この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン (ふじっぺ)
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1章 紅魔族随一の落ちこぼれ

 

「おかしいでしょ!? 女神を連れて行くなんて反則よ!!」

 

 辺りにうるさい声が響き渡る。

 俺――佐藤和真と、アクアとかいう水色の髪をした女神は、二人共光に包まれ別の世界へ送られる寸前だ。ちなみにアクアの方は大泣きしている。

 はっはっは、ざまあ! 神様だか何だか知らんが、調子乗ってるからそうなるんだ!

 とは言え、大事な転生特典が貰える機会を、こんな嫌がらせだけの為に使って早まったかという気持ちもなくはないのだが、まぁ、スカッとしたので良しとしよう。

 

 しかし、ここでアクアは予想以上の抵抗を見せる。

 

「ふざけんじゃないわよ! こんなの無効よ! 認めないんだから!!」

「ア、アクア様!? あまり暴れないでください、転送の際に何か不具合が生じる可能性があります!」

「そんなの知ったこっちゃないわよ! 出して! 早くここから出して!!」

「おいやめろよ、お前のせいで変な所に転送されたらどうすんだよ。いきなり高レベルモンスターの真ん前とかだったら、お前を囮にして逃げてやるからな」

「こんのクソニート! こんな最低男と異世界生活なんていやああああああああああ!!!」

 

 何やらアクアは体を発光させて何とか転送を阻止しようとしているらしく、天使はハラハラしながら見ている。大丈夫なんだろうな、これ。

 少し心配になってくるが、アクアが必死に抵抗している今も、俺達の体は徐々に浮かび上がり、明るい光が全身を包み込んでいく。結局は無駄な抵抗というやつだろう。

 

 しかし、俺の視界が光に覆われる直前。

 ピシリ……と、何かがひび割れるような、嫌な音が響いた。

 

「あっ」

 

 そんな、何とも不安になる天使の声を聞いた直後、俺の意識は――――

 

 

***

 

 

「……ふぁぁぁ」

 

 うるさい音をたてて、無理矢理に意識を覚醒させにきた目覚ましを叩いて止める。カーテンの隙間から穏やかな朝の日差しが差し込んでいるのが見える。

 普段はお昼頃に起きる生活をしているせいで、とんでもなく眠い。うっかり二度寝の誘惑に負けそうになるが、何とか耐えつつ鈍い動作でベッドから出る。

 ……なんか、懐かしい夢を見ていたような気がする。どんな夢だったか…………うーん、思い出せん。まぁいいか。

 

 まだ覚醒しきっていない頭のまま、ふらふらと洗面所へと向かうと、一人の少女が何やら鏡の前で色々とポーズを決めていた。

 

「……何してんだゆんゆん。もしかして名乗りの時のポーズ決めか? あんなに恥ずかしがってたのに、お前もついに紅魔族の血が騒ぎ始めたのか」

「わああっ! に、兄さん!? ちちちち違うよ、ほら、初めての制服だし、どんな風に見えるかなって思ってただけだから!」

「ほーん?」

 

 ゆんゆんの言葉を受け、一歩下がって全体を眺めてみる。

 

「いいんじゃね? お前元々素材はいいからな。可愛い可愛い」

「え、そ、そう? ありがと……」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは顔を赤くしてもじもじと俯く。

 

「それにしても、お前も大きくなったなぁ」

「ふふ、何だかお爺ちゃんみたいだよ、兄さん。私だってもう12歳なんだからね」

「12歳か……12歳でこれは将来有望だな…………どれ」

 

 俺はおもむろに手を伸ばし、ゆんゆんの胸を揉んだ。

 おおう……こ、これは想像以上の弾力! これ、更に成長したらどうなっちまうんだ!?

 一方で、ゆんゆんは何が起きているのか理解できないのか、きょとんとしたまま固まっている。それをいいことに、しばらくそのままもにゅもにゅと胸の感触を楽しんでいたのだが……。

 

 我に返ったゆんゆんの顔が、先程よりも更に真っ赤になった。

 

「いやあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 

***

 

 

 ほっぺがヒリヒリします。

 

「なぁゆんゆん、そんなに怒んなよ。あのくらいのボディタッチ、兄妹なら普通だぞ?」

「普通じゃない! 絶対普通じゃない!! 妹の胸を揉む兄がどこにいるのよバカっ!!」

「どっかの世界にはいるかもしれないだろ。しかし、ゆんゆん、お前将来は大物になるぞ。俺が保証する」

「それどういう意味!? アークウィザードとしてってことだよね!?」

 

 そうやって朝からぎゃーぎゃーと騒ぐ俺達だったが、騒がしいのはいつものことなので、同じテーブルにつく父さんと母さんは止めようともしない。

 苦笑を浮かべながら父さんが言う。

 

「お前達は本当に仲が良いなぁ。そういえばゆんゆんは、小さい頃は何度も『大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!』とか言ってたなぁ」

「そそそそれは昔のことだから!」

「ふふ、ゆんゆんったら赤くなっちゃって。ねぇ、どうかしらカズマ。ゆんゆんも二年後には結婚できる年だし、貰ってくれないかしら?」

「お母さんまで何言ってるの!? も、もう……本当に……まったく……」

 

 ゆんゆんはそわそわと落ち着かない様子で両手の指を絡ませながら、ちらちらとこっちに視線を送ってくる。

 ふむ、ゆんゆんが俺の嫁……か。

 

「……んー、でも俺、貴族のところに婿入りするつもりだしなぁ。あ、そうだゆんゆん、愛人じゃダメか?」

「最低!!! 兄さん、さいっっっっってい!!!!!」

 

 ダメみたいだ。

 ゆんゆんは血の繋がっていない妹という、男からすれば夢みたいな存在だから結婚は問題ないのだが、ままならないものだ。

 

 そう、俺はこの家族の誰とも血が繋がっていない。

 本当の両親は、俺が物心つく前にフラフラとどこかに行ったまま蒸発してしまったらしい。一攫千金を狙ってどこかのダンジョンに潜ったまま帰って来なかっただとか、父親の方が貴族の女と不倫して、その後血で血を洗うドロドロな展開になってどうのこうのだとか、色々噂は聞くが本当の所は誰も分からない。

 唯一俺が知っている両親のエピソードと言えば、俺が生まれてきた時に例によって紅魔族特有の変な名前を付けようとしたらしいが、当時赤ん坊だった俺が「カズマ」という言葉を連呼していたらしく、それが紅魔族のセンス的にもアリだったようで、そのまま俺の名前になったというものくらいだ。

 その時は天才児だなんだと持て囃されたようだが、12歳の時に作った冒険者カードに記された知力は、紅魔族の平均と比べても低かったという何とも悲しいオチがついた。どんだけ早熟なんだよ俺。

 

 まぁとにかく、そんな生きてるかどうかも分からない人達より、一人残された俺を養子に取ってここまで育ててくれた族長と奥さんこそが、俺にとっては本当の両親だと思っている。

 もちろん、ゆんゆんは可愛い妹だ。

 

 そんな可愛い妹は、まだお兄ちゃんのことを睨んでいた。

 

「……はぁ。それで、何で兄さんは今日に限ってこんなに早起きなの? 妹の初登校の朝に変なちょっかいばかりかけて……」

「それはもちろん、可愛い妹の記念すべき日なんだから、ちゃんと見送ろうと」

「はいはい。まぁ、いいや。どうせろくなこと考えてないんだろうし」

「あの、ゆんゆん、最近お兄ちゃんへの風当たり強くない? これが反抗期か……」

「自分の胸に触れて聞いてみればいいんじゃない? 兄さんが触るのは人の胸ばかりだけど」

「ご、ごめんなさい……」

 

 おうふ……ゆんゆんも中々キツイことを言うようになったもんだ。これも成長というものなのだろうが、お兄ちゃんは何だか寂しいです。

 

 

***

 

 

 ここはどうもアウェー感が拭えない、と学校の廊下を歩きながらぼんやりと思う。

 紅魔の里では、ある程度の年齢になると学校に入って一般的な知識を学び、12歳になったら魔法の修行を始める。

 しかし、学校というものがどうも苦手だった俺はろくに通うこともなく、勉強は家で自主的にやったり父さんに教えてもらったりしていた。

 両親は最初こそは学校に行くように説得してきたが、俺がとんでもないスピードで読み書きやら算数やらを覚えていくのを見て何も言わなくなっていった。この時もやはり天才児かなどと言われたものだが、それもただ単に早熟だっただけというオチだったようだ。

 でも何だろう、読み書きや算数なんかに関しては、“覚える”というよりは“思い出す”というような感覚が強かったような気がする……いや、気のせいだとは思うけど。

 

 そんな風に学校から逃げていた俺だったが、流石に12歳から始まる魔法の修行に関しては、ちゃんと学校で学んだ方が良いと思い、渋々ながら通うことにした……が。

 そこで大きな問題が発生した。

 別にいじめられたとかそういうわけではない。もっと根本的な問題だった。

 

 俺は、アークウィザードになれなかった。

 

 まさに人生真っ逆さま。天才児から落ちこぼれへの転落だ。ステータスが全然足りなかった。紅魔族なのにアークウィザードになれないなんて前代未聞だとか。

 今じゃネタみたいに言えるけども、当時は本当にショックだった。部屋に戻ってちょっと泣いた。いや、結構泣いた。なんたって、超優秀なアークウィザードになって、冒険者として稼ぎまくって貴族の家に婿入りして自堕落な生活を送るという夢が崩れたんだ。そりゃ俺でも泣くわ。

 

 そんなことを思い返しながら歩いている内に、気付けば目的の教室の前までやって来ていた。

 この中にいる生徒達は、俺と違って全員がエリートだ。とは言え、この俺が臆することはありえない。エリートとは言っても、12歳の少女達に過ぎない。いざとなれば、俺の必殺技を炸裂させてやるぜ!

 

 そうニヤニヤして手をワキワキさせながら、俺は目の前の扉を開いた。

 

「おらー席に着けー」

 

 小さな教室だ。男女別クラスということもあって、生徒は11人しかいない。

 俺の言葉を受け、いきなり俺に対して因縁をつけてくるやんちゃな子がいることもなく、みんな大人しく席に着いてくれる。

 ……と思いきや、一人俺の言葉を無視して呆然と突っ立ってる奴がいた。

 

「おいそこの友達少なそうな子、早く席に着けっての」

「そ、その呼び方やめてよ! きっとこれからでき……る……から……」

「その割には随分不安気だな」

「放っといてよ! というか兄さん、何やってるの!?」

「何って先生に決まってんだろ。あと、学校では兄さんはやめろ先生と呼べ。敬語使え」

「えっ…………えぇ……?」

 

 未だに混乱している様子で、ゆんゆんは席に着く。

 俺達のやり取りに教室がざわめくが、俺はパンパンと手を叩いて静かにさせる。

 

「悪い、そいつは俺の妹だ。かなり面倒くさい性格で友達が植物しかいないけど、仲良くしてやってくれな」

「に……先生! これイジメじゃないですか!?」

「イジメじゃねえよ失礼な。そんじゃ、まずは自己紹介だな。まぁ、そこのぼっち以外は、前からちゃんと学校に通ってたと思うからお互い良く知ってるだろうけど、俺は皆の大半とは初対面に近いからな。よろしく頼むよ」

 

 俺の言葉に生徒達は素直に頷いてくれたが、ゆんゆんだけは苦々しい表情で俺のことを見ていた。

 ゆんゆんも、俺と同じく12歳まで学校に通わず家で勉強をしていた。とんでもなく人見知りで、自分が学校なんかに行ったら空気を悪くするんじゃないかとずっと心配しているようだった。

 俺という前例を作ってしまっていた為、両親もゆんゆんにだけ学校に行けと言うことはできず、またゆんゆんは頭の方はとても優秀だったので、黙認という形をとっていた。何というか、流石に子供に甘すぎるんじゃないかと思う。俺が言うのもなんだけど。

 

 まぁしかし、ゆんゆんも俺と同じく、12歳からの魔法の修行の為に、結局はこうして学校に来るはめになったというわけだ。

 俺と違ってゆんゆんは、それはそれは優秀な初期ステータスとスキルポイントでアークウィザードになったわけだが。

 大喜びで冒険者カードを見せてきたのにイラッときて、その場で折ろうとしたら泣きながらビンタされたなー。あれは痛かった。

 

 俺はこほんと咳払いをして喉の調子を整えると、用意していた魔道具を空中に放り投げた。

 すると、俺の頭上には数々の魔法陣が浮かび上がる。

 

「我が名はカズマ! 紅魔族随一の商人にして新米教師、いずれは不労所得で毎日遊んで暮らす者!」

 

 名乗りと同時に、俺は漆黒のマントを翻し、魔法陣からは漆黒の稲妻がバチバチと迸り、俺の足元に次々と落雷として落ちていく。

 ……あ、ちょっと床焦げた。もうちょい威力抑える必要あるな、この魔道具。

 

 気になる生徒達の反応はというと。

 

「「格好いい……!!!!!」」

 

 どうやら好評のようで、ほっと胸を撫で下ろす。

 実のところ、紅魔族特有の感性は俺にはあまり理解できないし、ぶっちゃけこれも結構恥ずかしいのだが、それで良好な関係を築けるのであれば多少は許容できる。商人をやっていると、人との繋がりとかは特に重要なものだしな。

 

 そんな中、ゆんゆんだけは顔を真っ赤にして、見ていられないとばかりに両手でその顔を覆っていた。そんなんだから友達できねえんだアイツめ。

 

 すると、やたらと発育の良い、眼帯をつけた少女が手を挙げて質問してきた。

 

「先生、ずっと気になっていたのですが、その格好良い瞳は一体……!?」

「……ふっ、これは強大なる邪神との戦いの末、何とかヤツを封印することに成功したんだが、その代償として俺の紅魔の力の半分が失われてしまったが故の後遺症なんだ……」

 

「「おおおおお!!!」」

 

 アホなことを言いながら、我ながら演技くさいにも程がある動作で右目を抑えると、クラスがまたどよめく。ゆんゆんだけは呆れた表情で溜息をついている。

 俺の目は、左目は紅魔族特有の真っ赤な色をしているが、右目は一般人にも見られる普通の茶色をしている。別に魔道具などで色を変えているわけではなく、天然の所謂オッドアイというやつだ。これが紅魔族の琴線に触れるらしく、初めて見る人は皆、目をキラキラさせて羨ましがってくる。

 個人的には、半人前の証みたいで嫌なんだけどなぁ、これ。

 

 今度は活発そうなツインテールの少女が手を挙げる。

 

「先生先生、すっごく若いですよね! 何歳ですか?」

「15。お前らの三つ上だな。言い忘れてたけど、俺は副担任だ。担任は、新年度の名乗りの練習でうっかり森を燃やしちまって、その後始末してるよ」

「だ、大丈夫なんですかその先生……」

「大丈夫じゃないから俺が副担として雇われたんだ」

 

 本来ここにいるべき担任であるぷっちんは、能力は確かなのだが調子に乗って問題ばかり起こす。俺や某ニートと一緒によく飲みに行ったりする仲で、休日は校長が知られたくない情報と引き換えに、俺のレベル上げを手伝ってくれる良い人ではあるが頭がアレという何とも惜しい人だ。

 と言っても、あれで頭までまともだったら俺やあのニートと仲良くならなかっただろうけど。

 

 こうして俺が副担任として雇われたというのも、ぷっちんと仲が良く連携が取りやすいという理由で校長や族長から頼まれたからというのがある。校長はともかく、族長の頼みは俺は基本的に断らない。

 まぁ、ここに来た一番の目的は他にあるんだけどな。

 

 次にポニーテールの少女が手を挙げる。

 

「先生、紅魔族随一の商人って言ってましたけど、その、どのくらい儲けてるんですか?」

「お、なんだなんだ、早くも俺の財産狙いか? 二年後までに色々成長させて出直して来い」

「ち、ちがっ……え、二年でいいんだ……」

「先生、セクハラです!」

 

 ポニテの子が何やらぶつぶつ言っているが、それを遮るようにゆんゆんが怒りの表情で机を叩いて立ち上がる。

 

「悪かった悪かった。詳しい額は言わないでおくけど、とりあえずこの里ではダントツで一番稼いでるよ」

「「ほうほう!」」

 

 そうやって声をハモらせたのは先程のポニテの子とツインテの子だ。将来有望だなこの子達、男は金だということをよく分かっている。思わず愛人候補にしてあげようかとも思ったが、ゆんゆんがとんでもない目で睨んできているのでやめておくことにした。

 

 持ち前の幸運のお陰か、どうやら俺には商才があるようで、紅魔族としては落ちこぼれでも商人としてはかなり成功している。

 俺は魔道具を作れるような大きな魔力はないが、世の中の流れを読んで、需要がありそうなアイテムを助言、考案したり、新しい商売を考えるのが得意だった。あるモンスターの繁殖期に合わせて、それに対し従来のものよりも有効なアイテムを考案したり、次に売れそうな魔法のスクロールを考えたり、この里のみならず他の街の観光事業にも口を出したりしている。

 そしてそれらが面白いようによく当たるので、この年にしてもう相当な額を稼いでいたりする。

 

 そろそろ俺への質問もないようなので、生徒達の自己紹介に移る。

 まず始めに、眼帯を付けた少女が華麗にマントを翻しポーズを決めた。

 

「我が名はあるえ! 紅魔族随一の発育にして、作家を目指す者!」

「小説のジャンルを詳しく。もしかして、その発育の良さを利用した、妙に描写が生々しい官能小説なんかじゃ……」

「え……い、いや、普通の冒険物にするつもりですけど……」

 

 なんだ残念だ。

 美人作家が書く官能小説ってだけで大当たり間違いなしだと俺の商人としての勘が告げているのだが、ゆんゆんが今にも殴りかかって来そうなくらいに拳を握り締めてぷるぷる震えているので、あるえには後でアドバイスすることにした。

 

 それから何人かの自己紹介が進んでいく。後半に差し掛かったところで、どこかで見たことのあるような黒髪ロングの子が、片足を上げて格好良くポーズを決めた。もう少しでパンツ見えそう。

 

「我が名はねりまき! 紅魔族随一の酒屋の娘、居酒屋の女将を目指す者!」

「あー、居酒屋のねりまきちゃんか。この間は迷惑かけたな、ごめん」

「本当ですよ……酔ったそけっとさんを煽って脱がせて写真撮影なんて、ウチは風俗店じゃないんですよ?」

「いやー、あの時は俺も悪酔いしちまって…………どわああああっ!? 待て落ち着けゆんゆん!!!」

 

 ついにブチギレたゆんゆんが椅子を蹴り倒して襲いかかってきたので、しばらくの間自己紹介は中断することになった。

 こいつ、普段は大人しいくせに、頭に血が上るととんでもない行動起こすんだよな……。

 

 ゆんゆんはそれからしばらく俺をボコった後、ねりまきに何度も頭を下げ、皆の若干引いた視線を受けながら席に着いて俯いてしまった。

 ……流石に調子に乗り過ぎたな俺。あいつの自己紹介の時はちゃんとフォローしてやろう。

 

 その後は自己紹介も滞り無く進み、残り二人となった。

 黒髪ショートの、どこか少年っぽさもある少女がビシッとポーズを決める。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛する者!」

「おー、お前がとんでもない魔力値を叩き出したっていう天才か。爆裂魔法なんて見たことあんのか?」

「はい、幼い頃に。あの全てを蹂躙する圧倒的な破壊力……今思い出しても興奮で身震いしますよ……!」

「た、確かにロマンはあるかもしれないけどよ……天才の感性ってのはよく分かんねえな……」

 

 うっとりと恍惚とした表情を浮かべて思いを馳せる少女に俺は少し引くが、やはり天才と凡人では頭の構造が違うのだろう。まぁ、爆裂魔法はあくまで見るのが好きということで、まさか自分が覚えるようなことはないと思うが。そこまでいったら感性が違うというか、普通に頭がおかしいだけだしな。

 

「じゃあ、次の子頼む」

 

 いよいよ最後、ゆんゆんの番だ。

 もう見るからに緊張している様子で、青ざめた顔で小刻みに震えている。だ、大丈夫かよ……。

 ゆんゆんは震える手を抑えつけるように、バンッと机を叩いて立ち上がった。

 

「わ、わわわ、我が名は……ゆ、ゆゆゆ」

「ゆゆゆ?」

「ち、ちがっ! ゆ、ゆんゆん!!」

 

 隣のめぐみんに首を傾げられ、慌てて訂正するゆんゆん。

 なんだこれ、こっちの方がハラハラする!

 

「落ち着けゆんゆん。ほら、ひっひっふー」

「ひ、ひっひっふー……」

「先生、それラマーズ法……お産の時の呼吸法ですよ……」

「っ!!!!????」

「あれ、そうだったっけか。流石は作家志望、物知りだな」

 

 あるえの指摘に、顔を真っ赤にしてショートするゆんゆん。あれ、俺さっきから邪魔しかしてないな……。

 それからゆんゆんは何とか再起動を果たすと、また必死に言葉を紡ぎ始める。

 

「こ、紅魔族随一の……ず、随一の…………」

 

 そこでまた言葉に詰まってしまう。無理もない、ゆんゆんは自己主張が苦手だ。能力的には十分誇っていいものを持っているが、だからと言ってそれを自信満々に言い放つのはハードルが高いだろう。

 ……しょうがねえな。

 

「ゆんゆん」

「……?」

 

 俺は自分のローブのポケットの部分をぽんぽんと叩く。

 それを見てゆんゆんが自分のポケットに手を入れると……一枚の紙を取り出して目を丸くした。

 そう、カンペというやつである。妹想いなお兄ちゃんは、このコミュ障が自己紹介で絶対詰まるだろうと思って、前もってあいつのローブのポケットに入れておいたのだ。

 

 ゆんゆんは必死の形相で紙に書かれた内容に目を通し、大きく息を吸い込んだ。

 

 

「我が名はゆんゆん!!! 紅魔族随一のブラコンにして、やがてはお兄ちゃんのお嫁さんとなる者!!!!!」

 

 

***

 

 

 ゆんゆんは早退しました。

 

「――というわけで、基本的には魔法や戦闘における知識の勉強、魔法薬の作成、体術訓練、養殖によるレベル上げなんかを中心にやっていくことになる。スキルポイントを貯めて魔法を習得すれば晴れて卒業ってわけだ」

 

 俺の言葉に、生徒達はうんうんと頷いてくれる。何だかいい気分だ。

 

「学校でスキルポイントを貯める方法は二種類。養殖の授業でレベル上げを頑張るか、普段の授業で良い成績を残して、このスキルアップポーションを貰って飲むか、だ」

 

 そう言って、俺は小さなポーションの瓶を教卓の上に置く。自然と教室中の視線がそのポーションに集まる。

 俺はニヤリと笑うと。

 

「これ、欲しいだろ?」

 

 生徒達は皆、何度も頷く。特にめぐみんは身を乗り出していて、今にもかっさらって行きそうだ。

 俺はポーションの瓶を軽く振ると。

 

「じゃあ記念すべき今年度のポーション第一号は、今から出す問題に一番早く答えられた人にやろう。答える時は挙手するようにな。問題、俺の職業はなんでしょう?」

 

 懐から冒険者カードを取り出してヒラヒラさせているので、ここでいう“職業”というのが先生や商人といったものではなく、冒険者としての職業ということは生徒達も分かっているだろう。

 ちなみにこれは、ゆんゆんがいないからこそ出せる問題でもある。あいつは当然知ってるしな。

 

 皆一斉に手を挙げた。一番早かったのは、ツインテのふにふらだろうか。分かったという割には首を傾げている。

 

「じゃあ、ふにふら」

「アークウィザードでしょう?」

「ぶっぶー」

 

 教室がざわつく。

 当然だ。紅魔族に同じ質問をしてアークウィザード以外の答えが返ってくるなんて、俺以外いないはずだ。おそらく、生徒達は最初ということでサービス問題か何かだと思ったのかもしれない。

 

「ヒント。俺は初級、中級、上級魔法、それとテレポートが使える」

「やっぱりアークウィザードじゃ……」

「他には敵感知、潜伏、窃盗、拘束スキルなんかも使える」

「……え???」

「あとは鍛冶スキルや料理スキルも使えるな。便利なんだこれが」

「分かりました」

 

 生徒達が互いに顔を見合わせ困惑の色を浮かべている中、めぐみんの手が静かに挙がった。

 しかし、めぐみんも自分の答えに納得がいっていないのか、少し戸惑っている様子だ。

 

「じゃあ、めぐみん」

「冒険者……ですよね」

「いやいや、めぐみん。私達もそのくらいは分かってるって。でも先生は冒険者の中でどんな職業なのかって…………え、もしかして」

「他に考えられないでしょう。敵感知や潜伏といったスキルは盗賊のものです。鍛冶スキルや料理スキルに至っては、鍛冶屋やコックのものです。それでいて、アークウィザードのスキルも使えるとなると」

 

 

「大きな括りで言う“冒険者”ではなく、職業としての“冒険者”しかないでしょう」

 

 

 皆、口をポカンと開けたまま固まった。

 俺はその反応に満足して何度か頷くと、ポーションを持ってめぐみんの机の前まで行き、笑顔でそれを渡す。

 

「正解。流石は紅魔族随一の天才」

「あの、冒険者カードを見せてもらってもいいですか?」

「いいよ、ほら。あ、スキルポイント結構貯めてるから、変なところ触って勝手にスキル習得させたりすんなよ」

 

 俺がめぐみんにカードを渡すと、他の生徒達も一斉に集まって覗き込んでくる。

 なんだこれ、メッチャいい匂いする。男が集まっても臭いだけなのに、何で女の子ってこんないい匂いするんだろう。

 

 めぐみんは俺のカードを信じられないように見て。

 

「ほ、本当に冒険者ですね…………なっ、ちょ、何ですかこのレベル!?」

「あー、12歳の時にカード作ってから、知り合いに協力してもらって養殖ばっかやってたからな。元々冒険者はレベルが上がりやすいってのもあって、こんなことになった」

「そんなに努力できる人なのに、夢は不労所得で遊んで暮らすことなんですか……」

「遊んで暮らすって夢があるから努力できんだよ。何十年も好き放題に生きられるなら、数年頑張るくらい何でもないっての。俺の見立てでは、二年後、俺が17歳くらいの頃にはもう一生遊べる程の金を稼いでるはずだ。そっからはボーナスステージってやつだ!」

「な、何でしょう、一応は夢に向かって努力している人のはずなのに、全く尊敬できません……それだけのレベルなのですから、もっと、こう、危険なモンスターから街を守ったり……」

「知らん。他人がどうなろうが俺には関係ない。俺は俺がダラダラ過ごせればそれでいい」

「あなたそれでも本当に教師ですか!?」

 

 何やらおかしなことを言っているめぐみんは放っておいて、俺はカードを返してもらって教壇へと戻る。皆、驚きつつも呆れた表情をこちらに向けていたが、そんな中でくすくすという笑い声が聞こえてきた。

 

「……でもでもー、先生、本当にあたし達に魔法とか戦いを教えられるんですかー?」

「あはは、確かにー。私達、皆アークウィザードですよ? いくらレベルが高いと言っても、最弱職の人に教わることなんてないんじゃないですかー?」

「そんなことはねえぞ。アークウィザードといっても、お前達はまだ12歳の子供。俺は確かにお前達と比べたら凡人だけど、それでもお前達よりは経験積んでるんだからな」

「えー、でも先生、本職は商人なんでしょ? 戦いだって、ちょっとあたし達が訓練すればすぐ追い抜いちゃうんじゃないー?」

「だよねー。私達って一応エリートってやつだし?」

 

 などと、からかうように言ってきたのは、ふにふらとどどんこだ。

 まぁ、無理もないな。仮にも将来有望なアークウィザードが、最弱職に物を教わるということに抵抗を覚えるのは当然だ。しかし、だからと言って大人しく引き下がるわけにもいかない。

 

 はぁ……しょうがねえな。

 こんなことは本当に……本当に不本意なんだが、やるしかない。あーあ、やりたくないのになー、でもしょうがないよなー。

 

「……な、なんですか? なんでそんなにニヤニヤしてるんですか……?」

「えっと……先生? あの、ごめんなさい、言い過ぎましたから、その」

 

 俺の表情に本能的な身の危険を感じたのか、二人は先程の余裕ぶった様子はどこへやら、引きつった表情で言ってくる。だがもう遅い。

 

「いや、二人の気持ちは分かるよ。お前達はエリートだし、俺は紅魔族随一の落ちこぼれだ。でもさ、ここでは一応俺が教師で、お前達が生徒なんだよ。悪いけど、卒業するまでは俺の言うことは聞いてほしいんだ」

「分かりました聞きます! だからその気味の悪い笑顔は…………なんで手をワキワキさせてるんですか!?」

「せ、先生!? 何するつもりなんですか!? 先生!?」

 

 いよいよ泣きそうな顔になる、ふにふらとどどんこ。

 幼気な12歳の少女にそんな顔をさせるのは非常に良心が……うん、良心が痛むのだが、これも仕方ない。教師とは子供達の成長の為に、あえて子供の嫌がることをやって悪者にならなければいけない時があるのだ。

 

 俺は両手を前に出し、二人に向ける。

 

「お前達は見せしめだ。他の皆は、先生に歯向かうとどうなるかをよく見てろ」

「それ完全に悪役のセリフですよ!? あの、ゆ、許してくださいお願いします!!!!!」

「や、やめ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!」

 

「『スティール』ッッッ!!!!!」

 

 俺の声で、教室は時が止まったかのように静かになった。

 皆、何が起きたのか分かっていないようだ。ふにふらとどどんこでさえも。

 だから俺は、その両方の掌に握られていたものを取り出し、指を引っ掛けてくるくる回して見せびらかした。

 

「どっちも黒かよ。ホント黒が好きだなー、ちょっと背伸びし過ぎじゃねえか?」

 

 そして時は動き出す。

 

 

「「いやああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」」

 

 

 当事者である二人は泣き叫び、他の皆もまるで魔王にでも会ったかのような恐怖の表情で、少しでも俺から距離を取ろうとする。

 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図と化した教室の中で、俺は満足しながら何度か頷く。

 

 良かった、このクラスとはこれから仲良くやっていけそうだ。

 



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紅魔族随一の天才

 

 我が家の夕飯の食卓には、重苦しい空気が漂っていた。

 

「カズマ、いくら何でも生徒のパンツを剥ぐというのはどうなんだ?」

「えぇ、流石にやり過ぎじゃないかしら……」

 

 両親が渋い表情でそんなことを言ってくる。

 あの後大騒ぎになった教室はそのまま解散した。まぁ、初日に伝えなければいけないことは大体伝えていたからそこは大丈夫だが、問題は果たして生徒達が明日も学校に来るのかどうかだ。

 うーん、パンツ奪ってくる先生がいる学校には行きたくないだろうなぁ。

 

「いやでもさ、紅魔族の子供ってのは特に躾を厳しくする必要があると思うんだよ。なんたって、子供の内から凄い力を持つことになるんだからさ」

「……ふむ、確かにそれはそうなのかもしれないが……」

「そうねぇ……カズマも少し甘やかし過ぎて、こんなことになってしまったし……」

「ごめんなさい」

 

 母さんの可哀想なものを見る目が辛いです。

 父さんは少し考えた後、溜息をついて。

 

「まぁ、フォローは父さんがしておくよ。だが、これからはもう少し慎重になってくれよ」

「あ、ありがとうございます……迷惑かけてすみません……」

「大丈夫よ、カズマ。里では『悪魔に最も近い者クズマ』や『邪智暴虐の王カスマ』、『陵辱の限りを極めしゲスマ』なんて呼ばれているあなただけど、根は良い子だって父さん母さんは分かっているからね?」

「ちょっとそれ広めてる奴について詳しく。俺がその呼び名に相応しいかどうか、身を持って思い知らせてやるから」

 

 そんなことを話していると、静かな足音が聞こえてきた。

 そちらに目をやると、学校を早退してからずっと部屋に閉じこもってしまっていたゆんゆんが、死んだ目でふらふらとやって来ていた。

 ゆんゆんは何も言わずに食卓に着く。とてつもなく気まずい沈黙が流れる。

 

 両親はちらちらと俺を見てくる。

 これ、俺が何とかしろってことか……いや、大体俺のせいなんだけどさ……。

 

「……あー、ごほん。ゆんゆん?」

 

 声をかけると、ゆんゆんは死んだ目のまま無表情でこちらに顔を向ける。こえーよ。

 俺は尋ねる。

 

「と、友達できそうか?」

「がああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!」

 

 ゆんゆんが獣のように吠えて襲いかかってきた!

 

 

***

 

 

「いってえ……最近じゃモンスター相手でもここまで怪我しないぞ俺……『ヒール』」

「…………」

 

 先程までの死んだ目とは打って変わって、真っ赤に光り輝いた目でこちらを睨んでくるゆんゆん。紅魔族は感情が昂ぶると目が光る特性がある。どうやら、俺をボコボコにするだけでは気が済まなかったらしい。

 ちなみに両親はさっさと退散してしまった。

 

「で、友達できそうか?」

「どの口が!!! どの口がそんなこと言うのよおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「ぐおおっ!?」

 

 再び掴みかかってくるゆんゆん。こ、こいつ、レベル1の魔法使いのくせに結構力あるな!

 

「おち、落ち着けって! 悪かったよ!」

「本当にどうしてくれんのよ! 私、これでもう絶対『ブラコンの痛い子』で定着しちゃったじゃない!!」

「まぁ聞けよ、プラスに考えろ。お前は今日、あの教室において確かな“キャラ”を手に入れたんだぞ」

「ブラコンなんてキャラはいらない!」

「贅沢言うなよ。ほっといたらお前、ただの存在感のない子になってたぞ。クラスメイトから『あれ、ゆんゆん居たの?』とか言われてもいいのか?」

「うっ……で、でも、それにしたってブラコンは……」

「紅魔族は強烈なキャラ持ってる奴が多いから、それに対抗するにはこっちも強烈なキャラでいくしかないんだよ。優等生キャラとか一瞬で埋もれるぞ」

「それは……そうかもしれないけど……」

 

 まだ完全に納得できてはいないらしいが、一応まともに話くらいはできるようになってきたようだ。これで本題に入れる。

 

「よし、じゃあ明日の作戦会議だ。まずお前が教室に入ると、クラスメイトの誰かが話しかけてくれると思う」

「え、そ、そうかな!? 私なんかに話しかけてくれるかな!?」

「あぁ、たぶんな。内容は『ゆんゆんって言ったっけ? お兄ちゃんとはどこまで進んでるの?』とか『大丈夫、私は応援してるよ!』とかそんな感じだろう」

「わあああああああああああああああ!!!!!」

「いででででで!! だから落ち着けっての!!! 恋バナなんて女同士の会話じゃ普通だろ!」

「兄妹の恋愛話のどこが普通なのよおおおおおおお!!!」

「分かった、分かった! そんなにその話題が嫌なら、逸しちまえばいいだろ! 『みんなはどんな男の人がタイプなの?』とかさ!」

 

 目と顔を真っ赤にしていたゆんゆんだったが、俺の言葉に少し考え込む。

 

「……な、なるほど。うん、それはいいかも……」

「だろ? で、あとは適当に『それあるー!』とか『ちょーウケるー!』とか言っとけば友達の一人や二人余裕だっての」

「ほ、本当? 本当なんだよね?」

「おう、お兄ちゃんを信じろ。俺がお前にウソついたことがあったか?」

「沢山あったけど」

「え、あ、うん……ごめん」

 

 そんなこんなで、ゆんゆんがどうやって学校で上手くやっていくかということを話し合っている内に、夜は更けていった。

 

 

***

 

 

 次の日、俺は学校の職員室から、目の前の画面を通して教室の映像を見ていた。

 これは魔道カメラを応用したもので、本来とても高い。商人としてのコネを使って、王都で安く手に入れたものだ。

 隣ではぷっちんが興味深そうに画面を見ている。

 

「ふっ、カズマ。そんなに己の片割れが心配か……? まぁ、無理もないか。お前とあいつは二人で一つ、どちらが失われてもいけない……」

「妹な妹、変な設定つけんなよ。あとお前、何度も言うが、絶対に教室で名乗る時の演出やり過ぎたりすんなよ? カメラ壊しやがったら弁償させるからな」

「ははっ、だから心配し過ぎだろう。そんなに俺が信用できないのか?」

「うん」

「何の迷いもなく言い切ったな……」

 

 当然だ、信用できる人間はついうっかりで森を燃やしたりはしない。

 

 肩を落としているぷっちんは放っておいて、教室の映像の方に視線を戻すと、ちょうどゆんゆんが教室に入ってくる所だった。しかし、見るからに挙動不審でビクビクしている。

 俺はある魔道具を起動して、頭に手を当てる。

 

『おいゆんゆん落ち着け、かなり挙動不審だぞ』

『えっ、そ、そんなに……? 普通にしてるつもりなんだけど……』

『全然普通じゃない。まるでパンツの中にバイブ仕込まれて必死に耐えてるみたいだぞ』

『兄さんのバカッ!!!』

 

 突然の大声に頭がキーンとなる。

 大声、と表現したが、ゆんゆんは実際に声を出したわけではない。この魔道具は、離れた所から心の声を送受信することができるものだ。便利なものではあるが、家族や十年来の仲間といった強い絆で結ばれている者達の間でなければ使えない。あと高い。

 

 ちなみにバイブは、以前に俺が大人のオモチャとして一度作ってみた物だったが、ゆんゆんに用途を伝え試用を頼んでみたら完膚なきまでに叩き壊された。

 

『とにかく、深呼吸でもして…………お、ふにふらとどどんこが来てるぞ』

『えっ、本当!? どどどどどどうしよう!!!』

『だから慌てすぎだっての。おい聞いてんのか? ゆんゆん?』

 

 自分の席に近付いてくるクラスメイトに緊張して、ゆんゆんは俯いたままガタガタと震え始める。やっぱ洒落になってないレベルのコミュ障だなこれ……。

 しかも困ったことに、完全に心に余裕が無くなったせいで、俺の声が届かなくなったようだ。

 

 仕方ないので、画面の方に集中して見守ることにする。

 

『あの……ゆんゆん、だっけ? お、おはよ』

『っ!! お、おおおお、おはようございます!!!』

 

 とんでもなくテンパってはいるが、何とか挨拶はできたようだ。

 でも、気になるのはふにふらとどどんこの表情だ。何だろう、俺の予想ではブラコンのことで弄ってくるだろうと考えていたのだが、どう見てもからかうような表情ではない。

 むしろ、なんか怖がってないか……?

 

『え、えっと……さ。ゆんゆんは……その、変なスキルとか……持ってないよね?』

『……は、はい?』

『だから、その……変な物を盗ったりするような……』

『???』

 

 あぁ、分かった。

 昨日あんな目に遭わされた二人は、俺の妹であるゆんゆんも変なスキルを覚えているんじゃないかと心配しているんだ。実際のところは、ゆんゆんは普通にアークウィザードだから、そんな心配する必要はないんだが、まだお互いのこともほとんど知らないしな。

 

 ゆんゆんは二人が何を言っているのか理解できなく、目をぐるぐる回して混乱している様子だ。大丈夫かこいつ、ただ自分は兄さんと違って皆と同じアークウィザードだって言うだけでいいんだぞ……。

 

 そしてゆんゆんが口を開く。

 

 

『そ、それあるー!』

『『!!!!????』』

 

 

 アカン。

 俺は再び頭に手を当てて、ゆんゆんに呼びかける。

 

『おいゆんゆんやめろ! お前かなりマズイこと言ってるぞ!』

 

 しかし、混乱を極めている様子のゆんゆんには届いていないらしく、何の反応も返ってこない。

 ふにふらとどどんこは、いよいよ震え上がっていた。

 

『え……え……や、やっぱりゆんゆんも、そういうスキルあるの……?』

『で、でも、ゆんゆんは女の子だから分かるでしょ……? あんなに鬼畜じゃない……でしょ? あれで私達がどれだけ嫌な目に』

 

『ちょーウケるー!』

 

 二人は恐怖の表情でゆんゆんから逃げ出した。

 

 

***

 

 

 昼休み。

 俺は職員室でゆんゆんが作ってくれたサンドイッチを頬張りながら、目の前の画面から教室の様子を眺めている。

 結局、名乗りの時にうっかり教卓を消し炭にしてしまったぷっちんは校長室送りとなり、そこからの授業は俺が受け持つこととなった。俺にとっても初授業だったので結構緊張したが、生徒達は驚く程真面目に授業を受けてくれたので助かった。

 俺が教室に入る度に、小さく悲鳴があがるのはちょっと凹むが。

 

 教室では、案の定ゆんゆんが一人でサンドイッチを食べている。

 

『ねぇ兄さん。どうして私、ふにふらさんとどどんこさんに怖がられてるんだろう』

『たぶんお前の兄である俺が、昨日あいつらのパンツをスティールで奪ったからだろうな。お前は早退しちまったから知らないだろうけど』

『あー、そんなことがあったんだ。兄さん、あとでぶっ殺すから』

 

 やだこの子、自然な流れでぶっ殺すとか言ったんですけど。

 俺は冷や汗をかきながら、話題を変える。

 

『そ、それより、隣の席のめぐみんがお前の方見てるぞ。たぶん食い物目当てだ、分けてやれよ』

『えっ、本当!? で、でも、女の子が食べ物目当てっていうのはいくら何でもないでしょ。もう兄さんの言うことなんて信じないわよ』

『いや、お前がサンドイッチ食う度に、ゴクッて喉鳴らしてんぞそいつ』

『……わ、分かった……ちょっと言ってみるね』

 

 それからゆんゆんは何度も深呼吸をする。

 少しは学校に慣れたのか、それとも相手が一人だからかは知らないが、朝の時よりは大分落ち着いている。これなら会話にならないということはないだろう。

 

『ね、ねぇ、めぐみん……さん?』

『なんですか? あと私のことは呼び捨てで構いませんよ』

『あ、じゃ、じゃあ……めぐみん!』

 

 名前を呼び捨てただけで、とんでもなく幸せそうな笑顔を浮かべるゆんゆんを見て、思わず目頭が熱くなる。良かったなぁ、ゆんゆん……!

 

『あのさ、その、良かったらこのサンドイッチ』

『ありがとうございます!』

 

 最後まで言い終える前に、めぐみんはサンドイッチをかっさらい、凄い勢いで食い始めた。

 

『むぐっ……んぐ、口がパサパサしますね』

『あ、お、お茶もあるよ! はい!』

『これはこれは。ありがとうございます』

 

 ……なんか、餌付けしてるみたいだなこれ。

 まぁでも、今のゆんゆんからすれば、どんな形であれクラスメイトと普通に会話できたというだけで大きな前進だろう。

 

 めぐみんは相当腹が減っていたのか、すぐにサンドイッチを完食してしまった。

 

『ふぅ……生き返りました。ごちそうさまでした、ブラコン』

『ブラコン!? ゆんゆん! ゆんゆんだから!!』

『おや、失礼しました。ブラコンのゆんゆん』

『ブラコンっていうのやめて!!!』

 

 おぉ、早速俺が与えたブラコンキャラが生きてるな。ゆんゆんもあんな泣きそうな顔しないで、素直に受け入れればいいのに。

 めぐみんは首を傾げて言う。

 

『どうして嫌なのですか? 結婚したいくらいお兄さんが好きなのでしょう?』

『あれは誤解だから! 兄さんにハメられただけなの!』

『あの、すみません、ハメられたとか流石に生々しいのでちょっと……』

『そそそそそそういう意味じゃないから!!! 分かってて言ってるでしょ!?』

 

 なるほど、女子同士の下ネタは男よりエグいというのは聞いたことがあるが、本当だったのか。まさか12歳からハメるとかそういう話をするとは……その頃は俺まだウンコとかチンコしか言ってなかったぞ……。

 何か見てはいけない闇を見てしまったような気持ちでいると、めぐみんはからかうような笑みを浮かべ。

 

『それでは私がカズマ先生と付き合ってもいいでしょうか?』

『えっ!?』

 

 おっと、何言ってんだこのロリ。いつの間にフラグ立ったんだよ。

 ……って分かってるけどな。これはゆんゆんをからかう為に言ってるだけだ。でもお兄ちゃんとしては、ゆんゆんの反応が非常に楽しみだからグッジョブ!

 

 ゆんゆんは顔を赤くして俯きながら。

 

『や、やめた方がいいよ兄さんなんて……絶対浮気ばかりするし……』

『そこは私の魅力で繋ぎ止めて見せますよ。紅魔族でアークウィザードになれないなど、かなり辛いはずですのに、あそこまで努力できる姿はとても尊敬できます。ぜひ私のものになってほしいですね』

『……確かに悪いところばかりじゃないんだけど……いつもはあんなでも、私が本当に困ってる時は助けてくれるし……』

 

 ……あれ、なにこれおかしい……こっちが恥ずかしいんだけど! ゆんゆんの奴、俺が見てるってこと忘れてんだろ!

 そんなゆんゆんに、めぐみんは更に笑みを広げて。

 

『では善は急げですね。早速今から告白してきます』

『ええっ!? ダメ! それはダメ!!』

『ほほう、何故ですか? あなたは別にブラコンでもなく、お兄さんのことは好きでも何でもないのでしょう? むしろ私が引き取ってあげるというのですから、喜ぶべきところなのでは?』

『そ、それは……だって……!』

『だって……何ですか? ほらほら、めぐみんお義姉さんが聞いてあげますよ。正直に言ったら、先生のことは諦めてあげましょう』

『ほ、ほんと……? その……わ、私……っ!』

 

 魔道具のスイッチを切った。

 うん、無理です、これ以上は本当に恥ずかしいです。ヘタレでごめんなさい。

 

 

***

 

 

 体育の時間。

 授業の方はようやく校長室から解放されたぷっちんに任せ、俺は保健室で先生を口説……楽しくお話をしていた。

 

 そんな時、扉が開けられ、誰かと思えば校庭で授業中であるはずのめぐみんが入ってきた。

 

「すみません、体調が悪いので休ませてください」

「なんだ生理か? いってえ!!!」

 

 後ろから保健の先生に叩かれた。力強いなこの人。

 めぐみんは先生と一言二言かわした後、もぞもぞとベッドの中に入っていく。

 

「俺が添い寝してやろうか?」

「結構です。あ、そうだ、体術訓練のデモでぷっちん先生が格好つけてたら、あるえの足が先生の急所に入って割と本気で死にそうな顔のまま動かなくなったんで、良かったら診てもらえませんか?」

「あのバカの為に魔力使いたくねえな。お願いします、美人先生」

「あなたね……はぁ、仕方ないわね。じゃあ私は行くけど、カズマ先生、その子は12歳だからね?」

「え、なに、何を心配されてんの俺」

 

 俺が軽くショックを受けている間に、保健の先生は部屋から出て行く。

 残されたのは俺とめぐみんの二人だけ。めぐみんは布団から頭だけ出した状態で俺のことを見ている。

 

「先生、私はあるえやゆんゆんと比べて発育は良くありません。逮捕されるリスクに対して、リターンが見合っていないと思うのです」

「だから何を心配してんのお前は!? 何もしねえよ! どんだけ信用ないんだよ俺!!」

「昨日のアレを見て信用しろという方が難しいと思いますが」

 

 ……なるほど、昨日のアレで俺はロリコン扱いされているというわけか。

 この際だ、誤解はきちんと解いておくべきだろう。

 

「いいか、よく聞けめぐみん。俺はロリコンじゃないんだ。確かにお前達にセクハラはするが、それは別に俺の性的欲求を満たすためというわけじゃなくて、ただ単にお前達の反応が面白いからってだけなんだ。分かってくれたか?」

「はい、分かりました。あなたはロリコンではなく、人間のクズなんですね」

 

 うん、ロリコン疑惑は解消されたようだが、代わりにもっと大事な何かを失ったらしい。

 というか、こんな澄んだ瞳でクズとか言われたのは初めてだ、結構ダメージくるなこれ。

 

 めぐみんは小さく溜息をつき。

 

「まったく、ゆんゆんはこんな人のどこがいいのでしょうか」

「おっと、そのセリフは危ないぞ。そういう事言う奴に限ってコロッと落ちて、好き好きアピールばっかしてくるようになるんだよ」

「なるほど。もし私がそんな状態になってしまったら、一思いに殺ってくれとゆんゆんに頼んでおきましょうか。あの子に辛い役目を頼むのは心苦しいのですが……」

「洗脳か何かでもされるって言いたいのかお前!? その悟ったような顔もやめろよ!」

 

 こ、こいつ……やっぱ天才ってだけあって大物感あるな……。

 俺はめぐみんに苦々しい顔を向けたまま言う。

 

「ったく、だから俺はお前達みたいな子供に興味はねえんだよ。特別に俺の好みのタイプを教えてやろうか?」

「結構です」

「俺のタイプはな、美人で巨乳の貴族のお姉さんで、どんなクズ男でも受け入れてくれるような包容力がある人だ。間違っても、まだ毛も生えてないようなちんちくりんじゃねえ」

「ただ言いたいだけじゃないですか……そんな人がいるとも思えませんし。というか、一応自分がクズ男というのは分かっているのですね、少し安心しましたよ」

 

 よし、こいつにも一度痛い目を見てもらおう。

 そう思い、手をワキワキさせていると、めぐみんが視線を俺から天井に移してぼーっとし始めた。ふっ、バカめ。俺から目を逸らすなんて油断したな。

 俺が口元をニヤつかせ、腕を上げようとした時。

 

「先生、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだよ。むしろ俺が懺悔の言葉の一つでも聞いてやってもいいぞ」

「私は悔いるようなことはないので、懺悔は必要ありませんね」

「だろうな。で、なんだよ」

 

 また何か舐めたことを言ったら、その瞬間にパンツを奪ってやろうと思っていると。

 

 

「先生は、爆裂魔法についてどう思いますか?」

 

 

 めぐみんが、静かな声で尋ねてきた。

 天井に向けられたその表情は、淡い笑みを浮かべてはいるがどこか寂しそうで、先程まで俺の胸の中で燃え上がっていた嗜虐心が一気に萎んでいく。

 ……なんだよ、急にシリアスになるなよ卑怯だぞ。こいつ、昨日はもっと楽しそうな顔で爆裂魔法について語ってたくせに。

 

 まぁ、生徒からの質問には答えるのが先生だ。

 俺はめぐみんの方を見ずに言う。

 

「どう思うも何も、ただのネタ魔法だろ」

「……ですよね」

「なんだよ、お前も本当はそう思ってたのか?」

「いえ、私は今でも爆裂魔法を愛していますよ。でも、里の人に同じようなことを聞いてみたところ、私と同じ想いを持つ人はいないようです。誰もが口を揃えてネタ魔法だと言います」

「だろうな」

「今日、図書室でも調べてみたのです。本であれば、何か爆裂魔法の有用性について書いてあるかもと思って……でも」

「本でもネタ魔法扱いだった」

「はい」

 

 めぐみんはふふっと自嘲気味に笑う。

 なるほどな、頼みの綱の本にまで爆裂魔法をネタ扱いされて、流石に堪えたってわけか。

 まぁ、理想と現実のギャップで悩むってのは誰にでもあることだ。ここは俺がきっちり引導を渡してやろう。

 

「本で調べたならもう知ってると思うが、爆裂魔法ってのはスキルポイントを馬鹿みたいに食う上に、魔力の消費も尋常じゃなくて撃てたとしても一発、当然他の魔法を撃つ余裕はなくなる。しかも、モンスターに使っても大体が過剰火力のオーバーキルで、爆音で他のモンスターも呼び寄せちまう」

「……はい」

「パーティーを組む時だって、爆裂魔法を使いたいなんて言えば絶対嫌がられるし、地雷扱い間違いなしだ」

「…………はい」

 

 俺の言葉に、どんどんしょんぼりしていくめぐみん。

 別にいじめたいわけじゃないが、ここで現実をぼかして希望を持たせるというのは違うだろう。一応教師だしな俺。

 

 ……と言っても、流石にここまで落ち込まれると居心地が悪いので、何かフォローしてやるか、と思っていると。

 

「くくっ、くっくっくっくっ……」

「……めぐみん?」

 

 なんか噛み締めるように笑い出した。

 どうしよう、ショックで頭がちょっとアレになっちゃったか?

 そう心配していると、めぐみんは先程までの落ち込んだ様子はどこへやら、何やら不敵な笑みを浮かべて。

 

 

「なるほど、なるほど。私は世界に試されているのですね。そう、爆裂魔法への愛を!」

 

 

 そんなことを自信満々に言ってのけた。いや、何言ってんだこいつ。

 しかしめぐみんは、ちょっと引いてる俺の様子などお構いなしに、目を紅く光らせて続ける。

 

「考えてみれば、爆裂魔法は究極の破壊魔法。その偉大さはそこらの凡人には理解できず、選ばれし一握りの人間だけが分かるものなのでしょう。それならば、この私があの魔法に魅せられたのも納得できます……何故なら、この私は紅魔族随一の天才なのですから!!!」

「おーい、もしもーし?」

「くくく、いいでしょう、望むところです。どれだけ世界が爆裂魔法をネタ魔法だと笑おうとも、この私は……えぇ、この私だけは!!! 最後の最後、この命尽き果てる時まで、爆裂魔法を愛し続けるとここに誓います!!!!!」

「愛が重いよ。なんつーか、お前、すげえな」

「ふふっ、いえいえ、それほどでもないですよ」

「褒めてないぞ」

 

 口ではそう言う俺だが、内心本当に感心している部分も無くは無かった。

 こんなアホらしいことでも、めぐみん本人にとっては立派な障害だったはずだ。こいつの爆裂魔法への愛は、最初の自己紹介だけでも十分過ぎるくらいによく伝わってきた。

 例えどんな障害があろうとも、こいつは自分の道を突き進む。まだ12歳のガキのくせに大したもんだ。

 俺は苦笑を浮かべて。

 

「お前、将来は案外大物になるかもな」

「何を言っているのです? そんな分かりきったことを改めて言われましても」

 

 バカなの? みたいな表情でこちらを見るめぐみん。こいつ、ホントかわいくねーな!

 

「ったく、どんだけ自分に自信あるんだよ。まぁ、爆裂魔法を覚えて卒業するなんて頭おかしいこと考えるくらいだし、今更お前の思考回路についてあれこれ言っても無駄か」

「な、なにおう!? 校則には、卒業する為に魔法の習得が必須とあるだけで、別に上級魔法である必要はないのです! ですから…………え、ちょ、何故私が爆裂魔法で卒業すると分かったのですか!? あ、まさか、カマをかけましたね!?」

「カマかけるとか以前の問題だろ。むしろ今までの流れでバレてないと思ってたのが驚きだよ。お前アレか、天才だけどバカなのか」

「ぐっ……こ、この私をバカ呼ばわりとは……! あの、これはバラされると本当に困ります。下手をすると、冒険者カードを取り上げられたりするかもしれないのです。だから、その、他言無用で……」

「えー、どうしよっかなー? お前あれだよ? 子供にはまだ分からないかもしれないけど、人に何かを頼む時って誠意ってやつが大事なんだよ? 分かる? ねぇ分かる?」

 

 俺がこんな美味しい状況を逃すはずもなく、超上から目線でポンポンと頭を叩いてやると、めぐみんはギリギリと音が聞こえる程に歯を食いしばる。しかし、何か反撃することはできず、されるがままだ。なにこれ、最高に気分がいい!

 ……まぁ、この辺にしといてやるか。流石の俺も、秘密を盾にとって12歳相手にやりたい放題する程堕ちてはいない。これが巨乳のお姉さんだったら、メイドになってもらってご奉仕させるところだが。

 

 俺はとりあえず『カズマ様、お願いします』と一言めぐみんに言わせて許してやろうと口を開こうとすると、その前にめぐみんの方が何かを諦めた絶望的な表情で。

 

「……分かりました。アレを舐めるまではやりますから、それで本当に勘弁してください……」

「アレって何だよ! 靴だよな!? 靴なんだよな!? 俺が何させると思ってんのお前!? どんだけクズだと思われてんの俺!? 別に何もしなくていいから! 言わねえから!」

 

 本気でそんなことをさせる人間だと思われていたことに、割と本気でショックを受ける。つか、そんなことやらかしたら一発で逮捕だろう俺が。

 俺の言葉が心底意外だったのか、めぐみんは目を丸くして驚く。だからこいつは俺のことを何だと……もういいや。

 

「ほ、本当ですか? 内緒にしてもらえるのですか?」

「あぁ、言わねえって。勝手に覚えてろよ爆裂魔法」

「……何故、先生は反対しないのですか?」

「はぁ? 何だよ反対してほしいのかよ、構ってちゃんかお前」

「いえ、純粋に疑問に思ったのです。これを知って反対しない人なんていないと思っていたので」

 

 めぐみんの言葉に、俺は何でもないように答える。

 

「別に、卒業した後にお前が困ろうが何しようが関係ないからな。お前学校では普通に優秀だから、スキルポイントが貯まらずにいつまでも居座るってこともないだろうし」

「すごいですね、本当に教師とは思えません。一周回って感心しましたよ」

「はは、褒めるなよ」

「褒めてないです」

 

 褒めてないらしい。うん、その顔見て知ってた。

 つーか、どうせ反対しても聞かないんだろうから、それを知っててわざわざ反対するってのも馬鹿らしいだろ。やっぱり構ってちゃんか。

 俺は盛大な溜息をついて。

 

「……まぁ、もし不安だったら里を出る時は俺に言えよ。どうしてもって言うなら、ある程度なら面倒見てやる」

「えっ……?」

「お前、爆裂魔法をメインにして戦うつもりなんだろ?」

「あ、はい。メインというか、それしか使う気がありません。爆裂魔法を覚えた後に手に入ったスキルポイントは、全て高速詠唱や威力上昇に使うつもりです」

「お前は一体何を倒すつもりだよ爆裂狂。まぁいい、とにかく、そんなスキル振りしてれば、普通のパーティーじゃ間違いなく地雷扱いされる。それは分かるな?」

「は、はい……」

 

 めぐみんは苦々しい表情で答える。

 こいつも馬鹿じゃない。自分が歩もうとしている道が、とてつもない茨の道であることは理解しているのだろう。まぁ、その上であえて進むのだから、やっぱりバカなのかもしれないが。

 

 俺は真っ直ぐめぐみんを見て続ける。

 

「ただ、爆裂魔法が必要になりそうなクエストもあるにはある」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ。とりあえず行くなら王都だな。あそこなら爆裂魔法でもオーバーキルにならない、とんでもなく強いモンスターの討伐クエストもある。使い捨ての強力な魔道具感覚で連れて行ってもらえるかもしれない」

「捨てられるのは困りますよ! 普通に死ぬじゃないですか私!!」

「使い捨てってそういう意味じゃねえよ。そんな高難易度クエストなら、テレポートを使える人かスクロールは必須だ。お前は一発撃ったら、先に街に飛ばしてもらえばいいんだ」

「な、なるほど……」

 

 めぐみんは感心したように俺を見て頷いている。やっと俺はただのクズではないと分かってくれたのだろうか。

 そう、俺は出来るクズなのだ。

 

「とりあえず、俺が信頼できるパーティーと交渉してやる。俺、王都はテレポート先に登録してあるし、ギルドでもそれなりに顔が利く。大物賞金首ばかり狙う頭おかしいパーティーとかとも仲良かったりするんだぜ。不本意ながら組まされたことだってあるし」

「え、カズマ先生って、本職は商人ですよね……?」

「商人だよ。ただ、人脈作りとか素材集めとか色々あんだよ色々。大物賞金首から取れる素材とかは特に貴重だしな」

 

 戦える商人というのも、いることはいる。

 例えば魔道具の素材集めだって、クエストを発注せずに自分で調達できるのであれば、その分の金は浮くことになる。強いモンスターと戦わなければいけないような素材なんかでは、その差は大きい。

 俺の知り合いの中で間違いなく最強だと言える人も、元冒険者ではあるらしいが今は商人だ。と言ってもあの人、戦闘では頼もしいんだけど、逆に本業の方がアレなんだよなぁ。

 

 目に希望の光を灯し始めためぐみんに対して、俺は更に。

 

「あと王都なら、結構な頻度で魔王軍の襲撃があるから、その時も爆裂魔法は役に立つと思うぞ。相手の数が数だから、あの広範囲魔法は使える。撃った後のフォローの方は、俺が騎士団の方に頼んでもいい。あいつらも爆裂魔法の火力は欲しいと思うし」

「王都の騎士団にも顔が利くんですか!?」

「まぁな。第一王女のアイリスは俺の妹のようなもんだ。アイリスもお兄様って呼んでくれるしな」

「あなたには、既にゆんゆんという妹がいるではないですか……」

「妹は何人いてもいいもんだ」

「それゆんゆんは知りませんよね? 言ってもいいですか?」

「やめろ」

 

 そんなことゆんゆんが知ったら、俺がどうなるか想像したくもない。

 そもそも、アイリスを妹扱いしていることだって、あの白スーツがガミガミうるさいのだ。一応あの女も、俺の実力は認めてくれてるっぽいけど。

 

 ここで俺は一息ついて。

 

「……とまぁ、色々説明したけど、どれも危険だってのは変わりない。そこは文句言うなよ」

「はい、覚悟しています。それに、そこまでしてもらえるのに文句なんて言いませんよ。あの、それで先生……私は何を要求されるのでしょうか」

「は?」

「ですから、先生がそこまでしてくれるのですから、当然タダというわけではないのでしょう? 私、お金は持っていないので、出来ることは限られているのですが…………舐め」

「よし、お前はちょっと黙ろうか」

 

 まったく、こいつはまだこんな事言ってやがる。

 正直に言うと、めぐみんのバカみたいな信念を知っていながら放置して、将来どっかで野垂れ死なれても寝覚めが悪いし、後になって責任を追求されても面倒だというだけなのだが。

 

 ただ、何か言うことを聞いてくれるというのであれば、ここは甘えておくか。

 

 

「じゃあ、ゆんゆんと仲良くしてやってくれよ」

 

 

 俺の言葉に、めぐみんはポカンと口を開けたまま呆然としている。

 しかし、少しすると本当におかしそうに口元を綻ばせて。

 

「ゆんゆんのブラコンっぷりも大したものですが、あなたのシスコンっぷりも大概ですね」

「妹がいれば、誰でもシスコンになるもんだ」

「……分からなくもないですよ、それは」

 

 そう言ってくすくすと笑うめぐみん。

 こうして見ると少女らしいあどけなさがよく目立つ。当然か、紅魔族随一の天才だなんだ言われてても、12歳の子供だしな。

 そういえば、こいつの素直な笑顔を見たのは初めてかもしれない。顔は整っているだけあって、ちょっと可愛い。いや、かなり可愛い。

 

 めぐみんは笑顔のまま言う。

 

「いいでしょう、あの子のサンドイッチはとても美味しかったですし、仲良くしていればまた食べ物を恵んでもらえるかもしれませんしね。それに、少し変わっていますが、悪い子ではないことは分かりますし」

「あいつもお前にだけは変わってるとか言われたくないだろうな。つーか、考えてみればお前も友達いないし、ぼっち同士でちょうどいいじゃん」

「ぼ、ぼっちじゃないですから! わ、私は……そう、群れることを好まない孤高の存在であって……!」

「じゃあ卒業後のパーティーの紹介とかもいらないな。一人で頑張れよー」

「意地悪です! 先生はとんでもなく意地悪です!!」

 

 そうやってぎゃーぎゃー騒いでいると、気絶したぷっちんを連れて戻ってきた保健の先生に、二人共追い出されてしまった。

 仕方がないので、俺達はまたバカみたいなことを言い合いながら、二人並んで教室へと戻って行く。めぐみんは変人だが一緒に居て退屈はしないし、ゆんゆんの良い友達になってくれそうだ。

 



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休日は友達の家で

かなり長いです。
1話と2話を合わせたよりも長いです。


 

 学校が始まってから最初の休みがやってきた。

 そんなわけで、昨日は久々に目覚ましを設定しないまま布団に入ったわけだが、普通に朝に目覚めてしまった。時計を見ると、いつもよりは少し遅いが、それでも三十分程度だ。

 

 何という規則正しい生活。これではまるで俺がちゃんとした社会人のようではないか。

 

「あ、兄さんおはよう」

「おー、おはよー」

 

 ゆんゆんが早起きなのはいつも通りだ。

 こいつ、学校行ってない時から無駄に早起きだったからなぁ。そんで朝の散歩だって、誰かと仲良くなれないかなってソワソワしながら出て行くんだけど、結局誰にも話しかけられずにしょんぼりして帰ってくるんだよな。

 

 父さんと母さんは、早い時間から出て行ってしまった。何かの会議があるとか何とか言ってたっけな。族長だけあって、こういった事は多い。

 俺はゆんゆんと二人で朝の食卓につき、何気なく言ってみる。

 

「休みの日だし、めぐみんのとこに遊びに行ってみれば?」

「ぶっ!!!」

 

 ゆんゆんは、ちょうど飲んでいたスープを吹き出した。

 

「ごほっ、ごほっ! い、いきなり何を言ってるの兄さん!? しかもそんなに気軽に! そういうのって、もっと何日もかけて準備して、万全の体制を整えてから行くものでしょう!?」

「お前はどこに行くつもりだ」

 

 このコミュ障と仲良くしてくれとめぐみんに頼んでから、教室では二人が話している姿をよく見るようになった。まぁ、大体めぐみんがゆんゆんをからかったり、飯をたかっているだけではあるんだが、とにかく話し相手ができたというだけで十分だろう。

 

 そんな最近の二人の様子を見て提案してみたわけだが、まだまだハードルが高いらしい。

 

「休日に友達の家に遊びに行くのに、何をそんなに身構える必要があんだよ。気軽に行けばいいんだよ気軽に。『あーそぼー』ってさ」

「うぅ……だ、だって、断られたりしたらショックだし……兄さんもそうやって気軽に友達の家に行ってるの?」

「もちろん。よくぶっころりーの家まで行って、『毎日そけっとでシコってるぶっころりーくーん、あーそぼー』って言ってるよ」

「それぶっころりーさんはいいの!? 何も言わないの!?」

「いや、毎回泣きながら『頼むからやめてくれ!』って言ってくるけど」

「じゃあやめなさいよ!!! 本当に友達なんだよね!?」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぐゆんゆんを見て、やっぱり友達慣れしてないなと思う。友達同士ならそのくらいは笑って済ませられるもんだ…………いや、ぶっころりーは泣いてたな。うん、次からはやめておこう。

 

 

***

 

 

 そんなこんなでめぐみんの家の前だ。

 俺とゆんゆんは、遊び道具を入れた荷物を持って立っている。

 ……あれ、というかここって。

 

「ひょいざぶろーさんの家じゃねえか」

「え、兄さん、めぐみんのお父さんのこと知ってるの?」

「あぁ、まぁ、ちょっとな」

 

 なるほど、めぐみんはあの人の娘か。道理で魔力がアホみたいに高いわけだ。

 ひょいざぶろーは魔道具店を営んでいて、強い魔力で魔道具……もといガラクタを生産している。最近見たあの人の商品と言えば、身に付ければ大幅に魔力値が上がるが魔法が唱えられなくなる、魔法使い専用のマントだ。たぶんあの人は頭がおかしいのだと思う。

 

 俺が魔道具の仕様を考案して、ひょいざぶろーさんに作ってもらうというタッグを組めば、真面目に世界を狙えると考えていた時期もあったのだが、あの人は頑として受け入れなかった。

 言われてみれば、ああいう妙な道を突っ走る辺り、親子だな……というか、今までひょいざぶろーさんの所は何度か訪ねているのに、めぐみんには一度も会わなかったんだなぁ。奥さんには会っているのに。人の縁ってのは不思議なもんだ。

 

 そんなことを思いながら、俺は後ろからゆんゆんを押す。

 

「ほら、行けって」

「ちょ、ちょっと待って! 何事にも動じないように、精神統一しなきゃいけないんだから! ドアをノックした瞬間、不意打ちが飛んできたらどうするの!?」

「だからお前はどこに行くつもりなんだよ。はようはよう」

「お、押さないで…………ねぇ、どこ押してるの!? 普通背中でしょお尻触らないでよ!!」

 

 何か言っているが無視だ。こいつの話をまともに聞いていると日が暮れてしまう。

 そうやっていると、ゆんゆんは観念したのかされるがままになり、ドアの前で立ち止まりゴクリと喉を鳴らす。

 

「に、兄さん……ノックって右手ですればいいの? それとも左手?」

「友達の家なら頭でノックするのが普通だぞ」

「頭……分かった。痛そうだけど……私、頑張る……!」

「ウソだよやめろよ。どこの変人だよ」

「……っっ!!!!!」

「そ、そんな睨むなよ悪かったって……」

 

 俺としては緊張をほぐしてやろうと思った冗談だったのだが、ゆんゆんは顔と目を真っ赤にしながら睨んでくる。そもそも信じるなよ。

 これでは埒が明かないので、俺はゆんゆんの背後から肩越しにドアを二度ノックした。

 

「ああっ!!!!! わわっ、わわわわわわわわわわ!!!!!!!」

「落ち着け、完全に不審者だぞお前」

 

 ガタガタと大きく震え始めた妹を見て、真面目に将来が心配になってくる。

 と、その時、ドアの向こうからバタバタと元気な足音が聞こえてきた。

 

 そして直後、バンッと勢い良くドアが開かれた。

 

「…………?」

 

 中から出てきたのはめぐみん……ではなく、よく似た小さな子だった。

 愛くるしい丸く大きな瞳で、きょとんとこちらを見上げている。

 

 それに対し、ゆんゆんはまだ震えながらも、何とか声を絞り出す。

 

「わ、わわ私、その、め、めぐみんさんのともっ、ともだ……」

 

 バタン、とドアが閉められた。

 ゆんゆんが固まった。辺りにはしばらく痛々しい沈黙だけが流れていく。

 

 やがて、ゆんゆんは肩を震わせながらこちらを振り返って。

 

「……ひっく……ぅぇ……ぐすっ…………ふぇぇええええええええええ!!!!!!」

「泣くな泣くな。頑張ったよお前は」

 

 そう言って頭を撫でてやるが、一向に泣き止む気配はない。

 うん、まぁ、かなり挙動不審だったしな、子供が怖がるのも無理はない。

 

 俺は溜息をつくと、ゆんゆんを後ろに下がらせて再びノックする。

 ドアはすぐに開き、先程の幼女が出てきてこちらを見上げる。

 

「お嬢ちゃん、一人? お兄ちゃん達はね、めぐみんのお友達なんだ。お姉ちゃんは家にいる?」

「姉ちゃんは部屋にいるよ! でもね、姉ちゃんが、新聞屋のお兄ちゃんと巨乳の女は、げきたいしろって言ったの!!」

「おー、えらいなー。でもな、お兄ちゃんは新聞屋じゃないぞー?」

「そうなの? でもそっちの女は巨乳!」

「ぐすっ……え、え……私、巨乳っていう程じゃ……」

「姉ちゃんと比べたらすっごい巨乳!」

「よーし、それはお姉ちゃんには言わないようになー。お姉ちゃんきっと悲しむからなー」

「わかった!」

 

 やばい、めっさ可愛いんですけどこの子……ホントこのくらいの年の子って天使だよなぁ。

 それにしても、妹に何言いつけてんだあのバカは。

 

「お嬢ちゃん、お名前は? お兄ちゃんはカズマっていうんだ、こっちのお姉ちゃんはゆんゆんな」

「我が名はこめっこ! 紅魔族随一の魔性の妹にして、家の留守を預かる者!」

 

 そう大きな声で言ってポーズを取るこめっこ。なにこれ抱きしめたい。

 魔性の妹というのも納得だ、この子に頼まれたら何でも買ってあげちゃいそう。

 

 するとこめっこは、ゆんゆんの方を向いて。

 

「お姉ちゃんがゆんゆんなんだ! 知ってるよ、ブラコンのゆんゆんでしょ!」

「ブッ……ち、違うよ!? 違うからね!? 余計なものは付けなくていいから!」

「じゃあブラコン!」

「ゆんゆんの方が消えちゃったの!? いらないのはブラコンの方だから! ゆんゆんが名前だから!!」

 

 ゆんゆんは涙目で、そんなことをこめっこに言い聞かせている。

 もう諦めてブラコンのゆんゆんって名乗ればいいのに。

 

 こめっこは、今度は俺の方を見て。

 

「お兄ちゃんはカズマ……うーん、似てる名前の人は知ってるんだけど……」

「似てる名前? どんなの?」

「クズマ! 変態教師のクズマ!!」

「よしこめっこ、お姉ちゃんの部屋はどこだ? あいつ剥いで縛って捨ててやる。泣いて謝っても許さん」

 

 やっぱりあいつは俺のことを舐め腐っているようだ。ここは一度キツイお灸を据えてやる必要がある。

 

「姉ちゃんの部屋はこっちだよ! さっき部屋から『はぁ……はぁ……んんっ……』って声が聞こえたから、中にいると思うよ!」

「!!!!!?????」

「ほう」

 

 玄関から家の中に上がったところでそんなことを言われ、俺の口元がニヤリと歪む。

 一方でゆんゆんは顔を真っ赤にして、俺の服の裾を掴んで止めた。

 

「に、兄さん、出直そう? めぐみんはちょっと立て込んでるみたいだし……」

「オ○ニーしてるだけだろ。行くぞ」

「ハッキリ言わないでよ! というか、それ知ってて行くってどういう神経してるの!?」

「お○にー?」

「オ○ニーっていうのはなごふっ!!!」

「ななななな何でもないよー! こめっこちゃんには、まだちょっと早いかなー!!!」

 

 俺の脇腹に肘を入れ、大慌てで誤魔化すゆんゆん。

 まぁいい、今はめぐみんだ。俺は服を掴まれてもお構いなしに、ゆんゆんを引きずるようにして進んでいく。

 

「くくっ、カメラを持って来てて良かったぜ。初めて友達の家に遊びに行ったっていう、ゆんゆんの大切な思い出を残す為のものだったが、もっといいモンが撮れそうだ」

「さいっっってい!!!!! 待って、兄さん待って! ねぇ、12歳には興味ないんじゃなかったの!? そんなにめぐみんがオ……ナ…………してるところ見たいの!?」

「あんな貧相な子供の体には興味ねえよ、ただあいつを脅せる材料が手に入ればそれでいい。それをネタに、生意気なあいつを奴隷のようにこき使ってやるぜ!!!!!」

「この人でなし!!!!! 兄さんには良心ってものがないの!?」

「何だそれ知らん!!!!!」

「どれい! どれい!」

「ちょ、こめっこちゃんまで何言ってるの!? ねぇ兄さん、本当に洒落にならないから! やめよう!? 流石にやめよう!?」

「ここが姉ちゃんの部屋だよ!」

「よっしゃああああああああああ!!!!!」

「ダメえええええええええええええええええええええええっっ!!!!!」

 

 バンッと勢い良くドアを開ける!

 中ではめぐみんがあられもない姿で自慰にふけっている…………こともなく。

 

 

「……人の家で何を騒いでいるのですかあなた達は」

 

 

 膝をついた、腕立て伏せの亜種のような筋トレをしていた。

 どうせこんなオチだろうと思ったよ。

 

 

***

 

 

「まったく、私がそんないかがわしい事をするわけないじゃないですか」

 

 

 そう言って、呆れた様子で溜息をつくめぐみん。

 居間には俺、ゆんゆん、めぐみん、こめっこの四人全員が集まり座っていた。こめっこは俺達が持ってきたお菓子をモグモグと頬一杯にして食べている。かわいい。

 

 ゆんゆんは未だにほんのりと顔を赤くしたまま。

 

「そ、そうだよね……めぐみんに限ってそんな、ね……」

「そうですよ、少し考えれば分かることです。あなたもクラスで二番目に優秀なのですから、もう少ししっかりしてください」

「うん、ごめんね…………でも、めぐみんはどうして筋トレなんてしてたの?」

「うっ……そ、それは……そう! 魔法使いと言えど、魔力が尽き最悪な状況に陥った時の為に、基本的な筋力は必要なのですよ!」

「あれ胸が大きくなるって筋トレだろ? 一時期王都で流行ってたっぽいけど、こっちにまで来てたのか」

「ぐっ!!!!! い、いや、その、ですね……」

「あ……そ、そっか……頑張ってめぐみん! 痛い痛い痛い!! 何するの!?」

「この私に、そんな可哀想なものを見る目を向けるのはやめてもらおうか!!!」

 

 めぐみんに掴みかかられ、涙目になるゆんゆん。

 別に12歳くらいでそこまで必死にならなくても。確かにあるえやゆんゆんは既にかなりのものを持っているとは思うが。

 

 めぐみんはひとしきりゆんゆんに不満をぶつけた後、まだ機嫌の悪そうな顔で改めて目の前のクラスメイトの全身を眺める。特に胸を中心に。

 

「……いつ見てもイラッとくる胸ですね。何ですか、私に対する当て付けですか」

「そ、そういうつもりじゃないよ! 自然と大きくなっちゃうんだから仕方ないじゃない!」

「だからそれも私に対する挑発ですか! この私の胸が不自然だとでも言うつもりですか!!」

「いたたたたたっ! 取れちゃう、取れちゃう!!」

「どうしたらこんな事になるのですか! あれですか、もしかしてそこの男に毎日揉んでもらっているのですか!!」

「な、何言ってるのめぐみん!?」

「そうだぞ、流石に毎日は揉んでない。三日に一回くらいだ」

「えっ」

「ちちちちち違うから! 無理矢理揉まれてるだけだから!!」

 

 ドン引きのめぐみんに対して、ゆんゆんは目に涙を浮かべ顔を真っ赤にして弁解している。

 

「ゆんゆん……あなた、ぼっちではなく、ビッチだったのですか……だから先程も、私が自慰しているなどという妄想を……」

「違うってば!!! ねぇ聞いてよめぐみん! 兄さんのセクハラなんて日常茶飯事でしょ!?」

「そうだぞ、めぐみん。それに、ゆんゆんがそういう妄想をしたのは、ただ単に自分もオ○ニーしてるからってだけだ。俺の妹がビッチなわけないだろ失礼な」

「……はい?」

 

 めぐみんは俺の言葉に固まり、それからゆっくりとゆんゆんへと視線を移す。

 そこでは、ゆんゆんが目の色と同じくらいに顔を真っ赤にさせて震えていた。

 

「なっ、ななななななななな何言ってるの兄さん!!!!! わ、わたっ、私が……そんな、オ、オナ…………なんて、す、するわけ……な、ないでしょ!!!!!」

 

 ゆんゆんはおろおろと目を泳がせて、そんなことを言っている。

 ……この際だ、言うしかない。

 

 

「いや、その…………今まで言えなかったけど、お前…………声漏れてるぞ?」

「!!!!!!!!!!??????????」

 

 

 部屋全体に衝撃が走った。

 皆がピクリとも動かず硬直する中、こめっこだけがマイペースにモグモグお菓子を食べている。

 

 俺はコホンと咳払いをすると。

 

「あー、わ、悪いな、もっと早く言うべきだったよな……と、とりあえず、その、するにしても、もう少し声落とした方がいいぞ……? 昨日なんて、ハッキリとお兄ちゃ」

「わあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!! あああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!」

「……その、ゆんゆん、大丈夫ですよ。例えあなたが兄でオ○ニーするような子でも、私は友だ」

「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!! ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

***

 

 

 お通夜でも、もう少し明るい空気が流れているだろう。

 しん、と静まり返る部屋の中では、こめっこがお菓子をモグモグする音だけがやたらと大きく聞こえる。

 

 ゆんゆんは……もう、なんかアレだった。表現するのもはばかられる程にアレだった。

 

 めぐみんがこちらに視線を送ってくる。

 何とかしろってか。どうしてどいつもこいつも、俺に無茶振りばかりしやがるんだ。

 

「……そ、そうだ! 俺、面白いボードゲーム持ってきたんだ! 皆でやろうぜ!!」

「いいですね! やりましょうやりましょう!!」

「…………」

 

 ダメだ。これ元に戻るんだろうな?

 そう不安に思っていると、こめっこがとてとてと、ゆんゆんの隣まで歩いて行ってその手を握った。

 

「ゆんゆん、あそぼ?」

「…………」

「わたし、ゆんゆんと遊びたいな」

「…………ぐすっ」

「ゆんゆんも、遊べば楽しいよ?」

「…………ふぇ、ひっく……ふぇぇぇえええええええええええ!!!!!」

「よしよし。みんなであそぼ?」

「ふぇぇ…………うん…………うん…………!」

 

 大天使こめっこ、グッジョブ!

 思わず俺とめぐみんは、こめっこに向けてぐっとサムズアップする。

 

 こめっこは、見ているだけで心が洗われるような、無垢な笑顔で言う。

 

 

「もうおなにーしちゃダメだよ?」

 

「殺してえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!! 誰か私を殺してえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

***

 

 

 俺が持ってきたボードゲームとは、人生ゲームというものだ。

 就職やら結婚やら色々な要素がある双六みたいなもので、ある日突然、天啓を得たかのように閃いて俺が考案したものだ。

 

「えいっ……あ、ま、また男の人と付き合うの……?」

「モテモテですね、ゆんゆん」

「う、うーん、これ喜んでいいのかな……」

 

 あれから相当苦労して、何とかゆんゆんはいつも通りに戻った。

 ゆんゆんは弄りがいのある子ではあるが、あのネタだけは封印しよう。洒落にならない。

 

「『彼氏が起業して失敗、借金を肩代わりする。-5000万エリス』…………ねぇ、私こんなのばっかりなんだけど」

「実にゆんゆんらしいと思いますよ…………『夫が他の既婚女性を孕ませ慰謝料を請求される。-200万エリス』…………さっきから何なのですかこのダメ男は!!! 捨てられないのですかこれ!!!!!」

「姉ちゃんダメ男に引っかかってるー! 『不動産王と付き合う。+10億エリス』……やったー! ふどーさんおーってなんだろ」

「えっ、付き合うだけで10億なの!? 結婚じゃなくて!? 私は付き合う度に借金が増えていくのに……」

「お前現実でも、男には本当に注意しろよ? ゆんゆんはすぐ騙されそうで、お兄ちゃん結構心配なんだからな…………『知的財産権が多数売れる。持っている知的財産権の数×5億エリス』」

 

 ゲームは完全に二極化しており、俺とこめっこの優勝争いと、ゆんゆんとめぐみんの最下位争いという構図になっている。

 しかし、すげーなこめっこ。このゲームでここまで俺についてくる奴は初めてだ。俺は持ち前の幸運のお陰で、こういった運の要素が強いゲームでは負け知らずなんだけどな。こめっこの、富豪と付き合い、適度に稼いだら別れて次の富豪へ、という悪女プレイがとんでもなくハマっている。

 

 これは最後まで勝負は分からなそうだと気合を入れていると、ゆんゆんがルーレットを回し、嫌そうな顔をした。

 

「……またセックスマス」

「せっくすせっくすー」

「あの先生、これ本当に全年齢向けなのですか? 明らかに成人向け要素があると思うのですが」

「俺が最初に作ったのはちゃんと全年齢向けだったぞ。そこから色々手がつけられた後のことは知らん」

 

 セックスマスというのは、まぁ、要するに子供が出来るかどうかのマスだ。

 ゆんゆんは心底嫌そうな表情で読み上げる。

 

「『ルーレットを回して5以下なら妊娠、それ以外は妊娠せず』……ねぇ、わざわざセックスマスなんて書かなくても、妊娠マスとか子供マスとかでもよくない?」

「俺に言うなよ、俺はこんなマス作ってねえっての」

「せっくすせっくすー」

「こ、こめっこ、その言葉は口に出さないようにしましょう。お父さんお母さんが聞いたらビックリするのです」

 

 めぐみんとこめっこの姉妹がそんなやり取りをしている間に、ゆんゆんがルーレットを回す。

 

「…………1。妊娠。…………もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 何人目よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 さっきからゆんゆんは、男に子供やら借金やらを押し付けられて逃げられるということを繰り返している。不吉過ぎる……お兄ちゃん、もっとこの子のことはしっかり見てあげるようにしよう。

 

 めぐみんもまた、憂鬱そうな表情でルーレットを回す。

 

「『夫が大貴族の一人娘に手を出す、一族を巻き込んだ大騒動に。-3000万エリス』…………また浮気しやがりましたよこの男!!!!! これでも別れない私もどんだけバカ女なのですか!?」

「姉ちゃん、変な男に捕まっちゃダメだよ?」

「大丈夫です、こめっこ。ゆんゆんならともかく、この私に限ってありえないですよ。はぁ、それにしてもゲームとは言え、ストレスが溜まりますね……」

 

 そうこうしている内にゲーム終盤。

 俺とこめっこはハイレベルな争いを続けていたが、じわじわと差が開いていき、俺の優勝が近付いて来る。

 

 こめっこは唇を噛んで悔しそうにしている。

 

「む、むぅ……」

「ははは! 残念だったなこめっこ、このままいけば俺の勝ちだ! まぁ、男に頼ってばかりの人生じゃ限界があるってこった。やっぱ最後に頼りになるのは自分の力! 勉強になったな、こめっこ!」

「将来は貴族の家に婿入りしてダラダラするのが夢の男が何か言っていますよ」

「兄さん、大人げない……」

「え、なんだって? もしかして、自己破産した奴等が何かゴチャゴチャ言ってるのか? 悪いな、最下層からの声は聞こえにくいんだ。おいこめっこ、何か聞こえるか?」

「んー……」

 

 こめっこは少し考えるような様子を見せた後、視線をゆんゆんとめぐみんに移し。

 

「……ふっ」

「「あっ!!」」

 

 鼻で笑った。

 二人はそれはそれは悔しそうで、上から見下ろすのがとても楽しい。

 

 俺は勝利を確信してルーレットを回す。

 

「『女神アクア降臨。行動を共にする』……おいおい、ついに女神まで味方に…………あれ、でもこれ、アクシズ教の女神か…………いや、女神は女神だ! これは勝負あったなこめっこ!」

「その女神は使えないよ! わたし、分かるもん! ……『大悪魔バニル召喚。行動を共にする』」

「はっはっはっ、悪魔なんか呼び出しちまって大丈夫かこめっこ! 悪いが、俺はこの女神の力で一気に…………『アクアが城壁を全壊させる。-50億エリス』…………は?」

「だから言ったのにー。『バニルが見通す力を発動する。好きな相手の知的財産権を全て奪い、その数×10億エリス』……カズマお兄ちゃん、知的財産権全部ちょーだい!」

「ちょ、まっ、なんだその悪魔!! チートじゃねえかふざけんな!!!」

 

 それから俺は女神アクアに散々足を引っ張られ、逆にこめっこは大悪魔バニルの力でとんでもない追い上げを見せる。

 そして……ついに。

 

「『バニルと一緒に魔道具店のダンジョン出張を始めて大成功。+100億エリス』……やったー!」

「ぬ、抜かれた…………は…………?」

 

 この土壇場で、こめっこに追い抜かれてしまった。

 あまりの展開に頭が追い付かず、かすれた声しか出てこない。

 

 しかし、少しすると、ふつふつと怒りが湧き上がってきた!

 

「何なんだよ…………何なんだよこの駄女神はあああああああああああああああああああああああああ!!!!! 何かする度に問題起こして金ふっ飛ばしやがって!!!!! この女神にしてあの信者ありってかちくしょうがああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

 

 俺は悔しさで顔をしかめながら、敗北を覚悟してルーレットを回す。

 今度アルカンレティアに行って、アクシズ教団本部でも襲撃してやろうか。

 

 そう考えていた時。

 

「…………『女神エリス降臨。行動を共にする』」

「むっ、それはやっかい……『バニルと一緒に冒険者のレベル上げを手伝い、代わりに不良在庫を全て買い取ってもらう。+20億エリス』」

 

 アクアの駄女神っぷりに女神への不信感を持っていた俺だが、エリスと言えば国教とされているエリス教が崇める幸運を司る女神だ。

 おそらく、頭のおかしいアクシズ教徒が崇める駄女神なんかとはモノが違うはず!

 

 俺はエリス様に祈りながらルーレットを回す。

 

「頼むっ…………『エリスと一緒に最高純度のマナタイト鉱山を掘り当てる。+7777億エリス』…………よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 あまりの嬉しさに、俺は立ち上がり高々と右腕を掲げた!

 勝った! これは勝った!! エリス様こそ俺の勝利の女神だった!!!

 

 今度エリス教に入信しようかな、などと考えている間に、こめっこは黙々とルーレットを回している。

 

「『バニルと一緒に世界最大のダンジョンを攻略する。+200億エリス』……カズマお兄ちゃんの番だよ!」

「はっはっはっ、たったの200億ぽっちか! 大したことねえなぁ、大悪魔とやらも! よーし、見てろよこめっこ、結局最後は運なんだよ!! これだけの大金があれば、いくら駄女神がやらかそうが痛くも痒くもねえ!!!」

 

 そう言って自信満々に回したルーレットは7を示す。

 

「7か! 幸運の女神様がついてる俺に相応しい数字だな! どれどれ…………『アクアが魔王城に特攻。それに巻き込まれた結果、魔王と一緒に爆死。蘇生不可。ゲームオーバー』…………」

「とうっ! …………ゴール! やったやった! わたしが一番だね!!」

 

 ………………。

 あんまり過ぎる結末に、口をあんぐり開けたまま固まってしまう。

 えっ……ゲームオーバーって…………は?

 

 そうしていると、先程まで聞こえなかった声がだんだん聞こえてくるようになった。

 

「流石は私の妹です! こんな男に負けるはずはないと信じていましたよ!!」

「やったね、こめっこちゃん! ふふっ、兄さんもたまには痛い目見ないとね!」

「我が名はこめっこ! 紅魔族随一の魔性の妹にして、人生ゲームを制する者!!」

 

 もはや何も言い返す気力も起きない。

 すると、それをいいことに、ゆんゆんとめぐみんの二人がニヤニヤして。

 

「どうしました、先生? もう私達の声は聞こえているのですよね? 何しろ、同じ最下層の仲間なのですから」

「ううん、違うよめぐみん。だって兄さんは死んじゃったんだもん。ビリだよビリ」

「ほほう、ビリですか! つまり四人中四番目ということですか! 周りは年下の女の子しかいないのに、一番下ということですか!」

 

 こ、こいつら……!

 思わずぷるぷると腕が震えてくるが、この二人は何も間違ったことは言っていないので、何も言い返せない。

 

「でも、すごいよね、一マスしかない蘇生不可の即死マスに…………ぷふっ」

「えぇ、しかもこの男、最後に何て言ってました? 『7か! 幸運の女神様がついてる俺に相応しい数字だな!』…………ぶふっ、くくくっ」

「ふふふっ、わ、笑わせないでよめぐみん……あ、でも、魔王討伐報酬って1兆エリスなんじゃなかった? やったね、兄さん! 1兆7777億エリスも稼いだんだよ!」

「死んだら全部パーですけどね!」

 

 めぐみんのその言葉の直後、二人は同時に大きな笑い声をあげた。

 

 ……何だろうこれ。何なんだろうこのクソアマ二匹!!

 ヒクヒクと顔を引きつらせて耐えていた俺も、そこでぷっつんといった。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!! やってられっかこんなクソゲー!!!!!!! アクシズ教滅びろよ何だあの駄女神ふざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!」

 

 

 気付けば俺は、さっきまで遊んでいた人生ゲームを破壊していた。

 

「ちょっと、兄さん暴れないでよ! もう、一番年上のくせに、一番子供っぽいんだから!!」

「素直に負けを受け入れたらどうです。物に当たるのは格好悪いですよ」

「うるせえよ絶壁女にオ○ニー女!!!!!」

「ぜっ、絶壁女と言いましたか!? おい誰のどこが絶壁なのか言ってもらおうじゃないか!!! そのケンカ買ってやりますよっっ!!!!!」

「オ、オ○ニー……女…………わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

 

 

***

 

 

 しばらくして、俺とゆんゆんとめぐみんの三人は、こめっこの前で正座していた。

 

「家の中でケンカしちゃダメだよ、やるなら外でやりなさい!」

「「「ご、ごめんなさい……」」」

 

 主に大人げなくスキルまでぶっ放した俺のせいで、居間はとんでもないことになっていた。

 仕方がないので三人で片付けを始め、こめっこは少し離れた所で腕を組んで立っている。

 

「姉ちゃん! そこ剥がれてるの見なかったことにして隠しちゃダメ!」

「ぐっ……し、しかしこれはどうしようも……」

「ゆんゆん! なんでゴミの前でおろおろしてるの!」

「えっ、で、でも、ゴミでも人の家の物だし、勝手に触れていいものなのかなって……」

「カズマお兄ちゃん! 姉ちゃんのパンツ覗いてないでちゃんと掃除して!」

「ばっかこめっこ! せっかく気付いてなかごばふっ!!!!!」

 

 そんなこんなで、どうにか部屋をそれなりの状態まで戻した。疲れた……。

 最後に少し前まで人生ゲームだった残骸を捨てていると、こめっこがにかっと笑って。

 

「それ面白かった! また遊びたい!」

「おー、そっかそっか。壊しちゃってごめんな、今度また持ってきてやるからなー、あのクソ女神がいないやつを」

「それより、アダルトな内容を何とかしてくださいよ。こめっこどころか、私達にも良くないと思うのですが」

「うん……間違いなく全年齢向けじゃないよね……」

「でもゆんゆんも楽しそうだったよ! 子供たくさんいて!」

「こ、こめっこちゃん、子供はたくさんいれば良いってわけじゃないんだよ……?」

「そうなの? じゃあ、せっくすやめればよかったのに」

「やめられるならやめたかったよ!」

「おいゆんゆん、なんかそれだとお前がセックス依存症みたいで、お兄ちゃん胸が痛いから言い方何とかしてくれ」

 

 この会話を何も知らない第三者が聞いていたらどんな顔をするのかと考えると、頭が痛くなってくる。とりあえず俺は警察に連行されそうだ。

 こめっこは俺の言葉は理解できなかったのか首を傾げていたが、すぐにゆんゆんの方に明るい笑顔を向けて。

 

「でも、ゆんゆんえらいっ! ちゃんと我慢できたね!」

「え、我慢? 何のことかな、こめっこちゃん?」

 

「だってゆんゆん、せっくすはたくさんしたけど、お○にーはしなかったよね!」

 

「ふぇぇええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 ゆんゆんが大泣きし始めた。こめっこ、恐ろしい子……!

 それを見ためぐみんは大慌てで慰めに入る。

 

「大丈夫です、大丈夫ですよゆんゆん! こめっこは意味を分かっていませんから! こめっこ! ゆんゆんにオ○ニーとか言ってはいけません!」

「ご、ごめんなさい……泣かないで、ゆんゆん?」

「ふぇ……ぐすっ……ひっく……っ!!」

 

 5歳児に泣かされて慰められてる12歳の姿がそこにはあった。み、見てられねえ……。

 あまりにゆんゆんが泣くので、こめっこもおろおろとしている。俺はこめっこをゆんゆん達から少し離し、隣に座らせて頭を撫でる。

 

「よしよし、こめっこは悪くないからなー? ほら、お菓子あるぞお菓子!」

「やったー! わたし、悪くない!」

「……あの、先生。元凶はあなたなのですが、忘れていませんか?」

 

 そうだったっけ。うん、忘れた。

 それからしばらく、めぐみんがゆんゆんを慰めているのを眺めながら、こめっこと二人でお菓子をモグモグ食べていると。

 

「カズマお兄ちゃんは先生なんだよね? 何でも知ってるんだよね?」

「おー、先生だぞー。でも何でもは知らないなー、知ってることだけだ」

「ふーん? あのね、せっくすをすれば子供ができるんだよね?」

「……お、おう、そうだな、うん」

「じゃあさ!」

 

「せっくすって、何をすればせっくすなの!?」

 

「ごふっ!!!」

 

 食べていた菓子を喉に詰まらせ咳き込む。

 まだ目に涙を浮かべているゆんゆんも、それを慰めているめぐみんも、こちらを見て固まる。俺が視線を送ると、すぐに逸らされてしまった。

 

 おいふざけんな、どうすんだこれ。

 こめっこは好奇心でキラキラと目を輝かせて、俺の答えを待っている。……やめて! そんな目で見ないで! つーか、こめっこは女の子なんだから、こういうことは女が教えるべきだろ!

 そう思って再びゆんゆん達を見るも、あいつらは一向に視線を合わせてくれない。

 

 …………よーし分かった。分かったよ!

 それならハッキリキッパリ言ってやろうじゃねえか!!!!!

 

 

「こめっこ、セックスってのはな、男の子のお○んちんを女の子のおま」

「「わあああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」」

 

 

 言い終える前にゆんゆんとめぐみんが真っ赤な顔で止めに入る!

 

「何ストレートに言おうとしているのですかあなたは!!! もっとこう、オブラートに包むとかそういうことは考えられないのですか!?」

「うるせえな! お前らが俺に任せたんだろうが! 大体、いつかは知らなきゃいけないんだから別に今でも」

「こめっこちゃんはまだ5歳なのよ!? 早過ぎるわよ!!」

「姉ちゃん、ゆんゆん、わたし聞こえなかった! カズマお兄ちゃん、今なんて言ったの!」

「こ、こめっこダメです! あ、その、そうです! 男女が仲良くすることをセックスというのですよー!」

「ふーん? じゃあカズマお兄ちゃんと姉ちゃんもせっくすしてるんだ! 子供できるの?」

「誰がこんなダメ男の権化みたいな男としますか!! 怒りますよこめっこ!!!」

「おいコラ、俺もキレたいんだけどお前に。というかお前みたいな平面、こっちからお断りだ!」

「平面!!!」

 

 俺とめぐみんは取っ組み合いのケンカを始め、ゆんゆんはこめっこを何とか納得させようとあれこれ言い繕っている。

 俺はめぐみんの顔面を鷲掴みにしながら。

 

「『ドレインタッチ』ッッ!!!」

「あぐぅぅっ……!! な、なんですかこのスキルは……!!」

「ひゃははははははははっ!!! 魔法も覚えてない12歳のメスガキごときが、この俺に勝てるとでも思ったか!!!!! 覚悟しろよ、これから裸に剥いて縛って吊るして写真撮影してやんよおらああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 どさっと、何かが落ちる音がした。

 

 めぐみんが力尽きたわけじゃない。

 このスキルで全力を出すと、体力が貧弱なめぐみん相手だと洒落にならないことになってしまうことから、手加減してじわじわと弱らせているのでこんなに早く終わるわけがない。

 

 音がした方に恐る恐る視線を送り……固まった。

 目に映るのは、床に落ちて魔道具の素材らしきものがはみ出ている袋に、呆然と立ち尽くす二人の人物。

 

 こめっこが元気良く言う。

 

 

「あ、お父さんお母さんお帰り!」

 

 

***

 

 

「出て行け」

「はい、すいませんでした……」

 

 仁王立ちしている厳格そうな男に対して、素直に頭を下げる俺。

 めぐみんとこめっこの父親、ひょいざぶろーはそれはそれはお怒りだった。

 当たり前だ。もし俺が家に帰ってゆんゆんが他の男から同じことをされていたら、自分でもちょっと何するか分からない。

 

 夫の隣で成り行きを見守っていた奥さん、ゆいゆいは小さく笑いながら、なだめるように。

 

「まぁまぁ、あなた。このくらいは、ほんのじゃれ合いに過ぎないでしょう。そこまで目くじらを立てなくても」

「……裸に剥いてどうのこうのと聞こえたが?」

「じょ、冗談ですって、冗談! 本当にするはずないでしょう、はははは」

「めぐみん、あれは本当にただのじゃれ合いなのか?」

「いえ、犯されそうになりました」

「はぁ!? おいめぐ」

「出て行け」

「はい、分かりました……」

 

 いよいよ強烈な敵意を向けられ、大人しく退散することにする。通報されないだけありがたいと思っておこう。元々、俺はゆんゆんの付き添いに過ぎない。当の本人は急に知らない人が増えて、部屋の隅で小さくなっているが。

 そうやって妹を心配しつつも、とぼとぼと歩き始めた時。

 

 何かが腰にしがみついてきた。

 驚いて振り向くと、こめっこが悲しい顔でこちらを見上げていた。

 

「もっとあそぼ?」

 

 ……ああもう、抱きしめてうりうりってしてやりたい!

 しかし、いくら何でも怒り心頭な父親の前でそんなことをするわけにもいかないので、俺は心を痛めながらこめっこの腕を…………そうだ。

 

 ニヤリと口元が歪む。

 

「……ごめんなこめっこ。お兄ちゃん、お前のお父さんに出てけって言われたから、出て行かないといけないんだ」

「そうなの?」

「あぁ。お兄ちゃんも本当はもっとこめっこと遊びたいんだけどな。他に面白いオモチャも沢山あるんだけどな。でもしょうがないんだ、お前のお父さんに出てけって言われちまったんだから」

「…………」

 

 こめっこは少し黙った。

 そして、ひょいざぶろーの方を向いて。

 

 

「お父さんきらいっ!」

「っっ!!!!!?????」

 

 

 クリティカルヒット。ひょいざぶろーは膝から崩れ落ちた。

 奥さんはそんな成り行きを見てくすくすと笑い。

 

「こめっこ、大丈夫よ。お父さん、カズマさんにもっと居てもらっていいって」

「ほんと!? やったー! お父さんすき!!」

 

 大天使こめっこのお陰で、どうやら俺は追い出されずに済んだようだ。

 ひょいざぶろーは悔しそうに顔をしかめて。

 

「ぐっ……こ、こめっこが……こめっこが淫獣の毒牙に……! この男と商談する時は、娘達がいない時を指定して警戒はしていたのに……ぬかったか!!」

「なっ、そんなことしてたんですか! ひょいざぶろーさんとは結構会ってるのに、不思議とめぐみん達には今まで会わなかったんだなと思ったんだ! そういうことか!!」

「当たり前だ! お前のような、吐いた息で女を孕ませるような男を娘に会わせられるか!! 大人の間ではお前の悪評は有名だが、子供は知らないからな!!」

「こんの、人が下手に出てれば調子乗りやがって! 何が吐いた息で孕ませるだコノヤロウ!! こちとらまだ童貞だっつの!!!」

「黙れ娘には手は出させんぞ! せっかく、『悪魔に最も近い男クズマ』を始めとした呼び名まで広めたのに……!!」

「お前かあああああああああああああああああああああああっっ!!!!! おいふざけんなよ何してくれてんだ!!!!! つーか娘の心配してる暇あったら、まともな魔道具の一つでも作れってんだこのガラクタ職人!!!!!」

「ガラクタ職人!!!!!」

 

 今度は俺とひょいざぶろーのバトルが始まり、せっかく先程片付けた居間は、あの時以上に荒れまくることとなった。

 

 

***

 

 

 夕食の時間となり、俺達は全員でちゃぶ台を囲んでいた。

 ちゃぶ台の上では、鍋がぐつぐつと煮えている。食材の調達や味付けなどは全て俺がやった。

 

「……美味い」

「なんでちょっと悔しそうなんすか」

 

 ひょいざぶろーの表情に、俺は文句を言う。

 まぁ、美味いのは当然だ。食材は良いのを選んだし、俺は料理スキル持ちなのだから。

 

 むすっとしている父親とは対照的に、こめっこはそれはそれは幸せそうな顔で大きな肉を頬張っていた。かわいい。

 こめっこには、せっくすやらお○にーといった言葉は言わないようにと口止めはしてある。言うこと聞く代わりに、その意味を教えろと言われてしまったが。それに、めぐみん曰く、こめっこは『絶対やるなよ!?』とか言われると逆にやりたくなる性格らしく、不安は残る。

 というか、紅魔族は全体的にそういう奴が多い。俺もちょっとそういう所はある。

 

「おいしいね! おいしいね!! お肉久しぶり!!」

「私、初めて先生と知り合えて良かったと思いましたよ」

「お前は普通に褒められねえのか。ったく、ほら、ゆんゆんも食えよ」

「う、うん……」

 

 こいつの人見知りは相変わらずだな……。

 すると、奥さんがニコニコと笑いながら。

 

「ゆんゆんさん、でしたっけ? 娘と仲良くしてくれてありがとうね」

「あ、い、いえ、私の方こそ、めぐみんにはいつも助けられ……て……?」

「ちょっと、何故そこで詰まるのですか。助けているでしょう、いつも。そもそも、私がいなければあなたはぼっちなのですよ」

「お前もな」

「ふむ、ゆんゆんさんは族長の娘だったね。流石、礼儀正しく良い子だ。将来はきっと良い族長になってくれるのだろう。まったく、それに比べてこの男は。同じ屋根の下で暮らしているはずなのに、どうしてこうなった」

「ぐっ……人の金とスキルで作った料理食ってるくせに……!」

 

 ひょいざぶろーとは、初対面の頃こそはまともに商談しようとしていたのだが、あまりにも頑固で折れない為に今では商談に行くというよりはケンカに行くと言った方が正しい。能力だけは本当に凄いものがあるので、俺としても中々諦めきれないというのがたちの悪いところだ。

 

「あの、そろそろ本当にまともな魔道具作りません? ひょいざぶろーさんの力があれば、真面目にてっぺん狙えますって」

「何を言っている、ワシはいつだってまともな魔道具を作っているぞ。今日も歴史に残るレベルの物を生み出してしまった。なんと、飲むと大量のスキルポイントが得られる最高級のスキルアップポーションだ!」

「……デメリットは?」

「相当な高レベル冒険者でないと効果が出ない。それと、飲んでから一定時間が経過すると、冒険者カードが初期化される」

「舐めんな」

 

 本当に勿体無い。

 俺なんかレベルを上げまくって元々貧弱だった魔力を少しでも上げようと努力して、その上でドレインタッチなどで上手くやりくりしてるってのに、このガラクタ職人やあの爆裂狂はアホみたいな魔力をアホみたいなことにしか使わない。

 どうなってんの神様、才能の振り分け方おかしいだろ。

 

 俺がこの世の理不尽に頭を痛めていると、奥さんは穏やかな目でゆんゆんの方を見て。

 

「本当にゆんゆんさんは、大人しくて手のかからなそうな良い子ねぇ。家の娘はどうもやんちゃで、男の子みたいなところがあるから羨ましいわ」

「あははっ、そういえば姉ちゃん男の子みたいだよね胸とか! ゆんゆんはおっきいのに!」

「なっ……ゆ、ゆんゆんが無駄に大きいだけなのです! 私はまだ12歳ですし、これから成長だって望めるはずです!」

「……めぐみん、大きく産んであげられなくて、ごめんね…………」

「やめてください……やめてくださいよお母さん! 何ですかその悲しそうな目は!! 認めません、絶対に認めませんよ!! 私は大魔法使いになって巨乳になるのです!!!」

「あの、めぐみん? 巨乳なんていい事ないと思うよ? だって私くらいでも、最近ちょっと肩が凝って痛い痛い痛いやめてえええええええええ!!!!!」

 

 めぐみんはゆんゆんの双丘を鷲掴みにして、もぎ取ろうとしている。

 俺はそれを眺めながら、奥さんに。

 

「ゆんゆんは大人しそうに見えて、身内には結構容赦無いですよ。学校で自己紹介の時に、椅子蹴り倒して俺に殴りかかってきましたから、そいつ」

「あらまぁ、意外ねぇ」

「あれは兄さんがバカなこと言うからでしょ!!!」

「ワシはまだこの男が教師をやっているなど信じられないのだが……何かやらかしていないだろうな?」

「先生の授業は意外と分かりやすいですし、里の外の話も勉強になっていますよ。言うことを聞かない生徒のパンツを奪ったり、保健室で休んでいた私に添い寝しようとしたり、ちょっとアレなところはありますが」

「…………」

「ごめんなさい」

 

 ギロリと睨まれ、即座に深々と頭を下げる俺。

 くっそ、上げて落としやがってめぐみんの奴!

 

 すると奥さんがフォローに入ってくれる。

 

「まぁまぁ、あなた。例えカズマさんが本当にめぐみんに手を出したとしても、ちゃんと責任をとってもらえばいいでしょう。カズマさんは大商人ですし、人柄も色々言われていますけど、実際は困っている人に手を差し伸べてあげられる優しくて良い人ですし、あと大商人ですし」

「あのお母さん、私にも選ぶ権利というものがあると思うのですが。あと欲望がだだ漏れているのは気のせいですか? 主にお金関係の」

「あら、そんなことはないわよ。私はあなたの為を思って言っているの。夫がろくに稼ぎもしない甲斐性なしだと、妻や子供がどれだけ苦労するか分かっていますからね」

「…………」

 

 ひょいざぶろーがとても気まずい表情で目を逸らす。奥さんの笑顔が怖いです。

 そんな奥さんの視線から逃れるように、ひょいざぶろーはごほんと咳払いをすると。

 

「……まぁ、ワシもカズマは性根まで腐っているとは思っていないが。紅魔族のよしみで援助もしてくれるしな……しかし、娘が嫌だと言っているのなら、無理に結婚させるわけにもいかんだろう」

「いや別に、俺もめぐみんと結婚したいなんて思ってないですけど」

「何だと!? この可愛い娘のどこが不満だ!!」

「面倒くせえなあんた!!!」

「はぁ……もうこの話はやめませんか? 先程からお兄ちゃん大好きなゆんゆんが、すごく不安そうな顔をしていますし」

「ええっ!? そ、そんな、私は、別に……」

「……ふむ、そういえばゆんゆんさんとカズマは、兄妹でも血は繋がっていないのだったね」

「あらあらまぁまぁ」

「あ、あの、違います! 違いますからね!? 私は、そんな、兄さんのこと、す、好きとか……その顔信じてないですよね!?」

 

 そうやってゆんゆんが、顔を真っ赤にして色々言い訳している時だった。

 ずっと鍋に集中していたこめっこが顔を上げて。

 

 

「ゆんゆん、カズマお兄ちゃんのこと好きなの? せっくすするの?」

 

 

 そんな爆弾を投下した。

 

 一瞬静まり返る食卓。

 直後、ひょいざぶろーがとんでもない目でこっちを睨んだ! こ、こええ!!

 助けを求めてゆんゆんとめぐみんに視線を送るも、二人はただ俯いて嵐が過ぎ去るのを待っている。こ、こいつら……自分達は関係ないって逃げるつもりだな! いや、確かに大元の原因は俺だけど!! でもこいつらだってゲーム中はセックスセックス連呼してただろ!!

 

 これには流石の奥さんも、柔らかな笑顔を引きつらせて。

 

「こ、こめっこ? どこでそんな言葉覚えたの? 意味は知っているの……?」

「カズマお兄ちゃんが教えてくれた! 意味も知ってるよ! せっくすするとね、子供ができるんだよ!!」

 

 アカン。

 もうひょいざぶろーの方など、恐ろしくて見ることもできない。

 どうしよう……ホントにどうしよう……。

 

 奥さんは恐る恐るといった感じに。

 

「で、でも、どんなことするのかとか詳しいことは、流石に知らないわよね……?」

 

 こめっこは答える。

 それはもう、明るく眩しい天使の笑顔で。

 

 

「知ってるよ! 男の子のおち○ちんを、女の子のお○んこに入れるんだよね! ねぇねぇ、おま○こってなに?」

 

 

 それはどのくらいの時間だったか。

 一秒にも満たない一瞬だったかもしれないし、数十秒に渡るものだったかもしれない。

 そんな、時間の感覚が狂うくらいにぽっかりと、空白の時間が訪れ…………。

 

 そして。

 

 

「『カースド・ライトニング』ッッッ!!!!!」

「『リフレクト』ッッッ!!!!!」

 

 

 俺とひょいざぶろーの大声が重なり、直後凄まじい轟音と衝撃が小さな居間に広がった!

 

 

***

 

 

「わぁぁ、お空綺麗だね!」

 

 

 ひょいざぶろーが放った黒い稲妻は、俺の魔法によって真上に逸らされ、居間の天井に大穴を空けた。結果として、頭上には満天の星空が広がっている。今日が雨じゃなくて良かった。

 ひょいざぶろーは奥さんの魔法によって眠らされ、俺は土下座していた。

 

「こめっこのこと、本当にすみませんでした……天井の方もちゃんと直しますので……」

「いえいえ、顔を上げてください。こめっこも、全て知ったというわけでもないようですし。それに、天井も元は主人の魔法です。あの人に直させますから大丈夫ですよ」

「いえ、手伝わせてください……お願いします……」

 

 確かにひょいざぶろーくらいの魔法使いであれば、この風穴もすぐに何とかなるのだろうが、全て任せてしまうのはあまりにも申し訳ない。大元の原因はやっぱり俺なのだから。

 

 それから、なんと俺とゆんゆんは今日は泊まることになった。

 ゆんゆんはともかく、俺は流石にダメだろうと思い断ろうとしたのだが、奥さんが何度も何度も誘ってきたので、ついに根負けしてしまった。

 

 俺が最後に風呂からあがって居間に戻ってくると、ひょいざぶろーと一緒にこめっこもすーすーと寝息をたてていた。まぁ、今日は色々あったしな、疲れるのも無理ないか。ちなみに、天井は応急処置として大きなシートで覆われている。

 俺は奥さんに案内され、空き部屋に通される。まさか俺が誰かと一緒に寝るわけにもいかないので、居間ではひょいざぶろーと奥さんとこめっこ、めぐみんの部屋でめぐみんとゆんゆん、そしてこの部屋で俺一人が寝ることになる。

 

 奥さんが妙ににこやかに部屋から出て数分後、何故かめぐみんを連れて戻ってきた。

 そのまま、めぐみんは奥さんに背中を押されて部屋に入ってくる。

 

「お母さん、何ですか? もしかして、こめっこの件で、先生と一緒に私にも説教するつもりですか? それなら、ゆんゆんだけお咎め無しというのは納得いかないのです!」

 

 そんな文句を言いながら、めぐみんは自分の背中を押す手を払って振り返った……のだが。

 

 バタン、と目の前でドアが閉められた。

 その直後に。

 

「『ロック』!」

 

 外から、そんな奥さんの声が聞こえてきた。

 

 …………。

 俺は唖然としてめぐみんの方を見るが、めぐみんも似たような表情でこちらを見てくる。

 

 めぐみんが慌ててドアをドンドンと叩く。

 

「ちょ、何やってるんですかお母さん! 出してください!!」

「めぐみん、あなたにとって、ゆんゆんさんは大切な友達だというのはよく分かります。でも、だからってカズマさんを譲るというのは違うわよ!」

「何を言っているのですかあなたは!? というか、年頃の娘を男と一緒に部屋に閉じ込めるとか、母親としてどうなんですか!?」

「大丈夫、カズマさんは意外と優しくしてくれる人だと思うから!」

「大丈夫じゃないですよね!? 主に私の体やあなたの頭が!! いや、あの、本当に洒落になってませんから! ここを開けてください! 開けてくだ…………開けろおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」

 

 めぐみんの叫びも虚しく、奥さんは鼻歌交じりに去っていってしまったようだ。

 あぁ……この家はひょいざぶろーやめぐみんだけじゃなく、奥さんの方もかなりアレだったのか……。

 

 めぐみんはバッと振り返り。

 

「そうだ窓! 窓なら開いて…………ない!?」

 

 どうやらここまで綿密に仕組まれていたことらしく、窓も魔法で開かなくされているらしい。

 完全密室だ。というか、トイレとか行きたくなったらどうすんだよこれ。

 

 めぐみんはごくりと喉を鳴らし、恐る恐るゆっくりとこちらを見た。

 正直、今すぐこの状況を何とかすることはできるが、ここまで切羽詰っているめぐみんというのも見ていて楽しいので乗っかってみることにする。

 

 俺はもぞもぞと、この部屋に一つしかない布団に入り。

 

「そんじゃ、寝ようぜ。ほら、お前もはよう」

「何故そんな自然に寝る流れになっているのですかおかしいでしょう!!!!!」

 

 ダメか。そりゃそうか。

 でも、ゆんゆんの奴も全然一緒に寝てくれなくなったし、この機会に久々に人肌の柔らかさと暖かさを感じたいんだけどなぁ。

 

 俺は寝返りを打って。

 

「うーん、めぐみんが一緒に寝てくれたら、この状況を打破できる方法が思い付きそうな気がする……」

「思い付いてますよね!? その余裕を見るに、すぐにでも何とかできるのですよね!?」

「うーん……ダメだぁ……このままだと思い付かないまま寝てしまうー……」

「こ、この男……!!!」

 

 ギリギリと歯を鳴らして顔をしかめるめぐみん。

 くくっ、そんな顔をしても無駄だ。そう、この状況は俺でなければどうにも出来ないという事実がある限り、俺の優位性は揺らがない! 12歳の女の子には布団なしで寝るのも辛かろう!

 

 めぐみんはジト目でこちらを見ながら。

 

「先生、12歳は興味ないとのことでしたが、本当なのですか? 私のパンツを覗くわ、ゆんゆんの胸を揉むわ、今だって……」

「それは本当だっての。お前のパンツを覗くのはアレだ、見てはいけないモノって見たくなるもんだろ? お前だって『決して覗いてはならん!』とか言われたら覗くだろ?」

「……な、何でしょう、絶対何かおかしいのに、少し納得してしまった自分がいます……!」

「あとゆんゆんの胸を揉むのは、単に感触が気持ちいいからだ。目の前にモフモフした猫とかいたら、撫でたくなるだろ? それと同じだ」

「た、確かに猫をモフモフしたいというのは分かりますけど! え、お、同じですか……!?」

「で、今お前と一緒に寝たいってのは、単に抱き枕代わりにしたいだけだ。小さな女の子ってのは、どんな高級抱き枕よりも気持ちいいからな。だからはよう」

「おかしいです! 絶対おかしいですって!!」

 

 くっ、無駄に粘るなこいつも。

 俺は少し長めの溜息をついて。

 

「そんな警戒すんなよ、エロいことはしないって」

「し、信用できません!」

「あのなぁ、百歩譲ってゆんゆんやあるえみたいな発育の良い子ならまだ分かる。でもお前みたいなちんちくりんを食って、俺に何のメリットがあるんだよ? 12歳とかアウトだよ? しかもここでやっちゃったら、責任とって一生お前を養うんだろ? やだよ」

「……あの、もっと言い方とかないのですか? あなたのクズっぷりは留まることを知りませんね本当に」

「立ち止まったら負けだと思っている」

「何格好つけてんですか最悪ですよ!」

 

 めぐみんは、俺には何を言っても無駄だということが分かったのか、部屋中に視線を彷徨わせる。自力で何とかする方法を探しているようだが、どうせ無駄だ。

 案の定、少しすると、めぐみんは俯いたまま動かなくなってしまった。

 

 そして長い葛藤のあと。

 めぐみんは、諦めて布団の中に入ってきた。

 

「きゃー! めぐみんったら大胆―!」

「私が爆裂魔法を覚えた後、最初に撃つ相手が今決まりましたよ」

 

 何やら物騒なことを言っているが、そんなのは関係ない。俺は今この時を生きる男だ。

 俺は布団の中でこちらに背を向けているめぐみんの方へ、もぞもぞと近寄って行く。

 そんな俺に、めぐみんは不安げな表情でちらちらと視線を送り。

 

「あ、あの、先生? ダメですよ……それ以上はダメですよ! いや、本当に勘弁してください!! 抱きつくのはダメです!!」

「分かってる分かってる」

「じゃあ何でこっちに来るのですか!? 待って、ダメ…………ひゃああああああああああ!?」

 

 俺はぎゅっと思い切りめぐみんを抱きしめた。

 おー、これは中々。もうあんまり覚えてないけど、ゆんゆんとは違う良さがあるなぁ。

 

 俺の腕の中でめぐみんが騒ぐ。

 

「やっ、ちょ、ちょっと、離して……あの、お願いですから……ダメです、ダメですってば……!」

「んー、やっぱ女の子を抱いてると落ち着くなー。うりうりー。安心しろよ、本当にこうしてるだけでいいんだって。エロいことはしないって言ってるだろ」

「……せ、先生……待って……本当に……もう……っ!」

「はぁぁ、女の子って何でこんないい匂いして柔らかいんだ…………こら暴れんな抱き枕、何なら麻痺か睡眠の魔法使ってもいいんだぞ? 俺としてもそっちの方が楽でいいし」

「…………ぐすっ」

「ごめん悪かった、調子乗った」

 

 泣くのは卑怯だろ……。

 慌てて俺が離れると、めぐみんは目を拭って仰向けになって天井を見上げる。

 

「泣けば手を引いてくれるのですね……いい情報を……ひっく、知りました……」

「いや、ホントごめん。泣くとは思わなかったんだマジで……お前意外と突然の逆境に弱いんだな。殴る蹴るされて叩き出されるかと思ってたんだが」

「私のこと、なんだと思っているのですか……ぐすっ……父以外の男性に、初めて抱きしめられたのですよ……」

「そ、そうだよな、悪い……」

「もういいですよ……やめてくれましたし……」

 

 まだ目を潤ませているめぐみんに対する罪悪感がすごい。

 考えてみれば、知り合ってまだ一週間くらいの男と同じ布団で寝てるってだけでも相当アレなのに、抱きしめられるってのは流石にな……。

 何となくめぐみんには何やってもいい的な感覚があったけど、そんなことはなかったようだ。当たり前か。一応まだ12歳の女の子だしな……。

 

 それからしばらく沈黙が漂う。

 俺もめぐみんも、二人並んで仰向けでただ天井を見つめるだけだ。

 

 ……うん、気まずいです。もうこの辺にしておこう。

 

 と、布団から出ようとしたが、その前にめぐみんが静かな声で。

 

「私のお父さんとお母さん、爆裂魔法のことを話したらどんな反応をすると思いますか?」

 

 …………何故こいつは急にシリアスっぽい空気をぶっ込んでくるんだろう。

 こんな空気を出されたら、俺も真面目に答えるしかないわけで。

 

 俺は目だけを動かして、ちらりと隣のめぐみんを見たあと。

 

「ひょいざぶろーさんは、何だかんだ分かってくれるんじゃないか。バカな道突っ走ってるって点では、お前と似たようなもんだし」

「バカな道とは何ですか! 我が歩むは最強への道……そう、覇道です!」

「はいはいすごいね。……けど、奥さんはかなり反対するかもな」

「……先生もそう思いますか」

「あぁ。あの人は子供にはそんな茨の道じゃなく、安定した道を歩んでほしいって思ってるだろうな。というか、そっちの方が大多数だとは思うが」

「ですが、私にも譲れないものがあります。例え親相手でも」

「知ってるよ。だからバレないように気を付けろよ。今日の奥さんの行動力見る限り、もしバレたらマジで冒険者カード取り上げられたり、勝手に操作されたりするのもありえる」

 

 この夜だけでも、あの奥さんの凄まじさはよく分かった。アレだ、目的のためには手段を選ばないタイプだ。もちろん、本人は娘の為を思っているのだろうが。

 めぐみんは困ったように小さく笑い。

 

「カードを見られるだけでもマズイですかね? もう習得候補のスキル欄の中に爆裂魔法が入っているのですが」

「マズイ。見せるな。母親ってのは特に厄介なもんだ。例えば俺が朝起きて初めてアレでパンツを汚してた時、こっそり風呂場で洗おうと思ったら、母さんが待ち構えてて何も言わずに手を出してきたんだぞ」

「や、やめてください、先生の赤裸々体験談とか聞きたくないです。分かりました、カードの管理には常に注意しておきます」

「特に、上級魔法を習得できるくらいにスキルポイントが貯まった後は気を付けろよ。その状態でカードが見つかったら、本当に言い訳できない。問答無用で上級魔法を習得させられるかもしれん」

「肝に銘じておきます…………先生、もし爆裂魔法のことがお母さんにバレて猛反対されたら、その時は一緒に説得してくれますか?」

「えー……」

「そ、そこは格好良く『分かった、任せとけ』とか言うところではないですかね、教師的には……」

 

 俺にそんな立派な教師像を求められても。

 というか、まともな教師だったら奥さんの味方になるべきなんじゃないのか。

 

 俺は少し考えて。

 

「まぁ、説得できそうなら説得するよ」

「何ですかその『行けたら行く』みたいな感じは! 説得する気あるのですか!? ないですよね!?」

「あるって。説得できそうならお前に味方するし、説得できなそうだったら奥さんに味方する」

「お母さんに味方する場合もあるのですか!? こ、この裏切り者! このっ、このっ!!」

「いてえ! いてえっての!! あのなめぐみん、人生、勝ち馬に乗るってのは大事で」

「うるさいです聞きたくないです! まったく、ちょっとでもあなたを頼りにした私がバカでしたよ!!」

 

 そう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまうめぐみん。

 でもそんなこと言われたって、無条件で子供の味方をするってのも、子供からの人気は出るかもしれないけどどうかと思うんだよなぁ。

 

 俺は頭を動かして、隣でそっぽ向いて寝ているめぐみんの後頭部へ視線を向けると。

 

 

「とりあえず俺がどっちにつくかは置いといてさ、バレたら俺のところに来いよ」

 

 

 そんな俺の言葉に、めぐみんはゆっくりとこちらを向く。

 その顔には拗ねたような、むすっとした表情が浮かんでいる。

 

「……裏切り者になる可能性がある人のところに行けというのですか」

「そんなもん俺じゃなくても全員に言えんだろ。お前、何があっても自分の味方をしてくれるって断言できる人いるのかよ。言っとくけど、ゆんゆんは絶対止めるぞ」

「…………」

「誰が味方してくれるか分からないなら、とりあえず俺を選んどけよ。少なくとも現時点では俺はお前が爆裂魔法を覚えるのを止める気はないし、交渉だってそれなりに出来る方だ」

「……でも、旗色が悪くなったら寝返るのでしょう」

「そうだな。けど、話はちゃんと聞いてやるよ。お前の話を聞いて、奥さんの話を聞いて、その上で俺はどうするか決める。まぁ、場合によってはお前を説得することになるかもしれないが、少なくともお前が納得するまで、お前の冒険者カードは触らないし、誰にも触らせない」

「…………」

 

 めぐみんが目を丸くしてこちらを見ている。

 俺はニヤリとして。

 

「今のちょっと格好良くないか? お前の冒険者カードは~っての」

「……ふふっ、その言葉が無ければ満点だったのですが」

 

 めぐみんはくすくすと、やけに楽しげに笑う。

 そんな面白いこと言ったつもりはないんだけどな……むしろ結構決めたつもりだったんだが。

 

 そんな俺の複雑な気持ちをよそに、めぐみんは胸元から冒険者カードを取り出した。

 急にどうしたのかと思っていると、なんとそれを俺に差し出してきた。

 

「先生に預けます。誰にも触らせないよう、守ってくださいね?」

「え、お前これ、どうやってそこに入れてたんだよ。挟めるわけねえだろ、すとんと垂直落下するだろ」

「そこはどうでもいいでしょう空気読んでくださいよ!!! あと、垂直落下とか失礼にも程があるのですが!!!!!」

「分かった分かった、預かればいいんだろ。へー、これがめぐみんのカードかー、ちっ、なんだよこの魔力、ムカつくな。折りたくなってきた」

「やめてくださいよ!? あの、先生を信頼して預けるのですからね?」

「お、なんだよ初級魔法ならもう覚えられるじゃねえか生意気な! あー、指が勝手にー、指が勝手に動いてスキル欄へー」

「あああああああああああああっ!!!!! 何やってんですかバカなんですか!? やっぱり返してください早く!!!!!」

 

 数分程、布団の中でカードの奪い合いを続けた後。

 結局、めぐみんは俺からカードを取り返すことができず、俺の隣で寝たまま顔だけこっちに向けて悔しそうな視線を送っている。

 

「……頼みましたからね」

「おう、任せろ任せろ。ただ、覚えておけよ。俺の機嫌一つで、お前がせっせと貯めたスキルポイントは初級魔法に消えるからな。つまりお前は俺の奴隷だ」

「本当に最悪ですよこの男!!!」

「あー、指が勝手にー」

「わああああああああああ!!! ごめんなさい先生はとてもイケメンで良い人です!!!」

「なんだ、よく分かってんじゃねえか。あとはそうだな……ほら、あれだ、俺に日頃の感謝とかないの? まだ一週間くらいだけど」

 

 そうニヤニヤ笑いながら、俺は冒険者カードを軽く振る。

 くくくっ、これは良いモンを貰ったな、文字通りめぐみんに対する切り札だ。

 

 俺の言葉を受け、めぐみんは俯き、しばらく黙り込んでしまう。

 ……あ、あれ? まさかまた泣いちゃった……? 

 俺が慌てて謝罪と慰めの言葉を言おうとした時。

 

 めぐみんが顔を上げた。

 そこには明るく無邪気な、歳相応のいい笑顔があった。

 

「先生、ありがとうございます。先生がいてくれて、本当に良かったです」

「……俺、さっきからお前が困ることしかしてないんですけど」

「ふふっ、そうですね。先生は困った人です。でも……爆裂魔法のことで反対せずに、ここまで面倒見てくれる人なんて、おそらく先生だけだと思います。先生は口では人としてどうかと思うことばかり言いますが、それでも私が助けてほしいと言えば助けてくれる人ですよね」

「人をツンデレみたいに言ってんじゃねえよ。大体、俺のことよく分かってるみたいに言ってるけど、まだそんな長い付き合いでもないだろ。お前大丈夫だろうな、あのゲームじゃないけど本当にダメ男に騙されないだろうな、先生ちょっと心配だよ」

「私を誰だと思っているのです、紅魔族随一の天才ですよ? 人を見る目はそこらの人間よりもずっとあります。それに、先生とは長い付き合いであるゆんゆんも、あなたのことが大好きみたいですしね」

「あいつなんてそれこそ騙されやすい女の典型だろ……」

 

 やはり男女別クラスというのが問題あるのだろうか。いや、でもお兄ちゃんとしては、ゆんゆんが他の男と関わる機会はできるだけ減らしたいな。

 

 それにしても、まさかめぐみんの好感度がここまで高かったとは意外だ。

 よし、これなら上手く誘導すれば、もしかしたら。

 

「お前が俺に感謝しているのは分かった。だが、俺としては口だけの感謝はいらない。行動で示してもらおうか」

「…………」

「具体的には、俺が満足するまで抱き枕に」

「台無しですよ本当に」

 

 先程までのいい笑顔はどこへやら、一気にいつものジト目に戻る。

 くそっ、この流れならいけるかと思ったのに。

 

 すると、めぐみんはくすっと笑って。

 

「……逆ならいいですよ」

「は? 逆?」

「こういうことですよ」

 

 ぎゅっと、なんとめぐみんの方から抱きついてきた。

 小柄ながらも柔らかい女の子の体が押し付けられるのを感じる。

 これは流石に予想していなかったので、驚いて固まっていると、めぐみんは俺の胸に顔を埋めてくる。

 

 ……あれ? これってまさか。

 

「え、なに、お前俺のこと好きなの? ごめん、俺の恋愛対象範囲は14歳からだから、お前とは付き合えない。でもお前なら、その内もっといい男を見つけられるよ」

「あの、勝手に勘違いして勝手に振って、人の人生に黒星つけるのやめてもらえませんか?」

「なんだよ違うのかよ。まぁでも良かったよ、好きな男に振られた可哀想な子はいなかったんだな」

「そんなちょっといい話っぽくされても。あ、言っておきますけど、先生の方から抱きつくのはダメですからね。また泣きますからね」

「その自分からならいいけど相手からは嫌だっていう女の子の気持ちが、俺には理解できないのですが」

「童貞には理解できないでしょうね」

「童貞言うな! ちっ、それじゃ、妹が家族であるお兄ちゃんに胸を揉まれて嫌がるのが理解できないってのも童貞が原因なのか!」

「いえ、それは童貞でも理解した方がいいですよ、人として」

 

 なるほど分からん。

 めぐみんの体温を全身に感じながら、人生の難しさを知る。

 

 そのまましばらく会話もなく、俺はただぼーっと天井を見上げる。

 うーん、確かに抱きつかれるってのも心地いいことは心地いいんだけど、やっぱ抱きつく方が好きだな俺は。なんか飽きた。

 というか、こいつさっきから静かだけど、寝てんじゃねえだろうな。俺の胸に埋まったままだから分からん……もし寝てたら顔に落書きしてやろう。ゆんゆんにも、一度おでこに『友達募集中』って書いたことがある。あの時の右ストレートは効いた。

 

 ゆんゆんと言えば、今はどうしているのだろうか?

 めぐみんの部屋で、一人で寂しくめぐみんの帰りを待っているのだろうか?

 その姿は容易に想像できる。多分、膝抱えてるなあいつ。で、時々「めぐみんまだかな……」って呟いてんだ。

 

 ……しょうがない、もう本当にこの辺にしておこう。

 女の子とくっついて寝るという目的は果たせたし、十分だ。

 

「よし、そろそろ行くか。ほら、どけどけ。寝てねえだろうな、ケツ揉むぞ」

「起きてますよやめてください。というか、あれ、脱出するのですか? 先生のことですから、このまま朝まで私の体を楽しむのかと思いましたが」

「その言い方は誤解を招くからやめろ。そろそろゆんゆんが、寂しさで一人しりとりとかやり始めてる頃だと思ってな。それに女子にとってお泊りの一番の楽しみって、夜のガールズトークなんじゃねーの知らんけど」

「私にガールズトークとか求められても。爆裂トークなら朝まで語れる自信ありますが」

「……お前はそういう奴だったよ」

 

 布団から出てドアの方に歩いて行くと、後ろからめぐみんもついてくる。

 俺はドアに手をかざして。

 

「『ブレイクスペル』!」

 

 俺が唱えると、ドアには魔法陣が浮かび上がり…………バンッと弾かれた。

 

「……え、おい、どんだけ魔力込めたんだよあの奥さん! この家には力の使い方がおかしい人しかいねえのか!」

「はぁ……まったくですよ。こんなくだらないところに無駄に力入れて……」

「いや、爆裂魔法覚えようとしてるお前も大概だからな? しょうがねえな……」

 

 俺は再びドアに手をかざして唱える。

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 今度は手応えありだ。

 ドアに魔法陣が浮かび上がり、パリンと何かが崩れた音がする。

 かなりの魔力を込めたので、若干のだるさが体にまとわりつくが、これも仕方ない。

 

 それを見ていためぐみんは感心したらしく。

 

「おぉ、先生って何でもできるのですね。冒険者ってそこまで悪いものでもないのでは?」

「便利なのは確かだな。けど、どのスキルも補正の関係で本職には及ばないから、器用貧乏になりがちだ。パーティーでは、それぞれの役割を明確にして動くことがほとんどだから、役割ごとに特化した職業の方が喜ばれる。ここテストに出るぞー」

「なるほど! それなら大火力に特化した私の爆裂魔法も喜ばれるのでは!」

「お前は特化し過ぎだ」

「むぅ……でも、先生はパーティーを組んでも、別にお荷物扱いされることはないのですよね?」

「まぁな。冒険者の強みはフットワークの軽さで、どんな状況でも仲間のフォローに回れることだ。まっ、俺くらい機転が利くからこそ出来る芸当なんだけどな!」

「ほうほう、つまり先生が狡猾でえげつない事ばかり考えるドス黒い思考回路の持ち主であるからこそ、冒険者でも高いレベルで活躍できるというわけですね」

「おい、言い方言い方」

 

 そんなことを言い合いながら部屋を出て、めぐみんの部屋へと向かう。

 そしてドアを開いて妹と感動の再会…………となるはずが。

 

「……こっちもロックされてんですけど」

「念には念を……ということなのでしょうか。まったく、あの母は……」

 

 めぐみんも流石に呆れた様子で、うんざりとした表情になっている。

 俺は溜息をついて手をかざす。

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 奥さんの魔法が解除される…………が、ぐらっときた。あー、だるい……。

 壁に手をついて体を支えていると、めぐみんが心配そうに。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「ちょい魔力が切れかかってるだけだ。ったく、なんで妹の友達の家でこんなに魔力使ってんだ俺は」

 

 昼間のケンカでは無駄にスキルをぶっ放し、夜にひょいざぶろーの上級魔法を防ぎ、奥さんが無駄に魔力を込めた魔法の解除。途中でめぐみんからドレインタッチで魔力を吸ってはいるが、あれも大した量ではなかったので、ガス欠するのも当然だ。

 

 そうしていると、目の前のドアが開いて中からゆんゆんが出てくる。

 

「あ、めぐみん! これどうなってるの、突然ゆいゆいさんが魔法で……めぐみんは兄さんのところに行ってたんだよね? 一体何の話を…………え、めぐみん、泣いてたの? 目元が……」

「っ……こ、これは何でもありませんよ。それより、事情は説明しますから、とりあえず中に……」

「…………兄さん? めぐみんに何かしたの? めぐみんが泣くなんて相当なことだと思うけど……ねぇ、何したの?」

 

 ゆんゆんは無表情でそんなことを言ってくる。

 あの、怖いんですけど……俺の妹がこんなにヤンデレなわけがない。

 何をしたのかと聞かれれば、同じ布団に寝てぎゅっと抱きしめたわけだが、それをそのまま言ったらどうなるのだろう。あまり想像したくない。

 

 俺達はめぐみんの部屋に入って、ゆんゆんに事情を説明する。

 めぐみんが泣いた理由は、偶然部屋に紛れ込んでいた生きのいいタマネギを処理したせいだとめぐみんが言い訳したが、ゆんゆんは絶対信じていない。当たり前だ、そもそも言い訳する気があるのかそれ。

 

 説明を聞き終えると、ゆんゆんは不安そうな目で俺を見てくる。

 

「えっと、兄さん、その、めぐみんとは何もなかったんだよね……?」

「何もねえって。俺がお前達にするのは軽いセクハラくらいで、本当に一線を越えちゃおうとするのは相手が14歳以上の時だけだ。だから心配するな」

「心配だよ、兄さんの頭が」

 

 安心させようとしたのに、何故か失礼なことを言ってくる妹。

 めぐみんは俺にジト目を向けた後、ゆんゆんをなだめるように。

 

「この男は口ではえげつない事ばかり言いますが、実際にやらかす度胸はありませんって。少し二人で布団の中でモゾモゾしましたが、本当に大したことはありませんでした」

「そ、そっか、それなら良かっ…………ねぇ、今何て言ったの?」

「よし、それじゃ俺はもう行くわ。かなりだるいし、やっぱり今日は泊まっていかずに自分の部屋でぐっすり眠るよ。ゆんゆん、めぐみんの家の人に迷惑かけないようにな」

「待って、なに平然と何もなかったみたいに帰ろうとしてるの? めぐみんと布団の中で何があったの? ちょっと、兄さん? ねぇ……おい」

 

 俺は少しフラつく体で部屋を出て行こうとする。後ろでゆんゆんが何か言っているが聞こえない。だって今ぶん殴られたりしたら結構辛いし……。

 そうやって内心ではかなりの緊張感を持ってこの場から退避しようとしていたのだが。

 

 ぎゅっと、後ろから服の裾を握られ止められた。

 俺は冷や汗をだらだら流しながらゆっくり振り返って。

 

「……ゆ、ゆんゆん。あのな、今お兄ちゃん結構あれだから」

「分かってるわよ。だから、はい」

 

 そう言って片手を差し出してきた。

 なんだろう、見逃してやる代わりに金をよこせとかそういうことだろうか。いつの間にそんなたくましくなったんだこの子は、お兄ちゃん少し複雑です。

 

「……五万くらいでいい?」

「私のことを何だと思ってるのよ! 違うわよ、魔力尽きかけてるんでしょ? 少しくらいなら持っていっていいわよ」

「……え、マジで? 妹相手にちゅーちゅーしていいの?」

「その言い方はいかがわしいからやめてほしいんだけど……いいわよ。途中で倒れちゃったりしたら大変じゃない」

 

 ……あぁ、なんて良い子なんだろう俺の妹は。

 もうこれからゆんゆんへのセクハラは、たまにしかしないようにしよう!

 

 俺達の様子を見ていためぐみんは首を傾げて。

 

「もしかして、魔力を吸い取るスキルがあるのですか?」

「おう、俺がお前の顔面を鷲掴みにしてやったやつだよ。魔力だけじゃなくて体力も吸っちまうが」

「先生は本当に色々なスキルを持っているのですね……では、私からも提供しましょうか。体力はともかく、魔力量には自信ありますし」

「そ、そんな、二人いっぺんにだと!?」

「だから、そのどことなく卑猥な言い方は何とかならないのですか」

 

 めぐみんはジト目になりながらも、ゆんゆんと同じく片手を差し出してくる。

 俺は二人の心優しい少女達に感謝して手を伸ばし。

 

 ふと、あることを思い付いた。

 

「あ、そうだ。実はこのスキル、心臓に近い所から吸った方が効率が」

「張っ倒すわよ」

「ごめんなさい」

 

 二人から魔力をもらうと、体のだるさも大分とれてきた。

 俺は体の調子を確かめるように腕や足を伸ばして。

 

「二人共ありがとな、そんじゃ俺は帰るよ。お前らもガールズトークで盛り上がるのはいいが、あんまり遅くまで起きてんじゃねえぞ」

「ガ、ガールズトーク! う、うん、それすごく友達っぽい!! ねぇ、めぐみん、ガールズトークしよっ!!」

「いいですよ、女子同士で嫌いな人の悪口で盛り上がるやつですよね? ではまず、ゆんゆんがクラスで一番苦手そうな、ふにふらの悪口からいきましょうか」

「ええっ!? ガールズトークってそういうのなの!? 恋バナとかそういうのじゃないの!? 私、兄さん以外の人の悪口なんて言いたくないんだけど……」

 

 お兄ちゃんの悪口はいいのか妹よ……。

 

 俺は少し肩を落として部屋を出る前に、ゆんゆんの様子を盗み見る。

 相変わらずめぐみんの適当な物言いに振り回されているようだが、それでもとても楽しそうにしていて、見ているこっちも自然と口元が緩む。

 今日は色々と散々な目に遭ったが、妹のこんな様子を見せられては、お兄ちゃんとしては全て許してしまえそうになる。

 

 俺は胸をほっこりさせて、静かに部屋を出た…………が。

 最後に、背後からこんな会話が聞こえてきた。

 

「あ、そうだめぐみん、兄さんと何があったのか、ちゃんと教えてね?」

「えっ、そ、それは、もう説明したではないですか。ですから、タマネギが」

「今度、お弁当にハンバーグ二つ入れてあげるからさ」

「お母さんにドアを魔法でロックされ途方に暮れる私に、先生はまず布団に入って『めぐみんが一緒に寝てくれたら、何か良い方法を思い付くかもしれない』というような事を言ったのです。それで」

 

 俺はめぐみんの家を出て、夜の里を歩きながら決意する。

 魔力が回復したら、まずは自分の部屋のドアを全力でロックしよう。

 



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初めてのレベル上げ

グロ注意です。


 

 学校が始まってから一月近くが経過していた。

 俺はあくまで副担任ということで雇われたのだが、担任であるぷっちんが思ってた以上にやらかすので、俺が教壇に立つことが多い。

 

 今日も俺は11人の少女達を相手に授業中だ。

 

「――というわけで、テレポートは便利な移動手段で、アークウィザードなら覚えておくべき魔法だと言える。それに、この魔法は使い方によっては強力な攻撃手段にもなる。その使い方とは…………じゃあ、次はふにふら! テレポートをどう使えば攻撃手段にできると思う?」

「えっ……え、えっと…………男を女風呂にテレポートさせれば社会的に抹殺できる……とか……?」

「こええな!! 想像以上にえげつない答えが返ってきて先生ビックリだよ!! 不正解!!!」

 

 なんて恐ろしいことを考えやがる。やっぱり女ってこわい。

 俺の言葉を聞いたふにふらは、一気に青ざめて涙目になった。

 

「ご、ごめんなさい! あの、今穿いてるパンツは許してください! パンツなら、後で家から持ってきますから……!!」

「いやそんなことしねえから! 間違えたらパンツ没収とか、どこのエロ企画だよ!! そもそも、パンツは間に合ってるっつの!!!」

 

 どうもふにふらやどどんこは、あの初日のことがトラウマになって、俺に対して常にビクビクしているようだ。確かに調子乗ってた二人を大人しくさせる為にやったことではあるのだが、ここまで怯えられるとは思わなかった。

 ……まぁ考えてみれば、12歳の女の子が年上の男にパンツ剥がれるって、トラウマになってもおかしくないな……。

 

 どうしたものかと悩んでいると、ゆんゆんの手が挙がった。

 あぁ、そういや授業の途中だったな。この事については、また後でじっくり考えるか。

 

「よし、じゃあゆんゆん。答えてみろ」

「先生、パンツが間に合ってるってどういうことですか?」

 

 そっちかー。

 ゆんゆんは無表情でじっとこちらを見てくる。だからその顔怖いんだって、まだ普通に怒ってる方がずっとマシだ。

 

 俺はごほんと咳払いをして。

 

「こら、授業中だぞ。関係ないことは聞かないように。じゃあ他に答えられる人は」

「兄さん、私の下着が何枚か無くなる時があるんだけど、何に使ってるの?」

 

 教室中からうわぁといった視線が俺に集まる。

 俺は慌てて。

 

「いやちょっと待て、勘違いすんな! 確かに、大量のパンツを床に敷いてその上をゴロゴロする遊びに、お前のパンツを使う時もある! でも、基本は俺が自力で調達したもので済ませてて、それで何か感触が違うなって思った時に、応急処置的にお前のパンツを持ってくるだけなんだって!!」

 

 ガンッ! と大きな音が響いた。

 ゆんゆんの机に、羽ペンが突き刺さっている。

 

「兄さん、家帰ったら話があるから」

 

 よし、今日は王都にでも行って宿を取ろう。

 

 とにかく、今はさっさと授業を進めることにする。

 主にぷっちんがカッコイイ二つ名や口上といった、どうでもいい事を教えて授業を潰す為に、肝心の魔法の知識や冒険者にとって必要な知識を教えるのが遅れているのだ。いや、俺がこういう事で授業止めるせいもあるけど。

 ゆんゆんとあるえは優秀で卒業するのも早いだろうし、めぐみんだって爆裂魔法で大量のスキルポイントが必要であるにも関わらず、凄いペースでポイントを稼いでいるので、卒業の時期はゆんゆん達とそう変わらないだろう。

 

 だから、そういう優秀な子達が卒業する前に、教えられることは教えたい。

 すると、ゆんゆんの隣でめぐみんの手が挙がった。

 

「じゃあ、めぐみん! テレポートを攻撃魔法として使うならどうすればいい?」

「テレポート先を、火山の火口のような対策をしていなければ即死してしまう場所に設定し、そこに相手を転送すれば一撃必殺の強力な攻撃魔法として機能します」

「正解、ポーションやるよ」

 

 めぐみんは魔力だけではなく、テストの成績も常にクラストップだ。これで爆裂狂なところがなければ、さぞかし優秀な魔法使いになったことだろう。

 俺はスキルアップポーションの瓶をめぐみんの机に置くと、教壇に戻って黒板にチョークを走らせながら続ける。

 

「この事から、テレポート先の一つにあえて危険な場所を設定している魔法使いはそこそこいる。テレポートは魔力消費量が大きいから、そう連発するものじゃなく、切り札的なものになるけどな」

「先生もそういう危険な場所を設定してるんですか?」

「いや、俺の本職は商人だから、商売関係で重要な場所で埋まってるよ。紅魔の里に王都、あとは世界最大のダンジョン」

「ダンジョンが商売で重要なんですか?」

「あぁ、でかいダンジョンの入り口は、これからそこに挑戦しようとしてる冒険者狙いで店が並んで賑わってることが多い。世界最大のダンジョン前なんか、観光街になってるしな。それ以外でもダンジョンには素材集めで潜ることもあるし」

 

 少し話が逸れているが、まぁダンジョンについては冒険者にとって重要な稼ぎ場所の一つでもあるので、無駄な話というわけでもないだろう。

 俺はふとあることを思いつき、ニヤリと口元を歪めて。

 

「念の為に言っておくがお前ら、もし何かトチ狂って爆裂魔法なんてものを覚えたとしても、ダンジョン内では絶対に使うなよ。ダンジョン自体が崩壊するから」

「あははははっ、そんなネタ魔法覚えるわけないじゃないですか先生ー!」

「ふふっ、そうですよー! 爆裂魔法を覚えるなんて、ウケ狙いにしてもそこまで体張ったりしませんってー!」

「はははっ、悪い悪い! そうだよな、いくら何でも爆裂魔法なんてネタ魔法を覚えるネタ魔法使いなんているわけないよなー!」

「……っっ!!!!!」

「め、めぐみん、どうしたの? 凄い顔してるけど……」

 

 俺の冗談に教室が笑いに包まれる中、めぐみんが物凄い形相でこちらを睨んでいる。しかし、何もすることはできない。隣のゆんゆんは、そんなめぐみんの様子に首を傾げている。

 うん、こうやって一方的に誰かに嫌がらせできるって、すごく楽しい。

 

 めぐみんは明らかに不機嫌そうな顔で。

 

「……というか先生、本当にテレポート先はその三つなんでしょうね? 先生のことですから、例えば見つからずに女風呂が覗けるポイントとかに設定していても不思議ではありませんが」

「それは本当だっつの。言っとくけど、スキルを悪用した犯罪ってのは、通常より厳しく罰せられるから気を付けろよ。特にめぐみん、お前は喧嘩っ早いからな。他の街で冒険者として働くようになっても、街中で魔法ぶっ放したりすんなよマジで」

「ふっ、この私がそんなバカな真似をすると思いますか?」

「うん、思う」

「ぐっ……そ、即答ですか……生徒を信じられないとかそれでも教師ですか……」

「ごめんめぐみん、私もそこに関しては兄さんと同意見。だってこの前、下級生から『え、お姉ちゃん達同じクラスなの? ……そっちのお姉ちゃん、可哀想だから牛乳あげるよ!』とか言われて、牛乳貰ったあと殴りかかってたじゃない」

「あれはあのクソガキが失礼なことを言うのが悪いのです!!」

「つか牛乳貰った上に殴ったのかお前……どっちかにしろよ……」

 

 やっぱりこいつは将来絶対何かやらかす。

 ある程度は面倒を見てやるとは言ってしまったので、騎士団でもパーティーでも、さっさと良さそうな居場所を見つけてやって厄介払いしちまおう。

 

 そんなことを考えていると、居酒屋の娘、ねりまきが思い出したように。

 

「でも先生、昔ぶっころりーさんにテレポートでとんでもないことをしたって聞きましたよ? 詳しい話までは教えてもらえなかったですけど、あの人、酔っ払った勢いで何かを思い出したのか号泣してましたよ」

「……あー」

「何ですか、やっぱり悪用してるんじゃないですか。まぁ、あのニートは人生舐めてるところがありますし、多少何やってもいいとは思いますが」

「兄さん、何やったの? ぶっころりーさんのこと、友達って言ってる割にはいつも酷いことやってる気がするんだけど」

「いや聞けよ、あれは俺悪くないぞ。そけっとの盗撮がバレかけた時にあいつだけ先に逃げやがったから、その仕返しに下剤飲ませて、トイレに駆け込む寸前を捕まえて王都にテレポートさせただけだ」

 

 うわぁ、とそこら中から声が漏れた。

 な、何だよ俺が悪いのか……? 先に裏切ったのはあいつだし! 罪には罰だ!

 

 めぐみんはドン引きの様子で。

 

「それ大丈夫だったのですか? ぶっころりーもテレポートは使えますが、そんな極限状態では詠唱もままならなかったのでは……」

「さ、流石の兄さんも、その後何かしらの方法で助けてあげたんでしょ……?」

「えっ?」

「えっ」

 

 教室に沈黙が漂う。

 俺は一度咳払いをして。

 

「…………そういう詠唱ができない状況に陥らない為にも、戦闘中は敵の状態異常攻撃なんかには特に注意するように。もし状態異常をもらっちまったら、すぐにプリーストに解除してもらえよ。はい、今日はここまで」

 

 そんな感じに無理矢理締めてみた。

 教室は驚く程静かで、生徒達は皆、苦々しい表情で俺の方を見ていた。

 

 

***

 

 

 昼休みの職員室。

 俺がゆんゆんお手製の弁当を食っていると、ぷっちんがうんざりとした表情でやって来て隣に座った。

 

「はぁ、散々だった……以前に俺が教えていた卒業生が訪ねて来たんだが、『先生の言った通りに、仲間がピンチになってもあえてギリギリまで待って、最高のタイミングで格好良く助けてたらパーティーから追い出されたんですけど!』と怒鳴り込んで来てな」

「……それで、お前は何て言ったんだよ」

「『それは仲間の方が、お前の研ぎ澄まされた感性についていけなかっただけだ。いつか本当の仲間と言える存在に巡り会えるといいな……』と言ったら、渋々ながらも納得してくれたようだ」

「パーティーは選べても先生は選べないって悲しいな」

 

 俺の言葉に首を傾げるぷっちんは放っておいて、俺は再び弁当を食う作業に戻る。

 ぷっちんもまた、俺と同じく弁当を開けながら…………ん?

 

「なぁぷっちん、お前弁当なんて作るようになったのか?」

「ん、いや、貰い物だ。朝は格好良いポーズと口上を考える時間に当てているからな、弁当など作っている暇はない」

「貰い物? え、なに、誰から貰ったんだよ、女?」

「女……ではあるが」

「マジで!? おい気を付けろよ、その女、絶対何か良からぬこと考えてるから! どうせ財産目当て……いや、お前に大した財産はないしな……じゃあ、なんでぷっちんに……?」

「何か貶されているような気がするが……女とは言ったが、生徒だよ。ふにふらだ」

「ふにふら!? ちょっと待て、ツバつけておくにしても、手を出すのはせめて後二年は待って熟れてからにしろよ……? 今すぐ手を出すとか言われたら、流石の俺もドン引きだぞ」

「その思考回路と発言に俺の方がドン引きだが……別に何かあるわけじゃない。ただ、どどんこと一緒に『先生の授業をもっと受けたいです! 頑張ってください!』と応援されて貰っているだけだ。ふっ、やはり生徒はお前の授業より、俺の授業を受けたいようだぞ」

 

 そう言ってニヤリと笑うぷっちん。

 ……なるほど、そういうことか。確かにあの二人からすれば、パンツ脱がせ魔の俺よりはぷっちんの方がずっとマシだろう。

 

 少し凹んで溜息をついている俺に、ぷっちんはぱくぱくと弁当を食らいながら。

 

「大体、この俺には女などにかまけている暇はないんだ。いずれ校長の椅子に座る俺は、常に高みを目指し日々修行を続けているのだからな。ある時は人々を怯えさせる強大なモンスターと対峙し、またある時はダンジョンに眠るとされる強力な神器を求め深い闇の中に沈み……」

「その割には、この前居酒屋でそけっとが隣に座ったら、そのキャラどっかに吹っ飛んで顔真っ赤にして挙動不審になってたな」

「なっ、ななな何をっ……ご、ごほん! ふ、ふん、何を言っている……あれは、その……そう、そけっとは未来を見通す強力なアークウィザードだからな……普段の俺を隠し、未来を見られることを避けたのだ。俺の未来は誰のものでもなく、俺自身のものなのだから…………おい、聞け!」

 

 ぷっちんが何かおかしなことを言っているが、俺には他に考えることがある。

 ふにふらとどどんこのこと、どうしようかなぁ。

 

 

***

 

 

「というわけで、お前の力が必要だ。頼んだぞ、ゆんゆん」

「何が、というわけで、なのよ……」

 

 

 放課後、教室の隅で。

 皆が帰り支度を始めている中、俺はゆんゆんを呼び寄せて、ある頼みごとをしていた。側には、めぐみんも呆れた様子で話を聞いている。

 

「つまり、まずは先生の妹であるゆんゆんにふにふら達と仲良くなってもらって、そこを糸口にしてあの二人を陥落させて、心も体も自分のものにしようということですね」

「人聞きの悪いことを言うな。まぁ、将来成長して良い女になるかもしれないから、とりあえずキープはしておくかもしれんが、今すぐ手を出すようなロリコンじゃねえよ俺は。だからゆんゆんも安心して協力してくれ」

「今のを聞いてどこに安心できる要素があるのか分からないんだけど……それに、そ、その、私にはもう友達いるし……」

「ほう、ついにゆんゆんにも友達ができたのですか? どんな人なのか興味ありますね、今度会わせてもらってもいいですか?」

「ええっ!?」

 

 めぐみんのすっとぼけた言葉に、ゆんゆんは涙目になる。

 ……いや、こいつらが仲良いのはよく分かったけど、俺としてもふにふら達のことは放置できないしな……。

 

「まぁ聞けよゆんゆん、友達ってのはいくらいても良いもんだ。お前、友達できたって言っても、まだめぐみんとサボテンくらいしかいないだろ?」

「サボテンじゃなくて、サボちゃんだってば。あと、デメちゃんも友達だよ」

「あ、あの、私はサボテンと同列にされているのですか……? 一応聞きますが、そのデメちゃんというのは……」

「昔、王都の祭りに金魚すくいって珍しい屋台が出ててな。そこで俺が取ってやった出目金って魚だ。こいつが大切に育ててるから、もうかなりの大きさになってる」

「…………ゆんゆん、ふにふら達と仲良くなりましょう。あなたは既に手遅れかもしれませんが、少しでも更正できるかもしれません」

「えっ? あ、うん、めぐみんがそう言うなら……」

 

 ゆんゆんはふにふら達の方を見て、ごくりと喉を鳴らす。

 あ、そういえば。

 

「ゆんゆんお前、ふにふらはクラスで一番苦手なんだっけか? 悪いな、忘れてた。無理はしなくていいぞ?」

「そ、そんなことないって! あれはめぐみんが勝手に言ってただけで……」

「ですがゆんゆん、私の部屋でのガールズトークの際にも『ふにふらとかマジ調子乗ってるから一度シメた方がいいわね』やら『兄さんのセクハラを止めるにはどうすればいいんだろう、もう本当にアレを切っちゃうしかないのかな?』などと怖いことを言っていたではないですか」

「ちょ、ちょっとめぐみん適当なこと言わないでよ! 私がふにふらさんのことそんな風に言うわけないから!!」

「…………な、なぁ、ゆんゆん。ふにふらの所だけじゃなく、『兄さんのアレを~』ってのも、めぐみんが適当なこと言ってるだけなんだよな……?」

「行くよめぐみん! 私がふにふらさんのこと苦手でも何でもない所、見せてあげるから!」

「ゆ、ゆんゆん? あの、ちょっと? お兄ちゃん本気でビビってんだけど、ねぇ」

 

 ガクガク震える俺を置いて、ゆんゆんとめぐみんはふにふら達の所へ歩いて行く。俺はそろそろ実家を出た方がいいのかもしれない。

 

 俺は教室の隅に隠れて、潜伏スキルで様子を伺う。

 ゆんゆん達がふにふら達の所へ着くと、相手はびくっと震えた。そして、どどんこが恐る恐るといった感じに。

 

「ど、どうしたの、ゆんゆん。何か用……?」

「えっと……そ、その……あの……」

「ゆんゆんはふにふら達に一緒に帰ろうと言いたいようです。二人の家はどの辺りにあるのですか?」

 

 言葉に詰まるゆんゆんに代わって、めぐみんがそう切り出す。

 するとふにふらは、少し困惑した様子で。

 

「えっ、あ、あたしの家は…………でも、どうして急に…………あっ!!!」

 

 何かに気付いた様子のふにふらは、顔を真っ青にして。

 

「も、もしかして……家にいる、あたしの弟狙い……? ゆんゆんって、兄や弟キャラなら何でもいけるの……!?」

「待って! ちょっと待って!! 私はただ」

「ふにふら、失礼ですよ! ゆんゆんが好きなのは兄や弟キャラではなく、カズマ先生なのです! そこを間違えると、怒って何をするか分かりませんよこの子は!」

「ひっ……ご、ごめんなさいごめんなさい!!!!」

「めぐみんも何言ってるの!? あの、誤解だから!! 話を聞いて!!!」

 

 ……雲行きが怪しくなってきた。

 ふにふら達は、じりじりと後ずさってめぐみん達から距離を取ろうとしている。

 

 それはめぐみんも気付いたのか、慌てて。

 

「ま、待ってください。そうだ、二人共、カズマ先生のセクハラを何とかしたいと思っているでしょう? それならば私達は同士です、仲良くしましょう」

 

 そんなことを笑顔で言っている。

 おい、待て。これは元々、妹であるゆんゆんを通じて俺とふにふら達の和解を図るもので、俺を共通の敵にして結束とか、本末転倒もいい所なんだが。

 

 しかし、今の言葉はふにふら達には効果的だったらしく、二人は少し期待を込めた目でゆんゆん達を見始めている。

 

「な、何とかできるの……? 本当に?」

「相手はあの先生なんだよ? そんな簡単には……」

「ふっ、このお方を誰だと思っているのです。あの変態鬼畜教師にも弱点はあるのです……そう、恐怖の妹ゆんゆんという弱点が!」

「「!!!!!」」

「ええっ!? わ、私!?」

「この超絶ブラコン妹は、兄が他の女にセクハラすることを許しません! そして、あなた達も先生からセクハラなどされたくないでしょう! 利害は一致しています!」

「「な、なるほど!!」」

「納得しちゃった!? あの、私、超絶ブラコンなんかじゃないから!!」

 

 なんか妙なテンションになってきためぐみんに、涙目になって必死に弁解してるゆんゆん。

 ふにふら達は、先程よりも希望の光を目に灯して。

 

「た、確かに、あの先生も、ゆんゆんには腰引けてる時が多い気がするし……」

「う、うん……ゆんゆんなら、もしかしたら…………でも、具体的にはどうする気なの……?」

「ゆんゆんが考えている方法は、極めて直接的かつ効果的なものです。そう、それは――」

 

 めぐみんの言葉に、ふにふら達はごくりと喉を鳴らして先を待つ。一方でゆんゆんは、何を言い出す気なのだろうと、不安げな表情でめぐみんを見ている。

 ……とてつもなく嫌な予感がする。おい、まさか……。

 

 めぐみんが神妙な様子で言った。

 

 

「先生のアレを切り落とします」

 

「「!!!!!!!!!!??????????」」

 

 

 空気が一変した。

 ふにふら達は声も出せない程に恐怖し、ガタガタと震えながらゆんゆんの方を見る。

 ゆんゆんは大慌てで。

 

「ち、ちがっ……!! ちょっとめぐみん何言ってるの!?」

「何ですか、以前にあなたが言っていたことではないですか」

「言ったけど! 確かに言ったけど!! でも」

「「!!!!!」」

「あっ、ま、待って! 違うの!! あれは別に本気じゃ」

「ごごごごごごめんゆんゆん! あ、あたし達にそんな度胸ないから!! ほ、本当に無理だから!!」

「え、えっと、あの、わ、私達はこれで! じゃ、じゃあね!!」

 

 そう言って、ふにふらとどどんこは、目に涙を浮かべて全力で逃げ出した。

 

 その後ろ姿をただ見送ることしかできない二人。

 めぐみんは難しい顔で口元に手を当てて。

 

「……かなりいい策だと思ったのですが、何がいけなかったのでしょうか。途中までは上手くいっていたはず…………うわっ!! な、何をする!!」

 

 ゆんゆんは目を真っ赤に光らせてめぐみんに掴みかかった。

 

 

***

 

 

 それから数日後のお昼過ぎ。

 里の外に広がる森の中、そこに俺とぷっちん、そして生徒達が立っていた。

 生徒達の手には木剣が握られている。ぷっちんのやつは、メッキ加工したやたら巨大なカッコイイ武器を用意しようとしていたが、俺が却下した。

 

 今日は授業で初めて “養殖”と呼ばれるレベル上げを行う。

 これは紅魔族に伝わる修行法で、力のある者がモンスターを弱らせ、まだ力のない者にトドメを刺させて経験値を稼がせるという、比較的楽にレベルアップできる手段だ。

 俺もまだレベルが低い頃は、ぷっちんやぶっころりーを買収して手伝わせたものだ。

 

 ぷっちんは腕を組んだまま、いつになく真剣な表情で。

 

「今日の授業は今までのものとは違う。実際に命のやり取りを行うことになる。この辺りの強いモンスターは、俺やカズマ先生、それと暇そうにしてたニートに手伝わせてあらかた駆除してあるから、比較的弱いモンスターしか残っていない。だが、モンスターはモンスターだ。それを忘れず、全員気を引き締めて当たるように」

 

 ぷっちんの言葉に、生徒達の表情にも緊張が滲んでいる。

 おー、ぷっちんの奴、珍しく先生っぽいな。不覚にも少し感心してしまった。

 

「これから俺とカズマ先生が、この辺りに残っているモンスターの動きを片っ端から止めていく。お前達は動けなくなったモンスターにトドメを刺すだけでいい。もし万が一何かあったら、大声を出すように」

 

 生徒達はこくこくと頷いている。

 ぷっちんは人差し指を上に立てて。

 

「確認しておく。戦闘において、何よりも大切なものは何か。めぐみん、答えてみろ」

「力です! 圧倒的な力! 全てを蹂躙する力!! 戦闘で力以外に必要なものがありますか? いいえ、ありませんとも!!」

「……ふむ。では次、ゆんゆん」

「えっ、あ、あの……冷静さ! 戦闘では目まぐるしく状況が変わっていきます。ですので、どんな状況でも的確な判断ができる、冷静さこそ最も大切だと思います!」

「ふむふむ、そうかそうか」

 

 ぷっちんは二人の答えを聞いて頷いている。

 

 まぁ、どっちもそう間違ったことは言っていないと思う。

 紅魔族の戦闘であれば、高い魔力による上級魔法のゴリ押しで大抵の場合は何とかなってしまうので、めぐみんの言葉に賛同する者が多いかもしれない。

 しかし、一般的な冒険者からすれば、ゆんゆんの言葉の方が重要だと思うだろう。

 

 さてぷっちんはどう評価するのかな、と視線を送ると。

 

「どちらも5点! 全然分かっていない!!」

「「ええっ!?」」

 

 二人はショックを受け、「5点……」と呟いている。

 

 え、どういうことだ? 俺も全然分からん。

 教師という立場もあって、若干の恥ずかしさを覚えながら、ぷっちんの言葉を待つ。ぷっちんは大きく深い溜息をついて。

 

「まったく、それでもクラスの主席と次席か! お前達にはがっかりだよ! ぺっ!!」

「「あっ!!」」

 

 ぷっちんは大袈裟な仕草で地面にツバを吐き、それを見てゆんゆんとめぐみんが相当悔しそうに顔を歪める。いいから正解言えよ正解。

 

 ぷっちんはやれやれと頭を振り。

 

「じゃあ、あるえ! お前なら分かるだろう! 戦闘において何よりも大切なものは何だ!」

 

 ぷっちんの言葉に、クラスで一番発育の良い長身巨乳の眼帯少女は、目の下に指を当てたポーズを取り、自信満々に答える。

 

 

「格好良さです」

 

 

「よし正解! 流石はあるえだ、分かっているな!」

 

 …………。

 思わずピクリと手に力が入り、今持っている鞘に納まった刀を、そのまま思い切りぷっちんの頭に叩き込みたい衝動に駆られる。

 

 ……いや、ここは我慢だ。

 さっきまでのこいつは珍しく教師っぽかった。もしかしたら、これから何か真面目な話に繋げるのかもしれない。

 

 そう思って、ぷっちんの言葉を待っていると。

 

「確かに力や冷静さも必要なものだ! 力が無ければ格好良くないし、冷静さが無ければ戦闘中に格好つけるタイミングを見逃してしまう! しかし、あくまで根本にあるものは常に“格好良さ”だ! 紅魔族にとって“格好良さ”とは、命よりも大事なものと知れ!!」

「…………」

「例えブレスを吐く寸前のドラゴンの前でも格好良く口上を決め、パーティーが全滅の危機に陥ったとしても、最高のタイミングを伺ってから格好良く助けに入る! それこそが紅魔族としておごふっ!!!!!」

 

 ぷっちんの後頭部を刀で引っ叩いた。真面目に聞いた俺がバカだった。

 頭を押さえてうずくまるアホは放っておいて、俺が後を引き継ぐ。

 

「レベルが上がればスキルポイントが貰える他にステータスも上がり、スキル耐性も上がる。ただ、この授業で頑張るのが卒業への近道なのは確かだけど、あんま無茶はすんなよー」

 

 言ってから、少しまずったかと思った。

 俺のスキル耐性という言葉に、ふにふらとどどんこがビクッと反応したからだ。

 確かにレベルが上がれば俺のスティールから逃れられる可能性も上がるわけだが……そのことに目がくらんで無茶をする予感しかしない。

 

「……あー、そんじゃ、予め作ってもらったグループを、俺とぷっちん先生でそれぞれ半分ずつ受け持つ。じゃあ、ゆんゆん達のグループと、ふにふらどどんこペアが俺の……」

 

 そこまで言ったが、ふにふら達の泣きそうな顔を見て止まってしまう。

 そ、そんなに嫌がらなくてもいいだろ……かなり凹むんだけど……。

 

 仕方なく、小さく溜息をつくと。

 

「えっと、やっぱふにふら達はぷっちん先生の方で」

 

 俺の言葉に、今度はパァと顔を輝かせる二人。泣いてもいいですか。

 

 しかし、いつまでも凹んでいる場合じゃない。

 俺は、まだ頭を押さえてうずくまっているぷっちんに近寄り。

 

「おい、いつまで痛がってんだ大袈裟な。ちょっと話がある、聞け」

「あ、あれだけ思い切り振り下ろしておいてお前な……なんだ、話って」

「ふにふらとどどんこだ。あいつら無茶するかもしれないから、特によく注意してくれ」

「……ふっ、安心しろ。何人たりとも、我が千里眼から逃れること叶わず……」

「お前千里眼スキル持ってねえだろ」

 

 本当にこいつに任せて大丈夫か。そこはかとなく不安になってくるが、今はこれしかない。

 それから俺とぷっちんは、それぞれ生徒達のグループを連れて二手に別れた。

 

 

***

 

 

 俺はゆんゆん達の三人グループと、もう一つの三人グループ、合計六人を連れて森を歩いて行く。

 ゆんゆんのグループは、ゆんゆん、めぐみん、あるえの成績上位三人で、教師的には優秀な生徒はバラけてほしい所だが、そこまで口を出すわけにはいかないだろう。

 

 俺は後ろをついてくる生徒達の方に振り返って。

 

「最初に養殖がどんな感じなのか見てもらう。トドメを刺すのは、ゆんゆんのグループの誰かがやってくれ」

 

 そう言っていると、敵感知に反応があった。まだ少し遠い。

 俺が手に持った刀の鞘から刀身を抜くと、めぐみんが興味津々に。

 

「変わった剣ですね、特注品ですか?」

「あぁ、カタナって種類の剣らしいぞ。突然閃いて作ってもらったんだけど、前に変わった名前の人がこれ見て『カタナだ!』って言ってきてな」

「兄さんってよく思いつきで変わったもの作るよね」

「ふむ……これは造形的に中々そそられるものがあるね……」

 

 何かあるえの琴線に触れたらしい。まぁ、うん、俺も結構カッコイイと思うけどさ、これ。

 

 そうこうしている内に、モンスターが視界に入ってくる。かなり巨大な大トカゲだ。

 まだこちらに気付いている様子はなく、俺は手で生徒達を制止する。

 

「『パラライズ』」

 

 刀身に指を這わせて小さく唱えると、ぽぅっと刀身が淡い光を放ち始めた。

 それから潜伏スキルで隠れながら、ゆっくりと大トカゲに近付き。

 

 死角から素早く一太刀浴びせた。

 

「グギャッ!?」

 

 軽く撫でたくらいの浅い傷ではあったが、大トカゲは麻痺して動けなくなる。

 その後、俺は大トカゲに手で触れて、ドレインタッチで魔力を吸収する。

 正直、モンスターからドレインするのは感覚的にあまり良いものではないのだが、だからと言って嫌とも言っていられない。魔力は大事に、俺のポリシーの一つだ。

 

 首尾よくモンスターを無力化できたので、若干のドヤ顔で生徒達の方を向く。

 

「ふっ、どうだ、先生もやるもんだろ? 本当は『ライト・オブ・リフレクション』で姿を消して、潜伏スキルで気配を消すっていう、アンデッド以外には大体有効な最強コンボがあるんだが、この森くらい隠れられる所があるなら潜伏だけで十分…………あれ?」

 

 てっきり生徒達が少しは俺を見直してくれたかと思いきや。

 そこにあったのは、何とも微妙な表情を浮かべた生徒達の顔だった。

 

 めぐみんが一言。

 

 

「地味ですね」

 

 

「……は、はぁ!? じ、地味って何だよ地味って! ちゃんと動けなくさせたんだからいいじゃねえか!!」

「あー、えっと……う、うん! 兄さん、凄い!!」

 

 若干無理してる感のある妹のフォローが胸に染みる。

 俺はちょっと涙目になって。

 

「何だよ! 何なんだよお前ら!! 地味でも何でも、結果が伴えばそれでいいだろ!! もっと、こう、俺を褒めろよ! 『流石は先生!』とか『カッコイイ! 抱いて!』とか言って! ほら言って!!」

 

 俺の叫びに、めぐみんは呆れた顔で。

 

「さすがはせんせー、かっこいいだいてー。これでいいですか?」

「あー、そんな態度取るんだお前! もういいや、今日の授業はここまでな! あー、残念だったなー! この授業、卒業への近道なんだけどなー!!!」

「子供ですかあなたは!! 大体、見た所そのカタナという武器、魔法の効果を付与することができるのですよね? だったらこう、『ライトニング』で稲妻の剣とか、もっと格好良いことができるでしょう!!」

「お前こそ子供かよ!! んなことしたらバチバチ鳴って敵に気付かれるだろうが! いいか、常に自分の安全を確保して、絶対的に有利な状況を保って、一方的に攻撃する。それが俺のポリシーだ!!」

「「…………」」

「ちょっ、何だよお前らその目!! 言っとくけどな、冒険者として生きていくなら、自分の命を守るのが一番重要なんだからな!! つーか、モンスター相手に正々堂々とかバカじゃねえのバーカ!!!!!」

 

 俺のこの戦い方は、紅魔族の子供には地味に映るかもしれないと少し気にはしていたが、実際にこんな目を向けられると堪えるものがある。

 

 この刀にはマナタイトを始めとした数々の鉱石が打ち込まれており、魔法を増幅し留めておく効果がある。つまり、魔法の威力が上がるだけでなく、一度刀身に魔法を付与すれば一定時間効果が継続するので、魔力量に不安のある俺にはうってつけの武器だと言える。

 

 めぐみんは溜息をついて。

 

「まったく、そんな格好良い剣を持っているのに、使い方があんまりですよ。ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「ぐっ、いいけどよ……刀身には触れるなよ。まだパラライズかかってるから」

「分かりました……ふむふむ、見れば見るほど格好良い武器です。お前も、持ち主がこんなにセンスのない人で残念でしたね、ちゅんちゅん丸」

「おい何勝手に人の刀に変な名前付けてやがんだ、それでよく俺のことセンスないなんて……」

 

 そこまで言った時だった。

 刀の柄に張ってあった銘を刻む紙に、『ちゅんちゅん丸』という堂々とした文字が浮かび上がっていた。

 

「ああああああああああああああっ!? な、なぁ……っ!」

「ん? あぁ、何ですか、まだ名前を決めていなかったのですか」

「お前ふざけんなよ! マジでふざけんなよ!! ずっと悩んでたのに! 正宗とか村雨とか色々考えてたのに!!」

「別にいいじゃないですか、そんなセンスのない名前より、ちゅんちゅん丸の方がずっと格好良いとわああああああああああああああっ!! な、なに生徒相手にドレインしてんですか!!! 相手が違いますよ!!!!!」

「うるせえ!!! モンスターの前に、お前を身動き取れなくして一撃熊の前にでも転がしてやる!!!!!」

 

 そうやってしばらくぎゃーぎゃー騒いだ後。

 俺は不機嫌なのを隠そうともせず、ちゅんちゅん丸を地面に突き刺し、生徒達に向き直る。ちゅんちゅん丸……。

 

「はぁ……とにかく、トドメ刺せよトドメ。ゆんゆん、やるか?」

「えっ……」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは恐る恐るといった様子で大トカゲの方を見る。

 

「大丈夫だって、刀で威力増幅されたパラライズだ、まだしばらくは麻痺したままだ。仮に動けたとしても、ドレインタッチで結構吸ったから弱ってる」

「……うぅ」

「あー…………めぐみん、やれるよな?」

「まったく、先生は妹に甘いですね」

 

 ゆんゆんはおろおろと大トカゲを見ており、仕方なくめぐみんに任せることにする。

 まぁ、無理もない。この養殖というレベル上げは有効な修行法ではあるのだが、モンスターとはいえ抵抗できない相手を一方的に傷めつけるので、精神的に結構くるものがある。俺も最初の頃はちょっとキツかった。すぐ慣れたけど。

 というか、このトカゲ、妙につぶらな瞳をしている。爬虫類って、よく見ると結構可愛い気もしてくるな。

 

 俺の言葉を受け、めぐみんは木剣をぶんぶん振って調子を確かめながら前に出る。そこにはゆんゆんのように気後れした様子はない。殺る気満々だ。

 ……いや、うん、冒険者を目指す者としてはいいことなんだけど、12歳の女の子としてどうなんだろう、これ。

 

 俺はそんなめぐみんに。

 

「出来れば一撃で仕留めてくれ。頭を思い切り叩けばいけると思う。あんまり苦しめるのも惨いしな」

「えっ、一撃とか無理なのですが」

「は?」

 

 めぐみんは木剣を肩に担いで、きょとんとした顔でこちらを振り返る。

 

「自慢ではないですが、身体能力で言えば私はクラスで一番下でしょう。ですので、ここは一撃の重さよりも数で勝負しようと思い、これからこいつをタコ殴りにしてじわじわ仕留めようかと思っていたのですが」

「あるえ、頼む」

 

 時には残忍になることを求められる冒険者ではあるが、いくら何でもそれはこの年頃の女の子の教育に悪い。というかこいつ、顔色一つ変えずにこんな事言ってるが、すげえ大物だな。

 

 めぐみんが不満そうに口を尖らせて下がり、入れ替わるようにあるえが前に出た。

 あるえは木剣を高々と振りかぶり。

 

「我が内に秘められたる古の魔力よ、今こそ禁じられし力の一片を解き放ち、我が敵を打ち払わん――――はっ!」

 

 パァン! という高い音と、生徒達の「おぉ!」という声が森に響いた。

 あるえが振り下ろした木剣は、見事にトカゲの脳天に命中しており、トカゲはがくっとしたまま動かなくなる。

 流石はあるえ、訳分からん口上は置いといて、いいものを持っている。いや、胸じゃなくて。……胸もだけど。

 

 あるえは小さく息をつき、こちらを振り返る。

 

「どうでしたか、先生」

「あぁ、綺麗な一撃だった。良かったぞ」

「いえ、そちらではなく、その前の口上の方です。私としては『前世より定められし宿命』という言葉も入れたかったのですが、そうすると少し冗長に」

「知らねえよ」

 

 それから俺はこの周辺にいるモンスターを片っ端から無力化させていき、それぞれのグループがトドメを刺していく。

 

 敵感知で周囲を警戒しながら適当に歩いていると、ゆんゆん達のグループが視界に入った。

 どうやら角の生えたウサギのモンスターの前で、相変わらずゆんゆんがおろおろしているようだ。

 

 先程は妹可愛さについ甘やかしてしまったが、そろそろちゃんとやらせた方が良さそうだ。そう思って一歩踏み出そうとしたが、どうやらめぐみん達が説得している様子なので、少し様子を見てみることにする。

 

「ゆんゆん、いい加減にしてください。可愛くてもモンスターですよ、それは」

「だ、だって! 見てよめぐみん、こんなに可愛いんだよ!! 冷血過ぎて人としてちょっと壊れてるめぐみんでも、これは流石に無理でしょ!?」

「さ、さらっと結構キツイこと言いますねあなたは……いいですから、さっさとトドメを…………うっ、た、確かにこれは……」

 

 めぐみんは愛くるしいウサギを見て、少し怯む。

 ゆんゆん達の前で、ウサギはくりっとした赤い瞳を潤ませ、動けないまま弱々しい声で鳴いた。

 

「きゅー……」

 

 その瞬間、ゆんゆんがぶわっと泣き出した。

 

「無理! 無理無理無理!! ねぇ、プリースト呼んできましょう!! この子にヒールかけてあげないと!!!」

「ま、待ってください! 何度も言いますが、どんなに可愛くてもこの子はモンスターです! モンスター…………なのです…………」

 

 流石のめぐみんも、真正面から潤んだ瞳を向けられ、その言葉はどんどん小さくなっていく。なんだろう、冒険者としてはダメなんだが、こいつにも人間の心があると分かって少し安心している俺もいる。

 

 しかし、このウサギは“一撃ウサギ”と呼ばれる、実は結構危険なモンスターだ。愛くるしい姿で敵を油断させ、その角の一撃は人体をも貫く。ちなみに肉食だ。

 俺も駆け出しの頃は、この可愛さにうっかり騙されそうに…………ならなかったな。普通に仕留めてウサギ鍋にした気がする。俺が本当に騙されそうになったのは、人の言葉を話す安楽少女くらいだ。あれはマジでえげつない。

 

 とにかく、ここは教師として注意しなければいけないと、出て行こうとしたが。

 その前に、あるえがゆんゆん達の前に出て、ウサギと向き合った。

 

「おそらく、この紅い魔眼がいけないのだろう。魅了系の魔法かな。でも残念、めぐみんやゆんゆんには効いても、精神操作系の状態異常を全て無効化する、一族に伝わる秘蔵の眼帯を持つ私には効かなかったようだね。ふむ、それではまず、その魔眼を潰すところから始めようか。そうすれば、二人も正気に戻ってくれるはずだ」

「やめてえええええええええええええええええ!!!!!」

 

 木剣の切っ先をウサギに突き付けるあるえに対し、後ろからその腰を掴むゆんゆん。

 するとめぐみんが、なんとかウサギから目を逸らして。

 

「ゆんゆん、覚悟を決めてください。この授業はチャンスなのですよ。上手くいけば、“ヤンデレブラコン”と呼ばれているあなたのキャラを変えることができるかもしれません」

「ええっ!? ちょ、ちょっと、私そんな風に呼ばれてるの!?」

「大丈夫、ゆんゆん。私はそんな呼び方はしていない」

「あ、あるえ……」

「私は“禁断の恋に溺れし狂気の少女ゆんゆん”と呼んでいる」

「やめて!!! お願いやめて!!!!!」

 

 目に涙を浮かべて悲痛な声で叫ぶゆんゆん。

 めぐみんは、そんなゆんゆんを真正面から見つめ、いつになく真剣な顔で。

 

「よく聞いてください。今更あなたがどれだけ否定したところで、既に決定してしまったキャラをなかったことにすることはできません。ですので、ここはキャラを“消す”のではなく“上書き”しましょう」

「う、上書き……?」

「はい。作戦はこうです。この授業でゆんゆんが『ひゃっはあああああああああ!!! もっと血をおおおおおおおおおおお!!!!!』などと叫びながら、ノリノリでモンスターを殺しまくります。そうすれば、今度からあなたは“頭のおかしい虐殺娘”というキャラに」

「ふざけてるよね!? ねぇめぐみん、ふざけてるよね!? 明らかに私をからかって遊んでるよね!?」

「めぐみん、流石にそれはあんまりだと思う。呼ぶなら“殺意の波動に囚われし」

「そこじゃないから!!! そういう問題じゃないから!!!!!」

 

 ここでめぐみんは盛大な溜息をついて。

 

「……仕方ありません、最終手段です。これは少々洒落にならないことになる可能性があるので、出来れば避けたかったのですが」

「な、なによ……何する気……?」

「ゆんゆん、そのウサギの前に立って、目を閉じてください」

「え、いいけど……言っとくけど、姿が見えないからって、殺せたりはしないわよ……?」

 

 めぐみんは、不安そうにしているゆんゆんの背後に回り、耳元に口を近付ける。

 そして、絡みつくような声で。

 

「妄想は得意ですよね? 部屋でいつも架空の友達を創り出して会話している、あなたなら」

「なっ……が、学校行くようになってからは、たまにしかやってないから!」

 

 そんなことやってたのか……たまに部屋からゆんゆんが誰かに話しかけている声が聞こえてくることはあったが、どうせサボテンや出目金に話しかけているだけだと思っていたのに……。

 何とも言えない悲しい気持ちになっている俺をよそに、めぐみんは続ける。

 

「想像してください。目の前にいるのはカズマ先生です」

「に、兄さん……?」

「そうです。先生はよく王都に行っていますが、そこで何をしているのでしょうね? もちろん、真面目に仕事もしているのでしょう。ですが、本当にそれだけだと思いますか?」

「それは…………」

「王都は巨大な街というだけあって、いかがわしいお店も多いと聞きます。そんな誘惑に、先生が耐えられると思いますか? あの、隙あらばセクハラばかりしている先生がですよ?」

「…………」

「それに、先生は大商人にして腕利きの冒険者です。きっと女性も放っておかないことでしょう。そして、あの男が女性から言い寄られて、まさかなびかないとでも思いますか?」

「…………」

「先生は自分では童貞だと言っていますが……本当にそうなのですかね? 肉体関係を結ぶというのは、女性からすれば手っ取り早い男への取り入り方です。もしかしたら、先生は童貞どころか、経験人数は余裕で二桁……いえ、もしかしたら三桁に届く可能性もあるのでは……?」

「…………」

「その後、先生がやりたい放題やりまくった結果、気付けばあなたには何人もの義姉が……もしかしたら、その中にはあなたの知り合いや、まさかの年下までも……! さぁ、そんな先生が今、あなたの目の前に」

 

 バキッ! と、ゆんゆんの木剣が、目の前のウサギの頭をかち割る音が辺りに響いた。

 

 ようやくゆんゆんがモンスターを倒せたということで、めぐみんとあるえは顔を見合わせ、ほっとしたように小さく微笑み合う。何だかんだこの二人は、モンスターを倒せないゆんゆんのことを心配してくれていたのだろう。

 

 しかし、そこから恐怖の時間が始まる。

 

「…………」

 

 未だに目を閉じたままのゆんゆんは、再び木剣を振りかぶり……また叩き付けた。

 ボキッと、何かが折れる音が辺りに響く。

 それからすぐに、ゆんゆんはまた木剣を振りかぶる。

 

 それを見ためぐみんは、先程までの微笑みはどこへやら、真っ青な顔を引きつらせて。

 

「……ゆ、ゆんゆん? あの、モンスターはもう倒せていますよ?」

 

 めぐみんの声は聞こえていないのか、ゆんゆんは再び木剣を振り下ろす。

 何度も、何度も、何度も。

 辺りには骨が砕ける音や、内臓が潰れる音が連続する。

 

 あまりの光景に、あのめぐみんとあるえですらが、身を寄せ合って震えて見ていることしかできない。

 

 俺はガクガクいっている足を引きずるようにして懸命に動かし、その場から逃げ出した。

 今まで危ない目に遭ったことは何度かあったが、ここまで何かに恐怖したのは初めてだった。

 

 こわい……マジこわい。

 

 

***

 

 

「ねぇねぇ、兄さん。私、今度久しぶりに王都に遊びに行ってみたいんだけど、連れて行ってくれないかな?」

「お、おう、もちろんいいぞ! ゆんゆんとデートできるなんて、お兄ちゃん幸せ者だなー!」

 

 それからしばらく経って、そろそろ引き上げる時間になった。

 ゆんゆんは何かが吹っ切れたようにモンスターを倒せるようになり、レベルも上がったようだ。一方で、ゆんゆんと雑談するめぐみんとあるえの顔がどこかぎこちない気もするが、まぁ気のせいだろう。

 

 俺がぷっちんと合流すると、どうやらこちらはまだ養殖を続けているようだった。

 

「おーい、そろそろ戻るぞ」

「おぉ、もうそんな時間か。今日は普段より広い範囲で狩ったせいか、俺も少し疲れたよ」

「えっ、大丈夫だったのかよそれ。二人で手分けしてるとは言え、もう少し慎重になった方がいいんじゃねえか? いや、お前の実力は知ってるけどさ、万が一ってのがあるだろ」

「あぁ、俺も最初はいつも通りの範囲でやろうと思っていたんだがな。ふにふらとどどんこが『先生、実は今日この日は、私達の中に封じられた禁忌の力が漏れ出す日なんです。そして、この力は発散しなければ、私達自身を飲み込みます……ですので、多くの贄が必要なんです!!』と言ってきてな。そんな格好良い事を言われてしまっては、俺としても断るなど」

「よし、お前後でしばくからマジで」

 

 ったく、ふにふら達を見とけって言っておいたのに、ちょっと格好良いこと言われたらすぐこれだ! どんだけちょろいんだよ!

 

 俺は嫌な予感がして、千里眼スキルを発動して辺りを見回す。

 森の中なので木々が邪魔して本来の性能は出せないが、それでも少し離れたところに早速生徒達のグループを一つ発見する。

 

 ……しかし、肝心のふにふら達が一向に見つからない。

 

 嫌な予感は更に増し、俺は口元に人差し指を当てて周りに静かにするように伝えると、目を閉じて盗聴スキルを発動する。

 広範囲の音を拾うようになった耳には、遠くの鳥の鳴き声や、虫が跳ねる音、木の実が落ちる音などが聞こえてくる。……そして。

 

『ね、ねぇ、ふにふら。ちょっと遠くに行き過ぎてない? そろそろ戻ろうよ』

『なーに言ってんの、このチャンスに出来るだけレベル上げて、カズマ先生のスティールに少しでも対抗できるようにするしかないっしょ!』

 

 俺が予想した通りのことを言っている二人の声を聞き、ほっと息をつく。

 結構離れてはいるが、すぐに迎えに行けば十分何とかなる距離だ。

 

 まったく、ここまで心配かけさせたんだから、何かしらの罰が必要だなあいつらには。と言っても、これ以上のセクハラはマズイから、他のことか…………そうだ、今度そけっとから色々情報を聞き出すのに協力してもらおう。女同士なら、そけっとも口が軽くなるだろうし、あの紅魔族随一の美人の個人情報は里の男に高く売れるのだ。

 

 そんなことを考えながらニヤついていると。

 

「…………?」

 

 何か、おかしな音が聞こえてきた。ふにふら達の近くからだ。

 それは何かが羽ばたいている音。鳥にしては明らかに大きい。モンスターだとしても、この辺りに空を飛べるやつはいないはずなのだが……。

 

 俺はごくりと喉を鳴らすと、すぐにいくつもの支援魔法を自分にかけていく。

 その様子にただならぬものを感じたのか、生徒達は何も言わず不安そうに俺を見ており、ぷっちんも怪訝そうな表情で。

 

「どうした? 何かあったのか?」

「ふにふら達の近くに何かいる。おいぷっちん、ここは任せるからな! こいつらが『前世からの因縁が私を呼んでいる……!』やら『ここが運命の交差点なのか……行かなければ……』やら言っても絶対に勝手に行動させず、ちゃんと見てろよ!?」

「分かっている……俺がそんな言葉に惑わされるような男に見えるか? 余計な心配している暇があったら、早くあいつらの元に行ってやれ」

 

 何やらいい顔でいいシーンを演出しているようだが、俺としては激しくツッコミたい所満載だ。

 しかし、今はそんな場合でもないので、こいつは後でまとめて制裁するとして、俺はふにふら達の元へと走り出した。

 

 支援魔法でステータスを底上げしているので、普段よりもずっと速く走ることができる。

 途中の木々に刀傷で目印を付けながら、俺はふにふら達の元へまっすぐ最短距離で進んでいく。

 

 そして、もうすぐかなと思い始めた頃。

 

 

「「きゃあああああああああああああああああああああああっ!!!!!」」

 

 

 少女の絶叫が、森に響き渡った。

 背筋に寒いものを感じた直後、ついに前方にふにふら達を見つける。

 二人は顔を恐怖の色で染めながらこちらへ走って来る。

 

 その後ろ。生い茂る木々のすぐ上を飛んでいるそれを見て、俺は驚きで目を見開いた。

 

 鷲の上半身に、獅子の下半身を持つそのモンスターは。

 

「グ、グリフォン……!?」

 

 何故こんな所に、という疑問が真っ先に浮かぶが、今はそれを考えている場合じゃない。

 俺は素早く詠唱を始め、ちゅんちゅん丸の刀身に指を這わせる。すると、その刀身は黒い雷を帯び始め、バチバチと音を鳴らす。

 

 前方の二人も、俺に気付いたようだ。泣きそうな目で助けを求めている。

 俺は大きく息を吸って。

 

「伏せろっ!!!!!」

 

 俺の言葉を聞いて、ふにふら達はすぐに地面に倒れ込む。

 そして俺は、グリフォンがいる方向にちゅんちゅん丸を鋭く突き出し叫ぶ!

 

「『カースド・ライトニング』ッッッ!!!!!」

 

 バチチッ! と激しい音が辺りに響き渡った。

 まるで槍のように一直線に飛んでいく黒い稲妻は、そのままグリフォンの心臓を貫く…………ことはなかった。

 グリフォンは素早い反応で体を逸らすと、心臓狙いの稲妻を避ける…………が、完全に避けきることは叶わず、稲妻はその片翼に風穴を開けた!

 

「ガアアアアッ!!!」

 

 突然の痛手に、グリフォンは空中でバランスを崩し、バキバキッ! と木の枝を折りながら地面に墜落した。

 

 俺はそのまま地に落ちて倒れているグリフォンに追撃を加えようと……。

 

 

「「せんせええええええええええええええええええええええええええっっ!!!!!」」

 

 

 ……その前にふにふらとどどんこの二人が、大泣きしながら正面から抱きついてきた。

 

「ちょっ!? お、おい、待て! まだグリフォン生きてるから!!」

 

 二人は俺の言葉が聞こえていないらしく、ぎゅっとしがみついたまま離れない。

 無理矢理引き剥がしてもいいのだが、今の俺は支援魔法で身体能力を強化しているので、力の加減が難しくうっかり怪我させてしまう可能性もある。

 

 しょうがないので、俺は二人の尻を揉みしだくことにした。

 

 念の為に言っておくが、この非常時に欲望全開でセクハラしているわけではない。

 この二人は、俺からのセクハラにトラウマを持っているので、こうすることで俺から離れてもらおうとしたのだ。決してやましい気持ちがあるわけではない。本当だよ?

 

 それにしても、尻って人によってかなり感触違うもんだなぁ。

 

「…………あ、あれ? おい?」

 

 俺の予想に反して、二人は尻を揉まれても特に反応もなく、ただただ俺の胸に顔を押し当てて泣き続けている。

 ちょっと待て、これじゃあまるで俺、生徒が弱っているところに付け込んで思う存分セクハラする、救いようのない変態クズ教師みたいじゃねえか!

 

 そうこうしている内に、グリフォンはフラつきながらも起き上がろうとしている。早く何とかしないと本気でマズイ。

 とにかく、何かセクハラ以外で二人の気を向けさせる必要がある。セクハラ以外で……セクハラ以外で…………くそっ、何も思い付かない! 俺からセクハラをとったら何も残らないのか!?

 

 考えろ、考えろ。普通の教師だったらここでどうする?

 普通の教師だったら……生徒が泣きながら抱きついてきたら…………そうだ!!!

 

 俺の頭の中に一つの考えが浮かぶ……が。

 

 これは正攻法だ。俺がこんな真っ当な方法をとって、上手くいくかどうかは微妙だ。しかし、他に何も思い付かないのだからしょうがない。やるしかない。

 

 俺は手に持っていたちゅんちゅん丸を一旦地面に置く。

 そして、ふにふらとどどんこを抱きしめ、頭を撫でてやった。

 

「落ち着け、大丈夫だ。先生は強いからな。お前達のことは、先生が必ず守ってやる」

 

 柄にもない行動に、柄にもないセリフ。自分でも言ってて違和感ありまくり……だったが。

 

 なんと、二人は俺の胸から顔を上げ、潤んだ瞳でこちらを見上げてきた。

 これはあれか、俺が珍しく先生っぽいこと言ってるから、驚いているのかもしれない。

 

 とにかく、ようやく話を聞いてくれそうになっているので、俺はこのチャンスを逃さないようにすぐに続ける。

 

「ちょっと下がってな。今からあの鳥モドキにトドメ刺してやるからな」

 

 俺のその言葉に、二人は慌てて後ろを見て、ようやくグリフォンが起き上がろうとしているのに気が付いたようだ。素直に俺の後ろに下がってくれる。

 しかし、どちらも俺のローブの背中のところを掴んだままだ。

 

 俺はちゅんちゅん丸を拾い上げて、切っ先をグリフォンに向ける。

 そして、空いてる左手で背後を指し示した。

 

「二人はあっちに向かって全力で逃げろ。途中の木に傷を付けておいたから、それを目印にして行けば皆の所に着く。敵感知にはこのグリフォンくらいしか反応してないから、途中でモンスターに遭うこともないはずだ」

「で、でも、先生は……大丈夫なんですか……?」

「心配するなって。俺もすぐ合流する。だから、ここは俺に任せて先に行け」

 

 ……あ、なんか不吉なこと言っちゃった気がする。

 そんな不安を覚える俺に、ふにふらとどどんこは。

 

「…………分かりました。でも、絶対戻ってきてくださいね! あたし、先生に聞いてほしいことがたくさんあるんです! だから……だから……!」

「私、まだまだ先生に色々教えてもらいたいです! やっと先生のこと知って、仲良くできると思ったのに……これで終わりなんて、絶対に嫌ですからね!!」

 

 おい、ちょっと待て。なんかますますそれっぽい雰囲気になってきたけど、大丈夫なのこれ。本当にぽっくり逝っちゃったりしないだろうな俺。

 というか、わざとやってないだろうなこの二人。もし意図的にこういう雰囲気を出して、俺の生存率を下げようとしてるなら流石に女性不信になるぞ。いや、こういう状況で「戻ってきてね!」とか言われると逆に生存率上がるんだっけか? よく分からん。

 

 そうやって二人が走り出すのとほぼ同時に、グリフォンもようやく体勢を立て直し、こちらに突っ込んできた!

 

「ガアアアアアアアアッ!!!!!」

「こ、こええ……」

 

 獰猛な声をあげてこちらに向かって来るグリフォンに、俺の全身がぶるっと震える。

 本来、こんな大物と真正面から対峙するなんて、俺のやり方じゃない。出来れば今すぐ姿を隠して逃げたいところなのだが、まだ近くにふにふら達がいるのでそれも出来ない。

 

 状態異常で動きを止めるか?

 いや、ここまでの大物だと、何が起きるか分からない。まずはふにふら達とこいつを引き離すところからか……。

 

 俺はそう判断すると、素早く詠唱してちゅんちゅん丸を地面に突き刺した。

 すると、その刺した所を中心に、魔法陣が展開される。

 

 グリフォンがその魔法陣の中に入った瞬間、叫ぶ!

 

「『テレポート』ッッ!!!!!」

 

 視界がグニャリと曲がった。

 

 数秒後、目に映るのは見慣れた紅魔の里。すぐ前方には、突然の転移に首を動かして警戒しているグリフォンの姿もある。

 グリフォンを連れて転移するとして、人の多い王都や世界最大のダンジョン前の観光街は論外、消去法で紅魔の里となる。ここは強力な魔法使いばかりだし、子供も学校で授業を受けている時間だ。こめっこくらい小さな子はまだ学校に入学していないが、めぐみんによると、こめっこと同じくらいの年の子は他に全然いないのだとか。それにめぐみんの家は里の隅にあるので、自由に出歩けるこめっこもここまでは来ないだろう。

 

 たまたま近くにいた里の大人達は、突如現れたグリフォンを見て声をあげる。

 

「おぉ、グリフォンじゃないか珍しいな!」

「どうしたカズマ、わざわざどっかから連れて来たのか? まさかこれは見世物だから見物料取るとか言わないだろうな?」

「はははっ、面白い戦いをしてくれたら金を出してもいいぞ! やれやれー!!」

 

 普通は人里にグリフォンなんかが入ってきたら大パニックになるものだが、ここの人達は全く動じず、それどころか楽しげにピーピー口笛を吹いたりもしている。

 それに対し文句の一つでも言ってやろうかと口を開きかけた時。

 

 グリフォンが一気に距離を詰めてきて、その鋭い鉤爪を振り下ろしてきた!

 

「うおおおおっ!?」

 

 慌ててちゅんちゅん丸で受け止めると、ガギギッ! と鈍い金属音が辺りに響き渡る。

 当然片手で支えられるものでもないので、左手でも峰の部分を押さえて、両手で何とか止めようとする。鋭い爪が目の前で揺れており、冷や汗が頬を伝う。

 

 その状態でしばらくは拮抗…………することもなく。

 支援魔法で身体能力を強化しているにも関わらず、俺はグリフォンの力に押され始め、どんどん鉤爪が近くに迫ってくる。

 

 俺は焦って周りに叫ぶ。

 

「お、おい、ピンチなんですけど俺! ここは紅魔族的に、格好良く助けに入る場面じゃねえの!?」

「ん? いやいやいや、ここから大逆転するんだろ? そりゃ俺達だって美味しい所を持って行きたいのは山々だけど、そいつはお前が連れて来たグリフォンだし、譲ってやるよ!」

「あれだろ、ここから秘められし真の力が覚醒するんだろ!? あ、いや、正解は言わなくていいぞ! 楽しみが減っちまうからな!」

「うんうん、一度ピンチを演出してから華麗に倒す……か。お前も分かってきたなカズマ! 俺、お前のことはずっとセンスのない、ただそけっとのエロい写真を売ってくれるだけの変態だと思ってたけど、ちょっと見直したぜ!」

 

 こいつら後で覚えてろよ! 眠らせて縛って魔力吸ってテレポート封じてから、アッチ系の趣味を持ってる貴族に差し出してやる! 紅魔族はレアだから高く売れるだろうなぁ!!

 

 俺はそんな復讐を心に誓い、目の前のグリフォンと向き合う。

 攻撃魔法は避けた方がいいかもしれない。ここは里の中だし、狙いが逸れたりしたら面倒なことになる。いや、どさくさに紛れて周りの奴等にぶち込むのもいいかもしれないな。

 

 ただ、魔法を無駄撃ちする余裕はない。複数の支援魔法に上級魔法、そしてテレポート。魔力残量的にあと上級魔法一発が限界だ。ここは確実に勝負を決められる魔法で仕留めよう。

 この状況がピンチであることは確かだが、同時にグリフォンはちゅんちゅん丸に直接触れている。狙うならここだ。

 

 俺は残っている魔力のほぼ全てを込めながら詠唱し、叫ぶ!

 

 

「『カースド・ペトリファクション』ッッッ!!!!」

 

 

 ちゅんちゅん丸に灰色の光が灯った直後。

 グリフォンは、刀に触れていた鉤爪からどんどん石化していく。それを見て慌てて俺から離れようとしているようだが、もう既に身動き取れる状態ではない。

 

 そして数秒後、俺の前にはグリフォンの石像が出来上がっていた。

 

「はぁ……」

 

 どさっと、尻餅をつく。

 ダルい……もう嫌だ、早く帰って寝たい。何でこんな目に遭ってんだよ俺……。

 ようやく一息つけたことで、この突然舞い込んできたトラブルに対して、今更ながら理不尽さを感じてむすっとしていると。

 

 妙に周りが静かな事に気付いた。

 

「…………?」

 

 不思議に思って辺りを見回してみる。

 一応、グリフォンを倒したんだから、何かしらの反応があってもいいんじゃないか?

 

 周りの大人達は皆、何か微妙な表情でこちらを見ていた。

 ……あれ、こんな顔、少し前に見たことあるぞ。

 

 そして、周りは口を揃えて。

 

 

「「地味」」

 

 

「う、うるせえなほっとけ!!!!! ホント何なのお前ら!? 地味で悪いか倒せたんだからそれでいいだろいちいち文句言うな!!!!! いや待て、だからその目はやめろよ…………や、やめろって言ってんだろうがちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!」

 

 俺はダルい体を無理矢理動かし、ちゅんちゅん丸をブンブン振りながら叫ぶ。

 しかし、周りは口々に「ないわー……ないわー」やら「所詮カズマか……ふっ」やら「あれ、でもこのグリフォンの石像、里の入り口にでも飾れば雰囲気あって格好良くね?」やら言っている。

 

 ……もうやだこの里。

 

 

***

 

 

 次の日の学校。

 午前中最後の授業が終わり、教材をまとめて職員室に向かおうとしていた俺だったが、ふにふらとどどんこの二人に捕まっていた。今日は休み時間になる度にこれだ。

 

「先生、先生! あたし、前世で、生まれ変わったら一緒になろうって誓い合った人がいるんですよ。それで、先生の魔力の質がその人と全く同じなんです! やっと見つけましたよ、今こそ一緒に」

「俺、前世は何の力もないニートだったような気がするから、多分人違いだなそれ」

「先生! 私、そけっとさんに運命の相手を占ってもらったんです。そしたら、なんと! 私の運命の人は、中肉中背の茶髪の人だったんです! これって先生ですよね!?」

「うん、山程該当者いそうだなそれ」

 

 なんか昨日のあれでフラグが立ったようだ。

 俺は溜息をついて。

 

「あのな、お前らいくら何でもちょろすぎんだろ。一度助けられたくらいで、すぐ男に尻尾振ってんじゃねえっての。まったく、お前らみたいなのが、優柔不断で鈍感系の爽やかイケメンのハーレムに組み込まれて、散々振り回された挙句に結局振られて泣くことになるんだよ」

「じゃあ、その前に先生があたしのこと貰ってくださいよー」

「分かった分かった、二年後な。二年後にはお前達だって少しは女っぽくなってるだろうし、考えてやってもいい。でも、俺はきっと大貴族のお嬢様の所に婿入りしてると思うから、その人が愛人を許してくれたらって条件付きだけどな」

「む、婿入りしてる立場でそんなこと言ったら、大変なことになると思うんですけど……」

「えー、どっかにいねえかな。そういうの許してくれる、都合のいい大貴族のお嬢様」

「流石にいないですって……」

 

 二人は呆れてそんなことを言ってくるが、俺はまだ諦めない。世の中広いんだ、どんな人がいてもおかしくはない。

 

 そんなことを話していると、ゆんゆんが不機嫌な表情でこちらにやって来る。めぐみんは、これに関わるのが面倒くさいのか、自分の席でマイペースにゆんゆんのお弁当をぱくぱく食べている。

 

 ゆんゆんは、一度むすっとした表情を俺に向けると、次に不安そうにふにふら達の方を向いて。

 

「……あの、ふにふらさん、どどんこさん。余計なお世話かもしれないけど、本当にもっとよく考えたほうがいいよ? 兄さんって、確かにたまに……たまーにちょっと格好良く見える時もあるけど、基本的に人としてどうかと思うレベルの鬼畜変態だよ?」

 

 さらっと、お兄ちゃんにとんでもない暴言を吐いている妹だが、大体合っているので何も言い返せない。改めて自分を省みてみると、相当酷いな俺。直すつもりはないんだけど。こういう俺が自分でもちょっと好きです。

 

 そんなバカなことを考えていると、ふにふらとどどんこが、何故か俺を庇うようにしてゆんゆんの前に立ち塞がった。

 

 

「「先生のアレは私達が守る!!」」

 

 

「待って! 違うの!! 本当に違うの!!! あれはめぐみんが誤解されるような言い方をしただけで、私も本気じゃないんだってば!!!」

 

 涙目で必死に弁解するゆんゆんに対し、二人は身構えたまま、ゆんゆんの一挙手一投足を注意深く警戒している。

 妹のクラスメイトに、妹から守られるというのも、かなり特殊な状況な気がする。

 

 そんなことを思っていると、生徒が二人、興奮した様子で教室に入ってきた。

 

「ねぇ今、里に魔剣持ちの勇者候補の人が来てるんだけど、その人すっごくイケメンで性格も良さそうなんだよ! 私、握手してもらっちゃった!」

「しかも勇者候補なだけあって、すごく強いんだって! 昨日のグリフォンも、あの人から逃げて来たみたい! あー、私が魔法を覚えたらパーティーに入れてもらえないかなぁ……」

 

 それを聞いた他の生徒達は興味津々の様子だが、俺はどんよりと目を濁らせる。

 

 ……ほう。

 つまり、その勇者候補サマとやらがグリフォンを追いやったせいで、俺は昨日あんな目に遭ったというわけか。なるほど、なるほど。

 

 よし、後で何か仕返ししてやろう。

 そうだな……そいつが泊まる宿に潜入して、風呂上がりを狙って王都にテレポートさせてやろうか。あの街は夜でも賑やかだし、さぞかし面白いことになるだろう。いや、そこは俺も一緒にテレポートして、騒ぎの現場写真を撮って、それをネタに脅して金品を巻き上げたり、好きなようにこき使ったりするのもアリか。

 

 俺がそんな策略を巡らせてニヤついていると、ゆんゆんがはっとした様子で。

 

「あ、そ、そうだ! ねぇ二人共、その勇者候補の人にアピールしてみたら!? ふにふらさんもどどんこさんも、すっごく可愛いし、きっと良い反応を貰えるよ! それにその人、イケメンで性格も良くて強いなんて、兄さんよりずっと良いよ!」

「……はぁ。ゆんゆんも子供ねぇ」

「えっ!?」

 

 どうやらゆんゆんは、ふにふら達を俺から遠ざける為に、二人をその勇者候補の人に引き取ってもらおうと思ったらしい。

 しかし、ふにふらはやれやれと首を振り、どどんこは生暖かい目でゆんゆんを見ている。

 

 ふにふらは、まるで小さな子供に諭すように。

 

「イケメンで性格も良くて強い? あのね、それは結構なことだけど、そんな男つまんないっしょ。男っていうのはね、適度に毒があってこそ魅力的だって言えるの。分かる?」

「そ、そうなの!? 私が子供なの!? あと、兄さんの毒は適度では済まないと思うんだけど! 致死量ぶっちぎってると思うんだけど!!」

「ゆんゆんはまだまだ夢見がちなお子様なんだねぇ……そんな完璧な人と一緒にいると、こっちが疲れちゃうよ。そりゃお子様はそのイケメン勇者サマを選ぶんだろうけど、出来る女はカズマ先生を選んで、沢山泣かされながらも何だかんだ付いて行くものなんだよ」

「えっ、そ、それって、出来る女とかじゃなくて、ダメ男に尽くすダメ女なんじゃないの!? 私がおかしいのこれ!?」

 

 ゆんゆんの困惑を極めた声が教室に響く。

 ……うん、たぶんおかしいのはふにふら達の方だとは思うが、二人は勇者候補のイケメンより俺の方が良いと言ってくれているんだし、俺からは何も言わないでおこう。

 

 とりあえずこれからは、ふにふらとどどんこと仲良くやっていけそうで良かった。俺の妹ということもあるのか、何だかゆんゆんとも前より親しげに話しているようだし、これでゆんゆんにも友達が増えてくれれば良いんだけどな。

 

 そんなことを思いながら、俺はそれぞれの恋愛観について騒がしく語り合う少女達を、微笑ましく眺めていた。

 

 ……それにしても、魔剣持ちの勇者候補か。

 そういえば、最近王都で少し騒がれているルーキーが強力な魔剣を持ってるとか聞いたような。名前は何て言ったかな…………うん、忘れた。今度アイリスにでも聞いてみるか。

 



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王都デート

 
今回長いです。最長です。
 


 

 勇者候補とやらが里にやって来た次の日の朝。

 俺はいつものように教室へと向かう。……本来担任であるぷっちんは、この前の養殖の授業でのやらかしで校長にこっ酷く叱られて、雑用ばかりさせられている。今は校長が大事に育てているチューリップの世話でもしているのではないだろうか。

 

 そして、俺が扉を開けて教室に入ると。

 

「あ、先生おはようござ…………ええっ!? な、なんですかそれ、イメチェンですか!? でもよく似合ってますよ!」

「わぁ! いつもと違って新鮮ですし、カッコイイです!!」

 

 俺が教室に入るなり、ふにふらとどどんこがそんな事を言ってくる。おぉ……俺のことまともに褒めてくれる人ってすげえ貴重だな。

 

 一方で。

 

「どうしたの、兄さん。変装? また何かやらかしたの?」

「例え服装を変えても、先生から滲み出るドス黒いオーラは隠し切れないと思いますので、無駄だと思いますが」

 

 ゆんゆんとめぐみんがこんな事を言ってくるが、こいつらは相変わらず俺のことを何だと思っていやがるんだろう。たぶん、それをそのまま尋ねると、かなりキツイ答えが返ってきそうなので聞かないが。

 

 俺の服装は、いつもの漆黒の紅魔族ローブではない。

 駆け出し冒険者のような身軽な服装に、緑のマント。そして眼帯で紅い左目を隠している。

 

 すると、あるえが何かを理解したのか、意味深な表情で。

 

「今の先生の姿は仮初のもの……来るべき戦いに備え、真の実力は封印し、そんなどこにでもいそうな冒険者を装いつつ、復活の時を窺っている…………そう! その眼帯による封印が解き放たれた時、世界は」

「ほい」

「ああっ! せ、世界が!! 世界が大変なことに!!!」

 

 あるえの言葉に適当に乗ってやって眼帯を外すと、あるえは両手を広げて教室の天井を見上げ、愕然とした表情を浮かべる。おもしれーなこいつ。

 

 もちろん、実際はそんな大仰な設定があるわけもなく。

 

「まぁ、ゆんゆんの言う通り変装だよ変装。なんかさ、この里に来てるっていう勇者候補ってやつが、俺のこと探してるみたいなんだ。俺の顔までは知らないようだけど、一応な」

「あ、そうだよ兄さん。その勇者候補の人、昨日ウチに来て『カズマという人を知りませんか?』って聞きに来てたよ。というか、どうして昨日は帰って来なかったの?」

「ごめんなゆんゆん、お兄ちゃんが帰って来なくて寂しかったのは分かるけど、あの勇者候補が里から出て行くまで、俺は家に帰らず出来るだけ王都にいることにした」

「べ、別に寂しいなんて…………え、王都? …………へぇ、どうして?」

 

 おっと、ゆんゆんの目が若干ヤバイものになってきたな。

 ここはちゃんと説明しないと洒落にならないことになりそうだ。

 

「い、いや実は、あの勇者候補に嫌がらせをしようと思って、姿を隠す魔法と潜伏スキルのコンボでずっと後をつけてたんだけどさ……あ、言っとくけど、アイツのパーティーの女の子には何もやってないからな。本当だぞ?」

「わざわざそう言うと余計怪しいんだけど……というか、そもそも、そんな悪趣味な真似やめなよ……」

「まぁ、聞けって。そしたら、どうもアイツ、俺を仲間にしようとここまで来たみたいなんだ」

「えっ……そう、なの……?」

 

 ゆんゆんが少し不安そうな表情になる。

 俺は溜息をつくと。

 

「あぁ、アイツは俺を探してるって他に、パーティーに入ってくれる人材を探してるとも言ってた。つまり、王都での俺の評判を聞いて、わざわざ俺が拠点にしてるここまで勧誘に来たのかもしれない。まぁ俺、最近はここの教師もやってるから、王都に行く頻度は減ってたしな」

「そ、それで、兄さんはどうするの? あの人のパーティーに入るの……?」

「入るわけねえじゃん。だからこうして逃げてんだよ」

「あ、そ、そっか、そうだよね!」

 

 ゆんゆんがほっとしたように言うと、隣でめぐみんが呆れたように。

 

「ゆんゆん、先生だっていつかは実家を出るのでしょうし、そろそろ兄離れした方がいいのでは?」

「なっ……ち、違うから! 私は、そんな、兄さんに家に居てほしいなんて……」

「はいはい、ゆんゆんがブラコンだっていうのは、あたし達も分かってっから!」

「はぁ、いいなぁ、ゆんゆん。先生と一つ屋根の下で暮らせてるなんて」

 

 ふにふらとどどんこにもこんな事を言われ、俯いて赤くなっていくゆんゆん。

 まぁ、俺としても、せめて可愛い妹が立派に成長するまでは家を出るつもりはないんだけどな。

 

 すると、めぐみんは首を傾げて。

 

「それにしても、何故先生は逃げているのです? 普通に断ればいいのでは?」

「……しばらく観察して分かったんだけど、あの勇者候補ってやつは、どうも正義感の塊のような奴みたいでな。本気で魔王討伐を考えてる。たぶん断っても『それだけの力があるのに、どうして人々の為に使おうと思わないんだ!』とか説教してきそうだ。だから関わりたくないんだよ」

「……私から見ても、先生の力の使い方がおかしいのは確かだと思うのですが」

「お前にだけは言われたくねえなそれ」

「なにおう!? ……というかその勇者候補の人、族長の家を訪ねたというのであれば、先生の顔写真の一つでも見せてもらったのでは?」

「俺が自分の写真を残しておくなんてヘマやるわけないだろ。そもそも、普段から俺の写真は誰にも撮らせないようにしてるしな。顔写真なんて残してたら怖いし」

「どんだけ後ろ暗い人生を送っているのですか」

 

 めぐみんは呆れた顔をしているが、俺としては真面目なことだ。誰かが俺への復讐の為に怖い人達を雇ったりしたら大変だ。そんな事をしそうな奴にも心当たりありまくるし。

 

 めぐみんは溜息をついて。

 

「そもそも先生なら、勇者候補の人に色々えげつない嫌がらせをして帰らせるということもできるのでは?」

「ああいう手合は厄介でな、そう簡単にはいかねえんだよ。多少の嫌がらせには屈しねえし、むしろそれをバネにしてまた向かってきたりもする。『どんな困難が待ち受けようとも、僕は負けない!』みたいにな」

「先生とはまるで真逆ですね。先生の場合は困難にぶつかっても『あ、無理』の一言で、逃げの一手でしょうに」

「俺のことよく分かってんじゃねえか、何だよ、もう奥さん気取りか?」

「はっ、まさか。冗談は存在だけにしてくださあああああああああああああああああっ!!!!! ド、ドレインはやめてくだあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 俺はめぐみんの顔面を鷲掴みにしながら。

 

「そもそも、俺は将来働かなくて済むように、ここまでやってきたんだ。もう既にそれなりの財産も持ってるのに、何でわざわざ魔王なんざと戦わなきゃいけないんだよ」

「あ、分かります分かりますー! 今時、魔王討伐なんて古いですよねー!」

「自分の力なんですから、自分の為に使うのは何もおかしくありませんよ! 魔王なんて、そういう正義感溢れる勇者候補や、生活に困ってヤケになった冒険者に任せときましょう!」

 

 俺の言葉に力強く同調してくれる、ふにふらとどどんこ。初対面での印象もそうだったが、こいつらは紅魔族にしては賢い生き方というものを中々分かっている。

 

 しかし、めぐみんは何が気に障ったのか、顔面を掴んでいた俺の手を振り払い、目を紅く光らせて。

 

「何を腑抜けたことを言っているのですか、それでも紅魔族ですかあなた達は! 先生から悪影響を受けたのかは知りませんが、紅魔族として生まれたのであれば、魔王軍幹部をばったばったとなぎ倒し、玉座にふんぞり返って座っている魔王をぶっ飛ばし、そして自分こそが新たなる魔王になろうと志すものでしょう!」

「あの、めぐみん? 魔王軍を放っておくわけにはいかないっていうのは私も同意見なんだけど、自分が魔王になるっていうのはどうかと思うんだけど……あの有名なお話じゃあるまいし……」

 

 高々と主張するめぐみんに、ゆんゆんは困ったように言う。

 

 ゆんゆんが言っている“有名なお話”というのは、強力な力でずっと一人で戦ってきた勇者が、ついに魔王を倒すも、その後、次の魔王になってしまうというお話だ。昔はその話をネタに「いつまでもぼっちだと魔王になっちゃうぞー」とか言ってゆんゆんを脅かしてみたものだ。

 

 俺はそんなことを懐かしく思い返しながら、頭をかいて。

 

「まぁ、というわけだから、お前らあの勇者候補には俺のこと言うなよ。アイツは俺の顔知らないし、こういう駆け出し冒険者の格好してれば、まさか王都で有名なカズマさんだとは思わないだろう。じゃ、出席取るぞー」

 

 

***

 

 

 今日の授業が終わり、日が傾き始めた紅魔の里。

 俺はイライラしながら早足に実家へと向かう。

 

「くそっ、学校の外で待ち伏せとかストーカーじゃねえか! 俺にそっちの気はねえぞ!」

 

 油断していた。

 学校から帰る途中、何か生徒が集まっているなと思ったら、例の勇者候補が待っていた。

 おそらく、父さん辺りから、俺が学校で教師をやっていることを聞いたのだろう。

 

 そして、アイツの周りにいたのは、俺のクラスじゃない、事情を知らない生徒達だった。つまり、あの場で俺を見た生徒が「あ、カズマ先生だ!」とか言ったら終わりだった。何とか気付かれる前に魔法で姿を消したが。

 

 まさか、ここまでグイグイくるとは。

 とにかく、さっさと家に戻って、何とか父さんに「カズマは遠い旅に出た」とでもウソ言ってもらって、さっさとあのストーカーを里から追い出そう。

 

 そう思って帰宅したのだが。

 

 

「ダメだ。わざわざこの里まで来てくれた勇者候補の人に、そんなウソつけるわけないだろう」

 

 

 きっぱりと断られてしまった。ですよねー。

 父さんは呆れた表情で。

 

「その格好も、あの人から隠れる為か? まったく、お前という奴は……」

「い、いや、だって俺、魔王討伐とかする気なんて、さらさらねえし……」

「いいじゃないか、魔王討伐。父さんは常々思っていたんだ、お前の紅い片眼は、きっと何かに選ばれし者の証だと。なるほど、そういうことか。お前はきっと、魔王を倒す者だったのだな……」

「そんな大層な設定ないから。今はレベルでごまかしてるけど、初期ステータスは紅魔族とは思えない程酷かったから俺」

「ふっ、なおさら滾るじゃないか。恵まれないステータスの最弱職が、なんと魔王を倒すとは!」

「滾らない」

 

 紅魔族の血が騒ぐのか、妙なテンションになってきている父さんは置いといて、仕方なく自室へと向かう。今日も王都で寝泊まりする為、色々と用意をする為だ。父さんがこの調子では、家にいるのは危険だろう。

 

 そして、自分の部屋で服やら何やらを鞄に詰め込んでいると、ドアがノックされた。

 開けると、そこには、やけに良い笑顔を浮かべたゆんゆんが立っていた。

 

「兄さん、今日も王都に泊まるの?」

「あぁ、なんか父さんがあの勇者候補に協力しそうな感じだしな。やっぱあいつが里から出て行くまでは、出来るだけこの里にはいない方がいいと思う」

「ふーん、それじゃあ、私も連れて行ってくれない? 明日は学校お休みだし」

「えっ」

「兄さん言ったじゃない、今度私を王都に連れて行ってくれるって」

 

 そういえば、この前の養殖の授業の時にそんなことを言ったような気がする。

 ゆんゆんは笑顔のまま首を傾げると。

 

「……私が一緒にいると何か困ることでもあるの?」

「何も困らないです! よし、行くか!!」

 

 声がこわい!

 

 

***

 

 

 王都は夜でも賑やかだ。

 隣ではゆんゆんが慣れない人混みに落ち着かない様子で、必死に俺に付いて行こうとしている。

 

 俺は口元をニヤつかせ、手を差し出し。

 

「ほら、大丈夫か?」

「こ、子供扱いしないでよ、大丈夫だから……」

 

 ゆんゆんはその手を取ることはせず、むっとした顔をしている。そういう所が子供っぽくて可愛いということに気付いていないようだ。

 

 そのまま二人で夜の街を歩いていると、何人かの知り合いに声をかけられる。気軽に挨拶だけしてく人や、立ち止まって、いつもと違う俺の服装について尋ねてくる人など、反応は様々だ。

 

 俺は冒険者カードを作った12歳から一年間は、里を中心に小金を稼いだり養殖でひたすらレベル上げなどをしていたが、13歳になってテレポートを覚えてからは、王都に出入りすることも多くなった。要するにこの街とはそれなりに長い付き合いだ。

 

 俺の隣にいるゆんゆんも、俺が声をかけられる度に慌てて頭を下げている。

 しかし、声をかけてきた相手が女性の時だけ、その後笑顔でどんな関係か聞いてくるのは怖いからやめてほしい……。

 

 そうこうしている内に、今日泊まる予定の宿に着く。金には困っていないので、それなりにランクの高い所だ。

 

 俺は空き部屋の状況を確認しながら。

 

「よし、部屋はダブル一つでいいか」

「うん、いいよ」

「えっ」

 

 恥ずかしさで顔を赤くして拒否するゆんゆんが見たかったから言ってみただけなのだが、あまりにもすんなり承諾したので、思わず間抜けな声が漏れてしまった。

 

「あの、ゆんゆん? ダブルってのはだな、大きなベッドが一つしかない部屋で」

「分かってるわよそのくらい」

「あ、そ、そうですか……いや、分かってるならいいんですけど……」

 

 その平然とした態度に、何故か丁寧語になってしまう。

 まぁゆんゆんがいいって言うならと、俺は本当にダブルの部屋を一つ取る。

 

 部屋に入ると、そこには高級感溢れる空間が広がっていた。

 ウチも里の中では裕福な方だし、家だってそれなりではあるのだが、やはりこういった所はまた違う。絨毯の柔らかさとか凄いし、風呂場には、温度や香り、効能などを自由に操作できる魔道具が設置されている。窓の外の夜景も、街の明かり一つ一つが星屑のようで、思わず見とれてしまう程に綺麗なものだ。

 

 ゆんゆんは夜景を眺めて「わぁ……」と感嘆の声を漏らし、ふかふかのベッドに腰掛ける。

 

「兄さん、いつもこんな所に女の人を連れ込んでるの?」

「いや、まだ連れ込めてないな。結構ガード堅いんだよ、ここの女の子。酒飲ませても中々…………あっ!」

「…………」

「ち、ちがっ……! 誤解だ!!」

 

 くっ、何という自然で巧妙な誘導! 成長したな妹よ……。

 ゆんゆんは俺にジト目を向けたまま。

 

「やっぱり兄さんは兄さんね…………ねぇ、このくらい大きな街なら、いかがわしいお店もそれなりにあるんでしょ? 兄さん、常連になるくらい通ってるんじゃない?」

「…………通ってない」

「こっち見なさい」

「…………ちょ、ちょっとは、そういう店も……行ったかも……」

「ちょっと?」

「け、結構行った……かも……」

 

 俺の言葉に、ぴくりと頬を引きつらせるゆんゆん。

 俺は慌てて。

 

「ま、待て聞けって! いかがわしいお店といっても、本当にアレしたりコレしたりって所じゃないから! 綺麗なお姉さんと、お酒飲みながら楽しくお話するだけだから!!」

「……本当にお話するだけ? 体触ったりしないの?」

「…………し、しない」

「…………」

「…………お、お尻くらいは……ちょっと触ったかも…………」

「お尻だけ?」

「…………む、胸も……触りました…………ごめんなさい…………」

「ふーん」

 

 気がつけば、俺は絨毯の上に正座していて、妹に懺悔していた。もはや兄としての威厳もクソもない。というか、最初からそんなものはなかった気がする。

 

 ゆんゆんはしばらく俺に無言の圧力を送っていたが、やがて呆れたように溜息をついて。

 

「……まったく。里でも私達にあれだけセクハラしてるのに、まだ足りないの? どれだけ性欲強いのよ」

「待て、それは違うぞ。確かに、この街のいけないお店でお姉さんにセクハラするのは性欲からだが、お前らへのセクハラは単純に反応が面白いのと好奇心からでごめんなさい調子乗りました」

 

 ゆんゆんの目がとんでもないことになってきたので、即座に土下座する。

 マジでこええ……ドラゴンに睨まれた時でもこんなにビビらなかったぞ俺……。

 

 ゆんゆんは俺のことをじっと見て。

 

「もうそういうお店には行くなって言われたら辛い?」

「辛い。メッチャ辛い。どれくらい辛いかと言われたら、これからは一日一食にしろって言われるよりも辛いし、一日の睡眠時間は一時間以内にしろって言われるよりも辛い」

「うん、他の三大欲求と比べても、性欲がとんでもなく強いっていうのはよく分かったわ。でも、お姉さんにセクハラとかは本当にやめてほしいんだけど。ただお話するだけじゃダメなの?」

「いや、普通にお話していても、こう、本能がね? 気がついたら手が……」

「…………兄さん、その、えっと……妹の私が、兄にこんなこと言うのはどうかと思うんだけど……」

 

 何やら急に言いよどむようにして、ほんのりと頬を赤く染めて、こちらをちらちらと見るゆんゆん。

 それから、意を決したように大きく息を吸い込むと。

 

「…………ちゃんと、自分で処理……してるの? 足りないんじゃない……?」

「してるに決まってるだろ。え、なに、足りないのか? 俺としては、人並みくらいにはやってると思ってたんだが…………参考までに、お前はどのくらいやってるの?」

「私は週に二、三…………わああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 顔を真っ赤にしたゆんゆんが拳を振り上げ襲いかかってきた!

 時々ゆんゆんの部屋から漏れ聞こえていたあの声は、初めてめぐみんの家に遊びに行ったあの日から聞こえなくはなっていたんだが、まだしてたんだな……。

 

 その後、俺はしばらくゆんゆんにボコられたあと、そういうお店に行くのは止めないがセクハラはしないようにと約束させられる。守れるかどうかは微妙……いや、多分守れない。

 

 それから一緒にお風呂に入ろうとしたのだが、それは流石に真顔で断られ(怖かった)、交代で入った後、二人仲良くベッドに潜り込む。

 そして、俺は隣で横になっているゆんゆんに。

 

「なぁ、ゆんゆん。お兄ちゃん、久々に妹枕を堪能したいです」

「妹枕って何よ…………はぁ、お好きにどうぞ」

「え、いいの? この部屋の事といい、今日はなんか積極的じゃね?」

「これで少しは他の人へのセクハラが少なくなってくれれば、と思って。私は妹だし、生け贄になるなら私しかいないでしょ」

 

 他人の為に自ら犠牲になるとか、なんて優しい子なんだろう。俺はこのよく出来た妹を誇りに思いつつ、後ろから思い切り抱きしめることにした。ゆんゆんから「んっ」と小さな声が漏れる。

 おおう、この感触にいい匂い、久しぶりだなぁ……。

 

 ゆんゆんはされるがままの状態で。

 

「言っておくけど、胸とかお尻触るのはダメだからね」

「分かってる分かってる。そんなことして、この幸せを逃すなんて馬鹿な真似しないって」

「……そんなに幸せなの?」

「おう、幸せだぞー。もう明日も一日中こうしていたいくらいだ」

「それは流石に困るんだけど…………ふふ、そっかそっか」

 

 あれ、これゆんゆんも意外と満更でもない?

 そう判断した俺は、この機を逃すまいと更にお願いしてみる。

 

「よし、それじゃあ次は俺のことをお兄ちゃんと呼んでみようか。昔みたいに」

「いや」

 

 ダメだった。くそう。

 悔しがる俺に、ゆんゆんは溜息をついて。

 

「いいから、もう寝よ? 明日は一日中、街を回るのに付き合ってもらうからね?」

「はいはい、どこへでも付いて行くって。あー、でも明日の夜は王女様に謁見することになってるから、そこは勘弁なー」

「えっ、王女様……? …………兄さん、それ私も一緒じゃダメなのかな?」

「んー、まぁ、大丈夫じゃねえの……じゃ、一緒に行くかぁ……」

「うん!」

 

 何だろう、今のゆんゆんのお願いは断った方が良かった気がする。でも、だんだんと眠くなってきていて、考えるのが面倒くさい。まぁいいか。

 

 それからは特に会話もなく、ただ心地いい沈黙だけが部屋に流れていく。

 俺としてはもう少し起きていたいところだったが、次第に睡魔が襲ってきて、意識はおぼろげになっていき…………。

 

 

「おやすみ、お兄ちゃん」

 

 

 意識の端で、そんな声を聞いたような気がした。

 

 

***

 

 

 次の日、俺達は朝食をとるとすぐに街に繰り出していた。

 まだ朝早いのにこれだけ人が行き交っているのも、この街くらいのものだろう。

 

 服装は一応駆け出し冒険者のようなものにしている。

 例の勇者候補が、テレポートでここまで送ってもらって来ている可能性を警戒してだ。

 

 ゆんゆんは相変わらず人の多さに戸惑いながらも、きょろきょろと辺りを見回して面白そうなものはないかと探している。

 俺はそんな様子を微笑ましく眺めながら。

 

「それにしても、ゆんゆんとデートってのも久しぶりだな」

「っ……い、いきなり何よ……」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは耳まで赤くして俯く。

 そんな姿を見せられては、からかうなというのが無理な話で。

 

「何だよ、照れんなよ。そうだ、せっかくのデートなんだし、手繋ごうぜ手」

 

 そう言ってニヤニヤ笑いながら手を差し出してみる。

 そして、今度はどんな可愛い反応をしてくれるかと期待していると。

 

 なんと、ゆんゆんは素直にその手を握ってきた。

 しかも、ただ握るだけでなく、指まで絡めてきた!

 

 思わずゆんゆんの顔をまじまじと見てしまう。相変わらず真っ赤になって恥ずかしそうにはしているが、それでもじっと俺の目を見てくる。

 

「……デート、なんでしょ?」

「お、おう……昨日に引き続き、今日も結構積極的なんだなゆんゆん……」

「ふふ、自分から言ってきたくせに」

 

 そう言って楽しげに微笑むゆんゆん。なにこの可愛い生き物。

 二人きりだったら抱きしめて撫で回しているところだろうが、流石に公衆の面前でそんなことをすればゆんゆんがショートしてしまうだろうし、俺も恥ずかしい。

 

 そんな、少しむず痒い雰囲気のまま歩いていると。

 

「お、そこの仲良さそうなカップルさん! ちょっと寄って行かないかい?」

 

 その声の方を向いてみると、ちょうど父さんと同じくらいの歳のオッチャンが、小さな店の前で客の呼び込みをやっているようだった。見たところ、魔道具店だろうか。

 というか、俺達カップルに見えんのか……まぁ確かに、恋人繋ぎで歩く兄妹ってのもいないかもな……。隣では、ゆんゆんが顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

 

 俺はオッチャンに申し訳なさそうに片手を上げると。

 

「悪いオッチャン、俺達紅魔族なんだ。魔道具だったら里で買うよ」

「ん、そっちの嬢ちゃんは見た目で分かるが、兄ちゃんもそうなのか? まぁ、それはいいんだ、俺は別に魔道具を売ろうってんじゃねえ。最近、魔道具を使ったカップル向けのゲームを始めてな。良かったらどうだい?」

「へぇ、ゲームか……どうする、ゆんゆん? やってみるか?」

「あ、うん、そうだね。やってみよっか」

 

 ゆんゆんも頷いたので、俺達はその店に入ってみることにする。

 ざっと店内を見回してみると、魔道具の種類は多いが強力なものは置いていない、よくある中小魔道具店のようだ。

 

 そして、オッチャンは店の奥から、大きめの魔法使いの帽子を二つ持ってきて俺達に渡す。

 

「これはウチの中では一番強力な魔道具でな。頭の中でイメージしたものを、目の前に映し出すことができるんだ」

「え、マジで? どれどれ」

 

 俺は早速帽子を被り、目を閉じる。

 その後再び目を開けると、俺のすぐ前でナイスバディのお姉さんが全裸で扇情的なポーズをとっていた!

 

「おおおおおおおおっ!!!」

「…………」

「ごめんなさい」

 

 思わず歓喜の声をあげる俺だったが、隣でゆんゆんがニッコリとこちらを見てきたので、即座に頭を下げる。妹の笑顔が怖いです。

 

 俺の行動に若干引いていたオッチャンは気を取り直して。

 

「あー、それでゲームってのは、まずは俺がいくつかお題を出す。お前さん方は、帽子を被ってそれに対する答えをイメージしてほしいんだ。で、お互いが思い浮かべたものを見ないで当てる。正解数に応じて豪華賞品プレゼントだ。挑戦料は1000エリス、どうだい? 賞品は魔道具だけじゃないし、二人共全問正解ならその帽子をあげるよ」

「へぇ、面白そうだな。おいゆんゆん、ここは俺達の絆の力ってやつを見せつけてやろうぜ!」

「う、うーん、なんか上手くいきそうにない気がするんだけど……いいよ、やろっか。あの、その前におじさん、私達実は」

「よし早速やろうぜオッチャン! はようはよう!!」

「お、おう……」

 

 ゆんゆんは気弱なことを言っているが、これはチャンスだ。

 このオッチャンは俺達のことをカップルだと思っているらしいが、実際は兄妹、つまり家族だ。家族というのはカップル以上に長い付き合いであることがほとんどで、お互いのことはより理解しているものだ。おそらくだが、俺達が兄妹だと知っていれば、このオッチャンも話を持ちかけてはこなかっただろう。

 

 ゆんゆんにも、俺達が兄妹だということは隠しておこうと言うと、少し後ろめたそうにしながらも、顔を赤くしたまま頷いてくれた。

 

 それから俺達は、背中合わせに椅子に座らせられる。この帽子によって映し出されるイメージは自分の目の前に現れるので、こうするとお互いが何を思い浮かべたのかは見ることができない。

 

 オッチャンは喉の調子を整えるように軽く咳払いをして。

 

「そんじゃ、いくぞ! 最初は『この世で最も可愛いモノ』を思い浮かべてくれ」

 

 俺はまた目を閉じてイメージしようと思ったが、それより先に既に目の前には答えが浮かび上がっていた。なるほど、さっきは自発的に妄想を映し出そうしたから集中する必要があったが、こうしてお題を聞いてから連想する場合は一瞬で済むのか。つまり、誤魔化しは効かないってわけだ。

 

「よしよし、二人共答えは出たな。じゃ、お互いの答えを当ててみてくれ。チャンスは一回だけだぞ」

 

 ふむ、ゆんゆんは何を思い浮かべているだろう。この世で最も可愛いモノ……ね。

 俺は少し考えてから、割と最近の記憶に思い当たるフシがあるのに気付く。

 

「一撃ウサギだろ」

「ほぉ、やるじゃねえか兄ちゃん」

「なっ……何で分かったの!?」

 

 オッチャンの感心した声と、ゆんゆんの驚いた声が聞こえる。

 そういえば、ゆんゆんは俺があの光景を見ていたのは知らないんだったか。俺としては、あのウサギの結末が衝撃的過ぎて中々忘れられる記憶ではない。おそらく本人は、あのウサギを始末した辺りの事はすっかり忘れているのだろうが。

 

 それからゆんゆんは俺の答えを言い当てようと、しばらくうーんと考え込んでいたが。

 

「……安楽少女?」

「あちゃー残念! 嬢ちゃんは不正解だ!」

「おいおい、ゆんゆん。冒険者カード作ってからもう三年だぞ、俺。流石にモンスターを可愛いとか思うことはなくなってるっつの。安楽少女とか、経験値が良いってだけのただのモンスターだよ」

「だ、だって! 昔兄さ……カズマさんが唯一騙されかけたモンスターだって聞いて、この人にも人の心があったんだって、私喜んで……」

「あ、あるよ人の心! ……つーか、安楽少女って実はかなり腹黒いんだよ。正体知っちまえば、何てことはねえよ」

 

 俺が初めて安楽少女に出くわした時、儚い笑顔と拙いカタコトですっかり騙されてしまい、退治できずに見逃してしまったわけだが、偶然あのモンスターが「ちっ、あの童貞もダメだったか。まぁ、紅魔族のくせに美味そうでもなかったし別にいいか」とか流暢に喋ってるのを聞いてからは、もう何の躊躇いもなくぶった斬れるようになった。

 

 俺はニヤニヤとゆんゆんの方を向いて。

 

「はぁ、残念だなー、俺はこんなにもゆんゆんのことを分かってやってるのに、ゆんゆんは俺のことを分かってくれないのかぁ……」

「そ、それは……ああもう! それで、答えは何なの!?」

 

 そう言ってゆんゆんは、こちらを振り返り。

 

「――っっ!?」

 

 俺の答えを見たゆんゆんが、顔を真っ赤に染め上げて口をぱくぱくさせている。

 何だろう、何かおかしかったのだろうか。お兄ちゃん的には至極当然な答えだと思うのだが。

 

 俺の目の前に浮かび上がっていたのは、ゆんゆんだった。

 

 オッチャンはそれを見て愉快そうに。

 

「はっはっはっ、照れんな照れんな嬢ちゃん! いい彼氏じゃねえか、もう結構なカップルを相手にしてきたが、この質問に彼女を思い浮かべる男ってのは意外といないもんだぜ!」

「そりゃもう、溺愛してるからな!」

「も、もう! 調子のいい事言って……」

 

 そんなことを言いながらも、ゆんゆんは両手の指をそわそわと絡めながら、口元は笑みを抑えようとしているのか、もにゅもにゅとさせている。かわいい。

 

 オッチャンはそんな俺達の様子をニヤニヤと見て。

 

「へっ、アツいねアツいねー! だが、悪いな! 次はそんな良い雰囲気にはなれそうにもないぞ? お題は『この世で最も怖いモノ』だ!」

 

 その言葉を聞くとすぐ、俺の目の前には答えが浮かび上がる。ゆんゆんの方も何かしらのモノが現れていることだろう。

 

「えっ」

 

 その声はオッチャンのものだった。

 どうしたのかとそちらを見てみると、目を丸くして驚いている様子だ。

 あれ、こういう反応は俺達へのヒントにもなっちゃうと思うんだけど……それ程意外だったのか? ……まぁ、確かに俺の答えは意外だったかもしれないけど。

 

 しかし、よく見ると、オッチャンは俺の方とゆんゆんの方を交互に見ているようだった。ということは……ゆんゆんの方も何か意外な答えなのか?

 

 少し考えてみる。

 ゆんゆんの怖いものと言われても、クモとかムカデとか、あとはナメクジとか、ありきたりなものしか浮かんでこない。それらは別に意外なものでもないだろう。女の子なら苦手じゃない方が珍しいくらいだ。

 

 じゃあ、普通の人は怖くも何ともないけど、ゆんゆんからすれば怖いもの…………何か本気で嫌がるような…………あ。

 

 俺の頭に浮かんできたのは、またもや比較的新しい記憶だった。

 そういえば、学校が始まってから最初の休みの日。ゆんゆんが散々な目に遭った一日があったはずだ。あの時ほど本気で泣きわめくゆんゆんは、他にあまり記憶に無い。

 

 あの日、ゆんゆんを一番泣かせた要因と言えば。

 

「……もしかして、こめっこか?」

「っ!? な、何で分かっ…………ち、違うの! 別にこめっこちゃんが苦手とか、そういうことじゃなくて、その……!」

「お、お前……いくら何でも5歳児を怖がるってどうなんだ……?」

「だって! だって!!」

「す、すげえな兄ちゃん。どうして嬢ちゃんがこんな小さな可愛らしい子を怖がってるのか、俺にはさっぱりだ」

 

 ……うーん、でもこめっこはそこらの5歳児と比べて明らかに小悪魔っぽさが際立っていて、無邪気にとんでもなく切れ味ある事言ってきたりするしなぁ。特にゆんゆんは、主にアレ関連で酷い目に遭っていた。しょうがない……のか?

 

 俺は溜息をついて。

 

「まぁ、そんな怖がってやるなって、こめっこだって悪気があるわけじゃないんだからさ。それよりほら、俺の答えも当ててみろよ」

「…………警察?」

「ちげえよ! やめろよ俺が何かいけない事してるみたいじゃねえか! グレーっぽい事をする時は、絶対に足は残さないようにしてるから警察なんて怖がってねえし!」

「グレーな事はしてるんじゃない! もう、分からないわよ、兄……カズマさんが怖がるモノなんて……」

 

 そう言いながら、こちらを振り返るゆんゆん。そして、俺の前に浮かぶものを見て、固まった。

 そこには、またもやゆんゆんが浮かび上がっていた。

 

 ゆんゆんは一瞬ぽかんとした後。

 

「…………えっ!? ちょ、ちょっと、何でまた私なの!?」

「いや、だって普通に怖いもんお前……この前、めぐみんとかあるえも『ゆんゆん、ヤバイ……マジ、ヤバイ……』って震えてたぞ」

「うそぉ!? そ、そんなに私って怖いの!? 心当たりないんだけど!!」

 

 どうやら自覚はないらしい。一番厄介なパターンだ。

 

 それからオッチャンはいくつかお題を出し、俺はそれら全てのゆんゆんの答えを言い当て、逆にゆんゆんは俺の斜め下の答えを全て外していた。

 そして、いよいよ最後のお題となった時には、ゆんゆんはすっかりしょげ切ってしまっていた。

 

 流石に可哀想になった俺はフォローするように。

 

「……あー、あんま気にすんなよ。俺の答えが特殊なだけだ」

「でも……これだけ一緒にいるのに一問も当てられないなんて……。私のことは全部当ててくれてるのに……」

 

 そんな俺達を見て、オッチャンも気の毒そうに。

 

「よ、よし! それじゃあ最後のお題はサービスしてやる! ずばり『好きな異性』だ! ほら、簡単だろ?」

 

 そう言ってにこりと笑うオッチャン。良い人だ……。

 しかし、ゆんゆんは途端に慌てた様子で。

 

「えっ、ま、待って! それは…………ああああああっ!!! ちがっ、これは違うの!!!!!」

「いや俺からは見えてねえから落ち着けって。まぁ、俺なんだろうけど」

「こ、これはね!? これは、その……ほら! 私ってそんなに異性の知り合いがいないから、そ、それで……!」

 

 おそらく、今ゆんゆんは、ゆでダコのように赤くなっているのだろう。見なくても分かる。

 オッチャンも、そんなゆんゆんを微笑ましく見て…………いなかった。オッチャンの視線は、俺の前方に固定され、明らかにドン引きした表情で何も言えない様子だ。

 

 えっ、俺の答え、そんなにおかしいのか?

 

「……えっと、じゃあゆんゆん、俺の答え当ててみろよ」

「あ、う、うん…………どうせ、私とかめぐみんとかは子供扱いして、女として見てないんだろうから…………そ、そけっとさん、とか?」

「おお! やったぞゆんゆん、やっと正解だ!」

「えっ……あ、そ、そうなんだ…………そけっとさん、か…………」

 

 やっと正解したというのに、ゆんゆんは分かりやすく落ち込んでいる。

 う、うーん、お兄ちゃんとしては妹からの気持ちに応えられないのは心苦しいのだが、やっぱり12歳はまだそういう目では見られねえんだよな……。

 

 ゆんゆんは少し泣きそうになりながら、こちらを振り返り…………固まった。

 

 俺の前には、そけっとが浮かび上がっている。

 

 しかし、そこに現れているのは、そけっとだけじゃなかった。

 

 そけっと以外にも、商人仲間で巨乳のお姉さんや、何度か参加した城内パーティーで目を付けた貴族のお姉さん方、他にもギルドの受付嬢やらセクシーな女冒険者、はたまた、いけないお店のお気に入りの子まで。

 

 それはもう、選り取りみどり、眼福と言える光景が浮かんでいた。

 

「オッチャン、この美人の紅魔族がそけっとだ。まぁ、そけっと以外にも沢山いるけど、答えの一つには変わりないし正解でいいよな! お、やったぞ、ゆんゆん! 最後にお前が正解してくれたお陰で、賞品は結構使えそうな録音の魔道具だ! これが1000エリスなら、かなりお得…………ゆんゆん? ど、どうした…………よし、落ち着け、ここは店の中だ。あまりご迷惑になることはごばふっ!!!!!!」

 

 店の中ではしばらく暴力音が連続した。

 

 

***

 

 

「兄さんは一度刺された方がいいと思う」

 

 まだご機嫌斜めな妹から、キツイ言葉を投げかけられる。

 俺は心外だとばかりに。

 

「いや待てってゆんゆん。言っとくけどな、別にあの人達の誰かと付き合ってるとか、そういうわけじゃないんだぞ? 『美人だなー、ヤりたいなー、結婚したいなー』って思ってるだけなんだ。つまり、純情な片思いに過ぎないってわけだ」

「兄さん、一度に何人もの女性に対して劣情を催すのは、片思いとは言わないんだよ?」

「え、そうなの?」

「うん」

 

 そ、そうだったのか……つまり、俺はまだ恋を知らないってことなのか……。

 なんか、一気に自分が子供に思えてきて少し凹む。

 

 しかし、ゆんゆんは俺の言葉にどこか安心したように小さな声で。

 

「……まぁ、兄さんは本気で誰かを好きになったことはないんだよね……」

「それなら、私にもまだチャンスはある!」

「そ、そんなこと言ってないから!! 兄さんのバカッ!!!」

 

 そうやって顔を真っ赤にしてポカポカ叩いてくる我が妹。こんなに可愛い妹がいて、お兄ちゃんはとても幸せ者です。

 

 それから俺達は昼食に串焼きを買い、それを食べながら街を歩く。太陽が高く昇るにつれて、街もどんどん活気付いてくる。

 俺はふと良いことを思いつき、隣のゆんゆんにニヤリと。

 

「お兄ちゃん、そっちのも食べてみたいな。一口くれよ」

「えっ……あ、う、うん、いいよ……」

「サンキュー。俺のも食っていいぞ、ほら」

 

 そう言ってお互いが持っていた串焼きを交換する。俺の持っていたものは肉系で、ゆんゆんが持っていたものは海鮮系だ。

 

 俺がなんの躊躇もなく、ゆんゆんの食べかけの串焼きをかじると、ゆんゆんはそれを顔を赤くして見ていた。

 そして、自分が持っている俺の串焼きを見てごくりと喉を鳴らす。そんなに美味しそうに見えるのだろうか。……いや、分かってるけどね。分かっていてやってるんだけどね。

 

 ゆんゆんは真っ赤な顔で、ゆっくりと串焼きを口まで持っていき……かじった。

 

「そういえばキスってさ」

「っっ!!!!!????? きゅ、急に何!?」

 

 俺の言葉に、びくっと全身を震わせるゆんゆん。

 その反応に思わず吹き出してしまいそうになるのを何とかこらえて、言ってみる。

 

「いや、キスってさ、二人の間でとんでもない数の菌が交換されるらしいぞ。それなら、間接キスはどうなんかなって」

「なんで今そんなこと言うの!? からかってるよね!? 私の事からかって遊んでるよね!?」

 

 そう言いながら、真っ赤な顔で詰め寄ってくるゆんゆんを、笑いながらなだめる。

 こういう反応は、からかう側からすれば楽しいものなのだが、おそらくこの妹は分かっていないだろう。めぐみんがよくオモチャにしているのも頷ける。

 

 その後、俺達はぶらぶらと街を歩きながら、ゆんゆんがペットショップでまりもを買って友達にしたり、夜の謁見の為に、服飾店でゆんゆんのドレスを見繕ったりしてもらった。

 

 それから、再び街を歩いていると、ゆんゆんが少し照れたように。

 

「あ、あの、私、友達にお土産とか買いたいなって……」

「ん、じゃあさっきのペットショップに戻るか? サボテン用の良い土とか、魚用の良い水草とか色々あったぞ。まぁ、土の方は俺のクリエイトアースでもいいと思うけど」

「そっちはまりもと一緒にもう買ったよ。そうじゃなくて、人間の方。ほら、めぐみんとか……」

「あー、そっかそっか」

 

 確かに考えてみれば、休みの日に王都に行って学校の友達にお土産を買うというのは、ゆんゆんにとってはやってみたいイベントだろう。

 俺は少し考えて。

 

「どうせクラスメイトは全部で10人しかいないし、全員分買っちまうか。じゃあ、ゆんゆんは、めぐみん、あるえ、ふにふら、どどんこ辺りのお土産選んでくれ。俺は他の子のを選ぶから」

「あ、う、うん……ちゃんと喜んでもらえる物を選べればいいんだけど……」

「まぁ、もう皆のキャラは大体分かってきただろ? そこまで大外しすることはないだろ」

「うーん、ふにふらさんとどどんこさんは、可愛い感じの小物でいいと思うんだけどね。めぐみんとあるえは……」

「めぐみんはとりあえず腹にたまる食い物やれば喜ぶだろ。あるえは曰くつきのアイテムとかがいいんじゃね? この前、怪しい店で血塗られたロザリオとか見たけど、あれとか良さそう」

「明らかに女の子へのお土産の選び方じゃないんだけど、否定出来ない……」

 

 ゆんゆんはそう言って苦笑いを浮かべながらも、初めての友達へのお土産選びにとても楽しそうにしており、見ているこっちまでほっこりした。良かったなぁ、ゆんゆん。

 

 

***

 

 

 楽しい時間というのはいつだって早く過ぎていくものであり、気付けば太陽は沈みかけていて、赤みがかった暗い空には星がいくつか光り始めている。

 街灯が照らす夜の街を歩きながら、俺は大きな時計塔を見上げて。

 

「少し早いけど、そろそろ城に向かうか」

「そ、そうだね……うん……」

「そんな緊張するなって。王女様といっても、冒険話をすれば笑顔で楽しそうに聞いてくれて、エロい話をすれば顔を真っ赤にしながらも興味津々に聞いてくる、普通の10歳の女の子だ」

「王女様にまでえっちな話とかしてるの!? 大丈夫なのそれ!?」

「大丈夫、大丈夫。クレアっていう護衛の女がブチギレて剣を抜いたりするけど、そのくらいだ」

「全然大丈夫じゃないと思うんだけどそれ」

 

 ゆんゆんが呆れてそう言った時だった。

 

 

 夜の街に、けたたましい鐘の音が響き渡った。

 

 

『魔王軍襲撃警報、魔王軍襲撃警報! 高レベル冒険者の方は、街へのモンスターの侵入に警戒してください! なお、普段から最前線での参戦をお願いしている超高レベル冒険者の方は、騎士団と共に至急王城前へ集まるようお願いします!』

 

 

 国の首都ともなれば、こうした魔王軍による襲撃も珍しくない。

 紅魔の里も比較的魔王城の近くにあるので、本来であればもっと襲撃があってもいいのだが、あの里には強力なアークウィザードがわんさかいる上に極めて好戦的なので、魔王軍もあまり手が出せない状況なのだ。

 

 街の人々は警報にざわついてはいるが、パニックになることはなく、落ち着いて避難を始めている。流石に慣れているといった感じだ。

 

 隣でゆんゆんが、俺のことを不安そうに見つめてくる。

 

「兄さん……行くんだよね……」

「そうだな、俺達も避難しないと……一旦宿に戻るか? あそこからなら、最前線で打ち上げられる魔法とかが花火みたいに見えて、結構綺麗かもしんないぞ」

「……えっ? あ、あれ? 兄さん、高レベル冒険者だから街の入り口を守ったり、騎士団の人達と前線で戦ったりしないの……?」

「ははは、何言ってんだよゆんゆん。高レベル冒険者といっても、俺は最弱職だぞ? そんな危ないことは、つよーい上級職の人に任せておけばいいんだ。ほら避難だ避難」

「ええっ!? それでいいの人として!?」

 

 そうやって何か騒いでいるゆんゆんの手を引いて、宿に戻ろうとしていた時。

 

 

『冒険者のお呼び出しを申し上げます! 冒険者カズマ様! 超高レベル冒険者のカズマ様! 至急王城前へお越しください!! なお、カズマ様が今回参戦されなかった場合、この後予定されている王女アイリス様への謁見の話はなかったことになると、シンフォニア家長女クレア様からのお達しです!!』

 

 

 あんのクソアマー!!!

 

 

***

 

 

 王城前は、鍛え抜かれた騎士団と、腕利きの冒険者達が集まっている。

 ゆんゆんも一人にしておくわけにはいかないのでここまで連れて来たが、流石に戦場まで連れて行くわけにはいかないので、城内に置いといてもらった。

 

 俺が顔全体で不機嫌ですと言いながら集合場所までやって来ると、そこには白スーツのクソ女が腕を組んで待っていた。

 

「やっと来たか。どうせギルドでクエストを受けるわけでもなく、またろくでもない事に手を染めていたのだろう」

「おうコラ、人様のデートを邪魔しといて第一声がそれかよ」

「ふむ、やはりろくでもない事をしていたか。罪のない一人の女性を、邪悪な男の魔の手から救えたようで何よりだ」

「お前また剥ぐぞ」

「き、貴様、今度あんなことをすれば、もう今後一切アイリス様には会わせないからな……!」

 

 アイリスの護衛にして、大貴族シンフォニア家の長女クレアは、ほんのり頬を赤く染めながらも、奥歯をギリッと鳴らしてこちらを睨む。何か嫌なことを思い出したらしい。

 

 そして、ジロッと俺の全身を眺めて。

 

「それにしても、何だその格好は。そんなもので、『自分は駆け出し冒険者です』などと誤魔化せるとでも思ったか」

「うるせえな、これには他の理由があんだよ。紅魔族風に言えば…………我が名はカズマ! 紅魔族随一の冒険者にして、訳あってその正体を隠す者…………ってとこか」

「貴様は紅魔族随一の変態にして鬼畜だろう」

「お前、その変態鬼畜男に手助け求めてんだけど、そこんとこ分かってんの?」

「ぐっ…………ま、まぁ、貴様の腕だけは……そう腕だけ、本当に腕だけは、信用している。頼んだぞ」

「ここまでやる気が出ない頼み方ってのも珍しいな」

 

 それから俺達は王城前を離れ、魔王軍が進行している最前線へと向かう。

 

 すぐに目的地に到着し、数多くの騎士や冒険者に囲まれ、敵を正面から待ち構える。

 かなりの数だ。もう帰りたい。

 俺が深い深い溜息をついていると、騎士団長の人が話しかけてくる。

 

「カズマ様。毎回のことで申し訳ないのですが」

「分かってます。潜伏からの敵指導者への奇襲に、上級魔法での広範囲攻撃、アンデッドや悪魔の浄化、敵の厄介な支援魔法や弱体魔法の打ち消し、味方への回復魔法や支援魔法、魔力が枯渇した者への魔力提供。この辺りを戦況に応じて適宜行え、でしょう」

「は、はい……カズマ様ほど多種多様なスキルを扱える者など、この国にはおりませんので……」

「確かにスキルは多いですけど、魔力は無限ってわけじゃないんですけどね……まぁ、こんだけの敵の数なら、いくらでも吸えますけど……」

 

 最弱職をこき使い過ぎじゃないかとも思うが、元々冒険者なんてのは、戦況に応じてどこにでもフォローに回れるというのが最大の利点だ。戦いになると、自然と役回りはこんな感じになる。

 

 俺は邪魔な眼帯を外し、ちゅんちゅん丸を鞘から抜きながら、盗聴スキルを使って敵の出方を窺ってみる。

 スキルによって様々な音を拾うようになった俺の耳は、魔王軍の連中の会話を捕まえる。

 

『おい……ありゃカズマじゃねえか? いつもと格好はちげーが、あの片眼だけ紅い紅魔族はそうだろ』

『うげっマジかよ……最近はあんま来てなかったってのに、ついてねーな』

『あの先輩、なんすか、そのカズマって奴は』

『あぁ、お前は知らねえか新入り。魔王軍では変態鬼畜のカズマと呼ばれる、悪魔より悪魔らしい紅魔族でな。アイツには、幹部の人達ですら酷い目に遭わされているんだ』

『か、幹部の人でも!?』

『そうだ。ウィズ様に対してすんごい事するぞとか言って脅し、スキルを無理矢理教えさせたり、そのウィズ様の下着を使ってベルディア様を罠にはめ、相当な痛手を負わせたり……』

『他にもシルビア様の胸に挟まれて幸せそうにしていたと思ったら、半分は男だと知って逆上。怪しげな魔道具を使って、他の紅魔族と一緒に、グロウキメラのシルビア様を無理矢理分離させ男に戻した後、縛り上げて雌オークの集落に放置したとか……』

『ひぃぃぃいい……』

 

「ち、違うから! 少なくともウィズは脅してなんかないから! 他は大体合ってるけど!!」

「えっ、急にどうしましたカズマ様……?」

「あ、いや、ごめんなさい、何でもないです……」

 

 ドレインタッチのスキルについて、人間側には、偶然出会ったリッチーを脅して無理矢理教えさせたという説明をしていた。モンスターと友好的にしてるとか思われると、下手をすれば魔王の手先だと思われても無理はないしな。でもそこから『ウィズを脅した』とか言われるのはちょっと……。

 

 というか、人間側だけじゃなく魔王軍の間でもそんな扱いされてんのかよ俺……。

 “いつもはアレだけど、ここぞという時に格好良いカズマさん”で通そうと思ってたのに、これじゃただの変態鬼畜で定着しちまいそうだ……。

 

 そんな感じに、どんよりとテンションが下がりながらも、俺はちゅんちゅん丸に魔法を宿し、周りの騎士や冒険者に紛れるように姿を潜め、戦場へと向かった。

 

 

***

 

 

 魔王軍を撃退したあと、俺は王城内の巨大な風呂を貸してもらい戦いの汚れを落とし、何度着ても着慣れない正装の黒スーツを着て、城で待たせていたゆんゆんと合流する。

 ゆんゆんは肩の開いた黒いドレスを着ており、その白い肌や紅い瞳、まだあどけない顔立ちに不釣合いな程に大人びた身体は何というか…………。

 

「……エロいな」

「エロい!? 何か他の褒め方ないの!?」

「すごくエッチだ……」

「言い方の問題じゃないから!!!」

 

 そんなやり取りをしながら、俺達はアイリスの部屋へと向かう。

 普通謁見で王族の私室に行くなんてことはないのだが、アイリスが落ち着いて話を聞ける所が良いと言うので、クレアも渋々ながら毎回了承している。

 

 騎士達に連れられて部屋の前までやって来ると、そこではクレアが若干むすっとした表情で待っていた。

 しかし、俺の隣にいるゆんゆんを見て、口元を綻ばせて綺麗な一礼をする。

 

「初めまして、ゆんゆん殿。私はクレア、第一王女アイリス様の護衛を担っている者です。この度はご足労頂きありがとうございます。アイリス様は未知なる学校生活についてお聞きになるのを、それはそれは楽しみにしているご様子です。どうか、お話し願えないでしょうか」

「あ、は、はい、もちろん……えっと、この度は、このような所にお招きいただき……」

「気を付けろゆんゆん、そいつは小さな女の子を危ない目で見る変態貴族だ」

「貴様いきなり何を言い出すか無礼者があああああああああああああっっ!!!!!」

 

 そんなことを言われても、妹を邪悪な魔の手から守るのはお兄ちゃんの義務なので仕方ない。

 クレアはふーふーと荒い息を吐き出しながら俺を睨みつつも、ドアをノックして返事を待ってから俺達を中に招き入れた。

 

 そこでは、金髪碧眼の、幼さの中に確かな高貴さも感じられる正統派王女様が、心からの明るい笑顔で出迎えてくれた。

 

「お久しぶりです、お兄様! そして、初めまして、ゆんゆん様! 第一王女のアイリスです。ゆんゆん様のことは、お兄様からよく聞いております。長いお付き合いになるでしょうし、これから仲良くしていただければと思います」

「あ、は、はい、こちらこそ…………お兄様…………?」

「い、いや特に深い意味はないって! こめっこが俺のことを『カズマお兄ちゃん』って呼ぶのと同じだ!」

 

 そんな言い訳をしていると、クレアが不機嫌そうに。

 

「何を言っている。貴様の方から自分のことは兄と呼ぶようにと、アイリス様に言ったのだろうが」

「……ふーん」

「ごめんなさい」

 

 無表情で紅く輝く瞳を向けられ、冷や汗をかきながら俺は素直に土下座する。

 ゆんゆんはしばらく俺に探るような目を向けた後、一度息をついてから、緊張した様子でアイリスの方に視線を戻して。

 

「……は、初めましてアイリス様。この度は、その、お招きいただき……」

「ふふ、そのような畏まった言葉遣いではなく、普段お兄様へ向けるようなもので構いませんよ? 確かに私は一国の王女であると同時に、ゆんゆん様の義理の姉になるわけですが、私としては近い距離で親しくしていきたいと思っておりますので」

「…………義理? 姉?」

「っ!! そうだアイリス、今回も面白そうな話が沢山あるんだぞー! 早速話して」

「兄さん、少し黙って」

 

 今更ながら、アイリスの言ってる事の意味を理解した俺は、慌てて話題を変えようとしたのだが、ゆんゆんの一言で封殺される。

 ゆんゆんは若干引きつった笑顔で。

 

「すみません、アイリス様が私の義理の姉というのは、一体どういう事なのでしょうか……?」

「それはもちろん、私は将来お兄様と結婚することになりますので、お兄様の妹であるゆんゆん様にとって、私は義理の姉になる……ということですよ」

「…………」

「待てゆんゆん、違うんだ。これは王族特有のロイヤルジョークと言ってだな」

「なっ、ジョークなどではありません! お兄様、この前のパーティーで言ってくれたじゃないですか! 『よーし、パパ魔王倒しちゃうぞー!』って! それで私は、ついにお兄様が私と結ばれることを決めてくれたのだと、大喜びしましたのに……!」

 

 そう言って少し涙目になるアイリスに胸が痛む……とても酔った勢いでとか言えない……。あとゆんゆんがとんでもない表情でこっち見ててすごく怖い。

 

 すると、クレアが溜息をついて。

 

「アイリス様、この男が魔王を倒すなどありえませんよ。確かに腕はありますし、本気で魔王を倒そうというのであれば、その可能性はあるでしょう。しかし、この男は肝心のやる気がありません。どうせその魔王を倒すという言葉も、酔った勢いでとかそんなオチでしょう」

「そう、なのですか、お兄様……?」

「あー、えっと、その……」

「そ、そうですよ! 兄さんは魔王を倒すなんて柄ではありませんって! 稼ぐだけ稼いだら、あとは一生ダラダラ遊んで暮らすような人ですから!!」

 

 アイリスは見るからに落ち込んでしょんぼりとしているが、ゆんゆんやクレアの言葉は大体合っているので、俺も何も言い返すことができない。

 俺の夢を考えれば、アイリスと結婚というのは理想とは言える。しかし、その為に魔王を倒さなければならないとなると、どうしても気後れしてしまう。

 

 俺は気まずさを感じながら、頭をかいて。

 

「……ごめんな。でもアイリスはまだ10歳だろ? 俺よりも良い男なんて、これからいくらでも出会うって。言っとくけど、俺って結構アレな方だぞ? 魔王を倒して世界を救うような勇者様の方が、きっと良い奴だと思うし……」

「ほう、貴様にしては珍しく真っ当なことを言うのだな」

 

 こ、この白スーツ……!

 一方で、アイリスは首を大きく横に振って。

 

「お兄様がダメな人なのはよく知っています! それでも、私はお兄様がいいのです! お兄様以外の方とは結婚したくありません!!」

「……愛されてるんだね兄さん」

「ち、違うって、懐かれてるだけだって! …………アイリス、少し聞いてくれるか?」

 

 俺は不安そうな目でこちらを見てくるアイリスに目線を合わせる。

 そして、普段はあまり使わない真剣な声で。

 

「アイリスはさ、初めて俺と会った時、俺のことどう思った?」

「えっ……それは……ぶ、無礼な人だな、と……」

「だろうなぁ……俺も正直言うと、アイリスのこと、可愛げのない奴だとか思ったよ」

「うぅ……ご、ごめんなさい……」

「いや謝ることないって。しょうがねえよ、お互いがお互いのこと、何も知らなかったんだから。…………でも、今では俺はアイリスのこと大好きだぞ」

「は、はい! 私もお兄様のことが大好きです!」

 

 そんなことを話していると、自然とお互いの口元がほころぶ。

 

「やっぱり、人間、ちゃんと話してみないとお互いのことってのは良く分からないと思うんだ。だからさ、魔王を倒す勇者様が現れても、すぐに拒絶するんじゃなくて、少しは話してみないか? もしかしたら、俺よりもずっと良い男かもしれないだろ?」

「……それは…………で、でも…………」

「で、話してみて、そいつのことをよく知って、それでも結婚したくないと思ったら、その時はお兄ちゃんに言えよ。お前を連れてどっかに逃げてやるから」

「なっ……何を言っている貴様!!!!!」

 

 それまで大人しく聞いていたクレアが激昂するが、俺はただアイリスだけを見つめる。

 アイリスもまた俺のことをじっと見つめ返し…………小さく笑った。

 

「……お兄様は意地悪です。そんなことをすれば、国全体に……お兄様に多大なご迷惑をかけてしまいます……。分かっています、私は一国の王女です。少しワガママを言ってみたかっただけなのです。もちろん、魔王を倒した勇者様のことを無碍に扱うようなこともしません」

「いや、アイリスが望むなら真面目に連れ出してやるぞ、俺」

「ふふ、やめてください、本当に気持ちが揺らいでしまいますよ。……分かりました、今すぐ結論を出すことはしません。私の中にあるお兄様への気持ちについても、保留……ということにしておいてあげます。確かに、私はまだ10年しか生きていない子供です、何かを決めつけてしまうのは早過ぎるのでしょう…………でも」

 

 ここで、アイリスはずいっと俺に顔を近付けてきた。

 その綺麗な碧眼に、俺の顔が映っているのが見えるくらいだ。

 

「やっぱり私は、お兄様に魔王を倒してもらいたいです。ダメでしょうか?」

「…………あー」

 

 俺は少し考え込み。

 

「……分かった。本当に、確実に、こっちがやられるような危険が全くないような状況に持ち込めたら、その時は倒すよ。ごめん、魔王とか正直おっかなすぎる。死にたくないんだ俺」

「えぇ、それで結構です! 私だって、お兄様には死んでほしくありません。それに、お兄様ならきっと、いつかそんな奇跡的なチャンスさえも作り出せてしまうのではないかと、私はそう思います」

 

 そう言って、眩しいくらいの笑顔を浮かべるアイリス。

 魔王相手にそんな状況を作り出せるとか全く自信はないし、とんでもなく買い被られているような気がするが、それでもこんな笑顔を向けられては頑張ってみようと思えてしまう。

 それにしても、こんな俺でも少しのやる気を出させてしまうとは、これが王の資質…………違うか。俺が幼女に甘いだけか。

 

 クレアは何か言いたげな顔をしつつも、渋々といった感じで黙っているようだ。

 そして、ゆんゆんはと言うと。

 

「……兄さん。良い雰囲気のところ悪いんだけど、私がいるって忘れてない?」

「も、もちろん忘れてないぞ! 俺が妹のことを忘れるわけがないだろ! というか、良い雰囲気って何だよ、アイリスは10歳だぞ? これは心温まる教育的な一場面であって、間違っても妙なことは……」

「ふふ、お兄様からすればそうだとしても、私はときめきましたよ?」

「だってさ、兄さん。良かったね」

 

 それならもっと良かったと思えるような顔で言ってほしい。こ、怖いって。

 そんなゆんゆんに、アイリスが戸惑った様子で。

 

「えっと、ゆんゆん様もお兄様のことが好きなのですか? ですが、ゆんゆん様は妹なのですし、結ばれるのは私以上に困難…………というより流石に無理だと思うのですが……」

「で、出来ますよ結婚! その、兄さんは私の家の養子で、血は繋がっていないですから……」

「なっ……き、貴様……まさか結婚可能な妹を得る為に養子に入ったのでは……」

「ちげえよ!! 俺が養子に入ったのは物心付く前だっつの!! 流石にそこまでゲスじゃねえよ!!!」

 

 とんでもなく失礼なことを言い出したクレアに、全力で否定する。こいつは本当に俺のことを何だと思ってんだ。

 

 すると、ゆんゆんの言葉を聞いたアイリスは、少し警戒するような表情で。

 

「では……ゆんゆん様はお兄様と結婚するつもりなのですか? もしかして……もう付き合っていたり……?」

「えっ!? そ、そんなことはないですよ!! わ、私は、別に、兄さんとはそんなつもりは……け、結婚だって、一応出来るってだけで…………!!」

「…………そうですか!」

 

 ゆんゆんの様子をじっと観察していたアイリスは、安心したような笑顔になった。

 

「良かったです、強力なライバルかと思いましたが、全然そんなことはありませんでした! そうですよね、もうずっと一緒にいたというのに何もないのですから、これからも進展などあるはずもないですよね!」

「あれっ!? ま、待ってください! その、ですね! 本当に全くこれっぽっちも、そんな気持ちがないというわけではなくて……」

「分かっています分かっています。ただ、私としては、ゆんゆん様がこのタイプで安心しました! お兄様は案外押しに弱い所があるので、そのタイプでしたらどうしたものかと思いましたが…………あの、ゆんゆん様! 私達、良いお友達になれるような気がするのですが、どうでしょう!」

「何だろう! 良い友達になれるって凄く嬉しい事言われてるのに、凄く釈然としないのは何だろう!! うぅ……私だって、王都に来てからはちょっと頑張ってるのに……」

 

 若干涙目になっているゆんゆんを見ながら、俺はアイリスの言葉に唖然とする。

 い、今時の10歳って恋愛でこんな事言うものなの……?

 ちらっとクレアの方を見てみると、相当引きつった表情をしていた。決して俺の感覚がおかしいわけではないようだ。

 

 そんな俺達のことは気にせず、アイリスは楽しげに笑って、ゆんゆんに手を差し出す。

 

「私、年が近い子と関わる機会があまりなくて…………よろしければ、お友達なっていただけたら嬉しいです。口調や呼び方も、もっと砕けた感じで接してほしいです」

 

 アイリスの言葉に、ゆんゆんはおろおろとしてクレアの方を見た。

 クレアは優しい笑みを浮かべて、ゆっくりと頷く。おい、なんか俺の時と随分と対応が違うんですが。

 

 それを見て、ゆんゆんも照れたようにはにかみ、アイリスの手を握った。

 

「あの、私で良ければ喜んで…………えっと、アイリスちゃん……でいい、のかな……」

「それも構いませんが、お義姉さん、というのはどうでしょう?」

「ええっ!? い、いや、それはナシで!!」

「ふふ、仕方ありませんね。それでは私は、ゆんゆんさんと呼ぶことにします。私とお友達になってくれてありがとうございます、ゆんゆんさん!」

「あ、う、うん、こちらこそありがとう! よろしくね!」

 

 こうして、ゆんゆんに新しい友達ができた。良かった良かった。

 

 それから、ゆんゆんはアイリスに学校のことを詳しく聞かせてあげた。

 余程その話が面白いのか、アイリスは目をキラキラさせて、ゆんゆんが少し話す毎にいくつもの質問を投げかけていた。クレアまでも、学校の話というのは珍しく感じるのか、アイリスと一緒になって聞き込んでいるようだった。

 

 ここで学校の話も出てきたので、俺が教えている生徒の一人である、あの頭のおかしい爆裂狂のことについて少し聞いてみることにした。要するに、ここの騎士団で使えるかどうかだ。

 一応ゆんゆんにはまだ秘密にしておいた方がいいと思い、俺はクレアに手招きする。

 

「おいクレア、ちょっといいか。こっちこっち」

「ん、なんだ、貴様と内緒話などしたくないのだが」

「お、お兄様……? クレアだけに話したいことがあるのですか……?」

「あ、いや、そんなに大したことじゃねえって! ただ、ちょっとオトナの話ってやつで……」

「……兄さん、もしかして何かえっちな話でもする気なの?」

「そういう意味じゃねえよ! いいからほら!」

 

 アイリスの不安そうな目と、ゆんゆんの疑いの目を受けながら、俺はクレアを部屋の隅に連れてくる。

 最初は何か怪しむような表情を浮かべていたクレアだったが、俺の真面目な顔を見て話を聞く気にはなってくれたようだ。

 

「静かに聞けよ? 実は、俺のクラスに爆裂魔法を覚えようとしてるバカがいるんだけどさ」

「ば、爆れ――もごっ!!」

「しー! 里の奴等にはまだ秘密にしてんだよ、色々と面倒だから。もちろん、ゆんゆんにも」

「ぐっ、貴様のような下賤な者がよくも私の口を…………しかし、本当なのかそれは? そもそも、覚えたところで撃てるのか?」

「たぶん撃てる。そいつは紅魔族随一の天才とか言われていてな、紅魔族の中でも特別強い魔力を持ってるんだ。ただ、頭の方がかなりアレでな、爆裂魔法以外の魔法は覚える気がないらしい。あの魔法は強力だが、どんなに魔力があっても日に一発が限度だろう。これじゃ絶対普通の冒険者パーティーには入れない」

「……だから、騎士団にどうか、という話か。ふむ」

 

 俺が言いたい事を早くも理解してくれたクレアは、口元に手を当てて少し考える。

 

「爆裂魔法に関しては、私は直接この目で見たことがないのだが、実際どんなものなのだ? 神々や最上位悪魔にすら通用する、人類最強の攻撃手段……という話は聞いているのだが、使い手すら見たことがなくてな」

「まぁ俺も一度見ただけなんだが、とんでもなかったぞ。もう魔法とかそういうレベルじゃなく、火山の噴火みたいな災害って言った方がいい。広範囲に渡って全てを消し飛ばし、あんまり強力なもんだから地形も変わる。今日みたいな魔王軍の大群にぶち込めば、一度に数百数千単位で大打撃を与えられると思う」

 

 俺の言葉に、クレアはゴクリと喉を鳴らす。

 俺が見たのはもう随分と昔のことなのだが、あの強烈な光景は未だによく覚えている。幼い頃のめぐみんが魅せられたというのも分からなくもない。

 

 ……あれ? そういやあまり気にしたことがなかったけど、めぐみんの冒険者カードには習得可能スキルとして既に爆裂魔法が暗い文字で表示されていたが、誰に教えてもらったのだろう。爆裂魔法を使える人なんて、そうそう出会えるわけもないと思うが…………もしかして、あの巨乳店主か?

 

 そんなことを考えていると、クレアが一度頷いて。

 

「分かった、検討してみよう。確かに我々にとって、そのような一撃で戦況を変えられるような攻撃手段はぜひ欲しいところだ。騎士団は冒険者パーティーとは違い、大規模な集団戦が多い。魔法を撃った後のフォローも何とかなるはずだ」

「そっか! それなら良かったよ! あ、そうだ、王都の騎士団なら、最高純度のマナタイトで爆裂魔法の連発! みたいな反則技も出来るんじゃないか?」

「王都だからと言って、そこまでの財政的余裕があるはずないだろう。まぁ、一つ二つ用意して、戦況によって再び撃ってもらうということはあるかもしれんが……」

「十分だ、アイツ喜ぶぞきっと。とにかく、よろしく頼むわ。クラスで一番の天才のくせに、一番の問題児なんだアイツは」

「……ふん。なんだ、貴様が教師をやっていると聞いた時は、紅魔族は何を考えているのかと思ったが、一応は教師らしいことも出来るのだな」

「失礼な。クラスでは、パンツ盗ったりお尻揉んだり添い寝しようとしてくるけど、何だかんだ生徒想いの良い先生ってことで通ってんだぜ」

「それは良い先生ではないだろう!! 大丈夫なのか紅魔族の学生は!?」

 

 そんな感じに話がまとまり、俺は満足してアイリスとゆんゆんの方に戻って行く。どうやら二人で学校の話の続きをしていたようだが、俺達の話が終わったのを見ると、すぐにアイリスがクレアに向かって。

 

「そ、それで、どんなお話だったのですか!? まさか、いつの間にやら、お兄様とクレアはオトナの関係に……!?」

「何を仰っているのですかアイリス様!? くっ、やはりこの男の悪影響が……」

「兄さん、何の話をしてたの? 兄さんの事だから、私達に聞かせられない話っていう時点で、もう嫌な予感しかしないんだけど」

「お、俺だってたまには真面目な話くらいするわ! いつもセクハラしか頭にないと思うなよ!」

「大丈夫です、アイリス様、ゆんゆん殿。この男にしては珍しく……本当に珍しく、真面目な話でした。この国の防衛関係のことです」

 

 ……なんだろう。一応はこの白スーツが珍しく俺のことをフォローしているのに、この何とも言えない感じは。俺だって、そんなにいつもふざけた事ばかり言ってるわけじゃ…………うん、大体ふざけた事しか言ってないな。

 

 クレアの言葉を聞いたアイリスは、安心したように息をついて。

 

「それなら良かったです…………はぁ、それにしても、聞けば聞くほど楽しそうな所ですね、学校という所は。ぜひ私も通ってみたいものです…………その為には、お兄様に魔王を倒して世界を平和にしていただかないと、ですね!」

「いえいえアイリス様。そんな男よりも、もっと頼もしい者が王都には沢山いますよ。ここには、強力な能力を持った、変わった名前の勇者候補などもよく集まってきますから。魔王を倒すのは、きっと彼らの内の誰かでしょう」

「ぐっ、ああいうチート持ち連中は、案外搦め手に弱かったりするんだぞ…………あ、そうだそうだ。そういえば、そのことで聞きたいことがあるんだった」

 

 可愛い可愛いアイリスに会えて浮かれて、うっかり忘れるところだった。まぁ、忘れたところでそこまで大きな問題でもないが。

 

 俺は、首を傾げて先を促しているアイリスに。

 

「最近、名を挙げてきてる魔剣使いの勇者候補っていなかったか? 俺も何となくは聞いたことあったんだが、男のことはそんなに長く覚えていられなくてな。確か仲間の女の子は『キョウヤ』とか呼んでたんだけど」

「あぁ、それでしたらミツルギ様のことでしょう。魔剣グラムを持つ勇者候補、ミツルギキョウヤ様です」

「……ミツルギ、か。やっぱつえーのか、そいつ? 言っても、まだルーキーだろ?」

「強い。あの魔剣はあらゆる物を斬り裂く力を持っていてな、高い魔力の鱗で大抵の攻撃を弾いてしまうドラゴンですら、一太刀で斬り伏せてしまう程だ」

「す、すごい……ドラゴンを一撃なんて、紅魔族でも出来る人はほとんどいないんじゃないかな……」

 

 ゆんゆんが驚いて言う。確かに、そんなことが出来る人なんて、俺も知り合いの巨乳商人くらいしか思い当たらない。

 …………いや、俺も本気出せば出来なくもないんだよ? ほんとだよ?

 

 すると、クレアはニヤリと笑い。

 

「当然、ミツルギ殿も魔王討伐を考えているようだぞ。あの方は腕が立ち、心優しく、しかもイケメンだ。貴様のような、腕が立つだけで他が壊滅的な者など相手にならないだろうな」

「私もそのミツルギさんって人はちらっと見ましたけど、兄さんよりはるかにイケメンでしたね……顔じゃ完敗かも……」

「むっ、確かにミツルギ様はイケメンですし、強くて優しくて……そしてとてもイケメンです! ですが、お兄様にはお兄様の良さがあるのです!」

 

 この世のイケメンを全員葬れるスイッチとかないかな。連打するぞ連打。

 というか、クレアの奴、何が腕が立つ以外は壊滅的だ。それは流石に言い過ぎ…………。

 

「……あ、あのさ、この際、俺の性格が壊滅的だってのは認めてやらなくもない。でも俺、その、顔も……壊滅的、か? じ、自分では一応平均レベルはあるかと思ってたんだけど……」

 

 少し……いや、かなり心配して聞いてみる。

 すると、アイリスが慌てて。

 

「だ、大丈夫ですよお兄様! お兄様のお顔は決して酷くありません! 普通です! まさに平均点ど真ん中というくらいに普通です!! だから安心してください!!」

「…………あ、ありがとう」

 

 そ、そっか……普通かぁ…………普通ね…………。

 そんな、妙に虚しい気持ちになりながら。

 

「あー、とにかく、そのミツルギって奴がさ、紅魔の里まで来て俺を探してるみたいなんだ。パーティーメンバーを探してるとも言ってたし、多分俺を仲間にしたいと思ってるんだろうけど……」

 

 そう言った時だった。

 何故かクレアが、さっと俺から視線を逸らした。

 

 …………。

 

「おい、そこの白スーツ。今なんで目を逸らした、言え」

「し、白スーツと呼ぶな無礼者! ふん、別に大した理由はない。平均点ど真ん中の貴様の顔を見続けても面白いことはないだろう」

「ぐっ、こ、こいつ……」

 

 明らかに何かを隠している様子だ。こういうのは放置しておくと、大抵後で面倒なことになるもんなんだが……。

 

 しかし、アイリスはパァと顔を輝かせて。

 

「お兄様とミツルギ様がパーティーを組む……良いではないですか! それなら、きっと魔王だって倒せます!」

「えー、アイツ俺と真逆の存在と言ってもいいくらいだぞ。絶対合わないって」

「う、うん、そうだよ! 兄さんとあの人じゃ、ケンカばかりでダメだよ! やっぱりパーティーはチームワークが大切だし!」

「……ゆんゆんさんは、そろそろ兄離れした方がいいですよ? どうせこれ以上一緒にいても何もないでしょうし」

「アイリスちゃんにまで兄離れしろって言われた! 二歳も年下の子に兄離れしろって言われた!!」

 

 ゆんゆんはショックを受けているようだが、俺はどうしてもクレアの反応が気になる。

 クレアの方も俺に怪しまれていることには気付いているのか、わざとらしく咳払いをすると。

 

「そういえば、貴様は今日の戦いの際、まるで駆け出し冒険者のような格好をしていたが、あれは結局なんだったのだ?」

「あれはそのミツルギ対策だよ。アイツは俺の顔までは知らないみたいだったから、ああいう格好して気付かれないようにしてたんだ。たぶん、俺の名前は王都の腕利き冒険者ってことで知ってると思ってな」

 

 俺の言い分に、アイリスは困ったように笑って。

 

「そ、そこまでして隠れなくても…………でも、服装などで正体を隠して戦うって格好良いですよね! ほら、以前にお兄様が紅魔の里から持ってきてくれた本にも、ゴロウコウという身分の高い方が、その正体を隠して世直しするというものがありましたし!」

「あ、それアイリスちゃんも読んだことあるんだ! 面白いよね! 私も何度も読み返してるよ! 正体を隠して悪事を暴くっていうなら、『暴れん坊ロード』って本も面白いよ!」

「ぜひ、それも読んでみたいです! 次の機会に持ってきてくれませんか!? ……はぁ、私も一度あのゴロウコウのような事をやってみたいとクレアにお願いしているのですが、中々了承してくれないのです」

「と、当然です! 護衛が二人だけなど、王女様を守るにはあまりにも少ないです!」

「正体を隠すのですから、ぞろぞろと来られても困ると何度も言っているでしょう! 護衛はスケサン、カクサンだけです! 私としてはスケサン、カクサンを、クレアとレイン。そしてお調子者のハチベエを、お兄様にやっていただきたいのですが……」

 

 アイリスのそんな言葉を聞きながら、クレアはキッとこっちを睨む。な、なんだよ、俺が貸した本が悪いってのかよ!

 

 仕方ないので、俺は溜息を一つつき。

 

「ま、まぁ、それはアイリスがもう少し大きくなってからな! その代わりと言っちゃ何だが、俺がそのゴロウコウみたいに、正体を隠して悪者を懲らしめた話をしてやろう!」

「え、ほ、本当ですか! ぜひ聞きたいです!!」

「いや貴様の場合、別に貴族でも王族でもないのだから、隠す正体もないだろう。鬼畜で変態なのを隠して、という意味か? それなら常に隠している事をオススメするが」

「そこ、うるさいぞ。――――それは少し昔のこと、とある街ではカツアゲの被害が増えており、人々は困っていました。そこで、偶然通りかかった俺は、何とかしてあげようと思ったわけだ」

 

 語り出す俺に、アイリスは好奇心でキラキラした瞳をじっと向けてくる。

 ゆんゆんもまた、少し意外そうな表情でこちらを見ており、クレアは相変わらず胡散臭そうにしていた。

 

「俺は自分を囮にして、絡んできたカツアゲ野郎をぶっ飛ばすという作戦を実行することにした。だが、それには一つ問題があった。そう、俺の紅魔族ローブと紅い瞳だ。カツアゲ野郎が狙うのは、どれも力のない人達だったから、紅魔族だと狙われない可能性があった」

「だから、普段とは違う格好をして正体を隠すのですね!」

「そう! 俺は駆け出し冒険者の服に身を包み、眼帯で紅い左眼を隠した。その上で人気のない路地を歩いていると、早速俺はカツアゲ野郎に絡まれ、そこで華麗に眼帯を外し、『この紅い瞳が目に入らぬか!』と格好良く言ってやった!」

「わぁぁ! それで、相手の方はお兄様が紅魔族だと知って、途端に頭を下げたのですね!」

「いや、『片眼だけ紅い紅魔族なんざ聞いたことねえぞ、このパチモンが!』とか言われて普通に襲われたから、反撃してぶっ倒しただけなんだけどな」

「……そ、そうですか」

「まぁ、そんな感じに、その後も同じ方法で何人ものカツアゲ野郎をノシて縛り上げ、金品を巻き上げて被害者に返し、その後『荒くれ者相手に無理矢理すんごい事がしたい……はぁ、はぁ……』とか言っていた変態貴族に身柄を売り渡し、俺は人知れず街を離れたのだった……」

 

「「…………」」

 

 俺の話を聞き終え、明らかにドン引きした目を向けてくる三人。

 クレアは深々と溜息をつき。

 

「貴様が人助けなどおかしいとは思ったのだ。初めから、その変態貴族とやらに犯罪者を売り付ける為だったのか」

「兄さん……それ普通に人身売買じゃない……」

「……あ、あの、お兄様、いくら相手が犯罪者だとしても、それはダメなんじゃ……」

「……アイリス、よく聞いてくれ」

 

 俺はアイリスの目を正面から見る。

 

「犯罪者相手なら、何したって犯罪にはならないんだ」

 

 そんなことを、大真面目に言ってみた。

 アイリスは目を丸くして。

 

「そ、そうなのですか!? ご、ごめんなさい! 王女ともあろう者が、勉強不足でした!!」

「そう落ち込むなって。これから勉強していけばいいさ」

「そんなわけあるかあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 クレアがすんごい形相で掴みかかってきた!

 

「貴様そういうウソをアイリス様に吹き込むなと何度言えば分かる!! 犯罪者相手でも犯罪は犯罪だこの悪人めが!!!!!」

「ふっ、違うな。犯罪ってのは訴えられて初めて犯罪になるんだ。俺は訴えられてない。つまり犯罪じゃない」

「どうせ貴族が権力を使って、もみ消しているだけだろうが! それなら私が凶悪事件として立件してやろうか!」

「この話はフィクションです。登場する人物、団体、名称等は」

「今更すっとぼける気か貴様あああああああああああああああああ!!!!!」

「大体、そんなキレることねえだろ。被害者にはちゃんと金返ってきたし、カツアゲ犯だって貴族の屋敷から出てきた後は、すっかり心入れ替えて奉仕活動も進んでやる良民になったみたいだし。まぁ、自分の背後に男が立つ度に、ケツ押さえて逃げ出すようにはなったみたいだけど」

「それ完全にトラウマになってるじゃない……」

「アイリス様! やはりこの男と会われるのはやめた方がいいです! アイリス様にとって、悪影響にしかなりません!」

「そ、そんなことは……! …………あ、ありません……たぶん……」

 

 アイリス! もっと強く否定してくれ!

 いよいよクレアは俺に対して警戒心を露わにして、アイリスを守るように間に立つ。

 

「もういい、貴様は早く出て行け! あ、ゆんゆん殿は、もちろんこのまま居てくれて構わないですよ。アイリス様の大切なご友人なのですから」

「…………クレア、ちょっと来い」

 

 ここはもう切り札を出すしかなさそうだ。

 俺は再びクレアに手招きをして、部屋の隅に呼ぶ。クレアは怪訝な表情をしながらも、何が起きても対応できるように身構えながらこちらにやって来た。

 

「なんだ。言っておくが、私に賄賂の類は通用しないぞ」

「んなこと分かってるよ。俺はただ、お前にお願いしたいだけだ。可愛い妹分であるアイリスを、俺から引き剥がすなって」

「断る。どうしてもと言うのなら、まずはその汚れきった心を何とかしてから出直して来い」

「……はっ。おいクレア、これを見てから同じこと言ってみろよ」

 

 俺はニヤリと笑みを浮かべ、懐から数枚の写真を取り出す。そう、これが切り札だ。

 クレアは面倒くさそうに、それに目を向け…………。

 

 驚愕の表情を浮かべて固まった。

 

「……あ……あぁ…………!」

「お前さっき、汚れきった心がどうとか言ってたよなぁ? けど、いつもアイリスの側にいるお前はどうなの? 綺麗な心なの?」

 

 そう言って、写真をヒラヒラ振ってやる。

 

 そこに写っていたのは、アイリスの服を抱きしめクンカクンカしているクレアの姿だった。

 

 おそらく、サイズが小さくなってアイリスが着なくなった物なのだろう。それをこの変態は私物化して、好き放題に使っていたわけだ。

 他にも、アイリスの写真を自分の部屋中に貼り付け、それを撫でながら危ない目をして何かを話しかけている様子や、アイリスのものらしき長い金髪を数本、枕に忍ばせている様子なども激写されていた。

 

 クレアは今まで見たこともないくらいに顔を青くして、目にはちょっと涙も浮かべて震えている。

 

「あぁ…………ぁぁぁあ…………!!!」

「お前のアイリスを見る目が何かおかしいとは思ってたんだ。絶対忠誠心以上の何かがあるってな。ふっ、この俺が、毎度毎度自分の邪魔をしてくる相手に対して、弱みの一つも握らないままいるとでも思ったか!」

「あああ…………あああああ…………!!!!!」

「どうやってこんなものが撮れたのか、とか聞きたいのか? 俺を誰だと思ってやがる、たぶんこの国で一番多くのスキルを持ってる冒険者だぞ。その気になれば、大貴族の屋敷だろうが何だろうが、侵入することなんて容易いんだよ」

「あああああ…………あああああああ…………ああああああああ……っ!!」

「くくくっ、俺が言いたいことは分かるな? これでお前は俺に逆らえない。まぁ、安心しろよ、そんなとんでもない命令をするわけじゃない。とりあえず、俺がアイリスと会うのを邪魔しなければそれでいい。もし拒否するってんなら、これをアイリスに見せて」

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 

 突然絶叫したクレアが剣を抜いた! 目がやばい!!

 

「うおおおっ!? お、おい、待て落ち着け!! 分かった、俺が悪かった! つかどんだけヒステリックなんだよ、こんなのが王女様の護衛でいいの!?」

「ク、クレア、急にどうしたのですか!? と、とにかく、剣をしまって……」

「兄さん、また何かやらかしたの!? どうして、どこへ行ってもトラブルばかり起こすのよ!!」

 

 流石にこんな状況でゆんゆん達が気付かないはずもなく、二人共突然のクレアの奇行に目を丸くして驚きつつも、何とか止めようとしている。

 

 クレアは叫ぶ。

 

「もうダメだ!!! 私は終わりだ!!!!! アイリス様に嫌われたら私はもう生きていけない!!!!! こ、ここここここうなったら、貴様を殺して私も死んでやるっっ!!!!!」

 

 それからしばらくクレアは大暴れし、何とか俺のスキルで大人しくさせた後は、大慌てで現れたレインに連れられてどこかへ去っていった。

 そして、こんな大騒ぎを起こしてアイリスへの謁見が続けられるわけもなく、俺とゆんゆんは厄介払いされるように城から出て行くことになった。

 

 

***

 

 

 正装から普段着に着替えた俺達は、夜の王都をとぼとぼと歩く。

 隣ではゆんゆんが呆れたように。

 

「兄さん、本当にクレアさんに何言ったのよ」

「言わない。つーか、それ言ったら多分、クレアがもっと大変なことになる」

 

 脅しには屈しないというタイプも会ったことはあるが、あそこまで発狂するタイプは初めてだった。俺の可愛いアイリスが心配だ。

 

 そのまま二人で歩き着いた先は、この街の冒険者ギルドだった。

 何だかんだ、ギルドの空気は落ち着く。魔王軍の襲撃から城での騒ぎでぐったりしてしまったので、ここで軽く一杯引っ掛けようかと思ったのだ。

 

 正面扉を開けると、むわっとした熱気が肌を撫でる。ギルドは食べ物や酒の香りで満たされ、そこら中から笑い声があがっている。

 冒険者というのは、暇さえあれば賑やかに騒ぎたい連中がほとんどだ。ここの冒険者はそれなりに成功した者が多いこともあって、金に困らず好き放題に飲み食いしている者も多い。

 

 ゆんゆんは、この雰囲気に圧倒されるように息を飲んでいる。

 そんな妹を連れて、俺はちらほら話しかけてくる冒険者達に適当に言葉を返しつつ、空いているテーブルを探して座る。すぐに店員さんを呼んで、酒やつまみ、それとゆんゆん用のネロイドを注文していく。ゆんゆんはそれを呆然と眺めているだけだ。

 

 そして、早速運ばれてきた酒を、グイッと呷っていると。

 

「お、カズマじゃねえか。どうした、最近顔見せなかったな。今度はどんなわりーことしてたんだ? というかその格好、まさかまたカツアゲ狩りでもやってんのか?」

 

 鼻に大きな引っかき傷のある大柄な男が、えらく上機嫌に言いながら近くにやって来た。

 テーブルの向かいでは、急に知らない人が話しかけてきたので、ゆんゆんがビクッとしている。

 

 俺は手にしたジョッキをテーブルに置き、その男に向かって。

 

「悪い事なんてしてねえよレックス。俺、里のほうで教師やってんだ今」

「へぇ、教師ねぇ…………教師!? お前が!?」

 

 俺の言葉がそれだけ意外だったのか、素っ頓狂な声をあげて驚く男。

 

 この男はレックス。それなりに腕の立つ大剣使いの戦士職で、以前に他の街で知り合い、パーティーを組んだこともある。その時に俺が、それくらい腕が立つなら、ここより王都の方がレベルも上がるし儲かるぞとアドバイスをして、この王都に移り住んだという経緯があったりもする。

 少し離れた所のテーブルでは、レックスのパーティーメンバーである斧使いのテリーや、槍使いのソフィもいて、俺の視線に気付くと機嫌良さそうにジョッキを軽く上げて挨拶してきた。

 

 レックスは少しの間呆気にとられた様子で固まっていたが、すぐに何かを思い付いたのかニヤニヤと笑い始め。

 

「お前のことだ、何かおいしい見返りがあってそんなことやってんだろ? 何だよ教えろよ、そんで一枚噛ませろよ」

「はっ、やだね。つーか、教え子の前でそんなこと言えるはずねえだろ」

 

 そう言って、俺は手にしたジョッキで向かいのゆんゆんの事を指し、また呷る。

 レックスは視線をゆんゆんに向けて。

 

「あぁ、この子が教え子か。初めましてだな、嬢ちゃん。俺はレックス。王都でも名うての冒険者だ、良かったらサインしてやってもいいぜ」

「お前、名うての冒険者だったのか。その割には魔王軍襲撃の時の最前線で見かけないな」

「う、うるせえな、あっさりバラすなよ! すぐに最前線にも呼ばれるようになってやるよ!」

「あ、あの、初めまして……私、紅魔族のゆんゆんといいます……」

「……え? あ、おう……なんだ、珍しい紅魔族だな。紅魔族には王都で何人か会ったことがあるが、どいつもこいつも妙な名乗りばかり上げていたが」

「ゆんゆんは紅魔族の中では変わり者扱いされてるからな」

「えっ、い、いや、変わり者は他の奴等の方じゃ…………なんつーか、苦労してんだな、嬢ちゃん……」

 

 若干気の毒そうな表情を浮かべるレックス。

 ……まぁ、ゆんゆんにも紅魔族ですらドン引きのとんでもない一面があったりもするのだが、わざわざ初対面の人にそんなことを言わなくてもいいだろう。

 

 それからレックスは、俺とゆんゆんを交互に見て。

 

「にしてもカズマ、いくら何でも生徒に手を出すってのはどうなんだ? しかもまだ子供じゃねえか」

「手出すわけねえだろ、12歳だぞ。そもそも妹だし」

「ははっ、また妹かよ! お前年下の子と仲良くなったら誰でも妹にすんの、そろそろやめとけって!」

「ち、ちげえよマジな方の妹だよ! というかやめろよ、ゆんゆんが怖い顔になってるから!」

「何を大袈裟な、子供の怒った顔なんて可愛いもん…………あ、えっと、悪かった。許してくれ」

 

 ゆんゆんの無表情を見て、その視線を受けているわけでもないレックスまでもが、ビビって即座に謝る。視線が直撃している俺なんて、何とか体の震えを止めるのに必死だ。何でここまで怖い顔できんだよこいつ……。

 

 俺は、この凍りついた空気を何とかしようと。

 

「そ、そうだ! なぁレックス、ゆんゆんが卒業したら、こいつをパーティーに入れてやってくれないか!? お前のパーティーは戦士職三人だし、魔法使いは欲しいだろ!?」

「あ、そ、そうだな! 紅魔族の魔法使いなら、俺達も大歓迎だぜ!」

「ええっ!? あ、う……そ、その……!」

 

 突然のパーティー入りの話で、ゆんゆんは途端にうろたえ始める。

 とりあえず勢いで言ってみたことだったが、俺としても、ある程度気の知れたパーティーに入ってくれると安心するというのもある。

 

 ゆんゆんは、おろおろと目を泳がし、顔を赤くしながら。

 

「あ、あの、私、あまり人付き合いが得意な方じゃなくて、は、話とかつまらないと思いますし、目とか中々合わせられませんけど、だ、大丈夫ですかね!? それと、その、クエストとかなくても、毎日一緒にご飯食べたり、お喋りしたり、どこかに遊びに行ったりとかは迷惑ですか!? 出来れば会話が途切れて沈黙が流れても、その空気も心地いいと思えるような、そんな関係を築けていければいいと思っているのですが、お、重いとか言わないでくれますか!? そ、それでも、こんな私でよろしければ、精一杯お互いに幸せになれるように努力しますので、末永くお付き合いの程、よろしくお願いします!!!」

 

「おいカズマ! 今お前、この子をパーティーメンバーに入れてくれないかって話をしてたよな!? 間違っても男女交際やら結婚やら、そういう話じゃないよな!?」

「そうだレックス、お前が正しい。おいゆんゆん、落ち着け。お前色々とすっ飛ばしたこと言ってるから、まずは落ち着け」

 

 テンパった上に何か重すぎることを言い出したゆんゆんを見て、こいつは本当に将来大丈夫なのかと真面目に心配になってくる。俺もろくな育ち方はしていないとは思うが、これはこれでマズイだろう。

 

 ゆんゆんは将来族長を継ぐつもりらしいが、その前に外の世界を見て経験を積みたいらしく、冒険者になることを考えている。まぁ、今のゆんゆんの状態で里に引きこもったまま族長になるのは、後々色々と問題が出てきそうなので俺も賛成だ。

 ただ、これは想像以上に先が思いやられそうだ。このコミュ障っぷりも、学校を卒業するまでには、いくらかマシになってくれればいいのだが。

 

 ゆんゆんは自分を落ち着かせる為か、まだ少し泳いでいる目と赤い顔で、テーブルの上のネロイドをちびちび飲んでいる。

 その間、俺はつまみの枝豆を飛ばして口に放り込み。

 

「そうだ、アイツらいねーのか? ほら、大物賞金首ばかり狙う頭おかしい奴等」

「あぁ、アイツらなら、かなり前に冬将軍に勝負挑んでぶった斬られたらしいぞ。一応命は助かったらしいが、まだ寝込んでるとかだ」

「……なんで冬将軍なんかに挑んでんだよ。放っておけば何もしてこないから、強さの割に賞金がそこまで出ない奴じゃねえか。二億だっけか? あれ倒して二億なら、魔王軍幹部を狙った方がまだ割が良いだろうに」

「俺も似たような事を聞いたが、アイツら、一番の目的は金ではないらしいぞ。何でも『俺達が大物賞金首に挑む理由? それはな…………そこに強者がいるから、さ』……だとか。次は機動要塞デストロイヤーに挑戦するらしいな」

「なるほど分かった、アイツらは俺が思ってた以上に頭がおかしい」

 

 めぐみんの事は騎士団で受け入れてくれそうではあるが、もし何かしらの問題が発生してそれが難しくなった時の為に、爆裂魔法が必要になりそうな大物を狙うパーティーに話だけでもしておこうかと思っていたのだが、これはやめた方がよさそうだ。冬将軍やデストロイヤーなんて、爆裂魔法があってもどうにか出来るレベルではない。

 何だか感性的には、割とめぐみんに近いものがあるような気もするが、だからってそこまで危険な所に放り込む気にはなれない。一撃離脱戦法を取るにしても、だ。

 

 するとレックスも苦笑いを浮かべて。

 

「あぁ、アイツらは頭がおかしい。ただ、まぁ、人生楽しそうだし良いんじゃねえかアレはアレで。賞金首と言えば、まだ大物とまでは言えないが、例の銀髪イケメン義賊の懸賞金がまた上がったらしいぞ。もう随分と貴族達も被害に遭ってるみたいだ」

「イケメンの話はもう聞きたくねえ」

「お、どうしたどうした。何ふてくされてんだ。そんな卑屈になんなよ、俺よりはまだモテそうな顔してると思うぞ、お前は」

「気休めはいいんだよ、イケメン死ねばいいのに」

「はぁ……ったく。おーいソフィ! お前も言ってやれよ、カズマって顔はそこまで悪くないよなぁ!?」

 

 そうやって、突然レックスは、少し離れたテーブルにいた仲間のソフィに呼びかける。

 ソフィは俺の方を見て、にっこり笑顔を浮かべて。

 

「あははっ、大丈夫よカズマ! あんたの顔は全然悪い方じゃないし…………うん、普通よ!!!」

「普通なのはよく分かったっつの!!!!!」

 

 何だよ、皆して普通普通って……いや別に自分がイケメンだとは思ってねえけどさ……もっと、こう……なんかないの……?

 

 俺はむすっとしたまま。

 

「イケメンの話より、可愛い女の子の話はねえのかよ。例えば、愛人沢山作っても怒らない貴族のお嬢様の話とかさ」

「そんなもんねえよ…………あ、貴族のお嬢様の話なら一応あるな。何でも、近い内に大貴族ダスティネス家の一人娘が城内パーティーに参加するらしいぞ。そのお嬢様がパーティーに顔を出すのは珍しいらしい。それで他の貴族も張り切って、高級素材の収集クエストとかを色々貼り出してるんだ」

「へぇ、美人なん? 性格は? 婿入りしたら、働かずにぐーたらして愛人囲っても文句言わなそう?」

「それで文句言わねえってどんな女だよ…………ただ、すげー美人だって話だな。あとダスティネス家ってのは、庶民とも友好的に、近い距離で接してくれる貴族ってので有名らしい。だから性格も良いんじゃねえの?」

「ほうほう、俺の将来の嫁候補としてはアリだな」

「何で上から目線なんだよ……相手は大貴族だぞ……」

 

 あー、でもしまったな。こんな事なら、アイリスにその美人令嬢のことも聞いておけば良かったか。いや、アイリスって俺が貴族のお嬢様狙うのやたら嫌がるから、教えてくれなかったかなー。

 そんな事を考えていた時だった。

 

 ガンッ!! と、大きな音が響いた。

 

 驚いてそちらを見ると、向かいに座るゆんゆんが、ジョッキをテーブルに叩きつけていた。

 俯いていて、その表情は髪に隠れてよく見えない……が、嫌な予感しかしない。隣ではレックスも顔を引きつらせている。

 

 ゆんゆんがぼそりと言う。

 

「……また他の女の話してる」

 

 ビクッと体が震える。

 俺は慌てて。

 

「い、いや、聞けってゆんゆん! こんなのは、ちょっとした酔っ払いの戯言で、本当に大貴族をどうにか出来るなんて……」

 

 そう、言いかけた時だった。

 

 

「なんでお兄ちゃんは他の女の話ばかりするのよ!!!」

 

 

 俺もレックスも唖然とした。

 顔を上げたゆんゆんは真っ赤で、目も焦点が合っていない。というか、こんな人前でお兄ちゃんとか言っている時点で何かおかしい。

 

 俺は、ゆんゆんの手元にあったネロイドを引き寄せ、一口飲んでみた。

 

「……クリムゾンビアのネロイド割りじゃねえか」

 

 どうやら、この妹は酔っ払っちゃってるようだった。

 しかもこの感じ、相当面倒くさい酔い方っぽい。ゆんゆんに酒なんて飲ませたことなかったから、こいつがどんな酔い方するのかなんて知るはずもない。

 

 そんなことを考えている間に、突然ゆんゆんが泣き出した!

 

「ふぇぇえええええええええええ! なんで……ぐすっ……なんでお兄ちゃんは……ひっく……すぐ他の女のことばかり気にするのよ!! 私はこんなにもお兄ちゃんのことが大好きなのに!!! もっと私のこと見てよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 あまりに大きな声で泣き始めるものだから、周りの視線がこちらに集まってくる。

 レックスはそそくさとこのテーブルから離れ、仲間達のいる所まで戻って行ってしまった。あ、あのヤロウ、逃げやがった……。

 

 俺は何とか妹をなだめようと。

 

「あー、ゆんゆん? 大丈夫か? とりあえず水飲もうぜ、ほら」

「うぅ……どうしてよ……どうして私のおっぱい揉んでるくせに、クラスの子達にもセクハラするのよ!!! パンツ盗ったり覗いたり、お尻揉んだり抱きしめたり!!! セクハラなら私だけにしてよおおおおおおおっ!!!!!!」

「待て!!! ホント待て!!!!! お前マジでとんでもないこと言ってるから!!!!!」

 

 周りの視線が本当に痛いものになってる!

 「なんだクズマか……」とか「相変わらずカスマね」とか「ゲスマ死ねばいいのに」とか色々聞こえてきてる!

 

 しかし、ゆんゆんは止まらない。

 

「結婚だって貴族じゃなくてもいいじゃない!!! 私でいいじゃない!!! 私がお兄ちゃんを養ってあげるから!!!!! お兄ちゃんはずっと家でゴロゴロしてていいから!!!!! だから私と結婚してよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」

「よし、もう出よう!!! ほら歩けるか!? 歩けないなら、お兄ちゃんがおんぶしてやるから……」

「いつまでも子供扱いしないでよっっ!!!!! 見てよ、私、おっぱいだってちゃんと大きく……」

「何脱ぎ始めてんだお前やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!!」

 

 俺は血相変えてゆんゆんを取り押さえた!

 

 

***

 

 

 あれから随分と騒ぎ続けた後、ようやく眠って大人しくなったゆんゆんを背負って、俺は真夜中の紅魔の里を歩いていた。

 王都と違ってこんな夜中に出歩いている者もいないので、聞こえてくるのは俺が地面を踏みしめる音と、耳元で微かに聞こえるゆんゆんの寝息くらいだ。

 

 ……とんでもなく疲れた。これから王都のギルドでは、俺は何と呼ばれることになるのだろう。考えたくもない。

 

 そうやってどんよりと溜息をつくと、後ろでもぞもぞとゆんゆんが動き始めた。

 

「ん……んん…………あれ、私…………」

「おう、起きたか。気分はどうだ? 気持ち悪くないか?」

「うん、大丈夫…………えっと、ここって……里……?」

「あぁ、もうすぐ家だからな。今日はすぐ寝ちまえ。俺も疲れたよ」

「…………ねぇ、兄さん。願いの泉まで行ってくれない? コインとか投げ込む所」

「は? いや、こんな時間にあんな所に何の用だよ」

 

 俺は首を動かし、視界の端で背中のゆんゆんの表情を捉えようとするが、周りの暗さもあってよく分からない。

 

 ゆんゆんは俺の疑問に、こう答えた。

 

「私、泉に沈むことにしたから。めぐみん達には探さないでって言っておいて」

 

 …………。

 これは、つまり、あれだよな。

 

「……えっと、ゆんゆん。あれは酒のせいなんだから」

「うぅ…………うぅぅうううう…………!!!!!」

 

 ゆんゆんが俺の背中に顔を押し当てて、地を這うように呻いている。

 本当は全部忘れたかったんだな、でも全部バッチリ覚えちゃってたんだな。どうやら神様は、都合よく恥ずかしい記憶を消してくれる程、優しくはなかったらしい。

 

 とりあえず、話題は変えた方がいいだろう。

 俺は小さく咳払いをして。

 

「でも、何だかこうしてると懐かしいな」

「……え?」

「ほら、昔もあったじゃん。お前が森で大泣きしててさ、俺が見つけてこうしておぶって里まで帰ったことが」

「…………あったね」

 

 ゆんゆんは、きゅっと俺の背中を掴む力を強くした。

 俺は頭上で輝く星空を見上げ、思い出話を続ける。

 

「あの時は大変だったなぁ。お前、すげえ泣きまくっててさ」

「仕方ないじゃない。あの時は私、まだ小さかったし。というか、あれって、最初に兄さんが森の中で迷子になって、探しに行った私も一緒に迷子になっちゃったって話でしょ」

「えっ、そ、そうだっけ!?」

「そうよ。覚えてないの? 兄さんがぶっころりーさんと一緒に森に入って、モンスターに追いかけられて逃げてる内に迷子になったって」

 

 ……そうだった。

 確かまだあの頃は冒険者カードを作ったばかりで、ぶっころりーに手伝ってもらって養殖でレベル上げしてたら、調子に乗ったぶっころりーが魔力切れを起こして、モンスターに追いかけられるはめになったんだったな。

 

 しばらくの間必死に逃げ回って、俺とぶっころりーははぐれて……里に戻る方向を見失って、ちょっと泣きそうになっていた時に、何故か森の中で大泣きしているゆんゆんを見つけたんだ。

 そんな妹を見たら、お兄ちゃんは自然としっかりするもので。

 

「そういえば、あの時も兄さんは、他の話題で私の気を紛らわそうとしてくれたよね」

「あー、そうだったか? 悪い、どんなこと話したかまでは覚えてねえわ」

「私も全部は覚えてないけど、“ぶっころりーがそけっとと付き合うには、どんな人に転生すればいいのか”とか話してたよ。転生前提で今のぶっころりーさん全否定ってところがえげつないよね」

「昔からそんな酷いこと言ってたか俺!?」

「言ってた言ってた」

 

 言われてみれば言ってたような気がする。ひでえ12歳だな俺。

 ゆんゆんはくすくす笑って。

 

「でもね、そうやって兄さんのバカな話を聞いている内に安心してきて、私も自然と泣き止んでたの。まぁ、何度も言うけど、元はと言えば兄さんのせいなんだけどね」

「うっ…………というか、確かに元は俺達がヘマしたせいとは言え、お前もお兄ちゃんが帰って来ないからって、一人で森に飛び込むとか無謀にも程があるだろ。どんだけお兄ちゃん大好きなんだよ」

「……本当だよね。お兄ちゃん大好き過ぎるよね私……ブラコンって言われても仕方ないや」

 

 そう素直に認められても反応に困る……もしかして、まだ酔いが残ってるのか……?

 ゆんゆんは後ろから腕を回してきて、俺に抱きついてくる。うん、やっぱまだ酔ってるなこいつ。いや別に俺としては、この状況は一向に構わないんだけどさ。

 

 背後から、ゆんゆんの小さな溜息が聞こえる。

 

「結局、あの頃からあまり成長してないってことなのかな、私。自分では随分と成長したつもりだったけど、こうやってまだ兄さんにおぶわれて慰められてる」

「成長はしてると思うぞ。背中に当たってるからよく分かる」

「そ、そっちだけじゃなくて! その、内面的な……というか……」

「内面も成長してると思うぞ。今では人間の友達も何人かいるじゃん」

「でもそれも、兄さんのお陰っていうのが大きいと思うの……私、まだ一人じゃ何もできないんじゃないかって……」

 

 そんなことを言って落ち込むゆんゆんに、俺は。

 

「別にいいんじゃねえの、それで」

「……えっ?」

「人間、どうせ全部一人で何でも出来るわけじゃないんだ。それなら苦手な事くらい人に頼ってもいいじゃねえか。俺なんて、身の回りのこと全部他人に任せて、自分は好き放題に生きるってのが将来の夢だぞ」

「ちょ、ちょっと待って、前半部分には少し納得しかけてたのに、後半部分で一気に胡散臭くなったんだけど!?」

「要するに、嫌なことからは逃げろ。とにかく逃げろ。ひたすら楽な方へと流されろ」

「やっぱりダメな話だった! これ絶対、まともに聞くとダメ人間になる話だよね!?」

 

 俺としては人生の先輩として真っ当なアドバイスをしたつもりだったんだが、妹からの反応はあまり良くない。あれー? なんか流れ的には、俺がちょっといい事言って、それに対してゆんゆんが感動する場面だと思ったんだけどなー。

 

 ゆんゆんは、先程よりも大きく深々と溜息をついて。

 

「…………決めた。私、絶対人見知りを克服する。苦手だからって逃げてちゃダメ。じゃないと、兄さんみたいなダメ人間になっちゃう。ありがとう、兄さん。私、ちょっとスッキリしたよ」

「えっ、あ、う、うん、お前が吹っ切れたならそれでいいです……」

 

 な、なんだろう、妹の助けになれたのに、珍しく素直にお礼言われたのに、このモヤモヤする感じは。いや、いいんだけどさ、別に……うん……。

 

 俺はそんな微妙な気分を、頭を振って払うようにすると。

 

「まぁ、苦手を克服するってのは結構だけど、本当に困ったらお兄ちゃんに言えよ。妹の為なら何だってしてあげるからな」

「じゃあセクハラやめてほしいんだけど」

「それは流石に無理だ。お前それ、息をするなとか言ってるのと同じだからな?」

「お、同じなんだ……」

 

 背中からゆんゆんの呆れた声が聞こえてくるが、俺は特におかしなことは言っていないはずだ。

 ゆんゆんは何かを諦めたように。

 

「兄さんはもう色々と手遅れなんだね……私がちゃんと見ていなかったせいなのかな……」

「そ、そんな絶望的な声で言うなよ…………ただ、お兄ちゃんはお前のこと、ちゃんと見てるからな。発育状態とか」

「やっぱりそこなの!? 他にもっと見る所があると思うけど!?」

「他もちゃんと見てるよ。お前が毎日、めぐみん以外のクラスメイトにも話しかけてみようって頑張ってる所も、相手のことを考え過ぎていつも失敗してる所も、大事な人の為だったらとんでもない無茶をする所も、ちゃんと見てきたよ」

「……え、あ、そ、そうなんだ…………」

 

 途端に恥ずかしそうに声が小さくなっていくゆんゆん。

 俺はそんなゆんゆんに小さく笑って。

 

「だからさ、安心して大きくなれよ。もし色々疲れて、もう全部嫌になったら、お兄ちゃんが面倒見てやる。養われるのが大好きな俺だけど、可愛い妹ならいくらでも養ってやるし」

「……いくら何でも甘やかし過ぎだと思うけど……どんだけシスコンなのよ……」

「なんだよ知らなかったのか? お前が紅魔族随一のブラコンであるのと同時に、俺は紅魔族随一のシスコンなんだぞ?」

「……知ってる」

 

 ゆんゆんはおかしそうに笑って、ギュッと俺のお腹の辺りに回している腕の力を強めた。

 

「もう、人がせっかく頑張ろうって決めたのに……兄さんは私のことをダメ人間にしたいの?」

「それも悪くないな。妹ってのは、いつまでも手元に置いておきたいもんだ。……ただ、そういうつもりじゃねえよ。頑張るにしてもさ、いざとなった時の逃げ道があると随分と楽に感じるもんだぞ」

「いざとなった時の逃げ道……?」

「あぁ、俺が貴族と結婚したいと思ってるのも、そういう理由だ。人生、何が起こるか分からない。もしかしたら、俺の財産が一気に消し飛ぶようなこともあるかもしれない。そんな時の為の逃げ道だ。で、貴族の方も何かしらの理由でダメになったら、大人しく実家に逃げて寄生するしな」

「……ふふっ、本当に兄さんは兄さんなんだね。そんなに自信満々に逃げ方ばかり教える人なんて中々いないよ」

「逃げるのは恥ずかしいことじゃないからな。逃げられずに、どうしようもなくなっちまう方が恥ずかしい。まぁ、世の中にはあえて逃げ道を無くして自分を追い込むストイックな奴もいるけど、俺とは相容れない人種だな」

 

 例えば、普通の魔法には目もくれず、生まれ持った高い魔力で歴史に残るレベルの超優秀な魔法使いになる道を捨て、爆裂魔法なんていうネタ魔法を極めようとしているネタ魔法使いもいる。と言ってもアイツの場合は、あえて逃げ道を無くしてるというか、勝手に変な道を突っ走った結果、勝手に逃げ道を潰しまくってるだけなんだが。フォローに回る俺としては迷惑極まりない。

 

 ただ、アイツはそんな変な道を行っても、何だかんだ結局は歴史に名を残すようなことをやりそうな気がする。そこら辺はやっぱり“天才”なんだな、と思う。俺とは全然違う。

 

 ゆんゆんは、しばらく考え込むように静かになったあと。

 

「…………うん、確かに兄さんが見ていてくれて、最後には助けてくれるって思うと安心するかも」

「だろ? だから俺には隠し事をしないで、思う存分色々と見せてくれていいんだぞ」

「その言い方は何か卑猥だからやめてほしいんだけど…………でも、私はいつまでも兄さんに甘えているつもりはないよ」

 

 ゆんゆんは決心したようにそう言って、更に身を寄せてくる。

 

「いつか兄さんが安心して見ていられるように、もう子供じゃないんだなって思ってもらえるように…………私、ちゃんと立派な大人になるから!」

 

 どこまでも真面目な妹は、そうキッパリと言い切った。

 その言葉に俺は、妹が前に進もうとしている事に喜びつつも、何だか少し寂しくもある、複雑な気持ちで小さく笑った。

 

 ……そうだよなぁ。ゆんゆんも、いつまでも子供のままでいるわけはないんだよなぁ。

 

 そんな気持ちを誤魔化すように、俺はゆんゆんの言葉の後を引き継ぐように。

 

「『そして、立派な大人になったら…………その時は私と結婚してね、お兄ちゃん!』……か。分かった、ゆんゆん。その時になったら、俺も真剣に考えるよ」

「そそそそそそんな事言ってないでしょ!!! な、何勝手に繋げてるのよ!!!!!」

「えー、でもお前王都のギルドで」

「知らない知らない知らない!!!!! 私は何も言ってないわよ!!!!! 兄さん、酔っ払って記憶あやふやになってるんじゃない!?」

 

 ゆんゆんは上ずった声で、必死にそんなことを言ってくる。顔は見えないが、十中八九、耳まで真っ赤になっていることだろう。

 

 なるほど、そう逃げる気か。あれは全部無かったことにする、と。

 ……ふっ、俺はそう簡単に逃がす程甘くないぞ。妹のこんなに可愛くて面白いことなんだから当然だ。

 

 俺は口元をニヤリと歪め、ある魔道具を取り出した。

 

「これ、なーんだ?」

「えっ、それって王都のゲームの賞品で貰った…………っっ!!!!!」

 

 何かに気付いたゆんゆんが、声にならない悲鳴をあげた。

 だが、もう遅い。俺はゆんゆんが何か言う前に、魔道具のスイッチを押していた。

 

 

『結婚だって貴族じゃなくてもいいじゃない!!! 私でいいじゃない!!! 私がお兄ちゃんを養ってあげるから!!!!! お兄ちゃんはずっと家でゴロゴロしてていいから!!!!! だから私と結婚してよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!』

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 

 妹の絶叫が、夜の紅魔の里に響き渡る。

 そのまましばらくゆんゆんは大暴れし、俺に頭突きやら首絞めやら散々決めた挙句、録音を消さなければもう一生口を利かないと言われ、仕方なく言う通りにするはめになった。

 あーあ、録音したゆんゆんのセリフ、目覚ましに組み込んで毎朝聞こうと思ってたんだけどなぁ……。

 

 ……それにしても。

 こんな妹でも、いつかは大人に見える時がくるのだろうか?

 さっきは少し寂しい気持ちになっていた俺だったが、そんな日は一生来ることはないんじゃないかとも思えてきて、安心したり不安になったり、結局また複雑な気分になってしまった。

 

 そうやって俺は、まだ背中でぎゃーぎゃー騒ぐゆんゆんをなだめながら、住み慣れた実家へと帰っていくのだった。

 




 
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想でいくつか聞かれたことについて、一応説明を。


・アクアはどうなったのか
アクアが暴れたせいで色々歪んで、カズマは16年前に赤ん坊として転生しましたが、アクア自身は女神パワーで普通に転送されています。
つまりアクアは、時系列的には今から1年後にアクセルの街に降臨します。

・カズマの強さについて
カズマは12歳の頃に冒険者カードを作り、それから三年間、豊富な人脈を使って定期的に養殖を行っていて、王都でも最高レベルの冒険者になっています。元々レベルが上がりやすいというのもありますが。
三年という時間がありますので、ステータス的にはweb版最終盤のカズマよりもずっと強いです……が、元がしょぼいのは変わりないので、高レベルの上級職には敵いません。


余談ですが、ぷっちんが想像以上に渋くて困惑中……w 勝手に若手教師だと思ってました(^_^;)
 


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魔剣使いの勇者候補 1

 
前回の前書きで「次回は短いと思います」とか言っておきながら過去最長を更新してしまったので、流石に2話に分割しました。のんびり読んでもらえたら嬉しいです。
 


 

 世界最大のダンジョン。

 至る所からやって来る数多くの名のある冒険者達が挑み、それでもまだ攻略されていない、謎の多い場所。内部は魔素が濃く、深層部は地獄と繋がっていたりすることもある。

 

 そんなダンジョンの暗闇の中を、俺ともう一人は明かりも点けずに歩いている。

 

 しかも俺の格好は相変わらずの駆け出し冒険者のようなものだ。元々、あの勇者候補の目を欺く為の格好だったが、アイツが中々里から出て行かないので、もう普段着のようになってしまっている。いちいち着替えるのが面倒なのだ。

 本当はこういった危険な場所に来るのであれば、着慣れた紅魔族ローブの方がいいのだろう。特に俺が着てた物は、強力な魔力繊維を使い、軽量性と強度の両立に成功した特注品なのだが……まぁ、元々俺は極力モンスターとの接触は避けるスタイルだし、無いなら無いでも何とかなるだろう。

 

 隣からは少し考え込むような声で。

 

「うーん、めぐみんさん、ですか…………ごめんなさい、たぶんお会いしたことはないと思いますが……爆裂魔法を人に教えたこともありませんし……」

「そっかぁ、ひょっとしたらウィズなのかなと思ったんだけど……。じゃあアイツ、一体誰から爆裂魔法なんてもんを教わったんだろうな」

「それは分かりませんが……人間以外の方である可能性が高いですね。爆裂魔法というのは、長く生きてスキルポイントを余した魔族などが、酔狂で覚えるようなものですから」

「あれ、でもウィズって人間やめてからそんなに経ってないんだよな? まだスキルポイントが余るってことはないと思うんだけど、なんで爆裂魔法なんて覚えてんだ?」

「ふふ、大した理由ではありませんよ。以前、どれだけ上級魔法を撃ち込んでも倒せない大悪魔の方と戦う機会がありまして。その方が『我輩の残機を減らしたくば、爆裂魔法でも覚えるのだな』と言っていたので、覚えてみようかな、と」

「ウィズの上級魔法で倒せない奴なんているのかよ…………じゃあ、その大悪魔を爆殺する為だけに爆裂魔法を覚えたってことか? す、すげえ恨んでんだな、その悪魔のこと……」

「あ、い、いえ! 確かに当時は本当にイライラさせられましたけど、今では良い友人なんです。爆裂魔法も、規格外の強敵に備えて念の為に覚えただけで、決してその人に仕返しするつもりなんて…………ない、です……たぶん」

 

 俺と並んで歩いている連れ……ウィズは、歯切れ悪くそう言う。いつか仕返ししてやりたいとは思っているらしい。この様子を見るに、友人になった後も何かしらの嫌がらせは続いているのだろう。

 

 ウィズは駆け出しの街アクセルで魔道具店を営んでいる、元凄腕魔法使いで少し顔色の悪い美人店主さん…………ということになっているが、その正体は魔王軍幹部にしてアンデッドの王リッチーだ。

 

 このダンジョンに通い始めた頃、ひょんなことから知り合い、それからはこうしてたまに一緒に素材集めやらレベル上げを手伝ってもらうくらいに仲良くなった。

 魔王軍幹部だけあって、戦闘能力は俺の知り合いの中でもダントツだが、商売センスが絶望的になく、いつも赤字にヒーヒー言ってるポンコツ店主の側面も併せ持つ。

 

 俺は千里眼スキル、ウィズはリッチーとしての暗視能力で暗闇の中を歩きながら。

 

「そうだ、そのめぐみんに関係することなんだけどさ、今度、爆裂魔法を撮らせてもらえないか? 実はアイツを騎士団に入れようと思ってて向こうも結構ノリ気なんだけど、まだ一度もあの魔法を見たことがないって言うからさ」

「えぇ、もちろんいいですよ。ふふ、私もたまには使わないと詠唱を忘れてしまいそうですし」

「悪いな、助かるよ。お礼と言っちゃなんだけど、ウィズの店に置かせてもらってる俺の商品の利益、今月は全部持っていっていいからさ」

「い、いいんですか!? ありがとうございます、ありがとうございます!! 本当に助かります……何せウチで売れる物と言ったら、ほとんどがカズマさんの商品で……実は今月も新商品が全然売れず、また赤字になりそうだったので……」

 

 泣きそうな声でそんなことを言っているウィズ。

 俺は嫌な予感を覚えながら、あまり聞きたくはないが、一応聞いてみる。

 

「……ちなみに、その新商品ってどんな物なんだ?」

「巻き物です! 読み上げると、モンスターからは見えない特殊な明かりを点けられる、ダンジョン探索にはもってこいの魔道具です! 何故売れないのでしょう……」

「おいそれ、文字も見えないくらい真っ暗闇の中で読まないと効果がないとかいうオチじゃねえだろうな。知り合いのガラクタ職人がそんなもん作ってたんだが」

「あ、カズマさんもその商品を知っているのですね! 確かに発想はそこからです! でも、私なりの大きなアレンジを加えたもので、明かりの下で読み上げても問題なく効果は発揮されます。ですので、ダンジョンに潜る前に発動させておくのがいいでしょうね」

「なんだよ、普通に良い魔道具じゃねえか。俺は千里眼の暗視能力があるけど、これだって周りの輪郭が青白く見えるだけだしな。モンスターに気付かれない明かりを使えるなら、俺だって使うぞ。何で売れないんだ? 本当にただ巻き物を読み上げるだけなんだろ?」

「はい、本当に読み上げるだけでいいんです。ただ、大声で繰り返し読み上げ続けなければいけませんが……」

「そこだろ!!! 売れない理由、どう考えてもそこだろ!!! モンスターに気付かれない明かりを使ってても、大声出し続けてたら普通に明かりを使うよりも目立って気付かれるわ!!! こんな風に!!!!!」

 

 思わず大声でツッコんでしまい、周りからは獣の唸り声が聞こえてくる。

 それを見てウィズは感心したように。

 

「な、なるほど……盲点でした!」

「も、盲点というか、明らかに見えてる地雷というか…………あの、ウィズさん。俺が呼び寄せておいて悪いんですけど、何とかしてくれると助かります。これケルベロスだろ全部……」

「あ、ごめんなさい! …………『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 ウィズの凍結魔法が発動し、ケルベロス達が一斉に氷漬けにされる。いとも簡単にこんなことをやってのけてしまう辺り、流石はリッチーといったところだが、こういう所を見ているとやはり生き方を間違っているんじゃないかと思ってしまう。まぁ、本人が選んだ道だし、そこまで口を出すつもりはないが……。

 

 それにしても、あの爆裂狂といいガラクタ職人といい、どうも俺の周りでは、優れた才能を持っているのに変な道を行ってしまう人が多い気がする。

 俺も変な生き方をしてるとか言われることもあるが、この人達と比べたらまだ随分とマシだと思うんだけどなぁ……誰だって働かずに済むならそうしたいだろうし……。

 

 ウィズによって氷漬けにされたケルベロスに、俺が次々とトドメを刺していく。ウィズの方は、もうレベル上げにそれほど関心はないらしく、こうやっていつも経験値を譲ってくれる。

 そして俺は、流れ作業のようにケルベロスに刀を突き立てながら、ふと思い付く。

 

 今日ここに来たのは魔道具の素材集めの他に、ウィズに新しいスキルを教えてもらうという目的があった。スキル自体はもう教えてもらい、習得も済んでいるのだが、一度試してみるべきだろう。

 

 俺はケルベロスの死体に手をかざして。

 

「『カースド・ネクロマンシー』!」

 

 俺の声に反応するように、事切れていたはずのケルベロスがむくっと起き上がり、こちらを見つめる。よし、問題なさそうだ。魔力はかなり使うが、それに見合う働きはしてくれる……はずだ。

 

 そんな俺の様子を、ウィズは苦笑いを浮かべて見ながら。

 

「わ、私が教えておいて何ですけど、カズマさんはそのスキルに抵抗とかは一切ないのですね……死体を操るって、それなりに禍々しいというか、倫理的に危ういことですし……」

「あぁ、紅魔族はそこら辺緩いからな。なんせ子供の内から、学校で養殖なんてエグいレベル上げやったりするくらいだし。生物実験も大好きだしな。一応俺にも、養殖で抵抗できないモンスターにトドメだけ刺すってことに、少しは気後れしてた時期もあったよ。すぐに慣れたけど」

「な、なるほど……そうですね、冒険者としてはそちらの方が正しいですよね。どんな手段を用いても、少しでも生存率を上げるというのは真っ当な考え方です」

「そうそう、奪った命を生き残る為に使わせてもらうだけだ。ご飯として美味しくいただくのとそんなに変わんないだろ、たぶん。…………お、敵だな」

 

 敵感知で大体の位置を把握し、そちらへ向かうと、数匹のオーガを見つける。身の丈三メートルはあろうかという巨体だが、モンスターの格としてはケルベロスの方が上だ。

 俺は、近くでお座りの状態で待っているケルベロスに指示を出す。

 

「太郎丸、君に決めた! かみつく攻撃だ!」

「ガウッ!!」

「タ、タロウマル……? 変わった名前ですね、紅魔族の方は特殊なネーミングセンスを持っているというのは知っていますが……」

「えっ、い、いや、アイツらのセンスと比べたらまだマシだろ! まぁ、特に深く考えたわけでもなく、何となく頭に浮かんできた名前にしただけなんだけどさ……」

「うーん、確かに紅魔族の人のセンスというより、勇者候補の人の変わった名前に近いような…………あ、でも、アンデッド化させた子に名前とか付けちゃうと、うっかり情とか移っちゃって別れる時辛くなりますよ?」

「大丈夫だ、ウィズ。名前があろうとなかろうと、アンデッドの使い魔なら爆弾くわえさせて特攻だってさせられる男だ、俺は」

「ひ、酷い!」

 

 何やらウィズがドン引きしているが、今は敵に集中しなければいけない。

 と言っても、どうやら既に太郎丸が大体何とかしてくれたようだ。次々と足を噛まれたオーガは、うずくまって動けなくなっていた。ケルベロスのよだれには猛毒がある。そのよだれが垂れた地面からは強力な毒草が生え、怪しい魔道具に使われることも多い。

 

 俺は、よくやったと太郎丸の頭を撫で、オーガに刀を突き立てトドメを刺していく。

 

「やっぱ便利だなこのスキル。死体を戦わせて、自分は安全地帯から動かなくて済む。しかも死体だから多少無茶させても大丈夫だし、後々恨まれることもない。俺にピッタリなスキルだ。ありがとな、ウィズ!」

「そ、そういう言い方をされると、同じスキルを持つ私としては微妙な気持ちになるのですが! わ、私は、アンデッドでも無茶なことはさせませんよ!? 私自身もアンデッドですし、そもそも、そのスキルはあんまり使いませんし……」

「ふっ、正直になれよウィズ。本当は倒したモンスターを片っ端からアンデッド化させて、ノーライフキングっぽく大群を率いてふんぞり返っていたいと思ってるんだろ! 高笑いとかしちゃってさ!」

「そんなこと思ってません! 思ってませんから!!」

 

 それから俺達はしばらくダンジョンを探索し、目的の素材を集めていく。

 太郎丸のお陰もあり、モンスターはウィズの助けを借りなくても安全に素早く処理できていた。アンデッドとして操れる時間は限りがあるので、定期的に死霊術をかけ直す必要があるが、その為の魔力も途中のモンスターからドレインタッチで十分回収できる範囲内だ。

 

 そして、素材を集め終え、そろそろ帰ろうかと思い始めた頃。

 少し離れた所に、俺達以外のパーティーを発見した。

 

「なぁ、もう戻ろうぜ……? テレポートの巻き物(スクロール)なしで歩き回るのは流石に危険だって」

「だからあの巻き物盗んでったクソモンスターを探してとっちめるんだろ? あれだって安くねえんだぞ。大丈夫だろ、もうこのダンジョンにも大分慣れてきた頃だ。そんな酷いことにはならねえって」

「う、うん……そうよね! 今日は調子良くてお宝も結構手に入ったし、多少無理しても大丈夫よ!」

 

 俺はウィズを手で制止して、向こうの三人を指差す。

 するとウィズは一気に渋い表情になり。

 

「……あの、カズマさん。もしかして、またやるのですか……?」

「どうしたんだよ、そんな顔して。俺はただあのパーティーが心配だから、無事にここから出られるまで見守ってあげようと思ってるだけだぞ?」

「そ、それなら、今すぐテレポートであの人達を送ってあげればいいのでは……?」

「いや、あのパーティーだって、世界最大のダンジョンに挑戦してここまで来る程の冒険者達だ。そうやってすぐ手を貸すのは、あの人達の誇りを傷つけちまうかもしれない。向こうは自分達だけで何とか出来ると思ってるらしいし」

「それは……そう、かもしれないですが……」

「大丈夫だって。とりあえずしばらく様子を見て、何事もなければそれで良し、本当に危なくなったら助ける。それだけだ」

 

 俺の言葉に、ウィズはまだ納得しきれていない表情ながらも、小さく頷く。珍しく俺が人助けをしようと言っているのに、一体何が不満なのだろう。

 

 このダンジョンでは今まで何組ものパーティーを見てきたが、ああいった少し慣れてきたくらいの人達が一番危ない。本来、緊急用の脱出手段であるテレポートの巻き物がなくなったというのなら、大人しく撤退するべきだ。あの様子を見る限り、この辺のモンスターに遅れを取ることはないようだが、ダンジョンにて危険なのは何もモンスターだけではない。

 

 それから少しして、彼らが何度目かの戦闘を終えた後のことだった。

 

「ん……? 今何か踏んだような…………うおおおおおおおおおっ!?」

「えっ!? ちょっ、何よこれ……きゃあああああああああああああああああああ!!!」

「しまった罠だ!!! おい大丈夫か!!! おい……うわああああああああああああっ!!!」

 

 三人は、まるで地面に飲み込まれるようにして、姿を消してしまった。

 隣のウィズは口をぱくぱくとさせて。

 

「た、大変!! カカカカカズマさん、どうしましょう!!!!!」

「落ち着けウィズ、あそこの罠は俺も知ってる。ただ下の階層に落とされるだけだ、直接命に関わる罠じゃない」

「そ、そうなんですか……? え、あれ、カズマさん、あそこに罠があるって知ってて黙ってたんですか!?」

「……あー、いや、あの人達も当然気付いてるもんだと思って……ほ、本当だぞ?」

 

 ウィズが怪しむような様子でこちらを見ている。

 

 このレベルのダンジョン攻略において、罠対策は必須と言える。盗賊スキル『罠発見』や、アークウィザードの魔法『トラップ・サーチ』などだ。まぁ、ダンジョンに潜るならパーティーに盗賊を入れる事が一般的なので、大体その辺りは盗賊に任せてしまえばいい。

 

 あのパーティーも普段から何かしらの罠対策をしていたはずだが、脱出手段を奪われるというイレギュラーな状況に動揺し、スキルやアイテムを使うのを失念していたのだろう。

 

 ウィズは俺を引っ張って、先程三人組が飲み込まれた辺りまで連れて行く。

 

「すぐに彼らを追いましょう! この下の地下10層からはモンスターのレベルも上がりますし、放っておいたら危ないです!」

「大丈夫だって、ここでのアイツらの戦いっぷりを見る限り、この下の階層でもすぐにやられたりはしないって」

「でも、今あの人達は緊急用の脱出手段を持っていないのですから、万が一のことがあれば大変です! ここは何が起こるか分かりません。昔は、頭の足りない大悪魔が、地獄から度々迷い込んで来ていたなんていう事も聞いたことがあります! 最近では見なくなったようですが」

「あ、頭の足りない大悪魔……? 何だよその凄いのか凄くないのかよく分かんない奴は。悪魔ってのは上位になるほど、高い知性を持ってるんじゃないのか?」

「え、えぇ、そのはずなのですが……私の友人の大悪魔の方も、性格はアレですが、頭は良い人ですし…………と、とにかく! 行きますよ、カズマさん!」

「わ、分かった分かった!」

 

 ウィズの勢いに押されるように、俺は大人しく付いて行って、二人で罠にかかって下の階層に降りる。少し離れた所にはあの三人の姿が確認でき、まだ特にモンスターに襲われているということはないようだ。

 俺達は再びこそこそと前方のパーティーの後をつけ始めた……その時だった。

 

 ズンッ! と、体の芯にまで伝わるような震動が、ダンジョン内に響いた。

 

 俺は思わずごくりと喉を鳴らす。太郎丸もどこか警戒した様子を見せている。

 嫌な予感しかしない。この震動、どこかで感じた覚えがある。

 

「……おいウィズ。今の足音だよな」

「え、えぇ……これ、多分……」

 

 

「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」」」

 

 

 先を進んでいた冒険者パーティーの悲鳴があがった!

 

 俺達は急いで走り出す。

 すぐに三人組がこちらに向かって逃げてくるのが見える……そして、その後ろには。

 

 

 メジャーもメジャーな強モンスター……ドラゴンがいたそうな。

 

 

 ダンジョンの高さ一杯、そこら辺の小屋より大きいと思われるそのドラゴンは、血走った目をして、口元からは炎を漏らしながら、元気に獲物を追いかけていたそうなー。

 

 ドラゴンさんは吠える。

 

「グゴァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」

 

 ビリビリと、全身が総毛立つ。何これこわい。

 俺は少し考え。

 

「よし逃げよう」

「ええっ!? ダメですよ、あの人達を助けるんじゃないんですか!!!」

「た、助けてください!! 助けてくださいお願いしますうううううううう!!!」

 

 俺達を見た三人組が、涙目で助けを求めてくる。

 正直、俺も一緒に逃げたいところなのだが、隣でウィズがジト目を向けてきているので、それは出来ないだろう。

 

 俺は諦めて溜息をつくと、相棒に告げる。

 

「太郎丸、かみつく攻撃だ!」

「ガウッ!!」

「なっ、ま、待ってください! ケルベロスじゃドラゴンには……」

 

 ウィズが何か言っているが、その間にも太郎丸は俺の指示で一直線にドラゴンへと向かって行く。俺はその間に魔法の詠唱を行う。

 

 太郎丸はドラゴンの足に噛みつき……牙が折れた。流石はドラゴンの鱗、とんでもなく硬いらしい。

 そして次の瞬間。

 

「ギャンッ!!」

「ああっ!!! タロウマルちゃんが!! タロウマルちゃんが踏み潰されちゃいましたよ!!!」

「太郎丸……お前の事は忘れない…………よし、太郎丸のお陰で詠唱の時間は稼げた。ウィズ、俺がドラゴンの動きを止めるから、その間に仕留めてくれ」

「軽くないですか!? もっと感傷に浸ってもいいのでは!?」

「甘い事言うなウィズ、ここで俺達までやられたら太郎丸の死……まぁ、元々死んでたけど……が無駄になるだろ!」

「何でしょう!! 確かにその通りなんですが何か釈然としません!!!」

 

 そう言いながらも、ウィズは上級魔法の詠唱を始める。

 俺は元々詠唱を済ませているので、ちゅんちゅん丸を抜き、こちらに向かって来るドラゴンに突きつけ、大量の魔力を込めて叫ぶ!

 

「『ボトムレス・スワンプ』ッッッ!!!」

 

 直後、ドラゴンの足元に巨大な泥沼が発生し、ドラゴンは足を沈めて動きを止めた。

 ドラゴンには麻痺や睡眠といった状態異常は効きにくい。だからこうして、物理的に動きを止める方が有効だ。

 

 とは言え、相手は強力なモンスターであるドラゴン。

 いくら大量の魔力を込めたとは言え、俺の魔法くらいでいつまでも動きを止められるなんて事があるはずもなく、もう既に沼から抜け出しかけている。あと数秒も保たない…………おい、なんかブレス体勢に入ってるんですが。

 

「ウィズー! やばい、ブレスがくる!! 早くうううううううううっっ!!!!!」

 

 俺は全身から嫌な汗を流しながら叫ぶ。

 隣ではウィズが詠唱を終え、掌を真っ直ぐドラゴンに向けていた。

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 バチチッ! というスパーク音と共に、黒い稲妻がドラゴンへと飛んで行く!

 

 沼に足元を取られ、しかもブレス体勢に入っていたドラゴンはそれを避けることはできず、稲妻はその胸に大きな風穴を空けた。ドラゴンは、口から紅蓮の炎を天井に勢い良く吹き上げ、ぐらりと体をよろめかせた。

 そして、そのままドスン! とダンジョン内を揺さぶる震動と共に倒れ、動かなくなった。

 

 まだブレスの熱気が残る中、俺は緊張を解いて、軽く息をつく。

 

「流石はウィズ。ありがとう、助かったよ。敵を討ってくれて、太郎丸もきっと喜んでるよ」

「あ、いえ、お役に立てたのなら…………あの、カズマさん、タロウマルちゃんのことなんですけど、捨て駒としてわざと特攻させてませんでしたか?」

「あのー、そっちは大丈夫ですかー!」

 

 ウィズが何か言いたそうな顔でこちらを見ているが、まずはあの三人組の安否確認だ。

 俺の呼びかけに三人が応え、おそらくパーティーリーダーであろう男が、一歩前に出て深々と頭を下げた。

 

「本当にありがとう……俺達、もうダメかと…………あんた達は命の恩人だ……!!」

「ははは、いやいやそんな。人として当たり前のことをしただけですよ」

「…………」

 

 ウィズがすごーく何かを言いたそうにしているが、今はそれよりこの冒険者達だ。そう、彼らは脱出手段を失っており、このダンジョンから出るには地道に歩いて戻らなければいけない。しかし、今しがた凶暴なドラゴンに襲われたのだし、もう一刻も早くここから出たいだろう。

 

 俺は心配そうに言う。

 

「ここは今みたいなドラゴンに遭遇することもあります。すぐテレポートか何かで脱出した方がいいですよ」

「それが、テレポートの巻き物を上の層のモンスターに盗まれちまって……」

「それならご安心を! 実は俺達、ダンジョン出張中の転送屋なんです。ダンジョンを回って、あなた方のような今すぐ戻りたいと思っている方を、テレポートで地上に帰しているんですよ。まぁ、その、お値段は少し割高となっておりますが……」

「ほ、本当か!? ぜひ頼む! 少しくらい高くても構わねえさ!」

「ではお客様が今手にしているお宝全てで」

「えっ」

「な、何を言ってるんですかカズマさん!?」

 

 俺の言葉に顔を引きつらせる男、後ろのパーティーメンバー達も似たような顔をしている。

 ウィズも信じられないといった表情でこちらを見てくるが、今はビジネスの話が優先だ。

 

「ちょっと高いですかね?」

「あ、あぁ……それは流石に……」

「そうですか、残念です。それではお気をつけて」

「ちょっ!? ま、待ってくれ! その、もう少しまけてくれねえか!? いくら何でもこの宝全部ってのは……」

「こちらも命がけですので、価格を下げるのはちょっと……大丈夫ですよ、お客様の実力なら、きっと歩いてでも地上に辿り着けるでしょう。まぁ、この辺りになると魔素もかなり濃くなってきますので、地獄からとんでもないモノが迷い込んできたりもしますが……」

「じ、地獄……から……?」

「えぇ。例えば地獄ネロイド。普段は地獄に生息しているネロイドなんですが、かなりの速さでズルズル這ってきて獲物に食いつきます。冒険者が足を食われたまま、地獄に引きずり込まれたという例もあるそうです」

「ひぃぃ……!!」

 

 その話に、三人は真っ青になる。

 俺は畳み掛けるように。

 

「ネロイドなんてまだ可愛いものですよ。ここには、そのネロイドをペットにしている上位悪魔までやって来る事もあるんです。以前俺達が遭遇したのは、アマリリスという上位悪魔で。それはもう恐ろしいの何のって……なぁ、ウィズ?」

「えっ? あ、は、はい……そう、ですね……あれは、ちょっと……」

 

 急に話を振られたウィズが驚いた表情を浮かべるが、すぐに何か嫌なことを思い出したのか、怯えた表情に変わる。

 

 そして、ウィズのその反応を見て、三人はいよいよ震え上がってしまう。

 何せ、先程ドラゴンを一撃で倒したウィズが怯えているのだ。ヘタな言葉よりもずっと説得力があるだろう。

 

 まぁ、実際のところアマリリスという上位悪魔は、グロく恐ろしい姿で人を怖がらせて恐怖の悪感情を食らっていくのだが、直接人を襲い傷付けるようなことはしない。ただ、あの姿は本当にトラウマにもなりかねないので、たちが悪いというのは確かなんだが。

 

 俺は、身を寄せ合って震えている三人に背を向け。

 

「それでは皆さんお達者で。あなた方が無事このダンジョンから出られることを祈っています」

「わああああああああああ待ってくれ!!!!! 分かった、宝ならいくらでもやるから!! 頼むから見捨てないでくれえええええええええええ!!!!!」

「そうですかそうですか! ご利用ありがとうございます!! それではお宝の方をお願いします!!」

 

 そう言って手を出して笑いかけると、男は泣く泣くといった様子で、色々詰まっていそうな荷物をこちらに――――。

 

 

「『テレポート』!」

 

 

 ――渡そうとした時、急に光に包まれて三人ともいなくなってしまった。

 もちろん俺は何もやっていない。

 

「えっ……ちょ、おいウィズ!? 何してくれてんだよ、せっかくの金づるが!!!」

「カズマさんこそ何やってるんですか! 以前までは相場の何割増しかでしたので黙っていましたが、今回はいくら何でもぼったくりすぎです!!」

「こういうのは時価だから、価格なんて色々変わるんだって! いいじゃねえか、アイツらお宝結構持ってそうだったし! それにほら、今回はドラゴンまで倒したわけだし……」

「倒したの私ですけど!?」

「お、俺だって援護したじゃん! あ、もちろんウィズの分け前は半分以上にするつもりだったぞ!」

「いりません! 私まで共犯みたいになるじゃないですか!」

「きょ、共犯って……! 大体、アイツらは命が助かって嬉しい、俺も儲かって嬉しいで、どちらにも得があるウィンウィンな関係だと思うんだけど!」

「じゃあ何であの人達は泣きそうな顔してたんですか! 明らかに嬉し泣きとかじゃなかったですよ!! というか、やっぱりこれ、ほとんどマッチポンプみたいなものなんじゃ……」

「マ、マッチポンプじゃねーし! アイツらが勝手にピンチになっただけだし! 俺は何もやってねえし!!」

 

 そんな風に俺達はしばらく言い合い、音を聞きつけたモンスターに再び囲まれることになるのだった。

 

 

***

 

 

 ダンジョンでの用事を終えた俺は、テレポートで紅魔の里に帰ってくる。隣にはウィズもいる。何でも、ぜひ会って話がしたい魔道具職人がいるらしい。確かにここには優秀な魔道具職人が多く、外から商談にやってくる者も多い。でもウィズに限っては、なんか嫌な予感するんだよなぁ……。

 

「あー、なんつーか、大丈夫か? いや、ここの商人って結構クセのある奴も多いからさ……というか、紅魔族全体がそんな感じなんだけど……」

「ふふ、大丈夫ですよカズマさん。私も商人ですから、商談くらいはできますよ!」

「そ、そっか……じゃあ、その、頑張って……」

「はい! ここまで送っていただき、本当にありがとうございました!」

 

 そう言って深々と頭を下げるウィズ。

 

 本当に大丈夫なんだろうか。正直かなり心配だったが、他の商人の商談にあまり首を突っ込むというのも、褒められたことではないだろう。例え気の知れた間柄だとしても、だ。

 

 そんなわけで、俺は最後にウィズに軽く声をかけてから別れ、テレポートで王都に飛ぼうとして……魔力が心もとないことに気が付いた。ダンジョン帰りというのもあるし、つい先程テレポートを使ったばかりだ。

 別にあと一回テレポートを使えばぶっ倒れるという程ギリギリだというわけでもないが、それでも体がだるくなるのは間違いないだろう。

 

 しょうがない、少し森に入って適当なモンスターから吸ってくるか。

 そう思って歩き出した時。

 

 

「あ、そこの君、悪いんだけどちょっといいかな?」

 

 

 ぎくっと体が硬直した。

 どこかで聞いたようなその声に、恐る恐るそちらを向いてみると。

 

 爽やかスマイルを携えた、イケメン勇者候補サマがそこにいた。

 えーと、確かカツラギとか言ったか?

 

「少し聞きたいことがあって。“カズマ”という人を知らないかな? この里で教師をやっているみたいなんだけど」

「……いやー、ちょっと分からないな、力になれなくて悪いね。それじゃ」

 

 そう答え、そそくさと退散しようとした…………が。

 

「ま、待ってくれ! その、もし良ければ食事でもどうかな? もちろん、僕が奢るからさ。実はこの里に来てから、まだろくに観光も出来ていなくて……何だか君はこの里に慣れている様子だし、出来れば良いお店とか観光スポットとか教えてもらえたら嬉しいなって」

「…………えっ」

 

 何こいつ、本当にそっちの趣味があるのか?

 いつもは可愛い子を二人も連れてんのに……今はいないようだけど。

 

 すると、俺の若干引いた反応に気付いたのか、カツラギは慌てて。

 

「あ、いや、君、見たところ紅魔族ではなくて僕と同じ冒険者だよね? えっと、この里の人達は皆良い人達だというのは分かるんだけど、何というか、ほら、ちょっと特殊な感性を持っているだろう?」

「あー、つまり、ここの奴等の妙なノリにうんざりしてきたから、普通の人に話を聞きたいってことか」

「う、うんざりしているとまでは言ってないよ! ただ、よそ者の僕があまりズカズカ距離を詰めても迷惑かもしれないし……」

 

 なんか良い人ぶって回りくどいことを言っているが、言いたいことは大体分かった。紅魔族特有のセンスについていけないとかそんなことなんだろう。こいつ自身は、選ばれし勇者やら、強力な魔剣やら、この里の奴等が好きそうな属性を持っているのだが。

 

 でも、どうしたもんかね。

 正直、こいつと一緒に飯食いたいとかはあまり思わないが、あまり露骨に嫌がったりすると逆に怪しまれるかもしれない。こいつのことだ、そうやって人から邪険にされる経験もあまりないだろうしな。

 

 ただ、こいつと一緒にいて、知り合いから名前を呼ばれたらマズイしな…………しょうがない、さっさと飯食って退散するか。

 

 そんなわけで、俺は食事の誘いを承諾し、二人で少し歩いて紅魔族随一の喫茶店に入る。紅魔族随一とはいうが、単純にこの里に喫茶店が一つしかないという、ここではありがちなパターンなのだが。

 

 長居するつもりもないので、俺はメニューを開いてさっさと料理を決める。

 

「俺は『溶岩竜の吐息風カラシスパゲティ』にするけど、お前は?」

「えっ……じゃ、じゃあ僕は『暗黒神の加護を受けしシチュー』で…………あのさ、この溶岩竜や暗黒神がどうのこうのっていうのは……」

「ただ格好良いから付けてるだけだろ。他には特に意味はないと思う」

「そ、そっか……」

 

 色々ツッコミたい気持ちは分かる。しかし、この里でそういうことに対して律儀にいちいちツッコんでいたら疲れるだろう。

 この時間は特に繁盛しているわけでもないので、料理はすぐに運ばれてくる。ここの料理は名前はアレだが、味は確かだ。

 

 俺がカラシスパゲティを口に運んでいると、カツラギは改まった様子で。

 

「自己紹介が遅れたね。僕の名前はミツルギ。ミツルギキョウヤだ。職業はソードマスター、普段は王都でクエストを受けることが多いんだけど、人探しと仲間探しでここに来たんだ。よろしく」

 

 そう言って爽やかスマイルで手を差し出してくるカツラギ……もといミツルギ。そうだ、ミツルギだミツルギ。

 おそらくこの自然な動作だけでも、何人もの女達を落としてきたのだろう。思わずむかっとくるが、ここで事を荒立てるわけにもいかない。

 

 俺もまた営業スマイルでその手を握る。

 

「これは丁寧にどうも。俺は…………あー、オズマ! そう、オズマっていうんだ! 見た通り、お前と違って装備も貧弱な駆け出し冒険者で、職業も最弱職だ。よろしくな!」

 

 名前の最初の文字を一文字前にずらしただけという何とも安直な偽名だったが、ミツルギは特に疑問を覚えることもなく、にこやかに笑う。……なんかこの名前、どっかの球体の裏ボスっぽいな、何でそう思うのかは分からんが。

 

 首をひねる俺に、ミツルギはイケメンスマイルを崩さずに。

 

「よろしく、オズマ。あれ、でも駆け出し冒険者の君がどうやってここまで来たんだい? 僕はここに来るまでに、かなりの高レベルモンスターと出会って来たんだけど」

「あ、そ、それは……知り合いにテレポートが使える紅魔族がいるんだ! それで、紅魔の里に時々連れて来てもらえるってわけ!」

「なるほど。やっぱり便利そうだね、テレポートって。僕のパーティーは組んでから日が浅くて、まだ後衛職がいないんだ。魔法使いとプリーストの人が入ってくれればと思っているんだけど、真剣に魔王討伐を考えてくれる人が中々いなくてね」

 

 そう困ったように苦笑いを浮かべるミツルギ。

 当たり前だ、本気で魔王討伐なんかを考える冒険者なんてのはほんの一握り、しかもそんな意識高い奴等は、もうどこかのパーティーに入っていることがほとんどだろう。

 

 すると、ミツルギは目に期待の色を浮かべて。

 

「そういえば、オズマはもうパーティーは決まっているのかい? もしまだだと言うのなら、僕のパーティーはどうかな?」

「えっ、い、いや、でも俺、後衛職じゃないし……最弱職だし……」

「構わないさ! 後衛職がほしいとは言ったけど、もちろんやる気さえあれば誰でも大歓迎だよ! それに僕のパーティーって、他の二人はどちらも女の子でさ。少し肩身が狭く感じる時もあって、新しく入ってくれる人は出来れば同性の人がいいなと思っていたんだ」

「…………」

 

 あんな可愛い子を二人も連れてるくせに、肩身が狭いとか舐めてんのかコイツ。そこは他の仲間も女で固めて、ハーレム目指すとこだろう普通は。何なのイ○ポなの? それとも本当にあっちの趣味があるの?

 

 ミツルギは、そんなどんよりとした視線を送っている俺には気付かないようで、相変わらずの笑顔を浮かべたまま。

 

「オズマとはまだ会ったばかりだけど、君とならきっと上手くやっていけそうな気がするんだ。だから、ぜひ僕達と一緒に魔王を」

「お断りします」

「えっ…………あ、う、うん、ごめん、分かった……僕も無理にとは言わないよ……」

 

 俺が取り付く島もないくらいにハッキリと断ると、流石のミツルギも動揺したのか顔を強張らせる。

 

 自分は強いのに、こんな見るからに弱そうな俺をパーティーに入れてくれようとする辺り、このイケメンは取り繕っているわけではなく本当に心優しい性格をしているのだろう。

 しかし、残念ながら俺は魔王を倒そうだなんて、これっぽっちも考えていない。つまり、前提条件の“やる気さえあれば”というところからアウトなわけで、それならお互いの為にもパーティーなんか組まない方がいいはずだ。

 

 ミツルギは見るからに肩を落としてがっかりしている。

 流石にそんな姿を見せられると、俺も痛む心がないわけでもないので、一応フォローを入れておくことにする。

 

「悪いな、俺にもやる事があるんだ…………まぁ、お前くらい強くて良い奴なら、優秀な魔法使いやプリーストくらい、その内見つかるって」

「そ、そうかな、そう言ってもらえると嬉しいけど……うん、根気よく探すことにするよ。ありがとう、オズマ」

 

 そう言って朗らかに笑うミツルギ。

 何だろう、普通に良い奴だなこいつ。こうやって向かい合って話してみると、大分印象も違うものだ。こいつと話していると、まるで俺が汚れきった存在であるかのように思えてしまう。いや実際そうなんだろうけど。

 

 それから俺はミツルギに、適当に里のことについて色々話してやる。

 元々、良い店とか観光スポットを教えてくれってことだったしな。

 

「――とまぁ、こんな感じで、基本ここの観光スポットはろくなもんがない。あ、“選ばれし者だけが抜ける聖剣”はどうしても欲しいってんなら手はあるぞ。あれ、鍛冶屋のおっさんが魔法で抜けなくしてるだけだしな。腕の良いプリーストでも連れて来て、『ブレイクスペル』でもかければ抜けるかもしれん」

「な、なんか聞かない方が良かった気がするよそれは……僕はソードマスターだし、聖剣と言われて少し昂ぶっていたのに……」

「世の中そんなもんだ。あ、そうだ、山の頂上にある展望台は行ってみて損はないかもな。特にお前は。あそこには強力な遠見の魔法がかけられた魔道具があって、魔王城を覗けるようになってるんだ。まだ気の早い話かもしんないけど、魔王城攻略の下見にはいいんじゃないか?」

「それはいいね! 流石は力のある魔法使いばかりの紅魔族、いずれ訪れるであろう魔王との決戦に備えて、そうやって常に魔王城を監視できる状態にしてあるのか!」

「いや、ただ単に観光スポットに利用してるだけだな。オススメの監視スポットは魔王の娘の部屋だとか宣伝してるし」

「…………」

 

 何とも残念な表情を浮かべているミツルギ。気持ちは分かる。でも、紅魔族なんてこんなもんだと割り切ることが大事だ。

 と言っても、そういった何も知らない外の人間を狙った観光スポットの数々は、俺が関わっているものも多いのだが。まぁ、ミツルギには一応こうして飯まで奢ってもらってるわけだし、こいつまで騙そうとは思わない。

 

 するとミツルギは気を取り直した様子で、少し真面目な顔をして。

 

「あのさオズマ、観光スポットとかじゃないかもしれないけど、この地には女神様が封じられているという話を聞いてずっと気になっていたんだ。何か知っているかい?」

「え、なに、もしかして女神様までお前のハーレムに入れるつもりなのか?」

「ちちち違うよっ! そもそも僕はハーレムなんて作っていないし!」

 

 何やら珍しく動揺しているミツルギ。ははーん、実は結構図星だったのか?

 俺は口元をニヤニヤとさせながら。

 

「まぁ、残念だったな。確かにここには、信者が一人もいなくなって名前も忘れ去られた女神ってのが封じられてるらしいけど、何でもそれ、『傀儡と復讐を司る女神』とやらで、ほとんど邪神に近いらしいぞ」

「……そ、そうなのか……考えてみればそうか、封じられているということは、つまりは良くないモノということなんだろうね……」

「そんな落ち込むなって。女神様と仲良くなりたいなら、ほら、エリス祭の時にこっそり降臨してるって噂の、幸運を司る女神エリス様なんかを探せばいいんじゃないか? あ、言っとくけど、アクシズ教のアクアとかいう女神はやめとけよ。あれも邪神に近い奴だから」

「なっ……アクア様の事をそんな風に言わないでくれ!!!」

「うおっ!?」

 

 ミツルギは突然テーブルを叩き立ち上がった。び、びっくりした……。

 俺はこちらを睨んでいるミツルギに、慌てて。

 

「わ、悪かったよ。なんだよ、お前、アクシズ教徒だったのか?」

「……いや、そういうわけじゃないけど…………ごめん、僕も熱くなりすぎたよ」

 

 そう言って、ミツルギは大人しく席に座る。

 そういえば勇者候補っていうのは、神々から特殊な力を授けられたっていう話だし、どんな女神でも悪く言われるのは我慢ならないという事なのだろうか。いやでも、さっきこの里に封じられている女神のことを邪神とか言った時は怒らなかったしなぁ。

 

 俺は微妙な感じになってきた空気を何とかしようと、明るい笑みを作り。

 

「あー、観光スポットはアレだけどさ、店の方は期待してくれていいと思うぞ。魔道具店とかポーション屋なんかは、他の街と比べても断然良いもんが揃ってるよ。……一部の店を除いて。それに、鍛冶屋の鎧は上質だって有名でな、何でもどこかの大貴族からも注文がくるらしいぞ」

 

 ソードマスターであるミツルギにとっては、良い鎧というのはぜひ欲しいものだろうと思い言ってみたのだが、どうやらその予想は正しかったようだ。

 ミツルギは目を輝かせて身を乗り出し。

 

「へぇ、それは良い事を聞いたよ! ちょうど鎧を新調しようかと思っていたところでね。それなら明日にでも鍛冶屋に顔を出してみようかな」

「そうしてやれ、あのおっさんも、お前くらい羽振りが良さそうな相手が来てくれたら喜ぶぞ。あとやっぱりこの里で外せないのは占い屋だな。ほぼ百パーセントの的中率で、最寄り街のアルカンレティアの上層部だけじゃなく、王都のお偉いさんなんかも、そこの占いを頼りにしていたりするんだぜ」

「すごいな、そんな的中率の占い師なんて聞いたことが…………いや、そういえば魔王軍にも、ほぼ確実に未来を言い当てる預言者がいるとか聞いたな…………うん、それじゃあ、僕も里を出る前に一度は訪ねてみるよ」

「ちなみに、どんなことを占ってもらうつもりなんだ? まぁ、その凄腕占い師は里一番の美人だし、占い関係なく口説きに行くだけってのもアリだとは思うけど」

「く、口説いたりはしないよ…………そうだな、占ってもらうなら、やっぱり魔王討伐に関することだろうね。魔王討伐の為にどこで力をつけるべきなのかとか、どこで真の仲間と出会えるのか、とか」

「…………お前すげーなホント。そこまで真っ直ぐ、世界を救うことだけを考えてる奴とか初めて見たぞ。マジで根っからの勇者様なんだな」

 

 俺の言葉に、ミツルギは苦笑を浮かべて。

 

「別に、そんな大それた人間じゃないよ僕は。多くの人は、少しでも誰かの役に立ちたいと思っているものだと思う。僕はたまたま力を得ることができたというだけで、同じような気持ちは誰もが持っているものだと思うよ」

「……それはどうだかな。人間ってそこまで綺麗なもんじゃねえと思うけど。なぁミツルギ、お前いつも世界を救うことばかり考えてるけどさ、もし本当に魔王を倒したとして、そのあとはどうするんだ?」

「えっ……それは……」

 

 俺の質問が意外だったのか、ミツルギは意表を突かれた表情で固まる。

 それから、難しい顔になって顎に手を当てて。

 

「……考えたことがなかったな。魔王を倒したあと、か」

「お前アレだな、若い頃から大した趣味も持たずにただ働きまくって、歳とって仕事辞めたら何もすることが無くなって呆然とするってパターンだぞ」

「なっ……そ、そんなことは…………な、い…………と思う…………」

「自分でも否定しきれてねえじゃねーか。ったく、しょうがねえな」

 

 俺はやれやれと首を振ると、自分の分のジュースを一気に飲み干し、立ち上がる。

 ここは一つ、このクソ真面目な勇者様に教師らしく教育でもしてやるか。それでこいつの真面目さが少しでも減って、“カズマ”という男を探して仲間にするのを諦めてくれたら、なおいい。

 

 俺は、きょとんとこちらを見ているミツルギにニヤリと笑いかけ。

 

「もうすぐ日も落ちる頃だ。ちょうどいい、飲みに行くぞ。羽目をはずして騒ぐってことを教えてやる。お前のお仲間も呼んでこいよ、女の子いないと寂しいし」

 

 

***

 

 

 すっかり夜の闇に包まれ、静かになった紅魔の里。

 紅魔族随一の居酒屋はここからが稼ぎ時だ。俺達は、若干困ったような笑顔を浮かべる居酒屋の娘、ねりまきが持ってくる酒を呷りながら、アルコールによってほんのりと顔を紅潮させて騒いでいた。

 

 同じ席には、ミツルギのパーティー以外にも、俺が適当に連れて来てやった、ぷっちんやぶっころりーもいる。もちろん俺の正体は隠すように言ってあるが。

 クソニートのぶっころりーは上機嫌に言う。

 

「うんうん、誰かの金で飲む酒の旨さったらないよね! よし、じゃあお礼に、紅魔族随一の美人である、そけっとに関する情報をあげるよ! そけっとはね、毎日朝七時頃に起きて、朝食はうどんを食べて、その後お風呂に入るんだよ。ただ、ここで困ったことがあってさ、そけっとは洗濯物をすぐ洗濯してしまうんだ。何が困るんだって? それはもちろん――」

 

 そして、ぷっちんはとんでもなく緊張した様子で、ミツルギの仲間の女の子の方をちらちら見ながら。

 

「わ、我が名は……あ、いや、俺は…………ぼ、僕は、その、ぷぷぷぷぷっ、ぷっちんと、いいます…………きょ、教師をやややっていて……12歳の女の子達に色々教えています!!!」

 

 そんな俺の友人達……いや、知り合いを見て、引きつった笑顔を浮かべているミツルギ。こんな奴等相手でも一応笑みは崩さない辺り流石だ。

 しかし、仲間の女子達の方は見るからにドン引きの様子で。

 

「ね、ねぇ、キョウヤ、もうそろそろ帰らない? ほら、明日も人探しとか色々あるでしょ……?」

「う、うん、そうだよ。もう十分飲んだし楽しんだし……ね?」

 

 確か名前は、ランサーの子がクレメアで、盗賊の子がフィオだったか。なるほど、こんな男共と飲みたくないという気持ちはよく分かるが、ここで逃がすわけにはいかない。

 

 俺はジョッキの中身を一気に飲み干し、ミツルギにニヤリと笑いかけ。

 

「よーし……そんじゃあ、そろそろハッキリさせようじゃねえか……」

「えっと、大丈夫かい? 少し飲み過ぎなんじゃ……」

「んなこたぁねえよ! まだまだイケるぞ俺は!! それより俺の話を聞け!! そんで、正直に答えろ!!」

「わ、分かった、分かったよ。何でも聞いてくれ」

「言ったな? じゃあ聞くぞ」

 

 そして俺は、ミツルギの仲間の女の子二人を両手で指差し。

 

 

「結局、どっちの子が本命なわけ?」

 

 

 ミツルギ達の空気が凍った。

 俺達の間には重苦しい沈黙が…………いや、空気を読めないぷっちんとぶっころりーは、まだ勝手に自己紹介やらそけっとの話を続けている。俺が連れて来といてなんだが、もうこいつらは放置しよう。

 

 一方で、ミツルギ達の方は周りのバカ二人を気にしている余裕はないらしい。

 女の子二人は不安げにちらちらとミツルギを見ており、ミツルギの方は困ったように笑いながら。

 

「いや、その、二人はどちらも大切な仲間だけど、恋愛関係とかそういうのは……」

「つまり、そこの二人は仲間としては使えるが、女としては眼中にない、と」

「えっ!? ち、ちがっ……! そういうわけじゃなくて!!」

 

 俺の言葉を聞いてショックを受ける女の子二人に、一気に慌て出すミツルギ。何これ面白い、もっと言ってやろう。

 

「じゃあさ、仮定の話でいいよ。もし仮に、この二人から同時に告られたとして、お前はどっちを選ぶんだ?」

「なっ……そ、それは……」

「ま、待ってよ! ねぇ、そんなこと聞かなくていいじゃない!!」

「そ、そうよ!! それって聞いちゃったら色々ダメなやつだと思うんだけど!!! これからの関係とか、そういうの的にさ!!!」

「いやいや、俺はお前らの為を思って言ってやってるんだよ? どうせお前ら、今の関係を壊したくない~とか言って、このままずるずる仲間としてやっていくつもりなんだろ? 本当は今以上の関係になりたいのに」

「「うっ……」」

「で、そのくせ魔王との決戦前夜に、最後になるかもしれないからとか言って告白、玉砕。それを肝心の魔王戦にまで引きずって足手まといになり、庇ったミツルギが致命傷を」

「やめて! なんか妙にありそうな気がしてくるからホントやめて!!」

「そもそも、本当に私達の為を思って言ってるの!? 楽しんでるだけのように見えるんだけど!」

「失礼な、本当に心配してんだよ。男女関係でギクシャクするパーティーを外から眺めるのは楽しいなぁとか、もしこいつらのどっちかが振られたら傷心に付け込んでワンチャンあるかもとかは、少ししか思ってない」

「ちょっと待って! なんか最悪なこと言ってるんだけどこの人!!」

「キョウヤ、やっぱりもう帰ろう!? こんな人の言うことなんて聞かなくていいって!」

 

 ミツルギは先程から話についていけない様子で、おろおろと成り行きを見守っているだけだ。多分、この二人が自分のことが好きだということも分かっていない。そういう鈍感さは、ハーレム野郎の特性だ。

 

 ミツルギは二人の言葉を受けて少し考え込み、それから真っ直ぐ俺を見た。

 

「いや、オズマにはさっき『何でも聞いてくれ』と言ってしまった。前言を撤回するのはよくないことだと思う」

「お、流石は真面目な勇者様、分かってるじゃねえか」

 

 俺だったら「何でも聞くとは言ったが、答えるとは言っていない」とか言って逃げるところだろうが、そんなのは小悪党のやることであり、勇者様のやることではない。

 

 ミツルギは覚悟を決めた表情で。

 

「君の質問は『もしもこの二人から告白されたら、どちらを選ぶのか』でいいのかな?」

「あぁ、まぁ、それでいいよ」

「えっ、ま、待って! 本当に答えるの!?」

「そ、その、急に言われても、私達だって困るっていうか、こ、心の準備が……!」

「ははっ、そんなに構えるようなことじゃないって。あくまで仮定の話だよ。ここで僕が何と言おうが、僕達が大切な仲間同士であることには変わりはない、そうだろう?」

 

 そんなことを言いながらイケメンスマイルを向けられ、二人は何か言いたげな表情で口元をむにむにしている。この鈍感イケメンは一度ぶん殴られた方がいいと思う。

 

 でもいくら仮定の話だからって、ここでの答えはそのまま二人への好感度を表すことになり、そこに優劣を付けてしまえば、今まで通りとはいかなくなりそうなもんだが。

 

 と、そんな事を考えていると、ミツルギはハッキリとこう答えた。

 

 

「僕の答えは、『どちらも選ぶことはできない』、だ。僕には他に好きな人がいるんだ」

 

 

 …………なるほど。

 確かに“どちらも選ばない”ということは、二人の間に差を付けていることにはならず、これからの関係性には影響を及ぼさないのかもしれない。質問自体が仮定の話だしな。

 

 しかし、そんなのが通用するのは、この二人がミツルギのことを、あくまで仲間だと割り切っている場合だ。当然、この二人にはそんなのが当てはまるわけもない。というか、こんだけ好き好きオーラ出されて気付かないとか、わざとやっているとしか思えない。まぁ、コイツがそんな俺と同レベルのクズであるはずもないし、本当に分かってないんだろうけど……。

 

 案の定、女の子二人はとんでもなくショックを受けたようで、泣きそうな顔で呆然としている。

 これには流石の俺も罪悪感を覚え、フォローすることに。

 

「……あー、元気出せよ。世の中広いんだ、いい男なんて他にいくらでもいるって。例えば俺とか」

「早速傷心に付け込んできたんだけどこの人!! 信じらんない!!!」

「いくら何でも、振られて数秒で他の男に鞍替えするわけないでしょ! どれだけビッチなのよ私達!!」

 

 ちっ、ダメだったか。

 まぁ、そんだけ怒る元気があるなら大丈夫だろう。案外たくましい子達なのかもしれない。考えてみれば、この二人はミツルギが魔王を倒そうとしている事を知った上でパーティーにいるのだろうし、そんなにやわでもないのか。

 

 俺はミツルギに尋ねる。

 

「しっかし、お前に好きな人がいたなんて意外だな、魔王討伐にしか興味ないんじゃないかと思ってたわ。で、どんな人なん? 同じ冒険者?」

「僕の好きな人は…………いや、やめておこう。きっと言っても信じてもらえないだろうしね。それに、おそらくこの想いはあの人に届くことはないだろう。あの人は、僕とは違う世界にいる人だから……」

 

 そう言って、少し寂しげな表情で遠くを見るような目をするミツルギ。

 違う世界ってことは、相手は貴族か何かなのか? でもコイツならいくらでも功績を挙げられるだろうし、チャンスはあると思うけどなぁ。

 

 すると、そんなミツルギの言葉を聞いた女の子二人は、少し希望を取り戻したようで。

 

「そ、その……キョウヤ! 例えその人への想いは届かなくても、他にキョウヤのことを想ってくれる人はいるはずだって! 意外と近くに!!」

「うん、そうだよ! だから、えっと……その人のことは、あまり引きずらないようにして、もっと周りを見てみるのもいいんじゃないかな!」

「フィオ、クレメア…………ありがとう。僕は本当に良い仲間を持ったよ」

 

 そう言って笑いかけるミツルギと、“仲間”というワードに若干顔を引きつらせる二人。うん、もう勝手にやってろ。

 

 それよりも、俺には気になることがあった。

 

「なぁミツルギ、そのお前が好きな人ってのは、やっぱり身分が高い人なのか? 見た目はどんな感じ? かわいい?」

「あぁ、身分が高い……というか、もう存在としての格が違うというか……。それに、まさに女神と言えるくらい人間離れした美しさで、全てを失った僕を導いてくれた、心清らかな人だったよ」

 

 幸せそうに微笑み、そんなことを言うミツルギ。

 つまり、とんでもなく偉くて、とんでもなく綺麗で、とんでもなく性格が良い人か……。

 

 これは正妻候補としてチェックするしかない!

 

「おいもっとその人について詳しく。つか、もう全部言っちゃえよ。お前が諦めるってんなら、俺がありがたく貰うからさ」

「えっ!? い、いや、それは無理だと……」

「何だよそんなの分かんねえだろ。俺ならお前よりずっと上手くやれるはずだ。身分の差だって、俺なら何とか出来る。実績もあるからな」

 

 そう、俺は王女様とだって仲良くなれたんだ。今更身分の差なんかで怯んだりはしない。

 すると、ミツルギの取り巻き二人が、何故かイラッとした表情で。

 

「キョウヤでも無理って言う人が、あんたなんかにどうにか出来るわけないでしょ!」

「そうよそうよ! 身の程を知りなさい!!」

「はぁ!? つか何でお前らが怒ってんだよ、ミツルギの好きな人を俺がかっさらってやるって言ってんだから、むしろ喜ぶとこだろ!」

「それとこれは別よ! キョウヤがあんたに劣ってるみたいに言われて、黙っていられるわけないでしょ!!」

「キョウヤと比べたらあんたなんて、ゴブリン以下なんだから! 調子に乗らないでよね!」

「んだとこのクソアマ!!! 女だからって大目に見てもらえると思うなよ、すんごい事してやるぞ!!!!!」

「な、何よその手つき! 変なことしたら、ただじゃおかないんだからね!!」

「ひっ……こ、こっち来ないでよ変態!!!」

「み、みんな、少し酔いすぎだよ……ほら、他のお客さんにも迷惑だし……」

 

 それから何度も、ミツルギは必死に俺達の仲裁に入ることとなった。

 そして日付が変わる頃にはすっかり疲れきった表情で、ぎゃーぎゃー騒ぐ俺、ぷっちん、ぶっころりーの三人に一言声をかけてから、眠りこける仲間二人を抱えて帰っていった。

 

 そんな状態になっても、ちゃんと全員分の金は置いていく辺り、流石は勇者様だと思いました。

 



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魔剣使いの勇者候補 2

 

 ミツルギ達と飲んでから数日後の朝、俺はいつもより早めに学校へと向かっていた。誰もいない教室で、一人の少女と秘密のお話をする為だ。

 ……これだけ言うと何か淡い青春の一ページのように聞こえるが、実際は爆裂魔法に関してめぐみんと少し話すだけだ。色気もクソもあったもんじゃない。

 

 教室に着くと、めぐみんは既にそこにいて、窓際の自分の席に座って待っていた。

 

「おはようございます、先生」

「おう、おはよ」

 

 窓から差し込む優しい朝日に照らされたその顔には、小さな微笑みが浮かんでいる。これでめぐみんがもう少し年が上だったら、俺も意識したのだろうか。……うーん、どうだかなぁ。こいつもこいつで、色恋より食い気や爆裂って感じだしなぁ。

 

 俺はめぐみんの隣、ゆんゆんの席に座って冒険者カードを取り出す。俺のものではない、めぐみんから預かっている彼女のカードだ。

 

「上級魔法なら、もうそろそろ覚えられそうだな。たぶん学校始まって以来の超スピードだぞこれ。お前本当成績だけは優秀だからな」

「成績だけとは何ですか。私は紅魔族随一の天才ですよ? 他にも大体全ての事に関して優秀ですよ」

「少なくとも発育は優秀じゃないだろ」

「ぐっ……!! ……ふ、ふん。そっちの成長はこれからなのです。知っていますか? 大魔法使いには巨乳が多いのです。つまりは、私もいずれは巨乳になるのです」

「何だその胡散臭い話は…………いや、でも言われてみれば…………」

 

 そういえば、俺の知り合いでも女性で力のある魔法使いは巨乳ばかりな気がする。ウィズとかバインバインだしな。

 そうやって考え込む俺を見て、めぐみんは不敵に笑う。

 

「ふっ、分かりましたか? 私を貧乳貧乳とバカに出来るのも今の内なのです。勝利は約束されているようなものです」

「でもお前が将来なるのは、優秀な大魔法使いじゃなくて、ネタ魔法を極めたネタ魔法使いじゃねえか。もしかして、貧乳で魔法の才能がある奴は、皆お前みたいに変な道へ行っちまうのか? だから、大魔法使いは巨乳ばかりになるとか」

「な、なにおう!? 変な道ではないですから! 立派な大魔法使いへの道ですから!! というか、私の前で爆裂魔法をネタ魔法扱いするのはやめてもらおうか!!!」

「ネタだろネタ。しかも一発しか使えないから一発ネタだ。大魔法使いというより、一発ネタに人生かけた大道芸人って言われた方が、まだしっくりくるわ」

「一発ネタ!? 大道芸人!? ……分かりました、売られたケンカは必ず買うのが紅魔族です!!」

 

 激昂しためぐみんが掴みかかってきた……が。

 

「『ドレインタッチ』」

「ああああああああああああああああっ!! ぐっ……そ、そのスキルは卑怯です!! あなたは年下の女の子相手に、真正面からケンカすることも出来ないのですか!!!」

「はっ、それは挑発のつもりか? 残念だったな、俺は相手が女だろうが年下だろうが、常に自分が一番安全かつ確実に勝てる手段を躊躇なく選べる男だ」

「なに良い顔して言ってるんですか!? 最悪ですよ!!」

 

 そう言いながらも、めぐみんは悔しそうにしながら俺を掴んでいた手を離す。

 それでいい、勝てない相手には無理をしない。人生を賢く生きる為に必要なことだ。

 

 しかし、めぐみんはまだこちらを恨めしげに見たまま。

 

「私が爆裂魔法を習得したら、覚えといてくださいよ……」

「な、なんだってー、大変だー、じゃあ今すぐこのスキルポイントを……」

「わあああああああああああああああ!!! ウソですウソです!!! ほんの冗談ですから!!!!!」

 

 冒険者カードを人質に取られては、喧嘩っ早いめぐみんもこの有様だ。おそらく今、どうして俺にカードを預けてしまったのか、猛烈に後悔していることだろう。

 

 俺は何となくめぐみんのカードを眺める。

 そこに記されているステータスだけを見れば、輝かしい未来が目に浮かんでくるようだ。

 

 しかし。

 

「……一応聞くけどさ、今でも上級魔法を覚えるつもりはないんだよな? 優秀な大魔法使いになるつもりはないんだよな?」

「上級魔法を覚えるつもりはありませんが、大魔法使いになるつもりはありますよ。私は何かを妥協するのは嫌です。大好きな爆裂魔法だけで大魔法使いになり、巨乳にもなります」

 

 めぐみんは何の迷いもなく言い切る。

 言っている内容はとんでもなくバカなことではあるのだが、ここまで堂々としているといっそ清々しくもあり、思わず感心してしまう。漢らしいなコイツ……。

 

「…………はぁ。ったく、無駄に大物っぽいこと言いやがって。まぁいい、今更分かりきったことを聞いて悪かったよ。好きにすればいい。そういう真っ直ぐな生き方、俺は嫌いじゃないよ」

「ふふ、私も先生のそういう話の分かるところ、嫌いじゃないですよ。でも少し意外ですね、先生は真っ直ぐな生き方は嫌う人だと思っていましたが」

「何言ってんだ、俺だって真っ直ぐ生きてんだろ。欲望とかに」

「……そうでした。何でしょう、この一気にガックリくる感じは」

「考えてみれば、人生に妥協したくないって所も、案外似てるのかもな俺達。俺も金、女、権力全部手に入れるつもりだし」

「あ、あの、それで似てるとか言われても、私としては反応に困るのですが……」

 

 微妙な顔でそんなことを言ってくるめぐみん。

 何だろう、今ちょっとお互いを認め合えた的な良い感じになってたのに、気付けばいつも通りの空気に戻っている気がする。

 

「何だよ、めぐみんだって大魔法使いになって金や権力を手に入れて、巨乳になってイケメンを引っ掛けようと思ってんだろ?」

「違いますよ!!! 私が欲しいのは最強の魔法使いという称号です! 確かに今は貧乏ですのでお金も欲しいですが、それも最低限暮らしていけるだけで十分だと思っています。権力だって興味ありません。巨乳になりたいのだって、別に男を引っ掛けたいとかそういう事ではなく、ただ単に見栄えの問題です」

「おい待て、他はともかく一つ聞き捨てならないことを言いやがったな…………巨乳が単に見栄えの問題、だと? お前何言ってんの? 巨乳は男に揉まれる為にあるんだよ?」

「あなたが何を言っているのですか」

 

 ドン引きの表情でこんなことを言ってくるめぐみん。あれ、俺何かおかしな事言ったか……?

 めぐみんは深々と溜息をついて。

 

「……まったく。あの先生、女性として一つアドバイスしますが、先生はそのゲスい言動さえ抑えれば、それなりにモテると思うのです。お金持ちですし、顔だってそんなに悪くありません。何だかんだ結構優しい所もありますし」

「え、なに、急にどうした。告白でもすんの? ごめん、正直なところ、お前のこと生意気で頭おかしいクソガキくらいにしか思ってないから無理だ。でもお前ならきっと他に良い男が」

「だから勝手に私が振られたような流れを作るのはやめてもらおうか! そこですよ! そういう所ですよ!! 何故あなたは、ちょっと油断するとすぐにぽんぽんぽんぽんゲスい言動が飛び出すのですか!! 何ですか、照れ隠しなんですか!?」

「えっ?」

「あ、はい、照れ隠しでも何でもないんですね。素なんですね。その顔でよく分かりました」

 

 何だろう、めぐみんが色々と諦めたような表情をしている。そんな俺が手遅れみたいな感じを出されても反応に困るんだが……。

 

 俺はどう言ったもんかと、頭をかいて。

 

「しかし、ゲスい言動を抑えろって言われてもなぁ。自分の本質を抑え続ける人生に意味はあるか?」

「ついに自分の本質とか言っちゃいましたよこの男……」

「だってさー……めぐみんに例えるなら、一生爆裂魔法なしで生きていけとか言われてるようなもんだぞ」

「うぐっ……そ、それは……辛いですね…………」

「だろ? だから俺は、今のゲスい自分を捨てずに、金と女と権力を手に入れ人生の勝者になってみせる! はは、結局俺も、爆裂魔法を捨てずに巨乳の大魔法使いになろうとしてるお前と変わらないんだな」

「……ええっ!? あ、あれ!? 先生は私と変わらないのですか!? 何かおかしくないですか!?」

「おかしくないよ」

 

 そう、何もおかしなことはない。人には決して譲れないものがあるというだけの話だ。

 俺は、何か釈然としない様子のめぐみんに。

 

「大体、俺の言動に文句つけるのはいいが、俺だってお前のその爆裂狂っぷりに、文句の一つでも言いたいところだね。いや言ってるけど」

「うっ……そ、その、私も先生に色々と迷惑かけてしまっているのは分かっていますし、フォローしてくれる先生には感謝もしています……でも」

「分かってるよ、お前の爆裂魔法への愛は、よーくな。だから、お前と違ってオトナで良い先生な俺は、文句言いつつもちゃんとお前の引き取り先は探してやってんだぜ。もう騎士団の方には話しておいたし」

「……えっ? ほ、本当ですか……?」

「あぁ。爆裂魔法しか使えないネタ魔法使いでも、騎士団なら結構欲しがってるみたいだったぞ。冒険者パーティーと違って、集団戦が多いから向こうもお前をフォローしやすいだろうし、何より敵の大群に魔法をブチ込めるチャンスも多い。どうだ、お前にとってもいいんじゃないか?」

「…………」

「え、な、なんだよ、何か気に入らないのか?」

 

 めぐみんはポカンと口を半開きにしてこちらを見ている。

 もしかして、冒険者じゃないと嫌だとか言うつもりか。別にそっちで探してやってもいいんだが、やっぱり安全って事を考えると騎士団の方だと思うんだけどなぁ。

 

 しかし、そういう事ではなかったらしく、めぐみんはもじもじと両手の指を絡ませながら、チラチラと上目遣いでこちらを見て。

 

「……あの、えっと、ありがとうございます。先生、ちゃんと私のことを考えてくれていたのですね」

「ん、まぁ、先生ってのはそんなもんだろ。それに面倒見てやるって言ったろ」

「それは、そうですが……その、急にそうやって優しくされると、反応に困ると言いますか……」

「なに、イジメてほしいの? ドMなの?」

「違いますよ!! ……はぁ、まったく、また先生はすぐそうやって……」

「うわぁ、そう言いながらも何でちょっと嬉しそうなのこの子。どうしよう、俺、12歳の女の子相手に、何か変な扉を開けちゃったのかも……」

「だから違うと言っているでしょう!! あー……こほん! 先生」

 

 めぐみんは気を取り直して、真っ直ぐ俺を見つめる。

 朝日で光る紅い瞳には俺だけが映っていて、まるで吸い込まれるように俺の視線もそこに釘付けにされる。

 

 そして、めぐみんは朗らかな笑顔を浮かべて。

 

「改めまして、本当にありがとうございます。こんなに生徒のことを想ってくれる先生と出会えて、私は幸せ者です」

「……な、何だよ急に。大袈裟だっつの。ちょうど王城に行く機会があったから、その時に聞いてみたってだけだ」

「でも、ちゃんと私のこと忘れずに聞いてくれたのでしょう? それだけで、私はとても嬉しいですよ。ふふ、何ですか、照れているのですか?」

「照れてねえし! こんな真正面からお礼言われることが少なくて、ちょっと調子狂うってだけで、別に照れてるわけじゃねえし!!」

 

 俺の言葉に、めぐみんはくすくすと笑う。

 ぐっ……この俺が、12歳の女の子相手に手玉に取られてる感じがする!

 

 俺は仕返しとばかりに。

 

「ったく、お前もちょろすぎて、ふにふら達の事言えねえな! ちょっと優しくしたらこれだ! 将来、変な奴に騙されたりすんなよ!」

「ご心配なく。以前にも言ったでしょう。紅魔族随一の天才の知力を舐めないでください、人を見る目はありますよ。つい先日も、ウチを狙った詐欺師の正体を見破り、撃退したところですし」

「えっ、貧乏なお前のところに詐欺師? なんでそんな所狙ったんだそいつも。まぁ確かに、多少生活に苦しんでいる人の方が、心に余裕が無いから騙しやすいってのは聞いたことあるけど……」

「び、貧乏って、ハッキリ言いますね……その通りなのですが。ただ、先日の詐欺師に関しては、やり方がお粗末過ぎましたね。なにせ、『ひょいざぶろーさんの素晴らしい魔道具の数々に深く感銘を受けました! つきましては、今後ぜひ良いお付き合いをさせて頂きたく……』などと正気を疑うようなことを言ってきましたから。こんなの、こめっこでも怪しいと思いますよ」

「…………」

 

 何だろう、その詐欺師とやらに凄く心当たりがある。

 俺は嫌な予感をひしひしと感じながら、嫌々ながら聞いてみることにした。

 

「……その詐欺師、名前は何て言ってた?」

「ウィズ、とか言ってましたかね。どうせ偽名でしょうが」

「…………それで、お前はそのウィズを追い返したってことか?」

「はい。そんな手口には引っかからないとキッパリ言っても、しつこく食い下がってきましたので、『これ以上うだうだ言うつもりなら、この国随一の変態にして鬼畜、カズマ先生を呼んですんごい事をしてもらいます!』と脅したら泣いて逃げ出しました」

「おい」

 

 こいつは何勝手に俺の悪評を広げてくれちゃってるのだろう。しかも紅魔族随一から、国随一にランクアップしてんじゃねえか。いやこの場合はランクダウンか。

 それにウィズもウィズだ、俺のことは知っているんだから、そこまで怯えなくても……知っているからこそ、泣いて逃げたのかもしれない。流石に俺も凹むぞ……。

 

 しかし、まぁ、ウィズにとっては残念な結果かもしれないが、実際はこれで良かったのだろう。ウィズの商売センスは前からアレだったが、ひょいざぶろーと手を組んだりしたら赤字が加速して俺でもフォローしきれなくなる可能性がある。

 

 ウィズの話が出たところで、俺はふとある事を思い出し。

 

「そういやめぐみん、お前ってさ、誰から爆裂魔法なんてもんを教わったんだ? あんな魔法、覚えてる奴なんてそうそういないと思うが」

「うーん、名前は聞いていませんし、フードを目深に被っていましたので顔も良く分からなかったんですよね。かなり昔のことですので、記憶も曖昧ですし。ただ、ローブの上からでも分かる見事な巨乳のお姉さんだったという事は覚えています」

「巨乳のお姉さん……そこはウィズの特徴とも一致するんだけど、本人は違うって言ってたしな……」

「私の命の恩人にして爆裂魔法の師匠は、あんな詐欺師ではありませんよ失礼な。というか、先生はあのウィズとかいう詐欺師と知り合いなのですか?」

「あぁ、ウィズは商人仲間だよ、詐欺師なんかじゃ…………あれ、おい、今その師匠の事、命の恩人とか言ったか?」

「はい。確か私がこめっこと同じくらいの年の頃でしょうか。貧乏なウチにはオモチャの類が無く、仕方ないので邪神のお墓にあったパズルで遊んでいたのです。そしたら突然、大きな漆黒の獣が現れて、そいつに襲われていた所をそのお姉さんが爆裂魔法で助けてくれたのです」

「…………えっ」

 

 聞き覚えがある。今から七年前、あの邪神の封印が解けかけて、流れの魔法使いが再び邪神を封印したとかいう……しかも、あの邪神の封印は、本来なら賢者級の大人でも手こずるようなパズル形式で……。

 

 俺の引きつった表情を見て、めぐみんは俺が何を言いたいのかは大体分かったらしい。

 ニコッとイタズラっ子のような笑顔を浮かべ、人差し指を立てて口元に当て。

 

「皆には、ナイショですよ?」

「何ちょっと可愛く言ってんの!? そんな秘密知りたくもなかったよ!!」

 

 よし、聞かなかったことにしよう。俺は何も関係ない。

 

 それにしても、結局めぐみんに爆裂魔法を教えたという諸悪の根源とも言える迷惑な人に関しては、大した事は分からなかった。その流れの魔法使いに関しては、謎に包まれたまま里を出て行ってしまったようだし。

 ただ、邪神を一人で再封印できるような魔法使いだ。それに爆裂魔法を撃った後でも動けているくらいなのだから、とんでもない大魔法使いだというのは分かる。でもそこまでの者なら、もっと名前が売れてるもんだけどなぁ。

 

 それからしばらくめぐみんとバカな話をしていると、次第に他の生徒達も登校して来る。

 クラス一の優等生であるゆんゆんも、いつものように余裕を持って教室に入ってきて、自分の席に座っている俺を見て。

 

「あれ、どうしたの兄さん、私の席で。今日は随分と早く家を出て行ったけど、何か授業の準備とかがあったんじゃないの?」

「あー、それは」

「先生は、私と秘密の話をする為に、わざわざ朝早く来てくれたのですよ」

「えっ、秘密の話……? それって私にも内緒なの?」

「えぇ、ゆんゆんにも言えません。というか、こんな事、親にだって言えませんよ……言ってしまえば、先生にも責任を取ってもらうという事になってしまうかもしれません……」

「おいちょっと待て! 言い方がおかしい!! 色々ぼかして言おうとすると、そうなっちまうのかもしれないけど!!」

「兄さん、どういうこと?」

 

 ゆんゆんが例の無表情になる。こわい……こわいって。くっ、これはダメだ、めぐみんには悪いが、ここは俺の命を優先させてもらおう。

 俺は暗い瞳でこちらを見続けるゆんゆんに震えながらも、何とか向き合って。

 

「ゆ、ゆんゆん、聞いてくれ。秘密の話と言っても、何もやましい事なんかない。ただ、このバカが爆れもごっ!!」

「何言おうとしてんですか! ダメですよ!! あ、いえ、ゆんゆんにはいずれ話すつもりですが、まだ早いです。私はまだ学生の身です、バレれば猛反対され阻止されてしまう事でしょう。とにかく、卒業してしまえばこちらのもの……ですので、ゆんゆんには卒業後、もしくは卒業直前に言おうと思っているのです」

「…………ねぇ、めぐみん。それって兄さんも関わっているのよね?」

「えぇ、もちろん。あれは学校が始まって二日目のこと、私と先生が保健室で二人きりになり、ある秘密を共有して以来、先生は私の将来の為に欠かせない人になったのです」

「わざとだよな!? わざとそんな言い方してんだよな!? ち、違うんだゆんゆん! お前は誤解してる! すごく誤解してる!! あのな、よく聞け。めぐみんは爆」

「ああああああああああっ!!! だから言わないでくださいって! 何ですか、さっきはあれだけ優しくしてくれて、私も感動したのに!! 私だって本気で怒りますよ!! あの日、私の部屋の布団の中で、私の大切なものを手に入れたからって調子に乗らないでください!!! いつまでも言いなりになるような女ではないのですよ私は!!!」

「おいやめろ!!! マジでやめろ!!!!! なにお前、俺を破滅させたいの!? 分かった、俺が悪かったから!! あの事は言わないから早く誤解を解いてくれ!!! ゆんゆんが本当に洒落にならない顔になってるから!!!!!」

 

 それから必死になって何とかゆんゆんの誤解を解いた時には、もう始業時間も近付きクラス全員が教室に集まっていて、そこら中で仲良しグループ達がかしましくお喋りしていた。

 ……今日は朝からどっと疲れた。もう帰りたい。校長を説得して、ぷっちんに全部任せて、本当に帰っちまおうか。

 

 そんな時だった。

 ドアが開かれ、華やかな教室に異物が混ざり込んだ。まぁ、元から俺という異物は混ざってるんだけども。

 

 

「あれ、オズマじゃないか! ここで会うなんて奇遇だね」

「げっ」

 

 

 イケメン勇者様ミツルギが、爽やかスマイルを浮かべて教室に入ってきた。あまりに急な遭遇に、思わず口から嫌な声が漏れる。

 なにコイツ、学校の前で待ち伏せするだけじゃ飽きたらず、ついに教室にまで乗り込んできやがった! こわいんだけど!!

 

 教室にいた生徒達もミツルギの登場には驚いたのか、先程までのお喋りをやめて、視線をそちらに集中させる。中にはキャーキャーと黄色い声で騒ぎ始めた子達もいる。

 

 ミツルギは俺のドン引きした様子には気付いていないのか、相変わらずの笑顔を浮かべたまま。

 

「実は僕が探しているカズマという男が、ここで教師をやっているみたいでね。族長さんの口添えで校長先生に話をつけてもらって、学校見学をさせてもらえる事になったんだ。ところで、オズマはどうしてここに?」

「うっ、あー、その……そうそう、俺もよく知らないんだけど、何でも今年度からこのクラスを受け持った先生が不真面目でクラスに居ないことも多いらしくて、今日もそいつの代わりに臨時で俺が先生にって頼まれたんだ! 里の外の事について色々と教えてもらえないかって!」

「えっ、そうなのかい? 確かにカズマという男は教師ではあるが、問題行動ばかり起こしていると聞いたな…………じゃあ、今日はここに居ても会えないのか……」

 

 よし! 咄嗟に思い付いて言った事だが、上手くいきそうだ!

 ミツルギは難しい顔をして。

 

「……まったく、それにしてもカズマという男は、噂通りのダメ人間のようだな……やはり、僕が一度懲らしめる必要があるのかもしれない……」

「…………えっ、ちょ、ちょっと待て。今何て言った?」

「ん? あぁ、カズマという男はやはり懲らしめるべきなのかな、ってね。そもそも、そんな男を教師として雇うというのもどうかと思うんだけど……」

 

 あれ、おかしい。何言ってんだコイツ。俺を仲間に入れるつもりだったんじゃないのか?

 ミツルギの顔を見ると、そこには嫌悪感が浮かんでいる。どう見ても仲間に迎えようとしている者について話すような顔じゃない。

 

 すると、そんな成り行きを見ていたゆんゆんが、おろおろと。

 

「あ、あの、ミツルギさんは兄さんを仲間にしようと、ここまで来たんじゃないんですか……?」

「えっ、あー、君は族長さんの娘さんだったね。いや、違うよ。確かにここにはカズマという男を探す他に、優秀な魔法使いを仲間に勧誘したいという目的もあったけど、あくまで別件さ。王都でカズマという男の悪評をあまりにも聞くものだから、一度懲らしめてやろうと思ったんだ…………どうしたんだい、オズマ?」

「い、いや、なんでも……」

 

 気まずくなって俯いた俺を、ミツルギはきょとんと見てくる。

 

 なにこれ恥ずかしい。勝手に仲間の勧誘だと思い込んでたのに、実際はその真逆だとか。めぐみんなんか、ニヤニヤとこっち見てるし。

 お、俺だって悪評ばかりってわけじゃねえんだけどな……ミツルギはまだ王都に来てから日が浅いから目立つ悪評ばかり聞くだけで、もう少しあの街に居れば俺の良い話の一つや二つくらい聞くはず……だと思う…………。

 

 ゆんゆんは、そんな俺に呆れた顔を向けたあと、ミツルギに尋ねる。

 

「そんなに評判悪いんですか、兄さん」

「あぁ、至る所でセクハラや、人の足元を見た悪どい商売をやらかしているみたいだ。中でも僕が一番許せないのは、王女アイリス様にまでとんでもない無礼を働いていることさ。これはアイリス様の護衛であるクレア様から聞いたことだから、信憑性もあるしね」

「……具体的に、兄さんは王女様にどんなことをしているんですか?」

「それが、カズマという男は言葉巧みにアイリス様に取り入り、アイリス様に冒険譚を聞かせるという名目の下、卑猥なことや犯罪まがいな事まで教え込み、更には妹プレイと称してアイリス様に妙な事をさせたり言わせたりしているとか」

「なるほど、そんな人は今すぐぶった斬られちゃった方がいいですね。兄さんならそこに」

「わああああああああああ!!! ま、待てゆんゆん!!!」

 

 軽く俺の正体をバラそうとしたゆんゆんを慌てて止める。

 ゆんゆんはむすっと俺を睨んでいたが、後で説明するからとこっそり告げると、渋々ながらも納得してくれたようだ。

 

 つーか、あの白スーツ、この前の謁見の時にミツルギのこと聞いたら妙な態度取ってたのはこういう事か! 今度会ったら覚えとけよ……。

 

 ミツルギはそんな俺達の様子に首を傾げながら。

 

「えーと、それじゃあ僕は少し校長先生と話して来るよ。これだけ評判の悪い男が教師をやっているというだけで嫌な予感がしていたけど、やはり生徒の事を何も考えられていないようだね。そんな男に将来有望な紅魔族の子供達を任せてなんておけない。君達もその男には随分と嫌な思いをさせられてきたんだろう? そういう時は我慢せずに、親御さんや他の先生方に相談した方がいい。そうすれば、そんな男、すぐに追い出せるはずだから」

 

 ぐっ……い、言いたい放題だな……。

 と言っても、俺がろくでもない教師というのは事実なので、返す言葉もないという所が悲しいところだ。そうだよな……普通だったらとっくに追い出されてるよな俺……。

 

 ただ、意外なのは生徒達の反応だ。

 彼女達はミツルギの言葉に同調するどころか、明らかに不機嫌そうな目でミツルギを睨んでいる。ふにふらやどどんこなんかは今にも噛み付きそうな感じだし、先程俺を売ろうとしたゆんゆんですら、何か言いたそうな不満気な表情をしている。

 

 俺はそんな生徒達に心が暖かくなりつつも、下手な真似はしないようにと、目と小さな動作で合図する。

 実際のところ、俺が褒められた人間じゃないというのは確かだ。だからこそ、そんな人間の側について勇者候補相手に喧嘩を売ろうものなら、生徒達にまで余計な面倒事が降りかかりそうだ。

 

 別に、俺は悪く言われることは慣れている。と言うか、今の状況みたいに、そもそも俺が悪いということばかりだ。そりゃ俺だってたまーに良い事する時もあるが、大抵はろくでもない事しかしていないので、こういう時は素直に受け止めるべきだと思う。

 

 ミツルギは生徒達の鋭い視線には気付いていないらしく、そのまま教室を出て行こうとする。

 それを見て緊張が緩み、ほっと息をついた時だった。

 

 

「待ってください。今の言葉は聞き捨てなりませんね」

 

 

 静かで、しかし確かに力のある、威圧するような声が教室に響いた。

 その声は決して大きなものではなかったが、教室中の者の耳に直接叩き込まれるかのように、よく聞こえた。

 

 そうだった。このクラスには一人、どうしようもなく優秀で好戦的で、周りなどお構いなしにひたすら我が道を突き進む問題児がいるのだった。

 

 ミツルギはその声に振り返り……固まった。

 声を発したそいつの……めぐみんの紅い瞳はギラギラと、危うい光を放っている。例え紅魔族の特性をよく知らなかったとしても、それを見れば何となく彼女の精神状態は分かるだろう。現に、ミツルギは顔をこわばらせ、ごくりと生唾を飲んでいる。

 

「えっと……ごめん、何か気に障ることを言ってしまったかな……」

「えぇ、言いましたね。当たり前でしょう。私にとって大切な恩師の悪口を言われたのですから」

 

 めぐみんの言葉に、ミツルギは目を丸くして。

 

「恩師って……もしかしてカズマって男のことかい? でも、その男は」

「そうですよ、ろくでもない人ですよ。人としてどうかと思うような言動も日常茶飯事です。でも、決して生徒の事をないがしろにはしません。あの先生は、口では色々文句を言いつつも、何だかんだ私達の面倒を見てくれる人なんです。あなたに先生の何が分かるのですか。評判だけで先生を知った気にならないでください」

 

 めぐみんは声を荒らげることもなく、ただ淡々と、それでいてただならぬ空気をまとって言い切った。

 そんなめぐみんに押されるように、ミツルギは言葉に詰まっている。

 

 すると、そこに畳み掛けるように。

 

「あ、あの……兄さんは本当に少しですが、良い所もあるんです……えっと、もちろんそれで全てが許されるわけではないですけど、そこを全く無視するのもどうかなって……」

「ていうか、あんたに先生の何が分かんのよこのイケメン! 先生はあたしとどどんこの事を、グリフォンから助けてくれたんだから!! 勝手な事言わないでよイケメン!!」

「そうよイケメン! あんたイケメンだからって調子乗ってんじゃないの!?」

「先生というのは仮の姿、その俗物的な行いの全ても、所詮は偽りの姿でしかないのだろう。あの人からは、強い神々の力を感じる……そう、忘却の彼方に置いてきた真の力を手に入れし時、全ては崩壊し、そして新たな……魔王討伐への道が切り開かれる……」

 

 次々と俺をフォローしてくれる生徒達の言葉に……いや、ゆんゆんはともかく、ふにふらとどどんこのイケメン連呼は果たして悪口になっているのか微妙だし、あるえに至っては何を言っているのかよく分からないが……それでも不覚にもじーんときてしまう。

 正直、気を抜くとうっかり泣いてしまいそうなくらい感動していたりもするのだが、ここで泣いたりすれば一生めぐみんにからかわれる事間違いなしなので何とか耐える。

 

 そんな生徒達を、ミツルギはしばらく難しい顔でじっと見ていたが、やがて深々と頭を下げた。

 

「……君達の言う通りだ、すまない。確かに僕は、まだ会ったこともない人について、好き勝手に言ってしまった。僕よりも君達の方が、カズマという人をずっと良く知っているというのは当然だ。そして、そんな君達がここまで言うのだから、きっとその人は噂通りの人ではないのだろう」

 

 素直に謝ったミツルギに対して、めぐみんはまだ厳しい表情を浮かべて。

 

「謝る相手が違うでしょう。それに、私達の言葉だけで先生の事を知ろうというのも、また違うと思いますよ。あなたはきちんと先生と向き合うべきです。それはもちろん、逃げてばかりの先生にも同じことが言えます」

「……分かった。カズマという人がどんな人間なのかは、この目で確かめる。それじゃあ、今日も僕はその人を探すことにするよ。もしここに来たら、ミツルギという男が探していると伝えてくれるかな?」

「何を言っているのです? カズマ先生ならもうこの教室に来ていますが」

「えっ?」

 

 ……おい、まさか。

 俺は嫌な予感がして、慌ててめぐみんを止めようとするが、めぐみんはそれを制止するように俺に向かって掌を突き出した。

 

 めぐみんは不敵な笑みを浮かべると、大袈裟にローブをばさっとはためかせ。

 

「一見すればただの冒険者。その正体は、この国随一の変態鬼畜男。セクハラをした相手は数知れず。悪どい商売で泣かせた客も数知れず。相手が妹でも王女様でも人外でもお構いなしの、無限の欲望を持つ男…………」

 

 そこでめぐみんはわざとらしく溜めを作り、そして。

 

 

「カズマ先生とは、この人の事です!!!!!」

 

 

 ビシっと俺を示し、堂々と言ってのけた。……言ってくれやがった。

 

 ミツルギは唖然としており、確認を求めるように、めぐみん以外の生徒達の方を見る。

 他の生徒達も、そのめぐみんの威勢良すぎる暴露に隠す気も失せたのか、素直にこくこくと頷いていた。

 

 ミツルギがこちらを見る。顔は引きつっていて、信じられないものを見るような目をしている。

 

「……君が、カズマ……だったのか……?」

「……う、うん」

 

 なんだこれ……凄く気まずい!

 くっ、こんな事なら素直に自分から名乗った方がずっと良かったじゃねえか……というか、めぐみんの奴、何やりきったみたいな表情でこっち見てんだ腹立つなコイツ! さっきまでの感動を返せ!

 

 ……けど、まぁ、生徒達がここまで庇ってくれたんだ。こんな俺でも、いつまでもコソコソと隠れているわけにはいかないか。

 

 俺は苦笑いを浮かべ頭をかいて、一歩前に出る。

 

「えっと、その、悪かったな、騙してて。俺がカズマだ」

「……そっか…………うん、考えてみれば、この前君と飲みに行った時の言動にも、その片鱗は現れていたんだね。フィオとクレメアへのセクハラとか……あの時は酔っ払った勢いなんだと思ってたんだけど……」

 

 ミツルギは少し考える様子を見せて。

 

「でも、そこの子は君のことを国随一の変態鬼畜男とか言っていたけど…………僕は君のことはそこまで悪い人のようには思えなかったな」

「そ、それはコイツがちょっと大袈裟に言ってるだけだって! 紅魔族ってそういう奴等だって知ってるだろ!? それに、噂なんてもんは、多少大袈裟に伝わっていくもんだ! 名が売れると仕方ない事なのかもしれないけど、困ったもんだよなまったく!」

「……なるほど。確かに僕のことも『魔王城を攻略したいのか女の子を攻略したいのか分からない、優柔不断のハーレム野郎』なんて噂を流す輩もいるみたいだし、噂なんてそんなものなのかもしれないね」

 

 俺としてはそのミツルギの噂に関しては全力で肯定したいところなのだが、ここは波風立てずに笑顔でこくこくと頷くことにする。

 ミツルギは申し訳無さそうに苦笑いを浮かべて。

 

「ごめん、カズマ。僕の早とちりで余計な迷惑をかけてしまったようだ」

「あー、いや、気にすんなよ。誰にだって間違いはあるさ」

「そう言ってもらえると助かるよ。これからは噂など当てにせず、直接自分の目で真実を確かめるようにしていくよ。そうだよね、これ程までに生徒に慕われている人が、噂通りの人間であるはずがない」

 

 

「いえ、先生に関する悪い噂は、概ね正しいものだと思いますが」

 

 

 ようやく穏やかにまとまりかけていた空気の中。

 めぐみんは、『何言ってんだコイツ』みたいな顔でそんな事を言いやがった。

 

 ピシリ、と空気が凍ったような気がした。

 ミツルギは何か聞き間違いでもしたかのように、困惑した様子で。

 

「えっ……い、いや、でもカズマに関する噂っていうのは、本当にろくでもないことばかりで……」

「えぇ。ですから、私も言ったじゃないですか、『ろくでもない人ですよ』って。『人としてどうかと思う言動も日常茶飯事』とも言いました」

「……で、でも、君にとっては良い先生なのだろう? そのマイナスイメージも、多少大袈裟に言っているだけで……」

「いえ、大袈裟などではなく、そのまま思った通りに言っていますよ。確かに私にとって先生は大切な恩師ではありますが、不満な所は沢山あります。例えば」

「まままま待て! ご、ごめんな、不満な所はちゃんと聞くし、直すからさ!! だから、それは後で」

「本当に直してくれるのですか? 私が先生に直してもらいたい所は一つや二つではないのですが。まず、隙あらば私のスカートの中を覗こうとするのをやめてください。私が体調不良で体育を休む度に『生理か?』とか聞いてくるのもやめてください。あと5歳の妹に卑猥な言葉を教えるのもやめてください」

「ちょっ!!!」

「……カ、カズマ?」

 

 めぐみんの言葉に、ミツルギはドン引きした様子でこちらを見ている。俺の頬を冷や汗が伝っていくのを感じる。あかん……これはあかん……。

 しかし、めぐみんは止まらない。

 

「大体、先生は全体的に欲望に忠実過ぎるのですよ。保健室で添い寝しようとしてくるとか、教師としてかなりギリギリですよ? あと夜中に私の部屋で、言葉巧みに私を布団の中に引きずり込んだ挙句、抱きしめて泣かせたことに至っては完全にアウトですし」

「ちょ、ちょっと待ってよめぐみん! あたし、それ初耳なんだけど! え、なに、めぐみんと先生ってどこまでいってんの!?」

「めぐみんはオシャレに無頓着だし、食い気ばかりでそういう事には興味ないと思ってたのに! もしかして、それで周りを油断させるって作戦だったの!?」

 

 めぐみんの言葉に、ふにふらとどどんこが食いついている。

 それを聞いて、めぐみんは彼女達に視線を向けて。

 

「……ふっ」

「「あっ!!」」

 

 鼻で笑っためぐみんに、ふにふら達は悔しそうに顔を歪める。

 この場合、別にめぐみんは俺との関係が進んでいると自慢したいのではなく、ただ自分が周りよりオトナであるかのように見せて優越感に浸りたいだけだろう。それは結構だが、俺を巻き込むのはやめてほしい。

 

 そして、めぐみんはやれやれと、余裕を持った動作と共に。

 

「まぁ、そんな些細なことはどうでもいいではないですか。それより、先生が不満を聞いてくれるそうですよ? この際です、あなた達も何か言ってやればいいでしょう」

「さ、些細なこと!? うぅ、なんでめぐみんにこんな上から目線で…………それに、先生に不満なんて…………あっ……えっと、先生、流石に公衆の面前でパンツを脱がされるのは恥ずかしいので、やめてもらえると嬉しいなって……」

「う、うん……そだね……二人きりの時ならいいんだけど、皆の前では恥ずかしいというか……」

「二人きりならいいの!? ね、ねぇ、おかしくない!?」

 

 顔を赤くしてそんな事を言ってくるふにふらとどどんこに、ゆんゆんがツッコミを入れる。うん、ゆんゆんの言う通りおかしいとは思うが、俺としては一向に構わん。ただ、二人きりの時にパンツを剥いで満更でもない反応をされると、こっちとしても凄く困るので本当にやったりはしないが。

 

 めぐみんは、今度は何やら騒いでいるゆんゆんの方を向いて。

 

「ゆんゆんも先生に何か言わないのですか? あなたなんかは特に色々と不満が溜まってそうですが」

「えっ、そ、それはもちろんそうなんだけど……まず定期的に私の胸を揉むのをやめてほしいし……年下の子なら王女様でも何でも妹にするのもやめてほしいし……あと、『魔王討伐なんてそこらのやる気ある奴に任せといて、お前達はひたすら楽に生きられる道を目指せ』とか子供に悪影響ありそうな事ばかり言うのもどうかと思うし……」

「私も先生に言いたいことがある……作家になる道を応援してくれるのは嬉しいのだけど、事あるごとに私自身をモデルにした官能小説を書かせようとするのはどうかと……」

「なに、兄さん、あるえにそんな事言ってるの?」

「い、いや、それはだな、あくまで商業的なアドバイスとして、な? 作家ってのは食いつないでいくのが難しい職業だし、そりゃ自分の好き勝手に書いて皆が買ってくれるならそれが一番良いんだろうが、世の中そう上手くはいかない。だ、だから、恒常的に需要がありそうなものを……」

 

 そう必死に言い訳をしていると、今度は居酒屋の娘、ねりまきが。

 

「えーと、私からも、先生がお友達と居酒屋に来た時、私とお母さんを変な目で見ながら親子丼注文するのはやめてほしいなって……」

「…………兄さん?」

「すいませんでした!!!!!」

 

 もはや言い訳も出来なくなった俺は、即座に土下座に移った。

 

 何故俺はこんな事になっているのだろう。さっきまでは、クラスの皆が先生を庇ってくれるっていう、ちょっと感動的な場面じゃなかったか? なにこの落差、もうちょっと余韻に浸らせてくれたっていいんじゃないか。

 

 そう思いながら、先程とは違う意味で若干泣きたくなっていると。

 

「……カズマ。彼女達の話は本当なのかい?」

「いっ!? あ、い、いや、それはだな……!」

「もういい。その反応で大体分かったよ。信じたくはないが、全て真実のようだね」

 

 ミツルギがじっとこちらを見つめる。その目には、先程までの友人に向けるような暖かみなど一切ない。まるで魔王軍の者に向けるような、敵意のこもった鋭い目だ。その声も冷たく、突き放したようなものになっている。

 

 ミツルギは小さく溜息をつき。

 

「残念だよ、カズマ。君とは良い友人になれると思っていたのに」

「お、俺は今でも友達になれると思ってるぞ! よし、たぶんお前はまた誤解してると思うから、ちょっと話そ」

「カズマ」

 

 ミツルギは俺の言葉を遮り、正義感に目を光らせて。

 

 

「僕と決闘をしてくれ」

 

 

***

 

 

 そんなわけで、放課後。

 よく開けた広場にて、俺とミツルギの決闘が行われることとなった。

 俺としては逃げるという手もあったのだが、少し考えがあって素直に受けることにした。

 

 どこから聞きつけたのか、周りにはかなりのギャラリーがいて、祭りか何かのようにガヤガヤと賑わっている。

 

「賭けるやつはいねーかー? まだ間に合うぞー」

「じゃあ俺、カズマに3000エリス!」

「俺は勇者様の方に5000エリスだな。たまにはカズマが痛い目に遭うところを見てみたいし」

 

 そんな好き勝手言ってやがるギャラリーは無視して、俺は目の前のミツルギを見る。

 ミツルギは魔剣を抜き、調子を確かめるように軽く振ってから、俺に突き付ける。

 

「正体を隠して僕に近付いたのも、君の思惑の一つだったんだろうね。ああやって事前に好印象を抱かせておいて騙す。何て悪どいやり方なんだ」

「いや勝手に近付いてきたのはお前だろ! というか、何でお前がそんなに怒ってんだよ。確かに俺がクラスの奴等にやってる事は褒められた事じゃないと思うけど、本人達は何だかんだ俺のことを良い先生だって認めてくれてるんだからいいじゃねえか」

「よくない! 君は年端もいかない少女達を騙しているだけだ! いや、もはや洗脳に近い!! パンツを脱がされたり胸を揉まれたりしているのに良い先生とか、どう考えてもおかしいだろう!!!」

「うっ……」

 

 それを言われてしまうと返す言葉がない。うん、おかしいな確かに。

 ミツルギは敵意のこもった目で俺を睨みながら。

 

「セクハラだけの問題じゃない。君の教える事は、全体的に自分のことしか考えていないじゃないか! 面倒事は他人に任せて楽に生きろだって!? 君は子供達をダメ人間へと導きたいのか! 優秀な紅魔族の子供達にそんな教育をするなんて、国からすれば魔王軍よりよっぽど脅威だよ!!」

「わ、分かったよ、悪かったよ……それで、お前は俺をどうしたいんだよ。教師を辞めてほしいのか?」

「いや、君は教師の前に人間として欠けているものが多過ぎる。この決闘で僕が勝ったら、君は王都にある、人格破綻者を収容している施設に入ってもらう」

「はぁ!? ちょ、お、俺は別に人格破綻者なんかじゃ…………ない……と思うけど……」

「自分でも否定しきれていないじゃないか……」

 

 何か、ミツルギとはこの前似たようなやり取りをしたような気がする。立場は逆だったはずだが。

 お、俺……人格破綻してるのかなぁ……うーん、そうかも…………いやいやいやいや! 俺は商人として成功してるし、友人だってそこそこいる! そんなことはないはずだ!

 

 すると、俺達のやり取りを聞いて、ギャラリーの中から聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「えっ、に、兄さん、施設に入っちゃうの……?」

「先生が負ければそうなるでしょうね。今の内にお別れを言いますか?」

「な、何でめぐみんはそんなに冷静なの!? めぐみんだって、その、兄さんは良い先生だって……」

「えぇ、良い先生です……が。ここで負けるのであれば、所詮はその程度の人だったという事です」

「何か格好良い事言ってるけど、ちょっと冷たすぎない!?」

 

 大勢のギャラリーの中でも、妹の姿ならすぐに見つけられる。ゆんゆんは他のクラスメイト達の集団の中にいて、こちらに不安そうな顔を向けている。

 そんなゆんゆんに対して、めぐみんの隣にいたあるえが。

 

「大丈夫、先生はまだ眼帯を外していない。いざとなれば、あれを外して封印されし力を解き放てば、魔剣使いくらいわけないさ」

「あれ、298エリスの市販品とか言ってたけど……」

「ちょっと、妹のゆんゆんがそんなに弱気でどうすんのよ! 先生はこの世全てのイケメンを憎んでるから、いつもの何倍も強いって!」

「うん、きっと『顔じゃ完敗だから、せめて実力だけは勝ちたい!』って気合入ってるはずだよ!!」

 

 ……たぶん俺のクラスメイトは応援してくれているつもりなんだろうが、力が入るどころか抜けていくのは何故だろう。

 

 もう負けて施設に入ってのんびり暮らすのもいいかなぁ……と遠い目をしていると。

 

「ゆんゆん。心配しなくとも、私が認めた先生がこんな所で負けるはずはありませんよ」

「で、でも……!」

「はぁ……仕方ありませんね。そんなに不安なら、先生を超強化できる呪文を教えますよ。耳貸してください」

「えっ……うん……」

 

 めぐみんの奴、ゆんゆんに何を吹き込むつもりだ? あまり妙なこと言っていなければいいが。ゆんゆんはやたらと信じ込みやすいし。

 俺は少し不安になりながらも、そちらを指差し。

 

「おい、いいのかよミツルギ。俺が施設に送られちまうかもって、俺の可愛い妹が涙目になってるんだけど」

「うっ……そ、それは……我慢してもらうしかない。あの子にとっても、それが一番いいんだ」

「お前がゆんゆんの何を知ってんだよ。あいつにはな、“ちょっとダメな所があるけど何だかんだ妹想いなお兄ちゃん”が必要なんだよ」

「ちょっとダメというレベルじゃないだろ君は!!」

 

 くっ、ダメか。頭の堅い奴め。

 どうやらもう説得は無理そうなので、仕方なく俺も腕や足を伸ばし準備運動をする。あーやだなー、何でこんな金にもならないのに体動かさなきゃいけないんだ……。

 

 ギャラリーからは、ミツルギの仲間の声も聞こえてくる。

 

「キョウヤー! そんな最低男、一瞬で倒しちゃってよー!」

「私達もそいつには嫌な思いさせられたんだから! その分もお願いー!!」

「あぁ、分かっているよ、フィオ、クレメア。君達の為にも、僕は負けない」

「「キョウヤ……」」

 

 なんですか、俺は悪者ですか…………悪者ですね。

 ふんっ、黄色い声援がなんだ。こっちにだって女の子はついてんだよ。

 

 そう思って、クラスメイト達が集まっている方を見ると。

 

「ねぇねぇ、あるえ。実際のところ、先生って勝てるの?」

「どうだろうね。真正面からやりあったら厳しいんじゃないかな」

「えー、まぁ、でも、先生ならきっと、何か斜め下をいくゲスい作戦とかあるだろうし、大丈夫っしょ」

「うんうん、そういうゲスい事を考えるのは得意だからね、先生は!」

 

 …………もう帰りたい。

 いつの間にか俺の頭の中では、施設に可愛い子っているのかなぁとか、飯はどんなもんが出るのかなぁといった事が浮かんでくる。

 

 そんな時だった。

 

 

「お兄ちゃん!! お願い、勝って!! 施設になんて行っちゃやだ!!!」

 

 

 驚いてそちらを見る。他のギャラリーも、その大声にざわめき、視線が集中する。

 

 そこでは、ゆんゆんが顔を真っ赤にしながらも、こちらを真っ直ぐ見ていた。

 本当は今すぐにでも顔を覆いたいくらい恥ずかしいのだろう。それでも、全身をぷるぷると震わせながらも、視線は逸らさない。

 

 ゆんゆんの隣では、何故かドヤ顔のめぐみんが、こちらにサムズアップしている。いつもならイラッとしてドレインの刑をお見舞いしてやる所だが…………今回ばかりはグッジョブだ!

 

 俺はゆんゆんに言葉は返さず、ただ一度だけ力強く頷いた。

 そして、目の前のミツルギを見据える。

 

「なぁ、知ってっかミツルギ。お兄ちゃんってのはな、妹の為なら最強になれるんだぜ」

「ごめん、良い顔で良い事言ったみたいな感じだけど、意味が分からないよ……」

「なら、そこがお前の限界だ」

「げ、限界なのか……」

 

 ミツルギは俺のシスコンっぷりにドン引きしているようだが、そんなのは全く気にならない。負ける気がしない。何せ、妹が応援してくれているのだ。負ける要素がどこにあるんだ。今なら何だって出来る気がする。

 

 すると、そんな俺の様子を、まるで師匠か何かのように余裕ぶった笑みを浮かべて見ていためぐみんが。

 

「そうだ、先生。ちゅんちゅん丸はいらないのですか? 必要なら取ってきますよ?」

「いらない。素手で十分だ」

「ちゅ、ちゅんちゅん丸ってなんだい?」

「刀だよ。刀ってのは剣みたいなもんで……あぁ、お前なら知ってるんじゃないのか? 元々、刀って名前は、お前みたいな変わった名前の勇者候補から教えてもらったし」

「うん、知ってるよ。この世界に刀なんてあったんだね、驚いたよ…………でも、もっとマシな名前はなかったのかい……?」

「おおおお俺が付けたんじゃねえし! 俺だって嫌だよこんな名前!!」

 

 そんな俺の言葉に、何やらめぐみんから怒りの声が上がったような気がしたが、無視する。

 ミツルギはやれやれと溜息をついて。

 

「それで、本当に刀は必要ないのかい? 素手だからって、僕は手加減しないよ?」

「いいよ、ご心配なく」

 

 俺の言葉に、ミツルギだけじゃなく、周りのギャラリー達も意外そうな表情になる。

 しかし、不敵に笑う俺を見て、ミツルギは若干不快そうに。

 

「…………舐められたものだね。確かに僕はまだルーキーではあるけど、もう既に王都でそれなりに話題になるくらいには成果を上げているんだ。見くびらないでほしいな」

「それがどうした。確かにルーキーの割には腕は立つようだけど、俺からすれば隙だらけのヒヨッコにしか見えねえよ」

「そう言う君の方こそ、とても王都で有名な冒険者には見えないな。なんだい、その装備は。完全に駆け出し冒険者のそれじゃないか。それに、その目を見る限り、紅魔族でもないようだ。王都で名が売れていて、紅魔の里を拠点にしていると聞いていたから、てっきり紅魔族の腕利き冒険者だと思っていたんだけどね」

「別に、紅魔の里を拠点にしてるからって紅魔族とは限らないし、名前が売れてるからって腕利きとは限らないだろ」

「ふっ、そうだね。どうやら君は王都で有名になる程人格が破綻しているというだけで、冒険者としての実力があるというわけではないんだね」

「……あのさ、ルーキーだからまだ色々と知らない事があるのは仕方ないと思うけど、せめて自分が勝負を挑もうとしている相手については少しは調べた方がいいぞ」

「そうだね、助言ありがとう。君の言う通り、相手の力量を見極めるのは大事なことだ。今回は相手が想定よりもずっと弱いようだからまだ良いけど、逆だったら困った事になったかもしれない。次からは気を付けるよ」

 

 そう言って、ミツルギはニコリと微笑む。

 こ、こいつ、ただの爽やかイケメンだと思いきや、結構言うじゃねえか……まぁ、こっちの方が好都合ではあるんだけど……。

 

 とりあえず、いつまでも言い合ってても仕方ない。ずっとゆんゆんが不安そうな顔をしているので、出来れば早く楽にしてあげたい。

 

「そんじゃ、さっさと始めちまおうぜ。相手が気を失うか、『参った』と言ったら勝ちって事でいいよな?」

「うん、いいよ。それで、僕が勝ったら、君はさっき言った更生施設に入ってもらう。君が勝ったら、僕は何でも一つ言うことを聞くよ」

「よし、それでいいぞ。開始の合図はどうする?」

「このエリス硬貨でいいだろう」

 

 そう言って、ミツルギはギャラリーの一人に硬貨を渡す。

 

「彼がコインを投げて地面に落ちたら決闘開始。それでいいかな?」

「あぁ、分かった」

「じゃあコイン投げるぞー!」

 

 コインを受け取ったオッサンはそう大声で宣言すると、周りのギャラリー達が一斉に盛り上がる。直後、オッサンの指がコインを弾き、キン! という高い音と共に空高く舞い上がる。

 

 コインはそのまま重力に従い…………地面に落ちた。

 

 その瞬間、俺とミツルギが同時に動き始める!

 ミツルギは真っ直ぐ俺に向かって突っ込んで来て、何かのスキルを発動させたのか、魔剣を光らせ大きく振りかぶる。そして、そのまま強力な剣撃を…………放つことはなかった。

 

 ミツルギは、剣を振りかぶった無防備な状態で固まってしまった。

 別に俺がスキルや魔道具で何かしたわけではない。向こうが勝手に動きを止めているだけだ。

 

 ミツルギの視線の先には当然俺がいる。

 そして、俺はというと。

 

 正座をして。

 両手を膝の前方辺りの地面に付け。

 深々と頭を下げ、ひれ伏していた。

 

 

 つまり、DOGEZAをしていた。

 

 

 しん、と辺りが静まり返る。

 おそらく、俺の行動があまりにも予想外過ぎて、みんな頭が追いついていないのだろう。

 

 しかし、それも長くは続かない。

 時間が経つに連れて、次第に目の前の光景について理解していったギャラリーは。

 

 それはそれは盛大なブーイングをかましてきた。

 

「ふざけんなカズマー! それはねえだろ!!」

「いや確かにお前らしいけど! お前らしいけど、もっと、こう、空気読めよ!!」

「ちくしょう! お前に賭けた金、今すぐお前が返せよ!!」

 

 何やら言いたい放題のギャラリーは無視だ。

 ちらりと生徒達の方にも視線を送ってみるが、皆一様に呆れ果てているようだった。ゆんゆんですら、さっきまではあれだけ心配してくれていたのに、今では頭を押さえて深々と溜息をついている。

 

 当然、対峙するミツルギなんかは一番驚いているわけで。

 

「き、君は……何をしているんだい……?」

「見れば分かるだろ。DOGEZAだよ」

「そ、それは分かるけど……決闘前はあれだけ威勢のいい事を言っておいて、始まった途端それなのかい……?」

「それはそれ、これはこれだ」

「…………な、なるほどね。武器がいらないというのもそういう事か……君は初めから戦うつもりがなかったのか……」

 

 ミツルギは渋い顔をしたまま、構えていた剣を下ろした。

 

「まったく、こんな決着は僕としても拍子抜けなんだけど…………まぁ、いいさ。どんな決着だろうと、約束は約束だ、カズマ。先に言ってあった通り、君には人格破綻者用の更生施設に入ってもらう。なに、本人の状態にも寄るようだが、早ければ一月もしない内に出られるらしい。だから妹さんを長く悲しませたくなければ、大人しく処置を受けて早く更正することだ」

 

 そう締めくくり、ミツルギは剣を鞘に収めた。

 

 俺は未だ頭を下げ続けている。

 だから、ミツルギからは俺の表情が見えない。

 

 

 勝利を確信し、ニヤリと笑っている俺に、ミツルギは気付かない。

 

 

 直後、俺はばっと立ち上がる!

 そして、まるで身構える様子もなく、アホ面を浮かべているミツルギに掌を突き付け、叫ぶ!

 

「『カースド・クリスタルプリズン』ッッッ!!!!!」

 

 ビシィィ! と凍てつく冷気と音が辺りに広がった。

 

 再び広場が静まり返る。

 俺の凍結魔法を受けたミツルギは、首から下全てを凍らされ、その顔には驚愕の表情が浮かんでいる。ちゅんちゅん丸を使っていないので、その分魔力を多めに込めて威力を増強する必要があったが、これなら自力での脱出は不可能だろう。

 

 沈黙の中、最初に口を開いたのはミツルギの仲間達だった。

 

「なななななな何やってんのよアンタ!!!!! もう勝負はついたじゃない!!!!!」

「そうよ!!! 負け惜しみはやめなさいよね!!!!!」

 

 そんな二人に、俺は首を傾げる。

 

「……いつ勝負がついたんだ?」

「はぁ!? だって、アンタ降参したじゃない! だからキョウヤは剣を収めたのに!!」

「俺がいつ降参したんだよ?」

「何言ってんの!? さっき思い切り土下座したじゃない!!」

 

 二人は俺が何を言いたいのか分からないらしく、困惑した様子で言ってくる。

 

 しかし、周りの紅魔族達は理解したらしい。

 彼らは皆、苦々しい表情を浮かべながら。

 

「……そういうことかよ。本当にカズマはカズマだな……」

「うわぁ、ないわー……マジないわー……」

「何だろう、俺、賭けには勝ったはずなのに、この負けたような感じは……」

 

 相変わらず好き勝手言っているが、俺は聞く耳を持たない。

 そして、未だに何が起きているのか理解していない様子のミツルギに近付き。

 

「ミツルギ、この決闘の勝利条件はなんだ?」

「な、何を今更聞いているんだ……相手を気絶させるか、『参った』と言わせる…………か…………」

 

 ここで、ミツルギも気付いたらしい。

 その表情は、困惑から絶望へと変わっていく。

 

 俺はニヤリと笑みを浮かべて。

 

 

「確かに俺は土下座した。でも、俺は気絶してないし、『参った』とも言ってないよな? あ、今言ったけど、これはノーカンでいいな? それ言い出したらお前の方が先に言ってるし」

 

 

 ミツルギは何も答えられない。ただただ、金魚のように口をパクパクさせているだけだ。

 ギャラリーから大きな声が上がる。

 

「卑怯者ー!!!!! 卑怯者卑怯者卑怯者ー!!!!!!!!!!」

「こんなの無効よ!!! 認めない!!! 絶対に認めないんだから!!!!!」

 

 女の子二人が噛み付いてくるが、そんなのに怯むわけはない。

 俺はここぞとばかりに、先程から押さえ込んでいた気持ちを爆発させる。

 

「うはははははははははははははははっっ!!!!! お前らが認めようが何しようが関係ないんだよ!!!!! 騙されるのがわりーんだバーカ!!!!! そんなに言うなら、周りに聞いてみろよ、『こんなのは無効ですよね!』ってよぉ!!!!!」

「えっ、う、うそ……こんなの……ダメ、ですよね……?」

「あの……え、ちょっと、目を逸らさないでくださいよ……!!」

 

 ミツルギの仲間の二人は助けを求めるように、おろおろと周りを伺う。

 しかし、他のギャラリー達は、相変わらず苦い表情を浮かべながら。

 

「……残念だけど、これは冒険者同士の決闘だ。カズマの言い分の方が通るだろうな……」

「あ、あぁ、勝利条件は先にちゃんと決めてあったしな……俺としても認めたくないところだけど……」

「諦めろ嬢ちゃん達……これがカズマなんだ……」

「そ、そんな……そんなぁ……!!!!!」

 

 おい、俺は何ですか。天災か何かですか。なんで皆してそんな絶望して諦めたような顔してるんですか。もうちょっと俺の華麗なる機転とかを褒めてくれたっていいんじゃないですか。

 

 そんなことを期待して、生徒達の方を見ると。

 

「え、えっと……すごいね先生! こ、こんな手があるなんてー!」

「う、うん、私、全然思い付かなかったー!!」

「……これはひどい」

 

 一応褒めてくれているようだが、引きつった顔が苦しいふにふらとどどんこ。そして、いつもの痛々しい設定を口にすることもなく、心の底からドン引きしている様子のあるえ。

 

 頼みの綱のゆんゆんの方を見てみると。

 

「あの、ゆんゆん。あれどうなんですか。もう完全に悪役が勇者様を罠にはめた図なんですけど、あなたの兄はあれでいいんですか?」

「…………」

 

 めぐみんが呆れを通り越して哀れみさえ窺える表情を浮かべて、ゆんゆんにそんな事を尋ねているが、ゆんゆんはそれに答えることなく、ただ目を逸らし続けている。自分はあの男の関係者でも何でもないとでも言いたげに。

 

 一気にテンションが落ちていって、頭と体の奥が冷えていくのを感じる。うん、俺、卑怯な悪役だな……。

 べ、別にいいけど! 勝てばいいんだよ勝てば!! 文句あるかちくしょう!!!

 

 俺は、今は心の底から悔しそうな表情を浮かべているミツルギに。

 

「……えっと、俺のこと、卑怯だと思う?」

「当たり前だろう! 君は本当に人なのか!? 悪魔か何かじゃないのか!?」

「な、何だとコノヤロウ! こんなんでも人だよ失礼だなお前!!」

 

 そのまま俺とミツルギは睨み合う。

 そして、俺はイライラと頭をかいて。

 

「大体、何が卑怯だ甘えんな! ちょっとルールの穴を突いただけじゃねえか! お前、冒険者のことを、人々を守ってる良い人達みたいに思ってんのかもしれないけど、所詮冒険者なんてのは荒くれ者の集まりなんだよ! ちょっと騙されたくらいでビービー言うな!」

「なっ……た、確かにまんまと騙された僕も迂闊だったが……!」

「つーかお前、魔王を倒すんだろ? 魔王軍との戦いにルールなんてもんはねえし、もっと卑怯な罠にはめられる可能性だってあるんだぞ? そんな状況に陥ったら、勇者サマは魔王軍に向かって卑怯だーって叫ぶんですかぁぁ?」

「うっ……い、いや、僕は……!」

 

 よし、とりあえず適当なこと言ってみたけど、このクソ真面目な勇者様には結構効いているようだ。これなら、このまま押し切れる。

 

 しかし、一方で。

 

「あの、ゆんゆん。あなたの兄がゲス顔でメチャクチャなこと言って自分を正当化しようとしていますが、あれはいいのですか? 魔王軍はもっと酷いとか言ってますけど、そうは思えないのですが。魔王軍ですらドン引きしそうなのですが」

「…………」

 

 めぐみんがゆさゆさとゆんゆんを揺さぶるが、ゆんゆんは相変わらず目を逸らし続けている。

 ……俺、決闘相手のミツルギからよりも、自分の生徒達からの方がよっぽどダメージ受けてるんですけど……。

 

 ミツルギはギリギリと歯を食いしばる。

 そして、気を落ち着かせる為か、一度息をついて。

 

「これは……上級魔法だろう? 君は紅魔族でもなければ大した腕もない、悪名だけの冒険者じゃないのか……?」

「俺、紅魔族だけど」

 

 俺が眼帯を取って紅い左目を見せると、ミツルギは口を半開きにして目を丸くする。

 

「ついでに言うと、この服だって変装用だっての。はっ、どうせお前、俺のこと舐めてたんだろ? ただの冴えない顔した童貞だとか思ってたんだろ!」

「ど、童貞だとかは思ってないよ! 王都にはそういう店もあると聞いたし……」

「はぁ!? ふふふふふざけんなよお前、俺のこと素人童貞だとか言う気かコラァァ!!!!! あと冴えない顔ってのは否定しねえんだな!!! ちょっと自分がイケメンだからって、上から目線で調子乗ってんじゃねえぞちくしょおおおおおお!!!!! 『ドレインタッチ』ッッ!!!!!」

「あああああああああああああああああああっっ!!!!!」

「「キョウヤー!!!!!」」

 

 俺が怒りに任せてミツルギの顔面を掴んでスキルを発動すると、仲間の女の子達から悲鳴が上がる。これだからイケメンはムカつく!

 

 そうしていると、ギャラリーの一部から。

 

「ゆんゆん、ゆんゆん。あなたの兄が素人童貞だと思われて激昂していますが、あれは図星なのですかね? それと、イケメンへの僻みが凄まじいのですが、ここは『お兄ちゃんもイケメンだよ!』と心ないフォローを入れてあげた方がいいのでは?」

「…………」

「ただの童貞だから!!! 素人童貞じゃないから!!!!! あとそんな心ないフォローは余計に傷付くし、いらないから!!!!!」

 

 本当に何なんだろうアイツは、俺を精神的に抹殺したいのだろうか。あと、ゆんゆんがまだ目を逸らし続けてるのが地味に一番辛いんだけど、お兄ちゃんそろそろ泣いてもいいですか。

 

 ミツルギは体力魔力を吸われて荒い息を吐きながら、苦い顔を浮かべて。

 

「……君のことを侮っていたのは本当だよ……その服装も、眼帯で目を隠していたのも、武器を使わなかったのも、全ては僕を油断させる作戦だったのか……」

「そうだよ、まんまとはまってくれて、こっちの方が拍子抜けだよ。俺が土下座した時もお前、特に深く考えることもなかっただろ。あの時は、なんか余裕ぶって色々言ってくれたけど、今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち?」

「ぐっ…………な、何故こんな勝ち方を選んだんだ! それだけの力があるなら、真正面から戦っても勝てたんじゃないのか!?」

「俺は、例え相手が魔剣使いの勇者様でも、年下の女の子でも、常に自分が一番安全かつ確実に勝てる手段を選ぶ男だ」

「そ、そこまで堂々と言えることかそれは!?」

「あぁ、言えるね! 少なくとも、正々堂々やってそんな氷漬けにされちまうよりは、ずっとマシだと思うね!」

 

 俺の言葉に、ミツルギは顔をしかめる。

 そのまましばらく俺達は睨み合っていた…………が。

 

「…………確かにね。返す言葉もないよ。もしこれが魔王軍相手だったら、取り返しの付かない事になっていただろう」

 

 ついに折れたのか、ミツルギは目線を落とし、自嘲気味に笑う。

 それを見て俺は溜息をつき。

 

「これに懲りたら、もう少し相手を疑うってのを覚えた方がいいぞ。お前は真正直にも程がある。魔王軍どころか、ちょっと頭が回る本当の駆け出し冒険者にも負けそうだぞお前。魔剣でゴリ押しするのもいいけど、それがいつも通用するとは思うなよ」

「……君は、もしかして僕にアドバイスをしてくれているのかい?」

「そうだよ。お前みたいな勇者様がちゃんと魔王軍と戦ってくれないと、俺が楽できないからな。流石に皆が魔王軍を放置したら大変なことになるし」

「ど、どこまでも他力本願なんだな……そこまでの力があるというのに君は…………いや、何でもない。何を言っても無駄なのだろう」

 

 俺のことを分かってきてくれたようで何よりだ。

 ちなみに、魔王軍に関しては基本的にミツルギのような勇者候補に任せるが、最終決戦とかにはちゃっかり隅っこの方にくっついて行こうかとも考えている。主にアイリスからのお願いがあるからで、もしかしたら魔王にトドメだけ刺せるチャンスが巡ってくるかもしれないしな。

 

 どうやらミツルギはもう言いたい事もないようなので、俺は掌を前に出して。

 

「そんじゃ、どうする? 降参するか?」

「……しないよ。僕は最後まで諦めない。もしかしたら、何か奇跡のような事が起きて、これから君が気絶するかもしれないじゃないか」

「はいはい、勇者様はそう簡単に負けを認めるわけにはいかないんだよな」

 

 どこまでも俺とは相容れない人間だ。

 それなのに、自然と口元が緩むのを感じる。まぁ、世の中こんな奴がいても面白いだろう。

 

 そして、俺が掌をミツルギの顔に近付けていくと。

 

「……フィオ、クレメア。ごめん、こんなみっともない姿を見せて……」

「キョウヤ……ううん、謝らなくていいよ……キョウヤは真っ向から戦ったんだから、全然みっともなくないよ! 私は格好良いと思う!!」

「うん! 私達はいつだってキョウヤの味方だから……ずっと側にいるから……!」

「ありがとう……こんなに良い仲間がいてくれて、僕は本当に幸せだよ…………後は頼む」

「「キョウヤー!!!!!」」

「…………あの、もしもし? そういう演出されると、いよいよ完全に俺が悪者なんですけど…………あっ、お、お前、今ちょっと笑いやがったな!? もしかして、わざとかこれ!?」

「くくっ、さぁ、どうだろう。僕だってただでは負けないよ。…………そうだね、もしかしたら、君の意地の悪さを少し参考にしたかもしれない。このままの僕では、魔王軍には勝てないのだろう?」

 

 そう言ってニヤリと笑うミツルギ。こいつのこんな性格悪そうな笑顔は初めて見た。

 そのやり取りは俺達以外には届いていないらしく、ギャラリーは全員すっかりミツルギの味方で、悪人の卑劣な罠に落ちてしまった勇者様を、皆が悲痛な表情で負けるな頑張れと声援を送っている。

 

 なんで俺のホームのはずなのに、こんなに雰囲気がアウェイなんだ…………別にいいけど…………別にいいけど!!!

 

 俺はひくひくと頬を引きつらせて。

 

「い、意外とイイ根性してんじゃねえかお前…………覚えとけよ!! 『ドレインタッチ』!!」

「ぐぅぅうううあああああああああああああああああああああああああっっ!!!」

 

 そのまましばらく体力と魔力を吸っていくと、ミツルギはがくっと気を失った。……ったく、ルーキーのくせに、かなりの体力だったな。これだから神々に選ばれし勇者ってのは。

 

 ミツルギの負けが確定したことで、ギャラリーからは容赦無いブーイングが飛んでくる。

 俺はそんな外野に向けて。

 

「うるせえ結果が全てなんだよ!! 俺の勝ちだから!! 完全勝利だから!!! ざまあみろ愚民共が、お前らがどんだけ騒ごうが、最後に勝つのはこのカズマさんなんだよ!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」

 

 そんな勝利宣言に、ブーイングが更に大きくなるが、気にしない。

 ……まためぐみんがゆんゆんに何か言っているようだが、そちらも気にしない。

 

 とにかく、これで俺の勝ちは確定した。

 これからは楽しい楽しい、罰ゲームの時間ということになる。

 

「さて、と。俺が勝ったら何でも一つ言うことを聞かせられるんだよな。どうしてやろうか、このイケメン勇者様」

「ね、ねぇ、確かに何でもとは言ったけど……ほ、本当に酷いことはやめてよ……?」

「えっと、あ、あんたにだって、一応良識ってもんが残ってるでしょ……? だから」

「俺にそんなもんが残ってると思ったか」

「やめてえええええええええええええ!!! お願い、許して!!! 何を命令するつもりなの!?」

「頭ならいくらでも下げるから!! 土下座でも何でもするから!!! だから、酷すぎる命令だけはやめてお願い!!!!!」

「だから、ミツルギもそうだけど、俺に対して『何でもする』とか言わない方がいいぞ。そう言われたら、本当にすんごい事する男だから、俺」

「「ひぃぃっっ!!!!!」」

 

 ミツルギの仲間二人はすっかり怯えて、涙目で震え上がっているが、だからと言って手加減してやるつもりはない。

 そもそも、この決闘を受けたのだって、こうして勝った時に、何でも言うこと聞かせられる展開に持ち込めるかもと思ったからだ。ミツルギから逃げ続けるというのも面倒だ、だからここで俺に手を出せなくなる命令をしようと思う。この勇者様は約束は守ってくれるから安心だ。

 

 ただ、俺に手を出せなくなる命令と言っても、色々と考えられる。ふむ、どうしたもんか。

 

「……あ、じゃあこんなのはどうだ? せっかくグリフォンの石像を里の入り口に飾るようになったんだし、勇者の石像もセットで飾ってみるってのは? 格好良くね?」

「何を言ってるの!? 本当に何を言ってるの!? い、いくら何でも、そんなの許されるわけ……ない、わよね……?」

「そ、そうよ……流石に、そ、それは、ダメ……なんだから……」

 

 そう言って女の子二人は、同意を求めるように周りを見回すが。

 

「……確かに格好良いかもな。勇者とグリフォンか」

「あぁ、アリだと思う。カズマにしてはいい考えだ」

「ポーズはどうする? とりあえず剣は抜いてもらった状態で、グリフォンに突き付けるように……」

 

 そんなことを口々に言い出す紅魔族を見て、二人は顔を真っ青にする。

 そう、紅魔族とはこういう奴等だ。魔王城を観光名所にしたり、格好良いからという理由で他の地に封印されていた邪神を、わざわざこの地に持ってきて封印し直したり、どこか頭のネジが飛んでいるのだ。

 

 二人はとうとう泣き出して。

 

「お願いします!!! それだけは!!!!! それだけは許して下さい!!!!! お願い……ですから……ふぇぇええええええええええええ!!!!!」

「いやああああああああ!!!!! キョウヤああああああああああああああ!!!!! キョウヤああああああああああああああああああっっ!!!!!」

「お、落ち着けって冗談だよ冗談!! 悪かった、ちょっとからかっただけだって!!!」

 

 まさかここまで号泣されると思わなかったので、慌ててなだめる。あの、ある方向から俺に突き刺さりまくってる視線が痛いです……。

 

 俺は頭をかきながら溜息をついて。

 

「じゃあ『一生俺の邪魔をするな』でいいよ。本当は『一生俺に服従』にするつもりだったけど、それだとまたお前ら泣くだろうし」

「ありがとうございます!! 本当にありがとう……ぐすっ……ひっく……ございますぅぅ……!!!」

「ふええええええええ、良かったあああああああああああああ!!! キョウヤああああああああああああ!!!!!」

 

 どっちにしろ泣いていた。本当に周りからの視線が辛いからやめてほしいんだけど……。

 

 それから俺は、三人をテレポートで王都に飛ばしてしまった。

 これ以上アイツらがここに居たら、周囲から容赦なく突き刺さる視線に俺の精神が擦り切れそうだ。悪ぶってはいるが、俺だって傷付くのだ。いや、マジで……そろそろ結構辛いんです……。

 

 俺は精神的に疲弊しながらも、ふらふらと、ある所へと向かう。

 こういう時は俺の心の癒やしを求めるしかない……つまり、愛しの妹だ。

 

 俺はゆんゆんの所までやって来ると、精一杯の笑顔でぐっとサムズアップした。

 

「お兄ちゃん、勝ったぞ」

 

 ゆんゆんもまた、可愛らしい笑顔で迎えてくれて。

 

「そうですね、お疲れ様です。そして、おめでとうございます」

「…………あれっ?」

 

 な、なんだろう、なんで丁寧語なんだろうこの子。

 俺は少し戸惑いながらも、可愛い妹に尋ねる。

 

「え、えっと、なんでそんな口調なんだ? いつもみたいに普通に話していいぞ普通に」

「いえ、そういうわけにはいきませんよ。カズマさんは年上の方ですし、適切な言葉遣いをしないと」

「カズマさん!? あの、ゆんゆん? お兄ちゃんとまでは言わないから、せめて兄さんって呼んでくれませんか……?」

「ふふ、またまたカズマさんは、そうやってすぐ悪ふざけをして。でも、カズマさんが先生を続けられるようで、私も()()として嬉しいですよ。それでは、私はこれで」

「ちょっ、ま、待って! ゆんゆん待って!! お兄ちゃんを置いてかないで!!!」

 

 そんな俺の言葉を背に受けて、ゆんゆんは行ってしまった。

 それを呆然と見送るしかない俺は、恐る恐る隣のめぐみんに目を向けて、どういうことなのかを尋ねる。

 

 めぐみんは大した事でもないように。

 

 

「先生の見事な悪役っぷりに、自分がその妹であるという現実を拒否することにしたみたいですね。その内、元に戻りますよ……たぶん」

 

 

 俺は両手で顔を覆って膝から崩れ落ちた。

 魔剣の勇者には勝ったが、大切な何かを失ってしまった放課後だった。

 




 
ここまで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
今更ですが、章で分けることにしました。たぶん3章で完結です。
 


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爆裂狂の逃避行 1

 
今回は3話分使う話になると思います、たぶん。次の投稿はまた後日になります。
 


 

 俺がミツルギに完全勝利してから、しばらく経った。

 あの後、必死にゆんゆんを説得して何とか妹に戻ってもらったり、王都に行ってミツルギの件の仕返しにクレアのパンツをスティールした後、シンフォニア家の屋敷の正門に引っ掛けて飾ったりと色々あったが、今では平穏な日々が戻ってきている。

 

 今は学校の地下の実験室で魔道具製作の授業中だ。

 もう変装する必要もないので、俺の格好は普段通り漆黒の紅魔族ローブで眼帯もつけていない。

 

 ちなみにぷっちんは、前の授業でカッコイイ名乗り方というのを校庭で教えていたのだが、演出の為の雷を校長が大切にしているチューリップに落として説教をくらっている。

 

 俺はこちらに注目している生徒達を眺めて、小さなベルを目の前の机に置いて。

 

「今日作ってもらうのは、この嘘を見抜く魔道具だ。警察署や裁判所で使われることが多く、部屋にかけられた魔法と連動して、発言者の言葉に嘘が含まれていた時に音を鳴らす。まぁ、お前らはこんなもん使われるような事にはならないように、真っ当に生きろよ」

 

 すると、俺の言葉にめぐみんがジト目を向けてきて。

 

「先生から真っ当に生きろとか言われても釈然としないのですが……というか、先生はもう何度もその魔道具を使われているのではないですか? 警察のお世話になったのも一度や二度ではないでしょう?」

「失礼な。多少やらかしてちょっと話くらいは聞かれた事はあるが、これを使われるレベルでやらかした事はねえよ。前科もついてねえし」

「またまた、先生に前科がついていないなど、冗談にしてももっとあるでしょう、ふふ」

「じょ、冗談じゃねえから! お前ホント失礼だなおい!! 見ろよこの魔道具だって反応してねえだろうが!!」

「壊れてるんじゃないですか、それ」

「……めぐみん、お前最近、ゆんゆんの胸は順調に成長してるのに、自分は一向にぺったんこのままで内心結構焦ってるだろ」

「なっ、なんですか急に! ふ、ふん、そんなわけないでしょう、この私がそのような些細なことでいちいち焦るなど」

 

 チリーン、とベルが鳴った。

 部屋中から気の毒そうな視線がめぐみんに集まり、めぐみんは顔を赤く染め上げる。

 

「よし、壊れてはいないな。じゃあ」

「ま、待ってください、壊れてますよ! 今鳴ったのが何よりの証拠です!! 何故なら、私は決して焦ってなどいないのですから!!」

 

 またチリーンと鳴った。

 めぐみんはとうとう荒々しく立ち上がり。

 

「何なんですかこの魔道具は!! こんな不良品ぶっ壊してやります!!!」

「おいやめろバカ!! ったく、お前も往生際が悪いな。まぁ確かに、この魔道具がちゃんと機能してるか確認するなら、そういう感情的な事じゃなく、名前とか誕生日みたいな決まりきった質問の方がいいんだけど……じゃあ、ゆんゆん。お前スリーサイズは○○-△△-□□だろ?」

「え……あ、うん、そうだけど……」

 

 急に質問され、ゆんゆんは少し戸惑いながらも素直に頷く。

 皆の視線がベルに集まるが、何も反応しない。

 

「ほら、やっぱ壊れてねえじゃん。これでいいだろ、貧乳を気にしちゃってるめぐみん」

「…………そうですね、壊れているのは先生の頭の方でした……」

「な、なんだよその目は……俺が何をしたって…………お、おい、ゆんゆん? どうした?」

「…………んで……ってんのよ…………」

「……えっ?」

 

 俺はめぐみんをからかっていたはずなのだが、ゆんゆんの様子がおかしい。

 ゆんゆんは何やら俯いてぷるぷるしていたと思ったら。

 

 椅子を蹴り倒し、真っ赤な顔でこちらに掴みかかってきた!

 

「なんで私のスリーサイズ知ってんのよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「いっ!? お、おいゆんゆん、今は授業中……いでででででででででで!!!!! い、いや、これは教師として知っておかなきゃいけない情報なんだって!!」

 

 ここでチリーンと音が鳴り、完全にブチギレたゆんゆんは俺の首を絞め始める。

 ちなみに、そういった身体的な数値は保健の先生が管理していて、俺のところまでは回ってこない。当たり前か。どうやって手に入れたのかは企業秘密だ。

 

 それからしばらく怒り狂っていたゆんゆんを何とかなだめ、頬や首に散々手形を付けられた状態で授業を再開する。そして、あらかた説明を終えた後、生徒達はそれぞれ材料を手にして魔道具製作に取りかかる。

 

 魔道具製作には魔力が必要だ。

 ここの生徒達はまだ魔法を使うことは出来ないが、魔力を込めるくらいなら出来るので、そこは問題ない。まだ5歳のこめっこも、魔力点火式のお風呂を難なく扱えるくらいだ。いや、それは普通にこめっこが凄いというのもあるんだが。もしかしたら、めぐみん以上の天才なのかもしれない。

 

 とは言え、今回の課題は中々に難しいものなので、生徒達も悪戦苦闘している。

 そんな中でも、このクラスの3トップ、めぐみん、ゆんゆん、あるえは早くもそれなりの所まで仕上げてきていた。

 

 あるえは真実や嘘を色々口にして魔道具の反応を確認しており、側で作業していたふにふらは行き詰まっている様子で、あるえの方を面白くなさそうに見ている。

 すると、ふにふらは何やらニヤリと笑って。

 

「ねぇねぇ、あるえ。そういえばさ、その眼帯ってどんな効果があるんだっけ?」

「ん……これかい?」

「そうそう! 何か大層な効果があるって言ってなかったっけ?」

 

 こ、こいつ、イイ性格してんな……。

 どうやらふにふらは、あるえにこの魔道具の前でいつもの設定を言わせて、からかってやろうと思っているようだ。

 

 あるえは少し考えた後。

 

「ふむ……それより、ふにふらは弟さんを溺愛していて、ゆんゆんのことを笑えない程のブラコンだと聞いたけど、本当なのかい?」

「はぁ!? ちちちち違っ! あ、あたしはブラコンなんかじゃないし!!」

 

 あるえの手元にあった魔道具がチリーンと鳴った。ふにふらの顔が真っ赤になる。

 その隣では、どどんこが「おー」と感心した声をあげて。

 

「すごいじゃん、あるえ。ちゃんと機能してるよ、それ」

「き、機能してないから! 全然間違ってる、壊れてるよそれ!! 嘘じゃなくて、真実に反応しちゃってんじゃん!!」

「……なるほど。どこかで間違ってしまったのかな……?」

 

 ふにふらの言葉を、妙に素直に受け入れるあるえ。

 それを聞いて、ふにふらはほっとした表情を浮かべて。

 

「うんうん、絶対そうだよ! あはは、全く逆の効果の魔道具を作っちゃうなんて、おっちょこちょいなんだから! まぁ、でも、最初から逆の反応をするって分かっていれば嘘発見器としては使えそうだし、先生も一応点数は付けてくれるんじゃない!」

「…………そういえば、ふにふら。君は先生のことが好きなんだよね?」

「きゅ、急に何!? ま、まぁ、その……うん、好き……だけど……」

 

 ふにふらは頬染めて少し恥ずかしそうにしながらも、俺の方をちらちらと見ながら答える。

 あるえとどどんこの視線が魔道具に向けられる。反応はない。

 

 すると、あるえは口元に楽しげな笑みを浮かべて。

 

「反応しない……この失敗作は真実に反応するらしいから……つまり、君は普段あれだけ先生に好き好き言っているのに、それは真実ではないということになるのかな?」

「うわー、ふにふら、そうだったんだ……」

「ええっ!? ち、違っ、ちょっと待って!!」

「ふむ、もしかしてふにふらは、先生の財産を狙って心にもない事を言っているんじゃ……」

「そんな事ないから! 財産目当てとかじゃないから!!」

「…………魔道具が反応しないね。つまり今の言葉も」

「ごめんなさいあたしが悪かったです!!!!! もう許して下さい!!!!!」

 

 結局ふにふらは涙目であるえに頭を下げていた。

 やるなあるえ……でも、出来れば俺をネタにするのはやめてほしかった。何故かって、ふにふらの言葉を聞いていた愛しの妹が、妙にニコニコとこちらを見ていて怖いからだ。

 

 俺がそうやって怯えていると、机の前にめぐみんがやって来て、完成した魔道具を置いた。ドヤ顔で。

 

「いつも通り、私が一番のようですね。まぁ、当然ですが」

「はいはい、お前は優秀だよ発育以外。そんじゃ、この魔道具の性能を確認するから、俺の質問に真実を答えた後、次は同じ質問に嘘を答えてくれ」

「い、いいですけど……変な質問はやめてくださいよ? さっきゆんゆんに言ってたスリーサイズとか……」

「ゆんゆんやあるえはともかく、お前のスリーサイズなんざ全く興味ないし調べてもいないから安心しろ。普通に名前を確認するだけだ」

「…………何でしょう、別にそういう事を聞いてほしいわけではないのですが、物凄くイラッとしました」

 

 めぐみんはそんな事を言ってむすっと不貞腐れていたが、俺がめぐみんの名前を尋ねると、ちゃんと真実と嘘で答えてくれる。魔道具も正常に作動しており、問題なさそうだ。

 

「よし、オッケー。ほら、スキルアップポーション…………めぐみん、ちょっといいか?」

「なんですか、今日のパンツの色でしたら教えませんよ」

「黒に赤のリボンだろさっき見た。それより、俺の話を聞けって」

「いやちょっと待ってください軽く流さないでください!! いつ見たんですか!? いつ覗いたんですか!?」

 

 そう言ってスカートの裾を押さえて俺から距離を取ろうとするめぐみんを捕まえ、俺は皆には聞こえないように小さな声で。

 

「そのポーションで、お前は上級魔法を習得出来るだけのスキルポイントが貯まる。つまり、その気になればもう卒業できるわけだ」

「……ほう、流石は紅魔族随一の天才である私ですね。ですが、私はそんなつまらない魔法でここを卒業するつもりはありませんよ?」

「分かってるよ。ただ、お前の冒険者カードは俺が預かっているとは言え、今まで以上にお前の母親にはバレないように気を付けろよ」

「はい、大丈夫ですよ。たまにレベルやステータスを聞かれることはありますが、先生から貰った書類を見せれば納得してくれています」

 

 めぐみんは、落ち着きのない自分ではうっかりカードを誤操作してしまう可能性があるから、先生にカードを預けていると母親に言っていた。その方が、先生にとっても生徒を指導する上で助かる、とも。奥さんは俺に対して割と好印象を持っているらしく、それで納得してくれていた。

 

 そして、めぐみんのレベルやステータスなんかは、商人の間での正式な書類で使われるような上質紙と書式で書き写してめぐみんに渡してあり、母親に聞かれた時はそれを見せてやり過ごしている。その内容はスキルポイントの数値と、スキル欄の習得候補にある爆裂魔法以外は概ね原本と同じものとなっており、正式な書類のように見せかけているので、奥さんも特に疑うこともないようだ。

 

 とは言え、油断は禁物だ。秘密というのは、どんな所からバレるか分かったものではない。

 俺の例を挙げるならば、ゆんゆんの誕生日の時に撮った写真を現像したら、フィルムにそけっとのちょっとエッチな盗撮写真が紛れ込んでいて、ゆんゆんがガチギレして酷いことになった事がある。

 

「母親の勘ってのをあんま舐めない方がいいぞ。お前も気付かない内に何かボロ出してるかもしれないし……」

「心配性ですね先生は。大丈夫ですって、お母さんがこの事に気付く可能性は1パーセント以下です、この私に限って失敗などあるはずがありません」

「おいやめろ、そういう事言うな。嫌な予感しかしないから」

 

 そうやって、何故か自信満々に不吉なことを言っているめぐみんを止めていると。

 

「二人して何こそこそしてるの?」

 

 いつの間にか机の前まで来ていたゆんゆんが、完成したらしい魔道具を片手に首を傾げていた。

 俺とめぐみんは慌てて。

 

「な、何でもない、何でもないぞ。皆の邪魔にならないように小声で雑談してただけだ、うん」

「そ、そうですよ、やましい事など何もありませんとも。まぁ、その、先生が言うには、アレが貯まったらしくて、でも、私としてはもっと貯まってから……えっと……」

「……何が溜まったの、兄さん?」

「ま、待て! 待って!! あ、いや……金だ金! 金が貯まってパーッと使っちまおうかと思ってたんだけど、めぐみんがもっと貯めた方がいいってな……!」

「いつも安定を求めてる兄さんが、お金をそんな一気に使ったりするの……?」

「す、するって、俺だってたまには散財することだってあるんだ……例えば、必要なら俺は、ゆんゆんの為に全財産だって使えるぞ」

「っ……そ、そう。うん、まぁ……なら、いいけど…………もう、兄さんはシスコンなんだから……」

 

 先程まで怖い空気を出していたゆんゆんは顔を赤くして、もじもじと俯いてしまう。そして、その言葉の割には嬉しそうに、こっちをちらちら窺っている。

 隣ではめぐみんが呆れた顔を浮かべているが、気にしないことにする。というか、コイツだって結構シスコンのくせに。

 

 とりあえず機嫌を戻してくれたゆんゆんは、気を取り直すようにこほんと咳払いをして。

 

「と、とにかく、バカなこと言ってないで私の魔道具見てよ。まためぐみんには負けちゃったけど……」

「あぁ、分かった分かった。じゃあ、ゆんゆんはお兄ちゃんの事が好きか?」

「えっ、う、うん…………っていきなり何言わせてんのよ!!」

 

 顔を真っ赤にして怒るゆんゆんだったが、魔道具は反応しない。

 それを俺とめぐみんがニヤニヤと見ながら。

 

「流石は私に次ぐ成績なだけありますね。その魔道具、ちゃんと機能しているようではないですか」

「ち、ちがっ…………兄さん! なんでそんな質問するのよ!! 『私の名前はゆんゆんです』! 『私の名前はゆんゆんではありません』!! ほら、これでいいでしょ!!」

 

 確かに今のゆんゆんの言葉に対し、魔道具は真実には無反応で嘘にはチリーンと音を鳴らしたのだが……。

 

「ダメだダメだ。質問に答えるのが決まりだ。そっちの方が楽しいし。ほら、次も同じ質問するから、今度は『いいえ』って答えてみろ。魔道具が鳴れば合格だぞ」

「今さらっと楽しいとか言った!? じゃ、じゃあ、質問には答えるから、普通に名前を聞いてよ!! というか、そういう感情的な質問は、この魔道具の動作確認には向かないとか言ってたじゃない!!」

「確かに感情は曖昧なものだから質問には適さないってのはあるけど、ゆんゆんが俺のことを好きだってのは、自分の名前と同じくらい決まりきった事だし、別にいいだろ」

「きききき決まりきってなんか……!!! わ、私は、別に……兄さんなんて……うぅ……」

「そんな恥ずかしがるなって。俺がゆんゆんのこと好きってのも、同じくらい決まりきったことだしさ」

「そ、そういう事言えば丸め込めると思わないで! 大体、兄さんの言う“好き”って……その……そういう意味じゃないし……」

 

 どうやら今度は上手くいかなかったようだ。ゆんゆんは少しいじけた顔になっている。

 俺は溜息をついて、ゆんゆんの後ろを指差し。

 

「ほら、さっさと答えないと後ろがつっかえてるぞ。あるえも完成したみたいだし、ねりまきもそろそろ出来そうだし」

「あっ、ご、ごめんねあるえ! ね、ねぇ、兄さん、本当にその質問じゃないとダメなの……?」

「ダメですー。ほらほら、答えられないなら、あるえ達に先譲ってやった方がいいんじゃねー? スキルアップポーションは先着三名様までだけどなー」

「うぅ……そんな……」

「……はぁ。もうその辺でいいじゃないですか。ゆんゆんがお兄ちゃん大好きっ子なのは分かりきっている事でしょう」

 

 めぐみんがジト目でそんな事を言ってくるが、お兄ちゃんは何度だって妹に好きだと言ってもらいたいものなんだ。こればかりは誰にも止められない。

 

 それからゆんゆんは少しの間、顔を赤くしておろおろとした後、俯いてしまった。

 

 ……少しからかい過ぎたか?

 これで嫌われて口を利いてもらえなくなるのも辛いので、仕方なく名前で許してあげようかと考えていた時。

 

 ゆんゆんが俯いたまま、静かな声で。

 

「…………ねぇ。さっき兄さんは質問に答えなきゃダメとか言ってたけど、それって別に私が答える必要はないわよね?」

「……えっ?」

「つまり、私が兄さんの質問に答えるんじゃなくても、兄さんが私の質問に答えるのでもいいんじゃないかって話。というか、合否を決めるのは兄さんなんだし、自分のことを答えて確認する方が分かりやすいんじゃない?」

「…………そ、そうかも……しれないけど……」

 

 俺の若干震えた言葉を聞いて、ゆんゆんは顔を上げて微笑んだ。

 こ、こわいんですが……。

 

「じゃあ兄さん、質問。最近、王都にある、お姉さんと楽しくお話できるお店に行った?」

「ちょっ!? お、落ち着け、ゆんゆん。そういう質問は教育上よろしくないと言うかな……そうだ、じゃあさっきの仕返しってことで、『お兄ちゃんは私のこと好き?』とかでいいんじゃん! それならお兄ちゃん、張り切って答え」

「行ったの?」

「…………行ってません」

 

 チリーンと、魔道具が鳴った。

 部屋中からドン引きの視線が集まってくるのを感じる。

 

 ゆんゆんの方を見られないからどんな表情をしているのかは分からないが、それでも何となく想像できてしまう。

 

「……まぁ、そういうお店に一切行くなとは言ってないから、それだけならいいんだけど…………なんで嘘ついたの? 何かやましいことでもあるの?」

「…………ないです」

 

 チリーン。

 

「お姉さんの胸触った?」

「…………さ、触ってないです」

 

 チリーン。

 

「お姉さんのお尻触った?」

「…………触って……ない、です…………」

 

 チリーン。

 

「…………ねぇ、兄さん。私のこと好きなんだよね?」

「もちろん!!」

 

 シーン。

 

「じゃあ、約束守ってほしいんだけど。そういうお店に行っても、セクハラはやめてほしいんだけど。次からはちゃんと守ってくれる?」

「…………は、はい」

 

 チリーン。

 

 その音を聞いた瞬間、ゆんゆんは俺の胸ぐらをガッと掴んできた!

 目を合わそうとしない俺を、無理矢理自分の方に向かせる愛しの妹は無表情で、何も言わずじっと俺の目を覗き込んでいた。

 こ、怖すぎるんですけど……軽く泣きそうなんですけど俺……。

 

 そんな様子を呆れ顔で見ていためぐみんは、ふと思い付いたように。

 

「では、この機会に他の皆も先生に色々と聞いてみるのはどうでしょう。あるえも、先生には何か聞きたいことがあるのではないですか?」

「……うん、そうだね。私からは、先生が私に官能小説を書くように言ってくるのは、本当に商業的な理由だけなのかという辺りを聞きたいと思っているよ」

「いっ!?」

「だってさ、兄さん。ちゃんと答えてあげなよ……ねぇ」

「ごめんなさい先生が悪かったです許して下さい!!!!!」

 

 結局俺は、実験室の冷たい床の上で土下座することとなった。

 この頃、土下座してばかりなのは気のせいだと思いたい……。

 

 

***

 

 

 それから数日後の夜のことだった。

 俺が自分の部屋でとある作業に没頭していると、窓にコツンコツンと連続して何かが当たる音がした。俺は身なりを整えると、窓を開けて外を窺う。

 

 俺の部屋は二階にある。空には何も見えないので、別にフクロウとかその辺がぶつかって来たわけではないらしい。次に地面の方を見下ろしてみると。

 

 制服姿のめぐみんが、こちらに片手を振っていた。別の手には小さな石が握られていて、それを投げたのだろう。

 ただ、めぐみんは、どこか焦ったような表情をしている。……なんだろう、嫌な予感しかしないが、放っておくわけにもいかないだろう。

 

 俺は特殊な魔力ロープを取り出す。普段から持ち歩いている物で、通常時は五センチ程度だが魔力を込めると何倍にも伸びる。どことなく卑猥に聞こえるが、アレは関係ない。

 そのロープを伸ばしてめぐみんに投げてやると、両手で掴むようにジェスチャーで伝える。彼女は首を傾げて困惑しながらも言われた通りにする。おそらく、自分の力ではロープを使って二階まで登っていくなど無理だと言いたいのだろうが、その心配はいらない。

 

 俺がロープを軽く引きながら魔力を込めると。

 

「わっ!? きゃああああああああああああああああ!!!!!」

 

 ロープは一気に元の長さへと縮まっていき、勢い良くめぐみんを引っ張り上げる。

 そして、そのままの勢いで突っ込んでくるめぐみんを、念の為に支援魔法で強化した体で受け止めた……が、想像以上に衝撃が少なく拍子抜けする。こいつ、こんなに華奢なんだな……もう少し食料の差し入れとかしてやるべきか……。

 

 俺がそんなことを考えながら可哀想な目で見ていると、至近距離からめぐみんが食ってかかってくる。

 

「いきなり何するんですか!! 肩外れるかと思いましたよ!!」

「大丈夫だって、一応ロープ伝いにお前にも軽く支援魔法かけてたから。これも特注品のロープで、魔法を伝達するんだ。ちゅんちゅん丸みたいに増幅や維持は出来ないけど」

「そ、そうなんですか……ありがとうございます……でも、そんな配慮してくれるなら、せめて一言あってほしかったです……」

「いやそっちの方が面白い反応してくれると思って。しかし『きゃー!』って。お前学校では他とは違う天才気取ってるのに、悲鳴は普通に可愛いよな」

「う、うるさいですよ!! というか、大丈夫なのですかこれ。さっきの悲鳴を聞きつけて、ゆんゆんが部屋に入って来て今の状況を見たら、大変なことになりますよ」

「そこは心配するな。この部屋、お前が来る前から『サイレント』の魔法がかかってて、外へは音が漏れなくなってるから。外からの音はちゃんと聞こえるけど。だからいくらでも声出していいぞ」

「あの、私を抱き止めているこの状態でそのセリフは、犯罪臭が凄いのでやめてほしいんですけど……あと、そろそろ離してくれませんか?」

「おおう、悪い悪い。女の子特有の、華奢ながらも柔らかくて良い匂いがする体が心地よくて、つい」

「正直なのは良い事ですが、この状況でそんな本音をぶち撒けられても反応に困りますね……」

 

 そんなやり取りをして、俺はめぐみんを離す。

 めぐみんは若干乱れた服を整えながら。

 

「それにしても、何故消音の魔法なんてかけているのですか? 授業計画などを考えているから集中したいとか? でも、それなら部屋の中の音を消すのではなくて、外からの音を消した方がいいのでは……」

 

 首を傾げためぐみんからの質問に、俺は気まずく感じて目を逸し。

 

「…………詳しく聞くなよ恥ずかしい」

「何をしていたのですか!? いえ、ナニをしていたのですか!? えっ……じゃあまさか…………あ、あの、手はちゃんと洗いましたか……?」

 

 めぐみんが不安そうに聞いてくるので、俺は窓を開けて。

 

「『クリエイト・ウォーター』…………洗った」

「遅いですよ!!!!! ちょっと待ってください、さっき先生は、アレを握った手で私をキャッチしたのですか!?」

「そんなことよりも、ゴミ箱のティッシュには触るなよ。ニオイ対策はしてあるけどさ」

「触らないですよ!!! 今の流れでゴミ箱漁るとか、どんだけ痴女なのですか私は!!!!!」

 

 めぐみんは顔を真っ赤にして騒いでいるが、急に来たのはそっちなんだし俺は悪くないはずだ。大体、15歳の少年が夜中にそういう事をやっているなんて、十分想定できる範囲内だろう。

 

 めぐみんはそのまましばらく俺から距離を取って、どんよりとした目で俺を警戒していたが、最後には諦めたように溜息をついた。

 

「……まったく。この非常事態に、先生はどうしてこうなのですか……いえ、先生らしいと言えばそうなのですが……」

「非常事態? なんだよ、もしかして、ついにお前もおっぱいを手に入れたのか?」

「元から持ってますよ失礼な!!! 私だってほんの少しくらいは膨らんでますから!!!」

「ほう、なら先生に」

「見せませんよ!? 見せるわけないでしょう!! ここで流されて胸を見せるとか、どんだけちょろいのですか!! その程度の口車に乗せられるとは思わないでください、私はゆんゆんではないのです!!!」

「い、いや、流石にゆんゆんもそこまでちょろくねえって……」

 

 正直、ゆんゆんがそのレベルでちょろかったら、嬉しいというか普通に心配になってくる。……大丈夫だよな? 今度念の為確認してみるか、殴られそうだけど。

 

 めぐみんは頭痛に耐えるように頭を押さえて。

 

「先生のせいで、また話が脱線しました……いいですか、聞いてください。私の母に爆裂魔法のことがバレそうなのです」

 

 めぐみんのその言葉に、一瞬部屋が静まり返る。

 俺は恐る恐る、小さな声で。

 

「…………マジで?」

「マジです。私もびっくりしましたよ。突然『めぐみん、あなた爆裂魔法を習得しようとしていない?』と聞いてくるのですから」

「なっ……本当に非常事態じゃねえか!! お前さっさと言えよそういう事は!!!」

「なにおう!? 先生が悪いのですよ、次から次へと変な事ばかり言ったりやったり!!!」

「おいめぐみん、今はそんな事言い合ってる場合じゃないぞ! しっかりしろ!!」

「確かにその通りですが! そうやって急に自分だけしっかりされても、納得できないのですが!!」

 

 何やらまだめぐみんが文句をつけてくるが、それどころではない。これは冗談抜きに、めぐみんの将来に関わる重大なことだ。

 

 俺は口元に手を当てて考え込み。

 

「しかし、またストレートにきたな……やっぱお前、何かボロを出してたんじゃないのか?」

「ボロなんて出してませんって。私を誰だと思っているのです。紅魔族随一の天才ですよ? 例え母親相手だとしても、油断することなどないですよ」

「そっか…………奥さんは他に何か言ってたか?」

「えぇ、『明日、カズマさんからめぐみんの冒険者カードの原本を見せてもらうわ』とも言っていました。あの母のことです、朝一で先生の所へ向かう可能性もありましたので、今こうして相談に来たのです」

「……そうだよな、奥さんからすれば、普通に俺も怪しいよな…………」

 

 そこまで考えて、俺はふと気付いた。

 ……今のこの状況、マズくね?

 

「な、なぁ、めぐみん。その話を聞いてお前が家から出て行ったら、奥さんは真っ先にここを疑うんじゃないか……?」

「えぇ、そうでしょうね。ですが、既にそんな事を気にしていられるような状況ではないでしょう。それに、先生は言ってくれたじゃないですか。『バレたら俺のところに来い』と。やけに格好つけてドヤ顔で」

 

 ……そういえば、そんな事を言ってしまった気がする。

 何故俺はあの時、雰囲気に流されてあんな格好つけてしまったのだろう。今更ながら後悔する。

 

 俺は少し考えている様子を見せて。

 

「……よし、聞けめぐみん。こういう事は自然解決を待つのが一番だ。奥さんの言葉は聞かなかったことにして、俺達はいつも通り過ごしていこう。という事で、解散!」

「自然解決するわけないでしょう!! もう関わりたくないだけですよね!? とりあえず厄介払いしたいだけですよね!? させませんよ、何とか私の母を納得させられる方法を、二人で考えていこうではないか! 必要とあらば朝まで!!」

「待て待て、年頃の女の子が、こんな時間に男の部屋に入り浸るもんじゃありません。朝までなんて論外だ。というわけで、そろそろ帰るべきだと思うんだけど……」

「普段はあれだけ私にセクハラしまくってるくせに、今更紳士ぶられても!! 先生がそのつもりなら、私にも考えがありますよ! 私と先生が、大切な秘密を共有する関係だという事は、お母さんも気付いています。つまりそこから、私達がただならぬ関係であると思い込ませ、ある事ない事好き放題に信じ込ませることだって出来るのですよ!! 必要とあらば、お父さんにだって!!」

「おい調子に乗るなよ! お前の冒険者カードはこっちにあるんだ! そんなバカな事をすれば、お前が必死こいて貯めたスキルポイントは、どっかの無駄スキルに消えることになるぞ! そうだ、初級魔法とその威力上昇に全部突っ込んでやろうか! ネタ魔法しか使えないネタ魔法使いよりはよっぽど役に立つだろうよぉぉ!!」

「やれるものならやってみてください!!! もしそんな事をすれば、ゆんゆんにも色々と吹き込みますよ! あの子だって私と先生が何か怪しい関係であると疑い始めていますし、簡単に信じ込ませる事ができるでしょう!! ふふ、あのヤンデレ妹は何をするのでしょうねぇ!!」

 

 そうやって俺とめぐみんが、いよいよ取っ組み合いのケンカを始めようとした時。

 

 コンコンと、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 

 俺とめぐみんは掴み合った状態でビクッと固まり、二人して恐る恐るドアの方に視線を向ける。

 

 

「カズマ、ひょいざぶろーさんの所の奥さんが訪ねてきたぞ。お前、また何かやらかしたのか?」

「「っ!!」」

 

 

 父さんのその言葉に、俺とめぐみんは消音魔法のことも忘れて、思わず息を潜めた。

 そして、すぐに別の声が聞こえてくる。

 

「いえいえ、そんな。私としても、カズマさんにはいつも娘がお世話になっておりますので、そこまで大事にするつもりはありませんよ。あの、カズマさん。夜分遅く申し訳ありません、今お取り込み中である事は分かっているのですが、少々お時間を頂けませんか? 今すぐにとは言いませんので、少ししたらカズマさんともう一人で、私共の家までいらして下されば幸いです」

 

 そんな奥さんの声は静かで穏やかなものではあったが……どことなく影のようなものを感じ取れてとても怖い。これ、断ったらどうなるんだろう……。

 めぐみんは俺の服を掴んだまま、不安そうにこちらを見ている。

 

 よく考えろ。これは安易に答えてはいけない。

 何よりも、こんなんでも俺は教師だ。生徒のことを考え、一番生徒の為になる道を選択するべきだ。こういった親子間でのトラブルだって、こうして俺を頼ってくれる生徒がいるのだから、無関心でいるわけにはいかないだろう。俺は今、教師として何をするべきだ?

 

 ……よし。

 俺は自分の中の信念に基づく結論を導き出し、部屋の消音魔法を解除した。

 そして、奥さんに告げる。

 

「分かりました! どっかのバカを連れて必ず伺います!!」

「!!!!!?????」

「ふふ、ありがとうございます。カズマさんでしたら、きっとそう言っていただけると思っていましたよ。それでは、お待ちしております」

 

 そう残して、二人はドアの前から離れて行った。

 

 俺は緊張を解いて一息つく…………ことも出来ず。

 めぐみんが凄い顔で首を絞めてきたので、仕方なく再び消音魔法を唱える事となった。

 

「何故あなたはいつもそうなのですか!!!!! 簡単に生徒を売り過ぎでしょう!? 良い先生という評価を本当に取り下げたくなるのですが!!!」

「落ち着けって。これはお前のためでもあるんだ。こういう大切な事は、ちゃんと親御さんと話し合うべきだと思う。あとお前の母ちゃん怖いんだもん、俺の世間体も危ないし」

「後半の言葉が本音ですよね!? 何か真っ当な事も言ってますが、要するにウチの母が怖くて自分の世間体が心配なだけですよね!? というか、先生の場合、世間体とかその辺はもう手遅れだと思うのですが!!」

「まぁ、聞けよ。俺だって、ただお前を売るつもりはない。奥さんを説得するつもりだって少しはある。俺に任せとけ」

「えっ……あ、はい…………そういう事でしたら…………あれ? 今、説得するつもりは少しはあるとか言いましたか!? 少ししかないんですか!? 大丈夫なんですかそれ!?」

 

 何やらめぐみんがまだ食ってかかってきているが、それに構っている余裕もないので、俺は黙々と準備を進めていく。

 今夜は厳しい戦いが待っていそうだ……。

 

 

***

 

 

 そんなこんなで準備を整えた俺達は、めぐみんの家までやって来る。

 

 俺は寝間着から紅魔族ローブに着替えており、魔道具もいくつか揃えている。流石にちゅんちゅん丸までは持ってきてはいないが、まるでこれからクエストにでも行くかのような格好だ。こんな準備は無駄になってくれるのが一番なのだが……。

 

 俺が緊張しながらドアをノックすると、すぐに笑顔を浮かべた奥さんが出迎えてくれた。

 

「こんばんは、カズマさん。お越し頂きありがとうございます。こんな時間にお呼びしてすみません。それに、お帰りなさい、めぐみん。カズマさんに迷惑かけなかった?」

「あ、ど、どうも、こんばんは……」

「た、ただいま……あの、お母さん……」

「話は中でしましょう。さぁ、カズマさんもどうぞどうぞ」

「え、えっと、お邪魔します……」

 

 何だろう、珍しくもない小さな一軒家なのに、世界最大のダンジョンよりも威圧感がある。中に入ったら、もう出て来られないような……。

 

 そんな不安を覚えながら、俺とめぐみんが家の中に入ると。

 

「『ロック』」

 

 奥さんの魔法で、玄関のドアが締められた。

 ゴクリと喉を鳴らす俺達を見て、奥さんは何でもないように笑って。

 

「あ、気にしないでください。こんな夜中ですので、念の為に戸締まりはしておこうと思っただけですから」

「で、ですよねー! いくら里の治安が良いと言っても、戸締まりくらいはしますよねー!」

 

 あかん、こわい。もう帰りたい。

 そんな俺の気持ちを察したのか、めぐみんは俺の服の裾を握って、縋り付くような目でこちらを見てくる。くっ、そんな目をして庇護欲でもくすぐるつもりかコイツ! 紅魔族随一の天才とかいうプライドはどこ行った!

 

 そのまま俺達は居間へと通され、ちゃぶ台の前に並んで座る。二人共正座だ。

 奥さんは人数分のお茶をちゃぶ台に置くと、向かいに座って相変わらずの笑顔で俺達のことをじっと見てくる。

 

 なんだろうこれ……まるで若くて経済能力もない男女がうっかり子供を作ってしまい、それを女の子側の親に報告するような重苦しい空気を感じる。

 そんな空気に耐えられず、俺はわざとらしくキョロキョロと辺りを見回し。

 

「こ、こめっこは、もう寝てるんですか?」

「はい、他の部屋で眠っていますよ。消音魔法もかけてあるので、多少大きな音を出しても起きることはないでしょう」

「そ、そうですかそうですか! あ、いえ、別に騒いだりするつもりはありませんけどね!?」

「ふふ、分かっていますよ。私だって騒いだりするつもりはありません。今のところは」

 

 ひぃぃ……もう泣きそうなんだけど俺……!

 助けを求めて隣を見ると、めぐみんは俺の袖口を握りしめたまま、小さく震えて目を泳がせている。ダメだ、コイツはこういう肝心な所でヘタれる奴だった!

 

 奥さんは、そんな俺達の様子をにこやかに見つめながら。

 

「では、単刀直入にお聞きします。家の娘は、爆裂魔法を覚えようとしているのですね?」

「っ…………ど、どうしてそう思ったんですか?」

 

 まずは情報源を探るところからだ。そこを知らなければ誤魔化しようもない。

 一番怪しいのはめぐみんだが、本人はボロは出さなかったと言っていたし、もしかしたら別の所から漏れている可能性もある。

 

 俺の言葉に、奥さんは何故かクスクスと笑うと。

 

「だって、めぐみんが時々部屋で呪文と共に『エクスプロージョン!』と叫んでいるものですから。それに寝言でも『ふっふっふっ、ようやく爆裂魔法を覚えることが出来ました! これで卒業です!』とか言っていましたし」

「はい、このバカは爆裂魔法で学校を卒業しようとしています。しかも他の魔法を覚える気はさらさらないようです。俺は止めたんですが、全然言うことを聞かなくて困っていたんですよ。これまで俺が手伝っていた工作も、とあるネタでめぐみんから脅されて嫌々やっていたんです」

「ええええええええええっ!? ちょっ、何さらっと暴露して責任逃れしているのですか!!!!! この裏切り者おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「うるせえお前ふざけんなよ!!! 何が紅魔族随一の天才だ、油断しまくりでボロ出しまくりじゃねえかこのバカ!!! 誤魔化す為に色々やってやった俺の苦労返せよテメー!!!!!」

 

 俺とめぐみんはギャーギャーと騒いで掴み合う。

 どこから奥さんにバレたんだろうと色々考えてたのに、こんなしょうもないオチとかホント何なんだコイツは! もう知らん!!

 

 しかし、奥さんが小さく咳払いしたのを聞いて、俺達は慌てて正座に戻った。

 

「めぐみん、あなたは爆裂魔法を覚えてどうするの? いずれはこの里を出るつもりなのでしょう?」

「……私は、爆裂魔法を教えてくれた人にもう一度会って、お礼を言って、私の爆裂魔法を見せたいのです。もちろん、ただ魔法を見せるだけではありません。大好きな爆裂魔法で数多くの強敵を屠り、レベルを上げて、立派な大魔法使いになって、『私の爆裂魔法はどうですか?』と聞きたいのです」

「…………爆裂魔法しか使えない魔法使いがどんな扱いを受けるのか、あなたは想像出来ているのよね?」

「…………はい、覚悟の上です」

 

 めぐみんの真剣な目と言葉に、奥さんは何も言わず、ただじっと娘のことを見つめていた。

 

 俺は親の気持ちなんて分からないが、それでもこういう時、どう思うんだろうなと考えてしまう。

 もちろん、親だったら自分の子供の望みは叶えてあげたいだろう。しかし、そこにとてつもない困難が待ち受けていて、数多くの不幸にも見舞われるだろうと予想できる時、それを止めたいと思うのもまた親として当然の気持ちだと思う。

 

 しばらくの沈黙が流れた後、奥さんは重い口を開いた。

 

「ダメです、そんな事は許せません。爆裂魔法しか覚えていない娘を里の外に出すだなんて……しかも、街の中で安全に暮らすならともかく、冒険者として生計を立てていくつもりなのでしょう? そんなの親として認められるわけない……きっと満足にご飯も食べられずに行き倒れてしまうわ」

「そ、そんな! でも、私は……!」

「……あの、奥さん。確かに爆裂魔法しか使えない魔法使いなんて、冒険者パーティーじゃお荷物扱いされるのが普通です。でも、王都の騎士団ならそうでもないみたいなんです」

「えっ、騎士団……?」

 

 俺の言葉に、奥さんは意表を突かれた様子で、めぐみんは希望を乗せた瞳でこちらを見ている。

 俺はそれなりの手応えを感じて、そのまま続ける。

 

「はい、もう実はその騎士団の上の方に話はしてあって。大規模な集団戦においては、爆裂魔法しか使えない魔法使いでも活躍できるようですし、十分フォローもしてもらえるようです。全く危険がないわけではないですが、冒険者と比べたらまだマシですし、給料だって安定しています」

「…………なるほど、そうなんですか……」

 

 奥さんは口元に手を当てて考え込んでいる。

 俺とめぐみんはそんな奥さんの様子を緊張しながらもじっと見つめ、次の言葉を待つ。いつの間にか、めぐみんの手が俺の手を握っているが、今はそんな事は気になら…………コイツの手、ひんやりしてて気持ちいいなぁ……。

 

 そして、奥さんは俺を真っ直ぐ見て。

 

「カズマさん、先程、騎士団の上の方には既に話はしてあると仰っていましたが、それは内定を頂けているという事でよろしいのですか?」

「えっ……あ、い、いや……それは、まだで……」

「……そうですか。では、めぐみんは一度くらいは、その騎士団の上の方に顔を見せていたりはするのですか?」

「…………そ、それも、まだ……です……」

「…………そうですか」

 

 あれ、やばい、これあかん流れや。

 俺は慌てて次の言葉を探していると、奥さんは続けて。

 

「カズマさん。先程、めぐみんの爆裂魔法は騎士団で役に立つと仰っていましたが、能力ではなく性格の方はどうなのでしょう? 親から見ると、家の娘は性格的には騎士団に向いているとは思えないのですが……」

「…………た、確かに」

「ちょっと先生!? 何あっさりと納得しているのですか、もう少し頑張ってくださいよ! さぁ、私がいかに騎士団に向いているか、ビシッと言ってやってください!!」

「いや、だってお前、性格的には騎士団ってより魔王軍側だし……魔王をぶっ倒して次の魔王になるとか言ってたし……」

「うっ!! そ、それは……何と言いますか、言葉の綾というか……!!」

 

 そう言って気まずそうに目を逸らすめぐみん。ダメだこりゃ。

 これはやっぱり、奥さんよりもめぐみんを説得する方がいいかとさえ思い始めていたのだが。

 

 奥さんは何やら微笑ましげにこちらを見て。

 

「一つだけ、めぐみんが爆裂魔法一筋で生きていくことを許す条件があるのですが……聞きますか?」

「えっ」

「聞きます! ぜひ聞かせてください!!」

 

 俺より先に、めぐみんが身を乗り出して食いついていた。まぁ、そりゃそんな条件があるなら、聞きたいわな。

 ……でも、なんだろう、何か嫌な予感がするんだけど。なんか奥さんがめぐみんというより、俺の方を見てる気がするんだけど。

 

 奥さんはにっこりと笑って。

 

 

「カズマさんとめぐみんが結婚する――――これが、私がめぐみんの爆裂魔法習得を認める、唯一の条件です」

 

 

 しん、としばらく部屋に沈黙が流れる。

 俺は嫌な予感が的中したと頭を押さえ、めぐみんは目を丸くして呆然としている。奥さんは相変わらず、こちらを見て微笑んでいる。

 

 めぐみんが何も言えなくなっているので、仕方なく俺が頭をかきながら。

 

「えーと……理由を伺っても?」

「ふふ、それはもちろん、カズマさんが一生めぐみんの側にいてくださるというのであれば安心だからです。何だかんだカズマさんは、結婚すれば相手のことを大切にしてくださる方だと思いますし」

「そ、それは…………おいめぐみん、お前からも何か言えよ。お前の母ちゃん、またとんでもない事言ってんぞ。…………おい?」

 

 そう言ってめぐみんの方を見たのだが、めぐみんは何やら俯いてしまっていた。

 髪で隠れて表情が見えない。もしかして悩んでんのか? いやいや、いくらコイツが爆裂狂だとしても、流石にこの条件は代償が大きすぎるだろ。

 

 そんなことを考えながら首を傾げていると、ようやくめぐみんが顔を上げた。

 何やら決意した様子だが、ほんのりと頬を赤く染めているのが気になる。ぎゅっと、俺の手を握る力が強くなるのを感じる。

 

 …………えっ、まさか。

 

 

「分かりました。私、先生と結婚します」

 

 

 普段から色気よりも食い気や爆裂ばかりの天才は、顔を赤くしながらも、堂々とそんなバカな事を言ってのけた。

 俺は口をあんぐりと開けて、ただ呆然とすることしかできない。

 

 一方で、奥さんは満足そうに何度か頷いて。

 

「ふふ、分かったわ。あなたはあなたの好きに生きなさい。何かあっても、きっとカズマさんが助けてくれるから。あ、お父さんはお母さんが説得するから、あなたは安心して幸せになりなさいね?」

「は、はい……あの、でも私、まだ12歳ですので……」

「えぇ、分かっていますよ。あなたが14歳になるまでは、カズマさんとは婚約という形をとってもらうわ。魔法を使った本格的な契約を結べば、いくらカズマさんでも逃れようがないし」

 

 えっ、ちょ、俺を置いて勝手に話が進んでるんですけど。奥さんが何か恐ろしい事言ってるんですけど。

 しかし、めぐみんは頬を染めたまま、こちらにはにかんで。

 

「えっと……末永くお願いしますね先生……。あの、私、そこまで嫌というわけでもないですから。確かに、そういう事は今まで想像したこともなかったのですが、相手が先生なら、いいかな……と。普段はアレですけど、何だかんだ良い所もあるというのも知っていますし…………だ、だから……」

 

 めぐみんは目を潤ませ、上目遣いでじっとこちらを見てくる。誰だお前。

 

 しかし、女の子にここまで言わせてしまったのだから、流石に俺も何も言わずに逃げるという事はできない。

 俺は、めぐみんの紅い瞳を真っ直ぐ見つめ。

 

「……めぐみん。俺からもお前に言いたい事がある」

「…………はい」

 

 めぐみんは感情が昂ぶっているのだろう、目を紅く光らせてじっと俺の言葉を待っている。

 そんな少女に、俺は。

 

 

「悪い、結婚は無理だ。愛人で我慢してくれ」

 

 

 瞬間、めぐみんは真っ赤な顔のまま掴みかかってきた!

 

「あなたという人は!!! あなたという人はあああああああああ!!!!!」

「いででででででででで!!!!! おい離せバカ!!! 俺にだって人生プランってのがあるんだよ!!! こんな簡単に結婚相手を決められてたまるか!!!!!」

「何故こういう所ではブレないのですかあなたは!!! 少しはブレてくれてもいいではないですか!!! ここは、私の想いを受けて『しょうがねえなぁ』と笑いながらも、婚約してくれる流れでしょう!!!!!」

「そんな流れ知るか!!! つか、何が“私の想い”だ!!! お前にそんな色気は欠片もないってのはよーく分かってんだよ!!! 爆裂魔法に釣られて暴走してんじゃねえ!!!」

「わ、私にだって色気くらいありますよ! 何ですか、本物の愛が感じられないとか言いたいのですか!? ふっ、先生って意外とそういう所だけは純情なんですね、流石は童貞」

「んだとコラァァあああああああ!!!!! いつも食う事と爆裂魔法の事しか考えてないお前よりはずっとマシですぅぅ!!! いいかお前、さっき俺と結婚するとか言ってたけど、それ小さな子が『大きくなったらパパと結婚する!』とか言ってんのと大差ねえから!!!!!」

「何という侮辱!!!!! 先生だって本当に人を好きになった事なんてないくせに!!! 私は12歳ですからまだそういう事もあると思いますけど、15歳でそれとかヤバイんじゃないですか人として!!!!! あ、先生が人としてヤバイのは今更でしたね!!!!!」

「よし表出ろお前!!!!! 裸にひん剥いて里中引きずり回してやんよ!!!!!」

 

 やはり俺とめぐみんとの間に色っぽい展開なんてありえない。俺はめぐみんと掴み合いながらそれを再認識し、コテンパンにしてやろうとスキルを発動しようとした…………が。

 

 その前に、奥さんが微笑んだまま静かに聞いてきた。

 

「それで、二人は結婚するのですか?」

「「誰がこんなのと!!!!!」」

 

 綺麗にハモる俺とめぐみん。

 奥さんはそれを聞いて、笑顔のまま何度か頷いた後。

 

 

「それではカズマさん。めぐみんの冒険者カードを渡してもらえますか?」

 

 

 そう言って、静かに片手を差し出してきた。

 

 俺とめぐみんは、互いに胸ぐらを掴んだ状態で固まる。

 明らかに空気が変わった。奥さんは口調や表情こそは穏やかなものだが、その裏から有無を言わせない威圧感がひしひしと伝わってくる。

 

 ゴクリと、俺とめぐみんの喉がほぼ同時に鳴る。

 ここで奥さんにカードを渡したら終わりだ。カードを見せれば、めぐみんがもう上級魔法を習得出来ることが一発でバレてしまう。そうなったら、次の展開は火を見るより明らかだ。

 

 それだけは、させない。

 

 俺はめぐみんの手を握り、素早く詠唱して叫ぶ!

 

 

「『テレポート』ッッ!!! …………あれっ!?」

 

 

 何も起こらなかった。

 俺とめぐみんはどこに転移することもなく、今もまだめぐみんの家の居間に座っていた。

 

 予想外の事態に愕然とするが、いつまでも呆けている場合じゃない。

 なぜなら、奥さんが掌をこちらに向け、今にも魔法を唱えようとしていたからだ!

 

 俺も反射的に掌を突き出し、二つの声が重なる!

 

「『スリープ』!!」

「『スキル・バインド』!!」

 

 奥さんは睡眠魔法を唱えたらしいが、俺の盗賊スキルで不発に終わる。

 魔封じのスキルは、魔法使いの『マジックキャンセラー』もあるのだが、盗賊スキルの方が発動が早いので俺はこちらを習得している。

 

 魔法を封じられ、奥さんは目を丸くして少し怯んだ。

 その隙に、俺は次の魔法の詠唱を始めながら、めぐみんの手を掴んで玄関へと走り出す。

 

 ちらりと後ろを振り返ると、奥さんが再びこちらに掌を向けていた。

 えっ、もう魔封じが解けたの!? 何かの魔道具か!?

 

「『アンクルスネア』!!」

「うおっ!!!」

「せ、先生!?」

 

 突然足が動かなくなり、俺は玄関へと続く廊下で派手に転ぶ。

 後ろから奥さんが近付いてくるのを感じる。おそらく、今度こそ近距離から睡眠魔法を当てるつもりだ。

 

 めぐみんは俺の側に屈みこんで、何とか俺を運ぼうと…………するのかと思いきや。

 

「先生はもうダメです! 私だけでも逃げますから、カードを渡してください!!」

「諦めるのはえーよ!! ここは頑張って俺を運ぼうとする場面じゃねえの!?」

「何を言っているのですか、クラスの中でも非力な私が先生を運べるわけないじゃないですか。こんな状況で無駄なことをしている暇はありません!」

「確かにその通りなんだけど! もっと、こう…………ああもう、ちくしょう!!」

 

 俺は倒れたまま掌を突き出し、目を閉じて叫ぶ!

 

「『フラッシュ』ッッ!!!」

「うっ!!」

「ああっ!! ちょ、先生、私もくらってますよ!! 何も見えないのですが!!!」

 

 俺が放った目眩ましの魔法に、めぐみんと奥さんは足元をフラフラとさせる。

 その隙に俺は、動かなくなった自分の足に手を当てて。

 

「『ブレイクスペル』! ……よし、ほら騒ぐなめぐみん、運んでやるから……一応、筋力強化かけとくか……『パワード』!」

「なっ、筋力強化なんていりませんよ! 私は軽いですし!!」

「何ムキになってんだよ、出来るだけ速く動けるようにってだけだ。お前が軽いのは知ってるよ、筋肉も全然付いてないし、無駄な脂肪もないしな。必要な脂肪もないけど」

「必要な脂肪って胸のことですね!? 一言多いんですよ先生は!!」

 

 そんな文句を聞き流しながら、俺はめぐみんを担ぎ、玄関へと駆けて行く。

 奥さんはまだ目眩ましの効果が消えないようだ。それはめぐみんも同じだが。

 

「あ……あの、先生!? 先生!!」

「何だよこの忙しい時に! あんまり喋んなよ、舌噛むぞ!」

「いえ、触ってます! 私のお尻触ってますってば!!」

「いちいち気にすんなよ、担いでんだからついうっかり触っちゃう事もあんだろ」

「ついうっかりとかいうレベルじゃないですってば! ガッツリ触ってんじゃないですか!! こんな状況でもセクハラは忘れないとか、本当に呆れ果てますよ先生には!!」

「いいじゃねえか別に減るもんじゃねえし。……『セイクリッド・ブレイクスペル』!!」

 

 俺は玄関のドアにかかっていたロックの魔法を解除し、急いで靴だけ回収する。

 そして、体当たりをするようにして勢い良くドアを開き、家から飛び出していった。

 

 

***

 

 

 とりあえず、俺達はめぐみんの家から大分離れた場所まで逃げてきていた。

 もうめぐみんも目眩ましの効果がなくなり、今では普通に歩いているのだが、尻を押さえて俺にジト目を向けて距離を取っている。担がれている間に散々揉みしだかれたのが余程堪えたらしい。

 いやでも、めぐみんにセクハラする時は、胸はないからパンツ覗くか尻揉むかくらいしかないんだよなぁ。

 

 俺は先程から、もう何度目か分からないくらいに同じ詠唱を唱えていた。

 

「『テレポート』!! ……ダメか。こりゃかなり広範囲にテレポート禁止の結界が張られてんな。というかこれ、朝までに消えるのか? このままだと転送屋の人が泣くぞ」

「結界なら『ライト・オブ・セイバー』で斬れないのですか?」

「こんだけの規模の結界となると、相当な大魔法使いじゃないと無理だ。俺程度だと、ちゅんちゅん丸を使って全魔力を込めてもダメだろうな」

「……まぁ、そうですよね。格好良く結界を斬り裂く先生とか、想像できませんし」

「な、なんだと!? 俺だってやろうと思えば、こんな結界ぶった斬れるんだからな!? ただ、代償が大きいからやらないだけで!!」

「はいはい。ぶっころりーもよく言ってますよね、『俺はやれば出来る男なんだ……ただ、やろうとしないだけで……』とか何とか」

「あんなニートと同じ扱いはやめて……」

 

 とにかく、いつまでもこうしていても埒が明かない。

 おそらくこの結界は里全体、いやそれ以上に広がっていると考えられる。発生源はこの里の中にあるのかもしれないが、それを探すより先に、まずは境界面の確認をした方がいいだろう。物理的に出られなくなっているのであればどうしようもないが、ただテレポートだけが封じられているのであれば、結界の外へと出ればいいだけの話になる。

 

 というわけで、俺達は里の入り口から外へと出ることにする……が。

 そこで何者かが道を塞ぐように仁王立ちしていた。そして、その人物を見た瞬間、大体のことを理解してしまった。

 

 俺は警戒してめぐみんの手を握り、めぐみんもしっかりと握り返してくる。

 

「…………この結界、もしかして、あなたの魔道具ですか?」

「あぁ、そうだ。言っておくが、このまま結界の外に出ようとしても無駄だぞ。境界面は出入りできなくなっているからな。ワシが持っている魔道具を止めるしかない」

 

 めぐみんの父親、ひょいざぶろーはそう言って、じっと険しい目で俺達を見る。

 

 めぐみんの家に行った時、ひょいざぶろーがいなかったのは、奥さんが意図的に排除していたのだと思っていた。この人の性格を考えると、めぐみんの味方につく可能性もあるからな。

 でも、目の前の光景を踏まえて今までの事を考えると、どうやらひょいざぶろーは奥さんの味方らしい事が分かる。予め魔道具で俺のテレポートを封じておき、万が一家から逃げられたとしても、里から出ようとした所をひょいざぶろーが確保する。そんな所だろう。

 

 しかし、俺には不可解な事があった。

 

「あの、これ本当にひょいざぶろーさんの魔道具の力なんですか? これだけの魔道具です、何かろくでもないデメリットがあるんじゃ……」

「そんなものはない。強いて挙げれば大量の魔力を使うことだが……まぁ、これがワシらしくない魔道具である事は認めよう。本来であれば、こんなつまらない魔道具なんぞ作らん。しかし、大切な娘を守るために必要だというのであれば、どんなにつまらない物だとしても作るさ」

「ひょいざぶろーさん…………この結界の魔道具、売る気はないんですか?」

「ない。こんなもの恥ずかしくて売れんわ」

「いや売れよ!!! アンタがいつも作ってるガラクタに比べたらよっぽど売れるわ!!! つーか、娘を守るってんなら、まずは日々の食生活から守ってやれよ!! こめっこが『固いものが食べたいです』とか言ってんの聞くと、こっちが泣きたくなんだよ!!!」

「まぁまぁ、あまり父を責めないであげてください。私だって大切な人の為であれば、爆裂魔法を諦めることだって出来ますが、本当に最後の最後までは諦めたくはないですから。それと同じようなことなのでしょう」

「おお、分かってくれるかめぐみん……流石はワシの娘だ……」

「あ、うん……もういいや何でも……」

 

 もうやだこの親子……。

 しかしこのように、奥さんと違ってひょいざぶろーの方は、めぐみんと同じように変な道を突き進むタイプだ。もしかしたら、話せば分かるかもしれない。

 

「あの、ひょいざぶろーさんも、めぐみんが爆裂魔法を覚えるのを止めようと思っているんですよね? でも、めぐみんの気持ちも分かってあげてもいいじゃないですか。コイツは、周りからは理解されなくても、本当に爆裂魔法が好きなんですよ。ひょいざぶろーさんも、どれだけ周りからズレていても、自分の道を進みたいという気持ちは分かるでしょう?」

「爆裂魔法? 何を訳の分からない事を。ワシは母さんから、お前とめぐみんが駆け落ちするかもしれないという話を聞いて、止めようと思っただけだ」

「「はぁ!?」」

 

 俺とめぐみんが同時に間の抜けた声をあげる。

 

 何言ってんだこの人。

 俺が唖然としていると、隣ではめぐみんが呆れて溜息をついて。

 

「まったく……大方、お母さんから何か妙なことを吹き込まれたのでしょうが、この男が女性一人の為にそこまで出来ると思いますか?」

「……いや、しかしお前やこめっこは紅魔族随一どころか、国随一の美人だろう。それならば、そこの男でも心を動かされて、らしくない行動を取ってもおかしくはない」

「…………ふむ」

 

 ひょいざぶろーの言葉に、めぐみんは少し考え込む。

 ……いや、そんな真面目に考えるようなことじゃねえだろ。普通に考えれば、お前の親父さんが頭おかしいこと言ってるだけって分かるだろうが。

 

 そんな俺の呆れた視線に気付いていないのか、めぐみんは小さく頷くと。

 

「…………なるほど、一理ありますね」

「ねーよ!!! 誰がお前みたいな色気もクソもない、爆裂狂の貧乳ロリの為に駆け落ちなんざするか!!! というか、お前が国随一の美人? …………ふっ」

「鼻で笑いましたね!? 私は体付きこそ貧相ですが、顔に関してはそれなりだと思うのですが! 少なくとも、そこら辺にいくらでもいそうな冴えない普通の顔をした先生に笑われる謂れはないはずです!!」

「う、うるせえな普通で悪かったな!! 人間大事なのは顔じゃなくて中身なんだよ!! 確かにお前はそこそこ可愛いが、中身が壊滅的だから女としてはアウトだアウト!! お前は将来、若い頃は爆裂魔法で思う存分暴れまわったものの、それが災いして嫁の貰い手がいなくて行き遅れ、涙目で一人寂しく生きていくってオチだろうよ!!!」

「そそそそそんな事ないですから!! わ、私くらい美人なら、嫁の貰い手くらいいくらでもいますから!!! 大体、何が大事なのは中身ですか!! そんな事言ったら先生は、外見も大したことないくせに中身でカバーできるわけでもない……むしろ中身の方が酷い、救いようのないダメ男という事になりますが!!!」

「おいふざけんなよお前!!!!! そういう人が気にしてる事ズバズバ言ってんじゃねえぞコラァァあああああああ!!!!!」

 

 何だか今日はコイツとはケンカしてばかりだ。……いや、いつも結構やりあってるが、今日は特に多いというだけか。まぁ、単に一緒にいる時間が長いと、それだけケンカも増えるということだろうが。

 

 ひょいざぶろーの方は、そうやってケンカしている俺達を見て、複雑そうな表情をしていた。

 

「……ケンカしている割には、手はしっかり繋いでいるのだな」

「えっ、あ……まぁ、これは先生のいつものセクハラです。このくらいならまだ可愛いものなので、仕方なく許してあげているだけですよ」

「はぁ!? せっかく人が引っ張って逃げてやろうかと思ってたのにそれかよ! そっちだって握り返してきたくせに!!」

「そ、それは、先生は私の冒険者カードを持っているわけですし、念の為に近くに置いておきたいだけですよ! いつ諦めてカードを差し出すか分かりませんし!!」

「……本当に、めぐみんは冒険者カードをその男に預けているのか……母さんから聞いてはいたが、実のところ半信半疑だったのだが……」

 

 ひょいざぶろーは更に複雑な顔で、こちらを見てくる。

 これはチャンスかもしれない。

 

「俺がめぐみんのカードを預かっているのには理由があるんです! さっきめぐみんが言ったじゃないですか、ひょいざぶろーさんは奥さんに妙なことを吹き込まれてるって! 本当は、めぐみんが爆れ」

「もはや娘は自分のカードすら預けられる程に、この男のことを…………くっ、だがワシは認めんぞ!! カズマ! お前もウチの娘が欲しいのなら、定番の『娘さんを僕にください!』くらい言ったらどうだ!!」

「いらねえよこんなの!!! 話聞けよ!!!」

「こ、こんなの!? あ、あの、いくら何でもその言い方はあんまりだと思うのですが!!!」

 

 何やらめぐみんがショックを受けているが、今はそれどころではない。

 俺は何とかひょいざぶろーを説得しようと再び口を開こうとするが、ひょいざぶろーは片手を出してそれを制止して。

 

「……分かった。先程から何か話も噛み合わんし、ゆっくりと腰を落ち着けて話そうか」

「あ……は、はい! それがいいです! そうしましょう!!」

「よし、では家に行こうか。母さんも待っている」

「「えっ」」

 

 ようやくまとまりそうな空気になってきたと思ったら、ひょいざぶろーが不穏な事を言ってきた。ま、またあの人の所に行くとか、激しく嫌なんですけど……。

 隣のめぐみんも似たようなことを思っているのか、苦々しい表情でこっちをちらちらと見てくる。

 

「あー……その、まずは奥さん抜きで話しませんか……?」

「ダメだ。どちらか一方の話ではなく、両方の話を聞いてどういう事なのか確かめたい。なんだ、母さんがいると何か不都合でもあるのか?」

「お、お母さんはほら、ちょっと何やるか分からない所があるじゃないですか。もし私達が家に戻ったりしたら、出合い頭に睡眠魔法を使ってくる可能性も……」

「はっはっはっ、流石に母さんもそこまではしないだろう」

 

 いやするよ! 絶対するよ!!

 

 やっぱり、これはダメっぽい。

 ひょいざぶろーはかなり頑固だし、奥さんも交えての話し合いという所は譲らないだろう。

 …………それなら、強行手段だ。

 

 俺はめぐみんの方をちらっと見て、目で合図する。めぐみんも俺の言いたい事は大体伝わったのか、小さく頷いてくる。

 

 直後、俺は手を突き出し、叫ぶ!

 

 

「『スティール』ッッ!!!」

 

 

 ずしっと右手に重みが伝わる。ニヤリと口元が歪む。

 手の中には、光り輝く魔道具があった。

 

 突然の不意打ちに、ひょいざぶろーはただ呆然と俺の手の中の魔道具を見ている。

 その隙に、俺はめぐみんの手を引いて走り出し、里の入り口からは少しずれた場所から森の中へと入った。

 

 少し遅れて、背後から。

 

 

「娘はやらんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」

 

 

 相変わらず勘違いしている大声が轟いた。

 もうツッコミを入れるのも面倒なので、俺は無視して手元の魔道具に集中する。これを止めてしまえば、後はテレポートで逃げればいい……と思っていたのだが。

 

 隣から、めぐみんが。

 

「それ、ロックかかってますね」

「えっ」

 

 魔道具は、何やらスライド式のパズルを解かなければ動かせないようになっていた。

 ……まぁ、これだけ大規模な魔道具なのだから、このくらいのセキュリティはあっても不思議ではない…………けど、あの人何でこんな時だけまともなんだよ!

 

 俺はすがるようにめぐみんを見て、魔道具を渡す。

 めぐみんは適当にパズルを動かしながら。

 

「……早くて15分、といったところでしょうか。一応20分は見てください」

 

 その言葉の直後、背後から雷撃が飛んできて、すぐ側にあった木に直撃し、風穴を空けてメキメキと音をたてて倒れた。

 俺は全身をぶるぶる震わせながら背後を振り返ると。

 

「娘を返せ。娘のカードも返せ」

 

 娘を奪われ、ビキビキと額に青筋を立てた父親が、目を真っ赤にさせて迫ってきていた。

 こ、こええ……魔王軍幹部よりずっとこええ……!!

 

 というか、こんなのと20分も鬼ごっこ? …………うん、無理だ。

 

「めぐみん、作戦がある。お前は自分のカードを持って、ひょいざぶろーさんの所に行くんだ。あとは、まぁ、流れに任せるってことで」

「それはつまり、私を見捨てるということですね!? いやですよ!! 普通にお母さんの所に連れて行かれて終わりじゃないですか!!!」

「うん、でもほら…………上級魔法も結構いいもんだぜ?」

「もう完全に諦めてんじゃないですか!!! まだいけます!! もうちょっと頑張ってみましょうよ!! ……え、ちょ、無言でカード押し付けてくるのやめてもらえませんか!?」

 

 絶体絶命のピンチの中。

 夜の森には、俺達のそんな見苦しいやり取りが虚しく響き渡っていた。

 



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爆裂狂の逃避行 2

 
予想以上に長くなりました……そして何とか今日中にと思ったら日付変わってこんな時間に……(^_^;)
 


 

 俺とめぐみんは夜の森を疾走する。背後からはいくつもの魔法が放たれ、体のすぐ側を通り過ぎて行き、その度に冷や汗がだらだらと流れる。

 とりあえず魔道具はめぐみんに任せて、俺はひょいざぶろーから逃れる事だけを考える。まずは姿を隠すところからだ。

 

「『ライト・オブ・リフレクション』」

 

 光を屈折する魔法によって、俺とめぐみんの姿を見えなくする。あとは潜伏スキルを使えば、そうそう見つかるものじゃない。

 

 そうやって、念の為に目立たない所に隠れて、ひょいざぶろーの様子を窺っていると。

 

「『カースド・ライトニング』!!」

 

 真っ直ぐ俺に向かって、黒い雷撃が襲いかかる!

 俺が咄嗟に身を躱すと、雷撃は後方にあった木に大きな風穴を空けてなぎ倒した。

 

「せ、先生!! 大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ、何とか……」

 

 つー、と嫌な汗が頬を伝っていく。

 今のは意図して避けたわけじゃない。モンクスキルの『自動回避』が運良く発動しただけだ。あんな不意打ち、まともに避けられるはずがない。

 

 それより、なんで居場所がバレてんだ……この潜伏コンボはそうそう破られるようなものじゃ……。

 

 そんな疑問を抱いている間にも、ひょいざぶろーはガサガサと草木をかき分け、こちらへ近付いてくる。そして、あるものが目に入ってきた。

 ひょいざぶろーのその右目には、銀色の片眼鏡がかけられていた。

 

 ひょいざぶろーは顔をしかめながら。

 

「この魔道具の前では人間だろうがモンスターだろうが、姿を隠すことはできん。…………これも邪道もいいところだが、娘のためなら」

「だからそういうの売れよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 俺は半泣きになりながら、めぐみんを引っ張って全力で逃げ出す。

 

 後ろからは怒り心頭のひょいざぶろーが、魔法をぶっ放しまくりながら追いかけてくる。

 本当に不本意ながら、いつの間にか俺とめぐみんが駆け落ちしようとして、それを追いかける父親みたいな状況になっていた。

 

 というか、この結界だって相当の魔力を使うだろうに、それに加えて上級魔法をここまで連発できるとか、どんな魔力してんだあの人。あと魔法を撃つインターバルがとんでもなく短いことから、高速詠唱にもかなりポイントを振ってる事が窺える。

 

 そんな理不尽な力に、俺は八つ当たり気味にめぐみんに突っかかる。

 

「おい、お前の父ちゃんどうなってんだよ! 商人の戦いっぷりじゃねえぞ、さっさと魔王でも何でも倒しに行った方がいいんじゃねえのあれ!?」

「ふっ、紅魔族随一の天才である私の父ですよ? 生半可な魔法使いではないのは当然でしょう。父の魔道具は入手難度の高い素材が使われることが多く、強力なモンスターと戦うこともしょっちゅうらしいので、レベルも相当なものになっていると思いますよ」

 

 そんなことをドヤ顔で言ってくるめぐみん。コイツ、もう置いていってしまおうか。

 

 紅魔族は、魔道具などの素材を集める時、ギルドを介して冒険者に依頼するということをしない。そもそも里にはギルドがない。基本的には素材も自力で調達してしまう。

 そして、紅魔族は例え商人であっても、上級魔法を使えるアークウィザードであることがほとんどで、ちょっと野菜の収穫をしてくるような感覚で一撃熊の肝を取ってきてしまう。当然、レベルも上がる。それにしたって、ここまでの強さになるのはおかしいのだが。

 

 すると、めぐみんが目を光らせて興奮した様子で。

 

「それより、先生! ヤバイです!!」

「何だよどうした! そんなにパズルが難しいのか!? 頑張れ、邪神の封印パズルも解いたお前ならきっと」

「お父さんのあの片眼鏡、ヤバイです! カッコイイです!! 先生、あれもスティールで奪ってくれませんか!?」

「いいからパズル解けえええええええええええええええええ!!!!!」

 

 こんな時でもバカなことを口走る爆裂狂に叫び返しながら、俺は必死に頭を回す。

 確かにあの魔道具を奪えば姿を隠せるようになるかもしれない……が、もうそんな隙は見せてくれないだろう。その前にやられるのがオチだ。

 

「くそっ、どうする、どうする!? おいめぐみん、どうすればいい!? お前、紅魔族随一の天才なんだろ!? 何か一発逆転の策とか思い付かねえのかよ!?」

「そ、そんなすぐには思い付きませんよ! それに、私はこのパズルに集中しなければいけませんし!!」

「ああもう、使えねえな! お前から無駄に高い知力を取ったら、もう無駄に高い魔力しか取り柄ねえじゃねえか! しかもその魔力だって、魔法を覚えてるわけでもねえから使えねえし!!」

「なにおう!? そんな事言ったら、先生こそ無駄に悪い方に回る頭がダメなら、もう本格的に取り柄がなくなるじゃないですか!! ただの変態鬼畜男になるじゃないですか!! …………あれ、でもそれって普段とあまり変わらない……?」

「おおおお俺だって他に良い所は沢山あるし! 例えば…………例えば…………まぁ、あれだ、沢山あるんだよ!!」

「思い付かなかったのですね。自分でも何も思い付かなかったのですね」

「ち、ちげえよ! 沢山ありすぎて言うのが大変ってだけで…………どわああっっ!!!」

 

 めぐみんに言い返そうとした時、俺の顔のすぐ横を、背後から飛んできた黒い稲妻が通り過ぎて行き、思わず悲鳴をあげる。

 本当に容赦がない。父親が娘のことを大切にするのは当たり前だが、いくら何でもこれは暴走し過ぎだろう。…………いや、でも俺もゆんゆんを他の男に連れて行かれたらこのくらいするか。むしろ、これ以上するかもしれない。

 

 そこまで考えて、ふと俺の頭に名案が浮かんできた。

 

「…………めぐみん、お前を背負ってもいいか? 良い作戦があるんだ。尻は出来るだけ触らないように努力するかもしれないから」

「何ですか、そのとてつもなく信用できない言い方は!! 触らないでくださいよ!? 絶対触らないでくださいよ!?」

「分かってる分かってる…………よっと」

 

 めぐみんの言葉を聞き流しながら、俺は自分に支援魔法をかけてめぐみんを背負う。

 そして、そのまま手で尻や太ももの感触を楽しんでいると。

 

「やっぱり触ってるじゃないですか!!! あ、あの、ちょっと、触り過ぎですってば!!!!!」

「不可抗力、不可抗力。お前、太ももすべすべだなー」

「何言ってんですか全然嬉しくないですよ! や、やめ……あっ……んんっ……はぁ……はぁ……いやぁ……」

「おおおおおおおおおお前変な声出すなよ!? そこまでエロくは触ってないだろ!!!」

「娘に何をしてる貴様ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ひぃぃ!!!!! ご、誤解です!! コイツが大袈裟に声出してるだけですって!!!」

 

 俺が慌ててめぐみんの足を掴み直すと、後ろで「ふっ」と小さく笑う声が聞こえてくる。

 こ、こいつ……やっぱわざとか……!

 

 後ろのひょいざぶろーは、それはもうビキビキと青筋立てまくりでブチギレ状態なのだが、俺の策が上手くいったらしく、先程までのように魔法を連発してくることはない。

 めぐみんもそれに気付いたようで。

 

「先生、何をしたのですか? お父さんが魔法を撃ってこなくなりましたが」

「そりゃ俺がこうしてお前を背負ってるから、向こうも迂闊に撃てなくなったんだろ。名付けて『めぐみんバリア』だ」

「ひ、酷すぎる……何がバリアですか、ただの人質じゃないですか……」

「う、うるせえな文句言うなっ!! それよりお前も、ひょいざぶろーさんに何か甘い言葉とかかけろよ! あの人の弱点はお前だ!!」

「甘い言葉と言われましても…………お、お父さん! 先生も結構良い所もあるのですよ!? 保健室や、私の部屋の布団の中では優しくしてくれましたし……」

「なっ……あああああ……カズマ貴様あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ちちちちち違います違います!!! ふざけんなよお前!? マジでふざけんなよ!?」

 

 いよいよ人間がやっちゃいけないような形相になったひょいざぶろーは、目をこれでもかというくらいに紅く光らせ、更に速度を上げて追いかけてくる。

 これ、捕まったらマジで殺されるんじゃないか俺……。

 

 とにかく、このままだと追い付かれる。

 今はめぐみんバリアがあるから大丈夫だが、もし引き剥がされたりしたら、その後俺がどうなるかは想像したくもない。

 

 少しすると、生い茂る木が途切れ、開けた場所に出た。紅魔族の誰かが、この辺の木を斬ったり燃やしたりしたのだろうか。

 いずれにせよ、これはチャンスだ。

 

 俺は急いで魔力ロープを取り出し、先端に鏃を取り付ける。

 

「めぐみん、俺にしがみつけ! 出来るだけ強く!!」

「ええっ!? で、でもそんな事したら色々当たってしまうというか……」

「何が当たんだよ何が! さっさとしろ振り落とされても知らねえぞ!!」

「本当に失礼ですねあなたは! 分かりましたよ! しがみつけばいいのでしょう!!」

 

 半ばやけくそ気味に俺にしがみつくめぐみん。

 それを確かめると、俺は手にしたロープに魔力を込めて、投擲スキルを使って思い切り前方へと投げた。ロープはどんどん伸びていき、遥か向こうにある木の上部に鏃が突き刺さる。

 

 直後、一気にロープを縮めると、俺達の体が浮き上がり、グンッと勢い良く鏃を刺した木へと引っ張られる!

 

「わっ!! ちょ、ちょっと、ぶつかっちゃいますって!!」

「わーってる!」

 

 このまま行くと、めぐみんの言う通り木に突っ込んでしまうので、ある程度木が近付いてきたところでロープを縮めるのを止める。後はここまでについた勢いに任せ、俺は無事、鏃を撃ち込んだ木の近くに着地する。背中のめぐみんもちゃんとしがみついている。

 

 この跳躍はひょいざぶろーも予想していなかったのか、遥か後方で唖然として立ち止まっているようだ。その隙に俺は素早くロープを回収して、再び走り出す。

 

 背中では、めぐみんが弾んだ声で。

 

「あ、あの、先生! そのロープ、今度貸してもらえませんか!? 魔力を込めれば使えるのでしょう!?」

「ロープなんて何に使うつもりだよ……もしかしてそういう趣味でもあんのか? ゆんゆんを縛ってイケナイ事でもする気か?」

「私のこと何だと思ってんですか!!! そんな趣味ありませんよ!!! それにゆんゆんとも、そんな関係でもありません!!!」

「え、でもお前とゆんゆん、いつも一緒にいて百合百合しいとか言われて怪しまれてるぞ?」

「ええっ!? わ、私達そんな風に思われているのですか!? 誰がそんなふざけた事を言っているのですか!!」

「ふにふらとかどどんことか」

「分かりました、その二人は後でとっちめます。違いますよロープを貸してもらいたいのは、先程みたいにビュンビュン飛んでみたいのです!!」

「ダメだダメだ、普通にあぶねーから。下手すれば大怪我するぞ」

 

 確かにこのロープを使えば機動力は上がるのだが、かなり無茶な動きをするので、基本的には支援魔法を始めとした様々なスキルと併用することがほとんどだ。つまり、子供のオモチャにできるようなものではない。

 

 背後を確認すると、先程あれだけ差を付けたにも関わらず、ひょいざぶろーが凄い勢いでどんどん差を縮めてきていた。

 俺はそれを見て焦って。

 

「お、おいパズルは!? まだ解けねえのか!?」

「まだ少しかかります、五分といったところでしょうか。後でロープで遊ばせてくれると約束してくれるのなら、もっと早く解けるかも……」

「よし分かった、後でとは言わず今遊ばせてやるよ。自分自身を弾にした人間パチンコとかどうだ? 着地とかその辺は自分で何とかしろよ」

「ぐっ……わ、分かりましたよ、解けばいいのでしょう解けば……」

 

 めぐみんはブツブツ文句を言いつつも、パズルの方に集中する。

 

 木が多い場所では、ロープを使った長い跳躍は使えない。短い跳躍を連続させる事は可能だが、それは魔力消費が激しく長くは保たない……が。

 

 ここで俺の運の良さが発揮されたのか、前方にまた開けた場所が見えてきた。思わずぐっと拳を握る。

 ただ、一つ不安要素もある。ここまでかなりスキルを使っていて、そろそろ魔力が心もとない。

 

 ……よし、ここは。

 

「悪いめぐみん、魔力がキツくなってきた。少し吸わせてくれ」

「いいですけど……そのスキルって体力も吸ってしまうのではなかったですか? 私、魔力には自信ありますが、体力は全然なので吸い過ぎないでくださいよ? すぐ気絶しますよ、たぶん」

「分かってる、その辺りは調整しつつ吸い過ぎないようにもするから安心しろ人間マナタイト。俺だってここでお前に気絶されたら困る」

「分かりました、お願いしますよ…………今私のこと何て呼びました?」

「将来有望な美人魔法使いって呼んだよ」

 

 適当にそう答えると、俺はめぐみんから魔力を補給する。本当はもっと吸っておきたいところなのだが、これ以上はめぐみんの体力的にマズイだろう。

 これが体力も魔力も高い人なら本当に人間マナタイトとして機能するんだけど、どっかにいないもんかねー。美人ならなおよし。

 

 俺から魔力を吸われためぐみんは、ぐでっと俺の肩に顎を乗せて。

 

「うぅ、ダルいです……パズルとかやる気なくなってきました……」

「が、頑張ってくれよ……そのくらい月一のアレと比べたら大したことないだろ?」

「それはそうですが…………あの先生、そういう事軽く言うのやめてもらえます? 今度ゆんゆんに、その月一のアレがこないって言いますよ。先生の方をちらちら見ながら」

「ごめんなさい俺が悪かったです」

 

 そんなバカなやり取りをしている内に、開けた場所に出る。

 俺は先程と同じように、先端に鏃の付いたロープを取り出し、向こう側の木へと撃ち込む。

 

 ここで飛べば、後ろのひょいざぶろーとはまた差を付けられ、それでめぐみんがパズルを解き終えるまでの時間は稼げるだろう。

 そんなことを思いながら少し安心して、ロープに魔力を込めて跳躍した……その時。

 

「『ライト・オブ・セイバー』」

 

 振り返ると、そこにはとんでもない長さの光の剣を、横に構えるひょいざぶろーがいた。

 ……え、ちょ、そのままぶった斬る気か? いやいや、めぐみんごと斬るわけがない……というか、やけに姿勢が低いような……。

 

 と、そこまで考えた時、ひょいざぶろーは光の剣を横に一閃した!

 

 『ライト・オブ・セイバー』は全てを斬り裂く上級魔法。強力な大魔法使いが使えば、魔王城の結界ですら斬り裂いてしまうその斬撃は、飛んでいる俺の下を通って行き。

 

 前方の、俺が鏃を撃ち込んだ木を、根本の部分から斬り飛ばしていた。

 

「うおおおおっ!?」

 

 当然、そこに向かってロープに引っ張られていた俺の体勢は空中で崩れる。

 慌ててロープを離すも、既に崩れきった体勢を整えることはできず。

 

「へぶぅぅっ!!!!!」

 

 見事に顔面から地面に墜落することとなった。

 背中のめぐみんは俺をクッションして無傷だ。たぶんひょいざぶろーもここまで計算していたのだろう。

 

 俺は思い切り鼻を打って若干涙目になりながらも、何とか起き上がろうとする。

 そんな俺の背中では、めぐみんが小さく震えているのを感じる。

 

 そこまで怖かったのだろうか……と思っていたら。

 

「せ、先生……思い切り顔からいきましたね……へぶぅぅって…………ぶふっ」

「笑ったな!? 笑いやがったなテメェ!? つーか、さっさと下りろよ重いんだよ!!」

「なっ、し、失礼な! 私は重くなんかないですよ、クラスの中でもスリムな方ですから!!」

「スリムだろうが何だろうが重いもんは重いんだよ! あと背中にお前の肋骨がゴリゴリ当たって痛いんだよ!!」

「肋骨!? 女性に向かって肋骨が痛いとか言いましたか!? おかしいでしょう他にも当たるものがあると思うのですが!!! ほら、よく確かめてくださいよ、ほら!!!」

 

 そんな感じに、地面に倒れ込んだまま言い合っていると。

 ざっと、すぐ近くで足音が聞こえた。

 

「……娘に胸を押し付けられて何を喜んでいる」

「よよよよ喜んでないですよ!? そもそも押し付けられる胸がないです!!」

「ありますって!! ちゃんと確かめてくださいよ!!!」

「おいバカやめろ!!! お前の父ちゃんが凄い顔になってるから!!!」

 

 こんなバカなことをやっているが、実際のところ本当に絶体絶命だ。

 すぐ近くにはひょいざぶろー、俺の残り魔力は上級魔法を一発撃てるかどうか。それに、この倒れている状態から何かアクションを起こすとなると、どうしてもワンテンポ遅れてしまう。明らかに不審な動きをすれば、すぐに無力化されてしまうだろう。

 

 考えろ……何かないか。スキルでも魔道具でも何でもいい、この状況を打開できる何か……。

 

「…………あっ」

 

 その時、近くに落ちている“それ”を見て、俺は思わず声を漏らしていた。

 おそらく、俺が地面に落とされた時に、一緒に懐から落ちたのだろう。

 

 上手くいくかは分からない。でも、賭けてみる価値はある。

 というか、今はこれくらいしか思い付かない。

 

 俺はそれに手を伸ばした。

 つい先日、授業で使って何となくそのまま持っていた……今の今まで、持っていることすら忘れていた“それ”に。

 

「……ひょいざぶろーさん。これ、何だか分かりますよね?」

「それは……」

 

 ひょいざぶろーは俺が持っている魔道具を見て、足を止めた。

 この人もセンスこそおかしいが、一応は魔道具職人だ。一目でこれが何なのか分かってくれたようだ。

 

 だから、俺がこの魔道具と連動する魔法を辺りに展開しても、何もしてこない。この魔道具が、相手を攻撃するようなものではないと分かっているからだ。

 

 そして、俺は宣言する。

 

「俺達は、駆け落ちするつもりなんて全くありません!!」

 

 その言葉を聞いたひょいざぶろーの視線は、俺には向いていなかった。

 ただ、俺が持っている“それ”を、穴が空くほど見つめている。

 

 

 “それ”…………嘘を見抜く魔道具は、何も反応を見せなかった。

 

 

***

 

 

 森の中の開けた広場で、俺とめぐみんは正座して、あぐらをかいているひょいざぶろーと向き合っている。

 

 魔道具の動作確認などをしてから、俺達はひょいざぶろーに今まであった事を正直に話していた。

 めぐみんが爆裂魔法に魅せられ、習得しようとしていること。奥さんがそれを知って、カードを取り上げようとしていること……等々。

 

 ひょいざぶろーはしばらく何も言わず、ただじっと俺達の声に耳を傾け、やがて重苦しい声で。

 

「……めぐみん。爆裂魔法を極めるというその道、決して後悔しないと誓えるか?」

「誓います」

 

 そんなめぐみんの即答に、ひょいざぶろーは満足そうな笑みを浮かべて頷いた。

 

「良い返事だ。よし、それならばワシが止める理由など何一つないな!」

「あ、あっさりだな…………あの、ひょいざぶろーさん。こんな事しといて何ですけど、親としてはもっと色々葛藤すべきなんじゃ……」

「何を言っている。自分の信じた道を歩まずして何が人生だ。例え周りからは決して理解されずとも、ただ己の信念に基づいて突き進むその姿勢、実に見事。流石はワシの娘だ!」

「ふっ、お父さんなら分かってくれると思っていましたよ。さぁ、共にあのわからず屋の母をとっちめようではありませんか!!」

「えっ、い、いや、その……なんだ…………本気になった母さんは、恐ろしいというか……」

「ええっ!? ちょ、肝心なところでヘタれましたよこの父は!! しっかりしてくださいよ、せっかくそんないかつい顔をしているのですから、もっと亭主関白な感じでガツンと言ってやってもいいではありませんか!!」

 

 めぐみんは父の襟元を掴んで揺さぶっているが、ひょいざぶろーの方は娘の方を真っ直ぐ見ることも出来ず、視線を泳がせている。

 ……いや、分からなくもないけどさ。奥さん、すげえ怖かったし。

 

 ただ、ひょいざぶろーも逃げられないとは思っているのか、やがてめぐみんのことを気まずそうに見ながら。

 

「……わ、分かった。一応説得だけはしてみよう。だがその間、めぐみんは冒険者カードを持ってどこかに隠れていた方がいい。…………カズマ」

「は、はい」

 

 ひょいざぶろーは急に真剣な表情で俺のことを見てきて、俺も自然と背筋を伸ばす。

 

「お前は教師として、娘と娘のカードは何があっても絶対に守ると誓えるか?」

「誓います」

 

 魔道具は反応しない。

 

 隣でめぐみんがぼーっとこっちを見てきているが、今は気にしている余裕はない。ひょいざぶろーからの言葉に、心から答える必要があるからだ。

 

 ひょいざぶろーは俺の返事に、一度だけ深く頷くと。

 

「……悪かった、カズマ。ワシはお前のことを誤解していた。普段はどうしようもない事ばかりするお前だが、生徒のことを大切に想い導いてくれる、立派な教師だ」

「…………ど、どうも」

 

 な、なんだろう、珍しくこの人に褒められてるんだけど……なんか恥ずかしい!

 俺は恥ずかしさを誤魔化すように一度咳払いをして。

 

「とりあえず、今日は王都に泊まろうと思ってるんですけど、それでいいですか? 奥さんの説得はひょいざぶろーさんに任せますけど、こっちもこっちで、一応手は考えてあるんです」

「あぁ、頼む。念の為に確認しておくが、本当に娘をどうこうする気はないのだな?」

「えぇ、大丈夫です。俺にとってめぐみんは大事な教え子ってだけで、女としては本当に全くこれっぽっちも意識していないんで、安心してください」

 

 当然、魔道具は反応しない…………が。

 めぐみんは俺にジト目を向けてきており、ひょいざぶろーもビキビキと青筋を立て始めて。

 

「き、貴様ああああああああああああああああ!!! ワシの娘が女として魅力がないとでも言う気かあああああああああああああっ!!!!!」

「はぁ!? えっ、ちょ、何でキレていでででででででででででで!!!!! じょ、冗談です、娘さんのことは女として意識しまくってます!!!」

 

 その言葉にチリーンと魔道具が鳴り、俺を掴むひょいざぶろーの手に更に力が込められる。どうしろってんだよこれ!

 

 そうやってしばらく俺に掴みかかっていたひょいざぶろーは、突然何かを思い付いたらしく、若干顔を引きつらせて俺から手を離した。そして、後ずさって距離を取る。

 今度は何だ、嫌な予感しかしないけど……。

 

「ま、まさか貴様、普段あれだけセクハラ三昧なのはカモフラージュに過ぎず、本当は女ではなく男を……」

「おいふざけんな!!! 何ぶっ飛んだこと言い出してんだアンタ、俺はノーマルだっつの!!!!! 魔道具見ろ魔道具!!!」

「では何故娘を女として見ないのだ!! これ程の美人、中々いないだろう!!!」

「アンタは娘を取られたいのか取られたくないのかどっちだよ! あとコイツの顔が良いのは認めるけど、まだガキだろガキ!! 俺は子供は嫌いじゃないけど、そういう対象で見るようなロリコンじゃねえんだよ!!!」

「さっきから黙って聞いていれば何なのですか!! 人のことをガキガキと、先生だって体はともかく内面はまだまだ子供じゃないですか!!! ちょっと良い事した時も、恥ずかしがって変に悪ぶったりふざけたりしますし、おまけにその年でまだ人を好きになる気持ちも分からないとか……」

「ぐっ……お、お前よりはマシだろ! お前なんて年中食う事と爆裂魔法の事しか考えてなくて色気なんざ皆無だし!! つーか、俺は漠然と彼女欲しいなーくらいは思うけど、お前の場合それすらねえだろ!! どうせその内、『爆裂魔法が恋人』だとか言い始めんだろうよ!!!」

「いくら何でもそこまで女捨ててませんよ私は!! それに、まだ恋とまでは言えないかもしれないですが……その、私にだって、少しはそういう気持ちが……えっと……ないわけでもないですし……」

 

 めぐみんは若干頬を染て、もじもじとそんな事を言ってきた。

 ハッタリだ。この爆裂狂が恋? HAHAHA。

 

 そう思って、俺はひょいざぶろーと一緒に視線を魔道具に移して…………それが反応していない事に気付いた。

 

 …………。

 辺りに一瞬、静寂が訪れたあと。

 

「……え? マ、マジで? お前……こ、恋とかしちゃってんの……?」

「い、いえ、ですから、まだ本当にそうなのかは分かりませんし、ただ、何となくそれっぽい気持ちが、ですね……」

「だだだだ誰だ……ワシの可愛い娘にちょっかい出した男は誰だ……!?」

「お、お父さん、落ち着いてください。それを知ってどうするつもりですか」

「……なに、そんなに心配することはない。少し話して殺……あー、いや、その相手がどのような人柄なのかを見て殺……ごほん、お前が幸せになれるような男なのかを見極めて殺…………とにかく、誰なんだ、言ってみなさい」

「言いませんよ、絶対言いませんよ。殺意が駄々漏れですって」

 

 そんな二人の会話を眺めながら、俺は少し考える。

 めぐみんの場合、まず好きになるくらいに男と関わる機会自体がそれ程ないはずだ。候補はかなり絞られてくる。

 

 とりあえず、普通に考えて一番ありえるのは俺だ。

 だってそうだろう、俺はめぐみんに対してそれなりにカッコイイ所も見せている…………と思う。少なくとも、ただの変態教師だとは思われていない…………はずだ。そ、そうだよな?

 

 しかし、ここで素直に“めぐみんは俺の事が好き”という結論に飛び付くほど、俺もバカじゃない。

 何せ、相手はこれまで色気なんてほとんど見せてこなかった爆裂狂だ。何か裏があると見るのが妥当だろう。

 嘘を見抜く魔道具は反応していなかったから、気になる相手自体は本当にいるのだろうが、『その相手は先生ですよー』みたいな空気を出しておいて、いざ確認してみたら『えっ、違うんですけど。ちょっとナルシスト入ってて気持ち悪いんですけど』などと言ってきて大ダメージを与えてくる可能性も十分考えられる。

 

 ふっ、俺を舐めるなよめぐみん。そんな手に引っかかる程、俺はちょろい男ではないのだ。ここはズバリ本命を言い当てて、お前を焦らせてやるぜ!

 

 俺以外でめぐみんと関わりの深い男と言えば。

 

「…………ぶっころりーだろ」

「えっ」

「なっ……靴屋のせがれか!! 確かにあの男は、めぐみんからすれば幼馴染で親交も深い……」

「はい。それにアイツ、少し前にそけっとに『将来結ばれる相手』を占ってもらったら、水晶球に誰も映らなかったらしくて。それでかなり凹んでましたから、そけっとの事は諦めて身近な攻略しやすそうな相手を狙い始めた……と考えても不思議ではありません」

「なるほど、話を聞く必要はありそうだな。今からでも、とっ捕まえて拷問を……」

「待ってください違いますよ! ぶっころりーではありません! 早まらないでください、そんな事で父が逮捕されるとか、とても恥ずかしいので!!」

「そんな事とは何だ、娘の一大事だぞ! ワシはその相手を知ってぶっ殺さなければならん!」

「もう隠す気もないのですね! 普通にぶっ殺すとか言いましたね!」

 

 ……あれ、ぶっころりーが違うってなると、もう他にめぐみんと関わりの深い男なんて……いや、何もその相手と関わりが深いとは限らないのか? 世の中には一目惚れってのもあって、コイツだって爆裂魔法に一目惚れしたようなもんだし……うーん……。

 

 しかし、やっぱり普通に考えると俺…………ちょっと待てよ。

 例え本当にそうだったとしても、ここでそれをハッキリさせるのはマズイんじゃないか。というかマズイだろ。ひょいざぶろーは俺を教師としては認めてくれたらしいが、娘を誑かしたロリコンだと認識したら、結局ぶっ殺されそうだ。

 

 俺は背筋に寒いものを感じながら。

 

「……え、えっと、ひょいざぶろーさん。そんな強引に聞き出すことでもないんじゃないですか、こういう事って……」

「むっ、しかし、娘を誑かす男など放っておけるわけが……」

「……あの、お父さん。こういう事をしつこく聞いてくる父親って……正直かなりウザいです」

「ぐっ!!! …………し、仕方ない、その事は一時保留にしておこうか」

 

 やはり娘からのキツイ一言は効くのか、何とか引き下がってくれた。

 

 それから、結界の魔道具のパズルを解いためぐみんによって結界は解かれ、三人でこれからの事を少し話し合った後、ひょいざぶろーは奥さんを説得するために里へとテレポートする。

 俺もめぐみんを連れて王都にテレポートしようとして。

 

「……そういや、もう魔力あんま残ってないんだった……。どうすっかな、マナタイト……いや、このくらいならそこら辺のモンスターから適当に吸って……」

「あ、あの、先生」

 

 俺が悩んでいると、めぐみんがモジモジと何か言い難そうに話しかけてくる。

 

「なんだよ便所か? 悪いけどその辺で」

「違いますよ! そうじゃなくて…………先程の話なのですが」

「先程のって……あぁ、お前の好きな相手ってやつか?」

「す、好きだって決まったわけではないですけどね! ただ、何となく、ちょっといいかも……ってだけです!!」

「分かった分かった、安心しろ聞かねえよ。恋でも何でも、俺の知らない所で好きなだけ青春を謳歌してろよ」

「…………先生は、その、本当は薄々気付いているのではないですか……?」

 

 めぐみんは顔を赤くさせながら、こっちをちらちらと窺っている。

 ……もう、いよいよ俺しかありえないんじゃないのかこれは? でもここまであからさまだと、それはそれで罠のようにも…………いや、ここは確認しとくべきだ!

 

「あー、めぐみん。一応聞くけど……」

「ま、待ってくださいやっぱりいいです! 何度も言ってますが、この気持ちはまだ曖昧なものですから!! だからいいです、もうこの話はやめましょう!!」

「……お、おう、そうだな……そうしよう……」

 

 めぐみんの勢いに押されて、俺も大人しく引き下がることにする。

 まぁでも、ここであまり踏み込みすぎると、これからの付き合いにおいて若干気まずいことになりそうだ。ゆんゆんの場合は、妹ということもあってブラコンとかそういう事で収まってはいるが、めぐみんだとそうもいかない。

 

 世の中には謎のままにしておいた方がいいこともある……という言葉は誰のものだったか。かなり昔に聞いたような言葉だが、この事に関してもそういうものだという事にして、曖昧なままにしておこう。それが一番だ。

 

 そう、結論付けて次の行動を考えようとした…………その時だった。

 

 ゴゴゴッ! と鈍い震動が辺りに伝わる。

 

「っ!! めぐみん!!」

「きゃっ! な、なにを……」

 

 俺がめぐみんを突き飛ばすとほぼ同時。

 

 先程までめぐみんが立っていた地面から、身の毛もよだつ巨大ミミズが這い上がってきた!

 太さは直径一メートル、全長は五メートルはあろうか。

 

 めぐみんは、突き飛ばされたことでミミズにパックリいかれることはなかった。

 

 しかし、代わりに突き飛ばした俺の方が、勢い良く飛び出してきたミミズに弾き飛ばされた!

 

 その瞬間、とんでもない激痛が全身に響き、視界が激しくブレる。

 俺の体は為す術なく空中へと舞い上げられ、地面に落ちた後もしばらく勢い良く転がり続け……やがて止まった。

 

「先生!? だ、大丈夫ですか先生!!」

 

 これには流石のめぐみんも、本気で切羽詰まった声をあげる。

 

 それに対して余裕そうな表情を浮かべて、「大丈夫、心配するな」とか格好良く言いたいところだが、残念ながらそんな余裕はない。

 全身超いてえ……血もドクドク出てるんですけど……右腕だけやけに痛みがないなと思ったら感覚自体なくなってるんですけど……たぶん折れてるんですけどこれ……。

 

 もう泣きたくなってくるが、いつまでも寝ているわけにはいかない。

 俺は朦朧としていた意識を無理矢理覚醒させ、フラフラと何とか立ち上がる。

 

 俺としたことが、完全に油断した。ひょいざぶろーと和解できた事に、安心して気が抜けていたのだろう。

 

 突然飛び出してきた巨大ミミズ……ジャイアント・アースウォームは、本来であれば図体だけの雑魚モンスターでしかない。しかし、紅魔の里周辺に出現する個体は強力に進化している。通常種と比べて動きが断然速い上に、本来柔らかいはずの体表に地中の鉱石類をまとって驚きの硬さを手に入れているのだ。

 ちなみに、この鉱石類は良い武器の素材になり、倒した後に採掘すると中々の稼ぎになったりもする。規模は違うが、宝島と呼ばれる甲羅に貴重な鉱石類を蓄えた超大型カメ、玄武と似たようなものだ。

 

 俺は吹っ飛ばされたことで、巨大ミミズとの距離は少し開いている。そして、めぐみんとも。

 巨大ミミズは目のない頭部を、近くにいためぐみんへと向け、グパッとピンク色の大口を見せた。

 

「ひっ!!」

「おいめぐみん! めぐみん!!」

 

 そのグロさに、めぐみんはすっかり縮み上がっており、俺の声が届かない。

 まぁ、このままパックリいかれても、このモンスターには歯があるわけでもなく消化液もそこまで強力でもないので、すぐに『ライト・オブ・セイバー』なんかで鉱石ごと体をズバッとしてやれば、一応助けられる。

 

 ……と言っても、モンスターに捕食されるなんてトラウマになってもおかしくはない。粘液まみれになった美少女というのも、それはそれでエロいのかもしれないが、あいにく俺はロリコンではないので、めぐみんがそんな事になっても特に反応はしない。

 

 俺は魔力ロープを投げて、魔力を込めてめぐみんに向かって伸ばしていく。

 めぐみんの視線は巨大ミミズに固定されていて、ロープに気付く様子はない。だが、別に気付かなくても構わない。

 

 ロープがめぐみんの元へと着くと、俺はぎゅっとそれを握りしめ。

 

「『バインド』ッッ!!!」

「きゃあああっ!! えっ、な、なんですか……!?」

 

 突然ロープによって拘束され、めぐみんはようやくミミズから目を逸らして、自分に巻き付いているロープを見て目を丸くする。

 直後、俺は魚でも釣り上げるかのように、ロープを引っ張り上げると同時に魔力を込めて一気に縮める。めぐみんはされるがままにこちらへ飛んでくる。

 

 やがてドンッという衝撃と共に、俺はめぐみんを受け止める。

 人一人にしては衝撃自体は少ない方ではあるのだが、ボロボロの体にはかなり響く。全身にビリビリと鋭い痛みが走った。

 

「いってえ!! やっぱ肋骨いてえよお前!!」

「ご、ごめんなさい……肋骨女でごめんなさい……」

「えっ……あ、いや……じょ、冗談だ冗談! や、やめろよそんな反応されると、俺がただの最低男みたいじゃねえか……」

 

 こんな普通に申し訳無さそうな反応してくるとは思わなかった……ちょっとふざけて、めぐみんを安心させようかと思ったのに…………こんなやり方しか出来ないのが悪いな、うん……。

 

 巨大ミミズはすぐにこちらを向き、凄い勢いで迫ってくる。この手のモンスターは、目がない代わりに音や体温を感知して襲ってくる。再び、そのピンク色の口が大きく開かれた。

 それを見て、めぐみんが涙目で抱きつく力を強める。

 

「ひぃぃ!! せ、先生!! 強くて格好良い先生!! 早くあれをやっつけてください!!!」

「いや無理。魔力もあまり残ってないし、この体だし」

「ええっ!? な、なんでそんなあっさりとしているのですか、それって絶体絶命というやつなんじゃないですか!? あ、そ、それなら私から魔力を吸ってください!」

「いや、これ以上吸うとお前の体力が危ないって…………まぁ、そんなに不安がるなよ。パクッと丸飲みにされても、もしかしたらブリッとケツから出られるかもしれないだろ?」

「嫌ですよ!!! というか、その前に窒息死するでしょう普通に!!! ほ、本当にもうダメなのですか!? 食われるしかないのですか!?」

 

 めぐみんはいよいよガタガタと震え始める。

 俺は返事代わりに、懐からあるものを取り出した。

 

「安心しろって、魔法使いの必需品くらい持ってる」

「あっ……!!」

 

 魔法使いは魔力が無くなったら役立たずもいい所だ。

 だからこそ、魔法使い達は万が一の時の為に、魔力が尽きたとしても戦える手段を残しておく。

 

 俺は素早く魔法の詠唱をすると、手に持っているアイテムを強く握りしめた。

 使用する魔力を肩代わりしてくれるアイテム、マナタイトだ。

 

 迫り来る巨大ミミズを真っ直ぐ見据え、俺は叫ぶ!

 

 

「『テレポート』ッッ!!!」

 

 

***

 

 

 夜の王都を、俺はめぐみんと二人で歩いている。

 隣のめぐみんは、ちらちらと俺の方を不安そうに見て。

 

「大丈夫ですか、先生? やっぱり肩貸しますって」

「大丈夫だって。お前だってドレインで体力吸われてるんだから、無理すんな」

 

 そう言って格好つけてみるが、正直結構辛い。血はある程度止まってくれたのだが、全身の痛みは全然引く気配はない。

 

 周りの住人達も、心配そうな表情をこちらに向けてはくるが、こういう傷だらけの冒険者が街を歩いているというのはそこまで珍しいことでもない。特にここ王都では、高難易度のクエストで大怪我して担架で運ばれている冒険者というのもよく見る。

 

 とは言え、こうやってめぐみんに本気で心配されるというのも何だかむず痒いので、話題を変えてみることにする。

 

「それより、どうだったよさっきの俺は。身を挺して生徒を守る……まさに教師の鑑みたいな人間じゃね。もうただの変態教師だとかは言わせないぞ、学校に戻ったらちゃんと俺の武勇伝を皆に伝えるんだぞ」

「……ふふ、今更そんな事しなくても、あなたが良い先生だって事くらい皆分かっていますよ。この間の勇者候補の人の一件で分かったでしょう?」

「あー……そうだったっけ。もう忘れちまったよ、俺は過去には囚われないタイプだしな」

「照れ隠しですね」

「照れ隠しじゃねえし!」

 

 ぐっ、こ、こいつ、年下のくせにニヤニヤと余裕そうな顔しやがって!

 俺は大袈裟に咳払いをすると。

 

「しっかし、お前もああいうグロいモンスターは普通に苦手なんだな。ゆんゆんがああいうの苦手なのはよく知ってるけど、何となくお前は、どんなゲテモノでも顔色一つ変えないイメージがあったんだけど」

「いい加減先生には、私のこと何だと思っているのか詳しく聞きたいですね。分かっていないようなら言っておきますけど、私、12歳の女の子なのですが」

「普段の言動が言動だからなお前……まぁでも、巨大ミミズに怯えて、涙目で俺にしがみついてくる姿は結構新鮮で可愛かったな」

「うっ……わ、私が魔法を覚えれば、あんなミミズ怖くも何ともないですけどね! ……な、何ですかその目は! 本当ですよ!!」

「はいはい……なんだ、意外と大丈夫そうだし、もっと勿体つけて、怯えるめぐみんを楽しんでからテレポートしても良かったな……」

「なっ、そんなこと考えていたのですか!? そういえば、マナタイト持っているならもっと早くテレポートしてしまえば良かったじゃないですか!!」

「いや最初にミミズに襲われた時は、本当に余裕がなかったんだって。いきなりだったし、詠唱してる時間もなかったし。ただ、お前を回収した後に、少し勿体つけてお前の様子を楽しんだってだけだ。まぁ、そんなに気にすんなって、ギリギリのところでテレポートで逃げるって紅魔族っぽいじゃん」

「普段は紅魔族のお決まりなんて無視しまくってるくせに、こんな時だけそんなことを言われても! 本当に先生はどんな時でもろくでもない事ばかり考えますね! ちょっとカッコイイとか思った私の気持ちを返してほしいですよ!!」

 

 そうやってぎゃーぎゃー騒いでいるめぐみんに、俺は少し安心する。

 これだよ、これ。俺達の間に甘酸っぱい空気なんていらん、こうしてバカなことを言い合ってるのが一番落ち着く。

 

 そこで、めぐみんはふと思い出したように。

 

「そういえば先生、マナタイトはまだあるのではないですか? それを使って回復魔法で傷を治せばいいのでは」

「やだよ、マナタイトだって安くないんだぞ。特に俺が常備してるのは上級魔法用の上質なマナタイトだし。今日はもうテレポートで一つ使っちまったから、もう使いたくねえ。正直歩くのも辛いけど、教会まで行って回復魔法かけてもらう方が安上がりだ」

「ど、どれだけお金への執着心が強いのですか……なんだか段々と心配する気が失せてきたのですが……」

「それよりめぐみん、この折れた腕なんだけどさ、これだけ魔法を使わずに自然治癒に任せたら、治るまで愛しの妹が手取り足取り世話してくれないかな? ちょうど利き腕だし」

「さっさと魔法で治せと怒られて終わりでしょう」

 

 もはやめぐみんは先程までの心配そうな表情はどこへやら、すっかり冷めた目でこちらを見ている。……この目に安心するのは、別に俺がそういう性癖に目覚めたとかいう事ではないはずだ。

 

 そのまま俺達が教会に向かって歩いていると、知り合いの冒険者なんかが話しかけて来る。

 

「お、なんだどうしたよカズマ! お前がそんなボロボロになってるなんて珍しい。いいな、お前のそういう姿見ると、なんかスカッとするわ!」

「もしかして、その紅魔の子に手を出そうとしてこっ酷くやられたのかー? なんだよ、お前ロリコンではないとか言ってたくせに、やっぱそういう趣味もあるんじゃねえか」

「ねえカズマ、あたしが回復魔法かけてあげよっか! ただし、相場の数倍でね! あはは、あんたがいつもやってる手でしょー?」

 

 こ、こいつら……後で覚えてやがれよ……!

 冒険者からすればこうやってボロボロになるのは日常茶飯事なので、このくらいの怪我では心配なんてしてくれない。俺の普段の行いも相まって、こうやってからかわれるのが普通だ。

 

 しかし、まだそういった事を分かっていないめぐみんは、むっとして。

 

「何なのですかあなた達は、先生は私のことを守って怪我をしたのですよ! そんな先生のことを笑うなんて、この私が許しません! それ以上言うつもりでしたら、私にも考えがあります!!」

 

 めぐみんはそう言って、紅い目を光らせる。

 さっきまでこいつも俺のことをろくでもないとか散々言っていたはずなのだが、他人が言うのは許せないとかそういうものなのだろうか……でも、まぁ、庇ってくれるのはちょっと嬉しい。

 

 そんなめぐみんの様子を見て、冒険者達は慌てて。

 

「わ、悪い悪い! 気に障ったのなら謝る、紅魔族にケンカ売るつもりはねえって!」

「待てコラ、俺も一応紅魔族なんだけど」

「しっかし、カズマの事を庇う女の子なんて初めて見た…………お前まさか! 女にちょっかいかけたりとかはよくやってたけど、いつも相手にされないってのがお決まりのパターンだったのに、ついにゲットしちまったのか!? しかもこんな小さな子を!!」

「おい、その小さな子というのが誰のことなのか言ってもらおうじゃないか!」

「ま、待って待って! ねぇあなた、本当にそんなのが好きなの? 人生の先輩としてアドバイスするけど、カズマだけはやめといた方がいいわよ?」

「すっ……な、何を言っているのですかまったく、すぐにそういう色恋話に持っていくのはやめてほしいですね。私を助けてくれた先生のことを庇うのは人として当然のことですので、別にそういった感情があるという事には……」

「ねぇこの子、ちょっと顔赤らめちゃって、すごく可愛いんだけど! ちょっとカズマ! あんたこんな可愛い子を手籠めにするとか、ホント悪魔ね悪魔!! どんなエグい手使ったのよ!!!」

「誰が悪魔だ手籠めにもしてねーよ!! いつまでも調子乗ってると剥ぐぞコラ!! スティール一発分くらいの魔力は残ってんだからなぁ!!!」

 

 それから似たようなやり取りを他にも何組かの冒険者パーティーとやった後。

 めぐみんは小さく溜息をついて、呆れたようにこっちを見てくる。

 

「今更ですが、先生は普段からどんな生活を送っているのですか。いくら荒くれ者ばかりの冒険者でも、ここまでからかわれるというのは異常だと思いますが」

「なんだよ俺の私生活が気になんのか? とりあえず二年後くらいに出直してこい」

「…………二年後に出直せば、詳しく教えてくれるのですか?」

「えっ、いや、そういうわけじゃ……な、なんだよ、やめろよ、俺が求めてる反応はそういうんじゃねえよ……」

 

 めぐみんは俺に向かって小首を傾げ、クスクス笑っている。

 くそっ、コイツ、俺がこういう空気苦手だって知っててわざとやってやがるな! 色気もないくせに魔性の女気取りか!

 

 とにかく、コイツのいいようにやられるのは我慢ならない。ここはさっきみたいに何かふざけた事でも言って、いつもの空気に戻して……と思った時。

 

「おっ、どうしたカズマ、その怪我は。いつも自分の安全を確保するのが最優先で、せっこい事ばかりしてるお前が珍しいな」

 

 いきなりそんな失礼極まりない事を言ってきたのは、大剣使いのレックスだ。クエスト帰りなのか、仲間のテリーとソフィも一緒にいる。

 

「うるせえな脳筋。言っとくけど、今回は名誉の負傷ってやつだぞ。何せ、生徒を守って怪我したんだからな」

「生徒……あぁ、また違う妹か。あんま手当たり次第ってのはやめといた方がいいんじゃねえの? あの子、相当ヤバかったし、こんな所見られたらどうなるか分かんねえぞ」

「だからゆんゆんはマジな妹だっつってんだろ。確かにヤバイけど。あと今回は別にデートとかそういうのじゃねえよ。生徒の就職活動を手伝ってるだけだ」

「ははっ、本当かよそれ……嬢ちゃんも気をつけた方がいいぞ? あぁ、俺はレックスで、こっちはテリーとソフィだ。よろしくな」

 

 レックスのその言葉に、めぐみんはここぞとばかりにバサッとローブをはためかせ。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛する者! よろしくお願いします」

「……そうだな、これが紅魔族だよな、うん」

「おい、我々のカッコイイ名乗り方に文句があるなら聞こうじゃないか」

 

 何か納得したように頷くレックスに、めぐみんが不満そうに絡んでいく。

 仲裁に入るのも面倒なので放っておくと、斧使いのテリーが。

 

「それにしても、結構な深手じゃないのかそれ。教会に向かっているんだろう? カズマには恩もあるし、運んで行こうか?」

「おぉ……今日ここに来て初めて、人間らしい暖かみのある冒険者に会ったぞ……じゃあ」

 

 ようやく人の優しさというものに触れて少し感動し、ここは素直にテリーの言葉に甘えようかと思っていると、レックスがめぐみんから逃れてきて口を挟んでくる。

 

「おいおい、そんな甘やかさなくていいだろテリー。へっ、そうだな……ならカズマ、『お願いしますレックス様』とか言えば、レックスお兄ちゃんがおんぶしてあげまちゅよ?」

「なぁソフィ。レックスの奴さ、この間お前の」

「俺が悪かった! 許してくださいカズマ様!!」

「……ねぇ、凄く気になるんだけど。なに、レックスが私に何かしたの?」

 

 街中だというのに即座に土下座するレックスに、凄く訝しげな表情を浮かべるソフィ。

 そして、またいつものが始まったと、どんよりした視線を送ってくるめぐみんは放っておいて。

 

「よし、じゃあ頼むわテリー。本音を言うと、鎧を脱いだソフィのむちむちボディを満喫しながら運んでもらいたいところだけど、この際贅沢は言わねえよ。運んでくれるだけでも十分ありがたい、助かるよ」

「あの、この人割と大丈夫そうなので、後は私に任せてもらって結構ですよ」

「そうみたいね。じゃあ、私達はもう行こうかしら。またね、カズマ、めぐみん」

「ええっ!? お、おい、待ってって! 何だかんだ結構重傷だと思うんですけど俺!!」

「先生が重症なのは頭でしょう。ほら行きますよ」

 

 テリーは何度かこちらを振り向いてはくれたが、ソフィに引っ張られて行ってしまう。レックスはレックスで、ひたすらソフィに何か焦った様子で説明しているようだった。

 

 そして、俺は結局歩いて教会まで行くこととなってしまった……なんて世知辛い世の中だ……もっと優しさがほしいです……。

 

 

***

 

 

 その後、教会に行って傷を治してもらうと、今日はもう宿をとって休むことにする。

 元々用があるのは王城なのだが、こんな夜中に訪ねるというのもアレだろう。それに、明日の朝にはひょいざぶろーと落ち合って、説得が上手くいったかどうかの確認をすることになっている。とりあえず動くのは、その結果を知ってからでいいだろう。

 

 宿は前回ゆんゆんとのデートで泊まったところだ。

 そして、受付で部屋を選ぶ時になって、ふとこの前のことを思い出し、ニヤニヤとめぐみんの方を向いて。

 

「ダブルでいいか?」

「いいですよ」

「…………あのさ、女の子って王都に来ると気が大きくなるというか、色々寛容になるもんなの?」

「えっ? いえ、それは分かりませんが……どうしたのですか急に」

 

 きょとんと首を傾げるめぐみん。

 え、なに、俺がおかしいの? 教師と生徒がダブルの部屋に泊まるって普通なの?

 

 そんなことをモヤモヤと考えながら、自分で提案した手前今更変えるのも気まずいので、そのままダブルの部屋を取って、俺達は部屋へと向かう。

 

 ドアを開けると、そこには相変わらず高級な空間が広がっている。

 ただ、めぐみんの場合はゆんゆんとは少し反応も違っていて、窓から見える夜景よりもルームサービスのメニューや、お風呂に備え付けられている高級魔道具に興味津々といった様子だった。

 

 とりあえず、今日はもう疲れたので、風呂に入るとさっさと眠ってしまうことにする。

 俺が布団に入って横になると、めぐみんも隣に入ってきて。

 

「……今日は抱き枕がどうのこうのとか言わないのですね」

「言わねえよ、流石にあんなマジ泣きされたのに、またやらかす程鬼畜じゃないっての。……そういや、お前寝相は大丈夫か? なんか俺をベッドから突き落としてきそうで嫌なんだけど」

「ですから先生は私のことを何だと……はぁ、大丈夫ですよ、寝相は良いほうです。それより、あの、少し聞きたいことがあるのですが……ゆんゆんのことです」

「ん、別にゆんゆんは胸を大きくする為に特別何かやってるわけじゃないぞ。やっぱ遺伝とかその辺の問題なんじゃねえの。あ、でもお前の場合は栄養が十分じゃないって可能性もあるにはあるけど……」

「胸のことではないですよ! あ、いえ、それも気になってはいましたが……そうですか、ゆんゆんは何もやっていないのですか…………ではなくて! …………先生、王都でゆんゆんとデートしたというのは本当なのですか?」

「本当だよ。ほら、お前らにもお土産やっただろ? あの時だよ」

「えぇ、それは覚えていますが……私はてっきり家族で行ったのかと思いまして。というか、他の皆もそう思っていると思いますが…………デートということは、二人きりで行ったのですよね?」

「そうだよ。ゆんゆんが連れて行ってって言ってきてさ」

「…………意外と積極的な所もあるのですねあの子は」

 

 めぐみんは少しむすっとした顔になっている。

 ……これってもしかしなくても。

 

「なにお前、もしかして嫉妬してんの?」

「……してると言ったらどうします?」

「えっ……どうするって言われても……」

 

 段々分かってきた……コイツ、二人きりだと結構こういう事言ってくるみたいだ。

 ここは適当に軽口でも叩いて、無理矢理いつもの空気に戻すところかもしれないが、疲れてもうそんな気力も湧いてこない。

 

「ったく、バカなこと言ってないでさっさと寝るぞ。ちゃんと規則正しい睡眠を取らないと胸って成長しないらしいぞ」

「ぐっ、先生こそバカなこと言ってるじゃないですか、胸が大きくなると言えば何でも言うこと聞くと思ったら大間違いですよ。今夜はもう少し私の話を聞いてもらいますよ。というか、こんな美少女と同じ布団の中で語り合う事ができるのですから、もっと喜んだらどうです」

「わーやったー。で、話って何だよ手短にな」

「……はぁ。先生はいつもそうです。デリカシーなど皆無で、いつも何かしらのセクハラ行為ばかり。自分が得する為には手段を選ばず、えげつない事でも平気でやる。将来的に楽することしか考えてなくて、その為に今は一生懸命頑張るとかいう何とも反応に困る努力を続ける、そんな人です」

「おやすみー」

 

 何故寝る前にこんなグサグサ言われなくてはいけないのか。こんなの真面目に聞いてられっか、さっさと寝ちまおう。

 

 そう思って、めぐみんに背を向けて目を閉じたのだが。

 

「…………今回も、本当にありがとうございます。私と、私のカードを守ってここまで逃げてくれて。モンスターから私を守ってくれた時なんて、とても格好良かったです。それに、先生がいてくれなかったら、きっと私は上級魔法を覚えさせられていたでしょう。普段は憎まれ口ばかり叩いて、ゲスい言動にドン引きする事も多いですけど、何だかんだこうして助けてくれる……先生は、そんな人です」

 

 めぐみんが、俺に抱きついてきた。

 そのままぎゅっと、体を押し付けてきて。

 

 

「私は……そんな先生のことが、好きですよ」

 

 

 言いやがった。普通に言いやがったコイツ。

 なにこれ、どうすんの、どうしてくれんのこの空気…………いや、待て、落ち着けよく考えろ。

 

 確かに今、めぐみんは俺のことが好きだと言った。

 しかし、好きと言ってもいくらでもあるだろう。そもそも、コイツ自身が言っていただろう、『この気持ちは曖昧なもので、本当に恋かどうかは分からない』、と。

 

 というか、まず、めぐみんが言っていた“気になる相手”というのが俺だというのも確定ではないのだ。そっちは全く関係ない他の人で、今俺に言った“好き”というのは、あくまで人としてというオチだってまだ残されている。

 

 そのまま俺はしばらく頭を悩ませ……決める。

 

 やはり、ここは安易に飛び付くべきではない。

 最悪の場合、『これだから童貞は。ちょろ過ぎるでしょう』と鼻で笑われる。

 

 ……よし、まずは一つ一つ確認していくことから始めよう。

 

「…………あ、あのさ、めぐみん。その“好き”ってのは、つまりどういう意味なんだ?」

「…………」

「い、いや、答えづらいってんなら、別にいいんだ、それでも。まぁ、でも、ほら、一応聞いておくべきだなって思って……」

「…………」

「…………あれ、めぐみん? その、やっぱデリカシーがない……か? 悪い、俺、そういうのは本当に分からなくて……だから何か言ってくれると…………ん?」

 

 俺はさっきから無言を貫くめぐみんに少し焦り始めていたのだが、何やら様子がおかしい事に気付く。

 

 ……おいまさか。

 俺はとんでもなく嫌な予感を覚えながら、寝返りを打ってめぐみんと向き合い、その顔を覗きこむと。

 

 

「…………すかー…………」

 

 

 めぐみんは、それはそれは健やかな寝息をたてていたそうなー…………ぶっ殺!!!!!

 

 

 瞬間、俺はベッドの上を全部一気にひっくり返す!

 その後、高級宿の一室ではしばらく罵声や暴力が飛び交い、真夜中過ぎまで止むことはなかった。

 

 

***

 

 

 翌日の朝、俺達は寝ぼけ眼を擦りながら、ひょいざぶろーとの合流地点まで歩いていた。

 昨夜は散々やりあって、眠ったのは深夜を回ってからだった。これがエロい意味だったなら、カップルあるある話になるのかもしれないが、実際はケンカしていただけで、そういった色気など皆無だったりする。

 

 隣ではめぐみんが呆れたように。

 

「先生、いつまでむくれているのですか。まったく、子供なのですから。ほら、仲直りしましょう?」

「黙れ悪女。俺はな、人を振り回すのは好きだが、人から振り回されるのは大っ嫌いなんだよ」

「平然と酷い事言ってますねこの男……話の途中で眠ってしまったのは謝りますって、そこまで怒らなくてもいいではないですか。というか私、どこまで起きていたのですか? ぶっちゃけると、どこから夢だったのか少し曖昧になっているのです」

「お前はそういう奴だったよちくしょう!!」

 

 別にめぐみんと良い雰囲気になっていたのに水を差されて怒っているわけではない。正直このロリっ子とそういう関係になろうだなんてこれっぽっちも思わないし、むしろああいう妙な空気がぶっ壊れて安心したところもある。

 

 でも、俺だってそれなりに真剣に考えていたんだ。

 ああいったシリアスな空気の中で、本当にめぐみんが俺のことを異性として好きだと言うなら、流石に俺も真面目に答えなければいけない。いつものノリでバッサリ振るなんてできるはずもなく、相手のことを想った言葉を必死に考えるとかいう、柄にもない事もしてたのに! 

 

「断言する。やっぱお前、将来は結婚できなくて行き遅れる」

「なっ、何ですか急に! ふん、そんな事はありませんよ。私は将来、世界最強の魔法使いになりますし、しかもこの美貌です。男なんて放っておいても寄ってくる事でしょう」

「で、その肩書や見てくれに騙されて近付いた男達は皆、お前がただの頭のおかしい爆裂狂だって知って離れていくわけだ。その顔だってもったいねえよな、お前に整った顔が付いてても何も意味ないのに。ホント神様ってのは無駄な奴に無駄なモン授けやがる」

「意味がない!? 無駄!? 自分の顔に対して、ここまでの悪口を言われたのは初めてですよ!!! いいでしょう、売られたケンカはいつでもどこでも買うのが紅魔族です!!!」

「はっ、紅魔族随一の天才とか言ってる割には学習しねえなお前も! 俺はモンスター相手よりも対人戦にこそ真の力を発揮するってまだ分かんねえか!! 何度かかってきても結果は同じなんだよ!!!」

 

 俺は掴みかかってきためぐみんの顔面を鷲掴みにして、いつものようにドレインタッチで勝負を決めてしまおうとした…………その時。

 

 めぐみんが大声で叫んだ!

 

「きゃああああああああああああ!!!!! だ、誰か助けてください!!!!! この男に犯されます!!!!!」

「っ!? お、おまっ、何言って…………あ、ちょ、ちょっと待ってください! 違います!! 俺はコイツの教師でして、少し躾を……本当ですって!!! おいコラめぐみん、早く説明しろマジで洒落にならないから!!! えっ、署で……? い、いや、あの…………めぐみん様ぁぁ!!! お願いします助けてください!!!!!」

 

 警察の人に連行されそうになりながら、俺は必死にめぐみんに縋り付く。

 そんなわけでこの日は、初めてめぐみんにケンカで負けた日となった。

 

 覚えてろよこのクソガキ……!

 

 

***

 

 

 集合場所にひょいざぶろーが来ない。

 とっくに約束の時間は過ぎているのだが、何かあったのだろうか。……うん、何かあったんだろうな。何があったのかは、あまり深く考えないことにした。こわいし。

 

「よし、じゃあ次の手を打つぞ。ひょいざぶろーさんの犠牲を無駄にするわけにはいかない」

「そうですね。では行きましょうか先生」

 

 ここでひょいざぶろーの事を心配して里に戻るという事にはなるはずもなく、俺達はさっさと次の行動に移る。

 

 次の手、それはもちろん、めぐみんの騎士団入団の内定をもらうことだ。

 めぐみんの家で奥さんに話した時は、まだ具体的にまとまっていたわけでもなかったので、納得してもらえなかったが、正式に内定を貰えたのであれば別だろう。

 めぐみんの性格的に合っていないんじゃないかという心配は残るが、それでもある程度安定した収入と、冒険者になるよりは危険が少ないというのは奥さんも分かっているので、そこまでの問題にはならないだろう。騎士団側……クレアなどに、めぐみんは実は騎士団に合っているとか、適当な事言ってもらうという手もあるし。

 

 というわけで、俺達は王城へと向かう。

 今日はアイリスへの謁見ではないのだが、一応王城へ行くという事で正装くらいはしておいた方がいいだろう。めぐみんは就職活動みたいなもんだから、ドレスじゃなくてスーツかな……いや、魔法使いとしての正装なら、ローブでいいのか……?

 

 俺はそんな事を考えながら、めぐみんのことを眺めて。

 

「……あー、制服でもいいのか別に。学生なんだしな」

「そうなのですか? でも、それなら助かります。まぁそもそも、家が貧乏なんで他の服なんて持ってないんですけどね」

 

 そういえば、めぐみんの服装に関しては、制服姿とパジャマ姿しか見たことがない。ふにふら達が、めぐみんはオシャレに無頓着だとか言っていたが、そういった切実な理由があると少し可哀想にも…………いや、コイツの場合は例え金があっても服には使わなそうだな。

 

 ただ、普段着が一着しかないってのは色々不便ではなかろうか。

 

「お前、ちゃんと服洗ってんのか? 仮にも女子が臭いとか結構アレだぞ。まぁ、臭いフェチとかその辺の男を狙ってんなら……」

「先生は本当にそういう事を平気で言いますね! ちゃんと洗ってますよ! 魔力式洗濯機に放り込めば、すぐに済むというのは先生だって知っているでしょう!」

 

 そんな事をムキになって言ってくるめぐみん。

 うん、まぁ、知ってて言ったんだけどさ。むしろ、いつも良い匂いするし、コイツ。

 一般的には、そういった魔力を使う家庭用器具は高価なものではあるのだが、紅魔の里ではそれが標準仕様で、めぐみんの家のような貧しい家庭にも備え付けられている。

 

 とりあえず、めぐみんは制服でいいかもしれないが、付き添いの俺は念の為にスーツの方がいいだろう。スーツは家に何着かあるが、ここに持ってきているわけではないので、服飾店に入ってレンタルしてもらうことにする。

 

 店に入って、俺が店員さんにスーツを見繕ってもらっている間、めぐみんはきょろきょろと服を眺めていた。もしかしたら、こういった店に入ること自体ほとんどないのかもしれない。

 

 少しして、俺は店員さんからスーツを受け取ると、未だにきょろきょろとしているめぐみんに。

 

「服が欲しいのか? 何か買ってやろうか?」

「えっ……あ、い、いえ、大丈夫です。私は制服で十分ですので……」

「なんだよ、こんな時だけ遠慮すんなって。仮にも女子が私服持ってないってのもアレだしさ」

「…………そ、それではお言葉に甘えましょうかね……あの、もし良かったら、先生が選んでくれませんか? 私は自分で服を買った事などありませんし……」

「それは別にいいけど……あんまし俺のセンスには期待すんなよ?」

「ふふ、分かっていますよ。先生が可愛いと思う服を選んでくれるだけでいいです。それにしても意外ですね、先生って女性に対して、こんな気軽に何かを買ってあげるようなイメージはなかったのですが。むしろ女性の方に払わせるというか」

「まぁ、そうだな。何とか女の子とデートまで漕ぎ着けた時とか、『これいいなー』とか物欲しそうな目で服やアクセサリをねだってくる子とか何人かいたけど、『俺は女には貢がない。むしろ女に貢がせたい』ってハッキリ言ってたしな。その後、速攻で帰られるんだけど」

「でしょうね。まぁでも、セリフはともかく、ハッキリ言うのは良い事ですよ。お互いのためにも。…………ですが、何故私には服を買ってくれるのですか?」

「お前は、例えるなら仲の良い親戚の子供って感じだからな。俺、子供は結構好きだから何か買ってあげるのに抵抗はないんだ。あ、ロリコンとかそういう意味じゃないぞ?」

「……こ、子供、ですか」

 

 俺の言葉に、何か納得できないようにむくれるめぐみん。

 まぁ、めぐみんだって成長していく。今はこんなんだが、いつかは子供扱いできなくなる日がくるのかも…………なんか、ゆんゆんと一緒であまり想像できないな。

 

 そんなわけで、俺はめぐみんの服を選ぶこととなり、めぐみんは俺の後ろをひょこひょこと付いてくる。

 ……ふむ、真面目に選んでやってもいいが、まずは遊んでみるか。

 

 そう思って、俺はネタ方面で適当に服を選び、めぐみんに渡して試着させてみることにする。めぐみんは少し戸惑った様子ではあったが、大人しく試着室に入る。

 

 試着室のカーテンが開き、若干恥ずかしそうにしながらめぐみんが出てくると。

 

「ど、どうでしょうか……こういった服を着るのは初めてで……」

「…………かわいいな」

「あ、そ、そうですか…………あの、何か悔しそうにしていません?」

「してないよ」

 

 めぐみんの服装は、膝下くらいの丈で幅広のズボン……本来はズボン下らしいが……ステテコと呼ばれているものに、背中に「爆裂道」と書かれたラフなTシャツ、それにサンダルだ。まるで休日のオッサンのような服装なのだが…………よく似合っている。

 ちなみに、文字が書かれたTシャツは、魔力で好きな文字を書けるようになっている。まぁ、普通に考えて爆裂道なんて書く奴はコイツくらいしかいないだろう。

 

 それにしても、俺は笑ってやるつもりだったのだが、普通に可愛い。なんだこれ、顔が良いとどんな服でも様になるというのは聞いたことがあるが、こんなのでも大丈夫なのかよ。なんか面白くない。

 ……俺なんか、どんなに流行の組み合わせを試してみても、どうしても冴えない感じが抜けないってのに……世の中不公平だ。

 

 それから俺は、めぐみんに何着かネタ系の服を着せてみたのだが、やはりどれもこれも似合ってしまう。まるで、めぐみんに合わせて、服の方が印象を変えているようにも思えるくらいだ。

 

「ぐっ……あのー、すいませーん! もっと、こう、変な感じの服ないですか!」

「変な服って言いましたね今! さっきから何だか服のチョイスがおかしいとは思っていましたが、やはり意図的だったのですか!」

「いやでも、お前が普通に可愛い服とか着たら、それこそ外見に騙される哀れな男が増えるじゃねえか。だから、ここは服装から頭おかしいようなものにして、コイツはまともじゃないですよって周りに警告した方がいいと思うんだ」

「もはや私のことなんて、これっぽっちも考えていませんよねそれ! 背中に『変人注意』とかいう貼り紙を張られて歩かされるイジメと変わらないではないですか!!」

 

 そんなことを言い合っている俺達に、店員は「特殊な服ならありますが……」などと言ってきて、少し気まずそうに奥の方へと案内してくれる。

 

 そこには。

 

「……サキュバス風の服か。なるほど、こういうのもあるのか」

「ま、待ってください! いくら何でもこれは着ませんからね! 布面積が少なすぎるでしょう、これって服としてどうなのですか!?」

「安心しろって、いくら俺でもお前にこんなもん着せて惨めな思いをさせるなんて事はしねえよ。流石に酷すぎるもんな」

「…………決して着るつもりはないのですが、その言い方にはどこか納得いかないのですが……」

「めぐみんにこんなもん着せたら、貧相な体が目立っちまうだろ」

「ハッキリ言えという意味ではないですよ!!! もっとオブラートに包んでくださいってことです!!!!!」

 

 何やら怒っているめぐみんは放っておいて、俺は他にも色々見て回る。

 しかし、どうやらこれ以上変わった服というのもないらしく、諦めて溜息をつく。

 

「しょうがねえな……普通に選ぶか。でもいつかは、お前が着ても明らかにおかしい服を見つけてやる……」

「見つけなくていいですよ、何でそんな無駄な事に熱くなっているのですか。先生はもっと他に熱くなるべき所が沢山あると思うのですが」

「俺は人が嫌がる事を考える時が一番活き活きしてると言われている」

「悪魔か何かですか」

 

 まぁ、普通に選ぶと言っても、俺に服のセンスがあるわけでもないので、とりあえず良さそうなものを適当に持ってくるだけだ。

 俺は変なものを探して店中を物色したので、もう既に良さそうなものは目を付けてある。

 

 手っ取り早くそれを持ってきてめぐみんに渡す。

 めぐみんは少し頬を染めてそれを受け取り、試着室へと入って行った。

 

 少しして、カーテンが開かれる。

 

 そこにはシンプルな黒のワンピースを着ためぐみんが、そわそわと落ち着きなく立っていた。

 

「ど、どうでしょう」

「かわいい」

「……あの、先生。さっきからそれしか言ってないような気がするのですが、いい加減に言ってません? もっと色々言ってくれてもいいのですよ?」

「俺にそんなもん求めんな。ゆんゆんの服を見る時は『エロい』しか言わないぞ俺」

「…………それと比べたらマシに思えてきました。というか、“かわいい”ならともかく、“エロい”なんていう褒め方はそんなに何でも使えるとは思えないのですが……」

「いや、それが本当に何着てもエロいんだよアイツ。顔はまだまだ幼いのに、体の成長は早いからな。そのアンバランスさが、すごくエロい」

 

 俺のその主張に、めぐみんはドン引きの表情を浮かべている。

 何だろう、何かおかしな事を言ったか俺は。

 

 でも服とかそういう感想ってのは、色々言葉をひねり出すよりも、ぱっと頭に浮かんできた言葉をそのまま言う方が本心が出ていいと思う。可愛いなら可愛い、エロいならエロい、それでいいじゃねえか。

 

 それから俺はステテコに爆裂Tシャツにサンダル……それと黒のワンピースを買って、めぐみんに渡して店を出る。めぐみんは受け取った紙袋を、大切な宝物のように抱きしめた。

 

「ありがとうございます、先生。一生大切にしますね」

「それはつまり、その服を一生着続けるってことか? いくら何でもそこまで自分の発育を卑下しなくても……」

「違いますよ! そういう意味ではなく……ああもう! また先生はそうやって!!」

 

 ほんの少し前までは頬を染めて俺を見ていたくせに、今では隣で怒っているめぐみん。

 まぁ、なに……素直にお礼とか言われるのは恥ずかしいし……本来、こうやって女の子に何か買ってあげるっていうのも、俺の柄じゃないしな……とにかく、妙な空気を出すのはやめてほしいってだけだ、うん……。

 

 

***

 

 

 服飾店を出た俺達は、一度宿に戻って荷物を置き、俺はそこでスーツに着替える。

 そして、それからすぐに王城へと向かうことにする。

 

 隣ではめぐみんが、俺のことを頭からつま先まで眺めて。

 

「……先生、スーツ似合わないですね」

「ほっとけ、知り合いにも散々言われてるわ。じゃあめぐみんは、俺はどんな服装なら似合うと思うんだよ」

「え……うーん…………囚人服とか似合うのでは?」

「うん、お前が俺のことどんな風に思っているのかはよーく分かった」

「ま、待ってください、何ですかその目は、何する気ですか……! えーと、そうですね、他には……あ、この前の変装用の駆け出し冒険者の服装なんかもよく似合っていましたよ」

「あー、そういやあれ、ふにふら達も似合ってるって言ってたっけか。でも、何だかなぁ……俺ってそんな小物っぽく見えるか? これでも王都では結構名の知れた冒険者なんだけど……」

「そんなに落ち込まないでください。先生の、能力的には普通に優秀なのに、どうしても小物っぽさが抜けないというのは良い所だと思いますよ。優秀な人間というのは、どうしても周りから逆恨みされるという事がままありますが、先生はそういう事もなさそうです。先生の場合は、恨まれるとしたら逆恨みというより、正当な理由である事の方が多いと思いますし」

「お前それ褒めてないよな? 全然まったくこれっぽっちも褒めてないよな?」

 

 確かに、知り合いには『高レベル冒険者だけど、身近に感じて話しやすい』だとか言われることもあるが、たまには何というか、尊敬の眼差しとかその辺を受けてみたいというのも思わなくはないわけで。

 ……まぁ、いいけどさ。俺の本職は商人だし? 気安く話しやすい小物って方が何かと得だし? …………ふん。

 

 そうやって少しむすっとしていると、王城が見えてくる。

 めぐみんはそれを見上げ、圧倒されたように息をついて。

 

「実際に見てみると凄いですね。こんな所に住んでる人間というのはどんな人達なのでしょう。何となく鼻持ちならない性格をしてそうですが」

「お前、初めてここに来た俺と似たような事言ってんぞ」

「っ!? せ、先生と……似たような事を……!? こ、この私が……そんな……!!」

「どんだけショック受けてんだよコラ」

 

 失礼な反応をしているめぐみんを小突いている内に、俺達は城門前に着く。

 そこにはもちろん屈強な騎士達が守りを固めており、虫一匹も通さないといった感じだ。

 

 めぐみんはそれを不安そうに見ながら。

 

「そういえば、急に来たのでアポとか取っていないのではないですか? それでは入れてもらえないのでは……」

「大丈夫だって。前にも言ったろ、俺は騎士団に顔が利くって。多少のワガママは聞いてもらえるよ」

 

 俺は王都への魔王軍襲撃の際なんかは、よく最前線に行って騎士団と一緒に戦っていたりもするので、騎士の人達からは一目置かれているところもある。あまりのゲスっぷりに、ドン引きされている部分も多いが。

 

 とにかく、俺がちょっと頼めば通して…………あれ? なんか凄く気まずそうな顔されてんですけど。

 

「……カ、カズマ様。城に何か御用ですか?」

「え、あ、はい……どうしたんですか? 俺、何かしましたっけ」

 

 まぁ、俺が城に行くと大抵何かしらの問題が起きたりはするが、それもいつもの事なので今ではもうそこまで気にされなくなってきていたのだが。

 

 俺の質問に、騎士は言い難そうに。

 

「実はその、クレア様より、『カズマが来ても絶対に入れるな』と仰せつかっておりまして……」

 

 ……この前のアレか。

 確かに、ミツルギの件の仕返しに、パンツを剥いでシンフォニア家の屋敷の門に引っ掛けて飾ったけど、ここまで根に持たなくてもいいだろうに。

 

「……あー、クレアはどうすれば許してくれるのか、とか何か言ってませんでした?」

「えぇ、『私の屋敷の前で三日三晩土下座を続ければ許してやる』……との事です」

「…………」

 

 よし、そっちがその気なら、俺にも考えがあるぞあのアマ。

 俺は口元を歪めて、目の前の騎士に。

 

「申し訳ないんですけど、クレアに伝言お願いできますか? 『さっさと俺を入れないと、お前がオフの日はフリル多めの意外と可愛いパンツ履いてるのバラすぞ』って」

「えっ!? あ、は、はい、かしこまりました……!」

 

 騎士はぎょっとした表情を浮かべるが、慌てて城の中へと走っていく。

 俺は満足しながらその後ろ姿を見送っていると、隣でめぐみんがくいくいと俺の袖を引っ張って。

 

「先生、先生。今、そのクレアという人の秘密をバラすぞと脅していましたが、伝言を頼んだ時点でもう既にバラしていると思うのですが……」

「ん、そうか? あー、そうかもな。気付かなかったわ、あっはっはっ」

「ひ、ひどい…………あれ、誰か来ましたよ。…………あの、先生。とんでもない顔をしたスーツ姿の女の人がこちらへ来ているのですが。ちょ、ちょっと、剣を抜いているのですがあの人!!」

「おー、ホントだ。あんまり気にすんなめぐみん。アイツは大体いつもあんな感じだから」

「いつもあんな感じなのですか!? そんな人が城にいて大丈夫なのですか!?」

 

 その後、マジギレしたクレアが俺をぶった斬ろうとして、周りの騎士達が必死に止める事となった。これも、城ではよく見る光景だ。

 

 

***

 

 

 王城内の一室にて。

 俺はクレアにめぐみんを紹介し、これまでの事情を話す。そして、前にも話した、めぐみんの騎士団入団の件について、何とか内定を貰えないかと頼んでみている。

 

 クレアは、めぐみんの冒険者カードを見て目を丸くして。

 

「なっ……こ、このレベルで、この魔力に知力……!?」

「ふっふっふっ、私は紅魔族随一の天才ですから。そのくらいで驚いていては、我が爆裂魔法を見た時には、腰を抜かしてしまいますよ?」

「どうだクレア。コイツはまだガキだし、頭もおかしいけど、ステータスだけは確かだ。何とか使いこなせれば、騎士団にとっても強力な戦力になるだろ?」

「ちょっと待ってください! 何ですか、たまには素直に褒めてくれたっていいではないですか! 教育において、褒める時はちゃんと褒めてあげるというのは大事だと聞いた事がありますよ!」

「分かった分かった、暴れんな話進まないから。お前はゆんゆんと仲良くしてくれてるし、何だかんだアイツが困っていたら放っておけない、友達思いの良い奴だよな。体は色々とコンパクトで環境に優しいし、成績もクラスで一番で、顔も可愛い。きっと良い魔法使いになるよお前は」

「えっ……あ、そ、その…………ありがとうございます。……じ、自分で言っておいて何ですが、流石にちょっと照れますね…………ん? あの、先生、何がコンパクトって言いました?」

「それよりクレア、めぐみんに内定は出せそうか?」

 

 俺の袖を引っ張ってくるめぐみんはスルーして、めぐみんのカードを眺めながら真剣に考えている様子のクレアに聞いてみる。

 

 クレアは何度か確かめるように頷くと。

 

「あぁ、これ程の魔法使いを私は見たことがない。めぐみん殿には是非騎士団に入っていただきたく思う。本音を言えば、一度この目で爆裂魔法を見てみたい所なのだが、それもめぐみん殿が魔法を覚えて学校を卒業してからでもいいだろう」

「あ、それなら見られるぞ。この前、お前が爆裂魔法見たことないって言ってたから、撮ってきたんだ」

 

 そう言って、俺は懐から魔道カメラを取り出す。写真タイプではなく動画タイプであり、より高価なものでもある。

 

 俺のその言葉に、クレアよりも先にめぐみんが食いついてくる。

 

「ば、爆裂魔法を撮ったのですか!? 早く、早く見せてください! 私だって、七年前に見たきりなので、もう一度見てみたいです!!」

「わ、分かったって服引っ張んな伸びる!」

「し、しかし、どうやってそんなものを撮ったのだ? 爆裂魔法など、習得している者は世界中探してもほとんどいないはずだが……」

「あー、この前偶然リッチーを見つけてな。そいつが爆裂魔法を使おうとしてたから、隠れながらこっそり撮ったんだ」

「またリッチーに会ったのか貴様は。リッチーなど、一生の内に一度も会わずに終わる冒険者がほとんどだというのに……ふむ、似た者同士、引き合う運命だということなのか……?」

「おい誰がリッチーと似た者同士だ、ケンカ売ってんのかコラ」

「そんなことより早く! 先生、早く!!」

「だーもう、うるせえええええ!! ちょっと落ち着けっての!!!」

 

 俺が魔道具を起動させると、目の前に映像が浮かび上がる。

 そこに映るのは、だだっ広い平原に佇む、黒いローブを着てフードを被った謎の人物だった。人じゃなくてリッチーだけど。

 

 リッチーは少し緊張した様子で。

 

『あー、こ、こほん! わ、私の最強魔法を、み、見るがいいー!』

 

「……あの、このリッチー、やけに棒読みなのですが気のせいですか? それとこの声、どこかで聞いたような……」

「そもそも、リッチーは何故爆裂魔法を撃とうとしているのだ? 見た感じ、このリッチーの前には何もいないようだが」

「こ、細かいことは気にすんなよ! リッチーなんだし、人間じゃ理解できない事も色々あんだろ! ほら、いよいよ撃つみたいだぞ!」

 

 そのリッチーは両手を頭の上に掲げ、詠唱を始める。

 ビリビリと、リッチーの周りの空気が振動しているのが分かる。ただならぬその様子に、クレアがゴクリと喉を鳴らすのが聞こえる。

 

 そして、リッチーは唱えた。

 

『「エクスプロージョン」ッッ!!!』

 

 とんでもない轟音が響き渡った。

 映像は一瞬眩い光に包まれた後、凄まじい衝撃によって撒き散らされる土煙によって何も見えなくなる。ここだけ見ると、まさかこれが一つの魔法によるものだとは思わないだろう。あまりの光景に、映像越しでも熱風が伝わってくるかのようだ。

 

 しばらくして視界が開けると、魔法が放たれたらしきその場所には巨大なクレーターが出来上がっていた。その表面は未だ熱を持っているらしく、グツグツと真っ赤に煮えている。

 

 それを見てめぐみんはキラキラと目を輝かせており、クレアの方は驚愕の表情を浮かべて小さく震えている。

 

 俺は、中々言葉を発せないでいるクレアに向かって。

 

「これが爆裂魔法だ。どうだ、ここまでの魔法なら、例え一発限りだとしても、騎士団にとっては価値があるんじゃないか?」

「……そ、想像以上だ。何だこれは、本当に魔法なのか? こ、この力が騎士団に加わるのか……ここまで桁違いだと、あまり実感が湧いてこないな……」

「せ、先生! このリッチーって、どこで会ったのですか!? 見た感じ、ローブの上からでもハッキリ分かる程の巨乳ですよねこの人! もしかして私の師匠むぐっ!!!」

 

 俺は、バカなことを口走りそうになっためぐみんの口を塞ぐ。

 それを見て首を傾げているクレアに愛想笑いを浮かべながら、このバカを部屋の隅へと引きずっていく。

 

「あのリッチーはお前の師匠じゃねえよ。正体は後で教えてやるから、頼むから変な事口にすんな。リッチーが師匠の魔法使いが騎士団に入れるわけねえだろ」

「うっ、そ、そうですね、分かりました……でも後でちゃんと教えてくださいよ?」

 

 そんな感じにめぐみんを納得させ、俺達はクレアの所まで戻る。

 クレアは力強くめぐみんの手を握り。

 

「めぐみん殿! 騎士団はあなた様を歓迎いたします! 是非、その偉大なるお力を国のためにお貸しください!!」

「……ふっ、いいでしょう。この私が爆裂魔法を覚えた暁には、魔王軍などいくらでも消し飛ばしてみせましょう! そして、誰が最強なのかを、その身に刻み込んでやるのです!!」

「なんと頼もしい! 流石は紅魔族随一の天才、言うことが違う! 期待していますよ、めぐみん殿!!」

 

 クレアは尊敬に満ちた眼差しで、めぐみんを見つめている。

 ……こいつ、俺にはそんな目向けたことないくせに。俺だって、この国の為に結構色々と頑張ってたりする事もあるんだけど、何か扱いが不公平だ。

 

 まぁでも、とりあえずはすんなりと話がまとまって良かった。

 クレアはちらりと時計を見て。

 

「それでは、今から正式な内定書を作製いたしますので、めぐみん殿は…………そうだ、ちょうど今頃なら、騎士団の魔法使い達が訓練を行っているはずです。入団前に、見学などはいかがでしょう?」

「いいですね、私も自分が加わる所には興味ありますし。案内してもらえますか?」

「はい、喜んで! …………あぁ、貴様はもう帰っていいぞ? めぐみん殿は、後で責任を持って宿に送り届けよう」

「帰りませんー!! ここまで来たのにアイリスに会わずに帰れっか!!」

「今アイリス様は学業のお時間だ! 邪魔するなら即刻叩き出すぞ!! あ、おい、聞いているのか貴様!!」

 

 俺はそんなクレアの声を背中に受けながら、ドアを開けて外へ出た。

 

 

***

 

 

 俺は城の廊下をぶらぶらと歩く。

 アイリスは勉強中らしいが、本当に邪魔をするつもりはない。教えているのはレインだろうし、あの人はクレアが俺にブチギレた時とかに庇ってくれたりもする良い人なので、迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 でも、どうすっかな。

 クレアに言われた通りに、このまま宿に戻ってもいいんだが、なんかアイツの言う通りに動くのは癪だ。仮にも大貴族の娘のくせに、どうしてアイツは…………あ、そうだ。

 

 そこで俺はある事を思い付き、城の中にいる騎士を探して話しかける。

 

「あの、ちょっといいですか? 聞きたい事があるんですけど……」

「すみません、カズマ様。今現在、城に滞在しておられる貴族のご令嬢についての情報はお渡しすることはできません。どうかご理解を」

「ぐっ……まだ何も言ってないのに! いや、合ってるんだけど……それもクレアから?」

「はい。クレア様だけではなく、アイリス様からの仰せ付けでもあります」

 

 俺の行動は読まれてたか……しかもアイリスまでそんな……。

 かくなる上は。

 

「……騎士さん騎士さん。月々の給料に不満はないですか? もし良かったら」

「賄賂は受け取りませんよ」

「何だよ何だよ! そこは『ぐへへ、お主も悪よのう……』とか言って、色々教えてくれる流れじゃねえかよぉぉ!!」

「言いませんって教えませんって……勘弁してくださいよカズマ様、後で怒られるのは私なんですから……」

「でもほら、クレアはともかくアイリスは怒った顔もかなり可愛かったりしますよ? 頬を膨らませて、ぷりぷり怒ってるアイリスとか見たくないですか?」

「そ、それは…………ダメですダメです! 主の命令は絶対です、お話することは何もありません!!」

 

 ちっ、ダメか。少しは揺らいだっぽいけど。

 それなら次は……これだ!

 

「……やっぱり騎士になっちゃうと、色々と周りの目も気になるでしょう? プライベートでも、常に騎士にふさわしい言動を求められたり」

「えぇ、まぁ……ですが、これも自分で選んだ道です。私は騎士として国民の方々を守る事を誇りに思っているので、そこまでの苦行だとは思っていませんよ」

「でも、ほんのちょっとは息苦しく思う時だってあるでしょう?」

「うっ……そ、そうですね、私だって騎士である前に人間ですから。そういった時が全く無いと言えば嘘になりますが……」

「そうでしょう、そうでしょう。騎士だと、イケナイお店なんかも気軽にいけないでしょうし、イケナイ物を手に入れるのも大変だと思います。だから、色々と持て余しちゃったりもするでしょう?」

「ちょっ!? な、なななな何を言っているのですか!! わ、私は別にそういった事は……!!」

「……本当にないんですか? まったく?」

「…………無いことも、無いですが」

 

 ここで、この騎士は俺が言わんとする事が分かってきたらしい。

 その目には警戒の色と一緒に、どこか期待の色も見えてきた。これはいける。

 

 俺はニヤリと笑って。

 

「実はちょうど今、何と言いますか、“良い写真”を数枚持っていまして。ただ、俺は結構抜けている所があって、うっかり落し物をしてしまう事がよくあるんですよね。ほんと、ついうっかり」

「……つ、ついうっかり、ですか。そ、そうですよね……いくらカズマ様ほどの冒険者であろうとも、うっかりしてしまう事くらいはありますよね……えぇ」

「分かってくれますか、自分でも直そうと思っているんですが、これが中々上手くいかなくて……特に、何か“いい話”を聞いた時にうっかりする事が多いみたいなんですよ」

「ほうほう、“いい話”……ですか」

「そうなんです。まぁでも、一度落とした物は、もう諦めちゃうんですけどね。その後で誰かが拾ったとしても、それはその人が手にする運命だったんだと……」

 

 俺のその言葉に、騎士はそわそわと挙動不審になる。

 そして辺りをやたら警戒して、誰も見ていない事を確認すると、ごほんとわざとらしい咳払いをしてから。

 

「……あー、そういえば、これは独り言なのですが、今この城には、あの大貴族ダスティネス家のご令嬢が滞在しておられるとか…………確か場所は…………」

 

 そして俺は、騎士から情報を聞き出すと、“ついうっかり”落し物をしてから、足取り軽くその場所へと向かうのだった。

 

 性欲は全てを凌駕すると思う今日この頃です。

 

 

***

 

 

 ダスティネス家。

 王国の懐刀とも呼ばれる有能な大貴族であり、それでいて平民にも友好的に接してくれると評判もすこぶる良い。

 

 そして、そこの一人娘は相当な美女らしく、他の貴族達もこぞって必死にアピールするくらいなのだとか。そういや、この前レックスが、ダスティネス家のお嬢様が王都に来るとかそんな事言ってたな。

 

 話だけ聞けば、地位もあって性格も良さそうで、しかも美人。これ程の優良物件は中々ないだろう。もしかしたら、ミツルギの想い人というのも、そのお嬢様なのかもしれない。アイツの言ってた特徴とも一致するっぽいし。

 

 俺は騎士から聞き出した部屋の近くまでやって来た。ドアのところには、使用人が何人か立っている。

 当然俺は、姿を消す魔法に潜伏スキルのコンボで隠れており、そうそう見つかったりはしないだろう。

 

 まずは情報収集だ。

 相手が相手だけに、言い寄るにしても慎重に慎重を期したい。逃がすのは惜し過ぎる。とにかく、彼女の性格やら好みなどを把握して、初対面の時に出来るだけ良い第一印象を与えられるようにする所から始めるべきだ。

 

 俺は壁に張り付き、盗聴スキルを発動する。

 すると、まるで間に壁などないかのように、向こう側の声がハッキリと聞こえてくる。

 

『ララティーナ、いい加減機嫌を直してくれないか……確かに冒険者として民を守る姿は立派だ。しかし、お前は貴族の娘でもあるのだ。どうしてもこういった場には出席しなければいけない時もあるもので……』

『分かっていますわお父様。えぇ、怒ってなどいませんとも。今回の城内パーティーのせいで、街の近くに出没したとされる触手系モンスターの討伐クエストを受けられなかった事に対して、腸が煮えくり返ってなどいませんとも……!』

 

 どうやら、ララティーナお嬢様はお怒りの様子だった。一緒に聞こえる若干怯えた渋い声は、おそらく父親でダスティネス家の現当主だろう。

 

 しかし、冒険者なんてやってるのか、このお嬢様は。

 ここまでの大貴族であれば一生ゴロゴロして堕落しきった生活を送れるだろうに、普段から民を守るために自ら危険な場所へ赴き、貴族の集まりよりもモンスター討伐を優先したいとか、どんだけ出来た人なんだ。

 あ、でも、これだけ出来た人だと、俺が婿入りしてダラダラするのも許してくれないかも……うーん……。

 

 そうやって悩んでいると、親父さんが困った声で。

 

『そもそも、私としてはお前が危険な冒険者を続けているというのも、まだ納得できていないのだが……民を守るといっても、やり方は色々とあると思うのだ。貴族は貴族で、街を守ってくれる冒険者達に出来る限りの援助をして、少しでも冒険に役立ててもらうといった……』

『もちろん、そういった事は貴族としての義務だと思いますし、続けていくべきだと思いますわ。ですが、貴族が冒険者として直接街を守ってはいけないという事にはならないでしょう。適材適所という言葉もあります。幸いなことに、(わたくし)は能力的に恵まれ、クルセイダーになる事ができました。クルセイダーは机に向かっているよりも、戦場に出た方が民の役に立つとは思いませんか?』

『そ、それはそうかもしれないが……しかし、お前は我が家の大切な一人娘なのだぞ。万が一、何かあったらと考えると……やはり貴族の者があまり前線に出すぎるというのは……』

『あら、貴族でも力のある者は戦うべきでしょう。王族である第一王子のジャティス様など、最前線で魔王軍と戦っておられますし、アクセルではライン=シェイカーという隣国の貴族の方が、身分を偽って冒険者をしているとの噂も聞きます。それに、私の硬さはお父様もよく知っているでしょう。モンスターの攻撃など気持ち良いだけで何も心配する事などありませんわ』

 

 …………あれ?

 今このお嬢様、モンスターの攻撃が気持ち良いとか言ったか? …………いやいやいや、流石に聞き間違いか。

 

 それにしてもこの人、クルセイダーなのか……大貴族の娘で、しかも上級職とか何てハイスペックなんだ。王族なんかは代々優秀な血を受け入れるようにしているから、基本的に皆強いらしいけど。

 

 部屋からは、親父さんの悲痛な声が聞こえてくる。

 

『それではせめて! せめて「両手剣」を始めとした攻撃的なスキルも取ってはくれないか!? 街でよく耳にするのだ、「攻撃が全然当たらないくせに、自分から敵の中に突っ込んでいくクルセイダーがいる」と!』

『私はクルセイダー、本分は誰かの盾になることです。防御系スキルを優先させるのは当然のことでしょう。それに、簡単に攻撃が当たるようになってしまえばもったいな……いえ、何でもありませんわ。とにかく、攻撃スキルは後回しです』

『今お前何と言おうと……ララティーナ。間違ってもお前の本分というか、本性は誰にも知られていないだろうな?』

『大丈夫ですわ。誰も私が実は貴族だと気付いている様子はありません』

『そ、そっちではないのだが…………まぁ、いい。ところでララティーナ、今回のパーティーでは、人柄が良いと評判の男性が何人も参加するようだ。それで、もし良かったら』

『もう、いやですわお父様。また私にお父様を張っ倒させるおつもりですの? 大変心が痛むので、もう私にあのような事をさせないでください……』

『ま、待ってくれ、お前ももう17だろう? 貴族としては、そろそろ本気で結婚というのを考えなければ……』

『ああもう、しつこいぞ! 人が大人しくしているからって調子に乗るな! 大体、(わたし)を本気で結婚させたいと思っているなら、もっと真面目に相手を選んだらどうだ!! 次から次へとつまらん男ばかり選んで何のつもりだ!! 私の好みはもっと』

『言わないでくれ聞きたくない! あと声が大きい!! こんな事誰かに聞かれたら…………むっ、もうこんな時間か。ララティーナ、私は少し出てくるが、その間に頭を冷やしてよく考えてほしい。何よりも、お前の将来の為に……な? どうか分かってほしい……』

 

 ……なんか、聞いちゃいけないことを聞いちゃった気分だ。ララティーナお嬢様、メッチャ男らしいじゃないっすか、なんすかその口調……。

 

 まぁでも、俺としては妙に畏まった話し方よりも、最後の方の男みたいな感じの方が接しやすそうな感じはするんだけどな。たぶん、冒険者として活動している時はこの口調なんだろう。お嬢様言葉の冒険者なんて目立つしな。

 

 それから少しして、部屋のドアが開き、中から凛々しい顔をした男が出てきてどこかへ行ってしまった。ということは、今部屋の中はお嬢様一人だけだ。

 

 チャンスではあるが、ここで慌てるわけにはいかない。

 一人きりのところに、見知らぬ男がやって来たら警戒されるだろうし、やはり今はまだ情報収集に徹するべきだろう。初対面はパーティー中とかその辺でいこう。

 

 そんな事を考えていると。

 

『……まったく、あの分からず屋め。何が人柄の良い男だ、そんな奴のどこが面白いのだ。私の好みは、もっと俗物的な男だというのに。スケベで、すぐに他の女に鼻の下を伸ばし、常に楽に生きていきたいと人生舐めているような奴がいいというのに』

 

 おっと、なんだこれ、俺達相性バッチリじゃないのか?

 突然のお嬢様の暴露に、俺はそわそわと落ち着かなくなってくる。

 どうする、行くべきか? このお嬢様相手なら、むしろ失礼とかそういうのは考えずに、本能の赴くままにガツガツ迫ったほうがいいんじゃないのか?

 

 そう考えを巡らせていると、部屋の中のお嬢様は。

 

『はぁ……今頃クリスは、別のパーティーにでも入って、例の触手系モンスターと戦っているのだろうか……くっ、それなのに何故私はこんな所にいるのだ……!!』

 

 そう言って、ギリギリと歯を食いしばる音が聞こえてくる。

 クリスというのは冒険者仲間なのだろう。そんな仲間がモンスターと戦っているというのに、自分は一緒に戦えない事を悔しがっているようだ。騎士の鑑のような人だ。

 

 すると、お嬢様は続けて。

 

 

『あぁもう、なんて羨ましいんだクリスの奴!!! 今頃、モンスターに捕まって、その汚らわしい触手で全身をいやらしく弄られているのだろうか!!! ずるい……ずるい!!!!! そこは私のポジションだろう!!!!! 女騎士が皆を庇ってモンスターに捕まり、衆人環視の中、普段は凛々しいその顔を次第に女のものへと変えていき、ダメだと分かっているのに体だけはどうしても反応してしまい、皆の前で私は……私は…………くぅぅっ…………!!!!!』

 

 

 …………えっ。

 

 一瞬、頭の中が真っ白になる。

 な、なに、今何て言ったこのお嬢様。今度は流石に聞き間違いようがない。絶対言った、ハッキリ言った! 興奮して、とんでもない事を口走ったぞこのお嬢様!!

 

 俺がドン引きして壁から少し離れると、まだ興奮冷めやらぬお嬢様は。

 

『触手モンスターの方も、よりにもよって何故このタイミングで来るのだ……!! 普通のモンスターの攻撃も確かに気持ち良い……気持ち良いのだが、触手には羞恥攻めという、違った楽しみがあるというのに!! あぁ、服を溶かすというスライムもその系統だな!! 他のモンスターも、もっとその辺りを分かってもらいたいものだ……ただ攻撃するだけではなく、少しずつ鎧を削り取ってきて、全裸には剥かず中途半端に一部だけを残して逆に扇情的な姿にしてくるような…………そんなモンスターはいないものだろうか!!!!!』

 

 …………。

 

『……はっ!! い、いけない、いけない……ここは王城、こんな所で貴族の娘がこんなはしたない事を口走っているのを誰かに聞かれたら…………聞かれたら…………「ぐへへ、聞いちまったぜお嬢様よぉ。バラされたくなかったら、大人しく言うことを聞いてもらおうか?」……くっ、わ、私はそんな脅しには屈しない……や、やめろぉぉっ…………こんな事、嫌なのに……嫌なのにぃぃっ…………くぅぅぅんっっ…………!!!!!』

 

 そこまで聞いて、俺は静かに部屋の前から離れた。

 それから、先程交渉した騎士の元へと真っ直ぐ戻る。騎士の方は、俺の様子を見て首を傾げている。

 

 俺は、その胸ぐらに掴みかかった!

 

 

「テメェえええええええええええええええええ誰がド変態貴族の部屋教えろっつったあああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

「ええっ!?」

 

 

***

 

 

 それからしばらくして、俺とめぐみんは最初にいた部屋でクレアの帰りを待っていた。

 今は二人きりなので、先程見せた爆裂魔法使いのことを教えてやると、めぐみんは意外そうに口を小さく開けて。

 

「ほ、本当に、あのウィズという詐欺師がリッチーで、爆裂魔法の使い手なのですか?」

「だからそうだって。あと詐欺師じゃなくて商人だよ。ひょいざぶろーさんの魔道具を本気で褒めるようなセンスの持ち主だけどな」

「……それは惜しいことをしました。是非とも生で爆裂魔法を見せてもらいたかったですし、ウチのガラクタを買い取ってくれるチャンスでもあったのに……次訪ねてきたら絶対に逃しません……!」

 

 そんな事を言いながら、ぐっと拳を握るめぐみん。

 これは、ウィズのことを考えたら商人であることは黙っていた方が良かったかもな……。

 

 そして、めぐみんは妙に浮かれた様子で。

 

「まぁそれはいいでしょう、今は気分が良いのです。先生、どうやら私は、騎士団こそが自分の居場所のようです。紹介感謝しますよ」

「ん、そういやお前、騎士団の魔法使いの訓練の見学をしてたんだっけか。何か面白いことでもやってたのか?」

「いえ、そういうわけではなくて。ただ、私の冒険者カードを見た魔法使いの人達が、皆私を崇めてくれたもので。歴史に名を残す大魔法使いになるに違いないと、握手まで求められてしまいましたよ。普段は先生から色々と失礼なことを言われる私ですが、本来はそうやってチヤホヤされるべき人物なのですよ!」

「そんなの今だけだろ。入団して少しすれば、その人達も、お前がただの頭のおかしい爆裂狂だって気付くって。あ、けどもしお前が大魔法使いとして有名になったら、ちゃんと俺のことを『私をここまで導いてくれた偉大な先生』って紹介しろよ」

「先生のことは、『学生時代に散々セクハラされた変態教師』と紹介するのでご安心を。まぁ、その頃には先生の悪名ももっと広がっていそうですし、わざわざ私が言う必要もなさそうですけどね」

 

 そんな事を言ってくるめぐみんを、いつものようにドレインタッチで黙らせようとしていると、ドアが開いてクレアが入ってくる。

 その手には上質紙で作製されたらしき書類がある。国の紋章もしっかりと刻まれており、この国の人間なら誰でも、それが国からの正式な文書であると分かるだろう。

 

 クレアは書類をめぐみんに見せて。

 

「お待たせしました、めぐみん殿。こちらが騎士団の内定書となります。お手数ですが、記載事項に誤りがないかご確認お願いします」

「…………あの、注意事項のところにある『※この者は紅魔族である為、名前は記入ミスではない』という部分が凄く引っかかるのですが……」

「あっ、そ、それは……えっと、この書類は王都の方でも管理するものですので……他の誰かが確認した時に、イタズラか何かだと思わないように……」

「おい、この名前がイタズラだと思われる理由について詳しく聞こうじゃないか!」

「待て待て、落ち着け。いいじゃねえかよそのくらい」

 

 おろおろとしているクレアに詰め寄るめぐみんを、俺が押し留める。

 めぐみんがむすっとしながらも引き下がると、クレアはほっと息をついて。

 

「ところで、めぐみん殿。もしよろしければ、私も共に紅魔の里へ行き、直接めぐみん殿のご家族様とお話する機会を頂けたらと思っているのですが、いかがでしょうか?」

「えっ、それはもちろん、あなたが来てくれるのであれば、母もより納得してくれそうですし、こちらとしては嬉しいのですが……いいのですか?」

「もちろんです、めぐみん殿の入団は国としても重要なことですから。その為とあらば最大限のサポートは惜しみませんよ」

「……本当か? お前の個人的な性癖が理由なんじゃないのか? 小さい女の子が好きっていう」

「いきなり何を言うか貴様あああああああああああああああああ!!!!!」

 

 顔を真っ赤にしたクレアが剣を抜いて襲い掛かってくる。

 この反応は読めたので、冷静に俺は暴れる白スーツを押さえていると、めぐみんが目を丸くして驚きながら。

 

「きゅ、急にどうしたのですか……というか、小さな女の子が好きとか言いましたか……?」

「あぁ、お前も気を付けろよ。なんせコイツ、アイリスにも」

「ああああああああああああああああああああ!!!!! やめろ大たわけが貴様何のつもりだ!!! ぶった斬るぞ!!!!!」

「何のつもりかと聞かれても、生徒を守るのは先生として当然だろ? だから忠告してるだけだ。俺、もう貴族ってのが信じられなくなってんだよ。変人ばっかじゃねえか」

「何の偏見だそれは!!! この無礼者めが!!!!!」

 

 そうやって騒いでいる時だった。

 突然ドアがバンッと開き、何事かと俺達の視線がそちらへ集まる。

 

 駆け込んできたのは、金髪碧眼の少女、第一王女のアイリスだった。背後には護衛の一人、レインも付き従っている。

 

 アイリスは俺を見てほっと息をついて。

 

「良かった、まだいた…………クレア! 何故お兄様が来ていると教えてくれないのですか!!」

「うっ……そ、それは、アイリス様はお勉強中でしたので、お邪魔になってはいけないと……」

「ただ一言伝えるくらいならいいではないですか! (わたくし)とお兄様を会わせたくなかったのでしょう!」

「け、決してそのような事は…………レイン、その、お前が教えたのか……?」

「いえ、城の騎士達の間で、カズマ様が来ていると話題になっていて。…………カズマ様、少しよろしいですか?」

「えっ? あ、はい……」

 

 レインは俺に手招きをして部屋の隅へと連れて行くと、小さな声で。

 

「あまり城の騎士達に妙な取引を持ちかけないよう、お願いします。クレア様に知られたら大変なことになりますよ」

「いっ!? な、なんでそれを!? まさかアイリスも知ってるんですか……?」

「いえ、アイリス様は断片的にしか聞いておらず、意味もよく分かっていなかったようですから大丈夫ですよ。その後、私が詳しく聞き出しただけです」

「そ、そうですか……すいません、もうしません……」

 

 俺は素直にレインに頭を下げる。この人には頭が上がらないなホント……。

 

 俺達が部屋の隅っこから戻ってくると、ちょうどめぐみんがアイリスに挨拶をするところだった。

 めぐみんは、バッとローブをはためかせ。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして爆裂魔法を愛する者、そして、やがては王都の騎士団として魔王軍を殲滅せし者!! よろしくお願いします、王女様」

「えっ、あ、はい、私は第一王女のアイリスです、よろしくお願いします…………あの、今の名乗り上げは……」

「あぁ、気にすんな。紅魔族の病気みたいなもんだから」

「病気とは何ですか失礼な! むしろ他の人達の名乗り方が地味すぎるのですよ、自分の名前には誇りを持って、格好良く言い放つべきです!! さぁ、王女様も!!」

「ええっ!? …………そ、その、我が名はアイリス……えっと」

 

 恥ずかしそうに言い始めるアイリスに、クレアが慌てて。

 

「め、めぐみん殿! あー、何と言いますか、その名乗り上げは紅魔族の特別性を引き立て、周りの者に畏怖の念を抱かせるものです。しかし、他の人達も同じような名乗り方をするようになれば、効果が薄れてしまう可能性も……」

「…………ふむ、一理ありますね。そうですね、この名乗り方は、紅魔族にしか許されないものかもしれません……」

 

 おお、クレアの奴、既にめぐみんの扱い方が分かってきてるな。

 ただ、こういうのを見ると、余計にめぐみんの身が心配になってきたりもするんだが。

 

 アイリスは妙な名乗りをしなくて済み、ほっとした様子で微笑んで。

 

「めぐみん様も、ゆんゆんさんと同じくお兄様が受け持つ生徒の方なのですよね? ゆんゆんさんとは仲が良かったりするのでしょうか?」

「おや、ゆんゆんの事はもう知っているのですね。私のことも、さん付けくらいでいいですよ。ゆんゆんとは……まぁ、その、一応友達です。……あの、王女様。さっきから気になっていたのですが、その“お兄様”という呼び方は……」

「ふふ、私のことも呼び捨てで構いませんよ。お兄様という呼び方は、カズマ様がそう呼んでほしいと仰ったからです。私としては、妹というよりも、妻という関係を望んでいるのですけどね」

「…………えっ」

 

 くすくすと笑うアイリスと対象的に、めぐみんが俺に対してゴミを見る目を向ける。

 当然、俺はさっと目を逸らす。

 

 めぐみんはどういう事だと、クレアとレインに目で問いかけるが、クレアは渋い表情で頭を押さえるだけで、レインも苦笑いを浮かべている。

 その二人の様子を見て、どうやらアイリスが本気であると理解したらしく、めぐみんは再び俺に鋭い目を向けて。

 

「先生、どういう事ですか。この子はまだ10歳でしょう。何故12歳の私が子供扱いされて、アイリスとは妻とかそういう話になっているのですか」

「ご、誤解だ別にそんな話にはなってねえよ! これはただ」

「でも、お兄様は魔王を倒すことを考えてもいいと言ってくれたではないですか! それはつまり、私との結婚を考えてもいいという事でしょう!」

「確かにそうなるかもしれないけど! いや、でもさ」

「うわぁ……本当にドン引きですよこの男は…………先生のゲスっぷりは知っていますけど、10歳の少女に手を出そうとするとか流石に……というか、まさか一国の王女様にまでセクハラとかしているのでは……」

「ひ、人聞きの悪い事を言うなよ! いくら何でもお前らにやってるようなセクハラはしてねえよ、流石に首が飛ぶわ!! ちょっとエロい事を話したりはするけど!!」

「本来であれば十分それも首が飛んでもおかしくないぞ! 分かっているのか貴様!」

 

 クレアがイライラとそんな事を言ってくるが、今はめぐみん達だ。

 アイリスはめぐみんの言葉が気に入らなかったのか、何やらむっとした様子でめぐみんの事を見ており。

 

「なんですか、あまり私の事を子供扱いしないでください! めぐみんさんだって、私とは二つしか変わらないではないですか!」

「二つしかではなく、二つ“も”です。二年あれば、私なんかは結婚も出来る年になりますし」

「お前、三つ離れた俺には、いつも子供扱いするなとか言ってくるくせに……」

「そ、それはそれ、これはこれです。大体、先生だってアイリスには直接的なセクハラはしないのでしょう? それは身分的な理由以外にも、年齢的な理由もあるからでしょう? 一方で、私には直接手を出してくる事からも、私の方がオトナ扱いされているという事になります」

「っ……め、めぐみんさんは、お兄様から具体的にどんな事をされているのですか……?」

「ちょっ!? ア、アイリス、その話はまた今度してやるから……」

「お兄様は黙っていてください!」

 

 マズイ……これはダメな流れだ!

 めぐみんは、ふっと鼻で笑ってドヤ顔で。

 

「私は先生と同じ布団で寝た事があります。それも二度も」

「!?」

「しかも、ただ寝るだけではありませんよ。先生は私を抱きしめ、私も先生を抱きしめました」

「!!!???」

「おい待て!!! ホント待って!!!!! いや、合ってる、合ってるんだけど!!!!!」

「!!!!!?????」

 

 アイリスは俺達の言葉を聞いて、顔を真っ青にして呆然としている。クレアは顔を引きつらせ一歩下がって俺から距離を取り、レインも何かおぞましい物を見るような目を向けてきている。……いや、クレアは人のこと言えねえだろ!

 

 めぐみんは勢いで言ったようだが、流石に少し恥ずかしかったのか、ほんのりと頬を染めつつもニヤリと不敵に笑って。

 

「これで分かりましたか? 先生にとってあなたは、所詮は可愛い妹止まりなのですよ。ですから、結婚などとバカなことを口走るのはやめるべきです」

「…………その先はどうなのですか?」

「えっ?」

 

 いつの間にかアイリスは、さっきまでの動揺しまくった表情から立ち直っており、めぐみんの事を正面から睨みつけている。

 

 アイリスは続ける。

 

「ですから、その先です! 同じ布団で寝て抱きしめられたとしても、そこまでしておいて、それ以上は何もなかったというのであれば、それこそ子供扱いではないですか!」

「ぐっ……そ、それは…………ふん。では聞きますが、“その先”とは何ですか? 言ってみてくださいよ!」

「甘いですねめぐみんさん! ここで私が恥ずかしがって何も言えなくなると思ったら大間違いですよ!! いいですよ、言ってやりますよ!! その先とは、つまりキスとかセッ」

「「アイリス様あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」

 

 その瞬間、血相を変えてアイリスの口を塞ぐクレアとレイン。

 そして、クレアは俺のことを凄まじい目で睨みつけてくる。な、なんだよ、俺が悪いのかよ!

 

 アイリスは二人の手を払うと、めぐみんに。

 

「どうなんですか、めぐみんさん! どうせ何もなかったのでしょう!!」

「た、確かに何もなかったですが…………でも、アイリスよりは大人扱いされている事には変わりないですよ!! あなたは、先生とは、ただお喋りしているだけなのでしょう!?」

「ふん、一緒に寝るくらい、私だってやろうと思えばすぐできますよ! お兄様、今晩は私の部屋で一緒に寝てください!! そして、ぎゅっと抱きしめてください!!」

「え、いいの? ロイヤル抱き枕とか楽しみ過ぎるんだけど。じゃあ」

「いいわけあるかたわけ!!! 何がロイヤル抱き枕だ処刑されたいのか貴様!!!!! アイリス様も落ち着いてください! そんな事をすれば、国王様がどんなお顔をされるか……」

 

 そんなクレアの言葉に、めぐみんは勝ち誇った顔で。

 

「そうですよ、私とアイリスの差はそこにもあります! いいですか聞いてください、私の母親は既に私の結婚について考えているのですよ! 私に先生と結婚してほしいとまで言ってきたのですから!!」

「っ!? ほ、本当なのですかお兄様!?」

「……あー、まぁ、嘘は言ってないけど……」

「ふふ、どうですか、分かりましたか? 私は二年後にはもう結婚できる年ですし、親もその事を視野に入れているのです。つまり、もうほとんどオトナ扱いされているのです!! アイリスはどうなのですか? 例え国王様に結婚の話をしても、『お前にはまだ早い』と言われて終わりでしょう!!」

「そ、そんな事ありません! 王女は代々魔王を倒した勇者様と結婚していますし、そういった話は常に付いてくるものです! いいでしょう、ではお父様に言ってやりますよ! 『私はカズマ様と結婚したいから魔王を倒してもらう』と! きっとお父様は真面目に聞いてくださるはずです!!」

「ちょっと待った! 確かに国王様は真面目に聞くと思う!! そんでその後、俺が大変なことになると思う!!!」

「アイリス様、どうか早まらないでください! 本当に大騒動になりますから!!」

 

 アイリスの言葉に俺は冷や汗をたらし、クレアとレインも大慌てだ。

 当たり前だ。まだ10歳の王女様を誑かしたというだけでも大事なのに、しかも俺の評判は悪いものが多い。そんな男をアイリスに近付けたということで、クレア達も責任を問われるのは自然な流れだろう。

 

 アイリスもそれがマズイというのは内心分かっているのか、少し怯んだ表情を浮かべ、めぐみんはそれを見て勝ち誇る。

 

「やはりまだまだ子供ですね。自分の気持ちを優先して国を混乱に陥れるなど、とても王女様の行いとは言えませんよ。まぁ、アイリスもまだ10歳ですし仕方のないことですが。これから立派なオトナになるのですよ」

「ぐ、ぐぬぬ……!!!」

 

 アイリスが、今までに見たことのないような、まるでめぐみんに噛みつかんとするかの如く悔しそうな表情で睨んでいる。こんな顔をしてても可愛いのはすげえな。

 

 めぐみんは、一仕事終えたかのような達成感に満ちた表情を浮かべて。

 

「さて、オトナな私は暇ではないのです、そろそろ失礼しますよ。これから里に戻って騎士団内定の事を、親に報告しなければいけないので」

「……騎士団……内定? どういうこと、クレア?」

「えぇ、めぐみん殿はそれは優れた魔法使いでして、その力をお借りすることになったのですよ。今はまだ学生ですが、魔法を習得して卒業した暁には、騎士団にとってかけがえのない重要な戦力になっていただけると確信しております」

「そういう事です。というわけで、あなたとはこれからも度々顔を合わせる事もあるかもしれませんね。大丈夫です、オトナで優秀な魔法使いである私が、この国を守ってあげましょう。改めてよろしくお願いしますよ、“アイリス様”」

「…………」

 

 アイリスはめぐみんの言葉には答えず、むすっとした顔でじーっとめぐみんを見つめている。

 ……何だろう、何か嫌な予感がする。どうやら、クレアとレインも同じ思いらしく、不安そうな表情でアイリスの方を見ている。

 

 そして、アイリスは。

 

 

「ダメです。私は、あなたの騎士団入団は認めません」

 

 

 そう、キッパリと宣言した。

 

 しん、と。部屋が水を打ったように静かになる。

 簡潔な言葉だが、その威力は凄まじく、部屋の者は何も言えなくなってしまった。

 

 しかし、少しして、まずめぐみんが。

 

「なっ……そ、そんな横暴が許されるわけないでしょう! ちょっと、何ですかこの私的な理由で権力を振りかざす王女様は! 王族としてどうなのですかこれ!!」

「確かに、私はお兄様と出会ってからワガママが増えたとは言われますが、それでもまだまだ大人しく言うことを聞く事の方が多いとは思いますよ? そうでしょう、クレア?」

「は、はい……国王様も、以前はアイリス様が少しもワガママを言わないことを心配していましたから、今くらいの方が嬉しいようですが…………し、しかし、これは流石に……」

「もちろん、理由はちゃんとありますよ。めぐみんさんは、能力はともかく精神的に騎士団に相応しいとは思えません。私のことを子供子供と言っていますが、めぐみんさんこそオトナとは言えないと思うのです」

「うん、まぁ、それはそうだな。コイツ、どうでもいい事にすぐムキになるわ喧嘩っ早いわで、たぶん、騎士団どころか普通の飲食店のバイトとかもすぐクビになりそう」

「先生!? 何故あなたがそこで敵に回るのですか!! この私がバイト如きでクビになるはずがないでしょう!! そういう先生だって、結構子供っぽい所あるくせに!!!」

 

 めぐみんが噛み付いてくるが、実際のところアイリスの言う通りだと思うから仕方ない。俺は可愛い妹には嘘はつけない…………いや、結構ついてるな。

 

 アイリスは真面目な顔でクレアの方を向いて。

 

「クレア、騎士団というのは能力の前に高潔なる精神を重んじるものでしょう? それなのに能力だけを見て内定を決めるというのは、いかがなものかと思うのですが」

「…………仰るとおりです」

 

 アイリスの言葉を深く噛み締めるように、クレアはそう答えた。

 ちなみに、騎士団の高潔なる精神とやらは、先程エロの前にあっさりと砕け散ったわけだが、それを言ってしまうと俺も困ったことになるので黙っておく。

 

 めぐみんは慌てた様子で。

 

「ちょ、ちょっと、あなたまで何を……!」

「すみません、めぐみん殿……ですが……アイリス様のお言葉も、ごもっともで……」

「……そもそも、アイリスにそんな事を決める権限などあるのですか。いくら第一王女とは言え、まだ10歳の少女に……」

「別に私の言葉に強制力があるとは一言も言っていませんよ。ただ、私の個人的な意見を述べているだけです。まぁ、それを聞いてクレアが考えを改める事はあるかもしれませんが……」

「そ、そんなのただの屁理屈ではないですか! 例え強制力はなくても、王女様の言葉を護衛の人が無視するわけないでしょう!!」

「ふふっ、ごめんなさい。私、まだまだ()()ですので。屁理屈が大好きなのですよ。これから立派なオトナになりますので、今は大目に見ていただけませんか?」

「ぐ、ぐぬぬ……!!!」

 

 アイリスの片目を瞑ったイタズラっ子のような笑みに、今度はめぐみんが悔しそうに歯をギリギリと鳴らす。アイリスも随分と言うようになったもんだ。これが成長…………なのか?

 

 そんな事を考えていると、レインが俺の耳元で小さな声で。

 

「どんどんカズマ様に似てきていますよ、アイリス様……あまり悪い事を教えないでくださいね……?」

「えっ、そ、そうですか? ごめんなさい……気を付けます……」

 

 言われてみればそんな気もしてくる。少なくとも、出会った頃はこんな小狡いことは言いそうになかったと思う。

 もしかして、俺は既にとんでもない事をやらかしているのだろうか。一国の王女様に悪影響を与えるとか、魔王軍と同じような扱いをされても不思議ではない。

 

 めぐみんはアイリスを睨みつけながら。

 

「戦いはおろか、ケンカすらしたことのない箱入り王女様のくせに、騎士団の人事に口を出すなど許されると思っているのですか……!」

「なっ……あまり舐めないでください! 私だって、戦いについては基本的な事くらいなら習っております! レイピアだって扱えます!! ケンカについても、お兄様から教えていただきましたし!!」

「はっ、それが何ですか、実戦も経験していないくせに調子に乗らないでほしいですね。言っときますが、私は既にモンスターだって倒したことがあるのですよ。ケンカだって沢山してきました。箱入り王女様、あなたはパンチの打ち方を知っているのですか? いい加減分かってもらいたいですね、自分がただのこど」

「えいっ!!!」

「おごっ!!!!!」

「「アイリス様!?」」

 

 めぐみんの挑発の途中で、アイリスのパンチがめぐみんのみぞおちを捉えた!

 しかも通常の拳を横にしたパンチではなく、拳を縦に構え、踏み込みと同時に鋭く速い突きでの先制攻撃。それによって、めぐみんの両足は一瞬地面を離れ後方へと倒れ込み、うずくまってぷるぷる震えている。

 

 び、びっくりした……たぶん俺でも反応できずにくらってたぞ今の……。

 クレアとレインは慌ててアイリスを取り押さえ、めぐみんから大きく引き離すが、アイリスはめぐみんを見下ろして得意気に。

 

「パンチの打ち方くらい知っています! 油断しましたね、ケンカは先制攻撃こそが全てです! 砂を隠し持って目潰しとして投げつけたり、わざと下手に出て相手を油断させて騙し打ちを仕掛けたり、今のように話の途中でいきなり攻撃するのは常套手段です! ですよね、お兄様!!」

 

 はい、そうです、よくできました。

 でも、あなたの護衛がビキビキと青筋を立ててこっちを睨んでいるから、今だけはその笑顔を向けてくるのはやめてほしいです……。

 

 めぐみんはようやくまともに話せるようになったのか、ふらふらと立ち上がり、ふーふーと荒い息を吐きながら猛獣のようにアイリスを睨みつけ。

 

「ごほっ……や、やってくれましたね……それでも王族ですか、なんて卑怯な……!」

「ふんっ、何を甘いことを言っているのですか、卑怯などというのは負け犬のお決まりのセリフと聞いております。それに、本当だったら、今頃あなたは床で伸びているはずだったのですよ? クレアとレインに押さえられていなければ、私はめぐみんさんがうずくまっている間に、あなたを仰向けに押し倒してマウントポジションを取り、一方的に攻撃を畳み掛けるつもりでしたから」

「カズマ貴様あとで本当に覚えていろ!!! アイリス様に何て事を教えている、どれだけ悪影響を与えれば気が済むのだこの極悪人め!!!!!」

「ま、待てよ! でも実際、倒れた相手には追撃するべきだろ! チャンスなんだから!!」

「王族としての品位に関わると言っているのだ!! アイリス様をそこらのチンピラと一緒にするな!!」

「品位なんざ知るか! ケンカではそんなもんは邪魔にしかならねえから、どっかに捨てちまえ!!」

 

 俺とクレアが言い合っていると、めぐみんは拳を固く握り締めてアイリスに向かっていく。

 

「私はオトナですので、いつもならあなたのような子供からの悪ふざけくらいは、笑って許してあげられる余裕はあります。でも、あなたはやり過ぎました。手加減してもらえると思わないことです……!」

「いやお前、この前下級生から『紅魔族随一のまな板』とか言われてマジギレして問題起こしたばっかじゃねえか。つーか何する気だやめろ」

「は、離してください! やられっぱなしでは私の気が済みません!!」

「だーもう、お前の方がお姉ちゃんなんだから、そんなにムキになるなっての。この辺で仲直りしろよ仲直り」

「…………」

 

 俺に取り押さえられてジタバタと暴れていためぐみんだったが、急に大人しくなる。

 あれ、なんだ? “お姉ちゃんなんだから”というワードが効いたのか? こういう言い方は嫌う子の方が多いような気もするけど……。

 

 するとめぐみんは、訝しげな表情を浮かべているアイリスを見て。

 

「……そうですね、少し頭に血が上り過ぎていました。アイリスのことを子供子供と言っておいて、私の方が大人気なかったですね。あれだけ子供扱いされれば怒るのは当然です。ごめんなさい」

「…………いえ、私の方も言い過ぎました。それに、先に手を出してしまいましたし……申し訳ありません」

「いえいえ。では、仲直りの握手でもしましょうか。それでもう、お互いに言いっこ無しということで」

「はい、喜んで」

 

 そうやって笑顔を浮かべて歩み寄る二人に、クレアとレインがほっとした表情を浮かべる。

 ……なんだろう、聞き分けが良すぎる。ここまであっさりと和解できるのなら、初めからケンカなどしていないような気がするんだが……。

 

 そんな俺の嫌な予感は的中する。

 

 俺からある程度離れ、もう邪魔されないと判断しためぐみんが、その表情を邪悪な笑みへと変えてアイリスに向かって拳を握って駆け出した!

 

 

「ははははははははっ!!!!! 仲直りはしてあげますよ!!! でもそれは私が強烈な一撃をお返ししてからでごふっ!!!!!」

 

 

 思い切り腕を振りかぶってパンチを打ち込もうとしていためぐみんだったが、それより先にアイリスの縦拳が再びみぞおちにめり込んだ。

 

 それにしても、いい突きだ。

 踏み込みの勢いを上手く拳に乗せられているし、少ない予備動作で素早く距離を詰めるので、ケンカ慣れしているめぐみんも相手の間合いを測れていない様子だ。これも王族のセンスというやつなのだろうか。

 

 そして、今度こそ追撃を加えようとするアイリスは再びクレアとレインに取り押さえられ、俺はみぞおちを押さえて動けなくなっているめぐみんの背中を擦ってやる。

 

「お前は一旦頭を冷やせ。アイリスは年下といっても王族だぞ? 身体能力ではクラスでもビリなお前が、真正面からやって勝てる相手じゃねえって。不意打ちとかも俺が色々教えてるから対応してくるし」

「……ぅぅ……こ、この……私が……こんな…………絶対に許しません……いつか必ず……レベルを上げて……ボコボコに……!!」

「クレア、レイン、離してください! この人はいずれ私に復讐するつもりです! それならば、めぐみんさんには今ここで、トラウマになるくらいの“すんごい事”をしなければなりません! そうでしょう、お兄様!!」

「確かにそう教えたけど! いやでも、アイリスもちょっと落ち着けって…………クレアも! お前いい加減すぐ剣抜くのやめろって!!」

 

 それからアイリスの方は割とすぐに大人しくなってくれたが、めぐみんがしばらく暴れ続け、俺が後ろから羽交い締めにする事でようやく落ち着いたようだ。

 しかし、これはこれで新たな問題が生まれており、俺と密着しているめぐみんを、アイリスが不機嫌そうに見ていた。

 

「……むぅ」

「ふふ、どうしましたその目は。私が羨ましいのですか? 先生とくっついてる私が羨ましいのですね?」

 

 こいつは本当に……。

 俺と密着した所で何とも思ってないだろうに、アイリスの反応を見てニヤニヤとして更に身を寄せてくる。

 

 放っておくとまたケンカになりそうなので、俺はこれ以上めぐみんが何か言う前にアイリスに。

 

「あのさ、アイリス。めぐみんの騎士団入団の件なんだけど、どうしてもダメか……? 実は結構込み入った事情があってさ、内定を貰えないとかなり困ったことになるんだ」

「…………あの、お兄様がそこまでめぐみんさんの事を思っているのは、ただ教え子だから……という事なのですよね?」

「うん、もちろん。何だよアイリス、もしかして俺がめぐみんに惚れてるとか思ったのか? ないない。いくら俺でも、こんな体も性格も男と区別つかないような子供を狙う程見境なしってわけじゃねえって」

「言いたい放題言ってくれますね本当に! 誰が男と区別がつかないですか!! 先生だって悪魔と区別つかないくせに!!」

「つくだろそれは流石に! え……つく、よな?」

「え……あー…………はい、区別つきますよ! お兄様は悪魔ではありません!」

 

 アイリスの少し考えるような間に、俺の心が抉られるのを感じる……人としてどうなのとかはよく言われるけど、そんなに酷いか俺……。

 

 すると、めぐみんは呆れた様子でアイリスの方を見て。

 

「というか、仮に私と先生がそういう関係だったとしたら、どうするつもりだったのですか。『騎士団に入りたくばお兄様と別れてください』とか言うつもりだったのですか?」

「ち、違います! ただ気になっただけで……めぐみんさん、あなたはお兄様のこと……好きなのですか?」

「さぁ、どうでしょうね。それに答えなければ騎士団には入れないとか言うつもりですか?」

「そ、そんな事は言いませんが…………何だか、めぐみんさんからは危険なものを感じるのです……ゆんゆんさんは直接的なアプローチをする度胸もないみたいでしたし、放っておいても大丈夫だと思ったのですが……あなたは……」

「ふっ……まぁ、仮に私が先生のことを好きだったとしたら、あなたにとって私はゆんゆんなど比べ物にならない程の強敵になることでしょうね。ゆんゆんなんて、先生とは十年以上一緒にいて一向に関係を進められないヘタレのくせに、愛が重くて変な方向にこじらせ始めているくらいですから」

 

 知らないところで友人二人からディスられているゆんゆん。不憫だ……。

 いや、ゆんゆんはああいう素直になれない所がまた可愛いと思うんだけどな……まぁ、めぐみんの言う通り、重すぎる愛で怖いことになってる時もあるけど……。

 

 クレアは二人のやり取りを聞きながら、不安そうに。

 

「あ、あの、アイリス様? めぐみん殿は騎士団に入ってこの国を守ると言ってくださっているのですし、あまりそう邪険にしなくても……」

「えっ、いえ、これはそういった話ではなく……あ、クレアやレインにはあまりピンとこないかもしれませんね……これは恋愛の駆け引きといったもので……」

「「うぐっ……!!!!」」

 

 アイリスの言葉に、かなりの精神的ダメージを受けた様子でうめくクレアとレイン。

 た、たぶんアイリスには悪気があったわけじゃないと思うが、これはキツイだろう……二人は美人だし、いつかは良い人が見つかるとフォローするべきだろうか。でも余計なこと言うと、俺にまでとばっちりがきたりするしなぁ……。

 

 それからアイリスは、少し何かを考え込んだあと。

 

「……分かりました。私の方も、一方的にめぐみんさんが騎士団に合っていないと判断して、入団を拒むというのはおかしいですよね」

「やっと分かってくれましたか。そうですよ、これ程までに騎士団に相応しい高潔な精神を持った者など中々……」

 

 そう、めぐみんが言いかけた時だった。

 アイリスは両手を合わせて、眩しい笑顔で。

 

 

「では、めぐみんさんには、これから一定期間、実際に騎士団に入ってもらうことにしましょう。お試し入団というやつです。そこでめぐみんさんの適性を見ることにします。能力だけではなく、内面的な部分も含めて」

「えっ」

 

 

 突然のアイリスの提案に、めぐみんは短く驚きの声を漏らすだけだ。

 俺達も何も言えずに、ただ目を丸くしていたのだが……。

 

「クレア、どうですか? そういう事は出来ますか?」

「……で、出来ないことはないと思いますが……しかし、めぐみん殿はまだ魔法を習得していないので……」

「魔法が使えなくとも出来ることはあるでしょう。例えばめぐみんさんは、その年でアークウィザードになれる程の高い知力を持っているのですから、それを騎士団の為に活かしてもらうというのも良いと思うのですが」

「……そうですね。ちょうど今、騎士団は貴族の方々からの強い要請で、銀髪の盗賊を追っているところです。その盗賊はまさに神出鬼没なのですが、めぐみん殿の知恵をお借りすれば、その足取りを掴めるかもしれません……」

「…………いいでしょう」

 

 めぐみんは静かにそう言うと、不敵な笑みを浮かべる。

 そして、バサッとローブをはためかせて決めポーズを取ると。

 

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして爆裂魔法を愛する者! ふふ、そんなに我が強大なる力を見たいのであれば、思う存分見せてあげましょうとも。我ほどの者となれば、自らの価値を証明するのに魔法など必要ありません……邪神の封印パズルすら解いてしまうこの頭脳、ひとまずはこの国のために使ってあげるとしましょうか! 盗賊の一人や二人、朝飯前です!!」

 

 

 そんな感じに、自信満々に言ってのけるめぐみん。

 ……本当に大丈夫だろうか。こいつの知力が高いのは確かだが、普段の行いはとても知的とは程遠いものが多い。いや、でも、現状は受けるしかないわけだが。

 

 俺が本当に心配なのは、めぐみんの精神的な部分の方だ。こいつはこれから騎士団の一員として生活していくわけだが、何か問題を起こしたりしないだろうか。クラスでも何かあった時は大体こいつが絡んでるし……。

 

 そうやって、俺はまるで他所に自分の子供を預ける親のような気持ちで、ただめぐみんを見ていることしかできないのだった。もし何かあっても俺は関係ないと言い張ろう、うん。

 




 
何気にゆんゆんが出ない回は初めてかも?
次でこの話は終わり……のはずです、たぶん。
 


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爆裂狂の逃避行 3

 
色々あって遅くなりました、ごめんなさいm(_ _)m
とても長いので、適度に休みながらのんびり読んでもらえたらと思います。
 


 

 時刻は深夜近く。

 騎士団に仮入団することとなっためぐみんは、城の中にある騎士団員用の部屋で集団生活をしている。何もやらかさなければいいのだが……やはり心配だ。

 

 俺はといえば、いつものようにアイリスの部屋で色々話を聞かせてあげている。

 何でも、俺の話は他の冒険者達の冒険譚とは全く違っていて、とても面白いらしい。俺の話をここまで目を輝かせて聞いてくれる人は少ないので、俺も嬉しい。だって大抵の人は、俺の話を聞いてもドン引きするだけだし……。

 

 こんな時間に王女様が自分の部屋で男と話しているというのは、普通に考えたら許されるわけない事なのだろうが、護衛のクレアも同席させるという事で何とか許してもらっている。

 ……といっても、この時間になるとクレアはうとうとする事が多く、実質アイリスと二人きりみたいなもんなんだが。

 

 ちょうど今は、この前俺が華麗にミツルギに勝った時の話をしている。

 

「――つまり、俺が土下座したところで、ミツルギは勝利条件を何も満たしていなかったってことだ。だから俺がやったのは、勝手に油断した相手に魔法をぶち込んだってだけなんだ」

「なるほど……! すごいです、ルールの穴を突いたということですね!」

「そう、穴があったら何でも突く! それが男ってもんだ!」

「…………あの、流石に10歳の私に、そういう直接的な下ネタはどうかと思うのですが……」

「やだもーアイリスったらエロいんだから! 今のですぐに下ネタだって分かる10歳児ってのも中々いないぞー?」

「わ、私はエロくなどありません! もしそうだとしても、私に色々と教え込んだお兄様のせいですからね!!」

「…………そ、その、俺が悪かったから、そういう事は外で言ったりするなよ? 俺、処刑されちゃうから」

 

 何か誤解を招きそうなアイリスの言葉に、俺は冷や汗を流す。

 変態だ鬼畜だなどと散々言われている俺でも、流石に10歳の女の子に手を出すほど危ない奴ではない。ただ、俺の話っていうのは、どうしても下ネタ関係が混ざることが多く、そういう知識をアイリスに植え付けてしまうのは仕方のないことなのだ。うん、俺は悪くない。

 

「それにしても、アイリスはちゃんと俺のこと褒めてくれるんだよな。クラスの奴等なんて、せっかく先生が勝ったってのに、皆ドン引きだったぞ」

「そうなのですか? まぁ確かに、あまり理解されない勝ち方だとは思いますが、お兄様にとっても負けられない決闘だったわけですからね。時には手段を選んでいられないこともある、というのはお兄様から教わったことですし、私もその通りだと思いますよ」

「アイリス……俺のこと分かってくれるのはお前だけだ……その上、王女様だし可愛いし、魔王討伐って条件がなかったら今すぐにでも婚約するところなんだけどなぁ……」

 

 アイリスの言葉に感動した俺は、特に深く考える事もなくそんな事を言うと。

 何やら興奮した様子のアイリスが、ずいっと顔を近付けてきた!

 

「ほ、本当ですか!? …………分かりました! お兄様がそのつもりでしたら、私も手段を選んでいる場合ではありませんね! 私が何とかお父様を説得してみせます!」

「えっ……い、いや、今のは軽い気持ちで言っただけで……というか、何を説得するつもりなんだ……?」

「それはもちろん、結婚の条件です! 元々、魔王を倒した勇者様に王女と結婚する権利を与える一番の理由は“王家に優秀な血を入れる事”です。つまり、いかにお兄様が優秀な人物なのかを説明すれば、可能性はあるはず! お兄様は数多のスキルを使いこなす超高レベル冒険者で、しかも商人としても素晴らしいです。そんな人を優秀と呼ばすに何と呼べるでしょう!?」

「鬼畜やら変態やら色々呼ばれてるけど……と、とりあえず落ち着けアイリス。褒めてくれるのは嬉しいけど、いくら何でも魔王を倒した勇者様と俺が同格だとは思えないって」

「では、その魔王を倒すために、という事にすればどうでしょう? 魔王が元気に暴れている現状を考えれば、魔王を倒した者と結婚して……などと悠長なことを言っていないで、どんどん優秀な人と結婚して子供を作り、いずれ魔王を倒す者として育て上げる方が良いと思うのです!」

「そ、それは……まぁ、一理あるかもしれないけど、魔王討伐と言えば王族じゃなくて冒険者の役割なんじゃ……」

「そんな事はありません! せっかく王族は優秀な血を繋いできているのですから、魔王討伐も冒険者に任せるのではなく、王族自ら積極的に動くべきなのです! この国の王子だって、最前線で魔王軍と戦っています! 決めました、私、お兄様……カズマ様と結婚したいと、明日にでもお父様にお願いすることにします!」

「いや無理だって! 魔王を倒す為に早く結婚するべきだってのは聞いてくれるかもしれないけど、相手が俺ってのは許されるわけないって! 俺は悪評も広まりすぎてるし、才能的には運以外全然大したことがない。それなら、凄い力を持った変わった名前の勇者候補なんかと結婚させられる可能性の方が高いと思うぞ。ミツルギみたいな」

 

 ミツルギはミツルギで、魔剣グラムがなければ大したこともない気がするが、もしかしたらアイツの子も魔剣を扱えるかもしれないし、俺よりは喜ばれるだろう。イケメンだし、性格も良いしな。まぁでも、アイツは他に好きな人がいるらしいし、断りそうな気もするが。

 

 アイリスは俺の言葉にぶんぶんと首を横に振って。

 

「私は優秀な人であれば誰でも結婚したいわけではありません、お兄様と結婚したいのです! 王女としてあまりワガママを言うべきではないという事は分かっていますが、そこは土下座でも何でもしてお父様に懇願します! お兄様が優秀なのは事実ですし! お父様だって、出来るだけ私が望む結婚をさせてあげたいと思ってくれるはずです!」

「お、おい、土下座はやめとけって……いくら国王相手でも、王女がそんなこと……」

「手段を選ぶなと言ったのはお兄様ではないですか! お兄様と結ばれる為なら、土下座なんて何でもないです! きっとお父様だって、私が土下座をして『カズマ様と子作りさせてください』とお願いすれば許してくれるはずです!」

「うん、お前は許されるかもしれない! でも、確実に俺が許されないから!! 王女様を誑かした罪で処刑されるから!! 頼むから落ち着け!!」

 

 とんでもない事を言い出したアイリスを必死に説得して止める。こんなの、もしクレアが起きていたら、間違いなく激怒してぶった斬ろうとしてくる所だ。

 確かに“手段を選ぶな”ってのは言った事があるけど、まさかこんな所で使われるとは……王族は国のために非情な選択をしなければいけない時もあると思って言ったんだけど……。

 

 少しして、俺の懸命の説得もあって、アイリスは渋々ながらも何とか思い留まってくれたようだ。

 アイリスは口を尖らせて。

 

「……私は不安なのです。いつかお兄様を取られてしまうのではないかと……特にめぐみんさんは危険です……」

「えっ……いやいやいや、それはないって。アイツの頭の中は大半が爆裂魔法で占められてるし、そういう色気なんざないよ。まぁ、昨日の夜はベッドの中で好きとか言われたけど、あれだって……」

「今何と言いました!? え、べ、ベッドの中で告白されたのですか!?」

「ちょ、ちょっと待てって! それだって、どういう意味で言ったのか分かんねえし、確認しようと思ったらグースカ寝てやがったんだよアイツ。だから、たぶんそんなに深い意味は…………アイリス?」

 

 どうやらアイリスはもう俺の声は耳に入っていないらしく、少し俯いてぶつぶつと何かを呟いている。

 そして、顔を上げたと思ったら、俺のことを真剣な表情で真っ直ぐ見つめて。

 

「お兄様、今夜は私と一緒に寝てください」

「喜んで。…………と言いたいところだけど、それは流石に無理なんじゃ……」

「大丈夫です、私に考えがあります」

 

 そう言うと、アイリスは眠っているクレアのことをちらちらと見ながら、俺の耳元に口を近付ける。めぐみんやゆんゆんのものとはまた違った、とてもいい香りがする。

 

 それから、アイリスは小さな声で俺に策を聞かせると、今度は縋り付くような表情で俺をじっと見つめた。

 

 ……悪くはない策だとは思った。

 でもバレる可能性がないとは言い切れず、もしバレた時は大変なことになる。相手は王女様だ、めぐみんやゆんゆんと一緒に寝るのとはわけが違う。

 

 でも、アイリスにこんな顔で見つめられては断ることもできないわけで。

 

「……分かった、やってみるよ」

 

 俺の言葉に、アイリスはぱぁっと明るい笑顔を浮かべる。

 あぁもう、可愛いなぁアイリスは……結局俺も国王やクレアのように、この笑顔の前では骨抜きにされてしまうようだ。

 

 そして、俺は小さく唱える。

 

「『ライト・オブ・リフレクション』」

 

 いつもの、姿を消す魔法に潜伏スキルのコンボだ。

 それを確認したアイリスは、眠っているクレアを揺さぶる。クレアはゆっくりと目を開けて。

 

「…………あっ、も、申し訳ありません!! 護衛ともあろう者が、ついうとうとと……どんな罰でも受けます!!」

「ふふ、気にしなくていいですよ。クレアの寝顔は美しいので、私も見ていて飽きませんし。それに、クレアは毎日この国の為に忙しく働いてくれていますからね。こちらこそ、こんな時間まで付き合わせてしまってごめんなさい」

「っ!!! そ、そんな、も、勿体無いお言葉です……!!!」

 

 クレアは顔を真っ赤にして俯いてしまい、アイリスはそれを見てクスクスと笑っている。

 ……あれ、もしかして俺はお邪魔な感じ? これから、王女様とお嬢様の高貴な百合展開が始まるの?

 

 そんな事を考えていると、クレアはまだ顔を赤くしたまま、辺りを見回して。

 

「え、えっと、アイリス様。あの男は……」

「お兄様でしたら、もう部屋に戻られましたよ。だからクレアも、今日はもう自分の部屋に戻って休んでください。ここではあまり気も休まらないでしょう?」

「いえそんな事はありません! むしろここの方が……」

「……えっ?」

「あっ!!! す、すみません、何でもありません! ではお言葉に甘えて、自分はこれで失礼します!! おやすみなさい!!」

 

 クレアは慌ててそう言うと、一礼をしてから部屋から出て行った。つい本音が出ちゃったんだな、気持ちは分からなくもない。

 

 クレアが離れて行ったのを確認すると、俺は魔法を解いて姿を現す。

 アイリスはベッドのシーツをぽんぽんと整えながら笑顔で。

 

「では、一緒に寝ましょうか」

「……アイリス、俺と一緒に寝るという事がどういう事なのか分かってるのか?」

「ど、どういう事って…………あ、あの! 流石に一線を越えるのは、もう少し待ってもらいたいです! あ、いえ、お兄様とはいずれそういう事もしたいとは思っているのですが、まだ早いかと……」

「ち、ちがっ、そんな事する気はねえって! そうじゃなくて、アイリスを抱き枕にしてもいいかってことだよ!」

「な、なんだ、そういう事ですか。もちろん、構いませんよ。むしろ、私からお願いしようと思っていたところです。……はぁ。クレアが『あの男は子供相手でも「年齢二桁なら余裕!」などと言って手を出してきます! 気を付けてください!』と言っていたものですから、焦ってしまいましたよ……」

 

 あの白スーツは本当に俺のことを何だと思っていやがるのだろう。また剥いてやろうか。

 

 それから俺達はベッドに入って、ぎゅっとお互いを抱きしめあう。

 アイリスの体はめぐみんやゆんゆんよりも更に小さく、それでいて柔らかくていい香りがして心地いい。背中に腕を回しているので、手にはさらさらとした長い金髪の感触も伝わってくる。

 

 俺はアイリスの髪を撫でながら。

 

「髪、すっげーさらさらだな。やっぱ王女様は高いシャンプーとか使ってんの?」

「どうなのでしょう、私は用意されているものを使っているだけなので…………でも、お兄様の家も裕福なのですし、良いものが揃っているのではないですか?」

「あー、まぁ、そうだな。ぶっちゃけ俺は特にこだわりとかないんだけど、ゆんゆんには良いもの使ってもらいたいしな。……でもそういや、家が貧乏なめぐみんも髪はさらっさらなんだよな。あれはやっぱ、生まれ持った物が違うってやつなのかね」

「…………お兄様、この状況で他の女性の話をするのはどうかと思うのですが。というか、妹であるゆんゆんさんはともかく、めぐみんさんの髪もそんなに触る機会があるのですか?」

「え、い、いや、そんなにはないよ。ただ、ほら、昨日一緒に寝たばっかだし……」

 

 俺の話を聞いている内に、どんどん不機嫌そうになってくるアイリス。

 こんな拗ねた顔もすごく可愛いのだが、それをもっと見たいと思うほど意地悪にはなれない。

 

「言っとくけど、めぐみんとはそんなに色気のある展開にはならないぞ? 確かにアイツは俺に気があるような事を言うようになってきてるけど、それだってからかうような感じなのがほとんどだしな。大体はお互いにバカなことを言って流して終わりだ。そんな真剣に愛を語るなんてのも、アイツの柄じゃないしな」

「……お兄様は、めぐみんさんのことは異性としてどう思っているのですか?」

「めぐみんの事が異性として好きとかそういうのは全然ないよ。人としては……まぁ、爆裂狂だけど結構良い所もあって、その、嫌いじゃないけどさ」

「本当ですか? 私は不安なのです……めぐみんさんはかなり押してくるタイプだと思うので、お兄様がコロッと落ちてしまわないかと……」

「大丈夫だって、俺はそんなちょろくないっての。めぐみんがもうちょい大人だったら分かんなかったけど、少なくとも今は可愛い教え子がじゃれてきてるくらいにしか思ってないよ」

「という事は、めぐみんさんがもう少し成長したら意識する可能性もあるという事ですね……」

「あー…………でも、俺が意識するくらいにアイツが大人になるって全然想像つかねえんだよな。例え何年経っても、俺達に限ってそんな色っぽい展開なんて120パーセントありえないと思うぞ」

「そ、それは、以前お兄様が教えてくれた“フラグ”というものではないのですか!? 結局お兄様がめぐみんさんに落とされる未来しか見えないのですが!!」

 

 ……言われてみればフラグっぽいな。紅魔の里では、わざと勝利フラグを立てて勝ちを呼び込もうとする者も少なくはないが、今のは別にそういう計算をしていたわけじゃない。素で言ってしまった。だからこそ余計にフラグっぽいと思えてしまう。

 

 アイリスが不安そうな表情でこちらを見ているので、俺は慌てて。

 

「フ、フラグとかじゃねえって! というか、今のこの状況だって、アイリスはめぐみんより先に進んでるんだぞ?」

「え、でも、めぐみんさんもお兄様とは一緒に寝て抱き合ったと……」

「正確には、“俺がめぐみんを抱きしめたり、めぐみんが俺を抱きしめたり”だ。こうやって抱き合って寝たことはないよ。そもそも、俺がめぐみんを抱きしめたら、アイツ泣き出したんだぞ。なんか、自分から抱きしめるのはいいけど、相手から抱きしめられるのは抵抗があるとかそんな事言ってたと思う。まぁ、その頃はまだ知り合ったばかりだったんだけど」

「し、知り合ったばかりでそんな状況までいってしまうというのも凄いと思うのですが……」

「うっ……それは、その、アクシデントというか、色々と陰謀が絡み合った結果でな…………と、とにかく! めぐみんよりも、アイリスの方がずっと俺と凄いことをしてるってことだ!」

「…………そ、そうですか」

 

 それを聞いて今更恥ずかしくなったのか、アイリスは赤くなった顔を隠すように俺の胸元に顔を埋める。

 

 よし、このタイミングならいけるかもしれない。

 

「……あのさ、アイリス。騎士団の件なんだけど、めぐみんもまだまだ子供だし、大目に見てくれないか……? 今、騎士団が追ってるっていう銀髪の盗賊って結構厄介な相手なんだろ? そんなのを相手にして功績をあげろってのは、ちょい厳しいと思うんだけど……」

「…………ふふ、安心してください。元より功績は重視していませんよ。例え何も成果を上げられなくても、騎士団として何も問題を起こさず無難に過ごしてもらえれば、それで内定は認めるつもりです」

「ぶ、無難に……か……」

 

 成果をあげなくてもいいというのはありがたい事だが、アイツの場合、何も問題を起こさないという所からして怪しい。大丈夫だろうなアイツ……。

 

 そう不安に思っていると、アイリスはぎゅっと俺に抱きつく力を強めると。

 

「お兄様は、めぐみんさんの事ばかり考えていますね」

「クラスで一番の問題児だからな……教師って立場上、面倒見てやらないといけないし。さっさと卒業させてやって、騎士団に引き取ってもらいたいよ」

「……そう言いつつもお兄様、めぐみんさんの面倒を見る事に対して、満更でもない様子に見えますよ?」

「えっ、そ、そうか? ……いやいや、気のせいだって。俺にそんな世話好きな一面があるわけないって。むしろ出来ることなら、身の回りのこと全部誰かに任せたいと思ってるくらいだし」

「気のせいならいいのですけどね……」

 

 アイリスはそう呟くと、しばらく何かを考え込み。

 やがて、意を決した様子で俺の目を見つめた。

 

「私はめぐみんさんには負けません。お兄様は私が貰います」

「……そもそも、めぐみんが本当に俺を欲しがってるのかどうかも結構怪しいと思うけどな……それ、俺じゃなくてめぐみんに言ってみろよ。平気な顔で『どうぞどうぞ』とか言うかも…………アイリス? お、おいどうした、顔が近い……まさかキ」

 

 柔らかい、唇の感触が伝わってきた…………ほっぺに。

 それは一瞬のものではあったが、しばらくその唇の感触がほっぺに残っているような気がして、思わずその場所を手で触ってしまう。

 

 アイリスは顔を赤くしながらも、どこか勝ち誇ったように笑みを浮かべて。

 

「ど、どうですか。めぐみんさんも、ここまではやっていないでしょう?」

「…………ぶふっ」

「っ!? な、なんですか!! 何故笑うのですか!! その妙に穏やかな目はどういう事ですか!!! わ、私は今、キ、キスをしたのですよ!?」

「ははっ、悪い悪い! いや、キスしてくるのは予想ついたんだけど、ほっぺにってとこが可愛くてな。うんうん、お前はめぐみんより先に進んだよ、頑張った頑張った」

「明らかに子供扱いしてますよねそれ!!! ち、違いますよ、今のは……そう、準備運動みたいなものです!! 今度は、く、口に…………いえ、舌も入れます!!!」

「おいおい無理すんなって。ほっぺにチューだけでそんだけ顔真っ赤にしてるのに。つか、ベロチューは流石に早すぎるだろ。あれ、耐性ない人がやると、頭がバカになって鼻血吹いて気絶するらしいぞ」

「そ、そんなに危険なものなのですか!? で、では、舌は入れませんので、口に……」

「それもやめた方がいい。何故なら俺は、口にキスされると反射的に舌を入れて、相手の口腔内をベロベロ蹂躙しまくる癖があるんだ。そんな事されたらお前、とんでもない事になるぞ」

「ええっ!? 本当ですかそれは!? というか、お兄様はそもそもキス自体した事ないのでは……」

「なっ……あ、あるし! キスくらいした事あるし!! 小さい頃にゆんゆんとした事あるし!!」

「…………ふふ、そうですかそうですか。安心しました」

「あっ、お前今バカにしたな!? よし、じゃあお望み通りキスしてやるよ! 俺のテクニック見せてやる!!」

「え、ちょ、ちょっと、私、一応ファーストキスという事になるのですが、そんなヤケクソみたいな感じにされるのは……もっと、こう、ムードとか……」

「だーもう、さっきはそっちも勢いでしようとしてたのに面倒くせえな! ぶちゅっとやっちゃえば一緒だろ!」

「一緒じゃありませんよ! もう、やめですやめ! お兄様は本当にデリカシーというものが足りませんね!!」

 

 そんなこんなで、結局アイリスとはそれ以上何もする事はなかった。

 何だろう、めぐみんやゆんゆんだけじゃなく、アイリスともすぐにこんな騒がしい空気になってしまう。まぁ、10歳や12歳の子供とそんな色気のある空気になってもアレなので、むしろこっちの方が好ましいのだが、いつか本当に好きな子が出来て、その子を口説く時もこんな感じになるのは困る。

 

 デリカシーか……今度ゆんゆんにそこら辺を教えてもらうか……。

 

 

***

 

 

 次の日。

 万が一俺がアイリスと一緒に寝ている所を見られては大変だということで、俺は朝早くに起きると自分の部屋へと戻り、二度寝することにした。

 

 二度寝というのは最高だ。眠気にそのまま身を任せられる心地良さというのもあるが、何かいけない事をしているような感じもいい。

 そんなわけで、俺はベッドの中でうとうととしていたのだが。

 

 

「カズマ貴様アイリス様に何をしたああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 朝っぱらからでかい声を出して、クレアがドアを蹴り破って入ってきた。

 何やら怒っているようだが、今は眠くて構ってやる気力もない。そのまま無視して眠ろう……としたのだが。

 

 クレアは俺の掛け布団をひっぺがし、胸ぐらを掴んで無理矢理起き上がらせてきた。

 

「正直に答えろ。貴様、アイリス様に何をした?」

「なんだよもー……人が気持ち良く寝てるってのに……むにゃ……」

「おい寝るな! ちょ、まっ、何故私をベッドの中に引きずり込もうとする!? 待てやめろ寝ぼけているのか貴様!!!!!」

「そ、その声はクレア様ですか? 一体どうなさったの……ですか…………」

 

 部屋のドアを開けっ放しでクレアが大声を出すものだから、それを聞きつけた白髪の執事が何事かと慌てて部屋に入ってきて……固まった。

 

 執事の視線の先では、俺とクレアが乱れたベッドの上でもつれ合っていた。

 クレアのスーツは乱れて脱げかけており、俺に至ってはパジャマを持ってきていなかったので、Tシャツにパンツという格好だ。

 

「…………大変お邪魔いたしました。ですが、その、そういった事をなさるのでしたら、せめてドアをお閉めになってからの方がよろしいかと…………では、失礼いたします」

「なぁっ!? ち、ちちち違う誤解だ!!!!! 待て!!!!!」

 

 クレアが大慌てで弁解するが、執事はそそくさと部屋を後にしてしまう。

 すぐにクレアは涙目で俺のことをキッと睨むが、俺はしっしっと手を振って。

 

「ほら、さっさと誤解を解かないと、シンフォニア家のお嬢様は朝っぱらから男と変な事する人だって噂たてられるぞー。というわけで、行った行った」

「ぐっ……この城の執事はそんな下賤な噂をたてたりせぬわ!!! それよりも、アイリス様に何をしたのか答えろと言っているだろう!! やはり何か言えない事をしたのか!?」

「だーうっせえ!!! 急に疑ってきて何なんだよ、ちゃんと説明しやがれ!!!」

「説明するのは貴様の方だ!!! アイリス様のベッドの中から男の匂いがしたのだ!! これが騒がずにいられるか!!! それに、この髪の毛も見つかった! この茶髪は貴様だろう!!」

「うっ……そ、それは…………いや待て。お前はなんでアイリスのベッドの匂いなんて嗅いでんだよ。シーツを取り替えたりするのはメイドの仕事だろ」

「それはもちろん、アイリス様の残り香を楽しんだり、髪の毛を頂戴する為に決まっているだろう! そんなことより、貴様はアイリス様のベッドに入ったのか!? ま、まさか、一緒に……!!」

「とうとう隠す気もなくなったなこの変態貴族!!! 何がそんな事よりだ、国王に言いつけてやるからな!!!」

「言えるものなら言ってみろ!!! そんな事をすれば、私もアイリス様のベッドの中から貴様の髪の毛が見つかったと言うぞ!!!」

 

 そのまま俺とクレアは至近距離で睨み合う。

 とりあえず俺は、何かしらのスキルでこの変態を黙らせようと口を開きかけた……その時だった。

 

 

 突然、ドンッ! と城中に爆音と震動が響き渡った。

 

 

「なっ……敵襲か!? アイリス様!!!」

 

 クレアは真っ青な顔で一目散に部屋を出て行ってしまった。

 それ自体は俺にとって都合のいいことではあるのだが、今の爆音を聞いて二度寝出来る程、俺の神経も図太くない。俺も急いで着替えると、部屋を飛び出す。

 

 アイリスの方へはクレアが向かったはずだから、俺はめぐみんの元へと向かうことにする。アイツの近くには騎士団の人達もいるだろうし、そこまで心配することもないのかもしれないが、念のため、だ。

 

 しかし、めぐみんの元へと近付くにつれて、何か嫌な予感がしてくる。

 人の流れがおかしい。俺が廊下を走っていると、城に滞在していた貴族の人達が、みんな慌てた様子で俺とは反対方向へと走って行く。

 

 ……まるで、危険な場所の中心から離れようとしているかのように

 

 そのまま走っていく内に、だんだんと黒い煙が漂うようになり、俺の疑惑はいよいよ確信へと変わり始めている。

 そして少しすると、ある部屋の前で騎士団が集まって、皆が引きつった顔を浮かべているのを発見する。

 

 …………何があったのか聞きたくない。

 俺はもう引き返して二度寝でもするかと思っていたのだが、その前に騎士達が俺に気付いて。

 

「あ、カズマ様! あの、実は……」

 

 騎士達は、俺に気まずそうな視線を送った後、部屋の中を見る。

 俺は嫌々ながらも、部屋を覗き込み…………。

 

「…………何してんのお前」

 

 全身煤だらけにして目を逸らしているめぐみんに尋ねた。

 

 

***

 

 

「先生、話を聞いてください。これには深い理由があるのです」

「おう、聞いてやる。言え」

 

 部屋の掃除をして、風呂で綺麗になっためぐみんが、腕を組む俺の前で正座をしている。俺の側には困り顔のクレアやレイン、それに呆れ顔のアイリスもいた。

 

 めぐみんは、ちらちらと俺の様子を伺いながら。

 

「その、騎士団の魔法使いの人が、朝の日課と言って、魔力繊維に魔力を込めて強化していたのです。それを見て、ここは私の強大なる魔力を見せつけるチャンスだと思ったわけです」

「おう、それで?」

「そ、それで、その魔力繊維を貸してもらって、ありったけの魔力を込めて最高強度を与えようとしたのですが…………何故か見る見る内に真っ赤に染まっていって…………」

「染まっていって?」

「ボンッてなりました。…………いたたたたたたたたた!!!!! 痛いです痛いですごめんらさい!!!!!」

 

 俺はめぐみんの頬を、両手で思い切り引っ張る。

 どんな魔力繊維にも許容量というものがある。コイツのアホみたいに高い魔力を全力で注入して耐えられるものなど、本当に限られた高級品くらいしかないはずで、容量オーバーでボンッてなるのは当然だ。

 

 そのやり取りを見ていたクレアは苦笑いを浮かべて。

 

「ま、まぁ、めぐみん殿は紅魔族の中でも特別強い魔力を持っているとのことで、それを制御するのも大変なのだろう。幸い、全員すぐに避難した事で怪我人も出ていない。だから次からは気を付けてもらうということで……」

「そ、そう、その通りですよ! 元々私は善意でやった事ですし、ちょっと失敗したくらいでそんなに怒らなくてもいたたたたたたたたたたたたたた!!!!!」

「王城の中で爆発起こしといて、なーにがちょっと失敗しただこのバカ! 調子に乗ってやらかしただけだろ今すぐ里にテレポートさせてやろうか!!」

「ま、待って!! 待ってください!!! もうしません、反省していますから!!!」

「ま、まぁまぁカズマ様。めぐみん様も反省しておられますし、私達魔法使いとしても、めぐみん様には色々と教えていただきたいことも沢山あります。どうかその辺りでお許しになっていただければと……」

 

 レインがそう言うので、俺は渋々ながらもめぐみんの頬から手を離す。コイツが紅魔族随一の天才だからか、クレアもレインも甘い気がする。特にクレアは、俺に対しては厳しいってレベルじゃないくせに……。

 

 そんな様子を眺めていたアイリスは溜息をついて。

 

「まったく、いきなりこんな問題を起こして。何がオトナですか、私よりも子供じゃないですか」

「ぐっ……ふ、ふん、どんなに優れた人間でも、何かしらの失敗はするものです。何ですか、せっかくまとまりかけていたのにグチグチと。仮にも人の上に立つ者なのに、そんな小さな器で大丈夫なのですか」

「なっ……ひ、開き直りましたね!? やはりめぐみんさんは騎士団には相応しくないです!」

「アイリスこそ王女様に相応しくないでしょう! 結局は、私と先生の関係が、あなたよりもずっと進んでいるから妬んでいるだけのくせに!」

「ちちちちち違います! 私は、そんな…………そ、それに、私はあなたを追い抜きましたよ! 私、昨夜はお兄様と抱き合って眠り、しかも……キ、キスまでしましたから!!!!!」

「えっ」

「ちょっ!? ま、待て、頼むからちょっと待って!! キスといっても、そんなマジなやつじゃなくてだな、軽く…………き、聞いてる?」

 

 めぐみんは俺にゴミを見る目を向けており、クレアは無言で剣を抜いていて、レインは顔を引きつらせて俺から一歩下がって距離を置いていた。

 ちなみに、アイリスは頬を赤らめながらも、ドヤ顔をしている。くっそ、こんな状況でも可愛いなちくしょう!

 

 めぐみんは、一度目を閉じて怒りを抑えるかのように長く息を吐き出すと、次は妙にニコニコとした笑顔をこちらに向けてきた。

 

「……これは良い土産話ができましたね。里に帰ったら早速ゆんゆんに話してあげることにします」

「ごめんなさい!!! それだけは勘弁してくださいお願いします!!!!!」

 

 今度は俺が正座をして許しを請う事となった。

 

 

***

 

 

 それから数日間、めぐみんはやらかしにやらかしまくった。

 ある日には、名前をバカにされたと言って貴族のお坊ちゃんをぶん殴ったり、またある日には紅魔族の強さの秘訣だとか言って、騎士団の人達にカッコイイ口上やら二つ名やらを延々と考えさせてレインを困らせたり。

 

 そして、今日もめぐみんは気まずそうな表情で、俺の前で正座をしている。

 

「……で、今日は何をやらかしたんだ?」

「きょ、今日は私は悪くありませんよ! 実は、街の治安維持ということで、騎士団の人達と路地裏の見回りをしていたのですが、その時に見るからにガラの悪いチンピラに絡まれたものですから、撃退しただけなのです!」

 

 その話だけ聞けば確かに正当防衛のような気もする。

 ちなみに、めぐみんは今回の仕事の前に支援魔法をかけてもらっていたようなので、大人相手でも一般人であれば余裕で勝てるくらいの身体能力はあったようだ。

 

 俺は視線をめぐみんからレインへと移して。

 

「本当のところはどうなんですか?」

「え、えっと……路地裏でガラの悪い男達と遭遇したのは本当のようです……ただ、その男達は、当初は特に絡んでくることもなく、そのまますれ違おうとしていたようなのですが……」

「そこで私が言ってやったわけです。『ちょっと待ってください。路地裏でこんな美少女と出会って何も声をかけないのは失礼ではないですか? あなた方は女性一人も口説けない腰抜けですか』と。何もしてこないようでは、点数稼ぎもできませんし」

「…………で?」

「そしたらチンピラが『ぶははっ!! そんなちんちくりんで女性ってのは流石に背伸びし過ぎだろ! アメちゃんでも買ってやるから、それで許してくれよ可愛いお嬢ちゃん!!』などと舐めたことを言ってきたものですから、ボコボコにしました」

 

 どうやらチンピラはコイツの方だったようだ。

 俺は静かに詠唱を始めながら、めぐみんに右手をかざして。

 

「『テレポ』」

「わああああああああああああああ!!!!! ちょ、ちょっと、何しようとしてんですか!!! 私を見捨てる気ですか先生!!!」

「うん。奥さんが正しかった、お前が騎士団とか無理だわ。爆裂魔法なんて諦めて上級魔法覚えてこい。『テレポ』」

「ままままま待ってください!!! せめて今夜どうなるか見てくださいよ!!! 私の偉大なる頭脳で推理した、義賊が次に狙う貴族の屋敷…………これは自信ありますから!!!」

「そ、そうですね、めぐみん殿がそこまで確信を持っているという事で、私達も今夜こそは例の盗賊を捕らえられると期待していますし……」

 

 いよいよめぐみんのフォローをすることも難しくなってきたクレアとレインだったが、まだコイツを諦めきれないらしい。

 どうやらめぐみんもこのままではマズイと思ったらしく、最近は特に義賊の調査に集中していて、ついに当たりを付けたらしい。根拠については詳しく聞いていないが、何かモンスターがどうのこうのとか物騒なことを言っていたような気がする。

 

 とは言え、最終決定を下すのは俺ではなくアイリスだ。

 俺がそちらを見ると、アイリスは痛む頭を押さえながら。

 

「……分かりました、今夜までは様子を見ます。見事盗賊を捕らえる事が出来たのならば、今までのことは不問とし、騎士団の内定を認めましょう」

「ふっ、中々物分りが良くなってきたではないですかアイリス。そうです、私には多少の失敗では決して揺るがない程の価値があるのです。今夜、この私がいかに騎士団にとって有用か思い知ることになるでしょう!」

 

 アイリスは、めぐみんが何も功績を上げなくても問題さえ起こさなければ内定を認めるとは言ってくれたが、今は状況が変わっている。こんなに問題を起こしまくって、その上、義賊を捕まえられなかったら本当に内定を取り消しにするかもしれない。

 いや、本当だったら今の時点で取り消しにされてもおかしくないのだし、これはむしろまだチャンスをくれるアイリスに感謝するべきところだ。

 

 そんな俺の心配をよそに、調子に乗りまくってドヤ顔でポーズを決めているめぐみん。

 俺はそのバカをじとー、と見ながら。

 

「やっぱりアイリスの方がずっとオトナじゃねえか。俺、将来結婚するならお前より断然アイリスだわ」

「「!?」」

 

 その言葉に、めぐみんは引きつった顔で固まり、アイリスは顔を赤くして俯いた。

 

 

***

 

 

 その日の夜。

 俺は騎士団の人達と一緒に、とある貴族の屋敷で噂の義賊とやらを待ち伏せることになった。

 その貴族は、義賊に狙われるような後ろ暗いことはしていないと白を切ってはいたが、怪しい噂が絶えないそうで、近々警察のご厄介になる可能性が高いそうだ。

 

 騎士は盗賊スキルに対して相性が悪い。

 だから、狙われる可能性が高い金庫の近くは俺が守った方がいいと思ったのだが、この屋敷の貴族の方から却下されてしまった。まぁ、悪名ばっか広まってるからな、俺……。

 

 そんなわけで、俺は広間のソファーで手持ちの魔道具の確認などをしていて、隣ではめぐみんがそれを興味深そうに覗き込んできている。

 実はアイリスも、めぐみんの仮入団を提案した立場上この任務の行方を自分の目で見届ける義務があるとか何とか言って、無理を通してこの屋敷に滞在している。相手が義賊なので危険も少ないし、他に騎士団も大勢待機しているとの事で何とか許してもらえたようだ。

 

 しかし、夜中に俺と同じ部屋にいることは、クレアから固く禁じられてしまった……あんな事があったんだし、当たり前か。アイリスはすごく不満そうにしていたが。

 

 めぐみんは、テーブルの上の魔道具に向けていた視線を天井に移して。

 

「……来ませんね、義賊」

「まだ来ないだろ。狙ってくるとしたら、日付が変わった後じゃねえの。なんだ、お前でもやっぱ不安か?」

「それはそうですよ……これで私の推理が外れていたら、騎士団に入れなくなって、いよいよ先生と駆け落ちするしかなくなるではないですか」

「だから駆け落ちなんてしねえっつの。面倒見てやるとは言ったが、人生全部捧げるつもりはねえよ」

「むっ、なんですか、こんな美少女とずっと一緒にいられるというのに、何が不満なのですか」

「ずっと一緒にいるからこそ、外見より中身重視するべきだろ。ぶっちゃけ俺は、顔はそこそこでいいから、俺を甘やかしまくって面倒見てくれる人と結婚したい」

「か、顔より中身というのは良い人っぽいセリフなのに、詳細を聞くと一気にダメ男にしか思えなくなるのが凄いですね……」

「爆裂魔法の為にそのダメ男と結婚しようとした奴に言われたくないっての」

「…………もし、爆裂魔法の為だけではないと言ったらどうしますか?」

 

 めぐみんはそんな事を言いながら、体を倒して俺にもたれかかってきた。柔らかい女の子の体の感触と、ふんわりとした良い香りを感じる。

 まーた始まったよコイツ……。

 

「……あー、それは何、告白のつもりなの? いや、それ通り越してプロポーズか?」

「さぁ、どうでしょう。好きなように受け取ってもらっていいですよ」

「お前あれだ、そういうのは……その、ずるいと思うんですが。何だよ、ふわふわした事ばっか言いやがって、俺の反応を楽しんでるだけか?」

「ふふ、女の子はずるいものですよ。それに、先生だって口ではそう言いながらも、こういう曖昧な方がありがたいと思っていません?」

「そ、それは……」

 

 ……正直図星だったりもする。

 めぐみんの曖昧な物言いは確かにもやもやとするのだが、かと言って真剣に告白とかされたら、こっちも真剣に返さなければいけないわけで。そして、俺はまだめぐみんの事をそういう対象として見ることができないわけで。

 

 やはり、ここは真面目に受け答えたら負けな気がする。

 俺はがりがりと頭をかいて。

 

「……ったく、そもそも、俺は結婚するならお前よりアイリスだって言ったろ。なんたってアイリスは身分も高いし可愛いし俺のこと甘やかしてくれそうだしで、年以外は文句なしだしな!」

「私も好きになった人には意外と尽くすタイプだったりしますよ? それに先生だって、口ではそう言ってますけど、いざ本当に誰かを好きになったら身分だとか自分を甘やかしてくれそうだとかそういう事は関係なくなりそうですけどね」

「な、なんでそんな事分かんだよ……俺は、好きになったら何でもオッケーみたいな恋愛脳じゃねえって……」

「いえいえ、先生は悪ぶっていて意外と純情なところがありますからね。私やアイリスくらいの年では対象外のようですが、もう少し年上の子が真正面から好意をぶつけてきたら、自然と自分も好きになってしまうくらいにはちょろいと思いますよ」

「おいちょっと待て。その上から目線で俺のことは全部分かってますよ的な態度は気に食わないぞ。お前だってそういう経験は乏しいくせに」

「先生よりは経験値高いですよ。少なくとも私は、人を好きになるという気持ちは知っていますし」

「お、お前、『本当に好きなのかは分からない』とか『この気持ちはまだ曖昧なもの』とか言ってたじゃねえか! はっ、自分でもよく分かってねえのに無理すんなって!」

「そんな事言いましたっけ?」

「言ったよ! メッチャ言ってたよ!! コノヤロウ、とぼける気だな!! 俺はハッキリ聞いたぞ、俺のことを難聴系だと思ったら大間違いだからな!!!」

「ふふ、証拠がなければその主張も無意味ですよ。録音の魔道具でも使っておくのでしたね。というか、難聴系ってなんですか?」

「ぐっ、コイツ…………難聴系ってのはだな…………あれ、なんだ?」

 

 自分で言っといて首を傾げてしまう。

 何だろう、耳がよく聞こえないという意味は分かるのだが、それなら難聴だけでいいはずだ。うーん、たまに自分でも意味がよく分からない言葉が口をついて出てくるんだよな……何かの病気じゃねえだろうな……。

 

 なんか、このまま言い合っていても疲れるだけのような気がしてきた。

 俺は深々と溜息をつくと。

 

「ったく、そもそも、例の義賊ってのがちゃんとここに現れて、そいつを捕まえればいいだけだろ。いや、捕まえられなくても駆け落ちなんざするつもりはねえけど。とにかく、全てはお前の推理次第だ。当てになるんだろうな?」

「えぇ、紅魔族随一の天才の頭脳を甘く見ないでください。銀髪の義賊とやらは、99パーセント、今夜ここに現れますよ」

「フラグにしか聞こえねえぞそれ……何でここだと思ったんだ?」

「共通点ですよ。最近義賊に入られた貴族達の間に共通したものを見出して、次に狙う所の当たりを付けたのです。捜査の基本ですね」

「共通点っていうと、義賊が狙うのは何かしら後ろ暗い事を抱えてる悪徳貴族ってことか? けど、それだったらここじゃなくても、他にも候補はあるんじゃ……」

「もちろん、それも共通点の一つではありますが、他にもあったのです。それも、犯罪関係のことではなく、まっとうな活動の方で……まぁ、これも表向きはそう見えるだけで、裏で何やっているかは分かりませんが」

「へぇ、どんな共通点があったんだ?」

「モンスターですよ」

「は?」

 

 俺の間の抜けた声に、めぐみんは部屋の壁を指差す。

 そこには、モンスターの剥製がいくつも飾ってあった。

 

「最近狙われた貴族は、どれもモンスターに対してかなりの執着を見せていたようです」

「執着ねぇ……でも、剥製くらい貴族なら飾ってるところも多いんじゃないか?」

「剥製だけではありませんよ。義賊に入られた貴族達は、冒険者に珍しい変異種を捕らえさせて自ら生態観察を行ったり、モンスターの品種改良の研究に多額の出資をしたり。はたまた、実際に戦っている野生モンスターの姿を見たいとの事で、無理矢理冒険者パーティーに同行していた者もいたそうです」

「マジか……確かにそこまでいくと中々いないだろうな……」

「えぇ。ただ、その辺はあくまで趣味に近いものでしたからね。警察や騎士団などは、それよりも目立った犯罪の方を中心に調べていたようです。横領、違法な徴税などが発覚していましたので、そこからお金の流れを辿ったり、ですね」

 

 まぁ確かに、義賊に狙われた悪徳貴族の共通点を調べるなら、真っ先にその貴族達がやらかしていた犯罪行為の方から探っていくものだろう。だから趣味のところは後回しになってしまうのも無理はない。

 

 そうやって俺は納得しかけていたのだが。

 

「……でも、義賊はなんでそんな相手ばかり狙うんだ? 悪徳貴族から金銭を巻き上げて教会に寄付してるみたいだけど、それならもっと金を蓄えてそうな所を狙えばいいのに」

「もしかしたら、何か別の目的があるのかもしれませんね。珍しいモンスターを探しているとか。いずれにせよ、この共通点は偶然では片付けられません。今夜、ここの貴族はパーティーに出掛ける際に優秀な護衛を引き連れ、屋敷の警備も薄くなるという情報を意図的に外に流してあります。きっと狙ってくるはずです」

 

 めぐみんは真剣な顔で、半ば自分に言い聞かせるように断言した。

 この様子を見ても、何だかんだやはりコイツも緊張しているのだろう。無理もない、爆裂魔法がめぐみんにとってどれだけ大事なものなのかはよく分かっている。

 

 ただ、万が一ここで義賊を捕まえられなくても、それで即刻里に送り返すつもりはない。

 もちろん駆け落ちなんてするつもりはないが、本人が望むのなら、このまま王都で爆裂魔法を覚えるまでレベル上げを手伝ってやるという事も考えている。

 しかし、俺と違って才能豊かで上級職のめぐみんはレベルが上がり難い。爆裂魔法を習得できるまでのスキルポイントを貯めるとなると、それなりの時間がかかってしまう。その間に奥さんがどんな手を打ってくるか分からない。

 

 それに、出来ればちゃんと学校に通わせて卒業させてやりたいしな。ゆんゆんも、一番の友達が中退なんてのは寂しいだろうし。めぐみんだって同じ気持ちだろう。

 

 それから俺達は適当に雑談しながら、盗賊がやって来るのを待つ。

 そして日付が変わる頃になると、会話も少なくなっていき、隣ではめぐみんがこくりこくりと船を漕ぎ始め……俺の肩に顔をぶつけてびくっと起きる。

 

「す、すいません。少しうとうとしていました……」

「大丈夫か? 仮眠用の部屋がいくつか用意されてるし、寝ててもいいんだぞ? アイリスも寝てんじゃねえかな」

「いえ、私は義賊捕縛には役に立たないかもしれませんが、推理だけして後は全て任せるというのも、一応は騎士団の一員としてどうかと思いますからね。それに、アイリスも多分頑張って起きていますよ。私だけ寝るわけにはいきません」

「お前がそう言うなら止めないけど……まぁ、安心しろよ。義賊が来たら、俺が必ず捕まえてやる。俺は元々夜型だし、夜更かしもそこまで辛くないしな。あと義賊だか何だか知らんが、イケメンは全員俺の敵だ」

「……えぇ、頼りにしていますよ先生。それにしても、相変わらずイケメンが大嫌いなのですね。私は、先生の顔も全然ありだと思えてきましたし、そこまで卑下しなくてもいいと思いますが」

「それってあれだろ、ブサイクでも三日で慣れるみたいな慰めになってない慰めだろ」

「ふふ、違いますって。……ほら、よく見せてください」

 

 そう言うと、めぐみんは俺の頬にひんやりとした両手を当てて、顔を近付けてくる…………いや近い近い近い!

 あまりに近いもんだから、めぐみんの真紅の瞳に俺が映っているところまで見えてしまう。

 

「…………やっぱり、私は先生の顔、結構好きですよ?」

「わ、分かった、分かったからもういいだろ。こんな所、誰かに見られたらいよいよロリコン疑惑を否定できなくなっちまう」

「この雰囲気でそういう事言いますかね。というか、アイリスにキスなんてしたのですから、疑惑ではなくて普通にロリコンでしょう先生は。今更何を取り繕おうとしているのですか」

「ロリコンじゃねえから! 10歳とか12歳は対象外だから!! それにキスしたって言っても、ほっぺに軽くされただけだし、そんなのノーカンだノーカン!」

「……では、口だったらノーカンではないのですかね?」

 

 くすくすと笑いながら、至近距離でそんなことを言ってくるめぐみん。

 

 ……よし、コイツにはここらで分からせてやる必要があるようだ。

 俺の恋愛経験が乏しいのは事実だが、だからといってこんなやられっぱなしで我慢できるわけがない。調子に乗りすぎだ。覚悟しろよ、この魔性の女気取りが……。

 

 俺は真剣な目でめぐみんを見つめると、その両肩をガシッと掴んだ。

 その行動は予想外だったのか、めぐみんはびくっと震えて、恐る恐るといった様子で。

 

「あ、あの……先生? どうしました、目が怖いですよ? ……え、えっと、分かっていますよ、先生がロリコンではないって事くらい……ちょっとからかっただけで…………きゃあっ!!!」

 

 めぐみんが何やら言っているが、そんなものを大人しく聞いてやるつもりはない。

 俺はめぐみんをソファーの上に押し倒し、そのまま覆いかぶさるようにする。

 

 これには流石のめぐみんも、顔を真っ赤にして。

 

「ま、待って、待ってください! ダ、ダメですって……!!」

「何がダメなんだよ、そっちから散々誘ってきやがったくせに。お前、自分のことをオトナだとか言ってたし、ここで本当に大人にしてやるよ。ありがたく思え」

「ほ、本気ですか!? あの……わ、私、初めてですし……せめて個室で……!!」

「はぁ!? お前なにバカな…………ごほん。ダメだ。ここでする」

「鬼畜!!! 先生の鬼畜!!!!!」

「鬼畜で結構。そんなの散々言われてきたことだし、今更そんなこと気にするわけねえだろ」

 

 危ない危ない……混乱してるのか知らんが、コイツがいきなりバカなこと言いだすから、つい素に戻るところだった。何がせめて個室で、だ。

 

 俺はめぐみんに覆いかぶさったまま、ゆっくりと顔を近付けていく。

 めぐみんはそれを見てごくっと喉を鳴らし、わずかに身じろぎをして微かな抵抗を見せていたが…………やがて、目をぎゅっと閉じて、動かなくなってしまった。…………いや、諦め早すぎるだろ……もっと抵抗しろよホント大丈夫かよコイツ……。

 

 まぁでも、ここまで動揺させられたなら満足だ。

 俺は、顔を真っ赤にして固まっているめぐみんをニヤニヤと眺めて。

 

 その額に、強めのデコピンをぶち当てた。

 

「いたあああああああああっっ!!!!! えっ……ええっ!? い、いきなり何を……!!」

「ぶははははははははははははっっ!!!!! なに本気にしてんだよバーカ!!! くくっ、俺がお前みたいな子供に手を出すわけねーだろ!! これに懲りたら、子供は子供らしく、背伸びして妙な空気出して俺をからかうとかはやめる事だな!!!」

 

 今まで散々やられてきた事もあって、めぐみんに完璧な仕返しを出来たことにスカッとして、笑いがこみ上げてくる。ざまあみろ、俺だってやられっぱなしじゃねえんだ!

 

 めぐみんはしばらくポカンとしていたが…………やがて顔を俯かせてしまった。

 

 はっ、次は泣いて俺の動揺を誘うつもりか?

 甘く見られたもんだ、そんなものが何度も通用する俺じゃない。

 

「おいおいどうした、オトナなめぐみんさんよー! もしかして、泣いちゃったんですかー? ごめんごめん、オトナならこのくらい平気だと…………うおおっ!?」

 

 言葉の途中で、いきなりめぐみんが体当たりをしてきた!

 突然の不意打ちで、俺はされるがままにソファーの上に転がされ、めぐみんが覆いかぶさってくる。さっきまでとは逆の状態だ。

 

 めぐみんはまだ顔を真っ赤にしているが、今はそれが照れによるものなのか、怒りによるものなのかは分からない。両方かもしれない。いずれにせよ感情が昂ぶっているのは確からしく、その真紅の瞳は爛々と輝いている。

 

「……先生をからかい過ぎた事は謝りますよ。でも、だからと言って、覚悟を決めた女性に対してこの仕打ちはあんまりだと思うのです」

「な、なんだよ……俺は謝らねえぞ……」

「別に謝らなくてもいいですよ。これから先生には、責任をとって最後までしてもらいますから。冗談では済ませませんよ、私が子供などではないという事を分からせてやります。どうしても許してほしければ、誠意を込めて謝ってください」

「はぁ!? お前何言って…………あぁ、いいよ、やれるもんならやってみろよ! どうせそんな度胸もないくせに!! ほらほら、抵抗なんかしねえから、ご自由にどうぞどうぞ!!」

「では絶対抵抗できないように、そこにある相手を麻痺させる魔道具で身動きを封じてもいいですか? あとスキル封じの魔道具もあるみたいですし、それも」

「はっ、そんなんで俺がビビるとでも思ったか! いいよいいよ、好きにしろよ!!」

 

 本来なら魔道具はこんな所で使うべきではないのだろうが、そんな事は関係ない。これはめぐみんとの真剣勝負だ。負けた方は、これから舐められ続けることになるわけで、決して負けるわけにはいかない。

 

 俺はコイツが本当に一線を越える事なんて出来るはずないと分かっている。なんせ、ちょっと抱きしめただけでも泣き出した奴だ。さっきだって、俺が押し倒したらあれだけ動揺していたわけだし。

 つまり、俺は何も抵抗しないで、どんっと構えているだけでいい。それだけで俺の勝ちだ。

 

 めぐみんは黙々と俺に魔道具を使っていく。体が麻痺し、スキルが封じられた。

 あれ、でもこれ、今義賊が来たら俺、何も出来ないような…………まぁいいか。義賊なんか知らん。とにかく今は、コイツの鼻っ柱を折る事が全てだ。

 

 めぐみんは俺がろくに動けないことを確認すると、そのまま仰向けの俺の上に乗っかってくる。

 

「では、脱がしますね」

「えっ……ぬ、脱がすの……?」

「当たり前でしょう。脱がずにどうやってするのですか。……あ、いえ、そういうプレイもあるのかもしれませんが、初めては普通にしたいですし……」

「……そ、そうだな、うん…………でも、ほら……俺だけ脱いでも仕方ないじゃん? お、お前も脱ぐことになるわけだけど、そこんとこ分かってんの……?」

「わ、分かっていますよ。私もちゃんと脱ぎます。ですが、まずは先生からです。……謝るのなら今の内ですよ?」

「だ、誰が謝るか!! お前こそ、怖気づいてんじゃねえか? どうせ引っ込みつかなくなってるだけだろ! お前こそ強がってないでさっさと…………うひゃあ!!! ちょ、ちょっ、まっ……!!!」

 

 めぐみんが俺の紅魔族ローブを勢い良く剥ぎ取り、シャツを脱がしてきた!

 あまりにも突然のことだったので、口から情けない声が漏れ、めぐみんは俺の半裸を見ながら瞳を輝かせて不敵に笑う。

 

「ふっ、なんですか今の声は。体だけ大きくなって中身は子供のままな先生には刺激が強すぎましたか?」

「ぐっ…………べ、別にそんなことねえし! ちょっと驚いただけだし!! お前こそ、俺の半裸見て内心ドキドキしてんだろ!!」

「そんな事ありませんよ、上半身裸の先生を見たって私は何とも…………い、意外といい体していますね。冒険者でも高レベルになるとこうなるのですか……」

「ひぃぃっ!!! お、おまっ、何エロい手付きで触ってんだよこのエロガキ!!!」

「エ、エロくなどありません! 普通に触ってみただけですよ!! な、なんですか、ギブアップなのですか!? これからもっと凄いことするのに、今からそんなでは保ちませんよ!!」

「っ……ギブアップなんざするか!!! 今のもちょっと驚いただけだ、全然平気だからどんと来い!!! …………ひゃうっ!!!!!」

「ふふ、そう言っている割には、ちょっと触られるだけでも派手に反応しているようですが」

 

 めぐみんの細い指が俺の上半身を這い、背筋にゾクゾクとした何かが走るのを感じる。

 なにこれ……なにこれ! 俺が過敏なだけなのか、それともコイツの手付きがエロ過ぎるからなのかは知らんが…………すごくヤバイ!!

 

 しかし、ここで音を上げるわけにはいかない。

 見れば、めぐみんだって決して平常心ではない。顔を真っ赤にしているし、目も泳いでいる。

 

 俺は何とか耐えきろうと、歯を食いしばりながら。

 

「くっ……ふぅぅっ……!!!」

「ちょ、ちょっと、流石に反応し過ぎではないですか……? あ、あの、私まで妙な気持ちになってくるのですが……」

「そ、それならもうやめろよ! 人の体ベタベタ触りやがって!! あと、俺が触られて反応するのは普通だけど、触ってるお前はモジモジし過ぎだろ!!! なに発情してんだよ!!!」

「は、はつじょ……ちちちち違います! これは、その、生理現象であって……」

「だからそれを発情っていうんだろうが!! この変態!!! 痴女!!!」

 

 その言葉に、めぐみんは俺の体を触る手を止め、俯いたままぷるぷるし始める。

 よし、いける……これはいけるぞ! やっぱりコイツはただの子供で、これ以上やる度胸もない!!

 

 俺は勝利を確信して、ニヤリと口元を歪め。

 

「あれー? オトナなめぐみんさん、手が止まってますよー? もっと凄いことするんじゃなかったんですかー?」

「…………」

「おーい、めぐみんさーん? 変態やら痴女やら言われて、恥ずかしくて動けなくなっちゃっためぐみんさーん? 本当は一杯一杯だったのに、必死に隠して頑張って攻めてためぐみんさーん?」

「…………」

「……ったく、もう限界だろ、素直に降参しろよ。変なとこで意地を張るからそうなるんだ、これからはもっと考えて物を…………おい? な、なんだよその顔は……」

 

 めぐみんがゆっくりと顔を上げてこちらを見た。

 その目は真っ赤に光り輝いていて、口元には引きつった笑みが浮かんでいる。

 

 そして。

 

「分かりました…………よーく分かりましたよ先生。いいでしょう、紅魔族は売られたケンカは買うのです。私の本気、見せてやりますよ!!!!!」

 

 めぐみんが、俺のズボンに手をかけた!

 そのまま「うへへ」とか気味の悪い笑い声を漏らしながら、カチャカチャとベルトを…………おいおいおいおい!!!

 

「えっ!? ちょ、や、やめっ……何なのお前!? おい待て、ホント待て!!!!! お前自分が何やってるか分かってんの!?」

「何を焦っているのですか! 私達はこれからセッ○スするのです、ズボンを脱がすのは当たり前じゃないですか!! 何ですか、今更ビビってるんですか!?」

「本気かお前!? よし分かった、一度落ち着こうか! そんで改めて今のこの状況を見てみよう…………ひゃああああああああああ!!!!!」

 

 ずるっと、ズボンを脱がされた。

 

 ヤバイ! マジでヤバイ!! 完全に暴走してやがるコイツ!!!

 めぐみんは俺から脱がしたズボンをそこら辺に放り投げると、危ない感じの笑みを浮かべて手をワキワキとさせてパンツ一丁になった俺を見下ろしている。

 

 このままだと本当に洒落にならない事になる!

 俺は大慌てで。

 

「め、めぐみん、聞け! 俺が悪かった!! 本当にごめん!! ごめんなさい!!! お前は全然子供じゃなくて立派なオトナだ!!! だからもう許してください!!!!!」

「その言葉は大分遅かったですね!! くくくっ、さぁ、その惨めな包茎チ○コを晒してもらいましょうか!!!」

「ほほほほほほ包茎じゃねえし! ちゃんと剥けてるし!! いや待て、だからって確かめようとすんな止まれ!!! …………そ、そうだ、お前、これって俺とセ○クスしようとしてんだろ!? じゃあ、俺だけ脱ぐのはおかしいだろうが、お前も脱いでみろよ!!!」

「いいですよ」

「……えっ、お、おい、何してんだよ……なに本当に脱ぎだしてんだよお前はあああああああああああああああああ!!!!!」

 

 めぐみんは人のことは脱がせても、自分が脱ぐことはできないと思っての反撃だったのだが、予想に反して全く抵抗もなく素直にするすると脱いでいく。

 

 俺の叫び声を聞いて、めぐみんはきょとんと首を傾げて。

 

「どうしました? 先生が言ったのではないですか、私も脱げと」

「確かに言ったけど、本当に脱ぐとは思わねえだろうが!!! おい待て、お前の裸なんざ見ても俺の息子は全く反応しないが、状況的にかなりヤバイ感じになるからやめろ!!! いや、やめてください!!!」

「…………この期に及んで、まだそんな事を言いますか」

「な、なんだよ、今度は何する気だよ……お、おい、分かってんのか? これ以上は本当にありえないからな……? 聞いてる……?」

 

 とりあえず脱ぐのは止まってくれたが、今のめぐみんの状態はかなりマズイ。

 制服のローブは脱ぎ、ネクタイも外し、シャツのボタンを上からいくつか外して、薄い胸元が見え隠れしている。しかも、その状態でパンツ一丁の俺にまたがっているわけで、こんな所を誰かに見られたら…………ちょ、ちょっと待て。

 

 さっきまでは頭に血が上っていて、俺もめぐみんも全く気にしなくなっていたが、ここは個室でも何でもなく広間のソファーだ。今は誰もいないが、いつ誰が来てもおかしくなく、おまけにさっきから散々叫びまくっていたわけで、ここまで誰も来なかった事が奇跡だとも言える。

 

 こんな所を誰かに見られたら色々と終わる。

 その事実に、一瞬俺の頭が真っ白になった時。

 

 めぐみんの手が、パンツにかかった!

 

「ひぃぃぃぃいいいやあああああああ!!! それはヤバイ!!! ほんとヤバイから!!!!! マジで洒落にならないから!!!!!」

「反応しないならさせるだけです!!! 大丈夫です、先生は安心して身を任せていればいいですから!!!」

「どこが大丈夫だふざけんなよお前!? ちょっ……や、やめ…………やめてえええええええええええええええええええええええ!!!!! だ、誰かああああああああああああああ!!!!! 痴女に犯されるうううううううううううううううううううううううう!!!!!」

 

 もう恥も外聞もなく、俺は涙目で叫ぶ!

 こわい! マジでこわい!! どうなるの!? どうなっちゃうの俺!?

 

 しかし、その時。

 もうバレても構わないと捨て身のSOSが功を奏したのか。

 

 

 絶体絶命の俺に、救世主が現れた。

 

 

「何をしているのですか?」

 

 

 静かだが、それでいて圧力を感じる声が聞こえてくる。

 

 第三者のその声に、めぐみんはようやく我に返ったのか、びくっと震えて俺のパンツから手を離して恐る恐るそちらを見る。

 俺は体が動かないので、何とか目だけを動かして見てみる…………と。

 

 そこには金髪碧眼の王女様がいて。

 今まで見たこともない、身も凍るような冷たい目をこちらに向けていたそうな……。

 

 

***

 

 

「バカなのですか? お兄様も、めぐみんさんも、大バカなのですか?」

「「…………」」

 

 ぐうの音も出ない。

 

 俺とめぐみんは服装を整え、アイリスの前で二人並んで正座していた。

 アイリスは心の底から呆れ果てた表情を浮かべていて、その両隣ではクレアとレインが痛む頭を押さえていた。

 

 あの後、俺達はアイリス達に正直に説明した。

 めぐみんが色目を使って俺をからかってきたから、俺も反撃として冗談で押し倒して襲うふりをしたら、めぐみんが怒って本気で襲うとか言い出したので、どうせそんな度胸もないだろうと思って自分の身動きやスキルを封じて好きにさせていたら、めぐみんが暴走してあんな事になったと。

 

 こうしてまとめてみると、本当にバカな事してたな俺達……。

 深夜ということもあって、ちょっとおかしいテンションになっていたのかもしれないし、今日義賊を捕らえられなかったらマズイという緊張感も変に作用したのかもしれない。

 

 しかし、麻痺が解けるまでパンツ一丁で放置しておくというのもアイリスにとって目に毒ということで、クレアとレインに服を着させてもらったのだが、何というか、情けなさすぎて泣きたくなった。めぐみんはあまりにも恥ずかしかったのか、しばらくの間使い物にならなかったし。

 

 俺は、もう何度目か分からないが、頭を下げて。

 

「本当にごめんなさい…………今回ばかりはマジでどうかしてた」

「わ、私もです……その、自分でもどうしてあんな事をしてしまったのか……ごめんなさい……」

「もう……本当にビックリしましたよ。突然お兄様の悲鳴が私の部屋にまで聞こえてきたのですから」

「そ、そっか、ごめん…………でも、それでよく他の騎士には見つからなかったな……不幸中の幸いってやつか……」

「いえ、思い切り見つかっていたようですが」

「「えっ!?」」

 

 驚愕の表情を浮かべる俺とめぐみんに、クレアが言い難そうに。

 

「……騎士の何人かは、私達が来る前に二人の声を聞きつけて様子を見に行ったようだが……貴様とめぐみん殿が、その、ソファーでもつれ合っている所を見て、邪魔しないようにそっとその場を後にしていたようだ」

「っ……!!」

 

 めぐみんは顔を真っ赤にして小さくなってしまう。

 コイツのこういう反応は新鮮なのだが、残念ながら俺にはそれを楽しむ余裕はない。俺もメッチャ恥ずかしいです……!

 

 そんな俺達に、アイリスは深々と溜息をついて。

 

「とにかく、深く反省してもう二度とこのような事を起こさないでください。次やったら問答無用で内定取り消しですからね。分かりましたか?」

「「はい……すみません……」」

 

 めぐみんに関しては今まで騎士団で散々やらかしてきたので、これでアウトかもと思ったのだが、何とか温情を貰えたようだ……やっぱりアイリスは優しいなぁ……。

 

 こうして、一時はどうなるかと思ったが、何とかまとまってくれた事にほっとしていると。

 何故かアイリスが、ほんのりと頬を赤く染めて。

 

「そ、それで、あの……その代わりと言っては何ですが……」

「ん、なんだ? 何でも言ってくれよ、こんな事やらかしちまったんだし。なっ、めぐみん?」

「えぇ、今回ばかりは完全に私達の落ち度ですし……」

 

 今回ばかりはというか、他のお前のやらかしも大体お前が悪いけどな。

 そんな事を思っていると、アイリスは言い難そうにちらちらと俺を見て。

 

「いえ、めぐみんさんではなく、お兄様にお願いしたいことがあって…………そ、その、私にも、お兄様の上半身を触らせていただけないでしょうか……?」

「えっ」

「なっ……何を言っているのですかアイリス様!?」

「い、いけませんよ! そんな、王女様が、と、殿方の体に触るなど……!」

「だ、だって、めぐみんさんだけズルいではないですか! 私もお兄様の体を触ってみたいです!!」

 

 お、俺はどうすればいいんだこれ。

 正直言うと、体を触られるのはかなりむず痒いので遠慮してもらいたい所なのだが、あんな事をやった俺達を許してくれたアイリスの頼みであれば、出来るだけ聞いてあげたい。

 でも、触らせたら触らせたで、クレア辺りが面倒な事になる予感しかしない。

 

 すると、めぐみんが小さく咳払いをして。

 

「……そ、そんな、わざわざ触る程のものでもなかったですよ。意外と引き締まった体をしているので、私達女の体のように柔らかくもなく、がっちりとした感触が新鮮で、掌から直に伝わってくる先生の体温で妙な気持ちになったりもしますが、その程度のものです」

「それは自慢しているのですよね!? さぁお兄様、服を脱いでください!!」

「わ、分かったよ、アイリスが触りたいって言うなら……」

「何脱ごうとしているのだ貴様ああああああああ!!!!! アイリス様も冷静になってください! 殿方の体を触りたいというのであれば、ジャティス様などにお願いするのではダメなのですか?」

「ダメです! 私は好きな男性の体に触れたいのです! 直に感じたいのです!!」

「ア、アイリス様! 今あなたはかなり危ういことを言っていますよ!?」

 

 そんな風に、クレアとレインはしばらくアイリスを説得するのに苦労して、俺は服に手をかけたまま、その流れを見ていることしかできなかった。

 あと、アイリスに対して得意気な表情を浮かべているめぐみんは、この仕事が終わったら何かしら制裁してやろう。

 

 

***

 

 

 何とかアイリスをなだめて、一段落ついた後。

 暇なら仕事をしろと言われた俺とめぐみんは、見回りということで、二人で屋敷の廊下を歩いていた。

 

 俺は隣を歩くめぐみんに向かって。

 

「そういやお前、もう眠気とかは大丈夫なのか?」

「えぇ、まぁ……あ、あんな事があれば目も覚めますよ……」

「そ、そっか。そうだよな……」

 

 何だろう、すごく気まずい。

 あの時は妙なテンションになっていて、勢いに任せて色々やらかしてしまったが、冷静になって思い返してみると本当に恥ずかしくなってくる。なに体触られて変な声出してんだよ俺……。

 

 そのまま、少しの間微妙な沈黙が漂った後。

 めぐみんがちらちらとこっちを伺いながら。

 

「……あ、あの、念の為聞いておきたいのですが…………見ました?」

「え、何を?」

「…………む、胸です」

 

 そう言って、めぐみんは顔を赤くして俯いてしまう。

 ……何だよ、何なんだよこの空気! 凄くいたたまれないんですけど!!

 

 めぐみんが聞きたいことはよく分かった。

 あの時、めぐみんはシャツのボタンをかなり際どい所まで開けていた。見られていたかもしれないと考えるのは当然だろう。

 

 俺は目を逸らして。

 

「見てないよ」

「何故目を逸らすのですか!? 見ましたね!? 見たのですね!?」

「見てないよ。でも、あれだ、仮に見ていたとしても俺は悪くない。ブラもしてないお前が悪い」

「やっぱり見たんじゃないですか!!! それに、その、ブラは……私にはまだ早いというか……」

「でも小さくても付けた方がいいって聞いたことあるぞ? 言ってくれたら、この間の服屋で一緒に買ってやったのに」

「い、いいですよ! ブラ買ってもらうとか流石に恥ずかしいです! というか、乙女の胸を見たというのに何ですかそのいい加減な態度は! 先生の場合、もう一生見られない可能性だってあるのに随分と余裕ですね!」

「い、一生見られないとか言うな! つーか、俺だって胸くらい見てるっての! ゆんゆんとか……ゆんゆんとか!! 何だよ、もしかして感想とか言ってほしいのか? ……まぁ、あれだ、強く生きろ」

「それ貶していますよね明らかに!!! あとその可哀想なものを見る目もやめてください!! 私はまだ12歳ですし、これからですから!!!」

 

 そうやって顔を赤くして噛み付いてくるめぐみん。……よし、いつもの空気が戻ってきた。

 その事に俺は安堵するが、さっきアイリス達に怒られたばかりなのに、またすぐ騒ぐのもマズイと思い。

 

「そんな大声出すなって。そろそろ真面目に仕事しないと、本当に追い出されちまうぞ?」

「ぐっ……わ、分かりました。この事に関しては後でじっくりと話し合いましょうか。…………それにしても、何故この辺りはこんなに気味の悪いモンスターの剥製ばかり飾っているのでしょう……」

「さぁ……もしかして、この辺に何かやましいものでもあって、人を寄せ付けたくないのかもな。まぁ、そんなビビんなって。もし剥製が浮かび上がって飛んできても俺が何とかしてやるから」

「な、何を言っているのですか、そんな事あるわけ……」

「いや、結構あるんだよ……こういうデカイ屋敷なんかは特に霊的なモンも住み着いたりするからな。ポルターガイストくらい聞いたことあんだろ?」

「っ……そ、そうなのですか……先生は、そういうのは平気なのですか……?」

「最初はビビってたけど、もう慣れたな。冒険者やってればアンデッドを相手にするなんて良くある事だ。余程の大物でもなければ『ターンアンデッド』で一撃だし、普通のモンスターより楽だよ。ふっ、怖かったら、ちょっとくらいならくっついてもいいぞ?」

「……では、お言葉に甘えて」

 

 そう言って、めぐみんは俺に身を寄せて腕を組んできた。

 ……え。思ってた反応と違う。そこはムキになって平気な振りをするところじゃないの?

 

 やっといつもの空気に戻せたと思ったのに、また妙な感じになってきた。

 俺は何とかこの雰囲気を変えようと、小さく咳払いをして。

 

「……ったく、そんな臆病じゃ冒険者としてやっていけな……あぁ、お前は騎士団か。でも、騎士団だって、アンデッドを相手にする事はそれなりにあると思うぞ」

「ゾンビとかスケルトンとかならまだいいのですが、亡霊的なものはちょっと苦手でして……いいではないですか。先生がくっついてもいいと言ってくれたのですよ?」

「それはそうだけど……その、こうも素直にくっついてくるとは思ってなくて…………もしムキになってたら、ちょっと脅かしてやろうと思ってたんだけどな」

「またそんなろくでもない事を考えて……具体的にはどんな事をしようと思っていたのですか?」

「魔法で姿を消してから、芸達者になれるスキルを使ってゆんゆんの声真似をして『めぐみん、どうして私から兄さんを奪ったの? 信じてたのに……許さない……』ってヤンデレっぽく囁やこうと思ってた」

「何とんでもない事考えてんですか!? そんな事してたら私、大パニックに陥っていましたよ! さっきアイリスにあれだけ言われたのに本当に懲りないですね!!」

 

 めぐみんはむっとしているが、腕は俺と組んだままで離そうとしない。

 これ、傍から見たら仕事してるってより、ただイチャついてるようにしか見えないんじゃ……いやいや、せいぜい仲の良い兄妹くらいにしか見えないはず…………でもソファーの上であれこれやってた時、他の騎士の人達は空気読んで立ち去ったみたいだしなぁ……。

 

 とはいえ、俺からくっついてもいいと言ってしまった手前、今更離れろとも言えない。

 仕方ないので、せめて人の目から逃れようと思い、近くにあった大きめの両開きの扉を指差して。

 

「……ちょっとここ入ってみようぜ」

「ここは書庫……ですか? な、なんですか、良い雰囲気だからって、人のいない所で先程の続きをしようとか言うつもりですか? ダメですよ、これ以上やらかすわけにはいきません。というか、節操なさすぎるでしょう、やれれば何でもいいのですかあなたは」

「ちっげーよ、自意識過剰にも程があんだろ。こんな所誰かに見られたら、ますます俺のロリコン疑惑が深まりそうだから、あんまり人目につきそうな所には居たくないんだよ」

「むっ……妙にロリコン扱いされる事を嫌がりますね先生は。もう既に変態やら鬼畜やら色々言われているのですから、今更ではないですか?」

「変態やら鬼畜やらは大体合ってるけど、ロリコンは合ってないから嫌なだけだ」

「何でしょう、ここまで堂々と開き直られると、いっそ清々しく思えてきます……ちなみに、変態な所や鬼畜な所を直すつもりは……」

「ない。バカなこと言ってないでさっさと入るぞ」

「バカなことを言っているのはあなたですよ……」

 

 扉を開けて中に入ると、すんと古い紙の匂いが鼻をくすぐる。

 そこはかなり大きめの書庫で、俺の背丈よりもずっと高い本棚が立ち並んでいた。紙を沢山使う本は高価なものなのに、よくここまで集めたものだ。

 

 めぐみんは一番近くの本棚に近付き。

 

「この辺りは全部モンスター関連の本ですね……ドラゴンなんかは貴族にも人気があるそうですが、ここの人はモンスターなら何でもいけるみたいですね。この『ゾンビと友達になる10の方法』という本なんて、とても正気の沙汰とは…………いえ、ゆんゆんなら真面目に読みそうですね……」

「そこまで末期なのか俺の妹は!? ゾンビと友達になる方法って、自分も死んでゾンビになるってオチだろ絶対!! ったく、あの変態お嬢様も、触手系モンスターとか服を溶かすスライムが好きだとか頭おかしいこと言ってたし、貴族ってのはホントろくなのがいねえな……」

「そ、そんなお嬢様がいるのですか……? 何というか、爆裂魔法を愛する私も、よく先生から変人扱いを受けていますが、そういう人達と比べたら随分とマシではないですか?」

「お前の場合、もう変なところは爆裂魔法関係だけじゃないだろ。12歳で年上の男を逆レ○プ未遂とか相当アレだぞ」

「そそそそそれはもう言わないでくださいよ!!! お願いですから忘れてください!!!」

 

 そんな事を言われても、アレはそうそう忘れられるものでもない。

 めぐみんは何とか話題を変えようとしているのか、顔を赤くしたまま、あちこち歩き回って本を眺めながら。

 

「ど、どれもモンスターの本ばかりですね……爆裂魔法に関する本などがあれば、こっそり持って帰ろうかと思ったのですが」

「目当ては本当に爆裂魔法の本だけかー? エロいお前のことだ、どうせエロ本も探してるんだろ?」

「ま、まだ言いますか! そんなもの探していませんよ、先生ではないのですから!! どうせ先生なんて、そういう本をいくつも部屋に隠し持ってて、ゆんゆんにバレては怒られているのでしょう!」

「もうその程度じゃゆんゆんは怒らねえよ、いかがわしい店に行かれるよりはマシだってさ。それに妹物を多めに置いとけば、むしろ機嫌良くなるし」

「兄が妹物のエロ本持ってて機嫌が良くなる妹ってどうなんですか……」

 

 何やらめぐみんがドン引きしているが、別におかしいことではないと思う。お兄ちゃん大好きな妹なら普通なはずだ……普通だよな?

 

 俺は適当に目に付いた本を抜き出しながら。

 

「まぁ、エロ本探しなら俺に任せとけ。隠し場所として定番なのは、こういうやたらと大きいカバー本の中にあったり…………」

「べ、別にそんなもの探さなくてもいいですから! どうして先生はすぐそうやって…………どうしました?」

 

 分厚いハードカバー本を手に取ったまま固まっている俺に、めぐみんはきょとんと首を傾げる。

 俺はそれには答えず、カバーの中身をめぐみんに見せた。そこには何冊もの薄い本がつめ込まれていて。

 

 その全てが、触手やスライムなどのモンスター関係のエロ本だった。

 

 表紙にはモンスターしかいないが、タイトルが『触手に犯されて……』などといったものなので、エロ本に間違いない。

 俺とめぐみんが、ほぼ同時にごくりと喉を鳴らす。

 

「……あったぞ」

「な、なに本当に見つけちゃってんですか……早く戻してくださいって……!」

「バカお前、エロ本見つけといて中身を見ないなんて人としてどうなんだよ」

「すみません、意味が分からないです。まず、よく知らない貴族の人の書庫でエロ本探してる時点で人としてどうかと思いますが……」

「なんだよ、お前だって気になってるくせに、このムッツリめ。いいよ、俺が勝手に読んで…………」

 

 俺はエロ本をパラパラとめくり…………固まった。

 そんな俺を、めぐみんが不思議そうに眺め、やがて恐る恐るといった様子で俺の肩越しに中身を覗き込んで……同じように固まった。

 

 確かに触手物だしスライム物でもある。

 でも、この本には一番肝心なものがどこにも写っていない。

 

 女……というか、人間が一人もいない。

 

 つまり、触手などが襲う相手も人外だった。

 それでも、姿形が美人だったなら、例え人外でも全然いい。ウィズみたいな綺麗なリッチーや、サキュバスみたいな可愛い女悪魔なら問題なく使える。しかし、ここに写っているのはそんな生易しいものではなかった。

 

 触手に襲われているのは雌オークがほとんどで、いくら俺でもこれは無理だ。使えない。しかも、よく見たら襲われているというか性処理に利用しているようにしか見えない。

 他にもゾンビやらスケルトンやら、もはや女かどうかすら全く分からないものまで、触手やスライムに変なことをされている。

 

 …………レベルが高すぎる。

 

 俺は無言でエロ本を元に戻し、引きつった表情で固まっているめぐみんをぼんやりと眺め。

 

「……お前って、よく見たらすっげー可愛いよな」

「このタイミングでそれを言いますか!? 全然嬉しくないのですが!!」

 

 せっかく褒めてやったのに、めぐみんは不満そうだ。

 

 それから俺達はしばらく書庫の中をうろうろとする。

 ざっと見回ったところ、当然というべきかこんな所に義賊が隠れているわけもなく、分かったことは、ここはモンスター関連の本が大半を占めているという事くらいだった。

 

 とりあえず、俺とめぐみんの間の妙な空気もなくなってきたので、そろそろ見回りに戻ろうかと思っていた頃。

 俺は少し気になる本棚を見つけて立ち止まった。

 

「……どうしました? またエロ本ですか?」

「ちげーよ。なんかこの本棚だけおかしくないか? 他はきっちり整頓されてんのに、ここだけぐちゃぐちゃだ。棚の上にまで本が積まれてるし」

「言われてみればそうですが…………えっ、まさか、そんなベタな事があるわけが……」

 

 めぐみんは俺が言おうとしている事が分かったらしく、戸惑った表情を浮かべている。

 

 そう、これはきっと小説なんかでよく出てくる仕掛け本棚とかいうやつだ。

 学校の図書室でも謎解き物の小説はいくつか置いてあり、俺も暇な時は読んだりしている。めぐみんやゆんゆんも本は嫌いじゃないらしいし、当然知っているだろう。

 

 俺は本を一つ一つ調べながら。

 

「さっきのエロ本の隠し方といい、ここの貴族はお約束はきっちり守る奴と見た。きっとここにも何か…………なんだこれ、背表紙に……印?」

 

 適当に抜き出した本の背表紙には、一見すると落書きのようにも思える、線のような模様のようなものがペンで書かれていた。そして、他の本の背表紙にも同じようなものが確認できる。

 これって多分……。

 

「めぐみん、出番だ。本の背表紙にある模様を繋げていって、何か意味のありそうな形にしてくれ」

「えー……これだけ数もありますし、とてつもなく面倒くさいのですが…………そうだ、先生が魔法でこの辺りをふっ飛ばせば、隠し扉やら何やらも見つかるのでは?」

「力技過ぎんだろお前それでも紅魔族随一の天才かよ……こんな所でそんな派手なことやらかすわけにはいかねえよ。後で俺が色々と弁償するはめになるだろうが。頼むよめぐみんさん、串焼き一本買ってやるからさ」

「どれだけ安い女だと思われているのですか私は!? ちょっと食べ物をちらつかせれば、ほいほいと言う事を聞くようなちょろい女ではないのですよ!」

「じゃあ霜降り赤ガニでも買ってやるから」

「分かりました任せて下さい! こんな謎解き程度、紅魔族随一の天才にかかれば何でもないですよ!!」

 

 ちょろい女で助かった。

 

 めぐみんは先程までとは打って変わって、やる気満々で次々と本を手に取りながら試行錯誤していく。そして、本を棚に収めていくにつれて、段々と全体の模様が見えてきた。ドラゴンっぽいなこれ。

 

 めぐみんは本棚によじ登って一番上の段に本を収め、俺はぼけーとそれを後ろから眺めながら。

 

「よくそんな早く解けるな。普段はとてもそうは見えないけど、お前って頭いいんだよな」

「ふっ、能ある鷹は爪を隠すというやつですよ。この私の優秀な頭脳は、そうやすやすと使うべきものではないのです……」

「そんなパンツ丸出しでドヤ顔されても」

「っ!? み、見えてるならそう言ってくださいよ!! 何かじっと見られているなとは思っていましたが、そういう事ですか!!!」

 

 めぐみんは顔を赤くして本棚から飛び降り、スカートを押さえてこちらを睨む。

 

「なに怒ってんだよ、お前だって俺のパンツ見たんだからこれでお相子だろ」

「せ、先生のパンツなんて、別に見たくて見たわけじゃないですよ! あれは、その、流れというか何というか……」

「お前のパンツだって見たくて見たわけじゃねえよ。ちょうど視界にあったからガン見しただけだ。というか、パンツの一つや二つで騒ぎすぎだろ。ゆんゆんなんて、何度俺に風呂を覗かれて裸を見られた事か」

「妹と妹の友達では全然違うでしょう! あと、いくらゆんゆん相手でも