妹がいましたが、またさらに妹が増えました。 (御堂 明久)
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本編
二人目の妹


妹キャラが好きだから書いたオリジナル作品です!
もしかしたらどこかの妹キャラ作品と展開が被っていたりする
かもしれませんが、その時はご指摘お願いします!

では、どうぞ!


 

 

俺の名は(くすのき)祐介(ゆうすけ)、高校二年生だ。

突然だが、俺の現在の境遇を聞いてもらいたい。

まぁ......その、愚痴というか、うん。

 

俺には一人の妹がいた。

中学三年生の、愛すべき可愛い妹だ。

綺麗な色白の肌に、大きな眼、少し茶が入った髪はポニーテール。明るい性格で笑顔が素敵な、パッと見でもじっくり見ても美少女な、自慢の妹。

そんな妹との仲はというと。

親父が二年前に亡くなってから、お袋はまだバイトくらいしか出来ない俺や、そもそも働くことも出来ない妹を養うため、親父の分まで毎日仕事に励んでいてくれていた。

お袋は朝から晩まで仕事で家を空けていることが多いので、必然的に俺と妹は、家の中で二人っきりになることが多かった。というかほぼ毎日だ。

そんな生活の賜物(たまもの)か、俺と妹は仲が良い。

例えばこんな感じだ。

 

「おにーちゃんっ」

「んー」

「呼んでみただけー♪えへへー」

「何その漫画内だけのリア充カップルみたいな甘え方」

 

反抗期など今まで感じたこともないし、俺も妹が大好きなのでそりゃあもう仲が良い。俺が友人からシスコン呼ばわりされるくらいには仲が良い。

 

そんな、俺と妹の和やかで平和な生活に。

 

ある日、いきなり介入してきた人物がいた。

 

それが誰かって?

 

…………………………………………………………。

 

………………………………『妹』。

 

 

 

*   *   *

 

 

時は三日前にまで遡る。

久しぶりに夕飯頃に帰ってきていたお袋と、妹......飛鳥(あすか)も入れて三人で食卓を囲んでいた時、お袋が唐突に言いだした。

 

「ねぇ、祐介、飛鳥。私再婚しようかと思うんだけど......どぉ?」

『は?』

 

お袋の突然の発言に、俺と飛鳥は危うく持っていた茶碗を落としそうになり、ギリギリで持ちこたえる。あっぶねぇ......!もう少しで味噌汁がカーペットにぶちまけられるところだった......。

いや、そうじゃない。もっと大事なことがあるだろう。

 

「え?今なんつった?再婚?」

「ってことは新しいお父さんができるってこと⁉︎飛鳥たちの⁉︎」

「そーよぅ。会社で素敵な人が見つかってねぇ。今日プロポーズされちゃったのよぉ〜」

『プロポーズ!』

 

またも突然なお袋の衝撃発言に、これまた俺は茶碗を落としそうになる。なんなら飛鳥は踏ん張り切れずに箸で挟んでいたホッケの身を落としてしまっていた。後で拾っとけよ。

しかし飛鳥は既にそんなことは気にしていられないのか、震えながらお袋に、恐らくここからの話の肝になるべきことを聞いた。

 

「で、で......お母さんは、何て答えたの?」

「ん〜?良いですよぉ〜って」

『軽い!』

 

何て人なんだお袋!アンタ子持ちってこと忘れてないか⁉︎そんな軽々と人のプロポーズなんて......!いや、まだ結婚云々まで話はいってないのか?あ、あぁ、流石にプロポーズを受けた当日に結婚なんて......。

 

「明日にでも結婚しましょうって」

「何やってんだお袋!ソレ結婚詐欺か何かじゃねぇの⁉︎」

「そうだよお母さん!いくら何でも早すぎじゃない⁉︎」

「えへへ......やっぱりそう思う?」

 

早すぎっつー自覚はあったのか!

ダラダラと汗を流し始めた俺と飛鳥に、お袋は相変わらずふわふわとした笑顔を浮かべながら。

 

「大丈夫よぉ。すっごく優しいし、そもそも詐欺なんかに走るほど貧相な財布事情じゃないのよぉ、あの人は」

「え、何、その人金持ちなのん?」

「年収ざっと1億はいってるわよぉ、あの人は」

「すげぇ!ていうかお袋そんな人と同僚なの⁉︎」

 

そうなるとお袋もそれなりに稼いでいるのではないだろうか。いや、そんなことは今はどうでもいい。......とりあえず、詐欺ではないのか?

俺が思案していると、お袋が話し出す。

 

「けどぉ、私って一応は子持ちな訳じゃない?」

「あ、あぁ」

「だからねぇ、光男さんってば、貴方たちと仲良く出来るかどうか不安って言うのよぉ」

「あ、別に子持ちなのは気にしてないんだ......」

 

呟く飛鳥。確かに、お袋の話を聞いてみれば、光男(まぁ、間違いなくお袋にプロポーズした会社の同僚のことだろう)さんは子持ち云々より、結婚した際に新しい家族となる俺たちとのコミュニケーションがしっかり取れるかどうかが不安らしい。激しく情けないが、まぁ、分からないことでもない。

で、それがどうかしたのかとお袋に視線で問うと。

 

「だからねぇ、まずは娘だけそっちに置かせてくれないかって」

『えっ、娘?』

「そうよぉ。光男さんも子持ちなのぉ」

「は、はぁ⁉︎ちょ、娘っていつ......!!」

 

俺と飛鳥が先程から止まらない急展開についについていけなくなってきた時、ピンポーン、と家のインターホンが鳴った。

 

「あらあら、もう来たのかしらぁ」

「え......まさか......!?」

 

飛鳥が小さな声を出す。多分飛鳥も俺と同じ想像をしているのだろう。俺たちが固まってしまっている間にもお袋はスタスタドアの方へ歩いていき......。

 

ガチャリ、と。

 

家のドアを開けた。

そして、スタスタとお袋のとは別の足音がこっちに向かって近づいてくる気配。

その足音の主はリビングへのドアを開き、俺たちの姿を認めると......。

抱えていた大きめのバッグを床に降ろし、綺麗な礼をした。

 

「今日よりこの家の次女となります、雨宮詩音(あまみや しおん)と申します。初めまして......お姉ちゃん、お兄ちゃん」

 

これが、俺たち兄妹の生活への介入者......もとい、新入りと言うべきか。

とりあえず、俺に二人目の妹が出来た瞬間だった。




ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
最初はまだ全然ストーリーらしいストーリーではありません
でしたが......ここから義妹の方の本領が発揮されます!

そしてお母さんの出番は多分格段に少なくなります!

時オリジナル作品ということで設定がガバガバになるかも
しれませんが、これからよろしくお願いします!


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義妹実妹あなたはどっち?

ここから義妹、詩音の本領発揮です。
キャラがまだ立っていない奴らばかりですが、ストーリーの中で「あぁ、こういうキャラなのね」と掴んでいってください!

では、どうぞ!


俺は、微睡(まどろ)みの中にいた。

程良い温かみが俺の身体を包みこみ、俺もそれに身を任せる。

あぁ、何て気持ち良いのだろう。

これがただの夢だとは分かっているけれど。

この夢がずっと覚めなければいいのに......。

 

...............お兄ちゃん。

 

......む、飛鳥か。もう少し眠らせてくれ......お兄ちゃんはまだまだ寝ていたいんだ......。

 

...............起きて下さい、お兄ちゃん。

 

ん......?『起きて下さい』?

どうしたんだ飛鳥、急にそんな他人行儀になって。敬語だなんて俺に使ったことなんてないじゃないか。さぁ、いつもみたいに『おーきーてー!』と可愛く起こしにきておくれ......。

 

...............起きないと、(まさぐ)りますよ?

 

 

「うおおおおおおおおお⁉︎」

 

微睡みの中で聞こえた声に、半ば反射的に意識が反応し、強制的に覚醒する。

そ、そうだ、この声は俺の実妹(いもうと)のモノじゃない!

 

「やっと起きましたね、お兄ちゃん。まったく、お兄ちゃんはいつもお寝坊さんです。イタズラしたくなってしまいます」

「待て、俺が寝坊常習犯なのは認めるが、だからといってイタズラをするのはおかしい。絶対におかしい。そうだろう......詩音(しおん)

 

俺は今までの似たようなモノを含めると、これでもう三度目になる朝のやり取りを義妹(いもうと)としながら息を吐いた。朝から疲労が蓄積するとはこれ如何に。

 

 

* * *

 

 

3日前。

あの日、雨宮詩音が俺たちの家族となった日。

いきなり自身の義妹を名乗り出した目の前の少女に、俺と飛鳥はただただ困惑し、状況を把握出来なくなってしまっていた。飛鳥などは最早思考機能が停止でもしたのか、固まったまま動かなくなっていた。その風体はまるで電源の切れたロボットのようだった。

 

「......?どうかしましたか?お兄ちゃん」

「⁉︎......あ、あぁ......」

 

今まで飛鳥以外には呼ばれたことのない呼称で呼ばれ、困惑にさらに拍車がかかりそうになったが......何とか持ち堪えた。偉い。俺偉い。

とにかく、まずは向こうが名乗ってきたんだし......。

 

「えっと......君がお袋......じゃねーや、母の再婚相手の娘さんかな?」

「はい、その通りです」

「お、おぉう......あっ、すまん。あー......俺は楠祐介っつー者だ」

「はい、知っています。そちらがお姉ちゃん......楠飛鳥さんですね」

「お姉ちゃん⁉︎飛鳥がお姉ちゃん⁉︎」

 

飛鳥も呼ばれ慣れていない、というか初めて呼ばれたであろう『お姉ちゃん』という言葉の響きの影響か、現世に戻ってきたようだ。おかえり。

それにしても......俺は雨宮詩音に声をかける。

 

「......何つーか、落ち着いてるんだな」

「私は前以て聞かされていましたから。確かに再婚のことを聞かされた当初は多少驚きましたが、ここに来る間に心の整理はつきました」

「はぁ」

 

無表情のまま淡々と話す雨宮詩音。

その顔立ちは整っており、光を反射して煌めく艶やかなミディアムヘアーは亜麻色。眠たげに半眼に近い形をとっている眼は、覗けばそのまま吸い込まれてしまいそうな不思議な美しさを醸し出していた。くびれたウエストに程良い大きさの胸も相まって、飛鳥に負けず劣らずの美少女であるという事実が視界いっぱいに広がってくる。

俺が思わず見惚れていると、雨宮詩音が話し出した。

 

「お兄ちゃん」

「っ。あ、あぁ、何だ?雨宮」

「......私は今日からお兄ちゃんの義妹なのです。名前を」

「お、おぅ。何だ?......詩音」

「お兄ちゃん、私は与えられた義務や仕事は絶対にやり遂げるのです」

「へぇ、真面目なんだな」

 

普通に立派なことだと思う。で、それがどうかしたのだろうか。

 

「今日、私は『義妹』という役職を与えられました」

「うん......うん?」

「なので、私は今日を以って、お兄ちゃんを心の底から愛すことを誓います。そう、私は......」

 

「"ブラコン"になります!」

 

『はい⁉︎』

 

突然の詩音のブラコンになる宣言に、俺と、俺と詩音のやり取りを見ていた飛鳥の驚愕からの声が見事にシンクロした。

そのまま飛鳥が焦ったように詩音に言う。

 

「ちょ、ちょっと待って詩音ちゃん!ブラコンになるって⁉︎」

「言葉通りです、お姉ちゃん。兄を愛せない妹など妹ではありません。あ、もちろんお姉ちゃんのためにシスコンにもなるのでご心配なく」

「そんな心配してないよ⁉︎ていうか、ならなくていいよ!ブラコンにもシスコンにもならなくていいよ!普通で良いんだよ!」

「笑止ですお姉ちゃん!兄妹たるもの、イチャイチャベタベタして、そこらのカップルたちがただの他人同士の馴れ合いに見えてしまうほどに成らなければならないのです!」

「詩音ちゃんの中の『兄妹』ってどうなってるの⁉︎」

 

詩音が言った光景を想像したのか、顔を真っ赤にしながら飛鳥が叫ぶ。ていうか本当何その兄妹像。情報源、多分エロゲとかラノベだろ。

 

「あー......なぁ詩音」

「何でしょうか、お兄ちゃん」

「いや、そのさ。飛鳥の言う通りじゃね?別に無理してブラコンやらシスコンやらにならなくても......そもそも義妹って役職じゃないしさ」

「.......もしかして、お兄ちゃんはブラコンの義妹は嫌いですか?」

「いや、超好きだけどね。ラノベでも買うのは妹モノばかりだし」

「お兄ちゃん⁉︎」

 

またも飛鳥の驚愕したような声が聞こえてきた。何だ一体。

と、詩音が少し思案するような素振りを見せ、言ってきた。

 

「なるほど......では、こうします」

「ん?」

「お姉ちゃんはシスコンの義妹は少しばかりお気に召さないようなので、やめることにします。お姉ちゃんの意志が第一ですから」

「詩音ちゃん......」

 

感動したような飛鳥の声。

 

「しかし、お兄ちゃんはブラコンの義妹が大好きなようなのでブラコン路線は継続していきたいと思います。はいけってーい」

「詩音ちゃん⁉︎」

 

絶望したような飛鳥の声。

というか俺も焦った。何だってんだ、まったく。

大体いきなり来た義妹が美少女でブラコンだなんて......。

だなんて........。

...........................................。

 

「何それすっげぇ萌える。良いじゃんそれ。それでいこうよ」

「お兄ちゃん‼︎」

 

憤怒の感情に彩られた飛鳥の声が聞こえた。

てなわけで、突如現れた俺の二人目の妹は、ブラコンとなって意外とすんなりと我が家にすむことになったのだった。

 

 

* * *

 

 

そして、時は現在。

 

「ブラコンってのは寝込みの兄を襲うものなの⁉︎」

「その通りですお兄ちゃん!そう、これこそおはようの義妹キス」

「すげぇ!今時のブラコンってすげぇな!」

 

俺は前傾姿勢をとりながら叫ぶ。てっきり恋人同士、いや、恋人同士でもほとんどやらないと思っていたおはようのキスなんてものを世のブラコンは普通にやっていると聞けばそりゃあ驚くさ。まさにカルチャーショック。世界の真実を知った気分である。

最初こそ驚き、拒否するような姿勢を取ってしまっていたが、俺はあの日、詩音のブラコンスタイルを受け入れると言ったのだ。ここは責任を持っておはようの義妹キスに応じるべきだろう。

 

「ふぅ......ごめんな詩音。ちょっと焦ってたわ」

「無理もないです。私もまだ少し恥ずかしいですから」

 

頬を染める詩音。俺はそんな詩音に微笑みを向け。

 

「詩音も恥ずかしがるんだな、ちょっと安心したよ」

「と、当然です。私も......初めてですから」

「そ、そうか。それじゃあ、しようか」

「は、はい。しましょう」

 

『おはようのキ「させるかーーーーーっ!」痛ぇ!」

 

詩音と唇を重ねようとした矢先、突如後頭部に衝撃が走る。

俺が衝撃が飛んできた地点に視線を向けると。

 

「お、おおおお兄ちゃん!今何しようとしてたのっ⁉︎」

「何だ飛鳥か。おはよう」

「おはようございます、お姉ちゃん」

「あっ、うんおはよー......じゃなくて!」

 

何故か興奮したような様子の飛鳥。一体どうしたというのだろうか、朝からそんなに慌てて。

..............あぁ。

 

「悪いな飛鳥。朝ごはんはまだ作ってない」

「違うよ⁉︎別に朝ごはん欲しさにお兄ちゃんを叩いたんじゃないよ⁉︎」

「お兄ちゃん。多分お姉ちゃんはキスを自分にもして欲しいと言いたいのだと思います。お姉ちゃんもお兄ちゃんからしたら私と同じ妹ですから、当然の欲求です」

「違うってば⁉︎むしろ止めに来たんだよ⁉︎」

 

顔を真っ赤にして叫ぶ飛鳥。なるほど。

 

「じゃあ二人にしてやろう。せーの」

「きゃーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

俺が詩音の助言を元に最適と判断した行動を取ろうとした時、飛鳥が急に叫んだと思ったら、思いっきりビンタを放ってきた。クリティカルヒットである。俺の頬に。

 

「いってぇ!飛鳥痛いって!」

「わーっ、わーっ!ほ、ほら詩音ちゃん!下行くよ!」

「きゃー。お兄ちゃん、おはようのキスがー」

 

瞬く間に飛鳥と詩音が階段を下り、リビングへ降りていく。

俺は叩かれた頬を押さえながらベッドに倒れこみ、呟いた。

 

「妹って、二人になっただけでこんなに違うんだな......」

 

妹が二人になってまだ3日目。

これから先、色々苦労しそうである。




キャラは掴めましたかね?
個人的には
主人公は飄々としたシスコンキャラ、
飛鳥は二人を抑えるストッパーブラコンキャラ、
詩音はガンガンいこうぜ熱愛型ブラコンキャラ、
という感じで書いています。
さぁ、これから彼らの日常はやっと本格始動です。
次回も見てくださいね!ありがとうございました!


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実妹の対抗策!


義妹、詩音の強キャラに呑まれる実妹、飛鳥!
今回は彼女に焦点を当てていきます!
今回はっていうかまだ3話目ですが!

では、どうぞー♪


 

「いっつ......飛鳥(あすか)のヤツ、マジで引っ叩きやがったな?」

 

俺は、実妹である飛鳥渾身の一撃によって少し赤くなった頬をさすりながら服をパジャマから制服に着替える。......頬痛ぇ。

何故ただの平手による一撃でここまでダメージが通るのだろうか。あれか、某忍者漫画の日向一族の八卦掌でも習得しているのか、アイツは。

などという超どうでもいい妄想(結局、俺の肉体が常軌を逸してひ弱という結論に落ち着いた) をしている内に着替えを終了させる。

さぁ、今日も一日頑張りましょーか。......やっぱ学校メンドいわ。

 

 

* * *

 

 

今日の朝食はパンにハムにスクランブルエッグにサラダ、にしようと思う。まだ作ってねーよ、気が早いぞ。そういうヤツが「作んのおせーよ!」つってレストランで騒ぐんだ。ごめん、言いすぎた。だから怒らないでね?俺腕っぷしは実妹(あすか)にすら劣るんだから。

字面だけ見ると、朝からこんなに飯食うとか馬鹿かよ、と思うかもしれないが、量は調節するつもりだ。いわゆるモーニングを想像していただきたい。と、いうかこのメニュー自体モーニングをパクったものだ。俺ガイ◯で修学旅行回で食ってたのを見て美味そうだと思ったからね。

 

「さて、じゃあ作るか......」

「お兄ちゃん」

「ん?おぉ、詩音(しおん)か。どした」

 

雨宮(あまみや)詩音(近々『楠』詩音になるらしい)。つい3日前に我が家にやってきた義妹(いもうと)だ。......所々思考がぶっ飛んでいる所はあるものの、普段はとても品行方正で、非常に出来た娘であることが最近分かってきた。その証拠として......。

 

「朝食の調理を手伝います」

「ん、お願い」

 

こうして朝食の調理の手伝いをしてくれる。当初は断ったのだが、『妹たるもの、いかなる時もお兄ちゃんと一緒に作業すべし』という詩音の謎理論に押され、あれから3日経った今ではすっかり甘えさせて貰っている。と、そこで不満そうに揺れているポニテが目に入った。

 

「......むー」

「どうした飛鳥?そんなに腹減ってんのかよ」

「お兄ちゃんは寝起きといい今といい、飛鳥を食いしん坊キャラに仕立て上げたいのかな⁉︎」

「実際俺よりは食うだろう。んで、どうしたんだよ、不満そうにして」

 

朝食のメニューが気に入らなかったのだろうか。いや、コイツはほとんど好き嫌いは無かった筈だ。ガキの頃、『あのおすしに入ってる葉っぱみたいなの、あすかきらい!』と言っていたが、そもそもアレは食い物ではないのでノーカンだろう。あぁ、あとは板チョコの銀紙も嫌いと言っていたな。うん、だからどうしたってことなんだけど。

すると、飛鳥はちらっと俺の横の詩音を一瞥し......。

 

「ね、ねぇ、お兄ちゃん。飛鳥も......一緒に朝ごはん、作って良い?」

「駄目だ」

「うわーん!まだ駄目なのー⁉︎」

 

俺が飛鳥の要求をバッサリ斬り捨てると、飛鳥はわっと泣きながらうずくまってしまった。そんな飛鳥を見てか、詩音が遠慮するように言ってくる。

 

「あの、お兄ちゃん。何故お姉ちゃんだけ駄目なのでしょう。料理が苦手でも、私なら恐らくカバーは出来ますよ?だから......」

「詩音は良い娘だな。......だがな、アレは最早人の力ではどうにもならないんだよ」

「............はい?」

 

俺の発言の、意図が読めなかった詩音が首を傾げる。当たり前だ、俺だって飛鳥の『アレ』を知らずにこの言葉を聞いていたら同じ反応をするだろう。

仕方ない、実際に見せた方が早そうだな。

 

「飛鳥、飛鳥」

「ううう〜......何?」

「喜べ、お前に朝食の調理権をやろう。メニューは目玉焼きだ」

「本当⁉︎......アレ?今日のメニューって目玉焼きなんて無かっ......」

「良いから。俺が作っちゃうぞ?」

「わっ!待って待って!飛鳥が作る!一緒に作ろっ、お兄ちゃん!一緒に!」

 

俺に調理権を与えられた飛鳥は嬉々としてキッチンに立つ。そしてエプロンを着け、フライパンを握り、卵を割って......約5分後。

()()()()完璧な目玉焼きが完成した。

 

「完成ー!」

「......何の問題もなく目玉焼きが出来ましたよ?」

「まぁ見てろ。もうすぐだ」

 

5......4......3......2......1......0。

ボンッ!という音がキッチンに鳴り響いた。

 

『ひゃあっ⁉︎』

 

そしてその音に驚いた飛鳥と詩音が身を震わせ、詩音は近くに立っていた俺に抱きついてきた。と、それを見た飛鳥がトコトコ歩いてきたと思うと、ぎゅっ、と俺に抱きついてきた。いや、何でだよ。絶対ワザとだし、この音の発生原因お前だし。

と、詩音が軽く涙目で俺を見上げてくる(可愛い)。

 

「な、何ですか今のは......!?一体どこから......」

「あそこだよ、あそこ」

「えっ......?」

 

困惑する詩音。そりゃそうだ。だって俺が指し示した場所は......先程まで飛鳥が完成させた目玉焼きが乗った皿があった場所なのだから。

今やそこに目玉焼きは無い。ちょっと表面が焦げた皿がそこにポツンと置いてあるだけである。そして、その状況から見て詩音は仮説を立ててみたのか、ぽつりと呟いた。

 

「目玉焼きが......爆発した......!?」

「正解。飛鳥、やっぱまだお前にフライパンは握らせられねーな」

「うぅ......上達したと思ったんだけどなぁ......」

 

ここでネタバレ。

先程の音は、詩音の仮説通り......いや、少し違うかもだが、『目玉焼きが破裂』した音である。膨らんで、爆ぜた音である。風船に近い現象だ。

......時は三年前までに遡る。

 

ー 三年前 ー

 

当時、俺は中学三年生、飛鳥は一年生だった。

 

『おにーちゃんおにーちゃん!飛鳥お料理作りたい!』

『えぇー?俺もそんなに料理したことないんだが......まぁ』

 

その時は俺も料理なんてものは、学校の調理実習くらいでしかやったことがなかったため、料理に対しての認識が甘かったのだろう。まだロクに調理器具を使ったことのない飛鳥に料理することを許可してしまった。

 

『良いんじゃね?俺が見ておくからよ』

『わぁい!ありがと、おにーちゃん!』

『何作んの?』

『んー?肉じゃが!女の子のひっしゅー料理だって!』

 

肉じゃがが必修なんて話は聞いたことが無かったが、まぁ、別にソレをどうこう言う気は無かった。そして俺と飛鳥はキッチンに立ち、30分後。

 

『できたー!』

『うおっ、メッチャ美味そうだな!俺より上手いぞ、飛鳥!』

『えへへー......おにーちゃん、一緒に食べよ?』

『え?良いの?』

『うんっ!だってその為に作ったんだもん!』

『あ、飛鳥......』

 

その言葉を聞き、俺は思わず肉じゃがから目を離して飛鳥を見た。すると、飛鳥もこちらを向いており、にこっと笑う。

 

『いつもありがとうっ、おにーちゃん!これはそのお礼だよっ』

『......うっ』

『え⁉︎ど、どーしたのおにーちゃん?泣かないで⁉︎』

『いや......肉じゃが内の玉ねぎが今になって効いてきただけさ......食べよっか』

 

飛鳥の優しさに心打たれ、幸せな気持ちのまま、肉じゃがを食べようと皿に視線を戻す。そして、視界に入ってきたのは......。

 

『...............は?』

 

パンパンに()()()()()、今にもはち切れそうな肉じゃがの具材たちだった。その風貌はまさに破裂寸前の風船。

野菜や肉が膨れ上がるという奇異極まりない光景に一瞬硬直してしまったが、とにかくここにいては危険だということだけはすぐに察知した。まぁ、最も......その時には既に手遅れだったのたが。

ドカァン!と。肉じゃがが皿を粉砕しながら飛び散った。

 

 

* * *

 

俺は三年前のその悲劇を詩音に説明し終わり、息を吐いた。

 

「......んで、飛鳥は普通にクッ◯パッドに従って作っただけっつーから、今度は味噌汁を作らせてみたんだ。でも、結果は同じだったよ」

「爆発したんですか......」

「した。だけど最近は目玉焼きとか卵を焼くだけっつーシンプルな調理方法の料理だったら今みたいな小規模な爆発で済むようになってきたけどな」

「いや、料理が爆発すること自体異常なのですが」

 

詩音はそう言うが、あの時の肉じゃがは皿を粉砕し、さらには飛び散ったジャガイモが壁を凹ますほどの規模で爆発したのだ。三年で料理だけが消滅する規模程度に落ち着いたのは奇跡だろう。努力の賜物だ。

 

「と、いうわけで。飛鳥、ありがとな。気持ちは嬉しいが、もう少し上達したらまた手伝ってくれ」

「............うん」

 

少し落ち込んだ様子の飛鳥。まぁ、コイツもあの悲劇からどうにか料理技術を習得しようと頑張ってきていたのだ、それで目玉焼きが消し飛ぶという結果は少し堪えたかもしれない。

......仕方ない、また明日コイツの料理の練習に付き合ってやろう。

 

 

* * *

 

 

「......うし、席着いたな?では、いただきまーす」

「いただきます」

「いただきまーす!」

 

あれから少し経ち、無事朝食が完成した。いつもより時間が押している状態での朝食だが、まぁ、高校に遅刻することはあるまい。

 

ひょーひょほはんはほひひーへぇ(今日もご飯が美味しーねぇ)...」

「そうか、良かった。取り敢えず飲み込んでから話せ、な?」

「え、今ので何言ってるか分かったんですか?」

「付き合い長いからな」

ふぃっふぃんほーはいはへ!(一心同体だね!)

「そうだな」

「......私もいつかその領域に......!!」

 

三人で食卓を囲みながら過ごす朝。

今まで飛鳥と二人で朝食は食べていた。正直、それだけでも楽しかったし、幸せだったのだが......詩音が来てくれたことで、さらにこの家には笑顔が増えた気がする。まだ詩音が来て3日しか経っていないし、俺らの新しい父親......詩音の父親にも会ったこともない。

まだまだ色んなことはあるだろうが......今はこの時間を楽しんでも良いだろう。

と、飛鳥がまだ口にサラダを詰め込んだまま詩音に言った。

 

ひほんひゃん(詩音ちゃん)

「?私ですか?お姉ちゃん」

ほひーひゃんは、ははははわははひゃいよ!(お兄ちゃんは、まだまだ渡さないよ!)

「......すみません、お兄ちゃん通訳をお願いしていいですか?」

「......俺も今のは分かんなかったなー」

 

義妹が来てから3日目の朝。

特に何もなく、俺たち三人の時間は過ぎていく。

 

「んくっ......負けないよっ、詩音ちゃん!」

「えっ?」

「まずはお料理からだー!」

「ちょっ、お姉ちゃん、さっき何言ってたんですか?お姉ちゃーん?」

 

 




定番の料理下手キャラ(笑)。
まぁ、家が消し飛ぶ程の爆発ではありませんが......。
次は主人公の高校生活でも書こっかなーと思っています!

では、今回はここまでということで。
ありがとうございました!



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兄の高校生活の一コマ


妹モノの小説に妹が出てこない......?
ま、まぁ今回は主人公の学校での生活をってことで!
ちょっと物足りない方もいるかもしれませんが.......

どうぞ!


朝食を食べ終わり、身支度を終えた。

詩音は飛鳥と同じ中学の二年生として今日から登校するらしい。転校生という立場で不安もあるかもしれない。俺が学生でなけれぱ着いていってあげたかった......!!

 

「じゃ、お兄ちゃん。行ってくるねー」

「行ってきます、お兄ちゃん」

「ん、あぁ。いってらっしゃい」

 

飛鳥と詩音が扉を開けて外に出て行く。

......俺も行くか、学校。ふえぇ......面倒だよぉ......。

などという他愛も無いことを考えつつ、俺も扉を開いた。

 

 

* * *

 

 

最近自転車通学でも体力が尽きかけます。

重い身体を引きずるように歩きながら、俺は教室の扉を開けた。

 

「うーす......帰りたい......」

「ホームシックに陥るの早過ぎじゃない⁉︎」

 

俺が教室に入ってすぐに漏らした呟きに反応してきたのは(ひいらぎ)伊織(いおり)。中学からの付き合いで、艶やかな黒髪をセミロングに整えた、中々の美少女である。しかし性格があまり女の子っぽくないサバサバした感じなので、ぼくのいもうとたちにはかないません。まる。

俺はそんなことを考えながらも柊に挨拶をする。

 

「おはよう、柊。今日も絶好の居眠り日和だな」

「授業中にキミが眠る気でいることがハッキリ分かったよ。まぁ、おはよ、クスノキくん」

 

......中学からの付き合いだからといって、別に名前で呼びあったりはしない。所詮は同じ中学ってだけで今まで付き合ってきた腐れ縁みたいなモンだしな。別に俺はそこまで積極的に人との距離を縮めようと努めるタイプではない。あと、その、恥ずかしいし。だから......。

 

「よおおおおう祐介!おはよう!青春、謳歌してるか⁉︎」

 

こんな風に騒ぎながら馴れ馴れしく肩を組んでくる奴はマジで鬱陶しく思うんだよね。もうね、馬鹿かアホかと。俺はこの馬鹿の顔面に吸い込まれそうになった自身の拳をそっと抑え、馬鹿に問うた。

 

「してない。で、何の用だ、笠原(かさはら)

「おはよう」

「......おはよう。で、何」

「そんだけ」

「離れろこの阿呆が!」

 

俺は全身全霊を以って笠原を払いのけた。コイツは無駄に筋肉が付いているので、やたら重い。体重をかけられると貧弱な俺の両足は砕けてしまうのだ。

......コイツは笠原伸二(しんじ)。帰宅部のクセに体格が良く、いつも馬鹿みたいにニコニコ笑っている短髪の男子生徒だ。あと性格がやたら明るくて鬱陶しい。暑苦しい。多分かの熱血テニスプレイヤーくらい。

俺はそんな鬱陶しい笠原をギロッと睨みつける。

 

「笠原、前も言ったが俺を名前で呼ぶのをやめろ。気安くすんな」

「何でだよー。俺とお前の仲じゃんか!」

「このクラスで初めて知り合った、限りなく浅い仲だな」

 

そう、コイツはやたら馴れ馴れしいが、俺とコイツの関係は二年生になってからであり、今は6月下旬。精々二カ月半程度の付き合いだ。人の名前を覚えるのが得意ではない俺は、まだクラスメイトの名前も全ては把握していない。......コイツだけは何故か俺に超纏わりついてくるのですぐに覚えてしまったが。

 

「フッ、祐介......友情の深さってのはな、付き合いの長さだけじゃ決まらねーんだぜ?」

 

何てウザいんだ。

俺はフスッ、と不満ですという意思を込めに込めた鼻息を漏らし、俺と笠原のやり取りをニコニコして見ていた柊にも不満気な視線を向けた。

 

「助けてくれよ......」

「えー?どーしてー?」

 

ニヤニヤしながら柊がそんなことを言ってくる。チクショウ、中学のときからこの食えない笑顔は変わらない。

 

「いや、腐っても中学の同級生が得体の知れない馬鹿(笠原)に襲われてたんだぜ?少しは手を貸してくれたって良かったじゃねーか」

「俺、エイリアン扱い⁉︎」

 

何を言うか。今や貴様はエイリアンより禍々しいナニカに見えるぞ。その内黒い瘴気とか身に纏いそう。ゴア・マ◯ラみたいな。

 

「酷い言い草だね......でも、ボクはクスノキくんとカサハラくんは、とっても仲良しに見えるんだけどなー」

『何⁉︎』

 

柊の発言に、俺は死ぬほど心外だという表情で、笠原は憎たらしいほど嬉しそうな表情で反応する。やべぇ、マジで心外だ。こんなムキムキ似非リア充と仲が良いように見られてるなんて。

俺はあまりの心外さに、出来るだけクラスメイトには教えないようにしていた最近の生活に起きた変化を話してしまった。

 

「冗談はよせ。ぶっちゃけ、二ヶ月半程度の付き合いのコイツよりも、まだ4日しか生活を共にしていない俺の義妹の方が仲が良いぜ」

『え?義妹?』

「.....................あっ」

 

言ってもうた。

というか、柊と笠原、息ピッタリじゃねーか。お前らの方が仲良くね。

 

 

* * *

 

 

数分後。俺は二人に質問責めにあっていた。

義妹って何、どんな子なの、可愛いのか、名前は何なの、妄想じゃねーの、年齢は、そんなことよりサッカーしようぜ。

何かちょいちょい失礼な質問や全然関係ない発言が混じっていたので、取り敢えずそれらの発信元と思われる阿呆(笠原)をシバいておいた。

と、柊がセミロングの黒髪の先をいじりながら言った。

 

「へー......詩音ちゃんかぁ。......ねークスノキくん、ボクもその子、見に行っていーかな⁉︎」

「は⁉︎え、いつ、どこで」

「今日!キミの家で!」

「何で!というか、いきなり......!」

「おお!じゃあ俺も行くぜ!祐介の義妹とか興味あるわ!」

「お前さっき『そんなことより』サッカーしようぜとか言ってただろーが!」

「いーからいーからぁ。中学からの友達でしょー?」

「その友達を見捨てて傍観してた女はどこのどいつでしたかねぇ!」

 

全力で反論する俺。あぁ、多分俺はコイツらに詩音のことがバレたらこうなることを薄々分かってたんだ。だから無意識の内に隠そうとしてたんだな......。

俺が自分の注意力の無さに項垂れていると、一時限目が始まる5分前に鳴る予鈴が、校内に響き渡った。





こうして、彼の家にボクっ娘と馬鹿が来ることになったのだった。
次回、クラスメイトと義妹の初対面!
ちなみに、伊織は飛鳥と面識があります。
さぁ、二人に会った妹たちはどんな反応をするのか。

次回もよろしくお願いします!


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友人とか義妹とか父親の初コンタクト

テスト終わったああああああああ‼︎
フハハハ、もう良い、勉強なんてしない!
どうも、テストが終わってダラけモードの御堂です。
ちょっと更新に間が空いたので、キャラにブレが出てるかも?
そこは皆様の広い心でどうにか.......(笑)。

で、では!どうぞ!


今日の最後の授業が終了した。

厳密には、終了した時のチャイムで目を覚ました。終わったのん?

俺は現状確認のために、隣の席の(ひいらぎ)に問いかけた。

 

「なぁ、授業終わったの?」

「ガッツリ寝てたね。今回の授業はテストに頻出する範囲だったみたいだよ?だいじょぶ?」

「文系教科に限り、校内有数の頭脳を誇る俺を舐めんな。大丈夫だよ」

「さっきの授業は数学だよ......」

 

割とエグい事実を聞かされた気もするが、そんなことは大した問題ではない。しかし少しは恨み言も漏れてしまうもので。

 

「起こしてくれれば良かったのに......」

「キミ、ボクが起こそうとしたら、寝ぼけてたのかボクの胸を揉もうとしてきたんだよね。だから一発いったらグッタリしちゃって」

「殴ったのか⁉︎寝ていた無防備な人に拳を振るったのか⁉︎」

 

流石に見過ごせない事実を聞かされてしまった。まぁ、あとは帰宅するたけだ。俺はそのまま意図的に語調を荒くし叫ぶ。

 

「クソッ、気分が悪い!今日は一人で帰らせて貰うぜ!あばよ!」

 

そのまま教室から出ようとし......肩を掴まれた。二人分の手の感触。振り向くと、そこには柊といつの間にか出現していた笠原(かさはら)のニヤついた顔が。

 

『怒った演技をして約束をうやむやにしようったってそうはいかない』

「.........約束って、お前らが一方的に決めただけなんですけど」

 

俺は柊と笠原(バカ)に肩を掴まれたまま、深く溜息をついた。.......あの、肩痛いんですけど。笠原さん握力いくつ?

 

 

* * *

 

 

今日の朝、ほぼ強制的にコイツらと俺の義妹、詩音(しおん)の対面式のセッティングを任された俺は、死んだ魚のような目をしながら昇降口へと向かっていた。奴らは「新しい妹さんにみっともない姿は見せられないね!」「まったくだ!タキシードを着ていこう!」とか言いながら一旦帰っていった。着替えてから我が家に出向くようだが......笠原は、マジでタキシードを着て来るようだったら即追い出してやろう。

俺は、もう一度深い溜息を吐き。

 

「......詩音に悪影響が出なければ良いんだが......」

 

これから起こるであろう邂逅に対する、多大な不安を口にした。

 

 

* * *

 

 

〜 飛鳥side 〜

 

飛鳥こと(くすのき)飛鳥(あすか)は中学校での授業を終え、帰路についていました。今日は詩音ちゃんの、記念すべき転校初日でした。詩音ちゃんは私の一個下......つまり二年生のクラスに行きました。そして、詩音ちゃんの礼儀正しさや、その綺麗な容姿のおかげか、クラスのみんなは暖かく詩音ちゃんを迎えてくれていたようです。

 

「うーん、良かった良かったー!もし詩音ちゃんがクラスに馴染めなかったらって心配してたよー」

 

飛鳥はてくてく一人で歩きながら声を上げました。

実際、とても心配していたのです。お兄ちゃんに至っては飛鳥と詩音ちゃんが家を出るとき、「一緒に行ってやりてぇ......ッ!!」みたいなオーラがすんごい出てました。もう肉眼で視認出来る位でしたもん、アレ。

 

「本当だったら下校も詩音ちゃんとしたかったんだけどなー」

 

そう、詩音ちゃんは転校生という立場上、今日も少し先生とお話があるということで、一緒に下校はしていません。そして、友達の部活動が長引いてしまったこともあり、飛鳥は今日は一人で帰っているのです。さみしーです。

 

「......暇だなー」

「もしもし、お嬢さん」

「わひゃい⁉︎」

 

再び独り言を漏らした瞬間に背後から掛かってきた男の人の声。びっくりしてしまった飛鳥は、思わず変な声を上げてしまいました。わひゃい。

変な声を上げてしまったことが恥ずかしく、ちよっと顔が熱くなってきました。うぅ、多分ほっぺたも真っ赤です。とにかく後ろを向かないと。

 

「だ、大丈夫ですか?すみません、突然お声を掛けたりしてしまい......」

「あ、いえいえ!大丈夫ですよー!飛鳥もちょっとびっくりしちゃっただけですし!」

「そ、そうですか」

 

飛鳥に声を掛けてきた男の人は、眼鏡を掛けた20代後半くらいのスーツの人でした。優しそうな顔立ちで、背もおっきいです。

 

「えっと、何か用ですかー?」

「あっ、はい!実はある家を探してまして......」

「家ですかー?どちらさんの所ですか?」

「『楠』という表札が掛かっている家なのですが。家主は楠千歳(ちとせ)という女性でして」

「............えっ?」

 

楠千歳とは飛鳥のお母さんの名前です。え、もしかしてこの人......!?

 

 

* * *

 

 

〜祐介side〜

 

場所は変わって、俺らが住む少し大きめの一軒家。

そんな我が家に、馬鹿二人が襲来した。

 

『おっじゃまっしまーす!』

「帰れ!」

 

......純白のドレスと、タキシードにその身を包んだ馬鹿二人が。

 

「何さクスノキくん。約束でしょー?入れてよー」

「そうだぞ祐介。義妹ちゃんに会うためにこんな正装までしてきたんだからな!」

「この馬鹿が!平穏な出会いを詩音と交わしたいならフツーの格好をしてこい、フツーの!」

「普通の?着替えに袴は持ってきているけどよ......」

「ボクはスク水持ってきたよー」

「ああああああああああああああああ‼︎」

 

もうやだコイツら!感性が何かもうズレてるもん!思考回路が一般人のソレじゃないもん!スク水って何⁉︎どこが正装⁉︎でも柊のスク水は後で見せてねお願いします!

 

「とにかく、今のお前らを詩音に会わせたらロクなことが起きない気がする。まずは着がえろ。さもないと我が家の食器類が貴様らを穿つ武器と化すぞ」

 

具体的にはフォークで刺してスプーンで抉ってピーラーて剝ぐ。俺は本気だ。もう俺のソウルジェムはとっくに漆黒に染まっているのだ。

俺のマジな雰囲気を察したのか、柊はスク水とは別に持ってきていたのか、普通の高校の制服を背負っていたリュックから取り出した。そして笠原は袴を......。

 

ザクッ!

 

「うおおおお‼︎あっぶねー!何すんだよ祐介!」

「普通の服を着ろっつってんだろがああああああああ‼︎」

 

俺はフォークを笠原に何本も投擲しながら絶叫した。近所のおじさんにうるせぇと怒られた。

 

 

* * *

 

 

笠原の馬鹿はマジで袴とタキシード以外の着替えを持っていなかったので、昔親父が着ていたジャージを着せておいた。柊は俺の部屋で着替えてもらっている。柊は俺の部屋に何度か入ったこともあるので、今更入れても特にどうも思わない。......聖典(エロ本)は物置に移動済みである。

 

「へー。ここが祐介の家かー」

「あまりジロジロ見んな馬鹿。詩音が帰ってくるまでじっとしてろっての」

「そういえば、祐介ってもう一人妹いんだって?柊から聞いたぜー」

「余計なことを......」

 

この阿呆に飛鳥のことまで知られたのはとても面倒臭い。飛鳥とも会わせてくれとか言われると本当に。俺が某ひねくれぼっちに匹敵する程に腐りきった目で笠原を眺めていると、ドアがガチャリと開いた。

 

「ただいまーっ!お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃーん!」

「ただいまです、お兄ちゃん。来ました、来ましたよ」

 

噂をすれば何とやら。同時に帰ってきたらしい飛鳥と詩音が、何やら興奮した様子でパタパタこっちに向かって走ってきた。と、そのタイミングで柊も俺の部屋から制服姿で出てくる。

 

「なになに、何の騒ぎー?」

「あれっ、伊織さん!来てたんですか?」

「やっほー、飛鳥ちゃん。久しぶりー......はっ、その子が詩音ちゃん⁉︎きゃー、可愛いー!」

「ちょっ、誰ですか貴女は......抱きつかないで......!?」

 

こっちからは見えないが、玄関付近から聞こえる声。

............ん?何か飛鳥と詩音以外の足音が聞こえるような......。

と、飛鳥が興奮そのままにリビングに入ってきた。

 

「はっ、こんなことしてる場合じゃない!お兄ちゃん!来たよー!」

「くぅっ、お兄ちゃん、助けて下さい......!!」

「お帰り、飛鳥、詩音。っつーか何が来たんだ......よ......」

 

リビングに入ってきたのは『四人』。

一人は俺の妹、飛鳥。

一人は俺の義妹、詩音。

一人は詩音に抱きついたままの柊。

一人は......眼鏡を掛けた20代後半くらいのスーツ姿の見知らぬ男性。

そして、その男性は名乗る。

 

雨宮(あまみや)光男(みつお)です。初めまして......ぼ、ぼくの、息子くん......もとい、祐介くん」

 

おとうさんでした。

 

 




出てきちゃったよおとうさん。
次回はお父さんのキャラ立てです。キャラ立てしますよ。
野郎のキャラなんてどうでもいいなんて言わないで!

では、また次回で!
感想待ってますー!


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父親の計略と妹たちの奮起

義父が登場しましたー!
実は今回、話の流れ上折角登場した伊織と笠原は空気となります......。しかし!次回からはちゃんと活躍しますので!
それを踏まえた上で......。

どうぞー!


雨宮(あまみや)光男(みつお)です。初めまして、息子くん......もとい、祐介(ゆうすけ)くん」

「このタイミングで⁉︎」

 

前回までのあらすじ(錯乱)‼︎

僕、(くすのき)祐介には最近義妹が出来たんだ!

それでね、僕の友達の(ひいらぎ)伊織(いおり)笠原伸二(バカ)がその義妹、詩音(しおん)に会いたいって言い出したの!

でね、でね、家で詩音を待ってたらね!

実妹の飛鳥(あすか)と詩音と一緒に、お義父さんが来たんだぁ!

 

「............」

「お、お兄ちゃん?大丈夫?頭押さえて......」

「悪い、ちょっと今お兄ちゃん脳内がラグナロクだから」

「凄い表現だね、脳内がラグナロクって」

 

別にビッグバンでもセカンドインパクトでも良い。

とにかく、現在の状況に脳の処理能力が追いついていないのだ。ただでさえ柊や笠原の相手は疲れるというのに......!!

と、柊に抱きつかれたまま詩音が話し出した。

 

「くっ、だから抱きつかないでと......はぁ。お兄ちゃん、こちら、私の父の光男です。今日ココに来ると連絡を貰っていたのですが......」

「え、俺聞いてないんですけど」

「アレ、千歳(ちとせ)さんにも連絡はしておいたんですが......?」

「母の記憶力はえげつない程低いですから」

 

不謹慎ではあるが、あの人が認知症を発病しても俺はしばらく気づかないのではないだろうか。今でさえその日の朝ごはんの内容さえ忘れてしまう上に、いつも何かほわっとしてるから分かりづらいことこの上ない。

俺のそんな考えを見透かしたわけではないだろうが、光男さんが引きつったような笑みを浮かべた。

 

「そ、そうですか......」

「ま、まぁ良いです。まずは座って下さい。貴方のこと、教えて下さいな」

 

俺は未だリビングの入り口付近に立っている光男さんを中に招いた。何せ新しい父親になるのだ。親睦を深めるのは早い方が良い。

すると、後ろからツンツンと肩を突かれる感覚。柊だ。

 

「ねーねー。ボクたち詩音ちゃんたちと遊んでていーかな?」

「えっ⁉︎い、いや、というか、貴女は本当に誰ですか⁉︎」

「わーい!久しぶりに伊織さんと遊べるんだー!」

「おう、俺も自己紹介を妹ちゃんたちにしたいしな!」

「.............笠原が血迷わないように見張っとけよ」

「血迷う⁉︎」

 

あいつらと飛鳥たちを一緒にするのが不安があるが......。

もし笠原が俺の妹たちを襲うようなことがあれば、俺は修羅と化すだろう。かといって俺も半生を塀の中で過ごすのは嫌なので、柊に笠原を監視を頼むことにした。頼んだぞ、スネーク。

俺は光男さんに問いかけた。

 

「では、行きましょーか?」

「は、はい......」

 

どうやら柊たちのキャラの濃さに気圧されているようだ。しかし、いきなり兄にキスをせがんでくるような娘がいるのだから、これくらい平気なのではないのだろうか。アレか、身内びいきってやつか。違うか。

 

* * *

 

 

場所は変わって、客人を招き入れるための和室に、俺と光男さんは二人きりでいる。光男さんは眼鏡の奥に覗く切れ長の眼を和室の至る所に向け、ほぅ、とか、へぇ、とか言っている。スーツ姿でピシッと決めた、いかにも大人という風貌の割に、中身は少年のように純粋な人なのかもしれない、と思った。

 

「では、改めて。楠祐介です」

「ならばこちらも。雨宮光男です」

 

自己紹介をし合う。そして。

 

「「......................」」

 

沈黙。......うん、どうしよう。

だって何か話すにしても共通の話題が無くね?何と話せば良いんだよ、地球温暖化が云々言えば良いの⁉︎世界情勢についてとか話せば良いの⁉︎

俺が懊悩していると、光男さんが。

 

「えっと、祐介くん。僕は君と飛鳥ちゃんの新たな父親になるわけだけど」

「あっ、はい」

「君と詩音はあくまで義理の家族だ。それを踏まえた上で聞いて欲しい」

「はぁ......」

 

いきなり真面目な雰囲気を纏い始めた光男さんのプレッシャーに少し身体を少し硬くしてしまう。一体何を......。

 

「結婚してくれないか......詩音と!」

「喜んで」

 

突然詩音との結婚を要求されて驚いたのだが、俺の口はほとんど半自動的に了承の旨を光男さんに伝えてしまっていた。

確かに唐突にもほどがある要求であったが、お義父さんのお願いとあれば無下にすることも出来まい。それに初めて会った方なのにいきなりそんな失礼な態度を取ったその日には、もう離婚だとか言われるかもしれないし義妹と結婚したいだとかイチャイチャしたいだとか飛鳥も交えて妹ハーレムを形成したいだとかいうそんな邪な考えは全く無いのでありまして以上Q.E.D(証明完了)

 

「任せて下さい光男さん。この不肖、楠祐介!必ず娘さんを、詩音を!幸せにしま「ダメーーーーーーーーーーッ‼︎」

 

俺が詩音との結婚を承諾しようとした刹那、和室に取り付けられた(ふすま)が凄まじい勢いで開き、そこから飛鳥、詩音、柊に笠原と......先程まで皆で遊んでくると言っていたはずの連中が一気になだれ込んできた。

 

「......え、何してんの」

「それはこっちの台詞だよ⁉︎何結婚って⁉︎そして何で一瞬で承諾しようとしてるの⁉︎」

 

飛鳥がまくし立てるように言ってくるが、俺としてはそう言われても、という感じなんですが。だって......。

 

「だって光男さんがそうしろって」

「光男さん!そうですよ、いきなり何てこと言うんですか!」

「いやぁ、詩音からここに来てからの様子は電話で聞いていたんですが.......大層祐介くんのことが気に入ったようでして。ここまで詩音が好意を人に寄せることは今まで無かったものでしたから......」

 

だからこの千載一遇のチャンスを逃さないようにしようと光男さんは思ったわけだ。

 

「それに、義妹と兄の恋愛とか......!!超萌える、もとい燃えるじゃないですか!」

 

おっと、今少しこの人の裏の顔が見えましたね。

俺が僅かながら光男さんの本質を目撃していた時、飛鳥が狼狽えながらも光男さんの説得に勤しむ。

 

「でもでも、詩音ちゃんとお兄ちゃんは兄妹で......!!」

「クスノキくんと詩音ちゃんはあくまで義兄妹だから結婚は可能だよね」

「伊織さん⁉︎」

 

突然の柊の反逆(そもそも飛鳥の味方であったのかすら怪しいが)に驚く飛鳥。と、詩音が光男さんに言った。

 

「お父さん、私は確かにお兄ちゃんのことは大好きです。愛してますよ。最早この愛が質量を持ったならば太陽のソレを越えるでしょう」

「そ、そうかい......」

 

詩音の独白が予想以上だったのか、若干引いた様子の光男さん。ちなみに俺も額に汗を滲ませていた。いや、流石にここまでのレベルだとは思ってなかったし.......。

戦慄する俺たちをよそに、さらに詩音は続ける。

 

「しかし。私がお兄ちゃんと結婚すると、お姉ちゃんが悲しんでしまいます。お姉ちゃんもお兄ちゃんのことを愛してますから」

「ちょっと待って詩音ちゃん⁉︎」

「ほう、成る程......実妹と兄の禁断の恋......じゅるり」

 

詩音の言葉にヨダレを垂らしかける光男さん。この人アレだ、結構重度のオタクなんじゃないだろうか。それも妹萌えの。詩音との結婚を懇願してきたのも、少しはこの人の願望も入っている気がする。

 

「し、詩音ちゃん!別に飛鳥はお兄ちゃんを愛してなんか......なんか......なくもない、けど......うぅ」

 

そこまで言うと、飛鳥は顔を真っ赤にして俯いてしまう(可愛い)。ソレを見ると、光男さんはその眼鏡をキランと光らせ、高らかに声を上げ、こんなことを提案してきた。

 

「ならばこうしましょう!どちらの妹が祐介くんのことを愛しているのか......どれだけ祐介くんに尽くせるか!それを競い、その勝者が全てを決定する権利を得る.......どうでしょうか⁉︎」

「ど、どうも何もそんなの「やりましょう!」詩音ちゃん⁉︎」

 

飛鳥の反対の旨を伝えようとする言葉を遮り、詩音が光男さんの提案に賛成した。......何かもう、さっきから飛鳥が不憫で仕方ないよ......。

飛鳥は詩音に顔を寄せ、狼狽しながらも問うた。

 

「な、何で詩音ちゃん⁉︎さっきお兄ちゃんとは結婚しないって......」

「それとこれとは話が別ですよお姉ちゃん!.......前々から決めておきたかったのです。お兄ちゃんをより愛しているのはどちらなのか、と!」

「ええっ⁉︎」

「兄を取り合う妹二人......!!ひゃあああああ!萌える‼︎」

 

光男さんが五月蝿い。

萌えるっていうか、片方は貴方の実の娘ですからね?

 

「私はお姉ちゃんのことも大好きです。でも......お兄ちゃんにとっての『一番』は、たとえお姉ちゃんでも譲れないのです!」

「‼︎」

「例えお姉ちゃんの方がお兄ちゃんとの付き合いが長くとも......一番は、私が良いのです‼︎」

 

いつになく雄弁になり、皆の前で演説を披露した詩音。それに対して飛鳥は俯いたまま......。

 

「..............もん」

『?』

 

「飛鳥の方がお兄ちゃんのこと大好きだもん!」

 

「『どちらが祐介くんのことが大好きか対決』開催決定ーーー!」

 

光男さんがこの上なく嬉しそうな声音で、そう宣言した......。

 

......先程から柊と笠原の姿が見えないのが、一層俺の不安を搔き立てた。

 

 

 

 

 

 




はい、あの二人はどこ行ったんでしょうねー?
あからさまな伏線(なのかな?)でしたが、どうでしたか?
次回はもちろん二人の妹の対決が始まります!
結果はまだ僕も知りません (笑)!

では、結果も含め、また次回!
感想待ってます!


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実妹vs.義妹、お兄ちゃん争奪戦!

ついに開幕お兄ちゃん争奪戦!
この1話では終わらず、結構長めになりそうです。
まだまだ序章であると意識した上でどうぞ!



 

俺はリビングで絶叫していた。

 

(ひいらぎ)いいいいいいいいい!笠原(かさはら)ああああああああ‼︎てめぇらいつこんなの作りやがったああああ‼︎」

 

光男(みつお)さんが考案した『ドキッ!妹だらけのお兄ちゃん争奪戦!ポロリもあるよ!(光男さんが正式名称として定めた)』。

ルールは簡単。とにかくお兄ちゃん......つまり俺、(くすのき)祐介(ゆうすけ)をどれほど想い、愛しているかを証明出来れば良いらしい。死ぬほどアバウトなルールだが、そこの所の判断は俺に一任されるという。いや、ただ押し付けられただけだよね、コレ。

とにかく。そんな他愛もないイベントが我が家にて行われようとしていたのだが......俺たちが一旦和室からリビングに移動しようと、ドアを開けた瞬間、先程までには我が家に無かったモノが出現していた。

 

「誰がこんな大掛かりなセット作れっつったよ!え⁉︎ていうかいつ作ったの⁉︎」

 

......そのイベントの開催を聞きつけた柊&笠原の害悪コンビが、またやらかしてくれたのである。

そう、このイベントを開催するという話は今さっき出たばかりなのだが、基本スペックがやたら高い柊は、俺と、俺の義妹である詩音(しおん)の結婚話が出た時点でこの展開を察知、笠原を連れてリビングにイベント用のセットを瞬く間に建設したのである。

建設者たち(柊と笠原)は語る。

 

「ふふー、こんな面白そうなイベント、盛り上げないのは嘘だよねっ‼︎ボクたちに任せときなよ!壮大な泥仕合を演出してア・ゲ・ル!」

「良いじゃねーか!要するにアレだろ、義妹ちゃんと実妹ちゃんが祐介を取り合うんだろ⁉︎幸せ者だなー!このリア充めっ‼︎」

「うっせー!」

 

この馬鹿共、的確に俺を煽ってきやがる!

しかもこのセット......!!

 

「凝り過ぎだろ......!」

 

......セットの外観としては、バラエティー番組のように明るい色調の謎素材でリビングが覆われており(ウザい)、その上からLEDライトと思われるイルミネーション的なヤツが張り巡らされ、チカチカ光っている(ウザい)。さらに天井には『より可愛い妹はどっちだ⁉︎』と大きく描かれており、その周りを『妹』と形作られたオブジェみたいなのがぶら下がっている(ウザい)。遂には、いつ撮ったのかは定かではないが、我が実妹、飛鳥(あすか)と義妹、詩音の決めポーズ姿のパネルが飾られていた(可愛い)。

と、今まで驚愕の余りフリーズしていた飛鳥たちが再起動し、それぞれの感想を述べ出す。

 

「す、凄い......!伊織さん、笠原さん、こんなの作れたんですか⁉︎本当に凄いです!」

「こ、こんなのを1時間掛けずに作るなんて......柊さんたちは人間を辞めているのでしょうか......」

「とりあえず、あとでそのパネルは貰っていいですか?」

 

もう俺は光男さんを父親と思えないかもしれない。

 

「ふっふっふ、さあクスノキくん!舞台は整ったよ!」

「祐介ええええ!負けたら承知しねぇぞ!」

 

親指を立てながら俺を鼓舞するこの笠原(馬鹿)は、イベントの趣旨を未だに理解していないようだ。

とにかく、勝手に我が家のリビングに設けられた勝負の舞台。ついに、実妹vs.義妹のドリームマッチが開幕した......。

 

 

* * *

 

 

柊のマイク(どこから持ってきた)を通してのタイトルコール。

 

「『ドキッ!妹だらけのお兄ちゃん争奪戦!ポロリもあるよ!』開催ーーー!いえー!」

『イェェェェェェェェェェェェェイ!』

 

地声で窓を震わす野郎2人で構成されたオーディエンス(無論、光男さんと笠原である)。

そしてお互い腕を組みながら対峙する2人の妹。

 

「負けないよっ、詩音ちゃん!」

「お姉ちゃんとはいえ、今回ばかりは譲れませんよ......」

 

俺はといえば、そんな光景を傍観しながら、リビングにあった椅子を改造したと思われる、玉座のようなモノに腰を下ろしていた。元より座り心地が良くなっているのがカンに触る。

俺は柊に問うた。

 

「......なぁ、何で俺こんなところに座ってんの」

「んー?クスノキくんはある意味この企画のメインだからね。そこで飛鳥ちゃんたちの奮闘を見守っててよ」

「............」

 

もう何も言うまい。俺は流れに身を任せることにした。後のことは知らん。柊の説明が聞こえる。

 

『えー。まずこの企画のルールですがー。今からお二人には、様々なお題をこなして頂きますー。それらは全て、2人が愛するクスノキくんを幸せにするために必要なスキルが求められるものばかりです』

「「.........ッ!」」

 

息を呑む妹2人。ノリ良いなコイツら。

 

『そして全てのお題をクリアした後!どちらの妹がより良い妹だったか......クスノキくん自らジャッジして貰います!』

「マジか......」

『拒否権はないですよー。.......では、早速始めましょう!最初のお題は......定番の!《料理》だあああああ!』

 

飛鳥敗北の未来しか見えないんだが。

 

 

* * *

 

〜詩音side〜

 

 

柊さんとかいうお兄ちゃんの友人が改造を施し、いつもの二倍以上の大きさになってしまっているキッチンにて、お姉ちゃんと並んでお題である料理をしながら。

 

(勝った......!)

 

私、雨宮詩音は勝利を確信していた。

確かに手料理はお兄ちゃんの肥えた舌を満足させるために必要不可欠なスキル。しかし......お姉ちゃんはそのスキルが著しく欠如している!

私は知っている。お姉ちゃんが過去に肉じゃがを兵器に錬成したことを。

私は知っている。お姉ちゃんがつい最近目玉焼きを完成から僅か5秒で消し炭にしたことを。

私はお姉ちゃんに勝ち誇った笑みを向けた。

 

「初戦は私が頂きましたね」

「ふっふっふ......それはどうかな?」

「えっ......!?」

「私だって今までずっとお料理の特訓はしてきたし......詩音ちゃんに対して、私はあるアドバイスケージを持っているんだよ!」

 

アドバンテージと言いたいのだろうか。

しかし、アドバンテージ?一体何のこと......!?

お姉ちゃんは調理器具を持っているであろう腕を動かしながら(ちなみに、手元は仕切りのようなもので見えなかった。用意が良い)言った。

 

「ふっ、詩音ちゃん......詩音ちゃんは、お兄ちゃんの大好物を知ってる?」

「........っ‼︎」

 

しまった......!そういうことか!

確かに私はお兄ちゃんの大好物というものを知らない。というのも、お兄ちゃんにはそこまで好き嫌いというものがなく、私の前では何を食べても「美味い」としか言っていなかったからだ。しかし、お姉ちゃんはその中でもお兄ちゃんが特に好きな、『大好物』を知っている......!?

作る料理が自由なこの勝負、マズいか⁉︎

 

「付き合いの長さの利だね!例え詩音ちゃんより少しお料理の腕が下でも......私がお兄ちゃんの大好物の、オムライスを作ってあげれば勝機はあるよ!」

「.......................」

「...................あっ」

 

私はその場で、作りかけのハンバーグを躊躇いなく破棄し、速攻でオムライスを作り始めた。

 

数十分後、お兄ちゃんの前に運ばれたのはオムライスと表面が焦げたお皿の二つ。

 

.......初戦は私の勝利だ。

 

 

 





はい。初戦は飛鳥の惨敗です(笑)
これはお題が悪かったですね!
しかし、飛鳥の特訓の成果も出ているようで、完成してから消滅までの時間が20秒まで延びていたようです!

次回も争奪戦は続きます!
あ、あと争奪戦のお題の内容にリクエストがあったら感想に添付するなりメッセージで送るなりして教えて下さい!ネタが.......w

ありがとうございました!感想待ってます!


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義妹vs.実妹、お兄ちゃん争奪戦!2

お兄ちゃん争奪戦二回戦目!
やっべぇ、これ凄い長くなりそうや!しかしネタは無い!
今回は少し色気を出していこうと思いますが、エロくはないぞ!
ポロリを期待しても無駄......では、ないかも?

ま、まぁとにかく。
どうぞー!



 

ひょんなことから始まったお兄ちゃん争奪戦(仮)。

正式名称からサービスカットに対する多大なる期待を寄せられている(誰にだよ)このイベントは、第1試合目にして凄惨極まりない状況を生み出してしまっていた。

 

「やばっ!カサハラくんがオムライスに殺られた!救急救命士(メディック)救急救命士(メディック)を呼んで!」

「あわわわわ、ど、どうしよう!どうしようお兄ちゃん!」

 

というのも、お兄ちゃん争奪戦の初戦のお題、『料理』において飛鳥が生成した兵器、もといオムライスがいつものように爆散し(この時点で異常であるということを忘れてはいけない)、卵に包まれたケチャップライスが散弾銃のように笠原に突き刺さっただけなのだが。

ちなみに、飛鳥の料理の腕を知っていた俺や(ひいらぎ)、そしてたまたま生き残った光男さんは無事である。おお笠原、しんでしまうとはなさけない。

 

「......まぁ、沸騰したお湯でもかけとけば3分で蘇るだろ、笠原だし」

「笠原くんはカップラーメンが擬人化でもした存在なのですか?」

 

光男さんが額に汗を滲ませながらそんなことを聞いてくるが、そんなことは知ったことではない。俺としては妹たちが無事で良かったという気持ちのみを抱いているのであり、それに比べたら笠原の犠牲など大した問題ではないのだよ。

慌ててお湯を沸かし始めた飛鳥(あすか)を必死に止める光男さんを尻目に、柊が仕切り直したように宣言した。

 

『え、えー!ではでは!初戦は詩音(しおん)ちゃんの勝利でした!続いて2試合目に移りましょう......2試合目のお題は!ででん!』

 

柊が声を上げると、どこからか効果音が流れ、ソレと同時にこれもどこからかパネルが出てきた。そこには文字が書いてあり。

 

『2試合目のお題は......《看病》です!』

 

............看病?

俺はお題の意味が良く分からず、首を捻った。

 

 

* * *

 

 

『では、お題の説明です。シチュエーションは......愛するクスノキくんが風邪を引いてしまった!!ここは自分が看病して、一刻も早くお兄ちゃんに元気になってもらわないと......!!です』

「ふむ」

『看病スキルというものは、高ければ高いほど早く、そして確実にお兄ちゃんを元気にしてあげることに繋がりますね?』

「そうだな」

『故にこれが第二のお題!“どちらがクスノキくんにより上手い看病をしてあげられるか?”それが評価ポイントです!』

「なるほど」

 

柊の説明に俺は頷く。なるほど、俺がいきなり柊に連行され、我が家には無かったはずのベッドに寝かされた意味がよく分かった。というか、この部屋自体に覚えが無いのだが。どう考えても家が広くなっている。物理法則捻じ曲げんな。

 

「......で、俺が風邪引いた演技をするのか」

「そりゃあね!お兄ちゃんだもの!公平なジャッジを頼むよー」

「風邪を実際に引いてないからなー。難しいかも」

「一応風邪のウィルス採ってきてるけど。打つ?」

「どこで手に入れてきた......ッ⁉︎い、いらない」

 

俺は柊が差し出してきた注射器を全力で押し返した。妹たちは現在、準備時間ということで隣の部屋に移動している。恐らく看病用の道具などを用意しているのだろう。光男さんは笠原の蘇生作業中だ。

 

「んじゃ、ボクはモニター室で見てるから」

「待て、モニター室なんてウチには無いぞ!お前どんだけウチに新しい部屋を造ったんだ!」

「にゃはは、ばいばーい」

 

カラカラと笑いながら部屋を出て行く柊。

相変わらず底の知れない友人だが、俺は諦めることにしてベッドに寝転がった。

そういえば、いつ飛鳥たちが来るのかなどは聞かされていない。どんな感じでくるのかも。

 

「.........む」

 

俺は、自分が少しこのイベントを楽しみ始めていることに気づき、ちょっと悔しい気分になる。

 

数分後。部屋のドアが開いた。

入ってきたのは......。

 

「お、お邪魔しますっ!」

「飛鳥か......っ⁉︎」

 

最初に入ってきたのは飛鳥であった。飛鳥であったのだが......。

 

「......何、その格好」

「だ、だって!伊織(いおり)さんが着た方がお兄ちゃんが喜ぶからって......うぅ、や、やっぱり恥ずかしいよー!」

 

飛鳥は、純白のナース服を着ていた。

しかも少しサイズが飛鳥には小さかったのか、身体のラインがハッキリと浮き出てしまっており、中学生にしては大きめの胸が激しく自己主張していた。元々色白な上に服まで白くなったため、ほんのり赤く染まった頬が映える。

まさに白衣の天使。......グッジョブ、柊。

俺は内心ヒャッハーしている感情を表情に出さないようにしつつ、未だドアの前でもじもじしている飛鳥に呼びかけた。

 

「えっと、飛鳥?どうする?恥ずかしいならリタイアしても良いんだぞ?」

「うっ......う、ううん!する!看病するよ!」

「お、おう......そうか......」

 

いつになく気合いの入っている飛鳥に気圧されながらも、俺は演技を開始することにした。

 

「ゴホッ、ゴホッ......あ、飛鳥か......看病しに来てくれたのか......?」

「う、うんっ!そうだよ。大丈夫、お兄ちゃん?」

「あぁ......」

 

患者への気遣いの言葉、加点。

 

「えっと、冷えピタ貼るね?」

「......あぁ、ありがとう」

 

体温を下げるための処置、加点。

 

「おかゆ作ろうと思うんだけど、食欲ある?」

「全然無い、無いぞ」

 

思いやり故の行動だとは分かっている。だから減点はしない。しかし兵器の錬成はもう良いんだぞ。本当に、今日はもう良いんだ......。

俺がげっそりし出すのを見て、飛鳥が慌てだす。しかし、それ以外はとても模範的な看病を施してくれ、元々快調だったが、更に元気になってくる錯覚さえ覚えた。流石だ。

 

「ありがとう、飛鳥。大分楽になったよ」

「う、うん!じゃあ、飛鳥は行くね。もし何か欲しいのがあったりしたら言ってね?」

「あぁ、ありがとう」

 

最後の最後まで加点をかましながら飛鳥は部屋を出て行った。これは詩音もそう簡単には勝てないだろうな。少なくとも料理のようにはいくまい。

俺はしばらく、飛鳥が看病の際に持ってきてくれたスポーツドリンクをストローを通して飲んだりして暇を潰す。水分補給をしやすいようにスポーツドリンクをチョイスする、弱った(という設定の)俺が少ない動きでスポドリを飲めるようにするためにストローを付けるなど、細かいところまで気遣われている。更に飛鳥の勝率が上がった。すると......。

 

「失礼します、お兄ちゃん」

「ん、詩音か......」

 

詩音が入ってきた。

俺はまたも具合の悪そうな表情を作り、詩音の方に視線を向け......。

 

「ッ!」

「?どうかしましたか、お兄ちゃん」

 

......ようとして、全力で目を逸らした。

というのも、詩音も飛鳥と同じくナース服を着用していたのだが......。

 

「し、詩音!前っ!前を閉めてくれ!」

 

ナース服の前のボタンが上からいくつか外れており、詩音の、飛鳥に負けず劣らずの色白の柔肌と、ピンクの可愛らしい下着が覗いていたのである。

俺は詩音から目を背けたまま、顔を赤くして問う。

 

「な、何でそんな格好......!」

「......お兄ちゃん、こんな話を知っていますか?」

「な、何を......」

「風邪は、誰かに感染(うつ)すと早く治る、と」

 

寒気がした。

俺は目の前に立つ義妹が何をしようとしているかは完全には理解出来ていなかった。しかし、本能が警鐘を鳴らしている。

 

貞操が危ない、と。

 

「さぁ、お兄ちゃん!身体と身体を密着させ、私に風邪を移して下さい!服越しより肌同士が合わさった方が感染(うつ)し易いでしょう、服を脱いで!」

「おわああああ!ちょ、落ち着け詩音!」

 

胸元が大きく開いた状態で迫ってくる詩音。俺は咄嗟のことで身体が固まり、ベッドから逃げ出すことが出来なくなっていた。

詩音が俺の腰辺りに跨り、馬乗りの体勢になる。

 

「な......な......」

「......お兄ちゃん」

「......っ⁉︎」

 

後ろのドアがガチャガチャと鳴り、ドアノブが動く。しかし一向に開く気配はない。恐らく詩音がここに入ってくる前に鍵を掛けたのだろう、相変わらず慎重な性格をしている。

 

「さぁ......私に感染させて下さい......口移しで」

「ウィルスの口移しなんて聞いたこと無いんですけど⁉︎コレ演技だから!演技だからああああっ!」

 

部屋中に俺の絶叫が響き渡った。

 

 

* * *

 

 

第二回戦は飛鳥の勝利で終了した。

あのあと、すんでのところで飛鳥がドアを破壊(その場でおにぎりを作り、小規模の爆発を起こしてドアを吹き飛ばすという離れ技によって)し、最早ブラジャーのホックすらも外したあられもない姿の詩音を引きずって退室していってしまった。

正直、あの行動はもっと前置きがあればご褒美になり得たのだが、看病という面では飛鳥の完勝だろう。というかアレは看病だったのか。

急な展開に疲労が溜まり、思わず溜め息をつく。

 

「つ、疲れた......」

「さっきはおたのしみでしたね」

「......光男さん」

 

ふと横を見ると、未だ意識を失ったままらしい笠原にお湯をかけながら苦笑する光男さんの姿があった。

.........いや、結局かけてるんですか、お湯。

 

「お楽しみて。貴方の娘さんは随分お淑やかになられたようですね」

「もちろん。僕の自慢の娘ですよ。」

「........」

 

皮肉なのだが。

と、光男さんが不意に口を開いてきた。

 

「感謝してますよ、祐介(ゆうすけ)くん」

「え?」

「あの子は母親が亡くなってから笑顔を見せたり、あんな風にはっちゃけたりすることが極端に少なくなっていましたから......あんなに楽しそうな詩音は、久しぶりに見たんですよ」

「......そうですか」

 

この人も、いかに妹萌えの変態とはいえ、やはり父親なのだ。娘のことが心配だったのだろう。

俺が光男さんと談笑していると、柊が出てきた。

 

『はいはーい!二回戦目は飛鳥ちゃんが勝利しましたー!これでスコアは1対1!まだまだ面白くなりそうですー!』

 

心底楽しそうな奴がもう一人いた。

にこにこ笑いながら柊は三回戦目のお題を告げる。

 

『さてさてー、お兄ちゃん争奪戦三回戦目のお題は......これだっ!ででん!』

 

またもどこからか出現したパネルに書かれていた文字。それは......。

 

......《掃除》。

 

別に普通のお題だ。そう.......お題自体は。

 

「マズい......っ!」

 

しかし、俺という個人にとっては凄まじい不利益をもたらす行動である。これはいけない。

 

「一刻も早く、隠さなければ......っ‼︎」

 

俺は、柊が俺の部屋に入った際にリビングにあった棚の中に入れ......このイベント用のセットの建設の際に移動させられ、今やどこにあるかも分からない聖典(エロ本)を見つけ、再度隠すために走り出した。

 




これはポロリではない、チラリズムだ。

さぁ、第3回戦は掃除!
次回は家の中で行方不明となってしまったエロh...もとい聖典を探す、祐介の行動が中心として動きそうです。少し妹の出番は減るかも?

このペースだと1話に1競技になりそう......。
長くなるであろうお兄ちゃん争奪戦。お付き合い下さい。

ありがとうございました!


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義妹vs.実妹、お兄ちゃん争奪戦!3

どうも、最近授業中に居眠りすることが多くなった御堂です!
この作品がオリジナル作品の週間ランキングの第6位に入っていたことに驚きました(笑)皆様の応援のお陰です!ありがとうございます!

えー、今回は祐介へのスポットを多めにした話となっています!
妹たちの方が良いという方々、すみません(汗)

ではでは、どうぞ!


–––––《聖典》。

 

それは、齢十八になった男性が初めて所有することを許される(ちなみに俺は16歳である)書物であり、用途としては、専ら我ら男性の荒ぶる性衝動(リピドー)を抑制するために使用される。

なお、《聖典》には多様な種類があり、俺が性衝動(リピドー)抑制に使用しているモノは、《同人誌(ディメンション・オブ・アダルト)》と呼ばれるモノであり、この世に存在する人間とは、まるで違う肉体構造をした(具体的には、年齢にそぐわない幼女体型、圧倒的チョロイン度など)少女たちが乱れる様が描かれた書物である。

当然、これらは性衝動(リピドー)抑制のための必需品であり、最近は《疑似聖典召喚装置(スマホ)》によっても閲覧することが出来るようになってきているが、やはり本物の《聖典》の方が読み応えというものがあり......。

 

...........................。

 

段々言い訳が虚しくなってきた。もうやめよう。

とにかく、現状を把握しなければならない。俺は今、クラスメイトにして超ハイスペックボクっ娘、(ひいらぎ)の手によって何故かどこかの富豪が所有する豪邸並みの広さになった(しかし、先程窓から顔を出してみると、外見は全く変わっていなかった。物理法則とは)家の中を必死で走り回っていた。

 

「くそっ、どこだ......どこだ......!?」

 

無論、その理由は、行方不明になった俺の所有物である同人誌を探すためである。本来ならば俺の部屋に隠してあるのだが、今日の柊たちの訪問によって別の位置に動かした上、さらに柊たちのセット建設の影響でどこかに移動させられ、行方不明になってしまったのである。...... っていうか、ほぼ柊たちのせいじゃねーか、コレ。ギルティ。

......まぁ、見つからないのはエロ本だけじゃないんだが。

 

ー数分前ー

 

『お兄ちゃん争奪戦、第3試合目のお題は......《掃除》!ルールは簡単!今から飛鳥(あすか)ちゃんと詩音(しおん)ちゃんには、クジを引いてもらいまーす!』

 

柊が高らかに更なるお題を出した。しかし掃除か。......何というか、もう妹としてのスキルを争うモノじゃなくて、花嫁修業みたいな内容になってね?

 

「クジ、ですか......?」

「それで大吉引けば勝ちなんですかー?」

『うん、飛鳥ちゃん、これはおみくじじゃないんだよ。これには、今から二人が掃除する部屋の場所が書いてありまーす!』

 

柊が、そう言いながらクジを見せてくる。そこには、『キッチン』『クスノキくんのお部屋』『書斎』『モニター室』など、我が家の様々な部屋や、本来我が家に存在すらしていなかった部屋の名前が記載されていた。いや、テメーが造った部屋はテメーが掃除しろよ。

 

『そして、二人は引いたクジに書いてある部屋を掃除してもらい、部屋の広さや、掃除のし易さなどを考慮し算出した点数で競ってもらいます!』

「いや、そんなの比較しようがないだろ......」

『大丈夫、こんなこともあろうかと《お掃除スキル練度算出くん》を作ってきたから!ボクが!』

「名前だけで機能が分かるのは素晴らしいが、相変わらずのスペックの無駄遣いだな!」

 

その機械はこの競技以外に使い道があるのだろうか。......いや、意外と役立ちそうだな.......。例えばシンデレラのお姉様たちが「あらやだ!スキル練度34ですって!シンデレラ、もっとちゃんとしなさいな!」ってシンデレラをいびる用とか。例えがメルヘン過ぎて気持ち悪いぜ、俺!

そんな脳内自虐を俺がしている間にも話は進む。

 

『ささ、二人ともクジを引いちゃってねー』

「よ、よーし!引くぞっ!」

「......『リビング』。え......この改装の極みを施された部屋を掃除しろと......?」

「『クスノキくんのお部屋』......お、お兄ちゃんの部屋かぁ......な、何か緊張しちゃうなぁ......」

 

それぞれの部屋が決まったようだ。二人は思い思いのリアクションを取るが......俺には別の懸念があった。

 

(俺のエロ本、どこにいったんだっけ......!?)

 

そう、俺は自身が移動させた同人誌たちの場所が分からなくなっていた。もし、飛鳥たちが掃除する部屋に同人誌があり、なおかつそれらが見つかったら......?うむ、絶対零度の視線を向けられる未来しか見えんな。非常にマズい。

 

「え、コレヤバくね?」

 

 

* * *

 

 

そして、現在に至るわけだ。

あれから、詩音はその場で掃除を始め出し、飛鳥は俺の部屋に向かった。そして俺は柊と共にモニター室へと移動することになっていたのだが、俺はお腹が痛いと嘘を吐き、トイレに行くと見せかけ、再度リビングへと足を運ぼうとしていた。していたのだが......。

 

「ああああ、何なんだよ!ここはどこなんだ畜生!」

 

俺は自分の家の中で迷っていた。

そう、先ほど俺は「どこだ......?」と呟いていたが、それは同人誌を探す前に、そもそもリビングの場所が分からなくなっていたか故の独り言だったのである。見事な伏線回収。捨ててしまえそんな伏線。

何せ、柊のスーパーハイスペックによる設計に笠原(かさはら)の底なしの体力と圧倒的筋力が合わさり改装されたのだ、この家は最早昨日までとはまるで違う構造になっていると考えたほうが良い。

 

「そういえば、これまでの移動も全て柊の案内で動いてたんだっけな......」

 

何で自分の家の中で案内されないといけないんだろうと思っていたが、なるほど理解。設計者のアイツでないと、この家、もとい迷宮の中を迷わずに進むことはほぼ不可能なのだろう。現に今メッチャ迷ってるもん。どうするのコレ......。と、その時。

 

「あっづあああああああああ‼︎」

「うおっ⁉︎」

 

俺が前を通った部屋の中から、大きな悲鳴が聞こえてきた。例によって全く見覚えのない部屋ではあったが、そこにいたのは......。

 

「ぐああああ‼︎親父さん、何で俺に熱湯ぶっかけてんすか!あづいああああああああ!」

「ご、ごめん。祐介くんがお湯を掛ければキミが蘇ると言ったもので、つい......」

「俺はカップ麺っすか!」

 

俺らの義父であり、重度の妹萌え変態である光男(みつお)さんによって只今無事蘇生したらしい、Mr.カップ麺だった。

 

 

* * *

 

「......と、いうわけだ。もう一人の建築者のお前なら案内も出来るだろ。案内しろ」

 

俺は笠原に事情を話し、とにかくリビングに案内してもらうことにした。すると、話を聞いた笠原は......。

 

「あー、エロ本だろ?お前もあーゆーのは見つかりたくないだろうと思ってよ、ちゃんと隠しておいたぜ!」

「何.....,!?」

 

おいおい、何て使える奴なんだ笠原!まさか前以て妹たちに見つからないように同人誌を隠しておいてくれたなんて!今回ばかりは本当にお礼を言わないといけないかもな。

 

「ちゃんと元あった場所に戻しておいたぞ、お前の部屋に。あ、あと量が多かったから、あとは覚えやすいようにリビングにも置いたな」

「くそったりゃああああああああああああ‼︎」

 

前言撤回。やはりコイツは使えない(八つ当たり)。

何にせよこのままではマズい。飛鳥たちが念入りに掃除すればするほど、俺の聖典が見つかる可能性が高くなってしまう。

一刻も早く聖典を回収しなければ、お兄ちゃんの信頼はガタ落ちである。冗談じゃありません。

 

「ええい、行くぞ笠原!まずはリビングからだ!」

「お、おうっ⁉︎」

 

俺は笠原の手を引いて走り出した–––––。

 

 

* * *

 

 

場所は変わり。

俺は笠原を部屋の前に待機させてリビングに入っていった。

柊と笠原の手でビフォーアフターさせられたこの部屋は、クジを引いた詩音の手によって掃除され、ピッカピカに輝いていた。まさか木製の椅子まで光るとは思わなかった。ワックスでも塗ってるのん?

 

「あ、お兄ちゃん。来てくれたんですね!」

「お、おぅ。詩音の頑張りをモニター越しじゃなく、ちゃんと肉眼で見たかったからな」

「そ、そうですか。......ありがとうございます、お兄ちゃん。嬉しいです」

「お、おぅ......」

 

そう言って無邪気な笑みを浮かべる詩音。

やべぇ、良心の呵責が半端ない。

これで実はこの部屋に隠されているエロ本を探しに来ています、なんて言った日には俺はお兄ちゃん失格となってしまう。いや、もう今の時点で結構際どいね。分かってます、分かってますよ。

それにしても、嬉しいです、か......。

 

「何か最近、詩音ってば素直に物事を言ってくれるようになったよな」

「え?そうですか?」

「少なくとも初めにこの家に来た時よりかはな。いや、初めっからお前はかなりアグレッシブだったんだが......」

 

とにかく、詩音は当初よりも自分の気持ちをはっきり言ってくれるような気がする。ほぼ無表情だった顔も、段々バリエーションも増えてきたし。

っと、悠長に話している場合じゃないな。出来るだけ自然に、さりげなく聖典の捜索をしなければ......。

 

「......ん?」

「どうかしましたか?」

 

詩音が天井に吊り下げられたオブジェに積もった埃をハタキで落としながら聞いてくる。そして、俺は。

 

(見つけたー!)

 

聖典が本棚の横に積み重なって置いてあるのを発見した。あの笠原(バカ)、あんな目立つところに置いてんじゃねーよ!......とにかく、回収しなければ。あのままではいずれ見つかってしまう。と、いうか今まで見つかってないのが奇跡のようだ。掃除に熱中しているからだろうか?

まぁ良い。出来るだけ自然に回収しよう。僅かでもこの聖典の存在を悟られてはならないし、ここで手こずっていては飛鳥の方が聖典を発見してしまう恐れもある。

 

「え、えーと......俺も手伝おうか?」

「え?い、いや、大丈夫ですよ?そもそもこれは勝負なのですし......」

 

困ったように笑いつつも、どこか嬉しそうに応える詩音。その表情は大変可愛らしいのだが、違う、そうじゃないんだ......。お兄ちゃんは早くお前の後ろのソレを回収したいんだ......。

こうなったらなりふり構っていられない。多少強引ではあるが、とにかく聖典さえ回収することさえ出来れば決定的証拠は出ないのだ。

俺は全力であらぬ方向を指差しながら叫んだ。

 

「あーっ!あんなところに詩音の下着が!」

「ッ⁉︎」

 

詩音が赤面しながら俺が示した方向を見たのを確認し......素早く聖典の山に駆け寄り、服の中に忍ばせる!明らかに不自然なレベルで服が膨らんだが、んなことはどうでもいい!

 

脱出ー!

 

そうして、俺は聖典の回収に成功し、リビングを後にした......。

 

 

「まったく......。今回は義妹モノがあったことに免じて許しますが、ああいうのは出来るだけ目に付かないようなところに置いておいて下さいね......?」

 

 

何かとんでもない呟きが聞こえた気がする。

 

 

* * *

 

 

回収した聖典をとりあえず物置の奥に押し込み。

 

「おう祐介!無事だったみてぇだな!」

「あぁ。そんなことよりも早く次だ。俺の部屋に行くぞ」

 

俺は笠原の後ろに付く形で走り出す。

笠原の話だと俺の部屋に隠された聖典は、机の引き出しの中にしまっておいたらしい。先程は丸見えも丸見えだったが、それなら大丈夫だろう。

 

「よし、お前の部屋が見えたぞ!」

「早く!早く回収して天井裏か何かにしまうぞ!」

 

やっと俺の部屋に着いた。そのまま笠原が俺の部屋に入ろうと......。

 

......しようとしたところで、笠原の身体が強烈な衝撃波によって吹き飛ばされた。

 

「............えっ」

 

吹き飛ばされた笠原はピクリとも動かない。さっき蘇生したばかりなのに......。というか、この衝撃波って。

 

「なーんだ、お兄ちゃんじゃなかったんだー」

「あ、飛鳥......?」

「んー?なぁに、お に い ちゃ ん」

「ヒッ......!?」

 

違う、コイツは飛鳥じゃない!

俺の知ってる飛鳥はこんなドス黒いオーラなんて纏ってないもん!俺の妹がこんなに怖いわけがない。

と、飛鳥が薄めの本のようなものを掲げてきた。

 

「......お兄ちゃん。これ。なぁに?」

「なっ......聖典⁉︎馬鹿な!それは俺の机にしまわれていたんじゃ......!?」

「うん。でも、鍵も閉めずにそのまま入ってたし、若干端が出てたから」

「笠原あああああああああああああああああ‼︎」

 

相変わらず使えねぇ‼︎

......飛鳥は、規則には厳しい娘だ。地平線の彼方まで車が見当たらないような道路でもキチンと赤信号の時は待つし、学校の校則もかなり形骸化しているにも関わらず、一度も破ったことはないらしい。

嗚呼、だからだろうか。

 

––––––飛鳥は、18禁の規則を破った俺には、その行いがバレる度にとてもお厳しい罰を与えてくるのである。そう、具体的には––––。

 

「もー!またお仕置きが必要みたいだね、お兄ちゃん!デコピン100回の刑だよ!」

「やめっ、やめろぉ!お前自分の腕力分かって「デコピン!」ぎゃあああああああああ‼︎デコが砕ける!」

 

具体的には、飛鳥の類稀なるパワーによる肉体的制裁である。......俺はその後、宣言通りデコピンを100回かまされ、今日一日湿布をデコに貼らなければいけない羽目となった。

 

あ、ちなみにこの騒動で俺の部屋はホコリまみれになったので、お兄ちゃん争奪戦第3回戦は詩音の勝利となったそうですよ?

 

 

 

 

 




はい!いかがでしたでしょうか!

お兄ちゃん争奪戦編は次回かその次の回で終了する予定です!
あと、季節は夏ということでプールでの番外編も書けたら良いな、と思っていますので、ご意見を頂けると嬉しいです!

ありがとうございました!感想待ってます!


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義妹vs.実妹、お兄ちゃん争奪戦!4


お兄ちゃん争奪戦、ついに完結!
というのも、これ以上競技の内容を考えるだけのネタが無くなったというのが大きな要因でございます!はい!
え、えー、とにかく!

最後のお兄ちゃん争奪戦、どうぞ!


『お兄ちゃん争奪戦、決勝せーん!!』

「い、いえーい!」

 

コレで何回目になるか、(ひいらぎ)のコール。

お兄ちゃん争奪戦、第3回戦の競技である『掃除』が終了した。笠原(かさはら)が再び沈み、俺の頭蓋の骨が陥没寸前にまで追い込まれるというアクシデントがあったものの、この勝負は詩音の勝利で幕を閉じた。

俺は、笠原亡き今、一人でオーディエンスの役割を果たそうと奮闘する俺たちの義父にあたる光男(みつお)さんを眺めながら呟く。

 

「4回戦で全部なのな。キリが悪いというか」

「いやぁ、何か引き分けっていうのも中々良い感じだと思わない?お互いを認め合う、的なっ?」

 

応えたのは柊だ。なるほど、俺としてもここで二人の妹が俺を取り合って争うよりも(字に表すと俺がリア充みたい!妹だけど!)引き分けで平和的に終結するならそれに越したことはない。

 

「ま、それも最後の競技次第だけどな」

『その通り!さぁ、では発表します、最後の競技は......!!』

 

『愛情表現、ですっ‼︎』

『何それふわっとしてる』

 

マイクを通した柊の声に、飛鳥(あすか)詩音(しおん)を含む俺たちの声は見事にシンクロした。

 

 

* * *

 

 

『最後の競技、“愛情表現”のルールを説明しまーす!......愛、それは何物にも変えられない尊いモノ!愛さえあればかのリオレ◯スも小指一本で塵芥にすることが出来ると言います!』

「言わねぇよ」

『その愛を!どんなカタチでも良いので二人にはクスノキくんに見せてあげてください!言葉でもハグでもキスでもOK!大丈夫、クスノキくんなら受け止めてくれるさぁ!』

「お前決勝戦だからってテンションおかしくなってね?中学生の妹とキスとか結構犯罪じみてるからね?そこんとこ分かってる?」

『おっと、中学二年生の義妹とキスしようとしてたクスノキくんが何か言ってますね』

 

何で知ってるんだお前は。

しかし事実なので俺は閉口するしかない。......とりあえず、コレが終わったら盗聴器の捜索を始めることとしよう。専門家呼ばないと。

と、飛鳥と詩音が困ったような表情で。

 

「あ、愛情表現って......ど、どうすれば......」

「私もお兄ちゃんに私の愛を行動で表そうとすると最短で3日ほどかけることになるので......」

 

重い、愛が重い。

俺がげんなりしていると、飛鳥の制裁によって二度目の昏倒状態に陥っている笠原にこれまた再び熱湯をかけながら光男さんが話しかけてきた。

 

「いやぁ、祐介くんが羨ましい。まさか詩音にそこまで好かれているとはね」

「好かれているのは嬉しいんですが、いつか義兄妹の境を越えてしまいそうで怖いですね」

「仲人なら引き受けますよ?妹萌えキタコレ」

「俺の義妹と言えど、貴方にとっては娘ですからね?」

 

この人は自身の娘にまで萌えを追求するモノだから始末に負えない。立場的には義父ではあるが、感性はそこらのオタクとそう変わらないのではないだろうか。義父(笑)である。

俺と光男さんが他愛もない会話を交わしていると、柊が心底楽しそうに声を上げた。

 

『さぁー!最終競技の“愛情表現”!二人とも、思い思いの方法でその愛をクスノキくんに示しちゃって下さいねっ!ではでは、また後ほど〜!』

 

そう言ってトコトコ歩いていく柊。またモニター室に出向き、カメラ越しにここの様子を見るのだろう。高みの見物決め込みやがってあの野郎。いつかアイツの部屋にも盗聴器か何かを仕込んで、アイツのプライベートを笠原辺りに晒してやろうか。......いや、そんなことしたら数十倍くらいの規模で報復を受けそうだからやっぱやめとこう。

と、俺がそんなことをボーッと考えていると。

 

「......お兄ちゃん」

「うひゃあっ⁉︎」

 

急に詩音が背中に抱きついてきた。突然のことであったが、すぐに俺の脳内には第二回戦の“看病”の時の出来事がフラッシュバックする。貞操の死守に全力を尽くさねば。相手は義妹なんですけどね?

 

「な、何だ?詩音」

 

出来るだけ動揺を表に出さないように応対する。しかし声は少し震えてしまう。そしてソレを見ている飛鳥は頬を膨らませ俺をジト目で睨みつけていた。いや、何で俺なんだよ。実行犯は詩音ですよ?

詩音は飛鳥の視線も気にせず続ける。

 

「お兄ちゃん。私はお兄ちゃんと出会ってからまだまだ日は浅いですが、お兄ちゃんのことが大好きです。優しくて、いつも私たちのことを一番に考えてくれるお兄ちゃんが大好きです」

「............」

「だから、そんなお兄ちゃんと私よりも長く一緒に暮らしてきたお姉ちゃんがとっても羨ましいです。だから、これからはもっと濃く、1日1日、より多くお兄ちゃんを感じていたいんです」

 

「私は、詩音は誰よりもお兄ちゃんを愛しています」

 

そして、背中から前に回り、頬に軽く押し付けられる詩音の唇。

......やべぇ、一瞬義兄妹の垣根を躊躇いなくぶち壊しそうになった。破壊力ヤバい。もうコレ下手な恋人より恋人っぽいんじゃないの?

俺の『恋人が出来たら一度は言われてみたい言葉ランキング』の上位に位置する『貴方が好き好きラッシュ』をぶちかましてきた詩音。事実、俺の心はメッチャ揺れた。具体的に表現するとマグニチュード8。震災レベルである。これには飛鳥も......と。

 

「むー......えいっ!」

「ひでぶ!」

 

飛鳥は真正面からぶつかるように抱きついてきた。その際に飛鳥の頭が俺の鳩尾にめり込んだ。

 

「う、うわわっ。大丈夫、お兄ちゃん⁉︎」

「げふっ!ごっは!だ、大丈夫だ......」

 

咳き込む俺の背中を慌ててさする飛鳥。......何というか、コイツらしい。伊達に付き合いも長くない、コイツがそこまでラブコメチックなアピールをしてこないのは承知済みだ。

 

「え、えっとね?お兄ちゃんと飛鳥は、兄妹でしょ?」

「そうだな」

「だから......その。詩音ちゃんみたいに積極的にすきんしっぷをとったりするのって、ちょっと恥ずかしいんだ」

 

そもそも詩音の行動を基準にするのが間違いであると思ったが、それは口には出さない。だってアレはアレで嬉しいし。飛鳥は続ける。

 

「だから、言葉だけだけど......伝えるね?」

 

そこからは。

飛鳥は、俺への感謝の気持ち。

俺への好意(やはり兄妹間の域は出なかったが)。

そして、これからもずっと一緒でいたい旨を。

決して頭がよろしくない彼女は、少ない語彙で必死に伝えてきた。時間にして五分ほどであったが、俺にとってはソレが永遠にも思えた。

やはり、こうして好意を真正面から向けられるのに俺は弱いらしい。

 

「–––––だからね?飛鳥も、詩音ちゃんに負けないくらいにお兄ちゃんのことが大好きなんだ」

「......ん」

 

..........................。

うあああああああああああああああああ‼︎

何だコレ!何だコレ!

どう反応するのが正解なんだよ!詩音といい飛鳥といい、その言葉は多分兄に向けるものじゃないぞ!あんな真正面から好きとか言われてどうすりゃいいのよ⁉︎いや、実の妹にこんなこと思ってる時点でOUTなのかもしれない。

俺の懊悩を知ってか知らずか、今度は詩音も加わりつつ。

 

「「大好きだよ」」

「がはっ‼︎」

 

吐血。

俺は何の比喩でも無くその場で吐血し、うつ伏せの状態で倒れる。何か意識が吹き飛ぶ前に飛鳥たちの慌てた声も聞こえた気がしたが、俺はそのまま目を閉じた。

 

 

* * *

 

 

「.....................知らない天井だ」

 

俺はベッドの上で目を覚ました。

そして、横からひょこっと柊が顔を出してくる。

 

「あ、気が付いた?ここは保健室でーす」

「......俺ん家に保健室なんて部屋はねぇ」

 

無いはず、なのだが......点滴や治療器具などが置いてあったり、俺が寝転がっているモノ以外にもベッドがいくつか備え付けられていたりと、どう見ても保健室である。......いや、だから勝手に俺ん家を改装するなとあれほど。

 

「いやぁ、キミったら飛鳥ちゃんたちに愛の言葉を囁かれただけで赤面して倒れちゃうんだもんねぇ。キミの純情さには流石の僕もビックリさ」

「うるさいよ。アレ、実際に体験したら誰でもああなるからね?アイツらの声を録音して敵地に大量に送り込めば簡単に戦争に勝てるまである」

「勝てないよ」

 

微塵も慈悲を感じられないツッコミである。

 

「まったく......キミってば結構危なかったんだからね?血を吐いて倒れて、そこから前世に犯した罪の懺悔をし始めた時はもう駄目だと思ったよ」

「参考までに聞くけどどんな罪だった?」

「『絶対に言うなよ⁉︎』って言われてたクラスメイトの好きな人の名前を学校中に言いふらした罪」

「中々のクズだが、俺の前世ってそんな小学生みたいな罪を懺悔してたの?」

 

などとくっだらねー話を柊としていると、保健室の扉(無論引き戸である。保健室の常識)が開き、飛鳥と詩音が入ってきた。

 

「お兄ちゃん。大丈夫でしたか?」

「ん、あぁ。すこぶる快調だよ」

「良かったあ......お兄ちゃんが前世に犯した罪を懺悔し始めた時はもう駄目かと思っちゃったよ」

「お前もか。どんな罪だった?」

「『お姉ちゃんが冷蔵庫に入れてたプリン食べちゃってごめんなさい』って」

「だから小学生か!」

 

どうやら俺の前世はロクでもない存在だったらしい。そもそも、俺の前世が生きていた時代に学校などという概念があったのだろうか。死ぬほど胡散臭いが、正直どうでもいいよね。

そう、今は......。

 

「で、どうだったの?クスノキくん」

「ん......」

「どっちの愛情がより多く伝わってきたかな?」

 

柊がいたずらっ子のような表情で聞いてくる。

くそ、性格悪ぃ。

選べるわけないじゃないか......。

 

「っあー......あのさ」

 

だから、俺は。

屁理屈を突き通すことにしてみた。

 

「飛鳥たちってば、何で俺を幸せにしようとしてたんだ?」

『えっ?』

飛鳥、詩音、柊の声が重なる。

 

「確かに、料理とか看病とか.......そういうスキルは持っていてもらって損はないけどさ、俺としてはそこまで妹に求めてないんだよ。俺も出来るし」

 

「求めてないってのは要らないってワケじゃなくてな?俺はどんな飛鳥たちでも......愛してくれるのなら、それだけで嬉しいんだよ」

 

「それが、例え料理を作れば爆散される妹でも。それが、例え看病の際に俺の貞操を奪いかける妹でも。愛してくれるのなら、それで良い」

 

「柊も言ってたじゃん、愛さえあればナル◯クルガだって一瞬で細切れに

出来るって」

「言ってないよ」

 

空気読め柊。

 

「.....,とにかく、俺は別に全知全能の妹だろうが無知無能の妹だろうが、そこに愛があればいい。お兄ちゃんってのは、自分を愛してくれる妹が好きなんだよ。よって重視されるのは最終競技のみ。OK?」

「「......!!」」

 

コクコクと赤面しながらも首を縦に振る二人の妹。話していることは今までやってきた競技には大して意味がありません!という無茶苦茶なことだったのだが、大体俺の言いたいことは伝わったようだ。

そして.................。

 

「んでもって、最終競技は全くの互角でした!もしあそこで告白されてたらどちらに対しても答えはYesだったね、多分。......二人の愛は凄く伝わった。だから......二人共俺の一番だ! ......ってことで、どう?」

「...............」

 

我ながらえげつない理論だと思う。いや、だってどちらか選べなんか無理だもん!二人共それぞれの良いところってあるじゃん⁉︎どちらか一方だけとかそれどういうSMプレイ?

しかし、そんな俺の気持ちも察してくれるのが俺の出来の良い妹たちなのである。

 

「......うんっ!そうだね!じゃあ、飛鳥も詩音ちゃんもお兄ちゃんの一番だ!」

「いわゆる共有財産です。お兄ちゃーん」

 

世界を照らすような笑顔を浮かべる飛鳥と薄く微笑みながら抱きついてくる詩音。俺はそれを受け止めつつ、朗らかに笑い、呟く。

 

「あー......やっぱ妹っていいなぁ......」

 

曰く、妹とは女の未来と書く。

つまり、妹とは女性が行き着く最果てであり、未来である。即ち妹とは、全女性、果ては全人類の頂点に立つ存在なのである。

そんな妹二人に慕われ、ここまで愛されている俺は幸せ者と言えるだろう。いや、もう何ならリア充よりリアルが充実してる。スーパーリア充人2である。俺は壁を越えた。

 

「うーん!何かドラマみたいな終わり方したねぇ、クスノキくん♪」

「アレだな、それは多分俺がドラマの主人公のような性格も見た目も超絶イケメンだからだな、うん」

「ア、ハイソウデスネ」

 

クラスメイトから冷め切った視線を向けられつつ。

第一回お兄ちゃん争奪戦は、二人の妹の同時優勝で幕を閉じた。

 





何か終わり方が最終回みたいで自分がビビる。
次回はぬるっとした感じで日常を描こうと考えています。
ネタバレすると水着回です。
もう限界です、妹たちの水着を書きたいです。

では、壮大なネタバレをかました後で!
ありがとうございました!感想待ってます!


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兄と実妹と義妹とボクっ娘と筋肉 in プール

やっと書けた水着回!
別に色気がガッツリあるわけではないですが.....。
僕は妹たちの水着姿が拝めるだけで良いんです!

そういうわけで、どうぞー!


飛鳥(あすか)詩音(しおん)によるお兄ちゃん争奪戦が終わって3日。俺はいつものように高校での授業を終え、帰路に着こうとしていた。すると......。

 

「おーい、祐介(ゆうすけ)ー」

「......あ?何だ、阿呆(笠原)か」

 

通称、筋肉の化身、笠原(かさはら)信二(しんじ)が話しかけてきた。

 

「何か罵倒された気がするんだが......」

「名前呼んだだけだろ。で、何」

 

コイツが話すことは大抵が聞く価値の無い戯言(たわごと)ばかりなので、適当に聞き流すことが吉と出た。どこでと言われても俺の脳内で、としか言えないが。脳内産(くすのき)神社のお告げである。ご利益は特にない。

そんな感じで今回もぬるっと笠原の話を聞き流していこうと考えていた矢先、笠原が切り出した。

 

「明後日の休日、海に行かねぇか⁉︎」

「断る。っていうか何でお前と二人で海なんだよ、気色悪いし俺に何のメリットも無い、帰れ」

「罵倒の嵐⁉︎い、いや、ちゃんと伊織(いおり)も誘うからよ!行こうぜ⁉︎な⁉︎」

 

笠原が万能トラブルメーカー、(ひいらぎ)の名前を出して俺を引き込もうとしているが、その程度の策略では俺の世界は照らせん。出直してこい。いや、出直さなくていいからもう二度と戻ってくるな。

 

「なになにー?何のお話?」

「ひっ!トラブルメーカー‼︎」

 

突然の柊登場。思わず悲鳴......もとい、声を上げてしまう。

 

「......クスノキくん、女の子を見て第一声がソレは無いんじゃない?」

「......だったらもう少し女の子らしく慎ましく生きていって欲しいものだな」

 

まぁ、コイツが急に慎ましくなっても俺が戸惑うだけなんだろうけど。やだ!この子ったら慎ましくてもそうじゃなくても私に悪影響を与えてくるわ!

俺が柊の害悪さに勝手に戦慄していると、笠原か丁度いい所に!とばかりに柊に話しかける。

 

「なぁ伊織!明後日予定が無いなら三人で海に行かねーか?このクソ暑い時期の海は最高だぜ⁉︎」

 

季節は夏。確かに今はクソ暑いが、そのクソ暑い中わざわざ外に出歩く意味が分からない。何故か自然に俺が頭数に含まれているが、俺は絶対に行かない。だってダルいんだもの!

俺が自宅に引き篭もる決意を固めていると、柊がうーんと思案するような表情を作って言った。

 

「ボクとしては大賛成なんだけどさー、クスノキくん、海になんか行かないよねー?」

「ほぅ、中々察しが良いじゃないか」

「何で誇らしげなのさ。カサハラくん、どうしよっか?一応、ボクにも考えがあるけど......」

「マジかよ。頼む伊織......コイツを......この引き篭もりを外に出してやってくれ......!」

 

笠原が「お願いだ先生ェ......!!」みたいなテンション(どんなテンションだ)で柊に懇願しているが、そもそも柊に頼んだ所で俺が了承するとは限らないだろうに。俺は行かない。もう意地である。

 

「一緒にプールに行ってくれないと、クスノキくんのえっちな本の居場所を全て飛鳥ちゃんにバラします!ボクは全部の居場所知ってるからね!」

「悪魔め!」

 

コイツ、見紛うことなきクズだ!

男の繊細な趣味に無遠慮に介入した挙句、ソレを第三者に晒そうだなんて、男ならば死刑囚だって躊躇するような最悪の行為である。

というか、何で居場所知ってんの。もう良いけどさ聞かないけどさ。

 

「えー、だって外に出たくないって言うから、屋内プールで良いって言ってるじゃん」

「妥協点が斜め上過ぎる!」

「......んじゃあ、仕方ないね。飛鳥ちゃんにバラします」

 

そう言って柊はスマホを取り出す。

マズい、コイツはやると言ったらやる女だ!俺は必死の形相で柊のスマホに手を伸ばし......!!

 

「フハハハ!奪ってやったぞ!これでバラすことは出来まい!俺は行かないぞ、プールなんて!」

「残念、ソレは残像だ!本物はコッチ!さて、090の......っと」

「ごめんなさい行きます!許して下さい!」

「流石伊織!無駄なスキルが豊富だぜ!」

 

本当だよ。

 

 

* * *

 

 

「それで、行くことになっちゃったんだ?」

「駅一つ挟んだとこにある室内プール場にな。クソ、何でこんな事に......」

 

俺が柊たちによる脅迫に屈し、帰宅後、飛鳥に事情を説明していると、詩音がとことこと歩いてきた。

 

「プールですか?良いですね......私、休日にプールに行って泳いだりしたことがないので」

「えっ、そうなの?詩音ちゃん」

「はい。私が小学生の頃は家の中で読書や音楽鑑賞をしたりするのが好きだったので。無論、今も好きですが、私は体力が無いので......それでも、一度くらいは行ってみたいですね」

 

そう言う詩音。俺だって家の中で読書やゲームをするのが好きなのだが、詩音がプールに行きたがっているところを見ると......。

 

「それじゃ、一緒に行くか」

「えっ?で、でも、お兄ちゃんは柊さんたちと一緒に行くのでは?」

「無理矢理行かされるんだ、少しくらいはこちらの要望も聞いてもらわないとな。水着持ってるか?」

「え、ええと...... 持ってない、です」

「困ったな。そうなると学校のスクール水着しか無いじゃないか。仕方ない、そうするか」

「仕方ないですね」

「レンタルがあるからね⁉︎」

 

チッ、飛鳥め、余計なことを。もう少しで詩音のスク水姿を拝めたというのに......。ちなみに、俺は別にスク水姿の詩音をペロペロしたいのではなく、水着姿の詩音なら全部ペロペロしたい。別にスク水フェチではないのであしからず。......いや、それでも大概変態だな......。

 

「あ、あと、さ。飛鳥も......行っていい?」

「ん?当たり前だろ。むしろお前を連れて行く際に笠原とトレードしたいまである」

「お兄ちゃん笠原さんに容赦無いよね......」

 

妹以外に情けをかける意味が分からない。

 

「とにかく、柊に連絡してみるよ。詩音たちを連れてっていいかーって」

 

まぁ、聞くまでもなくアイツは了承するんだろうけど。アイツは遊び相手が多ければ多いほどテンションが上がる奴である。拒む筈がない。ちなみに騒々しさも増す。

 

「そうなると俺が行かないわけにもいかないな......」

 

こうして、俺のプール行きは確定したのである。

......ちなみに、詩音や飛鳥が行きたいと言わなければ、俺は前日の内に無理くり予定をぶっ込んで休んだりだとか、お腹が痛いなどと偽ってスルーする予定だった。俺◯イルで学んだ『クラスメイトからのお誘い回避法』である。あの時はあざとい後輩からだったけど。

 

でも、柊はそれでも連れてくんだろうなぁ......絶望。

 

 

* * *

 

 

2日後。

 

「やってきました屋内プール場!」

「うおおお!思ったよりデケェな!見ろ祐介、スライダーがあるぞ!滑ろうぜ!」

「デカイのはテメェの声だ。静かにしてろ馬鹿」

「ここがプール場ですか......海とはまた違った雰囲気ですね」

「あ、海には行ったことあるんだ?」

「ええ、ちょっと漁に」

「漁⁉︎」

 

詩音と飛鳥を加えた俺たち五人は、当初の予定通りプール場に来ていた。柊の話によると、ココは中々人気のプール場だそうで、かなり広い上に、様々な種類のプールがある。熱湯プールなんてモノもあった。40°Cとかもうそれはただの風呂だと思う。

 

「んっ......ちょっとこの水着、サイズが小さかったですかね。身体が締まっちゃいます」

「いや、それでいいと思うよ」

「お兄ちゃん、視線」

 

......ちなみに、詩音が着ているのは、レンタルしたタンキニタイプの水着である。露出度は低いものの、サイズが一回り小さかったせいか、詩音の身体のラインが浮き出てしまっている。これはこれで興奮します。

飛鳥はチューブトップ型。詩音のソレより大きめの胸が眩しい。視界いっぱいに広がる幸福感が俺の荒んだ心を癒してくれる......。

 

「ねぇねぇクスノキくん、身内ばっかり見てないでさー。ほらほら、どう?ボクの水着姿♪」

「............」

 

そういってポーズをとる柊は意外にも黒一色といった大人っぽいビキニを着用していた。柊が浮かべる明るく快活そうな笑顔に一瞬ミスマッチであると感じさせられたが、コイツの見事なスタイルはそれを許さない。キュッと締まった小さめのヒップにくびれた細いウエスト。同年代の中では並みの大きさに分類されるが、整った、まさに『美乳』と言うに相応しい形の胸が大胆に覗いている。

......悔しいが、見惚れてしまった。

 

「ふふん、良いねぇ良いねぇ、その反応!見ちゃってるねー、ボクのカ・ラ・ダ!」

「くっ......」

 

果てし無いウザさだ。コイツがこんなんだから俺も理性を保っていられるのだからありがたいといえばありがたいが。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん!早く泳ごうよ!」

「お、おぅ。ていうか走ってると転ぶぞ......」

「だいじょー......ふぎゅっ‼︎」

「おおっ⁉︎大丈夫か妹ちゃん!」

「うう......痛い.......」

 

嬉々としてプールに入ろうとした飛鳥が早速転び、笠原に介抱されていた。妹の身体に気安く触ってんじゃねえ!とキレそうになったが、流石に恩知らず過ぎるだろう。俺も飛鳥たちに続くことにした。

 

 

* * *

 

 

「ああ......楽だ......良いなコレ......」

 

俺はレンタルした大きめの浮き輪に身体を納めつつ、流れるプールに身を任せながらゆったりしていた。かれこれ10分はこの調子だが、まったく飽きない。むしろ至高まである。何より楽だ。

 

「お兄ちゃん、もっと泳ごうよ......」

「ん......飛鳥か。お前もココで泳いでたのか。詩音たちは?」

「詩音ちゃんは伊織さんと笠原さんと一緒にウォータースライダー滑りに行ったよ。何か大っきいゴムボートみたいなの持ってってた」

「ああ......」

 

よくCMとかでも見るアレか。男女混合で来た場合、リア充のみが使用を許されるあの......何か丸いヤツ。あんな狭い中男女でくっついて滑るとか......。しかも滑ってる最中に揺れてボディタッチとかしちゃうんでしょう?ケッ、スライダー中に脱線してプールに投げ出されてしまえ。

 

「俺はもうちょっとここで揺られてるよ......うぷっ」

「揺られすぎて酔ってんじゃん!ホラ、お兄ちゃんもウォータースライダー行こっ!折角皆と来てるんだから!」

「ま、待てっ!酔ってる状態でスライダーとか危険過ぎる!吐いちゃうから!待って!」

 

三半規管が貧弱な俺は、そのまま飛鳥に腕を引っ張られていった。.......うぷっ。

 

そしてしばらく歩き、もうほぼ先頭にて待っていた詩音たちと合流。

中々混んでいたが、並んでいた人たちの厚意によって無事合流することが出来た。

しかし......。

 

「高すぎでしょ......」

 

ウォータースライダーの頂点まで登ったは良いものの、高さがヤバい。横に見える飛び込み台の一番上の部分より更に高い。怖すぎだろ。

安全面とかの基準が死ぬほど気になるが、もう逃げられない。......いや、逃げられるかも......?

 

「おーいクスノキくん?もう滑るよー」

「そうだぞ祐介。早く乗れよ!」

「うう、本当に滑るんですか?こんなところから滑ってくんですか?死なないですか......?」

「し、詩音ちゃん怯えすぎだよ......」

 

四人は既にボート的なアレに乗り込み、手招きしている。後は俺が乗り込むだけだが......。

 

「おおっと手が滑った!」

『えっ⁉︎』

 

俺はボートに乗り込まず、手が滑ったと偽って(極めて優しく。急に押すのは危ないからね!)ボートを押し出した。ふっ、このまま俺が引き返せば俺は滑らずに済む!あばよ!

 

「はっ、じゃあなお前ら!俺は下で......」

「させるかっ!」

「何ィ⁉︎」

 

詩音たちが落ちていく瞬間、柊が俺の足を掴む!

当然、落ちていく詩音たちに俺は引っ張られるカタチとなり......。

 

「ぎゃああああああああああああああああ‼︎」

『ひゃーっ!』

 

俺一人だけボートに乗り込んでいない状態で、スライダーを滑っていった。

 

「うぎゃああああああ!ちょっ、身体のバランスが、ひいいいいい!」

 

急に引き込まれたので、平衡感覚が掴めない。何が何だか分からぬまま、猛スピードで滑っていく。

カーブを繰り返しながら滑っていくものだから、俺の三半規管は刺激を受け続ける。俺がいい加減限界に達した時、不意の浮遊感を感じた。

 

「.........道が、無い」

 

ウォータースライダー終了。

俺はそのまま水飛沫と共にプールに投げ出された。

そして俺は死んだ目のままプールから浮き上がり。

 

「これだから外出は嫌なんだよ!畜生!」

 

まだまだ俺のプールでの受難は続く。

 

 




どうでしたか?水着回!
いや、僕はさりげない色気というものを出すのが苦手なようです(笑)
いやしかし、彼女たちの水着姿は僕の脳内で輝いています......
注意 ウォータースライダーであんなことはしてはいけません

ありがとうございました!感想待ってます!


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兄と実妹と義妹とボクっ娘と筋肉 in プール2

どうも、夏休みに入ってからというもの、課題に全く手をつけていない御堂です!
夏になると最早2次元少女の水着姿しか頭に浮かんでこない僕をどうか笑ってください。......いや、それはともかく。

では、水着回中編です。どうぞ!


前回までのあらすじ。

阿呆の誘いとボクっ娘(悪魔)の脅迫。

そしてダブル妹(天使)のいじらしいおねだりによってなし崩し的に屋内プール場へと足を運ぶことになってしまった俺。

だが、心優しき俺は無邪気にプールを楽しむ彼女たちが滑りたいと言うので、彼女たちがウォータースライダーで滑るところを見守ってやることにした。

しかしここで俺は突然の裏切りに遭うこととなる。

 

突如として掴まれる俺の脚。

為す術無く引きずられていく俺の身体。

俺は抵抗する間もなくスライダーに引き込まれ、平衡感覚も掴めぬまま終始嘔吐感に襲われつつ滑り続け、最終的には思いっきりプールに叩き落とされることとなった。おかげで元々死んでいた目がさらに死んだ。オーバーキルである。

 

「......どう思います⁉︎外道ですよねアイツら!」

「何自分にだけ都合の良いように説明してんのさ」

 

う、嘘は言ってないし......。

 

 

* * *

 

「と、ここまでが前回のあらすじだ」

「覚えててくれたかな?」

「お、お兄ちゃんと伊織(いおり)さん、何で何も無いところに話しかけてるんですか......?」

「「何でもないよ」」

 

俺たちは少し怯えたような表情の飛鳥を軽くあしらう。まぁ、本気で飛鳥や詩音に怖がられたりしたらお兄ちゃん死んじゃうけどね、寂しさで。まるでウサギさんのようである。ちなみに、別にウサギは寂しくても死なない。じゃあ何で言ったんだ。

 

「いやぁ、結構迫力あったなぁ!どうだった義妹ちゃん⁉︎楽しめたか⁉︎」

「は、はいっ。急カーブや急降下した時はここに来る前に遺書を書いて来なかったことを軽く後悔しましたが、楽しかったです!」

「ウォータースライダーでここまで重苦しいコメントをした女の子は義妹ちゃんくらいだと思うぜ......」

 

おおよそウォータースライダーに抱くべきではない感想を述べる詩音に、さしもの笠原も額に汗を滲ませていた。そもそもアレ汗なのん?プールの水と混ざってて分かりません。いや、あの水滴全てが汗とも考えられるな。何それ気持ち悪い、滅べ。

 

「ねーねークスノキくん」

 

俺が脳内で情熱的に笠原をdisっていると、背後から透き通るような綺麗な声が聞こえてきた。声の主は柊だと分かっている。俺は何事かと後ろを振り返る。すると......。

 

「何だ、ひいらばばばば⁉︎ブッハ⁉︎な、何だ⁉︎水⁉︎おい柊、何しやがったこの野郎!」

 

俺の顔面に弱々しい勢いの水流が突き刺さった。突然の事で対処出来ず、ぴゆーっと飛んできた水がモロに顔を濡らす。

そして正面には、プラスチック製のカラフルな両手銃を構えた狙撃手、柊の姿が。

 

「えっへっへ、水鉄砲!借りて来ちゃった♪」

「借りて来ちゃった☆じゃねぇよ......」

「違うよ、♪だよ、♪」

 

形容し難い発音を繰り返す柊に俺は眉をひそめ、フロントへと向かった。そして、そこで目当てのモノをレンタルして柊の元へと戻って行く。

 

「あっ、戻って来た。どしたのクスノキくん、急にどっか行っちゃって......わぷっ!」

「......水鉄砲。借りて来ちゃったぁ......♪」

「へぇ......やってくれるね......!!」

 

俺はフロントから片手で持つタイプの水鉄砲を2丁借り、お返しとばかりに柊の顔面に二つの弾丸(ただの水です)を叩き込んだ。

それを受けた柊は、心に潜む闘争心に火でも着いたのか、好戦的な表情でニヤリと笑った。まだまだ彼女は続ける気らしい。

よろしい、戦争だ。

 

 

「......プールとは、水鉄砲で遊ぶ場でもあったのですか?初耳です。また知識が増えました」

「詩音ちゃん、その知識はあまり役に立たないと思うから即刻破棄してもいいと思うよ」

「しっ!二人共、静かに!ここは戦場なんだよ⁉︎」

「ただの屋内プール場ですよ......」

 

「ハハッ、こういう遊びは何歳になっても楽しいよなぁ!よっしゃ、ドンドン撃ってやるぜ!」

「ああ。ちなみに、詩音と飛鳥の綺麗なお肌を水鉄砲の水で無闇に濡らしたりしたらシバくからな。目とかに入っても危ない。あの二人は撃たずに無力化しろ、分かったな」

「どうやってだよ⁉︎」

 

俺たちは男子チームと女子チームに別れ、互いに距離を取りながら思い思いの場所に潜伏していた。丁度お昼頃になり、家族連れなどが昼ご飯を食べに行った為、プール場が空き始めた。

その時を見計らい、他の3人を加え、俺のチームと柊のチームに別れて水鉄砲で撃ち合いっこでもしようという話になった......というのは建前で、俺は柊を、柊は俺を再度撃ち抜いて仕返しすることしか考えていない。

 

「良い、二人共。カサハラくんはパパッと片付けちゃって、クスノキくんは拘束してボクの前に連れてきてね。ワサビ水を鼻に流し込んでやる」

 

「良いか笠原。俺の愛すべき妹二人を丁重に退場させた後、柊だけは生かしておけ。今までのお返しだ、いたぶり倒してやる......!!」

「み、水鉄砲でか......!?」

 

今日こそ決着をつける時!戦闘開始––––––‼︎

 

 

* * *

 

 

惨敗しました。

 

「ああああ......はらが(鼻が)......はらがつーんてすう(鼻がツーンてする)......」

「つ、強え......伊織のあの動き何だよ......007?」

 

俺たちは銃撃戦が始まった瞬間に柊の物理法則を超越した異次元走法に対応出来ず、翻弄されまくった。具体的には壁を走ったりプールに張られた水の上を走ったり。忍者か。

そして俺たちがあたふたしている間に笠原が撃たれ、俺も笠原の二の舞になると思いきや......。

 

ー 数分前 ー

 

『えいっ!』

『うおっ......って、詩音に飛鳥⁉︎な、何で俺の両腕を掴んでんだ?ていうか、今までどこに......』

『......拘束は柊さんの依頼です。そして、今まではずっとプールの中に潜って機を待っていました』

『何か詩音ちゃんは五分くらい潜水出来てたんだけど......飛鳥は1分くらいで溺れそうになったから、コレ柊さんから借りたの』

 

そう言って、飛鳥は竹製の長い筒のようなモノを取り出した。コレを咥え、水面から出して呼吸をしていたらしい。だから忍者か。

 

『あっそう......で、俺をどうする気なの。柊がいつの間にかどっか行ってるんですけど。何か嫌な予感がするんですけど』

『とりあえず、鼻を全力で防衛した方が良いかと』

 

嫌な予感しかしない。どれくらい嫌な予感がするのかというと、友達から「遊ぼー!」と言われ、待ち合わせ場所に行ったら誰もおらず、その後待ち合わせ時間を1時間過ぎても誰も来なかったあの頃のいやこの話はやめよう。

と、その時丁度柊が何やらチューブとようなものと、水が入ったペットボトルを持ってやって来た。

 

...........................。

 

『お楽しみの時間だよ♡』

 

鼻にしこたまワサビ水を流し込まれました。

 

 

そして、今に至る。

うん、もうこれから柊さんに無闇に逆らうのはやめよう。仕返ししようとしてもロクな目に遭わないし、成功したとしても多分その数十倍規模の報復を受けることになる気がする。

 

「ふっ、クスノキくん、やっと身の程というものを知ったようだね......」

「......ああ。身に染みたよ......」

 

俺はいつの間にか背後に立っていた柊にそう返す。だからお前は忍(ry。いや、ここを略す必要無かったな、うん。と、俺が脳内で自身の無能さを嘆いていると、マイエンジェル兼ビューティフルシスターズ、詩音と飛鳥がやって来た。詩音はいつも通り涼しげな顔だが、飛鳥の方は何やら興奮しているようだ。やべぇ、何かまた嫌な予感がしてきた。

 

「お、お兄ちゃんお兄ちゃん!凄い!凄いよアレ!あそこ見てみて!」

「あん?」

「あそこです、お兄ちゃん。フロントの......」

 

飛鳥と詩音に言われ、俺はフロント付近に視線を向ける。するとそこにはかなり大きめのステージのようなモノがあり。

 

「......『夏の花形はやっぱり水着!ミス水着美女コンテスト‼︎』......なるほど」

「ああー、ミスコンかぁ。ま、皆水着着てきてるんだし......こんなのも開かれるよね」

「そうそう!だけど優勝商品見てみてよ!あの、賞金十万円と......!!」

 

飛鳥の口から放たれた賞金十万円という言葉を聞いた時点で柊の目が輝いたのだが、まだ飛鳥には伝えたいことがあるらしい。俺はさらに目を凝らしてみた。すると、賞金十万円の他に、優勝者には副賞があるのを見つける。その内容は。

 

「副賞は......秋に発売される予定の筈の『ドラゴンミッションIX』の製品版!?」

「へぇ!まだ予約も始まってないのに、凄いね!」

「何でも、このプール場のスポンサーが某有名ゲーム会社のようでして。ここは一つ景気づけに、と」

「ひゃあ、太っ腹だねぇ。......アレ?そういえばカサハラくんは?さっきから姿が見えないけど」

「笠原さんはさっき『マジかよ、ドラミ(ドラゴンミッションの略)の最新作が副賞⁉︎うわははは、俺も出るぞー!』って言って受付の方へ行きましたよ?」

 

ミスコンだっつってんだろ。

「まぁ、笠原はほっとけ。どうせ受付で馬鹿扱いされて終いだ。で、何、飛鳥たち出場したいのか?」

「う、うんっ!ちょっと恥ずかしいけど......ドラミの最新作はずっと待ってたからね!それが発売前にゲット出来るチャンスなら、出ないわけには行かないよっ!うん!」

「私はお姉ちゃんの付き添いです。万が一優勝出来たらゲームソフトはお姉ちゃんにあげますね」

 

詩音がまるで天使みたいなことを言い出した。もとい、本当の天使なのだろう。世界一可愛いよ‼︎

ま、観客が血迷って壇上の飛鳥たちを襲おうとしたら俺が消し飛ばせばいいんだし、別に良いだろう。妹のためなら犯罪さえ厭わない、それがお兄ちゃんというものだ(曲解)。

 

「ボクも出るよっ!水着姿を皆に見せるだけで十万円なんて、そんな美味しい話は逃せないからね!」

「むしろ清々しいな、お前は」

 

金への欲望を丸出しにして目を『¥』のカタチにする柊を俺は呆れ半分、諦観半分、どうでもいーやー感半分の視線で見つめる。総量1.5倍である。

さて、俺は観客席か何かでコイツらの晴れ姿(?)でも見ているか......と思い、受付の方へと歩いていく3人とは別の方向へと歩き出した。と、その先で見知った顔を発見した。

 

「ん......八雲(やくも)か?」

「あっ......楠くん。偶然、だね」

 

俺らのクラスメイト、八雲千秋(ちあき)が見た目麗しい薄ピンク色のビキニを着用した姿で、相変わらずの眠そうな表情でミスコンのステージを見つめていた。

 

 

 





新キャラ登場ひゃっほい!
と、言っておいて何ですが、千秋には実はモデルがいます。
というか、この時期に「千秋」という名前を出してくる辺り、知っている人は大体知っていると思いますが......(汗)
名字も同じは流石にマズいだろうと考え、『七』から『八』に変えたのが僕に出来る最大の妥協でした(笑)

とにかく、ありがとうございました!感想待ってます!


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兄と実妹と義妹とボクっ娘と筋肉 in プール3

特別企画 キャラのバストサイズ比較図

八雲 >>> 柊 > 飛鳥 >>> 詩音 = 笠原




八雲(やくも)千秋(ちあき)

俺や柊、笠原が在籍するクラスの生徒の一人だ。

肩に届くか届かないかくらいのふわっとした質感の髪に、いつも眠たげなトロンとした眼、表情をしており(というか半分寝てる)、間延びしながらも結構ズバッとした物言いをする女の子である。

また、極度の廃人ゲーマーであり、曰く、「ゲームならオールジャンルでイケる」らしい。その上、世界規模で広がるオンラインゲームのランキングのトップ50の常連入りする程の腕前を誇るときた。

アレは課金すりゃ良い部分もあるかもだが、純粋な実力も相当なモノだ。実際、コイツにスマ◯ラで勝てた試しがない。

 

あと、かなりの美少女で、胸が大きい。

そんな少女が大胆に胸元が開いた薄ピンクのビキニを着けているものだから、否が応にも目が胸にいく。......ひょう!こいつぁ眼福だぜ!

 

「......楠くん。視線がえっち、だよ」

「いや、すみません。マジで」

 

俺の最後の思考だけを読み取ったかのように、八雲がジトッとした目を向けてくる。そんな目も何となく可愛く見えて、少し興奮してきた。いや、コレは言い逃れが出来ないレベルで変態だな......。

 

「えっと、八雲は何してんだ?こんな所で」

「ん.....えっとね、.アレが欲しくて来たんだ」

 

八雲が示したのは、案の定ミスコンのステージ.......の横のパネルに書かれた優勝商品の副賞、人気ゲーム『ドラゴンミッション』の最新作である。

 

「うん、まぁそんな気はしてたけどさ」

「......じゃあ聞かければ良いのに」

 

そりゃそうだ。だけど話題変えないといたたまれなかったし.......。あのままじゃ事案だったじゃない!

しかし、あのゲームが欲しいとなると、当然手段は一つしかない。勿論......。

 

「ま、それはそれとして。アレが欲しいとなると、やっぱりミスコンで優勝するしかないよな」

「それなんだよねぇ......」

 

八雲はあまりこういう矢面に立つタイプのイベントは好きではない......はずだ。仮に出場すれば優勝も十分可能だろうが、飛鳥や詩音、ついでに柊という実力者たちが出場している以上、確実とは言えない。

そんなイベントに、八雲は進んで出場したがるだろうか。例えゲームのためといえど......。

 

「じゃ、出ちゃおっか」

「えっ⁉︎」

 

どうやら、八雲の中の羞恥心などはゲームへの渇望に比べれば微々たるモノだったらしい。

しかし、この胸......もとい八雲も出場するとなると、ますます結果が分からなくなってきた。そもそも参加者は飛鳥たちだけではないのだが......。身内の贔屓目無しにしても、アイツらに勝てる奴などそういないだろう。多分目の前の八雲くらい。

 

「自信でもあんのか?優勝する自信」

「そんなの無いよ、無い無い。......だけど、目の前に超欲しいゲームが手に入るチャンスがあるんだし。やれることはやっておきたい、かな」

「......そっか」

 

ほわっとした笑顔をはにかみつつ浮かべて言う八雲。その笑顔に少し鼓動が早まったのを感じた。

あぁ、コイツはこういう奴だったな。いつもふわふわしているものの、何かに取り組もうとするその姿勢はとても前向きな娘なのだ。

 

「ま、頑張れ。応援してる」

「うんっ」

 

......なーんか、むず痒いよなぁ。

飛鳥や詩音は勿論として、(外見は)美少女である柊と話していても、「コイツは女の子である」という実感はそう湧くことはない。今回のように水着になられたりするのは例外として。しかし、八雲の場合は話していると、こう、どことなく気恥ずかしい気分になる。コレが女の子らしさってものなのかね。八雲さんパネェ。どこかの大魔王的な存在のトラブルメーカーとは違うぜ。

 

「じゃあ、頑張ってくるね」

「おう」

 

八雲は胸(豊満)にふにゅん、と拳を当てて言う。ていうかふにゅんて。アレだけあると『ドン』とも鳴らねぇのな......。八雲さんやっぱパネェわ。

飛鳥(平均)や詩音(ぺったん)はこんな色々半端ない八雲さんに勝てるのだろうか。分からん。

 

 

* * *

 

 

《『夏の花形はやっぱり水着!ミス水着美女コンテスト!』開催––––––っ‼︎》

『うおおおおおおおおおおおお––––‼︎』

「もうこのテンションはお腹一杯なんですけど」

 

司会のお姉さんがマイク越しに叫んだタイトルコールに、俺も座っている観客席の観客たちがまるで共鳴するように歓声を上げた。クッソうるせぇ。

こんな感じの無駄に高いテンションは数日前のお兄ちゃん争奪戦で嫌という程味わったのでもう大丈夫です本当にありがとうございました。

そんな俺の心情を華麗にスルーして司会のお姉さんがミスコンを進行させる。

 

《えー、今回のミスコンですが、参加者は何と募集人数MAXの15名でした!わー!ぱちぱち!》

「口で言うのかよ」

 

思わず呟いてしまう。いや、だってさ......。

とにかく、ミスコンが始まる。参加者たちが並ぶであろうステージの正面には長机が置かれており、そこには20代前半くらいの男性も30代ほどの女性、そして初老の男性の3人が座っていた。恐らく彼らが審査員だろう。本格的だな。

 

《えー、それでは早速エントリーNo.1の方に登場して貰いましょう......では、どうぞー!》

 

エントリーNo.1、トップバッターである。一番最初の奴というのは比較対象がまだいない分、高評価を得やすいようにも思える。まぁ、言い方は悪いが見るに堪えないブスとかでなければ、の話だが。

例え美少女でも周りの観客のように叫んだりはしないけどね......。

 

《はーい!ではエントリーNo.1の方っ、お名前と年齢、趣味をお願いしまぁす!》

「は、はいっ!えと、楠飛鳥、14歳の中学生です!よろしくお願いしますっ!」

『うおっ......!!』

「ぴゃあああああああああ‼︎飛鳥ー、飛鳥ー!可愛いよおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

俺はエントリーNo.1......飛鳥がステージに現れた瞬間、観客たちが上げようとした歓声を掻き消す勢いで絶叫した。え、フラグ回収?何の話をしている、早く飛鳥を崇め奉れ。

と、今の叫びで俺の位置を把握したのか、飛鳥がこちらに視線を向けてくる。我ら兄妹の固有スキル、《以心伝心(アイコンタクト)》が発動し、視線から飛鳥の意思が読み取れるようになる。内容は以下の通り。

 

(お兄ちゃん、叫ばないで!恥ずかしいよ!)

(いいや?別に全然恥ずかしくないぞ?)

(お兄ちゃんはね!飛鳥の話だよっ!お兄ちゃんはもう羞恥を感じる器官が死んでるから良いの‼︎)

 

それは脳死なのではないだろうか。俺死んでんの?

「お前はもう死んでいる」との衝撃の宣告をされたのはともかく、やはり飛鳥は可愛い。遺伝子が良い仕事してる。と、飛鳥がアイコンタクトを中断し、そのまま自身の趣味を答えた。

 

「あっ、あと趣味は......お料理ですっ!」

 

嘘つけよ爆弾魔(ボマー)

咄嗟にそう思ったが、趣味に得意不得意は関係無い。そう、例え作った料理が根こそぎ食事を模した爆発物になろうとも関係無いのだ。

 

《お料理ですかー!家庭的ですねっ!飛鳥さんの得意料理などを教えて貰ってもよろしいですか?》

「得意料理......オムライス、ですかねっ」

 

俺はつい数日前に彼女が作ったオムライスが跡形もなく消し飛んだ事実を知っているのだが。

しかしその事実を知らない司会のお姉さんや審査員の方々の目には、飛鳥の姿がとても家庭的で素晴らしい少女となって映ったことだろう。

 

《はー、トップバッターからかなりのレベルの方が来ましたね......着ている水着も可愛らしくてグッドです!私もちょっと妬けちゃいますぅ》

「ふぇっ⁉︎あ、えと、ありがとうございます......」

 

急に水着姿を褒められ、観客たちの視線もソコに集中したためか、顔を真っ赤にして俯きながらお礼を言う飛鳥。ちなみに、俺もちゃっかり飛鳥の水着姿を目に焼きつけておきました。

 

《さぁさぁ、そして審査員の方々が飛鳥さんの評価を付けておりますー。参加者の皆さんの評価は発表されず、最後に上位3名の方々の評価のみが発表される形となっております!》

 

どうせ飛鳥と詩音の二強は上位決定だからどうでもいい。え、柊?知りませんよそんな悪魔。

 

《はーい!続いてエントリーNo.2の方ですー!》

「テンポ早ぇな......」

 

飛鳥の可愛さは長ったらしく審査する必要もない事だろうか。うむ、そうに違いない。だって飛鳥可愛いもん。はい論破。

とにかく次だ。飛鳥たちは他の連中と一緒にエントリーしたはずだから......。

 

《エントリーNo.2はこの女の子ですー!》

『おおっ......!!』

「ああああああ‼︎詩音可愛いよおお(ry」

 

奥から出てきたのは我が義妹、雨宮詩音である。

性懲りもなく絶叫してしまったが、あんな天使を前にして静観決め込むとか不可能だろ。無理ゲー。

 

《ひゃあ、お次もかなり可愛い娘が来てくれましたねー!では、飛鳥さんと同じくお名前諸々よろしくお願いします〜!》

「雨宮詩音といいます。13歳の中学2年生で、趣味は読書と音楽鑑賞、そしてお兄ちゃんです」

 

趣味がお兄ちゃんって何だろう。

俺はいつものように無表情ながらも、少し頬を赤らめて淡々と話す詩音を額に汗を滲ませつつ見つめる。さしもの詩音も大勢の観客に自身の水着姿を見られるのは恥ずかしいと見たが、そんなことよりももっと気にすべきことがあると思う。

案の定、司会のお姉さんが食い付いた。

 

《しゅ、趣味がお兄ちゃん、とは?》

「あっ、そうですね、説明が必要かもしれません。趣味に置く『お兄ちゃん』とは、お兄ちゃんと遊ぶこと、話すこと、一緒に朝ご飯の調理をしたりすること、その他諸々お兄ちゃんと一緒に何かすること自体が私の喜びであり趣味なのです。また、お兄ちゃんが何かをやっていることを観察するのもまた『お兄ちゃん』の一環であり......」

《ももも、もう良いです!詩音さんご説明ありがとうございましたっ!》

 

捲し立てるように話し出した詩音を押し留める司会のお姉さん。やべぇなアイツ。詩音のことは大好きだが、アイツの思考回路はまだ人類には早すぎるステージのそれだったようだ。

 

「もう良いんですか?やはりもっと説明が必要な気がします......だって審査員の方々が渋い顔してます」

 

お前が言ったことを全て理解した上でのその反応だ。気にするな。

 

《え、えーと......と、とにかく次に参りましょう!あ、いえ、別に詩音さんの説明が嫌だとかそういうわけではなくてですね、時間が!時間が押してますので!ええ、仕方ないんです!》

 

お気遣い痛み入りますが、恐れ多いことに気遣い方が絶望的に下手ですね。絶望的過ぎて最早笑えてくるレベルである。うぷぷぷ。

 

《それではっ!エントリーNo.3の方、どうぞー!》

 

飛鳥、詩音と一緒にエントリーした奴は......。

 

「やっほー、皆!こんにちはっ!学園のアイドルーっ!伊織ちゃんだよーっ!」

『おおおおおおおお–––––––ッ!!!!』

「............」

 

飲み物無くなったから買いに行こっかな。

 

「......ちょっと、何でクスノキくんってばボクの時にだけ声を上げないのさー!」

 

俺が飲み物を買いに行こうとした瞬間、伊織がステージの上で声を上げる。おい、何でお前俺の位置を把握してんだよ。何、白眼なの?

そもそも、普段俺をからかいまくってくるアイツを女の子として見る方が難しい。水着姿を見た時は思わず見惚れてしまったが、絶叫するまでではないね、うん。あんな悪魔に興奮はしねぇ、悪魔っ娘というジャンルは存在するが、アイツのは小悪魔なんて生易しいものではなく、ガチの悪魔なのだ。人間の魂を喰らって呵々大笑するタイプの。

 

「大魔王に萌える男はいねぇ(2次元除く)」

「ちょっと何言ってるか分かんないけど何となくイラッとしたよ。あとで覚えておきなよ」

 

何でこの距離で聞こえるんだよ。地獄耳か。

悪魔で地獄耳とかマッチしすぎでしょ。

 

《あのー、伊織さん?》

「ん?あー、ごめんねっ。ボクの名前は柊伊織。歳は16の高校2年生で......趣味はクラスメイトをからかって遊ぶことかなー」

 

え、まさか人の家を改装するのも『からかう』の内だったの?何、俺の常識が間違ってるの?

 

《か、からかう、ですか》

「んー?あーいやいや、そんな過激なモノじゃないよ?小学生がよくやる、好きな人にワザと意地悪しちゃうっていうアレかな?......なんてね」

 

そう言って柊がこちらにチラッと視線を向けてくる。アホか、その程度で「アレ?ってことはコイツ俺のこと好きなんじゃね?」などと痛々しい勘違いをする俺ではない。今まで何回も経験したからな。

というか、お前の行いはかなり過激な部類に入るからね?お前アレが過激じゃないとか、お前にとっての『過激』って何なの?マジで魂喰らうの?

俺は柊の視線を真顔でしれっと受け流した。

 

「ぶぅ......」

《あ、あれ?どうしました、伊織さん》

「なーんでもないでーす」

 

何でアイツいきなり不機嫌になってんだ。

とにかく、コレで柊のターンは終了。その後も何人もの水着姿の少女、またはお姉さんたちがステージに上がり、その度に観客たちは歓声を上げる。

中にはパフォーマンスとして、ダンスを披露したりする人もおり、それぞれ好評だった。

そして、エントリーNo.は13まで消化される。

 

《さて、いよいよミスコンも終盤です!エントリーNo.14っ!ステージへどうぞー!》

 

エントリーNo.14は彼女だった。

薄いピンクのビキニの上には前を開けたパーカーを羽織っており、普段からの眠そうなトロンとした表情は健在だが、その無気力そうな表情すら、彼女の圧倒的なまでに端麗な容姿による補正により魅力的に映る。ふらふらとおぼつかない歩調で彼女はステージの真ん中へと歩いていく。

 

『うおおおおおおおおおおおお––––––––ッッッ!!!!』

 

今日一番の歓声。飛鳥や詩音、柊も容姿ならば負けていない筈だが、何となく......何となく、彼女には不思議なオーラのようなモノがあるというか。飛鳥たちとはまた違う魅力がある。

彼女の名は。

 

「八雲千秋です。16歳、趣味はゲーム全般......よろしくお願いします」

「えっ?ちーちゃん来てたの⁉︎」

 

八雲が俺のクラスメイトということは柊のクラスメイトでもあるので、勿論柊も八雲のことは知っているし、寧ろ超仲がいい。いやしかし......。

 

「.................」

「あれ?クスノキくん黙ってるのは同じなんだけど、何かボクの時とちーちゃんの時で反応違くない?気のせいかなー?」

 

見惚れて言葉も出なかったんですね、コレが。

天使と悪魔だからね、仕方ないね。

いや、柊も可愛いと思うよ?毎回俺は誰に弁明してんだ。やだ!脳内で一人で喋ってる祐介クン気持ち悪い......近づかないで下さる?いや俺だよ。

 

《ふぁ......あっ、す、すみません!えっと.....ゲ、ゲーム全般が趣味ということでしたが、特に何が好き!というのはありますか?》

 

俺含め多くの観客(女性も含む)と同じく、八雲に見惚れていたらしい司会のお姉さんが思い出したように八雲に質問する。

 

「ん......特に無いけど、恋愛ゲームは苦手、かな」

《はぁ。何故ですか?》

「恋愛とか......ていうか、人の考えてることとかが正直あまり分からないから、難しい」

 

八雲のその言葉に「じゃあ俺が教えてやるよ!まずは俺と付k」と、何か決定的な一言を言おうとした観客が現れたが、その台詞を言い切る前に彼は周りの観客に激しくリンチされた。一体彼の遺言は何だったのだろうか。

 

《うぅん、初心なんですかねー?あー抱きたい》

 

え、この人今完全に素じゃなかった?

とにかく、次で最後の参加者となる......が、最早場は八雲優勝の色が濃くなっている。飛鳥や詩音、柊も中々好評だったが、後から出てきた八雲の印象に上書きされたのもあるのだろう、少なくともこの場この審査員には、八雲がストライクだったようだ。

この逆境を乗り越える逸材は現れるのだろうか。

 

《いよいよ最後の参加者!エントリーNo.15ッ‼︎この方です、どうぞー!》

 

ソイツは、どう見ても今までの参加者とは違った。

言い直すならば異質。明らかに別の生物だった。

 

筋肉に覆われ、無駄なく引き締まった体躯。

仁王のようなその肉体の上には、範◯勇次郎のような凶悪な笑み(多分スマイルのつもり)を浮かべた岩石のような形の頭が乗っている。そんな身体に女性用の水着を着けているので激しい嘔吐感をコチラに抱かせる、凄まじい容貌をしていた。

 

というか笠原だった。

 

あぁ、そういえばアイツもエントリーしに行ってたな......。後で聞いた話だが、運営側も最初は断ったのだが、運営のトップが「面白そうだから」と出オチ的な立場で参加を許されたらしい。基準ゆっる。

 

《..................》

『..................』

「..................」

 

司会のお姉さんも、審査員の方々も、観客も、既にステージに上がっていた参加者たちも。誰も言葉を発さない。地獄のような沈黙。

その中で、奴だけは満面の笑みで言った。

 

「エントリーNo.15、笠原信子(しんこ)ですっ!歳は17、趣味は筋トレ!よろしくお願いしまぁす!(裏声)」

 

『帰れ–––––––––––––––––––––ッッッ!!!!!!!!』

 

会場にいた全員が叫び、ゴミやら浮き輪やらが笠原に投げつけられる。

......その後、笠原を抜いた14人で審査が行われ、最終的に八雲が優勝。賞金10万円及び、最新ゲームソフト『ドラゴンミッション』を手に入れた。

 

まぁ、負けた飛鳥さんたちも満足そうだったし......めでたしめでたし、で締めても良いのかしら。笠原のことは抜きとして。

色々アクシデントはあったものの、クラスメイトと遊ぶのも、妹たちと仲良く泳ぐのも中々楽しくはあった。本当色々あったけどね。

 

こうして、俺の一夏の思い出は幕を閉じた。

 

......めでたしめでたし。

 




いかがでしたか?今回はちょっと長めになりました(笑)

八雲のモデルは勿論スーパーダンガンロンパ2及び今期アニメのダンガンロンパ3の七海千秋でございます!で、ですがこのままだとただの輸入になってしまうので何かオリジナルと相違点を付けないといけませんね......。

では、次回の更新にまた会いましょう!
ありがとうございました!感想待ってます!


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楠兄妹+クラスメイト@闇鍋

どうも、御堂です!
タイトルから季節感を破壊しにかかっております。
夏なのに鍋とかバカじゃねーの?と思う方もいるかもしれませんが.......何を血迷ったのか、ウチの昨日の晩御飯は鍋でした。

では、どうぞー!




屋内プールでの一件から数日。俺は久しぶりの何もない、ただただ平穏な休日というものを満喫していた。かの魔王っ娘(悪魔っ娘の上位派生種)や、筋肉野郎も今日はいない。

平和だった。

 

「あぁ......和む......」

 

そうだよ。これが本当の休日なんだよ。いちいちクラスメイト相手に体力を割かないといけない休日なんて間違っていたんだよ。

と、そこで我が義妹、詩音(ついに先日、“楠”詩音となった)が話しかけてきた。

 

「お兄ちゃん。アイス食べます?」

「えっ、あるの?」

「はい、出張先から父が送ってきてくれたのです。中々の有名店のモノらしく、美味しいですよ」

 

詩音が自身が持つカップからスプーンでアイスをすくいながら言う。なるほど、光男さんが。

お袋も俺の義父である光男さんも、今は出張中で家にはいない。まぁ、ラノベのように海外出張とかではないから二週間くらいで帰ってくるらしいけど。

 

「んじゃ、貰おうかな」

「はいっ。イチゴにチョコにバニラに抹茶がありますが、どれにします?」

「抹茶で頼むよ」

 

俺は抹茶味の菓子などは大体好きだ。が、モノホンの抹茶は苦手である。一度飲んだことがあるのだが、コーヒーの苦さとはまた違う苦さのアレは、俺の味覚が圧倒的拒否反応を示していた。

 

「お兄ちゃんも抹茶ですか?ふふっ、一緒ですね」

「そだな。一緒だ」

 

お互い、何てことの無い偶然と思いつつも微笑み合う。平和だ。平和過ぎて逆に不安になるくらいの安心感である。まさに理想の世界だった。

 

「なぁ、詩音」

「何ですか?お兄ちゃん」

「日本って、平和だよな......俺、今超幸せだよ」

「はい、そうですね......私もお兄ちゃんと一緒にいられる今この瞬間が、とても幸せです」

 

再び微笑み合う俺と詩音。

そこに、今まで自室で学校の課題に取り組んでいた飛鳥が二階から降りてきた。

 

「お兄ちゃんと詩音ちゃん、何で二人そろってニヤニヤしてるの?宝くじでも当たって5兆円くらい手に入ったの?」

「その宝くじ太っ腹過ぎんだろ......別に特に意味はねーよ。ほら、お前もアイス食うか?」

「食べるー!」

 

俺は飛鳥にもアイスを放り、自分のもまた一口食べる。甘みの中でほんの僅かに覗く苦味が良いアクセントとなっており、するっと喉に流れていく。このクソ暑い中なので、より美味く感じた。

 

「「「ふぅ......」」」

 

それから、詩音が運んできてくれた冷たい麦茶を飲んで一息。平和である。平和平和とくどいようだが、実際そうなのだから仕方がない。この平和を揺るがす程の災害に見舞われたのなら話は別だが、今は平和なのだ。異論は認めない。

と、その時、突然外から声が聞こえてきた。

 

「クースノーキくーん!あーそびましょー!」

 

災厄()の襲来である。

 

 

* * *

 

 

俺は無言で玄関まで歩いて行き、ドアにチェーンを掛けた。さらに手近にあった傘立てや自転車の空気入れをバリケードのようにドアの前に立てかける。

この平穏は誰にも奪わせはしない......!!

確固たる決意。俺は退く気はなかった。

外からは未だに声が聞こえてくる。

 

「あれー?いないのかなー」

「兄妹仲良く散歩にでも行ってんじゃねーのか?」

 

笠原の声までする。何てこった、大魔王とその配下まで揃っているとは......。

 

「うーん、取り敢えずカサハラくん、電気メーター見てきてよ。回ってなかったら誰もいないんじゃない?回ってたら言ってねー」

 

俺たちは潜伏先がバレた逃亡犯か何かなのだろうか。何故そんな確認をされなければならないのか、皆目見当もつかなかった。

直ぐに家中の電気を消そうと思ったが、勿論間に合わない。笠原が馬鹿正直に柊に電気メーターが元気に回っていることを伝えた。

そして再度。

 

「クースノーキくーん!あーそびましょー!」

「うっせー!」

 

根負けした。俺はこのままだといつまでも家の前に居座りそうだった柊の声に青筋を立てながらドアを蹴り開けたのだった。勿論、擬似バリケードが脚にガンガン当たったので超痛かった。

 

 

「––––それで、今日は何の用だ、柊」

 

仕方ないので、二人を家にあげ、先程まで飛鳥たちと3人で寛いでいたリビングに二人を案内した。

 

「にゃはは、やだなぁ、ただ大好きなキミの顔が見たかっただけだにゃー♡......なんてねっ♪」

 

 

ワザとらしく語尾を猫っぽくしてなだれかかってくる柊の顔に手を当てて押しのけようとする俺。俺たちがそんなくっだらねぇ諍いを起こしている間にも、二人の客人(アホ共)の為に麦茶を用意しに行ったのだから、やはり詩音は出来た妹である。飛鳥も笠原に、「アイスいかがです?お義父さんから届いたばかりで、とっても美味しいんですよー!」と接していた。その女神かと見紛うほどの良心に満ち溢れた行動には、さしもの俺も涙した程だ(誇張)。

 

「で、何しに来たの。もう外出はしねーからな」

「んもぅ、つれないなぁ。ま、キミが外出しない気なのは分かってたけどねー」

 

やっと柊を押しのけることに成功した俺が問うと、柊は頬を膨らませながらもそう応える。

じゃあ何だと視線で問うと、柊がニヤリと笑った。

嫌な予感しかしない。

 

「ふっふっふ。いやぁ、ボクも家の中で遊ぶのも中々良いと思ってね。......クスノキくんたち、お昼ご飯はまだだよね?」

「そうだな。そろそろ昼ご飯にしたいから、お引き取り願えるかな?てか帰れ」

 

客人にする対応ではないが、コイツは招かれざる悪魔なのだ。この笑み。邪悪そのものである。

と、飛鳥と笠原の会話が聞こえてくる。

 

「笠原さん、その袋なんですか?」

「ん?あー、これは伊織に頼まれたヤツでよ。ここに来る前にちょいと買ってきたんだわ」

「えっと......ガスコンロ、ですか?あとは鍋の素」

「せいかーい」

 

おい待て。まさか......。俺は柊を見る。

その視線にうむ、と満足気に頷いた柊は腕を挙げ。

 

「今日のお昼は闇鍋だー!」

「アホか!」

 

そう宣言したのである。

その言葉に、お茶をお盆に乗せて運んできてくれた詩音が呆れたように言った。

 

「今は夏なのですが......」

 

そう、今の季節は夏。それも今日は気温は30°Cを超える真夏日なのである。何が悲しくてそんな日に熱々の鍋などをつつかなくてはならないのだ。しかもただの鍋でなく、闇鍋。最早拷問である。

 

「にゃはー、分かってるよぅ。だけどあえて!あえてココで鍋なのさ!いわゆる我慢大会だね」

「勝手にやれば?じゃあサヨナラ」

「待って待って待って!クスノキくんはもっと女の子に、ていうかボクに優しく接しようよ!」

 

いや、努力はしているんですけどね?

俺は冷めた目で柊を見据える。いやもう、本当に勘弁して欲しい。今日は冷たいそうめんでも食べて兄妹でゆっくりしようと思っていたのだ。そんな灼熱地獄みたいなステージには達したくないのである。そんなに暑いのが良いならインペ◯ダウン(Lv.3)にでも行ってこい。そして干からびろ。

 

「本当に待って!我慢大会で優勝したら賞品!賞品あげるからさ!ね⁉︎」

「賞品?」

 

柊の言葉にちょっと興味が湧く。コイツは流通ルートは不明だが、時々生涯お目にかかることすら難しいレベルの高級品(例 世界最古のダイヤモンド、《コ・イ・ヌール ダイヤモンド》の一部。どうやって入手したのか本当に分からない)を持ってきたりする。そんなコイツが賞品などと推してくるにはかなりの品なのでは......?と考えたのである。

 

「あ、飛鳥も興味あります!」

「私もです。是非賞品とやらを教えて下さい」

「おいおい、そんなこと俺にも言ってねーだろ?」

 

他の3人の期待も高まっているようだ。そんな俺たちの視線を受けた柊は自慢気に一つのチケットのようなものを俺たちに差し出した。

 

「......何だコレ」

「紙、ですね......」

 

そう、何の変哲のない紙である。そこには恐ろしく達筆な字で、『伊織ちゃんが何でも言うこと聞いてあげる券』と書かれていた。ガキかお前は。『かたたたたきけん』と同レベルだ。“た”が一つ多いのもポイントである。やべぇ、超どうでもいい。

 

「......で、何コレ?舐めてんの?」

「ちちち違うってば!だからその覇気みたいなの出すの止めて⁉︎段々クスノキくんも人間辞めてきてるよね最近!怖いよ!」

「凄ぇな祐介!それどうやって出すんだ⁉︎俺まだスーパー地球人2ぐらいにしかなれなくてよー」

 

それは大体お前らの影響だと思う。

あと笠原、お前はどこに向かってるんだ。

 

「えっと、伊織さん。コレは一体?」

「まったく......あぁ、説明するよ。この券によって得られる権利、それは......『このボクに、柊伊織ちゃんに何でも一つ望む事をさせられる』権利なのだー!」

 

だー、だー、だー......。

リビングに響く柊の声。皆がまったく反応しなかったので、その声は良い感じに反響していた。何故ただのリビングなのに反響するのだ、などと考えてはいけない。SSだから何でもありn(殴。流石にコレは柊も恥ずかしかったのか、不満気な表情のまま頬を赤く染めてそっぽを向いてしまった。

しかし、何も俺たちが総出で柊を無視ってやろうと考えたのではない。俺たちは全員、この言葉の重さを正しく捉えていたのである。

 

––––()()柊が『何でも』......‼︎

 

そう、あのトラブルメーカーで腹黒で狡猾な蛇のような魔王っ娘の柊が、である。えらい言い様だが、アイツの能力はこれ以上無いくらいに評価しているつもりである。何となくアイツが「ちょっと首相になってくるよ」とか言っても「減税よろ」とか言って普通に送り出せる安心感がある。

そんな万能魔王が何でもというのだ、俺たち程度の望みならまず間違いなく叶えられるだろう。

 

「ほぅ......本当に何でも良いんだな?」

「もっちろん!優勝出来れば何でも......はっ!ま、まさかボクにエッチなコトしたいって......!?やぁん、クスノキくんの、ヘ・ン・タ・イ♡」

 

渾身のデコピン。

 

「いったぁ!痛いよクスノキくん!」

「黙れ淫乱魔王。じゃあ例えば妹たちの写真集の作成を頼んだら作れるのか?いや、例えばの話ね」

「作れるけど......流石のシスコンだね」

「お兄ちゃん......」

「では私はお兄ちゃんの写真集を」

「詩音ちゃん⁉︎」

 

そんなわけで。

闇鍋 in 我慢大会が開催されることとなった。

 

 

* * *

 

 

俺たちは全員、冬物のセーターなど、保温性に優れた服を着込み、コタツの天板に乗る鍋を囲んでいた。もう一度言うが、今は夏である。

 

「ルールは簡単。暑さに倒れたり、闇鍋の具を食べられなかったりしたら失格!オーケー?」

『オーケー』

「じゃあ電気消してエアコンの冷房消して!エアコンの暖房起動コタツ起動ストーブ起動!」

『おおー』

 

我慢大会と闇鍋のルールに従い、部屋を暗くし、家にある暖房器具を全て起動させる。

まだ昼なので、電気を消しただけではまだ明るい。だが、流石無駄なところで用意が良いことに定評のある柊。どこからか取り出した暗幕を部屋中にかけ、完全な暗闇を作り出した。

しかし、暖房がまだ効いていないのにも関わらず、既に暑い。そりゃこんな服着てりゃあそうなるだろう。これから暖房は効き始め、さらにその中で鍋を食すのだ。死人が出てもおかしくない。

 

「さて、では......鍋に食材を投入だー!」

『とりゃー』

 

俺たち5人は一斉に鍋の中に食材を放り込む。

柊は複数の食材を入れたようだが、俺含め他の奴らは一つだけのはずだ。しかし、この暗い中では何を入れたかは分からない。ルール上食べられないものは入っていないはずだが......。

ちなみに俺が入れたのはただの白菜。自分に当たる可能性もあるのだから、まぁ、安パイを仕込んだ。

 

「皆入れたー?じゃあ、クスノキくん、詩音ちゃん、笠原くん、飛鳥ちゃん、ボクの順番で食べていこー!食べないのはバレるからね!」

『ぎくっ』

「......皆誤魔化す気だったみたいだね」

 

誰が好き好んで食べるか。

 

「んじゃ、クスノキくんから!どうぞー!」

「くっ......!!」

 

最早後戻りは出来まい。俺は先ず出汁をすくい......。

 

「......おい、出汁の匂いが何かおかしいんだが......」

「あぁ、俺がちょっと改良した特別な出汁にしといたんだぜ!水の代わりにアイス(イチゴ味)を溶かしたプロテイン(ココア味)を入れておいた!」

 

笠原の声が聞こえてきた方面にお玉を振り抜く。間もなく硬い手応えと共に、カァン!と小気味の良い音が鳴った。頭にクリーンヒットしたようだ。

 

「テメェふざけんな!何で基盤から破壊しにかかんだよ!出汁は闇鍋の対象じゃねーから!」

「い、いやいや!闇鍋とかじゃねーよ!皆暑いだろうと思ってアイスを入れたんだよ!思いやりだ!」

「火にかけたら溶けるだろうが!」

「......しまった!」

 

この馬鹿が!

いや、溶けるのを無しにしても鍋にアイスを入れるという発想はないだろう。しかもプロテイン投入に至っては「プロテインが嫌いな人類はいないから」といった俺には到底理解出来ない超理論によるものだった。とりあえず激情のままに笠原を断罪した。

 

「え、しかもコレ笠原が入れた“具”としてカウントされないわけ?マジで?」

「具じゃないからねー。カサハラくんに出汁の準備を頼んだのが間違いだったねー......てへぺろっ☆」

てへぺろっ☆じゃねぇ。

しかしどうするか。コレでは普通の具すらもこの出汁に毒されている危険性がある。最早この中に安全な食材など無いと考えた方が良いだろう。アイス入りプロテインが染み込んだ白菜。どう足掻いても絶望である。

 

「クソッ......食えるモノ来い食えるモノ来い食えるモノ来い食えるモノ来い......!!」

「お、お兄ちゃん凄い気迫......!!」

「一応全て食べられるモノのはずなのですが......」

 

俺は気合の声と共に具を一つ箸で掴んで皿に移す。甘ったるい出汁の匂いと共に俺の皿に移されたソレは暗くて見えないが、立方体に近いモノに見えた。恐る恐るソレを口に入れ......。

 

「......豆腐だな」

「私が入れたものですね」

「ちぇー。もっと凄いモノに当たれば良かったのに。それじゃあただの鍋じゃん!」

「ただの鍋で良いんだよ」

 

流石詩音だ、ちゃんとマトモな食材を入れてくれたらしい。飛鳥も一般的な感性の持ち主だ、入れたのは普通の食材だろう。真に警戒すべきはやはりあの大魔王なのだ。

 

「ふぅ、じゃあ次は詩音だな。気をつけろよ」

「はい......」

 

続いて、詩音がお玉で具を鍋から取り出した。

暗闇の中、詩音の表情を窺い知ることは出来ないが、きっと処刑台に立たされた罪人のような悲壮感溢れる表情をしていることだろう。

 

「うう......暑い......」

 

その上、彼女は暑さには弱い方だ。早く勝負をつけなければ、闇鍋の脅威より先に暑さで脱落してしまう。詩音は手早く具を口に入れ......。

 

「もぐ......あっ、コレはただのつくネゃッ⁉︎」

 

ボンッ‼︎と。

そんな音と詩音の奇妙な声が重なり、その後にドサリ、と何かが倒れるような音がした。

 

「お、おい!詩音!詩音!大丈夫か⁉︎おーい!」

「おに......つくね.....気を、つけ......」

「し、しおーん!」

 

声が途切れた。

うっすらと見える詩音のシルエットは横倒しになっており、一度ビクンと痙攣する。脱落、か。

 

犯人はこの中にいる......。

 

「なぁ、飛鳥」

「な、何?お兄ちゃん」

「お前、鍋に何入れた?」

「............つ、つくねを作って入れました......」

 

つくねを作った。つまり飛鳥が“料理をした(爆弾を製造した)”ということである。嗚呼、そうだった。飛鳥は一般的な感性の持ち主ではあるが、一般的な料理の腕は持ち合わせていなかったのだ。せめて野菜などの調理無しで入れられるものにしておけば......。

 

「詩音ちゃん、アーメン......」

「義妹ちゃん、良い子だったぜ......」

 

柊と笠原が無念そうに両手を合わせる。いや、別に死んでないからね?えんぎでもないから止めなさい?

とにかく、一周もしない内に詩音が脱落してしまった。やはりこの鍋は危険である。

 

俺たちは詩音の脱落を受け、再度実感する。俺たちは今、先程まで味わっていた平穏などとは無縁の状況に立たされているのだと––––。

 

 

【脱落者 1名 残り4名】

 

 




いかがでしたか?
妹モノ小説なのに義妹が真っ先に脱落するという事態。
しかし多分後々詩音は復活するので!ご安心を!

ありがとうございました!感想待ってます!


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楠兄妹+クラスメイト@闇鍋2

お気に入り100達成‼︎
ひゃっはー!皆様のお陰ですありがとうございますありがとうございます!
まさかこんな僕の妄想を書き殴っただけのSSが......感無量です!
これからも精進いたします!

ではでは、どうぞー(上機嫌)!



「し、詩音––––ッ‼︎」

 

前回までのあらすじ。飛鳥作のつくね(劇薬)により。

––––––––詩音、轟沈。

俺は光源が失せ、暗闇と化したリビング内にて、ピクリとも動かない詩音のシルエットを抱き起こす。

 

「詩音ッ‼︎くそっ、駄目だ!意識が飛んでる!」

「......かゆい、うま......」

 

え、コレマジでただのつくね?

その内詩音が人外に変異しそうな勢いなんだけど。

......現在、俺たちは柊の提案によって“闇鍋”と我慢大会を並行して行っている。暖房器具がガンガンに効いている室内で得体の知れない具材が投入されている鍋をつつくという、どこの国の拷問だろうと疑問を抱かざるを得ないイベントである。そして、最後まで生き残れた者は、あの万能大魔王柊に何でも言うことを聞いて貰えるという、中々汎用性のある豪華商品が用意されている。

俺が相変わらずの『飛鳥シェフの3分で昇天クッキング』の破壊力に恐れ慄いていると、柊が言った。

 

「クスノキくん。気持ちは分かるけどいつまでも引きずってちゃ駄目だよ。そんなの......詩音ちゃんだって悲しむはずだよ、きっと」

「だから何でお前は詩音を死んだヒロインみたいに扱うの?生きてるから。瀕死なのは間違いないが」

「瀕死⁉︎飛鳥のお料理食べただけなのに瀕死⁉︎」

 

十分過ぎる要因じゃないか。

 

「まぁ、義妹ちゃんは口直しにアイスでも食わせてやろうぜ。さて、次は俺の番だな!」

 

気が狂いそうな程どうでもいいが、一応笠原もこの闇鍋in我慢大会の参加者の一人なのだ。どうせすぐに具に当たって退場するだけの噛ませ要員だろうが。とりあえず詩音は冷房が効いた俺の部屋のベッドに寝かせておく。そして笠原は鍋の中の具材を一つすくい、口に運んだ。

 

「むっ!コレは......ッ‼︎」

「何だったの。早く言えお前に割く時間は無いぞ」

「もっと俺のターンに幅を持たせてくれよ!全く......コレただの魚だな。普通にうめぇぞ」

 

はぁ。笠原の反応からして、その魚は笠原本人が入れたものではないらしい。つまるところ、消去法でこの魚は柊が入れたものとなるのだが......。

 

「何だ、柊。お前の事だから殻を取ってないウニとかまだ生きてる電気ウナギとかを入れてると思ってたが、案外マトモなの入れてたんだな」

「キミはボクをどう思ってるのさ⁉︎いや、ていうか確かに魚は入れたんだけどさ......」

 

少し引いたような声音で言う柊。俺はソレを見てうん?と首を捻り、鍋の方に視線を向け......。

 

「ゴフッ⁉︎」

 

––––いつの間にかそこから立ち上っていた、凄まじい悪臭にむせ返った。一瞬意識が飛びかける。

 

「な、何だこの匂い⁉︎うわ臭ぇ!ちょ、柊テメェの仕業か!何入れたこの野郎、毒か!毒なのか!」

 

コレはヤバい。

元々笠原のアホの所為で異様な臭気を放っていた出汁が、さらにえげつない匂いとなっていた。アイスの甘い香りとプロテイン独特の理科の薬品的な臭気。ソレに加えられた謎の悪臭がプラスされることで、何とも言えない嘔吐物感を醸し出していた。

 

「いやだから、魚を入れたんだよ、魚。まぁ、ただの魚じゃなくてシュールストレミングっていう、魚の缶詰なんだけど......」

「あ、飛鳥聞いたことありゅよ......」

 

鼻を摘んだままそう言う飛鳥。微妙に言えてない。

かく言う俺も、その名前には覚えがある。

シュールストレミング。世界一臭いと称されるニシンという魚の缶詰である。勿論食べた時にも鼻から抜ける匂いで死にかける上、味自体も不味い。昔一度食べる機会があったのだが、「え、コレ飛鳥が作った缶詰じゃないの?違う?」などと失礼な感想を抱いた程には不味い(個人の感想です)。

いや、しかしソレを食ったとして......。

 

「何でお前はそんなに平然としていられるんだ......」

「えっ、これそんな不味いのか?マジで?」

 

どうやらコイツの味覚と嗅覚は常人のソレより遥かに鈍いらしい。普通なら口に入れた瞬間三途の川が見える可能性を内包しているこの闇鍋の具を食しても無事なのはその影響か。

簡単に言うと『アンタ舌も鼻も死んでる』だ。

 

「とりあえずコレでカサハラくんはクリアだね!さてさて、次は飛鳥ちゃんの番だよっ」

「は、はい......うっ、酷い臭い......」

「しかもドンドン臭いが強まってるようだぞ......段々具と出汁が馴染んできてるのか」

 

ふと気になったので、スマホの電源を入れ、画面の明かりで鍋の周辺のみを照らしてみた。

......鍋のビジュアルがジャイ◯ンシチューみたいな感じになっていた。何か泡立ってきてるし。どう見ても沸騰によるものではない。

俺は戦慄しつつ、スマホの電源の再び落とす。

 

「こ、怖いなぁ......じゃあ、コレでっ」

 

暗闇で動作は確認出来ないが、どうやら飛鳥は具材を箸で皿に取り分け終わったようだ。

後はソレを口に運ぶだけである。

 

「い、いただきますっ!はむっ!」

『おおっ』

 

躊躇いなく一息で具を口に運んだ飛鳥に感嘆の声を漏らす一同(詩音除く)。そして飛鳥はしばらく具を咀嚼し......一度ビクンッ‼︎と激しく震えた。

––––そして同じく震える声で。

 

「ダイジョウブダッタヨ」

「嘘こけコラ。お前モロHITしてたよな。今完全に我慢してるよな」

 

その証拠に顔色が半端なく悪い。しかし、それでも意識を保っていられるのは大したものだと思う。恐らく反応から見て、飛鳥が食したのは自身が作った毒物(つくね)であろうが......。

フグが自分の毒で死なないのと同じ原理だろうか。

 

「......何か今、凄い失礼なこと考えてなかった?」

「ハハハ何を馬鹿な。ハハハハ」

 

シレッと人の心を読むんじゃねぇよ......。

俺は額に汗を滲ませつつ必死で話を逸らす。

 

「ほ、ほら!次は柊の番だぜ早く食えよ!」

「フッ、分かってるよ。ボクはまだこんなところで倒れるわけにはいかないしね(クスノキくんが苦しむ姿超見たい)。サクッと終わらせてあげるよ!」

 

何か一瞬不吉なカッコが見えた気がするが、とにかく柊が鍋から具を取り出す。ていうか、微妙にフラグだよな......今の言葉。

 

「クスノキくん」

「何だよ」

「ボク、この具食べたら結婚するんだ」

「フラグ建設雑過ぎんだろ。ていうか誰とだよ」

 

この後、自身が仕掛けたシュールストレミングに当たり、早々にこのイベントの発案者が脱落したのは言うまでもない。フラグ回収も雑だったな。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

俺は意識を失った柊を背負い、これまた冷房を効かせてあった飛鳥の部屋に運び込んだ。

俺だけが涼むのを防ぐため、すぐにあの暖房がガンガンに効いた地獄に舞い戻らなければならない。

 

「頭がクラクラしてきた......」

 

鍋の破壊力に加え、気温もいよいよ身体を蝕んできた。心なしか視界も霞んできた気がする。

これも景品の為......さて、二巡目だ。

 

炬燵に再び身を入れ、残りの生存者を確認する。

 

「一周して、残りは3人か」

「いきなり二人も消えるとは予想外だぜ。特に伊織とかは味覚遮断とか出来ると思ってたからなぁ」

「いや、そんなの普通の人には出来......あぁ」

「「アイツ普通じゃねーし」」

 

とにかく次はまた俺だ。もういい加減暑さで限界だし、とっとと次に回してソイツの脱落を願おう。

 

「いただきます」

「おっ、躊躇いなくいった」

「お、お兄ちゃん......どう?」

 

俺は形容し難い臭気を放つ出汁が染み込んだ具をゆっくりと咀嚼する。一気に飲み込めば良いのにという意見もあるかもだが、もしコレが飛鳥のつくねだったらどうする?今回のは何故か一拍置いて爆発する仕様らしいし、すぐに飲み込んだら胃が破裂するんだぜ?闇鍋で命落とすとかもうね。

しかし、どれだけ咀嚼しても食材は爆発しない。微かに感じる味から判断して、これは俺が入れた......。

 

「......うん、ただのクソ不味い白菜だな」

「やっぱり不味いんだね......」

 

だから具材は全て汚染されているんですよ。

換気も出来ないのが辛い。もう何なら今外に出てもソコが天国に思えてくると思う。

俺は苦々しい顔で具を飲み込む。今まで俺は普通の具材しか引き当てていないにも関わらず、もう倒れそうだ。次が限界か......。そして、笠原のターン。

 

「おし!俺の番だな!」

「早くしろ......うぷっ」

「お、おう......もう限界っぽいな、祐介。これは景品は俺の物かもな!500kgのバーべルブァッ⁉︎」

 

 

あっ、コイツつくねをすぐに飲み込んだな。

味覚とかの感覚は鈍いようだが、体内からのダメージにはさしもの笠原も耐え切れなかったらしい、笠原が小さな破裂音&悲鳴と共に机に突っ伏す。

ちなみに面倒なのでコイツは放置だ。

 

「さて......後は飛鳥だけだな」

「正直ココで食べるのを遅らせておけば、お兄ちゃんが暑さで倒れて飛鳥の勝ちになりそうだけど......」

「ばっかお前、そんなんで勝って嬉しいのかよ⁉︎正々堂々勝負して勝つから価値があるんだろ!」

「......お兄ちゃんが言うと、正々堂々(笑)だね」

 

コイツ俺のことどんな風に思ってんの?実兄だよ?

確かに勝負内での姑息さには定評のある俺だが、流石にこんなところで何らかの工作を行うことなんて不可能だろうに......。精々、自分の具を取る際に笠原の手前に飛鳥のつくねを寄せておく位である。

...............例えばね、例えば。ホラ、だって暗闇で見えないじゃん?目が慣れたとかじゃないよ?

 

「じゃあ......いただきますっ‼︎」

 

飛鳥が具材を口に入れたのが分かる。

暗闇の中、飛鳥は––––。

 

「.......鶏さんの、ささみ肉?」

 

笠原お前、普通の具材入れてんじゃねぇよ......。

俺の横で倒れている、どこまでも使えない筋肉バカを睨みつけつつ、俺はついに暑さに耐え切れなくなり、その場に倒れ......意識を失った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

目を覚ますと、俺はベッドで横になっていた。

仰向けで寝ていたので、その部屋の天井が俺の目に入ってくるのだが......。

 

「......何で俺が天井に張り付いてんだ」

「そりゃ私の部屋ですから。お兄ちゃんのポスターくらいありますよ。......おはようです、お兄ちゃん」

 

割と衝撃的なことを言いつつ、俺を覗き込むように見つめてきていたのは詩音。ここは詩音の部屋の様だが......一番最初に脱落したはずの彼女がこうして復活しているということは。

 

「あー、終わったのか」

「はい。私が起きた時には、既にお姉ちゃんが気絶したお兄ちゃんを部屋に運び込んだ後でしたね」

「飛鳥は意識まだ保ってたのかよ。凄ぇな」

「『お口直しー!』と言って父が送ってきてくれたアイスを鬼の様に食べた挙句にお腹を壊していましたが、まぁ。意識はありましたね」

 

馬鹿なの?と言ってやりたいところである。

まぁ、とにかく闇鍋は終了したようだ......辛かった。

と、ソコで丁度良いところに飛鳥がやって来た。

 

「おはよーお兄ちゃん。笠原さんと伊織さんはもう帰ってったよ。『またやろうねっ!』って」

「二度とやるか......あっ、そういえば。飛鳥お前、柊にどんなことお願いしたんだよ?」

「あ、そうですね。私も知りたいです。本来ならば私がお兄ちゃん写真集の製作を頼みたかったのですが......お姉ちゃんの願いというのも気になります」

 

俺も妹二人の写真集を作ってもらおうと考えていたのだが、それはもう夢物語......でもないな。アイツなら金払えば盗撮してでも作ってくれそうである。

そんな俺たちの言葉に飛鳥は何故か頬を赤らめ。

 

「お、お兄ちゃんたちと......一緒だよっ」

「あっ、おい⁉︎どこ行くんだよ飛鳥、教えてくれたって良いじゃんよー!」

「そうですお姉ちゃん、もしかしてお兄ちゃんのえっちぃ動画でも貰ったんですか!高校のプールの更衣室内の動画とか!私だけでも見せて下さい!」

 

「違うよー!」と言って走っていく飛鳥の手には。さっきまで背後に隠し持っていた為見えなかったのか、アルバムのようなモノが握られてきた。

 

そこに掘られた文字は––––。

 

––––『I love you brother(私の大好きなお兄ちゃん)』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2話で終わるんだったら前の話の最後にあった生存者カウンター要らなかったよな」

「作者もノリで書いたんでしょうね。浅はかな人」

「止めてあげて!お兄ちゃんも詩音ちゃんも!」

 

 




少し飛ばし過ぎた感じもしますが、いかがでしたか?
段々夏イベントのネタも消化出来てきたので、次回はどーでもいい緩い日常話となりそうです!
まだ1話しか出てないクラスメイトとか出落ち感が凄かった義父とかももう少し出せたら良いなと考えております。

意見、感想待ってます!
ありがとうございましたー!


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妹たちの○○○初体験♡

どうも、夏休み明けのテスト勉強を全くしておらず、段々と恐怖に呑まれてきている御堂です!
えー、今回のタイトルですが、○○○が何かはすぐに分かります!しかし、最後の♡に期待はしない方がよろしいかと......。

では、どうぞー!


「バイトがしたい?」

「うん、少しの間だけで良いんだけど」

「お父さんもお義母さんもいないので、お兄ちゃんに許可を頂こうと。......狙った訳ではないですよ」

 

 俺がいつもの様に冷房が効いたリビングでラノベを読んでいると、突然、俺の愛すべき妹2人がそう言い出してきた。......はて。

 

「何?何か欲しいモンでもあんなら俺が買ってやるぞ。幸い今は懐が温かくてな」

 

 最近は金を使う用事も無かったので、中々に金が溜まっている。少しくらい高額なモノでも買えそうである。妹のためなら金も惜しくないし。が、飛鳥たちはふるふると首を横に振り。

 

「えっと......お兄ちゃんに買ってもらったら意味が無いっていうか、ね?」

「そ、そうです。コレは私たちが自分たちで手に入れてこそ意義があるものなのですよ」

 

 その返答から、俺のラノベ脳はある可能性を導き出す。これはアレじゃないか?あの、いつものお礼だよっ☆みたいな感じで何かプレゼントされる的な。コレはその資金調達の為のバイトではないか?

 

「ふむ......」

 

 しかし、ソレを聞く様な野暮な真似はしない。俺は出来たお兄ちゃんなのだ。自惚れていると言われても、俺の脳は都合の良い事しか考えられない様にしか出来ていないので他の可能性など考えられないのであるフハハハ(誇れない)。

 

「ま、良いんじゃねーか。どうせ親二人も激甘だし、バイトくらいなら許してくれんだろ」

 

 数秒の思考の結果、俺は二人のアルバイトを許可することにした。......いや待て、そういえば。

 

「......お前ら、バイトとか出来ねーだろ?」

 

 すっかり失念していたが、コイツらはそういえば中学生なのである。無論、中学生には労働うんたら法によって、例えバイトであっても働くことは許可されていないはずだ。......多分。法律の内容はフワッフワしていて覚えていない。しゃかい は にがて 。

 

「あ、ううん。何ていうかね、お手伝いみたいな感じなんだよ。友達に喫茶店の娘さんがいてね」

「対価も金銭ではなく物品を頂く事になっていますので、恐らくお兄ちゃんが心配している様な事態に陥ることはないかと」

 

 つまるところ、この二人はバイト先に正式に雇ってもらう訳でもなく、給料を貰う訳でもない。ただただ友人のお店を手伝い、そのご褒美として何かモノを貰うだけなのだから法には引っかからないだろう......この二人はそう言っている。

 ソレが最早バイトと言えるかどうかも怪しいが、本当に大丈夫なのだろうか。どことなく屁理屈に聞こえなくもないが......かなりグレーだろ、コレ。

 

「......まぁ、コレは創作だし大丈夫だろ」

「「えっ?」」

 

 俺の呟きに二人が反応するが、コレは二人が知らなくても良い真実である。俺は誤魔化すように笑顔を浮かべて二人に言った。

 

「まぁその、何だ。頑張れよ」

「うんっ!頑張るよっ!」

「はいっ。明日からしっかりと励みます」

 

 え、明日からなのん?

 

 ......そんな訳で、妹二人のバイト(?)初体験。

 明日から始まるそうです。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 飛鳥たちがバイトしたい宣言をした翌日。

 

 二人の勤務時間は放課後の5時から7時だと言う。

 アホみたいに短い時間しかやらないが、意外な事にそこの喫茶店は夕方がピークだというので、その時間帯に手伝ってくれるととても助かると言われたらしい。店長の甘さもあるのだろう、2週間手伝ってくれたら、店長が二人の望むモノを買ってくれると言ってくれたそうで。

 

「ますますバイトかどうかが疑わしいな......」

 

 俺は高校から自宅へ帰る道すがらに呟いた。

 と、その呟きに、一緒に帰っていた複数のクラスメイトが食いついて来た。いつものメンバーである。

 

「何?クスノキくんバイトするの?」

 

 そう聞いてきたのは柊伊織。見た目だけなら学年トップクラスの美少女であるにも関わらず、俺の心を全く揺らす事のない、稀有(けう)なクラスメイトである。

 

「あん?あー、違う違う。俺じゃなくて飛鳥と詩音だよ。あいつら、今日からバイト......というか、友達の親が経営する喫茶店の手伝いをするらしくてな」

「あぁ......お手伝いっていう名目なら多分怒られないからーってことか......楠くんの妹さんたちって、意外と悪知恵が働くんだね。お兄さんに似たのかな」

「それは俺が悪知恵ばかり働かすような人間であると言っているのか、八雲」

 

 そして意外や意外、次に発言したのは八雲千秋。巨乳で胸が大きくて巨乳な美少女であり、俺のクラスメイトでもある。最近は柊ともう一人のクラスメイトに加え、八雲と共に下校することが多くなった。

 

「で、何すんだ?もしかして妹喫茶とかか?」

「何だその夢喫茶行きてぇな。......でも、そういやぁ二人共喫茶店としか行ってなかったから詳しいことは分かんねーな。多分ただの喫茶店だろうが」

 

 そんな相変わらずアホな事を言い出したのは笠原信二。筋肉で筋肉で筋肉な俺のクラスメイト(遺憾)だ。説明が雑?そんなことはないよ?

 というか、後々検索をかけてみると、実際に妹カフェというものは存在するらしい。マジかよ日本。

 と、そこまで話すと柊が提案してきた。

 

「じゃあ見に行ってみない?二人のバイト先!」

「は?いや、確かに場所は分かっているが、無駄なプレッシャーはかけたくねぇな......」

 

 まぁ、確かに気になるっちゃ気になるんだが。

 身内にバイト先に来られるのは、結構ストレスになったりするモノである。気にしない人もいるだろうが、少なくとも飛鳥は緊張してしまうタイプ。分かりやすく言うと、授業参観みたいなモノだろうか。普通に授業を受けていても、後ろに立ち並ぶお母様方の視線がプレッシャーになるあの感覚である。

 俺が渋っていると。

 

「......じゃあ、変装して行こっか」

 

 そう言って八雲は数多の衣装を取り出した。

 ........いやちょっと待て。

 

「お前ソレどっから出した?」

「え?3次元ポケットからだけど......」

 

 ソレは普通のポケットだ。そして普通のポケットから4人分の衣装などは出てこない。そもそも収納すら出来ないだろう。八雲はマトモだと信じてたのに、裏切られた気分である。

 

「まーまークスノキくん。このメンバーに常識を求めちゃいけないよ?そろそろ慣れなよ」

「そうだぞ祐介。いつまでも常識に囚われて目の前の現実を認めないのはお前の悪癖だぞ」

「慣れる前にお前らが進化を遂げるから始末に負えねーんだよ‼︎毎度毎度俺の予想を超えてきやがって!俺は悪くねぇ!」

 

 そんなこんなで、飛鳥&詩音のバイト先へとクラスメイト含め4人で向かうこととなりました。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「おっ、ここか?」

「わぁ、何か渋い外観だねー」

「......かっこいい」

 

 飛鳥たちのバイト先に到着した俺たち。

 それぞれが彼女らにバレない様、変装をしていた。柊はジーンズにパーカーといったボーイッシュな装いに目深に被った帽子。

 八雲は可愛らしい薄ピンクのワンピースに同じくピンクの眼鏡。ピンクが好きなのだろうか。

 笠原はデニムシャツにクロップドパンツという似合わない程にオシャレな格好に加え、カムフラージュの為のマスク。そして俺は、

 

 黒スーツに黒いサングラス、煙草に見立てたチュッパチャプス。テーマは『逃◯中のハンター』。

 しかも懐にはオモチャの拳銃が忍んでいる。

 

「さて、早速入店だー!」

「......いや待て。俺の変装だけ少しおかしくないか」

「え?どこら辺が?」

 

 どこら辺と言われても()()()()()()()なんだが。

 

「いやいや、だから何でお前らは普通の格好なのに俺だけ痛いコスプレみたいな格好なんだよ」

「カムフラージュの為だよ」

「こんなんで誤魔化せるか!しかも何で喫茶店に入ろうとしてんのに飴舐めてんだよ俺は!」

 

 ちなみに飴の味はレモン味。ファーストキスの味がする。あれ?イチゴだったっけ?

 

「祐介、もう諦めろ。店の前で騒ぐと迷惑だぞ」

「私だってこんならしくない可愛いカッコしてるんだから。楠くんも、ここが頑張り所だよっ」

 

 もっとマシな頑張り方が良かった。

 必死に抵抗する俺を引き摺りつつ、3人は意気揚々と店内へと足を運んでいった。

 

 

「あ、いらっしゃい......ま、せ......?」

 

 扉を開き、可愛らしい店員の女の子が俺たちを迎えようとした瞬間、一瞬顔が引き攣ったのを確認した。というかその店員は詩音だった。

 

「一体貴方たちは何を......はぁ。4名様ですか?」

「はいっ!そうです!」

「......こちらへどうぞ」

 

 詩音は何かを悟ったような顔をしながら、俺たちを四人掛けの席へと案内してくれた。そして一人だけぶっちぎりで怪しい格好をした俺に、憐憫の眼差しを向けてくる。止めて......そんな目で俺を見ないで......‼︎......衝動的に死にたくなった。

 そして、席に座り、柊が一言。

 

「バレてないみたいだね」

「モロバレだ馬鹿野郎」

 

 コイツがマジで言っているのだとしたら、一刻も早く眼科に向かわせる必要があるだろう。

 その意思を込めて俺が言うと、柊は。

 

「まぁまぁ。詩音ちゃんは元々ボクたちに気づいてもそんなに作業効率は落ちないだろうし。飛鳥ちゃんにさえバレなければいいんだよ」

「こんな変装じゃバレるに決まってんだろ......」

 

 俺は頭を抱える。いくら頭が少しお悪い飛鳥でも、この程度の変装ならば一瞬で看破するだろう。「お兄ちゃん、何してるの?」などと言われたらもう生きていける自信が無い。

 と、その時、詩音と同じくこの店の制服を身につけた飛鳥が歩いてきて......。

 

「お冷ですっ。ご注文がお決まりになったら店員をお呼び下さい!あ、そのスーツ、とっても素敵ですね!格好良いです!」

 

 4人分のお冷とそんな言葉を残して去っていった。

 ......え?まさかアイツ、気づいてないの?

 

「......気づいてないみたいだったね」

「待て八雲。そんなはずは無いさ。だってこんな分かりやすい格好してるのに」

「実妹ちゃんって、鈍い子なんだな」

「黙れ笠原!俺の飛鳥を馬鹿にするな!」

 

 八つ当たりだと分かっていても、つい笠原を叱責してしまう。飛鳥は緊張で俺らの顔を直視してなかっただけだから!決してアホの子とかじゃないから!

 俺が飛鳥の面子を保とうと3人に弁明したが、全て「シスコンだなぁ」の一言で流されてしまった。妹思いと言え、妹思いと。

 

「はぁ......とにかく、何か頼もうぜ」

「にゃはは、そうだね。ボクはどうしよっかなー」

「俺はカツ丼とマグロの刺身が良いな」

「両方ともメニューには無いかな⋯⋯。笠原くん、カツサンドならあるから、それで我慢しよ?」

 

 笠原の馬鹿丸出しの発言にちゃんと応対してあげる八雲は優しいなぁ。俺と柊なんて自分のメニューを選択することに集中し、笠原のことなんざ完全に無視である。我ながら何故このメンバーがいつまでも仲良くしていられるのかが分からない。

 

「じゃあ俺はカルボナーラとアイスコーヒーで」

「ボクはホットサンド(エッグ)とダージリン♪」

「私は......パンケーキとカフェオレかな」

「カツサンドとカツ丼だな」

 

 おっと会話の成り立たないアホが一人登場ー。

 人の話を聞きなさいよ。というか、カツ丼を頼んだところで結局カツサンドも頼むのな。どんだけカツに飢えてんだよ。

 

「......まぁいい、注文するぞ」

 

 とにかく、コイツはカツサンドと......仕方ないのでミルクティーでいいだろう。確か、以前笠原はミルクティーが好きだと言っていたはずだ。俺は近くを通った詩音や飛鳥とは違う店員の少女を呼び止めた。この子が飛鳥が言っていた、この店の店長の娘さんだろうか。髪を2つに結んでおり、飛鳥と同じ中学三年生とは思えない程に幼い容姿をしている。パッと見小4〜6年生くらいの背丈ではないだろうか。そんな子がサイズの合わない制服を着てテクテク焦ったような表情で歩いてくるのだ、ロリコンなら即死の愛らしさである。

 

「すんません、注文良いですか?」

「あ、はいっ。ご注文はうさぎですか?」

「違います」

 

 一度でもその注文を実際にしたことがある人がいるというのならば教えて欲しいモノである。

 

「ああっ、すみません!えとえと......ご、ご注文はメニューの端から端まででよろしいでしょうかっ⁉︎」

「よろしくないです」

 

 スケールの小さい富豪である。

 

「はわわっ、私ったらまた間違えちゃいました......?うう、喫茶店の娘として情け無いです......」

「あ、いや。別にそれもそれで可愛いと思いますよ?えっとホラ、ドジっ子属性っていうか」

「......楠くん、フォロー下手くそだね」

「普通の女の子に属性とか言っても......ねぇ?」

 

 八雲と柊がやかましい。五月蝿いよ俺にそんなフォロースキルがある訳ねーだろ!そもそも人と円滑なコミュニケーション取ることが難しいんだよ。

 

「......とにかく、気にしないで下さい。まずは俺らの注文を聞いて頂いても?」

「は、はいっ!よ、よろしくお願いしますぅ!」

 

 よろしくお願いされてもって感じなんだが。

 とりあえず俺は自分たちが所望するメニューを目の前の少女に伝えていく。深呼吸をあり得ない程深く(息を20秒吸い、25秒吐く)行うことで落ち着きを取り戻したのか、少女は案外スラスラと注文を受けて行った。うむうむ、頑張れ。

 そして、全ての注文を伝え終える。

 

「––––以上でお願いします」

「はいっ。ご、ご注文は以上でよろしいでしょうか?世界の半分とかは......」

「以上でお願いします」

 

 彼女はどこの魔王様なのだろうか。

 最後まであわあわしながらも、注文を受けて厨房へと向かう少女。と、その前にトレイを持ってコチラを見ていたらしい飛鳥の元へと向かっていった。そして、少女は潤んだ瞳で飛鳥を見つめ。

 

「うわーん!飛鳥ちゃーん!また沢山間違えちゃったよぅ〜!うえぇぇ......」

「よーしよし、大丈夫!大丈夫だよ莉菜(りな)ちゃん!頑張った、頑張ったよ!ほら、泣かないで?」

 

 ––––凄まじい勢いで飛鳥に抱きついた。

 

「うっ、うっ......ごめんね?今日からお父さんの喫茶店のお仕事を手伝うことになって、恥ずかしいからなんていう理由で手伝って貰っちゃって......」

「ううん!私たちもご褒美を貰うってことになってるんだし、気に病むことなんて無いんだよ?ね、詩音ちゃん?そうだよね?」

「えっ?......あ、はい。そうですね。私たちも得るものはあるのですし、九条(くじょう)先輩は何も気にしなくて良いと思いますよ?」

 

 ......あー、成る程ね。飛鳥たちが急に喫茶店の手伝いをすると言い出したのには、まだ別の理由があったようである。九条と言うらしい少女の丁寧なご説明によって察することが出来た。感謝するぞ。

 つまるところ、九条さんは喫茶店の娘と言えど、まだ本格的な業務......少なくともホールに立った事は無いのだろう。そして、彼女は先程の応対からして、極度のあがり症らしい。なので、多分友達がいてくれたら心強いから、とかいう理由で飛鳥たちに喫茶店で働いてくれるように頼んだのだろう。

 うむうむ。友達の為に何かが出来るというのは素晴らしいことだ。飛鳥も詩音もとても良い子!

 

「流石は俺の妹たち。友達思いの良い子だぜ」

「おっ?祐介ってば、何いきなり独りで話してんだ?寂しいだろ、俺とトークしようぜ!」

「黙れ」

 

 ちょっとした呟きにもコイツは反応するから......!!

 俺が笠原にアイアンクローの刑を執行していると、柊が楽しそうにカラカラと笑った。

 

「にゃはっ、本当に二人は仲良しだよねぇ」

「あん?柊、お前は本当に眼科に行った方が良いと思うぞ?俺がこんな奴と仲が良いなんていう笑えない冗談はよせ。嫌悪のあまり皮膚が腐り落ちる」

「キミは本当にカサハラくんに容赦がないね......」

 

 いや、そもそもコイツからやたら接触して来ているだけなんだが。......まぁ、断る理由も無いから付き合ってやってるだけであって。別に友達とかそういうのではない、はずだ。うん。

 すると、八雲が首を傾げながらポソリと呟いた。

 

「............ツンデレ?」

「止めろ八雲!俺はツンデレとかそういうのじゃねぇ!しかもそういうこと言うと笠原が......」

「何だ!祐介はツンデレなのか⁉︎どうりでいつもツンツンしてると思ったぜ、デレはいつ来るんだ⁉︎」

「うるせぇ‼︎」

 

 そういうこと言うと笠原の馬鹿が調子に乗るから!

 俺たちがギャアギャア騒いでいると、制服姿の詩音が飲み物をトレイに乗せて運んできた。

 

「お客様、ご注文のダージリンでございます」

「あっ、ボクのですー」

 

 柊の前にティーカップが置かれる。

 

「カフェオレでございます」

「ん、私のです」

 

 八雲の前にコーヒーカップが置かれる。

 

「ミルクティーでございます」

「んぁ?祐介、俺の飲み物頼んでくれてたのか?......やっぱりツンdいっづぁ⁉︎」

「ソイツのです、店員さん」

 

 頬を張られた笠原の前にティーカップが置かれる。

 

「アイスコーヒーと義妹のハグでございます」

「二つとも俺のです」

「「おかしくない⁉︎」」

 

 柊と八雲が何故か声を上げた。何だ一体。

 

「どうしたんだ、二人共」

「いかがなされましたか、お客様方」

「何で二人共そんな冷静なのさ!おかしいよね⁉︎明らかにメニューに無い注文内容があったよね⁉︎」

「あまりの手際の良さに危うく流しそうになっちゃったけど......!いくら兄妹だからってソレは......」

「いわゆる裏メニューというヤツだな」

「「絶対違う!」」

 

 何故か頑なに俺と詩音の愛の育みを邪魔しようとする二人に押され、詩音は別の客の元へと送り出されてしまった。何なんだ一体。

 ......と、そこでまた新たな客が入店して来た。

 

「うおっ、マジで可愛い店員ばかりじゃねぇか」

「ゲヘッ、本当だなオイ!ヒロが言ってた通りだわ!見ろよポニテの子の胸!背は小っちゃい割に出るとこは出てんな!」

「オレは貧乳好きだから、残りの二人が良いなぁ......あの子なんてまんまロリじゃねぇかよ!」

 

 ...................うわぁ。

 入って来た3人の男たちだが、絵に描いたような不良共である。仲間からこの店のコトを聞いたらしく、入店した瞬間から飛鳥たちを下心に溢れた目線で見ている。......あぁー。

 

「......お約束イベント、ってヤツ?」

 

 俺は、この先どんなことが起こるのかを直感的に察知し......深く溜息を吐くのだった。

 ......まぁ、ラノベみたいな展開なんてそう起こらないだろうとは思うけどね(フラグ)!

 

 

 




いかがでしたか?
上手いこと区切る場面が見つからなかったので、少し微妙な終わり方をしましたが、次回は結構スルッと終わりそうな予感がします。
「だったら1話で終わらせろよ」という話なのですが......そこは皆様の寛大な心で、一つ!

えー、では、また次回!
感想待ってます!ありがとうございました!


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妹たちの〇〇〇初体験♡2

どうも、課題が終わらず、段々涙目になってきた御堂です。

えー、コレで喫茶店ストーリーは終わりますが、少しだけ不良共がイラッとくるかもしれませんのであしからず。

その部分を踏まえて......どうぞ!




前回までのあらすじ。

我が最愛の妹たちのバイト(笑)先に、ガラの悪そうな不良共がログインしました(適当)。

飛鳥と詩音がバイトをしたいと言い出した翌日。

俺はクラスメイトの柊と八雲、そして某世紀末救世主並の戦闘力を持つ筋肉達磨(かさはら)と共に、二人がバイト......もとい、その喫茶店の娘の九条(くじょう)莉菜(りな)さんの初業務への緊張を和らげるために手伝いに向かった喫茶店へと、二人の様子を見に来たのである。

だが......そこで。

 

「おいおい嬢ちゃん、早く案内してくれよ」

「案内するのにもこんな遅ぇのかよココは!」

「ホラ、固まってねぇでさぁ!」

 

この制服姿の不良共が3人、やって来たのである。

......ラノベでは、ヒロインがバイトする回では何かしらのトラブルが起こるのはテンプレと言える。が、実際に起こるとなると凄まじくウザったい。見ているコチラも不快になるレベルである。

と、飛鳥が意を決した様に歩き出す。

 

「......はーい!何名様ですか?」

「おっ、来たな」

「ポニテの子だァ......可愛いなぁオイ」

 

よし、飛鳥のことを下衆な目で見た奴はココで始末してしまおう。俺はそのまま隠し持っていた釘バットを肩に担いで歩き出––––そうとしたところで、八雲に手を掴まれて止められた。何なんだ一体。

とりあえず小声で応答する。

 

(おい、いきなり何すんだよ。急に掴まれたモンだから手首が脱臼しちまっただろうが)

(貧弱すぎない⁉︎ていうか何する気⁉︎その釘バットはどこから出したの⁉︎)

 

今まで見たことないレベルで慌てながら言う八雲だが......どこから出したって、ソレお前が言うこと?

現在、俺たち4人は八雲がどこから出したかも知れない様々な衣装を身に纏い、変装している。

柊、八雲、笠原は普通のオシャレな服装。

俺は黒スーツにグラサンの不審者スタイルである。

こんな変装でも飛鳥にはバレてないのだから不思議である。うん、きっとこの変装が高度だったんだな、決して飛鳥が鈍い訳ではない。

 

「どこから出したって......2次元ポケットからだが」

「ペラッペラじゃん⁉︎」

 

全く五月蝿い奴だな。妹のためなら空間法則すら捩じ曲げることが出来る、ソレが......お兄ちゃんってヤツだろ(イケボ)?

と、そんなことをしている間にも不良共は席に着き、メニュー表を見ていた。チィ、逃したか。

だが、気づいたことがある。ソレに笠原も気づいたのか、嫌そうな顔で俺に問いかけて来た。

 

「オイ祐介。アイツらって......」

「......あぁ。あの制服どこかで見たなーって思ったが、やっぱりだ。薙原(なぎはら)高校の不良共だな」

「ん?クスノキくん、薙原高校って何?」

「あぁ、薙原は––––」

 

私立薙原高等学校。

俺らが通う高校、東峰(とうほう)高校の最寄りにある高校であり、真面目な生徒と不真面目な生徒の落差が激しいことで有名である。真面目な生徒は毎回部活動の大会で優勝するなどの快挙を挙げることも少なくないが、不真面目な生徒は、目の前の奴等のように、品性の欠片も無い言動で、校内外問わず暴れ回っているという。逮捕者まで出る始末だ。

そのせいで品行方正な生徒たちまで地域の方々に白い目で見られるのを防ぐため、教師陣は真面目と評された生徒には秘密裏にワッペンを配り、コレを付けることで「あ、あの生徒は薙原の中でも真面目なんだな」との判断を受けることが出来る様にした。

 

「––––とまぁ、もうそんなことまでして区別しないといけなくなるくらい、不真面目な奴はトコトン不真面目なことで有名な高校なのさ」

「へぇ。じゃああの3人は......」

「まぁ不真面目な方だろうな。ワッペンを付けてねぇし、何よりあの言動が既に証拠だろ」

 

今もメニュー表を見ながら、禁煙席であるにも関わらず喫煙をしている。そもそもココは全席禁煙なのだが。他の客も横目で彼等を睨んでいる。

と、そこで不良共は店員を呼びつける。

 

「オイ!」

「はい。––––ご注文ですか?」

 

不良共の声に詩音が反応して向かった。だが......。

 

「お、おい。義妹ちゃんの後ろ......」

「やべぇ、詩音の奴、既にキレてる......」

 

その詩音の制服の後ろには、外国でも人気が高い拳銃、《コルト・ガバメント》が突っ込まれていた。......俺よりよっぽど武闘派じゃないですか。

 

「う、うわぁ......改造エアガンだよ、アレ.....」

 

柊もコレには引いた表情だ。......あの柊を引かせるとか、詩音さんマジパネェわ。ていうか銃刀法違反にならないの、アレ。改造エアガンって殺傷能力があるものも多いんだし......あぁ、ご都合主義ですかそうですか。ご都合主義ってこういうモンなの?

 

「おう、注文だ」

「そうですか。くれぐれもお気をつけ下さい」

「は?」

 

マズい、心配するべき人物が一気に不良共にシフトした。ココで再び詩音の意に沿わないような行動をとった暁には、彼等の額に綺麗な風穴が開けられるだろう。飛鳥を侮辱したら死ぬし、飛鳥の大切な友達である九条さんを侮辱したら死ぬ。彼女の家でもある喫茶店を侮辱したら死ぬだろうし、詩音本人を侮辱したら俺が奴等をSA☆TU☆GA☆I する。

何てこった。彼等が急に今までの行いを悔い改めない限り、彼等の生存確率は0%じゃないか。

 

「ね、ねぇ楠くん。気のせいかな?今楠くんの義妹さんが拳銃のハンマーの場所を後ろ手で確認している様に見えるんだけど......」

「..................」

 

気のせいではない。なんならもう引き金に手を当てている。アイツは普段は無表情ながらも温厚なのだが、万が一俺か飛鳥が誰かに馬鹿にされると、すぐに狂戦士(バーサーカー)化するから......。

 

「では、ご注文をどうぞ」

「あー。アイスティー1つとアイスコーヒー2つ。あとナポリタン三つ頼むわ」

「......かしこまりました。少々お待ち下さい」

 

おぉ、生き残った......。

詩音も流石に何も言ってこない奴を断罪する程、理性が飛んでいるわけではないらしい。だから、アイツらが普通の注文をした時に「チッ」って舌打ちの音が聞こえたのは幻聴ですよね、詩音さん?

 

「詩音ちゃん、かなり怒ってるね......」

「入店時から態度悪かったし、詩音も薙高の悪評は知っているだろうからな......」

 

が、直接的な報復行為は、この喫茶店へどんな悪影響を及ぼすか分からない。あの喫茶店には暴力を働く店員がいる、などと噂を広められたら、詩音たちの手伝い期間が終了したとしても、客足はまず間違いなく遠のいてしまうだろう。

それが分かっているから詩音は動かない。

 

「あーあ。オイオイ、注文してからもう1分経ってんぜ、おっせぇなぁ!ヒャハハハ‼︎」

「ギャハハ、1分って!そりゃ早過ぎんだろ!」

「いやいや、あの貧乳の嬢ちゃんは『少々お待ち下さい』っつってたんだぜ?1分は少々だろ?」

「ギャハハハハ‼︎流石だぜコウキ!」

 

あ、他の席で接客していた詩音が注文票にヒビ入れた。握力凄ぇ。......あと自分の胸触ってる。

と、詩音が早足に厨房に向かい、厨房を担当していたらしい九条さんと、詩音と同じく接客をしていた飛鳥を集めて何かを話し始めた。当然何を言っているかまでは聞こえないが、コチラには万能魔王がいるのだ、大抵のことはやってのける。

 

「柊、頼む」

「オーケー。とりあえず全員の唇読んじゃうねー」

 

柊の百八の特技の一つ、読唇術。人の唇の動きを見ることで、声が聞こえない状態でも何を言っているかを理解する技能だが、コイツの場合はマスクなどで唇が隠れていても、付けているマスクの動きだけでも発言が分かるほどに読唇術の精度が高い。コイツなら詩音たちの会話の内容も分かるだろう。え、プライバシー?知らない子ですね......。

以下が彼女たちの会話内容である。

 

『うぅ、他のお客さんたちが怖がって帰っちゃってるよ......どうにかしないと......』

『でも、私たちじゃどうにもならないよね......』

『九条先輩、店長さんは今どこに?』

『今は別件でいないの......』

『......お兄ちゃんさえいれば、何か良い方法を思いついてくれたかもしれないのに......』

『え、お兄ちゃんはさっきから.....え?』

 

止めてやれ詩音。もういい、飛鳥だから。

 

『と、とにかく。私に良い考えがあります』

『『良い考え?』』

『はい。とりあえず......』

 

『お姉ちゃんが厨房を担当して頂けますか?』

 

なるほど、詩音は奴等を毒殺するらしい。

しかし、良案だと思う。飛鳥の料理を食えば記憶も軽く飛ぶ可能性もあるのだし、悪評を広められることは無いかもしれない。まぁ、記憶云々の前に命の危険性があるのだが、自業自得だろう。

 

『うーん......よく分かんないけど、分かったよ!』

『はい。よろしくお願いします』

『じゃ、じゃあ私が接客に回るねっ』

 

ヤバい。なにがヤバいって飛鳥が何故自分が急に厨房担当にされたか理解していないところがマジでヤバい。このままではアイツはいつにも増して張り切り、下手したら作るだけで周囲に害を及ぼすモノを完成させてしまうかもしれない。

 

「......柊。ちょっと飛鳥の調理中も見ててくれ」

「う、うん......読める範囲で読んでみるよ」

 

やはり心配だったので監視を継続することにした。本当に危険そうならば詩音に合図でも送って教えよう。さて、調理の様子は......。

 

『えっと、まずはナポリタンからかな。パスタとケチャップと歯磨き粉とウィンナーと......』

 

待て、今何か不吉な単語が聞こえた気がするぞ。

 

『塩酸とオレンジ、塩化バリウムとイチゴ......』

不吉な単語しか聞こえないぞ。

何故彼女は化学薬品とフルーツを交互に準備するのだろうか。何か良い感じの化学変化が起こると思っているのだろうか。多分、彼女はカレーに入れるリンゴのような発想でフルーツを入れているのだろうが、圧倒的に元が悪い。起こるのは悲劇のみだ。

 

『あとはアイスコーヒーとアイスティー......ありゃ、アイスティーの氷どこにあったんだっけ』

 

ふむ、元々厨房担当になる予定では無かった上に、ただの手伝いだった飛鳥にはそこまで知らされていなかったのかもしれないな。だが、それくらいならすぐに見つかるだろう––––

 

『じゃあ、代わりにドライアイスを......』

 

––––と、思った俺が愚かだったのだろうか?

分からない、俺には飛鳥の考えが微塵たりとも理解することが出来ない。料理以外の時は正常な思考能力を持つ飛鳥が、何故厨房に立った瞬間にああなってしまうのだろう。厨房の神に呪われでもしているのだろうか。帰ったらお祓いして貰おう。

そんな感じで調理が終了した。

ちなみに、この料理で被害が及ぶのは不良共だけっぽいので、詩音に合図は送らなかった。とりあえず他の客へのガスマスクの配布は促したが。

 

「お待たせしました。ナポリタンでございます」

「おぅ、来たな」

 

そして、そのまま詩音が料理を運んでいった。

 

「そして、アイスティーとアイスコーヒーでございます。では、ごゆっくり」

「ちょっと待てやコラ」

「何か御用でしょうか、お客様」

「アイスティーから立ち上るこの煙は何だ?」

 

ドライアイスから立ち上る水蒸気(諸説あり)。

アイスティーからもうもうと途切れること無く発生しているその煙は一瞬で不良共にバレ(当たり前だ)、詩音は追求を受けることになってしまった。

そして詩音はこう答える。

 

「私共がお客様に込めた愛です」

 

その言い訳は酸素ボンベ無しで5分間潜水した状態よりも苦しいモノだと俺は思う。

 

「は?何言ってんだお前」

「ですから、愛です。私共がそのアイスティーをお客様方のために美味しくしようと込めた愛が具現化したのでクスクスクス」

「誤魔化すんならもっと真剣に嘘つけや‼︎」

 

そう言いつつも不良は意外にも詩音に暴力を振るわなかった。ふむ、懸命な判断だろう。

不良共は舌打ちをしながらナポリタンを食すため、フォークを握る。そして、そのまま口に入れ......。

 

「「「.................(ガクン)」」」

 

......3人纏めて無言で机に突っ伏し、二度と起き上がることはなかった。......ご愁傷様です。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

あの後、俺と笠原が不良共を静かに店から離れた公園に放置し、詩音は手段は不明だが、不良共を店から追い出したヒーロー(ヒロイン?)として多くのお客さんから感謝されていた。やはり、迷惑に思いつつも声に出せなかった人々が沢山いたようである。上手いことあの3人の記憶も消し飛んだようだ。何か飛鳥さんの料理、殺傷能力上がってない?

そして、彼女たちはそれからも2週間喫茶店で手伝いを続けて行き、ついに......。

 

「「おにーちゃんっ」」

「おっ、二人共お帰り。今日が最後のバイト日だったよな。2週間お疲れ様」

「うんっ!とっても楽しかったよ!」

「初日を始め、色々ありましたけどね」

「あぁ。初日の不良共を追い返した時、二人共カッコ良かったぞ。あの喫茶店の伝説になっているし」

 

ウチの高校でも、「最寄りの喫茶店に、ナポリタンを出しただけで3人の男を沈めた必殺仕事人がいるらしい」という噂が流れていた。原因は出した方ではなく作った方なのだが。

 

「えっ、そんなことになってるの?......まぁ、あの人たち急に倒れたし、不思議ではあったけど......」

 

しかしそちらには自覚は無いというね。はぁ......。

 

「というか、カッコ良かったって......その時お兄ちゃん来てたの?3日目とかに来てたのは知ってたけど、初日......いたっけ?」

「......いや、いなかったぞ」

 

俺は溜息を吐く。アレ以降、俺は変装をせずに一人だったり柊たちと一緒だったりで喫茶店に出向いていたのだが、意外にも飛鳥の作業効率は落ちたりしなかった。逆に、俺たちに良いところを見せようといつもより頑張っていた位である。

すると、苦笑していた詩音が言い出した。

 

「それより。お兄ちゃんにプレゼントがあります」

「へぇ、そりゃ嬉しいな」

 

まぁ、ある程度予想はついていたし、詩音もそれくらい分かっていただろうけど。それでも、妹たちがバイトをして手に入れたプレゼントとともなると、やはり貰えるのは嬉しいものである。

と、二人は一冊の本のようなものを手渡してきた。

 

「ん、コレは......」

「え、えっとね。それはね......」

「お兄ちゃんが以前欲しいと言っていたので、私たちが独自に用意してみました」

 

それは––––––––

 

「詩音と飛鳥の......写真集ッッッ!!!!!」

「あ、あぅあぅ......やっぱり恥ずかしい......!」

「この日のために、店長さんには私たちの仕事風景を撮影して貰っていたのです。2週間分の写真なので、たっぷりありますよ」

 

店長さんに何やらせてんだ。

 

「もちろん他の写真もありますし、お姉ちゃんは恥ずかしがって撮らせてくれませんでしたが......」

「が?」

「............私のサービスショットも、少々」

 

血が滾る、早く見よう。

 

「ちょ、ちょっと詩音ちゃん⁉︎それどういうことなの⁉︎ていうか、そんなのいつ撮ったの⁉︎」

「ふっふっふ。私の手に掛かれば、一流カメラマン(柊さん)にお願いしてコッソリ写真を撮ることなんて造作も無いことなのですよ」

「だ、駄目だよそんなの撮っちゃ!」

「笑止!自分の写真集を渡すというだけで恥ずかしがっているようじゃ駄目なのですよお姉ちゃん!もっと!もっと積極的にいかないと!」

「ああっ、お兄ちゃんが妄想して鼻血出してる!こらっ、お兄ちゃん!ちょっともう一回その写真集を渡しなさい!あ、逃げた!待てー!」

 

詩音のサービスショットを抜こうとする飛鳥の魔手をかわした俺は、自分の部屋へと逃走しつつ。

 

「この写真集は家宝にしよう......」

 

多大なる幸福感と共に、そう呟いたのだった。

 

 

 




いかがでしたか!
困った時の飛鳥の料理オチ!便利ですねー。
このままだとオチが単調になりそうなので、ちゃんとストーリーを練らなくては。頑張ります!

えー、次のストーリーはまだ全く考えていませんが。
次回も頑張ります!感想待ってます!


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義妹と兄の遊園地デート!

夏休みの課題を諦めた御堂です、はい。
ストレート!今回のタイトルが直球ストレートですよプロデューサーさん!
良い感じに捻ったタイトルが思い浮かばなかったので、もう話の内容をそのままタイトルにしました。これが俗に言うタイトルネタバレ(言いません)。

で、では!ある程度ネタバレしてしまいましたが!
どうぞー!



ある日、ぼくの義妹の詩音がいいました。

 

「お兄ちゃん、デートして下さい」

「..................ふむ」

 

ぼくはいっしゅん何をいわれたのか、よく分からなかったけど、がんばってりかいしようとしました。

そして、いいました。

 

「いいか、詩音。デートというものはどういうものか知っているか?デートだぞ、デート」

「勿論です。荒ぶる精霊をデレさせる為に行う儀式であり、最終的にキスをすることで封印する......」

「うん、デートア◯イブの話じゃなくてね。マジのデートの意味だ、3次元の、現実のデートの意味」

 

ふぅ、段々正気に戻ってきたぞ。

......俺が高校の課題を嫌々ながらこなしていた時、急に詩音が放った言葉。ソレは俺を軽く幼児退行させる程の破壊力があったようだ。

 

––––デートして下さい。

 

そう詩音は言ったのである。

義妹にデートしてと言われて喜ばない兄はいない(偏見)のだが、こんなに唐突に言われると流石に驚く。少し呼吸が止まった。

 

「あぁ、そっちですか。勿論そちらも知っていますよ。『親しい男女が日時を決めて外出すること』です。私とお兄ちゃんは十分親しいですよね?」

「む......」

「つまり、私とお兄ちゃんが一緒に外出する=デートということなのですよ」

 

そうなのか。デートというものは恋人同士だったり、恋心をどちらかが相手に抱いている場合に二人で出掛けるコトを指すのだと思っていたが、ソレは俺の固定観念だったのかもしれない。そうだ、よくよく考えてみると家族愛だって愛情には変わりないのだから、恋心とそう変わらんだろう。

 

「そうだな。中学二年生に論破されたのは信じたくないが、確かにその通りだ」

「そうでしょうそうでしょう。兄と義妹のデートなど普通なのです。ほら、今すぐ出掛けましょう」

「今⁉︎お、おい、飛鳥を置いて......あっ」

 

そういやアイツは喫茶店の娘さんの九条(くじょう)さんと1日遊びに行ってくるっつってたな......。もしかしたら、詩音はちょっと飛鳥が羨ましくなったのかもしれないな。そういうことなら、今日は俺が存分に詩音の相手をしてやるとしよう。

 

「......ま、デートと言っても遊園地で遊ぶだけなのですが。デートとかよく分かりませんし......」

「俺もだ。彼女いない歴=年齢は伊達じゃねぇ」

「............。と、とにかく行きましょうっ」

「うおっ。ちょ、引っ張らなくても......」

 

早速デートと言えるのかどうかが疑わしい1日になりそうだが、まぁ良い。俺は詩音に引っ張られるままに玄関へと歩を進め––––

 

ピコンッ

 

「んあ?」

「ん......お兄ちゃんのスマホからですね」

 

––––ようとしたところで、軽快な音が俺のズボンのポケットに入っているスマホから鳴り響いた。

見ると、LINEで柊からメッセージが来ている。

そして、その内容だが......。

 

『詩音ちゃんとの二人っきりのラブラブデート!いっぱい楽しんで来てねー!お土産ヨロシク!』

 

「....................」

「......お兄ちゃん、コレ......」

 

俺は、数十分間の捜索の末に発見された、柊によって仕掛けられていたと思われる十数個の盗聴器を躊躇いなく全て叩き壊した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

俺と詩音は二人で電車に揺られていた。

今回向かう遊園地は、人語を話し、やたら高い声で「ハハッ♪」と笑うネズミが生息する夢の国......ではなく、駅を3つ挟んだ所にある、『松島アミューズメントパーク』である。

何の捻りもない名前だと主に俺にディスられているこの遊園地だが、園内のアトラクションはどれも評判が良く、某夢の国ほどの規模は無いが、行って損をすることはまずないと言われている程の、そこそこ有名な遊園地なのだ。

 

「––––しかし、まさか詩音がそんな遊園地のチケットを二枚も持っていたとはな。凄い偶然だ」

「ふぇっ?......あ、そ、そうですねっ。偶然でしたね。良いタイミングでした」

「? あぁ......」

 

一瞬詩音が狼狽(うろた)えた様に見えたが。

HAHAHA、まさか飛鳥の外出云々に関係なく、初めから俺とデートする気だったなんてことは......。

............どうしよう、詩音ならありそうだわ、コレ。

 

「詩音......お前......」

「(ビクッ)な、ななな何ですかお兄ちゃん?私の顔に血痕でも付いてますか?」

「例え付いてても怖くて指摘出来ねぇよ」

 

そこは私の顔に何か付いていますか?なのではないだろうか。そこで血痕をチョイスする詩音に狂気を感じられずにはいられない。拳銃とか持ってたしね。マジでどこから調達したんだろ......。

というか、この様子だと本当にコイツは最初から俺と二人で遊園地に出掛ける気だったらしい。今日こそ飛鳥がたまたま外出していたが、いつも通り家に留まっていたのなら、飛鳥も行きたい!などと駄々をこねていただろう。

 

「だって......今までお姉ちゃんがお兄ちゃんと二人でいた分、私もお兄ちゃんと二人っきりになりたくて......うぅ、わがままですね、私......」

 

......どうやら、飛鳥を羨ましがっていたのは当たっていたようだ。別に不快でもないし、付き合ってやるのがお兄ちゃんの優しさというものだろう。

 

「まぁ、たまにはこういうのも良いだろ。今日は兄妹水入らずってことで。楽しもうぜ」

「......!は、はいっ!よろしくお願いしますっ!」

「電車の中で礼なんかしなくても」

 

周りの乗客方に変な目で見られました。

 

......

..................

..............................

 

しばらくして。俺と詩音は無事遊園地へと到着した。うぅむ、やはり混んでいるな。

今は丁度昼前くらいの時間。1番混む時間なのではないだろうか。ぼく ひとごみ きらい。

そして、その上......。

 

「......暑い」

「ですね......」

 

今は8月の下旬。大分慣れてきたとはいえ、やはり暑いことには暑い。元々俺も詩音も暑さには弱い方なので、かなり辛い。

 

「確かに暑いですけど......今日はとことん付き合って貰いますからね?お兄ちゃん」

「......ま、構わねーけどな。とりあえずコレ被っとけ。熱中症の危険性は未だあるしな」

 

俺は肩に掛けていた小さめのカバンからベースボールキャップを取り出し、詩音の頭に被せてやった。ちなみに、ベースボールキャップ=野球用の帽子、という訳ではない。あくまでそういうのもある、というだけであり、ベースボールキャップというのは帽子の形の総称なのである。割と勘違いしている者も多いので一応の説明だ。......べ、別にアンタらの為だけに説明してあげた訳じゃないんだからね(誰も得しないツンデレ)!

 

「ありがとうございます。......では、どのアトラクションから回りましょうか?」

「そだな......ココで有名なのはお化け屋敷とかジェットコースター辺りか。テレビとかでも観たし」

「ですね。特にお化け屋敷は取材に入ったタレントさんが本気で怖がり、反射的にお化けを殴り倒してしまった程と聞きます。ナイスボディだったとか」

「お化け役の人も災難だな......」

 

仕事だから仕方ないといえば仕方ないのだが、自身の演技が上手いが故にボディブローをぶちかまされるとは、役者の方は何ともやるせない気持ちになったことだろう。

 

「じゃあ、お化け屋敷にするか」

「そうしましょう。私はお兄ちゃんと回れるならどこでも楽しいですしね」

 

コイツも随分と小っ恥ずかしい台詞をポンポン言うようになったものだ。俺は苦笑しつつ、お化け屋敷の方へと詩音の手を引いて向かった。

......いや、元々こんなんだった気がするわ、うん。

 

 

 

「......おぉ」

「本格的、ですね......」

 

お化け屋敷前に到着した俺たちは、その外観に早くも圧倒されていた。廃病院という割とありがちな舞台設定だが、亀裂が入った壁や禍々しい雰囲気など、凄まじいスペックである。これは怖い。

 

「えぇ......ちょっと入るの嫌になってきたんですけど......俺ってば、蛇もクモも大丈夫だけど、お化けと柊だけは駄目なんだよ」

「お兄ちゃんの中ではお化けと柊さんは同列扱いなんですか......もう、往生際が悪いですよお兄ちゃん」

 

詩音が俺の手を引いてくる。それに対し俺は。

 

「キスしてくれたら行ってやらんことも「良いですよ」ごめんなさい冗談です調子に乗りました」

 

ここまで躊躇いが無いとは思わなかった。キスという単語を発した0.5秒後には顔が詩音の真正面に固定されている。一応俺とお前は兄妹ですからね?

 

「むぅ。お兄ちゃんはやっぱり往生際が悪いです」

「待て、今のは往生際云々の問題じゃないだろ⁉︎」

 

流れるように俺がヘタレのように扱われたので、そこは一応否定しておく。義妹にキスなど、どんなに潔い奴でも少しは躊躇うであろう行為だ。そんなことを今すぐやれと言われても出来る奴の方が少ないに決まっているはずなのだ。

 

「でもでもっ。お兄ちゃんだって私がベッドで迫った時は結構乗り気だったじゃないですか!」

「何回その事を掘り返す気だよチクショウ!アレだよアレ、そう、若気の至りってやつだよ!」

「あれから半年も経ってませんよ⁉︎あの時から1歳も歳をとってないのに若気の至りだなんて!」

「「ぐぬぬ......!」」

 

額をくっつけて火花を散らし合う俺と詩音。俺は断じてヘタレではない。ただ一般的な感性に従って行動しているのみだ!ていうかマジでいつまで俺はこのネタで脅され続けるのだろうか。確かに詩音のキスに応えようとしたのは事実だけどさ。もう良いんじゃないかな?時効ってあるじゃん?

そのままむーっ!と頬を膨らませてムキになったような様子の詩音と睨み合っていると、突然後ろから誰かに肩を叩かれた。その方向を振り向くと......。

 

「あのー......他のお客様のご迷惑になりますので、お化け屋敷の前で言い争われるのは、その......」

「「す、すみませんっ!」」

 

遊園地のスタッフさんに注意されている間、周りのお客さんたちが俺たちに向けていた、初心(うぶ)なカップルを見守るような生暖かい視線が心に刺さった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

そんなこんなで。

 

俺たちは二人揃ってお化け屋敷の内部にいた。

 

「くっ、結局入ることになってしまった......」

「仕方ないですよ。......それに、騒いだことで私たちに集まった皆さんの視線から早く逃れたかったですし、好都合と言えば好都合じゃないですか」

 

ならば最初から騒ぐなという話なのだが、俺も当事者であるのを思い出し、その言葉を飲み込んだ。ていうか忘れてたのかよ。祐介くんってば最低!

とにかく。今はまだ入り口付近だから良いが、ここから奥に進むにつれてお化けも多数出現するのだろう。俺は最初からお化けが苦手と宣言している。ここは頼りになる詩音さんに守ってもらおう。男らしさとか知らないね!強者が弱者を守るのが当然だ。

 

「頼むぜ詩音。悪霊共から俺を守ってくれ」

「いえ、私もこういうのは苦手なのですが」

 

どうやら俺たちは悪霊共に狩られる運命らしい。

 

「......何でソレでお化け屋敷に入ろうと......」

「それは......ほら、こういうのってスリルを楽しむものですし。苦手だからこそ良いんじゃないですか」

「本音は?」

「吊り橋効果でお兄ちゃんと◯◯◯(ピー)したいです」

 

中学二年生の女子が伏せ字を使用しなければならない程の言葉を発するんじゃありません。しかも吊り橋効果でそこまでタガが外れる訳がないだろうに。それは最早呪いか何かの類だと思う。

 

「もう良いや......進もうぜ」

「手は......」

「分かった分かった。腕でも何でも組んでやるよ」

「〜♪」

 

俺が諦めの意思と共に詩音の腕を取ると、すぐに詩音は笑顔になり、鼻歌を歌い始めた。分かりやすい奴だ。ちょっと前までは無表情で感情が読みにくいと思っていたのに。これは......。

 

「......距離が縮まった、って考えても良いのかな」

「? 何ですか、お兄ちゃん?」

「何でもねーよ。ホラ、歩くぞ」

「はいっ」

 

暗い病院内の廊下を二人で腕を組みつつ歩いていく。所々から聞こえてくる苦痛に呻くような声が俺たちの恐怖を煽る。患者の霊とかその辺だろうか。

 

「うぅ......こ、これは想像以上です......」

 

詩音が俺の腕をぎゅうっ、と胸に抱く。もう吊り橋効果などと言っていられる余裕も無いようだ。......ちなみに、俺の腕が胸に抱き寄せられているはずなのに、何故か詩音の胸の柔らかみを感じることが出来ない。コレが格差社会というやつか......。

 

「何か、お兄ちゃんから失礼な気配を感じます」

「キノセイダヨ」

 

失礼な気配って何だろう。

と、ここでついに霊共も出現してきた。

 

「アァァァ............ッ‼︎」

「うおっ」

「ひうっ!!」

 

割れた窓からボロボロになった患者っぽい男性が這い出てきた。皮膚にはガラス片が突き刺さっており、身に纏っている病衣には血が滲んでいた。

俺は死角から思いっ切り出てくる類のヤツが苦手なため、緩やかに出てきたコイツにはそこまでビビることは無かったが、詩音は小さく声を上げ、俺の背に素早く隠れてしまった。しかし、それでも腕は組んだまま離さなかったため、俺の腕が強制的に背中に回され痛い痛い痛い痛い。

 

「ちょ、詩音、一度腕を離して......」

「だ、駄目ですっ!今離したら、私......!!」

「いや、俺ももう限界だから––––(ゴキッ)あ、もう良いや。もう手遅れだから」

 

外れた肩を治すのは思いの外難しい事を知った。

 

 

「す、すみませんお兄ちゃん......」

「いや、このくらい平気だ。先に進もうぜ」

 

このままウダウダしていると俺の腕が何回持って行かれるか分からない。さっさと出るのが吉だろう。

そう思い、更に急いで歩き出したのだが......。

 

「ウォォ......!!」

「きゃっ......!!(ゴキッ)」

 

「タス......ケ、テ......」

「ひゃうっ!(ポキッ)」

 

「ハックション!」

「きゃあ––––––っ⁉︎(ベキッ)」

 

駄目だ、俺の腕はもう助からない。

クシャミをしただけで腕がヘシ折られるのでは、最早俺の腕が無事でいられる可能性は皆無だろう。いや、ホント何でコイツお化け屋敷に入ったの......。

俺は既に使い物にならなくなった腕をぷらんぷらんさせながら歩を進める。なぁに、どうせこの怪我も物語補正ですぐ治るから心配ないさ!

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「よし、治ってるな」

「えっ⁉︎」

 

お化け屋敷を抜けて数分後。先程まで粉々になっていた俺の腕は完全に治癒していた。流石のご都合主義だ、対応が早くて助かる。

俺は治った腕を回しつつ詩音に聞いた。

 

「さて、次はどこに行く?」

「ん......そうですね、今度はアレにしませんか?」

「どれだよ......え、アレ?」

 

詩音が指し示したのは、今もクルクルと緩やかに回転しているメリーゴーランドである。......余程お化け屋敷が堪えたんだな......。

 

「別に良いけどよ。アレって楽しいか?」

「............さぁ?」

「さぁって......」

 

まぁ、コイツもとりあえず落ち着きたいのだろう。心優しき紳士な俺は、詩音に付き合ってやることにした。......別に俺も怖かったとかじゃないよ?

 

ともかく、俺たちはメリーゴーランドに乗ることにした。そして、二人乗り用の木馬に俺と詩音で乗る。前に座る俺の腰に詩音が手を回し、遊園地のスタッフさんのアナウンスが流れた。

 

––––メリーゴーランド、動きまーす!

 

ちゃんちゃらちゃんちゃんちゃらら〜。

 

くるくるくるくるくるくるくるくる。

 

うぷっ......うっ、おぇ......っ!

 

上から、

遊園地のスタッフさんのアナウンス、

メリーゴーランドのBGM、

メリーゴーランドの木馬たちが回る擬音、

回転に三半規管をやられ、グロッキーになっている俺の図、である。僕ってば乗り物酔いが酷いの。

 

「か......はっ......」

「お、お兄ちゃん......メリーゴーランドで......」

「......どうやら俺は三半規管が幼児並に弱いようだな。コーヒーカップなんて乗った暁には、多分モザイクが大量使用される地獄絵図になるぞ」

 

ガキの頃はそうでも無かったんだが、中学二年生の辺りから急に乗り物に酔う様になった気がする。おかげで家族での小旅行の度に俺は地獄を見ている。

 

「まぁまぁお兄ちゃん。外の景色でも見て気分を落ち着けて下さい」

「......あぁ」

 

外の景色とやらもクルクル回ってロクに一箇所を見ることが出来ないのだが、まぁ、どうせこのまま終わるのを待っていても意味は無いのだし、周りを見て次に乗るアトラクションでも物色するか。

視界に入ったのは......。

 

ジェットコースター観覧車コーヒーカップジェットコースター(小規模)ゴーカートジェットコースター(中規模)カメラを構えた柊伊織&笠原信二お化け屋敷フリーフォール等々。

 

なるほど、やはりアトラクションの種類は豊富だ。これならこの後も退屈しないで済みそうだ。

 

「............................」

 

現実から目を背けたかった。

今俺が見たものは幻なのだと、そう信じたかった。

今日は流石にあいつらは来ないか、だなんて。

俺の考えが甘かったのだろうか。

 

俺は、そんなことを思いつつ、メリーゴーランドが止まったと同時に逃げ去って行く柊と笠原(バカ共)の姿を死人の様な表情で見送っていた。

 

 

 




いかがでしたか?
実は、今回はちょっと課題の合間に執筆していたものですからもしかしたら誤字脱字を見逃しているかもしれません......。
それくらい自分でチェックしろよカス、と思われるかもしれませんが、もし見つけた方は誤字報告お願いします!

ありがとうございました!感想待ってます!


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義妹と兄の遊園地デート!2


テストなんか無かった、良いね?

はい、テスト勉強やら夏休みの課題やらで今までロクに執筆出来ていなかった御堂ですすみませんでしたっ!
今回は何か色々な人物視点で回っていく回にしてみたので、少し分かりにくいところがあるかもですが、今回は習作ということで大目に見て頂けるのとありがたいです!

では、そこを踏まえ......どうぞ!


さて、考えろ楠祐介。

何故今日の詩音との遊園地デートの舞台、松島アミューズメントパークに柊と笠原––––そう、アイツら災厄の根源(トラブルメーカーズ)がいたのかを。

と、隣を歩く詩音が。

 

「んー、思いの外メリーゴーランド楽しかったですね。単調な動きでしたけど、妙に気に入りました」

「あ、あぁ。そうだな」

 

そう言って笑う詩音。......守りたい、この笑顔。

メリーゴーランドが終了し、俺たちは新たなアトラクションに乗るために遊園地内を歩いていた。今の詩音はご機嫌で、今まで見たことのないレベルで感情を表に出している。これから先も何かトラブルが無ければ詩音は今日1日を最高の日として記憶することが出来るだろう。......トラブルが無ければ。

そのためには不穏分子は排除する必要がある。正直、アイツらが俺たちに利益をもたらすような行動を取っているとは考えられない。というか何か写真撮ってたしね。撮影許可は取ったんですか?ん?

 

「何を考えている......柊......‼︎」

 

結局、警戒すべきはあの悪魔のみ。

俺は周囲に視線を巡らしつつ、これから起こるであろう戦いに備えるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ボクこと柊伊織(いおり)は、少し悩んでいた。

 

「うーん......」

「んぁ?どした、伊織」

 

ボクが漏らした声に反応した笠原信二......通称カサハラくん(通称という言葉の意味はスルー)がボクに声を掛けてくる。心配してくれてるのカナ?

 

「んーん、何でもないよー」

「おぉ、そうか」

 

だけど、別に調子が悪いとかではないんだよね。

寧ろクスノキくんと詩音ちゃんのラブラブデート姿を見れてテンションMAXだよ!アレもうカップルみたいだよね!普段は見れないクスノキくんの表情とかも見れてラッキーだよっ!クスノキくんったらいつも死んだ魚みたいな目してるもんね......。

 

「......だけど、見つかったちゃったのは迂闊(うかつ)だったかなぁ。ついつい近づき過ぎちゃったよ」

 

いつにもなく素直に遊園地のアトラクションを楽しんでいたクスノキくんが可愛く見えたものだから、写真を撮って後々その写真でクスノキくんをおちょくろうとしたのが間違いだったかもしれない。

具体的には「見て見てクスノキくん!この、いつもは死んだ目なのにこんなにキラキラした目でメリーゴーランドに乗ってる可愛い子はだーれだ?」みたいな感じで。子供っぽいやり方だけど、クスノキくんは割とこれでも乗ってくるから面白い。

クスノキくんって、詩音ちゃんと...... それと、多分飛鳥ちゃんと一緒にいる時はこんな感じなんだね。

 

............あ。そもそも何でココにボクとカサハラくんがいるのかの説明が必要カナ?まぁ、大体察しがついてる人もいるかもだけど......一応、ねっ。

 

 

ー 数時間前 ー

 

 

ボクはいつものように自宅でクスノキくんの家に仕掛けられた盗聴器の音声を聞いていた。え、犯罪?創作なんだから良いんだよ。知らなかったの?

 

「さーて。今日はクスノキくんはどんな面白いコトしてるのカナー。楽しみだなぁ♪」

 

クスノキくんの家には、彼の家に初めて招かれたときから盗聴器を仕掛けてある。何せ、彼の周りにはいつも面白いイベントが絶えず起こるものだから、楽しいことが大好きなボクとしては、彼の日々の会話でさえ聞き逃せない事柄なのである。

そんなボクの聖水よりも清い好奇心の賜物である盗聴器が拾った音声の中に、興味深い言葉が。

 

『お兄ちゃん、デートしましょう』

『........................ふむ』

 

おおっ?

良い感じに楽しそうなイベントの匂いがするよ?

ボクが引き続きクスノキくんと......コレは詩音ちゃんだね。二人の会話を聞いていると、詩音ちゃんが巧みな話術でクスノキくんを言いくるめ、二人で遊園地に行くコトが決定したようだ。

 

...................コレは見に行かないと(使命感)‼︎

 

クスノキくんと詩音ちゃんの遊園地デート。

こんなにボクの心を惹く言葉もそう無い。コレはもう二人の様子を見に行かないのは罪と言えよう。そうと決まれば用意をしなくっちゃね!

とりあえず牽制からしよっか。

ボクはスマホを操作し、クスノキくんにLINEでメッセージを送った。その内容は以下の通り。

 

『詩音ちゃんとの二人っきりのラブラブデート!いっぱい楽しんで来てねー!お土産ヨロシク!』

 

うんうん、コレでクスノキくんもやる気が出るってモンだよね。我ながら良い後押しをしたよ。え?コレのどこが牽制かって?だって、お土産を催促してるのに自分から遊園地に来るなんて普通思わないでしょ?......勿論、遊園地に着いて行くよ!

と、その瞬間、ボクの盗聴器が壊されていく音声が聞こえてきた。あちゃー、バレちゃったか。

そして全ての盗聴器が壊されたのか、向こうの音声が全く聞こえなくなった時、スマホがクスノキくんからのメッセージが来たことを伝えてくれた。

内容は以下の通り。

 

『マミれ』

 

酷いよクスノキくん。

 

 

 

 

そんな訳で、ついでにカサハラくんも誘って二人の様子を見に来てた訳だよ。まぁ、ホントにクスノキくんたちの普段とは違うトコロが見てみたいな〜、みたいな軽い感じで来ただけだから、別に特に何かしようと思ってた訳じゃないんだけど......。

ボクは物陰から、今まで追跡していたクスノキくんたちの様子をコッソリ伺う。

 

『何を考えている......柊......!!』

 

何か、クスノキくんはボクが何か企んでるみたいなコトを考えてるっぽいんだよね。ボクが詩音ちゃんとのデートを邪魔するとでも思ってるのかな。全く、失礼しちゃうよね!

だけど、せっかく向こうも乗り気なので......。

 

......少し、からかっちゃおうかな♪

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん。次はアレに乗りませんか?楽しそうですっ!」

「えっ!お、おぅ。そうだな」

 

俺は詩音に手を引かれ、ウォーターアトラクションの方へと向かっていた。ウォーターアトラクション、その名の通り、ボート型の乗り物に乗って水路をあちこち回るアトラクションである。たまに水が思いっ切り客に掛かるタイプもあるので、その際は薄手のシャツなどを着ている女性の方に視線を集中させることをオススメする。そう、濡れ透k(殴

 

「なぁ詩音、今日って服、何枚重ね着してる?」

「何ですか急に?......このワンピースの下はもう下着ですよ。今日は特に暑いですから」

 

そう言って詩音は着ているオフショルダーワンピースのお腹の部分をくいっ、と引っ張る。どうせならあの柊&笠原(アホ共)にはこの場面を激写して欲しかった。俺だったら激写どころか連写するまである。

詩音の艶姿が見れると思うとドキがムネムネする。

 

「......お兄ちゃん、鼻血が出てますよ」

「気にするな。早く行こうぜウォーターアトラクション。今すぐ行こうぜウォーターアトラクション」

「駄目ですよ⁉︎シャツが真っ赤になってますもん!明らかに失血死手前の量ですもん!」

 

この際柊たちはどうでもいい気がしてきた。

 

「なぁ、よく考えろよ詩音。天下のムッツ◯ーニ先輩はこの程度の失血じゃ死ななかっただろ?つまり、そういうことだ」

「どういうことですか⁉︎ライトノベルの世界と現実世界をごっちゃにしないで下さい!」

 

そんなことを言っても、この世界にはご都合主義も物理法則の域を超えた現象なども普通に存在するのだが。さっきも腕がリペアされたじゃん。いや、ヒール?え、どっち?......どうでもいいよね。

このままだと詩音が心配して動きそうにないので、懐から取り出したティッシュ(箱)を丸ごと使用して血を拭い取る。しばらくし、止血も成功する。

 

「何故ティッシュを箱ごと......」

「ティッシュはいくらあっても困らないからな」

 

とにかく、気を取り直して詩音と仲良くウォーターアトラクションに乗ろう––––

 

ピコンッ

 

「.......................」

 

––––としたところで、俺のスマホからLINEの通知音が鳴り響いた。......まさか。

俺は嫌な予感と共にLINEを開く。そこには......。

 

『詩音ちゃんとのデート楽しんでるかなっ?』

『さて、ご存知の通りボクとカサハラくんはこの遊園地のどこかにいます』

『そこで一つゲームをしましょー!』

『この遊園地の閉園時間までにボクたちを捕まえられたらキミの勝ち、捕まえられなかったらボクらの勝ちです!ね、簡単でしょ?』

 

柊か。......何を言っているんだコイツは。

誰がそんなアホみてぇなゲームするか。一人神経衰弱でもやってろ。やり過ぎで衰弱死しろ。

俺が冷めた目でスマホの電源を落とそうとした時、再び柊からメッセージが届いた。

 

『もし捕まえられなかったら、あの手この手でクラスの皆に「クスノキくんは自分の義妹とイケない関係になっている」という嘘情報を流しますので、そこのところはお気をつけ下さいねっ♡』

 

「ぶっ飛ばすぞあのアマ‼︎」

「ひゃっ⁉︎い、一体どうしたんですかお兄ちゃん⁉︎急にスマホに届いたメッセージを見たと思ったら叫び出すなんて⁉︎」

 

待て待て落ち着け落ち着け待て。そもそもコイツが広めようとしている『イケない関係』とはどの程度のモノだ?アレだろ、精々ちょっと他の兄弟より仲が良いとかその程度だよな別に恋人とかいや待てアイツがその程度で済ますか下手したらあんなコトやこんなコトをする仲だとかそんな情報を広めるのではいやでも別に義理の妹なんだから––––、

 

「お、お兄ちゃん?本当に何かあったんですか......?もしお姉ちゃんやお義母さんに何かあったのなら、すぐに家に帰って......」

「え?あ、あぁ。何でもねぇよ。ちょっと柊がまたいらん事をしてくれてな」

 

あえて詳細は話さない。俺は今日は詩音と心ゆくまで遊んでやると決めたのだ、わざわざ俺の私情で振り回す気はない。......まぁ、柊も構ってちゃんのような側面もあるし、ただ俺と遊びたいだけなのだろう。脅しは多分その為の口実で、本当は実行する気など無いのだ。......無い、よな?

ちなみに、詩音が心配する人々の中に自身の父親に当たる人物が含まれていなかったことには、たまに外道と称される俺も、この場にいないあの人への同情の念を抱かざるを得なかった。

ま、どうでもいい(外道)。俺は詩音の手を引き。

 

「と、とにかくっ。さっさと並ぼうぜ」

「わわっ。どれだけお兄ちゃんはウォーターアトラクションに乗りたいんですか......まったく」

 

そう言って微笑む詩音を見て、決意は固まった。

詩音に柊たちの存在が気付かれない様に奴等を始末する。要は捕まえられれば良いだけだ。

閉園時間は6時、現在は3時ちょっと前。

制限時間の三時間以内に、あの悪魔共を排除する。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

詩音の濡れ透け最高でした。

俺は、ウォーターアトラクションにて見事詩音の艶姿を見ることに成功し、最早今ココで死んでも悔いは無いと思える程の心境となっていた。

冗談だよ?奴等を消さないことには死んでも死に切れないよ。嬉しいのは本当です良いモノを見た。

では、柊と笠原を捕獲するための作戦をいくつか試していこう。まずは一つ目の作戦。

 

作戦① 変装の可能性を疑ってみよう!

 

アイツらの事だから、自身の姿を偽り、民衆の中に溶け込んでいる可能性もある。根拠は昨日の柊。アイツは昨日の昼休みの時間にやたらクオリティが高い明石家さ◯まに変装していた。動機は全く不明だが、とにかく似ていた。性別とは。

とにかく、実行に移そう。まずは......。

 

「あのマスコットから当たってみるか......」

「マスコット?あぁ、ミルくんですか」

 

俺が視線を向けたのは、一人(匹?)子供たちに群がられながらポップコーンを売っている犬型のマスコットである。この遊園地の看板的な存在であり、正式名称はミルク=ミルミルキー。ミルミルミルミル若干クドい名前だが、纏めて『ミルくん』という愛称を与えられ、親しまれている人気キャラクターである。

 

「お兄ちゃん、ポップコーンが食べたいんですか?アレは......キャラメル味みたいですね」

「ん?まぁな。買いに行こうぜ」

「はいっ。丁度空いてますしね」

 

俺たちが近づくと、ミルくんはフレンドリーな仕草を取りつつ、不自然なほど甲高い声で訪ねてきた。

 

「やぁお二人さん!ポップコーンをご所望かな?」

「あぁ。Mサイズを一個」

「オーケー!お二人で仲良く食べておくれよ!」

「ハハハ、勿論だ。––––ところでミルくん」

「何だい少年?このミルクに何か用かな?」

「オススメのプロテインジュースは何かな」

「ホエイプロテインだな。アレは良いものだ。とにかくタンパク質の保有量が多く、とても......」

「.....................」

「.....................」

 

ホエイプロテイン。プロテインのことはよく知らんが、俺のクラスメイトがよく学校に持って来ていたモノである。日々勧めてきたのが果てしなくウザかったことを覚えている。

俺は、何故か着ぐるみ(禁句)の外までも真っ青になって震えているミルくん(笠原)の肩に手を置くと。

 

「......よしミルくん。後でそこの男子トイレ来いや」

「伊織......恨むぜ......」

 

一人捕獲である。ちょろい。

というかコレ、変装って言えんの?

 

◆ ◆ ◆

 

 

恐らくこのゲームには柊の口車に乗せられ、流されるがままに参加させられたと思われる笠原をロープで縛り、男子トイレに軟禁した後。

 

「お待たせ」

「おかえりなさい。随分長かったですね?」

 

俺はトイレに行ってくると言って待たせておいた詩音と合流した。この様子だとまだ気付いていない様だ。よしよし、このまま柊もサクッと捕獲しよう。

とりあえずトイレが長かった理由は適当にでっち上げとこうか。腹が痛かったと言って心配させてしまうのも何だしな。

 

「いやぁ、トイレの中に急にリ◯レウスが出現してな。討伐するのに時間がかかったんだよ」

「10分程でリオレ◯スを素手で討伐するなんて、お兄ちゃんはサイ◯人か何かなのですか?」

「残念、ナメッ◯星人だ」

「だったら頭部から触角の一本でも生やしてみて下さいよ。......いや、生やして欲しくはないですが」

 

クソ、俺の頭にアホ毛が無いのが恨めしい。

などと詩音と軽口を叩き合っていると、先程までロープで縛られていたはずの笠原がすまし顔で男子トイレから出て来た。......は?

 

「......おい、お前何なの?俺結構キツくロープ縛ったよね。明らかに解ける固さじゃなかったよね」

「おう、まぁな!だから力任せに引き千切った」

「もうアレだろ、寧ろお前がサ◯ヤ人だろ」

「......? 何の話をしているのですか?というか笠原さん、来てたんですね」

 

しまった。普通に詩音の視界に笠原を入れてしまった。......まぁ、問題なのは柊であって、コイツ単体ならそう害は無いのだが......どうしよう、念の為に懐に仕込んであるメリケンサックでボコっておくべきだろうか。何でそんなのを持ってるか?お兄ちゃんはいつでも妹を守る為の準備は欠かさないんだよ。

と、笠原は俺たちをしばらく眺め、言った。

 

「......あー!わ、悪ィ、俺ってば道に迷っていつの間にかこんなところまで来ちまってたみてーだわ!さっさと家に帰らねーと母ちゃんに怒られちまう!じゃ、じゃあ、またな!」

 

そして遊園地の出口へと走っていく笠原。アイツは多分俺たちを気遣って二人っきりにしてやろうとでも考えたんだろうが、言い訳が苦し過ぎるだろ。家に帰ろうとして迷ったとか、お前の家からココまで2駅挟んでますからね?どんだけ歩いたんだよ。

 

「......気にしなくてもいいのに」

 

ほら見ろ、詩音に即刻見破られてやがる。

......まぁ、笠原にしてはよく考えた方だな、うん。

 

「ま、笠原の気遣いを無下にすることも無いさ。閉園までまだ2時間以上ある、目一杯遊ぼうぜ。......二人っきりで、な?」

「......はいっ」

 

勿論、柊をどうにかしてからだけどね。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

遊園地内の一角にて。

 

『もー!カサハラくんってばすぐ見つかっちゃって!もっと自分を隠さないとダメでしょー!』

 

『そ、そうは言ってもよぉ......俺、こういうの苦手だし、祐介が思いの外策士だったのよ』

 

『カサハラくんの頭が弱いだけだよ』

 

『ひでぇ!』

 

『まったくもー......ん?さっきの人達......』

 

『お?何だ何だ?誰か知り合い見つけたのか?』

 

『いや、知り合いっていうか......うーん。ちょっと尾けてみよっかなー......まぁ、念のためにね』

 

『おっ?ちょ、伊織、どこ行くんだ?伊織ー?』

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「お兄ちゃん、次はアレに乗りましょう!」

「ちょ......ま......休憩しよう!少し休憩を!」

 

俺は笠原と別れてからも、柊を捜索しつつ、詩音と各アトラクションを乗り回していた。意外にも詩音はお化け屋敷と違って絶叫系はイケるそうで、俺は詩音に連れ回されるままにフリーフォールやらジェットコースターやらに乗っていたのだが。

 

(詩音の奴、楽しんでるなぁ......)

 

余程遊園地で遊ぶ事が楽しいのだろうか、詩音も体力は無い方であるはずなのだが、疲労など全く感じさせない勢いで遊園地内を歩き回っていた。

おかげで引き回される俺の方がガス欠気味である。......まぁ、嫌じゃないんだが。ここまで楽しんでくれるのは、義兄冥利に尽きるというものだ。

俺は疲労で死にそうだが、些細なことである。

と、そこで俺の肩がすれ違った男性の肩に衝突してしまった。一旦俺は詩音と繋いでいた手を離し、男性に頭を下げ、謝罪した。

 

「あ、すみません」

「いえ、こちらこそ。あ、コレ、落としましたよ」

「え?......ハンカチ。コレ、俺のじゃありませんね」

「あっ、そうですか。私の勘違いだったみたいですね。それでは......」

「あっ、はい」

 

男性は肩がぶつかったことなど気にしていないようで、誰かが落としたと思われるハンカチを俺に見せた後、どこかへ行ってしまった。

俺は男性の人の良さに感謝しつつ、再び詩音の方へ振り返って笑いかけた。

 

「ま、まぁいいや。さて、詩音。次は––––」

 

––––––––しかし。

 

「......詩音?」

 

そこには、詩音の姿は跡形も無かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

迂闊だった。

 

「よぉ、嬢ちゃん。俺たちのコト、覚えてっか?」

 

––––まさか、気を抜いていた時にこんな男たちに連れ去られてしまうとは。

 

「はい。以前『俺は市内一の不死鳥になる‼︎』などと意味不明なことを口走りつつ、3日後身体中を羽毛まみれにして登校して来たクラスメイトの田淵くんですね。こんにちは」

「誰だよ!そんなイロモノと同一視すんじゃねぇ!俺たちだよ!喫茶店で会った‼︎」

 

私、楠詩音をお兄ちゃんから引き離し、人目に付かない物陰に押し込んできた三人の男たち。見た目は完全な不良で、お兄ちゃんが通っている高校の最寄りにある、薙原(なぎはら)高校の制服を着ていた。

その男たちの中心に立っている男が怒鳴ってきたので、私は至極真面目に返答することにした。

 

「..................えっと。お久しぶり、です?」

「思い出してねぇ!絶対忘れたままだコイツ!」

「どうするコウキ!コイツ、絶対俺たちのこと舐め腐ってるぜ!一度痛い目に......‼︎」

 

私に完全に存在を忘却されたと思った両端の男たちが騒ぎ立てるが、この男たちには見覚えがある。

私がお姉ちゃんと一緒に、お姉ちゃんの友人である九条(くじょう)先輩の父親が経営する喫茶店でアルバイトをしていた時に絡んできた、マナーの悪い不良共だ。

あの時はお姉ちゃん作の劇物(ナポリタン)で記憶を消し、撃退したはずなのだけれど......。

 

「まったく。一体何の用ですか。私はお兄ちゃんとのラブラブデートを楽しんでいたいのです。貴方たちのような社会に順応出来ない、なんちゃってヤンキーたちと関わっている時間は無いのですよ」

「誰がなんちゃってヤンキーだコラァ!」

「おうテメェ、あんまり調子に乗ってっと......」

「まぁ待て、お前ら」

 

私は彼らのことを思い出した上で煽っていると、中心のコウキと呼ばれた男が激昂する二人を制した。

 

「言ってくれんじゃないの、嬢ちゃん。......記憶が戻った後、俺たちさァ、ナポリタンが食えなくなっちまってんのよ。しかも後遺症なのか何なのか知らないけど、たまに味覚が失せるんだよね」

 

まさかそこまでの破壊力があるとは思わなかった。

それにしても、なるほど、お姉ちゃんのナポリタンは一時的に食べた人の記憶を抹消するだけで、永久に消したままには出来なかったらしい。つまり......。

 

「復讐、ですか」

「おっ、やっぱ俺らのこと覚えたんじゃーん。いやね?丁度ここらでたむろってたら、キミらがこの遊園地に入るのを見かけてさ。あん時の礼をしようにもキミらの住所も何も知らなかった訳だし?ホント、ラッキーだったよ」

 

何て間の悪い。

丁度彼らの記憶が戻った後、たまたま私とお兄ちゃんが家から二駅挟んだこの遊園地に遊びに来ていて。そしてさらに偶然彼らに見つかってしまった、と。......今日は厄日のようだ。

 

「はぁ......で、貴方たちの望みは?」

「潔いねぇ。とりあえず......この場で服脱げよ」

巫山戯(ふざけ)ないで頂けますか汚らわしい下郎方」

「コイツ丁寧に暴言吐きまくりやがった!」

「立場分かってんのかテメェ!」

 

本当早くお兄ちゃんの所に戻りたかったので、軽い願いなら叶えてあげようと思ったのだが、やはり無理だった。こんな屑共に辱めを受ける謂れは無い。

 

「ハハッ、いやホント。立場分かってんの?ここはこの遊園地の中でも特に目立たない場所だからさぁ......無理矢理脱がしても、大丈夫なんだぜ?」

 

チッ、この性欲に塗れた猿共め。

......おっと、口が滑った。さて、どうするべきだろう。一応、そこそこ武術を齧っているので、男性一人くらいなら有無を言わさずに片付けられる。

しかし、三人ともなると不安が残るのも事実。

 

「............やる気、ですか」

「おっ、キミこそ抵抗する気かな?三人相手だっつーのに、勇ましいねぇ。......おい、お前ら」

「オッケー」

「ヘッ、その澄ました表情、すぐに歪ませてやる」

 

とりあえず凄んではみたけど、やはり向こうも人数の差に自信を抱いているのか、特に慄くことはない。まぁ、私の身体が華奢なのもあると思うけど。

 

「............っ」

「表情に余裕が無くなってきてるねぇ。んまぁ、とりあえず......お前ら、好きにして良いぜ」

「ヒャッハー!サンキューコウキ!」

「ギャハハ、覚悟しとけよ!これから長いぜぇ⁉︎」

 

下卑た笑いを浮かべながら近づいてくる二人に、私は覚悟を決め、せめてもの抵抗として一人は潰そうと––––

 

「「––––ひでぶっ⁉︎」」

 

–––したところで、私の背後から伸びた拳が二人の顔面に勢い良くめり込み、二人は飛び散る鼻血と奇妙な悲鳴と共に吹き飛んだ。

 

「......あ?誰だ、お前ら......⁉︎」

 

突然のことで、事態を掴めない様子のコウキ。

当然、私も掴めていない。が、その間に新たに二人の男女が現れる。その人たちは......。

 

「笠原さんと......柊さん?」

「やっほー詩音ちゃん。大事無いかな?......カサハラくん、ナイスストレート。世界狙えるよ」

「おうよ。義妹ちゃん、怪我は無いよな?」

 

突如現れたお兄ちゃんの高校のクラスメイトである二人。助けに来てくれたのだろうか。......にしても。

 

「笠原さんはさっき会いましたが......柊さんまで遊園地に来てたんですか。偶然ですね」

「えっ?......あ、あー!その、うん!偶然だね!」

「......................」

 

とりあえず、狼狽え様から間違いなくココに来たのは偶然ではないことが分かった。またこの人は変なことを企んでいたのか。

私がじー、と柊さんを見つめていると、彼女は露骨に視線を逸らしつつ言った。

 

「ま、まぁとにかく。ココはボクとカサハラくんで処理しとくからさ。詩音ちゃんはクスノキくんとのデートを楽しんできなよ。ね?」

「そうだぜ。コイツは俺がぶっ飛ばしておくから」

「ッ!テメェら......!!」

 

二人の余裕とも見える態度に憤慨した様子のコウキ。だが、その怒りを彼らにぶつけることは不可能だろう。何かと不憫な目に遭うことが多いものの、その膂力は明らかに人間の範疇を超えた笠原さん。そして、あらゆる面において底が視えない、お兄ちゃん曰く“大魔王”柊さん。この二人が相手では、このようなチンピラでは話にならないだろう。

ここは任せても大丈夫だと判断する。

 

「......ありがとうございます。このお礼は必ず」

「にゃはは、良いよ良いよー。いやぁ、さっきたまたまこの人たちを見つけたから尾けてみたんだけど......ホントに性懲りもなく詩音ちゃんたちに危害を加わる気だったなんてね。呆れちゃうよ」

「だな。こういう奴はちょい強めに懲らしめておかねーと、また何かやらかすからなぁ」

 

いつもになく真剣な表情でそんなことを言う二人に軽く頭を下げつつ、笠原さんのストレートで未だ昏倒したままの不良×2の横を通り過ぎて物陰から脱出し、お兄ちゃんの元へと戻っていく。

 

「お、おい!このまま逃すとでも––––!」

「ソレはこっちの台詞♪」

「安心しな。あの二人は場面が場面だったから手加減なくぶん殴っちまったけど、お前は怪我しない程度に加減して懲らしめてやる」

「クソッ、邪魔なんだよテメェらァ‼︎」

 

––––コウキのものと思われる悲鳴が物陰から聞こえてくるまで、数秒と掛かることはなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「詩音、詩音ー!どこだー⁉︎」

 

俺は突如として姿を消した詩音を捜し回っていた。

何てこった。この俺が詩音を見失ってしまうとは、不覚の極みである。きっと詩音は今頃寂しくて震えてるに違いない。お兄ちゃんが今行くからね!

 

「詩音ー!どこだ詩音ー!詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音ー!」

「やめて下さいお兄ちゃん、ゲシュタルト崩壊してしまいます、やめて下さい!」

「おおっ、詩音!良かった、無事か!」

 

俺が愛する妹の名を叫びつつ捜索を続けていると、詩音が赤面しつつ俺を止めにやって来た。発見!

 

「悪い、詩音。俺が目を離したばっかりに......」

「子供じゃないのですから、そんな四六時中目付けをしなくても大丈夫ですよ?......まぁ、実際はこうしてはぐれてしまったのですが」

 

中学二年生はまだまだ子供だと思うのだが、確かに詩音は年齢に比べて幾分か大人びているが故、心配はそこまでしなくても良いのかもしれない。が、お兄ちゃんというものはいくつになっても妹のことが心配になってしまう生き物なのである。

 

「まぁ、何にせよ無事で良かったよ」

「ふふっ。心配してくれてありがとうございます、お兄ちゃん。......あの時に助けに来てくれるともっとありがたかったんですけどね」

「ん?何か言ったか?」

「何でもないでーす」

 

少し拗ねた様子の詩音に、俺は首を傾げる。ううむ、詩音の気に障るようなことを何かしてしまったのだろうか。分からん......。

......と、とにかく気にしていてもしょうがない。引き続き、詩音とのデートを楽しみつつ、柊の奴を捜し出さなければ......と、俺が詩音に気取られないように周りを見渡していると、詩音がクスッ、と笑い。

 

「柊さんなら、多分もういませんよ?」

「えっ?」

 

意味深な表情で笑う詩音。

俺は困惑し、詩音に慌てて問うた。

 

「ちょ、詩音?どういうことだ?気づいてたの?」

「さぁ?どうでしょうね?」

「し、詩音ー?」

「ほら、次はアレに乗りましょうお兄ちゃん!」

 

俺の質問を華麗にスルーしつつ、今日で何度目か、俺の手を引いて走り出す詩音。

 

俺のと詩音の二人っきりの遊園地デート。

ソレは、小さな謎を生み出しつつ、まだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、俺の柊たちを見つけ出す作戦がまだ➀しか試されてないんだけど」

「まぁまぁ。アレですよ、闇鍋の時みたいな」

「ああ、アレか......」

「そう、アレです」

 

「「計画性皆無のその場のノリか(です)」」

 

 





いかがでしたか?
夏休み中から跨いで書いたものなので、物語に幾分か歪みが出来ているかもですが、次回からはキッチリ纏めて書きますので、どうか見捨てないで下さいっ!

では、また次回!感想待ってます!


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楠兄妹とクラスメイト in 王様ゲーム

どうも、三連休に大量の数学課題を出されて絶望中の御堂です。
三連休だからってやる気が湧くと思うなよ!
......はい。今回は結構短めです。2もありません。アレですね、忙しい方への〇〇的なモノですね、はい。

内容はタイトルでモロバレだとは思いますが!どうぞー!


「王様ゲームがやりたい」

 

ある日の休日。いつものように笠原と八雲(やくも)と共に我が家に乗り込んで来た柊が、開口一番にそんなことを言い出した。......コイツらいつも休日過ごしてんな、などと考えてはいけない。コレは兄妹の日常を描いた物語なのであり、高校生の俺と中学生の妹たちとでは––––おっと、これ以上は話せないな。

 

「......理由を聞こうか」

 

最近、コイツは目を離している状態でも俺にちょっかいを掛けてくることが判明したため、無闇にコイツの提案を切るのを止めた俺は、今回は何故そんな提案をしたのか、ソレを聞いてやることにした。そうさ、もしかしたら柊には柊なりの考えがあるかもしれないじゃないか––––。

 

「ボクが王様になって皆()遊びたいんだよ」

「おいコラ今なんつった。皆()って。皆()遊べよ」

 

確かに皆で遊ぶ、という文は全員で仲良く遊ぶ、という意味に捉えることも出来るが......コイツの場合は明らかに俺たちを玩具(おもちゃ)として扱う気であるようにしか聞こえない。というか間違いない。コイツに理由を聞いた俺が馬鹿だったようである。

 

「あ、あの......」

「ん?どうした、詩音」

 

と、先程まで八雲と笠原、そして飛鳥と共にス◯ブラで遊んでいた詩音がコントローラーを置いて話しかけてきた。ちなみに、未だに他の三人はコントローラーを握っているのだが、よく見ると八雲vs.他三人という構図になっていた。しかも八雲が二人を圧倒している。恐らく、詩音は八雲に一番に倒されてしまったのだろう。化け物かよ。

 

「私......王様ゲーム、やりたいです」

「え?......マジで?」

「マジです」

 

驚いた。詩音はこういうゲームに積極的に参加する方ではないと思っていたのだが......。

 

「だって、これで私が王様になればお兄ちゃんと合法的にあんなことやこんなことが出来るじゃないですか。こんなチャンス、逃せません」

「お前前にもそんなこと言ってなかった?」

 

デジャヴという奴だろうか。他には、詩音が以前からまるで成長していないという悲しい可能性が挙げられる。そして、その可能性はかなり高い。

 

「あのなぁ......詩音、分かってんのか?王様ゲームでは誰か個人を指名することは出来ねーんだぞ。もしお前が笠原とかとあんなことやこんなことをする羽目になったら、お兄ちゃんは笠原をうっかりぶっ殺してしまうかもしれないんだぞ?」

「大丈夫ですお兄ちゃん。その時は私が速やかに笠原さんの首を跳ねますので」

「二人して物騒なこと言うなよ!俺、王様ゲームなんかに命賭けねーといけなくなるじゃん!」

 

成る程、やっぱり詩音は出来た妹だなぁ。

俺が相変わらずの詩音の有能さに感心していると、柊が我が意を得たりとばかりにこちらに擦り寄り、ぱあっと見た目だけは可憐な笑顔を見せ。

 

「にゃはー、詩音ちゃんもやりたいって言ってるし......どう?クスノキくん」

「ん......まぁ、他の奴らがやるならな」

「飛鳥も良いよー」

「私も。ゲームはアナログでも面白いしね」

「王様ゲームも千秋(ちあき)が言うゲームに含まれるのか......っと、俺も勿論参加するぜ!」

 

笠原は別に要らないのだが。

まぁ、丁度俺も先程まで読んでいたラノベを読み終えたことだし、付き合うのも良いだろう。

 

「んじゃ、やりますか......」

「やったー!それじゃ、皆知ってると思うけど一応ルールを説明するねー!」

 

 

『王様ゲーム』ルール説明

 

➀ 割り箸を人数分用意し、その内の一本の先を赤く塗り、残りの割り箸に王様を抜いた人数分の数字を書きます。この場合、赤の印が付いた割り箸が王様の証です。

 

➁ 王様となった人がは、番号を指定し、その番号の人に命令を下します。なお、王様が命令を下し終えるまで、誰も自分の番号を明かしてはなりません。

 

➂ 王様の命令は絶対です。指名された人は、王様から下された命令を必ず遂行して下さい。

 

 

「––––と、こんな感じかな」

「ん、まぁそんなもんじゃないか」

 

王様の命令は絶対。それがこのゲームにおける不変のルールだ。王様がどんな無茶振りをしてきても他の凡人たちはソレに従う他ないのである。

さて、ルール確認を済ませた俺たちはそれぞれ割り箸を握り、定型文を全員で叫ぶ。

 

「じゃあ、皆割り箸を持ってー!」

「「「王様だーれだ!」」」

 

そして、皆で一斉に割り箸を引く。俺が引いた割り箸には3の数字が振られており「ボクが王様!3番の人は昨日買ったエッチなゲームの詳細を皆に説明すること!」コイツイカサマしただろ。

 

「......おい柊。この際何故俺が昨日......その、18禁のゲームを購入したことを知っているのかは聞かない。だが、明らかにピンポイント過ぎんだろ。テメェイカサマしやがったな?」

「心外だなぁ。ボクがそんなことすると思ってるの?ただの透視に決まってるじゃん」

「............」

 

やべぇ、コイツなら出来そうな気もするわ、透視。

俺が柊を追及出来ないでいると、飛鳥が頬を赤らめながらも少し怒った様子で俺の背中を指でツンツンと優しく突きつつ言ってきた。

 

「お、お兄ちゃんっ。お兄ちゃんってばまたエッチなゲーム買ったの?前にそういうのは18歳になってからって言ったのに......」

「ぐ。だ、だがな飛鳥。これは男子高校生としては仕方ないというかな......「言い訳は駄目」ごめんなさいもう買いません許して下さい......」

 

柊この野郎......俺が王様になった暁には絶対に復讐してやるからな......!覚えてろ......‼︎

 

「クスノキくん、どんなゲームだったのか説明しないと。ボクの命令はまだ遂行されてないよ?」

「鬼か!」

 

妹とクラスメイトたちの前でエロゲの内容を説明するとか地獄以外の何物でもない。ていうかコイツは以前俺の所有するエロ本の居場所を飛鳥にバラそうとしたりと、人のデリケートな部分に踏み込み過ぎだと思う。もうぼくのこころはおれそうです。

 

「まぁ......命令だから仕方ないよね。がんば、楠くん。誰にも言わないから安心して」

「八雲......気遣いは嬉しいが、ここに一番知られてはいけない人物がいる時点で駄目なんだよ......」

「にゃはー、誰のコトかなー?」

 

ぶっ飛ばしてやりたい。

 

「......二人の妹とエッチなことをしまくるゲームです。義妹ルートと実妹ルートが選べます」

「へー、面白そうだね!どう、詩音ちゃん?」

「義妹ルートを攻略する前に私も攻略して欲しいです......まぁ、既に私のお兄ちゃんへの好感度はMAXですがね!いつでも良いですよ、お兄ちゃん!」

「止めて!祐介くんのライフはもうゼロよ!」

 

 

 

「––––よし、いいか柊。もうイカサマはするなよ。無論、透視も無しだ」

「ぶぅ、仕方ないなぁ」

 

俺は耐え難い恥辱を味わされた後、柊にあらゆる不正を働くことを禁止させた。よし、コレで大丈夫。

 

「よし、じゃあ行くぞ二回戦!」

「「「王様だーれだ!」」」

 

俺が引いたのは2番。チッ、また王様は逃したか。

では、次の王様は––––。

 

「––––私ですね」

「おっ、義妹ちゃんが王様か」

「......んー、詩音さんが出す命令かぁ......何となく、予想出来る気がする」

 

同感だ。そんなことを思っていると、詩音は俺の割り箸に視線を集中させ、命令を下した。

 

「私を胸に抱いて頭を優しくなでなでして下さい––––4番の方!」

「俺は2番だ」

「くぅ......」

 

落胆。命令を下した時のテンションはどこへやら、一瞬彼女の魂が抜かれたかと見紛う程に気落ちする詩音。さて、詩音をその胸に抱ける幸運なる者は誰なのだろうか。もし笠原なら射殺しないと。

 

「俺は1番だぞ」

「ボクは5番だよー。うぅん、残念♪」

「私は3番......ってことは」

「––––飛鳥、4番だよっ!」

 

 

 

 

「んっ......お姉ちゃん......」

「ふふっ。よしよし、詩音ちゃん」

 

数分後、詩音は飛鳥の胸に抱かれ、頭を優しくなでなでされていた。是非とも俺にもやらせて欲しい所業ではあったが......。

 

「なでなでー、なでなでー」

「ふにゃあぁぁ......気持ち、良いです......」

 

......コレはコレで良いよね!目の保養だぜ!

飛鳥×詩音、あると思います。––––などと、目前の天国のような光景に対してアホみたいなことを考えていると、柊が俺の横でゴホンと咳払いをし。

 

「えーっと......もう、良いかな?何か邪魔し辛い雰囲気なんだけど。止めにくいんだけど」

「もう少し見てようぜ。具体的には後20時間弱」

「完徹だと⁉︎このシスコンめ、妹同士の絡みも守備範囲だったのか!ほら二人共!そろそろ終了ー!」

「「えぇー」」

 

柊になでなでタイムを中断させられた二人はいたく不満そうな表情。無論、俺も不服である。クソッ、こんなことならスマホなり何なりで先程までの光景を録画しておくべきだった。そして後々深夜で一人で観て楽しむんだうぇへへへ(変態)。

と、俺が素敵な妄想を膨らませていると、八雲がジトッとした目でこちらを見ていた。

 

「え......何......」

「楠くん、今物凄い変な顔してたから。何か不純なこと考えてたのかなーって」

「え、俺そんな顔してた?マジで?」

「うん。例えるなら私がゲームを何本も纏め買いして凄い機嫌が良い時みたいな顔してた」

「お前それ色々大丈夫なの?」

 

俺が不純なことを考えている時の顔をゲームの纏め買いでするってどうよ。本当、どんな顔なの......。

などと八雲と他愛も無い話をしていると、柊によって飛鳥と詩音が引き離され、王様ゲームが再開されるところだった。俺は集められた割り箸の内一本を再び握り、他のメンバーと同時に引き抜く。

 

「「「王様だーれだ!」」」

 

 

 

 

 

勝ち取った。

 

「フハハハァ––––ッ‼︎俺が王様だ!ククッ、覚悟しろよ柊。お前が泣いて許しを乞うようなえげつない命令を下してやるからな......!」

 

俺は赤い印が付いた王様の証を手中に収め、誰かに命令を下す権利を得た。しかし、俺の目的はただ一つ。俺のデリケートな趣味に介入した挙句、それをメンバー全員に晒した柊への復讐だ。

さて、どうしてくれようか......。

 

「ふーん?でも、良いの?クスノキくん」

「あ?何がだよ」

「いやさ、王様は特定の個人に命令を下すことは出来ない訳だし。クスノキくんが下した命令を、もしかしたら飛鳥ちゃんや詩音ちゃんが遂行しなくちゃいけないかもなんだよ?良いのカナー?」

「復讐なんて良くないよな。さて、どんな命令にしようか。平和なのが良いなぁ」

「自身の復讐よりやっぱり妹さんたちが優先なんだね......楠くんは。......良いお兄さんだと思うよ?」

 

お褒めに預かり恐悦至極。というより、当然だろう。柊の思惑に乗るのは腹立だしいが、俺の迂闊な行動で飛鳥たちに危険が及んだ暁には、俺は間違いなく身投げしてしまうだろうし。たがが王様ゲームでそこまで、だと?お兄ちゃんというものはいつだって妹たちに対しては本気なんだよ。

 

「んー。じゃあ、決めた。俺も天国に行くぜ」

「○ッチ神父かな?」

「黙れ柊。––––2番の人は俺を胸に抱き、頭を撫でて貰おうか!そう、出来るだけ俺の頭を胸元に埋めさせつつな!カモン愛する妹たち‼︎」

 

素晴らしい命令だ。コレで俺も詩音と同じように飛鳥に頭を撫でて貰える。勿論詩音でも大歓迎だし、胸元マスクメロンの八雲も捨てがたい。あぁ、夢が広がる!こんにちは天国!

 

「俺が2番だ。よし、俺の胸に飛び込んで来い祐介––––あっぶねええええ⁉︎何すんだ祐介!」

「うるせぇよこのカス!何でよりによってお前なんだよ誰も得しねーんだよシバくぞオラァ‼︎」

「や、やめろぉ!フォークを投げるな!ていうかいつの間にそんなの持ってたんだよ⁉︎」

「憎悪の力は人間の限界を越える......ッ‼︎」

 

結局、笠原に頭を撫でられる羽目になりました。

 

 

 

 

「くそっ、寧ろペナルティじゃねぇか」

「命令に従ったのに酷ぇ言われようだな、俺!」

 

諸悪の根源たる笠原を睨みつける俺。

王様の命令は絶対、そしてそれの撤回が不可能なのもまたルールなのである。結果、奴の硬い大胸筋に頭を埋められながら地獄のような時間を過ごすことになった。思い出しただけで頭痛がする。

 

「.........................」

「し、詩音ちゃん?おーい、詩音ちゃーん!」

「......楠くん。さっきから詩音さんが動かないんだけど。NTR系に耐性無い感じ?」

 

詩音に至っては、俺が笠原に撫でられているところを数秒見ただけでこの有様である。たった一つの行動で二人もダークサイドに落ちてしまった。

 

「まぁまぁ二人共、そんな気を落とさずに。もう一度王様になってあんなことやこんなことをすれば良いんだし、ね?」

「それもそうだな(ですね)!」

「立ち直り早っ⁉︎」

「......単純......」

 

柊の言葉に俺と詩音が息を吹き返す。そうだ、もう一度王様の座に就けばいい話じゃないか。何度でも挑戦して、必ず俺は妹たちとイチャイチャしてみせる!俺たちの戦いはこれからだ(最終回に非ず)!

そんなわけで、どんどん進めて行こう。俺たちのイチャイチャライフが到来するまで命令は即遂行して次に回すのだ。作戦は無論『ガンガンいこうぜ』。

よってここからはダイジェスト形式で。

 

 

 

「「「王様だーれだ!」」」

 

「あ、飛鳥だ。えっとね......4番の人は、一番好きな人の名前を言うこと!恋愛的じゃ意味じゃなくても良いよ「お兄ちゃんです。恋愛的な意味で大好きです」詩音ちゃん......」

「一番当たっちゃいけない子に当たったね......」

「ていうか普段から公言してるしね」

 

「......あっ、私だ。えっと、じゃあ......三番の人が一番の人にデコピンする、で」

「あ、ボク一番だー」

「俺が三番だ。よし、伊織(いおり)。死なない程度に手加減するから安心して受けてくれ」

「............ッ(逃走)」

「............(捕縛)」

「離してよクスノキくん!カサハラくんのデコピンだよ⁉︎お遊びじゃ済まない威力だよ、絶対!」

「王様の命令は絶対でございますので!笠原!俺が柊を抑えている間にブチ込め!」

「お、おぅ!」

「ちょ、やめ......(ゴッ)にゃああああ––––ッ⁉︎」

「......え、今のってデコピンの音なの......」

「ナイス命令、八雲」

 

「む。俺が王様か!どうしよっか......んじゃ、祐介が妹ちゃんたちと当たれるように......四番と五番が10秒間抱き合う!ぎゅーっ、とな!」

「俺が四番だ」

「ん......私、五番......」

「お、おぅ。八雲が五番か。えっと、それじゃ......」

「......よ、よろしくお願いします」

「「............(ギュッ)」」

「え、二人共普通に照れてるんだけど。何かただの初心なカップルみたいに見えるんだけど!」

「お、お兄ちゃん!もう10秒経ったんじゃないかな!そんなに長く抱きついてちゃ駄目だよ!」

「八雲さんまでお兄ちゃんを......!?」

 

「ハッハァー!再び舞い戻ったぞ王の座に!待ってろ二人共、お兄ちゃんが今行くよ!」

「はい、待ってます!」

「うぅ......恥ずかしいってば......」

「三番は俺と10秒間抱き合うこと!さぁ––––」

「祐介––––」

「ぶっ殺しt(自主規制)」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ダイジェスト解除。

 

どういうことだ。全く俺と妹たちがイチャイチャ出来る機会が訪れないぞ。八雲と抱き合うのは、その......嬉しかったけども。それでもさぁ!

 

「何か細工がしてあるんじゃないのか、コレ」

「さっきキミがボクにイカサマを禁止したでしょ」

 

試しに難癖を付けてみたが、やはり俺の運が無さ過ぎるだけのようだ。というか唯一の策が難癖の時点で俺の底が知れている気がする。

 

「......まぁ、もう結構やったしね。そろそろお開きかな。クスノキくんには悪いけど、次が最後だよ」

「く......仕方ないな」

 

妹たちとの接触は心から望んでいるが、皆に迷惑を掛けてまで続けようとは思わない。だが、次で必ず王座を掴み取り、望みを叶えてやる......!!

 

 

 

 

 

 

「飛鳥が王様だね」

「現実は非情なり......」

「......あ、楠くんが泣きながら吐血した」

「吐血⁉︎」

 

ナンテコッタ。普通はあそこで主人公補正とかご都合主義とかが発動するはずだろう。この物語の主人公は誰ですかァ⁉︎無論俺ですよねぇ!なのに何この扱い!というかそもそも(以下、原稿用紙50枚分程の愚痴が続きます)

 

「......お兄ちゃん、気を落とさず」

「......?何を言っているんだ詩音。真っ白に燃え尽きた俺に最早希望なんてモノは......」

「確かにお兄ちゃんは命令を指定することはもう出来ません。しかし、お姉ちゃんが私たちにイチャイチャ出来る命令を下してくれれば......」

「............!!」

 

その手があったか!

俺の視線が飛鳥に向けられる。そして、我が妹飛鳥は頬を赤らめつつ––––。

 

「......三番と四番の人はこれから1週間、イチャイチャするの禁止、で」

 

 

俺と詩音は1週間程生ける(しかばね)と化したとさ。

めでたしめでたし(めでたいとは言っていない)。

 

 

 




いかがでしたか?
何か書き終わってから気づいたのですが、笠原と主人公の区別が思いの外付きにくいかな?と思いました。なので、出来るだけ区別は付けるよう努力はしますが、対処方法として、笠原の一人称を次回から『オレ』とします。微々たる変化ですが、まずはこんなのから。

上記のような改善すべき点なども指摘して下さると嬉しいです!
ありがとうございました!感想待ってます!


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楠兄妹と(普通の)趣味探し

どうも、無趣味の極地にその身を置く御堂です!

えー、今回は趣味探しということで。
皆さんは趣味はありますでしょうか?
趣味は大切ですよね、高校でも何でも初対面の人には大体趣味を聞かれますし、そこでつまづくと色々気まずくなりますしね!
え、僕?察して下さいよHAHAHA!......はぁ。

と、とにかくどうぞー!



「––––お兄ちゃんと詩音ちゃんって、休日は毎日本読んでるよね。凄く静かだけど......楽しいの?」

 

ある休日の朝、飛鳥がそんなことを言ってきた。

俺と詩音はそれぞれ読んでいたラノベとミステリー小説から軽く視線を外し、同時に応えた。

 

「「まぁ。趣味だからな(ですからね)」」

「ふーん」

 

そして飛鳥も俺が貸してやっていたデー◯・ア・ライブのコミカライズ版を手に取り、読み始めた。

しかし時折沈黙がむず痒くなるのか、身体をぴくりと震わせつつ本のページをめくっている。

俺はそんな飛鳥の様子に苦笑しながらも、自分のラノベの文字列に目を通す作業を再開させた。

 

 

 

 

 

 

「––––お兄ちゃんと詩音ちゃんって、休日は毎日音楽聴いてるよね。それも凄く長い時間それだけで......楽しいの?手持ち無沙汰にならない?」

 

しばらくすると、飛鳥がそんなことを言ってきた。

俺はイヤホン越しからでも微かに聞こえてきたその声に反応し、アニソンを流し続けるウォークマンを一時停止させ、イヤホンを外した。

 

「まぁ。趣味だからな」

 

ちらと横を見ると、詩音がヘッドホンを装着し、幸せそうな表情で目を閉じている。また彼女の好きなクラシックでも聴いているのだろうか。

 

「手持ち無沙汰になることは特にねーな」

「本当?でも、何もやらずに音楽だけ聴くって少し退屈にならない?飛鳥は長距離の移動中とかに聴いてるから......何もせずに、っていうのは」

「あー、そういう奴もいるな」

 

俺は活発な飛鳥らしい意見に同意を示しつつ、片耳のみにイヤホンを再装着し、音楽を流させる。

––––心がぴょんぴょんしてくるような歌声が今日も今日とて優しく鼓膜を震わせた。

 

 

 

 

 

 

「––––お兄ちゃんって、毎日隙あらば飛鳥と詩音ちゃんを抱き寄せて頬を擦り寄せてくるよね......嫌じゃないんだけど、楽しいの?」

 

またしばらくすると、飛鳥が言ってきた。

俺は両脇に抱き寄せていた妹二人の頭を慈しむように優しく一撫でし、飛鳥の問いに答えた。

 

「まぁ。趣味だからな」

「飛鳥は結構特殊な趣味だと思うんだ、それ」

 

俺の答えに真顔で返す飛鳥。......ふむ。

 

「特殊ねぇ。......じゃあ、詩音の趣味も特殊なモノに分類されんのかね。俺は気にしてないけど」

 

俺はそう言い、胸元に抱き寄せたままの詩音に視線を向けた。そう......、

 

「..................ふにゅ」

 

俺の胸元に顔を埋めつつ、恍惚とした表情で俺のシャツの内部に手を忍ばせてきている詩音の姿に。

 

「何してんの詩音ちゃんッ⁉︎」

「––––はっ。......趣味の世界に没頭してました」

「『趣味』って言葉はあらゆる事象を正当化させることが出来る魔法の言葉じゃないからね⁉︎」

 

飛鳥が狼狽しつつ詩音を俺から引き剥がす。あぁ、俺の妹抱き枕(自立可動式)が......しょぼん。

俺がこの世の終わりのような表情で凹み出したのにも構わず、飛鳥は頬を真っ赤に染めつつ詩音に問うていた。妹に無視されるのは寂しいです。

 

「趣味って何⁉︎お兄ちゃんの服の中を弄る趣味って何なの⁉︎そんな変態さんみたいな趣味駄目だよ!」

「ブラコンの私にそんなこと言われましても」

「ブラコンでもだよ⁉︎何かアレだよ、詩音ちゃんの場合、並のブラコンを越えてる感じがするもん、ブラコン(改)だもん!」

「だって私、趣味が“お兄ちゃん”ですから。趣味の対象たるお兄ちゃんに抱き寄せられたりしたら......もう、衝動を抑えることが出来ませんよ」

 

その衝動は多分性衝動(リビドー)だと思われる。

 

「それに、お兄ちゃんも私が大好きですし、私もお兄ちゃんが大好きです。まさにWin-Win(ウィン-ウィン)の関係ではないですか!何も問題はありません!」

「法的に問題があるんだよ!」

「大丈夫です、その辺りは弁えてますから。最悪でも限りなく黒に近いグレーといったところで」

「せめて白に近いグレーにして⁉︎」

 

さしもの飛鳥も、俺のように頭を撫でるだけならともかく、詩音のようにちょっとエロチックな絡みは許容出来ない様子。俺的には大歓迎ですが。

と、叫び疲れたのか飛鳥がふぅ、と息を吐き。

 

「......二人共、多趣味なのは良いけどちょいちょい特殊なのが混じってるんだから......」

「「全部普通じゃない(ですか)?」」

「しかも自覚が無いんだからね......」

 

それにしても、多趣味か。確かに俺は趣味として嗜むモノが割と多めにある気がしないでもない。読書に音楽鑑賞にゲームにチェスに妹......全てにおいてインドア系なのは仕方ないよね。インドアだもん。ちなみに“妹”は外でも出来るが、飛鳥が何故か恥ずかしがって逃げてしまうので家の中で行うのが常。

と、突如飛鳥がうー、と難しげな顔をしながら静かに唸り出した。何だろう、柴犬のモノマネかな。

 

「え、何。どしたの」

「むー......ねぇお兄ちゃん、詩音ちゃん。少し外に出てみない?なるべく動きやすい服装で」

「「?」」

 

突然飛鳥がそう言い出したものだから、俺と詩音は首を傾げてしまう。いきなりなにを言い出すのだろうこの天使は。外出かぁ......面倒だなぁ......。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

まぁ、妹のお願いなら何だって聞いちゃうんだけどね。やだ、祐介くんったら激甘!超スウィート‼︎

何やかんやで俺と詩音は共に学校指定のジャージに身を包み、つい昨日までは近所に無かったはずの、謎の建設物へと訪れていた。内部にはサッカーコートやテニスコート、さらにはプールやスケートリンクなど、季節限定的なモノも含め、あらゆる種類のスポーツを行う為の設備が用意されており、奇異なことに俺たち以外の人の気配が感じられなかった。これだけ大きい施設ならば、かなりの数の従業員がいてもおかしくないと思うのだが......。

 

「飛鳥のヤツ、どこでこんな所のことを知ったんだよ?そもそも、こんな施設無かったよな?」

「は、はい......この大きさなら、かなり以前から工事が行う必要があったはずなのですが。数多のスポーツ用設備に、質の良いイスや完璧な耐震対策。五年あっても完成するか怪しい規模です」

 

五年。東京ドームが確か三年前後の期間で起工から開場までを済ませたというのだから、少なくともアレよりかは遥かに大規模な施設なのだろう。というか、もう考えていても面倒臭いので思考を放棄。

さて、ここに来いと俺たちに言ってきた張本人、飛鳥さんであるのだが......。

 

「......お姉ちゃんがいませんね」

「だな。アイツ、この場所を俺たちに教えたと思ったら自分だけ別行動を取るって言い出して、すぐどっか行っちまったからな」

「しかもその前には複数人に電話してましたよね」

「俺、急に飛鳥が分からなくなってきたわ」

「私もです......」

 

そう、今この場に飛鳥はいない。

招集を掛けた人物がいない時の人間というものは絶対とまではいかずともそれなりに力を抜くなり何なりするモノである。故に俺たちはこの施設を見学するがてら散歩することにした。

 

「......あっ、お兄ちゃん見て下さい。アルティメットやカバディのコートまでありますよ」

「マイナーなスポーツも完備ってか。いよいよ分からなくなってきたな、この施設」

 

回っていく内に分かったこと。ソレは、ココには少なくとも俺たちが()っているスポーツの設備が全て揃えられているということである。

あと、やたらに広い。そもそもこんな広さの施設を収められる程の広大な土地を見たことが無い気がするのだが、その辺りの思考は既に放棄済みだ。

 

「............ん?」

「......誰かいますね。テニスコートですか?」

「だな。行ってみようぜ」

 

と、ここで俺たち以外にいないと思っていた他の人の姿を発見した。シルエットからして女性。背丈から鑑みるに高校生くらいだと思われる。

というか、あの髪型や佇まいには見覚えがある。

 

「......八雲?何でこんなところに」

「......あ、楠くん。おはよ......」

「今は真昼だ」

 

そう、テニスコートでラケットを握り佇んでいたその少女は、俺のクラスメイトである巨乳ゲーマー、八雲千秋だった。紹介が雑?知りませんよそんなこと。一から十を知る理解力を身につけなさいよ。

ちなみに、俺にはそんな能力は無いので素直に八雲に聞くことにした。時には諦めも大切なのだ。

 

「それより、何で八雲がココに?柊や笠原とも一緒に居ずに単独で行動してるのは珍しいな」

「まぁね......私もよく分かんないよ。飛鳥ちゃんに呼ばれたから来ただけなんだもん」

「飛鳥に......?」

 

ますます分からん。何故俺と詩音だけならともかく八雲まで呼ぶ必要があったのだろうか。俺たちの共通点が何かあるのか?......共通点といえば。

––––異性にモテる、だな(俺以外)!

あれ、何か変なカッコが出現した気がする。

 

「それは世界の意志だよ」

「え?八雲、何か言ったか?」

「何でもないよ」

「......それにしても、本当にお姉ちゃんはどこにいるのでしょう。捜索でもしてみますか?」

「どうすっかな。アイツが示した場所なんだし、迷子になったりしてる可能性は低いと思うが」

 

そんなこんなで俺たちが集まり、いい加減飛鳥を捜そうかという話になってきた時、突如俺たちの背後にそびえ立っていた大きな鉄製の扉が開いた。

そこから出てきたのは見覚えのあるポニーテール。

 

「ご、ごめんお兄ちゃん、詩音ちゃん、千秋さん!待たせちゃった迷っちゃってた!」

 

迷子になったりしてた。

 

「......まぁ、いいや。で、俺たちをココに集めた理由を教えて貰えるよな?」

「あ、うん。皆を集めた理由なんだけどね......」

 

「––––スポーツ系統の趣味、見つけてみない?」

「「「解散ッッッ‼︎」」」

 

呪言ともとれる飛鳥の言葉を聞いた俺たちは、途端に三方向に散開する。一人でも多く逃げ切れるように、固まらず、速やかに飛鳥(ハンター)から距離を取る。

そして、俺たちは。

 

「こーらっ。すぐにそうやって逃げちゃ駄目」

「ぐっ」

「にゃっ」

「きゅぅ」

 

運動能力においてはあの笠原を掌底で吹き飛ばす程のレベルを誇る飛鳥に、一瞬で捕獲された。コイツ速すぎんだろ。あまりに一瞬のことだったんで、時間が飛んだかと思ったわ。何、スタン○使いなの?キン○クリムゾンとか使っちゃうの?

俺が詩音の背後に何か幽霊的なモノが見えないだろうかと目を凝らしていると、俺たちの服を掴んでいた飛鳥がふっ、と息を吐きつつ言い出した。

 

「お兄ちゃん、飛鳥は思ったよ。このままじゃいけないんだって。矯正しなきゃいけないって」

「な、何を......」

「だから、お兄ちゃんの趣味だよ。読書云々はまぁ良いとするよ。だけど、“妹”とかはもう趣味と認定して良いのかどうかも怪しいと思うの!」

「「ナ、ナンダッテー⁉︎」」

 

俺と詩音が飛鳥の言葉に衝撃を受ける。

馬鹿な......妹が趣味ではない、だと?じゃあ全国のお兄ちゃんは無趣味のつまらない人間ということになるじゃないか(超理論)......!!

 

「待ってくれ飛鳥。だからって俺がスポーツやら何やらを趣味にする必要は無いはずだぞ。趣味として駄目なら生きていく為に必要な栄養素であるイモウトニウムを摂取するためとか言ってお前らと触れ合うから。寧ろ一方的に触れるから」

「根本的に何も解決していないよ⁉︎あとイモウトニウムって何⁉︎初めて聞くんだけど!」

 

イモウトニウム。お兄ちゃんに分類される男性が日々を生きていくのに必要とする栄養素の名称。タンパク質よりも何よりもお兄ちゃんに必要なモノであり、これが不足した場合、衰弱痙攣倦怠感に襲われ、最悪の場合死に至る(適当)。

と、俺がどうにかしてイモウトニウムの重要性を飛鳥に説こうとしていると、飛鳥が少し照れたように横目でこちらを見ながら言ってきた。

 

「スポーツをやろうとしてたのは......その。確かにお兄ちゃんたちに他の趣味を見つけて欲しいのもあるけど......折角だしお兄ちゃんたちと一緒の趣味で楽しめたら良いなー、なんて思ったから......」

 

「っしゃあやるぞお前ら‼︎今日は皆でスポーツ三昧だ!飛鳥のためにレッツプレイ!」

「分かりましたお兄ちゃん!私は“お兄ちゃん”を止める気など毛頭ありませんが、とりあえずお姉ちゃんの頼みとあらば聞くしかないでしょう!」

 

止める気は無いのかよ。

まぁ、詩音的にもこのままスポーツに流れを移行させ、自身の趣味の話題に移させないようにしようとかいう考えがあるのだろう。しかし、第一の行動理由は姉のため。飛鳥のためである。

さて、このままスポーツ系の趣味を見つけるに当たって重要になってくるのは俺の運動神経。まぁ、悪くは無いはずだ。永きに渡る帰宅部インドア生活が祟り、肉体の耐久力及びパワーの絶対量は低いが、テクニック的な部分で補える程度。まぁアレだ、帰宅部の癖に運動はやたら出来るラノベ主人公の典型的な都合の良い設定だな。ラノベじゃないけど。

 

 

 

 

 

 

 

「......アレ?“妹”とか“お兄ちゃん”とか変な趣味を持ってる二人はともかく、私が呼ばれた理由って何?私の趣味と言ったらゲームくらいしか無いけど」

 

「えっと......千秋さんの趣味もインドア系だけだから、どうせなら一緒にスポーツに目覚めて貰って一緒に遊びたいなー......なんて」

 

「......あぁ......」

 

「ご、ごめんなさいっ。趣味なんて人それぞれなのに......自分勝手ですよね」

 

「んー......正直、スポーツとか疲れるのは苦手だけど......挑戦くらいはしてみるよ。邪魔になるかもだけど、それでも良いかな?」

 

「は、はいっ!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「––––では、“お兄ちゃんと詩音ちゃんの変な趣味に変わる、スポーツ系趣味を見つけよう”のテーマの元行われる、多種多様スポーツ体験を只今からを始めたいと思います」

「「変な趣味?」」

 

何か納得いかないテーマではあるが、そこは今大した問題ではないので堪える。でも酷いと思います。

 

「それにあたりまして、伊織さんに頼んでみたところ、この施設を建設してくれました。感謝ですー」

「「「建設した?」」」

 

テーマより更に納得いかない説明を受けた気がするし、大した問題とかいう次元でもない気がする。アイツ本当にただの女子高生なの?軽く世界も動かせそうな気がするんですけど。

とりあえず、このやたら広い施設はヤツの手によって建設されたものだそうだ。多分一日で。

 

「......やっぱり、柊さんは人を辞めているんですね」

「......楠くん。私、伊織ちゃんって多分創造神とか、その辺りの存在じゃないかと思うんだ」

「俺はただの性悪な大魔王だと思う」

 

とにかく、そんなことはどうでもいい。

飛鳥の発言を噛み砕くと、ここで皆で趣味になり得そうなスポーツを体験しつつ見つけていこう、そういう話である。では早速......。

 

「折角テニスコートにいるんだ。最初はテニスやろうぜ。丁度四人だしダブルスで」

 

俺はそう言い、テニスコートの隅にあったラケットを人数分取る。他の三人も異存は無いようで、俺がそのまま差し出したラケットを受け取った。

 

「で、ルールとかはどうすんの?」

「んー、まぁ、これはただの体験だし......結構緩めにしちゃおっか?サービスとかそういうのもカット、ただポコポコ打ち合って決められた点数を先に稼いだ方の勝ち......っていうのはどうかな?」

「オーケー」

 

飛鳥の提案に賛同し、適当にチーム分けをする。

組み合わせは以下の通りである。

 

俺、八雲のインドア高校生チーム。

飛鳥、詩音のエンジェルシスターズ。

 

「くっ、ビジュアルからして勝てる気がしない......」

「......それ、私に対して失礼だとは思わないかな」

 

天使二人が相手とはキツいなんてモンじゃないぞ。

お兄ちゃんは余程のことが無い限り、妹をマジで打ち負かすなどという大人気(おとなげ)無い真似は出来ないのである。試合前から敗北が決定してしまった。

......アレ?この形式だとどうやっても妹の内誰か一人は敵になるわけだから、俺一生勝てなくね?

 

「じゃ、こっちのサーブからねー」

「お姉ちゃん、ラケットが重くて持てません」

「非力!詩音ちゃん非力過ぎだよ⁉︎......仕方ないなぁ、このフレームがプラスチック製のラケットなら大丈夫?結構軽いよ?」

「これなら持てますけど、使用中に割れません?」

 

そしていよいよ試合開始。サーブは飛鳥と詩音チームからである。自然とラケットを握る手に力が入り、サーブを打つ飛鳥の挙動に視線が固定される。と、ここで俺の前に立っていた八雲が前を見据えたまま俺に話しかけてきた。

 

「楠くん」

「んぁ?何だ八雲」

「私、ゲームでは結構負けず嫌いなんだよね」

「まぁ、そうだな。他の物事にはそこまで積極的にならない割にはゲームだけはやたらな」

「......何となくその評価は気に食わないけど。とりあえず、言いたいのは......」

 

そこで飛鳥がラケットを振り下ろし、テニスボールをこちら側へと打ち込んできた。初めは手加減をしてくれているのか、比較的緩やかな速度でテニスボールが飛んでくる。しかし、八雲は大きくテールバックを取り、不敵に笑いながら。

 

「––––この試合(ゲーム)も、負けたくないな」

 

......えげつない勢いでテニスボールを打ち返した。

元々飛鳥が手加減していたため、八雲のラケットに対してロクな抵抗も出来なかったテニスボールは、先程までとはうって変わり、凄まじい速度でコートの向こう側へと吹き飛んでいく。そして、

 

「わきゃぅ⁉︎」

 

詩音が握るラケットを粉々に破壊した。マジか。

 

「......本気ってこと?」

「本気ってこと。詩音さんたちが相手だからって手を抜いたりしたら、少し怒っちゃうかもだよ?」

「......分かりました......」

 

仕方ないな。今回はお兄ちゃんのハイスペック具合を妹たちに見せつけるお話としようじゃないか!

それに八雲もやる気十分なのだ、俺だけサボるってのは気が引けるしね。頑張ります、多分。

 

「よっし!八雲、次からも頼むぜ!」

「あ、ゴメン。MP切れたからもうあんな感じのスーパーショットは打てないや」

「MP⁉︎」

 

......いきなり前途多難のようだ。

かくして、俺たち楠兄妹と八雲による、テニス対決が開幕したのである。......ちなみに、これは趣味を探すための体験だからな?決してテニス回というわけではないからな?そこのとこ、忘れるなよ。

 

 

 

 




はい、いかがでしたか?
ちなみに、八雲のMP総量は160、テニスラケット破壊ショットの消費MPは150程度です。尚、この設定は今テッキトーに考えたモノであり、今後作品に活きることは一切ありません。

では!次回はテニ◯リのパロ登場確率100%の回であります!ありがとうございました!感想待ってます!


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楠兄妹と(普通の)趣味探し2


テストでしんだみどうです。
おいおいなんだよアレ。こてん26てんて。やべぇ。

......いや、うん。それとこれとは関係ありませんね、はい!すみません、投稿が大幅に遅れたのはテスト及びシャドバにハマったり私的な理由でして......。
次回は早めに更新致しますので!もうストーリーは考えてありますので!

で、では!どうぞー!



前回までのあらすじを一言で。

 

妹趣味否定故体育競技体験八雲庭球用器具破壊。

 

................。

 

................まとめたつもり、だったんだけどなぁ......。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

何か凄い無駄な行を使った気がする。

......ひょんなことから始まった飛鳥+インドア三人衆によるスポーツ体験。目的は俺らの新たな趣味として、スポーツ系の趣味を見つけること。

正直なところ、飛鳥に否定された“妹”を止める気はほぼ無いが、かの天使、飛鳥嬢は俺たちと共にスポーツで楽しめたら良いな、と仰った。コレは断れない。断れたらソイツはお兄ちゃんじゃないね!

そんな訳で、最初はルールの大半を省略したテニス体験を行っていたのだが。

 

「......で、何?つまりお前はさっきみたいなスーパープレイをする度にMPとやらを消費すると」

「うん。M(3日前に適当に思いついた嘘っこ)P(ポイント)をね」

「いやルビ長ぇよ。しかも嘘っこって言った?じゃあお前、無制限にあのラケット破壊ショット使えんじゃねーのかよ」

「......クスノキくん」

「何だよ」

「ラノベでも、その場限りの設定って......あるよね」

「おい、止めろ。何か怒られそうだから止めろ」

 

俺&八雲vs.飛鳥&詩音によるダブルス対決。

先程、八雲が初撃として飛鳥のサーブを打ち返し、それを受けた詩音のラケットを粉砕した所である。

しかし、今の会話の通りもうあんなぶっ壊れショット(フレームがプラスチック製だったため、もしかしたら誰かが再現可能なのかもしれないが、一般の女子高生は普通は不可能のはずだ)は打てないらしい。いや、一回でも十分化け物なんですけどね。妹たちがバイトをしていたあの頃から兆候はあったが、八雲もとっくに人外への扉を開いてやがる。怪物への扉(ノッキン オン モンスタードアー)の二つ名をくれてやろうかと思ったまである。パクリ臭ぇ。

と、そこでネットの向かい側にいる飛鳥が。

 

「お兄ちゃーん。ちょっと今詩音ちゃんの代わりのラケット探してるから待っててー?」

「あ、あぁ」

 

......え、何。八雲の超絶ショットに対するリアクションはそんなモンなんですか。もうこんなことは日常茶飯事っつー事ですか。確実に妹たちに悪影響が出ている気がする。諸悪の根源はたぶんあの悪魔()

 

「まぁ、どうでもいいや。寧ろアイツの存在にそこまで気を向ける必要が無いまである」

「え、何の話?」

「何でもない。さて、と。八雲のMPとやらが切れた分、俺も気合入れましょーかね」

 

先程は八雲のプレイに圧倒され一歩も動くことが出来なかったが、今度はそうはいかない。飛鳥たちが詩音のラケットを補充し、コートに戻ってプレイが再開されると同時に彼女たちは俺のスペックの高さを思い知るだろうぜフハハハハァ––––ッ‼︎

 

 

 

 

 

 

––––なんて思ってた時期が俺にもありました。

 

「てーいっ!」

「そげぶっ⁉︎」

 

飛鳥が放ったフラットサーブが俺の足元でバウンドし、的確に鳩尾へと吸い込まれて行った。激痛。

 

「う、うわわっ!大丈夫、お兄ちゃん⁉︎」

「お、おう......大丈夫だ......」

 

飛鳥が慌てて謝罪し、俺はそれに手を挙げ応える。

......忘れてた、飛鳥は運動神経に関しては俺を遥かに凌ぐ域にあるんだった。何今のサーブ。アイツ素でさっきの八雲のサーブより速いの打ち込んできたんだけど。通常攻撃がMP消費する技より強いって何だよ。「これはメラゾーマではない、メラだ」と同じ位の絶望感を感じる。

 

「チクショウ!おい飛鳥大人気ないぞお兄ちゃんにそんな本気出して恥ずかしくないのかよ⁉︎」

「えぇっ⁉︎だってお兄ちゃん普通に飛鳥より年上だし、男の人だし––––」

「酷い!男の子だからってボコボコにして良いと思ってるの⁉︎男女差別反対!ぶーぶー!」

「え、えぇ......」

 

飛鳥が困ったような表情で頬を掻く。うん、自分でやってて何だけどコレは酷いわ。駄々っ子そのままですもん、コレ。お菓子を買ってもらえなかった子供とほぼ同じようなことしてるもん。

しかし、俺も少しは男としての、兄としてのプライドというものがある。対抗策を練らなければ。

 

「飛鳥、もうちょっとフレームが大きめのラケットないか?コレじゃあ上手いこと球を捉えられん」

「あ、うん。どれくらいのが良いかな?」

「とりあえずコートを埋め尽くす程度の大きさで」

「お兄ちゃん、考えが卑怯だよ!何楽に完全防御形態取ろうとしてるの⁉︎そんな大きさのラケットがそもそも無いからね⁉︎」

 

だってお前のサーブ速過ぎるんだもん。最早ボールを視認することすら困難だから巨大ラケットで壁を生成する位しか対抗策が無いんだよ?

何しても、どうにかして飛鳥を止めなければ俺たちに勝利の目は無い。............いや待て。

別に飛鳥を攻略しなくても勝てんじゃね?

 

「八雲、詩音を狙うぞ!相手の脆い所を攻めていくのが勝負の定石だガンガン打ち込め!」

「お、お兄ちゃん酷いです!私のラケットはプラスチック製なんですよ⁉︎」

「すまん詩音、そうも言ってられないんだ!下手に飛鳥に打ち込んだらどんな殺人カウンターが飛んで来るか分からん、俺は命が惜しい!」

「私の波動球は百九式までしかないんですよ⁉︎」

「本家越えしてんじゃねぇか!」

 

そういえば詩音も俺と同じ、体力は無いがスキルがあるタイプだった。しかもそのスキルは俺よりかなり上のレベル。完全な俺の上位互換的存在だ。

そうなると、最早俺に奴等を打倒する術は無い。そしてMPとやらが切れた八雲にも二人を止めることなどは勿論出来ず––––。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「女子中学生二人に惨敗ってどうよ」

「妹さんたちが二人共ハイスペック過ぎたね......」

 

まったくだ。あれから俺たちはロクにボールを捉えられないままひたすら二人にボコられることとなってしまった。高校生が中学生に良い様に弄ばれるのは絵面的にかなりキツいものがありました、はい。

 

「あ、千秋さん。飛鳥のことは名前呼びで良いですよー。呼びにくいでしょ、『妹さん』だと」

「......ん、そう?だったらそうさせて貰おうかな」

「では、私のことも詩音と呼んで頂いて......」

「うん。分かったよ、詩音ちゃん」

「はいっ」

 

女子勢が親睦を深めている間、俺はテニスが自身の趣味として相応しいか否かの判定をしていた。

ぶっちゃけ相手が世界ランカーレベルの奴等だったために本来のテニスの面白味が理解しづらかったのもあるが、テニスは俺に合わないようだ。何せ疲れる。ボールを追ってあちらこちらに動き回るこの競技は、体力が常時レッドゾーンの俺には酷である。

その旨を飛鳥に伝えると。

 

「......お兄ちゃん。これはお兄ちゃんのアウトドア系の趣味を見つけるためのイベントなんだよ?疲れないないスポーツなんて趣味にしたら、お兄ちゃんはあの手この手でサボり出すでしょ」

 

流石飛鳥、お兄ちゃんのことをよく理解していらっしゃる。確かに競技中に少しでも暇が生じれば、俺は速攻でサボりにかかるだろう。問題としては俺は例え暇が無くても競技中にサボり出す可能性があるということくらいだろうか。我ながら自分の怠惰具合には呆れる。魔女教に入信しちゃいそう。

しかし俺には一つ案がある。

 

「なら、複数のスポーツを同時にやることにしないか?趣味にするならともかく、体験で疲れたりするのは効率が悪いだろ。出来るだけ沢山のスポーツに触れていきたいしな」

「複数のスポーツを同時に......?」

「まぁ、物は試しだ。スケートリンク行こうぜ」

「えっ。あっ、ちょ、お兄ちゃん⁉︎」

 

俺は他の二人も呼び、スケートリンクへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––という訳で。スケートと剣道を複合し、氷上にて防具姿で演技をしながら対戦相手と打ち合う競技というのはどうだろうか」

「「「バカなの(なんですか)?」」」

 

俺が改めて全員にそんな複合スポーツの提案をしたところ、これまた全員にそう真顔で言われた。ひでぇ。詩音までそんなことを言うなんて。

意外と良い案だと思ったんだが......ホラ、二つの競技を合わせれば、1競技分の体力消費量で2競技体験出来ることになるでしょう?え、ならない?

 

「まぁまぁ。試しにやってみようぜ?八雲」

「......何で私?」

「一番勝てそうだから」

「......良い度胸してるね」

 

とりあえず八雲を煽って実践してみることにした。それにしてもコイツチョロいな。将来悪い男に引っかかりそうで心配だ。煽った本人が何言ってんだ。

 

「んじゃ、剣道の方の有効打は公式と同じで。......あー、スケートの審査はどうすっかな......こればっかりは素人とかにやって貰うのもな」

「あ、それなら伊織さんが作ってくれた『フィギュアスケート演技採点機』があるよ?」

「用途が限定的過ぎんだろ」

 

そもそもそんな機械を作るコト自体が無駄だと思うのだが。アイツが何かを作るのならもっと便利なモノを作れるだろうに。何故フィギュアの採点以外の機能を付けなかったのだろうか。

 

「まぁ、折角だし使わせて貰うとしよう。さて八雲、そろそろ準備は良いか?」

「うん。楠くんをシバく準備は万端だよ」

「八雲さん?ちょっと言葉遣いが悪いわよ?」

 

思いの外八雲は煽り耐性が無かったらしい。

 

「んじゃ、行くぞー」

「良いよー、かかって来なさいー」

 

そのまま俺と八雲は互いにスケートリンクに上がり、向かい合う形となった。ルールとしては、予め決めておいた時間内で演技及び打ち合いを行い、それらの総合ポイントで競い合うというもの。総合ポイントは柊作の機械が付けるので、実質飛鳥たち(マイエンジェルス)は見学となる。お兄ちゃんの勇姿を見ててね!

 

「では......競技スタート!」

「たー」

「やー」

 

詩音の試合開始のコールと共にリンクへと飛び出す俺と八雲。俺はそのまま体を捻り飛び上がる。

ぶっちゃけ最低難度とされるトゥループ位しか満足に出来ないが、何か適当に飛んどけば点数が稼げそうな気がしないでもない。これが俺の舞だ!

 

「とくと見るがいい!これが世界のお兄ちゃんたる俺の「面!」いっづぁ⁉︎」

 

モロに脳天を竹刀で打たれた。防具越しでも痛ぇ。

......まぁ、ですよね。目の前で呑気にクルクルしてる奴がいたらそりゃ殺りますよね。

 

「ええい、まずはお前を始末するのが優先だ!お前の屍の上で飛鳥たちに俺の勇姿を見せつける!」

「......受けて立つよ、シスコンの楠くん」

「「喰らえぇぇぇぇッ‼︎」」

 

互いに絶叫しながら氷上を滑って行く。防具のせいで機動性及び視界がえげつない程阻害されているが、滑れない程ではない

 

「(ツルッ ゴンッ)げふぅ––––っ⁉︎」

 

––––と思ったが、やはり駄目だった。俺はつまづいて凄まじい勢いで横転する。改めて考えると防具姿のままスケートするとか頭おかしいわ。誰だこんな欠陥競技考えたの。一族諸共滅んでしまえ。

俺がそんな醜態を晒している間に八雲は危なげなくこちらに接近してくる。クソッ、インドア派っつー設定はどうした滅茶苦茶アクティブじゃねぇか!

 

「もう一発喰らえっ」

「そう易々と喰らうか馬鹿め!」

 

俺は尻餅をついた姿勢のまま、竹刀を横に薙いで八雲を足元を狙う。竹刀は見事八雲のスケートシューズに直撃、彼女の足を氷上から浮かす。

 

「むぎゅっ⁉︎」

 

八雲を顔から転倒させることに成功した。

 

「い、いったぁ......それは反則じゃない⁉︎」

「卑怯汚いは敗者の戯言だ」

「外道!楠くんはとびきりの外道だよ!」

 

八雲のそんな言葉に俺は立ち上がりつつ、さながらどこかの魔王のように仁王立ちをしつつ哄笑する。

 

 

「フハハハ!この程度で外道とは片腹痛い!我が勝利の糧となr「えいっ」(ツルッ ゴンッ)」

 

竹刀での足払いを喰らった。

 

「酷い!何て外道なことをするんだお前は!」

「数秒前の自分の発言を思い出してよね」

俺と同じ面の奥から絶対零度の如き冷え切った視線を向けてくる八雲。やだ怖い。主にその視線によって何かに目覚めそうで怖い。

 

「......こうなったら私も本気でいくからね。泣いちゃっても知らないよ」

「言っとくがコレは剣道とスケートの複合スポーツだからな。演技もしないと勝てねぇんだからな」

 

多分コイツ忘れてんだろ。絶対俺のこと竹刀で滅多打ちにすることしか考えてねーだろ。

 

だが、そこに勝機がある。

 

何故か俺の周りの人間はやたら戦闘力が高い傾向にあるが、今の八雲のように冷静さを欠いているならば話は別。彼女が荒れ狂って俺を叩きのめし、剣道の方で惨敗したとしてもフィギュアの演技で点数を稼げば勝てる。故に––––

 

「––––演技しながら逃げ続ける」

「待てーっ!」

 

それから暫くの間、先程までの偉そうな態度はどこへやら、某銀盤の女王の如く華麗に舞いながら逃げ回る男と、それを鬼気迫る表情(面で表情は見えないが)で追いかける女子という珍妙な光景がスケートリンク上に展開されることとなった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「結論から言おう。剣道もスケートもつまらん」

「アレはもう別のスポーツだったと思うけどね」

 

剣道&スケートの複合競技が終了した後、八雲と共に防具を脱いだ俺は開口一番そう言った。

いや、だって防具はクソ暑いしいつまでも慣れないスケート靴でコケまくるしで散々だったしね。しかもよくよく見ると八雲の一撃で面の一部が割れてるんですよ?こんな安全性に問題があるスポーツはやってられないね。え?八雲が異常なだけ?

 

「とにかく、スポーツを趣味にするならあの二つ以外のスポーツが良い。他にオススメって無いの?」

「まぁ、まだ沢山スポーツの種類はあるけど......」

「片っ端から試していこうぜ。とりあえず汗かいちまったからシャワー浴びてくるよ」

 

そう飛鳥に断り、俺はシャワールームへと向かう。

この後すぐに、何故かシャワールームの中に潜んでいた詩音から自身の貞操を守り抜くための戦いが幕を開けたのはまた別の話である。

 

閑話休題。

 

それから俺たちはバスケやサッカー、野球などのメジャーなスポーツに始まり、クリケットやペタングなどのマイナースポーツにも挑戦してみたのだが、どれもイマイチしっくりこなかった。いや、ちょっと触れた程度でそんなことを言うのも何だが、コレはあくまで趣味探しのための体験だ。短い時間で楽しめるモノを探すべきなのだ。よって、そのスポーツが上手い下手ではなく、楽しいか否かで判断する。その観点から、今までのモノはボツとなった。

 

「もう駄目だなこりゃ。俺たちにスポーツは合わねーよ。なぁ詩音(すりすり)」

「ですねお兄ちゃん。やっぱり私たちは家の中でお互いを弄り合う方が合ってます(ぺろぺろ)」

「何やってんの二人共⁉︎頰を擦り合わせない首筋を舐めない!まだまだ色々種類はあるから!」

 

飛鳥がそう言ってくるが、もういい加減体力も限界だ。ほら、八雲が早々にダウンして床にうつ伏せで倒れてるし。あと詩音がやたら淫靡な舌使いで俺の首筋を舐めてくる。そろそろコイツに日本国憲法第24条の内容を説明してやる必要があるだろう。

 

「まぁまぁ飛鳥。そんなスポーツばかりしてても仕方ないだろ。少し休もうぜ」

「むー......でも、お兄ちゃんたちの趣味探しなんだから、お兄ちゃんたち自身のやる気が無いのに押し付けるのも......うん、少し休憩しよっか!」

 

そう言い「こっちに休憩室があるよー!」と俺たちの前を歩いて案内をしてくれる飛鳥。可愛くて優しいとかウチの妹の嫁の適正が高すぎてヤバい。料理の腕については全力で目を逸らすが吉。

 

とりあえず疲労でへんじをしないただのしかばねと化した八雲を背負って飛鳥に着いて行く。

しばらくすると、『休憩室』と書いてあるプレートが付いた扉の前に到着した。ソレを開けると。

 

「......おぉ」

「物凄く広いですね......」

 

眼前にやたら広々とした休憩スペースが広がってきた。適当に目測してみても大体40畳くらい。一学生が作り上げた建造物の休憩室にしては十分過ぎる位の広さだろう。というかそもそも一般の学生はこんな建物を建造する事自体が不可能なのだが。

と、背中で何かがもぞもぞと動く感触。八雲だ。

 

「......うぅ。ここ、どこ......?」

「起きたか八雲。ここで少し休んでこうぜ。いい加減お前も限界だろ。ほら、あそこに据え置きゲーム機まであるぜ。無駄に設備が充実してるよな」

「......ゲームっ!」

 

俺が休憩室の奥に置かれた80インチのテレビ及びその側に置かれたゲーム機の数々を示してやると、八雲がまるで水を得た魚のように俺の背中から降りてそれらに飛びついた。うわっ、怒涛の勢いで電源入れてる。落ち着けバカ。まだ皆疲れてるから。WiiUとプレステ3は同時起動出来ないから。

しかし何だ、八雲にとってゲームは自身の生きる源みたいなものなのかもしれない。俺が妹から摂取可能な成分であるイモウトニウムを生きる糧とするように、彼女もゲームをすることで生き永らえているのだろう。そう考えると八雲を止めるのも忍びなく思えてくるというものだ。

 

「ゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲーム!」

 

「うるせぇ!テレビから離れろ八雲ォ‼︎」

 

物事には限度というものがある。

俺は八雲をテレビから引き離し、さながら猫のように背後から服の襟部分を掴んでズルズルと引きずっていく。どう考えても女の子へ対する扱いではないが、そんなことを気にしていてはコイツら(柊&笠原含む)の行動を抑制することなど不可能である。

 

「ま、まぁまぁお兄ちゃん。千秋さんも今まで頑張ってたんだし......ね?少し長めに休憩時間を取るからさ。八雲さんの好きにさせてあげようよ」

「ですね。かくいう私もしばらくは足がまともに動きそうにありませんし、足が回復するまでの間、ゲームでもしましょうか」

 

やだ二人共優しい。こんなん僕だけ器がちっちゃい感じになっちゃうじゃないですかー。やだー。

仕方ないので八雲を解放する。すると再び八雲は数多のゲーム機へと両手を伸ばし、瞳をキラキラと輝かせながらそれらを物色し始めた。

 

「......凄いっ。凄い、凄いよ楠くん!見て見て、ファミコンとかセガサターンとかの古いのからPS4とかの最新機まで全部揃ってる!て、天国だー!」

「キャラ変わりすぎだろお前」

 

恐らくコイツはもうスポーツ趣味云々のことは忘却しているだろう。多分ほっといたら夜が明けるまでここでゲームをしてる気がする。まぁ、折角なので俺も何か探すとしよう。妹モノのは......っと。

 

「あっ、お兄ちゃん見て見て!」

 

と、俺が八雲の横でゲームソフトを物色し始めた時、飛鳥が俺の肩を叩いて一本のソフトを示してきた。そのタイトルは、

 

「『Wii Sports Club』!コレ皆でやらない?」

「...............」

「うぇっ⁉︎お兄ちゃんの顔が今まで見たことの無い程のレベルでやつれていく⁉︎お、お兄ちゃん⁉︎」

 

いや、だってお前......スポーツやって疲れたっつってんのに何でゲームでもスポーツすんの.......。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで断れない俺もどうかと思うよね、うん」

「よーし!負けないよ、お兄ちゃん!」

 

数分後、俺はコントローラーを握り締め飛鳥と共にテレビの前に立っていた。ていうか数分で陥落する俺のチョロさ加減がヤバい。多分歴代のとっチョロインと肩を並べられる位にはチョロい。具体的にいうとアニメ版IS(インフィ◯ット・ストラトス)のセ◯リア様とか。いや、もうほぼ言っちゃってんじゃねぇか。

 

「......で、何すんの」

「んー、テニスでもする?」

「またかよ。もう現実でやったから良いじゃん......」

 

一応説明すると『Wii Sports Club』はタイトルの通り、ゲーム内で様々なスポーツが出来るという、どちらかと言えばパーティゲームに分類してされるもので、プレイ可能なスポーツの種類もそこそこ豊富であるので複数人で遊ぶのに適しており、その中にはテニスも勿論含まれている。

 

「いやー、飛鳥もさっきので少しテニスに目覚めちゃって。......駄目、かな?」

「お兄ちゃんの妹のお願いに対する答えはYes以外あり得ないんだよ。テストに出るぞ覚えとけ」

「わーい!」

 

某落第騎士の英◯譚(キャバ◯リィ)のヴァーミリオン皇国第二王女に匹敵するチョロさを発揮して飛鳥の頼みを聞き入れてしまう俺。いやだからもう言っちゃってるよね。某って付けてるだけだよね。

などと絶望的に下らないことを考えつつ、俺は飛鳥と共にテレビの前に立ち、コントローラーを握る。

ちなみに詩音と八雲は別のテレビでシューティングゲームをプレイしていた。二人共えげつない勢いで標的を撃ち抜いており、軽く引いてしまう程には上手かった。ていうか指先どうなってんのアレ。残像が見えるんですけど。

 

「よーしお兄ちゃん!勝負だよー!」

「あ、あぁ」

「わざと負けたりしちゃ駄目だからね?お兄ちゃんってば毎回ゲームだと手加減してくれるけど、飛鳥だってたまには真剣勝負したいんだから」

 

俺は飛鳥や詩音と何かしらの勝負をする際、オートで手を抜いてしまう癖がある。ことスポーツにおいては飛鳥に、チェスなどの頭脳戦では詩音の方が俺より上手なのだが、それでも手を抜いてしまう。お兄ちゃんは妹に対してオートで接待モードが発動してしまうのである。だって勝った時に喜ぶ二人が可愛いんだもん。仕方ないよね、うん。

しかし、その妹が手を抜くなというのならば躊躇いなく従うのもまた俺である。

 

「分かったよ。んじゃ、全力でいかせて貰うぜ」

「ふふん、望むところだよっ!」

 

そんな訳で飛鳥vs.俺のテニスゲーム開始。

 

「最初のサーブは飛鳥からだね。じゃあ......それっ」

「よっ」

 

飛鳥操る1Pアバターがこちらに打ってきたボールを特に苦もなく打ち返す2Pアバターwith俺。

現実(リアル)での飛鳥のサーブは軽く人命を消し飛ばす程の威力を誇るが、流石にゲームでは普通の威力のようだ。ていうかゲームキャラより強い人間って何なの。ス◯ランカーとかの例外を除けばゲームキャラって大抵人類超えてるはずなんだけど。

んでもって、俺が打ち返したボールを飛鳥のキャラが追いかけてラケットで捉えようとするのだが。

 

「とりゃっ、って、ああっ!空振りしたー......」

「先取点は俺のもんだな」

「うぅ〜......しょ、勝負はここからだもんっ!」

 

俺がちょっと勝ち誇ったように口の端を僅かに上げた笑みを飛鳥に向けてやると、心底悔しそうにコントローラーをぶんぶんしながら飛鳥が言う。......やだ新発見。悔しがる飛鳥も可愛いわ!

 

「次は俺からのサーブだな。......ほい」

「ていっ!」

「そら」

「うくっ......あー!また取られたー!」

「まだまだいくぞ。ほれ」

「たー!」

 

俺が打ち込み、それに飛鳥が食いつく。そんな感じで俺が優勢のまま試合は進んで行き......結果。

 

 

1P ASUKA 0 ー 40 2P YUSUKE

 

 

「あれ......?」

 

圧勝。6ゲーム完封、一点たりとも飛鳥に奪わせることなく勝利することに成功した。......っべー、ちょっとやり過ぎたかな......手を抜くなって言われてたのと、悔しがる飛鳥の姿が可愛いのとで完璧にリミッターが外れてたわ。大丈夫かな...... 泣いたりしてないかな......もし飛鳥を泣かせるようなことがあれば俺は死を選ぶかもしれない。

しかし、しばらくして顔を上げた飛鳥は、真っ赤な顔でぷるぷるしていながらも特に涙目になっているとかはなかった。が、彼女は指をピッと俺に突きつけたと思うと、突如叫び出した。

 

「も......もーいっかーい!」

 

どうやら、俺の妹は存外負けず嫌いだったようだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

突然だが、俺はゲームが得意な方である。

当初はあまり上手くなく、オンラインゲームなどをやっていても勝率は調子が良い時で八割、酷い時はやればやるだけ負け続ける......そんなレベルだった。

が、今現在も凄まじいレベルの闘いを詩音と繰り広げている、俺が知る限り最強のゲーマー、八雲千秋と一緒にゲームで遊ぶようになってからソレは変わった。というのも、手加減というものを知らない八雲は対戦型ゲームを共にプレイすれば、一切の慈悲無く俺を叩き潰してくるのである。それはもうえげつないレベルで。危うくゲームを生涯やらないと決めてしまう程完膚なきまでに叩き潰された。

しかし、流石の八雲も少しは悪いと思ったのか、ある日を境に俺にゲームのレクチャーをしてくれるようになったのである。

格ゲーやレースゲー、果てはパーティゲーなどの必勝法、バグ、ハメ技テクなどなど。

それらを八雲に伝授された俺は、いつしかそこらの一般人にはまず絶対に負けない程度の強さを誇るゲーマーと化していた。

 

故に......。

 

「にゃあああーっ⁉︎まーたーまーけーたー!」

「......いや、もう諦めた方が良いでしょ......」

「うぅ〜!」

 

......故に、俺がマジでゲームをプレイしたら最後、飛鳥に勝ちの目はほぼ無いということで。

 

「す、凄いですお兄ちゃん......こんなにゲームが上手かったんですか......?」

「うんうん、私の教えたことをしっかりと活かしてるね。弟子が立派になってくれて師匠は嬉しいな」

「誰が弟子だ」

 

あれから約一時間が経っている。

俺が飛鳥を何度も負かしている内に、二人は一旦ゲームにキリをつけたようである。てこてこと俺を挟むようにやってきてテレビの画面を覗き込む。

 

「なぁ、もう休憩は十分じゃないか?」

「そうですね。お姉ちゃん、そろそろスポーツ体験に戻りましょうか」

「まだゲームはしたいけど......ま、もう少しだけ私も頑張ってみようかな」

 

俺の言葉に詩音と八雲がそう反応する。

どうやら彼女たちインドア組もやっと自発的に運動することを覚えたようだ。これだけでも大きな進歩。あとはスポーツ系の趣味を見つけることに成功すれば、立派なアウトドア系少女が錬成されるだろう。え、俺はどうだって?......さ、さぁ......。

 

と、そんな二人の言葉に飛鳥は。

 

「ちょ、ちょっと待って!あと一回!あと一回だけこのゲームやらせて!」

「お前がインドア趣味に目覚めてどうすんだよ」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

あれから更に三時間が経っている。

 

「お、お兄ちゃん...... 既に外が真っ暗です......」

「今は......夜中の9時だね。で、まだ飛鳥ちゃんは勝てないの?楠くんも手加減してあげなよ」

「それがコイツ、俺のいつものプレイングを知ってるからか少しでも手を抜くとバレるんだよ......」

「手加減はだめーっ!」

 

頑固者かコイツは。

飛鳥はあの後「飛鳥が勝つまで待って!お願い!」と俺たちに頼み込んできた。飛鳥のお願いとあれば断れない俺や詩音はもとより八雲も快く了承してくれたので、またゲームを再開したのだが。

 

「......いかんせん飛鳥が下手過ぎる......」

「うぐっ」

 

そう、当の飛鳥のゲームの腕が壊滅的と言って良い程にへっぽこなのである。CPUの最低レベルと良い勝負が出来るかどうかのところだ。

 

「ううう......もういっかい––––!」

「仕方ないな......」

 

......まぁ、それでも付き合ってあげちゃうんですけどね!やだ、祐介お兄ちゃんってば激甘!

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ー とある記録 ー

 

9月某日。楠飛鳥主催のインドア勢を対象とする、スポーツ体験会が開催された。

参加者は彼女の兄、楠祐介。

彼女の義妹、楠詩音。

楠祐介の友人である、八雲千秋。

 

柊伊織が夜中の23時頃にスポーツ体験会が行われていた施設へ、建設者として様子を見に来たところ、休憩室にて倒れていた上記の四人を発見した。

当時、楠飛鳥と楠祐介はゲームのコントローラーを握ったままうつ伏せに倒れており、テレビの画面には飛鳥氏が敗北した旨の文字が映っていた。

柊伊織がそのテレビで行われていたゲームの履歴を遡ってみると、八時間ぶっ続けで彼らはゲームを行なっており、その全てにおいて楠飛鳥が楠祐介に対して敗北を喫していたという。

 

四人が倒れた原因は極度の疲労によるもの。

学生という未成熟な身体のために起こったアクシデントであり、特に大事には至らなかったが、楠飛鳥以外の三人は共通して「ゲームは嫌だ......もうゲームは嫌だ......」とうなされていたという。

楠飛鳥は「もういっかーい......もういっかーい.....」と三人に懇願するように呻いていた模様。

 

後々彼らは目を覚まし、楠飛鳥は深く反省。他の三人も彼女を責めることなく彼女を許し、極めて平和的に当問題は収束した。

 

......が、今回のスポーツ体験にてインドア三人組は「外に出てもロクなことがない」と学習、結局アウトドア系の趣味を見つけることは無かったという。

 

 

 

 

......ご、ごめんなさい......(CV:楠飛鳥)。

 

 




......スポーツ?(困惑)
い、いやまぁ、彼らは脱線しやすい性格ですしね、えぇ。コレは必然の流れですよ。決して日を跨ぎ過ぎて収集がつかなくなったとかではないんですよ、えぇ。

......すみません。

お、お詫びの意を込めまして次回は温泉回にしてみよっかなー、なんて......サービスシーンの有無はともかく。

こ、今回はここまで!ありがとうございました!感想待ってますっ!



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楠兄妹とボクっ娘と筋肉(ry のプチ温泉旅行♨︎


どうも、ほぼ毎月あるテストに精神が病んできた御堂です!

ついにタイトルが略されてしまった。だって無駄にキャラが増えたんだもの!仕方ないじゃないっ!
そろそろこの登場人物の情報をタイトルにねじ込むスタイルは変えた方が良いかもしれませんね。

まぁ、そんなことは置いといて。
一応今回は温泉回のつもりです!どうぞー!



10月となり、段々と肌寒くなってきた。

高校の制服も夏服から冬服に変える生徒もまだまだ少ないが出てくるようになり、女子はスカートの下にジャージを履く生徒も出てきている。

......女子生徒の生足を見れなくなってしまったことで、滂沱の如く涙を流す男子生徒もいた。おい、お前ら落ち着け。まだスカートだけの女子は沢山いるから。あ、そうだ!スマホで生足の写真でも撮っておけば良いんじゃないかな(セクハラ)!その写真は後で何枚か僕にも下さい。寧ろ何枚か自腹で買うまである。

 

俺がそんなことをボーッと考えつつ朝の高校の教室で文庫本を広げていると、視線の端にそれはそれは綺麗な生足、もとい女子生徒が入り込んで来た。

やだ誰かしら。そう思い視線を上げてみると。

 

「おっはよー!クスノキくんっ♪」

「......お前は間違いなく美少女なのにな。なのに何故こんなに萎えるんだろうな。魔王だからだろうな」

「朝からデリカシーの欠片も無い台詞を......」

 

目の前に現れたのは災厄の根源(トラブルメーカー)こと万能美少女の柊伊織。いつも俺の神経を逆撫でしてくるストレッサーである。コイツと絡んでるだけで健康状態が日に日に悪くなっていく気がするんですけど。

俺がありったけの負のオーラを身体中から噴出させつつ柊に視線をやると、彼女は華やぐような笑顔でこちらに身を乗り出しながら言って来た。

 

「ねぇねぇクスノキくんっ。今度の休日、温泉に行ってみない?飛鳥ちゃんとか詩音ちゃんも誘っ「おい何モタモタしてんだ早く行こうぜマイシャンプーの持ち込みは良いのか?」流石早いね」

 

妹たちと温泉。その言葉を聞いた瞬間に俺の身体は動いていた。亜空間からバスタオルと着替え、マイシャンプーを取り出し、小さく折り畳んだタオルを頭にちょこんと載せる。ノリで載せてみたけど、この風呂の時に頭の上にタオルを載せるのって何の意味があるんだろうね。今じゃアニメでもあまり見ない光景だけど。頭頂部のハゲ隠しかな?

 

「言っとくけど、混浴とかじゃないからね?」

「ハン、馬鹿め。俺ほどの上位お兄ちゃんともなると、壁の向こう側から聞こえてくる妹の声からその裸体を想像、もとい創造することが出来んだよ」

「上位お兄ちゃんって何さ」

 

他にも下位お兄ちゃんやG級お兄ちゃんが存在する。それどこのモンスター◯ンター?

 

「そんなことより。少し落ち着きなよクスノキくん。ここには他のクラスメイトもいるんだし」

「......お、お騒がせしました」

 

そうだった。いつもの柊との会話だったからごくごく自然に亜空間だのを発現させてしまっていたが、他のクラスメイトは紛れもないただの一般人なのだ。こういう行動は少し自重しないとね!

(注)一応私もただの一般人です

 

「......で、温泉っつーのは?詳しく説明してくれ」

「おやおや、いつになくクスノキくんが乗り気だね?もしかしてボクとの温泉が楽しみだったり?」

「いや全然?妹しか眼中にありませんが?」

「むぅ......そんなにハッキリと言わなくても良いじゃんか......クスノキくんのばかっ」

 

柊が頰を膨らませながら言ってくる。あざとい。

と、俺たちが話していると柊の背後から二人の人影がひょこっと現れた。......まぁ、誰かは予想がつく。

 

「おぅ祐介、伊織!おはよう!」

「......二人共、何のお話してるの?」

「にゃはっ♪待ってたよ二人共ー!実はね––––」

 

笠原信二と八雲千秋。いつもの四人が集結した。

......そして、この四人が集まるといつもロクなことが起きないということは俺が身を以って知っている。

どうしよう、何か急に温泉行きたくなくなってきたなぁ......頭と胃が痛いなぁ......。

 

そんなことを楽しげに話す三人を見ながら考えていると、朝のHRの開始を知らせるチャイムが鳴った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「そんな訳で。この前商店街の福引きを二回引いたら、何と二回とも特等の温泉旅行チケット4名様用が当たっちゃったのさ!ボクって強運なのかな⁉︎」

「お前のことだし買収か何かしたんじゃねぇの」

「クスノキくんは本当にボクのことをどう思ってるのかな......ボクだって女の子なんだけど......」

 

この会話もそろそろパターン化されてきたな。柊の発言に俺が毒を吐き、そして柊がそれに軽く凹むというパターンである。因みにやり過ぎると俺が柊にえげつない報復を受けるルートに突入する可能性も出てくるので注意が必要である。プレイ次第でどれでもよりどりみどりのバッドエンドがお楽しみ頂けます。何この最悪の売り文句。

 

「しっかし、本当に普通の方法で当てたなら伊織はスゲー幸運の持ち主なのかもしれねーな!」

「羨ましいよねぇ。私もソシャゲのガチャで100回に一回くらいの確率でSSRが出るくらいの運が欲しいよ。万単位で課金してSSR出ないのホント辛いし」

「でしょー?まぁ、商店街の人は泣いてたけどね」

 

だろうね。特等を連続で奪取された訳ですしね。

商店街の人への同情の気持ちが湧いて来るが、まぁ柊が実力で当てたものだ、今回は諦めて貰おう。

で、温泉の話に戻るのだが......。

 

「四人用×2ってことは、飛鳥と詩音入れても二人分余っちまうな。どうせならあと二人くらい誘いたいところだ」

「まーね。まぁ一人は保護者的な人が良いよね。この温泉旅館結構遠いし、飛鳥ちゃんたちはまだ中学生な訳だし、そのためにもやっぱり必要だよ」

「それでもあと一人余るぞ?」

「うーん......楠くん、どうしよっか?」

「保護者の方は一応アテがある。もう一人は......飛鳥たちにも誘いたい人が一人や二人いるだろ」

「そっか。そだよね」

 

その飛鳥たちが誘いたい人が男子だったら男湯で俺流の洗礼(拷問)を受けてもらい、二人以上誘いたいと言うのならば笠原辺りを除外すれば良いだろう。

 

「......何か祐介から不穏な空気を感じたんだが」

「安心しろ。ただのお前への殺意だ」

「微塵も安心出来ねぇよ⁉︎」

「いや、基本的に俺は常時お前に殺意抱いてるし......今更って感じしねーか?」

「しねーよ!ってか常時殺意抱かれてたのオレ⁉︎」

 

いかん、ジョークが黒過ぎた。いや、ブラックジョークって中々人気があるって聞くじゃん?

少しブラックの度合いが強過ぎたみたい!てへっ☆

 

そんなこんなで、今度の休日に俺たち高校生組と妹たち+αの多分中学生組、そして保護者一人で一拍の温泉旅行へ行くことになったのである。

まぁ、まだ飛鳥たちに確認は取ってないけども。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「––––という訳だ。どうだ、行ってみないか」

 

俺は高校から自宅へと帰還し、しばらくすると詩音と飛鳥も帰ってきたので高校で話していたことを二人に説明、温泉旅行へと誘ってみた。

 

「温泉?まだ少しシーズンには早くない?」

「だからだろうな。まだ混み合ってもない時期だろうから二枚も福引きの景品に出来たんだろう」

「でも、温泉に入りたくなるような気温でもありますよね......くしゅんっ」

 

詩音はそう言うとくしゃみを一つし、恥ずかしそうに鼻の辺りを抑える。もう死ぬ程可愛い。俺の将来の死因がキュン死にになりかねないまである。

俺が詩音の可愛さに身悶えしていると、飛鳥がニコッと笑いながら俺の方へ言ってきた。

 

「うんっ、お兄ちゃんたちが良ければ飛鳥も温泉旅行に行きたいなっ!」

「私もです。......勿論混浴ですよね?いえ、混浴でなくても良いので女湯に来ませんかお兄ちゃん」

「喜んで」

「はいはーい、そこまでにしてねー」

「「頭が割れるぅ!」」

 

俺と詩音のランデヴーをアイアンクローで阻止しにかかって来る飛鳥。え、ていうか頭蓋がミシミシ言ってるんですけど。どこのフリッツ・フォン・エリックだよ。因みにアイアンクローの基本形態は顔面の正面から鷲掴みにするものらしい。後頭部かと思ってたわ、プロレス全く詳しくないから知らんけど。某バカテスの霧◯翔子さんがよくやっているので参考にしよう。

 

「いってぇ......あ、そういえばまだ定員が一人余ってるんだが、誰か誘いたい人いるか?二人でも良いぞ、笠原を代わりに置いてくから」

「ひ、一人で良いよ......うーん、どうしよっかなー」

「あ、だったら九条(くじょう)先輩はどうですか?以前、喫茶店のお手伝いをさせて貰ったお礼も改めてしたいですし、お姉ちゃんと仲が良いみたいですし」

「うんっ。やっぱり莉奈(りな)ちゃんが良いなー」

 

九条莉奈。以前飛鳥と詩音が手伝いをさせてもらっていた喫茶店の娘である。容姿は一言でいうとロリっ子ツインテール。小さな体躯で喫茶店内を落ち着きなく走り回っていた姿が印象的な、少し慌てん坊っぽさが目立っていた子だ。

あの子を誘うのか。礼儀正しそうな子だったし、少々人見知りが激しそうだったが、飛鳥と詩音がいるのだ、他のメンバーとも仲良くなれるだろう。

さて、あとは保護者の確保だが......。

 

「ちょっと行ってくるわ」

「え?どこに?」

「書斎に」

 

俺は飛鳥たちと話していたリビングを出て、階段を登り二階へと上がる。そのまま真っ直ぐ進むと、書斎が見えてきた。そこに入ると一人の男性が。

 

「......おや?帰ってきたんですね。お帰りなさい、祐介くん。何か用ですか?」

「いえ、一つ頼み事がありまして」

 

光男(みつお)。少し細めの眼鏡を掛けたスーツ姿の仕事の出来そうな、というか実際出来る男性である。俺と飛鳥の義父であり、詩音の実父。何故か未だに敬語で話す仲であるが、何となくコレが一番しっくりくるのである。

 

「頼み事、ですか?僕に出来ることなら何でもしますが「報酬は妹たちの湯上がり浴衣姿です」命に代えてもご命令を遂行いたしましょう」

 

これで光男さんは仕事を休んででも協力してくれるだろう。しかし娘たちに萌える(オブラート)父親って相変わらず酷ぇ。それこそ父親じゃなかったら捕まってるまである。

 

「して、内容は?」

「簡単ですよ。俺たちの保護者として今度の休日に行く温泉旅行に同伴してくれれば良いだけですし。折角なんで、ついでに日々の疲れを癒して下さい」

 

因みに、母親である楠千歳(ちとせ)は誘わなくても良いのかという話なのだが、あの人は現在広島へ出張しており家には居ない。

 

「それだけで飛鳥ちゃんたちの浴衣姿を拝めるというのですか!勿論引き受けましょう!貴方たちの保護者は僕が立派に務め上げますとも!」

 

貴方は保護されないように気をつけて下さいね。どこの国家権力に、とは言いませんけども。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

しばらくして。

休日となった今日、俺たちは集合場所として設定されていた柊の家の前へと集まっていた。コイツの家に来るのは初めてではないが、改めて来ると我が目を疑う程の大きさである。柊の自宅は3階建ての屋敷であり、柊は一人暮らしを望んでいるようだが、この屋敷の主たる彼女の父親が娘が居なくなることを泣きながら拒むので出るに出られない状態なのだと彼女本人がいつぞやか言っていた。何かシンパシーを感じる。主に父親の娘の溺愛っぷりで。

 

「クスノキくんクスノキくん。今日はキミのお義父さんが車に乗せてくれるんだって?ありがとね」

「礼なら光男さんに言っとけ。多分飛鳥と詩音がいるこの旅行、光男さんは全身全霊を以って俺たちの安全を守る保護者(ガーディアン)になってくれるだろうからな」

 

光男さんはその命を失うこととなっても必ず俺たちを守ってくれるだろう。妹の為に行動する人類は最強で最高なのだ。勿論僕もねっ(自画自賛)!

現在ここにいるのは俺と柊、八雲と笠原の高校生組のみである。九条さんが柊の家の場所を把握していないため、飛鳥と詩音で迎えに行きそのまま一緒に来ることになっており、光男さんは全員が乗れる車を調達した後、車と共に来ることになっている。

 

「ねぇねぇ楠くん」

「あ?どうした八雲」

 

俺が自身の三半規管を弱さを自覚し前もって用意しておいた酔い止めの錠剤を服用していると、八雲が背後から話しかけてきた。

 

「今日はあの喫茶店の女の子が来るんだよね?あの子、どんなゲームが好きかな?」

 

そう言うと八雲はパンパンに膨らんだ自身のリュックサックをぺしぺし叩く。おい待て、まさかその中全部ゲームソフト及びハードじゃねぇだろうな。浴衣は旅館で貸し出されるが、持ち物がゲームだけってのもどうよ。

まぁ、九条さんを歓迎しようとしているのは好ましいことではある。そうだな......。

 

「出来るだけシンプルなやつが良いんじゃないか。マ◯オとかシンプルそのものだろう」

「あー、マリ◯も良いよね。一応シリーズは全部持ってきてるけど、ちゃんと希望のモノを持って来れていたら嬉しいな。一緒にプレイしたら仲良くなれるかもだし」

 

そもそもゲームに興味が無いかも、という可能性を考えないのが彼女らしい。この広大な地球という土地全体を見ても、ゲームに興味が無い人類など存在しない、それがコイツの中では前提条件なのだ。

と、しばらくすると飛鳥と詩音がやって来た。彼女たちの後ろには、飛鳥に手を引っ張られて若干身体のバランスを崩しながら歩いてくる九条さんがいた。身体が小さく軽いので、ちょっと引っ張られただけでも足がもつれてしまうのかもしれない。

 

「お兄ちゃーん!お待たせっ!」

「遅れました。もうお父さんは来てしまっているでしょうか......?」

「いや、まだだ。......それと」

 

そう言って俺は九条さんに視線を向ける。すると彼女はびくっ、と震え、飛鳥の背中に隠れてしまった。内気な性格なのかもしれないが、女の子にそんな反応をされると少し凹む。

 

「......な、何か御用でしょうか......!?」

「い、いや。改めて挨拶をと思ってだな。えっと、飛鳥と詩音の兄の祐介だ。よろしく、九条さん」

「ひゃ、ひゃいっ!く、くくく九条と申しましゅよろしくお願いします!」

 

そう言って凄まじい速さで(ひざま)ずいて地面に額を擦り付ける九条さん。見た目が小学生並みに幼い彼女がそんな行動を取っていると、まるで俺が小さな子を虐めているような構図になってしまう。止めて!高校生組が凄い冷たい目で俺を見てるから止めて!

 

「クスノキくん......」

「それはちょっと......」

「絵面的にアウトだ、祐介」

「誤解だ!ちょ、九条さん顔を上げてくれ!このままでは俺が幼女虐待の容疑で通報されてしまうかもしれない!顔を上げてくれ!」

 

周りに視線をやると、柊の家の近所の方が何やら固まってヒソヒソと話していた。手に携えたスマホの連絡先が死ぬ程気になるところだが、ここはスルーする。というかせざるを得ない。

 

「あ、あはは......ごめんねお兄ちゃん、莉奈ちゃんってば凄い人見知りだから......」

「九条先輩、お兄ちゃんは良い人ですよ。何てったって私の将来の伴侶となる人なのですから何も心配事はありません」

「ふぇ......?伴侶......?」

 

顔を上げた九条さんが涙目ながらも困惑したような表情で詩音を見つめるが、アレは詩音なりに軽い冗談で九条さんの緊張をほぐそうとしているのだろう。......冗談ですよね?

その後高校生組がそれぞれ九条さんに自己紹介を済ませ、九条さんは便宜上「苗字〜先輩」と俺たちを呼ぶことにした。何やかんやで誰かに先輩と呼ばれることは少ない俺なので、ちょっと気分が浮つく。

 

「あのっ、楠先輩。私のことは九条と呼んで頂いて貰って......さん付けは少し、むず痒いです」

「ん。分かったよ、九条」

 

俺がそう言うと、九条は少し照れたようにはにかむ。すると彼女の背後から黒い影が–––。

 

「わーい!じゃあボクは莉奈ちゃんって呼ぶね!莉奈ちゃん可愛いー!莉奈ちゃーん!」

「ひゃあっ⁉︎」

 

というか柊だった。流石コミュ力の怪物、早々に九条を下の名前で呼び、ガバッとその小さな身体を抱き締める。九条は突然の魔王襲撃によって大いにビビり、なすがままになってしまっている。

 

「じゃあ私も莉奈ちゃんって呼ぶねー」

「ひゃあ––––っ⁉︎」

 

そこに八雲の追撃(抱擁)。最早九条は気を失うのではないかと思う程に怯えてしまっている。家に初めて来た猫みたいだ。我が家に初めて来た頃の飼い猫もこんな感じで身体中の毛を逆立てていた気がする。こちらは威嚇をする余裕すら無さそうだが。

 

「うむ......なぁ祐介。男子のオレがあの子を名前で呼ぶのは少し馴れ馴れしいだろうか?」

「ほぅ、お前にも一応そういうとこを気遣う頭はあったんだな。見直したぞ」

 

コイツはそんなのを気にせずに異性にガンガン近づいて行くノンデリカシーの馬鹿かと思っていたが。

 

「お前はオレをどんな風に思ってんだ⁉︎......ちなみに、どの程度見直したんだ?」

「ふむ......そうだな、具体的にはゴミからカスにランクアップした程度だ。頑張れ、あと少しでクズへとランクアップするぞ」

「大して変わんねぇ!というかソレはランクアップなのか⁉︎寧ろランクダウンじゃね⁉︎」

 

喚く笠原を華麗にスルーしつつ光男さんを待っていると、柊の家の向かって右側からバスが走って来るのを確認した。光男さんは車を調達してくるとしか言っていなかったが、まさかアレが......?

と、俺たちがそのバスに視線を向けていると、やはりというかソレは俺たちの眼前で停車し、バスの扉が開いて運転席から光男さんが手を振って来た。

 

「やぁ皆さん!僕が今回皆さんの保護者役を務めさせて頂きます、楠光男と申します!気安く“みっちゃん”と呼んで構いませんよ!さぁ温泉旅行へと行きましょう乗って下さい!」

 

妹(あの人にとっては娘だが)との温泉旅行ということでテンションがMAXなのだろう、いつもの五倍くらい輝いている笑顔をこちらに向けながら光男さんは言った。因みに、それを見た九条は怯えて飛鳥の元へと駆けていき、詩音は実父のハイテンション具合を俺たちに見られるのがはずかしいのか頰を赤らめ、他の連中は苦笑を浮かべるばかりであった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

俺たちはバスに乗り込み、旅館へと出発した。

中学の修学旅行などで乗ったバスと設備は大して変わらない、ごく一般的なバスである。だが、問題は何故そんなのを光男さんが運転しているのかというところなのだが。

俺は少し身を乗り出し、運転席の光男さんの背後から声を掛けてみる。運転席が少し遠いので声を張らなければならない。

 

「光男さん、このバスって」

「あぁ、これですか?買ったんです。3000万もあれば新品でも良いのが買えますからね」

「............は?」

 

え、何だって?バスを買った?俺の耳がおかしくなったのかこの人がおかしくなったのか、それをハッキリさせておきたいのだが。

 

「そんなことより祐介くん。聞きたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

 

3000万の買い物をそんなことで済ませないで頂きたいのですが。しかし光男さんは構わず話を続ける。

 

 

「............覗きは、するのですか?」

 

.................................................................。

 

運転席に座り前を向いているため、光男さんの表情を知ることは出来ない。が、声質から至極真面目な表情であろうということは察することが出来る。

 

それを理解した上で言おう。

 

何言ってんだコイツ。

 

この人やべぇ。何がヤバいって自身の娘たちの裸を見たがるところとかあの超人たち(メンバー)相手に覗きなんかが出来ると思っているその思考回路がヤバい。ちなみに、前者の方は考えてみると俺も普通に自分の妹の裸が見たいと思ってるので俺も大してこの人と変わらないなと思いました。まる。

そんなことより。

 

「何言ってんすか光男さん。アイツら相手にそんなこと出来るわけないでしょう?しかも、柊や詩音ならともかく、飛鳥にバレたら殺されますよ」

 

エロ本の所有だけでも地獄を見たのだ、覗きなんかを行なったことが知れてみろ、まず間違いなく明日の日は拝めなくなってしまう。

と、俺が光男さんを説得しようと試みていると、隣に席で出発早々に眠りこけていた人物の肩がぴくっと動き、その身体を起こした。笠原である。

 

「............覗きをすると聞こえたんだが」

 

コイツの耳どうなってんだよ。

光男さんは俺たちの後ろの席に座っている柊と八雲(そのさらに後ろに座っている飛鳥&九条、更にその後ろに座る詩音と談笑中)たちに声が聞こえないようにするために俺だけにギリギリ聞こえるくらいの声量で話していたのだが、笠原は睡眠中にも関わらず本能的な部分で察知したらしい。野生の動物そのものである。主に知能とか。

 

「......確かに言ったが、それを実行するのとは別問題だ。いくら何でもリスクが高過ぎる」

「祐介!やる前からそんなこと言っててどうすんだよ!諦めたら試合終了なんだぞ⁉︎」

「やる前からというか実行したら即死だから今言ってんだろうがボケ」

「大丈夫です祐介くん!私が立てた覗き計画に沿って動けば万事上手くいきます!」

「光男さんそれ死亡フラグ」

 

そんなこんなで女子は華やかなガールズトークを、男子は欲望溢れる愚か者たちの会話(フールズトーク)を行なっていると、バスが止まった。旅館に到着したようだ。

 

「さて、降りるか」

「「僕(オレ)たちは諦めないッ‼︎」」

 

俺は馬鹿共を横目で一瞥し、飛鳥たちの荷物を代わりに持ちつつバスを降りた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ようこそ『白峰館(はくほうかん)』へ。ご予約の楠様でいらっしゃいますね?お待ちしておりました」

「はい。お世話になります」

 

そんな感じで俺たちを迎えてくれたのは着物姿の女性。女将(おかみ)というやつだろうか、知らんけど。何ならそこそこ品のある着物姿の女性は皆女将に見えるまである。夏祭りとか女将が大量発生しそう。

 

「では、お荷物はこちらでお預かりします」

「あぁ、人数が多いので我々で運びますよ」

「ふふ、こういう仕事をしていると女性でも力が付いてくるものですよ。それに、他の従業員もいますしね。お客様はごゆっくりと」

 

少し砕けた口調でそう言われ、俺たちも大人しく引き下がる。まぁ、無理に女将さんの仕事を奪ってしまうのもかえって失礼に当たるのかもしれない。

 

「ふむ。ではどうしましょうか?温泉に行きますか?それとも温泉に行きますか?とりあえず温泉に行ってみますか?」

 

提案のように見せかけて一つの選択肢以外認めないという意志が透けて見える光男さんの言葉。ここまでくるといっそ清々しいとさえ思える。

そんな光男さんから溢れ出る気迫に気づいているのかいないのか、詩音が頰に指を当てて言い出す。

 

「そうですね。やはり折角の温泉旅館なのですから、先に入ってしまいましょうか」

「......そういえば、お昼に入るお風呂って何かリラックス出来るみたいだしね。最近ゲームのし過ぎで疲労が凄いし、入っておきたいかなぁ」

「ボクも賛成ー!」

「わ、私は先輩方が入るなら......」

「飛鳥も新しく買ったリンス試してみたい!」

 

詩音の言葉に女性陣が全面的に賛成、今から温泉に入ることにしたようだ。......そして、こっちも。

 

「......さて、我々も行きますか。笠原くん」

「了解っすよ親父さん。行くぜ祐介」

「だから勝手に頭数に入れるのを止めろ」

 

やはりというか、女子たちが温泉に入るタイミングを見計らい、光男さんと笠原(阿呆共)も入浴するようだ。

まぁ、俺は極力関わらずに温泉だけを純粋に楽しむことにしよう。皆が入ってる中俺だけ部屋へ行くってのも暇を持て余しそうだしな。

 

少し早めの入浴タイム。

その中で、男二人の汚れた欲望に塗れた戦いが今まさに始まろうとしていた。

 




温泉に入ってないじゃんか......!!

......まぁ、流石に20話以上書いてると自己分析的なことも出来てくるわけで。どうやら、僕が腰を据えて何かを書こうとすると大体二部以上の構成になり。前編は起承転結の『起承』、後半で『転結』を書く傾向にあるようです、はい。

えっと、ガッカリしてしまった方は......すみません。
次回っ!次回に妹たちの艶姿を必ずっ!

こ、今回はここまでっ!ありがとうございました!感想お待ちしております!


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楠兄妹とボクっ娘と筋肉(ry とプチ温泉旅行♨︎2


テストなんて滅びてしまえ。
はい、またもや期末試験の影響でダークサイドに堕ちかけている偏差値50以下の御堂でございます。
コレ書いてる時も実はテスト勉強をするべき期間なんですよねー......。
まぁ、それがどうしたってことなんですけど!僕の怠惰具合を舐めるなよ!
というわけで気張って行きましょう!どうぞー!



 

前回までのあらすじをダイジェストで!

 

「温泉旅行に行ってみない?」

「俺ほどの上位お兄ちゃんになると、妹の声からその裸体を想像、もとい創造することが出来んだよ」

「「頭が割れるぅ!」」

「報酬は妹たちの浴衣姿です」

「幼女虐待の容疑で通報」

 

......前回の会話文を適当に抜粋していったら何となく内容が纏められるかなーと思ったのだが、結局最初の台詞くらいしか参考になるものがないという事実。普段俺たちはどれだけ中身の無い会話をしているのだろうかと心配になった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ここは温泉旅館『白峰館(はくほうかん)』の名物とされている露天風呂。周りは緑の山で覆われており、そよ風に合わせてざわざわと揺れている。何故白峰と銘打っておいて真緑(まみどり)(みね)がそびえ立っているのかは突っ込んではいけないことなのだろう。

さて、詩音の提案(というより光男さんのゴリ押し)によって昼風呂を楽しむことにした俺たちは現在露天風呂にいる訳なのだが......。

 

「クソッ‼︎親父さん駄目だ!塀のどこにも向こう側を覗けるような穴はねぇ!」

「諦めたらそこで試合終了ですよ笠原くん!理想郷(アガルタ)への道をこんな塀如きに阻まれてなるものですか!かくなる上は私が持ってきたこの爆薬で吹き飛ばして「止めなさい」あぁっ!爆薬が森の中に!」

 

その前に、この覗き魔(未遂)共をどうにかする必要があるだろう。早速男湯と女湯を隔てる塀を爆破しようとしていたし、放置しておくのは危険だ。

俺は腰にタオルを巻いている光男さんの手から怪しげなドクロマークが印された袋を山にはたき落とし、笠原には背後から首筋にフォークを突き刺して動きを止める。この銀色の三叉は聞くところによると邪神をも討伐し得る兵器であるということなので、笠原を始末する用に常時携帯しているのである。腰にタオルを巻いただけの姿のどこに携帯しているんだとは聞いてはいけない。

 

「二人共落ち着け。他の客がいないとはいえ、流石に爆破はやり過ぎだ」

 

俺はそのまま露天風呂へと身体を沈めつつ二人に声をかける。因みにコイツらは覗き行為の為に塀の周りをチョロチョロ動き回っており、未だ露天風呂にその身体を浸からせてはいない。ココに何しに来たと思ってんだ。

 

「むぅ......そうでしょうか......」

「なぁ、何かがオレの首筋辺りに刺さってないか?妙な違和感が感じるんだが」

「なんにもないよ」

 

全力でフォークを突き立てたハズなのに全く出血している様子がない笠原。お前はどこの自動喧嘩人形だよ。何、私服がバーテン服だったりすんの?あと何故気付かない。痛覚が死んでるのだろうか。

 

「覗きを止めろとは言わない。ぶっちゃけ俺も超見たいし、気持ちは分かるからな。だが、やるならやるでもう少し慎重にやれっつーことだ」

「止めろとは言わないんですね......」

「そういえば祐介、覗きのリスクやら何やらを考慮してはいたけど、倫理的、法的なことに関しては何にも言ってなかったよな......」

 

当たり前だ。お兄ちゃんは妹の裸体の為なら法程度軽く破る。ただ、今回は相手が悪かったということだ。例を挙げるなら柊とか柊とか柊とか。

 

「俺がやらないってだけで別にお前らが覗きをするのは良いんだよ。だけど、後々他の客の迷惑になるような行為は止めろ」

「「くっ......」」

 

悔しげに歯をくいしばる馬鹿二人。ちなみに後々と言ったのは男湯のみならず女湯にも現在は柊たち以外の客がいないことに起因する。ここに来る前に女将さんに聞いておいたのである。ていうか二人に纏めて説明するためといっても、今普通に光男さんにタメ口聞いてるよね。まぁ、義父とはいえ身内にそこまで気を回さなくても良いだろう、変態だし。

 

「そんな......ということは僕が考案した掘削機で地中を掘り進めて男湯から女湯への直通トンネルを作るという素晴らしい計画も......」

「却下ですね」

「じゃあオレが考えた「死ね」何で⁉︎」

 

二人の提案(片方は提案すらしていないが)をにべもなく却下する。もっとマシな計画は立てられなかったのだろうか、この単細胞たちは。

そんな死ぬ程下らないことを三人で話していると、塀の向こう側から女子勢の声が聞こえてきた。

 

『八雲さんはエベレスト......柊さんは富士山......』

『ひぅ......っ。あ、あの、詩音ちゃーん?何でボクの胸、をっ、急に揉んでるのカナー......?』

『いえ、何でも。九条先輩は......』

『にゃあああああっ⁉︎なになになに⁉︎し、詩音ちゃん⁉︎どうしたのーっ⁉︎』

『......荒れ果てた荒野......』

『何か凄い不名誉な評価を受けた気がする!』

『私、九条先輩に一生付いて行きます!』

『何か素直に喜べないよぅ!』

 

..............................ふむ。

 

「......やはり、諦められませんね」

「あぁ......これはもう覗くしかねぇ......」

「俺も協力しよう。妹のあんな可愛い姿(妄想)を見るためならもう腕の一本や二本は惜しくない」

「「えっ」」

 

俺の突然の手の平返しに驚いたような表情を浮かべる二人。何を驚くことがある、俺は元々妹たち......ひいてはまぁ、八雲などの裸体を拝みたいという気持ちは人並みにあるのだ。今まではあの柊相手に覗きを行うという愚行にビビっていただけであり、リスクを上回るリターンを得られる可能性があるならば俺は全力で覗き行為に手を貸す。というか俺が覗く。何なら写真を撮って永久保存するまである。

(注)重大な犯罪行為です

 

「そうと決まればアレだ、もう一度策を練る必要があるな。塀の爆破なんてもっての外だし」

「じゃあトンネル「黙って」

「それなら「爆ぜ散れ」

 

策を練ろうにもコイツらは使えない。欲望に身を任せ、何かを考えようという脳が失せてしまっている。そこらの獣と変わらん。

ならば俺が考えるしかないだろう。そうだな、まずは単純な方法で攻めてみようか。

 

「二人共、良い作戦を思いついたぞ」

「本当ですか祐介くん!して、その作戦とは⁉︎」

「作戦名とかあったりすんのか⁉︎」

 

期待に目を輝かせて俺に問いかける二人に、俺は温泉に浸かったまま作戦名を告げる。名付けて、

 

「『笠原生贄(オトリ)作戦』だ」

「オレ捨て駒にされてね⁉︎」

 

俺が作戦名を告げた途端に騒ぎ始める笠原(煩わしい)。俺はそれを鮮やかにスルーして作戦内容を続けて説明することにした。

 

「内容はこうだ。笠原が堂々と入口から女湯に入る。女子勢が多分笠原をボコボコにするだろうからその間に俺と光男さんが塀を乗り越えて女湯に侵入。思う存分脳内に女子の裸体を焼き付けた後速やかに退散だ。OK?」

「OK」

「いや全然OKじゃねぇよ⁉︎やっぱりオレ捨て駒になってんじゃねぇか!」

 

何を今更。俺は笠原の肩に手を置き、柔らかな笑みを浮かべたまま笠原に言った。

 

「––––良いか笠原。俺はな、お前が犠牲になったところで......全く心が痛まないんだよ」

「そんな事実は聞きたくなかったよチクショウ!」

 

そんな訳で作戦開始だ。まずは笠原を真正面から女湯にけしかけることから始まるのだが。

 

「お前に妹たちの柔肌を見せる訳にはいかないからな。目隠しをしてこの手錠で両腕を拘束した上で女湯に出向いてくれ(ジャラッ)」

「オレ覗きに行くんだよなぁ⁉︎何かこの作戦でオレが得られるモノが無に等しい気がするんだけど!」

 

コイツは勘違いをしているようだが、俺は二人に協力するとは言ったものの、最終的に利益を得るのが俺でさえあれば後はどうなってもいいと考えている。笠原の生贄作戦が失敗したら次は光男さんを捨て駒にしてどうにかする予定だ。妹たちの裸体を拝むのは俺だけで良い......!!

 

「では定位置に着け。作戦開始」

了解(ラジャー)

「マジで⁉︎ねぇマジでオレが行くの⁉︎」

 

良いからとっとと行け。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぐ、ぐへへへ!伊織たちの裸を見に来たゼェ‼︎さぁおれにその綺麗なカラぐぎゃあああああっ!』

『楠詩音、変態を制圧しました』

『きゃあっ⁉︎か、笠原先輩⁉︎』

『......覗きに来るにしてもまさか正面から––––......って、何で笠原くん、目隠しして来てるの......?』

『笠原さん、覗きに来たんですよね......?』

 

そんな声が聞こえて来た時、俺と光男さんは既に行動を開始していた。

 

「行きますよ光男さん!梯子(はしご)は調達済みですさぁ早く登って!Hurry(ハリー)!Hurry!」

「流石用意が良いですね!分かりました!」

 

俺たちは小声で話しながら凄まじい速度で塀に立てかけておいた梯子を登っていく。そして梯子を登り切り塀を乗り越え、着地音を完全に殺して女湯の床へと降り立つ。–––––––侵入成功。

 

そして––––––。

 

「ウェルカム、二人共っ♪」

 

即見つかった。最悪の悪魔に。

 

「..................」

「..................」

「............さて、と。来たばかりではありましゅが、そろそろ帰りみゃしょうか、光男しゃん」

「動揺して噛みまくってるね。ていうか、あんな状態のカサハラくんを置いて帰るってどうなのさ」

 

見ると笠原は両腕の関節を全て外された状態で、さながらキリストのように磔刑(たっけい)に処されていた。(はりつけ)にされた両腕がぷらんと垂れ下がっているのが痛々しい。何もあそこまでやらなくても。

 

「......いつから、気付いていた」

「教えてあげるからボクの胸から目を離しなよ」

 

折角なのでタオルに覆われた柊の身体を凝視しつつ柊に問うと、呆れたような声が頭上から声をかけられる。まぁ、裸体とまではいかずとも女子のタオル姿を見れただけで満足だ。例えそれが柊のものでも、これで死んだとしても悔いはない。俺が覚悟と共に指で十字を切り始めると、柊が光男さんの関節を極めながら「ぐあああっ!柊さん、腕が!僕の腕はそちらには曲がりまああああッ⁉︎」言ってきた。

 

「いつからっていうか何て言うか。最初からだよね、うん。だってクスノキくんたちの声丸聞こえだったし」

 

あぁ......。そういえばこちらから向こうの声が聞こえていたのだ、こちらの声が向こうに聞かれていても不自然ではない。興奮によるものだったのか、アホみたいに大声出してたしね。

俺はそれを聞き、柊に背を向け笑った。

 

「フッ......つまり俺たちは最初から負けていたという訳か......とんだ道化だったな」

「あ、うん。そうだね」

「だが俺はな、思うんだよ。どんなにそれが無駄な行いであったとしても、俺たち男子が協力(?)し、全力を尽くして計画した今回の覗き行為はとても尊いものであったと」

「うんうん」

「であるからに、今回の覗き行為は褒められこそすれ非難される筋合いはないと俺は考える訳だ」

「......うん」

「これはあくまで性への知的好奇心が少々暴走してしまったが故に起きてしまった悲劇。それを咎める権利など誰にも無いだろうな」

「そうだね。......で、遺言はそれだけ?」

 

はい。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

笠原と光男さん同様腕の関節を極められつつ女湯を追い出された俺は、夜の入浴時には女子たちと少し時間をずらして入るよう命令を下されてしまった。何気に九条の「楠先輩......信じてたのに......」と訴えかけるような視線が一番心を抉った。

 

「はぁ......やっぱ覗きなんてやるもんじゃねぇな」

「祐介の作戦、全部聞かれてたんだってな。流石に大声出し過ぎちまったかなー(ガコッ)」

「ですね。あのメンバーの裸体を拝めると思ったら随分と気分が高揚してしまっていたようです。不覚......僕としたことが......(ガコッ)」

 

そう言いながら淡々と外れた関節を一つずつ元の位置に嵌めていく二人は、恐らく一般の人とはかけ離れた人生を送っているのだろう。

 

「......そんじゃまぁ、俺は上がりますけど」

「僕は覗きの計画を立てることに夢中でロクに温泉に入っていませんからね。もうしばらくココにいることにしますよ」

 

そうして立てられた計画が『塀の爆破』であったというのだから驚きである。主にこの人の無能具合に。これで仕事面では優秀だというのだから、もしかして多重人格者なのではないかと疑ってしまう。あ、無能な方は始末して貰って構わないです。

笠原ももう少し温泉に浸かっていくというので、俺一人で先に上がることにした。脱衣所にて身体を拭き、髪をドライヤーで乾かす。

 

「ふぅ」

 

そして、着替えとして備え付けられていた浴衣を着て脱衣所を出る。さーて、まずはとりあえず部屋に行ってみるかな......と、その時。

 

「......九条か」

「(ビクッ)く、楠先輩......!!」

 

同じく浴衣姿の九条と鉢合わせた。えらい警戒されているようで少し傷ついた(自業自得)。

 

「いや、その。......怖がらせてすまなかったな」

「いえ......男の人はそういうコトも考えてるものだって知ってましたし......気にしないで下さい」

 

とりあえず先程の覗き行為について謝罪をする。どうやら彼女は許してくれたようだが、俺から距離を徐々にとっていくのを止めて欲しいなと思ったり思わなかったり。いや、覗き魔が何言ってんだって話だけど。九条は見た目が幼い分俺のメンタルを破壊することに長けているようである。僕ってば小さい子に弱いの。

俺がそんな感じで気分を沈ませながら部屋に向かおうとすると、突如九条が意を決したような声音で声を掛けてきた。何ぞ。

 

「あっ、あのっ。楠先輩。......部屋で少し、お話しませんか?家での飛鳥ちゃんや詩音ちゃんのこととか......楠先輩のこと、教えて欲しいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––ってな感じでな。飛鳥が作ったオムライスが爆散して笠原に突き刺さっちまったんだよ」

「あははっ。飛鳥ちゃんったら、家でもやっぱりそうなんですね。中学でもそうなんです」

「へぇ。家庭科の調理実習とかか?」

「はいっ。飛鳥ちゃんが調理実習でお味噌汁から兵器を錬成した時から、先生が一人につき一着防弾チョッキを買ってくれました」

「やらせてくれるだけありがたいよ......」

 

二人で部屋に入り、適当に雑談をする俺と九条。

......あれれー?何か割とすぐに打ち解けられたよー?覗き魔がそのターゲットの一人だった娘と一瞬で仲良くなれちゃってるよー?

不思議に思ったが、よくよく考えると不自然なことでもないことなのかもしれない。コミュ力の化け物たる柊曰く、あまり話したことのない人との会話の際、大切なことは色々あるが、その中の一つに『共通の話題』があると良い、というものがあるらしい。つまり、俺と九条の共通の知人(俺の場合は身内だが)である飛鳥の存在が会話の良い潤滑剤となったということだろう。

 

「あははっ––––あ、す、すみませんっ!こんなに長くお時間を取らせて頂いちゃって......」

「あん?あぁ、気にすんなよ。こうして九条と話すのは楽しいし、さっきの......その、覗きのことも謝りたかったし。本当、ゴメンな」

「.....あ、ああいうのは今後は控えて下さいねっ?ていうか改めて言わなくても良いですから!思い出しちゃいますからっ!」

 

そう言って赤くなった顔を両手で隠す九条。ふむ。

 

「いやいや、それじゃあ俺の気持ちが収まらないんだよ。一度ちゃんと覗いたことを謝らせて欲しい」

「だ、だからもう良いですってばぁ!」

「......この度は他の男共と共謀し、入浴中の九条の無防備な姿を覗いてしまい誠に––––」

「うううう〜っ!」

 

何これ楽しい。俺にロリコンの気はないが、こうして覗かれたことを思い出して恥ずかしがる九条の姿は何かその、そそる。やべぇ、これ救い難い変態の思考なんじゃないだろうか。......まぁ、流石にしつこいよね。いい加減九条も可哀想だし誰かに見つかると俺の社会的地位が危ないしそろそろ「......お に い ち ゃ ん?」危ないのは俺の命だ。

 

「あ、飛鳥......」

 

いつの間にか俺の背後には飛鳥が居た。その顔は見えないが、射抜くような視線が俺の背中に向けられているのは感じ取れた。怖すぎる。

と、飛鳥は俺に自身の方へと身体を向かせることなく、背後から静かに声を掛けてきた。

 

「––––お兄ちゃん」

「はい」

「お兄ちゃんは、さっき温泉で光男さんたちと一緒に何してたんだっけ?」

「えっと、それは」

「......ハヤク、コタエテ?」

「......覗きを、してました」

 

もう駄目だ、俺は助からない。

どんな方法で俺は処刑されるのだろう。

 

「覗きをして、反省したと思ったら今度は莉奈(りな)ちゃんにセクハラですか?」

「返す言葉もごさいません」

 

飛鳥の口調が敬語になった。コレはマジ切れモードだ。こうなると俺と飛鳥の立場は最早兄弟ではなく、ただの罪人と処刑人の関係と化す。

 

「祐介さん」

「......はい」

「少し眠って、頭を冷やして下さい」

 

......グッバイ、現世。

俺は覚悟と共に胸の前で十字を切った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「–––––––はっ。ここは......?」

「あ、お兄ちゃんが起きましたよ。おはようです、お兄ちゃん」

「? 詩音か?ていうか頭......」

 

俺が目を覚ますと、詩音が自身の膝に俺の頭を乗せ、上から顔を覗き込んできていた。俗に言う膝枕というやつである。

 

「いや、何で俺詩音に膝枕されてるのん?」

「私が温泉から上がってここに来た時には既にお兄ちゃんは寝ていましたよ?」

「寝て......いた......?」

 

理由は不明だが、温泉から上がった後の記憶が綺麗さっぱり抜け落ちてしまっている。俺はいつ眠りについたのだろう。というか、記憶を取り戻そうとする度に身体が震え出すのは何故だろう。まるで本能が思い出すのを拒否しているかのようだ。

俺が飛んだ記憶をどうにかして掘り起こそうとしていると、部屋の(ふすま)が開き、浴衣姿の柊と飛鳥、九条がやって来た。コイツらも今上がったのか?

 

「たっだいまー!......っと?クスノキくんやっと起きたんだね!おはよ〜」

「ん、お、おぅ。おはよう」

 

......やっと?俺は一体どれだけの時間......。

 

「おにーちゃんっ」

「(ビクッ)な、何だ飛鳥」

「余計なことは考えずに、今日は楽しもうねっ?」

「も、勿論だ。はは......」

 

気になる。俺は何を忘れているんだ。飛鳥を見た瞬間に背中に走った謎の悪寒と合わせて気になる。

......まぁ、そのことはもう考えないことにしよう。全く思い出せる気配が無いのもそうだが、飛んだ記憶を取り戻したら最後、俺は酷い絶望を味わう気がするのである。多分これは開けてはいけないパンドラの箱なのだろう、しかも底の方に希望が眠っていないタイプの。

そんな訳で、俺は詩音の膝枕から頭を起こし、旅館の中を探索してみることにした。知らない建物の中に入ったら何となく探索したくなる、これは最早人間の性である。

 

「俺、少しそこら辺回ってくことにするわ。お前らは部屋に居たままか?」

 

俺が柊たちにそう呼びかけると。

 

「あー、うん。ボクちょっと温泉で軽くのぼせちゃったし、ここでゆっくりしてるよ」

「飛鳥もそうするー」

「じゃ、じゃあ私もそうしますぅ......」

「私はお兄ちゃんと一緒に行きます」

 

柊、飛鳥、九条は部屋に残り、詩音は俺に着いてくるようだ。......では、出発。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「なんだ、俺が温泉から上がった後に一体何があったというんだ」

「おおっ!祐介か!頼む、この縄を解いてくれ!もう30分もこのままでいい加減頭に血が上ってきて辛いんだ!」

「SOS!SOSです祐介くん!」

「......あ。楠くん起きたんだね」

 

詩音と旅館内の探索を初めて僅か五分。旅館の入り口付近を詩音とフラフラしていると、身体を旅館の柱に何重にも巻かれた縄で逆さまに括り付けられた笠原と光男さんの姿が目に入ってきた。ていうか30分?常人なら10分達する前に危険域突入だと思うんだけど。何で普通に話せてんだよ、サーカス団員かテメェらは。

 

「八雲。お前何してんの」

 

俺は二人からのSOSを華麗にスルーし、柱に縛り付けられている二人の様子をPSP片手に傍観していた八雲に声をかけてみる。え?二人の救出はしないのかって?あぁ、その内誰かがやってくれるんじゃない?ちなみに今現在この旅館内に客はいない。

 

「んー、飛鳥ちゃんにお願いされたんだよ。二人を見張ってて下さいって」

「見張ってて下さいって......まさか、またこの二人が何かやらかしたのか」

「うん。覗きをね」

 

コイツらには学習能力というものが無いのか?

俺と詩音は哺乳類としての最低限の知能すら持っていなさそうな阿呆二人を冷めた目で見つめた。

 

「「..................」」

「ち、違う!アレは結局覗けなかったから未遂で終わったんだ!情状酌量の余地があるはずだ!」

「そうです!見られなかったのにこの仕打ちはあんまりだ!せめて逆さまに縛らず普通の体勢で縛って頂きたい!」

「罪人の分際で何を言ってるんですか」

「どの面下げて言ってんだ」

「「お前(君)も覗き魔だがな(ですけどね)」」

 

何のことだか分かりませんね。

あまりにも何のことだか分からなかったので、俺は笠原たちを無視することにした。妥当な判断だね!

 

「よし、詩音。次は向こうに行こうぜ」

「あ、はい。お兄ちゃん」

「ええっ⁉︎ちょ、待てよ祐介!今のは俺たちに何があったかを聞く流れだろ!」

「酷い!見損ないましたよ楠くん!」

 

既に俺の中でコイツらは見損われる余地が無い程に地位が失墜しているのだが。

それに、ちゃんとした理由もある。

 

「いや、本当にもう良いよ。覗きのパートはもう撮れたから。もうこれ以上この回に野郎共のむさ苦しい描写は要らないから」

「何言ってんだお前」

「祐介くん......三次元と二次元の区別はきちんと付けましょうね?」

 

何も知らないコイツらをぶっ飛ばしてやりたい。

割とイラッ☆ときたので、腹いせに笠原と光男さんの鼻に辛子(チューブ)をねじ込み「「ふぎゃあああああ‼︎」」俺は詩音と共にその場を後にした。

 

◆ ◆ ◆

 

 

笠原&光男さん(馬鹿共)と別れて間も無く。

詩音と二人で旅館の探索を継続していると、自動販売機らしき機械と、見覚えのある台のようなモノを発見した。そう、

 

「卓球台か。まぁ、温泉といえば卓球だよな」

「そのイメージっていつから定着したんでしょうね?昔の人たちは皆お風呂上がりに卓球をしていたんでしょうか」

「さ、さぁ......」

 

そんなこと俺に聞かれても。まぁ、イメージというものはそもそも何でそんなものが定着したのかすら不明なモノが多々あるものだ。例えばアニメ=オタクが観るモノ、とか。本当何でだよチクショウめ。それで『◯の名は。』とかは例外だとか言っちゃうんでしょう?まぁ、イメージなんてモンは人によって更に形を変えていくモノだし知らんけども。

 

「ま、折角だしやってみるか?」

「ですね。夕ご飯前に少しお腹を空かせておくのも良い気がしますし、汗をかいたらまた温泉に入りましょう、一緒に!」

「あぁ!勿論だ––––(ゾクッ)......いや、やっぱり止めておこう」

「えぇー」

 

俺の言葉に不満気な反応を見せる詩音。ごめんね。でもね、詩音。お前の言葉に同意しようとした瞬間に、どこからか凄まじい程に冷え切った視線を感じたんだ。あと視界にゆらりと揺れるポニーテールが入ってきた。よく分からないが、これ以上この話題を続けると俺の生命が危険に晒されるということだけは本能で察知した。

俺は震える手を伸ばして卓球のラケットを取り、それっぽく素振りをしてみる。うん、分からん。素振りしても今日の調子とかは微塵も察することが出来なかった。じゃあ何で振ったんだ。

 

「んしょ、んしょ......うにゅっ、浴衣だと少し動きにくいですね。(すそ)が......」

「着替えなら一応あるけど(スッ)」

「......何故バニーガールの衣装なんでしょうか」

「メイド服とチャイナドレスもあるが」

「それでもおかしいですよ!......お兄ちゃんと二人っきりの時に着るのはやぶさかではありませんが、こんな公共の場では流石に恥ずかしいですよ......」

 

確かにそうだ。今は俺たちの他に客はいないものの、もしどこぞの馬の骨とも知れん奴が詩音のバニーガール姿などを見た際には、俺はソイツの目にレーザーポインターを浴びせた上で耳に濃硫酸を流し込むことになるだろう。うん、自分で詩音を着替えさせておいてその仕打ちはエグすぎるな......。

 

「..............................はぁ......」

「そう落ち込まないで下さいお兄ちゃん。私は条件さえ揃えば、メイド服でもチャイナドレスでもチアガールの衣装でもスクール水着でも裸Yシャツでも、お兄ちゃんが望めば何でも着ますよ?」

 

妹の優しさに涙が止まらない。

さて、そんな話をしてる間にも詩音は裾を(まく)り、準備万端といった装いになっていた。あらやだ詩音ちゃんったらやる気じゃない。

 

「何、詩音。お前卓球好きなのん?」

「ふふっ。そういう訳ではないのですが、お兄ちゃんと二人っきりで遊べる折角の機会ですし。目一杯楽しみたいじゃないですか」

「一つ屋根の下に住む兄妹同士なのに二人っきりにすらなれないってのも変な話だよなぁ」

「でも、事実なんですよ?お兄ちゃんは毎日誰かと一緒にいますし。特に......女性の方と」

 

そうやって聞くと俺がハーレム系ラノベの主人公っぽく聞こえるから不思議なものだ。でも、全うなハーレム系ラノベの主人公はヒロインに家を改造されたり鼻にワサビ水を流し込まれたりエロ本の居場所晒しをネタに脅迫されたりしないと思うんだ。......ていうかコレ全部一人の女子の仕業じゃねぇか。そろそろアイツを一発シメとく必要があるかもしれない。

 

「..................」

「お、お兄ちゃん。お兄ちゃんの瞳から光が失せているんですが。どうかしましたか?」

「何でもない。さ、始めるか」

 

突如俺の身体を暗いオーラが覆い始めたのを直感的に気づいたのか、詩音が心配気に声をかけてくる。俺はそれを微笑みと共に流し、詩音と同様に腕まくりをして卓球選手っぽいフォームをとった。.......柊への復讐はこの後にしよう。

 

「......卓球なんざ中学の時の授業以来だが......ちゃんとボール返せるかね」

「私は今丁度やってますよ」

 

お互い卓球台で向かい合い、軽く手首を回す。そして、詩音がピンポン球を手にし、サーブを放った。

 

「いきますよお兄ちゃん。それっ」

「ほい」

「たぁ」

「ほい」

 

カコンカコンと小気味の良い音がテンポよく鳴る。うむ、俺の腕もそこまで鈍っていないようだ。まぁ、元々の実力が高くないため、平均以上に上手いという訳でもないのだが。

 

「てい」

「やぁ」

 

カコンカコン。

 

「そら」

「たぁ」

 

カコンカコンカコンカコン。

 

「ほれ」

「それ」

 

カコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコンカコン。

......え、卓球ってこんなに動きが無いスポーツでしたっけ?ウッソだろお前、テニスはあんなにアグレッシブなスポーツなのにそれに『テーブル』が付いただけでこんな地味なスポーツになっちまうのかよ。

......まぁ、恐らくは俺も詩音も初心者のため、スマッシュか何かで勝負を仕掛けることが難しいが故にこのような事態に陥っているのだろう。これはミスを覚悟で俺からスマッシュを打って「隙ありですお兄ちゃん!」(スカッ)みるべきだろうか、よし、そうするかあれボールは?

 

「お兄ちゃん、油断は禁物ですよ?」

 

見ると、詩音が心無しか得意気な表情で薄い胸を張っていた。何てこった。コイツ、ミスを恐れていたんじゃなく、ずっと俺の隙を伺ってやがったのか。我が妹ながら慎重で可愛くて天使のような奴だ。だが、

 

「フッ、甘いな詩音。たった一点でそんな誇らしげにしてるようじゃ、足元をすくわれちまうぜ?」

「勿論私も油断はしませんよっ。何たってお兄ちゃんが相手ですからね。どんな(こす)っ辛い手を使われるかわかりませんし」

「お前俺のことどんな風に思ってんの?」

 

狡っ辛いて。義理とはいえ兄に言いますかねそんなこと。酷い!詩音ちゃんってば酷い!そんな酷いこと言われると何かに目覚めそうになっちゃうじゃない!コイツいつも目覚めそうになってんな。いや俺だよ。

 

「愚問ですねお兄ちゃん。勿論私はお兄ちゃんのことは最高の男性だと思ってますよ?」

 

そう言って茶目っ気全開の笑顔を見せてくる詩音。詩音のヤツ、性格変わってね?いや、まぁ旅行先でテンション上がって性格が微妙に変わるのはよくあることだけど。......詩音も楽しんでる、ってことかしら。

 

「......そりゃ、どうも」

 

俺はそんな推測に頰を緩ませつつ、ラケットを握り直した。

 

 

 

 




はい、どうでしたか?
結局温泉では覗きしかやってねぇ、良いのかコレ。
ちなみにここの温泉には美容と血行促進の効能があるらしいです。はい蛇足ですね。

では、今日はこの辺で。感想待ってます!


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楠兄妹とボクっ娘と筋肉(ry のプチ温泉旅行3

どうも、最近怠惰具合に磨きが掛かり、通知表に1の数字が刻まれそうになっている御堂です。
やっとこさ温泉旅行編が終わります。このペースだとクリスマスも年越しストーリーもズレが酷くなりそうだなぁ!書きたいから書きますけどねぇ!

はい、ちょっと作者のテンションがおかしくなっておりますが!
どうぞー!



––––––––やだよ。

 

やだよ、やだよ、やだよ。

 

クスノキくん、逝かないで。

 

 

「ボクを置いて、逝かないで––––––あいたっ⁉︎な、なにするのさクスノキくん!」

「こっちの台詞だ馬鹿野郎!なに今の地の文?なに無駄にシリアスな雰囲気出そうとしてんだよ、あとその雰囲気出すために勝手に俺を殺すな」

「えぇー。だってこの頃、このお話もいい加減マンネリ気味なんだもん。せめてあらすじくらいは工夫しとかないと駄目だよ、うん」

「お前のは工夫ではなく捏造(ねつぞう)というんだ」

「ね、捏造じゃないよ!その.......アレだよ!そう、アレ!......................アレだよ!」

「せめて言い訳を考えてから発言しろよ。いや、そもそも言い訳してんじゃねぇよ」

 

 

最近恒例になってきたあらすじ枠を使用し、馬鹿丸出しの地の文を垂れ流していた柊を引っ叩く。まさかここまで侵食してくるとは......ここだけは俺が自由に出来る空間だと信じていたのになぁ......。

 

あらすじでそこまで行を取るのも馬鹿らしいので、簡単に三行で説明しよう。

 

温泉!

探検‼︎

卓球ッ‼︎

 

三行どころか三単語で説明が出来た。どれだけ俺たちの日常は薄っぺらいんだよ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

温泉旅館『白峰館』を詩音と回っていた途中、温泉というワードに最もマッチするであろうスポーツ、卓球の台を発見し、折角なので詩音と対戦することにした俺。

んでもって、いざ始まるとなった瞬間に唸りを上げた詩音の容赦無い攻撃の連続に、俺も自他共に認める姑息っぷりを存分に発揮し、騙し討ちやラケット二刀流で対抗。実は内心こんな手使って良いのかな、詩音に嫌われたりしないかなとビクビクしていたのだが、詩音はその全てをこともなげに攻略して勝利したので、特にそういうことはなかった。ただただ俺が惨めな気分になっただけである。

 

 

「まさかここまで圧倒されるとは思ってなかったぜ。お兄ちゃんちょっと情けない」

「まさかって、お兄ちゃんテニスの時も似たような感じじゃありませんでした?」

「あ、アレはダブルスだったから......!!」

 

 

詩音に完膚なきまでに叩き潰された俺はそんなことを詩音に言われ、妹二人に惨敗したという兄として恥ずかしい過去の傷を抉られる。

あの趣味探しの時は笠原に次ぐレベルの超人である飛鳥が相手チームの方にいたから......ノーカウント......ノーカウント......ッ‼︎

 

 

「どうしたんですかお兄ちゃん、急に顔を覆ってうずくまるなんて......気分が悪いんですか?」

「大丈夫です......」

 

 

俺のプライドを粉々にした自覚の無い詩音が心配そうに声を掛けてくる。いや、でも妹二人のスペックが異様に高いせいもあるよね。俺が兄として不能なわけではないよね。......ないよね?

 

 

「そ、そんなことより。もうそろそろ部屋に戻るか?旅館の中もあらかた回り終わったしな」

 

 

このままだと『兄とはどうあるべきなのか』というテーマの元、思考の無限迷宮へと陥ってしまいそうだったので自然な感じで話を変えようと試みる。

すると詩音は。

 

 

「何を言っているのですか?卓球の後は一緒にお風呂に入ると約束したじゃないですか」

「お前の方こそ何言ってんの?」

 

 

真顔でそんなことを言い出した詩音に、俺もまた真顔で応える。本当何言ってんだこのMyエンジェルは。止めろよ、お前が風呂っつー単語を発した途端にさながら死神の影のようにポニテが視界に入ってきたんだよ。止めろよ、止めてくれよ......。

 

 

「俺は入れねーよ。常識的に考えてみろ、俺は男だぞ?女湯に入ったら変態みたいじゃないか」

「では私が男湯に入りましょう」

「まさかの答えに足が震えてきたよ」

 

 

つい先程自分が犯した覗きという罪を棚に上げて言ってみたものの、詩音から返ってきたのは俺の死亡を決定的にしかねない言葉。それが肉体的なモノにしろ社会的なモノにしろ死ぬのには変わらないのが辛いところである。

俺は黒いオーラを放ちつつユラユラと怪しく揺れ始めたポニテを横目で捉えつつ、詩音の説得を試みる。

 

 

「あー......なぁ詩音、ならこうしないか?ここではなく、家で一緒に風呂に入るというのは」

 

 

ガッ

 

直後、俺の横の柱に突き刺さる数本のボールペン。どうやらこの回答は不正解らしい。

 

 

「なぁ見てくれよ詩音、このボールペンを。俺はこれ以上公序良俗に引っ掛かる行動をとったら名も無き暗殺者に消されちまうんだ。ここは一つ、退いてくれないか」

「わ、分かりました」

「助かるよ」

 

 

流石の詩音も目の前の状況に怯えたような表情を見せつつ、頷いてくれた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「おー、クスノキくん。おかえりー」

「ゆゆゆうずげおがえりりりりりりりりり」

「何やってるのか聞かないといけない?」

 

 

俺たちが部屋に戻った時、視界に入ってきたのはトランプに興じる柊、八雲、九条、飛鳥(えっ?)たち女子勢と、何故か幾重にも巻かれた鎖によって部屋に備え付けられているマッサージチェアに拘束され、肩や腰をほぐされている笠原の姿。まだお前は覗きの罰を受けてんのかよ。ていうかコレ罰なのん?

 

 

「あー、これー?さっき莉奈(りな)ちゃんたちと話し合ってカサハラくんのお仕置き内容考えてたんだけどねー?電気椅子の刑なんて良いんじゃないかって意見が出てきて」

「何ガールズトークみたいなノリで人の処刑方法考えてんだよ。あと電気椅子?コレが?」

「一応電気は通ってるし」

「知ってるか、それって暴論って言うんだぜ」

「そんなの気にしないのが伊織ちゃんだよ......」

 

 

俺の発言に何枚かのカードを手に持ちつつぽそりと呟く八雲。その声音に含まれるのは諦めの念。

そもそもコレもうただのマッサージだよね?お前らすぐに許すのも癪だからって遊び半分にやってるだろ。実はもう許してるだろ。

 

 

「ぐぅ......何て恐ろしい刑なんだ電気椅子......絶妙な力加減で身体がほぐされ、オレの意思とは関係無しに瞼が重くなっていく......!!」

「もういいよお前うるさいよ寝てろよ」

 

 

恍惚とした表情で(気色悪い)そんなことを言う笠原に罵詈雑言を浴びせつつ、俺は詩音と共に柊たちの側へ近付き、その場に腰を下ろす。

 

 

「ふぅ。......なぁ、柊。笠原はともかく、光男さんの姿がさっきから見えないのは何で?」

「光男さんは......」

「え、えっと、光男さんは『十分間私たちから無視される』という罰を受けてたんですけど......」

「最初の3分で泣きながら部屋を出てっちゃったの......やり過ぎちゃったかなぁ......」

「光男さんメンタル豆腐過ぎじゃね?」

 

 

九条と飛鳥の言葉に軽く呆れる。あの人飛鳥に怒られると興奮するクセに無視されたら泣くって何なの。まぁ俺も妹二人に無視されたら号泣するかもけど。......あと飛鳥、お前少し前まで俺たちの側にいなかった?時空超越してね?

妹の人外っぷりの片鱗を垣間見つつ、もう男二人のことは気にしても仕方ないと判断、俺も無視することにした。ひでぇなコイツ。

と、それにしても。

 

 

「......もうこんな時間か。早ぇな」

「お兄ちゃんは温泉から上がった後しばらく寝ていましたし、よりそう感じるのかもしれませんね。私も今日は、時間の流れが早いように感じますよ」

 

 

時刻は既に午後5時。夕食の時間まであと1時間ちょっとといったところだ。詩音の言う通り俺がしばらく寝ていた......もとい、意識を失っていたのもあるが、やはり主な要因は、楽しい時間程早く過ぎるというアレだろう。

まぁ、今回の温泉旅行はそこそこ満喫しているつもりだ。そこらのイケイケな連中のように馬鹿騒ぎするより、俺はこうやってゆったりと羽を伸ばす休日の方が性に合っている。こんなこと、柊や笠原に聞かれたらえらい勢いで調子に乗るだろうから絶対に言わないけど。

 

 

「ふっふっふ、そうかいそうかい。この旅行はそんなに楽しかったかいクスノキくん。ボクは嬉しいよクスノキくん!キミが素直に喜んでくれるのが!」

「うおっ⁉︎ちょ、柊テメー抱きついてくるんじゃねぇ!離せ離せ離せ!というかお前また俺の心読みやがったなこの野郎!」

 

 

言わなくても無駄でした。

コイツ本当何なの?時々思い出したように超能力みたいなの使うの止めなさいよ。

 

 

「「「..................」」」

「な、何だよお前ら。何でそんな目で俺を見るんだよ。一部始終見てたよな?今の明らかに俺悪くないよな?なのに何でそんな冷めた目を向けてくるんだよ?」

「クスノキく〜ん♪」

「いい加減にしろ柊いいいい!お前のせいで俺が変態を見る目を女子たちに向けられてんだよ!」

「でも、興奮するんでしょ?」

「やかましいわ!」

 

 

割と高頻度で目覚めそうになっている俺だが、少なくとも現時点では俺はドMではない。だから今の発言を撤回しろ柊。周りからの視線が先程から痛い。

 

 

「お兄ちゃん......私では駄目ですか......?やっぱり柊さんの方が良いんですか......?」

 

 

ほらもう何か勘違いされてるー。

 

 

「落ち着けよ詩音。俺が愛しているのはお前と飛鳥だけだ。浮気なんか絶対にしないよ」

「......兄妹の間に浮気とかあるの?」

「八雲、お前はまだ兄妹が何たるかを知らないからそんなことが言えるんだよ。このご時世、妹ってのは彼女や嫁とそう変わらないんだ。な、九条?」

「な、何で私に話を振ってくるんですか......!?」

 

 

このメンバー中で一番身体付きがロリっぽいから、妹の気持ちも分かるかもしれないと思ったと言ったらシバかれるだろうか。

 

そんなこんなで柊たちがやっていたババ抜きに混ぜてもらったりして過ごしていると、「失礼します」との声と共に襖が開いた。中居さんだ。

 

 

「御夕食の時間でございます。......あの、そこにいる男性の方は何故鎖で縛られているのでしょう」

「そういうプレイです。アイツの性癖にはあまり口出ししないでやって下さい」

「し、失礼しました」

 

 

マッサージチェアに拘束されつつ爆睡している笠原についてはそう言っておく。大体合ってるはずだ。

 

 

「......あと、ここにくる前に楠様が柱に向かってブツブツと涙目で話しかけていたんですが......」

「あの人は見えざるモノが見えたりするんです。話しかけるとこちらも憑かれるので放っておいてやって下さい」

「し、失礼しました」

 

 

楠様とは予約をその名前でした光男さんのことを指す。あの人廊下でも泣いているのか......とりあえず中居さんにはそう言っておく。大体合ってるはずだ。

 

 

「あ、すみません、無駄話をしてしまって。夕食でしたよね?運ぶの手伝いますよ」

「い、いえ。これが私の仕事ですので」

「そうですか。じゃあ、よろしくお願いします」

 

 

中居さんが料理を部屋に運び始める。柊がトランプを移動させる最中に俺の手札にジョーカーを仕込もうとしていたので全力でデコピンを打ち込んだ。

そんなこんなで料理がテーブルに並び。

 

 

「んー、光男さんが来てないけど、どうする?」

「知らんよそんなの。あ、光男さんの刺身くれ」

「駄目だよお兄ちゃん!光男さんも一緒に......こら!光男さんの分のご飯盗らないの!」

 

 

中々戻って来ない光男さんの分の刺身を強奪しようとすると、飛鳥に手を引っ叩かれた。痛い。我々の業界でも苦痛としか思えない位に痛いです。

 

 

「もー......分かったよ、俺が探してくるよ......」

「......あ、じゃあ私も行くよ」

「八雲?良いのかよ」

「うん。ずっと座ってて腰も痛くなってたし、ちょっと歩いておきたい気分だしね」

「そうか?悪いな」

 

 

というわけで、八雲と共に光男さんの捜索に乗り出すことにした。中居さんにどこで見たか聞かないとな。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

中居さんの目撃情報を元に光男さんの捜索を行っていると、不意に八雲が話しかけてきた。

 

 

「......そういえば、さ。楠くんってクリスマス・イヴの日の予定って空いてたりするかな?」

「イヴ?いや、特に予定は無いが」

 

 

ちなみに、イヴだろうが何だろうが俺は予定がある日の方が少なかったりする。非リアインドアたるもの、日々が空白であるべし。なにこの腐れルール。

 

 

「そっか......」

「なに、何かあんの?」

 

 

クリスマス当日は柊が自身の家でパーティを開くと言いだし、それに飛鳥と詩音が乗り気だったので俺も、そして八雲もお呼ばれすることになっていたのだが、イヴにも何かイベントがあったりしただろうか。

俺が唸りながら記憶を掘り起こそうとしていると、八雲は胸元で小さく両手を振りつつ。

 

 

「あ、ううん。別に何かあるって訳でもないんだけど。その......実は私、小学校のクリスマス会っていうのかな。ソレの手伝いをお願いされてるんだ。お母さんがPTAの会長で、妹がそこに通ってるから......」

「え、お前妹いたの」

「あれ、言ってなかったっけ......?千春(ちはる)っていうんだ。小学五年生なの」

「へぇ」

 

 

そりゃ初耳だ。なるほど、八雲にも妹がいたのか......姉がこんなにも美少女なんだ、その千春ちゃんとやらも大層可愛いのだろう。......あ、そういうこと。

 

 

「つまりアレか、その手伝いとやらに俺も参加してくれないかと。そういうことか?」

「......うん。駄目、かな?」

「うんにゃ。八雲にはいつも世話になってるし、そもそも断る理由も無いしな。オーケー、24日は予定開けとくよ」

「うんっ。ありがと」

 

 

俺がクリスマス会の手伝いとやらに参加する意を示すと、八雲は心なしか弾んだ声で応答する。しかし小学校か......小学生に怖がられたりしないだろうか。無駄に目付き悪いからな、俺......。流石にラノベみたいに不良に間違われたりすることは無いが、たまに「おこなの?」とか聞かれるからな。ちなみに、別に怒ってはないけどその聞き方にちょっとイラっとくる。

と、そんな感じで八雲と雑談しながら光男さんを捜索していると、旅館の露天風呂の入り口近くで人影を発見した。

 

 

「ぁげろり......ぐらなゅ......てがゅ、おゎ......」

「......ねぇ、光男さんどうしたのかな......」

「本当に何かの霊に憑かれたのかもしれないな。負の感情は悪霊を惹きつけるらしいし」

 

 

その影の主は勿論光男さん。壁に頭を打ち付けながら、どっから出してんだよと思う程の奇怪な声で何かを延々と呟いていた。人間が発音出来るレベルに無理矢理矯正すると、辛うじて上記の文のようになるかどうかといったところだ。ぶっちゃけ不気味である。

しかし、このまま放っておいたら光男さんが完全に闇堕ちしそうなので、ここらで回収しておいた方が良いだろう。狙いは鳩尾(みぞおち)。はい拳を握って。

 

 

「一拳入魂––––––––渾身の右ボディ‼︎」

「ふぐぅッ⁉︎............はっ⁉︎ぼ、僕は一体何を⁉︎」

「......あ、目に光が」

 

 

俺が光男さんの鳩尾に拳を叩き込むと、光男さんは激しく咳き込みながらも今まで暗く濁っていたその瞳に光を灯した。お帰りなさい。

 

 

「正気に戻りましたか、光男さん。貴方のせいで皆夕食にありつけずにいるんですよ、とっとと部屋に戻らないと、また飛鳥たちに無視されてしまうかもしれませんからね」

「一刻も早く戻りましょう」

「......切り替え早いね」

 

 

そりゃそうだ。恐らく光男さんが愛する娘や見た目(だけは)麗しい美少女に無視され続けたことで負った心の傷は彼のメンタルを完膚なきまでに砕いたはずだ。それに加えてまた同じ刑に処された場合、彼は死を選択するまである。切り替え大事ね。

 

 

「とにかく戻りましょう。今日は色々あったから割と俺も腹減ってるんですよ......」

「あ......私も。ていうか疲れた......」

 

 

俺の言葉に力無く頷く八雲。俺と彼女は元々体力がそこまである訳ではない。今日はやたら濃い1日だったこともあり、通常の倍くらいは疲弊している。ぶっちゃけもう寝たいまである。

 

 

「そ、それについては申し訳ありません。ですが、だからこそ早く戻りましょう!僕のライフはもうゼロなのです、これ以上娘たちに無視されたら僕は......僕は......ッ」

 

 

そう言って恐怖に耐えるように肩を抱きつつガタガタと震え出す光男さん。まさかここまで光男さんの心を抉っていたとは思わなかった。ガチで怯えてるじゃないですか。

 

 

「んじゃ、行きますか......」

「最短ルートを通りましょう、何なら壁を破壊して部屋まで直進するのもアリですよ!」

「......ナシだと思いますよ」

 

 

......馬鹿なことを口走る光男さんを引き連れつつ、俺と八雲は部屋へと戻るために歩を進めた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「(ガラッ)ただいま戻りましたマイドーター!」

「お父さん、静かにして下さい」

「光男さん、ごめんなさいは?」

「ごめんなさい」

 

 

速い。(ふすま)を開いて土下座するまで約2秒といったところか。これは謝罪の王様を名乗っても誰も異を唱えないレベルだ。誇れないけど誇って良いですよ。

愛娘たちに帰還を喜ばれる前に沈黙と謝罪を要求される哀れな義父を一瞥し、俺は未だ手の付けられていない料理が並んだ机に腰を下ろし–––––––いや、ちょっと待て。

 

 

「おい、俺の海老フライ一匹分消えてね?」

「ボク、お腹空いちゃってたからこっそりキミの分を横から......じょ、冗談だってば!どこ触ってるのさ⁉︎」

「やかましい!俺の海老フライをどこにやったこの盗人魔王め!俺の好物の一つなんだぞ!」

「ボクのお皿に乗ってます!だからもう止めてぇ!」

 

 

柊の皿から俺の所から消失していた海老フライを奪取し、今度こそ席に着く。よく見ると九条が眠たそうにしている(うわ言のように「ハンペンは駄目ですぅ......」と言っていた。訳が分からない)。とっとと食べてしまおう。

 

 

「はい、では皆さん手を合わせて下さい」

「「「はーい」」」

「いたーだきます」

「「「頂きまーす!」」」

 

 

ほとんどいつもの俺たちの雰囲気になっているものの、一応は皆と一緒の旅行、皆と一緒の食事ということでテンションが上がっているのか、小学生のような号令と共に箸を握る一同。俺もそれに習い、箸を握って夕食へと向かう。

 

......大抵が料理名すら分からんモノばかりだ。まぁ、こういう旅館などで出てくるモノは大体そうなんだが、精々刺身やすき焼き、海老フライくらいしか一目で料理名を判別出来るモノは無い。後はアレだ、野菜とかそういう細々(こまごま)としたものだ。......食べる側がこれだと作って下さった方々に少しだけ申し訳なくなるな。作り甲斐の無い客ですみません。

 

 

「............」

「......楠先輩、何でそんな暗い顔して食べてるんですか?もしかして、嫌いな食材でも入ってました?」

「ん?いや、そういう訳じゃねーよ。ただちょっと自責の念に囚われていただけだ。俺って罪な男だよな」

「???」

 

 

俺の言葉に疑問符を浮かべる九条。しかしアレだな、何かこの台詞、俺がナルシストか厨二病かただの馬鹿の内どれかと思われそうな台詞だな。何一つ良い選択肢が無いんですけど?

 

 

 

 

そんなこんなで夕食を食べ終わり。

 

 

「さて、あとは風呂入って寝るだけか」

「温泉!」

「ワンモア!」

「お父さん、分かっているとは思いますが、温泉は男性と女性が別れて入るものですからね?お兄ちゃんを除いて」

「カサハラくーん?何がワンモアなのかな?あと、どうやってあの拘束を解いたのかな?」

「「ぐっ......」」

 

 

風呂というワードに反応した二人が、先んじて動いた詩音と柊に封殺される。というか、コイツらはまだ懲りていないのだろうか。そろそろ女子勢たちもマジ切れするぞ......俺はそれが怖いから普通に入ることにします。ヘタレ?違うね、これは生きる為の最善策だ。

それにしても......。

 

 

「何でお前らはそこまで覗きに拘るんだよ。これ以上やっても無駄だって気付いてるだろ?」

「それは......そうなんですが」

「もうコレは温泉のお約束というかなー。身体が勝手に動いちまうんだよ。いわゆる、様式美だな」

「違うからね?それ絶対違うからね?」

 

 

薄々感じてたけど、コイツらは覗き行為が犯罪であるということを完全に忘却している節がある。女子たちから嫌われた挙句に警察にご厄介になるダブルパンチとか、絶対コイツら耐えられないだろうに......特に光男さん。

 

 

「とにかく、もう覗きは諦めろ。また俺まで共犯にされちまったら敵わんからな。オラ、行くぞ」

「えっ、何で祐介くん、僕たちに唆されて仕方なく覗いたみたいな雰囲気出してるんですか?」

「あの時祐介が主導してたよな?」

 

 

ナンノコトカナー!キコエナイナー!

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

あの後、今回の旅行で闇の人格を発現させた飛鳥の黒い笑みにビビった笠原と光男さんは、大人しく男湯に入ることに決めた。何故いつもなら天使に見えるあの笑顔があそこまで怖く見えたのだろうか。

 

そして、場所は移って男湯の中。

 

 

「間違っている!やはりこれは間違っていますよ祐介くん!何故折角の温泉なのに男湯に大人しく浸かっていなければならないのですか⁉︎」

「寧ろ何故それ以外の選択肢があると思っているんですか?いや、割と本当に不思議なんですけど」

「何言ってんだ祐介!混浴が無い時点でアウトだってのに、覗きも出来ないなんて、酷すぎるだろう⁉︎」

「お前ら本当に今回は欲望を抑えきれてないよな。とりあえず病院で診てもらってこい、頭だぞ」

 

 

俺は湯に浸かりながらギャアギャア喚き立てる馬鹿二人を、同じく湯に浸かりながら適当にあしらっていた。こうしてゆっくり湯に浸かって考えると、尚更何故あの時覗きなどという愚かな行為に手を染めてしまったのか不思議に思う。やはり平和が一番ではないか。ビバ平穏。何もないのが一番の幸せである。

だが、流石にこの二人が騒がし過ぎる。他の客がいないとはいえ、マナー違反なのには変わらないだろう......仕方がない、ここは一つ、俺の宝物で釣ってみるか。

 

 

「まぁ落ち着け二人共。そんなお前らに一つ、欲望を満たす良い方法を教えてやるよ」

「「?」」

「コレを見てみろ」

 

 

俺は二人に声を掛け、その前に防水加工の施されたあるモノを差し出した。それは、

 

 

「これは......」

「MP3プレーヤー、ですか?」

「そうです。ここにはある音声が録音されています。それが何だか分かりますか?」

 

 

そう、俺が差し出したのはMP3プレーヤー。ここには俺が俺が長年録音し続けてきた至高の音声が詰まっている。これを聞かせれば彼等もコレに釘付けになり、覗きをしようなどという考えはどこかに吹き飛んでしまうだろう。

では、お聞き頂こう。その音声とは......ッ‼︎

 

 

『お兄ちゃん、大好きですよ』

『おにーちゃーん!おててつなごー?』

『もう、お兄ちゃんったら......』

『私は、詩音は誰よりもお兄ちゃんを愛しています』

 

「....................ええと」

「これ何だ?祐介」

「妹二人の超絶可愛い声を録音したモノだ。飛鳥のモノは小学校の時からあるぞ」

 

 

そう、これが俺の宝物である。妹二人の愛の言葉やちょっと照れが入った音声を一生聞いていられるという優れものであり、夜寝付けない時などに聞くと一瞬で安眠出来るなど様々な使い道がある。盗聴は犯罪?身内だから良いんじゃないかな。

まぁとにかく、これを聞けば覗きなんていう危険極まりない犯罪を犯さなくても彼等は満足して......。

 

 

「いや、オレは柊たちの裸も見てーし」

「僕も確かに妹萌えはありますが、詩音や飛鳥ちゃんには『パパ』と呼ばれたいのです」

「上等だこのクズ共!二度と覗きなんてことが出来ないようにここでボコボコにしてやんよ!」

「ぐああっ‼︎な、何だ⁉︎いきなり祐介がブチ切れたぞ⁉︎最近のキレやすい若者ってヤツか⁉︎」

「と、とにかく止めましょう!彼から殺意が迸っているのが分かります、このままでは危険です!」

 

 

俺の宝物を馬鹿にした者は粛清する。

俺は二人に殺意を滾らせながら飛びかかり、取っ組み合いを始める。

ちなみに、この争いは俺たち三人がのぼせて倒れるまで続いた。......暴れてすみませんでした。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

もう何度目の場面転換になるだろうか、またまた場所は移って再び俺たちの部屋。

 

 

「ねぇクスノキくん。とりあえず温泉で暴れたことについてのお説教は置いといて、聞きたいことがあるんだけど」

「............何だよ」

「なんだか今回、各パート毎の文章量が少なくない?さっきのクスノキくんたちの温泉シーンなんて始まったと思ったらすぐに終わったし。ダイジェスト並の短さだったよね」

「......そりゃアレだろ、わざわざ男湯の描写を細かくする意味が分からねーし、作者も早いとこクリスマスストーリーに書きたいんだろ。ここで時間掛けると年越しストーリー書けないし。あとメタな話題にも限度というものがある、これ以上触れてくれるな」

「キミも割と際どいこと言ってるんだけど......じゃ、まずはMP3プレーヤーの破壊からだね」

「止めろおおおおおおおお‼︎」

 

 

のぼせ切って意識を失っていた俺が目を覚ますと、目の前には説教役として柊が座っていた。ちなみに、暴動の発端は俺であると笠原と光男さんが証言したので、今回説教されるのは俺だけだそうだ。チッ。

んでもって今は、その悪魔()に俺の宝物を破壊されかかっているところである。冷静に状況確認している場合じゃなくね。

 

 

「待て待て落ち着け、落ち着け待て!何故MP3プレーヤー(俺の宝物)を破壊する必要がある⁉︎」

「キミが落ち着きなよ。というか、そもそもコレが原因でキミが暴れたんでしょ?」

「いや、違う。原因は笠原や光男さんの頭の悪さだ。だから破壊するのは彼等の頭蓋骨にしないか」

「さらりとカサハラくんたちを生贄にしたね」

 

 

妹たちの声 >>>>> 笠原&光男さんの頭蓋骨。

うん、妥当な判断だな。

とにかくここは彼等の命を以って妹たちの録音音声を守るのが最善だろう。え、何だって?外道?

 

 

「全く......MP3プレーヤー(キミの宝物)のことは女子の中ではボクしか知らないよ。今度は不用意に人に見せたりしないよう気をつけなよ?」

「......え。見逃してくれんの?」

「うーん......正直キミのシスコンっぷりは知ってたし、これくらいやるだろうと思ってたよ」

「そうか。あとシスコン言うな」

「まー、飛鳥ちゃんにバラしたらどうなるんだろうとも思うんだけどねー」

「止めて下さい」

「土下座しないでよ、ボクがいじめっ子みたいに見えるじゃんか」

 

 

正直な話、普段はジャ◯アンの一千倍くらいの恐ろしさにしか感じない柊が、今現在はキ◯グギドラの三千倍程恐ろしく感じる。いや、分かりにくいよ。

 

 

「さて、と。もうそろそろ飛鳥ちゃんたちも上がってくる頃だね。ホラ、頭上げて」

「? まだ飛鳥たちは温泉から上がってないのか」

「うん。そもそも、キミたちが暴れていたこと事体ボク以外知らないよ。そう......この、キミのタオルに仕込んであった盗聴器の所有者であるボク以外はねいたぁっ⁉︎」

「テメーも盗聴してたんじゃねぇか!この野郎何が説教役だ、その盗聴器寄越せ!叩き潰してやる!」

「わーっ!わーっ!コレ壊したら飛鳥ちゃんにバラすからね!バラすからね!」

 

 

柊の突然の自白を皮切りに、加害者同士の醜い争いが勃発しようとした......その時。

 

 

「......二人共うるさーいっ!」

「「わぷっ⁉︎」」

「今何時だと思ってるの!ほら、夜は冷えるんだから、今日はもう寝るよ!ほらお布団っ!」

「......飛鳥か」

「お母さんみたいだね......あ、これ枕か」

 

 

いつの間にか部屋に入って来ていた飛鳥に枕を投げつけられて動きを止められる。その後ろには詩音を始めとする女子勢が先程と同じように浴衣姿で立っており、その顔はまだ温泉から上がったばかりのためか、軽く上気している。

 

 

「ほら、お兄ちゃんお布団敷くの手伝って」

「あ、あぁ。飛鳥はどこで寝る?」

「お、お兄ちゃんの隣で。......ひ、伊織さんとかにイタズラされても困るから!仕方なくだからねっ!」

「私もお兄ちゃんの隣が良いです!」

「おぉ、詩音は可愛いなぁ。ほら、こっち来い」

「わーい」

 

 

飛鳥と詩音から流れるように隣に寝てもらう旨の言質を取り、そのまま詩音を俺のあぐらをかいた足の上に座らせ、後ろから頭を撫でてやる。すると詩音は力を抜いて心地好さそうにもたれかかってきた。可愛い。

そのまま撫で続けていると、飛鳥が何故か頰を膨らませているのが視界に入る。え、俺何かした?

 

 

「飛鳥?」

「何でもないもんっ」

「いや、俺なにも言ってないんだけど」

 

 

何だろう、嫉妬かな。飛鳥のこともナデナデしてあげたいという気持ちは山々なのだが、生憎お兄ちゃんの身体は一つなのである。まぁ、妹一人だけ贔屓などしないお兄ちゃんの鏡たる俺は、後でちゃんと飛鳥の頭を撫でてやった。赤い顔をした飛鳥にビンタされた。撫でる際に何の宣言も無しに後ろから抱きしめたのは流石にまずかっただろうか。

 

 

「ほらお兄ちゃん、いつまで経ってもお布団敷けないよ!もういい時間なんだから、早くっ」

「男子高校生としては、まだまだ序の口なんだけどな。いつもなら勉強してる時間だし」

「えっ、クスノキくん真面目」

「そんなに積極的に勉強するタイプだったか?」

「いや、次の日に提出する予定の課題をやってないことが多いからな。毎日深夜に必死こいてやるんだよ。おかげで目の下のクマが半永久的に取れなくなってる」

「......前もってやっておきなよ」

 

 

それは無理だ。家では一日中妹たちと触れ合っていたいし、学校では眠いしでとても課題なんてやっていられない。まぁ、試験の点数も成績の方も悪くないし、難問も柊がたまに教えてくれるとほぼ100%理解出来るから特に困ってはいないのだが。というか本当アイツ万能だな。それに関しては本当に助かっているし、いつか埋め合わせをしたいものである。

 

 

「ふあぁ......」

「おっと。九条、大丈夫か?」

「ぁ......楠先輩。しゅみません......」

 

 

と、そんなことを話していると、俺の近くに座っていた九条が眠気からか、ふらっと身体のバランスを崩す。咄嗟にその小さな身体を受け止めるが、彼女の目は虚ろだ。あー、やっぱり身体が小さい寝る時間が早かったりすんのかな。いや、その二つに何の因果関係も無い気がするけど、九条のこのロリボディだと、ね?

 

 

「ま、いい加減本当に寝ちまうか。あんまり遅くまで起きてると九条にも迷惑かかるしな」

「ん、ボクも賛成。今日はけっこー楽しめたし、湯冷めしない内に早く布団に潜り込みたいよ」

「では、祐介くん。我々で布団を敷いてしまいましょうか。意味も無く夜遅くまで起きていることが身体に良いとは言えませんしね。飛鳥ちゃんも頼めますか?」

「うっす」

「はーい」

 

 

珍しく保護者らしいことを言い出した光男さんの言葉に素直に従い、俺と飛鳥が就寝の準備のために動き出す。それに習うように他の面子も動き出し、詩音は九条を敷いた布団に寝かしつけ、毛布を掛けてやっていた。あれ、どっちが先輩だったっけ。

と、しばらくして布団を敷き終わり、皆が布団の中に入ったところで。

 

 

「......よし、んじゃ、電気消すぞー」

「「「はーい」」」

 

 

消灯。

 

 

「......よし、クスノキくん。恋バナしようぜ」

「寝ろ」

 

 

正面の柊が鬱陶しいので布団を頭から被り。

就寝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

............しようとしたが、しばらくして両隣に位置する妹たちが、寝ぼけたのか俺の布団に潜り込んで来たために、その日は一睡も出来なかった。

 

......まぁでも、今回の温泉旅行での一番の幸福はこの出来事だったよね、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





いかがでしたか?
最後はぬるっと終わらせました。
よくよく思うと日常系ストーリーにそこまで確定的なオチはいらないんじゃないかと感じまして。流れるように始まり、いつの間にか終わっているのが僕にとっての『日常』なのです。いや終わったんじゃねぇよ。

では、次は勿論クリスマスストーリー。
今回はここまでです、ありがとうございました!感想待ってます!


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兄と義妹とクラスメイトのクリスマス会(のお手伝い)

どうも、冬休みの課題もやらずにゲーム三昧の御堂です!1週間後くらいに課題やってないどうしようと涙目になる自分の姿が見に見えていますね。

はい、今回のお話はクリスマス回でございます。
今更かよ、と思った読者の皆様。それは僕自身も感じていることです。執筆速度もっと上がんないかなー!
......えー、それでは。
時間をかけた割に短めなクリスマス回。どうぞ!



以前の温泉旅行の日から2ヶ月ほど経過し、12月に入った。冬の寒さもピークに達した今日この頃、放課後の高校の教室にて、帰宅の準備を進めていた俺に柊が突然こんなことを言い出して来た。

 

 

「ねぇねぇクスノキくん」

「何だよ」

「噂で聞いたんだけど、クスノキくん、ちーちゃんにクリスマスデートに誘われたんだって?」

 

 

.................Pardon?(もう一度お願いします)

 

 

「......は?デート?誰と、誰が」

「だから、ちーちゃんがクスノキくんをクリスマスデートに誘ったー......って」

 

 

柊も不思議そうな表情でそう言うが、俺自身そんな幸せな出来事があった覚えは無い。仮に本当にそんなことがあったとしたら、俺はとりあえず周りの非リア共に「フハハハ!どうだ?羨ましいか?フハハハハハ‼︎」と自慢しまくっていたことだろう。んで、奴等の怒りを買って磔刑(たっけい)に処されるまでがデフォ。

まぁ、実際にそうなる前に否定しておくべきだろう。俺は柊へ視線を向けつつ答えた。

 

 

「その噂、尾ひれどころかジェットエンジンが付けられてんぞ......ガセネタにも程がある」

「そーなの?」

「あぁ。......しかし、成る程な。最近やたら八雲のファンクラブの連中に命を狙われると思ったらそういうことか。後で奴等のリーダーに誤解だと伝えておかねーとな」

「......ちーちゃん可愛いし、ちーちゃんのファンクラブが校内に出来てたのは知ってたけど......今しれっと凄いこと言ったね」

 

 

最早慣れ始めていたのでしばらく思い出せなかったが、そういえば結構前からすれ違い様に血走った目をした凶戦士(バーサーカー)たちに襲われることが増え出したんだった。で、その凶戦士たちこそが八雲千秋ファンクラブのメンバーたちだったのだが......。

 

 

「つまりアレだ、俺が八雲からデートに誘われたという噂を聞いたファンクラブのメンバーたちが嫉妬心から凶戦士化していたということだな」

「みたいだね。えっと、いつくらいからこの噂が流れ始めたんだっけなぁ......確か......2ヶ月前くらい?」

「2ヶ月前......」

 

 

2ヶ月前、つまりは温泉旅行の前後の期間だ。で、その辺りでの八雲からのクリスマスデートのお誘い(と勘違いされるような話)というと......まさか。

 

 

「小学校のクリスマス会の手伝いを頼まれた時のことか......?......だとしたら、噂として広まるまでの過程で内容捻じ曲がりすぎだろ、伝言ゲームかよ」

「おっと、何か今聞き逃せない単語が聞こえたね!クリスマス会が何だって?詳しく!」

 

 

やべぇ、やぶ蛇った。

 

 

 

 

 

 

.......数分後、俺が2ヶ月前に八雲から説明されたことをソックリそのまま柊に説明すると、柊はニヤァ、とそれはそれは邪悪極まりない笑み(個人の感想です)を浮かべ。

 

 

「へー。ふーん。クスノキくんったら、そんな楽しそうなイベントのこと、ボクに黙ってたんだー♪」

「何故お前にいちいち話す必要があるんだ......」

「でもでもー、今回のことをボクにも話してくれていたら、クリスマスデート云々のことは誤解なんだよーって、皆にボクが説明してあげることも出来てたでしょー?」

 

 

いや、多分話してたら、お前は面白がって周りの連中を煽りに煽りまくると思うんだが。

 

 

「それ以前に、あの場に俺と八雲しかいなかったにも関わらず、曲解されているとはいえあの話が流出していることがおかしいだろ......恐らく発信源も八雲ファンクラブの連中だろうが、何なのアイツら?八雲をストーキングでもしてんのかよ」

「んー......まぁ、ストーキングくらい普通じゃない?」

「人選を間違えたな。盗聴盗撮ストーキング全てを網羅するお前に言っても無駄なことだった」

 

 

その行為を日常の一部としてしまっているアホには何を言っても無駄だろう。というか、盗聴盗撮が日常になってる女子高生って何なの?

 

 

「まぁ、とにかくそのクリスマス会のお手伝いとやら、ボクも参加させて貰うからねっ♪」

「......いや、決めるのは八雲だかr「今LINEでお返事が来たよ。OKだって!」......仕事早いっすね」

 

 

かくして。

未だ俺も詳細を聞かされていないのだが、八雲の妹も通っているという小学校で開かれるクリスマス会の手伝いに柊も参加することとなった。......嫌な予感しかしねぇ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

柊のクリスマス会の手伝いへの参加が決定してからまた更に1週間程経ち、クリスマス・イヴまであと2日となった頃。朝、俺が登校すると、いつもならもう少し遅く登校しているはずの八雲が既に自分の席に座っているのを発見した。そして、彼女は俺の姿を認めると席を立ち。

 

 

「......あ。楠くん、おはよ」

「あぁ、おはよう。......どうした、何か用か?」

「うん......明後日のクリスマス会のお手伝いの話なんだけど、イベントの準備が全部出来たみたいで。お手伝いしてくれる人も一応内容を把握しておいてくれないか、だって。明日の休日に小学校に行ってみる予定なんだけど、大丈夫かな」

「明日か......随分急だな」

「......う。......ごめんね、もっと前から連絡出来てたら良かったんだけど、私が知ったのも昨日で......」

「い、いや、責めてる訳じゃない。前日に知らせてくれる分、まだマシな方だ。うん、本当に」

 

 

あの神出鬼没で存在自体がサプライズな某大魔王に比べたら、寧ろ八雲が女神に見えるレベルである。

 

 

「それは誰のことカナー?クスノキくん♪」

「言わなきゃ分かんねーか、柊」

 

 

ほら、また突然背後から現れる。もう脳内を勝手に覗かれたことを注意することすら面倒ですわ。

 

 

「はぁ......まぁ、俺は勿論のこと、恐らくこの悪魔も明日は暇だろう。別に何か不都合が起きた訳でもない、気に病むことはないぞ、八雲」

「......もしかして、気遣ってくれてるの?」

「......ん、まぁ」

「クスノキくん、ちーちゃんを気遣うのは良いけど、その際に女の子を悪魔扱いするのはどうかと思うんだ」

「......女の子(笑)」

 

 

俺は頰を膨らませつつ襲いかかってくる柊を迎撃しつつ......あっあっ、すみません柊さん、俺の肘の関節はそっちには曲がりません痛い痛い痛い!ナマ言ってすんませんっした柊さん許して下さぃあああああああ‼︎

 

閑話休題。

 

 

「さて、話は未だこの話に登場していない笠原のことになるわけだが、アイツは今回の手伝いに参加しないのか?」

「唐突なメタ発言止めなよ。......まぁ、カサハラくんもちーちゃんが前に誘ってたんだけどねー?」

「......イヴの日は予定があるんだって。何かその日には寒中水泳の大会があって、冬の海で500km程泳がないといけないんだとか何とか」

「それ入水(じゅすい)の間違いじゃねぇのか......」

 

 

不謹慎極まりない発言であるが、高校生がこんな真冬に海で500km泳ぐとかもう死にに行くのと同義だと思うんです。でも、大会開くくらいなんだし、それが出来るレベルの人たちが何人も集まるんだろうな......その方々は本当に俺たちと同じ人類なのだろうか。

俺が驚愕から額に汗を滲ませていると、柊が。

 

 

「まぁ、笠原くんが人間辞めてるのはいつも通りだから良いとして、ボクはクスノキくんが飛鳥ちゃんたちのことを話に出さないのが驚きだよ。誘わないの?」

「誘ったよ当たり前だろう。......詩音は『勿論私はお兄ちゃんに着いていきます!』って即答したよ。ただ、残念ながら飛鳥はクラスメイトたちとクリスマス会をやるから来れないらしい」

「......へぇ。中学にもそういうの、あるんだね」

「ある、というより飛鳥のクラスが独自に行うモノらしいな。クラス会と変わらん。で、飛鳥は一応級長らしいし......そういう催しに参加しない訳にもいかんだろう」

 

 

俺も流石に折角の飛鳥のクラスメイトたちとの交流を止めさせてまでクリスマス会に誘おうとは思わないしな。......本当だよ?別に断られた直後三時間くらい涙目で落ち込んでたりしてなかったよ?ぼくには詩音がいるからいいもん!さみしくなんてないもんっ!

 

 

「つまり、今回の参加メンバーは俺と詩音、そしてお前たち二人ということになる訳だな」

「わぁ、クスノキくんハーレムだよ。良かったね」

「あぁ、飛鳥がいればもっと良かったのにな」

「......楠くん、気づいてないかもだけど、凄い量の涙が出てるよ。......ハンカチ、貸したげる」

「ありがとう......ッ」

 

 

はい。という訳で、明日は先程挙げた四人のメンバーで小学校に伺わせて頂きます。よろしくです。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

翌日。時刻は午前8時。

俺は柊との待ち合わせ場所に設定された駅へと向かうべく詩音と共にバスへと乗り込み、そこの座席に腰を下ろしていた。ちなみに、八雲は俺たちが向かう予定の小学校が地元にあるため、俺たちが降りる予定の駅にて待って貰っている。

 

 

「くぁ......」

「お兄ちゃん、まだ眠いんですか?」

「まぁな......」

 

 

座席に身体を預け、小さく欠伸を漏らす俺。

いつもならこの時刻には既に脳も覚醒している頃なのだが......昨日は授業中に居眠りをかました罰として数学担当の教師から特別課題をPresent for meされたために、それの消化に追われていたのである。おかげでまたも深夜まで起きていることとなり、ご覧の有り様という訳だ。

それを説明すると、詩音は。

 

 

「いくらお兄ちゃんでもそれは駄目ですよ......最低限授業はちゃんと受けていないと、後々困りますよ?」

「いや、分かっちゃいるんだけどな......昼飯の後の授業とか殺人的に眠くなるんだよ。アレには抗えない」

「それでも、ですっ。気持ちは理解出来ますが、それで将来困るのはお兄ちゃんなんですからね?」

「はい......(´・ω・`)」

 

 

義妹に説教される兄の図である。

情けないにも程があるが、これは全面的に俺が悪いし、怒っている詩音も可愛く、もう少し見ていたいので何も言えない。でも、皆昼飯の後の授業とか凄い眠くならない?出来れば昼飯の後はお昼寝タイムみたいな時間を設けて欲しいものだね。ちなみに、これを担任の先生に言ってみたら「馬鹿なことを言っていないで早く課題を消化しろ馬鹿」と言われた。言葉の頭と尻で馬鹿扱いしなくても良いじゃないですか......。

 

 

「ま、まぁ、俺のことは今は良いじゃないか。ホラ、あともう少しで駅に着くからな。忘れ物するなよ?」

「むー......。もう......お兄ちゃんは仕方ない人ですね......まぁ、そんなお兄ちゃんも好きなのですが」

「やだ何この天使。落としてから上げるなんて、そんな高度な口説き方いつ覚えてきたの」

「口説いたつもりは無いのですが......けど、今のでお兄ちゃんがドキッとしたなら、これからお兄ちゃんを褒める際には必ず一度、お兄ちゃんを(けな)すことにしますね!」

「褒める時には素直に褒めてくれると嬉しいな!」

 

 

褒められる度に一々貶されていては、流石の俺も心が折れてしまうだろう。いつも通りのエンジェル☆スマイルを俺に向け続けてくれればそれだけで俺は幸せです。

と、そんな他愛も無い雑談を詩音と交わしていると、バスが小さなブレーキ音と共に停車した。

 

 

「着いたか。よし、降りようぜ詩音。まだ時間に余裕はあるけど、柊も待ってるだろうしな」

「はいっ」

「荷物は持ったか?」

「はいっ」

「そうか。では俺も自分の荷物を......」

「お兄ちゃん、何故お兄ちゃんがミニスカサンタのコスプレ衣装を持っているのでしょう。というか今までどこに隠し持っていたのですか」

「気にするな」

「気にするなと言われても!」

 

 

詩音が珍しく......いや、最近はそうでもないか。とにかく狼狽したようにそう叫ぶ。しかし、降車寸前とはいえバスの中で大声を出すのはマナー違反なので軽く注意をすると、詩音はとても釈然としていなさそうな表情をしながらも静かになった。やはり出来た妹である。

そしてバスを降りると。

 

 

「クスノキくんたちおっそーい」

「......ん、おはようさん」

「おはようございます、柊さん」

「あら、ボクの抗議はスルーな感じ?」

 

 

白いニットのワンピースの上にベージュのコートを羽織り、下はゆったりとした黒いパンツといった出で立ちの柊が、首に巻いたタータンチェックのマフラーを弄りながらバス停の側に立っていた。コイツ、いつも思うけど性格がぶっ飛んでる割に、私服は大人しめな色調なのが多いよな......っていうか。

 

 

「スルーも何も......今は待ち合わせ時間の10分前じゃねぇか。どんだけ早く来てたんだよ」

「今から2分くらい前かな」

「大して待ってねぇ......」

 

 

何なのコイツー。2分くらいでうだうだ言わないでよちっちゃいなー。何、女の子を待たすなんてイケナイことなんだゾ☆みたいなノリなのー?

 

 

「まぁ、2分程度あまり気にしてないんだけどね」

「じゃあ何で言ったの......」

「何となく、カナ?」

「何となくで文句つけてくるとか生粋のクレーマーかよ。お前みたいな奴が将来モンスターペアレントになるんだぞ」

 

 

まぁ、もしコイツが親になって子供が通う学校に不満を持ったとしたら、クレームなんてつけるまでもなく学校そのものを潰しそうな気がするよね。何か裏でゴチャゴチャ非合法なことやって。

 

 

 

「......ボク、そんなにクレイジーな思考回路してない気がするんだけど。何さ非合法なことって」

「さ、そろそろ行こうぜ。電車に乗り遅れる」

「あっ、待ってよー!」

「ついに心を読まれることに反応すらしなくなりましたね、お兄ちゃん......慣れって恐いです」

 

 

あぁ......そういや普通の人はクラスメイトに心読まれたりしないんだよね......恵まれてるなぁ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

数分後、俺たちは切符を購入して電車に乗り込み、八雲の妹が通っているという小学校––––来栖(くるす)小学校へと向かっていた。しばらく電車の座席に座ってゆらゆら揺られていると、心なしかそわそわした様子で詩音が声をかけてきた。

 

 

「お兄ちゃん、クリスマス会では一体どんなことをするのでしょうね。私、とても楽しみですっ」

「まぁ、それを今から聞きに行くんだがな。参考までに言うと、俺が小学生の頃はビンゴとかやってたな」

「あー、ボクのとこもやったなぁ。アレ、景品は大体学校側が用意してくれるから、結構豪華なのもあるんだよねー」

「っつーか、詩音は小学生の頃、クリスマス会とかに参加してなかったのか?」

「参加しなかった訳ではないのですが......私が通っていた小学校はそもそも全校生徒の数が少なくて。クリスマス会もささやかなモノだったんです。今回はかなり大規模なモノらしいので......」

 

 

成る程、そういうことか。

......というか、もう詩音はウチに馴染み切っていたので、昔は俺たちとは違うところに住んでいたという設定すら忘却していた。おい、設定とか言うな。

 

 

「詩音ちゃんは純粋で可愛いねぇ」

「だろ⁉︎ほんっと詩音は可愛いよなー!」

「お、お兄ちゃん。こんな人が沢山いるところでそんな......恥ずかしいですよ、もう......」

「詩音ちゃん、顔がニヤけてるよ。これがシスコンとブラコン同士の兄妹のやり取りか......見ているコッチが恥ずかしいね、コレ。兄妹なのに」

「「ふっ......」」

「何で二人共誇らしげなのさ」

 

 

俺たちがお互いの愛を認識し合っていると、電車が停車した。あらやだもう着いたの?もっと詩音とランデヴーしてたいんだけど。

 

 

「着いたみたいだね。さ、ちーちゃんも待ってるだろうし、早めに行こうか。というかボクの疎外感が半端じゃないから早くちーちゃんと合流したい」

「本心が出てるぞ柊。別にお前をハブった気は無いんだがな......ただ詩音が可愛過ぎただけで」

「お兄ちゃん......」

「やっべ無限ループが始まりそうな予感がする。早く行くよ二人共!レッツゴー!」

「手を引っ張るな......分かったから」

 

 

電車から降りた途端に俺と詩音の手を引っ張って駆け出す柊に着いていくような形で俺は走り出す。

 

......さて、読者の皆様の方ではもう大晦日だ。

とっととクリスマス会とやらも片付けましょうかね。

 

 

 

 

 

 

 




1 話 で 終 わ る と は 言 っ て い な い 。

......はい。1話に纏めようとすると長さ云々より投稿日が死ぬ程遅くなりそうだったのでいくつかに分けます。
体感だとあと2話といったところでしょうか。年越しストーリーを投稿する時には2月くらいになっていそうですが気にしない。いや、気にします申し訳ありません。

えっと。
とにかくクリスマス回はあと2話程で完結します、多分。なのでそれまで気長に待って下さると幸いです。
ではまた次回!感想待ってます!


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兄と義妹とクラスメイトのクリスマス会(のお手伝い)2

どうも、英語&数学のテスト追試ダブルパンチでグロッキーの御堂です。いやぁ、自分に合わないレベルの高校は選ぶモンじゃないっすね。
......あと、すみません。予想以上にテストなどの用事がキツくて......年越しストーリーはもう来年に書くことにしました。来年も書いてるか分かりませんが、ネタ被りは避けられますしね!ポジティブ!

そんなわけで1月になってもまだまだ続きますクリスマス。
どうぞー!




前回までのあらすじ!

クラスメイトの千秋に頼まれ、彼女の妹の千春(ちはる)ちゃんが通っているという来栖(くるす)小学校のクリスマス会の手伝いをすることになった我が親友、祐介!

 

千秋さんに加えて毎度お馴染み何でも出来ちゃう凄くて可愛いお兄ちゃんのクラスメイトの伊織さんと、お兄ちゃんに誘われて一瞬で同行を決めた飛鳥とお兄ちゃんの妹の詩音ちゃんと共にクリスマス会のお手伝いをすることになったお兄ちゃんの運命や如何に⁉︎

 

 

「「わー!ぱちぱち!」」

 

 

(しばしの沈黙)

 

 

「じ、自己紹介?......えと、今回のあらすじ担当、楠飛鳥です。よろしくお願いしまーす......?」

「いきなり変なところに連れてこられたと思ったら何なんだろーな?笠原信二だ、よろしくなー」

「......というか、ホントに何で飛鳥たち、こんなところにいるんでしょうね?」

「んぁ......オレと妹ちゃんの共通点なんかあったっけか?うぅむ、思いつかんぞ......」

「飛鳥もです......って、あれ?あんなところに紙が落ちてますよ。えっと、読んでみましょうか?」

「おー。頼むー」

 

 

※楠飛鳥 様 笠原信二 様 へ

今回、お二人は本編にて出番がございません故、埋め合わせという形であらすじ説明のパートに出演して頂きました。ご了承下さい。 by 作者

 

 

「「..................」」

「......まぁ、自分の作品に自分自身を出すのが割と痛い行為の内の一つに数えられるということはともかく」

「オレ達、今回出番が無いからここに呼ばれたってことだよな?なんつーか、情けみたいな感じで」

 

「「......何か、複雑な気分ですね(だな)......」」

 

 

本編、始まります。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「....................はっ」

「? クスノキくん、どしたの?急に立ち止まって」

「いや......今一瞬飛鳥の気配を感じてな」

「クスノキくん......キミがシスコンなのは今に始まったことじゃないけどさー......」

「おい、俺に可哀想な人を見る目を向けるのを止めろ。幻覚とかそういう系じゃないから。マジで」

 

 

クラスメイトの八雲千秋に頼まれ、小学校のクリスマス会の手伝いをすることになった俺は、その詳細を学校側の人たちから聞くため、柊と詩音と共に、件の小学校へと歩を進めていた。

その最中に飛鳥の気配を感じたのだが......気のせいだったのだろうか。

 

 

「お兄ちゃん、恐らく気のせいではないと思いますよ。私もお姉ちゃんの気配を感じますし」

「だよな。だが、どこにいるかが掴めない。いつもなら気配からその位置まで把握出来るんだが」

「そうなんですよね......」

「怖い!ボクこの兄妹が怖いよ!」

 

 

柊が何故かえらく怯えているが一体どうしたと言うのだろう。この程度、兄妹ならば普通のことだろうに。

まぁ、柊がおかしい(どこがとは言わないが)のはいつものことなので放っておく。それはそれとして、もうそろそろ目的地である小学校に着く頃だと思うのだが......お?

 

 

「見えてきたな。アレだろ?」

「んー?......うん、だね。Googleマップ先生もあそこだって言ってるよ。ていうか、校門の横にしっかり『来栖(くるす)小学校』って書いてあるじゃんか」

「お前どんな視力してんだ?」

 

 

俺が捉えたのは目的地である来栖小学校の校舎のみ、しかもかなり朧気(おぼろげ)なレベルだったのだが、コイツは校門の横の更に小さい、学校名が記されたプレート(もしかしたら正式名称があるのかもしれないが、俺は知らない)すらも視認することが出来たようだ。コイツ本当は鳥か何かなんじゃないだろうか。

 

 

「.....あ。アレ、八雲さんではないでしょうか」

「んぁ......あぁ、そうだな。校門前に立ってるようだが......横にもう1人誰かいるみてーだな」

 

 

更に歩いて行くと、校門前に人が2人立っていることを確認した。1人は後々合流する予定だったクラスメイト、八雲千秋。そしてその横にもう1人、シルエットからして女性が立っている。恐らくココの教師とかその辺だろう。

と、そんなことを考えていると、いつの間にか校門前に到着していた。

 

 

「......おはよ、楠くん。伊織ちゃんと詩音ちゃんも、おはよう。......皆、今日はありがとね」

「あぁ、おはよう」

「ちーちゃんおはよーっ!」

「おはようございます。......八雲さん、こちらの方は?」

 

 

トコトコと歩み寄って来た八雲と軽く挨拶を交わし、詩音が八雲の隣の女性に視線を向けた。すると、八雲がその女性を紹介する前にその人が前に進み出る。先程までは遠くて分からなかったが、眼鏡を掛けたその女性はスーツを着ており、顔立ちは整っている。年齢は見た目から判断すると20代後半。イメージ的には光男さんの女体化バージョンと言ったところだろうか。字面的に汚い感じがするがもう1度言おう、顔立ちは整っている。いや汚いて。

 

 

「初めまして。来栖小学校の教師の羽原(はばら)(ゆう)という者よ。今回はよろしくね」

「「「宜しくお願いします」」」

 

 

そう言った後、俺たちも軽く自己紹介をする。

 

 

「......先生は私がココの生徒だった頃の担任だったんだ。今回の私たちの案内も先生がしてくれるんだって」

「「「へぇ」」」

「貴方たちのことはある程度ヒツジちゃんから話は聞いてるわ。期待してるわよ」

「「「ヒツジちゃん?」」」

「あぁ......千秋ちゃん(この子)のことよ。この子、小学生の頃はよく眠っていたから。眠る時に羊を数えたりするでしょう?だからクラスメイトからヒツジちゃんって呼ばれていたのよ。可愛いし彼女も気に入っていたようだったから、私も呼ばせて貰ってたわ」

 

 

どことなく無理がある気がしないでもないが、小学生のネーミングセンスに口出しするのは野暮というものだろう。うん、可愛くて良いんじゃないかな。

 

 

「で、この設定は今後重要になってくる伏線だったりするんですか?」

「いいえ、全く関係無いわ」

 

 

無いんかい。

 

 

「......さて、とりあえず中に入りましょうか。学校の応接室が空いてるから、そこで貴方たちにやってもらう仕事を説明するわ」

「「「分かりました」」」

 

 

見た目通りというか何というか、ハッキリとした口調ではそう言い、そのまま肩口まで伸ばした黒髪を揺らして校舎へと歩いて行く羽原先生。

 

 

「......あの、先生。高校生にもなってヒツジちゃんは少し恥ずかしい、かな」

「昔の呼び方で定着しちゃったのよ。我慢なさい」

「......じゃあ、私も昔呼んでたみたいに先生のこと『夕ちゃん』って呼んでいい?」

「羽原先生と呼びなさい。デコピンするわよ」

「......不公平」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

場所は変わって校内の応接室。

俺たちは備え付けられたソファに座らされ、羽原先生に当日の動きを丁寧に教えて貰った。基本的には俺たちは裏方役らしいのだが......。

 

 

「たった一つだけ、貴方たちメインで動いて欲しい企画があるのよね。こればかりは教師たちにはどうにもならなくて。というか、貴方たちを呼んだ理由の9割はこの企画のためよ」

 

 

そう言って羽原先生が示したプリントには、こんな文字が大きく記されいた。そう......。

 

 

「『鬼ごっこwithサンタクロース』?......何ですかコレ?クリスマス会の企画なんですよね?」

「えぇ......確かに他の学校ではやらないのかもしれないけど、生徒達にアンケートを取った結果なのよ。『クリスマス会でどんなことをしたいですか?』ってね」

「それで鬼ごっこですかー。ふふ、やっぱり小学生って純粋で可愛いよねー!ね、クスノキくん!」

「詩音の方が可愛い」

 

 

一瞬でそう返す俺に「シスコンだなぁ」と苦笑する柊。おい、羽原先生が軽く顔を引き攣らせてるからそういうこと言うの止めろ。

 

 

「......つまり、私たちが鬼役になって生徒達と鬼ごっこすれば良いの?それくらいなら先生たちにも出来そうだけど......」

「違うわ。貴方たちは逃げる方。生徒達が貴方たちを追いかけるのよ」

「んん......やはり口頭ではルールなどが把握しにくいですね。羽原先生、何かルールが纏められたプリントなどはありませんか?」

 

 

詩音のその言葉に、「あるわ。ここにルールが載ってる」と俺たちに人数分のプリントを手渡す羽原先生。そして、俺たちはそれぞれプリントに目を通し始める。......ルールを纏めると下記のようになる。

 

 

・基本的なルールはごくシンプルな鬼ごっこと同じです。鬼役と逃げる役に別れ、鬼役が逃げる役を全員捕まえたら終了です。

・逃げる役(高校生組)はサンタのコスプレをし、プレゼントの詰まった袋を担ぎながら逃げて貰います。

・生徒たちは3グループに別れ、グループで捕まえたサンタクロースの人数で競います。

・1位のグループには豪華プレゼントが贈られます(1位以外のグループも、サンタクロースが個人で持っていたプレゼントは獲得出来ます)。

 

 

......簡単に言うと、プレゼントを担いだサンタクロースを複数人の小学生が追いかけ回して捕獲、プレゼントを強奪するといったゲームらしい。純粋とは一体何だったのか。

 

 

「生徒達もこの企画を楽しみにしてる子たちは多くてね。中にはサンタクロースを捕獲するために警察の逮捕術を習得していた子もいたわ」

「小学生の話ですよね?」

「小学生の話よ。......あぁ、あと、鬼ごっこの舞台は学校の敷地全体なんだけど......サンタを捕らえるためのトラップが既にいくつか確認されているわね」

「小学生の話ですよね?」

「小学生の話よ」

 

 

羽原先生の淡々とした説明に俺は真顔で質問し、それに羽原先生も真顔で応対する。いや、それ絶対小学生じゃありませんから。多分ハンターとかその辺りですから。

しかし成程、そんなハイスペック小学生たちが相手では、体力も落ちてきているであろう教師の皆さんでは少々荷が重いのかもしれない。だからまだ若く、運動能力に長けた高校生の俺たちを......いや、ちょい待ち。

 

 

「そもそもそんなに必死で逃げる必要あります?小学生たちのクリスマス会なんだし、適当に捕まってプレゼントをあげた方が良いんじゃ......」

「中途半端な気持ちで逃げてると死ぬわよ?」

「おっとクスノキくん逃がさないよ!良いじゃん面白そうじゃん、サンタになって逃げてやろうぜー!」

「HA☆NA☆SE!チクショウ聞いてないぞそんな危険なイベントだったなんて!こういうのは柊や笠原の方が適任だろ、詩音、八雲!逃げるぞ!」

 

 

命を落とす危険性があるイベントなんぞに可愛い妹と大切な友人を参加させる訳にはいかない。柊は放っておくとしても、この二人だけは逃がさなくては。

そう思い、俺が二人を連れて逃走すべく俺の腕を万力の如き握力で掴む柊の手をどうにかして振りほどこうと抵抗していると、当の詩音と八雲が苦笑しながら俺の肩を叩いてきた。

 

 

「......まぁまぁ楠くん。夕ちゃn(ビシッ)......羽原先生は昔からちょっと大袈裟に物事を伝える癖もあったからね、今回も先生がう言う程危険じゃないと思うよ」

「それに、私だってお兄ちゃんに頼ってばかりというのもアレですし......女の子は守られてばかりが幸せではないのですよっ」

 

 

片方は羽原先生にデコピンされつつ、片方は優しげに微笑みつつそんなことを言ってくる。えぇ......何で二人共そんな乗り気なんですか......。

 

 

「クスノキくん、覚悟を決めなよ。危険って言っても相手は小学生なんだし、キミが二人を守ってあげれば良いことじゃんか!ついでにボクも♪」

「お前は自衛出来るだろが。......まぁ、所詮は小学生レベルだから心配する必要は無い......よな?」

「......さっきはああ言ったけど、怪我をするレベルのトラップなどは仕掛けないように言い聞かせてあるわ。ちょっと脅かし過ぎたかしら」

「はぁ......」

 

 

まだ何となく納得いかないが......まぁ、一度受けた話を無闇に投げるのも正直心苦しいし、無責任といえば無責任だ。.......だけどさ、こんな大切なことをイベント当日の二日前にいきなり言うのって何かおかしくない?まるで直前に伝えることで考える時間を削り、俺たちの退路を塞いだかのような......。

 

 

「...............」

「あら、どうしたの楠くん、私の顔をジッと見つめて。......私の顔に何か付いてる?」

「......いや、何でも無いです」

 

 

ふと思い立った俺が疑惑の視線を向けても微塵も動揺した様子を見せない羽原先生。本当にただ連絡が遅れただけなのかもしれないが......もしそうでないのなら、中々に食えない人である。

まぁ、ここまで来たのなら仕方ない。少々不安もあるが、その鬼ごっことやらのサンタ役、引き受けることとしよう。最悪柊に守ってもらえば良いや。え、プライド?そんなモノはとっくに握り潰して捨てたけど?だって柊のスペックってば俺どころか人間越えてるし、張り合っても仕方ないよね。

と、そんなことを考えていると、端から柊たち三人の会話が小さく聞こえてきた。

 

 

「ねぇねぇちーちゃん。クスノキくんってばまだ羽原先生のこと見てるよ」

「......羽原先生、凄い美人さんだからね.....」

「ま、まさかお兄ちゃんは年上好きだったりするのでしょうか......うぅ、歳ばかりはどうしようも......」

「いや、そんなことないよ?昔ボクのお着替え中の姿を見た時には恥ずかしがってたし、同年代にも興味はあるはずだよ」

「「!?」」

 

 

止めろ柊、俺はそんなラッキー(?)スケベに遭遇したことはない下らない嘘をつくな訂正しろ!

 

 

「......お兄ちゃん、少しお話しませんか?」

「だから違うって!そんな悲しそうな目をしないでくれ!柊テメェ、とっとと誤解を解けぇ!」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「じゃあ、今日のところは一度帰るか」

「......うん。もうお昼だしね」

「はい。お姉ちゃんも待ってると思いますし」

「んー、そうだよねぇ。皆でお昼ご飯でも食べに行きたかったけど、飛鳥ちゃんも待ってることだし!クスノキくんたちは早く帰ってあげなよ」

 

 

言われるまでもない。

......あれから結局、俺たちは羽原先生にクリスマス会の手伝いに参加することを改めて承諾した。その際に羽原先生が「計画通り......」という声が聞こえてきそうな程の黒い笑みを浮かべたのは気にしないことにした。

 

 

「......ん?アレ、スマホが無い。応接室に忘れてきちまったかな......悪い、スマホ探してくるから皆先に帰っててくれ。電車が来るまでギリギリだし」

「えぇー。クスノキくん、スマホとかお財布とかの大切な物の管理はちゃんとしないと駄目だよー?まったく、応接室だよね?ボクも付き合うよ」

「お兄ちゃん、私も一緒に探します」

「......私も」

「いや、そこまで時間を食う事でも無いからな。先に行ってろ、すぐ追いつく」

 

 

そう言って校舎の方へと歩を進める俺。折角手伝ってくれようとしてるのに少々申し訳ないが、この程度のことに三人もの人手を割かせて貰うのはより申し訳ない。さっさとスマホを回収して三人と合流しよう。

そうして校舎の中に再び入り、応接室の方へとしばらく歩いていると、向こうの方から人影が。

 

 

「あぁ、楠くん」

「羽原先生。あの、すみません、俺......」

スマホ(これ)、貴方のでしょう?貴方たちが出てった後にソファの上に置いてあったものだから」

「す、すみません......」

 

予想通り、人影の正体は羽原先生。その上、紛失していたスマホまで保管していてくれたようだ。ありがてぇ。感謝を意を示すために軽く頭を下げ、羽原先生からスマホを受け取る。

 

 

「じゃあ、私は仕事に戻るわね。休みの日だからって気を抜き過ぎてたりしちゃ駄目よ?」

「あはは......了解です」

 

 

んでもって、羽原先生が身を翻して廊下を歩いていくのを再度頭を下げた後見送る。......さて、羽原先生のおかげで思いの外早くスマホを回収出来た。軽く走って行けば柊たちと合流出来るかな......と、考えつつ出口へ向かって歩いて行くと(廊下は走っちゃ駄目だからね、仕方ないね)。

 

 

「......................んぁ?」

「...................................」

 

 

............小さい八雲と遭遇した。

 

......こうして文字だけで伝えるのはとても難しいのだが、とにかく小さい八雲だ。俺の知る八雲千秋が、まるで小学生だった頃まで退行したような感じの女の子......いや待てよ、小学生ってことは......。

と、俺が驚愕で硬直しながらも妙に冴えていた脳をフル回転させて考えていると。

 

 

「ピリリリリリリリリリ!!(防犯ブザー)」

「待て落ち着け落ち着け待て!話をしよう!」

 

 

ミニ八雲が躊躇いなく防犯ブザーを鳴らした。

 

 

「......きゃー。たすけてー、おかされるー」

「真顔で何を言い出すんだ、というかどこで覚えてきたんだそんな言葉!」

「......『おねえさんといっしょ』で」

「幼児向け教育番組でそんな卑猥な言葉は流さない!嘘を吐くのはやめなさい、というかその前に防犯ブザーを止めて下さいお願いします!」

「................ふしんしゃに、じんけんはない」

「違う不審者じゃない!俺は......!!」

 

 

判断材料はこの容姿と前以て聞いていた情報!もし違っていたら俺はこのまま冤罪で捕まりそうだが、一か八かで言っててみるしかない!

 

 

「俺は八雲千秋のクラスメイトだよ!君のお姉さんの友達だ、八雲千春(ちはる)ちゃん!」

「......おねーちゃんの?」

 

 

俺の言葉に動きを止めるミニ八雲、いや......。

この子の名は八雲千春。

前に聞かされていた、八雲の妹だ。

 

............あの、そろそろ防犯ブザー止めてくれません?洒落になりませんから、ソレ......。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「......ごめんなさい。てっきり、小学生たちをにくよくに身をまかせてむさぼる、ろりこんさんのふしんしゃかと思ってた」

「ハハハ、難しい言葉を沢山知っているんだね。だけど、それらの言葉は全て忘れた方が良いと思うな」

 

 

千春ちゃんの誤解を解いてしばらく。

とりあえず落ち着くため、近くの階段に腰を降ろし(迷惑なので、校内でロリコンさんの不審者と間違われるなどのトラブルに巻き込まれない限りは止めておこう)、クリスマス会云々の事情を千春ちゃんに伝えると、理解力に長けている子なのか一度の説明であらかたの事情を把握したらしく、防犯ブザーを止めて素直にぺこりと頭を下げ、そのまま言葉を発した。

 

 

「......つまり、おにーちゃんはおねーちゃんにこいをしてると。える、おー、ぶい、いー、だと」

「君はさっきまで何を聞いていたんだ」

 

 

前言撤回。理解力は乏しいらしい。

 

 

「......だって、それなりにその人のことがすきじゃないと、ここまでてつだってあげないきがする」

「まぁ、それもそうかも知れないが......それにしたって、俺が八雲に抱いてる感情は同じ好きでもライクの方だ」

「......じゃあ言い方かえる。おねーちゃんのこと、ラブになって。ライクから、ラブに」

「は、はぁ?」

 

 

突然何を言い出すんだこの子は......と、俺が訝しげに眉をひそめると、千春ちゃんはふぅ、と溜息を一つ吐き。

 

 

「......おねーちゃんは、げーむ大すき。この前も、にんげんがねるひつようの無いせいぶつだったなら、その間ずっとげーむしてたいってゆってた」

「アイツらしいな」

「チハルが『......おねーちゃんは一生だれともつきあわないの?』って聞いたら、『......今はゲームと付き合うので精一杯だからねー』って」

「アイツらしいな」

 

 

本当にアイツらしい。別に二次元のキャラと結婚したいとかそういう思考の持ち主なわけでは無いらしいが。

 

 

「チハルは、おねーちゃんがしんぱい。このままだと、おねーちゃんが一生ひとりみになっちゃう」

「いや、アイツに限ってそんなことは無さそうだがな......可愛いし良い奴だし、本気になればいくらでも「おにーちゃん、おねーちゃんのことかわいいってゆった」......あ?」

 

 

俺の言葉の途中で、突然千春ちゃんが身をぐいっ、と乗り出して顔を近づけてきた。何何何。

 

 

「......おにーちゃん、おねーちゃんのことかわいいって思ってるんでしょ?ならケッコンしてもいーはず」

「な......おいおい、それは流石に......」

「......ケッコンしないと、チハルがせんせーに、ろりこんさんにおそわれたってゆう」

「君ってもしかして柊の妹だったりしない?」

 

 

この理不尽な脅し方、まるであの悪魔のようだ。まぁ、千春ちゃんは「ひーらぎ......?」と首を捻っていたので妹とは違うようだが。というか、こんな脅しに屈してたまるか.......所詮は小学生、どうとでも言いくるめられる「......あ、チハルこれからぶかつどーなんだった......きょうしつに忘れ物してて.......ちこくちこく。じゃ、おにーちゃん、またね」やっべぇ。

 

 

「ちょ、千春ちゃん待っ......速ぇ!ホントに八雲の妹か⁉︎ 待って止まって行かないでぇ!」

 

 

慌てて千春ちゃんを追いかけるが、アホ程速い。流石に部活動中に割り込むことは出来ないし、部活動が終わるまでずっと千春ちゃんを待ってたらまた不審者に間違われそうだし......!!

 

 

「ああああもう!何で俺の周りで起こるイベントはどれもこれも円滑に進むことがないんだよ!」

 

 

千春ちゃんの姿がそれはそれはあっという間に視界から失せたところでそう叫び。

俺は千春ちゃんの追跡を諦めた–––––––。

 

 

 

 




いかがでしたか?
と、ここまで書いて気づいたことなのですが、主人公たちが通う学校に冬休みらしい期間が全く無いことに気づきました。エグい。そんなわけで、この前の学校内の描写は冬季学習会の帰りとかその辺で解釈して頂きたく......後々改稿する予定です。

では、今回はここまで!ありがとうございました!感想待ってます!


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兄と義妹とクラスメイトのクリスマス会(のお手伝い)3

本当にすいませんでしたッ!
更新が大幅に遅れてしまった駄作者御堂です、本当に申し訳ありません!
もう季節も春に差し掛かるというところでまだクリスマス!自分の物語の進行の遅さが酷く恨めしい!
......うぅ、と、とりあえず今回もクリスマス回ですっ。あと二話程度で完結させる予定なので、この話を投稿したらマッハで次話も書き進める所存!アイデアは固まっております!

では、どうぞ!



俺はいつものように、読者の皆さんへのあらすじ用に生み出された真っ白な空間の中にいた。

 

............正座しながら。

 

そして、身体を恐怖で震わせながら正座をする俺の前には、一人の美少女が豪奢な椅子に足を組んで腰を下ろしている。

目の前の美少女–––––––読者様代理(柊 伊織)が、本来ならば彼女が絶対に俺に向けることはないレベルの冷えきった視線で俺を()めつけながら言ってきた。

 

 

「............ねぇ、クスノキくん」

「............なんでしょうか」

「クスノキくんさぁ、前のお話が更新されてからどれくらい経ったのか......ちゃんと把握してるの?」

「に、二ヶ月程、かな......」

 

 

バンッ!(柊が両の手の平で机を思いっ切り叩く音。ちなみに、先程まで俺たちの周辺に机など無かった)

 

 

「二ヶ月!二ヶ月だよクスノキくん!覚えてるクスノキくん、キミはこの小説を書き始めた際に週一更新を目指しますって言ってたんだよ!それが今やコレだよ!」

「大変申し訳ございません!仰る通りです!」

 

 

厳密にはこの小説を生み出しているのは俺ではないが、柊の叱責に謝罪の意を込めて素直に頭を下げる。今現在、俺は作者代理として読者様代理の柊から更新が遅れたことに対する説教を受けている最中なのだ、反論するなどおこがましいにも程がある。

俺が頭を下げている間も、柊は未だ憤慨した様子で頭上から俺を叱責してくる。

 

 

「それにクスノキくんったら、ここに書けないからって年越しストーリーとかバレンタインストーリーとか、皆自分で妄想するだけして満足してたでしょ!まったく、キミはどんな妄想してたのさ!まったく!」

「そりゃお前、飛鳥や詩音からの『チョコと一緒に私を食べて♡』的なアレだよ決まってんだろ」

「だろうね!............ボ、ボクのことは?」

「待て、記憶を掘り起こす。............あぁ、お前は正月に餅を喉に詰まらせて亡くなっていたな」

「............ッ!............ッ!」

「ゲハァッ⁉︎待て柊ゴフゥッ!無言でボディブローを打ち込んでくるのは止めぐふぁッ⁉︎」

 

 

何故か涙目で俺に腹パンを打ち込んでくる柊を同じく涙目で抑えつつ、俺は作者から受け取っていた紙を懐から取り出す。反省会も程々に、そろそろあらすじ説明としての役割を果たさなくては。

 

 

「あー。『更新が大幅に遅れてしまい大変申し訳ございません。まだこの作品を覚えて下さっている方が何人いることやら......さてさて、今回と次回の話でクリスマス編を終わらせる所存です、コレを書いている時点ではどれほどの長さになるか検討は付きませんが、それなりに長くなることでしょう』......これあらすじじゃねぇだろ!」

「誰がキミの心情やら予想やらを語れって言ったのさ!もういい加減頭に来た!クスノキくん、お仕置きだよ!今から作者クンにお仕置きしに行こう!ボク、あの人が今いる場所知ってるよ!」

 

 

何故お前が奴の居る場所を知っているのかだとか、お前が持っているハリセンが鉄製なのはどういうことなんだだとか言いたいことは色々あるが、俺もそろそろあの作者の怠惰具合には我慢の限界が来ていたところだ。

俺は柊からスタンガンと丈夫なロープを受け取り、奴を制裁するべく歩を進め始めた––––––––。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

はい茶番はこのくらいにして。

 

 

「前回までのあらすじ。八雲(やくも)千秋(ちあき)の妹の千春(ちはる)ちゃんに出会いました。まぁそれはともかく、いよいよクリスマス会でございます」

「......え、急にどうしたの楠くん......」

「お兄ちゃん、どこに話し掛けているんですか?」

 

 

現在俺は、八雲の母校である来栖小学校に忘れてしまったいたスマホを回収して駅まで全力ダッシュ、ギリギリで電車に乗り込もうとしていた柊たちとの合流に成功し、電車の中で吊り革を握っていた。おっと、駆け込み乗車はしてないゾ?お兄ちゃんってのはいつでも愛する妹に誇れる立派な男でなければならないからな。えっ、作者はどうなったかって?ばっかお前、妹の前でグロい話が出来るかよ。

と、俺の前の座席に座っていた八雲(見送りのために同行してくれているらしい)が、軽く驚いたような表情で俺に声を掛けてきた。その時、八雲の身体からフワッと柑橘系の良い匂いが漂ってきたうわ何コレが女の子の匂いかうおおお。

 

 

「......ていうか楠くん、ハルと会ったの?」

「ハル?......あぁ、千春ちゃんの事か?一応会ったぞ。お前とは真逆というか......性格面で全く似てない妹だな」

 

 

少なくとも八雲に姉がいたとしても、本人の承諾無しに私の姉と結婚しろなどとは言わないだろう。

 

 

「あはは......ハルはどちらかと言ったら私よりも飛鳥(あすか)ちゃんに似てる感じだからねー......」

「かもな。落ち着きの無さとかそっくりだ」

 

 

俺と八雲がそんな感じで談笑していると、八雲の隣に座っていた、俺が愛するエンジェルシスター詩音(しおん)と、俺の横に立ち、勝手に俺の服に大量のアップリケを縫い付けていた大魔王(ひいらぎ)が興味を惹かれたようにこちらに顔を寄せてきた。お前コレ後で外しとけよ。

 

 

「なになに?クスノキくん、ちーちゃんの妹さんと会ったの?どーだったー?可愛かったー?」

「ん、まぁな。流石は八雲の妹だと言うべきか、結構可愛かったぞ」

「やだもうクスノキくんったら、ロリコンさん♡」

「ぶっ飛ばすぞ」

「千春ちゃんですか......私も会ってみたいです」

「あぁ、クリスマス会の時に会えるかもな。天使な詩音と子供特有の愛らしさが光る千春ちゃん。何かこう、可愛さの化学反応みたいなのが起きそうだ」

「......楠くん、何言ってるの......?」

 

 

いかん、詩音の楽しみそうな微笑みを見て、そのあまりの可愛さに脳が少々トランス状態に陥ってしまっていたようだ。詩音の可愛さはそろそろ麻薬の類に認定されそうだなと不安になりました。まる。

と、そんなことを話している間に電車が停止した。俺たちはここで降り、今度はバスに乗り込んで帰宅するだけなのだが......。

 

 

「......あの、楠くん。ちょっと時間貰えるかな」

「ん?別に良いが......」

 

 

電車から降りた所で八雲に服の袖をくい、と引かれ立ち止まる。何かしらん。

 

 

「ちょっとだけ楠くんに聞きたいことがあるんだ。すぐ終わると思うんだけど......」

 

 

そう言って八雲が柊たちに、ちらと視線を向ける。......なるほど、あまりあの二人には聞かれたくないことらしい。

俺は八雲から視線を外し二人に声を掛ける。

 

 

「......まぁ、っつー訳で俺はもう少しここにいるよ。もうバスが来ちまうし、詩音と柊は先に帰っててくれ」

「ぶぅ......何か帰りの時は中々お兄ちゃんと一緒になれてない気がしますが......分かりました」

「おっけー。じゃあ詩音ちゃん!ボクたちは二人で百合百合しい時間を過ごそうね!」

「い、嫌です」

 

 

二人は素直に俺の言葉を聞き入れてくれ、柊が詩音に寄り添うような形でバス停へ向かうべく、駅のホームの階段の方へと歩いていった。......柊×詩音。アリだとは思うが、俺が妹を寝盗られたことによる嫉妬と憎悪で闇堕ちしてしまいそうなので、お兄ちゃんは許しません(決意)。

んでもって、二人が俺たちの視界から消えた後。

 

 

「うし。これでいいか?八雲」

「あ......気、遣わせちゃった、かな。別に深刻な内容とかでも無かったんだけど......」

「うんにゃ、だったら良いんだ。俺が勝手にやったことだからな。で、聞きたいことって何だ?」

 

 

俺が駅のホームの柱に身体を預けながらそう問うても、しばらく逡巡(しゅんじゅん)した様子を見せる八雲に少し戸惑う。いつもなら割と思い切りの良い感じがするのだが......ま、まさか愛の告白だったりするのかしら!あの八雲がここまで躊躇うことなんざそう無いし......ここは男として、毅然(きぜん)とした態度で聞いてやらなければ「そ、その......自意識過剰かも知れないんだけど、ハルから......私と結婚してあげて、とか言われなかった、かな」はいはい知ってた知ってた。

 

 

「あー、うん。言われたっちゃ言われたんだが......」

「うううう~っ......ハルだったらもしかしてって思ったけど、やっぱり......」

 

 

俺がそう答えると、八雲が赤面し、顔を両手でぱっと覆ってしまった。おぉ......こうして見るとやっぱ八雲って仕草一つを取っても可愛いな......どっかの柊にも見習って欲しいものである。いやもう言っちゃってんじゃねぇか。というか......。

 

 

「やっぱりってことは、何だ。その......ああいう事を色んな男に言っちゃってんのか、千春ちゃんは」

「......いや、家では『おねーちゃん、そろそろだれかとつき合ったりしないの?』とか、『おねーちゃん。すきな人、できた?』とか言われるんだけど......」

「八雲の男友達に手当り次第声を掛けてたって訳でもない?」

 

 

俺の言葉にこくりと頷く八雲。

というか、千春ちゃんはどれだけ八雲を男とくっ付けたいんだよ......まぁ、あの子から聞いた普段の八雲の様子だと、少々八雲の将来が不安に思えてきてしまうのは分からなくもない。だから、きっと千春ちゃんは八雲のためにそういうことを言っているのだろう。

と、俺がそんなことを考えていると、八雲が妹の暴走っぷりを恥じる様に再度頬を赤く染めつつ。

 

 

「......え、えっと。ハルの言う事は全部無視しちゃっていいからっ。その、私まだ......こ、恋とかそういうの分かんないし......」

「あ、あぁ......」

 

 

そう八雲に返事はしたものの、元よりそこまで意識していなかった千春ちゃんの言葉だが、そう言われるとむしろ意識し始めてしまう。

想像してみよう。もし八雲と付き合ったら......。

 

 

『......楠くん』

『ん、何だ?八雲』

『......わ、私たち、付き合い始めてから結構経った、よね』

『ん。まぁな。それがどうかしたか?』

『......そ、そろそろ名前で呼び合ってみるのなんてどうかなー......って思い、まして』

『お、おぅ。そうだな、それも良いかもな......ち、千秋』

『......うんっ。祐介くん......えへへ』

『改めて名前で呼ぶのは少し気恥ずかしいな......』

『......そうかな?私は、嬉しいよ?』

『『『見せつけてんじゃねぇぞ楠ィィィッ!!!!』』』

『うおっ!? どっから湧いて来たテメェら!? ちょ、ま、ぎゃああああああああっ!』

『ゆ、祐介くーん!』

 

 

駄目だ、最終的に俺が嫉妬に狂った八雲親衛隊の連中に処刑される未来しか見えない......。

ま、まぁ、今そんなことを気にしていても仕方ない。とりあえず今日は帰るか。

 

 

「じゃ、じゃあ俺はそろそろ」

「う、うんっ。またね、楠くん」

 

 

お互い何となく真正面から顔を見るのが恥ずかしくなり、ロクに視線も合わせずに別れの挨拶を交わす俺と八雲。......やだもう何この空気むず痒い!八雲とは明日もクリスマス会の本番で顔を合わせることになるのに!

くそ、千春ちゃんめ......俺を不審者 of the ロリコン呼ばわりして脅迫してきた挙句、こんな状況を作り上げるとは......恐ろしい子!

 

俺はそんな益体も無いことをぼーっと考えながら、我が家に帰るべく、詩音たちの後に続くようにバス停へと向かった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『......ただいまー』

 

『......おかえり、ハル。部活動お疲れ様』

 

『......うん。おねーちゃんもクリスマス会のおてつだい、おつかれひゃは......っ!?』

 

『......捕まえた』

 

『......おへーひゃん、いひゃい。ほっへはひっはははいへ......』

 

『......ハル。今日楠くんに会ったでしょ。それで、私と結婚してーって頼んだでしょ』

 

『............................................た、たのんでない』

 

『......こっち見てもう一度言ってごらん』

 

『......うぅ〜っ!』

 

『......まぁ、楠くんに既に聞いたんだけどね。そもそもハルに楠くんって名前が通じた時点でおかしいし』

 

『おねーちゃんがげーむばかりしてるのがわるい』

 

『開き直った!こら、待ちなさい!』

 

『............やだ』

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

俺が八雲と別れた後、しばらくバス停で待機し、詩音たちが乗り込んだものより一本遅いバスに乗って家に戻ると、今日は特に用事が無かったということで、朝から家で中学の課題を消化していた飛鳥がキッチンに立っt––––––––

 

 

「飛鳥ッ!?」

「うひゃぅっ⁉︎ お、お兄ちゃん、帰って来てたの⁉︎お、おかえり......」

「あ、うん、ただいま......じゃねぇ!何で飛鳥がキッチンに立ってる⁉︎まさか料理をしてたんじゃないだろうな⁉︎」

 

 

帰宅した瞬間に眼前に展開されていた悪夢のような状況に脳の処理が追いつかなくなる。飛鳥だって自分の壊滅的な料理の腕は把握しているはずだ。なのに、何故キッチンなどという彼女にとっての禁足地に......!?

俺が狼狽えていると、飛鳥は軽く頰を膨らませながら「むー!」と言いつつ抗議をしてきた。

 

 

「あ、飛鳥だって自分の料理の腕くらいもう分かってるもん!......きょ、今日はちゃんと詩音ちゃんに手伝って貰ってるの」

「あぁ? つっても、その詩音は......「ここにいます......」お、おぅ......」

 

 

俺が飛鳥を追及しようとした時に、脱衣所へと続く扉が開き、疲労に満ち満ちた表情を顔に貼り付けながら現れた。俺といた時とは服装が違うようだが、俺のいない間に一体何があったのだろうか。

 

 

「し、詩音」

「言いたいことは分かります......事の発端はもちろんお姉ちゃんの料理にあります」

「だろうな。そもそも俺と大して変わらん時間に帰ったはずの詩音が飛鳥の料理を手伝えるハズもないし、どうせまた料理を爆発でもさせたんだろう」

 

 

俺がそう言うと、嘘つきの飛鳥さんは目を逸らしたまま「う゛っ」と妙な声を漏らした。コイツは......。

 

 

「しかし何だ。っつーことは、詩音が帰宅し、キッチンへ向かった瞬間に飛鳥が料理を完成させちまったってことか?バッドタイミングにも程があるな......」

「いえ、少し違います」

「?」

「お姉ちゃんの料理は私が来た時には既に完成していたんです。それでお姉ちゃんも喜んでいたのですが......」

 

 

〜 数十分前 〜

 

 

『ただいまです......お姉ちゃん⁉︎ 何でキッチンに立っているんですか⁉︎ やめてくださいしんでしまいます!』

 

『死なないよ⁉︎ 違うよよく見てよ詩音ちゃん!ほら見て、飛鳥、やっとお料理を完成させることが出来たんだよ!』

 

『えっ?こ、これは......ショートケーキ、ですか?』

 

『うんっ!もう明日はクリスマスイヴだし......お兄ちゃんと詩音ちゃんは小学校のクリスマス会って頑張って来るんでしょ?それで、私からのせめてものプレゼントを......って思って、ケーキを作る練習をしてたんだ』

 

『お姉ちゃん......っ(´;ω;`)』

 

『えぇ!? な、何で泣いてるの詩音ちゃん!?』

 

『何でもないです......そ、そうです!お姉ちゃん、このケーキ食べてみても良いですか?明日のための練習だということは承知していますが......折角のお姉ちゃんの努力の結晶なのですし......』

 

『う、うんっ!じゃあ切っちゃうね!』

 

『あっ、包丁の扱い方は大丈夫ですよね!? ケーキなので猫の手にはしなくて良いですが、怪我をしないように細心の注意を払ってゆっくりと刃を落として......!!』

 

『詩音ちゃん過保護過ぎだよ!い、一応飛鳥の方がお姉ちゃんなんだからね!? まったく......んしょっ』

 

ドカンッ

 

 

.......

.............

............................

 

 

「というわけなのですよ」

「すまん、まったく分からん」

 

 

何が分からんって「んしょっ」からの「ドカンッ」が分からん。そこに至るまでの過程を丸ごとすっ飛ばした突然の爆発オチは止めて頂きたい。

 

 

「つまりですね......今までお姉ちゃんの料理は今まで完成直後、または完成してからしばらく経ったら暴発する仕様になっていたじゃないですか」

「そうだな」

「し、仕様とかそういうのじゃないもん!ただ普通に使ってもああなっちゃうだけで......」

 

 

それを仕様と言うんだ。

俺が溜め息を堪えながら飛鳥を見ていると、詩音が説明を再開し出す。すんません邪魔しました。

 

 

「つまり、今回は『一定以上の衝撃を与えると爆発する』仕様になっていたということです。お姉ちゃんが包丁を入れた、その行動が起爆スイッチになったのですよ」

「えぇ......」

 

 

何故彼女の料理の進化する方向はこうも斜め上なのだろうか。俺は飛鳥には料理の腕を向上させて欲しいのであって、料理の爆発物としての性能を向上させて欲しいわけではないのだが。

まぁ、要するに時間差で爆発して飛び散ったケーキが詩音の服に大量に付着してしまったため、着替えるために今まで脱衣所にいたらしい。ちなみに、同じくケーキの傍にいた飛鳥は咄嗟の判断で流水〇砕拳(りゅうすいが〇さいけん)なる拳法を使用、ケーキの破片を全て叩き落とすことで事無きを得たらしい。詩音を守ることは出来なかったと嘆いていたが、まずいつの間にそんな拳法を習得していたのかを俺は問いたい。

 

 

「はぁ......まぁ、飛鳥のその気持ちだけで十分だよ。俺が帰った後手伝ってやるから、詩音も入れて三人で一緒に作ろうな?」

「う、うんっ!一緒に作ろーね!」

 

 

飛鳥は俺たちのプレゼントとしてケーキを作ろうとしてくれていたのに、俺たちが手伝うのもどうかと思うのだが......そうでもしないと周囲への被害に気を配れないし、彼女も喜んでいることだ、まぁ良いだろう。

それに......明日は詩音が家に来て初めて迎えるクリスマス・イヴ、その次の日はクリスマスだ。

 

 

「......俺たち兄妹三人の思い出作りをするのも悪くない、よな」

「? お兄ちゃん、何か言いました?」

「いいや?うし、そうと決まればレシピを考えとこうぜ!飛鳥、詩音、どんな種類のケーキが良い!? 俺は勿論––––––––」

 

「「「ショートケーキ!」」」

 

 

明日という日が、俺たち兄妹にとっての特別な日になりますよう––––––––頼みましたぜ、サンタさん!

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

〜 翌朝 〜

 

 

「......すかー......」

「......で、テンションが上がってケーキのレシピを深夜まで考えてたら、寝坊しちゃったってこと?」

「は、はい。私は割と朝に強い方なので普段と変わらず起きることが出来たのですが、お兄ちゃんは......バスを降りるまではまだ起きていたのですが、柊さんと合流する直前にこの通り、寝てしまいまして」

「おかげで合流したボクと詩音ちゃんでクスノキくんを電車内に運ぶことになっちゃったね。まったく......呼んでも全然起きないんだから」

 

 

......む......ここはどこだ?俺はさっきまでバスに乗っていたハズなのだが。今日はクリスマス・イヴ、来栖小学校でのクリスマス会の日だ。次は電車に乗り換えなければ......。

 

 

「......んっ......」

「あっ、クスノキくん起きそう。......クスノキくんの寝顔って結構可愛いんだね」

「はい......ちょ、ちょっとだけ、頰を突いたりしても怒られないでしょうか」

「.................................大丈夫でしょ」

 

 

柊と詩音の声が聞こえる気がする。もしかして俺は今寝てんのか。意識が混濁してるのか状況がイマイチ掴めんぞ。

 

 

「うわ、クスノキくんのほっぺた柔らかい。それにスベスベ......女の子みたいだね」

「お兄ちゃん......コレは我慢出来ませんっ(ダキッ)」

「あっ!何してるの詩音ちゃん!ず、ズルくない!? クスノキくんが寝てる時にそういうことするのは、その、何かズルいと思うなー!」

 

 

ゴフッ、突然腹部に謎の衝撃が。何かが俺に抱き付いてきてるような......しかし今ので意識がはっきりしてきたぞ。もう少しで目を覚ますことが出来そうだ......。

 

 

「何故伊織(いおり)さんがズルいと思うのですか?それに、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんですから......ふふ、柊さんは所詮はお兄ちゃんのクラスメイト。こんなことまでする度胸は無いでしょう?」

「! 言ってくれるね詩音ちゃん!ボクを舐めて貰っちゃ困るね、クスノキくんに抱きつくのなんてボクにとっては朝飯前だよ!......い、いくよ〜......うぅ......」

「......ふっ、いつものようにじゃれつくならともかく、意識して抱きつこうとすると緊張して出来ないのでしょう?」

「むー!そんなことないしっ!せーの......っ!」

「何してんのお前」

「(声にならない悲鳴)」

 

 

俺が目を覚ました刹那、何故か赤面しながら俺に身を寄せて来ていた柊が、俺の顔を見た途端文字には表せないような奇怪な声を上げて俺から距離を取った。電車の中では静かにしなさい。

 

 

「......おい、ひいら「わー見てクスノキくん鳩さんが飛んでる!ほら、あそこあそこ!」ぐああああ首が引き千切れる!首から手を離せ柊ぃ!」

 

 

そんな柊に声を掛けようとすると思いっ切りネックロックを極められた。どうやら今の柊の姿については問いただしてはいけないモノなのだろう。アレはアレで可愛かったが。

 

 

「ぐうぅ......俺、寝てたのか」

「そ、そうだよっ。クスノキくんったら昨日深夜までケーキのレシピを考えてたんだって?」

「そのせいでお兄ちゃんは睡眠不足になっていたのですよ。まぁ、おかげで良い思いが出来たのですが」

 

 

先程のネックロックで起床前に朧げながら残っていた記憶が完全に吹き飛んだため、詩音の言葉の意味がよく理解出来ない。手掛かりはこれまた先程の柊の、やたら女の子していたあの表情のみである。

 

 

「............」

「な、何さクスノキくん。そんなにボクの顔をジッと見て。......は、恥ずかしいから止めてよ......」

 

 

誰だこの美少女......。

俺が困惑していると、目的の駅に到着したのか電車が停止した。すると柊が。

 

 

「さ、さぁクスノキくん、詩音ちゃん!早く降りよっか!ちーちゃんが待ってるよー!」

「おい、慌てるなって......」

 

 

俺と詩音は何故か再び頰を赤く染め始めた柊に手を引かれながら、来栖小学校へと向かうのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「......あっ、楠くん。......お、おはよ」

「お、おぅ。おはよう」

 

 

しばらくして小学校へと到着すると、校門の前に既に八雲が立っていた。昨日の千春ちゃんの件で少々気恥ずかしさが残るが、何とかおう互い目を合わせて挨拶をする。

 

 

「ちーちゃんおはよっ!」

「......おはよう、伊織ちゃん。詩音ちゃんも」

「おはようございます。......まさか八雲さんとも何かあったのでしょうか......」

「......? 何か言った?詩音ちゃん」

「ナンデモナイデス」

「..............?」

 

 

何かを探る様な目付きの詩音を訝しげに思いつつ、俺は八雲たちと共に校門から学校の敷地内に入る。まだ小学生たちは来ていないようだが、このまま俺たちはクリスマス会の会場となる体育館へ向かう様に前以て羽原(はばら)先生に言われている。

そして、体育館の前まで行くと。

 

 

「おはよう、待ってたわよサンタさんたち」

「え、その格好で言っちゃいます?」

 

 

クリスマス会の衣装なのか、サンタのコスプレをした黒縁眼鏡を掛けた、表面上は光男さんと似た雰囲気を持つ女性–––––––羽原先生がやたら格好良く体育館の壁に身体を預けて立っていた。......が、少し頰に朱が刺している。小学校のクリスマス会の衣装とはいえ、大人になってのコスプレというのはやはり少々恥ずかしいのだろう。ここは褒め言葉の一つでも言うべきだろうか。

 

 

「似合ってますよ羽原先生」

「楠くん、それは皮肉かしら?安心しなさい、貴方たちの分の衣装もちゃんと全員分用意してあるわ」

「道連れにしないで下さいませんかねぇ⁉︎」

「私も昨日この衣装を着るように言われてね。その時から既に貴方たちにもこの衣装を着て貰おうと思ってたわ。鬼ごっこイベントの際にどうせ着るのだし、別に良いでしょう?」

「それとこれとは話が別だ‼︎それに、詩音の分は俺が既にもっと可愛いのを用意してるんですよ!」

「お兄ちゃん⁉︎私、初耳なのですが!」

 

 

俺が羽原先生への反論と共に、詩音のために仕立てておいたミニスカサンタのコスプレ衣装を懐から取り出すと、詩音が俺の横で困惑気味の声を上げる。何を言うか、コレは......、

 

 

「何を言ってるんだ詩音。この衣装に見覚えがあるだろう?ほら、二話前でバスの中で俺が持ってた......」

「..................あああああ!あの時のサンタの衣装⁉︎ あれ伏線だったんですか⁉︎」

「うっわ、これ手作りの衣装じゃん。しかも無駄に出来が良い......クスノキくんの熱意が伝わるようだね」

「......楠くん、変なところでスペック高いね......」

「私が衣装代一着分を損してしまったけど、コレはコレで可愛いから、完全な無駄にはならなかったわね」

 

 

俺作の衣装のあまりの出来に度肝を抜かれたのか、女性陣が口々にそんなことを言い始める。というか羽原先生、全員分の衣装ってのは自腹だったんすか。そこまでして俺たちを道連れにしたいんすか。

 

 

「さて、入りましょうか」

「そうね。他にも教師が何人かいるけどそこまで気にしないで良いわ。今日は授業も無いし、割と皆休日みたいな気分なのよ。......仕事は他にも大量にあるけどね。......へっ」

「うっ、社会の闇が垣間見えた......」

 

 

そんなこんなで羽原先生に誘導され体育館の中に入ると、内部はクリスマス会仕様なのか、そこら中に様々な飾り付けがしてあるのが確認出来た。へぇ、中々凝ってるな。......飛鳥か詩音の誕生日の際にはこれの数倍規模の飾り付けをしよう(確固たる決意)。

と、そのまま俺たちは体育館のステージの奥に案内され、詩音以外の三人にサンタクロースの衣装が手渡される。

 

 

「じゃ、子供たちが来る前に着替えちゃって頂戴」

「ひゃあ、女子の衣装はスカートなんですか」

「......鬼ごっこの範囲ってこの小学校の敷地全体なんだっけ。......校庭走る時、寒そうだなぁ」

「良かったな詩音。どちらにしろ衣装はスカートになってたみたいだ」

「こっちの方がすっごい短いじゃないですか。お兄ちゃんの手作りじゃなかったら恥ずかしくて着てられませんよ......」

 

 

俺の手作りだから着てくれるのか。あまりの嬉しさにブレイクダンスを敢行した挙句にヘッドスピンに失敗、首の骨が外国映画の『エクソシスト』みたいな感じになる未来まで視えたが、それをグッと堪え、他の三人とは別の更衣室に入って衣装に着替え出す。

赤い上下の服に同じく赤の帽子。付け髭もあるが、モサモサして鬱陶しいので鬼ごっこの時は外してしまってもいいだろうか......とにかく、それらを身に付けて再びステージに出ると、まだ誰も出て来ていなかった。まぁ、こういうのは女子の方が時間が掛かるものだと言うし、気長に待っていよう。

 

 

「〜♪〜♪」

 

 

......と、俺が何の気無しに口笛を吹きながら残りのメンバーを待っていると、突然背中をつん、と指で突かれた。

誰だろうか、羽原先生かな?

そう思い、口笛を中断し、背後を振り返る。そこにいたのは......。

 

 

「......おはよーございます」

「............千春ちゃんじゃないですかー」

 

 

そこにいたのは八雲千春ちゃん。数々の小学生とは思えないような面を持つ、今のところ(くすのき)祐介(ゆうすけ)内の警戒レベルがMAXの八雲の妹である。

しかし、何故千春ちゃんがここに。時刻はまだ7時半少し過ぎ。クリスマス会が始まる8時20分にはまだまだ時間があるはずなのだが。

 

 

「な、何か千春ちゃん来るの早くない?あと少しくらいお家で待ってても良いんじゃないかな?」

「......おにーちゃんの匂いがした気がした。チハルは、おにーちゃんとおねーちゃんのそばには、だいたいいる」

「なにそれこわい」

 

 

あと俺の匂いがしたって何だ。もしかして俺の体臭がキツいんじゃないかと不安になるからそういうこと言うのは止めて頂きたい。というか......

 

 

「本当に何でもうここにいるの?まだ他の子供たちは来てないのに......何か用事でもあった?」

「......とらっぷの、かくにん」

「......トラップ?」

「......チハルは、今日やるおにごっこのせんしゅだから。まえもってしかけておいた、学校の中にあるとらっぷとかのばしょをかくにんするために、早めにきてる」

「.........................」

「......おにーちゃん、きゅうにへんな顔しだして、どうしたの?おなか、いたいの?」

 

 

学校の敷地内にトラップが仕掛けられているということは羽原先生から聞かされていたが、まさかこの子が仕掛けたモノだったとは。確か今回の鬼ごっこイベントはチーム戦だったハズだが、まさかそのトラップとやらは他のチームを蹴落とすためのモノでもあるのだろうか。だとしたら相当腹黒い。

俺が目の前の女の子が本当に小学生なのかを見極めようとしていると、千春ちゃんが俺の背後に視線を向け。

 

 

「......あ、おねーちゃんと......誰?」

「えっ。......お、おぅ、八雲。柊と詩音も一緒か」

「うん......ハル、もう来てたの?」

「わぁ、クスノキくんサンタ服似合ってるねー!......って、その子誰?何かちーちゃんの小っちゃい版みたいな......」

「......もしかして、その子が話に聞いていた八雲さんの妹さんですか?」

 

 

俺が千春ちゃんと話している内に既に背後から接近して来ていたのか、振り向くと存外近くに八雲たちがいた。三人共サンタ服を着用しており、それぞれかなり可愛い。柊だって黙ってれば可愛いんだから、普段から口にガムテープでも貼っときゃ良いのに。

 

 

「大きなお世話だよ。それで、クスノキくん。やっぱりこの子が千春ちゃんなの?」

「あぁ。......千春ちゃん、このお姉さんたちも俺のクラスメイトと妹だ。名前は柊伊織と楠詩音。よろしくしてやってくれ」

「......ん、よろしくする」

 

 

俺の脳内が柊に読まれることは日常茶飯事なので、適当にスルーしながら柊たちに千春ちゃんを紹介する。まぁ、目の前に千春ちゃんの実姉である八雲がいるのに俺が紹介するのも少々変だが、流れでということで。

 

 

「......おにーちゃんも、おねーちゃんとよろしく(意味深)しても、いいよ?......いいよ?」

「子供が(意味深)とか言うんじゃありません」

 

 

八雲(本人)が目の前にいるのにそういうこと言うの止めてくれませんかねぇ......本当にさぁ......!

と、そこで唐突に千春ちゃんの姉である八雲が彼女に接近し、黒いオーラを滾らせながら千春ちゃんの耳元に口を寄せ。

 

 

「......ハル?」

「(ビクッ)..................なに?おねーちゃん」

「......お姉ちゃん、昨日何て言ったんだっけ?」

「......今日、もしおにーちゃんに会っても、いい子にしてなさいってゆってた......」

「............良 い 子 に し て て ね ?」

「......ち、チハルは、いい子。だから、とらっぷのかく認作業にもどることにする。......ばいばい、おにーちゃん」

「お、おう」

 

 

何だろう......二人の会話の内容は近くにいた俺でも聞き取れなかったが、八雲の言葉に千春ちゃんがえらく怯えていたのは確認出来た。恐らく千春ちゃんがまた八雲のことを俺に推さないように釘を刺したのだろうが......ま、まぁ、八雲と結婚してやら何やらっつー内容の言葉を、出来れば詩音や柊の前で言って欲しくないのは俺も八雲も同じだ。今日のところは、千春ちゃんには少し大人しくしていてもらおう。

 

 

「ねぇクスノキくん。クスノキくんってさ、昨日一度千春ちゃんに会ったって言ってたよね?」

 

 

..............................嫌な予感がする。

俺は頬を引き攣らせながらも、声は震えないように注意を払いながら、問いかけてきた柊に言葉を返す。

 

 

「ま、まぁな」

「けどさぁ、千春ちゃんも何か不自然に懐いてたっぽいし、さっき(意味深)とか言ってたし......ただ『会った』だけじゃないでしょ?」

 

 

鋭すぎんだろオイ。

 

 

「どういうことですかお兄ちゃん⁉︎ま、まさか小学生もストライクゾーンなんで「断じて否」

「んー......ねぇねぇちーちゃんっ♪ちーちゃんも何か知ってるっぽいよねー?クスノキくんと千春ちゃんに何があったの?おーしえて?」

「......ナンノコトカナー」

「......ぶー」

 

 

そこまで千春ちゃんの発言を隠し通しておきたいのか、八雲。別に教えても特に害は無いだろう......と思ったが、柊なら面白がって俺と八雲をくっつけようと千春ちゃんと手を組み出す可能性すらあるな......やはり黙っておこう。

と、俺がコスプレ of ミニスカサンタの女子勢と戯れていると、俺たちの前方から何枚かの書類を小脇に抱えた羽原先生が歩いて来た。俺たちが着替えている間に、色々イベントについてまとめていたりしていたのだろうか。

 

 

「あら、もう着替え終わっていたの。もう少し余裕があると思っていたのだけれど、ごめんなさいね」

「あぁ......いえ、別に良いですよ。んで、俺たちはコレでイベント開始の時間まで待機ですか?」

 

 

申し訳無さそうな表情をし出す羽原先生に俺たちは気にしていないと首を横に振り、今後の予定を問う。その言葉に羽原先生は掛けていた眼鏡に手を当て、一瞬だけ思考するような素振りを見せると。

 

 

「......まぁ、そうね。特にその時まで予定も無いし、待機してて貰えるかしら。昨日の応接室が空いてるからそこで......あぁ、お望みなら保健室のベッドや体育倉庫も空けておくわよ?」

「場所の選定に悪意がありませんかねぇ⁉︎」

「ジョークよ。私だって教師なのだし不純異s「本当ですか⁉︎ではお兄ちゃんと共に保健室に......!」

 

 

..........................................。

 

 

「......おい、詩音」

「......では、応接室に向かいましょうか」

「..................」

「..................」

「..................」

「......体育倉庫の方が良かったですか?」

「そういう問題じゃねぇよ」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

数分後、俺たちはサンタのコスプレ姿のまま、昨日羽原先生からクリスマス会の説明を受けていた応接室のソファに腰を下ろしていた。まぁ、誰もいないとはいえ、小綺麗な様相のこの部屋を無闇に汚す気にもなれず、全員がまるで何かしらの式典の際にするようなピシッとした格好で座っていたため、(くつろ)ぐという程でもなかったのだが。

そんな中、八雲がぼそりと呟いた。

 

 

「......楠くん、サンタさんの格好似合ってるね。子供たちも本物のサンタさんだと思ってくれるんじゃないかな」

「そうか?」

「あー、でもボクも分かるかもー。お爺さんって訳じゃないんだけど、クスノキくんってこう、老成した雰囲気っていうか......包容力っぽいのがあるんだよっ」

 

 

八雲の発言に便乗するようにそう言う柊に、俺は眉をひそめる。というのも、

 

 

「包容力ねぇ。生憎だが、俺はお前の悪魔っぷりを許容出来る程の大器の持ち主じゃないんだよなぁ」

「ひっど!ボク、最近はクスノキくんにそんな酷いイタズラとか仕掛けてないじゃーん!」

「確かにそうだが、一度形成された警戒心というものはそう易々と解かれるものじゃないんだよ。今俺が包み込んでやりたいのは、他でもない妹たちだけだ(ダキッ)」

「あふぅ。お兄ちゃんに包み込まれるの、いつやられても温かくて気持ち良いです......」

「くそぅ、このシスコンめ!」

 

 

そう言って立ち上がり、ソファに座っていた詩音を背後から抱き締める俺を見て、柊が何故か悔しそうにソファをボスボスと叩き始めた。ホコリが舞うから止めなさい。

 

 

「......ねぇ、皆。コレ、何かな?」

 

 

と、そんな中、八雲が応接室の壁のある一点を凝視しているのに気付く。その視線の先には......。

 

 

「......スイッチ、か?」

「......みたいですね。でも、この部屋の明かりを点けるモノはあっちですし......何のスイッチでしょう?」

 

 

......明らかに怪しげな赤いスイッチボタンが設置されていた。しかもその上部に『おして!』と平仮名で書かれている。コレは......

 

 

「ねぇねぇクスノキくん。それってもしかして、小学生たちが学校内に仕掛けたっていう......」

「......サンタ(俺たち)を捕獲するためのトラップだろうな」

 

 

壁に近づき、顎に手を当ててスイッチをじーっと観察しながらそう柊に返す。

まぁ、まず間違いないだろう。こんなあからさまな罠に引っかかるか否かは別として、このスイッチを押せば何らかのトラップが発動するのは確実であるはずだ。こんなのを小学生が製作したというのは驚きではあるが......所詮は子供、クオリティはこんなものか。ちょっと安心。

そう思い、苦笑しながら顎に置いてあった手を壁に預け「カチッ」なにいまのおとー?

 

 

「......く、楠くん......壁が凹んで......」

「......どうした、八雲」

「クスノキくん、露骨に壁から目を背けるの止めなよ。なるほどねー。スイッチはフェイクで、本当は何の変哲も無いように見せかけた壁の方に隠しスイッチがあったわけか ......お見事っ!」

「お見事っ!じゃねぇよ!おいどうなるんだコレ、モロトラップに引っかかったぞどうなるんだあああああ––––––––!」

「お、落とし穴⁉︎お兄ちゃーん!」

 

 

突然の浮遊感。

俺が壁に隠匿されていた隠しスイッチを押した瞬間、足元の床がパカッ☆と開き、俺の身体は猛スピードで穴の底に落下していった。そしてしばらくの間、その浮遊感を味わい––––––––、

 

 

「ああああああああ–––––––......げるぐぐっ⁉︎」

 

 

––––––––先程まで座っていたソファよりも遥かに柔らかい素材の上に顔面から着地した。痛みはない、が......。

 

 

「こ、怖ええええええ!ガチやんけ!小学生たち、ガチのトラップ仕掛けとるやんけ!アカンわこんなん怖すぎるわ帰らせてーな!」

「落ち着いて下さいお兄ちゃん、混乱で口調がエセ関西弁になってしまっています、落ち着いて下さい!」

「お、思ったより深かった!おーい、クスノキくーん、大丈夫ー?怪我してないー?」

「......私、ロープか梯子(はしご)取ってくるね......!」

 

 

俺の頭上......先程まで俺も立っていたハズの場所から詩音たちの声が聞こえてくる。結構な深さだ。これで後々、子供たちはココに落とされた俺たちを捕獲するつもりだったのだろうか。モンスターハンターというかもうハンターがモンスターなまである。

とにかく今は早くココから引き上げて欲しい。ココ暗くて狭くてかなり怖いのよ.....。

 

 

「やばいクスノキくん!この梯子下まで届かないんだけど!キミそこから出れないよ!」

「頼むどうにかしてくれ!」

 

 

––––––––結局、俺がこの狭い空間から脱出出来たのはイベント開始間際になってのことだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

俺がトラップによる穴から脱出してからしばらくした後に、羽原先生が俺たちを呼びつけに来た。そろそろクリスマス会が開かれる時間らしい。

んでもって、クリスマス会の舞台である体育館に舞い戻り、ステージの裏からひょこ、と身を乗り出して体育館の中を覗いてみると。

 

 

「わぁ、もう皆集まってるねー!」

「あ、千春ちゃんいましたよ」

「......あー、この感じ懐かしいなぁ......」

「ねぇ、何か何人か小学生とは思えない体格の子がいるんだけど。まさかあの子たちが鬼ごっこの相手だったりしないだろうな」

 

 

既に体育館内は多数の小学生たちで溢れ返らんばかりになっていた。クリスマス会の開始を待ち切れないとばかりに、子供たちの姿がユラユラと落ち着き無く揺れている。

そんな様子を見ていると、羽原先生がマイクを持ち、俺たちの横に立った。

 

 

「さて、始めるわよ。......柊さんと詩音さん、始めのコール、やってみたい?」

「「みたいです!」」

 

 

生粋のイベント好きたる柊と、大規模なクリスマス会が初めてという詩音が放つ『やってみたいな......!』オーラに勘付いたのか、羽原先生が苦笑しながらマイクを二人の方に手渡す。それを受け取った二人は喜び勇んでステージに上がり。

 

 

『はーい皆ー!サンタさんだよーっ!』

『お、おはようごさいますっ!』

「「「サンタさん⁉︎」」」

 

 

当たり前だがそのミニスカサンタのコスプレ姿を小学生たちに晒し、大層子供たちを驚かせていた。唐突なサンタさん(憧れの存在)の登場に、会場の熱気は早くも最高潮に達する。早い早い早い早い。

そして、その勢いのまま––––––––。

 

 

『では皆!ボク......もとい、ワシたちと一緒に!』

『来栖小学校クリスマス会、始めていきましょう!』

「「「おおおおおおおおお––––––––っ!」」」

 

 

柊と詩音、そしてやたらノリの良い小学生たちの手によって、やっとこさクリスマス会の幕が上がったのであった。

 

 

 




いかがでしたか?
今回こそはクリスマス会の開始まで漕ぎ着けようと思ったら、何気に自己最高の文章量となってしまいました。......いや、本当にすみません。
では、次回は焦らしに焦らしまくったクリスマス会です。その前段階に3話も使いやがってとの罵声が聞こえますが、仰る通りなので土下座します。
では、今回はこの辺で!感想お待ちしております、ありがとうございましたー!


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兄と義妹とクラスメイトのクリスマス会(のお手伝い)4

もーいーくつ寝ーるーとー、春休みー終わるー(虚ろな目)
はい、長い休みの終わりが近づいてくると同時に学習意欲も限りなくゼロへと近づいて行くのを感じている御堂です。
今回も結構なボリュームのクリスマス回!4······いつぞやかのお兄ちゃん争奪戦と並び、最長の話となった訳ですが······その、まぁ、あとがきの方で言いたいことが。

えーと、とりあえず本編どうぞっ!



(くすのき)飛鳥(あすか)と!」

詩音(しおん)で送る!」

「「前回までのあらすじー!」」

 

 

どんどんぱふぱふー!

前回に引き続き、あらすじ用に柊が生成してくれた白き亜空間(ホワイト ボックス)内にて、俺の愛する妹たちが太鼓とラッパで場を盛り上げていた(可愛い)。

 

 

「······今回のあらすじはあの二人でやるのか」

「そーみたいだね。何でも、ボクたちにあらすじを任せるとまた前回みたいにちょっとした弾みでボコボコにされるからーって、作者クンが」

 

 

俺の呟きに、隣で飛鳥たちの様子をTV局で使われるような業務用カメラで撮影していた柊がそう返してくる。というか、ボコられたのは奴の自業自得だと思うのだが。

 

 

「まぁそれは良いんだけどよ。飛鳥と詩音の二人のあらすじとか、お茶の間に流したら何人かの読者様たちがキュン死してしまいそうで心配なんだが」

「しないよ。ていうか、生粋のシスコンのクスノキくんが死んじゃってないんだから大丈夫でしょ」

「ぐふぁッ!(吐血)」

「突然の死⁉︎」

 

 

突如大量の血を吐いて地面に倒れる俺を見て狼狽(うろた)え出す柊。だが、問題は無い。

 

 

「ふぅ。残機に余裕を持たせといて正解だったぜ。今ので軽く5回はキュン死したな······」

「クスノキくんはマリ○かル○ージなのかな?」

「1UPキノコが無ければ即死だった······」

赤い彗星(マリオ)?」

 

 

などと下らない漫才を繰り広げる俺たちに、飛鳥と詩音が軽く頰を膨らませつつ声を掛けてくる。何で君たちはいちいちそんなに可愛いんですか?

 

 

「もうっ。二人共ちゃんと撮影してよー!」

「そうですよっ。私たち、これでも緊張してるんですから......何テイクも完璧にこなせるとは限らないんですからね?」

「わ、悪い。······柊」

「りょーかいっ」

「じゃあ二人共、すまないけど2テイク目だ······3、2、1、キュー」

 

 

俺は二人に謝りつつ、柊と飛鳥たちに合図を送り、撮影を再開させた––––––––。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「––––––––あれっ⁉︎」

 

 

開幕驚愕。

柊と共にクリスマス会開催のコールをした我が妹、楠詩音が、ステージ裏に戻ってマイクを羽原先生に返した途端に急に何かに驚いたように声を上げた。どうしたんだ一体。

 

 

「どした、詩音」

「い、いや······先程私とお姉ちゃんであらすじを説明したハズなのですが、何故かソレが放送されていないような気がしまして......ちゃんとテープ残ってましたよね?」

「残ってたと思うが······」

「······え、二人共何の話してるの······?」

 

 

あわあわと落ち着き無く手を振りながら俺に訴える詩音に、俺は冷静にそう返す。······あぁ。

 

 

「カメラのテープは残っていても、あらすじ枠自体のスペースが残ってなかったのかもな······下手したら、俺がお前と飛鳥の撮影を再開させたとこまでしか放送されてない可能性まである」

「そ、そんなぁ······」

「······ねぇ、何の話······?」

「ちーちゃんちーちゃん。アレはね、この世界の裏側についてのお話なの。マトモに聞いてると怖い黒服のオジサンたちが来ちゃうよ?」

「······怖い······何が怖いって、そんな危険なことを平然と聞いたり話したりしてる楠くんたちが怖い······」

 

 

なんだか柊たちが妙なことを話しているようだが、今はクリスマス会が開始したばかりなのだ、余計なことを考えている暇は無い。俺は「慰めて下さい」と抱き着いて来た詩音の頭を撫でつつ、二人に告げる。

 

 

「とりあえず俺たちはステージから降りて生徒たちと一緒に先生たちのイベント内容の説明を聞いておいてくれだと。羽原先生からの指示だ」

「オッケー······と言いたいところだけど、この格好だと子供たちの注目集めちゃわない?」

 

 

そう言って自身が身に付けているサンタコスのミニスカートの裾をくい、と持ち上げる柊。目のやり場に死ぬ程困るから止めて欲しい。

 

 

「四人もステージ裏に立ってたら邪魔でしょうがないだろうからな······多少注目されるのは仕方ない」

「ま、そうだよね。じゃあ降りよっか」

「ほら、八雲と詩音も」

「······うん」

「了解ですっ」

 

 

そんなわけで、俺たち四人はステージから降り、生徒たちが体育座りで先生の説明を聞くべく座っている床面の方に出る。すると––––––––。

 

 

「「「サンタさんだ––––––––!」」」

「ぎゃぷらんっ⁉︎」

「あぁっ!お兄ちゃんがステージから降りた途端、子供たちにもみくちゃにされてしまいました!」

「······正直、このオチは読めてたよね······」

 

 

何人かの生徒たちが瞳を輝かせつつ俺––––––––正確には、俺が扮するサンタさんの腹部に飛びついて来た。

「すごーい!」だの「かっこいー!」だの「サンタさんはこんな服を着てプレゼントを届けるフレンズなんだね!」だの言いながら俺が着ている衣装を弄り倒すその姿は大変子供らしいのだが、いかんせんその膂力(りょりょく)が子供らしくない。というか人間じゃない。何でこんな力強いんだよ、俺の周りには人間の枠を外れたバケモノしかいないのか。

と、俺がそんな感じで子供たちの為すがままになっていると。

 

 

『はいはーい?皆さん、先生の説明一つも聞けないような子はサンタさんからプレゼント貰えませんよー?』

「「「························ッ」」」

「わ、すっごい。一瞬で静かになった」

「······鶴の一声ってヤツだね」

 

 

羽原先生とは別の女性教師のマイク越しの呼び掛けに、先程までの荒れっぷりは何処へやら、コンマ数秒の内に元の位置に戻って体育座りの体勢を取る子供たち。残されたのは乱れた衣装を身に付け、床面に倒れ伏す俺のみ。おい、せめてお前らが乱した衣装は戻していってくれよ······。

 

 

『では、今日のクリスマス会のスケジュールを説明しますねー。まずは······』

 

 

女性教師が説明を始め出す。俺も乱れた衣装を直し、いつの間にか取られていたサンタ帽を被り直しつつその説明を聞く。······どうやら、ビンゴやクイズゲームなどを行うらしく、俺たちがサンタとして逃げ回る鬼ごっこイベントは最後に回されているらしい。

んでもって、女性教師の説明が終わると。

 

 

「······ん、説明終わったね」

「終わったねー」

「終わったわね」

「えっ、いつの間に俺たちの横にいたんですか、羽原先生······」

「気配を全く感じませんでした······」

 

 

突然、羽原先生が俺たちの横に現れた。俺たちと同じくサンタのコスプレをした羽原先生は、優しげな笑みを浮かべながら自らが掛けていた黒縁眼鏡をくい、と上げる。

 

 

「まぁそのことは置いといて。どうかしら、貴方たちも一緒にクリスマス会に参加してみない?運営(私たち)側としてではなく、生徒たち側としてね」

「えっ?でも、俺たちは手伝いがあるんじゃ」

「そりゃあ、手伝ってくれたら助かるのは確かよ?でもまぁ、貴方たちに一から十までやってもらうのも······ってこと」

 

 

苦笑しながら頬を掻く羽原先生。

 

 

「せっかくだし楽しんでいきなさい?手伝ってくれたお礼よ、お礼。現物支給でも構わないのだけれど、貴方たち、それだと遠慮して受け取ってくれないでしょう?」

「それは······まぁ。元々そんな見返りとかを期待して引き受けたわけじゃありませんし······」

「だからこういう形で······ね?」

「クスノキくん、羽原先生もこう言ってるわけだし良いじゃん!楽しんでこうよ!もちろん、お仕事もちゃんとやるからさ!ね、いーでしょ?」

「お、お兄ちゃん、その、私も······」

 

 

詩音と柊が懇願するように俺に身を寄せ、上目遣いで視線を寄越してくる。いや、別に俺はお前らの保護者でも何でもないし、そんな目を向けられてもって感じなんだが······いや、詩音に関しては義兄である俺は保護者と言えるのか。あぁあと、柊に関してもコイツの暴走を抑える的な意味で保護者かも······アレ?俺ってもしかしてコイツらのパパさんだったりします?

 

 

「······じゃ、決まりで良いんじゃないかな、楠くん。ほら、ビンゴのカード貰って来たよ」

「お前も内心凄ぇワクワクしてんだろ。いや、悪いことじゃないんだが」

「それじゃ、他の教師たちにも貴方たちも参加するってこと、伝えてくるわね」

 

 

そう言って歩き去っていく羽原先生をビンゴカード片手に見送りつつ、俺も表情には出さなかったものの、最後に参加したのがいつかも忘却してしまった、クリスマス会という非日常感溢れる響きに心躍らせるのであった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

ビンゴゲーム。

それは、至ってシンプルなルールであると共に、宴会やパーティー、お祭りなどで、かのジュラ紀から親しまれていると言われる(大嘘)由緒正しきゲームである。

んで、そのルールだが。

 

① 机など、皆から見えやすい位置に景品を並べ立て、参加者の闘争心を極限まで煽り倒す。

なお、この際に目玉商品(言い換えるのならば、高額かつ子供に人気の商品)を前方に置いておくと、より効率良く参加者の闘志を増幅させる。

 

② 参加者にビンゴカードを配り、参加者はカードの中央にあるFREEの部分の穴を開ける。

上級者はこれだけの行動にも全精力を注ぎ込むが故に、穴開けの際に人差し指を骨折したりする事例も多々あったりする、らしい。

 

③ ビンゴマシーンをガラガラする。コレを行う人は常に参加者たちの血走った視線を向けられることになるので、ソレにも気圧されない鋼のメンタルを持つ者を採用すると良い。

ちなみに、『丈夫だったら良いんだろ?じゃあ俺のメンタルはダイヤモンド製だぜ!』などと(のたま)う阿呆がたまにいるが、金槌(かなづち)如きに粉砕されるメンタルなど豆腐と大差無いということを学んで頂きたい。ダイヤモンドは砕けないと言ったな。あれは嘘だ。

 

④ そんなこんなで読み上げられる番号を確認し、それに対応するカードの番号を開けていく。そして、それらの番号がタテ、ヨコ、ナナメのいずれか一列並びであと一個で揃う!となれば······。

 

⑤ 「Reach(リーチ)ッ!(絶叫)」

 

⑥ そして一列揃えば?

 

⑦ 「Bingo(ビンゴ)ッッッ‼︎(咆哮)」

 

⑧ 晴れて景品をゲットする。この時の幸福感たるや、浄土に往生する時のソレにも匹敵するとビンゴ界隈では専ら評判である。真偽は不明であるが。

––––––さぁ!皆もレッツビンゴ!

 

 

「まぁ、ざっとまとめるとこんな感じだな。ある程度は理解出来たか?詩音」

「なんとなく分かりました!」

 

 

先生の質問が終わり、ビンゴが始まるまでの短い間に、俺はこういう催しに慣れていないという詩音のために、心配無いとは思うが念のために一通りビンゴゲームのルールを説明していた。うむ、理解出来たようで良かった。

 

 

「······う、うーん······今のは······」

「クスノキくんのルール説明、明らかにおかしいんだけど要点はちゃんとまとめられてるんだよね······」

 

 

と、そこで八雲と柊が釈然としないといった表情で首を捻っているのが見えた。

 

 

「どうした二人共。何かあったのか」

「「えぇー······」」

「え、何······」

 

 

不審に思い声を掛けてみると、次は「それお前が言っちゃうのー?」みたいな半眼を向けられた。何だ、俺が何をしたって言うんだ。

俺と二人が訝しげな視線を交わし合っていると、詩音がすっ、とステージを指差し。

 

 

「あっ、羽原先生ですよ」

「「「えっ?」」」

 

 

詩音のその言葉に俺たち三人がステージに視線を向けると、確かにサンタコス姿の羽原先生がマイク片手にステージに立っていた。というかビンゴゲームのルール説明を生徒たちにしているところだった。詩音へのルール説明に熱中していたためか、まったく気付かなかった。やだ!妹への情熱が強すぎて怖いわ!自分が!

 

 

「っつーか、羽原先生がしてくれるんなら俺がルール説明をする必要も無かったかもな······」

「そんな事ないですよ!私はお兄ちゃんがシテくれて······凄い、嬉しかったです······」

 

 

俺の呟きに詩音がそう返し、頬を赤らめたと思ったらやたら淫靡(いんび)な表情をし出す。いや何でだよ。

そして、その表情を見た柊と八雲の視線が訝しげなモノから冷ややかなモノへとチェンジした。だから何でだよ。流れるように俺を性犯罪者に仕立て上げるのは止めて頂きたい。

 

 

「ま、まぁとにかく。生徒たちにもカードが配られ始めたことだし、もう少しで始まるっぽいな」

 

 

そう俺が誤魔化す様に言った時、初めて。

 

 

『では、今からビンゴゲームを始めます。······あぁ、ゲーム中は進行の妨げにならない程度に自由にしていて構わないわ。そうね······そこにいるサンタさんたちと一緒に楽しむのもアリかもしれないわね?』

 

 

羽原先生が俺たちを仕事から解放した理由の一端を理解することになったのである。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ねーねーサンタさん!見て見て!ユウカねー、もうダブルリーチになったよ!」

「おぉ、凄いなー。羨ましいぞー」

 

「サンタさん、ぼくのカード見て!あと少しでリーチだよ!ぼくの方が先にビンゴになりそうだね!」

「······私も、もうすぐリーチ。負けないよー」

 

「サンタさん、まだ二つしか穴、あけられてないみたいだけど······だいじょうぶ?わたしのとこうかん、する?」

「い、いえ、お気になさらず。······おかしいですね······私ってこんなに運がありませんでしたっけ」

 

 

ゲーム開始から十数分後、そこには一人につき複数人の子供たちの相手をしながらビンゴゲームに興じる······いや、逆だろうか。ビンゴゲームに興じながら子供たちの相手をする俺たちの姿があった。······元々羽原先生は、子供たちに俺たちと触れ合い、楽しんで貰いたいという意思もあったのだろう。最初から言ってくれれば良いのに······。

俺、八雲、詩音のそれぞれが適度に距離を取り、子供たちが密集して窮屈にならない様にする。幸いにも誰かの下に子供たちが偏って集まることも無かったため、先程俺がもみくちゃにされたような時ほどギュウギュウ詰めになることはなかった。

······いやまぁ、僅かなから子供たちを俺たちよりも多く自らの周りに集め、注目の的になっている奴もいたのだが。無論、柊伊織サンタである。

 

 

「サンタさん、もういっかい、もういっかい!」

「ほっほ、そう慌てるでない。······ワシは元気な子も好きじゃが、落ち着きのある子供も好きなのじゃぞ?(老人ボイス)」

「「「すげぇ!」」」

 

 

誰だお前は······。

柊は百八ある特技(自称)の一つである声帯模写によって、誰かしらの––––––––年老いた男性であることは確かだが、俺には聞き覚えの無い声だった––––––––声を模写、その可憐な見た目とのギャップに子供たちを湧かせていた。俺も遠目に見て超驚いてた。本当アイツ何でも出来るな。下手したらドラえ○んより万能なんじゃねぇか。

 

 

「すごいすごい!何でそんなことできるの⁉︎もしかしてホントはおじいさんなの⁉︎」

「にゃはは、流石にそれは無いかなぁ。ボクはまだまだ若い、花も恥じらう女子高生さ」

「でも、サンタさんのおねーさん、じぶんのこと『ボク』ってよんでるよね?なのに女の子なの?」

「うぇっ⁉︎え、えと、それはねぇ······」

 

 

それ聞いちゃう?という様な感じで口元をもにょもにょさせて言い淀む柊。ちょっと前に、世界には若いサンタや女性のサンタもいると子供たちに説明していた柊だが、コレは誤魔化すことが出来ないらしい。最近はよく見るようになった柊の慌てる姿だが、こうして第三者の立場から見るとまた違って見える。具体的に言うとメチャクチャ面白い。

 

 

「ぷっ······くく······っ」

(······ちょっとクスノキくん。何笑ってるのさ)

(······お前、脳内を読むだけに留まらずテレパシーまで習得しやがったのかよ。ファミチキください)

(うるさいよ、もう!)

 

 

子供たちに囲まれながらこちらをキッ!と睨んでくる柊を手をヒラヒラと振って受け流し、子供たちと戯れつつ自身のビンゴカードに視線を落とす。何やかんやで俺もリーチだ。あとは37番が出れば『次は······37番』ビンゴ。

 

 

「わっ!サンタさんビンゴだね!ほらほら、はやくけーひんもらいに行かないと!」

「っと、はいはい。行くよ」

 

 

他の生徒と比べ、やたら俺に懐いた様子のユウカちゃんに背中を押されつつ、俺は「ビンゴでーす」と声を上げてステージに上がり、景品を受け取る。······机の上に置かれた景品は全てラッピングされており、大きさ以外はプレゼントの内容を推測出来るようにはなっていない。なるほど、早めにプレゼントをゲットしても、その良し悪しは運次第だということか。

まぁ、こういう時は、大きな箱より小さな箱を選んだ方が良いと相場が決まっている。俺は『舌切り雀』のおじいさんの幽波○(スタ○ド)が俺に力を貸してくれるように祈りつつ、目に付いたプレゼントの中で最も小さい箱を手に取った。

 

 

「さて、中身は何かな······」

「なにかなー♪」

 

 

ユウカちゃんを筆頭とする多数の子供たちに囲まれつつ、プレゼントを開封する。その中身は······。

 

 

「······水晶髑髏(クリスタルスカル)······」

 

 

置物として使えということだろうか。何か質感が恐ろしくリアルな気がするのだが······レプリカ、だよね?いや、本物を見たことがある訳じゃないんだけどさ。

 

 

「すごいキレーだねっ」

「がいこつだー!かっこいー!」

「とーめいだー!」

 

 

子供は無邪気で可愛いものである。俺は苦笑しつつ水晶髑髏を箱に戻し、ビンゴゲームが終わるまで他の子供たちとしばし戯れるのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

『はい、これでビンゴゲームは終了よ。良いプレゼントは当たったかしら?』

 

 

羽原先生が、先程まで置かれていたプレゼントが無くなった机の上に手を置きながらそう言った。景品が全て当たったため、これでビンゴゲームは終了したようだ。しかし······。

 

 

「サ、サンタさん······ざんねんだったね······」

 

 

······まさかリーチにもならないとは驚きだった。それなりに穴は開いたのだが、全て位置がバラバラで、最後まで列を成す事がなかったのである。悔しい。

私こと楠詩音は、子供たちに「次から頑張りますよ」と微笑みかけながらステージ上のホワイトボードに書かれたプログラムに目を向ける。

 

 

「クイズゲームですか······こういうのって大体内輪ネタからの出題ですし、私はそこまで答えられそうにないですね······」

 

 

まだ私は中学二年生であるし、記憶力にも多少自信がある。故に小学校の頃の事柄もほぼ正確に覚えているのだが······大体、こういう催しの際のクイズというのは、『この学校の校長の名前は?』とか、『この学校の飼育小屋で飼っているウサギは何匹?』とかそういう類の問題であることが多い、ハズ。

だから、そんな本気で生徒たちの知識を試すようなモノではない······と、思っていたのだけれど。

 

 

『––––––––では第一問。この学校の教師である平井(ひらい)が飼っているペット6匹の動物名、またその名前全てをそれぞれ答えなさい』

 

 

分かるかっ!

私は内心でそう叫んだ。

 

––––––––現在私は、羽原先生の指示によって10人班に別れた子供たちの集団の一つに加わって問題に答えていた。どうやら私を含めた四人はこのままクリスマス会を小学生たちと共に楽しめ、ということらしいけれど······。

 

 

「ねーねー、サンタさん!こたえわかるー?」

「ぼくたち、ぜんぜんわかんないよ······」

「さ、さぁ······私にもさっぱり······」

 

 

というか、こんなの誰にも分かるはずないでしょう。そもそも平井という先生のことすら知りませんよ。

ちら、と隣の班を見てみると、お兄ちゃんや柊さん、八雲さんも眉をひそめ、額に汗を滲ませている。なんやかんやでお兄ちゃんも相当なスペックホルダーだと思うのだけれど、流石にこのような問題は分からない様子。

まぁ、次の問題で頑張ろう······そう思っていると。

 

 

「あぁ、僕なら余裕ですよ」

「え······」

 

 

そんなことを班の一員である男の子が言った。

そして、各班に配布されていた紙に問題の答えを書き込んでいく。

············早い。もしかしてこの子本当に、内容を考えた人たちの悪ふざけとしか思えないような、あんな問題の正しい答えを知っているというの······?

そう思い、答えが分からないにも関わらず、男の子が解答を書き込み終わったと同時に紙を覗き込む。

 

 

第一問 解答

 

・犬、名前「しかばね」

・猫、名前「伊勢海老」

・文鳥、名前「ディアヴロ」

・キングコブラ、名前「非常食」

這い寄る混沌(ナイアルラトホテップ)、名前「嫁」

・黒い女性、名前「貞子」

 

 

やはり適当だったようだ。

ツッコミ所しかないこの解答だが、コレが正解だったら、それはそれで平井先生の脳構造が心配になってしまう。ネーミングセンス云々の前に、まず色々おかしいナニカがあるのではないだろうか。いや、もちろんコレが正解だったらの話で、そんなことはないと思うのだけれど「はい、正解です」嘘でしょう······。

 

 

「シュウヤくん、すっげー!」

「さすが、べんきょうはぜんぜん出来ないのに、いらないことだけたくさん知ってるシュウヤくん!」

「煩いですよ!······ふふ、どうですかサンタさん。これが僕、『雑学王』倉間(くらま)シュウヤの実力です!えぇ、えぇ、識ってますよ。サンタさんは優秀な(良い)子にプレゼントを配るそうで。······今年も僕にプレゼント、くれますか⁉︎」

 

 

解答の正誤を確認しに来た先生が、シュウヤくんというらしい男の子が解答を書き込んだ紙を手に取って正解を示す赤丸を付けた途端、他の子供たちがシュウヤくんを(はや)し立て、シュウヤくんもそれを受けて胸を張り出した。

『雑学王』とかいう称号が明らかに自称であることは察したけれど、なるほど、今の解答を知っていた所を見るに、本当に知らなくても良いことを知り尽くしているのかもしれない。私は子供特有のキラキラした瞳でこちらを見つめてくるシュウヤくんに苦笑を返した。

 

 

––––––––ちなみにこの後も、本当に答えがあるのかどうかも疑わしい、理不尽な難易度の問題が次々出題されたのだけれど、それら全てにシュウヤくんが正解したのは言うまでも無い······ですよね?

 

 

 

 

◆ ◆ ◆  

 

 

「はぁ······」

 

 

俺こと楠祐介(ゆうすけ)は、ふざけた難易度のクイズゲームを乗り越え、その次に開かれた有志の生徒たちによるオリジナル演劇(演出担当は羽原先生だったそう。あの人働き過ぎじゃない?)を、先程も同じ班だったユウカちゃんと共に一緒に鑑賞しながら溜め息を吐いていた。

その溜め息に反応したのか、床に胡座(あぐら)をかいて座る俺の上にいたユウカちゃんがこちらに視線を向けてきた。

 

 

「? どうしたの?サンタさん」

「ん?······あぁ、気にしなくて良いぞ。ちょいと考え事をしてただけだからな」

「そーなの?」

 

 

きょとん、と小首を傾げるユウカちゃんに頷きを返すと、彼女は演劇が繰り広げられている最中のステージに再度視線を戻した。うぅむ、この子も相当可愛い。小学生時代の飛鳥とタメ張るかもしれんな······いや、やっぱねぇな!だって俺の飛鳥は世界の飛鳥だもんっ!っと、そうではなく。

俺が考えていること······というか、気になっていること、それは八雲(やくも)千春(ちはる)の所在である。

 

 

(さっきから姿が見えねーんだよな······あの子の場合、姉の八雲か、自意識過剰かもしれないが俺の所へ寄って来ると踏んでいたんだが)

 

 

結果としては、俺や八雲どころか、他の二人の下にも彼女は居らず、周りを見渡しても影も形も無かった。

あの子と今日接触したのは、このイベントの開始前に、彼女が校内に仕掛けたというトラップの状態をチェックには来たあの時のみ。別に心配とかそういうのではなく、間違い無く何かを企んでいるであろうあの子の姿が見えないというその事実が、言い様のない不安感を煽ってくるのである。

 

 

「怖いなぁ······」

「えっ?このげき、そんなにこわい?」

「いや、そうじゃなくてね」

 

 

俺はユウカちゃんにどう説明したものか、あるいはどう誤魔化したものかとしばらく悪戦苦闘することになった。

 

––––––そんなこんなで、いよいよ。

 

 

『では、今回のメインイベント、“チーム対抗鬼ごっこwithサンタクロース”を始めます。選手の方とサンタさんたちは前に出て来てね』

 

 

そんな羽原先生の声が聞こえると共に、俺は腰を上げて前方へと歩き出した。そして俺に釣られるようにユウカちゃんも立ち上がり······。

 

 

「······いや、ユウカちゃんは来なくても良いんだぜ?俺はこの競技の参加者だから行くだけで」

「? ユウカもせんしゅだよ?ネコさんチームのせんしゅなのっ!えへへー、すごいでしょー?」

「······マジかよ」

「まじなのですっ」

 

 

無邪気に微笑むユウカちゃんだが、その事実を知った俺はユウカちゃんの背後から仄暗いオーラが立ち昇っている様な錯覚を覚えていた。だって、同じく選手の千春ちゃんがあんなんだし······ねぇ?

と、俺がそんな感じで顔を青褪(あおざ)めさせていると。

 

 

「······楠くん、どうしたの?」

「ん、八雲か······いや、何でもない。早いとこ前に出ようぜ。俺たちが行かないとルール説明が出来ないからな」

「······だね。行こっか」

 

 

同じく立ち上がり、前に出ようとしていた八雲と合流する。先程まで俺と少し離れた地点にて子供たちの相手をしていたためか、何人かの子供が名残惜しそうに八雲を見つめているのが確認出来た。

かなり昔のこととはいえ、八雲も元はここの生徒。何か通ずるところもあったのかもしれない。

そして、俺たちが前に出ると。

 

 

『では、ルール説明を始めるわね』

 

 

羽原先生が鬼ごっこのルール説明を始めた。まぁ、以前にも俺たちは羽原先生より同様の説明を受けているのだが······おさらいとして再度ルールを示そう。

 

 

① 基本的なルールはごくシンプルな鬼ごっこと同じです。鬼役と逃げる役に別れ、鬼役が逃げる役を全員捕まえたら終了です。範囲は校内や校庭などを含む、学校の敷地内全体とします。

 

② 逃げる役(高校生組)はサンタのコスプレをし、プレゼントの詰まった袋を担ぎながら逃げて貰います。

さん生徒たちは3グループに別れ、グループで捕まえたサンタクロースの人数で競います。

 

③ 1位のグループには豪華プレゼントが贈られます(1位以外のグループも、サンタクロースが個人で持っていたプレゼントは獲得出来ます)。

 

 

以上。分かり易く言えば、プレゼントを背負って逃げる俺たちを捕縛した上にプレゼントを略奪して欲望を満たすという内容のゲームである。いまの しょうがくせい こわい。

んで、それらのルールを説明し終えた羽原先生は、次いで俺たちと共に前に出てきていた複数の生徒に顔を向け。

 

 

『生徒の皆はサンタさんを捕縛したら、ここ、体育館までサンタさんを連れて来てね。サンタさんを捕まえた生徒と連れてくる生徒は別の子でも構わないわ。もちろんサンタさんは誰かに捕まった時点で抵抗しないように』

 

 

なるほど、正に犯人の護送だ。

······そういえば、俺たちを追う立場にある生徒たちのチームは、3人ずつの3組に分けられているらしい。一応説明しておくと······。

 

いつの間にか前に出て来ていた千春ちゃん率いるイヌさんチーム。千春ちゃん含め3人とも女の子だが、何か怪しげなオーラを纏っているし校庭のトラップが何たら言っている。怖い。

人懐っこいユウカちゃんがリーダー(っぽい)ネコさんチーム。ユウカちゃん以外の2人は生徒たちの中でも背が高めの男子。正に体育会系といった感じである。

最後は倉間シュウヤという男の子が率いるウサギさんチーム。詩音がその男の子を見た途端「あぁ······あの子も······」と呟いていたので先程まで彼女の近くにいたのだろうか。3人とも男子生徒で、何か頭良さげに校内の案内図的なモノを見て話し合っている。

 

まぁ、以上のメンバーが俺たち四人を追いかけて来る訳だ。正直小学生が相手なのだし、マジになって逃げるというのは気が引けるのだが······。

 

 

「······楠くん、気をつけてね。ハルってばこういうイベントの時の手加減を知らないから······」

「クスノキくんクスノキくん。あのユウカちゃんって子、何故かシャドーボクシングしてるんだけど。一秒間に100発以上パンチ放ってるんだけど。ボクたちって今から小学生たちと鬼ごっこするんだよね?青銅聖○士(ブロンズセイ○ト)相手じゃないよね?」

 

 

そんなことを言っていたら生命の危険すら感じるのは気のせいだろうか。俺が知る中で随一を誇るスペックホルダーである柊がビビる程の拳速を小学生が叩き出すとかもうね。スーパー○イヤ人のバーゲンセールに通ずるモノを感じる。いわゆる理不尽なインフレである。

 

 

「まぁ、千春ちゃん以上にイベント物で手加減を知らない馬鹿や、本気出せば光速に届くと思うぜ?とかほざきながらシャドーの衝撃波で校内の窓ガラスを全て粉砕した馬鹿を俺は知ってるしな。その経験を生かせば少なくとも詩音と八雲のことは守れると思う、安心してくれ」

「お兄ちゃん(楠くん)······」

「ねぇ、何でボクのことは守ってくれないの⁉︎ あと前者ってもしかしてボクのこと⁉︎ 酷いよ!」

 

 

だからお前自衛出来るじゃん······イベント物だけじゃなく、あらゆる事に対して手加減知らないじゃん······。

そんな俺の考えを読んだのか、柊が瞳を涙をうっすらと溜めてこちらを睨んでくる。それを見た詩音と八雲が、ちらと遠慮がちに「伊織さん(ちゃん)にも、ね?」というような俺に視線を向けて来る。分かったよ······。

 

 

「分かった分かった、お前も守ってやる。明らかにお前の方が強いけど守ってやる。だから泣くなっての······」

「······えへへ」

 

 

俺がそう言いながら頭を撫でると、途端に頰を緩ませてふにゃ、と微笑む柊。おっと、また美少女化しましたね。飛鳥や詩音にやるノリで頭を撫でてしまった俺も俺だが、そういう表情をされると心臓に悪いので止めて頂きたい。鎮まれ俺のハート、力を貸してくれ笠原(かさはら)の逞しい筋肉に覆われた女装姿気持ち悪いよし落ち着いた。

と、そんなやり取りをしていると、羽原先生がマイク越しに俺たちに声を掛けて来た。

 

 

『さて、仲睦まじい四人のサンタさんたち?そろそろ準備は出来たかしら?』

「「「「あ、はい」」」」

『······さて。ではまず、サンタさんたちには五分間の間に各々散らばって貰います。そして五分後、生徒たちが体育館からサンタさんたちを追いかける』

 

 

五分間。まぁ、それだけあれば十分ここから距離を取れるだろう。道中、千春ちゃんが仕掛けたトラップに掛からなければの話だけどね。

 

 

『選手以外の皆はこのモニターで競技中の様子を見ていましょうね。自分が所属するチームの選手の子たちを応援してあげなさい。では––––––––』

 

 

『スタート!』

 

 

羽原先生の掛け声と同時に、一斉に駆け出す俺たち四人のサンタ。そしてそのまま出口へ向かい、丁度千春ちゃんとすれ違うように「······つかまえたら······とくせいのくすり······きす······」何か不吉な言葉が聞こえたんですけど?

 

······俺は、ここに来て更に膨れ上がった千春ちゃんへの恐怖心を抱えながら、体育館の外へと走り出したのだった––––––––。

 

 

 

 

 

 

 




すいませんでしたッ!

なんやかんやで5まで続きました終わる終わる詐欺が酷い!いい加減皆様もくどく感じてるところでしょうが、あと一話だけお付き合い下さい······!!
全身全霊で執筆中、すぐに書き終えますので!

では、次回で最長記録を塗り替えるクリスマス編5話でまたお会いしましょう。ありがとうございました!感想待ってます!



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兄と義妹とクラスメイトのクリスマス会(のお手伝い)5

どうも、結局春休みの課題の提出が間に合わなかった御堂です!
お待たせしました!クリスマス会編ラストとなります第5話!長かった······現実の僕は既に花粉に苦しんでいるというのに······。
実はこれを書いている最中に執筆機能が増えたようでして、それを試していたら前半の地の文が一段落下がるという奇怪な現象が起きてしまいました!いやまぁ、本来の機能なのですが。
後々修正するにしても、まずは更新を優先させて頂きました······。

えー、能書きが長くなりましたが。本編どうぞ!



 〜 楠家のクリスマス・一年前 〜

 

 

 現在は12月25日の午前零時、メリークリスマスである。

 ······俺自身は、クリスマスに対して大して何かしらの感情を抱いている訳でもないのだが、毎年、この時期になると俺にはやることがあるのである。

 俺は戦装束が如く身にまとった紅色の服の袖を引っ張りつつ、俺たちの母親––––––––楠千歳(ちとせ)に問うた。

 

 

「······よし。お袋、どう?似合ってる?」

「似合ってるけどぉ·····私ねぇ、飛鳥にプレゼントを渡してあげるのは良いことだと思うけどぉ、別にサンタのコスプレをする必要は無いと思うのぉ」

「······まぁ、気分だよ気分。ほら、飛鳥が万が一起きちまった時、これなら俺だってバレないだろ?」

「確かにあの子は鈍いからぁ······祐介だと見抜けなかったら、泥棒よりサンタさんだという可能性の方に思い至ると思うわぁ」

 

 

 ······無論『やること』とは、我が愛する天使妹(テンシスター)、飛鳥へクリスマスプレゼントを渡すことである。俺が世界の真実(サンタの正体)に気付いてしまって以降、飛鳥へのプレゼントは俺が用意することになっている。来年から飛鳥のプレゼントは俺に用意させてくれない?と俺が申し出た際の親父の寂し気な笑顔は忘れられない。ゴメンね、でも俺は子供らしさより飛鳥の方が大事なのん。

 

 

 「まぁ、飛鳥はまだサンタの存在を信じてるんだ。真実に気付くまで······俺が、飛鳥のサンタになるよ」

「キメ顔してるところ悪いけど······祐介、飛鳥の欲しがってるプレゼント知ってるのぉ?」

「······そういえば知らねぇな。確かアイツ、毎年サンタへプレゼントをお願いする用の手紙書いてたよな?そこに欲しいプレゼントが書いてあるだろ」

「当日までプレゼント内容を把握していないサンタっていうのも斬新よねぇ······」

 

 

 お袋の呆れる様な視線を振り払いつつ飛鳥の寝ている部屋に忍び込み(これは彼女にプレゼントを渡す為に必要な行為であり、変態とみなされることはない。そう、そこに邪念など無いハァハァハァ)、そのまま枕元に置いてあった一通の手紙を手に取り退出する。なになに······?

 

 

 《サンタさん、お仕事ご苦労様です。サンタさんが何歳になられたのかは存じ上げませんが、多分物凄いおじいさんなのでしょう。飛鳥は14歳になりました。(中略)飛鳥は使った瞬間に料理が上手になる、魔法の調理器具が欲しいです》

 

 

 飛鳥さん。大変申し上げ難いのですが、サンタさんは魔法使いではないのです。あと、やっぱり料理の腕のこと気にしてたのか······。

 しかし、凡人中の凡人たる俺には魔法の調理器具など用意出来るハズもない。妹の願いを完全に叶えることが出来ないことによる罪悪感から胸が張り裂けそうになるが、せめて魔法が掛かっていなくとも、飛鳥専用の調理器具をプレゼントしてやろう。

 

 

「という訳でお袋。ちょっと調理器具を作って来る」

「ちょっと何言ってるのか分かんないわぁ。無駄に颯爽と出掛けようとせずに、ちゃんと行き先教えなさぁい?」

「いや、『飛鳥ちゃんのためならボクも手伝うよ!何でも言ってくれて構わないからね!』って言ってくれた奴がいて······ソイツの家に」

 

 

 正直、今まではアクセサリーなどを所望していたので何とか俺でも対処出来ていたのだが、調理器具ともなるとそうはいかない。なら店で購入すれば良いのではという話なのだが––––––––市販の物よりも、アイツが作る物の方が格段に品質が良いと断言出来るのだ、遠慮無く頼らせて貰おう。······勿論、アイツに全てやらせる訳じゃないが。

 

 

「あぁ、伊織ちゃんのことねぇ。仲が良くて結構だわぁ。でも、こんな夜遅くに迷惑じゃなぁい?」

 

 

 それは心配無い。アイツ······柊は零時以降も飛鳥のプレゼントの用意に付き合ってくれると言っていた。というか深夜のお出掛けとかワクワクするから、むしろ夜遅くに呼び出してくれと懇願された。······それにまぁ、渡したいモノもあるし。

 俺がそれを説明すると。

 

 

 「なるほどねぇ。じゃ、夜道に気を付けて行って来なさぁい。一応護身用にコレも貸すわぁ」

 「スタンガン······なのかコレ?やたらゴツいけど」

「裏社会の知り合いから貰ったものなんだけど、安全装置を外すと致死レベルの「聞きたくない聞きたくない!お袋、今すぐその人たちと関わるのは止めるべきだ!」

 

 

 俺の必死の説得を、お袋は「冗談よぉ」と朗らかに笑いながら受け流す。本当だろうな······?

 俺は長年共に暮らしてきたにも関わらず、未だにペースが掴めない母親に溜め息を一つ吐き。

 

 

「······じゃ、行ってくる」

「はぁい。行ってらっしゃ〜い」

 

 

 ––––––––友人へのクリスマスプレゼントを懐に放り込み、俺は夜の街へ繰り出した––––––––。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「去年のクリスマスは平和だったなぁ······」

「······楠くん、現実逃避しないで⁉︎あぁ······っ、また来たよ!さっきよりも大きい······!」

「クソッタレ!何でこんなことになってんだ!俺たちが今参加してんのは鬼ごっこだろ⁉︎」

 

 

 俺は何度目になるか、八雲を庇いつつ、前方から飛来して来た大小様々な大きさの雪玉を手にした鉄棒のような物で弾き、砕き、時には躱しながら絶叫していた。

 一体何故こんな状況に陥っているのか。事はほんの数分前まで遡る。

 

 

 ~ 数分前 ~

 

 

 俺は来栖小学校クリスマス会のメインイベント、『対抗鬼ごっこwithサンタクロース』における逃走者(サンタ)役として柊たち四人と共にいつの間に降り積もっていたのか、真っ白な雪に覆われた校庭の隅にある遊具の影に身を潜めていた。······いや待て。

 

 

 「なぁ、鬼ごっこなのに逃走役が四人で固まってるのっておかしくないか?下手したら一網打尽にされるじゃん」

「えぇー······だってクスノキくんがボクたちのこと、守ってくれるって言ってたしっ♪」

「ですです。離れたら守って貰えないじゃないですか」

「······楠くん、頼りにしてるよ」

 

 

 お、おぅ······まさかそこまで本気に受け取られているとは思わなかった。大口を叩いておいてなんだが、そもそも鬼ごっこは鬼と戦うゲームではなく、鬼から逃げるゲームだ。守るといっても何をすれば良いのやら······。

 と、俺が頬をひくつかせていると。

 

 

 「······ねぇ、そろそろ五分経ったんじゃない?」

 「あ?だったら放送の一つでも流れると思うが······もう少し余裕があるんじゃないか?」

 

 

 確かに体育館を出てから結構経った気もするが······と訝しげに思いながらも俺が柊に言葉を返していると、八雲が。

 

 

 「······どうだろ。そういうところ、この学校は結構適当だから······もう始まってるかも······」

 「え、それって······」

 

 

 ここの卒業生たる八雲の実感の篭った言葉に、詩音が屋外の冷たい風に晒されているにも関わらず冷や汗をつー、と流す。······ここにいる全員が嫌な予感を覚え始めたその時。

 彼女は、現れた。

 

 

 「みーつけ······たぁッ!」

「「「「あっぶなぁッ⁉︎」」」」

 

 

 突如上空から落ちて来て、雪煙と爆音を上げながら地面に着地した小さな人影。その正体は––––––––。

 

 

「ふっふっふ、みつけたよサンタさん!そしてつかまえさせてもらうよ!かくごー!」

「ユウカちゃんか!一体どんな動きをしたら体育館いた君が上空から落ちて来るのかは一旦置いといて、君がここにいるってことは······もうゲームは始まってるっぽいな」

 「もっちろん!二人とも!よういはできてる⁉︎」

『『とーぜんだぜ!』』

「うぇっ⁉︎クスノキくん、ボクたちいつの間にか囲まれてるみたいだよ⁉︎これ、マズいんじゃない⁉︎」

 

 

 ユウカちゃんが突然虚空に話し掛け始めたと思った途端、どこからともなく現れたユウカちゃんが所属するネコさんチームの残り二人。気配消すの上手過ぎだろ(ぜつ)でも習得してんのか······仕方ない。

 

 

(柊、悪いが詩音を連れて逃げてくれないか。ここで二手に別れるぞ)

(守ってくれるって(埋め合わせはする。お前の言う事を何でも一つ聞いてやっても良いぞ、勿論常識の範囲内に限るg)任せて!詩音ちゃんはボクが守るよ!)

(······お、おぅ。詩音にも伝えといてくれな)

 

 

 お互いの言葉(思念?)を遮りながらテレパシーで会話する俺と柊。ねぇ、何か俺の方は凄い大事なところで遮られちゃった気がするんですけど。お願いっつっても本当、常識の範囲内でお願いしますよ?

 ······というか俺、最近はすっかり柊の不思議能力を利用する側に立っちゃってるな······。詩音も言っていたが、やはり慣れというのは恐ろしい。

 

 

(よし、じゃあ八雲は俺に付いて来てくれ)

(······うわっ、何これテレパシー?······楠くん、いつの間にこんな異能手に入れてたの······?)

(これは柊の力を俺を通してお前に流してるだけだ。最近手に入れたスキルなんだがな)

(······楠くんも大概人間辞めてるよね······)

 

 

 ゲーム内では戦闘に参加していないパーティメンバーまでもが経験値を得ることなど当たり前のことだ。戦ってもいないのに経験の値を得るとはどういうことなのかだとか、そういうことは気にしてはいけない。恐らく、柊たちが日々無駄なスキルを身につけていく内に、俺にも柊たちの経験値的なモノが流れて来ているのだろう。決して俺がおかしい訳ではない。

 さて、そろそろユウカちゃんたちが飛び掛かって来そうなのでさっさと行動に移すとしよう。

 

 

「よし、散開!」

「「「とうっ!」」」

「ふたてに分かれた······ハルトくんとヒロシくんはあっちに行って!ユウカはあっち!」

『『わかった!』』

 

 

 俺の合図で俺と八雲、柊と詩音の二組に分かれてユウカちゃんたちの包囲網を脱出する。しかしユウカちゃんも流石と言うべきか大して動揺した様子を見せず他の二人に柊たちを追跡するよう指示し、ユウカちゃん本人は俺と八雲の二人を追跡し始めた。

 

 

「サンタさん、待てーっ!······えいやぁっ!」

「ひぃっ!何だ今の!俺の頭上を何かが物凄い速度で掠めてったんだが⁉︎」

「······雪玉、だねっ。はぁっ、本人は、私たちの走る速度を、っ、少しでも緩めようと、してるだけなんだろうけど······っ」

 

 

 体力が乏しい八雲が息を切らしながらそう言うが、俺の頭上を通り過ぎた後に命中した大木にめり込んでいるアレを雪玉を認識するのは(いささ)か厳しいものがある。白い砲弾にしか見えないアレが俺たちに命中した時、当たり所が悪ければ止まるのは俺たちの足ではなく心臓の鼓動であろう。

 少なくともあの雪玉をどうにかしなければおちおち背を向けて逃げることも出来ない。応戦する必要がある······俺は懐に手を突っ込み。

 

 

「ええい舐めるなよ!見ろ、コレが俺が妹たちを守る為に手に入れた武器!『形容しがたいバールに近いもの』!」

「······微妙に変えてあるのが逆に悪質······」

 

 

 八雲が何か言っているが何のことか分からない。

 俺は懐から取り出した大工工具のバールに似たビジュアルの形容しがたい何かを軽く素振りし。

 

 

「さぁ来いユウカちゃん!雪玉なんざこのバールに近いもので根こそぎ打ち砕いてやるぜ!」

「言ったね!······たぁーっ!」

 

 

 ユウカちゃんが投擲した雪玉のサイズ、目測で半径約3メートル。受ければ骨が砕け大怪我は免れない。

 

 

「よし!八雲よけろーっ!」

「バールを取り出した意味!」

 

 

 凄まじい速度で迫って来た巨大な雪玉を横っ飛びで躱す俺と八雲。いやいや無理無理、あんなモンをこんな棒で弾けとか頭おかしいわ。逃げるが勝ちって言うし、これも立派な作戦だよね!

 自己弁護をしながら未だ衰えない勢いでユウカちゃんが投擲してくる無数の雪玉を小さい物はバール(仮)で弾き、大きい物は死に物狂いで回避しながら逃走を続ける俺と八雲。

 

 

「校舎内だ!校舎の中に逃げるぞ八雲!あの子を単純な足の速さで撒くのは不可能だ、校舎の中の教室なり何なりに隠れるぞ!」

「······りょ、了解っ!」

 

 

 そして、しばらく雪玉との格闘を繰り広げた俺たちはそのまま、校舎内へと逃げ込んだのだった––––––––。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ひ、ひひひ柊さんっ!やっぱり校舎内に逃げ込んだのは失敗だったのではないでしょうか⁉︎そこら中トラップだらけですよきゃああああ––––っ!」

「し、詩音ちゃーん!」

 

 

 ボクこと柊伊織はクスノキくんたちと分かれた後、詩音ちゃんと共に校舎内に逃げ込んでいた。

 様々な教室に逃げ込んだり机やロッカーの影に隠れたりひて、一応ボクたちを追って来ていた二人の男の子たちを撒くことには成功したんだけど······。

 

 

「ひぅっ!ひ、柊さん、手を離さないで下さい!」

「分かってるよっ!くぅぅぅ、また落とし穴⁉︎罠の定番とはいえ数が多すぎるよ!数分の間に10回くらい床がパカパカ開いてるじゃんか!」

 

 

 そう、予想外に罠の数が多かったってワケ。

 廊下を歩けば落とし穴、教室に入ればチョークの強襲、ロッカーの中に隠れれば何故か扉が歪み出られなくなる。

 幸いにもそのほとんどが個人対応だったため、ボクや詩音ちゃんがそれらに引っ掛かる度にどちらか片方が助け出すという方法で対処が出来ていたんだけど······(ロッカーの場合は二人で入り込んでいたので扉を内側から全力で蹴破った。脱出するまで長い間密着してたから何か妙な気持ちになったことはヒミツ)。

 

 

「んしょ······っ!······ふぅ、流石にここまで多いと疲れるよ······」

「あ、ありがとうございます······というか、ここまで数々の罠に引っ掛かっているのに、鬼がまったく来ないのが逆に不気味ですよね······」

 

 

 ボクは詩音ちゃんを落とし穴から引っ張り上げた後、息を一つ吐いて床に座り込んだ。······しかし、本当に詩音ちゃんの言う通りだよね······多分これらの罠はちーちゃんの妹さんの千春ちゃんが仕掛けたモノなのだろうけど、ボクらがどれだけ罠に掛かろうとも千春ちゃんたちが来る様子が無いのだ。

 

 

「あそこに監視カメラっぽいのもある訳だし、引っ掛かってるのは知られてるハズなんだろうけどねー」

「えっ⁉︎か、監視カメラがあるんですか⁉︎」

「ほら、そこ天井の角。······あと、さっき隠れてた教室の黒板消しクリーナーの陰にあったり、理科室の人体模型の目に埋め込まれてたりしてたよ。凝ってるよね······」

 

 

 そう、詩音ちゃんは気付かなかったみたいだけど、この校内には無数のカメラが仕掛けられている。つまりボクたちは監視されているのだ。しかしそれでもこの罠を仕掛けたと思われる千春ちゃん及び、そのチームメイトが来る様子は無い。

 

 

「······なるほどねー」

「あの、柊さん。もしかしてこれって······」

「やっぱり詩音ちゃんもそう思う?······多分、これらの罠は()()()()()()()()()()ってことなんだろうねー」

「お兄ちゃんか八雲さん、またはそのどちら共を標的にした罠ってことですか?」

 

 

 だと思う。ボクの予想だと、そろそろクスノキくんたちもユウカちゃんを撒く為に校舎内に逃げ込んでくる頃だと思われる。多分彼らが罠に掛かったその瞬間、千春ちゃん及びそのチームメイトたちが彼等を捕縛······いや、目的が捕まえるだけなら同じ逃走者であるボクたちも標的にならない理由が無い。つまり、彼らを捕まえること以外に他の目的が······?

 と、ボクが手を顎に当てて考えていると。

 

 

「はははは!見つけましたよサンタさん!」

「うわビックリした。えっと、キミは確かウサギさんチームの······」

「シュウヤくん······」

 

 

 突如ボクたちを追う鬼の一人、ウサギさんチームのリーダーである倉間(くらま)シュウヤくんがボクたちの目の前に現れた。だけど······。

 

 

「ぜぇ······ふ、ふははは······この『雑学王』の類稀なる知識量があれば、貴女たちがここに来ること、など······はぁ、容易に予測出来ることなのですゴホッ!」

「キミの体力の限界は予測出来なかったの?」

「知識量と予測能力は全く別物だと思うのですが······」

 

 

 一人で廊下に仁王立ちするシュウヤくんは既に満身創痍。最初から(体力的に)クライマックス状態だった。

 

 

「まったく。ほらシュウヤくん、汗かいてるからタオルあげる。あと飲み物は何が良い?ジュース?」

「ええい、今僕と貴女たちは敵対関係にあるのですよ!敵からの施しは受けません!······すみません、やっぱりオレンジジュース貰えますか」

 

 

 素直な子は嫌いじゃない。

 ボクは無造作に前方に腕を伸ばし、そのまま亜空間からオレンジジュースの缶を引っ張り出して「え⁉︎今どこからジュース出したんですか⁉︎」シュウヤくんに放る。まぁ、一応捕まらないように手渡しは避けておこうっと。

 

 

「ごくごく······ぷはっ、よし復活しました!さぁ覚悟して下さいサンタさん、捕まえさせて頂きます!あっ、ジュース、ありがとうございました」

「にゃはー、ちゃんとお礼を言える子は好きだよー」

「す、すすすす好きですと⁉︎サンタさんのクセに子供を(たぶら)かそうとは!セクハラ!破廉恥サンタ!」

「な、なんだとぅ⁉︎」

 

 

 怒涛の勢いでショタコンの変態さん扱いされ驚愕する。くっ、無駄に語彙力が豊富なおかげでナイフのように鋭い罵倒がつぎつぎ飛んで来る······!

 ······実はボクは意外と年下からの罵倒に対する耐性が薄い。少し傷付いたよ······へへ······。

 

 

「······くすん」

「何イジけてるんですか柊さん、早く逃げますよ!」

「気遣いの言葉の一つでも掛けてくれたら良いのに······詩音ちゃんはクスノキくんと飛鳥ちゃん以外には少し冷たいね······」

 

 

 ちょっと涙目になって床に座り込んでいたボクの手を引っ張って無理矢理立ち上がらせ、この場からの逃走を図ろうとする詩音ちゃん。酷い!ボクってばこんなに傷付いてるんだよ⁉︎クスノキくんなら気を遣って良い子良い子の一つでも······してくれるハズないね、うん。それどころか軽くおちょくってくるかもしれない。兄妹揃って酷いや!

 ······ま、まぁ、クスノキくんも冷酷ってワケでもないんだけどね!きっとツンデレってヤツだよね!デレが来る頻度が異様に低いけどね!

 

 

「あぁっ、汚い!片方のサンタさんに僕を誘惑させてその隙に逃げようだなんて!待てーっ!」

「誘惑なんかしてませんー!ふんっ、キミなんかに捕まるもんかってんだ、やーいやーい!」

「柊さん、大人気(おとなげ)無いですよ······」

 

 

 詩音ちゃんが呆れた様にこちらを見てくるけど、そんなことはどうでも良い。もう彼だけには捕まってやらないんだから······とりあえず今はこの廊下を駆け抜けてシュウヤくんを撒けば「うう〜っ!サンタさんたちをみうしなっちゃった······ゆきだまをもっといっぱいなげれば良かったかなぁ······あれ?」嘘でしょ。

 

 

「ゆ、ユウカちゃん······こんにちはー······」

「サンタさん······みーつけた」

「ま、マズいです!ここは一度戻って······!」

「させませんよ!」

「くっ、挟み撃ちに遭ってしまいました······!」

 

 

 突如としてボクたちの逃走を妨げるかのように現れた、準笠原くん級のポテンシャルの高さを誇るスーパー小学生ユウカちゃん。その姿を見た詩音ちゃんが後に引き換えそうとするも、後ろからは当然シュウヤくんが来ている。

 正に万事休すといった状況。

 

 

「······ふふ、面白くなってきたじゃんか」

「柊さん······不敵な笑みを浮かべているところ悪いのですが、この状況を打破する方法はあるのですか?私は最早シュウヤくんを物理的にねじ伏せて突破することくらいしか方法が浮かばないのですが」

「想像以上に脳筋!小学生相手に暴力を振るうのは流石に駄目だってば!」

 

 

 そもそもな話、鬼であるシュウヤくんに殴りかかろうものなら即タッチされて確保!ということになりかねない。詩音ちゃんってば思いの外アグレッシブ······。

 

 

「仕方ない、二人に触られないように無理矢理突破するしかないね。大丈夫!ボクと詩音ちゃんなら出来るよ!」

「そりゃあ柊さんなら可能でしょうけど······」

「ボクなら詩音ちゃんを守りつつ逃げることだって可能だよっ。とにかく、まずはここを抜けないと!」

「うう······わ、分かりました······」

 

 

 腹を括ったといった詩音ちゃんの様子を見たボクは頰を緩め、彼女と背中合わせの体勢になり、それぞれ対面にいる鬼を見据える。

 ボクの相手はユウカちゃん、詩音ちゃんはシュウヤくんが相手だ。––––やってやんよ!

 

 

「さぁ行くよ詩音ちゃん。––––ボクたちの戦いはこれからだーっ!」

「··················」

 

 

 

 

 

 

 ––––––––後に詩音ちゃんはこう語った。

 柊さんがフラグ発言をしたあの時から既に、あぁ、ここで捕まるんだなぁって思ってました······と。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 俺と八雲が校舎内に逃げ込んでユウカちゃんを撒くのに成功し、音楽室のピアノの陰に二人で腰を下ろして休んでいると突然校内放送が流れ出した。

 

 

東雲(しののめ)ユウカちゃんと倉間(くらま)シュウヤくんがそれぞれ鬼を捕まえました。二人が所属するチームにそれぞれ得点が入ります。鬼は残り二人、皆さん頑張って下さいねー』

 

 

 ふむふむ、つまり柊と詩音が捕まったということか。へー、そうかー。柊が捕まったのかー。

 

 

「······マジで?」

「······伊織ちゃんが捕まるなんて思ってなかったよ······捕まるにしても最後だと思ってた······」

 

 

 同感だ。正直、最強最悪百戦錬磨の大魔王たるアイツならばパルクールじみた三次元走法を駆使して学校中を逃げ回った挙句、最終的には舞空術的な技を使用して鬼の子たちと空中戦を繰り広げるのではないかとすら思っていたくらいなのだから。

 

 

「というか、アイツが捕まるような子たち相手に一応逃げ切れたってのが奇跡に近いな」

「······ユウカちゃんね······校舎の中に入ったおかげで雪玉が飛んで来なかったのが幸いだったよ」

 

 

 まぁ、それでも脅威だったのには違いないのだが。結局、俺が一度引っ掛かった応接室の落とし穴まで彼女を誘導、罠を起動して俺たちに肉薄していた彼女を落とすという高校生としてどうなの?と思うやり方でユウカちゃんの魔の手から逃れたのだし。だが、先程の放送を聞く限りユウカちゃんは既に落とし穴から脱出したようだ。出来るだろうなとは思ってたけど、あそこから一人で抜け出すとかもうね。

 

 

「まぁ、まだ始まったばかりだしな······あと少し逃げ回ったら適当にどこかのチームに捕まるか」

「······そうだねー······多分そんな手加減しなくても、向こうから私たちのこと捕まえてくれると思うけど」

「それはそうかもだが······正直、俺とお前が同時に千春ちゃんに捕まることだけは避けたいな」

「······どうして?」

 

 

 どうしても何も······あの子、体育館ですれ違った時に物凄い物騒なコト言ってたからな。間違いなく俺と八雲に何かする気に違いない。多分、俺たちを鬼ごっこにかこつけて拘束した上で何かを盛るつもりなのだ。去年のお袋といい千春ちゃんといい、何故俺の周りの人たちは怪しげな薬や道具をそう軽々しく使おうとするのだろうか。

 まぁ、とどのつまり。

 

 

「危険だからだ」

「······ハル、また何かしようとしてるの······?」

 

 

 俺が真顔でそう答えると、八雲が不安そうに眉尻を下げながらそう言ってくる。流石実姉だ、鋭い。俺が無言で苦笑を返すと、八雲もまた無言で溜め息を吐き額に手を当てた。そしてそのまま脱力したように首をかくんと下げ、そのまますぅすぅと寝息を立て始めたいやちょっと待て。

 

 

「いくら何でも急すぎだろう······おい、八雲?本当に寝てるのか?おーい······邪悪な気配ッ!」

「······ちっ」

 

 

 急に眠り出した八雲を起こそうとした刹那、強制的にその行動をキャンセルして横に思いっ切り回避行動を取る。

 そして先程まで俺がいた位置に突き刺さる小さな針。

 

 

「······うわさをすれば、かげ。このことば、おぼえておいた方がいいよ、おにーちゃん」

「千春ちゃん······」

 

 

 ピアノの陰から八雲を背負って(二個のマスクメロンが俺の背中を圧迫したが気にしない。煩悩を捨て去るのだ······!)距離を取り背後を振り返ると、どこから現れたのか一人の黒ローブ姿の少女······八雲千春ちゃんがそこに立っていた。

 

 ············何本もの吹き矢と手錠やロープ、猿轡(さるぐつわ)などの拘束具を携えた姿で。

 

 

「フル装備⁉︎」

「············ぷっ」

「そして無言の吹き矢攻撃!それ先に何か薬塗ってあるでしょ、八雲がいきなり眠ったのもそれのせいか!」

「······きぎょう、ぷっ、ひみつ、ぷっ」

「淡々と吹き矢を連射するのを止めろ!」

 

 

 八雲を沈めた魔の吹き矢を連射してくる千春ちゃんに対し、飛来して来る針を床を転げ回って回避しながら叫ぶ俺。何が怖いって既に千春ちゃんの頭の中から、鬼ごっこのルールに則った『タッチして捕まえる』という方法が完全に失せていることである。鬼ごっこの初動が薬物使用って何なのマッドサイエンティストかよ。

 

 

「······おにーちゃん、そんなにどならいで。こわい」

「どの口が言うんだ!クソッ、こんな凶器が飛び交う部屋にいられるか!俺たちは脱出させてもら身体が雷に打たれたかのように痺れるッ⁉︎」

「······かかった」

 

 

 俺が千春ちゃんの猛攻に音を上げ音楽室からの脱出をチョイス、八雲を背負ったままアイキャンエスケープ······しようとした途端、何か硬いモノを踏み抜いた感触と共に総身を襲うビリビリ感。コンマ数秒で身体のコントロールを失いその場に倒れ伏してしまう。

 

 

「しびれれれいいいい一体何ををををを」

「······けいたいシビレわな、せっちずみ」

「そんな人外専用のトラップを人間相手に躊躇いなく仕掛けるんじゃありません!」

「······おにーちゃん、つっこみのときだけかっせいかする。おわらいげいにんのかがみ」

「おおおおおれは芸人じゃねねねねねね」

「······おにーちゃんにも、ねてもらう。おねーちゃんとのぺあるっく、らっきー、はっぴー」

「はっぴーなわけなななひぐッ?」

 

 

 首筋に走るチクっとした感触。

 意識が、途切れ––––––––。

 

 

「······みっしょん、こんぷりーと」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 青春ポイントというものをご存知だろうか。

 

 日々の生活において「青春してるなぁ」と本人が感じた時に加算され、逆にショックを受けたりすると減少するポイント、らしい。過去にこのポイントをかき集める過程で自称宇宙人やマジモンの宇宙人に遭遇した青年がいたとかいなかったとか。

 そんなことは置いといて。

 何故こんなことを突然話し出したのかということなのだが······いや、実はこの青春ポイントとやらに一つ疑問を感じていましてね。

 

「············」

「············」

「······楠くん」

「······何だ、八雲」

 

 

 現在俺は、学校内でファンクラブが出来ている程の稀代の美少女である八雲千秋と二人っきりの状態にある。普通ならばこの時点で青春ポイントは加算されているのだろう。そう······普通ならば。

 ここで質問。

 

 

「······扉、開きそう?」

「······まっっっったく開く気配が無ェ」

 

 

 ––––ガチの牢獄に女の子と二人っきりで監禁されている状況。果たしてこれを青春と呼べるのだろうか?

 

 無論、答えは否である。

 

 

「あああああああ!目が覚めたらと思ったら完全に閉じ込められてんじゃねぇか!出せ!ここから出せよぅ!」

「く、楠くんどうどう!落ち着いて!」

「落ち着いた」

「······急に落ち着かれるのもそれはそれで怖いんだけど」

 

 

 さながら天上の音楽のように柔らかく俺の心を癒してくれる八雲の声でSAN値が一気に平常値まで回復した俺は、再度今俺たちが置かれている状況を分析し始める。

 ······俺と八雲は千春ちゃんに眠らされた後、ここ––––––学校のどこにこんな部屋があったのかは定かではないが、とにかく鉄格子で囲まれた牢屋のような空間–––––––に二人揃って幽閉されていた。

 そこまで広いわけでもないこの空間は意識しないとすぐ俺と八雲の身体が接触してしまう程。そして周りには千春ちゃんの姿は無い······。

 

 

「あれか、俺たちと暗い空間で一緒にして吊り橋効果的なヤツを狙おうってことか?」

 

 

 俺たちを執拗にくっ付けようとしているあの子のことだ、恐らくそういう意図があって俺たちをここに閉じこめたに違いない。相変わらず小学生のやることじゃねぇ。

 

 

「······さぁ······ていうか寒いねここ······」

「そもそもお前スカートだからな······ほら、俺のコート着るか?結構あったかいぞ」

「······うん、どこから出したのとかは今更聞かないよ。······ありがとね」

 

 

 俺がその場で錬成したコートを八雲に差し出すと、彼女は何故か何かを諦めたような表情でそれを受け取り礼を言ってきた。何か悩みでもあるのだろうか。心配だ。

 にしてもこの状況······。

 

 

「鬼は体育館にいる先生に俺たちの身柄を差し出さない限り、俺たちを捕まえたってことにはならない······つまり、まだゲームは続いてるわけだ」

「······もう終わりたいよ······二人で閉じ込められたくらいでどうにかなるはずもないのに······ねぇ?」

 

 

 そう言って苦笑する八雲。「ごめんなさいホントごめんなさいあの妹は後で大人気ないレベルで叱っておきますごめんなさい」という表情をしている。いや、少しは容赦してやれな······。

 

 

「······まぁ、このまま何も無かったら千春ちゃんも諦めるだろうし······時間が経つのを待つか」

「······そうだね。幸い水とゲームソフトとゲーム機はあるし、短い間なら不自由はしなさそうだよ」

「何で水はペットボトル一本っつー常識的な量なのにゲームソフトだけ10本以上あるんだよ」

「······ゲーム機も二機あるからね。一緒にやろ?」

 

 

 八雲が胸元から水が入ったペットボトルと大量のゲームソフトを取り出してドヤ顔をしてきた。さらによく見てみるとそのソフト全てが最新のモノばかり。コイツ近い内に破産するんじゃねぇか。

 と、八雲がそのペットボトルをこちらに差し出し。

 

 

「あ······楠くん、水飲む?······美味しいよ?」

「無味じゃねぇかな······まぁ、俺は喉乾いてないから良いよ。お前一人で飲んじゃってくれ」

「······そう?······じゃあ、喉乾いたら言ってね」

 

 

 そう言ってペットボトルに口を付け、こくりと一口水を飲む八雲。実は割と間接キスとかを気にしちゃう純情な少年たる俺は、この時点でこのペットボトルから水分を補給することが出来なくなった。無念である。

 

 ––––––この時、俺はまだ気付いていなかった。

 この時点で既に、俺たちは千春ちゃんの(てのひら)の上で踊らされていたということに。

 

 

「······何かこの水、変な味する······?」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 それから十数分。

 

 

「食らえトカゲ野郎!ロマンの一撃竜○砲(りゅう○きほう)!」

「私ごと吹っ飛ばしてんじゃんっ。······楠くんと一緒にモン○ンとかゴッ〇イーターやる度に思うんだけど、楠くん、こういう狩りゲーは結構下手くそだよね······」

「せ、狭くて操作し辛いんだよ······」

 

 

 俺たちは割と楽しんでいた。

 いやハハ、だってさっきまでハイスペック小学生から逃げ回るのに気を張りまくってましたからね!そんな中急に訪れた休憩タイム、そりゃあゲームにも熱中しちゃいますよ。本当、最近の若者の人間離れが深刻。

 と、そこで八雲がゲーム画面に引き続き視線を向けたまま、少し興奮したような声音で話し始めた。

 

 

「······うん、やっぱり楠くんとゲームすると楽しいね······何かこう、思い切りがあって好きなんだよね、楠くんのプレイ」

「はは、ゲームマスターの八雲様にそう言われるのは光栄だな。まぁ、思い切りが良すぎて盛大にミスすることもあるんだが」

「······それでも見てて爽快だよ。······ほら、見てるだけで気持ちが昂ぶって暑くなっちゃうくらい、だよ······」

「お、おぅ······?」

 

 

何だ、何か八雲の様子がおかしい気がするぞ。不安を覚え、俺が自分のゲーム機の画面から視線を離し八雲の方をちらと伺うと。

 

 

「······あぅ······」

 

 

妙に熱っぽい息を吐き、いつの間に服をはだけさせたのか、薄ピンクの可愛らしい下着を露出させた八雲の姿が目に入っ見てない見てない俺は何も見ていない!

 

 

「なんっ······⁉︎ や、八雲!気付いてないのかもしれないけど、お前今凄ぇ格好してるから!花魁(おいらん)スタイルになってるから!ちゃんと服を着ろ!」

「······ふぇぇ······?でもぉ、この格好、暑い······」

「お前さっきまで寒いっつってましたよねぇ⁉︎」

 

 

突然の八雲の変化っぷりに驚きつつも全力で首を背ける。何だ何だ何がコイツに起こった流石におかしいだろあれかゲームのやり過ぎで脳がショートしたのかゲームは一日一時間までにしろとあれほど「······楠、くん······」は?

 

 

「ひゃああああ–––––––っ⁉︎ ちょ、どうした八雲、離れろって······ぐおおお駄目だ!この部屋狭すぎてこれ以上離れられねぇ!」

 

 

何故か俺の方へとなだれかかってきた八雲から離れようと後ろに下がろうとしても、すぐに冷たい壁にぶつかって動けなくなる。ちらと視線を向けると、既に俺と八雲が操作していたゲームキャラはお亡くなりになっていた。嗚呼、いとかなし······じゃねぇ!

 

 

「おい······八雲。お前何か変なモンでも食ったか?それともなにか、男に触られるともう一つの人格が発現して男好きになったりする設定持ちなのか?どこの生徒会会計だよ」

「······そんなんじゃないもん······それはそうと、楠くんって、物凄く格好良いよね······

「やっぱお前何か変だって!どうしたんだ一体!」

 

 

まるで八雲の身体に別の誰かが宿ったかのようだ。こんなセクシーで色っぽいオトナの雰囲気が半端じゃない八雲さんは知らない!ねぇ、八雲ちゃんを返して、返してよ!ガチ廃人だけど優しくて、困ってる子の為に色んな事考えて······頑張り屋で······まだお話する事も、一緒に行きたいところも······八雲ちゃんを返してよおおおお!

マズい、急変した八雲に当てられて俺も少々おかしくなってきたようだ。順当にI.Qが下がってきたのを感じる。

俺が困惑していると。

 

 

「······おねーちゃんがなんでそんなことになってるのか、しりたい?······おにーちゃん」

「っ⁉︎ 千春、ちゃん······!」

 

 

鉄格子の向こうから歩いて来た一人の女の子。

そう、他ならぬ俺たちをここに閉じ込めた、将来は狩人にでもなるのではないかと思わせる小学生––––––––八雲千春ちゃんである。

 

 

「やっぱり君が何かしたのか······ひぃっ⁉︎ おい八雲、そこは色々駄目だって······うひゃあっ⁉︎」

「······ふにゃあ······」

「······もうすこしで、きせいじじつが」

「それが目的かぁ––––––––!ふざっけんな、明らかに八雲の理性が飛んでるじゃないか!また何か薬を盛ったな⁉︎ いや、でもいつの間に······」

 

 

どうでもいいが、小学生の薬物使用に「また」という副詞が付いてしまうのはいかがなものだろう。これが創作じゃなかったら、もしもしポリスメン?は不可避である、薬の合法非合法は知らんけど。

しかし本当にいつの間に薬を盛ったのだろう。俺たちを眠らせたあの針に······いや、それだと俺が正常な説明がつかない。一体······。

と、俺がそう考えながら、蕩けた表情で俺に覆い被さって来る八雲の顔面にアイアンクローをかまして凌いでいると。

 

 

「······お水」

「あ?」

「······おねーちゃんがもってたお水に、『スグホレール』っていうくすりを入れておいた。ほんとだったら二人で分け合ってのんで、そうしそうあいになるよていだった」

「おっふ······」

 

 

名前だけでこれほどその効能が把握出来る薬もそうない。実在するとは思っていなかったのだが······いわゆる惚れ薬というヤツだろう。千春ちゃんの話によると、服用した後に異性と一定時間肉体的接触を経ることで、その異性のことが好きになるというモノらしい。なるほど、だからこんなに部屋を狭くした訳か。よく考えられている······いやそんなことより。

 

 

「ち、千春ちゃん?そろそろここから出してくれないと困るなぁ······ほら、そろそろ色々限界だから、ね?」

「······楠、くぅん······」

「······まだもくてきが、たっせいできてない」

「その目的とやらが達成された瞬間に俺の人生が終焉を迎える可能性が高いということを理解してもらおうか!」

 

 

正直な話、俺が例え八雲のことを好いていたとしてもこんな一線の越え方はしたくない。俺はもっとラブラブランデヴーな付き合い方をしたいんだ!俺のロマンチストっぷりを舐めるなよ······!

 

 

「千春ちゃん!流石にこれはやり過ぎだ!君が望むのは八雲の幸せなんだろう⁉︎ なのに、その過程で八雲の理性を飛ばして彼女の意思を無視するなんて、本末転倒じゃないか!」

「······むずかしいことば、おおい······」

「あぁもう、変なところで小学生だな!お姉ちゃんの気持ちも大切にしてやれってことだ!」

 

 

丸め込め!言い負かせ!良心に訴えかけろ!

 

 

「幸せの種類は沢山ある、勿論他人に授かるものも!だけどこれは違う!自らが掴み取るべきものだ!」

「············」

「君に······俺たちに出来ることは、するべきことは。将来本当に八雲が誰かを好きになった時、それを影ながら応援してやることじゃないのか······⁉︎」

 

 

俺の熱弁を受けた千春ちゃんは、考え込むようにアゴに手を当てた。ちなみにこの時、八雲が俺のサンタ服のボタンを外し始めていた。惚れ薬というものは一般常識すらも崩壊させるのだろうか。惚れた相手をいきなり脱がす人間などいない。

と、しばらくすると千春ちゃんが顔を上げ。

 

 

「······うん。こんかいは、ちょっとだけやりすぎちゃったかもしれない······ぷっ」

「······ひぅ(バタッ)」

「ちょっとだけ?」

 

 

反省の言葉と共に、最初に俺たちを眠らせた吹き矢を八雲に打ち込んで彼女を眠らせた。こんな短期間に何度も薬を盛られた八雲には後で副作用が無いか聞いておくのが良いだろう。

俺が小さく寝息を立て始めた八雲を介抱していると、千春ちゃんが牢屋の鍵をカチャリと開け、扉を開いた。

 

 

「······ごめんなさい」

「······まぁ、君も八雲のことを考えて動いてたんだろうからな······だけど、何事も適度に、だぜ?」

「······うん」

 

 

千春ちゃんの謝罪に俺がそう返しながら軽く頭を撫でると、千春ちゃんは俺の手に触れながらそう頷いた。

 

 

「······これからはやりすぎないように、おねーちゃんとおにーちゃんをおうえんする······」

「あぁうん······もういいや······」

 

 

イヌさんチーム所属生徒八雲千春、鬼二人を確保。

来栖小学校クリスマス会『チーム対抗鬼ごっこwithサンタクロース』–––––––終了。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

クリスマス会が終了した後、俺たちは小学校を出て帰路に着いていた。

 

 

「見て見てクスノキくん!羽原先生からこんなの貰っちゃったー!えへへー♡」

「なんだそりゃ。ケーキか?」

「うんっ。ボクたちが捕まって体育館で待機してた時に貰ったんだー。クスノキくんのもあるよ?」

「おぉ、サンキュ······」

 

 

雪が降る道中、俺は詩音と柊と共にバス停まで歩いていた。八雲はあれから数分後に目を覚まし、「······あれ、脱出出来てる······」とか言っていた。どうやら惚れ薬を盛られて以降の記憶が吹っ飛んでいた様子。良かった、もしあの一連の出来事を覚えられていたら、俺もアイツも羞恥心で無事では済まなかっただろう。

んで、その八雲はと言えば。

 

 

「それにしても、八雲さんだけ残して帰るのはやはり申し訳ないですね······」

「アイツはアイツで、せっかく母校に戻って来たんだからもう少し残って見て行きたいんだと。思えばずっとイベント関連でゆっくり出来てなかったからな······」

「そーゆー思い出巡りは一人で回ったりするのが意外と楽しかったりするんだよねぇ」

 

 

柊の言葉通りかは知らんが、八雲はしばらく学校を見て行きたいと言って校門前で別れた。今日は本当にありがとね、とお礼も言って来たが······。

 

 

「まぁあれだな、結構楽しかったな。ぶっちゃけ呼んでくれた八雲にこちらがお礼を言いたいくらいだ」

「ですね。私、クリスマス会があんなに楽しいものだったなんて知りませんでしたっ」

「明日ボクのお家で開くクリスマスパーティはもっと楽しく激しいものになるからねー!」

「あれより激しくなると身の危険を感じるから止めろ」

 

 

······そういえばそうだ、まだ今日はクリスマス・イヴなのだ。

明日が本当のクリスマス。

気分的に今日がクリスマスという感じだったので、思わず持って来てしまった上に八雲にはもう渡してしまったのだが······どうりで彼女が少し面食らったような表情をしていたわけだ、言ってくれれば良かったのに······。

俺が自分の小さなミスに気付くと同時に、前を歩く柊がくるりとこちらを向いて来た。

 

 

「クースノーキくんっ」

「······何だよ」

「今年も期待してるからねー♪」

 

 

そして服の首元を空け、ちらと見せて来たのは白銀の雪の結晶を模したネックレス。

 

 

「······今年は詩音のも用意するんだ。グレードの低下は覚悟しておくんだな······」

「んふふー、りょーかいっ」

「えっ、えっ?何の話ですか?私だけ仲間外れにしないでくださいよー!」

 

 

にしし、と悪戯っぽく笑う柊と、俺たちの会話の内容を理解出来ずに混乱する詩音。俺はその二人を見て、懐にしまってあった袋を弄びながら呟いた。

 

 

 

「······メリー・クリスマス······気が早いか」

 

 

 

······おしまい。ちゃんちゃん♪





いかがでしたか?
終盤はクリスマスというテーマの幻想的な雰囲気に当てられ、ネタ成分が減った気がする······ウカツ!
次はもっと柔らかいテーマで······といきたいところですが、次回は番外編をば。ちょいちょい人気を集めてる様子のあのキャラとのifルート······これ隠す意味あまりねぇな。

では、今回はこの辺で。ありがとうございました!感想待ってます!


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楠兄妹とボクっ娘の勉強会(勉強するとは言ってない)

どうも、高校のクラス内にて段々ボッチ化してきた御堂です!
すみません、テストやらネタ切れやらで投稿が遅れましたネタを下さい······(切実)
えー、今回は後々書く予定の夏祭り回の前日談的なノリで書いたため、少し短めです。それを踏まえ。

どうぞ!



「······暑いな」

「······暑いですね」

「あーつーいー······」

 

 

季節が夏に差し掛かろうという頃。我等楠三兄妹はリビングにて、冷房を効かせる程でもないが窓を開けるだけではほとんど意味が無いというこの時期特有の微妙な暑さに苦しめられていた。

ん?ついこの前までクリスマスだっただろうって?HAHAHA、何を言っているんだ君は。きっと疲れているのだろう一刻も早く眠って全てを忘れてしまった方がいいさぁ は や く ね ろ 。

 

 

「······イモウトニウムが······足りない······」

 

 

そう呟きつつ、俺はつい先程詩音が注いでくれていた冷たい麦茶で喉を潤し、愛すべき妹二人に視線を向ける。

座椅子に身体を預け文庫本のページを()っているのは義妹である楠詩音。いつもは涼しげな顔で微笑んでいる姿が印象的だが、現在は頬に流れた汗を鬱陶しそうに小さなハンカチで拭き取っている。男ならムサ苦しさを増長させる材料にしかならない汗も、詩音の場合はさながら水晶のように美しく見えてしまうこの現象は何なんでしょうね。

そんな詩音の隣で今にも意識が飛びそうな様子で、広げた勉強用具そっちのけでクタッとしているのは我が実妹、楠飛鳥。飛鳥自体はピクリとも動かないにも関わらず、彼女のトレードマークであるポニーテールは暑さに悶えるようにプルプル震えている。······え?それ生き物なのん?

 

 

「あぅー······暑いよー······分かんないよー······」

 

 

俺が戦慄していると、今まで不動を貫いていた飛鳥が顔を上げ、悲壮感溢れる表情でそう呻き出した。よくよく見ると彼女の目の前にある数学のプリントの解答欄は新品かと見紛う程に超ホワイト。難航しているようだ。

 

 

「数学か······俺も苦手だが、中学レベルくらいなら教えられると思うぞ。どうする?飛鳥」

「教えてー!」

 

 

そんな飛鳥の惨状を見かねそう提案した途端、ガバッと身体を起こして満面の笑みを浮かべる飛鳥。この野郎、最初からそのつもりだったな?

 

 

「ったく······。で?どの問題が分からないんだ」

「えっとね、先生が作ってくれた問題で確率の問題だって言ってたんだけど······」

 

 

問︰先生こと高橋(たかはし)瑞季(みずき)は現在32歳です。今までに5回男性と付き合い、それらとは別に1度、婚約を前提に付き合って欲しいとも言われたことがあります。しかしそれらも最終的には粉砕玉砕大喝采(フラれました)。

さて、それらを踏まえ私が40歳までに結婚できる確率はどの程度か答えなさい。なお、0や無しなど(一生独り身)と回答した者には······テスト返却後、地獄を見せてやるつもりなのでそのつもりで。

 

 

「······お兄ちゃん、わかる?」

「この先生の闇が深いってことしか分からない」

 

 

高橋先生、俺が中学にいた頃も古株だったのか名前だけは聞いたことがある。たまに廊下で人間サイズのまっくろ〇ろすけみたいなドス黒いオーラの塊を見かけた記憶があるが、まさかアレはこの先生だったのだろうか。躊躇いなく年齢を開示している辺り、相当追い詰められているようだ。こわい。

と、そこで文庫本に栞を挟んで机上に置いた詩音が、ヒョイとこちらに身を乗り出して来た。

 

 

「勉強ですか?······勉強、ですか?」

 

 

1度目は身を乗り出した勢いで言ったもの。2度目は飛鳥の持つプリントの内容を見てからのものである。確かにこれは勉強というより、先生からの人生相談のように見えるな······相談相手が中学生なのはいかがなものかと思う。

 

 

「一応数学だ。飛鳥、悪いがこの問題は俺の手には負えねぇ、他の問題なら教えるよ」

「う、うん······飛鳥たちの中学、もうすぐ定期試験があるからもっとやるべき教科もあるからね。お兄ちゃんに教えて欲しいな」

「私もっ。私もお兄ちゃんに教えて欲しいです!」

「分かった分かった、どうせ俺も暇だったしな。軽く勉強会でもするか······」

 

 

······と、そこで。

 

 

「––––––––––ッ!」

 

 

()()と出会ってからの数年間で無駄に培われた危機察知能力が警鐘を鳴らした。間違いない、ヤツが来る––––––!

 

 

「(パカッ)呼ばれて飛び出てボク参z「呼んでねぇ!詩音、トラップ起動!」「了解ですお兄ちゃん!」にゃああああ––––––ッ⁉︎」

「ひゃうっ⁉︎なになに⁉︎突然床が開いて伊織さんが出てきたと思ったら一瞬でロープでぐるぐる巻きに⁉︎」

 

 

悪魔の出現と共に拘束に成功。後は窓から外に捨てるだけで任務は完了である。さらば災厄の化身よ。

 

 

「ちょっと待ってクスノキくん⁉︎ボクだよ愛しの伊織ちゃんだよ、泥棒とかじゃないよ⁉︎」

「泥棒よりタチ悪いだろ。あと別に俺、君のこと愛しくも何ともないからね?」

 

 

柊の襲来に備えて家の中に仕掛けておいたトラップが早速役立った。流石千春(ちはる)ちゃん監修の下作られたトラップというところか。ちなみに、千春ちゃんはまだ小学生です。

 

 

「ひどいよクスノキくん!今日は普通に勉強会に参加させてもらおうと思っただけだよ、ほら、ウチももうすぐ定期試験じゃん⁉︎」

「えっそうなの?教えてくれてどうもありがとう、ではさらばだ柊くん!(ガラッ)」

「わああああクスノキくんがしれっと窓開けたー!助けて飛鳥ちゃん、助けて詩音ちゃーん!」

 

 

俺がそのまま柊を外に放り出そうとすると、彼女は激しく抵抗し出した。ええい、大人しくしてろ!

 

 

「お、お兄ちゃん!あんまり伊織さんのこといじめちゃダメだよ!ストップストーップ!」

「ひゃうっ⁉︎柊さんどこ掴んでるんですか、ちょ、握力強過ぎでしょう服が伸びる!」

「へるぷ!へるぷみー詩音ちゃん!」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「さぁ、勉強会の始まりだー!」

「やかましいぞ柊。当然のように参加しやがって······あ、ここ飛鳥に教えてやってくれない?結構難しい問題もあるもんだな」

「もっとノッてよー······そもそもクスノキくん、中学の頃から数学苦手だったクセに何で引き受けたのさ」

 

 

飛鳥の制止を受けた俺が渋々柊のロープの拘束を解くと、柊は意気揚々と勉強用具を俺が使用していたコップの中から取り出し(は?)、これまたノリノリで勉強会の開催を宣言した。スルーしたけど。

 

 

「ぶー······あ、飛鳥ちゃん、そこはまず展開した後にaとbでそれぞれまとめちゃうんだよ」

「なるほど!ありがと、伊織さん!」

「にゃはー、もっと褒めてくれても良いよ!」

 

 

にしても、自分の勉強をしながらスラスラと飛鳥に勉強を教えていってるコイツのスペックやべぇな。褒められる度に俺の方にドヤ顔してくるのがウザいのはともかく、やはり柊がいると助かるのは事実だ。参加したならしたで、精々妹たちのために働いてもらうとしよう。

 

 

「お兄ちゃん、この国語の問題なのですが······」

「ん、長文読解か。まずこの問題に答えるのに必要な文がどこに書いてあるかは分かるか?」

「多分この段落かと······」

「んじゃ、その段落で必要なところをさらに抜き出すぞ。基本的にこういうのはいきなり答えを探そうとせず、適当に当たりを付けた後に無駄な部分を削ぎ落とす方法が良い」

「おぉ······!凄いですお兄ちゃんっ」

「理数系が壊滅的なのに文系科目も出来ないとなったら流石にヤバいからな······」

 

 

俺と同じく理系科目が苦手な飛鳥には柊が、全体的にレベルは高いが、どちらかと言えば文系科目が苦手と言う詩音には俺が付くというマンツーマン形式で教えていく。お前も試験があるのにそんな余裕があるのかという話だが、柊のヤツは勉強してもしなくても学年一位を取ることなど容易いし、俺は妹のためなら留年しても惜しくないので問題ないだろう。

 

 

「問題大アリだよ。クスノキくん、後でボクともマンツーマンで勉強してもらうからね」

「いやだ······つらい······」

 

 

こんな奴とマンツーマンとか絶対ロクでもないことが起こるから嫌だ。魔王にタイマン挑む奴とかこの世にそうそういませんからね?······ん?そういえば······。

 

 

「なぁ柊、お前今回は笠原や八雲を呼んだりしないのか?今思うとお前が一人で来るとか珍しいだろ」

「んー······まぁ、今は二人共試験勉強で忙しそうだったからね。ボクもそういう時は流石に遠慮するよ」

「何で俺にはその気遣いが出来ないんだよ」

 

 

俺には気遣いは不要とかそういう感じだろうか。ひでぇなコイツ。鬼!悪魔!柊伊織!

 

 

「······いや、キミってばボクが教えてあげないと数学や化学で赤点取っちゃうから、試験の時は助けてくれって自分からボクにお願いしたんじゃんか」

 

 

そうだっけ。

 

 

「お兄ちゃん、そんなお願い伊織さんにしてたの?駄目だよ、伊織さんだって試験勉強があるんだから」

「そうですよお兄ちゃんっ。私なら高校生の勉強内容だって極めています、私と勉強しましょう!マンツーマンで!二人っきりで!」

「妹に勉強教えてもらう兄とか絵面がキツいのでパス。というか、そこまで頭良いなら俺が教える必要無いんじゃね?」

「そんなのお兄ちゃんと密着するための口実に決まってるじゃないですか!」

「お、おぅ······そうか······」

 

 

これ以上無い程の真剣な表情でおかしいことをう詩音に気圧され、ただ頷くことしか出来なくなる。コイツ、何か最近色んな面でなりふり構わなくなって来てません?

 

 

「あ、お兄ちゃん、ここの地理の問題教えて?」

 

 

飛鳥は飛鳥で妙にスルースキルが磨かれて来ている気がする。俺は妹にスルーされると泣いてしまうのでそこら辺の調節はくれぐれも気をつけて欲しいものだが。

 

 

「クスノキくんみてみてー。制作時間一分、伊織ちゃん作のミニチュア薬師如来(やくしにょらい)像!」

「遊んでんじゃねぇよ。いくら何でも集中力切れるの早すぎでしょう?」

 

 

そしてノートの1ページを破ってアホ程クオリティの高いアートを制作しているこの(バカ)に至っては本当に何がしたいのか分からない。

 

 

「馬鹿やってないでとっとと課題なり何なりしてろ。······あー、飛鳥。作物ってのは地域の気候や周りの環境から何が作られているかが割と推測出来てな······」

「んー······」

「とりあえず、教科書のこの範囲見てみろ。また分からないことがあったら遠慮なく聞いてくれれば良いから」

「うんっ。ありがと、お兄ちゃん」

 

 

あぁ······何て可愛く愛らしい笑顔なのだろう。これだけで二週間は不眠不休かつ、食料及び水分無しでも生きていけそうな気がする。

 

 

「実はこれ、薬師如来型からマ〇ンガーZ型に変形することが出来ます。すごいよね」

「「す、凄い······!」」

「遊ぶなっつってんだろ」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

そこから更に一時間半ほど過ぎただろうか。

 

 

「「「「············」」」」

 

 

カリカリ、カリカリとシャーペンがプリントや問題集の上を走る音やそれらのページをめくる際の微かな音以外は聞こえない空間の中、俺たちはかつてない程集中して勉強に取り組んでいた。

 

 

「············(カリカリ)」

 

 

あの柊ですら無言でシャーペンを動かしている。普段は頭のネジが常時フィーバー状態のコイツが真面目に勉強している姿はどうにも違和感があり、ついついじっと見つめてしまう。と、そこで柊が俺の視線に気付いた。

 

 

「······?どしたのクスノキくん、ボクのことそんなに見つめちゃったりして。はっ!まさか普段見られないボクの新たな一面を見て惚れちゃったとか?やん、そういうのは皆の前では痛い!」

 

 

やはりコイツの本質は馬鹿そのものだったようだ。

俺は溜め息を一つ吐き、柊の額に投げつけた消しゴムを回収しながら妹たちに呼び掛ける。

 

 

「そろそろ休憩するか。以前お袋が買って来たカステラ食べちまおうぜ」

「そうだねー。ふぃー······疲れちゃった」

「じゃあ私はお皿持ってきますね。柊さんも食べますよね?」

「えっ」

「? どうしました?柊さん」

「あ、いや······クスノキくんならこういう時、必ずボクをスルーしてるからね······ちょっと面食らっちゃったよ」

「「·············」」

 

 

「流石にそれは可哀想じゃない?」という感じの視線を向けてきた妹たちと目を合わさないように、麦茶が注がれたコップ片手に思い切りそっぽを向く。いやだって、コイツ甘やかすとすぐ俺にちょっかいかけてくるんですもの······。

 

 

「とりあえずそれはそれとして。ありがたくボクも頂くよ。甘いモノは好きだからねー♪」

「どうぞどうぞ。あ、お兄ちゃんは小さいのね」

「馬鹿な······」

 

 

酷いとばっちりだ。これからは柊にも乾燥剤とか綺麗な形の石とかをあげるから許して欲しい。

そんな感じでしばしダラダラしていると。

 

シュポッ

 

 

「ん······光男(みつお)さんからのLI〇E?あの人今仕事なんじゃねーのかよ」

 

 

スマホからお馴染みの気の抜ける音が響き、俺と飛鳥の義父であると共に詩音の実父である変態、光男さんからメッセージが届いたことを知らせてきた。なになに。

 

 

【勉強会お疲れ様です(*⌒▽⌒*)】

 

 

何で知ってんだ。急遽決めたことだから前以てアンタに報告したりはしてないハズだぞ。······とりあえず聞いておくか。

 

 

【何で勉強会のこと知ってんすか】既読

 

【そりゃあリアルタイムで見て、聞いていますからね。ちなみに今は大量の洗濯物が見えます。狭いです】

 

 

俺は脱衣所に移動し、速やかに洗濯機のスイッチを入れた。何故かガタゴトと何かが中から脱出しようとしているような異音が響いてくるがスルーだ。

そこで再びメッセージが届く。

 

 

【たすてけ】

 

【嫌です】

 

 

既読は付かなかった。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、急に脱衣所に行ったりして何してたの?早着替えの練習?」

「俺は何の前触れも無く早着替えの練習を始めるような兄だと思われているのか······?」

「お兄ちゃん、私としてはむしろ着替えずに半裸のままでいてくれても良いのですよ?」

「風邪引いちゃうから遠慮する」

「えっ、キミが心配するところってそこなの?」

 

 

俺が脱衣所から戻ると、柊たちが何やら袋のようなモノを囲んで雑談していた。

 

 

「······なにその袋。いつからあったのん?」

「何かキミのお義父さん······光男さんからのプレゼントみたいだよ?ほらこれ」

 

 

そう言って柊が俺に寄越した手紙のようなモノに目を通してみる。差出人はやはり光男さんで。

 

 

【てってれー!どうも、皆のお父さん光男さんです!勉強頑張っていますね、柊さんもお手伝いありがとうございます。つきましては、ささやかなご褒美として四人にそれぞれプレゼントを差し上げます。どうぞご自由にお使い下さい】

 

 

み、光男さん······アンタ良い人だったのか······邪魔にしに来た訳じゃ無かったのか······!!

見れば、袋の中に飛鳥と詩音には色違いの消しゴムとシャーペンが、そして柊にはノートといくつかの参考書が用意されていた。あくまで勉強のためのモノであるところが根は真面目なあの人らしい。ごめんね光男さん、貴方のことを誤解していました。貴方は立派な父親です––––––––、

 

 

使いかけのチビ消しゴム ←俺用のプレゼント

 

 

洗濯機の乾燥ボタンを押しておいた。その内干からびた男性のミイラなどが出てきたりしないだろうか。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「さてクスノキくん。ボクとキミとのラブラブ♡マンツーマンレッスンの開始だぜ」

「···························································うっす」

「苦虫を噛み潰したような顔!もー、いつになったらクスノキくんはボクにデレてくれるのさー!」

「来世まで行ったらワンチャン」

「今のボクを全否定⁉︎」

 

 

休憩が終わり、俺は柊からマンツーマンレッスンの誘いを受け······それをのらりくらりと(かわ)していた。え?レッスンを頼んだのはお前だろうって?いやね、もう柊の提案はほぼ反射的に拒んじゃうんですよね。俺がこうなってしまった原因は間違いなく柊自身にあると思う。

 

 

「ぶー!酷いよクスノキくん!いつまでもそんな態度だと、その内学校中にクスノキくん同性愛者説を広めちゃうからね!」

「やってみろ。そんなことしたら柊伊織ニューハーフ説を学校中に流布してやるからな」

(二人共やり方がいやらしいなぁ······)

(何かお兄ちゃん、柊さんに甘くなってきてませんか?気のせいですか?)

 

 

妹二人の呆れと訝しみの意を込めた視線を向けられた気がしたが両方共スルーする。どうでもいいけど、「スルーする」って言う度に「やだ!無意識に洒落言っちゃった恥ずかしい!」とか思っちゃうんですよね。ホントにどうでもいいな。

などと他愛のないことを考えていると。

 

 

「ま、冗談はこのくらいにしといてっ。早く勉強するよクスノキくん!やることはしっかりやるの!」

「·············え。別に冗談のつもりはいや何でもありません勉強ガンバリマス」

 

 

俺が柊の言葉に異議を唱えようとした瞬間、彼女の目が僅かに細められ冷たい光が瞳に宿り始めたのを察知する。コレはアレですね、下手に逆らうとGAME OVERの文字がディスプレイに浮かんできちゃうタイプですね。

俺が頬を引き攣らせつつそう言うと、柊はニコッと笑いながら言った。

 

 

「よろしい!ではでは、飛鳥ちゃんも詩音ちゃんもクスノキくんも、集中して勉強しましょう!」

「「はーい」」

「···········すっかり柊に主導権握られてる······俺と妹たちの和やかな時間が······しくしくしく······」

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだクスノキくん。今度のお休みに夏祭り行かない?花火とか打ち上がるよー楽しいよー!」

「集中力切れるの早ぇ!そんなの良いからとっとと勉強しろ、あとこんな蒸し暑い中人混みの中にわざわざ突入するとかあり得ません丁重にお断りさせて頂きます!」

「ええー、お兄ちゃん行こうよー!確か、昔お兄ちゃんが出禁になってたお店も今年で解禁でしょっ?」

「ちょっと待って下さいお姉ちゃん。出禁ってお兄ちゃんは一体何をやらかしたのですか?」

 

 

一度気が抜けるとそのまま流れるように本来の目的を見失って脱線し出すのが俺たちの性質である。

この後、俺たち四人は勉強しているだけなのに様々なアクシデントに見舞われることになるのだが······。

それはまた、別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ 定期試験終了後 ~

 

 

「クスノキくん、試験結果どうだったー?」

「····················(ピラッ)」

「わぁっ、成績凄い上がってるじゃん!ふふーん、ボクの指導の賜物カナー?」

「······何かムカつく」

「へっへー、これは何かご褒美を貰わないとねー!」

 

 

 

 

 




さーてまた来週からテスト勉強だ。
また少し更新が遅れるかもしれませんが、出来るだけ早く更新出来るように最大限の努力はさせて頂きます!
では、今回はこの辺で。

ありがとうございました!感想、ネタなど待ってます!


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兄と実妹とクラスメイトの夏祭り

どうも、最近暇過ぎて所有している本を全て1巻から読み返し始めた御堂です!
期末試験までいよいよ時間が無くなってきたので今回は短めの夏祭り編をお送り致します。現実の僕の友人に、勉強を教えてくれる万能ボクっ娘クラスメイトはいないのです。無念。

さてさて、順当に三次元に絶望しつつ。······どうぞ!



ドーン、と。

空から大きな音が響き、鼓膜を揺さぶった。

光の筋が虚空に放たれたと思えば、それは間も無く大輪の花を宵の空に咲かせる。

綺麗だ。あぁ、とても綺麗なのだ。

 

だが、今の俺には、そんな美しいとも言える打ち上げ花火の音がほとんど耳に入って来ない。

 

目の前の少女は今まで見せたことのない––––––見ていると不思議な切なさを覚えるような表情で。

 

 

「ね、クスノキくん」

「··················」

「ボクね––––––キミのことが好きなんだ」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

場所は俺こと楠祐介が通う高校。

その高校の放課後の教室にて柊伊織がとある提案をし、八雲千秋と笠原信二がそれに同意を示した。すなわち、

 

 

「夏祭りに行こう」

「賛成だ、行こうぜ祐介」

「······行こっか、楠くん」

「おい待て、何故三人揃って俺の方に視線を向ける。何故俺が絶対に行くのを渋るだろうとでも言いたげな顔する」

「じゃあ渋らないの?」

「なつまつりなんていきたくなーい」

「「「渋るんじゃんっ!(じゃねぇか!)」」」

 

 

これまた三人揃って声を上げる。おいおい、もうそろそろ俺のことを理解してくれても良いんじゃないか?人混みとか苦手だし、この四人でどこかに出掛けて何かトラブルが起きなかった時なんて無いじゃん。そんなパーティーで冒険とか行きたくないじゃん。

 

––––––夏祭り。

言わずと知れたプールや海に並ぶ夏の定番イベントであり、一般的には屋台を回ったり打ち上げられる花火やらを見て楽しんだりするイベントである。定番と言うだけあって人も沢山集まり、一度連れとはぐれたらそのまま2度と会えなくなるなんてことも十分あり得るレベルの密度。インドア派の俺からしたら出来るだけ敬遠しておきたいイベントである。

前から柊が「クスノキくんも行くよね?来るよね?一緒だよね?絶対行こうね?」みたいな話をしていたような気がするが、それら全てをぬるっとスルーしてきていたような気もする。

 

だが、俺もまた成長しているのだ。いつまでも行きたくない、やりたくないなどと駄々をこね続けることはない。

 

 

「まぁ待て落ち着けお前ら。ここで一つ俺から提案がある。譲歩ってやつだ」

「「「?」」」

「俺が夏祭りに行かない代わりに、俺が丹精込めて徹夜で製作した、この『段ボール製ゆうすけ人形』をお前らが持って行くというのは······」

「却下だよ却下!譲歩にすらなってないよっ!」

「しかもこの人形作りが雑すぎんだろ!接合部分がガムテープだし、既に剥がれかけてんぞ⁉︎」

「······徹夜だなんて絶対嘘······!」

 

 

思いの外非難轟々で心が痛い。

 

 

「チッ、グダグダうるせーな。待ってろ、すぐに修理してやるから。誰かガムテープ持ってない?」

「「「違う、そうじゃない!」」」

 

 

俺のせっかくの譲歩案は無慈悲に却下され、楠祐介渾身の作品であるゆうすけ人形は笠原の馬鹿力によって粉末状にされた。どうやったら段ボールが粉末状になるんだよ。

俺がゆうすけ人形の遺骨(粉々)をかき集めて涙を流していると、八雲が苦笑しながら言ってきた。

 

 

「······ね、やっぱり楠くんは行きたくないの、かな?······その、楠くんと一緒に夏祭り行ったことって無いから······」

「······八雲はズルいな。そんなこと言われたら無下に出来ないに決まってんじゃねぇか」

「え、何かボクへの対応と違い過ぎない?」

「フッ、そうだぜ祐介。こういう時には目一杯楽しんでおかなきゃ損だ。青春しようぜ!」

「やかましい······黙れ······」

「え、何かオレへの対応辛辣過ぎない?」

 

 

大切な友人の一人である八雲にここまで言われると少し考え込んでしまう。でも、家に引き篭もって悠々自適インドアライフを送りたいというのも事実だし······うーん。

そう俺が悩んでいると。

 

 

「······勉強会」

「············(ピクッ)」

 

 

······何だ(コイツ)この野郎。まさか······。

 

 

「······飛鳥ちゃんに教えた······成績向上······ご褒美······急に押し倒されてえっちな展開······」

「「最後について詳しく」」

「テメェふざけんなよ柊⁉︎時々思い出したように俺を変態に仕立てあげようとするの止めろ!」

 

 

ボクに恩があるでしょ?とでも言いたかったのだろうが、今の発言でチャラにしてくれたって良いと思う。

しかし、コイツをこのまま野放しにしておくと、その内何か取り返しのつかないことをしそうで怖い。······仕方ない。

 

 

「この、銅製ゆうすけ人形を······」

「クスノキくん、天丼は要らないよ?」

 

 

柊が形だけは笑みを浮かべて言ってくる。しかしその瞳の奥に宿りしは深淵の闇。笑顔などとは程遠い、見る者全てを震え上がらせる恐怖という概念そのものがそこには渦巻いていた。

俺は内心チビりそうになりながら、あたかも初めから了承するつもりでしたよ?という体を装いつつ。

 

 

「······分かった、行くよ。今回だけだぞ」

「流石祐介。何やかんやで友達のお願いは聞き入れちゃう生粋のツンデレだぜぶらいかッ⁉︎」

 

 

先程の柊の表情をよく見ていなかったと思われる笠原の鳩尾に拳を叩き込みつつ、俺は通学鞄を背負い席を立った。不本意だが、夏祭りに行くと決まった以上詩音と飛鳥を一刻も早く誘いたいしね!愛する妹たちと一緒なら人混みだって俺たちの愛を祝福してくれる天使達に見えるまである。

 

 

「んじゃ、今日は帰るわ」

「はいはーい。ね、ちーちゃん。もし良かったらこれから浴衣選びに行かない?」

「······浴衣······うん、ちょっと興味ある、かな。だけど選んだことはないから······色々、教えてくれる?」

「もちろんっ!ボクに任せといて!」

 

 

柊と八雲の会話を背に教室を出る。

きっと、また何か厄介事が起こるのだろう。そしてそれに間違いなく巻き込まれることになるのだろう。

––––––それでも、妹たちが。飛鳥と詩音が一緒ならそれらも乗り越えられる······そんな確信が俺にはあった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

心が折れてしまいそうだ。

 

 

「そ、そうか······詩音は夏祭り行けないのか······」

「すみませんお兄ちゃん······!その日はクラスメイトの方々からお誘いを受けていまして······」

 

 

帰宅し、天使たちを夏祭りに誘った瞬間に突き付けられた死刑宣告。足が産まれたての子鹿のようにガクガクと震え出し、動悸は異常な程激しくなり息苦しさを感じる。気のせいか視界も何かが滲んだかのようにぼやけてきた。

 

 

「お、お兄ちゃん涙目になっちゃってるよ?落ち着いて、ね?飛鳥は一緒に夏祭りに行くよ?」

 

 

飛鳥の女神の如き優しさに涙腺が決壊する。

たまらず彼女の胸元に顔を埋め、情けなくも嗚咽を漏らしてしまう。ひっく。

 

 

「ぐすっ······あすかぁ······」

「······何か幼児退行してない?」

「うぅ、罪悪感が物凄いです······かくなる上は今から私が夏祭りまでの間に影分身の術を習得するしか······‼︎」

「出来ないから。詩音ちゃん、そんなこと出来ないから。印を結ぼうとしないの」

「「(ボンッ)あ、出来ました」」

「詩音ちゃんが増えた⁉︎」

 

 

頭上で何か詩音が人間の限界を越えた気配がした。

で、それからしばらくして俺が泣き止むと。

 

 

「······そういや、詩音が言ってたお誘いって」

「えぇ、私もお兄ちゃんと一緒に行けないというだけで夏祭り自体には行きますよ。向こうで会えれば良いのですが······というか会います。捜します」

「い、いや······無理に探さなくて良いぞ······」

 

 

冷静になって考えてみれば、これアレだ、クリスマス会の時の飛鳥と詩音の立場が逆になった感じだわ。あの時は飛鳥が友人たちとの用事でクリスマス会に来れず涙目になったものだが、なんやかんやで友人との約束を優先して貰った。ならば、詩音の友人たちとの時間も俺が無闇に邪魔していいものではないだろう。

 

 

「せっかくの友達たちとの夏祭りなんだろ?俺のことなんか気にしてちゃ勿体ないぜ」

「むー······わかりました」

 

 

いたく不満そうな表情の詩音。いや、せっかく友達と行くんだからそういう表情しちゃ駄目でしょ······。

 

 

「お兄ちゃん、ブーメラン」

「え?」

「ブーメランだよ」

「············?」

 

 

よく分からないことをジト目と共に言ってくる飛鳥に、俺は頭に疑問符を浮かべながら首を傾げた。

と、そこで詩音が何やら小声で独り言を呟いていることに気づく。何やら深刻そうな表情だが······。

 

 

「私としては柊さんの行動が心配ですよ······あの人なら夏祭りのムードに乗っかってそのままー、とかあり得そうですし······ぶつぶつ」

「夏祭りのムードに乗っかって何だって?」

「ぴぅ⁉︎ お、お兄ちゃん······聞いてたんですか」

「そりゃこんな至近距離ならな。で、何か呟いてたみたいだけど、何か悩みでもあんのか?」

「あ、いえ、悩みという程では······いや、ある意味悩みなのでしょうか······うーんうーん」

 

 

今度は何やら難しい表情で呻き声を上げ出した。

ジト目で謎の言葉を発してくる妹と、急に独り言を呟いたり呻いたりする義妹。······ふむ、一体誰の影響でこうなったのか······原因の解明が待たれるところだ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

そんなこんなで夏祭り当日。

当日なのだ。

今日、俺たち高校生組は四人で集まり、皆で屋台を回ったり花火を見ようなどと話し合っていたはずなのだ。

なのに––––––。

 

 

「······何で俺とお前しかいないわけ?」

「······にゃ、にゃはは······」

 

 

何故か集合場所としていた駅前に集まったのは俺と柊の二人だけ。八雲と笠原の姿は影も形も無かったのである。

俺がじろりと柊に視線を向けると、彼女も困ったように笑いながらスマホを取り出し。

 

 

「何かついさっき二人からほぼ同時にメールが届いてね?ちょっと用事の消化に追われてるから遅れるって」

「マジかよ······」

「何でもちーちゃんは現代に復活した大魔王を封印するために“聖域”に赴かなければならないとか」

「ゲームの話だろそれ。アイツまた任意セーブが出来ない古いゲームやってんのか」

「何でもカサハラくんは道路で逆立ち走りをしていたら50台のダンプに轢かれて生死の境を彷徨ってるんだとか」

「アイツはどうやって連絡を寄越したんだよ」

 

 

要は八雲はゲームのセーブ地点に到達するまで待っててー、と言いたかった訳だ。俺たちが集まる時はある程度個人の自由を優先して良いという暗黙のルールがある為、別に遅れたことは気にしてない。このメンバーでいちいちそんなことを気にしていては、あっという間にストレスで胃潰瘍になってしまう。

······ちなみに、飛鳥は浴衣の着付けに苦戦し、帯によってミイラみたいな風貌になってしまっていた。俺は彼女に先に行ってて欲しいと頼まれたのでここにいる訳だが、飛鳥はまだ浴衣との死闘を続けているのだろう。俺の手伝ってやろうか?という提案に対し、「ひ、一人でやってみたいの!」と意地を張る飛鳥は少し可愛かった。

俺がそんなことを考えていると、柊がパンと手を打ち。

 

 

「さーて、二人を待ってる間雑談でもしようぜっ!······あ、いっそのこと、このまま二人で先に行ってみちゃう?ボクはクスノキくんとの夏祭りデートっていうのもやぶさかではないしねー♡」

「おっそうだな。あ、見ろよ柊、鳩がいるぞ」

「ボクへの関心は鳩さん以下なの⁉︎さっきからボクの格好についても感想言ってくれないしー······」

「格好つっても······」

 

 

柊は現在涼やかな青を中心とした色合いの布地に大きな白百合の模様が散りばめられた浴衣を着ていた。艶やかな黒髪も今日は纏めており、いつもの破天荒っぷりは鳴りを潜め、大人の雰囲気とでも言うのか······まぁ、そんな雰囲気を醸し出している。

······正直、今日の柊はとても綺麗だと思う。

だがそんなことを口にしてみろ、コイツはカタパルトでも使用してんのかというレベルで急激に調子に乗るに決まって「へーそっかー!やっぱりクスノキくんも綺麗だと思ってくれてたんだね!嬉しいありがとっ!」ウカツ!

 

 

「······久し振りだな、脳内覗き見(無断)」

「まぁある意味ボクのお家芸みたいなモノだし?これからもどんどんクスノキくんのプライバシーを侵害していく所存だよ」

「嫌な意気込みだな」

 

 

ちなみに、俺の装いも夏祭りに相応しく紺色の甚平(じんべえ)姿だったりする。当初俺はシンプルにシャツとパンツ姿で良いだろうと思っていたのだが······。

 

 

『だーめっ。せっかくの夏祭りなんだし、これ着てこうよ!何事も形からだよ?お兄ちゃん』

 

 

と、飛鳥に言われたのでコレを着て来たという訳だ。ついでに下駄も履かされたので地味に歩きにくく、その内足首が曲がってはいけない方向に曲がりそうで怖い。

 

 

「うふふー♪いやはや、クスノキくんの甚平姿も中々渋くてカッコいいよ?」

「どうも。······個人的には笠原みたいなガタイのいい奴の方が似合う気がするんだがな」

「そう?ボクはそんなことないと思うけど······どちらかと言えば、クスノキくんにはムキムキの偉丈夫キャラは合わないよ」

「いや、別に俺はキャラ作りのために細身保ってる訳じゃありませんからね?」

「ふふ、そうだね。今のはただのボクの好みさ」

 

 

そんな感じで適当に雑談を続ける俺と柊。

ちなみに、余談だが。

 

 

「······何か、出て行きにくいね」

「そうか?さっさと出て行った方が良いだろ、おーい祐介、いおぐぇぇっ⁉︎」

「もう少しだけ待ってて下さい笠原さんっ。将来お兄ちゃんを貰ってくれる人が出てくるか分からないんですから、こういうところで頑張って貰わないと!······ま、まぁいざという時は飛鳥が面倒を見ますけど······」

(······最近、飛鳥ちゃんの方が楠くんのお姉ちゃんに見えてきたなぁ······)

 

 

この辺りから既に飛鳥たちは集合場所に到着し、しばらく俺たちの様子を伺っていたんだとか何とか。何がしたかったんだ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

それからしばらくして飛鳥たちとも合流し、夏祭り会場へ到着した。普段はただの大きめの公園だったそこは、通路に所狭しと並んだ屋台や高張り提灯(ちょうちん)、そしてそれぞれ浴衣や甚平姿で道を歩く人々の存在によりすっかり別世界へと変貌している。

 

 

「––––––わぁっ。沢山人がいるね、お兄ちゃん」

「あぁ、とんでもない密度だな」

「······楠くん、顔色悪いよ?大丈夫?」

「はっはっは、これぞ夏祭りって感じだな!よっしゃ、花火のタイミングでこれを······」

「待ってカサハラくん。その筒は何?打ち上げ花火?打ち上げ花火なの?あのね、花火の製作は資格がないと」

 

 

飛鳥もワクワクした様子でこちらに笑顔を見せてくる。八雲や柊も幾分か気分が高揚しているようだが······笠原の馬鹿は何かもう、興奮の仕方がいきなり法外レベルである。いちいち対応するのも面倒なので全て柊に丸投げしてしまおう。最初にコイツの奇行に反応したのが悪い。

 

 

「うし、じゃあ適当に回るか······」

「そうしよっか。お兄ちゃん、途中で抜け出してベンチとかで居眠りタイムに入ったりしないでよ?」

「分かってる分かってる」

「あぅぅ、何で飛鳥の頭撫でるのー?」

 

「カサハラくん!その筒をボクに寄越しなさい!ちーちゃん、カサハラくんの身体を押さえてて!」

「······笠原くんの身体大きくて無理だよ······」

「ぬぅぅ!例えこの打ち上げ花火が奪われても第二第三の花火が······!(コロッ)」

「花火玉だとぅ⁉︎こんな場所に何てもの持ってきてんのさ⁉︎ええい、とっとと全ての危険物を出しなさい!原子レベルで分解してやる!」

 

 

ほぼ同じ場所で展開される天国と地獄。柊が左手に謎の白い光を宿しながら「キミも手伝ってくれないかな⁉︎」と彼女にしては珍しい必死な視線を送ってくるが、それら全てを華麗にスルーする。俺はあくまで夏祭りに来たのであり、人外の馬鹿の世話をしに来た訳ではないので······。

 

 

 

というわけで、散策開始である。

今回こそはまた変なトラブルに巻き込まれませんように······え、何だって?フラグ?

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
何か展開が雑なような?······後編はもっと高密度で中身のあるお話にします!多分!ちなみに、作内の彼等の年は一度だけサザエさん方式を取らせて頂いております。気まぐれで年取るかもしれません。
今度の更新は大分先になるかもですが、それまで気長にお待ち頂ければ幸いです。

では、今回はこの辺で。ありがとうございました!感想待ってます!


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兄と実妹とクラスメイトの夏祭り2

お久しぶりです、御堂です!
夏期休業の課題の量が殺人的過ぎませんかね。
課題が多いなら現実逃避すればいいじゃない!という訳で夏祭り編後編です。ラブコメの「ラブ」の割合が今回多いイメージです。
つまり僕のちょっと苦手な分野なので出来が悪い可能性があるということ(予防線)。

と、とりあえず。どうぞ!



 

 

 

俺こと楠祐介は、最近すっかりお馴染みとなったあらすじ用の謎の白い空間内に置かれたテーブルを、クラスメイトであるメロン(比喩表現)ゲーマー八雲千秋と共に囲み、優雅に紅茶を飲んでいた。······いや、どういう状況だコレ。ここに至るまでの記憶がさっぱり抜け落ちてるんですけど?

と、俺が困惑していると。

 

 

「······はふっ。紅茶、おいしいね。楠くん」

「え?······あ、おぅ。そだな」

 

 

俺の対面に座る八雲はえらく落ち着いた様子で、これまたえらく可愛らしい仕草でこくこくと紅茶を飲んでいた。え、何?この状況に困惑してる俺がおかしいの?あらすじ説明しないの?

 

 

「······さて、楠くんは前話で私たちの夏祭りに行こ?という誘いをのらりくらりと躱し続け、本当に行かないのかな······と私が陰でちょっと寂しがっているところで伊織ちゃんが突如発した謎の言葉で急に折れて夏祭りに行くことが決定したわけだけれど」

「あからさまに説明口調になったな」

 

 

というか、ちょっと寂しがってたのか。それに関しては地味に罪悪感を覚えた。

 

 

「······わるいと思ってるなら、おねーちゃんとけっこんすることをおすすめする。······おにーちゃん」

千春(ちはる)ちゃん⁉︎ 何でここに⁉︎」

 

 

八雲のことをボーッと眺めていたら、突如死角から彼女の妹である千春ちゃんが現れた。ちょっと待って、何でしれっと現れてんの?何で当然のように俺の紅茶飲んでんの?さっきまで影も形もなかったよね?

 

 

「······おにーちゃんとおねーちゃんの仲の、しんちょくぐあいを見にきた」

「千春ちゃん、ここはあらすじのためのスペースなんだ。そんなご近所の友達の家を訪問するような気軽さで来るところじゃないんだよ」

「······チハルは、おにーちゃんたちがいるところには、だいたいいるから」

「前にも聞いたけど本当怖いよね」

 

 

きっとこの子は将来有望なスパイか忍者になることだろう。そうでなければストーカーだ。

 

 

「······ハル。あんまり楠くんを困らせちゃ駄目」

「······そうしそうあい?なら、もんだいないはず。······おねーちゃんはおにーちゃんのこと、きらい?」

「······友達として、好きだよ」

「············ともだちとして?」

「············友達として」

「「············(無表情のまま互いを睥睨(へいげい)する二人)」」

 

 

何だ。何か知らんが二人の間で高度な心理戦が行われてるような気がするぞ。どうにかして言質を取らんとするミニマムハンターと、それを阻止するゲーマーの戦いだ。字面に戦力差がありすぎじゃないすかね。と、八雲と睨み合っていた千春ちゃんが溜め息を吐き。

 

 

「······しかたない。こうなったら、おにーちゃんをぶりょくでくっぷくさせて、おねーちゃんとくっついてもらう」

「酷ぇとばっちりだ!ていうか千春ちゃん、クリスマス会の時に『これからはやり過ぎないように応援する』とか言ってなかった⁉︎ 武力行使とか明らかにやり過ぎだと思うんですけどー!」

 

 

突如ターゲットを俺へと変更した狩人(千春ちゃん)は、彼女の主武装である吹き矢(怪しい薬品付与)を懐から取り出しながらも俺の問いに「この馬鹿何も分かってないわ」とでも言いたそうに肩を竦め。

 

 

「······これはあらすじパートだから、ほんぺんとはかんけいない」

「都合良すぎじゃないかなぁ!」

「······ぷっ。······ぷっ。······ぷっ」

「淡々と吹き矢を連射するの止めろっつってんだろ!何でそこは本編準拠なんだよ!チクショウ、こんなところで死んでたまるか!(ダッ)」

「······にがさない(シュバッ)」

 

 

「············えっと。······本編、始まります」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

ギリギリ逃げ切れた。千春ちゃん足速すぎじゃない?撒くのに20分もかかったんですけど?

······現在、俺は二人のクラスメイトと一人の天使、そして一人の大魔王と共に夏祭りに来ていた。先程から様々な屋台を適当に回っているが······うん、こういうのもたまに来てみると割と楽しいものだな。さっきからすれ違う人に足踏まれまくってるけど。下駄だからいつもの三割増しくらい痛いけど。

 

 

「だから人混みは嫌なんだよー······なぁ柊、そろそろ帰らない?クレープ奢ってやるから」

「帰らないよ⁉︎ もー、クスノキくんってばいっつもそーゆーこと言うんだから!」

「そうだよお兄ちゃんっ。せっかく皆で来てるんだから、今日は沢山楽しむの!」

「······でも、楠くんって毎回渋る割には結局付き合ってくれるよね。······ふふ」

「はっはー、やっぱり祐介はツンデレぶぁいッ⁉︎」

 

 

戯言を吐き出した笠原の頰を神速で引っ叩く。うーん、最近暴力のステータスの向上を感じる。笠原ならいくらシバいてもダメージが無いようだから心も痛まないし、将来は俺の専属サンドバッグとして雇ってやろうか。24時間勤務休み無し月給五十銭くらいで。

俺が笠原の将来設計を考えていると(やさしい)、柊が先程屋台で購入したわた菓子を幸せな表情で頬張りつつ。

 

 

「むぐっ······まぁまぁクスノキくん。キミだって飛鳥ちゃんの浴衣姿をもう少し見ていたいでしょ?」

「そりゃあ······まぁ······」

「そしてボクの浴衣姿も!」

「それは······別に······」

「何でさー!」

 

 

いつものように頬を膨らませながら飛びかかってくる柊の頭を鷲掴みにして抵抗していると、八雲と飛鳥がとある屋台の方へ歩いて行くのを視界の端に捉えた。

 

 

「飛鳥と八雲はどこに······」

「おー、金魚すくいの屋台みたいだぞ?」

「にゃはー、まさに夏祭りの定番だねっ」

 

 

確かに、夏祭りの屋台といえば金魚すくいみたいなところは結構ある気がする。もちろん人によるだろうし、あくまでイメージの話なので実際にその人がよく行く屋台は違うのかもしれないが。ちなみに、俺はそもそも夏祭りに行くこと自体が少ないのでイメージでしか語れません。

 

 

「八雲さん、沢山取れた方が勝ちですよっ」

「······うん、負けないよー」

 

 

どうやら二人は金魚を何匹獲れるかでささやかな勝負をするつもりらしい。ポイを握りながら意気込む二人の姿はとても微笑ましいものがある。そんな二人の様子を笠原と柊と共に後ろから眺めていると、思い出した様に柊が口を開いた。

 

 

「あー。そういえばクスノキくん、昔から金魚すくい得意だったよねー」

「お?そうなのか祐介」

「いや、人並みだと思うんだがな······何もコツとか気にしてないし」

「えー。でもキミが昔チャレンジしたら、一瞬で出禁になったじゃんかー」

「それって金魚を獲り過ぎたからか?」

「うん、乱獲罪」

 

 

そんな罪状は存在しねぇ。俺が柊と笠原の会話に適当に付き合っていると、その会話が聞こえていたのか、八雲がこちらを振り返ってきた。ちなみに、彼女が握っていたポイは無残にも破れていたことをここに記す。

 

 

「······ぜ、全然獲れないや······ねぇ楠くん、お手本見せてくれない、かな」

「あん?いや、俺は······」

「お兄ちゃんもやるの?ふふん、お兄ちゃんも飛鳥と勝負してみるっ?」

 

 

自慢気に胸を張る飛鳥(かわいい)が持つボウルの中では、既に金魚が4匹程泳いでいた。流石俺の妹、金魚すくいのセンスも抜群ね!

まぁ、飛鳥も楽しんでることだし、ここは一つ乗るのもアリだろう。俺はポイを一つ購入し。

 

 

「へいへーいクスノキくん!これで一匹も獲れなかったら恥だぜー!」

「やかましいわ。別にそこまで意気込む程のことでもないだろうに······えーと、確か、こう」

 

 

バシャッ(← 金魚七匹ゲット)

 

 

「「············は?」」

「うーん、まぁまぁってとこだな」

「······いや、おかしくない?楠くん、今明らかに一回しかポイ動かしてなかったよね?何でもう七匹も獲ってるの?」

「お、お兄ちゃん、こんなに金魚すくい上手かったの······?」

 

 

飛鳥と八雲に若干引いたような表情をされた。なんだお前らこの野郎······。

 

 

「やー、やっぱり上手いねクスノキくん。もうアレだね、チートだね。神様から与えられた異世界転生の特典だね」

「異世界転生するにあたって金魚すくいのスキルを転生者に授ける神か。うん、ソイツ絶対俺のこと嫌いだよな」

 

 

もしくは神の名を騙る悪魔か何かだろう。きっと最終的に魂を喰われたりするのだと思う。横にいる(悪魔)をぶつけたら共鳴現象っぽいのを起こした挙句に両方とも消滅とかしないだろうか、ぷよ〇よみたいに。

 

 

「······クスノキくん、いい加減もっとボクにデレてよー······不公平だよ不公平!」

「脳内透視やめろっての(バシャシャシャ)」

「凄ぇ······呆れ顔しながら手だけが鬼のように動いて金魚をすくってるぞ······」

「······あまり参考にはならないかな······」

 

 

あ、獲った金魚はちゃんと一匹を除いて全て元気な内に返しておきました。

 

 

 

 

◆      ◆      ◆

 

 

 

 

それから再びしばらく適当に屋台を回った後。

 

 

「さて、そろそろ花火の場所取りしとくか」

「あ、ボクも付き合うよー。場所って、昔キミと見たところと同じだよね?」

「あぁ。人気(ひとけ)は少ないところだが、一応な」

 

 

実は、俺は昔二度ほど柊に無理やり連行されて(ここ重要)ここで行われていた夏祭りに来たことがあったのだが、その際に人目に付かない割に花火がよく見える、所謂穴場スポットを発見していたのだ。今回もそこを利用させて頂こうという訳である。

 

 

「っつー訳で俺と柊が場所取りしとくから、飛鳥たちはまだしばらく楽しんできて良いぞ」

「あ、うんっ。ありがとお兄ちゃん」

「······じゃあ私たちは飛鳥ちゃんについておくね」

「後でオレと千秋が場所取り交代するからなー」

「あー、気にすんな。こっちはこっちで道すがら屋台回ってくだろうからな。お前は飛鳥に近づく害虫(オトコ)を片っ端から殴り飛ばしてくれれば良い」

「うん、それオレ間違いなく補導されるよな」

 

 

笠原一人の犠牲で飛鳥の安全が守られるなら安いものじゃないか。そして不満気な表情で文句を垂れる笠原を引っ張って人混みの中に消えていく八雲と飛鳥の姿を見送った後、俺は柊の方にちらと視線をやり。

 

 

「······んじゃ、行くか」

「かしこまー☆」

 

 

柊伊織渾身の横ピース。何なんだよ。

目的の場所はここからそこそこ離れた位置にある。なので自然と二人で並んでそこへ向かう形となるのだが······。

 

 

「······えっへへー♪」

「随分楽しそうだな。そんなに今回の花火楽しみだったのか?確かに規模は大きい方だとは思うが」

「ぶぶー、40点」

「あ?」

「確かに花火も楽しみだけどさー、キミはこの状況で何かこう、胸が高鳴ったりしないのー?」

「胸の方は水面(みなも)のような静寂を保っているが、俺の妹センサーには反応がある。近くに詩音がいるな」

「あー、そういえば詩音ちゃんも友達と一緒に来てるって言ってたね······じゃなくてー!」

 

 

突然叫び出して俺の胸をポカポカと叩いてくる柊。なになになに。お前の胸ポカ肋骨に響くんですけど。全く可愛くないんですけどぐふっ。

 

 

「目の前にこーんな可愛い女の子がいるのに全く気にしないとか、クスノキくんったら不合格だよ不合格!」

「自分で自分のこと可愛いとか言っちゃう女の子は、多少ぞんざいに扱われても仕方ないんじゃないかな」

「むー······クスノキくんのばかっ。アンポンタンっ、シスコンっ」

「え、何で俺罵倒されてんの」

 

 

突然頬を膨らませながら憤慨し出した柊に困惑を隠せない。コイツ、夏祭りの雰囲気に当てられてちょっとテンションおかしくなってません?

 

 

「······まぁ落ち着けよ。ほら、さっきそこで買ってきたたこ焼きやるから」

「むっすー」

「何を拗ねてんだ······たこ焼きいらねーのか」

「食べるー♪」

 

 

色気より食い気とはよく言ったものだ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「むむむ······」

 

「なぁ楠、なんで僕までお前のストーカー行為に加担させられてるんだ?もう他の奴等と合流しないか」

 

「だって、私一人だとあの二人を見失う可能性があるじゃないですか。保険です保険。ほら、目を離しちゃ駄目ですよ」

 

「いや、だから何で僕が付き合わされてるのかって話なんだけど。あれ、お前のお兄さんなんだろ?彼女さんと一緒みたいだし、そっとしといてやれよ」

 

「彼女さんじゃありませんよ!きっと!多分!」

 

「不安要素だらけじゃないか」

 

「むぐ······。だ、だから今それを調べるために二人の後を尾けてるんじゃないですか」

 

「下世話だなー」

 

「ふぐぐ······っ。は、早く行きますよ氷室(ひむろ)くん!クラスメイトなんですから、それくらいは協力して下さい!りんご飴あげますから!」

 

「いらない」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「気配を感じる······!近くに詩音がいる······!ついでに詩音に近づくゴミ虫の気配も······!」

「クスノキくん、物凄い表情してるよ······」

 

 

俺の妹センサーが妹へ擦り寄る男の存在を感知している。今すぐその男の元に赴いて痛覚を持って生まれたことを後悔させてやりたいところだが、人混みのせいか正確な位置までは掴めない。ちぃ、抜かった······!

 

 

「まったくこのシスコンは······ほら、そろそろ着くよー。ていうかもう花火上がっちゃうや。途中で楽しみ過ぎたね」

「お前が俺を引っ張り回したせいだろうが」

 

 

花火が上がる寸前で観覧場所に到着しそうな俺と柊。場所取りとは一体なんだったのか。

 

 

「まーまー、ご愛嬌ご愛嬌♪······それにしても、詩音ちゃんはまだ着いて来てるの?」

「あぁ。大まかな位置は把握出来るから感知出来てるんだが、どうも俺たちの後を尾けてるみてーだな。目的は分からんが」

「えっ、分かんないの?」

「えっ、お前分かるの?」

 

 

お互い「え?え?」と首を傾げ合う。ウッソだろお前、何でお兄ちゃんの俺が分からないことをお前が分かるんだよ。チクショウ、何だこの敗北感。

 

 

「······ふん(ぐにー)」

「ふにゃうっ⁉︎ ふぇ、ひゃんへ⁉︎ ひゃんへほふ、ほっへはひっははへへふほいひゃいいひゃい!」

 

 

腹いせに柊の頰を引っ張ってやった。······コイツの頰、妙に柔らかいな。成分表見たら三割くらい餅が配合されてそう。人造人間かな?

 

 

「ひゃへ······っ、ほ、ほらっ、もう行くよクスノキくん!花火上がっちゃう!」

「へいへい」

「へいは一回!」

「返事が『へい』であることは訂正しないのな」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「どう見てもカップルじゃないか」

 

「違いますよ!恐らく!」

 

「断言出来ないんじゃないか。······僕はお前の兄やその友人についてよく知らないけど、あの二人は結構親密な仲のように見えるね」

 

「いや待って下さい!見て下さい氷室くん、さっきから柊さんがコッチ見てる気がしませんか?多分アレわざとですよ。見せつけてるんですよ」

 

「そうか······?たまたまコッチに視線が向いただけで、別に僕たちの存在を認知してる訳じゃないと思うけど。結構距離も取ってるし」

 

「ふにゅ······!で、でもぉ······」

 

「まぁ落ち着け楠。今日のところは引き上げて夏祭りを楽しもう。連絡を入れたとはいえ、クラスの皆もどうせならお前がいた方が良いと思ってるハズさ」

 

「······し、しかしあの二人の行く末をこの目で確認しない訳には······」

 

「何も無いって。ほら、今だってベンチに寄り添い合いながら座って、親しげに話してるだけだし」

 

「尾行続行!行きますよ氷室くん!」

 

「デスヨネー」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

俺と柊は並んでベンチに座り、花火が打ち上がるのを今か今かと待ち構えていた。

 

 

「······なぁ、何でこんなに密着して座ってんの俺たち。もう少し離れろよ、何でグイグイ距離詰めてくんだよ」

「えー?だってぇ、他の人が来るかもだし、ベンチのスペースはある程度空けておかないとじゃんかー♪」

「お前何のためにこんな人気の少ないところまで来たと思ってんの?」

 

 

······まぁ俺の方は、ベンチの上でやたら距離を詰めてくる柊を押しのけながら、だが。何だコイツ。さっきからあらぬ方向を見ながらニヤニヤしてるのも気になるが、とにかく密着度が異様に高い。物凄い良い匂いがするんですけど、何お前人間リードディフューザー?

 

 

「······いい加減離れろっての。何企んでんだお前は」

「むぅ、ボクが悪戯のためだけにこんなことしてると思ってるのー?」

「うん」

「そっかそっかー。······えいっ」

「ふにゅ······っ」

 

 

何故か柊にさっきのお返しとばかりに頬を引っ張られた。そしてそのまま上下左右にむにーむにー、と頬肉を弄ばれる。

 

 

何の真似だよ(ひゃんほひゃへひゃよ)······」

「むー······鈍感系主人公は流行らないよー?」

 

 

何の話だ。俺は柊の両手をペシッと払い。

 

 

「······ほら。花火が上がり出したぞ」

「えっ?······わ、ホントだ······綺麗」

「飛鳥たちにも既に連絡しといた。あと少ししたらアイツらもここに来るってよ」

 

 

そう柊に伝えつつ、夜空に咲く大輪の花に視線を向ける。一筋の光がヒュルルル······、と少々気が抜けるような音と共に空に伸びたかと思えば、一転して爆音を響かせながらその身を散らす。そんな様に見惚れていると、横に座る柊が。

 

 

「······ねークスノキくん。さっきボク、鈍感系主人公は流行らないーって言ったじゃん?」

「あー?まぁ、言ったな」

「よくよく考えると人の気持ちを察するのって、結構難しいんだよねー」

「······そりゃな」

 

 

人の気持ちなんてモノを完全に理解することは不可能。それは皆、心の奥底では分かっていることだ。······横のコイツみたいに脳内を盗み見出来る奴は例外だけどね?いや、普通はそんなこと出来ないが。

で、それがどうかしたのだろうか。

 

 

「······だから、さ。ボクもちゃんと、自分の気持ちは言葉にして伝えたいよ」

「······柊?」

 

 

轟音の中、急に柊の声音が真剣なものになったことを察して、俺は花火から視線を外し、そのまま彼女の方へと視線を向けた。

 

 

––––––その表情は俺が今まで見てきた、彼女のどんな表情とも違うもので。潤んだ瞳に見つめられた瞬間、何故か妙に切ない気持ちになった。

俺が自身の急な変調やら柊の突然の変化に戸惑っていると、そのまま彼女はどこか熱っぽい声音で。

 

 

「ね、クスノキくん」

「························」

「ボクね––––––キミのことが好きなんだ」

 

 

······························えっ。

 

イマコイツ、ナンテイッタ?

 

ちょっと待て、今コイツ俺のこと好きっつったか?は?え?いやちょっと本当に待っていきなりそんなこと言われても心の準備が出来てないっつーか別に嫌だって訳じゃないんだけど何やかんや柊のことは憎からず思っているけどだからこそ少し時間が欲しいっていうかえっていうかコレマジで現実?もしかして幻術か何かに侵されているんじゃ頰を一度千切って痛かったらこれは現実流石にそれは過激過ぎるかなとりあえずまずは返事を「◼◼◼◼◼◼◼◼️◼◼◼◼◼◼––––––ッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」えっ、何⁉︎

 

 

「あっ、そこか!」

「······は?ちょ、柊サン?」

 

 

突如草むらの中から聞こえてきた形容し難いナニカの声に驚いていると、一瞬でいつもの明るい雰囲気に戻った柊がテレポートをして(これには驚かない。もう慣れたし)その草むらの元へ移動した。え、どゆこと······。

 

 

「へっへー、詩音ちゃんと······キミは詩音ちゃんのクラスメイトの子かな?覗き見とは悪趣味だなー♪」

「あ、いや、僕はその······!」

やっぱり······!やっぱりそうだったんですかお兄ちゃん······!

 

 

柊が草むらからヒョイっと引っ張り出して来たのは一組の男女。しかも、その内の女子の方は今日はクラスメイトと一緒に夏祭りを回ると言っていた詩音(放心状態)だった。花火に気を取られてて気付かなかったが、まだ着いて来てたのかコイツは······⁉︎ 男の方は詩音とどういう関係なのかを後で鉄拳と共にお話を聞いておくとして。

 

 

「······柊。状況説明」

「あ、うん。いやー、さっきクスノキくんが詩音ちゃんが尾行して来てるって言ってたじゃん?もうどうせ尾いて来てるなら、一緒に花火見た方が楽しいから、ね?」

「······つまり?」

「クスノキくんに告白したら詩音ちゃんは絶対に何かしらのアクションを起こしてくれるって信じて、ちょっとおびき寄せるために一芝居打ちました☆」

「テメェふざけんなよ⁉︎ こちとらマジで意識しちまったんだからな⁉︎」

「······え······っ」

 

 

俺の言葉に心底意外というような表情をする柊。と思ったら、彼女は急激に頰を赤らめ始め。

 

 

「······あ、その、ゴメン。いつものクスノキくんなら、これくらい適当にあしらっちゃうんじゃないかって勝手に思ってて······本当に、ごめんなさい······」

 

 

······え、そんなにしおらしくされると逆に困るんですけど。何故かまた周囲に展開されるピンク色の雰囲気。詩音のクラスメイト(仮)が物凄く居心地悪そうにしていた。おい、お前今回の件は不問にしてやるから助けろ。この空気どうにかしろ。

妙に気恥ずかしく、俺と柊が中々視線を合わせられずにいると。

 

 

「あ、お兄ちゃん!いたいた!おーい!」

「「ふぎゃああああああッ!?」」

「······え、どうしたの二人共······」

「はっはー、花火に集中してたから急な声にビックリしちまったんだろうなー。······お?何で義妹ちゃんがいるんだ?」

 

 

これまた突然背後から掛けられた声にビビり、二人揃って珍妙な声を上げてしまう。

 

 

「······あ、飛鳥か。ちゃんと場所は取っておいたぜ」

「うん、ありがとっ。······何か顔赤くない?」

「ナンノコトヤラ」

「ち、ちーちゃん!遅かったね!」

「······うん。場所取りありがとね。······何かあった?」

「ナンノコトダカ」

「お?義妹ちゃんと······誰だ?」

「あ、どうも······氷室といいます······」

 

 

間違いなく先程のことはコイツらに言わない方が良い。飛鳥や八雲に知られるのはともかく、笠原に知られたらほぼ確実に面倒なことになる。俺と柊は視線を交わし合い、頷き合うと。

 

 

「「さぁ、花火鑑賞楽しもうぜー!」」

「え、何そのテンション」

「······まぁ、今日も暑いから······」

「うわはは、了解だぜ二人共!という訳で隠し持っていたこの二尺玉を一発打ち上げて「「それは止めろ」」

 

 

とりあえずハイテンションでゴリ押すことにした。

 

普段なら考えられないようなテンションで騒ぎ立てる俺を、困惑しながらもどこか微笑ましそうに見てくる飛鳥たちに笑顔を返しながら。

未だ宵の空に広がり続ける大輪を見ながら。

口から何かエクトプラズムみたいなのを出し始めた詩音を介抱しながら。

 

俺は、夏の始まりを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに夏祭りが終わった後、俺と柊はお互いにごめんなさいをして先程のやり取りについては色々チャラにした。あんな雰囲気のままでいられるかってんだ。

 




いかがでしたか?
シスコンの兄が揺れ始めてますね。このまま妹の存在がかき消えることはありませんが、またしばらくはこんなシリアスだかラブロマンスだかの波動は眠りについて貰います。ごめんね。
次回のテーマについては考えていませんが、ネタどうしましょうかね。
では、今回はこの辺で。ありがとうございました!感想待ってます!


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新年明けましておめでとうございます!


ほとんど2日遅れですがあけおめです、御堂です!
30日辺りからノリで書きました新年ネタ。もう年明けた時なんかはとにかくテンションが上がってまして、見返してみると「何だこの文⋯⋯」って思うくらいに内容が荒ぶってました。それいつもと変わんないですわ。
そんな訳でちょっと雑な仕上がりですが、その辺りは脳内補完なり何なりして下さい(丸投げ)。では、どうぞー!




 

 

 

 

 

俺こと楠祐介は、毎度お馴染みのあらすじ空間にて椅子に腰掛け、ただひたすらにダラダラしていた。

太陽らしきモノはどこにも見当たらないにも関わらず、暖かな光が空間内に降り注ぐ。仮にも今は12月下旬だと言うのに、それをまったく感じさせない温もりに呑まれ、微睡みに身を任せてしまいそうになる。

 

 

「⋯⋯あー⋯⋯」

「⋯⋯クスノキくん、最近更新無かったからってダラけ過ぎじゃない?」

 

 

俺の対面に座っていた少女⋯⋯ボクっ娘大魔王こと柊伊織が、手にした文庫本に栞を挟みながら呆れた表情でそんなことを言ってくる。が、こればかりはどうしようもない。

 

 

「半年休んでりゃあ色々(たる)んでくるのは仕方ない⋯⋯大目に見てくれ、母さん」

「誰が母さんなのさ」

「ママ」

「呼び方の問題じゃないよ!」

 

 

あと、年頃の女の子をお母さん扱いとかデリカシー無いよ! と頬を膨らませてくる柊だが、それにいちいちマトモに取り合う気力すら湧いてこない。人間、長い休暇を与えられるとここまで堕落するんだなあ⋯⋯。

 

 

「まったく⋯⋯とにかく、そんな状態じゃ物語が更新されてもロクな映像撮れないし、そろそろシャキッとしてよね」

「えぇー」

「えー、じゃないよっ」

「もう良いだろ⋯⋯お前も一緒にダラけようぜ⋯⋯? で、お前がダラけてる様子を二万文字くらい描写して更新は終わりにしよう」

「誰が得するのさそんなの!?」

 

 

いや、世の中には美少女がただただダラけているだけの姿を見たいという人も少なからずいる。熟考するまでもなくニッチなジャンルであると分かるが、その層は必ず存在する。

⋯⋯まぁ、そんなことをコイツに言ってもしょうがないし、本当にそれだけってのも色々問題があるから、やらないけども。

 

 

「ほーらー、クスノキくんっ」

「分かった、分かったから袖を引っ張るな⋯⋯」

「分かったって言いながら全然足に力入ってないじゃん!? 重いよクスノキくん、自分の足で歩いてよ!」

「年頃の男の子に重いだなんてデリカシーに欠けていますわよ」

「急なキャラ変止めてくれる!? ほら、いい加減に⋯⋯!」

「あと5分寝かせて⋯⋯」

「5ヶ月以上寝てたでしょ!?」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

風が冷たい。

季節は冬となり、外の風景は夏に比べると幾分か色褪せているような気がする。いよいよ寒さに耐え難くなって一度身震いするも、時刻は既に午後の6時半になろうとしている。容赦無く吹きすさぶ冷風はその勢いを衰えさせるどころか強まるばかりだ。冬将軍様のスパルタっぷりに小一時間ほど抗議したい気持ちを抑えつけるように、俺はマフラーを少しキツめに巻き直した。

 

 

「⋯⋯なーんでこんなクソ寒い中、外出しないといけないんですかねぇ⋯⋯」

「外出って言っても、伊織さんの家まででしょ? 歩いていける距離なんだし、文句言わないのー」

「暑いよりかはマシです。頑張って下さい、お兄ちゃん」

 

 

俺が持っていた大きめのバッグを肩に掛け直し、地面を踏みしめつつ愚痴を漏らすと、俺を挟むように歩いていた二人の妹がそう返してきた。そんな二人も揃って白い息を吐いている。一応、寒いことは寒いようだ。

二人の様子に微笑ましいものを覚え、ちょっとした軽口が出てくる。

 

 

「詩音、飛鳥。寒いようなら俺が人肌で温めてやろうか」

「結構です!」

「お願いします!」

 

 

どちらがどちらの答えかは言うまでもない。

で、そんな俺たちの目的地についての話になるのだが⋯⋯。

 

 

「柊ン家で新年のカウントダウンパーティーねぇ⋯⋯アイツ、本当こういうの好きだよな」

「飛鳥は楽しそうだと思うなー。年明けも皆で過ごせるんだし、お兄ちゃんも嬉しいでしょ?」

「嬉しくない、とまでは言わないが⋯⋯泊まりになるっつってたしなあ⋯⋯」

「カウントダウンということは0時まで待機ですからね。それに、柊さんの性格だと初日の出も見に行こうと言い出すのは間違いないと思います」

「ちゃんと寝られるかなあ⋯⋯」

 

 

そう、今日は12月31日。大晦日である。

少し前に(アイツ)の提案で、大晦日は柊の家に皆で集まろうということになったのだが⋯⋯色々落ち着かないし、簡単に男を家に泊めようとしないで欲しいんですけど。まぁ、もう着替えとか諸々の荷物は持ってきちまったんだが⋯⋯と、そこで詩音がくいくいと俺の袖を引いてきた(かわいい)。

 

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん。そういえば私、柊さんの家は外観しか見たことがないのですが⋯⋯随分立派な家でしたよね?」

「ん、まぁ、そうだな」

 

 

柊が住む家は、家と言うよりは屋敷と言った方がしっくりくる外観をしている。以前詩音は温泉旅行の際に柊家の前まで来たことがあるが、中に入ったことは無いらしい。傍目からは妙に相性良く見える二人だが、意外だ。

そんなことを詩音に言ってみると。

 

 

「いや、実は前々から誘われてはいたのですが⋯⋯。一人であの柊さんの家を訪ねるとか、その、身の危険を感じるじゃないですか」

 

 

相性は良くても信頼関係の方ははまだまだらしい。でもその判断は英断だと言わざるを得ないね! だって柊だもん!

 

 

「で、柊の家の話に戻る訳だが。別にアイツの家自体は特別高額って訳じゃないぞ?」

「えっ?」

「確かに今でこそ豪邸にしか見えないが、元々アイツの家は少し大きい一軒家程度の大きさだったんだ」

 

 

そう、『元々』は。

 

 

「ただ、昔柊の奴がリフォーム作業にハマったことがあってな。土地とか材料の問題とかについては知らんが、三日くらいであんな感じになってた」

「あー⋯⋯飛鳥も初めて見た時は、伊織さんのお家が取り壊されちゃったかのかと思ったなあ⋯⋯」

「⋯⋯やっぱりあの人、人間を辞めているんじゃ⋯⋯」

 

 

何を今更。俺の記憶では中学の頃は今よりマトモだったような気もするが、もしかしたらあの頃から既に俺の感覚は狂い始めていたのかもしれない。

そんな感じで三人で他愛ない会話をしながら歩を進め、バス停の隣を通り過ぎようとした所で、俺たちと同じく服を着込み防寒具を纏った、見覚えのある二人がバスから降りてくるのが見えた。

 

 

「八雲、バ笠原」

「⋯⋯あ、楠くん」

「なあ、今しれっとオレが馬鹿扱いされなかったか?」

 

 

気のせいだ。

 

 

「⋯⋯こんにちは。楠くん、飛鳥ちゃん、詩音ちゃん。⋯⋯今日も寒いね」

「最高気温が一桁なんてのはこの時期になるとザラだしな。⋯⋯ミトン、似合ってるな」

「⋯⋯えへへ。ありがと」

 

「ぶ、ぶえぇっくしょいっ!」

「わあああっ!笠原さん、急に大きなくしゃみをするのはやめて下さい!」

「だって寒くてよぉ⋯⋯」

「⋯⋯笠原さん、そのコートの下って何着てます?」

「ランニングシャツ×1」

「やっぱりバ笠原さんじゃないですか!?」

 

 

同年代の少女たちと比べて身体の一部の発育の著しさに定評のある八雲千秋と、思考能力の欠如っぷりに定評のある笠原信二。先ほどまでのメンバーにこの二人が加わったことで一気に騒がしくなった。俺が把握している限りでは、これで主催者側を除く年越しパーティとやらの参加メンバーが全員揃ったことになる。⋯⋯まぁ、いつものメンバーだな。

 

 

「⋯⋯夕ご飯は伊織ちゃんの家が出してくれるって言ってたけど⋯⋯私、テーブルマナーとかよく知らない⋯⋯」

「多分、八雲が考えてるような格式高い食事じゃないと思うけどな⋯⋯。アイツの性格からすると」

「お? どういうことだ? 祐介」

「⋯⋯着いてからのお楽しみってことで」

 

 

そしてまたしばらく雑談混じりの移動が続き。

 

 

「⋯⋯着いたな」

「着いたね」

「着きましたね」

 

 

柊家に到着。

以前見た時よりまた更にその外観を変化させているようにも見えるが、こんなのを毎度気にしていてはヤツとは付き合っていられない。俺が先陣を切り、無言でインターフォンを鳴らした。ぴんぽーん。

すぐにすっかり聞き慣れた家主の声が聞こえてきた。

 

 

『はーい! クスノキくん?』

「あぁ。嫌々ながらに来てやったぞ」

『いちいちボクの心を抉ってくるのやめて! 大晦日もボクに会えて嬉しいでしょー?』

「⋯⋯あ、悪い、Yahooニュース見てた。何だって?」

『何でこのタイミングで!? っと、外寒いよね。今開けるから待っててー』

「了解」

 

 

通話が切れると共に妙に俺から距離をとって背後に立っていた詩音たちに首を向ける。

 

 

「今開けるってよ。⋯⋯何で皆そんな遠くにいんの?」

「いえ、柊さんならここら辺りで何かしらの罠を起動させてくるんじゃないかなー、と⋯⋯」

「インターフォン押したらパイが飛んできたりとかなー」

「待て! お前らは俺を盾にしようとしたのか!?」

「「「⋯⋯てへっ」」」

 

 

てへっ、じゃねぇ。

俺が頬を引き攣らせていると、ガチャッという音と共に家の扉が開き、その隙間からひょこっと部屋着姿の柊が顔を出してきた。何故か親指を立ててグッドサインを送ってきた。何なの。

 

 

「いらっしゃい皆! 着替えは忘れずに持ってきたかい? ささ、入って入ってー」

「「「ほっ⋯⋯」」」

「お前ら今ホッとしただろ。罠が無くて良かったって思っただろ」

 

 

俺のそんな問い掛けを華麗にスルーしつつ、ゾロゾロと流れるように柊家の中に入っていく一同。これから先、本当に何かしらの罠などに俺がかかったりしたら、必ず一人は道連れにしてやろうと心に決めた。

俺が最後に家の中に入り、扉を閉めた。そのままとりあえずはリビングに案内するということで、全員で廊下を歩き始めた。またか⋯⋯。

 

 

「さーて、まずは何するー?」

「何も考えていなかったのか⋯⋯」

「にゃ、にゃはは⋯⋯ぶっちゃけ、ボクとしては年越しの時は皆と過ごしたいなーと思ってただけだから⋯⋯」

「じゃあ、とりあえず夕飯にしませんか?」

 

 

そう提案したのは飛鳥だ。どうやら、さっきから隣で腹の虫を全力で鳴らしている笠原に配慮したらしい。ずっと地鳴りみたいな音がコイツから聞こえてくるなーとは思っていた。コイツは腹の虫まで筋肉質なのかもしれない。

 

 

「あー、そうだね。材料は用意してあるし、すぐに作っちゃうよ」

「⋯⋯あ、伊織ちゃんが作るの?」

「もちろんっ。最高の年越しそばを振る舞わせてもらうよ!」

「「「年越しそば」」」

 

 

やはりか。コイツは本当のパーティーなどで出されるような無駄に豪勢な料理よりはそういう⋯⋯誤解を恐れずに言うのならば、庶民的な料理を好む。俺の言葉や年越しということで薄々勘づいていたのだろう、詩音たちも大して驚いた様子は無い。

そんなこんなでリビングに着いた。昔も来たことはあるが相変わらず中々に広く、全体的には暖色が基調となっており、こざっぱりとしたリビングだ。フローリングの床にはクリーム色の暖かそうなカーペットが敷かれていた。柊は俺たちに適当に腰を下ろすよう勧め、自分は白黒のチェック柄のエプロンを身につけキッチンへと―――。

 

 

「お前一人で人数分作るのか」

「らくしょーだね。何? もしかしてボクのことが心配だったりするー?」

「うるせえ。⋯⋯お前に一方的な施しを受けると、いつ埒外の見返りを要求されるか分からんからな。俺も手伝う」

「えっ。あ、その⋯⋯ありがと」

「ん」

 

 

自分から焚きつけるような発言をしたクセに何故か戸惑ったような表情になる柊に続くように俺もキッチンへと入る。高校に入学してからは主に俺の家が溜まり場になっていたため、ここに入るのは割と久し振りな気がする。俺が過去の感覚を取り戻すようにキッチンを見回していると、柊が妙に頬を緩ませているのが目に入った。

 

 

「⋯⋯何。どしたん」

「い、いやー。何ていうか、高校生になって男女二人で共同作業とか、なんか気恥ずかしくならない? 何かこう、極端に言うと若年夫婦みたいな⋯⋯」

「なるほど、つまり私とお兄ちゃんは最早夫婦のような関係性という訳ですね。納得です」

「詩音ちゃん!? いつの間に!」

 

 

いつの間にか俺と柊の間に割り込むように、詩音がキッチンに立っていた。どこから取り出したのか薄ピンク色のエプロンも身につけており、完全に臨戦(調理)体勢だ。

 

 

「⋯⋯ふっ。お兄ちゃんの妻を名乗りたければ、私を倒してから行くことですね、柊さん!」

「な、なにぃ!?」

「キッチンで遊ぶな」

「「あうっ」」

 

 

突然芝居がかった様子で火花を散らし始めた二人の頭に軽く手刀を落とし注意する。何がしたいんだコイツらは。

この後、八雲たちも手伝いを申し出てきたが、これ以上増えてもキッチンが圧迫されてしまうのと、約一名劇物生成の恐れがあるのとで辞退してもらった。年越しそばは俺と柊、そして詩音の三人で調理することとなる。

 

 

「それで、材料は?」

「こちらに蕎麦(そば)粉を用意しております」

「「そこからぁ!?」」

 

 

流石にビビった。えらい気合いが入っている様子だったので、それなりに本格的なものを作る気なのかしらん、とは思っていたが、まさかそこまでとは。

 

 

「流石に私も、そんな段階から蕎麦を作ったことはないですね⋯⋯」

「俺もだ。手伝いを申し出たはいいが、序盤は柊に頼り切りになりそうだな⋯⋯」

「そう? ボクもここから作ったことはないんだけど」

「「何故蕎麦粉を用意した!」」

 

 

そば切り包丁やそば鉢を取り出しながらそんなことを言う柊に揃って声を上げる俺と詩音。どうしろってんだ。最悪、全員で汁に浸かった蕎麦粉を食べることになるぞ。

俺がそんな不安を口にすると、柊がフフーン!と言わんばかりの素敵な笑みを浮かべながら言ってきた。

 

 

「いいかいクスノキくん、詩音ちゃん。失敗は成功の元なんだぜ?」

「失敗するってか! この場では失敗するけど次に活かそうって言いたいのかお前は! お前ふざけんなよ、俺たちの本番は今夜だけなんだよ!」

「冗談冗談! レシピはちゃんと用意してあるし、このメンバーならそうそう失敗はしないでしょ、多分!」

 

 

言葉の最後に不安になるような単語付けるのやめて⋯⋯。

 

 

「まぁ、材料まで揃っているんですし使わないと損ですよね⋯⋯柊さん、レシピ見せて下さい」

「やだウチの妹ってば前向き。⋯⋯俺にも見せて」

 

 

釈然としないものを感じながらも一応レシピに目を通す。所要時間が結構長めになるようだが、まぁ、その辺は柊がいれば何とでもなるだろう。その気になれば時戻しでもクロックアップでもやってくれるはずだ。信頼してる。

そんな訳で不安要素だらけだが、調理開始。

 

 

「あ、天ぷらも並行して揚げるから」

「ハードだなぁオイ!」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「⋯⋯一発目より二発目、二発目よりも三発目が先に命中する。⋯⋯これが大晦日限定格ゲーテクニック、『あけおめコンボ』」

 

「ネーミングセンスがアレだとか何で大晦日限定なのかとか色々言いたいことはあるが、すげぇな千秋! これでオレの六連敗だ!」

 

「笠原さんのメンタルも中々凄いですね⋯⋯」

 

「⋯⋯以前楠くんの心を格ゲーでへし折っちゃったことがあるから⋯⋯手加減はしてるよ?」

 

「確かに両手人差し指だけしか使わなかったり、HPを五分の一の状態から始めてくれたりはしてますけど⋯⋯それでも勝てないって、やっぱり千秋さんゲーム上手いですね」

 

「オレも妹ちゃんも負けっぱなしだからなー」

 

「⋯⋯ふふん(誇らしげ)。⋯⋯でも、そろそろ対戦系は止めにしようか? なんか最近、伊織ちゃんがシューティングゲームを作ったって言っててね⋯⋯協力プレイも可能だし、難易度高めでやりごたえ抜群ってことだし⋯⋯やらない?」

 

「いいですね! ⋯⋯でも、その後はまた対戦です」

 

「だな。勝ち逃げはさせねぇぜ!」

 

「⋯⋯う、うん⋯⋯」

 

(⋯⋯わざと負けて納得してくれるような人たちじゃないからなあ⋯⋯頑張ろう)

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「げ、また千切れた。さっきの打ち粉を引き伸ばすのもそうだが、蕎麦を切るのってこんなに難しかったのか⋯⋯」

「いつもより多く切っておりますー♪(トトトトン)」

「慣れるの早ぇよ。本当にお前も初めてなのか⋯⋯?」

「これが才能か⋯⋯」

「うぜぇ」

 

 

調理開始からしばらくして。俺は初めての蕎麦作り体験に大いに苦戦しながらも、柊のアシストのおかげもあってか何とかそれっぽいものを作るのに成功していた。

 

 

「天ぷらももうすぐ揚がりますよー」

「おお、サンキュー詩音」

 

 

俺たちとは別に作業を進めていた詩音の声に反応して横を見ると、海老天とかき揚げを完成させ、ついでに刻んだネギをこちらに見せてくる彼女の姿が目に入った。流石はウチの自慢の義妹、手際が良い。

 

 

「っと。これでこっちも蕎麦は終わりか?」

「いや、まだ茹でてないでしょ」

 

 

危ねぇ。

ま、まぁ、天ぷらも揚げたてのまま汁にぶち込んでも熱すぎるかもだし、丁度良いだろう。良いってことにして。早々に鍋の中の湯を沸騰させ、蕎麦を投入。適度にほぐしながらさい箸を使って泳がせていく。

 

 

「随分不格好な蕎麦になっちまったな⋯⋯」

「ボクはほとんどミスしなかったけどね」

 

 

柊のドヤ顔がムカつく。

 

 

「大晦日だからってまさかここまで気合いを入れてくるとは思っていませんでしたよ⋯⋯」

「にゃはー、せっかくの大晦日だしね。いつもは出来ないようなことを、年納めってことでやってみたくなったのさ」

「その一つがお兄ちゃんとの共同作業と」

「それは想定外だったよ!? ホントに!」

 

 

横で柊と詩音が何か小声混じりで話しているが、もうすぐでいい感じに茹で上がりそうな蕎麦に意識が向き、話の内容までは頭に入ってこなかった。というか、火使ってる時に横でちょこまか動かないでくれます?

 

 

「ほい完成。とっとと汁にぶち込んで天ぷら乗せて持ってこうぜ」

「言い方がぞんざい過ぎて達成感なーい⋯⋯」

「お姉ちゃんたち、さっきから凄い盛り上がってますね? どんなゲームをやっているんでしょう」

「あー、あれはボクが作ったシューティングゲームだねー。声とか音響も全部ボクが担当したんだよ! 凄いでしょー」

「確かに凄いが⋯⋯何だろう、初めて見たハズのゲームなのに何故か既視感がある」

 

 

それどころかあのゲームをプレイしたかのような感覚もある。チートコマンドやら何やらの存在も⋯⋯いや、あまり詮索するのはよそう。嫌な予感しかしない。

俺は脳に投影される謎の記憶を振り払うように頭を数回振ると、お盆に年越しそばと箸を乗せ、詩音と分担して運ぶ。柊には飲み物の調達を頼んだ。そのままリビングの中央に置かれたテーブルにそばを並べ、コントローラーを握って白熱した闘いを繰り広げている様子の八雲たちに声を掛けた。

 

 

「おう、年越しそば出来たぞ」

「おおっ! 待ち詫びたぜ!」

「⋯⋯わぁ」

「美味しそうですね!」

 

 

思い思いの感想を述べる三人。ちなみに、彼女たちの背後にある薄型テレビには、敵にやられてしまったのだろうか、ボロボロになって倒れ伏す彼女たちのキャラクターの姿が映し出されていた。い、良い所で声掛けちゃってゴメンね⋯⋯?

 

 

「暖かいお茶も持ってきたよー。じゃあ、食べようかっ」

「「「はーい」」」

 

 

柊の言葉に従い、各々が席に着く。ちなみにこの時に八雲はテレビ画面に映し出された惨状に気付き、この世の終わりのような表情をしていた。いや、ゴメンて⋯⋯。

 

 

「それじゃクスノキくん、挨拶よろしくー」

「はい皆様手を合わせていただきます」

「「「いただきまーす!」」」

「あっさりー」

 

 

ただの食事の挨拶に何を期待していたんだ。

何故か不服そうな柊に呆れつつ箸を取り、もうもうと湯気を噴き出している器の中のそばを啜る。うん、これは⋯⋯。

 

 

「うめぇ」

「⋯⋯すっごい美味しいね、これ。⋯⋯何か隠し味とか使ったりしたの?」

「特別なことはしていないつもりでしたが⋯⋯。いや、蕎麦粉から作ったんですから特別と言えば特別なような気も」

 

 

麺のコシもしっかりしているし、出汁もやたらと美味い。海老の天ぷらにも手をつけてみると、衣のサクっとした歯応えと海老の弾力のある食感が実にマッチしていた。要はこれもまた美味い。語彙力が微妙に低下するくらいには美味い。

俺を始めとした全員が年越しそばの予想以上の出来栄えに驚いていると、柊が。

 

 

「ふっふっふ⋯⋯美味しいのは当たり前だよ。だって、ボクたち三人が心を込めて一生懸命作った料理なんだからね! 愛情は空腹にも勝る最高のスパイスってことさ!」

「飛鳥も、いつも料理は一生懸命作ってるつもりなんですけどね⋯⋯」

「おい柊、飛鳥をいじめるのは止めろ!」

「ご、ごめん! ていうかこれ、ボクが悪いのかな!?」

 

 

柊の突然の不意打ちを受け、飛鳥が急速に荒んだオーラをまとい出した。ウチの妹に何の恨みがあるんですか! 彼女だって頑張ってるんですよ! 作り出す料理はこの世のものとは思えないけれど、頑張ってるんですよ!

 

 

「まあ、愛情が最高のスパイスとかいう柊の妙に恥ずかしい台詞はともかく」

「は、恥ずかしくないですー! 普通ですー!」

「これからどうすんの? 後は風呂入って0時になったら軽く騒いで寝るだけだろ?」

「祐介、もう少し言い方考えようぜ⋯⋯」

 

 

笠原に哀れむような表情でそう窘められた。なぜ。

 

 

「⋯⋯けど、確かにまだ0時までは時間はあるし⋯⋯手持ち無沙汰だね」

「意外ですね? てっきり八雲さんならゲームをして時間を潰そうとか言い出すのではと思ってましたが」

「⋯⋯もう、この家にあるのは全部クリアしたから」

「あの、パッと見でも10本以上ソフトがあるように見えるのですが⋯⋯?」

 

 

甘い。八雲は以前俺とゲームクリアまでのタイムを競っていた際に、ゲームの処理能力を上回る速度で操作を行ってエラーを誘発させたことがあるほどの化け物なのだ。なぜ神は稀代の美少女にそんな人外じみたゲームの腕を与えたのか、疑問は尽きない。

 

 

「んー、どうします? 伊織さん」

「ふっふー、任せて飛鳥ちゃん。こんなこともあろうかと、色々用意しておいたのさ!」

 

 

柊はそう言うと着ていた部屋着のポケットからツイスターゲームのシートやカルタ、双六などを取り出した。物理法則については最早誰も気にしていない様子なので、俺も追及しないことにした。

0時まではこれらで遊ぼうと言いたいのだろう。

 

 

「おお、メチャクチャ揃ってんな!」

「流石は伊織さんですね!」

「へへー。それでー、ボクのオススメはこれカナ?」

 

 

飛鳥と笠原の言葉に気を良くした柊は、そのまま1つの機器を取り出してきた。DVDプレイヤーを分厚くしたような大きな機械と操作パネルのような端末、そしてマイク。これは⋯⋯。

 

 

「カラオケセット、か?」

「そうだよー。いやさ、今って紅白歌合戦とかやってる訳だし、ボクたちも年越しのその瞬間まで歌い尽くしてやろうぜー、ってね!」

「⋯⋯近所迷惑じゃない?」

「この日のために家中に防音対策を施したから大丈夫だよ! 計算では家の中で花火を打ち上げても音は漏れないね」

「屋根は弾け飛ぶだろうがな⋯⋯」

「相変わらず抜かりないですね⋯⋯」

 

 

柊の用意周到さに頬を引き攣らせるが、飛鳥たちアクティブ勢は既にかなり乗り気のように見える。比較的俺と趣味嗜好の合う詩音と八雲にどう思う? という風に視線を向けてみると、二人ともこくりと小さく頷いた。異存は無いらしい。

 

 

「で、で、どうかな? クスノキくんっ」

「え、何で俺に聞くのん? ⋯⋯まあ、良いんじゃないすかね」

「じゃあ決まりだねっ。カラオケで一番いい点数取った人が誰かに何でも命令を1つ聞かせることが出来るってことで! この機種、採点厳しくて60点とかザラだから気合い入れてねー」

「「面白いじゃないか!」」

「「「待て、それは聞いていないぞ(ませんが、ないよ)!?」」」

 

 

アウトドアコンビが不敵な笑みと共に放った言葉に続くように、我等インドア三銃士の悲痛な叫びが響く。もうそういうのはいつぞやかの王様ゲームで懲りてんだよ! 普通に歌うだけで良いじゃん! 絶対俺が酷い目に遭う予感しかしないんですけど!

 

 

「まぁまぁ、勝てば良いんだから。トップバッターは誰にするー?」

「く、くそ⋯⋯。コイツの言うことなんぞ真に受けず、もっと詳細を聞いておくべきだったか⋯⋯!」

「⋯⋯こうなったら仕方ないね。⋯⋯後から歌うのは少し恥ずかしいし、最初は私が歌うよ」

 

 

俺が契約書をよく見ずにサインをした挙句に詐欺に遭ったような気持ちになっていると、横に座っていた八雲が苦笑しつつ立ち上がり、柊からマイクを受け取った。何やかんやそれなりに乗り気ではあるようだ。

⋯⋯そういやこのメンバーでカラオケに言ったことって無いな。八雲もそうだが、他のメンバーの歌声もほぼ未知数と言っても良い。一体どんな歌声を披露してくれるのか。

 

 

「んじゃ、最初はちーちゃんね! この操作パネルで曲を選んでくれる?」

「⋯⋯ん」

 

 

あらかじめ歌う曲は決めていたのか、流れるようにパネルに指を滑らせ、マイクを握る八雲。しばらくすると曲が流れ出した。大人気歌手が歌う有名なJ-POP⋯⋯正直意外だ。てっきりもう少し大人しめの曲をチョイスするかと。

そこでイントロが終わり、八雲が口を開いた。

 

 

「――――♪」

「「「おぉっ」」」

 

 

上手い。

八雲は元々そこまで声量のある方ではないが、透明感のある声が耳に心地良い。歌声もさることながら、微笑を浮かべつつ伸びやかに歌う八雲の姿はさながら平成の歌姫。これはビジュアル点も加算するべきですね⋯⋯。

 

 

「―――あの日のように”好きだよ”って⋯⋯。⋯⋯えっと、はい。ありがとうございました」

「「「ふぅー!(パチパチパチ)」」」

「八雲、メチャクチャ歌上手いな⋯⋯」

「⋯⋯あ、あまり褒めないで⋯⋯」

 

 

歌が終わった後に万雷の拍手を受けたことで照れ臭くなったのか、頬を朱に染めて俯く八雲。うーむ、これは校内にファンクラブが出来ているのも頷ける。

 

 

「得点は89点! この機種でこの曲だと平均は⋯⋯68点くらいみたいだね」

「えぇ⋯⋯辛口すぎない?」

「音程、感情表現共に非常に高いレベルだったって! 流石ちーちゃんだね!」

「まぁ、確かに上手かったけどね?」

 

 

さて、次は。

 

 

「では、次は私⋯⋯と、お姉ちゃんがいきます!」

「姉妹デュエットだね!」

 

 

詩音と飛鳥が同時に席を立ち、何やら妙にカッコいいポーズを取り出した。もうやだ何しても可愛い。

 

 

「お? 二人で歌うのも良いのか?」

「まあ、命令権は二人で1つってことになるけどね」

「合わせるのにも苦労するだろうし、デメリットがメリットに見合ってないように思えるんだが。大丈夫なのか?」

 

 

それとも楽しむだけで勝つ気は無いのか⋯⋯そう二人に問うてみる。

 

 

「ふっ、愚問ですねお兄ちゃん。確かに常人ならば息が合わず、得点が伸びなくなってしまうかもしれません」

「でも、飛鳥たち姉妹なら相性は抜群! 得点は倍々チャンス確定だよ!」

「お、おう⋯⋯」

 

 

大した自信だが⋯⋯。そのまま二人は仲良く並びながら曲を選んでいく。「これなんてどうですか?」「あっ、いいね? これとかも良いんじゃない?」「迷いますね⋯⋯」ああ、俺もあの中で妹たちと仲睦まじく曲選びしたい⋯⋯。別に歌いたい訳でもないけれど、曲選びだけしたい⋯⋯。

そんなこんなで曲が決まったようだ。二人がマイクを手にする。

 

 

「いきますよお姉ちゃん!」

「了解だよ詩音ちゃん!」

「「ドラえ〇んのうた!」」

 

 

どんな経緯でその歌が選ばれたんだ。

 

 

「「あんなこっといいなー、でっきたっらいいなー♪」」

 

 

だがアホ程上手い。さっきの八雲に匹敵するレベルだぞ。

 

 

「アンアンアン、とっても大好き、おにいーちゃんー♪」

「ドラえ⋯⋯えぇっ!? 詩音ちゃん!?」

 

 

上手いと思ってたら突然歌詞改変してるし。 相性抜群とか言ってた割には横の飛鳥さんが困惑してますけど! 詩音さんは物凄く気持ち良さそうに歌ってますけど、デュエットとしてはボロボロですよ!

そして曲が終わり⋯⋯。

 

 

「完璧でしたね!」

「そうかなあ! ⋯⋯伊織さん、点数は?」

「な、79点」

「馬鹿な!?」

「当たり前だよー!」

 

 

いや、あれだけはっちゃけたのとカラオケ機器の異様な辛口採点を加味すればこれでも充分凄いとは思うが⋯⋯。

大トリってのはプレッシャーあるし、そろそろ俺が歌ってみるか⋯⋯? と思ったところ。

 

 

「じゃ、次はボクが歌うよ」

「ああ、この野郎⋯⋯」

「およ? クスノキくん歌いたかったー? へへ、何ならボクとデュエットでも組む?」

「いや、それは遠慮す、る⋯⋯?」

 

 

いや、待てよ?

コイツはさっきデュエットした場合、命令権は二人で1つと言ったな? まず間違いなく、柊が命令権を得た場合は俺に何らかの被害が及ぶのは目に見えている。

つまり俺がコイツとデュエットを組んだ場合、万が一得点でトップを勝ち取っても二人で命令内容を摺り合わせを行うことが出来る、そもそも相方に命令出来るかどうかも未知数な訳で⋯⋯。

 

 

(柊とデュエットを組んだ場合、コイツという最大の障害を未然に潰すことが出来るということか!)

 

 

その考えに辿り着いてからの俺の行動は迅速だった。

 

 

「ああ、最初から俺はお前と歌いたいと思っていたんだ。よろしく頼むぜ、柊」

「ふぇっ!?」

「お兄ちゃん!?」

 

 

柊の手を握りながら精一杯の優しい声で彼女にそう語りかける。企みを悟られるな。今の俺はただ美少女と一緒に歌いたいと願う純朴な少年だ。

 

 

「え、その、そんなストレートに来られると」

「はっはっは、何を照れる必要があるんだ? 俺たちは長年連れ添ってきた、最早相棒同士のような関係じゃないか」

「⋯⋯何か企んでるね?」

 

 

馬鹿な! 二言喋っただけで看破されただと!?

 

 

「まあ、良いけどね。⋯⋯ふふ、デュエットかぁ」

「お、お兄ちゃん! 次は私! 次は私とも歌ってくださいよ!? 柊さんだけずるいです!」

「お、おう。分かったから少し落ち着け」

 

 

荒ぶる義妹を宥めながら、柊が持つ操作パネルに目を向ける。流れで決めたは良いが、誰かと歌を歌った経験などほとんどない。一体どういう曲が良いのだろうか。

 

 

「クスノキくん、クスノキくん。これなんてどう?」

「んぁ? ⋯⋯あー、これは知ってるな」

「クスノキくんいつもアニソンばかり聞いてるから、こういうデュエット曲ともなるとかなり種類が限られてくるよねえ」

「悪いな、譲歩しろ」

「何でそんな上から目線なのさ」

 

 

ちょっとした掛け合いをしながら曲を選んでいく。と言っても、基本は柊が曲を選択し、それを俺が歌えるかどうかを判断していくという流れだ。いやー、足でまといですみません。得点下がっちゃうかもな! ハハッ!

 

 

「うん、この曲で良いかな。頑張ろうね、クスノキくんっ」

「ん、ああ。一応頑張る」

「もし得点稼げなくても、気にしなくて良いからっ。⋯⋯二人で楽しく、歌おうね?」

「⋯⋯おう」

 

 

何だお前、急にそんな純粋な瞳で見てくるんじゃないよ。じわじわ罪悪感が湧いてきちゃったじゃんか。

⋯⋯まあ、本気出したとしても高得点が狙える訳でもないし? わざわざ手を抜く必要もないかな⋯⋯。

 

そんな訳で選ばれた曲は『打ち上げ花火』。真冬に歌うような曲ではないような気もするが、TVとかでも頻繁に流れていた分、俺でもそれなりに歌えるということが判明したため選抜された。二番以降は気合いで歌うしかないですね⋯⋯。

 

⋯⋯頑張ろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「―――パッと光って咲いたー、 花火を見ていたー、きっとまだ、終わらない夏がー♪」」

「「おおー」」

「すげぇな祐介、伊織! デュエットなのにメチャクチャうめぇぞ!」

「笠原さん、こっち見ながら言うのやめてくださいよ!」

 

 

笠原と飛鳥が騒がしい。

外野の妨害によって気が散りそうになるが、意外と脳が曲を覚えていたようでスラスラと歌詞が口から出てくる。

柊の明るいながらもどこか気品のある歌声が耳に届き、チラと隣に視線を向けてみた。目が合った。慌てて目を逸らし⋯⋯再び目が合う。今度は逸らすまで少し間が空いた。歌うのは止めない。

曲が進むにつれて、何となく気分が高揚していった。そのせいか終盤の記憶が少し曖昧なのだが⋯⋯曲が止まった時、俺と柊の視線は交わったままだったのは覚えている。

 

 

 

 

「「―――フィニッシュ!」」

 

 

曲が終わり、二人揃って勢い良くマイクを降ろす。何か結構マジになって歌ってしまったが、まあ、命令権云々のことは後で考えよう! さあ、得点は⋯⋯!?

 

 

「えっと、お兄ちゃんと伊織さんの得点⋯⋯70点!」

「ひっく! 嘘だろ、機械ぶっ壊れてんじゃねぇのか?」

「んー、クスノキくん二番の歌詞とかちょいちょい間違えてたし、音程もズレてたからね⋯⋯」

「お兄ちゃん、モニターに歌詞映ってたのに何で見なかったの⋯⋯?」

 

 

だってその時は気分が乗っちゃって、ほとんどノリで歌ってたし⋯⋯。やはり勢いだけではどうにもならないこともあるようだ。無念。

 

 

「でも⋯⋯楽しかったね?」

「⋯⋯まぁな」

 

 

柊の苦笑混じりの言葉に仏頂面で頷く。楽しかったのは事実だし、これで俺たちのペアが命令権を得ることは無くなり、柊のぶっ飛んだ命令によって俺の人権が侵害されることもないだろう。だけど何か⋯⋯うーん。

とりあえず、後歌っていないのは笠原だけなのだが。

 

 

「笠原歌う必要ある? どう考えてもコイツが八雲より歌上手いとかないだろ」

「ひでえ! オレにも歌わせてくれよ!」

「無駄な尺使いたくないんだよコッチは。もう歌ってる最中の描写とかしないからね? 得点だけ描写するから」

「オレの扱いが悪すぎねぇか!?」

 

 

常識的に、そしてキャラ的に考えてお前のその筋肉から美声が出てくるとかありえないだろ。描写の無駄だしスキップスキップ。

 

 

 

〜 笠原熱唱中 〜

 

 

 

「―――♪ ⋯⋯っと。終わり! どうだ!?」

「⋯⋯か、カサハラくん、99点!」

「んだとぉ!?」

「ぐす⋯⋯っ。まさか、笠原さんの歌声がこんなに心に響くなん、て⋯⋯ひっく」

「か、カッコ良かったですよ笠原さん! 正直音痴キャラを予想してました、ごめんなさいっ!」

「⋯⋯すごい良い声、だったね」

 

 

死ぬ程上手かった。

何だあの高校生離れした美声。99点て、この機種は辛口採点じゃなかったんですか。『もしかして本職の方ですか? 涙腺にきました』ってカラオケセットさんベタ褒めじゃないすか。でも貴方涙腺は無いよね。今更ながら描写をサボったことが悔やまれる。まさか笠原にこんな才能があったとは。

⋯⋯とにかく、これでこの中の誰にでも命令を下せるという恐ろしい権利は笠原に渡ったことになる。笠原は天然馬鹿ではあるが、基本的に俺の味方だし柊並に思考がぶっ飛んでいるという訳でも無い。安心していいとは思うが「じゃー命令な! 今日から祐介は伊織のことを名前で呼ぶこと! 以上!」は?

 

 

「⋯⋯お、おい、笠原? お前今何て⋯⋯」

「や、お前らって中学から一緒なのに何か素っ気無いだろー? やっぱり、こういう小さな所から変えることで仲ってのは深まっていくと思うんだよな」

「お前みたいにポンポン女子を名前呼び出来るほどの度胸を持ってねぇんだよ、俺は!」

 

 

いや、それでも柊とかに実行不可能なレベルの難題を押しつけられるよりかは楽と考えた方が良いのか⋯⋯? というか、結局俺がターゲットになってんじゃねぇか。俺が悩んでいると。

 

 

「ま、まあまあクスノキくん。命令だから仕方ないね! 頑張ってね!」

「⋯⋯あ。じゃあ伊織も祐介のことは名前呼びで」

「えぇえっ!?」

「す、凄い笠原さん。遠慮とかそういうのが全然無い!仲良くなって欲しいっていう純粋な思いからなんだろうけど⋯⋯」

「⋯⋯まあ、それも笠原くんの美徳と言えば美徳なんだけどね」

 

 

ちょっと待ってくれ。こんなんだったら柊に命令権を与えた方が絶対マシだった。しかもこの命令って永続なの?

 

 

「デュエットのみならず名前呼び、ですって⋯⋯!? お兄ちゃん、だったら私のことも名前で!」

「いや、お前は最初から名前で呼んでるだろ、詩音」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

あれからまたしばらく全員で歌い続け、命令権の奪い合いが勃発したが⋯⋯大体笠原や八雲が命令権をかっさらっていってしまい、俺に下された命令を撤回することは出来なかった。同じような命令を下された柊にも期待していたのだが⋯⋯何故かずっと心ここにあらずといった様子で、歌の方もボロボロになっていた。何してんだ柊ァ!

 

⋯⋯で、今は年越しカウントダウンの前に入っちゃおう! ということで全員が交代で風呂に入ることになっている。最初は男子二人が風呂に入った後に一度水を抜き(ここ少しつらい)、再度湯を沸かした後に女子勢が入浴を開始するようだ。笠原は既に入浴を終え、今は俺が風呂に入り湯船に体を沈めていた。

 

 

「⋯⋯名前呼びか⋯⋯」

 

 

もしかしたら最近の高校生にとって、異性を名前で呼ぶことなど大したことでもないのかもしれない。中学からの同級生、それに他の友人たちと一緒とはいえ、こうして家に泊まりに行くような関係だ。少しくらい親しげな呼び方をしても不自然ではないのだろうか。

 

 

「⋯⋯い、伊織。⋯⋯ぬあああ! 何かこう、ムズムズする! 面倒臭ぇ、もう一度カラオケ勝負吹っ掛けて命令破棄を狙ってみるか⋯⋯!?」

 

 

湯船の中で悶える男子高校生の図。誰も得しない酷い画だと自分でも思う。

俺がそんな気持ち悪い感じで湯に浸かっていると。

 

 

「ゆ⋯⋯っ。クスノキくん、まだー?」

「い⋯⋯っ。柊か。ああ、もう出るから⋯⋯」

「「⋯⋯⋯⋯」」

 

 

家主としての役割なのか、柊が俺を呼びに来た。備え付けの時計に目を向けると、俺が入浴してから既に20分が経過している。本来の俺ならもう少し浸かっていても良いくらいなのだが、後ろにはまだ女子が四人も控えている。早めに出るに越したことはないだろう。⋯⋯というか。

 

 

「おい『お前』、ちゃんと笠原の命令に従えよ。自分が定めたルールに背くとか恥ずかしくないの?」

「『キミ』が言えたことでもないと思うけどねー」

「「⋯⋯⋯⋯」」

「いお⋯⋯っ!」「ゆう⋯⋯っ!」

 

 

むせた。

勢いづけてお互いの名前を呼ぼうとした俺たちは同時に咳き込む。ただ名前を呼ぶだけなのに、俺たちは何をしているんだ⋯⋯?

 

 

「そ、そういえば柊。今更だけど親御さんはどこにいるんだ? さっきから姿が見当たらないが」

「えっ? あ、あー。あの二人ならデートだよ。何か、お母さんが今年の年越しは友達と過ごしてみたらどう?って。今年は期待してるわよ!って言われたけど⋯⋯何が言いたかったんだろうね?」

「⋯⋯さあ」

 

 

柊母め、俺にはその言葉の意図が分かるぞ。子の性格形成にも親が大きく関わってくるというが、流石は大魔王の親といったところか。

⋯⋯それはともかく。

 

 

「柊、流石にこの命令は無理がある。今までずっと名字に呼び合ってきたのに、それを急に名前呼びに変えろと言われても」

「だ、だよね! そうだよね! 後で笠原くんに頼んで撤回してもらおう! ⋯⋯早めに出てね?」

 

 

あなたがいるから出るに出られないんです。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

それから再び時間が経ち。

全員が入浴を終え、後はもうすぐ訪れる年越しの瞬間を待つのみとなった訳だが⋯⋯。

 

 

「駄目だぞ」

「何でだよ。別に良いだろ、名前呼びなんて大したことない命令なんて破棄しても」

「大したことないんだから遂行も簡単だろ」

「ぐっ⋯⋯」

 

 

俺は柊を名前で呼べ―――その命令を破棄させるための笠原の説得に苦戦していた。何だコイツ、なぜ今夜に限ってこんなに頑固なんだ。

 

 

「⋯⋯笠原、もしかして誰かに入れ知恵されたか?」

「何のことだ祐介。別にオレは実妹ちゃんに『軽めでも良いので、お兄ちゃんと伊織さんの仲を取り持つような命令をよろしくですっ』とか言われてないぞ」

「飛鳥ぁ!?」

「笠原さん! そのことは言わないで下さいって言ったじゃないですか!」

 

 

馬鹿め! 笠原の頭で二つ以上のお願いを完全に記憶出来る訳が無いだろう!

 

 

「も、もう! お兄ちゃんったら往生際が悪いよ! ちょっと名前で呼ぶだけじゃん! 伊織ちゃんって!」

「ちゃん付けとか出来る訳ないでしょうが! こういうのって人に促されると余計恥ずかしいんだよ!」

 

 

俺と飛鳥がそんな言い争いをしている間に。

 

 

「良いですか柊さん。私ですらお兄ちゃんのことは名前で呼んだことは無いのです。名前呼びが嫌だと言うのならば丁度いいですし、まずは『お兄ちゃん』からにしましょう」

「あ、あの、詩音ちゃん? 正直同級生をお兄ちゃんって呼ぶのは名前呼びよりもハードルが高いんじゃ⋯⋯?」

「⋯⋯お兄ちゃん」

「ちーちゃん⋯⋯?」

 

 

柊も柊で周囲からの謎の圧力に晒されているようだった。何してんだあいつら⋯⋯。

 

 

「まあ、そんなこと気にしてても仕方ねーだろ! ほら祐介、もうすぐ0時だ! 2018年が来るぞ!」

「命令を出したお前がそんなこと呼ばわりかよ。⋯⋯ったく、何で年越しってだけでそんなテンションを上げられるのやら⋯⋯」

 

 

途中で秘密を隠し通すのも飽きてきたのだろうか、笠原のそんな言葉に溜め息を吐きながらそう応える。もう、俺たちだけがこんな意識しているのがアホらしくなってきた。どうせその場のノリで下された命令だ、有耶無耶になるのも早いだろう。そう考えると気が楽になった。我ながら単純。

時計を見ると、時刻は0時の五分前。柊たちもそれに気付いたのか、ソワソワした様子で乾杯用に用意したというグラスを並べ始めた。飲み物はシャンメリーを使うらしい。形から入るその姿勢は素晴らしいと思います。

 

 

「ささ、カウントダウン開始だよ! 新年まであと4分27秒、4分26秒⋯⋯!」

「気が早ぇよ。10秒くらいからで良いだろ」

「4分25秒、24秒⋯⋯! ほらほら、お兄ちゃん!」

「だから早いって!」

 

 

段々深夜テンション的な状態に突入してきているのか、柊と飛鳥のはしゃぎっぷりがヤバい。柊なんてさっきまではどことなくしおらしく可愛らしい感じがしていたのに、すっかり元通りだ。あの頃の彼女にもどして。

そんなこんなで残り3分。

 

 

「もうすぐで今年も終わりですか⋯⋯」

「⋯⋯毎年のことだけど、感慨深いね⋯⋯」

「クリスマスとかはまだ平日って感じがするんだけどな」

 

 

俺、詩音、八雲の三人はいつも通りの調子でそんなことを話していく。というか、俺の隣に座る健康優良児の八雲さんは既に眠そうだ。表情からしてうつらうつらとしているし、風呂上がりに着た部屋着の胸元が緩んで白い双丘が覗いていぶふっ(鼻血)。

 

 

「おおっ!? だ、大丈夫か祐介!」

「心配はいらない。⋯⋯お前はこっちを見るな。この光景は俺だけのものだ⋯⋯」

「な、何のことだ」

「お兄ちゃん⋯⋯?」

「ぺったん⋯⋯もとい詩音さんもこちらは見ない方があっあっ、何で関節極めるんですか詩音さん、まさか気付いて痛ててて!」

 

 

残り1分。

 

 

「飛鳥ちゃんカサハラくん! クラッカー持ってきたよ!」

「流石は伊織さん! 盛大に鳴らしましょう!」

「やっぱりこういうのがあるとテンション上がるな! ほら、祐介たちも!」

「⋯⋯でかくね?」

「この形状、クラッカーというよりバズーカのような印象を受けるのですが⋯⋯」

「⋯⋯重い」

 

 

残り―――。

 

 

「クスノキくんクスノキくんっ、カウントダウン!」

「えぇ、俺がやるの⋯⋯? あー⋯⋯皆様グラスの用意をお願い致します。2018年まで、10、9、8⋯⋯」

「「「ななー! ろくー! ごー! よーん!」」」

 

 

年が、明ける。

 

 

「さーん、にー、いーち⋯⋯ゼロ。明けま「「「明けましておめでとー! はっぴーにゅーいやー!(パパパパン)」」」⋯⋯クラッカーがうるせえ」

 

 

時計が0時を指した途端、アウトドア三人衆は勿論のこと、詩音と八雲も満面の笑みでそう言ってバズーカ⋯⋯ではなくクラッカーを鳴らした。しかも何故か全員が俺の頭上に向かって撃ち放ったため、紙テープやら紙吹雪やらがメチャクチャ俺に降り掛かってくる。お前ら俺に何か恨みでもあるのか。

 

 

「ひゃっはー! めでたいねめでたいね! 今夜は飲み明かそー! シャンメリーだけど」

「わーい! ⋯⋯けへっ! こほっ!」

「お姉ちゃん、少しは落ち着いて飲んで下さい⋯⋯」

「げふごっほ! ごっふぶるるぁ!」

「⋯⋯豪快な咳だね、笠原くん。ほら、深呼吸⋯⋯」

 

 

そしてどんちゃん騒ぎがピークに達する。笠原や飛鳥がシャンメリーを一息で煽ってむせ返り、それを詩音と八雲が介抱する。柊に至ってはアルコールが入っていないにも関わらず、酔っているかのように顔が赤い。雰囲気に酔うってこういうことを言うんだな⋯⋯。

 

 

「えへへー、クッスノッキく〜ん♪」

「うわあ⋯⋯絡み酒かよお前ぇ⋯⋯」

 

 

そんなへべれけ状態の柊が俺の身体へとしなだれかかってきた。鬱陶しい⋯⋯。将来酒が飲める年になってもコイツとは飲みたくねぇな⋯⋯。

 

 

「ほら、とっととあの中に戻って騒いでこい⋯⋯」

「ふふー。ボクねー、今すっごく楽しいよ〜」

「あぁ、そう⋯⋯」

 

 

それは見れば分かる。

 

 

「こうやって皆と一緒に年を越したりするのって初めてなんだよね〜。⋯⋯えへへ、また集まりたい、ね」

「⋯⋯ああ」

 

 

⋯⋯こうして二人で話していると、何とも言い難い気持ちになるのは何故だろうか。中学の頃から仲良くなったのかどうかよく分からんまま付き合ってきて、何の因果か、高校まで一緒になって⋯⋯今ではこうして、彼女の家で共に年越しを迎えている。

 

 

「なあ、柊」

「ん〜?」

「もしこの先俺たちが卒業して、大学とか職場が別々になっても⋯⋯俺たちは、友達でいられると思うか?」

「⋯⋯何で?」

「⋯⋯あ、いや、何でもない。俺も少し雰囲気に酔い始めてんのかもな。はは⋯⋯シャンメリー飲もう」

 

 

何らしくないことを言ってんだ俺は。

こんなこと、こんな酔っ払い(ノンアルコール)に言ったって何にもならないだろうに⋯⋯。

と、そこで俺の肩に頭を乗せたままグラスを傾けていた柊がぽつりと呟いた。

 

 

「友達だよ」

「あん?」

「ボクとクスノキくんは、ずっと友達。⋯⋯そ、それ以上の関係でもボクは別に構わないんだけど⋯⋯縁が切れたりするなんてことは、絶対無いよ」

「⋯⋯そっか」

 

 

柊のそんな言葉に俺もまた、小声でそう返した。すると彼女はおもむろに立ち上がり、気のせいか先程よりも更に赤みが増した顔をこちらに向けて微笑んだ。

 

 

「だから―――今年もよろしくね? ()()()()

「⋯⋯あ!? ちょ、柊!?」

「ふぅー! 今年初パーティーだー! 飛鳥ちゃん飛鳥ちゃん! このまま初日の出見に行こうぜー!」

「あ、いいですねー!」

「⋯⋯まだ日の出までは長いんだけど⋯⋯」

 

 

しれっと衝撃発言を残していった柊はそのまま飛鳥たちの下へと走り去っていく。相変わらず無駄に足速ぇ! 何なのアイツ、もう陸上部に入れよ何で帰宅部なんだよ!

 

 

「⋯⋯ったく⋯⋯」

 

 

アイツはいつになっても俺を翻弄してくれる⋯⋯。

 

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん! こっちに来てお話しましょう?」

「ん、了解。⋯⋯今行く!」

 

 

もう色々知るか。

俺は詩音の呼びかけに応えて立ち上がり、彼女の下へと歩いていく。

 

 

その際に柊とすれ違い―――。

 

 

 

 

 

 

 

「今年もよろしく。⋯⋯伊織」

 

「んっ。よろしくね」

 

 

 




いかがでしたか?
いや、本来なら1月1日の0時とかに上げたかったんですが、その時に書き上げるのがどうにも出来なくて。⋯⋯前もって書き上げておいて、それを時間指定して投稿すれば良かったんじゃね? とはこれを書き終わってから気付いたことなんです。無念。
ま、まあ、今回はこの辺りで!ありがとうございました! 感想待ってます! そして、今年もよろしくお願いします!


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兄とゲーマーの看病日和


何年ぶりでしょうか。はじめましての方ははじめまして、そしてお久しぶりの方は本当に申し訳ない。御堂でございます……!

当時在籍していた高校を落第の危機を迎えながらもなんとか卒業し、今やうっかり入学することが出来た第一志望の大学を卒業せんとする中、日々の生活の忙しさに定期更新を諦めた本作品を久しぶりに見返していたのですが、その際にまだ更新を待ってくださっている方がいるということを知り、かつて書きかけのままボツになった話を加筆修正する形で投稿させていただくことにしました!

どの面下げてというところではありますし、このような形で投稿を再開した私に思うところがある方もいらっしゃるかと存じますが、まだ数話ほど書きかけの話のストックがありますので、せめてそれらの投稿だけは待っていてくださっていた方々へのせめてもの謝意として行おうと思っております。

今回のお話の時系列は最新話からすぐのものとなっております。つまり真冬。季節感あるよな。

長々と失礼しました。それでは、どうぞ!



 

 

「おっはよー!」

「あ、(ひいらぎ)さんおはよう」

伊織(いおり)ちゃんおはよー」

「やーやー、皆おはようっ。今日も一日頑張ろうねー♪」

 

 

 冬季休業が明け、肌を突き刺す冷気や吐息の白さから冬の寒さもいよいよ本格的になってきたことを感じさせる時頃。

 柊伊織は特に遅刻したり曲がり角で転校生と衝突したりどこからともなく現れた美少女のスカートの中に顔を突っ込んだりすることもなく、いつものように高校に登校し、いつものように教室に入ってクラスメイトたちと挨拶を交わした。

 そしていつものように自分の席に荷物を置き、また気の抜けた表情で席に着いているであろう、中学からの腐れ縁に当たる少年に挨拶をしようと───。

 

 

「あり?」

 

 

 ───したところで、伊織はいつもの日常との差異に気付く。

 そのことに関して話を聞くため、伊織は近くにいたクラスメイトの一人である男子生徒に問いかけた。

 

 

「クラモトくん、ちょっといい? 祐す⋯⋯もとい、クスノキくんって今日はまだ来てないの?」

(くすのき)か? あー、そういや今日は遅いかもな。いつもならもう登校してきててもおかしくない時間だけど」

「だよねえ。いつもなら面倒くさそうな顔してボクに毒舌飛ばしてきててもおかしくない時間だよねえ」

「いや知らんが。というかそれがいつも通りになってるんなら、楠への態度を改めたらどうだ?」

 

 

 応じてくれた倉本に対して軽く礼をした後に伊織は考え込む。

 そう、彼女の大親友の一人である(要出典)男子生徒、楠祐介(ゆうすけ)がまだ登校してきていないのだ。

 彼は日々を適当に生きている感が半端ではないものの、存外真面目なのは昔から知っている。平素ならば学校へは伊織よりも少し早いくらいの時間に来ているはずなのだが、今日はそんな彼の姿が教室内のどこにも見当たらなかった。

 

 

「もしかして⋯⋯」

「⋯⋯おはよ、伊織ちゃん」

「ひゃふん」

 

 

 と、そこで彼女の背後から小さく声がかけられる。その声に僅かに肩を跳ねさせつつ振り向くと、そこに現れたのは見慣れた美少女フェイス。

 

 

「ち、ちーちゃん。おはよー」

「⋯⋯うん」

 

 

 八雲(やくも)千秋(ちあき)。伊織や祐介のクラスメイトであり、特に伊織とは親友と称し合うほどの仲である。

 クラス内、ひいては学年内でもその端麗な容姿や物腰の柔らかさが人気を呼び、噂では本人非公認ながら彼女のファンクラブが形成されているとか。

 

 ファンクラブ会員は普段その身分を秘匿しているものの、定期的に素顔のまま校内で祐介に襲撃をかけている姿が目撃されるために、かなりの数、会員の顔と名前は割れている。

 千秋と特に仲がいい異性ということで高頻度で襲われる祐介だが、同じく彼女と親しい、学生離れというか人間離れした豪傑、笠原(かさはら)信二(しんじ)への襲撃は稀な点から、弱い者いじめの様相を呈してきている気がしてならない。

 

 ちなみに、容姿だけなら千秋に負けず劣らずの高評価を得ている伊織だが、性格の方のクセが強すぎる上に下手にファンクラブを形成すると彼女の道楽で壊滅させられかねないという理由から、固定ファンはそこそこいるもののファンクラブが出来るまでには至っていないという話を小耳に挟んだことがある。いたく不服である。

 いや、今はそんなことはどうでもいいのだ。

 

 

「そういえばちーちゃん。祐介クンがまだ学校に来てないんだけど、何か知らない?」

「⋯⋯ああ、それは知ってるけど⋯⋯伊織ちゃん、楠くんのこと、名前で呼ぶのはすっかり慣れたみたいだね」

「んー、年越し以来ちょっと心境の変化があってね。一応変に騒がれても困るし、あの時のメンバーの前以外では、今まで通り名字で呼べって祐介クンには言われてるんだけど」

 

 

 ちなみに、伊織が祐介のことを名前で呼ぶようになってからは、彼の方も実に嫌そうに彼女のことを名前で呼ぶようになった。

 そうするよう脅迫したとも言う。祐介の弱味を溜め込んだ秘密のUSBメモリが火を噴くぜ、べいべー!

 

 

「それで、祐介クンは」

「⋯⋯今朝、メッセージが来たんだ。風邪引いて今日は学校休むから、何か連絡事項があったら教えてくれって」

「風邪?」

 

 

 確かに1月も中旬に差し掛かった今、寒さはピークに達しようとしている。風邪を引いてもおかしくない時期ではあるだろう。

 だが、まずそれよりも気になることがある。

 

 

「なんでちーちゃんには連絡があったのに、ボクには無いんだろうね……」

「……あっ」

 

 

 普段つるんでる面子の中では一番付き合い長いのにおかしくない? おかしくなーい? 

 そんな風にブツブツ呟きながら急激に伊織が落ち込み出し、場の空気が非常にいたたまれないものへと遷移していく。

 咄嗟のフォローが浮かばず、どうしたものかと八雲が首を捻り始めたとき、ガラッと音を立てて教室の扉が開かれた。

 

 

「よう、伊織に千秋! おはよう! いい朝だな……と言いたいところだが! 先ほど連絡が来ていて今日は祐介が風邪で学校を休むそうだ! 残念だな!」

「そうなんだカサハラくんにも連絡来てたんだボクには来てないけどね……!」

「……い、いやっ、多分楠くんも風邪でダルくて大人数に連絡する余裕は無かったんだと思うよ⋯⋯! 私と笠原くんが選ばれたのもたまたまで⋯⋯!」

「お? どうした伊織? 風邪か?」

 

 

 結局、朝のHRが始まるまで、千秋は加速度的に落ち込み、いじけ始めた伊織をひたすら慰めることとなった───。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「⋯⋯頭が重い」

 

 

 俺こと楠祐介は、既に始業のベルが鳴っているであろう時刻になっているのにも関わらず、寝間着姿のまま自室のベッドに横たわりつつ息を荒げていた。

 こう聞くと俺が高校をサボった上にいかがわしい行為に及んでいるように聞こえなくもないが、もちろん違う。

 

 

「祐介~? 体温計、どうだった~?」

「ノックくらいしてくれ、お袋。38度3分だってよ」

 

 

 ノックもせず無遠慮に我が子の部屋に侵入してきた母親、楠千歳(ちとせ)に対し、俺は先ほどまでは脇に挟んでおり、今は枕元に置いてあった体温計を彼女に手渡しつつ言った。

 

 

「ん~、昨晩よりちょっと上がってるわね。やっぱり今日がピークかしら〜」

「でも、数値の割には調子良いぜ。少しダルくて咳が出て、たまにお袋の顔が二重に見えるくらいだ」

「寝てなさ~い?」

 

 

 起こしかけた上半身を押し返され、半強制的にベッドに寝かせられる。むう、まるで体に力が入らない。

 現在俺は風邪を引いて、寝込んでいる状況にある。以前、お兄ちゃん争奪戦の際に風邪を引いた演技をしたことがあったが、今回はガチモンである。

 昨日から若干体が重いなーと思い熱を測ってみると、ガッツリ発熱していることが発覚。それなりに高めの熱だったので昨晩は冷却シートを額に貼り早めに就寝したのだが、一日経過したくらいでは完治という訳にはいかなかったようだ。

 

 

「詩音ちゃんも昨日からずっと泣きっ放しで大変だったんだし、悪化だけはさせちゃ駄目よ~?」

「いや、あれは詩音が大袈裟なだけだろ⋯⋯」

 

 

 昨晩、俺の身体が風邪に侵されてしまったことを知った詩音は即座に自らの服をはだけ、いつぞやかのお兄ちゃん争奪戦の際に未遂で終わった『私に感染(うつ)せば万事OK作戦』を決行した。

 半裸+涙目の義妹が頬を赤らめ息を荒らげる兄の体に覆い被さるというとんでもない画が我が家にて展開されたことは記憶に新しい。

 飛鳥と光男(みつお)さんによって俺から引き剥がされた後も、「お兄ちゃんが死んでしまいます」などと言いながら号泣していた。

 ちなみに俺は感染を避けるためにしばらく妹たちとは密着できないことを悟り号泣していた。当然のことである。

 

 

「ちゃんと詩音は学校に行けたのん? あの有様で」

 

「朝までは祐介の看病をするって言って聞かなかったんだけどぉ⋯⋯、光男さんが説得してくれたわぁ~。うふふ~、流石は私のダーリンよねぇ~♡」

 

「息子の前で惚気けるのはやめてくれ⋯⋯」

 

 

 しかしまあ、流石は詩音の実父と言うべきだろうか。意外と頑固な所のある詩音を朝の内に説得し終えるとは、一体どんな方法を用いたのだろうか。

 そんなことをお袋に聞いてみると。

 

 

「そうねぇ~。『祐介くんが風邪などに負けるはずがありません! それに、ここを乗り越えれば後で心配させたお詫びとして、倫理的に際どい要求も聞いてもらえるかもしれませんよ』みたいな感じで説得してたわねぇ~」

 

 

 なんてことを吹き込みやがるあの義父! 

 

 

「風邪が治ったら、頑張ってね~」

「お袋、俺は不治の病を患ってしまったと詩音は伝えておいてくれ。完治した後、俺は今度こそ貞操を奪われかねない」

「それは駄目よぉ。詩音ちゃんはまだ中学生なんだし、ディープキスまでで我慢しておきなさ~い?」

「なあお袋、俺とアンタは血が繋がっているはずなのに、なんでこうまで根本的な考えが違ってくるんだろうな?」

 

 

 ほんわか笑顔で生々しいことを躊躇いなく言ってくるのは本当にやめて欲しいです。

 

 

「病人をこれ以上喋らせるのもいけないし、私はそろそろ仕事に行くわぁ~。何かあったら電話するのよぉ~?」

「ああ⋯⋯。悪い、手を焼かせて」

「息子のためなら何のそのよぉ~♪」

 

 

 そう言うとお袋は、俺の額の冷却シートを新しいものに替え、俺の枕元に冷たい麦茶の入ったストロー付きのコップやタオル、万が一のためのエチケット袋等を置いてから部屋を出ていった。

 昼食の方は食欲があったら冷蔵庫の中にある果物やゼリーなどを食べておけとのこと。

 

 

「昼まで暇になるな⋯⋯」

 

 

 普段から何度か学校を休んで退廃的な生活を送ってみたいという衝動に駆られたことはあるが、風邪を引いて頭に(もや)がかかっている今、ゲームや読書をする気にもなれない。許すまじウィルス。

 と、なれば解答は一つ。

 

 

「寝るか」

 

 

 俺は人間の三大欲求の一つに身を委ねることにした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 一体どれくらい寝ていたのだろうか。

 寝起き特有の意識の混濁に抗いながらも、俺は自らが目を覚ましたことを自覚した。

 目は半開きで体は未だベッドに吸いついたように動いていないこの状態を起きたと表現して良いかは迷うところだが。

 そんな中、階下から声が聞こえた気がした。

 

 

 ──おんちゃん、ゆう──けくんは──

 

 ──らぎさん。──ちゃんの寝込みを──いに? 

 

 ──違──よ!? 

 

 

 聞こえてくる声は少なくとも二人分。

 我が家が有する二人組といえば詩音と飛鳥だろうが⋯⋯。アイツらが帰ってきているということは、俺は結局夕方の3時くらいまで寝てしまっていたということだろうか。とりあえず水分補給をした方が──。

 

 

「(ガチャッ)おまたせ祐介クン! ボクが看病に来たよ!」

「お兄ちゃん、身体の具合は大丈夫ですか!?」

「うおビックリした! だからノックしろノック、プライバシーって言葉知ってる? ⋯⋯って」

 

 

 突然部屋の扉が開け放たれ、なだれ込むように二つの人影が飛び込んで来た。

 人影の片方は俺の愛する義妹、詩音。そしてもう片方は。

 

 

「伊織!? キサマ何故ここに!」

「だから看病しに来たって言ってるじゃんか! ひどいよ祐介クン、なんでボクには風邪のこと教えてくれなかったのさ!」

「お前に教えると面倒なことになると思ったからに決まってんだろ。八雲とお前とじゃ信頼の度合いが桁違いだ。笠原もまあ、お前と比較すれば常識人」

「ひっでぇ言い草!」

 

 

 柊伊織。実は今回の風邪の原因の一端は、この馬鹿に付き合っていたことによる疲労の蓄積にあるのではないかと密かに思っていたりする。最早俺の中ではウィルスと大差ない、そういう存在だ。

 ……悪いところばかりではないが……。

 

 

「⋯⋯こんにちは、楠くん。具合はどう?」

「おー、祐介。大丈夫かー?」

「ただいまお兄ちゃんっ。果物買って帰ろうと思ったんだけど、途中で伊織さんたちに会ったんだ〜」

 

 

 俺と伊織がいつものようにいがみ合っていると、彼女たちの後に続くように八雲、笠原、飛鳥がぞろぞろと部屋の中に入ってきた。飛鳥は部屋着に着替えていたが、帰宅してから俺の部屋へ直行してきたらしい詩音、そして学校が終わった後そのまま来てくれたのか、伊織と八雲、笠原は制服姿のままである。

 皆、俺の見舞いに来てくれたということなのだろうか。ただの風邪で大袈裟な気もするが、せっかくの好意。無下にしようとは思わないし、素直に嬉しかった。

 なんなら滂沱のように涙が溢れそうになったので上を向いて堪えた。風邪の時は涙腺がユルユルになっちゃうの.

 

 

「ありがとなお前ら。心配かけたみたいで、悪い」

「⋯⋯ううん。大丈夫。とりあえず、今は風邪を治すことに専念しよう?」

「そうだぜ祐介。ほれ、スポーツドリンク持ってきたぞ。風邪の時は水よりコッチの方が良いし、どれもオレのお墨付きだぜ! あとプロテインもある。百薬の長だぞ」

「ん、サンキュ、笠原。プロテインはいらねえ」

「お兄ちゃんが笠原さんにお礼を!? あっ、じゃあ飛鳥はリンゴ剥いてくるから!」

「調理器具に触るな。家を半壊させたいのか、飛鳥」

「皮剥きも駄目なの!?」

 

 

 胸に暖かいものを感じながら、俺は常識人三人とそんなやり取りを交わしていく。

 友達っていいなあ⋯⋯家族っていいなあ⋯⋯。

 

 

「し、詩音ちゃん。ボクたち、完全に蚊帳の外だよ⋯⋯!?」

「ぐすっ。柊さんはまだ良いじゃないですか。私なんて柊さんのインパクトが強すぎたのか、ほとんど声もかけてもらえませんでしたよ⋯⋯」

 

 

 部屋の隅で二人が仄暗いオーラを纏っているのが分かる。心配してくれて嬉しいのは確かなんだけど、ぶっちゃけ今の体力でコイツらと本格的に絡むと死にそうなんですよね。

 だが、伊織はともかくとして詩音があんな寂しそうにしているのは兄として見過ごせない。直接的な原因は他でもない俺にあるというのは一旦措いておくとして、とにかく見過ごせないのだ。

 

 

「えっと、詩音? と、ついでに伊織」

「「はいっ!」」

「ひえっ。⋯⋯あー、実は俺、朝から今までずっと寝てたんだよ。だから少し腹が減っているというか。食欲も大分戻ってきたし、果物やゼリーだけじゃあ物足りな」

「「お粥作ってきます!」」

「あ、よろしくお願いします」

 

 

 俺の長ったらしい台詞を遮るように二人が部屋の扉を開いて我先にと階下へ降りて行った。そんなに慌てて、階段から転げ落ちても知らんぞ⋯⋯。

 

ドタドタドタ

ガッ

ドガガガガ!!!

 

えっこれマジで転落してない?

 

 

「⋯⋯なんか心配だから飛鳥も下に行くね。り、料理は出来なくても、監督くらいは出来るからねっ!」

「んじゃオレも。ゆっくり寝てろよ、祐介」

「ん、ああ」

 

 

 そしてその二人に続くように飛鳥も笠原も階下へと向かった。丁度アイツらがここに入って来た時と同じような流れだ。ただ一つさっきと違うのは。

 

 

「八雲は行かないのか?」

「⋯⋯楠くんが一人だと暇になるじゃないかなー、と思いまして。⋯⋯迷惑だった?」

「いや。確かに一人でただ待つってのは退屈だな」

「⋯⋯じゃあ、私は楠くん係で」

「やったぜ、学校一の美少女を独り占めだ!」

「⋯⋯か、からかわないで」

 

 

 八雲千秋は部屋に残り、俺が横たわるベッドの側面に背中を合わせるように腰を下ろしていた。俺の戯言も真面目に受け取ったらしい彼女は頬を桜色に染めてぺしぺしと平手で俺が(くる)まっている布団を叩いてくる。

 

「⋯⋯さ、さて。何しようか、楠くん。それとも、もう一眠りしたい?」

「流石に今は目が冴えてる。つっても、八雲には悪いが今はゲームをして楽しめるような体調でもないしなあ⋯⋯とりあえず何か話すか。っと、あんま俺の方に近付くと感染るかもだぞ」

「⋯⋯大丈夫。それより、何かって?」

「今日学校であったこととか、あとは千春ちゃんのこととか?」

「⋯⋯⋯⋯あー⋯⋯」

 

 

 俺と八雲の共通の話題の一つに挙げられるのは、彼女の妹である八雲千春(ちはる)ちゃんについてのことである。

 千春ちゃんとはクリスマス会の時以来(厳密には夏祭りの際にも会っているが、アレは色々と特殊なので除外)会っていないが⋯⋯。

 

 

「⋯⋯あの子については最近分からないことが多くて。黒魔術の研究がマイブームだとか何とか」

「危ない世界に片足突っ込むどころか、全力でダイブしてんじゃねぇか」

 

 

 しかも分からないって、あなた肉親でしょ⋯⋯。

 思ってた以上に千春ちゃんが黒すぎてヤバい。何がヤバいってマジヤバい。松崎しげるとか目じゃないくらい真っ黒だ。

 

 

「ていうか、止めて下さいよ姉様。千春ちゃんの研究成果とやらの標的になるのは間違いなく俺らだぞ」

「⋯⋯そ、それは分かってるんだけど。実際に事に及ぶまでは自由にさせてあげたいなって⋯⋯」

「妹に激甘かよ。時には厳しくしないと妹のためにならないぞ」

「⋯⋯それをシスコン楠くんに言われると、そこはかとなくショックだね。ドシスコンの楠くんに言われると」

「何度も言ってるけど俺はシスコンじゃねぇからな」

 

 

 あくまで家族愛が強いだけでシスコンではない。

 補足説明をさせて頂くと、千春ちゃんは自らの姉である八雲と何故かこの俺、楠祐介をくっつけようとしている。もちろん物理的な意味で密着させてやろうと企んでいる訳ではなく、恋愛的な意味で。

 それだけならまだ、子供ながらに姉の幸せを願う妹の可愛い行動として見ることも出来るんだが⋯⋯それに至らせようとする手段が、ね? 法とか人の道から外れるのはどうかと思うんですよね。

 

 

「八雲はまだ、恋愛への興味とかは無いのか」

「⋯⋯うーん。そこまで積極的には⋯⋯」

 

 

 千春ちゃんがそんな行動に出たそもそもの原因として、現在の八雲が恋愛に全くと言っていいほど関心を持たず、絶対の趣味であるゲームに首ったけであるからというモノが挙げられる。

 千春ちゃんはそんな姉のあまりののめり込みっぷりを見て、「もしや姉は将来誰とも恋愛をせずゲームと結婚する気なのではないか?」という危機感を抱き、強行手段としてクスリや黒魔術の研究に勤しむようになってしまったのだ。いや、それにしたってぶっ飛び過ぎだろ。ロケットエンジン搭載してます? 

 俺がそんなことを考えていると、八雲が。

 

 

「⋯⋯まあ、進歩はあったんじゃないかな」

「進歩?」

「⋯⋯うん。恋愛ゲームの平均クリアタイムが30分くらい縮まったよ」

「千春ちゃんはそれを進歩と認めないと思う」

 

 

 それは恋愛経験豊富な人ではなく、ただのゲームが上手い人への一歩だ。

 私は成し遂げたのだと言わんばかりに誇らしげな顔で胸を張る八雲に強くは言えないが、千春ちゃんの攻勢は今後も変わらず続きそうだった。誰も幸せにならない……。

 

 

「ま、頑張ってくれ。応援くらいはするよ」

「⋯⋯んー」

 

 

 八雲の恋愛成就は俺の身の安全にも繋がる訳だしね。

 俺がそんな意を込めた言葉を八雲に贈ると、彼女は困ったような、されど慈しむようにへにゃりと柔らかく微笑んだ。

 

 

「⋯⋯なんだかんだ可愛い妹なんだけど、こればかりはねえ。……いっそのこと、本当に付き合ってみる?」

「勘弁してくれ。緊張のあまり心臓が爆発する」

 

 

 冗談めかして言ってみたが割とマジで爆発するかもしれない。異性として魅力的どころか神格化されそうなレベルで可愛い八雲と付き合った場合、俺は自らの狼化を防ぐために日々精神をすり減らしていくことになるだろう。

 そして精神の病みっぷりが頂点に達した俺の心臓は、その負荷に耐え切れずBOMB!!! 

 

 いやねえよ。なんだこの妄想。

 

 

「⋯⋯ぶぅ」

「あ、いや、別に八雲さんと付き合うのが嫌だって言ってる訳じゃなくてですね? そういうのはもっと心の準備ってのが必要になってくるっていうか」

 

 

 あまりに即座に突っぱねてしまったせいか、若干拗ねたような表情になった八雲を宥めるためにそんな言葉を矢継ぎ早に繰り出していく俺。風邪引いてるっつってんのに、何してんだ俺は⋯⋯。

 と、そこで拗ねつつも俺に視線を向けていたらしい八雲が、俺の方を見たまま少し驚いたように肩を弾ませた。どうしたんだろう、俺の背後に霊でも見えたのかな。千春ちゃんからの黒魔術(スタンド)攻撃は既に始まっていた……!? 

 

 

「⋯⋯楠くん、パジャマが汗でびっしょりだよ。着替えなきゃ⋯⋯」

「あ? おお、言われてみると」

 

 

 風邪なんだし当たり前と言えば当たり前なんだが、指摘されて気付くと中々に不快。汗で寝巻きが肌に張り付く上に、汗が乾けば症状の悪化にも繋がりかねない。適当に汗を拭いて着替えるのがいいだろう。

 

 

「んじゃ、濡れタオル取ってくるか」

「⋯⋯あ。待って」

 

 

 そんな訳で俺が階下へとタオルを取りに行こうとベッドを降りかけると、慌てた様子の八雲に肩を押さえられた。やだ、まさかこのタイミングで押し倒してくるんですか! そんな急に襲って来るものなんですか! 天井の木目数えなきゃ。

 などとアホな考えが一瞬脳内に浮かんだが、もちろん八雲にそんな気は無い。彼女は軽く頬を膨らませ。

 

 

「⋯⋯楠くん、病人。安静にしてないと、だめ」

 

 

 一言一言を区切り、わんぱくな子供に言い聞かせるように指を立てる八雲。

 千春ちゃんで慣れているのだろうか、その姿に妙な大人っぽさ、もとい姉っぽさを感じて思わず口を噤む。

 

 

「⋯⋯私、着替えとタオル取ってくるよ。後で私も手伝ってあげるから⋯⋯ちゃんと寝ててね」

 

 

 俺が再度口を開く前に八雲は部屋を出ていってしまう。まあ、少々心苦しくもないがここは甘えさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯手伝う? 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 八雲千秋は祐介の着替えとタオルの調達のために一旦彼の部屋から退出し、階段で下の階へと降りて行く。

 ⋯⋯異性の部屋に入ったのは初めての経験だった。

 クリーム色に統一された色調。祐介の体格に合った、自分のモノよりも大きめのベッド。タイトル名や文庫かハードカバーかなど、細かく種類ごとに揃えられた几帳面さが垣間見える本棚。この家自体にはよく訪れるものの、専らリビングを溜まり場にしていたため、なんだか新鮮だった。

 と、そこでタオルがある脱衣場に赴く際にリビングを通りかかった千秋は、飛鳥と信二の二人と遭遇した。二人でキッチンでひたすらに調理を続けている伊織と詩音を監督しているらしい。

 二人は千秋に気付くと、揃って人懐っこそうな笑顔を浮かべつつ話しかけてくる。

 

 

「おー、千秋。お前も降りてきたのか」

「千秋さんっ。お兄ちゃんの様子はどうでしたか?」

「⋯⋯体調自体は落ち着いてるみたい。でも、寝てる間に汗かいちゃってたみたいだから、着替えとタオルを持っていってあげようかなって」

「なるほど」

 

 

 こくりと頷いた飛鳥は、手際よく祐介の着替えがある場所を示してくれた。タオルはともかく着替えの位置はさっぱりだったのでありがたい。

 

 

「それと⋯⋯さ、流石に同級生の男子の下着を運ぶのは抵抗あるでしょうし。飛鳥が持っていきますね?」

「⋯⋯大丈夫」

「えっ」

「⋯⋯私、そういうのはあまり気にしないタイプだから。大丈夫、だよ?」

「お兄ちゃんの方は中々の羞恥プレイな気もしますけど⋯⋯。い、いや、八雲さんなら大丈夫ですよね! 信頼してます、お願いします!」

 

 

 何を信頼してくれたのかはイマイチ測りかねたが、とにかく任せてもらえたらしい。

 以前のクリスマス会の手伝い以前から、祐介には世話になっている。鈍臭い自分だけれど、こういう時こそしっかりと彼の力になりたいというのが千秋の本音だった。

 ⋯⋯そういえば、飛鳥と信二が監視していた伊織と詩音の料理の方はどうなったのだろう。千秋はタオル等を取りに行く前に、ひょこっと顔を出してキッチンを覗き込んだ。

 そこでは件の二人が調理器具を握りながら向かい合っていて。

 

 

「完全に完璧に全璧に美味です! これぞ至上のお粥、柊さんの出る幕はありませんね!」

「なにおう!? じゃーなにさ! 詩音ちゃんのお粥の方がボクのお粥より美味しいって(のたま)うの!?」

「ふっ、無論です。なんならお互いに食べて比較してみますか?」

「じょーとーだよ。絶対ボクの方が美味しいもん」

 

 

 〜 互いが作ったお粥を交換、試食中 〜

 

 

「「うまい! もう一杯!」」

 

 

 お粥を完食し、満足そうに空になった皿を机に置いて催促する二人。

 二人で一つのお粥を作ればいいのにとか、なぜ祐介にあげるはずのお粥を二人が食べてしまっているのだろうだとか、そういう疑問は全て胸の奥にしまっておいた。

 

 ただお粥を作って欲しいと言われただけなのに、なぜお互いの作った料理を凄絶にディスり合った上の食べ比べなどに発展するのだろうか。

 まあ、あの二人は自分たちの中でも一際思考回路が異質なのだ。そこが彼女たちの魅力なのだけれど、今は気にしたって仕方がない。

 若干失礼なことを考えつつ、必要なものを抱えた千秋はキッチンを後にした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「⋯⋯服を脱いでください」

「い、嫌です」

 

 

 八雲がありがたくも俺の着替えと汗拭き用の濡れタオルを持って来てくれてからわずか数分後。

 俺は芋虫のように毛布にくるまりながら、奪衣婆(だつえば)がごとく俺の寝間着を剥ぎ取らんとする彼女から可能な限り距離をとり、警戒心を顕にしていた。

 

 

「いやマジで一人で出来るから。異性の同級生に半裸見せて体拭いてもらって着替えさせてもらうとかどんな羞恥プレイだよ、いくら払えば良いんですか? というか笠原呼んできてくれよ!」

「⋯⋯笠原くんは監督で忙しいみたいだし、そもそも私は気にしない。……病人が我儘(わがまま)言わないの」

「俺が気にするんですぅ! あと、ちょっとボーッとするけど体は動くから!」

「⋯⋯何本?」

「え、指の数? 12本」

「⋯⋯正解は4本。ダウト」

「うひっ!?」

 

 

 突然手の指を立て問いかけてきた八雲に対して俺が回答を返すと、彼女は不満げに頬を膨らませ、瞬く間に俺から毛布を剥ぎ取り、そのまま流れるように俺の寝間着の上半身を脱がせた。

 薄く抵抗を試みたものの、風邪で弱った体では大した力も出せず、八雲の華奢な腕さえも払い除けることは叶わない。いや……! 見ないで⋯⋯、こんな私を見ないで⋯⋯! 

 

 八雲が純粋に俺を気遣ってこのような行動に出ているということは重々承知しているのだが、いい歳こいて母親に身の回りの世話を全部されるような、そんな気恥ずかしさとむず痒さを八雲相手には感じてしまうのだ。

 これが飛鳥や詩音相手なら遠慮なく頼るだろうし、伊織や笠原ならば病人であることを殊更にアピールしてこき使っていただろうが。こいつ最低ですよ! 俺だよ。

 

 

「……暴れるとまた悪化するから、安静にして。……しないと、怒る」

「わかり、ました……」

 

 

 しかしこれ以上抵抗したところで勝機はないし、八雲の言う通りこれ以上風邪を悪化させたいわけでももちろんない。

 俺は葛藤の末に渋々八雲の言葉に従い、濡れタオルで汗ばんだ身体を拭いてもらうことにした。

 

 しかし、真正面で向かい合って身体を拭かれるのは俺のいたたまれなさが許容限界を越えそうだったので、八雲にはベッドの上に乗ってもらい、俺の背後から身体を拭いてもらう形にしてもらった。

 

 

「……背中から拭くね」

「はい……」

 

 

 ぽそりと耳元に背後から囁いてくる八雲の言葉通り、まずは背中から濡れタオルが這い、一定の感覚でそれが上下左右に動かされていく。男女のこういう看病イベントは創作物でも散見されるが、まさか俺が拭かれる側で体験するとは思わなかった。

 

 

「……祐介くん、割と筋肉あるね。伊織ちゃんよりも力ないのに」

「アイツと比べるんじゃあないよ。アイツが出鱈目なのはわかってるけど、いつぞやかの昼休みに教室でやった腕相撲で負けたときはちょっとショックだったんだから……」

 

 

 俺と伊織、笠原と八雲の四つ巴で突発的に開催された腕相撲大会だったが、笠原がブッチギリの一位で八雲が最下位というのは大方の予想通りだったが、なんだかんだ純粋な腕力勝負ならそれなりに競えるのではないかと考えていた伊織に圧敗したのは結構な心の傷である。

 あとアイツの、人間ってここまで勝ち誇れるの? ってくらいのドヤ顔が非常に腹立たしかったので、脳裏に焼きついている。

 

 

「……ふふ。でも、うん……、男の子って感じの、背中」

 

 

 愉快そうに笑いながらそう漏らす八雲。

 タオル越しの彼女の細い指の感触が強まった気がして、少しくすぐったくなった。

 

 

「……よし、背中終わり。次は右腕」

 

 

 ぐいと腕を上げられ、肩から手首の方へ伝うように拭かれる。

 常に八雲の手つきは優しく、万が一にも俺の負担にならないようにと細心の注意を払ってくれているのだとわかる。実際に気持ち良いし、先ほどまで大人気なく駄々をこねていた自分が恥ずかしくなってくるほどだ。

 俺だってもう高校生なのだ。ここは大人の余裕を持ち、身を委ねることとしよう。

 

 右腕の次は左腕。

 左腕の次は首元。

 胸元。

 脇腹。

 お腹。

 

 

「……じゃあ次は下半身だね。パンツ脱いで」

「ふざけんなバカ!」

 

 

 なにが大人の余裕だバカ! 

 

 

「……私は気にしないから」

「気にして! 年頃の女の子だからそこは気にして! お前そんなんだから千春ちゃんにあーだこーだ言われるんだぞ!」

「……心外。私だって……」

 

 

 なにやら言いかけながらも、するりと背後から寝間着のズボンを下ろし、俺の下着の方へと手を回してくる八雲に、先ほどとは比較にならないほどに強固な抵抗を試みる。これクリスマス会の時もやっただろうが! もういいよ! 

 俺の羞恥心的にも法的にも下着(ここ)は最終防衛ラインだ。何があろうと突破される訳にはいかない。

 しかし、例によって体力の落ちた俺と元々華奢で膂力に乏しい八雲とでは拮抗したまま膠着状態となる。

 静かな自室の中で、終わりの見えない戦いが続く。

 

 が、しかし。

 

 

「……へぷちっ」

 

 

 闘いの中で埃でも舞ったのか、唐突に八雲が小さくクシャミをし、下着にかけられていた手の力が微かに緩む。

 

 ───好機!! 

 

 即座に俺は八雲の手を払い除け、そのまま彼女の動きを封じるために振り返って身体ごと押し倒し、両手をベッドに押しつけるようにして拘束した。

 

 

「……あっ……」

「ぜぇ、ぜぇ……。あのなぁ、いくらお前が気にしないからって、こういうのはマジでやめとけ、って……」

 

 

 そこで気づく。

 

 

「……あぅ」

 

 

 俺が半裸でいようと、その上で汗を拭くことになろうと気にしないと連呼していた八雲の顔が、熟れたトマトのように紅潮していることに。

 八雲の吐息は熱っぽく、制服越しからも胸が大きく上下していることがわかる。俺と視線が交わりながらもそれを遮る手が抑えられているせいか、困ったように視線を逸らした。

 

 

「やっぱりお前も恥ずかしかったんじゃねえか。どうしてあんな強引に」

「……だ、だって、私も楠くんの役に立ちたかったし。……友達から体調崩して学校休むって連絡されたら、心配するのは当たり前じゃん」

「…………」

 

 

 それはそうかもしれんが。

 

 

「それにしたって強引だっつってんの。伊織と笠原を見ろよ。笠原は落ち着いてるし、伊織だって騒がしくしちゃいるが、素直に俺の頼みを聞いて下に降りて飯作ってくれてんだろ」

「……うん……」

 

 

 いざ見舞いに赴き病床に伏していた俺の姿を見て、自分も何かしなければならないといった焦燥感に囚われてしまったといったところだろうか。

 

 友達としてここまで俺の身を案じてくれたことには感謝したいところだが、友達には友達なりの適切な距離感というものがある。伊織や笠原は普段その距離感がぶっ壊れてるんじゃねえかと思うが、今回のような有事の際にはそれなりに弁えるようだった。

 かといって、今回の八雲が全面的に悪いというわけではない。繰り返すように有難い点もあるにはあったわけだし。

 

 まあ、とどのつまり。

 

 

「もうちょっと適当でいいんだよ。友達同士なんだから」

「……ん……」

 

 

 しかし八雲は何事にもさほど動じない、おっとりマイペースな性格だと思っていたが、案外心配性な部分もあったものだと少々おかしくなり、意地の悪い笑みが漏れる。

 それを見て、八雲はぷうっと不満げに頬を膨らませる。

 

 

「……なんで笑ってるの」

「いや、悪い。とにかく、下半身は自分で拭くから八雲は詩音たちの様子を見に行ってくれよ。しっかり者のお前が見てくれるなら安心できるから」

「……ん。わかった」

「じゃあ手ぇどかすぞ。病人に無理させやがって……」

 

 

 なんだかんだ納得してくれた様子の八雲に安堵しながら、未だ俺に両手を抑えられ、ベッドに押し倒されている状態にある彼女を解放してやろうと手の力を緩める。

 まったく、こんな場を誰かに見られたら誤解されてしまうところ「(ガチャッ)すみません遅くなりましたお兄ちゃぁああああああ──────っっっ!?!?!?」もはやこれまで。

 

 

「いや詩音、これは」

「お、おおおお兄ちゃん! 食欲が戻ったってそういうことだったのですか!? 女を存分に食い散らかしてやりてえぜ的な意味だったのですか!?」

「うわーっ! 祐介クンがほぼ裸みたいな格好でちーちゃんのこと押し倒してる! エロだ! エロすけクンだ!」

「お兄ちゃん、後で家族会議だからね?」

「祐介! オレたち部屋からしばらく出て行った方がいいか!?」

「出て行かなくていい出て行かなくていい! おい八雲、お前からも説明してくれ!」

 

 

 強い振動や衝撃を受けた上で開封されて噴き出した炭酸飲料みたいな勢いで騒ぎ出す4名を宥めようするも、半裸で息を荒らげる今の俺の格好にはまったく説得力がない。

 ここは俺ではなく八雲からの詳細な説明が必須だと、拘束が解かれて俺のベッドの上にちょこんと腰掛けたままでいた八雲に助けを求めた。頼む、この事態を収集してくれ───! 

 

 

「……まあ、なんか、色々あったよ」

「適当でいいとは言ったがそこの説明は適当にするんじゃねえよ!」

 

 

 曖昧な返答は混迷極まる現状にさらなる油を注ぐ。

 その後俺は重い体を引きずるようにして、慌てふためく4名に対して事の一部始終の説明に長時間を費すこととなり、健やかに病状を悪化させるまでに至ったとさ。

 

 見舞いに来たんじゃねえのかお前らは。

 

 





いかがでしたか?

久しぶりに書いた祐介たちは、やはり昔書いた彼らとは毛色が変わっているような感覚があります。語彙力と文章力は大して上がってないけど。
妹モノの小説なのに久しぶりに投稿した話が友人キャラへのスポット話という、あんまりといえばあんまりなものなので、飛鳥と詩音がメインのお話も投稿したいですね。

それでは今回はこの辺で。ありがとうございました!
それと、本当に申し訳ありませんでした!!


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第一回 楠家お料理教室 


平素よりお世話になっております、御堂です!

今回は料理にスポットを当てたお話になります。
この数年で私も自炊する必要に駆られることとなり、レシピサイトやYouTubeをガン見しながら調理器具を握る日々でございます。
レシピに忠実であればとりあえず形にはなるのですが、その中で自分の好みに合わせた所々カスタマイズして上手いことハマるととても楽しいと感じますね。稀に地獄絵図になりますが。

ちなみに得意料理は目玉焼きです。かんたんなの。



 

 

「お料理を教えてください」

「⋯⋯なん、だと」

 

 

 とある日の休日。時刻は午後一時過ぎ。

 昼食を食べ終わり食器を片したと思えば、そのままフローリングの床に敷かれたホットカーペットに伏して懇願してきたポニーテールがチャーミングな我が妹、飛鳥を前に、俺こと楠祐介はマリアナ海溝もかくやというほどに深く、眉間に(しわ)を寄せた。

 

 

「突然なんてことを言うんだ飛鳥。ウチのキッチン設備がそんなに気に食わないのか?」

「キッチン設備が気に入らないから壊したい訳じゃないよ!? い、いい加減飛鳥もお料理出来るようになりたいの! 年頃の女の子として!」

 

 

 飛鳥の手料理。

 すっかりキッチン及び人体破壊兵器としての印象が定着した危険物第4類であるが、その名称の通り、あくまでも本質は彼女の腕によりをかけて作られる料理でしかない。

 信じ難いことだが。

 度し難いことだが……。

 

 

「いくつかのポイントに分けてアドバイスするくらいはできるけどな」

「教えて教えて! 飛鳥頑張るから!」

【POINT1】あきらめよう!

「お兄ちゃんなんか今日飛鳥に厳しくない!? ひどいよぅ!」

 

 

 体の末端から体温が急激に低下していくような錯覚を覚えつつもバッサリ切り捨てると、ガバッと飛鳥が体を起こして涙目になりながら訴えかけてくる。

 飛鳥に厳しいというか飛鳥の料理に厳しいというか。

 いつもだったらそりゃもうゲロ甘ですし、兄としてできる限り愛妹の要望に応えてあげたいという気持ちもマウンテンマウンテンなんですがね。

 

 

「⋯⋯一体なんの騒ぎですか? お兄ちゃん、お姉ちゃん、喧嘩はいけませんよ」

「詩音ちゃん……! 聞いてよ詩音ちゃん、お兄ちゃんが〜……!」

 

 

 飛鳥の天に轟くような悲憤を聞いたのか、二階で勉強をしていたはずの詩音が上から降りてきた。

 滅多に言い争いをしない俺と飛鳥が険しい表情で対面しているのを見て、幾分か戸惑った様子で肩口まで伸ばされた亜麻色の髪を揺らし、水晶のような瞳をキョロキョロさせていた詩音に飛鳥が泣きつく。

 そのまま今に至るまでの事情を説明するが───。

 

 

「お姉ちゃんが悪いですね。可及的速やかにお兄ちゃんに謝罪するのが良いかと思います」

「なんで!?」

 

 

 飛鳥の手料理の脅威を身をもって知る詩音がこのようなジャッジを下すのは至極当然のことと言えた。

 そう、当然。コーラを飲んだらゲップが出るということくらい当然。

 しかし、そんな明白な事実も飛鳥にとっては不満であるらしく、可愛らしく頬を膨らませながらなおも抗議してくる。

 

 

「りょーうーりーすーるーのー!」

 

 

 抗議じゃなくて駄々だコレ。

 しかしどのような形であれ、妹に長時間懇願されると当初の方針がブレブレになってしまうことに定評のある俺。

 先ほど年頃の女の子を自称していたとは思えないほどに幼児然とした姿を晒し続ける飛鳥を尻目に、隣に立つ詩音に目配せをすると、彼女の方も早速根負けし始めているようで、困ったように苦笑を返してきた。

 基本的に身内に甘い楠家においては、飛鳥のようにストレートに甘えられる人間の方が立ち位置的には有利なのかもしれない。

 

 

「……やるぅ?」

「やるしかなさそうですね……」

「や〜る〜の〜!」

 

 

 ───かくして、長らく開催を謳われておきながら、眼前にそびえ立つあまりに厚く高い壁を前に敬遠され続けてきた一大イベント。

 第一回、楠飛鳥のお料理特訓教室が今日この時より開催されることになったのである。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

注目(アテーンショーン)!」

 

 

 小さな蛍光灯の淡い光に照らされ、我らがマザー、楠千歳管理の下、飾り気はないものの調理器具や保存容器等は小綺麗にまとめられた我が家のキッチン。

 そんな場所で俺は愛用しているエプロン姿で仁王立ちをし、フライ返しを片手に持ちながら声を張り上げていた。

 この戦場(キッチン)に足を踏み入れた以上、俺と飛鳥との関係はもはや兄妹ではなく、教官と未熟に過ぎる部下のものとなる。

 ここからの指導に手心を加える気はない。というかそんなものを半端に加えれば、即座に劇物が生成されかねない。

 妹に厳しい言葉一つ投げかけるのにも胸が張り裂けそうになる俺にとっては、凄まじく難易度の高いオーダーだ。これがゲームなら即座にクソゲーのレッテルを貼って、レビューで最低評価と共にボロクソにこき下ろすレベル。開発者を出せ。

 などと内心で戯けることで何とか胸の痛みに耐えつつ、俺は熱弁を振るい始める。

 

 

「いいか飛鳥! 今日こそ本腰を入れてお前に料理を教えてやる! 教育などという言葉すら生温い。矯正だ! お前の触れるもの皆傷付ける悪魔の手腕を俺が矯正してやる!」

「はいっ! よろしくお願いします!」

「いい返事だ! いいか、これからその愛らしい唇を開く前と後に“お兄ちゃん大好き”と言え。分かったか、マイスウィートシスター!」

「お兄ちゃん大好き! わかりました、お兄ちゃん大好き!」

「お兄ちゃん、厳しさの裏から甘さと欲望がダダ漏れています」

 

 

 薄ピンク色のエプロンを身に着け、副教官兼助手として俺のすぐ傍に控えていた詩音にそう突っ込まれる。

 い、いや、あまり厳しくすると俺の精神の方が壊れるし、このくらいの負担に見合った役得があっても良いんじゃないかなって⋯⋯。

 それはそれとして。咳払いをした後に今回のイベントにおけるおおまかな目標を説明する。

 

 

「料理は自らで知識と経験を積むことが肝要だ。今回、俺たちも補助はするが、あくまで飛鳥をメインに据えて、とにかく自分の腕で一から料理を完成させることを目標にしよう。あ、料理って言ってもいつものとは違う、まともな料理のことな」

「い、今までの料理だってまともだったよぅ」

「俺の目を見て言ってみろ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯マトモゥ」

 

 

 動揺からかイントネーションがおかしなことになっていた。なんだマトモゥって。

 とりあえず、今日は飛鳥+助手(サポート)二人の形式で夕食を作り、今日も今日とてお仕事に出ている我らが両親にサプライズで振る舞うことを目標として設定した。

 飛鳥は最終的に完成させるモノが謎の因果律の歪みによって未確認物質に変容するだけで、調理器具自体は扱える。プランそのものには問題はないだろうという見通しである。

 他に考えることがあるとすれば何の料理を作るかなのだが、これについては飛鳥からリクエストがあった。

 

 

「はいっ! はいはい! 飛鳥肉じゃが作りたい!」

「肉じゃがですか。⋯⋯あっ、そういえば」

「因縁の料理だな⋯⋯」

 

 

 思えば飛鳥の異次元クッキングの全容が初めて露呈したのは、彼女が小学生の頃に肉じゃがを作った時だった。風船のように膨張した後に爆裂したジャガイモの姿は未だに俺の脳裏に焼き付いている。

 飛鳥からすれば自分の秘められた力を自覚するキッカケとなった印象深い料理と言えるだろう。

 出来ればその忌まわしき力は永久に封印しておいて欲しかったんですけどね! 

 

 

「お母さんが前に近所のママさんからじゃがいもを沢山貰ってきたって言ってたから。それに、飛鳥もリベンジしないとだからね」

「良いんじゃないか。失敗は成功の元と言うし、一度調理経験がある料理の方が完成もさせやすいだろ」

「ですね。後は適当にお味噌汁と⋯⋯冷蔵庫にほうれん草がありましたし、それをおひたしにしましょうか」

「あ、飛鳥おひたし好きー」

「お前アレ、毎度鬼の様に食うもんな⋯⋯。一時期大皿にしようかとマジで検討したくらいだ」

「お野菜はいくら食べたって太らないし……」

 

 

 野菜だって度を越して摂取すれば太るときは太るやろがい。

 俺のジトリとした視線から逃れるように飛鳥が頬を赤らめながら身をよじる。一挙手一投足がもれなく可愛いんだけど何コレ? 人類史の奇跡? 

 冷蔵庫の中を覗いてみたところ、都合の良いことにじゃがいも以外にも、肉じゃがを作る材料はある程度余裕を持て揃っていることを確認した。

 よかった。冷蔵庫の中身も確認しないままノリでエプロン姿に着替えてキッチンに立ったしまったものだから、ここから買い出しに行く必要が出てきたら非常に締まらないことになっていた。

 

 気を取り直して、さっそく調理開始だ。

 

 

 

〇 飛鳥でもできる! 楠家のステキ肉じゃがレシピ ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

1. じゃがいもと人参の皮を剥き、乱切りにしておく。

 

2. 玉ねぎはくし形切り、豚肉は適当に一口サイズになるように切っておく。

 

3. 深めのフライパンに油を引いて豚肉を炒める。火が通った後に玉ねぎを投入し、そのあと他の野菜も入れる。

 

4. 野菜にも油が回ったタイミングで水、酒、顆粒だしを加える。煮立ったらアクを取り、砂糖、みりん、しょうゆを加えてフライパンのフタを閉じ、30分ほど煮込む。

 

5. じゃがいもとかがなんかいい感じになってるか確認して完成。感極まった飛鳥が俺に抱きついてくる。俺が幸せになる。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「それじゃあ、私がじゃがいもの皮を剥いておきますね。お姉ちゃんはお兄ちゃんと一緒に人参と玉ねぎの皮を剥いて、豚肉と一緒に切ってもらえますか?」

 

 

 調理を開始してからすぐに詩音がじゃがいもを手に取り、テキパキと指示を出す。

 特に異論がある訳でもなし、相変わらずの詩音の手際の良さに感心しながら俺は飛鳥と一緒にまずは人参の皮剥きから始めようと、

 

 

「あ、人参と玉ねぎってミキサーでいっぺんに刻めるんじゃないかな? えーいっ」

 

 

 がったがたがた。

 きりばっ、がたきりばっ。

 ぶすん。

 

 奇怪な音を立てて我が家のミキサーが動作を停止した。

 

 

「お前何してんの!?」

 

「ご、ごごごごめんなさい! その、お兄ちゃんたちにあまり負担をかけちゃいけないと思って、ここは文明の利器に頼ろうかと!」

 

「文明の利器にも正しい使い方ってのがあるでしょうが! 頼った結果がこの鉄くずだよ!」

 

「おえんははい! おえんははい!」

 

 

 突如凶行に走った飛鳥の柔らかな餅肌を左右に引っ張り声を上げる。

 調理器具の扱い方くらいは心得ていたはずなのに、キッチンに立った瞬間に料理の腕どころか、常識の把握度合いが乱高下するのは一体どういう事なんだ! 

 キッチン周りに飛鳥の正気度を一気に下限まで引き下げる力場のようなものが発生しているとしか思えないんだが。

 

 

「流石はお姉ちゃん、一筋縄ではいかないようですね⋯⋯」

 

 

 詩音が戦慄した様子で頬に汗を伝わせていた。一筋縄でいかないにも程があると思います。

 だが、最愛の妹が今日こそはと意気込んでいるのだ、兄であり、今回は教官役でもある俺がこの程度で心を折られるわけにもいくまい。

 ここは兄の甲斐性を発揮させる事にして、俺は生暖かく見守りながら、惨状が晒されない程度に最低限のサポートをする事を再度心に決めた。

 

 

「うう、人参がボロボロになっちゃった⋯⋯。色や形はちょっと似てるし、このハバネロで何とか代用を⋯⋯」

 

「予備の人参があるからそっち使いましょうねぇ〜!」

 

 

 最低限のサポートで済むように努力してくれないとどうにもならねえんだからな! 

 

 

 

 

 ──さて、今日の献立だが、実のところそこまで複雑な手順を踏むようなものではない。

 

 米は前もって炊いてあるし、肉じゃがも味噌汁もほうれん草のおひたしも、実際作ってみると工程そのものは実に単純明快である。

 だから⋯⋯。

 

 

「伏せろ詩音ーッ!」

「頭を守って、詩音ちゃん!」

 

 バゴンッ

 

「ひぅっ!? ななな、なんですか今の爆音は!? 何が起こったんですか!?」

「じゃがいもが爆ぜた。いやぁ、当時もあんな感じで爆発してたんだよな」

「懐かしいねぇ」

「二人とも、思い出に逃避しようとしないでください!」

 

 

 だから、まさかここまで手こずるとは思っていなかった。

 肉じゃがも味噌汁も、調理開始から何度か完成間近まで迫ることはあるのだが、そこまで到達した途端に爆発したり突然何処かへ消失したりしてしまう。

 物理法則が目の前でねじ曲がるのは伊織(人型バグ)で慣れていたつもりだったが、俺と詩音があれほど目を光らせていたにも関わらずコレとは。

 また、ほうれん草のおひたしはシンプル極まりない調理工程だったために何とか形にはなったが、完成直後から何やらほうれん草がぷるぷると蠢動しているようにも見える。

 なあに、飛鳥の料理から新たな生命が誕生するくらいは許容範囲内さ! まだいけるまだいける、気張ってこー! 部活動か? 

 

 

「う、うう。ごめんね二人共。全然進まなくて……」

 

 

 食材が再度爆発する様子が見られないのを確認して、詩音に覆い被さるように伏せっていた俺が立ち上がると、隣で同じようにしゃがみ込んでいた飛鳥が申し訳なさそうな表情でそう言ってきた。

 少しヘコんでいるようだ。今の爆発で壁もヘコんだ。

 

 

「気にすんな。正直こうなるのは目に見えてたし、だからこそ、いつもよりスケジュールを前倒しして夕飯を作り始めたんだからな」

 

 

 現在の時刻は午後14時を少し過ぎたくらい。

 普段俺やお袋が夕飯を作り出すのが早くても午後の16時くらいであるので、それと比較すると非常に余裕があるスケジューリングと言える。

 

 

「ですです。それに、何度失敗したって、お姉ちゃんが諦めない限り私たちは見捨てたりしませんから」

「お兄ちゃん……詩音ちゃん……、ありがとう……!」

「感謝するのはまだ早い。未だに壁は高く分厚いままだからな」

「難航しているのは確かですね……」

「うん……。今なら二人が言ってた言葉の意味が分かるよ。台所って、戦場なんだね」

 

 

 それは比喩的な意味であって、普通は料理の最中にこんな集中爆撃を受けた後みたいな様相をキッチンが呈したりはしない。

 しかも爆撃してるのは他ならぬお前だし。

 

 

「打開策が欲しいところだが、俺たちじゃあ何がどうなって兵器錬成(あんなこと)になるのかがわからんからなあ」

「お姉ちゃんは何か聞いておきたいこととかありませんか? ここがわからなくて困っている~、とか」

「うーん……聞きたいこと……」

 

 

 俺が唸り、詩音が尋ねたところで飛鳥が腕を組んで神妙な表情で長考に入った。

 初っ端に見せたミキサークラッシュのようなエラーは鳴りを潜め、レシピ通り常識通りに調理を進めていても料理が消し飛ぶのは、何か俺や詩音には悟ることのできない範囲で問題があるのではないか。

 そうであれば、飛鳥の方から自身が抱えている疑問を解消することで、現状を打開できるのではないか……と俺が考えていたところ、飛鳥が閃いたように手のひらをポンと叩いた。

 

 

「あっ。じゃあ、二人が料理を始めたキッカケを教えて欲しいな!」

「妹に誇れる兄になるため」

「お父さんのためです」

「あっ即答……」

 

 

 考えるまでもない。

 飛鳥にとって誇れる、なんでもできるスーパーマン祐介となるために俺は料理の他にも勉強や運動など、様々な分野で腕を磨こうと努力してきたのだ。

 え? 努力の結果理系科目の成績は壊滅的な上、運動神経は妹に負けてるじゃないかって? いやまあ、誰しも苦手なことの一つや二つあるよね。

 

 

「お兄ちゃんたちと一緒の家に住む前は私とお父さんの二人暮らしでしたから。自分で料理ができると都合が良かったというのもありますし……、お仕事を頑張って帰ってくるお父さんのために、私に何かできることはないかと考えて料理の練習を始めたんです」

「詩音ちゃん……! いい子っ! (はしっ)」

 

 

 俺が誰ともなしに言い訳している間に、飛鳥が詩音の料理を始めたキッカケに感動してその細身を抱き締めていた。なんだか惨めな気分になってきました。

 

 

「で、この質問で何がわかんの?」

 

 

 俺が飛鳥にそう問うてみると、飛鳥は詩音からぱっと離れ、人差し指を立てて自分の中で整理するような口調で語り始めた。

 

 

「んー……。何事も上手くいかないときは原点に立ち返るべしってよく言うでしょ? だから、『飛鳥はなんで料理が上手くなりたいのか?』ってところを明確にすれば、やる気も湧いて集中力アップ! ミスの頻度ダウン! ってなるかなーって思って、参考までに」

「なるほど。技術ではなく、まずは精神面の土台から整えようというワケですか」

 

 

 確かに料理に限らず、心の有り様や目標の有無で出来が左右される物事は星の数ほどあるだろう。

 ただ漫然と向上心を持つよりも、絶対に100点を取る! という明確な目標があればテスト勉強にも身が入るだろうし、〇〇kg体重を減らせたら妹からキスしてもらえる! と言われれば1年間くらい霞を食うような生活も堪え忍べるというものだ。

 

 飛鳥はそういった、自分はこういった理由があるから料理の腕を磨きたいのだ! という動機をハッキリさせることで自身のモチベーションの向上を図っているのだろう。

 

 

「んで、明確になったのか?」

「うんっ。色々考えたんだけどねっ、やっぱり根本はお兄ちゃんや詩音ちゃん、お母さんや光男(みつお)さんに『美味しい!』って言ってもらいたいからなの!」

 

 

 だから、と飛鳥が一息吐き。

 

 

「飛鳥は諦めないし頑張るよ! 飛鳥の料理を食べて家族のみんなに笑顔になって欲しいもん!」

 

 

 晴れやかな表情でそう宣言した後、「もちろん、もう中学生なんだからいい加減料理くらいできるようになりたいって気持ちもあるけど……」と、はにかむ飛鳥だったが、正直俺にはその姿はあまり見えていなかった。

 

 

「あ、あ゛ずがァ……! よぐぞごごまで立派になっで……! お゛っ、お兄ちゃん、感無量でェ……!」

「お姉ぢゃん゛ッ、私は感激しまじだ! 最初にお姉ちゃんが料理の練習をしだいと言った時にそれを否定した私が恥ずかじい……! 私を殴ってください……!!」

「殴らないよ!? えっ何!? なんで二人とも泣いてるの!?」

 

 

 感激のあまり前が見えねェ。

 

 幼い頃から面倒を見てきた飛鳥がここまで成長し、なおかつ自分たちのためにこんなにも努力してくれているのだという事実に涙が止まらず、瞬く間に俺の顔面はびっちゃびちゃに濡らして潰したパンみたいな有様になる。

 フラフラと飛鳥に歩み寄りながら昭和のヤンキーみたいな要求をしている詩音も同様であり、とても他所(よそ)様には見せられないようなへちゃむくれ顔を晒していた。

 

 飛鳥のこんな決意を聞いてしまったら、今回の料理を失敗で終わらせることなどもはや許容できるはずもない。

 俺と詩音はひとしきり感涙に咽んだ後、互いに顔を見合わせてその意志を確かめるようにこくりと頷いた。

 キッチンが破損したら後で直せばいいし、家にある食材がなくなれば買い足せばいい。

 

 何としても時間内に美味しい料理を飛鳥の手で完成させられるよう、サポートを尽くすのだ。

 

 

「やるぞ飛鳥。再チャレンジだ」

「まだまだやれますよお姉ちゃん」

「う、うん。でもまだもう少し聞きたいことあるから……なんで二人揃って飛鳥の頭を撫でるの?」

「「慈しんでる」」

「はへぇ」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 飛鳥からの質問に答え終わった後は心機一転、心持ち新たに俺たちは夕飯の調理を再開した。

 

 

「じゃあ最初は肉じゃがのじゃがいもと人参の乱切りからだな。ミキサーは使うなよ。それにハバネロは人参の代用にはならない」

「ピーラーで可食部すべてを削ぎ落としちゃめっ、ですよ。あと包丁は両手持ちして上段に構えるものではありませんし、人参を一本丸ごとフライパンに放り込んではいけません」

「あはは、いくら飛鳥でもそんなミスしないってば」

「全部お前が一度犯そうとした、あるいは犯したミスだぞ」

「…………」

 

 

 おい、無言やめろ。

 

 ガッチリ口を噤んだまま、何度も繰り返したためかさすがに手馴れた様子でじゃがいもと人参の皮を剥いた後に、飛鳥は慎重な手つきでまな板の上で包丁を握り、食材を切り出した。

 

 

「お、お兄ちゃん。猫の手ってこんな感じであってる?」

「うむ、バッチリだ」

「よ、ようし。んしょ……んしょ……詩音ちゃんっ、乱切りってこんな感じでいい?」

「チョベリグですお姉ちゃん」

「えっなんて?」

 

 

 逐一俺たちに確認を取りながら作業を進める飛鳥の姿はまるで幼子のようであったが、それだけに絶対に失敗しないよう、本気で努めているのだということが伝わってくる。

 今のところ俺と詩音は調理器具を用意したり、最小限のアドバイスをするのみに留まっており、飛鳥が独力で遂行できる調理工程の範囲が着実に広まっていっているのを実感した。

 

 

「次は玉ねぎと豚肉ですね。お姉ちゃん、生肉を切った後のまな板はそのまま使ってはいけませんからね」

「うん。バイ菌があるもんね」

「その通りです。よくできましたね(なでなで)」

「えへへぇ」

「どっちがお姉ちゃんだっけ?」

「飛鳥だけど?」「お姉ちゃんですけど?」

 

 

 こと料理中に関してはとてもそうは見えないのだ。

 それはそれとして、飛鳥は玉ねぎと豚肉もぎこちないながらも確実な包丁捌きでカットを終え、順調に次の工程への進むこととなった。

 メモにとっておいた肉じゃがのレシピを読み、飛鳥は調理器具が入った引き出しから底が深めのフライパンを取り出す。

 

 

「えーと、豚肉を先に炒めるんだよね。なんで野菜と一緒に煮込んじゃだめなの?」

「豚肉を生のまま煮込むと肉汁が外に全部出ちまうから、表面を焼いて旨味を閉じ込めるんだよ。実際そんなに味が変わるのかはわからん」

「アバウトすぎじゃない?」

「本人の知識は割と適当でもレシピに忠実なら料理はできる。緊張感を持ちつつ気楽にいけ。オーケー?」

「なんか難しい~……」

 

 

 渋い顔をしながら豚肉に火を通していく飛鳥。

 パチパチ跳ねる油に飛鳥が怯えたり、跳ね飛んだ油が俺の頬に直撃して悶えたりしてる間に豚肉にうっすら焼き目がつき始めたので、野菜をフライパンの中へ投入した。

 この時に油を野菜の方にも回るようにして炒めることで、煮崩れ防止とコク出しの効果があるのだそうだ。

 俺がお袋から肉じゃがの作り方を教わった際に自慢げに語られた知識だが、本人も料理動画を観て学んだことなので理屈はわからないと言っていた。わからん……何もわからん……。

 

 そんなわからん尽くしの工程を進めた後、水と顆粒だし、酒を混ぜたものを注ぎ入れるのだが。

 

 

「お姉ちゃん、ちゃんと分量は計りましたか? 煮物は染み込ませる汁で9割方決まりますからね」

「ちゃんとレシピ通りにしたよ! でもなんかこれ、水とか少ないんじゃない? もう5リットルくらい追加した方が」

「大丈夫です! 途中で『この調味料入れすぎじゃない?』とか『もっと塩振っても良くない?』とか思うのは分かりますが、そこで踏みとどまらないと大抵悲惨なことになるのです!」

 

 

 味見をしながら微調整のために調味料を足すのはいいが、慣れないうちに味見もしないまま己の裁量に任せると基本えらいことになる。

 かといって、味や汁の量にも人それぞれ好みはあるだろうし、この辺のレシピと自分の感覚を臨機応変に擦り合わせられるかどうかというところに出るのが、いわゆる調理センスだと思う。

 

 しかしその辺りの感覚はまだ飛鳥には掴み切れていない部分だろう。今回は素直にレシピに従い分量通りに投入。5分ほど経ち煮立ったところで灰汁(アク)を取り除き、加えて砂糖、しょうゆ、みりんを注ぎ入れて落し蓋をした。

 ここからまた弱火で30分前後じっくりと煮込んでいく。

 

 

「あとは様子を見ながら待つだけですね」

「この間に味噌汁を作ろう。飛鳥、わかめ戻してくれ」

「がってん!」

 

 

 やたらと威勢よく返事をした飛鳥が、前もって用意しておいたパックの中から5人分の量の乾燥わかめを取り出し、水を溜めたボウルの中に放り込む。

 見る見る間に乾燥わかめは水分を吸収していき、当初よりも何倍もの大きさに瑞々しく膨らんでいった。

 

 

「爆裂寸前の飛鳥の料理みたいだな」

「そうですね」

「縁起でもないこと言わないでよ!?」

 

 

 

 

 

 その後、原因不明の発光をしているものの、決死の味見の結果問題ないと判断し味噌汁の調理も終了。残るはいよいよ肉じゃがの行く末を見守るのみとなった。

 数多の失敗と挫折を味わいながらも遂にここまで到達した。俺たち兄妹は祈るようにしてコトコトと小さく音を立て続けるフライパンを凝視している。

 祈るようにというか、実際飛鳥は祈っていた。両手を合わせ拝む飛鳥の後頭部に垂れるポニーテールもまた、悲願の成就を祈るかのように前後に揺れている。時々明らかに彼女の頭髪が意思を持っているように見えるのは気のせいなのだろうか。

 

 

「あ、そろそろでしょうか」

 

 

 詩音の呟きに呼応するように、落し蓋の隙間から蒸気が吹き出てきた。

 試しにフライパンの蓋を開けてみれば、大量の湯気とともに煮汁の良い香りが鼻腔(びくう)をくすぐる。

 色味の方も丁度良く見えるので、味の方はどうだと、もっとも煮汁の染み込みにくいじゃがいもを菜箸で割ってみるよう飛鳥に促した。

 

 

「固さはどうだ?」

「……やわっこい……!」

「これも味見をした方が良いですが……、その、気をつけてくださいね? 胃袋の内部から破裂なんてしたら洒落では済みませんから……」

「あふっ、おいひい、です!」

 

 

 詩音の警告もそこそこに、即座に割ったじゃがいもを口内に放り込んで、唇をハフハフさせながら上々の出来を報告する飛鳥。ここまでくるとさすがに豪胆だ。

 俺と詩音も飛鳥の勇姿に倣い、それぞれじゃがいもを頬張ってみる。

 

 

「うまい……!」「おいしいです……!」

 

 

 十分に染み込んだ煮汁のコクと、ジャガイモ自体の旨味が非常に良いバランスで釣り合っている。

 固すぎず煮崩れせず、ホロホロと溶けるように口内で砕ける食感もまた絶妙であり、総じて美味しくできていた。

 

 

「お兄ちゃん。これで……!?」

「完成だ! よく頑張ったな飛鳥!」

「いぃやったぁー!!」

 

 

 菜箸を置き、その場で飛び跳ねて歓喜する飛鳥。

 要所要所で俺や詩音がサポートしていたのは事実であるし、危なかっしい部分も多分にあったものの、レシピを確認して食材を用意し、俺たちに助言を乞いつつ調理器具を扱い、最後まで料理を完成させたのは紛れもない飛鳥である。

 ある時はオムライスを爆発させ、ある時はつくね団子を爆発させ、ある時は肉じゃがを爆発させていた飛鳥はもういない。

 確かに今、飛鳥は料理の世界において、ひとつ上のステップへと歩を進めたのである。

 

 

「…………(ダバダバダバ)」

 

 

 隣を見やると、詩音が満面の笑みで踊る飛鳥を眺めながら感極まったように静かに涙を流していた。姉の健闘を称える言葉を投げかけようとしても、それらがすべてクソデカ感情に押し流され喘ぎ声へと変換されてしまっているようだ。

 狭い空間の中、俺を挟んで高低差で風邪を引くレベルで感情が二分されていた。こんな時どんな顔すればいいの? 笑えばいいの? 

 

 俺が迷っていると、笑顔を浮かべながらも目の端にうっすらと涙を浮かべた飛鳥が、懐の中から何やら毒々しい色合いをした液体が入った小瓶を取り出しつつ一言。

 

 

「飛鳥本当に嬉しいよ! 最後の仕上げに、伊織さんからもらったこの『ナンデモオイシクナール』を加えるね……!」

「「やめろ!!!」」

 

 

 なんだかんだ効果ありそうだけど! 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ただいま~♪ あら? いい香りがするわね~?」

「これは……肉じゃがの香りでしょうか? 以前千歳さんが作ってくれたものと同じ香りがしますね」

 

 

 玄関の扉が開かれる音がしたかと思えば、我らが父母のそんな話し声が聞こえてきた。どうやら二人で揃って帰宅してきたらしい。

 その瞬間、先ほどまでソワソワと落ち着かない様子でソファに腰掛けていた飛鳥がバッと立ち上がり、疾風の如き素早さで玄関の方へ駆けて行く。

 同じソファに座って文庫本を読み耽ったり、スマートフォンを弄ったりと思い思いに時を過ごしていた俺と詩音は、そんな飛鳥の様子を見てクスリと微笑む。

今晩の食卓は、一際賑やかなものになりそうだ。

 

 玄関前の通路とリビングとを繋ぐ引き戸が開かれ、お袋と光男さんの二人が顔を覗かせた。

 

 

「おかえりなさいっ、二人とも! あのねあのね、今日の夜ご飯はね───!」

 

 

 

 

 

 





いかがでしたか?

飛鳥は一応中学三年生という設定なのですが、こうして書いてみるとあまりにピュアすぎて小学生くらいなんじゃないかと我ながら思います。数年越しに書くとこうして過去の設定に首を締められたりもするのです。
ちなみに作中の肉じゃがのレシピは私が普段作るものをそのまま流用しています。生姜を入れるレシピも結構メジャーなようですが、私は苦手なので絶対に入れません(断固)。
豚肉の生姜焼きなんかは好きなんですけどね。何が違うんでしょう。

それでは今回はこの辺で。ありがとうございました!


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お兄ちゃんの運動不足解消週間・1 ←NEW!


おはこんばんちわ、御堂です!

大学生になって運動系の部活動に所属しなくなった上に、リモート授業の普及によりいよいよ運動不足が極まって体重の増加や体の節々の痛みに喘いでいた頃の苦しみをネタとして出力したのが今回のお話です。すごい後ろ向き。

それではどうぞ〜!




 

 

「お゛ッ゛! ゛」

 

 突然ふくらはぎから足首辺りにかけて爆ぜるような激痛が走った。

 

 握り潰されたカエルのような声を上げながら、俺は手に持っていたスマートフォンをカーペットに取り落とし、そのまま身体の方も崩れ落ちてフローリングの床に横転する。

 脚部の筋肉の致命的な部分がズレて、それが元に戻ろうとしないような感覚が続き、その間激痛が同じ箇所を苛む。 いてててて。

 

 

「ど、どうしたのお兄ちゃん!? すごい声して転がったけど……!」

 

 

 俺が悶え苦しんでいると、無様に転がったままの俺を、飛鳥が心配そうに覗き込んできた。

 俺は藁にも縋る思いで、どうか、最愛の妹が俺を救ってくれることを願いながら、自身の身に起こったことの詳細を告げた。

 

 

「……足、攣った……!」

 

 

 

 

 

「運動不足なんじゃないの?」

 

 

 数分後、俺が涙目になりながら足を攣ったときの対処として腱を伸ばしながらふくらはぎをマッサージする姿を、呆れたように眺めながら飛鳥が言った。

 運動不足とはこれまた異なことを。

 俺は日々健康的な生活を心がけて毎日徒歩で通学し、妹と一秒でも長く触れ合うために部活動には所属せず、帰宅後は読書やゲーム、妹たちとの触れ合いに勤しみ、休日は映画を観たり料理を作ったり基本的に家の中で妹たちとの触れ合いに勤しんだり───。

 

 思った以上に日々の中で運動している記憶がなかった。運動不足かもしれない。

 今後、今回のように足を攣るのがクセになったり、将来運動不足が祟って激太りしたりしてはたまらないので、どうにかして解消したいものだが。

 

 

「今さら運動系の部活動に入る気にはならんしなあ」

 

「別に運動部に入らなくたって運動はできるでしょ? 飛鳥を見なよ、いつでもピカピカの健康体!」

 

 

 そう言って部屋着の袖を捲り上げ、自慢げに力こぶを作ってみせる飛鳥。一見すると華奢なように見える細腕だが、よくよく注視してみればしっかりと筋肉がついている。きめ細やかな肌にもハリがあり、綺麗な小麦色に焼けていた。

 なるほど、まさしく健康優良児といった感じだ。

 

 

「飛鳥は部活には入ってないんだっけ」

 

「え? ううん、料理研究部に入ってるけど……、お兄ちゃんにも話したことあったよね?」

 

「いや、作中では言ったことはない」

 

「さくちゅー……?」

 

 

 飛鳥は中学校では料理研究部に所属している。

 週に2日、多いときは4日ほどの頻度で活動している部活であり、その日その日に作る料理やテーマを決めた上で、放課後に調理を行う。

 飛鳥やとある一件で縁を持った彼女の同級生である九条(くじょう)莉奈(りな)の話によると、部活メンバー全員で市の料理コンテストに参加したり、文化祭には販売商品を調理したりすることもあるようで、活動の幅も広く、充実しているようだ。学校においても飛鳥の料理の腕は相変わらず(婉曲表現)と聞いている。

 決して後付けの設定ではない。

 

 

「詩音ちゃんも文芸部に入ってるけど、規則正しい生活してるから健康だもんね。お兄ちゃんとは違うよ、お兄ちゃんとは」

 

 

 やだ、飛鳥ちゃんお兄ちゃんに冷たい……。

 ちなみに我らが妹の詩音は休日の今日、友達と遊ぶ約束をしていたとのことで家にはいない。たいへん結構なことだが、俺のメンタルを癒してくれる子が周囲にいない。つらい。

 

 

「なんかいい感じに楽に運動不足解消する方法ってない?」

 

「楽にって言ってる時点でもうダメな気がするけど……。毎朝ランニングしたり、適度にストレッチとかすると結構効くみたいだよ?」

 

「ああ……」

 

 

 そういえば光男(みつお)さんがよく風呂上がりにストレッチを行っていた気がする。なんでもかつてギックリ腰をやって地獄を見て以来、欠かさず行うようにしているのだとか。

 思い返してみると、我が家でも運動不足解消のために行動を起こしている人は結構いたようである。なんなら一番不健康なのは俺かもしれない。これは早急になんとかしなければ。

 

 

「ね、ね、どうするっ? 明日から飛鳥と一緒に早朝ランニングしてみる? きっと気持ちいいよー、朝日浴びれちゃうよー?」

 

 

 心なしか高揚した様子で誘ってくる飛鳥を見て、俺も奮起する。

 頼れるお兄ちゃんとしての威厳を失わないように、ここらでひとつ心も体もギュッと締めておく必要があるだろう。

 

 

「ああ、頑張ろう! 明日……、いや3日後……うん、来週! 来週から張り切っていこう!」

 

「…………」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「飛鳥ちゃんからの要請を受けたので、今日より祐介クン改造週間を開始しまーす! はい拍手ー!」

 

「「いえーい」」

 

「飛鳥ぁぁぁぁぁッ!?」

 

 

 翌日。

 その日の授業を終えた俺は、放課後になった途端にいつの間にかジャージ姿に着替えていたクラスメイトである伊織、八雲、笠原の三人に突如拘束された挙句、学校敷地内のグラウンドまで連行されていた。

 嘘だッ! あのお兄ちゃん想いの飛鳥がそんなこと言うはずがない! 嘘だと言ってよ、イオリィ……。

 

 

「誰がイオリィなのさ。それに、飛鳥ちゃんは祐介くんが運動不足で怪我したりしないようにボクに頼んできたんだよ? これ以上ないほどお兄ちゃん想いじゃんか」

 

「だとしてもお前に頼むのは人選ミスだと思う」

 

「死ぬほどシゴいてあげるから覚悟してね」

 

 

 両手を組み神に祈ろうとしたが、腕ごと胴周りをロープで拘束されているためにそれは叶わなかった。ちくせう。

 

 

「祐介。別にそこまで心配する必要はないぞ?」

 

「か、笠原……!」

 

 

 絶望して天を仰いでいた俺の肩に手を置き、爽やかな笑みを浮かべるのは笠原だ。

 肩に置かれた腕は丸太のように太く、長袖のジャージの上からでもわかるほどに大きく、それでいて引き締まった肉体はまるで鋼。先述したメンバーに俺を加えた4人組の中で、もっとも身体能力で優れているのは間違いなくコイツだろう。

 以前余興で石炭の塊を超握力で握り込んで、ダイヤモンドにしていた事例もあるし。身体能力がどうとかいう次元ではないと思う。

 

 それはともかく、笠原ならば身体の作り方に関しても一家言あるだろうし、突飛なイベントなように見えて、もしかしたら割と綿密かつ健全な運動不足解消のための計画が組まれていたりするのかもしれない。

 そんな希望を抱いた俺に笠原は告げる。

 

 

「たった一週間だ。たった一週間で……祐介は俺と同じ領域(ステージ)に立てる」

 

 

 人智を超えた過酷な特訓を予感して即座に命乞いをしようとしたが、死の恐怖で喉が詰まりそれは叶わなかった。ちくせう。

 

 

「殺さないで……。これからは毎日真面目に運動しますから……。夜ふかしとかもやめますから……」

 

「……大丈夫だよ、楠くん。2人のストッパーとして私がいるから……」

 

「ホンマに?」

 

 

 はらはらと涙を流す俺を慰めるように呟く八雲。

 相変わらずの優しさに胸の奥が温かくなるが、ひとつ疑問がある。

 

 

「お前なんでそっち側なの? 八雲も毎日ゲーム三昧で運動不足でしょ。俺と一緒に地獄を見ようよ」

 

「……一週間で笠原くん並の体格になるのは遠慮したい、かな」

 

 

 俺だってなりたかないが? 

 

 

「はいはいはーい! みんなお話はそこまで! そろそろ今回のイベントのコンセプトを説明しまーす」

 

 

 俺が八雲を睨めつけ、その視線から八雲が逃れようと明後日の方向に顔を逸らしていた中、伊織がパンパンと手を叩きながらそう宣言する。俺の命の灯火が消えかねないのにイベント扱いしないでよ! 不謹慎でしょ! 

 

 

「えー、今回のイベント開催の発端として、最近の祐介クンの運動不足が非常に深刻であるにも関わらず、祐介クン本人に改善の意志が希薄であるという飛鳥ちゃんの報告があります」

 

「実妹ちゃん曰く、部活動には入らない、かといって自発的に運動はしない、義妹ちゃんと引っついたまま離れない、体が固い、義妹ちゃんと一緒にお風呂に入ろうとする、実妹ちゃんに調理器具を握らせてくれないなど問題点は多いらしい」

 

 

 問題点の半分くらい運動不足関係なくない? 

 この後も数分ほど、楠祐介という人間がいかにダメダメなお兄ちゃんなのかが柊たちによって長々と語られた。イベントのコンセプト説明ってこんなところに尺取るものだっけ? ここいる? 

 急速に自分の目が死んでいくのがわかる。早く本題に移ってくれないだろうか。

 

 

「──などなど。そういったダメっ子祐介クンの問題点の解決のために! こうしてグラウンドの一角を借りて! 祐介クンの運動不足を解消する特訓メニューの実施を企画したのです! 褒めて! ボクの頑張りを褒めて!」

 

「えらい! さすがだぜ伊織!」

 

「……頑張ったねぇ」

 

「最高だ伊織サン! 俺の拘束を解放してくれたら一際キュート!」

 

「まだだめです」

 

 

 まだだめですか。

 

 俺が下半身に力を溜め、ロープが解かれた瞬間にその場から逃げ去る体勢をとっていたことにはとっくに気づいていたのか、伊織に足枷を装着させられた。ここからどうやって運動しろと言うのか。

 俺たちは現在グラウンドの一角で会話しているわけだが、少し離れた場所では野球部や陸上部の生徒たちが熱心に部活動に励んでいる。誰も彼もが真剣に練習に取り組むその光景には感心させられるが、誰か一人くらい俺のこの姿を見て助け舟を出してくれたりしないのだろうか。練習に熱中しすぎて気づかないのだろうか

 

 

『『『…………(サッ)』』』

 

 

 違うなコレ? 全員関わり合いになりたくないからってこっちの惨状を見て見ぬフリしてるな? 奴らの血は何色なのか知りたくなったが、俺も彼らの立場だったら多分見て見ぬフリしてただろうなあとも思いました。まる。

 それはそれとして諦め切れないので、波打ち際に打ち上げられた魚みたいな体勢で俺がピチピチしながら救助を求めていると、伊織が半眼になりながらかがみ込んで語りかけてくる。

 

 

「祐介クン、いい? 運動不足っていうのは実際のところ本当に危ないんだよ? ひどい怪我だってするかもしれないし、生活習慣病の原因になっちゃうかも」

 

「うむ……」

 

 

 正論である。

 

 

「そうなったら飛鳥ちゃんや詩音ちゃんも悲しむし、それはお兄ちゃんとして祐介クンが望むところじゃないよね?」

 

「おう……」

 

 

 的を射ている。

 

 

「それに何より、半端な体力と反射神経でいると、ボクと遊んでいるうちに死んじゃうかんね」

 

「お前この先どんな場所に俺を連れ回そうとしてんの?」

 

 

 どれだけ俺の運動神経が半端であったとしても死の危険性がある遊びをしようとするんじゃあない。

 だが、まあ、しかし。

 俺の運動不足がそこまで深刻かどうかはともかくとして、飛鳥や彼女から連絡を受けた伊織はそれなりに俺の身を案じて今回の企画を行ったのだということは理解ができた。それにしたってこんなガチガチに拘束までしなくたっていいんじゃない? と思わなくもないですけどね? 

 俺も腹を括るべきなのだろう。

 

 

「あの、じゃあ……頑張ります。お願いします」

 

「よろしいっ! 特訓メニューは万事この伊織ちゃんに任せなさい!」

 

「おう! 筋トレなら任せろ!」

 

「……ほどほどに頑張ろうね」

 

 

 あれだけゴネたにも関わらず、実に明るく応えてくれる3人。この3人の表情を失望で染めてしまわないようにするのが、俺ができるせめてもの努力であろう。

 

 

「ところで本当に八雲はそっちでいいの? 本当に?」

 

「……ど、どうにかして道連れを作ろうとするのやめようよ……」

 

 

 失望でなく、俺と同じく疲労で表情が歪む分には仕方ないんじゃないかなと思う。とにかくだれでもいいのでどうにかして同じ立場に引きずり込みたいのだ。

 

 

 

 

「じゃあまずは軽めの運動から始めようか。いきなり激しく動くと、それもまた怪我の原因になるからね。笠原コーチ、お願いします!」

 

「承った!」

 

 

 メガホンを片手に持ち、ホイッスルを首に掛けていかにも指導者といった風体の伊織からそのような指示が飛んだ。

 指名を受け、ロープと足枷による拘束から解き放たれた俺の前に立ったのは笠原である。どうやら交代制で俺への指導が行われるらしい。

 

 

「祐介も当然、体育の授業の初めとかに柔軟体操はやったことあるよな!」

 

「そりゃあ、まあ」

 

「アレの延長線みたいなもんだ! とりあえずまずは軽めに腕立て伏せ!」

 

「イエッサー」

 

 

 指示には素直に従い、素早く地面に伏せった笠原に倣うように俺も腕立て伏せを開始する。久しぶりに行ったせいか数回立て伏せを繰り返すだけでも中々にキツい。

 

 

「いいフォームだ! 視線は前! 胸は地面に着くまで下げて、2秒間その体勢のままキープしろ!」

 

「イエッサー」

 

 

 笠原の指示自体は非常に明朗かつ的確である。

 俺は笠原の声掛けに応じながら腕立て伏せを続けた。

 

 

「よぅしいいぞ! このまま20回やろう! 1! 2!」

 

「イエッサー……!」

 

「いい調子だ! 今度は片腕を地面から離してみよう! 離した腕は腰の方に当てて、片腕だけで腕立て伏せ! いけるいける頑張れ頑張れできるできる!」

 

「イエッ……サ……!」

 

「そしてそのまま片腕で逆立ち!」

 

「……ィ……」

 

「……すとーっぷ。笠原くん、楠くんがダウンしてる」

 

「え?」

 

 

 ストッパー八雲によってトレーニングが中断された。

 笠原は上腕二頭筋が限界を迎え、グラウンドに倒れ伏した俺を見下ろして困ったように言う。

 

 

「参ったな! 祐介の体力がここまで落ちているとは思わなかった! 軽めの運動で根を上げてるようじゃ先は長いぞ!」

 

「おい、『軽め』の基準を一般人に合わせとけ!」

 

 

 名選手は名監督にあらずという言葉があるが、まさしくその典型たる男ではないか。これ俺が悪いの? 

 序盤から息も絶え絶えである。

 ちょっと前の決意はどこへやら、早くも逃走経路の確認を始めた俺だったが、間髪入れずに次の指導役が俺の傍らへと現れた。

 

 

「まったくカサハラくんは……。虚弱貧弱軟弱脆弱の祐介クンに合わせた負荷にするよう言ったじゃんか。ごめんね祐介クン? 今度はボクが優しく教えてあげるね?」

 

「謝ってるのか煽ってるのかどっちだ?」

 

 

 腹立たしいほどに可愛らしい笑顔で、幼子に語りかけるような口調で名乗りを上げたのは柊伊織。

 返答によってはこの場で血みどろの闘争が幕を開けるような前口上であったが、本人は至ってマイペースに準備を進めていく。

 

 

「一般学生基準で柔軟体操しよっか。はーいまず屈伸から。いちにーさんしー、ごーろくしーちはーち」

 

「いちにーさんしー……」

 

 

 以外にもマトモに柔軟体操が開始された。お馴染みのリズムに従って下半身の関節をほぐしていく。

 普段のエキセントリックというか頭パーというか、とにかく弾けた言動を繰り返す伊織が時たま見せる、こういったマトモな姿はいつ目の当たりにしても慣れないものである。

 屈伸運動に続いて、背筋や肩甲骨、腰周りなど全身に対応するストレッチが満遍なく、あくまで常識的な範囲で行われた。なんとなく身体の動きがスムーズになってきたような気がする。

 

 

「んじゃ次ねっ。座ってー、両足伸ばしてー、体を前にー!」

 

 

 ぺたりと、伊織が開脚した体勢のままピッタリと地面に体の前面をつけて見せてくる。見事な柔軟性である。

 対して俺。

 

 

「ぎぎぎ……!」

 

「? ほら祐介クン、体前に倒してってば」

 

「つーか これが限界」

 

「ウソでしょ!? 初期位置からほとんど動いてないけど!?」

 

 

 開脚からの前屈のストレッチ。

 俺は昔からコレが苦手というか、体がまったく思うところまで伸びない。運動不足の事実がこの柔軟性において、もっともわかりやすく露見していた。先ほど笠原の肉体を鋼と表現したが、俺も関節の可動域の鋼っぷりじゃ負けてませんぜ! 

 

 

「んもー……、ほら、後ろから押してあげるから頑張って」

 

「あででででで! 壊れる! なんか大事な場所が壊れるゥ!」

 

 

 背後に回った伊織が背中に覆い被さるようにして前へ前へと押してくるが、途端にミシミシと人体から聞こえてはいけないような音が聞こえてきた気がする。らめぇ壊れちゃう。

 強引に二つ折りにし続けた結果半ばで千切れる消しゴムのビジョンが脳内に浮かび始めたとき、生命の危機を前にして鋭敏になった触覚が、背中の一点にとある感覚を察知した。

 

 

「んぎぎぎ、ホントに固い……! 祐介クン、ちゃんと倒そうとしてる!?」

 

 

 ふにふにと背中に押しつけられる控えめながらも柔らかいふたつのナニカ。

 IQ53万を誇る俺の頭脳は刹那の間にその感触の正体を導き出し、全力で堪能するべしと全神経へと指令を伝達した。ふーん、運動も結構いいじゃん……。ていうか、超いいじゃん……。

 

 

「……すとーっぷ。楠くん、えっちな顔をしているね」

 

 

 堪能する間もなくストッパー八雲によってトレーニングが中断された。あまりに察しが良すぎる。

 

 

「へ? ちーちゃん、どういうこと?」

 

 

 自覚がなかったのだろう、キョトンとした顔で中断の理由を八雲に問う伊織。

 あとで中古のゲームソフト買ってあげるから内密にしてくれないかな。

 そんな願いも虚しく八雲から耳打ちを受けた伊織は、自分の胸を片腕で隠しながら頬を染め、案外可愛らしい仕草でもう片方の腕で俺の背中をポカポカ叩いてきた。

 

 

「祐介クンの変態っ。カサハラくん、お仕置きのコブラツイスト!」

 

「祐介! 力抜いてろ!」

 

「待って今のは俺だけに非があるわけじゃないと思ひィいだだだだだギブギブギブギブ!」

 

 

 制裁内容はまったく可愛らしくなかった。

 俺の体変形してない? 大丈夫? 

 

 

 

 危うく関節が崩壊して軟体生物に転生するところだったがなんとか生還し、特訓は次のメニューへと移る。

 

 

「じゃあ次はランニングだね。学校の外に出るよ」

 

「ええー」

 

 

 先ほどの腕立てや柔軟体操と比較するとだいぶストレートに疲れる運動が支持された。

 つまり今まではウォーミングアップであり、ここからが本番ということなのだろう。思わず不満が声に出る。

 

 

「えーじゃないの、この期に及んでまったく……。それに、運動不足解消にランニングはすごく効率いいんだよ? 体力もつくし、痩せられるし、一石三鳥だよ?」

 

「ああ。そういえば伊織サンってば最近ちょっとシルエットがふっくらされてき」

 

 

 ぐしゃり。

 

 

「それじゃあ校門前まで行くよ! みんな着いてきてね!」

 

「おう!」「……はーい」

 

「あ゛い゛……」

 

 

 伊織に踏み抜かれた右足の甲の激痛に滝のように涙を流しつつ、軽く体をほぐしながら歩を進める三人の後を追う。

 今から走ろうというところで大幅に機動力を奪われてしまったワケだが、俺はこの先、本当に無事に祐介クン改造週間とやらを生き残ることができるのだろうか。いや、もう無事とは言い難い程度には痛めつけられている気もするが。

 

 一学生が抱えるにはあまりにも大き過ぎる不安感に押し潰されそうになり、俺は雲ひとつない快晴の空を仰いで溜め息を吐いた。

 

 





いかがでしたか?

今回の話はかつて書きかけのままブン投げた残骸を加筆する形で完成させたものなのですが、話の流れとしてはすでに投稿してある『楠兄妹と(普通の)趣味探し』に通ずるものがあるな、と我ながら思いました。
同じような話の展開しか作れないのかコイツは?いや私なんですけどね。

今後はまた真新しい話の展開を生み出せるように尽力します!
それでは今回はここまで。ありがとうございました!


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番外編
ifルート:もしも柊伊織が彼女だったら


どうも、GWに何の予定も入っていない生粋の非リアインドア民の御堂です!
前回のあとがきに記した通り、今回は番外編となっておりますので、本編と違う設定がチラホラ。実は僕は恋愛モノを書くのが少々下手でして、若干くどい部分もあると思いますがこれからまた特訓を積んでいきますので何卒ご容赦を·······。

少し短めですが、どうぞ!



 

〜 茶番 〜

 

 

開口一番に万能魔王こと柊伊織が言い出した。

 

 

「今回のお話ではボクとクスノキくんが恋人同士になるんだって!おめでたいね!」

「初耳なんですけど?」

 

 

コイツは一体何を言い出すのだろうか。コイツの頭のネジが二、三本吹き飛んでしまっているのを加味してもちょっと何言ってるのか分かりませんねハハッ(乾いた笑い)。

 

 

「言葉の通りだよ?まったく、今の若者には一を聞いて十を知る理解力が求められているというのに、クスノキくんは今の説明では理解出来なかったみたいだね」

「えぇー······俺が悪いの······?」

「今回は本編とは関係無い番外編なの!いわゆるifルート!つまり本編に無い設定も出し放題って訳さ!」

 

 

柊がそう言うが、じゃあ今ここにいる俺たちは何なのだろうか。当たり前だが俺に柊と恋人関係になった覚えなど無いのだが。

 

 

「あぁ、そのことなら大丈夫。番外編って言っても要はパラレルワールドみたいなモノだからね。ボクの能力でその世界の映像をお茶の間に流せば良いだけだし」

「しれっと脳内読んだりパラレルワールド云々を操りだしたり、いよいよ本格的に人間辞めて来てるなお前。もう異能バトル系の物語に出れば?何となくお前なら一◯通行(アクセ◯レータ)さんも倒せそうだわ」

「全力出せばあるいは」

「マジでいけるのかよ」

 

 

そんなことをぐだぐだ話していると、突然地面からテレビがニュッと生えてきた。生え方が妙に生物的で気持ち悪い。その上そのビジュアルが何故かブラウン管を使用した厚型テレビ。コレちゃんと映るのん?

俺が訝しげに厚型テレビを見ていると、とことこと柊がテレビに近付いてそれをガッと横から鷲掴みにする。おい、まさか······。

 

 

「それじゃあ映すね!······隠◯の紫(ハーミットパー◯ル)!」

「お前マジでいい加減にしろよ⁉︎ うっわ本当に映りやがった!ちょ、お前流石に盛り過g」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「柊伊織、楠祐介ッ!貴様ら!見ているなッ!」

「うっわビビった。何、いきなりどしたの」

 

 

とある休日。俺が我が家にて四人掛けのソファに座りながらラノベを読み(ふけ)っていると、俺の隣に座って恋愛小説を読んでいた少女······柊伊織が突然やたらスタイリッシュなポーズで虚空を指差しながらそう叫び出した。何事。

 

 

「いきなり俺とお前の名前を叫んで見ているなッ!って······なに、ドッペルゲンガーでも見えたの」

「んー?まぁ、そんな感じカナ?······それよりも祐介クン、そろそろ読書タイムも飽きたよー」

「お前が提案し出したことだろう······伊織」

 

 

······説明が必要だろうか。

あー、まず俺と柊伊織は付き合っている。いわゆる恋人同士、カップル······そういう関係だ。付き合って劇的に何かが変わった訳でもないのだが、あえて一番変わったコトを挙げるのならば。

 

 

「うぅー······最近祐介クンってばボクに冷たい······もっとイチャイチャしようぜー」

「急に抱き着いて来るな心臓に悪い······!」

「ちゅっ」

「首ッ······ええい離れなさい!」

「きゃー♡」

 

 

············伊織(コイツ)からのスキンシップが付き合う前と比べ異様に増加、そして過剰になったことだろうか。

元々告白は伊織からのモノで俺はそれを受ける形だったのだが······付き合い始めてからというものの、まるでそれまで抑制していた何かが爆発したかのように積極的にスキンシップを取ってくるようになっていた。当初は詩音からの嫉妬が酷く、それに真っ向から対立した伊織とで、俺の彼女と義妹が修羅場すぎる。状態だったのを覚えている。

 

 

「······で、今日はどんなロクでもないことを企んでるのかな······い・お・り・さ・ん?」

「最初からロクでもない扱い⁉︎す、少しは彼女を信用してくれったって良いじゃんかー!」

「いや、既に今に至るまでの行動からロクでもない感じがするんだよなぁ······」

 

 

つい30分前に大量の本を携え「今日は気分を変えて読書デーにしよう!」と我が家を訪れた(飛鳥と詩音は伊織が来る前に気を利かせて外出していた。やはり将来は出来た嫁になりそうだ。誰にもやらんがな!)伊織だが、既に飽きてこのザマである。堪え性無さすぎだろ。

こんな謎の行動を取られては怪しまざるを得ないというもの。俺の彼女を見つめる目は既に刑事のそれと化していた。どんな悪事も企みもスケスケだぜ!

 

 

「何も企んでないってば!ただ、そろそろ祐介クンを完全に籠絡してボクだけのモノにしちゃおっかなーって思ってただけで」

「想像以上にロクでもねぇ!」

 

 

瞳を鋭く光らせながら言う伊織から自らの身を抱いて距離を取る俺。何!一体私に何をする気なの!エッチなことする気じゃないでしょうね!エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!

そんな俺の様子を見た伊織は。

 

 

「~〜〜♡♡♡」

 

 

······何故か赤らめた頬に手を当てながらその均整のとれた肢体をくねらせていた。······オイ、まさか本当にR15〜18くらいのこと考えてたんじゃねぇだろうな。

 

 

「まぁ、まずはボクの話を聞いてよ。ほれ、近う寄れぃ近う寄れぃ。何もしないからぁ」

「言動が変態オヤジのそれなんだよなぁ······」

 

 

そう言いながらもソファの上で肩を並べてしまう俺は相当コイツに調教されているのか惚れた弱みなのか何なのか。どちらにしろ自分に対して溜め息が出る。

伊織がコテンと頭を俺の肩に軽くくっつけながら話し始める。あの、何か女の子特有の良い匂いが香って来て集中出来ないんで離れて良いっすかね。

 

 

「いやさー?改めて見ると、何故か祐介クンの周りって物凄く可愛い子が多いじゃん?」

「飛鳥と詩音、そして八雲辺りのことか」

「そこでボクの名前を出さないのは減点だぜぃ」

「え、今の台詞自画自賛してたの?」

 

 

素直に驚く。あんな自然に自分を物凄く可愛い子扱い出来る女子がいるだなんて思いも寄らなかったんですもの。

俺が頰を引きつらせていると。

 

 

「いやいやぁ、別にボクは自分のこと可愛いだなんて思ってないよ?それに、ボクの一人称で自分のことカワイイカワイイ言ってたらキャラ被りしちゃうじゃん」

「誰の話だよ」

「で、話を戻すんだけど」

「ガン無視は心に来ますわぁ」

 

 

淡々と話を進めていく伊織に俺もまた真顔で淡々と返す。しかし内心では仮にも好きな女の子に無視されたことによる心の傷は決して軽いモノではなかったことをここに記す。具体的には頸椎粉砕骨折くらいのダメージ。致命傷じゃねぇか。

 

 

「祐介クンの周りには可愛くて魅力的な女の子が多い!ならさ、その子たちがキミとよくしてることをボクもして、なおかつその子よりもキミを楽しませてあげればキミを独占出来るんじゃないかって思ったわけだよ!」

「三行にまとめると?」

「目指せ!あらゆる女の子の!上位互換!」

 

 

なるほど、したいことは分かった。

 

 

「じゃあさっきの読書タイムも」

「キミ、詩音ちゃんとよく二人で本を読んでるって言ってたしねー。······どうだった?どっちと本読むのが楽しかった?」

「どうも何もただ本読んでただけだったし······お前すぐに読書放棄して絡んで来たし······」

「ぶー。それじゃあ分かんないー」

 

 

頰を膨らませてくる伊織だが、そもそも彼女には恋人として、詩音には大切な家族として愛情がカンストしている。ベクトルは違えど、既に好感度MAXの二人に優劣など付けられるハズもないのだ。

 

 

「まったく。じゃあ次に移ろっか」

「次があるのか⁉︎」

「もちろん!さっきは詩音ちゃんとしそうなことをしたわけだから、次はー······」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「飛鳥ちゃんとしそうなこと······お料理ターイム!」

「はぁ······」

 

 

俺と伊織はソファから立ち上がり、二人揃ってエプロンを身に付け、キッチンの前に立っていた。飛鳥としているのは料理ではなく兵器の錬成とそれの矯正という感じなのだが······大して変わんねぇかな(感覚麻痺)。

 

 

「なるほどな······L◯NEで昼ご飯を少し減らせっつってた理由がようやく知れたぜ」

「ボクの愛が篭った料理をお腹一杯で食べられませんなんて言われた日には、ボクは多分ちょっと涙目になっちゃってただろうからねー」

「メンタルが鋼なのか豆腐なのか······」

 

 

相変わらず色々とよく分からん彼女だ。

俺が少しの間呆れたように笑っていると、伊織がその場でくるんっと回転し、俺に話し掛けてきた。

 

 

「で、祐介クンどぉ?このエプロン、この日のために買ったんだよ?似合ってるー?」

 

 

そう言われたので伊織が着用しているエプロンに視線を向ける。大小様々なマカロンの柄が散りばめられた白を基調とした生地に、黒のフリルが差し色となっている。キュートではあるのだが少し甘さを控えめにしたという印象のエプロンだ。ふむ······。

 

 

「滅茶苦茶似合ってる」

「だろうね!」

 

 

俺の賛辞に全力で胸を張る伊織。やっぱりコイツ自分のこと可愛いとか思ってません?

 

 

「さーて、祐介クンからのお褒めの言葉を頂いたことですし、調理を開始しましょうかー」

「え、何作んの」

「とーぜん、キミの大好きなオムライス(サイズは小さめに調整する予定)だぜ☆」

「······俺の今日の昼ご飯、オムライスだったんだが」

「···················」

「···················」

「······仕方ない、記憶を飛ばすか······」

「ああああそういえばオムライスは先週の昼ご飯だったなー!いやぁ最近記憶の混濁が酷くて困るぜ、だからその金属バットを下ろせ伊織ィ!」

 

 

恐ろしい。明らかに自身の彼氏を見る目じゃなかったぞ今の······金属バットも演技だとは思うが寿命が縮みかねないので止めて頂きたい。

 

 

「材料は用意してあるからねー。祐介クン、玉ねぎと鶏肉お願い出来る?」

「へいへい、こうなったらとことん付き合わさせて頂きますよ······料理自体は好きだしな」

 

 

伊織から玉ねぎと鶏肉のパックを受け取り、それぞれ包丁で微塵切りにしたり一口サイズにしたりする。玉ねぎが目にきます。隣ではウィンナーを輪切りにし、既にフライパンを取り出してバターを入れ始めている伊織の姿が。はっや、材料切ってるの俺なんですけど?

 

 

「ほらよ」

「流石、慣れてるねー」

 

 

まぁ、それでも間に合っちゃうんですけど!俺の主婦力が高くて震える。わぁ伊織の自画自賛癖が感染(うつ)った。

 

 

「じゃあまずは玉ねぎを中火で炒めて······飴色になったら鶏肉とウィンナーをINしちゃうからね」

「米とケチャップの準備も万端だ。卵も既に皿に移して箸で溶かしてある」

「ボクよりノリノリじゃんか」

 

 

いや、やっぱり楽しいよね料理。更に彼女と一緒にするとなると中々にテンションが上がってくる。

······しばらくして、フライパンに入れた米にケチャップが投入され、ケチャップライスが完成した。すると、フライパンを持っていた伊織が一旦IHの火を止めてスプーンでそれをすくい、俺の口元に持って来る。

 

 

「祐介クン、味見してみて?感想が聞きたいな」

「了解。スプーンくれ」

「あーん」

「·················」

「あーん」

「······あーん」

 

 

コイツは······。俺が仕方なく口をその場で開けると、そこに伊織がケチャップライスをひょいと入れて来る。ふむふむ、まるで水を吸ったスポンジのような不快で瑞々しい歯ごたえ。咀嚼の度にゴリッ、グシャッとこの歯ごたえからはあり得ないような異音が響き、容赦無く口内を蹂躙していく。味としてはそう、例えるのならば死神たちの舞踏会––––––ごプャっ。

 

 

「美味いぞ、流石は伊織だ(ビクンビクン)」

「ご、ごめん······折角だしフライパンの隅で飛鳥ちゃんのレシピを基にケチャップライスを作ってみたんだけど、やっぱり駄目だったみたいだね······」

「一つのフライパンで別々の料理を作るその技量は評価するが、兵器を遊び半分で錬成するのは止めろ!ぐああああ不味い!否、最早痛い!激痛だ!」

 

 

何てことをしてくれるんだ。最近は飛鳥の料理の特訓に付き合う過程で耐性が付いてきたとはいえ、未だにそのダメージは大きいんだぞ······!まぁ、爆発しない分流石は伊織と言ったところだろうか。

 

 

「ご、ごめんね?責任取って残りの飛鳥ちゃんライスはボクが食べるから」

「!? 待て!それは初心者がみだりに口にして良いモノじゃない、俺が全部食べる!」

「にゃははー、大丈夫だって。実はボク、最近味覚遮断が出来るようになってねー······はむっ」

「あっ」

「···············(バタン)」

「言わんこっちゃねぇ!伊織!伊織ー!」

 

 

フライパンの隅に残っていたと思われる兵器を口に入れた伊織が、そのままその場に倒れた。飛鳥の料理は味がアレなだけでなく、体内に入った瞬間身体機能を瞬く間に蝕んでいくのだ。耐性が付いた俺だからこそこうして手足の震えだけで済んでいるというのに······!

 

 

「······まぁ、伊織だし平気か」

「······愛を感じ、られない······」

 

 

何を仰る、激マジにラブってますよ伊織さん。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「美味いな」

「美味しいね。······飛鳥ライス(さっきの)と比べると、より美味しく感じるよ······」

 

 

軽く涙目になりながら完成したオムライスを()む伊織。空腹は最高のスパイスというが、ここに飛鳥の料理は最高のスパイス論を打ち立てたいと思う。異論がある者はとりあえず飛鳥の料理を食べてもらおう。きっと異論どころか発言すらもロクに出来なくなると思うから。

 

 

「······で、次は?」

「おっ、次もあると分かってたんだねー」

「詩音、飛鳥と来たら次は八雲だろうと推測するのが当然の流れだろうに。ゲームでもすんのか?」

「むー。そう簡単に見抜かれるとそれはそれで残念だねー······程よく鈍感であってよ」

「無茶言うな」

 

 

伊織が少し不服そうな表情でゲームソフトとハード、そしてコントローラーを服の下から取り出した。どうやって入ってたんだ。

 

 

「何やる何やるー?」

「協力プレイ系が良いな。お前と対戦して勝てるビジョンが浮かばねぇし」

「うん、ボクもキミに負けるビジョンが微塵たりとも浮かばないよ。悪いね全てにおいて優秀で」

「今日のお前のその溢れ出る自信は何なの?」

「にひひー♡」

 

 

こんな雑談でさえも心底楽しいと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる伊織。俺はそれに釣られるように薄く笑い、適当に選んだ見たこともないシューティングゲームのディスクに「協力プレイ可能!」と書いてあったので、それをハードに差し込んだ。そして一時間後、

 

 

「撃て撃て撃て撃て‼︎何だこのゲーム、難易度高すぎんだろチクショウ!ボスの耐久度が異常だ!」

「くぅ、テストプレイちゃんとしておくんだった!やっぱり一人で作ると色々(ほころ)びが出てきちゃうね!」

「このゲームお前が作ったの⁉︎」

 

 

伊織が制作したというそのゲームに熱中し、必死にコントローラーのボタンを連打する俺と伊織の姿があった。

システムとしては拳銃やショットガンなどの武器を駆使して敵を倒していくオーソドックスなシューティングゲームなのだが、いかんせん雑魚キャラからボスに至るまで敵の強さが尋常じゃない。しかも何で私服姿の一般人が襲って来るんだよ、ショットガンを片手でぶっ放しながらバク宙する一般人なんていねぇよ。

八雲の指導を受けた俺と最強のスペックホルダーである柊が一時間全身全霊でプレイした挙句、遂に辿り着いたボスキャラである二本の斬馬刀を振り回す巨人相手に攻めあぐねていると。

 

 

「うぐぐ······えーい!製作者を舐めるなよ!こうなったら隠しコマンドの行使だ!」

「隠しコマンド?······うおっ、アレは⁉︎」

「高威力武器がランダムで出現するコマンドだよ!カラシニコフAK47とRPG-7······上出来!祐介クン、拾って!」

「任せろ!」

 

 

突如対ボス戦のフィールド上に生成された銃火器を入手すべく走り出す俺が操作するキャラクター。銃の名前なんざ全く知らんが、伊織が言うのならば強い武器なのだろう。アレならあの化け物も倒せ

 

 

『ゴォアァァァァァァ––––––ッ‼︎(咆哮と共に斬馬刀でフィールドを薙ぎ払う巨人)』

『ガシャンッ(巨人の一撃で小規模の爆発を起こしながら粉々になる武器)』

 

「··················」

「··················」

「··················」

「······え、どういうこと······」

「············落ちている武器にも当たり判定を付けたのは失敗だったカナー、なんて······」

「馬鹿野郎ォ‼︎」

 

 

結局、これからまた40分程チクチクとヒット&アウェイを繰り返しボスを倒すことに成功した。エンドロールが流れた際には二人で抱き合って泣いた程だが、ゲームクリアの達成感よりもゲーム内のきょくの演奏や数十人に渡る登場人物の声も全て伊織が担当していたことによる衝撃の方が大きかったりしたのは内緒だ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「どうでしたか」

「何が」

「読書に料理にゲーム······いやいや、他にも何でも出来るさっ。キミの周りにいる女の子が一緒にしてくれる全てを網羅するボクは······キミを独占するにふさわしい女の子だとは思わない?」

 

 

ゲームが終わった後、再びソファに腰を下ろした柊が、同じくソファに座った俺に身を乗り出しつつ言ってきた。あ、あぁ······そう言えばそんな考えがあったんでしたっけ······。

まぁ、適当にはぐらかすと怒られそうだし、何だかんだと聞かれれば答えてあげるが世の情けとも言う。答えてやろう。

 

 

「妹たちと同じか少し劣るくらいかな」

「シスコンめぇ!」

 

 

俺の言葉を聞いた途端に声を上げながら飛び掛かってくる伊織。俺はそれを躱すことなく彼女の身体ごと受け止め、もとい抱き留める。

 

 

「にゃっ⁉︎」

「躱すと思ったか?馬鹿め、お前からの攻撃を躱したところで追撃が飛んで来るのは読めてんだよ。だったら初撃をこうして受け止めた方が良い」

「そ、そういう問題じゃなくて!」

 

 

ジタバタと俺の腕の中で暴れる伊織を無理矢理胸の中に押し込みながら、ククッと嫌な感じの笑みを浮かべる。

––––––まぁ、口ではこう言いつつも。

俺の中では既にコイツは相当······いや、一番大きく、一番大切な存在となっている。

 

 

普段は飄々(ひょうひょう)として掴めない性格だけど、根は素直で繊細で、こんなに可愛くて。

 

ちょっと独占欲が強めのようだけど、俺のためにここまでしてくれて、精一杯愛してくれて。

 

何で俺なんだ?······そう聞いたことがある。

 

自慢じゃないが、俺はそれなりに出来ることが多い。妹に誇れる兄であろうとがむしゃらに突き進み、それなりに能力を得て来たと自負している。

しかし世の中とは広いモノで、それでも俺より遥かに優れた万能超人はいるし、容姿のみに焦点を当てれば、ぶっちゃけ俺よりイケメンな奴なんて学校の中にも沢山いる。

 

なのに何で俺を選んだのか、と。

彼女は一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、いつものイタズラっぽい笑みではなく、何かを懐かしむ様な優し気な笑みを浮かべて言った。

 

 

「–––––––祐介クンだから、カナ?」

「······んぁ?どういうことだよ」

「別にボクは何でも出来るから、顔が良いからキミを選んだ訳じゃないよ?まぁ、何ていうか、口では説明し辛いんだけどさ––––––」

 

「キミの全部が好きになっちゃったんだよ。良い所も悪い所も、何もかもぜーんぶ、ね」

 

 

だから何にも出来なくても顔が福笑いみたいでもボクはキミのことが大好きー♡(口でちゃんと「はぁと」と言っていた。何なんだよ)と、そう言って朗らかに笑った伊織の姿は未だに記憶に残っている。······それを聞いて吹っ切れたのだろう、俺はその時に誓ったのだ。

 

これから何があろうとコイツのことを好きであり続ける。伊織の全てを好きになって、愛してやる。······と。

 

 

まぁ、こういうのはわざわざ決意することじゃないと思うんだが······と、そこまで長々と記憶を辿った所で、俺の腕の中に収まっていた伊織が静かになっていることに気付いた。どしたん?

 

 

「······あぅ······」

「? どうした伊織。体調が悪いのか?」

「いや······違くて。ちょっとすっごい照れ臭いというか何と言うか······ね?」

「············まさかお前、俺の脳内読んだ?」

 

 

いやいやまさかまさか。流石にあの中で俺の脳内を読む余裕なんか無かったハズですし。何よりあんなポエミーな回想を読まれてたら羞恥で生きていけなくなる「············(こくん)」チクショオォォ––––––––––––––ッ‼︎

 

 

「殺してくれ!もういっそ殺してくれぇ!」

「お、落ち着いて祐介クン!その、結構嬉しかったよ?うん。いやー、愛を感じたナー!」

「死体蹴り止めろ‼︎」

 

 

やだもう恥ずかしい!うわぁぁぁんもう最悪だよぉこのまま消え失せたいよぉもうお前帰れよぉ!

 

 

「······一生愛してくれるの?(ニヤニヤ)」

「楽しみ始めてんじゃねぇよ!」

 

 

––––––これからしばらく俺は最愛の彼女にイジられ続けることになるのだが······それはまた、別の話。

 

 

 




いかがでしたか?
僕は自分で書いた文に何かむず痒さを感じて軽く悶えてました。男の悶え姿とか誰得ですかぁ。
これからも本編では設定上どうしても書けないストーリーなど番外編で書くかもしれません。このifルートを続投するのもアリですね、恋愛描写の練習したいですし(自分本位)······なんて。

では、今回はこの辺で!感想待ってます!


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