけた。

 そういや俺、一応教師のくせに王都での撮影はあまり協力できてないな……でも今回は俺にも大事な仕事があるし大目に見てほしいところだ。

 

 すると、俺を見つけたあるえが近付いてきて。

 

「先生、いい所に来ました。実は今、めぐみん達が悪徳貴族を懲らしめるというシーンを撮ろうと思って、そういった役が似合いそうな人を見つけて頼んでいたのですが、中々引き受けてくれる人がいなくて。先生の知り合いにそういった貴族はいませんか?」

「お前、貴族の人達に『悪徳貴族が似合いそうだからモデルになってくれ』とか言ってないだろうな……まぁ、凄くお似合いな奴は一人知ってるけど、アイツをお前達と一緒にいさせるのは嫌だなぁ」

 

 あるえの言葉を聞いて真っ先に浮かんできたのはアルダープだったが、女性関係でいい噂を聞かないアイツを生徒達の元に連れてくる気にはなれない。

 

 というか、向こうもそんな役を引き受けるわけないだろう。ただでさえ悪いイメージが更に加速するだろうし、めぐみん達に懲らしめられるというのは、つまりは魔法で手痛くやられるというわけで、アルダープでなくとも無駄にプライドの高い貴族でそんなやられ役を引き受けてくれるような人は少ないと思う。

 

 やってくれそうな人といえば、父親と違って心が広いバルターだったり、変態ドMのララティーナだったりが思い浮かぶが、あいつらはどう見ても悪徳貴族って感じじゃないしな…………もっと、あからさまに悪さをしてそうな、それこそ義賊に狙われるような…………そうだ。

 

「じゃあ、実際に悪徳貴族を使おうぜ。何か悪事をはたらいて牢にぶち込まれる貴族ってのは珍しくもない。そういう奴等を連れて来てもらって、演じさせよう。相手は犯罪者だし、多少傷めつけても問題ないしな」

「……ほう。流石は先生、良い事を思い付きますね。その発想はありませんでした」

「ねぇ、兄さん、あるえ、真面目な顔で何を話してるの? とてもまともとは思えない言葉が聞こえてきたんだけど」

 

 ようやくまとまりそうだったのに、ゆんゆんが苦々しい顔でやって来て口を挟んできた。

 一方で隣のめぐみんは何でもなさそうな表情で。

 

「どうしたんですか、ゆんゆん。先生とあるえの会話は私も聞いていましたが、中々良いアイデアだと思いましたが」

「相変わらずゆんゆんは変わった感性をしているね。でも、私はそれが悪い事だとは言わないよ。むしろ、そういった皆とは違うものを持っている人は小説のネタにもなるし興味深い」

「まったく、やっぱゆんゆんはちょっと頭が固いな。そんなんだとクレアみたいな堅物になっちまうぞ? 学校の授業でも教えただろ、犯罪者には何をやってもいいんだ」

「ちょっと待って、私がおかしいの!? 確かに授業ではそう習ったけど、それって本当に正しいことなの!?」

「何言ってるんだ、俺が正しくなかったことなんてあったか?」

「むしろ正しかった時の方が少ないと思うんだけど」

 

 最愛の妹はジト目で即答してきた……何も言い返せない。

 すると、めぐみんはふと何かを思い出したように。

 

「犯罪者といえば先生、昨夜の銀髪の義賊は何が目的で城に侵入したのか、本当に知らないのですか? あの人は賞金首でこそありますが、人としては先生よりもずっとまともな人格者ですので、何か誰もが納得できるような理由があると思うのですが……」

「……さあな。つーか、何が俺よりずっとまともだ。何度も言ってるけど、俺はいつも何かやるにしても、法律的にはギリギリセーフなところで抑えてるし、たまにギリギリアウトなことをやっても賞金首になるような大それたことじゃない。つまり、俺の方がずっとまともな人間だと言えると思う」

「なるほど。つまり先生は、法律は完璧ではなく、全ての人間を真っ当に裁くことなどできないと説いているのですね。珍しくちょっと先生らしいではないですか」

「おい違う、違うぞ」

 

 どんだけ俺のことをろくでなし人間だと思ってやがんだコイツは。

 

 ちなみに、義賊のことに関しては生徒達には教えないようにしている。

 以前めぐみんが義賊に会った時の反応を見ても分かるが、ああいった存在は紅魔族の琴線に触れるもので、憧れた結果、真似したり手助けしたりするのではないかという不安があるからだ。

 

 唯一その心配がないと言えばゆんゆんくらいであるが、そのゆんゆんも義賊に関しては良い印象を持っているらしく。

 

「銀髪の義賊かぁ、兄さんとめぐみんは会ったことがあるんだっけ? 悪徳貴族だけを狙う正義の盗賊ってカッコイイよね……私も一度見てみたいなぁ……」

「ほう、ゆんゆんでも流石にあの義賊の格好良さは分かるのですね。しかし、直接会わないと真の良さまでは分からないでしょう。闇夜に紛れる漆黒の衣、幻想的に光る銀色の髪、ミステリアスな空気を醸し出す中性的な顔立ち……思い出すだけでもワクワクしてきますよ」

 

 そう言いながら、ぽーっと惚けた表情で宙を見る二人。

 

 ……何だろう、何か面白くない。

 そりゃアイツがカッコイイってのは分からなくもないけどさ……俺だってたまにはカッコイイ所だって…………あったっけ。いや、あったはずだ。

 

 そんなモヤモヤした気持ちになっていると、不意にあるえがくいくいと袖を引っ張ってきた。

 

「先生、ちょっといいですか?」

「え? あ、おい」

 

 あるえは俺の返事を待たずに、そのまま俺を部屋の隅の方に連れて行く。

 ゆんゆん達は義賊のことを話していて、俺達には気付いていないようだ。

 

 そして、あるえは改まった様子で俺と向き合って。

 

「先生は銀髪の義賊について何か知っているのではないですか? 例えば義賊の目的や、正体、これからの行動などです」

「……な、何でそう思うんだよ」

「先生の様子を見て何となく、です。昨夜だって、先生は自分の怪しい行動を上手いこと義賊の騒ぎを使ってうやむやにしましたが、そこも上手くいき過ぎている感じがするんですよね。もしや、先生と義賊の間で何かしらの話がついているのではないか……と」

「はっ……随分とたくましい妄想力だな! お前は探偵より小説家に向いてるんじゃないか!」

「そんな推理小説で追い詰められた犯人のようなことを言われても。それに私は元々小説家を目指していますし」

 

 精一杯虚勢を張っているが、内心ドキドキで、冷や汗までかいてきた。

 あるえの奴、ぼーっとしてるようでよく人を見てやがる。人間観察も小説に役立つとかそういう理由なのだろうか。

 

 あるえは俺の奥底にある物を見透かすようにじっと見つめながら、更に尋ねてくる。

 

「私には先生が例の企みを諦めたようには見えないんです。まだ何か策があるのではないですか?」

「どうだろうな。つっても、俺ってそんな諦めが悪いタイプじゃないぞ。むしろ諦めは早い方で、無理はしないってのが基本スタンスだ」

「えぇ、でも先生は次々と新たな策を思い付くくらい機転が利きます。もう何か別の、勝算の高い策を思い付き、既に準備は整えてあっても不思議ではないです。実は今夜辺りにでも、何か仕掛けるつもりなのでは?」

「はっ、まぁ策士のカズマさんと呼ばれる俺のことをそこまで評価してくれるのは当然だけども、俺としては、それはお前の妄想だと言うしか…………な、何だよ、その目は! と、とにかく、俺から言いたいのはそれだけだ!」

 

 おそらくあるえは俺の言葉はほとんど聞いていない、ただ反応だけを見ている気がする。

 コイツの考えは分かっている、王都を騒がす銀髪の義賊なんてのは映画には打って付けのモデルといえるし、俺が義賊と組んで何かをするつもりであれば是非撮りたいと思っているのだろう。

 

 しかし、俺が考えている策では、義賊は囮に過ぎず、実行犯である俺も派手に動くつもりはない。

 “義賊が騒ぎを起こしている間に、俺はコソコソと誰にも気付かれないまま目的だけを達成しました”では、あるえ監督としても不満があるだろう。それだけに、もしこの事がバレたら絶対何か余計なことをして大事にしようとしてくるはずだ。

 

 あるえからの視線に居心地の悪さを感じ、これ以上の会話は危険だと判断した俺は、すぐに話を切り上げようとする…………が。

 

 あるえはマイペースに話を続ける。

 

「先生、取引をしましょう。先生が映画撮影に協力してくれるというのであれば、私は先生の将来の夢の実現に協力しましょう。確か将来は大金を得て何不自由なくゴロゴロと温い人生を送りたいとのことでしたね?」

「え、あー、うん、そうだけどさ……でも、学生で金も持ってないお前が一体どうやって協力してくれるんだ? …………一応言っとくけど、体で稼ぐとかそういうのはやめろよ。お前はそういうの全然気にしないみたいだけど、流石にそれは俺が止めるからな」

「いえ、確かに私のプロポーションがあれば、そういった方法で稼ぐというのも一つの手なのかもしれませんが、私にはもっとお金を稼げる能力があるでしょう?」

「もっと稼げる……? まぁ、お前はクラスでも三番目に優秀な生徒だし、卒業後は冒険者でも魔道具屋でも稼ぐ方法はいくらでもあるんだろうけど……」

「いえいえ、私の進路はもう決めてありますし、先生にも言ったではないですか。そう、私の天職は冒険者でも魔道具職人でもなく…………作家です」

「…………おい」

「私は将来、世界一の作家となります。私の物語は、男女や種族の垣根を越えたありとあらゆる者達の心を動かし、社会現象を生み出し、いずれは外の者全てが紅魔族と同じような感性を持つこととなるでしょう。フィクションはフィクションでなくなり、現実へと侵食していきます。お金はその過程で得られる副産物に過ぎませんが、少なくとも先生を一生養っていけるだけは稼げるはずです」

「こえーよ、夢がでかすぎるだろ。お前それ、ほとんど世界征服じゃねえか」

 

 作家になりたいというのは知っていたが、その先が壮大過ぎて俺にはついていけない……子供の間は夢はでかく持つものだとは言うけど……。

 とはいえ、教師としては現実というものも教えなければいけない。

 

「言っとくけど、人生そんな上手くいくもんじゃないぞ。そりゃお前が小説を書くのが大好きだってのはよく知ってるけど、それだけでやっていける程甘くないしな。作家で食える奴なんてのは一握りしかいないわけで……」

「私はその一握りになりますので問題ないです」

「何の迷いもなく言い切りやがったな…………とにかく、ダメだ。俺は商人だからな、そんな曖昧なもんに投資はしない。というか、お前は自分の創作のことになると後先考えなさ過ぎるだろ。俺を一生養うとかさ……まだ12歳のくせに生き急ぎ過ぎなんだよ、もう少し落ち着けって」

「私としては、先生と共に一生を過ごすというのも悪くないと思っているんですけどね。先生は問題児相手でも色々と文句を言いつつも、何だかんだ面倒見てくれますからね。こう見えて、ゆんゆん達のように私も先生への好感度はかなり高いですよ」

「そんな淡々とプロポーズ紛いのこと言うのもお前くらいだろうな……悪いけど、俺は結婚したら面倒見るより見られたいんだよ。売れっ子作家になったら、また声かけてくれ」

「先生と一緒にいるのがその売れっ子作家への近道っていう感じがするんですけどね……私の封印されし真眼によって見たところ、先生はかなりの波乱万丈な人生を送ることになりそうですし。近くにいれば、魔王との対決どころか神々と悪魔の最終戦争まで見られそうな気がします」

「そんなもんが俺の周りで起きてたまるか」

 

 こいつは何を物騒なことを言い出すんだ、俺がそんなとんでもない存在と関わり合いになる事なんて……いや、神々と戦うレベルの大悪魔とはもう既に関わってるな…………いやいやいや! それにしたって、無宗教の俺がカミサマなんてもんに会えるはずもないし、気にすることないよな、いつものあるえの妄言だ!

 

 …………でも、この妙な胸騒ぎは何だろう。

 

 

***

 

 

 そうこうしている間に、クリスと決めていた作戦決行の時間がやってきた。

 

 ざっと城を見回った結果として、どうやら今現在、城には姿を消す魔法とテレポートを封じる結界が張られているという事は分かった。

 おそらくあるえが助言か何かをしたのだろう、銀髪の義賊への対策というより、ピンポイントに俺への対策のように思われる。

 

 しかし、姿を消す魔法への対策はある程度予想できたが、テレポートまで封じられるとは思わなかった。

 

 テレポートがあれば、目的を達成した後の脱出が随分と楽になったのだが、この結界に関してはこれといった情報が集まらなかったので、どうしようもなさそうだ。

 まぁ、クリスが十分に騎士達を引きつけてくれれば、テレポートなしでも脱出くらいは何とかなるとは思うが。

 

 懸念材料を挙げるとすれば、何か疑っている様子のあるえだが、銀髪の義賊を撮りたくてウズウズしているというのは分かったので、きっと囮の方に食いついてくれる……はずだ。

 

 そして、その時がきた。

 突然、慌てた様子の騎士の声が魔道具によって城内に響き渡った。

 

 

『緊急! 緊急! 銀髪の義賊が正門に現れました! 応援願います!! 繰り返します、銀髪の義賊が正門に現れました!!』

 

 

 もう大騒ぎだ。

 騎士達は、予め城に残るように決められていた者達を除いて、大半が皆一斉に正門へと駈け出し、ガシャガシャという鎧の音が城内の至る所から聞こえてくる。

 

 俺もその流れに逆らわず、皆と一緒に正門へと向かう。

 とりあえずクリスの囮が上手くいっているか確認したいし、ここで妙な動きをして不審に思われたくないからだ。

 

 正門のところまでやって来ると、既に多くの騎士達が到着していた。

 しかし、肝心の銀髪の義賊が見当たらない。

 

「あれ? 正門にいるんじゃないのか?」

「カズマ様、あそこです」

 

 近くにいた騎士が指差す先に目を向ける。

 続いて、思わず口元に苦笑が浮かんだ。

 ……何というか、アイツも演出好きというか、かなり楽しんで義賊やってるんだなぁ。

 

 

 王都を騒がす銀髪の義賊は、正門の前ではなく、正門の上に立って得意気な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。

 

 

 王城の門というだけあってかなりの大きさだし、登るのも大変だったろうに。

 確かに出来るだけ目立ってくれた方がこっちとしても都合は良いのだが、まさかここまでやってくれるとは思わなかった。

 

 クリスは満月を背に、夜の闇に銀色の髪を輝かせ、言い放った。

 

 

「騎士諸君、こんばんは! 王都を賑わす銀髪の義賊さんが、今夜はお城の大切なお宝をいただきに来たよ!」

 

 

 その言葉に、一斉に身構える騎士達。

 一方で。

 

 

「「カッコイイ……!!!!!」」

 

 

 どうやらウチの生徒達もここまで駆けつけていたようで、皆が目を輝かせて義賊を見ていた。

 この演出が紅魔族の感性に刺さりまくるというのはよく分かる。正直、俺から見てもかなりカッコイイ。あの変わり者のゆんゆんですら、義賊に目を奪われているくらいだ。

 

 そして、もちろんあるえは、このチャンスを逃すわけもなく、魔道カメラで銀髪の義賊の姿を撮っている…………が。

 

「……先生、何だかあの義賊の言動、どこか芝居がかっていませんか?」

「っ……な、なんだよ急に! 元々ああいう奴なんだよ、直接会った俺が言うんだから間違いない!」

「…………まぁ、格好良いですし、別にいいですが」

 

 あるえは完全には納得できたわけではなさそうだが、それでも撮影の方に集中することにしたようだ。

 はぁ……コイツの言動はいちいち心臓に悪い……。

 

 そんな緊張感のないやり取りをしている俺達とは対照的に、騎士達は義賊の格好良さがどうとか言っている余裕などはない。

 こんな堂々とやって来た義賊に城の宝物を盗まれる事などがあれば、国の威信にも関わる。何としてでも阻止しなければいけないだろう。

 

 騎士達の間に漂う空気が、より張り詰めていく。

 ここまで義賊を捕らえようとしなかったのは、出来るだけ人数が集まってからの方がいいと判断したからだろう。騎士は盗賊職に相性が良くない上に、相手が逃げようともしなかった事を考えれば警戒するのは妥当だと言える。

 

 しかし、今はもう十分騎士も集まった。

 ミツルギやウィズといった実力者も既に到着している。

 これ以上、ただ義賊を眺めている理由はない。

 

 緊迫した空気の中、ついにクレアが叫んだ。

 

 

「捕らえろ!!!!!」

「「はっ!!!」」

 

 

 騎士が一斉に門の近くに殺到する。

 弓兵が弓を構え、魔法兵は杖を掲げて詠唱に入る。

 

 それを見ても、クリスは楽しげな笑みを崩さないまま、

 

 

「ふふ、キミ達にあたしを捕まえられるかな? それじゃ、いってみよう!」

 

 

 そう言い残し、身を翻して夜の闇の中へと飛び出した。

 次の瞬間、矢やら魔法やらが飛び交い、地上の騎士達も支援魔法で軽くなった体で一斉にクリスを追いかけて行った。

 

 ……まったく、クリスの奴。さっきの言葉の時、俺の方にウインクしてなかったか。バレないとは思うけど、万が一何かあったらどうすんだっての。

 俺はどこまでもノリが良い義賊に苦笑を浮かべつつ、周りに気付かれないようにこっそりと城へと戻って行く。

 

 派手な仕事はアイツが十分過ぎるくらいこなしてくれた。

 あとは俺が地味な裏方でしっかりと仕事をするだけだ。

 

 

***

 

 

「『ヴァーサタイル・エンターテイナー』」

 

 

 俺が唱えると、体が淡く発光する。

 これは芸達者になれるスキルで、中でも声真似はかなり使えるので重宝している。今回の作戦の要となるのもその声真似だ。

 

 宝物庫や拡声魔道具の部屋は強力な結界で守られていて、当然俺のブレイクスペルでどうにかなるレベルでもない。この結界を解くには、王城に常駐している専属の魔法使いに頼まなければいけないのだ。

 

 俺は城の連絡室まで来ていた。

 先程、騎士の一人が銀髪の義賊が正門に現れたと城中に報告する時に使っていた部屋だ。

 

 王都中に声を届かせる大規模なものとは違って、ここにある魔道具はあくまで城の中だけに連絡するものなのでセキュリティもそこまで厳しくなく、一応鍵はかかっているが俺の解錠スキルで何とかなる範囲だった。

 

「あー、あー…………よし」

 

 念の為声の調子を確認すると、俺は魔道具を起動させて、結界専用の魔法使いが待機している部屋へと繋げる。

 

『応答せよ、応答せよ。私だ、クレアだ。義賊捕縛のために宝物庫と拡声魔道具を利用したい。結界解除の準備を頼む。そちらにはすぐ使いの者を送る』

『えっ、あ、はい! 了解しました!』

 

 相手は急に仕事を振られて意表を突かれた様子だったが、こちらを疑っている感じはなさそうだ。

 ここで俺がそのまま頼んだとしても応じてくれるはずもないが、こうやってクレアの声を使えば簡単に言う事を聞いてくれる。地位や権力は便利なものだ。

 

 それから俺は急いで変装用の黒装束に着替えると、その上から鎧を着込み、仮面を付けた上でフルフェイスの兜を被る。兜を被るのなら仮面を付ける必要はないかもしれないが、これは万が一兜が外れてしまった時に備えて念の為だ。サイズが合ってなくてブカブカだから不安なんだよな……。

ちなみに、この鎧は予め修練場から拝借してきたものだ。重くて動きづらい事この上ないが、支援魔法によって何とか軽減している。

 

 その格好で結界魔法使いが待機している部屋まで行って扉をノックすると、四人の魔法使いが出てきた。

 すぐにクレアが言っていた使いの者だと説明すると、魔法使い達は何の疑問もなく、先程言われた通り結界を解除する為に俺と一緒に目的の部屋へと向かう。

 

 まずは宝物庫からだ。

 魔法使い達は扉に手をかざすと、複雑で長い詠唱を唱え、結界を解除した。

 そして、自分達は宝物庫に入ることを許可されていないため、数歩下がって扉の外で待っているようだった。

 

 そういえば、宝物庫に入るのは初めてだ。

 俺は内心ワクワクしながら足を踏み入れると、そこには整然と並べられた財宝の数々が。どれもこれも宝感知がビンビンに反応する一級品ばかりだ。

 

 商人としてある程度成功した俺でも、ここまでの高級品の数々に囲まれた経験はなく、思わずキョロキョロと目移りしてしまう程だったが、本来の目的を忘れてはいけない。

 

 俺は頭を軽く振って気持ちを切り替えると、改めて宝感知スキルの方に集中する。周りからは相変わらず強い反応がいくつも返ってくるが、俺が……というかクリスが求めているものは、高級品の数々の中でもハッキリと分かる一際違う反応を示すはずだ。

 

 そう考えながら、そのまま部屋の中を探索して…………見つけた。

 

「……すげえ」

 

 それを見た俺の口からは、自然とそんな言葉が漏れていた。

 

 もちろん、宝感知スキルへの反応も凄まじい。他の財宝とは段違いだ。

 しかし、それ以上に、その見た目からして他とは一線を画していた。

 

 それは鞘に収まった剣だった。

 その鞘は今まで見たこともないくらいに美しい光を放ち、触れるのを躊躇うくらいの神々しさと存在感を感じる。

 

 とはいえ、この剣が神器というのは明らかなので本当に触らないというわけにもいかず、俺はゆっくりと手を伸ばして、剣を掴んだ。

 本来であればこの時点で城中に警報が鳴り響いているところなのだろうが、一応正規の手続きに則って専門の魔法使いの人達に結界を解いてもらったので、罠の類も一緒に解除されている。

 

 俺はそのまま持ち運びやすいように剣を腰に下げると、まるで伝説の勇者様にでもなったような気分になってくる。

 ミツルギの奴も、いつもこんな気分で魔剣を腰に下げているのだろうか。だとしたら、多少頭がアレになって自分が女神に選ばれし勇者だとか言い始めてしまうのも分かるかもしれない。

 

 さて、これで一つ目の目的は済んだ。

 時間稼ぎの方はクリスが十分にやってくれているとは思うが、出来るだけ早く事を済ませるに越したことはないので、さっさと次の目的……拡声魔道具によるアクシズ教の宣伝に取りかかるとする。

 

 そう考えて部屋を出ようとしたのだが。

 

「あれ、これってマンガか」

 

 ふと視界の端に映った本に、自然と足が止まってしまっていた。

 マンガというのは吹き出しのついた絵本のようなもので、元々は変わった名前のチート持ち達によって伝わった文化らしい。紅魔の里の図書館にも数は少ないがいくつか置いてあり、新聞にも四コマ漫画が連載されている。

 

 俺は漫画が好きで、そこそこ集めていたりもする。

 何というか、どこか懐かしい感じもあるんだよな。

 

 そして、王城の宝物庫にある漫画というのは漫画好きの俺としてはかなり気になる。それだけ面白いものなのだろうか。

 というか、何だろう、この表紙はどこかで見たような気がする。どこだったか…………思い出せない。こんな所にあるって事は相当貴重な物なのだろうし、そう簡単に忘れないと思うんだけどなー。

 

 それはともかく、ここは是非読んでみたいものだけど……。

 

「…………いやいやいや、ダメだダメだ」

 

 俺は首に力を入れて無理矢理漫画から視線を外す。

 漫画には恐ろしい魔力がある。そう、一度読み始めると止まらなくなる事が多いのだ。宝物庫で漫画を読みふけってて捕まりましたなんて大間抜けもいいところだ。

 

 それなら、この漫画もついでに持って行こうかと一瞬考えるが、証拠品を持ち帰るリスクを考えれば、それもやめておいた方がいいだろう。

 

 そうだ、俺はアクシズ教徒とは違うんだ。

 欲望のままに動いて全てを台無しにしたりはしない。

 常にリスクとリターンを考えて動けるクールな男、それが俺だ。

 

 そうやって屈強な精神力で見事漫画の誘惑を断ち切った俺は、今度こそ部屋を出ようと…………してまた止まった。

 

 先程の漫画の隣。

 そこには別の本が置いてあり、それに目を奪われたのだ。

 

 何も分かっていない誰かは、こんな俺を見て「またか」と呆れるかもしれない。「何が屈強な精神力だ」とあざ笑うかもしれない。

 しかし、これに関しては、俺は堂々と言い放つことができる。

 

 

 この本を目にしてスルーできる奴は、男じゃない。

 

 

 それは、表紙からしてやたらと肌色の多いものだった。

 それは、表現するだけで捕まりそうな程に色々とアレで、もう何というか、本当にありがとうございますと頭を下げてしまう程のクオリティを秘めていて。

 

 その表紙の子は、それはそれは柔らかそうで心地よさそうな膨らんだ大きな胸を持っている。

 それを見ているだけで、俺もドキドキとワクワクで胸が膨らみ。

 そして、自然と胸以外のどこかを物理的に膨らませてしまいそうで。

 

 ――何度でも言うが、俺はリスクとリターンを考えて行動できるクールな男。

 ここで理性を失って欲望のままに行動する獣ではない。

 

 だから、俺は少しの間考えて…………それから。

 

 

「あ、御用はお済みですか? それでは結界を張り直しますので、お下がりください」

 

 俺が宝物庫から出ると、魔法使い達は再び長い詠唱を唱えて結界を張る。

 それが終わると、魔法使いの一人が俺の腰に下げられた剣に気付き、驚いた様子で。

 

「そ、その剣は……! まさか、義賊というのはそれを使わなければいけない程の強敵なのですか?」

「え、あー、そ、そうだ。あの義賊は魔王軍幹部クラス……いや、もしかしたら神々にも匹敵する力を持っているかもしれない。だからこそ、その神々がもたらしたとされる神器が必要なのだ」

 

 そんな風に神妙に言ってみると、魔法使い達はゴクリと喉を鳴らして緊張感を露わにする。

 

 こういった反応を見ると、自分が本当にとんでもない物を持ちだそうとしているのだと実感する。

 しかし、これはあくまでクリスに預ける物だ。リスクはかなりあるが、人に押し付けられる物であればまだ許容できる。

 

 そして、俺の懐に大切にしまい込まれたお宝。

 これを持っていく理由については、単純明快だ。

 この本には男の欲望が詰まっていて、どんなリスクがあってもそれを遥かに上回る程のリターンがある。ただ、それだけの話だ。

 

 

***

 

 

 続いてやって来たのは、本命の拡声魔道具が置かれている部屋だ。

 ここまでの道中では、城に待機している数人の騎士と出会い、俺が腰に下げている剣を見て慌てた様子で色々と尋ねてきたが、周りの魔法使い達と一緒にクレアの名前を出して説明すればすぐに納得してくれた。

 

 魔法使い達に結界を解いてもらうと、俺は部屋の中に入る。

 そこには、広い王都全体に声を届けるというだけあって、今まで見たこともないような大規模な魔道具が置かれていた。

 

 少し心配だったのは、使い方が分からなかったらどうしようという事だったのだが、ざっと見た限りでは基本的なところは通常の拡声魔道具と同じらしく、何とかなりそうだ。商人やってて魔道具には慣れているというのも良かった。

 

 例によって魔法使い達は部屋の前で待機している。俺が魔道具を使った後に再び結界を張り直す必要があるからだ。

 ここで問題なのは、この状況で拡声魔道具を使ってアクシズ教の宣伝なんかやれば、真っ先に彼らが飛び込んでくるという事だ。彼らは魔法使いとしてかなり優秀みたいだし、まともに戦うのは危険だ。

 

 というわけで、ここはアサシンっぽく気付かれないように速やかに全員を無力化させる。

 もしも騒ぎにでもなれば、城に残っている騎士達も集まってくるだろうし、目的を達成するのが一気に困難になってくる。ここが前半の山場だ。

 

 俺は小さく息をついて覚悟を決めると、外に呼びかけた。

 

「すまない、魔道具の使い方がよく分からないのだが……誰か教えてもらえないか?」

「あ、はい、では自分が」

 

 俺の言葉に、一人の魔法使いが答えて部屋に入ってくる。

 そして、俺が立っている側にある魔道具のところまでやって来て、説明を始めてくれる。

 

「まず、このボタンを押すんです。すると、ここに光が灯りますので、その後」

「『サイレント』」

「……え?」

 

 予め詠唱を終えていた俺が急に魔法を使ったので、魔法使いはきょとんとした表情でこちらを見てくる。

 その隙に俺は素早く相手の手を掴み、次のスキル、ドレインタッチを発動する!

 

「なっ、あああああああああああああああああああっっ!!!!!!」

 

 体力と魔力を一気に吸い取られた魔法使いは、すぐに意識を失ってしまった。

 

 ……あれ、思ってたよりもすぐに落とせたな。

 体力はそこまでない魔法使いといっても王城にいるくらいだし、もう少し手こずるかと思ったけど、こんなにあっさり終わるとは。

 

 というか、なんか妙に調子が良い感じで、魔力もみなぎってくる気がする。

 なんだろう、もしかして先程宝物庫から持ってきた神器と思われる剣の効果なのか?

 

 どちらにせよ、俺にとっては好都合だ。

 やっぱり俺は運が良い。これも日頃の行いが良いから、幸運の女神エリス様が応援してくれてるとかそんな事なのかもしれない。

 

 その後俺は、ドレインタッチによって気を失った魔法使いを部屋の隅に連れて行って、物陰に隠す。

 先程俺がドレインタッチをかけた時に大声を出されてしまったが、消音の魔法によって、外で待機している他の魔法使い達には聞こえておらず、部屋の異変には気付いていない。

 

 次に、俺は部屋にかけた消音魔法を解除すると、部屋の電気を消す。

 その後、魔力ロープを入り口付近の床に広げてその一端を手で掴み、潜伏スキルを発動。

 そして、今気絶させたばかりの魔法使いの声真似をして。

 

「おーい、なんかこの魔道具、調子が悪いみたいだ! 悪いけど、お前らも来て見てくれないか?」

「調子が悪い? 昨日の魔王軍襲撃警報を出した時はそんな事なかったけどな……」

「お前がどっか変なところ弄って壊しちゃったとかじゃないだろうなー」

「ははっ、それが本当だったら減給じゃ済まないぞ?」

 

 そんな事を言いながら、部屋に入ってくる三人。

 しかし、すぐに部屋の異変に気付く。

 

「……あれ、なんで明かり点けてないんですか? あと、あいつはどこに?」

 

 きょろきょろと辺りを見渡す三人。

しかし、部屋の暗さもあって、足元にあるロープには気付いていない。

 

俺は真っ直ぐ手を突き出して。

 

「『サイレント』……『バインド』っっ!!」

「「「むぐぅぅっ!?」」」

 

 突然足元から伸び上がってきたロープが三人をまとめて縛り、魔法を唱えられないようにしっかりと口も封じた。

 普通に拘束スキルを使っていたら、三人まとめてなんて上手くいかずに、誰か一人くらいは避けられていたかもしれないが、こうして罠を張っておけば案外何とかなるものだ。

それに、やっぱり今日はなんか絶好調な感じがする。ロープが巻き付くのもいつもより速かった。

 

 その後、俺は三人をドレインタッチで気絶させ、一人目の側に寝かせる。

 これで準備万端だ。後は拡声魔道具とゼスタから預かってきた録音魔道具を使ってアクシズ教の宣伝文句を王都に流せばミッション終了で、紅魔祭は守られる。

 

 それから俺は懐から録音の魔道具を取り出し、念の為最後の確認として盗聴スキルを使って周囲の音を拾って誰にも怪しまれていないことを確認しようと…………したその時。

 

 

『結界魔法使いが持ち場にいないとは……まさか、あるえ殿の言う通り、本当にあの銀髪の義賊が囮だというのか……?』

 

 

 ビクッと全身が震えた。冷や汗が噴き出してくる。

 突然のことに、一瞬頭が真っ白になって何も考えられなくなるが、すぐに呆然としている場合ではないと気付いて懸命に頭を回し始める。

 

 なんてこった……クレアの声だ! もうかなり近くまで来てる!

くそったれ、またあるえの奴がやりやがった!

 

 ど、どうする……!?

 クレアの声の他に鎧がガチャガチャ鳴ってたり、魔法使いのマントの衣擦れの音もするし、それなりの戦力を連れて来ている可能性が高い。

 

 もう諦めてさっさと逃げるか……いや、ダメだ!

 ここまで来たんだ、今更やめられるか!

 

 俺は覚悟を決めると、拡声魔道具を起動すると同時に録音魔道具のスイッチを入れる。

 すると、アクシズ教最高責任者ゼスタの声が、王都中に響き渡る。

 

 

『あなたは今、幸せですか?』

 

 

 …………あれ。

 てっきり、いつものハイテンションというか、狂気に満ちた調子で最初から飛ばしていくかと思っていたが、意外にも出だしは静かな口調だ。

 

 ゼスタの言葉は続く。

 

『この世知辛い世界で日々懸命に生きていく中で、本当の幸せというものは見えにくくなりがちです。今一度、ご自分の胸に手を当てて考えてみてください。あなたにとっての幸せとは? 望みとは? 何でも好きなことをしていいと言われた時、あなたは何がしたいのか?』

 

 一応は真面目なことを言っているように思える。

 思えるのだが、これを言っているのがアクシズ教徒だという情報が加わった途端、一気に胡散臭いものに変わるのだから言葉というのは不思議だ。

 

 というか、俺にはもうゼスタが何を言いたいのか予想がつき始めている。

 

『そう、皆さんは己の欲求を抑え過ぎているのです! やりたい事をやりたいようにやる。それは世間ではワガママだとか空気が読めないだとか愚かなことを言われたりもしますが、そんな言葉は聞かなくてもよいのです! 本当の自分を抑えた人生に意味はあるのでしょうか!? いいや、ない!! 断じてありませんとも!!!』

 

 話している内にだんだんと口調にも熱が入ってきたようだ。

 あと、自分を抑えた人生云々は、以前に俺も同じようなことを言ったような……いや、きっと気のせいだ、うん。俺はアクシズ教徒なんかとは違う……はずだ。

 

『今は苦しいけど、我慢すれば後できっと報われる? そんな保証はどこにもない! 不確定な未来よりも確実な今を好きに生きる、それのどこに責められる要素があるというのでしょうか! 好きな時に好きなものを食べ、好きな時に寝て、悪魔やアンデッド以外であれば身分種族老若男女関係なく、好きな人を好きなだけ愛でる! それこそが、生物として正しい姿なのです!!』

 

 どうしよう、聞けば聞く程ろくでもない教えだ。

 こんなのを王都中に響かせるとか、今更だけど俺、本当にとんでもない事しちゃってるんだな……なんか冷や汗かいてきた……。

 

『しかし、そんな生物として当たり前の自由を、世間は許してくれないでしょう。でも、大丈夫です! 世間は許さずとも、アクア様は許して下さいます! 自分を抑えることなかれ、本能のままに生きなさい。それが偉大なるアクア様の教えなのです!! さぁ、あなたも我々アクシズ教の同志となり、何にも縛られないこの素晴らしい人生を謳歌しましょう!!!』

 

 それからゼスタは、結婚可能年齢の引き下げやら、悪魔やアンデッドの撲滅、エリス教への罵詈雑言などを好き放題に言いまくり、狂気に満ちた放送はようやく終了した。

 

 その直後、部屋の外で真っ直ぐこちらへ向かって来る複数の足音が聞こえてくる。

 おそらく、先程まではあまりの事態に呆けきっていたのだろう。放送が終わった瞬間、我に返ったといったところだろうか。

 

 それから少しすると、凄まじい轟音と共に部屋の扉が吹き飛ばされた!

 

 

「何をやっている愚か者がああああああああああ!!!!! こんな事をして許されると思うな!! 覚悟しろアクシズ教徒…………ん?」

 

 

 青筋をビキビキ立てた恐ろしい形相で部屋に入ってきたのはクレア。

 その後ろでは、王城の騎士や魔法使いが臨戦態勢で控えていた。

 

 普通に考えれば、この状況を打破するのは相当な実力がないと無理だろう。それこそ、冒険者であれば新聞の格付けランキングで上位になるようなトップレベルでもなければ。

 当然、俺が正面からまともにどうにかしようと思った所で、一瞬で捕まって終わりだ。

 

 しかし、俺は元々そんな正攻法を取るような男じゃない。

 どんな手段を使ってでも、最大限自分が安全かつ確実に有利になれる状況にもっていく、それが俺だ。

 

 部屋に入ってきたクレアや他の人達は困惑した様子で。

 

「クレア様、犯人らしき者はどこにも……あ、結界担当の魔法使い達が倒れています! 騎士も一人!」

「くっ、もう逃げた後だったか……! お前達、大丈夫か!」

 

 そう、俺はあえて逃げないという選択肢を取った。

 

 今の俺は鎧を身に着けていて、端から見れば王城の騎士の一人にしか見えない。

 つまり、わざわざ慌てて逃げる必要もなく、こうして倒れた状態で賊にやられたように装っていれば自然にこの場をやり過ごすことができるのだ。

 

 予定では普通に逃げるつもりだったが、あるえのせいで想定以上に早く、そして大勢の人間が集まってきてしまったので何とか捻り出した策だったが、我ながら良い思い付きだ。まったく、自分の有能さが恐ろしい……。

 

 俺はよろよろと起き上がる演技をしながら、クレアに怪しまれないように声を変えて。

 

「ク、クレア様……申し訳ありません、賊を逃がしてしまいました……今頃はもう城を出ていることでしょう。我々の傷は命に関わるものではありません、構わず追ってください……!」

「……分かった。よく戦ってくれたな、後は私達に任せておけ…………ん?」

 

 言葉の途中で、クレアが訝しげな表情を見せる。

 え、な、なんだ……何かやっちまったか……? 怪しまれる要素はなかったと思うけど……。

 

 漠然とした不安が胸の中に広がっていくのを感じながら、俺は恐る恐るクレアに提言する。

 

「あ、あの、クレア様? 急がないと賊が……」

「……一つ、聞いてもいいか」

「……な、なんなりと」

 

 

「その腰に下げている剣はどうした? それは城の宝物庫で厳重に保管されている聖剣のはずだが」

 

 

 し、しまったあああああああああああああ!!

 

 ぶわっと、嫌な汗が全身から吹き出る。

 やばい、すっかり忘れてた……ど、どうする!?

 

 ここに来るまでにも、この聖剣を見た他の騎士達に事情を聞かれたりもしたが、クレアの名前を出せば納得させることができた。

 しかし、今回は相手がクレアなのでその手は使えない……しかも上層部にいる人間なので、他の偉い人の名前を出しても自分の耳に入っていないのはおかしいと結局怪しまれる予感しかしない!

 

 それでも俺は懸命に頭を回して言い訳を捻り出す。

 

「こ、これは……その、しゅ、趣味です! やはり騎士として聖剣というものには憧れがありまして、鍛冶屋に頼んで聖剣に似せて作ってもらった特注品で……!」

 

 それを聞いたクレアは、後ろに控えていた魔法使いの一人に尋ねる。

 

「と言っているが、どうだ?」

「い、いえ、本物ですよあれ……明らかに神器級の凄まじい魔力を感じます……」

「…………」

「…………」

 

 不穏な空気が部屋に充満し、クレアの後ろに控えている者達も再び臨戦態勢を整えながら、敵意のこもった視線を突き刺してくる。

 そして、クレアは剣を抜きながら。

 

「貴様、何者だ? その鎧を脱いでもらおうか」

「…………」

「……? 何を小声でブツブツ言っている。言いたいことがあるなら」

 

 

「『フラッシュ』!!」

 

 

 直後、目も眩む閃光が部屋を埋め尽くした!

 

 

***

 

 

「こっちだ! こっちに逃げたぞ! 聖剣を盗まれた!! 絶対に逃がすな!!」

 

 

 クレアの大声が城内に響き渡る。

 

 目眩ましの魔法によってクレア達の視界を奪った隙に何とか部屋を脱出したのだが、向こうも王城の騎士や魔法使いだ、すぐに回復して俺を追いかけてきていた。

 

 ただ、ちゃんと全員に効いてくれたというだけでも、俺にとってはラッキーだった。何というか、今日の俺の魔法は発動速度や威力が普段とは一味違う気がする。この人生のピンチに、ついに俺の秘められし力が覚醒したのだろうか。

 ……何をその辺の紅魔族みたいな訳分からん設定作ってるんだ俺は、これは精神的に相当参っているのかもしれない。

 

 今の俺は重い鎧を脱いで、黒装束姿でバニルから貰った仮面をつけている。

 これなら姿を見られても俺だとはバレないだろうし、実際にクレア達も気付いていないようだが、何かの拍子に仮面が外れたり壊されたりしたら終わりなので綱渡りをしていることには変わりない。

 

 一旦どこかに姿を隠してから着替えて聖剣を隠し、盗賊ではなく冒険者カズマさんとして何食わぬ顔でいれば誤魔化せるかもというのは考えたが、かなり危険な気がしたので選択肢からは外した。

 義賊を追っているはずの俺が城の中にいるのは怪しいし、スキルも色々使ってしまったので、俺と盗賊を結び付けられる可能性が高いからだ。それがなくたって、数多くのスキルを使っていたというだけで、結局俺が疑われるんじゃないかと心配なくらいだ。

 

 そんな事を考えていると、背後からは魔法使い達が詠唱を始める声が聞こえてくる。

 それに対し、慌てて顔だけ振り返った瞬間。

 

「『ライトニング』!!」

「『ファイアーボール』!!」

 

 魔法使い達の杖の先から白い稲妻と赤い火球が飛び出し、真っ直ぐ俺へと飛んで来る!

 俺は走ったまま、片手を後ろに向けて。

 

「くっ……『リフレクト』!!」

「「なっ!?」」

 

 先にこちらに到達した稲妻を跳ね返し、同じく向かって来ていた火球に当てて相殺する。

 背後ではざわざわと、

 

「今のはプリーストの反射魔法だろ!? さっきは目眩ましの魔法も使っていたし、どれだけ多彩なスキルを持っているんだ!」

「しかも、使い方が上手いぞ! 最小限の魔力で最大の効果が出るように使ってくる! これ程の者が何故アクシズ教のテロリストなんてやっているんだ……!」

 

 何やら褒められているようだが、こっちとしてはそれに対して喜んでいられる余裕などない。表向きは冷静を装ってはいるが、実際の所はかなりギリギリで、少しでも何かがズレれば危ない状態で何とか捌いているのだ。

 

 神経をすり減らすようなスキルの応酬の中で、俺はギリギリと歯噛みする。

 

 まったく、本当にどうしてこうなった!

 俺は卒業が近いゆんゆんやめぐみんに少しでも学校行事を楽しんでもらいたいと思っただけなのに、気付けば腰に聖剣をぶら下げた状態でアクシズ教徒のテロリストとして王城内を追いかけられている。

 

 それもこれもやっぱりあの頭のおかしいアクシズ教徒のせいだ。

この件が終わったら、もうあんなのとは金輪際近付かないようにしよう、絶対。元々、今回だってあるえがどうしてもって言うから仕方なかっただけで、俺は最初からアクシズ教徒を撮るなんて反対だったんだ。

 

 そうだ、これが片付けばそれでアクシズ教とはお終い。もう今後二度と関わることもないだろう。

 そう思えば、もう少し頑張れる。というか、頑張らないと人生が終わる。

 

 出来ることなら、昨日の義賊のように窓からさっさと出て行きたい。

 しかし、当然それは既にやろうとはしてみたのだが……。

 

「……くそっ! やっぱここもダメか!」

 

 近くにあった窓に手をかけて開けようとするが、まるで接着剤か何かで固定されているかのようにびくともしない。

 作戦前に城を調べた時は窓も普通に開いたので、非常時にすぐに全ての窓に対して防護魔法がかかるような仕組みを用意していたのだろう。俺のブレイクスペルでは解除できない程に強力なものだ。

 

 考えてみれば、昨日は義賊にまんまと窓から逃げられたので、何か対策を講じているのは当然だ。最初に窓を殴ったりして割ろうとしなくて良かった。そんな事していたら、割れていたのは俺の拳の方だ。

 

 窓が使えないとなると、普通に階段を使って下まで降りて脱出するというのも考えたのだが、ここまでするのだから入り口の扉も開かないようにされているだろう。

 これは完全に閉じ込められたかもしれない、と内心どんどん焦ってきていると。

 

「『ライトニング』!!」

 

 バチッ!! と白い稲妻が飛んできたので、慌てて身を伏せて避ける。

 稲妻は窓にぶつかり消滅したが、窓の方は傷一つ付いていない。これで割れてくれる程甘くはないらしい。

 

 …………いや、待てよ?

 

 俺は再び背後を窺う。

 追っ手は魔法使いだけではなく騎士もいるのだが、そちらは逃走スキルを使っている俺に追い付くことはできず、現状では遠距離攻撃の魔法でしか俺の元までは届かない。

 どうやら弓兵の方は、義賊の方に人員を割かれているようで、この場にはまだ到着していないようだ。

 

 俺はゴクッと喉を鳴らし、魔法使いの次の攻撃に備える。

 向こうは速度重視の電撃魔法ライトニングによる攻撃に絞ったらしい。それはこっちとしても反射魔法のタイミングを合わせるのが難しくなるので、直撃してしまうリスクが更に上がった。

 

 この状況は俺の力だけではどうにもならない。

 むしろ、今まで俺の力だけでどうにかなる状況というものの方が少なかったかもしれない。普通の紅魔族であれば、大抵のことは自力で何とかしてしまえるのだろうが、俺はアークウィザードにもなれなかった紅魔族の落ちこぼれだ。

 

 だから、俺は自分の力以外も遠慮無く利用する。

 そして、利用できる力というのは、何も味方のものだけとは限らない。

 

 

「「『ライトニング』!!!!!」」

 

 

 魔法使い達が一斉に電撃魔法を放つ!

 

 少しでもズレたら致命的だ。

 俺はここまで集中した事がないんじゃないかというくらい極限まで集中して、タイミングを測る。体を逸らして、電撃の進行方向から逃れるようにしながら、手を伸ばして。

 

 …………ここだ!

 

 

「『リフレクト』ッッ!!!!!」

 

 

 複数の稲妻は俺の魔法により跳ね返る。

 しかし、相手の方に向かって、ではない。

 

 反射角を調整した結果、複数の稲妻は全て一つの窓へと一斉に叩きこまれた!

 

 窓にかけられた防護魔法は、電撃魔法が一発当たっただけではビクともしなかった。

 しかし、それが何発も同時に、となるとどうだろう?

 俺は祈りながら窓を見つめる。

 

 そして、確かに聞こえた。

 ピシリ、と何かがひび割れるような、その音を。

 すかさず俺はその窓へと手をかざし、大量の魔力を込めて詠唱し、叫ぶ!

 

 

「『カースド・ライトニング』!!!!!」

 

 

 飛び出した黒い稲妻は勢い良く窓へと向かい、直撃。

 既に複数の電撃魔法によってダメージを受けていた上に、更に一撃が加わった結果。

 

 

 ガシャァァン!! と、ついに防護魔法を貫通して窓が枠ごと大破した!

 

 

「しまっ……」

 

 

 それは俺に攻撃した魔法使いの一人の声だったか。

 そんな声を背後に聞きながら、俺は何の躊躇もなく窓から夜空へと飛び立った。

 

 

***

 

 

 窓から脱出した俺は、そのままかなりの高さから重力によって落下していくが、地面が近付いてきた所で風の魔法を使って安全に着地する。

 もちろん、上にいる魔法使い達も同じことができるので、皆一斉に俺を追って飛び下りてくる…………が、そこはちゃんと対策を考えてある。

 

 俺は、魔法使い達が落ちてくる先の地面の辺りに手をかざして、予め詠唱しておいた魔法を発動させる。

 

「『ボトムレス・スワンプ』!!」

「「どわああああああああっ!?」」

 

 彼らが着地しようとした瞬間、そこを底なし沼へと変えたことで、見事に全員まとめてはまってくれた。

 流石に溺れさせるわけにはいかないので、ロープを投げて助けてやるが、その時にきっちりドレンタッチで気絶させておくことは忘れない。これで、先程から大分消費していた魔力も全回復できた。

 

 すると、上からクレアの怒鳴り声が聞こえてくる。

 

「馬鹿者!! 全員一度に下りる事もないだろう!!! 仕方ない、扉や窓にかけた監禁魔法の解除を急げ!! 我々は下の扉から出て奴を追うぞ!!!」

「し、しかしクレア様、今、城内に残っている魔法使いは、最初に賊にやられて気絶していた結界担当の者達だけで……!!」

「くっ……起こすしかないだろう!! 何とかやってもらうしかない!!」

 

 クレア達が焦るのも当然だ、こうやって魔法使いが全員やられてしまえば、騎士達だけではあの高さから下りるのは難しい。ロープを使ってどうこうなる高さでもない。

 そして、俺が最初に気絶させた結界用の魔法使い達は、ドレインタッチによって体力と魔力をほとんど空にされている。魔力はマナタイトで何とかなったとしても、体力の方は回復するまでしばらく時間がかかるだろう。

 

 俺は淡い期待を込めて、テレポートを唱えてみる。

 しかし、やはりまだ発動することはなく、この結界は城の中だけではなく敷地内全てが効果範囲だという事が分かる。

 

 それなら、早いところこの敷地内から出るだけだ。

 

 少し走ると、城の敷地と外を区切る塀が見えてくる。

 俺のことは城内に閉じ込めて捕まえるつもりだったためか、城の外では特に誰にも見つからないままあっさりとここまで来れた。やはり、ほとんどの人員は銀髪の義賊の方に割かれているのだろう。

 

 とにかく、これでやっとゴールだ!

 

 一刻も早くこの神経をすり減らすような大捕り物から解放されたい俺は、すぐに鉤付き魔力ロープを取り出し、塀の上に引っ掛けようと投げた。

 

 しかし、その直後だった。

 ぞくっと、敵感知に何かが反応した。

 

 

「逃さないよ」

 

 

 ズバン! と、魔力ロープが切断された。

 えっ……き、切られた……?

 

 思わずロープの切断面を呆然と見つめてしまう。

 俺の魔力ロープは金に物を言わせた特注品で、大型モンスターが引っ張り合ってもビクともしない強度と耐久性を持っている。実際使い始めてもう二年くらいになるが、切られたことなんて一度もなかった。

 

 こんな芸当は普通の騎士にできるものじゃない。

 それこそ、人の力を超越したような…………あ。

 

 そうだ……こんな馬鹿げた力を振りかざす奴なんて、あいつしかいない。義賊が現れる前に、城の中で会ったじゃねえか。

 そして、答え合わせをするように、暗がりから月明かりの下へ一人の男が出てきた。

 

「こんばんは。君は例の銀髪の義賊の仲間、ということでいいのかな? 僕のことは知ってるかい?」

「……知ってるよ、いつも女の子侍らせてるハーレム勇者様カツラギだろ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、そんな風に知られているのか僕は!? あとカツラギじゃなくてミツルギだよ! 肝心な名前が違うじゃないか!!」

 

 カツラギ……もといミツルギはショックを受けた顔をしている。

 

 その手に握られているのは、どんなものでも斬ってしまうと言われている魔剣グラム。

 なるほどな……こんなもんで斬られたら、いくら特注品のロープでも耐えられるわけがない。神器と呼ばれるものは、それだけ常識外れな力を持っている。

 

 俺はミツルギから目を離さないようにしながら、一歩二歩と後ずさる。

 くそっ、大体なんでこいつがこんな所にいるんだよ、あれだけ義賊を追いかけろって前もって念を押しておいたのに!

 

 とにかく、こいつとまともにぶつかるのはマズイ。

 以前、紅魔の里でミツルギと戦った時は、ルールの裏をついて勝つことができたが、今回はルールなしのガチの実戦だ。

 

 そういえば、ミツルギとの決闘に勝った時に「もう俺の邪魔をしない」という約束を結ばせたのだから、ミツルギには正体をバラして見逃してもらうというのも…………いや、流石にこんな事やらかして、正義感の塊であるコイツが見逃してくれるとは思えないな……。

 

 やっぱり、何とかしてこの勇者サマを出し抜かなければならない、と腹をくくった時。

 

 敵感知スキルにまた反応があった! 背後からだ!

 俺が急いで回避の行動を取ると同時に、背後から鋭い声があがる。

 

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!!」

「ぐっ……うおおおおおおおおおおあああああああっ!!」

 

 

 強烈な冷気が広範囲に広がり、透明な氷の柱を次々と生み出していく。

 俺は敵感知スキルで直前に攻撃を察したこともあり、逃走スキルと回避スキルを使って最後は自分から地面に転がるようにしながら、命からがら攻撃範囲から逃れる。

 

 このキレッキレの氷魔法は見覚えがある……!!

 俺はもう涙目になりながら、声がした方を向いて、魔法を撃ってきた者を確認すると。

 

そこにいて、こちらに手をかざしていたのは、ウェーブのかかった長い茶髪の美女。

いつもは赤字にヒーヒー言っている貧乏店主だが、戦闘になるととてつもない強さを発揮する、元凄腕冒険者にして現在は魔王軍幹部のリッチー…………ウィズだった。

 

 あかん……本格的にあかん……!!

 どんどん絶望的になっていく状況にパニック寸前になっていると。

 

「ごめんなさい、ミツルギさん! かわされました!」

「大丈夫、任せてくださいっ!」

「うおっ、ちょ、待っ!!」

 

 地面に転がる俺に対して、すぐさまミツルギが斬りかかってくる!

 俺はそのままゴロゴロと更に地面を転がって二、三度攻撃をかわしながら、掌をミツルギの足元に向けて唱える。

 

「『アンクルスネア』!」

「うっ」

 

 ミツルギの耐性が高いのか、転ばせるところまではいかないが、一瞬足を止めさせてわずかな隙は作れた。

 その隙に立ち上がり、急いでミツルギから距離を取る…………が。

 

「『カースド・ライトニング』!!」

「ひいいいいいいっ!!」

 

 慌てて身をひねると、すぐ近くを黒い稲妻が通過していく。

 俺は全身から冷や汗を噴き出しながら、魔法を撃ったウィズに。

 

「お、おい、殺す気かよ! あの、俺のこと銀髪の義賊の仲間だって思ってんなら、とりあえず生かして情報を聞き出した方がいいんじゃないでしょうか!!」

「大丈夫です、手加減していますので体を貫通したりはしませんよ。万が一大変なことになっても、私の魔道具で何とかしますから安心してください!」

「何も安心できねえ! むしろ不安が大きくなったよ!!」

 

 くそっ、そもそもこの二人を一度に相手するって時点で、無理がありすぎる!

 元々俺のことは城の中に閉じ込めて捕まえる作戦だったはずなのに、どうしてこんな重要な戦力が外にいるんだ。まるで俺が脱出するって予想してたみたいな……。

 

 とにかく、この状況は早く何とかしないとマズイ。

 あまりゆっくりしていては、城の中にいる連中も監禁魔法を解除して外に出てくるかもしれない。

 

 状況的には、魔王軍幹部と神器持ちの勇者様を相手にするという最悪も最悪なものだが、それでもプラス要素を挙げるとすれば、二人共俺の知っている相手ということだ。

 何か……何かないか。二人共、俺がまともにやっても敵わない相手だというのはよく分かっているが、全てが完璧な者も存在しない。二人の欠点もいくつか知っている。そこを上手く利用できれば……。

 

 そうやって必死に突破口を探していると。

 

 

「「か、かっこいい……!!」」

 

 

 この緊迫した状況で場違いな、少女達の声が聞こえてきた。

 そして、その声は聞き覚えのあるもので、俺は嫌な予感がしながらもそちらに視線を送ってみる。

 

「あっ、あるえ、あの盗賊の方、こっち見ましたよ! ちゃんと撮ってますか!?」

「撮ってるから揺らさないでほしいな。それより、演技の方よろしく頼むよ、めぐみん。あとゆんゆん、顔色が悪いけど大丈夫かい?」

「…………」

 

 そこにいたのは、俺が連れてきた紅魔族の少女達だった。

 めぐみん、ゆんゆん、あるえの他、何人もの生徒達が少し離れた所からキラキラと目を輝かせて俺のことを見ている。たぶん、俺の今の黒装束に仮面という格好が紅魔族の琴線に触れるのだろう。

 

 そんな中、ゆんゆんだけが顔を引きつらせて何も言えずにいるようだった。

 やばいな……他の生徒達には気付かれてないみたいだけど、ゆんゆんにはバレてるっぽいぞ……あと、何となくあるえも気付いてる感じがするが、良い映像が取れればそんな事はどうでもいいのだろう。

 

 俺の方もいきなりの展開に反応できずにいると、ミツルギとウィズが慌てた様子で。

 

「なっ、こんな所で何をしているんだ君達は! 危ないから下がって下がって!!」

「そ、そのカメラ、もしかして映画の撮影をしてるんですか!? あの、これはお芝居でも何でもなく、実戦なんですよ!? この人も本物の盗賊です!!」

 

 俺も二人と同意見なんだが、あるえは何を言っているんだというような顔を見せる。

 

「だからこそ撮るのではないですか。魔王軍襲撃の時の撮影で改めて分かりましたが、やっぱりお芝居と本物とでは迫力というものが違いますから。それに、こうして盗賊と対峙できたのも私の策のお陰ですので、このくらいのワガママは許してもらいたいですね」

「ぐっ……そ、それを言われてしまうと……」

 

 あるえの言葉に、ミツルギは言葉に詰まる。

 

 ……なるほどな、またあるえのバカがやりやがったか!

 こんな後一歩のところで都合よくミツルギとウィズが俺の前に立ちはだかるなんて出来過ぎているとは思ったが、こいつがそうなるように誘導したというのなら納得できる。

 

 あるえは普段はぼーっとして何考えてるか分からないし、言ってることも意味不明なことが多いが、他人を観察して行動を予測することに長けていて勘も鋭い。

 普通なら子供の知恵など真面目に聞く者はいないのだろうが、それが知能が高いことで知られる紅魔族であれば話は別だ。実際に、めぐみんが騎士団に仮入団した時は、その知恵を借りて、次に義賊が狙う貴族を特定し、その屋敷に先回りすることもできた。

 

 すると、突然の乱入に俺やミツルギ達が固まっていることをいいことに、めぐみんがノリノリで一歩踏み出して撮影用衣装のマントを翻す。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を操る者! ふっふっふっ、さぁこれで二対二ですよ! 覚悟してください、マツラギにウィズ!!」

「ミツルギだ!! えっ、というか君は盗賊側なの!? 僕達と協力して盗賊を捕まえるって流れじゃないのかい!?」

「何を言っているのですか、こんなカッコイイ盗賊を捕まえてどうするのですか! それに、この方はあの銀髪の義賊の仲間というではないですか。味方しない理由などありません!!」

 

 バカなことを言い出しためぐみんに、ウィズも慌てた様子で監督のあるえの方を向いて。

 

「あの、あるえさん!? この映画って、正義の魔法使いが魔王を倒す王道ストーリーでしたよね!? 少なくとも私はそう聞いていたのですが!」

「うーん、まぁ、悪の魔法使いが悪の魔王を倒すというのもそれはそれで面白そうですし、アリだと思いますよ。その辺りの脚本の変更は上手く調整できます、任せてください」

 

 あるえはぐっと親指を立ててそんなことを言っているが、ミツルギとウィズは微妙な表情を浮かべるしかない。

 何というか、ダークヒーローに憧れるというのは紅魔族らしくはあるんだけど、それを祭りで上映とかしたら後で苦情とか来そうだよな…………俺に。

 

 そんなこんなで、俺には頭のおかしい爆裂狂という仲間ができたわけだが、流石に生徒に大犯罪の片棒を担がせるわけにもいかない。

 

「……よし、じゃあ紅魔族随一の天才よ。君はとりあえず下がって後方支援に集中してくれ。俺のとっておきの必殺スキルは強力だからな、近くにいると巻き込んでしまうかもしれない。他の子達もよろしく頼む」

「っ……は、はい!!」

 

 俺の言葉を聞いて、目をキラキラさせながら大人しく下がる紅魔族の生徒達。

 それだけ俺の必殺スキルに期待しているのだろう。紅魔族はそういった秘められし力だとか、とっておきの秘術やらに並々ならぬ関心を示す人種だ。

 

 ただ、生徒達の中ではゆんゆんだけが、胡散臭そうな顔をして凄く何かを言いたそうにしている。

 しかし、流石にこの場で俺の正体をバラすのはマズイと思ったのか、とりあえずは何も言わないでいてくれている。多分あとで散々説教されるんだろうな……。

 

 ゆんゆんは俺の言葉はハッタリだと思っているようだが、実のところ、一応俺にもこの二人に対してだって通用する奥の手を持っている。

だからあながち丸っきりデマカセというわけではないのだが、それはこっちの命を削るにも等しい代償を伴うので本当にどうしようもなくなった時にしか使いたくない。

 

 最小限の代償で最大限の結果を。

 それは俺がいつも心に刻んでいる行動指針の一つだ。

 

 とはいえ、この二人相手となると、よく考えて動かないと少しのミスが一発で命取りになる。

モンスター戦よりも対人戦の方が得意な俺だが、この状況は明らかにキャパを超えている。

 

 対人戦においては、まずは自分の安全を確保しながら相手の隙を探り、確実にいけると判断できた時初めてこちらからも仕掛けて、的確に急所を突いていくというのが俺にとってのセオリーだ。

しかし、ミツルギはともかく、ウィズとはそれなりに長い付き合いだけど、戦闘では中々隙が見つからない。代わりに商人としては、むしろ弱点だらけなんだけど…………あ。

 

 ここで、名案が浮かび上がった。

 対峙するミツルギは、こちらを警戒しながら。

 

「必殺スキルといったか? 何を温存しているのかは知らないけど、そう簡単にやられる程僕達も甘くはないよ」

 

 よし、ちょうどミツルギが良い流れを振ってくれた。

 ここは乗っておくしかない。

 

「くくっ、それはどうかな? 俺の必殺スキルの威力は凄まじいぞ。高レベルのクルセイダーであっても耐えられるかどうかといった所だろうな」

「くっ……そんな脅しで僕達が引くと思ったか! 例えお前がどれ程の実力者であっても、僕達はかならず打ち勝ってみせる!!」

「はい! 私も最後まで精一杯…………あっ!」

 

 ここでウィズは何かを思いついたようで、顔色を変える。

 そう、凄腕魔法使いの顔から、ポンコツ商人の顔へと。

 

「…………ふふふ。大丈夫ですよ、ミツルギさん! 私、例えどれだけ強力な攻撃だろうが防いでしまう、とっておきの魔道具を持っていますから!!」

「えっ……そ、それって……」

「えぇ、ミツルギさんには一度お話しましたよね。そうです、この魔道具を使えば絶大なる防御力を手に入れることができます! 耐性全般が著しく下がってしまいますが、いかなる物理攻撃、魔法攻撃でもダメージを受けなくなるのであれば大したデメリットではありません!!」

「ちょっ、待っ……!!」

 

 ミツルギが慌てて止めようとするが、ウィズは手にしていた黒いキューブ型の魔道具を口に入れた。

 そして、清々しい程までのドヤ顔を浮かべて両手を広げる。

 

「さぁ、どんな強力なスキルでもお好きに撃ってみてください! 今の私なら、爆裂魔法でも耐え切る自信がありますよ!! あとミツルギさん、この素晴らしい魔道具をお買い求めの際は、アクセルのウィズ魔道具店までどうぞ!! こちらのセット販売でしたら更にお安くな」

「『スリープ』」

「むにゃ……」

「ああっ!!! ウィズさん!?」

 

 何やら黒いキューブがいくつか入った小瓶を取り出して店の宣伝まで始めたウィズだったが、俺の魔法でいとも簡単にぐっすりと眠ってしまった。

 

 そう、耐性が下がるというのは、こういう致命的な欠点があるのだ。

 本来であればリッチーを状態異常にするなんて、余程の大魔法使いでもない限り不可能だが、今のウィズは俺の魔法ですら簡単に通ってしまうくらい貧弱な耐性になってしまっている。

 

 まぁ、状態異常を使ってこないような相手であれば有用な魔道具なのかもしれないけど、俺みたいな、スキルの威力よりも種類で勝負するような相手にこれは大悪手というしかない。状態異常系の魔法なんてのは、俺にとってはメインスキルみたいなもんだしな。

 

 とにかく、これで厄介な相手を一人処理できた。

 あとはこの勇者候補サマをどうするかだが…………と考えていたら。

 

「……え、もしかしてあれが必殺スキル……?」

「何というか……地味……」

「うん……この残念な感じ、先生に通ずるものがあるよね……」

 

 離れた所にいる生徒達からの心ない声がグサグサと刺さる……き、聞くな、集中しろ俺!

 一応めぐみんはまだフォローしてくれる気があるようで。

 

「ま、まぁ、流石にあの二人を同時に相手にするのは大変ですしね! ここからは魔剣の人との一対一ですし、きっとカッコイイところを見せてくれるはずですよ!」

 

 その言葉は俺にとって嬉しいものだったが、ゆんゆんが困った様子で。

 

「う、うーん、それはなさそうだけど…………ねぇめぐみん、まだ何も気付かない? あの盗賊の正体って兄さんだと思うんだけど……」

「また変なことを言い出しましたよこの子は。ゆんゆんは普段から言動がおかしいとは思っていましたが、流石にブラコンこじらせ過ぎですよ。あの方は銀髪の義賊の仲間ですよ? 先生はただの賊にはなってもおかしくありませんが、間違っても義賊なんて柄ではないでしょう」

「うっ……そ、そう言われると何も言い返せないんだけど……でも……」

 

 酷い言われようだが、俺自身も何も言い返せないのが悲しい。

 まぁ、正体バレなくて良かったと思うことにしよう……うん……。

 

 気を取り直して目の前のミツルギに集中する。

 向こうも剣を構えて警戒していて隙がない。あとはコイツさえ何とかできれば逃げられるのに、最後の最後で面倒な奴が立ち塞がったもんだ。主にあるえのせいだけど。

 

 とにかく、何とかしてこの勇者候補サマを出し抜かなければならない。

 俺が持っているスキルの中で、最も簡単に相手を無力化できるものは拘束スキルだ。

 

 このスキルは、拘束成功確率は運によって左右され、使われるロープやワイヤーの質次第ではどんな強力なモンスターでも無力化させられる。つまり、運や金だけはある俺とは相性が良い。

俺の持ってるミスリル合金ワイヤーであれば、いかにミツルギであれど縛られてしまえば自力での脱出は不可能だろう。

 

 しかし、ここで問題になってくるのは、あいつの持つ魔剣グラムだ。

 あれがある限り、どんなに強力なワイヤーを用意したとしても、縛る前に斬られてしまう。流石に神器というだけあって、ホント理不尽だなあの剣…………あれ、そういえば。

 

 俺はふと思い出して腰にある聖剣に目をやる。

 そうだ、今は俺だって神器を持っているんだった。

 

 …………これは使えるかもしれない。

 

 俺はゆっくりと鞘から聖剣を抜き、構えた。

 何だかこうしていると、俺も勇者サマになったような気分がして、こんな状況でも気持ちが昂ぶってくる。

 

 対するミツルギは怪訝そうな表情を浮かべて。

 

「……何の真似だい? それは聖剣に認められた者にしか扱えないはずだよ。代々勇者の血を継いできた王族ならともかく、他の者が使った所でただの装飾剣と変わらないよ」

「ふっ、それはどうかな?」

 

 俺がそう言うと、聖剣が発光し始める。

 それを見たミツルギは目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。

 

「なっ……バ、バカな、ありえない!! 何故聖剣を使えるんだ!? ま、まさか……君は勇者の血を引いているとでも言うのか!?」

「さぁ、どうだろうな。そんなことより、お前はまずこの聖剣の一撃をどうするか考えた方がいいぞ。神器による一撃の威力は、お前自身が一番よく分かってるだろ?」

「くっ……!!」

 

 ミツルギは顔をしかめながら、改めて魔剣を構えて備える。

 この聖剣が本来の力を発揮した場合、いかに魔剣グラムがあろうともただでは済まないというのが分かっているのだろう。

 

 少し離れた所では、先程は少しテンションが落ちていた紅魔族の生徒達が、再び目をキラキラさせて俺達を見ている。

 

「聖剣と魔剣の激突だ……! どっちが勝つかな!?」

「決着はつかないと見たね! 光と闇が衝突した瞬間、次元の歪みが発生して二人共そこに飲み込まれちゃうんだよきっと!!」

「いやいや、ぶつかる前に新たな第三勢力が現れると思う! 光にも闇にも属さない、“無”の力を持った最強の存在に、二人共いっぺんにやられちゃうっていう流れだよ!! そう、そしてその最強の存在こそが、封印されし真の私だった……みたいな!」

 

 ……なんだろう。

 もちろん、生徒達が妄想しているような物騒なことは起きないんだが、“次元の歪みに飲み込まれる”ってのが妙に気になる。なんか、頭の奥底で引っかかるような…………うーん、わからん。

 

 一方で、ゆんゆんは首を傾げて。

 

「……ねぇ、あの聖剣、凄く光ってはいるけど何か変じゃない? あの剣からは確かに凄い魔力を感じるんだけど、光の方からは大した魔力は感じないというか…………どう思う、めぐみん?」

「そうですね、ゆんゆんは空気の読めない痛い子だと思います。なに真面目にそこに突っ込んでるんですか、そんなんですから人間の友達が増えないんですよ」

「ええっ!? そ、そこは突っ込んじゃダメだったの!? 私って空気読めないの!?」

 

 ゆんゆんとめぐみんの会話に、冷や汗が出る。

 恐る恐るミツルギのことを観察するが、どうやら目の前にある聖剣に集中している様子で、あの二人の会話は耳に入っていないようだ。

 

 安心してほっと一息つく。

 魔力感知に長けている紅魔族にはすぐにネタが分かってしまうようだが、ミツルギにさえバレなければ問題ない。

 

 そして、この演出にはあるえもノリノリで眼帯をくいっと上げつつ。

 

「王家に伝わる聖剣による最強の一撃。その名は『セイクリッド・エクスプロージョン』……」

「ま、待ってください、待ってくださいよあるえ! それじゃ完全に爆裂魔法の上位互換じゃないですか!! 爆裂魔法よりも上位の攻撃なんて私は認めませんよ!!!」

「分かったよ、じゃあ『セイクリッド・エクスプロード』にでもしようか」

「語尾しか変わってないじゃないですか!! あるえは爆裂魔法がどれだけ特別な魔法なのか全く分かっていませんね! いいですか? まず爆裂魔法とは」

 

 何やらめぐみんが面倒くさそうなことを言っているが、あるえは聞き流している様子で、俺に対して意味深な視線を送ってくる。

 ……なんだよ、もしかして今あいつが言った技名を叫べとでも言いたいのか。まぁ、そういうそれっぽい演出は俺の作戦ではプラスに働くだろうし、いいけどさ……。

 

 俺は静かに早口で詠唱を始めながら、光り輝く聖剣を掲げる。

 対するミツルギは顔に緊張の色を浮かべながらも、目には力強い光を灯しながら俺を真っ直ぐ見据えている。

 

「来るなら来い!! いずれ魔王を倒す者として、もう誰にも負けてたまるものか!!」

 

 ミツルギの熱い言葉に応えるように、俺も声を張り上げる。

 

 

「俺にだって負けられない理由はある! いくぞ、魔剣の勇者!! 俺の最強の一撃をくらえ!! 『セイクリッド・エクス』…………『フラッシュ』!!!」

 

 

 俺は剣を掲げたまま振り下ろさずに、目眩ましの魔法を放った。

 眩い閃光が辺り一帯を飲み込む。

 

 うん、俺が伝説の聖剣なんて使えるはずないじゃないですか。剣が光っていたのも、単に俺が魔法で光らせていただけ。

この前の魔王軍との戦いの撮影で、めぐみんが爆裂魔法を撃つかのように見せかけた仕掛けと似たようなものだ。

 

 生徒達はこの目眩ましは予測していたらしく、全員が目を閉じて回避したようで、あるえは少し考えこんだ様子を見せながら。

 

「結局目眩ましっていうのは何とも言えないけど、一応演出的には良かったし、見た目だけなら派手だし合格点かな」

 

 その言葉に、周りの生徒達も「でももっと雷の魔法とか使って派手に演出できたんじゃないかな」やら「口上のインパクトがもう一つね」やら、好き放題批評し始める。

 あいつら、これが見世物か何かだと思ってやがるな……こっちはどんだけ必死だと思ってやがる……!

 

 しかし、今はそれに対して文句を言っている暇はない。

 俺はすぐに塀に向かって走り出し、魔力ロープを取り出す。先程はミツルギに斬られてしまったが、魔力で伸ばせばまだまだ使える。強度は落ちてしまうが、それもまだ問題ない程度だ。

 

 視界を奪われたミツルギはしばらく動けないだろう。

これでようやく逃げきれる…………と思ったその時。

 

 ぞくっと、敵感知スキルが背後からの危機を知らせる。

 

「っ!?」

 

 背後を確認する余裕もなく慌てて横へと体を逸らすと、ブォン! とすぐ近くを魔剣が通過した! あっぶねえ!!

 足元でゴトッと音がしたので目だけを動かしてそちらを見ると、どうやら今の魔剣の一撃で腰の留め具が斬られたらしく、聖剣の鞘が地面に転がっていた。

 

 ここでようやく俺が背後に向き直ると、ミツルギが追撃を加えようとしているところだった。

 

 どうして目眩ましが効かなかったのかは気になるし、落としてしまった聖剣の鞘も回収しなくてはいけないのだが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。ミツルギは既に魔剣を振り上げている。

 

 そのまま魔剣がこちらに振り下ろされる瞬間、俺は手にしていた聖剣を横に構えて受け止めようとする。

 

「っ!? くっ……!!」

 

 魔剣が聖剣に当たる寸前で、ミツルギは振り下ろすのを止めた。

 俺はその苦々しげな顔を見て口元をニヤつかせながら。

 

「そうだよな、いくら聖剣でもそんな魔剣で斬られたらどうなるか分かんねえもんなぁ! ほら、斬れるもんなら斬ってみろよ! ほらほらほいってええええええ!!!!!」

 

 ミツルギは魔剣が使えないと見るとすぐに鋭い上段蹴りを放ち、俺の手元から聖剣を弾き飛ばした!

 く、くそっ、俺としたことが油断した!

 

 聖剣という人質を失った俺に、ミツルギは容赦なく魔剣を振りかざす。

 

「ちょ、待っ……うおおおおっ!! ひいいっ!!!」

「くそっ、逃げ足だけは速い……!!」

 

 俺は必死に後ろに跳びながら少しでもミツルギから距離を取り、懐からマナタイトを二つ取り出す。

 

このマナタイトは上級魔法用の高級品で出来れば使いたくないんだが、この状況じゃそんなことも言ってられない。こいつ相手に中途半端な魔法は通用しないのは分かってる。さっきの目眩ましの魔法も、かなりの魔力を込めた。

ただ、だからといって、大量の魔力を込めた魔法を連発していては、俺の貧弱な魔力量ではすぐに底をついて動けなくなってしまう。そこで、消費魔力を肩代わりしてくれるマナタイトの出番だ。

 

 ミツルギは素早い動きですぐに距離を詰めてくるが、その間に口早に詠唱して唱える。

 

 

「『クリエイト・アース』!! 『トルネード』!!!」

 

 

 手元のマナタイトが崩れると同時に、俺とミツルギの間に、大量の土を巻き上げた強烈な竜巻が吹き荒れた!

 

 その風圧によって俺の体は後ろへ飛ばされミツルギから距離を取れて、更に相手の視界を奪うこともできる一石二鳥の一手……いや、実は更にもう一つ狙いがあるのだが、それは万が一の時の為の保険だ。

 ただし、この勇者サマは竜巻程度で何とかなるほど甘くはなく。

 

「はぁぁっっ!!!」

 

 ズバァァッ! と、魔剣の一撃によって竜巻は一瞬でかき消されてしまった。

巻き上げられていた土が雨のように降り注ぎ、体を土まみれにさせながら俺は顔をしかめる。何なんだよあの魔剣は、これだから神器なんていうチートアイテムは。

 

 とはいえ、俺だって初めからこれだけで何とかなるとは思っていない。

 魔剣を振り切ったこの瞬間、そこを狙う。

 

 俺は魔剣の方に向けて手をかざす。

 ミツルギの目が驚きで見開かれるが、遅い!

 

「『スティール』ッッ!!!」

「しまっ……!?」

 

 発光のあと、ずしりと、俺の右手に魔剣グラムが収まった。

 それを確認すると、すかさず左手に持っていたミスリル合金ワイヤーを前にかざす。

今ミツルギには魔剣がない、距離も取れている、あとは拘束スキルで詰みだ!

 

「『バイ』……うおおっ!?」

 

 スキルを発動させる寸前で、先程落とした聖剣の鞘が凄い勢いでこちらに飛んできたので、慌てて避ける。

 あ、あいつ、国宝級の神器を蹴り飛ばしやがった!!

 

 ミツルギはその隙にこちらに向かって走ってきて、俺との距離を詰めにくるが、まだ余裕はある。

 俺は再びワイヤーをかざして。

 

「このっ、無駄な足掻きだ! 『バイン』……ひぃぃいいいいいっ!!!」

 

 今度は聖剣そのものを蹴り飛ばしてきた!

 こんなもん当たったら洒落にならないので、屈みこんで命からがら避ける……が。

 

 そこから顔を上げると、ミツルギはもうすぐ近くまで迫ってきていた。

 

 やばい、間に合うかこれ!?

 俺は今度こそスキルを発動させようとワイヤーをかざす!

 

「『バインド』!! ぐぼえっっ!!!!!」

 

 まともにミツルギの体当たりをくらって吹っ飛ばされ、あまりの衝撃に骨が軋み息が止まり視界がブレるも、手元のワイヤーは勢い良くミツルギの方へと飛んで行くのが見える。

 よし、これで何とか…………あ、あれ、魔剣は……?

 

 俺が手に持っていたはずの魔剣は体当たりをされた時の衝撃で取り落とし、それをミツルギが器用にキャッチしていた。

 そしてミツルギは自らを縛り上げようとするワイヤーに対して、すぐさま魔剣を一閃。

 

 ミスリル合金ワイヤーは、ものの見事にぶった斬られてしまった。

 

 俺は吹っ飛ばされた勢いそのままに地面を転がり、ようやく止まっても這いつくばったまま呻くことしかできない。

 支援魔法で防御力は強化してあるのに、元々のステータス差もあってただの体当たりが体の芯に響いて相当なダメージが入っている。

 

「げほっ……ごほっ……!! く、くそ、メチャクチャな奴め……!!」

「まったく、器用にスキルを使うものだね。僕も少し焦ったよ。ただ、搦め手の怖さはある男から痛いほど教わったから、そうそう食らったりはしないよ。あの閃光の目眩ましだって、発動寸前で君が目を瞑るのが見えたから対処できたよ」

 

 ……なるほどな、どうやらこの勇者サマは俺との決闘を経て、相手を警戒してよく観察することを覚えたらしい。慢心せずに成長し続けるチート持ちとか、相手にする方からすれば厄介とかいうレベルじゃない。

 ただ、強くなること自体は結構なことだが、こんな所で発揮しなくてもいいだろ! 魔王軍との戦いとかで役立てろよそういうのは!!

 

 すると、離れた所で見守っていたゆんゆんは焦った様子であるえに何かを話している。

 

「ね、ねぇ、あるえ! 兄さんがピンチなんだけど、大丈夫なの!? これ捕まっちゃったら、もう撮影がどうとかいう話じゃなくなっちゃうと思うんだけど!」

「……ゆんゆん。もしもあの人が捕まったとしても、私達は立ち止まらずに、最高の映画を完成させよう。それが犠牲になった人への弔いとなるのだから……」

「ええっ!? ちょ、ちょっと待って、映画撮影ってそんな犠牲者が出るような壮絶なものなの!?」

 

 あ、あるえの奴、勝手なこと言いやがって……映画のために先生を切り捨てるとか薄情ってレベルじゃねえだろ……!

 もうあるえには、めぐみんを抜いてクラス一の問題児の称号を与えてもいいかもしれない。一番厄介なのは俺のセクハラが効かないことだ。どうすんだよこれ。

 

 おろおろと焦りまくっているゆんゆんとは対照的に、あるえはゆっくりとした動作で地面から何かを拾いながら。

 

「本当にマズイ時は私の方で何とかしてみるよ。今はもう少し様子を見よう」

「す、既に十分マズイ状況だと思うんだけど……!! というか、今何を拾ったの?」

「大した物じゃないよ、万が一の時に何か役に立ってくれるかなと思って。まぁでも、先生なら大丈夫だよ」

 

 あるえはゆんゆんを落ち着かせるようにそう言うと、こちらを見ながら何やら意味深な笑みを浮かべて。

 

 

「――――ここですんなりとやられる人じゃないよ、あの人は」

 

 

 ……まったく、本当に勝手な奴だ。

 俺を信じていると言えば聞こえはいいかもしれないが、結局は面倒事を放り投げてきて「何とかできるでしょう?」と無茶振りしてきてるようなもんで、どっちにしろとんでもない奴だ。

 

 でも、どうやら俺のことを分かってくれているのは本当みたいだ。

 そうだ、俺はここで大人しく捕まってやるほど甘くない。

 

 地面をもぞもぞと芋虫のように這って動く俺に、ミツルギは一歩一歩近付いてくる。

ここでミツルギがこの絶対的有利な状況に油断とかしてくれたら楽に付け入ることもできただろうが、どうやら油断なんてこれっぽっちもないようで隙が見えない。

 

 でも、それがどうした。隙がないなら作るだけだ。

 

 俺はミツルギの今の立ち位置を確認してから、近くの土の中に手を突っ込んだ!

 その手に伝わるのは、ミスリル合金ワイヤーと魔力ロープの感触。

 

 

「『バインド』ッッ!!」

「なっ……!?」

 

 

 ぶわっと、ミツルギのすぐ足元の地面の中からワイヤーが伸び上がり、縛り上げようとする!

 

 仕込みはクリエイト・アースとトルネードで大量の土を巻き上げた竜巻を発生させた時。

 あの土はただの目眩ましというわけではなく、視界を奪った隙に地面にバインド用のワイヤーやロープを仕込んでおくためのものだったのだ。竜巻が魔剣で斬られることによって、巻き上げられていた土が一気に降り注ぎ、地面に仕掛けたワイヤーとロープを隠してくれる。

 

 警戒が疎かになりがちの足元からの強襲。

 普通だったらここで拘束スキルが決まっているところだが、この相手はそう簡単にはいかない。

 

 怯んだのは一瞬だけ。

ミツルギはすぐに魔剣を軽やかに振り回し、自分に伸びてきていたワイヤーを斬り落としてしまう。

 

「君が何か仕掛けているのは何となく分かっていたよ。目がまだ死んでいなかったからね…………っ!?」

 

 得意気な様子で話していたミツルギだったが、俺が手元に引き寄せたものを見て目を見開く。

 そして、この完璧な勇者サマはここで初めて本気で焦った顔を見せる。

 

「な、ど、どうして……いつの間に……! や、やめろ、何をする気だ……!!」

「何もしないよ、お前が何もしなければな」

 

 ミツルギの表情とは対照的に、俺の口元はニヤニヤと笑みを抑えられない。

 それだけ、先程までの俺の劣勢だった状況は一変していた。

 

 俺は、魔法で眠り込んでいるウィズをロープで縛った上で手元に引き寄せ、その顔の前に手をかざしていた。

 

 そう、人質である。

 正義感溢れる勇者様に対して、これは最も一般的で効果的な手段だというのはあまりにも有名だろう。

 

 ようやく狼狽えた様子を見せてくれたミツルギに、俺はテンション高く。

 

「ははははははっ!! 読みが甘かったな勇者サマ! 俺が地面に仕込んでたのはワイヤーだけじゃなく、魔力ロープもだったんだよ!! しかもロープの方の狙いは無防備なウィズだ!! 自分に向かってくるワイヤーに気を取られて、そっちまで意識が回らなかっただろ!!!」

「くっ……卑怯な……!!」

「おっと、動くなよ!! 少しでも動けばウィズは大変なことになるぞ!! 今のウィズは耐性が極端に落ちてるし、俺の状態異常スキルでどうにでも出来るんだからな!!!」

「や、やめろ!! 分かった……言う通りにする……!!」

「それじゃあ、まずはその魔剣を捨ててもらおうか!」

 

 俺の言葉に、ミツルギは顔をしかめて悔しそうにしながらも、言う通りにしてくれる。

 その間に、俺はウィズに対してドレインタッチを発動して魔力を補給させてもらう。もちろん、ウィズの体に支障をきたさない程度にだが、流石にリッチーなので余程吸い過ぎない限りは全然大丈夫なはずだ。

 

 そうやって形勢を立て直して冷静になってくると、生徒達からのヒソヒソとした声も耳に入ってくる。

 ふにふらとどどんこは互いに顔を寄せ合って。

 

「あれ、先生じゃん」

「うん、あの普通に優秀なのに、肝心なところでどうしても小悪党っぽさが抜けないって所が先生だよね。そこがいいんだけど」

「分かる分かる、あの頼りになったりならなかったり微妙なところが良いんだよね!」

 

 どうやら、流石に俺の正体がバレてしまったらしい。他の生徒達も同じようにひそひそと盗賊の正体は俺なんじゃないかという事を話している。

 それはまぁ仕方ないのかもしれないし、生徒達がそれだけ俺のことを分かってくれているっていうのはそれなりに嬉しいことでもあるはずなのだが。

 

 その……俺だと決めつける根拠が酷すぎないですかね……俺の印象はどうなってるんだ……。

 ふにふら達は褒めてくれているっぽいんだけど、全然褒められてる気がしない……。

 

 そして、ふにふらはふと、あるえの様子を見て。

 

「なんか、あるえはそんなに驚いてないね。もしかして、最初から気付いてた? ていうか、先生だって知った上で魔剣の人とかウィズさんけしかけたわけ……?」

「うん、まぁね。ただ、少し予定とはズレているところもあるよ。先生が人質をとるのは予想できたけど、てっきり私達の誰かにすると思ったんだけどね。まさかウィズさんをあんな簡単に無力化できるとは思ってもみなかったよ」

 

 あるえの奴、俺のことを生徒でも平気で人質にする教師だとか思ってやがったのか。いや、その手も少しは考えたけど。

 それと、あるえは俺の行動パターンはよく分かっているようだが、ウィズとはまだ会ってから日が浅く、あそこまでポンコツだとは思っていなかったのだろう。

 

 一方で、めぐみんはショックを受けた様子で俺を見ながら。

 

「な、何かの間違いです……あのカッコイイ義賊の仲間が、こんな、人質をとるなんて小悪党みたいな格好悪いことをするはずが…………はっ!! ゆ、ゆんゆん、大変ですよ!! あの盗賊は……」

「めぐみんもやっと気付いた? だから言ったじゃない、あの盗賊の正体は」

「魔王軍の手の者に違いないです! あの盗賊は銀髪の義賊と協力していたわけではなく、義賊が現れたことに乗じて単独で悪事を働いただけなのです!! アクシズ教の人をダメにする教義を王都に広め、しかも国宝の聖剣を盗む……これはどう考えても魔王軍の仕業です!!」

「ええっ!? ねぇ、めぐみんってもしかしてバカなの!? バカと天才は紙一重って言われてるけど、めぐみんは紙一重でバカなの!?」

 

 クラスで唯一、主席のめぐみんだけが未だに俺の正体に気付いていなかった。

 何というか、めぐみんは確かに頭は良いんだが、時々思考がビックリするほど変な所へぶっ飛ぶことがある。義賊の仲間だと思ってたのに裏切られたショックで、変なスイッチが入ってしまっているのかもしれない。

 

 そして、ミツルギの方も相手を観察するという事を覚え、実際にかなりの脅威になっているのに、何故か肝心の俺の正体にはまだ気付いていないようだ。

 何だろう、ミツルギやめぐみんみたいな特別な力を持っているような奴は、どこか抜けているところがあるのだろうか。

 

 俺はそんな事を思いながら、地面に転がっていた聖剣と鞘を回収しつつ、魔力ロープを塀の上に引っ掛けて逃走の準備を整える。流石にそろそろ城の中の連中が外に出てくる頃だ。

 俺が逃げようとしているのを、黙って見ていることしかできないミツルギは悔しそうに。

 

「待て、ウィズさんを置いて行くんだ」

「嫌だよ、人質を離した瞬間に攻撃してくるだろ絶対。ウィズは連れて行くぞ。ちゃんと逃げ切れたら解放するって」

「ぐっ……本当だろうな……!」

「本当だって。つーか、どっちにしろお前に選択肢はないだろ。だから」

 

 

「行かせませんよ」

 

 

 そんな、静かだが確かな力のこもった声が響く。

 そちらを見ると、瞳を真っ赤に輝かせためぐみんが、一歩前に踏み出していた。

 

 ゴクリと、生唾を飲む。

 ……この状態のめぐみんは何をやらかすか分かったもんじゃない。

 まだ魔法は使えないし、高い魔力があっても直接的な攻撃手段があるわけでもないんだが……何か、嫌な予感がする。

 

 めぐみんの様子を注意深く観察していると、何やら先程ミツルギが捨てた魔剣を拾い上げていた。

 

「お、おい、何するつもりだよお前は」

「もちろん、あなたを倒すつもりですよ。あなたが持っているその聖剣は、魔王軍に対する重要な戦力です。それを奪われてしまえば、魔王軍との戦いが不利になってしまい、結果として多くの人達が苦しむことになるのです。あなたが銀髪の義賊の仲間ということなら、聖剣を盗むのにも何か重大な理由があるのでしょう。しかし、あなたは決してあの義賊の仲間などではありません!!」

「い、いや、俺は義賊の仲間だって! この聖剣も、義賊に頼まれて盗んだだけで……」

「誰がそんな嘘に騙されますか!! あなたのような平気で人質を取る小悪党が、あのカッコイイ義賊の仲間だとか騙るのは許しませんよ!!! まだウチの先生の仲間だと言われた方が納得できますよ!!」

 

 く、くそ、こいつ言いたい放題言ってくれやがって!

 もう正体バラして色々と文句を言いたいところだが、生徒達はともかくミツルギにバレるのはマズイ。この融通が利かない勇者様は、問答無用で俺を牢屋にぶち込むはずだ。

 

 そうだ、冷静になれ。めぐみんに釣られて熱くなるな。

 この状況は、人質を取っている俺が絶対的に有利なんだ。

 

「……ふん、許さないからどうするってんだ。言っとくが、こっちには人質がいるんだぞ。まぁ大人しくしてろ、誰も何もしなければウィズは無事に返すよ」

「人質? それがどうしたのですか」

「えっ」

「ウィズは一般人ではありません、昔は最前線で魔王軍と戦っていた元凄腕冒険者です。自分の身を危険に晒してでも人々を守る、そんな気高き信念を持っています。きっと彼女も、意識があれば『私のことは構わずやってください』と言ってくれるはずです」

 

 なんか凄くシビアなこと言い出したぞコイツ!

 判断としては正しいのかもしれないけど、12歳の女の子ならもっとこう、葛藤とか色々あってもいいと思うんだけど!!

 

 これにはミツルギも慌てた様子で。

 

「ま、待ってくれ! そんな、ウィズさんを犠牲にするようなやり方、僕は……」

「何を甘いことを言っているのですか! 何かを得る為には、別の何かを犠牲にしなければいけないものです!! いいですよ、あなたが出来ないのなら私がやってやりますから!! その代わり、これを出来るだけ細かく斬ってください!! 早く!!!」

「えっ……あ、わ、分かった……けど……」

「ゆんゆん、私の近くに来てください!!」

「わ、私!? ていうか、めぐみん、何する気なの!? 本気でウィズさんを見捨てるつもりなの!?」

 

 めぐみんの剣幕に押されながら、ミツルギはめぐみんから魔剣を手渡され何かを斬り始め、ゆんゆんはおろおろとしながら、めぐみんの隣に立つ。

 

 何だ、本当に何する気だ?

構わず逃げてもいいんだけど、何となく今背中を見せるのが不安だ。

 

 というか、さっきからミツルギは何を斬って…………あれって、俺が最初に斬られた魔力ロープか。それを細かくして………………っ!?

 

 俺の頭の中で、とんでもない予想が浮かび上がった。

 嫌な汗が全身から吹き出し、震えた声が口から漏れる。

 

「ま、まさか……あの、バカ…………!!」

 

 俺は急いで捕縛用のワイヤーを取り出し、めぐみんに投げつけた!

 

「『バインド』ッッ!!!」

「ゆんゆんバリア!!!」

「えっ……きゃあああああああああああ!!!」

 

 めぐみんが隣にいたゆんゆんを前に押し出した結果、俺が投げたワイヤーはゆんゆんを縛って地面に転がした。

 お、お兄ちゃん、初めて妹を縛ってしまった……いくら何でもこんな変態プレイはしたことなかったのに……!

 

 い、いや、今はそんなことを気にしてる場合じゃない!

 俺はすぐにまたワイヤーを懐から取り出そうとして……固まった。

 

 めぐみんは不敵に笑う。

 その手には、ミツルギによって細かく斬られた、大量の魔力ロープの切れ端が乗っている。

 

「どうしました? 顔色が悪いようですが」

「……待て、話をしよう」

 

 めぐみんが王都の騎士団に仮入団した時のことが鮮明に思い出される。

 俺とめぐみんが初めて銀髪の義賊に会って、貴族の屋敷から大量のモンスターが脱走して街中に溢れかえったあの夜。

 

 そこで俺達は漆黒のシャギードラゴンと戦って、何とか勝利したのだが。

 …………その時、ドラゴンを空から叩き落とした、決め手と言っていいほどの大爆発はどのようにして引き起こされたものだったか。

 

 めぐみんは何かを思い出すかのように目を閉じて。

 

「私の恩師が言っていました」

「な、何て?」

 

 

「――――『敵の話は聞くな、躊躇なくやれ』、と」

 

 

 めぐみんが、魔力ロープの切れ端を投げつけてきた。

 ロープはいつの間にか真っ赤に変色していて、眩く光った直後。

 

 

 ドンッ!! という体の芯に響く音と共に、凄まじい爆炎が辺り一帯を飲み込んだ!

 

 

「どわああああああああああああっ!!!!!」

 

 ギリギリで何とか直撃は免れたが、攻撃範囲が広く完全に躱すことは敵わず、爆風がまともにぶち当たって為す術なくふっ飛ばされる。

 俺の体はそのまま地面を何度も跳ねた後、塀に激突してようやく止まった。

 

 もう激痛を通り越して感覚がなくなり始めてる。体の方は見るも無残な状態だ。

 そんな中、俺は何とか手を動かして自分の体に当てると、マナタイトをいくつか取り出して息絶え絶えに唱える。

 

「『ヒール』! 『ヒール』!! 『ヒール』!!!」

 

 治癒魔法の連続によって、体が淡く光る。

 本職のアークプリーストであれば、このボロボロの状態からでも全快近くまで回復できるのかもしれないが、冒険者の俺では流石にそこまでの効果は見込めない。

 

 それでも、何とか立てる状態までは回復できたようで、俺はフラフラと立ち上がる。

 痛みはまだまだ酷くて軽く泣きそうだ。あと、さっきから高級マナタイトを何個も使っていて、そっちにも泣きそうだ。

 

 爆煙によって辺りが見通しづらいが、人質にとっていたウィズは近くに転がっていて、ぐっすりと眠ったままだ。

 流石はアンデッドの王リッチー、あの爆発でも大したダメージは負わないのか。めぐみんも、それが分かった上で攻撃を…………したのだと思いたいが。

 

 今の爆発で、塀の上に引っ掛けていた魔力ロープもどこかにふっ飛ばされてしまったようだ。

 まだ予備はあるのだが、いつ追撃がくるか分からない以上、ここは慎重にいくべきだろう。逃げようとして無防備な所を攻撃されたら終わりだ。

 

 煙の向こうでは、何やら騒ぎが起こっているようだ。

 盗聴スキルで聞いてみると、ふにふらとどどんこの泣きそうな声が聞こえてくる。

 

「め、めぐみんアンタ何やってんの!? ねぇホント何やってんのよおおおおおおおお!!! せんせええええええ!!!」

「あんた手加減ってものを知らないの!? 自分まで余波で吹っ飛んでるじゃない!! ていうか、ゆんゆんも勇者の人も気絶しちゃってんだけど!!!」

「ゆんゆんと勇者の人は私の近くにいましたからね、同じように吹っ飛ばされて運悪く頭を打って気絶しただけです。念の為確認しましたが、命に別状はないようですし、その内起きますよ。あと、ふにふら。今ここには先生はいません。あの人に頼りたくなる気持ちは分かりますが、今は私達だけで何とかしなければいけません」

「そういう意味じゃねえから!! だからあの人が……ちょ、ちょっと待ってめぐみん!! ストップストップ!!! どどんこ! 他の皆も!! このバカを止めて!!!」

「わっ、ちょ、何するんですか離してください!! 今の一撃で仕留められた保証はありません、ここは一気に畳み掛けるべきです!! 先生だって言っていたでしょう、『念には念を入れて追い打ちをかけろ、躊躇するな』、と!! 私だって本当はこんな事したくありませんよ! こんな、爆裂魔法紛いの邪道な攻撃なんて! でも、騎士団として、国のためにぐっと我慢しているのです!!」

「いや我慢しなくていいから! 攻撃なんてしなくていいから!! あれ、ていうか、あるえはどこいったの!? まさか今の爆発に巻き込まれてないよね!?」

「大丈夫ですよ、私がクラスメイトを巻き込むはずがないでしょう。その辺りはちゃんと気を付けた上で攻撃しましたよ。あるえの事ですから、大方、カメラが壊れたとかで、大急ぎで替えの物を取りに行っているとかそんな所でしょう」

「だからまず攻撃すんなっての!! あとあんた、思いっきりゆんゆんは巻き込んでるし!!」

 

 お、おい、ミツルギはともかく、ゆんゆんが気絶してて、あるえが行方不明とか向こうも大惨事じゃねえか……。

 

 めぐみんは相変わらず頭がぶっ飛んでいるようだが、どうやら他の生徒達が皆であの爆裂狂を押さえこんでくれているみたいだ。

 というか、めぐみんといいミツルギといい、俺の助言を踏まえて実践するのはいいんだけど、俺自身にぶつけるのはやめてほしい。

 

 とにかく、めぐみんが動けないのなら、この隙にさっさと逃げたい所だ。

 あるえの奴が行方不明って所が気になるが、あいつの事だ、めぐみんの言う通りマイペースに映画のために色々余計なことをやっているのだろう。

 

 俺が再び魔力ロープを塀の上に引っ掛けて逃げる準備を進めていると、爆煙の向こうからは、ふにふらとどどんこがめぐみんを説得する声が聞こえてくる。

 

「いい加減に話を聞けっての、あの盗賊の正体は先生なの! あんた、さっき恩師だとか言ってた人を吹っ飛ばそうとしてんだってば!!」

「何をバカなことを言っているのですか、ゆんゆんでもあるまいし。それより、そろそろ本当に離れてください、ヤバイです」

「ヤバイのはあんたの頭…………えっ、ね、ねぇ、そのロープ、赤くなってるけど…………」

「はい、既に魔力を目一杯込めたので、もうじきボンッてなりますよ」

 

 生徒達が一斉に悲鳴をあげてパニックになる。

 お、おい、大丈夫なんだろうなあいつら。逃げるに逃げられないぞこの状況。

 

 そんな中、めぐみんの焦った声が。

 

「ちょ、二人共! さっさと離してくださいってば!!」

「じゃあ、あっち! あっちに投げて!!」

「何を言っているのですか! 先程の盗賊の立ち位置からして、攻撃するならこっちの方向でしょう!」

 

 必死な声をあげているのはふにふらだろうか。

 すると、続いてどどんこの声も聞こえてくる。

 

「だからその盗賊が先生だって言ってるでしょ!! これ以上やったら本当に死んじゃうってば!!!」

「まだそんな事言っているのですか!! というかいい加減に離してください、私達の方が吹っ飛びますって!!!」

 

 これはいよいよ洒落にならなくなってきた。

 ……そうだ、爆煙で状況がよく見えないが、確かめぐみん達の言葉によると、ミツルギは今気絶しているんだったか。それなら、ここで俺の正体をバラしても面倒なことにはならないんじゃないか。

 

 俺は急いで地声に戻した上で、めぐみん達の方に向かって叫ぶ。

 

「めぐみん、待て! 俺だ!! そいつらが言うように、盗賊の正体は俺なんだよ!!! だからさっさとその危険物はどっかに捨てろ!!!」

「ふっ、騙されませんよ! 城の中での騒ぎがこちらにも少し聞こえてきましたが、どうやらあなたは声を変えるスキルを使っていたようではないですか!! 確かに、ちまちまと嫌らしく搦め手を使う所や、躊躇なく人質を取るといった所は、小物っぽくて先生に通ずるものはあります。でも、先生がやらかす犯罪なんてものは、法律ギリギリのセコい物ばかりです! あの人には、こんな大それた事をする度胸なんてないんですよ!!」

 

 こ、この……人を小物呼ばわりしやがって……!

 いや、でもこんな事をするのは確かに俺の柄ではなく、めぐみんが疑問に思うのも仕方ないのかもしれない。本当に、何でこんな事しちゃったんだ俺は。祭りに浮かれちゃってるのか……?

 

 しかし、これはマズイ。本当にマズイ。

 このままだとめぐみん達が吹っ飛ぶか、俺が吹っ飛ぶかの二択だ。説得してる時間もないし、仮面を外して顔を見せるにしても、爆煙を抜けて彼女達の近くまで行く暇もない。

 

 とにかく、ここは。

 

「お前ら全員、めぐみんから離れろ!! 俺が何とかする!!」

「で、でも、先生!」

「いいから早くしろ!!」

「「は、はい!!」」

 

 まずは生徒達を避難させて、めぐみん達が吹っ飛ぶという最悪の結末を回避する。

 問題は、ここで俺が助かる手までは思い付いていないところだ。ど、どうする……!?

 

 しかし、今の俺の言葉で、めぐみんにも迷いが生まれたらしく。

 

「な、何故、私を解放させたのですか……このまま私達が吹き飛べば、そちらにとって理想の展開のはずなのに……」

「あっ、そ、そうだ、よく考えろ! 今のは自分のことよりも生徒のことを第一に考えた教師らしい行動だろ!? だから」

「……なるほど、あえてそうやって自分のことを先生だと思い込ませようとしたのですね! どうせ、皆も最後まで粘ることはせず、結局は私のことを離してしまうと踏んでいたのでしょう!! それならば、最初から皆に離れるように言っておいて、私に好印象を与える、そういう魂胆ですか!! ふっ、でも残念ですね、その程度の浅知恵では紅魔族随一の天才であるこの私は誤魔化せませんよ!!!」

「いやお前は紅魔族随一のバカだよ!! このバカ!!!」

「なにおう!?」

 

 くっそコイツ、なまじ頭が良いだけに自分の考えに自信がありすぎて、一度変な方向に進み始めたら全然戻ってこねえ! 爆裂狂のところもそうだけど、我が道を行きすぎだろ!!

 

 とにかく、考えろ。

 先程はロープの切れ端を一つ投げただけであの爆発だ。まぁ、あんな小さくなった魔道具に、めぐみんのアホみたいに高い魔力を思い切り注ぎ込めば当然の結果とも言えるが。

 そして、めぐみんの手元にはミツルギに細かく斬ってもらった弾がまだまだ残っている。

 

 あの細かい切れ端一つ一つを連続して投げられでもしたら、もはや絨毯爆撃のような地獄絵図になること間違いなしで、まともにくらえば骨も残らないだろう。

 紅魔族には爆発魔法を連続して撃ちまくる伝説の魔法使いがいたそうだが、その魔法使いと対峙していた敵もこんな心境だったのだろうか。そりゃ恐れられるはずだ……。

 

 何とか凍結魔法でロープが爆発する前に凍らせられないかとも考えるが、ウィズみたいに広範囲を凍らせられるならまだしも、俺の魔法くらいじゃ全てを凌ぐことはできない。

 拘束スキルで縛れてしまえば楽なんだが、爆煙で視界が悪く、声や敵感知で大体の位置は分かっても成功するかどうかは微妙なところだ。千里眼スキルも暗闇は見通せるが、こうやって物理的に視界を悪くされると役にたたない。

 

 くっそ、でも他にろくな考え浮かばないし、もうイチかバチか拘束スキルにかけてみるしかない! 俺は運だけはいいんだ、きっと上手くいくはずだ!

 

 そうやって、もしかしたら人生最大の大博打に挑もうとした、その時。

 

 

「先生っ!!」

 

 

 すぐ近くからそんな声を聞いた瞬間、俺は焦りを通り越して頭が真っ白になった。

 辺りが妙にスローに感じながら、声がした方向に顔を向けてみると。

 

 あるえが、珍しく焦った様子を見せて、煙を抜けてこちらに走ってきていた。

 

 最悪だ、最悪すぎる。

 もう、いつめぐみんから爆撃がくるか分からないこの状況で、これは……いや、どっちにしろ拘束スキルに賭けるしかないのか……でも、失敗したらあるえまで……!

 

 そう逡巡し、動きを止めた俺に。

 あるえは、素早く手を突き出し、俺の口に何かを――――

 

 

 直後、凄まじい光と轟音と共に、視覚や聴覚、その他全ての感覚が飲み込まれ、辺り一帯の空間を爆炎が蹂躙した。

 

 

***

 

 

 ……体が重い。

 俺はどうなったのだろうか。あれだけの爆撃だ、やはり死んでしまったのだろうか。

 

 まったく、めぐみんの奴、とうとうやりやがった。

いつかはとんでもない事をやらかすとは思っていたが、教師を消し飛ばした生徒なんて前代未聞だろう。

 

 でもまぁ、あいつもあいつで、騎士団として国のために一生懸命戦っただけだからなぁ。

 悪いのは、こんな紛らわしいことをした俺であり、あいつは何も責められることはない。

 

 ただ、めぐみんの奴、俺のことが大好きみたいだったからな。

 自分で自分のことを責めてしまうかもしれない。短い時間でもいいから、何とか幽霊くらいになって最後にめぐみんに会えないもんだろうか。

 

 そして、格好良く言ってやろう。

 

「めぐみん、お前は騎士団として立派に戦っただけだ。だから、何も迷うことなく、これからも自分の道を進んで行ってくれ。先生は、天国からお前のこと見ててやるからな……」

「いいえ、あなたのいるべき場所は天国ではありません。あなたはいずれ神々に導かれ、世界を救う選ばれし勇者なのですから…………さぁ、こんな所で終わる男ではないはずです! 今こそ覚醒の時!!」

 

 …………あれ?

 

 すぐ近くから聞こえてきたあるえの声に、上半身だけ起こしてみる。

 ガラガラと、体の上に積もっていた細かい瓦礫が落ちていき視界が開ける……といっても、辺りは凄い爆煙で、少し先もろくに見えない状況なのだが。

 

 声がした方を見ると、あるえがまるで俺を蘇生でもさせたかのように、こちらに手をかざした大仰なポーズをとっていた。

 何というか、こいつはこんな時でもいつも通りで、安心してしまう。

 

 自分の体の方に目を向けてみると、ちゃんと五体満足でいられているようだ。

 体は痛むが、これは元々あったダメージが残っているだけで、たった今の大爆発に関してはほとんどノーダメージだったことが窺える。

 

そんな事ありえるのか?

 というか、あるえの方もぴんぴんしてるのはおかしい。あの状況的に、俺と一緒に爆発に巻き込まれたはずだ。

 

「なぁ、なんで俺達生きてんだ? 今の爆発で無傷とか、高レベルのクルセイダーでも無理だと思うんだが」

「えぇ、そうでしょうね。魔法を覚えていなくてもここまでの攻撃ができるとか、めぐみんの事を甘く見ていましたよ。まぁでも、万が一の為に拾っておいたこれが役に立ちました」

「ん、それってウィズの…………あ」

 

 あるえが懐から取り出した小瓶。

 その中にいくつか入っている黒いキューブは、ウィズがやたらと宣伝していた、耐性全般が著しく下がる代わりに絶大なる物理防御力と魔法防御力が手に入るという魔道具だ。ウィズが俺の魔法で眠らされた時に取り落として、それをあるえが拾ったのだろう。

 

 なるほど、あの爆発の直前、あるえが俺の口に入れてきたのはそれだったのか。もちろん、自分でも予め使用していたのだろう。

 

 そういえば、めぐみんによる最初の爆撃で俺とウィズが一緒に吹っ飛ばされた時、ボロボロになった俺とは違ってウィズは無傷のままスヤスヤ眠っていた。

 その時は、流石はリッチーの防御力だとか思っていたけど、あの魔道具を使っていた影響も大きかったのかもしれない。めぐみんのあの爆撃が物理攻撃と魔法攻撃、どちらに分類されるのかは分からないが。

 

「それにしても、あの状況で俺のところまでよく来れたな。煙で視界も悪かっただろうに」

「ふっ、私の魔眼の力を舐めないでください。あの程度の煙幕、あらゆる物を見通すこの眼の前では何の問題にもなりません。…………まぁ実際は、魔眼を使う必要もありませんでしたけどね。めぐみんが最初に攻撃した時の先生の位置と、あの爆発の威力から考えて、おそらく塀の近くまで吹っ飛ばされただろうと当たりをつけて爆発直後から動いていたんですよ」

「あんな爆発直後に、そんだけ冷静に動けるお前も相当大物だよな。何にせよ助かったよ、ありがとう…………ん、待てよ。そもそも、お前が映画の為にアホなことしなければ、こんな大惨事にはならなかったわけで、これって要するにマッチポンプってやつじゃ」

「…………あ、ウィズさんもここにいましたよ。相変わらず眠ったままですが、ちゃんと無傷のままです。良かったですね」

「うん、良かった。良かったんだが、お前はこっちを見ろ」

 

 あるえは俺の言葉は軽くスルーして、近くの瓦礫の下からウィズ引っ張り出しながら。

 

「それでは、私はウィズさんを連れて皆の所に戻ります。多分あっちは、先生が消し飛んだと思って大パニックになっていると思いますので。先生はこれから、その聖剣を渡すために義賊の人と合流する感じですか? あまりゆっくりしている暇はありませんよ、義賊の方を追っていた騎士達も、今の爆発を見て集まってくると思いますから」

「それはそうかもしれないけど! 何か上手く誤魔化してないかお前!? これから俺が義賊と合流するってのも当然のようにお見通しみたいだしよ…………ちっ、分かったよ、とりあえずクラスの方は任せたぞ。あとお前、明日になったら覚えてろよ」

「明日のことはともかく、クラスのことは任せてください。先生も気を付けてくださいよ? 私もですが、例の魔道具を使った今の状態は、防御力こそ高くなっていますが耐性が下がり過ぎてて、毒でも麻痺でも状態異常全般は何でも素通し状態で危険ですから」

 

 どんな屈強な肉体を持っていても、免疫力が落ちればすぐに病気になって弱ってしまう。それと似たようなものだ。

 この凄まじいまでの防御力は魅力だが、リスクが大きすぎて、やっぱりあまり進んで使いたいとは思えない。

 

 あとこいつ、明日のことはともかくとか言いやがった。逃げる気満々じゃねえか。

 ただでさえ、こいつの場合はどんな罰を与えればダメージが入るのか分からなくて厄介なんだが……それも明日までにちゃんと考えておこう。絶対に逃がさん。

 

 それから俺はあるえと別れ、クリスとの合流地点へと向かう。

 

めぐみんの爆撃によって、塀は軒並み破壊されて俺もその外へと吹っ飛ばされたらしく、ここはもう城の敷地外だ。つまりもう結界の外なので、姿を消す魔法もテレポートも使い放題で、まず捕まることはない。

 

 夜の王都を、魔法で姿を消した状態で走っていると、ひどく慌てた様子の大勢の騎士達とすれ違う。義賊を追跡していた者達が、城での大爆発を見て駆けつけている所なのだろう。

 街の住民は皆建物に避難しているようで、窓から不安そうに城の方を眺めている顔がいくつも見える。…………お騒がせしてすみません。

 

 そのまま少し走ると、俺はクリスとの合流地点、街の外れにある小さな宿屋に到着する。

 

 あとはクリスに聖剣を渡して全て終わりだ。思わずほっと一息つく。

 今夜だけで何度人生が終わるかと思ったか。王城に侵入して拡声器をジャックした上に、聖剣まで盗むなんていう大それた事をやらかしたのだから、こうして最終的には何とかなっただけ儲け物と考えるべきだろう。

 

 我ながら今回は危なすぎる橋を渡ってしまった。やっぱりこんな無茶するのは俺の柄じゃない。

 それだけ俺にとって紅魔祭が、自分のクラスが大事だという事なんだろうか。初めは、学校側とのとある取引の為に教師になったってのが大きかったんだけどな……。

 

もしかしたら、学校に通うようになって変わったのはゆんゆんだけではなく、俺もそうなのかもしれない。まぁ、これはめぐみん辺りに知られたら絶対からかわれるから胸の中に置いておこう。

 

 そんな事を考えて胸の中に暖かいものを感じながら、クリスとの合流地点である宿屋の一番奥の部屋の扉を開くと。

 

 

「――あっ、やっと来た!! その、見ての通りマズイ事になっちゃって!! ねぇカズマ君からも」

 

 

 バタン、と開けた扉をそのまま閉めた。

 

 部屋の中ではクリスが正座させられていて、その正面には腕を組んで仁王立ちしているダスティネス家のお嬢様がいたような気もしたが、おそらく見間違いだろう。今夜は色々あったし、俺も疲れてるんだろうなぁ。

 

 さて、俺は何食わぬ顔で城に戻って自分の部屋でぐっすり寝てしまおうか。いや、その前にこの厄介な聖剣をどうにかしないとな…………などと思っていたら。

 

 

「カズマ、早く入って来い。今なら私も言い訳くらいなら聞いてやらない事もないが、何も言うことがないのであれば、お前は明日には牢にぶち込まれる事になるぞ」

 

 

 俺は回れ右をして再び部屋の扉を開けて中に入った。

 そして、黙って大人しくクリスの隣に同じように正座した。目の前には相変わらず仁王立ちしているララティーナお嬢様。

 

 そうして一息置いてから。

 

「おいコラ、クリス!!! お前何捕まってんだよ!! それでも銀髪の義賊サマか!!!」

「し、仕方ないじゃんか!! こっちも想定外だったんだよ、追手の中にダクネスもいたなんてさ!! でも、あたしだっていつも以上に顔を隠してダクネスにもバレないようにしたんだよ!? でも」

「確かに、あれだけ顔を隠されたら私でもすぐにはクリスだとは分からなかった。しかし、バインドで私を縛って無力化したのは悪手だったな。クリスのバインドはいつもプレイ中に味わっている、すぐに分かったさ」

「…………お前ら、いつもそんなプレイとかしてるのか」

「ち、ちちち違――っ!! 別にプレイとかじゃなくてクエスト中に敵にバインドかけようとすると、ダクネスが勝手に割り込んできてわざと縛られて喜んでるだけなの!! あたしにそんな趣味ないから!!!」

 

 それから話を聞いていくと、クリスのバインドによって義賊の正体に気付いたララティーナが他の者達の前で余計なことを言いそうになったので、慌ててクリスがそのまま連れ去って今に至るという事らしい。

 

 ララティーナは険しい表情でじっと俺を見て。

 

「それより、クリスによると、そもそも今回の騒ぎを計画したのはお前のようだが、何か釈明はあるか?」

「あっ、き、きたねえ! クリスお前、俺に責任全部押し付けて自分だけ逃げる気か!? それでも義賊サマかよ!! エリス教から破門されちまえ!!」

「べ、別に責任押し付けるとかそんなつもりはないってば! あたしはただ、ダクネスに聞かれた通りに答えただけで…………あと、あたしをエリス教から破門って、凄くツッコミたいんだけどツッコめないのがもどかしいんだけど!!」

 

 そんな俺達に、ララティーナが凄みのある声で一言。

 

「さっさと全て説明しろ。二人共だ」

「「は、はい!!」」

 

 その迫力に押され、俺達は慌てて今回のことを全てララティーナに話す。

 俺が紅魔祭のためにアクシズ教に手を貸したこと、クリスは城に危険な神器がないか確認したかったこと。

 

 ララティーナは黙って俺達の話を聞いていたが、最後は頭を押さえて盛大な溜息をついた。

 

「まったく、そんなバカげた事を考えた挙句に、本当に成功させてしまうとはな…………おい褒めてないぞ、得意気な顔をするなカズマ! お前という奴は、つくづく力の使い所を間違っているというか……」

「お、お前だってスキルポイントの振り方間違ってるくせに…………まぁでも、これで分かってくれただろ? 俺達は何も悪気があったわけじゃないんだよ。あ、そうだクリス、ほら。これが城で見つけた神器だよ、これは何か曰くつきだったりするのか?」

「あ、うん、さっきから気になってたんだ、それ。見せて見せて…………あぁ、その聖剣は大丈夫だよ。それは使い手を選ぶタイプの物で、邪な心を持ってる人では扱えないからね。でも、ちょっと勿体無いなぁ」

「勿体無い?」

「その聖剣は神器の中でもかなり強力な物でね、魔王軍に対する切り札にもなり得るものなんだ。それが宝物庫に置かれてるだけっていうのがねー。単に使い手が現れてないってだけかもしれないけど」

「ほーん、やっぱ凄い神器なのかこれ。で、どうすんだ? やっぱりお前が持っておいて、使い手でも探すか?」

「うーん、確かに回収しとくのもアリなんだけど…………異世界からの転生者が特典として聖剣を選ぶ場合は、他のチート能力は貰えないわけで、それなら元々いろんな素質を持った、勇者の血を引く王族の誰かに使ってもらった方が…………」

 

 何やらブツブツと言いながら考え込むクリス。

 

いきなり転生者やら特典やら、紅魔族が好きそうな設定を言い出したけど、もしかしてこいつもそういう感性を持っているのだろうか。

そういえば、里の学校の図書室には、『異世界からの居住者がいるとの噂の真相』というタイトルの本があったような気もする。

 

 もちろん、俺やララティーナには意味不明で、ただ首を傾げることしかできない。

 それでも、クリスがあまりにも真剣な様子なので、口も挟めずにただ待っていると。

 

「…………うん、決めた。それは王城に置いておくことにするよ。そっちの方が、きっと魔王軍との戦いに役立ててくれそうだし。何はともあれ、神器の所在を確認できて良かったよ。ありがとね、カズマ君」

「ん、そっか。よく分かんないけど、お前がそう言うのなら、その方がいいんだろうな。じゃあララティーナ、これ城に返しといてくんない?」

「軽い!! 聖剣の扱いが軽すぎる!!! そんな、ちょっと知り合いから借りていた物を返すようなノリで渡してくるな!! 国宝だぞそれは!!!」

 

 ララティーナはこめかみをピクピクとさせて怒りながらも、俺から聖剣を受け取る。

 そりゃ俺だってこれが凄い物だってのは分かってるけど、凄すぎて俺とは関係ない物って思っちゃうんだよな。俺としては、これとは別に宝物庫から持ってきた本の方が重要品だ。

 

 ララティーナは、どんよりとした目を俺達二人に向けて。

 

「……まぁ、事情は分かった。初めから私だって、お前達が悪意を持ってこんな事をやらかしたとは思っていない。だが、まずは私に一言くらい相談しても良かっただろう。特にクリスだ。義賊なんて真似をしなくとも、私に言えば悪徳貴族を調べあげることくらいできる。流石に宝物庫に保管されている神器に関しては、私でも少し難しかったかもしれないが……」

「ご、ごめん……でも、ほら、あたしが貴族のアラ探しをするような人だって知られたら、ダクネスと友達になったのも、ダスティネス家を調べる為に近付いただけだとか思われちゃいそうだし……実際、カズマ君にも最初はそう思われちゃったし……」

「はぁ、何を余計な心配をしているんだ。クリスとも長い付き合いだ、お前がそんな者だとは思っていない。何故そんなに神器に詳しいのだとか聞きたいことはあるが、言いたくないなら言わなくていい。とにかく、これからは義賊なんてせずに私に相談しろ」

「ダ、ダクネス……う、うん、分かった! ありがとう!」

 

 クリスはぱぁっと明るい笑顔を浮かべ、ララティーナも困った子供を見るような苦笑を浮かべている。

 そんな、二人の友情がよく分かる良い光景を眺めながら、俺はちょっとクリスを突っついてみることにした。

 

「でもクリス、お前義賊もかなり楽しんでやってただろ。ララティーナに言ったら絶対にやめさせられるから、それで黙ってたっていうのもあるんじゃないのか。もう義賊っぽいことができないとなると、それはそれで少し残念だとか思ってないか?」

「うっ……あ、あはは、まぁそれもちょっとは…………じょ、冗談! 冗談だよダクネス!!」

 

 バツの悪そうな顔で俺の言葉に頷こうとしていたクリスだったが、ララティーナの顔を見て慌てて取り繕う。

 ララティーナはやれやれと首を振って、今度は俺に対して。

 

「それで、カズマはアクシズ教徒に脅されて仕方なく……という話だったな。王都中にあんな教義を宣伝するなど許されることではないのだが…………まぁ、お前も教師として大切なものがあるのだろう。今回だけは不問にしておこう」

「そ、そっか! ありがとうララティーナ! 俺、お前のことはドMのド変態のくせに普段は堅物ぶってて頭も固くて体も硬い女だと思ってたけど、誤解してたよ!! 体は硬くても、頭はそこまで固くないんだな!!」

「お前は私のことをそんな風に思っていたのか!? 頭が固いというのはクリスからたまに言われるが、体はそこまで硬くない!!」

「ふっ、誤魔化しても無駄だぞララティーナ! あんなステータスしてんだ、体もガッチガチに決まってんだろ!! どうしても否定したいって言うなら、俺に調べ」

「させないよ。どさくさに紛れてあたしの親友に何しようとしてんのさキミは」

 

 クリスがジト目で俺の言葉を遮ってきた。

 ちっ、このお嬢様はちょっと煽れば乗ってきそうな気がしたんだけどな。

 

 すると、クリスは視線を俺からララティーナに移すと。

 

「でも確かに、ダクネスって最近はちょっと頭が柔らかくなった感じはするよね。何というか、結構融通が利くようになったっていうかさ。もしかして、カズマ君の影響あるんじゃない……?」

「……否定はできないな。それだけカズマと初めて会った時の印象は強烈だった。誰も考えないような、例え上手くいったとしても賞賛はされない、斜め下過ぎる策を思い付き、躊躇なく実行する。純粋に結果だけを求め、使えるものは私のような硬いだけのクルセイダーでも使い倒す。そんな、何にも囚われずにやりたい放題やらかすのも、時には大切なのではないかとも思ったりもした」

「……なぁ、これって俺褒められてんの? なんか素直に喜べないんだけど」

「ふふ、一応褒めてはいる」

 

 ララティーナはおかしそうに小さく笑みを浮かべながらそう言ってくるが、褒めてくれるならもっと言い方を何とかしてほしい。お、俺だっていつもいつもやりたい放題やってるわけじゃ……ないと……思うけど……。

 

 ララティーナの言葉を聞いたクリスは、少し困ったように笑いながら俺を見て。

 

「まったく、キミってやつは。あたしの親友をあんまり変な道に進ませないでよ?」

「な、なんだよ、クレアといいお前といい、俺のことを他に悪影響ばかり与える困った奴みたいに言いやがって……というか、ララティーナの場合は既に手遅れなくらい変な道を突き進んでるだろ」

「……あぁ、うん。確かに」

「ク、クリス!?」

 

 俺の言葉を否定しないクリスに、涙目になるララティーナ。

 ララティーナとしても色々と言い返したいことはあるのだろうが、俺達二人が相手だと分が悪いと見たのか、わざとらしく話を変えてくる。

 

「そ、それにしても、カズマが脅されるとはアクシズ教徒は噂通りの凄まじい連中なのか? 悪評だけならいくらでも耳に入ってくるのだが、実際に見る機会がないから分からないのだが」

「凄まじいなんてレベルじゃないぞアレは。今まで変な奴はお前含めて沢山見てきたが、あそこまでの変人集団は初めてだ。特に最高責任者のゼスタって奴は存在自体が犯罪みたいなもんだ」

「カ、カズマにそこまで言わせるほどの連中なのか……! アクシズ教徒というのは、エリス教徒に対して容赦がないという話も聞いていたので前々から興味はあったのだが、その辺はどうなんだ……?」

「そりゃとんでもない嫌がらせを受けてたぞエリス教徒は。普段は温厚そうなエリス教プリーストのお姉さんがマジギレしてたからな。アクシズ教徒の奴ら、俺でも引くレベルの直球のセクハラしたり、エリス像の胸が盛られてるとか言って削り始めたり」

「ま、待って! エリス像にそんな事してんの!? な、何を根拠に、も、も、盛ってるなんて…………そんなの信じちゃダメだからね!! 全くのデタラメなんだから!! 分かった!?」

「お、おう、分かったって」

 

 クリスが凄い剣幕で迫ってきたので、若干押されながら答える。

 まぁ、自分達が崇めてるエリス様にそんな事されればそりゃ怒るか……ただ、あの時のエリス教プリーストのお姉さんよりも更に鬼気迫るものを感じる。それだけクリスの信仰心が高いということなのだろうか。

 

 一方で、ララティーナは何やら興奮しだして、頬を赤く染めながら。

 

「そ、そんなアクシズ教徒達と出会ったら、敬虔なエリス教徒である私はどうなってしまうのだろうか……! 邪教徒扱いされた私は、人知れぬ教会の地下で囚われの身となり、その身を清めるだとかいう建前で、想像もできないような拷問陵辱の限りを…………くぅぅ!! や、やめろぉ、この身がどれ程汚されようとも、わ、私の心はエリス様のものだ! ち、違う、気持ち良くなんかなって……く、悔しい……! でも感じて…………んんんんっ!! …………ふぅ。なぁ、クリス。今度アルカンレ」

「行かないよ」

 

 言い終える前に即座に却下され、しゅんと項垂れるララティーナ。

 おそらく、こんなにアルカンレティアに行きたがっているエリス教徒なんてこいつくらいだろう。そして、アクシズ教徒に対抗できる変人というのもこいつくらいだと思う。それが良い事なのかどうかは判断が難しいところだ。

 

 とりあえず、俺としては今夜はもうこの変態をいちいち相手にできる程の体力も残っていないので、この辺で解散の方向に話を進めることにする。

 

「それじゃ、その聖剣は任せたぞララティーナ。大貴族のお前がそれ持って『私が盗賊から見事聖剣を取り返してやったぞ。褒め称えるがいい』とか言っとけば賞賛の嵐だろ。あ、そうだ、ついでに『盗賊は私が発見した時には既にかなりのダメージを受けていて、それが剣を取り返せたことに繋がった』とか言っとけば、めぐみんの評価も上がると思うからそれも頼む」

「お、お前というやつは、よくそんな作り話がぽんぽんと出てくるな…………あと、私はそんな自分の功績を鼻にかけるようなことは言わない! お前は本当に私のことを何だと思ってるんだ!」

「分かった分かった、細かいところはお前に任せるって。とにかく、俺はもう城に戻って寝たいんだよ、流石にくたくただからな。正直、里に帰った方が安心してぐっすり眠れそうだけど、このタイミングで俺だけ里に帰ってたらそれはそれで怪しまれそうだしな」

「まったく……今回は庇ってやるが、もうこれっきりにしろ。次はないからな」

「あぁ、俺だってこんな危ないこと何度もやりたくないって……元々俺は、一切働かずに一日中家でダラダラと温く生きていきたい平凡な人間なんだよ」

 

 そう言うと、クリスが苦笑を浮かべて。

 

「そ、それは平凡って言っちゃっていいのかなぁ…………ね、ねぇ、せっかく高レベルで沢山のスキルも持ってるんだし、人々のために魔王軍を懲らしめようってつもりは」

「ない」

 

 俺の即答に、クリスはガクッと肩を落とす。

 一方で、ララティーナは何だか微妙な表情で。

 

「な、なんだろう……魔王軍を放置するなど決して褒められたことではないのだろうが、ろくに働きもせずに家の中で腐っていくカズマと一緒に生活するのも悪くないと思っている私はダメなのだろうか…………な、なぁカズマ。ちょっと私にこう言ってみてくれないか? 『おい雌豚、酒が切れたぞ早く持って来い』、と。そこで私が『か、かしこまりましたご主人様……!』と答えるので、お前は怒りながら『なに人間様の言葉で話してる! 返事は「ブヒ」だろうが!! あと豚の分際で二足歩行するとは何事だ!!!』と」

「言わないぞ」

 

 俺がそんな頭の悪い言葉を遮って却下すると、変態は口を尖らせて不満そうな顔を見せる。

 もちろん本人も言うようにこの変態はもうダメなんだが、こんなのが王国の懐刀とも言われる名高き大貴族ダスティネス家の一人娘なんだから、もう国自体もダメなのかもしれない。

 

 俺は深い溜息をつき、じとっとした視線をクリスに送って。

 

「なぁ、お前こいつの親友なんだろ? 責任とって何とかしろよこの変態。つーか、こいつの周りにはお前とか親父さんみたいな真っ当な常識人がいるのに、どうしてこうなった」

「そ、それはあたしが聞きたいくらいなんだけど……ていうかキミ、人事のように言ってるけど、ダクネスはキミと出会ってから更に悪化してるんだよ。何とかしろって言うなら、キミこそ何とかしてよ、もう」

「えっ」

「お、おい、二人して私をそんな手遅れみたいに言わなくても……し、しかし、そうだな。カズマと出会い、私はもうちょっとやそっとの責めでは満足できない体になってしまった。これは責任を取ってもらって、私とパーティーを組んでもらうしかないな!」

「お前とうとう本性を隠さなくなってきたな」

 

 こいつも見た目だけはどこに出しても恥ずかしくない貴族のご令嬢なんだが、中身がどこに出しても恥ずかしいド変態というのが残念というレベルじゃない。

 俺だって綺麗な女クルセイダーとだったら喜んでパーティーくらい組みたいけど、それが俺もドン引くレベルのド変態で攻撃も当たらないとなると激しく気が進まない。

 

 ……でも、まぁ、悪いやつではないしな。

 俺はがりがりと頭をかきながら。

 

「…………はぁ、分かったよ。今は教師の仕事もあるからちょっと無理だけど、今受け持ってるクラスの奴らが卒業したら、その内、な。その……今回の件ではお前には借りができちまったしな」

 

 俺の言葉に、クリスは意外そうな顔をして、ララティーナは勢い良く身を乗り出してくる。

 

「ほ、本当か!? 嘘ではないよな!? 今確かに聞いたからな!!」

「嘘じゃないって。お前、拠点はアクセルだったよな? 俺の拠点の紅魔の里からはかなり遠いけど、アクセルならウィズが拠点にしてるし、商人の仕事の関係とかで会った時にでも、ついでに俺も一緒にテレポートで連れて行ってもらえば定期的に通えるとは思うし」

「へぇ、もしかしてカズマ君、意外とダクネスのこと気にかけてくれてる感じ? あはは、素直じゃないなぁ」

「ち、ちげえよ、借りができたからって言っただろうが! おいララティーナ! 言っとくけど、俺とパーティー組んでクエスト受けた時は、容赦なくこき使ってやるからな! 覚悟しろよ!!」

「っ……あぁ! 望むところだ!!」

 

 俺は脅かしてみるが、ララティーナはそれはそれは嬉しそうな満面の笑みで答えてきた。

 ……俺とパーティーを組むことにここまで喜ぶ奴がいるとはなぁ……いや、もちろん悪い気はしないんだけど、何というか、調子狂うというか…………あと、クリスがニヤニヤと鬱陶しい!

 

 

***

 

 

 俺が着替えて城まで戻ってくると、案の定そこは大騒ぎだった。

 

「賊だ! 俺達が義賊を追いかけている間に、城に別の賊が入って聖剣を盗んだらしい!」

「なっ……聖剣を!? それならば早く追わなければ……いや、しかし、塀がこんな状態ではまた別の賊が入ってくる可能性も……」

「城を守る人員は既に確保してある! 後から到着した者達は、外に逃げたらしい賊を追いかけろとのクレア様からの命令だ! 賊は黒装束に仮面をつけていて、爆発によるダメージを負っている可能性が高いからそう遠くまでは行けないはずだとのことだ!」

 

 そんな事を言いながら、ちょうど俺と入れ違いになるように出て行く騎士達。

バレることはないと思いながらも、小心者の俺はドキドキしてしまう。大丈夫だ、堂々としてろ……おどおどしてる方が逆に怪しいぞ……。

 

 そうやって自分に言い聞かせるようにしながら歩を進めると、今度はミツルギとウィズがこちらに走ってきた。ミツルギは爆発の余波で頭を打って気絶してしまい、ウィズは俺の魔法で眠っていたはずだが、どうやら二人共目が覚めたらしい。

 

 先程まで戦っていた相手に、俺は思わず体がびくっとなって、反射的に正門の影に隠れてしまう。

 

「僕としたことが、あんな大事な局面で気絶してしまうなんて……! 絶対に逃さないぞ、仮面の盗賊め!!」

「えぇ、私だって、もうあんな失敗はおかしません!! 今度こそ、当店自慢の魔道具を駆使して、聖剣を取り戻してみせます!!」

「……あ、あの、ウィズさんは魔道具を使わなくても十分強いのですし、そのまま戦った方がいいんじゃ…………」

「そういうわけにはいきません! こっちも生活がかかっているんです! 何としても、ウチの魔道具を宣伝しないと!!」

 

 どうやらウィズは何も懲りていないらしく、ミツルギが何とも微妙な顔をしている。

 そんな二人が街中へと消えていくのを確認して、一息つく。別にこの格好なら隠れる必要はないはずだが、どうしても警戒してしまう。

 

 ララティーナが聖剣を持ってくれば、この混乱も少しは落ち着くはずだが、念の為に俺とは少し時間をずらしてから城に戻ることになっている。もう少しすれば来るはずだ。

 

 そのまま城の中に入ると、慌ただしく指示を出しながら走り回るクレアがいた。

 

「そうだ、エレメンタルマスターを連れて来られるだけ連れて来い! まずはあの塀だけでも何とかしなくては…………なに、アイリス様が部屋から出たがっている!? 自分も賊を捕まえると!? くっ、分かった、私が行って説得する!! …………ん、そこにいるのはカズマか! 何をぼーっとしている、お前は騎士よりも機動力があるんだ、さっさと賊を捕まえに行け!!」

「あー、悪い、銀髪の義賊を追ってて、もう魔力はほとんど使っちまったんだよ。それよりも、ウチの生徒達はどこだよ。俺だって教師なんだ、あんな爆発があったんだし、まずは生徒の安全を確認させてくれよ」

「むっ……そ、それもそうか。悪かったな、私もこの一連の騒動で相当参っているようだ…………紅魔族の生徒達は、食堂の方に全員避難している。行ってやれ」

 

 クレアは珍しく俺に対して申し訳なさそうにそんな事を言ってくる。

 な、なんか、こんな姿を見せられると、こっちの方が申し訳ないというか、居心地が悪いというか……ごめんなさい……。

 

 俺は心の中で謝りながら、食堂の扉を開く。

 中ではクレアの言っていた通り生徒達が集まっていて、俺を見た瞬間、一斉にこちらに集まってきた。

 

 先頭は安心したような表情を浮かべたゆんゆんだ。どうやら気絶からは目覚めたらしい。

 俺はそのまま愛する妹を正面から抱きとめる体勢を取ろうとした…………が。

 

 ゆんゆんが安心したような表情をしたのは俺の姿を見た最初の一瞬だけで、近付いて来るにつれて次第に呆れた表情になっていき。

 俺の前まで来た時には、もう完全に怒り顔になっていた。

 

「まったく! 兄さんはいつもいつもバカなことするとは思っていたけど、今回はその中でもとびっきりね! 心配させないでよ、もう!!」

「えっ……あ、あの、ゆんゆん? ここは俺の無事を確認できて、この胸に飛び込んでくるっていう美しい兄妹愛が見られるような感動的なシーンなんじゃ……」

「最初は私もそのつもりだったけど、今回兄さんがやったこと思い返してる内にそんな気持ち無くなったわよ! 城の拡声器を使って王都中にアクシズ教の宣伝をした挙句に聖剣を盗むなんてバカじゃないの!?」

「うっ……ま、まぁ、確かに俺も今回は相当危ない橋を渡った自覚はあるけどさ…………でも、あるえから大体の事情はもう聞いてんだろ? 今回のことは、全部紅魔祭を守る為で……」

「それは聞いたわよ…………でも…………紅魔祭も大事だけど、自分のことも大事にしてよ……。無茶はせずに自分は常に安全圏にいる、それが兄さんじゃない……」

「……あー、それは、その…………すみませんでした……」

 

 未だに怒った表情のままだが、少し涙目になっているゆんゆんに、俺は目を逸らして頭をかきながらそう言うしかない。

 流石にここで「そんなにお兄ちゃんが心配だったか!」みたいな事言ってからかえる空気じゃないし……ど、どうしよう、この重い空気。

 

 そんな感じに困っていると、ゆんゆんの後ろから、ふにふらとどどんこが出てきて両側からゆんゆんの肩をぽんぽんと叩きながら。

 

「まぁまぁ、とりあえず先生は無事だったんだし、それでいいじゃん! 終わり良ければ全て良しって言うしさ!」

「そうそう! それに今日は色々あって先生だって疲れてるだろうし、文句とかその辺はまた明日でいいんじゃない?」

 

 二人の言葉に、ゆんゆんはまだ涙目でむくれながらも、小さく頷いた。

 おお……流石はふにふらとどどんこだ。二人に親指を立てて見せると、向こうも笑顔で返してくれる。

 

 そして、ゆんゆんと入れ替わるようにして、今度はめぐみんが前に出てきた。

 その様子はいつもの堂々としたものではなく、ちらちらと俺の顔を窺いながら、気まずそうな様子で。

 

「あ、あの……その……ごめんなさい。まさかあの仮面の盗賊が先生だったとは思いも寄らず……思わず攻撃してしまい……」

「あ、あんた、思わず攻撃ってのは仕方ないにしても、あそこまでやることはなかったでしょ……ていうか、正体見抜いてなかったのあんただけだったし……」

「はぁ……めぐみんって、紅魔族随一の天才とか言われてるくせに、肝心なところで抜けてるというか……」

 

 そんな呆れたようなふにふら達の言葉に、めぐみんは珍しく何も言い返すことなく俯く。

 普段だったら何の躊躇もなく飛びかかっている所だろうが、今回は流石に自分でもかなり反省しているのだろう。

 

 まぁしかし、俺としても別に責めるつもりはない。

 だから気にするなといった感じのことを言おうとした時、生徒達の中からあるえが一歩前に出てきて、落ち込むめぐみんの肩にぽんと手を乗せ、優しい表情を浮かべて言った。

 

「めぐみん、そんなに気にすることはないよ。聖剣を盗んで逃げようとしている輩を攻撃するのは当然のことだし、そもそも正体を隠していた先生が悪いよ」

「おいちょっと待て、俺も似たようなこと言おうとしてたけど、お前に言われると物凄く釈然としないんだけど! そもそもの話をするなら、まずお前が余計なことしなかったらこんな厄介なことにはならなかったんだよ!! めぐみんを怒るつもりなんかないけど、お前にはキツイ罰くれてやるから覚えとけよあるえ!!」

「えぇ、覚悟はしています。逃げも隠れもしませんし、どんな罰でも受け入れます。先生の性奴隷になることでも、全裸に剥かれて王都中を引きずり回されることでも、ロリコン貴族に売り飛ばされることでも……」

「そ、そこまでしねえから!! …………お、おい、お前らもそんな、俺ならやりかねないみたいな顔やめろって!!!」

 

 うわぁと引いている生徒達に必死に弁解する。

あるえの奴が俺のことをどんだけ鬼畜野郎だと思ってやがるのか問いただしたい所だが、その鬼畜の所業を逃げずに受け入れるつもりだというのも恐ろしい。そこは逃げろよ普通に……本当に大丈夫なのかこいつは……。

 

 一方で、めぐみんはまだ落ち込んでいるようで、顔を俯かせたままだ。

 俺を攻撃してしまった事をここまで気にしてくれるとか、なんて心優しい生徒なんだろう。あるえと比べたら雲泥の差だ。めぐみんのことをクラス一の問題児だと思っていた過去の俺をぶっ叩いてやりたい。

 

 俺はそんな事を思って反省しながら、落ち込むめぐみんに優しく声をかける。

 

「まぁ、あるえのバカはともかく、お前に攻撃されたことは本当に気にしてないからさ、お前も気にするなって。あの状況じゃしょうがねえよ」

「ですが、他の皆は気付いていたのに、私だけが気付けなかったというのは……それに、ふにふらの言う通り、洒落にならないような攻撃でしたし……」

「…………ふっ、見くびるなよめぐみん。我が名はカズマ、紅魔族随一の冒険者にして数多のスキルを使いこなす者……あの程度の攻撃、この俺からすれば回避することなど造作も無い。だから余計な心配はするな」

 

 バサッとローブを翻し、紅魔族らしくちょっと格好良いポーズを決めて、余裕ぶってみる。

 

 こうしてめぐみんが落ち込んでいるのを見ていると、こっちまで調子が狂ってしまう。

いっそ、「紛らわしいことをしている先生が悪いのです!」みたいに開き直ってくれる方が気持ち的に楽ですらある。

 

 だからこんな感じに、何でもない風に装って軽く流してしまおうと思ったのだが。

 めぐみんは少し驚いたような表情を浮かべて俺を見て、やがて困ったように苦笑して。

 

「……やっぱり先生は、何だかんだ言って優しいですよね。私が攻撃しようとしていた時は涙目になってたのに、私に気を使ってそれを無かったかのように装ってくれて……」

「べ、べべべべ別に涙目になんかなってねーし!! ぜ、全然余裕だったし!!!」

 

 どうやら頭の良いめぐみんには、俺の強がりはバッチリ見抜かれているらしく、何とも締まらない。やっぱりこういうちょっとキザな事は俺には向いてないのか……ミツルギとかだったら上手くやるのかな……。

 

 何だか妙に恥ずかしくなってきて顔が熱くなり、めぐみんから目を逸らして他に何か言い訳でもないかと考えていると。

 

 ぎゅっと、いきなり正面からめぐみんが抱きついてきた!

 

「ありがとうございます。先生のそういう所、大好きですよ」

「なっ……お、大袈裟だろうが、別に大したことしてねえよ! ま、まったく、相変わらずちょろいなお前は!!」

「ああああああっ!! ちょっとめぐみん、あんた何ちゃっかり先生に抱きついてんのよ!!! あ、あたしだって!!!」

「あ、ズルい!! 私も私も!!!」

 

 めぐみんに張り合うように、ふにふらとどどんこも左右から俺に抱きついてくる。

 おお……これは良いな……! 相手はまだ子供だけど、そこに目を瞑ればハーレム男になった気分だ。全身から伝わってくる女の子特有の柔らかい体の感触が心地いい。

 

 そして、そんな俺をじーっと見つめるゆんゆん。

 これはあれか、自分も抱きつきたいけど、周りの目とかを気にして躊躇しているのだろう。よし、それなら俺から誘って抱きつきやすくしてやろう!

 

「ゆんゆん! まだ俺の背中が空いてるぞ! さあ、思いっきりぎゅっと来い! そして色々と押し当ててくれると嬉しいです!! …………あれ? お、おい、ゆんゆん? どこ行くんだ?」

「クレアさんに盗賊の正体でも話そうと思って。兄さん、これだけ心配かけといて全然反省してないみたいだし、ちょっと牢屋に入って色々更生した方がいいんじゃないかなって」

「ま、待て! 俺が悪かった! 調子乗りました、許してください!!」

 

 恐ろしいことを言って部屋を出ようとする妹を、慌てて引き留めた。

 

 

***

 

 

 次の日の朝。

 俺は昨夜、ゼスタからの無理難題を見事やり遂げ大事な紅魔祭を守り、達成感と開放感と共に王城で爽やかな一時を過ごしている…………はずだった。

 

 俺は椅子に座った状態で周囲を見渡し、そして目の前にいるクレアに尋ねる。

 

「……おい、この状況はなんだ」

「なに、大したことではない、少し話を聞きたいだけだ。周りは、まぁ、気にするな」

「気にするよ! メッチャ気にするよ!! 武装した騎士で完全包囲しといて何が気にするなだふざけんなコラ!!!」

 

 そう、とある一室にて、俺は周りを屈強な王都の騎士達に囲まれた状態で、机を挟んでクレアと向かい合っている。

 朝っぱらから俺の泊まっている部屋を訪ねてきたクレアは、そのままこの部屋まで俺を連れて来て、あれよあれよと言う間にこの状況だ。

 

 そして、騎士の一人が目の前の机に何かを置いた。

それはお馴染みの嘘を見抜く魔道具で…………もうこれ、完全に尋問態勢じゃないですか。

 

 クレアは俺の文句を軽くスルーして、勝手に話を始めてしまう。

 

「さて、カズマ。昨夜は大変なことになったな。銀髪の義賊が堂々と城の正門に現れたかと思いきや、王城内では仮面の男が宝物庫に侵入して聖剣を盗んだ挙句に、城の大型拡声魔道具を使って王都中にアクシズ教の宣伝までやらかした。大事件と言うのも生温いくらいの大事件だ」

「あー……で、でもほら、聖剣は戻ってきたんだし、一応最悪の事態は防げたじゃないか」

「そうだな。それもこれも、ダスティネス卿とめぐみん殿のお陰だ。ダスティネス卿は一時は銀髪の義賊に縛られ連れ去られるという危機に見舞われたようだが、そこから脱出し、逃走中の仮面の盗賊から聖剣を取り返してくださった。そして、めぐみん殿も、ウィズ殿やミツルギ殿といった有力者が倒れる中、仮面の盗賊に大ダメージを与え、それが聖剣奪還に繋がった。爆撃によって王城の塀の大部分が大破してしまったが、あのまま聖剣を盗まれるのと比べれば問題の内に入らないだろう。騎士団が不甲斐ない中、王都を危機から救っていただき、あのお二方には頭が上がらん……」

 

 どうやら、前もってララティーナに吹き込んでおいた作り話の効果の程は上々のようだ。

 まぁ、少し前のドラゴン戦でも功績を残した二人がまたやってくれたというシナリオにすれば、そこに疑いを持つ者もいないだろう。妙な所で真面目なララティーナは、そんな作り話で自分の株を上げるというのは嫌だったろうが。

 

 俺は何度か頷きながら。

 

「そっかそっか。俺も教師として、生徒のめぐみんが評価されるのは嬉しいよ…………で、何で俺がこんな尋問みたいなことされてんだ?」

「……王城に侵入した仮面の男。その男は多彩なスキルや魔道具を使いこなし、城の構造にやたらと詳しかった。そして直接対峙したミツルギ殿によると、自分が不利になるや否や躊躇なく人質をとる、目的の為には手段を選ばない非情な男だったとの事だ。そして偶然にも、私にはその特徴と合致する男に心当たりがあってな」

 

 俺は思わず目を逸らすも、クレアはじっとこちらを覗き込んでくる。

 バクバクと心臓の鼓動が早くなるが、それを必死に抑えながら。

 

「ほ、ほーん……それならここで俺とのんびり話してないで、早くその怪しい奴の所に行ったほうがいいんじゃないか? そいつも怪しまれてると勘付いたら、さっさと遠くに逃げちまいたいだろうし……」

「それは大丈夫だ。私が怪しんでいる男は今、目の前にいるからな。…………カズマ、貴様だ」

 

 クレアからの圧力に思わず反射的に否定しようとして、言葉が喉まで出てくるが、何とか押し留める。

 今、目の前の机には嘘を見抜く魔道具が置かれている。下手なことを言えば余計に立場が悪くなる。

 

 落ち着け、落ち着け。

 商人として魔道具の知識はそれなりに持っている俺は、知っている。

 この魔道具は便利だが、万能ではないんだ。

 

 クレアは目をギラギラ光らせながら、問い詰めてくる。

 

「正直に言えカズマ。なに、私だって鬼ではない。貴様も度々王都の為に働いてくれたし、アイリス様にも気に入られている。極刑だけは勘弁してやるさ、極刑だけは……な。あれだけの事をやらかして破格の温情だと思うが?」

「……なるほど。つまりクレアは、昨夜俺が正体を隠して聖剣を盗んでアクシズ教の宣伝をやったと思ってるんだな?」

「あぁそうだ、その通りだ。これでも私は、貴様の能力自体はそれなりに認めてやっている。貴様なら、大勢の騎士団だったりウィズ殿やミツルギ殿を相手にしても、やりようによっては互角以上に立ち回れるだろうと思っている」

「……ふっ、まぁ王都でも有名なカズマさんだからな! なんだよクレア、日頃は散々俺のことボロクソに言ってるくせに本当は認めて…………あ、いや、調子に乗りましたすみません」

 

 珍しくクレアから褒められてるっぽかったから、つい得意気に言ってしまったが、鋭い眼力に押されて慌てて謝る。

 それから俺は、こほんと空咳をして気を取り直すと。

 

「クレア、俺はリスクとリターンをよく考えて動く男だ。それはお前も知ってるだろ。そして、昨夜仮面の男がやったことは、とんでもないリスクを伴うものだったはずだ。じゃあ代わりに得られるものは何だ? 言っとくけど、俺は聖剣なんて別に欲しくないし、アクシズ教徒でもないぞ」

「…………な、なに?」

 

 俺の言葉に、クレアは目の前の魔道具をじっと見るが、何も反応しないことに困惑した様子を見せる。

 

 そう、この魔道具の前ではとにかく嘘を言わなければいいのだ。

 本当にマズイ質問はのらりくらりとかわし、言っても良いことだけは言う。

 俺が聖剣を欲していないことも、アクシズ教徒ではないことも、嘘でも何でもなくただの真実だ。

 

 クレアは少し考え込んだあと、何かに気付いたのかはっとして。

 

「そ、そうだ、別に貴様自身が望んでいた事とは限らないだろう! 誰か他の者に依頼された可能性だってあるはずだ!! 見返りは…………そうか、金だな! それも、莫大な額を受け取ったのだろう!! それならば、あれだけの大犯罪を犯したとしても不思議ではない!!」

「確かに俺は金でも動く男だ。でも、あれだけの事を金で頼むっていうなら、相当な額を積まないと俺は動かないぞ? 100万200万程度じゃ話にならん。もちろん、俺はそんな大金が絡んだ依頼は受けてない」

 

 魔道具は鳴らない。

 それを見て、クレアはますます困惑の色を濃くして、ついには頭を抱えてしまった。

 

 一応クレアは良い線はいっている。昨夜の件は誰かから依頼されたという所まではあっている。

 しかし、見返りは金ではない。祭りの平和でありプライスレスなものだ。

 

 とにかく、クレアも困ってるみたいだし、ここで畳み掛けよう。落ち着かせてはいけない。

 今のこの状況は本当に危ういものだ。もしクレアが「仮面の男の正体はお前か?」という質問に拘り、それに対する答えだけを強要されたりしたらアウトなのだから。

 

「おいクレア、よく聞け。俺だって聖剣がこの国にとって大切な物だってことはよく知ってる。あれは良い使い手が持って、魔王軍を倒す切り札にしてほしいとも思ってる。魔王軍が勢いを増すのは俺だって困るしな」

「っ……そ、そうか……」

「あと、俺がアクシズ教徒の一員であるかのような疑いは断固として否定するぞ。冗談じゃねえ。最近映画の撮影でアルカンレティアに行ってアクシズ教徒と関わる機会があったんだけど、そこでトラウマレベルの体験をしたからな。アレとはもう二度と関わりたくないと思ってるんだ」

「……な、なぜ、何故鳴らないのだこの魔道具は!!」

 

 どうやらクレアは魔道具の方に何か問題があるのではと、持ち上げてどこか壊れていないかとまじまじと覗き込んでいる。

 そして、見た限りではどこも壊れていないことを確認すると、今度は俺をじっと見つめて。

 

 なんと、普段アイリスに向けるように優しく微笑んだ!

 

「カズマ、申し訳なかった。そうだな、お前のような心優しく正義感に溢れたイケメンが、あんなことをするはずがなかったな。どうか許してほしい」

「おっ、なんだなんだ。もしかしてお前、実は俺に惚れ」

 

 チリーンチリーンチリーンと、魔道具の音が何度も何度も連続した。

 クレアは再び悩ましい表情で魔道具を見つめる。

 

「……壊れているわけではないのか。まさか、本当にカズマではなかったのか……?」

「おいコラてめえ、ちょっと表出ろや。裸にひん剥いた後、バインドで縛って王都中を引きずり回してやる。大貴族だとか知ったことか」

 

 俺の発言に、周りを取り囲んでいた騎士達が慌てた様子でその包囲を狭めて警戒してくる。

 ちっ、流石にこの状況じゃ中々やり返せないな…………いや、待てよ?

 

 俺はある仕返しを思い付き、即座に実行する。

 

「そもそも、お前は日頃から俺のこと言いたい放題言ってくれるけどさ、お前だってどうなんだよ? 良い機会だし、この魔道具の前で聞いてみようか? お前、アイリスに対して忠誠心以上の物を抱いてるだろ。具体的に言うと、アイリスをペロペロしたいとかそういう邪な劣情とか」

「ななななななな何を言っている!!!!! そ、そんな、根も葉もない……こ、この私がそのような事を思うはずがないだろう!!!」

 

 チリーンと、魔道具が鳴った。

 それを受けて周囲の騎士達がざわめきだし、クレアの顔が真っ赤に染まる。

 俺はニヤニヤと口元を緩ませて。

 

「ほら見たことか。なぁ騎士団の皆さん、俺なんかよりもこの変態お嬢様の方がよっぽどアイリス様にとって危険じゃないか? くっくっくっ、楽になれよクレア、お前はこっち側の人間だ。じゃあ次はどんな質問を」

「ま、まま待て! やめろ!! わ、分かった! お前は無実だ!! 疑って悪かった!!!」

 

 俺の更なる追求にすっかりビビったクレアは慌てて頭を下げた。

 よし、何とか乗り切った! 一歩間違えたら逮捕されて祭りどころじゃなくなる所だった、あぶないあぶない……。

 

 そうやって一息ついていると、バンッと突然勢い良く部屋の扉が開いて、クレアと同じくアイリスの側近で魔法使いのレインが慌てた様子で入ってきた。

 

「ク、クレア様、昨夜の件に関与したと思われるアクシズ教徒なのですが、アルカンレティアにて取り調べを行ったところ、どうやら彼らは何も関係ないようで……その、不当な取り調べに対する謝罪として、王都にアクシズ教の教会を増やせと要求してきているのですが……!!」

「な、何を言っている、アクシズ教の最高責任者の肉声が王都中に流れたのだぞ!? 関係ないわけがないだろう!!」

「それが、アクシズ教徒は誰一人として王城には一歩足りとも入っていないと言い張っていて……王都に流れた声についても、実は先日、布教用に最高責任者ゼスタ様の声を録音した魔道具が盗まれたと言っていて、それが使われたに違いないと……! 盗んだ相手については顔を隠していて窃盗スキルを使ってきたとのことで……」

「なっ……う、嘘を看破する魔道具はもちろん使ったのだろうな!?」

「はい、使いましたし、動作確認も念入りに行いました! でも全く反応しないんです!!」

「そんな……バカな……!!」

 

 レインからの報告に、クレアは驚愕の表情を浮かべて固まってしまった。

 

 なるほど、向こうはそうやってやり過ごしたのか。

 確かにアクシズ教徒は誰も王城には入っていないし、録音魔道具を盗まれたというのも本当だ。

 

 アルカンレティアでの別れ際に、ゼスタが俺に対して「顔を隠した状態で自分の持つ録音魔道具をスキルで盗んでくれ」みたいな事を頼んできたが、取り調べを見越してのことだったのか。言うなれば“作られた真実”というやつだが、嘘ではないことには変わりない。

 流石、何度も逮捕されているだけあって、嘘を見抜く魔道具への対策も心得ているらしい。

 

 レインは困り果てた様子で。

 

「どういう事なのでしょう、アクシズ教徒とは関わりのない第三者が、単に王都を混乱に陥れるためにアクシズ教を利用したという事なのでしょうか……?」

「そうだな……現状ではそう考えるしかない……。とにかく、アクシズ教徒の要求などは飲めん。向こうにもそう伝えておけ」

「そ、それが、アクシズ教徒は、こちらの要求が聞き入れられないのであれば、直接王都に出向いて抗議するとも言っていて……!!」

「な、何だと!? それだけは何としても阻止しろ! ただでさえ、王都では昨夜のアクシズ教の『自由に生きろ、我慢するな』といった教義を聞いた子供やニートなどが同調し始めているのだ!! こんな時に奴らが来たら本格的に収集がつかなくなる!!」

「し、しかし、言って聞くような人達ではありません! 私も何とか収められないかと話し合おうとはしたのですが、ろくに取り合ってもらえず、次第に調子に乗ってセクハラまがいの言動までしてくる始末で……!!」

「よ、よし、それだ! セクハラは立派な犯罪だ!! 昨夜の件については無実だったとしても、別件で逮捕してしまえばいいのだ!! アルカンレティアへは私も行こう、必ずアクシズ教徒を止めるぞレイン!!」

「……なぁ、俺はどうすればいいんだよ」

「ああもう、好きにしろ! お前に構っている暇はなくなった!!」

 

 そう言い残し、ドタバタと慌ただしく部屋から出て行くクレアと、その後を追うレイン。

その切羽詰まった様子はまさに国の一大事といった感じで、魔王軍が襲撃してきた時ですらここまで大騒ぎにはならない。

 

 何というか、アクシズ教徒ってのはもはや天災とかそういう域に達している気がする。

 俺もあの連中には散々トラウマを植え付けられて振り回されたから、とても人事のようには思えず、クレアとレインがこれから見舞われる災難を思うと素直に気の毒だ。

 

 たぶん、セクハラやら何やらやりたい放題のアクシズ教徒を相手にして、帰ってくる頃には二人共げっそりとやつれている事だろうけど、アレはああいう物だと諦めて強く生きてほしい。

 

 

***

 

 

「おう、コラ。今回は本当にやってくれたなコノヤロウ」

「…………ごめんなさい」

 

 額に青筋を立てた俺の言葉に、あるえは意外にも素直に頭を下げる。

 

 ここは俺の寝室として割り当てられた王城の一室。

 クレアからの尋問を何とかやり過ごして部屋に戻ってくると、すぐにあるえが訪ねてきたのだ。

 

 こいつに関しては後日キツイ罰をくらわせてやろうとは思っていたが、まさか自分から謝りに来るとは思わなかった。

 

「なんだよあるえ、自分から素直に謝りに来るなんていつになく殊勝な心掛けじゃないか」

「えぇ、その、私も流石に今回は少しばかりやり過ぎたかと思って。昨夜も言いましたが、罰は受けますよ。どんなものでも」

「少しばかりってレベルじゃねえよ! マジで大ピンチだったんですけど俺! もちろんとんでもない罰与えてやるから覚悟しろよ!!」

 

 今回の件で、俺にとって最も厄介だったのは、ミツルギでもウィズでもなく目の前にいるあるえだった。

 あるえは俺の思考を尽く先読みした上で、クレア率いる騎士団、そしてミツルギやウィズのような実力者を上手く誘導して俺にぶつけてきた。あるえが余計なことさえしなければ、案外すんなりと上手くいったんじゃないかと思うくらいだ。

 

 それらは全部映画を盛り上げるためで、自分の創作のためならば見境がなくなって暴走するという、あるえの厄介すぎる一面が出た。

 何というか、ゆんゆんやめぐみんも、周りが見えなくなって暴走するということがあるが、優秀な紅魔族というのはそういう傾向があるのだろうか。

 

 しかし、やられてばかりの俺ではない。

 俺はニヤリと口元を歪ませると。

 

「くっくっ、もしかしてお前、俺が与える罰ってのはどうせセクハラばっかで、それなら全然余裕だとか思ってんじゃないだろうな? 俺を舐めるなよ、嫌がらせをさせれば右に出る者はいないと言われるカズマさんだぞ。お前にはとっておきの罰を考えてきてやったぞ」

「ほう、先生が考えたとっておきの罰ですか。それはどんなものですか?」

「おいお前ちょっとワクワクしてないか。ララティーナみたいなドM根性ってわけじゃなくて、小説のネタにできそうとかそういう理由で」

「いえいえ、そんな。国一番の鬼畜と言われる先生の罰がどんなものなのか、内心ビクビクと怯えていますよ」

「そういう嘘はもうちょっと怯えてるような様子を見せて言え。なんだその堂々とした態度は」

 

 まったく、こいつには恐怖心というものが完全に欠落しているように思える。

 多分、目の前にブレスを吐く寸前のドラゴンがいたとしても、慌てる様子もなくただじっとその様子を興味深く観察しているのだろう。

 

 とはいえ、本当に何も怖いものがない人間などいない。

 

 どんな事でも小説のネタとして活かそうとしてくるあるえは厄介な相手だが、今回考えてきた罰だけは勝算がある。あるえが一番嫌がりそうなことは見当がついている。

 俺はビシッとあるえに指を突き付け宣告する。

 

「ここからの映画の内容は全て変更で、俺が決める! 王道的な魔王討伐物語なんてやめて、俺を主人公とした露出多めの美少女ハーレム物語にするからな!! 安心しろ、とりあえずエロで釣っとけば、少なくとも男連中が集まって大盛況間違いなしだ!!」

「っ!? ちょ、ちょっと待ってください! そ、それでは鬼畜な先生としては少し物足りないのではないですか? もっとこう、私に対して直接何か鬼畜なことをするとかの方が、先生としても満足できるのでは……」

「はっはっはっ!! なんだあるえ、お前でも動揺するなんて事があるんだな!! 俺の心配はいらないぞ、お前が嫌がることなら俺としては満足だ! お前どんな罰でも受けるって言ったよな? 今更取り消しは認めないぞ!」

「うっ……」

 

 珍しく狼狽えるあるえを、俺は気分良く眺める。

 普段は何考えているのかよく分からない奴だが、今は普通のどこにでもいる12歳の少女と変わらないように見える。

 

 そうだ、あるえにとって最も大切なものは自分の作品だ。

 作家にとって、自作品というのは我が子のように愛着のあるものだというのは聞いたことがあるし、それを他人の手によって好き放題に弄くり回されたらそれは辛かろう。

 

 俺はそのまましばらく、あのあるえが目を泳がせてチラチラと俺のことを窺うという珍しい姿をニヤニヤと眺める。

 こんなあるえ、滅多に見られないしな。こいつにはここ最近振り回されっぱなしという事もあって、胸がすかっとする想いだ。

 

 …………まぁ、本当に映画をメチャクチャにするなんてことはしないけどさ。

 俺としてもこの反応を見れてもう十分満足したし、そろそろ許してやるとするか。

 

 そう思って口を開きかけた時。

 

「…………分かりました」

「え?」

 

 さっきまで動揺していたあるえだったが、今は何故か儚い微笑みを浮かべている。

その何かを諦めたかのような微笑みは、何とも言えない罪悪感となって俺に重くのしかかってくる……そ、そういうのは卑怯だと思うんですけど……。

 

今度は俺の方が動揺し始めるが、あるえは相変わらずの笑顔で。

 

「これが罰だというのなら、私は大人しく受け入れます。今回やってしまった事を考えれば、それも当然の報いでしょう」

「な、なんだよ……そんな顔すんなよ……その、もうちょっと粘れよ、お前にとってこの映画は大切なものなんだろ……?」

「えぇ、映画は大切です。でも、それだけに気を取られていて、私は大切な人を……先生を失ってしまうところでした」

「い、いや、まぁ、そんな気にすんなって! ほら、お前が最後にウィズの魔道具で助けてくれたお陰で何とかなったし…………と、というか、さっきは大袈裟に大ピンチだったとか言ったけど、言うほどでもなかったというか、その、実は本気出せばまだまだ余裕だったからな!」

「……先生は優しいですね。でも、大丈夫です、先生にならこの映画も任せられます。きっと私よりも良い物に仕上げてくれると信じていますから……」

「待て! 待てってば! 悪かった、冗談だ!! 俺は別に本気で映画をどうこうしようだなんて思ってねえよ!! ちょっとお前を脅かしてやりたかっただけなんだって!!」

 

 微笑みの裏に切なさも見える表情で部屋を出ていこうとするあるえを慌てて止めながら、俺は必死に弁解する。

 まさか、ここまで深刻な感じになるとは……俺はちょっと軽くからかってやろうと思っただけなのに…………あれ?

 

 なんだろう、何かこの流れ、前にもあったような気がする。

 そうだ、確か以前にめぐみんをからかった時に似たようなことが……。

 

 あるえは俺に腕を掴まれて動きを止めているが、顔は向こうを向いたままだ。

 ……嫌な予感がする。すごく嫌な予感がする。

 

 少しして、あるえはゆっくりとこちらを振り返った。

 

 

「……やっぱり先生って、割と純情なところありますよね。ぶふっ」

 

 

 その表情は、さっきまでの切なさや儚さはどこへやら、今やこちらを思い切りからかうようなニヤケ顔へと変貌していた。

 俺は無言のまま両手でゲンコツを作ると、そのままあるえの頭を挟み込んで両側からゴリゴリと圧迫した。

 

「ああああああああああっ!! わ、私の! 私の偉大なる頭が!! 神々の奇跡とも言われる私の頭が大変なことに!! うぐぐっ、そ、その辺にし、しておいた方がいい……これ以上は封印が解けて世界が大変なことあああああああああああああ!!!」

 

 なるほど、何でも小説のネタとして消化できるあるえでも、こういう物理攻撃は普通に効くらしい。

まぁ、ララティーナみたいなドMの変態じゃないから当たり前か。今度からこいつへの罰はこの方向でいこう。俺は少しくらいの体罰は辞さない男だ。

 

 俺は涙目になっているあるえに満足すると、ようやく両拳を離す。

 

「ったく、これに懲りたら映画撮影で暴走するのはちょっとは自重しろよ。次また何かやらかしたら、今の二倍グリグリしてやるからな。……ほら、今日はこの辺で勘弁してやるから、もう行った行った。せっかくの王都だし、帰る前に皆と観光でもしてこいよ。王都の撮影はもう終わってるだろ」

 

 俺はそう言って話を切り上げると、しっしっと手を振ってあるえを部屋から追い出そうとする。

 しかし、あるえは俺のことをじーと見たまま動かないと思ったら、口元に小さな笑みを浮かべて。

 

「先生はいつもは鬼畜だなんだと言われてますけど、結構甘いですよね。正直、私のやったことを考えると、本当に映画の監督を降ろされたり脚本を変えられても仕方ないとも思いますよ」

「別に甘やかしてるつもりはねーよ。単に、今更そういう重要な所を変えたせいで映画自体が完成しなくなるって可能性があるからってだけだよ」

「ふっ、我が真眼を誤魔化せると思わない方がいい……一応はこの眼帯にて封印を施してはいるが、それでも人一人の心など簡単に見通せるのですよ……。意外と生徒想いの先生のことです、お祭りということで、多少のことは大目に見てくれているのでしょう?」

 

 ぐっ、真眼とやらは知らんが、大方のことは見透かされているようだ。

 ホントこいつ、普段はぼーっとして何考えてるのか分からないくせに、意外と人のことは見てるもんだ。

 

 ここで更に言い訳なんかしてもドツボにはまるような気がしたので、俺は諦めて溜息をつきながら。

 

「まぁ、そんなとこだよ。生徒達で好きにやれって言ったのは俺だしな。俺も俺でいつも好きにやらせてもらってるし。それに、お前もそろそろ卒業だろ? その辺も一応考慮して大目に見てやってんだよ、感謝しろよ」

「あれ、先生、私がもうそろそろ卒業って分かるんですか? 私の冒険者カードを見せたことはないように思うんですが……」

「カード見なくても何となく分かるっての。スキルアップポーションをどれだけ受け取ったかとか、養殖でどれだけ敵を倒したかとか、その辺りは見てるしな」

 

 あるえも、成績だけ見ればめぐみんやゆんゆんに次ぐ優等生だ。

 あの二人よりは少し後にはなると思うが、それでもほとんど間を空けずにあるえもスキルポイントが貯まって魔法を覚えて卒業していくだろう。

 

 ただ、めぐみんやゆんゆんもそうだが、あるえもまた卒業後が不安な生徒であるのは確かで。

 

「どうせお前、卒業後は部屋にこもってひたすら小説を書こうとか思ってるんだろ? ゆんゆんと違って、一人でも全然苦にしない所あるしな。でも、たまには学生の頃のクラスメイトなんかと外に出掛けて、皆でワイワイやるのもいいんじゃないか。お前も今回の映画撮影、結構楽しかっただろ?」

「……えぇ、そうですね。こうしてクラスの皆と何かを作っていくというのは初めてでしたが、良い思い出になりそうですし、小説を書く上でも大切な経験になったと思います。ありがとうございます」

「礼ならゆんゆんに言えよ。最初にあいつがクラスで何かイベントをやりたいって俺に言ってきたからな。あ、でも、もし万が一将来お前が売れっ子作家になって、この経験が役に立ったってことで俺に謝礼を渡したいって思ったら、俺は喜んで受け取るから遠慮無く言ってくれよ」

「ふっ、いいでしょう。私にとってお金など些細なものです。この経験によって素晴らしい小説が書けたのであれば、その利益全てを先生に捧げると誓いましょう」

「お、おい、冗談だって本気にすんな! そんな事簡単に誓ってんじゃねえよ、金は大事にしろっての!!」

 

 こいつは本当に大丈夫だろうか。

 ここまで金に無頓着だと、良からぬ輩に付け込まれそうだ。この辺りも卒業までに何とかしたいが、多分何ともならないような気がする……。

 

 俺の不安が顔に出ていたのか、あるえはクスリと笑って。

 

「もしかして、私のことを心配してくれているのですか? なるほど、そうやってたまに普段とは違う優しさを見せてくるというのは、女性的に中々高評価かもしれません。ずっと疑問でしたが、めぐみん達が先生に惚れた理由が少し分かったような気がします」

「お、なんだなんだ、お前まで俺に惚れたのか? しょうがねえなぁ、今はお前もまだ子供だしあれだけど、将来売れっ子作家になって俺を十分養っていけるくらい稼げるようになったら考えてやらなくもないぞ」

「…………私って、先生に惚れているのでしょうか?」

「えっ……い、いや、知らねえよ……というか、そんな真顔で返してくんなよ……冗談なんだから軽く流してくれよ……」

 

 俺としては「調子乗んな」的な反応を期待して言ってみただけで、めぐみんはそんな反応をしてくれるだろうし、ゆんゆんは顔を真っ赤にして怒ってくれるはずだ。そういう反応であれば、俺も気分良くいつもの調子で話せるのだが、こんなマジに受け取られてしまうとこっちも反応に困る……。

 

 そんな俺の気持ちも知らずに、あるえは首を傾げて。

 

「いえ、純粋に疑問で。私は出来れば卒業後も先生と一緒にいたいと思っているのですが、これはいわゆる恋というやつなのでしょうか。小説では恋愛感情について書くこともあるのですが、それは他の小説などの心理描写を参考にしているところも多くて、正直私自身ハッキリとは分からないのです」

「そ、そんなこと俺に聞かれても! つか、そういうのって本人に直接聞くもんじゃないと思うんだけど!! あー、その……」

 

 あるえから真っ直ぐな目を向けられて、俺は視線をあちこちに泳がせてパンクしかけている頭を何とか動かそうとする。

 一応教師として、生徒の疑問には答えた方がいいとは思うし、こういう人生相談的なものを受けるのも教師の仕事だとは思うんだが、中々良い答えが浮かんでこない。

 

 代わりに、いつだかゆんゆんに言われた「兄さんは本気で誰かを好きになったことがないんだよね」という言葉や、めぐみんからの「その年でまだ人を好きになる気持ちが分からないとか……」といった言葉が頭に浮かんでくる。

 

 ぐっ、あの時はあいつら好き勝手言いやがってとか思ったけど、ここであるえの疑問にバシッと答えられないと本当にそうだと認めることになる!

 俺はそんな、恋も知らないガキじゃない。もう人生で様々な経験をした、立派なオトナなんだ!!

 

「……あるえ。どうして俺と一緒にいたいんだ? それを聞けば分かると思うんだ」

「それはもちろん、面白そうだからです。私の真眼にて見通したところ、先生はこれから波乱万丈な人生を歩んでいくこと間違いないです。時には全財産が消し飛んだり、時には死んでしまうこともあるかもしれませんが、女神に導かれた先生は何度も立ち上がり、そしてついに魔王を討伐するのです!」

「うん、お前が何を言っているのかは分からんが、その気持ちが恋じゃないってのはよく分かった」

 

 拳を握りしめたあるえの力説に、ハッキリと答えてやる。

 あるえの奴、結局こんなオチかよ! いや、確かにあるえらしいし、俺としてもこれならシリアスにならなくていいんだけど、さっきまで真面目に悩んでた俺の気持ちを返してほしい……。

 

 なんだかどっと疲れてきて溜息をついていると、あるえは俺の答えに何やら考え込んでいる様子だ。

 もしかしてまだ何かあんのか……?

 

「……なるほど、これは恋ではないのですね。確かに言われてみれば、他の小説に書いてあるような、胸が切なくなったり、周りの景色が違って見えるというような恋する乙女にありがちな症状はないです」

「症状とか言うなよ、恋は病気か何かじゃねえよ。あー、いや、病気みたいなもんだっていう見方も確かにあるけどさ。まぁ、でも、そういう事を知るのも個人差あると思うし、別にそんな焦る必要もないと思うぞ。恋に恋して何か変なことやらかすってパターンも結構ありがちだしな。お前はそんなタイプじゃないと思うけど」

「ふむ、個人差ですか。ですが、私の場合、誰かにそういった感情を抱くというのが全く想像もできないんですよね。私でも、いつかは誰かに恋とかするのでしょうか?」

「…………悪い、俺もお前が誰かに恋するとかいうのは想像できねえわ……」

「ですよね」

 

 こんな事を生徒に言うのは教師としてどうかと思われるかもしれないけど、多分俺じゃなくても、あるえをある程度知ってる人なら皆同じようなことを言うと思う。

 

 そして、あるえの方も納得できたのか何度か頷くと。

 

「では先生、私と付き合ってもらえませんか?」

「……は? え、一応聞いとくが、それはどこかに一緒に行こうとかそういう意味で」

「いえ、恋人になってくださいと言っています」

「お前は何を言っているんだ」

 

 今度は俺が真顔になってしまった。

 もう本当に何なんだこいつは、口開く度に俺を混乱の渦に巻き込むのはやめてほしい。

 

 一方であるえは、マイペースに淡々と説明してくれる。

 

「今回こうして皆で映画撮影をして、色々な場所へ行ったり人と出会って、やはりそういう経験は人生においても小説においても大切なことだと思いました。だから、恋というものも知った方がきっと良い経験になると思ったのです」

「……うん、それはその通りだと思う。恋は人を成長させるってのもよく聞くしな。……でも、そこから俺に告るって流れが全く分からん。何度でも言うが、お前は全然これっぽっちも俺に恋してるとかそういうのはないぞ。自分でも納得してただろ」

「えぇ、そうですね。でも、形から入るというのも悪くないと思うのです。とりあえず恋人同士になってそれらしく過ごしていれば、恋愛感情というのも後から湧いてくるのではないかと」

「そ、それは……ないこともないかもしれないけど……! いやでも恋人って、もっとこう、お互いのことを知って気持ちが通じ合って……みたいな段階を踏んでからなるもんじゃねえの!?」

「…………やっぱり先生って、普段は婿入りして養われたいとか、愛人を何人も囲いたいだとか言ってますけど、実はかなり純情なところがありますよね。実際の所、婿入りしたいというのは本当だとしても、愛人を何人もとかそういうのは本音ではないのでしょう? 先生はこう見えて、きちんと一人の女性を選ぶ、意外と誠実なところがあるんですよね」

「ち、ちがっ……!!」

 

 あるえのニヤケ顔に言葉が詰まる。

 くそっ、何か言い返してやりたいけど、何も言い返せない!!

 

確かに俺の言うような、恋人になるにはまずお互いの気持ちが通じ合って……なんてのは古い考え方なのかもしれない。それこそ、恋愛小説にありがちな、ろくに恋愛もしたことがない夢見がちな少年少女が憧れるようなものに過ぎないのかもしれない。

 

 王都みたいな大きな街の若者なんかは、「とりあえず付き合ってみる」といった感じにすぐに異性とくっついてすぐに別れるってパターンを繰り返している人も割とよく見る。

 俺に対しても、悪評が広まる前は近付いてくる子とかいたしな……一人残らず金目当てだったんだけど……。

 

 ただ、こういった恋愛の仕方はリスクが全くないわけではない。

 そうだ、そういう所を教師らしく教えてやることにしよう!

 

「まぁ聞け、あるえ。気軽に付き合ってみるってのも、ありっちゃありなのかもしれないが、相手によっては面倒なトラブルに巻き込まれたりもするんだぞ。男ってのもいろんな奴がいるわけで、合わなかったら大人しく別れてくれるような奴ならいいけど、全員が全員そういうわけでもないからな。その辺をよく考えてから告るように。はい、以上。この話終わり」

「終わりませんよ。私を誰だと思っているのですか。クラスでも三番目の成績を誇り、人を見る目に関しては主席のめぐみん以上のものを持っていると自負していますよ。先生とならきっと上手くやっていけるはずです。さぁ、私に思う存分ネタを提供して、史上最高の伝説的な小説を二人で生み出しましょう!」

「こ、断る!! というか、俺の都合はガン無視じゃねえか!! 今は祭りのために映画撮影には協力してやってるが、その後のお前の小説にまで身を捧げるつもりはねえぞ!!!」

「……ふむ、確かに先生にも何かしらの見返りがなければ協力する気も起きませんか。それでは、この体はどうでしょう。自分で言うのも何ですが、私は年の割にかなりスタイルが良いと思うのです。それに成長期ですので、まだまだ成長します。私と付き合った暁には、この体を好き放題できるのですよ?」

「お、お前、そこで俺が飛びついても何とも思わないのかよ、思いっきり体目当てってことになるんだけど! そんな簡単に自分の体差し出してんじゃねえよ!」

「男性はとりあえずやれれば何でもいいんじゃないんですか?」

「そんな事ないから! あ、いや、まぁ、やりたいってのはかなりあるかもしれないけど、それ以外は何でもいいなんてことはないから!!」

 

 まったく、酷すぎる偏見だ。

 男は何もエロいことばかり考えているわけではない。せいぜい思考全体の七割くらいだ。

 

 もうこれ以上は付き合ってられんと、俺は無理矢理話を切り上げることにする。

 

「とにかく、この話はもう終わりだ終わり! お前もバカなことばっか言ってないで、さっさと観光でも何でも行けっての!!」

「……人生初の告白は振られてしまいましたか。まぁ、今日のところは諦めてあげましょう」

 

 こんな簡単に人生初の告白なんかするんじゃねえって言ってやりたかったが、そこからまたどんどんこじれていくような気がしたので何も言わないでおく。

 

 しかし、あるえはまだ部屋を出て行く気はないようで。

 

「私としては観光もいいですが、それよりも先生の話を聞きたいですね。昨夜なんかは、それこそそのまま小説の話にしてもおかしくないような大立ち回りをやってのけたではないですか。それに、昨夜の先生は、何やら禍々しい力も感じられました……もしかして、禁忌の封印が解けつつあり、悪魔として覚醒しつつあるという事なのでは……?」

「勝手に俺の正体を悪魔にするのはやめろ。まぁ、でも、確かに昨夜はなんか調子が良かったんだよな……スキルのキレとか魔力の感じも」

「や、やはり覚醒が……! そういえば、昨夜はちょうど満月。満月の夜に調子が上がるのは悪魔の特徴! 先生、頑張ってください、そろそろ思い出せるはずです。悪魔としての本当の自分を……」

「うるさいわ、ほっとけ! つーかお前、俺のことを女神に選ばれし者だとも言ってただろうが! 設定ブレすぎなんだよ!!」

 

 こいつはどうしても俺の正体が別にあるという設定にしたいようだが勘弁してほしい。ただでさえ、紅魔族なのにアークウィザードになれなかったって時点で妙な存在なのに。

 

「そもそも、昨夜のことに関してはお前だってよく知ってるだろ。お前のお陰であそこまで大変なことになったんだしな」

「いえ、私も全て知っているというわけではないですよ。例えば、先生は宝物庫で一体何を盗んだのか……とか」

「いや、だから聖剣だよ。お前だって見ただろ?」

「えぇ、それは見ました。…………でも、盗んだのはそれだけではないでしょう?」

「っ!!」

 

 あるえの探るような視線に、ビクッと体が反応してしまう。

 な、なんで分かるんだこいつ! 王族の方も、エロ本を宝物庫で保管していたとか気付かれたくなかったのか、盗まれたのは聖剣だけだと言って存在を隠してるのに!

 

 俺の反応を見て、あるえは満足そうに頷きながら。

 

「私の見立ては間違っていなかったようですね。先生のことです、宝物庫で何か面白そうな物を見つければ、ついうっかり持ってきてしまっても不思議ではないと思っていたのです。それに、盗まれた方もそれについて口を閉ざしているということは、何かやましい物だったりもするのでしょう?」

「ぐっ…………だああああ! 分かった分かった、見せればいいんだろ。放っておいたらお前、また変なことしそうだしな……」

 

 俺は仕方なく、ごそごそと荷物から昨日の戦利品を取り出す。

 普通の女の子なら表紙を見せた瞬間に可愛い悲鳴でもあげて部屋を出て行くところなのだろうが、当然あるえはそんな反応を見せるはずもなく、じっと興味深そうに見ている。

 

「これは、いわゆるエロ本というやつですよね? 本当にこれが宝物庫に?」

「あぁ。でもお前じゃ分からないかもしれないけど、表紙からして明らかにクオリティが違うんだよ。こんなもん、どこの誰が描いたんだろうな……世間に出回ってればバカ売れ間違いなしなんだけどな……」

「……ふむ。確かに絵は綺麗ですし、女性の肌もよく表現できているとは思いますが……では、中も見てみましょうか。王城の宝物庫にあるような物です、きっと内容も素晴らしいものなのでしょう」

「えっ……お、おい、流石に12歳の子供にこんなもん見せるってのは、一応教師としてあまり気が進まないんだが……」

「まぁまぁ、そう言わずに。12歳にもなれば性知識だって一通りありますし、別に大丈夫でしょう。それでは、ベッドにでも寝転がって二人で読んでみましょう」

「待て、おかしい、絶対おかしいって。なんで教師と生徒がベッドに寝転がって一緒にエロ本読まなくちゃいけないんだよ」

「解説がほしいんです。先生はこういったものには詳しいのでしょう? 生徒の為に一緒に本を読んで、分かりやすいように解説してくれるというのも教師っぽいではないですか」

「…………でもそれ、エロ本なんだけど」

「それが何か?」

 

 なんだこの純粋な表情は、もうホントこいつはどうなってるんだ。

 

 結局俺はあるえに流されるままに、言われた通りにベッドに並んで寝転がって本を広げる。

 ぱっと見では、妹に本を読んであげているお兄ちゃんみたいな心あたたまる光景なのかもしれないが、その本がエロ本だという一つの要素だけで全てがブチ壊しなのが残念過ぎる。

 

 どうしてこうなった……と頭を抱えたくなりながら、俺はあるえに急かされてページをめくる。

 

「なるほど、イラスト集ではなく、漫画なのですね。シチュエーションは普通の純愛系ですか。お互い恋人がいた経験もないという設定で、この手探りの初々しさを押していく感じですね。少し意外です」

「意外? なにが?」

「いえ、先生の趣味は女性を一方的に攻め立てるようなものだと思っていたので。調教物とか」

「そ、そんな事ねえから! つか勝手に人の性癖を予想してんじゃねえ!」

 

 普段の行いから俺の性癖がそういう物だと思われても仕方ないのかもしれないが、断じてそんなことはない。…………まぁ、そういうのも少しは持ってるけども。

 

 そこから更に読み進めていくと、ようやく濡れ場へと進む気配が出てくる。

 

「……な、なぁ、この辺でやめとかないか? 今ならまだ引き返せると思うんだ」

「何を言っているのですか、ここからが良い所ではないですか。それにしても、意外と濡れ場まで引っ張るんですね。私のエロ漫画へのイメージは、ストーリーなどというものは二の次で、もうひたすら女性がよがっている場面が続いているものだと思っていたのですが」

「い、いや、確かにそういうのは多いけど、全部が全部そうじゃないというか、ちゃんとストーリーを重視してるエロ漫画だってあるから……」

「ほうほう、勉強になります。流石はエロマンガ先生」

「そんな名前の人は知らない」

 

 というか、今の俺達みたいに一緒にエロ本を見てる内に……っていうシチュエーションのエロ本も結構あるんだが、そこは絶対指摘してはダメだろう。

 

 更にページを進めると、いよいよ漫画の中の男女がお互い恥ずかしがりながらも、衣服を脱いでいき絡み始める。

 そして、それを何も言わずに真剣な表情でじっと読みふけっているあるえ。

 

「…………お、おい、何か言えよ。この状況で無言でいられると気まずいんだが。もっとこう、冗談というか、ネタっぽい空気出していこうぜ」

「あ、すみません。自分であれば、この漫画の状況をどうやって文章で表現しようかと考えていまして。漫画は小説よりも視覚的に分かりやすく表現できますが、小説なら小説で深く生々しく描写することで読者の妄想力を刺激して漫画にも負けないエロさを出せるのではないかと思いまして」

 

 そわそわしている俺とは対照的に、あるえは至って真面目にそんな事を言いながら再び考えこむ。

 ……うん、そうだな、これはこれでいいかもしれない。こういう真面目な空気を出してくれれば、あくまでこれは勉強であると思い込めるし、気まずさも緩和される……はずだ。

 

 それからは俺も特に口を挟まないでいたのだが、唐突にあるえがこちらを向いて。

 

「先生、ここの●●●の状態なのですが、小説で書く場合は、男性的には●●●が□□□で△△△といったような分かりやすい表現の方が興奮したりするのでしょうか?」

「お前いきなり何言ってんの!? か、仮にも女子が平然と●●●とか言ってんじゃねえよ!! お前には羞恥心ってもんが存在しねえのか!!」

「一応作家志望ですから。自分の内面をさらけ出すのが小説ですし、羞恥心なんてものは邪魔なだけですよ。それより先生、質問に答えてもらえると助かるのですが。水音というのも様々な表現がありますし、粘性が高い場合は」

「聞きたくない! 言いたくない!! 生々しいにも程があるだろ、流石の俺もドン引きなんだけど!!」

 

 俺の必死の主張にも、あるえはイマイチ納得していないようで不満そうな顔をしている。

 普段から下ネタばっか言ってる俺だが、流石にこの状況でここまで直接的な下ネタトークを女子とするとか勘弁してほしい。

 

 もう早く読み終わってくれと思いながら、俺自身はページをほとんど視界に入れないままじっと時が過ぎるのを待つ。

 昨日この本を手に入れた時はあれだけワクワクしていたのに、何故こんな拷問のような状況になってるんだ……。

 

 そして、ようやくページも残り少なくなった頃。

 

「……先生、ずっと疑問に思っていたのですが、これって男性はともかく女性も本当に気持ちいいのですかね? 正直こんな所に異物を入れるとか、普通に考えて痛み以外湧いてこないと思うのですが」

「し、知らねえよ……俺に聞くなよ……」

「それもそうですね……ではゆんゆんに聞きましょうか。色々入れてそうですし」

「おいやめろ、俺の可愛い妹が部屋に引きこもって出てこなくなるだろ」

「仕方ありませんね、今度母親にでも聞いてみますか」

「……そ、そうだな、そうしとけ。念の為言っとくけど、間違っても俺の名前を出すんじゃねえぞ」

 

 あるえの母親には悪いが、そこは親として我慢してもらおう。娘からいきなりそんな事を聞かれたらビックリするなんてもんじゃないだろうが。

 

 すると、あるえは何か閃いたかのようにはっとすると。

 

「もっと良い手段があるではないですか。私達で実際に試してみればいいのです」

「試さねえよ」

「……時は来ました。私と先生は、大昔の古文書にも記されている運命に導かれし二人。私達二人の間に生まれし新たなる命は、いずれ魔王を倒し世界を平和へと導くことでしょう。さぁ今こそ、私と真なる契りを結ぼうではないか」

「言い方変えてもダメなもんはダメだ。俺には紅魔族特有の『格好良ければ何でもよし』みたいな考え方はこれっぽっちもないって分かってるだろ」

「…………先生、よく考えてください。これは素人とやれる大チャンスなのですよ? これを逃すともう一生ないかもしれませんよ?」

「一生ないとか言うなよ! あと、素人以外とはやってるみたいな言い方すんな!!」

 

 頑なに譲らない俺に、あるえは溜息をつくと。

 

「そこまで拒まなくても良いではないですか。先生、子作りというのは何も恥ずかしいことではないですし、決していやらしいことでもないのです。新たな生命を宿す、神聖なる儀式なのですよ?」

「ま、待て、なんで俺が説教される流れになってんの!? 俺がおかしいのか!? いや、確かに子作りをいやらしい事だって全否定するのも、それはそれで問題だとは思うけど……!!」

「そうですよ、そういった事を教えるのが教師としての仕事ではないですか。『子作りは何も変なことじゃないんだぞ。それじゃあ、俺とやって慣れる所から始めようか』などと言って、子作りへの忌避感をなくしてあげるというのが真っ当な教師というものではないですか」

「お前の中での真っ当な教師は、現実では即逮捕だからな」

 

 女の子だと、子作りをいやらしい事だと嫌悪してしまう子は割といるらしいが、逆にここまでアグレッシブなのは中々いないだろう……しかもこういうのは放っておくと何するか分からないから、より深刻のように思える……。

 

「な、なぁ、あるえ。念の為に言っとくけど、そういう事に興味あるからって誰彼構わず誘ったりするなよ? 流石にその辺の分別はあるよな……?」

「分かっていますよ。先程も言ったでしょう、子作りというのは神聖なる儀式です。確かに興味はありますが、相手が誰でもいいだなんて事はありませんよ。この人との子供なら将来面白いことをしてくれそうだ、と認めた相手にしかこんな話は持ちかけませんよ」

「そ、そっか……うん、なんかちょっと認識がズレてるような気がするけど、もうそれでいいや……」

 

 あるえに関しては、「本当に好きな人としかしない」みたいな模範解答は初めから期待してないし、これで妥協しておこう……。

何だかんだ、あるえは人を見る目はある。なんたって、世間の評判に流されずに、紳士な俺を認めてくれるんだからな。

 

 その後漫画では、初体験から一夜明けた男女の気恥ずかしさだったり、一歩先へ進んで絆が深まった二人の成長が丁寧に描かれていて、そのまま綺麗に終わった。

 

 読み終えたあるえは、満足気に息をつくと。

 

「なるほど、これは良いエロ漫画ですね」

「女子の口からそんなセリフを聞く日がくるとは思わなかったぞ俺は」

「そう言われましても、素直な感想ですので。ただエロい所ばかりを描くのではなく、そこに至るまでの過程や二人の関係性などの描写にも力を入れているのが良いですね。それによって、メインであるエロい場面がより盛り上がっている印象を受けます。私も読んでいて少々発情しましたよ」

「真顔で発情したとか言うな」

 

 まったく、こっちは隣にあるえがいるってのもあって、エロい場面はろくに読めなかったのに。

 そんな感想を聞くと、こうやって中途半端に内容をチラ見したのは凄く勿体無いことをしたように思えてくる……あとで一人でじっくり読もう。

 

 それにしても。

 

「そもそも何でそこまでエロ本に興味津々なんだよ。お前って、俺が官能小説を書けって言っても渋い反応しかしなかったじゃないか。なんだ、もしかしてそっちの道に行こうって決心したのか? それなら、俺にも一枚噛ませろよ、絶対良い商売になるから」

「いえ、今でも私は魔王討伐物のような王道的なものを書こうと思っていますよ。ですが、だからって自分が書きたいジャンルにだけ触れていても表現の幅が狭くなると思いまして。こうして様々な作品から自分にとってプラスになる部分を吸収していければと。あと、今回の映画撮影で色々と直に体験するのも大切だと思いましたので、卒業後は引きこもったりはせずに先生の言う通り外に出て様々なものを見て回るのも悪くないなとも思っていますよ」

「ほーん、そういうもんなのか。まぁ、あんま無茶とかしないで、程々に頑張れよ。良い物書けたら、俺のコネ使って宣伝してやってもいいからさ」

「ふふ、ありがとうございます。その時はお願いします」

 

 あるえはそう言って、穏やかな笑みを見せる。

 まだまだ色々と心配の多い問題児だけど、ここまで夢に向かってひたむきに進んでいる姿を見せられると応援したくなるもんだ。これは流石にまだ楽観的過ぎるかもしれないけど、あるえなら本当に誰もが知るような売れっ子作家になってもおかしくないかもな。

 

 そんな事を思って、暖かな気持ちで目の前の作家の卵を眺めていると、その作家の卵はおもむろにローブを脱ぐと、ネクタイを外し、ブラウスのボタンを上からいくつか外し、スカートを脱いだ。

 

「…………あの、さっきまで教師と生徒の心温まる一時みたいな感じだったのに、なんでお前は唐突にそれをぶち壊すような事してるの? なんで脱いでるの?」

「そう言われましても、このまま寝ると制服にしわが付いてしまうではないですか。いえ、私としては別に構わないのですが、親がうるさくて」

「は? 寝る?」

 

ぽかんとしている俺をほっといて、あるえはマイペースに、もぞもぞとベッド上からその中に潜り込み始めた。

 そして、俺の方を見て自分の隣をぽんぽんと叩く。

 

「先生も一緒にどうですか?」

「……いや、何やってんのお前」

「少し眠くなってきまして。最近映画のことばかりを考えていてあまり眠れていないのです。あ、性的なイタズラをするのは構いませんが、どうせやるのなら出来れば起きている時にお願いします。寝ている時にされても体験として頭には残らないので」

「しねえよ。というか、なんで俺のベッドでお前が我が物顔してんだよ全体的に自由過ぎるだろ……まぁ、俺も昨夜の疲れが残っててまだ少し眠いし、女の子と一緒に寝るってのは大歓迎なんだけどさ」

 

 なんか状況的には、俺が一緒に本を読んであげていたら眠くなってしまったといった、まるで小さな子供の微笑ましい光景のようにも見えるが、その本がエロ本だという事で一気に台無し感がある。

 

 俺がベッドの中に潜り込むと、あるえは満足気な顔で寄り添ってきて、静かになる。

 そして、少しすると静かな寝息が聞こえてきた。

 

 おそらく、こうやって誰かと添い寝するという事も中々ないので、小説のためにそういう体験もしてみたいという事もあるんだろうが、こんなすぐ寝てたら体験も何もないだろうに。

 

 というか、やっぱりこいつ無防備過ぎないか。

 ゆんゆんやめぐみんと一緒に寝た時もあるけど、向こうから誘われたのは初めてだ。それに、あるえが薄着ということもあって、胸やら何やらの感触だったり体温がかなり生々しく伝わってくる。紳士な俺じゃなかったら大変なことになってるところだ。

 

 そんな事はお構いなしに、普段とは違った子供らしい無垢な表情で俺にくっついたまま眠るあるえの寝顔を、俺はほっこりとしながら眺めていたが、次第に俺の瞼も重くなってきて――――

 

 

***

 

 

「兄さん! もしかして寝てるの? 兄さんってば!!」

 

 

 ドンドンという扉を叩かれる音と、呆れたような妹の声が聞こえてくる。

 まだ重い瞼を少しだけ開けてみると、そこには見慣れない天井が…………いや、そこそこ見慣れてるな。俺が王城に泊まる時はいつもあてがわれるお馴染みの部屋だ。

 

 俺はまだ覚醒しきっていないぼーっとした状態でベッドから出ると、のそのそと扉まで歩いて行き開けてやる。

 

「なんだよ、ゆんゆん。お兄ちゃん結構疲れてるから、悪いけどデートならまた今度に……」

「そ、そんな事お願いしに来たんじゃないから! もう、まだ寝ぼけてるの!? 外を見てよ、もう夕方よ?」

「…………ホントだ」

 

 窓に目を向けてみると、寝る前はまだ昇りきっていなかった太陽がもう大分傾いていて、オレンジ色の柔らかな光が差し込んできている。

 そんな俺の反応に、ゆんゆんは呆れ顔で溜息をついて。

 

「まったく、もうとっくに里に帰る予定の時間は過ぎてるわよ? 皆待ってるんだから、早く支度して来てよね」

「あー、それで呼びに来たのか、悪い悪い。じゃあちょっと待っ」

「まぁ、待ってください。お兄様はお疲れのようですし、もう一泊ほどしていってはいかがでしょうか!」

「えっ、ア、アイリスちゃん!?」

 

 突然、ゆんゆんの背後からアイリスが楽しげな笑顔で現れ、そんな事を提案してくる。

 ふむ、もう一泊か。俺は少し考えると。

 

「よし、それじゃあお言葉に甘えて……」

「ダメだから!! 簡単に流されすぎよ! もうお祭りも近いんだし、何日も外泊なんてしてる暇ないでしょ!!」

 

 俺の言葉を遮って、ゆんゆんがダメ出ししてくる。

 わ、分かってたよそのくらい……言ってみただけだって……。

 

「あー、悪いアイリス、今日はもう帰るよ。また今度な?」

「むぅ……そうですか。そういう事なら仕方ありません……お兄様には、私が聖剣を使いこなすところを見ていただきたかったのですが……」

「それもまた今度絶対見に来るからさ! だから今日は…………ん、今何て言った? 聖剣?」

「はいっ!」

 

 アイリスは満面の笑みで、腰に下げていた剣を見せてくる。

 その美しい鞘と、ビリビリとくるほどの強烈な魔力は、紛れも無く……。

 

「お、おい、これ本物の聖剣じゃねえか! 何でこんなもん、アイリスが持ってんだよ!」

「ア、アイリスちゃん? これはオモチャとかじゃないんだよ……? ど、どこからこんな物持ってきたの?」

「ララティーナがこれをお父様に返す時に、私もその場におりまして。鞘がとても綺麗でしたので、お父様に『これ欲しいです!』と言ったら、お父様も『もちろんいいぞ!』と。お兄様から教わった上目遣いのおねだりが効いたようです!」

「兄さんのせいじゃない……」

「えっ、お、俺のせいなの!? 待て待て、それ以前に国王がいくら何でもちょろすぎるだろ!! 娘に甘いってレベルじゃねえぞ!! 周りは止めなかったのか!?」

「止めていましたが、お父様が押し切っていました。ただ、お父様としては私を前線に立たせるつもりはなく、あくまで聖剣は護身用にとの事のようですが」

「ご、護身用に神器持たせるとかどんだけ娘が可愛いんだよ……いや、気持ちは分かるけどさぁ……」

 

 ……あれ、でも、そもそも俺が聖剣を盗んだりしなければ、アイリスがそれを欲しがるなんて事もなかっただろうし、元はといえば俺のせいなのか……?

 い、いや、まず聖剣を盗むことになったのはクリスに頼まれたからだし、元凶はあいつだ! 俺は悪くない!!

 

 俺が心の中で責任逃れをしていると、アイリスは拳を握って。

 

「もちろん、私は護身用に聖剣をもらったわけではありませんよ! これでもっともっと強くなって、少しでも早くお兄様を前線に連れて行く計画を成功させてみせます!! 聖剣には無事使い手として認められましたし」

「えっ!? ア、アイリスってその聖剣を使えるのか!?」

「あ、そっか、アイリスちゃんって王族だし勇者の血を引いてるもんね。聖剣を使えても不思議じゃないよね」

「えぇ、もしもまた賊がこの剣を盗もうとやって来たら、その時は斬り捨ててみせます! 昨夜の賊騒ぎの時も、魔法でお手伝いしようと思ったのですが、周りの者達が必死に止めてきまして。強行突破しようとも思いましたが、私を外に出したら彼らが責任取らされてクビになってしまうとのことで……終いにはクレアまで半泣きで止めに来たので、仕方なく大人しくしていたのです」

 

 そう残念そうに言うアイリスに、俺は冷や汗をかきながら、もう何があっても王城にケンカを売るのはやめようと心に誓う。ゆんゆんは呆れ顔でそんな俺を見ている。

 

 しかし、昨夜は思っていたよりもギリギリの綱渡りをしていたらしい。

もしも、あの場にアイリスまで駆けつけて、あのとんでもない魔法をぶっ放してきたりしたら本当に洒落にならなかった……。

 

 すると、アイリスは何かを思い出したように。

 

「あ、でも、聖剣を盗むのはもちろん許されることではないですが、アクシズ教の教義に関しては私も少し共感した部分もありましたし、あの宣伝に関しては多少大目に見ても良いのではとも思っているのですが、お二人はどうでしたか?」

「ア、アイリスちゃん、アクシズ教の教義に共感したの……? あれって兄さんが普段言ってることと同じくらいろくでもない事ばかりだと思うんだけど……」

「俺あそこまで酷いこと言ってるか!? あれと比べたら、もう少しマシだと思うんだけど…………で、アイリスはアクシズ教のどの部分に共感したんだ?」

「そこに愛さえあれば年齢や身分など関係ないという所です!」

 

 明るい笑顔でそんな事を言ってくるアイリス。

 そして、何故か俺の方に冷たい視線を送ってくるゆんゆん……俺が何したって言うんだ……。

 

 アイリスは拳を握りしめて力説し始める。

 

「もちろん、アクシズ教の全てを肯定するわけではありません。皆が皆、自分の好きなことだけをしていては、国というものが成り立たないですから。ですが、恋愛に関しては本人の好きなように全てが許されるべきだと思うのです! ゆんゆんさんだって、兄妹での恋愛が許されれば嬉しいでしょう?」

「そこで私に振るの!? そ、そもそも、私と兄さんは、兄妹といっても血は繋がってないし、別に何も問題は……」

 

 顔を赤くして小さな声でぶつぶつ言うゆんゆん。

 本人は俺に聞こえないように言っているようだけど、バッチリ聞こえてます。盗聴スキルなんて持っててすみません。

 

 ただ、俺としてもその辺りに関しては大方アイリスと同意見だ。

 

「そうだな、アクシズ教の奴らが言っているように誰でも自由に恋愛できるようになれば、ゆんゆんとめぐみんだって結婚できるようになるかもしれないし、俺もそれなら大歓迎だな。ゆんゆんをどこぞの馬の骨に取られずに済むし、めぐみんが妹になるってのも悪くない」

「まだそれ言ってるの!? だから何度も言ってるけど、私とめぐみんはそんなんじゃ」

「いいではないですか! そうですね、ゆんゆんさんとめぐみんさんはお似合いですし、結婚するべきだと思います!! 安心してください、王族の力を使って何とか法を変えられるように頑張りますから!!」

「アイリスちゃん!? なんでそんなにやる気出してるの!? ね、ねぇ、もしかして、私とめぐみんがくっつけば、兄さんを独り占めできるなんて思ってるんじゃ……」

「…………思っていませんよ?」

「なんで目を逸らすの!? その誤魔化し方、何だか兄さんみたいなんだけど!!」

 

 アイリスも中々したたかになったものだ。うん、でもこういう所は、将来国を動かす者なら備わっていても損はないはずだ。外交でもきっと役に立ってくれるだろう。

 

 アイリスはニコニコと上機嫌に言う。

 

「この自由恋愛に関してだけは、クレアも理解を示している様子でしたし、結婚に関する法改正もそう遠い未来の話ではないかもしれません。期待していてください」

「えっ、ク、クレアさんまで乗り気なの!? ちょっと意外かも……」

「…………なぁアイリス、クレアは自由恋愛のどの部分に共感してた?」

「えっと、確か…………年齢と性別と身分のところでした。でも、それが何か?」

「いや、ちょっとクレアに話ができただけだから気にすんな」

 

 あの女、俺よりよっぽど危険人物じゃないか……? アイリスの身が心配だから、妙な真似をしないようにちゃんと釘を刺しておかないと。

 

 どんなネタでクレアを脅そうかと考えていると、ゆんゆんがふと何かを思い出した様子で。

 

「あ、そうだ兄さん、あるえ知らない? 呼びに行ったんだけど、部屋にいないみたいで。皆も見てないって」

「あるえ? あいつなら…………」

 

 そこまで言って、固まった。

 ……あれ、そういやあるえの奴、俺の部屋で寝てるんだったっけ…………こ、この状況、二人に見られたら結構やばいんじゃないか?

 

 ごくりと喉を鳴らす。

 いや待て、あるえはただ寝てるだけだ、何もやましい事なんてしていない。

 それなら堂々としているのが正解なんじゃ…………。

 

 そこまで考えた時、部屋の中からごそごそと布が擦れ合う音が聞こえてきて。

 

 

「ふぁぁ…………ん、そこにいるのは、ゆんゆんと王女様かな。どうしたんだい、また先生を巡って修羅場とか?」

 

 

 眠そうなその声に、ゆんゆんとアイリスは部屋の中を覗き込んで…………ベッドから出てきたあるえと目が合った。

 そして、あるえはただ寝ていただけだから何も問題ないはずだと、楽観的に考えていたことを心の底から後悔した。

 

 まだ眠そうにあくびをしているあるえ。

 着ているブラウスは乱れ、上からいくつかボタンを外していることで、その豊満な胸の谷間と黒いブラが覗いている。

 加えて、下はスカートを穿いていないので、ブラウスの裾から白く細い足と共に黒いパンツが見え隠れしている。

 

 うん、どう考えてもアウトです、本当にありがとうございました。

 

 ガッ! と、ゆんゆんが俺の胸元に両手で掴みかかり、真顔でじっと見つめてくる。

こわいこわいこわい!!

 

「ま、待て、落ち着け! これには深い理由があるんだって、とりあえず話を聞いてほしい!!」

「兄さんって放っておくと本当にろくなことしないよね、もうどうしたらいいのかな? カメラでも取り付けて四六時中監視するしかないのかな? それとも、身動きを封じてどこかに監禁するしかないのかな? 大丈夫、私は兄さんの妹だから。責任持って兄さんの全ての世話はしてあげるから……」

「おっと、これは中々面白そうなことになっているね。先生、カメラはどこですか?」

「撮ってる暇あったらこの状況を何とかしろおおおおお!! お前のせいだろうがあああああああああ!!!!!」

 

 あるえの相変わらずのマイペースっぷりに、こっちは必死で叫んでいると、アイリスが苦笑を浮かべて。

 

「ゆんゆんさん、まずは話を聞いてみましょう。お兄様はこう見えて誠実なところもあります。そう簡単に教え子に手を出すなんてことはしないと思いますよ」

「ア、アイリス……分かってくれるか……!」

「えぇ。まぁ、もしも本当に手を出していたら、王族の権力を使って少々アレして本格的に囲って逃げられなくしますけど、私はお兄様を信じていますから」

「ありがとな……俺のことを信じてくれるのはアイリスだけ…………ちょっと待て。今権力を使ってアレするって言ったか? 何する気なの?」

 

 俺の言葉に無邪気な笑顔で首を傾げるアイリスに背筋が凍る。

 どうしよう、目的のためには手段を選ぶなってのは教えてきたけど、今になって何だか取り返しの付かないことをやっちゃった感がある。この国の王女様は大丈夫なのだろうか。

 

 どんどんややこしくなっていく状況を、あるえはしばらく楽しそうに眺めていたが、少ししてようやく助け舟を出してくれた。

 

「二人共、安心していいよ。私が先生の部屋を訪ねたのは、映画のことで少し話したい事というか、謝りたいことがあったからなんだ。その後、先生と一緒に本を読んでいたら、眠くなってしまってね。無理言ってここで寝かせてもらったってわけさ」

 

 あるえの言葉を聞いて、ゆんゆんとアイリスは俺の方を見てきたので、コクコクと何度も頷く。

 二人はそんな俺とあるえを交互に眺めて……やがて安心したように息をついた。

 

「なんだ、そんな事だったんだ。あるえが映画のことで兄さんに謝りたかった事っていうのも大方予想付くし……」

「あるえさん、映画で何かやってしまったのですか? もし撮り直しなどの必要があるのでしたら、言ってくださればいくらでも協力しますよ?」

 

 気遣わしげに言うアイリスに、俺は慌てて。

 

「あ、い、いや、アイリスは気にしなくていいぞ! そんなに大したことじゃないから!!」

「そうですか? それならいいのですが、遠慮はしなくていいですよ?」

「そ、そっか、ありがとな。何かあったら、その時は頼むよ」

 

 ウチの生徒達は、昨夜俺やあるえがやらかした事は大体知っているのだが、アイリスはまだ知らない。

 別にアイリスに言ったところで、それを誰かにバラして大事にすることもないだろうし、隠す必要もないのかもしれないが、秘密というのは意図せずとも何かの拍子に漏れてしまう事が多いので、わざわざそのリスクを高める必要はないと思ったのだ。

 

 すると、ゆんゆんは少し意外そうな表情をこちらに向けて。

 

「でも、兄さんがあるえに本を読んであげるなんてね。どういう風の吹き回し?」

「えっ、あー……べ、別に俺が読んであげたってわけじゃないんだけどな、あるえが勝手に読んでたっていうか…………それに、俺だって昔は寝る前にゆんゆんに本読んでやったりしただろ? 俺は基本的に面倒見の良いお兄ちゃんなんだよ」

「うん、ぼっちの勇者が魔王になっちゃうお話を何度も読んで『お前も将来の魔王候補だな! あははは!!』とか笑ってたわね」

「お、お兄様……それは……」

「流石は先生、実の妹にその鬼畜っぷりは中々真似できませんよ」

「ち、ちがっ、それはだな、ゆんゆんを何とかぼっちから脱却させたいが為の愛のムチというやつで……!」

 

 ジト目でこちらを見るゆんゆんや、ドン引きしているアイリス、そして満足気に頷いているあるえに慌てて弁解する。

 でもゆんゆんって可愛くていじめたくなっちゃうんだよ、めぐみんなら分かってくれると思う!

 

 そんな感じに心の中で言い訳をしていると、アイリスが何かを期待したような好奇心に満ちた表情であるえに尋ねる。

 

「それであるえさん、お兄様と一緒に読んだ本というのはどういった物なのですか? 紅魔の里にある本は時々お兄様が持ってきてくださいますが、どれも面白い物ばかりでしたので、もしよろしければ私も読んでみたいなと!」

「あぁ、これだよ。純粋に書物としての完成度が高いから、私からもオススメだよ」

「ばっ……!!」

 

 俺が止めるのも間に合わず、あるえは気軽な様子で、それを…………エロ本を渡してしまった。何やってんだこのバカは!?

 その表紙を見た瞬間、アイリスの顔がほんのりと赤く染まって。

 

「こ、ここここれは、もしかして……あっ!! ゆ、ゆんゆんさん、それはあるえさんが私に貸してくださった物ですよ!? 返してください!!」

「ごめんねアイリスちゃん、これ多分年齢制限かけられてるような物だと思うから、先にちょっと確認させてね」

 

 ゆんゆんが、動揺するアイリスの手から本を取り上げ、パラパラとページをめくる。

 その間、俺はただ床を見つめたままじっとしている事しかできない……もう完全に、審判を待つ罪人の状態だ……。

 

 少しして、パタンと本を閉じる音が聞こえてきた。

 その音は、俺からすれば裁判長が罪状を言い渡す前に鳴らす木槌の音のようだ。

 

 俺は床から視線を上げて、恐る恐るゆんゆんの方を見てみると、我が妹はにっこりと穏やかな笑みを浮かべていた。

 そして。

 

 

 次の瞬間、至高のエロ本は目の前で無残にも破り捨てられた!!

 

 

「「ああああああああああああああああああああっ!!!!!」」

 

 

 俺とあるえの絶望的な悲鳴が部屋に響き渡った。

 

 

***

 

 

「お前はあの本の価値を何も分かってない! 何も破らなくたっていいだろ!! 妹物だったら許してくれるくせに!!」

「まったくだよ! 自分は夜な夜な兄を思って自慰にふけっているくせに、エロ本の一つや二つも許せないのかい!?」

「妹物でも許したりしないわよ! 兄さんで自慰もしてない!! これ以上バカなこと言うなら、あるえの両親にさっきのこと言うわよ!!」

「「ぐっ……!!」」

 

 ゆんゆんの返しに、俺とあるえは言葉を詰まらせる……そ、それは卑怯だろ……。

 

 王城を出た俺達は、夕暮れ時の王都を転送屋に向かって歩いている。

 アイリスはそこまで俺達を見送りたかったらしいが、クレアもレインも留守にしているので許されなかったようだ。

 

 気になるのは、アイリスが割と大人しく引き下がったところだ。いつもなら、もう少し食い下がるような気がするが……一応、クラスの皆とは俺が寝ている間に色々と遊んでもらったあと、別れも済ませていたようだが。

 

 アイリス曰く、またすぐ会えるからとの事だが…………もしかして、祭りに来るのかもしれない。クレアはあまり良い顔はしていなかったように思ったけど……。

 

 その後もギャーギャーと言い争いながら、転送屋の扉を開くと、そこではクラスの皆が「やっと来たか」と言いたげな顔で俺達を待っていた。

 そして、めぐみんは呆れ顔で。

 

「そんなに騒いでどうしたのですか。あるえまで声を荒らげるなんて珍しいですね」

「私だって怒るよそれは。聞いてくれるかいめぐみん、私と先生が感銘を受けた貴重な本を、このブラコンが破ってしまったんだよ。おそらくゆんゆんの事だから、その本に可愛いヒロインがいたのがまずかったんだろうね。『例え空想上の女の子でも、兄さんが私以外の女の子を見るなんて許せない!』という事なんだろう」

「ゆんゆん……流石にそれはブラコンこじらせ過ぎてて私も引くのですが……」

「ちちちち、違うから!!! そんな事思ってやったわけじゃないから!! 兄さんがあるえに……そ、その……え、……っちな……本を…………」

「え、なんだって? どんな本だって? 聞こえないぞゆんゆん、恥ずかしがってないでもっと大きな声でいてててててててっ!!! わ、悪かったって!!!」

 

 顔を真っ赤にして涙目になったゆんゆんが掴みかかってきたので仕方なく謝っておく。

 

 生徒達は今のやり取りで大体何があったのかは分かったらしく、「またか」とでも言いたげな呆れた顔で溜息をついている。

 ……なんかもう、俺のことは色々と諦められてる感が虚しい。

 

 一方で、ふにふらとどどんこは、あるえに意外そうな目を向けて。

 

「なになに、ゆんゆんやめぐみんならともかく、あるえが先生と二人きりでそんな事してたの?」

「うん、意外というか何というか……そういうのに関わってるのは、大体いつもゆんゆんとかめぐみんなのに……」

「おい、人のことをいつも先生とエロいことしてるように言うのはやめてもらおうか」

「わ、私だって兄さんとそんな事ばかりしてるわけじゃないよ!!」

 

 何か反論している二人は置いといて、皆の視線があるえに集まる。

 あるえの方は特に何も気にしていない様子で。

 

「確かにエロ本には興味があったし、先生と一緒に読んだのも事実だけど、単に小説に活かせると思ったからで、それ以上でもそれ以下でもないよ」

「……つまり、先生とどうこうなった……っていうわけじゃないんだよね?」

「うん。そもそも、二人は私にそんな浮いた話があると思うのかい?」

 

 あるえがそう尋ねると、ふにふらとどどんこの二人はほっと安心したように息をついた。

 

「はぁ、そっか、そうだよね。もー、驚かせないでよ、あるえって何考えてるか分からないけど、スタイルはあたし達の中でも一番だし、また強力なライバルが増えちゃったかもってちょっと焦ったじゃんかー」

「うんうん、案外あるえみたいな子が一番厄介だったりするからね……ゆんゆんは放っておいてもろくに進展しそうにないし、めぐみんは放っておいても勝手に逮捕されてそうだし」

「それはケンカ売ってるんですね? いいでしょう、買ってやりますとも! ちょっと表出ましょうか!!」

「し、進展しないって……うぅ、その通りなんだけど……」

 

 青筋を立てて目を紅く光らせて激昂するめぐみんに、もじもじと何か言いたそうにしながらも何も言い返せずにいるゆんゆん。

 

 めぐみんに絡まれて騒いでるどどんこを尻目に、ふにふらは苦笑を浮かべてあるえに言う。

 

「でもあるえらしいわ、そりゃあたしだってそういう事に興味がないわけじゃないけどさー、だからって先生と一緒にエロ本読もうだなんて思わないって。まぁ、本当に読んじゃう先生も先生だけど……」

「あ、あぁ、それは今思えば俺もどうかしてたわ……というか、教え子とエロ本読むってのがあそこまで居心地悪いものだと思わなくて油断してた。普段はお前らにセクハラばっかしてるし、今更エロ本読むくらいどうって事ないと思ってたんだけどなぁ」

「ねぇ兄さん、まず普段からセクハラばかりしてるって時点でおかしいんだけど、そこは分かってる?」

 

 ゆんゆんの言葉は軽く聞き流していると、あるえは普段通りの淡々とした口調で。

 

「私からすれば、一緒にエロ本読んだくらいで騒ぎ過ぎだと思うよ。そもそも、私としてはもっと踏み込んで、実際に結婚だったり性行為だったりを体験してみたかったんだけどね。そこは先生に断られてしまって残念だったよ」

「「えっ」」

 

 あるえの発言に、周りの視線が俺とあるえに集中する。

 こ、こいつ、何の前触れもなくとんでもない爆弾落としやがった……!!

 

 めぐみんも、どどんこに掴みかかったまま、顔を引きつらせてこっちを見て。

 

「い、今なんて言いました? あるえは、先生と結婚だったりその先まで行こうとしたのですか!?」

「うん。そうだけど」

 

 相変わらず表情も変えずに淡々と言ってのけるあるえに、ゆんゆんがわなわなと震えながら恐る恐るといった様子で尋ねる。

 

「つ、つまり、その……あるえは兄さんのことが好きってことなの……?」

「いや? 別にそういうことではないけど。そもそも、そういった感情はまだよく分からないし」

「えっ……で、でも、兄さんと結婚とか、その、えっちな事とか……しようとしたんだよね?」

「うん、そうだよ。私は先生と結婚やセッ○スをしてみたかったんだ。でも、別に先生のことを男性として愛しているというわけではないよ」

「ごめん私、あるえが何言ってるのか全然分からないんだけど!! ねえこれ、私がおかしいわけじゃないよね!?」

 

 普段は里で変わった子扱いされてるからか、ゆんゆんはすがるような表情で周りに確認をとる。

 そして、周りも引きつった表情でゆんゆんに対して頷いているのを見て、今度は俺の方を見てきた。何とかしろとでも言いたげに。

 

 ゆんゆんに追従するように、他の生徒達からの視線も俺に集まってくる。

 俺はそれらの視線をまともに受けないように目を逸らしながら。

 

「あー……まぁ、世の中いろんな考え方の奴もいるしな。これも個性ってやつで、そこまで何か口出しするような事でもないんじゃないかな、うん」

「ええっ!? こ、個性で済ませちゃっていいのこれ!? 好きでもないのに結婚とかセッ……とかしようとするのは放置しちゃダメだと思うんだけど!! ねえ兄さん、なんで目を逸らすの!? あるえのことはもう手遅れだって諦めてない!? ねえってば!!」

 

 ゆんゆんは俺を揺さぶりながら問い詰めるが、俺は頑なに目を合わそうとはしない。

 とはいえ、このままではいつまでも解放してくれなさそうなので、とりあえず適当な事を言って何とか納得させることにする。

 

「まぁ聞けって。分かってるよ、あるえがどこかおかしいってのは。俺だって、あるえには誰彼構わず結婚だとかそういう事は言うなってのはもう言ったよ。でもさ、根本的な問題である恋愛感情が分からないっていうのは、教師が言い聞かせて教えるもんじゃないだろ? こればっかりは、あるえにとって運命の人ってやつが現れるのを待つしかないと思うんだ」

「そ、それは……そう、かもしれないけど……」

「だろ? あるえも今はこんなんだけど、運命の人と出会えばきっと普通の女の子っぽくなるって。な、あるえ?」

「ふっ、運命の人……ですか。そうですね、いずれ私も輪廻を彷徨う永劫の旅を終えた我が半身との運命の出会いを果たすのでしょう。しかしそれは遥か太古より定められし宿命に基づくものであり、決して偶然などではなく必然である事を、私は既に知っているのですが」

「ねえ兄さん、あるえはまず運命の人って言葉に対する認識からおかしいような気がするんだけど大丈夫なの!?」

 

 もちろん大丈夫じゃないんだろうが、その辺はもう気にしないことにした。多分深く関わっていくとドツボにはまる事間違いなしだ。

 

 そう結論付け、ゆんゆんからの追求をかわしていると。

 

 

「は、離せクリス! 超大型ローパーの討伐クエストなんてそうそうお目にかかれないのだぞ!? これを逃すわけには……!!」

「あんなの駆け出し冒険者でレベルも低いあたし達が行っても何にもできないでしょ! 簡単に捕まっちゃうのがオチだよ!」

「それがいいのではないか、何を言っているんだ!」

「何を言ってるんだってこっちのセリフだよ!!」

 

 

 そんな頭の悪い会話をしながら転送屋に入ってきた二人。

 一人は金髪碧眼でナイスバディな女騎士、もう一人はフードを深く被って顔を隠した起伏の乏しい体型をした謎の少女。

 

 何とも妙な連中だが、どちらも俺の知り合いだ。

 とはいえ、知り合いだからといって必ず関わらなくてはいけないという事もないわけで、俺としてはこいつら……特に金髪の方と話すと精神的に相当疲れるのでここは華麗にスルーを決めることにする。

 

「よし、それじゃもうさっさと里に帰ろうぜ。すいませーん、テレポートの準備を……」

「……はっ。こ、この、他の者とは明らかに違う、鬼畜でスケベな女の敵そのものの禍々しい気配は…………やはりいた!! おいカズマ! 私だカズマ!!」

「うるさいわ!! 何が禍々しい気配だ、人をそんなもんで判断してんじゃねえよコラ!!!」

 

 あんまりな言い草につい反応してしまった。

 

 視線の先には、あっさりと俺のことを見つけ、頬を染めて興奮しているララティーナ。

 そして、その隣にいたフードを被った少女……クリスもこちらに気付いたようで。

 

「あっ、カズマ君、偶然だね。キミもちょうど帰るところ? もう、聞いてよ、またダクネスが変なこと言い出してさ」

「さっきちょっと聞いてたし、詳しくは聞きたくないっての。しっかりしろよ、お前はその変態の飼い主なんだからさ」

「か、飼い主ってやめてよ! あたしまで変な趣味持ってるみたいに思われるじゃんか!!」

「飼い主…………なるほど、そういうプレイも楽しそうだな! 首にロープを巻かれて強引に引きずられる……か、考えただけでもゾクゾクするな!! 流石はカズマ、目の付け所が違う!!」

「ち、違うから!! 俺は別にそこまで考えて言ったわけじゃないから!!! おいだから違うって、お前らもそんな目で見んなよ!!!」

 

 生徒達から集まる白い目に慌てて弁解する。

 それによって、ララティーナとクリスの二人も生徒達の存在に気付いたようで、お姉さんらしい優しげな微笑みを見せる。

 

「生徒の皆も、今回はアイリス様の遊び相手になってくれてありがとう。あれ程楽しそうにしているアイリス様を見たのは私も初めてだ」

「へぇ、この子達がカズマ君の教え子かぁ……そういえば、城にいるのを見たね。王都は楽しかった?」

 

 そんな二人の言葉にめぐみんが首を傾げて。

 

「まぁアイリスと遊んであげるくらい別に構わないですし、私達も楽しかったので良いのですが…………えっと、クリスと言いましたか? 顔がよく見えないのですが、私達、どこかで会いましたか? 一昨日の戦勝パーティーの会場にいたとか?」

「え……あっ!! い、いや、その……う、うん、そうだよ! ダクネスの連れってことでちょっとだけ城に入れさせてもらってさ、その時に一方的にちらっと見たんだよ!! 挨拶できなくてごめんね!!」

 

 フードの奥で冷や汗をかきながら目を泳がせてそんな言い訳をするクリス。

 そして、そんな迂闊な相棒にハラハラとした様子で落ち着きをなくしているララティーナ。

 

 クリスが城で生徒達を見たっていうのは、昨夜のことだろう。

 義賊モードで囮として正門前に現れた時、そこには城中の者達がそこへ集まり、生徒達も正門の上で格好良いことを言っている義賊を目撃している。その時に、向こうも彼女達を見たのだろう。ちょうど、生徒の近くにいた俺に視線で合図も送ってたしな。

 

 ついでに言うと、めぐみんなんかは以前も義賊モードの時に会っていて、会話もしている。めぐみんが騎士団に仮入団した時のことだ。下手なことを話せばすぐに正体がバレる危険がある。

 この場で……というか、おそらくこの世界で銀髪の義賊の正体を知っているのは俺とララティーナだけだ。そして、出来ればこれ以上は増やしたくはないだろう。

 

 ただし、相手は高い知力を持つ紅魔族。

 その中でも随一の天才と言われるめぐみんは、探るような視線をクリスに向けて。

 

「……ところで、ずっと気になっていたのですが、そのフード……」

「っ……あ、ご、ごめんね? ほとんど初対面なのに、こんな顔を隠すようにして……で、でもね、これは、えっと、のっぴきならない理由があってね……」

「ふっ……皆まで言わなくてもいいですよ。全部分かっていますから」

「っ!?」

 

 めぐみんの不敵な笑みに、クリスはビクッと震える。

 やっぱりバレるか……まぁ、そうだよな。めぐみんは普段はアレだが、頭は良い。ここまで怪しいのに流石に気付かないわけないか。

 

 めぐみんはそのまま確信のある口調で得意気に言う。

 

 

「外の人達は皆センスがないと思っていましたが、あなたは分かっているではないですか。フードで顔を隠してミステリアスな雰囲気を出す、中々イケてると思いますよ。ナイスファッションです」

「えっ…………あ、う、うん、そうだよ! これはファッションなんだよファッション! ふふ、このあたしのセンスが理解できるなんて、流石は紅魔族。分かってるね!!」

 

 

 ……なんだろう。

 昨夜のことといい、こいつは頭は良いはずなのに色々とズレてる。いや、爆裂魔法なんてものを覚えようとしている時点で今更か、やっぱりこいつはバカなのかもしれない。

 

 ただ、昨夜と違って今回はめぐみんだけがズレているわけではないらしく、他の生徒達もめぐみんの言葉にうんうんと頷いている。

 あれか、紅魔族特有の、格好良ければ他は何でもいい的なところが出ちゃってるのだろうか。

 

 クリスからすれば意外過ぎる展開だったろうが、上手く誤魔化せるチャンスだと判断して、戸惑いながらも乗っかることにしたようだ。

 

 そんな中、里では変わり者扱いされているゆんゆんは、皆の反応に焦った様子で。

 

「ちょっと待って、ファッションなのこれ!? 皆はこれが格好良いって思ってるの!? 全然そう思わない私がズレててセンス悪いの!?」

「「うん」」

 

 その疑問に、めぐみんだけではなく他の生徒達も「何言ってんだこいつ」とでも言いたげな顔で頷き、ゆんゆんは涙目になる。

 しかし、このまま変な子扱いされるのは嫌なのか、ゆんゆんは今度は俺とララティーナの方をすがるような目で見てくる。

 

 俺とララティーナは一瞬だけ目配せして。

 

「あー、まぁ俺もこういうファッションがあってもいいとは思うよ、うん」

「そ、そうだな、これはこれでありというか、その、わ、悪くはない……と思う……」

 

 俺達の言葉を聞いたゆんゆんは、絶望的な表情で立ち尽くしてしまった。

 

 いやもちろん、こんなもんをファッションだとか思うセンスは俺やララティーナにはないんだが、クリスの正体を隠すには、皆と話を合わせておくのが一番良かったわけで…………あ、あとでゆんゆんにはフォロー入れておこう……。

 

 ゆんゆんを不憫に思いながら、そんな事を考えていると、ふと袖がくいくいと引っ張られるのを感じる。

 

 そちらを見ると、あるえがじっとこっちを見ていた。

 何かと思っていると、あるえはそっと皆から少し離れた所まで俺を引っ張ると、耳元に口を寄せて。

 

「あのクリスって人が銀髪の義賊ですね」

「ぶっ!!」

 

 直球すぎる言葉に、思わず吹き出してしまった。

 こ、こいつ……相変わらずぼーっとしてるくせに、こういう所は無駄に鋭いな……。

 

 一瞬どうにかして誤魔化せないかとも考えるが、あるえの目を見て無理だと悟る。こいつは本当に厄介だ。

 

「……やっぱり分かるか?」

「えぇ。聖剣をララティーナさんが返しに来たという事から、先生と義賊、そしてララティーナさんが繋がっているというのは何となく分かっていましたし。その上で、こんなあからさまに怪しい態度をとられては、もうそれ以外考えられませんよ」

「そ、そっか……あのさあるえ、分かってるとは思うけど、これは内緒に……」

「大丈夫ですよ、誰かにバラしたりはしませんって。ただ、義賊の体験談なんかにはとても興味があります。先生が仲介してくれればスムーズに話が進みそうですし、お願いしますよ」

「わ、分かった分かった。今は色々と忙しいし、その内な……」

 

 もう何というか、こいつには手玉に取られてばかりな感じがする。

 普段はこの俺が誰かに一方的に押されるなんてことはなく、大体は相手の弱みを握って脅して立場逆転ってパターンが多いんだけど、こいつの場合は掴みどころがなくてどうも上手くやられてしまう。アクシズ教徒もそうだけど、俺にとって天敵ともいえる相手かもしれない。

 

 そんな事を思いながら溜息をついていると、あるえはおもむろに左目の眼帯を上にずらすと、じっとクリスのことを観察しながら。

 

「……先生。我が真眼にて見通した所、あのクリスって人、義賊以外にもまだ何か隠している正体がありそうな気がします」

「何だそりゃ、あいつはララティーナの友達であって、駆け出しの街の冒険者で、王都を騒がす銀髪の義賊だぞ? もう十分だろ、これ以上何があるんだよ」

「いえ、具体的には分かりませんが……ですが、我が真眼は絶対です。必ず何かありますので、今後あの人と関わることがあれば、先生からもそれとなく探ってみてください」

 

 やけに確信のありそうな口調でそんな事を言うあるえ。

 もちろん、こいつにそんな大層な真眼とやらがあるわけもなく、その真眼の力を封じてるとかいう眼帯も里の雑貨屋で298エリスで売ってるような安物なんだが。

 

 ……でも、こいつの言葉ってなんか妙に説得力があるというか、何かありそうな感じがするんだよな。

 

 そうやってあるえと話をつけて皆のところへ戻ると、ちょうどララティーナとクリスの二人は、転送の順番が回ってきたようで魔法陣へと向かっていく。

 

 あぁ、そういや俺達まだテレポートサービスの申請してなかったな。ぶっちゃけ、俺がちょっと里までテレポートで行って、他の紅魔族に王都まで来てもらって何人かで協力すれば生徒全員を里に送ることはできるんだけど、今は祭りの準備で皆忙しいだろうし頼むのも気が引ける。

 

 魔法陣の中へと入ったララティーナとクリスはこちらを向いて、別れの挨拶をする……のかと思いきや、ララティーナがふと何か良い事を思い付いた顔で。

 

「そうだカズマ、どうせなら私達と一緒にアクセルまで来て、ちょっとクエストでも受けてみないか? クリスのせいで大型ローパーのクエストをお預けされて、体が火照って仕方ないんだ。もちろん、教え子達も連れて来て、今日は私の屋敷にでも泊まればいい」

「いやお前何言って」

「それはいいですね!」

 

 そう言って何やらテンション上げだしたのはあるえだ。

 

「先生とララティーナさんの組み合わせとか、絶対何か面白そうなトラブルに巻き込まれるに決まっています! ぜひ見てみたいです!! 皆だって、他の街を見てみたいだろう? しかも、夜は大貴族ダスティネス家のお屋敷に泊まれるんだよ?」

 

 その言葉に、他の生徒達もそわそわと落ち着きを無くし始め、期待を込めた目でこっちを見てくる。あるえの奴……また勝手に面倒なことを……!

 

 俺は腕を組んで断固として譲らないという考えを見せつけながら。

 

「ダメだダメだ。もう紅魔祭まで時間ねえんだから、ロケはこれで最後! どうしても行くってんなら、映画を今撮ってある所までで強制的に終わりにさせるからな。『俺達の戦いはこれからだ!』みたいに」

「くっ……わ、分かりましたよ……」

 

 流石にそれは嫌なのか、あるえも渋々ながらも諦める。

 それから俺は、残念そうにしているララティーナに。

 

「悪いな、そういうわけだから、今回は無理だ。また今度な」

「仕方ないな…………だが、約束を忘れるなよ! 昨夜お前が、『その内パーティーを組んで、色々なプレイをしてやる。覚悟しとけよ』と言ってくれたこと、私はずっと覚えているからな!!」

「そこまで言ってねえよ!! 俺はただパーティー組んでやるって言っただけで……お、お前らもそんな目で見んなって、違うって言ってんだろ!!! だああああ、もう、クリス!! さっさとその変態を連れてけ!!!」

「はいはい、ほらダクネス暴れないでってば。すいませーん、テレポートお願いしまーす」

「待て、私の話は終わってないぞ! おいカズマ、もしいつまでも来なかったら、こちらから紅魔の里へと乗り込ん」

 

「『テレポート』!!」

 

 言葉の途中で、転送屋のおっちゃんの魔法によって二人は光に包まれた後、跡形もなく消えてしまった。アクセルへと転送されたのだろう。

 

 ようやく変態もいなくなったので一息つきながら、俺達もテレポートで里まで送ってもらおうと思っていたのだが。

 …………なんだか嫌な視線を感じる。周りを見てみると、どうやらゆんゆん、めぐみん、ふにふら、どどんこの四人からのもののようだ。

 

「な、なんだよ、もしかしてまだララティーナが妙なこと言ってたのを気にしてんのか? だからあれは、あいつが勝手に俺の言葉を曲解してただけなんだって。お前らだって、あいつがおかしいのは知ってるだろ?」

 

 そう説明するが、四人は険しい顔を崩さない。

 すると、めぐみんがこちらをじっと見たまま尋ねてくる。

 

「でも、パーティーを組むと約束したのは本当なのでしょう?」

「あー、まぁ、そうだけど……お前らが全員卒業したらその内にって話だぞ? 別に教師辞めて本格的に冒険者始めるってわけじゃないよ」

 

 俺がそう言っても、四人はまだ何か複雑そうな表情でひそひそと話し合いを始めてしまう。

 居心地の悪さを感じながら反応に困っていると、ゆんゆんがじっと俺の目を見て。

 

「兄さん、一昨日のパーティーの時は、ララティーナさんからパーティーに入ってもらいたいって言われても相手にしてなかったのに、何だか態度が軟化してない?」

「そ、それは……何というか、あいつにはちょっと借りができちまってな。それを返そうと思っただけだよ、別に深い意味はないっての」

「そうやって律儀に借りを返そうとするのも先生にしては珍しいですよね。先生のことですから、例え借りがあっても色々と理由をつけて踏み倒すことも平気でやりそうですのに」

 

 失礼極まりない言い草だが、否定出来ないのが悔しい……。

 すると、ふにふらとどどんこも訝しむような視線を向けてきながら。

 

「それに、先生ってララティーナさんへの扱いが悪いように見えて、何だかんだ結構楽しそうにしてますよね……」

「うんうん、端から見てるとやっぱり相性良いようにしか……」

「ま、待てって、お前らまで俺とあの変態が相性良いとか言うのかよ! べ、別に楽しそうにもしてねえし!!」

 

 俺が全力で否定するも、めぐみんが呆れた様子で。

 

「何をツンデレのテンプレみたいな事を言っているのですか。考えてみれば、先生だって隙あらば女性のパンツを剥ぐ変態ですし、変態同士で相性が良くても不思議ではないと思うのですが」

「そんな事ねえよ! 男が女のパンツに興味持つのは普通のことだろ!! あいつのアブノーマルな性癖と一緒にすんな!!」

「兄さん、例え興味があっても本当に手を出すのは明らかに普通じゃないわよ。まったくもう、変態だとか思われたくないなら、もう少し自重してよ。妹の私まで変な目で見られるじゃない」

 

 ぐうの音も出ない。

 ゆんゆんの言葉には、ふにふらとどどんこも苦笑いを浮かべて。

 

「あー、うん、確かにあたし達も最初はゆんゆんの事、先生の妹ってことでかなり警戒しちゃったよ。でも、今はちゃんとゆんゆんの事分かってるから大丈夫だよ!」

「心配しなくてもいいよゆんゆん、どれだけ先生がやらかしても、私達はそれでゆんゆんの事までどうとか言ったりしないよ!」

「ふにふらさん……どどんこさん……!」

「なんですか二人共、もしかしてゆんゆんは先生と違ってまともだとか言うつもりですか? この子はこの子でかなりヤバイ所があると思うのですが……」

「「うん、それは知ってる」」

「ええっ!?」

 

 ふにふらとどどんこからの暖かい言葉に感激していたゆんゆんだったが、一気に涙目になる。

 まぁ、ゆんゆんの奴、暴走するとあのあるえまでもがドン引きするような事するからな……将来が色々と心配だ。

 

 すると、何かぶつぶつと言い訳をしているゆんゆんは放置され、めぐみんがこっちの顔色を窺うようにしながら尋ねてくる。

 

「それで、結局あのお嬢様のどこが気に入ったのですか? 胸ですか? やっぱり胸なんですか? 言っときますけど、あの巨乳にチラチラと視線が泳いでいるのはバレバレですからね」

「だから気に入ってねえって何度言えば…………えっ、胸見てんのバレてんの!? マジで!?」

「バレていないとでも思っていたのですか、先生は特に露骨なんですよ。まったく、将来的に私が大魔法使いになって巨乳になったら、あの舐め回すような視線に晒されるのかと思うと、少しだけふにふらが羨ましく思えてきますよ」

「ちょっと待って! 何さらっとあたしの事、一生貧乳みたいに言ってんのさ!! ちゃっかり自分はちゃんと育つって決めつけてるし!! あんたにだけは胸のことでどうこう言われたくないっての!! ねえどどんこ、めぐみんと比べたらまだあたしの方が可能性あるよね!?」

「……うーん、正直ドングリの」

「「こいつ!!!」」

 

 どどんこが言い終える前に、めぐみんとふにふらが跳びかかって悲鳴があがる。

 

「痛い痛い!!! ふ、二人共、胸がどうとか気にしすぎだってば! ほら、アルカンレティアでは『巨乳などはただの醜い脂肪の塊でしかない! おっぱいというのは、膨らみかけこそが至高にして正義なのだ!!』とか力説してたアクシズ教徒もいたし」

「それはフォローしているつもりなのですか!? ケンカ売ってるとしか思えないのですが!! 大体、ふにふらやどどんこのような当て馬にどんな胸が付いていようが何の意味もありませんから!!」

「めぐみんが言っちゃいけない事言った!! わ、私は当て馬じゃないから! 先生は、あんたみたいに面倒事ばかり起こす子より、私みたいな普通の子に癒やしを求めるんだから!!」

「あ、あたしだって当て馬なんかじゃ…………ていうか、よく考えてみれば、めぐみんだって立場的に危うくなってるじゃん。あんた、ララティーナさんに完全に負けちゃってるじゃん」

「ふん、何を訳の分からないことを。確かにスタイルだけでいえば、現時点では少々不利なところはあるかもしれませんが、それだけでは……」

「だってさ、めぐみんは顔は良いけどスタイルは良くなくて頭がおかしいじゃん? で、ララティーナさんは、顔が良くてスタイルも良くて頭がおかしい。つまり、めぐみんの完全上位互換ってことに」

「ぶっ殺」

 

 取っ組み合いの騒ぎは収まるどころかどんどん大きくなっていく。

 もうこいつらは王都に置いていこうかとも思ったが、店の人達が明らかに迷惑そうな目でこっちを見ているので、仕方なくこの辺りで注意しとく。

 

「おいお前ら店の中で暴れんなって、ケンカなら里でやれ里で。…………ん? どうした、ゆんゆん?」

 

 袖をくいくいと引かれたのでそちらを見てみると、ゆんゆんがほんのりと頬を染めて、上目遣いでこちらを見ていた。

 

「その……兄さんってやっぱり、ララティーナさんみたいな胸が大きい人が好きなの……?」

「ま、まだその話続けんのかよ……まぁ、うん、俺は貧乳派ってわけじゃないし、胸は大きければ大きい方がいいと思うぞ」

「…………私じゃ、ダメなのかな?」

「えっ」

「あ、か、勘違いしないでね! 兄さんって放っておくと性欲を持て余して他の女の人にセクハラばかりするし、それなら妹として何とかしなきゃなって思っただけだから!!」

「な、何とかするって……何するつもりだよ」

「……え、えっと……ちょっとくらいなら……その、む、胸触らせてあげてもいいかなって……」

 

 恥ずかしそうにしながらも、小さな声でとんでもない事を言いながら、こちらを窺うゆんゆん。

 

 あ、兄に自分の胸触らせる妹ってどうなんだ…………最近薄々気付いてたけど、俺の妹はもうかなり手遅れなところまでいっちゃってる感じがする。

 いや、普段から妹の胸を触ったりする俺が言うなって話かもしれないけど、あれはあくまでちょっとふざけてる程度の感覚でやってたから、いざこうやって本人から受け入れられたりすると、マジっぽい空気が出て凄く気まずいんだが……。

 

 そうやって動揺している俺の肩に、ぽんっと手が置かれた。

 思わずびくっとなってそっちを向くと、そこにいたのは警察ではなくあるえで、何やらやけにワクワクとした表情でぐっと親指を立てて。

 

「モテモテですね、先生。こっからのドロドロの修羅場展開も期待していますよ。何なら、そこに私も参戦して更に引っ掻き回して面白くすることも吝かではありません」

「おいやめろ、マジでやめろ頼むから! ああもう、ほら帰るぞお前ら!!」

 

 色々とトラブル続きだったロケもようやく終わり、いよいよ紅魔祭がすぐ近くまで迫っている。

 

 もう準備の段階で体力的にも精神的にもかなり削られていて、休めるものなら一月くらい何もせずにいたい程に疲れきっているのだが、ここまでやったのだから何が何でも祭りを成功させたいものだ。

 

 ……でも、どうせ祭り当日もとんでもないトラブルばっか起きて、俺はその尻拭いに奔走することになるんだろうな……知ってるよ、紅魔族がやる祭りで何も問題が起きずにつつがなく進行するなんて事がありえないって事くらい……。

 

 俺はそんな事を考え深く溜息をつきながら、未だに暴れてるめぐみんの首根っこを掴んで、テレポート用の魔法陣の中へと入って里へと帰るのだった。

 

 




 
終わってみればあるえ回みたいな感じに
次は出来るだけ早く更新できるよう頑張ります


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