ごった煮D×D (花極四季)
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ごった煮1

「この作者の作品はドブも同然だ。」

「しかも書かれているのはなんちゃって勘違いものばかり。」

「書きたいままに書いて、エラッタした作品すべてを削除してしまえば、いっそすっきりするだろうに。」

「欲望のままに作品を乱雑するだけのクズが……」

「俺の作品の更新停滞の嵐でがんじがらめになった読者達は、終いには天に向かって叫ぶだろう。」

「"はやく続きを書いてくれ!"とな……」

「そしたら俺はこう答えてやる」

「"すいません許してくださいなんでもはしませんけど!"」


身体が氷になったような、そんな不快な感覚で意識が浮かび始める。

そして、次に感じたのは、拘束されているような異常なまでの閉塞感。

音も光も何もない。前後不覚の世界。

黒く濁った底なし沼の中、どうしてこうなっているのかと冷静に考える。

……思い出せない。そもそも、自分が誰だったかさえも曖昧になっている事に気付く。

 

名前は確か――レン。読み方だけ覚えていて、どんな書き方をしていたのかは不明。

国籍は日本人――の筈。と言うか、英語をイメージしても日常会話ぐらいしか出てこないし、多分そう。

家族構成、友人関係――思い出せるものと思い出せないものと、まばらな感じ。

親以上に鮮明なのは、昔からの付き合いの友人。女子に迷惑掛けていたりと、周囲からは嫌われていたけど、自己主張の少ない自分をいつも引っ張ってくれて、いざと言うときに頼りになる、大切な存在だった――と思う。

パッと思い出せるのはこれくらい。……それを思い出せたからと言って、現状に影響がある訳ではないようだが。

 

突如、視界に光が差す。

スポットライトのようなもので照らされ、視界が白く染まる。

痛いぐらいの閃光に少しずつ慣れてきた頃、聞き慣れない声が響く。

 

『おはよう、気分はどうだい?』

 

据え置きの拡声器から聞こえた声は、男の物。

ふと見ると、光に紛れてガラス越しに人影が確認できる。

しかし、その姿は逆光のせいか酷く曖昧で、青年とも老人とも取れる状態でしか知覚することが出来ない。

 

「……最悪」

 

『それもそうだ。失敬、これも形式的な会話の切り口に過ぎない。気にしないでもらおう』

 

おどけているような、それでいて決して隙が無い。

声だけでもはっきりと分かるそれは、声の持ち主の人間性を透かしているように感じた。

 

「お前は、誰?」

 

『わたしか?ふむ――そうだな、「水銀」とでも名乗ろうか。偽名ではあるが、本名を語る理由はないだろう?』

 

「……水銀。レンは何故こんな状態になっている?」

 

『こんな?――なるほど、その反応から察するに、意識が戻る前の記憶がないようだ。なら僭越ながら説明させてもらうとしよう。端的に言えば、君は実験動物として拉致され、とある研究の道具として扱われていたのだよ』

 

「研究?実験?」

 

『そう。英雄の因子を持つ者から因子を抽出し、異なる者へと転移させることで英雄を量産するという、チープな実験さ』

 

実験動物にされている――なるほど、それらしい扱いだ。

そんな事実に直面しているにも関わらず未だに冷静なのは、実感がないからかそれとも自分の性質故か。

自分自身への記憶があやふやな時点で、自己乖離しているも同然なのだから当然と言えば当然か。

 

「それで、水銀は実験参加者?」

 

『いいや、違う。わたしは、そうだな……この下らない演劇の幕を下ろす者だ』

 

「……意味が分からない」

 

『理解する必要はない。君はただ、現状から解放されると言う事実さえ理解すれば十分だ』

 

パチン、と音が鳴ると同時に拘束が緩み、宙ぶらりんだった肉体が地面へと落下する。

ぶつかる――そんな思考とは裏腹に、肉体の方はあたかも当然と言わんばかりに綺麗な着地を行った。

……有り得ない。自分はお世辞にも身体能力は高くなかった。

少なくとも、唐突な落下から身体を捻って着地だなんて芸当は絶対に不可能だ。

と、言うことは……実験の副作用?

それ以前に、英雄の因子って……あまりにも急展開な話に理解が追い付かない。

そんな混乱を遮るように、今度は建物全体が音を立てて揺れた。

 

『さて、ついでに自爆スイッチを押させてもらった。君がこれから被る筈だったリスクの代価としては、少々物足りなくはあるが、即興ならばこんなものだろう』

 

「……自爆?」

 

『呆けていたら、圧死してしまうよ?因みに予定では三十分前後で倒壊するようだから、頑張り給え』

 

呑気にそんなことを言う水銀に言いようのない怒りを覚えつつも、脱出すべく行動を開始する。

 

『ああ、忘れていた。この施設にはもう一人、君と同じ立場の少女が隔離されている。助けるも見捨てるも自由だが、伝えておかなくては不公平だろう?』

 

言い終えたかと思うと、水銀の気配が消える。

まるで初めから存在しなかったかのように、跡形もなく、泡沫の如く。

悪魔の囁きを残して消えた水銀。その意図がなんであれ、間違いなく言えることは――知ってしまった以上、見捨てるのは難しくなってしまった、ということ。

真実か虚偽か、それを確かめる術はない。付け加えるならば、地形も一切分からない場所で孤立している現状。

助ける見捨ている以前に、自分が助かるかさえも怪しい。しかも脱出に関してはノーヒント。

もし見つかれば助けるし、そうでなければ……。

やはり冷静にその辺りを分析出来る辺り、元々こういう性格だったのかもしれない。達観していると言うか、執着していないと言うか。

少なくとも、漫画の正義のヒーロー的な熱血とは程遠い、リアリストなのは間違いないだろう。

 

自己分析もほどほどに、拘束されていた部屋から脱出する。

自爆スイッチが押されたことで、セキュリティが完全開放されたのか、カードキーのスロットらしきものがあったドアもすんなり開いた。

視界に映ったのは、どこまでも広がる十字廊下。

蛍光灯も点滅し、壁も無機質な色合いで統一された世界は、冷たく不気味。

爆発で紛れているが、それがなければ音一つない静謐な世界が広がっていたことだろう。

人の気配はない。突然の爆発の中、研究者がいたのなら騒ぎが起きていてお不思議ではないのに、避難警報さえも鳴らないのは不自然極まりない。

全て水銀が根回ししたと考えるのが、最も自然だろう。会って数分の関係だが、アイツならやりかねないと言う謎の確信があった。

知らなければ悩まずに済んだ、同じ境遇の人間の存在。それをあのタイミングで教えたのも、ふと思い出したのではなく敢えてそのタイミングで告げたとなれば、受け止め方も変わってくる。

水銀の謎は深まるばかりだが――間違いなくアイツは、この状況を愉しんでいる。

何かしらの方法で此方の動向を探り、どういう行動を取るかを見て反応を楽しむ。それを平然とやりかねない奴だと言うことは、贔屓目に見ても恐らく間違ってはいない。

しかし、水銀がこの状況を引き起こしてくれなければ今も捕まったままだと考えると、嫌な奴と切って捨てることが出来ないのも嫌らしい立ち回りだと思う。

 

思考を振り払い、長い廊下を駆け抜ける――瞬間、地面が砕けた。

爆発の結果ではない。自分が踏み抜いた(・・・・・)のだ。

予想外の結果に、脚がもつれる。

倒れる身体を支えるべく咄嗟に突き出した手は、地面を砕いた。

……流石に動揺する。しない訳がない。

人間離れした腕力、そして脚力。あまりにもぼんやりと覚えている過去の自分とはかけ離れたスペックを前に、ここで初めて己の肉体を観察する。

手術着のようなダボダボとした服装で気づかなかったが、胸周りがどうにも膨らんでいる。

襟を掴んで中を確認する。

 

「……おっぱい」

 

そこには、女性にあるべき起伏が存在していた。当然のように、下着はない。

これを見て思い出したが、確か前の自分は鳩胸で、それを理由に例の女子に嫌われていた友人に揉まれていた……筈。

記憶の限りでは、ここまで大きくはなかった。

思えば、自分が発していた声も、前に比べて少しだけ高くなってたような。

決定的な違いを見るならば、股間を確認すれば良いのだが、流石にそこまで余裕はなさそうだ。

と言うか、こんな自分でも多少は抵抗はある。羞恥とかではなく、自分が男ではなく女になっていたら、なんて事実に直面する心構えの問題。

だが、ある程度予想は付く。

超人的な身体能力、記憶とは異なる性別、英雄の因子。

ファンタジー染みた展開から導き出される可能性。異世界転生、憑依、並行世界……。

性別だけ変わったなら、まだ辛うじて現実的な側面もある。だけど、この異常な肉体強化は、流石に説明が付かない。

 

何にせよ、この力の程度は不明だけどこの状況を打開するにはお誂え向きなことは確かだ。

今度は踏み砕くことを前提に意識を足に向け、力の限り踏み込み、飛び出した。

一歩。たった一歩が、まるで新幹線のような速度を生み出し、長い筈の廊下の距離が一瞬にして縮まった。

距離にして、およそ50メートル。それが、片足一歩での距離。

普通、そんな肉体改造をされていたならば、着地からの制御なんてままならない筈なのに、この身体はまるですべてを知り尽くしているかのように淀みなく着地し、更に一歩を踏み出した。

まるで獣、いやそれ以上の運動性を発揮した動きで、予想を遥かに上回る機動力で施設内を駆け巡る。

無意識の内に、その身体能力に呑まれていたのだろう。普通ならば考えられないことを次に実行した。

 

「はぁっ」

 

掛け声と共に、眼前のドアを蹴り破った。

何で出来ているかは知らないが、まるでプラスチックを折るような感覚で扉はひしゃげ、部屋内へと吹き飛んでいく。

いちいち開ける時間も惜しい上に、崩落の影響で地盤の変化から立て付けがおかしくなっている可能性もあった為、無理矢理こじ開けられることは絶対的なアドバンテージになる。

部屋内を一瞥し、次々とドアを蹴破り、道を切り開いていく。

その大半は個室で、地理的にも階段を探した方がまだ活路を開けると言うのに、それでも個室を探索するのは、やはり水銀が残した少女の存在が心残りになっているからか。

 

時間にして、およそ15分は経過しただろうか。水銀の言葉を信じるのであれば、完全倒壊まで半分を過ぎたことになる。

水銀は胡散臭い奴ではあるが、この状況を愉しむのであれ、考える意図が的外れであれ、虚偽を告げる理由がない以上、そんな無駄なことはしそうにない……と思う。

昔から勘は鋭い方だったし、今回も信じるに値する筈。と言うよりも、縋るものがそれぐらいしかない、と言うのが一番の理由。

幾度と階段を昇り、廊下を駆け、ドアを破壊し――遂に、見つけた。

 

ベルトで拘束され宙吊り体勢と言う、自分とまったく同じ状況の少女を発見する。

躊躇うことなく跳躍し、ベルトを思い切り引っ張って引き千切る。

重力に従い落ちていく少女の身体を支え、そのまま着地。

自分の身長の半分より少し上程度しかない幼い体躯。

美少女と呼ぶに相応しい童顔、光源の少ない環境下でも映えるエメラルドのような髪。

ほんの少しだけ――その姿に見入っていた。

 

「ん、う……」

 

身体を震わせ、少しずつ少女の目が見開かれていく。

状況を理解できないまま、少女の意識は覚醒していく。

 

「あな、たは……?」

 

「助けに来た」

 

「たす、け……」

 

その言葉で、少女の意識が完全に戻った。

 

「助け……そうです!確かねねは変な奴らに捕まって、って何なのですかこの揺れは!」

 

「もうすぐ爆発する。だから逃げないと」

 

「爆発って、ねねが寝ている間に何が起こったって言うのですかー!!」

 

「説明している時間はない。でも脱出するにも出口も分からないから、急いで探さないといけない」

 

パニック状態の少女を尻目に、状況だけを端的に説明する。

それを聞いた少女は、一変して冷静になり考えを絞り出す。

 

「地図はないのですか?」

 

「ある。でも読んでも分からない、読みにくい」

 

実は、探索している間に地図を失敬していたのだが、それは地図と言うよりは構造図に近い、三次元的な構成であり、揺れる環境下ではまともに読むことさえ叶わない。

 

「ねねに見せてください」

 

「ん」

 

少女に地図を手渡すと、真剣な目つきで地図を注視し始める。

時折、周囲をちらちらと観察しながらも、時間にして一分も満たない間に顔を上げた。

 

「どうやら、この施設は山の頂点を入り口とした地下施設のようです。必然的に階層を昇っていけば出口に辿り着きそうですが……余程の機密なのか、地下何十階と階層がある中、ねね達はその半分ぐらいにしか到達していないようです」

 

「半分……」

 

絶望とも取れる情報だが、それは普段ならではの話。

そして、今までの移動工程を考慮に入れた場合、少女探索によるタイムロスがこれからなくなると考えると、余裕はないが間に合わない訳ではなさそうだ。

 

それにしても、この少女の記憶力と理解力は凄まじいの一言に尽きる。それに、集中力もだ。

水銀は英雄の因子を自分が持っていることを仄めかしていたが、恐らくそれは彼女にも言えること。

自分が肉体強化なら、彼女は知力関係にブーストが掛かっていると考えていいだろう。

 

「名前、レンはレンって言う」

 

「ねねは音々音と言うです。それで、レン殿……このままだと脱出は到底無理でございます……」

 

じわりと涙目になる音々音の目元を指で拭い、そのまま頭を撫でる。

 

「大丈夫、絶対に助ける」

 

「え……?」

 

音々音の身体を横抱きに持ち上げる。

突然の事態に目を丸くさせているが、それを無視して走り出す。

 

「わ、わわわわわーー!!は、速いですぞー!!」

 

「ねね、地図の中身は覚えてる?」

 

「は、はい!余すところなく記憶済みでございますぞーー!!」

 

「なら、案内して。最短距離を進む」

 

「了解であります!!……そこを右、直進から分かれ道を更に右!」

 

音々音のナビゲートを頼りに、スピードを緩めることなく疾走する。

風になった錯覚に身を投じながら、肉体を必死に制御して可能な限りの最短距離を目指す。

さっきから全力疾走しているのに、疲労感は一切感じられない。

これほどの運動量を行使してなお、息ひとつ乱れない。

肉体そのものに経験があるかのような、自分の身体とは思えない動きの数々。

腕力や脚力が強くなっただけでは説明がつかない、反射に等しい最適な動きの連続。

制御している、とは言ったがその殆どは意識レベルのもの。

言ってしまえば、右に行きたいと思ったら右に動くのだ。

何を当たり前な、と思うだろうが、そもそも肉体が動く仕組みなんて、究極的な意味で反射と同じだ。

普段から右手を動かしたい、どの方向に動かす、どこで止める、と言ったプロセスを全て脳内で反芻してから結果を出力している訳ではない。

人間が認識できる感覚下においては、結果を認識できて初めて行動の結果を理解出来るのであって、人間の思考はある意味では肉体に追い付いていないことになる。

それに対して、今の自分の動きはゲームのキャラクター動かすようなもので、人間が普段当然に行うような動作に関しては連動するが、自分にとっての非常識――それこそ、扉を蹴破るといった動作を行うには、きちんと脳内で命令しなければならない。

デメリットのように感じるが、実際はそうでもない。

どれだけ肉体が優れていようとも、徐々に慣れていったならばともかく、いきなりそんなことになれば身体を動かすことさえもままならない。

箸を持てば箸を砕き、靴紐を結べば容易く紐を千切る。そんな感じで、精密な動きが出来なくなっている筈だ。

事実、先程地面を踏み抜いたのは、自分の潜在意識に残った走るイメージと筋力の相違が生んだ不具合であり、今では軽く陥没する程度にまで制御が出来るようになっている。

それもこれも、走るイメージをより最適化する為に、走る間にトライ&エラーを繰り返して修正していったからである。

アスリートが理想の動きを身体に覚えさせる作業と似ている気がする。

同じようなことを繰り返していけば、いずれは思考を置き去りにしてこの動きが出来るようになるのだろうか。

出来れば、そんな危機的な状況には関わりたくないけど……きっと、そうはいかないのだろう。

それは、英雄の因子とやらを内包するこの身体を持つが故の宿命、なんて割り切れる程理不尽に慣れてはいない。

そんな手前勝手な理由で死ぬのは流石に嫌。死ぬならせめてもう少しマトモな理由で死にたい。

 

指示に従い走り続け、完全倒壊まで残り1分。

最後の難関で待っていたのは、近未来な世界観でよく見る巨大斜行エレベーター。

当たり前だが、安全性を考慮してエレベーターの速度はゆっくりでありながら、地上までの距離はおおよそ500メートル。

それはまだいい、問題はその先にある分厚い扉。

ドアの何倍も分厚く、そして巨大なソレは、本来ならばエレベーターの移動をセンサーが感知して開閉する仕組みなのだろうが、それを無視して昇っていくのであればその恩恵には与れない。

センサーを探している余裕もないし、ハッキングなんてそもそも技術がない。

別の壁を壊すことも考えたが、このギリギリな状況下で下手に地盤を崩せば、それだけで崩れてしまう恐れがある。

やはり、あの扉を通る以外には最適解は無い。あるとしても、思いつかないし考える余裕もない。

 

「背中に乗って」

 

音々音が無言で頷き、自分の身体を這うようにして背中へと移動する。

彼女の脚をしっかりと掴む。下手をすれば、自分だけ飛んで後は真っ逆さまなんてことも有り得る。

不備がないことを確認して、全力で地面を蹴り穿ち、弾丸の如く飛んだ。

 

「口を閉じて」

 

勢いをそのままに、扉を殴る。

殴る、殴る、殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る――

常人離れした腕力の賜物か、分厚い筈の扉の表面はベコベコに歪んでいる。

これならば、打ち破ることも時間の問題だ。――そう、時間だけが懸念材料だ。

たったひとつのピースが不足しているだけで、思い描く理想の未来を掴み取れない。なんと歯痒いことか。

 

「れ、レン殿!血が――」

 

「知ってる」

 

音々音の悲痛さが染み渡る

流石にこんなものを間髪入れず殴っていれば、拳も砕けて当たり前だ。

いや、普通は砕けているんだけど、この肉体では肉が裂けているレベルと言うのが、この肉体の強靭性を如実に表している。

当たり前だが、滅茶苦茶痛い。傷口に塩を塗り込むよりは流石にマシだろうけど、痛いものは痛い。

しかし、この身体は苦悶の声を上げることも無ければ涙を流すこともない。

意識と肉体が中途半端に融合している、とでも言うべきか。

逡巡の考察を断ち切ったのは、タイムリミットが近いことを告げる大爆発だった。

 

「嫌あああぁぁああ!!」

 

衝撃波に耐えるべく必死にしがみ付く音々音の身体は、恐怖で震えている。

音々音がどのような事情でここに連れて来られたかは知らないが、十中八九ロクな理由ではないことだけは分かる。

絶望が絶望を呼び、彼女の精神は最早限界を超えている。

寧ろ、その幼さで今までよく自己を保ち続けられたものだと思う。素直に、尊敬する。

だからこそ、言える。

音々音は、こんな所で死んでいい人間ではない。もっと、幸せな人生を歩む権利がある。

こんな理不尽の果てに命を散らすなど、許されてはいけない。

 

「――大丈夫」

 

「レン殿……」

 

「絶対に、助けるから」

 

何の根拠もない、虚勢に等しい言葉。

だけど、この気持ちに嘘はない。それこそ、自分を犠牲にしてでも彼女だけは助けたいと思えるぐらいには、本心である。

事なかれ主義な自分らしくない――でも、悪い気はしない。

心が豊かになる、とでも言えばいいのか。胸の奥がポカポカして、とても心地よい。

誰かを助けたい、なんてここまで強く思えたのはこれが初めて。それも、行きずりの相手でしかない少女に対して向ける感情としては、あまりにもヒーロー然としている。

自分は、元々はそういう人間だったのか?それとも、あの達観した姿が正しいのか?

記憶が不鮮明であるが故に、明確な答えを見出せない。それはまるで、この肉体と自分の関係のようだと思えてならない。

 

腰に回されていた音々音の手を取る。

カタカタと震えるそれは、握ってその小ささをより実感する。

少しでも安心させてあげたい――そんな想いを込めて握った、次の瞬間。形容しがたい現象が起こった。

 

「暖かい……」

 

「これは……?」

 

自分と音々音の繋がった手を基点として、淡い光が包み込む。

それはおもむろに宙へと浮かぶと、徐々に光を強めていく。

そして、タイムリミットが訪れたと同時に、光が世界を余すところなく包み込んだ。

 

 

 

 

 

深く、深く生い茂る山中を駆けるひとつの影。

ローブを目深に被ってはいるが、僅かに見え隠れする輪郭からだけでも、美貌の片鱗が覗けるぐらいの美しさを秘めているのが分かる。

しかし今はその表情は焦燥に満ちており、当てもなくひたすらに走り続ける。

求めるモノがここにあるという可能性を知り、隠密潜入で目的地に至ったは良いが、肝心の入り口が発見できず焦れていた。

先程から鳴る爆発音と地震が、ここに何かあることを証明している。

だが、それでも答えに辿り着けない。

餌を眼前に吊るされた獣のような扱いを前に歯噛みするも、それで事態が好転する訳ではない。

それにこの爆発がもし、此方に情報が漏洩したことへの対策――つまり、証拠隠滅の自爆スイッチ等によるものだとすれば、完全に後手に回った形になる。

折角手に入れた情報を、成果もなしに失うなど己のプライドに賭けて許せない。

いっそのこと、自分の『力』で山そのものを手ずから破壊してしまおうか――そう、考えた時だった。

 

山の頂から、天を貫かんばかりに伸びる光の柱が、網膜を支配した。

時間にして、一秒にも満たない一瞬の光景。しかし、先の光が錯覚ではなかったことは、光に貫かれたであろう雲が、ぽっかりと穴を作っていることからも証明できる。

そして、数秒遅れて襲い掛かる衝撃波が、ローブのフードを煽り、遂にその全貌を晒す。

金糸のような髪に結われた髑髏の意匠が施された髪飾りと、それを通して左右に分かれた巻き毛が目を引く美少女がそこには在った。

フードが開けたことも意に介さず、光の柱が発生した方を見ながら歓喜に震える。

 

「見つけた……!!」

 

瞬間、脇目も振らず少女は走り出す。

あの光の柱こそ――否、あの光の柱を生み出した者こそ、彼女が求めて止まなかったもの。

まだ見ぬ『同類』に向けた呟きは、少女の胸の中に消えていく。

 

一瞬の間を置き、先程のものを遥かに上回る大爆発が起こる。

爆発に紛れ、何かが飛び出す光景を確かに見た。

疑念は確信へと至り、殊更走る力が強まる。

そして、山頂の光の柱の基点、その中心に人影を発見する。

それと同時に、穴の開いた雲の隙間から射した光で、スポットライトのように影を照らす。

物憂げに空を見上げるは、自分と同じぐらいの年齢であろう少女。

褐色肌と真っ白な検査衣の対比に、それを後押しするように照らす陽光に身を預ける姿は、まるで神への祝福を受けているかのようにどこか神聖で、厳かささえ感じた。

褐色肌の少女の腕に抱かれ眠る、あどけなさを残す翠髪の少女に目が行く。

静かに寝息を立てる姿にあどけなさこそあれど、そこからは相応の年齢には不釣り合いな知性の片鱗が感じられる。

この場にいるということは、その少女もまた彼女が求める人物の一人となる。

予想を上回る成果に、これまでの苦労が一気に吹き飛んでいく。

浮足立つ気持ちを自制し、一歩少女たちへと歩み寄る。

此方の存在に気付いたのだろう。視線を投げかけ、しかし一切の動きを見せない。

だが、肌に刺さるような殺気が、此方を警戒していることを如実に表している。

常人では気絶してしまうようなそれを掻い潜り、目と鼻の先にまで距離を詰め、ようやく褐色の少女は口を開いた。

 

「誰?」

 

剣呑な雰囲気とは裏腹に、どこかのんびりとした口調。

どちらが彼女の本質なのか――知りたい。だけど、それはいまするべきことではない。

好奇心を抑え、言葉を続ける。

 

「私は華琳。――いえ、その名はこの場では相応しくないわね」

 

一歩踏み出すと共に、先程とは比べるべくもないほどに雄々しく、尊大に、威儀を正して再び名乗りを上げた。

 

「我が名は曹孟徳。治世の能臣、乱世の奸雄にして、覇道を以て三国を平定した英雄――その因子を受け継ぐ者よ。歓迎するわ、同じ『英雄の因子』を持つ者同士として、ね」

 

破壊によって静寂を得た地で、三者の出逢いは果たされた。

この出会いが後にどのような結末を齎すか、それは誰も知らない。

 




そんなこんなで、珍しくもNot勘違いもの。
そして、ハイスクールD×Dの原作など欠片も見いだせない展開。

分かる人には分かる程度のクロスで、最早オリジナル作品に近い。(なおタグ)
取り敢えず原作にいつ入るとか、そんな計画なんざハナから考えてませんが?(開き直り)

水銀……一体何者なんだ……。


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ごった煮2

一話だけだと、まるで意味が分からんぞ!って人が多いだろうし、溜めてた分(今回で尽きた)をさくっと出していく。
説明回だけど、だが、しかし、まるで全然!ネタを消化し切るまでは程遠いんだよねぇ!!

あ、一応言っておくけど、この作品に出る他作品からの引用キャラ=同一人物ではないから、性格とか嗜好とか違ったりするけど、仕様だと納得してくれよな~頼むよ~。



気が付けば、外で音々音を胸に抱いた状態で棒立ちしていた。

閃光の果てに行き着いた光景は、自然溢れる山頂のただ中という、コマ送りもかくやと言わんばかりの超展開だった。

爆発の音は聞こえない。聞こえるのは、地面の底から聞こえる建物が崩れ行く音。

助かったのか――そう、確認の為に振り返ろうとした時、何者かの気配を感じ、其方へと振り返る。

 

そこに居たのは、またしても少女。

金髪に髑髏の髪飾り、そこからのツインテール+巻き毛という個性てんこ盛りな髪型を持つ少女は、気品を損なわない程度に早足で此方へと歩み寄ってくる。

何者かと問い掛け、返ってきた答えは、予想を超えたものだった。

自らを曹操の『英雄の因子』の所有者だと語る彼女は、此方もまた『英雄の因子』を持つことを承知でこの場に訪れていたことを直ぐに知る。

当然、警戒した。だが、彼女に敵意がないことも直ぐに理解した。

 

「曹操……」

 

「信じられない?確かに、証明する手段はない。相応の場に来れば無いことはないけれど、そんなことをすれば面倒が増えるだけだから、今は信じて欲しいとしか言えないわ」

 

「お前が曹操かどうかなんて、どうでもいい。そんなことより、ねねが心配」

 

「ねねって、その子のことかしら。……だいぶ疲弊しているわね、極度の緊張からか、血の気が引いている。でも、命に別状はないわ」

 

「そう……」

 

それを聞いて、安心する。

曹操がこの場で嘘を吐く理由はないだろうし、落ち着いた寝息を立てているのは見れば分かること。

 

「私のアジトに行けば、安静に出来る場所を提供してあげられるわ」

 

「……分かった」

 

正直、悩んだ。

敵意がないのは分かったが、信用に値するかは別問題。

しかし、現状こそ安定しているとはいえ、悪化しない保証などどこにもない。

それに――曹操は自分が知らない事情を知っている。無知な自分にとって、ここで関係を切るには惜しい人材だ。

 

「賢明ね。じゃあ、すぐにここを離れましょう。早くしないと、奴らに見つかる」

 

「奴らって?」

 

「そんなの決まってる。悪魔、天使、堕天使――人間を誑かす為に存在する様な、人間にとっての不倶戴天の敵のことよ」

 

曹操が吐き捨てるように告げた言葉は、悪意をたっぷりと含んだものであった。

英雄の因子ときて、次は悪魔やら天使と来たか。……これは、本格的に覚悟しないといけないかもしれない。

 

魔方陣のようなものが空間に張り付いたかと思うと、それに吸い込まれるようにして曹操の身体が消えていく。

これを見ても納得できてしまうのは、もう色々と諦めているからだろうか。

続いて自分の身体も同じく吸い込まれ――気付けば、豪華絢爛と呼ぶに相応しい部屋に立っていた。

 

「ようこそ、我が城『洛陽』に」

 

漫画やゲームとかで見る、中国のお城の中そのものな光景が、そこにはあった。

慣れない光景で目が回りそうになる。あるいは、圧倒されているだけか。

 

「……それよりも、ねねを」

 

「ええ、分かってるわ。ついてらっしゃい」

 

そんな心情を振り切るように、曹操に催促する。

部屋を出ると、先程の研究所と比類する長さの廊下に歓迎される。

無機質な景観だった研究所とは違い、個性が全面的に押し出されたそれは、やはり曹操の趣味によるものだろうか。

そんな益体の無い思考をしている内に、客間の一角に辿り着く。

客間の内装も華美でありながら露骨な自己主張をしない造りとなっており、廊下などに比べて落ち着ける空間となっている。

音々音が六人ぐらい寝転がれそうな大きさのベッドに寝かせ、ようやく一息吐く。

音々音も安定した寝床が手に入ったからか、僅かばかりに顔色も良くなった気がする。

 

「それじゃあ、貴方の聞きたいことに答えたいと思うけれど……ここで話した方がいいかしら?本当なら腰を落ち着ける場所の方がいいんだけど、この子の事を思えば、離れたくはない――そんな顔をしているわ」

 

「当たり前。レンは別にお前を完全に信用した訳じゃない」

 

「信用してもいない相手の居城に乗り込んで寝床を提供してもらった人間の台詞とは思えないわね。そんなにその子が大事なのかしら?」

 

「……分からない。ねねとはついさっき知り合ったばかり」

 

「それにしては、随分傾倒しているように見えるけど」

 

「レンもそう思う。レンにも良くわからない」

 

曹操は自分と音々音を交互に見やると、面白そうに笑みを浮かべる。

曹操は近くにあった椅子に脚を組んで腰掛けたので、自分も同じく座る。

 

「まぁ、今はいいわ。じゃあ、本題に入りましょうか」

 

「じゃあ、単刀直入に聞く。『英雄の因子』って何?」

 

「その質問をするということは……貴方は『無自覚者』ってことよね?」

 

「無自覚者?」

 

「此方で勝手につけた呼び名だけど、因子持ちで有りながらその事実に気付いていない者の事を差す言葉よ。その逆は『隔世者』――その名の通り、世代を隔てて英雄の力を手に入れた者って所ね。発音的にも力に『覚醒』したと言う意味としても通じる分、悪くないネーミングセンスじゃないかしら」

 

ほんのりドヤ顔をする曹操。

ああ、彼女が考えたんだな。そして渾身の出来だったんだな、と子供のような反応をする彼女に対する警戒心が緩んだ。

此方の視線の意図に気付いたのか、軽く咳払いして曹操は話を戻す。

 

「『英雄の因子』とは、過去に存在した英雄の力を行使することが出来る証のようなもので、それらは生まれついて持っているもの。悪魔や天使がこの恩恵に与ることが出来たという例は確認されておらず、あくまで人間のみが対象だと私は考えているわ」

 

「因子を持って生まれる条件は?」

 

「不明ね。明確な規則性がある訳ではないのよ、実際私は日本人だけど曹操の因子を持っているし。遺伝子が関わっているとしても、何百年前の血なんてどこでどう枝分かれしているか分かったものじゃないし、アテに出来るようなものではないわ」

 

日本人だったんだ……そういえば華琳って名乗ってたね。多分、それが本名なんだろう。

 

「色々と理解している風だけど、他にも英雄の因子を持つ知り合いがいるの?」

 

「ええ、いるわ。そもそも洛陽は私の城であり、そんな私は一国一城の主。ならば、臣下がいて然るべきだとは思わない?」

 

「……つまり、それなりの数が居ると」

 

「そうね。数としては少数精鋭だけど、一人一人が一騎当千の兵であることは保証するわ。今は出払っているけれど、もう少しすれば一人ぐらいは帰ってくるでしょう。一応残っているのも一名いるけど……出てくるのを待つしかないわ」

 

身体の奥底からの溜息が、残った一名が問題児であることを体現していた。

英雄って癖が強いイメージがあるけど、本人でなかろうとその例には漏れないと言うことか。

 

「取り敢えず、此方からも聞きたいことがあるのだけれど」

 

「何?」

 

「まず……そうね、名前から。レン、と言っていたけれどそれは個人としての貴方の名前であって、真名とは違うんでしょう?出来れば教えて欲しいのだけれど」

 

「……知らない。レンが英雄の因子なんてものを持ってたこともついさっき知ったことで、真名なんて知らない」

 

「知らない……ね。なるほど、貴方は『後天的隔世者』だと言うのなら、納得がいくわ」

 

「また、専門用語」

 

「仕方ないじゃない。そうした方が説明が楽なんだもの。これまで何人に説明したと思ってるのよ」

 

「興味ない」

 

「……本当、あの子のこと以外だととことん冷めているわね。少しだけ貴方のことを理解できた気がするわ」

 

「どうでもいいから、続けて」

 

お前のせいだろう、と言わんばかりの恨みがましい視線を向けられるが、知ったことではない。

何も知らない人間に優しくない会話をする方が悪い。

 

「まぁいいわ。後天的隔世者とは、因子所有者ながら生まれながらに力の素養を持たなかった者を指すわ。私もその部類に入るわ」

 

「その言い方だと、先天的な方も?」

 

「ええ。『先天的隔世者』は、簡単に言えば記憶を保持した上での転生と同じ。英雄だった頃の記憶、人格をそのままに器だけが変化した状態って言えば分かるかしら。後天的な場合、記憶という形で人格を理解することは出来ても、とっくに英雄としての人格以外のものが出来上がっているせいか、あくまで人格の優先度は器の方が上になる訳。これも分かるわよね?」

 

曹操の言葉に頷く。

なるほど、ライトノベルでよくある設定そのまんまと言うことか。

分かり易いが、身近な例えで理解してしまうとどうにも安っぽく感じてしまう。

 

「後天的隔世者は、どういう条件で力を自覚するの?」

 

「私が知る限りでは、突如英雄の記憶を思い出すって流れね。この傾向に当て嵌めるのであれば、貴方の中に宿る英雄の記憶がある筈よ」

 

「……レンは記憶喪失だから」

 

「記憶喪失……?それは、予想外の答えね」

 

曹操は考えるそぶりを見せる。

記憶喪失、という表現が正しいのかは分からないけど、こっちも全然理解していないのに詳細を説明出来る訳もなし。

それ以前に、この世界のことだってはっきりしていないのに、下手なことを口走ろうものなら、面倒なことになりそうだし。

「先天的でありながら記憶がないせいで……」とか、「まさか実験の弊害で……」など、ボソボソ呟いている曹操を尻目に、自分の置かれた状況が如何に前途多難なものかを考える。

 

「――ひとまず、それに関しては置いておきましょう。記憶が回復するかは分からないけれど、知らないなら説明するだけよ。……そう言えば、私は貴方達が居た場所で、光の柱のような力の塊を観測したのだけれど、それは貴方の仕業ではないのかしら?」

 

「……?」

 

光に包まれて、過程をすっ飛ばしていつの間にか外に出ていた自分には、その辺りの記憶もまた抜け落ちている。

そこに、ヒントが間違いなくあるというのに、どうしてこうも都合よく行かないことばかりなのか。

 

「……知らない、って表情ね。予想外の事態ばかりで、嫌になるわ。でも、私の推測では、その光の柱を創造したのは、恐らく貴方かねねって子のどちらかよ」

 

「ねねが知っているかもしれない」

 

「そうね。起きたら彼女にも事情を説明してもらいましょう。――どうやら、帰ってきたようね」

 

曹操が部屋の扉に視線を向けると、同時にノック音が響く。

 

「華琳、いるのですか?」

 

「ええ。ちょうど紹介したい者がいるから、貴方も同伴しなさい」

 

透き通るような声がドア越しから伝わる。

声質からして、女性のようだ。

その女性は曹操の言葉を受け入れるようにして、部屋の中へと入ってきた。

 

此方の存在に気付くが否や、柔和な笑みを向けられる。

腰にまで届く金髪を三つ編みにして束ね、ノースリーブのワイシャツと胸元で結ばれたネクタイはシンプルながらに彼女が放つ独特の清廉された雰囲気と相まって、特別な物にさえ思わせられる。

 

「こんにちは、初めまして。貴方も関係者ですか?」

 

「……こんにちは。多分、そう」

 

関係者、というのは恐らく『英雄の因子』の所有者かどうかということだろう。

そう判断した上で答えると、清廉な女性は露骨なまでに嬉しそうに表情を明るくさせる。

 

「やはり、そうなのですね。私はレティシア、因子は『ジャンヌ・ダルク』。呼び方はどちらでも構いませんよ」

 

人懐っこいと言うか、警戒心が薄いと言うか。初対面の相手にもぐいぐいと攻めてくるこの感じ、苦手だけど友人を思い出して悪い気分ではない。

 

「レティシア、彼女とそこのベッドで寝ている子は、恐らく『あの実験』の犠牲者よ。実は彼女――レンは記憶喪失で、もしかしたらその実験のせいでそうなったのかもしれない」

 

「……華琳が必死になって暴こうとしていたアレ、ですよね。非道を働く者はどこにでもいる、なんてあまり信じたくはありませんが、やはり……」

 

『あの実験』とか言っているが、それって水銀が言っていた『英雄の因子』を抜き取るとかなんとか言っていた奴だろうか。

人体実験なんて時点でロクなことではないのは確かだし、掘り下げたとしても自分の正体には迫れないだろうし、スルー推奨かな。

 

「んあ……ここはどこですかぁ……?」

 

二人が事情説明をしている中、音々音の意識が覚醒したことに気付く。

 

「ねね」

 

「レン殿……あれ、確かねね達は爆発に巻き込まれて」

 

「大丈夫、生きてる」

 

「う……うわあああああん!!」

 

先程のことを思い出してか、徐々に涙目になっていき、遂には自分に抱きついてきた。

恐怖から開放され、感極まった音々音の頭を優しく撫でる。

 

「あらあら、本当に随分と反応が違うわね」

 

「曹操……」

 

空気も読まずに話しかけてくる曹操。

そして、知らない人間がいることに気付いた音々音の身体が強張るのを肌で感じる。

 

「ねねが怯えている」

 

「配慮が足りないですよ、華琳。事情を理解していれば、こうなることぐらい分かりそうなものですが」

 

「ぐっ……悪かったわよ」

 

レティシアに窘められ、渋々非を認める曹操。

立場としては王と臣下の筈なのに、これではまるで生意気な妹を窘める姉の構図だ。威厳の欠片もありはしない。

 

「レン殿ぉ……二人は何者でございますか?」

 

「少なくとも、敵ではない」

 

納得出来ない様子ではあるが、先程よりは落ち着いたらしく、見上げる形ではあるが曹操達と目を合わせることは出来たようだ。

 

「初めまして、『英雄の因子』を持つ少女よ。私の名は華琳、三国志の英雄『曹操』の因子を宿す者であり、この城の主よ」

 

「私はレティシア。因子は『ジャンヌ・ダルク』です」

 

「えっと、ねねは……」

 

「挨拶はいいわ。私の話を聞いて、信用に値すると思ったら名乗ればいいわ」

 

「はぁ……」

 

敢えて名乗りを阻むとは、いよいよもって曹操の思考が読めなくなってきた。

 

「一応、貴方達は保護と言う名目でここに滞在してもらっているわ。打算があることは否定しないけれど、悪い話ではない筈よ」

 

「華琳、明け透けないのは美徳かもしれませんが、時と場合によるかと」

 

「こういう事ははっきりと言っておく方が、お互いの為になるわ。私は別に、腹の探り合いがしたい訳じゃないもの」

 

「それで、お前はレン達に何をさせたいんだ?」

 

埒が明かないので、此方から本題を切り出した。

こちとら言い訳が聞きたい訳ではない。打算があるというのなら、さっさと言って欲しい。

……とはいえ、正直あらかた予想は付いているが。

 

「なら、単刀直入に言わせてもらうわ。――貴方達、私のものになりなさい」

 

尊大に、大胆に。予想通りの台詞を吐いた。

 

「もの、って……どういうことですか」

 

「華琳、貴方はまた誤解されるような……。すみませんね、別に華琳は貴方達に忠誠を誓えと言っているのではなく、共同戦線を組もうと誘っているだけなんです」

 

「共同戦線、ですか?」

 

「『英雄の因子』を持つ者は、人間でありながらその潜在能力の高さ故に、あらゆる組織から狙われている。悪魔、天使、堕天使――果ては同じ人間からでさえも。眷属にする為に、信仰の旗印とする為に、ただ単純に戦力として運用する為に。理由は違えども、迷惑極まりないことは事実。だから私達は、同じ英雄同士で徒党を組むことで、新しい居場所を自らで作るの」

 

「それが『洛陽』の起源?」

 

「その通りよ」

 

わりとまともな理由だと、少し曹操の評価を改める。

しかし、彼女は打算があると公言した。

ならば、寄り合い所帯としての意味よりも彼女にとって重要な何かがある筈だ。

 

「でも、それだけでは足りない。組織として独立するにしても、所詮は口先だけのものに過ぎず、政治的な抑止力とは成り得ない。だから私は、三陣営と同じ土俵に立つために戦力を欲しているのよ」

 

「……まるで、天下三分の計を為そうとしているようですね」

 

音々音がぽつりと呟く。

天下三分の計――劉備・曹操・孫権で土地を三分に分け、三国を平定する策。

これを悪魔・天使・堕天使の中にひとつ増やしただけで、確かにやろうとしていることは同じだ。

 

「二人は、悪魔達がどの様な立場で地球に存在しているか理解している?」

 

自分はともかく、音々音も知らなかったらしく、二人して首を横に振る。

 

「まず共通した認識として挙げられるのが、悪魔も天使も堕天使も、姿形は人間とそこまで大差ないと言う点ね。下級ならばいざ知らず、多少なり力を有していれば人型に変身出来る。つまり、人間社会に溶け込むことは容易なの」

 

「力のある者ならば、人間との違いを感覚で見分けることは可能ですが、一般人ともなれば間違いなく気付けません。それこそ、都市や街を管理しているのが悪魔だったり、というケースは決して珍しいことではないのです」

 

「その人間社会に溶け込む能力を用いて、悪魔は契約――願望を実現してもらう代わりに代償を提供してもらう行為で、悪魔としての格を上げる下地を作ったり、文字通りの糧としているの」

 

「契約って、まさか代償は魂、とかですか?」

 

「選択肢の中にはあるわ。でも実際、現物支給のバイトみたいなものよ。仕事内容だって、殺人の肩代わりとかそういうのよりも、引越の手伝いやら畑仕事の手伝いやら、そんな俗な願望が殆どらしいわ。そんなしょっぱい契約で得られるものなんてタカが知れているし、どちらかと言えばさっき言った悪魔としての格を上げるという目的でやっているようなものね」

 

「随分と詳しい」

 

「敵を知り己を知れば百戦危うからず、って奴よ。別に秘匿すべきことでもないでしょうし、調べれば簡単に分かったわ。それよりも問題なのは、人外である悪魔が人間社会の一部を牛耳っていることにあるわ。人間が気付かない内に、人間の立場はより低くなっている。侵略行為、なんて考え恐らくあちら側にはないんでしょうね」

 

吐き捨てるように、曹操は言葉を紡ぐ。

 

「それで社会が成り立っているのなら、それでいいと思う」

 

「そうね、今はまだ。それで、何十年、何百年後も人間が地球上の生命体として君臨できる保証はある?」

 

今まで一番強い――それこそ、殺意に似た覇気を発し、昏く告げる。

音々音の様子からして、自分にのみ向けられたものであることは一目瞭然。

流石に返す刀で言葉を紡げなかったせいで、曹操が追撃を図る。

 

「私は、悪魔達人外を信用していない。人間のためになる行為をしている側面はあれど、結局それは悪魔達にとっての利があるから。そして利益の裏には、悪魔によって命を散らしたりしている者は大勢いる。その殆どが自業自得なれども、惑わす者さえいなければ起きなかった悲劇であることに変わりはない。だから私は、悪魔達と同じ土俵に人間が立ち、奴らにとっての都合の良い駒ではないことを証明したいの」

 

そこまで言い切り、しん、と静まり返る部屋。

はっきり言って、悪魔とか天使のことを何も知らない自分にとって、曹操が過去に悪魔に対して何があったとか、そういう興味さえ沸かない、対岸の火事と同レベルの内容に過ぎない。

とはいえ、曹操も共感や同情が欲しくてそんなことを言った訳ではないだろう。

人間のため、と聞こえの良い大義名分を掲げてはいるが、どこまでが本心か。

 

「――曹操。お前の本心は知らないし、興味もない」

 

「――……ええ」

 

「だから、言わせてもらう。お前の野望にレン達を巻き込むな」

 

「レン殿……」

 

これが、自分の本心。

そっちが身勝手な希望を押し付けようとするなら、こっちも本音を晒すのに躊躇いはない。

はっきり言って、自分は争い事が苦手だ。

そういう行為の必要性を否定するつもりはないが、巻き込まれる側からすればたまったものではない。

ましてや、自分だけではなくこんな小さな子供である音々音さえも、『英雄の因子』を持つという理由だけで巻き込もうとしている。

そこに正義なんてものがあるとは認めないし、それを為そうとする曹操に善性を見出すこともまた有り得ない。

 

「……どうしても、駄目かしら」

 

「二言はない」

 

「そう」

 

ひとしきり自分を見つめたかと思うと、曹操はおもむろに立ち上がり、部屋から出ていこうとする。

 

「分かったわ。私は引き止めない。貴方達の好きにしなさい」

 

「……本気?」

 

「私は強制するつもりはない。だけど、私からも言わせてもらうわ。ここを出て行くにしても、覚悟しなさい。記憶喪失の貴方が考える以上に、世界は英雄(わたしたち)に優しくはない。貴方がその子を大事に想うのであれば、ここに留まりなさい。それを盾に此方から何かを要求するつもりはないし、自由にすごせばいいわ」

 

曹操が退出し、再び訪れる静寂。

沈黙を破ったのは、レティシアだった。

 

「あの子も――華琳も悪気はないんです。あの子はあの子なりに現状を憂い、行動しようとしているだけで、貴方達を巻き込みたくないと思っているのは確かなんです。そうでなければ、あのように簡単に引き下がる筈もないでしょうし」

 

「それを聞かせて、レン達にどうさせたいの?」

 

「私からは何も。私自身、あの子に付き従ってはいますが、争い事は本意ではありません。それこそ、将来の夢だったパン屋でも経営して生きていくという願いは、今も残っています。ですが……」

 

「『英雄の因子』があるせいで、普通の人間のような生活が出来なくなった……ってことですか?」

 

レティシアは僅かな哀愁を匂わせる表情と共に頷く。

 

「因子が宿っていたことは、運命だったのでしょう。それを悲観するつもりはありません。ですが、今の世の中では、それを持つが故にあらゆる生き方が制限されてしまう。英雄ならば英雄らしく生きなくてはならない――そんな強迫観念が、私達の意思を否定し、未来を束縛する。そんなの、悲しい考えだと思いませんか?」

 

曹操に言われた言葉を思い出す。

世界は英雄(わたしたち)に優しくはない――その言葉が意味する片鱗が、レティシアの会話の中から伺えた。

悲劇的だ。普段ならばそれで終わっていたことだが、最早他人事ではない。

『英雄の因子』の所有者であると見出された時点で、自分達の選択肢が限りなく狭まってしまった。

曹操の言葉から察するに、悪魔の勢力圏内は人間社会を幅広く侵食している。

どんなに平凡を装っていても、いずれはボロが出る。

ならば、曹操の言葉に甘える事が、安全を確保する最も身近で確実な手段だと、認めるしかない。

しかし、曹操の目的が不明瞭な中、彼女の下にいて本当に正しいのか?という疑念は晴れないまま。

 

「ねねは、どうしたい?」

 

「ねね……ですか?」

 

「レンは、ねねの言葉を尊重する。ここが嫌なら一緒に出て行くし、レンが守ると約束する」

 

疑り深い自分では、答えを見出せない。だから、音々音に縋った。

情けない――そうは思っても、これが一番確実な気がした。

音々音の言葉ならば、どんな選択でも信じて進んでいける。自分でも理解の及ばない強力な信頼が、この判断に至らせた。

 

「……ねねは、ここに残るべきだと思います。ねね達にはまだ知らなければならないことが多いですし、それを踏まえても確実な拠点があるというのは魅力的ですぞ」

 

「そう……ねねがそう言うのなら」

 

「それと、なのですが……ねね個人としては、曹操殿の言葉は信用して良いと思うです。少なくとも、虚言を申しているようには思えなかったのです」

 

確かに、嘘は言っていないだろう。ただ、隠していることがまだあるというだけで。

だけど、音々音にだってそれはわかっていることだろうし、それを踏まえた上での決断ともなれば、選択肢を委ねた自分があれこれ言う権利はない。

 

「……なら、今日からお世話になる」

 

「――ええ、歓迎しますよ。華琳もきっと喜ぶことでしょう」

 

そう微笑むレティシアは、とても慈しみに溢れていた。




自分が書いてきた主人公で初の、排他的で懐疑的でリアリストな性格のレンちょん。
ねねがいないと、まともに話が進まないじゃないですか、ヤダー!!

取り敢えず、今のところ原作除いてクロスしたのは三作品か……。
別段作者がアニメやゲームに精通している訳ではないので、ごった煮と言っておきながら偏った構成になりそう。


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