まったり転生~魔獣創造を手に入れし者 (ドブ)
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原作開始前
転生初日からサバイバル!?


なにも考えずに書いた。


転生した。

 

 

死んだ理由はわかんないけど自分は一度死んだ。ま、死んだ理由どころかその前の生活だってよく覚えてないんだけどね。とにかく大事なのは僕が違う世界に転生したということだ。

 

 

水たまりに写る違和感ありまくりの幼い金髪碧眼の誰かさん。うん、手をにぎにぎしてもわかるけど小っちゃい。大体五歳ぐらいじゃないかなって思う。

 

 

名前はレオナルド、親に捨てられここにいます。絶賛助けを求め中。

 

 

まぁそもそもなんで親に捨てられたのかっていうとそれはわからない。何せ、転生した、とか僕の自意識が浮かび上がったのもたった今だからね。おぎゃーで始まる赤ちゃん転生とかじゃなかったみたいなんだなこれが。

 

 

赤ちゃんだし、前世の記憶受け継ぐには脳の容量足りなかったんじゃないかな、たぶん。前世のことよくわからないのとかもたぶんそれが原因。

 

 

でも覚えてることもある。ハイスクールD×Dのことだ。

 

 

いやたぶん、おぼろげな記憶をたどるにこれって前世で読んだファンタジー作品だと思うんだけど、なぜかこれを読んだ記憶だけがはっきりと残っている。

 

 

お前の人生もうちょっとなんか印象的なことなかったのかよ、と前世の自分につっこみをいれたいところだけど、僕はこれをただの偶然と認めない。っていうとかっこいい。

 

 

僕の前世が切なかったんじゃない! 世間が切なかっただけなんだ!

 

 

まぁとにもかくにもこれは妙だろう、と考え引っかかったのが、かろうじて今世の自分のパーソナリティとして覚えていた名前。レオナルド。

 

 

レオナルドって確かハイスクールD×Dでは神滅具「魔獣創造」の宿主でアンチモンスターでひゃっほぉおおいしてた人だったよな…………と思い出した時点で勝ち組キタコレ、僕は吠えた。

 

 

だって魔獣創造って神滅具の中でも上位に属する神器で、しかもですよ、魔獣TUEEEってやってたときは魔王の眷属や皇帝の眷属を苦戦させたあの神器ですよ? もうチートなんて話じゃないじゃないですかぁ~? 

 

 

なんで死んだかわかんないけど、とりあえず死んでよかった。軽いなって自分でも思うけどそもそも前世のことろくに覚えてないんだから仕方ない。ハイスクールD×Dとかハーレム上等チート上等な世界に生まれたんだから、むしろ前世はこのために生きていたじゃないかとすら思う。

 

 

いやいや待て待て、安心するのはまだ早い。そもそもハイスクールD×Dの世界と決まったわけじゃないし、神滅具もってるレオナルドさんじゃない可能性もあるし~とか言いつつも神器の存在は感じるんだなこれ!

 

 

なんだろう、内なる力っていうの? そういうの、自分持ってるんで、はい。何か持ってる人生ってこういうの言うんだろうな、って思います。

 

 

原作通りだと禍の団とか入って失敗しちゃうけど、結果がわかりきってるのだ。そんな失敗は僕は犯さない。それにハーレムとかやりたいしね。なんでわざわざテロリストにならなきゃいかんのかと。どうせなるんだったらペロリストになりたい。

 

 

そしてその目標は神滅具とか持っている時点でもう達成したも同然。高望みするからだめなんだよ、人生そこそこ、才能一番! 努力? なにそれおいしいの?

 

 

しかも、まだ僕は五歳くらいなのだ。原作のおおよそ何年前だ? レオナルドの年齢原作ででてないからわからないけど、まぁ十年前くらいだろ。このアドバンテージはでかい。もしかしたら僕の嫁、子猫ちゃんもうまくやれば黒歌と一緒にいただけちゃったりして!? そうでなくても原作まで十年ある。幼いころに原作キャラと接触できれば、ぐふふ、攻略なんて楽勝でしょ、幼馴染、あるいは昔の約束フラグは物語のすべてを覆しますよ、ええ。

 

 

ああ、悪くない悪くない。ふっやっぱり幼児は最高だぜ!

 

 

悦に浸ってよこしまな望みを抱いて笑うレオナルド、御年五歳である。

 

 

ひとしきり笑ったところで、おなかがくうとなる。

 

 

腹が減っては戦もできぬしなぁ、とりあえず腹ごしらえでも…………

 

 

と、そこであたりを見て気づく。見渡す限りの木々。地面を敷き詰める青々しい草草。飛んで火にいるインセクト。

 

 

 

 

え、ここどこ?

 

 

 

 

あーあーあー、なるほどぉ、理解しましたぁ。そういやレオナルド少年、親に捨てられたんだっけー。まぁ禍の団とか入っちゃうぐらいですから? まっとうな育ち方はしてないと思ったんですけど、まっさかこの年で親に捨てられるとはwwwwwしかも荒野wwwwwwどうしろとwwwwレオちゃん不憫wwwwご飯は? 水は? ママァああwwwwwww

 

 

…………あ、人生詰んだ。

 

 

 

 

 

 

人生の勝利を確信した途端、一気に突き落とされたレオナルド君五歳! さぁ彼はどうする! 次回! さらばレオ君、地獄で会おう! こうご期待!

 

 

 

 

 

 

 

待て待て待て落ち着けぇ、落ち着けぇぃ、俺。

 

 

スペック的には勝利しているんだ、この場を乗り切るだけの条件は揃っているはず……これだけ深そうな森だ、食えるもんはあるだろう。知識ないけど。ハイスクールD×Dにはそんなサバイバルなこと書いて…………あった! 

 

 

確かあれはそう、イッセーが山籠もりした際だ。確か奴は野草とか食ってたはず。タンニーンの助言を受けて…………助けてぇ~~タンニンエモン!

 

 

くそぉ! どうすればいいんだ! そもそも五歳児の分際でサバイバルとか森なめすぎだよ! つうか人生の発着駅が森とかどうなの! なんで両親はよりにもよってここに捨てたの! もっと町に捨ててよ!! え? なに? 森の動物が勝手に始末してくれる? 肉食動物いんのかよ! この森!! お父さん去り際の一言!! もうちょい、ごめんなぁ、とか言ってけよ! 始末の話とか心の中でやっとけ! 俺を感動させろ!!

 

 

とりあえず、この状況なんとかできたら親殺す。それだけは心に決めた、お前だけのアンチモンスター、つくってやんぜ。

 

 

「けど、本当にどうしよう」

 

 

迫りくる死の予感。ピンチである。とりあえず食料と水がないと死ぬ。しかしこの身は未だ五歳。歩き回って捜し歩くだけの体力があるとも思えない。

 

 

「…………ないなら作ればいいじゃないか」

 

 

そうだ。俺の持っている神滅具、魔獣創造。これで食べられる魔獣を作り出せれば……イケる、これはイケる。神滅具の使い方が激しく間違っている気がしなくもないけど、仕方ない。今から初めて作り出す魔獣には潔く僕の食べ物になってもらおう。

 

 

創造するは“豚”

 

 

神経を集中させ、神器に力を注ぎこむ。

 

 

「我望むはおいしい豚。古より存在する神より与えられた力、魔獣創造よ! 我が望みに答えおいしい豚をこの地に出せ! あ、でもでっかい豚とか出されても困るんでちっちゃめの調理しやすい五歳児にやさしい栄養バランスに――――」

 

 

発動魔獣創造!

 

 

手の平から淡い光がはなたれ、僕の目の前で徐々に徐々に形作られていく、そのさまはまさに神秘。

 

 

そして光が引いていく。そこに現れたのは、

 

 

「おお! おおぉ!」

 

 

豚~ミニマムver~だった!

 

 

「ちゃ、ちゃんと作れた!」

 

 

初めての魔獣創造。今までの自分とは違った容姿、年齢、力から転生したんだという自覚はあったが、実際その力を行使してみるとその感動もひとしおである。

 

 

前世はファンタジーとは何の縁のない人生だったのだ。それがいきなり生命を作り出せるようになった、これに興奮を覚えずして日本男児と言えようか! 否、言えない!

 

 

「ふふふ、ははははっはっは、おっと落ち着け僕、僕の力はこんなもんじゃない。こんなことで喜んでいたらキリがないぞ、うっひょっひょ」

 

 

この程度で喜んでたまるか、嬉しくなんかないぞばかやろこんにゃろ、と見栄を張ろうとするもやはりにやにやは抑えられない。

 

 

それから三分くらい喜びっぱなしであった。

 

 

「さて食うか」

 

 

気を取り直して、目の前でうろうろする豚を眺める。そろそろ空腹がピークに達して活動限界を迎えそうだ。そうなる前に腹ごしらえをしよう。

 

 

目の前の豚をもちあげ…………おもっ、こいつおもっ! 早速食べようとする。

 

 

「あれ、これどうやって食うんだ?」

 

 

まず豚を食うには捌かなければならない。そのことを思い出したレオナルド君。しかし、

 

 

「捌き方なんてわからないし、そもそも…………」

 

 

この豚を殺せるのか…………? そこに疑問を感じるあたり、僕はどうやら前世では殺し屋とかではなかったらしい。健全な倫理精神がはぐくまれているようで何より。

 

 

「ぶ、ぶひぃ…………」

 

 

まんまるなおめめを潤ませて上目づかいでこちらをみる豚。こ、こいつ食い物として生まれたくせに同情を誘ってやがる…………っ。

 

 

「う、うるさい! お前を食わなきゃ僕は死んじゃうんだ!」

 

 

そうだ、こいつを食わなきゃ死んでしまう。

 

 

生存本能を喚起させ、なんとか豚の殺害に対する忌避を和らげようとする。そうだ、人は追い込まれればどんなこともやる、やれるはずである!

 

 

僕は豚を食う決意をなんとか固めようとした。そこでまたしても気づく。こいつをどうやって殺そう、かと。

 

 

幸か不幸か、僕はこの豚を掻っ捌く刃物類は持っていない。もちろん周りにもそんなもの見当たらない。となるとこいつを殺すには…………

 

 

「た、たたきつける、とか」

 

 

いや、持ち上げている時点で、おもっ、とか感じている幼児の筋力じゃそれもかなうかどうかわかったもんじゃない。ならそこらへんに落ちている石尖らせて抉るか?

 

 

…………無理だな。そこまで意識を殺害に向けられるとは思わない。やっている途中で根気が尽きて放り投げてしまうだろう。

 

 

「…………はぁ、だめだなこりゃ」

 

 

豚をぽとりと落として、その場に座り込む僕。

 

 

豚はその場にとどまって僕を見上げている。

 

 

「食うのは無理だ…………育てるか、育てて一年後に次世代に引き継がせるか、食べるか脳内会議で多数決をとろう、うんそうしよ」

 

 

戯言にも近い妄言を口から出して飢えをごまかす。

 

 

「はぁ…………のど乾いた」

 

 

実際飢えよりもこっちのほうが問題かもしれない。ほら水さえあれば一週間は生きられるらしいし。

 

 

かといって水たまりの水に手を出すほど切羽詰まっているわけでもない。

 

 

「…………ないなら作ればいいじゃないか」

 

 

本日二回目。言ってみたはいいけど、水出す生き物とか想像しにくい。しかもよしんば水を出す生き物がいたとして、それはなんか成分的にどうなんだろ。小便とか唾液とか。生物から排出される水分なんてそんなぐらいしか思い浮かばないし、それに体内で生成された水とか絶対なんかの液でしょ、そうじゃなかったとしても精神衛生上あまりよろしくない。

 

 

水を出す生物は、なしかなそう思った矢先僕にあるひとつの考えが生まれる。

 

 

いや、でも幼女ならイケるか…………?

 

 

幼女の聖水なら例え小便でも飲めそうな気がする。きっとこれには皆も同意していただけるはずだ。おもらしならばなおよい。地面に落ちたものでもぺろぺろできる。問題があるとすればそれは倫理。はたして幼女のおしっこを飲むことを生前健全に清く正しく生きてきた僕が耐えきれるだろうか、というもの。いざ幼女を創造したとして、万が一放尿間際躊躇って第一射を外そうものなら。僕は深い後悔に襲われるであろう。その可能性がないとは言えないのだ。ことは、放尿口と放射角度、水力、放射量、と多数の見極めが必要となる精密作業だ。そこに一片の躊躇でもあろうものなら、まず間違いなく失敗する。

 

 

その躊躇ないといえるのか?…………僕は心に問いかける。

 

 

人間窮地に追い込まれれば、なんでもやれるのだ。たとえそれが一般倫理から外れたものであったとしても性の前ではたちまち無力となる。

 

 

今がまさにそのときであった。事実僕が幼女を創造し、幼女の聖水をちょうだいすることに心傾いていることが、その状況を物語っていた。断じて僕が度し難い変態だからではない。

 

 

それに、おしっこは悪いものではないのだ。とある途上国では赤ん坊が一番最初に出すおしっこは非常に栄養価の高いものだとして信じられ、出そうになったら直接口でいただく習慣があるし、遭難者だってペットボトルに小便ためて急場をしのいだ事例があるではないか。

 

 

「生きるためなら矜持〈プライド〉など捨ててやるっ」

 

 

水たまりの水を飲まぬ矜持〈プライド〉はあっても幼女の聖水を飲む矜持〈プライド〉は捨てられるらしいレオナルド君、御年五歳である。

 

 

しかし、レオナルド君、実際創造するにあたって、いやさすがにないなぁ、と自分を諌められたことが何より賢明であるといえよう。その直前まで『我望むは異常に尿意に襲われる幼女、て感じかな…………くくっ、まぁ僕の水筒になるわけだから頻度もそれなりに高くて、幼女は間際になるともじもじするんだ、頬をあからめ内またになって我慢して我慢して聞く、お聖水はいりませんか? そこで僕は答えるんだ、あ、いまのど渇いてないかいいやって。そこから、ぐふっぐふふふっげへへへへ』と妄想などしていない。していないったらしていない。

 

 

「…………ふぅ。まぁ冷静に考えて、乳が出る牛とか創造すればいいよな…………」

 

 

ちなみに彼が冷静になったのは、賢者タイムに突入したからとかではない。

 

 

豚の純粋無垢な目を見て気づいたのだ。あれ、豚を生かしたあのころの僕の純粋さはどこへ行ったんだろう…………って。水たまりに映っていたのはゲスの顔だった。五歳児の。

 

 

気を取り直して、再び集中する。

 

 

「我望むは乳がいっぱい出るミニマムの牛、僕の渇きを癒す牛をください!」

 

 

パッとフラッシュし、目の前に現れる…………下腹部が風船みたいに孕んだ…………ゲフンゲフン、膨らんだ牛。どれくらいかというと足が地面に付いていないくらいである。っていうか乳の部分が膨らんで、あれだ、なんか、実寸大おっぱいマウスパッドっぽい。あ? それなら人間のおっぱいっぽいって言えばいいって? 実物見たことねーよ! ばーか!

 

 

「もぉ~~~」

 

 

なんにせよこれで当分の水は確保できたな。

 

 

ためしに飲んでみるか。

 

 

地面に足がつかず、つぶれた乳の上でじたばたする牛を引っくり返し、乳を表に向ける。なんか、あれだな…………ほんとうにおっぱいっぽい。

 

 

…………ふ、普通なら牛の乳はしぼるもんだけど、しぼっても入れる器がないからな! こ、これは仕方ない! 仕方のないことなんだ!

 

 

そう心の中で言い訳をして、牛の乳にしゃぶりつく。ごきゅごきゅと喉を鳴らして流し込まれる新鮮な母乳を嚥下した。

 

 

う、うまい! のどもかわいていただけに余計においしく感じられる!

 

 

「もぉ! もっもっもっももぉおおおお! もぉもももぉ! っもももももっもう!」

 

 

乳を吸っていると下敷きになっている牛がうめく。あまりの乳のおいしさに当初は気にしていなかったが。

 

 

「もぉ! ももうもぉおおおおもっもっももぉおおう! もっもっも! もぉおおおおん!」

 

 

「もっもっもっもっもっも! もふもふもふっもぉおんもおぉん!」

 

 

「もうん! もうん! もっもももっもうう!」

 

 

…………なんか妙な気分になってきた。僕は牛の乳を飲んでいるだけ、僕は牛の乳を飲んでいるだけ、そう念じながら必要以上に舌を動かし乳の先をねぶるよう飲む。

 

 

「もぉ!?」

 

 

するとより甲高い声を漏らして反応してくれる牛。

 

 

調子のって僕はペースをあげ勢いよく吸う!

 

 

ほらどうしたんだ? ここかここが気持ちええんか? お? 強弱をつけて吸い、反応をうかがう。

 

 

「もぉおおおおっ! も、もももも、もお!? もっももぉおお!」

 

 

ペースがつかめず、僕の言いようがままにあえぐ牛。強弱強弱弱弱弱。今度は焦らすように小出しに乳を出してはぺろぺろと意味もなく先をなめてみると、

 

 

「もぉ? …………おうおう! もぉおおお! もももーもももも」

 

 

焦れたように乳をこちらに押し付けてくる。やれやれほしがり屋さんだな、最初は嫌がってたくせに、ほらお望みのものをやってやる!

 

 

「もぉお! もっもっももももぉ! ももももうもう!」

 

ため込まれた乳が徐々に小さくなっていく。それに合わせて牛の反応も高みに上り詰めていく! 僕はラストスパートとばかりに力を振り絞って! そして!!

 

 

「ちゅぱぁあああ」

 

 

「うっっうぅうう、う、うもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 

最後の乳を吸い切った。

 

 

「はぁ、はぁはぁ…………」

 

 

「もっもっも…………」

 

 

僕の眼下には力尽き果てたように息を切らす牛の姿が。

 

 

最後は…………全力だった。飲みきれなかった乳が顔を濡らしていた。

 

 

僕はふと視線を感じ、横を見る。そこには変わらない瞳で見つめてくる豚の姿が。

 

 

いたたまれなくなり視線をそらせば、僕の真実を映し出してくれた水たまりが。そこに映し出された僕の顔はしろくとろみのある液体でぬれていた。

 

 

「なにやってんだろ……………………」

 

 

両手を顔に当てうずくまる。

 

 

転生生活初日。当面の水を手に入れ人としての尊厳を失い、僕の生活は始まった……

 



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やべぇよ、やべぇやつ生み出しちまったよ

「ふぅ、快適快適」

 

 

人生が勝ち組過ぎてやばい。

 

 

人としての何かを失って三日が経った。あれから自己嫌悪に浸っていた僕だったが、当座の寝床を探さねば、と二時間ぐらいしてから動き始め、見つけた先が、今住処としているこの洞窟だ。雨風は凌げるし、ちょっとした崖の中腹に立地しているために眺めもいい。この森の中でなかなかの良物件といえるだろう。

 

 

そのまま連れてきた豚を抱いて一夜を明かした僕は何かを忘れるように魔獣創造の能力の検証を兼ねて住居の改装を図った。え、牛はどうしたのかって? 捨てた。ヤリ捨てた。

 

 

まぁそんなことは置いといて、だ。この魔獣創造なかなかに使い勝手がいい。

 

 

何せ生命としてイメージがしっかりしていれば、なんでも生み出せる。

 

 

現にこの洞窟の照明はDQのおばけキャンドルだし。今座っている寝具は、創造した鳥の羽毛を敷き詰めたものだ。汎用性抜群ですね、ぼくの神器。まぁまさか神様も神をも殺せる神滅具がこんな使い方されるとは思ってもみなかっただろうけど。才能の無駄遣いすぎる…………

 

 

そしてあの時点では解決していなかった食事だが。

 

 

「…………そうだ、自分でできないなら他人にやってもらえばいいじゃない」

 

 

この発想のもと、肉を調理する専用の魔獣を創りだした。

 

 

人型魔獣、キルキルちゃん。

 

 

当初は小間使い的なメイド型魔獣でも創ろうと思ったのだが、さすがにそこまで融通の利く魔獣を創れるほど僕の神器は万能ではないようで。

 

 

あるいはもっと魔獣創造が成長すればできるのかもしれないけど、今の僕にはこれが精いっぱいだった。というかなんかよこしまな想像広げすぎて、いろいろ条件付けくわえた挙句に己の力量を図り間違え気を失った結果できたのがこのキルキルちゃんだったわけだが。

 

 

一応このキルキルちゃん、人の形はしている。それどころかなかなかの美人さんなのだ。しかし、キルキルちゃんは、しゃべらないし動かない人形さん同然の代物。生命と言えるのかどうかも怪しいレベルの産物だ

 

 

しかしキルキルちゃん、一応初期のコンセプトは達成できているらしく、斬れる生物を創造すると、手刀で綺麗に捌いてくれるのだ…………宿主の命令なしで。斬った瞬間にやりと微笑んでいたように見えたのはさすがに錯覚と信じたい。ちなみにそれを身を以て教えてくれたのは最初に創造した豚さんだった。キルキルちゃんが創造された直後に捌かれた。神器の使い過ぎで意識が途絶える直前にそれやられたから、てっきり最初は豚が殺されたショックで、とか思っちゃったよ。ごめん、豚さん、あんま悲しくなかった。そして、ふざけんな、豚、まぎらわしい。

 

 

それから調整を重ねてどうにか無差別に僕の創造物を斬ることだけはやめてくれたけど。僕が創造するたびに、身じろぎするのはホラーである。やるときはこっちで頼むから! 

 

 

それを感じ取っているのかおばけキャンドルたちもキルキルちゃんに怯えている。ちなみにおばけキャンドルの寿命は一日。頭に火がついているからね! そりゃ蝋も溶けるさ。キルキルちゃんに構いすぎたせいで疎かになったがこちらも鋭意努力中。一日の命じゃかわいそすぎるからね。創った初日とかうっかり名前付けたせいで全僕が泣いたよ。いや文字通り目の前で擦り減っていく命を看取るとか何の感動ドラマだよ。

 

 

まぁ、おばけキャンドルのほうもそうなのだが。

 

 

キルキルちゃんが落ち着き、当面快適に過ごせるだけ環境も整った今日、僕は神器を新たなステップへと進ませたいと思う。

 

 

そう、せっかく魔獣創造というチート級の神滅具が手の内にあるのだ。これを試さずして今生の意味があるというのだろうか。いやない。

 

 

目指せチート。目指せハーレムなのだ。

 

 

その目標への躍進の第一歩として僕はまず、

 

 

 

 

女を創る。

 

 

 

 

何言ってんだと思われるかもしれない。前世の僕なら言うかもしれない。もっと他にすることあるだろ? と。強力な魔獣を創るとか、あるいはそれに向けて修行するとか。ちょっと前までは僕もそう思っていた。

 

 

しかし、と、僕はキルキルちゃんを見る。彼女は首をかしげる、ご命令か、と。斬るものがあるのか、と。

 

 

僕は知ってしまったのだ。キルキルちゃんによって。魔獣創造の無限大の可能性を。

 

 

魔獣創造は魔獣しか創れない、そんな固定観念に囚われていたら決してたどりつくことができなかったであろう推測。

 

 

 

 

あれ? これ原作キャラ創れんじゃね?

 

 

 

 

その可能性に思い当たった僕はその欲望に駆られ、いてもたってもいられなくなった。原作キャラの攻略というのは、このハイスクールD×Dの世界に転生してから頭のどこかにずっとあった欲望だ。特に僕はゼノヴィアを筆頭としてイリナ、子猫ちゃんのことが大好きだった。できることならこの三人とあとロスヴァイセさんもかな? それを囲って愛欲にまみれた生活をしてみたかった。

 

 

そのある種僕の中で神聖視されていた原作キャラが手元に届くかもしれない距離にいるのだ。これに猛らずして何が嫁か、何が婿か、と。

 

 

そして今日、僕はそれを実行に移す。いっぺんには無理だろうから、とりあえず嫁筆頭のゼノヴィアからいってみようと思う。

 

 

…………今の僕に創れるのか。いざ実行の段階に至って僕のなかにそんな疑問が生まれる。神滅具を使い始めてわずか三日。そんな状態ではたしてゼノヴィアを創るだけの力があるのか。ただでさえ、キルキルちゃんを創るときも気絶しているのだ。ここは一度決行を見直して、一端の力量を身につけるまで待ったほうが賢明ではないだろうか。

 

 

「…………ふっ、愚問」

 

 

そんな弱気な心を僕は一顧だにしない。神器は感情に応えてくれる。僕のゼノヴィアの愛は無限大。そんな深い愛に神器は確実に答えてくれるはずだ…………決行への躊躇いはゼノヴィアへの深い愛を疑っているのと同じことだ。ゼノヴィアへの愛が真実だというのならそれを証明して見せろレオナルド!

 

 

…………童貞丸出しの肉欲をかっこよく言える、これが童帝の貫録である。要はゼノヴィアとHしたいだけであった。レオナルド君、まだ五歳である。

 

 

「いくぞ…………」

 

 

手を前に突き出し、静かに静かに己を猛らせるべくゼノヴィアへの愛で心を満たす。

 

 

ゼノヴィア! ゼノヴィア! う、うわあああああああああああああ、くんかくんかすーはーすはー、かわいいよ綺麗だよ凛々しいよゼノヴィアぁあああああああ、おっぱいもみもみもみちょうどいいサイズその攻略できない感じのヒロイン臭が素晴らしくたまらんく好みだよぉおおおおおお、はぁははぁっははぁはhぁゼノヴィア! ゼノヴィア! 興奮あああおおうんんゼノヴィアが好きすぎて死にたい、ゼノヴィアなんでメインのイベントがないんだよぉおおんお色気要員的な感じで扱われている不遇感あああああああああああぁあああああああああああああああああん、もうやっゼノヴィアゼノヴィアゼノヴィ(ry

 

 

神器が発動する。

 

 

その愛を象徴するがごとく、震える魔獣創造。

 

 

次の瞬間。

 

 

世界に光が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………おぉお! おお! おおおおぉおお!」

 

 

まぶしさに目を焼かれようとも閉じることのなかったまぶたに乾杯。光の世界に見えた人型の影。徐々に徐々に姿を現していく。

 

 

凛々しい姿かたち。軽く緑のメッシ入った青のショートカット。そしておっぱい。微乳と巨乳の間をさまようくらいの僕大好物のおっぱい。

 

 

「ああ…………ああ!」

 

 

これぞゼノヴィア、まさしくゼノヴィア。僕の嫁のゼノヴィアがそこにはいた。

 

 

「す、すばらしい! なんて力か! これが魔獣創造の力か!」

 

 

ふらふらと僕が創りだしたゼノヴィア歩み寄る。

 

 

頬に手を添える。唇に手をかける。腕をさする。髪にほおずりする。尻を撫でる。足をなめる。

 

 

「ああ、ゼノヴィア」

 

 

そしておっぱいをもむ。

 

 

「こ、これが本物のおっぱい…………」

 

 

ごくりとつばを飲み込み、もむ。もみしだくとまるでおっぱいに吸い込まれていくように姿を消す指。つぶすようにもむとかえってくる心地よい反発。

 

 

「………………………」

 

 

な、なんて弾力感。す、すばらしい、すばらしいすばらしいすばらしいぞこれは!

 

 

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………だが。

 

 

…………………………………なんだ、この違和感は。

 

 

僕はおっぱいをもみしだきながら感じた何とも気味の悪い違和感にふと手を止める。いや、意識しないようにしていただけで常に感じていた。おっぱいをもむという行為に足りない何か。

 

 

くそっ、生前おっぱいをもんだことがない故にその何かが何かわからない!

 

 

なんだなんなのだ、この違和感は…………

 

 

すがるようにおっぱいをもまれているゼノヴィアの端正な顔つきを見上げる。無表情な顔。

 

 

そこで気づいた。

 

 

はっとさせられた。

 

 

今まで感じていた違和感の正体。それは、

 

 

「喘がない…………だと?」

 

 

おっぱいをもまれたら普通喘ぐだろう、いや、そこは敏感なのぉ! って実況してくれるだろうふつう! 

 

 

「はっ…………そうか」

 

 

キルキルちゃんのときもそうだった。もし特定の行動をとらせたい場合はきちんと条件を指定して創造しなくてはいけないのだった。この場合、おっぱいもまれたら喘ぐゼノヴィアといった感じでプログラミング、ではないがきちんと意識せねばならなかったのだ。

 

 

だからおっぱいもまれてもゼノヴィアは喘がないのだ!

 

 

くそ、そこらへんは僕の愛がカバーしてくれると思ったが、そこまで甘くはなかったか。

 

 

急いでキルキルちゃんの時と同じように調整しなければ…………そこまで考えてふと思った。それは正しいことなのか、と。

 

 

だってそうだ。たとえばHするとき普通は喘ぐ。気持ちいいから喘ぐ。だけれどもこのゼノヴィアの場合はそうじゃない。そのように創られたから喘ぐのだ。それは果たして僕の望んだゼノヴィアなのだろうか。そんなことをして満たされるのだろうか。

 

 

虚しい…………それではただのオナニーではないか。

 

 

僕はがっくりと膝をつく。何をやっていたんだ、僕は。童帝としての誇りを忘れ、目先の欲望ばかり考えおっぱいをもみ、はや二時間。それまで目の前のゼノヴィアがゼノヴィアかどうかすら厭わず、ただおっぱいの虜になっていた。何たる失態。何たる屈辱。

 

 

目の前のゼノヴィアを眺める。ああ、どこからどうみても容姿はゼノヴィアだ。しかし、中身がない。俺の愛したゼノヴィアちゃんではないけどハァハァ。こ、これではダッチワイフと変わらない。何の意味もない。

 

 

「…………僕のばか野郎!」

 

 

喝を入れる。女々しい女々しいぞ僕! 僕はチートだ勝ち組だ! こんなところで満足してどうする! このチートをもってすれば、攻略などいとも容易いというのに、何を手近な、自分で創った女で満足しているのだ! ばかものめ!

 

 

「まったく…………くだらないものを創ってしまった」

 

 

偽ゼノヴィアをにらみつける。ああ、でもチューしたいなぁ、ちょっとくらいいか、ちゅーしながらおっぱいもんで、擦り付けるくらい。いやもちろん偽のゼノヴィアだということは理解しているし、それ自体が意味のないことだとは理解しているが、意味のないことにも意味があるというか、そういう哲学的なことを考えたりしたりしちゃったりして? ゼノヴィアではないと理解しているからゼノヴィアとはすでに見てないし? まぁだからチューくらいしてもいいじゃないだろうか、ついでにおっぱいくらいはもんでもいいと思う。あれだ! ぼく、ぼく、ごちゃいだし、ははおやすてられてさみちいの、って感じでレオナルド君の体が言っている気がする! それにせっかく作ったんだし有効利用しなきゃね!

 

 

「そ、そそそそそそうだな、ゼノヴィアではないとはっきり唇で感じるために未練を断つためにここは…………って、え、キルキルちゃん?」

 

 

チュ~としようとしたらなぜかキルキルちゃんが目の前にいたでござる。

 

 

そして、なぜか偽ゼノヴィアの髪を掴んで引きずっていっている。洞窟の外へ。

 

 

「あ、あれぇ? 僕、それ斬れとか言ってないんだけどなぁ? き、き、キルキルちゃん? 食べれないからさ、それ。捌く必要とかないしね? だからちょっとまって、おいマテ! 待てって言ってるだろ! ま、ちょ、ちょちょちょちょ!」

 

 

………………………何かを裁断する音とともにキルキルちゃんが外から帰ってきた。

 

 

心底楽しそうなとてもきれいな笑顔をはりつけて。

 

 

その笑顔を見て僕はオモッタンダ。

 

 

 

 

ナニコレコワイ

 

 

 

 

「ま、まぁ! いらないものだったしね! あれだよね、僕がくだらないものとか言ってたから、気を利かせて処分してくれたんだよね。う~んえらいなキルキルちゃんは~ほめて遣わす! な、なんちゃっ…………て~~」

 

 

何事もなかったかのように定位置ついたキルキルちゃんを見届けて、僕はぎこちなく腰を下ろす。

 

 

そしてキルキルちゃんにならって何事もなかったかのようにつぶやいた。

 

 

「攻略する気のない原作キャラだったら、疑似NTRみたいな感じで肉体だけ愉しむのも悪くないかも…………」

 

 

キルキルちゃんの目が光った気がした。

 







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原作への介入方針

「ふぅ…………やれやれだぜ」

 

 

原作キャラ人形惨殺事件一夜明けて今日。キルキルちゃんの視線が怖いレオナルド君であります。日課のおばけキャンドル創造を済ませため息をつく。

 

 

昨日はいろいろありすぎた一日だった。原作への愛が巻き起こした悲惨な事件であったがひとえにそれを引き起こしたのは僕が原作への介入の方向性を明確に定めていなかったのが原因とも言えよう。

 

 

「まぁ、とりあえず…………ゼノヴィア、イリナ、あと子猫とロスヴァイセさんだな」

 

 

その原作への介入方針だが。

 

 

ひとまず原作ヒロインはその四人を攻略する。ほかは余裕があれば…………と言ったところか。まぁ最悪魔獣創造で創ればいいし。昨晩妄想していたが魔獣創造で創ったリアスとかとエッチしてるところをイッセーに見せつけるのとか超楽しそう! という計画もある。そこらへんは切迫感が希薄である。

 

 

問題はいつ原作に介入するか、だ。

 

 

もちろん駒王学園には通うことになるだろう、原作の舞台だ。この世界に転生したからには当然原作の事件の渦中にいたい。

 

 

問題なのは、原作前のヒロインに介入すべきかどうかという点だ。これも前にちらっと考えていたが、名前と容姿はわかっているのだ。幼馴染フラグを立てることは場合によっては可能だろう。イリナなんかはこの時期イッセーと一緒に駒王市に住んでいることは明記されているのだ。手間はかかるが、できなくはない。

 

 

もちろん現実的に考えれば限りなく不可能に近いことはわかるが、もしそのようなことが可能な状況に陥った時、方針を決めておかねば、先日のような事件が起こりかねない。どのみち原作開始の年度を調べるために駒王市には向かわねばならないのだ。そこらへんは、はっきりしておかなくては。あとイッセーに関してどう干渉するのかも、な。友達になったほうがいいのか、そうでないのか。

 

 

決めておくべきことはたくさんある。

 

 

とはいえ時間はたっぷりあるのだ、早急にすべて決めなくてはいけないということもない。ただ原作のヒロインに対しての干渉はある程度昨日の時点で自分の中で決着はついていた。

 

 

原作ヒロインとは原作開始まで極力接触しない。

 

 

これだ。

 

 

僕が愛しているのは原作そのままのヒロインなのだ。下手に原作前にヒロインに接触して性格がまるっきり変わってしまったり、そもそも原作通りの展開にならなかったりしたら目も当てられない。それは原作ヒロインではない。原作ヒロインのような何かだ。

 

 

そもそもそこにこだわりがなければ、魔獣創造でヒロインを創造することに躊躇いなどないわけだし。

 

 

ということで決定。原作ヒロインとは原作までかかわらない。まぁめったなことがない限りは無駄な決定になるだろうけど。都合よく原作ヒロインと会いましたーみたいな展開なんてないだろうし。

 

 

イッセーに関しては保留。はっきり言えば邪魔だしね。しかしいないというのも困るという微妙な案件だ。これからじっくり考えていこう。イッセーに関しては今の段階で場所がわかっている原作唯一のキャラだ。接触しようと思えばできるわけだし、それだけ慎重を極める判断になるだろうし。

 

 

ま、原作まではのんびりやんわりチート目指してがんばっていきましょうかな。五歳から努力すれば、チートは確実だろう。ほかの原作の連中はまだ遊んでる年ごろだろうし。

 

 

僕の場合は努力しなきゃ生活もできない状況に陥っているわけですがね!!

 

 

「…………飯、創るかぁ」

 

 

やっていることはファンタジーだが、本質はかなり所帯じみているような気がしなくもない。五歳ですよ!? もうちょっとなんかこう母親に甘えたいです。おっぱい飲んでこれはなんちゅう羞恥プレイやぁあああ、とかやりたかった。

 

 

いやでも赤ん坊のころから意識はなくてよかったか。どうせ捨てられたわけだし。かえってショックが大きかったかもしれない。

 

 

だけどまぁ、これならレオナルドがカオスフリゲートに入った理由もわかるような気がする。神器の使い方がわからなければ、この年の子供が食っていくにはつらい。物乞いかゴミ拾って食うかとかそんなところが関の山だろう。

 

 

「ああ! やめやめ! 腹が減っては戦もできぬ! 飯だ飯!」

 

 

気分を変えるために飯のことに集中する。とはいえ最近の食事、塩味のある肉を焼いて食うというだけの芸のないものだ。こうも単調では気が滅入ってしまう。

 

 

「少し食事にも芸を凝らしてみましょうかね」

 

 

とはいえできることは少ない。何せ調味料さえ碌にない環境だ。料理に工夫を凝らすというのは無理な話。ならば、

 

 

「ないなら創ればいいじゃない」

 

 

ハングリー精神。最近このフレーズが口癖になっている気がする。その能力があるのであれば可能な限り試してみる。それが自分の食生活を豊かにすることに向けられるのであればなおさらだ。

 

 

僕は没頭していく。そうすればいやなことからも逃げられるとばかりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、できた…………」

 

 

僕は汗をぬぐって完成した魔獣を目の前に息をのむ。周りに散らばっている失敗作として解体された魔獣の肉片がそれまでの努力を物語っていた。

 

 

目の前に鎮座するのは大きな亀だった。いやまぁ最初は豚でやろうと思ったのだけれど、豚でやるとなぜか問答無用でキルキルちゃんが豚を切断してしまうのだ。ほかの魔獣では一応控えるようにはなったのに。なぜだろう。調整ミスか? 日々いろいろ弄ったりはしているのだが、これだけは原因不明の謎である。

 

 

「さてさて、と…………あ、おばけキャンドルはもういいよ。ありがとうね」

 

 

頭の火を小さくして必死に亀を持ち上げていたおばけキャンドルに礼を言う。下でおばけキャンドルに亀を炙っていてもらったのだ。腕の長さが短いのでプルプルしながら支えていた様子は結構かわいかった。

 

 

ほっとした様子で慎重に亀を下ろすとおばけキャンドルは、シュパッと不器用な敬礼をして定位置に戻っていった。うん、かわいい。ちなみにおばけキャンドルの寿命だが、頭の火を調整する能力をつけることに成功したため、おおまか三日程度持つようになった。それでも消耗品には変わりないが、いつか普通に生きられるようにしてあげたい。

 

 

さて、閑話休題。

 

 

僕は目の前の亀さんを前に舌なめずりした。ゆっくりと亀の甲羅の端っこに手をかけパカッと開く。湯気がもうもう、とたちこめる。白く曇った視界の中、見透かしたその先に待っていたのは…………いっぱいに詰まった肉だった。

 

 

いや、あの。これでも苦労したほうなんですよ。パカッと開けたらどこぞ懐石料理やぁぐらいに料理が詰まった魔獣創りたかったんですよ。でもね、魔獣創造使い始めて幾数日その程度でそんなマンガみたいなことできるほど、このご時世甘くないんですよ。

 

 

しかしみなさん待ってください。このレオナルド、ただ肉厚な亀さんを創造するだけで満足する人間とお思いか? 否、このレオナルドただの肉に満足する人間に非ず!

 

 

亀の中から肉を手に取る。どうでもいいがここにはナイフもフォークもないので基本手づかみだ。

 

 

脂で艶を放った実が肉厚にたわみ、ジューシーさを醸し出している。ぱくりとそれを頬張ると芳醇な香りが嗅覚を満たし口内を何とも言えぬ甘味で染め上げる。続いて反対端から肉を取りあげ口に含めば、少々塩気の利いたあっさりとした食感が。さらにその隣の肉を摘まめば、油でこってりとした角煮的なよそおいをしたお肉が。

 

 

さぁ、ここまで表現すればわかるでしょう。このカメさんなんと中身のお肉が部位ごとにそれぞれ違った素材のお味が楽しめるのです。

 

 

まぁ難点としてやはり素材の味を抜け出しきれないところにあるのだが。やはり調味料は偉大らしい。

 

 

しかし、この味を出すのにも結構苦労したのです。最初は一つの魔獣を創るつもりでやろうした。しかし、創造過程において中身のバリエーションの豊富さが表現しきれず、頭がごっちゃごっちゃになって嘔吐物みたいなカオスなものにしかならなかったのだ。

 

 

そこで試行錯誤して、一つの命で創るのではなく、一つの魔獣――亀さんを土台にして、そこに複数の魔獣が共生しているようなニュアンスで表現してみたところどうにか形になったのだ。ただしこれ、一工程ではできあがらず、部位ごとに何工程か繰り返さなければならず、手間が大きく力も使う。ここらへん要検討事項だ。

 

 

しかし、

 

 

「うん…………おいしいな」

 

 

今までの単に肉を焼くだけのご飯に比べれば、雲泥の差だ。素晴らしい進歩と言えるだろう。

 

 

「ふぅ…………ごちそうさまでした」

 

 

量は少しだけ多かったが夢中になって食べたおかげか、きちんと完食できた。

 

 

「さて…………」

 

 

お楽しみの食後のデザートである。

 

 

僕は背後を振り返り、そこにある小さな木を見る。まぁここにあることからもわかるが、これも魔獣創造で創った植物型魔獣だ。ちなみに幹に顔を創ると夜怖いので、地面に張り巡らされている根っこの部分に主な器官を設け、光のあたらないこの洞窟内ではそこからエネルギーを吸収してもらっている。地面の上から出ているのは魔獣の全貌のほんの一部というわけだ。成長のたびに随時根を張り巡らせていく予定。

 

 

この小さな木に実った果実こそ、僕の食後のデザートとなる。いずれは水分補給のための果実も実らせるようにできたらと計画していた。成長期だしね、肉ばっかり食っててもだめだってことよ。

 

 

僕は木から楕円形の果実をもぎとった。

 

 

すると今までずっと僕の様子を見守っていたキルキルちゃんが傍まで寄ってくる。

 

 

あれ、もしかしてこれは…………

 

 

「切ってくれる?」

 

 

こくん、とうなずくキルキルちゃん。

 

 

おお、てっきり肉を斬る用に創ったから果実などは対象外かと思ったんだけど。つまらぬものは斬れぬ、的な。結構融通が利くらしい。日々キルキルちゃんも成長しているんだね。

 

 

しかし、こんな小さいまと、キルキルちゃん、手刀で切れるんだろうか。そんな風に疑問に思っていると、キルキルちゃんは自分の能力を疑うな、と憤慨しているような無表情つくった。いや、わからんけど。そんな感じ?

 

 

まぁ、できるならいいか、と思ってキルキルちゃんの足元に果実を置く。

 

 

キルキルちゃんはその的に向け手刀を向ける。そして照準を見定めるように何度か手を果実の直前まで持っていき、素振りをする。

 

 

おお、キルキルちゃん、真剣だ。

 

 

思わず息を呑み、がんばれーと声を出して応援するとピクリとキルキルちゃんの体が一瞬止まった。

 

 

しかし、何事もなかったかのように素振りを再開するさまを見て錯覚か、と首をかしげる。先ほどよりは幾分か体に力が入っているようだが。

 

 

そして、素振りを止めた。

 

 

緊迫した一瞬。

 

 

かつてないスピードで振り下ろされる手刀。

 

 

振り下ろされた先、果実の行方は!

 

 

 

 

粉々に砕け散った。

 

 

 

 

……………………ま、まー、ですよねー。

 

 

手刀で果実とか切れるわけないよねー、切れたとしてもこうなるよねー。

 

 

「…………ぼ、僕のデザートが」

 

 

納得の結果ではあるが落胆の気持ちは隠しきれない。なんだよーもぉ。なんでやるっていたんだよーキルキルちゃん。別にまるかじりでもよかったよー。

 

 

その当のキルキルちゃんはと言うと、まるで何事もなかったかのように、処理を終えて定位置に戻った。しかし、なぜだろう、誇らしげな雰囲気が感じられる。いつも向けられている視線に明らかに常日頃にない感情を感じる。強いて言うのなら何かを期待するような目。

 

 

こ、これはあれか。もしかして僕の意図が理解できなかったのか。確かにキルキルちゃんはメイドの妄想とかも取り入れたせいであれになったがもともとは斬ることを第一とした魔獣だし、そういうことが理解できなくてもおかしくない。斬った後なんぞ知ったことない、斬ることこそ最上の目的だ、とそう思っているのかもしれない。

 

 

ということは、そうか!

 

 

キルキルちゃん、いつもと違う小さくて狙うのが難しい的を斬ったから。

 

 

すごいでしょ、ほめてほめて! と要求しているのか!

 

 

なるほどなるほどぉ…………うん、そうかー、よくやったねー。キルキルちゃん。すごいよーキルキルちゃん。ものすごい生暖かい目でキルキルちゃんを見つめ返してあげた。これぞ菩薩の新境地である。

 

 

僕はキルキルちゃんのところに行って頭に手を伸ばす。身長的に届かなかったのでしゃがんでもらい、いいこいいこしてあげた。

 

 

これぞ、なでポである。

 

 

キルキルちゃんが何をやられているのか、理解しているかは怪しいが、ほめる子は育つ! これを繰り返せば撫でることが何を意味しているのか自然と理解するようになるだろ!

 

 

キルキルちゃんを撫で終わると、キルキルちゃんも満足したようである。通常運転に戻った。

 

 

「はぁ…………」

 

 

今日の成果。食事環境改善。キルキルちゃんあほの子疑惑発生中。

 

 

飛び散った果実は後でスタッフがおいしくいただきました。

 

 




ちなみに亀さんの中身に複数の肉が共生しているということは…………必然そいつら生きてます。肉っぽい形をした魔獣です。しかし蒸されている間に死にました。単体で創造するとただの肉がうごめいているだけなのできもいことこの上ないです。


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まったりライフは束の間のこと





「~~~♪ キルキルちゃ~ん、ご飯まだぁ~」

 

 

「少々お待ちください…………はい、できました。どうぞ」

 

 

瞬く間に無数の材料を寸断し、おばけキャンドルの火に炙り、出来上がる串焼き。豪快な料理だが、素材が美味しいのでどうとでもなるのだ。それこそ下手な調味料を加えたほうが味に水を差すことになる。

 

 

「はぁ~~~うまい。極楽でござるよぉ~~」

 

 

柔らかいソファに寝そべりながら食べる極上の食べ物。隣で侍り、主人を気遣い、主人に全てを尽くしてくれる完璧なメイド。葉を揺らし心地の良い風とともに空調を調節してくれる植物たち。

 

 

「あぁ、もうここから動きたくない。原作とかどうでもいい…………」

 

 

いや、どうでもよくないけど。どうでもよくなるぐらい心地の良い生活だということを言いたいだけであって、はぁ~~~。素晴らしきかな、怠惰な生活。働きたくないでござる。

 

 

シッシッ、と歯の隙間に挟まった食べかすをとって、串焼きの串を放り出せば、そそくさと小間使いの魔獣が片づけていくのが見えた。

 

 

なんて、便利なんだ、魔獣創造…………

 

 

「あ~~甘いものが食いたい」

 

 

食後のデザートがほしいな、と暗に言えば、古今東西、様々な果物をならす植物型魔獣が木々を揺すり果実を落とす。それをすかさず、キルキルちゃんがどこからともなく取り出した皿に収め、手すら使わず食べやすいサイズに寸断する。皮ごと一緒に、だ。

 

 

この一年余り、特に大きな魔獣も創ってこなかったので、大半の力をキルキルちゃんに使い続けたわけだが、キルキルちゃんのチート化が激しすぎる。最近じゃ物体を視線合わせただけで斬るし。ブドウの皮とかどうやって斬ってるんだろ、どうでもいいけど。

 

 

「あ~んになさいますか? それとも口移しでなさいますか?」

 

 

「あ~んで」

 

 

「かしこまりました」

 

 

あ~ん、と蜜たっぷりのリンゴを近づけてくる。もしゃもしゃもしゃ。あ~んする分だけ近づいたキルキルちゃんの端正な顔を風景に食べるりんごは格別だ。

 

 

キルキルちゃんが言葉を理解し始めたのも、キルキルちゃんに力を注ぎ続けた結果と言える。まぁ初期の妄想の中の完璧メイドを完成させただけなのだが。

 

 

原作キャラを制作した際にも悟ったことだが、僕が創った魔獣にアクションを起こさせるには、事前にこういう風にしゃべる、と悪く言えばプログラミング、良く言えばイメージをしておかなければならない。

 

 

キルキルちゃんも、僕自身人恋しさに寂しさを覚えていたため、一人二役、というか腹話術でもやっているような気分で魔獣創造を行使しながらしゃべらせていたのだが。

 

 

良い意味で誤算だったのが、キルキルちゃんは腹話術の人形ではなく、人口AIに似たものであったことだ。要するに、僕との会話の中からやりとりのパターンを覚え、自動で学習していったのだ。

 

 

結果として、キルキルちゃんは僕が意識しなくても、僕の言葉に言葉で反応するようになった。いやぁ~初めてキルキルちゃんが自分でしゃべったときは感動した! 興奮して夜通しでキルキルちゃんと話し続けたくらいだ。その感動の深さは察してくれ。まぁ最初のほうはそんなにパターンが豊富じゃなかったのであれだが。

 

 

ともあれ、ほどなくして、キルキルちゃんは一個体として独立した。最近まではいい意味でも悪い意味でも、僕の想像を超えるようなことはなく、こう反応するのだろうな、と予想がついていたのだけれど、最近のキルキルちゃんは侮れない。口移しとか平然と選択肢に織り交ぜてくるようになった。試したことはないけど。誰だ! キルキルちゃんをこんな風に育てたのは!? 僕です、すいません、ありがとうございます!

 

 

「もしゃもしゃもしゃもしゃ」

 

 

「失礼、汁が垂れています、マスター」

 

 

そっと布きれで僕の口元拭うキルキルちゃん。

 

 

キルキルちゃんが自立行動をし始めたあたりから僕の怠惰は極まった。何せコンセプトに沿って全力で甘やかしてくれるのだ。過去にもこんなにもちやほやされたことがない僕がその甘えに全力ですがるのは当然の結果だろう。

 

 

いや、仕方ないね、本当に。どうしようもない。

 

 

「原作、原作ねぇ~」

 

 

原作のキャラでもなんでもない、僕が創った魔獣にちやほやされるだけでこんなにも堕落してしまっているのだ。原作のキャラにこんな風に求められたら~、と思うと期待も高まるが、ぶっちゃけそこまで積極的な行動に移れるほどのやる気も今ではなかった。現状の満足感が原作介入への意欲を削いでしまっているのだ。

 

 

その自覚はあれど、具体的に何とかしようとも思わない。いやだって原作とかすげぇチートだしさぁ。介入するとしたらかなり強くならなきゃいけないし。そのための修行とか正直ダルい。

 

 

強い魔獣とか創るよりおいしい魔獣とか創っていたいレオナルド君であります。

 

 

この一年の度重なる品種改良だけでこんなにも、頬がとろけそうなくらい美味しくなっているのだ。それこそこれ続けていけば、下手な人間がショック死するレベルの素材とか創れそうだ。

 

 

いやもう、割とそういう生活したい。いっそそうやって諦めもつけば楽だろうけどね。

 

 

食欲は満たされるし、睡眠欲も寝たい時に寝れる生活してるわけだし。あともう一つ人間の三大欲の性欲も…………キルキルちゃんでよくないか。まだ精通してないからそこらへんの芽生えはまだだけど、原作キャラに拘らなければ綺麗な女性なんていくらでも創れるわけだし。

 

 

気が向いたときに気が向くまま、そういう生活をするのも案外悪くないかも、と思っているあたり重症だ。でも原作キャラには会いたいしちゅーしたいと思っているあたりまだ救いはある。けど戦ったり、命の危機とかはごめんだしとか思っていることは…………うん、まぁそれは人間として当然かと。

 

 

ああ~めんどくせぇ。大体まだ僕ちん六歳児ですよ。なんでこんなことで頭悩ませなくちゃいけないんだ。

 

 

「キルキルちゃ~ん、だっこぉ~~」

 

 

「はい、わかりました」

 

 

キルキルちゃん、僕の脇に手を入れ持ち上げてくれれば、僕は足と手をキルキルちゃんの体に絡め全力で抱きつく。するとキルキルちゃんも、よしよし、と背中をたたいて僕をあやしてくれるのだ。

 

 

ああ~和む。最近のマイブーム。キルキルちゃんのだっこ。

 

 

あえて言おう。もしレオナルド君の中身は、細かい記憶はないが前世もちできちんと自立した意識をもつ人格がある。その、年齢を合算すれば20は超えるであろう人間がだっこをねだる。見た目的には微笑ましいが、実情、めちゃくちゃキモい。

 

 

例えるのならお父さんの赤ちゃんプレイを見た時ぐらいのキモさである。

 

 

しかし堕落しきったレオナルド君にはとっくのとうにそんな羞恥心ないのであった。

 

 

「ぷるぷるぷる。ぷるぷるぷる。ぷるぷるぷる」

 

 

「マスター。電電虫がなっております」

 

 

「とって~~」

 

 

電電虫とは、そのまんまonepieceに出てくる連絡用の電電虫である。難点としては電電虫同士でしか連絡が取りあえないため汎用性に欠けることだが、逆に言えば、傍受される心配もない安全な連絡用魔獣である。

 

 

「もしもし~~」

 

 

受話器をキルキルちゃんに当ててもらい、だっこの姿勢のまま話す僕。だって楽なんだもん、しょうがないでちょ(幼児退行中)

 

 

ふにゃふにゃした態度で応対すると、その雰囲気を察してか、電電虫の顔がゆがむ。

 

 

「お久しぶりでございます。我が主よ」

 

 

そして絞り出されたのは、しわがれた老紳士の声である。

 

 

「はいはい、お久しぶり~。そっちは順調?」

 

 

「はっ、滞りなく。月々の報告で上げている通り、主の創造物によりこちらの事業は急成長を遂げております。高級志向の食材市場ではすでに既成の商品を蹴散らし、わが社のものこそが高級向けである、とわが社のマークに価値がつき始めたほどでございます。今はまだ一部で知られる限りございますが、この勢いであれば、世界に我が主の創造物が知られる日もそう遠くはないかと」

 

 

「へぇ~~、すごいねそりゃまた。あれかイベリコ豚とかその辺も越えちゃうか」

 

 

「それはもう」

 

 

そうだ。僕とてただ単にぐうたらすごしていたわけじゃない。僕のおいしい魔獣たちをほかの誰かにも輸出したい、と外界へのパイプ代わりに、と事業を起こしてもいたのだ。

 

 

僕の創る魔獣って基本的に無料で創れる分、売れば利益率が半端ない。それはもう儲かって儲かって仕方ない。安くて美味くて早い。どこぞの牛丼のようなキャッチフレーズがつく食材が売れないはずがないのだ。

 

 

そのおかげか、僕のもとにはお金なんて、山ほどある。

 

 

ただのニートとは違うのだよ、ニートとは…………ッ!

 

 

まぁ、お金を簡単に稼げてしまえるっていうのも僕を堕落させた原因の一つなんだけど。

 

 

原作にかかわらない限り人生が楽すぎて困ります。

 

 

そしてその肝心のレオちゃん印のおいしい魔獣を売りさばいて、金銭を一括管理しているのが、キルキルちゃんに次いで二番目に創られた完全魔獣(オリジナル)。知力全振りチートのセバスチャンなのだ!

 

 

当初はバトラー(執事)的なのをイメージして創ったのだが、思いのほか知力全振りがうまくはまってしまい、創造主である僕を超える知力からすぐに僕が教えることがなくなってしまった。

 

 

せっかくの頭脳を殺すのも惜しいしということで、いくらか魔獣をつけて外に出して色々学ばせてみたのだが、瞬く間に人間の知識を吸収。このおいしさ輸出したい、という馬鹿な僕の思惑と合致する形で畜産業でセバスチャンはその辣腕をふるい、今ではそれなりの企業主になってしまった。

 

 

カモフラージュとかいろいろ大変らしいけど、基本僕のおいしい魔獣は0円。そういう意味では、成功は確実だったのかもしれない。具体的にどれほど知名度があるのかは、僕自身漠然としか捉えていなかったため、後で知って驚くことになるのだが。

 

 

ともあれ、セバスチャンは、今では僕の代行として、外界への影響力を発揮する重要な駒の一つだ。キルキルちゃんが僕の傍に仕え家庭を支えるお母さんなら、さながらセバスチャンは外で単身赴任して家計に貢献するお父さんと言ったところか。

 

 

ありがとう、お父さん、お母さん。二人のおかげで僕はこんなにも立派に育っているよ。

 

 

「それで? 定時連絡には少し早いと思うけど、何かあったの?」

 

 

まぁセバスチャンなら問題があっても何事もなく処理できると思うけどね。そこは創造主としてきちんと信用している。

 

 

「はい…………実は少々厄介な問題が」

 

 

しわがれ声にわずかに苦渋を滲ませ、セバスチャンは言いよどんだ。しかめっ面の電電虫がそれに相応するように事態の深刻さを物語っていた。

 

 

「な、なに? セバスチャンがそう言うと、すっごいビビるんだけど」

 

 

あのセバスチャンが、である。これまでこちらが任せる、と言えば一から十までこなしてきたセバスチャンがこちらの指示を仰ぐような事態。嫌が応にも緊張せざるを得ない。

 

 

「…………我々の事業はこの短期間の間ずいぶんと急成長を続けました。それこそ、その躍進にふさわしいだけの主の創造物があったとはいえ、です」

 

 

「それはまぁ、セバスチャンの有能さは僕自身知っていることだし…………当然の結果、誇るべきことじゃないかな?」

 

 

「いえ、誇るべきことなどではありません。むしろこの事態は私の未熟さゆえに引き起こしたこと。あまりにこと急ぎ事業を拡大し続けたツケがここに至って返ってきたのです」

 

 

いや、何があったんだ、一体…………

 

 

「周りの競争企業を多少強引に潰そうとも、政治屋が茶々を入れてこようともすべては予想の範囲内、主に主の頭脳として創られた私なら切り抜けられると思ったし、現に切り抜けてきた。しかし、実際あんな、想定の範囲外の存在があろうとは…………」

 

 

いつものナイスミドルな雰囲気など一切感じられず、ぐちぐちぐちぐち、と言葉を垂れ流すセバスチャン。いや、ホント、何? そんなに焦らされると…………悔しいっ、でも感じちゃう、ビクンビクン。

 

 

「あまりマスターを煩わせるな。貴様の能書きなどどうでもいい、用件のみを簡潔に伝えろ」

 

 

そんなセバスチャンに業を煮やしたのがキルキルちゃんである。ちょっと僕ちんを抱いていること忘れないでほしい。殺気が殺気がこっちまで飛んでくるの! 悔しい、でも感じちゃ(ry

 

 

「…………失礼しました。主にとんだ醜態をお見せしました。申し訳ない」

 

 

電電虫が軽く一礼する。あああ~ん、今いいところだったのにぃ~~。ってふざけるのはそろそろやめようか。

 

 

「そんで? 実際何があったの?」

 

 

これほどまでにセバスチャンが取り乱すことなど今までなかった。よほどのことがあったのだろう。僕も久々に心に喝を入れ、満を持して聞く。

 

 

「はい、主。主は悪魔と言う存在について知っておられるでしょうか」

 

 

悪魔。それはもう嫌って言うほど知っているが。この世界の主人公であり、この物語の中心的存在であるわけだし。

 

 

しかし、この段階でその単語を聞くこととなるとは…………

 

 

「知っている。何があった?」

 

 

「はっ、実はこのセバスチャン」

 

 

息を呑み、電電虫に耳を傾ける。何があったのか、このような非力な段階での悪魔との接触なんぞ最悪の事態だぞ…………! 

 

 

緊張の一瞬。

 

 

端的に申しまして、と続くセバスチャンの言葉は。

 

 

「悪魔の眷属なるものに誘われました」

 

 

意外ともいえる一言であった。

 



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妄想は喜劇に変わり


下準備をすればするだけ原作突入が楽しくなるでしょうの回


 

 

 

 

そもそも。悪魔の眷属に、と誘われたのは以前から懇意にしてもらっていた大企業の会長からなのだという。

 

 

 

セバスチャンが扱う僕の創造物に高い商品価値があったことは間違いないが、企業としてここまでの急成長を遂げたのは、ひとえにセバスチャンの辣腕によるところが大きい。

 

 

無論セバスチャン自身、主の素晴らしい創造物なら、多少の強引さに目をつむっても市場に広められると判断した結果であって、その市場に対する強硬な姿勢は本人も自覚するところであったらしい。あるい主の創造物の素晴らしさが広められないことがあってはならない、主と主に創られた自分の矜持に障るようなことは許されてはならないとする忠義心にもとるものでもあったとか。

 

 

そのような忠義心に突き動かされて、遮二無二事業の拡大をし続け、数多の妨害を黙らせてきたセバスチャンであったが、その妨害が止められたのも、セバスチャンが知覚できる範囲のことであった。

 

 

要するにセバスチャンも自分が知らない領域にいる存在にまでは目が及ばなかったらしい。

 

 

そう、悪魔の存在だ。

 

 

考えてみれば、僕自身、セバスチャンもそうだが、キルキルちゃんに対しても原作知識で知りえた悪魔をはじめとする三大勢力のことやそれを取り巻く物語のことを教えたことはなかった。どうやってそれを知ったのか、とか説明するのも面倒くさかったし。

 

 

そこは僕の失態と言えるのだろうか。責任の所在は曖昧だが、とにかくセバスチャンは自分が知り及びもしない悪魔の存在を今まで媚びへつらってきた大企業の会長が明かした自らが正体によって知ったという。

 

 

ご丁寧にセバスチャンを脅しつけるような魔法や悪魔の力をまざまざと見せつけて。

 

 

そして同時に差し向けられた、これ以上の企業拡大を牽制する動きと、悪魔の眷属への誘い。悪魔の眷属となればもうしばし好き勝手もできよう、しかしならぬのであれば容赦はせぬ、と。言わば飴と鞭の条件を突き付けたらしい。

 

 

さらに聞けば、現在この世界の市場を支配している企業群のほとんどは三大勢力ないしは、他の神話群などと何らかの繋がりがあるものばかりらしい。

 

 

上に行くにはどっちにしろ、何がしかの裏の勢力の保護が必要不可欠。それならば悪魔の眷属という条件はこれ以上ない最高の待遇だ、と。そう諭され、セバスチャンも一考すると言い、帰ってこの場での連絡に至るというわけだ。

 

 

「なるほど、状況は大体つかめた…………」

 

 

上流企業の大半が裏とつながりがある、か。そういや原作でもグレモリーのお父さんの財力半端なさそうだったしなぁ。一日で兵頭家を改造するやら学園を所有しているやら。

 

 

魔法の力も存分に関わっているのだろう。僕がこうして楽に金稼ぎできたように、同じことをほかの連中が考えないはずがない、と最初に思い至るべきだったな。

 

 

「…………それで? ここでの会話は大丈夫なのか?」

 

 

一番憂慮すべきなのは、そこだ。ここで僕の存在がバレるのはなんとしても避けたい。

 

 

「おそらくは、としか。電電虫のほうは主自ら傍受の心配はない、と太鼓判を押されているので大丈夫でしょうが。この場が超常の力に監視されていない、とは流石に言い切れません。一応、口元を隠す、声量抑えるなどのカモフラージュはしておりますが」

 

 

「…………僕が創っている肉からは?」

 

 

「輸出向けに主には品質を落としてもらっているのでそこらへんは心配ないかと。主が普段食されているものに比べれば、劣りますが、所詮は愚民の拙い舌の根。あの程度でも市場のものより格段上でありながら、市場で畜産されたと誤魔化せるレベルですし。わが社の利点はその品質さながら価格破壊と言われるほどの安さにありますから」

 

 

「…………そうか」

 

 

完璧とは言えない。言えないが、セバスチャンがそう言うのであれば、ひとまずは安心と言ったところか。

 

 

「…………もう少し詳しいところを聞こう。悪魔の眷属に、と言ったが家名などは聞いているのか?」

 

 

「はっ。さるお家、ダンタリオンの次期当主の長女の眷属に、と伺っております」

 

 

ダンタリオン…………学問に優れているイメージがある悪魔ではあるな。原作には未登場だからよくは知らないけど、そこそこ有力なお家じゃないだろうか。

 

 

「それで、その眷属にもシステムがございまして」

 

 

そこからセバスチャンが悪魔の転生システムについて、眷属にはチェスの駒を模して役があてられることなど説明していく。レーティングゲームについての説明もあったが、ダンタリオンはお家柄あまりそのゲームの参加に積極的ではなく、内容も要点のみだった。

 

 

「なるほど…………んで、セバスチャンには実際与えられるとした、何の駒があてられるんだ?」

 

 

「…………私のスペックですと、兵士1、2個あたりが関の山であろう、と」

 

 

まぁそりゃそうだわな。セバスチャンの場合、知力に全振りしてる分戦闘力には最低限しか注力していない。

 

 

疑問があるのは、どうしてそんなスペックしか持たないセバスチャンを悪魔の事なんて原作以外ろくに知らない僕でも家名を聞いたことのある上流の悪魔が眷属に誘った、かだ。そこらの中流の悪魔ならともかく頭がいいというだけで眷属に取るのはいささか腑に落ちない。

 

 

「主の疑問にお答えするならば。どうにもダンタリオンめは、私の戦闘力が云々よりも能吏としての能力を期待しているようで」

 

 

「能吏、だと」

 

 

セバスチャンが言うには。昨今のご時世、悪魔界は大規模な事件、抗争などとは無縁の平和な時代が続いており、戦闘が役に立つのなどせいぜいがレーティングゲーム程度。それすら積極的にかかわっていないダンタリオンの眷属に戦闘力の余る悪魔がいても飼い殺しになるのがオチだという。無論ある程度の見栄のために実力者と呼ばれるような悪魔もいるが、以後新しく迎える眷属にその戦闘力を求めることはないらしい。ましてや兵士程度の器に収まる眷属にはなおさらに。

 

 

よってセバスチャンのような兵士の駒の悪魔に求めるのは、能吏としての処理能力であり、人間でいうところのIQの高い者がその条件にあてはまる。

 

 

人間界でふるった辣腕を見ればセバスチャンがその条件の中でもとびきりの人材であることは確かなこと。もしその期待に応えられずともダンタリオンの教育を受ければ、一角の人材になるのは間違いないのだから眷属として文句がない。仮にダンタリオンにふさわしい能力がなかったとしたら、そのときは部下の家やそういった人材を求める家にトレードしてしまえばいいだけの話だ、と。

 

 

もっともここ最近のダンタリオンの兵士はその次期当主が出すハードルを越えられる者が少なく大体がトレードに出されているというが。それでもダンタリオンの影響力の増大につながるから問題ないらしい。

 

 

人材養成派遣センターみたいな感じか…………、なるほどなかなか考えられているな。

 

 

「私にお話をくださったのはダンタリオンの先代当主の会長殿ですが。会長曰く、私であれば半ば兵士養成所と化している倅の兵士眷属の現状を変えられる、とおっしゃっていただけています」

 

 

まぁそりゃ僕の魔獣だし当然の評価だ。

 

 

「セバスチャン。そのほうの言い方、やけに眷属となることに乗り気であるように聞こえるのは…………私の気のせいか」

 

 

褒められて僕の頬が緩んだ隙に飛んだ、キルキルちゃんの厳しい叱声。電電虫の向こうまで飛んで行け、とばかりに声にこめられた殺気は、とても同輩に向けられるようなものではなかった。

 

 

「…………ええ、まさしく。此度の一件は紛れもなく私の失態が引き起こした事態ですが。棚から牡丹餅とでも申しましょうか。此度で悪魔やその他の勢力について知れたことは僥倖でもありました。無知のままでいれば、避けられぬ事態はあれど、既知の領分であれば私でも処理できることがあろうというもの。此度の一件はその無知を解消するための千載一遇の機会と心得ております」

 

 

「…………貴様。二君に仕えるというのか」

 

 

電電虫越しに火花散る両者の間の応酬。電電虫もその気配を感じてかどことなく小さくなっている。

 

 

「ふ~ん、セバスチャンは悪魔の眷属になったほうがいいって言うのかぁ。その心は?」

 

 

ここで初めて僕はキルキルちゃんのだっこから下ろしてもらって、電電虫に向き合う。それに応じてセバスチャンもかしこまった表情をつくって言う。

 

 

「はっ。まず眷属になるにせよならないにせよ、これ以上の企業の発展は望めないという点です。眷属になれば、ある程度は許してくれるとおっしゃてはいますが、どのみちそれらは主のものではなく、ダンタリオンのものとなるでしょう。つまるところこれ以上私がここにいるには主にもらった能力の持ち腐れかと愚考します」

 

 

会社を捨てるにしても悪魔に目をつけられているセバスチャンを単体で動かすのは難しいか…………かといってセバスチャンを切り捨てるのも飼い殺すのも惜しいな。

 

 

「さらに申せば、主は悪魔やほかの勢力にあまりお詳しくない様子。であるならば、私自身が悪魔の中に入り込むことで主の目となり耳となり、主の見識を深めることにもなるでしょう。もし私めが主の希望に添えないような事態になればそのときはすぐさま切り捨てればよろしい。事前にそういった仕込みをしていただければ、所詮は使い捨ての魔獣が一匹、リスクもあまり大きくないものと思われます」

 

 

…………理に適っている。さすがは僕より頭のいいセバスチャンと言ったところか。僕の望みを最善の形にして仕上げてくれようとしている。

 

 

思わず笑みが漏れた。悪魔の眷属、悪魔の眷属ね…………なんだか楽しいことになってきたじゃないか。

 

 

久々に体を動かしたくなる衝動が湧き上がってきた。萎えていた心に熱が入るのを感じる。

 

 

「セバスチャン、ならば貴様が悪魔の眷属になるにあたり一つ聞きたい」

 

 

興奮を抑えきれず、身を乗り出して問いかける。

 

 

「お前が上級悪魔になるまで何年かかる?」

 

 

そうだ、僕の手足となって働くのではなく、悪魔の眷属となって働く以上、僕が原作開始にさしかかる年齢になるまでに、ある程度の影響力をセバスチャンが得なければ意味がない。

 

 

悪魔の情報? 魔法や魔術の情報? そんなもんが原作にかかわるとは思えない。せいぜい神器の修行の片手間にそれらの技術の練習をするぐらいか? いずれにせよ優先順位はとんと低い。それならばセバスチャンも別の用途で使ったほうが幾分か役に立つだろう。

 

 

重要なのはセバスチャンを通して悪魔界に僕が発揮できる権力であり、財力であり、影響力である。それらがあれば、いざ原作開始の段になったとき、自分が有利になるように便宜を図ることも可能だろう。

 

 

その影響力の指標となるのが、爵位・領土をもらえ、眷属を従えることができる上級悪魔だ。上級悪魔一人従えることができれば、事前に強い眷属の囲い込みもできるだろうし、その権力の恩恵にあずかることもできる。その力の生かし方は無限大で、選択肢は無数に切り開ける。

 

 

別に世界を支配したいだとか大望があるわけではないのだ。ただ自分の周りの出来事を、原作を、自分の都合のいい方向に転がしたいだけ。フィクサーは気取りで十分、自分の舞台に収まる範囲だけでいい。

 

 

問題があるとすれば、戦闘力のないセバスチャンに上級悪魔になるだけの素養があるかどうか、その覚悟があるかどうかだ。

 

 

「…………昨今では目立った戦闘がない故に文官のほうがかえって功績を立てやすく、上級悪魔にもとりたてやすいようです、それがダンタリオンならなおさらに」

 

 

「御託はいい、結論を言え」

 

 

「三年以内に必ずや」

 

 

「…………言ったな?」

 

 

パンと膝を両手で叩き、人差し指を電電虫に突き付け、その相貌笑みをたたえ、高圧的にのたまう。虚栄でもなく、見栄でもなく、命令として言葉吐くその姿には腑抜けた今までの惰弱さなど欠片も感じられない。たった二人、たった二人のみに感じられる上位者としての威厳を。ただただ楽しくなってきたと浮かぶ笑みに、生のままの奔放さに、感じた。

 

 

「ではセバスチャンお前に命令する。お前は来たるべき日のために悪魔界にて影響力を高めろ。権力、財力、人望、なんでもいい、上級悪魔となって発言力を持て。いつの日か僕を助けるための力を持て。僕のためだけに力をつけ続けろ。それがお前に下す命令だ」

 

 

そして、言い切った。これが実現すれば、と未来図を思い浮かべて。

 

 

「御意に。御身はあなただけのために」

 

 

返ってきた答えはかくも頼もしかった。

 

 

「よし、ならば決定だ。せいぜい励めよ、セバスチャン」

 

 

満面の笑みを以て激励すれば、こちらも御意と笑みを含んだ声。うんうんうん、とうなずき興奮に身を任せていると、視界の端に入ってくる、キルキルちゃんの仏頂面。いや仏頂面はいつものことなんだけど、普段よりも殊更表情が硬い気がする。

 

 

「どうしたの、キルキルちゃん」

 

 

「いえ…………」

 

 

いつになく歯切れの悪いキルキルちゃんに首をかしげた。

 

 

主。と呼びかけられた声に改めて向き直れば、そこには温和な顔をした電電虫が。

 

 

「キルキル殿、然らばあなた様は執着もなく私が主の傍から離れることを憂慮しておられるのでしょう」

 

 

「…………そうだな。貴様の忠義が信じられない。貴様を通じてマスターのことがばれるのではないか、裏切るのではないか、と。そう思っている」

 

 

裏切りか…………その可能性が思い至ったから、キルキルちゃんの顔色は優れなかったわけか。傍に侍らず外にいることには変わりないが、今までと違って裏切りの心配があるのは、僕の存在を知ることによって利益を得る連中にセバスチャンが囲まれるという点か。

 

 

「なれば主よ。眷属になるにあたり、この会社を引き継ぐ人間も必要でしょう。また目をつけられるのも面倒ですのでほどほどの能力を持った魔獣をこちらに送る準備をしておいてください。向こうには引き継ぎ作業と言って時間をつくらせますので、最後に一度ご尊顔を拝謁する機会を。そのときに」

 

 

「そのときに?」

 

 

一瞬の溜めに乗じて復唱すると、そのあとに続けてセバスチャンはなんでもないような口調で言った。

 

 

「万が一私が裏切った時のために監視する魔獣をおつけください。それと始末するための魔獣も。始末するための魔獣などは体の中に埋め込むようなものがいいのではないですかな。いざというとき簡単でしょうし」

 

 

「…………わかった。創っておこう」

 

 

キルキルちゃんの懸念により、まろびでていた疑問の芽も、セバスチャンの言葉によってすぐに摘み取られた。この忠義、やはり異常だ。創造主への絶対服従。それこそが、魔獣創造の特徴なのだろう、と悟るのと同時、ここまで言わせてしまったことへの罪悪感がわずかに湧いた。

 

 

「これで納得したか? キルキルちゃん」

 

 

「はい…………」

 

 

そのせいだろうか、少しばかりキルキルちゃんへの言葉があてつけがましくなった。当の本人はそんな創造主からの言葉のとげに胸を痛めていたが、それでもセバスチャンの発言に当惑気味であった。

 

 

「キルキル殿、忠義の形は人それぞれです。あなたが傍に侍ることを忠義とするように、私は外で自らが能力を余すことなく使うことで主の素晴らしさを喧伝することこそが忠義なのです。我々はそうであるように創られた、故に同じ創造物といえど、互いを理解することなどできない。それで十分ではないですかな」

 

 

「…………そうか、そうだな。我々は創造者御身のために。それだけで十分か」

 

 

セバスチャンの言葉を受けて、ようやく納得の色を見せる。いや納得したというよりは理解することを諦めたのか。同じ創造物として少なからず仲間意識があったセバスチャンの別離にキルキルちゃんも何か思うところがあったのかもしれないが、僕にもそれは理解の及ばぬことであった。

 

 

「では方針は決まったな。細かいことはまた次あうときに決めようか」

 

 

「はっ。それでは主。次にお会いする機会をお待ちしております」

 

 

「うん、ではな…………っとそうそうもう一つ聞いておきたいことがある」

 

 

忘れぬうちに、セバスチャンとの会話の中で考え付いた思いつきを話してみた。その思いつきの内容にセバスチャンは驚いたようだったが、すぐに是と言う答えが返ってきた。それについての詳細も今度詰めることになるだろう。

 

 

用件が終わると、今度こそ、と受話器を置く。

 

 

そして、ふう、と息を吐いた。

 

 

人心地入れたいという主の意をくんだのか、手際よく、ジュースのピッチャーを持って、キルキルちゃんは僕の手元のテーブルに置かれたコップに次ぎいれる。

 

 

「ククク。ああ、楽しくなってきた…………だらだら生活するのもそれはそれで楽しいものだったけど…………ああ、ははっ、いいねえ、楽しいねぇ」

 

 

自分が原作をゆがめてやる、その快感たるや妄想しているだけでも十分わくわくしてくる。

 

 

僕がいま思い描いていることが全部実現したとしたら…………それはそれは楽しいことになるだろうな。

 

 

今まではただ妄想するだけで具体的な手段など何の目途も立っていない夢妄想だったわけだけど。

 

 

思いもよらぬ、アクシデントからその展望が開けてきた。

 

 

なに、万事うまくいくとは限らないが、だからこそ楽しいではないか。

 

 

「ああ、これからもっと楽しくなってくるよ、キルキルちゃん。キルキルちゃんもちゃんと心の準備だけはしといてね?」

 

 

訳が分からないであろうキルキルちゃんにも共感を求めて話を振る。一も二もなくキルキルちゃんはうなずいた。

 

 

「はい。マスターの喜びこそ私の喜び。どこまでもお供いたします」

 

 

「そうかい、そうかい。それじゃ楽しい楽しい僕にとって都合のいい物語の準備をしようか…………ふふ、ああぁあ! 楽しくなってきた!」

 

 

こうして夜はまた更ける。

 

 

しかしいつもの夜とは違うのは、この夜明けが一つの物語の序章を迎えたということだけ。

 

 

ここに静かに一つの運命を歪める第一歩が踏み出されたのである。

 



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舞台裏を整えよう



セバスチャンチートの回


「ああ、あと一つ聞きたいことがあるんだが」

 

 

これはあのときの会話の続き。思いつきではあったが、今となっては天啓とも思える閃きであり、今後の方針を占う決定事項。

 

 

「お前と同じような方法でほかの勢力、天使や堕天使に接触を図れると思うか」

 

 

主の申しつけにセバスチャンは最大限こたえようと言葉を返す。

 

 

是。次回までに案をまとめて参ります、と。

 

 

そうして、今。両者の間に会合の機会が持たれる。あまり長いとは言えない時間。しかしこの時間で今後のすべてが決まるといっても過言ではなかった。

 

 

「人里に出たのは久しぶり…………いや実質初めてか。それにしても、案外何の感慨も湧かないものだね」

 

 

わざわざあのような僻地の森で会合を持つこと自体、怪しんでくれ、と言っているようなものだ。セバスチャンが悪魔に監視されている可能性を考えればこそ、場所は選ぶ必要があった。

 

 

「はっ、私の都合で主にご足労願ってしまったこと真に恐縮ですが」

 

 

「わかっている。こっちとしてもいい観光になったさ」

 

 

とあるホテルの一室。僕の側にはキルキルちゃんと、セバスチャンの引き継ぎとなる、優男然とした人型魔獣が随伴し、真正面相対する形でセバスチャンが控える。

 

 

ここまで来るのに相当以上に苦労したけど、傍目から見れば新婚夫婦とその子供と言う風にしか見られなかったはずだ。事実しばらく歩かなかったせいか、身体が鈍りまくってて、途中からはほぼキルキルちゃんにおんぶにだっこであった。

 

 

調子のって、「疲れたぁ、おんぶぅ!」とか言ってる様子はほとんどわがままなガキ同然だったはずである。しかもそう言うと無条件でキルキルちゃんは甘やかしてくれるため、さらに調子に乗ってわがまま――――あ~んしてぇ、おっぱい飲みたいの!――――をしていると、見かねた見知らぬおばちゃんから、あまり甘やかさないほうがいいよ、と助言を受けたほどである。

 

 

そこから、あなたに何がわかるんですか! と傍から見れば馬鹿親同然にヒートアップしたのは余談。

 

 

まさに完璧な擬態。自分で悦に浸ってしまうほどの役者ぶりであった。あまりの演技に本来の己を忘れてしまいそうになったくらいである。セバスチャンの顔を見てようやく、ハッ、と正気に戻ったことからも伺えるようにも僕の演技はもはや暗示レベルの境地に達してしまったとみえる。流石は僕。転生チート主人公をやるだけのことはある。

 

 

「それじゃ、こいつがセバスチャンの引き継ぎとなる奴な。名前はチャラオな」

 

 

ペコリとお辞儀する優男。それにうなずきで答えるセバスチャン。

 

 

「ふむ、了解しました。よろしく頼むぞ、チャラオ」

 

 

「はい。マスターからはセバスチャン殿を父のように思い師事しろ、と言われております。まだ生まれたての未熟者ではありますがよろしくお願いします」

 

 

「うむ…………では主、しかとこの者あずかりました。引き継ぎまでそう時間はないですが、主の手足となれるようきちんと教育しておきましょう」

 

 

「頼むぞ…………悪魔の保護を受けるとはいえ、できることはそいつを通じてやることになるだろうし。そこらへんは抜かりなく頼む」

 

 

「はっ」

 

 

一礼し、しかと返事を返す。目くばせをチャラオに送ると、チャラオも得心し、セバスチャンの傍に移った。

 

 

「あとは、セバスチャン。これがこれから冥界に赴くにあたり俺が用意した餞別だ、受け取ってくれ」

 

 

キルキルちゃんが背負っていたバックを下ろし、その口から入っていたものを次々とテーブルの上に並べる。

 

 

小型電電虫、監視用の使い魔型の猫魔獣、あなたの生活に潤いを、様々な果物を実らせる植物型魔獣の苗床、あなたの親父の形見となって守ってくれる、胸ポケットに入るスライム型魔獣、などなど。

 

 

「一応スライム以外は全部普通の生物に似せてあるからカモフラージュは大丈夫だと思う。電電虫は万が一にも冥界とつながらないことがないようにゴールド電電虫だ。まぁ、そのほかにもいろいろあるが…………僕から説明する必要があるのはこれかな」

 

 

飴玉を模しているボール状の魔獣。よくよく見てみると目玉のような光彩が見て取れるそれは。

 

 

「…………電電虫でも言っていたが、これはお前が裏切ったとき自動で爆発する仕組みとなっている魔獣だ。これを飲み込めば、お前の体の一部となって監視をし、必要に応じて意思決定を行う魔獣が爆発させる。爆発した後は粉微塵残らない。それだけのものだ」

 

 

それでも飲むか、重くなる口を懸命に開いて続きを促そうとする手前、視界から自爆用魔獣が消えた。消えた先を視線で追えば、そこには意図もたやすくそれを口の中に入れるセバスチャンの姿が。

 

 

「お前…………」

 

 

「この程度のことで主を煩わせるまでもありませんよ。私は裏切りません。主を最上とする魔獣故に。しかしながら、こんな意味のないことでも主の気を休めることになるのなら躊躇いはしますまい」

 

 

「セバスチャン…………」

 

 

そう言い切ったセバスチャンに、感じ入るものがなかったわけではない。しかしながら、それは真実真心のこもった言葉に感動したのではなく。

 

 

ただ単純な駒としての意識。その忠義には経緯も歴史もいらない。ただそうであるように創られたからそうしているだけ。徹底した魔獣としての姿勢に僕は圧倒されていた。

 

 

そりゃそうだ。会社を発展させることにもこれから上級悪魔になるべく動くことにもセバスチャン自身には何一つ頓着するべき目的がない。

 

 

あるとしたら全ては創造主のレオナルドの都合のため。

 

 

もともと彼らには生きるべき目的などレオナルド以外に存在しないのだ。それは絶対的な献身。どれほど依存の激しい人間でも、そうであるように創られた、とする生まれまでは凌駕しえない。

 

 

なるほど、これが僕の魔獣か。

 

 

そう、得心に至った。

 

 

「…………悪魔が下僕を眷属と称するのなら、天使が慕うものを信者と称するのなら」

 

 

「?」

 

 

それぞれがそれぞれのあり方を示したしっくりくる表現だ。だけどそれらは僕らに似つかわしい表現ではない。

 

 

僕らにふさわしい表現は、別にある。

 

 

そう、

 

 

「僕らは家族(ファミリー)だ。家長の意思に沿い目的を達成する共同体。そうであるように生まれた君らは等しく僕の子供だ。足らない部分もあるだろうから、孝行してくれ。そして一緒に歩こうか、僕の道を」

 

 

まさしく家族(ファミリー)。この表現がふさわしいだろう。そうであるように創られた生まれは家長のために尽くすことで報われる。父が汗水たらし母がお腹を痛めて子を産むように。創造主たる僕もそういう風に創った魔獣に報わなければなるまい。創った目的の根本たる僕の目的を達成することで。

 

 

ひどく独善的ではあったが、自分の気持ちに踏ん切りをつけるのに、自分に都合よく彼らを使うことに、家族と言う表現ほど都合のいい言い訳はほかになかった。

 

 

「さて、それじゃ、僕の家族(ファミリー)。本題に入ろうか」

 

 

それぞれがそれぞれなりの表情を見せる中、僕らは一歩前に進んだ。

 

 

 

 

 

「天使や堕天使への接触、ですな」

 

 

小気味の良いテンポで合いの手を入れてくるセバスチャン。我が意得たりとばかりにうなずくと、セバスチャンは具体的な話を切り出した。

 

 

「少しばかり、私を眷属にと誘ったダンタリオンの先代当主殿にお話を伺ったのですが。悪魔が人間を、眷属として取り立てることで引き込むように、天使や堕天使などもそれぞれのやり方で人間を引き込んでいるようです」

 

 

「その引き込んでいる人間にどうにか僕の魔獣を紛れ込ませたいところだな」

 

 

スペックが高いという点を売りにするのなら、目をつけてもらえば簡単だとも思うが。

 

 

「その前におひとつお聞かせ願いたいのですが」

 

 

黙考する僕に対し、セバスチャンが躊躇することなく、断りを入れる。うん、どのみちこの計画をメインで詰めるのはセバスチャンだろうし、こういう遠慮のないところは頼りがいがある。

 

 

「なんだ?」

 

 

「主は堕天使や天使の勢力に対して、内偵をし、それにまつわる情報を手に入れることが目的なのでしょうか? それとも彼らに対する発言力を手に入れることが主目的なのでしょうか? それによって手段も変わると思うのですが…………」

 

 

原作キャラの行方を探す上では勢力の中に入って内偵することも大事なように思えるが、優先すべきことではないな。

 

 

「いや、どちらかと言うと、セバスチャンお前に命じたように勢力内で地位を築き発言力を手に入れることのほうが重要だな。別に僕は彼らと敵対したいわけではないし」

 

 

「そうですか…………」

 

 

顎に手をあてわずかの間考えるそぶりを見せる。その合間、おずおずとだが、チャラオの手が挙がった。その瞬間、ああん、てめえ新入りのくせに生意気なんだよ、と僕の身の回りの世話に徹していたキルキルちゃんから殺気が飛ぶ。

 

 

その気配を抑えて、僕が発言を促した。

 

 

「あの、結局のところ、マスターの目的とはなんなのでしょうか? 三大勢力? とやらに影響力を持ってマスターは何をなさるおつもりなのですか?」

 

 

…………それなりの期間仕えてきた二人が、マスターの命令を聞いてればそれで十分、必要のないことは聞かないことを美徳とし、今まで口に出さなかった疑問を新入りが口に出した。

 

 

今までであれば、教育を任されたセバスチャンが新入りの口のきき方を諌めるところではあるが、家族、と主が宣言したことで、今まで仕えてきた二人はどこまでが主に対して許されるのか、距離感をつかみかねていた。故に内心の疑問と合致する形で新入りの疑問を見逃してしまう。

 

 

二人とも家族の定義は知っていた。しかし、実態それがどのようなものなのか、わからなかったのだ。それはこれから学んでいくしかないし、その過程で二人がどのような家族像を築くのかは、主が干渉しなかったことでそれぞれに任せる形になってしまった。

 

 

あまりに重すぎる献身に対し言い訳として使った家族と言う名称。それが二人にどのような変化をもたらすのかは、わからないが、その一端としてこの場の疑問を許すことになっていた。

 

 

一方の僕はと言うとこれまた困ったことである。

 

 

いや、本音を言えばハーレムして、自分に都合のいいように物語を転がしたいだけなんですー、ってところなのだが、それはなんというか明け透けに言うにはあまりにしょうもなさすぎる。

 

 

先の事を考えれば、物語の中心に介入することはすなわち、今後の世界の命運を左右する重大な改変にまつわる目的と言えるのだろうが、現時点でそうなると知っているのは僕だけで、説得力がなさすぎる。

 

 

そんな説得力のない言葉にはたして彼らはすんなりとうなずくか。そもそもそんな不確定なことのために上級悪魔にまでなる必要があるのか。それを説明する術を僕は持っていない。

 

 

どうしたものか、と頭を悩ませた僕の目に留まるキルキルちゃん。

 

 

家族か…………ちょっと小狡いが、それでいこう。

 

 

「すまないけど今は言えない。だけど信じてほしい。僕は家族を裏切らない。それだけは何があっても変わらない。君たちだけからの、一方通行の裏切らない、じゃなくて、僕も言う。僕は君たちを裏切らない。だから今は信じて、僕の目的に従ってほしい」

 

 

またしても家族を言い訳に使ってしまったわけだけど、仕方がない。それに言い訳に使えば使うほど僕の中で家族というものに重みが増す。価値ができる。だから今は少しばかり寄りかかっておこう。

 

 

いつの日か、原作に突入したとき、彼らはこのためにあった、と言われるようなことを起こすから。

 

 

「是非もありません。すべてはマスターのご意志のまま」

 

 

「了解しました、今は目的のため邁進しましょう」

 

 

「えっと、申し訳ありません。新入りが口を出しすぎました」

 

 

三者三様の答えに満足し、僕は椅子に座りなおす。

 

 

あまり沈黙を挟まない配慮か、セバスチャンが発言した。

 

 

「それで、考えたのですが。天使側に対しての潜入は比較的簡単かと思われます」

 

 

「ほう、聞こうか」

 

 

「はい。天使側には教会という表世界にもわかりやすい間口があるのです。今まで主の懐に入ったお金を元手として、教会に対して献金を行ってはどうでしょう」

 

 

献金、金か…………確かにその寄付が教会にとって貴重な資金源となれば発言の機会には恵まれるかもしれないが。

 

 

「だが、それで干渉するには定期的に大量の金が必要になるし、何より献金者にそのような裏の事情を明かすとは思えないのだけれど…………」

 

 

「そこはやりようによりますな。お膳立て次第で如何様にでもなるでしょう。例えば資金面で世話になっている企業主の息子が裏の力を発症したとか。まぁいくらでもシナリオは作れます。要は献金者が知ってしまえば、教会も致し方なし、と取れるだけの機嫌はとろうとするでしょう。少なくとも無為にすることだけはしないかと」

 

 

懇意にしていればそれに対処する教会もやり口を変えてくる、か。できうることなら教会も資金源を失いたくないだろうしな。そこから徐々に話を広げればいずれは地位を築くことも可能か。

 

 

「そして、その元手となる金稼ぎについては、今の私が育てた企業を源泉とするのもいいですが、新しく教会用に企業を立てたほうがよろしいかと。主がいま蓄財なさっている資金の範囲で買える有力な企業をいくつかピックアップしてあります。それらの株式を買い取り、トップに主の魔獣を据え――――そうですね私と同スペックぐらいであれば十分可能かと――――そして然るべき手段をもって企業を拡大する。そしてそこで得た資金を教会に寄付し――――」

 

 

「ま、待て待て待て、話がでかくなりすぎてる! 会社を買い取るのか? 僕が? なんか話の方向がずれてないか?」

 

 

「いいえ、まったくもってずれていません。会社を新しく設立するよりも買い取ったほうが手っ取り早いですし。儲けが見込め、なおかつキリシタン系の傾向がある企業も既に目を付けてあります。それに三大勢力に影響力を発揮しよう、と言うのです。これくらいのことは普通にやっていただかなくては」

 

 

「え、えと…………そうなのか?」

 

 

キルキルちゃんに同意を求めても当然答えは返ってこない。ただ自分の専門外の話だと割り切って、従者よろしく佇んでいる。

 

 

「そうです。しかしながらあいにく行うのは私ではないので、必ずや成功する、と私の口から言えないのもまた事実。リスク分散のため一人ではなく、何人か、その企業の経営に携わらせたほうがよろしいかと。ああ、それとその会社経営までの知識を学ばせる方法ですが…………」

 

 

怒涛のごとく続く人材育成、企業経営、その他諸々の方針の話。専門的すぎて途中で聞くことを諦めた。いや、僕転生チートですけど、頭脳チートではないので。もっと言うのなら僕が原作をゆがませて創りたい物語っていうのには企業闘争とかそんな資本主義的な話は絡んでこない予定なので。

 

 

「あーーごほん! 続きはチャラオで」

 

 

続きはwebで、じゃないけど、そこらへんのお話は投げることにした。

 

 

セバスチャンの話に目を白黒させていたチャラオは突然振られた矛先についていけず、はぁ、と曖昧な返事を返す。うん、気持ちはわかる。お前はほどほどにって言われてたからセバスチャンほど頭良くないもんね。

 

 

「そうですか。では主、主には私と同スペック以上の人型魔獣を三体ほどお願いします」

 

 

これでお役目ごめんと思っていたら、結構な無茶をかましてきやがった。セバスチャン創造するのにどれだけ手間暇かけたと思ってるんだ…………頭脳チートは伊達じゃないんだぞ!

 

 

「それとチャラオ、お前の引き継ぎ教育と一緒に会社運営のノウハウも教える。主が創られた魔獣をそちらに派遣してもらうから、お前は私から学んだことをそのままその魔獣たちに伝えるのだ。何、お前の容量が悪くてもお前の教え子はすべからくお前よりスペックが上だ。お前が一教えれば十理解するような魔獣だからそう気負わなくてもいい。最悪私がピックアップした本を読ませて、組織運営に携わらせるだけでいいからな」

 

 

「は、はぁ…………?」

 

 

なんかチャラオ中間管理職っぽいな。優秀な上司と部下に板挟みになる図が見える……

 

 

「まぁ教会に関してはこれでいいかと。あと余力があるようでしたら、教会つきの孤児院にスペックの高い子供の魔獣を放り込んでおくのも手かと。悪魔祓いなどは主に後腐れのない孤児などが中心のようですし、信者単位で食い込むのならそれも一つの手段です。そのへんは新しく創る教会担当の魔獣などとご相談の上ご決断ください」

 

 

「わ、わかった…………」

 

 

しかし、この手の謀略ではセバスチャンのような頭脳チートの独壇場だな。とても僕一人では実行が不可能、どころか思いつくことさえ儘ならないことばかりだ。

 

 

まぁ、うん。下手に手出しはせずに任せるべきところは任せる、その方針を忘れないようにしよう。特に企業関連の話は丸投げだ。そんな知識いらないしな!

 

 

「教会に関してはこれでいいでしょう。問題は堕天使です」

 

 

「まぁ、教会のようにわかりやすい間口があるわけではないしな」

 

 

もう全部任せておけば勝手にやってくれるのではないだろうか、と思いつつも一応家長としての面目を保つべく話は合わせる。

 

 

「そうですな…………これに関しては難しい問題です。先代の当主からもあまり耳寄りな情報は聞けませんでした。ただ一点、グレゴリという堕天使の機関があり、そこの総督の意向から神器の所有者集めに躍起になっているという点以外は」

 

 

「ああ…………」

 

 

神器集めが唯一の接点か…………いっそ身売りでもすれば、いとも簡単に総督のアザゼルまでたどり着けそうだけど。

 

 

意味ありげに出した神器についての話にチャラオが疑問を呈し、セバスチャンが神器について説明を重ねていく。ああ、そういや、僕も神器については知らないことになってるのか。まぁ原作知識あってこそ知ってたことだしね。

 

 

…………あれ? じゃあこの子達いったい今まで僕のことどう思ってたんだろ? なんかめちゃくちゃな生命を生み出しまくる、神みたいな風に思われてたのかな。まぁ実際生命を生み出すなんて所業神にも等しき行為だけどさ。

 

 

「…………であるようにおそらく主の力の在り処もおそらく神器にあるのではないか、と。あまり具体的な質問をすれば下手な邪推を招きかねませんので、詳しく聞いていませんが、その神にも等しき力からしておそらく神器の中でも強力な神滅具に分類されるようなものではないか、と推測しました」

 

 

「…………マスターは神であると思っていたのですが、違ったのですか」

 

 

「いや、さすがに神ではないよ、人間だもの」

 

 

キルキルちゃんのらしい勘違いを訂正する。

 

 

「そんな神器を集めるグレゴリは、時に強硬な姿勢をとることも少なくないようで、危険性のある主のような神器使いは殺してでも、ということもあるようです」

 

 

「…………敵か」

 

 

キルキルちゃんの周りの空気が凍る。シュンシュンシュン、と何かを斬るような音は文字通りキルキルちゃんが空気を斬っている音なのだろう。氷使いがキレると、周りの空気が冷たくなるみたいに。切断と言う概念に特化したキルキルちゃんがキレると、本当に斬れるのだろう。怖いなおい。

 

 

「まぁそれだけに接触は慎重を極める、ということです。向こうは神器を研究しているらしいですしね。場合によっては我らが人間に擬態していることもばれるかもしれません」

 

 

「それはまずいな…………」

 

 

可能な限り構造は人間に似せているつもりではあるが、専門家相手には厳しいかもしれない。何より、本当に似せられているかどうかも確かめる術がないわけだし。まさか解体して調べるわけにもいくまい。そこは魔獣創造を信じるしかない。

 

 

「具体的な目途がたたない以上、堕天使への対応はひとまず置いておいたほういいか」

 

 

「そうですね。情報収集をしつつ、進展があればその都度対処していく、と言う方針にとどめておいたほうがいいかと」

 

 

悪魔や天使と接触するのとで勝手が違う。嫌だぞ、アザゼル先生につかまって計画ご破算とか。別に接触しなくて困るわけでもないし、保身が最優先だ。

 

 

まぁ、考えがないわけじゃないんだけど。今後の情報収集しだいってところで落ち着けるとしますかね。

 

 

「私から具申できるのはここまでになりますが、如何でしょうか」

 

 

「いや、文句ない。堕天使側についてはどうしようもないが、教会側についてはその方針でいこう。悪魔側に関しては…………わかっているな、セバスチャン?」

 

 

「はっ。三年以内に必ずや上級悪魔となりましょうぞ」

 

 

「うん」

 

 

いよいよだな。

 

 

原作介入のための下準備の方針が整いつつある。これらがすべて順調にいけば、その裏に存在する、僕の立場は飛躍的に上昇する。原作介入もそれだけ容易になる。

 

 

ああ、楽しくなってきたぁ!

 

 

「皆よく聞け! 僕ら家族(ファミリー)は先あった話し合いで決まったことに沿い動く」

 

 

立ち上がり、目前に控える三人を見渡して言う。

 

 

「セバスチャン、お前はこれより冥界に向かい上級悪魔となるべく励め! 方法手段問わずお前の影響力を高めろ! …………離れていても僕たちが一心同体の家族であること忘れるな」

 

 

「はっ。承りましてでございます」

 

 

落ち着いた表情で答えるセバスチャン。いつになく渋みのある声が誇らしげなのは気のせいではないだろう。

 

 

「チャラオ! お前はセバスチャンが冥界に向かうまでの間その教示をできるだけ引き継ぐのだ。そしてお前の後輩にそれを伝えろ! 以後後進の教育に励み、セバスチャンが育てた企業の手綱をとれ! …………期待している」

 

 

「は、はい!」

 

 

一番の新入り、生後三日の最年少者。返事に気負いは見られるが、彼はきっとセバスチャンの教示を受け継ぐ一角の人物となろう。

 

 

「そしてキルキルちゃん…………」

 

 

一拍置いて振り返る。僕が転生した日から一緒にいるキルキルちゃんとの日々を。

 

 

そして今までの感謝をこめていった。

 

 

「…………これから多く困難があるだろうけど、僕の一番近くで一緒に歩いてくれ。これはキルキルちゃんにしかできないことだ」

 

 

「…………はい、どこまでお供いたします!」

 

 

返事は今まで見てきた中で一番色濃く感情が表れていた。

 

 

三者三様の感情を受け止め、僕は笑う。

 

 

「さぁ、楽しい楽しい物語の始まりだ」

 

 

今日この日の決断を以て、物語は歪みはじめたのだった。

 

 

 

 








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進捗

この作品はロリコンには大好物の小説だと思う。


何せ今までこの小説では十歳以上の生物が出てきたことがない。最高年齢七歳、最低年齢一歳、物語の平均年齢約2歳。もうね…………これぞ二次創作だからできる暴挙だよね。


まぁあれだよ、キャラクターの外見が歳に相応しないことなんてよくあることだし。合法ロリつうかペドだよね、これも。






「…………というわけで教会側とは表裏ともに仲を深めることに成功しました。私の息子の綺礼も順調に成果を上げているようです」

 

 

「そうか、ご苦労」

 

 

いよいよ計画も軌道に乗ったというところか。これでようやく一息つけるな、とここのところ張り詰めっぱなしだった緊張を意図して緩まそうとする。しかし、と続けた頭の良すぎる教会担当の魔獣の言葉に感じた不吉な予感を振り払うように。

 

 

「安全と実益のためここで一手を打っておくべきかと」

 

 

「…………まだやるのか」

 

 

ただでさえ、教会の裏に接触するために一騒動と言うにはあまりに目に余る茶番をやったというのに。まだ懲りないのか。一人で裏方すべてセッティングする美術担当の僕の労力も考えてくれ。

 

 

「はい。熱心なクリスチャンである企業主の私が世界の裏の事情に触れ、教会の正義を知り、そしてその正義に息子を救われたのです。ここで行動を起こさず看過したとしたらそれこそ主に申し訳ない」

 

 

「…………その主とはいったい誰の事なのかな」

 

 

「もちろんクリスチャンを演じる私にふさわしい“主”です」

 

 

嘘つけ、言葉には出さず、心のうちで毒づく。ここで意味する主とはもちろん聖書の神ではなく、僕の事だろう。表面上は聖書の神を信望するクリスチャンになぞらえた言葉ではあるが、それは演者の趣に沿った言いようでしかなく、真実現しているのは僕への牽制。ここで行動を起こさなくば、あなたが演出した茶番の労力さえ徒労と化すのですよ、と諫言しているのだ。

 

 

流石はあの綺礼を息子に持つだけのことはある。

 

 

なんと婉曲かつ嫌味な言いようだろうか。これもまたカレン・オルテンシアの持ち味か。

 

 

つくづく厄介なキャラを創造したものだ、と嘆息する。ただ創造するのも味気ないから、と戯れで最近よみがえりつつある現世の記憶で目についた作品の中からキャラを教会担当用魔獣として創造してみたのだが、アクが強すぎた。

 

 

創造したのは、カレン・オルテンシアと言峰綺礼。性格は原作遵守、スペックまでそれに沿うわけにもいかないので、両方セバスチャンの要請通り知力チートで綺礼のほうは戦闘力もそれなりに高めてある。綺礼は再現できたらいいな程度の気まぐれで戦闘力を付加してみたのだが、その能力が講じて、教会の裏に接触する茶番の被害者になるとは思わなかった。

 

 

まぁ裏の才能が強いっていう舞台設定だったし、脚本上、以後教会に潜伏しなければいけない役目も負っていたしで綺礼の存在は都合がよかった。何より企業経営に頭脳チート二人はスペック過剰だったというのもある。

 

 

そのような事情からこの世界でまさかの親娘逆転現象が起きたのだ。

 

 

「それで? 具体的にはどうするんだ?」

 

 

しかし、綺礼のほうもそうなのだが、この二人揃ってアクが強く皮肉っぽい。そのように創ったから当たり前と言えば当たり前なのだが、前者の三人が最初の方は絶対服従という姿勢を崩さなかっただけに、はじめっから皮肉っぽい態度で相好を崩すこの二人の対応には当初戸惑うものがあった。

 

 

それでも創造当初のとある事件から二人の忠誠は疑っていないのだが。それは余談だろう。

 

 

まぁ慣れてくれば、二人の忠勤の形と言うのも自然と見えてくるしね。露骨にこちらをおちょくってくるので、やり取りのたびに疲れるのは事実だが。

 

 

「はい。企業を倒産させようかと」

 

 

「…………頭の悪い僕にもわかるように説明して」

 

 

このように突拍子もない発言に対する処理も慣れたものである。

 

 

「昔はもう少しワタワタしててかわいげがあったのですが。ファックしてやろうか、この雌豚としきりに叫んでいたあのころのレオンちゃんはどこへ行ったのですか?」

 

 

「…………僕はまだ七歳だから、いくら言葉で変態したところで成熟しきった変態には勝てないんだ、と学んだんだ」

 

 

「そんな成熟しきった変態を生み出したあなたの変態さ具合には負けると思います」

 

 

くだらないやり取りに、汚辱にまみれた過去を思い出し、涙する僕。

 

 

そんな僕には、「ですが……」と続けたカレンの言葉は不意打ちに近かった。

 

 

「そうですね、それなら四年後ぐらいを楽しみに待っています」

 

 

そう言って微笑む気配を見せたカレンに僕は鼻白む。

 

 

「…………ッッ、そ、そうっすか」

 

 

そして一瞬のち、カレンの声に出された笑いに、この反応を引き出したかったのかっ! と一本取られたような気分で悔し紛れに歯ぎしりした。

 

 

どうでもいいけど、なんでこんな揚げ足の取り合いみたいなことしてるんだろ。

 

 

「ちなみにあなたとまぐわう際には喘ぎ声の代わりに、そんなにオナニーして楽しい? ねえ、楽しい? と延々問いかけ続けることにします」

 

 

「…………それやめて」

 

 

心にくるものがある。

 

 

「マスターとのコミュニケーションもいいですが、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 

「始めたの、お前だから」

 

 

「それで、会社を倒産させると言う話ですが」

 

 

なんでもなかったことのように素知らぬ顔で話を続けるカレンが憎いとしい。

 

 

「実際には会社が傾くぐらいの大量の献金をしようかと思っています」

 

 

「それは実際に、か?」

 

 

「はい、一種の賭けではありますけどね。以前から私は熱心なクリスチャンということで社会に通してきましたから。教会の正義に救われ、裏の事情を知った今、狂信ともいえる常軌を逸した献金をしたとして不自然ではありません、裏の世界的には」

 

 

ニヤリ、と笑う悪魔の影を言葉尻に匂わせて、カレンは自らの権謀術数を主につまびらかに披露する。

 

 

「狙いはなんだ」

 

 

「私たちの企業は今や世間の話題にも上る新興の複合企業(コングロマリット) 。しかも世間的な評価としても周知されている強引な手腕、敵対的M&Aで有名な美人会長。氷の女王でしたか。そんな企業が傾くほどの謎の大量献金を教会にしたら世間的にはどうでしょうか?」

 

 

「まぁ、よくは映らないだろうな。あるいは癒着も疑われるか」

 

 

「そうです。裏的には、息子が教会に救われた、教会に教えられた真実、まさかこんな実態が世界にはあったなんて! でも私に力になれるのはお金くらい。そうだもっと献金を増やそう、もっともっと、とまぁありふれた狂信者になったんだな、くらいの理解で済みますが、世間的にはそうではありません。突如としか映りようがない異変としてそれは映るでしょう」

 

 

聞けば、あらかじめそうなるように、過剰なメディア露出をしてきたらしい。今の企業の力なら、しようと思えばメディアに圧力をかけることもできたらしいが。この狙いのためにあえてしなかった、むしろメディアに嫌われるように振る舞った、とまで聞き、改めて頭脳チートの恐ろしさを実感した。

 

 

いつから考えていたんだ、と問えば最初からと言う。

 

 

これが敵でなくてよかった…………というよりこれ僕が創ったんだよなぁ、魔獣創造チートすぎるだろ、おい。

 

 

「まぁとはいえ、世間的に評判のよろしくない私がクリスチャンだということを公にされるのは不利だと感じたのか、教会がその情報は圧力かけて隠してましたけどね。もらうものはもらっといて。しかし、企業が傾くほどの献金ともなれば流石に無理です。むしろ今までクリスチャンだという情報が話題に上がらなかったこと自体、邪推の的とされるでしょう」

 

 

「…………それは非常に教会によろしくないな、それで? それをどう利用するんだ?」

 

 

僕らの目的はあくまで教会内の地位向上だ。別に教会を貶めたいわけではない、そこだけは僕たちの間で共通項の目的であるはず…………生来のサディスティック精神が好んでこの方法をとったという可能性はあるかもしれないが。

 

 

「献金する相手は選ぶつもりです。少なくとも目先の莫大の利益より、恒常的な資金源を失うことに目が回る人を。先挙げたような事態を予想できる人を」

 

 

「当然止めるだろうな、その人は」

 

 

「ですが、当然止まりません」

 

 

「最終目的地は?」

 

 

「天使に会えるまで」

 

 

お互いあくどい笑みを交わしあう。ここまでくれば僕にも狙いは読めてくる。

 

 

「天使と面識をつくることが今回の目的か? そうすることで教会への発言権をより先鋭的なものにしよう、と。やれやれ、利になる狂信者と言うのは教会にとっても恐ろしいものだな」

 

 

「今の私では所詮枢機卿どまりの発言権しかありません。それではマスターの意に沿えない。一足飛びに地位を築くには劇的な契機が必要です。そのためにここまで世間を盛り上げる道化となった。ここで実を結ばせなくては意味がない」

 

 

「しかし…………そう簡単に天使が出てくるかな?」

 

 

挑発的に水を差し向ければ、返ってくる皮肉な答え。しかしその皮肉を吐く余裕こそカレンらしくて頼もしい。

 

 

「私は一流の演者ではありませんから」

 

 

「どの口がほざく」

 

 

「しかしながら、マスターのためせいぜい努力いたしましょう。神の恩恵を預かり聖書の内容をかみくだいて説明することぐらいしか能がない枢機卿では話を聞く価値などない、と。私が信望するのはお前らではなく、聖書に記された、天上におわしめす主とその傍に侍る天使たちなのだ、と。狂信者らしく理の通らぬ駄々をこねましょう」

 

 

「…………加減は間違えるなよ?」

 

 

「私を失うことは教会にとっても損失です。特にあの複合企業(コングロマリッド)の長がクリスチャンでなくなるという事態は避けたいはずです」

 

 

そのための策はあなたが弄したものでしょう? とその悪辣さを褒めるように、ふふふ、と悪い笑みを漏らす。それに対し僕は苦笑いするしかない。

 

 

複合企業(コングロマリッド)と言うだけ、カレンの企業の傘下は多方面の分野に渡る。どれも敵対的なM&Aで傘下に収めたものだ。そしてその中には悪魔の息がかかった企業も存在する。

 

 

この案は、当初のところ、頭脳チートどもに否定された。しかし、三大勢力が大きな抗争を避けたがっている傾向があることと、リスクを分散させる狙いがあることまでを話すと条件付きでその案の有用性を認めた。まぁ彼らも流石に十年後の三大勢力の和平協定までは見通せなかったらしい。

 

 

カレンの複合企業(コングロマリッド)に悪魔の息がかかった企業を潜り込ませたのは、裏の勢力たちに、その企業に対しての微妙な緊張状態をつくりだしたかったからだ。

 

 

カレンの複合企業は大きい。そこで諍いを起こせば、その利益を巡って大きな抗争が起きかねない。そういった危惧を裏の勢力に共有してもらい、勢力トップの耳目を集めれば、必然余計な諍いは避けられるというわけだ。

 

 

カレン自身、明確にクリスチャンだと宣言し、教会の庇護下にあったことも大きいだろうが。教会を近隣につくりながらも、今まで裏として接触してこなかったのもそのような緊張状態があったからなのかもしれない。

 

 

今の時点で考えているかは怪しいが、少なくとも和平に向けて努力する上では、そういったトラブルの種は摘んでおきたいはずだ。優先順位は上がり、上層部の目端もきかざるをえない。

 

 

それにどうせ悪魔の息がかかっているとは言っても、セバスチャンが創設した企業の関連会社だし。背景はしっかり僕で握っているので、どうにでも収拾はつく。大きな火種になることもないだろう。その上で、悪魔の中でも注目の高い新興の悪魔の企業なのだから、宣伝価値もうなぎのぼりで美味しい。自作自演であることこの上ないが。

 

 

これも余計な手出しをされて変な事態に巻き込まれないための安全策だ。

 

 

それに、だ。緊張状態をつくるということは、すなわちそれ自体に影響力が発生するということだ。トップの耳目を集めている以上、その企業の行動自体に裏の勢力は左右されることになる。

 

 

現に今もその影響力に左右されている。企業主であるカレンが狂信に走ろうとしているという事態にこれから裏の勢力は揺れることになるのだ。

 

 

それはそれ自体で裏の勢力間に変な緊張を起こしかねないし、そもそもそんな企業が大量献金と言う事態を引き起こすこともかなりまずい。

 

 

考えてみれば、カレンはこの僕の拙い策で上がった自身の価値も今回の策謀の目算に入れていたのだろう。加減どうこうより、もはや狂信者になったくらいで下手なことできるような人間ではないのだ、カレンは。

 

 

影響力さえあれば、いざというときのためになる。カレンも見事にそれを利用していた。

 

 

「まぁ、そうだな。成果を期待している」

 

 

直接的な影響力でこそないものの着々と僕の権力はその影を伸ばし始めている。そのことに僕はほくそ笑んだ。これはまだまだ僕の成果の一部なのだ。

 

 

「はい、マスターの策まで利用するのですから失敗はしませんよ。神とまでは言いませんが上級天使くらいは説得の場に引き出して見せましょう」

 

 

「…………神はもとからいないけどな」

 

 

慢心に心に隙ができていたのだろう。ポロッと出た原作知識。

 

 

「え?」

 

 

それに対し、訳の分からない、と言った顔で反芻するカレンにまずった、と内心悪態をついた。

 

 

「いや、なんでもない。吉報を待ってる、じゃあな」

 

 

「あ、は、はい。失礼しま――――」

 

 

そして、変にボロが出ないうちに、電電虫の連絡を切った。しかし、逆に不自然だったか、と舌打ちする。

 

 

最近ファミリーの連中に対する心の敷居が下がりすぎてて、本音が全部出そうになるんだよなぁ。

 

 

「…………お疲れですか」

 

 

ため息をついた僕にスッと通話を終えたのを見計らって気遣ってきてくれるキルキルちゃん。キルキルちゃんマジ天使。

 

 

「もうちかれた~~よぉ、キルキルちゃぁん。だきちめて~、だきちめてぼくちゃんをあたためてぇ」

 

 

公私の切り替えがきっちりできている僕はすぐさまプライベートモードへと移行し、完全にオフの気分になる。仕事とプライベートをきっちり分ける、これぞ成功者の秘訣。

 

 

心の敷居が下がりつつあるとはいえ、ここだけは譲れない一線というものを僕は持っているのだ。

 

 

「はい、マスター」

 

 

それをよく理解してくれている愛しき従者キルキルちゃんは、ポイっと手にしていたものを投げ捨て抱きしめてくれる。ああ、心臓の鼓動が聞こえる。ほのかな温もりが! 形の良い双丘ふがふが。

 

 

「キルキルちゃぁ~ん、ぼくち、ひちゃちぶりにおっぱい飲みたくなってきちゃったなぁ」

 

 

上目づかい、こぶしを小さく固めて顎に添えてねだれば、キルキルちゃんも頬を赤らめて答えてくれる。

 

 

「はい、マスター。喜んで」

 

 

息を上気させながら服を脱ぎ脱ぎするキルキルちゃん。

 

 

今ほどかれる胸のブラジャーの紐、下がる下着、肌との境界線から今ピンク色のキルキルちゃんをエロくするスイッチが――――

 

 

「主! あるじーー! 私! 私が聞いております! 主! 情事は私との通信を終えてからにしてください!」

 

 

「…………ちっ。なんだ、セバスチャン。せっかくいいところだったのに」

 

 

渋々ながら先ほどキルキルちゃんが投げ捨てたゴールド電電虫のほうを向く。せっかくいいところだったのにとんだ邪魔が入ったものだ。げきおこぷんぷんまる。

 

 

「い、いや、さすがにこのセバスチャン。久しぶりの主との通信が幼児退行する主と従者の情事で始まると思いもよりませんでしたぞ」

 

 

「ばかめ! 聞かれていると余計興奮するだろ!? 羞恥プレイというやつだ!」

 

 

「…………お気づきになられた上でやっていたのですか。き、聞かせるプレイにしては赤ちゃんプレイは難易度が高すぎるような気が…………」

 

 

「ただ情事を見せつけるだけで興奮するのは素人だ! お前は主がその程度の変態だと思っていたのか!?」

 

 

「あ、いえ、はい。なんかすいません…………」

 

 

ふぅ、やれやれだぜ、と息をついて奴の不甲斐なさに同意を求めれば、キルキルちゃんも殺気を持って同意してくれる。

 

 

「それで何か報告か?」

 

 

セバスチャンとはなかなか連絡を取る機会に恵まれない。いくら小型ゴールド電電虫を持たせているとはいえ、常時持ち歩くには危険が高いし、セバスチャンも能吏としての仕事に忙殺され、同輩の眷属たちや家人の隙を伺う暇もないという。

 

 

いくら先代当主の紹介とはいえ出自の定かでない転生悪魔がダンタリオンという名家の下での風当たりが厳しいのは当然とは言えるものの、セバスチャンが雑務の仕事に追われているのは何もそれだけが理由ではないらしい。

 

 

なんでもセバスチャン、新鋭の兵士としてはかなり主人である次期当主の長女に気に入られているようだ。いや、そもそも頭脳チートのセバスチャンが処理に一日追われるだけの雑務っていう時点でその量たるや推して図るべきなんだろうけど。

 

 

次期当主の期待を一身に背負い、かつそれに答え続けなければいけないセバスチャンの今は進退にかかわる大事な時期。

 

 

余計な定期連絡は不要、と言っていた手前、報告と言うからには何か重要なことがあったのだろう。

 

 

「…………はっ。実はこのたびこのセバスチャン、中級悪魔に昇格しました」

 

 

「…………へぇ」

 

 

そうしてなされた報告まさしく朗報と言っていいものだった。

 

 

「…………今までトレードに出されていた連中は全員下級悪魔だったんだっけ?」

 

 

「はい、中には兵士4駒消費の者もいたようですがその者も含めて今までの兵士は私以外では家人の娘の一人を除いてすべて下級悪魔のままトレードに出されています」

 

 

「…………ようやくスタート地点に立ったってところか」

 

 

中級悪魔。原作でも主人公たちが一年もしないうちになっていたがあれはあくまで稀有な特例。一年弱で中級悪魔まで上り詰めたセバスチャンは十分に優秀と言えるが。

 

 

しかし、セバスチャンは言ったのだ。三年で上級悪魔になる、と。それを考えれば猶予はあと二年。厳しいことを言うようだが、その目標の高さからすれば、あまり余裕があるとは思えない。

 

 

「はい、猶予のほどは十二分に理解しております」

 

 

「…………上級悪魔になるにあたって目途は立っているのか?」

 

 

なんならカレンにつき合わされた茶番のように手伝ってやってもいい、そう申し出たがセバスチャンは首を振った。

 

 

「いえ、主のお手を煩わせるなど恐れ多くて叶いません。わたくしめのためを思うのならどうぞ、お任せしてもらいたい」

 

 

「恐れ多い、か…………お前も大概頑固だな」

 

 

カレンや綺礼、そしてキルキルちゃんの振る舞いに慣れてきたせいか、そう感じてしまった。ファミリーの中では、唯一セバスチャンはくだけきれていない。

 

 

「私は、従者殿のように傍に侍るわけにもいきませんし、第二次世代(セカンド)のような仕様で創られたわけでもありませんから。差異が生じるのは仕方のないこと」

 

 

一抹の寂寥感を滲ませてセバスチャンは笑う。しまった、と思うも謝るのも謝るのでそれは違うと思った。フォローしあぐねていると、今度は快活にセバスチャンは笑った。

 

 

「これこそまさしく、単身赴任する父の悲しさでありますな。全く一番家庭に貢献しているというのに一番冷たく当たられる。悲しきかな、父のヒエラルキーの低さ」

 

 

おいおい、と泣き、おどけてみせたセバスチャンにさしも僕も笑った。キルキルちゃんは相も変わらず無表情でつっこむ。

 

 

「それならば、もっと頻繁に顔を出すことです。(わたし)はもはやあなたの顔さえ思い出せません」

 

 

お父さん(わたしは)、職場では雑用だから。なかなか休みもとれやしない…………おっとこれでまた昇進(上級悪魔)する理由が増えてしまいましたなぁ」

 

 

「くっくっく、なんだ案外イケるクチじゃないか」

 

 

セバスチャンの意外な一面を見て思わず噴き出してしまった。

 

 

「なに、人におべっかを使って機嫌を取らなきゃいけない職場ですから。自然こういった芸も覚えます。しかし、それをファミリーにもしていいのか、少し迷いました、が」

 

 

「が、どうした?」

 

 

自分の言葉におかしみを覚えたのか、笑いをこらえようともせず続きを切り出さないセバスチャンを促す。

 

 

「いや、なに。なかなか楽しいものだ、と思いましてね。少なくともダンタリオンの家でやっているときよりは気が休まる…………」

 

 

「そうか…………」

 

 

苦労をかけるな、そう慰めようとして首を振った。父親だというぐらいだしな、目いっぱい苦労してもらおう。頼られるのもまた父の甲斐性だ。

 

 

「…………上級悪魔になる手段に関してはお任せください。目途はつきませんが、算段は私にもできますので。必ずや主の期待に応えて見せましょう」

 

 

そして気づく。セバスチャンが僕の助力を断るのは何もそう創られたから、だけではないのだ。セバスチャンは自身の能力に誇りを持っている。自分の力を信じている。だから僕の申し出を断るのだ。

 

 

それこそ役割に例えるのなら、セバスチャンは父親になるのだろう。父親を自認するからこそ、その能力に誇りを持っているのか。その能力に誇りを持っているからこそ、父親を自認しているのか。そんな論議は鶏が先か卵が先かの論議ぐらいに不毛だ。そうであるように創られたから、などというつっこみをするのは野暮であろう。

 

 

「わかった。続報期待しているぞ、セバスチャン」

 

 

「はっ、それと…………上級悪魔になる以外にも影響力を高める手段は確立しつつあるのでそちらもご心配なく」

 

 

「ほう、報告はしてくれないのか」

 

 

「まだまだ小さき火種ゆえご勘弁を。私にも恰好ぐらいはつけさせてください」

 

 

「わかった、ではな。会える日を楽しみにしている」

 

 

「はっ」

 

 

そうしてゴールド電電虫の通話が消えた。

 

 

「ふっ、順調だ。何もかもが順調だ」

 

 

椅子に寄りかかり、天井を眺めて思う。まだだ、まだ足りない、と。あくなき欲望が己の中で煙を上げるのを感じる。

 

 

「はい、ですが…………お体にはお気を付けください」

 

 

「…………ああ」

 

 

ゆっくりと瞼を閉じ、聞き流した。体調などさしたる問題ではない。魔獣創造の応用でどうにでもなることだ。

 

 

キルキルちゃんの懸念は精神的な疲労に向いているのだろう。確かに計画発足から一年経ったが、この身はまだ七歳児。まだまだ成長期にあり、そんな大事な時期を迎えているにしてはやっていることが多すぎる。

 

 

しかし、今やっておかなければいけないのだ。時間は待ってくれない。原作開始まであと九年、いや駒王学園に入学する日を考えればあと八年か…………

 

 

「お祭りの準備は入念にしなければな」

 

 

後の祭り、なんて冗談じゃない。思いっきり僕は原作を楽しむのだ。

 

 

「さぁ、もう少し頑張ろうか」

 

 

ぱちんと頬を叩き椅子から立ち上がる。

 

 

やるべきことはたくさんあった。

 

 



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兵藤一誠

「ぽけー」

 

 

「ぼけー、とミサカはマスターに同調してみます」

 

 

二人揃って口をポカン、と明けて部屋の隅にたたずむ。ギコギコ、と絡繰り仕掛けの人形のように横を見れば、色素の薄い瞳と視線がぶつかった。茶髪の無表情な女の子である。まんまとあるシリーズのミサカであった。

 

 

「ミサカペロペロする気力もない…………」

 

 

「ミサカはペロペロされたいです、とミサカは一応残念がる素振りを見せます」

 

 

ホッとため息をついて残念がる素振りを見せたあたり、一応原作のミサカより感受性は高そうだ。ちらりとよこした流し目はこっちを誘ってきているとしか思えない。

 

 

しかし僕はあぽーんであった。

 

 

いつどきだかの怠惰によるものではなく、これは燃え尽き症候群によるものだった。

 

 

「働きたくないでござる」

 

 

グテン、と身体を横に倒すと、後ろに控えていたキルキルちゃんが床との間に膝を差し込み、僕の頭を受け止める。この間、わずか二秒。倒れこむ衝撃まで包み込んだ機敏さに僕もだつぼーである。

 

 

「うらやまけしからん、とミサカは新たな言葉を発明ししつつ現状への不満を表現します」

 

 

「このひざはわたさーん」

 

 

「ミサカ、貴様はマスターのように働いていないのだ。自重しなさい」

 

 

「まったくこの主従は、とミサカは呆れて物もいえません」

 

 

キルキルちゃんの膝を堪能しようという意思も珍しく薄い僕。これが普段なら膝の奥深くに潜むジャングルの探索に赴いてもおかしくない頃合だが、そうした習性に反して僕の目は死んでいた。ミサカくらい目が死んでいた。

 

 

「やぁやぁ! お仕事ご苦労様、マスター。これで計画の方も捗る、助かったよ」

 

 

そこに声をかけてきたのが、今回の僕の様相を作りだした張本人である某魔法少女に出てくるスカリエッティさんに似た誰かである。決してスカリエッティさんではない。す、スカさんならもっとやばいはずなんだよきっと。

 

 

今、僕とスカさんはスクリーン越しに通信を行っている。だらけている間はスカさんが確認作業をしていなかっただけで実際通信は繋ぎっぱなしであった。

 

 

「どうかな、ミサカ君。今回新規にロットアップした個体たちの様子は?」

 

 

「それはあなたのお傍におられる個体にお聞きすればいいのでは、とミサカはでかいおっぱいに憎悪を抱きながら話を振ってみます」

 

 

そしてスカさんの隣にいるのが茶髪の妙齢の女性。目つきが悪い、おっぱいがでかい、はい、どう見ても番外個体《ミサカワースト》です。本当にお疲れ様でした。

 

 

「ふむ、すげないね。で、実際どうだろうワースト君」

 

 

「問題なさそうだ、それぞれ与えられた使命に従って動いてる」

 

 

気だるげに安直に名づけられてしまった個体が応じれば、スカさんは満足げにうなずく。

 

 

「ふむ、それはいいお知らせだ。これで神器所持者の発見がさらに進むと思うよ、マスター?」

 

 

「僕の寿命の時計の針も進むと思うよ」

 

 

「そのときは僕が自ら責任を取ろう! なに今片手間で研究している分野の中に戦闘機人なるものがあってだね」

 

 

「やめろばか! お前の研究分野は“神器”だろうが! いたずらに世界観をごちゃまぜにするな! カオスなことになる!」

 

 

次元世界とかもってこられても困る! ただでさえチート化激しいこの世界にそんなもん持ち込んでみろ、さらにインフレ祭りになって僕の手に負えなくなる!

 

 

一気に頭が熱くなってようやく頭が働いてくる。キルキルちゃんの膝に別れを告げて、コキコキ首を鳴らしてウォーミングアップ。

 

 

あーようやく目が覚めてきた。

 

 

僕はこんなにも憔悴する原因を作った、この目の前で悪役じみた笑みを見せるスカさんを睨みつけて思い返す。

 

 

そもそもこいつは、堕天使接触用の頭脳チート魔獣だったのだ。天使担当はカレン、悪魔担当がセバスチャン、とくればもう一人堕天使担当の魔獣を創りだして、接触のための善後策を検討すべきだろう、と。そのとき頭脳チートをイメージして浮かび上がってきたのが、このスカさんだったことが運の尽きだった。

 

 

頭脳チートの素養は基本的に三体とも同じだが、それをどのような方向に伸長させるかはそれぞれの個性による。事実明確なキャラのイメージが混入したカレンはあんな悪女になってしまった。笑顔を浮かべつつもその裏えげつないやり口で相手を圧倒する魔獣。原作のカレン・オルテンシアの本領、そのままである。

 

 

そしてこのスカさんのイメージが混入した頭脳チート。こいつは発明・研究など新たな発想を生み出すことに適した魔獣になってしまったのだ。しかも忠誠ゲージはMAXのはずなのに飄々としていて、殊更僕をこき使うような真似をする。

 

 

僕のためを思っての事だろうが、いかんせん半分くらいニートな僕にはきつい仕事が多すぎた。

 

 

今回の一件だってそうだ。

 

 

僕は隣でむーむ唸るミサカに視線を移す。教会工作より三年、生み出したこの魔獣は見た目通りミサカシスターズの能力を持っている。ミサカを創りだしたのは僕の趣味ではなく、必要に駆られてだ。

 

 

当時教会担当のカレンや企業担当のチャラオを通じて勢力と折衝を重ねていた僕らには、数の力が必要だった。計画段階だった、教会の孤児院に魔獣放り込んで悪魔祓いにし内部浸透させる作戦も、ことを有利に運ぶため各地に敷く必要があった諜報ネットワークも、全て信用のおける人間が必要だった。

 

 

確実性には欠けるがそれを魔獣で全て補う必要もないんじゃないか。僕の負担を省みてそうした妥協案がとられかけたが、僕がミサカネットワークの存在を思い出したことで、一気に解決が図られた。

 

 

何せ彼女ら、世界のどこにいても頭数さえそろっていれば、誰にも知られることなく情報の共有が可能なのである。しかも一体作るのにそれほど労力も使わない。何よりこのミサカネットワークをこの世界に敷くことができたときの利益は計り知れないものがあった。

 

 

よってこの三年はひたすらミサカネットワークを形成する魔獣を生成することに費やしていたのである。原作と違う点があるとすれば、脳波、能力ともに同じだが、容姿や体格は大きく変えたことだ。流石に世界各地に同じような人間がいっぱいいたら怪しまれる。

 

 

あまり不信を持たれない程度に微調整しつつ、チャラオやカレンを通じて世界各地に送り出している、その総数は一万数余。それぞれ役目は違うし、全てが裏の勢力に関係のあるところにいるわけではないが、そこから集まってくる情報は膨大なものであり、カレンをして「世界は私のものです!」などと言わしめるものだった。

 

 

それを取りまとめているのが、僕の隣にいるミサカであり、スカさんの隣にいるワーストであり、カレンのところに派遣されているラストなのである。原作で言うところのラストオーダー的な役割を担い、必要な情報があればネットワークから検索をかけてポンと出してくるスマホのようなものだった。まぁ普通のネットにアクセスする端末とは情報の確度と深度が違うが。

 

 

しかし、僕がこれほどまでに疲れているのは、別に一万余の魔獣を生み出したからではない。それだって三年かけてキルキルちゃんのおっぱいを楽しみながら創ったのである。ライフワークであると思えば苦ではなかった。

 

 

しかしである。このスカさんはその製造作業が落ち着いた個体だが、初めて堕天使接触の方策を話し合う場で要求したのはそれ以上にに僕の労力を厭うものだったのだ。

 

 

人海戦術で神器所持者を発見するための新規個体のロットアップ。それだけだったら僕も文句は言わない。しかしその次に来た要求がその神器を研究するための実験用個体だと聞いたら僕も黙ってられない。

 

 

そんなことを命じていない、と言えばスカさんは賢しげな顔でこう言うのだ。神器研究で優位性を保っている堕天使が、同じことをやってかつその牙城を突き崩し立場を脅かそうとする自分に気づかないはずがない、と。

 

 

今の段階では居所を突き止めてもどのみち不自然な接触しかできない。不信感を持たせずに接触するのであれば相手側からこちらの戸を叩かせたほうがいい。影響力を高めたいというのならなおさらだ。ともすれば敵対する可能性すらあるが、なに今の三大勢力の現状のように敵対という姿勢で引き出せる譲歩もありましょう、と。

 

 

それともあなたが生み出した魔獣を信じられないのですか、の殺し文句まで言われては僕も何も言えなかった。さらにそれからしばらくして上がってくる研究成果にも目を見張るものがあり、僕は敵対の可能性に目を瞑っても、それに価値があると思ってしまった。失敗だったと思う、そうして僕の口を噤ませている間に到底自分の手からは手放せないような成果を上げてしまったのだから。

 

 

この成果は堕天使には渡せない。手土産にするにはあまりに危険すぎる。

 

 

危機感に駆られ保身を優先せざるをえなくなった僕はなし崩し的に目的の変更を余儀なくされた。すなわち堕天使勢力接触の活動からの撤退。スカさんは僕から堕天使への接触という目的を自らの研究という目的にすり替えてしまった。原作のスカさんを知っているからこそ僕は断言する。こいつ研究したいだけだな、と。もちろん忠誠心MAXなことは疑いようがないので、それは僕の利益にあがなうものだと踏んでの事だろうが…………

 

 

くそ、今思えばあれは甘言だった。神器魔獣軍団欲しくないですか? と耳元で囁かれて欲しくない! なんて言えるわけないだろちくしょう!

 

 

だけどそれすらも僕にとっては些事だ。多少誤算はあったが、まだいい。いいのだけれど問題なのはこいつが実験用魔獣をすごい勢いで使い潰すことだ! シスターズを創造していたあの三年だってこんなペースで働いてなかった! 一日五時間も働きたくないでござるぅうう。

 

 

「まぁまぁ、そう怒ることはない。成果は上げているじゃないか? だからマスターも協力してくれるんだろう?」

 

 

「知るか年齢を考えろ! 僕はまだ10歳なんだぞ!」

 

 

「僕はまだ1歳だけどね」

 

 

「魔獣と人間を一緒にするな! 僕はまだ乳離れができてないんだぞ!?」

 

 

「ハハハハハハッ! やっぱりマスターは面白いなぁ。そんなマスターに朗報だ」

 

 

ひとしきり笑ってから、スカさんは真面目な表情を見せる。

 

 

僕も渋々話を聞く姿勢を作ると、スカさんは懐から一つの試験管を取り出した。

 

 

「できたぞマスター、母乳促進剤だ! これを飲めば妊娠していない女性の乳でも、搾乳プレイを楽しめるという優れものだ!!」

 

 

「さっすがスカさん!! これだから実験用個体作りはやめられないぜ!!」

 

 

態度を途端に一変させ、僕の瞳が爛々と輝く。なんて功績! 武勲一位である!

 

 

「くれぐれも悪用することのないように!」

 

 

「サンキュー!! スカさん!!!」

 

 

一日の疲れが一気に癒されたようだ。さわやかな笑みを浮かべて飛び跳ね、喜ぶ姿はまさに十歳児にふさわしい無邪気な姿だった。

 

 

「おお、素晴らしい、それはミサカのナイチチでも出るようになりますか、とミサカは期待交じりに問いかけます」

 

 

「ミサカ君くらいだと出ないだろうね」

 

 

即答だった。

 

 

「すいません、ワーストそれ破壊してください、とミサカは恥を忍んでおっぱいに命令します」

 

 

「あいよ! っと」

 

 

「アッーーーーーーー」

 

 

「あああああああああああっ!」

 

 

無残! 試験管は破壊された。手が、手がぁあああああと叫ぶスカさんの手に光る母乳促進剤。ひどい、乳離れできない僕から乳を奪うなんて、信じられない! 非道! 下劣! おにちく!!

 

 

僕は力なく崩れ去った。よしよしと撫でてくれるキルキルちゃんの手に縋る。ああ、もうキルキルちゃんだけが生きがいだよ。

 

 

「マスター、御身の手で乳が出るように手を加えていただければ、キルキル喜んでマスターに乳をやれますが…………」

 

 

「…………よし! 気持ち切り替えてこ!!」

 

 

驚愕の移り気であった。僕が思い出したのはあの転生初日の牛の乳事件だった。そして一瞬で記憶から消した。ああー、僕そういえば乳離れしてたわー。マジ乳離れってたわー。

 

 

「ふむ、では話をもどそうか」

 

 

いつのまにかスカさんもすまし顔でスクリーンに映っていた。流石スカさん、そこに痺れる憧れるぅ!

 

 

「ミサカネットワークからの情報に基づいた神器捜索は今のところ上々だ。目新しいもので言えば『闇夜の大盾(ナイト・リフレクション)』かな」

 

 

いきなり真面目な話題に移って面食らうキルキルちゃんやミサカを放っておいて、僕も本腰を入れる。原作まであと六年。そこまで猶予があるわけではない。それがわかっているからこそ、僕も働きたくないけど働いているのだ。特にスカさんの研究は僕自身の戦力アップにもつながっている。未だ単独では頼りない実力しか持たないからこそ、今はそちらに傾注すべきだと僕もわかっていた。

 

 

「移植の準備はすでに整っている。本人も相当この力に振り回されたみたいですぐに同意を得られたよ。マスターが創った実験用個体が到着次第すぐに準備に取り掛かる。進捗はその都度報告していくよ」

 

 

「そうか、ご苦労」

 

 

しかも御覧の通り、スカさんの研究はすでに堕天使勢と同等の領域まで進んでいる。すでに原作で堕天使レイナーレがやった神器の移植作業を所持者の命を奪うことなく、ノーリスクで行うことができるほどだ。まぁあれはレイナーレがそれしかできなかっただけでアザゼルはできたかもしれないが。

 

 

ともあれスカさんがかなり先進的な部分にまで手をかけていることは確かだ。いくら僕の力とミサカネットワークの情報があるとはいえ、一年でここまで仕上げるなんて改めてスカさんの恐ろしさを実感する。

 

 

これじゃ原作のころにはどこまで行き着いているやら。

 

 

「それともう一つ。面白い情報があるんだ」

 

 

そこでスカさんはにやりとふてぶてしく笑う。嫌な予感しかしないんだが聞かないわけにはいかないだろう。

 

 

「ほう、どんなだ?」

 

 

「いやなに。以前からマスターが気にしていた駒王市ってあっただろう? 僕もちょっと気になってね。神器の捜索範囲もそちらにも広げてみたんだ」

 

 

ああ、と額に手を当ててため息をついた。もう予想がついた。目の前のスカさんが心なしか頬を上気させているように見えるのは気のせいではないだろう。

 

 

「そしたらどうだ。かなり強い神器の反応があるじゃないか。マスターのを除けば今までで一番の反応だ! これはひょっとすると神滅具に類する神器かもしれない」

 

 

まぁ赤龍帝だしなぁ、と僕は冷めた視線で状況を見据える。

 

 

しかしこの段階でこの研究狂いに目をつけられるとは運がない。原作の事を知らせられないスカさんを理由をつけて言いくるめるには少々苦しいかもしれない。

 

 

いや、まだスカさんも神滅具だと確信しているわけでもなさそうだし、そこに突破口を見出してなんとか…………

 

 

「そこで、だ! 僕はありとあらゆる方法でその神滅具の正体を検討してみた! ありとあらゆる反応を探って検討を重ねた! するとどうだ、その所持者の少年からは龍の反応が出てるではないか!! 強力な神器、しかも龍に該当するものなど二つしかない! つまりあの二天龍並びつかわされた赤龍帝か白龍皇の二つに一つしかないのだよ!!」

 

 

と思う僕の希望をあっさり砕いてくれるのがスカさんクオリティである。はええよ、せめて何か言ってから検討に入れよ。

 

 

「どうしたマスター!! もっと喜びたまえ!!! マスターの魔獣創造には劣るとは言え神滅具の一つが手に入るかもしれないんだぞ!?」

 

 

いや、そういうことじゃなくて。

 

 

そいつ手に入れちゃったら原作の主人公いなくなるんですが…………

 

 

「ああ、もしかしてその所持者の実力を慮っているのかな、それなら心配はいらない。かの所持者の少年は全くの一般人だし、周囲にも裏の勢力の気配は一片も感じられない。今なら安全に神滅具の一つを手にすることができる」

 

 

全く見当違いな懸念にため息を殺してこめかみをもむ。正直な話僕自身原作の主人公の扱いについては考えあぐねていた。

 

 

考えあぐねた末に、それに結論を出すことから逃げていた。僕の目的からすれば彼の存在は邪魔くさすぎる。しかし排除するには危険すぎる。そんな厄介な立ち位置に彼の存在はあるのだ。

 

 

そもそも主人公なしではたして原作の話が進むのかわからない。いないだけならどうにでもなるが物語の話中に龍の因果が厄介ごとや女を引き寄せるだのなんだのよくわからない話もあるのだ。彼の存在の有無だけで話が収まるかどうか…………

 

 

物語的にはそんな龍の因果がどうとかより魔王の妹という立場が強調され、ことあるごとに事件の引き金を引いていたと思うのだが、言い切るには少し弱い。

 

 

結局のところ結論などでないのだ。今現時点でも原作通り話が進むのかもわからないのだし。全ては僕の決断によりけりである。そしてその決断はあまりに重すぎた。

 

 

だが状況は僕の好むと好まざると関わらず決断を促してくる。

 

 

さて、誤魔化すにしろここで決断するにしろどうするかね…………

 

 

すると、この感動を共有で聞かなかったことが悔しいのか、あまりに渋る僕に業を煮やしたのか、スカさんは切り口を変えてきた。

 

 

「何を渋っているのかわからないが、マスター考えてもみたまえ。二天龍の一をおさめるということは、君の戦力アップにも繋がるんだぞ? たとえばそうだな」

 

 

人差し指を立て、わかりやすい笑みを浮かべてスカさんは力説する。

 

 

「神器が赤龍帝の籠手だったとしよう。そして赤龍帝の移植先に君の力をふんだんに注ぎ込んだ龍型の魔獣を用意する。それこそ全盛期の赤龍帝の体躯に近づけるようにして、だ。神器を行使する意思はこれまでの実験用個体と同様希薄でいい。こちらに対して絶対従属、それだけを守ってね」

 

 

用意するものはこちら、といった具合に実験に必要な材料を並び立ててくる。三分クッキングほど手軽ではなさそうだけどな。

 

 

「それでね。これは生物を封印した神器によくあるのだけど。強力な生物ほどその宿主に干渉することができる事例があるそうだ。実際僕でもいくつか確認している。宿主の身体を引き換えにして自身の生前の身体の一部を表出させ、そのことで強制的に力を発揮させるといった具合のね」

 

 

実際原作の主人公はそれで左腕を犠牲にしてパワーアップを果たしていたな。

 

 

しかしそれをどうしようというのか。

 

 

「これを交渉材料として赤龍帝に話を持ちかけるのさ。赤龍帝の身体を魔獣の全身に表出させてもいいってね。元は赤龍帝の身体なんだ、そこまでやればやり方次第で赤龍帝は自分の意思で身体を動かすことができるのではないだろうか。いやそうでなくても赤龍帝の身体はとてつもない武器になる」

 

 

「そんなことをしてどうするんだ?」

 

 

「決まってるだろ? こっちは肉体を用意して、その見返りに忠誠を要求する。完全とは言えないまでも、生前と同じように身体を取り戻せるんだ。こちらに対する感謝はあるだろうし、そこまで不利な交渉とは思わない。それに万が一従わなくてもそこは本来のこちらに従属する魔獣の意思で赤龍帝に干渉をかけ、全盛期の天龍をこちらの支配下にすればいい。こちらに対して好意的な態度かつ本来の肉体の持ち主の意思が働けばそう難しい話ではないと思うがね、どうだろう」

 

 

「…………何の根拠もない話だ」

 

 

「しかしそれを語るのはほかならぬ僕だ」

 

 

くそ、相変わらずこちらを唆すのがうまい。全盛期に近い天龍がこちらの配下につくのだ。心が全く揺れなかったと言ったら嘘になる。それにどのみち放置しておけば邪魔になる原作主人公を排除できかつ利益につながるとなれば心情的な意味ではすでに目標はクリアされているのだ。

 

 

問題は僕の原作知識が全て不意になるかもしれないというデメリット。くっ、どうする、どうすればいい。

 

 

両者の天秤の間で揺れ動く気持ちなどつゆ知らず、それに、と付け加え畳みかけてくるスカさんの話に恨めしい気持ちで耳を傾けた。

 

 

「君の魔獣創造の本分は調整と改造だ。そういう君がいたからこそ僕はここまで実験を円滑に進めてこられた。ただその性能が君自身の力に関わるかと言えばそうじゃないし、そうした意味でも強い手駒はもっと必要だろう?」

 

 

スカさんの鋭い指摘に僕はぐうの音もでない。

 

 

確かにその通りなのだ。僕の神器の方向性は一貫して生み出した魔獣の細かな調整と改造に向けられている。神器だって持つ人間によれば、その成長も千差万別なのだ。

 

 

例えば、今の僕には本来の原作レオナルドにあったアンチ・モンスターの創造の可能性は失われているだろう。時間をかけてやればアンチ・モンスターも創れるだろうが、そもそも一体一体に集中して力の使うことの多かった僕はその場で魔獣を大量に生み出しての数と性能に頼る魔獣創造の使い手としてベーシックな戦闘は向いていない。

 

 

どちらかと言えば、今まで育ててきたキルキルちゃんなどの精鋭の魔獣を使って戦いそれを補佐する役回りが僕には向いているのだ。

 

 

だからこそ強い魔獣の創造は急務だ。今のところ原作でもチート級の連中と面と向かって戦える可能性があるのは、キルキルちゃんかスカさんの下で配備が進んでいる神器魔獣軍団だけ。

 

 

欲を言うのなら。安全を期すのなら。もう一体攻め手が欲しい。

 

 

強い魔獣を欲しているからこそ、魔獣化した赤龍帝の存在を戦列に加えられる機会はのどから手が出るほどに欲しかった。

 

 

だがそれをしてもなお迷わせる原作主人公の存在の重み。

 

 

ああくそ、どうすればいい!!

 

 

僕が何に迷っているのかわからないのか戸惑うスカさんが再度口を開こうとしたとき、横合いからキルキルちゃんが口を挟んできた。

 

 

「お話し中、失礼します。セバスチャンより連絡が入っていますが」

 

 

内心助かった、と思った。一回冷静になったほうがいい。少なくとも口が上手なこいつに乗せられる形で決定しないだけの猶予を欲していた僕は体のいい言い訳ができたと話を切り上げにかかる。

 

 

「そうか、つないでくれ。スカさん少し時間をくれ。近日中には連絡するから」

 

 

「いや、それには及ばない。何を思ってマスターが躊躇っているのかは知らないが、この際だ。この場でセバスチャン殿にも相談してみてはどうかな。僕自身彼とは家族(ファミリー)でありながら一度も話したことがないしね。これを機会に紹介してもらいたくもある」

 

 

しかし、このスカさん執拗に食い下がる。本人にしてみれば極上の餌を目の前にぶら下げられているような思いでいるのだろう。わからなくもないが、原作知識のことなど説明できない判断材料が僕の手元にある限り、僕とスカさんとの間で見解を一致させることはできないのだ。情報の格差は認識に大きな隔たりをもたらす。正直セバスチャンへの相談も勘弁してもらいたいんだけど、断るに確たる理由が見当たらない僕は渋々ながらにうなずくしかなかった。

 

 

「わかった、キルキルちゃん」

 

 

「はい」

 

 

ちなみにだが、僕とスカさんとの応酬に割り込む隙を見つけられなかったミサカはすっかり蚊帳の外状態で拗ねて僕の膝に頭を擦り付けていた。ネコか。構ってほしいだろうが、今はそのような時間ではないので、なすがままに任せた。

 

 

「お久しぶりでございます、主よ」

 

 

そして目の前に畏まる電電虫を前に僕は順次状況を説明していく。その途上紹介されたスカさんはセバスチャンを前にしても、いつもながらのハイテンションで押し通し、少しばかりセバスチャンの好感を得たようだった。

 

 

「それで、お前の意見はどうだ、セバスチャン」

 

 

方向性は同じと言えど、どうせ頭脳チートだし意見は一緒だろうが。

 

 

「反対でございます」

 

 

しかしながら慇懃に答えたセバスチャンの返答はスカさんとは違うものだった。

 

 

「この者の答えにはある一点が無視されております。それはもし件の神器が二天龍の一だった場合、わたくしどもは潜在的にもう片方の天龍を敵に回すという点でございます」

 

 

「…………そういえば、忘れてたな」

 

 

強大な戦力を前にして目が曇っていたか。あの赤龍帝を抱え込むということは、それすなわちあのチート白龍皇を敵に回さなくてはいけないのだ。

 

 

ちょっと待った、それはマジ勘弁。あいつの一派とか原作のチート祭りの中でも滅法おかしな連中じゃないか。

 

 

見れば、スカさんは悪戯のばれた子供のように舌を出して笑っていた。こいつ…………

 

 

「その点を主にご指摘しなかったことは、確かに重大な過失ですが、それを差し引いてなお赤龍帝を利用したいという気持ちわからんでもありません。ここはひとつ幼児の些細ないたずらと言うことで目を瞑ってあげられるのが寛大かと」

 

 

お父さんか、お前は。いやお父さんなのか、お前は。

 

 

「…………次はないぞ」

 

 

「ありがとう、マスター」

 

 

屈託なく笑うスカさんはどうにも憎めない。ただこいつは本当に忠誠MAXなのか、大いに疑問だ。スカさんのイメージはいりすぎたか。

 

 

「そこでなのですが。今一度天龍の処遇についてわたしの腹案を具申したく存じ上げます」

 

 

そこで仕切り直しとばかりに再び槍玉に挙げられたのはまたしても赤龍帝の事だった。セバスチャンをしても天龍の存在は無視することができないものらしい。

 

 

やはり今決断せざるを得ないのか。

 

 

原作主人公を排するかどうかについて。

 

 

「何かいい案でもあるのか?」

 

 

ひとまず話を聞いてからでも遅くないと水を向ければ、セバスチャンは殊更に畏まった様子を電電虫越しに見せた。

 

 

「改めて。報告が遅れました。御身に創造され名を与えられて任を与えられて幾星霜。此度このセバスチャン、冥界において上級悪魔になることが決まりました」

 

 

「ッ!! よくやった、セバスチャン!!」

 

 

「おお! おめでとう、セバスチャン殿」

 

 

「祝福いたします、とミサカはここぞとばかりに存在感をアピールします」

 

 

「一年ずれこんだのはいただけんがな」

 

 

僕の言葉を皮切りに、みんなが次々とお祝いの言葉をかける。ある種の到達点に至ったのだ。皆の祝福も温かい。一人だけ厳しい言葉があったが、綺麗にオチがついた形となり、皆もまんじりともせず苦笑した。

 

 

「そのことについては誠に申し訳なく。三年という月日を守ることができずにご寛恕頂いたこの一年の遅れ、これよりの働きにおいて取り戻したく存じます」

 

 

そうして頭を下げた電電虫に僕は抑揚にうなずいた。当初三年で上級悪魔になることを約束したセバスチャンであったが、その予定は一年ほどずれ込む形となり今日果たされることになった。しかし成果を上げられたのであればそれで万事解決である。

 

 

僕の原作介入への道筋は着々と土俵を固めつつあった。

 

 

しかし。

 

 

なればこそ、僕自身の実力の乏しさと覚悟の弱さが際立ってその道程を捻じ曲げているように思えてしまうのだ。

 

 

「そこで改めて、私の上級悪魔の昇格と絡めて天龍の扱いについて話したいのです」

 

 

だからこそ。次にセバスチャンの口から出てきた言葉に対する反応も鈍かった。一瞬遅れて意味を把握したときには、思わず身を乗り出して、その言葉を疑った。

 

 

「それは、つまり…………」

 

 

「はい、天龍の一を私の眷属の女王(クイーン)としてお迎えしたいのです」

 

 

状況は僕の好む好まざるとに進んでいく。僕もいよいよ覚悟をするときがきたのだった。

 

 



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原作崩壊

 

「主、赤龍帝の眷属化完了いたしました」

 

 

「そうか、ご苦労」

 

 

やってしまったな…………これで原作崩壊だ。セバスチャンの女王だし、いざとなれば、駒王市に戻すという手も取れるが、そうしたところで意味があるとも思えない。無意味な可能性に逃げ道を作るのはもうやめだ。僕は僕の手で原作を進めてやる。僕が主人公なのだ。

 

 

「しかし、本人の同意を得るにあたって条件を出されまして。やむなくそれを飲む形になりました」

 

 

「ほぉ、まぁ予想がつかなくもないが」

 

 

あのエロスケベの乳龍帝のことだ。おおまか女でも欲しいとか言い出したんだろ。いいぞ、それでこっちの意のままになってくれるんだったらいくらでも創ってやるよ。

 

 

「いや、それが少しばかり面倒で。なんでもおっちゃんを救ってほしいとのことで」

 

 

「おっちゃん?」

 

 

男か、それは男のなのか? 男を交換条件に悪魔になると言ったのか? それは本当に兵藤一誠なのか? あんまりに信じられない事態に僕も目を白黒させる。だってそうだろ、あの主人公を一言で言い表すならおっぱいだ。そんなおっぱいが同じ男性に肩入れする? とてもじゃないが信じられん。

 

 

「はぁ、なんでも国家権力に屈したおっちゃんを救いだしてほしい、と。詳しく調べてみましたらその男、三年前に警察に猥褻物陳列の容疑で逮捕されていました」

 

 

「…………ん?」

 

 

そこで僕は引っ掛かりを覚えた。国家権力に屈した、一誠がおっちゃんと呼ぶ人物…………どこかで聞いたことがあるような。

 

 

「赤龍帝の同意を得られるのなら、とそのおっちゃんを救いだしましたが、何分非合法的に刑務所より出したので、行き場がないと。何より赤龍帝が一緒にいたいと申し、本人も興味があるとのことで、兵士一つを与えて眷属にしました。事後承諾になりますが何卒ご容赦ください」

 

 

「…………待て、そのおっさん紙芝居か何か持ってなかったか?」

 

 

思い当たる節を見つけて僕は冷や汗を流す。原作の短編エピソードだったためにすぐには思い出せなかったが、そいつはまさか。

 

 

「よくわかりましたな。なんでもおっぱい昔話というものだそうで、しきりに赤龍帝相手にその紙芝居を披露してましたよ、今も」

 

 

セバスチャンが指し示す、電電虫からかすかに聞こえてくる声に耳を澄ませば。

 

 

「――――川の上流からおっぱいが流れてきたのです。どんぶらこ、ばいんばいん、どんぶらこ、ばいんばいん。どう見てもGカップ以上の爆乳です。張りといい、形といい、極上の乳でした」

 

 

「うおおおお、おっちゃぁあああん」

 

 

頭の悪いやり取りを繰り広げる二人の会話が伝わってきた。

 

 

間違いない! こいつ、おっぱい昔話を幼少のころの一誠に聞かせることで一誠のおっぱい好きの原点を作ったおっちゃんだ!(詳しくは原作八巻で)

 

 

な、なんて野郎を眷属にしてるんだ、セバスチャンは! まぁ兵士一つ分だし別にいいけど!! あいつはそもそもレーティングゲームでどうやって活躍するんだ!!!

 

 

「セバスチャン!!!」

 

 

「は、はっ、なんでしょう?」

 

 

「そいつに言っておけ!!」

 

 

それでも、これだけは、これだけは譲れない!

 

 

「極上のおっぱい昔話の紙芝居を用意しておけ、と」

 

 

超みてぇ! おっぱい昔話超聞きてえよ!! 紙芝居見ながらおっぱいプリン食べたいよ!!! チュルンと一口で食いたいよ!!!

 

 

「は、しかと言い聞かせておきます」

 

 

来たるべき時が今から待ち遠しくて仕方がない。

 

 

おっぱい昔話、生で見たい。僕ちん、まだ10歳だし。一誠と並んで見る分にはまだセーフじゃないかな。微笑ましさ的な意味で! 結構な年齢であの紙芝居に食いついていたらリアルに警察に捕まるしね! っていうか捕まってた人いるしね!!

 

 

子供ながらうずうずと感情を抑えられないで、キルキルちゃんのふくよかな胸に甘えていると、突如電電虫からガタゴトと大きな音が聞こえてきた。

 

 

何だと思う時間もつかの間、

 

 

「ミルたんを魔法少女にするにょ!! 約束だったにょ!! 早くするにょ!!」

 

 

「あ、ちょ、こら今は主と話しているのだ、や、やめなさい」

 

 

そこに飛び込んでくる衝撃の会話。え、嘘でしょ。なんか今ここにいるはずのない人間の声がしたような…………

 

 

「にょにょぉおおおお! ミルたんを魔法少女に!!!!」

 

 

「ば、ばか!! 今はやめふげらぁ!?!?」

 

 

「お、おいセバスチャン大丈夫ギャァアアアアアアア! 電電虫が噛みついてきたぁああ!!!」

 

 

「ミルたんを魔法少女にするにょミルたんを魔法少女にするにょミルたんを魔法少女にするにょミルたんを魔法少女に――――」

 

 

「き、貴様無礼な!! ッッ、フン!!!」

 

 

何かが切れる音とともに、電電虫が僕の腕から離れる。い、いたい、ありえない、なんで魔獣が主の僕に襲い掛かってくるんだ。おかしい、絶対におかしい。

 

 

噛みつかれた場所は服が噛み千切られていた。歯形もくっきりついており、見るのも痛ましい。ひどいよこんなの絶対おかしいよ……

 

 

「ああ、おいたわしや、マスター。私の力が足りないばかりにこんな」

 

 

「うう、いたいよぉ、キルキルちゃん」

 

 

「ああ! ああ! 申し訳ありませんマスター!!」

 

 

電電虫に噛みつかれた後を自らのメイド服で拭い懸命に傷跡をさすってくれる。

 

 

「い、痛い痛いのとんでけー」

 

 

…………やばい、今のは威力高すぎる。普段無表情な無口なキャラのそれはポイント高すぎる。悶絶した。萌え死んだ。

 

 

「ああ! マスター! マスター!! これでは足りませんか!? 痛いの痛いの飛んでけー、痛いの痛いのとんでけー、痛いの痛いのとんでっ」

 

 

こやつ僕を昇天させる気か…………

 

 

痛みとは別の理由で気絶しそうになっている僕を押しとどめたのはキルキルちゃんの涙目だった。いけないな子猫ちゃん、こんなに僕を心配させてどうするつもりだい。懸命に僕の傷をさする手を掴んでゆっくり押し返す。

 

 

戸惑うキルキルちゃんに僕は必殺スマイルをかました。

 

 

「僕はもう大丈夫だ、君の敬愛すべき主はそんなに弱いと思うのかい」

 

 

「マスター…………」

 

 

一瞬で桃色空間の出来上がりである。ああ、君の可愛さを前にすればこんな痛みなんてどうってことないよ、キルキルちゃぁああああん。

 

 

「ぁ、ぅぐ、し、失礼しました、主よ…………」

 

 

転がっていた電電虫が再び起き上がり声を発することで桃色空間は終わった。無粋なやつめ…………まぁいいけど。

 

 

僕は寛容に許したが許せなかったのはキルキルちゃんである。キッと眼光を鋭く光らせて電電虫を睨み据え、意気軒昂に電電虫に吠える。

 

 

「セバスチャン!! 貴様、自らの眷属も抑えきれず、あまつさえ主への攻撃を許すとは何事か!!」

 

 

「ぐっ、申し訳ない。キルキル、助かりましたぞ」

 

 

心底申し訳なさそうに謝意を述べキルキルちゃんに感謝を述べる。まぁ仕方ない、奴は白龍皇ですら恐れた化け物だからな。道理が通じない奴相手にはセバスチャンも辛かろう。問題は何故こいつがセバスチャンの傍にいるんだろうって疑問なんだけど…………なんでだろうね。

 

 

「うぅ、ミルたん痛いにょぉ。これ絶対痣になったにょぉ」

 

 

そこに再び悪魔の声。

 

 

その声に過剰に反応したのはキルキルちゃん。さぞ、マスターが傷つけられて怒り狂っているのだろうと横目で盗み見れば、そこには愕然と口を開くキルキルちゃんがいた。

 

 

「バカなっ!! 私は貴様を確かに斬ったぞ!!! 殺すつもりで斬ったのだぞ!? なのになぜ斬れていない!?」

 

 

うん、ちょっと待とう。そもそもなんでキルキルちゃん、電電虫の向こうにいるミルたんを斬れるのかな。ここと向こうじゃ距離的に遠すぎるっていうか、もはや世界が違うんですけど。人間界と冥界ってどんだけ遠いんでしょうねえ。

 

 

「にょにょ、ミルたんは魔法少女だから斬れないにょ!」

 

 

いや、さっきまで魔法少女にして、っていってたじゃないですか。いやだー何この人たち。頭おかしいんじゃないですかー。

 

 

「おかしいそんなことはありえない私はマスターより切断の概念を賜ったはず傷の浅い深いはあってもまず概念が発生しないことはないはずだそれを痣だと意味が分からない私はマスターより創られた絶対――――」

 

 

何やら混乱してぶつぶつとつぶやいているキルキルちゃん。うん、僕なに言っているのかわからないや。

 

 

とりあえずあれだ、ミルたんは原作でもなんか超常的な存在だったし、理論立てて納得しようとする方が間違っているんだよ。キルキルちゃんも以下同文で。

 

 

それより気になるのはさ。

 

 

「セバスチャン。なんでそいつがセバスチャンのところにいるのかな」

 

 

この一点だけだった。

 

 

どうしてこうなった。

 

 

「は、はっ。実を言えばおっちゃんを刑務所から脱獄させる際に、一人だけ目撃者を作ってしまいまして。魔法による隠蔽工作などにより、バレる恐れはなかったはずなのですが、なぜかこのミルたんにだけ魔法が通じなかったのです。現地に来ていたスカリエッティも何やら不思議な力を感じるとのことで懐柔工作の一環として戦車の駒を与え魔法少女なるものにすることを約束に眷属としたのですが…………」

 

 

マジかよ、しかも戦車かよ、どんだけパワフルにするつもりなんだよ。

 

 

「此度の一件、こちらの監督不行き届きです。誠に申し訳なく…………」

 

 

「いやまぁ別にいいんだけど。え? 本当に魔法少女にするの?」

 

 

「はっ。ダンタリオンでは悪魔界の英知を修めたとするかの有名な図書館で知識の集積に励めましたので、その手の知識には事欠きません。ミルたんの要望に応えることは可能かと」

 

 

そこは流石に悪魔界の知を司るダンタリオンと言うべきか。ありとあらゆる知識が詰め込まれているらしい。そこまで網羅しきれるセバスチャンもセバスチャンだが、そこはやはりこの僕が与えた頭脳の冴えが働いたということかな。

 

 

「感心だな、セバスチャン」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「それで? 具体的にどんな魔法少女するんだ? 変身シーンは? 衣装は? 武器は? いろいろ拘れると思うんだけど。セバスチャンの考えを聞かせてくれ」

 

 

やはり王道的にはプリキュアか。それとも少し捻ってなのはもいいかもしれない。それとも独自の価値観をもったまどかマギカ的なものありといえばありだ。

 

 

いや、そういえば、ミルたんには元ネタとなる魔法少女の物語があるんだっけっか。確か原作で一誠と一緒に見ていたはず。それを参考にするのが無難なのかな、やはり。

 

 

「にょ!! ミルたんは魔法少女ミルキースパイラルにょぉおおお!?」

 

 

横から割って入ろうとしたミルたんの悲鳴が遠ざかっていく。キルキルちゃんがものすごい勢いで電電虫を睨んでいたのとは無関係だと思いたい。すごい風切り音が聞こえてくるけど。気にしない方向で。

 

 

「どうしたセバスチャン? 忌憚なき意見を述べてくれ」

 

 

あくまで主導権はセバスチャンにある。ミルたんの要望をどこまで叶えるかというのもセバスチャンの主としてのさじ加減次第だろう。そこは尊重してあげるのが主としての節度だと僕は思っていた。

 

 

「…………申し訳ありません、主。私は魔法少女というものに対していささか見当違いをしていたようです」

 

 

「なに?」

 

 

「私はてっきり魔法を使うだけの少女のことを言っているのかと思っているのかと…………」

 

 

「…………馬鹿な」

 

 

僕は愕然とした。

 

 

分野を問わず多方面に貪欲に知識を深めていたセバスチャンがそんな愚かな勘違いをするとは思ってもみなかった。いや、普通の人間にそんな知識がないことは僕もわかっているのだ。こんな知識、相当ニッチな層しか持っていないものだろう。

 

 

だがセバスチャンは普通ではないのだ。普通には求められていないことまでを補いうる知識を蓄えるだけの頭脳を僕は与えているのだ。例えその知識がなくて困ることはないとはいえ、そうした意味から失望は隠しきれなかった。

 

 

ましてや立場が立場である。

 

 

「セバスチャン。よく考えてみろ。お前の近くにも魔法少女はいるのだぞ、それをしてなおお前は魔法少女の事を何も知らぬと、そう言えるのか」

 

 

僕はセバスチャンにささやかなヒントを出した。そして続く言葉にあえてセバスチャンの反応を見なかったのは僕の優しさである。

 

 

「いるだろう。魔王セラフォルー・レヴィアタン。あれこそが真の魔法少女だ」

 

 

「!! あれが魔法少女…………!?」

 

 

「そうだ。あれが現代に生きる魔法少女…………」

 

 

「妙に奇天烈な言動をするかと思えば…………そういうことだったのですか」

 

 

するとようやく納得の様子を見せたセバスチャン。奇天烈な行動って、まぁ普通に見れば奇天烈行動か。お前何歳だよって話だもんな。魔法少女を名乗る某なのはさんがよっぽどかわいく思えてくるほどだ。面の皮が厚い。しかしそれでこそ永遠の魔法少女。

 

 

そもそも昇格に関わる上司の言動の理由を知らないということ自体が怠慢ではないだろうか。面通しの機会が少なかったというのもあるのかもしれないが、あのセバスチャンなら当然知っていると思ってしまった。それを前提に話を進めようとしたことが双方に誤解を生んだのだ。

 

 

だがセバスチャンは魔王が魔法少女をやっているということを通してわかったはずだ。魔法少女の意味について。その重みについて。

 

 

「いいか、よく聞け。セバスチャン。お前は魔法少女の知識が圧倒的に足りない。つまりこのままではミルたんの要望をかなえることなどできないだろ」

 

 

「それは確かに。魔法少女がそのような大層なものだとは思ってもみなかったので」

 

 

面目なさげに眉を曲げる電電虫に僕は嗤ってやる。そうだいいぞ、魔法少女とはそういうものだ。

 

 

「従って、お前がミルたんの望みを叶えるためには、魔法少女に理解が深い者に教えを請い正しい知識を身に着けなければならない…………そうだな?」

 

 

幾分か恣意的に言ってやると、電電虫が静かに瞑目した。得心がいった、そんな表情が電電虫からは読み取れる。僕の言わんとしていることは伝わったようだった。

 

 

「…………なるほど、あいわかりました。必ずやミルたんを魔法少女にして見せましょう」

 

 

そして決意も新たに力強く答えてくれた。

 

 

うん、これで魔法少女の意味も理解できるだろう。何せ魔法少女で映画をとっているくらいだ。魔法少女には並々ならぬ執着があるに違いない。そんなセラフォルーと言葉を交わす、これだけでセバスチャンには大きなプラスとなるはずだ。

 

 

いやー、次はこの魔法少女のこだわりについてセバスチャンとも共有できるだろう。あわよくば、原作突入後、セラフォルーと会った際フラグを立てられるかもしれない。グフフ、それを思えばミルたん眷属化はこちらにプラスに働いたとみてもいいだろう。原作でもセラフォルーはミルたんのこと気に入ってたしな。

 

 

「いや、主の深謀遠慮には驚かされます」

 

 

「? ん、そうか?」

 

 

ぶっちゃけそこはセバスチャンの考え不足だと思うが。

 

 

「そういうえばスカさんの方はどうだったんだ。向こうじゃ行動を共にしたんだろう?」

 

 

「向こうは滞りなくことを運んだようですな。事前の調査通り龍に関わる神器の中でも五大龍王にまつわるものだったらしく歓喜していましたよ」

 

 

まぁヴリトラの『黒い龍脈(アブソーブション・ライン)』だしなぁ。

 

 

この駒王市から赤龍帝を除くと決めた日、僕は同時にヴリトラの匙も排除しようと決めた。赤龍帝がいなくなるのならヴリトラがいなくなったって変わるまい。毒を食らわば皿までである。そこで駒王市をさらに綿密に調べ上げた。そして匙の報告があがってきたときセバスチャンに一緒に眷属するように命令したのだ。

 

 

しかしそこで待ったをかけてきたのがスカさんだった。もともと多少の危険を考慮してでも赤龍帝を研究したがったスカさんだ。新たに出てきた神器の所持者から赤龍帝ほどでないにしろ龍の反応が出たとわかったときのスカさんと言ったらもうすごい剣幕だった。

 

 

是が非でも自分の研究のほうに持っていこうと必死になって説得してきたのだ。僕としても赤龍帝ほどヴリトラに固執していたわけではない。すぐに許可は出した。

 

 

それにである。スカさんが挙げた魔獣化した赤龍帝の例。うまくすればあれをヴリトラのほうで適用できないかという目論見もあったのだ。まぁそれには分かたれているヴリトラの神器全てを集めなくてはいけないだろうから可能性薄であろうが。

 

 

しかしその素人考えが僕の許可を後押ししたのは確かだった。そうでなくてもスカさんが研究材料を無駄にするとも思えない。損にはならないだろうという計算が働いた。

 

 

そんなわけで匙、すまん。君の出番はもうない。がんばってくれ。

 

 

心の中で黙とうを捧げた。

 

 

それからほどなくしてセバスチャンとの通話は切れた。本人も目標に向け邁進すると言っていたし悪くはないだろう。さらに以前から影響力を高めるべく画策していた仕込みも効力を発揮しはじめたと言っていたしな。次の報告が楽しみだ。

 

 

「しかし奴は何を目指しているんだ」

 

 

眷属に乳龍帝、おっぱいの伝道師のおっちゃん、そして魔法少女ミルたん。

 

 

うん、お前はその面子で何をするつもりだと問いたい。おかしいだろう、眷属三人中三人全員が変態だぞ。大丈夫か、正気か。

 

 

いや、もういいよ、任せる。僕は温かい目で見守るから。セバスチャンがんばって!

 

 

「…………ふぅ」

 

 

しかし、これで原作崩壊だな。

 

 

完全にここから先は読めなくなってくる。大筋で変わるとは思えないが、変わることも予測して今まで高めてきた影響力を行使する必要があるだろう。

 

 

あらゆるところに根を張り、あらゆるところに手を伸ばす。

 

 

それだけの手筈は整いつつある。

 

 

だからこそ、僕自身の実力をあげねばなるまい。

 

 

僕自身の戦闘を模索しなければなるまい。

 

 

重たい腰を、さぁ上げよう。

 

 

後原作まで六年とちょっと。

 

 

赤龍帝も白龍皇も魔王も天使もまとめて葬れる力を手にしよう。

 

 

その一歩として。

 

 

「キルキルちゃん」

 

 

「なんでしょうか」

 

 

小首をかしげたキルキルちゃんには僕はこう言った。

 

 

「僕の事鍛えてくれない?」

 

 

静かに時は動き出す。

 

 

波乱の世界に向けて。

 




セバスチャン「趣味の共有から魔王への伝手を作れとは私にはできない発想だ、さすがは主」


主人公「魔法少女の趣味を理解してほしい」


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駒王学園入学編
脚本通りに進んでいる?


「マスター、準備が整いました」

 

 

「そうか」

 

 

背中にキルキルちゃんの冷静な声を受け、僕は振り向くことなくうなずく。目の前に広がるちっぽけな洞窟の入り口。こんな小さな穴倉でも十年以上住み続ければ愛着もわく。何とも複雑な感慨を胸に、洞窟の闇を見透かさんとばかりにその奥のずっと先を見つめていたが、やがて名残惜しい気分をも露わに振り払って、僕は踵を返した。

 

 

振り返った先に控えているのは、侍従服を身にまとったキルキルちゃん。そしてリュックを背負って口を結んでいるミサカ。そしてその背後に群れるおばけキャンドルをはじめとした家具魔獣たち。

 

 

すっかり大所帯になったものだとひとりごちる胸に去来する思いはひとしおだった。家族の輪は今や世界中に広がっている。僕の背中に続く魔獣たちの群れにその輪の結束を見た気がしたのだ。

 

 

ああ、そうさ、僕は一人じゃない。一人じゃなくなった。

 

 

もう怖いことなんて何もない。例え今このとき、外の世界に出ることに竦む足があったとしても、僕には背中を押してくれる家族がいる。

 

 

外に向かってまっすぐ伸びるつま先に感じる重みに逆らわず、少し背中を傾ければ、トンと柔らかな感触に支えられる。その心地に瞼を閉じて、笑った。

 

 

「どうなさいましたか、マスター」

 

 

「僕は自分の足で立てるようになったな」

 

 

意を察して柔らかくキルキルちゃんは僕の背中を支える手に力を込める。

 

 

「…………そうですね。昔のマスターはすっぽりとこの腕の中におさまったものですが、今ではこうして支えることしかできません」

 

 

かつてはそれを能力の不足と慚じただろう杓子定規な考えは傍にあるキルキルちゃんの唇からは伺えない。艶やかに弧を形作る笑みがそれを如実していた。

 

 

「ああ、だが悪くない、そうだろ?」

 

 

「そうですね。それに今なら、抱きしめてもらえます」

 

 

嫣然と微笑みを作っていた唇の隙間から媚びるように吐息をもらす。耳に伝わる息の感触に肌が痺れた。陶然に移り変わる目の色の変化を見てとって、諦め気味に火照る体の熱に身をゆだねようとしたそのときに割って入る影があった。

 

 

「それ今やることですか、とミサカは嫉妬を隠さずに茶々を入れます」

 

 

そのまま文字通り、僕とキルキルちゃんを引き離すミサカの顔立ちは露骨に歪んでいた。幾分か大人びたミサカもまた心身ともに成長していた。どこぞの魔獣からデータを回収したのか、バストアップエクササイズに励んだ成果はミサカの身体のラインに大きく貢献していたし、実質序列一位のキルキルちゃんへの遠慮もない。それどころかこういう件に関しては積極的に絡んでくる。

 

 

皆変わったな、随分と…………

 

 

無言で視線の火花を散らしあう二人に、僕はため息をついて肩をすくめた。

 

 

先程まであった鈍る足の重みはすでに感じなくなっていた。背後でたむろっていた家具魔獣たちに合図すると、僕は歩きはじめる。皆もこうした事態への対応は慣れたもので、周りが見えなくなっている二人を無視してまたぞろ僕にてくてくとついてきた。

 

 

その様子にひそかに笑いつつ、先を急げば、慌てたように僕に追いすがってくる魔獣が二人。

 

 

追いつきすぐに僕の両サイドに控えた二人の何か言いたげな顔を抑えるように自然に後ろに手をやれば、揃って仲良く僕の手を繋ぐ。

 

 

僕は二人の手と家具魔獣を引き連れて、転生してから住処としてきた家を離れた。

 

 

未開の森より出る集団の戦闘を歩くその人間は、精悍な顔つきをした青年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神滅具・魔獣創造が発見された、か…………」

 

 

やや豪奢な椅子から放たれた若い声。面を上げることが許されたならば、そこには紅髪のミドルの若き魔王の顔があるに違いなかった。かの人物こそが旧魔王に次ぎ新魔王となったルシファーの名を冠する魔王の一人サーゼクス・ルシファーその人である。

 

 

それだけではない。そのサーゼクス・ルシファーと同じ卓に居並ぶ面々のはいずれも、その旧弊の四大魔王の名を冠する、セラフォルー・レヴィアタン、アジェカ・ベルゼブブ、ファルビウム・アスモデウス、と錚々たるものだった。

 

 

悪魔が悪魔なら、泣いて喜びそうな面子の目を自分一人に集めておいてセバスチャンには何の感動もない。

 

 

セバスチャンが主君と仰ぐはただ一人、創造主たるレオナルドのみ。それは魔王であっても同じこと。その他の人間など所詮利用できる駒でしかないのだ。

 

 

そのような反骨心、家族にだって欠片とて見せないセバスチャンも内心はほかの家族とそう変わるものではなかった。むしろそれを直接的に表現できない奥ゆかしさがあるからこそ、このような任に当たっているのだとも、皮肉げながらに思った。

 

 

「それは間違いないことなんだね、セバスチャン」

 

 

事実、直接的な主君たるサーゼクスにはその立場柄事実関係に慎重な姿勢はあれど、その声音にはセバスチャンが言うのであれば、という確かな信頼があった。

 

 

冥界に来て十年あまり、この御仁らに仕えてからは六年になるが、同じく席次を連ねる純血主義の悪魔よりも有能な転生悪魔であるセバスチャンを見込んでくれている節が魔王らにはある。セバスチャン自身そう動いたということもあるだろうが、単純に背後関係やその思想が有能さを妨げることの多い悪魔よりよっぽど背後関係に薄い転生悪魔の方が使い勝手がいいと考えていることは明らかだった。

 

 

最年少、転生悪魔初の政府閣僚。自分の肩書を思い出して、フッと心のうちでほくそ笑んだ。その立場がこうして四大魔王の直言許すようになるのだから、全くもって愉快である。何せこれが主から命ぜられた、初めての命令である。細々としたものはいくつも今までこなしてきたが、今まで高めてきた上級悪魔としての権力をフルに活用するようなものはこれが初めて。その時を得るまでに適切な立場と権力を得られた僥倖を与えてくれた愚かな四大魔王にセバスチャンは心から感謝した。

 

 

「間違いございません、サーゼクス様。私はしかとこの目で魔獣創造の神器所持者を確認いたしました」

 

 

「そうか…………」

 

 

サーゼクスの顔色は複雑だ。つい六年前悪魔界には神滅具・赤龍帝が加入したばかりだ。今ではあらゆる意味で話題をかっさらっているセバスチャンの女王であるが、このことの差す意味はその話題以上に大きい。何せ神滅具を悪魔化して確保したのだ。死ぬことがない限り、赤龍帝と言う強大な戦力は悪魔のもの。悪魔の生が途方もなく長いことを考えれば、その利益は大きかった。

 

 

しかし、その天龍という強大な戦力を確保できた矢先での、新たな神滅具との接触。三大勢力間の緊張に殊更目くじらを立てるサーゼクスからしてみれば、頭の痛い問題には違いなかった。

 

「ふむ、それで件の魔獣創造は今は?」

 

 

黙考するサーゼクスの代わりに口を出したのはアジュカ・ベルゼブブだった。こちらは心配とは無縁に興味深げな顔をしている。

 

 

「人間界の我が邸にてくつろいでもらっています」

 

 

「まぁ囲い込むのなら眷属化が無難であろうな」

 

 

「むー、私としては慎重にいきたいところかなー。何せ今はおっぱいドラゴンでいっぱいいっぱいだからねー」

 

 

技術担当のアジュカと外交担当のセラフォルーがそれぞれの立場から意見を交わしあう。その場がこの会議の中心とならぬうちに、セバスチャンは口を挟んだ。

 

 

「眷属化については差し当たって難題が存在しています」

 

 

「それはなんだい? セバスチャン」

 

 

サーゼクスが代表して問いかけると注目は再び私に戻った。

 

 

「はい、問題は並みの上級悪魔ではかの人物を眷属化できないというところです。彼本人のスペックとしても相当ですし、もしかすれば最上級悪魔をしても人を選ばなくてはなりません」

 

 

「セバスチャンがそこまでいうかー」

 

 

セラフォルーとサーゼクスの反応に自分の言葉の影響力への手ごたえを感じたセバスチャンはそのまま場の中心を引き寄せにかかりたいところだったが、ここでセバスチャンへの反応を肯定的な色に染めなかった者が二人いる。

 

 

「ふふ、なにやらやけに実感がこもっているな、セバスチャン。まさかとは思うが、神滅具をその身に二つ抱えようとしたわけではあるまいな?」

 

 

そのうちの一人がアジュカだった。しかし、ただ単純にからかっているだけで、その態度はアジュカの常であるが、今回ばかりはセバスチャンの不快を買う。

 

 

「お戯れを。赤龍帝で実感しているだけにございます」

 

 

慇懃無礼に答えればアジュカは面白そうに笑う。気に入られているのはわかっていたが、如何せん場を選ばなさすぎた。今のセバスチャンは主から授けられている重要な任についている只中である。余計な興に寛容である理由はなく、必然対応は邪険なものになった。

 

 

「それにしても最上級悪魔か」

 

 

場を切り替えるようにサーゼクスが疑問を口にしたので、それに乗っかる形でセバスチャンも再び演者に戻る。多少強引なのはわかっているが、常に冷静なセバスチャンがこうした態度を見せるからこそ、そのギャップから言葉を聞いてもらえるだろうという打算があった。

 

 

「最上級悪魔の中でも今眷属で十分に空きがあるのは転生悪魔に心好い感情を持たない純血主義の名家の方々ばかりになりますが」

 

 

その場合の影響力の増大をあなたたちに受け入れられるのか? 言外にそう問うとやはり返ってきたのは懐疑的なものだった。

 

 

「あの人たちがそもそも受け入れるかなー☆ 下手すれば転生悪魔の地位がさらに上昇しかねないような人間を眷属とすることを」

 

 

「わからんぞ、神をも殺す神滅具を所持することの魅力に抗える輩は珍しいだろう」

 

 

セラフォルー、アジュカが首をひねる中、その横では私の具申に対して心動かされなかったうちのもう一人――――ファルビウムは目をうつらうつらさせていた。

 

 

この方は唯一セバスチャンが歓心を買えなかった人物だ。サーゼクスは能力、セラフォルーは魔法少女、アジュカは研究、とそれぞれ渡りをつけることができたが、この軍事を担当するファルビウムだけは繋がりを持つことができなかった。どうにも飄々としているというか、つかみどころがない人物だ。職務は最低限しかこなさない、不真面目、しかしかといって無能でもない。理解しがたい要注意人物だ。しかし会話に加わらないというのは好都合。

 

 

ここはセバスチャンの舞台だ。観客は大人しく引っ込んでいてもらおう。

 

 

「それだけではありません」

 

 

再びやりとりを遮って、セバスチャンはできる限り情念をこめて言葉を膨らませる。

 

 

「本人が悪魔になることをあまり望んでいないということもあります」

 

 

深く息を吸って声を整えると矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 

 

「魔獣創造の所持者はかなり神器に使い慣れています。ともすればいらぬ反発を招くということもあるかと」

 

 

ここで、アジュカが訝しげな表情をした。とりわけ神器を使い慣れている、という点に目を細めている。脚本通りの反応を返してくれてありがとう。お礼にセバスチャンの舞台に招待しよう。

 

 

「あれほど派手な神器を使い慣れるほど使っていれば、今まで我らの目に留まらなかったことの方がおかしくないか」

 

 

「その通りでございますが、アジュカ様。それについてはこれから語る彼の出生にも関わることでございます」

 

 

「出生ね…………そうお前が思わせぶりに話すのなら何かあるんだろうな?」

 

 

「聞かせてくれセバスチャン」

 

 

わずかにサーゼクスは居住まいを正した。その人の人生に関わるようなことを生半可で聞く気がない当たりこの人も悪魔らしくないな、と思う。ありていに言ってしまえば甘い。頂点に君臨するものとしては甘すぎる。それはセラフォルーにも向きがあるが。

 

 

見ろ、アジュカを。あれなぞ悪魔らしい悪魔だ。自分の興味にしか執着がない、魔獣創造の出生についても暇つぶしぐらいにしか思ってないに違いない。そういう意味ではファルビウムも同様だ。あれはこちらのことなど心底どうでもいいと思っている。

 

 

まぁそれが今回ばかりは好都合になるのであれば、このセバスチャンもこの主君の欠点らしい欠点を美点として目を瞑ろう。本気で仕えているのならまず甘言することではあるがな。

 

 

それからセバスチャンは恐れ多くも主の出生を語った。

 

 

できるだけ悲哀をこめ、それでいて客観的に語るように。事実を誇張するようなことは一切せず、嘘偽りなく申し立てた。

 

 

魔獣創造の主は五歳のころに両親に一人、未開の森の山中に捨てられたこと。生きる術を知らず脆弱な身体しか持たない少年は、神器をつかって危険な野生動物などが生息するジャングルで生きていたこと。やがて神器を使い続けた少年が限りなく人に近い魔獣を創造することに成功して、それからずっとその魔獣とお話しして暮らしていたこと。十分に成長してからも森の外には一切出なかったこと。

 

 

その生涯を簡潔に語った。そしてそれが功を奏した。

 

 

こういった話し方をすれば、自然、人は想像がかき立てられるものだ。

 

 

そもそも五歳の子供が両親に捨てられたときの心境はいったいどんなものなのか。

 

 

泣いただろうし喚いただろうし縋りついただろうし暴れただろう。

 

 

例え神器があったとしてそこで生き続けることがどれだけ難しいことなのか。

 

 

飢えと渇きに苦しみ、獣の息に怯え、空気の冷たさに肌をかじかませ、泥に塗れて、夜闇に必死で目を瞑り、迫りくる明日に身をすくめる。

 

 

そんなときに人に近い魔獣を生み出した少年の意図はなんだったのだろう。そしてそんな魔獣を生み出した時、少年は何を想ったのだろう。それから暮らした日々はそれ以前と比べてどんなものだったのだろう。そしてかたくなに森の外に出なかった理由はなんだったのだろう。今森の外に出た理由はなんだったのだろう。

 

 

話した時間は短かった。その後の沈黙はそれ以上に長かった。

 

 

感受性の高いセラフォルーなんかは目にたんまりと涙をためて鼻をすすっている。サーゼクスも痛ましげな表情を隠さない。

 

 

この二人が釣れるのはわかっていた。

 

 

彼らとてこんな悲劇が世界中探せばどこにでも転がっていることは知っているはずだ。それでもなおここまで感情を揺さぶられるのは、魔獣創造の所持者の人間の問題が彼ら魔王にとっても身近であるからに違いない。身近であるから感情移入が働くのだ。身近でなければ、一つため息をついて終わりだろう。

 

 

まったく身勝手なことだが、生物なんて結局はそんなものだ、とそれを利用しようとしている魔獣は思っていた。

 

 

「なるほど、人型の魔獣か。それは興味深いな」

 

 

話が終わって、一番最初に口を開いたのはアジュカだった。その言葉はセバスチャンの狙いからは外れていたが、今になってはこの魔王の反応は気にする必要がなかった。

 

 

サーゼクスとセラフォルー、政治決定権を強く持つ二人が落ちた時点で勝負は終わったも、同然なのだから。

 

 

「む、むー、アジュカちゃんひどぉーい! あんな話聞いて最初に出る言葉がそれぇ☆!?」

 

 

「あんな話? 事実を単純に並べた私好みの話し方ではあったが、内容として一番気になったのはそこだな」

 

 

事実、私が反応せずともセラフォルーが勝手にアジュカをおしこめてくれる。まぁここまでくれば後は任せておいても大丈夫かもしれないが、一応念には念を押しておこう。

 

 

「その人型ですが。魔獣創造の力の大半はあれに注ぎ込んでいるようで、かなりのものです。それに、あれの他人への鋭さはまんま少年の他人への防衛意識を反映しているのでしょうね」

 

 

わたしでも相手にならないでしょう、と付け加えるとなおのことアジュカが興味深そうに笑った。一瞬だが、ファルビウムの細まった目からも油断ない光が洩れる。全くこの二人は先の話に心動かされている様子を見せない。この二人が感情に揺さぶられがちな二人とバランスをとることで均衡が成り立っているのだろう。厄介ではあるが、そこまで重要視すべき要素でもないとセバスチャンは踏んでいた。

 

 

「王となる悪魔への配慮もそうですが彼自身の実力も無視できません。安易な眷属化は彼との軋轢を生みかねません」

 

 

「だが、放置もできない」

 

 

苦い響きが混じるも、しっかりとサーゼクスも要点を抑えている。内心では、こうも悲惨な育ちをしてきた所持者を政治に巻き込むことに苦慮しているのかもしれないが、統治者としての最低限の分別は持ち合わせていた。

 

 

しかしだからこそ、彼の処遇には最低限の分別さえ守り、悪魔界の利益に反しない限りであれば便宜を引き出すことができる。

 

 

それをセバスチャンは狙っていたのだ。

 

 

「そうですな。眷属化は情勢的には好ましくなく、かといって他方への影響力を考えれば、こちらでしっかりと囲い込まねばならない」

 

 

わたしに腹案があります、と続ければ、舞台もいよいよ大詰めだ。魔王らが頭を悩ませる、魔獣創造の所持者の感情論。このような目にあってきたのだ、これからは幸せになるべきだ、そんなことを考えているのなら、セバスチャンの案に必ずや乗ってくる。何せ、魔王たちはこれから先知る由もないが、魔獣創造の所持者である主本人の意向なのだからな。

 

 

セバスチャンはほくそ笑む。これがいかにいい折衷案なのかを、見せつけるのがセバスチャンの役目であるが、この分だとさして心配もあるまい。主にもらった役目がようやく果たせそうだ、と内心で安堵しながら、私はできるだけ誠意をこめて切り出した。

 

 

「駒王市の駒王学園に入学させてはどうでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

「全くもって小賢しいですね」

 

 

毒を吐きながらもにっこりとほほ笑むその姿は昨今世間をにぎわせている複合企業の会長氷の女王、カレン・オルテンシアの肖像に変わりはない。本人は演技だとマスターの前で嘯いたが、どう考えても、マスコミの前で見せている姿はカレンの素だった。

 

 

これが、凡百の相手であればその態度に眉を顰めるのだろうが、今回ばかりはカレンの相手をしている相手が相手である。

 

 

名目上はカレンの子供にあたる綺礼少年は親譲りとしか思えない悪辣な笑みにその貌を染めて、カレンに追従した。

 

 

「いやはやまことに。しかし相手も馬鹿ではない。私がここにいて、久方ぶりに親子の親交を温めていることが何よりの証拠でしょう」

 

 

「拙い欺瞞ですね。こんなことで私の目を誤魔化せると思っているなんて、本当にかわいらしいこと」

 

 

カレンは手元のスクリーンに映る、相対する三者の会話を見下してにっこりと笑う。先進的な魔法技術で構築された監視機能は、監視されているさぞ優秀であろう三者全てを欺いてきちんと役割を果たしていた。

 

 

頬杖をついてそれを眺めるカレンはどう見ても可憐な乙女にしか見えないが、それが外見通りでないことはこの親子のやり取りからも明らかだった。

 

 

「拙い、というよりはこうして欺瞞する私への信頼の表れと申した方がいいでしょう」

 

 

「あら? 私はその期待を裏切って拙い欺瞞をしているあなたに言葉を向けているのですが。ねぇ、もう少し上手く欺瞞できないのですか、と」

 

 

「仕方ありますまい。私もまだまだ親にかまってもらいた年頃なのです。ですから、ついついこうして仕事を疎かにして、親子の語らいに熱中してしまうのですよ」

 

 

「あらあら。不出来な子ほどかわいいと言いますが、それは本当の事のようですね」

 

 

ふっふっふと笑みを交わしあう二人。裏では密接につながっている、その関係性を表に出さないという暗黙のルールの下、白々しい建前と建前の皮肉ぶつけあってこの両者は愉しんでいた。

 

 

これが親子の語らいだというのなら、どこまで寒々しい家庭環境にあるのか、と心配してしまうような光景だが、歪ながらにこれが二人の愛情表現の仕方であった。

 

 

「ふふふ、それじゃあ仕事よりも親子の情を優先してしまうどうしようもなく不出来な綺礼? お母さんにこの三人が何をやっているのか教えてくれないかしら」

 

 

「熱心なクリスチャンであらせられる母上に、天界の方々が悪魔や堕天使たちと和平を結ぼうとしているなど到底言えませんなぁ」

 

 

「へぇ…………」

 

 

穏やかならざる笑みを浮かべてカレンは相槌を打った。というのも表面上だけの事。長く付き合っている人間にとってはこれが茶番だということがわかる程度の儀礼的な態度だった。

 

 

「本当に小賢しいですね」

 

 

「まったく」

 

 

カレンの複合企業は悪魔や堕天使の息がかかった企業も多数傘下におさめている。熱心なクリスチャンであるカレンがこれを排除しようとしないのは、三大勢力間の緊張を刺激しかねないという憂慮の下に付き合いのある教会の人間に知らされていないからだ。逆に言えば、知られれば三大勢力の均衡など考えずに叩き潰しにかかる狂信者だと思われているからなのだが、そんなところを隠れ蓑にして和平工作をするなどと存外天使たちも図太い。

 

 

他に候補がなかったというのもあるのかもしれない。ここは三大勢力が互いの利益を棄損しないという暗黙のルールの下運営されている数少ない組織なのだから。

 

 

「ですが、こちらにとっても好都合ですからね。今は目を瞑ってあげましょう」

 

 

いまは(、、、)

 

 

意味ありげに綺礼が反復すると、カレンはやはり穏やかに微笑む。笑顔だけは崩さず、カレンは綺礼に問うた。

 

 

「それで、綺礼。あなたのほうはどうなのですか」

 

 

「まぁあなたよりは信頼されて、ここにいますよ」

 

 

それは親と違って和平工作を明かせる程度には地位を築いていることに他ならない。いくら子という立場が欺瞞工作に使えるとはいえ、和平工作は信用に置けない人物に明かすほど些末事ではないのだ。それだけで十分に綺礼の教会内の立場が知ることができた。

 

 

「結構…………時は近い。私が言うことではありませんが、あなたはあなたの役割を果たせるように全力を尽くしなさい」

 

 

「言われるまでもありません」

 

 

そうして、二人揃って視線をやる先は、和平のために遠回しな接触を重ねる三者の姿。

 

 

そうだ、時は近い。主が目指すその時に向けて我らは邁進する。願わくば最善の未来あれと願う主のために今日も闇で蠢く者たちは蠢動する。

 

 

「そう、全ては主のために」

 

 

「全ては主のために」

 

 

その主が誰であるのか、神に仕えるこの二人に問うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

とある研究所にて。

 

 

「何度相談されても答えは変わらんよ、アザゼル総督」

 

 

スクリーンに映る黒髪の堕天使を前にしてジェイル・スカリエッティは常と変わらず享楽的に振る舞う。子供の好奇心をそのまま膨張させたようなこの研究者は相も変わらず調子よく物事を語る。

 

 

「君らと僕が共同研究をなせば、それはそれはとても素晴らしい成果があがるだろう。そこは否定しない。だけどね、アザゼル総督。僕としては君らには競争相手になってもらったほうがお得なんだ。敵対関係を弾みにして技術発展したケースは思いのほか多い。ライバルがいるというのはそれだけで向上意欲が湧くんだよ。現に見てみたまえ、僕のこの顔を! すっごく楽しそうに笑っているだろう」

 

 

『ああ、俺らをどう出し抜いてやろうか、企んでいる悪い顔だ』

 

 

「ははは。そして鏡を見てみたまえ、アザゼル総督。君は今笑えているかい」

 

 

ある意味でスカリエッティとアザゼルの方向性は似ているのだ。子供をそのまま大人にしたようなスカリエッティと悪童をそのまま中年オヤジにしたようなアザゼル。両者の違いがあるとすれば、それは老けだ。長いこと生きて色々なしがらみを負っているアザゼルはその対応に追われることで本来やりたいことができていない。

 

 

現にこんな相談を持ちかけること自体アザゼルにとっても不本意なことは、顔から容易に読み取れた。ますます老け込んでいる、そうスカリエッティは感じたのだ。

 

 

「君と僕は似ている。だからこそ言う。自分が笑えるように、生きたいように生きるべきだよアザゼル総督。君にそんな顔は似合わない」

 

 

『…………そうも言ってられねえんだよ』

 

 

不貞腐れたようにつぶやき顔を歪める。少しだけだがアザゼルにスカリエッティに対する羨望が見えた。生きたいように生きられたらそれはどんなに幸福なことか。だが、グリゴリという堕天使の組織の頭であるアザゼルにはそれを軽率にできるような立場になかった。

 

 

『確かに俺個人としてはお前を組織に招くなんてこたぁしたくねえ。むしろ、こんなことやっているよりか、今このときも神器研究で一歩か二歩、先行っているであろうお前を追い越すための研究に時間を当てたいと思っている。お前の力なんか借りずに独力で、だ』

 

 

それは長年神器に触れてきたアザゼルならではの矜持に障る問題でもあった。けれどそうも言っていられない、逼迫した現状が差し迫ってもいた。そしてそれを座視することはグリゴリの頭の矜持として看過できなかったのだ。

 

 

それに対してスカリエッティは退屈な時間になりそうだ、とため息をついた。

 

 

『グレゴリの中で人間でありながら神器研究をして、その情報を悪戯に天使やら悪魔やらに流すことをよく思っていない連中がいる』

 

 

「スポンサーに成果を見せるのは当然の事さ」

 

 

『そうだろうな。だけどお前が現れる前は神器研究による利益は俺たちの既得権益だった。犯されればそりゃ文句も言いたくなるさ』

 

 

スカリエッティはここ数年の間でめきめきと神器研究で頭角を現している。それはひとえにその成果がどこかの勢力によって保障されてのことだ。

 

 

スカリエッティも所詮は勢力の恩恵にあやかれない一個人に過ぎない。いくら設備・材料が揃っているからといって組織として研究を行っているグレゴリに一個人でたちうちするのは難しかった。

 

 

そこでスカリエッティが用意したのがスポンサーだ。神器研究の情報の独占を快く思わない悪魔・天使と堕天使の間でシーソーゲームをし始めた。別に設備や材料は足りている。太刀打ちできないのは、勢力として研究の妨害を防ぎきれないところだ。だからスカリエッティは神器研究の成果と引き換えに、自身の保護を要求し、結果契約はなった。

 

 

そこで面白くないのが、堕天使たちだ。堕天使からしてみればスカリエッティは自らの領域を侵す目の上のたんこぶ。たかが人間風情がという思いがますますその傾向を加速させるが、三大勢力をむやみに刺激したくないアザゼルによって止められ妨害もできない。

 

 

宙に浮いた形となった堕天使たちの感情。それがスカリエッティが成果を上げ続ける近年さらに高まってきているのだ。

 

 

『俺に止められるにも限度がある。文句だけで済ませられねえ連中がそろそろ出てきそうなんだよ』

 

 

アザゼルにも暴走を止めきれない連中がいる。さらに言えば神器研究の分野で後れを取っていることには研究に携わる堕天使としてアザゼルの不甲斐なさを感じているのだ。部下に誇りを持たせてやれないアザゼルも強くは言えなかった。

 

 

「と言ってもな。私は悪魔や天使にその活動を保護されている。並大抵では揺らがないよ」

 

 

『…………そいつらは常にお前の傍で警備しているわけではないだろう』

 

 

「救援を呼ぶくらいの時間は自分で作れるさ」

 

 

『そんなことがわからない俺だと思うか』

 

 

暗にその時間も作れないほど高位の幹部がそれに関わっていることを示すがスカリエッティはただただ笑みを深めるだけだった。

 

 

『これはマジで言ってるんだスカリエッティ。それにお前だって俺と共同研究することのメリットはわかってんだろ』

 

 

スカリエッティをグレゴリに招くというのはある意味最上の策であった。

 

 

それでスカリエッティに対する敵意を抑えられるのかと言ったら微妙だが、少なくとも自分の目の届くところに置き守ることはできる。

 

 

何より神器の情報の独占を再びこの手に戻すことで、対外的な組織としての面子は守れるのだ。それぞれの個人的な感情を除けば、及第点以上の解決が図れる良案であった。

 

 

見方を変えれば、今までスカリエッティの研究の恩恵をあずかってきた悪魔・天使の利益を奪い、三大勢力の緊張を刺激しかねないアザゼルらしくない策ではあったが、アザゼルの考えはむしろその先にあった。

 

 

単純に神器を研究する組織として敵対関係にある勢力に神器の情報を提供することなどもってのほかだ。自分たちの拠り所とする情報を簡単に渡すことは組織の崩壊を誘発しかねない。

 

 

そういう意味でスカリエッティと言う存在はグレゴリにとって極めて危うい存在でしかない。しかし悪魔や天使の保護があるために容易に手が出せない。

 

 

だからこそスカリエッティを招くという折衷案で組織の保全を図っているわけだが、その上で三大勢力を無闇に刺激するつもりはないという姿勢を貫けば、落としどころなど決まってくるのだ。

 

 

それすなわち、今までのスカリエッティとの関係を組織の責任として今後も続けること。

 

 

組織としてもどうせスカリエッティによって大半の神器の基礎情報は漏れているのだから、と抵抗は薄いし、こちらで開示する情報を選べる主導権を取り戻すことができるであれば、と妥協する堕天使も多いはずだ。

 

 

組織内で厭戦の空気はすでに出来上がっている。なし崩し的に三大勢力と公式に関係が持てる機会は遠くない未来を見据える堕天使上層部にとっても見逃しがたいものだったのだ。

 

 

だからアザゼルも思うような答えを得られないことに焦る。優遇すると具体的な待遇まで考慮に入れてスカリエッティに打診した。

 

 

だがスカリエッティはそれに答えるでもなく、ますます笑みを深めるだけだったのだ。

 

 

煮え切らない態度をとり続けるスカリエッティに業を煮やしたのか、少しだけ迷いながらもついアザゼルは付け加える。

 

 

「…………コカビエルがな、最近うるさくてたまらないんだよ」

 

 

ついに具体的な名前まで出てきた。しかも聖書に載るようなビッグネームの堕天使を。これは明らかな脅しとも取れるが、アザゼルの顔は真実苦味を帯びていた。

 

 

そしてその時点でスカリエッティは交渉を見切った。

 

 

元より受け入れる気のない交渉を暇つぶし程度に聞いていたスカリエッティとしてはこれだけの情報を手土産にすれば、自分に有意義に使われなかった時間も喜ぶだろう、と笑ったのだ。

 

 

結局交渉は物別れに終わった。

 

 

交渉の合間、強硬的な態度も辞さなかったアザゼルであったが最後に漏らした言葉は真実スカリエッティを慮るものであり、スカリエッティとしてもやはりアザゼルほどの人物があのような地位についているのはもったいないな、と思った。

 

 

ただアザゼルを惜しむ気持ちこそあれど、スカリエッティの本意は創造主であるレオナルドに向けられる。

 

 

事実数分前まであったアザゼルへの感傷などなかったかのように、スカリエッティは先ほど得られた情報を元に作業に勤しんでいた。

 

 

「全ては事もなし。物語はおおむね脚本通りに動いている…………」

 

 

そして手元に映るスクリーンを見つめてスカリエッティは笑う。

 

 

映っていたのはスカリエッティの下で研究材料となってくれている神器所持者たちが修行に励む風景だ。おおむね順調に進んでいる工程を見守りながら、ふと一人の少女に目が留まる。

 

 

聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)』所持者・アーシア・アルジェント。

 

 

確かマスターはこの人物をしきりに気にしていた。まぁ好色なマスターの事だ。聖女と聞いてヨダレでも出たのかもしれない。あの意味深な態度もそんな下心の表れだったと考えれば、合点がいく。

 

 

少し気を使うべきだったかな、と束の間考えるが、ミサカネットワークに統合された情報の検索結果が出たスクリーンを前にしてそのような些事はすぐにスカリエッティの記憶のかなたに追いやられた。

 

 

そして情報の検証を行って改めてうなずいた。

 

 

「全ては事もなし。物語は脚本通りに動いている」

 




五歳の子供が両親に捨てられたときの心境→牛の乳を凌辱して自己嫌悪


人に近い魔獣を生み出した少年の意図→原作キャラのオナドールが欲しい


そんな魔獣を生み出した時、少年は何を想った→ちゅーしたい


それから暮らした日々はそれ以前と比べてどんなものだった→ニート


そしてかたくなに森の外に出なかった理由→引きこもり


今森の外に出た理由→ハーレムつくりたい




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人生バラ色だぁあ!!

この章は基本原作通りにならない一巻の代わりのエピソードです。あと2、3話で終わる予定。今回はフラグ回。


「…………いつ見ても便利ね」

 

 

魔獣創造の効果を実際に目にしてみたオカルト研究部部長リアス・グレモリーの感想は呆れが多分に混じったものだった。

 

 

高度に政治的な配慮からこの学園に入学してきた僕に対する、高度に政治的な存在である魔王の妹君の反応は当初よりだいぶ軟化の一途を辿っていた。

 

 

それこそ入りたての頃はまるで腫れ物を接するように扱われていた。しかし彼女たちとてこの地域一帯を仕切る悪魔の端くれだ。如何に接触には慎重を要する相手だからと言ってヘマをしたくないからその機会を減らしたいなどとのたまうほど責任感と無縁ではない。

 

 

最初の顔見せの際、週に一度はそれぞれシトリーの生徒会とグレモリーのオカルト研究部に顔を出すよう約束させられていた。

 

 

そして定期的な親交は結果としてそれぞれにわだかまっていた壁を壊し、打ち解けるようになっていた。

 

 

いやまぁ僕も最初は苦労したんだ。何せまともな相手とコミュニケーションをとるのは久々だったし、相手があの原作の登場人物たちだ。緊張しまくってろくに話もできなかった。たぶん、向こうから顔を出すように、と言われなければ、ろくすっぽ話す機会を作れなかったに違いない。

 

 

何せもうすでに原作の一巻の展開は少なくとも起きないわけだし。事件を取っ掛かりにした関係が築けない以上、原作キャラとの友好は僕のコミュニケーション能力にかかっていた。

 

 

しかし、そんな状態の僕であるからして、まともな話など成り立つわけもなく。

 

 

結果として役に立ったのが魔獣創造の能力であった。

 

 

「必要に駆られてのことだよ、少なくとも食うには困らない」

 

 

意識を集中させると、テーブルにまた一つ光が生まれる。光が消え去るとともに生み出されたのは大きな蕾。パチンと指を鳴らし、鮮やかな花弁が開くと、その中央には芳醇な果実で彩られた餡蜜がおさめられていた。

 

 

苺の甘酸っぱさ、蜜柑の粒の細やかさ、チェリーの瑞々しさ。

 

 

ふんだんに盛り込まれた最上級の素材の味を邪魔にしないように添えられる控えめなアイスがさらに品を引き立てており、開いた花弁の先から朝露のように滴る黒蜜が一筋、中央の餡蜜に向かって流れこめば、抜群の完成度を誇る和の粋を尽くした逸品がそこにはあった。

 

 

もう一度指を鳴らすと花弁の下に隠れていた根と茎が任意の人物の下に向かって伸びきる。テーブルに据え置かれていた睡蓮花のように薄かった花は、眼前の人物が食べやすい高さ、角度に調整されて成長した。

 

 

そして目の前にそれを迎える形になった白髪の少女は眠そうに垂れ下がっていた琥珀色の目を見開き、爛々に輝かせてごくりと唾を飲んでいた。

 

 

「こういった演出も必要に駆られて?」

 

 

「勿論。ここに来てからその必要に駆られたんですけどね」

 

 

からかい半分で水を向けたリアスも屈託なく返されれば苦笑いするしかない。

 

 

「小猫ちゃん、君のために丹精をこめて作りました。食べてもらえるかな」

 

 

「……………………ありがとうございます」

 

 

こういった相手を喜ばせる類の小細工の必要は小猫ちゃんに会ってから駆られたんだ、と言わんばかりのあからさまなアピールにグレモリー眷属一同微笑ましいものを見るような目で後輩たちのやり取りを見守る。

 

 

まぁ小猫ちゃんにしても人見知りの気があるからどこかぎこちなくもある。一誠はあの無遠慮さと開けっぴろげな性格から距離を縮めたんだろうけど、僕みたいな繊細な人間には無理だ。こうやって少しずつ外堀を埋めていくしかないだろう。

 

 

未だにほかの眷属よりか壁を作られている感はあるけど…………間違ってはいないはず。

 

 

「あら、私には何かないのかしら?」

 

 

こうしてからかって上手く両者の間を埋めてくれるリアス部長には本当に感謝である。

 

 

そんな感謝をこめて。にっこりと笑い右手を背中に回して意識を集中させる。わずかに光が漏れ、次の瞬間リアス部長に差し出した右手には一輪の薔薇が握られていた。

 

 

「ではこれを先輩に。この薔薇は貴方の紅の髪によく映える」

 

 

「…………あなた手品師になれるわ」

 

 

「いずれにせよ食うには困りません」

 

 

「本当に」

 

 

「その薔薇がアイスで食べられるという意味においても」

 

 

驚いたように目を見張るリアス部長に僕はしてやったりと快心の笑みを浮かべる。試しに、と薔薇の花弁一枚を唇で()めばその舌に広がるローズマリーの風味に目を瞬かせ、悩ましげにため息をついた。

 

 

「これ、魔獣なのよね、一応」

 

 

「貴方に食されるために生まれてきた植物型の魔獣です。気にされることはない。強いて言えば、その魔獣の主として感想をお聞きしたいところですが」

 

 

「美味しいわ。とっても」

 

 

満足そうに笑みを浮かべるのを見て僕は思う。

 

 

エロい、と。

 

 

赤い薔薇の花弁がリアス部長の薄い唇に挟まれその奥へと消えていくさま。唇の紅と薔薇の赤、そして綺麗な白い肌とのコントラストがまたいい具合の比率で際立たたせていて……最高である。親指を立てたい。素晴らしい。

 

 

「でもあれだね、ここにこうして並べられているお菓子が全部魔獣だと思うと…………」

 

 

金髪の騎士、木場先輩がそんな風に口を濁す。沈黙で途切れさせて言わんとしていることはわからないでもなかった。僕が初めて創った豚への感情を考えれば共感できないこともない。

 

 

一心不乱に餡蜜を口に運んでいた小猫ちゃんも引っ掛かりを覚えたのか思わず手を止めている。だが手が震えている。次の手を伸ばすか伸ばすまいか強烈な葛藤が生み出されている。

 

 

その様子を見て面白くない僕はついつい口をとがらせて言った。

 

 

「わからないでもないですけど…………美味しくないですか」

 

 

「いや、そんなことはないよ。ただ病み付きになりそうで逆に怖いというか、ね」

 

 

「確かにそれはありますわね」

 

 

姫島先輩も木場先輩に同意し、困ったように頬に手を当てる。

 

 

「私もレオナルド君のものを食べて以来、どうにも他のものが美味しく感じられなくなってしまって…………カロリーも気になりますし美味しすぎるのも困ったものですわ」

 

 

なんかエロい。レオナルド君のものを食べて以来って具体的に何を食べたんですかねぇ。くそっ、流石駒王の二大お姉さま。戦闘力が半端ねえ。僕はこの中ではとりわけ小猫ちゃん派だというのに!

 

 

誰を優先していいのかわからなくなるぜ。贅沢な悩みすぎて悶絶しそうだ。

 

 

しかし、僕はいの一番に小猫ちゃんを抱っこすると決めてるんだ! 

 

 

決意も新たに小猫ちゃんを見れば、再び餡蜜を口に運ぶ小猫ちゃんがいた! 何やらうんうん唸りながら食べているが、舌に乗せた一瞬蕩ける顔はかわいいよ!

 

 

「それにオカルト研究部で紅茶を入れるのは私の仕事でしたのに…………レオナルド君が来て以来すっかりお役御免ですわ」

 

 

ハッと我に返ると、少しばかり悲しそうな面持ちをした姫島先輩がいた。視線の先は紅茶の茶葉を内部で自動で蒸らして完成させる植物型魔獣が。

 

 

すかさず僕は身を返してフォローに入る。

 

 

「姫島先輩の手ずから入れてくれるから、こんなにも美味しいんですよ。おかわりもらってもいいですか?」

 

 

「あらまぁ。喜んで」

 

 

輝くような柔和な笑みを浮かべて紅茶をカップに移す姫島先輩を見て、うんうんとうなずく。一瞬前まで違う少女に首ったけだった様子が嘘のような変わり身の早さだった。

 

 

そしてそのとき、背筋に冷たいものが走った。ぞわりとつららを差し込まれたような心地がする。サッと背後を盗み見ると、相変わらず餡蜜に夢中な小猫ちゃんがいた。しかし、目は凍りついている。横顔から覗く瞳がちらりとこちらを捉えた瞬間僕は素早く視線を逸らした。

 

 

あれはいけない。殺される。

 

 

不機嫌そうにがつがつ餡蜜を食らう小猫ちゃんにこっそりと意識を集中させて餡蜜をかさ増ししておいた。ご機嫌取りである。

 

 

姫島先輩から紅茶を受け取る際も小猫ちゃんの反応を伺っていて気もそぞろであった。しかしそうすると姫島先輩に申し訳が立たない。あちらに立てばこちらに立つ瀬がなく、こちらに立てばあちらに立つ瀬がない。

 

 

これがハーレムの難しさか、気疲れにこっそりため息を吐くと一連のやり取りを見守っていたリアス部長がその場を総括するように述べた。

 

 

「魔獣創造も大変ね」

 

 

その一言にその場に笑いが流れた。

 

 

もっとも小猫ちゃんの不審げな目は最後まで僕を見ていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっはっはっはっはっはっは!!」

 

 

「くっははははははははははは!!」

 

 

部屋の中に高笑いのデュエットが響き渡る。

 

 

「いやぁ、順調順調!! 流石は僕!! 種族間の壁をものともせず、打ち解けてやったぜ、この野郎!!」

 

 

昨日のあのオカルト研究部の馴染みようを思い返せば快哉もあげたくなるというものだ。まさに僕の理想と言っても過言ではない光景であった。

 

 

「流石でございます、マスター」

 

 

「当初はコミュ障気味でどうなるかと思いましたけどね、とミサカは重箱の隅を突いてみます」

 

 

「うるさい、結果良ければすべて良し! ミサカは一言多いんだよ」

 

 

僕自身痛いところを突かれて言葉も邪険になる。が、そこで一旦言葉を切り、思案する僕の顔に浮かび出た笑みはお世辞にも良い類のものではなかった

 

 

「…………それ比べてキルキルちゃんは素直でかわいいなぁ」 

 

 

おいでおいでと手招きすると、キルキルちゃんはパタパタとメイド服のフリルを揺らしながらこちらに寄ってくる。そのまま僕の腕の中に引き込むと「きゃっ」と小さな声をあげつつも、嬉しげに眼を細める。

 

 

胡坐をかいた足の中に尻を落ち着けたキルキルちゃんのお腹あたりに腕を回しすっぽりとおさめると、ニヤリと唇を吊り上げて、これみよがしにミサカに視線をやった。

 

 

そして、このゲス顔である。

 

 

「ミ、ミサカは…………ミサカは、キルキルにはイエスマン度では勝てっこないから、マスターに対する奉仕の形としての独自のアイデンティティを築き上げるためこのように――――」

 

 

「キルキルちゃん、こっち向いて」

 

 

「…………はい」

 

 

身体を逸らしてこちらに顔を向けたキルキルちゃんの唇に覆いかぶせるように唇を重ねた。

 

 

「あっ」

 

 

女の熱を帯びた柔らかい唇の感触。興奮に濡れた唇の隙間に潜り込ませるようにハムハムして存分に堪能する。

 

 

唇を合わせることで間近となった肌がその交わりを激しくさせていくごとに擦れあう。その熱すら愛おしく、より近くで身体を合わせたいとする気持ちがなおさら強く唇を押し付け、熱を伝え合っていく。

 

 

貪り食らうように相手の唇の奥深くに唇を潜りこませて刻み付けた。唇の柔らかさを押しつぶし、元の形に戻ろうと返ってくる反発感を楽しんだ。

 

 

そして頃合を見計らったように、やや受け身となった女がその激しさに合わせて唇をわずかに開く。艶やかに濡れた上唇と求めるように誘う下唇に思わず口腔の中で獲物を見据えて舌が蠢いた。

 

 

が、そこで一旦僕は唇を放した。眼前には蕩けきったキルキルちゃんの顔がある。もっと、とせがむように胸元の服のしわをギュッと握りつぶしてくるキルキルちゃんに舌なめずりしてサディスティックな笑みを浮かべてキルキルちゃんの懇願を振り切った。

 

 

そうして待つのは、寂しそうに、心細そうに身を縮こめていたミサカである。

 

 

「どうした、ミサカ? 何か言いたそうだけど」

 

 

「あっ、うっ、ぅう」

 

 

胸元で手を握りしめて心底切なそうに瞳を涙ぐませる。言葉にならない音が唇の隙間から意味もなく漏れた。

 

 

目を細めて僕は笑ってやった。

 

 

「嘘だよ、嘘。ごめんごめん、ほらこっちおいで」

 

 

「ひ、ひどいです、いじわるです、とミ、ミサカは泣きます」

 

 

「ああ、もう泣くなって」

 

 

胸元に飛び込んできたミサカの頬に零れ落ちようとする涙が流れる前に舌で舐めとる。瞼の近くに舌の感触を感じたミサカは猫に舐められたように、くすぐったいと目を細めた。

 

 

「よしよし」

 

 

かわいいなぁ、と邪な欲望を満たして満面の笑みを浮かべていると、横からキルキルちゃんがこっちかまって、と言わんばかりに抱き着いてきた。

 

 

頭を寄せてきたキルキルちゃんの顔をしっかりと脇で抱え込み、巻きつく腕を伸ばしてキルキルちゃんの顎を撫でると、にゃぁ、と鳴いた。思わずビクンと身体が震えた僕であったが、なんてことはない、いつだったかにやった猫ちゃんプレイのときにキルキルちゃんに躾けた仕草であった。

 

 

にゃぁ、とキルキルちゃんが鳴いたからか、ミサカも対抗してにゃー、と鳴く。両腕に二人の女を侍らせにゃーと鳴かせる僕…………まさしく酒池肉林であった。

 

 

やれやれ、ここからまた長い一夜のアバンチュールとしけこみましょうかねぇ。

 

 

グレモリー眷属との実際の触れ合いを通して最近身体の方も浮つきっぱなしだ。それに奇しくもにゃーと鳴かれてグレモリー眷属の中では肩すかし気味の小猫ちゃんのことを思い出してしまった。

 

 

これは今日オカルト研究部に行く前に熱を冷ましておく必要があるな。それで変に焦っても困るしね、ぐへへへ。

 

 

「はっはっは! 相変わらず君は面白いものを見せてくれるね」

 

 

手をわきわきさせて、これからの情事に思いを馳せていると、図ったかのように電電虫から声が発せられた。

 

 

スクリーンから覗く紫髪の研究者の顔がひょうきんに歪む。

 

 

…………すっかり忘れていたが、そういえばスカリエッティと通信していたんだった。最初に事の成り行きを話して高笑いしあって喜びを共有していたのは、このスカリエッティである。

 

 

ただまぁ少し興が乗って近くのミサカをいじくってみたくなっただけで、うん。

 

 

寸止めを食らったかのような欲求不満はあったが、非は僕にあったために衝動を抑え込んだ。

 

 

「すまんすまん。そんで? お前も何か楽しいことでもあったのか?」

 

 

僕が高笑いしたからといって、それに倣えと大声を上げて笑うような魔獣ではないことはわかっていた。

 

 

「あぁ、実はね。また新しい神器が手に入りそうなんだ」

 

 

なるほど、嬉しそうな顔をするわけだ。ミサカネットワークとグリゴリの草刈りによって新たな神器所持者を見つけることは難しくなっている。神器発見の減少傾向に嘆いていたスカリエッティからすれば研究できていない新しい神器はのどから手が出るほど欲しいに違いない。

 

 

「しかもグリゴリから。馬鹿な堕天使がいてね。どうにも組織に神器所持者を報告しないで自分で確保しているらしい」

 

 

「へぇ」

 

 

馬鹿な堕天使もいたものだな。ただでさえ『神の子を見張る者(グリゴリ)』の立場は危ういというのに、組織の管理体制が疑われるぞ。

 

 

「用意しているものからして彼らは神器の移植でも済ませようとしているのかな? まぁ詳しいことはわからないけど、こちらにとってはいい鴨だ」

 

 

かすめ取る算段でもしているのだろう、ずいぶんいい笑顔をしているスカリエッティである。

 

 

ふーん、それにしても神器の移植ねぇ。

 

 

「好きにしてくれて構わないけど、それ目論んでる堕天使、できれば生け捕りにしておいてくれ」

 

 

堕天使もたくさんいるだろうから、確かとは言えないがこの時期にその企み。重なるものがある。

 

 

あのレイナーレ個人の上昇志向は変わらないだろうしな。『聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)』がこちらにあるとはいえ、別の強力な神器を見つけたら、その野心を留めておけるとも思えない。

 

 

この世界に彼女が変わるべき要素がないのであれば、原作と同じようなことが起きるのは必然か。

 

 

「ふむ、利用するのかね。見ている限り小物すぎて、トカゲのしっぽ切りになるのがオチだと思うが」

 

 

「別に大した考えがあるわけじゃない。ちょっとした興味だ。無理そうだったら別にいい、その程度の命令だと思ってくれ」

 

 

「了解した。組織の駆け引きには使えなさそうであるが、堕天使の一生態を解剖するという意味では面白いかもしれない」

 

 

「…………とことんマッドサイエンティストだなお前」

 

 

呆れて物もいえないというかなんというか。相手する堕天使が可愛そうになってくる。ひょんな発言から決まるレイナーレの運命。ちかたないね。悪いことはするもんじゃない。

 

 

「マスターの利益になるかもしれないよ? 堕天使の力を魔獣に取り込む…………面白くないかい?」

 

 

「面白いのかもしれないけど、メインで使えるほどの素質があるとは思えないな」

 

 

「なに、使い捨ての戦力の主軸にはなれるかもしれない。そんな手間じゃないしね。そういう役回りの魔獣も必要だろう?」

 

 

「…………原型ぐらいは留めておけよ」

 

 

僕に言えるのはそれだけだった。嬉々として別れを告げて通信を切ったスカリエッティが映っていた黒いスクリーンを見てため息をつく。

 

 

心底、これ敵じゃなくてよかったなぁ、と思って。

 

 

「マスター…………」

 

 

「あの、ミサカは…………」

 

 

通信が終わったのを見計らってか、両脇で僕になだれかかっていた二人が媚びるような声を出した。ふっ、いけない小猫ちゃんたちだ…………

 

 

「おっと、そろそろオカルト研究部に行かなきゃならない時間だな」

 

 

そこにわざとらしく腕時計を見て残念そうに額を叩く。

 

 

ああ全くもって残念だなぁ。

 

 

「ご、ご随伴の許可を」

 

 

「み、ミサカも行きます! とミサカは迫ります」

 

 

「ああ、それもいいかも…………いや、待てよ。二人にはちょっと頼みたいことがあったんだ」

 

 

白々しく嘯くと、二人とも沈黙した。なに、反抗的なのもいるが、僕の頼みと聞いてあからさまに断れるような魔獣じゃない。口の中でもごもご言っていたが、素直に二人とも聞いてくれた。

 

 

「それじゃ、行ってくるよ。留守番よろしく」

 

 

ああ、帰ってきたらどうなっているか楽しみだなぁ!!

 

 

「あっははっはっははははっは」

 

 

高笑いを爆発させて僕はオカルト研究部へ一路急ぐ。

 

 

人生バラ色だぜぇ!!!

 



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タイトルがまったり転生だから・・・・・・

「レオ君、今日の一限目の数学なんですけど」

 

 

この世の春がついに来てしまった。

 

 

キルキルちゃんとミサカを放置プレイにしてルンルン気分で旧校舎のオカルト研究部を訪れた僕を待っていたのはいつにも増して積極的な小猫ちゃんだった。

 

 

今もそうだ。話題が話題だからどうとっていいものかわからないけど距離が近い。僕はこの部室に来ていつもの定位置であるソファに座ったのだが、普段は対面やや右に座っている小猫ちゃんが僕が来るなりに同じソファに座ったのだ!

 

 

こ、これは…………僕は懸命に伸びそうになる鼻の下を誤魔化して何とか小猫ちゃんの麗しの唇から放たれる話題を捌いていく。

 

 

いいにおいがする、食欲をそそるような甘いお菓子の香りだ。これはあれか、食べてもいいよ先輩❤ ってことなのか。僕先輩じゃないけど。同じ学年だけれども。

 

 

これはいかんと尻でずりずりとソファの端に寄っていく。このままじゃ理性が崩壊する。鼻血が出る。

 

 

しかし、小猫ちゃんはそんな僕を知ってか知らずか、僕が身体を離す距離分きっちり律儀に身体を詰めてくる。

 

 

どうゆうことなの…………食べていいのこれ。

 

 

至近距離で目を合わせる小猫ちゃんの顔がかわいくて辛い。

 

 

眠そうに垂れ下がった目尻の端から爛々と洩れる光には常ならぬ興奮が見て取れて誘っているようにしか見えないし、座高の関係上、やや上向き加減にこちらに差し出される小顔も端正さが引きたてられている。小さな鼻がピクピク動いているのが確認できるような距離だ。目を凝らせば小猫ちゃんの唇のしわまで数えられるような気がしてならない。視線がそこに吸い込まれていきそうになるところを理性が押しとどめる。

 

 

本格的にまずいけど、これはもう攻略完了か、完了なのか。キスぐらいいけそうなレベルなのか。いっちゃってもいいのか。

 

 

「う~ん。今日の小猫はやけに積極的ね」

 

 

「そうですわね、なんだか可愛い弟を盗られたような気分ですわ」

 

 

二人の遠目のやり取りに我に返って熱を冷ますように首をブンブン振った。

 

 

あ、あぶない、ここがオカルト研究部だということを忘れそうになっていた。げに恐ろしきはいたいけな少女の色香か。

 

 

「二人とも私たちの知らない間に何かあったの?」

 

 

リアス部長にそう問いかけられるが、確たるきっかけに心当たりはない。強いて言えば日ごろの行いじゃないだろうか。連日のアピール攻勢が功を奏したとか。

 

 

「はい、ありました…………ね、レオ君」

 

 

え? 何かあった……………のか? 僕にはまるで見当がつかない。どういうことだ、今日ここに来るまでに小猫ちゃんとの間にこんなにも距離を縮めるイベントがあった、とでも言うのか。いや、わからん。そんな微笑まれても僕には通ずる部分がない。

 

 

「え、あ、う、ううん」

 

 

しかし、ここで否定するのはどうなのか。安易に否定すれば、せっかく積み上げてきた小猫ちゃんの好感度に差し障りがあるかもしれない。

 

 

返答は曖昧になった。小猫ちゃんの目が細められた。

 

 

いや、え、え、えええええ。

 

 

「へぇ、なにがあったのかしら、気になるわね」

 

 

そんな僕の困惑をよそにリアス部長は楽しげに探りを入れてくる。うん、僕も気になる。是非とも教えてほしい。いったい何があった!?

 

 

「昼休みにちょっと…………」

 

 

昼休み!? 昼休みに何かあったのか?

 

 

「…………あの時の返事聞かせてくれませんか」

 

 

いやいやいやいやいやいやいや。

 

 

なに、この意味深な発言!? わからん!! ここは早急に撤退すべきだ!!

 

 

しかし小猫ちゃんは目を眇めて詰問するように僕ににじり寄ってくる。後ずさるも後がない。ソファの肘掛けを背にして身を引いた僕の身体に小さな手を乗っけて四つん這いになって僕に顔を近づける。

 

 

あ、やべ、なんかもうどうでもよくなってきた。

 

 

鼻をくんかくんかさせ、甘ったれたように鼻を鳴らす小猫ちゃんが目の前にいる。答えを迫るように目を瞬き首をかしげてくる。

 

 

小猫ちゃんマジ小猫ちゃん。

 

 

「レオ君?」

 

 

未だに状況はよくわからないけど、ああそうだなきっとこれは夢なんだな、と自分に都合のよすぎる展開に説明をつける。あんまりに小猫ちゃんを想いすぎて生まれた痛々しい妄想なんだ、と。ご都合主義の展開ではあるけど夢なら仕方ない。夢ならどんなことがあっても、何をやってもいいんじゃないかな。例えばチューしたりベロチューしたりおっぱいもんだり(!?)ほむほむしたり。

 

 

「ああ、うんそうだね、小猫ちゃんさえよければ――――」

 

 

何をやってもいいんだ、と適当な受け答えをして伸ばした手はわきわきと怪しく動いていた。目は爛々と少年のように純粋(ピュア)な目をしていたし、何より。

 

 

下半身は異常なまでに叫んでいた。

 

 

この者を倒せるのは今この瞬間、汝の覇道の力しかない、と。

 

 

時を得た化け物はここぞとばかりに声を張り上げる。

 

 

我、目覚めるは覇の理を貫きし如意棒なり。

無限の精力と性欲を如意棒に称えて、性道をイク。

我、ベッドの上の覇王と成りて――

汝らに誓おう! ピンクに輝く未来を見せると!!

 

 

小猫ちゅわ~ん~~~~~~~~

 

 

僕は覇の理に負けた。

 

 

僕は丹田に力を込めて小猫ちゃんに迫った。視界にはもういっぱいの小猫ちゃんしか見えない!!

 

 

その次の瞬間だった。

 

 

僕の顔に黒いものが迫り、何だよ邪魔だな小猫ちゃんの顔が見えないじゃないかと思ったのも束の間、視界が真っ逆さまに暗転し天井が霞みゆく視界の中に映った。え、なにもう夢が醒めたの、いいところだったのにぃ!? と戯けたことを思っていられたのは後頭部に鈍痛が走るまでの事だった。

 

 

景色は変わらない。天井だ。しかし映っているのは見慣れない天井で断じて僕がいつも起床時に見ている天井ではなかった。

 

 

どゆことなの、と状況を探るに座っていたソファから蹴り落とされたようだと理解した。夢じゃないじゃん、現状認識を改めて虚脱する僕に小猫ちゃんの涼やかな声がかかった。

 

 

「ダウト、です。レオ君、これではっきりしました」

 

 

はっきりしたって、え、なに。ハニートラップか何かですか。いやでもあれはあからさまに迫ってきた小猫ちゃんが悪いんじゃないですかねぇ、と言い訳を考えながら口を開こうとした僕を差し置いて続いた小猫ちゃんの言葉に僕は首をかしげることとなった。

 

 

「部長……レオ君がおかしいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとよくわからないのだけれど。どういうことなの、小猫」

 

 

首をかしげる僕に小猫ちゃんは無情にも冷たい視線を投げかけるだけで取り合おうともしない。そのまま事態がよくわかっていない僕や部長以下眷属一同に向き直り、小猫ちゃんは口火を切った。

 

 

「……そもそも、おかしかったんです」

 

 

「? 何がかしら」

 

 

「……ここにいるときのレオ君……そして私と同じクラスで授業を受けるレオ君……あんまりにも受ける印象が違いすぎます」

 

 

その言葉に首をかしげるリアス部長。それもそうだ、僕が普段授業を受けている姿なんて同学年でもない他の眷属が知るはずもない。彼女らの僕への印象はあくまでこのオカルト研究部での一幕に限るものなのだ。

 

 

「私たちにはよくわからないのだけれど…………」

 

 

「…………皆さんは、レオ君のことどんな感じで捉えていますか?」

 

 

小猫ちゃんが順繰りに眷属を見回すと、視線を当てられた順番通りに眷属たちが答えていく。

 

 

「そうだね。ちょっと女の子が好きでスケベそうではあるけど、基本的にいい子だと思うよ」

 

 

「わたくしも同じですわ。可愛い弟のように思っています」

 

 

「芸が細かくて話も流暢だし、一緒にいて楽しい子だと思うわ。少しむっつりスケベっぽいけど、年相応でかわいいとも思う」

 

 

木場先輩、姫島先輩、リアス部長と僕に対する評価を聞かされる。僕ってスケベそうに見られてたんだ…………レオ君、ショック。

 

 

「私もそう、思います。あくまでオカルト研究部にいるときは、ですけど」

 

 

…………しかし、と僕は背筋に冷や汗を流す。僕にとってこの話の流れは非常に好ましくない。まだいくらでも言い訳がたつ段階にあるがそれにしたって今小猫ちゃんが突いている点は核心に近づきつつある。これは果たして偶然なのか。おかしいという曖昧な指摘が僕の判断を曇らせ、藪蛇を恐れ、口を挟むのをためらわせていた。

 

 

「……クラスにいるときのレオ君は違います。無口で……根暗で……教室では誰とも話さず休み時間になったら机に臥せっている……そんな感じです」

 

 

「へぇ、意外ね」

 

 

「いや、あのそれは、僕人見知りだし!! あんまり慣れない人とは話せないっていうか」

 

 

そのことがいずれ指摘されるのは目に見えていたから言い訳も用意していた。しかしその用意も焦りに任せて反射的に口について出たために台無しになった。これでは何かあると言っているようなものではないか。

 

 

落ち着け。あれがバレることはないだろうと確信しているけど後ろめたいことがあるせいがどうにも焦ってしまっている。

 

 

「…………それだけだったらそう思いますけど。でもレオ君、最初のホームルームの挨拶の時はもっとしゃべってましたよね」

 

 

「いや、それは」

 

 

「もっとも…………緊張しすぎて、なに言ってるのかまるでわからなかったですけど」

 

 

僕の黒歴史を的確に抉ってくる小猫ちゃん。レオ君のきゅうしょにあたった!

 

 

「それ以降も誰かに話しかけられても、テンパりすぎて意味が分からなかったですけど」

 

 

こうかはばつぐんだ!!

 

 

「…………ぅ」

 

 

「授業中もあてられたとき、すごいことになってましたよね」

 

 

…………くそ、何が狙いだ、こんちくしょう。さっさと要求を言え。ふーんだ、どうせこちとら幼少期からまともに人と接したことなんてないコミュ障ですよ。悪いかくそ。

 

 

「そういえば私たちと最初に顔合わせしたときもすごい緊張してましたわ」

 

 

かわいかったですわ、と慈愛の笑みを浮かべる姫島先輩。今この時ばかりはそれが止めとなっていることを自覚してくれませんか。

 

 

「……でもそれが始業式から二日後すっかりさっき言ったような無口で根暗なレオ君になってしまったんです」

 

 

心が折れたんだよ。クラスメイト相手にコミュニケーションをとることを諦めたんだよ。無様を晒すことが嫌になったんだよ。

 

 

「だ、だからそれは諦めたというか」

 

 

だからこの期に及んで口に出す言葉に震えが走るのは、もはや醜態の露見を恐れてのことではなかった。

 

 

「私も同じクラスになった手前、心配してました。だから話しかけもしましたけど、クラスにいるレオ君の反応は芳しくない。けれどもオカ研にいるときのレオ君はまるで人が変わった(、、、、、、)かのように話しかけてきます…………すごい違和感を感じてました」

 

 

身体がビクリと震えた。その反応を横目でしっかり捉えた小猫ちゃんは改めて僕と目をしっかり合わせてくる。真実を見極めるように。

 

 

「だけど…………それが何なのか今日やっとわかりました」

 

 

グレモリー眷属たちもどう反応していいのかわからないのか黙って後輩たちのやりとりを見守っている。

 

 

逸る気持ちを抑えて僕はなるべく動揺を見せないように努めた。大丈夫、ばれる要素はないはずだ、と。

 

 

「…………匂いです。教室にいるときのレオ君、今ここにいるレオ君。間違いのないように至近距離で嗅いでみましたけど、全っ然違います」

 

 

匂いだとッ……! 流石に動揺は隠しきれなかった。と自覚するぐらいには驚いてしまっていた。

 

 

盲点だった。

 

 

そういや小猫ちゃん、猫又なんだっけっか…………! 匂いには敏感なはずだ。もしかして他の眷属よりか壁を作られていたのは匂いを無意識下で嗅ぎ取っていたからなのか!?

 

 

「匂いが違うって…………それ」

 

 

小猫ちゃんの不審の理由がわかって、ようやくリアス部長も剣呑に眼を光らす。何かあると気づいたのだろう。それが愛する眷属の言葉ならなおさらにその真偽を確かめようとするに違いなく、僕の血の気がサッと引いた。

 

 

「レオ君…………授業終わって教室からここに来るまでの間なにしてるんですか。いっつも先にそそくさと出るくせに私よりここに着くの遅いですよね」

 

 

さっきとは違った形で迫られ、冷や汗が浮かび上がる。心臓がバクバクと鼓動を速めていく。

 

 

「昼休みに聞いたことの返事…………いえ、昼休みに何を聞いたのかそもそも知っていますか」

 

 

「…………く」

 

 

知るわけがなかった。小猫ちゃんの目がいっそう厳しく細められる。

 

 

「ねぇ、レオナルド、どういうことなの?」

 

 

「ぅ、ぁ、ぅう」

 

 

部長にも詰問の目を向けられ、喉がキュッと振り絞られ意味のない音が漏れた。部室の悪魔たちの視線が一点に僕に集まっていた。

 

 

「…………レオ君がまるで二人いるみたい…………」

 

 

「……………………」

 

 

そして小猫ちゃんの核心を突く言葉。進退ここに窮まれり。そんな状況に置かれた僕の口からついに出た言葉は。

 

 

「…………ぎゃ」

 

 

「?」

 

 

 

 

「ギャァァァァァァァァアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

身体を反転させて即座撤退!! 扉に向かって、遁走を始める……がそこに至る進路に金髪騎士がさりげなく身体を割り込ませてくるぅ!!

 

 

ならば窓は、と振り返ればそこには腕組みする小猫ちゃんが!!

 

 

「イ、 イヤァァァ!」

 

 

首をブンブン振り回してあたりを見回す僕に見えた救いの光!! 退避が無理なら陣形を整え籠城作戦!! 援軍を援軍を呼べ!!

 

 

僕は部室の隅に置かれていた段ボールに飛びついた。そして飛びつくなり頭から段ボールにこもる。僕は無敵だ、こうしていれば敵に見つからないんだ!! 世間からの冷たい目から逃れることができるんだ!!

 

 

ふるふると段ボールを震わせながら、僕は目を閉じ耳を塞ぐ。

 

 

ああ!! 飢えと渇きに苦しみ、獣の息に怯え、空気の冷たさに肌をかじかませ、泥に塗れて、夜闇に必死で目を瞑り、迫りくる明日に身をすくめる日々が再び!!

 

 

「…………どこかで見たことのある光景だわ」

 

 

「そうですわね…………」

 

 

「…………へたれ」

 

 

「は、はははは」

 

 

外の言葉なんて知らない!! 

 

 

僕は腕時計型電電虫にコールする。

 

 

「もしもし、とミサカは不機嫌ながらも受話器をとります」

 

 

「助けて!! ミサカエモン!!」

 

 

「…………何がどういうことなのかちゃんと説明してください、とミサカは要求します」

 

 

「魔獣に代わりに学校行かせて僕が学校行ってないのがバレた!!!」

 

 

「…………ああ、はい、それで? とミサカは端的に命令を聞きます」

 

 

「助けてぇ!! 外の奴らが僕を世間へと引きずりだそうとしてるんだ!!」

 

 

「さっきはあんなことをしておいて…………いえなんでもないです、すぐ行きます、とミサカは拙速を尊びます」

 

 

よしこれでオッケー!! あとは援軍を待つのみだ!! それまでは断固としてこの段ボールの牙城を守り切ってやる!!

 

 

「…………そういうことだったのね。つくづく魔獣創造って便利ね」

 

 

「歴代の魔獣創造はこんな使い方してなかったと思いますけど」

 

 

王と忠実な騎士との呆れたような会話なんか聞こえないやい!!

 

 

「部長、どうしましょうか?」

 

 

「…………引き剥がしましょうか」

 

 

「いえ、ここで力技に訴えると返って意固地になるかもしれないわ。ここは彼の魔獣が来るまで待ちましょう」

 

 

「流石部長。ひきこもりの扱いに慣れてますわ」

 

 

「…………やめてちょうだい、朱乃」

 

 

くっ、僕はひきこもりなんかじゃないやい!!

 



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リアス・グレモリーは一流のひきこもりカウンセラー

あけましておめでとうございます。今年も頑張っていきたいと思います。


「ひーん、キルキルちゃーん」

 

 

「ああ、マスターおいたわしや…………」

 

 

すがるように段ボールからかたつむりよろしく身を乗り出し縋る少年にさも悲劇的に慮り主を抱きすくめる忠実なメイド。

 

 

そんなどこぞの愁嘆場の一切を無視してぺこりと頭を下げる少女に場の中心はクローズアップされていた。

 

 

「どうも、はじめまして……でもないですが一応挨拶を、とミサカは苛立つ気持ちを抑えて自己紹介します」

 

 

それに向かい合っているのはこの部屋の主とその眷属一同。その目はどう見てもミサカの後ろですんすんと鳴いてメイドの胸の谷間にうずもれる少年に気を取られている様子ではあったが。それでも気もそぞろに挨拶を返した。

 

 

「そ、そうね。初めての顔合わせの時に一度…………そ、それにしても」

 

 

内心の疑問を抑えきれぬ様子で次に口から出る言葉はまさにその心中を察して余りあるものだった。

 

 

「…………いまだに信じられないわ。本当にあなたたちは魔獣なのよね」

 

 

「いかにも、とミサカは鼻を鳴らします」

 

 

初めての顔合わせの時も差して言葉を交わした仲ではないがゆえに、そういうことができる、と受け止めてはいても、このように流暢にしゃべる魔獣を前にしても信じられない気持ちの方が強かった。

 

 

まぁそれでも先の疑惑からは逃げられないのが世の定め、なのであるが。

 

 

「それで、マスターの不行状のことですが、とミサカは早々に話を切りだします」

 

 

その言葉にビクリと少年――――否、僕の身体が震えた。その震えを敏感に感じ取ったキルキルちゃんがかばうように僕を抱きしめる力を強める。おっぱいふがふが。

 

 

「ええ、学校に来ていない、という疑惑が持ち上がっているのだけれど」

 

 

視線が一点に集まりそれから逃れるように身をよじる。段ボールはなくなったけど、最後の砦キルキルちゃんが僕にはいる……っ。

 

 

「なんか、気が抜けちゃうわね…………」

 

 

今までの好青年ぶりはなんだったのか、と情けない背中に向けて部長は憂慮のため息を吐いた。やめて! 引きこもりはそういうのに過敏なんだよ!

 

 

「…………私はそうでもないですけど」

 

 

お前の性根など見透かしていたわ! と言わんばかりの小猫ちゃんのぼそっとしたつぶやき。さっきはあんなに色艶富んで僕に迫ってきてくれた(?)というのに。対応の落差に僕の心はさらに締め付けられる。ひぎぃ。

 

 

「お察しかと思いますが、マスターは魔獣を代替わりとして学校の授業には出席しておらず、このオカルト研究部と生徒会に顔を出すときのみ学校に来ていました、とミサカは単刀直入に報告します」

 

 

そしてついに日の目を浴びてしまった真実。わかってるさ、いくらミサカでも、ここまで赤裸々になってしまった醜態を糊塗するような理由づけはできないだろうということぐらい。ほかならぬ僕自身の失態によってそれは不可能となってしまったのだからわからないはずがない。

 

 

「それは……なぜかしら」

 

 

故に期待するのはここから先の言い訳コーナー。どう言い訳するのかは知らないけど、ミサカの言い訳なら誰のものより僕のためになるはず。というより隠れてこそこそサボってたことを問い詰めてくる部長の矢面に立ちたくないだけです、はい。

 

 

「何故と言われても、そもそも学校になんか行く必要があるんでしょうか、とミサカは疑義を提示します」

 

 

「どういうこと?」

 

 

「私たちはあなた方の不当な圧力によってこの学園に入り悪魔の保護下に置かれることになりました。そしてこの学園を過ごすに当たり、あなたたちと定期的な接触を持つことを義務付けられました。しかしマスターが学園で授業を受けなければいけない義務など一つもそこには含まれていません」

 

 

つらつらと言葉を続けていくミサカの姿には一つの淀みもない。おお、頼もしや頼もしや。

 

 

「…………へたれ」

 

 

しかしやはり、傍から見たら自分の創造した魔獣、というか同年代の女の子に庇われ、保護者に泣きついている構図になるのだから外聞も悪い。それでも小猫ちゃんの言葉は応えた。

 

 

それを敏感に察知したキルキルちゃんが俄かに殺気立つ。

 

 

「…………神滅具(ロンギヌス)は神をも滅ぼす神器(セイクリッド・ギア)。その中でも魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)は上位に位置します、とミサカは静かに宣言します」

 

 

その殺気に敏感に反応しようとした眷属たちを抑えるようにミサカは言う。

 

 

「仮に。マスターが神を滅ぼすことができるというのなら、それは常にマスターの傍にて侍るキルキルの手によるものでしょう。あなたたち程度が、欠片にでも敵うなどとは思わない方がいいですよ、とミサカは忠告しておきます」

 

 

その隙にキルキルちゃんの袖を僕が引くと静々とキルキルちゃんは殺気を引っ込めた。怖いからやめて。

 

 

「そんな力をあなたたちは欲した。だからマスターはここにいる。それ以上のあなたたちの勝手な都合に巻き込むのはやめてください、とミサカは丁寧に申し上げます」

 

 

おっかなびっくり警戒を緩める眷属たちにミサカは一礼することでそれ以上の面目を傷つけることなく相手の顔を立てた。

 

 

…………エクセレント。ぶっちゃけただサボりたいだけだったのだけれども、それをもっともらしく言ったミサカに賛辞の言葉を。流石我が家の頭脳。思い知ったか悪魔ども!

 

 

「…………かもしれないわ。だけどそうする義務とそうしない理由は別ではないかしら。義務はないし私たちが言えることではないのかもしれないけど、授業を受けないことの理由ぐらいは聞いておきたいわ」

 

 

部長は答えを返し、僕に視線を向ける。

 

 

理由だぁとぉ? コミュ障で授業がつまらないからです。魔獣創造の全盛期ですら五時間くらいしか働いていなかった僕が半日以上針のむしろで拘束される学校生活なんておくれるはずないだろ! 僕の事を舐めてるのか! 全くどの口が言うのか、自分で根回してこの学園に入ったとは思えないような厚顔無恥さで僕は憤る。

 

 

ミサカもちらりとこちらを見たのでもちろん首を横に振ってやった。言ってやれミサカ!

 

 

キルキルちゃんのおっぱいに頬を当てながらそんな念を送っていると、ピクリと片眉を上げたが、それでも部長の視線を遮るように僕の前に立ってくれた。ミサカ(おとこ)は背中で語るとはよく言ったものだ。

 

 

「学校のお勉強がこの先、生きていく上で何の役に立つのでしょう。端的に申して意義が見出せません。時間の無駄です」

 

 

「そんなことないわ。単純な勉学に限らず学校と言う場は学ぶべきことがたくさんあると思う」

 

 

流石冥界留学生。言うことが俺たち底辺とは違う。

 

 

「それは人間関係に然り、部活動に然り、勉学をするという環境に然り、よ。多くの人に囲まれ友誼を育み互い切磋琢磨する。立場は違うけど、それでも共に喜怒哀楽を共有した記憶は遠からぬ未来においてかけがえのない思い出になると思う。少なくともこの学園で二年間学んできた私はそう考えているわ」

 

 

「わたくしもその点については同意ですわ。わたくしも裏に身を置きながらも学生に姿をやつしこの学園で学んできた二年間は…………擬態以上のものが得られた、と思っています」

 

 

「……確かに学校に通うぐらいならその時間鍛錬に充てたほうがいい、そう考える気持ちは僕もわからなくない。それでも、それを押しても学園にいることはマイナスにはならないと思うよ」

 

 

顔はミサカの背に遮られて見えなかったけど明らかに言葉はこちらを向いていた。なんだこの引きこもりを説得するかのような言葉の包囲網は。これじゃまるで僕が引きこもりみたいじゃないか。

 

 

「けっ、流石にわざわざ冥界から留学してくるような優等生は言うことが違いますね」

 

 

そんな言葉に白けたように吐き捨てるのはミサカ。あれ、なんかダークサイド入っちゃいました? 全く持って同意だけど!

 

 

「人間関係? くだらない。大体パンピーどもとこの神をも殺せる魔獣創造が席を並べること自体がおかしいんですよ。仲良くなるなんてもってのほか。根本的に相容れないんです、闇の住人である僕らと光の住人である彼らは」

 

 

そうだよ仲良くなれるわけないんだよ、コミュニケーションとかとれるわけがないんだよ。

 

 

「裏にある事情を知らずのほほんと生きているような奴らと、勉強できて得意ぶっているようなたかが知れたような連中と、馴れあうなんて反吐が出ます」

 

 

そうだ貴様らに想像できるか。

 

 

飢えと渇きに苦しみ、獣の息に怯え、空気の冷たさに肌をかじかませ、泥に塗れて、夜闇に必死で目を瞑り、迫りくる明日に身をすくめる日々が! 

 

 

まったりと暇を持て余し趣味がてら畜産に励みお金を稼いでウハウハ、綺麗なメイドに身の回りの世話をさせてイチャイチャ、やりたいことは全部他人任せでダラダラ、至れり尽くせりの日々が!

 

 

価値観の乖離は著しく、双方に共有されるべき普遍的な経験を経ずして、口から出る言葉はことごとく共感を生まない。

 

 

元より馴れあうことが不可能なのだ。共通項を持たない僕は社会に溶け込めずに異端として弾き出される。

 

 

何が悪かったのか、強いて言えばそれは、

 

 

「全て社会が悪い」

 

 

そう僕は悪くないし、政治の犠牲者だし。断じて高校デビューに失敗した痛い野郎じゃないし。

 

 

「と、レオナルドは学校から帰ってくるなり泣きながら言います」

 

 

そうだ、よく言った! 流石ミサカ…………!?!?

 

 

「友達なんかいなくても困らないし、義務教育とか終わってるし、とレオナルドは泣きべそをかきます」

 

 

!?!?!?!?

 

 

「学校とか知らんし。お金には困らないし、修羅の世界で生きてる僕に不要だし、とレオナルドは、なに言ってんだこいつ的なことをのたまいます」

 

 

ちょ、ちょ、ちょっと待ってミサカさん? なんか三人称がおかしいんじゃないかなぁ。~~とミサカは○○する、の定型文が崩れているんですけど? 三人称変更しても通用しないそんな臨機応変な定型文じゃなかったと思うんだけどなぁ。

 

 

「翌朝、急にお腹が痛い、もう無理、学校休むとかレオナルドは棒読みで言います。さらに次の日の朝は別に聞いてもないのにミサカたちに学校の不必要性についてレオナルドは語りはじめます。さらに次の日の朝には――――」

 

 

「待って待って待て待て待てやこらぁああああああああ!」

 

 

「と、レオナルドはさもひらめいたと言わんばかりに自分に似た魔獣を創りはじめ……」

 

 

「レオナルドそんなこと言ってないし、ってレオナルドはレオナルドはパニック!!」

 

 

「要するに友達できなくて上手くいかなくて引きこもりになったわけですね、とミサカは冷静に分析します」

 

 

「ち、ちがうから! そんなくだらない理由じゃなく闇の住人である僕らは――――」

 

 

「ぼっち乙」

 

 

「――――――ッッ!」

 

 

声ならぬ声。ブルータスもかくやの裏切りに僕はミサカに踊りかかる。当然抵抗はない。背中に飛びかかった僕はそのままミサカを引きずり倒す。しかしこの期に及んで僕は女の子に暴力を振るうことを躊躇う。そうして振り下ろす先を見失った拳はおっぱいに向かう。

 

 

「あん、とミサあんっ」

 

 

「この、この、この!」

 

 

「…………誰かこの状況説明してくれないかしら」

 

 

Q.なぜおっぱいを揉もうと思ったのか。A.そこにおっぱいがあるからだ。

 

 

巧妙な誘い受けを見た、と後にレオナルドは語る。

 

 

 

 

 

「えっと、それで、友達ができなくてつまらなくて学校へ行くのをやめた、と。そういうことでいいのかしら」

 

 

口に出してみると実にくだらない理由である、と聞いている僕は思う。故にそれだけでおさまりがきかない。体裁とか演技とかあるわけがなく開き直っていた。

 

 

「学校とか無理ゲー。教師もクラスメイトも全部敵に見える」

 

 

キルキルちゃんの膝に腰掛けふんぞり返って始まるカウンセリング。とても引きこもりとは思えない風格を身に纏いながら、ポリポリとポテチを貪る、メイドインレオナルド。

 

 

ついに本性を現した魔獣創造。しかし、自分の知る引きこもりとはベクトルが違いすぎる堂に入った態度に流石の部長も鼻白んだ。やだ、この子なんでこんなに偉そうなの、と。ちょっとイラッときていた。

 

 

「クラスメイトはまだしも、教師も?」

 

 

そこにフォローに入るのは忠実な金髪イケメン騎士。イケメン滅びろ。

 

 

「そうさ。奴らなぜか知らないけどこっちにやたらと気を遣ってくる。英語の授業中、さも親切そうにここの英文読んでくれないかしら、と言う。はっ、よめねーわ糞BBA!」

 

 

うざい、満場一致、人当たりのいい騎士をしてこんな感想が浮かぶ。

 

 

「帰国子女かと思ったか、残念、文字も読めないレオナルド君でした!」

 

 

実際英語なんぞ読めるわけがなかった。教師は何を期待したの知らんけど。その必要に今まで駆られなかったのだから仕方ない。頭脳労働は専門外なのだ。日本語は読めるし、しゃべれる。実を言うと英語も話せはする。五歳までは今の人格ではなかったのだ。幼少のころの、生まれの母国語の知識は前世を思い出してからも身体に染みついていた。しかし母国語が読めずして、日本語が読めるというのはおかしい。こんなときでも保身を忘れないレオナルド君だった。

 

 

「そう…………文字を読めないというのは確かに問題ね」

 

 

「文字だけじゃない! 数学なんぞ四則演算がやっとだし、過去にとらわれない人だから歴史とかまるで興味ないし、理科系の教科なんて意味わからない! この状態で勉学のなにを学べというのか!! 小学校からやり直させろ!」

 

 

そもそもとしてこの学校偏差値が高すぎる。知ってるか、この駒王学園ってこの辺じゃ有名校として知れ渡っているんだぜ? 無理だよ、余計に無理だよ、無理な要素しかないよ。十数年勉学のべの時にも触れなかった男がいきなり高校生は無理だよ。全部忘れたわ。

 

 

「それは……こちらにも不備があったわ」

 

 

情けなさ全開である僕の告白に部長一同つっこみづらそうに目を伏せる。そういや僕ここじゃかわいそうな子設定なんだっけ。あれか森で一人人間に似せた魔獣とおままごとして寂しさ紛らわせていた少年だっけ。

 

 

教育も満足に受けられなかった少年。彼女らが抱いた印象はそんな感じか。まぁそれなら突っ込みづらくて当然のような気がする。

 

 

「まぁ、そういうことだよ…………そういうことだから学校行かなかったんだよ」

 

 

どういうことなのか全くわからないけどとりあえず勢いで誤魔化す。僕としてはひきこもり、コミュ障気質が災いして学校に行かなくなりました、という理由よりもある程度体面が立つので都合がよかった。

 

 

「だからあれかな、当面は自宅学習と言うことで…………」

 

 

「いいえ、それはいけないわ」

 

 

話を公然と学校がサボれる方向に落ち着け終わりにしようと、安堵していたところに入る否定。見れば、リアス・グレモリーの目は燃えていた。な、なにごと?

 

 

「確かにあなたの事情を鑑みずに学校生活を押し付けそこに何のフォローも入れなかったのは明らかにこちら不備です。そこは頭を下げて謝りたいと思う」

 

 

「は、はぁ…………」

 

 

「けれどどんな形であれ、あなたは今まで知らなかった外の世界にいるのよ。今まではその身に余る力のせいで怯えて外に出れなかったのかもしれない。けれど今は違う。あなたは今まで知らなかったことを今までの人生を取り戻す分だけ知るべきなの。貴方にはその権利がある。権利を保障する私たちがいる。怖いのはわかるわ。でも何事に対して否定から入ってはダメよ。それじゃ、あなたが……あんまりに報われない」

 

 

「いやいいです」

 

 

報われるも何もまず面倒くさいから学校行きたくないわけで。

 

 

「私たちにはあなたがそれらを否定する心を解きほぐす義務がある。ある意味で。私たちのせいであなたはそれらの価値の本当の意味を知れずにいるのだから」

 

 

…………ねえよ! 義務とかねえよ!!

 

 

「それを知る機会を得た上でなお否定するというのなら……私たちも納得する。だから……もう一度今度は私たちと一緒にこの駒王学園で学んでみない?」

 

 

間違った方向で熱意を傾ける部長に目を白黒させる僕。そもそももの悲しい境遇を否定しなかったのは、単純に僕の面目が立つからであってそれ以外の何物でもない。部長の思惑も空振りもいいところだ。

 

 

しかしここで否定するということは、単純に僕の怠惰を露見させるだけである。本性現したことで駄々下がりになっている好感度を稼ぐにはこの手を取っておくべきじゃないだろうか。

 

 

「もちろん今度は生徒会と合わせてフォローをするわ。本当であれば学校もあなたに合わせたほうがいいのかもしれないけど…………それはできないから。できないなりのフォローは行う。同じクラスの小猫にも言うし、勉強に関しても一から私たちが教えるわ。それでも…………まだ不安かしら」

 

 

ここまで手を尽くされると、断る口実が見つけにくい。学校に行かなきゃならんのか……魔獣ではダメなんか。ダメなんだろう、逃げ道は塞がれている。多くの人と触れ合えなど、拷問にも等しいが、だましているという負い目もあってうまく言葉が出てこなかった。

 

 

学校になんぞ行きたくないけど、ちくしょう。僕は部長の提案にうなずくしかなかった。

 

 

一方で僕は知る由などなかったが、リアス・グレモリーにも必死になる理由があった。

 

 

それは僧侶の眷属ギャスパー・ヴラディにも関係していることである。今現在ギャスパーはどうしようもない事情によって引きこもりとなっている。こちらに対してはしょうがないと体裁を取り繕うだけの理由がある。

 

 

しかし魔獣創造の僕にはその理由が薄かった。努力で何とかなる範囲と言ってはそうだし、事が明るみに出れば、ともすれば魔獣創造と接しているこちらの怠惰ともとられかねない。そうなれば名目上とは言え魔獣創造の保護監督を仰せつかっている身の名折れである。

 

 

しかもリアスには前科がある。自らの力量不足を理由としたひきこもり眷属を持つという曰くが。関係ない何かと何かをやたらと恣意的に結びつけて噂をし愉しむのが冥界の社交界での醜聞というものだ。リアスのお膝元で社交界の目を集めるような引きこもりの人物が二人も出てしまえば、あることないこと面白おかしく語られ、社交界で騒がれるに違いなかった。その二人が見目麗しい人物であるからになおさらに。

 

 

名誉と矜持を重んじる悪魔としてはとんでもない屈辱である。

 

 

リアスにはその内容まで見えてくるようだった。

 

 

男をダメにする魔性の女リアス。男滅殺姫リアス。ダメンズ好きの爛れた尻軽。

 

 

…………娯楽の少ない冥界ではあっという間に広がってしまうだろう醜聞は見過ごせるものではなかった。情愛のグレモリーの沽券に関わる。

 

 

故にこそ魔獣創造を引きこもりにするわけにはいかない。単なる善心とは別に強固な理由を得ているグレモリーの苛烈さは翌日如何なく発揮されることとなった。

 

 

そして同時に大した決意もなくその場しのぎでうなずいたレオナルドの怠惰さも如何なく発揮されることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校に行く? ああ無理無理、なんかあれ、眠いしお腹痛いし、うんそうだね明日から行くよ、明日から本気だす。だから今日はほら準備期間的なリハビリ的な、そんな感じで。うん伝えといてよろしくおやすみ布団ぬくぬく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数多の魔獣たちが跳梁跋扈する伏魔殿。常人であれば入った瞬間に立ち去るであろう、それとわかる瘴気の立ちこめた魔城を駆ける一筋の白い影。細長く伸びる先は暗として知れず、ただ闇雲彷徨いながらも影に一対浮かぶ琥珀色の光は確固たる意志にあふれていた。

 

 

侵入者を察知し次々襲い来る魔獣たちもその足を止めるには至らない。捌く手並みすら見えない攻撃の手が隔絶した実力差を如実していた。

 

 

手当たり次第とばかりに伏魔殿の箱を改めていく白い影。そうして行き着いた一つの部屋の扉を開け放つとそこには布団に丸まる一人の少年の姿があった。

 

 

キッと目元を吊り上げ、足元をパンと音を立てて蹴ると、次の瞬間には空中に躍り掛かる白い影が。速度を緩めることなく落下し着地するその先には幸せそうに眠る少年がいた。

 

 

そして着弾の瞬間。けたたましく上がる悲鳴は銃声か。容赦なく振り下ろされた一撃は少年の鳩尾にクリーンヒットしていた。

 

 

「…………初日からサボるってどういうことですか」

 

 

跨ったまま睥睨する眼差しはきつい。声音も煩わされた苛立ちからかいつになくドスが利いていた。

 

 

しかし少年は、うぁ、う、と呻くだけでろくに返答しようともしない。最初は寛仁であった少女もやがて様子がおかしいことに気が付き、布団を剥ぐ。

 

 

そこには最近オカルト研究部の部室で見かけるようになった少年がいた。しかし、と鼻を近づけ、ピクピクと小鼻を鳴らすと途端に眉根を跳ね上げた。

 

 

もう一度確認するように、ソムリエのようににおいを吟味する。

 

 

「…………ッ、これはッッ」

 

 

微細な違いではあった。しかし、眼前のソムリエをしてごまかせるようなものではなかった。騙されたっ、と忸怩たる思いに足を止めるのも束の間。恫喝まがいに胸倉掴んで主の場所を聞き出そうとするも、忠実な魔獣は少女の望む答えを教えてはくれない。

 

 

それがわかると、その魔獣から手を放し苛立ち紛れにお腹に風穴開けて部屋を出る。

 

 

元よりこのようなことがあるかもしれないから、と派遣されたのが自分だ。昨日の殊勝な態度に騙されなかった主はすごいと思う。

 

 

事実三日坊主もいいところ、初日をして心が折れなおかつダミーまで用意しておくという周到さ。前から胡散臭い印象しかなかった引きこもりに対する好感度はもはや急転落下していた。ひきこもりの性根ここに見たれり、である。

 

 

これを矯正するのは大変そうだ、と小さな猫又はため息をつき匂いを辿りはじめる。

 

 

せめて手間を省くべく見つけたら一発ぶん殴ってやろうと考えながら。

 

 

ひきこもりは家から出られないからひきこもりと呼ぶ。どっちにせよ少年は袋小路に追い詰められていた。発見されること間もなく五分前のことである。

 

 

しかし悲しむべくかな。この猫又の危惧は現実のものとなり、間もなくこの光景は日常のものとなる。

 

 

日に日に巧妙さを増していく伏魔殿のトラップと多くなっていく魔獣の数にため息つきながらいつしか、悲鳴を上げて引きずり出される少年とどことなく嬉々としながら引きずり回す少女の姿が駒王学園の登校風景として馴染むようになっていった。

 

 

後の駒王学園名物、パジャマ少年市中引きずり回し刑である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故止めなかったのですか、とミサカは首をかしげます」

 

 

「忠義の形は人それぞれだ。それを容易く否定するほど私は己を絶対視していない。それに…………」

 

 

「それに?」

 

 

「文字も読めないマスターは流石にどうかと、他の魔獣から声が上がって……」

 

 

「…………ああ」

 

 

主に忠実な魔獣たちの思惑は常に主を想っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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戦闘校舎の変態フェニックス
処女よこせ!


二話連続投稿。

新章突入。いよいよ本格的に原作介入ということで、上手く書けているかどうか……


この新章の成分

・シリアス3ギャグ7で基本おふざけ回。
・人妻グレイフィアさんぺろぺろ ※魅力がわからない人はハイスクールD×D NEWのグレイフィアさんのアイキャッチ参照。グレイフィア アイキャッチで検索して画像のところ見ればたぶんあるから。破壊力半端ない
・原作キャラを魅力的に書きたい(願望)





「太陽って何故毎日のぼるんだろう……」

 

 

アラームが鳴り響き僕は一人たそがれる。鳴ったアラームは屋敷に侵入者が現れた証、いわば警報装置のようなものだ。無駄な抵抗と思っていてもやめられない、というより最近ではこの布団防衛戦が楽しくなってきているくらいである。

 

 

罠を設置し魔獣を配置し迫りくる敵を倒せ! 的な。日々エスカレートしていくせいか現在僕の屋敷は人外魔境のダンジョンと名指されてもおかしくないようなものになっている。ついこの間、珍しく朝がやってきても侵入してこない小猫ちゃんの代わりに来た木場先輩とか開始三秒トラバサミにかかって大けがしていた…………もちろん証拠隠滅に抜かりはない。きちんと傷跡残さず治療させた。が、何故か翌朝から小猫ちゃんと一緒にパーティを組んで僕の屋敷を攻略しにかかっていた。もちろんそれを見て嫉妬に狂った僕がダンジョンの難易度はルナティックにしたことは言うまでもない。その日学校に行かなかったことも言うまでもない。そうしたら翌日は何故かリアス部長も含めたグレモリー眷属パーティでダンジョンを攻略しにかかり、とどめとばかりに僕がしこたまボコされたことも……うん。

 

 

僕はあれかなんかのボスなんだろうか。その事件以来何故か時たまグレモリー眷属が総出で僕の屋敷に襲い掛かってくるようになった。なんでも実戦経験が手軽に積めるのだとか。

 

 

こうして僕の屋敷はレべリング用の絶好の狩場として悪魔どもから付け狙われるようになったのだった、まる。…………本気で勘弁してほしいんですが。

 

 

とは言っても流石に朝は小猫ちゃんオンリーにしてもらうように交渉したし(僕のダミーを置きまくって小猫ちゃん以外見分けがつかないようにしただけ)、最後に僕をボコるのも最初の件以来なくなっていた。代わりにお茶とお菓子を提供している。

 

 

まぁ、楽しくないわけじゃないからいいんだけどさ、今日に限ってはダルい。そもそも最近じゃ勉強も忙しいし。アルファベットとかわからんわ。

 

 

アラームと同時に映ったテレビを見てみれば、いつも通り攻略をする小猫ちゃんの姿が。いつもならここで観戦しながら適宜テコ入れするけど、今日は…………いいかね。めんどくさい。大体小猫ちゃんが来るのはちょっと早すぎる。もう少しゆっくりしたって十分学校には間に合うだろうにさぁ。そもそも今何時…………

 

 

「三時…………だと」

 

 

太陽とか昇ってないじゃん!! 深夜だよ深夜!! ダルイはずだわ!! ほぼ寝てないもの!!!

 

 

「悪魔だからってこれはない。お前ら悪魔が夜に活発に動くからってそれはない。僕は人間だぞ、このやろう!!」

 

 

そうこう吠えていている間にもけたたましい足音はこちらに近づいてくる。最初に見逃したのがいけなかった。もう迎撃の時間はほとんどない。せめてこんな夜中に侵入してきた理由を問いただすぐらいの自由はあるんだろうな、と青筋立てて待ち構えている鼻先で扉が思い切りよく開け放たれた。

 

 

覗いたのはいつになく不機嫌そうな小猫ちゃん。不機嫌なのは叩き起こされたこっちじゃボケェ。今何時だと思っていやがりますか、こんちくしょう。

 

 

そう口を開こうとした矢先有無を言わさず、突っ込んでくる小猫ちゃんはそのまま僕を組み伏せた。どこの暴君だよ、でもちょっと興奮しちゃってる自分が悔しい。

 

 

「…………何事?」

 

 

しかし流石の僕も時を選ばず発情して発言を間違えるほど愚かではない。口調はいたって冷静だった。それもそのはず、許可なく深夜に特攻しかけてくる無礼者をそのまま押し通すほど我が家の侍従は甘くないのだ。我が家の最高戦力は下手な真似をしようものなら即座に小猫ちゃんの首を斬りおとせるよう、手ぐすね引いて部屋の外で待機している。この刃を研ぐような殺気を小猫ちゃんは感じていないのかね。まぁ感じていたら平静を保てるわけもなしに。元々僕以外の前では感情の機微が薄いキルキルちゃんのそれは一般の殺気とはずいぶん異なるものなのかもしれなかった。

 

 

そんな水面下の均衡を察せずして小猫ちゃんは不機嫌そうに口をへの字に曲げる。そうしてボソッとつぶやかれた一言に僕は首をかしげることになる。

 

 

「…………なんでこんな人に」

 

 

その意味を問いただすことはついぞ叶わなかった。それを聞き分けた瞬間、小猫ちゃんの身体が光に包まれたからだ。

 

 

そうして代わりに残ったのは光の残滓と、

 

 

「ぐぇえ!」

 

 

小猫ちゃんと比べて随分と重量を増した人――――紅髪の淑女、リアス・グレモリーその人だった。

 

 

キャスリング、と遅れて深まる理解に戸惑いを隠せぬまま、圧し掛かってくるリアス部長を見つめている、出し抜けに部長はこんなこと言い出した。

 

 

「突然で悪いのだけれど、レオナルド」

 

 

私の処女もらってくれないかしら。

 

 

いつかどこかで見た光景を彷彿とさせる一言。そんな言葉を聞いて僕が発したのは、

 

 

「はい、よろこんでぇ!!」

 

 

ひどく情欲に塗れたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこを、どいていただけませんか」

 

 

俄かに殺気立ち、険悪に染まる言葉を聞いても相対する侍従の態度には柳に風。無機質な人形を思わせるような表情で相手を見つめる瞳はまるでガラス玉のようだった。視線はむけていても、価値は認めず相手を透かして見ているかのように侍従は興味を抱いていない。

 

 

「このような夜分に客を招く習慣は私たちにはない。礼儀を知るのなら翌朝に改めるのがよろしかろう。そのときは賓客としてもてなそう」

 

 

対称的なのは、それを際立たせるかのごとく歯噛みする銀髪のメイド。その美貌に似つかわしくない感情の名は焦慮だ。何かを案じてその表情を歪ませている。それが自らの手から離れていくことを恐れている。そして目の前の人物の態度は銀髪のメイドの望みとは程遠いものであった。

 

 

「あなた方は私たち悪魔に保護されている方々です。そうそう手出しはするわけにいきません。しかし…………何事にも例外はあります」

 

 

「ふん、何を言っておられるのか、さっぱりだ」

 

 

「…………分不相応に。太古より連綿と血を引き汲みし貴き悪魔の一つの家の趨勢に手出ししようというのであれば、容赦する理由はありません。どちらが上で、どちらが下か。弁えさせなければならなくなるでしょう」

 

 

慎重に言葉は選んでいるものの、銀髪のメイドの立場からすれば随分と踏み込んだものだった。譲歩はない、言外に匂わすニュアンスは剣呑だ。それを受けて主に忠実な侍従はようやく重い腰を持ち上げる。眉を跳ね上げ、わずかに下がる。

 

 

「この家を任される身として、その発言は不快だ。私にも、侍従として無礼を働くものには礼儀を弁えさせなければならない義務がある」

 

 

もはや事態は一触即発だった。お互いに落としどころもなく譲らない。

 

 

バチン、と銀髪のメイドの足元で光が弾けた。

 

 

顰め面で視線を落とすメイドの先に散っていたのは転移の魔方陣の残滓だった。躊躇っていたのは、人の屋敷に侵入する無法に気を咎めてのことではない。感覚的に、ここには直接転移することはできない、と悟ってのことだった。

 

 

とはいえ信じきれなかったのも事実。転移阻害の設備は重要な施設などに使われていることが多いだけにコストが高い。そんなものがこの人間界の片田舎の屋敷に用意されているとはにわかには信じがたかったのである。

 

 

最後の試みとばかりに試してはみたが、結果は御覧の有様。

 

 

故に、

 

 

「…………無礼者め」

 

 

両者の衝突は必至。奇しくも魔方陣が弾け飛んだ音は、開戦の号砲となった。

 

 

飛びすがる影は月夜に煌めく銀髪の光沢を纏って空中を駆る。先手の力は紛うことなく全力全開だった。可能な限り傷つけず穏便に済ませたい意思は変わらず。そのためには隔絶した実力差をもって相手を圧倒しなければならない。そうするために引き出したスピードが結果として最強の女王である彼女の全力であったことは、文字通り相対する侍従の力量を物語っていた。

 

 

刹那の隙に走る空気の悲鳴。それをしてもなお侍従の表情が変わらぬのは、認識できない壁があるからだと。そう信じて疑わなかった彼女の首筋に瞬間、悪寒が走った。

 

 

――――その一瞬で何かを思考したわけではない。ただ気が付けば体が動くままに彼女は回避行動をとっていた。

 

 

…………こういった本能をちくりと差す虫の知らせが大戦時いったい彼女を何度救ってきたことか。久しく訪れなかった感覚に遅れた反応の代償が彼女の首筋に伝ってきていた。

 

 

零れ落ちる一筋の血に人差し指を当て拭いさる。ぬるま湯に浸かってきた彼女の体温が熱を帯びた血潮に乗って一気に上気していた。

 

 

思わず、獰猛な笑みが零れるのが止められない。かつて名指された銀髪の殲滅女王(クイーン・オブ・ディバウア)の血が疼きそうになるのを鉄の理性を持って抑えた。

 

 

それでも余った熱を何故、自分が攻撃を食らったのか、の分析に回す思考に振り分ける。張り巡らされた常時発動型の結界に、纏った魔力。破壊された兆候はない。こうして回避した今でさえどうして攻撃を食らったのかわからない。

 

 

困惑が頭を占める中、ふと目についた一つの亀裂。いや亀裂と言うには烏滸がましい。それは微細な切れ目であった。寸断狂わず極細の糸ほどの細さと密度で防御結界に歪を生み出しているそれ。術式の破綻すら気が付かせない精度で穿たれた楔から頭の中で線を描けばそのまま首筋の傷にまで繋がり到達している。

 

 

それに気が付いたとき肌が粟立つのを自覚した。これを成し遂げるのにどれだけ繊細かつ大胆な技術を必要としたことか。感嘆の念を覚えると同時に相手にその気さえあれば、この首を叩き斬られていたのではないかという錯覚にとらわれる。

 

 

慢心していい相手ではない。仮にもこれはあの神滅具・魔獣創造が生涯をかけて生み出した最高傑作なのだ。神ならぬ自分が発展途上の相手と侮っていいわけがなかった。

 

 

眉一つ動かさず、未だ興味の欠片も見せない相手を射睨む。そして静かに息をついた。

 

 

……あの子も自分の状況は分かっているはずだ。だからこそここに来た。そして彼女が事を急いていた場合、今から自分がここを突破してその現場にたどり着くまでにその阻止が為るかと言えば…………首を振らざるを得なかった。

 

 

少なくとも一朝一夕で倒せるような相手ではない。

 

 

そして自分はグレモリー家のメイドでもあるが、同時に魔王の一角をなすルシファーの右腕、女王の眷属でもあるのだ。

 

 

これ以上、グレモリー家のメイドとしての立場に拘泥するには、少々以上に分が悪かった。

 

 

故に彼女が思うのは、願わくば彼女が名のある家の次期当主として賢明な判断をすることを期待するしかなかった。

 

 

これ以上、彼女にできることはない。いや、むしろ。

 

 

「………………はぁ」

 

 

目の前の人物との関係修復の方に彼女の力点は置かれることになりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「諦めたの、かしら」

 

 

テレビで玄関前の映像を映し出し観戦を決め込んだリアス部長が悩ましげに首をかしげながら呟く。音声は伝わってこないので、詳細を知る由がないが、時間にして数秒の攻防を終えて二人は言語コミュニケーションに入ったようだった。

 

 

まぁもしかしたら決裂して再び刃を交わすことになるのかもしれないけど。とりあえずキルキルちゃんには屋敷に入れるな、と言ってあるので、後はそれを達成する手段が温厚なものであることを願うばかりだ。

 

 

しかし、そんなことよりも大事な問題が今僕の目の前に転がっている。

 

 

「処女まだー?」

 

 

ベッドの上でパンパン、モモを叩きながら催促すると部長が呆れたようにため息をついた。

 

 

「何を言っているのレオナルド。ついさっき食べたばっかりじゃない」

 

 

「なん……だと?」

 

 

「いやねぇ、レオナルドったらボケちゃったのかしら」

 

 

おほほ、とか笑いながら視線を逸らす部長。

 

 

まさか。まさか、世界の意思により描写がカットされたのか…………? 物語(人生)上もっとも大事な部分、ここぞ、って部分で描写が切れていたのはまさかそういうことなのか……っ!

 

 

「んなわけあるか!! そんなんで騙されるか!!!」

 

 

「…………まぁ、そうよね」

 

 

「処女をよこせ!! 処女をよこせ!!」

 

 

何のためにキルキルちゃんを出張らせてまでここに匿っていると思っているんだ!!

 

 

「…………そうね。そもそもどうしてこういうことになったのか、あなたには説明する義務があるわよね」

 

 

「御託はいい!! 処女を僕にあげろ!!」

 

 

「そう、あれは…………」

 

 

「処女!! 処女!! 処女!!」

 

 

「…………黙って聞きなさい」

 

 

「はいすんません」

 

 

 

 

 

話してくれたのは予想通りとも言うべきか、グレモリー家とフェニックス家との間に結ばれた婚約の話だった。相手はフェニックス家三男ライザー・フェニックス。原作と変わることのない展開である。原作に沿うならこの後イッセーに処女を捧げて婚約を破綻させようとするが、ここには赤龍帝はおらず、代わりの僕のところにその目論みを持ち込み、すんでのところで止めるはずのグレイフィアさんはキルキルちゃんによって足止めを食らっている。

 

 

やっだー、結局のところ、リアスの処女膜突破まで待ったなしじゃないですかー。

 

 

「…………というわけで処女をもらったことにしておいてほしいの」

 

 

「…………もらった、こと?」

 

 

「ええ、グレイフィアには今ここで何が起きているのか確かめる術はない。ここは悪魔が保護している屋敷で如何な事情があろうとも、一家の一存で一家の女王が干渉していいような場所じゃない。悪魔界においてこの屋敷とあなたの存在はそこまで軽いものではないの」

 

 

「でもこんなことになってるけど?」

 

 

未だ火花は散っていないが、テレビの向こう、戦禍の後を生々しく残す現場で今も話し合いが続いている。

 

 

「それについては予想外だった、と謝るわ。ごめんなさい。でも私はどうしても今回の婚約の話を破談にしたかったの」

 

 

彼女もこのような方法は本意ではなかったのだろう。表情の端に悔しさが滲みでていた。いやまぁ確かにこっちとしてはいい迷惑だしね。

 

 

「それについては何がしかで報いたいと思っている。だから、お願いします。今日この夜あなたが私の処女をもらった、と。そういうことにしてくれないかしら」

 

 

そうしてゆっくりと頭を下げた。常に優雅さを漂わせ二大お姉さまなんて呼ばれている人とは思えないほど謙虚な姿がそこにはあった。

 

 

しかし、僕には納得いかないことがある。

 

 

「いや、うん…………そこだよ!!」

 

 

「……? 何が?」

 

 

「何がじゃないよ!? もうそこまで来たらいいじゃん!! もらったことじゃなくて、そのままもらってもらえばいいじゃん!! 報いたいとかいいから僕に処女をください!!」

 

 

現に原作のイッセーにはあげようとしてたじゃん! 原作の流れ的にはそれでオールクリアなはずでしょ!! 何を躊躇っている!?

 

 

「いえ、まぁ、その。流石にはじめては好きな人といいっていうか…………」

 

 

はぁ!? おめぇ、原作じゃ、ちょっといいかな、ぐらいに思っていたエロスケベイッセーに軽く処女をあげるような真正クソビッチがなんでそんなどこぞの純情乙女みたいなことぬかしてるんですか! あなたは痴女ですイグザグトリー!!

 

 

とは口に出しては言わないが、僕の表情に不満がありありとあらわれていた。

 

 

これはあれか、好感度的に一巻終了時のイッセーに負けているから、ということなのか。あのエロ馬鹿に負けてるのかよ。まぁやるときはやる男だし、そういう意味ではまだ僕に見せ場は来てないけどさ…………

 

 

「でも処女じゃないかどうかなんてアソコ見たらわかることじゃん……」

 

 

それでもあきらめきれず、縋るように言葉をつづけた。

 

 

「いや、グレイフィアも流石にそこまでは…………」

 

 

口を濁したのは確証が持てないからか、視線が頼りなさげに虚空を彷徨った。

 

 

「…………最悪自分で破るわ」

 

 

「奥さん奥さん、そんな処女膜を破りたいあなたに、ちょうどいい道具がここにありますよ。全長20センチメートル欧米仕込みのマグナムがここに」

 

 

「いえ、そういうの結構ですんで」

 

 

「そんなこと言わずにさぁ! さぁ! さぁ!!」

 

 

ごり押しに次ぐごり押し。抑えきれない性衝動に身を任せて僕の一物が唸る。その様まさに一流のセールスマン、そうやってぐいぐい商品を押し付けていると、その厚かましさに辟易したのか顧客の顔がゆがむ。

 

 

「……………………そこまでいうなら」

 

 

「ちょっと待てなに今のすごい顔。筆舌しがたいほどの葛藤が一瞬顔ですごいことになってたんだけど。ねぇ、なんなの? 僕の事そこまで嫌いなの? ちょっと、ちょっと! 人と話すときはちゃんと人の目見ようよ!!」

 

 

あんまりな対応にあれ、僕の立ち位置っていったい…………と不安が高鳴り、涙ぐんでみながらがくがくと部長の身体を揺すっていると、フッとこらえきれなくなったように部長は笑みを浮かべた。

 

 

「わかってるわよ、レオナルド。大丈夫、あなたがそうやって道化を演じて私の気を紛らわそうとしてくれていることはわかっているから……そういうあなたのこと私好きよ」

 

 

本心ですがなにか!?

 

 

「あとは、そう。あなたがもう少し真人間になってくれれれば、ね?」

 

 

意味深に言葉尻を匂わせ微笑む魔性の女リアス。こいつ道化を演じている僕が好きだってぇ? それ裏を返せばさっきまでのセックスアピールの激しい僕は嫌いって意味じゃないか。うまくあしらった上に自分の女としての価値を武器にして、あわよくば僕を真人間にまで導こうとするこの面の厚さ。

 

 

ここで僕が否定してしまえば、目先の利益を得ることは叶うかもしれないけど、長期的な視点で見たときの僕の好感度はどん底まで落ち込むだろう。

 

 

それはリアス部長だけに限らず、その眷属にまで累が及ぶことを意味している。

 

 

それは見過ごせない。それはだめだ。

 

 

……うまいこと話をまとめやがってからに。

 

 

処女を捧げず、なんの代償もなしに自分の利益である婚約の破談を達成してしまうこの手管。

 

 

こいつやはりビッチだ、とんでもねービッチだ。

 

 

しかしここらが潮時なのも事実。

 

 

原作主人公のような魅力があるとは思えない僕がハーレムを作り上げるために取った方針は長期持久戦だ。イッセーのように一年でどうにかなるとは思っていない。どのみちリアス部長たちは大学卒業まではこちらにいることがわかっているのだ。それだけ長い時間をかければ接する機会も増えるし、おのずと可能性は開けてくる。

 

 

そういう意味でリアス部長の発言は僕の急所を射ていた。長期的に見て関係を悪化させるような行動を僕はとれない。ましてや素の自分がそうそう異性に好かれるようなものでないことがわかっているからなおさらに。

 

 

僕はなんていうかそう、異性としてはとても、味わい深いものなのだ。素人さん、一見さんお断りの商品なのだ。長い期間僕と接する玄人さんでなければその妙味がわからない。そういうものだから、けれどもわかる人にわかってもらえればいいと引くほど集客意欲がないわけではないから。時にはその苦みを抑えるような砂糖も必要となるのだ。

 

 

要するに。分水嶺であるここが、僕の行動の限度であったのだ。

 

 

だから僕は掌返し、人当たりの良さそうな顔して微笑んだ。

 

 

「…………やっぱわかる人にわかっちゃうか~。僕の素晴らしさっていうの? いやいやあわよくば処女もらいたいな、とかそんなこと思ってませんよ。そんなことしたら何の利益もないのに面倒事押し付けてくるどこか下衆な人と同じじゃないですかーあはは」

 

 

その本心は言葉にすれば駄々漏れであったが。

 

 

「うふふふ、そうね。そんなこと本当に思っていたら、普段あれだけ善意でお世話になっておきながら自分の時は、さも知らん顔で利益を預かろうとするどこかの誰かさんみたいだものね」

 

 

「あははは」

 

 

「うふふふ」

 

 

「…………あはは」

 

 

「…………うふふ」

 

 

気づけば寒々とした空気が両者の間に流れていた。

 

 

が。

 

 

「…………やめましょう。不毛だわ」

 

 

「…………白々しいしね」

 

 

元々二人ともこういう交渉の真似事とか皮肉の応酬などは好いていなかったためかすぐに終局を迎えた。

 

 

「まぁあれでしょ。婚約破棄したいから、僕みたいに重要でありながら立場が不透明な人間と関係を持ったことにしてお茶を濁したい、って。要約するとそういうことでしょ」

 

 

「まぁそうね。けれど私もあるいは相手方のフェニックス家も、そういう醜聞で婚約が破談になった、なんてことが噂になったらひどく名誉が汚すことになるから。せいぜいそういう疑惑が出た、ぐらいに薄めて実際は別の事情があった、っていう風な落としどころになると思う」

 

 

「ふーん、まぁ実際のこととして扱われたらこっちも不利益を被りすぎるからごめんだけどね」

 

 

「それにあなたは魔王様方の肝いりで魔王の妹である私たちの下で保護、という扱いになっているから。下手に突けば藪から蛇が飛び出してきそうな醜聞がそうそう広まるとは思えないわ。それくらいあなたの話題と言うのはデリケートなのよ」

 

 

……そこまで勘定に入れているのなら問題はない、か。

 

 

魔獣創造である僕の話題がデリケートだというのはまぁわかる気がするな。上手くやれば赤龍帝に続いて二つ目の神滅具を悪魔が手に入れることができるのだ。期待も高まっているだろうけど、それに向かって期待される動きはいささか鈍く、保護先が魔王の妹の下というのも恣意的だ。魔王の職権を乱用して神滅具を関係者で独占するつもりか、という誹謗にもつながりかねない。しかしそれが現政権に対する批判にもなりかねないという危険もあるというのなら不満はあれど、軽挙に口を開くことは避けるはずだ。

 

 

実際この恣意的な均衡状態がどうやって成り立っているのかについては正直僕も詳細は知らなかったりする。セバスチャン任せだしな、そこらへんは。大雑把に僕がかわいそうな子で人間界からはなれたくないよーって言ったからってことになってた気がする。

 

 

「ま、僕も恋い焦がれる女性が目の前で掻っ攫われていくって状況は看過しがたいしね。協力するよ」

 

 

「あら、久々に聞いたわ、その気障なセリフ」

 

 

「……どこかの誰かさんが学校と言う地獄に閉じ込めたせいで、僕の持ち味はすっかり鳴りを潜めていたからね」

 

 

「…………まずあなたが真人間にならないことには何も始まらない気がするわ」

 

 

はぁ、とため息をつくリアス部長の張りつめていたものはいつの間にとけていたようだった。来た当初は、らしくもなく遮二無二協力を取り付けようとしていたくらいだったし。婚約破談の公算ができて気が緩んだのかもしれない。彼女なりに今回の婚約には考えるところがあったようだしね。まぁそれぐらいの協力でこうやってホッとさせてあげられるのであればがめつく利益をねだることもないか、とひとりごちた。

 

 

「ああ、けど全部終わったらおっぱいぐらいもませてね」

 

 

「……か、考えとくわ」

 

 

さっきより反応も悪くなかったし、大体のところ御の字に事がすみそうだった。

 

 

この後、さも事を済ませたかのようにリアス部長と玄関に赴いて、一緒にグレイフィアさんを説得した。婚約の破談に協力してくれるように、だ。

 

 

元々サーゼクス・ルシファーとも敵味方の陣営に拘らず大恋愛を成し遂げたような方だ。今回の本人の意思を伴わない婚約にもそこまで乗り気ではなかったようで。確約はもらえなかったが、ライザー・フェニックスとその父母にあるいはグレモリーの父母にその関係を匂わすことぐらいはしてくれるそうだ。

 

 

それで破談にはできないかもしれないが、二つの家の間に神滅具の存在を絡ませることで状況を混迷化させ、婚約を先延ばしするぐらいのことはできるだろう、と。

 

 

結果は満点とは言わないが、落としどころとしてはリアス部長も僕も納得できた。

 

 

時間を稼ぐことができた。次に婚約の話が来るときには、おそらく僕の立場も激変しているはず。もしすべてが上手く行けば、正攻法でリアス部長を勝ち取ることもできるだろう、と。その思いを胸に今のところはそれで合意した。

 

 

交渉が上手く言って、リアス部長が頬にキスして笑顔で帰って行って。

 

 

しかしそれでも一つ解せないことがあった。

 

 

そもそも長期持久戦を持ってハーレムをつくると決めた時点からこのライザーとのイベントは邪魔で仕方がなかった。だからレイナーレの一件と同様にこの展開が起こらないように手は打っていたはずなのだ。

 

 

にもかかわらず現在も変わらず原作の展開をなぞって脚本は進行している。

 

 

いったい、これはどういうことだ。

 

 

もしかすれば、まだ終わってないのかもしれない。

 

 

不吉な予感に顔をしかめながらも僕は今回の手筈で不始末を起こした奴へと連絡をとるべく電電虫に手をかけた。

 

 

原因の究明が終わるまでは、このお話は終わらないのかもわからなかった。

 

 






処女あげちゃうまでにいかなかったリアスさんに足りないもの

・切迫感
・好感度
・そもそもレオナルドが人間であること


この三点から処女あげるのを拒否りました。


この章は基本リアスの魅力について書ければなぁ、なんて思ってるけど難しい。キルキルちゃん天使! 以外に感想でキャラの可愛さについて触れられたことがない気がする…………拙作には原作キャラのヒロイン力が足りないようです。


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誰が掌の上か

※注意

二話連続で投稿しているので、最新話から来られた方は前の話にバックしてください。



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大事なことなので二回言った。


魔方陣から炎が巻き起こり、室内を熱気が埋め尽くす。内面から滲み出る自己顕示欲の塊みたいな演出。揺らぐ炎の中に浮びあがるシルエットが腕を振れば、巻き起こった旋風が炎を散らせていった。

 

 

露わになったのは、ワイルドと粗暴さを履き違えたようなスーツの着崩し方をした一人の青年だ。鬱陶しいぐらい斜に構えた面立ちが僕の苛立ちを助長させる。

 

 

そして何を思ったのか、首を振りながら、口を切るなりこんな戯言を述べてくれた。

 

 

「久々の人間界だが……やはりこの世界は炎と風が淀んでいる」

 

 

慨嘆するように額に手を当て、ふぅ、と気に障るような仕草とともに息を吐いた。

 

 

気にくわない、とは思っていたが既にこの時点でアウトだ。隣にいる部長の額にも青筋が浮かんでいるが、僕も似たようなものだろう。他人の家に勝手に上がりこんできて、いきなり文句をつけているようなものだ。礼儀を知らないにもほどがある。

 

 

「不快だ、不快だよリアス。ましてや、その用件がこんなにも下らないことであると余計にな!」

 

 

心底どうでもよさそうな目でこちらを見つめるその奥底に宿る光にわずかに険がこもる。どこかデジャブを感じさせるこれまでの光景と食い違うのは一点。リアスに対する興味の有無だった。

 

 

「何度も言ったことだけど、私はあなたと結婚するつもりはないわ」

 

 

不義理を働いていることに負い目があるのか、語調は弱かったが意思はきっぱりと自らの婚約者に突き付けた。

 

 

鼻で笑った。そんな些末事どうでもいいとばかりにリアス・グレモリーの婚約者――――ライザー・フェニックスは吐き捨てるように言う。

 

 

「俺はお前ほど奔放ではいられないんだよ、リアス。七十二柱の純血の悪魔としての義務と今まで育ててきてくれた家に対する義理を自覚しているからな。それから逃げるつもりは俺にはない」

 

 

聞き分けのない子供を諭すよりかむしろその神経を逆なでするような上から目線での発言は否応なく部長の顔に血をのぼらせた。

 

 

「私がそれから逃げているとでも言うのかしら。私は誇り高きグレモリー家の次期当主としての義務を放棄したつもりはないわ! ただその次期当主として、あなたはグレモリー家の婿にふさわしくない、と判断しているだけの話よ」

 

 

「おいおい、俺たちの婚約はお互いの家の現当主が決めたことだぞ。そこにふさわしいだのふさわしくないだのといった分別もつかない次期当主の勝手な判断が差しはさまれるわけがないだろうに」

 

 

あからさまに馬鹿にするような言葉だった。その内容よりも相手を侮辱する意思にグレモリー眷属が殺気だっている。自らの主を貶されているのだ。当然の反応だろうが、問題は論争の理が明らかに向こうにあることだ。部長は冷静さに欠いて効果的な反論ができていない。

 

 

「それにな。そういうのを家に対する義理に欠いている、不義理な行為だと言っているんじゃないか」

 

 

まぁそれを言い出したら、婚約を自らの都合で破棄させようとしていることこそ理のない幼さの発露だから、効果的な反論なんてできるわけがないのだけれど。

 

 

問題はリアス部長側よりむしろ冷静に反論できてしまっているライザー側にあるんだろうな。あっちの意見はあまりに大人で感情を交えなさすぎる。

 

 

現に僕が想定した展開とは大きく異なっていた。あのライザーのことだから最初に口に出すのは、リアス・グレモリーが婚約者に対して働いた不貞の事だろう、と思っていたのだが。どうにも上手くいかない。そのことで感情的にでもなってくれればやりようもあっただろうに、これでは鼻から勝負にもならない。

 

 

事実唇を噛みしめたまま、リアス部長は黙ってしまった。言葉を探しても見つからない。

 

 

さてさてどうしたものか、と儘ならない状況に眉を顰めたが、やはりというべきか。再び口火を切ったのはライザーだった。

 

 

「リアス。俺とて愛するものと伴になれない気持ちわからないでもないのだ。いやむしろ共感しよう。正直に言って俺も今回の結婚、悪魔として義務や義理を差し引いた一個人の意見としてはあまり乗り気ではない。むしろ結婚などしたくはない」

 

 

そして出てきた言葉は部長の目を丸くさせた。それはそうだ、自分に結婚を迫る相手が同じ口で結婚などしたくはない、と言う。戸惑うのも無理はなかった。

 

 

「そうだな。後に誤解があってもよろしくない。君にも関わりのあることだ。紹介しておこう」

 

 

気取った仕草で指を鳴らすとライザーの隣で一つの魔方陣が展開した。すると光が一つの影を象り姿を見せる。現れたその女性は嫣然と微笑み、その美貌を妖艶に輝かせた。

 

 

「紹介しようか。この女性は我が女王のルルイエだ」

 

 

肩を抱き、嬉しそうな笑みを浮かべるライザーは睦言を他人に聞かせるような調子で続けて言った。

 

 

そして私の愛する女性である、と。

 

 

こんなとんでもないプロポーズがあったものか。結婚を迫っておきながら結婚したくないと言い、その上違う女性を愛していると告げる。場の空気は完全にライザーが握っており、固まるその誰も彼もが呆気にとられていた。

 

 

「一つ断っておくがな、リアス」

 

 

愛おしげに自らの女王の髪を梳きながら横目片手間の対応でライザーは至って平坦淡白に言ってのける。

 

 

「俺は女としてのお前に一片の興味もない」

 

 

「…………ッ!」

 

 

「そしてお前も同様に男としての俺に一片の興味もない。そうだろう? それも当然だ。お互いに愛する異性がいるのだから、結婚に応、とうなずけるはずもない」

 

 

ちらりと、この場を取り持ったグレイフィアに視線を向ければ彼女は黙って目を伏せていた。よくもまぁ、彼女がいる前で嘯くものだ、と思ったが、どうにも事前に話は通しているらしかった。

 

 

「だがそれでも俺は愛する異性を結婚相手へとすることはできない。俺は彼女を愛する一人の男として以外にも責任を負っているからだ。フェニックス家の三男としての責任が」

 

 

決然と熱とこもった様子でライザーは語りかける。しかし、その目は決して婚約者に対するものではない冷めたものだった。

 

 

「だからだ。だから俺はフェニックス家の三男としての責任を果たしつつ、一人の男としての責任を全うするべくお前に提案しよう。夫婦になろう、結婚しよう。愛する異性をそれぞれ持つ者同士。仮面夫婦としてお互いの利害を成就させよう。それこそが俺とお前の結婚だ。社会的責任、男女として幸せ、理想的な夫婦生活に必要な二つを求めるために俺が出した答えだ」

 

 

ここまで明け透けなプロポーズ見たことがなかった。ある一面から見てしまうと、とても最低で。ある一面から見てみるととても打算に溢れていて。

 

 

しかし裏返して見ると、どこまでも愛に殉じたプロポーズだった。家族や隣に立つ女性への、あるいは目の前の女性が向ける誰かへの、愛を大事にしたものだった。

 

 

最大公約数的な意味ではライザーの出した答えは誰もがそこそこに納得できるものなのかもしれない。

 

 

しかし彼は気づいていない。

 

 

そんな提案を持ちかけた彼女が向けた愛が、結婚を避けるためだけのただの方便だったということに。

 

 

彼女は結婚相手から女性としての価値の全てを否定された。それでも結婚せよ、と彼が考えぬいた提案を前に真実の言葉を告げないのは、ただただ彼女の矜持が故に。この提案には真摯に向き合わなければいけない。それだけの価値を彼女も認めていたが、それを言葉にすれば、いかに自分が何事も考えず感情的にだけ反発していたかが、晒されてしまう。それはとても惨めなことだから。

 

 

リアス・グレモリーは恥を忍んで顔を真っ赤にして口を噤んだ。

 

 

彼は、ライザー・フェニックスは、彼女の愛が本当はどこにも存在しなかったことを知ったらどう思うだろうか。

 

 

嘲笑うのだろうか。

 

 

嘲笑うのだろうな、これほど滑稽なこともない。

 

 

あるいはその彼も。

 

 

彼の隣に立つ彼女の愛が実は自分に一片たりとて向けられていなかったことを知ったらどう思うのだろうか。

 

 

ましてやそれがある少年の目的のために創られた魔獣だ、なんてことを知った日には。

 

 

いったい僕はどう思うだろうか。

 

 

嘲笑うのだろうか。

 

 

嘲笑うのだろうな、これほど滑稽なこともない。

 

 

…………ああ、認めよう…………上手くいきすぎて逆に行き詰った。

 

 

「お二人が結婚するのは純血の悪魔の子供を作るためなのですが……」

 

 

「俺たちはまだ若い。どうしても目の前の異性しか考えられんのだ。だが同時に悪魔の生は長い。いつか心はなくとも身体だけの関係を許容できる日も来るのだ、と。そう信じて子供は待っていただけたらありがたい」

 

 

ライザーはいくらのデジャブの影も感じさせず殊勝な発言を繰り返す。その態度に思うところがあるのか、グレイフィアも反論することなく引き下がった。

 

 

二人の意思を無視して結ばれた婚約に最大限こたえようとしているライザーに敬意を払っているのかもしれないし、あるいはそこらへんが上手い落としどころだと割り切っているのかもわからなかった。

 

 

それでも。

 

 

「…………そんな結婚、私は認められないわ」

 

 

周りを取り巻く意見が至極現実味を帯びてきた今、反発的な感情でしか物を言えない彼女が口を開いたのは、本当に間違ったことなのか。

 

 

自分を見つめ直し、相手を見る目を変え、それでもなお現実を見る大人な言葉を語る口をリアス・グレモリーは持つことができなかったけれど。

 

 

発したい言葉があった。拙いけれど発さずにはいられない熱があったのだ。

 

 

「ライザー。確かにあなたの提案は私たち二人の両方の環境を尊重してくれたものなのかもしれないわ」

 

 

「…………けれど、と言いたそうだな」

 

 

「ええ、ライザー。けれど。あなたはこうも言ったはずよ。悪魔の生は長い、って。これから先の長い人生の一つの大事な選択肢を私は妥協したくない」

 

 

真っ直ぐと視線を交わしあう二人の間に火花が散る。決して双方の瞳は互いの視線を受け入れようとしなかった。

 

 

「この提案を前に仕方がないからと自分に言い聞かせて! 何もせずにいたら、私は遠からぬ未来に絶対に後悔するわ! だから――――」

 

 

受け入れられない、と正当性を味方につけず放った言葉は、拙かったけれども、心動かす純粋なものだった。

 

 

それを見てライザーは子供だなと思いつつ、心揺れた自身の感情を否定しようとはしなかった。愛する女性を伴侶に迎えられたらどれだけ幸福なことか。それがわかっているから。

 

 

「…………結婚に幻想を抱く歳でもないだろうに、全く」

 

 

だからライザーは半歩下がった。しかしそれは譲歩ではなく。

 

 

相手を叩き潰すための溜めの一歩に過ぎなかった。

 

 

「ならばいいだろう。リアス、俺は決めたぞ。俺はお前の眷属全てを燃やし尽くしてでも、お前を連れ帰る。他ならぬ俺のために、この俺の力で!! お前の幻想をぶち殺す!!」

 

 

身体に炎を纏い、不死の翼を広げるライザーに紅き滅び魔力のオーラで対抗するリアス。

 

 

臨戦態勢に入った両者を止める者は誰もいない。しかし熱気に染まった部室に冷や水を浴びせかけるように言葉を割り込ませた銀髪の侍従が一人。

 

 

「ライザー様」

 

 

その一言で場を支配する。

 

 

「…………チッ。残念ながら俺とお前は上級悪魔だ。今この場においては無粋極まりないが、闘いにもそれ相応の作法がある」

 

 

燃え広がった炎を自らの下へ収束させ、笑みをこぼすライザー。

 

 

パチンと指を鳴らすと、収束した炎が今度はライザーの背後に散り、幾つもの魔方陣を浮かび上がらせた。そして次の瞬間には総勢十五名からなる眷属が一堂に会していた。

 

 

「レーティングゲームだ。俺かお前か、どちらが自分の意見を通せるのか、古式ゆかしい悪魔の伝統に則って。力で決めようじゃないか……ッ!」

 

 

もはや流れは必然に傾いた。このゲームを受けないなどと言う選択肢はリアスにはないのだろう。当然だ、ここまでお膳立てされてなお否定するようなら、リアス・グレモリーの言葉は真実我が儘であるとしか捉えられない。

 

 

勢いもあったのかもしれないが、意気軒昂にリアス・グレモリーは気炎を吐いた。

 

 

「いいわ、受けて立つ!!」

 

 

その答えを受けて、グレイフィアが進み出る。

 

 

「…………承知いたしました。ご両人の意思、このグレイフィアが確認させていただきました。以後ご両家の立会人として、このゲームを取り仕切らせていただきます。よろしいですね?」

 

 

「ええ!」

 

 

「ああッ!」

 

 

ここに勝負は取り決められた。しかし、と載せられた二つの天秤、その秤を均等に見ることができる僕が言う。

 

 

「ちょっと待て」

 

 

部長の手を引き、わずらわしそうに非難の目を向けてくる視線を無視してわずかに下がらせた。その純粋な思いを大切にしたいからこそ。それゆえ至らない部分を僕に補わせてほしい。

 

 

これはいい展開ではあるが、都合のいい脚本では決してないのだから。

 

 

「部長の眷属は何人だ。お前の眷属は何人だ」

 

 

彼我戦力差は歴然だ。盛り上がってきたところ水を差すようで申し訳ないが、勝算のない戦いに挑ませるほど僕はこの状況を快く思っていないのだ。

 

 

部長の目は現実を突き付けても変わらない。それはその身の覚悟の為か、負けたとして全力を尽くした、という結果だけが残ればいい、と諦観しているからなのか。

 

 

いずれにせよ、リアス・グレモリーの敗北を認められない僕からしたらこの条件はもってのほかだ。

 

 

「だからなんだ? 眷属が揃ってないから待てとでも言うつもりか? ふん、下らん。時を待て準備不足だ、などと言う輩はな。いつだって、今わの際でだってそういう言い訳を吐くのだと相場が決まっている。人間風情が人間の尺度で口を挟むな」

 

 

「そうよ、レオナルド。私も自分が不利だからと言ってここで引く気はない」

 

 

「これはお前らの為にも言っているんだけどな」

 

 

辛抱強く隣からも前からも飛んでくる厳しい目を掻い潜って僕は不遜に笑う。

 

 

「だってそうだろ? これは単純な弱い者いじめの図式だ。数にして4対15。質にしても経験不足。勝てる確率など一分も存在しない」

 

 

「ッ!! レオナルド!!」

 

 

「黙ってろ!! リアス・グレモリー…………ッ! お前は僕の女だ!! 他人の女に勝手に手ぇ出されて、黙っていられる男がいるか!! 僕にも口を挟む権利がある!!」

 

 

勝手に都合を押し付けておいて、いざとなったら話も許さない。そんなバカな話があるかよ、ビッチ。今この場ではお前は僕の女で、僕はお前の男なのだ。

 

 

いつになく殺気立った僕の剣幕にリアスもたじろぐ。こんな様子今まで見せたことがなかったからな。クールな僕のイメージが台無しだ。けれどこっちも切羽詰まっている。譲れるかよ、ボケナスが。

 

 

「……いいな。そういうのは俺も好きだ。だがどうする? 俺は時を待たないぞ。今から眷属を揃える時間はない。レーティングゲームもやめない。この状況でお前は何を望む? 言ってみろよ、人間。お前の愛を見せてみろ、俺はそういうのに弱いぞ?」

 

 

「愛? 愛だと? そうだな、確かに僕はリアス・グレモリーを愛している。まだまだ未熟で、お前と比べたら粗が目立ってしまう王である彼女を。それ故に芽吹く彼女の純粋な想いを!! 決して通じ合っているとは言わないけど、それでも僕は彼女の全てを愛おしく想っている」

 

 

それは熱烈な告白だったのかもしれない。しかしそれはあるがまま心のままに言った結果だ。追い詰められたからこその無自覚な衝動だ。

 

 

脇目を振るつもりはなかった。口から出てくる怒りに言葉を任せて僕は拳を握りしめる。

 

 

「だからこそ、お前のそのやり方は許せない。未熟だ子供だ幻想だ、とつまらぬくだらぬ貴様の経験でさもわかった風に大口叩いて愛する彼女の愛おしい芽を摘み取ろうとするお前の行為を僕は認めるわけにはいかない」

 

 

どこかで見た物語の話だ。遠く絵空事じみていたそれに僕は恋い焦がれた。この世界で生きて今もどこかで息づいている彼女たちを想って積年を募らせた。

 

 

それは妄執じみたお話だ。だから実際彼女たちに会ったとき。僕は盲いていた瞼を開けたのだ。そうして、今まで見えてこなかった彼女たちの魅力が僕の目を惹きつけてやまなかったのだ。

 

 

だからこれから先。その魅力が羽ばたきを始めるその物語において。それを潰させるような真似は絶対にさせてはいけないのだ。

 

 

それが、この僕がこの世界に捧げる愛なのだ。

 

 

「フハハハハハハハッ!! いいないいぞ面白い俺好みだッ! それで? どうするのだ。その女の、愛おしい部分を守るためにお前は俺を相手にどう立ち回るのだ!!」

 

 

心底楽しそうに笑うライザーはおちょくるように水を向ける。

 

 

「お前がリアスの眷属になるというのなら、この戦いも少しは面白くなるというものだ!! クック、ハッハッハ!」

 

 

ふん。その選択肢もきっとあるには、あっただろうが。早合点しているライザーを見て僕は吐き捨てた。

 

 

「守るだと? 笑わせるな。僕がするのは不公平なまでに傾いた天秤を戻してやるだけだ。そうしてやれば、僕程度が守らずとも、彼女が自ずと自分の道を開く。僕はそう彼女を愛し信じているのだから」

 

 

それ以外は必要ない。どちらにせよ彼女の器ではきっと僕を悪魔に転生させることはできないだろうし。それに僕は。ライザーの言い方を借りるのであれば、異性を愛する男としての立場以外にも大きな責任を負っているのだから。

 

 

「…………ほう。それでは聞こうか。お前はお前が眷属にならずして、いったいどうやって、リアスを勝たせるつもりなのだ」

 

 

だからこそ僕が取りえる選択肢は一つで。これが必勝の道だった。

 

 

「僕を誰だと思ってやがる。僕は魔獣創造。その能力は魔獣を創ること。ならば話は簡単だ。リアスの余っている眷属の駒。それら全てに対応する魔獣を創りあげる。彼女が羽ばたく舞台を、彼女を愛するこの僕手ずから整えようじゃないか」

 

 

虚を突かれたのは誰もが同じだったに違いない。一番安直な、僕が眷属になるという選択肢の埒外から生まれた新たな選択肢は皆にとっての盲点であった。

 

 

そして牽制するように付け加えるのは、もちろんのこと。

 

 

「それら全ては使い捨ての魔獣だ。もしこの戦いの行方がどうなろうとも、戦いの後には処分する。彼女自身が見極めたものを眷属とすることが一番いいだろうから」

 

 

これで誰も文句はないはずだ。現状における最適解。レーティングゲームは至極公平なものになる。

 

 

「…………なるほどな。魔獣創造ならではの答えだ。それで納得するというのなら俺には全く異存がない」

 

 

「ふん、気づいているのか? ライザー」

 

 

「? 何がだ?」

 

 

訝しげに首をかしげるライザーの疑問はその場全員の疑問なのか。やれやれ、このレーティングゲームの本質に誰も気づいていないのか。

 

 

「眷属の駒にどれほどのスペックの魔獣を転生させられるかは、王の器による。王の器によってそれぞれの駒価値が決まるのだ。僕が魔獣を創るためにどう努力したところで、それに伴う器がなければどうしようもない」

 

 

「ッッ!」

 

 

「つまりだ。お前がこのレーティングゲームで向き合うのは、将来のリアスの王の姿にほかならないんだよ。王の器を満遍なく反映した魔獣の眷属たちと向き合うというのは、そういうことだ」

 

 

魔獣創造が創った魔獣だから、とかそういう言い訳はこのレーティングゲームにおいて無意味だ。

 

 

「ハハッ、ハハッ!! つまりこのレーティングゲームで競われるのは真実、俺の王の器とリアスの王の器に他ならないと、そういうことか!」

 

 

もちろん創る以上僕はその駒価値ギリギリまで満たした魔獣を創る。それだけ都合のいい眷属を探すこと自体も王の器だと言われてしまえばそこまで。リアスはズルをしていることにもなるが。こと当人たちにとってはそんなこと関係ない。何故なら王たる彼らは自らの眷属が、自分が従える最高の眷属だと信じているからだ。そんな言い訳当人たちがしようものならそれは眷属への裏切りになる。

 

 

もっともライザーが信頼する眷属のうち、もっとも重要な女王はすでにその信頼を裏切っているわけだが。

 

 

それは彼らの勝手な事情である。

 

 

「いいな人間、これは最高の舞台だ!! 愛をかけて!! 俺の!! リアスの!! 王の器が試されているッッ! これほど燃え滾る試合もない!!」

 

 

激しく燃える炎はライザーの収まりきらない感情の発露か。僕はそれを冷めた視線で見つめていた。

 

 

「人間、俺は潰すぞ。全身全霊でお前の愛するリアスを潰す! それこそが俺の愛に出した答えを肯定することに他ならないのだから」

 

 

「勝手に吠えてろ噛ませ犬。わきまえろよ、リアスの踏み台風情がいい試合をさせてもらえるなんて考えるな。分不相応にも程がある」

 

 

「ふっ、許そう。その嫉妬も心地がいい。せいぜい最高の試合をしようじゃないか」

 

 

余裕の笑みを浮かべるライザーに最後まで僕は冷めた姿勢を崩さなかった。

 

 

こんな勘違い野郎相手にするまでもない。実際いい試合などできるわけもなしに、させるつもりもない。

 

 

ただ最後まで向けていた僕の刺々しい視線の意味を解さなかったライザーは、それが自分ではなくその隣に侍っていた女に向けられていたことについぞ気づくことがなかった。

 

 

全く面倒なことになったな、天を仰ぐ僕はため息をついて首を回した。その時気づいた。部屋中の人間から向けられる視線。視線。視線。

 

 

特に、なんかリアス部長の目が潤んでいる気がする。いったい、なんでっしゃろ。勝手に話進めて怒ったとか。それとも、

 

 

「どうしました? 部長、もしかして僕の勇姿に惚れちゃいましたか」

 

 

冗談めかしていつものように軽口叩く。と言ってもいつも本気なんですけどね。数撃ちゃあたる戦法で言いすぎて冗談みたいになった感じはある。自業自得だった。

 

 

「………………いえ、なんでもないわ!」

 

 

頬を叩き、全部が終わった後にとかおっしゃっている部長に何故か眷属さんたちが生暖かい目を向けていた。うーん?

 

 

「レオ君もやるときはやる子だったんですねぇ。お姉さん見直しましたわ」

 

 

「うん、僕も感心しきりだった。魔獣の眷属のこと、僕からもよろしくおねがいするよ」

 

 

「…………不覚。正直かっこいいとか思っちゃいました」

 

 

お? おおお!! 小猫ちゃんがデレた!! そしてなんか他の人たち好感度も上がった!! 何か知らないけどやったぁああああ!!

 

 

とか思ったけどそういう場面でもないので自重した。

 

 

「とはいえ。これで負けたらもう後がないのも事実だ。このゲームには敗者復活戦もリベンジマッチもないんだよ」

 

 

結婚式会場に突っ込むなんていうのはここまで来たら許されることではない。正真正銘、負ければそれは部長の王の器が劣っていたことの証明になってしまう。

 

 

負けられない戦いがここにあった。

 

 

「…………そうね。けれどここまでお膳立てされて負けるつもりは一切ないわ。貴方が信じてくれた私の王の器を、そして皆がついてきてくれてた王としての私の威を、このゲームを通して必ず証明してみせるわ!!」

 

 

眷属もそれに鬨の声を上げた。

 

 

大丈夫、この試合は必ず勝てる試合だ。

 

 

僕はそう確信してやまなかい光景がここにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ようやく連絡がついたわけだが。早速聞きたいんだけど、これはどういうことなのかな?」

 

 

暗く照明が落とされた部屋の中で、目の前のモニターに映し出される光だけが僕のことを照らす。モニターに映る女性はライザーの女王ルルイエ。僕に忠実な魔獣だった。

 

 

「い、いえ、あの、その」

 

 

しかし、その姿にあのときライザーの隣に立っていた大人の女性らしさの欠片も見出すことができなかった。そこにいたのはただただ主に嫌われることを恐れて怯える少女しかいなかった。

 

 

「君は自分の役割を自覚できていないのかな。君にはこう言いつけたはずだ。リアス・グレモリーの婚約者ライザー・フェニックスに接触して婚約を引き伸ばし、できれば破談させろ、と。入念にこの時期からしばらくは絶対騒ぎを起こさせるな、とも言ったはずだ」

 

 

「も、申し訳ありません……!」

 

 

涙零れ落ちんばかりに瞳を潤ませ、身体を震わせ土下座するルルイエ。その姿にいっそうの嗜虐心を煽られ僕はあえて返事を返さず、ため息だけ吐いた。

 

 

対ライザー・フェニックス専用・悩殺魔獣ルルイエちゃん。創られた理由は先程も述べた通り、婚約イベントの阻止だ。一人の女に縛り付けることで婚約など考えさせないようにする作戦はセバスチャンの手を通じてフェニックス家に魔獣を送り込むことで実行されていた。

 

 

実のところ、このセバスチャン。今悪魔界で一大旋風を巻き起こしていたりしている。

 

 

まぁいろんな意味で頭おかしい眷属たちの一件でもそうなのだが。主に教育界で、頭角を現し始めているのだ。

 

 

具体的には悪魔の眷属教育で。元々セバスチャンの家、ダンタリオンでは自分のところである程度眷属を教育して、繋がりのある家の悪魔の眷属の駒とトレードすることで影響力を高める、といったようなことが行われていた。

 

 

それを真似たのがセバスチャンだ。具体的にはダンタリオンが手を出すような家ではない中流の貴族の眷属向けに、在地の悪魔を教育して眷属となれる逸材を育てていたのだ。

 

 

これが結構評判がいい。何せセバスチャンの眷属はキワモノ揃いで子供たちに大変に人気がありメディア露出度も高い。つまり乳龍帝の教えを受けた眷属! とか魔法少女の教えを受けた眷属! とか比較的箔づけが容易なのだ。しかも最初はそれ目的で受け入れた眷属も実際使ってみれば、セバスチャンの薫陶を受け、実力ある優秀な者たちに育っており、一石二鳥と。

 

 

努力や修行を嫌う傾向にある悪魔たちにとっては、自ら育てなくても強い眷属が手に入るということでかなり好評のようだった。

 

 

今では眷属学校というようなものまで開いているというのだから驚きだ。一部では生徒を政争に使う、生徒を金で売り払う、などと批判も受けているようだが、それが問題にならないくらいの権力を得ているようだった。

 

 

これで主の任は達成できましたな、と言われた時にはポカンとしたものだが。

 

 

そのセバスチャンを通せば、フェニックス家に女の魔獣を送り込むことくらいわけなかった。とはいえこの作戦は、本筋とは何の関係もないためセバスチャンにもその目的は言ってなかったりするのだが。

 

 

いや、当然だろ。女の結婚、妨害したいからって長年連れ添った魔獣に頼むのは流石に恥ずかしすぎる。多分セバスチャンは影響力を高める一環ぐらいにしか捉えてないのだろう、と思う。

 

 

ま、それも無駄になったんだけどねぇ。

 

 

「まぁ、別に失敗したのはいいんだけどさぁ。順調だって連絡してたのにもかかわらずこれだよ? しかも事前の連絡もなしにこの顛末。呆れて物も言えない」

 

 

しかし、僕にもぬかりがあったのは事実だ。あのライザーの態度から上手くいきすぎてこうなったのはわかっている。女としての性能を高めすぎたのが一因でもあるだろうし、そこまで責める理由もないんだけど。

 

 

ただ苛めているとなんとなく楽しいので余興とばかりに突きまわしていた。

 

 

「じ、事前までは上手く言ってたんです! 時期も指示されていたので最近は入念に! ベッドでしきりに婚約者と結婚したら用済みになるんじゃないかって不安を打ち明けて、男心をくすぐるようにッ」

 

 

「ふーん、それで?」

 

 

「!? そ、それで、そしたらあの焼き鳥が、そんなに不安なら証明してやるっ、って言って結婚の話を進めて。結婚してもその相手を抱かないことで俺の愛を証明する、むしろリアスを放置したその前でお前を抱いてやるっ……って」

 

 

…………とんだ変態プレイだな。正妻ほっといてそれはちょっと……引くわ。お前しかも婿入りする立場なのに……えー。

 

 

「こ、この咎め如何様にでも!」

 

 

ドン引きしているとついに痺れを切らしたように、処罰を求めるルルイエちゃん。

 

 

…………まぁそろそろいいか。本人にしてみたら恥ずかしい失敗談を赤裸々に主に明かす羞恥プレイをかまされたわけだし。

 

 

それにどうせこの後もこのルルイエちゃんにはひと働きしてもらわなくちゃいけない。ここらで切り上げてご機嫌取っときますかね。

 

 

「それなら罰を与える」

 

 

「は、はっ」

 

 

「……近日中にライザー個人の情報と眷属の情報全て詳細にまとめてセバスチャン通して送れ。レーティングゲーム内でも協力してもらうから、指示を待ってそれを忠実に守れ。これがお前に課す罰だ。いいな?」

 

 

「そ、それは……ッ。…………いえわかりました。ご期待に沿えるよう粉骨砕身励みます」

 

 

「それでいい、ではまた」

 

 

「はっ」

 

 

さてさて、と肩をもみながら首をひねる。

 

 

どうせ余興だと遊びだと、セバスチャンたちの手を借りなかったことが今回の失敗の原因か。自分の至らなさを自覚するばかりだが、こんなことにセバスチャンたち頭脳チートどもの手を煩わせるわけにもいかない。

 

 

彼らにはやってもらわなくちゃいけないことがたくさんあるのだ。すでにそれらの脚本は佳境に入っている。今から手を借りるというのもなしだ。

 

 

「だけどまぁ、どうせ遊びさ」

 

 

所詮大局が何一つ左右されることのない些事である。どう遊んだって最終的には勝てるゲームだ。ならばせいぜい最後まで遊びつくそうじゃないか。少しくらいの予想外があったほうが遊びも楽しくなる。それを思えばこの失敗も看過できよう。

 

 

ニヤリと暗い部屋に浮かび上がるのは一人の少年の笑顔。何か悪戯を思いついたようにクックックと喉元を震わせる。

 

 

その手にはリアス部長から預かった戦車の眷属の駒があり、それを弄ぶように掌で転がし、最後にはギュッと握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ああ、スカリエッティ? お願いがあるんだけど」

 

 

「そうこの前、僕とお前で遊びつくしたアレ」

 

 

「こっちに送ってよ。ちょうどいい余興があってさ、あれで遊べそうなんだ」

 

 

「え、あれはあれだよ、ほらあれ、魔獣化して散々弄繰り回したあの!」

 

 

「あのぶっさいくな哀れな元堕天使の!」 

 

 

 

 

 

 

 

「レイナーレとか言うやつさ」

 

 

 




いうなれば捕まった敵国のスパイ! あるいはくのいち! ゲテモノ凌辱系エロゲヒロイン的な堕天使悪魔型魔獣のレイナーレちゃんの登場だ!


地味に伏線を回収。


…………あと、洗脳調教系TSヒロイン、フリードちゃんも出るよ(小声)


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