もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら (天星)
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異なる伝説の始まり
プロローグ


初めましての人は初めまして。
既に会った事のある人はお久しぶり。

今回は神のみを大胆にいじってみました。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。


 亡霊対策室長、ドクロウ・スカールはかつてないほど悩んでいた。

 悩んでいたというより、どうすれば良いか分からずに途方にくれていた、というのが正しいか。

 

 彼女は、()(たま)隊と呼ばれる組織の幹部である。

 そして、ある理由から一人の悪魔を駆け魂隊に入れようとしている、と言うか入れなければならないのだが……それには大きな障害があった。

 駆け魂隊とは、地獄から脱走した悪魔の罪人の魂……駆け魂を捕縛する為の組織である。

 駆け魂は人間の心の隙間に逃げ込むので、捕獲が極めて困難である。

 心の隙間を埋める事で駆け魂を追い出し、そして捕縛する。

 心の隙間を埋める行為は原則として人間の協力者(バディー)にやってもらうので、悪魔の主な仕事は協力者へのアドバイスと駆け魂の捕縛だ。

 で、駆け魂隊に入れなければならないある一人の悪魔、『エリュシア・デ・ルート・イーマ』なのだが……捕縛に必須の道具である『勾留ビン』を使う事ができないのだ。

 彼女は落ちこぼれの部類ではあるが、それだけなら何とか強引に入れる事もできるのである。しかし勾留ビンが使えないのは致命的である。

 捕縛ができない状態で駆け魂を追い出しても意味が無い。また他の人間の心の隙間に隠れるだけだ。

 それだけならまだ良い、いや、良くは無いが……最悪の場合は力をつけた駆け魂が実体化して復活する事も考えられる。

 ……捕縛だけは他の悪魔にやらせる? いや、勾留ビンが使えないとバレたら一発でクビだろう。

 

(どーすりゃいいの、コレ……)

 

 故にドクロウは悩んでいた。

 何の解決策も無いまま数時間が経過し……彼女は決断した。

 

「そうだ、ビリーズブートキャンプでも見て気分転換しよう」

 

 まさかの棚上げである。丸投げでないだけマシか。

 彼女が使っているテレビは特別製で、人間界の電波をも受信している。

 チャンネルを切り替えてビリーズブートキャンプを探す。

 彼女の外見はマントを羽織った骸骨であり、鍛える必要も痩せる必要も微塵も感じないのだが……そこは本人にしか分からない問題があるのだろう。きっと。

 

「……あれ? やってない?」

 

 どうやら特番で潰れているらしい。

 若干イラつきながらも適当にチャンネルを回す。

 

「…………!!」

 

 そして、一つのチャンネルで止まる。

 

「そうか、この手があったか!!」

 

 その後いくつか調べ物をし、計画に修正を加えていく。

 

「……よし、これで完璧だ!」

 

 つい今しがた作成した書類を持って、彼女は部屋を駆け出した。

 

 

 

 つけっぱなしのテレビには何かの歌番組が流れていた。



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01 彼らの出会い

何故、予約投稿では秒の単位が指定できないのか?
まぁ、仮に秒単位を揃えて投稿したとしても記録に残らないんですけどね。


 僕の名前は桂木(かつらぎ)桂馬(けいま)、6月6日11時29分35秒生まれの17歳だ。

 好きなものは、女子だ。

 これまでに9999人もの女子を攻略している。

 

 現在のターゲットは『羽鳥ゆう』。高校生、緑の長髪、若干ツンデレ。

 それ以上の情報は……攻略中に探っていくさ。

 

『あんた、誰?』

 

 最初はこんな連れない態度を取るが、そんなのはすぐに無くなる。

 

『バッカじゃないの? ベーだ』

 

 徐々に、そして確実にイベントをこなしていく。

 

『どうしてここ、分かったの?』

 

 君の行動なんて全てお見通しさ。

 

『わ、私……あなたの事が好き!』

 

 攻略、完了だ。

 これで10000人目のヒロイン攻略達成。

 自らの力に背筋が寒くなるようだ。

 

 

「ゲームは楽しいかい? 桂木くん?」

 

 ん? 何だ? 人がせっかくエンディングの余韻に浸っていたというのに。

 僕は手元のPFPから目線を外して声のした方向を向く。

 

「担任さまの授業より楽しいものがあるのかい? あ゛ぁ?」

 

 ああ、そう言えば授業中だったか。どうでも良い事だが。

 

「すいません、話があるならセーブポイントまで待ってくださ

 

バシィィィン!!

 

 

 

 

 

 

 

「どうして殴るんだ。授業中にゲームやっていても誰の迷惑にもならないだろう」

 

 改めて自己紹介だ。

 僕の名前は桂木桂馬。

 好きなものは女子。

 但し、二次元に限る!!

 3D女なんて、理不尽で不条理な存在だ!

 あいつらは完璧で無駄の無い2D女子を少しは見習うべきだ!!

 例えば……

 

『ねぇ、かのんちゃんが今日学校に来てるって?』

『ああ! そうらしいぜ!!』

『サインとか貰えるかな!!』

『バーカ、お前なんかが相手にされっかよ』

『なにおう!?』

 

 うちの学校には中川(なかがわ)かのんとかいう現役のアイドルが居るらしいが、僕に言わせれば下らない存在だ。

 リアルアイドルはゲームアイドルには絶対に敵わない。

 アイドルとは夢の体現であるべきだというのに、奴等はどうしても劣化する。

 年を取るし煙草吸ったり不祥事を起こしたり、しまいには聞きたくもないような暴露話を始めたりする!!

 所詮それが奴等の限界だ!!

 ……しかしうるさいな。登校してくるだけで騒がしくなるなんてやはりリアルアイドルはダメだな。

 仕方ない。屋上にでも行くか。あそこなら静かにゲームできるだろう。

 

 

 

 

 うちの学園の屋上は一応告白スポットになってるらしい。

 滅多に人が寄り付かないからある意味当然とも言えるな。

 まったく、現実(リアル)の恋愛の何が良いのやら。

 まあそれはさておき、ここなら静かにゲームできる。

 二階堂(担任教師)に殴られて授業中できなかった分を取り戻すか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ララ ララ ラララ~ラ~ラ~ラ~♪」

 

 私は中川かのん。アイドルをやってます。

 人気は……そこそこあります。

 普段はお仕事が忙しくて学校もあまり来れないんだけど、今日は久しぶりに余裕ができて登校する事ができました。

 出席日数、足りるかなぁ……一応考慮はされてるんだけど、成績も維持しないと親に怒られちゃうし。

 アイドルは大変だ! あははっ。

 人と話すのは好きだけど、ずっと囲まれてるのは息が詰まる。

 屋上は人は殆ど寄り付かないから少し休憩しよう。

 

「あれ? 人が居る」

 

 屋上には先客が居た。

 携帯ゲーム機、確かPFPだっけ? で遊んでるみたいだ。

 こんな場所に居る事に少しだけ親近感を感じて、ちょっと話しかけてみる事にした。

 

「こんにちはっ! この場所を知ってるなんて、キミ、ツウだねっ!」

 

 すると、目の前の男子生徒は少しだけ目線を上げて……

 

「誰だお前」

 

 …………え?

 

「僕は忙しい。話しかけるな」

 

 そう言って、再び目線を落としてゲームを始めてしまった……

 あ、あれ? おかしいな。

 私はアイドルで、でも同じ学校の人に顔も知られてなくて……アレ?

 ……あ、そうだ! きっと緊張してつい嘘を言っちゃったんだね! そうだよね!

 

 ……そう、ダヨネ?

 

 だけど、目の前の男子生徒は何事も無かったかのように平然とゲームをしている。

 そ、そっか。本当に知らないんだね。アハハハハ……

 

 そう思った瞬間、私は反射的に懐からスタンガンを取り出して思いっきり押し付けていた。

 

スバヂィィッ!

「あばばばばばば!!」

 

※黒焦げになりますが、安全なスタンガンを使用しています。

 

「どうして知らないの!? 私はアイドル、アイドルなのに!!」

「な、ななななな何だ!? 一体何だ!!」

 

 同じ学校の人にも知られてない。もしかして、私はアイドルじゃなかったの?

 そんなはずは無い。でも、だけど……

 考えれば考えるほど不安になってくる。そうだ、全部このヒトのせいだ!

 懐からスタンガンをもう一つ取り出す。コレで、タオす!

 

「不安にさせないで、フアンにサセナイデ……」

「ま、ままま待て! せめてセーブを、セーブをさせてくれぇぇぇ!!」

 

 私が2つのスタンガンを振りかぶった、丁度その時だった。

 

[プルルルル プルルルル]

[メールだよっ メールだよっ]

 

 私の携帯からメールの着信音が、男子生徒のPFPからもメールの着信音(?)が鳴り響いた。

 目の前の不安をタオす事と仕事絡みかもしれないメールを確認しようとするアイドルとしてのプライドが一瞬だけ拮抗したけど、私はメールを確認する事にした。アイドルのお仕事は大事だもんね♪

 

「えっと……」

 

貴女の歌を聴かせたい相手が居ます。

彼ら、彼女らの為に、貴女の歌を歌っていただけないでしょうか?

歌ってくださるなら、返信ボタンを押してください。

P.S.無理なら絶対に返信しないように

                ドクロウ・スカール

 

 お仕事のメール? 知らないアドレスだけど……

 でも、私の歌を必要としてくれてる人が居るんだ! よし、歌おう!!

 

 

 ……この時、もう少しよく考えていれば、私のこれからの運命は変わっていたのかもしれない。

 でも、後悔はしていない。これから起こる一連の事件のおかげで、私は大切な人と一緒に居る事ができたのだから。

 

 

 私が返信ボタンを押した途端、急に空が暗くなってゴロゴロ鳴り出した。

 にわか雨? と疑問に思う間もなくすぐ近くに雷が落ちた。

 

「きゃっ!」「おわっ!」

 

 いや、雷じゃなかった。妙な格好をした女の子だ。

 何を言ってるか分からないと思うけど自分でも分からない。

 

「ご契約、ありがとうございます! 神様! 姫様!

 さぁ、参りましょう! 駆け魂狩りへ!!」

 

 

 

 これは、神のみぞ知る別のセカイ。

 本来の物語(原作)とは異なる、別の可能性の物語。



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02 歌姫の役割

 メールの返信ボタンを押したら空から女の子が降ってきた。

 何を言ってるか分からないと思うけど私にも分からない。

 

(お、おい、お前の知り合いか?)

(う、ううん、キミこそ心当たり無いの?)

 

 謎の女の子に聞こえないように小声で話し合う。

 名前も知らない男子のはずなのに、異常事態に直面したせいか妙な連携が成立したみたいだ。

 

(僕に3D女の知り合いが居るわけがないだろう)

(え? う、うん)

(……はぁ、こうしていても仕方がない)

 

 男子生徒は女の子の方を向いて問い質した。

 

「一つずつ整理していこう。

 まず、おまえは何者だろうか?」

 

 確かに凄く気になっていた事だ。空から降ってくるなんて只者ではないだろう。

 

「私、エリュシア・デ・ルート・イーマといいます!

 皆はエルシィって呼んでます!

 地獄から派遣された、駆け魂隊の悪魔です!!」

 

 ………………

 どうやら関わってはいけない人のようだ。

 男子生徒も同じ事を考えたのか同じタイミングで踵を返して屋上の扉へと向かう。

 

「さぁ、仕事しないと! 忙しいなぁ!!」

「今日は木曜か。ゲーム買いに行こう」

 

「あっ、気をつけてください。

 

 

 

 首、取れちゃいますよ?」

 

 

 

 ……え? 今、首が取れるって?

 思わず首に手を当ててみると何か固いものがある。

 これは……首輪?

 

「な、何だこれは!?」

 

 よく見ると隣の男子生徒も首輪がかけられてる。

 

「神様と姫様は悪魔と契約されたんですよ。

 契約書、送られましたよね? 室長のドクロウさん宛てに」

 

 どく、ろう?

 あっ! そう言えばさっきのメールっ!!

 

(もしかして、キミもメールを!?)

(……ああ。凄く心当たりがあるっ!)

 

 悪魔と契約なんて突然言われても信じがたいけど、実際に首輪がつけられてるわけで……

 ど、どうなっちゃうの私たち!? 悪魔の契約ってお金で何とかなるのかな? それとも寿命やら魂を払えとか……

 

「地獄の契約は厳しいので注意して下さいね?

 もし契約を達成できなかったり、勝手に破棄しちゃいますと、その首輪が作動し、首をもぎ取ります」

 

 ……まさかの、命だったよ……

 

「あはっ、あはははは……」

「ふ、ふざけるなぁっ! 早く外せぇぇぇっっ!!」

「だ、大丈夫ですよ! 駆け魂を捕まえれば外れますから!!」

 

 かけたま? そう言えばさっき『駆け魂隊』とか言ってたような……

 

「駆け魂って何?」

「駆け魂とは、地獄から脱走した悪人の魂の事です。

 放っておくと地上で悪さをするので私たちが捕まえて回っているのですが……」

「捕まえたきゃ捕まえれば良いじゃないか。僕を巻き込むな」

「いえ、それが簡単には捕まえられないのです。

 何しろ、奴らは『人の心のスキマ』に隠れていますから」

「心の、スキマ?」

「おいおい、捕まえようが無いだろそんなの?」

「大丈夫です!」

 

 エルシィさんは自信満々に言い放つ。

 

「要は、心のスキマを埋めてしまえば良いんです!

 そして、心のスキマを埋めるには恋が一番っ!

 落とし神様のお力で心のスキマを埋めて下さい!!」

 

 落とし神っていうのは、この男子生徒の事なのかな?

 なんだかよく分からないけど、実は凄い人なのかな?

 

「ま、まてまてまてまて! 僕に現実(リアル)の女を落とせっていうのか?」

 

 あれ? 何か焦ってる?

 

「え、まぁ、ほどほどに、あの、口付け程度で良いので……」

「バカヤロー!!!! お前はとんでもない勘違いをしているぞ!!

 僕が愛しているのは2D女子だけだ! 現実(リアル)の女とは手を繋いだ事すら無いっ!!」

 

 えっとつまり……この男子生徒には心のスキマを埋める事はできなくて、それだと駆け魂が捕まえられなくて、そうなると私たちは……

 ……これって、もしかしなくても絶体絶命?

 

「そ、そんなっ! 何とかならないんですか!?」

現実(リアル)の事で僕に期待するな。そっちの女子に頼んだらどうだ?」

「え、わ、私!? れ、恋愛なんて無理だってば!!」

 

 男の人なんてお父さんとカメラマンの人とスタッフの人とファンの人とくらいしか話したことないし!

 あれ? 意外と多い? でも恋愛は無理だ。

 

「神様、それは無理です」

「何でだ?」

「だって、駆け魂が隠れるのは女性の心のスキマだけですから」

 

 なるほど、それだったら私に出番は無いだろう。

 ソッチ系の趣味の人が相手だったら話は違うかもしれないけど……いや、今は想像しないでおこう。

 ……あれ? ちょっと待って?

 

「あの、それだったら何で私まで契約を? 私じゃ何の役にも立てないと思うけど?」

「歌姫様には駆け魂を出した後の事をお願いしたいのです!」

 

 歌姫ってどう考えても私の事だよね?

 今までそういう風に呼ばれた事は無かったけど……わざわざ訂正させるほどじゃないか。

 

「後っていうのは?」

「本来なら悪魔が専用の道具を使って駆け魂を捕えるのですが、私はその道具を使えないのでその場で退治して欲しいのです!」

「た、退治!? む、無理だよ!!」

 

 私にできる事なんてせいぜいスタンガンで人を気絶させるくらいなのに!

 

「歌姫様なら大丈夫です!

 駆け魂は悲しみや恨みといった負の感情をエネルギーにするので、その逆、喜びや感謝といった正の感情をぶつける事で倒す事ができるのです!

 歌姫様の歌なら、駆け魂を退治できるはずです!!」

「私の、歌で?」

「はいっ!」

 

 メールに書いてあった『彼ら、彼女ら』っていうのは駆け魂の事だったんだね……

 歌うのは別に構わないんだけど……犯罪者相手に歌うっていうのも何か微妙な気分だ。

 

「歌うだけで良いなら、構わないけど……」

「わぁっ、ありがとうございます、姫様!!」

「構わないんだけど……心のスキマから追い出すのは……」

 

 チラリと隣の落とし神様に視線を送ってみる。

 

「無理に決まってるだろ!!」

「そ、そこを何とかお願いします、神様!」

「やるやらないじゃなくてできるできないの問題だっ!

 2D女子の攻略理論が3D女子に通じるわけ無いだろ!!」

「や、やってみなければ分からないではありませんか!!」

 

 いや、どうなのかな? 流石に難しいんじゃないのかな?

 でも、頼れる人がこの人しか居ないというのもまた事実なわけで……

 

「それに、私たちの命もかかってるんです! どうかお願いします!!」

「ん? 『私たち』だと?」

 

 まさか、と思ってよく見てみるとエルシィさんの首にも私たちと同じ首輪が付けられていた。

 っていう事は、駆け魂を捕まえられなかった場合……

 

「………………はぁ、やるだけやってみるか」

「かっ、神様! ありがとうございます!!」

「上手く行く保証なんて無いからな? 失敗しても恨むんじゃないぞ?」

「勿論です、神様!」

 

 う~ん、不安だけど……何もできない人間が言って良い台詞じゃないよね。

 ここは神様に託すしかなさそうだ。

 

「で、ターゲットはどこのどいつだ?」

「えっとですね……」

 

き~んこ~んか~んこ~ん

 

「……続きはまた放課後だ。屋上に集合で良いな?」

「はいっ! お待ちしています!」

 

 ……とりあえず、放課後の仕事に遅れるって連絡入れとこう。




とりあえずここまで投稿。
次回以降は同じ時間に隔日投稿の予定です。


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03 欠陥だらけの世界で

 面倒な事になった。

 リアル女子を攻略しないと僕とあの悪魔とスタンガン女が死ぬらしい。

 何かのドッキリであって欲しいが、そんな事は無さそうだ。

 ……って言うか、あのスタンガン女……

 

『かのんちゃん、昨日のテレビ見たよ!』

「あ、はい! ありがとうございます!」

『今度のライブも楽しみにしてるからね!』

「ありがとうございます、これからも応援して下さいね!」

 

 同じクラスだったのか……

 そして、最近噂になってる現役アイドルらしいな。

 そりゃ歌に自信があるわけだ。何せプロなんだから。

 まあそんな事はどうでもいい。今はゲームを少しでも消化しておこう。

 スタンガンのせいでデータが飛んでないか少々不安だったが、特に問題は発生していないようだ。流石はPFPだな。

 

 

 

 

 

 

 お、同じクラス、だったんだ……

 私、同じクラスの人にすら知られて無かったんだね……

 反射的にスタンガンを取り出しそうになったけど、何とか自制する。

 こんなに人が居る中で暴れたらまた岡田さん(私のマネージャーさん)に怒られちゃうし。

 さっ、今は切り替えよう。勉強しないと!

 ……ん?

 

「…………」ピコピコピコピコ……

 

 神様が授業中ゲームやってるぅぅっ!!

 え、アレ? 誰も何も言わないけど、良いの!?

 

(ね、ねぇ、ちょっと!)

(え? 何? どうしたの?)

 

 隣の席の女子に話を聞いてみる。

 

(あの、神様、じゃなくてあの人、ゲームやってるけど良いの!?)

(え~、あ~、うん。いくら注意しても止めないから先生たちも皆諦めてるのよ)

 

 そうは言っても、いま授業をしてる先生はそういうのに厳しい事で有名な児玉先生だ。

 あんまり登校しない私でも知ってるくらい有名なのに……

 

「こらそこっ! 授業に関係ないトークは慎めっ!」

「あっ、すいません!」

 

 ほら、小声で話しただけで怒られるのに!

 

「んふ~、それではこの間の小テスト返しますよ~。皆出来が悪かったですねぇ~」

「………………」ピコピコピコピコ……

「桂木く~ん、もしも~し、桂木桂馬く~ん……

 桂木ぃぃぃっ!!」

「ん? ああ、はい」

「んふ~イイんですか~? そんなタイドで~?」

「問題ありません、授業と100%両立できています」

「100点取ってりゃ良いってもんじゃねぇぞ! あ゛あ゛!?」

 

 神様の名前、桂木桂馬くんって言うんだ。

 そしてあんなにゲームやってるのに100点なんだ……ちょ、ちょっと羨ましい。

 何か勉強の秘訣とかあるんだろうか? 後で訊いてみよう。切実な問題だから。

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になったので集合場所である屋上へと向かう。

 正直な所、バッくれてゲームを買いに行きたかったが、命がかかってるからなぁ。

 ゲーム本体とそれをプレイする為の命は同じくらい大事だからな。2D女子の記憶であるセーブデータの方がもっと大事だが。

 屋上の扉を開けると、エルシィとかいう悪魔が既に待っていた。

 

「お帰りなさいませ! 神様!」

「メイド喫茶じゃねぇんだぞ」

「? めいどきっさ?」

「知らないなら良い。中川はまだ来てないのか?」

「はい、姫様はまだいらっしゃってません」

 

 もしかして、一般人を撒くのに時間がかかってるのか?

 人気のアイドルだからなぁ……

 

「おいお前、悪魔の力とか何かそんなのであいつをここに連れてこれないのか?」

「そ、そんな無茶言わないで下さいよ! 私にできるのはこの羽衣さんを使って透明化するとか、そのくらいですよ!」

「……十分じゃないか!! さっさとあいつを探して透明化させて連れてこい!!」

「あ、は、はいっ!!」

「あ、おい!! 自分も透明化してから行け!

 部外者がうろついてたら騒ぎになるぞ!」

「は、はいぃぃぃっ!」

 

 あいつ、本当に悪魔なんだろうな……? 凄くポンコツ臭がするんだが。

 

 

 ……数分後……

 

 

「神様! 姫様をお連れしました!」

 

 透明化を解いたエルシィが突如現れる。

 当然、中川も一緒だ。

 

「あの、ありがとね、桂木くん。エルシィさんを送ってくれたんだよね?

 他の人をなかなか撒けなかったから助かったよ」

「ああ。ファンのモブのせいでアイドルに会えないなんて、ゲームじゃよくある光景だからな」

「そ、そうなんだ。

 あれ? 今、私の事をアイドルって……」

「ん、違ったか? お前が中川かのんだろ?」

「わ、私の名前まで! 桂木くん、ありがとう!」

 

 何がありがとうなんだ? と疑問に思う間も無く、何をトチ狂ったのか中川は僕に抱きついてきた。

 

「お、おいっ! 何してんだ、離れろ!!」

「あ、ご、ごめん……

 でも、桂木くんに私の名前を覚えてもらえた事がちょっと嬉しくて」

 

 ったく、これだからリアル女は……

 しっかし、それだけで抱きつくほど喜ぶのか? ファンも大勢居るアイドルが?

 ……何か、コイツにこそ心のスキマがあるんじゃないだろうか?

 

「ああ、そうだ。そこの悪魔! ターゲットの情報を寄越せ」

「あ、はいっ! えっと、確かこの辺に……あった。これです!」

 

 エルシィは懐(?)からタブレットのようなものを取り出して渡してきた。

 一人の女子の顔写真とプロフィールが書いてあるようだ。

 

「この(むすめ)はドクロウ室長がわざわざ私の為に見つけてくれたんですよ!!」

「それって、お前が自力で駆け魂の入った娘を見つけられないからわざわざ自分で探したんじゃないか?」

「そ、そんな事は無いですよ! ……多分」

「あ~、はいはい。

 えっと……『高原(たかはら)歩美(あゆみ)、5月2日生まれ、2ーB所属……』」

「あれ? 私たちのクラスだね」

「そうだな。『血液型O型、身長158cm、体重50kg、陸上部に所属』

 ……はぁ、何て精度が低いんだ。これだから現実(リアル)は」

「せい、ど?」

「ああそうだ! こいつの顔写真を見てみろ!!」

 

 エルシィと中川に写真を突きつける。

 

「? 何か問題でもあるのでしょうか?」

「私も、何も問題ないように見えるけど……」

「まったく、こんな事も分からないのか」

 

 無知な凡人どもに説明してやろうじゃないか。

 

「この高原歩美だが、陸上部であるというのに、

 髪を括っていない!!」

「……はい?」

「あ、あの……髪なんて陸上には関係無いんじゃ……」

「フザケるなーーーー!! 陸上部女は、髪を括ってるもんなんだよーーー!!!」

 

 陸上部女の髪を留めるゴムには、魂が宿るんだ! そんな事も分からないのか。

 

「……ん? あの、桂木くん?」

「何だ?」

「仮に髪を括ってる事が大事だったとして、陸上部として活動してる時に括ってれば良いんじゃないの?」

「むっ、それもそうか……」

 

 大抵の陸上部ヒロインはプロフィール画面で髪を括っているから忘れてた。

 デートの時とかは髪を括ってないヒロインとかも居るからな。陸上部として活動している時に髪を括っていれば認めてやろうじゃないか。

 

「それじゃあ確認してみるか。

 陸上部って事は……この時間はグラウンドか? 屋上から見えるかな」

「羽衣さんの望遠機能を使えば遠くからでもよく見えますよ~」

「その羽衣便利だな」

「一枚欲しいよね」

「こ、これはあげられませんからね!! えっと……はい、できました! 羽衣を透かして見た風景は望遠鏡のように拡大されますよ!」

 

 羽衣を通して屋上を見てみる。

 ……なるほど、よく見えるな。

 羽衣さえあればこのポンコツ悪魔なんて要らないんじゃないだろうか?

 ……いや、決めつけるのはまだ早いか。ゲームではこういうスッとぼけた奴に限って重要キャラだったりするしな。

 

「あっ、見つけた! あそこ!」

「どれどれ……」

 

 グラウンドのトラックのそばにストレッチをしている複数の女子が居る。

 一人はターゲットである高原歩美だな。

 よく目を凝らしてみると何か妙な靄っぽいものが見える。アレが駆け魂なんだろうか?

 

「はぁ、やはり髪は括ってないな」

「も、もしかしたら走る時には括るのかも……」

「いや、現実(リアル)にそんな都合の良い事があるわけ……」

 

 そんな事を言いながらのんびり眺めていたら……

 

 ……髪、括ったよ。

 

 読唇術は身につけてないからどんな台詞を言ってたのかはわからないが、『本気出すぞ~』みたいな事を言っていた気がする。

 

「か、桂木くん、本当に括ったよ、髪」

「そ、そうだな……」

「そ、それじゃあ神様! 早速攻略を始めましょう!!」

 

 はぁ……やるしか、無いんだよなぁ……

 

「まず何から始めましょうか? 神様」

「私にも何か手伝える事はある?」

「そうだな……まずは情報収集だ。

 相手の好みや性格を知らずに攻略する事は不可能だからな」

「とは言っても、どうやってやるんですか?」

「方法なんていくらでもあるだろう。

 例えばクラスの情報通から話を聞いたり……」

「桂木くん、うちのクラスに情報通なんて居るの?」

「…………くそっ、これだから現実(リアル)は!!

 じゃあ仕方ない。彼女の会話から情報を拾っていくか。

 エルシィ、羽衣の透明化、3人分できるか?」

「お任せください!! 3人ならギリギリだけどできます!」

「じゃ、僕達3人にやってくれ。

 その後移動して歩美の会話を盗み聞きするぞ」



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04 下準備

 僕は確かに言ったさ。僕達3人を羽衣で透明化、そして移動して歩美の台詞を盗み聞きする……と。

 確かにそう言った。けどなぁ、

 

「なんで3人でまとまってないといけないんだ! っていうか狭い!!」

「ご、ごめんなさいぃぃ! で、でもこうしないとお互いに見えないし、私、羽衣の複数制御が苦手で……」

「何なら得意なのか後でじっくりと聞きたいねぇ!!」

 

 どうも一つの塊でしか透明化ができないようで、満員電車の中とまではいかずともそこそこ狭い空間に押し込められている。

 さっきから2人の胸が背中に当たってるんだが、何なんだこのマイナーギャルゲーにありがちなイベントは! 僕が攻略しなきゃいけないのはエルシィでも中川でもなく歩美だ!!

 

「それじゃ、飛びますよ~」

「は、何!?」

「え~い!」

 

 そして、羽衣ごとフワッと宙に浮いたかと思うとスッと屋上を飛び出して、凄い勢いでグラウンドの隅へと急降下する。

 

「おわああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

「きゃああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 地面にぶつかる! と思った辺りで急ブレーキがかかり、ゆるやかに着地する。

 

「えへへっ、どーですか!」

「殺す気かぁぁぁぁぁああ!!!!」

「え、だ、ダメでしたか?」

「当たり前だ!! 寿命が縮んだぞ!!!」

「か、桂木くん落ち着いて! 騒ぎになったら大変だから!!」

「う、ぐ、そうだな」

 

 現実(リアル)がクソゲーなのは今に始まった事じゃない。

 ここは理想の住人であるこの僕が手本とならねば。

 

「あ、どれだけ騒いでも大丈夫ですよ! 羽衣さんに沿って小規模の防音結界張ってますから」

「そんな事ができるのか?」

「はいっ! しかも内部の音は出さず、外部の音はちゃんと聞こえるという優れものです!!

 結界術だけは何故か昔っから得意なんですよ!!」

「その結界術とやらでこの狭い空間をどうにかできてれば褒めてやれるんだがなぁ……」

「うぅ~、透明化は羽衣さんの能力なのでちょっとムリです。ごめんなさい」

「はぁ、それじゃ、歩美の近くまで近寄るぞ。ぶつからない程度の距離までな」

「はい!」「うん」

 

 

 

 ……その後、部活の間(数時間ほど)盗み聞きをし続けた。

 全文を書いてるとキリが無いので興味深い情報をかいつまんで説明すると……

 

・陸上部では数日後に大会があるらしい。陸上部のエースである高原歩美も出場するようだ。

・その大会の規模は良い成績を取れば地方紙に名前が載るレベル。結構大きめだと言えるな。

・大きな大会だけあって、学校の選抜メンバーだけが出られるらしい。

 当然と言えば当然だが、もともと出場する予定だった先輩を押しのけて出場するとか。

・最近、歩美の成績は伸び悩んでいるらしい。本人は気にしてない風だったが……正直怪しいな。

 

 あと、これが一番重要な事だ。

 

・歩美は本気を出す時に髪を括るらしい。現実(リアル)のくせになかなか分かってるじゃないか。

 

 こんな所か。ここまでの情報をPFPのキーボードを使って打ち込み、保存しておく。

 この程度の情報なら暗記するくらいわけないのだが、何せ3D女子の攻略は初めてだ。何が起きるか分からないから万全を期すに越したことは無い。

 

「神様! この後はどうするんですか?」

「まずは、応援しまくるぞ」

「おーえん、ですか?」

「ああ、歩美と僕は同じクラスだが、それだけだ。

 まずは僕を認識させる必要がある。

 だから、例えば横断幕とかを使ってもの凄く目立つように応援する!」

「そ、そんな事して怒られないかな……?」

「ああ、まず間違いなく怒られるだろうな」

「え、大丈夫なの!?」

「ゲームではな、好きと嫌いは変換可能なんだ。

 嫌われるようなイベントも、後で絶対に役に立つ。ゲームでは!」

 

 『好きの対義語は無関心』なんて言葉があるが、これがゲームではピタリと当てはまる。

 今は感情の種類を問わずに関心を集めるんだ!

 

「というわけで、横断幕とかを用意するぞ!」

「いや、簡単に言うけどそんな簡単に用意できないよ?

 たまにファンの人から話を聞くけど、作るの結構大変みたいだし」

「何? こういう時はゲームでは普通パパッと作れるだろ! まったく現実(リアル)ってのはプレイヤーに優しくないな」

 

 それじゃあどうするか。何か別の手を考えるか?

 

「あの、神様。私作れますよ。横断幕」

「何っ、本当か!?」

「はい! 羽衣さんを使えば、こ~んな感じで……」

 

 エルシィの羽衣がフワフワと形を変え、大きな布地になる。

 

「何て書きましょうか?」

「そうだな……『がんばれ高原歩美!!』とか」

「『風になれ! 歩美!』とか?」

「『舞高の弾丸!』とか」

「はい、え~っと……できました!」

 

 羽衣の表面の色が変わり、僕達が言った言葉が浮かび上がった。

 

「これなら、歩美様を応援できますね!」

「羽衣すげーな……

 何はともあれ、明日から応援を始めよう」

「私は何をすれば良い? 一緒に応援……っていうのは逆効果だよね」

「そうだな」

 

 アイドルと仲良く応援なんてしてたら余計な騒ぎが発生する上に歩美からの好感度はダダ下がりだろう。いや、そもそも中川が目立ちすぎて僕が印象に残らないかもしれない。

 僕達の目的は応援じゃなくて攻略だ。

 

「とりあえず、横断幕の言葉でも考えててくれ」

「……うん、こんな事しかできなくてごめんね。大変だと思うけど、頑張ってね」

「ああ。やってやるさ」



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05 落とし神の手腕

「ああ。やってやるさ」

 

 桂木くんはそう言ってくれたけど、凄く申し訳ない気分だ。

 でも、恋愛に関しては本当になんにもできない。桂木くんに頼るしかない。

 ……もうちょっと、何か支えられないか考えてみようかな。

 

 ……しかし、何か忘れているような……

 

[♪♪ ♪♪ ♪♪♪~♪~♪~♪~]

 

 あ、電話だ。

 

「はいもしも

『かのん! どこほっつきあるいてるの!!

 遅れるって連絡はあったけど、こんなに遅れるなんて聞いてないわよ!?

 すぐ戻ってきなさい!!』

ブツッ

 

 ……すっかり、忘れてた。

 

「ごめん桂木くん、エルシィさん! お仕事があるから急いで行かないと! じゃあね!!」

「おい待て、エルシィに送ってもらうといい」

「わ、私ですか!?」

「さっきは突然やられたんで寿命が縮んだが……予め分かっていれば問題は無い。

 空を飛んでいけば車とかよりずっと早く着くはずだ」

「そ、そうだね。ありがとう」

「あと……」

 

 桂馬くんは懐からPFPを取り出して起動した。

 

「お前のプライベートなメールアドレスってあるか?

 あるなら口頭でもいいから教えてくれ。連絡手段はあった方が良いからな」

「あ、うん。えっと……」

 

 お仕事用のアドレスはともかく、プライベートの方は迷惑メール対策にランダムな記号を並べてるので暗記はしてない。

 なので、携帯の画面を開いて見せる。

 

「……よし、送ったぞ」

 

[プルルルル プルルルル]

 

 あれ? よく考えたらこれ、初めてのクラスメイトとのアドレス交換だ。

 さ、最初のメールは何て送ろう! い、今から考えないと!!

 

「よし、届いたみたいだな。

 じゃあエルシィに送ってもらって……どうした?」

「あ、うん、何でもないよ!!」

「そうか。じゃ、頼んだぞ」

「はいっ! 姫様は責任持って私が運びます!!」

「……くれぐれも事故らないようにな?」

「も、もちろんですよ!! もし地面に衝突しても対物理結界を展開してるから大丈夫です!!」

「そういう問題じゃねぇよ!!」

 

 ……すこし、いや、かなり不安だなぁ……

 

「中川、やっぱりタクシーか何かにするか?」

「で、できるだけ速い方が良いんだけど、う~ん……」

「……じゃ、また明日な」

「うん。じゃあね」

 

 

 この後、結局私はエルシィさんに送ってもらった。

 テレビ局の前の地面が大きく抉れたけど……見なかった事にしよう。

 

 

 

……その夜……

 

 

 ど、どうしよう、クラスメイトへの初めてのメール!

 とりあえず『これからも宜しくね♪』みたいな感じで良いのかな?

 それともしっかりと『拝啓、桂木桂馬様、この度は……』みたいにした方が……

 桂木くんに全部頼りっきりなわけだから、軽い感じだとダメかな?

 って事は、えっと、感謝の重さを伝える為に『ヨロシクネ』って言葉を100個くらい並べてみるとか。

 それとも…………

 

 

……数時間後……

 

 

 ああでもないこうでもないと悩んでいるうちに夜が明けてしまった……

 うぅぅ……少しだけ休んでから学校に行こう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルシィが空から降ってきた日を攻略1日目とするなら、今日は2日目だ。

 放課後まではする事が無いので、ゲームを消化しておく。

 最近新しいゲームが多いからなぁ。嬉しいんだが時間がいくらあっても足りない。

 いざ! とゲームを始めた時、中川が教室にやってきた。

 

「おはようございます…………」

 

 凄く、眠たそうな顔で。

 あいつ、何かあったのか? まさかエルシィ絡みなのか?

 もしそうなら他人事では済まない可能性もあるわけで……仕方ない、面倒だがちょっと話を聞いてみるか。

 直接声をかけると色々マズいのでメールで。

 

『凄く眠そうだが、何かあったのか?』

 

 送信っと。

 中川の携帯から着信音が響き、慌てて開いている。

 そしてすぐに返信。

 

『なんでもないよ。ただ、ちょっと寝不足で』

 

 メールが届いた瞬間に中川が『しまった!』という感じの顔をしていたが、面倒だったんでスルーして無難な返信をしておく。

 

『そうか。ゆっくり休めよ』

 

 寝不足ねぇ、地獄の契約で命を取られそうになってるストレスとか?

 まあいいか。中川は攻略対象じゃないし、気にする事は無いな。

 

 

 

 

 

 待ちに待った、わけでもない放課後だ。

 今日は晴れているので陸上部の練習は普通にある。

 早速派手に応援……する前に校舎の影で打ち合わせを行っておく。

 

「んじゃ、エルシィ、準備は良いな?」

「はいっ! 神様!」

「中川、まだ眠そうだな、大丈夫か?」

「うん……大丈夫」

「ここから先はお前にできる事はあんまり無い。仕事に行きたいなら行っても構わないぞ」

「大丈夫。また少しだけ遅れるって連絡入れておいたから。

 それに、ここで帰っちゃったら桂木くんに全部押し付けてるみたいでイヤだから」

「……それじゃ、エルシィは横断幕の設置が終わったら中川と一緒に透明化して近くで見ててくれ。あまり面白いもんでも無いだろうけど」

「わっかりました!」

「じゃ、スタートだ」

 

 

 横断幕をこれでもかというくらいに掲げ、その中央に仁王立ちする。

 『応援団長』と書かれたタスキも忘れずに装着する。

 当然の事だが、すぐに歩美はこちらに気づいて真っ赤な顔をしながらもの凄い勢いでこっちに向かってきて、思いっきり蹴り飛ばされた。

 

「ゴフッ!」

「何なのさオタメガ! この恥ずかしい横断幕は!!」

 

 オタメガというのは僕の事らしい。オタクメガネの略だとか。

 脇腹の痛みに耐えながら台本どおりの台詞を紡ぐ。

 

「た、大会も近いので、その、応援を……」

 

 その台詞を聞いた歩美は一瞬だけ驚いたような顔をして、そして……

 次の瞬間には引き千切られた横断幕で首を絞められていた。

 

「何の恨みがあんのよこのっ! ふざけんじゃないわよ!!」

「ギギギッ!!」

「次やったらコロす!!」

 

 言うだけ言って、歩美は練習に戻って行った。

 

「か、神様! 生きてますか!?」

「ゼーハーゼーハー……死ぬかと思った……」

 

 怒るのは想定内だったが、何もあそこまでしなくても良いじゃないか!

 

「ま、とりあえず強烈な印象を与える事には成功しただろう。

 今日は引き上げるぞ」

「了解です!」

 

 

 

[3日目]

 

 今日も懲りずに横断幕で歩美を応援する。

 昨日使った文言は一切使いまわさず全部新しくしている。

 それに気づいてくれれば少しは好感度が上がってくれると思うんだが……

 

「ちょっと! 何でまた居るの! 横断幕止めろ!!」

 

 気づいてないな。あまり期待はしてなかったけど。

 横断幕は止めろ……か。仕方ない。明日は横断幕は止めるか。

 

 

[4日目]

 

 今日は一切横断幕を使っていない。これなら歩美も納得だろう!!

 

「バカヤロー!! 垂れ幕でも同じだよ!!」

 

 まぁ、だろうな。

 

 

[5日目]

 

 今日は大量の幟旗を用意してみたが……

 

「もうムシ、フン!」

 

 ついに無視されるようになったか。

 

「あの、神様、大丈夫なんですよね……? ただ単に嫌われていってるだけのような気がするんですけど……」

「桂木くん、大丈夫なんだよね? きっと大丈夫だよね?」

「あ、ああ。間違いない。順調に進んでいる!」

 

 とは言ったものの、段々不安になってきている。

 ちくしょう、セーブロード不可、バックログ無し、ファーストプレイのみって、どんな攻略だよ!!

 ああ、また胃が痛くなってきた。

 

「ちょっとトイレ行ってくる」

「ご、ごゆっくり」

 

 近くのトイレへと向かおうとするが、その前にグラウンドの方から聞きなれない声が聞こえてきた。

 

 

「ちょっと歩美ぃ、何で走ってるワケ?」

「2年はウチら3年が走るまで待機でしょ?」

 

 あいつらは3年の先輩か。

 ずいぶんとテンプレな後輩イビりだな。

 

「すみません、先輩方は今日は来られないかと思いまして。

 それに、大会も近いですから!」

「聞いた今の? すっかり選手気取りね」

「何でアタシが補欠であんたが代表なのよ! たまたま一回、良いタイムが出たくらいで調子乗っちゃってさぁ!」

「あのっ、罰なら早くお願いします! 本当に 大 会 まで時間が無いので!!」

「フンッ、外周よ! 外周30周!!」

 

 なるほど、あれが歩美に蹴落とされた先輩達か。

 

「う~! イヤな先輩です!

 人間界にも居るんですね! ああいう先輩!」

「地獄にも居るのか」

「ホントに色んな所に居るよね。ああいう先輩」

「ああいう先輩も、実は後輩を気遣うツンデレっていうケースもあるんだが……あいつらはどうなんだろうな」

「え~? 考えすぎじゃないですか?」

「どうだろうな」

 

 

[6日目]

 

 

「桂木くん、今日は何かしないの?」

「昨日は『もうムシ』って言われたから、少し様子を見て時間差でやってみようかと思ってな」

「ふ~ん」

 

 物陰に隠れてグラウンドの方の様子を伺う。

 歩美は校舎の方をチラチラ見ているようだ。

 

「あれ? 応援男は今日来てないね」

「さみしい歩美であった~」

「んなわけあるかぁっ!!」

 

 良かった。これで反応が薄かったらかなり危うかった。

 

「それじゃエルシィ、頼むぞ!」

「はいっ!」

 

 エルシィが羽衣の端を引っ張ると2つのアドバルーンが空に浮かび上がった。

 

「な、何あれ!」

「うわっ、アドバルーン、懐かし~」

 

 反応は上々のようだ。

 

「すみません神様、透明化に必要な最低限の分の羽衣を残したら2コしか作れませんでした」

「一つで充分だよ」

「明日はいよいよ大会ですね!

 私たちの応援でぜひ歩美様を1位に!

 そして、あの先輩達を悔しがらせたいです! とっても!!」

「エルシィさん、先輩に嫌な思い出でもあるの?」

「そもそも一週間応援したくらいで勝てるんだったら僕達がやった程度の応援なら学校が積極的にやりそうだが」

「ちょっと、神様ぁっ!! それじゃあこの一週間は何だったんですか!?」

「分かってないなお前は。僕達の目的は歩美に一位を取らせる事じゃなく……」

 

 

ガシャッ ドサッ

 

 

 僕の台詞を遮ったのは、グラウンドから聞こえてきたそんな音だった。




Q.ケツカッチンでリスケ無理(リームー)なかのんちゃんがどうして6日間も連続で登校できてるの?

A.君のような勘のいい読者は嫌いだよ。

とまあ冗談はさておき、かのんちゃんも攻略の成否に命がかかってるので、何とか強引に登校させてもらったんだと思います。って言うかそういう事にしておいて下さいお願いします!
もしそうなら、岡田さんがもの凄く苦労しそうですけどね……


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06 違和感

前回、本作では初めての感想が届きましたよ。
白犬のトトさん、ありがとうございました!
いや~、ホント嬉しいなぁ~。
他にも感想送ってくれる人が居ないかな~ チラッ
……うん、まぁ、感想出す出さないは人それぞれなので、無理はしないで下さい。
感想が来ればモチベーションは上がりますが、現在はある意味3作同時投稿とかいう狂った事をやってるので更新ペースを上げるのも難しいですし。

それでは、本編スタートです。


ガシャッ ドサッ

 

 そんな感じの物音と、その後に続いて響いた悲鳴が私たちの会話を遮った。

 

「何だ? 誰かが転んだか?」

「桂木くん! あれ! 歩美さんが!」

 

 悲鳴のしたすぐそばでは倒れたハードルと、その側でうずくまる歩美さんの姿。

 まさか、怪我したのかな?

 軽い捻挫であっても陸上選手にとっては致命傷になる!

 自力で立ち上がる事もできないのか、歩美さんが担架で保健室へと運ばれていく。

 

「……あれ?」

 

 何だろう、何か違和感を感じる。

 何か、こう、何だろうなぁ……

 とりあえず、歩美さんを携帯の写真で撮っておく。後で確認してみよう。

 

「姫様、どうしたんですか? 歩美様を追いましょう!」

「うん、分かった」

 

 

 

 保健室の扉のすぐ側で透明化して陸上部の人たちの会話を聞き取る。

 

「ええっ、捻挫!?」

「どうなるの? 大会は明日なのに……」

 

 やっぱり、捻挫しちゃったんだ。

 私たちの目的は歩美さんに大会に出てもらう事ではないけど……

 

「ねえ、桂木くん、どうにかならないのかな……?」

「……ちょっと黙っててくれ。今考えてる」

「ご、ごめん」

「…………」

 

 桂木くん、何を考えてるのかな……?

 私は再び陸上部員たちの話に耳を傾ける。

 

「……ねぇ、あそこのハードルの間隔、ちょっと変じゃなかった?」

「そう言えば……あそこだけ短かった」

「だよね!? そうじゃなかったらすっ転ぶわけないもん!」

「まさか、誰かが動かした?」

 

 ハードルは動かされていた……?

 って事は、誰かが歩美さんに怪我して欲しかったっていう事?

 怪我をさせたかったって事は、大会に出させたくなかった?

 それで一番得する人物は……あの補欠の先輩?

 って事はまさか!!

 ……いや、仮にそうだったとしても攻略には関係無いか。

 歩美さんが怪我して走れないっていう事実は変わらないし。

 

「あの、桂木くん……」

……怪我……先輩……ハードル……応援……

 

 ……ダメだ。聞いてない。

 ……あ、そうだ。あの写真見てみよう。今更何か分かった所でどうにもならないけど。

 

 写真に写っているのは担架に載せられ、苦悶の表情をしている歩美さん。

 う~ん、やっぱり何か引っかかってる。

 服装は陸上部としては至って普通だし、顔も表情以外はプロフィールの写真通りだ。

 アレ? 写真どおり……?

 そうか、じゃあ私が感じた違和感は……

 

「桂木くん。分かったよ」

「……お前も気付いたか。

 どうやら、見えたようだ。エンディングが!!」

「え、え? あの、姫様? 神様?」

 

 私にゲームの知識なんて無いけど……間違いなくこれは凄く重要な事だ。

 私と、そして多分桂木くんも見つけたコレが、心のスキマなのかもしれない。

 

「付いてこいお前たち、駆け魂は今日出るぞ!

 駆け魂を倒す準備は良いな?」

「うん! 精一杯歌わせてもらうよ!」

「じゃあ、今から告白しに行くぞ! その後は頼むぞ!」

「桂木くんこそ、お願いね!」

「任せろ。僕は……落とし神だ!!」



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07 告白

 夕方を過ぎてやや暗くなった頃、歩美はグラウンドへと現れた。

 右手で松葉杖を使っていて、その姿は少し痛々しかった。

 

「どうしたのよ桂木、こんな所で何か用?」

 

 何となく苛立ったような声が飛んでくる。

 まぁ、歩美の事情を考えたら無理も無い。

 

「しかも呼び出しの手紙が乗ってたコレ、何のイヤミ!?

 こんなもの貰って喜ぶわけ無いでしょ!」

 

 僕が用意したのは籠いっぱいのフルーツの詰め合わせだ。

 明日に大会に出る人ならともかく、怪我で大会を断念した人に送るものでは断じて無い。

 でも、だからこそ僕はこれを送った。何故なら……

 

「それを食べて、明日の大会を頑張ってもらおうとゴブッ」

 

 顔面に果物を投げつけられた。人の台詞の最中に投げるなんて、何て非常識な奴だ!!

 

「この足見て言え! 大会なんて出られると思うの!?」

「思うよ」

 

 間髪入れずに答える。

 

「だって、怪我なんてしてないから」

「なっ!!」

「ハードルでこけたくらいで、怪我なんかしないよ」

「っ、走った事も無いくせに! スピード考えてよ!!」

 

 確かに歩美の全力のスピードなら、危険だろう。

 日常生活でもよく壁に衝突してるらしいし。

 だが……

 

「あの時、そこまでスピードは出てなかったはずだよ。

 何故なら、君は全力で走っていなかったからだ」

「な、何でわかっ、そう思うのよ。そ、そんなの……」

「髪、括ってなかった」

「!!」

「本気出す時は、いつも括ってたよね。

 もしかして、最初からこけるつもりだった?」

 

 ほら、髪を括るのは大事な要素だったろ?

 この部分だけでも現実(リアル)の完成度が高くて本当に助かった。

 

 僕の言葉を聞いて観念したのか、歩美は包帯が巻かれた左足をゆっくりと地面につけ、松葉杖を地面に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 私たちは、学校の屋上から二人のやりとりを聞いていた。

 羽衣でできたマイクを桂木くんがポケットに入れているので私たちにも声が届く。

 

「やっぱり、そうだったんだ」

「え、姫様は気づいてたんですか?」

「うん。担架で運ばれてる時の歩美さんの表情に何となく違和感があって。

 その時は分からなかったんだけど、桂木くんの言ってた髪留めが無い事に気づいてから改めて見たら分かったんだ。

 演技で痛がってるって」

「そんな事も分かるんですか? さすが姫様ですね!」

「あはは……」

 

 アイドルという仕事上、演技の仕事もやる。

 私のコーチは厳しい(良い)コーチで、私の演技を撮影したビデオとかも使って悪い所をビシバシ指摘するので、演技っぽさを感じ取れるようになってたみたいだ。

 

 どうしてわざわざ自分から怪我をしたのか、歩美さんの独白が続く。

 

「……これで、良かったのよ。先輩達もこれで大会に出られる。

 先輩達の言う通りだよ。たまたま先生の前で走れちゃって、選手になれちゃってさ。

 でも、ずっと練習しても全然良いタイムが出なくて。

 私なんか、私なんか大会に出ない方が良いんだよ。

 どうして、走れなくなっちゃうのさ。こんなに練習してるのに!

 ……もう、良いの。大会にでてビリになったりしたら、お終いだもん」

 

「一生懸命走ったなら、それで良いじゃないか。

 順位なら、君はとっくに一番を取ってるよ。僕の心の中で」

 

 か、桂木くん、流石にその台詞は無いんじゃないかなと私は思うよ?

 

「ば、バカー! 何キモい事言ってんのよ!! 大体、アンタが変な応援なんかするから! もう、ばかぁっ!!」

 

 歩美さんがお見舞いのフルーツを投げながら桂木くんを追い回す。

 だ、大丈夫なのかなぁ……し、信じて良いんだよね?

 

 しばらく追いかけっこした後、歩美さんが走るのを止めた。フルーツが入ってた籠の底の方を見てるみたいだ。

 

「エルシィさん、籠の底、拡大できる?」

「お任せください!」

 

 拡大してみると、籠の中には新品のスパイクシューズがあった。

 果物を取り除いた時に見つかるようになってたんだ。

 まさか、怒られてフルーツ投げつけられるのも計算の内だったの!?

 

 

「……来て、くれる?

 明日も、応援に来てくれる?」

「う、うん……」

「……ありがと」

 

 そして歩美さんは桂木くんに……

 

 キスを、した。

 

 

 

 その直後、歩美さんの中からナニカが出てくる。

 ドロドロのもやのようなソレは、駆け魂に違いない。

 

「ありがとう、桂馬くん。

 後は私の役目!」

「姫様、グラウンド上空とこの屋上全域に防音結界と対霊結界を張るので、思いっきり歌っちゃってください!」

「分かった!!」

 

 エルシィさんが結界を張ったのを確認してから私は自分の持ち歌を歌う。

 けど……

 

「ぜ、全然効いてないよ!?」

「あれ? どういう事でしょうか……?」

「……もしかして、音量不足?」

 

 狭い部屋ならともかく、これだけ広い空間に音を響かせるのは肉声では難しい。

 しまった、こんな事なら簡易ライブキットを屋上に用意しとくんだった!

 

「えっと、えっと……あ! 思い出しました!」

「何!?」

「コレです! 室長謹製の魔法のマイクです!

 コレがあれば私の結界内部に音を響かせる事ができます!」

「……こんな大事な物、どうして今まで忘れてたの!?」

「す、すみません!」

 

 と、とにかく、これがあれば歌える(戦える)

 

「テステス! よし、ばっちり!」

 

 今渡こそ、歌う!!

 

 私の歌声は結界の中で響いていく。

 

『グォォオオォ!!』

 

 駆け魂は苦しんでいるみたいだ。

 すぐに逃げようとするけど、結界で弾かれる。対霊結界っていうのの作用かな?

 私は歌い続けた。そして……

 

『グオォォォォォォォォ…………』

 

 駆け魂は、消滅した。




本サイトの規約上、歌詞の掲載は禁止されているので、歌うシーンはバッサリ省略です。
ゴメンナサイ。


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リスタート

「……倒した、の?」

「はいっ! 完全に消滅しました!!」

「……良かったぁ……」

 

 安心していると、桂馬くんからメールが来た。

 

下から見てたが、駆け魂は倒せたのか?

 

うん。倒せたよ!

 

良かった。それじゃあ僕は家に帰る。

 

分かった。じゃあ、またね。

 

 携帯を閉じる。

 にしても桂馬くん、返信速いなぁ。私も速い方だと思ってるけど、桂馬くんの方がもっと速い。

 

「エルシィさん、家に帰るので、送ってもらえないでしょうか?」

「勿論ですよ! 今回は本当にお疲れ様でした!

 またお願いしますね!」

「うん。

 

 

 ……え?」

「それでは、参りましょう!!」

 

 さっき、『また』お願いするって言ってた気がしたんだけど……き、気のせいだよね?

 

 あと、今回は家の前にクレーターができた。

 何か少しずつ感覚が麻痺してる自分が怖い。

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、歩美さんは大会に出場してぶっちぎりで優勝したらしい。

 せっかくだから応援に行きたかったんだけど、お仕事の都合がつかなかったので諦めざるをえなかった。

 

 

 

 更に翌日、学校では凄く楽しそうな歩美さんの姿を見る事ができた。

 

「見て見て桂木! 新聞にも乗っちゃったよ!!

 って、あれ? 私、何であんたなんかに話しかけてるんだろう……?」

 

 歩美さんは、攻略の間の記憶を丸まる失っていた。

 他の人たちも桂馬くんの応援は覚えていないみたいだ。

 これが良い事なのか、悪いことなのか、私にも分からない。

 

「高原……優勝おめでとう」

「あ、ども……あれぇ?」

 

 桂馬君は、どう思ってるんだろうな……?

 後で勉強を教えてもらうついでにそれとなく訊いてみよう。

 

「席につけ。HRを始めるぞ」

 

 よし、今は勉強しよう! 留年女子高校生アイドルなんて嫌だからね!

 

「何と、今日は転校生が来る」

「センセー、女子ですか? 男子ですか?」

「女子だ」

 

 転校生が女子だと聞いて男子が騒ぎ出す。

 もちろん桂馬くんは全く気にせずゲームしてるけど。

 

「さぁ、入れ」

 

 あ、あれ? 何だか凄く見覚えがある。

 人違い……じゃないよね? なんだかんだで1週間近く顔を合わせてたんだから。

 

「初めまして! 桂木エルシィです!

 お兄様の桂馬ともども、よろしくお願いします!!」

 

 ど、どどどどどういう事!?

 転入だけならまだしも、桂馬くんの妹って!!

 私は錯乱してるけど、桂馬くんは多分もっと錯乱してる。

 

[ブー ブー]

 

 マナーモードになってる携帯が鳴ったので、開いてみると桂馬くんからのメールが。

 

おいっ、どういう事だ!? 何か聞いてるか!?

あの悪魔は一体何を企んでる!!

 

私にも分からないよ!!

 

分からないか。スマン。後で直接訊いてみる。

 

 男子生徒の質問攻めに遭いながらメールしてきたらしい。器用だなぁ……

 ……ホント、どうしたんだろう、エルシィさん。




とりあえずストックはここまで。
次回の更新は未定です。


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アクマでも妹です!
プロローグ


 僕の名は桂木桂馬。理想(ゲーム)の世界の住人だ。

 不完全で不条理な現実(リアル)との接点など無かった。

 

 しかし、1週間ほど前に事情が変わった。

 地獄の悪魔とワンクリック詐欺のような契約をさせられて現実(リアル)の女を落とす事になっちまった。

 まあ、それは良い。もう終わった話だ。

 

 当面の問題は……

 

「初めまして! 桂木エルシィです!

 お兄様の桂馬ともども、よろしくお願いします!!」

 

 あの悪魔が僕の妹を名乗って学校に乗り込んできやがった事だ!!

 驚きすぎて反射的に中川にメールを送ってしまったぞ!!

 

「おいオタメガ、あんなのどこに隠してたんだよ!!」

「あんな可愛い妹が居るなんて聞いてねぇぞ!!」

 

 僕も初耳だよ。

 ちくしょう、何で僕がこんな目に遭うんだ!!

 

 

 

 

 

 

  ……放課後……

 

 授業が終わると桂馬くんがそそくさと教室を出て、それにエルシィさんがついていく。

 どうしよう、私も一緒に行った方が良いのかな? でもこれ以上放課後の空き時間を確保しようとすると岡田さんに迷惑が……

 

[♪ ♪ ♪ ♪♪♪♪♪~ ♪ ♪ ♪ ♪♪~♪♪ ♪♪♪~]

 

 あ、電話だ。

 

「もしもし? 岡田さん?」

『かのん! 無事!?』

「え? はい」

『良かった。1週間くらい前の爆弾騒ぎ、覚えてる?』

「え? そんなのありましたっけ?」

『テレビ局の前の地面が抉れて、芸能人の誰かを狙ったテロなんじゃないかって、そういう事件があったのよ!』

「え、そうだったんですか!?

 ……あれ?」

 

 テレビ局前の地面の抉れ、凄く心当たりがあるんだけど……

 

『それで、こんどはあなたが住んでるマンションの前に同じような跡があって、あなたが狙われてるんじゃないのかって話になってるのよ!!』

「…………」

 

 岡田さんゴメンなさい。犯人は私なんです。あとエルシィさんも。

 

『そういうわけなんで、今のマンションは危険だわ。今日の仕事もキャンセルよ。

 急遽別の家を用意しようと思うんだけど、すぐには見つからないから今日の分だけでもお友達の家とかに泊まれないかしら?』

「そういう事なら分かりました。相談してみます」

『お願いね。気をつけてね』

「はい、失礼します」

 

 ……どうしよう? 真相を言った方が良かったのかな……?

 でもそうなると理由や手段を訊かれそうだし、悪魔が云々なんて説明するわけにもいかないし……

 ……この秘密は墓まで持っていこう。

 

 それじゃ気を取り直して、誰かお友達に相談を……あれ?

 ……も、もしかして、お泊まりを頼めるような友達って、居ない?

 い、いやそんな事は無いはずだ! だって、メールアドレスの『友達』の欄にも……

 

『桂木桂馬』

 

 ……これしか、無かった。

 どうしよう? 岡田さんに相談するか、桂馬くんに相談するか。

 えっと、えっと……あ、そうだ! エルシィさんの件も聞きたいし、桂馬くんに相談してみよう! よしそうしよう!

 さっき出て行ったばっかりだから、急げば追いつけるかな。



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01 アイドルと妹と

 どういうつもりだ現実(リアル)め。

 僕は極めて友好的に拒絶してやっているというのに!!

 

「か~み~さ~ま~、どうしたんですか神様!

 聞こえてないんですか?」

「桂馬くん、実は頼みたい事があって……」

 

 どうしてこう問題の種を持ってくるんだ!!

 ひたすら無視して家に帰ろうと思っていたが、中川はまだしもこのアクマに特定されるとかなり面倒な事になりそうだ。

 仕方がないので振り向いて怒鳴りつける。

 

「一体どういうつもりだお前ら!

 って言うか何だよ妹って!!」

「あ、やっと反応してくれました。

 今後の駆け魂の撃破をより円滑に行う為に、色々手続きしてきたんですよ!」

「ちょっと待て、『今後の』ってどういう意味だ?

 もう駆け魂は倒しただろ!?」

「いえいえ、この近辺にはまだまだ沢山の駆け魂が忍んでいますから♪」

「お、おいまさか、それを皆倒せって言うのか!?」

「はい♪ ですから、神様といつも一緒に居られるように妹としてこっちに来ました!」

「ちょっと待て、まさか家まで来るつもりじゃないだろうな!?」

「……? こちらでは兄妹は同居しないのですか?」

「お前は妹じゃないだろ!!」

「妹ですよ? 今日から!」

「そうじゃなくて!!」

「だから~」

「だーもう、お前は後回しだ!

 中川! お前は一体何の用だ!!」

 

 頼むからマトモな内容であってくれ。エルシィ1人でも手が焼けるというのに、こんなのが2人に増えたら堪ったもんじゃない!!

 

「実は、一晩だけで良いから家に泊めてほしくて……」

「お前もかぁーーーーー!!!

 お前らまさかグルじゃないだろうな!?」

「そ、そんな事無いよ!? エルシィさんの話、殆どって言うか全部初耳だし!!」

「もうこれ以上現実(リアル)への譲歩などせん!

 家への進出なんぞ、断じて認めるものか!!」

 

 やはり現実(リアル)はクソゲーだ。

 その事を再認識し、どうやって撒こうかと思考を巡らせる。

 ……その時だった。

 

「あら、桂馬じゃないの。こんな所で奇遇ね」

 

 後ろから聞こえてくる、僕にとってはよく馴染んだ女性の声。

 

「あら? お二人は桂馬のお友達?」

「桂馬くん、どなた?」

「お姉様、でしょうか?」

 

 そうか、そう見えるか。でもな……

 

「初めまして。桂馬の母です♪」

 

 うちの母さんなんだよ。

 こうなったら家に上がられるのは防ぎようが無いな。

 はぁ……頼むからこれ以上面倒にならないでくれよ……?

 

 

 

 

 

 

 

「さぁさぁ入って入って!

 桂馬がお友達連れてくるなんて何年ぶりかしら!」

「友達じゃない」

「優しそうなお母様ですね!」

「お前の母じゃないだろ!!」

「お、お邪魔します」

「……はぁ、もうツッコミ疲れた」

 

 桂馬くん、凄く疲れた顔してるな。

 ……半分くらい私のせいなんだけどさ。

 

「改めて、桂馬の母の桂木麻里(まり)です」

「あ、私、エルシィって言います!」

「まぁ、エルちゃんって言うの」

「はい! ここのお父様の隠し子です♪」

 

 空気が、凍った。

 知らん顔してゲームしてた桂馬くんもギョッとして振り向く。

 

「お、オホホ……面白い子ね」

「これ、死んだ母からの手紙です」

「どれどれ……」

 

 麻里さんはにこやかな顔のまま手紙を読み進め、読み終えると電話機に向かいどこかに掛けた。

 

「もしもし? あなた? うん、私よ」

 

 そして、雰囲気を一気に豹変させた。

 

「話、聞かせてもらおうか?

 何の話? テメェの下半身に訊けこの外道!!」

 

 さっきまで凄く温厚そうだったのに、今は鬼の形相で受話器に向かって怒鳴っている。

 

「……うちの母さん、元暴走族だから」

「な、なるほど……それよりエルシィさん? あの手紙って?」

「室長入魂のニセ手紙です!」

「…………はぁ……」

 

 そんな話をしている内に怒鳴り終えたのか、麻里さんが受話器を壁に叩きつけて私たちの所にダッシュしてきた。

 

「桂馬! 父さんの事は忘れな! 奴はもう死んだ!!」

 

 け、桂馬くんのお父さん、勝手に殺されちゃったよ!?

 

「安心おし! あんたら兄妹3人の面倒は私が見るから!!」

「待て待てぇ!!」

「す、ストップ! わ、私は違いますよ!?」

「お前はって言うか両方違うだろうが!!!」

 

 

 

  ~しばらくして~

 

 

 

「それじゃあ、あなたはうちの旦那の隠し子ではない、と?」

「は、はい、そういう、事、です」

 

 異様なテンションになってる麻里さんを何とか宥めて、自分の素性と家に帰れない事情を話した。

 桂馬くんは隙を見てどこかに逃げ出しちゃったし、エルシィさんはそれについて行っちゃったから大変だった。

 エルシィさんについては話してない。って言うか悪魔がどうこうなんて説明しようがない。

 

「にしてもテレビでも有名なあのかのんちゃんがうちのバカ息子と同じクラスだったなんてね」

「アハハ……」

「まあ、そういう事ならいつでもうちに泊まりなさい。4人くらいなら普通に暮らせる広さの家だからね」

「ありがとうございます!

 ……あれ? 4人?」

 

 桂馬くんのご両親と桂馬くん、あとエルシィさんと私? で5人な気が……

 

「うちの旦那は普段は出張ばかりだし、もう少ししたら離婚する予定だから♪」

「あ、アハハハ…………」

 

 桂馬くんのお父さん、とんだとばっちりだよ。

 

「ところで、あの子の学校での様子はどう? いつもゲームばっかりしてるから親としては不安なのよね」

「そ、そうですか……そうですね」

 

 授業中もゲームしてたもんなぁ……流石に小テストの時とかはやめてたけど。

 麻里さんが不安になるのもよくわかる。

 

「どうかあの子と仲良くしてあげてね」

「はい、勿論です!」



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02 妹未満の妹

 全く何なんだどいつもこいつも。

 妹を名乗って家に住もうとしたり、何かよく分からんが一晩泊めてほしいとかほざくし。

 しかもどっちもうちの親が許可したらしい。

 やっぱり現実(リアル)はクソゲーだ!

 

 とりあえず、エルシィには『妹としての()()が甘い』と言ってやった。

 妹が妹足るには3つの最低条件がある。

 まず、血が繋がっている(BLOOD)事。

 次に、家族ならではの思い出(MEMORY)を共有する事!

 そして最後、兄を敬う心(WONICHANMOE)!!

 これぞ、妹が妹である為のBMWだ!!

 そういうわけでどの条件も満たしていない妹未満の奴を受け入れる気は無い!!

 ……と言ったはずなんだが……

 

「神様♪ お夕食をお作りしました!」

 

 何を勘違いしたのか、『妹未満』から『殺人シェフ』にジョブチェンジしやがった。

 逃げようとしても羽衣で拘束されたし!

 

「私、お料理は得意なんですよ!」

 

 と、自称する悪魔が出してきた皿にはグロテスクな魚(?)やら貝(?)やらとパスタっぽいものが乗っている。

 いや、乗ってるって言うかのたうち回ってる。妙な悲鳴も聞こえるし。

 

「三途の川のお魚を使ってるんですよ。こっちに来る前に沢山釣っておいたんです!」

「え、エルシィさん……これはどうかと思うよ?」

「大丈夫です! こっちの魚の2倍はおいしいですから!」

「見た目が五万倍悪いわっ! おごっ!!」

 

 羽衣で無理やり口を開けられ、そのまま皿の中身を押し込まれる。

 こんな所で死んでたまるか!!

 

「おごごごごごごご!!

 ……おご?」

 

 あれ? 意外と美味いぞ?

 

「どうですか? 神様!」

「……何というか……思ったより美味いな」

「でしょう?」

「ええええ!? 桂馬くん大丈夫!?」

「ここで心配するくらいならその前に止めてほしかったんだが?」

「あぅぅ、ごめん」

「……まあいい。どうせ止めても聞かなかったんだろう?」

「そ、そうだけど……ゴメン」

「……ハァ。それじゃ、僕は部屋に戻るから……」

「か、神様! 何か気づきませんか?」

「? 何か?」

「あ~えっと、ホラ、周りを見てください!」

「周り? ……ん?」

 

 部屋が凄く綺麗になってる。

 普段あんまり部屋の中を注意深く見る事ない僕でも断言できるくらいには綺麗になっている。

 

「お気づきになられましたか? 私がお掃除しておきました!」

「掃除ってレベルなのかこれ? 新築みたいにピカピカだぞ?」

「ふっふ~ん、このくらいトーゼンです!

 何せ私、地獄では掃除係を300年やってましたから!」

「「300年!?」」

「はい、この箒さんとも298年の付き合いなんですよ」

 

 見た目は高校生でも通じるくらいなのにな。

 悪魔の成長や寿命は一体どうなってるんだ?

 

「え、エルシィさんって今いくつなの?」

「それは乙女の秘密です♪」

 

 最低でも300歳、と。

 いや、生まれてすぐから働けるとも思えないからもっと上の年齢か?

 まあ、どうでもいいんだが。

 

「なにしろ300年かけて鍛えた匠の技ですからね!

 例えば神様がこぼしたこの食べかす、この魔法の箒さんなら最小パワーで一撫でです!」

 

 そう言うとエルシィは魔法の箒とやらについてるネジを回す。出力調節ダイヤルだろうか?

 って言うか、僕がこぼしたって言うよりお前がこぼしたような……まあどっちでも良いんだが。

 

「行きますよ~」

 

 エルシィが箒で床を撫でる。すると……

 

ズドォォォオン

 

 家の壁が、消し飛んだ。

 いや、壁だけじゃない。壁の向こうの民家まで消し飛んでる。

 

「……おい」

「あ、パワー最大になってた」

「298年の付き合いのある箒じゃなかったのかよ!? どうやったら操作をミスるんだ!!

 このポンコツ悪魔! これをどうしてくれうぐおっ!?」

 

 食べかすどころか民家すら一掃したバグ魔に詰め寄ろうとしたら下腹部に強烈な痛みが襲ってきた。

 誰かに殴られたとかそういう事ではなく、もっと単純な……

 

「け、桂馬くん!? どうしたの!?」

「うぐっ、と、トイレ!」

「え? あ、い、行ってらっしゃい」

 

 

 全力でトイレに駆け込んで用を足す。

 

「だー、チクショウ! さっきのパスタのせいだ! どっちから先に怒りゃあ良いんだ!!!」

 

 ドアの外ですいませんすいませんと頭を下げるエルシィの声が聞こえるが、謝るだけで済む問題じゃない。

 これからこいつと一緒に暮らす? 冗談じゃない! 命がいくつあっても足りない!!

 ……何とか、追い出さなければ……



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合理的な選択

「……どうする、奴を追い出す為に、どうすれば良い……?」

 

 誰にも邪魔されない風呂の中でゲームをしながら作戦を練る。

 あの妹未満殺人シェフポンコツ悪魔を追い出すには、どうすれば良いのか?

 

 ただ単純に家から締め出すのはダメだ。

 うちの母さんには『可哀想な隠し子』って事で通ってるから何の理由も無く居なくなれば探そうとするだろう。

 じゃあ母さんに事情を説明する?

 ……無理だ。地獄だの悪魔だの駆け魂だのなんて説明してもゲームか何かだと思われるだろう。

 じゃあ別の事情をでっち上げる……って、その前に……

 

「……この『首輪』がある以上はどうやっても縁が切れないんだよなぁ」

 

 ドクロウとかいう奴をワンクリック詐欺で訴えてやりたいが、相手は地獄の悪魔だ、日本の、って言うかこの世界の法律なんて通じない。

 契約の破棄なんて事は難しいだろう。

 さっさと縁を切る為に、ベストな選択肢は……

 

パチン

 

「ん、何だ?」

 

 急に電気が消えた。停電か?

 とりあえず窓のブラインドを操作して月明かりを入れる。

 

「あ、明るくしてはダメです!」

 

 何か、()()()()からエルシィの声が聞こえた。

 そして、すぐ目の前にほぼ全裸のエルシィが……

 

「おわあああああ!!!

 お、おおお前! な、何やってんだ!!」

 

 反射的に飛びのいて風呂桶の蓋で体を隠す。

 

「だ、大丈夫ですよ。羽衣を巻いきてますから」

 

 羽衣を巻く? と疑問に思ったが、どうやら羽衣を水着のように体に巻いているようだ。

 半透明な素材な上に風呂のお湯の中に浸かってるので凄く分かり辛いが。

 

「神様、私のせいでお腹を壊してしまったので、せめてお尻でも流そうかと……」

「いらん!! 僕は犬じゃないぞ!!

 そんな事しても妹だなんて認めないぞ! とってつけたような妹イベントばかり繰り出してきやがって!!」

「……とってつけてなんか無いですよ」

「ん?」

 

 何だ? 雰囲気が変わった? さっきまでの軽い感じではなく真剣な感じだ。

 ……少し黙って話を聞いてやるか。

 

「私、お姉さんが居るんです。

 お姉様は何をしても優秀で、まさに悪魔の中の悪魔でした。

 ……それに比べて、私は来る日も来る日もお掃除。きっと一生掃除係なんだろうって、そう思ってました。

 だから、駆け魂隊に選ばれた時はもう死んでも良いって思うくらい喜びました!

 やっとやっと、悪魔として働けるんですから!!」

 

 ……なるほど。決して僕の妹ではないが、妹ではあったんだな。

 優秀な姉と比べられた落ちこぼれの妹、か。ゲームではよくあるキャラ設定だな。

 確か掃除係を300年もやってたとか言ってたな。

 こいつの口ぶりから察するに、掃除係は落ちこぼれしかなれない役職なんだろう。

 底辺でひたすら頑張って、ついに憧れの姉に追いつけるかもしれない役職を手に入れた……か。

 そして僕の積極的な協力があれば、きっと姉に追いつける。というわけだな。

 つまり、僕の選ぶべき選択肢は……

 

「そんな事、知るか」

 

 その台詞を聞いて、エルシィが一瞬『え?』って顔をする。

 フン、僕がそんなありがちな話の雰囲気に流されるとでも思ってたのか?

 さっさと風呂を出て服を着る。

 

「…………うぅ、うぅぅ……」

 

 風呂の中で体育座りして涙を流しているようだ。

 どうでも良い事だが、窒息しないんだろうか?

 

「僕はゲームの世界の人間だ。雰囲気には流されない。

 もっと論理的に正当でなければならない」

 

 エルシィの事情なんて、僕には関係ない事だ。

 そう、全く関係無い。

 ……だからこそ……

 

「論理的に考えて……

 

 ……お前を、僕の妹として認める」

 

「……え? ほ、ホントですか!?」

「残念ながら、これが最善だ。

 僕はお前とサッサと縁を切りたい。

 だが、この物騒な首輪がある限り、お前と縁を切るのは不可能だ」

 

 死んでしまえば可能かもしれないが……いや、悪魔なら霊魂相手でも逃さないのかもしれない。

 とにかく、まともな方法で逃げるのは無理だ。

 

「だったら、駆け魂を追い出しまくって契約を終わらせる。

 その為には、なるべくお前と一緒に居た方が良い。

 だから、妹として一緒に居るんだ」

「か、神様……ありがとうございます!!」

 

 エルシィが抱きつこうとしてきたのでサッと避ける。

 ……そう言えば中川も僕に抱きついた事があったな、何か流行ってんのか?

 ちなみに今のエルシィの姿は羽衣水着ではなく元の服装だ。いつの間に着替えたんだ?

 

「勘違いするな。僕にとって最善な選択肢なだけだ。

 まあ、ついでにお前も良い成績取って、姉ちゃんに褒められたらいいさ」

「神様……私、頑張りますね!」

「ああ。そうしてくれ」

 

 鬱陶しいくらいニコニコしてるなコイツ。

 まあいい。早いうちに次の駆け魂を見つけて……

 

「……ん? そう言えばエルシィ」

「はい? 何でしょうか?」

「次の駆け魂ってどうやって見つけるんだ?」

「……あああ!! 忘れてました!!」

「……おい、また何かやらかしたのか?」

「ああ、いえ、そこまでの影響はありません。……多分」

「……前途多難だな。

 まあいい。何をやらかしたのかキッチリ吐いてもらおうか?」

「え、えっとですね……私が身につけてるこのドクロの髪留めなんですけど……」

 

 ドクロの髪留め……特に気に留めた事は無かったが、確かにいつもついてたな。

 流石に風呂場ではつけてなかったが。

 

「これ、実は駆け魂センサーなんですよ」

「そんなのがあるのか。この街の駆け魂の居場所とかが分かったりするのか?」

「いえ、すれ違うくらいの距離じゃないと反応しないんです」

「また面倒なセンサーだな……で、それがどうしたんだ?」

「地獄から人間界に来るまで、エネルギーの節約の為にスイッチを切ってたんですけど……」

「……今に至るまで切りっぱなしだったって事か?」

「は、はい……」

 

 理解できなくは無いな。ちょっと間抜けだが。

 

「どうせ歩美の攻略中に別の駆け魂が出ても2人同時にやるのは避けたかったし、攻略が終わってからもそんなに時間が経ってないから確かに影響は少ないか」

 

 歩美の攻略が終わったのが土曜の夕方頃で、今は月曜の夜だ。

 まる2日ほどスイッチを入れるべき期間に入れてなかった事になる。

 それくらいなら問題は無い。

 

「で、ですよね!」

「失敗そのものを咎めるかどうかは話が別だが」

「お、お手柔らかに……」

「で、スイッチは入れたのか?」

「ちょ、ちょっと待ってください? ここをこうして……よし!」

 

パチン!

ドロドロドロドロドロドロドロドロ……

 

「……おい、壊れた目覚まし時計みたいになってるんだが?」

「こ、これは、センサーが反応してます! すぐ近くに駆け魂が居ますよ!!」

「すぐ近く……?

 ……お、おい、まさか……」

 

 そこまで僕が言った辺りで、2階へと続く階段から中川が降りてきた。

 

「桂馬くん、何かあったの? キッチンタイマーか何か壊れたの?」

「……エルシィ、頼むから違うと言ってくれ」

「え、えっと……姫様に駆け魂が潜んでます。次の攻略対象は姫様です」

「…………ふ」

「ふ?」

「ふざけるなーー!! 無理に決まってんだろうがーーーー!!!」

 

 僕のエルシィと縁を切る為の戦いは、早くも大きな壁にぶつかったのだった……




ちなみに、神のみ世界では休みは週1のようです。
女神編で休日が1日しか無かったので。


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許嫁の定義と物語性
プロローグ


さて、別の作品も完結したのでこちらを再開します。

ハーティックさん、
ドラレンジャーさん、

感想ありがとうございました!

では、スタートです。


 ~前回までのあらすじ!~

 

 妹となる私を雑に扱う神様。

 だけど、私のデキる妹アピールによりついにデレてくれました!

 ここから私の快進撃が始まるのです!!

 ……と、思っていたのですが……

 

ドロドロドロドロ……

 

 なんと、歌姫さまに駆け魂が。

 一体どうなってしまうんでしょうか……?

 

 

 

 

 

 

「というわけで、どうやらお前の中に駆け魂が居るらしい」

「えぇっと、そのセンサーの誤作動とかそいういうのじゃないよね?」

「どうなんだ? エルシィ」

「今調べてみてますけど、特に異常は見当たらないですね。

 念のため室長に送って見てもらいましょうか? ちょっと時間がかかりますけど」

「いや、そこまではしなくていい」

 

 とりあえず異常が無さそうなら、中川に駆け魂が居るという前提で動いた方が良い。

 駆け魂を放置なんてしていたら……

 

「……あれ? 駆け魂を放置したらどうなるんだ?」

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「悪人の魂だという事しか聞いてないな。だよな?」

「うん、そうだね。何か悪者だから倒そう……ってくらいしか」

「そうでしたか。えっとですね。駆け魂を放置すると育ってゆき、やがて隠れた女の子供として転生します」

「……なんだと?」

「え、エルシィさん、それ、どういう事?」

「だから、宿主の子供として転生します。今回の場合ですと姫さまの子供として……」

「おい止めろ!!」

「へ? あっ!」

 

 中川は体を抱いて震えていた。

 自分の体に悪いものが取り付いているだけならまだしも、それが自分の子供として産まれてくるなんて耐えがたい恐怖だろう。

 詳細を訊いたのは本人だが、サラリと話すような事では決して無い。

 

「大丈夫か?」

「……うん、大丈夫、だよ」

 

 どう見ても大丈夫なようには見えないが、ここで僕が何か言っても効果は薄いだろう。

 今は……とにかく情報を集めるぞ。情報次第で取れる選択肢も変わってくる。

 

「中川、僕はこれからこのアホ悪魔を問い詰めて情報を引き出す。

 駆け魂についての情報、聞くのが辛いなら部屋に戻っていてくれ」

「……一緒に居させて」

「……分かった。辛くなったらすぐに言うんだぞ」

「あ、あの……桂馬くん」

「どうした?」

「あの……手、握ってて欲しいの」

「……」

 

 エルシィがサラリと言ってのけた駆け魂に取り付かれた人間の末路は中川にかなりの衝撃と絶望を与えたようだ。

 しっかりと手を握る。

 それからエルシィに問いかける。

 

 

「エルシィ、駆け魂の潜伏期間はどれくらいだ? どれだけの猶予がある?」

「えっと、そうですね……個体差もありますし、駆け魂が潜んでからどれだけの時間が経過しているかも分からないのでハッキリした事は言えませんけど、妖気が出ている気配はほぼ無いので軽く1ヶ月は大丈夫だと思います」

 

 ……意外と余裕があったな。

 一週間くらいかと勝手に想像してた。

 

「だそうだ。少しは安心できるな」

「……うん」

 

 本当に少ししか安心できないな。

 時間に余裕ができただけで、現状は全く変わってないからな。

 

「駆け魂を追い出す為の手段は……」

「もちろん、『恋愛』です!」

「だよなぁ……」

 

 中川と恋愛かぁ。

 しかし可能なのか?

 恋愛をしなければ死というある意味で打算しか入ってない関係を理解した上での恋愛なんて……

 

「……ん? 待てよ? アレが使えるのか?」

「どうしたんですか神様?」

「中川を攻略する為のルートについて考えていた」

「るーと?」

「お前、ルートも分からないのか。そうだな、折角だから説明してやろう。

 中川、お前も聞いておくと良い」

「え? う、うん。

 ……え? あの、私が聞いても良い事なのそれ?」

「普通なら良くはないが、今回は別だ」

 

 多少は余裕が出てきたかな?

 このまま少しずつでも安定した状態に戻しておきたい。

 駆け魂が追い出せるかは僕の攻略の成否にかかっている。不安を見せないように理路整然と説明して行けば回復していくはずだ。

 

「では、ルートについてだったな。

 本来の意味は選択肢による分岐から発生するグッドエンドルート、バッドエンドルートなどを表す『道』だが、今回僕が言ったのは『ヒロインの属性に依存する定式化された攻略手法』の事だ」

「定式化?」

「ぞくせい?」

「エルシィ、お前はそこからなのか。

 属性ってのは例えば幼馴染属性とか、妹属性とか、アイドル属性とか、攻略ヒロインのキャラ付けの事だよ」

「なるほど! 神様、『び~えむだぶりゅ~』がどうとか言ってましたね!」

「まあそういう事だ」

 

 妹が妹である為の基本条件であるBMWの事だな。

 

「それで、『定式化された攻略手法』っていうのは?」

「キャラの属性次第では同じようなイベントが発生するんだ。様式美と捉えるかワンパターンと捉えるかは意見が割れるがな。

 例えば幼馴染であれば主人公の部屋に入って寝坊してる主人公を叩き起こすだとか。

 他にも色々あるが、押さえておくべき重要なイベントが多数ある」

「……現実じゃ考えられないね」

「だから現実(リアル)はゲームを越えられないんだ。

 他にも、妹属性なら兄に料理を作ったりする。その味は……ケースバイケースだが」

「分かりました! 明日も頑張ります!!」

「お前は頑張らなくていいんだよ!!

 アイドルであれば……そうだな、大団円の直前のコンサートでプレッシャーに耐えきれずに逃げ出し、それを主人公が追いかけて励ますとか」

「いやに具体的だね」

「それが定番だからな」

「うーん、まあいいや。

 それで、私はどうなるの? その『アイドルルート』で攻略されるのかな?」

 

 中川は現役アイドルであり、そのルートに則った攻略が一番分かりやすいだろう。

 だが、今回は違う。

 

「僕も最初はそう思ったが、この状況にもっと適したルートがある」

「……?」

「それは……『許嫁ルート』だ!!」




言葉「許嫁ルート……私の出番ですね。
   理論上最適なルート構築をしてみせましょう」

許嫁という言葉は原作者さんの若木先生の新作から持ってきました。
あれが無かったらこの展開は考えなかったでしょうね。


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01 変則的許嫁ルート

「許嫁?」

 

 桂馬くんがまたよく分からない事を言い出した。

 許嫁って、あの許嫁の事だよね?

 

「疑問に思っているようだな。

 許嫁と言うと婚約者の事なんじゃないか、と」

「うん。どういう事なの?」

「確かに、世間一般で言う許嫁とは婚約者の事だ。

 だが、ギャルゲーの世界では『何らかの理由により恋愛を強制された関係全般』の事を言う」

「恋愛を強制? あっ!」

「現在の僕達の状況は『恋愛をしなければ殺される』という状態だ」

 

 確かに、今の状況は要約するとそういう事になる。

 にしても凄い状況だなぁ……

 

「……しかし、このルートは厳密には今回のケースには当てはまらない」

「えっ? どうして?」

「一部の例外を除くが、大抵の許嫁ルート、より正確には『暴力による強制の許嫁ルート』では恋愛関係を()()()事が目的となる。

 今回の場合は……」

「……本当の恋愛をしなくちゃならない。って事だね」

「察しが良くて助かる」

 

 そうだ、私の中の駆け魂を追い出さなくちゃならないんだ。

 上辺だけの恋愛ではダメなんだ。

 

「まあ安心しろ。違いはその一点のみだ。

 故に許嫁ルートの基本戦術はそのまま使える。

 このルートの肝は『秘密の共有』と『時間の共有』にある」

「『秘密』と『時間』の共有……なるほど。確かに」

「え? どういう事ですかぁ?」

 

 私は(多分)理解したけど、エルシィさんには分かってないみたいだ。

 

「ったく、いいか?

 お互いが嫌々ながらも恋愛関係に見せかけるんだ。

 それは誰にも明かせない秘密であり、お互いに同じ境遇に立たされて同情しあう関係になる。

 これは大きな絆となる。

 また、人の見ている所では何らかの事情が無い限りは常に一緒に居て恋愛関係をアピールする必要がある。

 この時間もまた重要な要素だ」

「はぁ~、なるほど! 分かりました!」

 

 本当に分かったんだろうか?

 私が分かってれば大丈夫だとは思うけど少し心配だ。

 

「そういうわけで、お前には普通の攻略に比べて明かす情報の量が多くなる。

 流石に話せない事も出てくる可能性はあるが……そこは我慢してくれ」

「分かった。桂馬くんに任せるよ」

「安心しろ中川。お前の中の駆け魂を……1週間以内に出してやる!」

 

 堂々と言い切った桂馬くんはとても頼もしく見えた。

 でも、丸投げじゃいけない。私は私のやるべき事を果たさないと。

 

「それで、私はどうすれば良いの?」

「そうだな……できるだけ普通の許嫁ルートの状態に近づけたいから、学校でも家でもどこででも付き合ってるフリをしておきたいんだが……」

「何か問題があるの?」

「2つほどな。

 まず、お前の意志だ」

「どういう事?」

「僕の指示でお前が嫌々やっても意味が無いって事だ。

 そこの悪魔に命令されたとかなら僕とお前は同じ被害者だが、僕の指示でやってもただの加害者と被害者になる」

「でも、恋人のフリをすれば良いだけなんだよね? 私は大丈夫だよ?」

「ホントか? アイドルが誰かと付き合うなんてスキャンダル以外の何物でも無いと思うんだが?」

「私たちの命の方が大事だから、必要なら構わないよ。

 それに、もし駆け魂が育っちゃったら……」

 

 そこまで言ってから駆け魂に取り憑かれた人の末路を思い出す。

 手が、体が震えそうになるけど何とか押さえつける。

 

「……スキャンダルがより悪趣味になるだけだな。

 分かった。とりあえず選択肢には入れておこう。

 もう一つの問題は……お前の中の駆け魂を出した後の事だ」

「後……後かぁ」

 

 確かに、それは問題だ。

 

「あの~、一体何の……」

「エルシィさん、攻略が終わった後は関わった人はほぼ全員記憶を無くしてるみたいなんだけど、それは地獄が何かしたの?」

「はい! 上の方の人が何かやってくれるらしいです!」

「ずいぶんとザックリした言い方だなオイ」

「そう言われましても、私も詳しい事は知らないので……

 あ、でも、最近は節電してるから大規模な改変は厄介だって室長が愚痴ってました!」

「それが分かれば十分だ」

「無理っぽいね……」

 

 高原さんの場合は学校内の話で済んだし興味を持ってた人も限られた人数だったけど、アイドルである私に同じ事をすると日本全国に話が広がってしまう。

 そうなると地獄の手間がもの凄く増えるだろう。

 手間が増えるだけならまだ良いのだけど、記憶の修正漏れとかがあると今後の攻略に差し支える。

 私の中の駆け魂は一刻も早く追い出したいけど、恋愛の演技が必要不可欠ってわけでもないからちょっとやりにくい。

 ……私、割と落ち着いて考えられてるな。桂馬くんのおかげかな?

 

「それじゃあ、付き合ってるフリは無しだ。学校でも普通にしてていい。

 ……って言うか、学校に来れるのか?」

「桂馬くんはどうするべきだと思う? 1週間の半分くらいなら何とかお休みも取れると思うけど……」

「むしろ半分しか取れないのか……」

「ご、ごめん。先週もかなり無理言って時間を作ってたからこれ以上は……」

「攻略云々以前にそれも何とかしたいな。

 おいエルシィ、地獄の技術で何とかならんのか」

「いやいや、どうしろって言うんですか!!」

「そうだな……誰かと誰かがぶつかった拍子に魂を入れ替えるとか、何か奇妙なソフトで人を分身させるとか……」

「無茶ですよ!! いくら悪魔でも魂を入れ替えたり人を複製なんてそんな簡単にできませんよ! 人形を作るならともかく!」

 

 人形、人形かぁ……

 流石に人形を私の替え玉にするのは無理があるだろう。

 地獄の技術なら簡単な受け答えくらいはできる人形でもおかしくはないけど、人と関わる事がかなり多い職業なので少々無理がある。

 

「ったく使えないなぁ……せめて変身したりとかできないのか?」

「そんなのできるわけ……え、変身で良いんですか?」

「ん? ああ」

「だったら不可能じゃありません!

 羽衣さんで髪型とか体型を作って、あとは錯覚魔法をかけちゃえばほぼ別人に成りすませます!」

「そんな事ができるのか。見直したぞ。

 中川、とりあえずこいつに替え玉をやらせて時間を作ろうと思うんだが、それで良いか?」

「う、う~ん…………凄く不安だなぁ……」

 

 エルシィさんが役を器用に演じきる能力を持っているようにはとてもじゃないけど見えない。

 でも、背に腹は代えられないのかなぁ……?

 

「あ、あの~……」

「どうした?」

「変身、って言うか変装ですけど、普通の悪魔ならできますけど、私は錯覚魔法が使えないので……」

「……おい、そこまで言っておいてできないのか!? このバグ魔!!」

「ご、ごめんなさいぃいい!! でで、で、でも、室長に頼めば何とかしてくれるかも……」

「はぁ……それで解決してくれると良いんだがな」

「ご、ごめんなさい。

 とりあえず明日は朝イチで室長に連絡とります。

 室長もお忙しいし、対策を考える時間も考えると……明日の夜までには何とかなると思います!」

「明日の夜か。まぁ問題は無いな」

「そうだね。本当に対策ができるならだけど」

「とりあえず替え玉の件は明日夜まで保留だ。

 で、それまでの行動だが……中川、お前は明日は仕事に出ろ」

「え? 大丈夫なの?」

「ああ。そしてエルシィは透明化してそれに付いていけ」

「え? どういう事ですかぁ?」

「替え玉になる前に少しでも見ておけ。

 付け焼き刃の知識で大したことはできんだろうが、何もしないよりはマシだ」

「な、なるほど! 分かりました!!」

「って流れで行こうと思うんだが、大丈夫か?」

 

 あえて文句を言うならエルシィさんが替え玉っていうのがかなり不安だけど……まあ、何とかなるかな。きっと。

 

「私もそれで良いよ」

「よし。じゃあ頼む」

 

 私が明日すべき事はいつも通りにお仕事を頑張る事。

 それが終わったらまた集まって……

 

「……あ、そうだ」

「どうした?」

「もしかして、攻略期間中はずっと家に泊まった方が良いのかな?」

「それは……確かに。許嫁ルートならアリだな。そうしてくれ」

「分かった。じゃあ何とかしておく」




奇妙なソフトで人が分身するのは悪魔じゃなくて天使の能力な気がするけど気にしてはいけない。

エルシィは原作では錯覚魔法を使えると思われます。
本作でどうするか迷ったんですが、結局使えない事になりました。

許嫁ルートに関する考察は割と適当です。あまり当てにしないでください。
あと、我こそは廃神だ! というゴッドギャルゲーマーの方がいらっしゃいましたら是非ともご教授下さい。


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02 魔法少女の誕生

 朝起きたら中川が僕のベッドに潜り込んでいた。

 ……なんてベタなイベントは起こらず、普通の朝を迎えた。

 とりあえずPFPを手に取り、プレイしながら居間に降りる。

 

「あ、おはよう桂馬くん」

「おはようございます! 神様!」

 

 居間に着くと既に全員が食卓に着いていた。

 

「ああ。おはよう」

 

 適当に返事をして席に着く。

 テーブルに置かれているのは至って普通の料理だが、食べるのが面倒だな。もう点滴で良いよ。点滴で。

 

「こら桂馬! しっかり食べなさい!!」

 

 しかし面倒な事にこの家に点滴は無いし、食事を取らなかったら母さんが怒る。

 仕方がないので適当に飲み込む。

 

「こら! ちゃんとよく噛んで食べなさい!

 はぁ……みっともない所見せちゃってゴメンね」

「い、いえ。ある意味桂馬くんらしいですね」

「かのんちゃんみたいな可愛い女の子の前でもいつも通りなのよねぇ。

 こんなんじゃ将来が心配だわ」

「そ、そうですね……」

 

 そうこうしてるうちに家を出る時間となる。

 必要な荷物を持って玄関へと向かう。

 中川とエルシィも一緒に家を出る。向かう先は違うが。

 

「それじゃ、行ってきます!」

「行ってきます、お母様!」

「はぁい。気をつけるのよ」

 

 3人揃って玄関を出て扉を閉める。

 

「中川、これから仕事か?」

「うん。また今夜ね」

「ああ。また会おう」

「姫様、気をつけて行ってきて下さいね!」

「いや、お前も中川と行くんだよ!!」

「え? …………ああ! そうでした!!」

 

 ……替え玉作戦、早まったか?

 いや、中川には悪いが何とかやってもらうしかない。

 昨日一晩考えたが、暴力強制の許嫁ルートとアイドルルートの複合なんて前例が無いからな。

 アイドル要素をできるだけ削除して許嫁ルートにもっていかないと勝算が薄くなる。その為にも替え玉はやはり必要だ。

 本人の前では不安にさせるような事は言えないがな。

 

「そ、それじゃあ神様、お気を付けて!」

「お前に心配されるほど落ちぶれちゃいないさ」

「ええ~?」

 

 そう言えば、エルシィは学校を欠席する事になるな。

 まぁ、テキトーに病欠って言っておけば良いか。

 

 

  ………………

 

 

 学校では特に語るべき事もなく放課後になった。

 そのまま寄り道せずに家に帰る。

 

 家に着くと中川もエルシィも既に帰っていた。

 

「あ、お帰り!」

「お帰りなさいませ! 神様!」

「ああ、ただいま。今日は大丈夫だったか?」

「うん。私の新しい家も見つからなかったみたいなんでここに住めるように上手くやっておいたよ。

 麻里さんもOKしてくれたし。

 あと、ここの場所はナイショにしておいたよ」

「誰にも言ってないのか? よく話が通ったな」

 

 ごく限られた人に漏れるのは覚悟してたんだがな。

 

「同級生の男子の家に泊まってるってなったら色々と大変だからね。

 何とか誤魔化したし、エルシィさんに透明化してもらって帰ってきたから後をつけられてる心配も無いよ」

「そうか。分かった」

 

 これで学校や仕事以外での時間を共有する事が可能になる。

 学校はどうとでもなるが、問題は仕事だ。

 替え玉の件は一応今夜までに結論が出るとの事だがどうなるのだろうか?

 

ドロドロドロドロ……

 

「「っ!?」」

 

 この音は、駆け魂センサー!?

 何だ!? 何が起こったんだ!? まさか中川の駆け魂に何か異変が……

 

「あ、室長からの通信です!」

「脅かすな!」「脅かさないでよ!!」

「へ? ご、ごめんなさい……?」

 

 心臓に悪いだろうが!!

 って言うかそれ、通信機も兼ねてるのかよ。紛らわしいんだよ!!

 

「えっと、はい! もしもし! エルシィです!

 ……え? ああ、はい。えっと……」

 

 通信を受けたエルシィは足元に羽衣を広げているようだ。

 指示を受けて何かやってるんだろう。

 

「あ、姫様! マイク貸してください」

「マイク? えっと、確かこの辺に……あった。はい、どうぞ」

 

 中川が取り出したのは妙な飾りのついたマイクだ。

 

「それは何だ?」

「ああ、桂馬くんは知らなかったね。

 地獄のマイクらしいよ」

「字面だけ見たら凄いマイクだな」

 

 そう言えば何か歌うときに使ってたような気がしないでもない。

 遠くてよく見えんかったが。

 

「えっと……ここをこうして……よし、できましたよ室長!」

 

 床に広げた羽衣にマイクを乗せ、何かを操作するエルシィ。

 操作を終えた事を通信機に向かって言った数秒後、羽衣が急に輝き出した。

 眩しさに耐えきれず手で顔を覆って目を瞑る。

 そして更に数秒後、光が収まってきたので目を開ける。

 羽衣の上から置いてあったはずのマイクが消えており、代わりに音符の形をしたペンダントとUSBメモリのような何か、あと封筒が置かれていた。

 封筒には大きく『エルシィとその協力者達へ』と書かれている。おそらく中は手紙だろう。

 

「ふ~、転送完了です!」

「何か送ってもらったって事か。

 手紙は読んでも良いのか?」

「えっと……はい! その手紙を見れば必要な事が全部書いてあるそうです!

 室長、ありがとうございました。ではまた!」

「あ、おい……切っちゃったのか」

 

 こんなバカな契約を吹っかけてきた室長とやらに文句の一つでも言ってやりたかったんだが、今は良いか。

 

「よし、それじゃあ開けるぞ」

「な、何か変な呪いとかかかってないよね?」

「恐い事言うなよ……

 ……よし、エルシィに開けてもらおう」

「えええええ!? どうしてですか!?」

「あんな詐欺みたいな契約をふっかけてくる奴なんて信用できるか!!」

「もう……封筒をあけたらかかる呪いなんて、そんな器用な事できる悪魔はそうそう居ませんよ……

 はい、開けましたよ!」

「さて、中を読んでみるか」

「ちょ、私に何か言う事は無いんですかぁ!?」

「じゃ、読み上げるぞ。

 『前略

  時候の挨拶やら前置きは君達を煽るだけだと判断したのでいきなり本題に入らせてもらうよ。

  君達に送ったものは3つだ。

  まずはこの手紙。

  2つ目は『錯覚魔法のデータ』

  3つ目は『ナノマシン製のペンダント』だ。

  まずは3つとも揃っている事を確認してほしい』

 ……問題ないな?」

「ペンダントはあるね。データも多分これの事だよね?」

「はい! ちゃんとありますよ!」

「じゃ、続けるぞ。

 『錯覚魔法のデータだが、羽衣に読み込ませる事である程度の錯覚魔法の使用を可能にする。

  データをかなり圧縮したので、『使用者を中川かのんだと錯覚させる』事しかできないが今回はこれで十分だろう?

  あと、協力者の2人は錯覚しないようにしておいた』

 って言うか、魔法ってデータでやりとりできるものだったんだな……」

「はい! 私たちが使っているのは高度な科学魔法ですからね!」

「科学魔法ねぇ……

 『ペンダントは、協力者の一人である中川かのんの為のものだ。

  羽衣と同じ素材でできており、必要となる魔法をいくつか入れてある』

 羽衣ってナノマシン製だったのか!?」

「ええ。凄いでしょう!」

「……悪魔とは一体……

 『まずは錯覚魔法だ。こちらもかなり強引に詰め込んだので『中川かのんをエルシィと錯覚させる』事しかできない。

  なお、こちらは羽衣による髪型や体型の修正は必要ないように調整した。使用者の髪型や体型が大きく変わると正常に動くか少々不安だが、その時はまた連絡してほしい。

  2つ目は響音魔法だ。そのペンダントがマイクの役割を果たす。エルシィの結界内ならより音が響くように調整してある。

  なお、変形機能が標準搭載されているのでマイクの形にして使う事もできる。効果はあまり変わらないだろうが。

  3つ目は拘束魔法だ。駆け魂等を短時間だが拘束できる。一応人間相手にも効くが。

  本来なら完全に封印する魔法を組み込みたかったが、容量の問題と使用者の問題でこれが精一杯だ。エルシィが近くに居ない時の時間稼ぎに役立ててほしい。

  あと、このペンダントの位置情報は常にエルシィの羽衣に発信されており、拘束魔法を使うとその信号も送るようになっている。存分に役立ててほしい』

 ……なるほどな。確かにあった方が良い機能だ」

「桂馬くん、裏にも何か書いてあるみたいだよ?」

「ん? どれどれ……

 『最後に、必要そうな魔法を組み込んだら容量が少し余ったので飛行魔法も追加しておいた。必要なら使ってほしい』

 ……って、ちょっと待てや!!」

「ひ、飛行魔法!? 凄すぎない!?」

「…………

 『ただ、透明化の機能はついてないので日中に堂々と空を飛ぶのは控えてほしい。

  人目についたら色々と面倒な事になる』

 ……無駄機能じゃないか!」

「う~ん……無いよりはあった方が良さそうだけどさ。

 って言うか余った容量だけでそんなのが追加できたの!?」

「えっと確か……飛行魔法は制御が厄介なだけで仕組み自体は割と簡単なんだそうです。

 プログラムに任せる分には透明化したり錯覚させたりといったものよりずっと容量は少なくて済むらしいです」

「ハンパないな。地獄の技術……」

 

 とにかく、これで入れ替わりの手段は確保できたわけだ。

 ようやく攻略が始められそうだ。

 

「……ん? まだ続きがあるな。

 『なお、これらの魔法は使用者の魔力を消費する。

  人間にも分かりやすく言うのであれば、使う度に体力を消費する。

  人間でも扱える程度の容量に絞ったつもりだが、体調の悪化を感じたらすぐに使用を控えるように』

 だそうだ」

「分かった」




魔女っ子かのんちゃんならやっぱり空を飛ばないと!!
……すいません、ただのノリで付けた設定です。作中で生かされる予定は今のところはありません。
まあでも、原作でハクアが『飛行魔法には動魔法を20個制御しなきゃいけない』と言っており、難易度としては高くてもあんまり大規模な魔法では無いんじゃないかな~と。羽衣に標準搭載されてるくらいですし。
ほら、2桁×2桁の掛け算を20個同時にやる的な。人間や悪魔には難しくても機械なら楽勝です。機械の場合は同時って言うより一瞬で順番にが正しいような気もしますが。


人間に魔法が使えるのかについては原作内の描写から可能と判断しました。

・原作最終巻で『魔力は凄いけど人間』のキャラが強化勾留ビンを使用している。
 (その場面以前でも使っていたが、『魔力は凄いけど人間』と断定されているのはここが初)

・スミレ編で桂馬がエルシィの箒を使っている(ただの箒として使用しただけかもしれないが)
・スピンオフのマジかのでは羽衣服を着たかのんが空を飛んでいる(所詮はスピンオフだが)

魂度(レベル)2の駆け魂の宿主は悪魔の力を逆に引き出して使用している(中の悪魔が使っているという解釈も可能だが)

以上の描写より、
『魔力と道具があれば使える』は確定。
『一般人でも道具があれば使える』はグレー。
『悪魔の協力があれば使える』も白寄りのグレー
と判断できます。
よって本作では『道具等があれば可能(より正確には魔法道具の使用は可能)』とします。無条件に使えるわけではないですが。


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03 新米魔術師の苦労

 前回までのあらすじ。

 魔法が使えるようになりました!

 

 ……こんな解決策を提示されるなんて夢にも思ってなかったよ。

 

「ところでこれ、どうやって使うの?」

「えっと……身につけて適当に念じれば何とかなります!!」

「アバウト過ぎるだろ!!」

「と、とにかく、習うより慣れろですよ!」

 

 大丈夫なのかなぁ……?

 手紙には使いすぎるとちょっと危ないって書いてあったような気がするんだけど?

 使える魔法は錯覚、響音、拘束、飛行の4つだよね。

 それじゃあまずは……効果が分かりやすそうな拘束魔法から行ってみようか。

 

「えっと……えいっ!!」

 

 エルシィさんに言われたように適当に念じるとペンダントから何かが飛び出し、桂馬くんを拘束した。

 

「ってオイ! 何で僕にやるんだ!!」

「ああっ、ごめん!」

 

 急いで解除を……あれ?

 

「……ねぇ、これってどう解除するの?」

「き、気合で……」

「ホントに大丈夫なのこれ!?」

 

 と、とにかく……解けろ! 外れろ! 戻れ!!

 適当に念じたどれが効いたのかは分からないけど、何とか拘束は取れた。

 

「ったく、お前らなぁ……」

「ご、ごめん」

「まあいい。他のはどうなんだ?」

「それじゃあ、飛行魔法を試してみようか」

「空に浮かぶイメージでやれば何とかなります!」

「また適当な……それじゃあ……」

「待った!!」

 

 ここで桂馬くんが待ったをかける。

 

「エルシィ、念のため、本当に念のため訊いておくんだが、

 ……制御に失敗して天井に叩きつけられるとかいうオチにならないだろな?」

「そ、そそそそんな事はありませんデスよ?」

「……中川。そこのテーブルを握っておけ」

「なるほどね。分かった」

 

 重りを持っておけば天井にぶつかる事は無いね。

 テーブルの端をしっかりと握ってから『空を飛べ』と念じる。

 すると……

 

ギュオン ドシャッ

 

「ごふぁっ!!」

 

 腕が強く引っ張られるような感覚がした後に体に強い衝撃が走った。

 

「お、おい!? 大丈夫か!?」

「あ、あれ……? 私……」

 

 気がついたらテーブルの上で横になっていた。

 え? 何がどうなってるの?

 

「おい、エルシィ」

「あ、アハハハハ……」

 

 どうやら腕を支点に回転してテーブルにぶつかったらしい。

 安全対策が仇になった? いや、テーブルを握ってなかったら天井にぶつかった後に床に落とされてただろう。

 1回で済んで助かった……のかな?

 

「無駄機能、って言うかもはや邪魔機能だな」

「き、きっと広い所で練習すれば上手くなりますよ!!」

「その広い所はキミん所の室長に禁止されているんですがねぇ」

「うぅぅ……」

「中川、大丈夫か?

 大丈夫ならまずテーブルから降りろ」

「そ、そうだね」

 

 うぅぅ……まだ少し痛い……

 アイドルらしからぬ声を上げちゃったよ。桂馬くんに変な目で見られてないよね?

 

「あとは響音魔法と錯覚魔法か。錯覚魔法は僕達だけでは確認できないから後で母さんにでも仕掛けてみるか。

 エルシィは結界を張ってくれ。先に響音魔法の確認だ」

「了解です! はい、できました!」

「じゃ、歌ってみてくれ」

「うん」

 

 思いついた曲を適当に歌ってみる。

 効果は……ちゃんとあるかな? 結界の壁で反響してるだけかもしれないけど。

 

「だいじょぶそうです。これくらいなら駆け魂も倒せます!」

「本当に大丈夫なんだろうな……?」

「大丈夫ですって! 何でそう疑うんですか!!」

「自分の胸に訊いてみろ!!」

 

 エルシィさん、私も桂馬くん同意見だよ。

 この5分間くらいで信用がかなり落ちたよ?

 

 

「さて、一番重要な錯覚魔法だが……

 エルシィ、念のため言っておくが、錯覚魔法を使ったままその辺をうろつくなよ?

 特に、店の中とかな」

 

 桂馬くんの家は喫茶店と繋がっており、麻里さんがオーナーをやってるらしい。

 確かにそんな場所を私(の姿をした人)が頻繁にうろついてたら面倒な事になりそうだ。

 

「? どうしてですか?」

「人前で『中川かのん』の姿を晒すんだぞ? どうなると思う」

「……? どうなるんですか?」

「はぁ……中川、説明してやってくれ」

「あ、うん。

 自分で言うのもどうかと思うけど、私は人気アイドルだからこの店と何か関わりがあるって思われるとファンの人がこの店に押しかけてきたりとかしちゃうから」

「? お店に人が沢山来るのは良い事なのでは?」

「うちは趣味でやってる店だから、そこまでして利益を追求する気も無い。

 それに来るのがまともなファンだけならまだ良いが、ストーカーやパパラッチが来ると面倒だ。

 そういうトラブルはお断りだな」

「ストーカーやパパラッチ? そんなのが居るんですか?」

「ああ。アイドルには付き物なんだよ。ゲームでは」

「ゲームの話ですかっ!!」

「げ、ゲームじゃなくても普通に居るからね?」

 

 桂馬くんの知識は正しいんだか間違ってるんだか時々分からなくなる。

 

「……とりあえず、動作確認するか。

 夕食の時にでも仕掛けるぞ。

 お前らは様子を伺いながらお互いに演技してくれ」

「分かった。やってみるよ」

「りょ~かいです!」

 

 

  ……そして夕食……

 

 

「うわ~、美味しいですお母様!」

「んもうエルちゃんったら♪ どんどん食べてね」

「はい!」

 

「うわ~、美味しいですおかあアイタッ!」

「? どうしたのかのんちゃん?」

「な、なんでもない……です」

 

 ど、どうやら錯覚魔法はしっかりと働いてるらしい。

 私が全力でエルシィさんの演技をしてみてるので麻里さんは私をエルシィさんだと完全に誤認しているようだ。

 ……そして、エルシィさんは完全にいつも通りに話そうとしたので隣に座る桂馬くんからエルボーを喰らったようだ。

 

(にーさま、何するんですか!)

(お前はバカか! 少しは自分で考えろ!!)

「? どうしたの二人とも」

「あーいや、気にしないでくれ」

 

 ともかく、これで替え玉作戦は使えることが実証できたけど……

 本当にエルシィさんで大丈夫なんだろうか……?



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04 イベント

 多少の不安はあったけど、お仕事の方はエルシィさんに任せて私は桂馬くんと学校へ登校する。

 桂馬くんはPFPをいじりながら歩いている。ホントにいつもやってるんだなぁ……

 

「でも、のんびり学校なんて行ってて良いのかな?」

「どういう意味だ?」

「桂馬くんの事だから、学校なんてサボって何かすると思ってたよ」

「そういう進行もアリと言えばアリだが、せっかく一緒に学校に行けるんだ。最大限利用した方が良い。

 学校ってのは大半のギャルゲーに於いて欠かせない場所であり、イベントの宝庫だ。同じクラスならなおさらな」

「そういうものなの?」

「そういうものだ。

 こうやって一緒に登校するというのもイベントの一つだな」

「え、そうなの? それだったら何かした方が良いの?」

「いやいや、そう身構えるな。

 強いて言うなら、話したい事を話せば良い。

 何かの議論をするわけじゃないんだから」

「あ、そっか」

 

 だけど身構えなくて良いと意識すると逆に緊張してしまう。

 って言うか、そもそもこれってギャルゲーのイベントなんだよね? 男子と女子が、その、恋愛関係になる感じのゲームの。

 さっきまで何ともなかったのに何だか凄く恥ずかしい感じがしてくるよ!

 な、何か、何か話題を!

 って言うか桂馬くんもゲームばっかりやってないで何か……

 

『どこ行ってたのよ!

 私を放っておくなんて、バカじゃないの!?』

 

「あれ? 今の台詞……」

 

 桂馬くんのPFPから聞こえてきた声に凄く聞き覚えがあった。

 これってまさか……

 画面を覗き込んでみて疑惑は確信に変わった。

 

「どうした?」

「このゲーム、私が声を当てたゲームだ」

「何!? ……言われてみれば、確かにお前の声だな」

 

 私が声を当てた作品はいくつかあるけど……今このタイミングで桂馬くんがそのゲームをやってるってどれだけの確率なんだろう?

 ……あ、そうだ。

 

「それじゃあさ、このゲームの話をしてよ」

「このゲームの? 声を当てたお前なら大体知ってるんじゃないのか?」

「それはそうだけど……ほら、プレイヤー視点ではどんな風に感じるのかな~って」

「ふむ、お前にとって面白い話かどうかは分からんが……まあ良かろう」

 

 桂馬くんがPFPの画面を見せながら話し始める。

 

「このゲームのメインヒロインの名前は紫音。属性は分かりやすい『ツンデレ』だな」

 

 ツンデレ、好きな人の前では素直になれずつい冷たい態度を取ってしまう感じの娘。

 その娘が素直になった時のギャップが良いとか何とか……そんな感じだった気がする。

 

「ひとむかし前にツンデレヒロインが結構人気になったおかげか最近ではにわかツンデレのキャラも多いんだが、紫音は珍しく正統派のツンデレだ」

「それは……良い事なのかな?」

「どうだろうな。最近のツンデレが良いという人も居るし、正統派のツンデレが良いっていう人も居るし。ぶっちゃけ好みの問題だな」

「好み……桂馬くんの好みってどんな娘なの?」

「フッ、そこに女子が居るなら、僕はいかなる相手でも攻略する!!」

「そ、そう」

 

 うーん、気になるなぁ……

 

「そもそも、属性だけが一人歩きしてるヒロインなど三流以下だ。

 その女子の性格やバックボーンがしっかりしてないゲームはクソゲーだ!」

「そこまで言うの!?」

「当然だ。例えば、『べ、べつに○○の事なんて○○じゃないんだからね!』と全ての台詞で必ず言ってくるヒロインが居たらどう思う? かなり極端な例だが」

「それは……凄く不自然と言うか何と言うか……」

「そうだろう? 他にも『音楽さえ良ければいい』とか『絵が良ければいい』みたいなテキトーな発想で作られたゲームは大抵はクソゲーになる。

 クリエイターはそんなものを充実させる余裕があるならヒロインへの愛を磨くべきだな」

「な、なるほど……」

 

 つまり、『ゲームを商品として売りつける』のではなく『一人の女の子を世の中に送り出す』気持ちで思いやりを持ってゲームを作れば自然と良い作品に仕上がるって事かな?

 ゲームとクリエイターの関係はアイドルとマネージャーの関係に少し似ているかもしれない。

 岡田さんだって私の体調や要望なんかも考慮しながらスケジュールを組んでくれている……はずだし。

 

「ところで、そのゲームはどれくらいまで進んだの?」

「攻略60%程度だな。そろそろツンデレの『デレ』の部分が出てくるだろう」

 

 凄い。当たってるよ。

 

 

 

 

 

 

 桂馬くんとエルシィさんの席、ついでに私の席もそこそこ離れているので授業中に会話したりといった事は無かった。

 何かの授業で2人組を作る機会とかがあれば良かったんだろうけど、残念ながら今日はそいう授業は無かった。

 そういうわけで、特に語ることもなく下校時刻になった。

 

 

 

 

「さ、帰ろうか」

「うん。これもイベント?」

「よく分かってるじゃないか。

 下校イベントというものは非常に重要なイベントだからな!!」

「登校よりも?」

「そうだな……イベントの価値という意味ではそこまで差は無いが、そもそも一緒に登校できる環境というものが限られているだろう?」

「……それもそうか」

 

 私たちの場合は一緒に住んでるから登下校が完全に一緒になるけど、そんなケースは殆ど無さそうだ。

 

「まあ、電車通学やバス通学の場合には途中で合流して一緒に登校する事も割と良くあるんだが……到着時間が決まっている上に回りに結構人が居るから2人でのんびり会話……という流れにはなりにくい。やはり下校イベントの方が重要だ」

「なるほどね」

「ちなみに、勘違いするにわかゲーマーも多いんだが……下校イベントはデートイベントよりも重要なイベントだ」

「そ、そんなに重要なの!?」

「いや、重要という言い方には語弊があったか。

 正確には『デートに誘う前にまず下校イベント』だ。

  1、下校イベント

  2、連絡先の交換

  3、デート

  4、女子からの下校イベント。

  5、3と4の繰り返し。

 恋愛というものはこうやって高まっていくものなんだ!!」

「そ、そうなんだ」

 

 ホントかなぁ……?

 

「あれ? でも私たちってもう連絡先の交換は済んでるよね?

 それでも下校優先なの?」

「……ま、まあな」

 

 今、間があったよね?

 

「と、とにかく帰るぞ。会話は帰りながらでもできる」

「う~ん、それもそうだね」




アニメでかのんちゃんがギャルゲーのアフレコをやってる場面があったので入れてみましたが……実際のアイドルはここまで手を広げているものなのか? 声優の仕事のような……
まぁ、事務所とかにもよるんでしょうけど。


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05 ソナー

 何とか進行できているだろうか?

 

 許嫁ルートというものは攻略に時間がかかるタイプのルートだ。

 時間と秘密の共有により少しずつだが好感度を上げて行けているとは思うんだが……今回のコレは色々と余計な要素が入っているからややこしい。

 更に追い討ちをかけるように時間が限られている。

 何らかの方法で短縮できればありがたいんだが、どうにかならんかなぁ……

 

 

 今は中川と下校イベント中だ。

 幸いと言うべきか僕の攻略理論に興味を持ってくれているようなので話すネタは尽きない。

 

「誰にでも共通して使える手法に『互換フラグ』というものがある。

 攻略対象に恋愛とは関係ないフラグで自分を意識させ、何らかの方法でそれを一気に恋愛へと変化させる、というものだ」

「『恋愛とは関係ないフラグ』って?」

「例えば僕が歩美にやったように怒らせるとかだな」

「つまり、『別の感情で埋めた後にそれを恋愛感情にする』って事だね」

「そうだな。そういう事だ」

「ところで、その恋愛感情への変換はどうやるの?」

「一番手っ取り早いのは告白だな。そうする事で相手に強制的に恋愛を意識させる事ができる」

「あ~、なるほど」

「……ところで、大丈夫か?」

「何が?」

「僕が言うのもどうかとは思うが、こんな話で楽しめているのか?」

「大丈夫、すっごく楽しいよ。演技とかの参考にもなりそうだし」

「演技か……お前が声を当てたゲームが神ゲーになる事を願うよ」

「ゲームだけじゃなくてドラマの撮影もあるんだけどね」

「構わん。ゲームがあるなら」

「桂馬くんもブレないなぁ……」

 

 

 好感度は上がってはいる……と思うんだが……

 完全なサポートキャラが突然攻略対象になったような状態は僕も経験が無い。

 更に付け加えると事前に攻略対象に入るようなフラグも無かったし、過去に何か因縁があったわけでもない。

 要するに……好感度が読みにくい。

 僕と中川が初めて会った瞬間から攻略ヒロインとして観察してればまだ違ったんだろうがな。

 ああくそっ、どうして現実(リアル)にはバックログが無いんだ!

 ……手段を選んでいる場合ではないか。

 今夜、仕掛けてみるとしようか。

 

 

 

  ……そして、夜……

 

 

 母さんと僕と中川の3人で夕食を取る。

 エルシィは帰ってこなかったんだが……中川によれば仕事が忙しくて事務所で一晩過ごす事も割と良くあるから心配要らないとのことだ。

 そういう訳で中川は今もエルシィに変装してる。エルシィが居ないと母さんが一晩中探し回りそうだからな。上手い言い訳も思いつかないんで諦めた。

 中川が居ない理由なら『仕事が忙しいから』で一発なんだけどな。

 

「二人とも、お風呂沸いたからどっちか入っちゃいなさい」

「……エルシィ、先入ってくれ」

「は~い、それじゃあお先に頂きますね」

 

 そうだな、2分だ。2分待ってから行動開始だ。

 

 

 

 うちの風呂場は浴槽のある部屋の手前に水道や洗濯機の部屋があり、着替えやらタオル、歯ブラシ等を置いておく場所がある。

 まぁ、至って普通の構造だな。

 シャワーの音を確認してからその手前の部屋に静かに入る。

 そして自分の歯ブラシを適当に咥えて懐からPFPを取り出す。

 念には念を入れてゲームを3本ほど持ち込んでいるので、1本1時間でクリアしたとしても3時間はかかる計算になる。

 それをずっとやっていたらどうなるか?

 答えは……火を見るより明らかである。

 

ガラッ

 

「……え?」

「…………あ」

 

 風呂場から出てきた一糸まとわぬ中川と目が会う。

 ここで過剰に慌てても嘘っぽく見えるので冷静に対処する。

 

「あ~……スマン」

「…………き」

「き?」

「きゃぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 中川は女の子らしい悲鳴を上げながら着替えの山からスタンガンを取り出す。

 そうか、そう来るか。

 咄嗟にPFPを適当に放り投げる。落下の衝撃で壊れないと良いんだが……まぁ、電気で壊れる確率よりは低いだろう。

 そしてそのまま……

 

「あばばばばばばば!!」

 

 スタンガンを思いっきり押し当てられた。

 そしてそのまま僕の意識は途切れた……

 ……でも、せめてツッコミを入れさせてくれ。

 こんな所までスタンガンを持ち込んでるのは異常じゃないのか!?

 

※ 気絶しますが、安全なスタンガンを使用しています! 多分!



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06 不穏な予兆

 目が覚めるとそこは自分の部屋だった。

 どうやら僕の部屋のベッドに運び込まれたらしいな。

 運んだのは中川? それとも母さんか? 両方かもしれないが。

 

 周りを見回しても誰も居ない。

 このまま待っていれば誰か来るのか、それとも僕から動くべきか……

 まあいい。少し考えをまとめておこう。

 

 僕がわざわざラッキースケベを意図的に引き起こしたのは中川の裸が見たかったからとかそういう理由ではない。

 強いイベントで相手に強い印象を与える……というのも一応目的の一つだが、それは主目的ではない。

 この手のイベントは相手の反応から好感度を推定する事が可能だ。

 今回はスタンガンで気絶させられたんでイベント直後の反応を見る事は殆どできなかったが……まあ仕方あるまい。

 これからの中川の反応を一挙手一投足見逃さないようにしなければ。

 その為にも二人っきりで話せると都合が良いんだが……流石にすぐは無理か?

 

 ……なんて事を考えていたら突然ドアが開いた。

 そこに居たのは中川だ。

 

「あ、起きてたんだ」

「あ、ああ」

 

 まさか理想の機会が突然やってくるとは思わなかった。

 様子を伺って、無言だったら僕が謝る言葉から切り出すか。

 と思っていたが、先に口を開いたのは中川だった。

 

「あの、桂馬くん、ごめんね。怪我してない?」

 

 ふむ、謝罪から入ってきたか。

 確かにそうじゃなきゃわざわざ僕の部屋まで来たりはしないか。

 とりあえず適当に返しておこう。

 

「ああ。大丈夫だ。こっちこそ済まなかったな」

「ううん、大丈夫だよ。

 よく確認しなかった私も悪かったんだし」

 

 ……おやぁ?

 予想していた怒りの感情が殆ど感じられないんだが?

 何か嫌な予感がするな……

 

「いや、悪いのは僕だ。

 中川が風呂に入っているのは知ってたし、歯磨きしようとしてPFPに没頭してたのは僕だからな」

「そんな事無いって。桂馬くんは謝らなくても良いよ!」

 

 …………

 そうか、そう来るのか。

 これは少々、いや、かなり厄介だな。

 

「分かった。とりあえずこの件は水に流させてくれ。

 明日からはいつも通りだ。それで良いか?」

「う、うん! 分かった」

「それじゃあ……おっと、もうこんな時間か。早めに寝ろよ」

「うん。それじゃあ、また明日」

 

 中川は部屋を出て名残惜しそうにドアを閉めた。

 

 

 ……さて、情報を整理していこうか。

 『恋愛』という言葉の定義にもよるが、結論から言うと中川かのんは既に恋に落ちている。

 しかし、このまま普通に攻略を進めても心のスキマが埋まるとは到底思えない。仮にこのタイミングでキスをしても駆け魂は絶対に出ないだろう。新作ゲームの限定版を10本賭けても良い。

 そもそもこんな風になった原因は何だ?

 あのアホエルシィが恐怖を与えてしまったから? それだけで本当に良いのか?

 いや、違うはずだ。あの場面より前から中川には心のスキマが出来ていたはずだ。そうじゃなきゃ駆け魂は入り込まない。

 ……手がかりは足りない。しかし今の中川に何か仕掛けても有益な情報を引き出すのは少々骨が折れるだろう。

 少々手順を誤ったかなぁ……

 面倒だが……バックログを見直すか。

 ったく、ゲームだったらメニュー画面か適当なボタンで一発だっていうのに、現実(リアル)ではわざわざ記憶から引き出さないといけない。

 多少当たりはついたから、何かしら有益な情報を得られると良いんだが……

 

 

 ーー屋上の出会いーー

 ーーエルシィの乱入ーー

 ーー歩美の攻略ーー

 ーーエルシィの転校と中川の同居ーー

 ーー駆け魂憑依の発覚ーー

 

 

 大まかに分割するとこんなものか?

 いや、まだだ。まだ絞り込める。

 鍵になりそうなのは……『同居』の辺りと『出会い』の辺りか?

 

『桂馬くん、実は頼みたい事があって……』

『実は、一晩だけで良いから家に止めてほしくて……』

 

『どうして知らないの!? 私はアイドル、アイドルなのに!!』

『不安にさせないで、フアンにサセナイデ……』

 

 大体こんな台詞だったはずだ。

 という事は……恐らくは、そういう事だろう。

 次の日の登校か下校の時に訊いてみるか。

 そしてそれが僕の予想した答えであるならば……

 

「……エンディングは見えた」




 前回のラッキースケベは神のみ原作の檜編で最初の方にやっていた『ソナーイベント』を適当に改変してやってみたものです。
 原作において『格上の女性相手にどの程度の距離で下に付くかを推し量る』為のイベントでしたが、今回は好感度測定として使用してみました。
 あと、単純に同居人に対するラキスケは割と定番なんじゃないかな~と。
 原作でもハクア相手に頻発してるし。


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07 プラン

 今日も桂馬くんと一緒に朝ご飯を食べて一緒に登校する。

 そう言えば、誰かと一緒に登校したのって何年ぶりだろう? ちょっと覚えてない。

 

「……そう言えば、ちょっと質問したいんだが」

「え? どうしたの?」

「素朴な疑問なんだが、何で僕の家に泊まろうと思ったんだ?

 他に頼れる女友達とか居なかったのか?」

「え? あ~…………はい」

「……そうか、悪い事を訊いたな」

「え? いや、そんな事ないよ?」

「そうか」

 

 そう言って桂馬くんは再びゲームを始める。

 ゲームしてて誰かにぶつかったりしないのかな? 少し心配だ。

 

「ところで、攻略は順調なの?」

「攻略対象にそう訊かれたのは初めてだな」

「あ、ゴメン」

「謝る事じゃない。順調だよ。

 今週末で決着を付けるぞ」

「今週末ね」

 

 長いのか短いのか良く分からない所だ。

 

「それまでに何かしたほうが良いの?」

「いや。

 強いて言うなら普段通りに過ごせって事だな。エルシィになり変わってる以上は普段通りって言い方もどうかと思うが」

「分かったよ。

 週末は何をするの?」

「鳴沢市のデゼニーシーで遊園地デートだ。

 他に希望があれば別の場所でも構わんが……」

「ううん、大丈夫だよ」

 

 ロケ以外で行くのはかなり久しぶりだ。

 桂馬くんと遊園地デートかぁ。凄く楽しみだ。

 

 

 

  ……そして週末……

 

 

「きょ、今日も良い天気だね桂馬くん!」

「……おい、緊張しすぎだ」

「あぅぅ……」

 

 待ちに待った週末がやってきたわけだけどさ、デートって何を喋れば良いの!?

 台本があればスラスラ言えるのに。

 

「あ、そうそう。その服似合ってるぞ」

「え? あ、ありがと」

 

 昨日家に帰ってきたエルシィさんに協力してもらって私のマンションから回収してきたお気に入りの服だ。

 気合入れすぎて引かれたらどうしようかと思ってたけど杞憂だったみたいだ。

 ……お世辞かもしれないけどさ。

 

「さて、まずは駅に向かうぞ。

 全く、現実(リアル)では移動だけで金がかかるな」

「え、もしかしてお小遣いが少ないとか?

 私がお金払おうか?」

 

 私の為に遊園地まで行くんだし。

 

「いや、構わない。金ならM資金があるから問題は無い。

 単純に現実(リアル)のクソゲーっぷりを愚痴っただけだ」

「そ、そう」

 

 M資金って何だろう?

 

 

 

 

 そんなこんなで電車に乗って隣の鳴沢市へと向かう。

 初めての2人での下校の時に『電車での登校と徒歩での登校では違う』みたいな事を言ってたけど、実際に2人で乗ってると確かに雰囲気が違う気がする。

 座ってのんびりと会話する事ができる……みたいな利点もあると思うけど、赤の他人がそこそこ近くにずっと座っているという事にもなって……

 

「何となく……話しにくい」

「ん? どうした?」

「ああ、いや、あの……やっぱり2人で歩いてたいなって」

「……徒歩でデゼニーシーに行くのか? それは流石に面倒だろう」

「いや、そうじゃなくって!!」

「冗談だ。雰囲気とかそういう意味だろ?」

「そうそう。最近はずっと2人だったから、知らない人がずっと近くに居ると落ち着かないっていうか……」

「理解はできるな。ゲームでそういう類の事を言うヒロインは沢山居るからな」

「あ、理解できるってそういう……」

「赤の他人なんて無視して生きた方がどう考えたって楽だろう」

「桂馬くんにとってはそうなのかもしれないけどさぁ……」

 

 桂馬くんってそういう所がさっぱりしてるというか……

 正真正銘、現実(リアル)の事をクソゲーだと思ってるよね。女の子の事だけじゃなくって、現実(リアル)の事ほぼ全部。

 学校でもずっとゲームしてて誰とも話さないし。

 ……って言うか、見慣れ過ぎて見落としてたけど今もゲームしてるし!

 

「あ、あの、桂馬くん、えっと……」

「ん? どうかしたか?」

「えっと……いや、何でもないよ」

「? そうか」

 

 デート中にゲームしてるってどうかと思うんだけど……まあいいか。桂馬くんだし。



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08 知る故の恐怖

 好感度は既に足りている。

 しかし、単純に告白するだけでは攻略は失敗するだろう。

 心のスキマを埋める為には一手間必要だ。

 必要なのは好感度の操作ではない。

 最重要なのは『中川からの告白を引き出す』事だ。

 幸いな事に、誘導にうってつけのネタがある。

 ただ、誘導が露骨過ぎると流石にバレるか? 加減が大事だな。

 色々な条件が重なったせいで2人目からハードモードだが……僕は落とし神だ。切り抜けてやるさ。

 

 

  ……鳴沢市 デゼニーシー……

 

 

「さぁ、今日は思いっきり遊ぶぞ~!」

「そうだな。どこから行く?」

「えっと……桂馬くんの行きたい所で良いよ」

「ったく、遠慮なんてするな。今日はお前の為にここに来たんだぞ?」

「そう? それじゃあ遠慮なく行かせてもらうよ!」

「ま、お手柔らかに」

 

 遊園地に行きたいと思う事はあっても一緒に行ってくれる人なんて居なかった。

 だから、行きたい場所は沢山ある。

 

「よっし、今日は全部回るよ!」

 

 流石に全部はまず無理だと思うけどね~。

 でも、なるべく沢山回れたら嬉しい。

 

「……なるほど、タイムアタックやコンプリートはゲームのやり込みは定番だ。

 中川、スケジュール表は用意してあるか?」

「え? それは……無いけど……」

「それだと一日で回るのは厳しくないか?

 5分待て。簡単な計画を立てる」

「いや、そこまでしなくても……」

「全部回りたいんだろう? だったら僕に任せろ」

「……うん。ありがとね」

「気にするな。何度も言うように今日はお前の為にここまで来たんだからな」

「……うん」

「それに、お前とこんな風に過ごすのも……いや、何でもない」

「? うん」

 

 

 

 そして、桂馬くんは宣言通り5分ほどでおおまかなスケジュールを立て、移動や休憩とかの空き時間で更に詳細なスケジュールを組んでいった。

 凄い、本当に凄いよ桂馬くんは。

 ……凄いんだけど……

 

 

「ゼェ、ハァ、ゼェ……」

「ほら桂馬くん! あと5分で次のアトラクション!!」

「ぐっ、ゲームでは、走っても体力は減らないというのに!

 っていうかお前、体力あるな!」

 

 自分のスケジュールでそこまでボロボロになるのはちょっとだけカッコ悪いよ……?

 

 

 

 

 遊園地の定番のアトラクションは勿論、それ以外のマイナーなアトラクションも全て周り終えた時には夕方過ぎだった。

 自分一人で行ってたら多分3日はかかったと思う。

 

「はぁ、はぁ……」

「け、桂馬くん? 大丈夫?」

「だ、大丈夫だ。問題、無い」

 

 何故だろう。全然安心できない返答だ。

 

「しかし、お前は元気そうだな」

「これでも鍛えてるからね。

 それに、辛くても桂馬くんと一緒に回れて楽しかったよ」

「そうか。それは良かったよ。

 

 何せ、お前とこんな風に過ごすのは今日で最後だろうからな」

 

「……え?」

「ん? 何を驚いている?

 あと1つイベントを起こして攻略は完了。

 エルシィにも夕方頃に完了するって伝えてあるから何とか抜け出して多分もう近くまで来てるだろう。

 駆け魂を仕留めてお前との偽りの許嫁の関係を終わらせる」

「あ、そ、そっか……」

 

 あれ? これで終わりなの?

 そうか、一週間以内にケリをつけるって言ってたっけ。

 私の中の駆け魂も追い出せてハッピーエンド。

 そう、それで良い。

 ……それで……

 

「…………ない」

「ん?」

「良いわけが無い! これで終わりなんて嫌だ!」

「そうは言ってもな、攻略完了したらお前の記憶は無くなるんだろう?」

「っ! それは……」

「それに、仮に記憶が何ともなかったとしてだ。

 お前とデートなんかしてたりなんかしたら今後の攻略に差し支える。

 お前有名人だからな。すぐ噂になりそうだし」

「エルシィさんの姿でデートすれば良い!」

「僕に会う度にエルシィに替え玉を頼む気か?」

「う、うぅぅ……」

 

 本当に終わっちゃうの?

 でも、これ以上続けようとすると桂馬くんにもエルシィさんにも迷惑がかかる……

 …………そうだ、だったら!

 

「桂馬くん。一つだけ頼みたい事があるの」

「まるで遺言だな。何だ?」

「私の記憶が無くなっちゃった後、全てが終わったら……

 ()を迎えに来てほしい」

「本当に遺言だったな。

 僕に何とかして記憶を呼び覚ましてほしいという事か?

 確かに駆け魂狩りが終わったら周りの目なんて気にしなくて済むが……」

「ムチャクチャなのは分かってるつもりだけどさ。

 お願い、できるかな?」

「……何故記憶を失う事を恐れる。今までの人生の記憶全てが消滅するというわけでもないというのに。

 せいぜい僕と過ごした記憶を少し失うだけだ」

「それが嫌なんだよ!

 だって、だってさ!

 私は、桂馬くんが大好きだから!!」

 

 勢いに乗って凄い事を言っちゃった気がするけど後悔は無い。

 私は桂馬くんの事が好きなんだから!

 

「……そうか。だから僕に迎えに来てほしいと、そう言うんだな?」

「うん。そうだよ」

「…………」

 

 少しの間を置いて、そして少しだけ微笑んだ後、桂馬くんはこう言った。

 

 

「嫌だ、ベンベン」




かのんちゃんは原作でも割とチョロインだと思います。
駆け魂云々が無くてもかのんちゃんが勝手に絡んできて、しつこくつきまとって、そしてあっさりと恋に落ちるんじゃないでしょうか? 桂馬なら毒フラグがどうこう以前に普通に無視しそうですし。
……まぁ、恋に落ちるのが早くても心のスキマを埋めるのは一手間必要になるわけですが。


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09 共に生きたいと願うなら

 中川かのん(攻略対象)桂木桂馬(プレイヤー)に恋をしている。

 その前提を基に『関係が今日で終わる事』、『全てが終わるまで関係が再開される事は有り得ない事』の2点を多少ぼかしながら伝えた。

 そうする事でやや強引に中川からの告白を引き出す。

 そして……それを僕は断る。

 完璧に計画通りだ。

 

 

「中川、それじゃあダメなんだよ」

「え? どうして、え??」

「お前のその感情は、恋愛に極めて近いがある意味極めて遠い感情なんだよ。

 その感情で心のスキマを埋める事なんてできない」

「ど、どういう、こと?」

 

 ラッキースケベ等のイベントに対して怒りの反応が薄い場合、大まかにわけて2つの状態が考えられる。

 好感度が極端に高いか、あるいは低いか。

 低いって言い方もちょっとおかしいか。男として見られていない、あるいは人間として見られていない、つまり『好感度が無い』と言うべきだな。

 裸を見られる事にほぼ抵抗が無いという稀有な人間も居るが……反射的にスタンガンを取り出した時点で中川には当てはまらないだろう。

 好感度が無いというのも考えにくい。歩美の攻略での時間と秘密の共有は決して軽いものではないはずだ。

 更に、現段階で告白された時点でこの線は完全に切って良い。

 よって、『極めて好感度が高い』という結論になる。

 

 それだけなら好都合なんだが……高すぎる事が問題だ。

 ゲームを開始して5分で攻略率90%になってたらまずバグを疑う。それと同じだ。

 ここまで好感度が高くなったからには何か別の要因があるはずだ。

 

 思えば最初に会った時からこいつはどこかおかしかった。

 突然スタンガンで襲ってくるなんて正気じゃないだろう。エルシィやら何やらのインパクトでうやむやになったがな……

 ともかく、あの時の僕の言動が彼女の何かしらのスイッチを押してしまったのだろう。

 

 中川の歪みとも言える行動がもう一つある。

 そう、『僕の家に泊めてくれるように頼んできた事』だ。

 爆弾騒ぎ(笑)で家に帰れないのはよく分かる。

 だが何故僕の家に来る?

 おおよその見当は付いたが、念のため本人にも確かめた。

 『中川には女子の友達は居ない』

 いや、女子に限定する必要は無いだろう。男子の友達も僕以外は居ないはずだ。

 

 長々と話したがそろそろ結論を述べさせてもらおう。

 中川の心のスキマは『孤独への恐怖』だ。

 アイドルという職業故か、あるいは本人の性格故かは分からないが学校でも友達は居ない。

 仕事でも同年代の友達は居ないはずだ。ネットで調べた限りでは数年前はアイドルユニットをやってたらしいが、今はソロで活動してるらしい。

 そもそも友達が居たら僕の所には来ないな。同僚、あるいはライバルの同年代の女子とクラスメイトの男子。どちらが宿を借りる先として相応しいかは論じるまでもない。

 さて、そんな孤独な中川かのんが突然頼れる男子と遭遇し、一週間もの間物理的にも精神的にも近い距離で過ごしたらどうなるか?

 しかもその間話していた事は女子との恋愛に関わる事だ。

 本人も恋愛を意識するのは当然、そして好感度が上がるのも当然だ。

 こうして『僕に対してのみ好感度がある程度ある』状況になる。

 その上で中川に駆け魂が居る事が発覚した時のショック、頼れるのが僕だけという状況。

 これらの条件が重なるとどういう事になるか。

 それは……

 

「中川、それは『依存』だ」

「い、ぞん?」

「お前は僕が好きなんじゃない。僕に縋っているだけだ」

「そ、そんなこと、無い!」

「なぁ、独りは寂しいか?」

「……うん」

「じゃあ、ずっと僕と一緒に居たいか?」

「……うん」

「それなら、僕が居ない時、お前は一体どうするんだ?」

「それは……」

「ほら、こうなるだろ?」

「…………」

「四六時中一緒に居る事は恋愛とは言わない。

 お前がしたいのは恋愛なのか? それとも依存なのか?」

「わ、私は……」

 

 中川は言葉を詰まらせた後に泣き叫んだ。

 

「私は、どうすれば良かったの!?

 桂馬くんとの思い出は失いたくない!

 ずっと一緒に居たい!

 わがままな事は自分でも分かってるよ!

 だけど、私はどうすれば良かったの!?」

 

 ……ふぅ、やっと僕に怒りを向けたか。

 中川の依存を解く為にも僕に反抗して欲しかった。

 これだけやれば上出来だろう。

 

「どうすれば良かった、か。

 なら、全力で記憶を取り戻せ」

「え!? そ、そんなの無理だよ」

「ったく、僕の事が好きだと言うならそれくらいやってみせろよ」

「でも、だって……」

「……中川、お前は僕の攻略を2週間だけだがずっと側で見てたよな?」

「うん」

「僕の事は信用しているか?」

「当然だよ!」

「なら僕からアドバイスだ。

 僕を落としたかったら、僕の度肝を抜くような事を成し遂げて見せろ!」

「度肝を、抜く?」

「ああそうだ! お前はさっき言ってたな。『迎えに来てほしい』って。

 僕はそんな事をするつもりは無い。

 お前から僕に追いついてみせろ!!」

「…………」

「それくらいやってのけるのなら、さっきの告白の返事は考え直してやるかもしれないな」

「……桂馬くん」

「どうした? 自信が無いか?」

「……やっぱり私、桂馬くんの事大好きだよ」

「なっ!」

「ありがとう、桂馬くん。

 必ず()()に行くから、待っててね」

「……まぁ、期待せずに待ってるよ」

「最後に一つだけ、お願いしていいかな?」

「どうした?」

「『かのん』って、呼んでほしいの。一度だけで良いから」

「……かのん」

「ありがとう、桂馬くん。

 絶対に、また会おうね!」

「……ああ」

 

 好感度は足りていた。

 最後の一手間も加えた。

 これで、エンディングだ。

 

 流れるように自然な動きで、

 キスをした。




デレ易いけどヤミ易い。少なくとも初登場時にはそんな感じでしたね。
正攻法で進もうとすると必ずどこかで壁にぶつかるという。


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10 想いを込めて

 桂馬くんとのキス。

 それと同時に心の中のモヤモヤが抜けていく感覚。

 後ろへ振り向くと駆け魂らしきドロドロしたものがそこに居た。

 

「さて、後は頼むぞ」

「うん、任せて」

 

 さっきまでと比べて凄く心が軽い。

 さっきまでも、そして今もずっと桂馬くんの事ばかり考えてるはずなのに、何だかすっごく軽くなった。

 桂馬くんの言ってた通り依存、だったのかな?

 おっといけない、考えるのは後! 今は目の前の駆け魂を何とかしないと!

 

「エルシィさんはまだ来てないの?」

「あのバグ魔、こんな時に遅刻なのか!?

 ……そうだ、拘束魔法だ! アレを使えば呼べるはずだ!」

「えっと……えいっ!」

 

 それっぽく念じるとペンダントから何かが飛び出して駆け魂を拘束する。

 

『グゥォォォォォオオォォ』

 

「くっ、うぅぅ……」

「大丈夫か?」

「ちょっと、キツい、かも……」

 

 拘束魔法を維持するのが結構キツい。

 駆け魂が暴れてるせいかな?

 

「中川、拘束魔法を維持したまま歌えるか?

 この場所なら防音してなくても問題ない!」

「……やってみる!」

 

 呼吸を整えながら頭の中で使う歌を選別する。

 ……まだ記憶は残ってる。いつ消えるの?

 歌を歌い終わったら?

 だったらそれまでの間、ありったけの愛を込めて、歌おう。

 

「♪~♪♪ ♪♪~♪♪ ♪♪~♪♪~♪~♪~♪♪~

 ♪♪~♪♪~♪♪~ ♪♪♪♪~♪♪~♪♪~」

 

 駆け魂が弱っているのか、拘束魔法から伝わる抵抗が徐々に減っていく。

 

「♪♪~♪♪ ♪♪♪♪~♪~

 ♪♪♪♪~♪♪♪ ♪♪♪♪~♪~♪♪♪~」

 

「ただいま到着しました! 結界を張ります!」

「遅い! 何をしていた!!」

「す、すいません!!」

 

「♪~♪♪ ♪♪~♪♪♪ ♪♪~♪♪~♪♪~♪♪~

 ♪♪~♪♪~♪♪~ ♪♪♪♪~♪~♪♪~」

 

 歌ってる間にエルシィさんの結界が張られる。

 もう拘束魔法を解いても良さそうだ。

 

「♪♪~♪♪ ♪♪♪~

 ♪♪~♪♪♪~♪♪♪♪♪♪~♪♪~♪♪~♪♪~」

 

 歌うのを途中で止めたら、どうなるのかな?

 ひょっとすると記憶は無くならないのかもしれない。

 ……でも、私は歌い抜かなくちゃならない。

 

「♪♪♪♪♪♪~♪♪ ♪♪♪~♪~♪~

 ♪♪~♪♪ ♪♪~♪♪ ♪♪~♪♪~♪~♪~♪~♪~♪♪

 ♪~♪♪♪ ♪♪♪♪~♪~ ♪♪~♪♪~」

 

 だって、ここで歌いきれなかったら、桂馬くんの信頼に応えられなかったら、

 桂馬くんの許嫁なんてなれないから!

 

「♪♪♪ ♪♪♪ ♪♪♪ ♪♪~ ♪~♪♪~」

 

 私は、奇跡がある事を信じてるよ。

 

「♪♪♪ ♪♪♪ ♪♪♪」

 

 そう、これは私のらぶこーる。

 

「……あなたに」

 

 歌の一番を歌い終えると同時に駆け魂は消滅した。

 

 

 

 

「お疲れさま。よくやってくれた」

「うん、私、がんばっ……」

 

 あれ? 何か、めまいが……

 

「おい、中川!?」

 

 意識が、遠のく……

 

 ……そっか、もう終わりか。

 

 次目覚めた時、きっと私はもう居ない。

 

 ……でも……

 

 

 きっと、また会おうね。桂馬くん。




ハーメルンの規約上、歌詞の掲載はできないんですよねぇ……
まぁ、単純に歌詞を書くのも微妙だったのでこれはこれで良いですね。きっと。
ちなみに曲名まではセーフですが、言わなくても十分ですかね。


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ありがとう

「おい、しっかりしろ!」

 

 急に倒れた中川を抱き止める。

 

「大丈夫です神様! 多分ただの魔力切れです!」

「本当か? 本当だろうな?」

「どれだけ信用低いんですか私!?」

「そんな事はどうでもいい。どうすれば治るんだ?」

「一晩安静にしてればすぐ良くなると思いますよ」

「……そうか」

 

 どうやら命に別状は無いようだ。

 とりあえず……僕の家で寝かせるか。

 

「しっかし、駆け魂を倒した途端に倒れたな。

 緊張の糸が切れたのか?」

「う~ん、駆け魂から魔力を搾り取って魔法を使ってたから、その駆け魂が消えた瞬間に魔力切れになったんじゃないですかね?」

「……ちょっと待て、どういう事だ? 駆け魂は魔力を持っているのか!?」

「え? はい。駆け魂は実体が無いとはいえ悪魔ですからね。人間よりも遥に高い魔力を持ってますよ」

「駆け魂が悪魔、だと?」

「え? 言ってませんでしたっけ?」

「聞いてねぇよ!! なんでそんな重要な事黙ってたんだよ!!」

「ひ~! すみません~!!」

 

 『負の感情を糧にして心のスキマに忍ぶ』

 確かに悪魔っぽい設定だったなぁ。人間の悪霊でも十分に通じる設定だが!

 

「って言うかお前、何で遅刻してきたんだよ!!」

「え? え~っと……」

「僕はお前に確かに時刻を伝えたよな?

 そして伝えた時刻から30分くらい過ぎてるんだが?」

「あ~、えっと、事務所を抜け出すのに少々時間がかかってしまって……」

「……それだけか?」

「は、はい! それだけ……」

「…………」

「……す、すみません。少々道に迷ってしまって……」

「中川のペンダントからは位置情報が発信されてると手紙に書いてあった気がするが?」

「あ~、えっと、拘束魔法の信号が送られてくるまで忘れてて……」

「……このバグ魔が!!」

「す、すいません~!」

「ったく、今日は帰るぞ。羽衣で中川を運んでやってくれ」

「りょーかいです!」

 

 エルシィが中川を羽衣でぐるぐる巻きにする。

 すると風船のように浮かんだ。

 ホント便利だよな羽衣。羽衣さえあればエルシィなんて要らないんじゃないだろうか?

 ……いや、結界は確かエルシィ個人の力だったな。

 

「……エルシィ、ちょっといいか?」

「何でしょうか?」

「攻略が終わると女子の、って言うか関わった人の記憶は消えるよな?」

「はい、正確には記憶の操作ですね」

「どっちだっていい。もとの記憶が戻る事ってあるのか?」

「う~ん……すいません、記憶操作の詳しい理屈とかはよく知らないんで分からないです」

「……そうか」

「でも、基本的に戻る事は無いはずですよ。なんたってアクマ(私たち)の最新技術ですからね!」

「……分かった。それじゃあ帰るぞ」

「あ、待ってくださいよ神様!」

 

 中川が思い出す事はまず無いか。

 それこそ奇跡でも起こらないと不可能。

 もし中川がそこまでやってのけるなら……

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……翌日 朝……

 

 いつも通りに朝起きて、いつも通りに食事を取る。

 いや、いつも通りではなかったか。4人の朝食は一週間ぶりだ。

 

「さぁ、かのんちゃんもどんどん食べてね!」

「ありがとうございます。麻里さん」

「うぅ~、懐かしの味です! お母様!!」

「んもぅエルちゃんったら、いつも食べてるじゃないの」

「え? あ、そうでしたね! アハハ~」

 

 エルシィが地味にボロを出してるが、誰も気にしてないなら良いだろう。

 人が入れ替わってるなんて誰も思わないし言っても信じないからな。

 そう言えば、中川はどれだけ覚えているんだ? 入れ替わりは今後も使う可能性があるからその辺は覚えていて欲しいんだが……

 

[プルルルル プルルルル]

 

「あ、私だ。ちょっと失礼します」

 

 中川の携帯の……メールの音だったな。

 電話の着信音は歌だったはずだ。

 仕事先からだろうか? あいつ友達居ないし。

 

「携帯かぁ……いいなぁ……」

「あら、エルちゃんも買う?」

「え? 良いんですか!?」

「勿論よ! この機会に桂馬も買う?」

「PFPがあるから問題ない」

「メールができても通話は出来ないじゃないの」

「必要ないからな」

「んもぅ、可愛げが無いわね。

 それじゃあ、今度時間がある時に買いにいきましょ」

「はい!」

 

 携帯か。僕には必要ないが、エルシィには持ってもらった方が良いな。

 ……あいつ、メールを使いこなせるんだろうな? ボタンを押したら煙を吹いたりしないよな?

 

「ただいま戻りました」

「お帰りなさいませ! 何を話してたんですか?」

「えっと、今日はお仕事がキャンセルになったから、学校に登校してて欲しいって」

「姫様と一緒に授業を受けられるんですか!? 楽しみです!!」

「そうだね。私も楽しみだよ」

 

 今の台詞は……やはり一週間の記憶はなくなっているのか?

 やはりそれとなく確認してみた方が良いな。

 

 

 

 

 登校中、中川の方から僕に話しかけてきた。

 

「あの、桂馬くん。

 私、ここ一週間の記憶が曖昧なの」

「……そうか」

 

 わざわざ言われると逆に怪しいんだが……

 

「でもね、3つだけだけどはっきりと覚えてる事があるの」

「3つ?」

「まず、『私の中に駆け魂が居た事』、次に『桂馬くんがそれを何とかしてくれた事』」

「……3つ目は?」

「それはね、『桂馬くんにお礼を言う』って事」

「……」

「だから、言うよ。

 ありがとう、桂馬くん」

「……ああ。どういたしまして」




これにてかのん編終了です。

彼女の原作初期における心の弱さ、そして、事情を知っているからこその恐怖等を盛り込んでみました。
更に魔法に関する解釈やら、攻略の場を整える為の入れ替わりを描写し……
……なんですかね? このハードスケジュール。決して攻略2人目の難易度じゃないですよね?


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属性定義と心のスキマ
プロローグ


 最初の駆け魂を攻略して、すぐに2体目の駆け魂も攻略して……

 何だか凄く忙しい2週間だった気がするな。ゲームも(あんまり)できなかったし。

 まぁ、流石にまた駆け魂が見つかるって事は無いだろう。(授業中に)めいいっぱいゲームするぞ!

 

 ……ちょうど、そんな決意を固めたいた時だったかなぁ……?

 

 

 

ドロドロドロドロ……

 

 教室に入った途端にこんな音が鳴り響きやがった。

 

「って、またかよオイ!!」

「そ、そうですね。このクラスの中に居るみたいです」

 

 そう言えば歩美と中川もこのクラスの生徒なんだよな?

 1クラスに3人居るって事になると1学年4クラスだから単純計算で高等部に36匹の駆け魂が居る計算になるんだが?

 中等部まで含めると倍に……いや、これ以上考えるのはもう止めよう。

 この世には気付かない方が良い事もある。駆け魂をそもそも見つけなければ攻略する義務も多分無いし。

 

「……で、次の攻略対象はどこのどいつだ?」

「えっと……」

 

HR(ホームルーム)始めるぞ。お前ら席に着け」

 

「ちっ、また昼休みに話すぞ」

「はいっ!!」

 

 なお、中川は教室の隅の自分の席からこっちを心配そうに見ている。

 登校途中は一緒だったんだが、ずっと一緒に居るとファンの連中がうるさそうだという事で途中で別れた。

 せっかくだからあいつも呼んでおくか。

 

”昼休み、屋上に集合”

 

”了解!”

 

 超高速でメールを打ち、返信を確認してからPFPを懐にしまい……また取り出す。

 どうせまだ何もできないんだ。こんな時くらい全力でゲームしてても文句は出ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

  ……昼休み 屋上……

 

「さぁ、洗いざらい吐いてもらおうか」

「いや、あの、吐くと言われましても……

 次の攻略対象は『吉野(よしの)麻美(あさみ)』さんです」

「吉野麻美……そう言えば居たな。そんなの」

 

 教室の後ろの方にそんな名前の女子が居たような気がする。

 クラスメイトと話す機会なんてそうそう無いから僕が得ている情報はそれくらいだな。

 

「どんな人なんだろうね?」

「また面倒な奴じゃなければ良いんだがな」

「桂馬くん、それってどういう意味かな?」

「…………」

 

 お前の記憶に無い間、色々あったんだよ。面倒な事が。

 下手な事は言わないでおくが。

 

「え~っとですね、

 『吉野麻美 6月6日生まれの17歳

  茶道部に所属、血液型はA型、

  身長156cm、体重は47kg。

  好きな物は特に無し、嫌いな物も特に無し』

 だそうですよ!」

「……おい、エルシィ」

「はい何でしょう?」

「お前、本物か?」

「え? ほ、本物ですけど……」

「嘘だ!! お前がこんなに有能なわけがない!!」

「ちょ、ヒドいですよ神様!!

 同じクラスなんだから休み時間とかに周りの人から話を聞けばこれくらいの情報は集められますよ!!」

「部活とかはともかくさ、何で身長体重まで分かるの?」

「羽衣さんのパワーです! えっへん!」

 

 要するに……

 人から聞ける事は休み時間に聞いて情報を集めた。

 身体情報とかは羽衣の謎機能で集めた、と。

 

「……おまえ、そんなに有能だったのか?」

「当たり前じゃないですか! 私はお二人の協力者(バディー)なんですから!」

 

 ……とりあえず、情報収集能力、と言うより雑談力にのみ特化しているという解釈で良いのだろうか?

 そういう事にしておこう。うん。




というわけで、小説版からの登場でした!
時系列的にはどこら辺なんでしょうね、アレ。
ちなみに小説版1巻の発売日は原作5巻と6巻の間です。大体その辺なんでしょうかね。


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01 属性

「とにかくだ、今回のターゲットは茶道部員なんだな?」

「はい、そうみたいですね」

「相手の属性が絞れるなら攻略はやりやすい。

 ひとまず……放課後に透明化して様子を見るか」

「歩美さんの時と同じ手順ですね。了解しました!」

「そういうわけだが……中川、お前はどうする? 一緒に来るか?」

「そうだね……今日は予定も入ってないから付き合うよ。

 私がどれだけ役に立てるかは分かんないけど」

「分かった。じゃ、また放課後に」

 

 茶道部員か。

 あからさまに茶道部員っぽい感じのキャラなら攻略もやりやすいんだがな。

 ……『好きな物は特に無し、嫌いな物も特に無し』

 何か凄く嫌な予感がするんだが、はてさて……

 

 

  ……そして放課後……

 

 

「……ああ、うん。そう言えばそうだったな」

 

 透明化は、狭い。

 くっついてくるエルシィと中川が鬱陶しいが文句を言っても仕方ないので適当な場所で聞き耳を立てる。

 

「茶道かぁ、茶道はやったこと無いな。どんな風にやるんだろう?」

「どんな風にと言ってもな、基本的にはホストがゲストに順番に茶を振る舞うだけだ。

 本当にしっかりした茶道は色々な礼儀作法やら何やらがあるが……ちゃんとした先生が居ないと細かい所まで徹底するのは難しいだろうな」

「そっかぁ……」

「僕が知っている知識では……

 茶を飲む時は正面を避ける為に器を少し回す、

 飲み終える時にはズズッと音を立てて飲み干す、

 茶菓子は茶が出てくるまえに食べきる、とかだな」

「え? お菓子って食べちゃって良いの?」

「ああ、細かい理由は忘れたがな」

「じゃあ私も何か飲む前にお菓子食べますね!」

「茶道と日常をごっちゃにするんじゃない!」

「え~? 神様のイジワル」

 

 何か飲む度に菓子を食べてたらあっという間に枯渇するんだが?

 ってかエルシィはどうでもいい。麻美を観察しないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観察を終えた後、一旦家に戻って作戦を練る事にした。

 

 さて、結論から言わせてもらおう。

 彼女は茶道部キャラではなかった。

 

「無理をしてる、動きが固い、嫌がってる……

 う~ん、どれもしっくり来ないなぁ。何て言えば良いのかな?」

「現状では適切な表現が見あたらないな。

 だが、茶の道を極めようとしているとか、茶会が大好きだとか、そういうキャラでない事はほぼ間違いないだろう」

「だね」

 

 とりあえず集められる情報はこれくらいか。

 これ以上は体当たりで集めるしか無いだろう。

 

「神様、姫様、お飲みものをご用意しました!」

 

 エルシィがコップに麦茶を入れて持ってきたので適当に受け取って口を付ける。

 

「ちょっと、神様? お茶を飲む時は正面を避ける為に回すんですよ!!」

「あの、エルシィさん? それってお茶会の時だけだからね?」

 

 エルシィの戯言は気にせずにお茶を飲む。

 ……普通の麦茶だな。至って平凡な味だ。

 

「あ、そう言えばクラスの人から聞いたんですけど」

「ん? 何だ?」

「吉野麻美さんなんですが、好きな人が居るんじゃないかって……」

「何? それは面倒だな」

 

 片思いのせいで心のスキマができた……とか? 十分に有り得そうな話だが。

 

「その人の名前って分かる?」

「えっとですね……神様らしいです」

「ぶはっ!!」

 

 飲んでたお茶を盛大に吹いてしまった。

 っていうかちょっと待てや!!

 

「ゲホッ、ゲホッ、

 お、おいエルシィ、どういう事だ!?」

「そ、そうだよ!! 桂馬くんが好きって、どどどどういう事!?」

「え? いや、あの、私も隣の席のちひろさんから聞いた話で、まだ本当かどうかは……」

「ちひろ……小阪ちひろか」

 

 確かギャルゲーの背景に居そうな感じのモブだったな。

 学校一のイケメンは誰だとか何かそんな感じの事ばっかり言ってる奴だ。

 そこそこ席が近いんでそこそこ声が届いてくるんだよな。

 あいつの言う事なら……あまり信用性は無いが、疑われるような何かが吉野麻美にはあるんだろう。

 ……調べてみる必要があるか。




ちひろさんの名前がこんな早く出るとは思いもしなかったです。


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02 注視

「それじゃあ、明日の予定は

 僕は麻美と接触して情報を探る。

 エルシィはその手伝い。

 中川は……仕事か?」

「うん。そうなるね。

 そっちは頼んだよ、桂馬くん」

「うぅぅ~、もっとアイドルやってたかったですけど、仕方ないですね」

「当たり前だ」

 

 コイツ、自分の命が懸かってるっていう自覚があるんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に着くとエルシィが扉を開けて元気良く挨拶をする。

 

「おっはよ~ございま~す!」

「お~、エリー、今週は元気だね~」

「え~? 私はいつも元気ですよ!」

「はいはい」

 

 こいつクラスに馴染むの早いなぁ……

 悪魔っぽくないから人間に馴染むのが早いんだろうか?

 

 エルシィと仲良く話しているのが例の情報の情報源である小阪ちひろだ。

 いい加減でテキトーな感じのいかにもな現実(リアル)女だが、例の情報をくれた事に関してだけは認めてやろうじゃないか。

 

「そういえばちひろさん、例の話なんですけど……」

「あ~、麻美さんの話? いや、何かの間違いだとは思うんだけどね?」

「まま、そう言わずに。イケメンハンターこと小阪ちひろさんの情報網ってやつの力を見せてくださいよ!」

「そう言われちゃあ断れないね。よし、心して聞きなさい」

 

 何がイケメンハンターだ。

 自分から妙な称号を名乗ってる奴ほどイタいものは無いな!

 

「え~っと、あくまで噂だけど、何か授業中とかにオタメガの事をじっと見つめてるとかなんとか。

 まあ、黒板見ててその途中にオタメガが居ただけかもしれんけど」

「う~ん……有り得ますね」

 

 僕の席は教室のほぼ中心だ。

 それに対して麻美の席は僕の2つ後ろ……最後列で僕と同じ縦列と言った方が分かりやすいか。

 僕を見ていると言うより黒板を見ていたら僕が視界に入っていたという方が圧倒的に説得力がある。

 ま、噂なんて所詮そんなもんだな。

 

「あ~でも、授業中だけじゃなくて昼休みとかも見てるらしいよ」

「えっと……それはつまり……」

「キレイになった黒板を凝視する趣味が無いなら、本当にオタメガを見てるのかもね」

 

 それも何かの間違いだと思うが……

 ふと、視線を上げて教室の前の方を見てみる。

 ……注意を引くような物は見あたらない。

 ……少なくとも、現時点での僕の視点からは。

 

 ……いや、やっぱり何かの間違いだよな?

 

「それよりエリー、今度駅前に新しいドーナツ屋が出来たんだけどさ、今度一緒にいこーぜ!」

「あ、はい! ご馳走になります!!」

「いや、自分の分は自分で払いなよ」

「じょ、冗談ですって!」

 

 その後、小阪とエルシィの対話は他愛もない雑談が続いた……

 

 

 

 

 

 

  ……昼休み……

 

 授業終了のチャイムが鳴ったので視線を手元のPFPから正面へと向ける。

 先生が黒板をキレイにしてから教室を出る。

 その後に、注意を引くようなものは特に見あたらない。

 

「か~みっさま! お昼ご飯食べに行きましょう!」

「……ああ」

 

 エルシィに適当に応えながら自然な動作で後ろを振り向いてみる。

 すると……

 

 こちらを見ている女子と目が合った。

 

「!! …………」

 

 その女子、吉野麻美は慌てて手元の本を起こして顔を隠し、読書に集中するふりをしている。

 

「? どうしました神様?」

「……行くぞ」

「え? はい」

 

 おい、マジなのか?

 『凝視されていた=好きである』という式が常に成立するとは限らないが、『凝視されていた=興味がある』はほぼ常に成立する。

 興味があるという事は好感度が高い、もしくは極めて上げやすい状態にあるわけで……

 ……中川といい今回のこいつといい、最近は初期好感度高い系の女子が流行ってるのか!?

 

「かみさま、どこで食べましょうか?」

「屋上に行くぞ」

「はいっ!!」





こんな早くちひろのセリフを出す事に(ry


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03 反応

 現実(リアル)女の情報なんてたかがしれてると思ったが……まさか本当に僕に気があるのか?

 いや、目が合ったくらいでその結論に至るのは早計か。

 確か今日は茶道部の活動も無かったはずだから、放課後に少し仕掛けてみるか。

 

「どーしました神様? お弁当食べましょうよ!」

「ああ」

 

 今朝、母さんが持たせてくれた弁当箱を取り出して蓋を開ける。

 ……何か見慣れないメニューだな。気のせいか?

 そもそも弁当を持たせてくれる事がほぼ無いんだがな。

 適当に箸でつまんで口に入れる。

 

「神様、美味しいですか?」

「ん? ん~、まあ、普通に美味しいな」

「ふふっ実はそのお弁当、姫様が作ったんですよ!!」

「何? あいつが?」

「直接協力できないから、せめてものサポートだって言ってましたよ」

「……そうか」

 

 そういう事なら、ありがたく頂いておくか。

 って言うかあいつ、料理もできたんだな。

 

 

 

 

 

 

 そして放課後。

 吉野麻美と接触して情報を得る事を試みる。

 そうだな……校門を出てしばらくした辺りで適当にバッタリと遭遇するか。

 それよりも近いと人が多すぎるだろう。別に居ちゃいけないわけじゃないが、居ない方がやりやすそうだ。

 

「そんなテキトーな計画で大丈夫なんですか?」

「フッ、僕は落とし神だぞ? 下校イベントの導入など何千パターンも把握している!」

「はぁ……」

「さ、出発だ。透明化と飛行魔法を使ってターゲットを追おう」

「りょーかいです!」

 

 

 

 

 

 一人っきりで帰る麻美を数分間ほど尾行する。

 周囲の人が減ってきたのを見計らってエルシィに指示を出す。

 

「……頃合いだな。エルシィ、あそこに降りてくれ」

「了解です!」

 

 エルシィに指示したのは麻美の進行方向にある見通しの悪い交差点。

 死角になる所に降りてから姿を現せば下校中の偶然の遭遇になるだろう。

 

 

 ゆるやかに着地した後、透明化の膜から抜け出して自然体で歩く。

 適当に姿を現して反応があるなら良い。無いなら何らかのアクションを……

 ……起こそうとするまえに向こうから声をかけてくれた。

 

「え? あれ? 桂木君?」

「ん? ああ。君は……吉野だったか」

 

 用意しておいた適当な返事を口にする。

 

「うん。桂木君もこっちの方向だっけ?」

「こっちの……? ああいや、家なら別の方向だよ。

 ただ、今日はこっちに用事があってね」

「そうなんだ」

 

 う~ん……何か妙だな。

 『僕の事が好きである』という情報が仮に正しいならもうちょい何か別の反応があって然るべき……

 ……いや、そもそも何の感情も読み取れない。

 強いて言うのであれば、ひたすらに『普通』の反応。

 まるで推敲した文章を読み上げているかのようだ。

 やはり、もっと調べる必要がありそうだな。

 

「良かったら、途中まで一緒に行って良いかい?」

 

 僕がそう言うと彼女は少しだけ考えてから、

 

「いいよ」

 

 と返事した。

 その時、少し笑っていたような気もしたが、やはり感情を読み取る事はできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 下校中の会話を全て書いていたらキリがないのでサクッと結論だけ言わせてもらおう。

 麻美からは何の情報も得る事ができなかった。

 

「…………エルシィ、居るか?」

「はいっ! どうなさいましたか?」

「……帰るぞ」

「あ、はい」

 

 僕が適当に話題を振ったり、何か質問したり、時には煽ったりしても普通の反応しか返ってこない。

 設定が雑なAI系女子と話してるような気分だった。

 ……まさかあいつロボットじゃないだろうな? いや、流石にそれは無いとは思うが。



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04 心のスキマはどこにある?

 僕が家に戻ってから数時間後、中川も帰ってきた。

 

「ただいま桂馬くん。調子はどう?」

「攻略が順調かという意味なら少々難航している」

「あれ? 桂馬くんがそんな事言うなんて珍しいね」

「……かもな」

 

 僕の攻略はギャルゲーの理論に則っている。

 故に、攻略対象の属性の決定がほぼ必須となる。

 それが今回は全く掴めていない。

 ……難航してるって言葉じゃ足りないかもな。

 

「私に手伝える事はある?」

「そうだな……とりあえずは無いな」

「分かった。何かできる事があったらいつでも呼んでね」

「ああ。羽衣の分を除いたらエルシィよりもお前の方が有能そうだしな」

「それは……確かにそうかもね」

 

 羽衣を取ってしまえば結界術くらいしか取り柄が無いんじゃないだろうなあいつ?

 そう言えば、前にアイツは駆け魂隊はエリートみたいな事を言ってた気がするが……どうしてあんなのがなれたんだ?

 

 

 

『二人とも! ご飯できたわよ!』

 

 リビングの方から母さんの呼ぶ声が聞こえた。

 もうそんな時間だったか。

 

「あ、はーい! 今行きます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……翌日、朝……

 

「おはようございます、神様!」

「……よし、まずは説明してくれ」

「あ、うん」

 

 朝起きて朝食を食べにリビングに降りると中川()()が座っていた。

 

「えっと……まず麻里さんはゴミ捨てに行ってるだけだよ。数分で戻ってくると思う」

「そっちは予想はついてた。問題はもう一つだ」

「……エルシィさんはなんかまたアイドルしたいとかなんとか……」

「…………いやまぁ、羽衣を除けばお前の方が有能そうだと昨日確かに言ったし、お前がエルシィの代わりに手伝ってくれるなら僕は別に構わないんだが、お前はそれで良かったのか?」

「学校はなかなか行けないから私は楽しいよ?」

「あのアホが何かやらかさないかが心配なんだが……お前が大丈夫なら構わん」

「よかった。それじゃあ朝食食べましょ、に~さま♪」

 

 それで良いのかアイドルよ……

 

 

 

「あ、そう言えば……」

「どうしたの?」

「駆け魂が悪魔だって話、エルシィから聞いたか?」

「え? うん。

 そこから魔力を搾り取ってたから簡単に魔法が使えたって所まではエルシィさんから聞いたよ」

「じゃあ今はどうなんだ? 大変じゃないのか?」

「大丈夫だよ。

 えっと……これ見てもらった方が早いかな?」

 

 そう言って中川が差し出したのは一枚の封筒だ。

 ……見覚えがあると思ったら、前にドクロウから送られてきた封筒と全く同じもののようだな。

 

「妙な呪いとかはかかってないから大丈夫だよ」

「そういう妙な所は覚えてるんだな。どれどれ?」

 

 封筒からはまた1枚の手紙が。

 そう言えばこの手紙は日本語で書かれてるが、地獄でも日本語が標準なんだろうか?

 いや、それは無いか? 単純にドクロウがこっちに合わせているだけだろう。

 

[前略

 君の中に駆け魂が居た時は魔力量に余裕があったので問題は発生しないと踏んでいたが、今後はそうも行かないだろう。

 そこで、ペンダントには実は君の生体データを収集して定期的に最適化するようにプログラムが組んである。

 そろそろ君のデータも揃ってきたので以前よりも格段に高効率な魔法行使ができるだろう。

 自動調整では間に合わない大幅な修正が必要な場合はエルシィの羽衣に信号を送るようになっている。その時は連絡してほしい。

 草々]

 

「……都合が良いと言うか何というか……

 無理はするなよ?」

「うん。分かってるよ」

 

 

 

 

 

 

 登校しながら中川と昨日の事を話す。

 

「さっき難航してるって言ってたけど、どういう事なの?」

「ヒロインの属性やら攻略ルートやらの話は覚えてるか?」

「えっと……多分」

「ふむ……じゃあ細かい説明は省くぞ。

 簡潔に言うと、今回のターゲットである吉野麻美の属性が掴めなくてルートが確定できない。以上だ」

「簡潔にまとめたね……結局あの後も全く分からないの?」

「ああ。適当に会話しても返ってくる反応はことごとく普通、おまけに住んでる家まで普通の一戸建てだったよ」

「あの、家って関係あるの?」

「あるに決まってるだろう!」

「そ、そう」

 

 一見地味な娘でも家とか家族とかが一癖も二癖もあるというのはギャルゲーでは定番……とまでは言わずともそこそこある。

 なので割と期待していたんだがな。

 

「属性、属性かぁ……

 あ、そう言えば茶道部に居た時の吉野さんの態度なんだけどさ。

 言葉に表すなら『演じてる』が一番近い気がしたんだけどどう思う?」

「そうだな……確かにそんな感じだよな。

 僕達が見た場面の全てで平均的な人間を演じているとするなら説明は付くか」

「これって何か手がかりになるかな?」

「とりあえず考えてみる価値はあるな」

 

 今の態度が全て演技によるものなら、その演技を取っ払ってしまえば本音を見る事も可能になる。

 演技をする理由に心のスキマが関わってる可能性もあるな。

 取っ払う手段を考えるためにも理由は把握できた方が良いだろう。

 

「演技だと仮定して、何であいつはわざわざそんな事をしてるんだろうな?」

「う~ん……目立ちたくないから、とか?」

「よし、その線で行ってみよう。

 目立ちたくないという事は……他人と関わりたくない、というのはどうだろうか?」

「良い意見だとは思うんだけど……そんな人が茶道部に入るかな?

 他人と関わるのが嫌なら他の部活とか、最悪帰宅部でも良いんじゃないかな?」

「確かにそうだな。そうなるとこの説は苦しい……

 ……いや、そうでもないぞ」

「?」

「少し話は変わるが、お前がアイドルになろうとした理由って何だ?」

「うぇっ!? え、えっと……笑わないでね?」

「内容による」

「そこは『うん』って言ってほしかったよ」

「安心しろ。大体想像は付く。

 おおかた、『引っ込み思案で友達も居ない自分を変える為』とかだろ?」

「えっ!? 何で分かったの!?」

 

 中川の心のスキマからそれっぽい理由を適当に考えただけなんだけどな。

 本人には言わないでおこう。

 

「で、話は戻るが……」

「戻すの!?」

「……あいつも同じだったんじゃないのか?

 『他人と関わりたくないと思っている自分を変える為』

 その為に茶道部に入った」

「あっ、なるほど」

「これが正しいなら、『他人と関わりたくない』と言うより『他人と関わるのが嫌い』と言うべきか? 『嫌い』ではなく『苦手』かもしれんが。

 いや、これもまだ正確ではない。自分を変えようとしているのであれば『他人と関わるのが嫌いな自分が嫌い』という事になるな」

「自分が嫌い……これって十分に心のスキマになるよね?」

「ああ。間違いなくなるだろう。合ってるなら」

「……合ってるのかなぁ?」

「合ってる気がするぞ。この説が正しいなら謎が一つ解明される」

「謎?」

「ほら、『吉野麻美は僕の事が好きだ』とかいう眉唾物の噂の事だ」

「…………あ、確かに。納得できるね」

 

 エルシィが相手だと1から10まで説明する必要があるが、中川だと1を聞いただけで大体理解してくれるからありがたいな。

 

「これで攻略のとっかかりができた。ありがとな中川」

「わ、私は何もしてないよ」

「そんな事は無いさ。やっぱりお前エルシィよりずっと有能だな」

「アハハ……」




入れ替わりの辺りの話で若干ご都合主義が入ってる気がしないでもないですが、こうでもしてかのんちゃんを物語に参加させないと本作の基本設定の意義が半分くらい消し飛ぶのでどうか寛大な心で見逃して下さい。





さて、
お気に入り数100件超えましたね~。
まさかこんなに早く到達するとは……
前作では70話くらいかかったから本作ではもっとかかるんじゃないかと連載前は思ってましたよ。
それじゃあ……また企画でもやりましょうかね。
ちなみに難易度は極悪です。本当にヒマな方だけどうぞ。

企画:女神当て大会 1
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=128547&uid=39849

では、次回もお楽しみに!


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05 スイッチ

  ……昼休み……

 

「おに~さま、お弁当たべましょ!」

「ああ。そうだな」

 

 エルシィ状態の中川が声をかけてくる。

 しっかしよくやるよな。声質と外見以外に全く違和感が無い。流石は現役アイドルと言うべきか。

 

「それじゃあ……屋上で良いか」

「は~い♪」

 

 二人で教室を出て屋上への階段へと向かう。

 

 

「あ、桂木くん、ちょっと待って!」

 

 こんな声が後ろの方から聞こえてきたのは丁度廊下を曲がろうとした時だった。

 聞き覚えのあるような無いような声を疑問に思いながらも振り返る。

 すると僕達の教室から一人の女子がこちらに向かって走って来ていた。

 

「はぁ、はぁ……こ、これからお昼?」

「あ、ああ……」

「それじゃあさ、一緒にお昼食べない?」

「……僕は構わないよ。エルシィは……」

「……え? あっうん、私も大丈夫だよ……ですよ!」

「良かった。それじゃあ行こ!」

 

 その女子とは、吉野麻美。

 ……で良いんだよな?

 外見は間違いなく麻美なのだが、雰囲気やら何やらが根本的に異なる。

 昨日までの彼女はこんな積極的に動くような人間には見えなかったし、ここまで表情豊かでは無かったはずだ。

 中川も驚きすぎて微妙に素が出てたし。

 情報が増えるのは大歓迎なので向こうから接触してくる事自体は構わないんだが……

 ……何かイヤな予感がするな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、この間テレビで……」

「あ、私も見てましたよそれ! 凄かったですよね!」

 

 中川と麻美がガールズトークに花を咲かせている。

 って言うか本当に麻美なんだよな? 別人だと言われても普通に納得できるぞ!?

 ……なんて取り乱していてもしょうがない。冷静に情報を分析していけば謎は解けるはずだ。

 

 状況次第でここまで性格が変化する。

 おそらくは『二重性格』のキャラという事だろう。

 二重人格じゃないぞ? 二重性格だ。

 二重性格とは、ヒロインの持つ性格(キャラ)が二つに乖離している事だ。

 例えば、みんなの前ではつんけんしているが、二人っきりになると甘えてくるとか、

 例えば、普段はしっかりものだが、二人っきりになると骨抜きになるとか。

 ……ちなみに、今の中川もキャラを使い分けてるが、これは単なる演技なので二重性格には当てはまらない。

 

 でだ、吉野麻美は昨日は平均値が服を着ているような有様だったが、今はご覧の有様だ。

 彼女の中の何らかのスイッチが入ってこうなったんだと考えられる。

 ……考えられるんだが……

 

「ねえ桂木くん、桂木くんはどう思う?」

「ん? ああ、ごめん。何の話だっけ?」

「もー、ちゃんと聞いててよ。

 中川かのんちゃんの話!」

 

 ……ガールズトークはいつの間にか妙な方向に進んでいたらしい。中川も苦笑いしてるよ。

 

「ごめんごめん。で、かのんちゃんがどうしたの?」

「この前のテレビの生放送で何もない所でスッ転んでたりしてたけど何かあったのかな~って」

「……へぇ、そんな事があったんだ」

 

 エルシィがやらかしたんだろうな。きっと。

 だが、スッ転んだくらいなら問題は無い。致命的な問題をやらかさない事を祈っておこう。

 

「え? 知らなかったの?

 もしかして桂木くんってテレビとか見ない人?」

「そうだね、あまり見ないかな」

 

 中川かのんの顔を知ったのもつい最近の事だしな。

 モニターなんてゲーム画面を映す機能があれば十分だ。

 

「へ~、桂木くんって変わってるね」

「まあね」

 

 

 急に話を振られて思考が中断されたが、話を戻そう。

 彼女の中の何らかのスイッチが入って性格が変化した……と思われる。

 しかし、そのスイッチに心当たりが無い。

 昨日の下校から今日の今までに何か僕がやらかしたという事も無いし、周りの環境も対して変わっていない。

 ここまで来ると単純に別人なんじゃないかという気がするんだが……まあ考えてみようじゃないか。

 休日だとハイテンションになるとか、2人きりだと大胆になるとかならまだ分かりやすいんだが……

 ……っと待てよ? 昨日の下校と今の状況で明確に違う点が一つだけあるよな?

 ……いや、まさか、いや、無いよな?

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を食べ終えても吉野麻美の雑談は続く。

 僕は基本的に雑談には参加せずに居るのだが、そこそこの頻度で僕に話が振られる。

 僕の反応を伺っている、ようにも見えるんだが……考えすぎだろうか?

 

「あ、もうこんな時間。そろそろ教室に戻ろう!」

「そうですね。麻美さん、今日はありがとうございました。楽しかったです!」

「ううん、こっちも楽しかったよ」

 

 う~む、中川と今後の方針について話し合いたかったのだが、そんな時間は無いな。

 まぁ、授業中にメールで話せば良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 そして授業中、中川は机の下でこっそりと、僕は堂々とメールのやり取りをする。

 

 

”桂馬くん、何か収穫はあった?”

 

”まあな。

 お前の意見も聞いておきたいんだが、今大丈夫か?”

 

”うん、今日の授業内容後で教えてくれれば”

 

”そのくらいなら構わん。

 まず確認したいんだが、アレは本当に吉野麻美なんだろうか?”

 

”まず間違いなく別人だと思うけど……あの子、駆け魂持ちなんだよね”

 

”そうなんだよなぁ……

 心のスキマがあるんだからあれくらいあってもおかしくはないような気がしなくもない”

 

”……どうしよう?”

 

 

 別人かどうかを判別したいならエルシィを引っ張ってきて駆け魂センサーで調べてもらえば一発だと思うが、残念ながらあいつは今ここには居ない。

 ないものねだりをしてもしょうがないので今ある情報だけで何とかする。

 

 

”彼女の事を二つの場合に分けて考えてみた。

 まずは、彼女が双子の姉妹か何かだった場合だ。

 その場合は登校中に話した方針で合っているんだと思う”

 

”もう一つは?”

 

”彼女が本当に吉野麻美本人である場合。

 彼女は男じゃなくて女が好きなのかもしれん”

 

 

「えええええっっ!?」

「おい桂木妹、静かにしろ!」

「あ、すいません……」

 

 思わず声をあげてしまった中川だが、返信はすぐに返ってきた。

 

 

”ちょっと!? どういう事!?”

 

”有り得ないとは思うんだがな”

 

”有り得ないよ!!”

 

”まあ聞け。

 昨日の下校と今日の昼休み、周囲の環境の明確な違いとしてお前が居たか居なかったかが挙げられる。

 お前、と言うかエルシィの有無だけであそこまで態度が変わったんだ”

 

”だからって……それは無いんじゃない?”

 

”茶道部に居るのは着物の女性が好きだから、昨日話しかけても反応が薄かったのは男に興味が無いから。

 そう考えれば辻褄は合う”

 

”いや、いやいやいやいや、強引過ぎない!?

 さっきも雑談しながらも桂馬くんの様子を凄く気にしてた気がするし!”

 

”それも邪魔な男を疎ましく思っていたという事なら……”

 

”もう勘弁してよ!!

 って言うか、『自分以外の女子がその場に居ないと上手く話せない』とかの可能性もあるんじゃないの?”

 

”それも一応有り得るが……そういう問題だったら教室でもっと声を聞く気がする。

 まぁ、あくまで可能性の話だ。あるとしても1%に満たない確率だろう。

 だが、念のため確認する”

 

”えっと、何をする気なの……?”

 

”安心しろ、お前の身に危険が及ぶ事はない。

 まず、お前と僕、そして吉野麻美の3人で下校する。

 その後、急用ができたフリをしてお前だけ先に帰る。

 その後の麻美の態度を見る。

 以上だ”

 

”それで昨日と同じような感じになったら……”

 

”……そうならない事を祈るよ”

 

 全くだな。

 ゆるめの百合属性のヒロインなら普通に居るが、重度のものはギャルゲーの攻略対象としては出てこない。

 頼むから杞憂であってほしい。



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06 神様のロジック

 そして放課後。

 案の定と言うべきか、僕達が教室を出てしばらく歩くと後ろの方から駆け足の音が聞こえてきた。

 

「ねえねえ、良かったら一緒に帰らない?」

 

 そう声を掛けてきたのは当然、吉野麻美(仮)である。

 昼休みの時に感じた性格からして向こうから声を掛けてくる事は想定していたパターンの一つだったので予定通りの返答を返す。

 

「そうだね、今日も向こうの方に用事があるからご一緒させてもらおうか」

「ん~、私は帰らせていただきますね。

 お邪魔虫は退散させてもらいます♪」

「お、お邪魔虫って、何言ってるのよエリーちゃん!」

「うふふっ、それじゃあまた明日!」

 

 おい中川、そんなアドリブ台詞をぶっこむ予定は聞いてないんだが?

 まあいいか。僕の妹としてその発言をするなら角が立つ事はまず無いし、僕の事が好きだとか言う噂も白黒付けたい。

 ……この吉野麻美(仮)にやっても意味が無いような気もするがな。ノーリスクローリターンなら問題は無い。

 

「それじゃあ行こうか」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、この間茶道部でね……」

 

 目の前の少女は僕と二人きりの下校中でも昼休みと同じペースで雑談を続けた。

 よくネタが尽きないな。人と話すのが好きなんだろう。

 

 ……さて、これは確定で良いな?

 昨日と環境がほぼ変わらないのにこれだけ性格が異なる。二重性格では説明できない。

 これで別人じゃなかったら二重人格くらいしか有り得ない。

 

「一つだけ、質問しても構わないかな?」

「? なあに?」

「そうだな、何て言うべきか……」

「うんうん」

 

 少しだけ間を置いて、問う。

 

()()()()?」

 

「…………へ?」

「とぼける事はない。と言うかそもそも隠す気が無いように見えるんだが?」

「ちょ、止めてよ。急に何言い出すのよ。

 私は吉野麻美だってば!」

 

 まだとぼける気なのか?

 だが証拠も無いんだよなぁ……

 ここでこのまま頑とした態度で問い詰めれば白状しそうな気もするが、目の前の彼女に悪い印象を与えるかもしれない。

 吉野麻美を攻略する上でその妹だか姉だかの協力はあった方がありがたい。

 そうだな、ではこんな手はどうだ?

 

「いや、君は間違いなく別人だよ。

 だって、もし本人なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう?」

「…………え?

 ええええええええええええっっっっ!? 振った!?!?」

「何だ、姉からは聞いてなかったのか?」

「えっと、え、えと、ええ~と……

 ……か、桂木くん、それホント?」

 

 嘘だと断定するならともかく、ここで疑問形で返すのは降伏宣言だと受け取って良いだろう。

 とりあえず楽にしてやろう。

 

「嘘だ」

「嘘かよぉぉぉおおおお!!」

「はははっ、もしお前が本人だったら自意識過剰な男になる所だったよ。

 さ、諦めて全部吐き出せ」

「うぅぅ……桂木くんコワイ。どうして分かったの?」

「あれで別人に見えなかったら相当な間抜けだと思うぞ?」

「そこまでかなぁ? 外見はお姉ちゃんと瓜二つだから別人だって発想はすぐには出てこないんじゃない?

「性格があれだけ変わってればな。学校の外と中で違うとかならまだ分かるが、何の理由もなくああなってれば誰でもおかしいと思うだろう」

「そっかぁ、ちょっと失敗したかな~」

 

 目の前の少女はちょっと恥ずかしそうに頭をかいた後、一つ咳払いをしてから再び口を開いた。

 

「それじゃあ自己紹介しておくね。

 私の名前は吉野(よしの)郁美(いくみ)。麻美お姉ちゃんの妹だよ」

 

 

 

 

 

 

 『立ち話もなんだから』という吉野郁美の提案で手近な喫茶店に2人で入る。

 僕も彼女も適当なものを店員に頼んだ所で僕から口を開いた。

 

「それじゃあ、何でこんな事してたのか説明してもらおうか。

 まぁ、大体想像はつくが」

「え~、ホントに?」

「ああ。一言で言うと姉が気にしてる男子の素行調査だろう?」

「え、う、うん。そういう事、だね」

 

 目の前の少女は分かりやすくうろたえる。

 話してた時から分かってはいたが良くも悪くも裏表の無い性格なんだな。

 

「って言うか桂木くん、お姉ちゃんがキミの事気にしてるの知ってたの!?」

「近くの席のどーしようもない女子がその事を噂してたし、昨日振り向いたらバッチリと目が合ったからな」

「お、お姉ちゃん……分かりやす過ぎるよ」

「そういう事以外での日常生活ではちゃんと演じきってるのにな」

 

 僕がそう言うと郁美は凄く驚いたようは顔をして、それから真剣な顔になって問い詰めてきた。

 

「どうして、知ってるの?

 どこまで知ってるの!?」

「どこまで、か。そうだな……

 ……今回の件だけじゃない。君のお姉さんの悩み、そしてその解決方法。

 その全てを僕は知っている」

「す、全てって、そんなのっ、神様じゃないんだから!」

「こんなのはただのロジックの積み重ねだ。正しい情報さえあれば神でなくてもできる。

 が、あえて言わせてもらおう」

 

 一呼吸置いて、言い放つ。

 

「僕は神、落とし神だ!」

 

 それを聞いた郁美はポカンとしていたが、少しの間を置いてから急に笑い出した。

 

「どうした? 僕が神を名乗るのがそこまでおかしいか?」

「あははっ、いや、そうじゃなくて」

 

 そしてひとしきり笑った後、僕の顔を真っ直ぐ見ながら口を開いた。

 

「神様じゃしょうがないね。分かったよ。

 桂木くん、力を貸してほしいの。一緒にお姉ちゃんの悩みを解決して!」



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07 悩みの本質

「お姉ちゃんはね、ニンゲンが嫌いなの」

 

 吉野郁美の相談はそんな言葉から始まった。

 

「……驚かないんだね。お姉ちゃんがニンゲン嫌いだって聞いて」

「そのくらいは予測していたからな。

 あの『普通』の性格を演じているのは他人と関わりたくないからだろうって」

「本当になんでもお見通しなんだね」

「まあな。次は茶道部に入ってる理由でも説明しようか?」

 

 郁美は驚きながらも頷くのでその答えを口にする。

 

「君のお姉さんはそのニンゲン嫌いを矯正する為に、人と直接向き合う茶道部に入っているんだろう?

 つまり、彼女は人間が嫌いと言うよりもそういう自分が嫌いなんだ」

「あのさ、君って本当に人間?」

「言ったはずだ。僕は神だと」

「あはは、そうだったね」

「それじゃあ君の相談事は『君の姉の性格の矯正』という事で良いんだな?」

「うん、その通りだよ」

 

 今日の朝の議論の時点で方向性は完全に合っていたんだな。

 だが、方針は断定できてもまだ情報が要るな。

 

「いくつか確認したいんだが……

 まず、念のための確認だ。性格の矯正は本当に彼女本人が望んでいるんだな?」

「……うん、間違いないよ。

 前からお姉ちゃんは人と普通に話せる私の事を羨むような事を言ってるし、最近ではなんかこう、自分をけなすような言葉が増えてるんだよ」

「そうか。なら間違いなさそうだな」

 

 目の前の妹が嘘をついているとかじゃなければ間違いないだろうし、その妹は嘘をつくような性格には見えなかった。

 とりあえずは信用して良いだろう。

 

「ねぇ、お姉ちゃんが何か思い悩んじゃうようになったのってさ、やっぱり桂木くんを好きになっちゃったからなのかな?

 桂木くんと話せるようになりたいから、そうなっちゃったのかな?」

 

 『好きになった』か。

 麻美が僕に抱いている感情はおそらくまだ恋愛感情ではないのだが、まあわざわざ指摘する必要も無いか。

 

「他に心当たりが無いのであれば、その可能性が高いな」

「やっぱりそうだよね。う~ん……」

 

「それじゃあ次の質問をさせてくれ」

「うん、どんと来い!」

「自分で矯正したがっているという事は、茶道部に入る以外にも色々とやってたはずだ。

 どういう事をしてどういう風に失敗したのか知りたい」

「うん、えっとね、クラスでの行事とか皆でどこかに遊びにいく時とか、そういうのには積極的に参加するようにしてるの。

 参加するようにはしてるんだけど……途中から耐えきれなくなっちゃうの」

「耐えきれなく?」

「うん。具合が悪くなって、酷い時には吐いちゃったりとか」

「それは……重症だな」

 

 そんな思いをしてまで矯正したがっているのか。

 麻美の本来の性格……という言い方も少々おかしいが、本来の性格は人と話す事が好きなのかもしれないな。

 それこそ目の前の妹のように。

 似ているのは外見だけかと思ったが性格も似ている、とまでは言わずとも通じるところがあるようだ。

 

 しかしここまで重症となると正攻法のゴリ押しでは逆効果になるだろうな。

 いや、そもそも正攻法で治るもんなら心のスキマにはならないか。

 心のスキマ、その原因……

 ……どうやら彼女は、本当に人と話す事が好きらしいな。

 

「喜べ吉野郁美。

 エンディングが、見えたぞ」

「……へ?」

「彼女の悩みは近日中に解決する、と言ったんだ」

「ほ、ホント!?」

「ああ。但し、お前の協力が必要不可欠だ。頼めるか?」

「勿論だよ!」

「それじゃあまずは連絡先を教えてくれ」

「うん! えっと……」

 

 

 その後、今後の大まかな計画を話し合ってから解散になった。

 

 

 

 

 

 

 

「お、お帰り桂馬くん、ど、どうだった?」

 

 家に帰るなり中川が凄く不安そうに声をかけてきた。

 どうしたんだ? 一体何が……ああ、アレか。

 

「安心しろ。今後お前の出番は無さそうだ」

「よ、良かったぁ……

 ……良かったんだけど、その言い方は何か嫌だな」

「そうか? スマン」

 

 万が一の場合は僕ではなく中川が麻美を攻略するなんて話になってたからな。

 杞憂で済んでほんと良かった。

 

「やっぱりあの子は別人だったの?」

「ああ。吉野郁美、双子の妹らしい」

「妹さんだったんだね。凄くソックリだったよね」

「会話しなかったらまず間違いなく気付かなかっただろうな」

 

 きっと学校では僕達以外の人間とは話さなかったんだろう。

 世間話するような友達も居ないはずだし。

 

「あ、そうだ。今週末のお前の予定ってどうなってる?」

「え? 今週末?

 えっと、今はエルシィさんが手帳を持ってるからちょっとあやふやだけど……確か、『ガッカンランド』って所でイベントだったはずだよ」

「『ガッカンランド』……確か、室内型の大型アミューズメント施設だったな」

 

 一言で言うと大型のゲーセンみたいな所だが……

 カラオケやボウリング、漫画喫茶にレストランまで一つの巨大なビルに収まっている。

 目玉の施設としてジェットコースターがあり、ビルの中に強引に組み込まれたソレは非常にスリリングで人気だとか。

 そんな感じの事をどっかの現実(リアル)女が言ってたはずだ。

 

「そのはずだけど……もしかして、攻略予定日と被る? 予定空けた方が良い?」

「いや、問題ない。

 無難にデゼニーシーで決着を着けようと思っていたが、そこに変更すれば良いだけだ」

「え、大丈夫なの?」

「人が大人数で騒ぐような場所ならぶっちゃけどこでも良かったからな。

 むしろ天気が悪くても延期せずに済むそっちの方が都合が良いかもしれん」

「それなら良いけど……」

 

 中川は不安そうにしながらも頷く。

 しかしすぐにハッとしたような表情になった。

 

「え、人が大人数で騒ぐような場所に行くの?」

「ああ」

「吉野さんって人と関わるのが苦手なんだよね? そんな場所に連れて行って良いの?」

「まぁ、大丈夫ではないだろうな」

「大丈夫じゃない事は分かってて、それでも行くんだね?」

「ああ」

「……何も考えずに安直に人と関わらせて吉野さんの人間嫌いを克服させようとしてるとかなら全力で止めたけど、分かった上で行くんだね。

 ならきっと桂馬くんなりの考えがあるんだろうから止めない。任せたよ」

「ああ。そっちも最後は任せたぞ」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、夕方過ぎくらいにエルシィが帰宅。

 中川の予定が詰まった手帳を確認して週末の予定を再度確認したら問題は無かったので作戦を決定する。

 続けて、家の電話を使って吉野郁美と連絡を取る。

 

「もしもし、僕だ。桂馬だ」

『さっきぶりだね。どうしたの?』

「ちょっと追加で頼みたい事ができたんだが、今大丈夫か?」

『だいじょぶだよ~。どうすれば良いの?』

「人を集める場所だが、ガッカンランドにしてくれ。可能か?」

『あ~、あそこね。今話題になってる所だし大丈夫だと思うよ』

「そうか。じゃあ頼んだぞ」

『うん。じゃあね!』

 

 

 これで一番面倒な準備は全て吉野郁美がやってくれる。

 後はエンディングまで一直線だ。



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08 吉野麻美という少女

 桂木桂馬と吉野郁美が手を組んでから数日後の話である。

 

 

 

 その日、吉野麻美……私は帰宅してきた妹からこんな話を聞かされた。

 

「明日の休日さ、私の友達と一緒にガッカンランドって所に行くんだけど、お姉ちゃんも一緒に行かない?」

 

 正直な話、全く気が乗らなかった。だけど郁美から、

 

「ほら、お姉ちゃんが頑張ってる人と付き合えるようになる訓練の一環だと思ってさ」

 

 そう言われてしまうと無下にはできない。

 でも、私が人付き合いを苦にしている事は妹も良く知っているので断ったくらいで機嫌を損ねるような事も無いだろう。

 最近は体調もあまり良くないので断ろうと口を開き掛けた。

 

「あ、そうそう。あの桂木くんも来るんだってさ♪」

「……え?」

 

 断る為に開き掛けた口から間抜けな声が漏れる。

 なんで? どうして??

 私がそう口にする前に察してくれたのか、それとも予め台詞を用意してあったのか、妹が理由を言う。

 

「なんか、私の友達の友達の友達がたまたま桂木くんだったんだってさ。

 あ、それでどうする? 行く?」

 

 さっきまで断る気満々だったはずなのに。

 

「行く」

 

 反射的にそう答えてしまった。

 そしてそれを聞いた妹は満足そうに頷いていた。

 

 

 

 

 翌日。

 私は集合場所であるガッカンランド前の大きな銅像の所まで辿り着いていた。

 よく目立つ場所なので集合場所としてよく使われるのだろう。私とは全く関係ない他人も何人か集まっている。

 だけど、見知った人は居ない。

 そう、誰も居ない。郁美さえも。

 私は当然妹と一緒に行くものと思っていたのだが、用事があるとか何とか言って先にでかけてしまった。

 郁美が誘ったんだから一緒に来るべきだとか堅苦しい事を言うつもりは無いけど、なんだかなぁ。

 ……ところで、誰も来てないんだろうか? そろそろ集合時間のはずなんだけど……

 って言うか、今日来る人を知らない。郁美と桂木君くらいしか分からない。

 郁美はもちろん、桂木君も時間に遅れるような人には見えないんだけどな……

 もしかして私が気付いてないだけでもう近くに居る?

 そう思って辺りを見回してみるけどそれらしい人影は無い。

 もしやと思って銅像の裏を確認してみる。

 すると、居た。

 いつものように携帯ゲームをしている桂木君が立っていた。

 声をかけるべきなのだろうか? しかし声をかけても良いのだろうか?

 しばらく躊躇したあと意を決して声をかける。

 

「あの、桂木君」

「ハッ!」

 

 桂木君は私が声を掛けたのとほぼ同時に持っていた携帯ゲーム機を空に向けて突き出すと言う奇抜な行動に出た。

 ビクリとする私を気にする風も無く、突き出した腕を元の高さまで戻す。

 

「ふむ、一回でちゃんと入ったか。意外と良いスポットだな」

「あの……」

「折角だから他のイベントもダウンロードしておくか。追加コンテンツを無料で配布してくれるのはありがたい」

「…………」

 

 ゲームに夢中……なのかな? 存在を気付かれてないみたいだ。

 

「よし、って何だコレは! こんな酷いクオリティのイベントがあるか! いくら無料でもユーザーを舐めすぎだろう! この会社のゲームはもう買わん! 通常版しか」

 

 桂木君は何事かに憤慨したら顔を上げた。

 そして、目が合った。

 どうしよう、何か言わないと。

 そんな風に考えてて沈黙してた私への第一声がコレだった。

 

「何だ、居たのか」

 

 そんな、凄くマイペースな発言だった。

 

 ……桂木桂馬。

 自分は本当に彼の事が好きなのだろうか?

 

 授業中とかお昼休みとか、ついつい彼を見つめてしまっている。

 振り向いた彼と目が合った時にはもの凄く焦ったし、その日の下校中に彼が声をかけてきた時は表面上は何とか平穏に振る舞ってたけど心臓の音が聞こえそうなくらいどきどきだった。

 これは恋……なのだろうか?

 

 ただ一つだけ言える事として、私は彼の事がもの凄く気になるのである。

 だけど理由はよく分からない。

 

 今日ここへ来た理由の一つとして、この良く分からない気持ちの正体が分かるんじゃないかという期待があった。

 彼と直接話せば分かるような気がしたのだが……何だか不安なスタートである。

 

「よし、それじゃあ行くか」

「え? え? あの!」

 

 桂木君が一人でさっさと建物に入ろうとするのでしどろもどろになりながらも何とか言いたいことを言う。

 

「待って、妹は? 他の人は?」

「ん? 何だ、聞いてないのか?

 君の妹とエルシィは一時間後、他の人は更に後だ。

 最初は僕達二人だけだぞ?」

 

 …………え?

 混乱しそうになりながらも桂木君の言葉をよく吟味する。

 そして……

 

「えええええええええっっ!?」

 

 思わず叫んでしまったけど、私は悪くないと思う。



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09 異端と普通

 桂木君がスタスタとガッカンランドの中に入っていく。

 一人で置いていかれては堪ったもんじゃないので慌てて後に続く。

 エントランスの自動ドアを抜けて少し歩いた所で桂木君は突然立ち止まった。

 すぐ後ろを歩いていた私は止まれずにそのままぶつかってしまう。

 

「あ、ごめん」

「……いや、いい」

 

 すぐに謝って、桂木君もそう返事をしたけど何やら苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 ぶつかられた事がそんなに気に障ったのだろうかと焦ったが、どうやら彼が気にしているのは前方のフロントのようだ。

 つられて視線をそちらに向ける。

 休日故か、それとも別の理由があるのか、ほどほどに混雑しているフロントの近くには何やら奇妙な格好をした人が沢山居る。

 お姫様っぽい格好とか、有名なアニメの絵から飛び出してきたような格好とか、妙にきらびやかな制服姿とか。

 ここのスタッフがああいう格好で出迎えているのかとも思ったけどそれにしては数が多い。

 少し考え込んで、理解した。

 あそこに居るのは全員お客さんで、あれらの服はいわゆるコスプレであり、ここはコスプレして遊ぶ施設なんだ……と。

 

「話には聞いていたが、ここを作った奴は頭のネジが2~3本すっぽ抜けてるんじゃないのか?」

「そ、そうだね」

 

 予想外の出来事の連続で『普通』の態度が崩れそうになるが、何とか無難な返事を返す。

 本当に模範解答だったのかはよく分からないが。

 

「僕はあんな真似をする気は無いが、君はどうする?」

 

 え? あれを? コスプレを私にしろと?

 

「む、無理!」

 

 『普通』の態度なんてかまってられずについ反射的に断ってしまった。

 言った直後にしまったと思ったが、幸い桂木君は気にしていないようだ。

 

「全く、こんな事をする奴の気が知れないな。

 そもそも、いくら二次元の真似をした所で三次元の存在が適う訳が無いというのに」

「う、うん……?」

 

 ど、どう返事をするのが正しいのだろうか?

 もう誰か助けてほしい。

 妹は一時間後に来るらしいけどそれまで間を持たせるなんて絶対無理だ!

 

 しかし、幸か不幸か私の心配は杞憂に終わった。

 

 辺りをのんびりと見回していた桂木君が何か見つけたのかある方向を凝視しはじめた。

 私も視線の先を辿ってみると……

 

”美少女ゲーム 制服強化週間!”

 

 というポスターがあった。

 要するに、ゲームのキャラクターのコスプレをする週っていう事なんだろう。

 適当に話題を振ってみるべきなんだろうかと思いながらとりあえず視線を戻す。

 そこに、桂木君の姿は無かった。

 え? どういうこと!? と慌てて周囲を見回す。

 するとあっさりと見つかった。フロントで何やら騒ぎ立てている桂木君の姿が。

 

「おい、このコスプレ企画の責任者を呼べ!

 衣装が間違いだらけだぞ!!」

 

 一緒に居たはずの私を全く気にする風も無く、フロントの人に向かってまくし立てる。

 コスプレの服に対して怒ってるのだけは良く分かるけど、内容についてはさっぱり分からない。

 

「ほら、この制服はリボンの色が違う、ワッペンも左右逆だ!」

「こっちは二つの高校の制服がごっちゃになってる! あとどっちも夏服に記章は無い!」

「このブレザーは女子制服しか無いのか! 男子制服と女子制服は似てるだけでちゃんと違いがあるんだぞ!」

 

「そう、こっちのリボンとそっちのリボンを入れ替えれば丁度いい!」

「あっちの棚に強化週間とは関係ない普通のコスプレ用制服があったでしょう。アレを少しいじればそれっぽくなるから!」

「ほら、予備の金糸とか使えばかなり良くなるでしょう。何? そういうのは地下にしまってある? 急いで取ってこい!」

 

 どうやら文句を付けるだけでなく的確なアドバイスもしている……らしい。

 しばらくして責任者らしき人が感激しながら出てきた。

 

「素晴らしい! 是非ともうちの服飾アドバイザーになってください!」

「まぁ、ギャルゲー関係の服だけならな」

 

 私の事なんて完全に忘れているのか、桂木君はあっさりと了承。

 この状況で口を出すなんていう命知らずな事は当然できなかったので、そのまま時間は流れた。

 ……実に、一時間ほど。

 ……つまり、妹とエルシィさんが来るまで。



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10 普通と異常

「ええええっっ!? 何もしてなかったの!? 信じられないよ!!」

 

 これまでの経緯を妹に説明するとこんな返事が返ってきた。

 正直私も信じられない。けど事実だ。

 

「うぅ~、うちのお兄様がごめんなさい……」

「だ、大丈夫だよ。エルシィさんが謝る事じゃないし……」

 

 

 妹達と合流した後は流石の桂木君も空気を読んだのか、これ以上フロントに張り付いて衣装に関する意見を続けるような事はしなかった。

 それでも、不満そうな表情をしていたけど。

 

 

 

 

 私と桂木君が1時間も何もしていなかったのを聞いたせいか、妹が何やら強気だ。

 スタスタとある施設の前まで歩くと、

 

「ここ! ここ入ろうよ!!」

 

 と、ここの名物らしい『水着で入るお化け屋敷』に入るように促す。

 エルシィさんはビックリしていて、桂木君は最初にコスプレを見たときのように、いや、それ以上に苦い表情をしている。

 私は……自分でもはっきり分かるほど顔が真っ赤になっている。

 全力で拒否しようとしたが、妹の強行採決で最終的にはチケットを買うはめになった。

 

 桂木君風に言うのであれば、『ここを作った人は頭のネジが2~30本すっぽ抜けてる』んじゃないかと思う。

 このお化け屋敷のコンセプトも相当変わっていた。

 入場者はまず入り口の所で水着を借りて着替える。

 そして、膝の辺りまで水が張られた施設内を進むのだ。

 この施設の設定としては『水没した館』らしい。

 実際にこんな風に水没する館が存在するのだろうかとふと疑問に思ったけど野暮な事は言わないでおこう。

 

 私は特別怖がりというわけではない。

 怖いものは怖いけど、取り乱すような事は無い。

 ……だから、この施設をちょっと甘く見てたみたいだ。

 

 最初はちょっと水が張られただけのお化け屋敷だと思っていた。

 と言うか、自分に強く言い聞かせていた。水着の恥ずかしさを紛らわす為に。

 だけどこの水が曲者なのだ。

 水の中で何かが突然ヌルッっとしたり、急に血のように赤くなったり、水中から突然よく分からない化け物が出てきたり、温度が急激に下がったり。

 そういう意味ではこの施設、秀逸なのかもしれない。

 何があっても動じないと思っていたけど、驚かされる度についつい近くに居た人に抱きついてしまった。

 そう、桂木君に。

 不可抗力なのだ。仕方がないのだ。郁美もエルシィさんも少し先の方を歩いているので抱きつける人が桂木君しか居ないのだ。

 と言うか、郁美が意図的に離れて歩いている。間違いない。

 嬉しくないわけでは無いんだけど、本当に心臓に悪い施設だった。

 

 何とか踏破して元の服に着替えても胸のドキドキは収まらなかった。

 恐怖の為、ではないんだろうな。

 

 

 その後、施設内のレストランで少し遅めのお昼と取った。

 今日ここに来た時には他の人に対して気後れしてた。

 けど、今はどうだろうか?

 自分から会話を切り出すような事はできてないけど、郁美と他の人との会話に混じって話す事ができていた。

 妹に便乗するような形ではあったし、流石に完全に気後れしないわけでは無かったけど、『普通』を演じる事無く『会話』ができていた。

 

 凄く、楽しかった。

 妹以外の人が相手でも話す事ができた事に凄く驚いた。

 今回の事は郁美が計画したんだろうか?

 何となく桂木君も一枚噛んでる気がする。

 エルシィさんは……単純に協力してるだけかな? 私でも分かるくらい裏表の無い人だし。

 ……もし彼女が今回の事を計算ずくで計画したとか言われたら人間不信になる自信がある。

 とにかく、計画を立ててくれた2人には感謝しないと。

 そう思っていた時だった。

 

「あ、午後から私の友達も合流するからね~。

 目一杯楽しもう♪」

 

 妹からこんな言葉が出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が吉野郁美に頼んだ事はシンプルだ。

 

「まずは僕と麻美を二人っきりにしてくれ。

 次にそうだな……1時間ほどしたらお前とエルシィも来てくれ。

 最後に正午を過ぎたあたりでお前の友達の中から社交的で明るくて人を気遣えるような奴。ザックリと言うと『初対面の人相手でも騒げるような奴』を2~3人ほど連れてきてくれ」

 

 僕だったらまず実現不可能な頼みだが、郁美は二つ返事で引き受けてくれた。

 

『なるほどね! 徐々に慣らしていくってわけだね!

 これならお姉ちゃんもきっと大丈夫だよ! 凄いね桂木くん!』

 

 大丈夫、ねぇ……

 とてもそうは思えんな。郁美に理解しろというのも酷な話だが。

 

 

 ともかく、郁美は指示通りに人を集めてくれた。

 3人ほど集めてくれたので最初に居た僕達4人を含めて7人の大所帯となった。

 

「うぃーす、今日は楽しもうぜ!」

 

 リーダータイプっぽい男子が声を上げる

 

「私、前からここ来たいと思ってたんだ~」

 

 女子がはしゃいだ声を上げる。

 

「僕は前にも来たことがあるから色々と紹介できるよ。

 おっと、その前に自己紹介しておこうか」

 

 リーダーとは対照的な優しそうな男子が自己紹介を促す。

 ここで変な奴らを連れてこられたらどうしようかと少しだけ不安だったが、杞憂で済んだようで何よりだ。

 

 その後少し話し合って、フロントで適当な衣装に着替えてから遊ぶ事になった。

 

「ねえねえ、皆どんな衣装にするの?」

 

 郁美が楽しそうに皆に話しかける。

 それぞれが希望する衣装を応えてその衣装を借りる。

 

「神様! 沢山衣装がありますよ! 何着ましょうか! 何着ますか?」

 

 エルシィもノリノリだ。こういう意味では中川より有能……いや、あいつもこれくらいなら違和感の無い演技ができるか?

 まあいい。エルシィが今役立ってるならそれで構わん。

 

「……桂木君は王子様の服とか似合うかな?」

 

 吉野麻美も空気を読んだかのように衣装を勧めてくる。

 

「吉野、僕にそれを着てほしいのか?」

「え? えっと……」

「……まあいい。それにしよう」

「うん……」

 

 

 

 衣装に着替える。

 皆、和気藹々とお互いの姿を褒め合う。

 勿論、吉野麻美も楽しそうにしている。

 

 続いて、施設内のカラオケボックスに行ってみんなで歌う。

 皆、とても楽しそうに盛り上がる。

 勿論、吉野麻美も楽しそうにしている。

 

 その次はボウリングだ。

 雑談の流れから2チームに分かれて対抗戦をやる事になった。

 奇数なのでチーム分けが難航するかと思われたが、ボウリングに自信が無い人を4人のチームに集めて合計点で競い合う事にしてサクサクと分けられた。

 その結果かなり拮抗した。皆大いに盛り上がった。もっとも、拮抗していなくてもこの連中なら良い空気にしそうではあったが。

 勿論、吉野麻美も楽しそうにしている。

 

 呼びかけた吉野郁美以外とはお互いに初対面のはずだが、お互いに人付き合いが上手い連中なので他人との壁を一切感じさせずに楽しんでいた。

 吉野麻美も、楽しそうに、話している。

 

「流石ですね神様! 麻美さんも楽しめてますよ!

 これなら心のスキマもすぐに埋まりますね!!」

「……お前、ちゃんと麻美を見ているのか?」

「へ? どういう事ですか?」

「分からないなら構わん。

 だけどな、この程度で埋まるほど心のスキマっていうものは軟弱じゃないぞ?」

「???」

 

 エルシィを放置して麻美の様子を伺う。

 

 ……本当に、楽し()()()しているな。






ここの企画者はネジが飛んでるのか、それとも有能なのか……
……両方かな、きっと。


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11 大切なコト

 私たちは夕食もレストランで取り、イベントが開かれるというイベントフロアへと赴く。

 楽しむべき時間だ。

 

 けど、もう限界だった。

 私が『普通』の態度で人と話すと、『普通』の受け答えをすると心が痛むのだ。

 他人に合わせて話すのが、他人に合わせて笑うのが、とても辛い。

 少しの間なら大丈夫だ。けど、長時間続くと心だけじゃなくて体にまで異変が起こる。

 頭痛、吐き気、身震い。

 今日こそは、今日こそはと思って我慢していたけれど、今日もまた失敗した。

 

 気付いたら私は一人ぼっちだった。

 郁美も、エルシィさんも、桂木君もそばには居ない。

 郁美もエルシィさんも私の知らない誰かと話してる。

 話の輪に入っていくなんて事は私にはできない。

 桂木君はここの責任者さんに衣装の事で呼ばれて行ってしまった。

 咄嗟に呼び止めようとしたけど、私は声をかけられなかった。

 彼と私の接点は数日前に少し話して、今日もまた少し話しただけ。呼び止める口実なんて無かった。

 

 どうしてなんだろう?

 妹はあんなに人と話せるのに、どうして私はこうなんだろう?

 普通の人間が普通にできるはずの事なのに、どうして私にはできないの?

 

 もう無理だ。

 そう判断した私はイベントが始まる前にそのフロアから逃げだした。

 後で郁美に謝ろう。桂木君にも、いっぱい謝らないと。

 吐き気をこらえながら急いで階段を降りる。

 皆イベントフロアに集まっているのだろう。人気の少ない階段を駆け下りる。

 そして、ある人とすれ違った瞬間、私は足を止めていた。

 

 いつものように、手元でゲームをいじっている少年がそこには居た。

 

 どうしてここに居るのかと私が疑問に思う前に声がかけられた。

 

「帰るのかい?」

 

 その言葉は咎めるようにも聞こえた気がした。

 

「あ、えっと……」

 

 もしかして連れ戻しに来たのだろうか?

 いや、私がイベントフロアを抜け出してから追いかけてきたのならこんな所には居ないはずだし、連絡を取るような時間も無かったので連絡を受けて先回りしたとも考えにくい。

 

「吉野麻美、君がここから逃げ帰る前に、一つだけ訊いておきたい」

 

 一歩ずつ階段を降りながら、彼が問いかける。

 

「君は何故、自分を偽ってまで他人と合わせようとするんだ?」

「っ!」

 

 私が抱える問題の核心。

 そこをズバリ問いかけられて驚きと、そして疑問でいっぱいだった。

 何で、どうして知っているの!?

 そう問いかけたかったけど私の口は回らず、彼の口が先に開いた。

 

「君をずっと見ていたけど、君はずいぶんと無理をしていたね。

 場の空気に沿った発言を繰り返し、模範解答を選ぶように受け答えしていたね。

 その場の雰囲気を守るように、雰囲気を壊さないように。

 皆に嫌われたくないからと自分を守る為の演技は正直見ていて痛々しかったよ」

 

 『自分を守る為の演技』?

 私はただ、皆が楽しく過ごせるように……

 ……いや、そこに自分を守る気持ちが無かったなんて断言はできない。

 

「何故人の顔色を伺う? 何故場の雰囲気を気にする?

 そんなものは堂々と乱せば良い。それが正しいと信じるなら堂々と孤立すれば良い!」

 

 そんなのはムチャクチャだ。

 だけど、でも……

 

「僕は、きちんとそうしているよ」

 

 彼は、その無茶をしっかりと押し通している。

 その言葉を聞いてようやく理解した。自分が何故彼の事が気になったのか。

 憧れていたのだ。その姿に。

 何があってもブレる事のない、誰にも頼らずに自分自身を確立するその姿に。

 自分が抱える気持ちの正体は分かった。でも、それは何の解決にもならない。

 

「無理だよ。

 そんなの無理だよ! 私は桂馬君みたいにはなれない!!」

 

 疑問の答えは、絶望でしかなかった。

 

「だって、一人は嫌だ! 怖いもん、凄く、辛いもん!

 桂馬君みたいにはなれないよ!」

 

 こんな言葉を桂馬君は理解してくれるのだろうか?

 こんな事を言っても哀れむように見下ろされるだけなんじゃないだろうか?

 

 泣いてる私のすぐ傍まで、桂馬君はゆっくりと降りてきた。

 そして、さっきまでとは打って変わって優しげな声で語りかけてきた。

 

「麻美、君は決して他人が嫌いなんかじゃないね。むしろ好きなんだろう」

 

 こくりと頷く。

 

「人が好きだからこそ、余計な事を言って嫌われてしまうのを、ひとりぼっちになるのをとても恐れている」

 

 また、頷く。

 自分でも明確には分かってなかった事だけど、きっとそうだったんだろう。

 

「ったく、バカだな。君が何か失言したらひとりぼっちになると、本気でそう思っているのか?」

 

 またうなず……こうとして顔を上げる。

 どういう意味だろうか?

 

「断言しよう。そんな事は絶対に有り得ない。

 何故なら君には妹が居る。

 あいつは仮に『君』と『世界』のどちらかを選べと言われても迷い無く君を取るぞ?

 繰り返すぞ。君は一人じゃない」

 

 そうだ、私は妹も信用していなかったのかもしれない。

 私がずっとこんなだと妹も私を見捨ててどこかへ行ってしまうのではないかと不安だったのだ。

 

「勿論、僕も居るよ」

 

 桂馬君が顔を近付けてくる。

 これからどうなるのか何となく分かったけど、拒否する気にはなれなかった。

 

「ありのままの君を受け入れよう。

 決して、君を見捨てたりはしない。

 さぁ、見せてごらん、君の本当の姿を」

 

 桂馬君の、キス。

 何でこんな私にキスをしてくれたのかはよく分からない。

 けど……

 桂馬君が言った事は信じられる気がした。

 私は一人じゃない。助けてくれる人が居る。

 

 そう思ったとき、心の中のもやもやした物が綺麗に無くなったような気がした。






ガッカンランド内のイベントを変えようと努力はしましたが、改めて読んでみるとほぼ全部不可欠なイベントという。
小説版の作者の凄さを改めて感じました。


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現実とゲームの攻略、その相違点

 麻美の中の駆け魂を追い出した後、近くで待機していたエルシィが結界術やら何やらを駆使してイベントフロアまで追い込んだ。

 その後、会場の隅っこの方に縛り付け、中川の歌を聞かせてやったら消滅した。

 

 事前にイベントがあると聞いていたのにそれ目当ての客が少なかった気がしたので大したイベントじゃないんだろうと思っていたが、どうやら事前の宣伝を一切行わずにプチコンサートを行ったらしい。

 なので、中川は自分の本業を全うするだけで良かったようだ。

 ……といったような事を家に帰ってから中川から聞いた。

 

「い、良いのかな? 何かサボったような気分なんだけど……」

「別に良いじゃないか。楽に終わったんだから」

「う~ん……」

 

 なお、これは余談だが……

 事前宣伝無しでコンサートを開いた事により『またあるかもしれない』と思ったファンが休日にガッカンランドを訪れるようになったという。

 あそこの責任者は頭のネジが2~300本ハジけてると思っていたが、意外と優秀なのかもしれない。

 厄介なファンに常駐されるとそれはそれで面倒な事になるんだろうが……幸い、中川のファンの民度は割と高いと評判らしい。厄介なのが居ないわけではないようだが。

 

 

 

「あ、そう言えばさ」

「どうした?」

「今回の吉野さんの属性って結局何だったの?」

「ん? そうだな……」

 

 属性、属性か……そう言えば途中から完全にすっぽ抜けてたな

 しっかり者の姉キャラでは無いし、残念な姉というわけでもない。

 双子キャラと言えなくもないが、彼女単体を示す言葉ではない。

 八方美人キャラ……は本質を捉えていないし、クラスメイトキャラと言えるほど教室での接点は無い。

 無口キャラ……も何か違うな。

 ……どういう事だ? 適切な属性が見あたらないぞ?

 

「属性が、無い?」

「そうなの?」

「いや、正確には一つに絞れないと言うべきだが……

 ……ちょっと待て、じゃあ僕は一体どうやって攻略していたんだ?」

 

 攻略において属性は必要不可欠とまでは言わずとも非常に重要な要素だ。

 始めた直後に気付かないとかならまだしも、終わった後も分からないというのは異常だ。

 

「……もしかして、心のスキマ?」

「ん? どういう意味だ?」

「今回の攻略って相手の性格で行動を決めたって言うよりも心のスキマから考えてなかった?

 ほら、今回は『人と話せない自分に対する自己嫌悪』が心のスキマになってたよね?

 ガッカンランドの計画はここから考えたんじゃないの?」

「……言われてみれば、確かに」

 

 攻略する上で属性は関係無く、心のスキマから行動を決定できる、という事だろうか?

 ……いや、そうじゃないな。

 ゲームとの違いとして、現実(リアル)の攻略女子には必ず心のスキマ(深刻な悩み)が存在する。

 ゲームで何かを悩む女子が居ないわけではないし、むしろ悩みの解決が攻略の成功に直結する場合も多い。

 女子の悩みは攻略方針を決定する上で第二の属性と言えるだろう。

 普段はキャラの属性に沿って悩みを解決していくわけだが、これ単体でも属性として機能するわけだな。

 

 それに加えて、駆け魂狩りの本質は心のスキマを埋める事だ。

 攻略はあくまで手段に過ぎず、心のスキマを埋める事こそが目的なのだ。

 女子の性格よりも心のスキマの方が重要になっていてもおかしくはない。

 

 これは……今後の攻略においてかなり重要な事なんじゃないか?

 

「中川……ありがとな」

「え?」

「神であるこの僕が人から教えられるとはな。まだまだ僕も甘い」

「う、うん……?」

「それじゃあ僕はもう寝る。

 明日こそ、明日こそ一日中ゲームをして過ごすぞ!」

「え? 明日は月曜だけど……?」

「だからどうした?」

「え~っと……何でもないよ」

「それじゃあお休み」

 

 

 駆け魂を処理する度に新しい駆け魂が出てくるからな。

 今度こそ、今度こそしばらく見つからないでくれよ?






綺麗なフラグが立っていますが次回は日常回です。ようやく桂馬に休みが訪れます。


それでは、章末になりましたので企画の続きになります。
あと、前回は言い忘れてた事があるので今言っておきます。

※ 本企画は原作既読者向けです。
 原作に関するネタバレ等が含まれる事があるので、原作未読の方は見ない事を強く推奨します。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=129409&uid=39849

まぁ、原作未読者がどれだけ居るかは疑問ですが……念のため。


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かのんの挑戦状
プロローグ


 麻美の攻略を終えた翌日、警戒しながら教室の扉を開けて中へ進む。

 エルシィも後に続いて入ってきて、しばらく何事も起こらない事を確認した所で僕は大きく息を吐く。

 そして段々と笑いがこみ上げてきて、最後には大笑いになった。

 

「ふははははは!! ついに、ついに駆け魂に追われる事無く教室でゲームができるぞ!!」

「おーい、うるさいぞオタメガ」

「フッ、貴様のような現実(リアル)女にはこの僕の喜びが理解できないだろうな」

「別に理解しなくたって良いですよ~だ。オタメガの気持ちなんてね」

 

 小阪は本当にどうでも良さそうにそう言いやがった。

 いつもなら言い返してる所だが、今日の僕は気分が良い。テキトーに無視してゲームを始める事にする。

 

「も~、神様ったら。

 ごめんなさいねちひろさん」

「いいっていいって。オタメガだし。

 それよりエリー、今度ガッカンランド行こうぜ! 何かかのんちゃんがゲリラライブやるとか噂になってるからさ」

 

 ガッカンランドの奇策は早くも効果を上げてるようだな。何か上手い具合に噂が湾曲しているようだ。

 

 ……そう言えば、中川は今頃どんな事やってるんだろうな? あいつも駆け魂狩りに追われていないのは久しぶりだと思うが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、仕事と仕事の合間の僅かな移動時間を利用した岡田さんとの会話がきっかけだった。

 

「え、ゲームですか?」

「え? ええ。そうよ」

 

 岡田さんは膨大なスケジュールを流れるように説明してて私は重要な部分以外は殆ど聞き流してしまっていたのだけど、『ゲーム』というフレーズが聞こえて反応してしまった。

 

「ゲームの仕事って言うと、アフレコですか?」

「それが、今回はちょっと違うの。

 あなたを題材にしたゲームを作りたいって話なのよ」

「わ、私を題材に!?」

「ええ。具体的な話はまだ全く決まってないけど、いわゆるリズムゲーム? みたいな感じにしたいらしいわ」

「…………」

「? どうしたの?」

「……この件の細かい資料とかってあります?」

「あるけど……何に使う気? 友達とか部外者に見せるのはダメよ?」

「流石に丸ごと見せる気は無いですよ。私の口からちょっとかいつまんで話すだけです。

 ちょっと相談したい人が居るので」

「まあ、あなたなら変な事にはならないか。

 はい、これが資料よ」

「ありがとうございます。話の腰を折ってしまってすいませんでした。スケジュール確認の続きお願いします」

「ええ。その次の予定は……」

 

 私を題材にしたゲーム……

 桂馬くんに相談すれば何か良い効果が得られるかもしれない。

 このゲームに関する打ち合わせは今日の夕方かぁ……

 ……相談するなら今すぐ連絡するしか無いかな?







今回の話はアニメや原作にチラッと出てくるゲームの話です。
アニメ版では『かのんの挑戦状』
原作では『クレセント☆ステージ』
というタイトルがそれぞれ確認されていましたね。


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01 良いゲームを作ってもらう為に

[♪♪♪♪♪ ♪♪~♪♪♪♪~ ♪♪♪♪♪ ♪♪~♪♪♪♪~]

 

 休み時間に小阪と雑談してるエルシィの携帯が鳴った。

 数日前に母さんに買ってもらってから普通に使いこなしているようだ。マンガみたいな機械音痴でなくて良かった。

 着歌とかも中川の歌に変えてるみたいだ。確か……ハッピークレセントだったか?

 

「あ、姫様からだ! ちひろさん、ちょっと出てきますね」

「あいよ~」

 

 トテトテと教室を出ていくエルシィ。

 ところで、電話を取る時のマナーとか誰に教わったんだろうな? 地獄でも通信装置はあるようだからそっちで身に付いてても不思議じゃないが。

 

「ん~……ねえオタメガ」

「何だ? 僕は今忙しいんだが?」

「忙しいって、ゲームしてるだけじゃん」

「そのゲームが忙しいと言ってるんだ!

 で、さっさと本題を言え」

「はいはいっと」

 

 全く、こいつは時間の大切さというものを分かっているのか?

 まだ時間はある、余裕であるとか思い込んでいるとあっさりと奪い取られる代物なんだぞ!!

 

「エリーがたまに口に出す姫様って誰かな~って。エリーに訊いてもはぐらかされちゃうんだよね」

「だからって何故僕に訊く?」

「だって、アンタってあの子に『神様』って呼ばれてるじゃん。

 だから何か知ってるんじゃないかな~って」

 

 神と姫だとかなり差があるような気がしないでもないがな。

 なかなか察しが良いなこいつ。現実(リアル)女のくせに。

 だが答える気は無い。電話の相手が中川かのんだなんて言ったら確実に面倒な事になるからな。

 

「悪いが僕も知らん。他校の友達とかそんなんじゃないのか?」

「なるほどね。それならまあ納得……

 

「神様~! 姫様が替わってほしいそうです!!」

 

「……行ってくる」

「ちょっと待ちなさい、アンタやっぱり何か知ってるんじゃないの!?」

 

 あのアホエルシィ、空気の読めない奴め!

 小阪にうるさく言われる前にさっさとエルシィの方に行き、携帯をひったくりながら廊下に出る。

 

「お前一体どうしたんだ? いつものようにメールじゃダメだったのか?」

『え? 電話じゃダメだったかな?』

「本来問題ないはずなんだがタイミングが悪かった」

『よく分からないけど……それじゃあメールに切り替えるね』

「いや、今はこのままで問題ない。どうしたんだ?」

『あ、うん。ゲームの事で相談したい事があるの』

「ほぅ?」

 

 ゲームの相談だと?

 それなら僕に連絡してくるのも納得だ。

 

『今度、私を題材にしたゲームを作るらしいの。

 だから、何かアドバイスとかあれば聞きたいかなって』

「…………なるほどな」

 

 随分と面白い事になってるみたいだな。是非とも色々と意見したい。

 だが、僕は神ではあるが社会的な身分としては一介のゲーマーに過ぎない。

 開発会社に乗り込んで詳細な案でも見せてもらえれば色々と口出しはできるだろうが、そんな事は流石に無理だろう。

 今この場で言える事に限定して、何とかやってみるか。

 

「まず、ジャンルは何だ? 正統派のギャルゲーでは無さそうだが」

『あくまで未決定だけど、リズムゲームっていうのになる予定みたい』

「音ゲーか。それならよっぽど変なミスしなければコケる事はあるまい」

 

 言い方は悪いが、音ゲーというのは画面の表示やリズムに合わせてボタンを押すだけのゲームだ。

 その『だけ』がプレイヤーにとっては曲者なわけだが、製作者にとっては作りやすいだろう。

 普通のギャルゲーに必要なフラグ管理とか好感度などの変数処理が一切無い、あったとしてもかなり少ないのだから妙なバグとかも起こりにくい。

 ……それでも酷い会社が作ると化け物じみたクソゲーが出来上がったりするんだがな。一体あいつらは何をどうやったらあんなのが作れるんだ?

 

「で、アドバイスだよな?」

『うん』

「そうだな……やる気やノウハウのある開発会社を選ぶ事だな。

 お前の知名度を以ってすればゲームの出来が多少悪くても赤字になる事はまぁ無いだろう。

 だが、質の低いゲームでファンの連中から金を毟り取るなんて事になったらお前自身の評価も落ちかねん。お前に一切の非が無くてもな。

 『とりあえず人気に乗っかってりゃいいや』とか『コケる事はまず無いからテキトーにやろう』とか、そういう雰囲気を感じ取ったらさっさと断った方が良い。

 そんな奴らに良いゲームが作れるとは到底思えないからな」

『確かにそうだね。私が強く拒否すれば岡田さんもちゃんと考えてくれると思うから、ちゃんと見極めて答えるよ』

「そうしてくれ」

『他には何か無い?』

「そうだな……悪いがあまり口出しできそうにない。

 ファンがどういったものを求めているかっていう知識はお前の方が上だろう?」

『ファンが求めるようなゲームを作れって事かな? 分かった』

「お前の立場で開発に意見できる事なんてたかが知れているとは思うがな」

『それは……そうかもしれないけど……』

「ま、できる範囲で頑張れば良いさ」

『うん!

 あ、あのさ、ゲームが発売したら桂馬くんもやりたい?』

「……良いゲームを期待してるぞ」

『うん! じゃあね!』

 

 中川を題材にしたゲーム……か。

 ふぅむ……

 

「神様! そろそろ授業始まりますよ~」

「ああ、今行く」

 

 エルシィに携帯を突き返して教室に戻る。

 その時に小阪と目が合ったが、とりあえず放っておこう。



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02 家族とお弁当と

 良い開発会社を選ぶ……かぁ。

 それって究極の答えと言うか……もっと私自身にできる事は無さそうなのかな?

 ゲーム自体は会社が作るから私たちにできるのはそれくらいしか無いのかもしれないけど……

 ……私にできる事を精一杯やるしか無いか。

 

「岡田さん、少し良いですか?」

 

 今の私にできるのはスケジュールを組んだ岡田さんから情報を引き出すこと、かな?

 

「? どうかした?」

「さっきのゲームの企画の事なんですけど……」

「やけに気にするわね。何か気になる事でもあるの?」

 

 何て言って切り出そうかな?

 この場に開発会社の人が居るわけでも無いから、結構強めに訊いて大丈夫かな。

 

「この会社って信用できますか?」

「え? えっと……それはどういう意味かしら?」

 

 ……ちょっと強すぎたかな? まあいいや。

 

「あ、すいません。『ちゃんと良いゲームに仕上げてくれるか』って意味です」

「ああ、そういう話ね。

 残念だけどちょっとよく分からないわ」

「え、分からないんですか?」

 

 流石の岡田さんもゲーム会社の実力までは把握してなかったらしい。

 当然と言えば当然だけど、そうなると新たな疑問が出てくる。

 

「それじゃあ、どうしてこの会社にしたんですか?

 何か実績や実力以外の判断基準があったんですか?」

「簡潔に言ってしまえばお金の問題ね。何社からか似たような提案はあったけど、そこの案が一番多い収益が見込めたからよ」

「な、なるほど……」

 

 大人の世界ってそんなものだよね……

 でもそうなってくると心配だ。ちゃんとした会社なのだろうか?

 

「……かのん、大丈夫?」

「え、あっはい」

「この件はほぼ確定したようなものだけど、まだ正式な契約は結んでないわ。

 だから、今から断る事も可能よ」

「そうだったんですか?」

「ええ。だから今日よく確認して、大丈夫な事を確認してから契約しましょう」

 

 これはありがたい情報だ。

 契約が既に結ばれてたらどうするか具体的な事は全然考えてなかったけど、そんな事考える必要は無くなった。

 本当に悪い会社だったら断れば良いだけだ。

 

「でも、大丈夫なんですか? 半ば決まったような状況で断ったら評判が悪くなるんじゃないですか?」

「あの程度の企業が起こす悪評ごときで私たちの評判は小揺ぎもしないわ」

 

 岡田さんが凄く男前だ。ホント頼りになる人だ。

 この人が私のマネージャーさんで本当に良かったよ。

 

「でもどうしたの突然、わざわざそんな事気にするなんて」

「えっと……」

 

 正直に話しても大丈夫かな?

 うん、きっと大丈夫。

 

「最近仲良くなった()()が居るんですけど、その友達にお世話になりっぱなしで。

 だから、少しでも恩返ししておきたいんです。か……あの人、凄くゲームが好きなので少しでも良いゲームをプレゼントできたらなって。

 私ができる事なんてたかが知れてるかもしれませんけどね」

「お友達? いつの間に?」

「学校でちょっと色々ありまして」

「ふぅん、なるほどね。そういう事なら彼氏に良いゲームをプレゼントしてあげましょう」

「は……え? あの、彼氏じゃないですよ?」

「あら、そうだった? 何となくそんな気がしたんだけど、気のせいだったかしらね」

 

 い、今の、カマかけられてたんじゃぁ……?

 アイドルだから恋愛禁止! って明言されてるわけじゃないんだけど、多分良い顔はしないよね。

 そういう噂が立つだけでも結構な打撃になるらしいから岡田さんとしても把握しておきたかったのかな?

 ……桂馬くんの家に寝泊まりしてる事は流石にバレてない……と思う。その辺は割と徹底して隠蔽してるから。

 

「さっきも言ったけど、ゲームの打ち合わせは夕方頃だから。

 とりあえず次の仕事をこなすわよ」

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん、なるほどな」

 

 昼休み、中川からメールで連絡を受けた。

 収益の問題で選んだ会社ねぇ……

 具体的にどの会社なのかも聞きたかったのだが、部外者である僕が聞くのは流石にマズいらしい。

 って言うか、収益が『見込める』って何だ? アイドルの収益なんて最初に名前を貸す時に金を取るくらいだと思うんだが。

 売上金の一部が事務所の方に流れ込むとか?

 それって、『コケたら収益減るからお前らも全力で宣伝しろよ』的な脅しなんじゃないのか?

 アイドル事務所の側が頑張るだけ収益が増えるという良い契約とも取れるわけだが。

 ゲーム開発の収益の流れなんて僕でも詳しくは知らないから実はこれが一般的なのかもしれんが……ちょっと気になるな。

 ……まあいいや。とりあえず適当に意見だけ送って、後は中川に何とか判断してもらってヤバかったら断れば良い。

 

 問題はこっちだよ。

 

「ねーねー、姫様って誰なの?」

 

 小阪が、鬱陶しい!!

 くそっ、現実(リアル)女のくせに。

 

「だから、僕も知らんと言ってるだろ」

「いや、さっき電話で長話してたじゃん。知らないって事は無いでしょ」

「……よくは知らないという意味だ。

 確か親戚の一人でエルシィにそんな風に呼ばれてた奴が居た気がするが……

 僕は現実(リアル)女なんて興味なかったからよくは知らない」

 

 という事にしておこう。

 

「ふーん、向こうはオタメガの事知ってたの?」

「らしいな。ったく、どこで目を付けられたんだか」

「さっき他校の人とか言ってなかった?」

「忘れてただけだ」

「う~ん……まいっか。そういう事で」

 

 完全に納得したわけでは無さそうだが、追求は止めてくれたようだ。

 ふぅ、良かった良かっ……

 

「神様! お昼食べましょ!

 今日も姫様の手作りのお弁当ですよ!!」

 

「よし、さっさと食おう。屋上で」

「ちょっと待ちなさい!! 手作りってどゆことよ!?」

 

 さっさと小阪から逃走する。

 エルシィ、お前わざとじゃないだろうな……?

 はぁ……小阪にどう説明するか。いや、説明する義務なんて無いんだがな。

 いや、この際設定を作りこんでエルシィに徹底させるくらいはした方が良いか。

 くそっ、何で僕がこんな事を考えなきゃならないんだよ。

 

 

 その後、屋上で弁当を食った。

 普通に美味いからちょっと腹立たしかった。

 

 

 

  ……一方その頃……

 

 

「あらかのん、今日もお弁当なの? しかも手作りの」

「はい、最近ちょっと頑張ってみてます」

「へぇ、彼氏にでもあげる気?」

「いやだから、彼氏なんて居ませんってば」

「そう? 何か気になるのよね……」

 

 岡田さんの勘、鋭いなぁ。微妙にズレてるけど。

 完全に疑われてるよね? ちょっと何とかしたいかな。

 話せる範囲で、適当にねじ曲げて話してしまおうか。

 

「彼氏ではないですけど、作ってあげたい人が居るのは事実ですね」

「やっぱりそうだったの。男の人? 女の人?」

「お、男の人で、ついでに同年代ですけど……彼氏とかじゃないですよ?」

「本当に?」

「はい、ホントです。私が彼女だなんて言ってもあの人にとっても迷惑ですし」

「アイドルが彼女で迷惑なんて、随分と贅沢な人ね」

「そうかもしれませんね。

 でも、それでも大切な人です。そう、例えるなら家族みたいな感じです」

「家族……ねぇ」

「はい」

「……そう、なら頑張りなさい。

 私は料理がそんなに上手いわけじゃないからあんまりアドバイスとかはできないけど、必要なら相談に乗るわ」

「えっ、岡田さんって料理できなかったんですか?」

「出来ないわけじゃないわよ! ちょっと苦手なだけよ!」

「あ、はい」

 

 岡田さんって何でもできるイメージがあったからちょっと意外だ。

 岡田さんも人間なんだな。当たり前だけど。






実際の契約とかでわざわざアイドルが同席するのかは疑問ですが……細かい事はスルーする方針でお願いします。


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03 交渉戦術

 夕方頃、ゲーム会社との打ち合わせが始まる前に岡田さんと打ち合わせをしておく。

 

「打ち合わせは私たち2人と相手の1人の合計3人で行う予定よ」

「私は……黙ってた方が良いですよね」

「そうね。こういう事は私の仕事だからね」

 

 こういう交渉の場では一応同席はするけども私にできる事なんてほぼ無い。せいぜい愛想良く笑ったりするだけだ。

 散々気合を入れておいて、今回も結局そうだろうと思っていた。

 

「……今回はちょっと手伝ってもらうかもしれないわ」

「えっ、何をすれば良いんですか?」

「そうね、議論が停滞したら私が合図を出す。そうしたら……」

 

 

「……分かりました。やってみます」

「使うまでもなく平和に終わるのが一番だけど、もしもの時は頼むわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 そしてしばらくして……

 ゲーム会社との打ち合わせが始まった。

 

「皆さんこんにちは! いやぁ、あの中川かのんと直接話せるなんて光栄ですなぁ!」

「どうも」

 

 最初に話しかけてきたのは会社の人だ。やたらテンションが高い。

 もう既に契約が決まったかのようなテンションとも言える。その雰囲気で押し切る気なのかもしれない。

 

「かのんちゃんの知名度を以ってすれば大ヒット間違いないですよ!

 それじゃあ、契約書を用意したんでサインを……」

「その前に、少々宜しいでしょうか?」

 

 当然のように契約書にサインを促す会社の人を岡田さんが止める。

 

「何でしょうか?」

「契約を結ぶ前に、いくつか確認させていただけないでしょうか?」

「? ええ。何でもどうぞ」

「御社では、他社よりも優れた最高のゲームが作れると断言できますか?」

 

 良いゲームを作りたいというのは岡田さんにも既に伝えた。

 だから論点も自然とそこになってくる。

 良いゲームが作れるならこのまま契約、そうでなければ切る。それだけだ。

 

「最高のゲームを? そりゃモチロンですよ! ハッハッハッ」

「大層な自信ですね。何か根拠でも?」

「根拠もなにも、あの中川かのんちゃんが出るゲームが最高のゲームにならない訳が無いでしょう!」

 

 それは根拠にならない気がするなぁ……

 この人の会社における最高のゲームになる根拠とかならまだ分かるけどね。実際にそうかは置いておいて。

 なんか『中川かのんの名を使えば大ヒット間違いなしだからさっさと契約書にサインしろ』って言ってるように聞こえるのは気のせいかな?

 

「お分かり頂けたでしょうか? ではサインを……」

「いえいえ、まだお話は終わっていません。その根拠では他社に依頼しても全く変わらないでしょう。

 我々が御社と契約するメリットを教えてほしいと言っているのです」

 

 最初からにこやかだった会社の人の表情が少し崩れる。

 話が良くない方向に進んでる事を察したのだろう。

 

「あ、あの、契約、して頂けるんですよね?」

「それは御社次第です」

「ちょっと待ってください? この件はほぼ決まってたはずの話ですよね?」

「契約はまだですから」

「い、一体何があったんですか? ここに来て渋るなんて」

「企業秘密です。お答えできません」

「あの、せめて理由だけでも……」

「企業秘密です。お答えできません」

 

 岡田さん、煽ってると言うべきか焦らしてると言うべきか。

 会社の人の顔色がどんどん悪くなってるよ。

 

「それで? 質問に応えて頂きましょうか?

 我々が御社と契約するメリットはありますか?」

「う、ぐ、それは……」

 

 ここで口先だけでもノウハウがどうこうとか熱意がどうこうとか言えない時点で色々とアウトな気はする。

 どうします? という念を込めて岡田さんに視線を送ってみるが……作戦実行の合図が返ってきた。

 ……止めを刺せと言ったように感じたのはきっと気のせいだろう。

 

「少々よろしいでしょうか?」

「……え? はい、何ですか?」

 

 これまで最初の挨拶の時以外一切口を開かなかった私が声を掛けてきた事に驚いたのだろう。少々の間を置いてから会社の人が返事をする。

 

「さっきあなたはこう言ってましたよね? 『あの中川かのんが出るゲームなら最高のゲームになる』と」

「そ、そうですね。言いました」

「では、その『中川かのん』について、あなたはちゃんと理解していますか?」

「り、りかい?」

「はい、理解です。

 そこまで言い切るからには当然知ってますよね? 私の身長体重血液型誕生日。ファンなら余裕ですよね」

 

 ちなみに、身長は161cm、血液型はAB型、誕生日は3月3日だ。

 え? 体重? それは乙女の秘密です。ファンでも知ってる人はあんまり居ないと思う。

 

「え? それは、えっと……」

「それと、飼ってるペットの名前とその好物。この辺も常識ですね。

 他には……そうですね……」

 

 岡田さんに頼まれたのは『合図を出したらゲーム会社の人にファンとしての知識を要求する事』だ。

 その時、最近の曲の名前等は出さないようにとも言われている。

 どういう意図があるのか疑問だったけど、実際にやってみてよく分かった。

 相手が熱狂的なファンであればこの程度の事はスラスラと答えられるのだ。熱狂的とまではいかない普通のファンであっても何かしら答えられるだろう。私の誕生日とか凄く覚えやすいし。

 つまり、これは相手のファン度を確かめる為の質問……ってだけじゃない。

 

 今回みたいに、ただ私の名前を知っている程度の人にとってこの質問はどう感じるだろうか?

 答えようのない質問をさも当然のようにぶつけられる。しかもずっと黙ってた小娘に。それは怒りの対象でしかない。

 しかも、ここで答えられないと相手の機嫌を損ない、そしてそれは契約の成否に直結するというような状況だ。苦痛しか感じないだろう。

 実際に目の前の会社の人は顔を赤くしている。立場というものがあるからか怒鳴り散らすような真似はしてないけど。

 

 私のファンじゃないと良いゲームが作れないとまでは言わないけど、そこまで理不尽な要求をしていない私に怒りの感情を向けるようでは良いゲームが作れるとは思えない。契約は無しで大丈夫だろう。

 

「む、ぐ、ぐ、ぐ……」

「……どちらにもお答え頂けないようですね。

 それではこの話は無かったことに」

「ま、待ってください! この案で十分に採算が取れるはずです!

 だから、どうか契約を……」

「採算の問題ではありません。御社では良いゲームは作れないと判断した。それだけですよ。

 それでは、失礼します」

 

 岡田さんは無駄の無い動作で一礼してから部屋を出た。

 私もそれに続いて部屋を出る。

 扉を閉める直前に会社の人が私の事を凄く睨んでいたが……もう関係の無い事だろう。






ちなみに、かのんちゃんの体重は45kg、スリーサイズは上から86-58-85となっています。

今回の話を書くまでペットのキタロー君の事はすっかり忘れてました。
た、多分事務所に水槽を運んで、そこで世話してるんじゃないですかね!
さすがに桂木家に運び込むのはちょっとどうかと思いますし。


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またいつか

「岡田さん、ありがとうございました」

「良いのよ、お礼なんて」

「でも、採算自体は取れていたんですよね? 私のわがままでごめんなさい」

「良いのよ。いくら採算が取れててもあの会社は無いわ。

 むしろ最初に疑問を持ってくれてこっちがお礼を言うべきよ」

「そうだったんですか? よかったぁ」

 

 ゲーム会社の人との打ち合わせは無事(?)に終わった。

 終わったけど……私のゲームが作られる日は遠のいちゃったかな。悪いゲームが作られるよりはずっとマシなんだけどさ。

 

「あの、私のゲームの話って、あの会社以外にもありましたよね?」

「そうね。何社かから来てたから連絡すれば作ってもらえるとは思うけど……もうちょっと待っててくれない?」

「えっ、はい」

 

 も、もしかして、今回私がわがまま言ったからゲーム開発の件は見送る……とか?

 

「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫よ。

 もう少し会社の実績とかそういうのを調査してからでも遅くは無いでしょう?」

「! は、はいっ!!」

 

 いつになるかは分からないけど、桂馬くんに私のゲームをプレゼントできるかな。

 喜んでくれると良いな。桂馬くん。

 

 

 

 

 

 

 その後、今日の仕事を終えた私は桂馬くんの家に帰った。

 何の工夫もせずに直接家に行くと色々と面倒な問題が発生するので、適当な場所にエルシィさんと待ち合わせて透明化して送ってもらってる。

 

「今日もお疲れさまです、姫様!」

「うん、今日もありがとね」

 

 エルシィさんの飛行魔法も使って帰っても良いのだけど、それ使うと50%くらいの確率で地面にクレーターが出来上がるので普段は徒歩で帰ってる。

 ちょっと狭いけど仕方ない。

 

「あ、そうそう! 今日学校で面白い事があったんですよ!」

「へ~、どんな事?」

「えっとですね、姫様の偽名が決まりました!」

「……え? 何があったの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……遡る事数時間、学校にて……

 

「さぁ、さっさと吐きなさい! 姫様って何者なの!?」

 

 ったく、どうしてここまで気にするんだこいつ?

 面倒だから適当にあしらっても良いんだが……放っといたらさらに面倒な事になりそうなんだよな。

 しょうがないから昼休み中に作った設定をぶちまける。

 

「『名前は西原まろん。母方の従妹で訳あってうちに居候している。

  趣味は歌と料理。特に料理は毎朝弁当を押しつけてきて感想を要求するほどに打ち込んでいる。

  こことは別の学校に通っているようだが、本人がそんなに人と仲良くするような性格ではないので友達はあまり居ないらしい』

 ざっとこんな感じだ」

 

 説明するだけならここまで作りこむ必要は無いのだが、このように大量の情報が淀みなく出てくると疑われにくくなる。と言うより疑う暇が無くなる。

 あからさまに矛盾した内容だと流石に疑われるが、これくらいの内容なら全く問題ないだろう。

 

「え、ちょ、え?」

「何だ? まだ文句があるのか?」

「いや、そうじゃなくて……えっと……

 そ、そうだ! どうして誤魔化してたのさ?」

「言うのが面倒だったからな」

「ちょっと? どゆこと?」

「そのまんまの意味だよ。バーカ」

「コラ! バカとは何だバカとは!」

「そのまんまの意味だよ。バーカ」

「だぁああああもう! そうじゃなくて、何かこう……」

 

「神様! そろそろ帰りましょう!」

 

 丁度いいタイミングでエルシィから声が掛かる。

 少しだけ、ほんの少しだけ見直したぞエルシィ。

 

「それじゃ、またな」

「ちょ、タンマ! 最後に一つだけ!」

「……一つだけだぞ?」

「うん。その西原さんとアンタってどういう関係なの?」

「……従兄妹だが?」

「そうじゃなくてさ、その……つ、付き合ってたりするのかなって」

「何だ、そんな事か」

 

 やたらと突っかかってきたのはそういう事か。

 『オタメガ(格下の人間)に彼女ができるなんて許せない』的な事だろう。

 

「あいつはただの同居人だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「そう……それならそういう事にしとくわ」

「しとくって何だよ。まあいいや、じゃあな」

 

 

 

 

 

 

 ……以上の放課後の顛末をエルシィさんから聞いた私は家に帰るなり桂馬くんを問い詰めた。

 

「桂馬くん!? どういう事!?」

「小阪があんまりにしつこかったんで適当に設定を作ったんだが……何か問題でもあったか?」

「色々と言いたい事はあるけど……まず確認させて。

 『お弁当を押しつけてくる』ってどういう事!?」

「そこかよ!! 単純にそういう設定にした方が追求されずに済むと思っただけだ」

「……それじゃあ、お弁当が迷惑って事は無いんだね?」

「ああ、そういう事か。お前の弁当は毎日ありがたく頂いてるよ。面倒じゃなければこれからも続けてほしい」

「そっか、よかったぁ。それじゃあ頑張るね」

「無理しなくて良いんだぞ? 仕事で忙しいんだろ?」

「大丈夫だよ。私がやりたいからやってる事だもん。

 ……ところで……」

「まだ何かあるか?」

「……ううん、やっぱりいいや」

「? ああ……」

 

 小阪さんが桂馬くんに突っかかってきた理由ってもしかして……

 ……今は、言う必要は無いかな。勘違いかもしれないし。

 

 

「そう言えば、ゲームはどうなったんだ?」

「とりあえず今回は見送る事になったよ」

「そうか。お前がそう判断したならきっとそれが正しい選択だったんだろう。

 良いゲームを待ってるぞ」

「うん! いつかきっとね」




あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
「かのん回を書いていたつもりがいつのまにかちひろ回っぽくなっていた!」
な… 何を言っているのか(ry




というわけで章末恒例の企画……と言いたい所ですが、今回は短く、次回も短いのでそっちに回します。

代わりというわけではないですが、今後の執筆順序ルール設定という名の作者のご乱心を置いておきます。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=129878&uid=39849

では次回もお楽しみに~。


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コアクマの奮闘
ある朝の出来事


 特に何事も無いいつも通りの平日。

 ふと目を覚まして目覚まし時計を見るとセットしてある時間の2時間ほど前を示していた。

 妙な時間に目が覚めてしまったけど、もう一眠りできるかな~なんて考えてた所で違和感を感じる。

 いつもより、部屋が明るい。

 違和感を感じながらも寝ぼけた状態でぼんやりと時計を眺め、そして気付いた。

 時計が止まっている事に……

 

「って、えええええっっ!? 今何時!?」

 

 慌てて携帯を取り出して時刻を確認する。

 そこに示されていた時刻はセットした時間を数十分ほど過ぎていた。

 逆に数十分で済んだ事に安心すべきなのかもしれないけど、お弁当を作る時間がかなり減った。

 もう間に合わないかもしれないけど急いで飛び起きて階段を駆け下りる。

 

 

 

 

 キッチンに飛び込むとそこにはエルシィさんが居た。

 

「おはようございます!

 あれ? 今日は遅かったですね」

「うん、目覚まし時計がいつの間にか止まっててね」

「それは災難でしたね。

 でもご安心下さい! 今日の分のお弁当は私が作っておきました!!」

「え、ホント? ありがとね」

 

 と、お礼まで言ってからふと考える。

 何か、何か大事な事を忘れている気がする。

 エルシィさん、お弁当、料理……

 …………あ。

 

「ふっふっふっ、私の久しぶりのお料理ですからね! 今日のお弁当は自信作ですよ!

 ほら、見てくださいよあれ!」

 

 エルシィさんはお弁当がある場所……ゴメン、訂正する。お弁当が()()場所を指し示す。

 その指が指し示す先には確かにお弁当箱と言えなくもないものもあった。

 けど、それ以上に気になるのは……

 

 ……そのお弁当箱から触手のような何かや目玉のような何かが多数飛び出していて、不気味にウネウネと蠢いている事だ。

 

 そう、エルシィさんの料理は魔界仕込み。使用する材料も魔界のもの。

 以前、桂馬君がエルシィさんの料理を食べさせられた後に感想を聞いてみたら『確かにこっちの魚より2倍くらい美味しいと言えなくもなかったが、人間に食えたもんじゃない』と言っていた。

 と言うか、アレは料理なんだろうか? 死後に痙攣してるとかじゃなくて普通に生きて動いてるよね?

 生物を生きたまま食べる文化は地球上でもどこかにありそうな気がしないでもないし、自然界には間違いなくそういうケースはあるとは思う。

 でもあのクトゥルフ神話か何かに出てきそうなモンスターは明らかに捕食する側に見えるし、そもそも私はただの日本人だ。生きてる動物(?)を食べる文化なんて無い。

 ……ちょっと待ってほしい。お弁当を作ったという事はもしかして……

 

「あ、勿論姫様の分もお作りして……」

「ああっ、もうこんな時間だ!

 今日は早いから急いで準備しないと!!

 それじゃあね!!!」

 

 エルシィさんが名状し難き何かを取り出す前に急いで台所を出て階段を駆け上がり自分の部屋に戻る。

 あ、危なかった。エルシィさんには悪いけどあんなお弁当(怪物)は仕事場に持っていけないよ……

 

 急いで出かける準備をして、錯覚魔法をかけてから家を出た辺りで朝食を食べてない事に気付く。

 ……仕方ない。今日はコンビニで何とかしよう。

 この家から事務所までの通り道にコンビニは無いので、事務所とは逆方向に少し行った場所にあるコンビニに寄る。

 お昼は多分何とかなるから、朝食の分だけでいいかな。

 

 

 

 適当な物を買ってから来た道を引き換えして事務所に向かう。

 その途中、桂馬くんの家の前を通り過ぎた時に何か絶叫が聞こえた気がしたけど聞かなかった事にした。

 ゴメン桂馬くん。私には今キミを助けるよりも大切な事があるの。自力で何とかして。

 きっと桂馬くんなら何とかなるって信じてるから!

 

 …………いやいや、このままだと桂馬くん朝食抜きだよ? 昼食は学食とかあるから何とかなるとは思うけど。

 桂馬くんは『食事なんて面倒だ。栄養はゲームから取れる!』みたいな事をたまに言ってたりするけど、何も食べないとさすがにダメだと思う。

 仕方ない。私の朝食の一部を玄関の前に置いておこう。

 えっと……『桂馬くんゴメン。朝食はコンビニで買ったのを玄関の前に置いておくからそれで何とかして』、送信っと。

 ……私の朝ご飯、足りるかな……?

 

 

 

 その後、昼休みに携帯を見てみると桂馬くんからの返信が来てた。

 

"朝食ありがとな。

 量が少なかったように感じたけど、もしかして1人分から分けたのか?

 だとしたらすまなかったな"

 

 すっかりバレてるなぁ。桂馬くんらしいと言えばらしいけど。

 ……後で見捨てたことをちゃんと謝っとこう。






※ 生物を生きたまま食べる文化は日本にあるようです。
  もっとも、それは小さな魚介類に限られるので、今回出てきた生物を食べるような文化は無いでしょうが……
  指摘して下さった読者の方、ありがとうございました。


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カルチャーギャップ

 今日の帰りの時、エルシィさんが泣きついてきた。

 

「姫様! 今日は神様がヒドかったんですよ!!」

「あ~……うん。そっかぁ……」

 

 ほぼ間違いなく料理の事で何か言われたんだろう。

 桂馬くんってそういうの容赦ないからね。相手を気遣ってオブラートに包むなんて事は女子の攻略中を除けばまずしないだろう。

 もっとも、今回のケースはオブラートに包む必要は一切無いと思うけど。

 

「うぅ~、どうしたら姫様みたいに喜んでお弁当を受け取ってもらえるんですかぁ?」

「え? えっと……とりあえず地獄の食材を使わなければ良いんじゃないかな?」

 

 エルシィさんの料理の問題点はいくつもあると思うけど、そこさえ直せば大体の問題が解決するような気がする。

 一応美味しいらしいんだからちゃんと普通の食材で作れば受け取るくらいはしてくれるんじゃないかな?

 

「地獄の食材を、ですか?」

「うん」

「え、でも私、地獄の食材しか知らないです」

「…………」

 

 そっか。そりゃそうだよね。

 そういう私も日本でよく使う食材しか知らない。エルシィさんがこっちの食材を知らないのも無理は無い。

 

「……あっ、そうだ! 姫様! 私いいこと思いつきましたよ!!」

「い、一応聞こうかな?」

「姫様! お料理を教えてください!!」

 

 エルシィさんにしては意外とまともな意見だったので少しだけ驚いた。

 いやいや、エルシィさんでも普通にそれくらいは考えつくよね。一応300年以上生きてるらしいし。

 

 エルシィさんのポンコツ度が云々は今は置いておこう。

 家庭料理というものはちゃんとレシピ通りに作ればあんな危ない事になるはずは無いのだ。せいぜいジャガイモの芽が混ざるくらいだろう。

 ここで私がしっかりと人間界の料理を教えておけば今朝みたいな事にはならないだろう。

 ……本当に大丈夫だよね? エルシィさんならちゃんと教えても何かやらかしそうな……

 ……今から不安になっても仕方ないので大丈夫だとしておこう。

 

「教えるのは構わないんだけど……時間が無いから朝とかになるかな」

「それだけでも大丈夫です! よろしくお願いします!!」

 

 家の冷蔵庫に入ってる食材を説明するくらいならお弁当を作りながらで事足りるはずだ。

 

「それじゃあまずは帰ろうか」

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……翌日 朝……

 

 

「さぁ! はりきって参りましょ~!」

「うん。頑張ろう」

 

 やる気だけはあるんだよなぁ……

 いや、むしろやる気があるからこそ問題なのかもしれないけど。

 

「それじゃあ、まずは簡単な卵焼きから作ってみようか」

「卵の丸焼きですか?

 ネハンウズラの卵か、エリマキトサカの卵か……あっ、マンドラゴンの卵も美味しいですよ!」

「エルシィさん? 地獄の食材禁止ね?」

「え? あっ、すいません。つい……」

 

 こんな調子で大丈夫かなぁ?

 

 昨日の夜、桂馬くんと話してみたけど……

 

『昼に食わされた地獄の料理はやっぱり味だけは良かったが時間差で体に異変が出る。

 前回は唐突な下痢、今回は体がだるくなって体中に不気味な斑点が浮かび上がってきたよ。

 最初の料理だけなら偶然体に合わなかったという可能性も考えられなくもなかったが、今回の件から地獄の食材は人間にとってはほぼ有毒だと思っていいだろう。

 仮に無毒な物があってももう食べるのはもうゴメンだ』

 

 とのことだ。

 地獄の食材は絶対に使わせてはいけない。

 と言うか、結局食べたんだね。見捨てちゃって本当にゴメン。

 

 禁則事項を確認した所で料理を続けよう。

 冷蔵庫から卵を取り出してエルシィさんに見せてあげる。

 

「ほら、これが人間界で使う一般的な『卵』だよ」

「これが卵ですか? 形は似てるけど随分と小さいですね。何の卵なんですか?」

「え? 鶏の卵だけど……」

「にわとり? どんな生き物なんですか?」

 

 鶏は鶏だけど……どうやって説明しよう?

 体は白くて、大きさはあのくらいで、赤いトサカがあって、鳥だけど飛べなくて……

 ……よし、説明はしなくていいや。料理に直接の関係は無いし、時間も無いし。

 

「どんな生き物かは後で自分で調べてね。

 とにかく、この卵を使うよ。スーパーとかでも『卵ありますか?』って言うだけでコレだって伝わるから」

「人間界には卵は一種類しか無いんですか?」

「そういうわけじゃなくて、あくまで一般的に使われるのがこれっていう話で……

 と、とにかく次行くよ!」

 

 文化の違いって恐ろしい。

 1つ説明すると2つか3つくらいの疑問が出てくる。

 

「はいっ、使う卵が分かれば後はらくしょーです!

 私が料理してみます!」

「うん、頑張って」

 

 私が見守る中、エルシィさんがフライパンを構える。

 そして、卵をフライパンの上に乗せ、そのまま火をかける。

 

 ……ちょっと待って?

 エルシィさんは卵をフライパンの上に乗せ、そのまま火をかけている。

 ……殻も、割らずに。

 

「ストップ! エルシィさんストップ!!」

「え? 何かおかしな所がありましたか?」

「そのまま焼くんじゃなくて、卵は割ってから使うの!」

「えっ? でも料理の前に割っちゃうと中の『にわとり』という生物に襲われちゃうんじゃないですか?」

「襲われないよ!? それ無精卵だし! しかも鶏ってそんな危なっかしい生物じゃないからね!?」

「た、卵の殻を割ってしまっても襲われないんですか!? 人間界の卵は凄いです!!」

 

 地獄の生物の卵は割ったら例外なく襲われるのかな……?

 無精卵という概念は無いのだろうか?

 色々と気になるけど、料理には直接の(ry

 

「それじゃあ気を取り直して……卵を割ってみようか」

「はいっ! お任せ下さい!

 私、卵を割るのも得意なんです!

 ちゃんと殻を粉々にしますよ!!」

「ダメだから! それ得意って言わないから!!」

 

 地獄ではそれが普通……なんだろうなぁ……

 ……本当にキチンと粉々にして、破片で喉とかを傷つける事が無いように上手く処理すればそっちの方が栄養バランスは良いのかも?

 いやいや、この発想は危険だ。私が洗脳なんてされたら桂馬くんが精神的に死ぬ。

 

 

 

 

 

 

 

「これで、こうして、完成っと」

「おおお! 姫様凄いです!!」

 

 最初はエルシィさんに料理をさせて私がおかしな所を指摘していく方針だったけど、人間界の常識では有り得ないような事を頻繁にやらかすのでそんな悠長にやっていては時間がいくらあっても足りない。

 なので結局私が実演する方針に切り替えた。

 まさか卵焼き一つでここまで違うとは……地獄って恐ろしい。

 こうなると最初のエルシィさんの料理が体裁だけでもパスタだったのが奇跡に思えてくる。

 

「手順は覚えた?」

「バッチリです!!」

「それじゃあやってみて……って言いたい所だけど、私はそろそろ行かなきゃいけないから後は自力で何とか頑張って」

「え? もうですか? いつもより早いですね」

「うん。ちょっと用事があってね」

 

 事務所に早く呼び出されているから仕方ない。

 本当はもっと指導したいけど、また明日やれば良いかな。

 

「それじゃ、行ってきます」

「はい! いってらっしゃいませ!!」

 

 錯覚魔法をかけてから玄関を出る。

 最近はいつもこうしてるけど、頻繁にやりすぎて人目に付くと『エルシィさんが2人居る!』みたいな事になりかねないんだよね。

 そろそろ何か対処した方が良いかな? 別の姿に変装できるようにするとか、透明化を付けてもらうとか。

 今度相談してみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ~し、頑張るぞ! おいしいお料理を作って神様に褒めて貰うんだ!

 まずは卵の中身をフライパンの上に……あれ?」






この話を書いてたらハクアが天才に見えてきたという不思議。
地獄では人が料理に食われるのが稀によくあるという人外魔境なのに人間界の料理をしっかりと習得したハクアって地味に凄いと思う。


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コアクマの長所

 昨日は最悪の日だった。

 朝起きたら名状しがたき弁当箱のようなものに襲われ、

 朝食が少なかったので午前中は空腹で過ごし、

 英語教師の児玉には理不尽な因縁をつけられ、

 昼は名状しがたきナニモノカを強引に食わされ、

 案の定体に異変が生じてボロボロになり、

 死にそうになりながら家に帰った。

 

 せめて今日は良い日であって欲しい。

 

 そんなささやかな願いがフラグになったんだろうか? 下の階から突如爆発音が響き渡った。

 間違いなくエルシィの仕業だろう。

 

 何も聞かなかった事にして二度寝してしまおうかとも思ったが、あのバグ魔(エルシィ)を放置し続ける事は不可能だ。

 非常に気は進まないが、被害が拡大する前にさっさと何とかした方が良いだろう。

 

 

 

 

 キッチンは酷い有様だった。

 

 スス爆弾を爆破させたとでも言えばいいのか、流しやその周辺は黒っぽい何かで被われている。

 その黒いのの一部から青白い炎が上がっている。燃え広がる様子は無いので普通の炎では無さそうだ。

 カフェへのドアが壊れている。まるで凶暴な生物がこちら側から強引にブチ破ったかのようだ。

 そして、エルシィがフライパンだったと思われるものを持って涙目で立ち尽くしている。

 

 爆発音がしたから壁やら物やらが壊れたかと思ったが、僕から確認できるのはドア1枚とフライパンが一つ壊れただけか。思ったよりも被害は少なかったな。

 それでも家庭内の事件としてはかなりヒドいんだが。

 

「うぅぅ……ごめんなさい神様。失敗しちゃったみたいです……」

「ったく、何をどうやったらこんなに……いや、言わなくていい」

 

 口で説明されても理解できる気がしない。

 

「まずは状況を整理するぞ。

 お前がやってたのは……料理……で良いのか?」

「はい……姫様に教えてもらいながら頑張ったんですけど……」

「中川に?」

「はい……」

「姿が見えないが? もう出かけたのか?」

「はい……」

 

 中川の教え方が壊滅的だったという可能性も無きにしも非ずだが……流石にそれは無いだろう。

 朝の空き時間にできる限り教えて、そして出かけた後にエルシィが何かやらかしたんだろう。

 

 爆発音があったにも関わらず母さんは降りてこない。理由は分からんが好都合だ。起きてくる前に片付けてしまおう。

 ドアはどう直すかな、何か丁度いい板とかあったか? 無ければダンボールとガムテープで塞ぐしかないが。

 スス状の黒いものはエルシィの箒で落とせるのか? 謎の青い炎はどう処理するんだ?

 フライパンは……後で良いな。

 

「はぁ。さっさと片付けるぞ」

「…………」

「……おいエルシィ?」

「ひゃいっ! な、何ですか?」

「……片付けるぞ。コレ」

「は、はい。そうですね……」

 

 エルシィはふらふらと立ち上がり、愛用の箒を手に取る。

 そしてそれをゆっくりと……

 

「ちょっと待った!! 前みたいに出力最大になってないだろうな?」

「へ? も、もちろん……あ」

「……よし、片付けは後で良い。

 一旦そこの椅子に座れ」

「え? でも……」

()()()()()()

「は、はい!」

 

 エルシィの調子がかなり悪い。

 このまま片付けを始めたら余計に被害が拡大するだけだ。

 僕はギャルゲーマーであってカウンセラーじゃないんだがな。やるしかないか。

 エルシィの向かいの椅子に腰掛け、問いかける。

 

「料理の失敗がそんなに堪えたか?」

「……はい」

「……一つ疑問だったんだが、地獄ではお前の料理は普通に受け入れられていたのか?」

「はい! みんなおいしいって言ってくれました!

 神様みたいに体調を崩す人も居なかったです!」

「なるほどな。悪魔には食えても、人間の体には合わないんだろうな」

「はい。それで姫様に相談して、人間界の食材を教えてもらったんです。

 けど……」

「……何故かこうなったと」

「はい……」

 

 情報をまとめるとエルシィの心のスキマは……って、違う違う。これは攻略じゃない。

 ただ、悩みという意味では割と分かりやすい所にありそうだな。

 

「エルシィ、料理にこだわりすぎるな」

「ふぇ?」

「お前の料理は地獄では誇れるものなのかもしれんが、人間界(ここ)ではぶっちゃけ役立たずだ」

「うぐっ! ひ、ひどいですよ神様!!」

「…………」

 

 無言でキッチンの惨状へと視線を向けるとエルシィは大人しくなった。

 

「ご、ごめんなさい……」

「分かれば良い。

 続けて質問させてもらうぞ。お前が誇れるものは料理だけなのか?」

「……それは……」

「例えば掃除だ。うちの母さんはいつも喜んでるぞ」

「は、はいっ! 私はお掃除が得意です!!」

「他には……そうだな。

 中川の替え玉だ。あまり問題なくこなしてるみたいじゃないか」

 

 小さなステージの上でスッ転んだりとかのミスはあったらしいが、一応問題なくこなせている。

 と言うか、そういう致命的ではないけど良い意味で目立つミスのおかげで若干人気が上がったらしい。

 と、中川が少々複雑そうな表情で言っていた。

 

「そうですけど……人の真似なんて私じゃなくてもできますよ……」

「いや、アイドルをほぼ完全に模倣するって相当だぞ? 少なくとも僕には絶対に無理だ」

「え? そうですか?」

「ああそうだ。

 長くなったが、結論としては『料理以外の長所で頑張れ』って事だな」

「……そうですね。分かりました!

 私、頑張ります!!」

「ああ。頑張れ」

「はいっ!!」

 

 やっと立ち直ってくれたか。

 これを期に料理はスッパリ止めてほしいが……素直に止めるとも思えんな。

 とりあえずそっちの方は中川に何とかしてもらおうか。

 それじゃあとりあえずススを掃除してもらって、あとはテキトーに何とかするか。

 さっさと片付けてゲームするぞ。必要なものは……

 

 

ズドォォォォンン

 

 

「…………おい」

「あ、パワー最大になってた……」

「このバグ魔!! お前はどうやってもミスするのか!!」

「す、すいません~!!」







安定の爆発オチ。
なお、この後どうやって処理したかは皆さんのご想像に丸投げ……お任せします!


では章末恒例企画更新。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=130405&uid=39849

それでは、次回もお楽しみに!


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紙の砦に住む少女
プロローグ


正直な所、吉野麻美の次にこの人を持ってくるのは少々アレな気がするけど引いちゃったもんは仕方ない。

では、再開です。


 ある日の平日の朝。

 僕は中川(変装済み)と一緒に学校へと向かう。

 ん? エルシィはどうしたって?

 何か『私は姫様の替え玉の道を極めるんです!!』とか何とか言って出かけてったよ。

 料理と掃除で立て続けにミスを連発したから気にしてるんだろうか?

 

「っと、待てよ?」

「どうかしたの?」

「駆け魂センサーはエルシィが持っていたはずだ。

 つまり、学校で駆け魂を見つける事は絶対に無い!」

「え? それなら……」

「つまり、好きなだけゲームができる! 何て素晴らし……」

「センサーならエルシィさんから預かってるよ。あっちよりこっちの方が駆け魂が居そうだからって」

「…………そうか」

 

 あのセンサー、中川でも使えたのか。

 エルシィの存在意義がどんどんと薄れている気がするな。そのうち羽衣も中川が使い出すんじゃないだろうか? 既に似たようなのを使ってるが。

 エルシィも中川の替え玉やってくれてるだけでも十分役立ってはいるが……

 

「あ、そうだ桂馬くん。今日の放課後って時間ある?」

「ゲームが忙しい」

「……えっと、もしよければ勉強教えてほしいんだけど……」

「勉強だと?」

 

 そう言えば、麻美の攻略中にそんな話をした気がするな。お互いに忙しくてそんな時間は無かったが。

 ゲームも大事だが、約束を反故にするのも気が引ける。

 

「仕方あるまい。30分で片を付けるぞ」

「え、それだけで足りるの?」

「学校の授業は無駄が多いからな。効率的にやればそんなもんで済む。

 ちなみに、テストで100点取りたいだけならもっと短くて済むぞ」

「えええっ!? じょ、冗談だよね?

 ……いや、冗談じゃないね。桂馬くんはそんな冗談言わないし」

 

 何で学校の授業はあんなに無駄が多いんだろうな。

 そのおかげで授業中でもゲームできるから文句は無いがな。

 

「……あ、あの~、よければテスト勉強も……」

「時間があればな(ゲームが忙しくてまず無いが)」

「桂馬くんのいじわる!」

 

 

 

 

 

 

  ……そして、放課後……

 

 

 

 

 約束通り、中川に勉強を教える事にする。

 最初は教室でやろうと思ったんだが断念した。

 何故かって? 簡単な事だ。

 仮に、教室でやった場合どうなると思う?

 

  …………

 

「エリー、放課後ヒマ? 近くのコンビニの新商品がさ~」

「あ、ごめんなさいちひろさん。これから神様と一緒に勉強するんです」

「勉強か~。それならしょうがな……って、ええええええっっ!? えええエリーが勉強!?」

「あ、えっと……」

「み、皆! 急いで帰るんだ! 嵐が来るぞ!!」

「えー? これから部活あるのに」

「歩美、部活はいつでもできる。でも悪いことは言わない。今日は止めておくんだ!!」

「う~ん……エリーが勉強するんじゃしょうがないね。今日は止めとこっと」

「あ、あの……救急車、呼んだ方がいいでしょうか?」

「そうか! あさみんそれだ! 急いで110番だ!」

「え? 救急車は119番……」

「ええい両方だ! 頼んだぞ!!」

(……エルシィさんが勉強と言い出すのはここまで異常なんだろうか……?)

 

  …………

 

 とまあ、小阪だけじゃなくて歩美とか麻美とか、その他諸々まで巻き込んだ大騒ぎになりそうな気がした。

 

「さ、流石にそこまでは無いんじゃない?」

「……スマン、少し言いすぎた。

 小阪と歩美はまだ有り得るが、麻美は無かったな」

 

 何か関わる可能性は十分にあるが。

 

「え、前半は有り得るの?」

「どうだろうな。まあ、余計な騒ぎを避けるに越した事はない。

 で、肝心の場所だが……」

「図書館なんてどうかな? 静かで勉強しやすいんじゃない?」

 

 図書館か。2人で勉強する場所としてギャルゲーでも定番の場所だな。

 どんな学校でも大抵存在する図書館(あるいは図書室)だが、うちの学校ではかなり大きめのが併設されている。

 うちの学校、舞島学園は高等部だけじゃなくて中等部もあるかなり大きな学校だからな。それに相応しい設備と言えるか。

 ただ……

 

「図書館に行く事は構わないんだが、実際に行くのは初めてだ。

 勉強しやすい環境かは分からんぞ」

「私も聞いたことあるだけで行ったことは無いんだよね。

 うーん……とりあえず行ってみてから考えようか」

「それもそうだな」

 

 とりあえず行ってみて、無理そうなら家とか適当な場所で勉強すれば良いだけだ。

 

 ただ、もう一つ不安がある。

 さっきも言ったように、図書館は高等部だけでなく中等部も利用する施設だ。

 となると、普段はすれ違わないような人間に近づく事になる。

 駆け魂センサー、最後まで黙っててくれると良いんだが……



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01 再び始まる攻略

「うわ~、大きいね」

「ふむ……本が何冊あるのか気になるな」

 

 図書館は思ってたよりも大きかった。

 大きい大きいと聞いてはいたがまさかこれほどとは。

 館内はそこそこ静かだが、多少は話し声も聞こえる。

 これなら隅っこの方で勉強を教えてても文句は言われないだろう。

 

「それじゃあ、早速始めるぞ。科目は……数学だったか?」

「え? うん。それじゃあ数学で」

 

 そう言って中川は教科書の最初のページを開いた。

 

「おい、ちょっと待て」

「え? どうかした?」

「この前の授業の所だけじゃないのか?」

「え?」

「…………もしかして、今年度が始まってから今日までやった内容全部の復習なのか?」

「えっと、そのつもりだったんだけど……あれ?」

「……もしかして、全科目をやるつもりだったのか?」

「で、できればその方が……いえ何でもないですゴメンナサイ」

 

 そう言えば中川は単に『勉強教えてほしい』としか言ってなかった気がするな。

 それを前の授業に関する事だと勝手に思ったのは僕か。

 そもそも、中川は殆ど出席してないんだからあの日の授業分だけ教えた所でどうにもならないよな。

 

「……ふっ、ふふふっ」

「え? 桂馬くん……?」

「ふっはっはっはっ!

 いいだろう。30分でカタを付けてやる!!」

「えええええっっ!? 朝言ってたのって授業1コマ分の話だよね!?」

「そんな事知ったことか! やるぞ!!」

「え、あ、う、うん」

 

 

  ……そして、30分後……

 

 

「よし、きっかり30分だな」

「あ、あれ? 終わっちゃったよ? え??」

 

 やれば何とかなるもんだな。

 さて、早速ゲームだ。

 

「あ、アレの後にすぐゲームするって……桂馬くんって体力あるんだか無いんだか……」

「ん? 体力なんてゲームしてれば回復するだろ?」

「しないからね!? 普通の人はむしろ疲れるからね!?」

 

 ああ、やっぱりゲームは楽しいなぁ。

 ここはそこそこ静かだし、ゲームする場所としても丁度いいな。

 空き時間に足を運ぶ価値はあるか? いや、屋上の方が近いか。雨の日ならこっちの方が良いかもしれんが。

 

 

「そういえばさ、桂馬くんって本とか読まないの?」

「本? 殆ど読まないし、読むとしてもギャルゲー関係の本くらいだろうな」

「そっかぁ、せっかく図書館に来たんだからどんな本があるのかちょっと見て回ろうと思ったんだけど、桂馬くんは興味ないかな」

「そうだな。好きに見てくれば良い。僕はしばらくゲームしてる」

「うん。行ってきます」

 

 そう言って中川は本棚の方へと歩いて行った。

 何の本を捜すんだろうな? これだけ本があるとあてもなくのんびり見て回るなんて事してたら1日がかりになりそうだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 欲しい本は1種類。

 ついでに見ておきたいのも1種類かな。

 まず、エルシィさんに教える為の料理の本。

 まだ卵焼きすら満足に作れないみたいだけど……いつかは必要になるから確認だけでもしておきたい。

 ……必要になるよね? なってくれるよね?

 それ以外で見ておきたいのはゲーム関係の本。

 こっちは桂馬くんの為なんだけど……あんまり興味が無さそうだったからついでで良い。

 

 しばらく歩くと『ゲーム』と書いてある棚を見つけたので覗いてみる。

 そこにあったのは『現代囲碁必勝法』とか『詰め将棋100選』とか『初心者の麻雀入門』とか。

 ……どうやら卓上のゲームしか無いみたいだ。テレビゲームは別の棚にあるのか、そもそも無いのか……

 そう言えば桂馬くんってこういうゲームは得意なんだろうか? 桂馬くんなら難なくこなしそうな気がするけど。今度訊いてみよっと。

 

 気を取り直して別の棚を捜す。

 またしばらく進むと『料理』という棚が。

 覗いてみたら何か妙な物が並んでいた……などというどんでん返しは無く、料理の本が並んでいた。

 『初心者にオススメ家庭料理』『おいしいけんちん汁の作り方』『スイーツマスターのお菓子作り』等など。

 お菓子、お菓子かぁ。ちょっと自分用に借りてみようかな。

 

 うちの図書館では図書カードの代わりに学生証を使って本の貸出を行うらしい。

 返却期限は2週間後。この辺は普通の高校と変わらないかな。

 受付のカウンターの方に足を向けた所で、ふと気付いた。

 エルシィさんの学生証、持ってない。

 自分の学生証なら勿論持ってるけど……エルシィさんの姿で中川かのんの学生証を使って借りたらちょっと面倒な事になりそうだ。そもそも他人の学生証で借りられるのか微妙だし。

 かと言って変装を解いて借りるのはもっと問題だ。私は今日は学校に来てない事になってる。私が2人居るなんて事が広まったりしたら……どうなるんだろう?

 ちょっと状況が特殊過ぎて具体的な被害が思いつかないけど、問題になる事だけは確かだ。

 う~ん……それじゃあ、桂馬くんに代わりに借りてもらおう。それが一番簡単だ。

 早速元居た場所に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桂馬くん!」

 

 しばらくゲームしてたら中川が呼んできた。

 

「ん、もう終わったのか?」

「終わったんだけど、ちょっと頼みたい事があるの」

「また勉強とか言い出さないだろうな?」

「今日はもう勘弁して欲しいよ……

 そうじゃなくて、代わりに本を借りてほしいの」

「代わりに? 自分でやれば良いじゃないか」

「その、借りるのに学生証が必要らしくて……」

「……なるほど、分かった。

 返却も僕が適当にやっておけば良いんだな?」

「うん、お願いね」

 

 わざわざ返却するのは少々面倒だが、そのくらいなら別にいいだろう。

 勉強を教えるよりはずっと簡単だ。

 

「それで、何を借りるんだ?」

「うん、これ」

 

 中川が見せてきたのは料理の本、じゃなくてお菓子の本か。

 有名な菓子職人が監修したお菓子作りの本のようだ。

 

「借りるのは構わないんだが……

 一応言っておくぞ。僕は甘い物が苦手だ」

「え〝」

 

 中川の反応から察するに、僕に作ろうとしてたんだろう。

 今日のお礼とか、そんな意図だったのかもしれないが……苦手なものは苦手だ。

 

「で、その本で大丈夫か? なら借りにいくぞ」

「あ~、えっと……うん。大丈夫。多分」

「よし」

 

 椅子から立ち上がってゲームをしまう。

 財布の中にしまってある学生証を取り出しながら受付のカウンターまで向かう。

 そして受付が見えた辺りで、ソレは聞こえた。

 

ドロドロドロドロ……

 

「…………はぁ」

 

 どうやら最近続いていた安息の日々は去ったらしい。






図書館の貸し出しルールについては適当です。
舞島学園なら学生証か何かにICチップ埋め込むなりバーコード書くなりできそうだから問題ないかなと。


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02 無口少女の攻略条件

「……次の攻略相手はどこのどいつだ?」

「ちょっと待ってね」

 

 中川が駆け魂センサーのアラームを止めてから何かの操作をしている。

 少ししてから受付カウンターの方を指差した。

 

「あっち。あっちの方向に居るよ」

 

 本棚の影からカウンターの方の様子を伺うが、誰かが並んでいる様子は無い。

 となると、カウンターの受付係が駆け魂の持ち主という事になるな。

 

「あいつ、だな」

「そうみたいだね」

 

 カウンターに座っているのは高等部の制服を着た女子生徒。

 セミロングの黒髪、左胸の校章の所には『図書』と書かれた札が着けられている。

 そしてその手には当然のように本があり、静かに読書しているようだ。

 三つ編みや眼鏡が無い事を除けばいかにも図書委員といった出で立ちだ。

 

「図書委員かぁ……」

「何か問題があるの?」

「いや、最近ゲームで多いんだよ図書委員。

 だから飽きたなぁって」

「いや、飽きたって……攻略どうするの?」

「やるよ。やるけどさ。

 二番煎じのつまらん奴だったら抗議のユーザー葉書出してやる」

「……どこ宛に?」

 

 まあそれはさておき……

 前回の吉野麻美と違って属性がかなり特定しやすそうだ。やりやすいという意味では朗報だな。

 

「それじゃあまずは……」

「まずは?」

「帰るか」

「え、帰っちゃうの!?」

「まずは情報収集だ。名前とか所属クラスとか血液型とか身長体重とか、その辺が全く分からないからな」

「身長体重は……うん、要るんだね」

「ああ要る! だから明日エルシィを連れてきて調べてもらおう。

 ……ただ、このまま帰ってしまうのも少々勿体ないな」

 

 何か仕掛けておくか。そうだな……

 ……よし。

 

「中川、一芝居打ってくれ」

「?」

 

 

 

 

 

 打ち合わせを終えたら僕は一人で真っ直ぐカウンターへと向かい、例の図書委員に声をかける。

 

「すいませ~ん」

「…………」

 

 ん? 聞こえなかったのか?

 

「すいません」

「…………」

「……もしもし! 聞こえてますか!?」

「ひゃいっ!!

 …………あ、何か、用でござるか?」

「……ん?」

「あっ、あ、え……

 …………な、何か、御用でしょうか……?」

 

 一瞬ござる口調の図書委員という斬新なキャラなのかと思ったが、どうやら言い間違えただけらしい。

 よく見てみると手元の本が時代劇ものだ。本の口調がうつったのだろうか?

 少々驚いたが気を取り直して目的を果たす。

 

「これを借りたいんだけど」

「…………」

 

 中川から頼まれたお菓子の本を差し出すと目の前の女子は無言で受け取る。

 無言と言っても態度が悪いとかいうわけではなく動作そのものは丁寧だ。喋るのが苦手とかそんな所か?

 

「…………返却期限は2週間後です」

「はい、どうも」

 

 そう言って踵を返そうとし、思い止まる。

 

「あ、そうそう。僕は今ゲームの本を探してるんだけど、この図書館にあるかな?」

「…………え?」

「だから、ゲームの……」

 

 と、そこまで言った辺りで入り口の方から声がかかる。

 

「神に~さま! そろそろ帰りますよ!!」

 

 エルシィに変装した中川の声だ。

 

「おっと、もうこんな時間か。

 また明日出直すよ。じゃあね」

「…………」

 

 反応がもの凄く薄いが、少しだけ頷いた……気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が中川に頼んだ事はシンプルだ。

 『本を借りた後にあの女子と少し話すから、話し始めてから10秒くらい待ってから入り口の方から呼びかけてほしい』というものだ。

 

「最後のアレってどういう意味があったの?」

「ああやっておけば明日も話しかける口実ができる。

 他にも、ああやって中途半端に話を切っておけば印象に残るしな。神にーさまなんて呼ばれてる奴はそうそう居ないだろうし。

 あと、ゲームの本が目的って事は伝えられたから、例えば相手がその本を用意してくれるとかの何らかの行動を取ってくれれば攻略のとっかかりになる。

 そう都合良くはいかんだろうからあくまでついでだが」

「なるほどね。

 実際に話してみてどんな感じだった? 攻略できそう?」

「典型的な控えめの図書委員といった感じだな。攻略は楽勝だ。

 ……と、思っていたんだが……」

「え? 何かあったの!?」

「……モノローグが出ない」

「…………え?」

「モノローグだよ! 心の声を描写する奴だ!

 普通は画面の下に出てくるだろう!!」

「……あの、これゲームじゃないからね? 現実(リアル)だからね?」

「くそっ、これだから現実(リアル)は!

 モノローグが見えないと攻略なんてとてもじゃないが不可能だぞ!!」

「え、不可能なの!? やりにくいとかじゃなくて!?」

「ああそうだよ!

 何とか、奴のモノローグを引き出すしかないか……厄介だ」

「あ、結局厄介なだけなんだね」

 

 だけとは言うが、厄介だなぁ……

 やっぱり現実(リアル)はクソゲーだ。



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03 本の山

  ……駆け魂を見つけた翌日(攻略1日目)、放課後……

 

「ふっふっふっ、ついに私の時代が来たんですね!!」

「あーそうだなー」

 

 昨日の予定通りエルシィを連れてきて攻略女子のプロフィールを調べてもらう。

 何かやたらと張りきってて今もこんな調子だがテキトーに放っておこう。

 

 図書館に入りカウンターを確認すると昨日と同じ女子が座っていた。

 物陰に移動してからエルシィに指示を出す。

 

「あの娘ですね! それじゃあ行きます!

 羽衣さん! お願いします!」

 

 エルシィがそう言うと羽衣の一部がが変形し、半透明の円盤状になる。

 それを使って例の女子を透かしてみると謎の記号(地獄の文字?)が羽衣に浮かび上がった。

 

「来ました! 来ましたよ!

 名前は汐宮栞。2年生。

 身長157cm、体重41kg、血液型B型、誕生日は12月26日。

 羽衣さんで分かるのはこんな所ですね」

「なるほどな。助かった」

「モチロンですよ! なんたって私は神様のバディーですからね!!」

「あーそーだなー」

 

 同じ学年だったのか。

 僕のクラスでは見た覚えが無いからB組では無さそうだな。

 

「神様! 次は何すれば良いですか!!」

「あーそーだな……その辺の本でも読んでてくれ」

「じょーほーしゅーしゅーというヤツですね! お任せ下さい!!」

 

 そう言ってトテトテと駆け出し、奥の方に消えていった。

 エルシィも消えたし、攻略を始めるとしますか。

 カウンターへ真っ直ぐ進み、攻略対象である汐宮栞に呼びかける。

 

「すみません、昨日来た者ですが、ゲームの本ありますか?」

「…………」

 

 栞は沈黙している。

 だが、昨日最初に呼びかけた時みたいに読書に熱中してて返事をしないという事ではなく、顔を上げてこちらを見つめて、にも関わらず沈黙している。

 単純に僕の言葉を聞き逃したのか? それとも他に何か理由があるのか。

 待つべきか、それとも何か言うべきか。

 

「…………しょ、少々お待ち下さい」

 

 僕が悩んでいたら栞が口を開いてくれた。

 そしてカウンターの席から立ち上がると図書館の奥の方へと消えていった。

 

  ……そして2分後……

 

 栞に言われた通りにカウンター付近で待っていたらゴロゴロという音が聞こえてきた。

 音がした方を見てみると、人の身長の高さくらいまで山積みされた本が台車で運ばれていた。

 誰が運んでいるのか……何となく想像は付くな。

 その本の山はカウンターの近くで止まり、その影から栞が出てきた。

 

「…………お、お待たせしました。こちらがこの図書館にある『ゲーム』に関する本全部、になります。

 ……ぜ、全部で1057冊です。

 ……ゲームの本とだけ言われたので、囲碁将棋などのボードゲームから、最近のテレビゲーム、他にもゲームと名の付くものを題材にした本をご用意しました」

 

 これは……凄いな。いろんな意味で

 キーワード『ゲーム』で調べた本を片っ端から持ってきたという感じだが、そんな便利な検索機能がこの図書館にあるとも思えないし、少なくとも僕は見たことが無い。まさか、ここの本を全部覚えてるとか言い出さないだろうな?

 仮に検索できたとしても、これだけの量の本を一日で用意するのは凄い、と言うより異常だ。

 そもそも僕の目的は大まかな分類で言えばテレビゲーム、より細かく絞るならギャルゲー関係なんだが……何だろうな、例えるなら3択問題で失敗を恐れるあまり3つとも答えるようなそんな印象を受けたぞ。

 っていうかこれ、誰が元の場所に片付ける予定なんだ? 栞がきちんと片付けるのか? そうでないなら普通に考えていい迷惑以外の何物でも無いんだが。

 

 しかしまぁ……

 

 前日にちょっと言っただけで人の身長分にもなる量の本を用意するヒロインは流石の僕も見たことが無い。

 汐宮栞……面白い奴じゃないか。

 図書委員だったんで若干萎えていたが、いいだろう。全力で攻略しようじゃないか!

 

「わざわざありがとう。

 でも、僕が欲しかったのはテレビゲーム関係の本なんだよ」

「えっ…………」

「テレビゲーム関係の本はこの本の山のどの辺かな?」

「あ、う…………」

 

 言葉にならないもごもごした声を発しながら本の山の一部を指差す。

 言葉にしてくれないとモノローグが無いから伝わらないんだよな……何とか喋らせないと。

 

「それじゃあテレビゲーム関係の本だけちょっと読ませてもらうよ。この辺だったね」

 

 とりあえず栞が指差した辺りの本を床に降ろす。

 そして残りを片付けるわけだが……

 

「…………」

 

 栞は何も言わずに台車を押して行こうとする。

 単に図書館を利用する為に来たのならそのまま見送っても全く問題ないが、あいにくと僕は栞を攻略しに来たんだ。

 イベントは逃さない。

 

「ちょっと待って、それ、一人で片付けるの?」

「…………え?」

「いや、『え?』じゃなくて、一人で片付けるのかい?」

「…………あ、はい」

「それだけの量、確か1000冊くらい? 一人じゃ大変だろう。僕も手伝うよ」

「……え? あの……」

「さ、場所はどこだ? のんびりやってたら日が暮れるから、手早く済ませよう」

「……あ、えっと……こっち……です」

 

 そう言って栞は台車を押すので僕は付いていく。

 台車を押すのを手伝おうかとも思ったが、流石に距離を詰めすぎだろう。

 こういう無口キャラは感情の変化が表に出にくい。慎重に進めるに越した事は無いだろう。





エルシィの台詞『羽衣さん! お願いします!』を『出でよ、検火鏡!』にしようか割と悩みました。

 ※検火鏡:神のみのプロトタイプに当たる読み切り版に出てきた地獄の道具。攻略対象の情報を調べる事ができる。

本作ではあくまで羽衣の機能という事になってるので結局前者になりましたが。
ちなみに、本作の羽衣機能の元ネタは検火鏡ですが、性能は微妙に違います。
見ただけで所属クラスや家族構成まで分かるってどんなテクノロジーだよ……


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04 最初のモノローグ

ところで皆さん、ルビ機能は活用していますか?
右上の方からいじれるので有効にする事をお勧めしておきます。

では、スタート。


「この本、『水平思考ゲーム100選』はどの辺?」

「…………上から2番目、左から24冊目です」

「24……ここか」

 

 栞に本の名前を訊くだけで少しの間を置いてから正確な位置が返ってくる。

 おそらくはこの図書館のほぼ全ての本の場所を暗記しているんだろう。流石にゲーム関係の本だけ暗記しているという事も無いはずだ。

 無い……と思う。オタク系属性を持っていてテレビゲーム関係の本を全て暗記しているというのならまだ納得できる、囲碁将棋麻雀といった卓上ゲーム、水平思考ゲームや人狼ゲームといったややマイナーなゲームまで手を伸ばしているのもやや苦しいが納得はできる。

 しかし、主人公がゲーマーという設定はあるがほぼ生かされてないラノベとか、複数の人間を絶海の孤島に閉じこめてゲームと称して殺し合わせる小説とか、流石に手を広げすぎだろう。と言うか彼女自身がゲーマーだったらコレを持ってくるという発想がそもそも無いと思う。

 もしかすると完全記憶能力とか持ってるかもな。

 

「次は……『芸術的イカサマ麻雀の指南』」

「…………一番下、右から3冊目です」

「りょーかい」

 

 このままダラダラと手伝っても好感度は多少は稼げるだろうが、劇的な変化は見込めないだろう。

 それに、無難な選択肢を選びつづける長期戦なんて僕の主義に反する。

 そろそろ攻めていこうか。

 

「しっかし、本の片付けって面倒だな」

「! …………」

「ん? ああ、安心してくれ。君に文句を言ってるわけじゃない」

 

 そう言うと栞は安心したような表情を浮かべた……気がするのだが少々自信が無い。

 だが、次の僕の一言での表情の変化はしっかりと読み取れた。

 

「僕が文句を言ってるのはこの『本』だ」

「っ!!」

 

 明確に、怒りの感情を感じ取れた。

 

「場所を取るし、重いし、しかもわざわざこの広い図書館から探さなきゃならない。

 実に不便だ」

「……」

 

 言葉にこそ出さないが凄く怒ってるんだろうなぁ。もう一息といったところだろう。

 

「全部スキャンしてハードディスクに移しちゃえば、本なんて全部捨ててしまえるよ。君はどう思う?」

…………ば

「ん?」

「ばかぁぁぁぁぁぁ…………」

 

 そんな台詞を言った後ハッとしたような表情に見せ、台車をガラガラと押して走り去って行ってしまった。

 

 どうやらようやく聞けたようだ。情報の伝達以外での彼女の台詞、彼女の意見が。

 今ので嫌われたかもしれないが問題は無いだろう。むしろその方がやりやすいかもしれない。

 残りの本の片付けは多分栞がやってくれると思うから任せておくとして……

 ……とりあえず、持ってきてくれたテレビゲーム関係の本でも読むか。使えるネタがあるかもしれんし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何なのあの男は、死ぬればいいのに!

 

 あの男との最初の遭遇はつい昨日の事だ。

 お菓子の本を借りにきたと思ったらゲームの本を探しているなんて奇妙な事を言ってきた。

 返事を迷ってたら誰かに呼ばれたみたいで時間がどうとか言って去ってしまった。

 また明日来る事とゲームの本を探しているという事だけはよく分かったので、せっかくだから用意しておいた。

 

 で、次の日。あの男は予告通りやってきた。

 思いつく限りの本を集めて、それを見せた。

 見せた後にもしかしたら2~3冊くらいで良かったんじゃないかとか、ジャンルをもう少し絞るべきだったとか心の中で後悔して、しかも実際に要らない本が9割近くを占めていた。

 けど幸いな事にあの男は気にしてない風だった。

 それどころか本の片付けまで手伝ってくれた。

 

 私の言葉は遅かったはずなのに、あの男は一度も私を急かさなかった。

 本の場所を訊いて、私がそれをたどたどしく返して、そしてしまう。

 名前も知らない人と一緒に居たのにそこまで居心地は悪くは無かった。

 

 そんな風に考えていたとき、あの男は突然たわごとをのたまったのだ。

 

「全部スキャンしてハードディスクに移しちゃえば、本なんて全部捨ててしまえるよ」

 

 電子書籍は私も読んだ事はある。私は知らない物を否定する程心は狭くないから。

 でもあんなの本じゃない。

 表紙に装丁、中表紙に奥付、紙の香り、厚み、手触り!

 その全てが世界を形作っているというのに!!

 断言しよう、あんなのは本じゃない!

 あんなまがい物で満足してうちの()達を燃やそうだなんて許せなかった。

 だから……つい言ってしまった。

 

「ばかぁぁぁぁぁぁ…………」

 

 うぅぅ……今思い出しても恥ずかしさで顔が赤くなる。

 一応片付けを手伝ってくれた人に何て事を言ってしまったのだろう。

 ……いやいや、あんな暴言を吐く人間にはあれくらいで十分よ! しっかりしなさい汐宮栞!!

 あ、でも怒って怒鳴り込んできたりしたらどうしよう……あんな暴言人間と口喧嘩なんてできないよ。普通の人が相手でもできないけど。

 き、きっと大丈夫。だってあれだけ本をバカにしてたんだもん。図書館なんてもう二度と来ないはず。

 そう、そうよ! 大丈夫!

 よし! それじゃあ……

 ……この本、片付けようか。

 

 

 

 

 

  ……その頃のエルシィ……

 

「これは……真っ赤です! 今の日本はこんなのが街を闊歩しているんですね!!

 黒船の時代が終わって今は赤車の時代です!!

 しょーぼーしゃ……カッコいいです!!

 私、また賢くなってしまいました! どうしましょう!!」






最後の場面を書いてて『知らなかったのか? 大魔王(しょーぼーしゃ)からは逃げられない』というフレーズを思い出したけどだいたいあってると思う。


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05 訂正

  ……攻略2日目、図書館……

 

 汐宮栞は場所固定キャラだ。

 勿論、24時間図書館に居座っているわけではないので別の場所で遭遇する可能性もあるが、基本的にはこの図書館でイベントが発生する。

 なので、攻略中は基本的にここに通いつめる事になる。

 ……どうやら、イベントが既に発生しているようだな。

 図書館の一角で複数の図書委員が何かの会議をしているようだ。勿論栞の姿もある。

 隅っこでゲームしながら様子を伺うとしよう。

 

 

 

 

「え~、ついに来週からこの図書館に視聴覚ブースが誕生しますぞ!」

 

 三つ編みメガネの図書委員がよく通る声で宣言する。態度から察するに委員長だろう。

 その発言に対して栞を除く図書委員は『おおお!!』とか何とか言って盛り上がっている。

 

「これでCDやDVDも借りられるようになるんだよね!」

「おうおう! 何でもっと早く作んなかったんだろうな!」

「増築で予算喰ったのよ。DVDも高いのは高いしね~」

 

 視聴覚ブースねぇ……まあ僕には関係ないな。

 しかし栞はこれに賛成しているのか? 昨日の僕の発言に激怒するくらいだから内心凄く反対してそうだが。

 

「ねぇねぇ、何入れる? 私はバンプ入れたい!」

「かのんちゃんの曲入れようぜ!」

「んじゃあ俺はアイマス!」

「若木、それゲームだから」

「何!? じゃあときメモ!!」

「いや、それもゲーム……」

 

 流石に学校の図書館にゲームは置けんだろう。知育ソフトとかならまだしも。

 しかしまぁ随分と盛り上がってるな。そんなに喜ぶことかね?

 

「そゆわけで、来週の休館日に作業あるから。ヒラの図書委員も全員ヨロシクゥ!」

 

 委員長がそうやって締めた直後、突然栞がガタリと音を立てて立ち上がった。

 全員の注目がそちらに集まる。

 

「…………」

「ん~? 書記汐宮? 何かな?」

 

 しかし栞は立ち上がっただけで何も話さない。と言うより話せないんだろうな。

 何か言いたい事がある事だけは一応伝わるが、当の本人が黙っていては何の意味もない。

 

「……………………」

「あ~……それじゃ、何もないなら解散! また来週!」

 

 そう言って委員長は話を終わらせた。

 まあ妥当な判断だな。栞が話すのを待っていたら日が暮れてしまうだろう。

 

 

 

 

「う~ん、どうしたんでしょうね、栞さん」

 

 机を挟んで向かいに居るエルシィがノーテンキな声で話しかけてくる。

 

「きっと言いたい事があったんじゃないか」

「それならもっとちゃんと話すべきです。あれじゃあ伝わりませんよ!」

「別にいいだろ? 本人に話す気が無いなら」

「話す気が無いならいいんですけど、ホントにそうなんでしょうかね?」

「……どうだろうな」

 

 エルシィに適当に相槌を打ちながら一冊の本を開く。

 そして近くに出しておいた筆箱からボールペンを……いや、シャーペンで十分だな。それを取り出す。

 さ~て、今日はどんなモノローグが聞けるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 話し始めるまで待っててくれれば良いのに。

 そもそも何で人とコミュニケーションを取るのに会話が必要なんだろう。私たちのご先祖様は会話よりテレパシーを進化させるべきだったんだ。

 進化にこだわらず現代科学の力でも良いからテレパシー能力が欲しい。そうすれば口下手でも大丈夫なのに。

 誰か世の中の偉い人がそういうのを作ってくれないだろうか?

 

 そんな事を考えながらぼんやり歩いていたら図書館の隅っこの方に座ってる2人の人影が目に入った。

 普通なら全く気にせずに通り過ぎるけど、何となく見ていた。

 そして気付いた。一人の男子生徒が本にシャープペンシルを突き立てている事に。

 その瞬間、私は駆け出してその本を奪い取った。図書館の本に落書きするなんてお天道様が許しても私が許さない!

 

 本を取られて驚いたように振り向いた男子生徒と目が合う。そしてまた気付いた。

 この人、昨日の暴言人間だ!

 本をバカにするだけじゃ飽き足らず落書きまでするなんて、なんていう人なの!? 絶対に許せない!!

 開いてあった場所の前の方のページもめくってみると文章に線が引いてあったり妙な書き込みがしてあったりとびっしり落書きされている。

 

「あ、神様ダメじゃないですか! 図書館の本に落書きなんてしちゃダメですよ!」

 

 近くに座ってた女子生徒も本を覗き込んで男子生徒を注意する。

 そうだそうだ! もっと言ってやって欲しい。

 

 だけど、落書き犯の暴言人間は悪びれもせずにこんな事を言ってきた。

 

「落書きじゃない。訂正だ。

 この本の情報は間違いだらけだ。出典元からの引用ですら誤字脱字がある。

 本とはすなわち情報だ。正しくない(情報)に意味なんて無いだろう?」

 

 た、確かに言われてみればそうかもしれない。

 だ、だけど落書きなんてダメ!

 こういう人は同じ理屈で推理小説の序盤の序盤で犯人のネタばらしをしたりするのよ。

 他にも辞書のいかがわしい語句に全部印を付けたり、消す方の身にもなってほしいの!

 

「訂正もすぐ出来ないなんて、やっぱり本は前時代的だな」

 

 その言葉を聞いた私は、ブチ切れた。

 

「っっっっ! あ、あほぉぉぉぉ……」

 

 うぅぅ、もっと口が回れば思いつく限りの罵詈雑言を並び立てられるというのに!

 どうして私の口は『あほ』しか言えないの!?

 本当はもっと色々言ってやりたいけど、仕方がないから奪った本をカウンターまで持ち帰って落書きを消す事にする。

 もう、何なのあの人は!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、順調に進んでるな」

「文句を言われただけにしか見えないのですが……」

「前に言ったはずだ。好きと嫌いは変換可能だと。

 それに、今は好感度よりもコミュニケーションを取る事の方がずっと大事だ」

「コミュニケーションと言ってもアホって言われただけですよ?」

「じゅーぶんじゃないか。ああいうタイプは心の中では人一倍喋っているものだ。

 外に出る変化が僅かであっても中身は大きく異なる」

「はぁ……」

「……ところでエルシィ、お前は一体全体なんの本を読んでるんだ?」

「あ、これですか? しょーぼーしゃの本です!

 凄いんですよしょーぼーしゃ! 赤くてカッコいいんです!!」

(……何故に消防車?)



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06 分岐点

  ……攻略3日目、図書館……

 

 私がいつものように図書館の見回りをしていると昨日の落書き暴言人間が昨日と同じ場所でまた本に何かを書いていた。

 訂正だか何だか知らないけど、今日こそガツンと言ってやる!

 私は静かに、しかし堂々と歩み寄り、落書き暴言人間から本を取り上げた。

 さぁ、言うのよ汐宮栞。今日こそガツンと……

 

「……と、図書館の本に、落書きをしてはいけません」

 

 あーもう、私のバカ! 何で定型文みたいな事しか言えないの!?

 い、いや、もうこの際定型文でもいい。今日こそしっかりと言ってやった!

 これでこの落書き暴言人間にも図書館で大きな顔はさせな……

 

「それ、僕の本。図書館の本じゃないよ」

 

 …………え?

 その言葉に驚いて取り上げた本を確認してみるけど、蔵書印もシールも無かった。

 間違いなく、図書館の本じゃない。

 

「本、早く返して」

 

 ど、どうしてこう強くでた日に限ってこんな……

 すいませんって言った方が良いのかな? いや、こんな人に謝る必要なんて無い!!

 けど……

 

 ……すいません。

 

「あなたは落書き禁止、出入り禁止、いえ、全部禁止!」

 

 すいません。

 

「私は静かに過ごしたいのに、あなたが居ると乱れちゃう」

 

 すいません。

 

「視聴覚ブースなんてできたらあなたみたいな人ばっかり来て私の図書館がっ!」

 

 ……あ、あれ? 今、私何を……

 

「思ってる事と話してる事が逆になってるよ」

「っっ!!」

 

 思った事をそのまま口にしてしまうなんて、私は何をやってるの!?

 回れ右をして走り出す。

 こ、これは戦略的撤退だ。決してあの男から逃げ出したわけじゃない!

 

 

 

「ぼ、僕の本……」

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……攻略4日目……

 

 今日もあの男が当然のようにいつもの場所に座っていた。

 勝手な事をされては堪ったもんじゃないので本棚の影から様子を伺う。

 

「出入り禁止って言ったのに。また私に嫌がらせするんだ」

「……今日は普通に喋ってるね」

「はうっ!?」

 

 あれ? おかしいな。

 思ってただけのはずなのに、自然と口も動いてたみたいだ。

 どうしてだろう? あっ、きっと相手が落書き暴言人間だからだ。そうに違いない。怒りのパワーというものはまこと恐ろしい。

 

「しっかし、ここは静かで良い所だな。

 外はどこに行ってもうるさいよ。

 僕は誰にも邪魔されずに生きていたいのに」

 

 本に散々文句を言っていた暴言人間だけど、この言葉だけは同意できた。

 だからというわけじゃないけど、私は向かいの椅子に腰を降ろしてこの男に話しかけた。

 

「……そうだよ。図書館は素敵な場所だよ。

 ……現実の喧騒から身を守ってくれる紙の砦なの」

 

 喋れた。

 こんな長い台詞なのに噛まずに喋る事ができた。

 それを聞いた男は少し微笑んだ後にこう言った。

 

「僕、桂木桂馬だ」

 

 一瞬何かと思ったけど、どうやら名前を名乗ったようだ。

 

「……し、汐宮、栞、ですが……

 その……ご、ごゆっくり」

 

 こちらも名前を名乗ってしまったけど、何か頭がもやもやする。

 ひとまず受付の席まで戻って頭を冷やそう。うん、そうしよう。

 

 

 

 そもそも名乗って良かったの? あの落書き暴言男という危険人物に。

 ……でも、あの人とは何か通じた気がする。

 いやいや、気のせい気のせい。あんな危険人物と通じるなんて有り得ない。

 あの人の事は今は忘れよう。気にしすぎて今日の書類整理も終わってないから。

 このプリントは次の集会で図書委員に配布するのでコピーしておく、こっちは空欄を埋めて事務室に提出。

 こっちは入り口の掲示板に掲示……え?

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いですね神様! あんな無口な人とも順調に仲良くなってますよ!!」

「ああ、そうだな」

 

 とは言うものの、心のスキマを埋められなければ意味が無い。

 心のスキマはどこにある?

 人を拒絶して生きていたいのに関わりを断ち切る事のできない絶望か、

 人との対話を求めるのに実現する事のできない絶望か。

 このうちの片方でほぼ決まりだと思うんだが……ここを間違えて強引に進めると取り返しの付かない事になる。

 栞の本心を引き出せる強いイベント、それさえあれば……

 

 閉館時間も近くなっているのでのんびりした足取りで出口へと向かう。

 本棚の間を通って受付カウンターの前に出ようとして、足を止める。

 カウンターには栞が居た。無表情で何かのプリントを見つめているようだ。

 栞はプリントを読み終えるとそれをビリビリに引き裂き、どこかへ行ってしまった。

 

「ど、どうしたんでしょう栞さん、様子がおかしかったですけど」

「尋常じゃない様子だったな」

 

 栞がどこかへ行ってる隙にカウンターに近づいて紙の残骸を調べてみるが、見事にビリビリに引き裂かれているので解読は少々厄介そうだ。できないわけではないが。

 とりあえず回収して後で修復を……

 

「あ、このくらいなら直せます!

 羽衣さん、お願いします!!」

 

 ……自力で修復しようと思っていたらエルシィが羽衣でさっさと直す。

 どんだけ便利なんだよその羽衣。破いたプリントを全自動で修復するって。

 まあそんな事はどうでもいい。大事なのは内容だ。

 破れた部分の細かい文字は潰れてしまっているが、プリントのタイトル等の大きい文字は余裕で解読できる。

 

 『視聴覚ブース導入に伴う大規模蔵書処分のお知らせ』

 

 プリントの一番上にはそう書かれていた。

 

「……エルシィ、エンディングが見えたぞ」

「ふぇ?」






小説書いてたら栞がツンデレに見えてきました。
ツンが表面に出る事は滅多に無いですが。


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07 無口少女の意志

 今日は図書館の休館日。

 予定では、視聴覚ブース導入の日だな。

 ……予定では。

 だが、現状を見る限りでは今日中に作業が終わるとは到底思えないな。

 

 

 図書館の前には人だかりができている。今日の作業の為に集まった図書委員達だ。

 しかし、中に入ろうとする者は誰も居なかった。

 しばらくして何も知らない図書委員長がやってきて呑気に皆に声をかけた。

 

「おっす~、皆そろってるな~。

 ん? どしたの? 何かあったの?」

「あ、委員長! ドアが開かないんですよ。パスワードも合わなくて」

「んん~?」

「あと、ドアの前に……とにかく来てください」

「何だ何だ?」

 

 委員長が図書委員の一人に入り口の扉まで引っ張られる。

 開かない扉の向こう側に小さめのホワイトボードが置いてあり、そこにはこんな事が書かれていた。

 

『視聴覚ブース導入反対! 汐宮栞』

 

「…………ええぇ~?」

 

 

 と言う訳で分かりやすく結論を言うと『栞が図書館を占拠して立て篭もった』。

 中々の行動力だな。

 

「しばらく見ない間に凄い事になってるね……」

「ああいうタイプのキャラは口数が少ないだけであって心の中では人一倍考えている。

 むしろ喋れないからこそ、こういう行動を取るほど追い詰められると言うべきか」

「そ、そそそそんな事より、ここここれからどうするんですか神様!!!」

 

 僕達は今、透明化して図書館の近くに居る。

 今日が攻略最終日だから中川も一緒だ。

 

「どうするの、桂馬くん?

 これは止めるべきなの? それとも手助けするべきなの?」

「まずは様子を見よう。

 栞の行動はほぼ読めるが、委員長やその他の図書委員の方は分からん。

 腹括って窓ガラスの1枚や2枚くらいあっさりと割るタイプだったりなんかしたらこんな立て篭もりはあっさりと瓦解するからな」

「……過激な委員長だね」

「可能性の話だ。

 だが恐らくはそんな事はしないし、他の委員が勝手にやらかそうとしても止められる人間だと思う。

 あと、教師に相談する事すらしないんじゃないかな」

「え、どうして?」

「騒ぎになったらせっかく頑張って通したらしい視聴覚ブースの件が白紙に戻りかねない。

 あの委員長だったらそれくらいはしっかりと考えてくれる……気がする」

「だ、大丈夫かな……?」

「それを確認する為にも、少し様子を見るぞ」

「うん」

「えっと……りょーかいです!」

 

 

 

 

 

 

 しばらく様子を観察したが、概ね計画通りに行きそうだ。

 窓ガラスを割ろうとする生徒も居たが、委員長がキッチリと止めていた。

 先生を呼びに行こうとした生徒も居たが、それもキッチリと止めていた。

 今のところは図書館の中の栞に怒鳴るくらいしかしていない。と言うよりそれしか出来ないようだな。

 

「……よし、それじゃあ適当なタイミングで図書館の中に突入するぞ」

「……どうやって?」

「なに、簡単な事だ。

 天井に風穴開けてそこから降りれば良い」

「過激過ぎない!? って言うかどうやって!?」

「エルシィ、お前なら羽衣とか箒とかで行けるだろ」

「はいっ! お任せ下さい!!」

「……そこに箒って選択肢が普通に入るんだね……」

 

 箒という名の兵器だからなアレ。

 図書館ごと一掃してしまう可能性が無きにしも非ずだが……そこは箒の出力を調整すれば何とかなってほしい。

 

「それじゃあ、空けた穴の後始末は……」

「羽衣さんならだいじょーぶです!」

「……いつか過労死するんじゃないかな、この羽衣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「栞ぃぃぃ!! 開けろぉぉぉ!!!」

 

 わ、我ながら大それた事をしてしまった。

 外から藤井寺委員長の怒鳴り声が聞こえる。何で怒鳴り声ってあんなに怖いんだろう。

 で、でも大丈夫。こんな時の為の準備に抜かりは無い!

 昨日わざわざ買ってきたこの耳栓さえ付ければ怒鳴り声なんて……

 

「こぉらぁぁああああ!! このうつけぇぇ!! 早く開けろぉぉぉぉ!!」

 

 耳栓してても普通に怖い!

 や、やっぱりこんな立て篭もりなんて止めた方が良かったのかな……

 いやいや! このくらい覚悟の上の狼藉のはず!

 いくら貸出頻度が少ないからって、この()たちを処分してどこにでも売ってるCDやDVDを入れようだなんて、図書館はコンビニじゃないのよ!!

 今日の為にしっかりと準備してきた。食料や水も一週間分は用意した。徹底抗戦してやる!

 視聴覚ブース、断固阻止!!

 そう、この子たちは私が……

 …………あ、あれ? 何だか眠い……

 今朝、早起きしたからかな……

 ……意識が……遠く……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドォォン ガラガラガラ…… (「いてっ」)

 

「はっ!!」

 

 わ、私どれくらい寝てた!?

 今の音は一体!?

 上の方から聞こえてきたけど……よ、様子を見に行った方が良いのかな?

 で、でも、一体何が居るの? ちゃんと人が居ない事は今朝確かめたはず!

 まさか、幽霊や妖怪といった魑魅魍魎の存在が現れたのだろうか?

 いや、それとも視聴覚ブースの設置に激怒した図書館の妖精が現れたのだろうか!?

 

 私が錯乱していると、上の方からコツン、コツンと足音のような音が近付いてくる。

 どうすれば良いのだろうか? 相手が人外の類であるならば勝ち目は無い。逃げるか隠れるかしか無い。

 ……ちょっと待って? もしやこれは委員長の策略?

 どうやってかは分からないけど、こうやって私をおどかす事で図書館を開けさせようとしている?

 そうだ! きっとそうに違いない!

 この程度で私を謀ろうなど100年早いわ!

 

 真相が分かったならもう怖くない。

 私は今日の為に買ったダルマを抱えて階段近くの物陰に隠れる。

 誰か来たらこのダルマを両手で振り下ろして返り討ちにしてくれるわ!

 

 コツンコツンという音が近付いてくる。

 明かりはカウンター近くしか付けておらず、外も暗くなってきているようなので不審者の姿はよく見えなかったけどぼんやりとしたシルエットだけなら目視できた。

 階段を降りきって背中を向けた時、それがあなたの潮時よ!

 

 顔を出したら相手に気付かれるかもしれないから、物陰でじっと息を潜めて待つ。

 足跡が階段を降りきり、そして遠ざかろうとした所で私は駆け出した。

 委員長の差し金の謎の侵入者、覚悟っ!!

 

「ん? おわっ!!」

 

 寸前で気付かれて避けられた。ここが本の世界だったらあれで決まってたのに!

 だけど相手はしりもちを突いている。今がチャンス。もう一度ダルマを振り上げ、そして振り下ろし……

 

「ちょ、ちょっと待った栞!! 僕だ! 敵じゃない!!」

 

 その声を聞いて腕を止める。最近良く聞く声だった。

 そして、相手の顔をよく見てみたら……

 

「か、桂木くん?」

 

 名前を名乗ったあの男が、そこに居た。






アニメでそこそこ注目を浴びて、原作でも地味に出てるダルマ。
本作でも活躍したよ! やったね!


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08 外の世界へ

 まさかいきなりダルマで殴られそうになるとは流石の僕も予想外だった。

 って言うか、何でダルマ? 普通のダルマなら当たってもダルマの方が潰れるからあんまりダメージにならないんじゃないか?

 武器として使うならその辺にある分厚い本の角なら当たり所次第では冗談抜きで人が殺せると思うんだが……本好きの栞には本を武器として使うという発想が無かったんだろうか?

 

「か、桂木くん?」

「ああ、僕だ」

 

 栞は何か言いたそうだが、上手く言葉にできないのだろう。

 こんなシチュエーションでは栞でなくとも質問することが多すぎて戸惑いそうではあるが。

 栞が混乱しているうちにこっちのペースで話を進めさせてもらおう。

 

「君が一人で頑張っていると聞いてね。

 僕も静かな場所が残っていた方が都合が良い。協力させてもらうよ」

 

 それを聞いた栞は少しの間何か考えていたが、無言でコクリと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……狭いアジトになっております」

「どうも」

 

 受付のカウンターの外側にも内側にも大量の本が積み上げられている。

 バリケード……のつもりなのか? それとも何か別の理由があるのか。

 もしかすると、ここに置かれている本が今日処分される予定の本なのかもな。

 ……地震でも来たら生き埋めになるんじゃないか? 僕達。

 ゲームで埋まるならまだしもそんな死に方はゴメン被るんだが。

 

 お互いに無言の時間が続く。

 栞は時々チラチラをこちらの様子を伺って話したそうにしている。

 相手を気遣うのであれば話題を振るべきなのだろうが、僕にそんな気は毛頭無い。無言でPFPに没頭する。

 

 ここまで進行すれば僕から動く必要は無い。

 ルートは既に2つまで絞ってある。

 どちらが正しい選択肢なのか。お前のモノローグを見せてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 く、空気が重い……

 こんな所に突然現れて協力するって言ってくれた時には嬉しかったけど……

 この人、本当に協力する気があるのかな?

 ずっとゲーム機ばっかりいじってて私の方なんて見向きもしない。

 気を遣わなければならない分さっきまでより居心地が悪い。

 助けに来たのなら察してくれて適当な話題を振ってくれれば良いのに。

 

「……話さないと、分かってくれないの?」

 

 …………

 …………っ! わ、私っ、また口に出てた!?

 ど、どどどどうしよう? 聞かれてなかったかな?

 

「……そうか、まあそうだよな」

「っ!」

 

 き、聞かれてた!?

 まあそうだよなってどういう意味なの!?

 

「ん? ああ気にするな。大したことじゃない。

 それより君に訊きたい事がある」

「……訊きたい、事?」

「ああ。汐宮栞、お前は……」

 

 桂木くんがそう言いかけたとき、

 突然、電気が消えた。

 

 

 

 

 

  ~その頃、学校の某所~

 

「ふっふっふっ、電源落として入り口のパスワード初期化よ!」

「わ~、委員長過激~」

「真っ先に窓ガラス割ろうとしたアンタに言われたくはないわ」

「うぐっ、ご、ごめんなさい」

「それじゃあさっさと開けるわよ。

 汐宮栞、この私を出し抜こうなんざ100年早いわ!」

「委員長ノリノリだね~」

 

 

 

 

 

 

 突然の暗闇に徐々に目が慣れていく。

 周りを確認すると桂木くんの顔がすぐ近くにあった。

 いや、それだけじゃない。

 自分の状態をよく確認すると、いつの間にか全身で抱きついていた。

 

「っ!? っっ!!」

 

 慌てて体を離したらすぐ後ろの本の山にぶつかり、その山がこっちの方に崩れてきて押し戻される。

 お、重い。と言うか近い!!

 

「はぁ……本に押しつぶされて死んだら悲劇だな」

「あ、う……」

「全く、現実(リアル)ってのはどこまでつきまとってくるんだろうな。

 放っといてくれりゃあ良いのに」

 

 現実(リアル)、現実……

 そう、現実なんて怖いだけだ。人付き合いも辛い。

 誰とも話せない私の気持ち。

 桂木くんなら……きっと分かってくれる。

 

「……私も、ただこの子たちと一緒に、静かに暮らしていたいだけ。

 誰とも関わらずに、生きていたい」

 

 私には本さえあれば良い。

 現実の人間なんて、要らない。

 

 

「……違うよ、汐宮栞。

 そんなのは嘘だね」

 

 

「…………え?」

 

「本気でそう思っているなら、さっきの台詞は出てこない。

 本当に他人の事をどうでもいいと思っているなら、何かを伝えたがる事も無ければ伝わってほしいと願う事すらない。

 君は、話したがっているはずだ。他の誰よりも」

「そ、それは……」

「でも、それ以上に恐れている。

 誰かと話す事で、自分が嫌われてしまったら、自分が否定されてしまったら、と。

 ……さっき訊きそびれたから質問させてもらうぞ。

 君は、何を守っているんだい?

 この本を守っているのか? それとも、外の世界からの逃げ場所を守っているのか。

 さぁ、どっちなんだ!」

「……わ、私は……」

 

 私は、本がっ! 本が好きだからここを守ろうと……

 っ、違う、私は、話したかったんだ!

 あの時も、あの時も、あの時も!!

 ずっとずっと、話したがってたんだ!!

 

 ……でも、今更気付いたからって無理だよ。

 私の口はとっくの昔に退化してしまってる。話せるわけがない。

 桂木くんの言う通りだよ。

 だけど、外の世界はとても怖い、怖いよ。

 

 ゆうきが、出ないの。

 このまま、本に埋まって、静かに消えていくんだ。

 私の言葉は、もう誰にも届かない。

 もう、誰にも……

 

 

 その時、誰かに腕が強く引っ張られた。

 誰に? なんて考えるまでもない。

 

「確かに届いたよ、君の言葉は。

 この僕にも届いたんだ。見知らぬ誰かにも絶対に届く」

 

 薄暗くて息苦しい本の山から、暖かな光が差す外へと引っ張り出される。

 

「さぁ、顔を上げろ汐宮栞、そこには希望がある」

 

 暗い場所に慣れた目に、その光は眩しかった。

 だけど、私は目を逸らさなかった。

 桂木くんが、居てくれたから。

 

 引っ張り上げられた私はそのままの勢いで桂木くんに近付いていく。

 そして……

 私と彼との距離が、ゼロになった。



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自信と勇気

 日の光と電気ですっかり明るくなった図書館に委員長を先頭に図書委員のメンバーが入ってくる。

 

「コラァ栞! 辞世の句があるなら聞いてやるぞ!」

「……ご、ご迷惑をおかけしました」

 

 まさか返答があると思っていなかったのか委員長が驚く。

 

「ご、ごめんなさい。

 わ、私、本が捨てられる事が我慢できなかったんです。

 どの本にも伝えたい事があるんです!

 小さな、凄く小さな声かもしれませんが、ちゃんとあるんです。

 そんな、小さなささやきが聞こえる、そんな図書館であって欲しいんです!」

 

 栞がそう言い切ると、図書委員たちがざわざわと騒ぎ出す。

 

「しゃ、喋ってる」「喋ってるね」

「……はぁ、それならこんなバカな事せずに話してくれれば良かったのに」

「ご、ごめんなさい……」

「しゃーない。処分する本についてはまた会議しよっか」

「あ、ありがとうございます!!」

「但し、視聴覚ブースは決定だからね。

 捨てる本をゼロにするなんて事もまず無理だかね!」

「十分です! ありがとうございます!!」

「急によう喋るようになったなぁ……

 それじゃ、アンタのせいで凄く遅れたんだからこき使わせてもらうからね」

「はいっ!」

 

 栞は本のバリケードから抜け出し、やるべき作業を始める。

 が、本に手をかけた瞬間、ハッとしたように振り向く。

 

「あ、あの!! ここに私の他に誰か居ませんでしたか?」

「? 誰かって、誰?」

「え? アレ? ……誰だろう」

「夢でも見てたんじゃないの? さっさと仕事してちょーだい」

「は、はい……」

 

 そう言われてまたすぐに作業に入る。

 その表情は、最初に会ったときよりも随分と晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

「これにて、一件落着だね」

「ああ。そうだな」

「一時はどうなる事かと思いましたよ。今回も無事に終わってよかったです!」

 

 物陰からエンディングを見届けた後、屋上に居るエルシィ達に引っ張り上げてもらってその場で腰を降ろす。

 突入時に空けた穴は羽衣パワーで修復できたようだ。

 

「……『話したいけど普通に話せない』という意味では吉野麻美と似ていたのかもな」

「え、そうかな? 似てるようで全然違うと思うけど」

「……そうだな。共通点はそこだけか」

 

 当たり障りの無い会話しか出来ずに苦しんでいた麻美と、意志を伝える事が出来ずに苦しんでいた栞とではかなり違うか。

 

「どうしてそこまでして他人と関わろうとするんだろうな」

「……きっと、自信が無いからだと思う」

「ん? どういう意味だ?」

「自分じゃ自信が持てないから、誰かに自分という存在を認めてもらいたい。

 でも、やっぱり自信が無いからありのままの自分を出せない。

 だから苦しくなる。

 そういう事なんじゃないかな」

「……かもな」

 

 あの中川が言うなら、きっとそういう事なんだろう。

 理解はできるが……実感はできないな。

 

 

 

「神様! 姫様! 屋上の修理終わりました!」

「よし、それじゃあ帰るか」

「あっ、もうこんな時間! 私はお仕事があるから!」

「それでは、姫様を送ります!!」

「くれぐれも安全運転でね!」

「だいじょーぶです! 姫様にはお怪我はさせません!!」

「地面にも怪我させちゃダメだからね!?」

「おいお前たち、まずは僕を降ろしてから行ってくれ。屋上に置き去りにする気か?」

「おっとそうでした! それじゃあ行きましょう!!」




栞編、これにて終了です。
え? ライブシーン? カットですよ。

それでは例の企画を。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=133010&uid=39849


次回の更新についてですが、少々長くなりそうです。
リアルが忙しかったり、単純に次書く人が厄介だったりするので。
結構間が空くので気長にお待ちください。

では、次回もお楽しみに!


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アナザールート
プロローグ


すみませんお待たせしました。

それでは攻略スタートです。一体誰でしょうね~。


 ある日の放課後の話だ。

 

「神様! 軽音部に入りませんか!!」

「断る」

「即答ですか!?」

 

 エルシィのアホが何かトチ狂った事を言い出したので速攻で断った。

 

「ただでさえ駆け魂狩りのせいで僕の神聖なるゲームタイムが削られてるんだ。部活なんてゴメンだ!!」

「そう言わずに行きましょうよ~」

「って言うかオイ、何で軽音部なんだ?」

「そんなの決まってます。アニメ見て面白そうだと思ったからです!!」

「…………」

「な、何ですかその可哀想な物を見る目つきは!!」

 

 アニメに触発されて部活を始めようとする300歳の悪魔ねぇ……

 悪魔の精神年齢の成長速度が実に気になるな。

 

「……ちなみに、どんなアニメを見たんだ?」

「え? えっと確か……」

 

 

  ~~~~

 

 

「この事件の犯人は平田で間違いない!

 何故なら、凶器となったこのギー太郎の持ち主は平田だからだ!!」

「それは違うぞ!! 痕跡なんていくらでも偽造できる! 痕跡が付いていたからって凶器とは限らない!

 真犯人は別のギターを用意して、それで殴ったんだ!!」

「じゃあ誰だって言うんだ、あいつを殴った真犯人は!!」

「……山吹だ」

「なっ、正気か!? あいつも被害者の一人だったはずだ!!」

「だけど、残された可能性はこれだけだ。

 あいつが真犯人で間違いない!!」

 

 

  ~~~~

 

 

「確か、こんな感じでした!!」

「……これは果たして軽音部に関係があるのか?」

「はい、何者かに放課後食べる予定だったケーキを叩き潰されて、その犯人を探し出すという軽音部ならではの場面です!!」

「殴られたの人じゃなかったのかよ!?」

「? はい。軽音部で人が殴られるわけないじゃないですか」

 

 そりゃそうだ。そりゃそうなんだが……

 そんな当たり前の事をエルシィにドヤ顔で言われるとムカつくな。

 

「まあいい。別に駆け魂狩りに支障が出ないならお前が部活に入ろうが一向に構わん。

 だけど、お前楽器とか使えるのか?」

「はい! カスタネットなら完璧です!!」

「お前軽音舐めすぎだろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『とりあえず、透明化するなり何なりして適当に見学してみりゃあ良いんじゃないか?』

 

 とのお言葉を神様から頂いたので早速実践します!!

 ……あれ? 軽音部ってどこでやってるんでしょうか?

 と、普通のアクマであればここで慌てふためくでしょう。

 しかし、私は優秀なアクマですからね!!

 軽音部の場所が知りたいのなら耳を澄ませば良いのです!!

 何故なら、軽音部はいつも楽器を弾いて……

 ……あれ? 良く考えたらアニメで見た軽音部ではいつもお菓子を食べていたような……?

 い、いや、アニメでもたまには楽器を弾いていました! 私の運命力があればきっとその瞬間に合わせられます!!

 そう、耳を澄ませば……

 

(♪~♪~♪♪~)

 

 き、聞こえました! あっちの方です!!

 やっぱり私は優秀なアクマでした!!

 あっちの方の……あの教室ですね!

 羽衣さんで透明化してこっそり見学です!!

 

「透明化、完了! 一方性防音結界、展開完了! さぁ行きますよ!」

 

 部室に入ると沢山の人が色んな楽器を演奏していました!

 アニメで見た軽音部とは比べ物にならない規模です! 見たことも無い楽器も沢山あります!

 でも、ギターやベースらしきものが見あたらないですね……きっと前衛的な軽音に挑戦しているんですね!!

 この大きな学校なだけあって凄い規模です! これはもうにーさまと一緒に入るしか無いですね!!

 そうと決まれば早速にーさまを説得……いえ、せっかくだからもう少しだけ聞いていきましょうか。

 皆凄いなぁ~。こんなに人が居るのに誰もミスしてません!

 ……ん、あれ? ボーカルが見あたらないですね。誰も気付いてないんでしょうか?

 ふっふっふっ、これはもう現役アイドルの替え玉もやってるこの私がボーカルをやるしかありませんね!!

 

 

  そんな事を考えながらコアクマがゆっくりと部屋を見回っている時、それは反応した。

 

ドロドロドロドロ……

 

  攻略の始まりを告げる、駆け魂センサーが。



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01 件の部活

ドロドロドロドロ……

 

「わっとっとっ」

 

 エルシィが慌てながらアラームを消す。

 

「ふぅ、防音結界張っておいて良かったぁ。

 えっと、駆け魂の持ち主は……」

 

 センサーを掲げながら周囲に向けると一人の女子に反応があった。

 バチを両手に打楽器を楽しそうに鳴らしている。

 

「これは神様にご報告……っと、その前に、羽衣さん!」

 

 駆け魂持ちの少女を羽衣で透かして見る事で彼女の個人情報が表示される。

 この情報は羽衣の容量さえ残っていれば自動的に保存されるのでエルシィでも安心だ。

 

「……よし。それじゃあ一旦帰りましょう!」

 

 エルシィは開いていた窓から飛び出して家に向かった。

 

 

 

 

 

 

「名前は五位堂(ごいどう)(ゆい)、2年生。

 身長160cm、体重50kg、血液型AB型、誕生日は10月10日。

 以上です!!」

「お前今度からセンサー持ってどっか行くの禁止な」

「ダメですよ!! 駆け魂見逃しちゃうかもしれないじゃないですか!!」

 

 そんな事は分かってるんだよ。

 でもな、5人だぞ? うちの高校の2年だけで既に5人目だぞ?

 何か呪われてるんじゃないだろうな? うちの高校。

 

「とりあえず明日は僕も一緒に行って様子を見るとして……

 エルシィ、お前から見てどんな感じだった? 心のスキマは分かるか?」

「え? そ~ですね……凄く楽しそうに何か叩いてましたよ?」

「叩く? 楽器か? となるとドラムか?」

「いえ、ドラムじゃなかったと思います」

 

 軽音の打楽器といったらドラムが一般的だった気がするが……明日見れば分かるか。

 

 

  ……そして翌日……

 

 

「……おいエルシィ」

「はい? なんでしょうか?」

「お前確か軽音部に見学に行ったんだよな?」

「はい!」

「……ここに見学に来たのか?」

「勿論です!!」

「……ここ、吹奏楽部の部室のようなんだが?」

「…………へ?」

 

 入り口の辺りから軽く覗いただけで木管楽器、金管楽器による演奏がよく見える。勿論ギター等の弦楽器なんて無い。

 軽音の定義としては『軽く楽しむ音楽』なので楽器が違っていても本人たちが軽音と言い張れば一応軽音にはなるが……

 ……入り口の所に『吹奏楽部』という張り紙がある時点で色々とアウトだ。こんな目立つものを見落としたのだろうか? このバグ魔は。

 

「え、えっと……と、とにかく! この中に結さんは居ます!!」

「まあそうだな。軽音部だろうと吹奏楽部だろうとやることに変わりは無い」

「そ、その通りです!! さっすが神様! 分かってらっしゃいますね!!」

 

 とりあえずエルシィのアホさは今更だから放っておくとして……

 まずは情報収集だ。部活の中で悩みがあるのか、それとも別の要因が絡んでいるのか。

 軽音部って事で仲間との間で音楽性の違いがうんたらみたいな定番の悩みを予想していたんだが……流石に吹奏楽部でそういう類の悩みは無いだろう。

 

 そんな風に考えていたせいか、それに気付くのに少々遅れた。

 

 最初に聞こえてきたのはドドドドッと、何かが凄い速さで走っている音。

 続けて聞こえたのはその音が段々と大きくなった音。

 うるさいなと思いながらも不審に思って後ろを振り向くと、

 

「退きなさい!!」

 

 という言葉と共に思いっきり押しのけ、と言うより床に叩きつけられた。

 そしてその人物は僕には目もくれずに吹奏楽部の部室へと突撃していった。

 

「か、神様大丈夫ですか!?」

「う、く、大丈夫……あああああ!!」

「か、神様!?」

 

 自分の体の状態を確かめて、気付いた。

 無惨に砕け散ったものに……

 

「僕の、僕のPFPがぁぁぁああああ!!!!」

「……えと、大丈夫そうですね」

「チクショウ! どこのどいつだ!! エルシィ、羽衣で確認!!」

「え? これは攻略対象の情報を見るものであって……」

「いいからやれ!!」

 

 PFPの恨みは限りなく重い!

 

「は、はい!!

 ……えっと、五位堂響子(きょうこ)、32年生……じゃなくて46歳。身長は……」

「ちょっと待て、五位堂だと?

 って事はまさか……」

 

 PFPの恨みはひとまず置いておいて、部室内の様子を伺う。

 するとさっき僕を突き飛ばした女性が何事かを叫んでいた。

 

「まあまあ結さんこんな場所で一体何をしていたの今日はお茶道と生け花のお稽古の日でしょう。結さんの為に今日から新しい先生をご招待しているのよ。少し無理言って遅れさせてもらったから急いで行きましょうね。私が探した先生だからきっと結さんも気に入るわよ。前の先生は庶民向けのみすぼらしいお稽古だったけど今回は五位堂家に相応しい風格と気品を持つ先生だから安心しなさい」

「お、お母様、あの……」

「吹奏楽部の皆さん失礼させていただきますね。さあ結さん外に車を待たせてあるから急ぎましょう」

「……し、失礼します」

 

 結の母親らしき女性は結の手を掴むとそのままどこかへと行ってしまった。

 良家のお嬢様とそのテンプレママってとこか? また何とも王道な設定だな。

 

『結ちゃん自身は良い子なんだけど、母親がねぇ~』

『最近どんどん部活の時間短くなってるよね。このままだと止めさせられちゃうんじゃない?』

『発表会とかに影響が出る前に何とかした方が……』

 

 ……ほぼ間違いなくあの母親、と言うより家からの重圧が心のスキマの原因なんじゃないか?

 断定してしまうのは少々早いが……

 

「ひとまず、結たちを追うぞ」

「はいっ、了解です!!」






トランプをドローした時の感想。
『軽音部まだねぇよ』
まぁ、原作通りに進めるだけでは不可能な状態を作る事こそがシャッフルの意義だから正しいんですけどね。

なお、原作において彼女の攻略後にはレベル4の駆け魂が現れますが、本作においてはまだ現れません。
レベル3すら出てないし。



羽衣によるパラメータスキャンの裏設定として『年齢は分かるけど学年は直接は分からない。なので年齢と誕生日から逆算して高校何年生かを自動的に表示する機能がある』みたいな設定を設けてみました。なので今回のように明らかに年齢が高いと妙な学年になったりします。
留年とかを無視すれば高校2年生は16~17歳なので、『年齢ー(14 or 15)』が学年になりますね。


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02 五位堂の家

 母親に連れ出された結を追跡する。

 校門の所に高そうな車が用意されており結と母親はそれに乗ってすぐに出発してしまったが、幸いな事にこちらの羽衣の方が速い上に空も飛べる。振り切られる心配はまず無いだろう。

 

 

 

 

 しばらく追跡すると格式高そうな日本風の建物の前に車が止まる。

 茶道か華道か、あるいはその両方の講師が居るんだろう。

 

「少し遅れてしまったわね。さ、急ぎましょ結さん」

「……はい」

 

 それじゃあ後を追って稽古の風景も観察……する必要あるかなぁ?

 結の暗い顔を見れば乗り気で無い事が容易に分かるんだが。

 正直な所このまま帰ってしまっても良いんじゃないかと思うんだが、せめて家の場所くらいは突き止めておきたい。

 お稽古とやらが何時間かかるのかも分からない。どうしたもんかなぁ。

 

「……よし決めた。一旦家に帰ろう」

「え? 良いんですか?」

「母親が押しつけてる稽古は攻略の本筋には関係ないだろう。

 あいつの家まで突き止めようと思ったが、あれだけ家柄を誇ってる連中だ。ネットで検索すればすぐに出てくるだろう」

「あっ、なるほど!!」

「それじゃ、家まで全速力」

「はいっ!!

 …………あれ? 家ってどっちですかね?」

「……上空から見れば目印になる建物くらい分かるだろうが。学校とか」

「なるほど! 神様はやっぱり頭良いですね!!」

 

 今回はかなり王道なキャラ設定だから攻略も楽そうだな。

 多少不測の事態が起こってもアドリブで対処できるだろう。

 明後日……いや、早ければ明日には終わるかもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……その日の夜、五位堂家……

 

 (わたくし)はこの広い家に住んでいます。

 同じ学校に通っている他の皆様に比べてとても、とても大きい家。

 ですが……

 

「結さん、お稽古お疲れさま。真面目でしっかりした先生だったでしょう? 前のたるんだ先生とは大違いだったでしょう? あの先生ったら日本文化をより広く広めるとか何とか言い訳して全然正しくない作法を教えようとするんだもんねぇ」

「……はい、そうですね」

「新しい先生だったら結さんを安心して任せられるわ。そうそう、この機会に部活動なんて止めてしまいなさい。結さんにはもっと有意義な時間の使い方があるはずよ。顧問の先生には連絡しておくわ」

「……はい」

 

 大きい家にも関わらず、あるいはだからこそ、とても狭くて、苦しい。

 私は五位堂家の人間としてそのように振る舞わなければなりません。

 お母様の言うことをよく聞いて、お勉強やお稽古に精を出す事も、決して異を唱えてはいけない。

 

 そして、部活動を、私が唯一心の底から楽しめる事を止める事も……

 

 私はずっとこの広くて狭い家に押し込められ続けるのでしょう。

 ……願うだけなら、お母様も許してくださるでしょうか?

 自由になりたい。

 育ててもらった恩を忘れるような罰当たりな願いですが、願うだけなら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……翌日、登校時刻、桂木家前……

 

 いつものようにテキトーに朝食を食べ、登校の支度を整える。

 そしていつもと同じように登校……と言いたい所だが今日は少々違うようだ。

 

「3人での登校なんて久しぶりだね」

「そうですね~。前に一緒に登校したのっていつでしたっけ? ねえ神様!」

「……吉野麻美の攻略が始まった日だから3週間くらい前だな」

 

 いつもはエルシィ、たまにエルシィの代わりに中川と一緒の登校なのだが、今日は両方居る。

 理由は簡単、中川の仕事が今日はオフだからだ。

 そして、もう一つ変化がある。尤も、僕やエルシィからは分からないのだが。

 

「あの時はわざわざ途中で別れたけど、今日はずっと一緒に行けるよ!」

「そうだな」

「室長から届いた錯覚魔法その2を使ってますからね!!」

 

 最初に変装が必要になったあの時はエルシィの姿にさえ変装できれば十分だったが、今は問題が色々と浮上してきたからな。

 エルシィの上司のドクロウ室長に頼んで中川でもエルシィでもない架空の人物に変装できるようにした。この外見の名前は『西原まろん』になるのだろうか?

 まあとにかく、色々とやりやすくなって大助りだ。

 

「ところで桂馬くん、攻略の進捗状況は?」

「今回は楽勝だ。早ければ今日中に決着が付く。そうなればお前も仕事の調整をする必要が無くなって助かるな」

「無理はしなくていいからね? 岡田さんも最近は強引に休みをねじ込むのにも慣れてきたって言ってたから」

「おいおい、それは大丈夫なのか……?」

 

 中川の都合に合わせた攻略をするつもりなんて毛頭無いが、見知らぬマネージャーが胃痛で倒れないに越したことは無い。

 サクサク攻略していく事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みになった。放課後まで待っても良いが、あの母親の介入が入らないうちに仕掛けておいた方が良いだろう。

 まずは……

 

「エルシィ、外でオムそばパン買っておいてくれ。3人分」

「3人分ですか? りょーかいしました!」

 

 場合によっては昼食を買いに行く時間が無いかもしれないのでエルシィをパシらせ……食料調達に向かわせる。

 それと同時進行で中川にメールを飛ばして昼食を用意してもらった旨を伝える。

 何故わざわざこんな事を心配するのか? 理由はいくつかある。

 まず単純に今日は弁当を持ってきていない。オフの日まで早起きして弁当を作るのが面倒だったという事とたまには学校で買える物を食べてみたいとの事である。

 そしてもう一つ。これも単純な理由。

 

 このクラスに人が集まっていて移動するのも厄介だからだ。

 

 何で人が集まってるかって? あの中川かのんが久しぶりに登校してるからな。

 おかげで結が居る2ーAまで行くのも一苦労だ。(結のクラスはエルシィが小阪ちひろから聞き出した)

 なんとか人ごみを抜けて2-Aの様子を伺う。

 結がどこかに向かうなら先回りしてぶつかるなり何なりしてイベントを起こす。出会いのイベントは多少強引でもインパクトの強い方が良いからな。

 一切動かないようであればどうしようもないが……ああいうキャラが一人で教室で弁当を黙々と食べるというのは考えにくい。まず間違いなく教室は出るはずだ。

 ……なんて事を考えていたんだが、丁度いいイベントが見つかった。

 

 結はまだ教室に居た。

 教室を出ようとしているが、人ごみに圧倒されて出られないでいるようだ。

 これなら余裕でイベントを起こせる。早速声をかけるとしようか。






マシンガントークが地味に大変でした……
長々と書ける人は一体どうやってるんでしょうかね?


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03 ベタなイベント

 うぅぅ……どうすれば良いのでしょうか……

 お昼休みの時間になり昼食を頂く為に教室から出たいのですが、何故かもの凄い人だかりができています。

 

 

『かのんちゃん来てるってマジか!?』

『ああ。なんでも気付いたら居たらしいぜ! まるで忍者みたいに現れたってよ!』

『カノン=サンはニンジャだった?』

『アイエエエ! って、んなわけ無いだろ』

『忍者コスのかのんちゃん……アリだな!!』

 

 

 皆さん何事かを話しているのですが……一体何を話しているのでしょうか?

 外に出たいのにこの人だかりが止む様子はありません。うぅぅ……お母様、私は一体どうすれば?

 

 そんな風に呆然としていた時でした。あのお方に初めて声をかけて頂いたのは。

 

「おい君、大丈夫かい?」

「……え? わ、私でしょうか?」

 

 突然後ろから声をかけられて振り向くとそこには見知らぬ眼鏡の男子生徒がいらっしゃいました。

 

「どうしたんだい? もしかして、教室から出たいのかい?」

「え、ええ。そう、です」

「ふむ……失礼」

 

 その男子生徒はそう言うと自然な動作で私の手を取って歩き出しました。

 

「へ? あ、あの……」

「すいません! ちょっと、通して!」

 

 そして私の手を掴んだまま人ごみ人ごみを掻き分け、身動きが取れる場所まで連れてきて下さいました。

 

「ふぅ、ここまで来れば大丈夫かな。それじゃあね」

「へ? ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 手を離してそのままどこかへ行ってしまおうとしたので慌てて呼び止めました。

 お礼の一つもせずに行かせてしまうなど五位堂家の娘としてあるまじき事です。

 

「助けて頂いてありがとうございました。もし宜しければお名前をお聞かせ願えないでしょうか?」

「ふむ……名乗るほどの者じゃないさ。それじゃあね」

「え? 待っ!」

 

 そんな事を言い残すとその男子生徒は呼び止める間も無くどこかへ去って行ってしまいました。

 あの親切なお方は一体何者だったのでしょうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、これで出会いはバッチリだな」

 

 相手は良くも悪くもお嬢様だからな。台詞回しはベタなくらいで丁度いい。

 彼女が恩人をあっさりと忘れるような薄情者でなければかなり強い印象を残せただろう。

 

「あっ、神様! こんな所に居たんですか!

 オムそばパン、買ってきましたよ!」

「ん、助かる」

 

 どこからか現れたエルシィからオムそばパンを受け取って頬張る。

 教室前の混雑はまだまだ続きそうだからしばらくは適当に退避しておこう。

 

「あ、そうそう。中川の分のパンは透明化してあいつの机に仕込んでおけ。決して直接手渡しするなよ?」

「え? はい分かりました!」

 

 しっかし前に中川が学校に来た時よりも人が多い気がするな。単純に人気が上がったとかそういう理由なのか、それとも錯覚魔法を使ってたせいで突然現れたように見えたから何か話題になったのか……

 まあいいか。どうでも。

 

 さて、次に結に仕掛けるのは今日の放課後で良いだろう。

 偶然遭遇したっていう体で行くかな。あんまり露骨だと疑われるかもしれんが。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……そして、放課後……

 

 帰りのホームルームが終わったらさっさと2-Aの近くまで移動する。

 うちのクラスにはまた人が集まってきているが皆昼休みで満足したのか昼休みほどは集まっていない。

 2-Aの様子を観察すると結が普通に出てきた。今は自力で脱出できたようだな。

 気づかれないように尾行してイベントを起こす機会を伺う事にする。

 

 

 しばらく様子を見ると吹奏楽部の部室へと入って行ったが、数分で出てきた。何かあったのだろうか?

 

「エルシィ、あの辺の音って拾えるか?」

「ちょ~っと待ってくださいね。これをこうして……できました!」

 

 羽衣が小型のパラボラアンテナのような形に変化した。

 

「これ付けてください。聞こえるはずです」

 

 エルシィからイヤホンのようなものを渡される。耳に付けると会話が聞こえてきた。

 

『あの、ホントに止めちゃうの? 吹奏楽部』

『……はい。この後もお稽古が入っていますので。本当に申し訳ありません』

『う~ん……結は上手いからできれば止めてほしくなかったけど。しょうがないね』

『……失礼します』

 

 ふ~む、部活よりも稽古か。

 とてもじゃないが本人の意見とは思えんな。

 家からの重圧か。分かりやすくて僕としては非常に助かるが……

 

「……よし、エルシィ。指示通りに行動してくれ」

「何でしょうか? お任せ下さい!」

 

 

 

 

 

 

 

 やめたく、なかった。

 あの場所はただ一つの私が私で居られる所だった。

 でも、無理だ。お母様が認めてくれるはずが無い。

 ……今日もお稽古があります。急がなければ。

 

 早くお母様の下へと行かなければならないのに、足が重い。

 階段を降りるというだけの動作がとても辛い。

 ……そんな状態で歩いていたせいでしょうか?

 

「っ! あっ!」

 

 何かに躓いてしまいバランスを崩してしまいました。

 バランスを立てなおそうと動かした手は空を切り、私の身体はそのまま階段を転がり落ちて行きます。

 

ドサッ 「ぐはっ!」

 

 階段の下まで落ちて、でも何かの上に落ちたのか床にぶつかる痛みは感じませんでした。

 何か……いえ、どなたかを下敷きにしてしまったようです。

 その事に気付いた私は慌てて立ち上がり謝罪の言葉を口にします。

 

「も、申し訳ありません! 私、ちょっとボーッとしてて……」

「だ、大丈夫だ。

 ……ん? 君は……」

「え? あ、貴方様は!」

 

 そこにいらっしゃったのはお昼休みの時に私を助けてくださったあの眼鏡の男子生徒でした。

 

「ふふっ、また会ったね。どうやら僕と君には奇妙な縁があるようだ」

「は、はい……そう、ですね」

 

 一日に二度も助けて頂くなんて、なんだか物語みたいです。

 

(……ま、エルシィが結の足を引っ掛けただけなんだがな)

「? 何かおっしゃいましたか?」

「い、いや、何でもないよ。

 ところで、どうしたんだい? 階段で転ぶほど注意力散漫になるなんて、何か深刻な悩みでもあるのかい?」

「え? ……いえ、これ以上ご迷惑をお掛けするわけには……」

「遠慮する事はない。君と僕との仲じゃないか。と言ってもただ偶然2回ほど会っただけの仲だけど」

 

 たった二回ほど会っただけというのに妙に自信満々な姿を見て私は思わず笑ってしまいました。

 

「ふふっ、たった二回。そうですね」

「……ようやく笑ってくれたみたいだね」

「え?」

「初めて会った時から暗い顔が気になっていたんだ。君には笑顔の方が100倍似合うよ」

「え、そ、そんな事は……」

「もし良ければもっと君の笑顔を……ゴハッ!!」

 

 彼が何かを言おうとしたら突然お母様が現れて飛び蹴りをしました。

 

「娘に何をするかぁあああ!! 五位堂家の愛娘に暴行を働くなど命を失う覚悟があっての事なのですか?」

「あ、あの、お母様……」

「まあ結さん無事ですか? 私はあのケダモノに襲われている所をはっきりと見ましたよ。すぐに警察を呼んでお医者さまも呼びましょう。まったく、だから共学ではなく女子校にしようと申しましたのに。あの学園長、『最高の環境をご用意致します』なんて嘘ばっかりだったわ。きっと五位堂家の寄付が目的の出まかせだったのだわ」

 

 またお母様の長いお話が始まってしまいました。何とか否定しないと、私を助けて下さったこの方が警察のお世話になってしまいます。

 でも、お母様を止めるなんて……

 

「……さっきから黙ってれば言いたい放題ですね」

「何ですってケダモノ風情が」

「僕は貴女のご息女が階段から転びそうになったので助けただけです。

 それに対して貴女はいきなり飛び蹴りをかましてきました。

 警察がまともなら呼んだ所で捕まるのは貴女の方ですよ?」

 

 私がなにもできないでいたら彼は凛とした態度でお母様に反論をしました。

 

「まっ、何て口の利き方!? 私を五位堂と知っての狼藉ですか!?」

「……それは権力を使って事実をねじ曲げるという脅迫ですかね?」

「ッッッ!! 行きましょう結さん。こんな野蛮で学識の無い狼藉者に構っている暇などありませんわ!!」

「は、はい」

 

 凄いです。お母様を言い負かしてしまいました。

 一体彼は何者なのでしょうか?






今回のマシンガントーク部分は原作からのコピペが一部あります。
この後色々あって結局うやむやになっていましたが、何事も無かったら普通に警察呼ばれてたんでしょうかね?
五位堂家の権力が司法の手にどこまで及ぶかはイマイチ分かりませんが、呼ばれてたら面倒な事になってたのかなぁ……?


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04 スイッチ

  ……攻略初日 夜……

 

 桂馬くんは『早ければ今日中に決着が付く』って言ってて、そしてあと数時間で『今日』が終わるわけだけど……

 

「桂馬くん、どうしたのその格好?」

 

 何故か真っ白なタキシード姿で外に立っていた。

 

「エルシィの羽衣で作ってもらったタキシードだ。この格好で今から結を迎えに行く」

「え? 今から? 急ぎすぎじゃない?」

「そんな事は無い。僕の印象が強く残っているうちに畳み掛けた方が良い。

 今回の心のスキマの原因は家からの重圧を跳ね除けられないという事にある。重圧を跳ね除けねばならないと強く思わせるような魅力的なものを教えてあげるだけで解決だ。

 そう、エンディングは見えイタッ!」

 

 決め台詞を言い切る直前で頭を抱えてうずくまる。

 

「……だ、大丈夫?」

「神様、今回はかなり体を張ってましたからね。押しのけられたり結さんの下敷きになったり飛び蹴りされたり」

「あの母親、強く蹴りすぎだろ。

 だが、それも今日で終わりだ! エルシィ行くぞ!!」

「はいっ! お任せ下さい!!」

 

 う~ん、飛び蹴りされて頭が痛くなるかな? 転んだ拍子に頭を打ったとか? それだったらちゃんと病院に行った方が良いんじゃないかな。

 それ以前に何だか体調が悪そうに見える。やっぱり止めた方が……でもここさえ乗り切れば攻略は完了するらしいし……

 

「何ボサッとしてる。お前も、一緒に……」

 

 言い切る前に桂馬くんがドサリと音を立てて倒れる。

 

「け、桂馬くん!?」

「神様!?」

 

 やっぱり救急車を呼んだ方が良い。急いで携帯電話を取り出して119番をかけようとする。

 しかし、番号を打ち終える直前に桂馬くんの口から漏れた声が私の動きを止めた。

 

「……大丈夫です」

 

 たったそれだけの短い言葉。

 その言葉に私は強烈な違和感を覚えた。

 

「……え? あれ?」

 

 続けて出てきたのは形になっていない疑問の言葉。

 言葉遣いも微妙におかしい、何も起きてないのに混乱しているのもおかしい。

 でも何より雰囲気とか仕草とか、まるで別人のように異なっていた。

 ま、まさか……

 

「あなた! 自分の名前を言ってみて!!」

「へ? あの……え?」

「自分の名前! 早く!!」

「え、あの……五位堂結……です」

 

 桂馬くんの姿をしたその人物は確かにそう名乗った。

 これが壮大なドッキリを仕掛けられているんじゃなければ桂馬くんの体に結さんの人格が入っているらしい。

 となると……

 

[♪~♪♪~♪♪~♪♪♪~♪~ ♪~♪~♪~♪♪♪~♪~]

 

 突然電話がかかってきた。相手は知らない番号だったけど私は即座に通話ボタンを押した。

 

「桂馬くん無事!?」

『あ、ああ……こっちの説明の手間が省けるのは凄く助かるが、確認も兼ねてちょっと状況を整理させてくれ』

 

 電話の向こうから聞こえてきたのは女子の声。多分、五位堂結さんの声だ。

 

「こっちでは桂馬くんが突然倒れて、起きた人から名前を聞き出したら五位堂結って名乗ったよ」

『……やっぱりそういう事か。こっちは気付いたらあの結の母親が目の前に居て焦ったよ』

「これって……桂馬くんと結さんが入れ替わってるって事だよね」

『らしいな。今は五位堂家の屋敷らしき所に居るんだが……そいつを連れて来れるか?』

「分かった! エルシィさん、屋敷に行くよ! そこの人も連れて!!」

「よく分かんないけど……分かりました! 行きますよ!!」

「え? あの、それよりここは一体……私は屋敷に居たはずなのに」

「説明は後! エルシィさん、強制的に連れてって!」

「は、はいっ!」

「え? あの、きゃぁぁぁぁあ!!」

 

 エルシィさんが私たち3人を羽衣で包み込み、いつものように高速飛行する。

 

「結さんの家ってどこでしたっけ!?」

「大きい家って聞いてるから上空から見れば分かるはず!」

「了解です!!」

 

 

  そして数分後……

 

 

 何とか結さんの家(だと思われる屋敷)を探し出して急いで向かう。

 地面にクレーターができかけたけど今回はギリギリ止められたようだ。ほんの少しだけ地面がへこんでたけど……

 入り口の立派な門には結さんと思しき女子……の姿をした桂馬くんが手を振っていた。

 

「お~い、こっちだこっち」

「か、神様……ですよね?」

「ああ。疑うようなら今からゲームの6面同時攻略でもやろうか?」

「い、いえ、大丈夫です」

 

 6面同時……? ゲームを6つ同時にやるんだろうか?

 ムチャクチャな事を言ってる気がするけど桂馬くんならできそうだから怖い。

 

「あ、あの……一体何がどうなっているのでしょうか?

 私はお母様とお夕食を取っていたのですが……」

 

 強引に引っ張ってきた結さんが口を開く。さて、何から説明すれば良いのやら。

 

「そうだな……中川、手鏡とか持ってるか?」

「ああなるほど。うん。はいどうぞ」

 

 折りたたみ式の手鏡くらいならいつでも持ち歩いてる。

 鏡を広げて結さんの方へと向ける。

 

「こ、これはっ!?」

「どうやら僕と君の体の中身が入れ替わってしまったようだな」

「という事は……貴方は今日私を助けて下さった御方だったんですね!

 で、でも何でこんな事に!?」

「……さぁなぁ。皆目見当も付かん」

 

 桂馬くんはそんなテキトーな事を言いながら私たちを結さんから遠ざけて小声で話し始める。

 

(これ、駆け魂の影響……で良いんだよな?)

(それくらいしか心当たりは無いけど……駆け魂ってこんな事もできるの?)

(そーですねー。不可能では無いと思います)

(……エルシィさん、前に魂を入れ替えるのは無理って言ってなかったっけ?)

(え? そうでしたっけ?)

(確か……『難しい』とは言っていた気がするな。不可能ではなかったんだろう。

 っと、そんな事より今後の方針だ)

(あ、ゴメン。どうするの?)

(とりあえず……入れ替わった状態で生活するしかないわな。

 結のフォローは任せたぞ)

(お任せ下さい!!)

(お前が一番心配なんだがな……)

 

 相談を終えた桂馬くんが結さんへと振り向く。

 

「どうすべきか考える時間が欲しい。とりあえず僕になったまま生活しててくれ。こっちは何とかしとく」

「え!? そ、そんな困ります!」

「他にどうしようもないだろう。頼むから何とか……」

 

「結さん! そこに居たのね!!

 って、あああ! この男は!!」

 

 結さんがごねてるうちに母親が来てしまった。直接見るのはこれが初めてなんだけど……面倒な事になりそう。

 だけど、そんな私の心配とは裏腹にむしろ都合良く動いてくれた。

 

「お、お母様。お母様ぁぁあ!!」

 

 色々と限界に達していたのであろう結さんが母親に抱きつこうとする。

 しかしその身体は桂馬くんのものなので……

 

「消え失せなさいこの害虫が!!」

 

 と、あっさりと返り討ちに遭う。

 母の拳を受けて吹っ飛ばされて倒れたけど都合が良いからこのまま運んでしまおう。

 

(エルシィさん、行くよ)

(あっ、ハイ!!)






入れ替わりの描写は最初は原作通りに桂馬視点と結視点を同時に進めようかと思ったのですが、せっかくだからかのん視点で通してみました。
なお、決して結母のマシンガントークを書くのが面倒だったというわけではありません!!


本作では未だに分かりやすいレベル2の駆け魂が出てきてないので入れ替わりが駆け魂の影響だという事にかなり懐疑的です。
一応栞は影響を受けているという設定ですけどね。


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05 入れ替わり生活の始まり

 五位堂家の邸宅に来た時と同じように3人で桂馬くんの家に帰る。

 私が使わせてもらってる部屋に集まって今後の打ち合わせを行う。

 

「まずは自己紹介からさせてもらうよ。私は中川かのん。こっちの子が……桂木エルシィさん。さっき下に居た女の人が桂馬くんのお母さんの桂木麻里さん。

 そして、結さんが入ってる身体の本当の持ち主が桂木桂馬くんだね」

 

 私の名前は適当に誤魔化そうかとも考えたんだけど……既に顔をしっかりと見られてる以上は下手に取り繕わない方が良いだろう。

 せめて最初に錯覚魔法がかかった状態だったら……あれ? そう言えば錯覚魔法は効くのかな? 今の結さんって桂馬くんの身体だけど……

 後で確かめた方が良いかもしれない。

 

「……あ、あの、少々宜しいでしょうか?」

「何? 気になる所があったら何でも訊いてね」

「はい。中川様は桂馬様とどういったご関係なのでしょうか? 名字も違うようなので少し気になったのですが……」

「あ~……うん。えっとね……」

 

 私がここに住んでいる事に特に疚しいことは無いので包み隠さず教えても大丈夫……のはず。

 ここで一番マズいのは私と桂馬くんとが恋人関係だと勘違いされる事。攻略にかなりの悪影響を与えるだろう。

 とりあえず堂々とただの居候であると言っておこう。疑われるようなら実は親戚同士だみたいな設定を加えちゃおう。

 

「色々と事情があってここに居候させてもらってるの。あ、でもこの事は誰にも言わないでおいて欲しいかな。色々と面倒な事になるから」

「?? どういう意味でしょうか?」

 

 結さんが素でポカンとしている。

 ま、まさかとは思うけど……私の事、知らない?

 ……そうか、きっと親からテレビとかも禁止されてたんだ。いかにもドラマに出てくる頭固い母親って感じの人だったし!

 それなら私の事を知らなくても仕方ない! あの母親のせいだ!!

 

「な、中川様? ど、どうかなさいましたか? 何だか怖い顔をしていらっしゃるのですが……」

「ううん、何でもないよ。とにかくナイショね♪」

「は、はぁ……」

 

 あっちの方は桂馬くんも何かやらかしてそうだからしばらく放置しておこう。

 最優先は攻略。結さんのサポートだ。

 

 と、気を引き締め直した所で下の階に居る麻里さんの声が聞こえた。

 

『皆~、お風呂沸いたから順番に入っちゃいなさい!』

 

「それじゃあ……結さん入っちゃう?」

「お、お風呂は遠慮させていただきます……お、お構い無くお過ごし下さい……」

 

 そりゃそうだよね。いきなり男の人の体になってお風呂に入る勇気は私にも無い。

 ……桂馬くんの方はどうしてるかな? 桂馬くんなら遠慮なく入りそうな気がするけど……

 

 

 

 

 

  ~~一方その頃、五位堂家~~

 

 こ、これが女の子のカラダ……

 白くて、柔らかくて、スベスベしてて、ドキドキする……

 ボク、ボク……

 

「……な~んて事をゲームではよく言われてるが、なってみたら思ったよりも普通で拍子抜けだな」

 

 いつもの身体と違うんで色々と違和感はあるがそれだけだ。

 

「ふむ……ゲームでもよく言われているが、大きな胸は確かに重いな。巨乳キャラの台詞でよく『肩が凝るから云々』ってあるけど、これなら無理もないな」

 

 考察は置いておいてさっさと服を脱いでお湯に入る。

 この無駄に広い邸宅の浴場なだけあって無駄に広い。下手するとそこらの銭湯よりも広いんじゃないか? 一体何の意味があるのやら。

 

 しっかしまさかこんなことになるとはなぁ。駆け魂というものをちょっと舐めていたかもしれん。

 完全に想定外のルートを進んでいるが、まぁ決して悪い流れではないな。

 こんなファンタジーな展開まで作り上げるとは……現実(リアル)もやればできるじゃないか。

 

 

  ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 ……うん、桂馬くんなら心配ないだろう。きっと。

 それより心配なのは明日の学校だね。

 一朝一夕で入れ替わりが解除されるとは到底思えない。攻略完了までずっとそのままだと思う。

 だから学校でも入れ替わって生活する事になる。

 私も登校してフォローに回りたいんだけど……仕事があるんだよなぁ……

 エルシィさんと入れ替わるという手も無くは無いんだけど……

 

「結さん、私たちの名前はちゃんと覚えられましたか?」

「はい、中川かのん様と桂木エルシィ様ですね」

「念のためどっちがどっちかも言ってくれますか?」

「え? はい。そちらが中川様、こちらがエルシィ様ですね」

 

 と、私たちが錯覚魔法を使っているにも関わらず正しい方を言い当ててきた。

 こうなると結さんの前で入れ替わりは使えない。ちゃんと説明すれば使えない事も無いけど……それをやろうと恐ろしく面倒くさい事になる。

 仮に仕事を休んで私が学校に行っても、私の立場で結さんをフォローするのは不可能に近い。やはりエルシィさんに頑張ってもらう、最悪放置するしかないだろう。

 

 ……ってあれ? 桂馬くんと結さんにそれぞれ錯覚魔法使えば入れ替わりの問題って解決するんじゃないだろうか?

 う~ん……この状況すらも桂馬くんなら利用するだろうから下手な事はしない方が良いか。

 一応エルシィさんと話して手段だけは確保しておこう。



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06 それぞれの様子

  ……攻略2日目……

 

 

「とりあえず一晩考えてみたが、特に何も思いつかなかったのでしばらくはこのまま暮らそう」

「そ、そんな、思いつかなかったって……」

 

 朝早めに学校に来て結やエルシィと合流した。

 こんな異常事態を何とかする方法を一晩で思いつく方がおかしいのだが……結にしてみれば藁にも縋る思いだったのだろう。絶望感がありありと伝わってくる。

 

「まぁ、最初に入れ替わる時も突然入れ替わったんだ。そのうち戻るだろ」

「そんな無責任な! 私、男の方の生活なんて全然……」

 

 男だろうが女だろうが大して変わらないと思う、って言うか実際変わらないんだがなぁ。

 ま、お嬢様には厳しいか。

 

「あ、あの……一つお尋ねしたい事があるのですが……」

「ん? 何だ?」

「あの……その……

 ……お、お手洗いの方法を……」

「……は?」

 

 

 

  ……職員用トイレ……

 

「昨日からしてないってアホか!」

「だ、だって、やり方が……」

「やり方なんて男も女も同じだよ!」

「で、でも……し、下を脱ぐと見えてしまって……」

「脱がなきゃトイレなんてできないだろ!」

 

 トイレの問題か。入れ替わりあるあるネタだったな。

 実際に遭遇してみると……なんかこうイラつくな。

 

「うぅ……ぐすっ、戻りたい。

 家に帰りたい……」

 

 ……そうだな。一番苦しんでるのは結だ。

 さっさと駆け魂を追い出してやらんとな。

 

「大丈夫、きっと戻れるさ」

「……ごめんなさい。あなたも同じ立場なのに……

 私も頑張ります。元に戻れる日まで」

「……ああ」

 

 

 

 

 そんな感じで、お2人の入れ替わり学園生活が始まりました!

 ではまずは結さんの方から見てみましょう!

 

 

  ~~Side結~~

 

 桂馬様になりきったふるまいをしなくては。

 でも、桂馬様の事を良く知りません。どういう風にすれば良いのでしょうか?

 う~ん、あの王子様のような御方ですから、きっと皆から慕われる優等生なのでしょうね。

 私ごときが粗忽なふるまいをして評判を落とさないように気をつけなくては……

 

「では、このページの主人公の男の心情、分かる奴は答えてみろ」

 

 この問題は……予習した箇所です。大丈夫、完璧に答えられます!

 

「はい先生!」

 

 はっきりと声を上げて挙手。

 

「主人公の台詞内の『友』は猫を表わし、ドラ焼きが好きな猫を飼っているうちに堕落してしまった自己を振り返っています!」

 

 ……あれ? 何だか教室の皆さんがざわついてます。まさか、間違えてしまったのでしょうか……?

 い、いいえ、絶対これで合ってます!

 

「い、いかがでしょうか!」

「……ふむ、見事な答えだ。桂木」

 

 ああ、良かった。ちゃんと合ってました。

 

「で、これは一体何の嫌がらせだ?」

「あががががが!!」

 

 な、何故か二階堂先生に関節技をかけられてしまいました……

 せ、正解したはずなのに、何故……?

 

 

 

 

 う~ん、結さんはどうも神にーさまの事を勘違いしているようですね……

 神様なそんな優等生じゃないですよ。

 

 え? 優秀な悪魔ならこういう時はちゃんとフォローしろって?

 い、いや~、えっと……そう、私はまだ本気を出してないんです!

 って言うか、あれはいつもゲームばかりやってる神様のせいです! 神様が優等生だったら問題なかったんです!! 何故かテストはちゃんと高い点数取れるんだからその気になれば優等生になれるハズです!!

 ……では次は神様の方です。尤も、私は直接は見ておらず後から神様から聞いた話ですけどね。

 

 

 

  ~~桂馬Side~~

 

 お互いのふりをして入れ替わったまま生活……か。

 ゲームではそうするしかないからそうしてるケースが殆どだが、実際問題として完璧に演じることなど不可能だ。

 『違和感の無い入れ替わり』なんていうものは実例を挙げるなら中川がエルシィを演じるケース、吉野麻美と郁美の双子が入れ替わるケースくらいだ。

 前者は人間界に来てからの時間が短い上にアホキャラなんで多少違和感があってもごまかせるケース、後者はお互いの特徴をよく理解しているケースだな。

 だから、結が僕を演じるなんてのはほぼ間違いなく失敗するだろう。だが問題は無い。結が何かやらかして僕が問題児扱いされてもどうせ地獄の技術で記憶操作されるだろうしな。

 演技させる目的は『結に目的を与えてやること』『ある程度行動を制御すること』の2つだ。

 何かやることがあれば多少は安心できるだろうし、僕の演技をする以上は突拍子もない行動は取らないだろう。

 

 で、僕はどうするべきかという事なんだが……

 家からの影響を減らす事を考えるのであれば失望されるような行動を取るのが良いだろう。

 と言っても、流石に犯罪に手を染めるような事はしないぞ? あくまで普通にしてるだけで十分だろう。

 そういうわけで僕は演技なんてせずにいつも通りゲームをしている。

 結のクラスの連中が遠巻きにこちらを見て何か噂しているようだが……こっちもどうせ記憶操作されるだろう。思う存分ゲームするとしよう。

 

 

  ……昼休み……

 

「五位堂さん! お、オレと付き合ってください!!」

 

 何か妙な手紙で屋上に呼ばれたから行ってみたらいかにもモブっぽい男子が僕に……いや、結に告白してきた。

 前日に見かけた記憶も無ければ今日も初めて会った相手。結も特に何も言ってなかったからほぼ間違いなく初対面の相手が何の下準備もせずに告白してきたのだろう。

 全く愚かな、本当に愚かな。

 

「全くナンセンスだ」

「え?」

「お前は告白というものを舐めているのか?

 いいか、告白というのはゲーム次第では最重要イベントだぞ? 唐突に起こしてどうする?」

「は、え?」

「こういうのは告白から逆算して、インパクトのある出会いから始めてイベントを積み重ねて行き、完璧に準備を整えてから告白するんだ」

「は、はぁ…‥」

「それを手紙一つで呼び出して、屋上なんていうテンプレな場所で無難な台詞で告白なぞ、バカにしているのか?」

「え? いえ、あの……」

「別にテンプレの全てが害悪だというわけではない。だがお前の告白は工夫が無さ過ぎる。もっと努力をだな……」

「し、失礼しました!!」

 

 男が怯えたような顔で走り去っていく。

 ふん、所詮はその程度か。軟弱な奴だ。

 

 

 

 神様、全開ですね~……

 地獄の記憶操作だって手間がかかるんだからちょっとは自重してほしいです。

 あと、神様は最初から問題児です!!



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07 攻略方針

「とまぁこんな感じでしたね~」

「う、うーん……結さんがちょっと可愛そうになってくるね……」

 

 仕事を終えて帰宅した後、エルシィさんから二人の入れ替わり生活の様子を聞き出していた。

 何て言うか……良くも悪くも予想通りだね。

 

「私も疲れましたよ。結さんの家に沢山のモニターとゲームを運び込みましたからね」

「……身体は入れ替わっても桂馬くんは桂馬くんだね」

 

 桂馬くんの事だから広い部屋が使えるって喜んでそうな気がする。

 そこまで自由奔放だと結さんの母親が少し心配になってくるなぁ……

 

「ところで、今後の予定とかって聞いてる?」

「え? えっと……しばらくそのまま……だったかな。

 結さんは自分で考えて動くような経験が無かっただろうからしばらく外の世界を冒険させてやれとかなんとか」

「え、桂馬くんがそう言ったの?」

「え? はい。確かにそう言ってましたよ」

 

 う~ん……その方針の攻略は最短ルートに比べて結構時間がかかると思うんだけど……

 まぁ、別に良いか。確か妖気が出てないのであれば軽く一ヶ月は大丈夫のはずだし。

 そうなると私がするべきなのはしばらく留まれる居場所を用意してあげる事かな。

 ……よし、まずはアレだね。

 

 

 

 

 

 

 

「結さん、調子はどう?」

「あ、中川様ですか。少々疲れました」

「だろうねぇ……エルシィさんから話を聞くだけでも疲れたもん」

「うぅぅ……何がいけなかったのでしょうか?」

 

 桂馬くんの演技がしたいなら授業中休み中問わずにPFPを手放さずゲームをし続けるだけで十分だと思うけど……正しい方法を教えたら攻略的には厄介な事になりそうなので黙っておこう。ホント申し訳ないけど。

 

「話は変わるけど、結さんは吹奏楽部に入ってるんだよね?」

「……いえ、やめてしまいました。お母様に不要だと言われたので」

「そ、そう」

 

 桂馬くんやエルシィさんの話を聞く限りでは部活は結さんの唯一の趣味だった気がするけど……

 それさえもあっさり捨てさせられるほどに結さんの母親の影響力は強いのかな。

 心のスキマになるだけの事はあるかな。

 

「えっと、音楽自体が嫌いってわけじゃないよね?」

「はい。家では音楽なんて鳴らせないのでとても楽しかったです」

「それじゃあ、コレやってみる? 気晴らしくらいにはなると思うけど」

 

 私が取り出したのは桂馬くんから借りてるPFPだ。中にはギャルゲー……ではなくリズムゲームがいくつか入っている。

 前に私のゲームを作る企画を蹴った後に勉強の為に借りたものだ。

 

「これは……一体何でしょうか?」

「PFPっていう携帯ゲーム機なんだけど知らない?」

「ゲーム……ですか。家にはそういったものは無いので」

「筋金入りだね……

 それじゃあイチから説明するね。ここを押すと電源が入って……」

 

 ゲームプレイの流れを説明していく。

 電源の立ち上げからそこそこの難易度の譜面を一つノーミスでクリアするまでを実演してみた。

 

「って感じなんだけど、やってみる?」

「は、はいっ! やりたいです!」

 

 自分で勧めておいて言うのもどうかと思うけど凄い食いつきっぷりだなぁ。

 初めてのものに触れたら大体こんなものなんだろうけど。

 

 

 結さんは時折ミスをしながらも何曲かプレイを楽しんでいた。

 ついさっきまで疲れ果てていた表情も穏やかになっている気がする。

 

「どう? 楽しい?」

「はい! ずっとやっていたいです!」

「そう。それなら良かったよ」

「はい! ですが……少々窮屈ですね」

「と言うと?」

「決められたように音を鳴らす事しかできないというのがちょっと……」

「そういうゲームだからねぇ……

 となるとゲームだけじゃなくて楽器も欲しいかな?」

「用意できるのですか!?」

「多分何とかなると思うよ。ついてきて」

 

 結さんを私が使わせてもらってる部屋へと連れていく。

 あくまで借りている部屋なので私の私物の類は最小限しか持ち込んでいない。

 その数少ない私物の一つがノートパソコンだ。

 

「結さんの専門は打楽器系だっけ? ドラムとか?」

「専門はドラムではありませんが……大体そんな感じです」

「それじゃあ『ドラム 通販』で検索っと」

 

 エンターキーを叩くと検索結果がズラリと並んだ。

 適当なものをクリックしてより詳しく調べてみると一部のものは早くて明日には届くようだ。

 ただ……

 

「う~ん、フルセットだとちょっと高いね」

 

 こっちは命が懸かってるので必要なら出費を躊躇うつもりはないけど、抑えられるものは抑えておきたい。

 

「え? 高いですかね?」

「……え?」

「え? 姉がよく買ってくるアクセサリーよりも安いんですけど……」

 

 そう言えば、結さんの家ってお金持ちだった。

 ドラムフルセットより高いアクセサリーねぇ……

 

「あの、これは高いのでしょうか?」

「一般的にはね」

「困りましたね……

 ……あ、そうだ! 思い出しました!

 吹奏楽部に古いドラムセットがいくつかあったのでもしかしたら借りられるかもしれません!」

「それで済むならその方が良いね。

 でも、もし無理だったら私に言ってね」

「ありがとうございます。明日頑張ってみます!」

 

 

 

 ふぅ、こんな感じで大丈夫かな。



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08 ルートの分岐点

   ……攻略3日目 放課後……

 

「ちょっと待て。何でいつの間にそんな事になってるんだ?」

 

 結さんの近況を桂馬くんに報告したらそんな事を言われてしまった。

 

「何でって言われても……何かマズかったかな?」

「マズいに決まってるだろ! 何で結が僕の身体での生活を満喫してるんだ!!」

「何でもなにも……抑圧してた母親が居なくなったんだから楽しくなるのは当然でしょ?」

「それは……そうかもしれんが……」

 

 そんな事は桂馬くんも織り込み済みだと思ってたんだけど、違ったのかな?

 桂馬くんなら簡単に気付けると思ってたんだけど……

 まさか、人格や記憶は入れ替わってても思考能力とかは結さんのものを引き継いでるとか? 有り得なくは無いかもしれない。

 

「桂馬くん、もしかして調子悪い?」

「調子? 特に問題は無い。強いて言うなら身体が微妙に重いがな」

「それは普通は調子悪いって言うんじゃないかな?」

「そんな事は無い!!」

 

 怪しいなぁ。でも無理して休ませなきゃならないほどに調子が悪いのかって言われると断定はできないんだよね。

 …………よし。これを使おう。

 

「それじゃあ桂馬くん、私と勝負しよう?」

 

 私が取り出したのは桂馬くんから借りてる音ゲーのうちの一本だ。

 ソフトが一つあればPFPを複数繋げて対戦できる仕様なのでこの場で戦える。

 

「ほぅ? 神に挑もうというのか?」

「うん。調子の悪い桂馬くんなんて楽勝だよ!」

「良かろう。かかってくるがいい!!」

 

 

 

 

 

 

  ……数分後……

 

 

 

 

 

「……予想外の結果だね」

「……ああ。そうだな」

 

 多少調子は悪くても桂馬君は勝った。

 だけど、その勝利はかなりの僅差だった。桂馬くんらしくないミスが多数あって失点に繋がったみたいだ。

 ひとまずPFPをスリープ状態にして考える。

 

 桂馬くんはやっぱり入れ替わりのせいかどこかおかしくなってる。ストレスのせい……かな?

 でも結さんは逆にゲームでかなり好調になってきてる。ドラムも揃えば絶好調になると思う。

 ……()()()()()()()()調()()()()()()()

 原因……なるほど、凄く心当たりがある。そういう事か。

 

「不調の原因、分かったよ。

 だって、()()に駆け魂が居るんだから」

 

 桂馬くんの……結さんの身体の真ん中を指し示す。

 センサーで調べたわけじゃないけど間違いないだろう。男の身体だと子供ができないから駆け魂が桂馬くんの身体の方に移ったとは考えにくい。

 

「駆け魂……そうか。結の身体の中に居るのか」

「駆け魂が自分の中に居る時の嫌な感じとその影響。そのくらいは私も記憶してるよ」

 

 私の攻略が始まった時≒歩美さんの攻略が終わった時と私の攻略が終わった後とを比較するだけだ。問題なく記憶している。

 あのドロドロした駆け魂が心にまとわりついているような不快感、重たい沼に沈んでいくような息苦しさ。

 その影響には個体差があるかもしれないけど、今回の駆け魂は桂馬くんの頭の回転を遅くするだけの力を持っているみたいだ。

 

「お前……こんなモノを抱えていたのか?」

「そうなるね」

「……今の結は家からの重圧に加えてコレからも開放されているのか。

 最初は結が入れ替わり生活に限界を感じた時点でアクションを起こすつもりだったんだが、最初から難しかったらしいな。

 誰だってこんな身体には戻りたくは無いだろう」

「そうかもね」

「……ルートを組み立て直す。だが、今の僕だけでやるとしくじりそうだ。

 中川、手を貸してくれるか」

「言うまでもないよ。どれだけ桂馬くんの役に立てるかは分かんないけど、精一杯頑張るよ」

 

 

 

 

 

 

 私たちは近くのカラオケで部屋を借りて攻略会議を始めた。

 ここなら防音もしっかりしてるので誰かに話を聞かれる心配もない。気分転換に歌う事もできる良い場所だ。

 少しお金がかかるのが難点だけどね。

 

「まずは状況を整理していこうか。

 攻略対象の名前は五位堂結。身長は160cmで体重は……」

「待って桂馬くん。身長体重血液型とか言われても私は生かせないから省略していいよ」

「それもそうか。じゃあ省略だ。

 現在僕達は入れ替わっており、2日間ほど入れ替わり学園生活を送っている。

 結の方は最初はともかく今は割と楽しく過ごせている。僕は……まぁ普通だな。

 ……ところで、結は今何をしてるんだ?」

「元吹奏楽部のコネを使ってエルシィさんと一緒にドラムを借りようとしてるはずだよ」

「そうか。了解」

 

 ここまでは今までの行動のまとめだ。

 肝心なのは今後どうするかである。

 だけど私には女の子を恋愛で落とす方法なんて知らない。

 だからこそ、私の理解できる手法でのアプローチを試みる。

 

「桂馬くん、結さんの心のスキマって何だと思う?」

「スキマそのものはまだ分からないが、原因は『親からの重圧』で間違いないだろう」

「だよね。私もそう思う」

 

 そして、そんな結さんに『しばらく外の世界を冒険させる』というのはスキマの原因から遠ざける行為だ。

 対症療法と言えば聞こえは良いが、結局は逃げさせるだけなので根本的な解決には成り得ないだろう。

 

「その仮定が正しいとして……心のスキマについてある程度は絞り込めるよね」

「そうだな……親からの重圧が原因だから……

 ……ああくそっ、上手く纏まらん!」

 

 いつもの桂馬くんなら2~3個どころか10個くらいパパッとあげてくれそうだけど、やっぱり不調みたいだ。

 本格的に私が頑張らないとマズいみたいだね。思いつく事を片っ端から並べてみようか。

 

「仮説1、親への憎悪」

「……いや、結はそういうキャラじゃないだろう」

「だよね。じゃあ仮説2、一般人への嫉妬」

「断定的に否定できる要素は僕は今のところは見つけてないが、そっちはどうだ?」

「……自分で言っておいてなんだけど違う気がする。PFPは勿論ゲーム自体も知らなかったくらいだし、一般人の生活そのものに対する理解が薄い。

 漠然と嫉妬してた可能性もあるけど……」

「心のスキマができるほどに嫉妬してたらゲームくらいは知ってるだろうな」

「じゃあ仮説3。家の中でも常に親に監視されている閉塞感」

「確かに不快ではあるが……やや薄いな。それに、それだったら閉塞感を作ってる親を恨むんじゃないか?」

「そっか。原因になってる人を恨む……あ!」

 

 原因になってる人を恨むのか。そうかそうか。

 多分コレだ。一番しっくり来る。

 

「……そうか、なるほどそういう事か。

 この程度の事に自力で気付けないとはな」

「あ、桂馬くんも気付いた? それじゃあせーので言ってみようか」

「間違いなく一致すると思うが……じゃあ行くぞ。せーの」

 

「「親の重圧を跳ね除けられない自分に対する自己嫌悪」」

 

 私と桂馬くんの台詞がピッタリと一致した。






実は最初は桂馬がかのんちゃんをエルシィと間違えて、それをみたかのんちゃんが桂馬の不調を確信するという展開だったのですが、エルシィの錯覚魔法を使う意味が全く無かったので断念しました。
第二錯覚魔法、出すのちょっと早すぎたかな~?


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09 中川かのんの攻略

「一致したな」

「一致したね」

 

 自己嫌悪かぁ……麻美さんを思い出す。

 あの場合は他人とのコミュニケーションが原因だったね。

 今回の場合は母親、あるいは家族とのコミュニケーションか。

 ……心のスキマってこんなのばっかりなのかな? いや、歩美さんは違ったか。

 

「そうなると、結には家の連中に真っ向から立ち向かえるようになってもらわないといけないな」

「うん。原因が親なのは大体分かってたんで結さんに家の事をスッパリ忘れさせた後に桂馬くんの惨状を見せつけて客観視させるつもりだと思ったんだけど……」

「……スマン、そんな事全く考えてなかった」

「うん。知ってた」

 

 桂馬くんがちゃんと考えてたなら私に文句なんて言うはずが無い。

 

「……よし、そのルートで進めてみるか。結の方は頼んだぞ」

「順調に進んでるから私の方は特に問題は無いけど……桂馬くんの方は大丈夫なの?」

「ああ。と言うか僕の方はあんまりやることが無いからな」

「そうじゃなくて、体の調子は?」

「……僕を見くびるな。この程度の妨害、全く問題ない!」

「そう……辛かったらすぐに言ってね」

「ああ。それじゃあ僕は家に……」

「ちょっと待って!」

 

 席を立ってカラオケの個室から出ようとした桂馬くんを呼び止める。

 

「せっかくだから歌ってこうよ。お気に入りの歌を思いっきり歌えば胸のつかえも少しは楽になるかもよ」

「歌だと? いや、僕は別に……」

「ホラホラ、私も歌うからさ。アイドルの生歌を聞ける滅多に無い機会だよ」

「……そう言えば、お前ってアイドルだったな」

「そう言えばって何!? そう言えばって!!」

「あ~、はいはい。それじゃあ折角だから何か歌うか」

 

 

 

 その後、私たちは時間が来るまで歌った。

 ……なお、桂馬くんの歌声は……何というか、非常にユニークだったと言っておこう。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が家に帰ると既にエルシィさんと結さんが帰ってきていた。

 立派なドラムも置いてある。吹奏楽部で使わなくなった古いドラムらしいのでやや薄汚れてるけど普通に使えそうだ。

 

「ドラムはちゃんと用意できたんだね」

「はい! こっそり持ってきました!!」

「……え? まさか無断で持ってきたの?」

「え? ダメでしたか?」

「ダメだよ!? 結さんは何してたの!?」

「え、えっと……冷静に考えたら校内で使うならともかく家に持って帰るのは無理だと思ったので……」

 

 バレたら普通に犯罪なんだけどなこれ……地獄の技術を使った犯行だからまずバレないと思うけど。

 ……まあいいか。見なかったことにしよう。

 

「それじゃあ折角だから何か演奏してみてよ」

「お任せ下さい! 行きますよ!」

 

 結さんはうきうきした様子でバチを手に取りドラムセットの椅子に座り演奏を始める。

 最初に会った頃は全然笑ってなかったのに、今は凄く良い笑顔だ。

 

 

 

 

 

 

「い、いかがでしたか?」

「……うん。凄く良かったと思うよ」

「はいっ!! 何て言うか、こう……凄かったです!!」

 

 流石は吹奏楽部と言うべきか、結さんの演奏は見事なものだった。

 もちろんプロの人達と比べるとまだまだだけど、楽しんで演奏しているのが伝わるような良い演奏だった。

 

「ゆ、結さん! それって私にもできますかね!?」

「え? やってみたいのですか? 構いませんが……」

「やったぁ!!」

 

 ……果たしてエルシィさんに協力者(バディー)としての責任感は存在するのだろうか?

 まあいいか。結さんも1人でさみしく演奏するよりエルシィさんにドラム教える方が楽しめそうだし。

 しばらくはこのまま様子見かな。エルシィさんが天然で何とか進めてくれるだろう。

 ……実はそこまで計算ずく……いや、エルシィさんに限ってそれは無いね。

 

「……結さん、この家は楽しい?」

「え? はい、皆さんとても良くして頂いて、とても楽しいです」

「……そう」

 

 あなたは自力で気付いてくれるかな。『あなたが今居る場所は桂馬くんから奪ったものだ』って。

 そして立ち向かってほしい。今あなたが感じている幸せはあなたが望めばあの家でもきっと手に入る物なんだから。

 しばらく様子を見て、時期を待ってさりげなくあっちの家の方に意識を向けさせてみよう。あなたならきっと立ち向かえるから。

 

 

 桂馬くんはいつもこんな事を考えながら攻略を進めてたのかな。

 私と桂馬くん、そしてエルシィさんの3人分の命が私の選択次第で決まる。

 そう考えるととても重く感じる。けど私は負けないよ。

 これは今まで私が桂馬くんに押しつけてきた重みだから。

 そして、これは私が選んだ攻略だから。






原作において桂馬は絵が下手という設定があるので、本作では美術系統(音楽含む)が全て下手という設定にしてみました。
但し、あくまでアナログな事が苦手なのであってデジタルな事は完璧にこなせます。
例えば歌は控えめに言っても音痴ですが、ピアノやリコーダー等の楽器を奏でるのは完璧にこなすでしょう。


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10 展開

 私が決意を固めてから数日、幸か不幸か特に大きな事件は起こらなかった。

 強いて言うなら桂馬くんが結さんのお母さんにゲームを取り上げられそうになった事だけど、桂馬くんが自分で何とかしたらしい。詳細は……ちょっと怖くて訊けなかった。

 結さんは桂馬くんの身体での生活に馴染んできた様子で、入れ替わってすぐの時にはあった強烈な違和感は薄れ、最初から男子であったかのように生活している。入れ替わりの事なんて忘れかけてるんじゃないだろうか?

 

 ……といったような事を昼休みの時間を利用して桂馬くんに伝えた。

 

「そういうわけで桂馬くん。そろそろ何か行動すべきだと思うんだけど、どう思う?

 具体的には桂馬くんにはストレスって名目で倒れてもらおうと思うんだけど」

「名目ねぇ……確かに良い手だが不安もある。

 結がそれを聞いて何も反応しなかったらお手上げだぞ」

「全く反応しないっていうのは結さんの性格を考えたら無いと思うけど……何だかんだ理由を付けて目を背けようとはするかもね」

「そうだな。そうなった時にちゃんと対処できるか?」

「うん。きっと大丈夫……いや、絶対に何とかしてみせるよ!」

「……分かった。頼んだぞ。

 それじゃあ僕は仮病で寝込むか……ゲームとかしてたらダメかな?」

「……せめてバレないようにって頼んだらちゃんと隠せる? ゲームに夢中になって仮病がバレたってなったら困るからね?」

「……できるだけ早く片を付けてくれ」

「うん。任せて!」

 

 その後、私はエルシィさんに透明化の処理をしてもらってから保健室へ先回り。エルシィさんには『桂馬くんの様子を見て、倒れて保健室に運ばれたら結さんを連れてきて』と頼んでおいた。

 割と久しぶりの関係者全員集合になるかな? 私は隅っこの方で隠れて様子を見てるから私以外は誰も気付けないけど。

 

 

 

 

 

 私が保健室に隠れてしばらくして、先生に背負われた状態で桂馬くんがやってきた。

 ぐったりとしていて顔色も悪く、とても仮病には見えない。

 って言うか、本当に具合が悪くなったんじゃないだろうか? もしそうなら攻略としてはありがたいけどかなり心配だ。

 ここに桂馬くんを運び込んできた先生もどこかへ行ってしまったので今なら声を掛けられるけど……後でも大丈夫か。下手な事して面倒な事になっても困るし。

 

 

 

 更に数分が経過すると今度はエルシィさんと結さんが慌しく飛び込んできた。

 

「け、桂馬様!? 何があったのですか!?」

「……結、か。心配するな。ちょっとゲームのやりすぎで倒れただけ……」

「にーさまがゲームをやったくらいで倒れる訳が無いじゃないですか!! 大丈夫なんですか!?」

「だから心配は要らないとゲホゲホッ」

「大変です。すぐにお医者さまを!」

「っ、呼ばない方が良い。入れ替わりが、バレるかもしれないから……」

「ですが!!」

 

 その時、扉がガタンと音を立てて勢いよく開き、誰かが結さん(桂馬くんの身体)を突き飛ばしながら入ってきた。

 勿論、結さんの母親だ。あと、執事っぽい人も付いてきている。

 

「結さん! 倒れたというのは本当なのですか!?

 まあなんという事なの! 保健室の先生は一体何をしているの!?

 岡本、すぐにお医者さまに連絡を。一丁目の方はヤブ医者だから二丁目の方に!!」

 

 医者という言葉に反応した結さんが母親に対して声を上げる。

 

「お、お待ち下さいお母様! 医者はダメです!」

「誰が、お母様ですって? いい加減にしなさいこの結に近づくウジ虫がぁ!!」

「おごご、ず、ずびばせ……」

 

 母親の逆鱗に触れた結さんが首を締めて殺されそうになっている。

 これ、止めなくて大丈夫だよね? 流石に大丈夫だよね?

 

「響子様、今は結様を病院へとお連れするのが先かと」

「それもそうね。急ぎなさい!」

 

 執事っぽい人が母親の暴走を止めてくれた。私たちを助けてくれたわけではないと思うけどありがたい。

 

 そのまま桂馬くんは連れていかれて、残ったのは床に倒れてる結さんと呆然と立ち尽くすエルシィさんだけだった。

 放っといて先に家に帰って待つ事もできるけど、声を掛けた方が良いかな。

 身に纏ってる羽衣を解いて声をかける。

 

「大変な事になったみたいだね」

「えっ、中川様!? いつからいらっしゃったのですか!?」

「そんな事より、これからの事を話した方が良いんじゃない?

 ひとまず家に戻って作戦会議でもしようか」

「え? ですが午後の授業は……」

「病欠とでも言っとけばサボれると思うよ。出たいなら止めはしないけど」

「そ、そうですか。ですが……」

 

 ……その後、結局授業を受けてから家に帰った。

 本当にどっちでも良かったから別に良いんだけどね。



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11 決意

 午後の授業を終えて家に帰ったら早速今後の行動について話し合う。

 

「桂馬様、大丈夫でしょうか? もし入れ替わりの事が知られてしまったら……」

「よっぽど特殊な事をされない限りはバレないとは思うけどね。荒唐無稽な話だし」

「それよりも単純にに~さまの体調が心配です。に~さまは……少なくとも元の身体では身体を壊した事なんて無かったのに……」

「……もしかして、屋敷での生活が合わなかったとか?」

「え? 屋敷ってそんな怖い場所だったんですか……?」

「どうだろうね。結さんはどう思う?」

「え? えっと、あの……」

 

 結さんが言い淀む。

 そりゃそうだよね。今の生活に比べたら明らかに過ごしにくい環境のはずだし、それを認めるって事は桂馬くんをその環境に置き去りにしたって事を認める事になるもん。入れ替わり自体はしょうがないけど、結さんが桂馬くんの事を心配していた記憶は無い。

 ……まぁ、入れ替わりなんていう異常事態に直面してすぐに順応できる桂馬くんが異常なのであって、こんなのはただの詭弁なんだけどね。

 

「……結さん、はいかいいえで答えて。屋敷の暮らしは今に比べて、酷い?」

「…………はい。ここの暮らしに比べたら、屋敷は苦しかったです」

「そっか。じゃあ続けて質問。もし、今すぐこの入れ替わりを元に戻せるとしたら、戻りたい?」

「っ! それは…………」

 

 これも簡単に答えられる訳が無い。戻ればあの屋敷に逆戻り。戻らないのであれば桂馬くんを見捨てるという事だ。

 

「ねえ結さん。あなたはここでの楽しい暮らしを続けたいんだよね。でも、桂馬くんを見捨てる事もできない。

 でもどっちかしか取れない。だから困ってる。そうだよね?」

「……ごめんなさい。その通りです」

「謝る事なんて無いよ。

 でも、考えてみて? 家に戻ったら楽しい暮らしは本当にできないのかな?」

「む、無理ですよ! お母様が居る限りそんなのは無理です!

 手作りの暖かいお料理を頂く事も、自由にドラムを叩く事も、あの家では叶いません!!」

「本当かな? 桂馬くんはどこかの大きな部屋で堂々とゲームしてたって聞いたけど」

「……え? そ、そんな、何かの間違いですよ!

 お母様がそんな事をお許しになるはずがありません!!」

「うん。実際取り上げられそうになったらしいけどね。何とかしたらしいよ」

「な、何とかって……どうやったのですか!?」

「そこまでは聞いてないけど……意外と何とかなるんじゃないかな?」

「そ、そんな……」

 

 実際に桂馬くんが大暴れできてるんだから足りないのは結さんの覚悟だけだと思う。

 あの母親に反抗するっていうのはかなり勇気が要る事だと思うから結さんを攻め立てる事はできないけどね。

 

「……とりあえずこの話は置いておこうか。今は桂馬くんをどうするかだね」

「そ、そうでしたね。大丈夫なんでしょうか?」

「体調不良の原因が屋敷にあるなら何とか引き離さないといけないけど、何か案はある?」

「案と申されましても……」

「……これはきっと桂馬くんと結さんの問題だから、私は積極的な口出しはしないでおくよ。

 でも、私の協力が必要ならいつでも言ってほしい。よく考えてみてね」

 

 そう言い残して私は部屋を出た。

 一番手っ取り早くて分かりやすい方法は桂馬くんを誘拐してくる事なんだけど、私から言わない方が良さそうだ。

 結さんが自分の意志で、母親に歯向かうという選択肢を取ってほしい。

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか結さん。何だか今日の姫様は何だか怖かったですけど……」

「……あの方は、何か、大事な事を伝えようとしていたような気がします。

 それが何なのかは……よく分かりませんけど……」

「そうなんですか? う~ん……」

 

 私は……一体どうするべきなのでしょうか?

 とりあえず今は……

 

「……桂馬様と、お話がしたいです」

 

 

 

 

 

  ……翌日……

 

 学校にも来なかった桂馬様と会ってお話をする為に授業が終わってからお屋敷へと向かいました。

 ですが……

 

「お願いです、結に会わせてください!!」

「誰が会わせるか! 帰れクソガキが!!」

 

 文字通りの門前払いです。まともに話も聞いてくれません。

 体調は……学校にも来てないのだから良くは無いのでしょうね。とても心配です。

 

「……また来ます」

「もう来るな!!」

 

 

 

 

  ……翌々日……

 

 今日も桂馬様は学校には来ませんでした。

 今日こそお会いしたいのですが……昨日のように正面から行っても難しいです。

 なので、桂馬様が病院に行く為に出かける瞬間に行ってみようと思います。そうすれば少なくともお顔は拝見できるでしょう。

 

 

 

 物陰に隠れて数十分、門が開きました。何人もの付き人に囲まれたお母様と桂馬様もいらっしゃるようです。

 今日こそ、何とか話をしたいです。行きます!!

 

「桂馬さモゴッ」

 

 あっさりと捕らえられてしまいました……

 流石は我が家の優秀な護衛です。今だけは自重して欲しいですけど。

 

「またお前なのこのゴキブリが! 結に近づくんじゃありません!!

 さぁ、さっさとつまみだしなさい!!」

 

 桂馬様の近くには常にお母様が居る。

 ゆっくりと話すにはお母様を何とかしなければならないんですね。

 何とか……なるのでしょうか……?

 

 

 

 

 

 昨日は正面から訪ねて失敗しました。

 今日はタイミングを見計らって行ってもあっさりと失敗しました。

 単純な方法ではどうやっても無理なようです。ではどうすれば良いのでしょうか……?

 いっそのこと夜中に忍び込みましょうか? いや、それだったら連れ出してしまえば良いのでは?

 ……ですが、そんな事をしたら確実にお母様が五位堂家の全力を挙げて追ってくるでしょう。お母様に逆らう事なんて無理……

 

 ……あれ? 本当に無理でしょうか?

 そう言えば中川様が言っていました。桂馬様はあの屋敷で自由にゲームをしていた……と。

 何とか、なるのでしょうか?

 

 まさか……今までも、何とかなったのでしょうか? お母様に逆らう事ができたのでしょうか?

 私のせい……なのでしょうか? 私がちゃんとしていれば私も、桂馬様も苦しまずに済んだのでしょうか?

 ……だったら、私が何とかしないといけないんですね。

 

「考え事は終わった?」

「わっ! な、中川さま!?」

 

 中川様が突然声を掛けてきました。

 と言うか、ここは私が使わせて頂いている部屋なのですが……一体いつからいらっしゃったのでしょうか?

 

「ごめんごめん。驚かせるつもりは無かったんだけど……何だか良い顔してたからさ。

 何か思いついたんじゃないかなって」

「……はい。桂馬様をあのお屋敷から連れ出そうと思います」

「大きく出たね。そんな事して大丈夫なの? あのお母さんが地獄の果てまで追ってきそうだけど?」

「大丈夫です。お母様にはちゃんと諦めてもらいます」

「……うん。本当に良い表情になったね」

「あの、中川様? もしかして最初からこの事を……」

「さぁって、それじゃあ協力させてもらおうかな。

 あのお屋敷を破るのは一人じゃ不可能でしょ? エルシィさんも呼んでくるから!!」

「あ、ちょっと!!」

 

 誤魔化すように話を切り上げて行ってしまいました。彼女は一体……

 ……いえ、今は桂馬様の方を何とかしましょう。必ず、お救いしてみせます。



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アナザーエピローグとその考察

 結さん発案による桂馬くん誘拐計画が立ち上がった。

 いや~良かった。これ以上ダラダラと時間だけが過ぎ去ったら私から言わなきゃならなくなってたよ。定期的に様子を見に行ってるエルシィさんによれば本当に体調が悪くなったらしいし。

 都合の良すぎるタイミングな気がするけど毒薬でも飲んだんだろうか? 桂馬くんならやりかねないけど。

 

 と言う訳で今、私たちは五位堂家の屋敷前に居る。

 早い方が良いとは思うんだけどさ、ロクな計画も立てずに大丈夫なんだろうか?

 まぁ、エルシィさんが羽衣を活用すれば何とかなるかな。

 

 

 

 

 適当な裏口を強引に突破したと思ったら警報が鳴り響き警備の人がワラワラと出てくる。

 

「侵入者だ! 奥様に報ゴフッ」

「な、何だコイツら応援をグハッ」

 

 そしてエルシィさんがなぎ倒していく。

 

「さぁ、お兄様が居るのはあっちの方です! 急ぎましょう!!」

「う、うん……」

 

 誘拐の風景としてこれは正しいのだろうか? 決して正しくない気がする。

 ……まあいいか。攻略できればそれで。

 

 

 

 寄ってくる警備の人を切り抜け、階段を上がったり下がったりし、廊下を何度も曲がって桂馬くんの居る部屋へと辿り着いた。

 屋敷の構造が複雑……じゃなくて、エルシィさんが道を間違えただけなんだろうな。きっと。

 

「つ、着きました! ここです!」

「桂馬様!!」

 

 結さんが部屋へと駆け込む。そこに居たのは桂馬くんと結さんの母親だった。

 

「お、お前は! 一体何故ここに!?」

「……失礼します」

 

 結さんは母親を無視して桂馬くんへと歩み寄る。

 

「桂馬様、ご無事でしたか? 助けに参りましたよ」

「ははっ、大暴れしたみたいだね。

 ……ありがとう」

 

 感動の対面だ。そう言えば私もしばらく会話してなかったっけ。

 誘拐計画を完遂するならのんびり話し込まずにさっさと逃げた方が良いんだけど、その必要は無い気がする。

 むしろ必要なのは……

 

「このダニ男が! 結を放しなさい!!」

「嫌です! もうあなたの指図には従いません!!」

 

 必要なのは……心のスキマの原因の象徴とも言える母親との対話だろう。

 いや、対話って言うより撃破かな?

 

「もっと早く言うべきだったのに、そうすれば私も桂馬様も苦しまずに済んだはずなのに。

 でも、もう迷いません。怯えません。逃げません。

 お母様こそ、結から離れてください。

 私の人生は私のものです! 他の誰でもない、私が決めます!!」

 

 結さんが一方的にそう言い切った時、変化は訪れた。

 結さんと桂馬くん、2人の雰囲気が切り替わる。

 そして、結さんの身体からドロドロとした駆け魂が現れた。

 

「よしっ、戻った!!」

「エルシィさん! 邪魔が入らない場所まで駆け魂を誘導! 私たちも一緒に!!」

「了解です!!」

 

 エルシィさんが駆け魂の動きを誘導して、私たちを屋根の上まで運ぶ。

 梯子でも持ってこないと来れない場所だ。ここなら、多分歌いきれるだろう。

 

「結界、展開完了! 姫様お願いします!!」

「うん!!」

 

 これで、おしまいだ。

 いつものように駆け魂を消滅させて、私の攻略は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、昼休みの学校の屋上にて。

 

「いや~、今回は大変でしたね~」

「全くだね。まさか桂馬くんと結さんが入れ替わっちゃうなんてね」

「経験してみると意外と大したこと無かったけどな。不調だったのも主に駆け魂のせいだし」

「さ、流石は桂馬くん。何というか……格が違うね」

「そりゃそうだ。何て言ったって僕は落とし神だからな!」

「さっすが神様! カッコいいです!!」

「うーん、でもある意味入れ替わったのが身体、って言うか人格だけで済んで助かったかもね。

 身体に合わせて人格の性別も変わってたら収拾が付かなかったよ」

「それは……困るな」

「そ~ですね~。もっと魂度(レベル)の高い駆け魂だったら有り得たかもしれませんね~」

 

「「……ん? レベル?」」

 

「え? はい。あの駆け魂は魂度2くらいでしたが、3や4だったらもしかしたらそうなってたかもって……」

「いや、そこじゃない。そもそもレベルという概念が説明されてないんだが?」

「意味は何となく分かるけど、アレでレベル2なの? もっととんでもない現象が起こるの!?」

「え? ああ、ご安心下さい。魂度3以上の駆け魂なんてそうそう居ませんから。分類としてあるだけで」

「……この分だと何か他にも言い忘れてる事がありそうだな」

「山ほどありそうだね……」

「そ、そんな! 信じて下さいよ!!」

「「信じてるよ。悪い意味で」」

「ヒドいですよ2人とも!!」

「だってねぇ、攻略の手法からして説明不足だよね? キスまでしなくてもちゃんと心のスキマは埋まったし」

「心のスキマを埋める上で恋愛が()()良いって言ってたから他の手法があるのは薄々分かってはいたが……」

「それはそうですけど……一番良い方法なんだから良いじゃないですか!」

「……確かにそうなんだよねぇ……理想の方法だとは思うんだけど……」

「そうだな。これからも基本的には恋愛による攻略になるか」

「そうだね。これからも宜しくね」

「ああ、こちらこそ」






以上で結編終了です。
本章のコンセプトは『中川かのん主導の駆け魂攻略』でした。いかがでしたでしょうか?
執筆開始当初からいつかはやってみたいと思っていたコンセプトだったのですが、まさかここまで早く来るとは思ってもいませんでしたよ。大体トランプのせいです(笑)

では、久しぶりの例の企画です。暇つぶしにどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=140329&uid=39849


さて、次回の投稿はいつになるかなぁ……一応少しは書き始めてはいます。
なお、今回もトランプが呪われてました。メタ視点で舞島学園はある意味呪われてますが、うちのトランプはマジで呪われてる気がしてきました。一体何なんでしょうね……

それでは、また次回お会いしましょう!


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平凡少女の希望
プロローグ


「もうこんな学校に居られるか! 僕は自分の家に帰る!!」

「だ、ダメですよ神様!! それは『しぼーふらぐ』とかいうやつですよ!!」

 

 何故僕はこんな台詞を吐いたのか。

 それを語るには時間を少々巻き戻さねばならない……

 

 

 

 

 

 

 

 

   ……朝 2ーB教室……

 

 先日なんとか5匹目の駆け魂の討伐に成功した。

 ここで、今までの駆け魂の宿主についてちょっと振り返ってみよう。

 

一匹目・高原歩美  2年B組

二匹目・中川かのん 2年B組

三匹目・吉野麻美  2年B組

四匹目・汐宮栞   2年C組

五匹目・五位堂結  2年A組

 

 そう、見事に全員2年である。つまり……

 

「エルシィ、もう既に2年の駆け魂は狩り終わったと言えるだろう」

「な、なるほど!! 流石は神様です!!」

「というわけで、お前がもし他の2年のクラスに行く時は駆け魂センサーは預かっておこう。

 そんな無駄な場所を調べるより別の場所を調べた方が効率的だろう?」

「か、神様……感動しました!

 ついに駆け魂の攻略だけでなく捜索までやる気を出してくれるのですね!!」

「まあそういう事だ。そういうわけだから忘れずに預けるんだぞ?」

「はいっ! 今から二階堂先生に頼まれたプリントを他のクラスに持っていくので預かってて下さい!」

「お、早速か。それじゃあ預かろう」

「はいっ! お願いしますね!!」

 

 そう言ってエルシィはドクロの髪留めを外して僕に預け、教室の外へと出かけて行った。

 

「……ふぅ、危なかった」

 

 さっきの話の続きだが、見事に全員2年である。

 という事は他の2年のクラスを調べたら3~4人見つかるなんて事になりかねない!

 もう狩り尽くしたから安心? 違う、何か集まってきてて今までのは氷山の一角だという展開の方が有り得る! なんたって現実(リアル)はクソゲーだからな!!

 そういうわけでエルシィが発見してしまわないように先に駆け魂センサーを回収した。僕の手元にさえ置いておけば駆け魂を発見する事はまず無いだろう。

 

「あ、言い忘れてましたが……」

「おわっと! な、なな何だエルシィ!」

 

 気がついたら後ろにエルシィが居た。他のクラスに行ったんじゃなかったのか?

 

「ん? どうかされましたか?」

「いや、何でもないぞ。それよりどうしたんだ?」

「あ、はい。神様は魔法の使用に慣れていないので駆け魂センサーが勝手に省エネモードになってます。

 なのでセンサーの効果範囲が狭くなると思われます」

「もともとすれ違うくらいじゃないと反応しないんだろ? なら多少狭くなったところで問題はあるまい」

「それもそうですね。では行ってきます!」

 

 ……どうやらそれを伝える為だけに仕事の途中でで戻ってきたらしい。少し焦った。

 

 エルシィが再び教室から出ていくのと入れ違いで小阪が教室に入ってきた。

 

「おっはよ~。ん? どったのオタメガ?」

 

 エルシィを見送っていたので丁度目が合った。だからどうしたという話だが。

 

「フン、お前には関係ない」

「あっそ。

 あれ? それってエリーの髪留めだよね? どうしたの?

 ま、まさかそれを人質にエリーに何か命令を……」

「そんなわけが無いだろうが。と言うか髪留めが人じ……まあいいか、人質になるのか?」

 

 実際にはただの髪留めではなく通信機付き駆け魂センサーだから十分脅しの材料になるんだろうが、モブキャラにわざわざ説明する事じゃないだろう。

 

「その髪留め、エリーがすっごく大事にしてるからね~。

 そんな事も知らないなんて兄失格なんじゃない?」

「はいはい、悪かったな」

「ふふん、参ったか!」

「はいはい」

「ったくも~、張り合い無いな~。

 ちょっとコレ貸して!」

「あ、おい!」

 

 小阪がこちらの返事も待たずに髪留めを掴み取り、自分の頭に取り付けた。

 

「へっへ~ん、どうよ、似合ってる?」

「あー、似合ってるんじゃないか」

 

 小阪に一瞥も与えずにそう返事をしてゲームを始める。

 最近新作が多くて積みゲーが増えてきてるからな。サクサク消化を……

 

 

ドロドロドロドロ…………

 

「わっ、な、何?」

 

 ……ここまで来ると悪意を感じるな。この現実(クソゲー)がっ!






というわけでちひろ編、始まります。

3連続で舞島の2年を引き当てるうちのトランプはマジで呪われてると思います。
ちなみにその確率は約1.23%だったりします。
次章は固定イベントなのでまだ抽選はしてませんが……何かちょっと怖いです。

なお、舞島学園の2年は美生と月夜、他校まで広げればスミレ、七香、天理が残っています。


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01 告白と目撃

 小阪ちひろには『実はその髪留めは通信機が内蔵されているらしい』とか何とか言って適当にごまかし、僕はエルシィと2人でいつもの屋上に移動していた。

 

「……この学園、明らかに呪われてるだろ!!」

「そ、そう言われましても……」

「だってそうだろ!!

 それとも何か? 駆け魂には16~17歳の女子にしか入らないという習性でもあるのか!?」

「い、いえ……確か下は小学生、上は60過ぎたおばあちゃんにも入った事があるとかなんとか……」

 

 じゃあやっぱり呪われて……いや、それはもういい。どんな年齢の奴に入ろうがやることは変わらない以上はそこまで年齢が離れてない方がやりやすい。

 でもな、これだけは言わせてもらうぞ。

 

「あいつ、昨日までは明らかに駆け魂居なかったよな?」

「そうですね。間違いないです。

 きっと昨日の夜に取り憑いたんでしょうね」

「……まさかとは思うが、僕が攻略した奴に再び取り憑く……なんて事は無いだろうな?」

「その辺は大丈夫だと思います。神様のおかげで心のスキマは完全に塞がってますから!」

「……一応信じておこう」

「一応って何ですか! 一応って!」

「それより、さっさと攻略を始めるぞ。エルシィ、情報!」

「了解です!」

 

 エルシィが羽衣を操作するとちひろのプロフィールが地獄の文字で浮かび上がる。

 僕に地獄の文字は分からないが……心なしかいつもより文の量が多い気がするな。

 

「え~っとですね……

 小阪(こさか)ちひろ、言うまでもなく2年B組、

 身長158cm、体重50kg、血液型O型、誕生日は12月3日の16歳。

 部活は帰宅部、勉強は中くらい、運動は中の上くらい、趣味は特に無し。

 好きなタイプはイケメンなら大体OK。

 以上です!」

「……量が多いだけで質は最低だな」

「ええっ!? そんな、頑張って集めたのに!!」

「いや、お前の落ち度というわけじゃない。ただなぁ……」

 

 個性らしき個性、ギャルゲーで言う属性が見あたらない。

 吉野麻美を思い出すな。あいつは結局心のスキマからのアプローチを行ったが、それでも属性があった方が攻略方針を立てやすい。

 

「おいエルシィ、あいつに何か強烈な個性は無いのか!

 例えば、実家が忍者とか!!」

「そんな無茶な事言わないでくださいよ!!」

「だろうな。しかしなぁ……」

 

 あーくそっ、何であんな女の為に僕が悩まなきゃならん。

 駆け魂に取り憑かれるなら取り憑かれるでもっと攻略しがいのあるパラメータを身につけてこいってんだ!

 

 

 

 ところで、話は変わるが……

 この学園の屋上は特に鍵等はかけられておらず誰でも入れるようになっている。

 しかし、こんな何も無い所に用がある人はそうおらず、屋上そのものに価値を見出すとしたらせいぜい天体観測に使うくらいでそれ以上の価値は無く、故に人が少ない場所になっている。

 それ故、この屋上は告白スポットとして一部の生徒の間では有名である。

 なので、僕達がここに来た後に誰かがやってきてこんな台詞を言ったとしても別に不自然な事ではない。

 

 

「……好きです」

 

 

 そう、決して不自然じゃないんだよ。

 ……その声が凄く聞き覚えのある声じゃなければ……

 

 恐る恐る後ろへと振り向く。

 そこには、困った顔をしているいかにもイケメンといった感じの男子生徒と……

 頬を赤く染めて何かを男子に差し出している女子……

 

 小阪ちひろが居た。

 

 

 

 ……あっはっはっ……なんだこれ?

 ああ、確かに強烈なパラメータを求めていたさ。

 だけどな、コレは無いだろう!!

 

 パラメータ『好きな男、アリ』

 

 こんなゲーム作ったら会社燃やされるぞ?

 ははは……アッハッハッハッ……

 

 

「もうこんな学校に居られるか! 僕は自分の家に帰る!!」

「だ、ダメですよ神様!! それは『しぼーふらぐ』とかいうやつですよ!!」



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02 姫様から見る攻略過程

「それは……強烈な属性だね……」

 

 エルシィさんから事の顛末を聞いた私の最初の感想はそれだった。

 少なくとも標準的なギャルゲーのヒロインとしては有り得ない属性だと思う。

 

「そーですねー。神様も何か気が触れたみたいに笑ってましたし」

「……大丈夫なのそれ?」

「はい! 私が何回か叩いたら元通りになりました!」

「……桂馬くんの方はひとまず置いておくとして、その女の子の告白はどうなったの?」

「それがですね、断られたのか泣きながら階段を駆け下りてました」

「告白は失敗したのか。う~ん……」

 

 心のスキマの原因がその恋愛? いやでも断られて心のスキマができるなら分かるけど元からあったスキマだよね。

 元から片思いしててそのせいでスキマができて今日告白した? いや、自分で告白できるメンタルの持ち主なら片思いくらいで心のスキマはできないだろう。

 原因は別にあるのかな?

 

「そう言えば、今回の攻略対象ってどんな人なの? 何年生?」

「あれ? 話してませんでしたっけ?

 今回の攻略対象は私たちのクラスの小阪ちひろさんですよ!」

「……え? ち、ちひろさん!?」

「はい? そうですけど」

 

 ちひろさんが、誰だか分からない男子に告白した?

 まさか今回の心のスキマの原因って……

 いや、断定するのはまだ早い。早いけど……

 

「……エルシィさん、今回の攻略期間中は私と交代して」

「え? はい! 構いませんよ!」

 

 ちゃんと確かめないといけない。

 心のスキマの原因はもしかすると私にあるかもしれないから。

 

 

 

 

 

  ……翌日……

 

 朝、登校しながら桂馬くんと作戦会議を行う。

 

「今回はどういう手で行くの?」

「どういう手ったってなぁ……

 本当にアイツを攻略しなきゃいけないんだよな?」

「そりゃそうでしょう。攻略できないと私たちの首が飛ぶよ?」

「でもなぁ……」

 

 渋ってるなぁ……

 どうやらちひろさんは桂馬くんにとって相当相性が悪い相手みたいだ。

 やる気を無理矢理出させるだけなら上手く挑発すれば落とし神として無視はしないとは思うんだけど、今回の攻略でそれをやると厄介な事になりそうなんだよね。

 とりあえずノープランで進んで適当な所でフォローするのが一番良いかな。

 

「とりあえず行くよ。桂馬くん」

「……そうだな」

 

 

 

 

 

 学校に着いても桂馬くんの表情は渋いままだった。

 何というか……やらなきゃいけない宿題があるけどやりたくない。みたいな表情だ。

 う~ん、とりあえずちひろさんが来るまで待機かな。

 

 

 しばらく待っているとちひろさんが暗い表情でやってきた。

 

「お、おはようございますちひろさん!」

「……あ、おはよう、エリー」

 

 私が挨拶をすると『いかにも傷心中です』といった感じの返事が返ってきた。

 

「……ははっ、昨日は恥ずかしい所見られちゃったね。

 思い切って告白してみたんだけどさ、見事に振られちゃったよ」

 

 ちひろさんは『いかにも(ry』といった感じでつぶやくんだけど……

 これってさ……いや、もう少し様子を見よう。

 

 私が『いかにも心配してます』という感じの表情でちひろさんを見守っていたら桂馬くんが渋い表情でやってきた。

 桂馬くんもこんな状態のちひろさんを無視し続けるほど人でなしじゃなかったみたいだ。何やら考え込んでから口を開く。

 

「あ~、昨日は……」

「よぉっし! じゃあ次の恋に移るか!」

 

 そして、ちひろさんがさっきまでとは打って変わって凄く元気の良い声を上げる。

 うん、私には分かってた。さっきまでのが茶番だったって事に。

 ちひろさんが『振られて傷心中の少女』を演じて酔っていたって事に。

 

「やっぱりサッカー部のキャプテンは高望みし過ぎだよね~。

 あ、でも、前に告白した人の方がカッコ良かったかも。

 ま、いいや♪ それよりエリー、これ見てよ!」

「え? はい」

 

 ちひろさんが差し出してきた携帯の画面には男の人が写ってる。舞島学園の生徒みたいだ。

 やや遠い所から撮影されていて、目線もカメラには向いてない……ってこれ盗撮じゃないの?

 ……と、とりあえず話を進めようか。

 

「えっと……どなたでしょうか?」

「ユータ君って言うんだって! この人が、次の本命!

 やっぱり恋が無いと張り合い無いよね~」

 

 ……そんな気はしてたんだよ。ちひろさんは大して好きでも無い人に手当たり次第に告白してるんじゃないかって。

 私はなんとなく分かってたからショックは少ないけど、桂馬くんは……

 

「……そんなの、恋じゃねぇ」

 

 あ、ダメだこれ。

 

「ヒロインの恋ってのはもっと重いんだよ!

 簡単に忘れたり、乗り換えたり、そんなのは恋じゃねぇ!!!」

「な、何よアンタ!」

「うるせぇ! 人の心配を返せ!!」

「え? 心配? どうしてアンタが私の心配をするのよ」

「っ、フン、また現実(リアル)女のレベルを思い知ったよ」

「はぁ?」

「部活にも入らず、頑張る事も無い。

 そのくせ人を悪し様に罵り、口を開けば誰がイケメンだと色恋の話ばかり!

 お前らみたいな連中が、現実(リアル)を汚染しているんだ!!」

 

 桂馬くんが爆発した。ちひろさんの発言は落とし神として看過できなかったんだろう。

 帰宅部で、人を罵って、色恋の話ばかり……確かにギャルゲーには居なそうなキャラだね。素人の意見だけど。

 ……うん? でも、どこかで見たことあるような……

 

「それって、アンタの事じゃん」

「……あ、ホントだ」

「アンタも帰宅部だし」

「ぐはっ!」

「今だって人の悪口言って!」

「あべしっ!」

「頭の中は恋愛ゲーム一色!!」

「おごぉっ!!」

「人の事言えた義理か! この底辺ゴキブリ男!!」

「ウボアァァァ!!」

 

 桂馬くんの悪口は綺麗なブーメランとなって桂馬くんに返って行った……

 これは桂馬くんの自業自得な面もあると思うけど……ゴキブリは言いすぎじゃないかな?



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03 対話

 桂馬くんがちひろさんに完膚なきまでに言い負かされて一週間。

 あの事件が桂馬くんの心に与えた傷はよほど深かったらしく、桂馬くんは現実(リアル)に対して心を閉ざしてしまった。

 家ではずっと家に引きこもってるし、学校の為に外に出ても何か目の所を覆う機械を付けてずっとゲームばっかりしてる。

 

「か~み~さ~ま~! いい加減出てきて下さいよ!」

 

 エルシィさんが扉の外から大声で呼びかけても扉の下から一枚の紙が帰ってくるだけである。

 

[うるさい]

 

「せめて会話して下さいよ神様!」

 

[うるさい、どっかいけ]

 

「むぅぅぅ……こうなったら!!」

 

 エルシィさんはどこからか七輪を多数取り出すと部屋の前で地獄産の魚を焼き始めた。

 

「ほら~、今が旬のメイカイサンマですよ~。

 食べたかったら出てきてください~」

 

[今すぐ止めろ! 匂いが移る!]

 

「うぅぅぅ……」

 

 しばらく放っておいたら治るかとも思ったけど、予想以上に傷心してるね。

 このままだとエルシィさんも力尽きちゃいそうだから何とかしてみようか。上手くいくかは分かんないけど。

 

「エルシィさん、ちょっとどいて」

「え、姫様? ど、どうぞお通り下さい!」

 

 エルシィさんから譲られた場所に立って扉の向こうに呼びかける。

 

「桂馬くん聞こえる?

 そこから出てこいなんて言わないからちょっと頼みを聞いてほしいの」

 

 そう言いながら懐からPFPを取り出す。

 桂馬くんと『対話』をするにはやっぱりこれが一番だよね。

 

「桂馬くん、いつもの音ゲーで私と勝負して!

 桂馬くんの方が上手だからハンデとして曲は選ばせてもらうよ。

 そして、負けた方は勝った方の言う事を何でも一つ言うことを聞く!

 これでどう? この勝負受ける?」

 

 普通の引きこもりならこんな勝負を受ける義務なんて無い。

 けど、落とし神様が挑戦を拒むはずは無いよね?

 

[断る]

 

「って、ええええっ!? ちょっと!? 何で!?」

 

 そ、そんなバカな。一週間の間頑張って練習して満点取れるようにしてたのに!

 そんな疑問に答えるように新たな紙が出てくる。

 

[そういう風に挑発すれば僕が乗ると思ったんだろうが]

[そもそもの駆け魂狩りをやらされるハメになったきっかけだってそんな挑発のせいだった]

[僕はもう二度と安易な答えは出さない!]

 

「え、じゃあ安易じゃなかったら良いの?」

 

[そうだな。何でも言うことを聞くなんて物騒な提案には乗らん]

 

「そこは単純に何か賭けた方が面白そうかなって思っただけなんだけどね。

 無茶な命令を出す気は無かったよ」

 

[一体何を言う気だったんだ?]

 

「そうだね……」

 

 実は本当に決めてなかったんだよね。

 『ちひろさんを攻略しろ』なんて事を無理矢理言う気も無かったし。

 

「……あ、それじゃあ私の事を名字じゃなくて名前で呼ぶ事。なんてのはどう?」

 

[何だと?]

 

「だから、私の事を名前で……」

 

 そこで不意にガチャリという音が響いた後に扉が開いた。

 

「あ、か、神様!!」

「……入れ、お前だけ」

「え? それじゃあ失礼します」

「あ、神様ぁ!」

 

 廊下にエルシィさんを残して無情にも扉は閉まった。

 

 桂馬くんの部屋には初めて入るけど、いかにも桂馬くんらしい部屋だ。

 テレビ台には各種ゲームが所狭しと並んでいて、その上にはモニターが6台も並んでいる。

 その大量のモニターと向かい合うように座り心地の良さそうな椅子が置いてあって、ゲーム機のコントローラーが取り付けられている。

 すぐ傍の棚にもゲームソフトが詰め込まれているみたいだ。

 あとは……衣類を入れてるボックスが少々とベッドが置いてあるくらいだね。

 

 私が部屋の観察をしてると桂馬くんから声を掛けられた。

 

「……とりあえず、そこに座っとけ」

 

 そう言って示されたのはベッドだ。

 ……いやね、丁度いい椅子が無いのは分かるんだけどさ、男子の部屋に入った女子に勧める場所としてそれはどうかと思うんだよね。

 突っ立っててもしょうがないから座るけどさ。

 私がベッドに腰かけると桂馬くんも隣に座る。この部屋、適当な椅子を買っておいた方が良いような……いや、こんな風に部屋で話す機会なんてそうそう無いか。

 

「えっと、部屋の中に入れてくれたって事はちゃんと話してくれるって事で良いのかな?」

「……一つ、聞かせてほしい事がある」

「何かな?」

 

 桂馬くんは少し思い悩んだ後、ゆっくりと問いかけてきた。

 

「……お前、記憶が戻ったのか?」



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04 疑惑と進展

 部屋でゲームをしていた僕にあいつが勝負を突きつけてきた。

 つい受けそうになったが一度深呼吸して気持ちを鎮め、上手く対処したつもりだった。

 あいつがあんな事を言い出すまでは。

 

「それじゃあ私の事を名字じゃなくて名前で呼ぶ事」

 

 これを聞いて、あの時の台詞を思い出した。

 

「『かのん』って、呼んでほしいの」

 

 そう、あの時、かのんの攻略の最終盤でのあいつの台詞だ。

 無くなった記憶がそう簡単に戻るはずは無いんだが、ずっと僕と一緒に居るのだから妙な影響があってもおかしくはない。

 だから、確かめておきたかった。

 

「……お前、記憶が戻ったのか?」

 

 僕がそう問いかけると中川はこう答えた。

 

「……ん? どういう事?」

 

 答えたって言うより、意味が分からなくて聞き返しただけだな。

 杞憂だったか? それとも……

 

「……もしかして、前の私が言ってたのかな? 名前で呼んでほしいみたいな事を」

「ああ。そうだ。前のお前がな」

「それは凄い偶然……って言うより同じ私なんだから同じような事を言うんじゃない?」

 

 それもそうか。やはり気のせいだったか。

 

「まあいい。しかし何でまたそんな事を言い出したんだ?」

「え? だって、他の人はだいたい下の名前で呼び捨てにしてるのに、私に対してだけずっと名字呼びなんだもん。

 なんか気になったからさ」

「……それだけなのか?」

「うん」

「それだけの為にわざわざ僕に勝負まで挑むのか?」

「うん。って言うより、勝負を通して桂馬くんと交流するのが目的で、賭けについてはついでだからね」

「そんな事の為にわざわざ『負けた方はなんでも言うことを聞く』なんて事を行ったのか?」

「へ~、『そんな事』って言うくらいだから普通に言えば名前で呼んでくれるの?」

 

 それはどうだろうな。

 名前を呼ぶ事……はともかく、必要以上に仲良くなる事は記憶を呼び覚ます事に繋がりかねないからな。

 ずっと忘れててくれた方がお互いに都合が良いからな。

 だがここで頑なに抵抗するのもなぁ……

 

「よし、こうしよう。

 お前が宣言通りに僕に勝ったら名前で呼んでやろう」

「それは楽しそうだね。私が負けたら何をすれば良いのかな?」

「そうだな……じゃあ僕の代わりにちひろを攻略してくれ」

「え? 無理」

 

 即座に断られた。

 割と適当に言ったという事が見透かされたのかとも思ったが、どうやら違うようだ。

 

「サポートするくらいならいくらでもできるけど、ちひろさんの攻略ができるのは桂馬くんだけだよ」

 

 さっきまでの楽しんでたような表情とは打って変わって真剣な表情でそう言い切った。

 

「何でそんな事が言えるんだ? まさか、何か掴んでいるのか?」

「そうだね……心のスキマの見当はついてるよ。

 でもこれを私の口から言う訳にはいかないかな」

「何で隠す必要があるんだ?」

「……知りたかったら、ちひろさんの攻略をしてみる事だね。

 引きこもってちゃ何にも分からないよ? きちんとちひろさんと話してみてご覧」

 

 最初からこういう事を言う為に乗り込んできた……っていうのは考えすぎか?

 正直な所、あんな現実(リアル)女の攻略なんてご免だが……こいつの言ってる事も気になる。

 

「……はぁ、仕方ない。やるか。攻略」

「うん、桂馬くんならそう言うと思ったよ。最大限サポートするよ」

「ああ。っと、その前に……」

 

 懐からPFPを取り出して構える。

 

「せっかくだから、やるか」

「うん! 勝負だよ!」

 

 

 その後、中川が選んだ曲で一回対戦したが、僅差で勝利した。

 こっちは理論最高値を出したんだがな……一部の音ゲーに関してだけ言えば侮れなくなってきてるな。

 

 

 

 

 

 

  ……翌日……

 

 

「おっす~、エリーおっはよ~」

「あ、おはようございますちひろさん!」

 

 朝、教室でのんびりゲームしてたらちひろがノーテンキな顔して挨拶しながら入ってきた。

 それに対してエルシィ……ではなくかのん(錯覚魔法使用済)が挨拶を返す。

 そうだな……僕も何か言っとくか。

 

「……おはよう」

「あれ? オタメガ生き返ったんだ」

「死んでねぇよ!!」

 

 何て失礼な奴だ! これだから現実(リアル)女は!!

 

「あっはっはっ、ジョーダンだよジョーダン。

 それよかエリー、ちょっと知恵を貸してほしいんだよね~」

「フン、このアホに知恵を借りるとは、まさにアホだな」

「確かに、エリーがアホである事は否定しない。

 だがしかし! 私はそもそもエリーにまともな意見なんて求めてない!!」

「酷くないですか二人とも!?」

 

 中川が何か言ってるけど気にしない。

 

「ふむ、極めて遺憾ではあるが意見が一致したな。

 しかし、だったら何でこいつに話しかけたんだ?」

「遺憾って……まあいいけど。

 単純に雑談のネタ持ってきただけだよ。

 ほら、私の本命のユータ君がもう少しで誕生日らしいじゃん?」

「完全に初耳だな」

「んで、贈り物は何が良いかな~ってさ」

「贈り物ねぇ……」

 

 ゲームならちゃんとした選択肢を選べばちゃんと好感度が増えるが、初対面の状態で急に贈り物なんてしても現実(リアル)だと逆に好感度が下がりそうなんだよな。

 相手がよっぽど欲しがっているものなら話は別だが。

 

「そ、贈り物。いま雑誌で色々調べてるんだけどさ~。なかなかピンと来る物が無いんだよね~」

「何? 雑誌だと?

 フッ、貴様はやはりアホだったようだな」

「な、何言ってるのよいきなり!」

「そんなテキトーなアイテムで相手を落とせるほど攻略というのは生易しい代物ではない。

 小阪ちひろ、貴様に問おう。ユータ君とやらの性格、好み、髪の色、身長体重血液型。

 何でも良いから知っている情報を全て吐け」

「え、え? ちょっと、後半関係無くなってない!?」

「笑止! 攻略対象の情報も知らずに何が攻略か!!

 いいだろう、貴様に攻略の何たるかを叩き込んでやろう!!」

「はぁ!? オタメガの助けなんて要らないよ!

 って言うか、それって全部ゲームの話でしょ!? 現実の役に立つわけ無いじゃない!!」

「……それがそうでもないんだよな……」

「……は? ちょ、え? あ、アンタまさか……」

 

 しまった、ちょっと口を開きすぎたか?

 まあ別に構わないか。ちひろが僕の事を好きだとか有り得ない事が無い限りは攻略に影響はあんまり無いだろう。

 

「で、どうするんだ?

 僕が攻略に手を貸せば間違いなく成功するだろう。決めるのは貴様だ」

「……フン、そこまで大口叩くならやってみなさいよ!」

 

 

 こうして、僕がちひろの攻略に手を貸す事が決まった。

 ほぼ何にも考えずに喋ってただけなんだが、妙な所に収まったな。

 まぁ、恋愛相談の相手という立場は攻略でも使えなくもない。

 ……ってアレ? 良く考えたらちひろとユータ君をくっつければ恋愛成立で心のスキマが埋まるんじゃないか?

 …………よし、全力でやろう。






悲報:桂馬の立ち直りに歩美の出番が全カットされたので知将が誕生しない。


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05 ユータ君攻略開始

  ……昼休み……

 

「これまた妙な展開になったね」

「ああ、そうだな」

「ところで桂馬くん、一つだけ質問があるんだけど?」

「何だ?」

「私には、桂馬くんが何にも考えずに売り言葉に買い言葉で話してただけに見えてたんだけど、実際の所はどうだったのかな? かな?」

「いや、そんな威圧感出さなくても普通に答えるよ。

 確かに何も考えてなかったが……結果オーライだろう?

 あいつとユータ君とやらが上手くくっつけば駆け魂も出てくるだろう」

「ああ、やっぱり? そんな気はしてたよ」

 

 桂馬くん、行動だけ見れば結果オーライだけど目的がズレすぎてるよ。

 ちひろさんがユータ君なんかとくっついた所でスキマは埋まらないよ。

 いや、もしかしたら一応は埋まるのかもしれないけど数日でより深いスキマになって再発するんじゃないかな?

 やっぱりちゃんと言った方が良いのかなぁ……? う~ん、でも……

 ……仕方ない。私が近くでフォローしよう。恋愛相談の名目で桂馬くんとちひろさんが2人で会話する事自体は良い事だから。

 

「それじゃあ攻略対象の情報を集めるぞ。

 クラスはちひろから教えてもらったから、そっちの方で情報収集だ」

「そうだね、そうしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして、数日後 放課後……

 

 私と桂馬くん、そしてちひろさんの3人でパソコンルームに集まっていた。

 この場所を選んだ理由は2つ。1つは単純に人が居ないから。もう1つは……もう少ししたら分かると思う。

 

「それでは、どうしようもない貴様の為に僕が攻略を全力でサポートしてやろう。

 頭が高いぞ、私はお前の落とし神だ」

「何言ってんのバーカ。あんなの冗談よ。オタメガ何かに頼ってどうなるってのよ」

「フッ、その態度、すぐに後悔する事になるだろう。

 あの程度の男、3日後には攻略できているだろう。

 では始めるぞ。やれ、エルシィ!」

「はいは~い」

 

 予め桂馬くんに渡されていた模造紙や付箋をテキパキと張り付けていく。

 そこに書かれている内容はユータ君の行動パターン、と言うより生活パターンだ。時間割から分かる移動教室のタイミングや移動経路は勿論、休み時間や放課後に立ち寄る場所などが分刻みで記されている。

 こんなものが女子の家から見つかったら一発でストーカー認定されそうなくらい細かい代物だ。小阪さんに逆に引かれないと良いんだけど……

 

「では説明するぞ。

 まず、ユータ君は部活にも所属しておらず、特定の委員会に入れ込んでいるわけでもなく、そこまで目立つ趣味もない。

 よって属性が特定できない特殊キャラだと考えられる。

 だから、今回はどんな相手にも使える汎用的な手法を主軸に攻略していこうと思う」

「はぁアホらし。こんな事して何になるってのよ。もう帰る」

 

 そりゃそうだよね。こんな事説明されても『ハイそうですか』って指示されたように行動する人は居ないよね。

 ……まぁ、だからこそこの場所を選んだんだけどさ。

 

「まあ待て」

「はぁ?」

 

 ちひろさんが部屋から出る直前に呼び止める。

 そして懐から取り出した紙コップに水筒から熱いお茶を入れて突きつける。

 熱いと言っても持つくらいは普通にできる温度になってるはずだ。当然、火傷する事も無い……はずだ。

 

「ほら」

「?」

 

 ちひろさんは桂馬くんに促されるままにコップを受け取る。

 

「ほれ」

「え? ちょっ、わっ!!」

 

 突然桂馬くんがちひろさんを軽く突き飛ばす。

 バランスを崩したちひろさんは数歩下がって踏ん張ろうとするが、その先にはある人が居た。

 この時間、この場所を通るであろうと桂馬くんに予測された人物……ユータ君が。

 当然、ちひろさんはユータ君にぶつかる。

 それだけならまだしも、コップから飛び跳ねた熱いお茶がユータ君にかかった。

 

「熱っ! な、何だ!!!」

「え? あっ、ご、ごごごごめんなさいっっ!!!」

 

 ちひろさんはユータくんに凄い勢いで謝り倒した。

 そしてすぐにこちらに向かって飛んできた。

 

「何してくれてやがんのよこのオタメガぁぁああ!!!」

「フッ、説明してやろう。エルシィ」

「えっと……これですね。はいっ」

 

 桂馬くんから渡されていた大きな花が描かれた模造紙を広げる。

 

「恋愛はよく植物に例えられる。

 出会いのインパクトが大きければより太い幹になって……」

「こんなんで仲良くなれるかぁ!!」

「あ、おい、何をしている、止めろ!」

 

 起こったちひろさんが模造紙をビリビリに破いてから部屋から走り去る。

 うん、普通はこういう反応をするよね。

 普通の人は相手と仲良くする事が目的だけど、桂馬くんの場合は相手を攻略する事が目的だからこういう事が割と頻繁に発生する。

 けど、その効果は絶大だ。

 そうだね……早ければ明日くらいには成果が出てくるかな?






会話に微妙な怒りをにじませるのにヤンデレ語は便利だと思いました。まる。


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06 最善の立ち回り

  ……翌日……

 

 朝、教室でのんびり過ごしているとちひろさんが凄い勢いで駆け込んできた。

 

「オタメガ! あんた一体何したの!?」

 

 この台詞だけを聞けば怒鳴っているように聞こえるが実際にはその逆。感謝の念までは感じられないけど何か良い事があった後なのだという事が声色で察する事ができた。

 

「何があった……何て事は訊くまでも無いな。

 ユータ君とは会話できたか?」

「うん! 向こうから声掛けてくれたよ!

 あんたやるじゃん!!」

 

 調査したユータ君の生活パターンの中には当然ながら登校時間に関するものもある。

 極端に早く来るわけでもなく、遅刻ギリギリに来るなんて事も無い普通の時間の登校だ。

 そして、ちひろさんの登校時間も概ね一致するのでそこそこ運が良ければ昇降口の所で遭遇するのだ。

 ……ちなみに、もし登校時間が一致していなかったら私がちひろさんを誘導して登校時間を調整する予定だった。そんな必要は無かったけど。

 

「よし、では次の作戦に移るぞ」

「え~? ユータ君と話せたからこれで十分だと思うけど?」

「何を甘っちょろい事言っている。印象が薄くならないうちに畳み掛けていくべきだ」

「でも……」

「何だ? ユータ君とくっつきたくないのか?」

「うっ、それは……」

 

 多分、くっつきたくないんだろうね。

 でもちひろさんも後には引けないからここで否定するような事は言わずに黙り込む。

 

「では改めて、次の作戦に移るぞ。

 お前は放課後にユータ君に声をかけろ」

「声を掛けろって言われても……」

「まあ安心しろ。僕が最適なセリフを用意しておいた。

 ほら、これだ」

 

 そう言って桂馬くんは一枚の紙を取り出す。

 説明するまでも無いと思うけど、会話の導入に使うセリフが書かれてるみたいだ。

 

「これくらいなら何とか覚えられそうかな」

「当たり前だ。で、これがパターンAの場合の返答だ」

 

 1cmくらいありそうな紙束がちひろさんの机にバサリと音を立てて置かれる。

 

「……はい?」

「で、こっちがパターンB」

 

 また同じくらいの紙束が置かれる。

 

「で、こっちがパターンC、D、E、F、G……」

「え、ちょ、オタメガ!?」

 

 そう言いながらどんどんと紙束が積み上げられていく。

 そしてあっという間に椅子に座っているちひろさんの目線の高さくらいまでになった。

 

「全部覚えろ。放課後までに」

「無理に決まってんでしょ!!!」

 

 それは桂馬くん自身でも難しいんじゃないかな!? 目を通すだけでも時間までに終わらない思うんだけど……

 とりあえずちょっと抑えた方が良いね。

 

「か、神様? さすがにそれは時間が足りないのでは?

 もっとこう……何とかなりませんかね?」

「何とかって言われてもなぁ……

 ……仕方あるまい、パターンAのルート1系列の台詞だけは暗記してくれ」

「え? Aのルート1? ……これ、かな?」

 

 ちひろさんが紙の山の下の方から目的の紙を何とか引っ張り出す。

 山が一瞬だけ倒れかけたけど私が支えたので何とかなった。

 

「ここから……ここまで? うわ~、これも十分多いんだけど?」

「僕としてはそれだけでも不安なんだがな……

 一応パターンAに入る確率は約7割で、基本となるルート1さえ暗記していれば何とか対応できると踏んでいるが……もし外れたらアドリブで乗りきってもらうハメになる」

「7割ねぇ……ちなみに、他のはどのくらいなの?」

「B、C、Dでそれぞれ約1割、それ以外はほぼ0%だ」

「何でほぼ0%の対応がこんなに多いのよ!!」

 

 桂馬くんが積み上げた資料のうちの9割以上がほぼ使わないんですけど……

 これはちひろさんに嫌がらせをしたとかいう事じゃなくて単純に成功率を100%にしたかったからなのかな。

 桂馬くん、完璧主義だからなぁ……

 

「それじゃあ放課後までに最低限覚えておけよ」

「これ、ホントにやるの? 最低限って言っても凄く面倒くさいんですけど?」

「別にやらなくても構わんぞ? 失敗しても構わないのなら、だが」

「あーもう、やるよ。やりますよ!」

 

 

 

 

 この後、ちひろさんは完全な暗記には失敗したのだけど……

 ユータ君の台詞が桂馬くんの最有力予想と殆ど変わらなかったので上手いこと思い出しながら対処できた。

 桂馬くん曰く、大事なイベントは越えたのでよっぽどヘマしなければ告白までは何とかなるらしい。

 となると告白前までは順調に進むんだろうけど……告白直前で失敗する気がする。

 私が上手く立ち回れば事件を未然に回避できるはずだ。

 この場合の最善の選択肢は……



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07 落とし神の誤算

  ……ユータ君攻略3日目……

 

 桂馬くんの宣言通り、今日まで不測の事態は発生せず順調に攻略が進んだ。

 今日、ちひろさんがユータ君に告白すればほぼ間違いなく成功するだろう。

 駆け魂も出てくる予定なのでエルシィさんも学校の近くで透明化して待機してもらってる。

 私? 私はもちろんエルシィさんに変装して桂馬くんと一緒に居るよ。

 

 で、今はちひろさんの告白練習の為に屋上に集る予定なんだけど……

 

「……あいつ、まだ来ないのか?」

「また遅刻……だよね。きっと」

「だろうな」

 

 ちひろさんはかなり時間にルーズだ。

 流石に数時間遅れてくるって事は無いけど、2~30分くらいなら普通に遅れてくる。

 何かのトラブルで来れなくなってるって事は無い……はず。

 

「くそっ、どこまでテキトーなんだあいつは」

「ちひろさんだからね」

「ちひろだからな。

 あいつはユータ君とくっつきたくないのか? テキトー過ぎるぞ!」

 

 本気でやってる桂馬くんと何となくテキトーにやってるちひろさん。

 反発するのはある意味当然だね。

 

 さてと、今の私に与えられている選択肢は2つだ。

 1、何か口実を作ってこの場を離れて、後から来るであろうちひろさんと桂馬くんとを1対1で対話させる。

 2、ここで待つ、あるいはすぐにちひろさんを見つけ出して連れてきて私を含めた3人で話す。

 私が取るべき選択肢は……こっちだ。

 

「……ちひろさん探して引っ張ってくるね」

「ああ、スマン。頼む」

 

 この選択肢で大丈夫のはずだ。

 後は自分を信じて突き進むだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 告白は大抵のゲームでは非常に重要となるイベントだ。

 まあ、一部のゲームでは開幕から何も考えずに告白をかますのが最善手だったりするがな。

 それも重要なイベントには変わりないんだが……一般的な告白とは方向性が異なる重要さだろう。

 そういう訳なんで告白イベントはしっかりと計画を立てて挑まなければならない。

 特に重要なのはやっぱり告白の台詞だな。これをしくじるとほぼ失敗する。

 

「あのキャラを相手に奇をてらった告白は論外としても、無難過ぎるのも考え物だな。

 となると……この辺か?」

 

 僕のプレイしてきたギャルゲーの中から使えそうなセリフをノートに書き出す。

 女子からの告白セリフはそのままだが、男子からの告白セリフはコピペした後に女子の言葉に適当に置き換える。

 候補が大体出揃ったらそれぞれのセリフの良い部分を拝借してセリフを作っていく。

 ただ、僕が男子に告白する経験なぞ皆無なのであまりスムーズに行かない。

 

「って言うか、何で僕がこんなに頑張ってるんだ。

 本人がもっと頑張れよ!」

 

 あいつはしょっちゅう集合時刻に遅れるし、ちょくちょくこっちの話を聞いてないし、セリフ回しも何回か間違えるし、あいつは一体何なんだ!

 少し我慢すれば変わるかとも思ったが、最終日までそのままとはな。

 あいつは一体全体どこで道草食ってるんだ!

 

 

 

「おっす~、肉まん買ってきたぞ~」

「……やっと来たか」

 

 ちひろがノーテンキな顔して屋上にやってきた。

 どうやら肉まんを買ってきて遅れたらしいな。こいつは肉まんと告白どっちが大事なんだ!

 

「おい、途中でエルシィに会わなかったか?」

「ん? 会ってないけど?」

「じゃあ入れ違いになったか? まあいい。今日は告白だぞ? 分かってるな?」

「ああうん。肉まん冷めちゃうから先に食べちゃお」

「っ、お、お前な、本当にちゃんと分かってるのか!?」

「ははぁ~、落とし神様、お供え物でございます!」

 

 ちひろが恭しく肉まんを差し出してくる。

 面倒だな。さっさと食べ終えるぞ。

 

 

「よし、食い終わったな? それじゃあ告白のセリフを僕が考えたから……」

「あのさ桂木、駅前に私イチオシの中華屋があるんだけどさ。今度一緒に行かない?」

「おいおい……それはユータ君とでも一緒に行け。

 お前は今日あいつに告白して成功する。それで僕とお前の関係は終わりだ」

「ああ、う~ん……」

 

 何をトチ狂った事を言っているんだこいつは。

 本当に最後まで理解不能な奴だったな。

 

「あ~……告白、止めよっかな」

「…………は?」

「えっと、よく考えたらユータ君の事、そんな好きでもないかな~って」

「…………」

「そ、そういうわけなんで、ナシの方向で……」

 

 おいおい、何だよコレ。

 僕のこの3日間は一体何だったんだ?

 ははっ、はははははっ!

 

「あの、桂木?」

「いい加減にしろっっ!! 人の努力を一体何だと思ってるんだ!!」

「なっ、わ、私は別にそこまで頼んでないし!」

「そういう問題じゃない!!」

 

 僕の努力が無駄になったのは確かにムカつくが、一番の問題はそんな事じゃない。

 僕がこれまで攻略してきた女子達はみんな何かを必死に求めていた。死に物狂いで生きていた!

 それなのに、コイツときたら、その言動は果てしなく軽いっ!

 

「お前も、もっと真剣になれよ!!」

 

 僕に怒鳴りつけられたちひろは黙り込んで顔をうつむかせた。

 フン、これで少しは懲りて……

 

「……真剣になって、どうなるってのさ」

「何だと?」

「アンタの言う通り、私はテキトーにやってたよ。

 でもそれで良いじゃん!

 私の事は私が一番良く分かってる。

 かのんちゃんみたいに可愛くもないし、歩美みたいに足が速いわけでもない!

 アンタみたいに……全力の恋愛なんてしたことも無い!!

 私はっ! どうやってもあんたたちみたいにはなれない!!」

 

 ……そうか、そういう事か。

 僕はどうやら……選択肢を誤ったみたいだ。

 

「どいてよ!」

 

 ちひろは僕を突き飛ばして屋上から走り去る。

 僕は……呆然と見送る事しかできなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、中川が屋上に戻ってきた。

 

「……とりあえず、お疲れさまって言うべきかな?」

「……まるで僕とちひろの喧嘩を見ていたような言い草だな」

「直接見てはいないけど、喧嘩はするんじゃないかなって思ってたよ」

「……そうか」

 

 中川は、僕よりもちゃんとちひろの事を見ていたんだな。

 僕としたことが……とんだ失態だ。

 

「あいつの心のスキマは天才への憧れ……いや、スキマなんだから嫉妬って言った方が近いか。

 自分が才能を持ってないからこそ、手当たり次第にかっこいい人間と付き合おうとしていた。

 アイドルとしてのお前、陸上部員としての歩美、あとはゲーマー……いや、恋愛の経験者としての僕と平凡な自分とを引き合いに出して嘆いていたよ」

「嫉妬……なるほど、そういう面もあったのか」

「ん? お前の予想は違ったのか?」

「ちひろさんの好きな人に関する心のスキマだと思ってたから当たらずとも遠からずって所かな」

「好きな人? まさかユータ君の事じゃないだろうな?」

「いやまさか。ちひろさんが本当に好きなのは……ちょっと言えないかな」

 

 一体何なんだ? 気にはなるが簡単には話してくれなそうだな。

 話さないという事は必要無いと判断したんだろう。

 

「……なぁ、喧嘩するのを分かってて止めなかったって事は、何か考えがあるのか?」

「うん。勿論だよ。

 後は私が全部やる……って言いたい所だけど、最後の最後で桂馬くんに協力してもらう事になると思う」

「それなら、頼む。

 悔しいが僕は一度失敗した。お前に託す」

「うん。任せて」

 

 中川は力強く頷いた。






ちひろは実は元陸上部らしいです。中学生頃の話ですが。
原作最終巻で天理が歩美に読み上げるメモに小さく書いてあったりします。
その当時に歩美と一緒に走って、そして諦めたのかもしれませんね。


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08 少女達の対話

「……桂木の、バカ」

 

 屋上から飛び出た私はとぼとぼとさまよう。

 しばらくして辿り着いたのは学校から歩いて5分もしない場所にある海浜公園だった。

 あーあ。歩美とかだったら凄い勢いでどっか遠い所に走り去れるんだろうなぁ。

 

 しばらく砂浜をぼんやり眺めてからこの公園で一般開放されてる船『あかね丸』に乗り込む。

 ずっとこの公園に停まってて誰も動いてる所を見たことが無い船だ。模型ってわけじゃないはずなんで一応動かそうと思えば動くのかもしれない。

 って言っても、操船の仕方なんて分かんないから私には動かしようが無いけどさ。

 

「はぁ……何やってるんだろ、私」

 

 桂木は今日の為に頑張って準備してきてた。

 売り言葉に買い言葉で頼む事になった恋愛指南だったけど、正直に言うと私は全く期待してなかった。

 どうせ現実じゃ役に立たないゲーム的な事をテキトーに言うんだろうって。

 妙な手法をあいつの言う通りに実践して、そして失敗して、それに文句を言って。そんな感じだと思ってた。

 でも、そんな予想とは裏腹に攻略は順調に進んだ。

 そりゃあ最初は嬉しかったよ。ユータ君みたいなカッコいい人と仲良くなれてさ。

 けど……違った。

 私は……ユータ君と話してる時よりもあんたと話してた時の方がずっと楽しかったよ。

 ねえ桂木、あんたは私と話してても……楽しくなかったのかな。

 

「桂木のバカ」

 

 そして……私もバカだ。

 

 

 

 

 

 しばらくぼんやりと波を眺めていると後ろから人の気配が近寄ってきた。

 この船は一般公開されているんだから別に不自然な事じゃないんだけど、できれば一人になりたかった。

 このまま波を眺めつづけるか、どこか別の場所に行こうか少し迷っていると声を掛けられた。

 

「こんにちは。あなたが小阪ちひろさんだね?」

「……そうだけど、何か?」

 

 聞き覚えの無い声だけど、どうやら私に用があるらしい。

 ゆっくりと後ろを振り向いて声の主を確認する。

 そこに居たのは見慣れない制服を着た女子だった。確か……美里東高校の制服だった気がする。舞島学園とさほど離れてない場所にある高校だ。

 黒い髪にロングヘア。丸い眼鏡を付けたその格好に少しだけ見覚えがあったような気がしたけど……気のせいかな?

 

「え~っと……どなた?」

 

 昔の友達が大胆にイメチェンして登場したって言うんじゃなければ間違いなく初対面だ。一体何の用だろう?

 

「そうだね。とりあえず自己紹介からだね。

 初めまして。西原まろんです」

「西原?」

 

 やっぱり心当たりが……あれ? どこかで聞いたことがある気がする。

 

「あれ? 名前だけじゃ伝わらなかったかな。

 桂馬くんの従妹って言えば通じるかな?」

「イトコ?

 …………ああああっっ!! お、思い出した! 桂木が言ってた同居人でしょアンタ!!」

「そうそれ。良かった。ちゃんと伝わった」

 

 この子が例の同居人かぁ。

 エリーが姫様って呼んでて、お弁当も作ってるんだったはず。

 認めるのは少し癪だけど、姫様って呼ばれるくらいには可愛いかな。

 ……こんな子が桂木と一緒に暮らしてるのか。

 

「……それで、何の用なの?」

「桂馬くんから頼まれてあなたを探してたの。

 見つけたら連絡するように頼まれてるんだけど……もしかして、連絡しない方が良いかな?」

「え? 大丈夫なの?」

「うん。見つけたら連絡して欲しいとは言われたけど、見つけてすぐに連絡しろとは一言も言われてないからね~」

 

 そういう問題じゃないような……

 でも、ちょっと助かった。今はちょっと桂木と顔を合わせたくない。

 

「それじゃあ連絡は後にするとして……

 もしかしなくても桂馬くんの事で何か悩んでるよね? 私で良ければ相談に乗るけど?」

「え? いや、別に悩みなんて……」

「桂馬くんへの連絡を拒む時点で明らかに何かあるでしょ。

 ほら、お姉さんに話してみなさい! 私高2だけど」

「……同級生じゃん!」

「うん、しかも私は誕生日が3月3日だから月まで考えると大抵の同級生より年下だね。アッハッハッ」

 

 ひな祭りの日が誕生日? どこかで聞いたことがあるような……

 ……あ、かのんちゃんの誕生日じゃん。だからどうしたって話だけど。

 

「まあ、お姉さんじゃないから頼りないかもしれないけど、桂馬くんに関する事であれば誰よりも力になれる自信があるよ。

 誰かに聞いてもらうだけでも少しは楽になれると思う。せっかくだから、話してみない?」

「……それなら、お願いするよ」

「うん。思いっきりぶちまけちゃって」

 

 私は話した。今までの事を。

 サッカー部のキャプテンにフラれた後、ユータ君を見つけて、

 誕生日の贈り物についてエリーと話してたら桂木が首を突っ込んできて、

 桂木の一見ムチャクチャに見える攻略が次々に成功して、

 そして今日、告白を止めて……

 

 

 全部話し終えるまで西原さんは黙って聞いていてくれた。

 言われた通り、少しだけ楽になった気がした。

 

「うんうんなるほど。そんな事があったんだね」

「うん。西原さんはこの話を聞いてどう思った?」

「結論から言うとどっちもどっちだね」

「うわっ、バッサリと言うね」

 

 西原さんは一切躊躇せずに言ってのけた。一応自分もけなされた事に怒るべきなのかもしれないけど、本当にサラリと言われたせいかそこまで嫌な感じはしなかった。

 でも少し意外だった。イトコなんだから結局は桂木を擁護するんじゃないかと思ってたのに。

 

「意外そうな顔してるね」

「うぇっ!?」

「あれ、違った?」

「い、いや、違う、じゃなくて違わないけど!」

「ふふっ、それじゃあ本題に戻ろうか。

 まず、私に言われるまでもなく分かると思うけど、桂馬くんは恋愛に対する姿勢が極端過ぎるね。

 本人が趣味でやる分には問題ないけど、他人にやらせるとなるとね」

「ああ、うん。それは確かに思った」

「あともう一つ。恋愛観と言うか目標が世間一般とズレてるんだよね。

 ちひろさんが求めてるのは誰かと仲良くなる過程の部分、って言うより会話する事そのものが目的だよね?」

「え? ごめん、ちょっとよく意味が分かんないんだけど……」

 

 恋愛の目的って言われても……恋愛は恋愛したいから恋愛するんじゃないの?

 

「……それじゃあ質問を変えてみようか。

 ちひろさんはそのユータ君って人と付き合ったっていう『実績』が欲しいわけじゃないよね?

 ユータ君と付き合ったら友達とかに多少は自慢するだろうけど、自慢したいから恋愛するわけじゃないよね?」

「そりゃ確かに違うけど……ああ、なるほど」

 

 確かに私が求めてるのはそんな実績じゃなくて過程の方だ。

 わざわざ意識するまでもない事だと思ってたけど、よくよく考えてみれば重要な事だ。

 

「理解できたね? でも桂馬くんの場合は実績重視、結果重視。

 明確な目標として『告白』があって、最高の告白に辿り着くように逆算して過程を作る。

 ちひろさんが求めてるものとは全然違うよね」

「……桂木のやりかたはダメだったんかな?」

「いや、そうでもないんじゃない?

 告白した後に2人で楽しく過ごせれば成功だと思うよ。その人が本当に好きならね」

「本当に好きなら、かぁ……」

「そう、それ。

 桂馬くんも失敗したと言えなくもないけど、ちひろさんの方でフォローできなくもなかったはず。

 『ちひろさんの本当に好きな人』の事をちゃんと言ってなかったのはちひろさんの落ち度だと思うよ」

「……確かにそうかもね。

 ユータ君の事がそこまで好きじゃないって最初の方に言ってれば……」

「違う、そうじゃなくて、『ちひろさんの本当に好きな人』の事だよ?」

「……? 何言ってるの? それだとまるで私に好きな人が居るみたいな言い方だけど?」

「え?」

 

 あれ? いつの間にか話が噛み合わなくなってる。

 私の本当に好きな人?

 

「あの、ちょっといい?

 私の本当に好きな人って誰の事?」

「え? 桂馬くんに決まってるでしょ?」

「……え?」

 

 私がその言葉の意味を把握するまで冗談抜きで数秒かかった。

 私の本当に好きな人が桂木?

 

「えええええっっ!? いやいやいやいや違うって! 有り得ないって!!

 あんなオタクでメガネで自称神な底辺男がすっ、好きだなんて!

 そんなわけないじゃん!!」

「そうやって慌てて取り繕うのは大抵は図星だって意味なんだよね~」

「違うから!! ぜぇぇぇっったい違うから!!」

「あれ? 気のせいだったかな?

 好きでもなければ桂馬くんの攻略に3日間も付き合うなんてまずできないと思ったんだけど……」

「それとこれとは別だから!!」

「そっかな~? それじゃあまあ私の勘違いだったってコトでいいや。

 でも、もし本当に好きな人が居るなら桂馬くんに言うといいよ。

 桂馬くんならきっと協力してくれるから!」

「いや、私に好きな人なんて居ないし」

「居るなら、だよ」

 

 そう言った西原さんはポケットから携帯を取り出して開いた。

 どうやら時計を見ているみたいだ。

 

「うん、この後ちょっと用事があるんでお話はここまでにさせてもらうね。

 また機会があればお話しようね!」

 

 西原さんはくるりと踵を返すとあかね丸の甲板から走り去って行った。

 

 あれが桂木のイトコか。何て言うか、同年代とは思えなかったかな。

 凄く人と話し慣れてる感じがした。問題点を簡潔にまとめてくれたし、凄く説得力があった。

 でも、最後のはねぇ……

 

 私は西原さんが来る前と同じように水面をぼんやりと眺める。

 

「あーあ、どうすりゃ良いんだろ」

「あ、言い忘れたけど」

「っっ!?」

 

 突然背後から西原さんの声が聞こえてきた。

 慌てて振り向くとさっき帰ったはずの西原さんが立っていた。

 

「え? アレ!? 用事があったんじゃないの!?」

「ちょっと言い忘れてた事があってね。

 桂馬くんはあと1~2時間くらいは屋上に居るように言っておいたから。

 それだけ。今度こそじゃあね!」

 

 それだけ言って今度こそ西原さんは帰って行った。

 どうやら桂木の居場所を伝えたかっただけらしいけど……

 と言うか桂木にわざわざ数時間待つように言っておいたって……いや、あいつならいつでもどこでもずっとゲームしてるから場所が家から屋上に変わっただけならあんまり問題は無いのか。

 しっかし、そんな事を伝えられても何すりゃ良いんだって話で……

 ああ、何かまた頭の中がぐちゃぐちゃしてきた。

 

 ……よし、落ち着いてじっくりと考えてみよう。

 私は一体何がしたいのかって事を……






というわけでかのんちゃんの錯覚魔法フル活用の回でした。

かのんちゃんの偽名も原作とかの隅っこの方から再利用してるので外見も再利用してみました。
具体的にはシトロンメンバーだった頃のかのんちゃんを黒髪にした感じをイメージしてます。それだけだと当時からのファンには変装がバレそうなので多少手を加えているでしょうけどね。
黒髪ロングだとエルシィと若干被る気がしないでもないですが、まぁ、従姉妹って設定だから別に良いかな。

西原モードの時の桂馬の呼称は最初は『従兄(にい)さん』『お従兄(にい)ちゃん』などの案もあったんですが、結局は『桂馬くん』になりました。同年代の従兄弟ならそんなもんだろうという事と、あと妹キャラはエルシィの分野なので、これ以上役割を奪っちゃうのは流石にどうなのかと……

東美里高校は天理と七香が通ってる高校です。桂馬の家から通える舞島学園とは別の高校という事で。
私服でも良かったのですが平日の放課後なのでせっかくだから制服にしてみました。
え? どこからそんなものを調達したのかって? ふ、服装くらい錯覚魔法で何とか……


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09 ちひろの希望

「かみさま~、いつまでここに居るんですか~?

 私もう飽きちゃいましたよ~」

「……あと数分だ」

 

 中川から『ちひろさんがしばらくしたら屋上に行くはずだから2時間くらいそこで待ってて欲しい』というメールが来てから1時間50分ほど経過した。

 メールが来る少し前に合流したエルシィは暇つぶしに屋上の掃き掃除をしていたが、既にやりきってしまったようだ。

 僕はまだまだやるべきゲームが残っているから100時間くらいは余裕で過ごせるが、学園の最終下校時刻を過ぎたら流石にちひろも来ないと思われるのでそんなに待つ意味は無い。

 しっかし今は一体どういう状況なんだ? 中川はエルシィと違って信用できるが、せめて途中経過の報告くらいはして欲し……

 

[メールだよっ! メールだよっ!]

 

「ん? 噂をすれば、だな」

 

 中川からのメールだ。

 内容は……『ようやくちひろさんがそっちに行くよ。攻略とかは考えずに桂馬くんらしく普通に受け答えしてほしい』とのことだ。

 また妙な内容だな。言ってる事も妙だが、ちひろがこっちに来る事を知ってるって事は尾行でもしてるのか?

 そんな事を考えながらメールを閉じると同時に屋上の扉が開いた。

 

「ハァッ、ハァッ……良かった、まだ居たね」

 

 息を切らして飛び出してきたのはもちろんちひろだ。

 わざわざ急いで来たって事はちひろも僕と同じように時間を指定されていたのかもな。

 

「何の用だ? まさか、駅前の中華屋に誘いに来たわけでもあるまい」

「……アンタに、教えてほしい事があるの」

「教えてほしい事、だと?」

「うん」

 

 ちひろは一度だけ深呼吸してから口を開いた。

 

 

 

「恋愛って何?」

 

 

 

「……すまん、質問の意図がよく分からないんだが……

 恋愛の定義を教えてほしいという事で良いのか?」

「うん。アンタの意見が聞きたい」

 

 定義か。また妙な事を……

 

「そうだな、答えが無いというのが答えになるだろう」

「はぐらかさないでちゃんと答えてよ!」

「はぐらかしてなどいない。これが最適解だ。

 何故なら、人によってその定義は異なるからだ」

「うわぁ、もっとスパッとした答えを期待してたのに、そんなんじゃ余計にこんがらがるじゃん!」

「文句を言われてもな、そうとしか答えられない。

 ある程度それっぽい共通点なら挙げられると思うが……そんな事をしてもつまらない一般論しか出せないぞ?」

「……一応教えて」

「ああ。『一緒に居たいという気持ち』とか『心から信頼しあえる関係』とか、そんな感じだな」

「……確かにつまんない、って言うか無難な答えだね」

「だから言ったろ」

 

 恋愛の形は十人十色だ。さっき挙げた無難な答えすら当てはまらない関係もあるからな……

 

「この答えに満足できないのであれば自分なりの定義を捜すしかない」

「……じゃあさ、桂木にとっての恋愛の定義って何?」

「それこそ愚問だな。僕は落とし神だぞ?

 たった一つだけ定義を決めてしまっては数多のゲーム女子たちに対応する事など不可能だ。

 ……強いて言うのであれば、攻略ヒロインに合わせた対応を取る事が僕の恋愛の定義……いや、違うな。これは攻略の定義か。

 改めて問われると意外と難しいな」

「神様を名乗ってるクセに分からないの?」

「ぐっ、言ってくれるな。そういう貴様はどうなんだ、ちゃんと答えられるのか?」

「分かんないからわざわざ訊いてるんだよ、バカじゃないの?」

「バカとは何だバカとは! こっちは真剣に考えてやってるんだぞ!」

「あ~、はいはい。真剣にやっててその程度なのね。崇めて損した~」

「むぐっ……」

 

「ふ、二人とも喧嘩は止めてください!!」

 

 突然エルシィが割って入ってきた。

 

「あれ? お前居たのか」

「居ましたよ! 最初から!!

 って言うか何でいつの間にか喧嘩になってるんですか!? お二人は喧嘩が趣味なんですか!?」

「はっ、何を言っている。 僕が楽しむものはゲームだけだ。

 それに、これは喧嘩ではない」

「いや、私自身が言うのもどうかと思うけど明らかに喧嘩だったよね?」

 

 ちひろとかいう現実(リアル)女がまたとんちんかんな事を言っているな。

 ならば良かろう、教えてやろう。

 

「争いというものは同レベルの物としか発生しない。

 よって僕は喧嘩などしていない!」

「……つまり、私がアンタより遥に低レベルだと?」

「ほう? よく気がついたな」

「アンタの言いたい事は分かったけど、一つだけ言わせなさい。

 何でアンタの方が上なのよ! アンタなんてただのゲームオタクでしょうが!

 って言うか、あんないっつもいっつもゲームばっかりやって、何がアンタをああまでさせるのよ!!」

「愚か者め、ゲームが楽しいからやっているに決まっているだろう!

 それ以外に理由など要らない!!」

 

「あ、あの、神様? そういう問題なのでしょうか?

 神様のご趣味は常軌を逸していると思うのですが……」

 

 またしてもエルシィが口を挟んできたので振り向いてその愚かな間違いを指摘する。

 

「趣味? エルシィ、何を言っているんだ?」

「はい?」

「ギャルゲーは趣味ではない、生き様だ!!

 ギャルゲーが楽しいから! ギャルゲーが好きだから! ギャルゲーを愛しているからプレイする!!

 それがゲーマーの生き様だ!!」

「そ、そうですか、はい」

 

 アホな事を言ったエルシィから視線を外して再びちひろに向き直る。

 この愚かな現実(リアル)女に僕の偉大さを思い知らせてやらなければと気合を入れ直す、が……

 

「ふふっ、あっはっはっはっ!

 なんだ、そういう事か」

 

 ちひろが突然吹っ切れたように笑い出した。

 

「おいどうした? ついに頭までおかしくなったか?」

「どういう意味よそれ!

 って、そうじゃなくて、アンタのおかげで答えが見つかった気がする」

「……あのやりとりでか?」

「うん。アンタは『楽しい』から恋愛(ゲーム)をするんでしょ?

 その答えで私は満足できたよ」

「こんなんで良かったのか? まあ、納得できたならいいが」

「うん、あともう一つだけ言いたい事があるんだけどさ」

「何だ?」

「あ~、えっと……ちょっとだけ待って」

「10秒だけなら」

「短いよ! せめて1分待ちなさいよ!」

「じゃあ1分で」

「……ふぅ」

 

 時間を与えられたちひろはたっぷり数十秒ほど深呼吸してからこう言った。

 

 

「私、桂木の事が好きだ」

 

 

 ちひろのそんな言葉を把握し、理解するのに冗談抜きで数秒かかった。

 

「ちょっと待て、一体なにがどうなったらそうなるんだ?」

「一緒に居て、一緒に話して、一緒に口喧嘩して、それが楽しいと思った。

 だから私は桂木の事が好きだ」

「いや、そういう事じゃなくてだな、って言うか脈絡もなく告白なんてするんじゃない!

 こういうのはちゃんとフラグを立ててだな……」

「あ~、そういうのは別に良いよ。今のは付き合ってほしいっていう告白じゃなくて、単純に自分の気持ちを伝えておきたかっただけだからさ。

 そもそも、私じゃあんたと付き合うには釣り合わないでしょ?」

「それは僕をバカにしているのか?」

「違う違う、私が力不足だって言ってるの。

 今回の事であんたの凄さがよく分かったからね。

 もしも今から付き合ったらきっと私はついていけない。自分で自分が嫌になる。

 だから、桂木でも出来ないような何か凄い事をやり遂げて、あんたの隣に立つのに相応しいんだって自慢できるようになって、そしてあんたの方から告白させる!」

「……そんな事ができるのか? お前に?」

「やるよ私は。教えてもらってばっかりだったけど私から一つだけ教えてあげるよ。

 恋する女子は最強だって事をね!」

「……フン、期待せずに待っておく」

「しっかり待ってなさい!

 それじゃあ、また明日ね!!」

 

 そして、ちひろが振り返って走り出すと同時に、駆け魂は現れた。



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輝きを目指して

「お疲れさま、桂馬くん」

「ああ、そっちこそ」

 

 ちひろが屋上から出るのと殆ど入れ替わりで入ってきた中川によって駆け魂は討伐された。

 僕が予想していた通り中川はずっとちひろの事を尾行していたようだ。

 

「今回の攻略は……何かもやもやするな。

 僕の知らない所で勝手に終わった感じだ」

「今回の攻略はある意味桂馬くんが一番苦手なタイプだったからね。仕方ないと言えば仕方ないかな」

「苦手? そりゃまあちひろが相手だからな」

 

 ゲームでは背景に居るようなモブっぽい奴だ。

 最初から言ってる事だが、属性が無い相手は攻略しにくい!

 

「桂馬くん、何かちょっと間違えてない?

 私が言ってるのは属性や個性が薄いってだけじゃないからね?」

「ん? どういう事だ?」

「ちひろさんね、最初から桂馬くんの事が好きだったんだよ」

「……はぁ? そんなわけないだろう。

 むしろ嫌われてただろうが」

「『好きと嫌いは変換可能』なんて言ってたのはどこの落とし神様だったかな~?」

「い、いや、それとこれとは話が違う!」

 

 アレはあくまで悪印象を与えるイベントでも好印象に変える事ができるという意味であって、決して険悪な奴と仲がいいという意味ではない!

 

「ううん、違わないよ。

 本当に仲が悪かったらそもそも桂馬くんに恋愛のアドバイスなんて受けないし、色々と細かい桂馬くんに3日間も付き合ってられないよ」

「それは……そうかもしれんが……いや、だからといってだな」

「恋愛の形は人それぞれなんでしょ?

 ちひろさんは桂馬くんに軽く悪口を言って、そして桂馬くんからも適当に悪口が返ってくる。そんな関係を楽しんでたんじゃない?」

「……ゲームでそういう関係のキャラが居ないとは言えないが……」

 

 そういうパターンになるのは幼馴染みキャラとかが多いんだが……まあいい。

 

「とりあえずそれは置いておいてだ、仮に僕が好きだったなら何で他の男たちに告白してたんだ?」

「自棄になったから、だと思うよ。いや、思ってたよ」

「今は違うのか?」

「要素の一つではあると思うけど、桂馬くんが見つけた『才能への嫉妬』は見抜けなかったかな」

「なるほどな。

 自棄になったっていうのは……なるほど、『ちひろは最初から僕の事が好きだった』という前提であれば心当たりがあるな。

 お前やエルシィとの同居か」

「心のスキマに止めを刺しててもおかしくない要因だと思うよ。

 エルシィさんはまだ妹だけど、従妹って設定の私なら一応結婚までできるし」

「ただの同居人であって何とも思ってないと言っておいたはずなんだがなぁ……」

 

 美人の肉親が家に押しかけてきて、攻略ヒロインが嫉妬するというのは割とお約束の展開だ。

 そして大抵の場合、弁解するのに1回のイベントでは終わらず何回か話す必要がある。

 

「仮に桂馬くんが心の底から何とも思ってなくても、従妹の西原さんがどう思ってるかはちひろさんには全く伝わらないからね。

 桂馬くんがいくら否定しても安心はできなかったと思うよ」

「確かにな。それで、お前はあいつに何をしたんだ?」

「西原さんがどういう人物かを見せるのが最優先だったよ。何にも知らないと不安ばっかり集まっていくからね。

 次に、西原さんが桂馬くんの事を何とも思ってないように見せる事。

 あとはちひろさんは自分の恋心を自覚してるか怪しかったから、その辺もちょっと突ついてみたかな」

「具体的に何をしたんだ?」

「お悩み相談に乗って、『桂馬くんが好きなんでしょ?』って真っ正面から聞いただけだよ」

「……確かに効果的な方法だ」

 

 前提が合っているなら、という前置きが付くがな。

 だが、結局上手く行った以上はきっと合ってたんだろう。信じがたいが。

 

 

 

「かみさま~、ひめさま~、そろそろ帰りましょうよ~!」

「……そうだな、反省会はこんなもんでいいか」

「うん。帰ろっか」

 

 

 

 

 

 

  ……そして、翌日……

 

 

「おっすエリー! バンドやろうぜ!」

「え? ばんどですか? ばんどってなんですか?」

「おい、そっからか……いいかエリー、バンドってのはな……」

 

 ちひろが教室に入ってくるなりこんな事を言い出した。

 昨日言っていた『自慢できる事』か? まさかバンドの経験があったんだろうか?

 

「す、凄いですちひろさん! 何かカッコいいです!

 ちひろさんはギター弾けるんですよね! まるで軽音部みたいです!」

「いや、実はまだあんまり弾けないし、活動はまるでじゃなくて軽音そのものなんだけど……」

 

 おい、弾けないのかよ。

 

「え? 弾けないのにバンドやろうと思ったんですか?」

「まあね~。でも、やるからには全力でやるよ。

 私でもこんな事ができるんだぞって自慢できるようなバンドを作るよ!

 というわけでエリー、バンドやろうぜ!」

「あ、ありがとうございます! 私、軽音ってやつを極めてみたかったんです!」

 

 何でバンドという答えに辿り着いたのかは知らんが……まぁ、心のスキマも埋められたようだし良かった。

 

「どーだ桂木、凄いだろ!」

 

 何故か近くでゲームしていただけの僕に声がかけられた。

 記憶、ちゃんと無くなってるんだろうな?

 

「……フン、浅はかだな。バンドを始めたいと言うだけなら誰にだってできる」

「何だと!? 言うだけじゃないもん、日本一のバンドにしてやるんだから!」

「……ま、やるだけやってみりゃあいい。目指すのは自由だ」

「あーやってやるさ! エリー、今から特訓だよ!」

「え? 今から授業ですよ!?」

「授業と特訓、エリーはどっちが大事なんだ!」

「うぇっ!? えっと……と、特訓です!」

「いや、授業の方が大事だからね!? そこでボケないで!!」

 

 前途多難だな。

 そもそもバンドをやるのには2人じゃ足りないと思うが……

 ま、様子見だけはしておいてやるか。

 ちひろなら、きっと上手く行くさ。






これにてちひろ編終了です。
原作で後の方で分かる設定「ちひろは以前から桂馬が好きだった」という事と、本作のかのんの存在を利用して話を組み立ててみました。

この話を書いていて少々気になる事がありました。
メタ的な意味まで含めて、ちひろは果たして本当に桂馬の事が好きだったのでしょうか?
原作者である若木先生は時にかなり柔軟に物語を展開する技術を持っています。女神の宿主を女神編直前に変えたなんてエピソードもあるようです。
件の設定も実は公開される直前に生まれた可能性も……?
まぁ、一読者である僕や皆さんには判定する事など不可能ですし、そうだったからといってだからどうしたという話なんですけどね。

では、恒例の暇つぶし企画です。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=143614&uid=39849

あと、今回やったらこの企画はしばらく休みます。

次回はハクア編です。リアルの方が少々忙しいのでいつ投稿できるかは分かりませんが……なるべく早く上げられるよう頑張ります。
では、次回もお楽しみに!


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地区長来る
プロローグ


 この『駆け魂狩り』とかいうクソゲーはプレイヤーの事情なんかお構い無しにやってくる。

 

 最初は空から降ってきた自称悪魔に何かやらされ、

 2人目は何か相棒から湧き出てきて、

 3人目は平和を満喫しようと教室に入った瞬間にセンサーが鳴り、

 4人目は一仕事終えていざ帰ろうという時に割り込んできて、

 5人目は軽音部の見学に行ったはずのエルシィが何故か吹奏楽部から見つけてきて、

 6人目はセンサーを回収して一安心した瞬間にやってきた。

 

 こういった事故を回避する為にはどうすれば良いのだろうか?

 1~3人目の遭遇回避は流石に無理だとしてもそれ以外は気をつけていれば何とかなったはずだ。

 決して人の多い所に寄り道せず、

 エルシィとかいうバグ魔を野放しにせず、

 僕がセンサーを預かる時は可能な限り人との接触を避ける。

 分かりやすい対処としてはこんな感じだ。

 

 その一環として、昼休みは常にエルシィと一緒に屋上で昼食を取っている。

 実はいつも通りなんだが、昼休みの行動としてはこれが最適解だろう。

 そもそも人と接触しなければ駆け魂なんて見つけようが……

 

ドロドロドロドロ……

 

「おいっっ!!!」

「あれ?」

 

 おいふざけるな! 何でこんな誰も居ない場所でセンサーが反応するんだ!!

 と、文句を言う前にセンサーは鳴り止んだ。

 

「き、消えちゃいましたね……」

「誤作動か? ったく、人騒がせな……」

 

 一瞬かなり焦ったが、ただの故障だったのだろう。

 気にせず昼食を再開……

 

「そこっ! どいて!!」

 

 誰も居ないはずの屋上に聞き覚えの無い声が響き渡る。

 いや、誰も居なかったと言うべきか。声の聞こえた方向、上を見上げると何者かの人影が見えた。

 その人(?)は羽衣のような布、と言うか羽衣そのものを纏い、大きなビンと物騒な鎌を持ってこちらに突っ込んできた。

 

「え? わ、わぁっっ!」

 

 そして、そのビンの中にエルシィが吸い込まれた。

 

 このイベントは……定番のアレだな。

 駆け魂隊がそこそこ大きな組織であることは想像が付いていたのでいつかは来るとは思っていたが。

 とりあえず……ゲームしながら様子を見るか。

 

 

「あーもう、絶好のチャンスだったのに!

 ってあれ? あんた、エルシィじゃないの?」

「え? あれ、は、ハクア!?」

「勾留ビンの中に自分が入るなんて、お前授業でも同じ事やってたわよね」

 

 

 案の定と言うべきか、あのハクアとやらはエルシィと同じ悪魔のようだな。似たような羽衣を身につけて空を飛んでる時点でほぼ断定していたが。

 授業ねぇ、地獄にも学校みたいなのはあるんだな。

 エルシィの授業の様子を知っているという事は同級生なのか、あるいはエルシィのポンコツっぷりが学校中に広まってるかだな。エルシィの態度を見る限りでは前者だろう。

 

 

「は、ハクア……ハクア!」

「ちょ、離れて!!」

「キャー!」

 

 

 さっきまで空中に漂っていた勾留ビンとやらが屋上の床に落とされた。

 ゴンッという鈍い音がしたが、中に居るエルシィは……まあ大丈夫か。あいつ悪魔なだけあって無駄に頑丈だし。

 

 

「エルシィ、私たちはもう一人前の公務魔なのよ? もう少しキリッとしたらどう?」

「ハクア~! 久しぶりだね~!」

「ああもう、全然成長してないわね!」

「なつかしいな~! 高等中学校の卒業式以来だね!」

 

 

 高等、中学校? おい、どっちなんだ?

 そう言えばエルシィは300歳を越えてたな。日本の、と言うか地球の教育の仕組みとはかなり異なってそうだ。

 かけられる時間も違うなら学ぶ内容も違うんだろう。

 

 

「あっ、その羽衣! ハクアも駆け魂隊なんだね!」

「ちょっと待って、『も』じゃないわ。

 この腕章が見えないの?」

「そ、それはっ! ま、まさかっ!」

「そう、討伐隊極東支部第32地区長ハクア・ド・ロット・ヘルミニウム!

 こう見えて、私は地区長なんだから!」

「わぁ、凄い! 流石はハクアだね!!」

「ふふん、握手してあげても良いのよ?」

「わ~い、ありがとうございます! 地区長!」

 

 

 当然といえば当然だが、階級があるんだな。あの腕章は地区長の証と。一応覚えておこうか。

 地区長か。エルシィが現場の上司の名を知らないほどの無能なのか、それとも単純に別の地区からやってきたのか。

 流石に後者だと思うんだが……エルシィだからなぁ……

 

 ……ん?

 

 

「あっ、私の協力者(バディー)を紹介するね!

 この人! 神様!!」

「え? 悪魔なのに神が協力者なの?

 って言うか、普通の人間じゃないの」

「か、神様は凄いんだよ! た、例えば……えっと……」

「とてもそうは見えないけど?

 まあいいわ。そこの人間、握手してあげても良いわよ」

「ふんっ!!」

 

 地区長が何かホザいてるが、そんな事は気にせずPFPを掲げる。

 

「わっ、な、何なの!?」

「チィッ、電波が悪い。てやっ!!」

 

 うちの学園の屋上は電波が絶妙に悪い。

 全く電波が来ないなら諦めて別の場所に行くんだが、繋がるときは繋がるから諦めきれない。

 

ピコン

 

「よぉっし! 繋がった!!」

 

 今僕がやってるゲームには『ヒロインの誕生日の12時キッカリにネットに繋ぐと発生する』とかいうふざけたイベントがある。

 全く、せめて別の時刻でも良いようにしてほしいものだ。この会社のゲームはもう買わん。通常版しか。

 

 

「プッ、あははははっ! 確かに凄い人ね、エルシィ」

「うぅぅ~、神様のバカ!」

「お前もとことん不幸ね。

 あんな協力者じゃ駆け魂集めも大変でしょ? 何匹集めた?」

「え? えっと、その……他の人の成績とかよく分からないから私のが良いのか悪いのか分かんないけど……」

「ごにょごにょ言ってないで教えてよ」

「う~んと……は、ハクアはどうなの?」

 

 

 駆け魂の討伐……はエルシィだけの特例で本来は捕獲だったか?

 他の悪魔の捕獲の状況は聞いておきたいな。

 

 

「え、えっと……

 じゅ、10匹……かな」

 

 

 おい、随分と不安気だな?

 

 

「す、凄いねハクア! 私なんかまだ6匹だよ~」

「え!? ろ、6匹も捕まえたの!?」

 

 

 正確には捕まえてないんだが……まあそこは置いておこう。

 って言うか驚きすぎだろこの地区長。まさか……

 

 

「え、エルシィったら、見栄張らなくても良いのよ?

 駆け魂を1匹でも捕まえるのは大変なんだからお前なんてゼロ匹でも不思議じゃないのよ。

 これだけの期間で6匹って、悪魔重勲章が貰えるレベルじゃない」

「え!? あ、悪魔重勲章!? ほ、ホントに!?」

 

 

 どうやら僕達はかなり優秀な成績らしいな。

 悪魔重勲章とやらが名ばかりのハリボテで無ければだが。

 

 

「あっ、そ、それじゃあハクアは勲章が大体2つだね!

 やっぱりハクアは凄いや!!」

「そ、そうね。うん……」

 

 

 これだけのたった数分の会話でも色々と有力な情報が手に入ったな。

 この様子だと他にも色々と情報を握ってそうだな。できれば聞き出したいが……

 

ドロドロドロドロ……

 

 再びエルシィのセンサーが鳴る、が、ハクアのセンサー(エルシィと同様のドクロの髪留め)は鳴っていない。

 つまり、駆け魂の感知ではなく通信機の方か?

 そう結論付けた直後にセンサーから声が響いた。

 

『エルシィ、聞こえているか?』

「えっ、室長!? どうしたんですか!?」

『緊急の用件だ。

 駆け魂がそっちの方面に逃げた。早急に処分してほしい。

 他の地区のバカがスキマから逃げた駆け魂を捕獲するのに失敗したらしい。

 しかも、スキマに入ってる間にかなり力を溜め込んだようだ。

 いつもより危険な相手だ。用心して取りかかってくれ』

「りょ、了解しました! 失礼します!」

 

 そう言ってエルシィは通信を切った。

 どうやら、今日もまた面倒な一日になりそうだな。







というわけで、駆け魂討伐数が6になったのでハクア編に強制突入です。

念のため言っておくと高等中学校は原文ママです。
原作を最初に読んでた時は駆け魂隊に入る直前まで2人が同級生だったと勝手に思ってたんですが、良く考えたらせいぜい中学くらいまで一緒で高校や大学だと別だった可能性もあるんですよね。地獄の時間感覚から考えると100年振りくらいであってもおかしくないかも……
地獄の教育課程は一体どうなってるんでしょうかね?
実は下等小学校から上等高校まで9段階くらいあったりして……?


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01 地区長のごまかし

 どうやら心のスキマから追い出された駆け魂がこの近くに逃げこんだらしい。

 僕の担当は心のスキマから追い出すまでで、討伐なら中川、捕獲なら他の悪魔の担当なんで本来僕は何もしなくても良いんだが……

 中川は今は仕事で学校には居ないし、バグ魔と地区長だけに任せるなんてとてもじゃないが安心できない。

 もし駆け魂が再び誰かの心のスキマに隠れたら……僕の仕事になるんかなぁ? それだけは避けたい。

 

 

「そう言えば、さっきセンサーが鳴ったよ?

 もしかしたら逃げ出した駆け魂が通り過ぎたのかもしれない!」

「そうね。まったく、どこのバカが逃したのかしらね」

「ハクア! 一緒に探そう!」

「ヤダ」

「へ?」

「私、地区長よ? ヒラの悪魔の手なんか借りないわ!」

 

 

 そう言って、ハクアは飛び立った。あいつ、ここの地図とか分かるんかな?

 

 おっと、これは……

 

「か、神様! 私たちも……」

「くそっ、また電波が悪くなった!

 あと30分以内にまたイベントが来るというのにっ!!」

 

 エルシィを無視して電波の良い場所を捜す。

 やはり屋上では無理か?

 

「うぅぅ~、神様のバカー!!」

 

 そう言い放ってエルシィがどこかへ駆け出した。

 まぁ、上手いこと分かれて探せば良いんじゃないかな。

 僕はさっさとホットスポットを探そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆け魂は心のスキマを求めて人の多い場所に引き寄せられる。

 となると、やっぱりこの学校から探すのがセオリーね。

 でも……

 

「この学校広すぎるのよ! どこ行っても同じような構造だし!!」

 

 こ、これは道に迷ったわけじゃないわ。この学校の構造が異常なのよ!

 それにしても、この広い学校をしらみつぶしに捜すのはちょっと面倒ね。何とかならないかしら。

 せめてそれっぽい場所をエルシィに聞いておけば……いやいや、エルシィなんかに頼らなくても、私は自分の力だけでちゃんと捕まえられる!

 

 

「その様子を見る限りだと、どうやら苦戦しているようだな」

「なっ、誰!?」

 

 声のした方へと振り向くとエルシィが『神様』とか紹介していた人間が居た。

 その手にはPFPとかいうゲーム機を持っていて、緊張感が一切無い。

 

「アンタ、状況分かってる? 呑気にゲームしてないでエルシィの所に……」

「よっし、イベント回収完了っ!!

 で、エルシィの所に行けだと? そんな無駄な事はしない」

「どういう意味よ」

「機動力という一点でエルシィは僕を遥に上回っている。センサーもあいつが使った方が効果範囲は一応広い。

 この学校の地理も把握しているし、僕が一緒に居る意味が無い。

 駆け魂に関する知識も……僕より少ないという事は無い……はずだ」

「……最後、随分と自信無さげね」

「エルシィだからな」

「……人間に同意するのもシャクだけど、心の底から同意できるわ」

 

 流石に人間以下という事は無いと信じたいけど……エルシィだからね。

 

「そんな事より、僕にはお前の方が手助けが必要に見えるが?」

「何バカな事言ってるのよ。私はエルシィなんかとは違う上級悪魔なのよ? 人間なんかの手なんて借りないわ」

「あ~、お前みたいに属性がハッキリしてるキャラを見ると癒されるな~。ちひろとは大違いだ」

「何の話よ!」

「それじゃあ手始めに一つ教えておいてやろう。

 

 そうやって人間を見下しているから駆け魂を取り逃すんだ」

 

「なっ、何を言ってるのよ! 冗談言わないで!」

 

 私が驚いたのは根も葉もない言いがかりを付けられた事……ではない。

 

「ん? 違ったか?

 協力者を放置して自分で勝手に動いてたから、心のスキマを埋める時に立ち会えずに駆け魂を取り逃したんじゃないのか?」

「ふざけないで! 大体、何の根拠があって……」

「お前は室長からの命令が来る前から何かを追っていた。

 逃げ出した駆け魂は随分と物騒らしいじゃないか。何故そんな危険をエルシィに伝えなかった?

 お前が追ってたのはその駆け魂なんだろう?」

「それは……違うわ。私が追ってたのは別の……」

「お前が勾留ビンを構えていた時点で駆け魂かそれに近いものを追っていたのは間違いないだろう。

 別の駆け魂だったとしてもある程度の危険がある事に変わりは無い。現場で働いているエルシィへの連絡を怠る意味は無いな」

「っ、……私が追っていたのは別の弱い駆け魂で、エルシィに伝えなかったのは極秘の任務だったからよ!」

 

 な、何なのよこの人間っ! 最初会った時と全然違う!!

 この人間が言ってる事は全部合ってる。けど、認めるわけには行かないのよ!

 これで何とか凌げたはず!

 

「……まぁ、一応話の筋は通っているな」

「当然よ!」

「弱い駆け魂の為にわざわざ地区長が自分の担当地区をほっぽり出してるとか、強い方の駆け魂の件でお前みたいな()()()悪魔には室長からの通信が来なかったとか、色々と疑問点はあるがギリギリ納得できる」

「……ええ」

「それじゃあ、室長に文句言うか」

「え?」

「だってそうだろ? お前の話だと今この学園には2体の駆け魂が居る。

 弱い方の駆け魂を捕まえて安心してたら強い駆け魂が暴れたなんて事になったらシャレにならんぞ?」

「それは……そうだけど……」

「全く、現場と上でのほうれんそうはちゃんとしてほしいもんだ。

 ……という名目で僕がお前たちの上司に問い合わせたら真相はハッキリするんだが、どうする?」

 

 勝手に問い合わせでもなんでもすればいい! 何て事は私には言えなかった。

 そこまでされてごまかせるほど駆け魂隊は雑な組織じゃない。

 

「くっ、アンタ、私をどうしようって言うの!?」

「安心しろ。この件をエルシィに言うつもりもなければ他の悪魔に教える気も無い。そもそも知り合いの悪魔なんてエルシィ以外居ないしな。

 ただ僕は、情報が欲しいだけだ。僕達が参加させられたこの駆け魂狩りとかいうクソゲーのエンディングに辿り着く為の情報をな」






原作のあのシーンでは桂馬がハクアを完璧に論破しますが、『逃げ出した駆け魂とは別の駆け魂を探していた』という筋書きにすれば一応矛盾はしないです。他にも矛盾しない筋書きは考えられるかもしれませんね。
もっとも、これは桂馬の詰めが甘かったとかいう話ではなく余計な話をでっち上げられないように一気に畳み掛けた桂馬が巧妙だったという事でしょう。


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02 地区長の実力

 僕が求める情報の対価としてひとまずハクアの駆け魂探しを手伝ってやる事にした。こいつの性格を考えると脅して聞き出すんじゃなくて貸しを作ってから聞き出す方が色々と得だろう。脅迫なんて僕の性に合わないしな。

 

「逃げ出した駆け魂ってのはどういう風に動くもんなんだ?」

「基本的には人の多い所に集まるわ。そういう場所に案内してちょうだい」

「人の多い所か。そうだな……」

 

 授業中なら各教室の人の数はほぼ同じ、せいぜい体育館とか校庭で複数クラスの合同授業をする時くらいしか人が偏らないが、幸いな事に今は昼休みだ。

 自然と人の集まる場所は出てくる。

 出てくるんだが……

 

「まあいいか。とりあえず中庭に行くぞ。こっちだ」

 

 

 

 

 中庭は学食や外パン(オムそばパン専門の売店)といった場所への通り道であり、いくつかベンチも置かれているのでそこで休憩して昼食を取る人も居る。

 学校で一番人が集まる……とは断言できないが、かなり上位の場所である事は間違いないだろう。

 

「へ~、確かに人が居るわね」

「だが、センサーに反応は無いようだな」

「そうね。ちょっと待ってなさい」

 

 ハクアは羽衣を操ると自分の正面にかざした。

 半透明な羽衣は向こう側の景色を映しているが、人の動きが違った。

 

「これは何だ?」

「今から30分前の映像を映し出してるの。駆け魂の痕跡が残ってるかもしれないわ」

「へ~、そんな事もできるのか。悪魔の力ってのは凄いな」

「まぁ、エルシィには無理でしょうね。私は優秀な悪魔だから」

「優秀だったら駆け魂逃したりしないだろ」

「うぐっ、あ、あれはたまたまよ! たまたま!!」

 

 これ以上いじってもしょうがないのでそういう事にしておこう。

 

「ところで、駆け魂は人の多い場所に集まるっていうのは心のスキマを探しているからって事なのか?」

「それもあるけど、今回は駆け魂がかなり成長してるから体の大きさに合うスキマなんてそうそう無いわ」

「ん? じゃあ何で……いや待て、もしかして、負の感情を摂取する為か?」

「ご名答。人間や新悪魔が食事を取らないと生きていけないように、あいつらも栄養が無いと消えちゃうからね」

 

 肉体が無くても栄養を必要とするんだな。

 しかし、新悪魔か。気になる単語が出てきたな。

 おそらくはエルシィやハクアは新悪魔で駆け魂は……旧悪魔って事か?

 その辺の事も後でしっかり訊いてみるか。

 

「う~ん、痕跡は見あたらないわね」

「駆け魂の目的が負の感情なら、もっと負っぽい場所を探した方が良いんじゃないのか?」

「負っぽい場所って何よ」

「そうだな、例えば……」

 

 

 

 

 

  ……校舎裏……

 

「アァ? 何見てやがんだ、コロすぞ!」

 

 そこに居たのはいかにもテンプレなロン毛の不良とその取り巻きだ。

 役割的にはパセリみたいなもんだろう。

 

「う~ん、こいつらは存在自体が負なだけで感情のエネルギーは大したことは無いわ」

「なるほど、深い話だな」

「アァ!? 喧嘩売ってんのかぁ!?」

 

 その後不良たちは特殊警棒やらバタフライナイフやらを操って攻撃してきたが、ハクアに返り討ちにされていた。

 

 

 

「じゃあ次は……あそこ行ってみるか」

 

 

 

 

 

 

 

  ……野球場……

 

 野球場では試合が行われていた。

 うちの野球部と他校との練習試合のようだな。

 9回の表、守備は舞島、攻撃側のチームは……世紀末学園か。

 

 純白のユニフォームを身に纏う投手の男はいかにも熱血少年漫画の主人公といった風貌だ。

 きっと逆転のチャンスがある限りは何百点差が付いていようと諦めず、両腕を骨折しようともマウンドに立ち続けるのであろう。そんな闘志を感じる。

 

 対する打者はいかにも悪人面だ。あれで肩パットにモヒカンを付ければ世紀末で爆散するモブキャラそっくりになるだろう。

 まぁ、試合中だからそんなものはつけておらず、普通に真っ黒なユニフォームと真っ黒なヘルメットを着けているが。

 

 2人は静かに火花を散らしていたが、熱血主人公(投手の男)が口を開いた。

 

「……ノーアウトフルベース、ボールカウント2ー3。

 これだ、これが逆境だ!

 だがしかし、このピンチを乗り越えてこその漢!

 否っ!!

 ここで敗れるようでは甲子園など夢のまた夢!!

 言わばこの一球こそ! 全ての始まり!!

 頼むぞ!! 俺の漢球(オトコダマ)ぁぁ!!!!

 うぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 熱血主人公から、裂帛の気合とともにボールが放たれた。

 そのボールはまるで意志を持つかのようにキャッチャーミットへと一直線に向かう。

 いや、実際にそのボールには魂が込められていたのだろう。ボールの表面に顔のような模様が浮かび上がり、その身が熱血主人公の分身である事を如実に語っていた。

 

 対する打者の世紀末男はその闘志に恐れおののいたのか黙り込んで微動だせずバットを構えているだけだった。

 彼が再び動いたのは、ボールがミットに入るほんの少しだけ前だった。

 

「オラァッ!」

 

 基本に忠実なフォームでバットが振り抜かれる。

 そして良い音を響かせてボールを遙か彼方へと葬った。

 

 

 

「な、ば、バカな……」

 

 熱血主人公は目の前の出来事が信じられないように、いや、信じたくないかのようだった。

 だが、彼1人の為だけに試合を中断する事などなく、試合は無情にも過ぎて行った。

 常人なら諦めてしまうであろう逆境でも、彼は全力で投げ続けた。

 しかし、どの球も全て遙か彼方へと打ち返されるのだ。

 たとえどれだけ闘志があろうとも、舞島学園野球部の勝利は絶望的だろう。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、うちの野球部にはいつも負のオーラが流れている」

「ただ単に弱いだけじゃないのよ!!」

 

 うちの投手、ストレートしか投げられない上にそんなに球速が速くないからな。ボールの落書きが見えるくらいって相当遅いだろ。

 

 ここもダメだったか。それなら……






リョーくんの武器は原作だとバタフライナイフですが、アニメ版だと特殊警棒に変更されてます。テレビ的な事情なんでしょうね。
本作では二刀流……なのだろうか?


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03 地区長の予感

  ……旧校舎裏 シアター……

 

「ここは?」

「劇場だよ。

 うちの学校、10年くらい前に立てなおしたんだけど、こうやって一部の建物は古いまま残ってるんだ」

 

 古い建物と言ってもボロボロというわけではなく、普通に実用に耐えうるものだ。

 まぁ、へんぴな場所にあるんで使われる事は殆ど無いが。

 

「元々は墓地だか古戦場だかで、お化けが出るんだとさ」

「お化けって、居やしないわよそんな漠然としたもの」

「本物の悪魔に言われちゃ世話ないな」

 

 こういう噂って一体誰が流すんだろうな。

 ……ちひろとかなら普通に流しそうだな。

 

「それじゃ、行くぞ」

 

 扉はギギギギと木が軋む音を立てる。

 雰囲気だけはおどろおどろしいな。

 

 建物の中は薄暗く、夏も近い時期だというのに空気は冷えきっている。

 人の気配は感じられない。

 

「い、言われると、多少不気味ね」

「人通りという意味では大して居ないだろうが、負の感情、マイナスのイメージが集まる場所だ。

 ここに居てくれると助かるが……」

 

ドロドロドロドロ……

 

 ハクアのドクロの髪留めが反応した。どうやら正解のようだな。

 

「反応あり! ここからは気を引き締めていくわよ。

 さぁ、私にしっかり付いてきて……」

「おいおい、何を言ってるんだ。僕はもう帰るぞ」

「え? ちょ、な、何で行っちゃうのよ!?」

 

 何でと言われてもだな……

 

「ここから先で僕が居ても何の役にも立たないだろ。

 駆け魂を捕まえるのはお前たちの仕事のはずだ」

「そ、それはそうだけど……あ、ホラ、私ここの構造とか良く分からないし……」

「僕もそこまで詳しいわけではないし、駆け魂の大体の方向さえ分かってりゃ十分だろ。

 それとも、初めての駆け魂の捕獲で不安なのか?」

「っっっ!! あ、アンタッ、どうしてそれを!?」

「お前の態度を見て分からないのはアホのエルシィくらいだ。

 と言うか、10匹も駆け魂を捕まえるベテランなら駆け魂を取り逃すなんてヘマはしない」

「う、ぐっ、わ、悪かったわね!」

 

 エルシィの口ぶりからするとハクアは学校では有能だったらしいが……

 学校の勉強に実戦の成果が伴わないっていうのはよくある展開だよな。

 

「仕方あるまい。お前の成績なんてどうでもいいが、ここで何かミスされて皺寄せがこっちに来るのも癪だ。

 一応手伝ってやろう」

「っっ……て、手伝わせてあげるわ。感謝しなさい!」

「はいはい。それじゃあまずはエルシィに連絡を……」

 

ドロドロドロドロ……

 

「今度は通信だわ! もしもし!?」

 

 着信音に続けて響いたのはエルシィの声だった。

 

『ハクア! すぐに来て! 駆け魂を見つけたんだけど、大変なの!!』

「……どうやら、連絡の手間は省けたようだな」

『あれ? 神様も居るんですか!?』

「ああ。あとエルシィ、人を呼ぶなら場所を言え」

『あ、はい! 旧校舎裏の劇場です! すぐ来てください!!』

 

 それだけ言って通信は切れた。

 

「どうやら先を越されたようだな。天然というのは恐ろしい」

「ボサッとしてないですぐに行くわよ!! こっち!!」

 

 近くの大きな扉を開いて飛び込む。

 そこに居たのはエルシィと……巨大な駆け魂だった。

 

「エルシィ!!」

「ハクア!? 近くまで来てたの!?」

「ええ。それよりコイツは……」

 

 駆け魂は大きな講堂を埋め尽くすような大きさだ。危険だ危険だと言っていたが、今まで見た駆け魂とは格が違うのがよく分かる。

 周りをよく見てみると倒れている生徒が多数居た。こんな場所に偶然来たとは思えないが……もしかして人を集める能力でもあったのか?

 

「この駆け魂、1人分のスキマじゃ足りないから数で稼いだんだ」

「そうみたいね」

「これって、もしかして魂度(レベル)3じゃないかな? こんなの実習でもやったことないよ。

 どうしようハクア!」

「どうしようって言ったって……やるしか無いでしょ!

 行くわよ! 勾留ビン!!」

 

 ハクアが巨大なビンを駆け魂に向かって構える。

 そして、駆け魂のガスのような身体をビンの中へと吸い取っていく。

 あれがエルシィは使えないっていう拘束具か。使う所は初めて見るな。

 

「凄いハクア! これなら簡単に捕まえられるね!!」

 

 おい! フラグ立てるな!! 嫌な予感がしていたにも関わらずわざわざ黙っていたというのに!!

 

「ふふん、まあ私にかかればこの程度は当ぜ……キャッ!」

 

 突然、周りでたおれていた生徒たちがゾンビのように起き上がり、ハクアに体当たりをした。

 その衝撃で勾留ビンは地面に落ち、吸い込まれていた駆け魂の身体は抜け出してしまった。

 

『ツカマラナイ』 『ツカマラナイ』……

 

 ……『ツカマラナイ』  『ツカマラナイ』……

 

 ゾンビのような生徒達からはブツブツとつぶやいている。

 これは……駆け魂に操られているのか? こいつはこんな事までできるのか?

 

「ハクア! 生徒さん達が!!」

「くっ、駆け魂さえ捕まえれば元に戻るわ!!

 エルシィ、コイツらを抑えて!!」

「う、うん! 抑えたよ! ハクア!」

 

 エルシィは、体を張って一生懸命抑えてる。

 

「って、何やってんのよ!! これだけ数が居るんだから羽衣使いなさいよ!!」

「ええっ!? これだけの人数を抑えるの、私には無理だよ!!」

「ああっ、もう!! 羽衣の複数制御なんて初歩中の初歩でしょうが!!」

 

 そんな感じでもたもたしているうちに駆け魂は天井を突き破って逃げ去った。

 周りの生徒たちも再び動きを止めたようだ。

 

 あの駆け魂は人を操る能力を持っている?

 あれだけ沢山の人間の妨害を抑えて駆け魂を捕獲、あるいは討伐する必要がある。

 逃走を防ぐ手段も必要……厳しいな。



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04 駆け魂の能力

「もうっ! 何やってんのよエルシィ!」

「ご、ごめんハクア……」

「もういい。エルシィ何かには頼らない。私1人でやるわ!」

 

 勝算があっての発言……では無さそうだな。

 ただ単にムキになってるだけだろうが一応訊いておくか。

 

「おい、1人で行って勝算はあるのか?」

「っ、エルシィと一緒に行くよりはマシよ!」

「頭を冷やせこのバカ。闇雲に突っ込んだところで何も改善しないぞ。

 僕は『勝算はあるのか』と訊いてるんだ。あれだけの数の妨害を凌ぎながら駆け魂を捕まえられるのか?

 1人で何とかなる方法があるなら是非とも教えてくれ」

「方法なんて関係ない! これは私がやらなきゃいけないのよ!!」

 

 ハクアはそう言い放って駆け魂が逃げた穴から飛び出して行ってしまった。

 あいつ、完全に周りが見えていない、いや、認めたくないんだろうな。

 

「エルシィ、急いで追いかけろ」

「え~、でもハクアは1人でやるって……」

「何だってあのアホに従う必要がある。

 あとエルシィ、結界術を使わなかったのは何か理由があるのか?」

「結界ですか? 何でですか?」

「……僕達は遠くから逃げ出してきた駆け魂を追ってるんだぞ?

 場所が分かった時点で結界を張って再び逃げられないようにするのは当然の事だと思うが?」

「……ああああ! 神様頭良いです!」

「お前がアホなんだよ!!

 あと、結界であの駆け魂だけを閉じこめれば、他の生徒への干渉は防げたんじゃないのか?」

「うーん……それはちょっと難しいかもしれませんね。

 生徒さん達と駆け魂は繋がっていたので、それを分断するように結界を張るのは抵抗を受けます。

 力技でやってやれないことは無いかもしれませんが……強引にねじ切ると生徒さん達の心に悪影響が出るかもしれません。

 最悪の場合は心が壊れるかも……」

「そうか。そう都合良くは行かんか」

 

 生徒たちを切り捨てれば可能という意味でもあるが……そんなバッドエンドは僕には不要だ。

 だがやはり手数が足りない。中川を呼ぶぞ。

 ……呼べれば良いんだがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……反応、無し。逃げられた?

 またやり直しなの……?」

 

 駆け魂が逃げた穴を通じて屋上まで辿り着いたけどセンサーの反応は無し。

 周囲を見回しても目視できる範囲にそれらしき影は無かった。

 

「そんな……あんなに苦労して捜して、ここまで追い詰めたのに、またやり直しなの……?」

 

 どうして、こう上手く行かないんだろう?

 学校の模擬捕獲ではいつも一番の成績を出してたのに、人間界(こっち)に来てからはてんでダメだ。

 駆け魂隊に任命された時は凄く誇らしくて、今まで通りに一番の成果を上げてやる。そう思ってたのに。

 上から決められた協力者(バディー)は凄く頼りない。

 自分で駆け魂攻略をしようかとも考えたけど、悪魔による手出しは原則禁止だ。それ以前に人間の心なんて私には分からない。

 何かの偶然でようやく出てきた駆け魂にも逃げられて、こんな事になってる。

 

 私は皆の期待に応えて、一番の成果を上げなきゃいけないのに!

 こんなはずじゃない、こんなはずじゃ無かったのに!!

 

 

 その直後、センサーが鳴り響き、そして、私の意識は暗い闇へと沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドロドロドロドロ

 

「か、神様! 反応が!!」

「何だと? どこだ!」

「上の方……屋上です!!」

 

 センサーの圏外に行った後に戻ってきたのか、それとも最初からその辺に居たのか。

 駆け魂自体がセンサーから逃れる為に力を抑える……みたいな事ができてもおかしくはないが。

 っと、その辺は後でハクアにでも訊くとして、さっさと行こう。

 

「急げエルシィ!

 いや待て、先に結界を、屋上を切り取るようにできるか?」

「やってみます! 無理でした!」

「早いなオイ!」

「抵抗かかりました! あの駆け魂、まだ生徒さん達と繋がってます!」

「なら生徒ごとやれ! 絶対に逃すな!」

「はいっ! えっと……あの辺からあの辺まで……展開完了しました!」

「よし、今度こそハクアを追うぞ!」

「はいっ!」

 

 再び生徒達が動き出す前に僕達は駆け魂が空けた穴から飛び出した。

 

 

 屋根の上には駆け魂と、そしてハクアが居た。

 両者は向かい合っている、が……少々様子がおかしい。

 

「ハクア! 無事だったんだね!

 私も手伝いに……」

「おい待て、無闇に……」

 

 近づくな、と言おうとした瞬間、ハクアが振り向きざまに物騒な鎌を振り回してきた。

 

「……近づくな、私に、近付くなぁっ!!」

「わっ、ちょ、ハクアっ!?」

 

 ハクアが鎌を無茶苦茶に振り回すが、ガキンガキンという音と共に弾かれる。

 どうやらエルシィの結界術で何とか防いでいるようだ。

 ったく、あんなのに鎌を持たせたアホは誰だ。

 

「ちょ、ちょっと! どうしちゃったのハクア!?」

「エルシィ、ハクアの頭の所」

「へ? あ、あれはっ!」

 

 ハクアの頭のてっぺんからモヤモヤした物が伸びており、後ろの駆け魂へと繋がっている。

 これはさっきの生徒達と同じ状態……いや、更に凶暴になってる気がするぞ。

 

「ったく、悪魔のクセに駆け魂に操られてどうする」

「うぅぅ~、ハクア! しっかりして!!」

 

 だが、その程度の言葉で駆け魂の支配が解かれるはずもなく……

 ハクアは鎌を手に再び襲いかかってきた。







作中で駆け魂隊はエリートだと何度も言われてますが、地区長とかならともかくヒラの駆け魂隊がやる事ってエルシィでもできる程度の事しか無いんですよね……
むしろプライドの低い悪魔を遣わせて全部協力者に任せる方が上手く行くんじゃないでしょうかね?
もしかするとヴィンテージやサテュロスの連中がその辺の印象を操作して、人間界に行く悪魔を選別する口実にしている可能性が?
……まぁ、単に荒廃した地獄ではなく豊かな人間界で働く事自体が栄誉の可能性もありますが。


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05 落とし神の命令

「うあぁぁぁあああ!!!」

 

 ハクアが絶叫しながら鎌を振り回す。

 魔術か何かを行使しているのか、鎌が燃え上がったり帯電したりして余計に物騒になってる。結界が破れなくて色々試しているのかもしれないが、果たして意味はあるのだろうか?

 

「ど、どどどどどうしましょう神様ぁ!!」

「少しは落ち着け、雰囲気に呑まれるな」

「は、はいっ!」

 

 幸いな事にエルシィは結界をしっかりと展開しているので昼寝できるくらい安全な環境になっている。

 しっかし、エルシィって本当に結界術が得意だったんだな。

 単に他の事がポンコツ過ぎて結界術だけは人並みにできるから得意と言い張っているのかとも思ったが、成績優秀らしいハクア相手でもビクともしない結界を展開し続けている。

 そう言えば、さっき駆け魂に逃げられた時にはエルシィが結界を使わない事に呆れて忘れてたが、ハクアは結界を張ろうとは思わなかったんだろうか? 今度こそ『忘れてた』以外のちゃんとした理由があるんだろうか?

 

「神様ぁ!! 何ボサッとしてるんですか!!」

「おっと、すまんすまん」

 

 考えるのは後回しだ。まずは現状を整理するぞ。

 

「エルシィ、結界は何分保つ?」

「えっと……この調子なら数時間ですけど、大結界の方に攻撃が……あぐっ!」

「大結界? そうか、駆け魂を逃さないようにしてる方の……」

 

 駆け魂の方を見るとその大結界に体当たりしていた。

 これは……ちょっとマズいんじゃないのか?

 

「さ、3分っ! 同時展開で攻撃に備えるとなると3分が限界ですっ!!」

「急に短くなったな!? それなら……大結界をちょっと縮めてコスト削減とかできないのか?」

「こんな状況でそんな精密操作できませんってば!!」

「そ、そうか。スマン」

 

 3分か、中川を呼んだのはつい数分前だからどう見積もってもそんな時間じゃ間に合わない。

 同時展開なら3分だから、片方の結界を消せば数時間に伸びるんだろうが、小結界を解除したら下手すると瞬殺されるし、大結界を解除したら駆け魂に逃げられる。どっちも却下だ。

 そして僕達2人だけでは駆け魂の捕獲はもちろん討伐も絶対に不可能だ。

 となると……やはり目の前のハクアを何とかするしかないか。

 

 目の前のハクアを仕留める……のは無理だな。死なないように手加減して戦う事も無理だし、気絶させたくらいだと逆に強く操られる可能性もある。そもそも防御だけで手一杯だ。

 そうなると、ハクアの中の駆け魂を追い出すしか無いな。

 つまり、かなり変則的な導入ではあったが結局はいつもの攻略と同じか。

 

 まずは……属性の定義、及び心のスキマの特定!

 考えるまでも無いな。優等生キャラ、努力型か天才型かは……断定しきれんが今はどっちでも構わん。心のスキマは勿論『挫折による自信の喪失』だろう。

 続けて、ルートの構築だ。正攻法で……やるのは無理があるな。ハクアに関する情報が少なすぎる。当てずっぽうでセリフを放つわけにはいかん。

 互換フラグも無理だろう。そこそこ強い印象を与えられてる自信はあるが、流石に時間が短すぎる。あの程度で心のスキマが埋まるなら苦労はしない。

 

 ……この方法は、かなり不安だ。

 だが、この場を切り抜ける唯一の方法でもある。これに賭けるしか無いだろう。

 

「……エルシィ、お前がやれ」

「はへ?」

「ハクアを攻略できるのはお前しか居ない!

 だからやれ! あいつの心のスキマを埋めてやれ!!」

「ええええええっっ!? いやいやいやいや、むむむ無理ですってば!!」

「難しく考える必要は無い! ただハクアと話すだけだ! 頼む!」

「うぅぅ~……分かりました。やってみます!」

 

 僕にできないならエルシィにやってもらうしかない。何だかんだ言ってこの場で一番ハクアの事を知ってるのはエルシィだからな。

 ……しかし、この状態のハクアとまともに対話できるのか? できてくれなきゃ困るんだが……

 

「ハクアっ! 私の話を聞いて!」

「うるさいっ! 黙れぇぇっっ!!」

「うぅぅ~、神様、無理でした!」

「その程度で諦めるなよ!!」

「でも~」

「お前とハクアは友達なんだろ!? だったら殴り倒してでも止めてやって話を聞かせろ!!」

「な、なるほど!! 分かりました。ちょっと小結界解除しますね」

「え? おい、ちょっ!」

 

 僕が止める間も無く小結界が解除された。

 当然のようにハクアの鎌が襲いかかるが、僕達に届く前にハクア自体が吹っ飛んだ。

 

「っっ! 何がっ!」

「結界は守ったり閉じこめたりするだけじゃなくてこうやって攻撃にも使えるんだよ、ハクア」

 

 よく見てみるとハクアの顔があった辺りに小さめの直方体の結界があった。どうやら結界の展開で直接ぶん殴ったらしい。

 

「さぁ、どんどん行くよ! てやぁぁっっ!!」

「ちょっ、待っ!!」

 

 多少は正気に戻ったのかハクアが制止の声を上げるもエルシィは容赦なく追撃を加えていく。

 ハクアも頑張って対処しようとしているようだが、何もない空間からハンマーが飛び出てくるようなものだ。対処などしようがない。

 って言うかおい、こんな芸当ができて何で掃除係なんてやってたんだ? まさか地獄ではこれが普通……ではないよな。駆け魂はもちろんハクアもこんな便利な攻撃方法は使ってないし。

 

「これで止めっ!!」

「かはっ!」

 

 エルシィがハクアの鎌を弾き飛ばし、のけぞらせて転んだ隙に結界を思いっきり叩きつけた。人間が喰らったら無事では済まないだろう。

 

「ってオイ!! やりすぎだバカ!!」

「え、アレ?」

「ハクア! おい! しっかりしろ!!」

 

 ただでさえ駆け魂を倒すのに手数が足りないんだ! ここでハクアに脱落されたら……

 

「……ん? おいエルシィ」

「な、何でしょうか?」

「さっきみたいにやれば駆け魂も倒せるんじゃないか?」

「いやいや、あんな器用な真似ができるのは対物結界くらいです。対霊結界とかであんな事はできませんよ」

 

 理屈はイマイチ良く分からんが、本人がそういうならそういうもんなんだろう。

 やはりハクアの協力が必要か。

 

「……ぅ、ぐ……」

「気付いたか? しっかりしろ!」

 

 急いでハクアを抱き起こして声をかける。

 目のハイライトが消えていたが、意識はあるようだ。たどたどしく口が動く。

 

「……どうせ、何もできない。私には、何も……」

「お前は……バカか」

「っ!」

「お前が割と無能なのは最初に会って数分で分かりきってた事だ。今更そんな事をグチグチ言うな」

「だったら、私の手、なんて……」

「じっくりと説明してやっても良かったんだが……」

 

 駆け魂や僕達が通ってきた屋根の穴からさっきまで操られていた多数の生徒が湧いて出てきた。

 這い上がってきたわけではなく、全員浮遊してやってきた。これも駆け魂の力か?

 

「どうやらのんびりしてる時間は無いようだ。

 だから手短に言うぞ。

 今! この瞬間! エルシィではなく、お前が必要なんだ!!」

 

 僕の言葉を受けたハクアはポカンとした表情を浮かべた。

 そしてその後、最初にエルシィと話していた時のような穏やかな笑顔になった。

 

「……それは、告白のセリフなの?」

「はぁ!?」

「ふふっ、冗談よ。

 まさかこの私が人間如きに励まされるなんてね」

 

 その直後、ハクアの頭に繋がっていた駆け魂の触手がポンッと音を立てて弾けた。

 駆け魂の支配を完全に打ち破ったようだな。

 

「今回だけは使われてあげるわ。感謝しなさい!」







本作では結界術という全力のハクア相手でも普通にやりあえる手段があるので操られたハクアの殺意を原作の10割増しくらいにしてみました♪
……その結果、エルシィによる攻略が攻略(物理)になり、そしていつの間にかギャグに……どうしてこうなった。

エルシィの対物結界の攻撃的使用法はサンデーの作品の『結界師』をイメージしてます。
本作のエルシィ、結界に関してだけはチートクラスなので。


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06 小悪魔の頑張り

 何とかハクアを正気に戻す事ができた。

 後は駆け魂を何とかすれば良いんだが……

 

「……どうしたもんかな」

「ちょっと待ちなさい、あれだけ力強く私を説得しておいて計画無しなの!?」

「お前が居たからと言って確実に勝てるとは思わないが、お前が居ないと絶対に勝てないっていうのは確信している。

 何故なら、僕もエルシィも勾留ビンを使えないからな」

「……は? え、使えないってどういう事よ!?」

「詳しい話は後にしてくれ。一応駆け魂を倒す別の手段も呼んでるが……」

 

[メールだよっ! メールだよっ!]

 

 即座にメールを開いて内容を確認する。案の定、中川からのメールだった。

 

『ごめん、今メール確認した。

 最低でもあと3時間は拘束されそう』

 

「……やはり無理か」

 

 いつもは攻略完了予定日が大体決まっているか中川もなんとか都合を付けられるが(それでもかなり無茶してるらしいが)、今回のような突発的な呼び出しだと厳しいようだ。

 3時間……持たせるのも厳しいよなコレ。大結界の維持だけなら何とかなるかもしれないが、襲ってくる生徒たちをいなすのは難しいだろう。

 

「仕方あるまい、ハクア、羽衣の複数制御とやらで生徒たちを全員拘束しながら勾留ビンを使えるか?」

「無理に決まってるでしょ! 出来てたら最初からやってるわよ!」

「……そりゃそうだよな」

 

 勾留ビンはハクアにしか使えない。

 そして、僕もエルシィも生徒たちを止める事はできない。

 中川が居れば駆け魂を討伐できる。できなかったとしても弱体化くらいはできると思うが3時間+移動時間の間は絶対に来れない。

 厳しいなぁ……

 

「……神様」

「ん? どうしたエルシィ」

「あの駆け魂を弱らせられれば良いんですよね? 生徒さんたちを操れないくらいに」

「そうだな。生徒が居なければ、捕まえられるよな?」

「当然よ。妨害さえ無ければ遅れは取らないわ」

「……分かりました。

 なら私に任せてください。

 あとハクア、これから私がやる事はドクロウ室長以外には秘密にしといてね」

「え? 何をする気なの……?」

 

 エルシィが一歩前に出て駆け魂に向かって手をかざす。

 すると、駆け魂を球体の結界が被った。

 

「おいエルシィ、まさか……」

「ご安心下さい。強制切断したわけじゃないです。

 あの結界は駆け魂や人間に反応するタイプのものではないので」

 

 エルシィは大きく息を吸い……

 そして、歌を歌った。

 

「♪♪~♪♪~ ♪♪~♪♪~

 ♪♪~♪♪~ ♪♪~♪♪~」

 

 すると、駆け魂は突然苦しみ出した。その駆け魂が操る生徒たちも同様に苦しんでいる。

 

「おいエル……いや、後だ。

 ハクア! 行けるな?」

「え、ええ! 任せなさい!!」

 

 重要なのは、妨害が止んだという事だ。

 問題なくやれるはずだ。

 

「今度こそ、捕まえる! 勾留ビン!!」

 

 ハクアが結界の外側からビンを構えて駆け魂を吸い出す。

 駆け魂はもがいていたが、それ以上の妨害は無かった。

 大きさ故に、たっぷりと1分くらいの時間をかけて駆け魂は勾留ビンに完全に閉じこめられた。

 

「勾留、完了!!」

 

 人が入りそうなくらい巨大だったビンがシュルシュルと縮み手のひらに収まる大きさとなる。

 それとほぼ同時にエルシィは歌を止め、2つの結界を解き、その場にドサリと倒れた。

 

「エルシィ!?」

「なっ!? おい!!」

 

 慌てて駆け寄り様子を見る。

 ……どうやら寝ているだけのようだ。それ以外に特に異常は見当たらない。

 

「ったく、仕方ない。

 ここの処理をさっさと終えて一旦家に帰るぞ。お前も来るか?」

「……そうね、流石にこのまま解散する気は無いわ」

 

 とりあえず、中川に解決のメールを送ってと。

 屋上まで上がってきた生徒を地面に戻したり、屋根に空いた大穴を塞いだりしないとな。

 まぁ、僕には無理だから全部ハクアがやったんだがな。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、何で僕がこいつをおんぶしてやらなきゃならないんだ」

 

 帰り道にて、僕は一向に目を覚まさないエルシィを背負って歩いている。

 意識不明の女子を背負って歩くイベントはギャルゲーでは割と定番だが、エルシィは攻略ヒロインではない。

 

「おいハクア、お前の羽衣とか使えば何か運べるんじゃないのか?」

「あれだって多少は魔力を消費するのよ。

 後処理のせいで若干枯渇気味だからちょっと休ませて」

「……はぁ、仕方あるまい」

 

 その後、しばらく無言で歩いているとハクアから声を掛けられた。

 

「……今回は、その……ありがと」

「ん? 何がだ?」

「その……駆け魂から助けてくれて」

「……お前、本物か?」

「どういう意味よ!?」

「あのハクアが人間相手に対等にお礼を言うってのがな」

「私だってちゃんとお礼を言うときは言うわよ!!」

「ん? そうか。まあ気にするな。

 あの場面でお前に脱落されると僕達が危なかったからな。

 お前の為に助けたわけじゃないさ」

「そうなのかもしれないけど……

 って言うか、『エルシィに勾留ビンが使えない』ってどういう事なの?

 いえ、それだけじゃないわ。エルシィがあれだけ大規模な結界を何の準備も無しに展開したのはどういう事なの?」

「ん? 勾留ビンはともかく、結界は異常なのか?」

「あの劇場をすっぽり覆っちゃうような結界なんて10人前後の小隊が協力してやっと作れる代物よ?

 もしかして知らなかったの?」

「……どうやら、情報のすり合わせを行う必要がありそうだな」

 

 かなり、面倒な作業になりそうだ。






Q、結界による強制切断はダメで勾留ビンはOKなの?

A、結界がOKだとハクアがあっさり救出できちゃゲフンゲフン。
  勾留ビンには魔力を封じる効果でもあるんじゃないですかね。きっと。


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07 地区長との見直し

 なんとか家に辿り着き、僕の部屋に腰を降ろす。

 ハクアには窓から入ってもらった。

 

「最初に会った時から変な人間だと思ってたけど、この部屋も相当ね……」

「ん? 何かおかしな点でも?」

「おかしい所だらけでしょうが! 何でモニターが6台も並んでるのよ! 一体何に使う気よ!?」

「何って……ゲームに決まっているだろう」

「ゲームやるにしたって6台同時に使うわけが無いでしょう!」

「ああ安心しろ。6台同時に使う」

「どうやってよ!?」

「そんな事より、話し合うべき事が山ほどあると思うが?」

「うっ、そうね……」

 

 さて、何から話すか。

 訊きたい事があり過ぎてなぁ。

 

「まずは……駆け魂ってのは何なんだ? 一応エルシィから『駆け魂の正体は悪魔』って事だけは聞いたんだが……」

「え? まさかそれしか聞いてないの?」

「エルシィだからな」

「……エルシィだったわね」

 

 この一言で納得できるってある意味凄いよな。

 

「それじゃあ……『旧悪魔』と『新悪魔』については知ってる?」

「初耳だ。が、予想は付くな。

 旧悪魔が駆け魂で、新悪魔がお前たちって事か?」

「そういう事。

 かつての地獄は人間が普通にイメージするようないわゆる『悪い悪魔』が支配していた。

 しかし、それを良しとしない者たちが居た。

 彼らは古い悪魔達を封印・追放し、新たな地獄を作り上げた。

 秩序と理性の保たれた、今の地獄へとね」

「なるほど、その封印された連中が駆け魂って事か」

「ええ。封印も完璧じゃないらしくて、たま~に逃げ出す悪魔が居るらしいわ。

 もっとも、かなり弱ってるから逃げたてならそこまで脅威じゃないけど」

「弱っている駆け魂は新たな肉体と負のエネルギーを求めて女子の心のスキマへと入り込む。

 そして放置するといつか復活するから駆け魂隊が何とかする……と」

「そういう事。理解が早くて助かるわ」

 

 エルシィが悪魔としてキャラが弱いのはそういう理由もあったんだな。

 僕達が普通にイメージする悪魔とは違う存在だったんだからな。

 

「それじゃあ今度は私から質問。

 『勾留ビンが使えない』ってどういう事?」

「本人の自己申告だ。『使えない』と言っていただけで理由は聞いてないな」

「それじゃあ、今までの駆け魂はどうしてたの?」

「毎回毎回完全に消滅させてる」

「……え? ちょっと待ちなさい。どういう事!?」

「駆け魂を捕まえる事はできないから毎回消滅させている。

 ……やはりこれは異常な事なのか?」

「異常よ!! 駆け魂を勝手に殺す……のはまぁ旧悪魔が相手だから文句を言う人は少ないと思うけど、そもそも消せるの?」

「エルシィによれば、『駆け魂は負の感情を糧にするので、正の感情をぶつけてやれば消滅する』とかなんとか」

「……り、理論上不可能ではないかもしれないけど……

 そうだ、具体的に何をやってるの?」

「そうだな……エルシィが結界で閉じこめて、中川……もう1人の協力者(バディー)が歌を聞かせてやってる」

「ちょっと待って!? もう1人の協力者ってどういう事!?」

「やっぱりそれも異常なんだな……

 僕は駆け魂をスキマから追い出す攻略担当、中川はその後に討伐する担当、エルシィは……両方のサポートという分担で行動している。

 ……言っておくが、僕達が勝手に巻き込んでいるとかじゃないぞ? 鬱陶しい事にちゃんとドクロウ室長とやらとの契約がされている」

「……これ以上はドクロウ室長に直接問い合わせた方が良さそうね」

「そうしてくれ」

 

 しかし気になるな。何で原則を曲げてまでエルシィを送り込んできたんだ?

 何か理由でもあるのか?

 

「まあいい。じゃあまた僕から質問。

 エルシィの結界術についてだ」

 

 本人が起きてからと思ったんだが、一向に起きないからな。

 そもそもエルシィが説明できるのか怪しいし。

 

「まず、今回エルシィがやってたような結界術、お前は使えるのか?」

「……小さな結界を張る事自体は私でも何とかなると思う。

 でも、コンパクトな結界を連続で展開して攻撃するなんて器用な事はまず無理だし、あんなに大きな結界を張るのも私1人の力だと無理よ」

「なるほどな。ちなみに、地獄でエルシィの結界を見た事はあるか?」

「小さな結界を張れるのは何度か見たことあるけど、あそこまで大きい結界は初めて見たわ」

 

 人間界に来てから力が増した? それとも単に力を隠していた?

 それは後で本人に訊くとして、次だ。

 

「エルシィが最後にやってたアレ、アレは一体何なんだ?」

「私もあんなのは初めて見るわ。

 駆け魂の動きが弱まってたのは確かだけど……」

 

 ハクアでも分からないのか。やはりこれも本人に訊くしかないな。

 

 今までは比較となる悪魔が居なかったから流していたが、こうやってじっくりと比較すると色々と妙な点が浮き彫りになってくるな。

  2人の協力者

  結界のみに特化した能力

  駆け魂の強引な討伐

 ……ダメだ、分からないことだらけだ。

 僕の……僕達の見えない所で、一体何があったんだ……?

 

「それじゃあまた私から質問……って言いたい所だけど、これ以上は直接エルシィに聞いた方が早そうね。

 肝心のエルシィは一向に起きないし、今日はもう帰らせてもらうわ」

「ん、そうか。僕もとりあえず訊きたい事は……ああ、忘れる所だった。

 最後に、この契約についてだ」

 

 忌々しい首輪を指し示しながら問う。

 ちなみに、ハクアの首にもちゃんと首輪は付いていた。そこら辺はエルシィと一緒なんだな。

 

「この契約、いつまで続くんだ?」

「え? 駆け魂を全部捕まえるまでよ?」

「全部って一体何匹なんだ?」

「ん~、確か先週で6万匹くらいだったわよ」

「…………は?」

 

 ろ、ろく、まん……?

 

「あ、それじゃあね~」

「あ、おい! ちょっと待てぇぇぇぇええええ!!!!」

 

 そんな心の底からの叫びを無視してハクアは帰って行った。

 約60,000匹ねぇ……おい、ふざけてるのか。

 今更な事だが、改めて言おう。

 

 やっぱり現実(リアル)はクソゲーだ!!






というわけで、とりあえずハクア編終了です!

……こんな所で切ったら確実に暴動が起きますよね。ええ、分かっております。
というわけで、ちゃんとハクア編後日談も書いてあります。
引き続き明日も投稿するのでお楽しみに!


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08 後日談の休日

「なあ中川」

「ん、なあに? 桂馬くん」

「休日って素晴らしいな」

「……否定はしないよ」

 

 ハクアがやってきてなんやかんやあった日の翌日。僕は休日を満喫していた。

 え? エルシィに色々問い詰める話はどうなったって? ふん、今は休日だから関係ない。

 ちなみに、駆け魂60,000匹とか言われて現実逃避してるとかそういう事では断じてない。

 

「桂馬くん、何か無理矢理ゲームに没頭して現実逃避してるように見えるんだけど気のせい?」

「おいお前、心を読んだのか?」

「え? 何の事?」

「……いや、何でもない」

 

 どうやら普通に現実逃避してるように見えただけらしいな。

 ……ああそうだ。こんな事したって現実が変わらないのは分かってるさ。

 だがしかし!! 僕の神聖なるゲームタイムを邪魔する者は何人たりとも……

 

「おっはよ~! エルシィ居る~?」

 

 ……何か地区長とか名乗る悪魔がやってきた。面倒事の予感しかしない。

 面倒だからお引き取り願いたいんだが……昨日の件がある以上はそういうわけにはいかんよな。

 それじゃあ、まずは互いの紹介でもしておくか。

 

「中川、紹介するぞ。

 こいつがある意味エルシィよりもポンコツな偽優等生のハクアだ」

「ちょっと待ちなさい! どういう紹介のしかたよ!!」

「んで、こっちが中川。中川かのんだ。

 首を見れば分かると思うが、昨日言ったもう1人の協力者(バディー)だ」

「初めまして、中川かのんです。

 昨日の事はある程度は桂馬くんから聞きました。どうぞ宜しくお願いします」

「へぇ、桂木と違って礼儀正しいのね。握手してあげてもいいわよ?」

「わぁ、ありがとうございます!」

 

 ただ紹介しただけでも随分と個性が出るなぁ……

 おそらくはどちらも初対面の人間を相手にする対応をしてるだけなんだろうけどな。

 優等生として集団のトップに立っていたハクアと、営業スマイルに慣れてる中川とでは全く違うのも当然と言えば当然だが。

 

「それで、何の用だ? エルシィはまだ寝てるが」

「あれ? まだ寝てるの?」

 

 エルシィはあれから一向に目を覚まさない。

 特に異常は見受けられないので放っておけばそのうち起きるとは思うが。

 

「まあいいわ、ちょっとお前に用事があったのよ」

「僕にか? 一体何だ?」

「あ~、ホラ、私さ、ほんの取るに足らないちょっとしたミスをしちゃったじゃない?

 それでその件の始末書を書かないといけないのよ」

「……その些細なミスで僕は死にかけたんだが?」

「無事だったんだから良いじゃない♪

 それで、私は肝心な部分の記憶があやふやだったからちょっと手伝ってほしくてね。

 と言う訳で、ハイっと」

 

 ハクアが羽衣を変形させテーブルの上を覆う。

 そして羽衣を取り払うと手品みたいに何かを取り出した。

 どうやら何かの模型と、それを覆うピラミッド状のガラス……に似た何かだな。

 

「じゃじゃーん! これが今回の始末書よ!」

「……うちの学校の模型か?」

「そゆこと。しかも、中に居る土人形たちが動いて当日の状況を完全に再現するの」

「それは普通に凄いな」

「でしょ? これを見れば上の人達も私の有能さをちゃんと分かってくれるわ!」

「いや、始末書なんて書いてる時点で有能じゃないだろ」

「ん? 何か言った?」

「いやだから、始末書なんて

「ん? 何か言った?」

「…………」

 

 無限ループになりそうだから放っとこう。

 さて、僕にこんな始末書作りに協力する義務は無いが……しっかり作れば『当時の状況を人に伝える物』としてこれ以上優秀なアイテムは無いだろう。

 正確に作って中川と情報を共有しておくのは悪い事じゃない。

 だが、なぁ……







原作でハクアが家にやってきたのは事件の翌日とは明言されてませんでしたが(むしろ1日以上開いてた気がしますが)、駆け魂に操られていた生徒多数が午後の授業をサボって騒ぎになってないのは妙だと思うのできっと土曜の午前中のみの授業だったんだろうと勝手に解釈してみました。
真相はどうだったんでしょうね? 特に設定されてなかっただけな気はしますが。


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09 失敗の重み

 桂馬くんの家に見たこと無い悪魔の人がやってきた。

 あれ? 悪魔の人……? ……まあいいや。

 昨日の事件についてはある程度は桂馬くんから聞いていたので、その人がハクアさんだとすぐに分かった。

 どのくらいの距離感で接して良いのか良く分からなかったのでとりあえず仕事先で挨拶する感じで普通に接しておいたら握手してもらった。

 普段は握手を求められる立場なんだけどな~。流石に私の事は知らないのかな? 悪魔だし。

 

 今日ハクアさんが来た用事は始末書を書くためらしい。

 模型を始末()と呼んで良いのかな? アレって手間のかかる書類を書かせて反省を促すみたいな意味もあると思うんだけど……まあいいか。

 私は当日現場に居なかったので手伝える事は無さそうだ、少し離れて様子を見てよう。

 

「それじゃあ始めるわよ。

 あー、あー、それじゃあ人形たち! 時刻は正午、所定の位置に着きなさい!」

 

 ハクアさんがマイクに命令を吹き込むと模型の中の人形たちが一斉に動き出した。

 地獄の技術って便利だな~。

 

「12時8分、駆け魂潜入、場所不明。

 同時刻、地区長ハクアも到着。

 こんな風に時刻と行動を吹き込んでいけば模型に反映されるわ」

「なるほど。

 12時9分、理科室が爆発」

「え?」

 

 すると、校舎の一部がボンと音を立てて弾け飛んだ。

 幸い(?)な事に人は巻き込まれなかったみたい。

 

「じゃあ12時8分にカムバック」

 

 するとビデオを逆再生するかのように爆発した校舎の破片が元通りになった。

 って言うか桂馬くん、何やってるの?

 

「ちょっと! 何遊んでんのよ!」

「あ~、何となく?」

「何となくって何よ!? この始末書には私のクビがかかってるのよ!?」

「へ~、そりゃ大変だ。

 が、僕には関係ないな」

 

 桂馬くんが意味もなくふざけるとは思えない。

 ハクアさんからより多くの情報を得る為にボケてる……とか?

 

「くっ、分かったわ。

 協力してくれたら何でも一つ、質問を受け付けるわ」

「非常に魅力的な提案だが、僕の言いたい事はそうじゃない」

 

 あれ? 違ったのかな?

 じゃあ何だろう?

 

「昨日の時点で訊きたい事は概ね聞いたからな。

 情報はあればあるだけ良いが、もう必須とは言えないレベルだ」

「じゃあ要求は何なの?」

「……こんなの要求するまでも無い事なんだがな。

 絶対に譲れない条件として、中川に謝ってくれ」

「え? どういう事?」

 

 どういう意味だろう? 私とハクアさんは今日初めて会うし、さっきまでのやりとりで特に謝られるような事も無かったと思うけど……

 

「……分からないのか?

 この首輪を通して、僕と中川、ついでにエルシィの命は繋がってるんだぞ?」

「……え? あの、ちょっといいかな?」

 

 ぼんやりと眺めてるだけのつもりだったけどそうも言ってられなくなってきたみたいだ。

 桂馬くんがわざわざそんな事を念押しするっていう事は……

 

「もしかして、昨日ってかなり危なかった?」

「……ああ」

 

 ハクアさんと桂馬くんが穏やかに話してるから『殺されかけた』っていうのは大げさな表現だと思ってたよ……

 昨日のあの時、冗談抜きで命の危機だったんだね、私。

 

「で、でも、結局は大丈夫だったし……」

「大丈夫だったから、僕だって最初はわざわざ言う気は無かったんだがな。お前の態度を見たら気が変わった。

 偉そうな態度で呑気に握手したり、

 気付いてなかったとはいえ殺しかけた本人の前で冗談であっても『ほんの取るに足らないちょっとしたミス』と言ったり、

 貴様、本当に反省しているのか?」

「それは……そんなつもりじゃなくて……」

「それに、一つ素朴な疑問なんだが……

 始末書を書くんなら『失敗した事』を書くんだよな?

 お前の一番の失敗は『最初に駆け魂を取り逃した事』だろ?

 そっちの方はもう作ったのか? あるなら是非とも見せてほしいんだが」

「け、桂馬くん? ちょっと言いすぎじゃないかな?」

 

 過失とはいえ殺されかけたのだからこの位の追求が正しいのかもしれないけど……

 私自身には全く身に覚えが無いのだから謝られてもどう反応して良いのか分からないし、今にも泣きそうなハクアさんをこれ以上追求するのはちょっと酷だろう。

 

「……ふん、中川に免じてこんなもんにしておくか。

 それじゃあ、さっさと仕上げるぞ」

「え? あの、こっちは必要無いんじゃないの?」

「最初の失敗の方が重要だという事は言ったつもりだが、こっちが不要だと言ったつもりは無いぞ。

 まぁ、始末書と言うより報告書なんじゃないかという気はするが……あった方が良いだろ?」

「え、ええ。そうねありがとう。

 あと、中川……だったわよね、本当にごめんなさい」

「……うん、私は大丈夫だったから」

 

 桂馬くん、私の為に怒ってくれたんだね。

 もしかするとハクアさんに罪悪感を感じさせて今後の交渉で優位に立つみたいな目的があったのかもしれないけど……

 それでも私は嬉しいよ、桂馬くん。






実は僕、最初の方はハクアの事あんまり好きじゃなかったです。
最近までその理由は忘れてたのですが……
せいぜい1週間以内にあんな事件を起こしておいてかなり軽い感じでやってきたのが原因だった気がします。
原作でも割と身の危険があって、本作では更に分かりやすく危ないのでこんな感じにしてみました。
まぁ、僕が危険度を上げておいて後日談では原作セリフを使いまわしてるのでハクアにとってはある意味理不尽ですが。


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破邪結界の悪魔

 僕の指示に従ってハクアがあの日の情報を模型に吹き込む。

 

「12時40分、桂木桂馬と接触。

   50分、中庭に移動。

   54分、体育館を捜索。

 13時15分、東校舎周辺を捜索……

 しっかし分単位で覚えてるなんて、人間にしては驚異的な記憶能力ね」

「フン、この程度はゲームの攻略ルートを覚えるのに比べたら楽勝だ。

 僕は好きなゲームならPFPを裏返しの状態でエンディングまで行けるぞ」

「何の意味があるのよ、何のイミが」

 

 あの時は配信イベントを回収する為に時刻を気にしていたという事もあるがな。

 その気になれば秒単位で思い出す事も可能だろう。

 

 

 

 

 

 

「15時32分、旧校舎裏の劇場にて駆け魂を発見、と同時にエルシィと合流。

 ……この辺から問題の場面ね」

「そうなるな。

 しっかしここに来るまでエルシィは一体どこで何をしてたんだ?」

「その辺の情報もできれば入れておきたいけど……あの子がそんな事を覚えてるとは到底思えないわね」

「そうだな。とりあえず『道路の近くで消防車を眺めていた』と入れておこう」

「しょ、しょーぼーしゃ?」

 

 あながち間違ってない気がするのは気のせいではないだろう。

 

「この後の流れは紙に纏めておいた。ほれ」

「ん、ありがと。

 15時32分、ハクアが駆け魂の勾留を試みるが、操られた生徒達の妨害により失敗。

   33分、駆け魂が天井を突き破って脱走」

「あ、そうだ。駆け魂って物に触れるのか?」

「確か……魂度(レベル)2までなら物理干渉する事はまず無いけど、今回みたいに魂度3だと干渉できる個体があるって聞いたことがあるわ」

「なるほど、分かった」

「それじゃあ続き。

 15時34分、ハクアが駆け魂を追う。

   35分、再びセンサーに駆け魂が反応。建物を丸ごと覆う大結界を展開後、エルシィと桂木は駆け魂を追う」

「ここもだったな。

 屋上と1階ではそこそこ距離が離れてるがセンサーは反応した。

 強い力を持つ駆け魂だとセンサーの感知範囲も広いのか?」

「ええそうよ。

 ついでに言うと、駆け魂が力を使ってない状態だとセンサーも反応しにくいわ。

 今回の駆け魂は逃げた振りして近くに隠れてて、私を操ろうとした時にエルシィのセンサーが反応したんでしょうね」

「隠れる事もできるのか……面倒だな」

 

 やはりあの日の事を再確認する上でこの模型は便利だな。ありがたい。

 

「15時35分、エルシィと桂木が屋上に到着。

      ハクアが2人に襲いかかるが、エルシィの結界により防がれる」

 

 ハクアが紙に書いた事を一字一句正確に読み上げるとあの日の状況が再現された。

 ハクア人形がエルシィ人形と僕の人形に向かって鎌をガンガン振り回している。

 

「か、桂木? 私、ここまでヒドかった?」

「大体こんな感じ……いや、実際には鎌が燃え上がったり帯電したりしてより物騒だったぞ」

「……エルシィが居なかったら真っ二つだったわね。お前が怒るのも無理はないわ。本当にごめんなさい」

「その件はもう済んだ事だ。次行くぞ」

「…………

 15時37分、エルシィがハクアを結界で殴り倒す。

      桂木がハクアを説得、ハクアは駆け魂の支配から逃れる。

      しかし、下に居た生徒たちが屋上まで浮遊して来て妨害に加わる。

 15時38分、エルシィが駆け魂に対して球状の結界を展開し、歌を歌う。駆け魂と生徒達の動きが鈍くなる。

      その隙を突いてハクアが駆け魂を勾留する。

 15時39分、駆け魂の勾留が完了。

 ……ふぅ、これで終わりね」

「しっかし何なんだろうな、最後のコレ」

 

 改めて見ても謎だ。

 仮説だけならいくらでも立てられるんだが……本人に訊いた方が手っ取り早いだろう。

 

「コレねぇ……一応ドクロウ室長にも訊いてみたんだけど、適当に誤魔化されちゃったのよね」

「……お前たちの室長、絶対何か企んでるだろ」

「私に言われてもねぇ……」

「ならエルシィに訊くか」

「え? 起きたの?」

「叩き起こす」

「……だ、大丈夫なのかしら?」

「寝かせ過ぎても体調崩しそうだし丁度いいんじゃないか?」

「そういう問題なの……?」

「知らん。それじゃあ起こしに行って……」

「連れてきたよ~」

 

 僕が立ち上がる前に中川が2階からエルシィを引きずり降ろしてきてくれた。

 

「なんれすかひめさま~。わたしまだねむいれす~」

 

 ……どうやら異常は無いようだな。良い事だ。

 

「……ハクア、何かこいつが一発で目覚めるような方法は無いのか?」

「そうねぇ……エルシィ、ちゃんと質問に答えてくれたらこの『証の鎌』をあげるわよ~」

「ふえぇっ!? ほ、本当ハクア!?」

 

 本当に一発で目覚めたな。

 って言うかあの物騒な鎌、そんな名前が付いてたのか。

 勲章的な何かなのか?

 

「まあいいエルシィ、目が覚めた所でこれを見ろ」

「はい? 何ですかぁ?」

 

 ガッシリと肩を掴んでテーブルの前に座らせて、ついさっき完成した始末書を再生し、目的の時刻で止める。

 

「こ、これもしかしてウチの学校ですか? わ~、凄い!!」

「ちなみにコレはハクアの始末書だ。

 まずは……こっちからだな。

 15時35分、建物を丸ごと覆う大結界を展開」

 

 エルシィが建物全体を覆う大結界を展開した場面である。

 確か、ハクアによれば『10人前後の小隊が協力して作れる代物』だったか。

 

「エルシィ、お前いつからこんな事ができるようになったの?」

「えっと、大きな結界を張る事自体は一応前からできたけど、ちゃんと維持できるのは人間界でだけだよ」

「人間界で?」

「うん。室長によれば魔法で汚染された地獄の空気は私の能力と相性が悪いとかなんとか……」

「ん? 地獄の汚染? どういう事だ?」

「あれ? 知りませんか? 大昔の戦争の影響で地獄の地表は誰も住めない土地になってるんです。

 今では大きな岩を空中に浮かべてそこで暮らしてるんですよ」

「……壮絶な戦争だったんだな」

 

 落ちこぼれの理由は地獄の環境のせいって事か? 地獄で弱くなる悪魔ってどういう事だよ。

 まあいい、次だ。

 

「さて、15時38分、『球状の結界を展開し、歌を歌う』。ここだ。コレは何だ?」

 

 見せたのは勿論、球状の結界を展開して歌を歌う場面だ。

 

「コレですか? 室長は『破邪結界』って呼んでましたね~。

 私のはじゃの力をはんきょう・しゅうそくさせていってんにあつめて駆け魂の力を弱めるとか何とか……」

 

 一悶着あるかと思ったんだが、あっさりと答えてくれた。

 『破邪の力を反響・収束し一点に集める』で良いんだよな?

 ……まずはここから訊いておこう。

 

「『破邪の力』って何だオイ」

「私の固有の能力らしいです!」

「え? お前の能力って結界じゃなかったの?」

 

 エルシィの言葉に対してハクアは驚いたようだ。

 固有の能力なんて単語は初めて聞いたが、それ自体は普通にあるのだろうか?

 

「固有の能力なのは分かった。その詳細は?」

「え~っと確か……駆け魂とか旧悪魔やそれらが使う邪法を弱める……とか何とか言ってた気がします。

 普通に使うとすっごく疲れちゃうんですけどね~」

「それで昨日ぶっ倒れたわけか。使用のリスクは単純な疲労だけか? 他は大丈夫か?」

「はい、疲れるだけでそれ以外は何ともないです」

「……そうか、じゃああと一つ。

 歌を歌ったのは何でだ?」

「歌に魔力を乗せて操った方がイメージしやすかったので歌いました!」

 

 そういうものなのだろうか? とりあえずそういう事にしておこうか。

 これで昨日の事は大体分かったが……確か昨日『ドクロウ室長以外には秘密』って言ってたよな。

 何の意図があって隠してるんだ?

 

「は、ハクア? その、ちゃんと質問に答えたから……」

「ええ、鎌でしょ? はい、あーげた」

 

 ハクアが鎌を上に持ち上げた。

 ……確かに、上げてるな。

 

「ええええ~? そりゃないよハクア~」

「あ~、やっぱりあげるから」

「ホント!?」

「はい、あ~げた」

「ハクアのバカぁ!!」

 

 お前ら……小学生か。

 

 

 

 

 

 ……破邪の力……隠蔽……

 駆け魂、いや、旧悪魔に対抗する為? 隠す必要性は……

 ……………………

 ……今は、何事も無い事を祈るしか無いか。






というわけで、今度こそハクア編終了です。
固定イベントは伏線を張ったり世界観に迫る為の回というつもりで書きました。ある意味ではハクア編と言うよりもエルシィ編だったかもしれませんね。
最後の方は少々詰め込み過ぎましたかね? 大丈夫でしたでしょうか?
質問や指摘が殺到するようであれば加筆修正する、あるいは質疑応答の場を設ける……かもしれません。


さて、次回の攻略ですが……ちょっとだけ呪いが残ってました♪
こんな事言うと2人まで絞り込まれそうだけど別に構いませんね♪
攻略時期が原作とかなり乖離しているので厄介そうです。時間がかかってしまうかもしれませんが気長にお待ちください。

では、また次回お会いしましょう!


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敗北の価値観
プロローグ


「ねえ桂馬くん、ちょっと頼みたい事があるんだけど……」

 

 突然そんな事を言われても悪寒が走らなかったのは彼女の日頃の行いが某バグ魔に比べて非常に良い事を示しているのだろう。

 攻略関係でも色々と助けてもらってるから借りを返すという意味でも快く引き受けようじゃないか。内容次第だが。

 

「何だ? また勉強か?」

「ううん、今回はそっちじゃなくて仕事関係だね。

 桂馬くんって将棋はできる?」

「ああ、指す事ならできるぞ」

「え? 刺す?」

「そこからか? 将棋では『する』という意味で『指す』という言葉が使われる。

 盤上に置かれている駒を指で指し示して動かすからな」

 

 ちなみに相手から取った駒を使う時は『打つ』という言葉が使われるが、あくまで将棋を指す時の行動の一つなので『将棋を打つ』とは言わない。

 ついでに、囲碁なら『打つ』だ。盤の外から碁石を持ってきて置くからな。

 

「へ~、そうなんだ」

「で、それがどうかしたのか?」

「あ、うん。昨日のオーディションでアニメのヒロイン役に選ばれたんだけど、将棋がすっごく強いって設定なの。

 だから少しでも勉強しておこうと思って」

「なるほど、それじゃあ将棋のソフトを……と言いたい所だが、丁度いいものが無い」

「え? 持ってないの?」

「将棋が絡むギャルゲーは何点か持っているんだが……」

「……問題が、あるんだね?」

「ああ、バグだらけでな。

 酷いものなんか王手しただけでフリーズする上に相手が五歩とかやってくる」

「ゴメン桂馬くん、王手は分かるけど五歩って何?」

「……ふむ」

 

 その辺の用語とか、一度きっちりと教えておいた方がスムーズに進みそうだ。

 口頭で説明するのも不可能では無いだろうが……

 ……仕方あるまい。

 

「明日、一緒に学校に行くぞ」

「え? 分かった」

 

 

 

  ……翌日……

 

 口頭で教えるよりもちゃんと実物を使って教えた方が教えやすいし実感しやすいだろう。

 だが生憎と僕の家に将棋セットなど存在しない。ある家庭の方が珍しいと思うが。

 使う駒はトランプみたいに規格を合わせる必要は無いのでその気になれば手作りも不可能ではないが面倒だ。

 

「というわけで、将棋部(ここ)の将棋セットを1つ貸してくれ」

「いや、どういう訳だよ!? いきなり来て何言ってんだテメェ!」

 

 あれ、おかしいな。ギャルゲーでは空気を読んでサクサクと話が進むはずなのに。

 あ、これ現実(リアル)だった。やっぱり現実(リアル)はクソゲーだな。

 

「あの、ちょっと将棋のお勉強がしたいので、1セット貸して頂けないでしょうか?」

「お、おう! お兄さんたちが優しく教えてあげるよ~!」

「あ、桂馬くんに教えていただくので大丈夫です」

「ごふあっ!!」

 

 西原モードの中川が一言頼んだらあっさりと貸してくれた。

 下心満載の将棋部員が撃沈していったが放っておこう。

 

「よし、じゃあ始めるぞ」

「よろしくお願いします!」

「…………」

「…………あの、桂馬くん?」

「……どうやって並べるんだ?」

「知らないの!?」

 

 だって仕方ないだろう。ゲームでは並んだ状態でスタートするんだから。

 

「フッ、君達はそんな事も知らないのかね」

 

 どうしようか悩んでいたらいかにもやられ役っぽい部員が話しかけてきた。

 

「あの、どなたでしょうか?」

「フフッ、まあ初めてここに来る君が知らないのも無理は無い。

 僕は田坂、田坂(たさか)三吉(さんきち)だ。この部の主将を努めさせてもらっているよ」

 

 モブ部員かと思ったら主将らしい。

 それでもすぐに負けそうな顔をしているが。

 

「主将って事はお強いんですか?」

「当然さ。何たって僕は奨励会の人間にも勝ったことがあるからね!」

「奨励会……って何? 桂馬くん」

 

 ここで僕に振るのか。目の前のおしゃべりなモブに任せれば良かろうに。

 

「そうだな、あえて誤解を招く言い方をするとプロの事だな。

 入会試験やら何やらを頑張って入会し、そして研鑽を積む事でのみプロを名乗る事ができるようになる」

「へ~、って事は主将さんはお強いんですね」

「フフン。当然さ」

 

 随分と偉そうにしているが、強さを主張したいのであれば『プロに勝った』と言えば良いだけの事だ。

 ということは、恐らくは……

 

「奨励会と言ってもピンキリだ。

 そして、奨励会三段以下はプロではないので『奨励会に勝った』=『プロに勝った』ではないな」

「むぐっ!」

 

 やっぱりプロに勝った事は無かったんだな。

 

「……まぁ、奨励会に入るだけでも結構な実力を持ってる事は確かで、たとえ勝った相手がその下っ端であってもアマチュアとしては十分に自慢できると思うぞ」

「ふ、フフン、キミ、良く分かってるじゃないか」

「……そういうわけだから、将棋の礼儀作法とかは僕から教わるよりもこの男から教わった方が良いかもな。どうする?」

「え? う~ん、私は桂馬くんに教えてもらいたいです」

「そうか、分かった」

「フフン、まあ何かあったら遠慮なく声をかけるといい。

 僕は向こうの方で棋譜を並べているからね」

「あ、ちょっといいか?」

「どうしたんだい?」

「駒、並べてくれないか?」

「……初心者用の入門書を持ってこよう」

 

 見た目によらず案外良い奴だな、主将。

 

 

 

 

「……ところで桂馬くん」

「どうした?」

「あの主将と桂馬くん、どっちが強いの?」

「僕は神だぞ? ゲームで負けるはずが無いだろう」

「……それもそうだね」






という訳であの人のルートです、ヒロインまだ出てきてないけど丸分かりですよね。
将棋の知識はにわか仕込みです。妙な豆知識を出すのが精一杯です。

皆さん田坂主将はご存知ですか? 神のみではかなり珍しいフルネームが出てくる男性です。
男子『生徒』と条件を付ければ桂馬を含む3名のうちの1名になります。『駆け魂隊の協力者でない』まで条件を付ければ唯一に。

主将は実力をちゃんと認めてくれる人にはちゃんと対処してくれるんじゃないかと勝手に想像してみました。
まぁ、おだてられやすいってだけな気はしますが。

実は最初はエルシィモードの錯覚魔法だったんですが、色々あって西原モードに変更しました。
ちなみに、一番の問題点は『エルシィの姿の人がまともに将棋をする事』だったりします(笑)
流石に私服姿だと目立つので制服です。美里東高校の。


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01 道場破りの来訪

 駒の並べ方や基本的な用語やルールが大体分かった辺りで部室に新たな客がやってきた。

 

「たのもー! ここで一番強い奴を出しぃ!!」

 

 入って来た人物は女子で、見覚えの無い制服を身に纏っていた。

 

「道場破りか? 初めて見るな。

 って言うかわざわざ他校から殴り込んできたのか」

「美里東高校の制服だね」

「……そう言えば近くにそんな高校があったな」

 

 こういう予期しない突発的な遭遇は往々にして駆け魂フラグだが、中川が持ってきている駆け魂センサーには反応が無い。いやー良かった。

 

 

「うちの部に道場破りとは良い度胸だな!」

「ここが県大会個人戦2連覇の御方がいらっしゃる舞島学園将棋部と知っての狼藉か!」

「道場破りか~初めてだな。お茶用意するね」

 

 道場破りの呼びかけに反応したモブ部員達が道場破りにわらわらと詰め寄る。

 何かこいつら楽しんでる気がするな。

 しばらく様子を見ていると主将がやってきた。

 

「へぇ、君が僕に挑もうって言うのかい?」

「アンタがここで一番強いん?」

「まあそういう事になる。まずは名前を訊いておこうか。無謀な挑戦者さん?」

「舞島市立美里東高校将棋部2年、榛原(はいばら)七香(ななか)や。アンタは?」

「フフン、田坂三吉だ。覚えておきたまえ」

「あー、はいはい。とりあえずさっさと始めるで」

「き、キミぃ……まあ良いだろう。では始めよう」

 

 そうして、主将と道場破りの対局は始まった。

 

 

「あ、勉強になりそうだから見てくるね、桂馬くん」

「ああ行ってらっしゃい」

 

 ……僕も様子を見ておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 桂馬くんと一緒に将棋部に行ったら道場破りの人が来た。

 明らかに普通じゃない女子を見て一瞬ポケットに忍ばせてる駆け魂センサーに視線を向けてしまったけど幸いな事に反応は無かった。

 そりゃそうだよね。桂馬くんと一緒に居る度にセンサーが鳴ってたらキリが無いもん。

 駆け魂の事は忘れて勉強の為に見学をさせてもらう事にした。

 

「フフン、君は少々破格なものに手を出してしまったようだね」

 

 主将さんが挑戦者に話しかける。対局中は基本的に私語厳禁ってさっき借りた入門書に書いてあったんだけど……あくまでマナー違反なだけだから特に罰則は無い。

 相手を舐めてる態度が伝わってきたので私からの印象は悪くなったけどね。

 そんな挑発を受けた挑戦者さんは特に反応せず淡々と手を進めていく。

 

「なんたって僕は奨励会の人間にも勝った事があるからね。

 流石にプロには敵わないが、アマチュアの中ではトップクラスだ」

 

「君はこの対局で真の強さというものを目の当たりにする事だろう……!」

 

 榛原さんは淡々と手を進めていく。

 手を、進めていく。

 

「ほい、勝ったで」

「ふげぁっっ!?」

 

 そしてあっさりと主将さんは負けた。

 

「あんた、そんな強うないな」

「…………」

「ん? お~い、どした?」

「…………」

 

 あれ? 主将さん気絶してる。よっぽどショックだったのかな?

 

 

「ところで桂馬くん、この2人って強かったの?」

「ん? そこらのコンピューターのレベル99よりは強かったと思うが、僕に比べたら大したことは無いな」

「何やと? そこのメガネ、今なんつった!」

 

 あ、しまった。桂馬くんの発言が榛原さんに聞かれた。

 これは……ちょっと面倒な事になっちゃいそうだね。

 

「おいアンタ、強いんか?」

「フッ、僕は神だぞ? 強いに決まっているだろう」

「か、神? よう分からんけど強いんやな? 勝負や!!」

「……こんな勝負を受けた所で僕にメリットは全く無いんだがな」

 

 私個人の意見としては桂馬くんの対局は見てみたいかな。

 ただ、それ以外に桂馬くんが勝負する意味が全く無いんだよね……

 

「と、とにかく勝負や! 勝負!!」

「……やれやれ、断る方が面倒だな。

 サッサと終わらせるぞ」

「おお、ようやくその気になったな? おっしゃ行くで!」

 

 主将が気絶してて邪魔だったので別の机で対局準備をして互いに向かい合う。

 そして、対局が始まった。

 

 

 

 

 ……数分後……

 

「……お~い」

「ちょ、ちょい待ちぃ! 今考えとるんや!!」

「いや、考えるまでもないと思うんだが……」

 

 私は素人だから状況はあんまり詳しくは説明できないけど、素人でも分かるくらい桂馬くんが優勢でそろそろ詰みそうだという事は分かる。

 そんな事は榛原さんにも当然分かると思うんだけど……

 

「あんまりこういう事は言いたくないんだが……そろそろ諦めて投了してくれないか?」

「い、いや、まだや! ここっ!!」

 

 それでもなお榛原さんは諦めずに続ける。

 でも、それはただの悪あがきにしかならず榛原さんの王将はどんどん追い詰められていく。

 しばらく経つと私でも何とかできそうなくらいの詰将棋になり、そして完全に詰んだ。

 

「これで詰み、だな」

「う、うちが……負けた……?」

 

 榛原さんは呆然としている。主将のように気絶しないだけマシなのかもしれないけど、この人たちは少々メンタルが弱すぎないかな?

 心のスキマとかできないと良いけど……

 

「よし、それじゃあ帰るぞ」

「あ、うん。皆さん今日はありがとうございました! それでは失礼させて頂きます!」

 

 途中から勝負を見ていた部員の人たちに絡まれない為に急いで帰らせてもらう。

 扉を閉めて駆け出そうとする辺りで『あ、ちょっと!!』と呼び止める声が聞こえたが、無視して帰らせてもらった。

 

 

 

 

 

 ……あ、入門書借りっぱなしだ。

 明日返しに行けば大丈夫かな。多分。






エルシィ<<<そこら辺のアマチュア < 奨励会の下っ端 < 田坂主将 <<< 天理 ≦ 七香 ≦ 桂馬 ≦ ディアナ

強さの順番はこんな感じですかね。きっと。
天理の強さは少々謎ですが、巻末4コマで七香と対局しているので『七香よりは格下かもしれないが同等近くの実力はある』と判断しました。勝ってる描写でもあれば迷いなく同格認定できるんですが、桂馬取ってる所しか出てないですからね……

あと、七香の口調が間違ってたりするかもしれませんが、スルーして頂けると有難いです。


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02 道場破りの再来訪

 翌日の放課後、私は入門書を返す為に1人で将棋部の部室に来ていた。

 

「失礼します、田坂主将居ますか?」

「ん? ああキミか。どうしたんだい?」

 

 主将さんは奥の方で棋譜を並べてたみたいだけど私の呼び出しにすぐに応じてくれた。

 ……なんだろう、何となく雰囲気が変わってる気がする、気のせいかな?

 

「昨日借りた入門書、どさくさに紛れて持って帰っちゃったので返しに来ました」

「ああ、なるほど。役に立ったかい?」

「はい、ありがとうございました!」

 

 主将さんが貸してくれた入門書には基本的なルールは勿論、対局時の礼儀作法とかだけではなく少し気になっていた奨励会についても書いてあったので凄く参考になった。

 演技に生かす為に基礎知識さえあれば良いかと思ってたけどちょっとだけ興味が出てきた。桂馬くんとも遊べるかもしれないし。

 

「ところで、昨日はあの後大丈夫だったんですか?」

「昨日? ああ、少々恥ずかしい所を見せてしまったね。

 一応主将として県内の有力な選手の名前は覚えていたのだが、榛原七香なんて名前は全く聞いたことが無くて油断していたら……あのザマだ。

 いや、油断していなくとも9割以上の確率で負けていただろうね」

「は、はぁ……」

 

 あれ? この人本当に主将だよね? 榛原さんの前で油断しまくってたあの人だよね?

 

「いやぁ、さっきまであの時の対局の棋譜を並べていたんだが、色んな意味で酷い。

 無名の選手でもあれだけの指し手が居るんだ、僕もうかうかしていられないよ」

「そ、そうですか。

 それじゃあこれで失礼させて頂きますね」

「フフン、また何かあったらいつでも来てくれたまえ」

 

 人格が変わった主将を少々不気味に思いながらも踵を返して部室の出口へと向かう。

 扉に手をかけようとした瞬間、勢いよく扉が開き誰かが入って来た。

 

「あの男はアイタッ!」

「ふむぎゅっ!」

 

 丁度出ようとしていた私の顔面に誰かの額が思いっきりぶつかった。

 うぅ……痣にならないといいけど……

 

「おおっと、すまんすまん。大丈夫かいな?」

 

 顔を上げてぶつかってきた人を確認する。

 そこには昨日の道場破り……榛原さんが立っていた。

 

「だ、大丈夫……です」

「良かった良かった。

 ってお前さんあの男と一緒に居った子やないか」

「へ? あの男?」

「決まっとるやろ! あのメガネの男子や!」

「えっと……桂馬くんの事?」

「多分そいつや! そいつどこに居るん?」

 

 これ、どう考えても再戦希望だよね。桂馬くん面倒くさがるだろうなぁ……

 榛原さんには悪いけど適当に誤魔化して……ん?

 

「ごめん、ちょっと携帯が鳴ってる。ちょっと待って」

「おう! なるべく早くな」

 

 ポケットからかすかな振動と音を感じる。

 しかし、携帯を取り出してみても反応が無い。

 ……あれ? まさか?

 今度はポケットから駆け魂センサーを取り出す。

 

ドロドロドロドロ……

 

 手元のセンサーを見て、目の前の榛原さんを見て、もう一度手元のセンサーを見る。

 ……うっそぉ……

 

「ん? どしたん?」

「あ、いえ……」

 

 ……現実逃避してないで行動計画を迅速に立てないといけない。

 どうやって対応すべきか……

 

「……さっきの話の続きですけど、桂馬くんはもう家に帰ってしまったのでまた明日ここに来てください」

「明日まで待てんよ。もし家を知っとるなら教えてくれんか?」

「う、えっと……」

 

 『知らない』とシラを切る事もできるけど、後で嘘だとバレる可能性がある。

 今後どう転ぶか分からないのでリスクは避けたいかな。

 ……なら仕方ない。

 

「す、すいません! 用事があるので帰らせてもらいます!!」

「え? ちょっ!!」

 

 戦略的撤退を選ぼう。

 開きっぱなしの部室の扉を抜け、廊下を走って近くの曲がり角で曲がる。

 そして2~3歩進んでから錯覚魔法を切り替えてUターンする。

 

「そこ、退いてぇっ!!」

「ふぇっ!? あわわっ!!」

 

 すると追ってきた七香さんとぶつかりそうになるけど来る事は分かってたので何とか避ける。1日に2度もぶつかって痛い思いをするのはゴメンだ。

 

「な、なんなんですか一体!? 気をつけて歩いてください!!」

「お、おう、すまん」

 

 急がせた原因は私にあるけど、そんな事は棚に上げておく。

 こういう時には一瞬で姿を変えられる錯覚魔法は便利だね。

 

「あ、ちょい待ちぃ! さっきこの道を黒髪ロングのメガネの女子が通らんかったか?」

「え? えっと……確かあっちの方に行きましたよ~」

「そうか、ありがとな! それじゃっ!!」

 

 適当な方向を指し示したら七香さんはそっちの方に走って行った。

 ……よし、別ルートを通って適当に帰らせてもらおう。





何か気付いたら田坂主将がまともになってました。
まぁ、今後一切関わらないし、別に問題ないですね♪
……なんて事を思っていた時期が、僕にもありました。

七香の身長は151cmでかのんの身長は161cmなので正面衝突した場合にはかのんちゃんの顔面に七香の額がぶつかるはず。よって七香は『痛い』と声を上げ、かのんちゃんは言葉にならないはず!!
……そんなの適当でも良い気がするけどきっと気のせい。

ちなみに、これもどうでもいい豆知識ですがかのんちゃんの身長は同年代の女子だと1位のようです。流石アイドル!(プロフィールが公開されている生徒のみ。二次元含む)
ついでに2位は僅か1cm差の160cm。攻略ヒロインの結だけでなく京さん、囚われの美術部員こと飛鳥空さん(一応同年代)。ついでにフィオーレもここのラインのようです。


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03 ラスボス

「……マジか?」

「……ちょっと信じがたいけど、マジだよ」

 

 帰ってきた中川から昨日の道場破り、榛原七香に駆け魂が入ったという旨の報告を受けた。

 はぁ……ほんの少しの間だが平和だった日常が恋しい。

 

「まさかとは思うが、僕にたった一回負けただけで心のスキマができたとか言うんじゃないだろうな?」

「あくまで私の見立てだけど、桂馬くんへのあの執着っぷりを考えると凄く有り得る話だと思うよ」

「……まだ断定はしないでおくが、そうだとしたらとんでもなく厄介だな」

「一応訊いておくけど、どうして?」

「だってな……どう考えても僕はラスボスの立ち位置じゃないか」

「……ああ、確かに」

 

 もしもの話になるが、最初に七香が誰か別の人に負け、そこに駆け魂が入ったとかであれば僕は協力者として七香に近づく事ができた。

 しかし、僕の現状の立ち位置は七香が最後に越える事を目指す壁である。

 僕より強い人が現れ、七香の目の前で僕が敗北する……みたいなイベントを入れる事ができればIFルートに入れるかもしれないが、僕に勝てる存在など絶対に存在しないし下手に手加減すると七香にバレて印象を悪くする恐れがある。

 

「とりあえず、『心のスキマは別件で、偶然昨日入った』という説に賭けておこう」

「あの、桂馬くん、そうじゃなかった時の対応もちゃんと考えておこうよ。むしろそっちならアドリブで乗りきれるけど、そうじゃなかった時はちゃんと考えとかないとダメだよね?」

「……そうだな……だが、どうしたもんか」

 

 逆なら簡単なんだよ逆なら。

 告白でもしてから勝負を死ぬほど挑めば良いだけなんだから。

 だがそれを相手にやってもらうとなると……

 

「桂馬くん、私に案があるんだけど、いいかな?」

「どんなだ?」

「それはね……」

 

 

  …………

 

 

「……分かった。心のスキマが予想通りだったら、その方向で行ってみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……翌日 放課後……

 

「失礼します」

「…………」

 

 僕達がやってきたのは勿論将棋部の部室だ。

 中川は挨拶をしながら、僕は無言で部室に入る。

 そんな僕達に真っ先に反応したのは一昨日負けた主将だ。

 

「ああ、君達か。榛原くんはまだ来てないよ」

「あいつも普通に学校があるはずだからな。距離を考えたらまだ来てなくてもおかしくは無いか」

「ん? それじゃあ君は何でここに居るんだい?」

「あ、えっと……」

 

 そう言えば、西原まろんの制服はあの高校のだったな。

 関わる機会があると思ってなかったからすっかり忘れてた。

 

「フフン、まあいいさ。

 対局する時は呼んでくれたまえ」

 

 そう言うと主将は再び棋譜を並べる作業を……いや、今日は詰将棋をやってるな。

 問題集の開いてるページが表表紙に近い事、カバーが新しい事から察するに新しく買ったものなのだろう。

 まぁ、今回の駆け魂攻略においてはただのモブだ。放っておいてゲームしながら待ってよう。

 

  ……そして、数分後……

 

 バン! と勢いよく扉が開き、七香が飛び込んできた。

 

「今日はおるんか!? おるな!! 勝負しに来たで!!」

 

 随分と威勢の良い事だ。

 確かに中川の言ってた通り凄い執着だな。

 とりあえず……全力で撃退させてもらおう。

 

「ハァ、面倒だな。さっさとカタを付けるぞ」

「ハンっ! 今度こそお前を倒す!!」

 

 そして、対局が始まった。

 

 

 

「……あ、主将さん! 始まりますよ~」

「おっと、分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで詰み、だな」

「うぐっ、うぅぅ……」

 

 僕が戦う以上は大番狂わせなどあるわけもなく、普通に勝った。

 前回も今回も、特に危機感は感じなかったな。まあ当然だが。

 

「も、もう一回や!!」

 

 まあそう来ると思ったよ。

 この程度で諦めるなら最初からこんな所まで殴り込みに来ない。

 

「だが断る! 面倒くさい!」

「な、何やと!? 逃げるんか!!」

「いや、1回受けただけでもサービスしてるだろ。

 なんたって、僕が勝負を受ける事には全くメリットが無い」

「む、ぐ、ぐ……」

 

 ……とまあこんな風にガッチリと断る権利が僕にはあるはずだ。

 しかしそれでは攻略は進められない。よって、七香にチャンスを与える道を作る。

 

「……はぁ、仕方あるまい。

 今日、もう一度だけ勝負してやる」

「ほ、ホンマか!? やっぱ止めたとか無しやで!!」

「人の話は最後まで聞け。条件を与えるぞ。

 まず、次の勝負が終わったら一週間の間……今日を含めて7日間の間は再戦禁止だ」

「一週間!? そんな待てるかいな!!」

「こっちは一生でも構わんが?」

「わ、分かった! それじゃあ勝負……」

「だから最後まで聞けと。

 2つ目の条件、その一週間の間、()()()を鍛えてやってくれ」

 

 僕が示したのは隣で観戦している中川だ。

 勿論事前に本人の許可は取っている……と言うよりそもそも提案したのは中川だ。

 

「鍛える? アンタが鍛えりゃ良い話とちゃうの?」

「面倒だから言ってるんだよ。そういう事だからこちらからの要望は2つだ。

 ああちなみに、どっちも『お前が負けたら』の条件だ。勝ったら別に何もしなくて構わん。

 まぁ、有り得ない話だがな」

「……分かった、その話乗った!!」

「よし、では2回戦開始だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして、当然のように僕は再び勝利した。






原作の桂馬とディアナのようにハイテンションな勝負にしてみようかとも思いましたが断念しました。
単純に良い技名が思いつかないという事と七香が技名を叫びながら将棋指してるイメージが掴めなかったので……


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04 実戦練習

「くぅっ……やっぱり勝てへん!」

「やっと終わったか。約束、忘れてないだろうな?」

「……忘れとらん。ちゃんと約束は守る」

「そいつは安心だ。

 それじゃあ細かい話はそいつから聞いてくれ」

 

 中川へとトスを上げて部室を出る。僕の役割はしばらく終了だ。

 後は……頼んだぞ。

 

 

 

 

 

 

 うん、任されたよ。

 とは言っても、この計画は私から言い出した事なんだけどね。

 これからの1週間で七香さんと仲良くなって、まずは心のスキマの仮定が正しかったのかを確認する。

 間違っていたなら計画を修正、合っていたなら……何とかなるはずだ。

 

「榛原さん……だったよね? よろしくお願いします」

「七香でええよ。あんたは……」

「あ、西原です。西原まろん」

「んじゃうちも『まろん』って呼ぶわ。しっかしうまそうな名前やな」

「そ、そうですね、よく言われます」

 

 桂馬くんが適当に付けた名前だけど、その由来は某魔法少女らしい。

 確かに間違ってはいないんだけど、もうちょっと普通の名前は無かったのかな?

 

「んで、今から始めるんか?」

「そうですね。七香さんさえ良ければ」

「なら始めよ。お前強いんか?」

「いえ、一昨日始めたばっかりの素人です。お手柔らかにお願いします」

「敬語もええよ。しっかし初心者か……駒の動かし方とかは分かっとる?」

「それくらいならまぁ……」

 

 流石にそれくらいなら覚えてる……はず。

 あれ? ちゃんと覚えてるよね、私。

 

「まずは対局してみよか。平手でええか?」

「いや、それは無茶……いやでも実力を見る分にはそっちの方が良いのかな?」

 

 将棋にはハンデを付ける処置として『駒落ち』がある。

 格上の人は最初から駒の数を減らしてから試合を開始するという物だ。

 また、その駒落ちが無い場合は『平手』と呼ばれる。

 つまり、七香さんが言ってるのは『実力も見たいからとりあえずハンデ無しでやってみような』という事である。

 最上級のハンデである六枚落ちでも足りないと思うんだけどなぁ……とりあえずやってみようか。

 

「それじゃあ、よろしくお願いします」

「おう、よろしく」

 

 

 

 その後、私が七香さんに瞬殺された事は語るまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

  ……攻略2日目……

 

 昨日は実力を確かめる為の一局だけで終わったけど、今日から本格的に教えてもらう事になる。

 ちなみに場所は舞島学園の将棋部だ。

 他にもいくつかの案(東美里高校の将棋部とか、桂馬くんの(私が住んでる)家とか)があったけど、何とか交渉して結局ここになった。

 この姿で東美里高校なんて行ったらかなり面倒な事になるし、ラスボスの桂馬くんが居る場所に七香さんを連れていくわけにもいかなかったから。

 部員でも無い人が部の設備を使うのも迷惑にならないか不安だったけど……主将さん曰く、県の個人戦で二連覇してるのでそこそこ多めの部費が貰えており、将棋セットは余ってるから自由に使って良いとの事である。主将をちょっと見直した。

 

「よっし、強うなるためには実戦が一番や! やるで!!」

「お、お手柔らかに……」

 

 ……その後、六枚落ちのハンデを貰ったけど負けまくった。

 圧倒的な実力差に心が折れそうになるけどまだ大丈夫。桂馬くんのゲームの方が理不尽だから。

 数十回ほど負けてから、本日の特訓は終了した。

 

 

 

  ……攻略3日目……

 

 今日も変わらず六枚落ちで対局する。

 そして今日も変わらずボコボコにされる。

 一向に進展が無いのでしばらくしたら流石に別メニューを提案してくると思ったんだけど……これは素直に教える気なんて無いというアピールなのか、それとも七香さんが脳筋なだけなのか。敵意は感じないので後者なんだとは思うけど、これほど将棋が上手い人が初心者への教え方を知らないなんて事があるんだろうか?

 ……十分有り得るか。桂馬くんみたいに天才タイプだと理論をすっ飛ばして行動に移ったりするし。

 ボコボコにされるのは展開としては悪くは無いんだけど……どの辺で切り替えるべきか。

 

 そんな風に悩みながら将棋を指していたら七香さんの方から声をかけられた。

 

「……なぁ、ちょっと聞いてもええか?」

「え? なあに?」

「アンタ、ずっと負けてて辛くは無いんか?」

 

 

 私の望んだ通りのその言葉が出たその時、桂馬くんがギャルゲーが好きな理由が少しだけ分かった気がした。






七香の将棋の指導力は不明ですが、彼女であれば特に指定しなければ実戦練習しかしないんじゃないだろうかというのは作者の気のせいではないと思う。


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05 推薦

 桂木から出された条件を聞いた時には少し妙やとも思ったけど、よくよく考えてみると納得の条件やった。

 桂木はうちと一度対局するだけで、一週間分の仕事をうちに押しつけられる。

 うちもすぐに桂木と戦っても勝てへん。この一週間で悪かった点を見直してきっちり対策をたてておかんと。

 押しつけられた新人指導もあるから検討の時間は減ってまうが、睡眠時間削ればじゅーぶんやろ。

 

 押しつけられた事やけど、約束したからには全力でやらせてもらうで。

 初日は実力を調べる為に平手で対局した。

 あの男の関係者なんやから実は凄い棋士なんやないかとちょこっとだけ期待しとったんやが……その実力は普通の初心者やった。

 まぁ、あんなのが何人も居たら困るんやけどな。

 

 2日目は六枚落ちのハンデを付けて対局した。

 それでもうちが余裕で勝った。

 初心者が引っかかるようなハメ技とかにポンポン引っかかって、自陣の警戒がユルユルなもんやから簡単に駒を打ち込めた。

 性格悪いとか言わんといてや? ハンデもらっとるんやからそんくらいせんと勝てへんわ。

 

 3日目も同じように続けた。

 あからさまなハメ技には引っかからんようにはなってきおったが、それでもうちに勝つにはまだまだまだまだ遠い。

 そんくらいの事はうちと対局してるまろんも何となく理解しとるとは思うんやけど、それでも諦めたりせずに真っ直ぐ突き進んでくる。

 ……そんな姿を見て、少しだけ気になったんや。

 

 

「……なぁ、ちょっと聞いてもええか?」

「え? なあに?」

「アンタ、ずっと負けてて辛くは無いんか?」

 

 普通は負けたら悔しがる。だけどそんな素振りは一切見せない。

 まぁ、単純にうちと実力差があり過ぎて気にしてないだけなんかもしれへんけど、それでも気になった。

 

「辛くないか? そりゃあ一方的に負けてるから全然辛くないと言えば嘘になるけど、それ以上に楽しいかな」

「楽しい? どうしてや?」

「どうしてって、逆に訊くけど、七香さんは将棋を楽しんでないの? 七香さんは楽しいから将棋をしてるんじゃないの?」

「え? まあそうやけど、そういう事やなくて……」

「フフッ、ごめんごめん。分かってるよ。

 そうだね、失敗した手とかを確認して、どうすれば良かったのかを考えて、試行錯誤して、失敗して……

 そして最後に成功した時、すっごく楽しい気分になるよ」

「……そっか。分かった」

 

 こんな内容でも、楽しんでやっとるんやな。

 別にわざわざつまらない内容の指導をしてるつもりは無いけど、積極的に楽しんでやる物やとは思っとらんかった。

 

「ただ……」

「うん?」

「流石にそろそろ自分だけの試行錯誤だと効率が悪くなってきたんで、私がまだ対処できない手の対処法とかをじっくりと教えて欲しいかな」

「あ~……せやな。そうすっか」

 

 流石に実戦ぶっ続けは初心者には厳しかったようやな。

 精一杯教えたろうやないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……攻略4日目……

 

「せやから、ここはあの時にこう動かせば……」

「なるほど、そんな前から対処しとかないといけないんだね」

「そゆことやな」

「でも、相手がこうやって来た時はどうするの?」

「それはやな……」

 

 桂馬くん風に言うのであれば、七香さんの好感度は順調に上がっている。

 私がやった事は単純で、七香さんの理不尽と言えなくもない耐久実戦訓練を嫌な顔一つせずに耐え抜いた事だ。

 

 ダンスの練習で長時間体を動かしつづけた事はあったので将棋ならずっと座ってる分マシだろう……なんて考えは最初の1時間で消し飛んだ。座ってるだけでもだんだんお尻が痛くなってくるし、将棋の指し方も考え続けなければならないので頭も疲れる。

 私、強くなれてるよね……? そうじゃなかったら少しショックだ。

 

 話を戻そう。一定時間耐え抜けば七香さんの方から声を掛けてきてくれるんじゃないかと期待していた。

 1日以上経過してもその様子は無かったので自分から声をかけてみようかな~と思った頃にようやく声をかけてくれたよ。

 

 会話の目的は2つ。

 1つは単純に仲良くなる事で情報を引き出し、心のスキマを埋めやすくする為。

 もう1つは……勝利以外の価値を示したかったから。

 勝負である以上は勝ちに行くのは悪いことじゃない。だけど今回の場合は思いつめ過ぎてて心のスキマにまでなってる。

 だから、『勝たなければならない』という強迫観念を打ち崩す。これが私の計画だ。

 

 まぁ、それだけで心のスキマが埋まるとは思えない。

 何か、きっかけとなる強いイベントが必要になるだろう。

 その為にも、今は七香さんの好感度を稼いでおきたい。

 

「ところで、七香さんはプロを目指してるの?」

「ん? 言ってへんかったか?」

「聞いてないよ」

「んじゃあ言っとこうか。うちはプロを目指しとるんや!」

 

 うん、そんな気はしてた。

 奨励会よりも強い主将、よりも圧倒的に強い七香さんだ。趣味の領域でそこまでの実力に至るのは……桂馬くんみたいな変人でも無い限りは居ないだろう。

 

「それじゃあ、桂馬くんとの勝負にこだわるのも『プロを目指すのにこんな所で負けてられない!』みたいな感じなのかな?」

「……ああ、そうやな。

 将棋の世界の上の連中は超天才、いや、バケモンみたいな連中や。

 こんな所で……負けてるわけにはいかんのや」

 

 ……桂馬くんならプロの方々が相手でも圧倒しそうな気がするなぁ……

 もちろん確証は無いので黙っておこう。

 それより、一つ気になった事がある。

 

「プロって事は奨励会に入るんだよね?

 推薦してくれる人はもう見つかってるの?」

「……? 何の事や?」

「え? えっと……ちょっと待って。

 主将さん! ちょっと本借りますね!」

 

 主将さんが頷くのを確認してからつい最近借りてた初心者用の入門書を本棚から取り出す。

 そこの『奨励会』のページにははっきりとこう書いてあった。

 

『受験資格は、満19歳以下で四段以上のプロ棋士から受験の推薦を得た者であることである』

 

「……ってなってるんだけど……」

「…………え?」

 

 あ、あれ? 何か凄い問題が出てきちゃった……?






奨励会の受験資格についてはwikipediaより抜粋してきました。
一応、推薦無しでも受験できる場合もあるようですがそちらは満15歳以下なので七香には結局無理です。
作中で語られてないだけで実は推薦者が居た可能性もありますが、ちゃんとした師匠が居たなら舞島学園の道場破りなんてせずに師匠に鍛えてもらうでしょう。

……まぁ、名義を貸してただけの師匠だった可能性も大いに有り得るんですけどね。


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06 コネクション

「ど、どどどどうしよう桂馬くん!!」

 

 僕が七香と対局してから数日後、中川が泣きついてきた。

 あいつが取り乱すなんて珍しいな。エルシィならいつもの事だが。

 

「おい落ち着け、まず深呼吸」

「すーはーすーはー……

 ……よし、落ち着いたよ」

「で、何があった? 最初から話してみろ」

「うん。桂馬くんは奨励会の入会資格について知ってる?」

「資格だと? 確か……年齢制限と、あと推薦が必要じゃなかったか?」

「うん。そこまで分かってるなら話は早いよ。

 七香さん、推薦者が居ないらしいの」

「……なるほど」

 

 七香と仲良くなるために雑談していたら何か面倒な問題を掘り当ててしまったという事か。

 しっかし推薦者ねぇ……

 

「こういう時、ゲームなら意外と近い所に解決策が置いてあるんだがな。

 何か心当たりは無いのか? 例えば知り合いにプロ棋士が居るとか」

「そんな都合良く居るワケが……あ」

「……気付いたか?」

「……うん、2つあった」

「2つ!?」

「え? うん」

 

 うむむ……僕はてっきり『主将のコネを使う』が唯一の解答だと思ってたんだがな。

 他の選択肢は……アイドルのコネを使うとかか?

 

「1つ目は桂馬くんも気付いてたみたいだけど、主将さんに頼む事だね。

 もう1つは私の伝手を使うよ。

 将棋部に出向いたそもそものきっかけって覚えてる?」

「確か、将棋アニメのヒロインに抜擢されたから勉強する為、だったな」

「うん。そのアニメ、色々と妙な所はあるけど将棋の描写だけは凄く正確で、プロの人の監修が付いてるらしいの。

 今後話す機会も作れると思うからその人にお願いすれば……」

「意外な所にコネがあったな。

 だが、僕達と『中川かのん』との関係を説明するのは面倒だな。自分から言う必要は無いだろうが、訊かれたら答えられるようにはしておいた方が良いだろう」

「確かにちょっと面倒だね。じゃあこっちは後回しにして先に主将さんを当たってみるよ」

「それが良いだろう」

 

 七香の奨励会推薦の問題は何とかなるだろう。

 ……ただ、こうやって2パターンのルートが出てきた場合、大抵は両方当たるハメになるんだよな。ゲームでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……翌日(攻略5日目)……

 

「というわけで主将! お願いします!」

 

 早速私は主将に頭を下げていた。

 勿論、七香さんも一緒だ。

 

「よろしゅうお願いします!」

「ああ~……推薦ねぇ。

 確かに僕なら何とかできるかもしれないが……そうだね、一つ条件がある」

「な、何や?」

「そう身構える事は無い。簡単な事だよ」

 

 そう言って主将は七香さんに頭を下げた。

 

「僕と、対局をして下さい」

 

 要するにリベンジがしたいという事だろう。

 あの時は凄く慢心してたもんね。そりゃ対局したくもなるよ。

 

「またやるん? 結果は変わらんと思うけど?」

「それでも構わないさ。僕が君と対局をしたい。結果に関わらず君を推薦する。それだけだ」

「……ほんなら、サッサとやりますか」

 

 

 

 

 

 ……そして10分後。

 

「ほいっと、これで必至やな」

「……確かにそのようだ。投了しよう。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

 主将はかなりあっさりと負けた。だけど主将に慢心やミスは一切無かったように見えた。

 単純に、七香さんが強すぎただけなんだろう。

 

「これで推薦してくれるんやな?」

「勿論だとも。ちょっと待ってくれ、電話をかけてみる。

 しばらくしたらまた呼ぶから、2人ともいつものように過ごしててくれ」

「りょーかい。ほないくで」

「うん。今日も宜しくね」

 

 

 

  ……更に数分後……

 

「ほれ、ここはそう受けてまうと王手飛車取りされてまうで」

「あ、ホントだ。それじゃあどう受けるのが正しいの?」

「一手前の対応じゃ足りんな。もうちょい前の時点でさっさと王様を動かすべきやったな」

「あ~……確かにそれなら安心だね」

 

 そんな感じでいつもの将棋指導をしてもらっていたら主将から声がかかった。

 

「ちょっといいかい? キリの良い所で中断してくれ」

「ん、りょーかい」

 

 丁度キリも良かったので一旦中断して主将さんの所へ向かう。

 主将さんの表情はやや暗い。良くない知らせだろうか?

 

「推薦の件なんだが……第一候補は少々難しそうだ」

「第一?」

「ああ、僕にとって一番強いコネ……僕が勝った事のある奨励会の人の師匠だ。

 とりあえずその人にお願いしようと思ったんだが、今ちょっと仕事で忙しいらしい。

 忙しくなくなるまで待っても良いけど、いつになるかは分からない」

「それじゃあどうするんですか?」

「プロはその師匠だけじゃないからね。適当な人を捜す事にするよ。

 ただ、そこまで強いコネがあるわけじゃないから時間がかかるかもしれない」

「時間がかかるだけで、何とかなるんやな?」

「ああ、よっぽどの事が無い限りはね。まあのんびりと待っていてくれたまえ」

 

 どうやら問題は片付いたみたいだ。ひとまずは安心だけど……

 

「うーん、どうしようかな」

「何がや?」

「推薦の話なんだけどさ、できれば早めに終わらせたいよね? 具体的には桂馬くんとの対決より前に」

「ま、まあそうやけど」

「だから、私の方でもプロの人に連絡を取ってみようかなって」

「そんな伝手があるんか?」

「まあ一応、ね。どうする?」

「せやな……どんな先生を紹介してくれるんや?」

「確か……塔藤(とうどう)光明(こうめい)先生だったかな」

「塔藤先生!? あの塔藤先生なん!?」

「え? た、多分?」

 

 『あの』なんて言われても他の先生を知らない。

 

「って言うか、凄い食いつきようだね。知ってるの?」

「当たり前や! 今あの人は女流の中で最も強い言われとるからな!」

「そうだったんだ……」

 

 何でそんな人がアニメの監修なんてやってるんだろうか? いや、アニメ監修が悪い仕事ってわけじゃないけどさ。

 そもそも七香さん、ちゃんとプロの人に興味あったんだね。奨励会の入会資格すら知らなかったからそういう事には一切興味が無いと思ってたよ。

 

「何か失礼な事を思われとる気がするな」

「え? な、何の事かなー」

「なんか棒読みやな。

 まあええわ。あの人に推薦してもらえるんなら最高や。伝手があるんなら是非とも会わせてくれへんか?」

「……分かった。やってみるね。

 そういう訳ですので、主将、大丈夫みたいです。ありがとうございました」

「すまないね。ちゃんと報酬まで貰ったのに紹介できなくて」

「ええで、うちも良い気分転換になったわ」

 

 

 そんなこんなで、結局私の伝手で行く事になった。

 最初から七香さんの希望を聞いておけば二度手間にならずに済んだかな? ちょっと反省だ。

 

 

「しっかし、何でそんな大物との伝手があるん?」

「ええっとね……

 従兄のクラスメイトの知り合い……かな?」

「何か自信なさげやな……まあええわ」

「色々あってね。

 あ、そうだ。明日は塔藤先生と連絡が付くか調べてみるから、勉強は無しにさせてもらうね」

「え? 明日会えるんか?」

「さあどうだろう? そこは実際に試してみないと……」

「ほんならちょっと持ってって欲しいもんがあるんや。

 主将! ちょっと紙借りるで!」

 

 七香さんが近くの棚から紙を取り出そうとするが、その前に主将から紙が突き出された。

 

「フフン、ちょっと待ちたまえ、君が欲しいのはコレだろう?」

「これは……せやな、これを持ってってもらおか。

 まろん、これ頼むわ」

 

 七香さんが主将から受け取って、そして私に突き出された。

 上の方には七香さんと桂馬くんの名前があり、真ん中から下の方は表になっていて数字と漢字が並んでいる。

 将棋の入門書でも似たような物を見た事がある。これは対局の記録を取ったもの、すなわち棋譜だ。

 

「確かに、実力が分からないと推薦も何も無いもんね。

 分かった。何とか渡してみるよ」

「頼んだで」

「でも良いの? 3枚とも七香さんが負けてる棋譜だけど」

「ああ、せやな。

 でも、それがうちの実力を一番発揮できた棋譜やからな」

「……そっか」

 

 これは七香さんが負けを前向きに認めることができてるって事かな。

 この数日間の攻略が無駄になってないようで安心した。

 

「……あれ? そう言えば主将さんは何でこの棋譜を?」

「プロでもなかなか見れないレベルの戦いだ。勉強の為に取っておくのは当然だろう。

 ああ、ちなみに渡したのはコピーだから戻す必要は無いよ」

「あ、はい」

 

 桂馬くんも七香さんもやっぱり凄いんだな……





塔藤先生はオリキャラです。名前の元ネタは分かる人には分かるはず。
ちなみに歴史ネタではありません。

アニメの声優と原作漫画の監修にそれほど深いコネがあるかは微妙ですが、この世界ではギリギリ何とかなるという事にさせて下さい。


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07 アイドルの視点

  ……攻略6日目……

 

 今日はエルシィさんとの入れ替わりを解除して行動する。

 何かかのんちゃんとして活動するの久しぶりな気がする。替え玉ならともかく本人が何言ってるんだって話だけど、実際に6日振りなのだからしょうがない。

 

 

 仕事の合間の時間に例の件について岡田さんに相談する。

 

「岡田さん、ちょっと時間ありますか?」

「ああ、今日はそっちのキャラなのね。何かしら?」

 

 キャラ……? まあいいや。

 

「この前オーディションに受かった将棋のアニメ。確か『ヒカリの将棋』でしたっけ?

 あの作品を監修してるプロの方とのアポを取る事ってできますか?」

「え? まあ不可能では無いと思うけど……どうして?

 将棋を教えてもらうつもりなら……」

「いえいえ、私の友達の友達に凄く強い人が居るので奨励会に推薦してもらいたいんです」

「奨励会っていうとプロの事よね? 推薦が必要なの?」

「えっとですね……」

 

 あの岡田さんも流石に将棋の世界についてはそんなに詳しく無かったらしい。

 奨励会に入るにはプロの推薦が必要な事、ついでに正確には奨励会はプロではなく、あくまでプロの候補生への推薦であることを説明しておいた。

 

「そういう物なのね。それならそのお友達の為に何とかしてあげたいとは思うけど……

 下手な実力の子を紹介したら先方の機嫌を損ねてしまうかもしれないわね」

「そこら辺は大丈夫です。県大会で2連覇してる人が『プロでもなかなか見れないレベル』って太鼓判を押してます。

 あと、最悪直接話せなくてもこれを渡せれば大丈夫だと思います」

 

 私が取り出したのは3枚の棋譜。そして私が書いておいた手紙だ。

 手紙には『七香さんに推薦を下さい』という事を凄く丁寧な文章にして書いてある。

 

「う~ん……」

「ど、どうでしょうか?」

「……分かったわ。何とか渡しておく」

 

 ふぅ、これで目的は完了だ。

 後は普通にアイドルの仕事をこなすだけだ。

 

「ところで、あなたに将棋好きの友達なんて居たの?」

「え? はい、できたのはつい最近ですけどね。

 例のアニメの為に将棋の勉強してたら知り合ったんです」

「って事は、あなた自身はそこそこできるのかしら?」

「どうでしょうね? 一応今は優秀な師匠に教えてもらってる所ですけど」

「……顔良し歌良し性格良しの上に将棋も指せるアイドル……いける!!」

「いや、最後脈絡無さ過ぎないですか!?」

「何を言ってるのかのん、使えるものは使い切らないと!

 早速棋力の判定をしましょう! 適当なプロに連絡を!」

「ちょ、岡田さん!?」

 

 そのスキルは果たして本当に人気に繋がるのだろうか?

 その後、岡田さんは『将棋だけじゃなく囲碁にもチャレンジしてみましょう!』とか何とか言ってたけど何とか阻止した。流石に手を広げすぎです、岡田さん。

 

 

  ……その日の夕方頃……

 

 

「かのん、塔藤先生から連絡が来たわよ」

「早っ!! え、岡田さん? 棋譜は速達で送ったんですか?」

「いえ、スキャナーで取り込んでメールで送っておいたわ」

 

 あ、なるほど。それなら早く連絡付きますね。

 いやでも返信が早すぎるのでは?

 

「そ、それで、先生は何て言ってましたか?」

「明日の都合の良い時間に榛原さんって子とあなたも一緒に来てほしいって。

 スケジュールは何とか空けておくからその時間に何とか呼んで」

「分かりました。後で連絡しておきますね」

 

 塔藤先生とはかのんちゃんとして会いに行く事になりそうだね。

 勿論その場には七香さんも来るわけだけど、どうしようかな?

 初対面である風に装っても良いけど、同一人物だと明かしておいた方が受け答えが楽になりそうなんだよね。

 ……まあいいや。その時に考えよう。

 

「それで、何時頃ですか?」

「午前6時よ」

「早すぎますよ!? それって先生からの了解は取れたんですか!?」

「『明日だとその時間帯しか空いてないんですけど……』って感じでダメ元で尋ねてみたら笑いながらOKを出してくれたわ」

「ほ、ホントですか? い、一体どんな人なんでしょうか?」

「良く分からないけど、あの送った棋譜が相当気に入ったみたいよ。良かったわね」

 

 プロをその気にさせた桂馬くんと七香さんが凄いのか、それとも先生の執念が凄いのか……

 とりあえず、七香さんと桂馬くんに連絡だね。

 明日起きられるかなぁ……

 

「あ、あと、あなたの棋力の判定もついでに頼んでおいたから♪」

 

 あ、はい。そうですか。

 って言うか本当にプロに頼んじゃったんですね。主将さんでも十分だと思うのですが。





はぐれ魂の影響を利用しようとしたり、大作映画の為ならアイドルを脱がせようとする岡田さんは商魂逞しいと思いました♪


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08 塔藤先生

  ……攻略7日目……

 

 早朝、寝ぼけ眼をこすりながら事務所まで辿り着く。

 そこには既に岡田さんが待っていた。

 

「ちゃんと来れたわね、かのん。

 少しだけ休んだら榛原さんを迎えに行くわよ」

「分かりました……」

 

 流石に早朝に現地集合というわけにも行かないのでこちらから七香さんを迎えにいく。

 まあ、こっちが無茶言ってるのだからこれくらいは当然だけど。

 もちろん、その辺の事も事前に伝えてあり、住所も教えてもらっている。

 

「それじゃあ行くわよ~」

「……はぁ~い……」

 

 岡田さん元気だなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 特に道に迷う事もなく七香さんの家まで辿り着いた。

 七香さんは玄関の前で待っていてくれたのでこちらから声をかける。

 

「あなたが榛原さんですね?

 初めまして、中川かのんです!」

「い、いや、ちょい待ちぃ! 一体何がどうなっとるん!?」

「え? あれ? 迎えに行くって連絡を回したはずなんだけど……」

「そりゃあそういう連絡はまろんの奴から受け取ったけど、かのんちゃんが来るなんて一言も聞いとらんで!?」

 

 あれ? そうだっけ?

 もしかすると伝え忘れたかもしれない。

 

「とりあえず、詳しい話は車の中でね。時間に遅れちゃうから」

「お、おう……」

 

 七香さんをやや強引に車に押し込んで出発する。

 そしてまだ混乱してる最中の七香さんに説明をして妙な疑惑を持たれる前に畳み掛ける。

 

「まろんちゃんから聞いて……なかったみたいだけど、私と彼女はちょっとした繋がりを持つ個人的な知り合いです。

 今日は榛原さんに将棋のプロからの推薦が必要だという話を彼女から聞いて私経由で塔藤先生に棋譜を送りました。

 その結果、塔藤先生からはすぐにでも会って下さると返事を頂きました。

 なので、今から会いに行きます。

 何か質問はございますか?」

「え? えっと……あんたとまろんは一体どういう関係なん?」

「そこら辺は深くは詮索しないでください。

 あと、私はあまり気にしませんが塔藤先生の前ではちゃんと敬語を使ってくださいね」

「あ、ああ、分かっ……分かりました」

 

 少々冷たいようだが、かのんちゃんの時はあくまでビジネスライクに接していく事にした。

 口調を同じにしてしまうとまろんちゃんの正体がバレかねないからね。

 必要に迫られれば正体を明かしても良いけど、今はその時じゃないだろう。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、塔藤先生のお宅に辿り着く。

 岡田さんが玄関のチャイムを鳴らしてしばらくするとアシスタントらしき人がやってきて対応してくれた。

 

「先生はまだ眠いとほざ……お休みになられているので少々お待ち下さい。

 全く、だから考えなしにアポを受けるなと(ブツブツ……)

 

 確かに無茶な時間を設定したのはこっちだけど、一応了承してくれたんだよね?

 なんか舐められてないだろうか? 私たち。

 

 さて、先生が来るまでにしておくべき事があっただろうか?

 そんな事を考えながらふと隣の七香さんに視線を送る。

 

(こ、ここがプロの住んでらっしゃる家……な、何かキンチョーしてきたわ)

 

 そんな感じの事をブツブツ言っていた。

 何かやらかさないかと少々不安になってくるが、七香さんは良くも悪くも将棋バカなので将棋の話題になれば緊張なんて吹っ飛ぶだろう。

 

 その後、床の間に飾ってある高そうな掛け軸を眺めたりしていると上の方からドタドタという音が聞こえてきた。

 その音はどんどん近くなっていき、部屋の前で止まると同時に扉が勢いよく開く。

 そして、1人の女性が勢いよく入って来た。

 

「とうとうやって来アイタッ!!」

 

 ……そして、足の小指を思いっきりぶつけていた。

 何か凄く残念な感じの人だが……彼女こそが塔藤先生その人である。

 

「……コホン、我が家にようこそ、榛原七香さんと中川かのんさん」

 

 さっきの一幕は無かった事にしたらしい。

 気を取り直して挨拶を返す。

 

「初めまして、塔藤先生。本日はお世話になります」

「あーえっと、は、榛原七香です! よろしくお願いします!!」

 

 私たちが、と言うよりは七香さんが自己紹介すると塔藤先生は再びテンションを上げたようだ。

 

「まぁ、あなたが榛原さんね!

 よし、早速将棋を指しましょう!!」

 

 ……何となく、分かった。

 この人、将棋バカだ!!

 

「あの~……私も居るんですけど?」

「え? ああ、確か棋力の判定だったわね。

 うちのアシスタントに詰将棋集を持ってこさせてるわ。

 単位時間当たりでどれだけ解けたかで大体の判定をして、その後に対局もして大まかな実力を判定するわ」

「え? あ、ありがとうございます」

 

 意外とちゃんと考えててくれたみたいだ。

 

「ちなみに、どこでやれば……」

「ああ、その辺でやってて。将棋セットも用意するから」

 

 扱いが雑だ!

 まぁ、彼女の興味は七香さんが1番で、私は本当についでなんだろう。

 岡田さんもさっきから苦い顔をしながらも黙ってるので、最初から本当についでって扱いで頼んでいたのかもしれない。

 

「それじゃあ隅っこの方でやらせて頂きます」

 

 しかし、これは私にとっては好都合だ。

 七香さんが先生とどんな会話をするのかは攻略において重要な情報だ。

 詰将棋しながら聞き耳を立てるとしよう。



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09 敗者の決意

 よし、うちが今置かれている状況を順を追って整理して行こう。

 一昨日、まろんの伝手を使って塔藤先生に連絡が付くかもしれないと分かった。

 昨日、まろんからメールでアポが取れた事が伝えられた。なんかいやに早い時間帯やったけど……まあええわ。

 そして今日の早朝、家の前にかのんちゃんが居た。

 

 大事な事なんで二度言うが、うちの前にかのんちゃんが居た。

 何か話を聞くとまろんの知り合いらしい。

 なんちゅう伝手を持っとるんやあいつ。

 そしてそのままわけ分からん内に車に押し込められ、気付いたら塔藤先生と対面しておった。

 

 ……なるほど、理解はさっさと放棄して現実を受け入れた方が良さそうやな。

 

 

 目の前にはプロ棋士が居り、随分と高そうな将棋セットが用意されとる。

 ほんなら、何にも考えずに指すだけや。

 

「さて、それじゃあ始める前にいくつか説明しておくわ。

 あなたは奨励会の推薦が欲しいとの事だけど、実際に私が推薦するかはこの対局を見てから決めるわ。

 私が見るのは勝敗ではなくその実力よ。負けたからと言って即見限るなんて事は無いからのびのびと指してちょうだい」

「分かりました」

「宜しい。では、あなたから始めてちょうだい」

「よろしくお願いします!」

 

 礼をしてから、盤上を見る。

 いつも見ているはずの将棋盤が今日は少しだけ広く感じた。

 さて、どない風に進めよか。

 とりあえずうちは、飛車先の歩を進めた。

 

 

 

 

 

 パチ、パチ。

 静かな空間に駒を動かす音だけが響く。

 ちょくちょく後ろからも聞こえてくるが……そこはご愛嬌というやつやろう。

 現在、盤面は中盤戦から終盤戦に差し掛かる所や。戦況は……劣勢と言わざるを得んな。流石はプロや。

 だけど、逆転のチャンスはまだまだあるはずや。

 

 そんな時、塔藤先生が口を開いた。

 

「なるほど。棋譜で見た通りの実力ね。

 奨励会に入ればすぐにプロになれる……かもしれないわ」

「え、ホンマですか!?」

「……少し、質問に答えなさい」

 

 塔藤先生がパチリと駒を動かしながら言葉を続ける。

 

「あなたは3枚の棋譜を送ってくれたけど、どうして全て『自分が負けた棋譜』を送ってきたのかしら?」

「……それは、簡単な話です。

 アイツと……桂木との戦いがうちの実力を一番発揮できていたからです!」

「……その実力を発揮できた戦いであなたは2日間で3回も負けてるけど、悔しくはなかったの?」

「そりゃもちろん悔しいですよ。

 負けるのは嫌だったから、それを無かった事にしたくてまた挑んで、それでも負けて。

 本当に悔しかった。自分が嫌になった。

 ……でも、今は、それ以上に嬉しいんです」

「嬉しい?」

「はい、うちが負けたって事は自分はもっと強くなれる。

 そして強くなる為には、ちょっとした負けで躓いてる暇なんてあらへん!

 うちは、うちは強うなりたいんです! 誰よりも!!」

「……よろしい。はい、王手」

 

 塔藤先生から王手がかけられる。

 王さまを逃そうと手を伸ばしたが、引っ込めた。

 盤面とそれぞれの持ち駒をよく確認して……理解した。

 

「これ必至ですね。参りました」

「あら、棋譜みたいに足掻かないのね」

「そんな事をしてる暇があったらもっと勉強しますよ」

「それもそうね。

 じゃあ結果を伝えるわ。合格よ」

「ッッ! あ、ありがとうございます!!」

 

 うちは全力を出し切ったから自信はあった。

 けど、実際にちゃんとそう言われると、何か、こう……

 

「ちょ、ちょっと、泣かないの!

 これからが大変なんだからね!」

「ぅ〝ぅ〝っ、ず、ずびばぜん!」

 

 アカン、涙もろいんは親からの遺伝なんや。堪忍してや。

 

「さて、今後の予定を合わせる為にもまずは連絡先を教えなさい。

 この後はもう予定が入っちゃってるから後日また呼ぶ事になるわ」

「……はいっ!!」

「ふ~、今日は朝から良い対局ができたわ。

 それじゃあ私は少し二度寝してくるんでまた今度ね」

「ちょっと待ってください!?」

 

 先生の二度寝を止めたのは勿論うちではない。

 さっきまで部屋の隅っこの方で詰将棋してたかのんちゃんや。

 

「……ああ、居たわねあなた」

「忘れないで下さいよ!」

「えーっと? どのくらい解けたのかしら?」

「……コレです」

「少ないわね……ホントにルールが分かる程度?

 六枚落ちに更に手加減を重ねるくらいが妥当かしらね」

「とっ、とにかくよろしくお願いします」

 

 かのんちゃん……その程度の実力で塔藤先生のお宅に来たんかい。

 間を取り持ってもらったんであんまり悪い事は言いたく無いんやが、ちょっと失礼とちゃうん?

 

 ……この時のうちは、そんな事を思っとった。

 

 

 

 

 

  ……数分後……

 

「……ま、参りました」

 

 凄く悔しそうな声で投了宣言するのはかのんちゃん……ではない。

 少々信じがたいんやが、塔藤先生や。

 

「え、あれ? 勝っちゃった?」

「あ、あなた! 何で詰将棋があの程度の実力のくせに中盤戦がそんなに上手いのよ!? ふざけんじゃないわよ!!」

「いや、あの、そう申されましても……」

 

 かのんちゃんは少し考えてから説明を始めた。

 

「えっとですね、私はまだ将棋を始めて1週間程度なんですけど……」

「あれで一週間なの!?」

「まぁ、ハイ。その1週間の前半は凄く強い人に六枚落ちにも関わらず一方的にボコボコにされるだけだったので……」

「……何度もボコボコにされてるうちに六枚落ち相手の中盤戦のテクニックは身についたけど、詰みまでには行かなかったから詰将棋は壊滅的だったと?」

「きっとそんな感じです。多分」

「くぅぅっ! もう一回よ!!」

「全力でやられたら一瞬で負けそうですね……よろしくお願いします」

 

 

 

 その後、塔藤先生はちゃんと勝ったと言っておく。

 少々大人げなかった気がせんでもないけどな。

 

 しかし、かのんちゃんの指し筋、どっかで見たことがあるような……気のせいか?






将棋の描写を細かくしようかとも思いましたが知識の無い人にとっては読み難くなる上に自分も調べながらの執筆になって非常に面倒なので断念しました。

「うちが得意なんは振り飛車よりも居飛車や」キリッ

……とか書いてみたかったですけどね。
ちなみに、作中で確認できる3局(田坂主将戦、桂馬戦、ディアナ戦)では全て王将が左に寄っているので本当に『居飛車が得意』という設定がある可能性が無きにしも非ずです。
まぁ、単に若木先生が引用した棋譜が偶然全部居飛車だったってだけだと思いますが。


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10 挑戦者の宣言

  ……攻略8日目(最終日)……

 

 さて皆さん、今日が何の日か覚えているだろうか?

 そう、今日は攻略8日目。

 七香さんと桂馬くんと2回目と3回目の対局を行った日を攻略1日目としているので、その日から7日間が経過した事になる。

 つまり……

 

「……今日で僕との対局が解禁になるんだが、まさか忘れてたのか?」

「い、いいいいや、そそそそんな事はあらへんよ?」

「何で口調が七香みたいになってるんだ?」

 

 正直言うと最近忙しくてすっかり忘れてた。

 ちなみに上のやりとりは朝の家での会話である。

 攻略最終日は私たち全員の予定を合わせないといけないので会話せずに先にどっか行っちゃってたら面倒な事になっていた。

 

「今日の放課後で大丈夫だよね?」

「ああ。お前はとりあえず仕事に行って、適当な時間にエルシィに迎えに行ってもらうか」

「そうだね。何とか空けておくよ」

 

 しっかし、もう一週間経ったんだな。

 結さんの攻略の時はそれなりに緊張してたと思うけど、今回はあっという間だった気がする。

 予想外の事件が起こったせいってだけな気はするけど。

 

「それじゃあ行ってきます!」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

  ……放課後……

 

 エルシィさんによる高速送迎で何とか舞島学園まで辿り着く。

 最近はちょっと慣れてきたらしく地面に大穴を開けるような事はあんまり無くなったらしい。

 

 息を切らしながら将棋部の部室へと向かう。もちろん錯覚魔法は適用済みだ。

 授業が終わる時刻が過ぎてから30分以上経過してる。もう始まっちゃってるよね?

 

「し、失礼します! 対局は……」

 

 しかし、予想に反して七香さんと桂馬くんは向かい合ってるだけで対局はまだ始まってなかった。

 もしかして桂馬くんが止めておいて……

 

「お、ようやく来おったか。待ってたで」

「え、七香さんが私を待ってたんですか?」

「ああ。何となくお前さんには見てもらいたくてな」

 

 どうやら七香さんの方だったらしい。

 

「……よし、では始めるぞ」

「ああ、よろしゅうお願いします」

 

 お互いに礼をしてから七香さんが駒を動かす。どうやら先手と後手は既に決まってたらしい。

 

 

 

 静かな部屋に駒を動かす音だけが響く。

 いつの間にか記録用紙を片手に観戦していた田坂主将はもちろん、あのエルシィさんまでもが対局の様子を固唾を飲んで見守っている。

 この2人の対局には周囲を黙らせるような気迫というか、そんな力があるように感じた。

 戦況は……やっぱり素人な私にはよく分からない。

 ただ、最初の勝負の時は今と違って桂馬くんの優勢が何となくだけど読み取れたのでその時よりも七香さんは成長しているのかもしれない。

 

 

 お互いが次に指す手を読みきっているのか、規則正しい間隔で音が響く。

 しかし、その音が不意に途切れた。

 

「…………」

 

 桂馬くんのある一手に対して七香さんの手が止まった。

 七香さんは盤面を睨みつけながら何かを考えているようだ。

 そしてたっぷり1分以上経過した後に駒を動かした。

 

「……ほう?」

 

 今度は桂馬くんの手が止まった。

 しかし、目を瞑って10秒程度で迷い無く駒を動かした。

 七香さんはそれに驚いた様子だったがすぐに駒を動かす。

 

 その後、しばらく七香さんが長考する場面が少しずつだが増えて行った。

 七香さんが長考し、桂馬くんがその手を返す。

 そんなやりとりが十数回ほど続いて……

 

「……参りました」

 

 七香さんが投了した。

 

「ふぅ……ありがとうございました」

「ありがとうございました!」

 

 お互いに礼をして勝負は終わった。

 

 

「一つ、訊きたい事がある」

「何や?」

「77手目、お前が最初に長考したときの手だが、お前はあの時点で勝利を諦めてなかったか?」

「せやな……諦めたわけとはちゃうが、このまま行くと負けるなとは思っとったな。

 ぶっちゃけ投了も視野に入っとった」

「じゃあ何でそのまま続けたんだ?」

「あのまま終わらせたら勿体ないやないか。

 せっかくあんたと戦っとるんやから色んな手の対応を見てあんたの実力を最大限吸収してやらんとな」

「それで妙な手ばかり繰り返していたのか。なるほどな」

 

 素人の私には分からなかったけど、さっきの数分間でかなり高度なやりとりがあったらしい。

 だけど、良かった。

 今回の心のスキマの原因になった桂馬くん相手でもキチンと敗北と向き合えてる。

 これで、大丈夫だね。

 

(エルシィさん、ちょっと)

(はい? なんですか?)

(そろそろ駆け魂出るから、準備しといてね)

(はいっ! 了解です!)

 

 こっそりとこの場から去れるように将棋盤から離れてから様子を伺う。

 

 

「あんた、確か桂木やったっけ?」

「ん? ああ。そうだが?」

「桂木、いつかあんたの事はうちが倒すかんな! 覚えときぃや!」

 

 七香さんはそれだけ言うと部室を走り去った。

 そして私たちは七香さん……ではなくほぼ同時に出てきた駆け魂を追う。

 私たちはいつも通りに駆け魂を追い詰めて、攻略は完了した。



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反省会とその後

 攻略を終えた私たちは家で反省会をしていた。

 

「まずは、今回は助かった。ありがとな」

「ううん、大丈夫だったよ。

 今回は七香さんが良い意味で単純だったからそこまで大変じゃなかったし」

「良い意味で将棋バカだったからな」

 

 問題点は本人の心構えだけだった。

 家の事情がやたらと複雑な人とか、色々と面倒な恋愛感情を抱いてる人とかよりもずっと楽に済んだ。

 

「……そう言えば今更だが、最初の目的はどうなったんだ?」

「え? 何の事だっけ?」

「オイオイ、僕達が将棋部の部室に行ったのはお前が将棋を学ぶ為だったはずだぞ?」

「あ、そう言えばそうだったね。すっかり忘れてたよ」

「オイ、大丈夫か?」

「……一応目的は達成できたよ。一応」

「随分と気になる言い方だな」

「……ちょっとやり過ぎたかもしれないなーって」

 

 色んな条件が重なった結果とはいえ有名なプロに勝ってしまった。

 当然、その様子は岡田さんも見ていたわけで、『顔良し歌良し性格良しの上に将棋も指せるアイドル』として売り出そうとはっちゃけてる。

 私はただアニメの登場人物の心情とかを追いたかっただけなのに……

 

「……何とかなるよね。きっと」

「ふん、まあ、困ったらまた相談でもしろ。今回やったくらいの事なら気が向いたら手を貸してやる」

「え? じゃあテスト勉強教えて!」

「断る!」

「何故!?」

「よく考えてみろ。1科目30分で片付けるとしても5科目なら2時間半だぞ?

 それだけの量のゲームタイムを削れと言うのか?」

「それって将棋を教えてくれた時間とあんまり変わらな……いや、あの時もゲームやってたね。そう言えば」

「まあそういう事だ。

 あの時は結局半分以上はお前自身が入門書を読んでたんで僕もゲームができたが、つきっきりで勉強を教えるとなるとそうはいかん」

 

 桂馬くんの主張は『ゲーム時間が大きく削れるから』。

 許容範囲は2時間半の半分未満……と。

 

「じゃあ、5科目の半分だけなら良いの?」

「むぐっ!」

「……けーまくーん?」

「…………ったく、1科目だけだぞ?」

「ありがと、桂馬くん♪」

 

 もうしばらくしたら前期末試験がある。

 成績落としたらお父さんやお母さんに怒られちゃうからね。

 最悪の場合はアイドル休業まで有り得るんで結構切実な問題だ。

 

「ところで話を戻すけど……

 最後の七香さん、強かった?」

「どうかな……将棋の強さという意味ではそこまで変わらなかったように思えるが……

 そうだな、姿勢や気迫は明らかに違った。あいつはまだまだ強くなりそうだ」

「へー、それじゃあ桂馬くんも追い抜かされちゃうかもね」

「バカ言え。僕は神だぞ?

 数百年かけても追いつかれる事なんて無いね」

「そっかぁ。七香さんならあるいはと思ったけど……」

「フン、どうせもうあいつと対局する機会なんて二度と来ないだろうさ」

「それもそうだね」

 

 七香さんの記憶が消去されれば、私たちとの接点は無くなる。

 少し寂しいけど、しょうがない事だ。

 ……最後の戦いの棋譜、ちょっと並べてみようかな。桂馬くんならきっと覚えてるよね。

 

 

 

 

 その時の私はそんな風に少しセンチな気分に浸っていたけど、私たちの再会は意外と早くやってきた。

 

 

 

 

 

 

  ……翌日……

 

「今日からあなたの指導を務める事になったわ。よろしくね♪」

 

 仕事場に赴いた私はまず岡田さんに車に押し込まれ、しばらくしたら笑顔の塔藤先生と対面していた。

 

「あ、あの……岡田さん?」

 

 目線で「どういう事ですか?」と問いかける。

 するとすぐに返事は返ってきた。

 

「あなたを本格的に指導して頂ける人を捜して色々と調べてたら塔藤先生が真っ先に名乗りを上げて下さったのよ♪」

「いや、あの、本気で目指すんですか? 顔良し歌良し性格良しの上に将棋も指せるアイドル」

「ええ勿論よ! アイドル活動の合間を縫って塔藤先生から色々と教えてもらう予定よ!」

「かのんちゃんのスケジュールに合わせるのはちょっと大変だけど、この程度の障害で諦める塔藤光明では無いわ!」

「本気ですか!? 私が合わせるんじゃなくて先生が合わせるんですか!?」

「ええ勿論よ! 勝ち逃げなどユルサナイ!!」

「いや、あの後負けましたよね私!?」

 

 岡田さんも塔藤先生も凄く妙なテンションになってる。

 はぁ……やるしか、無いのかなぁ?

 

「まあでも、確かに私が予定合わせるのは大変なのよね~」

「という事は……」

 

 流石に冗談だったらしい。これで一安心……

 

「でも安心なさい。私の弟子があなたを指導するわ!!」

「……あの、つかぬ事を伺いますが……そのお弟子さんのお名前は……」

「もちろん、榛原七香さんよ!!」

 

 デスヨネー。

 まさか再会を、しかもこんなに早くする事になるとは。

 

「それじゃあ今日はとりあえず私が指導するわ。

 来週は七香さんに頼むつもりだから、ヨロシクね♪」

「……よ、よろしくお願いします」

 

 

 

 

 と言う訳で、私は1週間後に再会を果たす事になった。

 ……だけどね、もっと早く再会した人が居るんだよ。

 誰の事かって? もちろん、桂馬くんである。

 

 

 

 

 

 

 

  ……日曜日……

 

 休日とは素晴らしい!

 一日中ゲームに没頭できる。これほど素晴らしい事は無い!!

 しかも、中川は仕事に出かけ、エルシィと母さんはどっかに買い物に行ったらしい。

 1人で、誰にも邪魔される事なくゲームができる! ああ、何と素晴らしいんだ!!

 

ピンポーン

 

 ふっ、何だか知らんが居留守だ居留守!

 

ピンポンピンポンピンポーン!

 

「ったくうるさいな。誰だ!」

 

 部屋の窓から顔を出して玄関の様子を確認する。

 するとそこに居た人物……七香と目が合った。

 

「お、ちゃんと居るやんけ。桂木ぃ、出て来ぃ」

「お、おおおお前っ、ななな何で居るんだ!?」

 

 ば、バカな!! 記憶を失ったんじゃないのか!?

 

「何でって、将棋しに来たに決まっとるやないか」

「そうじゃなくてだな!!」

「ここまで来るのは大変やったで。職員室の人に門前払い喰らって、何とか主将さんに頼み込んで住所調べてきて貰って、何回か道に迷って……」

「そういう事じゃねぇよ!!」

 

 急いで駆け下りて玄関の扉を開けた。

 そこには澄ました顔の七香が居る。

 

「お、おいお前!」

「何や?」

「……僕の事、ちゃんと覚えてるのか?」

「あのなぁ、うちはお前さんよりは将棋弱いけどそこまでアホやないで?」

 

 どういう事だ? 地獄がミスった?

 ……いや、そもそも僕は七香とあんまり関わってない。

 だから地獄が記憶消去の必要無しと判断した可能性が……

 

「おいふざけるなよ現実(リアル)!!」

「な、なんや、急にどないしたんや!」

「ええい、一局だけ付き合ってやる。それが終わったらさっさと帰れ!!」

「お、おう、ほな行くで!」

 

 

 僕は、その時まだ知らなかった。

 これからも一週間置きに七香が勝負を挑んでくるようになるなど……

 やっぱり現実(リアル)はクソゲーだ!!




というわけで榛原七香編終了です!

最初の予定ではプロの下りは物凄くザックリとやる予定だったんですが、書きだしたら放置できなくなって結局数話使う事になりました。まぁ、結果オーライだったかな。

今回はある意味邪道で、ある意味正攻法での攻略だったかなと思います。
原作における心のスキマの原因さんが未登場なのでその辺を桂馬に担当してもらい、恋愛による攻略は早期に断念しました。
そして原作では結局出来なかった『勝利が全てではない』という事を伝える方針にしてみました。


さて、次章についてです。
2年生の呪いは一応は解けましたが……
ぶっちゃけて言ってしまうと日常回Bを引きました。
適当にお茶を濁せばあっさりと終わりそうなものですが、要らん事を思いついたせいで難航しそうです。

それでは、また次回お会いしましょう!


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偽アイドルとアイドルと
アイドルの襲来


 はい皆さんこんにちは! 今日はこのパーフェクトな替え玉であるこの私が主役ですよ!!

 今から私が語るのは、七香さんを攻略していた時に起こった事!

 そう、私の大事な『先輩』との出会いのエピソードです!!

 

 

 

 姫様から昨日突然『入れ替わってほしい』と頼まれました!

 そんじょそこらの人間や悪魔だったらそう簡単には対応できないでしょうけど、なんたって私は優秀なアクマですからね!

 頼まれた翌日からアイドルとして堂々と活動します!

 

「おはようございます!!」

「あらおはよう。今日からそっちのキャラなのね」

「? キャラ……?」

「何でもないわ。それじゃあミーティングを始めるわよ」

「はいっ!」

 

 姫様はまめな性格なのでいつもちゃんと予定表を私に渡してくれます。なので、ミーティングで聞くまでもなく大体把握できています。

 今日の予定は確か、午前中はラジオの収録、午後はデゼニーシーでのイベント、夕方からガッカンランドでのイベントだったはずです!

 

「今日の予定はグラビアの撮影、市内のボランティア活動、あとプチコンサート……」

「……あ、あれ?」

 

 姫様から渡された予定表をもう一度よく見てみます。

 ……あ、これ先週の予定でした!

 

「かのん? 大丈夫?」

「え、あ、はいっ! 大丈夫です!」

「なら良いけど……この予定にちょっと修正が入ったわ」

「え? はいっ、何ですか!」

 

 ミーティングの段階で修正が入るというのは珍しいです。一体どうしたんでしょうか?

 

「実は、うちと仲良くしてる事務所のアイドルがこっちに研修に来るのよ」

「研修、ですか?」

「ええ。研修って名目だけど、『ちょっと売れてるくらいで調子乗ってる奴が居るんでシメて欲しい』って頼まれたのよね」

「は、はぁ……あの、売れてる事は良い事ですよね?」

「それはそうだけど、才能があってもっと上を目指せるはずなのに慢心しちゃってるらしいのよ。

 だから気合を入れ直して欲しいってさ」

「なるほど。それで私は何をすれば良いんでしょうか?」

「意識して特別な事はしなくて良いわ。

 一緒に付いてきて見学したり、たまにちょっと手伝ってもらったりするだけだから。

 先輩として堂々とした態度を見せつけてやりなさい」

「せ、先輩……はいっ! 分かりました!!」

「いやに気合入ってるわね」

 

 そりゃそうですよ!

 なんたって先輩ですよ先輩!

 凄くカッコいいじゃないですか!

 

(いつものかのんなら心配無いけど、こっちのキャラだとちょっと不安だなぁ……)

「え? 何か言いました?」

「ううん、何も言ってないわ」

「そうですか?

 あ、そう言えばその後輩のアイドルってどんな人なんですか?」

「名前は黒田(くろだ)(なつめ)

 どんな人となると……ちょっと調子乗ってる感じの人らしいわ」

「……余計分からなくなりましたね」

「会ってみれば分かるはずよ。頑張りなさい」

「はい! 頑張ります!」

 

 一体どんな人なんでしょう、私の後輩!

 キラキラした目で私を慕ってくれるような、そんな後輩がいいな!

 

「ここが中川かのんの居る事務所? ずいぶんとみすぼらしい場所ね」

「……え?」

 

 私が未来への希望に胸を馳せていたら聞き覚えの無い声が聞こえました。

 声のした方を振り返ると金髪サイドテールの女の子が立っていました。

 ま、まさかとは思いますが……

 

「ま、今日は世話になるわけだから一応挨拶しておいてあげるわ。

 私が567プロダクション所属の黒田棗よ」

 

 ……私のささやかな夢は、一瞬で砕け散ったようです。

 明らかに敬意のカケラも無い感じです! 向こうの人に『シメて欲しい』って言われるのも納得です!

 で、でも私は心の広い()()ですからね! この程度は笑って許してあげようではありませんか。

 

「は、初めまして、私は中川……」

「フン、アンタが中川かのん? 実物を見ると大した事無いのね」

「…………」

 

 何なんですかこの人! 後輩のくせに生意気です!!

 い、いえ、取り乱してはいけません。今の私はほんのちょっとだけドジで落ちこぼれのエルシィではなく完璧アイドルである歌姫様こと中川かのんちゃんです!

 この程度の事で動揺していては……

 

「今一番の人気だって言うから何か得られるかもしれないと思ったけど、とんだ期待はずれだったわね。

 はぁ、時間の無駄だわ」

「ちょ、ちょっと待ってください! まだ何もしてないのにどうしてそこまで言われなきゃならないんですか!」

「うるさいわね。本物のアイドルだったら会った瞬間にビビっと来るような本物のオーラを持ってるはずよ。

 それが無いアンタは、所詮は運が良かっただけの紛い物よ」

「うぐっ!」

 

 た、確かにそうなんですよね。私は所詮は替え玉で、ただ運が良かったからここに座っているわけで……

 あ、あれ? この人の言ってる事は正しいんでしょうか?

 

「か、かのん! 気圧されちゃだめよ!」

「はっ! す、すみません」

 

 そうだ、ここで私がへこたれてたら姫様が舐められます!

 パーフェクトな替え玉として、この生意気な後輩をうならせてやりましょう!!





 黒田棗という名前はほぼオリジナルですが、元ネタとなったキャラは漫画に一応登場しています。
 黒っぽいイメージを持ち、
 もとの名前をちょっといじってナツメにしました。
 元ネタは……最終話くらいで明かしましょうか。

 前日くらいに連絡されてもできる仕事なんてたかが知れていると思いますが、そこはご都合……岡田さんの本気が炸裂したという事にしておいてください。
 一応、飛び入り参加は流石に有り得ないもの(かのんちゃんがメインとなるイベントなど)は最後以外は避けたつもりなので。


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中川かのんのお仕事

 というわけで、まずは今日の最初のお仕事、グラビア撮影です!

 ちなみにマネージャーさんによれば『グラビア』というのは印刷方法の事だそうです。決して水着姿の写真の事だけを示すんじゃありませんよ!

 

 気合を入れてみたものの、このお仕事で私がする事は単純です。

 『指定された衣装に着替えて、カメラマンさんの指示に従ってポーズを取る』

 それだけですね。私でもできる簡単なお仕事です!

 

「はい、もうちょい立ち位置を左に!

 もっとスマイルで!

 手の商品のロゴが見えるようにして!」

「は、はいっ!」

 

 ま、まあ指示は多いですが、そこまで大変じゃないです!

 こういう簡単な仕事でも手を抜かず、棗さんにセンパイとしての威厳って奴を見せつけて……

 

「見てるだけでイライラしてくるわね。ちょっと、予備の衣装はある?」

 

 あれ? 棗さんが怒った口調で更衣室の方に行っちゃいました。

 少し待つと私と同じ衣装に着替えた棗さんがやってきました。

 

「アンタ、まさかとは思うけどこの仕事を『指定された衣装に着替えて、カメラマンの指示に従ってポーズを取る』だけの仕事だなんて思ってないでしょうね?」

「ふぇっ!? えっと……」

 

 どうして分かったんでしょうか!? まさか棗さんはエスパー!?

 

「カメラマンの腕が良ければ、それでも良い画が撮れるでしょうね。

 でもね、常にそれが通じると思ったら大間違いよ!

 私が見せてあげるわ。プロとしての理想の被写体を!」

 

 そう一方的に言い放った棗さんは私を押しのけてカメラの前に立ちます。

 そしてビシッとカッコいいポーズを決めました。

 

「おおおお!!! そうそう! その画が欲しかったんだよ!!」

 

 カメラマンさんは特に何も指摘せずにバシャバシャと写真を撮り始めました。

 そ、そんな……私だったら数十分かかるような事をこんな簡単に……

 

「ふふん、この程度もできないなんて中川かのんも大した事はないわね」

「…………」

「どうしたの? 何も言い返せないの? まあ事実だからしょうが……」

「……す」

「ん?」

「す、凄いです! 感動しました! どうやったんですか!!」

「…………はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 『アイドル』って仕事はプライドが無いと務まらないというのが私の持論だ。

 自分こそが一番になる、一番になれるという自尊心が無いようでは他の人を魅了するなんて事はできやしない。

 今の一番人気のアイドルが中川かのんだって事はいくつかのアンケートが示しているから事実だと認めざるを得ないけど、それでもすぐに追い越してやるって思っていた。

 

 そんな私が中川かのんと対面できる事になったのはつい昨日の事だ。

 私もその時知った事だけど、うちの事務所と中川かのんが所属している事務所はそこそこ仲がいいらしい。

 その伝手でうちのマネージャーが私の管理をこっちの事務所に丸投げしたらしい。

 こちらとしてもあのやる気のないマネージャーには嫌気が差していたのでむしろちょうど良かったのかもしれない。

 この機会に移籍というのもアリだ。勿論、この事務所でも良いし、別の所でも私の実力なら十分に受け入れてもらえるでしょ。

 でもその前に、今トップのアイドルから得られる物を得られるだけ搾り取っておきましょうか。

 

 ……と、数十分前の私は考えていた。

 

 しかし、件の中川かのんに実際に会ってみてその考えは消した。

 何だこの小娘は。ただの素人じゃないか。

 アイドルとしての心構えも、アイドルとしての存在感も、何も感じない。どうしてこんなのが私より人気があるんだろうか?

 適当に挑発してみても子供じみた反論しかしてこない。双子が演じる偽物だと言われた方がまだ信じられる。

 

 そして極めつけは、この発言だ。

 

「す、凄いです! 感動しました! どうやったんですか!!」

 

 最初はもの凄く高度な皮肉かと思った。

 だけど、それにしては目がキラッキラ輝いていて、その姿はアイドルに憧れるファンのようにしか見えなかった。

 

「アンタ……トップアイドルともあろう者が、ふざけてんの!?」

「ふぇ?」

「アイドルなら、そんな風に簡単になびくんじゃないわよ!

 バカにしてんの!?」

「え、バカになんてしてないですよ?」

「その態度がバカにしてるって言ってんのよ!」

 

 有り得ない。こんなアイドルは有り得ない!

 

「え、棗さん? どこに行くんですか?」

「先に車に戻ってるわ! アンタはさっさとその仕事を片付けてきなさい!」

 

 凄くイライラする。あいつの、中川かのんのせいだ!

 今日一日耐えて、こんな所に押しつけたあんな事務所はスッパリと縁を切ってやる!!

 

 

 

 

 

 お、おかしいですね。褒めたはずなのに何故か怒られてしまいました。

 撮影を一発で決めるコツを是非とも教えてほしかったのですが……しょーがないですね。

 何とか自力で撮影を終わらせて、次の仕事に行きましょう!

 

 

 

 次のお仕事は鳴沢市でのボランティア……ゴミ拾い活動です! まさに私の為のお仕事ですね!

 このお仕事なら、私の凄さを知らしめる事ができるはずです!

 

「ねぇ、岡田さん……でしたよね? ちょっと訊きたい事があるんですけど、いいでしょうか?」

 

 車での移動中、棗さんがそう言いました。

 お掃除の手順なら私に訊いてくれれば良いのに。

 

「何かしら?」

「今更ですけど『ボランティア』って、アイドルの仕事なんですか?

 いや、宣伝っていう意味では悪くは無いのかもしれませんけど、あの中川かのんがやる仕事とは思えないんですけど?」

 

 あらら、お掃除の話じゃなかったみたいです。これでは口出しできませんね~。

 

「あ~、それね。これはオフレコで頼みたいんだけど……

 実はコレ、正式な依頼なのよ。やや少なめだけどギャラもしっかりと貰ってるね」

「えっ? それってボランティアじゃないですよね……?

 って言うか何の為にそんな依頼が?」

「鳴沢市の市長の政策らしいわ。

 『アイドルが参加するボランティア活動』って事で街の美化を推進するとかなんとか。

 あと、街の名前を有名にしたいって意図もあるらしいわ」

「……理に敵っているようなそうでないような政策ですね」

「実際に効果があるかどうかは私達の領分ではないわね。

 あなた達は気にせずに清掃活動してくれれば良いわ」

 

 何だか途中の話はちょっとよく分かりませんでしたが、とにかくお掃除すれば良いそうです!

 頑張りましょ~!

 

 

 

 

「皆さん! 今日はお暑い中お集まりいただきありがとうございます!

 今日は私と一緒にこの街を綺麗にしちゃいましょー!

 それじゃあお掃除大会スタートです!」

 

「「「おおおーーーー!!!」」」

 

 会場に行ってみたら凄い人数が集まってました。

 この方々全員が私のようにお掃除が大好きという事も無いのできっと姫様のお力のおかげですね。

 この機会に皆さんにお掃除の魅力を知ってほしいです!

 

「さ、棗さんも頑張りましょ~!」

「……はぁ、ま、仕事なら仕方ないわね」

 

 先ほどは棗さんのカッコいい所を見せてもらいましたからね! 今度は私の番です!

 

 

 

 

 

 

 

「うぅぅ……あづい」

「地獄の猛暑に比べたらまだまだですよ、頑張りましょう!」

「そりゃ猛暑日と比べたら暑くは無いでしょうけど。

 って言うかアンタは何でそんな平気そうなのよ」

「それはですね、遮熱結界……げふんげふん、日頃の鍛錬の賜物です!」

 

 何か今『結界』とか言ってた気がするけどきっと気のせいね。

 しかし、意外だった。

 最初はあの中川かのんがこんな雑用みたいな仕事を真面目にやるのか疑問だった。

 でも始まってみればまるでプロの掃除人のようにテキパキとゴミを拾い集め、たまに妙なゴミが出てきても適切な処理をして回収してる。

 このイベントの為に用意されたらしい作業服にしては可愛いと言える服を汚しながら一生懸命に掃除をしている。

 

「おおっと! あんな所にも!」

「え? あ、アンタちょっと!」

「よし、取れ……わわわっ!」

 

 中川かのんが見つけたゴミは川の水面のギリギリ手が届きそうな所にあるゴミだった。

 何とか取る事には成功したようだが、バランスを崩してバチャンと大きな音を立てて川の中に落ちた。

 

「アンタ……大丈夫?」

「ぷはっ! だ、大丈夫です!」

 

 川岸に近かった事もあって水深はかなり浅い。なので中川かのんはすぐに起き上がった。

 その手にはちゃんと拾ったゴミとゴミ袋が握られており、頭には水中で引っ掛けたらしいビニール袋が張り付いていた。

 

「アンタ……本当にアイドルなの? こんなアイドルらしくないアイドルなんて初めて見るんだけど?」

「ええっ? そんな事ないですよ!」

「とりあえず、頭に張り付いてるそれをとっとと片付けなさい。凄く間抜けよ?」

「え? あわわっ!」

「あと、塗れたままだと風邪引くから一旦戻るわよ。替えの服があると良いけど」

「ええ? このくらいなら大丈夫ですよ?」

「いいから行くわよ! アイドルの身体ってのは自分だけの物じゃないのよ!」

「は、はいぃぃ!」

 

 ってアレ? 何で私が保護者みたいな事をやってるの?

 さっきからどんどんペースが崩されてる。それもこれも中川かのんのせいだ!






ただの市長が実際にこんな策略を立てるのかは分かりませんが、オリンピック召致を掲げるくらい野心家の鳴沢市市長ならあるいは……


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アイドルとはぐれ魂

「かのん……一体何してるの」

「うぅっ、スミマセン」

 

 ずぶ濡れになった中川かのんを岡田さんの所まで連れて行ったら案の定と言うべきか怒られていた。いい気味だ。

 

「ところで岡田さん、この衣装の予備ってあるんですか?」

「ええ、それは勿論ある……

 ……いえ、あったわ」

「え? 何故過去形?」

「市長がわざわざ特注で用意した衣装風作業服には一着だけデザインを少し変えた予備があったんだけど……」

「一着だけ? もしかして……」

「ええ。あなたが今着てる服よ」

 

 あまりに自然に参加させられたから忘れかけてたけど、そう言えば私は飛び入り参加だったわね。

 衣装も用意してあって手回しが良いと思ってたらそういう事か。

 

「そういう事なら私の衣装をお返ししましょうか?」

「そうね……ちょっとクライアントと相談してくるから2人はここに待機してて」

「分かりました」

「りょーかいしました!」

 

 

 

 岡田さんが行ってしまったので今は中川かのんと2人っきりだ。

 一応ついさっきまでも一緒にゴミ拾いしてたけど、落ち着いた場所で2人っきりというのは何気に初めてだ。

 

「? どうかしましたか?」

「……何でもないわ」

 

 やはりコイツが分からない。

 何で人気が出てるのかも分からないし、本人の性格というか何というか……本人そのものも何かこうぽわぽわしてて掴み所が無い。

 こんなので人気が出るなんてこの世の中は間違ってるんじゃないだろうか?

 いや、それとも間違ってるのは……

 

「あの~、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ! アンタに心配される筋合いは無いわ!」

「あうぅ~、そんな事言わずに仲良くしましょうよ~」

「アンタねぇ……」

 

 『みんな仲良く』なんてトップアイドルの……他人を蹴落として上がってきた奴のセリフじゃないでしょうに!

 普通に考えれば挑発してるんでしょうけど、コイツの場合は素で言ってそうなのよね。

 あームカつく! ホントにムカつく!!

 

「アンタ……アンタ何なの? 一体何者なのよ……」

「え? 何者か、ですか? それは、えぇっと……」

 

 私が放った何気ない質問に対して中川かのんは顔を俯かせて深く考え込んでいた。

 別に答えを求めていたわけじゃないんだけど、まあ放っておけばいいか。

 と思っていたら中川かのんは突然顔を上げた。

 

「っ! この気配は!!」

「何? どうか……」

 

 どうかしたの? と私が訊く前に中川かのんが鋭い声を上げた。

 

「伏せてください!!」

「え? あぐっ!!」

 

 突然横合いから殴られたような衝撃が私を襲う。

 体を起こしながら後ろを振り向いて確認したが、そこには誰も居なかった。

 ……いや、違う。

 空中に、何かが居る。

 限りなく透明に近い半透明の何か。

 どういう事なの? 何かのドッキリに巻き込まれた?

 

「駆け魂……いえ、宿主を持たないはぐれ魂ですね」

 

 いやに落ち着いた中川かのんが空中を睨みつけながら訳の分からない事を言う。

 つまりドッキリの仕掛け人は中川かのん……のわけは無いわよね。コイツにそんな腹芸ができるとは到底思えない。

 

「姫様は今は居ないから……仕方ないですね。このくらいなら何とかなるはず!」

 

 そう言って何事かを決意すると、中川かのんは歌を歌い出した。

 

「♪♪~♪♪~ ♪♪~♪♪~

 ♪♪~♪♪~ ♪♪~♪♪~

 ♪♪~♪♪~ ♪♪~♪♪~

 ♪♪♪~ ♪♪ ♪♪♪♪♪~♪~

 ♪♪♪~ ♪♪ ♪♪♪♪♪~♪~」

 

 聞いたことの無い歌だ。少なくとも中川かのんの歌ではないだろう。

 歌声が響くと同時に空中に居た透明な何かは少しずつ存在感を薄くしていき、しばらくすると完全に消えたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや~、ビックリしましたよ!

 まさか私が姫様の替え玉をやってる最中にはぐれ魂がこっちにやってくるなんて思ってもいませんでした。

 どうやら棗さんを狙っていたようなので咄嗟に結界で突き飛ばして、襲ってきたはぐれ魂を結界で捕らえて、何とかしました。

 前の時は魂度3の駆け魂でしたが、今回は宿主の居ない弱いはぐれ魂だったので何とか一人でも倒せましたよ!

 

「……ふぅ、討伐完了です。やはり結構疲れますね……」

「あ、アンタ……一体……?」

「う~ん……仕方ないですね。それでは説明しましょう!」

 

 どうやら棗さんに一部始終見られていたようですね。一応、はぐれ魂や結界は霊感の無い一般人には見えないはずですが、そこら辺は個人差があるらしいし、何事かが起こっていた事は理解しているようなので全部説明しちゃいましょう。

 どうせ室長に報告したら記憶操作されるでしょうし。

 

「まずはですね、私は中川かのんではありません!」

「…………はぁっ!?」

「私の名はエリュシア・デ・ルート・イーマ! 地獄から来た駆け魂隊の悪魔です!!」

 

 錯覚魔法を解きながら、ババーンと名乗り出ます!

 ふっふっふっ、こういう時の為に名乗り上げは散々練習しましたからね! あまりの格好良さに棗さんも固まっているようです!

 

「ちょ、ちょちょちょちょっと待ちなさい!! どどどどういう事なの!?」

「どこから話しましょうかね。とりあえず駆け魂についてでしょうかね~」

 

 

 

 

 そんな感じで、棗さんには駆け魂や地獄の事、私と姫様の事などをかいつまんで話しました!

 あ、神様の事は話してないです。面倒だったので。




 原作中では駆け魂とかが一般人にどう見えるかは明言はされていませんでしたが『霊感的なものがあれば見える』くらいで大丈夫でしょう。きっと。

 今回はエルシィが単独で駆け魂を消滅させましたが、これは相手が宿主を持たないはぐれ魂だったから成功した事であり、普通の駆け魂が相手だと弱めるのが精いっぱいです。(しかも凄く疲れる)
 はぐれ魂は宿主が居ないんだから弱いはずだという理論ですね。
 ……尤も、若木先生の作品でははぐれ魂の方が強力な能力を振るって甚大な被害を出していた気はしますが……きっと気のせいでしょう。


 読者の方から「同棲ってかなりのスキャンダルだよね」という旨の指摘を受けたので最後に文を追加しました。神様に関する説明は省略しても問題ないですね。「かのんちゃんが地獄の(ポンコツ)アクマと協力して悪霊退治してる」って感じの事さえ伝われば良いので。


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偽アイドルと『先輩』

 目の前の人物、中川かのんじゃなくてエル……エルなんとかの説明が終わって錯覚魔法とやらをかけ直した辺りで岡田さんが帰ってきた。

 

「2人ともお待たせ。あら? どうかしたの?」

「い、イエ、何でもない、です」

「そう? それで、クライアントに今後の事を訊いてきたけど、任せるって言われたわ。

 あなたはどうしたい?」

「…………少し、休ませてください。衣装は返すので」

「分かったわ。ちゃんと水分補給しておいてね」

「はい」

 

 元の服に着替えてから衣装をエルなんとか……偽かのんでいいや。偽かのんに渡す。

 偽かのんはその衣装に着替えると岡田さんと一緒にまた出かけて行った。

 

 

 

 一人っきりになった所で情報をまとめる事にする。

 現実は小説より奇なりなんて言葉があるけど、まさか自分の人生でこんな超展開に遭遇するとは思わなかった。

 ドッキリか、あるいは自称偽かのんが妄言を吐いているだけだと信じたいけど、目の前でがらりと人相が変わったのはバッチリと確認してる。

 そして、あいつが偽物だと考えると色々としっくり来るのだ。

 アイドルのオーラが無いのも当然だし、どこかポンコツなのも当然。掃除が好きなのも地獄で300年も掃除係をやっていたらしいので当然だ。

 そして、駆け魂だ。私にははっきりとは見えなかったけど、何かが起きていたのは分かった。

 あの感じが人の手で再現できるかはかなり微妙だ。もしここまでやって実はドッキリとかだと言われたら素直に騙されてやっても良いだろう。

 

「……はぁ」

 

 中川かのんから何か成功の秘訣を盗んでやろうと思ってたのに、その肝心の中川かのんが偽者ってどういう事よ。

 何か……凄く疲れたわ。しばらくは休ませてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもーし、大丈夫ですかー?」

「ん、ぅぅ?」

 

 どうやら少し眠ってしまっていたようだ。

 こっちの気持ちも知らないでニコニコしてる偽かのんをぶん殴ってやりたい衝動に駆られたけどこらえておいた。一応さっきは助けられたらしいし、そもそもコイツに罪は無い……はずだ。

 

「よーし、ちゃんと起きましたね。それじゃあ次に行きますよ!」

 

 そう言われて時計を確認するとゴミ拾い活動が終わってすぐの時間だった。

 少しどころか結構眠ってたみたいね。

 

「次、次は……確かプチコンサートだったわね」

「はい、そうですね!」

「……じゃ、行きましょうか」

 

 考え込んでいても仕方がない。とりあえず今日の仕事は片付けましょう。

 

 

 

 

 

 次の仕事は中川かのんがメインとなるイベントだ。流石にあの岡田さんでも私のアイドルとしての仕事を割り振る事は不可能だったらしくテキトーに見学しておいてくれと言われている。

 

「かのんちゃん! 衣装の準備終わったから着替えて!」

「かのんちゃん! 配布用のサイン、ちょっと書いて!」

「かのんちゃん! カメラが故障したんで直して!」

「はいっ? え、えっと、どこからやれば……」

 

 何か慌しいわね。中川かのんはいつもこんな環境に居るんだろうか?

 いや、それよりもあのポンコツは……大丈夫じゃなさそうね。こういう時に頼りになりそうな岡田さんも姿が見えないし。

 

「ったく、見てらんないわね!

 まずは衣装をさっさと着ちゃいなさい。他の事は着てからでもできるわ!

 アンタはサイン色紙の準備はできてる? 必要な分とサインペンを用意して待ってなさい!

 そっちのアンタは……そもそもカメラの修理はアイドルの仕事じゃないでしょうが! さっさと専門家呼びなさい!!」

 

 突然割り込んできた私に驚いたようだったが、私の言葉が正しいと判断したのだろう。すぐに指示通りに動き始めた。

 

「棗さんありがとうございます!」

「お礼を言う暇があったらさっさと着替えてきなさい!」

「は、はいぃっ!!」

 

 ……本物の中川かのんも苦労してそうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、特に大したトラブルも無くコンサートは始まった。

 専用の席で見させて貰ってるけど……見ててイライラしてくるわ。

 歌は音程こそ外れてないものの響かせ方が足りない。

 踊りは大筋は合っているけど動きにキレが無い。

 カメラを意識せずに自由に歌って踊っているのでカメラ写りが悪い。

 他にも色々と粗は挙げられる。偽者だからしょうがないと言えばしょうがないけど、私に言わせればとにかく下手くそだ。

 

 でも、何でなのかなぁ?

 

 下手くそのはずなのに、あの偽者は凄く輝いて見えた。

 

 私の方がずっと上手くできるはずなのに。

 そんなこっちの気もしらないでノーテンキに楽しそうに歌うあいつは私よりも輝いているように見えた。

 それが、本当に、イライラする。

 

「……岡田さん、ちょっといいですか?」

 

 私は岡田さんにある頼みごとをする。

 これは決してアイツの為なんかじゃない。私がやりたい事をやるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンサートが終わった後、偽かのんと2人きりで話せるようにしてもらった。

 

「まず、アンタの名前って何だっけ?」

「えっ、忘れちゃったんですか!?

 エリュシア・デ・ルート・イーマですよ!」

「無駄に長いわね。地獄ではそれが普通なの?」

「あ、いえ。長いので皆からはエルシィって呼ばれてます!」

「それ先に言いなさいよ!!」

 

 偽かのん改めエルシィを見て思う。

 中川かのんは本当に苦労しているに違い無い、と。

 

「で、エルシィ。私は決めたわ」

「え? 何をですか?」

「……アンタを、徹底的にしごいてやるってね」

「ふぇ? あ、あの……どういう事なんでしょうか?」

「……バカなアンタにも分かるように、簡潔に説明するわ。

 もう少ししたら私はこっちの事務所に転属して、アンタにアイドルの何たるかを叩き込んでやるわ!」

「え、えっと……一緒の事務所で仲良く働けるって事ですね! 分かりました!」

「アンタねぇ……まあいいわ。そういう事にしときましょう」

 

 私が見ていてムカつくから、多少まともになるまで鍛えてやる。

 ついでに、コイツの持つ『何か』を突き止めて自分の糧にする。

 これは決してコイツの為なんかじゃない。私がやりたい事をやるだけだ。

 そう、心に強く刻みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この数日後、棗さんは宣言通りに私たちの事務所にやってきます。

 その時の棗さんは()に関する記憶は失っていたのですが……記憶を失っても、やっぱり失わない物はあるみたいで、私に色々と教えてくれました!

 まあ、その話はまた今度、機会があればお話しましょう。




 なお、エルシィに本当に苦労させられているのはかのんちゃんではなく桂馬の模様。

 というわけで日常回終了です。コアクマのみぞ知るセカイをかなり拡張した話になった……かな?
 さて皆さん、黒田棗さんの元ネタ、分かりました?
 答えは、かのん100%の漫画版に出てきたライバル魔法少女キャラである『ベル・マーク・アツメ』さんでした!
 悪の魔法少女なんで黒っぽいイメージで近畿日本鉄道の駅から黒田、アツメ→ナツメ。
 初登場時に『元アイドル』とサラッと紹介されていたのでライバルアイドルとしての登場です。

 彼女に関する描写は少なく、初登場から退場まで僅か14ページ、登場コマ数は33コマです。
 そういうわけなんで性格などはほぼ自力で練り直し、紆余曲折あって『プライドの高い孤高のアイドル』みたいなイメージで書きました。ついでに原作であった微ドジッ娘属性などは消えてます。ほぼオリキャラと言っても過言ではないでしょう。
 まあ一応、今いる事務所の居心地が悪いとか、はぐれ魂と接触したとか、悪落ちに繋がりそうな設定をちょっとだけ持ってきましたが。

 本章の最後の部分は続きがあるような書き方をしていますが、実際には続けるかは分かりません。日常回Bを再び引いた時に他に書きたいネタが無く、気分が乗ったらまた書くかもしれませんが……正直望み薄です。一応棗さんの話はこれでひとまず終了というつもりなのであまり期待はしないでください。(あくまでメインの話は書かないだけでモブとしてなら普通に出てくるでしょうけど)



 それでは、次回の話についてです。
 例の呪いは……一応薄まってはいるんでしょうかね。日常回を挟んだし。
 次回はまた2年を引きました。呪いがどうこう騒いでたときは日常回すら挟まずに連続で引いていたし、今回は固定イベントが天理なのでそっちも2年だから確率は割と高いんですけどね。

 で、引いたんですが……
 話の流れをスムーズにするためにもしかすると勝手に日常回Aを挟むかもしれません。
 って言うか日常回Aが少なすぎるっていう。どれだけ偏ってるんでしょうね?

 それでは、また次回お会いしましょう!


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落とし神の敗北
ゲーム選択


今回は前回予告した通り日常回Aになります。
ではいってみましょ~。


 私たちが通う舞島学園では、と言うより世間一般の大抵の高校では夏休み前にある祭りが行われる。

 その祭りにはよっぽどの事情が無い限りは全ての生徒が参加し、それぞれの日頃の努力の競い合う。

 この祭りの為に夜を徹して準備を行う生徒も居るほどだ。

 その祭りの名は『プロフェッサーフェスティバル』

 

 

 

 

 

 

 ……別名、『期末テスト』だ。

 

 

 

 

 

 さて、この祭りに対する対応は人それぞれだ。

 全く普段通りに過ごす人も居れば、必死になって勉強をする人も居る。

 で、私はどうかというと……

 

「桂馬くん! ここ教えて!!」

 

 ……凄く、必死です。

 エルシィさんのおかげで結構登校できてるから去年よりは余裕かな~なんて考えてたけど、よく考えたら去年は今ほど人気が出てなかったから仕事量が全然違った。

 一応、桂馬くんからは『1科目だけ教えてもらう』って言質は取ってあるけど、1科目だけ勉強しても焼け石に水だった。

 仕方がないからもう一度桂馬くんと交渉して、『1科目』ではなく『1時間』に変更してもらい、いくつかの科目の分からない部分だけをピンポイントで訊く事にさせてもらった。

 

「……ここをこう、これで解ける」

「ありがと!」

 

 これで何とかなる! って思ってたけど、実際にやってみたらこの方法は普通に1科目教えてもらう時と比べて凄く効率悪い。

 だって、貴重な1時間を簡単な問題に使ってしまうわけにはいかないから、可能な限り自力で解く必要がある。

 そして結局重要な問題にも使えず、凄く悩み抜いた挙句に桂馬くんに泣きついて一瞬で解いてもらう。という感じになっていた。

 ……少し、心が折れそうです。

 こんな事を続けていたら時間も足りないし心も折れるので何か別の方法を考える必要がある。

 桂馬くんにつきっきりで2科目……いや、3科目くらい見てもらえれば後は自力で何とかなると思う。

 しかし、真っ正面から泣きついてもすげなく断られるのは目に見えている。

 何か、桂馬くんを納得させられる方法は……

 ……そうだ、アレなら行けるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けーまくーん!」

 

 おかしいな、中川に呼びかけられただけなのに悪寒が走ったぞ?

 最近のこういう嫌な予感はよく当たる。僕は警戒しながら声のした方へと振り返った。

 

「……今度はどんな問題だ?」

「お願いします! やっぱり時間で区切るのはダメでした! 3科目ほどをみっちりと教えてください!!」

「断る」

 

 そんな理不尽な要求はバッサリと切り捨てる。

 しかし、そんな僕の対応をしっかりと予測していたらしい目の前の少女は即座に条件を追加してきた。

 

「もちろんタダでとは言わないよ。

 教えてくれたら私は代わりにあるゲームの攻略法を教えてあげる」

「あるゲーム? 何だそれは」

「落とし神様と謳われた桂馬くんでも絶対に私に勝てないゲームだよ」

「ほぅ? 大きく出たな。いいだろう。本当に僕が勝てないゲームなら、その条件で教師役を引き受けてやる」

「よし! じゃあ早速出かけようか」

「ん? ここじゃできないのか?」

「うん。専用の設備が必要なゲームだからね」

 

 専用の設備? ゲーセンか何かか?

 その程度のもので遅れを取る気は更々ないんだがな。

 

 

 

 

 

 

 

「はいっ、ここだよ!」

 

 中川が指し示したのはどこか見覚えのある建物だった。

 ここは……結を攻略してた時に来た場所だ。

 そう、その建物とは……

 

「カラオケ、だと?」

「うん。これの採点ゲームも立派なゲームだよね?」

「……そうだな。まあゲームだと言えるだろう」

「よし、それじゃあ始めよう!」

 

 確かに、僕は以前このゲームで惨敗を喫した。

 だがそれは僕と結の身体が入れ替わっていた時の話だ。

 この前のようには行かない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ば、バカな! この僕がっ、負けただと!?」

「あのさ、どうしてそんなに自信満々だったの……?」

 

 中川は普通に90点台を出したのに対して僕は20点ほどだった。

 結だった時は40点台は出せていたので更に下がっている事になる。

 

「くそっ、こんなはずは無い! もう一度だ!!」

「良いけど……結果は変わらないと思うよ?」

 

 

 

 

 

 

 結果、23点

 

「も、もう一回だ! もう一回!」

「桂馬くん? いい加減、現実を見よう?」

「いや、きっと何かの間違いだ! 行くぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ……19点

 

「……なあ中川」

「……何かな、桂馬くん?」

「……ひょっとして、僕は歌が下手なのか……?」

「今更!?」







 というわけで落とし神様がカラオケで敗北する回でした。まあ当然の結果ですね。
 原作では絵がヘタだとエルシィに指摘されてそこそこ驚いていたようなので『美術系が下手』という自覚は本人には無かっただろうと推測しています。
 カラオケの採点ゲームって下手に歌ったらどのくらいなんでしょうかね?
 実地調査しようかとも思ったんですが、流石に面倒だったので断念しました。


 何とか神様と吉野姉妹の誕生日に間に合いました。
 しっかし、その誕生日によりにもよって神様が負けるストーリーを投稿するという。
 ちなみに、今日で本作は1周年を迎えます。今後とも宜しくお願いします。


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約束と名前

 どうしよう、まさかここまでとは思わなかった。

 桂馬くんが音痴なのは結さん攻略の時に知っていたから絶対に私が勝つ自信はあった。

 けど、何か前に聞いた時より悪化してる気がする。って言うかしてる。

 コレを指導するって、下手すると自力で勉強するよりも大変なんじゃないの……?

 

「桂馬くん、約束の内容をもう一回確認させてね?

 『3科目ほどをみっちりと教えてもらう。教えてくれたら私は代わりにあるゲームの攻略法を教えてる』

 これで大丈夫だよね?」

「ああ。そうだな」

「……私、頑張って攻略法を、って言うか歌の技術を教えるけど、どこまで教えれば良いと思う?」

「……すまない、少しだけ、一人にしてくれ」

「う、うん。分かった」

 

 どうしよう、予想以上にショックを受けてるみたいだ。

 しばらくはそっとしておくしか無いかな。

 

 

 

 

 

 

 

「負けた……か」

 

 中川が出ていって誰も居ない個室に僕の独り言が響く。

 最近のあいつは一部のゲームに関しては侮れない実力になってきていた。

 そもそも、あいつはプロのアイドルだ。その道では天才と呼ばれるだけの才能を最初から持っている。

 だから、条件次第ではいつか負けるんじゃないかとは思っていた。

 

 だが……こんな所で惨敗するとは思ってなかったな。

 もちろんあいつはこんな事で『勝った』だなんて思ってないだろう。そんな事を思う前に客観的に見て酷いらしい僕の歌をどうしようかと悩んでいた。

 だが、僕は確かに『負けた』と思った。

 ……だから、約束は半分だけ果たすぞ。

 

「お前の勝ちだよ。()()()

 

 心の中だけで、そう呼んでおくよ。

 

 

 

 

 

 

 

 10分くらいして私が戻ると桂馬くんはいつもの状態に戻っていた。

 

「中川、戻ってきたか」

「うん、それで、どうしようか?」

「僕がある程度まとまった時間だけお前に勉強を教える。

 で、何科目かやった後にそれにかかった時間の分だけお前は僕に歌をできるだけ教える。これでどうだ?」

「お互いにかける時間って意味では平等になるね。それで良いよ」

「よし、じゃあまず勉強から。勉強道具は持ってきてるな?」

「モチロン!」

 

 こうして、桂馬くんとの勉強会 兼 桂馬くんとのカラオケ特訓が始まった。

 

 

 

「初めに確認しておくが、お前はテストで点を稼げれば満足か?」

「え? う~ん……ちゃんと身につけておくに越した事は無いけど、とりあえずテストさえ乗りきれれば大丈夫だよ」

「そうか、なら……」

 

 桂馬くんが私のノートに何かをさらさらと書き始めた。

 そのまま1分くらい書き続けて、ノートの見開きが丁度2つほど埋まった所でペンを置いた。

 

「ほら、これが次の数学のテストの問題だ」

「……え?

 えええええっっ!? え? こ、これが出るの?」

「ああ。ほぼ間違いなくな」

「あ、あの、どうやって突き止めたの?」

「なに、簡単な事だ。

 数学教師の性格とテスト範囲を照らし合わせれば自然と分かる」

 

 桂馬くん、全然簡単じゃないよ。

 でも、これがあれば凄い点数が取れるはずだ。

 なんだかちょっとズルしてる気分だけど、テスト問題盗み出したわけじゃないから大丈夫だよね。

 

「ま、これ解くだけで90点は取れるだろう。あとの10点についてはもう少し詰める必要があるがな」

「……私の勉強って一体何だったんだろう」

「学校の勉強なんて無駄が多すぎるからな。要点を絞ってやればこんなもんだ」

 

 その要点が分からないから皆苦労してるんだよ……

 と、とにかく、これで次のテストは乗りきれそうだ。

 桂馬くんが居てくれて本当に助かった。

 

 

 

 

 

 

 僅か2時間ほどで最初の目標の3科目のテスト勉強がアッサリと終わった。

 キリも良いのでそこで交代。今度は私が桂馬くんに教える番だ。

 

「まず克服するべきなのは、やっぱり音程が取れてない事かな。

 ちょっと待ってね」

 

 デンモクを操作してある物を捜す。

 確かこの辺に……

 

「あったあった。これだよ」

 

 ボタンを押すと信号が転送されてアプリが立ち上がった。

 

「何だこれは、『目指せ、カラオケマスター』?」

「その名の通り、訓練用のアプリだね。

 音程が取れない場合の訓練方法はいくつかあるけど、今できる方法がコレ。

 前後の音の高低を感じ取る『音程感』を鍛えられるよ」

 

 訓練の基本としては正しい音を聞きながらそれに合わせて正しい音を発音する事だ。

 カラオケ屋さんとかでは訓練用のアプリも用意されている。

 ピアノとかの楽器があれば家でも訓練はできるけど、今回は活用させてもらおう。

 

「それじゃ、ステージ1から順番にやっていこう!」

「いいだろう。落とし神として、このゲームを攻略してやろう!」

 

 ……これが、私たちの長い戦いの始まりの言葉だった……







 歌技術についていろいろと講釈を垂れてみたかったけど、そんな知識はありませんでしたよ。読者の皆さんの方で色々と脳内解釈してくれるとありがたいです。


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弱点と許容

『結果……不合格! もっと頑張りましょう!』

 

「くっ、何故だ!!」

 

 お、おかしい。始めてから数時間経過してるのに第一ステージすら一向に突破できる様子が無い。

 こんなヒドい事は言いたく無いけど、エルシィさんの料理並みと言っても過言ではない。

 

「桂馬くん、あの、そろそろ時間が……」

「まだだ! まだやれゲホゲホッ」

「無茶しすぎだよ。はい、お水」

「……すまん」

 

 桂馬くんでも咳き込みながら続ける気は無かったらしい。私が差し出した水を一気に飲み干すと腰を下ろした。

 

「今日はもう一旦帰ろう?

 時間も色々とキリが良いし」

「くっ、だがしかし……」

「…………」スチャッ

「わ、分かった。確かに時間も遅いしもう帰ろう!

 帰るからその物騒なスタンガンを仕舞ってくれ!」

 

 私がお願いしたら桂馬くんは快く頷いてくれた。

 スタンガンの力って偉大だね♪

 

 

 

 

 

 帰り道にて、私たちは今後の事を話し合う。

 

「次、どうする? また明日挑戦する?」

「そうしたいのはやまやまだが……最初の取引で設定した時間はもう過ぎたよな?」

「うん、そうだね。でも、流石に第一ステージすら突破させられずに終わりっていうのは……」

「お前が気にする事じゃない。僕の力不足のせいだ。

 僕達の関係はあくまでも対等であるべきだ。無償の手助けは要らない」

「……じゃあ桂馬くん、明日もまた別の科目を教えてよ。

 勉強が終わってから……ううん、テストの予想問題さえ教えてもらえればある程度は自分で何とかなるから、それだけでも教えてもらってからまた挑戦しようよ」

「……分かった。また明日、な」

 

 あくまでも対等、ね。

 私たちの関係はあくまでも仕事上の協力者、同じ事件に巻き込まれた被害者。決して善意や厚意、好意の付き合いではない。

 確かに間違ってない。けど、少し気にしすぎじゃないかな?

 桂馬くんってば、妙な所で不器用というか何というか。ま、桂馬くんらしいけどね。

 

 それじゃっ、明日も頑張りますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……1週間後……

 

『結果……不合格! もっと頑張りましょう!』

 

「くそっ、もう少し、もう少しのはずだ!!」

 

 毎日挑んで、気がついたら1週間経っていた。

 おかげで私のテスト対策は無駄に完璧になったけど素直に喜べない。

 

「桂馬くん、根詰めても良くないから少し休もう?」

「ダメだ! まだクリアできて……」

「……」スッ

「ぐっ、わ、分かった。少し休もう」

 

 桂馬くんが無茶しようとする度に私がスタンガンを取り出すからもう鞄に腕を入れるだけで反応するようになった。

 何度も私に注意される事に呆れるべきか、予備動作だけで反応する事に呆れるべきか……どっちも呆れてるから大して変わらないけど。

 でも、少し気になる。桂馬くんなら休むタイミングくらい分かってそうなものだけど。

 

「桂馬くん、もしかして焦ってる?」

「な、何? どういう意味だ?」

「何となくそんな風に感じただけなんだけど、どうかな?」

「そんな事はない……はずだ」

 

 いつまで経っても未だにクリアできない原因が技術的なものじゃなくて精神的なものなら、これも一種の攻略になるのかなぁ。

 焦っていると仮定してその原因は……もちろんクリアできないからだけど、それが大きな影響を与える原因は?

 私に負けたから? いや、流石に歌で私に勝てない事は納得してると思う。そうじゃなかったら私なんて放っといて自分一人だけで攻略から討伐までやろうとするだろうし。

 う~ん……私だったらどういう時に不調になるかな? 歌に限らずダンスでも何でもいいけど。

 仕事をしててたまに難しい難題を押しつけられて失敗する事はたまにあるけど、どれもが技術的な失敗であって精神的なものじゃない。

 精神的な失敗をする時は……そういう事だね。

 

「桂馬くん、まさかとは思うけど、『こんなの出来て当然』なんて考えてないよね?」

「何だと?」

「桂馬くんはゲームの神様で、大抵のゲームは完璧にこなせるけど、カラオケは普通のゲームじゃない。

 更に付け加えるなら、これは命懸けの攻略なんかじゃない。ただの遊び。

 だから、失敗しても良いんだよ? クリアできるのが当然だなんて思わないでね」

「…………そっか。そうかもな」

 

 私の言葉を聞いた桂馬くんは一度大きく深呼吸した後、穏やかな表情に戻っていた。

 

「悪い、手間かけさせたな」

「ううん、歌い方を教えるのが私の役目だからね」

「それじゃ、再開するか。よろしく頼む」

「うん! その意気だよ!」

 

 

 

 

 

 この後、そう遠くない未来に桂馬くんは念願の第一ステージを突破する事になるが、それはまた別のお話。

 

 ……ついでに、テスト勉強をしすぎた私が平均点98点を叩き出してカンニングを疑われるんだけど……それもまた別のお話だ。







 というわけで今回はここまで。少々短いですが、最近少々忙しいのでこれで勘弁してください。

 カラオケでデート……もとい、バトルの構想は実は結編の辺りからありました。日常回Aを引いたら即やろうと思っていたのですがなかなか出ず、結局ドローを無視して書く事に。まぁでも、ちひろ編の後だったのでかのんの勝利により深い意味を持たせる事ができましたし、ハクア編の後(≒天理編に手が届く)なので期末テストも絡める事ができて結果オーライだったかな。

 次回は前回引いた某2年の攻略です。最近忙しいのでいつになるかは分かりませんが、次回もお楽しみに。


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大きな願いと小さな幸福
プロローグ


「……参りました」

 

 僕の対面に座っている七香が投了した。

 前にも言ったが、コイツは毎週日曜に家までやってきて僕に勝負を吹っかけてくる。

 勝ち負けの分かりきった無駄な勝負……と最初は思っていたが、たまに僕が読んでいない手を指してくる。

 プロに弟子入りした成果だろうか?

 

「お疲れさま。コーヒー貰ってきたよ」

「おう、サンキューな」

 

 僕達の対局が終わったのを見てコーヒーを運んできたのはかのん……ではなく西原まろんだ。

 毎週のようにやってくる七香に対してかのん(あるいはまろん)の存在を隠しておくのは少々面倒だったので残っている記憶にそれとなく探りを入れてから会わせた。

 なお、七香の記憶は僕とかのんの事はほぼ覚えていたが、西原まろんに関しては全滅。なので再び自己紹介から始めて今ではそこそこ打ち解けているようだ。

 

「にしても桂木、こんなべっぴんさんと一緒に暮らしとるなんてホンマに幸せもんやな」

「……それ自体が不幸だとは言わないがな」

「何や? 不満なんか? はっ、まさかうちの事を……」

「それは無いから安心しろ」

「そんな速攻で否定せんでもええやないか」

 

 かのんが居候している事自体は不幸ではない。エルシィが居る事は不幸だが。

 問題は、きっかけが駆け魂狩りの契約とかいう不幸な出来事だって事だよ。

 最近は平和だが、またいつ攻略に駆り出されるか分かったもんじゃないからな。

 

「ふぃ~、ここのコーヒーはいつも美味いなぁ。ところで桂木、今から時間ある?」

「無い」

「即答かい! ってかどうせゲームやろ?」

「だったらどうした?」

「いや~、大したことや無いんやけど、いつも世話になっとるから昼飯でもどうかと思ってな。うちの奢りやで?」

「だからそんな時間は……待て、場所はどこだ?」

「ん、場所? えっと、あそこをああ行ってすぐそこの……」

 

 七香が身振り手振りで説明してくる。場所は分かってるらしいが場所の名前は分かってないようだ。

 だが大体の場所は理解できた。

 

「……まあいいだろう。そっちの方角なら僕の用事とも合う」

「え、用事ってゲームやなかったんか?」

「いや? ゲームショップだが」

「あ~……なるほどな」

「時間が惜しい。さっさと行くぞ。

 西原、母さんに伝えといてくれ」

「うん、行ってらっしゃい」

「あ、良かったらお前さんも来るかいな?」

「え? 良いんですか?」

「うん。と言っても流石に2人分も奢れるほど金持ちやないんで自腹で良ければ、やけど」

「う~ん……折角だからご一緒させて頂きますね」

「お~、相変わらず固っ苦しい喋り方やな。まろんらしいけどな」

 

 そういうわけで、僕達3人は七香のオススメの店で昼食を取る事になった。

 ん? エルシィはどうしたって? 僕に妹など居ない。

 

 

「ところで、どんな店に行くんだ?」

「おお、言っとらんかったな。うちイチオシのラーメン屋や」

「……ラーメン屋?」

「ん? もしかして苦手やったか?」

「あんなギトギトした脂っこいものを好んで食べる奴の気が知れないという思いはあるが、食えるのなら何でも構わん」

「喧嘩売っとるんか!?」

 

 喧嘩を売っているかどうかはともかく、ラーメン屋って聞いただけで何か嫌な予感がしたんだよな。

 変な事が無ければ良いんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ~し着いたで。ここや」

 

 七香に連れてこられたラーメン屋はピークの時間を少し過ぎているにも関わらず混み合っていた。

 繁盛しているようだな。あんな体に悪そうなものがこんなに人気なのは謎だ。

 

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

「3人や。空いとる?」

「少々お待ち下さい。

 ……申し訳ありません、現在混み合っていますので相席になってしまいますが宜しいでしょうか?」

「僕は構わん」

「私も大丈夫だよ」

「オッケー。ほな相席でお願いします」

「では、こちらになります」

 

 店員に案内されて4人掛けのテーブル席に案内される。

 そのうちの1つの席には既にチャイナ服の女子が座っていて、種類の違うラーメンを3杯ほど食べているようだ。

 塩分や油がどうこう言う前に食べすぎじゃないのか? 寿命がガリガリと削れていてもおかしくはない。

 まったく、こういう自分の命を顧みないような見境の無いマニアにはなりたくないものだな。

 

「お客様、相席になってしまってもよろしいでしょうか?」

「え? はい。大丈夫ですよ」

 

 先客の女子は食事量以外はまともだったようだ。

 こんな所でトラブルになるのも面倒だから助かる。

 

「ほんじゃ隣、座らせてもらうで」

 

 七香がサッサと席に着いたので僕達もそれに続く。

 さて、何を注文するか。面倒だから一番安い醤油ラーメンで……

 

 

 

ドロドロドロドロ……

 

 

 メニューから顔を上げて隣を見た時のかのん少し申し訳なさそうな目が妙に印象的だった。

 かのん……センサー持ってきてたのか、お前。







 ちなみに、麻里さんにも西原まろんとは会わせてあります。
 かのんちゃんの変装っていう設定で。(設定どころか事実だけど)
 そうしとかないと七香が居る時に色々と厄介な事になります。
 あと、今後は仕事先ではかのんちゃんですが、他の大抵の場所では西原モードになってます。


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01 追跡

 駆け魂センサーを持ってきていて、見つけてしまったのは仕方がない。

 この目の前のラーメン女の情報を集めて攻略をしなければならない。

 

「ご馳走様でした!」

 

 って、言ってる傍から席を立ちやがった!

 幸いまだ注文はしていないから後を追って……いや、七香を放っておいて着いてこられたりしたら面倒な事になる。

 ならばかのんを行かせよう。席を立つ口実はこっちで作らせてもらう。

 僕はPFPのメール機能を急いで立ち上げて空メールを送った。

 

[プルルルル プルルルル]

 

 こうなる事を予期していたのか、かのんはスムーズな動作で携帯を取り出してメールを確認する。

 その空っぽの中身を見てから少しだけこちらに視線を向けた後、立ち上がった。

 

「ゴメン、ちょっと急用が入っちゃった。悪いけどちょっと帰らせてもらうね」

「そっか、残念やな。また今度な」

 

 七香は特に疑うこともなく見送ってくれた。

 単純でホントありがたい。

 

「桂木、何頼むん?」

「そうだな、醤油ラーメンで」

 

 ただバッタリ会っただけの攻略対象、手がかりは非常に少ない。

 今はかのんを信じて待とう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルシィさんに押しつけられて返し忘れたセンサーがこんな所で鳴るなんてね。

 桂馬くんの家のカフェよりも人が多いんだから遭遇しやすいのも当然なんだけど、ちょっと油断してたみたいだ。

 ……駆け魂を回避しようとするのがそもそも微妙におかしいんだけどさ。

 

 一番重要な情報は住所だ。最悪これさえ突き止めておけば後でいくらでも情報を引き出せる。

 徒歩で移動する分には尾行は何とかなると思うけど……バスや電車に乗らない事を祈ろう。

 

 

 

 しばらく尾行を続けると別のラーメン屋へと入って行った。

 さっきの店でラーメン3杯を完食してたように見えたんだけど、気のせいかなぁ?

 

「すいません! 醤油ラーメンと味噌ラーメン、あとつけ麺お願いします!」

「え? 3つも?」

「はい! お願いします!」

「あ、はい! 醤油一丁味噌一丁つけめん一丁!!」

 

 気のせいじゃなかったみたいだ。どれだけ食べるんだろう?

 って言うか私もお腹が空いてきた。お昼ご飯食べたい。

 私も店に入って注文しちゃおうか? でも、あの子の食事が凄く速かったら困る。

 仕方ない、我慢しよう。もうしばらくすれば桂馬くんも食べ終わってこっちに来てくれるはずだし。

 

 

   ……そして数分後……

 

 

「ご馳走様でした! お勘定お願いします!」

「早っ! え~、醤油と味噌とつけ麺なので、1700円に……はい、丁度お預かりします。

 こちらレシート……あ、行っちゃった。まあいいか」

 

 案の定、あの子は凄い勢いで食べ終えて駆け足で去って行った。

 我慢しておいて良かった。急いで追いかけないと。

 

 

 

 

 

 更に追いかけると今度はまた違うラーメン屋に入って行った。

 また食べるのかな……?

 

「すいません! 醤油ラーメンと豚骨ラーメンと……星雲合成ネギラーメンお願いします!」

「お嬢ちゃん、注文は食券で頼むよ!」

「あっ、すみません」

 

 ま、まだ食べるの……? 駆け魂の影響でヤケ食いでもしてるの?

 そんなに食べて太らないの? 駆け魂の栄養にでもなってるの?

 って言うか、星雲合成ネギラーメンって何!?

 

 そんなどうでもいいことを悶々と考え込んでいるうちにあっさりと食べ終えたあの子が席を立って店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 尾行を続けるとまた違うラーメン屋へと入って行った。

 一体いつまで食べ続けるんだろうあの子。これが駆け魂の影響なんだとしたらある意味恐ろしい駆け魂だ。

 そんな事を考えながら店内の様子を伺って……あれ? 客席が空っぽだ。

 おかしいな、確かに入って行ったはずなんだけど……見失っちゃったかな? 単純に死角に居るだけかもしれないけど。

 ……見えなくなったって事はもしかすると、奥の方に居る?

 よし、正面から乗り込んで確かめてみよう。お腹も凄く減ってるし。

 

「すいませーん!」

 

 店のドアを丁寧に開けて中へと入る。

 外からは死角になっていた部屋の隅を確認してみたけど誰も居なかった。

 確認できたのはカウンター奥の厨房に居るラーメン屋のおじさんと店の奥の方に続いていそうな開きっぱなしのドアだけだ。

 

「……適当に座れ」

「はい」

 

 凄く無愛想な接客だけど気にせずに適当な席に腰かけてメニューを眺める。

 ……さっきまでの店に比べてバリエーションが少ないのは気のせいではないだろう。

 注文は直接言えば良いのかな? 呼び出しボタンは見あたらないから普通に呼びかけて……

 

「あっ、お、お客さんですね! ご注文をお伺いいたします!」

 

 手を上げておじさんを呼ぼうとした所で店の奥の方から件のあの子が飛び出してきた。

 良かった、やっぱりここの店員だったみたいだ。

 

「それじゃあ、ラーメンお願いします」

「はい! ラーメン一つ!」

 

 出来上がりを待つ間に桂馬くんにメールしておこう。

 『攻略対象の情報が判明。ラーメン屋『上本屋』の店員』っと。

 

 メールを送信してから携帯をしまうとあの子が話しかけてきた。

 

「すいませんね、うちの親父が無愛想で」

「いえ、大丈夫ですよ。

 ……ん? あの、つかぬことをお伺いしますが、親父って事はもしかして?」

「あ~はい。私はあの無愛想な店主はうちの父さんです」

 

 ……『追加情報、あの子はどうやら店主の娘らしいです』っと。



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02 不和

 お客さんも私しか居なかったので注文したラーメンはすぐに届いた。

 

「頂きます」

 

 情報を少しでも集める為に食レポのような気持ちで目の前の料理と向き合ってみる。

 まず、率直に言って見た目は地味だ。美味しく見せる配置とかそういったものが全く見られない。私自身もそこまで詳しいわけではないけど、プロの手に託せばかなり改善できそうだ。

 次に、スープの味を確認する。メニュー表にはシンプルに『ラーメン』としか書かれていなかったので何味なのか分からなかったけど、どうやら醤油ベースの出汁にいくつか改良を加えてるみたいだ。

 そしてお待ちかねの実食。麺を箸ですくい上げて勢いよく啜る。

 

「どうですか? うちのラーメンの味は」

「……凄く美味しいです。正直に言うと見た目が地味だったので味も地味かと思いましたが全然そんな事はありませんでした。

 もしかして、品質を落とさずに作れる量が限られているからわざと地味な見た目にして一見さんお断りの雰囲気にして客数を制限してるんですか?」

「え? いや、うちの親父はそんな小難しい事は考えてないはずだけど……」

 

 実際の所どうなんだろう? この子が父親の深い意図を読み切れてない可能性も普通に有り得る気がしてきた。

 そんな事を考えていたらその父親が声をかけてきた。

 

「……おいスミレ、少しは静かにしてろ。隣でギャーギャー喚いてたら客が落ち着いて食えねぇだろ」

「ふん、何よ。親父の愛想がゼロだから私が足してやってるのよ。

 今日だってどうせ私が居ない間は接客もテキトーだったんでしょ?」

「いいじゃねえか別に。それに、お前に手伝いなんざ頼んでねぇよ」

「このバカ親父! 少しは私の言うことを聞いてよ!

 このままじゃいつか店潰れるよ!!」

 

 うわぁ、ドラマに出てきそうな親子喧嘩だ。

 あの、まだ私が食事してるんですけど? そんな事を気にも留めないほどに追い詰められているんだろうか?

 心のスキマは親子関係の不和、かな? これ、親父さんの方も攻略する事になるかもしれないなぁ……

 

 

 ギスギスした雰囲気の中、やや早めに完食してお会計を済ませる。

 

「ご馳走様でした」

「ありがとうございました! またのご来店をお待ちしています!」

 

 ひとまず店を出て、これからの事を考える。

 スミレさん……店の名前が『上本屋』だから『上本スミレ』さんかな? 彼女がこの店の娘だって事は分かったから帰っても大丈夫だとは思うけど、もう少ししたら桂馬くんとエルシィさんも来るはずだからこの店を見張っておこうか。スミレさんがまた外出したら捜すの面倒だし。

 

 

 

 

 

 

  ~時は少し遡って~

 

「ごっつぉさんでした!」

「ごちそうさま」

 

 七香と一緒に頼んだ醤油ラーメンをなるべく急いで食べ終えて会計を済ませる。

 

「それじゃあ、僕は用事があるからここで解散だな」

「おう、また来週な~」

 

 さて、どう動くべきか。

 かのんの後を追うというのが一番分かりやすい行動だが、それよりもエルシィを連れてきて羽衣で攻略対象のプロフィールを透かした方が良いだろう。

 かのんが持ってるペンダントの発信器の機能はまだ有効のはずだから、エルシィの羽衣を使えばかのんの居場所も分かるはずだしな。

 よし、急いで家まで帰るぞ。

 

 

 

 

 

 

「エルシィは居るか!!」

 

 今日のあいつはうちの店で母さんの手伝いをしている事は分かっていたので、店に乗り込んで呼びかける。

 

「あ、神様! お帰りなさいませ!

 どうですかこの服? お母様が用意して下さって……」

「んな事はどうでもいい。さっさと行くぞ!」

「え? ちょっ、神様ぁ!?」

 

 エルシィが何か言ってるので服装を確認してみたが、素人が考えそうな浅はかなウェイトレス姿になってるだけだった。

 かのんも待ってるんだからサッサと着替えさせて迎えに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 僕にとっては久しぶりの羽衣による飛行でかのんの下へと向かう。

 3人で飛ぶとキツキツだったが、2人でもそこそこ狭い。

 

「ほぇ~、駆け魂が現れたんですか。そんな所でバッタリ出会うなんて運が良いですね!」

「……お前にとってはな」

 

 駆け魂の処理数は成績に直結してるもんなぁ。

 僕達の成績は駆け魂隊でも優秀な方らしいが、そんなに優秀なら何らかの見返りがあっても良い気がする。

 ……今度ドクロウ室長を問い詰めてみるか。

 

「それより、中川の場所はちゃんと把握できているか?」

「はい、バッチリですよ! 急いで良いなら30秒で着きます!!」

「ちゃんと地面を傷付けずに着地できるならいいぞ。できるならな」

「……あと10分くらいです!」

 

 うん、それでいい。

 かのんを9分30秒ほど余計に待たせる事よりもクレーターを作らない事の方が重要だ。







 原作でも桂馬が『ラーメン』とだけ注文しているのでメニューの書き方が雑だと邪推してみたり。
 実際には桂馬の頼み方が雑だったんでしょうけどね。


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03 進出

 僕達が安全な所で着地して発信源に辿り着くとかのんは物陰に隠れてある店の様子を伺っていた。

 

「悪い、待たせたな」

「あ、桂馬くん。直接来たんだ」

「ん? 連絡くらい入れるべきだったか?」

「う~ん……考えてみれば特に問題は無いね。攻略対象を観察してる時に連絡入るとちょっと鬱陶しいし」

「なら良かった。まずは、そうだな……

 エルシィ、攻略対象の情報を羽衣で探っておいてくれ」

「了解です!」

「あ、センサー返しておくね」

「はい! 行ってきます!!」

 

 センサーを受け取ったエルシィが意気揚々と店に入る。

 ……何をトチ狂ったのか、透明化もせずに。

 いや、あれがデフォルトか。バグ魔だからな。

 

『いらっしゃいませ~!』

『わひゃっ! あ、えっと……』

『お客様1名様ですか?』

『えっと、その……』

 

 バグ魔がこちらに視線を送ってくるが、他人の振りをしてやり過ごす。

 

『……い、1名、です』

『はいではお好きな席にお座り下さい』

 

 ……あいつ金持ってんのかな? 確認してみるか。

 メールメール……ふむ。

 

「中川、あいつにメール送って金持ってるか確認してやってくれ」

「え? 良いけど、自分でやった方が早いんじゃない?」

「よく考えたらあいつのアドレス登録してないわ。必要ないからな」

「……こういう事もあるんだから後で交換しとこうね」

 

 実際必要無かったからな。僕がメールを使うのは迷える子羊達とかのんだけで十分だ。

 

「はい、送ったよ。

 今は時間があるから、私が集めた情報を共有しておこうか?」

「そうだな。頼む」

「うん。名前はスミレさん。店の名前から察するに『上本スミレ』さんかな?

 どうやら親子の仲が悪いみたい。

 後は大体メールで送った通りだよ」

「ん?」

 

 そう言われてPFPを確認してみる。

 すると確かにかのんからのメールが2件ほど来ていた。

 急いでいたせいかメールの受信を見逃していたようだ。

 

「『ラーメン屋の店員』と、

 『店主の娘』か。なるほどな」

「割とありがちな設定だと思うけど、テンプレな攻略法とかあるの?」

「当然だ。栞のように場所固定キャラは何も考えずに通うだけでイベントが期待できる。

 非常にやりやすい相手と言えるな」

「そっか。じゃあ私が手伝える事はあんまり無いかな?」

「そうなるな」

 

 最初は攻略は僕の仕事だったはずなのに、ずっと手伝ってもらってたからな。

 純粋にギャルゲー的恋愛による攻略って久しぶりじゃないか?

 …………栞以来な気がする。

 

「この後はどうするの? 通うって事は毎日あの店でラーメンを食べるの?」

「それは実に堅実な手だが……もっと効率良くする良い手がある」

「?」

「一つ質問だ。あの店のラーメンは美味かったか?」

「私の個人的な意見だけど、美味しかったよ」

「なら問題ない。エルシィが戻ってきたら動くぞ」

「うん。あっ」

「どうした?」

「……エルシィさん、お金持ってないって」

「……仕方あるまい。行ってくる」

 

 できれば万全の状態で攻略を始めたかったんだが、まあ何とかなるだろう。

 僕は物陰から出て真っ直ぐ店に向かい、その扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ! 1名様でよろしいですか?」

「…………」

 

 こちらを見て声を掛けようとしてきたエルシィを一睨みして黙らせ、店員(スミレ)の質問には無言で頷いておく。

 

「ではお好きな席へお座り下さい」

 

 エルシィとは近すぎず遠すぎない席に座り、こっそりとお金を渡しておく。

 後から合流してきたっていう体で接触しても良かったんだが、余計な事をしてあまり変な印象を持たれるのも面倒だ。

 

「ご注文はお決まりですか?」

「……ラーメンを一つ」

「はい、ラーメン一丁!」

 

 注文してしばらく待つと地味なラーメンが運ばれてきた。

 ゲームだとこういう場合、見た目とは裏腹に凄く美味いパターンだが、現実(リアル)ではどうかな?

 かのんが、そこそこ良い物を食べてそうな現役のアイドルが美味いと言っているのだから大丈夫だとは思うが。

 

 …………

 

 凄く、美味いな。

 シェフを呼んだり妙なリアクションを取るレベルではないが、普通に美味い。

 これなら遠慮なく進められそうだ。

 

「すいません大将」

 

 攻略対象ではなく、その親の店長に言い放つ。

 

「僕をこの店で働かせてください!」

 

 攻略を大きく進める為の一言を。



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04 店員2人

 今回の攻略は今までの攻略と決定的に異なる事がある。

 それは、『プレイヤーが攻略対象の世界の登場人物か否か』だ。

 これまでのヒロインはクラスメイトであったり同居人であったり、最悪の場合でも同じ学校の生徒という関係性があった。まぁ、七香は別の学校の生徒だったが向こうから殴り込みに来てたのでクラスメイト以上の関係性があったと言っても問題ない。

 しかしながら今回のヒロインであるスミレにはそういった関係性が全くない。

 

 よって、彼女と同じ『ラーメン屋の店員になる』。これが最速にして最適解だ。

 

 実は舞島学園に通っているという隠し設定がある可能性がゼロではないが、住所から考えてその可能性は結構低い上に仮にそうだとしても学校以外で交流を持つ事はプラスになるので問題ない。

 

「ここのラーメンの味に感動しました。是非ここで働かせてください!」

「あ、あの、お客さん? うちは求人なんてやってないんですけど?」

 

 悪いが今はスミレはスルーだ。この方針の攻略において、まず説得しなければいけないのは店長だ。

 スミレの好感度は度外視、いや、むしろ嫌われるくらいが丁度いい。

 

「……いいだろう、採用だ。明日から来い」

「え、父さん!? うちにバイトなんて必要ないでしょ!

 こんな怪しい奴を雇わなくても私一人で十分じゃない!!」

「ラーメン屋に女は要らん。スミレは学校の宿題でもやっておけ!」

「ぐっ……あーもう!!」

 

 親子仲が悪いとは聞いてきたが、こりゃ相当だな。

 苛立ったスミレは店の奥の方(恐らくは居住スペース)に引っ込んでいった。

 

「……フン」

「あ、大将。ちょっといいですか?」

「どうした?」

「さっきは勢いよく働きたいと言いましたが、僕も学生なので平日の一部の時間帯は働けません。それでも良いでしょうか?」

「ああ、そりゃそうだな。空いてる時間で構わん」

「それは良かったです。それでは明日から宜しくお願いします」

 

 ゲームだとこういう交渉はカットされるが、現実(リアル)だとそうもいかないからな。

 大将が分かりやすい人で良かった。

 

 

 

 

 

  ……そして翌日(月曜日)の放課後……

 

 

  ……ではなく、早朝……

 

「な、何でアンタが居るのよ!!」

「あ、おはようございます。本日からここで働かせていただく桂木です。宜しくお願いします」

「いや、それは知ってるわよ! 私が言いたいのは何で()()()()()ここに居るのかよ! アンタ高校生よね!?」

「大将には空いてる時間に来いと言われたので。もう少ししたら登校しますよ」

「こんな時間に来てもやることなんて無いでしょうが!!」

「フフッ、それはどうでしょうか?」

 

 ラーメンの仕込みは早朝から行う場合もある……が、それは大将の仕事だから除外しておく。

 除外した上で、やれる事は十分にある。

 この、エルシィから借りた魔法の箒を使ってな!

 

「ん? あれ? 何か店内が凄くピカピカになってるような……?」

「桂木の奴、朝の5時から店中を磨いてたのさ」

「ご、5時!? 私まだ上で寝てたよ!?」

「飲食店として、店内が綺麗である事はお客様をおもてなしする上で重要な事ですからね。気合を入れてやらせていただきました」

「フッ、良いしつけをされてたみてぇだな」

「いえいえ、それほどでもありませんよ」

「ぐぬぬ……」

 

 今回の攻略ではまず店に馴染む事が重要だ。

 その為にも、こうやって点数を稼げる所で稼いでおく必要がある。

 念には念を入れて4時頃から店の近くで待機して、大将が仕込みを始めた頃に仕事を始めた甲斐があったというものだ。

 まぁ、そのせいでスミレから睨まれてるが、彼女の世界に食い込めているという良い証拠だろう。

 

「それじゃ、僕は一旦上がらせてもらいます」

「おう、またな」

 

 攻略を一旦切り上げて学校に行く。

 タクシィ……じゃなくてエルシィはこういう時に便利だな。

 

 

 

 

 

  ……そして、今度こそ放課後……

 

 

「た、ただいま……って、何でアンタがもう居るのよ! このトンコツ男!!」

「トン……? いや、学校が終わったらすぐに来ただけですけど?」

「学校が終わってから全速力で走ってきたのにそれよりも早いなんておかしいでしょゲホゲホッ!!」

 

 それはご苦労だったな。

 空を飛んで移動するのはやはりチートだな。加減してるらしいスピードでも余裕で着けた。

 

「そんな事を言ってる暇があるなら着替えたらどうですか? ピークの時間帯はまだ先ですが、やれる事はありますよ」

「言われなくても分かってるわよ!!」

 

 う~ん、いい感じに嫌われてるな。

 それじゃ、見せつけてやろうじゃないか。経営系ゲームも極めている僕の店員としての格の違いという物を……!

 

 

 

 

 

 

 パリーン

 

「ああっ! す、すみません、うちの子が!」

 

 子供がガラスのコップを落とすというよくあるイベントだが、このような突発的なアクシデントは店員力が試される。

 落ち着いて冷静に対処しなければならない。

 一番悪いのは慌てて何も出来ないこと。模範解答は笑顔でお客様のフォローをして、危険物をなるべく手早く回収する事だ。

 

「いえいえ、お怪我はありませんか? 新しいものをお持ちしますね」

 

 ちなみに、今回はお客様が殊勝な態度だったから話は簡単だが、横柄な態度なクレーマーだった場合は要注意だ。対処を誤ると非常に面倒な事になる。

 

 

 

 

 

「店員さん、会計お願い!」

「あ、はい! ラーメン1つにつけ麺が2つと……あ、あれ? レジが……」

 

 レジの故障か。稀によくあるトラブルだな。

 ま、何とかなるだろ。

 

「……ラーメン1つ、つけ麺2つ、餃子セットが3つで合計2959円になります」

「ん、じゃあこれで」

「3060円お預かりして101円のお返しになります。手書きで申し訳ありませんが、こちらがレシートになります」

「ああ、はい」

「ご利用ありがとう御座いました! またのご来店をお待ちしています!」

 

 このくらいの暗算であれば問題なくこなせる。

 とは言え、いくら正しくてもお客様が不安になるからこのままってわけにはいかんな。

 

「スミレさん、予備のレジとか古いレジとか無い? あるなら急いで取ってきて」

「そ、そうね。取ってくる!」

 

 

 

 

 

 

「オイテメー、わぁってんのか!?」

「す、すみません!」

「ゴメンで済んだら警察は要らねぇんだよ! 態度で示せや!!」

「しょ、少々お待ち下さい!!」

 

 ……おい、こんな所でもフラグは有効なのか?

 横柄な態度のクレーマーらしき人物がやってきたぞ。

 

「スミレさん、どうしたの?」

「う、あ、アンタに言う必要なんて無い!」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょう? 僕がダメでもせめて大将に相談したら?」

「ぬぐぐ……分かったわよ! アンタに言うわ!!」

 

 一応、仲の悪い親よりはマシだと思われてはいるみたいだな。

 

「あのお客さん、塩ラーメンを注文したはずなのに味噌ラーメンを注文したって言い張るのよ」

「訊くまでもないと思うけど、聞き間違いって事は無いね?」

「当たり前でしょ!」

 

 言いがかりを付けてくるタイプのクレーマーとか勘弁してほしい。

 何で今日に限ってトラブルが続出するんだ? 全く無いのも困るが、ほどほどにしてくれよ。

 

 さて、愚痴るのはこのくらいにしてどう対処したもんか。

 ここでクレーマーに反抗するのは基本的に悪手だ。言った言わないの話になると不毛な水掛け論になる。

 注文の証拠でもあれば話は別だが、そんなものはあらかじめ準備しておかないと入手は困難だ。

 周りのお客様が注文を聞いてれば証人になってくれる事もあるが……現時点で名乗り出る人が居ない時点で望み薄だ。

 

「……仕方ない。ここは大人しく言うことを聞いて適当に色を付けて味噌ラーメンをご馳走しよう」

「やっぱりそうするしかないのよね……」

「それじゃああの客は僕が対処するから、スミレさんは他の所お願い」

「……分かった。お願い」

 

 スミレの奴、内心歯噛みしてるだろうな。

 やれるだけの事はやっておくか。

 

「お客様、うちの者が大変失礼しました。

 お詫びといってはなんですが、お客様がご注文なされた味噌ラーメンにトッピングを千円分まで無料でお付けします」

「へぇ、なかなかわかってるじゃねぇか。

 それならその分だけチャーシュー大盛りにしてくれや」

「かしこまりました。ご注文を繰り返させていただきます。

 味噌ラーメンにチャーシュー千円分でよろしいですね?」

「おう、早くしろよ!」

 

 

  ……そして、数分後……

 

 

「お客様、大変お待たせ致しました。

 こちらがご注文の品になります」

「おう。ってオイテメェ。注文と違うじゃねぇか!!」

「はて? 何か間違えましたか?」

 

 大変遺憾だが、僕はこのクレーマーの注文通りの物を持ってきた。

 言葉遊びをしているわけじゃないぞ? 味噌ラーメンにチャーシュー山盛りだ。

 

「いーや、俺が注文したのはチャーシュー大盛りにネギとメンマも大盛りの奴だ!

 この落とし前、どう付けてくれるんだ?」

 

 おい、ここで更に言いがかり付けてくるとかマジか?

 チャーシュー山盛りで満足しとけよ。どんだけバカなんだ?

 

「お客様、失礼ですが物忘れが激しいようですね」

「あ〝あ〝?」

「それではこちらをご覧下さい」

 

 そう言いながら僕は懐からある物を取り出す。

 某アイドル曰く、演技の練習に凄く便利な機械。

 そう、『ボイスレコーダー』を。

 

カチッ

 

『かしこまりました。ご注文を繰り返させていただきます。

 味噌ラーメンにチャーシュー千円分でよろしいですね?』

『おう、早くしろよ!』

 

 念のため、本当に念のため用意したが、まさか初日で使う事になるとは全く思ってなかったよ。

 

「な、なななっっ!!」

「お客様、物忘れが激しいのでなければ……

 ……訴えますよ?」

「ぐ、くそっ! 覚えてろよ!!」

 

 そう言ってクレーマーは逃げ去って行った。

 味噌ラーメンくらいはくれてやったのに、せっかちな奴だ。







 クレーマーの対処はこれで本当に正しいのだろうか?
 神様が居るのにやり込められるだけというのは微妙な気がしたので少々強引ですがクレーマーには痛い目を見てもらいました。
 こんなアホなクレーマーは現実に居ない……はず。


 本作において『人間が魔法を使えるか否か』の判断に使用した割と重要なシーンがでてきましたね。本作ではエルシィの箒は最小パワーで桂馬の手によって使われています。


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05 世界一○○なラーメン

 やたらと濃い勤務一日目がようやく終わった。

 飲食店って大変なんだと月並みな感想を抱いたが、普段はここまで酷くないと信じたい。

 

「お疲れさまです、スミレさん」

「……うん、お疲れさま」

 

 アラ? 何か覇気が無い。普段の態度を考えればもうちょい強気な感じの返答をしてくるはずだが……

 

「おーい、スミレさん?」

「……うん、お疲れさま」

「…………」

「……うん、お疲れさま……」

 

 いかん、これ重症だ。

 とりあえず店の外まで引っ張って目の前で手を大きく鳴らす。

 

パチンッ

 

「わっ! あ、あれ? 私……」

「スミレさん、大丈夫?」

「え? だ、大丈夫よ、勿論!」

 

 明らかに大丈夫ではないな。

 これはもしや、少々やりすぎたか?

 トンコツだと見下していた相手が想像以上に有能だったせいでプライドがボロボロになっている、とか。

 十分有り得るな。

 

「スミレさん、ひょっとして君が落ち込んでいるのは僕のせいかい?」

「そんな事はないわよ! ただ……」

「ただ?」

「……自分が少し情けなくなったの。あの程度の接客でてこずってる自分にね」

 

 ここは一応、慰めて好感度を上げられる場面ではある。

 本来スミレの好感度上げはもっと後の予定だったんだが……まあ、やってみるか。

 

「僕が言うのもどうかと思うけど、あの客はしょうがないと思うよ?」

「でも、アンタはアッサリとこなしてたじゃないの!」

「僕はああいう連中には慣れてたんでね。(ゲームで)

「だけどっ! 私は自分でできなきゃいけなかったの! この店を守る為にも!!」

 

 お、興味深いワードが出てきたな。『店を守る』か。

 その辺を深く突っ込む……前に少しフォローしておこう。

 

「別に何でもかんでも自分でやる必要は無いんじゃない?

 だって、大将だって僕がやってたような事はできないと思うよ」

「それは……そうかもしれないけど」

 

 そもそも『しない』だけであって別の手段で何とかするんじゃないかという事は黙っておこう。

 

「ところで、さっき『店を守る』って言ってたけど、どういう事?」

「どうもこうもそのまんまよ。この店、このままだと近い内に潰れるわ」

「? 借金でもあるの?」

「そこまで切羽詰まってるわけじゃないけど、ホラ、うちのラーメンって味は良いけど地味じゃない?

 昔は味さえ良ければどうとでもなったのかもしれないけど、そんな時代遅れな考え方をずっと続けてたら遅かれ早かれ潰れるわ」

 

 確かに地味だとは思ったが、そこまでだろうか?

 いや、本人が気にしてるなら真偽は関係ないか。

 

「店を守る……地味なラーメン……

 もしかして? 下克上でも考えてるの?」

「うぇっ!?」

「……図星みたいだね」

「え、ええそうよ! 悪い!?」

「いや、悪くは無いよ」

 

 ただ、『この店』にこだわる理由が少し気になるな。

 直接訊いてみたいが、現時点では流石に踏み込みすぎだろう。後で機会はいくらでもあるはずだ。

 

「下克上、面白そうじゃないか。僕も混ぜてよ」

「え? いや、アンタには関係ないし」

「まあそう言わずにさ。今のラーメンを蹴散らすようなラーメンを作るんでしょ? 味見役が必要なんじゃない?」

「確かに居てくれたら助かるけど……」

「だったら協力させてよ。美味しいラーメンを作るためなら何でもするよ」

「……分かった。じゃあ、早速味見をしてもらうよ」

「え? 今すぐ作れるのかい?」

「当然よ!」

「流石だね。それでこそ協力のしがいがあるよ」

 

 少々強引だったが、協力者ルートに入れたかな?

 こういう飲食店系のヒロインの攻略において味見役などの名目でヒロインに協力する展開が多い。

 そして、これも定番なんだが……

 

 ここで初めに出てくる料理は、程度の差はあれ不味いものが出てくる。

 

 そのラーメンをこき下ろし、その上で美味いラーメンが作れるまで協力する事を宣言すれば上出来だ。

 まぁ、流石に現実(リアル)のラーメン屋の娘が不味いラーメンを作るとも思えんがな。多少美味くても辛めに採点しておくか。

 

「はいっ! 私の下克上ラーメン試作1号、完成!!」

 

 ……うん、ちょっと待ってほしい。

 僕は店の商品には及ばずとも一般の平均かそれ以上くらいのラーメンが出てくると思ってたんだ。

 だが……ちょっと待ってくれ。

 

「……いくつか訊きたいんだが」

「どうかしたの?」

「まず、この上に乗っかってるメロンみたいなのは何だ?」

「あ、メロンだよ♪」

「じゃあ、このオレンジっぽいモノは何だ?」

「あ、オレンジだよ♪」

「…………」

「さ、トンコツ。早く食べてみてよ」

 

 こ、この方向性は予想外だった。

 い、いや、実は食べてみたら案外美味しいという可能性もある。

 恐る恐る、箸を動かしてラーメンのような何かを口に入れる。

 …………

 

「ごふっ!」

「え、と、トンコツ!?」

「ぼ、僕は……もうダメだ。せめて母さんに、今日のバイト代を……」

「トンコツーーー!!!」

「……とまあ冗談はさておいてだ」

「あ、うん」

 

 うん、普通に不味かった。ギャグ漫画だったら吐血しててもおかしくない感じの不味さだ。

 これを笑顔で食える可能性があるのはよっぽどの甘党だけだろう。

 

「……凄く失礼な事を言うけど、これって全力で美味しくなるように作ったんだよな?」

「当然よ! ほら、巷のラーメンで冷たい・濃い・肉・魚・辛いとかあるでしょ!

 だから、私は誰もやってない『甘い』ラーメンを極めてみようと思って」

「どうしてそこに行ってしまったのか……」

 

 誰もやらなかったのはそれなりの理由があったんじゃないかなぁ?

 

「え? ダメだった?」

「率直に言わせてもらうと、恐ろしく不味い」

「ええええっ!? そ、そんなハズはっ! トンコツ、ちょっとそれ貸して!」

 

 スミレは僕から丼を取り上げるとそれを箸で啜った。

 そして、顔が見る見る青ざめていった。

 

「ご、ゴメン、こんなの食べさせて」

「……ここで美味しいとか言われたらどうしようかと思ったけど、味音痴ってわけじゃないみたいだから大丈夫だな。

 次はもっと美味しいラーメンを作ってよ」

「え? まだ協力してくれるの?」

「言ったはずだよ。美味しいラーメンを作る為に何でもするって」

 

 正直、ちょっと嫌になりかけてるけど攻略の為だから何とか頑張ろう。

 また失敗してかのんに頼るとかなったら目も当てられないからな。

 

「よし、それなら明日からもじゃんじゃん作るよ!

 目指せ! 世界一の甘味ラーメン!!」

「あ、そこは変えないのね……」

「え? ダメ?」

「……いや、良いんだよ。うん」



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06 ラーメンの価値

  ……翌日……

 

「さートンコツ、張りきっていくわよ!」

 

 現在の時間帯は放課後、夕食のピークより前。

 この時間帯なら客は少ないのでバイトが居なくてもどうにかなるらしい。あと、仕事が終わって大将が下で片付けをしている間も可能だとの事だ。

 夏休み中とかならもっとまとまった時間が取れたかもしれんが、無いものねだりをしてもしょうがない。回数で稼いでいこう。

 

「厨房は使えないから上でやるわよ。付いてきなさい!」

「この店の2階? 居住スペースになってるのかい?」

「ええそうよ。台所もあるからちゃんと料理できるわ。

 勿論、下の店の厨房ほど立派な物じゃないけど」

「試作品を作るくらいなら問題ない、と」

「そゆこと」

 

 

 スミレに連れられて扉を抜けるとそこには殺風景な部屋が広がっていた。

 店の面積よりも少し狭いスペースに2つの部屋があり、手前の部屋には卓袱台が、半開きの襖から見える奥の部屋には畳んだ布団しか置かれていない。

 本当に最低限の居住スペースといった感じだ。

 

「あ、あんまりじろじろ見ないでよね。そんなに良い部屋じゃないし」

「ああ、ゴメン」

 

 何というか、店と一緒に暮らしてるんだな。

 家の隣にカフェがくっついてるだけの僕の家とはエラい違いだ。

 スミレが店にこだわる理由も何となく分かるような気がする。

 

「それじゃあ気を取り直して、目指せ! 至高の甘味ラーメン!

 トンコツ、キャラメル味とチョコ味とコーラ味、どれから試す?」

 

 ……今は、この甘味地獄を乗り越える事に専念した方が良さそうだな。

 前にも言った気がするが、改めて言っておこう。

 僕は甘い物が苦手なんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、スミレさんのラーメンを毎回毎回きっちり完食してる、と」

「……ああ。昨日の夜はアイスクリームとマシュマロとかりんとうが乗ったラーメンに追いかけられる夢を見たよ」

「どんな夢を見てるの!?」

 

 桂馬くんが攻略を開始してから一週間近く経つ。

 その間、ほぼ毎日すみれさんの超甘党ラーメンを3~4杯以上完食してるらしい。

 何というか……冗談抜きで命懸けの攻略な気がする。駆け魂攻略はそもそも命懸けだけどさ。

 

「私にできる事だったら何でも相談してね。味見以外で」

「おい、そこをピンポイントで除外しないでくれ」

「だって太りたくないもん」

 

 もし、万が一にでも太ろうものなら、そしてそれが岡田さんにバレようものなら……

 あの減量の日々、思い出すだけで体が震えてくる。

 もう、あんな思いは二度とゴメンだ!

 

「どうした?」

「な、何でもないよ!」

「なら良いが。

 とにかく、今のところお前に頼みたい事は無いな。味見以外で」

「了解だよ。それじゃあ頑張ってね」

 

 実際には味見すら要らないんだろうけどね。スミレさんとの2人で居る貴重な時間だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……それから更に数日……

 

 攻略の合間に店の手伝いもしなければならない。大将に追い出されたら攻略が続けられなくなるからな。

 

「うっぷ、うぅ……」

 

 味見をした直後なんで凄く苦しいがな!

 普通に食べるだけでも多い量が甘い味付けで出されるのだ。苦しいってもんじゃない。

 

「随分とキツそうだな」

「あ、いえ。大丈夫です」

「……お前たち、まだラーメン作ってんのか?」

 

 気付かれていたか。まぁ、そこまで徹底的に隠してるわけじゃないから料理の痕跡は普通に残ってるか。

 ここは変に誤魔化すよりも開き直った方が良いな。

 

「まあ、はい。美味いラーメンを作ると言っているので」

「……美味いラーメン、か。そんなもんに何の価値があるってんだ」

「?」

 

 職人肌の大将がラーメンをこき下ろしただと? どういう事だ?

 

「仮にだ、美味いラーメンができたとして、あいつがこの店を継いだとして、その先にあるのは何だ?

 こんなちっぽけな店で働いて、死ぬまでずっとこの店に縛り付けられて。

 そんな下らない人生に価値なんて無い。そうは思わんか?」

「大将……」

「お前からもあいつに言ってやってくれ。ラーメンなんか作んなって」

「…………」

 

 なるほどな。スミレを必要以上に邪険に扱うのはそういう意図があったのか。

 大将は店を継がせたくない。何故なら自分が既にその道を歩んで、そして下らないと感じているから。

 だから自分の娘をラーメンから遠ざけようとする。

 

 それに対してスミレはこの店を愛してる。

 潰す訳にはいかないと一生懸命に足掻いてる。

 父親は店を潰す気だから、必死に抗っている。

 

 この親子、仲が悪い振りして凄く仲が良いじゃないか。もどかしい構図だな。

 となるとこの攻略、必要なのは父親を打ち倒す事じゃないな。

 確かに美味いだけのラーメンに価値なんて無いな。

 本当に必要なのは……







 かのんちゃんがもしふとっ……少々体重が増えてしまったら岡田さんが地獄の減量を課すんじゃないかな~と妄想してみました。棗さんも今頃苦労してたりして?


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07 愛情のラーメン

「じゃーん! 試作品53号だよ!

 今回は改良に改良を重ねたからね。桂馬も気に入るはずだよ!」

「ふむ……」

 

 スミレの試作品を味見しながらも大将の説得方法を考える。

 こうやって美味いラーメンを作っても説得の役には立たないんだよな。むしろ逆効果になりかねな……

 

「ってアレ? 美味いぞ」

「え、ホント!?」

「まだまだ甘すぎるが、最初の方に比べれば格段に良くなってる」

 

 甘味ラーメンなんて有り得ないと思ってた……いや、今も割と思ってるが、頑張れば良くなるもんなんだな。

 流石はラーメン屋の娘という事だろうか?

 

「このラーメンがあれば父さんに勝てるかな!?」

「……あくまで僕の意見だが、親父さんのラーメンの方が美味いな。

 だが、甘い物が好きな客なら勝てる可能性はあるって所だな」

「う~ん……場合によっては勝てるかもしれない事に喜べば良いのか、それてともまだまだ追いついてない事に嘆けば良いのか」

「今は素直に喜んで良いんじゃないか? 上達している事だけは間違い無いんだから」

「……それもそうだね。ありがと、桂馬」

 

 僕としては素直に喜べないがな。

 あの頑固な大将を説得させる事ができないラーメンに価値は無い。

 

「ん? って言うかお前、僕の事をトンコツって言わなくなったな」

「え!? 私さっき何て言ってたっけ?」

「下の名前で呼んでたぞ」

「そ、そんなわけ無いじゃん! けい……コツ!」

「鳥の骨になったな。まあ僕がそっちを『スミレ』って呼べばおあいこだからそれでいいや。

 よろしくなスミレ」

「な、何言ってるのよ!! 私、桂馬の事なんて名前で呼んでないわよ!」

「今呼んだじゃないか」

「うっ、うぅぅぅぅ……」

 

 スミレは分かりやすく顔を赤くして涙目でこちらを睨んでる。

 ああ、ちょっと忘れてた。これって攻略だったな。無意識にやってたわ。

 

「あ、あの、桂馬?」

「どうしたスミレ」

「あの、えっとさ……桂馬ってどんなラーメンが好き?

 もし父さんに勝てたら、桂馬の好きなラーメン、作ってあげてもいいかなって。

 あっ、別にラーメンじゃなくても……いや、何でもない」

 

 普通の攻略だったら後はもうエンディング一直線なんだがな。

 しっかし、好きなラーメンと言われても大将のラーメンとしか答えられんぞ。そんな事を言ったらせっかくここまで上げた好感度が大きく下がって……

 ……ん? 待てよ? これなら行ける、か?

 

「なあスミレ、ちょっと頼みたい事が……」

 

 と、僕が声を掛けた時だった。

 突然ガチャリという音がしてドアが開いた。

 現れたのは勿論……

 

「……お前ら、まだそんな下らない事をやってんのか」

 

 大将ことスミレの父親だった。

 

「お、お父さん、丁度いい所に!

 このラーメン、食べてください!」

 

 スミレが突きつけたのは先ほど僕が試食したラーメンだ。

 まだまだ荒削りだが場合によっては勝てるかもしれないラーメン。

 だが……

 

バシャン

 

 大将は一口も食べることなく丼を叩き落とした。

 

「下らねぇ事は、止めろ」

 

 それだけを一方的に言い放って、再び下の店の方に戻って行った。

 

 

「……どうして、どうして分かってくれないの?

 私はこの店の……父さんの力になりたいのに!」

 

 不器用で、そして馬鹿な親子だな。

 だが、エンディングは見えた。あと一つだけピースを埋める。それだけで完成だ。

 PFPのメーラーを起動しながら泣き崩れているスミレに声を掛ける。

 

「スミレ、ちょっと作ってほしいものがあるんだ。今すぐに」

「……うぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 十数分後、僕は一つの丼を持って店に入った。

 片付けを終えた大将は酒瓶を片手にカウンター席に座っていた。これから飲む所なのか、既にある程度飲んだのか、まあどちらであってもやることは変わらないが。

 

「大将、突然で申し訳ありませんが、僕は今日でこの店を辞めます」

「……そうか。ま、無理もねぇな。あんな下らねぇ事を見せちまったからな」

「いいえ、僕が辞める理由はそんな事じゃあない」

「あん?」

「僕が店を辞めるのは、今日で僕が必要無くなるからです」

「どういう意味だ?」

「僕はきっと、今日このラーメンをあなたに届ける為にここに来たんです。

 受け取って下さい。スミレさんが作ったこのラーメンを」

「何べんも言わせるな。そんな下らない事は……」

「逃げるんですか?」

 

 僕が鋭く放ったその一言は、丼を再び叩き落とそうとした大将の動きを確かに止めていた。

 

「本気でスミレさんにラーメン屋を継いでほしくないなら、このラーメンを食べて、その上で否定して下さい。

 ま、あなたには無理だと思いますけどね」

「……いいだろう。そこまで言うなら食ってやる」

 

 良かった。ここでセリフが間に合わずに叩き落とされてたらもう一度やるハメになってたからな。

 インパクトが薄れるから仕切り直しなんてしたくない。

 

「ったく、どんなラーメンだか知らんが無駄だ。

 こんな薄汚いちっぽけな店は俺の代で潰す。

 スミレにはこんな店に執着せず、もっと大きな幸せを掴んでもらいてぇんだ」

「そこまで仰るなら堂々とそのラーメンを否定して下さい。

 それができれば、きっと大将の願う結果に繋がりますよ」

「ワケの分からねぇ事を……」

 

 その時、ラーメンを覗き込んだ大将が固まった。

 ようやく気付いたか。少々酔っていたのか?

 

「おい、どういう事だコレは」

「おや? 何か問題でも?」

「問題もなにも、これは俺の作ってるラーメンじゃねぇか!!」

「そうですね。一応言っておきますが、厨房から盗み出したわけじゃないですよ」

「んなこたぁ分かってる! さっき完全に片付けたばかりだし、それに何より……」

 

 箸を取ってラーメンを2~3口すすってから続ける。

 

「具材の処理や煮込み時間、その他諸々が甘い。味が数段落ちてやがる。

 だがっ、これは間違いなく俺のラーメンの味だ! あいつには教えてねぇはずなのに、どうして……」

「私も、作れるとは思ってなかったよ」

 

 入って来たのは最初からずっと外で話を聞いていたスミレだ。

 後は僕が手を加える必要は無い。

 

「でも、作れた。きっと子供の頃から食べてるから体に味が染み付いてるんだよ。

 父さんの想いは聞いたよ。

 でも私には大きな幸せなんて必要ない。

 ちっぽけでもいい、ずっとこの店を残して、お父さんと一緒にラーメンを作っていれば、それだけで良いんだよ!」

 

 スミレの訴えを聞いた大将は顔をうつむかせていた。

 そして、やがて絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「……バカヤロウが。

 親ってのはな、子供が自分と一緒じゃ気が済まないんだよ。

 自分が情けないほど、同じじゃダメなんだよ」

「父さんっ!」

 

 大将はゆっくりと立ち上がり、そのまま店の外へとのろのろと歩き出す。

 ……本当に大丈夫だよな? いや、きっと大丈夫だ。

 スミレと一緒に追いかけると、どこから持ってきたのか脚立とペンキを手にしていた。

 店の入り口で脚立を立て、ペンキを片手に上る

 そして、入り口の上に掲げられている『上本屋』の看板に勢いよく刷毛を振り下ろした。

 『上本屋』という名前を塗りつぶすかのような新しく字を書いた大将は満足そうに脚立から降りた。

 

「でも、俺が言える事はもう何もねぇ。俺の小さなこだわりのあのラーメンを簡単に真似されちゃあな。

 この店は、お前に任せたぜ」

 

 『上本屋』というその名の上には『すみれや』と書かれていた。

 

「俺は少し散歩してくる。店の掃除でもやっとけ」

 

 畳んだ脚立を片手に去っていく大将は、少し誇らしげな、そんな気がした。



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今回の反省点

「う~ん、本当にこれで良かったのかなぁ」

「何か問題でもあるのか?」

 

 最後に店の掃除をしながらスミレと話す。

 

「確かにこのラーメン、一応似てるけどヒドい出来だよ? お父さんも言ってたけどさ」

「重要なのは味の良し悪しじゃなくて、お前が父親に強く主張する事だったからな。

 お前たちは遠回りし過ぎだ。この仲良し家族め」

「う、確かにお父さんが私の事をあれだけ想ってくれたってのはビックリしたけどさ……」

「お互いに相手の幸せを考えてるはずなのに、現実(リアル)じゃすれ違い続ける。全く面倒な話さ」

「そこまで言わなくても良いじゃん」

 

 ゲームの世界ならプレイヤーは神視点で眺めるから分かりやすいんだがな。

 やっぱり現実(リアル)はクソゲーだ。

 

「よっし、お掃除終わり!

 見ててね桂馬。ここから私の快進撃が始まるんだから!!

 あっ、そうだ。桂馬も私と一緒に……」

「僕も応援するよ。お客さんとしてね」

「えっ……あ、うん……そう、だね」

 

 このクソゲーの理想的な結末は二人三脚エンドではない。

 ま、スミレなら一人でも……いや、親父さんと一緒にやっていけるさ。

 

「あのっ、桂馬っ!!」

 

 店に背を向けた僕をスミレが引き止めようと呼びかける。

 僕が振り向いた時にはスミレの顔がすぐ近くにあった。

 そして僕達は、

 

 キスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……翌日……

 

「はぁ、今回の攻略はキツかった。消化器にダイレクトなダメージが入ったぞ」

「お疲れさまです、神様!」

「お疲れさま、桂馬くん」

 

 だが、これで甘味地獄とはオサラバだ! ようやく普通のメシが食え……いや、もう点滴でいいな!

 

「それじゃ、反省会だね」

「いつの間にか恒例になってるな。異論は無いが」

「それじゃあ……って言っても、今回はかなり順調に進んでたよね。味見以外は」

「……ああ、味見以外は……いや、もう一つあったぞ」

 

 そう、普段は今更過ぎて目立たないが、今回はほぼそれしか無かったのでかなり目立つ反省点が。

 

「エルシィ、お前だ」

「……ほへ?」

「お前、最初にスミレの店に入る時に透明化忘れたろ。アレが無ければ情報が万全な状態で立ち向かえたというのに!」

「あ~、ありましたねそんな事」

「何を呑気な事を言ってるんだ! って言うか今からでも調べてこい!!」

「えっ、今からですか!? 今更ですか!?」

「桂馬くん、流石に今からやっても意味が無いんじゃない?」

「いーや、重要な情報だね。知っておかないと気になる!」

「うぅぅぅぅ……それじゃあ行ってきます」

 

 そう言ってエルシィはとぼとぼと家を出た。

 

「桂馬くん……エルシィさんを追い出したかったの?」

「? そういうわけじゃないが?」

「ってことは普通に本気で言ってただけか。桂馬くんらしいと言うか何と言うか……」

「それより、エルシィが帰ってくるまで暇だしゲームでもやるか?」

「あ、うん。今日こそ勝つよ!」

「フッ、望む所だ!」

 

 

 

  ……そして数十分後……

 

 

「うーん、やっぱり勝てない」

「僕は神だからな。まあ悲観する事はない。人間にしてはかなり強くなった」

「次こそ負けないんだから!」

「そのセリフ、今日だけで何回目だ?」

「……10回くらい?」

「多分そのくらいだな」

 

 そんなやりとりをしていたらエルシィが勢いよく駆け込んできた。

 

「ただいま戻りました! スミレさんの甘味ラーメン美味しかったですよ!!」

「お前また透明化せずに行ったのか!!」

「えええええっっ~~~~?」







「あっ、羽衣さんで取ったデータを載せときますね。
 『上本スミレ 5月19日生まれの17歳
  血液型はO型、
  身長159cm、体重は49kg』
 以上です!」

「ああ、一応データ採取はしたのか」



 というわけで、スミレ編はこれにて終了です。
 本文でも言ってるけど久しぶりに純粋に恋愛で攻略しました。一部自分なりに改変してみたりしましたが最初の方以外はほぼ原作通りでしたね。神のみらしさみたいなものがでていたなら幸いです。

 次回はまた2年生でしたよ。これだけの情報でかなり絞れるようになってきたような……
 いつになるかは分かりませんが次回もお楽しみに!


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そのセカイは美しい
プロローグ


 何とか月が替わる前に書けました!
 それではスタートです。




 運命の出会いなんて無いって思ってた。

 でも、今なら信じられる。

 

 その深い憂いを帯びた瞳。

 

 仕草から話し方まで、全てが完璧。

 

 そう、完璧だ!!

 

 

 杉本四葉……よっきゅん!!

 

 

 なんて、何て良いコなんだ!!

 

 うぉぉぉぉお! 体が! 僕の血が暴れている!!」

 

 

 

 

 

「おい桂木」

 

 僕が素晴らしい気分に浸っていたというのに、担任の二階堂が不躾にも僕に話しかけてきた。

 

「何ですか? 今忙しいんですけど?」

「ホウ? そうかそうか。

 ちなみに今は授業中だという事は理解しているか?」

「? 何を当たり前の事を。理解しているに決まっているでしょう?」

「では、そうやってうるさくしているのは私に対する宣戦布告と受け取って良いんだな?」

「え? 声に出てましたか? まぁ、運命のヒロインに巡り逢えたのだから仕方が……」

「外でやってろ!!」

 

ドグシャッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、二階堂の奴め。わざわざ蹴り出す事は無いだろうが!」

 

 文字通りの意味で教室から蹴り出されたが、考えてみればむしろ好都合だ。

 さて、屋上へ行こう。あそこなら誰にも邪魔されずにゲームができる!

 ……何か前にもこんな事があった気がするな。

 あ、そうだ。あのバグ魔と契約を結ばされたあの日にそっくりだな。

 ま、今日はかのんも仕事で学校来てないし、そもそも授業中だから誰かと遭遇する事も無いだろう。

 フハハハハ! これで心置きなくゲームができる!!

 

 

 

 

 

 ……と、思っていたはずなのだが……

 何か、ベンチにフサフサの敷物までして居座ってる先客が居た。

 立派な望遠鏡まで用意してあり、そうそう簡単には退かない意志を表しているかのようだった。

 まあ別に構わん。お互いに干渉しないようにしていれば……

 

「月……昼間でも健気に輝く。巨大で、しかも可憐な夜の王。

 星はいつ見ても美しいのですね。ねぇ、ルナ?」

 

 問われるようなセリフだったので視線を向けてみたが、その女子は視線を明後日の方向を向いたままだった。

 気のせいだったと判断してゲームに没頭する事にする。

 

「なのに、その星を満たしているものは醜いものばかり。

 ここは私とこの子の天文台。入ってこないで欲しいのですね」

 

 何か言葉を投げかけられた気がするがきっと気のせいだろう。

 ああ、よっきゅんは素晴らしい!

 

「ちょっとあなた、聞いているの?」

「…………うん? 何か用か?」

「ここは私とルナの天文台。お前のような見苦しい醜男が入ってこないで欲しいのですね」

 

 どうやらこの女子は恐れ多くもこの僕に因縁を付けてきているらしい。

 改めて、その女子を観察する。

 まず目につくのはその金髪だ。ロングヘアが真ん中くらいから縦ロールになっていていかにもゲームの中にでてくるお嬢様の髪型といった感じだ。

 二つ目の特徴がその身長。中学生くらいか? ここは高等部の校舎のはずだが。

 最後に、その手に持っている西洋人形だ。ホラー映画なら動き出しそうな感じの高そうな人形だ。しかし学校で人形を持ち歩いているというのはなかなか強烈だな。

 そこらの凡人どもなら『まるで人形のように綺麗だ』とでも囃し立てるかもしれないが、僕は違う。

 

「フン、現実(リアル)の欠陥品風情がよく喚くじゃあないか。

 見苦しいだと? 本当に見苦しいのは貴様らの方だ」

 

 僕は神だ。現実(リアル)如きになびくなど有り得ないし、言い負かされる事も有り得ない。

 え? ちひろ? アレは別だ。

 

「フッ、ひれ伏すがいい!

 この完全無欠にして偉大なるよっきゅんの前に!!」

 

 

 

 

 

 

 ……その時、神様が突きつけたPFPには、凄く下手くそな絵の女の子が映っていたそうです♪







 ついに出てきましたよ原作メインヒロインさん。
 天理編までに出てこなかったらどうするかノープランだったのである意味助かりました。

 神のみのファンブックでは彼女を題材にしたゲームブックが用意されており、(おそらくは)原作者様が用意したのであろう様々なネタが伺えます。
 彼女はどうやら幼馴染み属性と病弱属性を持っているようで、おそらくは『ときメモ』と『クラナド』辺りが元ネタになっているんじゃないかな~と。話の中にもそれが元ネタと思われる話が出てきますし。知ってる人が見たら他にもネタがあるかもしれませんね。
 あと、選択肢を1回でも間違えるとトゥルーエンドに辿り着けないという鬼畜仕様だったりします。ゲームブックならやや難しい程度で済むでしょうが、万が一普通のギャルゲーでもやられたらクソゲーですね♪


 月夜(高2)の身長をせっかくだから生駒みなみ(中3)と比べてみましたが……
  月夜:142cm
  みなみ:151cm
 見事に負けているという。
 ちなみに青山美生は149cm。月夜には勝っててもみなみには負けているという有様だったりします。
 あと、倉川灯はかなり小さく138cmですが、彼女と比較するのはどうなのか……


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01 美の極致の落書き

 僕に対して美に関する事で因縁を付けてきた無謀な現実(リアル)女に偉大なる美の極致であるよっきゅんを突きつけてやった。

 その女はそのあまりの美に衝撃を受けたのか両手で口元を抑え、そして……

 

「アハハハハッ!」

 

 大声で、笑い出した。

 

「何それ。ただの落書きじゃないの!」

「…………は?」

「おっといけない。大声で笑うなんて美しくないのですね。もうこんな時間ですし、帰りましょう」

 

 それだけ言うと目の前の女子は望遠鏡と敷物を手早く片付けて去って行った。

 その時、そっちの方から『ドロドロドロドロ……』という聞き覚えのある全く聞きたくない音が聞こえた気がした。

 

「あ、神様。やっぱりこちらにいらしたのですか。授業が終わったので呼びに来ましたよ!

 あと、センサーに反応がありました! 今回も頑張って攻略しましょう!」

 

 バグ魔がやってきて何か言っているが、そんな事は今はどうでもよかった。

 僕の胸中を占めているもの、それは……

 

「……よくも」

「ん? どうかしましたか?」

「よくもよっきゅんをバカにしたな! あの現実(リアル)女!!」

 

 あの女への激しい怒りだけだった。

 よっきゅんは、絵師が悪いだけなんだ!! 彼女に非は無いというのに、あの女は!!

 

「断じて許さん!!」

「あ、あの、神様……攻略を……」

「攻略? あいつの? フン、誰がそんな事をするものか。

 よっきゅんをバカにするような愚か者は駆け魂に取り込まれてしまえば良いんだ!!」

「駆け魂狩りには私たちの命もかかっているのですが……あ、ちょ、神様!? ホントに行っちゃうんですか!?

 ま、待ってくださいよ神様ぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というワケなので、神様の説得をお願いしたいのですが……」

「……フン」

 

 家に帰ってきた私を待っていたのは縋るような目つきでこちらを見るエルシィさんと凄く不機嫌そうな桂馬くんだった。

 人間の協力者(バディー)を頑張って乗り気にさせるのは悪魔の役目な気がするんだけどなぁ……

 まあいいや。桂馬くんにボイコットされて困るのは私も一緒だし。

 

「とりあえず、桂馬くんはその子に一体何を見せたの? 落書き扱いされるって相当だと思うけど?」

「フッ、そこまで言うなら見せてやろう。理想の結晶であり、美の極致でもあるこのよっきゅんの姿を!!」

 

 堂々と言い放った桂馬くんが突きつけたPFPに映っていたのは……

 ……落書きと称されてもおかしくないような絵の少女だった。

 これ、絶対に私の方が上手く描けるよ。ゲームキャラクターの絵として良い絵が描けるかはちょっと分からないけどさ。

 これが、美の極致……? いやいや、恐らく外見だけで言ってるんじゃないんだろう。と言うかそうであって欲しい。

 

「……落とし神様。ちょ~っと説明してくれないかな。この『よっきゅん』って人がどういう理由で理想の結晶であり美の極致なのか」

「良かろう。とくと聞くが良い」

 

 

 

 この後、落とし神様のありがたい解説が2~3時間続く事になるけど、バッサリと割愛させてもらう。

 ただ、かいつまんで言うのであれば『設定がどうこう』とか『性格がどうこう』といった事を延々と聞かされて、外見に関する事は一切出てこなかった。

 

 

「とまあそういうわけだ。どうだ? 理解できたか?」

「…………桂馬くん」

「どうした? 何か質問か?」

「……私、怒っても良いよね?」

「ん?」

 

 仕事柄、営業スマイルを浮かべる事はよくあるけど、そのストレスを遠慮なく発散させてもらうのは初めてかもしれない。

 それじゃあ言わせてもらおう。

 

「私は! 最初にPFPの画面を見せられただけなんだよ!? それだけだと外見しか分かんないよ!!

 なのにその外見に関する話が数時間出ないってどういう事なの!?」

「い、いや、外見はその、絵師が悪かっただけでありよっきゅんの責任では……」

「そういう問題じゃないよ!! って言うか外見が変な事は桂馬くんも認めてたの!?

 それだけしか見せられなかったら誰だって落書き扱いするよ!!」

「ぐっ、だがしかし、このよっきゅんから溢れ出すオーラがあれば……」

「そんな曖昧な代物で理解できるのは桂馬くんだけだよ!!

 結局桂馬くんがやったのは落書き見せて笑われたっていうだけの当然の事だよ!

 それでへそ曲げて攻略を放棄するって、バカじゃないの!?」

「う、ぐぐ……わ、悪かった」

「うん、分かればいいよ。分かれば。

 それで、ちゃんと攻略してくれるんだよね?」

「……ああ。そうだな。やろう」

 

 ふぅ、良かった。これで安心だね。

 しっかし、桂馬くんにこの程度の事が理解できないはずは無いんだけどなぁ。

 桂馬くんって時々凄くバカっぽくなるね。

 

 

「それにしても姫様、何か凄かったですね! まるで棗さんみたいでしたよ!」

「う~ん、少し影響は受けてるかも。

 あの子、誰に対しても正しいと思った事ならズバズバ物を言うから」

「そーですねー。私も毎回毎回色々と言われてますよ♪」

「いや、それは頑張って減らそうよ」







 原作では神様を乗り気にさせる為にエルシィが月夜さんに呪い(?)を掛けますが、本作のエルシィはそんな事はできません♪

 久しぶりに出てきた棗さんの名前。
 かのんちゃんがブチ切れるシーンを書いてみた後に流石にやり過ぎたかと思ったのでこんな言い訳を入れてみたり。
 棗さんの出番は今後あるのだろうか……?


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02 失踪と探索

「で、今回の攻略対象のプロフィールは?」

「モチロン! と言いたい所ですが流石に時間が無かったので最低限だけです。

 『九条月夜 2年生。

  身長142cm、体重は35kg、血液型はA型、誕生日は7月22日』

 とりあえずは以上になります」

「中学2年生か。となると後輩ルート? いや、あの属性だと……」

「あの、神様? ()()2年生ですよ?」

「……何だと?」

「少なくとも羽衣さん情報ではそうなってますね」

 

 羽衣情報だと? と言うことはつまり……

 

「……とうとう、過労で壊れたか」

「いつかはそうなるんじゃないかって思ってたけど、まさかこんなに早くお亡くなりになるなんてね……」

「いや、正常に動いてますからね!? 姫様までボケないで下さいね!?」

「え? ボケたつもりは無いんだけど……」

「えええええっ!?」

 

 僕もボケたつもりは無いが、確かによく考えてみると高等部の制服を着ていた気がする。

 そこらの中学生よりも小さいと思うが、それでも高校生なんだろう。

 

「ま、焦る事は無いさ。ひとまずは情報収集だな」

 

 

 

 

 

 

 

  ~~一方その頃、学校の屋上にて~~

 

 

「ふふっ、完全な静寂。やはり学校は夜に限るのですね」

 

 大抵の学校で言える事だけど、夜の学校には数名の夜間警備の人を除いて誰も居ない。

 え? 私はどうして居るのか? 時間外施設使用の申請をまとめて数ヶ月分出してあるのですね。

 月は毎日その姿を替え、私にその美を魅せてくれる。24時間ずっと夜ならその美しい姿をずっと眺めて居られるのに。

 

「それに比べて地上の醜さと言ったら、身震いがするのですね。

 特に今日のあの男、あんな落書きが美しいとか神経を疑いますわ」

 

 あんな無粋な輩の事など忘れて、ルナと、私の美しいお人形と一緒に月を楽しもう。

 

「ルナ、私はあなたと月を眺めているだけで幸せなのですね」

 

 そんな言葉を言った時だった。

 

ドクン

 

「……えっ?」

 

 何か妙な気配を感じた直後、目の前の望遠鏡が勝手に離れていく。

 それと同時に手元のルナがどんどんと大きく……いえ、これは……

 

「か、体が、小さくっ!?」

 

 望遠鏡も、ベンチも、敷物も、ルナも、何もかもが大きく見えるようになった世界で、月だけが何も変わらず私を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……翌日……

 

「か、神様! たたた大変です!! 月夜さんが! 月夜さんが!!」

「ちょっと待て、あと1ターンでセーブできる。

 ……よし。で、どうした?」

「大変なんですよ!! これを見て下さい!!」

 

 エルシィが差し出してきたのはどっかの部活だか同好会だかが発行した新聞のようだ。

 今回のタイトルは……『舞校ふしぎ新聞』か。

 一面に月夜の顔写真が載っており、『失踪』だとか『マリーセレスト号の再来』だとか書いてある。

 

「どどどどうしましょう!? 失踪なんてされちゃったら攻略なんてできませんよ!?」

「ったく、落ち着け。状況を少しずつ整理していくぞ」

 

 エルシィの持ってきた新聞には関係者からの証言もある程度纏められているようだ。

 

 要点をまとめると、月夜は昨日の夜に屋上を利用していたようだ。おそらく月を見る為だろう。

 少なくとも学校に入る所は警備員が目撃しており、記録も残っている。

 その後、巡回中の警備員が様子を見に行った所、望遠鏡や敷物、ティーセットはそのままに本人の姿だけが消えていたという。

 

 と言うことは、夜の時間帯に何かがあったと見るべきだろう。

 

 誘拐とかの線は考えにくいかな。現場に争った形跡は無かったみたいだし、この学園のセキリュティはそんなに甘くは無い。

 本人の意志による家出……でもないよな。わざわざ学校に来る意味が無いし、わざわざ見つからないように学校から出る意味も無い。

 

 と言うか、学校を出た記録が残ってないなら普通にまだ学校の中に居るんじゃないのか?

 それが見つからないって事は……駆け魂の影響、か。

 人の身体を入れ替えるような事もできるんだ。人を透明にするとか、そんな事も余裕でできるはずだ。

 

「……エルシィ」

「は、はいっ! 何でしょうか!」

「月夜はまだ学校の中に居る可能性が高い。駆け魂センサーとかで月夜を探せないか?」

「え? 学校の中? そんなの皆も調べてると思いますけど……いえいえ、神様の事だからきっと何かお考えがあるのですね!

 センサーですか? モチロン大丈夫です! 月夜さんの駆け魂のデータは既に登録済みなので、ある程度広範囲を調べられますよ!」

「ん、そんな機能があったのか」

「はい! と言っても、せいぜい1教室分を入り口から調べられるくらいですし、他の駆け魂は調べられないですけどね」

「じゅーぶんだ」

 

 と言うか、他の駆け魂を見つけないというのはメリットしか無いな。

 最悪の場合は同時攻略も覚悟していたが、問題なさそうだ。

 

「それで、どこから調べますか?」

「まずは屋上……いや、天文部の部室も候補になるか。

 近い方から調べよう」







 実際に24時間夜だったとしても月は公転してるから24時間は見れないのはきっと気のせい。

 原作で新聞を書いたのは『   リー 楽部』(一部が見切れて読めない)となっていました。
 ミステリー倶楽部、でしょうね。きっと。
 しっかし、夜に起こった事件を翌日の夕方までに関係者の証言を集めて新聞の発行まで済ませるというのはかなり有能なのではなかろうか?

 原作では駆け魂センサーで月夜さんをアッサリと発見してますが、一度発見した駆け魂とはいえあまりに広範囲を調べる事ができるとなるとハクアが駆け魂を取り逃して延々と探してた意味が無くなるので、『ある程度広がる』くらいに解釈しておきました。


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03 プライドの鎧

 月夜の捜索を始めた僕達はエルシィの案内でまず真っ先に天文部の部室へと向かった。

 で、センサーを使ってみたんだが……

 

ドロドロドロドロ……

 

「……こ、この中みたいですね。ホントに居ましたよ」

「あっさりと見つかったな」

 

 言うまでもなくこんな所は真っ先に調べられているだろう。それでも未だに見つかってないという事はやはり駆け魂絡みの何らかのトラブルに巻き込まれたのだろうか?

 

「とりあえず入ってみるか。

 ……鍵がかかってるな」

「お任せ下さい! こういう時の羽衣さんです!」

 

 羽衣の先端が鍵の形状に変化する。

 それを鍵穴に入れて回すとあっさりと鍵が開いた。

 羽衣……ホント良く働いてるな。

 

「よし、開けるぞ。お前はここで待機」

「了解です!」

 

 ノックしてから入るべきか一瞬迷ったが、何も知らない体でいきなり入った方が自然だろうと判断してそのまま突入する。

 勢い良くドアを開け、中に入る。

 するとそこには……月夜が居た。

 

 彼女が抱えていた人形と同じくらいの大きさの、月夜が居た。

 

「えっ、あ、あなた、鍵は?」

 

 なるほどな。これなら発見されないのも頷ける。発見されたとしても人形と間違えられたのかもしれない。

 さて、ここで取るべきベストな行動は……

 

「お、おわぁああ! ひ、人が! 人が小さく!!」

「きゃぁああああああ!!!」

「お、おわぁ! おわぁあああ!!!」

「きゃああ! きゃああああ!!!」

「ひえぇぇええ!! お、お助けをぉぉおお!!」

「…………?」

「お、オラ夢を見てるだ!? なんまいだー、なんまいだー!」

「……フッ、騒ぐのは止めるのですね。こんな事で騒ぐなんてみっともないわ」

 

 よし、ひとまずは成功したようだ。

 こういうツンキャラは大抵の場合、他人に弱みを見せる事を極端に嫌う。

 突然体が小さくなって混乱している彼女の事は見て見ぬふりをして、思いっきり慌ててやった方が良い結果に繋がるというわけだな。

 

「まるで色付き始めた秋のような色と香り。紅茶は相変わらず美味しいのですね。

 もしかすると、この姿は夢が叶ったのかもしれない。ルナみたいになりたいって、ずっと思っていたもの」

 

 完全に立てなおしたようだな。ひとまず序盤は彼女のサポートに徹するとしよう。

 

「あら、もう夕方。ルナ、月を見に行きましょう」

「え? まさか今から屋上に行くのか?」

「こんな事くらいで私の日課を止めるわけにはいかないのですね」

「おい、待て待て」

 

 と、僕が制止する間も無く、机をよじ登って窓から外へと出ようとする。

 しかし、自分と同じ大きさの人形を抱えてそんな事ができる訳も無く、転んで椅子の上に落ちてしまう。

 ふかふかした高級な椅子だったからまだ良いが、固い椅子や床だったら大怪我になりかねないぞ。

 

「流石に無理だろ、その体じゃ。僕が連れてってやろうか?」

「冗談じゃない。人間の手など借りないのですね。

 私が頼りにするのは、ルナだけなのですね」

 

 そんな事を言っているが、屋上からこの部屋に来るだけでもかなり大変だったはずだ。

 強情と言うか無謀と言うか……

 

「いや、やっぱりどう考えても無理だろう。

 そもそも、夜と違ってまだ生徒が居るんだぞ? その姿が見つかったら騒ぎになるぞ」

「……あなた、さっきまでうろたえていたのに急に冷静になったわね」

「そんな事より、僕に良い案がある。誰にも騒がれないアイディアがな。

 その人形、ルナだったか? そいつの服、他に無いか?」

 

 

 

 

 

 僕のアイディアはシンプルだ。

 月夜が人形と同じくらいの大きさになってしまったのなら、そのまま人形に見せかけてしまえば良い。

 月夜に服を着替えてもらってグッタリとしててもらえば何も知らない人が見たら人形にしか見えない。

 それを僕が抱えていけば万事解決というわけだ。

 まぁ、そうすると人形を2体も抱えている僕自身が目立つというデメリットもあるが、そんな僕に話しかけてくるような物好きは……

 

「おっす桂木! って、何やってんの!?」

 

 ……居たよ、居やがったよ。空気を読まない現実(リアル)女が!!

 

「……小阪ちひろ、何の用だ?」

「いや、特に用事は無いけどサ。どしたの? それ」

 

 用が無いなら話しかけないで欲しいんだがな。一体何を考えているんだ、コイツは

 

「それって西洋人形だよね? ポルターガイストでも引き起こしそうな」

「……ポルターガイストだと? 貴様、この人形をバカにしているのか?」

「バカにしてるわけじゃないけど……」

「いいか? ポルターガイストとはドイツ語で騒がしい幽霊という意味であり、西洋人形との直接の関係性は一切無い。

 また、西洋人形と一口に言っても多数の種類があり、その源流はルネサンス期の女性服展示用のマネキンのようなものだったとされている。当時は陶器で作られていたが、第一次世界大戦を境にその生産量は減少、第二次世界大戦以降はアメリカで合成樹脂による……」

「わーーー! もう分かった、分かったから! じゃあね!!」

 

 僕の勢いに気圧されたのだろう。ちひろは一目散に去って行った。どうやら本当に用事は無かったらしいな。

 

「ふぅ、気を取り直して屋上に行くぞ」

「…………」







 ポルターガイストや西洋人形(フランス人形)の知識はwikipediaとかからテキトーに拾ってきました。
 何か間違いがあっても、よっぽど変な所じゃなければ生温かい目でスルーして頂けると助かります。
 しっかし、こんな知識でも桂馬はちゃんと知ってるのだろうか? 普通に知っててそうでちょっと怖いです。


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04 求めるべきは『恋愛』

「あの女生徒に突然呼ばれた時はどうなるかと思ったけど、何とかなったのですね」

「ま、僕にかかればあんなもんだ」

 

 ちひろを切り抜けた後は特になんのトラブルも無く、屋上に辿り着く事ができた。

 人形を抱えた僕に話しかけるような物好きはあいつだけだったらしい。

 

「しかし驚いたわ。あなたのような美的センスのカケラも無いような男がフランス人形の事をよく知っているだなんて」

「たまたま知ってただけだ。ゲームで」

 

 屋上の様子を確認してみる。

 こんな時間(夕方)にこんなへんぴな場所にまで来るような奴は居ないらしく、僕達以外の人影は無い。

 屋上の真ん中に設置されたベンチには豪華そうな敷物と望遠鏡、ティーセットが放置されている。

 

「観測セット、誰にも片付けられてないんだな。運が良いと言うべきか、管理が雑と言うべきか」

「前に私に無断で動かそうとした愚かな警備員が居たのでキツく叱っておいたのですね」

「そんなに触られたくなかったのか?」

「ええ、まあ。勝手に触られて壊されたりしたら大変なのだと言ったらしっかりと理解してくれたわ」

 

 果たしてその『大変』はどっちの意味なのか。

 月の観測ができなくなるという事か、それとも弁償が大変という意味か……

 月夜自身は前者のつもりで、警備員は後者の意味に受け取った可能性もあるな。

 

「月を見るんだったな。1人で見れる……わけが無いか」

 

 観測セットの状態は月夜が失踪……小さくなった時となんら変わらない。

 望遠鏡の高さはいつもの月夜が座った状態に合わせられている。

 当然、小さくなった体では立っても見えない。

 

「よし、望遠鏡の高さを調節するぞ」

「待ちなさい。勝手に触らないで欲しいのですね」

「じゃあどうするんだ? まさかその体で調節できるわけでもあるまい?」

「そんなの決まってる」

 

 

 

    で!

 

 

「おいっ、これ、地味にキツいんだがっ?」

「こうしないと見れないのだから仕方ないのですね」

 

 敷物がかかったベンチの後ろから精一杯腕を伸ばして月夜を支えている状態だ。

 手の力は強すぎても弱すぎてもいけないし、揺らすなどもっての外。短時間なら問題ないが、数十分続けるとなるとキツい。

 

「って言うか、こんな事をさせるくらいならベンチに座らせろよ!」

「フン、この敷物の中に入って良いのは私とルナだけなのですね」

 

 そうは言っても僕はちょうど今、ベンチの背もたれの上にかかった敷物に腕を乗せているんだが……いや、余計な事は言わないでおこう。

 

「しっかし、毎日月なんか見て何が楽しいんだ? 月の満ち欠けがあるのは分かるが、満月1回見れば済む話だろ」

「あなたは何も分かってない。月は毎分毎秒違うの。そして、その全てが美しい。

 いつか私は美しいものだけを集めて、ルナと月へ行くのですね」

「ふぅむ、精神錯乱の兆候が……イタタタタッ! 爪を剥がそうとするな!!」

 

 こいつ、何の躊躇もなく爪を剥がそうとしやがった。小さくなった体でダメージを与える数少ない方法の一つなのは分かるがもうちょい遠慮して欲しい。

 

「別に、理解なんて要らないのですね。あなたと美意識を共有できるとも思ってない」

「……確かにな。美意識、価値観の共有ってのは思いのほか難しいもんだからな。

 仲が良いと思ってた相手でも、些細な事で食い違うもんだ」

 

 人ってのは些細な事ですれ違い、衝突する。

 相手の価値観を受け入れるっていうのは自分の価値観を変えるって事だ。難しいのは当たり前だ。

 

「だけど、ほんの少し理解するだけであれば、丸ごと受け入れるよりはずっと簡単だ。それでも難しいけどな。

 そしてそのほんの少しの理解が自分の世界を劇的に広げる事だってある」

「……私の世界には、月とルナが居ればそれだけで満足なのですね」

「ま、そういう考え方もアリだな。むしろ応援するよ。

 自分の愛する物と一緒にいつまでも居られるなら、それは幸せな事だ」

 

 問題は、そう願っていても現実(リアル)は放っておかないという事。

 理想の国の人間である事を望んでいても現実(リアル)は必ず僕達の邪魔をする。

 それこそが、小さな世界で満足できている月夜の心のスキマなのだろう。

 

「ね、ねぇ、また、抱っこを……」

「今度は爪剥がそうとするなよ」

「あなたが失礼な事を言わなければそんな事はしないのですね」

「はいはい、悪かった悪かった」

 

 

 心のスキマが予想通りならば、自分のセカイに閉じこもってちゃ得られないような美しさを、教えてやるしか無いか。

 『恋愛』による攻略、まさにピッタリの手段じゃないか。







 屋上の観測セットは片付けられたのか否か。
 月夜が他人に敷物を敷かせるとは思えないのできっとずっと放置してあったんでしょうかね。
 ただ、警備員とか用務員の人が片付けないのは少々不自然な気がしたので理由を入れてみました。

 あの理由の他の案として『弁償が大変だと月夜自身が脅した』というのもあったのですが、脅すのはともかくあの月夜がお金の事を話すのは考えにくいと判断して没になりました。
 しっかしあのセット、実際にいくらするんだろう? 月夜の事だからかなり高級品を使ってそうな気がします。


 月夜を抱っこするシーンでは桂馬の手が震えていますが、果たしてそれほどキツいのでしょうか? 体がかなり縮んでいる月夜なんてかなり軽そうなものですが……
 そんな事を思ったので、色々と検証してみました。

 結果、持つものがどうこう以前に、腕の重さのせいで背もたれが腕に食い込んで痛くなるという。背もたれなんて利用しない方がずっと楽でした。
 背もたれ無しで腕を突き出してみましたが……やっぱり腕の重さのせいで厳しいです。短時間は簡単でも長時間となると厳しそうです。
 月夜(小)の体重はかなり雑な目測で、現実世界にあるP○P1.5個分くらいの重さだと推測できますが、このレベルの小さい物が相手だと腕の重さの方が遥に大きいので何を持とうと関系が無くなるようですね。

 結論:月夜さん、桂馬にベンチ使わせてあげようよ。


 原作では月夜が桂馬に目潰しをしかけますが、桂馬に抱っこされている状態で振り向くのも、眼鏡の上から目潰しをかけるのも至難の技なので爪剥がしに変更してみました。漫画的表現にマジメなツッコミを入れるのもどうかとは思いますが、小説ならこっちの方が表現しやすかったので。


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05 閉ざされた世界

「とまぁ、ざっとこんな感じだな」

 

 夜、家に戻った僕達は3人でいつものように作戦会議を開く。

 なお、月夜は天文部の部室に置いてきた。一応、他に希望する住処が無いか尋ねてみたが、あそこが一番過ごしやすいらしい。

 とは言え、ただの部室に小人が住む用意があるわけも無いのでエルシィの羽衣で適当なドールハウスを作っておいた。

 

「『1人で居たい』っていう願望か。

 今回の駆け魂の影響は月夜さんのその願いを反映してるみたいだね」

「結の時だって本人の願望は現れていたな。やや遠回りではあったが。

 駆け魂の影響ってのはそういうもんなんだろう」

「今までも1人で居て、それでも心のスキマが出来ちゃったのならやっぱり私たちの介入が必要になるよね」

「そういう事になる。ただ……」

「……月夜さんを支援するとなると満足されちゃうよね。悪い意味で」

「そういう事だな」

「……あ、あの~……」

 

 かのんと議論していたらエルシィが口を挟んできた。

 

「ん? どうした?」

「私にはお二人が何をおっしゃっているのかサッパリ分からないんですけど……」

「ああ、だったら気にするな。お前は駆け魂を討伐する時までしょーぼーしゃの事でも考えてりゃいい」

「な、なるほど! わっかりました!!」

 

 僕としては助かるがそれでいいのか、駆け魂隊の悪魔。

 

「仲良くなる為には支援しないといけない。

 だけど支援すると心のスキマを守ってしまう。厄介なジレンマだね」

「だが支援すらしないのは論外だ。ひとまずは支援を続けて様子を見るしか無いだろう。

 問題の先送りと大して変わらんがな」

「頑張ってね。私もいつでも手伝う……って言いたいけど、今回は『恋愛』以上に適した手段は無いみたいだから多分何もできないよね」

「だろうな」

 

 恋愛を主軸に攻略する以上は他の女子は邪魔でしかない。

 裏方で働いてもらう事はできるが、そっちはエルシィ(羽衣)が居れば何とかなる。存在がバレても『妹だから』という魔法の一言を使えば恋愛による攻略の妨げになる事も無いしな。

 

 

 

 

 

  ……攻略2日目……

 

「おーい、起きてるかー?」

 

 まだ授業が始まる前の早朝の時間帯、月夜の様子を見る為に天文部の部室までやってきた。

 

「……またあなたなの」

「ずいぶんとご挨拶だな。調子はどうだ?」

「なぜ私に構うの? そんな事、誰も頼んでないのですね」

「そうは言っても放っとくわけにもいかんだろ。

 朝飯買ってきたぞ。テキトーに好きなの選んでくれ」

「……頂きます」

 

 他人を拒絶してはいるが、僕の助けが必要な事も十分理解はしてるんだろうな。

 そんな所にツッコミを入れても何の得にもならないから言わないが。

 

 

 

 

「ふぅ、ごちそうさまでした」

「ちゃんと足りたか」

 

 月夜は僕がコンビニで買ってきたサンドイッチの一部を千切り取って食べていた。

 小人という存在を生物学的に考えると色々と問題が発生しそうなものだが、少なくとも食事に関しては見た目通りの量で十分のようだ。

 他の諸問題は駆け魂の魔力で何とかしているのだろう。多分。

 

「ルナ、今日も一緒に月の観測に行きましょう」

「…………」

「…………」

「……じゃあまた僕が連れていこう。準備はできているか?」

「当然なのですね」

 

 自分で強引に移動しようとせずに僕のセリフを待つ辺り、攻略は一応進んではいるみたいだな。

 

 

 

 

 

 

 

 最初はどうなる事かと思ったけれど、小さい体の生活も悪くは無いのですね。

 家具も服も、ルナの為に用意した物がそのまま使える。

 食事も少なくて済み、移動も桂馬が運んでくれる。

 煩わしく醜いものの無い、完璧な世界なのですね。

 

「こういう体なら牛乳風呂も試せそうなのですね」

「どっかで聞いたことあるような風呂だな。

 確かに大した量も要らないだろうから今度持ってこよう」

「…………」

 

 お、お礼は言わないのですね。私は頼んでない。

 しかし、桂馬は一体何者なの?

 私の事を誰かに話すわけでもなく、ただ私の手助けをしてくれ……勝手にする。

 彼について分かっている事と言えば落書きを完全無欠だと言い張る壊滅的なセンスだけ。

 ……そんな事、どうでもいい事なのですね。私の世界には私とルナが居れば何も要らない。

 

「桂馬、今度はあっち」

「はいはいっと」

 

 この完璧な世界が、いつまでも続きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女にとっての完璧な世界を作り上げてしまうと、彼女の心に介入する余地が無くなってしまう。

 仮に強引に踏み込もうとした場合、その世界に逃げ込んでしまうからだ。

 その世界を維持しているのが僕だと理解していても、こういうキャラは意地でも逃げ込み、僕の手が届かない所に行ってしまう。

 

 この現状を打破する手段は言葉にしてしまえば簡単だ。

 『完璧な世界を破綻させる』

 そうすれば月夜は危機感を感じ、僕が介入する余地が生まれる。

 だが、それが失敗した場合、月夜に僕の行為がバレた場合、どんな事になるかは言うまでも無いだろう。

 慎重に、かつ大胆に、計画を立てよう。



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06 揺さぶり

「そろそろ、仕掛けようと思う」

 

 月夜さんを攻略し始めてから数日後、桂馬くんが再び動き出した。

 

「ようやく、か。勝算はあるのかなんて事は言うまでも無いかな?」

「当然、と言いたい所だが、成功率8~9割ってとこだな」

「……それ、失敗するとどうなるの?」

「……心のスキマが悪化した上に振り出しに戻る」

「要するに失敗したらアウトって事だね」

 

 その条件で1~2割ほど失敗するっていうのはやや不安が残る。

 何とかできないかな?

 

「具体的にどう仕掛けるの?」

「月夜を取り巻く世界をぶっ壊す」

「……より具体的にお願いできる?」

「いくつか案はあるが、第一候補は『月夜の体をより小さくする』事だな」

「そんな事ができるの?」

「不可能。だがしかし、月夜の周りにある物全てを羽衣の力で大きくすれば本人に『自分が小さくなった』と錯覚させる事が可能だ」

「あ、確かにそうだね。羽衣さんがまた酷使されてるね……」

「羽衣さんなら問題ないだろう」

 

 安定の羽衣さん推しだ。

 他の所ではここまで酷使されてないんじゃないかなぁ……?

 

「そうやって揺さぶりをかける事で攻略の取っ掛かりを掴むことはできる。

 そうなってしまえば後はどうとでもなるはずだが……終わりまでの明確なビジョンはまだ見えていない」

「明確じゃなくても8~9割は成功するっていうのは凄いのかな」

「凄いかどうかはともかく、失敗したら意味が無い。

 今は良くも悪くも安定してる状態だから、揺さぶりをかけた後に速攻でケリを付けるような良いイベントを起こせないものかとな」

 

 決着を付ける為のイベントか。

 少し、情報を整理してみようか。

 

 月夜さんの心のスキマは『人間への嫌悪』

 それを解決する為に最も相応しい手段が『恋愛』

 理想的な結末として、月夜さんが誰かと恋愛をする事(誰かって言うか、この状況だと桂馬くんしか居ないけど)

 ただ、月夜さん自身は他人を拒絶するスタンスを取ってるからこちらから仕掛けるのは難しそう。仮に桂馬くんに恋してても月夜さんのプライドが邪魔しそうだね。

 となると、必要なのは『月夜さんから動いてくれるようなイベント』だ。

 もっとシンプルに言うなら……

 

「月夜さんから告白されたいってコトだね」

「そういう事になる」

「……それだったら、こんなのはどうかな?」

 

 こう見えても私は現役アイドルだ。ドラマ出演やアニメのアフレコなんかで『物語』に関わる機会も多い。

 ギャルゲー専門で経験を積んでる桂馬くんほどじゃないけど、私にだってイベントを創作する能力はある。

 最近出演したアニメを参考にした私作のイベントを提案してみた。

 

 

 

「そうか、その手があったか。それは盲点だった」

「恋愛の素人の意見だけど、どう?」

「成功すれば理想的、だな。もし失敗したら……夢オチにでもするしか無いか」

「月夜さんを気絶させれば一応可能だね。また羽衣さんが何とかするのかな」

「そうなるな。

 ところで、このイベントには魔法の行使ができた方が良さそうだが、お前にできるのか?」

「時間や体力に余裕がある時にちょくちょく練習してたから、大丈夫だよ」

「そんな事してたのか」

 

 ドクロウ室長がくれた4種の魔法は桂馬くんには使えない私の長所だ。ある程度は練習してる。

 勿論エルシィさんも魔法は使えるけど、今回は私がやった方が良さそうだ。裏で待機しててもらおう。

 

「それじゃあ僕は明日エルシィと揺さぶりを仕掛ける」

「最終イベントの明後日、早ければ明日だね。頑張ろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……そして、翌日……

 

「お~い月夜、生きてるか~」

「物騒な事を言わないで欲しいのですね。ちゃんと生きてるわ」

 

 いつものように私の一日は始まる。

 この理想の世界での生活が始まったのはつい最近の事のはずなのに、凄く馴染んでいるのですね。

 

「いつものサンドイッチと、紅茶も用意しておいたぞ」

「それでは味見をさせて頂くのですね」

 

 数日前に桂馬が紅茶を入れたがったので徹底的に仕込んだ。

 桂馬もネット等で予備知識を仕入れていたようだけど、いつも自分で入れている私には敵わなかったけど、少しずつ上達しているようなのですね。

 

「……よく出来ているわ」

「ホントか? そりゃ良かった」

「でもまだ味を引き出せるでしょう。これからも精進しなさい」

「望む所だ。

 ああ、そう言えば例の物の準備が整ったぞ」

「例の物?」

「これだ。牛乳風呂。魔法瓶に入れてある」

「前に話題に出てから随分時間がかかった気がするのだけど、何があったの?」

「この部屋には電気ポットくらいしか加熱できるものが無かったからな。

 そんな物で牛乳を温めたら次回以降の紅茶に匂いが移るし、コンロを持ってきて温めるってのも危ないから家で温めてから運搬できる魔法瓶を調達するのに少し時間がかかった」

「……そう、よくやったわ」

 

 単なる思いつきで言った事なのに、そこまでの手間をかけさせていたの?

 ちゃんとお礼を言った方が……いえいえ、あくまで勝手にやっている事なのですね。

 私が気にかける必要なんて、無い。

 

 

 

 

 

 時間は過ぎて夕方頃、お待ちかねの牛乳風呂を試すのです。

 

「熱っ、桂馬、牛乳を足しなさい」

「この調整、結構キツいな。これでどうだ?」

「……今度は温すぎるわ。もう少し温めて」

「こんなもんか?」

「ちょっと熱すぎる気もするけど、まあ許容範囲ね」

「それなら丁度いいんじゃないか? バスタブが小さいから普通の風呂よりも冷めやすいはずだ」

「そう。それじゃあ出ていって」

「はいよ。終わったら呼んでくれ」

 

 桂馬が温めて持ってきた牛乳だと熱すぎるので冷えた牛乳と混ぜて温度調節をした。

 いつものお風呂の調整は私が自力でできるようになっているけど、流石に牛乳を配管に通すわけにはいかない。

 改めて考えると恐ろしく精巧なドールハウスなのですね。一体誰が作ったのか。

 

 

 

 牛乳の香りをしばらく味わった後、のぼせないうちに上がる。

 やっぱり小さい事は良い。他にも何かできないか色々と考えてみよう。

 

「ん、あれ? 服が……?」

 

 着替えの服の袖に手をしっかり入れたにも関わらず袖口に手が届かない。半分ほど進んだ所で垂れ下がっている。

 

「こんな長い服あった? 仕方ない、別の服を……」

 

 別の服を探そうと視線を上げて、異変に気付いた。

 

「っ!? 物が、大きく!?」

 

 脱衣籠やさっきまで入っていたバスタブがどんどん大きくなっていく。

 いや、まさかこれは……! また私が小さく!?

 

「る、ルナ! 助けてルナ、ルナ!」

 

 湿気に晒すわけにはいかないからルナはお風呂場のすぐ外に置いてある。

 少し狭いと感じていたはずの広くなってしまった床を駆け抜けて扉を開ける。

 

「ルナっ!」

 

 だけど、そこに居たのは私より数倍背が高くなって、ただ無機質な瞳で嘲笑うかのように見下ろしてくる人形だった。

 

「あ、う、ぅ……

 け、桂馬! 桂馬来て!! 助けて!!」

 

 私が叫んだ直後、ガラッという音が聞こえ、ドールハウスの一部が開かれた。

 

「おい大丈夫か月……月夜っ!?」

「桂馬っ、桂馬ぁ……」

「まさか、更に小さくなったのか? (マジかこれ)

「桂馬、ど、どうしよう、私……」

「と、とにかく落ち着け。きっと大丈夫だ。

 とにかく今は、ゆっくり休め」

「あ、うぅ……

 そうさせてもらうのですね」

 

 どうして、こんな事に?

 完璧な世界だった、そのはずなのに……







 原作では揺さぶりをかけた後はアドリブ……と言うより行き当たりばったりな感じでしたが、実際にはどういう計画を立ててたんでしょうね?
 神さまならアドリブで十分対応できたとは思いますけど。


 実際の牛乳風呂は『お湯に牛乳を混ぜる』だけのようですが、原作において体が小さい事の利点を挙げている時に「牛乳風呂もできそうなのですね」という発言があるので、試みたのは通常の牛乳風呂ではなく濃度100%の牛乳風呂だと判断しました。
 しかし、それって実際にはどうなんでしょうね? 濃すぎて逆に問題が発生しそうな気もします。
 本作では通常の牛乳風呂以上の結果が得られたという仮定で書きましたが……試した人は居るのかなぁ?


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07 心の美醜

 もう一度言わせてもらうぞ。マジかこれ。

 

(エルシィ、僕が指示したら巨大化を全部解いてくれ)

(え? いいんですか?)

(構わん。完璧に元通りにしてくれ。できるな?)

(大丈夫ですけど……どうしたんですか? そんなに慌てて)

 

 エルシィがノーテンキな事を言ってくる。

 コイツはさっきまでの僕と月夜とのやりとりを見ていなかったのか? それとも見ていた上で理解してないのか。

 

(現在の状況を説明してやる。

 月夜がまた縮んだ。以上だ)

(え? でもそれは神様が騙しただけですよね?)

(そうじゃない。それとは別に普通に縮んでいた。

 おそらくは揺さぶりをかけたせいで駆け魂の力が増したんだ)

「えっ、えええええっっっ!? それって大変じゃないですか!!」

「声が大きい!! 静かにしろ!!」

 

 こんな事になるなんて僕も思ってなかったよ。

 そういうわけなんで月夜が寝たら……いや、ドールハウスに居る最中なら僕の仕掛けは解除していい。その方が程よく安心させられるだろう。

 

(って言うかお前、気付かなかったのか?)

(いや~、周りの物が大きくなってるんで全然気付かなかったです。

 神様はよくお気付きになられましたね)

(僕の大きさは変わってないからな)

 

 確かに周りが大きくなってたせいで若干分かり辛かったが、僕やエルシィ、ついでに部屋自体の大きさも変わってない。

 実の所、僕の大きさを見て月夜が真相を見抜いてしまう可能性を危惧していた。このタイミングで本当に縮んだのはある意味ではありがたいと言えなくもない。

 

 ありがたくもあるが、それと同時に危うくもある。

 月夜がこの異常事態に直面しても耐えてこれたのはその状況が月夜の願いにマッチしていたからだ。

 それがより危険な状態にシフトした現状は……精神的に極めて危ういだろう。

 

「何とか今日中に決着を付ける。エルシィ、中川と準備を頼む」

「りょーかいです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 全部夢であってほしかった。

 けど、一眠りして起きた後も体はさらに縮んだまま。

 

 そう言えばあの時、ルナではなくて咄嗟に桂馬に助けを求めてしまった。

 人間なんて要らないはずなのに、どうしてだろう。

 …………

 

「お~い、起きてるか?」

 

 考えをまとめていると桂馬がドールハウスの外から話しかけてきた。

 私が起きたのを覗き見した……なんて事は無いと思うけど……

 

「……今起きた所なのですね。何かあったの?」

「こんな時でも体内時計は正確みたいだな。

 そろそろ夜の月の観測の時間だぞ」

「もうそんな時間? 分かった、連れていって」

 

 こんな時でも、こんな時だからこそ、月を観測しよう。

 きっと月だけは何も変わらないから。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 望遠鏡のレンズの先に見えるのは、いつもと変わらない月。

 一分一秒毎にその姿を変え、美しい姿を見せる偉大なる夜の王。

 

 だけど、その美しさを楽しむ事はできなかった。

 月は何も変わらない。変わってしまったのは、私の方だ。

 

「っ、……」

「月夜? どうした?」

「な、何でもないのですね」

「……お前、泣いてるのか?」

「そ、そんなわけ無いでしょう! このバカ!」

 

 嘘だ。私は今泣いている。

 悲しいのか、怖いのか、よくわからない感情が溢れてくる。

 美しい完璧な人形のような存在でありたいのに、私の心はぐちゃぐちゃで醜くて、それが余計に悲しくって。

 醜い感情なんて、見せたくないのに。

 

「……そうか、僕の気のせいだったみたいだな」

 

 こんな嘘、桂馬だって分かってるはずなのに、桂馬は見て見ぬふりをしてくれた。

 

「……これはあくまで独り言だ。テキトーに聞き流しても構わない。

 

 人間の思考回路ってのは支離滅裂で、混沌としてて、酷いものだ。

 ゲーム女子だったら数式を導くかの如く整然として、ロジカルで、一切のブレも無く美しい。

 そうやって考えると、やっぱり現実(リアル)なんてクソゲーだ。

 

 けどな、

 現実(リアル)はバグだらけで、だからこそなのかごく稀にに常識を越えた動きを見せる。

 この不条理で、理不尽な現実(リアル)を打ち砕く事ができるのは、きっと人の心だけなんだ。

 理不尽に翻弄される人の心は醜いかもしれない。けど、理不尽に抗う人の心は、泥まみれになっていてもきっと美しいだろう」

 

 これは……今の私の事を言ってるの?

 この訳の分からない理不尽に抗えと、そう言ってるの?

 

「……どうしろと言うの? こんな、こんな訳の分からない事に対してどうしろと言うの!?」

「……分からん」

「なっ、ふ、ふざけないで欲しいのですね! そんな無責任な事を言われて、どうすればいいの!?」

「分からない。だけど、これだけは覚えておいてほしい。

 君が元の体に戻る事を願っただけで治るなんて奇跡はまず起こらないだろう。

 けど、理不尽に嘆くだけじゃなくて、ちゃんと抗おうとしないと絶対に戻らないと思うよ」

「っ!」

 

 桂馬の言ってる事は正論だ。だけど、今はその言葉が胸に突き刺さる。

 確かにそうだ。嘆いてばかりじゃいられない。

 だけど……だけどっ!

 

「ぅぅ、ひっぐ、桂馬のバカ!

 わ、わだしだって、戻りだい! 元に戻りたいのですね!

 なのに、どうしてぞんなこと言われなきゃいけないの!?」

「……ゴメン、少し言いすぎた。

 けど、良かった。君もちゃんと戻りたがってたんだね」

「ひっぐ、と、当然なのですね!」

「それなら、僕も可能な限り協力する。

 何をどうすればいいか全く見当が付かないけど、僕達ならきっと何とかできる。そうだろ?」

「ええ、桂馬なら、私たちならきっと!」

「よし、それじゃあ()()()()か。まずはそうだな……」

 

ギイィ……

 

 その時、誰も来ないはずの屋上の扉が開く音が聞こえた。







 本作では『本当に月夜が更に縮んだ』という展開にしてみましたが、原作の絵をじっくり眺めるとマジで縮んでいるような気がしなくもないです。
 子猫、カッターナイフ、G等と比較するとそんな気がします。キスの直前、桂馬の顔に抱きつくシーンなんかも他のコマと比べて明らかに小さいです。
 単純に原作者さんが細かい身長を考えてなかった、表現の都合の関系で小さく描いただけなどの可能性もありますが……もしかすると本当に縮んでいるつもりで描いていたのかもしれませんね。縮んだタイミングは本作と違って桂馬の揺さぶりの真相が発覚した後でしょうけど。


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08 愛は全てに勝る

ギイィ……

 

 屋上の扉が開く音が聞こえた。

 でもおかしいのですね、今は夜間警備員が回ってくる時間帯じゃない。

 私の天文部の他に夜こんな所で活動する部活も居ないはずなのですね。

 

(誰だか知らんがお前が見つかるとマズい。とにかく隠れるぞ!)

(え、ええ!)

 

 桂馬に抱えられてベンチの影に隠れる。

 

(桂馬、誰が来たの?)

(警備員……ではなさそうだな。口で説明するより見た方が早い。見えるか?)

 

 屋上の出入り口付近が見えるギリギリの場所まで運ばれる。

 そして、入って来た存在の姿を確認する。

 

 そこに居たのは、全身黒ずくめの不気味な人物。

 黒いフードとマントを羽織り、顔はのっぺりとした仮面で隠されていた。

 夜間警備員ではないのは勿論、どう見てもまともな人物には見えない。

 

『……ククククク』

 

 その声は仮面のせいかくぐもっていて、ますます不気味な印象を与えた。

 

『ククク、そこに居るのは分かっている。大人しく出てくるがいい』

 

 仮面の人物は確かにこちらの方を見てそう言った。

 どうして分かったの? そもそも、アレは一体何者なの!?

 

(……月夜、僕が行くからお前はいざという時には逃げてくれ)

(えっ、桂馬? ちょっと待って!)

 

 桂馬は私を屋上の床に置くと物陰から出ていってしまった。

 

「何か用か? って言うかアンタは誰だ?」

『……貴様だけか?』

「質問に質問で返すのは気に入らんな。

 だがあえて答えてやろう。僕1人だ」

『ククク……それは嘘だな。もう1人、女が居るはずだ』

 

 バレている!?

 逃げた方が良いの? でも、あんな怪しげなのの前に桂馬を置いて逃げるわけには……

 

「……はぁ、下らない言いがかりは止してくれ。

 何の根拠があってそんな事を言うんだ?」

『フン、いつもなら人間如きにこの私が時間を割く事など有り得んが、今は気分が良いから特別に教えてやろう。

 我々は人間界に撒かれた『闇の種』の波動を感知する事ができるのだ。

 そしてそれは人間の女に植え付けられる。

 今そこのベンチの影から波動を感じるという事は人間の女が居るという事に他ならない』

 

 ひ、非現実的な展開なのですね。

 でも、私の身に起こった超常現象を考えるとあながち有り得ない話ではない……?

 

「中二病? いや、まさか……

 もう一つ質問させてくれ。その『闇の種』とやらは人を小さくするような作用でもあるのか?」

『ふぅん、有り得んとは言わんな。

 『闇の種』は宿主の願望を吸収して成長する過程でその願望を宿主に反映させる。

 高身長にでも悩んでいたのならコロボックルくらいにはするかもしれんなぁ』

「随分と極端な代物だな。

 まあいい。それを治すにはどうすればいいんだ?」

『クク、簡単な事だ。

 願えば良い。今までの願望すら塗り替えるほどに、強く願う事だ。そうすれば『闇の種』は弾かれる。

 まぁ、人間如きが己の願望を変えるなど不可能だろうがな』

「……なるほどな、感謝する」

 

 この不気味な仮面が言ってる事が本当の事だとすると、私が心の底から願えば戻る事ができる?

 いえ、それだけじゃない。きっと切り捨てる覚悟が必要なんだ。あの完璧だった世界を……

 

「最後にもう一つだけ。

 その『闇の種』が植え付けられた女子をどうするんだ?」

『ククククク、我らの施設に運び、『闇の種』を抉り出すまでよ』

「抉り出す、だと?」

『ああ、文字通り腹を捌いて取り出すだけだ』

 

 っ!?

 

「なっ!? そんな事はさせない!!」

『人間の都合など知ったことか。

 そしてもう一つ教えてやろう。何故私がお前のような部外者にベラベラと喋ったのか。

 それは……貴様の死が確定しているからだ!!』

「ぐわっ!」

 

「っ、桂馬!?」

 

 思わず物陰から飛び出す。

 

 片手で桂馬の首を吊るす仮面。

 それから逃れようと必死にもがく桂馬。

 

 それが、私が目にした光景だった。

 

「ぐっ、逃、げろ、月夜っ!」

『ほぅ? この状況で他人を気遣う余裕があるとはな。

 こういう時、人間は普通『助けてくれ』と泣き叫ぶと思っていたが』

 

 あっ、そうだ、助けないと。

 そうしないと、桂馬が、桂馬が……

 

「そんなもん、知るか! 月夜に、手出しはさせない!!」

『ククク、面白い。

 その余裕がいつまで保つかな? 貴様はじわじわと仕留めてやろう』

「ぐわあああああ!!!」

 

 私が助けに行かないと、桂馬は……死ぬ。

 でも、こんな体でできる事なんて何もない。携帯は部室に置いてあるから助けを呼ぶ事もできない。

 私が助けなきゃならない。

 何を犠牲にしても、桂馬を助けないといけない。

 

 

 だって、私は桂馬の事が……だから!

 

 

 

 

 その気持ちを強く自覚した瞬間、変化は現れた。

 体の中の余計なものがこぼれ落ちる感覚、

 空いた穴に暖かいものが満たされるような感覚、

 そして、小さくなっていく周りの世界。

 

 

 さようなら、私の理想だった世界。

 でも、後悔なんてしない。その世界に桂馬は居ないのですね。

 

「桂馬を、放しなさい!」

 

 元に戻った体で仮面に向かって体当たりをする。

 

『な、何だと!? くっ!』

 

 う、運動神経は良い方ではないのでアッサリと躱されてしまったけど……桂馬は放してもらえたのですね!

 

『バカな、このタイミングで『闇の種』を弾いた、だと?

 チッ、しばらく貴様らの命は預けてやる。さらばだ!』

 

 そう言い放つと屋上のフェンスを軽々と飛び越えてどこかへと去って行った。

 助かった……みたいなのですね。

 あっ、そうだ。桂馬は?

 

「桂馬っ! 無事なの?」

「ゲホッゲホッ、ちょっと喉が痛いが、大丈夫だ」

「そう、良かったのですね」

「体、戻ったんだな。良かったじゃないか」

「……ええ。あなたのおかげで」

「? 僕は何もやってなむぐっ!」

 

 桂馬が愛おしくて、愛おし過ぎて、気付いたらキスをしていた。

 ファーストキスの味は……分からなかった。幸せ過ぎて、そんな事を感じる余裕は無かったのですね。

 

「ぷはっ! どうしたんだ、突然?」

「桂馬、あなたの事が大好きです。

 誰よりも、何よりも、貴方の事が……」

「……そうか、それは光栄だな。

 ごめんね、月夜。理想の世界を捨てさせて。

 ありがとう、月夜。僕を助けてくれて」

「そんな事はいいの。理想の世界なんて無くても、桂馬と一緒ならきっと別の美しいものが探せるから」

「……そうだな。きっと、探せるよ」

 

 私と桂馬の、屋上での一幕。

 いつもと変わらない、変わらないが故に私の心を映していた月だけが、ただ見守っていた。







 悪役で中二病なかのんちゃん、アリだと思います!
 屋上のフェンスは数メートルあり、普通に飛び越えられるわけがないので地味に飛行魔法を使ってたりします。
 そんなに経験が無くても跳躍の補助と着地くらいには使える……はず。


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価値観の境界線

「お疲れさま、名演技だったな。

 って言うかよくあんなセリフがスラスラと出てきたな」

「大半は台本の流用だけどね。

 桂馬くんもなかなかの物だったよ。特に、首を絞められて苦しそうにする所とか」

「いや、あれはマジで若干絞められてたぞ。魔法で多少は軽減されてたけど」

「えっ、嘘っ!? ご、ゴメン」

 

 わざわざ説明するまでもないと思うが、屋上に現れた仮面の不審人物はかのんだ。

 ああいう風に僕の危機を演出し、ついでに適当にヒントをバラ撒く事で月夜に自分から『元に戻りたい』と強く願わせる事が目的だった。

 その結果、見事に駆け魂を追い出して元の大きさに戻ったというわけだな。

 最初、かのんからコレを提案された時は驚いたのだが、既に『体が縮む』というファンタジーな現象が起こっているのでもう一つファンタジーな展開を混ぜた所で問題ないという結論に達した。

 

「『恋愛』で繋がっている僕の危機を演出すればいいってのは面白い判断だったな」

「うん。と言っても使えるのは今回みたいなケースだけかな」

「だなぁ」

 

 ファンタジーでぶっ飛んだ展開なので、既にぶっ飛んだ体験をしておいてもらわないといけないという事も勿論あるが、それだけではない。

 

 今回の場合は駆け魂による影響、それによる理想の世界への誘惑と僕の命とを天秤にかけてもらい、彼女の意志で誘惑を断ち切ったからこそ駆け魂を追い出せたのだろう。

 駆け魂による影響が分かりやすく邪魔になってないと天秤にかけさせる所まで上手く誘導できなさそうだ。

 

 まぁ、単に好感度を上げる為のイベントとしてなら条件は緩くなるだろうが、乱用すると設定が追い付かなくなるので避けた方が良い事に変わりはない。

 

「それじゃ、帰ろうか。エルシィ、帰るぞ!」

「はーい!」

 

 

 

 

 

 

  ……それから、数日後……

 

「神にーさま! 屋上でお昼食べましょ!」

「ああ、今行く」

 

 いつものように……と言いたい所だが、いつもと違って今日はかのんと昼食だ。

 え、エルシィ? 何か今日はかのんの後輩がエルシィに対して地獄の猛特訓をやるらしいからそっちに行ってる。

 朝のエルシィは泣きそうな顔をしていた気がするが、きっと嬉し涙だろう。きっと。

 

 

 

 

 

「う~ん、今日も屋上は誰も居な……あれ?」

 

 普通は屋上なんて誰も居ないんだが、今日は先客が居た。

 

「桂馬くん、あれって月夜さんだよね?」

「ああ。数日前から2~3日に1回の割合で遭遇する」

「……いつもは敷いてた敷物が無い。結構な変化だね」

「そうだな。だがもう一つ変化があるぞ」

「? どこだろう?」

「簡単な事だ。昼休みにここに居るって事はそれ以外の時間に今までサボっていた授業を受けてきたって事だ」

「あ、なるほど。確かに前に遭遇した事なんて無いもんね」

 

 授業に出て、ある程度は他人と交流してるって事だな。

 以前は月とルナが全てだった事を考えると大きな進歩だろう。

 

「あいつならきっと探せるさ。新しい、美しいものをな」

「美しいもの、か。

 そう言えば、あのゲームヒロインの絵って今出せる?」

「ん? よっきゅんの事か?」

「うん、そう」

 

 かのんに頼まれてPFPを起動する。

 残念ながら、非常に残念ながらあのゲームはクリアしてしまったが、壁紙をよっきゅんの絵にしているのですぐに見せる事ができた。

 

「う~ん、やっぱりただの落書きにしか見えないね」

「絵自体はヒドいからな」

「でも、桂馬くんにはこれが美しいものに見えてるんだよね?」

「当然だ。よっきゅん以上の存在などまず有り得ないだろう」

「そっか、ねえ桂馬くん、またこの子の話を聞かせてくれないかな?

 そうしたら、私でもこの絵を美しいって思えるかもしれないから」

「良いのか? 数時間かかるが」

「……できれば、要点をまとめて簡潔に」

「仕方あるまい。よっきゅんを語る上で省ける所など皆無に近いが……努力はしよう」

「ありがと、桂馬くん」

 

 話を聞けば美しく思えるかもしれない、か。

 人の価値観というのは些細な事ですれ違い、衝突する。

 相手の価値観を丸々受け入れるなんてのは困難を極める。

 だが、相手の価値観の一部を理解するだけであれば数段楽だ。そしてそれが、劇的に世界を変える事もある。

 

「……なあ、中川」

「なあに? 桂馬くん」

「……いや、やっぱり何でもない」

 

 かのんがアイドルとしていつもどんな景色を見ているのか気になった。

 だから、かのんのイベントのチケットが欲しくなった。なんて事は言わないでおこう。

 やるならコネなんぞ使わず、正々堂々と乗り込んでやる。

 

「どうしたの桂馬くん? 何か隠してる?」

「そんな事は無いぞ。ああ、今日の弁当も美味いな」

「ホント? 良かった。あっ、この卵はね……」

 

 

 

 

 月夜は他人を受け入れる事で理想の世界を壊した。

 僕のセカイも、いつかは限界が来て、誰かを受け入れる事になるのだろうか?

 そうだな、僕は……







 これにて月夜編終了です!
 今回も原作に近い流れになりそうだったので、『月夜に桂馬の揺さぶりがバレなかった場合』と『非現実的な追加イベント』を使ってみました。
 書き終えた後に思ったけど、追加イベントは女神編(結)のイベントと少々似てますね。
 ……なんて事を思っていたらそれに加えてうらら編を思い出したというコメントを頂きました。神のみのレアなバトルシーンだからですかね。

 今回は月夜の口調に割と苦労しました。
 月夜は「○○なのですね」という言い回しをよく使いますが、決して敬語キャラではないという。
 一応原作で敬語を使ってる場面は確認できましたが……確認できた範囲ではルナ相手にしか使っていません。
 ルナにしか敬意を払わないという徹底したキャラなのだと改めて思い知らされました。


 今日のこの後、ちょっとしたおまけを投稿します。お楽しみに~。


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おまけ もしエルシィが悪役を演じてたら

 本日2本目です。まだ見てない人は1話戻ってください。


 そういうわけでおまけですが、以下の注意があります。

 ・かなりギャグ成分が入ってます。物語の整合性とかは全く考慮してません。
 ・エルシィのポンコツっぷりを誇張して書いてます。
 ・台本形式で地の文はほぼ無いです。

 以上です。本編には関わらないので、読み飛ばしても問題はありません。
 では、スタート




 

 

 

TAKE 1

 

エル『……フフフフフ』

エル『フフフフフ……』

桂馬「…………」

エル『フフフフ…………次のセリフって何でしたっけ?』

桂馬「おいっ!! いきなりか!!」

 

 

 

TAKE 2

 

エル『フフフフ、そこに居る人たち、出てきなさい!』

桂馬「月夜、ここに隠れててくれ」

月夜「あ、はい」

 

桂馬「何か用か? って言うかアンタは誰だ?」

エル『そんな! ヒドいですよ神様! 私はエルシィですよ!!』

桂馬「……」

エル『あ、ちょ、痛いです! 無言で殴らないで!』

 

 

 

TAKE 3

 

桂馬「ゴホン、何か用か? って言うかアンタは誰だ?」

エル『えっとえっと……あ、アナタだけですか!!』

桂馬「……僕1人だが? 何か?」

エル『えっ? つ、月夜さんはどこですか!?』

桂馬「そこに居るよ!! 嘘に決まってんだろ!!

 

 

 

 

 

TAKE 5

 

エル『嘘は良くないですよ! そこにもう1人つき……じゃなくて、女性が居るはずです!!』

桂馬「はぁ、下らない言いがかりは止してくれ。

   何の根拠があってそんな事を言うんだ?」

エル『それは勿論、駆け魂センサーがあるからですよ!

   ほら!!』

 

ドロドロドロドロ……

 

桂馬「……駆け魂センサーとやらで捜して何をどうやったら女性が居る事になるのか懇切丁寧に説明して欲しいんだが?」

エル『え? そ、それはですね、ええっと……』

桂馬「そこで詰まるな! カットだ! やり直し!!」

 

 

 

 

TAKE 8

 

エル『というわけで、駆け魂……じゃなくて『闇の種』がある場所に女性アリというわけです!!』

桂馬「……質問させてくれ。その『闇の種』とやらは人を小さくするような作用でもあるのか?」

エル『え? さぁ……?』

桂馬「いや、そこは嘘でも断言してくれよ!!」

 

 

 

 

 

 

TAKE 13

 

エル『フハハハハ! 勿論当然確実に人を小さくするような効果が絶対にありますとも! 多分!!』

桂馬「……で、それを治すにはどうすればいいんだ?」

エル『それは勿論、恋がイチバンです!!』

桂馬「月夜、帰ろう。お前の症状に関係あるかと思ったが、ただの精神病の患者だったようだ」

月夜「なのですね」

エル『ちょ、神様ぁ!!』

 

 

 

 

 

 

TAKE 21

 

エル『治す方法? 気持ちの問題ですね』

桂馬「要するに、強く戻りたいと願えば戻るのか?」

エル『はいっ、そんな感じです! 多分!!』

桂馬「……そうか。分かった」

エル『分かっていただけたようで何よりです。それじゃあ頑張ってくださいね~』

桂馬「ああ……ってオイ! 応援してどうする!!」

エル『アレ?』

 

 

 

 

 

 

TAKE 34

 

桂馬「最後に一つだけ、その『闇の種』が植え付けられた女子をどうするんだ?」

エル『そんなの決まっています!

   …………アレ? どうするんでしたっけ?』

桂馬「またセリフ忘れかよっ!!」

 

 

 

 

 

TAKE 55

 

桂馬「月夜の体から抉り出すだと!? そんな事はさせない!!」

エル『いやだなぁ、何を言ってるんですか。ただの演技ですよ~』

桂馬「知ってるよ!!」

 

 

 

 

 

TAKE 89

 

エル『えっと、ここで首を締めて……』

桂馬「ちょ、本当に絞まってる! ごふっ」

エル『あれ? 神様? 神様ぁぁあああ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

TAKE 144

 

月夜「桂馬を、放しなさい!」

 

ドンッ、カララン……

 

エル「あ、仮面が……」

月夜「え? あなた、桂馬の妹の……」

桂馬「いや、簡単に外れすぎだろ!!

   かのんみたいに体当たりを避けろとまでは言わないが、せめてちゃんと付けとけよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TAKE 233

 

エル『えっと、ここで退場……サラバダー!!』

 

 仮面の人物は跳躍し、屋上のフェンスを超えようとして……

 ……フェンスに足を引っ掛けた。

 

エル『あっ、ちょっ、あわわわわ!!!』

 

ドゴォォォォン…………

 

桂馬「…………」

月夜「…………」

桂馬「……あっ、そう言えば体は元に戻ったんだな」

月夜「89回前に戻っているのですね」

桂馬「……帰るか」

月夜「なのですね」

 

 

 

 







 以上、おまけでした。
 前書きでも述べたようにかなり誇張した上にギャグ成分も混ぜて書いてるので流石にここまでは酷くないでしょうけど、何度練習しても不安が残るとは思います。
 かのんやハクアならほぼ不安は無いんですけどねぇ。


 そろそろ夏休み編に行きたいけど、トランプはジョーカーを出してくれませんでした。
 また1ヵ月以内には出せるかなぁ……努力はします。

 では、次回もお楽しみに!


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理想への先導者
プロローグ


 投稿が途絶えてから10日しか経ってないのに何故か書けてしまった……
 そういうわけで投稿再開です!




 エルシィさんは地獄の特訓合宿へと旅立った。

 

 あ、私の仕事をエルシィさんに押しつけたわけじゃないからね?

 岡田さんから『あっちの方のかのんを連れてきてね』とわざわざ言われたのだ。

 岡田さんも棗さんも『悪魔が変装した替え玉』とまでは見抜いてないだろうけど、『何か2人居る』って事には気付いてるみたいだ。

 むしろ今までバレなかった方が不思議……いや、今までも薄々勘付かれてたね。岡田さんが優しいからスルーしててくれただけで。

 

「そういうわけだからしばらく学校に通うね」

「……そりゃ気づかれないわけが無いな。数週間ならともかく、もう数ヶ月か?」

「そうだね」

 

 私にとっては貴重な登校日だ。

 桂馬くんとのカラオケボックスでの週末デート……もとい、勉強会のおかげでテストは余裕だと思うけど、それでもきちんと授業を受けておきたい。

 

 

 

 

 

 

 突然だけど、私は学校が好きだ。

 学校は同年代の少年少女たちが教室という狭い空間で何年も過ごす場所。大人になってしまうともう二度と経験できないような場所だ。

 って、子供時代を懐かしむ大人みたいな事を言ってみたけど、私もまだ一応高校生なんだけどね。

 

「おーす、おはようエリー!」

「おはようございます、ちひろさん!」

 

 でも、普通の高校生活を送る事ができないっていう意味では私も大人と同じだ。

 エルシィさんと入れ替わるなんていう非現実的な事をやってなければ今年は殆ど学校に来れなかっただろう。

 

「エリー、今日の放課後空いてる? バンドの特訓やりたいんだけどさ」

「大丈夫ですよ~。頑張りましょう!」

 

 ほら、こうやって部活……ではないけど、一緒に何かにチャレンジしたりできる。

 前に桂馬くんが『学校はイベントの宝庫だ』みたいな事を言ってた気がするけど、よく考えてみると凄く納得できる言葉だ。

 『中川かのん』として参加できないのは少し残念だけど、精一杯楽しませてもらおう。

 

「あ、そうだエリー、あの話知ってる?」

「何ですかぁ?」

「何か今日から教育実習生が来るらしいよ」

「? きょーいくじっしゅー?」

「あ~っと……要するに、先生の卵が勉強しに来るってコト。

 確か、鳴沢なんとか大学の学生さんが副担任みたいな感じでうちのクラスに来るらしいよ」

「あっ、なるほど。流石はちひろさんです! 情報が早いですね!」

「まあね~」

 

 ……あっ、エルシィさんだったら『先生の卵』の意味すら分からずに混乱してるかもしれない。少し失敗したかも。

 にしても教育実習生かぁ。

 センサー、鳴らないよね?

 

 

 

 

 

 

 

「そういうわけで、私の後輩が教育実習にやってきた。

 しばらくは副担任としてこのクラスについてもらう」

 

 二階堂先生が連れてきたのは先生よりも少しだけ背の低い女性だった。大体私と同じくらいの身長かな。

 

 手元の駆け魂センサーを確認してみたけど、鳴り響く様子は無い。

 よく考えたら、今までの駆け魂は高校2年生にしか取り憑いてないんだから心配する必要も無かったかな。

 

「ほれ、自己紹介」

「……あっ、はい。長瀬純です!

 鳴沢教大の4年生です!

 尊敬する人はジャンボ鶴間です!

 皆さん、宜しくオーねがいします!」

 

 ジャンボ鶴間……響きからしてプロレスラーか何かかな? ちょっと聞いたことが無いかな。

 にしても、何か若干間があった? 普通は先生に促される前に自己紹介しそうなものだけど……緊張してるのかな?

 ……いや、違う。単に気をとられてただけだ。

 

 教室のほぼ真ん中で堂々とゲームをする桂馬くんに……

 

 このクラスの人たちにとっては桂馬くんが堂々とゲームしてる姿なんて日常と化してるけど、外から来た人が見たらそりゃそういう反応するよね。

 こっそり隠れてやるならまだしも完全に開き直ってるもんね……

 

 だけど、大丈夫かな? 長瀬先生が単に物珍しさから見てるだけなら問題ないけど、ゲームやってる事に怒ったり、あるいは心配したりしてる場合がちょっと心配だ。

 未来ある教育実習生の人があんな神様じみた問題児を相手にして折れなきゃいいんだけど……







 ようやく2年以外が来ましたよ。そういう訳なんで長瀬先生編、始まります!
 しっかし、期末テストも近い時期に教育実習生が来るものなのだろうか……?


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01 ファーストコンタクト

「教育実習生が僕を見ていた、だと?」

「うん。まあ、だからどうしたっていう話なんだけどね。

 一応気をつけておいた方がいいかなって」

 

 昼休み、いつもの屋上でお弁当を食べながら雑談する。

 別に毎日屋上じゃなくてもいいんじゃないかとも思うけど、桂馬くんは駆け魂センサーが鳴るのを恐れて自由時間は人気の無い所に居たいらしい。

 

「気をつけると言ってもな、僕に何をしろと言うんだ?」

「うーん、桂馬くんのいつもの問題行動を実習期間中だけでも改めておけば問題は発生しにくいと思うけど……」

「……? 問題行動? どういう事だ?」

「……え? あの、え?」

 

 まさかの自覚ナシ!?

 いつも堂々とゲームしてるな~とは思ってたけど、まさか問題行動だという自覚が無かったとは……

 

「……桂馬くん、普通の人は授業中にゲームはしないよ」

「ゲームだと? ちゃんとテストは出来てるのに何が問題なんだ」

「それ、教師から見たら余計に厄介な気がするよ。

 とにかく、トラブルを避けたいなら授業中のゲームは控えた方が良いかもね」

「中川、それは僕に死ねと言っているのか?」

「言ってないよ!? 言ってないからね!?

 って言うかゲーム無いと死んじゃうの!?」

「当たり前だろう! ゲームとは僕にとって栄養であり、酸素であり! とにかく、生きる為に必要不可欠な物だ!!」

「そ、そこまでなの……

 と、とにかく、あくまでそういう選択肢もあるってだけだよ。桂馬くんがゲーム止めるとは思わないけど」

「よく分かってるじゃないか」

 

 駆け魂の攻略に関わるとかならともかく、ただの教育実習生相手に態度を改めるわけは無いか。

 ま、桂馬くんらしいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝からやたらと教室がザワついていると思っていたが、昼になってようやくその理由が分かった。

 人当たりの良さそうな女性の教育実習生相手にクラスの連中が浮ついていただけだったらしいな。

 全く、教師ほど手間がかかる上に実入りの少ないジャンルはそうそう無いというのに、たかだか教育実習生相手に騒ぎ立てるなんざどうかしてるな。

 

「さて、授業も終わったし帰るか。エルシィ、行くぞ」

「あ、先帰っちゃっていいですよ~」

「どうした? 何か用事でも……」

 

「あ、エリー! バンドの練習やるよ~」

「はーい!

 そういうわけなんで、では!」

 

 放課後、かのんと帰ろうとしたがちひろとの先約があったらしい。

 お前、バンドとかできるのか? お前の本業って歌だよな?

 まぁ、僕が気にする事ではないし、エルシィの演技なら多少下手でも問題ないか。

 

「それより、ちゃんとバンド続けてたんだな」

「ちょっ、どういう意味さ桂木!」

「お前の事だから三日坊主で終わってもおかしくないとか思ってたが、やればできるじゃないか」

「トーゼンでしょ! 今度機会があったら私たちのバンドの音、聞かせてあげるから!」

「そうか、それは楽しみだ」

「んじゃ、まったね~」

 

 ちひろも順調に頑張ってるみたいだな。

 それじゃ、僕は帰ってゲームの続きだ。いや、今日はショップに寄って新作をチェックしておくか。

 

 そんな事を考えながら歩いていたら、声をかけられた。

 

「桂木君、ちょっといいかな?」

 

 振り向くとそこには見覚えの無い女子が居た。

 かのんと同じくらいの身長で、長い黒髪を束ねて左肩から前に出すサイドダウン、服は何故か制服ではないが、だらしないわけでもなくキッチリした服を着ており……

 ん? もしかして、生徒じゃなくて教師か? 見覚えが無いが……

 

「……誰ですか?」

「……えっ? あの、桂木君? 本気で言ってる?」

「? はい」

 

 その言葉を聞いて目の前の女教師(?)は何故かフリーズしてしまった。

 まあいいか。さっさとショップ行こう。

 

「それじゃあ失礼します」

「えっ、あ…………う、うん」

 

 さ~って、今日も良いゲームと巡り会えますように。

 

 

 

 

 

 

 

 ショップの帰り道、ふと気付いた。

 さっきの見覚えの無い教師ってもしかして例の教育実習生だったんじゃないか?

 ……まあ、どうでもいいことだが。

 

 

 

 

 

 

 

  ……そして、翌日 1限目……

 

 

 ドロドロドロドロ……

 

”おいっ、ふざけるなよ現実(リアル)!!”

 

”いや、私に言われても……”

 

 僕の叫びが、メールボックス内に響き渡った。







 ファンブックを確認すると長瀬先生の身長は162cmで、かのんより1cmだけ高く、桂馬より12cmも低いという。
 前にも後書きで述べたように、かのんは同年代では最高身長ですが、年上の春日姉妹とか二階堂先生には普通に負けます。
 長瀬先生は何となく長身なイメージがあったのですが、意外と小柄な気がします。とりあえず生徒と間違われても不思議ではないくらいに。

 まあ実際には先生の年代の日本人の平均身長がだいたい158cmくらいらしいのでそれよりは十分に高いんですけどね。他の比較対象が高すぎるだけで。


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02 イベント回避術

 少し状況を整理してみようか。

 

 いつものように1限目(英語)の授業が始まり、そして駆け魂センサーが鳴った。

 センサーはそこまで動作が不安定な代物ではない(はず)だから、その時移動していた人物がセンサー圏内に入って来たのだろう。

 急いで顔を上げて確認すると、例の教育実習生がエルシィの席の横を通って後ろの方の見学用の椅子に向かっている最中だった。

 

 はぁ、本物の教師ではないとはいえ、教師属性持ちの攻略なんて勘弁してくれ。

 

 

「コラぁぁぁ!! ダレだ授業中にアラームを鳴らす奴は!!

 ノーバディ・ハズ・テレフォン!!」

「えっ、あっ、ゴメンナサイ」

「せめて英語で謝れ! セイ、ソーリー!」

「そ、そーりー!」

「セイ! ヒゲソーリー!」

「ひ、ひげ? ソーリー……

 あの、何の意味が?」

 

 英語教師の児玉がうるさいな。やれやれ。

 ゲームを始めようか。3面同時攻略だ。

 

「あっ、おい桂木! 何をしている!! 授業中にゲームするなと何度言えば……」

「? 今は授業してないでしょう?」

 

 授業中でも関係ないが。

 

「ぐぬぬぬぬ……授業をコンティニューする! お前ら、テキストブックを開け!」

 

 始まったか。2面攻略に切り替えよう。

 流石の僕でも授業を聞きながらの3面同時攻略は少々疲れる。やってやれんことは無いが。

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、トゥデイの授業はここまでだ!

 ちゃんと復習しておけよお前ら!!」

 

 児玉の授業は何の問題もなく終了した。

 途中で質問を当てられた回数がやや多かった気がするがどうでもいい事だな。

 

 そう言えば、例の教育実習生はどんな様子だろうか?

 そう思って振り向いてみると、こちらに一直線に向かってきている所だった。

 って、ヤバい! 方針もまとまらないうちから下手なイベントを起こすのはマズい!

 だがしかし、この状況で逃げるのもどういう影響があるか……うぐぐぐぐっ!

 

 

 しかし、助けは意外な所からやってきた。

 

「桂木! アンタやるじゃん!」

「っ!? なん、だと?」

 

 僕のすぐ斜め後ろの席に座っていたちひろが教育実習生より先に僕に声をかけたのだ。

 おそらく完全な偶然だが助かった。このままちひろと話を続ければ割り込んでくる事は無いだろう。

 

「小阪、どういう意味だ?」

「え? だって授業の最初の時にわざわざ目立つようにゲームしてたのってエリーを助ける為だよね?

 いやー、桂木が人の心を失ってなくて良かったよ」

「僕は物の怪か何かなのか……?

 と言うか、僕は児玉がうるさかったから授業に戻らせただけだ。決して他意は無い」

「またそんなコト言っちゃって~。

 でも、その方がアンタらしいか」

 

 どんなおめでたい思考回路をしてるんだコイツは。

 いや、それよりここで話が打ち切られては困る。何とか話題を……

 

「あれ? 何の話をしてるんですかぁ?」

 

 かのんナイスだ! 空気と状況を読んで会話に強引に入ってくるとは、エルシィだったら逆立ちしてもできない行動だ。

 ……いや、あいつなら天然で同じ事をやりかねないな。意図して行動したかのんの方が遥かに優秀なのは変わらんが。

 

「あ、エリー、今アンタのお兄様がツンデレだって話をしてたのよ」

「誰がツンデレだ!」

「え、違うの?」

「断じて違う! いいか、ツンデレというのはだな、」

「神様みたいな人のコトですよね~」

「お前もかぁあ!!!」

 

 かのん、お前は味方なのか敵なのかどっちだ!!

 ……いや、会話で普通に時間を潰そうとしてるだけだから味方でいいのか。

 いいんだよな? いいんだが……

 

「あ、そうだちひろさん、お兄様にバンドのメンバーの事話しました?」

「ん~? メンバー? 特に話してないけど」

「やっぱりそうでしたか~。メンバーも揃ってきて軌道に乗り始めたんだから、メンバー紹介くらいはしても良いんじゃないですか?」

「あ~、それもそうだね。よし桂木、とくと聞きなさい!!」

 

 メンバー紹介ねぇ。あまり興味は無いが、時間は稼げそうだ。

 

「まずはこの私、小阪ちひろ! 担当はボーカル兼ギター!!」

「ほぅ? 主役じゃないか。凄いな」

「まあ、それほどでも……あるよ♪

 では続いて、ベース担当、桂木エルシィ!!」

「はーい! ベースの担当です! ところでベースってどういう意味なんでしょうか……?」

「ああ、低音パートの弦楽器の総称らしいぞ」

「ほぇ~、そうだったんですか~」

「サラッと答える桂木スゲェ。

 次っ、ギター担当! 舞高の非誘導陸上ミサイル! 高原歩美っ!!」

「なっ、何っ!?」

 

 ちょ、ちょちょちょちょっと待て、歩美だと!?

 歩美だよな? あの歩美だよな!?

 

「あれ? どうしたの桂木?」

「い、いや、何でもない。続けてくれ」

「うん。

 ドラム担当っ! 五位堂結っ!!」

「ゲホッ! ゲホゲホッ!!」

 

 ま、ままま待て!! 歩美はまだ同じクラスだから分かる。しかし結は一体どういう繋がりで引っ張ってきた!!

 

「いや~、ドラムが足りない~って愚痴こぼしてたらエルシィがどっかから連れてきてくれたんだよ。

 元吹奏楽部らしいけど、色々あったらしくてね~。ウチらみたいな新興バンドに協力してくれてるの」

 

 ギギギギ、と音を立てながらかのんの方に首を向ける。

 かのんは首をぶんぶん振っている。それはもう必死に振っている。

 という事は本物のエルシィの仕業か。あいつ、いつか倒す。

 

「んじゃ、次いくよ~」

「ま、待て! お前のバンドは一体何人なんだ!? まさか7人とか言わないだろうな!?」

 

 かのんと他校生は流石に除外するとして、残りは麻美、栞、月夜だが……

 

「え? 後1人だけど?」

 

 良かった、流石に攻略ヒロイン全集合とかは無かったわけだ。

 しかし、誰だ……?

 

「キーボード担当! 寺田(てらだ)(みやこ)っ!」

「…………誰だ?」

「反応薄っ!」

 

 誰だかはよく分からんが、攻略ヒロインでないことは確かだ。

 ……確かだよな?

 かのんの方に視線を向けると僕を安心させるかのように深く頷いた後、言葉を続けた。

 

「神様、京さんはうちのクラスの人ですよ~」

「……なるほど、分かった」

 

 うちのクラスなら少なくとも今現在駆け魂が居るという事は無いだろう。

 

 寺田京……そう言えばうちのクラスに居たか。よく考えたら歩美の攻略の時にその名前を見た覚えがある。

 確か陸上部員だが、それだけではなく何でもできそうな感じの優等生だ。

 キーボードまでできたのか。あいつ。

 

 しかしなんつう過密具合だ。バンドメンバー5人中完全な一般人は1人しか居ないぞ。

 残り4名のうち3名は駆け魂が憑依していたヒロインだし、エルシィに至っては(一応)悪魔だ。悪魔っぽくないが。

 う~む、駆け魂持ちが2人集まるくらいならまだ『偶然』の一言で納得できるんだが、3人も集まるってのはどうなんだ?

 いや、集めたのはエルシィか。あいつが帰ってきたらはっ倒そう。







児玉「せーめて英語で謝れ!! セイソーリー!!」
エル「そ、そ~り~」
児玉「セイ!! ヒゲソ~リ~~」
エル「ひげそ~り~~」
児玉「セイ!! ゾウリムシ~~」
エル「ぞうりむし~~」

 (原作5巻より抜粋)

 ……児玉先生のキャラの本質が分からないっ! お茶目過ぎるよ! この場面の児玉先生!!
 他の所では大抵は性格が悪いだけのキャラなのに、何故ここだけ……



 ちひろがいつの間にかバンドメンバー5人を集めていますが、この辺の話は天理編の前の期末テスト編、その更に前にちひろが主人公の回想回を設ける予定です。
 本当はその時までメンバーは隠しておこうと思っていたんですが、丁度いい話題だったので書いてみました。


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03 プレイヤーのパラメータ

「な~か~が~わ~?」

「お、落ち着いて桂馬くん」

 

 何回かの授業の間の休みを乗り切って昼休みになった。

 どうやったかって? 授業が終わった瞬間に携帯やPFPを鳴らした後、急いでどっか行っただけだ。連続でやると流石に怪しまれそうなんで交互にやったがな。

 そうやって急用を演出する事で例の教育実習生の目を欺いてやった。

 

 で、昼休みは昼食を買いに行くと見せかけて猛ダッシュで外まで出て、人通りの少ない校舎裏へ行き、そこに居た不良(パセリ)どもをかのんがスタンガンで仕留めて、飛行魔法を使って一気に屋上まで上り、着地した後、僕がかのんに壁ドンした所である。

 

  ※黒焦げになる上に気絶しますが、安全なスタンガンです!

 

 

「い、言いたい事は分かるよ? バンドの件だよね?」

「そうだよ! お前昨日行ったはずだから知ってたはずだよな!?」

「わ、私だって凄くビックリしたんだよ!! それで昨日の時点で桂馬くんに言うべきか言わざるべきか迷ってたら……」

「……新しい駆け魂が出てきた、と。

 いやでも、だったら何でわざわざバンドの話題を出したんだ?」

「ちひろさんとエルシィさんと桂馬くんが関わる共通の話題なんてそれくらいしか思いつかなかったんだよ……」

 

 バンドの件は凄く驚かされたが、かのんに非は無さそうだ。

 とりあえずエルシィは後でぶん殴っとこう。

 

 

「それじゃ、あの教育実習生の攻略の話に移るか」

「……あの、もしかしてだけど……名前すら知らなかったりする?」

「必要なかったからな」

「凄い開き直りだね……

 え~、名前は長瀬純。

 身長は162cm、体重は不明。

 血液型はO型、鳴沢教育大学の4年生。

 誕生日は……7月だったかな。日付までは覚えてないや。

 あとは……この舞島学園の卒業生で、二階堂先生の1つ下の後輩らしいよ」

「所々歯抜けだな」

「流石に羽衣さんほどは無理だね。

 昨日はクラスの皆で質問責めにされてたから何とかここまで調べられた、って言うか思い出せたけど……」

「いや、むしろ本来ならどーでもいい情報をここまで覚えててくれただけでも上出来だ」

 

 例の教育実習生、ようやく名前が判明したな。

 

「で、どうアプローチする? 恋愛による攻略?」

「できれば避けたいんだよなぁ。恋愛による攻略は」

「どうして?」

「単純な話だ。教師属性のヒロインの攻略ってのは凄く手間と時間がかかるんだよ。

 アイツらと仲良くなるだけなら簡単なんだよ。教師ってのはそれが仕事だからな。

 だが、それを『恋愛』に持っていくのは正攻法ではかなり厳しい。教師ってのは生徒と恋しちゃいけない仕事だからな」

 

 もし生徒と恋愛関係になりそれが発覚した場合、社会的に信用が失墜するだけでなく条例や法律等で罰せられるケースまで一応存在する。

 いや、流石に具体的に罰則を受けるようなのはよほど酷い付き合いだけだろうが……生徒と教師の恋愛というのは全体的にグレーなのでわざわざそこに近寄ろうとする物好きはあまり居ない。

 

「それじゃあどうするの?」

「理想は『教師と生徒』じゃなくて『街でバッタリと出会った他人』として始める事なんだが……昨日あいつと学校で話してしまってるからそれは少々厳しい」

「え? いつどんな話をしたの?」

「確かお前がバンド練習に行った直後だったかな。

 僕が1人になった所で話しかけてきたんで『誰ですか?』って言ったら引き下がっていったぞ」

「……そりゃ引き下がるよ」

 

 そんな感じで学校内で結構な(悪)印象を与えてしまったはずだから今更道端で出会うのは難しい。

 諦めて教師ルートの攻略を行うか、あるいは……

 

「……何の情報も集まらない内からルートを決め打つことはできない。

 ひとまずは……汎用的な手法でやってみようか」

「教師ルートではないんだね」

「下手したら攻略完了は卒業式とかになるが、それでもいいならな」

「……教育実習生の卒業(実習終了)は8日後だからそれだったら不可能ではなさそうだね」

「……ま、まあ避けるに越した事は無い。

 互換フラグを用いて教師ルートの脱出を試みるぞ」

「互換フラグ……確か、恋愛に関係ない感情で埋めた後にそれを恋愛感情に変換する手法だったね」

「良く分かってるじゃないか。

 先ほども述べたように、教師というのは『親しさ』の属性を元々持っている。

 ここは『怒り』の感情で埋めるべきだ」

「怒り? ……あの人、そう簡単に怒るかな? トラウマを抉るくらいの事をしないと厳しいと思うけど?」

「? どういう意味だ?」

「そのまんまの意味だけど……例えば、どんな風に怒らせようとしてる?」

 

 怒らせ方だと? フッ、この落とし神を見くびってもらっては困る。

 ヒロインを怒らせるなど、いつもやっている事だからな!

 

「そうだな、授業中に先生の話を聞かな……」

「それ、いつもの事だよね? 先生の感情はほぼ全く動かないと思うよ?」

「……そ、それなら、体育でペアを組んで……確か次はサッカーだったな? そのボールを明後日の方向に蹴飛ばし……」

「そんな妙な行動で満たされるほどの怒りを感じるくらいなら最初から桂馬くんに関わろうとしないと思うな。そもそも桂馬くんの脚力でそんなに遠くに蹴飛ばせる?」

「……な、なら、奴の靴をこっそりと隠し……」

「こっそり隠したら誰が犯人か分からないよ? 目の前で靴をバラバラに切り刻むくらいすれば怒るかもしれないけど、目立ちそうだね」

「…………じゃ、じゃあ、教室の扉に黒板消しトラップを……」

「先生を狙い撃ちするのが困難な上に引っかかる保証も無し。そもそもセコすぎるよ」

「……むぐぐ……な、なら、スカートめくりを!」

「怒る前に心配されそうだよ……流石に桂馬くんのキャラと離れすぎじゃない?」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 お、おかしい。いつもは簡単に怒らせられるはずなのに、かのんの指摘は凄く的を射ているような気がする。

 

「これで打ち止め? 全体的にセコすぎて反抗期の子供か、もしくは好きな人の注意を引きたくて悪戯する小学生にしか見えないよ。

 桂馬くんはそもそも問題児って見られてるんだから暖かい目で見守られるだけなんじゃない?」

「ぐはっ!!」

 

 

 僕の、教育実習生の攻略は早くも暗礁に乗り上げたようだ。







 今回はいつもの羽衣先生が不在なのでプロフィール情報が歯抜けです。
 ちなみに、空欄の所は……
  体重:49kg 誕生日:(7月)18日
 です。


 いつもは身長をネタに色々考察しますが、少し気になったので体重に着目してみました。
 長瀬先生はプロレス観戦が趣味だし元バスケ部主将でもあるのできっと体を鍛えていて、その分だけ重いに違いな……









   身長 体重
長瀬  162  49
ちひろ 158  50




 ……なん……だと?

 気になったので近い身長(162~158)の方々の体重を調べてみましたが……身長は長瀬先生がトップにも関わらず、長瀬先生を除く11名中で先生より軽いのは5人、同じが1人(スミレ)。
 但し、その軽い5人というのがエルシィ、ハクア、フィオーレ、かのん、よっきゅん。
人間じゃない方々だったり、体型維持にかなり力を入れてそうだから軽くても全然不思議じゃない方だったり、まともな設定が与えられてるか怪しいキャラであったりという。
 ……もしかすると、長瀬先生ってスレンダーと言うか……虚弱? まぁ、虚弱は言いすぎにしても格闘では不利になりそうな体格です。あくまで体格の数値だけを見たら桂馬の方が背が高い上に重いのでまだ強そうという。結構パワフルなイメージがあったんですが、僕の中の先生像がどんどん崩れていくような……

 ちなみに長瀬先生よりも重かった5名は 歩美、ちひろ、結、京 の4名に加えてゲームヒロインの飛鳥空です。
 長瀬先生の方がまともであるとやや強引に仮定するのであれば、歩美や京は陸上部で鍛えていて重い、飛鳥空はパラメータがまともじゃない、結は……ドラムをやってるせいで筋肉がついた。
 ちひろは……肉まんばかり食べてて太 (ここで文章は途切れている)


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04 セカンドコンタクト

 想定外だった。

 あれから純を怒らせる為の様々な案を出したが、その全てが……とまではいかずとも8割近くがあっさりと論破された。

 残り2割もかのんがすぐに指摘できなかっただけで、本当に上手くいくかどうかは怪しい。

 

「う~ん、どれもこれも普通の生徒が普通の先生にやったら怒りそうではあるんだよね。

 ただ、『桂馬くんにわざわざ関わろうとする教師』相手に『元々問題児の桂馬くんが』やっても効果が薄いっていう話で」

「……どうやら僕自身のパラメータが大きな障害になってるらしいな。

 くそっ、ゲームでは主人公はのっぺらぼうだからすっかり忘れてた」

 

 ギャルゲーではプレイヤーが主人公に自己投影できるようにする為かほぼ無属性だ。あってせいぜい難聴や鈍感か。

 主人公に尖ったキャラ付けが成されているものもあるが、かなり少ないな。

 

「仕方あるまい。脱出を視野に入れつつ教師ルートを軸に何とかするか」

「大丈夫なの? 先生の実習終了は8日後だけど、逆に言えば8日しか無いんだよね?」

「まともにやったらかなり厳しいが、短縮させられる策が無いわけではない。

 ま、その辺はひとまず置いておいてまずは奴と言葉を交わしてこよう」

「今からだともう昼休みが終わっちゃうね。放課後かな?」

「そうなるな」

 

 必要な情報が隠されているゲームなんていくらでもある。

 体当たりで情報を集めていくとしようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 ……放課後……

 

「いや~、やっと授業が終わったね~。

 エリー、今日もバンド練習いけるか~?」

「あ、えっと……」

 

 かのんがこちらに目線を送ってきたので、黙って頷いてやる。

 厄介な相手だからといってお前を同伴させなきゃならんほど僕はヤワじゃない。

 ……ただ、スムーズな情報の伝達の為にも会話はボイレコで保存しておこう。

 

「はいっ、大丈夫ですよ~! 目指せ、日本一です!」

「お~、その意気だ! 行くぞ~!」

 

 楽しそうにしてるなお前ら。

 今頃本物のエルシィは……きっと楽しんでるだろ。本物のアイドルっぽい事をやってるわけだし。

 

 かのんを見送って純の様子を確認……と言いたい所だが、職員会議らしきものに参加しに出て行ったので今は教室には居ない。

 折角僕が自分から会ってやろうとしているというのに、なんとも間の悪い。仕方ないから待っていてやるか。

 

 

 

 それから、しばらくゲームをして時間を潰す。

 特に妨害が無ければPFPオンリーでも3面同時くらいは行けるな。そろそろ4面にチャレンジしてみるか。

 そんな事を考えていたらガラリと教室のドアが開いた。

 

「ふぅ、ようやく会議が……ってあれ? 桂木君?」

 

 勢いよく教室に入って来た純は目敏く僕を見つけ……いや、周囲を確認したらそもそも僕しか残っていないようだ。ゲームに没頭していたから気付かなかった。

 まあ、ある意味では理想的な条件だな。ではまず小手調べといこう。

 

「……誰ですか?」

「うっ、昨日と全く同じセリフ……

 わ、私は長瀬純。昨日からこの学園で教育実習を受けさせてもらってるの」

「へー、そうなんですか」

 

 都合の良い事に、向こうは僕にかなり関心がある様子だ。

 従って、適当にそっけない返事をしていれば興味を引こうとして純の方から情報をボロボロくれるというわけだ。

 この方法を使うと必然的に長時間会話する事になるんで僕と純との関係が『生徒と教師』でほぼ固定になり、教師ルート一直線だからできれば避けたかったんだけどな。

 

「それで、何か御用ですか?」

「もー、素っ気ない返事だなぁ。

 でも、授業の合間や昼休みに全然話せなかったから避けられてるかもしれないって思ってたけど、ちゃんと喋ってくれるって事は違ったみたいだね」

 

 大体合ってるがな。

 と言うかそこまで出ていてその結論に至るのはどうなんだ? 悪意を信じてないと言うかなんというか……

 まあいい、適当に相槌を打とう。

 

「はぁ、それはお疲れ様です。で、用件は?」

「あ~、うん。桂木君に訊きたい事があるの。

 授業中に先生の話を聞かずにゲームばっかりしてるのは何か理由でもあるの?」

 

 ふむ、そう来るか。てっきり叱ってくるか、あるいはやんわりと注意するかと思っていたが。

 そう来るのであれば……

 

「……ゲームやる事に何か問題でもあるんですか?」

「問題と言うか……ゲームばっかりやってるのは良くないよ」

「……何が問題なんですか? 別に良いでしょ? テストはできているんだから」

 

 口ぶりから察するに問題視しているのは『ゲームばかりやっている事』自体っぽいな。

 それをあえて『勉強に悪影響を与えるから』という理由を提示してみたが……

 

「桂木くん、そういう事じゃないんだよ。

 児玉先生や他の先生たちにも聞いたけど、確かに桂木くんはちゃんと勉強もできてる。

 でも、それだけじゃダメなんだよ」

 

 分かりやすい逃げ道(理由)には逃げ込まずに議論を続けるのか。

 どうやら頭ごなしに否定しようとしてくるそこらの教師とは違うようだな。

 

「では、何故ですか?」

「桂木君、君にとってゲームは楽しいのかもしれない。

 けど、それは結局は作り物。現実の代わりにはならないのよ」

「……は?」

「君にとって現実は辛いものなのかもしれない。けど、ゲームに逃げ込んじゃダメ。

 私だって協力するから、ちゃんと現実に生きていこう。ね?」

 

 一瞬でも感心した僕がバカだったらしい。

 まぁ、現実(リアル)から目を背けたいという点ではあながち間違ってはいないが、その意味合いはまるで異なる。

 現実(リアル)が僕を苦しめる? 違う、僕が不完全な現実(リアル)を見捨てたんだ。

 だというのに、目の前のこの女は自分の勝手な基準で僕を現実(リアル)から逃げる哀れな存在だと見下したのか。

 悪意は……まあ間違いなく無いんだろう。だが、ここまで酷い侮辱を受けたのは初めてだ。

 ……いや、侮辱と言う意味ではちひろから受けたアレの方がダメージは大きかったが……アレは正しい批判であると言えなくもない側面があった事は否定しない。しかし今のはあまりにも『分かってない』セリフだ。

 

 これで攻略とかの仕事が無ければ怒鳴り散らしてやる所なんだが……僕の目的はあくまで情報収集だ。そこを外してはいけない。

 ここまでの問答で純の人物像はある程度は把握した。他の事を探らせてもらおう。

 

「先生、それはご自分の意志で言ってます? 他の誰かに頼まれたとかじゃないですよね?」

「え? ええ、もちろんよ。私は桂木君の手助けをしたいのよ」

 

 嘘を吐いている様子は無い。二階堂や児玉からの指示という線も無いし、上司への点数稼ぎの線もほぼ無いな。最初からほぼ分かっていた事ではあるが。

 心のスキマ……手助け……

 

「あ、あの……桂木君?」

 

 ……価値観の押しつけ……現実……

 …………現実(リアル)…………理想?

 まさか……そういう事なのか?

 

「……過去に何かがあった」

「えっ?」

「……調べる必要がありそうだ。帰らせてもらう」

「ちょ、ちょっと待って? 桂木君!?」

「……僕に手助けなんて要らない。それでは」

 

 過去に価値観の押しつけがあったのだとしたら?

 それがきっかけで事件が起こり、そのトラウマが心のスキマになっているのだとしたら?

 あんまり深い過去は追えない。だが、ある程度なら、あの『先輩』に尋ねれば……







 バディーとほぼ常時アイコンタクト、不在時の事はボイレコで完備。
 かつてここまでしっかりと連携を取って臨んだ攻略があっただろうか?


 あんまり深く考えずに適当に書いてるせいか攻略がもの凄く速くなってるような……
 かのんが桂馬のミス(怒らせて強引に教師ルートから外れようとする所)を事前に止めた結果、桂馬も特にストレスが溜まっておらず長瀬先生の悪意なき発言にブチ切れずに冷静に対処した結果でしょうね。長瀬先生に変なイタズラを仕掛けず、準備さえ整っていたらしっかりと対話に応じたのも短縮の要因かな?
 なお、短縮しても他の章よりも分量は多い模様。


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05 聞き込み調査

「……レアなエルシィさんの出番だね」

「こういう時に限って居ないんだなあいつ」

 

 長瀬先生の『過去』の調査と、クラスでの評判とかの調査。

 本命である1人の人間をピンポイントで狙った調査ならともかく、集団からの情報収集、教師や生徒たちから浅く広く聞き込みをする事は私たち3人の中ではエルシィさんが一番上手いだろう。

 私だとまともに調査しようとすると凄く目立つし、エルシィさんの姿を借りるとボロが出ないようにする為に制限がかかる。

 桂馬くんは……人から聞き出す事はほぼ不可能だね。クラス中の会話を拾うなら簡単だけど。

 

「と言うか、よくこれだけの会話でそこまでの仮説を立てられたね」

「何となくそんな気がしただけだ。まだ確定じゃないからな?」

「勿論分かってるよ」

 

 長瀬先生は舞島学園の卒業生、それもまだ3年半ほど前に卒業したばかりだ。

 その時の事くらいはその時に学校に居た先生に話を聞けば容易に調べられる。

 その上、私たちの担任である二階堂先生は長瀬先生の1つ上の先輩だ。間違いなく情報が得られるはずだ。

 ……あくまで『高校時代の』情報に限るけどね。

 

「中川、明日は頼んだぞ」

「うん、任せて」

 

 

 

 

 

 

「お前が私の所に来るとはな、何の用だ?」

 

 お、おかしいな。言葉自体はそこまで不自然じゃないけど何か雰囲気に刺を感じる。

 エルシィさんは桂馬くんと違って二階堂先生の逆鱗に触れるような事はしてないはずなんだけど……

 

「どうした黙り込んで」

「あ、いえ、なんでもないです!

 それで、え~っとですね……」

 

 どうしようかな? 単純に私とは関係なくたまたま不機嫌だとかであれば出直した方が良いかもしれない。

 けど、エルシィさんが何かやらかしてる可能性も十分にある。

 

「……あいつに伝えろ。ゲーム機を返してほしければ妹に頼まずに自分で来いと」

「え?」

「ん? 違うのか? てっきりあいつに頼まれたのかと思ったが?」

「いえ、全然違います。お兄様とは関係ないですよ~」

「……お兄様、ねぇ」

 

 二階堂先生は深い溜息を吐いた後、刺々しい雰囲気を収めてくれた。

 桂馬くんの使いだと思われてたからだったみたいだね。

 

「で、結局何の用だ?」

「あ、はい! 長瀬先生の事を教えてほしいんです!」

「あいつの? 本人に訊けばいいだろう」

「いえいえ、二階堂先生は高校時代も長瀬先生の先輩だったそうじゃないですか!

 だから、その時の事を客観的に教えて頂きたいな~って」

「……そんな事を知ってどうするつもりだ?」

「いけませんか?」

「そういうわけではないが……私とあいつは2年間一緒だった。漠然と語ってくれと言われても昼休みの時間ではとてもじゃないが足りないぞ?」

「…………」

 

 誤魔化されてるみたいだね。話したくないって事は桂馬くんの推理は当たってたのかな?

 ところで、今の会話で気になる所があった。『2年間一緒』って所。

 確かに長瀬先生は二階堂先生の1つ下の後輩だから同じ高校に2年間通ってたのは分かる。けど、学年が違ったら交流は殆ど無いはずだ。

 それにも関わらず仲が良さそうな理由、良く考えたら話を聞く前でも思い当たることができてたかもしれない。

 

「……部活」

「っ!?」

「長瀬先生の、当時所属していた部活を教えていただけませんか?」

 

 二階堂先生が沈黙する。どうやら当たってたみたいだ。

 

「…………はぁ、桂木妹にしては鋭すぎるぞ」

「そうでしたか? まあそういう日もありますよ。きっと」

「……女バス」

「?」

「女子バスケ部だ。後は自分で調べろ」

 

 それだけ言うと二階堂先生は机に向き直り、小テストの採点を始めた。

 どうやらこれ以上話すつもりは無いみたいだ。

 

「ありがとうございました。それでは失礼します」

 

 必要な情報は得られた。桂馬くんに報告だ。

 

 

 

 

 

 

 

  ~~一方その頃 2-B教室~~

 

 

「いや~、昨日長瀬センセーと電話で話しちゃったよ。

 悩んでるフリしたら一発でサ」

「ん? お前も? 俺も電話貰ったぞ」

「うぇ? おっかしいな。割と長い時間話してたと思ったんだけど」

 

「長瀬先生と言えば、昨日体力に自身無いって言ったらジョギングに誘われちゃったよ。

 流石に断ったけど」

「いかのんも誘われたの? 私も誘われたよ~」

「え、マッピーも? で、どうしたの?」

「私も断った。流石にちょっとねぇ」

「良かった~、私だけ断ってたらどうしようと思ったよ」

 

 

 ゲームプレイを1台に減らして余った処理能力で会話を拾ってみているが、意外と色んな情報が入ってくるな。

 僕自身は会話に入ってないので話の流れを誘導する事は不可能だが、現在の環境ではそんな必要はなかったみたいだ。

 まったく、人と話していて何が楽しいのやら。そんな時間があるなら皆ゲームしたほうが人生の役に立つだろうに。

 

 

「すっげーな長瀬先生、1人でほぼ全員の面倒見てるのかよ」

「いわゆる熱血教師ってやつ?」

「ドラマみたいだよね~。ホント熱い」

「う~ん、熱すぎるくらいだよ」

 

 

 熱血教師、ねぇ。

 台本が用意された予定調和の物語の登場人物としてなら人気キャラになれるんだろうが……

 現実から逃げたがっているのは、現実に苦しめられてるのは案外アンタの方なんじゃないか?







 モブ解説
・いかのん
 原作で度々出てくるモブキャラ『怒野(いかの)モブ子』さんの事。
 原作中でこんな愛称で呼ばれる場面は存在しないが、流石にモブ子と呼ばせるのはどうかと思うのでこんな呼び方をしてみました。

・マッピー
 原作2巻と17巻4コマでそれぞれ1度ずつだけ出てくるモブの事。
 その正体は若木先生の神のみより一つ前の連載作品『聖結晶アルバトロス』に出てくるモブ。
 モノバイル達の陰謀渦巻く木梢町から生還してきた彼女は舞島の街で一体何を求めるのか、それは原作が終わった現在でも未だに明かされる事は無い。

 ……まぁ、単に名前が付いたモブを神のみでも使いまわしただけだから目的なんてあるわけがないが。


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06 痕跡

「ここが女バスの拠点……の、跡地か」

「跡地……だね」

 

 放課後、かのんが二階堂から聞き出してくれた『女子バスケ部』について調査を始めた。

 女バスは実質潰れているらしいが、建前としては休部中らしいので跡地がちゃんと残っていたというワケだ。

 何というか……管理が杜撰じゃないか? 誰も活動してないなら取り潰して別の部活に宛てがうくらいすべきだろうに。

 それともどこからも文句が出ないほどスペースが有り余っているのか? それはそれで問題な気がするが。

 

「うちのバスケ部って結構強かったみたいだね。全国大会優勝、だってさ」

 

 部室の壁には集合写真が飾ってある。大きなトロフィーや賞状が掲げられているので、全国大会の後に撮影された物なんだろう。

 中央に写っているのは心なしか笑顔な二階堂、そして、満面の笑みを浮かべる純だ。

 あのドS教師がこんな顔をするんだな。

 

「日付は2005年か、長瀬が高2で二階堂が高3だな」

「写真の中心に居るって事は二階堂先生が部長だったのかもね」

「単にエースで、リーダー役の部長は遠慮してただけの可能性もあるがな」

「あ~、そのパターンもあるのか」

 

 まあそんな事はどうでもいい。純が集団の中心かそれに近い位置に居たというだけで十分だ。

 続けて部室を見て回る。壁際には所狭しとロッカーが並んでおり、当時の部員のものと思しきネームプレートが付けてある。

 

「こやま、権村、はっとり♡……平仮名と漢字が混ざってたりハートマークが付いたりして地味に個性が出てるね」

「こんな所で規格を統一する意味は限りなく薄いからな。お、あったぞ」

 

 入って右側の壁の真ん中辺りにあるのは『長瀬』と書かれたロッカー。その名前の上に『主将』というプレートが貼られている。

 だが、今は一旦スルーして他のロッカーを見て回る。

 

「……二階堂の名は無いな」

「そうみたい……だね。私も見つからなかったよ」

「という事は、二階堂が卒業して長瀬が3年になって主将になった頃の記録って事だな」

 

 最初に入った時からそうだろうとは思っていたが、裏が取れたようで何よりだ。

 

「決まりみたいだな」

「うん。これなら二階堂先生も安易に喋りたがらないだろうね」

「……長瀬が、あいつが全国大会まで出られたような部活を『潰した』なんて事はな」

 

 『熱血』という言葉は普通は良い意味に捉えられる。

 努力を惜しまず、持ち前の元気の良さで皆の先頭をひたすらに突っ走る。

 

 だが、後に続く連中がそいつのペースに付いていけるという保証は無い。

 現実の『集団』というものは互いに突出する事を避け、結局はなあなあな所で落ち着こうとする。

 そして、正しいはずの人間は異端だと排斥される。

 

「無理に集団を引っ張ろうとしなければただの働き者で済むんだがな」

「確かに……そうだね。バスケは団体競技だから仕方ないと言えば仕方ないけど」

「団体競技っていう点が問題なら別の競技をやればいいだけの話だ。テニスや卓球でもいいし剣道や空手とかでもいい。

 どっちも団体戦も存在するが、個人戦もある分バスケよりはマシだ」

「あ、そっか。それならわざわざバスケを選んだ事が問題……いや、団体競技を選ぶような性格が問題なんだね」

「教育実習生って事は間違いなく教師志望なわけだしな。やはり『自分が頑張る事』と同じくらいに『他人も頑張らせる事』を重視してると見て間違い無いだろう」

 

 今回の攻略の目指すべき点がようやく見えてきたようだな。

 現状の手札でも何とかなる気はするが……一つ、問題がある。

 

「エルシィっていつ帰ってくるんだ?」

「えっと……確か次の月曜日だったはず」

「じゃ、攻略は待とう。緊急事態なら強制的に呼び戻してたが、長瀬の実習期間内なら無理に急ぐ必要は無いからな」

 

 エルシィが居なくても何とかならなくもない気がするが、あいつの結界が無いと逃げられるリスクが跳ね上がる。

 前にハクアがやらかしたような事は勘弁願いたい。

 そういうわけなんで適当にイベントを挟む余地があるな。さて、どうするか……

 

 

「……そう言えば、長瀬の趣味って何だっけ?」

「プロレスの事? ジャンボ鶴間って人を尊敬してるみたいだよ。

 あと、皆の相談に答えるときとかちょくちょくプロレスに絡めて話してるみたいだね」

「プロレス……プロレスか。

 もし、今回の攻略に恋愛が必須で、なおかつエルシィ……と言うより羽衣さんが不在じゃなかったならダブルブッキングを仕掛けるんだがな」

「……? ダブルブッキングを、仕掛ける?」

「ああ、長瀬に適当なチケットを送りつけ……いや、そこまでの趣味なら自分で取ってるか?

 そういうチケットを羽衣さんの力でコピーしてその席に居座ればいい」

「単なる横取り……じゃないね。一つの席に一緒に座るの?」

「ああ。ギャルゲーでは良く見る光景だ」

 

 現実では何故かあまり見ないがな。

 

「そ、それで、今回は違うんだよね? どうするの?」

「正攻法で行こう。中川、チケットを取るのを手伝ってくれ。僕はその辺は詳しくないんだ」

「私もコンサートとかを開く側だからそこまで詳しくはないんだけどね……まあ手伝うよ」

 

 

 

 

 

 ……その夜……

 

 僕達はかのんのパソコンを使ってチケットを購入する事にした。

 

「ジャンボ鶴間とやらは残念ながら引退済みか」

「と言うか、故人みたいだね。でも、後継者っぽい人の試合が丁度今週末にあるみたい。

 みたいだけど……」

「……前の方の良い席は全部埋まってるみたいだな。後ろの方なら何とか2席確保できるか」

「取れるけど……長瀬先生なら前の方の席を既に取ってそうだね」

「万が一取ってなかった場合が問題だ。金には余裕があるからチケット1枚余分に買うくらいどうという事は無いし」

「それじゃあチケット買おうか。えっと……ここをクリックして……あ、あれ? この後どうやるんだろう?」

「貸してみろ、一旦戻って……何? エラーだと? くそっ、どうなってる!」

「一旦ブラウザを閉じて……お、重い……」

「強制シャットダウンだ。いいか?」

「仕方ないね」

 

 

「よし、立ち上がった。それじゃあチケットを……あっ、売れてやがる!!」

「タッチの差だったんだ……他には無いの?」

「隣り同士の席は……いや、前後に繋がってる席ならまだあるな」

「よし、それにしようよ。今度こそ慎重に……」

 

 

 この後、何度かトラブルに見舞われながらもチケット購入を完遂した。

 ふぅ、疲れた……







 18巻では『2000年に新校舎に建て替えた』とあり、5巻カバー裏では長瀬先生が『10年前に建て替えた』と言っているので、これが『約10年』という意味でなければ神のみ世界は2010年のようですね。
 長瀬先生が高校2年生(二階堂先生が3年生)だったのが5年前のはずなので、全国大会優勝は2005年だったはず。


 原作のダブルブッキングの代わりのイベントを用意してみましたが……よくよく考えると長瀬先生が教育実習生をやってるタイミングでジャンボ鶴間の後継者的な人の試合をやってたのは奇跡に他ならないですね。(アニメ版のみの設定であり、原作ではただのレスラーでしたけど)
 まぁ、あのイベント自体は不可欠というほどではありませんでしたが。

 そして、エルシィならきっとスムーズにチケット購入ができたんじゃないだろうか? 少なくとも原作のエルシィは大きなリボンを付けた某アイドルの大ファンなのでイベントのチケット購入なんて楽勝だと思います。
 どうして今回に限ってエルシィが活躍できそうな場面が頻発するのだろうか……?


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07 齟齬

 翌日。

 エルシィさんの姿をした私が長瀬先生と接触する。

 

「長瀬せんせ~!」

「あら、エルちゃん? 何か相談事?」

「まあ相談と言えば相談なんですが……」

「どんな事? 何でもいいから先生に話してごらん?」

「じゃあ、はい」

 

 事前に桂馬くんと用意した筋書き通りに、事情を話す。

 

「実は、私の親戚でプロレスが好きな人が居るんですけど……」

「えっ、プロレスが? 誰のファンなの!? 若松!?」

「いや、その辺はよく分からないです」

「あ、ごめんね。続けて」

「はい。その人が今週末に開かれる試合のチケットを取ったらしいんですけど、突然都合が悪くなってしまったみたいで私にどうかって言ってくれたんです」

「今週末? もしかして、鳴沢体育館で開かれる試合の事?」

「たしかそうだったかな……あんまり詳しい事は覚えてないんですけど、もし長瀬先生が観たいのであればお譲りしようかと思いまして。

 私もその日はちょっと用事があるので」

「なるほどね。事情は分かったわ。

 気持ちは嬉しいんだけど……私もうその試合のチケットは取ってるのよ」

「あ~、やっぱりそうでしたか。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

 

 まあそうだろうとは思ってたけどね。

 むしろ断ってくれて助かった。あんまり良い席じゃないから。

 

「それでは、失礼しますね」

「あ、ちょっと待って!」

 

 ボロが出る前に退散しようとしたら呼び止められた。何だろう?

 

「あの、桂木君の事なんだけど……」

「お兄様がどうかしましたか?」

「どうかって言うか……あの、授業中にゲームさせるのって止めさせられないかな?

 妹であるあなたから言ってもらえればもしかしたらと思って」

「あ~……無理でしょうね。

 お兄様にとってゲームは酸素みたいなものらしいですから」

「そこまでなの!?」

「らしいですね。

 ……あ、そうだ」

 

 こんな風に長々と会話する予定なんて無かったけど……これくらいなら別に問題ないだろう。

 

「このチケット、お兄様に送りつけましょうか?」

「え、それはつまり、桂木君にプロレスを見せるって事?」

「はい。お兄様も長瀬先生の事をもっと良く知れば態度を改めるかもしれませんからね。

 ゲーム止めさせる事はできなくてもそのくらいなら何とかなります。多分!」

「そう……分かった。それじゃあお願いね」

「はいっ!」

 

 これで試合後に会話しやすくなるかな。

 突然遭遇した方が効果的な場合もありそうだけど、今回の場合は大した違いは無いはずだ。

 

「あ、そろそろ授業だね。それじゃあまた」

「は~い」

 

 

 

 

 

 そんな感じで週末……まで話を飛ばしたかったんだけどそうもいかなかった。

 とは言ってもそこまで大した事件じゃない。ただ、長瀬先生が抱える『問題』がほんの少し顕在化しただけだ。

 そういうわけで、学校の昼休みから。

 

 

「ねえ君、私と勉強しない?」

 

 

 学校の先生が生徒に言うものとしてはそこまで不自然ではないけど、昼休みに聞くものとしては場違いな感じがしなくもないセリフだ。

 

 

「え? い、いや、わざわざいいよ」

「児玉先生にあれだけ言われて悔しくないの? 見返してやりましょうよ」

「いや、別に見返すとか……」

「それなら児玉先生に文句を言うべきよ。おかしいもの!」

 

 

 部外者である私たちには事情はよく分からないけど、きっと児玉先生が必要以上に生徒を貶すような発言をしたんだろうなとは想像が付く。

 だけど、いつもの事だからわざわざ騒ぎ立てるような人は居ない。いつもは。

 

 

「長瀬せんせー。嫌がってるみたいだし止めとこうよー」

「下手な事して面倒な事になってもやだしさー」

「面倒? 君達、面倒だからバカって呼ばれても良いって言うの!?」

「いや、良くはないけどさ……」

「だからって、ねぇ……」

 

 

 先生の言ってる事は間違いでは無いと思う。正しい事なのかもしれない。

 だけど、ねぇ……

 

 

「どうして皆が嫌がる事なのに、誰も何もしないの……?」

「まー仕方ないでしょ。それが現実って事で」

「っ、何が現実よ! バカじゃないの!?」

 

 

 長瀬先生の叫びが教室に響き渡り、雑談していた生徒たちも黙り込む。

 それを見て自分のした事に気付いた先生はハッとした顔をした後、

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 とだけ言って去って行った。

 

 

 

 それを見送った後、私は携帯を取り出してメールを送る。

 

”長瀬先生の言う事も決して間違いではないと思うんだよね。桂馬くんはどう思う?”

 

 桂馬くんはすぐに目の前に居るから口頭で話す事もできるけど、流石にエルシィさんの演技を維持したまま議論するのはちょっと……いや、かなり難しい。

 それを察してくれたのかすぐに返事が返ってくる。

 

”おそらく誰も間違いだなんて思っちゃいないさ。

 ただ、正しい事とやりたい事が一致するケースなんて稀だ。

 今回の場合も、正しい事は面倒でやりたくない事だった。

 そういう場合に『面倒でも正しい事をする』のか『面倒だから止める』のか。そこの優先度が違うというだけの話だろう”

 

”そっか、そうやってまとめると分かりやすいね。ありがと”

 

 その辺の優先順位は人それぞれだ。どちらが合っている、間違っているという話じゃない。

 となると、やっぱり問題点は……



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08 功労者

前回は内容が薄かったせいか感想が1件も来なかったぜ!
まぁ、普通に1件も来ない事はそこそこあるんですけどね。
う~ん、2話投稿するか結合させるべきでしたね。ちょっと反省です。




 そして、今度こそ週末。

 私たちは長い列に並んでいた。

 

「プロレスかぁ……桂馬くんはプロレスを見たことは……無いよね」

「当然だ。ゲームでもプロレスを題材にしたギャルゲーはあまり見ないな」

「じゃあこういう場所って桂馬くんも初めてなの?」

「そうだな……こういうスタジアム的な場所で観客に混じって騒ぐのは初めてだ。

 って言うか、お前こそ経験無いのか?」

「私がプロレスの? 全然無いよ」

「いや、そういう事じゃなくて、他のアイドルのライブを見たりとか無かったのか?」

「う~ん…………全然無いね。ステージの上に立つ事や裏の方から見る事ならよくあるけど」

「……そうか」

 

 

 

 それから少しずつ列が進み、会場内へと案内された。

 会場に入ってまず感じたこと、それは……

 

「……こんな所でも流れてるのか、お前の歌」

「み、みたいだね」

 

 何故、プロレスの会場で私の歌が流れてるんだろう……

 プロレスなんだから、格闘技なんだからもっとそれっぽいチョイスがあるんじゃないかな?

 

 ……さて、気を取り直して……

 私たちが取れた席はかなり後ろの方で、更に上下で繋がっているという。

 もっと上手く取れてればなぁ……折角一緒なのだからできるなら隣り同士の席がいい。

 ……あ、そうだ。

 

「すいませーん」

 

 私たちが取った席のうち後ろの席、その隣の席に座ってる人に話しかける。

 

「ん? 嬢ちゃんどうした?」

「できれば、席を交換していただけないかなと。お従兄(にい)ちゃんと隣り同士で見たかったんですけど、ちょっと予約に失敗しちゃいまして」

「あ~、なるほど。そこの席か。そんくらいなら構わんよ」

「ありがとうございます!」

 

 席は一列だけ後ろになってしまったけど、どうせ遠いのだから些細な問題だ。

 桂馬くんと隣同士の席に座る。

 

「席の管理、割と雑と言うか大雑把だな」

「前の方の席だったらこうはいかないだろうけどね」

「客同士のチケットのやりとりはトラブルの種になるからな。

 ところで、『おにいちゃん』って何だ」

「え? 桂馬くんの方が年上だと思ったけど……」

「いや、確かにそうなんだが、そこじゃなくてだな」

「『西原まろん』と桂馬くんとの関係性はイトコだから、分かりやすく呼ぶならお従兄ちゃんかなって」

「……そうか、今のお前ってそっちの姿だったな」

「うん、エルシィさんは用事があって来れない事になってるからね」

「僕から見たら全く変わってないからややこしいな」

「そうだね……たまに自分でも分からなくなる事があるよ」

 

 『ちゃんと錯覚魔法で見える手鏡』とか『錯覚魔法で見える虫眼鏡』とかあった方が便利かもしれない。

 今度エルシィさんに……ドクロウ室長に相談してみよう。

 

 

 

 しばらく雑談していると突然照明が落とされ、中央のリングがスポットライトに照らされた。

 

『皆さん長らくお待たせ致しました!

 間もなく、プロレスリング・ノナ タッグカーニバルトーナメント ファイナルを開催致します!!』

 

 始まるみたいだ。

 体育館の出入り口のうち2箇所が再び照らされ、そこから2人ずつのがっしりした体格の男の人達が現れる。

 片方の2人組はほぼ全裸にズボンやパンツだけ履いているシンプルな格好。

 もう片方はそれに加えてボディペイントに覆面……いや、覆面じゃなくてアレも顔に塗っただけのペイントだね。遠くて分かり辛いけど。

 二組のタッグがリングに上がり、互いに固い握手を……固すぎる握手を交わす。歯を食いしばっているようなので相当力を入れて握手しているようだ。これもパフォーマンスの一環なのだろうか?

 

 リング脇に備え付けられたベルがカーンと鳴らされて試合がスタートした。

 『タッグマッチ』と言っても同時に2人ずつの合計4人が入り乱れて戦うわけじゃなくて、1対1での戦いだ。おそらく、試合中に必要に応じて交代するんだろう。多分。

 

 プロレスのルールはあまり詳しくないけど、禁則事項みたいなのはあるんだろうな。拳で殴ったり、足で蹴飛ばしたりといった行為は見られず主に投げ技や関節技が使われてる。

 あ、技が決まった。腰に抱きつかれた状態で後ろに投げ飛ばして床に叩きつけて……うわぁ、痛そう。

 

「オオオォォォーー!!!」

 

『オーーーー!!!』

 

 技を決めた人(例のジャンボ鶴間の後継者さん)が雄叫びを上げる。

 すると、観客の人たちもそれに続くように声を上げた。

 

「……客たちまで声を上げるのか。単なる歓声の声じゃなくて示し合わせたセリフだよな?」

「ちょっと驚いたけど、よく考えたら私も似たような事はさせてるかな。

 ステージで歌ってる時に歌詞の最後の部分を言う前にお客さんたちの方にマイクを向けるとちゃんとその部分を歌ってくれるよ」

「そうか……こういう場では客たちすらも協力をする。

 と言うより、舞台の上の演者が客すらも引き込んで一つの劇に仕立て上げるのか」

「う~ん、そういう見方もできるかもね。私は『協力してもらってる』っていう意識でやってるけど」

「だとしても、客に協力させられるのは、協力しようという気持ちにさせるのはお前の実力のおかげだろう」

「……ありがと」

 

 

 こうして、プロレスの試合を見ていた私たちだけど何故か『大舞台での主催者側とお客さん達の関係』に関する議論に発展し、気付いたら試合が終わっていた。

 私も桂馬くんもプロレス自体に興味があったんじゃなくて、長瀬先生が好きなものに興味があっただけだから仕方ないと言えば仕方ないかな。

 なお、その議論は最終的には『演者とお客さんが息を合わせられるタイミングの作り方が重要。なので、事前の根回しをするマーケティングをする人や舞台上でタイミングを作る段取りの設計者が功労者である』という結論に一応達した。その人たちに同じ質問をしたらまた答えが変わりそうだけどね。

 関係者の皆にはいつも感謝してるけど、次会った時はもっと感謝しておこう。







 今回の話、と言うより今章の話を執筆するに当たって情報を得る為にアニメ2期の長瀬編を何度か見直しましたが、マジでプロレス会場にかのんちゃんの歌(ハッピークレセント)が流れているという。
 流石に試合開始前に止まってましたが、もっとプロレスっぽい選曲は無かったんでしょうかね? いやまぁ、『らぶこーる』とかを流されるよりはマシでしょうけど。


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09 救済へと至る絶望

 試合が終わった後、長瀬先生を捜す。

 私たちの席は後ろの方なので出入り口付近で駆け魂センサーを広域化しておけば簡単に探せる。

 

「広域化までできるのかお前……」

「前回使ったって聞いたんで一応できるようにしておいたよ。ちょっと操作して設定変えるだけだったし」

 

 

 

 

 しばらく待つとセンサーに反応があった。

 こちらが声を掛ける前に向こうから気付いて声をかけてくれた。

 

「あ、桂木君! 来てくれてたんだね」

「……ゲームはどこでもできるんで」

「え、こんな時までゲームしてたの?」

 

 プロレスの試合中だろうが片時も離さず、人と議論するときすら画面を見ながらだ。

 それで十分話せるんだからやっぱり凄いよ。桂馬くんって。

 桂馬くんのハイスペックっぷりはさておき、私も会話に加わっておこう。

 

「あの、あなたが長瀬先生ですか?」

「え? えっと……」

「あ、申し送れました。私は桂馬くんの従妹の西原まろんです。桂馬くんがいつもお世話になっています」

「ああ、桂木君の……ご丁寧にどうも。私は教育実習生の長瀬純で……って、もう桂木くんから聞いてるかな?」

「はい、とても熱意のある人だと伺っています」

 

 良くも悪くも……ね。勿論初対面の人にそんな余計な事は言わないけど。

 

「えっ、桂木君ってば私の事をそんな風に紹介してくれたの?」

「まぁ……はい」

 

 『良くも悪くも』という副音声が聞こえた気がする。長瀬先生は気付いてないみたいだけどね。

 

 桂馬くんが長瀬先生に見せているキャラは決して好意的なものではない。

 だからこそ終盤で好意的に……なんていうのはドラマの中の世界だけだし、そもそもまだ終盤と言える時期じゃないだろう。

 そういうわけだから桂馬くんから長瀬先生に好意的に話しかける展開は作りにくい。不可能ではないだろうけど。

 話しかけて話題を提起し、桂馬くんを巻き込むのは私の役目だね。

 

「長瀬先生はプロレスが好きなんですよね? 私、こういうの初めてで、圧倒されました!」

「そう? それは良かった。折角来たんだから楽しめなくっちゃね」

「はい! 桂馬くんも何だかんだ言って楽しんでたみたいですよ」

「お、おいっ!」

「そうなの!? 桂木君もプロレスの魅力を分かってくれたんだね!!」

「ぐっ、す、凄いなとは思ったよ」

 

 桂馬くんがツンデレしてるレアな光景だ。

 このまま見ていたい気もするけどそうすると恨まれそうなので話を進めよう。

 

「試合見てる間、桂馬くんと話してたんですよ。何でこんなに盛り上がるのかな~って」

「へ~、どうしてなのかな?」

「紆余曲折ありましたけど、『あそこまで試合が盛り上がるのは選手だけじゃなくて観客までが力を合わせて雰囲気を作っているからだ』という結論に達しました♪」

「そう! その通りなのよ!!」

 

 『力を合わせて雰囲気を作る』って、長瀬先生が目指してるものだからね。絶対に食いつくと思ってたよ。

 

「プロレスはリングの上の選手だけじゃない!

 試合を捌くレフェリー、選手を支えるサポーター達、そして、それらを見守る観客たち!

 それら全てが一緒になって、一つの試合を作っているのよ!!」

 

 その協力しあっている姿こそが長瀬先生がプロレスを愛する理由なんだろう。

 ……いや、その理屈だと私のライブでも似たような事は言えるから単純にプロレスが好きっていう面もあるね。

 

「そう、皆が一つになるからこそ、素晴らしいものが作れる!

 私だけじゃダメだから、クラスの皆で協力して……って、こんな事を西原さんに言ってもしょうがないわよね。ごめんなさい」

「いえ、言いたい事は何となく分かりますよ。ただ……」

 

 クラスの生徒としてずっと見てきたからよく分かるよ。

 けど、そのセリフはいけない。私しか居ないなら全然構わないけど、すぐ側に桂馬くんが……クラスの生徒の1人が居るのに。

 

「……だから、バスケ部が潰れたのか」

 

 ポツリと。

 桂馬くんが呟いたセリフは長瀬先生の耳にしっかりと届いた。

 絶句する先生を気にする様子も無く、桂馬くんは言葉を続ける。

 

「うちの学校の女子バスケ部はお前が主将だった時にその活動を停止している。

 お前が居た時に潰れた……いや、お前が潰したんだ」

 

 呟くように、淡々と告げる。

 一応、『偶然何かの不幸があって休部した説』も可能性としては0じゃなかったけど……先生の態度から察するに間違ってなかったようだ。

 

「あ、あなた、何か聞いたの!?」

「いや? 何も。

 だが、このままだとまた同じような事が起こるぞ。

 またお前の『理想』に、押し潰される奴が出てくるだろう」

 

 今回の場合はクラスだから部活と違って文字通りに潰れる事は無いだろう。けど、辛い思いをする人が出るのは間違い無い。

 

「……どうして、なの?

 私は、クラブの……皆の為に一生懸命頑張ってたのに……!」

「……お前、本当に皆の為だと思ってたのか?」

「どういう意味よ。

 あ、あんたなんかに、私の何が分かるって言うの!?」

 

 そろそろ止めた方が良いかな? ある程度追い詰めるのが目的なんだろうけど、もう十分だろう。

 そう思って桂馬くんにアイコンタクトを送ろうとした所で目が合った。丁度同じ事を考えてたみたいだね。了解だよ。

 

「け、桂馬くん、ちょっと言いすぎじゃないの!?」

「……フン、僕は帰る。行くぞ」

「ああもう……すいません長瀬先生、失礼します」

 

 

 

 

 明日にはエルシィさんも帰ってくる。それで全ての準備は整う。

 にしても、先生に駆け魂が取り憑いたのはある意味幸運だったのかもしれない。

 そのおかげで、先生もきっと救われてくれるから。



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10 破綻

「とうとう私の出番ですね!! 真の地獄から生きて帰ってきた私に死角はありません!!!」

「あー。よろしくたのむぞー」

 

 月曜日。

 『真の地獄から生還してきた』などとのたまうエルシィとともに学校に行く。かのんも透明化の羽衣を分けてもらって着いて来ているはずだ。

 悪魔が地獄から生還してきた所で何の自慢にもならない気がするが、エルシィだから仕方ないな。

 念のため言っておくと、エルシィが行ってたのは『アイドルとしての特訓』である。異世界的な意味での地獄では断じて無い。

 

「昨日の時点で中川から聞いてるかもしれないが、攻略はもう9割方終わってる。

 後は僕が指示したタイミングでこの紙に書いた通りに行動してくれ」

「りょーかいです! この生まれ変わった私のデキる悪魔っぷりを見せつけてさしあげましょう!!」

 

 このポンコツっぽさはかのんのマネージャーですら矯正はできなかったようだな。

 エルシィにはいつも通りに働いてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 朝のホームルームの時間、純はクラスの皆に対して一つの提案……いや、宣言を行った。

 

「ちょっ、先生本気!?」

「うん、勿論!

 今度開かれる舞島マラソン、皆で参加しましょう!!」

 

 これだけなら、ただの提案で済む。

 こういうのに興味がある人が……例えば歩美とか? だけが参加するかもしれないだけだ。

 だが、それだけで済むほど奴は大人しい性格じゃない。

 

「もう皆の分も申し込んでおいたからね♪」

「ちょ、待てい!!」

「強制かよ!!!」

 

 本当に参加したい人にとっては手間が省けてありがたいんだろうが、マラソンなんて好き好んでやる奴は少数派だ。

 当然、殆どの生徒から反発を喰らう。

 

「わ~、神様! ひやしあめ飲み放題って書いてありますよ! 何か美味しそうですね!!」

 

 ……殆どの、生徒から、な。

 悪魔の身体能力ならマラソンなんて楽勝だったりするのかもしれないが、余計な事は言わないで欲しい。

 

「せ、センセー、もういいって」

「フツーでいいじゃん、フツーでさ」

「そういうドラマみたいなの、そろそろ、重いよ」

 

 集団っていうのは残酷なもので、誰か1人が不満を漏らすとそれに便乗して全員が不満を漏らす。

 この中には自分から純に相談を持ちかけた奴だって居るだろうに、酷い手のひら返しだ。

 

「最初は良かったけど、しょっちゅう電話とかされてもねぇ」

「こっちも予定とかあるし……」

 

 純の方にも問題はある。だけど、こういう集団の方にもある程度問題はあるんだろうな。

 ま、僕が解決するのは純の方だけで十分だがな。

 

 

「みんな、勝手だよ。勝手過ぎるよ!!」

 

 

 打ちのめされた純はそれだけ言い放って教室から走り去って行った。

 教室に残された連中は何が起こったのか分からずポカンとしている。

 

「何だアレ。何で俺たちが怒られるんだ?」

「何か……結構アブない先生だったんだな」

「まあでも、まだ実習中で良かったね。本当の先生になってもやられたら堪ったもんじゃないよ」

 

 確かに、実に勝手な連中だ。

 純を見て、『可愛い若年女性教師』という見た目の印象で勝手に判断し、『悪い意味でドラマチックな熱血教師』だと分かると勝手に文句を言う。

 純みたいな考え方はこういう連中に淘汰されていくものだが、そういう意味では純はよく頑張っているよ。

 

 

「まったく、長瀬もよくやるよな。

 お前らみたいなバグだらけの連中、何しても無駄なのにサ」

 

 その点だけは、攻略とは関係無しに心から同意してやろう。 

 

「あン? 何だオタメガ!? 今なんつった!!」

「エラソーな事言えんのか! このクレイジーゲーマーが!!」

 

「事実を言っただけだ。お前らの相手をするくらいなら無限ループのバグゲーをやってた方がまだ楽だっていう話だよっと」

 

 ノートを破いて作った紙ヒコーキを明後日の方向に放り投げる。

 そうやって視線を誘導した隙を突いて教室から抜けだした。

 

 

「あれっ、どこに行きやがった!! 捜せ!!」

「いや、放っとこうよ。べつにいいでしょ」

 

 

 そんな教室から聞こえる声を背に純の向かった先へと向かう。

 恐らくは……女バスの部室跡だろう。







 う~ん、若干短いですが、次回がそれ以上に長いのでこれで勘弁して下さい。


 ふと疑問に思いましたが、悪魔の身体能力ってどのくらいなんでしょうね?
 腕力とかは人間並な気がしますが、体力は未知数だと思います。新悪魔の方々が息切れする描写はほぼ無いので。

 原作では羽衣人形による身代わりの術で教室を脱出しますが、本作では視線誘導を使ってみました。
 本作では今のところ羽衣人形は使ってないので。
 特に『使えない』という設定があるわけではないんですが、せっかくだから縛ってみてます。
 作中で使わない合理的な理由としては『桂馬が存在を知らないから』という事で。
 ……まぁ、必要になったら解禁するでしょうけど。


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11 帰結すべき物語

 教室から抜け出して女バスの跡地へと向かう。

 僕についてくる人影は無い。透明化したかのんが付いてきているはず……というのはさておき、誰からも追ってくる様子が無かったな。

 そう言えば、最後に僕の追跡を制止するようなどっかの現実(リアル)女の声が聞こえた気がしたが、また何か勘違いしてんのかねぇ。

 だが好都合だ。最悪の場合は追跡を巻いてから行く事になっていたからな。

 

 

 

 薄暗い女バスの部室後に辿り着くと、純はそこに居た。

 

「やっぱりここに居たのか」

「っ! だ、誰!?」

 

 こちらに振り向いた純は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 泣いていないのは……泣く余裕すら無いからかもしれないが。

 

「桂木……君? ど、どうしてここに?」

「お前が行く場所といったらここしか思いつかなかったからな。

 まったく、ここはお前にとって居心地が良い場所じゃないだろうに」

 

 それでも純はここに来た。ここに来るしか無かったから。

 

「お前は……結局何も学んでないんだな。

 この部室みたいに、お前もあの時と何も変わってない」

 

 女子バスケ部が潰れた当時の事は推測でしかないが、結局同じような事になっているのだけは分かる。

 これでも多少はマシになっていたのかもしれないが、そんなのは誤差の範囲に過ぎない。

 

「お前がやっている事は、『こうあるべきだ』という理想を押しつけているに過ぎない。

 極端な事を言うと、『皆の為』なんかじゃない。理想通りじゃないと気に入らない『自分の為』の行為に過ぎない!」

 

 そう、それこそが純が抱える問題点の本質。

 理想を体現したいのであれば個人競技で自分だけが頑張れば良い。

 それをせずに身の回りの人間にまで強要する事。そこにあるのは『皆の為』などという思いやりの心ではなく、ただのありがた迷惑でしかない。

 

「本当は、お前も分かってたはずだぞ?」

「止めて……止めてよ!」

 

 こんな中途半端な所で止めるわけがない。

 まだ、話は全然終わっちゃいない。

 

「なぁ、どうすれば良かったと思う? いや、どうすれば良いと思う?」

「そんなの……そんなの分からないよ!

 私には頑張る事しかできないのに、頑張れば頑張るほど皆離れていく。

 どうすれば良かったの? どうすればっ!」

「……簡単な事だ。

 他人なんて、当てにしない事だ」

「っ!?」

現実(リアル)のぬるま湯に浸かっている他人など当てにするな。

 お前がしたいと思う事にお前自身の力で全力で取り組めば良い」

「で、でも……それだと、皆が!」

「……こんな薄暗い所で話していても気が滅入るな。着いてこい」

 

 話を一旦切り上げて場所を変える。

 こんな薄暗くて埃を被った部室でのエンディングなんて締まらないならな。

 隣の部屋、開放的で明るい第一体育館へと移動する。

 純は特に反抗する様子も無く着いてきてくれた。

 

 

「西原まろん、覚えているか?

 僕の従妹だ」

「え? ええ……それが、どうしたの?」

「奴と『プロレスが魅力的である理由』について議論したというのはあの日にお前にも言ったな。

 だがもう一つ議論したんだ。『一体感を作り出していた最大の功労者は誰か』ってな」

「……?」

「お互いに様々な意見をぶつけたよ。レスラーのおかげとか、観客のおかげ、とかな。

 結局はお互いに妥協して『根回しする人と段取りを作る人のおかげ』って結論になった。その功労者達に同じ問いかけをしたらまた別の答えが返ってきそうだがな」

 

 かのんの奴、色んな意見は出してたけど『舞台の上のレスラー』とは一回も言わなかったよ。多分謙遜してたんだろうな。

 

「この答えはおそらくは人それぞれだ。絶対的に正しい答えなんて無い。

 だが、プロレスの黎明期に話を絞ったら、どうだろうか?

 きっとあいつもこう答えるよ。『新しい事を始めて、誰からも理解されない。けどそれでも孤独と戦い抜いて勝ち抜いたレスラー達だろう』ってな」

「っ!」

「新しい事を始める時、人は誰もが不安になる。

 目指した理想に邁進する事、努力する事は辛い事だ。誰だって嫌になる。

 けど、それでも戦い抜いた奴が居た。時には罵られながら、時には石を投げられながら。

 でもいつか、きっと誰かが理解してくれる。理想に向かうその姿を、誰かが認めてくれるだろう。

 そうやって、世界は変わって行った。これまでも、これからも。

 

 もう一度言う。今現在の現実(リアル)の奴らに期待なんてするな。

 絶望的な孤独の中、耐え凌ぎ、戦い抜いて、現実(リアル)の連中そのものを変えてやれ。

 それが、それこそがこのどうしようもない現実(リアル)を打ち崩す為のただ一つの方法だ」

 

「そ、そんなの……無理だよ。私には……とても……」

「確かに辛いだろうな。

 けれど、お前は進むだろう。

 強くなってくれ。そう、お前が憧れたあのレスラーみたいに。

 だって、お前は教師なんだから。皆の手本になる存在なんだから」

 

 これで、僕が純に伝えるべき事は全て伝えた。

 僕の役目は終了だ。退散させてもらおう。

 

「やれやれ、騒がしくなりそうだ。僕は先に帰ってる」

「え? 桂木君? ま、待って……」

 

 体育館の正面入り口ではなく、隅っこの方にある小さな出入り口を抜け、扉を閉める。

 その直後、扉の向こうから声が聞こえた。

 

 

「長瀬センセー!」

 

 

 最初に聞こえた声は、1人。

 だが段々と喧しくなっていく。

 大体30人分の声だろう。音を聞いただけで分かる訳が無いが、別の理由で簡単に分かる。

 

 

「あの、先生。教室戻ろうよ」

「俺たちが悪かった。謝るからさ」

 

「み、皆? どうして、ここに……?」

 

 

 やってきた1クラス分の人数マイナス3人の集団は2-Bの生徒達だった。

 

「エルシィさんは上手くやってくれたみたいだね」

「うおっ、お前そこに居たのか」

 

 すぐ隣からかのんの声が響いてきた。透明化しているから全然気付かなかったよ。

 

 こんな都合の良いタイミングでクラスの連中が偶然来るなんて有り得ない。だから事前に仕込みをしておいた。

 まあ、仕込みと言っても大した事じゃない。僕が教室を出た時点からエルシィに500秒ほど数えさせ、その後エルシィにクラスの連中を連れてこさせただけだ。

 あの天然なポンコツ悪魔はクラスのアイドル……とまでは言わずともマスコットみたいな感じで人気者だ。そのエルシィが『長瀬先生を呼び戻しにいこう』と提案すれば必ず何人かは同調する。主にちひろとか歩美とか、ちひろとかだな。

 純に恨みがある生徒なんてそうそう居ないし、マラソンの強制参加の件も僕がより強い怒りで埋めて引きつけたから気にする奴はあまり居ない。自然と迎えに行こうという雰囲気で覆い尽くされ、反発する奴が仮に居たとしても少数派なんで封殺される。

 

 こうして、理想的な結末が完成するわけだ。

 

「んじゃ、後はお前らに任せるぞ」

「うん、先生の為にも精一杯歌うよ」

 

 

 それから間もなく、純の駆け魂は無事に追い出され、エルシィとかのんの手で止めを刺された。なんて事は語るまでもないだろう。







 何故、原作の桂馬は先回りして長瀬先生のロッカーに隠れられたんだろうか?
 長瀬先生は舞島学園の卒業生だし、実習に来てから数日経っているのであの長瀬先生なら道に迷ったという事は無いはず。(あの熱血な長瀬先生なら全く関係ない部活の部室の場所すら暗記してそうな気がします)
 と言うことは神様が回り道をして先回りして待機するよりも遅いスピードで来た事になる。多分全力で走ってたはずなのに鈍足の先生はやっぱり虚弱……
 なんて虚弱ネタはさておき、きっと何も考えずにあちこち走り回って、最終的に女バスの部室に来ただけなんでしょうね。
 本作でもそういう風にしても良かったのですが、一直線に女バスに向かってそれに追いついた方がイメージしやすかったのでああなりました。


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影は常に光を支える

 翌日、長瀬先生の実習最終日。私は久しぶりに『中川かのん』として学校に来ていた。

 特に何か深い意図があるわけじゃなかった。ただ、何となく2-Bの一員として長瀬先生に会っておきたかった。

 

「あっ、かのんちゃん来てる!!」

「えっ、マジで!? マジだ!!」

 

 こんな風に騒がしくなる事も当然分かってはいたんだけど……それでも来てみたかった。

 

「おはようございます、長瀬先生」

「あ、は、はい……え、えっ!?

 ど、どどどどういう事ですか二階堂先輩!!」

「いつもは来ないうちのクラスの生徒の1人だ」

「せ、生徒!? かのんちゃんが!? えええええっっ!?

 先輩っ! どうして黙ってたんですか!!」

「まさか来るとは思ってなかったからな。

 と言うか、何で来たんだ?」

「え? ダメでしたか?」

「そういうわけではないが……純粋な疑問だ」

「大した理由じゃないですよ。今日で教育実習の最終日だと聞いていたので、挨拶だけでもしておこうかと思いまして」

「ど、どうも。これはご丁寧に……」

「おい長瀬、生徒に敬語使ってどうする」

「す、すいません」

 

 緊張してるのかな長瀬先生。ちょっと刺激が強すぎたかもしれない。

 

「……あれ?」

「どうかしましたか?」

「気のせいだと思うんだけど……私とどこかで会ったことある?」

「……先生が握手会とかのイベントに来て頂いたのでなければ、話した事は無いと思いますよ。

 道端ですれ違った可能性までは否定しませんけど」

「そう……ならいいわ。変な事言ってごめんなさいね」

「いえいえ」

 

 『西原まろん』は別人扱いのはずなんだけど……何となく察したのかもしれない。

 

 

「かのんちゃーん、ちょっとこっち来てー!」

「あ、はーい!

 それじゃあ失礼しますね。また、お会いしましょう!」

「っ、うん! またね!」

 

 教員になる為のシステムはよくは知らないけど、先生が大学を卒業するのは今年度だ。

 早ければ来年から、私たちが3年生になる年度から本当の教師として学校に来るのかもしれない。

 その時に、また会えるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今頃、2-Bの教室では先生の送別会でもやってるのかな。

 かのんも登校しているから、一曲歌うくらいの事はしてるかもしれない。

 

 そんな事を思いながら僕は屋上でゲームしていた。

 僕が歓迎会に参加する意味は無いだろう。連中の怒りを引きつけたのはほんの昨日の事だから、僕が居たら場が盛り上がらなくなる。

 ああ、やはりゲームは素晴らしい。現実(リアル)の連中なんかとは大違いだ。

 

 

 そうやってゲームを楽しんでいると屋上の扉が開く音が聞こえた。

 こんな時間に珍しいなと視線をそちらに向けると、息を切らした純がそこに居た。

 

「はぁ、はぁ……やっと見つけたよ」

「わざわざ僕を探してたのか? よっぽど暇だったんだな」

「そういうわけじゃないよ! ただ、最後に君にお礼を言っておきたかったんだ。

 君は、凄く孤独で冷たい人だと思ってた。けど、ちゃんと私の事を、皆の事を見ててくれてたんだよね。

 ありがとう。君のおかげで、私は救われたよ」

 

 記憶……まだ微妙に残ってるのか。

 処理した後でコレなのか、それとも後で処理するのか……

 まあいい。だったら少し話をしておこう。

 

「……そう言えば、お前に一つだけ言っておく事があった」

 

 実は、攻略が終わった後でかのんに少し怒られたんだ。

 僕の言ってる事が、少しだけ間違ってるってな。

 

「西原に言ってみたんだ。『黎明期のプロレスの最大の功労者』について。

 あいつは言ってたよ。確かにレスラー達も頑張ってただろうけど、それでも影から支えた人は、理解者は居たはずだってさ。

 もしお前がこの先で何もかもが嫌になる事があったら、一度深呼吸して周りを見てみるといい。

 もしかしたら、誰か協力してくれる人が居るかもしれないから」

「……ありがとう、桂木くん。

 西原さんにも、そう伝えておいて」

「ああ、伝えておく」

「良かった。それじゃあ……さようなら」

 

 『さようなら』か。

 ……ま、後生の別れと言うわけでもないんだ。

 

「……またな」

 

 そう、返しておいた。







 これにて長瀬先生編終了です!
 神のみって基本的にラブコメのはずなのに推理物っぽい雰囲気を醸し出したり、哲学漫画と化す場面もありますよね。
 恋愛とはミステリーであり哲学でもある……適当にそれっぽい言葉を並べてみたらあながち間違ってもいないような気がします。

 『理想の世界の住人』である桂馬が主人公である故か本章にあったような『理想問答』とでも呼ぶべき場面が神のみではちょくちょく出てきます。
 今回は原作で桂馬が長瀬先生に言ってた事を自分なりに噛み砕いて解釈してみました。
 結論としては『他人を気にせず自分自身で理想を体現し、後に続く者たちを惹きつける』というものですが、この結論に至った理由は2つあります。

 まず、長瀬先生の問題点として『理想の姿であるべき事を他者に強要する』事が挙げられます。この言葉だけ聞くと精神病を疑うレベルですね……
 この問題点はあくまで『強要する』事であり、自分自身が頑張るだけならあまり問題は無いわけです。
 なので、『他人は巻き込まないで下さい』という、筆者流の少々情けない解決策を提示してみました。

 2つ目は桂馬のセリフです。
 原作において『理想をもっと押しつけたらいい』と言っていますが、これをこのまま解釈すると『今までやってた事をもっと激しくしろ』となってしまいます。流石にそれは余計に酷くなるだけなんじゃないか……と思いましたが、続けてこんなセリフがあります。

 『どれだけ傷付いても、孤独でも、お前は理想を見せなきゃいけない』

 注目すべきは『見せなきゃいけない』です。『やらせなきゃ』とかではありません。
 これが意味するのは『長瀬先生自身が理想になって、それを生徒たちに見せる』という事ではないかと解釈してみました。
 だから、『理想をもっと押しつける』というのは『態度で示す事でより強く押しつける』という意味なのでしょう。多分。

 そんな感じで上手く混ぜた結果、先に書いた結論のようになりました。この結論が絶対的に正しい等と言う気は毛頭ありませんが、理解し納得して頂けたなら幸いです。こういう哲学パートを書く時は毎回ビクビクしながら書いてるので……


 あと、今回はあえて攻略ヒロイン視点を縛ってみました。
 今までは最初だったんで余裕が無かった歩美編と単純に入れ損ねたスミレ編以外ではヒロイン視点があったんですけどね。
 原作における長瀬編はヒロイン視点からスタートし、その後もモノローグとかが多いので原作から引き離す為にやってみました。
 その結果は……いかがだったでしょうか?



 さて、次回の話です。
 ジョーカーを引きました。
 そういうわけで天理編……なのですが、天理編と同時に夏休みスタートなので、夏休み前の細々としたイベントをこなしていきたいと思います。
 まずは小阪ちひろによる2Bペンシルズ結成秘話から……の予定だったのですが、その前に一つフラグ回収をしておきます。
 月夜編最終話で桂馬が立てたあのフラグ……桂馬によるかのんコンサートの見学回です。
 長瀬編の投稿中に何とか書き終える事ができたので明日からスタートです。

 それでは、明日もお楽しみに!


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神の休日、姫の平日
前編


 純の攻略を終えた次の週末。僕は1人で電車に乗っていた。

 目的地は舞島市の隣の鳴沢市、その目的は2つ。

 1つはゲームショップを巡って掘り出し物が入荷していないかを探る事だ。流石の僕でも入手ができなかった過去に少数だけ販売された隠れた名作や、販売数が限定されすぎていた代物などがたまに紛れ込んでいる事があるからな。こういう定期的なチェックは欠かせない。

 もう1つは……まあ、あくまでついでだが、かのんのコンサートを見に行く事だ。かなり見通しが悪いが、それ故に売れ残って席があったのでPFPからネットに繋いで購入しておいた。この前のプロレスの時みたいに場の雰囲気を感じ取るだけならこんな席でも十分だろう。

 

 コンサートが開かれるのは夕方頃だが、現在時刻は9時過ぎだ。のんびりとショップを見て回ろう。

 

 

 

 

 

 と、思っていたのだが……

 

 

「あ、かのんちゃんだ!」

「こんな所でイベントやってたのか! よし、俺も並ぼう!」

 

 

 どういうわけか、いきなりかのんと遭遇してしまった。どうやらサイン入りCDの配布と握手会のようだな。

 僕が最初に来た店はゲーム専門店ではなく音楽CDなども売っている店だからそういうイベントが開催されていても不思議ではないんだが……何でよりによって今日やってるかな。

 ……よく考えたら、夕方頃に鳴沢市で仕事があるんだから移動ロスを少なくしようとしたら必然的にこっち方面での仕事になるか。

 しかしどうしたものか。かのんは店の入り口近くでイベントをやっている。裏口は当然存在するだろうが、おそらく従業員用だろう。

 仕方ない。正面からササッと入ってしまおう。入ってしまえば気付かれる事はあるまい。

 いざ!

 

「ん?」

 

 慌てて物陰に飛び込む。

 かのんの奴、僕が飛び出そうとした瞬間にこっちを見たぞ。

 まさか僕が居る事がバレた……いや、流石に一瞬チラリと見えたか見えないかのタイミングだった。恐らくは大丈夫だろう。

 だが、また飛び出したら今度こそ見つかる。何故だかそんな気がした。

 ……この店は今日はいいか。元々専門店ではないのであまり期待はしていなかった。飛ばしても問題ないだろう。

 次の店へと向かおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフ、フハハハハ!! 今日はなんて良い日なんだ!!」

 

 次に向かったゲームの専門店、そこでは素晴らしい出会いがあった。

 かつて、ヒロインの1人に問題があるとされて発売日当日に回収騒ぎに遭い、後に出された修正版ではそのヒロインは削除されていたというゲーム『らぶ・てぃあ~ず』。その修正を免れた初回版(特典CD付き)が今この僕の手に!!

 そして……ワゴンセールの一番下、そこに隠されていたのは古き時代の隠れた名作……『西恩灯籠』!! この世のものとは思えないような体験ができると噂され、すぐに回収され処分されたと言われていた曰く付きの逸品、そのオリジナルロットが、今僕の目の前にある!

 ゆっくりと、噛み締めるように、僕はそのパッケージを手に取り……

 

 

「こんにちはー!」

「いらっしゃいませーって、かのんちゃん!?」

 

 ちょっ、おいっ!? どうしてここに居るんだ!?

 また物陰へと飛び込む。

 あ、しまった。『西恩灯籠』を回収し損ねた。しかし、また取りに行こうとすると見つかりかねない。

 まぁ、あのゲームのパッケージはギャルゲーにしてはかなり不気味だし、そうそう持っていく奴など居るまい。後でまた回収すれば……

 

 

「ん? コレだ。気に入った」

「えっ、そんな不気味なのを買うんですか……?」

「おいおい、見た目で物事を判断してはいけないぞ?」

「そうかもしれませんけどねぇ……」

「ククク、僕の直感は外れたことが無いんだ。レジに行くぞ姫っち」

「ああもう、後悔しても知りませんよ?」

 

 

 僕が後悔してるよ!!

 今からでも所有権を主張するか? いや、流石にマナー違反だろう。断腸の思いで引き下がるとする。せめてしっかりと愛のある攻略がされる事を祈ろう。

 

 で、僕が隠れる原因となったかのんは一体何をしにこんな所に来たんだ?

 

「店長さん、今日は宜しくお願いしますね」

「いえ、こちらこそ。

 しかし驚きましたよ。あのかのんちゃんが音ゲー、リズムゲームまでできるとは……」

「音楽に関わるゲームなので。

 とは言っても、ソフトは少ししか知らないので今日は色々と教えていただけると有難いです」

 

 音ゲーの宣伝番組か何かの収録か? かのんの音ゲーの種類とか歴史とかに対する知識はともかく、実力はかなりの物になっているから確かに適任なのかもしれない。

 しかしよりにもよって今日じゃなくても良かっただろ。

 まあいい、さっさと脱出をしよう。

 …………いや、違う。『西恩灯籠』は逃したが『らぶ・てぃあ~ず 初回版(特典CD付き)』までも逃すわけにはいかない!

 僕の手元にあるパッケージはまだ会計を済ませていないのでレジを通す必要がある。しかしそのレジの側にはかのんが居る。

 ここで顔を見せるわけには行かない以上、かのんがレジの前から移動する瞬間を見計らい……

 ……いや、無理。これはゲームじゃないんだ。かのんがゲームのように固定ルーチンで動くわけもなく、こちらはコンティニューも不可能だ。

 あいつがレジ近くから離れる『瞬間』はあるだろう。しかし会計を済ませるのにかなり急いでもらってもレジへの移動と出口までの脱出込みで30秒はかかる。

 その間にかのんが戻ってきたらアウトだ。

 

 となると、ここでの収録を完全に切り上げて帰るのを待つしか無いな。

 一体何分……いや、何時間かかるんだ? ゲームして待つか……







 Q、西恩灯籠って何?

 A、小説版2巻で出てきた曰く付きのゲーム。
   簡単に言うと、ホラーゲームの中に出てきそうな感じのゲーム。一応ギャルゲーらしい。
   一般人に渡ると冗談抜きで死人が出るが、どっかの異世界の逸般人が購入していったのでもーまんたい。

 誰が『西恩灯籠』をかっさらっていくのかは少々悩みました。全力で遊べそうな所だったので(笑)
 候補としては某許嫁系理論派メイドとか、某哲学するねじの人とか。(それぞれ若木先生の作品の登場人物です)
 ただ、戦闘力に不安があったので没に。完璧で洒落なメイドの人とか学校生活な感じの人とか、木葉にて最強な感じの人とか混沌より這い寄る過負荷の人とかなら余裕で処理できそうなんですけどね~。
 ……え? 結局誰が買ったのかって? 分からないなら気にしないでください。ただの身内ネタなので。


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中編

 ちょうど昼食時になろうかという時刻、ようやく収録が終わったようだ。

 音ゲー以外の宣伝もやっていたらしく、店内の極一部を除く全てのエリアを見回っていた。何度かニアミスしたが、スニーキング系のゲームもこなせる僕にとってただ隠れ続けるだけなら余裕だった。現実(リアル)はゲームと違って固定ルーチンでない代わりにタイムアップで相手が帰ってくれるからその点ではありがたい。

 

「コレ下さい」

「はい、15,800円になります」

「2万と800円で」

「はい、20、800円お預かりして5、000円のお返しになります。

 またのご利用をお待ちしています」

 

 無事に『らぶ・てぃあ~ず』の会計を済ませて店を後にする。

 

 思わぬ所で時間を食ってしまったが、午後6時から始まるかのんのコンサートには移動時間込みで考えてもまだ余裕がある。

 ひとまずは……昼食か。食べられればラーメンだろうが何だろうが何でも良い(スミレの甘味ラーメンを除く)だが、やはり最優先事項は『かのんと遭遇しない』だな。

 とは言っても、普通に考えてたらテレビ局がロケ弁を用意するとか、あって番組スタッフを適当な店へとパシらせるくらいだろう。

 よって、適当な店に入って持ち帰りせずにその中で食事を終えればかのん本人と遭遇する確率は限りなく少ないっ!!

 そう判断し、適当に歩いて見つけた全国チェーンのハンバーガー店へと足を踏み入れた。

 

 

 

 昼食時なだけあって店内は混み合っていた。

 一番安いハンバーガーを数個注文する事を決めて列に並び、ゲームしながら待つ。

 早く席に座りたいな。立ったままだとPFPを落とすリスクがあるから2面同時攻略ができない。

 

 

 ようやくハンバーガーを受け取り、適当な空いてる席を捜す。

 店も混んでいるし、サッサと食べてサッサと出よう。

 そう考えながら席に座った時だった。

 

 

「あ、かのんちゃんだ!」

「こんな店にあのかのんちゃんが!?」

 

 

(おいふざけるなよ現実(リアル)っ!!!)

 

 絶叫しそうになったが何とかこらえる。こんな所で叫んだら間違いなく注目を浴びる。

 一体何をしにきやがったかのん! 人気アイドルらしく下っ端をパシらせてロケ弁でも食べててくれよ!!

 

「すいませーん。新発売のスーパービッグチキン&ビーフ&エッグバーガー鳴沢風味を一つ下さい!」

「ご注文を繰り返します。スーパービッグチキン&ビーフ&エッグバーガー鳴沢風味を1点ですね?」

「はいっ!」

 

 何だその無駄に長い上に盛りすぎな名前は。

 かのんは食い意地の張った大食い系キャラではないし、むしろ体型維持の為にあんな聞いただけで太りそうな代物を自分から注文するとは思えない。

 と言うことは……新商品の宣伝か何かなのか? あいつの生活では昼食も仕事なのか。

 

「おお、凄そうな名前だ! 俺も注文してみよう!」

「店員さん! スーパーチキンエッグ……さ、さっきのお願いします!!」

 

 早速宣伝効果が発揮されてるな。恐るべし、トップアイドル。

 ……一体いくらするんだろうな。相当ボッタクってるんじゃないか?

 

 

「お待たせしました。スーパービッグチキン&ビーフ&エッグバーガー鳴沢風味になります」

「うわっ、大きいですね」

「ひとまず席にお持ちします。あそこが空いたようですね」

 

 そんな事を言いながら店員がこちらの方に近寄ってくる。店員側から見て僕よりも遠い席に空きは見あたらないので僕より前で止まってくれるはずだ。

 そして、その読み通りにちゃんと止まってくれた。

 ……僕の後ろの席、仕切りを挟んだだけの位置にある席に。

 …………い、いや、逆に良かったと考えるんだ。

 距離的にはそんなに厚くない仕切りを挟んで背中合わせなので凄く近いが、仕切りのおかげでかのんには未だに見つかってないはずだ。

 急に後ろを振り向く事なんてそうそう無いし、後ろを向いた上で仕切りの上から覗き込んでくるなんて事もまず有り得ない。

 中途半端に遠いけどずっとこちらを向いてるような席よりは良かったのだ。

 

「うーん、どうやって食べようかな。この大きさだと顎が外れちゃいそうで怖いですけど……」

「ご安心下さい。当店の新商品はそんなお客様のご要望にバッチリお答えしました。

 この商品は挟まれた具材の中に2連続のパンを入れた箇所が何ヶ所かございますので、何と、分割できます!!」

「そ、それは……凄いですね!! それなら楽に食べられます!」

 

 ……それは、複数のバーガーを積み重ねているのと全く変わらないんじゃないか? 強いて言うならパンが積み重ねやすいような形になってる事くらいだぞ。

 持ち運びの手間とかを考えてもチキンバーガーとビーフバーガーと月見バーガーをそれぞれ単品で注文した方がお得だろう。

 これで値段が安いならまだ救いはあるが、メニューを見る限りではどうやら3種のバーガーを合算した額の1割増し程度だ。見た感じの使ってる材料の量の合計は大体同じにも関わらずである。

 希少性とかその他のプレミアを付けて売り込もうとしてるんだろうな。今かのんに宣伝させてるみたいに。

 

 そんな事より、僕はどう動くか。

 僕が座っている席はかのんの席より店の奥の方にあるので出口に向かおうとすると必ず目の前を通る事になる。脱出は困難だ。

 ……仕方ない。のんびりと食べてかのんが帰るのを待とう。何かさっきも同じような事をしていた気がするが気のせいに違い無いな!

 幸い、テーブルに着いているので片手でも2面同時攻略くらいは何とかなる。食事如きに時間を割くのは癪だが、よく噛んで食べてやろう。

 

 

「それじゃあ頂きます。まずは一番上のビーフバー……ビーフ部分から!」

 

 かのん、今『ビーフバーガー』って単品の商品名を言おうとしてたよな……

 苦労してるんだな。芸能人って。

 

「はむっ……

 ……ん? 柔らかい?」

「おや、お気付きになられましたか」

「……はい。これ、具材を柔らかく仕上げてありますよね?

 おそらくは、一度に食べた時に食べる人の負担を少なくするために」

「ご名答です。流石はあの中川かのん様ですね」

「あと、気のせいかもしれませんが……単品で似たものを頼んだ時と比べて味が若干異なるような……」

「そこまでお気づきになられましたか。お見事です」

 

 どうやら見た目の印象よりはまともな商品だったらしい。

 柔らかくした上にテイストを若干変えた?

 テイストまで変えている理由、まさか……

 

「次は2つ同時に頂きます。せっかく柔らかく仕上げてありますから」

「どうぞ、お召し上がり下さい」

「………………その為ですか。よく分かりました。

 これ、同時に食べた時にしっかりと味が噛み合うように、お互いに高め合うように、緻密な調整を行っていますよね?」

「その通りでございます」

「あと2回はこの店にまた来てみたいものです。

 それでは、ご馳走様でした」

「またのご来店をお待ちしております」

 

 店長とのいかにもなやりとりを終えてかのんは店から去って行った。

 かのんが最後に食べたのはチキンと卵の組み合わせだったが、ビーフとチキン、ビーフと卵の組み合わせはまだ試せていなかった。

 だから、2回来るって事か。

 アレ1つでリピーターまで確保するとは、見た目のインパクトだけの商品じゃあ無かったらしいな。見事に騙されたよ。

 

 しかしアレ、どこまでが台本通りだったんだ? 声の調子は凄く自然で作り物臭さは一切感じなかったんだが……

 

「お客様、押していますのでそろそろ宜しいでしょうか?」

「ん? ああ、すいません」

 

 かのんが去った今、こんな所に居る理由は無い。サッサと出るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 午後はまた別のゲームショップへと赴く。

 するとそこには……

 

「お、かのんちゃんのCD配布だ! 午前中に別の所でもやってたよな」

「よっし、もう一度並ぶぜぇ!!」

 

 また、お前かっ!! 働きすぎだろ!!

 一体今日だけで何回遭遇しているんだ!? 4回目だよチクショウっ!!

 だが問題ない。しばらくここに居るというならまた別のゲーム屋へと……ん?

 

 ショップの外からでも良く見えるように陳列されたゲーム達。

 その中で一つ……見えた。

 アレは、『星の瞳のジュリエット 初回版A』っ!!

 先ほど購入した『らぶ・てぃあ~ず 初回版(特典CD付き)』よりレア度は少々下がるが、十分にレアな逸品だ。当然、買いだ。

 だがしかし、そうなると入り口近くのかのんが邪魔……って、何回目だよこの展開は!! 遭遇は4回目で実際に待ったのは3回目だよ!!

 まぁ、午前の部はそんなに時間がかかってなかったようだし、すぐに終わるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……数時間後……

 

「今日はありがとうございました! それでは!」

 

 何時間かかってるんだ!!

 CD配布だけならこんなにかからなかったはずだが、その後も何か色々とごちゃごちゃやってたんで全然終わらなかった。

 だが、まあいい。『星の瞳のジュリエット 初回版A』さえ手に入るのなら……

 

 

「ふむ、これは攻略サイト『落とし神』でも絶賛されていたレア物ですね。セージさんとの恋愛成就計画の為の恋愛経験値になってもらいましょう。

 買いです」

 

 

 またかぁあああ!!! 今日は厄日なのか!?

 って言うか何だあの銀髪メイド。何であんな恰好をしてるんだ……?

 

 ……はぁ、買われてしまったものはしょうがない。さっきの口ぶりからすると僕のサイトを見ている迷える子羊の1人のようだし、価値をしっかりと把握しているなら手荒に使う事は無いだろう。

 それに、家に同じ物がもう一本あるからな。さっきの『西恩灯籠』に比べたら諦めが付く。

 ん? 何で同じ物を欲しがるのかって? そんなの決まっているじゃないか。

 

 良いゲームは何本あっても良いものだからだ。







 戦闘力は要らないので今度こそ許嫁系理論派メイドが出せましたよ!


 かのんは勿論、中の人にすら食いしん坊属性や食通属性なんて無かったはずなのに、何故こうなったのか……筆者のアイドルという仕事に対する偏った知識が垣間見えます。

 あんな商品があったら実際に売れるんでしょうかね?
 今更ですが、メニューを3品追加した方が分かりやすい気がします。もしかして、アレってちょっと見方を変えるとただの質の悪い抱き合わせ商法なんじゃぁ……?


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後編

「おっと、もうこんな時間か」

 

 気付いたらかのんのコンサートの開始時刻に近くなっていた。

 会場である鳴沢臨海ホールへと足を向けて……止める。

 

 よく考えろ? 今日一日でかのんと何度も遭遇してきた。

 という事はつまり、僕が徒歩で移動できる圏内で活動していたという事だ。

 そして、今から向かうホールも徒歩で十分に向かえる圏内だ。

 となると……かのんも徒歩で移動している可能性が十分にある。

 下手に真っ直ぐ進むと途中で遭遇するハメになるんじゃないか?

 

 ……いや、徒歩で向かえる圏内といってもそこそこ距離がある。余計なトラブルを回避する為にもタクシーの類を使っているか。

 しかしその場合は移動時間が少なくて済むのでまだ出発していないかもしれない。そうなると途中で追い抜かれる可能性があり、その時に顔を見られる心配がある。

 ゲームショップで遭遇したくらいならまだしも、ホールがある方角へ向かう所を見られるのは少々マズい。

 ……やや遠回りするか。車が通れなさそうな所を。

 

 

 

 

    で!

 

 

 

「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ……」

 

 ぴ、PFPでルートを検索しながら条件に合う道を選んで通ったが、予想以上に時間がかかってしまった。

 途中で気付いてダッシュしたからなんとかギリギリ間に合ったが……疲れた……

 

「おや、見ない顔だね。ここに来るのは初めてかい?」

「ん?」

 

 息を整えて顔を上げると、そこには初老の紳士が居た。

 風貌だけを見たら上流階級のパーティーでウェイターでもやってそうな雰囲気だが、左胸に付けられたかのんの顔をデフォルメしたバッジと『かのん後援会』と書かれたたすきが非常にミスマッチしている。

 

「後援……会?」

「おや、名乗り忘れていたね。申し訳ない。

 儂はかのん後援会の会長をやらせてもらっている者だよ。

 と言っても、ファンの皆に『雰囲気がそれっぽいから』と祭り上げられただけで、大した事はやっていないがね」

 

 ファンクラブみたいなものか? こんな爺さんにまで虜にするとは、かのん恐るべし。

 

「なるほど。それで、何の用ですか?」

「違ったら申し訳ないのだが、君はこういう場所に来るのは初めてなんじゃないのかい?」

 

 こんな所で嘘を吐いてもしょうがないか。正直に喋っておこう。

 

「まあ、そうですね。何か問題でも?」

「問題……問題と言えば問題だね。

 慣れていない人はこういう場所での楽しみ方が分からなくて楽しめないままに帰ってしまう事がたまにあるのだよ。

 だからもしかしたらレクチャーが必要かと思ってね」

 

 要するに、素人の僕でも楽しめるように気を回してくれているという事か。

 流石は後援会会長なのか?

 僕としては楽しむつもりで来たんじゃなくてただ見てみたかっただけなんだが……郷に入りては郷に従えとも言うし、一応受けておくか。

 自分だけ変な動作をして目立ってかのんに見つかる……なんて事はまず無いと思うが絶対に避けたいしな。

 

「それじゃあお願いします」

「よろしい。ではまず……」

 

 

 その後、会長のレクチャーは会場時刻になっても続き、入場しても続いた。

 って言うか、会長の席は僕の席の隣だった。

 

「うぅむ、もっと良い席であればより良い思い出を作らせてあげる事ができたんだがのう……」

「僕は場の雰囲気さえ感じ取れれば満足だったんで。

 と言うか、会長こそ何故こんな席を?」

「ふぉっふぉっふぉっ、儂のような年寄りは遠慮して若い者たちに譲ったまでだよ。

 それに、こうして後ろの方から全体を見守るのも中々に乙な物だからのう」

「……そういう考え方もあるのか」

 

 そんな感じでレクチャーの続きやら雑談やらをしていると突然明かりが落とされた。

 そして、スポットライトで舞台の上が照らされる。

 

 

「「「うおぉぉおおおお!!!」」」

「「「かのんちゃああん!!!」」」

 

 

 どうやら、始まったようだな。

 

「ワン、トゥ、スリ、フォー ワン、トゥ、スリ、フォー

 ワン! トゥッ! ワントゥスリーフォー!!」

 

 かのんの号令に合わせて曲が流される。

 これは聞いたことが……あった気がしなくもない。あいつの携帯の着信音とかで。

 

「この曲は『ダーリンベイビ』だのう。割と新しめの曲だのう」

「ふーん」

 

 メロディを聞いたことだけならあった気がするが、歌詞付きを聞くのは初めてだ。

 

「しかし、気になるのう」

「? 何か問題でも?」

「順番的には今回のライブは『らぶこーる』から始まるはずだが……

 まあ、事前に明言されているわけではないから問題と言う程の事でもないがのう」

「って言うか開幕の歌の順番の不文律まで存在するのか……」

「不文律というほど立派なものでもないがのう」

 

 かのんは無事に一曲歌い終え、次の曲へと移る。

 

「むぅ……この曲は知らんのう。新曲のようだの」

「…………」

 

 舞台の上のかのんは『夏』を題材にした歌を歌っている。

 歌と踊り、自身の全てを駆使して表現をしているようだった。

 それに対して客たちはサイリウムを振って全力で応えている。

 あの小さな光の一つ一つが寄り集まって輝きを増していくようだった。

 

 僕は2Dならともかく、現実(リアル)のライブなんて詳しくは無いが……

 

「……良いコンサートだな」

 

 それだけは、素直にそう感じた。

 

「少年よ、この良さが分かるか。

 最前列は更に凄いぞ。機会があれば行く事をオススメするぞ?」

「……いや、遠慮しておこう。

 ファンでもない僕があそこに混ざる気にはなれない。

「ファンではない? すると何故君はここに来たのかね?」

「あいつを……かのんのここでの姿を見ておきたかった。それだけだ」

「ふむ……君にとって彼女は一体どういう存在なのだね?

 ただの知り合い? 親戚? それとも……」

 

 僕にとってかのんがどういう存在なのか……か。

 最初は屋上で会っただけのただの他人だった。

 それがエルシィに巻き込まれた被害者同士になり、

 しばらくしたら今度は許嫁ルートによる恋人関係になったり、

 その後は……攻略で何度も助けてもらったな。

 そうだな。今のあいつとの関係は……

 

「……相棒、かな。とても信用できる、な」

「……何やらただならぬ事情があるようだのう。深くは訊かんでおこう。

 今は、このコンサートを楽しもうではないか」

「そうだな。チケット代金分くらいは回収させてもらおうか」

「その意気だな。ほれ、回りに合わせてサイリウムを振りなさい」

 

 

 

 その後、かのんは新曲を含む何曲かを歌い終え、無事にコンサートは終了した。

 

 

 

 

  ……その夜……

 

「ただいま」

「あっ、神様! こんな時間までどこに行ってたんですか!?」

「鳴沢の方のゲームショップだ。掘り出し物が買えたぞ」

「ほりだし……もの? ゲームは土の中から収穫できるんですか!?」

「んなわけないだろ! 貴重品って意味だ」

「ほえ~。地獄で言う所のメイカイメダカみたいなものですか。ゲームにもそういうのがあるんですね」

「……多分そういう事だ。

 さて、早速ゲームをやるぞ!!」

「その前にご飯できてますよ。先に食べちゃってくださいね」

「チッ、仕方ないか」

 

 

 

 

 

  そして、更に時間は過ぎて……

 

「フッ、これがあの『らぶ・てぃあ~ず』初回版か!

 だが、この落とし神の前には無力!! エンディングが見えた!!」

 

 というセリフを言い切ったのとほぼ同時にドアがノックされた。

 

「ん? 誰だ?」

『私だよ。今大丈夫?』

「ちょっと待て。

 ……よし、入れ」

 

 ゲームをクイックセーブしてからかのんを招き入れる。

 

「こんばんは」

「どうした? 何か用か?」

「もしかしたらなんだけど……これ、要る?」

 

 そう言いながらかのんから差し出されたのは一枚の紙切れ。

 やや薄暗い部屋の中でよく目を凝らすとそれは何かのチケットらしい。

 

「って、これお前のイベントのチケットか?

 どうして僕に?」

「どうしてって……今日来てたよね? コンサートに」

「…………はい?」

「って言うか、鳴沢市で何回か会ったよね。私たち」

「気付いてたのか!?」

「え? うん。人前で話しかけるわけにもいかないから頑張って無視したけど……」

「……ちなみに、どこで何回会った?」

「確か……午前中にCDショップでの配布の時に1回、ゲーム専門店で1回。

 午後はまたショップで1回、あとコンサートも含めるなら計4回、だね」

「ハンバーガーショップは気付かれてなかったのか。

 って言うかそれ以外は気付かれてたのかよ!!」

「え? あそこにも居たんだ。気付かなかったよ」

 

 むしろ他4回を気付ける時点で凄すぎると言うかむしろ怖いレベルだ。だからそんなしょんぼりした顔をしないでくれ。

 

「ま、まあそこまで分かってるなら隠す必要は無いか。

 確かにコンサートに行ったが、それがこのチケットとどう繋がるんだ?」

「実は前から渡そうとはしてたんだけど、桂馬くんにゲーム以外の物を送っても迷惑になるかと思って結局何も送れなかったんだよ。

 だけど、今日は来てたからもしかしたら興味を持ってくれたのかなって思って」

「そういう事か……

 悪いが、そのチケットは不要だ。今回はちょっとした気まぐれで参加したが、また行くつもりは無い」

「そう……もしかして、コンサートつまらなかった?」

「そういうわけじゃないんだが……今回見ただけで満足させてもらった。

 そのチケットは友達……じゃなくて、エルシィにでもやるといいさ」

「エルシィさんに? いつも舞台の上に居るのに、喜ぶかな?」

「舞台の上と下じゃあ結構違うだろう。

 それに、一度観客として参加すればあいつにも観客に対する意識が芽生えてより良い替え玉になるかもしれんぞ」

「そ、そうかなぁ……?

 エルシィさんに渡すかはともかく、チケットは私が持っておくね。

 何かに参加したくなったらいつでも遠慮なく言ってね。じゃあね」

 

 それだけ言うとかのんは部屋から出て行った。

 ああくそっ、まさかバレていたとはな。

 はぁ……後悔先に立たずとはこの事だな。

 

 バレてるって分かって居れば『西恩灯籠』と『星の瞳のジュリエット 初回版A』を諦めずに済んだというのに!!

 

 ……ま、嘆いててもしょうがないか。

 

「次の機会なんて多分無いだろうが……今後とも宜しく頼むよ。相棒」







 まだ夏休み前なので作中では『夏色サプライズ』が発表された頃のはず……

 会長さんはアニメ版から引っ張ってきました。
 あのお爺さんが会長なのかどうかは不明ですが、『かのん後援会』と書かれたたすきをかけていたのは事実なので会長という事にしておきました。
 ただ、完璧に同じにすると読み返した時に読み辛かったので語尾を何度かいじりました。そこまでの差異は無くなっているはずですが、何かおかしい所があればあの人を元にしたオリキャラみたいなものだと考えて頂ければ。


 これにてコンサート編終了です。
 月夜編最終話のフラグを回収する為の話でした。
 今回の話は執筆するか否かを悩みました。
 ただコンサートに行って帰ってくるだけの話を桂馬視点で十分なボリュームを持たせて書こうとするとかなり詳細な描写が必要になり、筆者の負担になるだけでなく、桂馬のキャラにそぐわない気がしたからです。コンサートの事を脳内で詳細に描写して騒ぐ桂馬なんて桂馬じゃないよという。
 かと言って書かないとそれはそれで面倒な事になるという……
 なので、『落とし神の休日』と題して鳴沢の街で色々と行動してもらい、十分な分量を持たせようと試みました。実際には分量は多すぎになったわけですけどね。3話に分割して投稿してるけど、いつもの分量の5~6話くらいにはなるんじゃなかろうか……

 次こそはちひろ編、2B PENCILS編をお送りしたいと思います。
 それでは、明日もお楽しみに!


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小阪ちひろの野望
前編


 ※時期としてはちひろの攻略が終わってすぐくらいからの話になります。
  なお、その時には結も既に攻略完了している事を述べておきます。




 私は女子高生である。名前は小阪ちひろ。

 ……何となく文学少女っぽく始めてみたけどここまでしか分からないや。まあいいか。

 

 桂木の奴に何かこう、見返してやるんだ! って宣言したわけだけどさ。どうしようかな。

 歩美みたいに陸上……はまず無理だね。一応元陸上部だけど、今からやり直して歩美に勝てる気がしない。

 そもそも2年のこの時期に何かの部活に参加するのもなぁ……『頑張る』事はできても中途半端な所で終わっちゃいそうだ。

 なら部活に入らず、例えばかのんちゃんみたいにアイドル活動しろってのも無理があるよね。アイドルなんて成りたくて成れるものでもあるまいし。

 う~ん、でも音楽関係ってのは面白いかも。

 個人か、身内数人でやるならバンドかな? 少し調べてみようか。

 

 

 

 

 いくつかの不安要素、楽器の代金とか、メンバーが集まるのかとかはあるけど概ね問題なさそうだ。

 うちの学園に吹奏楽部や声楽部はあっても軽音部は無いみたいだから活動が被って埋没しちゃう事も無さそうだし。

 じゃ、まずはメンバー集めからだね。4~5人くらいがベストだろう。

 最初に声をかけるのは……

 

 

「おっすエリー! バンドやろうぜ!」

「え? ばんどですか? ばんどってなんですか?」

「おい、そっからか……いいかエリー、バンドってのはな……」

 

 少々不安のある人選だけど、ノリの良いエリーならまず断らないだろうし、ちゃんと教えれば楽器くらいは弾けるはずだ。

 …‥弾ける…………はず。

 …………不安だからベースでもやってもらおう。ベースならギターより弦の数が少ないからマシなはず。

 

「やりましょうちひろさん! 私、けいおんってヤツを極めてきたかったんです!!」

「おーその意気だ! やるぞ!」

 

 チョロいぜ。

 というわけでメンバー1名確保。現在2名だ。

 

 

 

 さて、次はどうしよっかな~。

 二つ返事で引き受けてくれそうな連中に何人か心当たりはあるけど、片っ端から声をかけるわけにもいかんしな。

 ……こういう時は、必要な役割から考えてみよう。

 私がボーカル&ギターで、エリーはベース。

 となると残りは……キーボード、ドラム。あとギターもう一本ってとこかな?

 

 キーボードに必要な能力って何だろう?

 50鍵以上あるから6本の弦を操るギターより8倍くらい難しい……なんて事は全くないだろうけど、この辺には安定感が欲しいかな。

 何でも落ち着いてソツなくこなせるような人は……

 

「……京~、バンドやらん?」

「えっ、私が? どうして私に?」

「何か京なら上手くやってくれそうかな~って」

「う~ん、まあいいけど……私、陸上部の活動と塾もあるからあんまり時間取れないかもよ?」

「ん~、ま、いいよ。そんじゃあ宜しく頼むね」

 

 陸上部も大会前とかじゃなければあんまり忙しくないし、塾も毎日行ってるわけじゃ無かったはずだ。

 そのくらいなら十分やっていけるはず。

 

 

 

 んで、ドラムか……

 アレって結構力が強くないとダメらしいんだよね。

 でも問題ない。私には文字通りの意味で力強い親友が居るからね!

 

「歩美~、ドラムやら……」

「キャー!」

 

どごぉぉん……

 

 走ってきた歩美に声をかけようとしたら、歩美が壁に激突した。

 そう言えば、そうだった。舞島の非誘導陸上ミサイルとも呼ばれる歩美にはエンストという概念はあってもブレーキという概念が無い。

 廊下の走りすぎで毎日のように壁にぶつかり、ならばと陸上用のスパイクを上履きに取り付けたら衝突こそしなかったものの廊下を穴だらけにして怒られる。歩美はそういう奴だ。

 コレにドラムなんて任せたら、曲が一瞬で終わるっ!!

 

「ゴメンちひろ! どうしたの?」

「ドラ……じゃなくて、バンド、やってみない?」

「え? バンド? 別にいいけど、何でバンド?」

「いやぁ……バンドである意味はあんまり無いんだけどさ。何かこう、全力でやってみたいなって」

「……そっか。そういう事なら協力するよ。何をすれば良いの?」

「その辺はまた後で連絡するよ。ありがとね」

 

 ……とりあえず、歩美はギターでもやってもらおうか。

 これでひとまず4人揃った。

 ドラムが居ないけど……何とかなるっしょ!

 

 

 

 

 

  ……数日後……

 

「ではこれより、2B PENCILSの第一回目の会議を始めたい」

「わ~ぱちぱち~」

「いや、あの、どういうノリ……?」

 

 厳かに宣言してみたけど、乗ってくれたのはエリーだけだった。

 

「……はい、じゃあ今日話したい内容だけど、『パート分け』についてだよ」

 

 私の中では大体決まってるけど、無理強いするわけにはいかないからね。

 意見を聞いて、調整できそうであれば調整する。

 

「パートって言うとアレですよね! ギター弾いたりドラム叩いたり、ギター弾いたりキーボード弾いたり、ギター弾く奴ですよね!」

「エリー、ギターが3回も出てきてたよ……」

「無理とは言わんけど、苦しい事になりそうだね。

 ま、エリーの言う事は大体合ってる。うちら4人でギター2、ベース、キーボードをやっていこうと思う」

 

 ベースをギターだと勘違いしてたなら、大体合ってる。

 

「ん? ドラムは?」

「京……この中にドラムの適任者っておるか? 適度な腕力とリズム感がある奴」

「……居ないね。ゴメン、続けて」

「……ま、そういうわけだからドラムはひとまずは無しでやってみようかなと。

 希望者が居るならやってみてもいいけど」

 

 誰からもドラム希望の声は上がらなかったので話を進める。

 

「んじゃあ、これはあくまで私からの提案で本決定じゃないけど……

 エリーがベース、京がキーボード、歩美がギター。

 こんな感じで良い?」

「ちひろはどうするの?」

「私? もっちろんボーカル&ギターだよ!」

 

 桂木を見返してやる為にも、主役だけは譲れないね!

 

「なるほどね……ま、いいんじゃない?」

「やっぱりそういう役なのね……確かに歌を歌えって言われたら困るから文句は無いけど」

「えっ、京って歌歌えないの!? ええええっっ!?」

「何故そこまで驚く。歌えないわけじゃないけど人並みだよ」

 

 そんな感じで、パート分けはあっさりと決まろうとしていた。

 しかし、そこに待ったの声がかかる。

 

「ちょっと待ってください!! ちひろさんばかりズルいです! 私も歌いたいです!!」

 

 まさかの、エリーからの反発だ。

 エリーの性格を考えればそこまで意外でもなかったかもしれんが。

 

「エリー、あんた歌なんて歌えるの?」

「勿論です! 見ていて……じゃなかった。聴いてください!!」

 

 するとエリーは突然歌い出した。

 

 

 

 

 ……確かに、エリーは歌が上手かった。

 うちのクラスの某アイドルとまではいかずとも、その替え玉くらいにはなれそうなくらいだ。

 だけど……ねぇ……

 

「……却下で」

「どうしてですか!?」

「だって……それってかのんちゃんの歌じゃん!!」

 

 エリーが歌ってみせた曲はすべてかのんちゃんの歌だった。

 流石にそれを歌うのは……ねぇ……

 

「何かパクリっぽくて嫌だ」

「えええええっ!?」

「私もちひろに賛成かな……全然知らないアイドルの歌ならともかく、一応クラスメイトの歌だからね」

「別の歌は歌えないの?」

「うぅぅ……えっと……この歌しか自信無いです」

「よし、んじゃあ私がボーカルって事で!」

「し、仕方ないですね。ま、まあ譲ってあげなくもないですよ!」

 

 ふぅ、良かった良かった。ここで別の歌で勝負とかなってたら負けても全然おかしくなかったからね。

 私もそこまで歌が上手いわけじゃないから。

 

 

 こんな感じで、私たちの活動は始まった。







京さんのキャラはちゃんと書けてるでしょうか? 原作でもそこまで出番が無いキャラなので少々不安です。


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中編

「おうお前ら! 準備はいいか!」

「いえ~い!!」

「お~!!」

「テンション高いなぁ……」

 

 私たちのバンドが結成されて数日が経過した。

 もちろん、活動の方も絶好調!!

 

 

 

 ……とは、言い難かった。

 

「よし、これで録音できたはずだよ」

「マジか! でかした京!! 後で肉まん奢るぜ!」

「いや、そんな大したことしてないけど……」

 

 いやね、活動自体は割とノリノリで楽しくやってるんよ。

 でも、問題もあったんだ。

 

「よし、それじゃあスイッチオン!!」

 

 

ボェ~ ホゲェ~

ギョギョギョ

ア~ア~

 

 

「「「「…………」」」」

 

 自分で音を鳴らしているとき、その音がどれだけ下手かは気付けないらしい。

 また新しい世界の真理を悟ってしまった……知りたくなかったけど。

 

「こ、この録音機器壊れてるな!」

「いや、それ買ったばっかりの新品……」

「そ、そんな不良品を掴ませるなんてヒドい店だね!!」

「……あ、あれ? 私の楽器の音、入ってないような……」

「? もしかして、シールド繋ぎ忘れた?」

「しーる? どこかにシールが貼ってあるんですか?」

 

 

 こんな感じで、結構グダグダだ。

 音楽の素人が集まったんだからしょうがない部分もあるんだろうけど、流石にちょっとマズいんじゃなかろうか?

 しかも、ドラム居ないし。

 

 

「う~ん、どこかに音楽にある程度詳しくてドラムの経験豊富で私たちに協力してくれるような部活にも入ってない暇人って居ないかなぁ」

「ちひろ~、そんなの居る訳ないでしょ~」

「流石に部活に入らずに暇してる人なんてねぇ」

「だよね~。言ってみただけで……」

 

「……あ!!」

 

 その時、エリーが閃いた。

 

「い、居ます! 居ますよ! ドラムができて部活にも入ってなさそうな暇人の人が!!」

「えっ、マジで!?」

「はいっ!」

「本当にそんな都合の良い人が……? で、どんな人なの?」

「ちょっと待ってくださいね。えっと……」

 

 エリーはどこからかタブレットを取り出して何かを調べ始めた。

 

「ご…い…ど…う……あった、ありました!

 五位堂結、2ーA

 身長160cm、体重50kg、血液型AB型、誕生日は10月10日。

 以上です!!」

「ちょっと待てい!! 何でそんな詳しい体格まで知ってるの!?」

「え? ああ、いつものノリで……すいません」

「あ~……まあいいや。続きお願い」

 

 色々とツッコミたい所はあるけど、エリーがツッコミ所だらけなのは今更だ。軽く流して続きを促す。

 

「はい! この結さんは元吹奏楽部で打楽器の担当だったのですが、色々とあって吹奏楽部を辞めてしまったんです」

「色々ねぇ……止めちゃったような人がウチらみたいなのに協力してくれんの?」

「多分大丈夫です。音楽自体はやりたがってましたし」

「ん~……とりあえず明日にでも会ってみようか」

 

 

 

 

 

 というわけで翌日の昼休み

 

「たのもー!」

 

 隣にある2-Aの教室に殴り込み……じゃなくて普通に訪ねた。

 流石にバンドメンバー全員で行くと狭くなりそうなので私と、あと五位堂さんの顔を知っているエリーだけだ。

 

「エリー、例の人物はどいつだ?」

「え~っと、あの人です!」

 

 エリーが指差したのは窓際の席に座っている女子生徒だった。

 黒髪ロングで頭の後ろに大きめのリボンをつけて軽くまとめているみたいだ。

 ところで……気のせいかもしれんけど……

 

「え、エリー、何か凄く良い所のお嬢様っぽい雰囲気があるんだけど……」

「え? 私がですか? いや~照れちゃうな~」

「違うよ! 五位堂さんの事だよ!!」

「え? そりゃそうですよ。良い所のお嬢様ですから」

 

 それを先に言えよっ!

 って言いたい所だけど、音楽には関係無い……はず。

 と、とにかく話しかけてみよう。

 

「あの~、五位堂さん……ですよね?」

「あら? 私に何か御用ですか?」

 

 すげー、『わたし』じゃなくて『わたくし』という一人称を使ってる事に格の違いを感じる。

 いや、こんな事で怯んじゃダメだ。ドラマーを確保するのだ、小阪ちひろ!

 

「あの、えっと……ドラムが上手いって聞いたんですけど……もしよかったらウチらのバンドで一緒に活動してもらえないかな~なんて」

「バンド、ですか?」

 

 目の前のお嬢様の目つきが変わった気がした。

 音楽関係に興味があるというエリーからの情報は間違っていなかったようだ。

 

「そそ。ウチらのバンド、今ドラムが欠けててさ。いい人が居ないかなって」

「ふむ……それでしたら、一つだけ注文させて頂けないでしょうか?」

「な、何?」

「貴女方の生の演奏を一度で良いので見させていただきたいのです。その様子を見て参加するか決めさせて頂きます」

「むぐっ……」

 

 い、今の私たちの演奏なんて人様にお聴かせできるような代物じゃあない……

 かと言って、ここで断るわけにもいかないし……

 

「わ、分かった。いいよ。

 但し、準備とかがあるから1週間後で良い?」

「ええ。宜しくお願いしますね」

 

 とりあえず、自然な流れで1週間の時間を貰った。

 ……特訓するか。そうしよう。







 男装女子なんて居るわけ無いじゃないですか。ファンタジーやメルヘンじゃああるまいし。

 と言う訳で、結(お嬢様var)の登場です。
 駆け魂のレベルが低い上に恋愛とはやや離れた手法による攻略だったので原作のあの状態まで持っていくのは少々やりすぎだと判断してこうなりました。
 その結果、結の属性が一つ消し飛びましたが……『大和撫子なお嬢様』っていうだけでも十分個性的なので大丈夫でしょう。きっと。
 ……え? お嬢様ならもう1人居る? あっちは『没落令嬢』なのであんまり被らないでしょう。きっと。


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後編

 Aクラスから戻ってきた私たちは皆に事情を説明した。

 

「というわけだから、一週間だけで良いんで皆の時間を私に下さい!!」

「下さい!」

「お~、中々に熱い展開だね。今の時期はそんなに忙しくないから大丈夫だよ」

「流石歩美! 我が心の友よ!!」

「目指せ! 打倒結さんです!!」

 

「……どこの少年漫画?」

 

 京から冷静なツッコミが入ったけど、その後ちゃんと了承してくれた。

 

「それじゃあ、今日の放課後からいつものスタジオに行くぞ!」

「「「おー!!」」」

 

 

 

 

 そうして……私たちは特訓を始めた。

 

 

「わ~、お財布落としちゃいました! お金が足りないです!」

「チィッ、ならば仕方ない。T資金を出そう!」

「何ですかそれ?」

「私の貯金だ! 受けとれいっ!」

「あ、後で必ずお返しします」

 

 

 時にはトラブルに見まわれ……

 

 

「よし、しーるど、こんどこそ繋ぎましたよ!!」

「今度こそ録音できるな。やってくれ京っ!」

「そんな派手な動作でも無いんだけどな……」

 

 

「よっし、演奏終了!」

「録音できたよ~」

「は~い。じゃあこのしーるどを片付けちゃいますね~」

「あ、ちょっと待ったエリー!」

 

ギィィィン!

 

「あわわ~!!」

「あ、アンプから抜く時は、アンプの音量下げてからね……」

 

 

 時にはトラブルに見まわれ……

 

 

  ♪録音の再生中♪

 

「ん~、大分マシにはなってきた?」

「そうだけど……何か違和感があるような……?」

「……ベースの音、ちょっと変じゃない?」

「あれ? ホントだ。エリー、ちょっとベース見せて」

「はい、どうぞ!」

「……弦がダルンダルンになっとるやん!!

 何やってんの!?」

「え? えっと、指が切れちゃいそうで怖かったので緩く……」

「そんな物騒な弦なんて使ってないから!! あと、緩くすると音が変わっちゃうの!!

 今すぐ戻しなさい!!」

「す、すいません~!」

 

 

 時には、トラブルに見舞われた。

 

 

 

 

「って! トラブル続きだしその原因大体エリーじゃん!!」

「ご、ごめんなさい!!」

「私たちもミスしてないわけじゃないし、エリーが先にミスしてるから私たちが直せるっていう面も無くもないけど、目立つミスをしてるのが主にエリーなんだよね……」

「……ま、エリーだししゃーないか。私たちでできるだけフォローしよう」

「うぅぅ……ありがとうございます、ちひろさん!!」

 

「君たち青春してるなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、一週間後。

 

「へぇお嬢様、こちらでございます」

「あの、そんなに身構えなくてもいいですよ?」

 

 放課後、五位堂さんを私たちのスタジオにご招待した。

 いや、私たちのって言っても単にレンタルしてるだけなんだけどさ。

 

「こっ、これがお嬢様のオーラ! 私たち庶民とは格が違うっ!」

「お、おおおお落ち着きましょう歩美さささん!! の、ののの飲まれてはだだめですす!!」

「お前が落ち着け、エリー」

 

「今はアホっぽいけど、真面目にやるときはちゃんとやるはずなんで、まあよろしく」

「ふふふ、個性的で良いではありませんか」

 

 今のは褒められたのか、それともバカにされたのか……

 

「とにかく、演奏を始めます!

 皆、位置について!」

「準備オッケーです!」

「とっくにできてるよ」

「同じく」

「よし、行くぞ! ワン、トゥ、スリー、フォウッ!!」

 

 私たちの、初めての『人に聞かせる演奏』がスタートした。

 

 

 

    ……………………

 

 

 

「っと! これで演奏終わり。どうでしたか!?」

「……一つだけ、質問させて下さい。

 貴女達は、どこを目指していますか?

 内輪で適当に楽しむのか、それとも誰かに聞かせる音楽を奏でたいのか」

「それはもちろん、聞かせる音楽です!

 認めてほしい人が居る。だから私は音楽をやるんです!」

「……分かりました。それではコメントさせて頂きます。

 と言っても私の専門は打楽器であり、弦楽器は専門外なのであまり細かい事は言えませんのでできる範囲で、です。

 

 まず、あなたたちの演奏は、下手です」

 

 バッサリと言われた。

 そりゃ専門家と比べたら下手な自覚はあったけど、そこまでハッキリと言われると少し……いや、かなりショックだ。

 

「一番目立つのはベースが遅れ気味な事ですが、ギターの方々も細かい技法が使いこなせてないように思えます。キーボードは安定していますがそれだけです。もう少し自由に演奏するようにした方が広々とした曲になります」

 

 一週間、頑張ったんだけどなぁ。やっぱりちゃんとした人から見るとまだまだだったって事だね。

 ドラム担当は、修行し直してからまた新しく探そうか……

 

 

「そういう訳なので、きっちりと指導させて頂きますね」

「…………え?」

「? どうかしましたか?」

「え、あの……入って、くれるんですか?」

「もちろんです。参加するつもりが、改善させるつもりが無かったらわざわざこんな辛辣な事は言いませんよ」

 

 よく考えてみれば確かにどうでもいいバンドに対してわざわざ辛辣な批評をする必要なんて無い。

 でも、それだったら……

 

「あの、どうして参加してくれようと思ったんですか?」

「簡単な事です。

 皆さん、演奏中はとても楽しそうでしたから」

「えっ、たったそれだけで?」

「『たったそれだけ』ではありませんよ。

 演奏する人が楽しんでいなければ良い演奏はできません。

 自分の意志で楽しんでやること。それこそが一番大切な事です。

 誰かに押しつけられたり、義務感のみで流されるままの行動に価値など無いのですから」

 

 五位堂さんの実体験でも混ざっているのだろうか? その言葉は何だか凄く深みのある言葉に思えた。

 

「それでは改めて、宜しくお願いしますね」

「う、うん、こっちこそ! 宜しく!!」

 

 

 

 

 こうして、我らが2B PENCILSのメンバーが揃ったのだった。

 さぁ、見てなさいよ桂木。ここから私たちの快進撃がスタートするから!!







 口調や外見はお嬢様でも原作以上に芯の強い結さんをイメージしてみましたが、いかがだったでしょうか?
 なお、ちひろの返答が『内輪で』であればやんわりと指摘していた模様。


 以上で外伝『小阪ちひろの野望』は終了です。
 前回の閑話と同じく前後編の2話に分けようと思ったのに3話になっていました……

 さて、次回は期末テスト編です。アレもバンドメンバー達が主役なのでこの話の続きみたいな扱いになるかな。
 時系列的にはちひろ攻略の後にハクア編、七香編、スミレ編、月夜編、長瀬編が入っているので、ある程度時間は飛びそうです。

 次回分は……流石に書けてません。連続更新記録はストップです。
 そんな分量も無いはずだし、一ヶ月以内には仕上げたいです。


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プロフェッサーフェスティバル編
プロローグ


宣言通りに1ヵ月以内に出せたぜ!
では、スタートです。




 バンドメンバー5人が揃ったあの日から数週間後、舞島市の某所にある貸しスタジオにて。

 私たちはいつものように練習をしていた。

 

「ジャーンっと。どうよ! 今の演奏は中々良かったんじゃない?」

「じゃないですか?」

 

 ドラム 兼 指導役 兼 お嬢様の結に向かって4人揃って期待の眼差しを向ける。

 え? 最後のは余計? 細かい事は気にしない!

 

「ふむ……大分良くなってきたように思います。

 この調子で精進して参りましょう」

「うへぇ……もっと上を目指さなきゃならないんだね」

「当然です。音楽の道に終わりは無いのです」

 

 結の指導は厳しいけど上手だ。

 前に本人が言っていたように担当は打楽器だから別の系統の楽器に関しては突っ込んだ事は流石に知らないけど、音楽全般に関する知識ならいくらでも教えてくれる。

 そして、志も高くて常に上を目指そうと頑張ってくれるのだ。

 

「……これなら、次のステップに進んでも良いかもしれませんね」

「次?」

「はい。皆さんも基礎練習と時々演奏だけでは飽きてしまうでしょうし、ちょっと別の事をやってみましょう」

「別の? どゆこと?」

「端的に言ってしまうと……私たちで部活を作ろう、という事です」

「……??」

 

 言っている意味がよく分からなかった。いや、日本語は理解できるけどその内容がイマイチ分からない。

 他の皆も同じような顔をしている。エリーだけはいつも通りだけど。

 

「皆さん、顔に『良く分からない』という文字が浮かんでいるようですね。

 それでは、1から説明していきましょう。

 

 私たちが通う舞島学園では部長、副部長、会計の3人が居れば部活を申請する事ができます。

 他の条件として部活の取りまとめをしている教員の方に許可を取る必要はありますが……ここは気にしてもしょうがないので条件はクリアしています。

 

 部活動を申請する事によるメリットは2つです。

 一つ、部活動であれば部室が貰えるので、私たちの活動拠点が確保できる事。

 一つ、文化祭などでステージの確保がしやすくなる事。

 特に活動拠点が得られる事はかなりのメリットでしょう。場所代も移動時間も節約できますから。

 

 デメリットとしては目立った活動ができないと取り潰されて先生方に悪印象を与えてしまう事ですが、これは問題ないでしょう。

 今更『ステージに立ちたくない』とか『演奏が恥ずかしい』といったような事を言い出す軟弱者は皆さんの中には居ませんからね。

 

 以上の理由から、私たちの部活『軽音部』の申請を行う事を提案致します」

 

 やたらと長いセリフだったけど、メリットがある事は十分理解できた。

 部活、かぁ……よし。

 

「私は良い案だと思う。皆は?」

「やりましょう!! 軽音部ですよ! 軽音部!!」

 

 エリーはすぐに返事を返してくれた。軽音部に何か思い入れでもあるのだろうか?

 それに対して、歩美と京は渋い表情をしている。

 

「良い案だとは思うんだけど……」

「何か問題があるの?」

「私と歩美、陸上部なんだよね。その辺は大丈夫かなぁ……」

 

 そう言えばそうだった。

 歩美は勿論、京も陸上部だ。軽音部との兼部なんてできるのだろうか?

 しかし、我らが結お嬢様はその辺の事もしっかりと考えていた。

 

「それは問題ないでしょう。

 我が校の校則では兼部を禁止するような記述は見当たりませんでしたから」

「……それ、単に書き忘れてるだけじゃないの?」

「その場合は理事長に直訴します。顔見知りなので私から頼めば何とかしてくれるでしょう」

「サラッと凄い事言ったよね!?」

 

 流石はお嬢様だ。理事長と知り合いって……

 

「ただ、恐らくは大丈夫でしょう。書き忘れたような書き方ではなかったので。

 あと、最終手段として歩美さんと京さんを抜いて申請するという手もあるので心配する必要は無いですよ」

「そういうコトなら賛成だよ」

「私もOK」

 

 歩美と京の賛同も得られた。

 

「それじゃ、明日にでも早速申請に行こう!

 あ、そう言えば文化部の担当って誰だっけ?」

「確か、児玉先生だったと記憶しております」

「…………うぇ?」







 原作では歩美も京さんも何事もなかったかのように軽音部に所属していますが、舞高の部活のシステムはどうなってるんでしょうね?
 とりあえず特に縛られてないとしましたけど……

 部活の最小人数ってどれくらいでしょうね?
 少なすぎたら同好会や愛好会……というツッコミは置いておいて、それらの団体の最小人数とは。
 3人くらいでギリギリかなとしておきます。


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01 部室を求めて

 前話の感想で「女子空手部は主将1人だけだね」みたいなコメントを頂きました。
 そしてよく考えると月夜も多分だけど天文部1人だけ。
 ひとまず『申請』には3人以上必要だけど、廃部の条件は相当緩いとしておきます。

 ……天文部を建てようとする人が3人も居たのだろうか? いや、考えないでおきましょう。

 では、スタートです。




  そして、次の日の放課後!

 

 

 

「却下」

 

 私たちの魂を込めた部活登録申請は児玉のヤローにアッサリと却下された。

 

「なーにが軽音楽部だ! 学校は遊ぶ所じゃないぞ!!

 そんな事よりもうすぐ期末テストだ! しっかり勉強しろ!!」

 

 確かに期末テスト前に申請なんてしたら色々と面倒なのかもしれないけど、そんな風に言うことは無いだろう。

 やっぱり児玉のヤローは児玉だった!

 

「大体、お前たちみたいに一時の思いつきだとか、思い出作りだとか言って部活を作ろうって奴らは山ほど居るんだ!

 声優研だとか、カードファイト部だとか、ライトノベル研究会とか、そんなのいちいち認められるか!!」

 

 そこまで言うか!? なら私も言ってやろうじゃないか!!

 

「そんなニワカどもと私たちを一緒にしないで!

 私たちのバンドへの熱意はハンパじゃないんだから!!」

『そーだそーだ!!』

「ホーウ? そこまで言うか。

 ならば、お前たちの『覚悟』を見せてもらおうか」

 

 そこで児玉はようやく私たちに向き直り、こう告げた。

 

「期末テストの私の英語の科目でお前たち全員が100点を取れたら認めてやる!

 達成できなければ補習!!」

「「「失礼しました!!!」」」

 

 当然、脱兎の如く逃げ帰った。

 

 

「……あ、私たちも一旦失礼させて頂きますね」

「失礼します」

 

 

 結と京は私たちから少しだけ遅れて帰ってきたみたいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予想外の条件を出されましたね」

「いや、確かにバンドにはかけてるよ? でもそれと勉強とは話が違うと思わない!?」

「100点って、そもそも最初っから認める気無いよね……?」

 

 勉強が学校の本分で、部活をやる前にそっちをしっかりとしろという理屈は分からないでもない。

 しかしこれはいくらなんでも極端過ぎるだろう。

 

「ちなみに、皆さんの前回の試験における英語の点数は……」

「82。頑張れば何とかならなくもない点数ではあるけどね」

 

 京が、京だけが堂々と答える。

 

「それくらいであれば100点満点とまではいかずとも90点台までなら何とかなるのではないでしょうか?

 完全に認めさせるのは無理でも交渉材料にはなるでしょう」

「あ~、うん。私は何とかできると思う。私は」

 

 

「…………」ちひろ() 68点

「…………」歩美 35点 (赤点まであと2点)

「…………」エリー 18点 (赤点)

 

 

「……あいつらが無理」

「無理って言うなよ無理って!!

 私は日本人なんだ!! 英語なんてナンボのもんじゃい!!」

「そーだそーだ!! 私たちは日本人だ!!」

「そーです! 獄語があれば平気です!!」

 

 文句を言う私たちに対して、結が優しく告げる。

 

「確かに、英語を将来使わないという方もいらっしゃるでしょうね。

 ですが……流石に赤点ギリギリやそれ以下というのはいかがなものかと思いますよ? 部活なんてしてる暇が無いと言われても無理はありませんね」

「ぐぬぬぬ……そういう結はどうなの!?」

「そ、そうです! 結さんの点数はどれくらいだったんですか!?」

「私ですか? 前回は98点だったと記憶しております」

「「「裏切り者ーー!!」」」

「いや、裏切ってないですから」

 

 くっ、この腹黒お嬢様め! 自分だけ90点台をとっておきながら『せめて90点台なら何とかなる』とか言っちゃって!

 結には私たちみたいに持たざる者の苦しみが分からないんだ!!

 

「成績の事はひとまず置いておくとして、これからどういたしましょうか?

 部活を作るのか作らないのか、作るとしてもどのように作るか」

「え? 作り方なんてあるの?」

「理事長に直接掛け合えば期末テスト後なら何とかなるでしょう。

 それでも、ある程度の成績の改善はすべきでしょうけど」

「う~ん、できれば使いたくないんだよね?」

「はい。できる事であればなるべく自力でやるべきでしょう。

 『コネで作った部活』等と後ろ指を指されないとも限りませんし」

「それは……嫌だね」

 

 詰まるところ、私たちには現状3つの選択肢があるみたいだ。

 

 ① 正攻法で児玉を倒す。(目標全員100点。最低でも90点以上)

 ② 結のコネを使う。(それでも勉強は必要。歩美とエリーが50点くらいまで行けば大丈夫かな? 私も頑張りを見せた方が良さそう)

 ③ 部活申請を諦める。(これなら勉強の必要は無くなるけど不便)

 

 こんな感じかな。

 まず、諦めるのは嫌だ。やっと見つけた輝けるものなんだ。やるなら全力で挑みたい。

 そうなると、残り2つのいずれかで、結局は勉強も必要で……

 

「……勉強、しますか。まず全力でやって、その後考えようよ。

 皆はどう思う? 京と結は聞くまでもなさそうだけど……」

「当然、100点を目指しますよ」

「満点はちょっとキツいけど……何とかやってみるよ」

 

 優等生組は当然のように頷いてくれた。

 残るは赤点組だけど……」

 

「ちひろ!? 私はギリギリ赤点じゃないからね!?」

「あれ? 声に出てた?」

「出てたよ!

 私もやるなら全力で頑張るけど、100点はちょっと……」

「わ、私も無理ですぅ……」

「歩美もエリーもやる気があるなら大丈夫。皆で頑張って何とかしよう!」

 

 ひとまず、勉強を頑張るという方向で統一できた。

 それは何よりだけど、まだ問題もある。

 

「しかし、100点を取るのは簡単ではありません。

 私が教師役を務めるのもやぶさかではありませんが、それだけでは少々厳しいかもしれませんね」

「そもそも結だって前回は満点を逃してるもんね。確か98点だったよね」

「はい、ケアレスミスで落としてしまいました。アレさえなければ満点だったのですが……」

「ん~……」

 

 それさえなければ100点だったのなら実力的には教師役として十分だと思う。

 だけど、それをやると結の負担も増えるし万全ではない。

 となると……

 

「……ちょっと気は進まないけど、あいつに頼むのが一番か。

 エリー、あいつを呼んでくれない?」

「アイツ? どなたですか?」

「そんなの決まってるでしょ。ロクに授業も聞いてないクセに、児玉のテストはもちろん他のテストでも100点しか取ってない問題児。

 あんたのお兄さんだよ」







 筆者が度々参考にする神のみファンブックの中には各キャラの勉強能力の評価が0~5の7段階で評価されています。7段階です。0と4.5があるので。震度の6強みたいなもんでしょう。きっと。
 今回出てきたキャラの能力値は以下の通り。

 結  4.5
 京  4.5
ちひろ 3
歩美  2
エリー 0

 この話を書く前は結の能力値が5だと勘違いしていたので京さんよりも多い98点としたのですが、実際には同格程度でしたね。
 ただ、ギリギリ100点を逃したくらいが話を進める上で面白そうだったので修正しないでおきました。きっと調子が良かったんでしょう。

 なお他の主要キャラの学力に関しては、桂馬は5、かのんは4となっております。アイドルのこの数値の意味が『学校には通ってないけどかなりの点数が取れる(単純な成績の評価)』という意味なのか、それとも『ちゃんと学校に通っていればかなりの点数が取れる(学習能力の評価)』という意味なのか、その辺は謎です。かのんの素の成績が分かる場面があれば良かったんですけどね。一応本作では後者の『学習能力の評価』として進めています。

 余談として、天理と七香が意外と高くそれぞれ5と4だったりします。ああ見えて実は優等生なのだろうか? 東美里高校は実は進学校だったりとか?


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02 連絡手順

 桂木を呼ぶ。

 そんな私の案に対する皆の反応は様々だった。

 

「ええっ、桂木を呼ぶの!? あの桂木を!?」

 

 まず強く反発したのが歩美。

 陸上部のスピード狂である彼女にとってインドア派のオタクゲーマーとは相性が悪いんだろう。

 

「凄い良い案だと思いますよ!! 神様ならきっと何とかしてくれます!!」

 

 逆に強く賛成の意を示したのはエリー。

 気のせいかもしれないけど『何とかしてくれます』って発言が何でもかんでも桂木に厄介事を度々押しつけているように聞こえた気がした。

 もしそうだとしたらこのアホっ娘の尻拭いをしている桂木が不憫でならない。

 

「桂木、かぁ。

 確かにいつも授業すら聞かずに100点取ってるのはどうやってるのかなって思ってたけど……

 この際に聞いてみたい気もするね」

 

 京は消極的肯定……かな?

 

「桂木さん? どなたですか?」

 

 結はそもそも知らなかったみたいだ。

 隣のクラスだし、私みたいな情報通でもないから『色んな意味で凄いゲーマーが居る』事くらいは知っててもその名前までは知らなくても不思議じゃない。

 

「どんな奴かは呼べば分かるよ」

「えっ、ホントに呼ぶの!?」

「歩美……その成績をどうにかするには悪魔に魂を売り渡すくらいしなきゃダメだよ」

「怖いよ! って言うか桂木は悪魔なの!?」

「いえ、そもそも悪魔は魂の売り買いなんてしませんよ!」

 

 エリーの電波な発言はいつものようにスルーして話を続ける。

 

「私も桂木が悪魔だなんて思ってないけど……手段を選んでる場合じゃないってコトだよ」

「うぐぐぐぐ……わ、分かった。呼んでみよう」

 

 これで全員の同意が(一応)取れた。後は呼ぶだけだ。

 いつも100点を取っている桂木に100点の取り方を教えてもらうという私の作戦はスタートし……

 

「それじゃあエリー、桂木を呼んで」

「え? 無理ですけど」

 

 いきなり障害にぶち当たった。

 

「ちょっ、何で!?」

「神にーさま、携帯持ってないですから」

「マジで!?」

 

 このご時世で携帯持ってないってどんだけなのよあいつは!!

 ……そう言えば、ユータ君への告白を手伝ってもらった時も電話で済むような話をわざわざ口頭で言っていたような気もする。

 番号やメアドの交換もしなかったような……

 

「……と言うか、あいつは日頃どうやって他人と連絡を取ってるの?」

「う~ん……連絡を取る必要がある人は家族くらいなので電話は要らないんじゃないですかね」

「どんだけ交友関係が狭いのよ!」

 

 学校でもずっとゲームしてて誰とも話さないとは思ってたけど、まさかそこまでだったとは。

 確かに要らないのかもしれないけど、こういう時に不便だから持っといてもらいたいよ。

 

「あ、でも何かメールを使ってたような気がします。ゲーム機で」

「あ~、確かにPFPってネット繋がったような気がするわ。

 で、そのアドレスは……?」

「勿論分かりません! でも、分かる人になら連絡が付くと思います!」

「分かる人?」

「はい、姫様です!!」

「西原さんかぁ……」

 

 桂木の従妹とは話したことがあった……気がする。

 ……あれ? どこで会ったんだっけ?

 まあいいか。

 いや、それよりどうして妹が知らないメアドを従妹が知ってるの!?

 

「ちひろさん? どうしました?」

「う、ううん、何でもない。

 西原さん経由で連絡取れる?」

「やってみます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プルルルル

 

「あ、電話だ。岡田さん、ちょっと失礼しますね」

「ええ、どうぞ」

 

 こんな時間に誰からだろう? 岡田さんから電話を受ける事はしょっちゅうあるけど、その岡田さんは目の前に居るし……

 とりあえず出てみよう。

 

「もしも

『あっ、姫様! 私です! エルシィです!!』

 

 ……携帯、スピーカーモードにしてなくて本当に良かった。そんな機能そうそう使わないけど。

 

「何か用?」

『はい! 神様のメールアドレスってご存知ですか?』

「……メールで送るから、一旦切るね」

『りょーかいです!!』

 

 桂馬くん、メアドまだ教えてなかったんだね。

 教えた方が良いって言ったの結構前だったよね。

 勝手に教えちゃっても問題ないはず。そもそもエルシィさんが知らないのがおかしいんだから。

 …………これでヨシ。送信っと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、来ましたよ! こんな感じだそうです!」

 

 エリーが示した携帯の画面にはタイトルも無く本文も一つのアドレスだけが記されたシンプルなメールが表示されていた。

 otoshi-god@zumcities.co.jp……落とし、神?

 あいつ、メアドでもそんな風に名乗ってるのね。

 

「さて、ようやく連絡が取れるね。

 ……何て送ろう?」

 

 こっちから物を頼むわけだから、少し下手に出ておいて……

 あ、そもそもこっちのメアドを知らないんだから名前も書いておかないと。タイトルに入れておけば流石に読まずに無視される事はないはず。

 『勉強を教えてください、お願いします』みたいな感じで大丈夫かな。あの桂木なら回りくどい手紙っぽい文章よりも好感を持ってくれるはずだ。

 

「よし、送信っと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[メールだよっ! メールだよっ!]

 

「ん? メールか。

 今日も迷える仔羊たちが僕に助けを求めているのか。

 やれやれ、神というのも楽では……」

 

『件名 小阪ちひろです』

 

「ってオイ!! 何でお前が僕のメアドを知っているんだ!?」

 

 イタズラメールや同姓同名の別人の可能性も考えたが、流石にイタズラの為だけにわざわざ僕のメアドを調べるとは思えないし、同姓同名の別人がわざわざフルネームを名乗ってメールを送ってくる意味は全くない。

 仕方あるまい。メールを開こう。ウィルスが添付されているという事は……無いな。ちひろにそんなスキルがあるとは思えん。

 メールを開くとそこにはちひろらしからぬ実にシンプルな文章が表示された。

 

『私たちに勉強を教えてください!

 お願いします!』

 

 ……ひとまず、状況を整理してみよう。

 (恐らく)ちひろからメールが送られてきた。内容は『私たちに勉強を教えろ』といった物だ。

 『私()()』という事は相手は集団、エルシィも居るはずだ。

 エルシィに僕のメアドは渡していないが……かのん経由で聞いたのか?

 つまり、かのん→エルシィ→ちひろという順番で伝わったんだろうな。

 エルシィはちひろの近くに居るのか?

 もしそうなら電話してみれば話が早いな。

 

 いや待て、何であいつの話を聞く前提なんだ?

 別に無視しても問題ない。僕はゲームで忙し……

 

[メールだよっ! メールだよっ!]

 

 差出人はさっきと同じアドレス……って、またかよ。

 で、内容は?

 

『追記 せめて返信か何かして下さい。

 もし無視するならメール爆撃する』

 

 テロリストかよ!

 ちひろなら……遠慮なく爆撃してきそうだな。サーバーがパンクする量を送ってくるかは微妙だが、いちいちゲームが中断されるのは面倒だ。

 一旦話を聞いてやってテキトーにあしらうか。

 家の固定電話は1階にあったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

[♪ ♪ ♪ ♪♪♪♪♪~ ♪ ♪ ♪ ♪♪~♪♪ ♪♪♪~]

 

「あ、電話です! 家からみたいですね。もしもし~?」

 

 2通のメールを送ってすぐ、エリーの電話に着信が入った。

 家からという事は……

 

「あ、はい! ちひろさん、神様が替わってほしいって」

 

 やっぱり桂木だったみたいだ。

 そっか、家には固定電話があるんだから携帯が無くても電話できたんだね。

 

「もしもし~」

『おいお前、どういうつもりだ?』

「あ~……脅したのは謝るよ。でもどうしても話を聞いて欲しくてさ」

『……僕の時間は貴重なんだ。手短に話せ』

「私たちバンドメンバー全員で次の英語のテストで100点取んないといけないの!

 お願いだから力を貸して!!」

『……おい、何で僕がテストなどというお前たちの自己満足に付き合わないといけないんだ?』

「ち、違うって! これができないと部活が作れないんだよ!!

 児玉のヤツが意地悪でさ!」

『部活……児玉……そういう事か。

 大方、陰湿な児玉に部活を作る条件を無茶振りされたんだろ?

 で、いつも100点を取ってる僕に泣きついたと』

「そうそうそうそう! 話が早いね!」

『だが、僕には関係ないな。お前たちの部活なんてどうでもいい事だ』

「ちょっ、そんな言い方は……」

 

 いやいや、落ち着け。ここで怒っちゃダメだ。

 確かに桂木の言うことは間違っちゃいない。こんな話を引き受けた所で桂木は何にも得しないんだから。

 ちょっと言い方はヒドいけど、正論だ。

 かと言って桂木に何か支払えるようなものがあるだろうか?

 う~ん……私と1日デートする権利とか♪ 女日照りの桂木ならこれでイチコロ……いや、止めとこう。何かこれだけはやっちゃいけない気がする。

 結局できるのは……

 

「お願いだよ桂木。私たち本当に困ってるの。

 ほんのちょっとだけでいいから助けて下さい。お願いします」

 

 誠心誠意、頼み込む事だけだった。

 

『…………………………』

 

 電話の向こうから沈黙が流れる。

 

「あの……」

『明日の放課後、1時間だけ付き合ってやる。後は自力で何とかしろ』

「あ、ありがとう!! それじゃあまた明日ね!」

『ああ』

 

 それだけ言って電話は切れた。







 前にも後書きどころか本文中で書いた気がしますが、神にーさまは携帯を持ってません。
 原作で一度も出てない上に女神編で無駄にエルシィの携帯を使う描写があったのでそう判断しました。
 エルシィの携帯を使うべき場面もありましたが……酷い風邪を引いてる状態でわざわざ某アホバディに他人の携帯を取らせるよりは自分の携帯を(あるなら)使ってるんじゃないかなと。
 判断基準とした描写がやや怪しいので原作においては明確ではありませんが、本作では持ってない設定で行きます。


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03 5人と1人

  翌日の放課後

 

「桂木センセー! お願いします!」

「チッ、忘れてなかったか」

「そりゃそうだよ。宜しくね!」

 

 忌々しい事に授業が終わった直後にちひろから声を掛けられた。

 流石に逃げるつもりは無かったが、僕の事を放っといてどこか行くようであれば帰るつもりだった。

 まぁ、あのちひろが僕に誠心誠意頼みごとをするほど本気だったんだ。忘れるはずもないか。

 

「じゃ、人の居なさそうな教室に移動するぞ。他の連中も呼んでくれ」

「呼ぶって言っても別クラスなのは結だけだけどね。

 歩美~、京~、エリー! 行くぞ~!」

 

 バンドメンバーか。

 これに結が加わって5人中3人が元攻略対象者。酷い過密具合だな。

 まあいい。僕は淡々と仕事をこなすだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 桂木君……どこ行くんだろう?」

 

 授業が終わってすぐだったから誰も教室を出ていない。

 彼女は部活には入っているが、そこまで打ち込んでいるわけでもないから多少遅れても問題ない。

 そんな中、ただでさえ目立つ生徒が多数の女子と一緒にどこかへ行くという更に目立つ行動を取る。

 

 彼女が気になってこっそり尾行する条件は十分に揃っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 適当な空き教室まで移動して、僕はまず黒板の上でチョークを走らせた。

 

「ねぇ桂木、本当に100点取れるようになるんでしょうね?」

「そうだな……」

 

 バンドメンバー達に背を向けながら歩美の質問に答える。

 黒板に何かを書くという行動は簡単には短縮できないからな。最優先で終わらせなければ。

 

「結論から言うと、全員に100点を取らせる自信は無い」

「えっ!? それじゃあどうするのよ!!」

「僕は神だ。だが、神にも不可能というものがある。

 そう……そこのポンコツに100点を取らせる事とかな!」

「ふぇっ!? わ、私ですか!?」

 

 まともな人間相手なら100点を取らせる自信は十分にある。

 だが、色んな意味で『まともな人間』じゃないこいつには……ちょっと厳しいな。

 

「……ちょっと待って、私が相手なら100点を取らせる自信があるって事?」

「そう言ったつもりだが?」

「そんなのどうやってやるのよ!!」

「こうやって。よし、書けたぞ。

 これが、次の英語のテストの試験問題とその模範解答だ」

 

 前にかのんに見せたように、ここに居る連中に見せてやる。

 こんなものが教師に見つかったら即座に問題が差し替えられそうだが……パッと見で次のテスト問題だと判断できるのは児玉本人くらいだし、あの児玉がこんな所に見回りに来る事も無いだろう。

 

「えっ、あの、これ、マジ? カンニング?」

「人聞きの悪い事を言うな。単にあの単純な児玉が出す問題を予測しただけだ」

「な、なんだ。ただの予測なんじゃない」

「……今までのテストで外した事は一度もない予測だぞ?」

「…………マジ?」

「マジだ。これを一通り読み込むだけでも90点は行けるだろうな。

 そうだな……特にそっちの2人は余裕で満点が取れるようになるんじゃないか?」

 

 満点が取れそうな2人、結と京に視線を向けながら尋ねる。

 教室内の会話を聞く限りでは京は普通に点数が高かったはずだし、結には()()母親が居る。点数が低いわけがない。

 

「コレは……凄いね。確かに100点は余裕で取れそうだよ」

「私も大丈夫です。これが本当に正しいなら……ですけど」

「そこは信用してくれと言う他無いな。

 ま、お前たちの場合は余裕があるみたいだからこの予想問題を完璧にした上で個人的に気になる所を自習すればいいさ。

 ……残り3名にそんな余裕は無さそうだがな」

「いやいや、これやった上で他の勉強する余裕くらいあるって」

「そーですよそーですよ!!」

「……確かに、小阪の言う通り余裕が、時間くらいあるだろうが、その時間で効果的な自習なんてできないだろ? できるならもっと余裕そうにしてるはずだ。

 そしてエルシィ、貴様の場合は本当に余裕が無いだろうが!!」

「あれ? そうですかね?」

「お前が相手だと100時間かけても満点が取れない気がするよ。

 っと、そうだ。その辺の事も何とかしないとな」

 

 ちひろの頼みは『全員に100点を取らせる事』だが、あのバグ魔がそんな事できるとは到底思えない。

 だったら、別の所で何とかするだけだ。

 

「小阪、児玉と交渉して何とか条件を変更させられないか?」

「えっ!? あの児玉を説得しろって!? 無茶言わないでよ」

「エルシィに100点を取らせる方がよっぽど無茶だ。

 エルシィの点数に関しては2倍とか3倍にするとか、そんな感じで何とかしてくれ」

「って言うと……何点だっけ?」

「前回の私のテストは18点でした……」

「2倍なら36点、3倍なら54点だな。答えを丸暗記させて写させれば50点くらいは行けるはずだから上手くやってくれ」

「う~ん……とりあえず後でやってみるよ」

「そうしてくれ。

 ……あと残り50分くらいか。高原と小阪をそれぞれ20分ずつほど個別授業をして、残り10分で全体からの質問を受け付けるか」

「えっ、神様? わ、私は?」

「お前は答えを丸暗記する作業だから助けなんざ要らんだろうが」

「そんな! ヒドいですよ神様!!」

「異議は受け付けん。それじゃあ早速始め……ん?」

 

 ふと、視線を感じた。

 教室の中から……ではなく、扉の方からだ。

 

「……ああそうそう。この辺は間違えやすいから全員で一度確認しておこう」

 

 適当なセリフを吐きながら何気ない動作で扉に近づく。

 黒板の端から1歩ほど。これくらいが限界か。

 

「ここの構文だが、上手く使えば様々な表現に使える。

 例えば……こんな風に!!」

 

 一気に扉に駆け寄り、思いっきり開く。

 

「She seems to have been there since a few minutes ago.

 彼女は数分前からそこに居たらしい。とかな。

 で……お前は何でこんな所に居るんだ?」

 

 扉の向こうで尻もちをついていたサイドテールの少女。

 そう、吉野麻美がそこに居た。







久々の麻美さんでした!
郁美さんもまたいつか出したいです。


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04 彼女達の勉強風景

「で……お前は何でこんな所に居るんだ? 吉野麻美」

 

 驚いた事に、扉の向こうに居たのは麻美だった。

 何なんだオイ、今日は攻略した女子が集まり過ぎなんじゃないか?

 

「あ、えっと……みんな何してるのかなって思って……」

「……ただの勉強会だが、それがどうかしたか?」

「そう……みたいだね」

 

 一体何をしに来たんだ? まさか僕の後をつけてきたというわけでもあるまいし。

 ……無いだろうな?

 まあいい、ひとまず麻美は放っておいて勉強会をさっさと終わらせよう。

 そんな僕の思考を読み取ったわけではないだろうが、麻美がこんな事を言い出した。

 

「あの、もし迷惑じゃなかったら、その勉強会に参加させてくれないかな?」

 

 これは……どういう意図なんだ?

 単純に勉強をしたいだけなのか、それとも何か別の意図でもあるのか。

 ……分からない。

 

「……どうする? 小阪」

「えっ、私が決めるの!? まあいいけど……」

「だそうだ。良かったな。適当な席に座ってくれ」

「うん、ありがと」

 

 個別授業は20分ずつでまとめが10分の予定だったが、3人に50分だと15分ずつと5分が目安か。少々厳しいが何とかなるだろう。

 いや、その前に麻美の成績はどのくらいだ? 80点以上なら自力でどうにかなるだろうが……

 

「吉野、お前の前回の英語の試験の点数は?

 答えたくないなら80点未満かそうでないかだけ教えてくれ」

「大丈夫。確か……75点くらいだったはずだよ」

 

 意外と高いな。平均値を演じていたならもう少し低くても良さそうなものだが……

 いや、あれはあくまで性格や受け答えであって能力ではないか。根っこは真面目な性格だから真面目に授業に取り組んでいたんだろう。

 

「四捨五入すれば80点か。まあ一応個別授業もやっておくか。

 それじゃあ今度こそ始めるぞ。まず高原、お前からだ」

「えっ? 何で私から?」

「お前が一番成績低そうだからな」

「何だとコラー!!」

「文句があるなら前回の試験の点数を申告してくれ」

「あ~えっと……ぜ、前回のテストはたまたま調子が悪くて……」

「点数は?」

「か、桂木! そんな点数が全てみたいな考え方をしてたら性格が歪むよ!!」

「はいはい。時間が勿体ないからさっさと進めるぞ」

「もう! 私の事をバカだとか脳筋だとか思ってるでしょ!

 私は本当は勉強できるんだよ! 中学の頃は100点を取った事あるんだから!」

「分かった分かった。まず大問1は英単語の暗記だから飛ばして……」

「信じてないでしょ! ちょっと待ってて、ママに証拠の写メを送ってもらうから!」

「いや、それより勉強を……」

 

 歩美の現在の学力などどうでもいいので無視して進めようとするが何故か歩美が無駄に張り合うので進まない。

 僕が制止する暇もなく再び携帯の着信音が鳴り響いた。

 

「…………ちょっと待ってて! 小学生の頃なら100点取った事が……」

「おい、中学どうした」

 

 その後、小学生頃の100点のテストを見せてようやく満足したらしい歩美と勉強した。

 ……満点が160点だったのは見なかった事にしよう。歩美も気付いてなかった事を言う必要は無い。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ次は小阪、お前だ」

「はーい。この辺とこの辺とこの辺が分かりませーん」

「ほぅ、ちゃんと自習できてたか。感心だな」

「そりゃそうだよ。桂木に直接教えてもらえるのは20分しかないからね」

「ん? 15分だぞ?」

「……あれ? さっき20分って言ってなかったっけ?」

「それは教えるのが2人だけだった場合だ。3人目が来たら1人分の時間は減るさ」

「……確かにそうだね」

「だからお前に入れてもいいのか聞いたつもりだったんだが」

「そんなの気付かないよ!!

 あ~……今更言ってもしょうがないか。早く教えて!」

「そうだな。まずここは……」

 

 

 

「よっし! 大体できた!!」

「後は細かい暗記とかだな。経過時間は約10分か」

「何とか制限時間内に終わらせられたってわけだね。

 ところで桂木、ちょっと気になった事があるんだけど」

「他に何か分からない所があったか?」

「いや、勉強の事じゃなくてさ」

 

 ちひろは少し顔を寄せて小声で話し始めた。

 

(あさみんと桂木って知り合いなの?)

(あさみん……吉野の事か。どういう意味だ?)

(だってさ、桂木はフルネームを知ってたじゃん。それに、あさみんってもしかして桂木を追ってきたんじゃないかなって。

 だから何かあんのかな~って)

(……僕の知る限りでは特別な事は無いな。

 同じクラスだからたまに名前を見かけるくらいか)

(そっか……じゃあいいや。ありがとね)

 

 特別な事、か。

 ……攻略の記憶はなくなっているはずだ。

 だから、僕と彼女との間には何も無い……はずだ。

 

 

 

 

 

 

 最後は麻美の個別授業だ。

 

「どうやら、自力で大体何とかなってるらしいな」

「うん。凄いねこの予想問題。桂木君が書いたの?」

「まあな。大したことじゃない」

「十分大した事だよ。

 この予想問題があれば誰でも100点が取れるんじゃない?」

「いや、そうでもないだろう。

 答えを丸暗記しようとしてできる奴なら普通に正攻法で解くだろうし、正攻法で全員が解けるなら50点未満の奴は存在してないはずだ。

 ある程度楽になる事は確かだが、無条件で100点を取れるような代物ではないな」

「そういうものかな?」

「そういうものだ」

 

 とは言っても、ある程度の下地があればコレを使って100点を取れるような勉強を自力で行えるだろう。

 自習に使ったノートを見る限りでは麻美はどうやらそれができる方の人間だったようだ。

 どっかのバグ魔にも見習ってほしいもんだ。

 

「ところでさ……」

「どうした? 何か分からない所でもあったか?」

「あっ、テストの事じゃないんだけど……

 えっと、その……私たち、どこかで会ったことって無いかな?」

「……同じクラスなんだから毎日のように教室で会ってると思うが?」

「そうじゃなくって、お話した事とか、何か助けてくれた事ってなかったかな?」

「日直とかそういう話か? 特に記憶に無いな」

「そうでもなくって……やっぱりいいや。ごめんね」

「…………」

 

 しっかりと記憶が残っているのであれば、そんな風に自信無さげには言わないだろう。

 しかし、完全に記憶が消し飛んでいるのであればあんな質問はしてこないはずだ。

 記憶喪失系のイベントがあっても心の片隅に残っているというのはゲームでも定番だが……どう判断したものか。

 

 確かかのんは『一週間分の記憶が曖昧』と言った上で『僕にお礼を言う』という事を覚えていたな。

 ……記憶はある程度残るものだ。そう解釈すべきだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 そして15分が経過し、麻美に充てるはずだった時間が終了した。

 

「よし、あと5分で全体からの質問を受け付ける。

 何か分からない所はあったか?」

「はいはーい! 神様! ここの解き方を教えてください!」

「お前は解き方を教えても理解出来んだろ。全力で暗記してろ」

「うぅ~、了解です」

「エルシィ以外で質問のある奴は?

 ……どうやら居ないようだな。何よりだ」

 

 もう勉強会は切り上げて残った時間をゲーム時間にしてもいいが、1時間協力するという約束で引き受けたんだ。もう少し何かできないか考えてやるか。

 ここに居るメンバーはエルシィ以外は100点を取り、エルシィは約50点か。これでもかなりの快挙だが、それでも児玉には通じない可能性もある。

 エルシィも羽衣を使ってカンニングすれば余裕で100点は取れるだろうが、カンニングを疑われかねないので避けた方が良いだろう。

 善後策が求められるな。一番手っ取り早い方法としては……

 

「吉野、ちょっとノートとペンを貸してくれ」

「え? うん。いいけど……」

「……よし。返す」

「うん……えっ、う、うん」

 

 ……これで行けるだろう。あいつ英語得意だし。







 麻美さんは小説版オリジナルキャラクターなのでファンブックにも情報が載っていません。勿論、学力のデータも。
 ひとまず筆者の独断で『真面目に授業を受けるからそこそこ良いけど目立たないレベル』としておきました。
 ちひろより高く、京より低いので例の7段階評価の4くらいですかね。かのんや七香、月夜とかと同レベルになりますけど。

 160点満点のテストは小学校2年の漢字テストをイメージしました。
 その学年で覚える常用漢字は160字なので、筆者の小学校では1字1点で160点満点のテストをやらされた記憶がありますよ。

 原作ではかのんが入ってきて個別授業の配分が30分×2が20分×3になりますが、結果だけを見れば勉強会に入って来たかのんは割と失礼な気がしないでもないです。
 まぁ、かのんを勉強会に誘ったのはエルシィなんですけどね。またお前か。

 麻美さんに対するちひろの呼び方なんて原作はもちろん小説版にも全然無いという。
 名前呼び捨てにするのは何となく違和感があったので愛称で呼ばせてみました。他のクラスメイト達もそんな感じで呼んでると思います。
 麻美さんの心のスキマが完治した後に『愛称で呼ぼう!』みたいなイベントがあったと脳内補完して頂ければ。


最終に、次回はいつもの時間のすぐ後にもう一本投稿します。ご注意下さい。


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結果と得られたもの

 桂木との勉強会から数日後、無事に試験は終わって試験返却も終わった。

 

「諸君、成果はどうだった?」100点

「うん、バッチリだったよ! 桂木の予想ドンピシャ!」100点

「一応怪しそうな所も見といたけど、無駄だったね」100点

「皆さんの話では授業中にゲームばかりしていて授業を聞いていないとの事ですが……

 あれだけの予測ができるという事は聞いてないようでちゃんと聞いているのでしょうね」100点

 

 私たちのうち4人は見事に100点を取る事ができた。

 で、最後の1人、エリーは……

 

「う、うぅぅ……ご、ごめんなさい」

 

 49点。

 

 勉強会が終わった後、児玉と直談判して、ゴネにゴネて、二階堂先生とかの力も借りて、何とかエリーだけ条件を緩くしてもらえたんだよ。

 そのラインが、50点。

 1点、足りなかったみたいだ。

 

「まあしゃあない。取れなかったモノはしゃーないよ」

「これからどうしましょうか? 理事長に直談判してみます?

 この科目だけは赤字予備軍から脱却しているので協力が得られると思いますし」

「うーん……とりあえずもう一回だけ児玉に直談判してくる。皆は待ってて」

 

 というわけで、職員室に行く事にした。

 

 

 

 

 

 

「お願いします!!」

「ダメだ!」

「そこを何とか!」

「ダメなものはダメだ!

 大体、緩めてやった条件さえ満たせてないだろうが!」

 

 取り付く島も無いよ。

 確かに条件は満たせなかったけど、十分覚悟は見せたはずだ。

 私たちの覚悟を試す為にあえて高すぎる目標を出す……なんて人情に溢れた行動ではなかったのは分かってたけどさ。

 

「さっさと帰って勉強でもしてろ! ほら、ハリーアップ!」

 

 児玉は私たちのうち4人が100点を取った事を分かった上で言ってるんだろうか?

 

 そんな不毛な言い争いをしていたら、後ろから声がかけられた。

 

「邪魔だ。どいてくれ」

「あ、ごめんなさ……って、桂木!?」

 

 すぐ後ろに、桂木が立っていた。

 いつも手にしているPFPの代わりに一枚の紙を携えて。

 

「え、どうしたの桂木?」

「……邪魔だ。どけ」

「そんな言い方しなくてもいいじゃん!」

「いいから、どけ」

「う……わ、分かったよ」

 

 有無を言わせぬ勢いで迫る桂木に道を開ける。

 その先に居るのは児玉だけど、何の用があるんだろう?

 

「あン? 何をしにきた桂木」

「……これを出しにきました。確か文化部の主任でしたよね」

 

 桂木が出した一枚の紙。

 チラッと見えたそれには『部活登録申請』と書かれていたようだ。

 

「桂木、コレは何の冗談だ?」

「前から部活は作りたいと思っていたけど、却下されやすいらしいんで諦めてました。

 でも、聞いた話じゃあ部員全員が英語の試験で100点を取れば創部が認められるらしいじゃないですか。

 だから、条件を満たしてきた。それだけです」

「その条件を出したのはそこに居るそいつらだけだが……まあいい。

 訊きたいのはコッチだ。どうして申請する部活名がそこの奴らと同じ『軽音部』なんだ?」

「えええええっ、か、桂木! どういう事!?」

「ん? まだ居たのか、用が無いならサッサと出ていけ」

「あーもう、そこまで言うなら出ていきますよだ!」

 

 おっかしいなあ。桂木はあそこまで嫌な奴じゃなかったはずなのに。

 しかしどういう事だろう、私たちが軽音部を立ち上げようとしているのを知ってて軽音部を申請するって。

 

 疑問に思いながらも職員室を出ると意外な人物を遭遇した。

 一緒に勉強会に参加したあさみんだ。

 

「あれ、こんな所でどうしたの?」

「えっと……小阪さんに伝言?」

「伝言? 私に?」

「うん、桂木君から。教室で待ってて欲しいって」

「……その桂木、今職員室の中に居るんだけど?」

「そうだけど……あれ? 桂木君からまだ例の話聞いてないの?」

「例の話?」

「……話してないみたいだね。とにかく、教室で待ってて。そんなにかからないはずだから」

 

 なんだかよく分からないけど、とりあえず待ってみよう。

 

 

 

  ……そして十数分後……

 

 

「待たせたな。全員揃っているか?」

 

 教室で待っていた私たちの前に桂木が何食わぬ顔でノコノコとやってきた。

 あさみんもその後ろに付いてきている。

 

「桂木! 説明してもらうからね!」

「説明か……これを見せれば伝わるか?」

 

 桂木が突きつけたのは最近よく見慣れた『部活登録申請書』だった。

 半分に折られていて上半分しか分からないけど、児玉の判が押されているらしい事はよく見えた。

 

「で、コレだな。全員に1枚ずつ」

 

 次に配られたのは『入部届』だった。

 私たち全員に1枚ずつ、丁度5枚が用意されていた。

 

「……つまり、どういう事?」

「代わりに部活を作った。

 創部はともかく、入部に教師の印鑑は必要ない。

 創立メンバーは基本的に幽霊部員だからお前たちで自由にやってくれ」

 

 それだけ言い放った桂木は教室から出て行った。

 

「そ、そういう事だから、じゃあね」

 

 あさみんもそれに続いて教室から出て行った。

 残ったのは私たちと入部届だけ。

 

「そういう……事ね。

 そっか、そっかぁ」

 

 私たちが失敗した時に備えてくれていたみたいだ。

 やっぱり優しいよ。桂木は。

 

「よし! 皆、予定とはちょっと違うけど無事に部室が手に入った。

 これからも頑張って特訓しよう!」

「「「「おー!!」」」」

 

 

 

 

 あれ? 部活の創立にはメンバーが3人必要だよね?

 桂木とあさみんで2人、あと1人って誰だろう?

 …………ま、いっか♪







原作と同じような解決策では芸が無いのでこんな展開にしてみました。
他の案としてかのんが申請するとかもあったのですが、その後の展開が恐ろしく面倒になるので断念していたり。

では、あと1本、5分後です。


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裏側の善後策

本日2本目です。
見てない方は1話戻りましょう。


  ……ちひろが出て行った後、職員室にて……

 

 上手いことそこそこ険悪な雰囲気でちひろを追い出せた。

 これなら児玉も僕とちひろが裏で繋がっているとは考えにくいだろう。

 

「で、改めて訊くぞ?

 桂木、コレは何の冗談だ?」

「軽音部の件ですか? 僕も驚きましたよ。

 まさか小阪達が作ろうとしていたのが軽音部だったとは」

「あくまでも偶然だと言い張るつもりか?」

「言い張るも何も、僕が現実(リアル)女子の動向に気を配るわけが無いでしょう?」

「ムムム……一理あるな」

 

 完全に信じたわけでは無さそうだが、苦虫を噛み潰すような表情をしながらも同意が得られた。

 児玉はその表情のまま僕が提出した申請書に目を通す。

 

「……確かに、この申請書の名簿に記されている名前は全員私のテストで100点を取っている。

 部長、桂木桂馬、副部長、吉野麻美と。

 ここまではまだ納得できなくもない」

 

 勉強会の終わり際に麻美のノートに少々書き込ませてもらった。

 『頼みたい事がある。後で連絡をくれ』という言葉とメールアドレスだ。

 その頼みごととは勿論、この件の名前貸しだ。

 いざとなったら勉強を教えた事を交換材料にするつもりだったが、事情を話したら二つ返事で了承してくれたよ。

 児玉の奴、嫌われてるな。

 

「だけどな。これはどういう事だ一体!!」

 

 児玉が指し示したのは、会計担当の……3人目の名前。

 そこにはハッキリと記されていた。『中川かのん』と。

 

「どうしてお前如きがアイドルと接点を持ってるんだ?

 偽造した申請書なんて受け取れんぞ!」

「偽造じゃなくて本人の直筆だ……なんて言っても信じないんでしょうね」

「当たり前だ!!

 仮に本物だったとしてもアイドル活動で忙しい奴が部活なんてできるわけないだろうが!!」

 

 確かにそれは正論だな。

 そして勿論、そういう風に突っ込まれる事も考慮済みだ。

 だから、一応対策はしてある。

 

「……あいつ、結構怒ってましたよ」

「ハァ? 何をだ?」

「何をって決まってるでしょう。

 学校側がアイツに対してカンニング疑惑をかけた事ですよ」

「なっ、ななな何故お前がそれを知っている!!」

「本人から聞いたんで」

 

 カラオケと勉強会は週に1回ほどの習慣になってたんでかのんは脅威の平均点98点を叩き出した。

 100点でないのはいくつかケアレスミスをして落としてしまったからだと本人が残念そうに語っていたよ。

 それでも、英語は得意だったらしくしっかりと100点を取っていた。

 

「数科目の試験を作り直した上で個室で受けさせた事でようやく冤罪だと判明したそうですね。

 幸いな事にすぐに気付いたから噂が広まる事もありませんでしたが、危うくイメージに傷が付く所だったとか。

 あと、単純に追加試験の為に拘束された事も不快だったそうですよ」

「ば、バカな! 本当に本人から聞いたのか!?」

「……彼女は頑張って努力してあれだけの成績を出したというのに、それをカンニング扱いされて、辛かったでしょうねぇ。

 そんな彼女のちょっとしたわがまま、聞き入れてやろうとは思わないんですか?」

「…………はぁ、仕方ない。

 ほら、受け取れ!」

 

 児玉はしぶしぶながらも申請書に判を押してくれた。ここでゴネたらかなり大きな問題に発展していただろうから賢明な判断だと言えよう。

 全ての科目で急激に点数を伸ばしたかのんを疑う気持ちも理解できない事は無いが、もう少し慎重にやるべきだったな。

 なお、いくつかの試験の受け直しを提案したのは学校側ではなくかのんだったらしい。早期決着の為だそうだ。

 

「ありがとうございました。それでは失礼します」

「さっさと失せろ! シッシッ」

 

 後は、かのんの名前を隠しながらちひろに見せれば完了か。

 予定外の残業になってしまったな。いつか何か請求してやろう。







 その場のノリで書いたカンニング疑惑事件がこんな所で役立つとは……

 原作ではかのんの得意科目なんて全く出てきてませんが、中の人補正で英語が得意としておきました。その方が都合が良かったので。
 え? 原作ではわざわざ英語の勉強会に参加してる? もともと点数が高かったんですよ。きっと。

 さて、次こそは天理編……の前に同掃会もちょっとだけ入れます。
 全部書くのは色々と面倒なんで集会が終わった後のドクロウさんのつぶやきみたいな感じで。
 1話だけですが既に書きあがっているので明日投稿します。では、また明日。


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駆け魂隊の全体報告会 After
室長のつぶやき


 細かく書きすぎるとやたら長くなりそう。
 しかし、書きたい事もある!
 というわけで、スーパーダイジェストで同掃会、いきます。

 ……ダイジェストと言うより振り返りですけどね。




  地獄 法治省極東支部にて

 

 

 駆け魂隊の悪魔は年に2度ほど地獄へと戻り大規模な報告会を開く。

 その報告会が先ほど終わって、室長のドクロウ・スカールは自室で1人、溜息を吐く。

 

「ふぅ、今年も問題なく終わったようだな」

 

 10年前のある事件のせいで人間界の駆け魂の数は急激に増加していた。

 それに対抗する為に、駆け魂隊も人員を増やした。

 その結果、比較的小規模だったはずの報告会が凄まじい規模になっている。

 人間界から地獄に帰ってくるというのは、人間に分かるように例えるのであれば外国から自国に帰ってくるようなものだ。

 人間には地獄の存在は知られていないので帰国時の出国手続きだけは無視できるが、地獄への入国手続き、羽衣に蓄積されたデータの回収、妙な細菌やら呪いやらを持ち込んでいないかといった検疫、それらの手間は膨大だ。その上、慣れない人間界で暮らしていたストレスが溜まっているので、故郷に帰ってきた事でそのストレスが一気に爆発して騒ぎになるなんて事も有り得る。

 

 今年は目立った問題は発生しなかったようだ。何よりである。

 

 

 ドクロウは続けて、今回の報告会の成果について考えを巡らせた

 

 今回の報告会では悪魔重勲章を授与された者が居た。

 ノーラ・フロリアン・レオリア。

 旧地獄から続く名家の証である『角』を持つ新悪魔である。

 問題行動も少々……いや、かなり多いが、それも駆け魂隊という仕事に対する誇りと責任から来るものであろう。

 事を急くあまり、逆に駆け魂を成長させてしまった……などという笑えない話もあるが、最終的には何とかしておりこの半期で7匹もの駆け魂を捕獲している。

 もう少し、人間の心に寄り添えるような発想ができれば成功率も上がるのだろうが……良くも悪くも誇り高き新悪魔である彼女では少々難しいだろう。

 

「しかし7匹か。エルシィには少し悪い事をしたか」

 

 ここまでのエルシィの成果は駆け魂10匹に加えてはぐれ魂1匹。ノーラの約1.5倍である。

 本来なら彼女にこそ重勲章が与えられるはずなのだが、それはできなかった。

 彼女は駆け魂を勾留するのではなく全て消滅させている。バレたら大問題である。

 その辺はドクロウが上手く偽装してはいるが、勲章を授与するとなればかなりしっかり調べられてしまうだろう。

 簡単には暴かれないようにしたつもりではあったが、万が一があるので上には少なめの成果を申告してあるのだ。

 

 そういう事情もあって大々的に賞を与える事はできなかったので、ドクロウ室長が勝手に作った『室長賞』を個室で手渡しするだけに留める事となった。

 それだけでも本人は凄く感激していたが。

 

「エルシィ10匹、ノーラ7匹。

 次は……ハクア、ハクアか。5匹と」

 

 言うまでもなく、心のスキマに隠れる駆け魂を追い出すのは非常に難しい。

 だから、5匹であっても凄まじい成果なのだ。エルシィの半分以下だけど、凄まじい成果なのだ。

 

「ハクア……出だしは最悪であったのによくここまで持ち直したものだ。

 始末書も非常に良い出来だったしな」

 

 ハクアに始末書を書くように命令したのはドクロウ室長である。

 しかし、室長自身の個人的な事情のせいで『駆け魂捕獲時の事』を詳細に求めてしまった。

 勿論それも重要だがもっと重要なのは『駆け魂を取り逃した事』であり、それに気付いたのはハクアが始末書を送ってきた後だった。

 気付いた理由は勿論その重要な部分の始末書が送られてきたからである。

 ハクアがやらかした事は結構な大事件だったので評価も崖っぷちだったのだが、その件で室長からの信用はかなり回復していたのだった。

 ……なお、送られてきた始末書はそのまま上にも提出するので、自分のミスに気付いたドクロウはかなり肝を冷やしていた。最悪の場合はハクアはクビになっていたので。

 

 

「さて、後は……おっと、忘れる所だった。

 エルシィから協力者(バディー)達の手紙を預かっていたな」

 

 机の上に置いてあるのは、いつかドクロウが送った封筒にそっくり2つの封筒。

 表面には『ドクロウ室長』と大きく書いてあり、裏面にはそれぞれ小さく『桂木桂馬』と『中川かのん』と記されている。

 

 ドクロウはどちらの封筒から見るか少し迷い、まず『中川かのん』と書かれた封筒を開いた。

 

 

 

『拝啓 暑さが日ごとに加わって参ります。皆様におかれましては益々のご清祥のこととお慶び申し上げます。

 

 

  略儀ながら書中をもちましてお礼とさせていただきます。 敬具』

 

 

 

「……拝啓から書き出しているのは私に対する当てつけなのだろうか? 時候の挨拶も地獄では意味が無いとは思わなかったのだろうか?」

 

 内容を確認してみたが、どうやら新しい道具に関するお願いのようだ。

 『錯覚魔法の状態で見える手鏡』や『同じく虫眼鏡など』を求めているらしい。

 

「そのくらいであれば何とかなるか。後でエルシィに送っておくとしよう」

 

 続けて、『桂木桂馬』と書かれた封筒を開いた。

 

 

 

『拝啓 梅雨明けの暑さひとしおでございます。時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

 

 

  用件のみにて失礼いたします 敬具』

 

 

 

「……恨まれてるなぁ」

 

 その手紙は前文と末文だけはやたら丁寧だが、本文はかなり刺があった。やっぱり当てつけだったらしい。

 内容は……ドクロウに対する文句と『これだけ成果を出してるんだから休暇を設けるとか、便宜を図れないのか?』といった事だった。

 ドクロウも文句を言いたくなる気持ちをよく理解している。こちらの都合で駆け魂狩りに強制的に参加させられているのだから。

 

「便宜……便宜か。ふむ……」

 

 

 考え事をしながら手紙を片付けたドクロウはいつものようにテレビの前に立ち、ビリーズブートキャンプを始めた。

 そうして、いつもの日常へと戻ったのであった。







 ぶっちゃけ手紙を送ってみたかっただけだったり。拝啓から書き出しているのは勿論室長への当てつけです。かのんの手紙も含めて。

 エルシィ以外の人の成績はひとまず原作通りです。ノーラの次点がハクアだったのかは原作からは判断できませんが、ポスターの写真に選ばれるくらいだから普通に成績が良かったのだろうと。


 さて、次回はいよいよ天理編です。
 女神の初登場の回ですね。なるべく早く仕上げられるように、そしてなるべく高いクオリティになるように頑張ります。
 では、また次回お会いしましょう!


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『純真』の女神は運命の地に再臨す
プロローグ


「フハハ、フハハハハ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 ついにこの日がやってきた。

 

 僕は神だが、常に『ある物』にその権能を束縛されている。

 それは、『時間』

 落とし神モードで6本同時攻略をする等してその束縛は年々緩和されつつあるが、それでも時間の限界という物は存在する。

 しかも! 今年はエルシィが降ってきたせいでただでさえ貴重な時間がどんどんどんどん削れて行った!!

 だがしかし!!! この日を迎えた僕はその束縛から解き放たれる!!!!

 わざわざ学校に行く必要も無くなり、24時間ゲームし続けられる日が一月半ほど続く、この日。

 

 そう、『夏休み』がやってきたのだ!!!!!

 

「フハハ、フハハハハ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 終業式が終わったらまずはゲームショップに直行!! ゲームプレイにはゲームが必要不可欠である!!

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 続けて、保存が効きそうな食料を買い込む。

 どういうわけか食料が無いと途中で力尽きる。現実(リアル)というクソゲーの理不尽な仕様だ。

 

 

 準備を整えたら最高速度で家へ帰る。

 そしてこのまま自室に突入……と行きたいのだが、それをやると母さんが心配して扉をブチ破ってくるので先に挨拶を済ませておく。

 

「母さん。僕は今から40日ほど姿を消すけど心配しないように。それじゃ!」

 

 これで下準備は全て完了だ。後は神聖なるゲームタイムが僕を待って……

 

「コラ、待ちなさい」

「な、何っ、放せ! すぐそこに1000時間が!」

「何を訳の分からない事言ってるの。ほら、お客さんに挨拶しなさい!」

 

 母さんに言われて気付く。

 エルシィでもかのんでもない誰かがそこに座っていた。

 

「ほら、覚えてるでしょ? 昔うちの隣に住んでた鮎川さんよ」

「えー? 桂馬君? うわ~懐かし~」

 

 はて、鮎川とかいう人物に心当たりは全くないが……さっさと挨拶してゲームしよう。

 

「ども。それじゃあ」

 

 最大限譲歩した挨拶をして自室に向かおうとする。

 そして、また阻止された。

 

 

ガシッ、 ドスッドスッドゴォッ!

 

 

「ゴラァ! ちゃんと挨拶しなさい!!」

「ド、ドーボ、ゴンニヂワ……」

 

 おい母よ。顔面を殴られたらまともな挨拶なんてできないぞ。いや、そういう問題じゃないが。

 

「大きくなったね~桂馬君。

 おばさんの事覚えてる? 10年ぶりだけど」

 

 ここで正直に『覚えてない』等と言うと母さんか鉄拳が飛んでくるのは間違いないので適当に頷いておく。

 

「あの桂馬君が17歳かぁ。うちの娘と同い年だもんね。

 ほら、天理! 桂馬君よ!」

 

 よく見てみると鮎川さんとやらの隣には1人の女子が居た。

 前髪がやや長めで俯いているので表情は伺えない。何故か梱包に使うプチプチを手で潰している。

 人の家に挨拶に来ておいて手で何かをいじっているだなんて、常識がなってないな。

 

(ほら桂馬! 小学校の時一緒のクラスだった天理ちゃんよ!)

 

 いや、誰だよ。

 小学校と言っても6年間あるからどこか分からな……いや、10年振りって言ってたから……小学校1年生の頃か。

 ……やっぱり分からんな。その頃攻略してたゲームならハッキリと覚えてるが。

 分からないが、正直に言うと以下略なので適当に頷いておく。

 

「ほら天理! 桂馬君だよ!」

 

 向こうの母親もうちの母親と同じような事を言い始めた。

 そこに居た女子、天理は少しだけ顔を上げ、目線が合うと同時にまた俯いた。

 プチッ、プチッというプチプチを潰す音だけが居間に響き渡る。

 

「ごめんなさい。うちの子、相変わらず無愛想で……」

「うちもすみません、変な子で」

 

 よし、一段落したようだな。さて、ゲームだ!!

 極めて自然な動作で立ち上がろうとし……

 

バタン!

 

「神にーさま! ただいま戻りました!!

 ほら、見てくださいよ! 私、賞を貰っちゃいました!!」

「お前かよ!! 今入ってくるなよ今!!」

「えへへっ! ほらほら! 室長賞ですよ!!

 あ、そう言えばお手紙はちゃんと渡しておきましたよ!!」

「ああ、良くやった。良くやったからサッサと離れろ!!」

 

 エルシィは駆け魂隊の報告会とやらで地獄に旅立っていた。

 旅立つ更に数日前からエルシィが旅行か何かの準備をしている事を察したかのんがエルシィに直接問い質して発覚した事だ。

 かのんのおかげで何とか手紙を用意できたわけだが、そういう事はちゃんと報告してほしかった。バグ魔に何を言っても無駄だろうが。

 

 いや、そんな事はどうでもいいんだ。

 問題は、この自称妹が乱入してきた事で話がややこしくなるという事であって……

 

「あれ? 下のお子さんって居たっけ?」

「ちょっと、色々とありまして……」

「お客さんですか? 初めまして、エルシィです!!」

 

 この状況で立ち上がっても咎められないだろうか? 殴られて強制的に着席させられるのはごめんだぞ?

 仕方ない。一段落した後の行動をイメージトレーニングしておくか。1秒たりとも無駄にはできない。最速でゲームを始める為にっ!!

 

 

ドロドロドロッ

 

「「っ!?」」

 

 今……センサーが鳴った?







 鮎川母の『うちの娘と同い年』という発言がありますが、天理の誕生日は1月3日なので、この時点ではまだ16歳のはず。(桂馬の誕生日は6月6日の17歳)なので厳密には同い年では無いっ!
 まぁ、同年代ではあるんでどうでもいい事ですけどね。
 しかし、桂馬の誕生日をある程度覚えていて17歳だとあっさり言ってのけたのは何気に凄いと思います。

 梱包に使うプチプチの正式名称は『気泡入り緩衝材』だそうです。
 桂馬なら知っててもおかしくない無駄知識ですが、モノローグでは使わずに見た目だけの呼び方をしておきました。
 だって、気泡入り緩衝材ってパッと出てきても伝わらないもん……


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01 感度

 鮎川家ご一行を見送った後、ミーティングに入る。

 かのんも呼んでおきたい所だが、今日は仕事が入っているので遅くなるらしい。

 

「まず確認しておくが、センサー鳴ったよな?」

「はい、短かったけど確かに鳴ってました。

 ログも残ってるみたいです」

「……何で途中で止まったかまで分かるか?」

「いえ、全く分かりません。何でなんでしょう?」

「…………まあいい」

 

 聞き間違い、もしくは室長とかからの連絡であって欲しかったがそう都合良くはいかないようだ。

 くそっ、せっかく1000時間が目の前にあるというのに! 幼馴染みだか何だか知らんが空気を読め!

 

「……あ、あれ?」

「ん? どうした、またトラブルか?」

「またって何ですかまたって!

 確かにトラブルと言えばトラブルですけど……」

「サッサと言ってくれ」

「えっとですね、センサーが鳴ったらその事を上に報告する義務があるんです。

 同じ駆け魂を2人の悪魔が担当してしまわないようにする為のものですね。

 なので今回もそうしようとしたのですが……」

「まさか、先約が居たのか?」

「そうみたいです。担当は……うわっ、ノーラさんですか……」

 

 先約が居たという事は僕は攻略しなくても良いという事だ。

 しかし、そんな都合の良い事がそうそう起こるとも思えんな……

 

「そのノーラとやらに何か問題でもあるのか?」

「問題と言うか……色々と良くない噂があるんですよ。

 攻略の仕方がかなり強引で、速いときは半日で駆け魂を出したけど失敗した時は逆に駆け魂を成長させる……なんて事も……」

「……どうしてそんな物騒な奴を上は放置してるんだ?」

「いや、あくまで噂ですから。流石に全部が本当って事は無いと思います。

 だけどどうしてノーラさんが担当してるんだろう? あの人の担当地区と結構離れてるはずなのに」

「遠くの街から近くに引っ越してきたからだろう。

 天理がそのノーラって奴の担当地区からこの近辺に引っ越してきたなら筋は通る。

 遠くの街からの移動途中にノーラが見つけた、でも問題ないな」

「あ、なるほど!

 あれ、でも引越しって?」

「あの制服、東美里高校の……七香の高校のものだった。

 学区内に引っ越してきたって事だ」

「なるほど! そう言えばそうでしたね!」

 

 ってそんな事はどうでもいい。

 ひとまず攻略しなくて大丈夫なようであれば……

 

「さぁ、ようやくゲームだ! やるぞ!!」

「い、行ってらっしゃいませ」

 

 

 

 

 

 

 一方その頃……

 

 舞島の街の上空、1つの人影がそこにあった。

 

「くそっ、どこに居るのよ! 地獄から戻ってきてからの最初の1匹、絶対に逃さないっ!」

 

 その人影とは、件の人物であるノーラ。

 桂馬が推測した通り、遠くの街で見つけた天理を追ってはるばるここまでやって来たようだ。

 

「絶対この近くに居るはず。

 この辺の担当は……エルシィ?

 フン、あんな落ちこぼれに関わらせるわけにはいかないわね。サッサと捕まえてやらないと!」

 

 気合を入れ直したノーラは飛行のスピードを上げた。

 

 すぐ下に居た天理には気付かずに。

 

「……どうやら、私たちは追われているようですね。

 何とかしなくては」

 

 昼に桂木宅を訪れた時のような暗い顔で俯いてプチプチを潰していたような雰囲気とは打って変わって、毅然とした態度で空を睨む少女がそこには居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  翌日!

 

 

「フハハ、フハハハハハハハハ!!

 やはり夏休みは素晴らしいな!!」

「そーですね」

「見ろエルシィ、あまりに時間があるので昨日買ってきたゲームは大体やってしまったぞ」

「ええええっ!? あれだけの量をですか!?」

「保存食を買って持ち運ぶ分を考えると実際にはそこまで大量のゲームを運べたわけじゃないからな。

 買出しに行かなくては」

「そーですか。では行ってらっしゃいませ」

「何を言っているんだ。お前も来てくれ。1人じゃ運びきれん」

「どれだけ買うおつもりですか……」

「無論、店にある未購入のもの全てだ!!」

 

 そんなこんなで、僕はエルシィを連れてゲームショップへと向かった。

 え? かのん? あいつに荷物持ちなんて雑用を頼む訳にはいかんだろう。そもそも仕事あるらしいし。

 

 

 

 

「♪♪♪♪~♪♪♪♪♪♪♪~♪♪♪~♪♪~♪♪~」

「神様ご機嫌ですね~」

「何者にも縛られずゲームが出来る。

 嗚呼(ああ)、なんと素晴らしき日常か! お前が来てからは初めての日常だ!!」

「そ、そうですか。

 それにしても、あれだけゲームを買ってるのによくお金が保ちますね」

「M資金があるからな」

「えむしきん?」

「ああ。

 あ、そうだ。昨日のセンサーが突然切れた原因って結局分かったのか?」

「いえ、全然です。

 故障かもしれないので羽衣さんに診察してもらったんですけど正常でしたし……」

「また羽衣さんか」

 

 どれだけ高性能なんだよそれ。

 もし羽衣さんが故障していたらその診察に意味は無いが……流石に両方が同時に壊れるなんて事はそうそうないか。

 

「センサーのスイッチは今は入ってるのか?」

「勿論です! 未知の駆け魂も見つけられますし、天理さんの駆け魂にも反応する状態にしてありますよ」

「そうか。分かった」

 

 のんびりと歩いていたら信号が赤になっていたので止まる。

 交通量の少ない小さな交差点ならともかく、繁華街に近いこんな所で信号無視して突っ切るわけにもいかない。大人しく待とう。

 そう思って立ち止まった。その時だった。

 

ドンッ

 

「っ!?」

 

 後ろからの突然の衝撃。

 受け身を取る暇も無く倒れた僕のすぐ目の前をトラックが通過していった。

 

「な、何だ!?」

 

 急いで歩道に戻って、確認する。

 そこに居たのは昨日うちに挨拶に来た少女……天理だった。

 

「ちょっと! にーさまに何するんですか!!」

「……っ!」

 

 エルシィに問い詰められた天理は無言でどこかへ走り去ってしまった。

 う~む、いくつか気になる事はあるが……

 

「まあいい。ゲームゲーム」

「いや、良くないでしょ! 道路に突き飛ばされたんですよ!?

 ねぇ、ちょっと? 神様!!」

 

 ……しかし、やはり気になるな。

 『何故、センサーは鳴らなかった?』

 ………………

 

 

 

 

 

 

「エルシィ! これとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれ! レジに運んでくれ」

「りょ、了解ですぅ!!」

「しかしホント優秀だな、羽衣さん」

 

 大量の物を運ぶのにも非常に重宝する。

 働かせすぎな気がしないでもないがきっと気のせいだろう。

 

「よし、撤収するぞ!」

「りょーかいです!」

 

 僕は大型のリュックと大きな紙袋2つ、エルシィは羽衣にゲームを入れて運ぶ。

 そして、店から出た直後……

 

 再びの衝撃が、今度は右の頬を襲った。

 

「へぶっ!」

 

 続けてバシャリという音とともに黒い熱湯……コーヒーが頭から被せられる。

 

「あちちちちっ!!」

「か、神様!? どうしましたか!?」

「ぐっ、大丈夫だ。問題な……あああっっ!!」

「神様!?」

「こ、コーヒーが、ゲームのパッケージに染み込んでいるぅぅぅ!!!」

「……ああ、そうですか」

「この罪は万死に値するぞ!! 僕のゲームにコーヒーをぶっかけたのはどこのどいつだ!!!」

 

 そう怒鳴りながら衝撃を受けた方向を向く。

 そこに居たのは……またしても天理だった。

 

「またお前か! 僕に何の恨みがあるんだ!!」

「ぁ……ぅ……」

「僕を突き飛ばす程度ならわざわざ文句は言わない。

 だが、ゲームを巻き込んだ事は許せん!!」

「いや、ご自分の体も大事にして下さいよ」

「さあ答えろ! 何が目的だ!!」

「……『目的』?」

 

 その時、天理の雰囲気が変わった。

 俯いてオドオドしていた姿はどこえやら、僕を睨みつけながらはっきりした声で言葉を紡ぎ出した。

 

「ご自分の胸に訊いてみたらいかがですか? 私が何故こんな事をするのかを」

「……いやいや、誤魔化すなよ! お前が汚したゲーム、どうしてくれるんだ!!」

「たかがゲームでしょう。その程度の事で騒ぐなんてどうかしている」

「たかがゲーム……だと? 貴様、覚悟は出来ているんだろうな!? この落とし神の前でゲームをバカにするという事の意味をお前に教えて……」

 

ドロドロドロドロ!!

 

 こんな時にセンサーが!? どうなっているんだ一体……

 

「またあのドロドロ音……一旦帰らせてもらいます」

 

 天理……らしき人物は僕達に背を向けると吹き抜けから勢いよく飛び降りた。

 

「あ、おいっ! ここ3階だぞ!?」

 

 慌てて吹き抜けの手すりに駆け寄って下を覗く。

 しかしそこには平然と歩いている様子の天理の姿しか無かった。

 

「……センサーは条件を満たせば鳴る?

 センサーの条件……駆け魂の感知……

 可能性は……2パターンで良いのか?」

「か、神様?」

「……面倒な事にならないと良いがな。ひとまず帰るぞ」

「りょーかいです!」







 『M資金』でググるとGHQが作ったとされる存在自体が不明確な秘密基金みたいなのが出てくるんですが、コレの事なんですかね?
 原作では『凄そうな基金』くらいの意味で使ってそうな気はしますけどね。


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02 好悪

「天理さん、どうしちゃったんでしょうね?

 やっぱり駆け魂の影響でしょうか?」

「そうだな、駆け魂の影響なのだとしたら……

 内気な少女の建前と本音が分かれて二重人格になっている。といった所か」

「ほえ~、神様何でも知ってますね」

「当然だ」

 

 『駆け魂の影響を受けて』ああなっているのだとしたらこれで間違い無いだろう。そんな感じのヒロインはゲームでそこそこ出てくるからな。二重人格に至るレベルは稀だが。

 だが……恐らく違う。

 センサーの影響を受けていなかった。これが意味する事は両極端な2つだ。

 

 1、センサーを誤魔化せるような能力を持つ強力な駆け魂である。

 2、駆け魂の力を押さえこめるような存在である。

 

 前者であれば、アレは二重人格などではなく駆け魂そのものだろう。3階から飛び降りて平然としているなんて普通の人間ではあり得ない。強大な敵とも成り得るが、天理が駆け魂を飼いならしているのであれば味方になってくれるルートも一応あるか。新悪魔も旧悪魔も一応同じ悪魔なのだから、改心する駆け魂が居ても不思議ではない。

 後者であれば……何者だろうな? 悪魔と対の概念となると、天使? 駆け魂の敵であれば敵の敵になるので味方……とは断言できないがある程度協調する事は可能だろう。ただ、新悪魔の敵だった時が面倒だな。

 

 そして、どちらのパターンであっても言える事だが、僕に対して殺意は無いらしい。

 死にかける事はあったがそれだけだ。さっき考えたような壮大な連中が本気を出せばあの程度では済まないだろう。

 ひとまずは敵ではない事だけは救いか。

 

 さて、ノーラとやら。お前はこいつをどう攻略するんだ?

 僕に火の粉が飛んでこなければなんでも良いんだがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気の無い場所で、鏡に向かって話す少女が居た。

 端から見るとアブナイ人だが、彼女は至って真面目に鏡に写る存在に話しかけていた。

 

「もう、どうしてさっきはあんな事をしたの!?」

『天理がなかなか話しかけないから、きっかけを作ろうと思っただけです。

 変な抵抗をするからあんな事になってしまったのです』

 

 その存在は鏡の中だけでなく、彼女の姿を写すガラス、影、水たまり等を介して天理と会話を行う。

 そして時には、彼女自身の体おも動かすようだ。

 

「だ、だって、急に話せって言われても。

 桂馬君、私の事なんて完全に忘れてるみたいだったし……」

『おや、そうでしたか? 昨日訪問した時は『覚えているか』と問われて頷いていたようにみえましたが』

「……あれ、適当に頷いてただけだよ。きっとゲームの事しか考えてなかったんじゃないかな」

『……天理、素朴な疑問なのですがどうしてそんな男を頼ろうと思ったのですか?」

「桂馬君なら……桂馬君なら、何とかしてくれると思ったんだよ」

 

 10年前の街並みを思い出そうとするように街を見て回っていた彼女は舞島学園のすぐ側、海浜公園に辿り着いた。

 桟橋から海面を見つめ、水面に写る存在と会話をする。

 

「……そろそろ、帰る」

『良いのですか? 桂木桂馬ともっと話さなくても』

「……仕方ないよ。覚えてないんだから」

『本当ですか? とても納得しているようには思えな……ん?』

「どうかしたの?」

『誰か来ます。私は隠れます!』

「えっ? あの……」

 

 水面に映っていた彼女の姿が普通のものに戻る。

 その直後に、声が響いた。

 

「フッ、海は良いよね」

 

 聞き覚えの無い声に天理が振り向くと、そこには見覚えの無い高校生くらいの男子が居た。

 手には一輪のバラを携え、少女漫画に出てきそうなブロンドの髪とあいまって写真を撮ればきっと良い絵になるだろう。

 

「波間に想いを投げかければ、海は一時の安らぎを与えてくれる。

 しかし、残り続けるのさ。君の心のスキマは」

 

 そんなセリフを聞いて、天理はポカンとしている。

 初対面の人からこんなセリフを投げかけられた場合の反応として至極真っ当だ。

 

「人間とは欲深く罪な生き物だ。だからいつも悪魔に狙われる。

 そう、君の……

 ……えっと、なんだっけな」

 

 言葉に詰まったと思ったらあからさまな動作でカンペを取り出してまた続きを言い始めた

 

「君の心のスキマ、僕が埋めよう! 僕に全てを委ねてくれないか!」

 

 少女漫画か何かに出てきそうな一場面だが、手に持っているカンペが全てを台無しにしている。

 関わらない方が良さそうだ。そう判断した天理は不審者のすぐ横を通り抜けて家へと帰ろうとする。

 しかし、それを遮る者が現れた。

 

「まあまあ、話を聞いてあげてよ」

 

 天理をさんざんつけ回していた人物、ノーラだった。

 天理はそれでも迂回しようとするが、それに合わせてノーラも邪魔してくるので突破できない。

 仕方がないので天理は話を聞く事にした。

 

「……あの、なん、ですか?」

「そうねー、医者みたいなもんかな。

 亮! 続けなさい」

「う、うん。えっと……

 安心して! 僕達駆け魂隊は君の味方だ!

 君の心には今、駆け魂っていう悪い生き物が住んでいるんだよ。

 このまま放っておくと大変な事になる。けど、君はラッキーだ。僕とノーラさんは最も優秀なコンビだからね!」

 

 事情を知らなければ非常に胡散臭いセリフである。

 勿論、天理は事情を知らないので非常に胡散臭く感じたようだ。

 

「ふふっ、僕らの方法は凄いよ。駆け魂を溺れさせるんだ。

 スキマの原因となった欲望をその何倍も大きな欲望で埋め、スキマを溢れさせて駆け魂を追い出す!

 簡単な話さ。1万円を欲する者には100万円を! 恋人を欲する女性にはF4を!

 そしていじめを受けている者には恐るべき復讐を!!

 さぁ、君の願いは何だい!?」

 

 こんな胡散臭い奴に悩みや願いを話す奴などそうそう居ない。

 しかし、ノーラ達はこれで成果を上げているのだ。

 心のスキマ、彼女たち風に言うのであれば人の欲望。それを探る術を彼女は持っている。

 

「これは私の特殊能力でね。羽衣を通して人の心を映し出す事ができる!!」

 

 羽衣で対象を拘束し、目隠しするように更に一周顔に巻く。そうすることで心を覗く。

 駆け魂攻略においてこれほど適した能力は存在しないだろう。これを使って強引にスキマを見つけ、強引に解決する。

 それが彼女たちのやり方である。

 

「は、離して!」

「そうはいかないわ。お、出てきた」

 

 羽衣に映し出されたのは、桂木桂馬、その人であった。

 目隠しされているはずの天理にも見えているのか、必死にもがいている。

 

「おや、男だね。この子と同い年くらいかな」

「これは簡単ね。好きか嫌いかの二択よ。

 あなた、この男が嫌いなの?」

「っ!!」

 

 天理は首を振った。

 

「じゃあ好きなの?」

 

 天理は必死に首を振った。

 

「分かった。じゃあこの男をヒドい目に遭わせてあげるわ」

「えっ?」

「あれ、いいの? あの子、どっちもNOだったけど」

「いーのよ。この世の中、愛と憎しみなら憎しみの方がずっと強くて大きいもの。

 憎しみにしとけば大体当たるわ。本音をちまちま訊き出すほどヒマじゃないし。

 それじゃ~ね~」

 

 ノーラと、そのバディーは天理を置いてどこかへ飛び去った。

 桂木桂馬に火の粉が降りかかる事が確定した瞬間であった。

 

「……ど、どうしよう」







 原作を見直してて『F4って何やねん』と思ってググってみたら戦闘機がどうこうとかモータースポーツがどうこうとかありましたが……
 台湾出身の男性アイドルグループにF4ってのが居るみたいなので恐らくはそれでしょう。
 ……若木先生は何故そこをチョイスしたのだろうか?
 いや、それよりノーラさんはどうやってF4を調達したんだろうか。

 ノーラの質問に対して天理が首を振る場面ですが、好きか嫌いかという質問に対する反応を原作と逆にしてみました。
 原作では『好きか』に対して首を振り、『嫌いか』で激しく首を振りますが、図星を突かれた方が強く反応するの気がしたので。
 まぁ、性格次第と言われればそれまでの事なんですけどね。


 追記

 F4について読者の方から『元ネタは花より男子ではないでしょうか?』というコメントを頂きました。
 確認してみたところ、上記の台湾のアイドルの元ネタがそれのようなので、原作におけるF4もそれの事だと思われます。
 ……しかし、ノーラさんは一体どうやって用意したのか……謎が更に深まりますね。


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03 悪夢

「♪~♪~♪~」

「神様……それだけの荷物をかかえながらよくゲームできますね」

「フッ、ゲームをプレイするのにゲームが障害になるなど有り得ないからな!!」

「そーですか」

 

 駆け魂の事を人任せにして僕は自由にゲームをプレイする。

 やはり素晴らしいな! 最高だ!!

 

「よし、クリア。次だ」

「相変わらず速いですね」

「今日はいつになくテンションが上がっているからな!

 フハハハハハぐはっ!」

「……え? どうしました!?」

 

 高笑いしていたら後ろからの衝撃を感じた。

 転びそうになるが、ゲームだけは死守する。

 体勢を立てなおした所で後ろを確認すると……天理が居た。

 

「またしてもお前かよ! お前は現れる度に僕を突き飛ばすルールでも設けてるのか!?」

「あ……あの、桂馬くん。その……」

「ん?」

「その……さっき、2人組の変な人が、桂馬くんが危なくて……」

「何? どういう意味だ」

「あの、えっと……」

 

 焦っているのだろう。天理は何かを伝えようとしているがそれが言葉になっていない。

 そして、すぐにその必要もなくなった。

 

「よし、見つけたわ!」

 

 上の方からそんな声が聞こえた直後、首に何かが巻き付き引っ張り上げられた。

 

「ゴホゴホッ、何だ!?」

 

 何かに引っ張り上げられているが、確認する術は無い。

 今重要なのは、宙吊りになっているという事、そして、折角買ったゲームを落としてしまった事だ!

 

「エルシィ!! ゲームを回収してくれ! 傷一つ付けるなよ!!」

「それ今言う事ですか神様ぁあああ!!!」

 

 何を当然の事を。一番大事な事じゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく引っ張られた後、学校近くの海浜公園にあるあかね丸の船首に縛り付けられた。

 焦った所で状況は変わらない。一つ一つ情報を整理していこう。

 

「今回も手早く終わりそうね。私って優秀!」

「さっすがノーラさんだね~」

 

 僕を縛り付けたのはこの2人か。男の方は……何かアホっぽい気がするな。エルシィと類似するポンコツ臭を感じる。

 女の方は……羽衣らしき布を身につけ、センサーらしきドクロの髪飾りが頭にあり、宙に浮いている。間違いなく駆け魂隊の悪魔だな。

 恐らく、これが例のノーラとかいう奴なんだろう。

 

「け、桂馬君!!」

 

 少し待つと天理が走ってきた。

 エルシィの姿は見あたらない。ゲームを回収する分遅れているんだろうな。安心だ。

 

「ようやく来たねお嬢ちゃん。

 見てなさい、お前の憎い男をヒドい目に遭わせてあげるから」

「止めてください! 私、桂馬君を憎んでなんか……」

「センサーはそうは言ってないわよ。

 この男のせいでお前の心にスキマができているのさ!!」

 

 どうもノーラは僕が原因で天理に心のスキマができていると思い込んでいるみたいだな。

 どうやってそんな事を断定したのかも気になるが……まあいい。

 問題はノーラがそう信じ込んでいる事だな。どうしたもんかな。

 

「ノーラさん! 止めてください!!」

 

 天理に遅れてエルシィもやってきた。僕が落とした紙袋もきちんと持っている。

 

「エルシィ? 何よ、邪魔する気?」

「その人、私の協力者(バディー)です! だから解放して下さい!!」

「この男が? そりゃあますます痛めつけがいがあるわね」

 

 オイコラ。

 

「止めてください!! それに、悪魔が率先して駆け魂攻略するのは禁止されてるはずですよ!!」

「『原則禁止』でしょ? 絶対禁止ってわけじゃないわ。

 私の協力者(バディー)は頼りないから()()()()私がやってんのよ」

 

 絶対に仕方ないなんて思ってなさそうな声だな。

 こういうのの暴走を防ぐ為のバディーなんじゃないか? 存在意義が問われそうだ。

 

「ん~、まあ殺すのは勘弁してあげるわ。

 その代わり……死ぬより辛い目に遭ってもらう!

 エルシィは知ってるわよね? 私の能力、人の心を覗ける力!!

 この男の一番大切なモノを、壊してあげる!!」

 

 羽衣が僕の顔に巻きつく。

 そして、頭の中に映像が浮かんできた。

 

「さぁ、曝け出せ。お前の心の『一番』を!!」

 

 一番? そんなものは決まっている!!

 まず浮かんできたのは……ロード画面だ。

 

「…………ん?」

 

 続けて、本製品の無断での複製などを禁じる定型文。

 そして……綺麗な背景が浮かび上がってきた。

 

「……あれ? 羽衣壊れてないわよね?」

 

 ああ、聞こえる。彼女の声が。

 僕を呼ぶ、彼女の声が!!

 

『けいまくーん!』

 

 そう、僕の運命の相手、そう、その名は……

 

「よっきゅぅぅんんん!!」

『会いたかったよ、桂馬君!』

「よっきゅん、ついに僕達は辿り着いたんだ。エンディングの向こう側へ!!

 あははは、あははははははははは!!!」

 

 

「……いや、これどういう願いよ」

「か、神様……」

「……ふふっ、変わってないなぁ、桂馬君」

「えっと……ノーラさん、きっとこれってコイツが好きな女の子なんじゃないかな?

 何かちょっと絵が変だけど」

「こいつにこそ心のスキマがあるんじゃないでしょうね……

 まあいいわ。それじゃあお前の大切なモノを、壊してあげる!!」

 

 

『ねぇ、桂馬君。桂馬君は私の事、どう思ってるの?』

「そ、そんなの……言えないよ」

『もし、桂馬君が言ってくたら、私も言っていいよ』

「よっきゅん……」

『桂馬君……ザザッ

 け……け……』

 

 彼女の様子がおかしくなったのを感じて、僕は彼女の方を向いた。

 そして見えたのは……

 

『け〝い〝ま〝く〝ん〝……』

 

 夕日をバックにドロドロに溶けていく彼女の姿だった……

 

「うわぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

「ふふっ、どう? 大切なモノを失った気分は!!」

「…………だ」

「?」

「ロードだぁぁああああ!!!!」

「!?」

「ロードロードロードロードロードロードロードロードロードロードロードロードロード!!!

 ロォォォォオドォォォォォオオオ!!!!」

「ひぃっ!?」

 

 僕はその体を拘束していた邪魔な何かを引きちぎり目の前の女に飛びかかった。

 そのまま重力に従って海面に落ちるが、そんな事はどうでもいい。

 

「ちょっ、ノーラさん!?」

「な、何なのコイツ!? 離して!!」

「……ダレだ。

 よっきゅんをコロしたのはダレだぁぁああ!!!」

「痛っ! 力強っ!?」

「お前たちはいつもそうだ。思いつきの盛り上げや浅薄な話題作りの為に簡単にヒロインを殺す。

 殺されるヒロインの気持ちになった事があるのかぁああああ!!!!」

「え、ご、ごめんなさい……?」

「よっきゅんを返せ返せ返せぇぇえええ!!!」

「いやー!!!」

 

 

 

 

 その追いかけっこは僕が力尽きてエルシィに引っ張り上げられるまで続いた。

 

「何なのよこの男! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!」

「あ、待ってよノーラさん!!」

 

 チッ、逃したか。まあいい。ロードすればいつでもまたよっきゅんに会えるからな!

 

「あ、あの……ごめんなさい。私のせいで桂馬君に迷惑かけちゃって……

 も、もう帰りますね。これ以上迷惑かけないように」

 

 天理は走り去ろうとするが、途中でその動きが止まった。

 

「いえ、天理。この者は見事にあの2人を追い払ってくれました。

 この者に、私たちを守ってもらいましょう」

 

 ……どうやら、中に居る存在が顔を出したようだな。







 亮の学力評価は1で、エルシィの0より何気に優秀だったりします。
 まぁ、評価が1以下なのってこの2人だけなんでどんぐりの背比べですけど。

 しかし、本当に亮の方が学習能力高いんですかね? こんな左右の区別も付かないような奴の方が。
 エルシィでもそのくらい……

エル「勿論分かりますよ! お箸を持つ手が右でお茶椀が左ですよね!」
桂馬「……お前、左利きじゃなかったか?」

 ……わ、分かると良いなぁ……


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04 演出

 同じ場所に留まっていたらノーラが帰ってくると危ないのでひとまず場所を移動する。

 舞島学園は夏休みでも普通に開放されていたので、適当な教室で腰を下ろした。

 天理の中の存在は鏡などを通じても喋れるらしいので、手鏡を机の上に置いてもらう。

 

「まずは……エルシィ、結界を張れるか? この教室全体に」

「お任せ下さい!!」

 

 これでノーラが乱入してくる事は無いだろう。

 ゆっくりと会話する事ができる。

 

「さて、あのよっきゅんを酷い目に遭わせたあの悪魔を追っ払うのは賛成だが……協力できるかどうかはまだ分からんぞ」

『そうですね。あなたに私たちを守れる力があると認めた場合の話です』

「そういう問題じゃねぇよ! って言うか何で上から目線なんだよ!!」

『少々遠回りしましたが、私と天理はその為に桂木家を訪問しました。

 あなたなら助けてくれる。天理がそう言っていたので』

「いや、話聞けよ」

 

 本当に何なんだコイツは?

 ……そこ、ハッキリさせてから動いた方が良さそうだ。

 

「おい、質問だ。

 『駆け魂』という言葉を知っているか?」

『かけたま、ですか? そう言えばあの人たちも言っていましたね。

 何なのですか一体?』

「……次、『旧地獄』『新地獄』。

 これについてどれだけ知っている?」

『……あなた、何者ですか?』

「質問しているのはこっちだ。時間が無いからサッサと答えてくれ」

『……仕方ありませんね。いいでしょう。

 旧、新といった区別については知りませんが、地獄についてなら知っていますよ』

「……次だ。お前は悪魔なのか?」

『いいえ、違います。

 私は……そうですね、人間に分かる一番近い概念で言うのであれば『神』に当たります』

「神、ねぇ……」

 

 旧悪魔でないなら天使だと予想していたが、意外な大物が出てきたな。

 妙な回りくどい言い方から察するに全知全能の神みたいなのとは違うんだろうけどな。

 

「じゃ、最後だ。

 旧悪魔の……悪魔の魂、持ってるか?」

『……天理、少し体を借ります』

 

 目の前の自称神は天理の体に移動してから、ぐるぐるに縛られた駆け魂を取り出した。

 

「これの事ですか?」

「……良かった、お前を差し出すような展開にならなくて。

 そうだ。それが旧地獄の悪魔の魂、『駆け魂』だ」

 

 センサーに反応があったから駆け魂の存在だけは確信していたが、この自称神自身が駆け魂だったら非常に面倒な展開になっていた。

 おそらく、こうやって雁字搦めに縛られていたから駆け魂の反応が遮られてたんだろう。たまに漏れ出ていたが。

 

「駆け魂……そういう事でしたか。

 封印から脱走した魂が旧悪魔、それを追う者を新悪魔と、そう呼んでいたのですね」

「そういう事だ。その駆け魂を差し出せばあの悪魔も帰ってくれると思うが……」

「何か問題でも?」

「……駆け魂ってのは人の心のスキマに入り込み、そう簡単には出てこない。

 ただ単にハイっと渡しただけじゃあ納得しないだろう。何か弱ってるし」

 

 逆に言えば、上手いこと演出すれば大丈夫だ。

 いつもみたいに心のスキマを埋める必要も無く、相手に事情を説明できるのでそれだけ楽だとも言える。

 命の危機さえ無ければな!!

 

「あ、あの~」

「ん? どうした?」

「えっと……攻撃されてるみたいです、この部屋」

「……はい?」

「だから、この部屋に張っておいた結界が攻撃されてるんです。多分ノーラさんです」

「……もう来たのか。どのくらい保つ?」

「数時間は余裕で持ちますけど……それやるとノーラさんに目を付けられそうで怖いです」

「適当な所で負けておかないとお前がつけ回されるのか……

 まあ、ずっとこもっててもしょうがないからな。結界を上手く破らせてから……全員で屋上に行くぞ!」

「は、はいっ!」

 

 ここで『演出』をやることも可能だが、万が一駆け魂が逃げ出した時の為に見晴らしの良い場所でやった方が良いだろう。

 

「私は……一旦隠れておきますね。話の続きはまた今度にしましょう。

 天理をお願いします」

 

 それだけ言って自称神は消えたようだ。

 こっちも訊きたい事はまだ山ほどあるんだ。さっさと解決させてもらおう。

 

「神様! あと5秒ほどで破られます!」

「よし、準備は良いな?」

「う、うん……」

 

 そして、パリィィンというガラスが砕け散るような音と同時にドアが吹き飛んだ。

 突入してきたのは当然、ノーラとそのバディー。

 

「はぁ、はぁ。ようやく追い詰めたわよ!!

 エルシィの協力者(バディー)の分際でよくも手間かけさせてくれたわね!!」

「見事な逆ギレだな。エルシィ、適当に妨害してくれ」

「りょーかいです! えいっ!」

 

 どうやらノーラの足を結界で固定したようだ。まさに足止めだな。

 

「な、何よこれっ! 外しなさいっ!!」

「いや、外す訳が無いだろ。じゃあな」

 

 そうして僕達は予定通りに屋上へと向かった。

 

 

 

「……ところでエルシィ、あの結界の強度どうした?」

「ご安心下さい! 2分ほどで勝手に割れるようにしておきました!」

「……結界だけは凄いよな、お前」

 

 

 

 

 

 

 屋上に着いたら演出の打ち合わせをする。

 幸いな事に今は誰も居ないようだ。良かった良かった。

 

「手順を説明するぞ。

 僕がそこのベンチの所で天理の駆け魂を出すフリをするから、エルシィはその影から良いタイミングで駆け魂を投げ上げてくれ。

 できるな?」

「大丈夫です! お任せ下さい!!」

「あ、あの……私は何をすれば……」

「お前は適当に合わせてくれ」

「う、うん……」

 

 少し待つと、屋上の扉が吹っ飛んだ。

 まったく、普通に開けられなかったのか?

 

「こ、今度こそ観念するのね!!

 いい加減に駆け魂を出させてもらうわ!!」

「その為に僕を痛めつけるのか?

 ハッキリ言って無駄だぞ。何故なら……僕達は愛し合っているからな!!」

「…………え?」

(おい天理! そこは合わせて恋人のフリをしてくれ!)

「ど、どどどどうしてそんな事しなきゃいけないの!?」

(たのむたのむ!!)

「おーい、愛し合ってるようには見えないけど?」

 

 ええい! この程度の演技くらいしてくれ! ただのフリだぞ!?

 

「しっかしお前、流石はあのエルシィの協力者(バディー)ね。

 『恋愛』なんかで心のスキマを埋めようだなんて、バカみたい。

 そんなの人間の中でも一番黒い感情じゃない。心のスキマが埋まるわけが無いわ」

「……フッ、なら貴様が知っている恋愛がその程度だったというだけの話だろう?」

「言うわね。だったらお前はその駆け魂を出せるって言うの?

 無理に決まってるわ! その娘はお前の事を憎んでるんだから!!」

 

 う~む、恋愛という言葉はこいつの中ではそういうものなのか。

 何か……可哀想な奴だな。

 

「天理、あいつはあんな勝手な事を言ってるが、どう思う?」

「わ、私は……私は、桂馬君を憎んでなんか無い!

 ずっと、大好きだったよ。桂馬君の事が……」

 

 いい演技ができるじゃないか。少々侮っていたようだ。

 

(よくやった。良いセリフだ)

「えっ?」

 

 やや強引だが、所詮はただの演出だ。これで問題ないだろう。

 流れるような動作で、僕は天理にキスをした。

 

(っっっっ! っっっっっ!!)

 

 天理がもがくが、ここは耐えてもらうしかない。

 後はエルシィが駆け魂を打ち上げてくれれば……

 

(えいっ!)

「あっ、駆け魂!? こ、こらー待ちなさいっ!!」

 

 これで、完了だ。







 まさかの追憶編カットのスピード解決でした。
 『駆け魂センサーに一定条件下でしか反応しない』という事を桂馬が真剣に考察すればこのくらいはできると思います。
 まぁ、原作では最初のセンサー音を聞き逃してきたので無理な話ですが。

 追憶編カットのもう一つの理由として、逃げるのが凄く難しかったんです。エルシィが強すぎて逃げる必要が全くないので。


 流石にこのまま放置は天理さんが可哀想なので後日談で追憶編を設けます。


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05 神と悪魔と

「よし、ノーラは行ったな。エルシィ、よくやった」

「いえいえ、神様のご指示に従っただけです!」

「じゅーぶんだよ。天理も無理言って悪かったな。なかなかの演技……天理?」

 

 気がついたら、僕の腕の中でグッタリしていた。

 って言うか、気絶してる……?

 

「て、天理!? おーい!!」

 

 

 

 結局、しばらく待っても復活しなかったので天理の中の自称神が出てきた。

 

「上手くやってくれたようですね。助かりました」

「天理は大丈夫なのか? 起きたら謝っといてくれ」

「謝る? 天理は幸せ過ぎて気を失ったんですよ。謝る事などありません」

 

 ん? どういう意味だ?

 いや、そんな事よりだ。

 

「話の続き、聞かせてもらおうか?」

「構いませんが……少々疲れました。また後日にしませんか?」

 

 確かに、今日は色々あったせいで結構疲れた。

 ゲームをして体調を回復せねば。

 

「……分かった、いつにする?」

「明日にでも伺いますよ。それでは」

 

 それだけ言い残して、自称神は去って行った。

 

「天理さん、家近いんですかね?」

「さあな。それより、ゲームはちゃんと持ってきてるか?」

「勿論ですよ! では帰りましょう!」

 

 

 

 

  で、翌日!

 

 

「こ、こんにちは……今日隣に引っ越してきた鮎川です……

 どうぞ宜しくお願いします……」

 

 そんな事を言いながら、天理がソバを持ってきた。

 

「って、隣!? 何で!?」

「いやねぇ桂馬、何でもなにも一昨日奥さんが挨拶に来られたじゃないの」

「アレって引越しの挨拶だったのかよ!!」

「ええそうよ。あ、折角だから引越しのお手伝いしてあげなさい」

「ゲーム溜まってるからヤダ」

 

ガシッ、 ドスッドスッドゴォッ!

 

「お手伝いしてあげなさい」

「は、はひ、いきまず……」

 

 無限ループにするならせめて殴るイベントを消してほしい。

 

 

 

 

 

「あ、ありがと、桂馬君。手伝ってもらっちゃって」

「いや、いいんだよ。どうせお前の中の奴と話さなきゃならんしな。

 ……そう言えば、あいつ名前とかあるのか?」

「うん、ディアナって言うんだって」

「ふ~ん……」

 

 ディアナ……確か月の女神だったか? 狩猟と貞節も司っていたはずだ。

 尤も、人間に伝わる神話がどれだけ正しいかは疑問だが。

 

「これで大体終わりか。じゃあどこで話すか。

 お前の部屋で良いか?」

「ふえっ!? えっと、その……」

「ん? ダメか? じゃあ僕の部屋で……」

「い、いや、あ、あの……

 わ、私の部屋で……」

「分かった。エルシィ居るかー?」

 

『はーい! 今行きまーす!』

 

「よし、向こうも大丈夫みたいだな。

 ん? どうした天理?」

「そ、そうだよね、妹さんもだよね。何でもないよ。うん……」

 

 良く分からんが……僕達は天理の部屋へと移動した。

 

「さて、何から話せば良いのやら。

 まず改めて、お前が何者なのかじっくりと聞かせてくれ」

『……確かに、昨日よりは気の利いた解答ができそうです。

 私は……あなたたちが追っている存在、悪魔(ヴァイス)を封印していた存在です』

「ヴァイス?」

『駆け魂の事です。当時、私たちが封印した陣営の悪魔はそう呼ばれていました』

「ああ、そういう事か、当時は脱走なんてしてないもんな」

 

 旧悪魔の封印か。ハクアもそんな事を言っていた気がするな。

 

「封印は新悪魔が行ったと聞いたんだが?」

「そうですよね。私も授業でそう習った記憶があります」

『ふむ……その封印、いつ頃の話ですか?』

「え? 確か……300年くらい前だった気がします」

『300年ですか……人間ならまだしも悪魔の記憶や記録が風化するには早すぎますね。

 何者かが隠蔽しているのでしょうか?』

「そんな陰謀論は今はどうでもいい。封印について……新悪魔と旧悪魔の戦争について話してくれないか?」

『アルマゲマキナの事ですね。いいでしょう。

 

 ご存知の通り、悪しき悪魔たちとそれを覆そうとした悪魔たちとの戦争でした。

 その戦いは熾烈を極め、地獄だけでなく三界、人間界と天界までもを危機に晒しました。

 だから天界が、私たちが新悪魔たちと協力し、悪しき悪魔を封じたのです』

 

「天界……そうか、お前天界の出身だったんだな」

『ええ。その通りです。

 

 天界の中でも秀でた霊力を持っていた我々が封印の人柱となったのです。

 しかし、気がついたら封印は解かれ、私は駆け魂と共に人間界に居たのです』

 

「……封印、解かれてるのか」

『ええ。私がここに居るという事はそういう事でしょう』

「陰謀の匂いしかしないなぁ……」

 

 これ以上面倒になるなんて勘弁してほしい。

 

「……あ、そうだ。お前どうやって天理と出会ったんだ?」

『……その前に私から質問ですが、あなたは10年前の事は覚えていないのですか?』

「10年前? 何の事だ?」

『本当に、覚えていないのですか? あなたという人は……』

「い、いいんだよディアナ。もう10年も前の事なんだもん。

 桂馬君が覚えてなくても無理はないよ……」

『ハァ……仕方ないですね。

 桂木桂馬、せめてヒントを出すので自力で思い出してください。

 10年前、夏休み、舞島海浜公園、校内キャンプ、あかね丸、洞窟、地震』

「うん? ん~…………」

 

 10年前の夏休み、かなり時期が限定されたな。

 校内キャンプ……そう言えばそんなのがあったな。

 僕の、僕達の通っていた小学校では夏休みの登校日、近くの公園の人口浜で校内キャンプになるのが恒例だった。

 その時、何かあったのか……?



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06 追憶

  ~10年前 舞島海浜公園~

 

「皆~、潮干狩り楽しんでる?

 あ、桂馬君? ゲームしてないで遊ぼう?」

「海なんてゲームで行けば暑くないし濡れないからいいよ」

「それじゃあ海の意味が無いでしょうが!!」

 

 僕はあの時もゲームをやっていて、何故か担任に怒られた。

 鬱陶しかったんで近くに停まっていたあかね丸の甲板の上でゲームしてた。

 しばらくゲームをしていたら……地震が起きた。

 ほんの軽い、震度3くらいの地震だったと思う。

 だけど、何故か周りが海になってて、帰れなくなってたんだ。

 

 

  ~~~~~~~~~~~~

 

 

「……神様、よくそんな凄い事件を忘れてましたね」

「いや、帰れなくなったって言っても陸地は普通に見える距離だったから頑張って泳げば帰る事は不可能ではなかった。

 持ってきたゲームを濡らさずに帰るのが難しいってだけで」

「……10年前からそんな感じだったんですね」

「続けるぞ」

 

 

  ~~~~~~~~~~~~

 

 

 そうやって取り残された後も1時間くらいゲームして待ってたんだけど、助けは来なかった。

 ……そう言えば、もう1人近くに誰か居た気がする。

 確か、大きなリボンを2つ付けてた女子……

 ……あ、天理か。お前居たのか。すっかり忘れてたな。

 

 え? そんな大事な事を忘れるなって? いや、大したことじゃなかったからな。

 え? 天理にとっては大したこと? はいはい、分かったから次行くぞ。

 

 1時間待っても誰も来なかったんで自力での脱出を試し始めたんだ。

 船の上にあった布とかを結んで垂らして船から降りた。

 ……そう言えば、船の近くは海じゃなくて砂浜みたいになってたな。船自体も何かボロボロになってた気がするし、考えてみればかなり異常事態なんだが……何だったんだろうなアレ。

 ……脱線したな。んで、確か船の下の方に穴があって、入ってみたら洞窟になってたんだ。

 洞窟ってRPGじゃよく出てくるけど現実で入るもんじゃないな。中は薄暗くて、先がどこに続いてるかも分からなかった。

 僕は天理に待つように言った気がするが、結局付いてきて……ライト代わりにゲームを貸したな。

 モニターのバックライトなんてたかが知れてるが、2人で両手に1つずつ、合計4つで照らせば多少はマシだった。

 奥に進んでみるとなかなかに広い洞窟だった。方向的には陸地の方だったんでそのまま探索を続けた。

 その後は……

 

 

  ~~~~~~~~~~~~

 

 

「その後は? その後はどうなったんですか!?」

「落ち着けエルシィ。その後はあんまりよく覚えてないんだよな」

『そこからが大事なのではありませんか! どうしてそこを忘れているのです!!』

「あった事っていってもだなぁ……」

 

 

  ~~~~~~~~~~~~

 

 

 あった事……あった事……

 ……ああ、そうだ。天理が泣き出した記憶があるな。

 

 ……おいディアナ、ドヤ顔するな。天理が恥ずかしそうにしてるぞ。

 おいおい気にするなよ。小学生が洞窟に取り残されたらそりゃ泣くから。

 え? 僕は泣いてなかった? そりゃあ僕は神だからな。

 何だと? 人間が神を騙るな? ふっ、現実(リアル)の神風情が本物の神に物申すとは良い度胸……え? 続き、ったくしょうがないな。

 

 えっと、天理が泣き出して、更に腹も減ってたみたいだから弁当を渡したな。天理の分の弁当は荷物ごと荷物置き場に置きっぱなしにしてたんだったかな?

 あと、飴とかも押しつけた記憶がある。甘い物が苦手だからちょうど良かった。

 

 ん? 僕の分の食料? ゲームがあれば生きていけるだろ?

 

 んで、その後天理と適当に会話して……また地震が起こった気がするな。最初の時よりもずっと強いやつが。

 これ以上は……思い出せないな。

 

 

  ~~~~~~~~~~~~

 

 

『そこですよそこ!! どんな会話をしたのかです!!』

「いや、そこまでは流石に覚えてないよ。

 天理だってそこまで細かくは覚えてないだろう?」

「……流石にセリフ全部は覚えてないけど、内容は覚えてるよ」

「……マジか」

『当然です。桂木桂馬、これが正常な人間です!!』

「いや、あの、あの時の言葉は私は印象に残ったってだけで、桂馬君から見たらそんな大した事じゃなかったんだと思う。

 だから、忘れてても大丈夫だよ」

『天理は甘いですね。それも天理らしさですけど』

「ところで、どんな内容だったんだ?」

「あ、えっと……本当に大した事じゃないから、気にしないで」

「そうか。その後は……どうなったんだ?」

「ここから先は覚えてなくてもしょうがないかな。

 あの時は、桂馬君は上から降ってきた石か何かに頭をぶつけて気絶してたから」

「……道理でその頃の記憶が曖昧なわけだ」

『ここから先の話があなたの質問に関わってきます。

 どうやって私と天理が出会ったのかという質問に』

「なるほどな。それじゃあ続きを教えてくれ」

 

 

  ~~~~~~~~~~~~

 

 

 天理の記憶では……あなたが倒れた後、洞窟の奥の方から青白い幽霊のようなものの大群が現れたのです。

 恐らくあの全てが旧悪魔(ヴァイス)の魂、駆け魂だったのでしょう。

 駆け魂達はその場に居た人間、天理に一斉に襲いかかりました。

 幸い、天理に心のスキマは見当たらなかったらしく取り憑かれる事はなかったのですが……幼い子供にとって幽霊が一斉に襲いかかってくる様は恐怖でしかなかったでしょう。

 天理は健気にも気絶したあなたを抱えて耐えていました。

 

 その時でした。私が天理と出会ったのは。

 封印から解き放たれた駆け魂と一緒に居た私は天理の助けを求める声を聞いて駆けつけたのです。

 私の全盛期の霊力があればあの程度の魂だけの存在など一掃できたのですが……封印が解けたばかりの私にはそこまでの力はありませんでした。

 天理の体の中に入り、あなたを抱えて洞窟を駆け抜けるのが精一杯でした。

 

 結局どうやって戻ったか、ですか?

 簡単な事です。洞窟の奥の方はちゃんと陸地に繋がっていたのですよ。

 確か……あの舞島学園の寂れたシアターに繋がっていました。

 え? 何でそんな所に出たのか? 私に訊かないで下さい。

 

 

 

  ~~~~~~~~~~~~

 

 

『これが、10年前のあの日に起きた全て……ですね。

 地震のせいでいくつか家も倒壊したので、その時に天理は引っ越したのですよ』

「そう言えばウチも崩れたな。ゲームが割れてショックだった記憶がある」

『またゲームですか……』

「う~ん、頭が良いに~さまが忘れるなんて珍しいって思いましたけど……もしかしたら頭を打ったせいだったのかもしれませんね~」

「……どーだろうな」







 追憶編という事でこんな形式で書いてみましたがいかがだったでしょうか?

 桂馬の記憶という事なので、天理との会話は流石に忘れているだろうと判断してカットしました。原作を知っている方は原作通りだと思っていただければ。原作を知らない人がもし居るなら……何か桂馬が良い感じの事を言ったんだと察してください。


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『純真』の女神ディアナ

『しかし、これでもう桂木さんも天理を忘れないでしょうね。

 何せ2人は口づけまで交わした仲なのですから!』

「ちょっ、ディアナ!? な、何言ってるのよ!!」

 

 現実(リアル)のとはいえ神がそう簡単に忘れるとは思ってなかったが……やはり記憶は残っているのか。

 そして天理も残っていると。

 記憶の消去を受けていてもなお覚えているのは……女神の加護、みたいなもんなのか?

 ……単にノーラが報告してないだけかもしれんが。

 

『何もおかしな事は言ってないでしょう。あれほどの事をしたのですからもう恋人も同然です。

 ああ、言っておきますけどあれは天理の初めてのキ……』

 

パリィィン!

 

 天理が鏡を床に叩きつけた。さもありなん。

 

「ああっ、ガラス危ないですね。お掃除します」

 

 エルシィが手慣れた動作で箒を取り出した。

 

「出力、大丈夫だろうな?」

「え~っと……はい、大丈夫です!」

「よし、やれ」

 

 使い方さえ間違えなければ非常に便利な箒で掃き掃除を始めた。

 

「あ、あの……桂馬君」

「ん?」

「その、ディアナの言うことは気にしないでね。あれがお芝居だって事は、分かってるから……」

 

 ああ、良かった。これで天理にまで暴走されたらエラい事になってた。

 天理が手綱を握っててくれるなら何とかなるだろう。

 

『それでは困るのです!!』

「あ、生きてたのか」

『鏡はあくまで写像ですから。本体はずっと天理の中に居るのでダメージはありません。

 そんな事より、あなたには天理と結婚して欲しいのです!!』

「ディアナああっっ!?」

「随分と話が飛んだな。どうしてそうなった」

『実に簡単なロジックです。

 封印が解かれた以上、私はその原因を調査しなくてはなりません。

 しかし、今の状態では不可能。全盛期の頃かそれに近い力を取り戻す必要があります。

 その為には、『愛』が必要なのです!!!』

「あい……?」

『ええ、『愛』です!!

 悪魔が負のエネルギーを糧とするように、我々は愛の力で育つのです!!』

「おい、言ってて恥ずかしくないのか?」

『事実ですから。

 実際にキスのおかげで私は頭のリングまで取り戻しました』

「……ん? リング?」

『おや、見えませんかね? 天理、少し体を借りますよ』

「えっ? ちょっ!

 …………」

 

 体の主導権がディアナに切り替わったようだな。

 それと同時に、頭上に光る輪っかが出現した。今までは鏡とかの枠が小さくて見えなかったらしい。

 頭のリング……いわゆるエンジェル・ハイロゥだな。やっぱり神と言うより天使に近くないか?

 いや、天使の上位って意味で神と名乗ってるのか?

 

「そういう事で、天理とあなたが結婚すれば天理も幸せだし私の力も復活します」

「いやいやいやいや、そんな理由で結婚できるか!!

 大体、芝居のキスしかしてないだろうが!!」

「それで十分ではありませんか!

 口づけというものは……生涯これと決めた1人にだけ許すものです!」

 

 ……そう言えば、ディアナが司るのは月と狩猟と……貞節。

 意外と正しいのかもな、神話。

 

「さぁ、責任を取ってもらいます!!」

「おい、ちょ、待て!!」

「待ちません! さぁ、結婚を……あ、て、天理、抵抗しないで……あっ!

 ご、ごめん桂馬君! 今のは忘れて! ディアナが勝手に言ってるだけだから」

「……忙しい奴だな」

 

 さて、そろそろ帰ろうか。

 ……しかし、お芝居のキスだけでアレか。

 駆け魂狩りで2回に1回ほどキスしてる事や、丁度そのキスをした奴と同じ屋根の下で暮らしてるってなったら……どうなるんだよ。

 神相手に錯覚魔法って効くのか? 隣に住んでいる以上、かのんの事は近い内にバレるだろうから何とかしなくては。







 というわけでここで一区切り、天理編終了でした!
 天理のパートナーは原作通りにディアナです。ここを変えると説明が色々と面倒だし、天理の性格を考えても下手な人と組ませると面倒な事になるので……

 というわけで、例の企画を復活させてみましょ~。参加者どれだけ居るか分からんけど。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=168568&uid=39849

 相変わらずの性格極悪で鬼畜難易度なので心の広い方が参加する事をお勧めします。
 参加状況次第で廃止するかもしれません。一応執筆する上で役立ってたりするんですけどねコレ。

 次回はトランプ引いて次のヒロイン……ではなく、更なる後日談でも書いてみます。
 今回かのんが一切出てないので、顔合わせ回(修羅場回)を。
 え? ルビがバグってる? 仕様です。
 まぁ、内容はまだ未定なので本当に修羅場になるかは分かりませんが……

 それでは、また次回お会いしましょう!


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天理編あふたー
前編


「たのも~!!」

 

 僕が夏休みのゲームライフを満喫していたらできれば聞きたくないような声が聞こえてきた。

 毎週のように聞いているその声、そう、七香である。

 

「お前……今日は日曜じゃないぞ?」

「そんくらい分かっとるわ。

 せやけど、次の日曜はちょっと用事があるんで早めに来させてもらったわ」

「……そうか、そっちも夏休みだったな。

 だが、僕が居なかったらどうするつもりだったんだ?」

「どうせいっつもゲームやっとるだけの桂木が外出するわけないやん」

「…………」

 

 それは正論ではある。

 ただ、何事にも例外というのはあって、2~3日後には父さんの実家に行く事になっていた。

 僕としてはずっと家でゲームしてたいんだが、母さんがうるさいからな。

 

「本当は夏休みの間はずっと通い続けたいんやけど……桂木の都合もあるし流石に無理やろ?」

「週一すら鬱陶しいんだがな。今日もさっさと終わらせるぞ」

 

 

 

 

     で!

 

 

 

「ぐぬぬぬぬ……」

「…………」

「……ダメや。投了!」

 

 やれやれ、やっと終わったか。今回は少し疲れた気がする。

 

「う~ん、あと1手やったのになぁ」

「ん? そこまでか?」

「え? もしかして気付いとらんかった?

 せやったら……ほい」

 

 投了はしたはずだが、七香は駒を進めてきた。

 少し気になるな。付き合ってやろう。

 

「……こうだな」パチッ

「じゃあこっち」パチッ

「……」パチッ

「……」パチッ

「…………こうだな」パチッ

「ほいっと」パチッ

「………………これか」パチッ

「これや」パチッ

「何だと!? ………………いや、これだ」バチィッ

「ん~……やっぱり投了や。

 ほらな? 1手差やろ?」

「そのよう……だな」

 

 あ、危なかった。応手を少しでもミスしていたら逆に詰まされていた。

 神であるこの僕をここまで追い詰めるとはな……

 

「……お前、強くなってるな」

「トーゼンや! 桂木なんてもう少しで追い抜かしてしまうで!」

 

 マジで追い抜かされる気がしてきた。

 ……少し、鍛えておくか。ギャルゲー攻略に差し障りの無い範囲で。

 

 

「七香さん、お茶入れたけど……もう終わっちゃった?」

「せやな、お茶だけは貰っとくわ。ありがとな、まろん」

 

 気を利かせたかのんがお茶を運んできた。

 なお、他にお茶を持ってきそうな母さんとエルシィは今は買い物中で留守のようだ。

 しっかし、アイドルが人の家でお茶でもてなすってどうなんだ? 我が家に馴染みすぎている気がするが大丈夫なんだろうか?

 

「ぷは~、ごちそうさん。今日もありがとうな。また今度」

「ああ」

 

 認めるのも癪だが、七香はゲームしながらあしらえる程度の存在ではない。ゲームしながら対局なんてしたら普通に負けそうだ。

 でもまあ、これでようやくゲームができそうだ。

 

「……ん?」

 

 PFPに手を伸ばそうとしたら、床に何か落ちているのが見えた。

 落ちていたのは、将棋の駒の一つである桂馬。

 うちに将棋セットは置いておらず常に七香が持ち込んでいるものを使っているのだが……どうやら七香が回収し損ねたらしい。

 

「やれやれ……」

 

 急げば追いつけるか? 追いつけなかったら……後で何とかしよう。

 

 

 

 

 

 

 桂馬くんはいつも対局後はすぐにゲームを始めるので七香さんの見送りとかは一切しない。

 なので、居るときはいつも私がしている。

 

「いや~、いっつも見送ってもろて悪いなまろん」

「別に大丈夫だよ~」

「しっかし、ここって一応桂木の家やったよな? 家主が見送らずに従妹だけが見送るってどうなん?」

「桂馬くんってそういう所が無頓着だから、私が何とかしないとね」

「そのセリフ、何や嫁さんみたいやな」

「よ、嫁って、そんなんじゃないから!!」

「ははっ、んじゃ、またな~」

「もう……」

 

 七香さんがガチャリとドアを開け放つ。

 するとそこに……誰かが居た。

 

「あ……あぅ……」

「? 一体誰や?」

「あ、あの……その……」

 

 だ、誰? 見たことのない女子だ。

 黒髪で三つ編みドーナツで大きなリボンを2つ着けてる女子……

 

「もしかして、鮎川さん?」

「は、はい……」

 

 うちの隣に引っ越してきた鮎川天理さんだね。いや、私のうちじゃないけどさ。

 桂馬くんの幼馴染みで女神の宿主、か。

 

「桂馬くんに何か用事?」

「その……あの……」

 

 どうも口が回る方ではないらしい。特に急いでいるわけでもないのでのんびり付き合ってあげよう。

 そんな事を考えていたら居間の方から桂馬くんがやってきた。

 

「おい榛原、駒忘れてるぞ」

「ん? お、ホンマや。サンキューな」

「ああ。ん?」

 

 桂馬くんが鮎川さんに気付いたようだ。その表情は少しだけ引き攣っているような気がした。

 対して鮎川さんの方は……表情を険しいものに変え、その頭上にはリングが浮かんでいた。

 

「……どういう事ですか、桂木さん」

 

 ……貞節の女神、ディアナさんのお出ましのようです。

 そんな中、「なんや、修羅場か?」と楽しそうにしている七香さんのセリフが凄く印象に残った。







 導入時の七香さんの汎用性がパナイです。
 一応補足しておくと七香さんと天理はこの時点では初対面ですね。まだ夏休みなので。
 その上お互いに私服なので「あ、同じ学校の人なんだ」ともならないですね。


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中編

 避けては通れないだろうとは思っていたが、予想以上に面倒な時にやってきたな。

 

「天理という相手が居ながら、他の女性を2人も家に連れ込んでいる。

 どういう事なのか、説明して頂けるんでしょうね?」

 

 この女神、予想通りに面倒な感じになってるな。

 はてさて、どこまでごまかしが効くものなのやら。

 ……差し当たっては……

 

「何や何や? 修羅場か? 桂木ってモテるんやな~」

「お前は黙ってサッサと帰れ。帰って特訓でもしてろ」

「あ~、せやな。また今度。さいなら!」

 

 地獄だとか女神だとかの事情を全く知らない七香には早々にご退場願った。その辺にいちいち気を遣って話すなんて面倒だからな。

 しかしアッサリ帰ったな。特訓でもしてろという僕のセリフが効いたのか、それともディアナの矛先が自分にも向いている事を察して逃げたのか……

 

「で、ディアナで良いんだよな? 説明するからとりあえず上がってくれ」

「そんな事を言って、逃げたりしないでしょうね?」

「しないしない。サッサと来い」

 

 正直言うと逃げたいが、仮に逃げた所で家は隣り同士だから逃げられないだろう。

 

「私はどうすれば良いかな?」

「一緒に来てくれ」

 

 確かめなきゃならん事もあるからな。

 

 

 

 

 

 

 ひとまず3人で居間まで移動した。

 僕の隣に当然のように座ったかのんをディアナが凄い目つきで睨みつけている。女神がそんな顔して大丈夫なのか?

 睨みつけられているかのんもいつものアイドルスマイルが心なしか引き攣っているようだ。

 

「では、説明して下さい」

「ちょっと待て、あと少しでセーブできる」

「こんな時までゲームですか!? 何を考えているんですか!!」

「……よし、セーブできた。

 んじゃあまずは……これ何本に見える?」

 

 指を3本立ててディアナに突きつけてみる。

 

「バカにしているんですか!?」

「大事な事だ。答えてくれ」

「……3本ですね。それがどうかしたんですか?」

「では次、()()、何色に見える?」

 

 本命の質問として、かのんの髪を指差しながら問いかけた。

 かのんの本来の髪色がピンク系の色なのに対して、『西原まろん』の設定は黒髪ロングだ。錯覚魔法が効いているか否かの判断にはうってつけってわけだ。

 さて、結果は?

 

「黒ですね。何か関係があるんですか?」

「……分かった。変な質問に付き合わせて悪かったな」

 

 女神まで誤魔化してるのかよこの錯覚魔法は。凄い性能だな。

 まあ、そういう事であれば『中川かのん』ではなく『西原まろん』を紹介すれば問題ないな。

 

「まず、先に帰ったあいつ、榛原七香についてだが、アレは将棋仲間だ」

「ショーギ? ショーギとは何ですか?」

「知らないのか? 天理も?」

「ちょっと待ってください……ああ、ありました。名前だけは知っていたようです。

 2人対戦型のボードゲームの一種ですか」

「ああ。毎週のように押しかけて一局対戦して帰ってくだけだ。

 決してやましい関係ではないと断言しておこう」

 

 付け加えて言うのであれば、七香の方も僕の事を恋愛的な意味で意識した事は無いだろう。

 もし恋愛感情がひとかけらでもあるなら修羅場に遭遇して他人事みたいに楽しそうにしたりしないだろうからな。

 

「どうだ、納得したか?」

「一週間に1回のペースで二人きりで将棋をしていると。そういう事ですね」

「ああ。そういう事だ」

「年頃の男女が二人きりで……十分やましい事ではありませんか!!!」

「何故そうなった!?」

「いいですか? 天理以外の女性とは一切会話してはいけません! 肝に銘じておきなさい!!」

「そんな縛りを設けて生活できるか!!

 ……いや、意外とできるか」

「桂馬くん!?」

 

 ゲームやるのに口は要らないからな。日常生活にあまり支障は出なかったりする。

 駆け魂狩りの時はかのんと、ついでにエルシィとも密に連携を取る必要があるから厳しいな。

 ……いや、ボイレコを通じて話せばイケるか?

 

「って、違う違う。

 厳しすぎるだろうが! うちの家族にまで嫉妬するつもりか!?」

「むぅ……確かに家族とも話せないのは困りますね。天理も父親と会話はしていますし。

 仕方ありません、家族との会話は許してさしあげましょう」

 

 家族がセーフとしても十分厳しいがな。

 だが好都合だ。先にもう1人に関してを済ませてしまおう。

 

「……そうかそうか、家族はセーフか。なるほどな。

 じゃ、こっちの従妹はセーフだな」

「ん? イトコ?」

「まろん、自己紹介してくれ」

「うん。初めまして、天理さんとディアナさん。

 桂馬くんの従妹の西原まろんです。

 引っ越していらっしゃった時は挨拶できなくて申し訳ありませんでした。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます」

「い、イトコ……従妹ですか」

 

 大分動揺しているみたいだな。僕とかのんの事を恋人か何かだと思ってたのか?

 七香はまだしも、平然と家の中まで付いて来てるんだから家族・親戚を疑ってもよさそうなものだけどな。

 ……まぁ、実際には本当に赤の他人なわけだが。

 

「ちょっと待ってください。どうしてただの従妹が私の名前を知っているんですか?」

「私もそっち方面の関係者だからね。ほら」

 

 かのんが自分の首を指し示す。

 そこには僕やエルシィが着けている物と同じ、契約の証である首輪が存在していた。

 

「地獄と契約を結んだ、と言うより結ばされた証だ。

 ドクロウの奴、いつかぶん殴る」

「そ、そうですか」

 

 僕の神聖なるゲームライフを粉砕したドクロウへの恨みは手紙一通程度で晴れる事など有り得ない!

 次に手紙を送る時は爆薬でも仕掛けておくか。読み終えたら自動的に爆発する感じのヤツを。

 

「……そう言えば、その地獄との契約。その辺については前回はあまり話せませんでしたね。

 今の地獄の情勢なども含めて教えていただけないでしょうか?」

 

 ……さて、どこまで誤魔化せるだろうか?







 七香と会う前は天理もディアナも将棋に関してはほぼ知らないとしておきました。プレイヤーが2人必要なゲームを天理が好んでやっていたとは到底思えないので。
 原作の4コマでは天理も結構な実力者になってましたが……学力5(桂馬と同格の評価値)を生かして頑張って覚えたんでしょう。きっと。


 話の途中で七香さんの件がディアナさんの頭からすっぽ抜けています。従妹ショックの影響ですね。
 実は最初はちゃんと追求する展開を考えていたのですが、実際に書いてみたら予想以上に険悪な雰囲気になってしまい、凄く後味が悪そうな展開になりそうだったので断念しました。
 面白い修羅場を書ける能力が欲しいです。切実に。


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後編

「……どこまで話したっけ?」

「そうですね、封印から解き放たれたヴァイスの魂を新悪魔の人たちが追っているという事ですかね」

「それしか話してなかったか」

「はい。あと、ノーラという人とエルシィという人が新悪魔……ですよね?」

「そうだな」

 

 こんな所で嘘を言ってもしょうがないので肯定しておく。

 

「じゃあそうだな、僕の立ち位置についても説明しておくか」

「確かに気になっていました。ただの人間が地獄に関わっているなんておかしいですからね」

「ホントおかしな話だよ。

 ヴァイスの魂を追う新悪魔……駆け魂隊の悪魔は……人間の協力者と契約をするらしい」

 

 原則1人という事を言おうとしたが、そうなると特例で2人居る現状を説明しなければならなくなり、そこから突っ込んだ質問をされかねないのでボカしておく。

 

「人間の協力者ですか。それがあなた達というわけですね」

「そういう事だ」

「しかし、どうしてわざわざそんな事をするのでしょう? 悪魔だけでは駆け魂は処理できないのですか?」

「…………そういう事を考える上の連中と直接話したわけじゃないから推論が混ざる。それでも良いか?」

「構いません。お願いします」

「僕が思うに大まかに分けて2つ。

 まず、悪魔の暴走を防ぐ為。

 ノーラの件を見れば分かるように、僕を、人間を容赦なく殺しにかかるような悪魔も居る。

 そういうのの暴走を防ぐ為に必要なんだろう。

 駆け魂攻略も悪魔が率先して行うのは『原則禁止』らしいからな」

「……その割にはあのノーラという人は暴走してましたよね?」

「バディーがアホだったんだろう」

 

 ノーラも建前としては『バディーが無能だから』みたいな事を言ってたしな。

 まさかとは思うが、上の連中はそれを見越してあのアホバディーをノーラに付けたんじゃないだろうな?

 

「で、二つ目。こちらが大きな理由だと思うが……

 駆け魂を攻略するには人間が向いているから、だな」

「攻略ですか?」

「ああ。前にサラッと言ったが駆け魂というのは人の心のスキマに隠れている。

 そのスキマを特定し、そして埋める事で駆け魂はようやく外に出てくる。

 人の心を理解するのは悪魔よりも人間の方が遥に向いているだろう?」

「なるほど、そういう事であれば人間に協力を求めるのも納得ですね」

 

 あくまでも推測に過ぎないが、そういう事だろう。

 しっかし、そういう理由でこのルールが作られてるって事は昔に暴走して人間を虐殺してまわってたような悪魔が居たんじゃないだろうな?

 ……考えてもしょうがないか。今はルールがあって僕達は巻き込まれている。これが全てだ。

 

「ところで一つ、疑問があります。

 その駆け魂の攻略。具体的にはどのような事をするのですか?」

 

 ついに来たか。この質問。

 この受け答え次第では非常に面倒な事になる。怪しまれない範囲で上手いこと誤魔化す必要がある。

 

「方法は様々だ。その人の悩みを解消したり願いを叶える事で心のスキマは埋まる。

 例えばノーラの場合、『天理が僕を憎んでいる』というあいつの思い込みが仮に正しかったなら僕を痛めつけた時点で恨みが晴れてスキマが埋まる……なんて事になるわけだ」

「有り得ない仮定ですね。何故あそこまで思い込んでいたのでしょうか?」

「どうせ失敗したらその時はその時だとテキトーに考えてたんだろうな」

 

 駆け魂を逆に成長させてしまったとかいう噂もあながち嘘では無いのかもしれない。

 その場合、何故あいつがクビにならないのかという新たな疑問が浮上するが。

 

「で、僕の場合はその時々に応じて様々だ。

 親に反抗できなくてスキマができてしまった奴には反抗の為の勇気、きっかけ、手段を与えてやったな。

 憧れの人と仲良くなりたがっていた奴はキューピッド役を演じた。

 道標になろうとして、孤独と不安で自分を見失ってた奴は……上手いこと励ました。

 あとは……西原、一つ頼む」

「えっと……あの人の事だね。

 自分が得意な勝負事であっさりと負けちゃってスキマができちゃった人には敗北にもちゃんと価値があるんだって事をじっくりと教えてあげたよ」

 

 大体こんな感じか。恋愛による攻略を除けば。

 ちひろの件は心のスキマの原因がかなり違うが、あくまでたとえ話なんだし余計な事は言わないで良いだろう。

 

「……何というか、割とショボいですね」

「そういう事は実際にやってみてから言ってくれ。抱えてる悩みを吐き出させるだけでも恐ろしく大変なんだぞ?」

「そ、そうですか。申し訳ありません。

 攻略については大体分かりましたが……」

「まだ何かあるか?」

「当然です。学校の屋上で天理にキスをしたのはどういう事ですか?」

 

 やっぱり訊かれるよなそこ。

 攻略のフリと称してやった事だ。キスを伴う攻略についても当然訊いてくる。

 

「エルシィ曰く、心のスキマを埋める一番の方法は『恋愛』だそうだ。キスできるレベルまで仲良くなれば上出来らしい。

 あの時は切迫してたんで分かりやすい見た目のインパクトが必要だったからああしたまでだ」

「恋愛……そうですか。

 桂木さん、つかぬ事を伺いますが……

 

 

 ……天理以外の女子とキスなどしていないでしょうね?」

 

 

 この質問も来ると思ってた。

 勿論、ちゃんと返答も考えてある。

 

「ハッ、そんなわけが無いだろう。

 何で好き好んで3Dの女子とキスせにゃならん」

「そうですか? その割にはずいぶんと手慣れていたように見えましたが?」

「そうか? まあ僕は神だからな。現実(リアル)如き大した事は無い」

「…………」

 

 ディアナがじーっとこちらを見つめてくる。

 こちらは決して目を逸らさない……などというあからさまな事はせず、飄々と受け流す。

 

「……まあいいでしょう。

 念のため言っておきますが、これからも恋愛などという手法は使ってはいけませんよ。

 あなたには天理という相手が居るのですから」

「相手云々はともかく、恋愛に関しては心配するな。

 そんな面倒な方法はわざわざ使わんから」

「……そうですか。では、今日はそろそろ帰らせていただきます」

「ああ、じゃあな」

 

 そう言ってディアナは帰って行った。

 何とか……乗り切ったようだな。

 

 

「ふぅ、疲れた」

「お疲れさま、桂馬くん」

 

 ひとまずは誤魔化せただろう。

 七香とかのんが居る所に突然現れた時はどうなるかと思ったがな。

 エルシィが居なかったから何とかなったという面もあるかもしれない。あいつが居たら何かしらやらかしてた気がするから。

 

「……中川、女神についてどう思う?」

「そうだね……駆け魂を封じていた存在なんだから味方になってくれれば心強いと思うよ。

 けど、制御するのが凄く大変そうだね。神様だったらああいう性格なのはしょうがないのかな?」

「女神……か。

 そう言えば、女神ってあいつの他にも居るのかな?」

「えっ? 確かに……そうだね。

 1人居たんだからもう2~3人居てもおかしくないかもね」

「……あんなのが沢山居るとか勘弁してほしいな」

「そ、そうだね」

 

 上手いこと味方になってくれるなら、攻略せずに駆け魂だけを捕えるみたいな芸当ができても不思議ではない。

 探してみるか?

 ……いや、ノーヒントで捜せってのは無茶だ。

 しばらくは普通に駆け魂を狩るしかないか。

 

 

「……あ、そう言えば」

「どうしたの?」

「天理の奴、結局何しにきたんだ?」

「……あれ?」

 

 







『はっ、しまった!
 天理を桂木さんと交流させるはずだったのにすっかり忘れてました!!』
(よ、よかった。突然話せって言われても何も話せないもん……)
『何をホッとした顔をしているのですか! 今からまた行きますよ!!』
「い、今から!? 今日はもういいよ!!」


 なんて会話があった可能性が無きにしも非ず。

 というわけで後日談終了です。
 修羅場にするつもりだったんですが、上手いこと修羅場になりませんでした。
 う~ん、難しいです。
 いつもはボロを出すエルシィが居らず、かのんは恋愛的なアピールを一切しないのでよっぽどの無茶をしないと事件にならないんみたいですね。

 駆け魂狩りに関してかなり誤魔化したのでディアナさんの知識量が原作と結構乖離している気がします。
 攻略対象が常に女性だという事も知らなければ記憶消去される事も知らないという。
 大丈夫かなぁ……? なんとかできるように頑張ります。

 では、また次回!!


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奥山村五行家連続殺人事件!
プロローグ


※ 本章では人が死ぬような描写は存在しないのでご安心下さい!




 お盆だ。

 

 ギャルゲーでは夏休みと被るので焦点が合う事の少ない地味なイベントである。

 内容自体も墓参りとかがメインになるからな。肝試しみたいなイベントが無いわけではないが、別にお盆にやる必要もない。

 

 さて、そんな地味イベント。うちでは父方の実家の墓参りに使われる。

 うちの爺ちゃんは元々は舞島市に住んでいたんだが、今は僕達が家を使わせてもらっているので先祖の出身地である奥山県山口村に引っ越したのだ。

 この村はド田舎の山奥にあり、うちから車で数時間の距離だ。

 で、ようやく辿り着いたわけだが……

 

「うぷ……よ、酔った……」

「神様ったら、大丈夫ですか?」

 

 落とし神ともあろう者がそう易々とゲーム時間をくれてやるわけにはいかない。

 なのでずっとゲームしていたわけだが、見事に酔った。

 現実(リアル)のクソゲーっぷりをまたも思い知らされたよ。

 

「お~! 桂馬よー来たよー来た!」

 

 古いけど立派な和風家屋の前ではしゃいでいるのはうちの爺ちゃん、桂木伝馬だ。

 陶芸をやっており、その筋の人にとっては結構有名らしい。

 今日も僕達が来るまで粘土をいじっていたのか、その両手は汚れていた。

 

「じーちゃん、こんにち……」

「桂馬ー! じいじい待っとったよ!!」

 

 ……汚れてるんだから突然抱きつくのは止めてほしい。

 

「お義父さんどーも」

「なんじゃい、お前も来とったんか。

 暴走族の女に桂木の性は名乗らせんといつも言っとるじゃろうが!」

「自分の家の先祖でもないのに墓参りに来てやってるんだから感謝しなさいよ」

 

 ご覧の通り、爺ちゃんと母さんの折り合いは悪い。元暴走族だからある程度の悪評は仕方ないと言えば仕方ないか。

 ただ、それは爺ちゃんだけであって婆ちゃんと母さんは普通に仲が良い。

 

「あら麻里さん、わざわざどうも。さあ上がって上がって」

「ああ、ありがとうございますお義母さん」

 

 適当な場所に車を置いて、僕達3人は婆ちゃんの家に上がらせてもらった。

 

 

 

 ……ん? 1人足りなくないかって?

 かのんの従妹設定はあくまで外部の人に対してのものだからな。

 そもそも、親戚の居る場でそんな設定を話したらかなり面倒な事になる。

 それに、かのんが墓参りに来てもやることない上に急な呼び出しに対応できなくなるので本業に差し支える。

 だからかのんは1人でお留守番……ではなく、丁度お盆の時期にどっかに何かの収録だかの遠征に行くらしい。ちょうど良かったな。

 

 

 ……え? そっちじゃなくてうちの父さんの事?

 父さんは海外出張が多くてお盆の時期すら忙しい。残念ながら今回の墓参りは欠席だ。

 隠し子(エルシィ)の件で離婚したとかそういう事ではないので安心してほしい。

 

 

 

 

 

 爺ちゃんが有名だからか、それとも田舎特有のオープンな雰囲気のせいか、あるいは両方か、近所の人たちもこの家に集まってワイワイ騒いでいる。

 

「今年は安芸さんも桂一くんも居ないのね~。

 桂馬くん、私もう42歳になっちゃったよ~」

「へ~」

 

 全く名前も知らない相手が中身の薄っぺらい次々と話しかけてくるのは非常に面倒だな。メッセージスキップの実装を求む。

 

「うわ~、このスイカ凄いですね~。皆さんがお作りになられたんですか?」

「お~、自分で食べる分だけだけどね」

「とっても美味しかったです! 真心こめてお作りになられてるんですね~」

「いや~、そう言ってもらえると嬉しいね~。ホントいい子だ。

 ……ところで、キミ誰?」

 

 エルシィの順応っぷりは凄まじいな。本来は赤の他人のはずなんだが……

 いつもバグ魔とかポンコツとか言っているが、そういう面の才能はあるんだよな。一応。

 

「け、桂馬ー、じいじい、貰ってほしいものがあるんじゃ……」

 

 おい、何だそのバレンタインイベントみたいなセリフは。

 くねくねしながら言うのやめい。

 

「ほれ、これじゃ! おまえの好きなゲームの絵、器にしてみたんじゃ!」

 

 ……爺ちゃん、これ、ゲームの絵じゃない。浮世絵だ。

 いや、浮世絵ですら無いな。線の感じはそうなんだが、色使いだけはギャルゲー風の派手な彩色なんで落ち着いた色合いの器と激しくミスマッチを起こしている。

 せめてどちらかに統一して欲しかった……いや、浮世絵ならマシというだけであまり嬉しくは無いが。

 

「うわ~、孫想いのお爺さまですね!」

「…………そうだな」

 

 爺ちゃんなりに頑張って考えて作ったんだろうな。

 だからと言って何をしても許されるという訳ではないが、無下にするような事はしなかった。







 というわけで帰省編です。前回から露骨にフラグは立てておいたので大体の方が察していたと思います。
 かのんちゃんは親族の中に突っ込むわけにはいかないのでこんな感じになっています。


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01 お婆様の為に

「神様~、ちゃんと手を合わせるんですよ~」

「……悪魔が手を合わせてて良いのか?」

 

 今回ここに来た目的でもある墓参り。

 特に先延ばしにする意味も無いのでサッサと済ませる。

 人間が死んだら幽霊になるとかいう迷信は全く信じちゃいないが、黙祷を捧げておこう。

 ……いや、幽霊は居なくても地獄や天界はあるんだよな。人は死んだらそこに行くのだろうか?

 後でエルシィに……いや、ハクアかディアナにでも訊いてみよう。

 

「……? あれ?」

「どうかしたのか?」

「いえ、さっき何か声が聞こえたような……」

「エルちゃんったら、お化けの声でも聞いた?」

「えっ!? ちょ、止めてくださいよ~!」

 

 お化けなんてそんな漠然としたものが居るわけ無いだろうに。

 って言うか悪魔がそんなのに怯えるなよ。

 

 

 

 

 

 

 

 家でゲームしてると爺ちゃんや近所の人が鬱陶しいのでのんびりと田舎道を散歩しながらゲームする。

 何故かエルシィが付いてきて色々言ってる。人間界の田舎町ってのはエルシィにとっては珍しいのかもな。

 

「あ、チョウですよ神様!」

「そりゃ田舎だからな。虫くらい居るだろ」

「人間界のチョウは大人しいですね。地獄のチョウは近くの動植物を食べ尽くしちゃうんで最優先の駆除対象でしたよ~」

「……それ、本当にチョウなのか?」

 

 地獄の生態系は謎に包まれてるな……

 

「しかしホントのどかですね~。静かで空気が綺麗で静かです~」

「……昔はもっと人が居たんだがな。

 静かではあるけど、やっぱり人が居てこその田舎だ。人が居なければ風習は廃れる。

 訛りのキツい駐在さんとかアヤしげな神官と巫女やら

 ふらりとやってきた流れ者をきっかけに本家と分家争いにまつわる連続殺人事件のラストで燃え落ちる屋敷の後片付けとか

 誰がやるんだよ」

「……それ、風習ですか?」

 

 所詮は現実(リアル)だからな。

 ゲームならこんな田舎村でイベントが起こらないわけが無いんだが。

 

「……あれ? あの辺、人が沢山居ますよ?」

「ん? 何だ……?」

 

 エルシィが指し示す方を見てみると確かに人が沢山居るようだ。

 この田舎に似合わないマイクロバスが駐まっており、すぐ側の民家に人が出入りしている。

 

「神様、行ってみましょうよ!」

「あ、おいっ! たく……」

 

 何でわざわざ首を突っ込みに行くのやら。

 だが確かに気にはなるな。散歩しながらゲームするか野次馬しながらゲームするかは大して変わらんか。

 

 

 

 

 

 

 

 近寄ってみると分かった。どうやらドラマか何かの収録をしているらしい。

 カメラマンらしき人が出てきたり、セリフの一部が聞こえてくる。

 

『本家と分家争いにまつわる連続殺人事件……

 この事件の真相は必ず私が解き明かします! お婆様の名にかけて!!』

 

「か、神様!! 本当に連続殺人事件をやってますよ!!

 この後はここらで一番大きいお屋敷が焼け落ちるんでしょうか!?」

「お、おい、それよりこの声……」

 

 何か、非常に聞き覚えのある声だった気がするんだが?

 そう、大きなリボンがトレードマークの某アイドルみたいな……

 

『カット! 良い出来だね。次の場所に移動するよ!』

『はい! 分かりました!!』

 

 この場所での収録が終わったらしい主演が建物から出てきて、そして僕達と目が合った。

 

「……えっ!? あれ、桂馬くん!? どうしてここに!?」

「それはこっちのセリフだ!!」

 

 僕達の帰省と同時にどこかへと遠征に行っていたはずのかのんがそこに居た。

 そう言えば、その遠征先は聞いてなかったな。

 どんな偶然だよ!!







 いつからかのんちゃんが登場しないと錯覚していた……?


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02 祟りの少女

「あれ、かのん。アンタの知り合い?」

 

 かのんに続いて金髪サイドテールが建物から出てきた。

 ううむ、見られたか。まあ仕方あるまい。

 

「えっと……うん、知り合いと言うか……クラスメイトだよ、一応」

「ああ、そう言えばアンタもまだ高校生だっけ。

 クラスメイト……パッとしない男ねぇ。

 まあいいわ。握手してあげてもいいわよ」

 

 どこかで聞いた事のあるようなセリフだな。

 生憎だかその手のキャラは間に合ってる。

 

「要らん。と言うか誰だお前」

「なっ! あ、アンタっ! この黒田棗を知らないって言うの!?」

「お、落ち着いて棗ちゃん!! この人私と会った時も同じ事言ってたから!!」

 

 かのんが棗とやらを羽交い締めにしている。どうやらそこそこ仲が良いらしいな。

 プライベートでの友達など居るわけが無いから同業者なのか?

 

(エルシィ、あいつの事知ってるか?)

(はい、棗さんです! 私のアイドルとしての先輩です!!)

(お前はいつからアイドルになったんだ……)

(アイドルですよ!! 替え玉ですけど!!)

(棗がアイドルなのは分かったが、そうだな……

 かのんとは同じ事務所なのか?)

(はい、そうです!)

 

 同じ事務所なのか。ならかのんと僕が知り合いだと見られたくらいで変な噂が流れる心配は無いか。

 とはいえ、長々と会話していたら面倒な事になりかねないし会話をする必要性すら無い。

 

「じゃあな」

「あ、ちょっと! 待ちなさいアンタ! 離しなさい中川かのんっ!!」

 

 

 遠出したら知り合いとバッタリ出会うというのは定番のイベントだが、まさか現実(リアル)でそんな事があるとはなぁ。

 

 

 

 

 

 妙な事ってのはどうしてこう続くものなのか。

 家へと向かう最短ルートの途中で午前中に墓参りに行った墓場を通った時だった。

 

「キャアアハハハハハ!」

 

 ホラーゲームの効果音みたいな笑い声が聞こえてきた。

 

「な、ななな何ですか!? ゆゆ幽霊!?」

「落ち着けこの悪魔」

 

 声が聞こえた後ろの方に振り向くとボロボロの下駄を履いた小さな女の子が居た。

 手には呪術に使えそうな藁人形を持っている。まともな人間にはとても見えないが流石に幽霊というわけでもないだろう。

 

「あ、何だ……女の子ですか」

「……クビ切るぞ」

「へっ?」

 

 女の子はひたひたと近付きながら口ずさむ

 今のフレーズは聞き覚えがある。確かこの歌は……

 

「あそんでくれなきゃ……うで切るぞ。

 あそんでくれなきゃ……あし切るぞ。

 あそんでくれなきゃ……くび切るぞ。

 ……あそぼうよ」

「ひぃぃぃっっ!?!? かか神様!! この子怖いです!!!」

「落ち着け、今のはこの辺に昔からある童歌だ」

「……へ? う、うた?」

「ああ。確か爺ちゃんが前に何か言ってた」

 

 それでも不気味な事に変わりは無いが。

 

 この不思議生物をどうするべきか悩んでいたら。保護者らしきお婆さんが出てきた。

 

「こんな所に居たのかい愛梨ちゃん。そろそろ暗くなるから帰ろうか」

「……じゃーね、にーちゃん」

 

 女の子……愛梨はおばあちゃんに手を引かれて帰って行った。

 う~む、厄介そうなのに顔を覚えられた気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「さて、ゲーム続けよう」

「か、神様はいつも動じませんね……」

「いちいち反応してたら時間の無駄だからな」

 

 

 

 

 

 

  その夜……

 

「う~ん……」

 

 なんだか眠れません。お布団が変わったせいですかね? アクマは繊細ですからね!

 少しおトイレに行きたくなってきました。場所は分かる……はずです。

 …………お化けとか出ませんよね? きっと大丈夫。

 

   ………………

 

 よし、無事におトイレを済ませられました!

 なんたって私は完璧な悪魔ですからね!! この程度は余裕です!!

 

  ガシャン!!

 

「ひぃっ!?」

 

 や、やっぱり怖いです!! と言うか今の音は何でしょう? 外から聞こえたようですが……

 外を見てみると都会と違ってとても暗いです。けど、1点だけ青白い光が見えます。

 確かあの辺は墓場だったような……と言うか、その青白い光は人影に見えるような……

 

「ひぃぃぃぃっっっっ!!!!!」

 

 や、やっぱりお化けは実在したんです、かかか神様ぁあああ!!!







 ようやく棗さん再登場!! 正直本編で出すとは思ってなかったです。

 桂馬だったらこの辺の童歌を覚えていてもおかしくないかなと。
 ……ところで、規約的に大丈夫なんですかねこれ? 一応歌詞に該当するんでしょうか?
 運営様から警告が来たら修正する事にします。


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03 憑依条件

 田舎の朝は早い。

 日の出と共にに起きて日没と共に寝るような生活だ。都会の人間とは合わないな。

 昨日はなるべく頑張って徹夜してゲームして、寝落ちしてたら慌てた様子のエルシィに叩き起こしてもらって、そしてまた寝落ちしてたから凄く眠い。

 

「ほら桂馬、お義母さんが作ってくれたんだからしっかり食べなさい!」

「はいはい」

「ところで桂馬、エルちゃんは何をしてるの?」

「……お化けが怖いそうだ」

「だ、だってだって、見たんですよ! 青白い人影を!!!」

 

 エルシィはさっきから僕の隣で布団を被って振るえている。

 幽霊を見たなどとホザいているが、このバグ魔の事だからどうせ見間違いだろうな。

 

「誰かが散歩でもしてたんじゃないか?」

「あんな時間に散歩してる人が居たらそれだけでも不気味ですよ!!

 と言うか、浮いてたんで絶対違います!!」

「それだったら……駆け魂なんじゃないか? アレも浮いてて青白いぞ?」

「その場合は宿主が居ない事になるので駆け魂ではなくはぐれ魂って呼ばれますけど……

 いや、そうじゃなくて、センサーにも反応してなかったので違います!!」

「……昨日は墓地辺りに居るのが見えたって言ってたよな?

 この家からだとどう考えてもセンサーの有効範囲外だと思うが?」

「…………あっ!!」

 

 テキトーに言ってみたが、仮に駆け魂だとしたらそれはそれで面倒だな。

 まぁ、センサーで見つかってないという事は僕達が見つけたという記録は残っていない。現状では僕が攻略する義務は無いな。

 

 

 ん? 待てよ?

 ここは田舎で高齢者が人口の大半を占めている。

 『駆け魂を放置すると育ってゆき、やがて隠れた女の子供として転生する。だから女子に取り憑く』

 子供が産めるか否かという事が駆け魂にとって重要なのであり、心のスキマや負の感情だけが目的であれば極論だが男子に取り憑いても問題ないわけだ。

 人間の女性でも高齢者の場合、子供が産めると判定されるのか……?

 そういう場合、最初から取り憑こうとしないのか、それとも取り憑いた後で何か問題が発生するのか。

 ……場合によっては本当に攻略の必要性が無いかもしれんな。

 

 

「まぁ、夜になったら一応調べてみるか。一応な」

「そ、そうですね!! 駆け魂だったら大変です!!」

 

 ただの見間違いの可能性も十二分に存在するがな。

 

 

 

 

 

 

「今日はどうしましょうか神様~」

「また散歩でもするかなぁ。しかしなぁ……」

 

 昨日みたいにかのんとバッタリ出くわすのも面倒だ。

 でもまぁ、人が多い所を避けていれば大丈夫……

 

「ようやく見つけたわよ!!!」

 

 よし、昨日は北側を見て回ったから今日は南側に行ってみよう。

 

「って、無視するんじゃないわよ!!」

「んぁ?」

 

 肩を掴まれたので振り返ると昨日かのんと一緒にいた金髪サイドテールが居た。

 名前は確か……

 

「……誰だっけお前」

「ムキィィィイイ! 黒田棗よ!! 今度こそ覚えなさいよね!!」

「そういやそんな名前だったな。で、僕に何の用だ?」

「あ、アンタねぇ……この棗様がわざわざ声をかけてあげているってだけでも幸運だっていうのにその態度は何よ!」

「……用が無いなら行っていいか?」

「無いわけが無いでしょう!! バカじゃないの!?」

「はいはい、で?」

「調子狂うわね……えっと、アンタって特にひいきにしてるアイドルは居ないんでしょ? だったら私のファンになりなさい!!」

「……よしエルシィ、今日はあっちの方行くぞ~」

「りょーかいです神に~さま~」

「コラッ!! 待ちなさいっ!!」

 

 再びガシッと肩を捕まれた。面倒くさいな。

 

「仕方ない。2つ質問だ。

 何でわざわざ僕にファンになってもらいたいんだ?」

「そんなの決まってるわ。

 あの中川かのんですら落とせなかった相手を落とせたら自慢できるじゃないの!」

 

 それは本人に言って良いのか? バカ正直なのか、それともそう言ってのけた上で落とす自信があるのか。

 

(……おいエルシィ、こいつらは仲悪いのか?)

(えっと……姫様と棗さんが一緒に居る所は見たことありませんけど、姫様の話を聞く限りでは仲が悪いという話は聞いたことがありません)

(ふむ……良い意味でライバル的な存在なのかもな)

「何をゴチャゴチャと話してるの。2つ目の質問は?」

「ああ、スマンスマン。

 2つ目は、ただ漠然とファンになれと言われても困る。

 何かアイドルらしい所を見せてくれないとファンになるかならないかなんて判断しようがないわけだが、その辺はどうするんだ?」

「そりゃそうね。勿論ちゃんと考えてあるわよ。付いてきなさい!」

 

 そんないきなり付いてこいと言われてもだな……

 まあいいか。どうせ散歩するだけの予定だったし。







 棗さんが某とある小説のビリビリ中学生に見えてきた件について。
 いやまぁ、完全に作者である自分のせいなんですけどね。


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04 真実は2つ

 黒田に連れてこられたのは昨日も来た例の収録現場だ。

 アイドルらしい所……と言うより仕事の風景を見せようとするならそりゃそうなるか。

 

「岡田さん! コイツを見学させてあげてください」

「え? どなた?」

「私のファンです!」

「いや、違うだろ。強いて言うなら巻き込まれた一般人Aだろ」

「巻き込まれたって……棗、あなたねぇ……」

 

 岡田さん……か。そう言えばかのんとの会話の中で何度かその名前が出ていた気がするな。

 確か、マネージャーだったか。アイドルと言えばプロデューサーが付き物だが、それではないんだな。

 

「まあお構い無く。収録の内容は漏らしませんし、隅っこでゲームしてるんで」

「うーん、そう言われてもねぇ……ん、ゲーム?」

 

 岡田さんはそう呟くとかのんの方を見た。

 かのんは……知らぬ存ぜぬといった態度で台本を睨みつけているようだ。

 

「……まあいいわ。それじゃあその辺に座ってて。そろそろ始まるから」

 

 そんな感じで収録は始まった。

 

 

 

 

 

 

 混乱を防ぐ為に予め言っておくと、主役の探偵はかのんが演じている。犯人役は成人男性で、名前は分からん。

 黒田は探偵の助手役らしい。あれだけ自信満々だったくせに主役ではないんだな。

 

「この事件の真犯人。東雲(しののめ)(いち)さんを山での滑落事故に見せて殺害し、南元(みなみもと)治郎(じろう)さんを沼への投身自殺に見せかけて殺害し、西崎(にしざき)珊瑚(さんご)さんを蛇に噛まれたように見せかけて殺害し、北条(ほうじょう)史郎(しろう)さんを部屋に閉じこめて練炭自殺に見せかけて殺害した犯人……それは貴方ですね! 央龍(おうりゅう)怜士(れいじ)さん!!」

「……フッ、冗談が過ぎるな。探偵のお嬢さん。そんな事を言うからには証拠はあるんだろうね?」

「そうですね……今はありません」

「ハッハッハッハッ! 今時の探偵は証拠も無しに人を殺人犯扱いするのかい?

 さ、私はこの事件の事後処理で忙しいんだ。帰らせてもらうよ」

「何をおっしゃっているんですか? 私は()()証拠は無いと言ったんです。

 ほら、聞こえるでしょう? 私の優秀な助手の足音が」

 

 ガラッ!

 

「お待たせしました姉サマ! これが証拠なのデス!!」

「ご苦労様。

 ではまず、最初の事件についてです。

 この事件は……」

 

 

 昨日少しセリフを聞いたときに感じた通り、このドラマは本家と分家争いが発端となる血みどろの連続殺人事件だ。

 その事件をたまたま慰安旅行にやってきていた探偵である『中谷(なかたに)(あい)』とその助手の『中谷キリン』の姉妹が解決するというオーソドックスな流れとなっている。

 ……旅行する度に事件に遭遇する探偵ってのも考えてみると不気味だがな。

 

 

「これらの証拠は全て貴方を示している!

 さぁ、何か反論はありますか!!」

「真実はいつも一つなのデス!!」

「う、ぐ、うぉぉおおおおお!!!!」

 

「はいカット!! お疲れさん!!」

 

 

 探偵に追い詰められた犯人が絶叫した所で一旦終了のようだ。

 しかし、このドラマ何か違和感があるような……まさか……

 

「ふっ、どうよ。私のファンになる気になった?」

「凄かったです! 凄かったですよ棗さん!!」

「アンタみたいなチョロそうなのには訊いてないわよ」

「ぐはっ!!」

 

 ほぼ初対面のはずの相手にも見透かされてるな。

 

「……そんな事より、少し台本を見せてくれないか?」

「そ、そんな事って、アンタねぇ……

 って言うか、見せられるわけ無いじゃないの。関係者以外には見せちゃいけないのよ」

「もう関係者みたいなもんだろ」

「まあそうだけど……流石に勝手に見せるわけにはいかないわ。ちょっと聞いてくるわね」

 

 そう言って黒田は岡田さんの所にトテトテと走って行った。

 しばらく問答をした後、今度は岡田さんも連れて戻ってきた。

 

「台本が見たいっていう話だけど、何かあったの?」

「何かあるかもしれないから見せて欲しい。何も無いかもしれないしあったとしても僕の勘違いかもしれませんが」

「……まあいいでしょう。これが台本よ。後でちゃんと返却してちょうだいね」

 

 岡田さんから台本を受け取るとパラパラとめくる。

 何の書き込みのされておらず、紙も綺麗なので新品の台本のようだ。

 パラパラと、気になる所で止めては内容を覚えて次へと進む。

 ……やはり、これは……

 

「……この台本、書き換えられてますよね。そこそこ雑に」

「……へっ?」

「証拠が犯人役を指し示してはいたけど、決定的な証拠は探偵役なら捏造できそうなものしか無かった。アリバイは犯人役は勿論無いが、探偵と助手も何気に存在していない。そしてさっきカットしたのが自白が終わってからではなくこれから自白しそうな場面。

 更に言うのであれば主役2名の藍とキリン……『鸞』と『麒麟』。

 そして、台本で犯人役が出ている場面でいくつかの違和感を感じた。アリバイを消す方向で修正されてる可能性がある。

 ……この事件の真犯人は探偵姉妹なのでは?」

「えっ、えっ!?」

「となると……あの中川かのんを犯人役にするわけにはいかない、あるいはドラマ撮影を断られると思ったから急遽変更したのかも。

 元々別の目的で使う台本を強引に修正した手抜き作業だった可能性まで有り得るのか」

「ちょ、ちょっと待って! 台本の製作会社に問い合わせてみるわ」

 

 岡田さんは隅っこの方で誰かと電話で話し始めたようだ。

 マネージャーも知らなかったのか。てっきり知ってるものだと思ってたが。

 

 

 

 そして数分後。

 

「確認が取れたわ。少し問い詰めたら倉庫で埃を被ってた台本を流用したって白状したわ。

 まったく、何が『御社のアイドルに合わせた台本を作成しました』よ! ただの手抜きじゃないの!!」

 

 昔没になった台本を少し手直しして流用するくらいは問題ないと思うが、僕が多数の違和感を感じる程度のクオリティではな。

 ゲーム業界でもヒドい会社はあるが、台本の業界でもそういうのがあるんだな。







 本当は違和感のある台本も全部細かく作りこみたかったんですが、本当にやろうとするとテキスト量が膨大になる上に神憑った技量を要求されるので断念しました。
 いつか気が向いたらちゃんと作りたいですが、多分無理ですね。


 あの台本は酷い会社に安い給料でこき使われた若い台本作家が最後に創り上げた作品という裏設定があったり。
 その最後の台本すらも会社に搾取されて倉庫に眠ってたけど、巧妙過ぎる伏線を理解できなかった凡愚が手直ししたせいで桂馬が違和感を感じたという。
 本文中に書くと色々と面倒なのでこの場で書かせて頂きました。現実にこんな事が……無いと信じたいです。


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05 主役と脇役

 収録は一旦中断になったようだ。

 せめて僕が感じた台本の違和感くらいは修正しないとマズいらしい。

 

「あんた……とんでもない事してくれたわね」

「ん? ああ、すまなかったな」

「いや、文句言ってるわけじゃないのよ。むしろ気付いてくれて感謝したいくらいよ。

 単純に駄作な台本ならまだしも、明らかに手抜き作業な台本に付き合わされるなんて私の沽券に関わるからね」

 

 気にするのはそこなのか。プロ意識みたいなものだろうか?

 偉そうに振る舞うだけの噛ませ犬キャラかと思ったが、その辺はしっかりとしているらしいな。

 

「あ、そうそう。お前のファンにならないかという誘いだが、やっぱり断らせてもらおう」

「うぐっ、やっぱりそうよね……主役じゃなかったし、台本の違和感にも気付かなかったし……」

「いや、そこは決してお前の責任ではないだろう。

 と言うか、演技自体は良かったと思うぞ」

「へっ?」

「普段はあれだけ高飛車だったのに、撮影中は微妙な小物っぽさとか、姉への尊敬っぷりとか、凄く良く表現できていたじゃないか。

 無理に目立とうとして主役を食ってしまったり、プライドを捨てきれずに小物風の演技が鈍るような奴よりよっぽど良い」

 

 ギャルゲーでは声優が声当てをするわけだが、たまにそういう残念な声になってしまうものも存在する。

 それに比べればかなり良かった。

 

「そ、それじゃあ……中川かのんと比べてどうだった?」

「中川と? 演じる役割が違うから単純比較はできないが……

 ……お前の方が違和感は無かった気がする」

「ほ、ホント!? お世辞じゃないでしょうね?」

「本当だが……おそらく、探偵が真犯人っぽい気がしてたにも関わらず普通の探偵として演じていたせいだろう。

 やはり甲乙付けがたいな」

「うぅぅ……ある意味台本に救われたのかしら?

 あ、でもそれだったら何でファンになってくれないのよ!!」

「フッ、そんなの簡単だ」

 

 黒田棗にPFPを突きつけながら宣言する。

 

「僕は2D女子にしか興味が無いからだ!!」

 

 その言葉に衝撃を受けたのか、黒田はキョトンとした顔をした。

 そしてしばらくして、急に笑い出した。

 

「ふっ、ふふふっ、あははははっ!!

 なるほど、そりゃあの中川かのんのファンにもならないわけだ。

 でも、ますます落とし甲斐があるわ。

 いつか絶対に私のファンになってもらうんだから!!」

「ゲームプレイに支障が無い範囲でなら付き合ってやろう。

 今日はもう収録どころじゃなさそうだから帰らせてもらうぞ」

「ええ。また明日会いましょう!」

「いや、明日の朝にはもうここを発つから無理だ」

「えええっ!? それじゃあ……またいつか会いましょう!」

「そうだな。機会があれば」

 

 そんな会話をして、僕達は収録現場を後にした。

 黒田棗……か。あいつが声当てするゲームがあったら注目しておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 妙な事ってのは続くもので……これ昨日も言ったな。

 また墓地の所で不思議少女とエンカウントした。

 

「……あそんでくれなきゃ……くび切るぞ。

 あそんでくれなきゃ……うで切るぞ。

 あそんでくれなきゃ……たたりがあるぞ」

「ひぃぃぃいい!!!」

「おい落ち着けエルシィ。昨日も会っただろ」

 

 念のためもう一度確認するが、幽霊……ではないな。

 何でまた墓地に居たのかは不明だが、単純に気に入ってるんだろう。

 

 そんな風にのんびりと考えていたのが失敗だったらしい。

 

パシッ!

 

「なっ!?」

「……愛梨とあそんでくれなきゃ、これ割る」

 

 その手には、僕から奪い取ったPFPがあった……

 

「っておいコラ!! 待て!!!」

 

 駆け出した愛梨を追う。

 しばらく追いかけると、大きめの石に向かってPFPを振り下ろそうとしていた。

 

「ま、ままま待て!! 遊ぶから!!!」

 

 ホント妙なのに目を付けられたらしい。

 さっきの所で台本の修正でもしてた方が有意義だったな……

 

 

 

「で、何して遊ぶんだ?」

「ままごと! キャハハハハ!」

 

 ふむ、雰囲気は不気味だが内容自体はまともだな。

 愛梨は近くに置いてあった箱から人形を取り出して僕に渡してきた。

 ……凄くボロボロで所々ワタがはみ出ており、目のボタンは取れかけ、待ち針や安全ピンが大量に刺さっている人形を……

 愛梨の方は釘が大量に刺さった藁人形を持っている。着けているエプロンがシュール……と言いたい所だが、真ん中に穴が開いていてその近くは赤黒い何かで着色されている。

 まともじゃ……無かった……

 

「愛梨がおヨメさんやるから、旦那様やって」

「…………」

「おかえりなさいあなた」

「……ああ、ただいま」

「ご飯にする? お風呂にする?」

「……どっちでもいいよ」

「まあ冷たい! さてはあなた、また後家のイタコと浮気してたのね!!」

(……どういう設定だ?)

「悔しい!!」

 

 ブチリと、旦那様役の人形の首がもがれた。

 

「罰よ! 罰よ!!」

 

 残された胴体はその辺の石ころで滅多打ちにされている。

 

「お、おい……本人も反省してると思うんでその辺で……」

「キャハハハハハハ!!!」

 

 将来が不安になる光景だ。親はちゃんと教育してるんだろうか?

 

「あなた? これから何をしましょうか」

「離婚調停だな」

 

 この夫婦にどんな設定が隠されているのかは不明だが一緒に居ない方が良い事だけは確かだろうな。

 ……離婚するまでにまた一波乱……いや、一つじゃ済まない波乱がありそうだが。

 

「楽しいねー」

「そうか?」

「…………」

「わ、分かったから石をPFPに振り上げるのを止めろ!!」

 

 僕が必死に止めようとするが、その前に愛梨を止めた人物が居た。

 

「愛梨ちゃん、止めなさい! お兄ちゃん嫌がってるよ」

「……ばあちゃん」

 

 昨日も見た愛梨のお婆さんだ。



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06 スキマを抱えて

 愛梨にPFPを返してもらった後、愛梨のおばあちゃんに家に招待された。

 

「桂木さんの所の方でしたか。うちの愛梨がご迷惑をおかけして失礼しました。

 この子、私の娘の子で夏休みに遊びに来てるんですけど、不気味な事ばっかり言うんで学校じゃあだれも相手にしてくれんそうなんです」

「みんな……愛梨の事怖がる」

 

 そりゃそうだろうな。コレとまともに向き合える小学生が居たらそっちの方がビックリだ。

 

「えっと……すみません、怖がったりして……」

「クビ切るぞ」

「ひぅっ!? やっぱり怖いですぅぅう!!!」

「こら愛梨! そんな事を言うから誰も近付いてくれないんよ!」

 

 挨拶感覚で脅迫めいたセリフを出されたらそりゃそうなるな。

 

「友達はええもんよ。愛梨もいーっぱい友達を作らんと」

「ばあちゃんも友達いっぱい居たか?」

「おったよおったよ。ほれ、見なさい」

 

 愛梨の婆ちゃんが示したのは壁に飾ってある写真だ。

 10人ちょいくらいの人と『結婚おめでとう!』という横断幕が写っている。

 

「おばあちゃんの結婚式、友達いっぱいでしょ!

 友達のおかげでええ人生送らせてもらったよ」

 

 都会だったら10人ちょいの結婚式なんて小規模もいい所だが、田舎ならこんなもんか。

 むしろ繋がりの深い友人だけを厳選している分良いのかもな。

 

 そんな話をしてから、その家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夜。

 

「さあやりましょう神様!! 今日こそあのお化けもどきの正体を突き止めてやるんです!!」

「あーそーだな」

 

 エルシィが昨日見たと主張するお化けの調査を始める。

 本来僕がやる義務は全く無いんだがな……まあいいか。少し体を動かしてた方が寝落ちしなそうだし。

 

「あっ!! 早速居ました! アイツです!!」

「マジか」

 

 エルシィが指差す方を見ると確かに青白い光が浮いていた。

 あの人影は……愛梨のように見えるな。

 

「うぅぅ……アレは結局何者なんでしょうか?」

「……本当に幽霊だったりしてな」

「ええええっ!? 怖い事言わないでくださいよ!!」

「駆け魂だとしたら……ひとまず愛梨の家に向かうぞ」

「えっ? あの子の家ですか!?」

「あれが駆け魂によるものなのだとしたら、恐らく宿主はそこに居る」

「愛梨ちゃんがですか? 昼間あれだけ遊んであげたのに……」

「いや、愛梨ではなく……まあいい。行けばハッキリするはずだ」

 

 

 

 

 

 暗いせいで道が分かり辛かったが、何とか愛梨の家を見つけ出した。

 

「結界はちゃんと展開できてるな?」

「モチロンです! 透明化も防音も完璧です!」

「じゃ、入るぞ」

「おじゃましまーす!」

 

 愛梨の家に侵入させてもらう。

 不用心な事に玄関に鍵はかかってなかった。かかってたとしても羽衣さんの力で開けていたが。

 

「寝室はどこですかね?」

「多分こっちの方だろう」

 

 寝室はアッサリと見つかった。

 愛梨とその婆ちゃんが仲良く寝ているようだ。

 

ドロドロドロドロ……

 

「あっ、センサーが!」

「やはりな」

「じゃあやっぱり愛梨ちゃんが……あれ? 何か反応がズレてるような……」

「愛梨はスキマを抱えていない。スキマがあるのは、婆ちゃんの方だ。違うか?」

「……確かに、そうみたいです。何でお昼の時は鳴らなかったんだろう?」

「駆け魂が相当弱ってるんじゃないか?

 子供として転生する駆け魂だが、もう子供を作れないような宿主だと力が補充できないんだろう」

「あっ、なるほど!! 学校でもそんな事を言ってたような気がしなくもないです!!」

「……もっと早く思い出してくれよ」

 

 とはいえ、やはり今回は攻略は必要なさそうだな。

 ……外の幽霊はおそらく婆ちゃんの子供時代の姿。

 それが夜に出てくるって事は、その頃の夢でも見てるのかねぇ。

 老人にとっての子供の思い出……か。今の僕にはその心のスキマを理解する事はできないだろう。

 ……こうやって、皆が心のスキマを抱えているのかもな。

 

「ど、どうしましょう神様!」

「まずは中川を呼んで……それから、駆け魂には説得して出てきてもらおう。

 転生できない事が分かれば諦めて出てきてくれるだろうさ」

「分かりました。それでは行ってきます!」

「待て待て、僕を一旦外に出してから……いや、待つのも面倒だから一緒に行くか」

「はいっ、了解です!」

 

 

 

 

 

「うぅぅ……眠いよ桂馬くん……明日も収録あるのに……」

「悪いな。一曲歌ってくれれば後は寝てていいから」

「桂馬くんは悪くないよ。駆け魂が出たならしょうがないもんね。

 頑張って歌うよ」

 

 頑張ってくれてはいるがそれでも眠たそうだな。

 

「エルシィ、手早く終わらせてくれ」

「はい。えっと……駆け魂さん。そこに居る悪魔の魂さん。聞こえてますか?

 そこに隠れていても無駄ですよ。お婆さんは子供を産めませんから。

 あなたが転生するのは……不可能です」

 

 語りかけてしばらくすると、愛梨の婆ちゃんの体から青白くて丸っこい小さな駆け魂が顔を出した。

 どうやら言葉は届いていたようだ。

 

「出てきてくれてありがとうございます。

 せめて苦しまないように送らせてもらいます。

 魂をしっかりと精算してから、生まれ変わってきてください。

 ……姫様、お願いします」

 

 

 

 

 ……こうして、駆け魂は消滅した。

 

「お婆さんが相手でも取り憑けるけど、転生はできない……か」

「姫様? どうなさいました?」

「ううん、ただ……ここの人たちの心のスキマはそう簡単には埋まらないんだろうなって」

「……そうだな。簡単には埋まらない。

 きっと、ここの人たちはスキマを受け入れて生きているんだろうな」

 

 そんな奇妙な状態を理解できる日がいつか来るんだろうか?

 ……そんな事を考えてもしょうがないか。

 

「さ、帰ろうか。お前も早く眠らないといけないんだろ?」

「うん。そうだね……おやすみ……」

「おいっ! ここで寝るなよ!!」

「連れて行ってあげましょうか、神様」

「はぁ、そうだな」

 

 おやすみかのん。また今度会おう。







 幽霊もどきとの会話はカットです。攻略に必要不可欠かと言われたそうでもない気がしたし、原作と大して変わらないので。


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探偵姉妹は真実を作り出す

 翌日、朝

 

 

「桂馬ーまたいつでも来るんじゃぞ。

 じいじい待っとるからな」

「うん」

「体を大事にするんじゃぞ。夏だからって薄着になりすぎないようにの」

「うん」

 

「お義母さん、漬物ありがとうございました」

「いいのよ。気をつけて帰ってね」

「ありがとうございました~!」

「エルちゃんも体には気をつけてね」

「はーい!!」

 

「にーちゃん、また遊ぼうね!」

「あ、ああ……」

「約束! 破ったらたたりが出る!」

「……早まったか」

 

 そんな感じの見送りを受けてから出発する。

 しかし、その直前に待ったをかける者が居た。

 

「待ちなさーい!!」

 

 もう既にエンジンがかかってる車の窓を開けて声のした方へと視線を向けると金髪サイドテール……黒田棗が居た。

 ここまで走ってきたのか、顔を赤くして息切れしている。

 

「どうした、そんな慌てて」

「ハァ、ハァ……な、名前!」

「?」

「アンタの名前、まだ聞いてなかったから教えなさい!!」

「ん? そんなの中川に訊けば良いんじゃないのか?」

「そりゃそうだけど……直接聞きたかったのよ。アンタの口からね」

「……まあ構わんが……桂木桂馬だ」

「桂木桂馬ね。しっかり覚えたわ。

 この私に名前を覚えられるなんて、光栄に思いなさい!」

「あー、光栄だなー」

「アンタねぇ……まあいいわ。それだけだから。じゃあね!」

 

 それだけ言って、元来た道を帰って行った。

 何がしたかったんだアイツ?

 

「神様凄いですね。あのプライドの高い棗さんがわざわざ人の名前を覚えるって相当ですよ?」

「そんなんであの業界でよく過ごしてこれたな」

「ああいえ、あくまで一般人相手にって事です。仕事上で会う人の名前は普通に覚えてましたから」

「ふーん」

 

 そんなに気に入られるような事をしたか?

 ……まあいいか。ゲームしよう。

 

 

 

  ……数時間後……

 

 

「……うぷ、酔った……」

「神様……学習しないですね……」

 

 

 

 

 

 

 

  ……一方その頃……

 

 

「これらの証拠は全て貴方を示している!

 さぁ、何か反論はありますか!!」

「ば、バカな!! そんなもの私は知らない!! 何かの間違いだ!!」

「これだけの証拠を前に言い逃れしようとは、愚かなのデスね!

 さぁ、とっとと白状するのデス! 真実はいつも一つなのデスからね!!」

「う、ぐ、うぉぉおおおおお!!!!」

 

 かのん達は修正された台本……と言うより修正前の台本で収録を再開していた。

 その台本を細かく検証すると犯人役のはずの人物のアリバイが確立されており、探偵役こそが真犯人である事を読み取れる非常に優れた台本であった。

 このドラマは出演者の演技なども評価されてしばらく後に大ヒットする事になるのだが……それを知る者は今はまだ居ない。







 最後ちょっと短いですが、これで帰省編終了です!!
 かのんがあの形で登場する事は割と最初の方から決まってました。棗さんは迷っていたのですが、結局出してこんな感じになりました。
 梨枝子編と言うより棗編って感じになってます。棗さんの出番の方が多い気がします。
 章タイトルや各話のタイトルも開き直って大体がドラマに関するものになってます。例外はプロローグと3話と6話だけ。2話も何気にドラマ関係だったりします。
 まぁ、今回は攻略が無かったから仕方ないね♪


 では例の企画です。一応参加者が2名ほど居たので続けてみようと思います。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=170398&uid=39849



 次回は日常回Bを引きました。
 そんなに分量は多くないですが……ちょっと年内には厳しいかもしれません。出せたら出しますけど。

 ではまた次回お会いしましょう!!


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軽音楽部の恩返し
前編


 年内に何とか書けたぜ!
 というわけで投稿します。正真正銘今年最後の投稿です。




 人間界の夏は素晴らしいです! 何て言ったって夏休みがありますからね!!

 たった1ヶ月半ですけど、日頃の勉強から解放されて遊べます!!

 

 勿論、遊ぶだけじゃなくて軽音の特訓もやってますよ!!

 

「オラァ! 良い音出してるか!!」

「はいっ!! サイコーな音を出してます!!!」

「全力全開だよっ!!」

 

 

「……このノリは軽音部として微妙に間違ってないか?」

「やる気があるのは結構な事でしょう。多分……」

 

 

 あれ? 京さんと結さんは静かですね。調子が悪いのでしょうか……?

 こんな時は私たちの音楽で元気付けてあげなければ!!

 

「やりましょう! ちひろさんっ!!」

「おうっ、やるぞエリーっ!!」

 

 

 

  ……そして、数時間後……

 

 

「よっし! 今日はこんなもんにしよっか」

「そうですね。丁度いい時間でしょう」

 

 程よい時間になったので皆でお片付けです! 使った物はきちんと元の場所に戻さなくては。

 結さんのドラムのように持ち運びが大変な物は勿論、他の楽器も大体がこの部室に置いておきます。持ち帰って自主練習する場合もあるのですが、夏休み中は練習したくなったら好きな時に学校に来ればできるのでそんな感じです!

 学校に来れないような時間帯だと皆が寝静まってるような時間なのでそもそも練習できませんからね。私は一応何とかなりますけど。

 

 

「あ、そうそう、この後ちょっと時間ある?」

 

 いつもは何事もなく解散するのですが、今日はちひろさんが待ったをかけました。何事でしょうか?

 

「まだ大丈夫ですよ~」

「今日は陸上部の方は休みだから大丈夫」

「私も~」

「う~ん……この時間だと後でお母様から怒られるかもしれませんが大したことはありませんね。何でしょうか?」

「「「「大したことだよね(ですよね)!?」」」」

「いえ、勝手に言わせておけばいいので本当に大した事はありません」

「……結って、結構なお転婆だよね。

 まあいいや。そういう事ならできるだけ手早く済ませよう」

 

 結さんの発言には驚かされましたが、気を取り直してちひろさんが話を始めます。

 

「みんなさ、この部室があって凄く助かってるよね」

「そりゃね。陸上部の練習も行きやすいし」

「私も助かってるよ。誰も居ない時なら勉強したい時にも一応使えるし」

「料金がかからないのもかなり良いですね。お金は有限なので」

「私も助かってます!! 凄い音を出しても誰からも怒られないので!!」

「おいエリー、たまに間違えてアンプのつまみを最大にするのは徐々にで良いから治していこうな?

 ここでは怒らないって言うより呆れられてるだけだから」

「うぐっ!! す、すみません……」

 

 お、怒られてしまいました……ほうきさんでもそうでしたが、調整つまみは昔から鬼門です……

 

「まあそれは置いておいてだ。

 この部室を用意してくれた桂木に何かお礼したいと思うんだよ。

 何か良い案は無いかっておもってさ」

「そう言えばそうでしたね。バタバタしていたのですっかり遅くなってしまいました」

「確かに……何もしてなかったね、私たち」

 

 神様への恩返しですか……う~ん……

 

「ってわけでエリー、何か意見は?」

「えっ私ですか!?

 えっと……神様はゲームが何よりも好きなので邪魔しないのが一番の恩返しかもしれませんね……」

「むむむっ、確かにそうかもしんないけど、それはイカンでしょう」

 

 やっぱりそうですよねぇ……どうしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとまず解散した後、私は神に~さまに直接たずねてみる事にしました!

 お礼はサプライズで行うので、あくまでもさり気なくです!

 

「神様! 今何か欲しいものありますか?」

「………………小阪達に伝えろ、礼など要らんと」

「ふえっ!?!? どどどどどうして分かったんですか!?」

 

 あ、アッサリとバレてしまいました!! 何がいけなかったんでしょうか……?

 

「欲しい物を人に聞くのは大抵はその欲しい物をその人に送る場合だ。

 だが、お前の単独犯だったら勝手に何かするだろう。そうしないという事は協力者が居て皆の意見を聞きながら調節しようとしているに違い無い。

 その上で、僕に贈り物なんてものを企んでそうでなおかつお前に協力を頼みそうなのはあいつくらいだ。

 部活動の件だろうからメンバー全員も関わってるから『小阪達が関わっている』となるわけだ」

「ほえ~、凄いですね神様」

「中川が関わってる可能性も一瞬考えたが……あいつならわざわざお前を使うような事もしないだろうからな」

「ちょっ、どういう意味ですか神様!!」

「まあそういう事だから、小阪にはちゃんと伝えてくれ」

「いやいや、そういうわけにはいかないですよ!

 何かお礼させて下さいよ神様!!」

「そんなもん自由時間をプレゼントしてくれるだけで十分だ」

 

 うぅ……私がちひろさんに言った事と同じような事を言ってますよ……

 ここで引いたら完全に収穫0なんですが……これ以上問い詰めても怒られるだけな気がします。どうしましょうか。

 そう考えていたら、姫様がやってきました。

 

「桂馬くん、少し良いかな?」

「手短に」

「大丈夫……だと思うよ。ちょっとした質問だから。

 桂馬くんはさ、どうして小阪さんの部活作りに協力したの?」

 

 あ、確かに気になりますね。今も自由時間しか要らないと言っている神様がわざわざ協力した理由は何でしょうか?

 それがプレゼントに繋がるかもしれませんね。流石は姫様です!

 

「……そう、だな。興味を持ったからだな。

 僕の事を散々バカにしていたあの小阪がその僕にあれだけ真剣に頼みごとをするんだ。

 奴が最後に何を成し遂げるのかを見てみたかった。それを児玉ごときに邪魔されるのは癪だったんでな」

「なるほどね。となると……しっかり演奏の練習をして上手くなった演奏を発表するのが一番の恩返しになりそうだね」

「……そうなるな」

 

 神様、面倒だからそういう結論に持っていこうとしてませんよね……?

 

「と、とりあえず神様も主張は分かりました! ちひろさんに言っておきます!」







 地獄に夏休みは存在するのでしょうか? 四季があるかすらも怪しいですが……

 それでは皆さん、また新年……と言うより明日お会いしましょう。
 よいお年を!


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後編

 翌日! 神様との会話をちひろさんにお伝えしました!

 

「とまあそんな感じでした……」

「う~ん……理解はできるんだけどさ、バンドを頑張るのはあくまでも私たちの目的であって恩返しとはまた別だと思うんだよね。

 もっとこう分かりやすいのは無いの?」

「そう言われましても……」

 

 分かりやすいのが無いからこうなってるんですよね。

 神様にも欲が無いわけではないんでしょうけど、もっと分かりやすい欲であってほしいです。だからこその神様なんでしょうけど。

 

「…………あー、やめやめ。発想を変えよう。

 桂木が欲しがってる物を送るんじゃなくて、桂木が喜びそうな物を送ろう」

「……それ、余計に難しいですよね?」

「ええい! つべこべ言わずに考えるんだエリー!」

「無茶言わないでくださいよ……」

 

 そんなポンポン考えつくならとっくに何か言ってますよ。

 

「それじゃあさ、最近駅前にできた話題のお店のお菓子を送るとか」

「それ、ちひろさんが食べたいだけですよね?」

「そ、そうだけどさ! いいじゃん! 自分が欲しい物から考えるってさ!」

「神様、前に甘い物が苦手って言ってた気がします」

「ダメか……他に意見は? それじゃあ京!」

「そこで私に振るんか。欲しい物欲しい物……

 ……あ、そう言えばシャーペンの芯を切らしてた。後で買っておこう」

 

 シャーペンの芯ですか。無いと地味に困りそうですけどわざわざ送るものでもないですね。

 

「それなら……結っ! 何かある!?」

「……母の声が届かない家、ですかね」

「スケールがデカすぎるよ!!!」

 

 そう言えばこの前、ゲーム倉庫がいっぱいになりつつあるとか言ってた気がします。

 倉庫をプレゼントすれば喜ばれるかもしれませんが……そんな簡単に用意できる代物じゃないですね。

 

「ふふっ、家というのは流石に冗談です。

 桂木さんはゲームが趣味なのですよね? でしたらゲーム機やソフトを送れば良いのでは?」

「あ~……それは無理。

 あいつ、ゲーム機なんて死ぬほど持ってるし、ソフトも多分死ぬほど持ってる。

 よっぽどの物を送らないと喜ばれないよ」

「そうですか……それなら仕方ありませんね」

 

 そう言えば前にレア物のゲームを取り逃したと嘆いておられていましたが……神様でも入手困難な物を私たちが入手するのは不可能でしょうね。

 

「それじゃあ…………どうしようか」

「ちょっ、ちひろ!? 私は!?」

 

 歩美さんが何故かスルーされたので講義の声を上げました。

 どうしたんでしょう? ちひろさん。

 

「だってさ、歩美に聞いても靴とか答えそうだもん」

「そ、そんな事……無いもん」

「ほぅ? じゃあ歩美は何が欲しい?」

「え、えっと……新しいスパイク……とか」

「それってほぼ靴じゃん!!」

 

 スパイクというのは確か靴の裏に付ける刺でしたよね。

 確かにほぼ靴ですね。速くはなるかもしれませんが、歩く分には邪魔になりそうですし神様が欲しがるとも思えませんね……

 

 

 一応、皆の意見は出揃いましたけど、まともなのが無いですね。

 

「……よしエリー、この中から決めてくれ。

 1、時間

 2、駅前で売ってるお菓子

 3、シャーペンの芯

 4、家

 5、スパイク

 さあどれがいい!!」

「いや、この中から決めるんですか!? ロクなものが無いですよ!?」

「……うん、分かってる。ちょっと言ってみただけ。

 時間……お菓子……シャー芯……家……スパイク……う~ん、難しい」

「神様に喜ばれるもの、喜ばれるもの……」

 

 神様の性格を考えると実用的な物の方が喜ばれそうですよね。

 やっぱり時間……いや、それだと何も送らないって事ですからねぇ……

 甘いお菓子がダメなら甘さ控えめのお菓子……いや、神様って食事すら面倒くさがってましたね。

 シャーペンの芯は……少なくなっていたら後でこっそり補充しておいてあげましょう。

 家、せめて倉庫は……よく考えてみても無理ですね。結さんなら用意できなくもないかもしれませんが、やっぱり無理でしょう。

 スパイクは論外です。普通の靴ならまだしも、スパイクなんて邪魔になるだけです。

 

「…………ん?」

「どうしたエリー、何か閃いたか?」

「いえ、大した物じゃないんですけど……」

 

 閃いた事を話してみました。

 本当に大した意見ではないと思うのですが、皆さんの反応は劇的でした。

 

「うわっ、それは盲点だったわ」

「喜ぶかは微妙だけど、嬉しくないって事は無さそうだよね」

「あの店の定休日は……うわっ、明日だ。今日なら大丈夫のハズ」

「そういう事でしたら今日この後早速探しましょうか」

 

 私の意見はアッサリと採用されました!

 よーし、頑張って捜しますよっ!!

 

 

 

 

  そして、翌日……

 

 

 神様への贈り物を用意できた私たちは神様の家……と言うか、私の家に集まりました!

 

「おじゃましま~す!」

「へ~、カフェと繋がってるんだ。何か少し親近感湧くな~」

「そう言えば京って家がクリーニング屋だっけ?」

「うん、そう」

「アルバイトの募集などは……していないようですね」

「ゆ、結? もしかしてアンタお金に困ってる?」

「そういうわけではないのですが、なるべく早く自立したいので。先立つ物があるに越したことはありませんから」

「すげー事考えてるなぁ……」

 

 そう言えば私の家に皆さんを招くのは初めてでしたね。皆楽しそうです!

 

「あれ? エリー、西原さんって居ないの?」

「今日はお仕事みたいですねー」

「仕事? バイトか何か?」

「あっ、えっと……そんな感じです」

「? ……まあいいか」

「と、とにかく、神様を呼んできますね!!」

 

 

 

 神様のお部屋の扉の前で呼び掛け続ける事も覚悟していたのですが、幸いな事に呼んだらすぐに出てきてくれました。

 

「は、早いですね神様。どこか具合でも……?」

「丁度攻略が一段落した所だったんでな。で、サッサと用件を言え」

「あ。はい! ちひろさん達とお礼がしたいので下まで来てください!」

「……その件は気遣いは要らないと一昨日言ったはずだが?」

「そう言われたって引き下がれませんよ! お時間はとらせませんので来てください!」

「……ハァ、本当に少しだけだぞ」

 

 神様が素直でありがたいです! ここでこじれると不毛な争いになりますからね……

 

 

 

 

 

「来てやったぞ。手短に済ませろ」

 

 神様らしい横柄な態度にちひろさんが少しムッとした表情を見せましたが、すぐに切り替えて話し始めました。

 

「そうだね。それじゃあ手短に。

 まず、部室の件でお礼を言わせて欲しい。ありがとう、桂木」

 

 ちひろさんの言葉に続いて皆でありがとうと頭を下げます。

 手短にと言われているので長々と下げるような事はしませんでしたが、短い時間でなるべく感謝の気持ちを込めました!

 

「感謝は受け取った。それで?」

「もう一つだけ。これ、贈り物」

「贈り物だと? 僕にか?」

「他に誰が居るのよ。ほら、開けてみて」

 

 私たちがお店で買って、私たちの手で適当な包装をした贈り物を渡します。

 厳重に包装したわけではないので神様の手ですぐに開けられました。

 

「……靴?」

「そう、靴。

 エリーから聞いたけど、ゲームショップ巡りとかするからそこそこ外出はしてるんでしょ?

 だったら長時間歩いても疲れないような良い靴があったら良いんじゃないかって」

「なるほど。よく考えたものだ。

 ……高原あたりの案か?」

「実際に靴を選んだのは私だけど、考えついたのはエリーだよ」

「エルシィが!? おい、嘘は良くないぞ」

「いや、ホント。ちょっと信じがたいけど」

「2人とも! どういう意味ですか!!」

 

 まったくもう、それじゃあ私がちょっとおバカさんみたいに聞こえるじゃないですか!!

 

「誰が思いついたかはともかく良い物を貰った。感謝するぞ」

「桂木が満足してくれたなら皆で頑張った甲斐があったよ。

 それじゃ、今日はこの辺で。また学校でね」

「ああ、またな」

 

 

 

 

 こうして、神様へのお礼はひとまず何とかなりました!

 心置きなく私たちの音楽を高めていきましょう!

 さぁ、今日も特訓です!!

 

ギイイィィィン!!

 

「あわわ~!」

「エリー! またアンプのつまみいじったの!?」

 

 ま、まだまだ前途多難ですが、精一杯頑張ります……







 いやぁ、難産でした。年内に書き上げて見返してやるという謎の歪んだ執念で書き上げましたよ(笑)
 後先考えずに書き始めたので『靴』という結論に辿り着くのが凄く大変でしたよ。いかがだったでしょうか?
 贈り物を考えるって凄く大変なんだと実感しました……


 次回はヒロインの攻略です。2~3人の攻略が終わると夏休み終了と決めていたので次回はまだ夏休みです。どうやって遭遇させよう……



 ちなみに、残っているカードは今引いたカード含めて5枚。

 青山美生、春日楠、生駒みなみ、日常回A、ジョーカー(倉川灯) です。

 日常回Aは1回しかドローしてないですが、強制的に1回入れたのでその分1枚抜いてあります。
 春日檜さんは楠さんより後としているのでまだ候補にすら居ないという。

 次回で駆け魂討伐数が12になるのでジョーカーが解禁されて残った誰かがスキップされる可能性が……ホントどうしよう。ジョーカーを引いた時の考えます。


 では、次回もお楽しみに! 1月中に仕上がると……いいなぁ……


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正しいエンディングの迎え方
プロローグ


 大変長らくお待たせしました! ギリギリで2ヵ月に間に合いました!
 では、スタートです。




「あ、神様! 少々宜しいでしょうか?」

 

 ちひろたちからかなり気の利いた贈り物を受け取って少し良い気分に浸っていた僕にエルシィが無遠慮に声を掛けてきた。

 何故だろう、凄く嫌な予感がする。

 

「神様~? 聞こえてますか?」

「ああ。聞こえてるからサッサと話してくれ」

「はいっ! 皆さんと靴屋……と言うよりスポーツショップですね。

 そこに行った時に新しい駆け魂を発見しました!!」

 

 現実(リアル)を少しは見直した途端にコレかよ!!

 贈り物探しが原因で駆け魂を発見したのなら贈り物なんて要らなかった……なんてのは流石に言いすぎか。

 はぁ……

 

「で、プロフィールは?」

「はいっ!

 名前は生駒(いこま)みなみ、中学3年生。

 身長151cm、体重41kg、血液型B型、誕生日は2月20日。

 以上です!!」

「中学生ねぇ。所属校は……分かる訳が無いか」

「バカにしないで下さい! うちの中等部です!」

「……そうか、そのパターンがあったな」

 

 つい最近人間界に来たばかりのエルシィに中学校の事など分かる訳が無いと思っていたが、そこだけは例外だったな。

 前にも話した気がするが、うちの高校は中等部もある巨大な学校だ。

 まぁ、中等部と高等部でそこまで交流があるわけじゃないんだが、制服のデザインくらいは何となく覚えていたんだろう。

 

「はぁ……何で夏休み中に見つかるかなぁ……せめて前か後にして欲しかった」

「え? どうしてですか?」

「簡単な事だ。『後輩』という属性はギャルゲー的には極めて楽な属性なんだ」

「何だか属性って言葉を久しぶりに聞いた気がしますよ」

「そうだったか? まあいい。

 そういうわけなんで、その属性を強調する為にも先輩っぽさを積極的に出していきたいんだが……」

「何か問題でも?」

「大有りだ。今は夏休みだぞ?

 学校の事なんざ忘れて遊び倒すような時期に先輩面した奴が現れても鬱陶しいだけだろう。

 相当上手くやらないと後輩属性がプラマイゼロか、下手するとマイナスになる」

「うわっ、確かに問題ですね」

「それだけじゃない。通常時なら学校でぶつかる等の遭遇イベントが作れるが、今は夏休み中だから不可能だ。

 かと言って街中でぶつかるのも微妙だ。制服を着てたら怪しい奴にしか見えないし、私服だと『同じ学校の先輩』ではなく『本当に赤の他人』にしか見えないからな」

「それじゃあ……どうするんですか?」

「できるなら夏休みが終わるまで待ちたいんだが……ひとまずはいつも通りに情報を集めるとしようか」

 

 何をするにもまずは正確な情報だ。情報が多ければ多い程に選択肢は増え、失敗率は下がる。

 まずはエルシィに軽く調べさせて、細かい所を詰めていけば……

 

「……そう言えばエルシィ、そいつの住所は分かるのか?」

「いえ、全然分かりません!!」

 

 ……せめてとっかかりくらいは掴んでおいてほしかった。

 僕にどうしろと言うんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとまず、エルシィが今回の攻略対象と接触したというスポーツショップにやってきた。

 学校から程近い場所にあり、うちの学校の生徒の姿もちらほら見えた。

 

「エルシィ、反応は?」

「うーん……無いですね」

 

 前に月夜を探した時と同様にみなみの駆け魂に絞ってもらっているので少し歩くだけで店全体をカバーできているはずだ。

 それでも見つからないという事は今は居ないという事だろう。やはりそう都合良くはいかんか。

 

「前はどの辺に居たんだ?」

「確かあの辺だったと思います」

 

 エルシィが指し示した場所にはスポーツドリンクが売っていた。

 粉を水に溶かすタイプの奴だな。歩美の陸上は勿論、大抵のスポーツで使えそうな代物だ。

 つまり、全く絞り込めていない。

 

「……電波系じゃあるまいし、もっと情報を落としていってくれよこのクソ現実(リアル)が!!」

「わわっ、神様どうか落ち着いて……」

「仕方あるまい。今ある情報だけで考えるか」

 

 今回のターゲットはうちの学校の中等部の生徒。

 そして、夏休みであるにも関わらず制服を着ていた。

 わざわざ着ていた理由、それはほぼ間違いなく学校に行っていたからだろう。

 この店に居た理由も相まって彼女は運動部の部員に違い無い。

 だから、活動中の部活を見て回れば遭遇可能……と言いたい所だが2つの理由で厳しい。

 1つ、うちの学校は単純に広い。運動部の活動場所はある程度絞れるが、それでも広い。それだけならやってやれん事は無いだろうが……

 もう1つの理由として相手は3年だという事だ。

 普通の生徒ならもう引退している時期だ。うちの高等部を志望しているなら受験の心配はあまり無いが、それでも部活動に通いつづける生徒は少数派だろう。

 今回のターゲットが引退後も毎日部活に通いつづけるストイックな性格の奴なら話は簡単だが、そうでないならたまに顔を出しているだけの可能性、下手するとエルシィが目撃した日だけしか顔を出していない可能性まである。

 居るかどうかも分からん奴をあんな広い学校で捜せというのは無謀だ。

 となると……

 

「……職員室に忍び込むか。あそこなら各部の部員名簿くらい置いてあるだろう」







 前の話の流れからすると若干不自然な流れになってしまいますが、

 ・靴を送る
 ・本編
 ・前話エピローグ

 みたいな感じの流れだと思っていただければ。

 夏休み中の相手として最悪の部類に入るであろうヒロインです。
 どうやってアプローチしていくのやら。


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01 潜入

 久しぶりの投稿だったせいか前話投降後には感想が4件も来ましたよ!
 本当にありがとうございました! そして待たせてしまってホントごめんなさい……




 と言う訳で、エルシィの羽衣で透明化して中等部の職員室に忍び込んだ。

 

「それで、どこにあるんでしょうか。例のぶいんめいぼは!」

「知らん」

「……えっ!? 分からないんですか!?」

「逆に何故分かると思ったんだ? 僕がこの部屋に入るのは初めてだぞ?」

「え? そうなんですか? 神様が中学生だった頃とか……」

「もっと近い所に学校があったから僕はそっちに通ってた。この学校に来たのは高校に入ってからだ」

「ほえ~、そうだったんですか~」

「そういうわけだから、手当たり次第に捜すぞ」

「ああ、だからこんな時間に来たんですね~」

 

 言い忘れていたが現在は真夜中だ。学校に残っているのは守衛や見回り、そして一部の物好き(月夜)くらいのものだ。

 どうせ教員に訊いても何も教えてもらえないだろうからこの方が都合が良かった。

 

「何だか泥棒みたいですね~」

「似たようなものだな」

 

 しかし暗いな。おまけに暑い。

 明かりを点けるのは論外として、エアコンもどこかの部屋で管理されていそうだ。不用意に触らない方が良いだろう。

 

「暑いですね~。よいしょっと」

「おいコラ! エアコンを使おうとするな!!」

「え~、でも暑いですよ?」

「だったらホラ、お得意の結界で何とかならんのか? 熱だけが一方通行で逃げていく感じの」

「そ、そんな技が!? 神様頭良いです!!」

「できるならサッサとやってくれ。

 あ、そうだ。ついでに光を通さない感じのも頼む」

「りょーかいです!! あの辺からあの辺まで……できました!!」

 

 見た目には分からないが、結界を張り終えたらしい。明かりを点けても大丈夫……のはずだ。

 慎重にスイッチを入れる。守衛が飛んでくる気配は無いがいつでも逃げられるように身構えておこう。

 そもそも完全に真っ暗な部屋というのも異常だしな。光が漏れているよりは遥かに目立たない異常だが、手早く済ませるに越したことは無い。

 

「部活関係の書類……この辺か?」

「頑張ってください神様!」

「いや、お前も探せよ」

「そうしたいのはやまやまなのですが、私は日本語が読めないので……」

「……お前、よく中川の替え玉が務まってるな」

 

 流石に簡単なものなら分かるんだろうが、書類の山の中から目的のものを捜すのは不可能か。

 仕方ない。1人で済ませるか。

 

「ん? これか? 茶道部、書道部、文芸部……ちっ、文化部関係か。

 エルシィ、この名簿の中から生駒みなみの名前を探しておいてくれ。それくらいならできるだろ?」

「それくらいなら……でも、文化部を調べても意味が無いのでは?」

「念のためだ。暇ならそれくらいやってくれ」

「分かりました!」

 

 高等部では文化部の担当は児玉、運動部の担当は……誰だかは忘れたが別々の担当になっていた。

 中等部もそうとは限らんが、別の所を調べてみるか。

 

 

  ……しばらくして……

 

 

「あ、ありました!! 生駒みなみさんの名前!!」

「何だと?」

 

 文化部関係の書類を調べていたはずのエルシィからそんな声が上がった。

 まさか最初の読みが外れていたのか? 乏しい情報からの読みではあったが……

 

「どこにあったんだ?」

「はい! 神様から頂いた書類を全部見終わったので元の場所に片付けようとしたのですが、そこに『運動部』と書かれた束があったので調べてみました!

 そしたら見つけました!」

「……灯台元暗しだったな」

 

 最初に調べた場所の近くにキーアイテムがあるのはゲームでは定番の罠だが、まさか現実(リアル)で同じ事をされるとは思ってなかった。

 やるじゃないか、現実(リアル)

 

「で、何部だったんだ?」

「女子水泳部みたいですね」

「水泳か……」

 

 うちの学校にはプールがある。普通の学校にあるような屋外のものではなく、きちんと屋内に作られており冬でも泳げるといった触れ込みだったはずだ。

 夏にしかイベントを起こせないみたいな制約があったら大急ぎで攻略せにゃならんかったが、そんな事は無いようで一安心だ。それでもサッサと進めるに越したことは無いが。

 

「次は水泳部の部室でも探るか。エルシィ、書類の片付けを……もうほぼ済んでいるみたいだな」

「モチロンです! 掃除は得意ですからね!!」

「久しぶりに役に立ったなその設定」

「ちょっ、どういう意味ですか神様!!」

「いいから行くぞ。明かり消して、結界解いて……」

「は~い……」

 

 職員室から出ると熱気が襲ってきた。

 意外と冷却効果あったんだなあの結界。







 その後、見回りに来た守衛が職員室前を通りかかったとき冷気を感じて、なんやかんやあって舞高のミステリー倶楽部にそれが伝わり『中等部の職員室には悪霊が潜んでいる』といった噂が立つのだが……それはまた別の話。


 桂馬の中学時代の情報は筆者が知る限りでは一切不明です。
 面倒だったので別の中学に居たという事にしておきます。
 最初は『当時は舞高は女子校だった』で押し通そうとしたのですが、共学化は新校舎設立の1年後(9年前)なので無理でした。(何故か2年くらい前だと勘違いしてました)


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02 潜入・その2

 屋内プールの側にある水泳部の部室に到着した。

 部室と言うより更衣室だな。運動部だからそれくらいしか専用の部屋を必要としていない。

 

「神様がこんな所に居るのが見つかったら大騒ぎになりそうですね~」

「そう思うならサッサと片を付けるぞ」

 

 何か役に立つ痕跡があると良いんだがな。ひとまずはみなみのロッカーを探すか。

 頻繁に使っている痕跡があれば学校で遭遇できるチャンスが増えるし、そうでないなら別の手を考えなきゃならん。

 

「う~ん……見当たりませんね」

「…………」

 

 一通り見て回ったと思うが、みなみの名前は見あたらない。

 既に引退したからロッカーも片付けられた? 流石にそこまで急いでやるもんじゃないと思うが……

 

「あっ、神様! これ凄いですよ!」

「ん?」

「この大会のメンバー表、『桜井ひより』って人の名前が何回も出てますよ!」

 

 エルシィが指差しているのは窓に張られた表だ。

 『舞島学園高等部水泳部 県大会出場メンバー表』と書かれている。

 それに何度も名前が出ているという事は有力選手という事だろう。何かのイベントに使えるかもしれないし覚えておいて損は無い。

 ……って、ちょっと待て。

 

「高等部、だと?」

「あれ? ……あっ!」

 

 どうやら、部室を間違えたらしいな。

 暗かったからしょうがないと言えばしょうがないんだが。

 

 

 気を取り直してすぐ隣にあった第二更衣室……中等部が主に使ってるらしい更衣室を探索する。

 

「お、居た居た」

 

 さっきの更衣室と同じように壁に張り出されていたメンバー表を確認すると探していた名前がしっかりと書き込まれていた。

 

「ひゃくえむ、えふあーる、第3補欠って書いてありますね」

「予備の予備の予備って事か。ほぼ出られないな」

 

 念のため表全体を確認するが、他の場所にみなみの名前は無かった。

 そりゃそうだな。有力な選手が第三補欠になぞなるわけがない。

 

「もしかすると、大会に出られなかった事が心のスキマだったりするんでしょうか?」

「……まだ分からん。真面目にやっててこの結果だったならその見込みは高いが、遊んでただけの可能性もあるからな」

「うーん……遊んでいたようには見えませんよ?」

「ん? どういう意味だ?」

「これ、みなみさんのロッカーみたいなんですけど、よく見てみてください」

「……? 何かおかしな所でもあるのか?」

「あれ、気づきませんか?」

 

 僕の目から見て、特に異常は無いように見える。

 他のロッカーとも見比べてみるが、やはり異常は見あたらない。

 

「取っ手の所、埃が付いてません。夏休みに入ってからも使われてる証拠です!」

「埃ぃ? そんなもん簡単に溜まるもんなのか?」

「神様! 埃をバカにしちゃいけませんよ! あいつらは気がついたら溜まっているんです!!」

「そ、そうか」

 

 そう言えばエルシィは300年近く掃除係をやってたんだったな。こういう事には敏感なのか。

 確かに言われてみると隣のロッカーの取っ手と比べて微妙に汚れが少ない気がしないでもない。

 どうせこの後裏取りはするので、ひとまず相手が真面目であるという前提で進めよう。埃なんて誰かがうっかり触っただけでも落ちるだろうし。

 

「よし、ひとまずはこんなもんか。撤収するぞ。

 鍵はキチンと閉めたか?」

「だいじょーぶです!」

 

 本人には全く遭遇できていないが、結構情報が集まってきたな。

 

「次にやるべきは……」

「何をするんですか?」

「……張り込みかな。攻略対象の居場所が分からん事には何もできんからな」

 

 ゲームでもやたらと遭遇条件が厳しい連中はたまに居るが、ここまで中途半端なのも珍しいな。

 

「というわけでエルシィ、明日からお前だけであのロッカー前で張り込みな」

「ええええっ!? 私1人ですか!? 神様は!?」

「……透明化で隠れて、みなみを待って、見つけたら追跡して家を見つけるだけだから1人の方がむしろ楽だと思うんだが?」

「それはそうですけど……」

「じゃ、頼んだぞ」

「分かりました……」

 

 都合良く現れてくれると良いが……下手すると1週間くらいはかかるかもな。

 

 

 

 

 

 そして、翌日……

 

 

 

「見つかりましたよ神様!!」

「早いな!!」

 

 まさか一日でアッサリ見つかるとは思っていなかった。

 

「周りの方の話を聞く限りではほぼ毎日来てたみたいですよ。第三補欠でも練習を頑張るなんて、真面目さんなんですね~」

「…………」

「あ、でもそんな運動一筋の人を攻略するって大変なのでは……神様、どうするんですか?」

「心のスキマがあるなら、現実(リアル)に満足していないなら、いくらでもやりようはあるさ」

 

 選手としての強さを追い求めて心のスキマができるような奴が第三補欠になるなど有り得ない……とまでは言わないがかなり考えにくい。

 水泳をやってきて、大会にも(ほぼ)出場できずに引退して、燃え尽きても他にやることが無くて惰性で泳ぎ続けている。

 そんな筋書きの方が遥かに有りそうで分かりやすい。断定は禁物だがな。

 

「じゃ、明日にでもイベントを起こすとするか」

 

 頻繁に学校に来るのであれば比較的安全に後輩ルートを使える。

 上手くルートに入れればかなり簡単な部類の攻略だ。サクッと片付けるぞ。







 スゴロクガールこと桜井ひよりさんを強引にねじ込んでみました!
 初出の絵の方が原作の絵より幼く見えるのは頭身の関係なんでしょうかね。多分。
 彼女の水泳の能力は完全に不明でしたがねじ込む為に凄く高いものとしておきました!
 カラオケの能力なら判明してるんですけどね……


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03 目撃

 後輩ルートにおいて、出会いは非常に重要と言える。

 相手は『後輩』で、自分は『先輩』なのだ。先輩として格上感や大物感を演出するのがベスト。

 尤も、これは規格外な天才型の後輩には通じないが……みなみに関しては問題ないな。

 

 相手の得意分野で、相手よりも遥かに優れた実力を目撃させる。それが僕の演出する出会いだ。

 

「というわけでエルシィ、僕が指示したら羽衣で僕を引っ張ってくれ」

「そこは自力で泳ぐんじゃないんですね……」

「僕も人並みには泳げるが水泳部相手に張り合うのは不可能だ」

「そうですか……

 あれ? でも、あかね丸から落ちた時にノーラさんを凄い勢いで追いかけ回していたような?」

「ノーラの奴が遅かっただけじゃないのか?」

「そうかなぁ……まあいいです。全力で引っ張りますよ!」

 

 ……ほどほどに手加減してくれと頼むべきだろうか?

 いや、中途半端な事をして失敗したら目も当てられない。何とか耐えようか。

 

 

 

 うちの屋内プールは一般開放こそされていないが、学生なら簡単な手続きさえすれば自由に入る事が可能だ。部活動の邪魔にならない範囲でなら自由に泳ぎ回れる。

 また、利用可能な時間帯も決められており、それを破る生徒はほぼ居ないようだ。

 なので、上手いこと誘導してやればみなみだけに僕の水泳シーンを目撃させる事ができる。

 

 具体的な手順はこうだ。

 まず、終了時刻間際に羽衣さんの力でこっそり侵入する。その時にみなみが居る事を確認する。

 終了時刻になったらみなみは帰ろうとするので、着替えなどの帰宅準備が終わった後に家の鍵とかをこっそり拝借し、更衣室に置いておく。

 これでみなみが忘れ物に気付いたら誰も居ないプールに引き返してくるのでその時に見せつけてやれば良い。

 忘れ物に自力で気付いてくれたら楽だが、そう都合良くもいかないのでみなみの近くでエルシィが『鍵を忘れた!』みたいな事を大声で言わせる。そうしておけばみなみも不安に感じて自分の鍵を確認し、気付いてくれるだろう。

 それでも気付かなかったら……また後で考えよう。

 

 このイベントはエルシィによる誘導が肝心だが……上手く行ってるんだろうな?

 

 

 

 

 

 

 

 結局、また来てしまったのであります……

 これまで3年間、ずっと遊ぶ暇もなく水泳をやってきた。

 部活も引退してようやく自由に遊べる。そう思っていたはずなのに、結局私には水泳しかやることが無かった。

 選手が発表された時に踏ん切り付けて切り替えたつもりだったんだけど、やっぱりまだ引きずってるのかなぁ……

 そんな事を思いながら、今日も暗くなった学校を後にする私なのでした。

 

 でも、今日はそれだけじゃ終わらなかった。今日だけはいつもと違ったのです。

 

 

「あっ! 鍵を置いてきちゃいました! 急いで取りに行かないと!!」

 

 

 私のすぐ側で見慣れない人がそんな事を言いながら走り去っていきました。

 どうやら高等部の人だったみたいです。

 高等部の人はどうにも苦手です。何だか私とは格が違う手の届かない相手な気がして。そういう私も来年からは高等部に入るはずなのに。

 でも、あんなおっちょこちょいな人も居るみたいです。鍵を忘れるなんてそうそう……

 

「……あ、あれ? 無い?」

 

 確認してみたらいつの間にか鍵が消えていた。失くす機会があるとしたら、泳いだときくらいしか有り得ない。

 家には家族が居るから締め出される事は無いけど、放っておくのも不安だ。

 ……仕方ない。戻ろう。

 

 

 守衛さんから鍵を借りて誰も居なくなった施設に入ります。

 誰も居ない……はずなのですが……

 月明かりだけが照らすプールの中に、その人は居たのです。

 凄い速さで水をかき分けて泳ぐその姿は私が見たことのないものでした。

 端まで泳ぎ終えると水を滴らせながらゆったりした動作でプールから上がり、そこに置いてあった眼鏡を手に取り……

 そして、自然な動作で、こちらの方を向きました。

 

「ん? 君は……どうかしたのかい?」

 

 その言葉が自分に向けられていると気付くまで数秒かかって、

 その言葉の意味を飲み込むのに数秒かかって……

 

「えっ、えっと、その……」

 

 結局、まともな返答は返せなかったのであります。

 だって、考えてもみてほしい。誰もいないはずのプールにカッコいい人が泳いでいて突然声を掛けられたのだ。そんな簡単に受け答えなんてできるわけがない。

 

「……僕はもう上がるけど、用事が済んだら気をつけて帰るといい」

 

 それだけ言って、目の前のその人は去って行ったのでありました……







 神様の泳ぎの技術ってどれくらいなんでしょうね?
 ゲームしながら泳ぐとか何気に凄いような気がします。速さはともかく。

 原作ではみなみはゴーグルを忘れた事に気付いてプールに戻ってきます。
 偶然って事は流石に無いと思うので本作でやったみたいにエルシィがかっぱらってきたんですかね?
 ただ、ゴーグルだと『明日でいいかな』と思われる危険があったような気が……
 来ないみなみをプールサイドでひたすら待つ神様を想像するとかなり虚しいですね。


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04 交友

「それで今現在ボロボロになってる……と」

 

 攻略が始まってる事に私が気付いたのは桂馬くんがボロボロの状態で帰ってきた時だった。

 攻略対象の気を引く為に凄い泳ぎを演出して無茶したらしい。

 

「うぐぐ……僕だってあそこまでの勢いで引っ張られるとは思わなかったよ」

「ご、ごめんなさい神様」

「中途半端な泳ぎよりはずっと良い。ずっと良い……はずだ」

 

 エルシィさん、どれだけ強く引っ張ったんだろう?

 

「水泳……水泳かぁ……」

「どうした中川。水泳に何か嫌な思い出でもあるのか?」

「嫌な思い出って言うか……私、昔からカナヅチなんだよね」

「へぇ、意外だな。お前なら個人メドレーくらいなら余裕でこなしそうなイメージがあったが」

「どんなイメージなのそれ!? 私なんて膝の高さの水に浸かるだけでアウトだよ!!」

「それは流石に盛りすぎじゃないのか!?」

「それくらい苦手って事だよ」

 

 流石に膝の高さの水に溺れる事は無いけど、なんかこう凄いストレスになる。

 この事情は岡田さんも知っているのでプールとか海とかに関わる仕事は極力取らないようにしてくれている。

 そのせいでと言うべきかそのおかげでと言うべきか、そういう理由で私がカナヅチだっていうイメージが広まらないんだろうね。

 

 

「ところで桂馬くん、どうして攻略してた事を私に言わなかったの?」

「あれ? 言ってなかったっけか」

「聞いてないよ!?」

「それは済まんかったな。確か……ああそうだ、この攻略は延期も視野に入ってたんでその辺が決まるまで言わなかったんだった」

「延期って……大丈夫なのそれ?」

「家に引きこもられていたらどうしようもなかったんだが、まあ何とかなりそうだと判断して攻略開始に踏み切った。大丈夫だ問題ない」

「なら良いけど、この後はどうするの?」

「この後か……基本的には、何もしない」

「何も?」

「今回の攻略では僕はみなみの『先輩』という立場を最大限利用する。

 これはアイドルキャラにも言える事なんだが、高嶺の花である存在とポンポン遭遇したらレアリティが薄れるだろう?」

「あ~、何となく分かるかも」

「だから、僕自身が積極的に動くのは逆効果と言える。理想としてはみなみの方から僕の事を探してくる展開だな」

「一回会っただけの人をそんな探すかな?」

「そこはみなみの交友関係の広さによるな。どうせ部活引退後の夏休みでヒマしてるんだし、放っといても探し始める公算は十分にある。

 放置で無理なようなら……少し後押ししてやるとしよう」

「ふ~ん……」

 

 状況は大体把握できた。私の出番はまだまだ先になりそうだ。

 

 ……そう言えば桂馬くん、私に分かりやすいように登場頻度とレアリティの話をしてくれたけど、その理屈で行くと私のレアリティは一体どうなってるんだろうか?

 今度ちょっと問い詰めてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……翌日 舞島市内某所にて……

 

 今日の私は水泳には行かず、友達を遊んでいる。私にだって水泳以外にできる事があるのです。

 

「お~みなみ、噂は聞いてるぞ~。水泳ばっかやってるボサボサ頭の奴が居るって」

「3年頑張ってそんなボサ頭になったってのに、お前さんはまだ満足しとらんのか。ハハハッ」

 

 友達……という事にしておこう。今は。

 確かに私の毛先はハネてるけど、それしかネタは無いのだろうか?

 

「ああ可哀想に、そんな頭じゃ男もできないだろうになぁ」

「いやいや、爆発に巻き込まれた~とか言えば納得して貰えるかもしれんぞ」

 

 ……こいつら、いつかシバく。

 

「と言うか、そっちこそ男と一緒に祭りに行くとか言っておいて結局居なかったじゃん」

「何だとコラー!」

「言って良い事と悪い事があるだろ!!」

 

 夏休みの前に近くの神社でちょっとしたお祭りがあったのだが、友人Aことあっこが『一緒に行く人が居る』などと見栄を張り、友人Bこと斎藤も便乗したのだ。

 そして私もやっぱりヒマだったので1人でお祭りに行ったら……仏頂面で歩いてる友人どもを見つけて結局3人で歩き回る事になった。

 ……悲しい事件だった。

 にしても、男かぁ……

 

「あ、そう言えば……」

「どうしたみなみ、何か面白い話か?」

「面白いってわけじゃないけど……ちょっとね」

 

 少し迷ったけど、昨日遭遇した謎の人物について相談してみる事にしたのです。

 私は知らなかったけど、あれだけ泳ぎが速い人なら水泳部の誰かしらは知っている、少なくとも噂くらいは流れているはず。

 

 

 

「夜のプールに居た短髪眼鏡の謎のスイマー? みなみぃ、夢でも見てたんじゃない?」

「そんな事は無いと思うけど……」

「そいつそんな速かったの? コバより?」

「ずっと速かった……と思うよ」

「ん~、そんな速い人なら水泳部? そんなの居たかなぁ?」

「おいみなみ、その男ってイケメンだった?」

「えぇ? な、何で?」

「いいからいいから。それじゃあブサイクだった?」

「薄暗かったからよく見えなかったけど……その2択だったらイケメンだった気がする」

 

 一体何故そんな事を?

 そう思ったけどその疑問はすぐに解消された。

 

「よし、ならコイツで調べてみよう」

「さ、斎藤!! まさかそれはっ!!」

「そう、舞高騎士団ファイル!! 高等部のさる人物が編纂したと伝わる伝説のファイルだ!!」

「で、伝説……?」

「そう、この書物には舞高のイイ男が纏められているのだっ!!」

 

 それにあの人の事が載っていれば正体が掴めるって事か。

 ……ところで斎藤、どっから取り出したのそれ?







 かのんちゃんのカナヅチネタを入れてみたり。ノリを重視してちょっと盛ってみましたが、実際にはどの程度なんでしょうね?
 原作では「ステージから落ちたらどうしよう」と言っており、アニメ版ではウォータースライダーの方を見ながら「あそこから落ちたらどうしよう」と言っています。
 ステージから落ちるというそうそう無い事をわざわざ心配するほどプールが苦手なのか、それともスライダーの上から落ちるという誰であってもひとたまりもないような事をわざわざ悩むほど病んでいて、実は水泳技術は関係なかったりしたのか……

 舞高騎士団ファイルを作った人って本編中に出てるんですかね? 『高等部の人が作った』と斎藤が言っていますが……
 居るとしたらちひろですかね? わざわざ纏めるようなマメな性格ではないので違う気はしますが一枚噛んでいるくらいなら有り得るかも。
 ちなみに、舞()騎士団ファイルなどと呼ばれていますが原作の絵を確認すると普通に中等部の人の情報まである模様。


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05 噂の人物

「こいつ?」

「違う」

「じゃあこいつは?」

「それも違う」

「じゃあこいつ……」

「明らかに違うよね!? って言うか金髪ロングの男子高校生なんて実在したの!?」

「そこはウチらも疑問に思ってた。カツラ説がワンチャンあるかと」

 

 仮にカツラだったとしてもそのチョイスは業が深すぎるでしょう。

 念のため目の前の写真の人物を黒の短髪にしてみたが、私の記憶とは全く一致しなかった。

 

「それっぽい人は大体見終わっちゃったぞ? ホントに居たのかそんな男」

「……そう言われると少し自信が無くなってきた」

「おいおい、これまでもウチらの頑張りはどうしてくれるんだ!!」

 

 暇つぶしになったならそれで十分だと思う。私もそういうつもりで言ってみただけだし。

 

「何かこう、もっと特徴無いのか? 髪とメガネ以外に」

「そう言われても……」

 

 水泳一筋で3年間過ごしてきたこの私に表現力を求められても困る。

 

「イケメンだったんだよね?」

「多分……ね」

「どんな感じだった? 熱血系? インテリ系? それとも俺様っぽい感じ?」

「顔だけでそんな分かるもんじゃないと思うんだけど?」

「みなみぃ、フインキだよフインキ!」

 

 雰囲気(ふんいき)だよね。そう言われましてもねぇ……

 

「……暑苦しい感じではなかったと思う。かなり線が細くて、何て言うか……妖しい感じの雰囲気だったかな」

 

 そう言えば、あの速さで泳いでいた割には体は細かったな。もしや幽霊か何かだったのでは……

 いやいや、あのプールでそんな怪しい存在に居座られたら困る。

 

「アヤシイ? どうなのそれ」

「ん~、よし、先輩に訊いてみよう」

「わざわざそこまでするの!?」

「ここまで来て引き下がれるか! ええい、送信っ!!」

 

 

 送信したメールは1分くらいで返信が来た。先輩もヒマなんだろうか?

 

「どれどれ~? 黒髪短髪でメガネで、細くて……一応条件は合ってるか」

「いやいや、コレは無いっしょ、流石に!」

「ど、どうしたの2人とも……」

「まぁ、本人に見せりゃあハッキリするか。

 みなみ、コイツか?」

 

 そう言いながら斎藤が見せてきた写真に写っていたのは金髪の……

 

「って、これってさっきのカツラ疑惑の人じゃん!!」

「アハハ、お約束って奴だ。

 ほら、ホントはこっち」

「……あ、この人だ」

「えっ、マジで?」

 

 良かった。どうやら幽霊ではなかったらしい。ただちょっと怪しいだけの人間だったみたいだ。

 私としては一安心なんだけど……どうも2人の様子がおかしい。

 

「2人とも、どうしたの? この人に何か問題でも……」

「問題と言うか問題外というか……」

「このヒト、高等部じゃ悪い意味で有名人なんだよ!」

「わ、悪い意味で有名……? それは、誰かからお金を巻き上げたりとかそういう……?」

「みなみ……お前の中の『悪い人』像は一体どうなってるんだ?

 そういう方向での悪さじゃなくて……ほらあっこ、例えば何だっけ?」

「一番聞くのは授業中もゲームばっかりやっててロクに聞いてないってやつだね。

 噂だけど」

「そうそう。他にもダブってて妹と同じクラスなんだって。

 噂だけど」

「屋上に住んでてUFOを呼んでるって話もあるよ。

 噂だけど」

「自分から神様を名乗って宗教を開いてるらしいよ。

 噂だけど」

「それ以外にも……」

 

 噂多いな!!

 こいつらの噂の正確性なんて1割にも満たないけど、それにしたって多すぎる。

 一体全体何をやらかしたんだろうか、この……えっと……あったあった。桂木先輩は。

 少なくとも悪い人には見えなかったんだけどなぁ……

 

「しっかし、こんな最悪キモ男が相手でも、みなみが好きだと言うのであれば仕方ありませんなぁ」

「……はい?」

「応援するしかありませんなぁ。のぅ、斎藤殿」

「ちょ、ちょっと待って!? いつからそんな話になってるの!?」

「だって、()()がイケメンに見えたんっしょ? だったらそれはもう恋でしょう!」

 

 まさかコイツら、この展開を見越してあんな質問を……?

 くっ、ハメられた!!

 

 ……だけど、ここまで噂されているようなヒトがどんな人物なのかは気になる。

 どうせ暇してるんだし、ちょっと探ってみるくらいは面白いかもしれない。

 

「あっこよ、まずは何から始めるか」

「斎藤よ、まずは無難に電話番号をゲットする所からどうだろうか?」

「ああ、こいつって携帯持ってないらしいよ。噂だけど」

「えっ、マジで?」

 

 ……こいつらにはバレないように!!







 みなみのモノローグは『○○であります』といった語尾が多いですが、あっこや斎藤と話してる時は全く見られなかったりします。
 偶然出てきてなかっただけかもしれませんが、この2人に対しては無遠慮に接しているという事でしょうね。

 みなみの心情を追うのが結構キツいです。
 閉館時刻後に1人で泳いでた(スポーツ選手にしては)異様に線の細い妖しい雰囲気の男なんて怪しいだけだと思うんですよね。
 女子だったら理解できるのか、それとも桂馬の見せ方が非常に上手かったのか……


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06 所属する部活

 桂木先輩を探してみる……と決めたは良いものの、どうやって探そう。

 他の先輩とコンタクトを取るのはいつも斎藤とあっこの役割だったので私にそんなコネは無いのであります。

 プールで待ってたら会えるのかなぁ……頻繁に見かけるわけじゃないからあそこで待っててもそう簡単には会えない気がする。

 そう言えば桂木先輩って何か部活に入ってるんだろうか? 水泳部は真っ先に探したから居ないのは確定だけど、それならどこに居るんだろう?

 あれだけ速く泳げるならどこかの運動部でエースになっててもおかしくないはずだけど……

 ……明日、そっちの方を探ってみようか。

 

 

 

 

 

 そういうわけで学校までやってきたわけだけど……今日は雨だ。

 まずは校庭を見て回ろうと思ってたけど、こんな日に外で活動してる人は殆ど居ない。

 この学校に屋内プールがあって本当に良かったと思える場面だ。

 仕方ないので屋内を見て回る事にする。高等部の先輩たちが使ってる校舎に入るのって初めてだけど体育館とかの場所分かるかなぁ……

 

 そんな事を悩みながら足を踏み入れた、その時であります。

 

「ん? おいそこのお前、こんな所で何をしている?」

「ひゃいっ!?」

 

 突然誰かから声が掛けられた。

 声のした方へと振り向くといかつい顔をした教師が。

 

「その制服は中等部の物だな? ここは高等部の校舎だぞ? もしもーし!」

「え、えっと、そ、その……」

 

 ええっと、中等部の生徒ってここに入るのって禁止されてたっけ?

 確か……斎藤が先輩に水泳部のプリントか何かを配達したって聞いたことがあった気がする。ちゃんと理由があれば大丈夫のはず!

 私のがちゃんとした理由かどうかはちょっと何とも言えないけど……

 

「そ、その……桂木先輩に用があって……」

「桂木ぃ!? あの桂木に用だと!?」

「ひうっ!!」

 

 目の前の教師が凄く不機嫌そうな顔になっている。桂木先輩、一体何をやらかしたのでありますか!?

 

「フン、まあいい。奴の居場所は知らんが一応軽音部部長だ! 用があるなら部室にでも行け!!」

「け、軽音!?」

 

 よ、予想外過ぎるのであります。運動部ですら無いとは。

 いやいや、それよりも今問題なのは……

 

「あの、その部室はどこに……?」

「4階の隅っこだ! サッサと行け!!」

「あ、ありがとうございました!!」

 

 こ、怖い先生だった……でも一応欲しい情報は教えてくれたのであります。

 顔に似合わず良い人……いや、違うか。

 とにかく、行ってみるのであります。

 ……隅っこって2箇所あるけど、どっちだろう?

 

 

 

 

 片方の隅っこに行ったら誰も居なかったので反対側に行ったら『軽音部』と書かれた部屋があった。

 正面から乗り込む勇気は無いのでこっそりと様子を伺ってみるのであります。

 中に居るのは5人、全員女子で、桂木先輩は居ないようだ。

 本当にここで合ってるのかなぁ? ここは女子部で、『男子軽音部』みたいな部屋が別にあるのかもしれない。

 他の所を探そうか? いや、それともあの人達に訊いてみるという手も……

 そうやって迷っていたとき、こんな音が聞こえてきたのであります。

 

ドロドロドロドロ……

 

『あれっ、センサーが!?』

『おいエリー、演奏中は携帯切っとけよ~』

『あ、すいません、ってそうじゃなくて、えっと……そこですね!!』

 

 ドクロの髪飾りを付けたポニーテールの人が突然こっちに振り向いてドアを勢いよく開けたのであります!

 まるで私の居場所を正確に把握していたかのような動きで、あまりに突然だったので隠れる暇も無かった。

 

「エリー、一体どうした……って、どなた?」

「あ、あの、その……」

 

 こっそり見てたという負い目と、上級生からの格上オーラにあてられて満足な受け答えはできなかったのであります……

 

 

 

 

 

  ……しばらくして……

 

「事情は分かったような分からないような……まあ、何となく分かった気がするよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 結局、逃げる事なんてできなかった私は高等部の皆様に囲まれて大体全部吐かされたのであります……

 夜のプールで桂木先輩と出会って、

 噂を聞いたら何か凄まじい人で、

 興味を持ったので調べに来た……と。

 ……簡潔にまとめてみたけど、自分でも何をやっているのかよく分からないのであります。

 

「しっかしあのバカ、中等部でも噂になってるのか」

「私の自慢のお兄様ですからね!!」

「エリー、褒められてないからな?」

「隣のクラスであるにも関わらず噂の存在を知らなかった私は相当疎いのでしょうか……?」

「結っ!? そんな妙な事で落ち込まないで!?」

 

 どうやら皆さん桂木先輩の事は知っているらしい。流石は中等部で噂になるような人だ。

 ……ところで、一つ疑問がある。

 

「あの、皆さんは桂木先輩とはどういうご関係なのでしょうか?」

「一言で言うとクラスメイトだね」

「私は違いますけどね」

「私はクラスメイト兼妹です!!」

 

 よりにもよって5人中4人が同じクラスらしい。随分と偏ってるなぁ……

 

「桂木先輩は軽音部の部長だって聞いたのですが、ここの事……ですよね?」

「あ~、そう言えば部長だったね。一応」

「どういう、事でしょうか……?」

「イロイロと複雑な事情があってね。名目上はあいつは部長って事になってるケド、幽霊部員みたいな感じでここには一切来てないよ」

「そうなんですか……」

 

 なんだか良く分からないけど、ここに居ても桂木先輩と会えないのは理解できたのであります。

 いや、そもそも会う事は目的じゃないんだけどね。

 

「ま~安心しなさい。あいつの事だったらうちらに訊きなさい。

 答えられる範囲で答えるよ」

「えっ、でもご迷惑になるのでは?」

「どうせ休憩しようかって時だったからね~。面白そうだし。

 結~、お茶とお菓子出して」

「そんなものはありませんよ。茶道部じゃないんですから」







 出す先生は児玉先生か二階堂先生かで迷いましたが、桂馬の軽音部所属を確実に知っているのが児玉先生だったのでそっちにしました。
 まぁ、二階堂先生も知ってそうですが……
 なお、どっちであってもみなみが災難だった事は変わらない模様。


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07 噂の真相

 そう言えば、噂の信憑性は結局の所どうなんだろう?

 この際だから開き直って色々と訊いてみる事にするのであります。

 

「桂木先輩の噂なんですけど……

 例えば、授業中ゲームばっかりしてて先生の話を聞いてない……なんていうのは流石に何かの間違いですよね?」

「ん? それは紛れもない事実だよ?」

「…………えっ!?」

 

 よりにもよってあれだけ泳げる身体能力を持ってる先輩がゲームばっかりしている……?

 ま、まさか、他の噂も真実なんて事は無いのでありますよね!?

 他には確か……

 

「留年して妹と同じクラスというのは……」

「同じクラスっていうのは正しいですね」

「留年はデマだね~。正しい部分を聞いた誰かが勘違いしたんだろうね」

「な、なるほど……ってあれ? それじゃあどうして同じクラスなんですか?」

「うちらも詳しい事情は知らんけど……」

「その辺はあんまり深く突っ込まないでくれると助かります……」

 

 何だか安心できた気がする。噂なんて所詮はこんなもんだよね。

 

「しっかし中等部の方ではそんな噂が流れてるのか。他にはどんなのがあんの?」

「え? えっと……そうですね……」

 

 あっこと斎藤が言ってた噂、他に何があったかな……

 あ、そうだ。凄く噂っぽい噂があった。

 

「屋上に住んでてUFOを呼んでたなんていうとんでもない噂がありました」

「あっはっはっ、何だそりゃ。どんだけ捻じ曲がって伝わってんのよ、あいつの所業は」

「UFO……ですか」

「ん? どした結?」

「いえ、あながち間違いでも無いのではないかとふと思っただけです」

「えっ、ちょ、マジで!? あいつUFOなんか呼んでたの!?」

 

 な、何か話がとんでもない方向に向かっているような気が……

 まさか本当に呼んでたのでありますか!?

 

「いえ、そういう意味ではありません。

 ただ、あの方なら必要があればUFOくらい呼ぶのではないでしょうか?

 目的の為なら手段を選ばず手間を惜しまないあの方であれば」

「そういう意味かぁ……まあ確かに必要ならやらかすだろうね、あいつなら」

 

 この先輩たちにここまで言わせるって、一体どんな人なんだろうか。ますます分からなくなってきた。

 

「手段を選ばないって、何か凄く怖い響きですけど……その、桂木先輩は……」

「悪い意味で言ったつもりは無かったのですが、確かに悪い意味にしか受け取れないような言い方でしたね。

 私が言いたかったのは決断力と行動力に優れているという事です」

「何だかんだ言って割とお人好しだからね。誤解されやすい奴ではあるけど、悪い奴ではないよ」

 

 強烈な人ではあるけど、悪い人ではない……ということなのでありますでしょうか?

 ここまで来たらもう直接会って話してみたい。何を話すのかと問われると困るけど。

 

「桂木先輩って、ここには来ないんですよね?」

「そうだね~。うちらが呼びつけても絶対来ないだろうね。

 直接会いたいならこっちから出向くしか無いけど……」

「何か問題でも……?」

「……突然行ってもゲームの時間を削ってまで誰かに会おうとするとは思えないね。

 うちらも何日か前にお邪魔させてもらったけど、5分も話せなかったから」

「そ、そうでありますか……」

 

 悪い人じゃなかったんじゃないの?

 ……いや、突然家に押しかけたら門前払い喰らってもおかしくはないのか。

 

「もっと詳しい話が聞きたいなら……同居人に声を掛けるのが良いかもね」

「同居人、ですか?」

 

 妹さんではないのかな?

 そう思って視線をそちらに向ける。

 

「あ~、エリーも一応同居人なんだが……よし、試しに見てもらおう。

 エリー、桂木の事を紹介してみて!」

「待ってました! お兄様は凄いんですよ!!」

「ほぅ、何がどう凄いんだ?」

「はいっ! えっと、何かこう、ピカーって光ったりして、とにかく凄いんです!!」

「……な?」

「……はい」

 

 確かに無理だ。下手すると私より語彙が少ないのであります。

 

「そういうわけでエリーはこんなんだからもう1人の同居人を当たろう」

「ちょっと! こんなんってなんですかこんなんって!!」

「そんな事より、サッサと西原さんと連絡取って!」

「ひ、姫様ですか? お会いできるかどうか分かりませんけど……」

「そん時はそん時だ。頼んだぞ~」

 

「あの……西原さんとは一体……?」

「桂木のイトコらしいよ。別の学校なんで会った事はあんまり無いけど、桂木なんかよりずっと親切な人だから話くらいは付き合ってくれるはず」

 

 今、さりげなく桂木先輩が貶されてたような……

 

「エリー、連絡取れた?」

「はい! 今忙しいので後でかけ直すそうです!」

「そう言えばバイトやってたんだっけか……ま、何とかなるっしょ」

 

 

 

 その後、適当に雑談した後に私は部屋を出た。

 続きはまた後日という事になったけど、忙しいらしいイトコの人を呼んで大丈夫なのでありますでしょうか?







 なお、実際に過去編では『UFOを呼ぶ』のと似たような事をやっていた模様。


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08 対談

「……予想外の方向に話が進んでいるな」

「だね……」

 

 みなみが軽音部まで来たという日の夜、僕達はいつものように作戦会議をしていた。

 たった2日で軽音部の連中と接触しているとはな。

 予想以上の行動力だ。単に暇なのか、それとも駆け魂の影響なのか……

 

「経緯はともあれ私が指定する日にみなみさんと話せるわけだけど、どうしようか」

「その時にお前の手で一気に決着をつける……なんてのは流石に無理だよな」

「流石に無理だと思うけど……一応狙っておく?」

「……僕とエルシィも近くで待機しておくか」

 

 恋愛ルートで駆け魂攻略するなら、流石にまだ無理だ。イベントが足りなすぎる。

 だが、それ以外のルートがあるなら……行けるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 で、数日後……

 

 近所の喫茶店で、私はみなみさんと対面していた。

 緊張しているのか、落ち着かない様子でメニューを見ている。

 こういう時は軽い話題から始めて緊張をほぐし、期を伺って深い質問を投げかけよう。

 私の役割はトーク番組の司会者みたいなものか。いつもはゲスト側だから少し新鮮な気分だ。

 

「まずは自己紹介からだね。私は西原まろん。美里東高に通ってる高校2年生だよ」

「あ、は、はい。生駒みなみです。舞島の中等部の3年です……」

「アハハ、取って食おうってわけじゃないんだからそんなに緊張しなくてもいいよ」

「は、はいっ! すいません……」

 

 ああ、私にもきっとこんな時期があったんだろうなぁ……あんまり覚えてないけど。

 ここで『謝らなくても良い』とか言うと余計に緊張させてしまいそうだからスルーしておく。

 

「それで、確か桂馬くんについて聞きたかったんだよね?」

「そうです! えっと、従妹……なんですよね?」

「そ。と言っても、会ったのはつい最近なんだけどね」

「というと……?」

「うちの親同士の仲があんまり良くなかったから最近まで交流が無かったの。

 だから、昔の桂馬くんの事に関しては勘弁してね」

 

 予防線を張っておく。

 桂馬くんの過去のエピソードなんて全く分からないからね。

 

「そうなんですか……」

「うん。最近の事なら大体答えられると思うよ。軽音部の人達から既に聞いてるかもしれないけど」

「……それじゃあ質問させて下さい」

「うん」

「桂木先輩が家でも学校でもゲームばっかりしてるっていうのは本当ですか?」

「うん。家ではゲームばっかりしてるし、学校でも多分そうだね。

 ヒドい時には6つのゲームを同時にやったりとかしてるよ」

「6つも!? 一体どうやっているのでありますか!?」

「……私にも、分からない。あのヒトの頭が常軌を逸しているって事しか」

「そ、そうでありますか……」

「並列思考ってやつなのかなぁ……?

 あと、聞いてるかもしれないけど、授業中ゲームばっかりしてるにも関わらずテストの点数はほぼ全部100点なんだよ。

 授業を聞かずにゲームしてるっていうんじゃなくて、聞いた上で、その余力だけでゲームしてるんだろうね。

 ……教師にとってはただ授業を聞いてないよりずっと厄介だけど」

「先輩って本当に人間ですか……?」

「……多分ね」

 

 本人が神って名乗ってるのも頷ける話だ。

 この場で一から説明しようとすると面倒なので言葉にはしないけど。

 

「それで、他に聞きたい事は?」

「えっと……あ、そうだ。先輩って水泳とかやってました?」

「水泳? さっきも言ったようにインドア派のゲーマーだから、せいぜい学校の授業でやったくらいじゃないかな?」

「そうですか……」

「何か気になる事でもあるの?」

「はい、初めて先輩を見たとき、凄い勢いで泳いでいたので……」

「あ~……」

 

 そう言えば、遭遇イベントをそんな演出にしたって言ってたっけ。

 予想以上に印象に残ってるみたいだ。

 もしかして、みなみさんが桂馬くんを探してた理由って……

 ……設定上私が知ってる情報から、その話題を導き出すには……

 

「桂馬くんが泳いでたのを見たって事は、生駒さんは水泳部か何かなの?」

「はい、もう引退しましたけど……」

「引退? 夏休みに大会とか無かったっけ?」

「あ、ありますけど、その……」

「……ごめん、ちょっと訊いちゃいけない事だったかな」

「……いえ、大丈夫です。

 一応大会のメンバーには選ばれてるんですけど、第三補欠なのでほぼ出られません」

「3番目の補欠って事は予備の予備の予備……かな?」

「……はい」

 

 全部知ってる情報だったけどね。何はともあれ誘導成功だ。

 

「もしかしてだけど……桂馬くんを探してた理由って泳ぎを教えてもらいたかったから?」

「あっ、それは……確かにあるかもしれません。

 部活を引退して暇だったからとか、噂が強烈だったから気になったっていうのもありますけど」

 

 本人は自覚してなかった理由……か。

 やっぱり、その辺に心のスキマがあるんだろうな。

 

「……生駒さん、あなたは水泳が好き?」

「えっ? そりゃあ好きですけど……」

「それじゃあ、高等部に入ってからも水泳を続けるの?」

「それは……まだ分かりません」

 

 みなみさんは水泳を3年間続けていた。好きじゃなかったら出来ることじゃないだろう。

 それほど好きな水泳を続けない理由か。きっとそういう事なんだろうね。

 テーブルの下で携帯をそっと開いて桂馬くんにメールを送る。

 

『彼女に正しいエンディングを見せてあげてほしい』と。



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次回作へ

「……そういう事か」

 

 かのんとみなみが居る席のすぐ近くで隠れていた僕はかのんからのメールを見るとおもむろに立ち上がり、2人に近づいて声をかけた。

 

「邪魔するぞ」

「えっ、か、桂木先輩!? い、いつから居たんですか!?」

「最初からだ。外でもゲームはできるからな」

「えええええっっ!?」

 

 かのんがさりげなくスペースを開けたのでそこに座らせてもらい、自分の席から持ってきた水を一口飲む。

 ……普通の水だな。

 

「エルシィから僕の事を探してる後輩が居るって聞いて何事かと思ったが……大体把握した」

「エルシィ……あっ、あの人が喋ったんですか!?」

「こういう事は口止めしとかないと……いや、口止めしても喋りそうだからな。あいつ」

 

 こういう事を本人に喋るかどうかは性格で分かれそうだが……エルシィの場合はバリバリで喋る派だし、攻略にも関わってたからな。

 

「お前が抱えてる悩みは、『終わり方に納得してない』って事だろうな。

 気合を入れて最後の試合に臨もうとしたら参加できなくなって、なんとなく終わってしまった事に納得できていないんだろう」

「そ、そんな事は無い……です」

「本当か? まあいいさ。

 僕に言える事はたった一つ。

 どうか終わりを恐れて始める事を恐れないで欲しいという事だ」

「…………」

「あ、あともう一つだけ。

 

 3年間、よく部活を頑張ったな。おめでとう」

 

「っ!!」

「……なんてセリフは僕には似合わんか。ずっと帰宅部だった僕にはな」

「あ、あのっ!」

 

 みなみは何度か深呼吸してから、こう言った。

 

「ありがとうございました。桂木先輩と話せて、桂木先輩と出会えて良かったです」

「……大した事はしちゃいないさ。それじゃあな」

 

 さりげない動作で領収書を抜き取りレジへと向かう。

 流石に僕の言葉だけでは駆け魂は出ないか。恋愛ルートなら今ので止めだったんだろうがな。

 まあ、僕が止めを刺す必要は無い。時間の問題だな。

 

 

 

 

 その後しばらくして、水泳の県大会が終わった後、みなみの駆け魂は心のスキマから追い出された。

 先生から、後輩からの言葉が引き金になったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「え~、みなみ、高等部でも水泳続けんの?」

「うん。そのつもり」

「せっかく3年間終わって自由になったってのに、物好きなヤツだな~」

「確かにそうかもしれないけど……やっぱり私、泳ぐのが好きだから」

「ま、みなみがやりたがってるなら別に構わんけどね。

 今度こそ大会出ろよ。そしてコバをぶっ潰せ!」

「ぶっ潰すかどうかはともかく……精一杯やってみるよ」

 

 部活を続けて、きっと辛い事もあるだろう。

 けど、私は進もう。終わりを見据えて。

 どんな終わり方をするかはまだ全然分からないけど、恐れずに進もう。

 終わりを恐れて始める事を恐れてちゃ意味が無いんだから。

 ……あれ? これって誰のセリフだったっけ。

 ……まあいいか。今は泳ごう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局今回は恋愛ルート使わなかったね」

「後輩属性が相手だから本来は恐ろしく簡単なはずだったんだがなぁ……」

 

 やはり夏休み中に進行するのは無理があったか。

 それに、みなみの行動力が予想以上だった。軽音部に辿り着くのが早すぎたからみなみが想像を膨らませる時間も少なくなってしまったし、先輩としての『手の届かない高嶺の花』というアドバンテージもかなり弱くなってしまった。

 ……結果的に何とかなったが、計画はボロボロだったな。反省しなければ。

 

「終わり方……か。桂馬くんも終わりを惜しんだ事ってある?」

「何度もあるぞ。神ゲーの攻略が終わってしまうのは嬉しい事でもあるが、悲しくもある。

 かと言って、エンディング直前で止まるなど愚の骨頂だ」

「そりゃそうだろうね……」

「今回の場合はエンディングイベントの直前でバグで止まったようなものか。やっぱり現実(リアル)はクソゲーだな」

 

 もしこれがギャルゲーなら『選手と第一補欠と第二補欠が何かのトラブルに巻き込まれて出場できなくなった! 第三補欠のみなみが出場し、僅差で優勝できた!』みたいになるんだろうが、現実(リアル)ではそんな波乱は起こらずに普通に戦って代表選手がそこそこの成績を残したようだ。

 エンディングとしては落第点だな。次回作に期待したい所だ。







 原作のみなみの心のスキマの原因は『終わり』なのか、それとも『終わり方』なのか。まあ、両方と言ってしまえばそれまでですが……
 例えば水泳大会に出場して優勝して達成感を味わって……みたいな流れであれば満足できたんじゃないかなと。だから、どちらの比重が高いかと言われると『終わり方』の方なのではないかと。

 だから、『お疲れ様』って言ってあげるだけでも相当救われるんじゃないでしょうか?

 そう思って、原作みたいに恋愛ルートに持って行ってサクッと攻略するのも面ど……つまらないのでこんな流れにしてみました。いかがだったでしょうか?


 では次回についてです。
 日常回Bを引きました。夏休み中に既にやってるものをもう一度というのはどうかと思うので夏休み終了イベントを起こした後で何とかしたいと思います。

 あと、最近リアルの事情が少々立て込んでいるので少し遅れる……かも。
 本格的に忙しくなる前に夏休みを終わらせたいです(願望)

 では、また次回お会いしましょう!


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8月31日の出来事
プロローグ


お待たせしました! それでは始めましょう‼




 カレンダーというものがある。

 日付が表になって並んでいるアイテムであり、大抵の一般家庭ではリビングの壁とかに設置される代物だ。

 中には日めくりカレンダーとかの変わった物も存在するが……そんな事はどうでもいい。

 

 重要なのは、カレンダーが日付を伝えるという役目を果たしている事であり、そしてそれが今現在何日を示しているかということだ。

 

 8月、31日。

 

 8月の最終日であり、金曜でも土曜でもないので夏休みの最終日となる日。

 

「いや、おかしいだろ!! ちょっと前には夏休みに入ったんで1000時間プレイできるとか言ってたはずなのに!!!」

 

 夏休みが始まったと思ったら天理と女神サマがやって来て、

 一段落したと思ったら墓参りに付き合わされて、

 みなみの攻略が始まって、大会終わるまでもちょくちょく様子見して、

 ……そして、今に至る……というわけか。

 ふざけるな! どうしてイベントがそんなに押し寄せてるんだ!!

 

「って、こうしちゃいられない。今日だけでもゲームを可能な限り消化……」

「神様~! 一緒に遊びませんか~!!」

「ふんっ!!」

 

 何故か近くに置いてあったダンボール箱を勢いよく被せて手早くガムテープで封をする。

 

『ムギュー!? か、神様ぁぁ!?』

「あ、もしもし、荷物の配達お願いします。大至急で!!」

 

 これでエルシィの処理完了。こいつは放置してもイベントを持ち込んできそうなので遠くに送ってしまう。

 なお、エルシィの結界術の攻撃的用法ならダンボール如き軽くブチ破れるだろうが、本人が気付くのには結構な時間がかかるだろう。それだけの時間があれば十分だ……と信じたい。

 

「何か凄い物音がしたけど、どうかしたの?」

「おお中川、丁度いい所に。

 この荷物を玄関まで運ぶのを手伝ってくれないか?」

『フムギュー!!』

 

 かのんは唸る箱を見て、数秒だけ考えてからこう言った。

 

「うん。分かった」

『フムギュー!?』

 

 かのんはその場のノリでエルシィを見捨てた……わけではなく、エルシィならその気になれば簡単に脱出できると悟ったのだろう。

 箱はガタガタとうるさかったが、2人で運んだので簡単に運べた。

 

「この辺でいいか。助かったぞ」

「ところで、エルシィさんは一体全体何をやらかしたの?」

「僕の残された神聖なるゲームタイムを妨害しようとしてきたからな!!」

「……そういう事か。昼食は部屋に持って行くね」

「昼くらい抜いても全く問題ないが」

「いやいや、身体を壊したら元も子もないでしょ」

「……気が向いたら食べておく」

「気が向かなくても食べてほしいよ……」

 

 おっと、こんな話をしている場合ではない。

 夏休みは残り約14時間。さぁ、溜まりに溜まっている積みゲーを消化し……

 

「ご、ごめんください……」

 

 踵を返してドアノブに手をかけた時、そんな声が聞こえた。

 振り返らずとも分かる。女神とかいう面倒なヤツを体の中に抱えた少女、天理だ。

 こういう奴の話はいつも長いと相場で決まっている! 無視だ無視!!

 

「じゃ、接客は任せた」

「ちょっ、桂馬くん!?」

 

 素早い動作でドアを開け、中に入り、閉める。

 鍵まで閉めるか一瞬考えたが、門前払いでは女神は納得しないだろうし力ずくでこじ開けられたら面倒だ。開けたままにしておこう。

 さて、今のうちに部屋に飛び込んで閉じこもっておこう。僕の部屋の扉もブチ破られる可能性はあるが……その前に可能な限りゲームをするぞ!!

 ……その前にトイレ行っておくか。

 

 

 

 

 

「まったくもう、何なのですかあの態度は! せっかく天理がわざわざやって来たと言うのに!!」

 

 桂馬くんに置いていかれた天理さん……じゃなくてディアナさんは憤慨しているようだ。そりゃそうだよね。

 

「ごめんなさいね。桂馬くんも忙しいから。(ゲームで)」

「それでもです。確かに事前の連絡も無しに押しかけた私たちにも非が全くないとは言いませんが、あの態度は無いでしょう!!」

 

 ディアナさんの言ってる事は正論だと思うけど、桂馬くんが相手だからね。

 あの神様を常識に当てはめて考えようとするのが間違っている。ディアナさんも神様だけどさ。

 さて、穏便にお帰り頂くのが桂馬くんにとってのベストだろうけど、流石に少々忍びない。ほどほどにもてなさせてもらおう。急にオフになった私も暇だったんで話相手が居てくれた方が嬉しいし。

 

「それじゃあ上がって」

「……あ、あの……」

「どうしたの? ディアナさん……じゃなくて天理さん」

「こちらの箱は……」

 

『フムギュー!!!』

 

「……気にしなくて良いよ」

「そ、そうですか」



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01 優等生と女神様

 玄関を開けた途端、凄い音が奥の方から響いてきた。

 泥棒……ではないね。こんな真っ昼間に凄い物音を立てるお茶目な泥棒は存在しないだろう。

 桂馬くんが何かやらかすとも思えないし、麻里さんは出かけていたはずだ。誰か他にお客さんが来てるのかな?

 

「何事でしょうか?」

「とにかく行ってみよう」

 

 危険人物が侵入してる可能性も0ではないので慎重に……行こうとしたら廊下に桂馬くんが飛び出してきた。

 

「ま、待て! まずは落ち着いて……」

「問答無用! このクズ! アホ! バカ!!」

 

 桂馬くんと、そして何故かハクアさんが飛び出してきた。

 いつの間に家に居たんだろう? エルシィさんが招き入れたんだろうか?

 って、それよりも何か事件っぽい。ハクアさんが鬼気迫る表情で桂馬くんを追い回しているようだ。その両手には大きな鎌が握られているが……流石にある程度自制しているようで刃を立ててはいない。

 

「……西原さん、あの方は実は従妹とか、あるいは姉とか、そういう類の方では無いですよね?」

「う、うん。少なくとも親戚の類ではないよ」

「では遠慮なく。この浮気者が!!」

「えっ? ちょっ!?」

 

 ディアナさん的にはこれすらもアウトなのだろうか? 桂馬くんが好き好んでハクアさんと一緒に居るようには決して見えないんだけどなぁ……

 

「桂木さん! 何をしているのですか!!

 家族や親戚なら許容しますが、それ以外の女性との接触は禁止です!!」

「なっ、ディアナか!? イタタタタ! 耳を引っ張るな!!」

「えっ、え? だ、誰なのお前?」

「わ、私は……この人の許嫁です!!」

「「はぁ!?」」

 

 ディアナさん、嘘は良くないよ。

 色々と言いたい事はあるけど、収拾をつけないとダメっぽい。一旦黙らせた方が良さそうだ。

 えっと、確かこの辺に……あったあった。これって悪魔や女神に効くのかな。まあ死にはしないだろう。非殺傷用の筈だし。

 えいっ!

 

ズバヂィィッ!!

 

「熱っ!?」「痛っ!?」

 

 人間用のスタンガンじゃあ気絶はしないようだ。好都合だ。

 バチバチと音を立てながら、私は語りかけた。

 

「2人とも、ちょっと静かにね?」

 

 放電が効いたのか、異様な雰囲気の笑顔が効いたのか、2人はひとまず落ち着いてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 ひとまず全員リビングに通してソファに座ってもらう。桂馬くんも一緒だ。流石にこの空気で桂馬くんを送り出したら他2名が黙ってないだろうからね。

 お茶は……用意しておこう。手早く済ませたいけど、簡単に終わりそうにないから。

 

「どこから始めるべきかなぁ……

 まずハクアさん、うちに用事でもあったの?」

「用事って言うほどの事でもないけど……エルシィに呼ばれたのよ。『一緒にあそびましょ~』って」

「……そんな事で担当地区を抜け出して大丈夫なの?」

「幸い、出てきそうな駆け魂は居なかったから問題ないわ」

「そういう事なら大丈夫なのかな……? また駆け魂が逃げ出したとか勘弁してよ?」

「うぐっ、あ、あんなミスはそうそう無いわ! 大丈夫よ!!」

 

 本人がそう言うなら信じるしかないか。ハクアさんとその協力者の攻略方針は私たちが口出しすべき事じゃないし。

 桂馬くんに対して発狂してた理由も気になるけど……今は落ち着いてるみたいだから放っておこう。藪蛇になりかねない。

 

「私の事はこんなもんで良いでしょ?

 それより、コイツは一体何なの?」

 

 ハクアさんが痺れを切らしたようだ。今度はディアナさんについてこちらに質問してきた。

 そのディアナさんは逆に静かに話を聞いているようだ。さっきまでの会話で『ハクアさんが新悪魔である』くらいは把握してるかな?

 さて、どこまで話すべきだろうか……?

 そんな私の悩みを察したのか今まで黙っていた桂馬くんが口を開いた。

 

「……ハクアまでなら全て公開してもギリギリセーフだろう。それより上はブラックボックスだ。反応の想像が付かん」

「そうかな? 室長とかはギリギリ信用できる気がしないでもないけど?」

「最悪の結果にはならない気はするが、やはり影響が想像できん。止めといた方が無難だろう」

「それもそうか。じゃあその辺で」

「アンタたち……自分たちだけが分かる会話は止めなさい」

「おっと失礼。

 じゃあ話す前に約束。ここでの話は絶対に外に漏らさない事。ドクロウ室長にも。

 約束できる?」

「え、何? 地獄絡みなの? 私、地区長だからそういう事は報告義務があるんだけど……」

「でもハクアさん、ここの地区の担当じゃないよね」

「そりゃそうだけど……」

 

 流石に『担当地区外だから』だけじゃ厳しいか。エルシィさんの上司がドクロウ室長なんだからこの辺一帯は多分ドクロウ室長が管理してて、どの地区だろうと報告先は変わらないし。

 だったら、今の屁理屈以上に詭弁だけど……

 

「これから話す事は地獄関係じゃない。それならどう?」

「う~ん……話を聞いてから判断するっていうのは……?」

「勿論ダメ」

「はぁ、分かった。分かったわ。他言無用ね。約束するわ」

「OK。じゃあ……私から話そうか?」

 

 目を瞑って考え事をしているディアナさんに問いかけてみる。

 

「……そうですね。お願いします」

「うん。おかしな所があったら訂正してね」

 

 共有している情報の再確認も兼ねて、ディアナさん……女神の説明を始めた。







 登場時にハクアが発狂してた理由は原作通りに『トイレで用足ししている時に桂馬が入って来た』ですが、そこに深く突っ込むと話が脱線していきそうだったので誤魔化させてもらいました。
 もしそこも真面目に書くのであれば『無警戒に乱入してきた桂馬くんも悪いけど、鍵すらかけてなかったハクアさんも十分悪いよ』みたいな話になって更に脱線して……
 ……うん。カットでいいですね。


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02 天界と地獄

 私による女神講座は特にご本人……ご本神からの訂正もなくつつがなく終了した。

 ハクアさんは疑わしそうな表情をしている。

 

「天界の女神ねぇ……」

「旧時代の悪魔の封印に関わったって話なんだけど……」

「まぁ、天界の存在自体は知ってはいるけど、地獄との交流なんて殆ど無いわ」

「え、交流とか無いんだね。ちょっと意外」

「人間が地獄や天界にどんなイメージ抱いてるかは知らないけど、人間界と地獄との交流が無いのと同じように地獄と天界の交流も存在しないわ」

「その例を出すなら駆け魂隊っていう例外があるよね?」

「駆け魂隊は特例中の特例ね。そういう意味ではもしかしたら極秘にこっそり交流してる連中がいる可能性までは否定しないわ。

 地獄の入出国管理はかなり厳しいから考えにくいけど」

「昔戦争してた時代は? 平和な今よりはきっと緩かった……とまでは言わずともきっと隙があったよね?」

「うーん、当時の事に関しては私もよくは知らないけど、アルマゲマキナの時代に関しても少なくとも私は聞いたことが無いわ。

 旧地獄の封印に関わってるなら英雄として歴史の教科書に載っててもおかしくないはずなのにね」

「ハクアさん、それは私が嘘を吐いていると遠回しに言っているのですか?」

「……いや、ここまで壮大な話が作り話とも思えないわね。当時の新悪魔たちが旧悪魔に苦戦してたなら第三勢力に援護を頼むっていうのも筋は通ってるし。

 ただ、鵜呑みにするのはちょっとねぇ……」

「ふむ……致し方ありませんね。私としても証明できるものは何もありませんから。

 しかし、どういう事なのでしょう。何者かが私たちの記録を抹消しているのでしょうか?」

「わざわざそんな事をする暇人が地獄に居るかしらねぇ?」

 

 そもそもそんな抹消なんて簡単にできるんだろうか?

 ……地獄の技術は記憶の操作すら可能にするから、意外となんとかなるんだろうか?

 それにしたって膨大な手間だろう。うーん……

 

「……その理由、仮説でも良いなら思い当たるぞ」

 

 ここに来てほぼずっと黙っていた桂馬くんが口を開いた。

 こういう地獄とかの話題に積極的に関わろうとするのは珍しい気がする。今回の話題はデリケートだから積極的になったのかな?

 

「本当ですか? 教えていただけますか?」

「簡単な事だ。情報を隠す一番の目的は『独占』だ」

「独占、ですか?」

「ああ。お前たち女神は凄い力を持ってるんだろう?

 かつての戦争では悪魔を封印したわけだし、当時の能力には及ばずとも今でも凄い力を持っているんだろう?」

「凄い力、ですか。人間で言う所の『凄い』がどの程度かは分かりませんが……海を割ったり雷を落としたりといった事は普通にできましたね」

「凄いな!?」「凄いね!?」「凄いわね!?」

 

 予想以上に凄かったよ神様!!

 

「凄いですか? ですが例えば天理は帽子から花を出す魔法が使えるのです。

 それに比べたら大した事は無いでしょう」

「いや、種も仕掛けもあるマジックとガチの魔法を一緒にするなよ!!

 って、それはまあいい。大事なのは天変地異を起こし得るエネルギーを女神は持っているという事だ。

 人間社会で生かすだけでも相当な利益が得られるだろうし、地獄ならもっと効率的に働かせる事もできる。

 ゲームでは魔法使いや超能力者とか、あるいは神様が機械に繋がれてエネルギーを吸い取られ続けるなんてのはよくある展開だ」

「いやいや、アンタは地獄にどんなイメージを持ってるのよ!!

 って言うかゲームと一緒にするんじゃなわよ!!」

「地獄のイメージ? 詐欺紛いの手法で人の命を盾に嫌な仕事を押しつける極悪集団だが?」

「むぐっ……た、確かに否定できないけどっ!

 いやいや、駆け魂狩りは誰かがやらないと人間界も甚大な被害を受けるんだから誰かがやらないと……」

「駆け魂狩りの契約は置いておくとして、地獄にだって人間界で言う所のマフィアみたなイリーガルな連中が居てもおかしくは無いだろう。

 そしてそういう連中は大抵は権力者と繋がってるものだ。記録の抹消など容易い……とまでは言わずとも不可能ではないだろう」

「……まるで実物を見てきたかのように語るわね」

「当然、ゲームで見たことがあるからな」

「またゲームかいっ!!」

 

 ゲーム云々はさておいて、桂馬くんの話に目立つ矛盾は無いように思える。

 ただ、間違っていると断定できる要素が無いだけで、これが真実であるという証拠も無さそうだ。

 これ以外にも『その悪人に情報が渡らないように善人が隠してる説』なんかも唱えられそうだ。最初に言ってたようにあくまでも仮説だね。

 

「そういうわけだから、この話は上には報告しない方が良いだろう。

 下手すると、消されるぞ」

「んなっ!? そんなバカな話あるわけないでしょう!?」

「ホウ? ではハクア、貴様は断言できるんだな? 駆け魂隊やその上部の連中が誰一人として例外無く善人……もとい、善悪魔である事を」

「………………」

「無理だろう? ま、組織なんてそんなもんだ。

 だが安心しろ。消されるなんてのは最悪の事態を想定した場合の話だし、そもそも『天界の女神』の件は『地獄の旧悪魔』とは全く関係無いというのが地獄の公式見解だ。

 お前が報告する義務など一切存在しない」

「……分かった。そういう事にしとくわ。この件は私の胸の中にしまっておく」

「助かる」

「別に構わないわ。お前への借りを少しは返せると思えばね」

「……まあいいか。それくらいで確約が得られるならな」

 

 これでハクアさんとディアナさんとの顔合わせは一段落したかな。こういう話題は疲れるよ。

 ようやく一息つける……なんて思っていたら厄介事が飛び込んできた。

 

「た、たたた大変です神様!!」

 

 箱から抜けだしたらしいエルシィさんが、飛び込んできた。







 ふと思ったこと。
 何故、『地獄と天国』でも『冥界と天界』でもなく『地獄と天界』なのだろうか?
 まぁ、原作中に地獄に生息する『メイカイサンマ』なるものが登場していたので普通に冥界とも呼ばれているんでしょうね。昔は冥界と呼ばれていたとかもあり得るかも。


  追記

 ちゃんと調べてみたら原作9巻でディアナさんが『冥界』と呼んでいるので300年前の呼び方はきちんと冥界だった説が濃厚のようです。原作者さんが最初からキチンと想定してたかまでは不明ですが……気にしないでおきましょう。

  更に追記

 原作9巻をもっとよく調べてみたらディアナさんが『今は地獄と呼ばれるようになった冥界』とおっしゃっておりました。昔は冥界呼びで今は地獄と呼ばれている事が確定のようです。
 うーん、ちょっと疲れてるのかなぁ……お騒がせしました。


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03 新地区長の襲来

 偽装優等生と自称女神の面倒くさそうな初顔合わせが終わったと思ったら箱詰めにしておいたはずのバグ魔が飛び込んできた。

 タイミングが少し早くなくてマシだった……と思う事にしよう。そうじゃないとやってられん。

 

「どうした?」

「はいっ! つい先ほど法治省からの通信が来まして……」

 

 法治省? いつもみたいにドクロウ室長からの通信じゃないのか。

 

「内容は?」

「はい! えっと、新しい地区長が……」

「ハァイ♪」

 

 エルシィが言い切る必要は無かった。

 庭の方から聞こえた聞き慣れないが聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはノーラが居た。

 

「おやぁ? エルシィだけじゃなくてハクアも居るのね。

 新しい地区長様の歓迎会の準備でもしてくれたのかしらぁ?」

 

 こいつの登場から約40日が経過しているが、その面倒さはよく理解している。

 よっきゅんを葬られるという許しがたい暴挙を犯した愚物だが……あの後再びゲームをプレイする事で一応復活させる事ができたのでここは寛大な心で水に流してやろう。

 それより、2人の発言から考えるとどうやらノーラが新しい地区長になったようだ。

 

「どういう事!? ここの担当はシャリィだったはずよ!?」

 

 あ、ここにも地区長って居たんだな。全く見たこと無かったが。

 

「最近ここいらの地区の割り当てが見直されて地区長が増員されたのよ。シャリィは隣の地区に移ったわ。

 増員ってのはちょっと気に食わないけど、昇進は昇進よ。

 エルシィはこれからは私の部下ってわけね」

「……ハクア、そんな事を言われたが地区長の権力ってのはどの程度まで及ぶものなんだ?」

「えっ!? えっと…………

 …………言われてみれば権力ってあんまり無いわね」

「んなっ!?」

「まあ、だよな。シャリィとやらを見たことも聞いたことも無いからそうだとは思ってた」

「駆け魂隊の悪魔が数人掛かりでないと勾留できないような大物が出た時なんかはリーダー役をする事になるらしいけど、そんな大物が出たって話は聞いたことが無いわね」

「そういう緊急事態を除けば業務内容はヒラの悪魔と変わらないんじゃないか?」

「そうね……少し増えるかしら。地区長以上が参加する会議とか結構あるし」

「以上? 地区長より上があるのか?」

「ええ。現地で働く中で最も上なのが筆頭地区長ね。それ以上は地獄で指揮を出してるドクロウ室長とか、その辺になるわ」

「ふぅん。ヒラの方が楽そうだな」

「身も蓋もないわね……否定はしないけど」

 

「お、お前たち!! この私を差しおいて話してるんじゃないわよ!!」

 

 あ、ノーラまだ居たのか。すっかり忘れてた。

 

「えっと? 地区長になったんだって? はいはい、おめでとー」

「アンタ、さっきまで地区長を散々バカにしてたわよね? 喧嘩売ってんの!?」

 

 事実確認をしてただけで喧嘩を売ったつもりはない。

 それに、ノーラ本人も言ってたように昇進は昇進だ。名誉とかと重んじるのであればめでたい事に変わりは無い。

 僕なら絶対になりたくない事に変わりは無いがな。

 

「フ、フン、まあいいわ。それより、ここは私の地区なんだからサッサと自分の地区に帰りなさいよ地区長さん?」

「有事の時に出しゃばるならともかく、平時で地区長が他の地区に立入禁止になる何てルールは存在しないけど……」

「何? 逆らう気?」

「……他の地区に居座ってるってのも褒められた事じゃないのは確かね。今日は帰るわ」

「あら? 珍しく聞き分けが良いわね。何か悪い物でも食べた?」

「別に、間違ったことは言ってないと思っただけよ。じゃあねエルシィ」

 

 ハクアは帰るのか。天界関係の話が一段落した所だから丁度いいな。

 さて、次はどうやってノーラを追い返すか。テキトーにあしらえば帰ってくれるか?

 と、そんな事を考えていたらこんな言葉が投げかけられた。

 

「ホラ、何ボサッとしてんの。協力者(バディー)であるあんたも早く帰んなさい」

「…………え?」

 

 ……かのんに、そんな言葉が投げかけられた。

 

 

 

 

 

 私、ハクアさんの協力者じゃないんだけどなぁ……

 ただ、ノーラさん視点でこの部屋の面子を見てみると凄く納得だ。

 桂馬くんとエルシィさんの2人組は面識がある。天理さんも一般人として覚えられているはずだ。

 そしてハクアさんが居て、契約の首輪を着けた私が残っている。

 うん、どう考えても私がハクアさんの協力者になるよね。

 ここは否定は……しない方が良いね。エルシィさんに2人の協力者が居るって事は特殊な事らしいからノーラさんには伏せておいた方が良さそうだ。

 

「あ、すみません。ボーッとしてました。ハクアちゃん、帰ろっか」

「え? いやいや、ちょ、ええっ?」

(ここは話を適当に合わせて!!)

「え、ええ……帰りましょうか」

 

 何だか凄く言いたいことを我慢してるような表情のハクアさんの手を取って玄関まで引っ張っていき、そのまま家を出て適当に歩く。

 

 

 

 数ブロックほどの距離を歩いた所に公園があったのでそこのベンチに腰を下ろした。

 

「ごめんハクアさん。ノーラさんが相手の時は私が協力者って事にしといて」

「……ああ、そう言えばお前も協力者だったわね。

 確かに、エルシィに協力者が2人付いている事は隠しておくべきね」

「だよね? 異常な事なんだよね?」

「ええ。前にドクロウ室長にも訊いてみたけど、ゴリ押しした特例だからあまり広めないように頼まれたわ」

 

 ゴリ押し? 権力か何かでゴリ押したって事なのか、書類を捏造でもしたのか……あまり触れない方が良さそうだ。

 桂馬くんと私の元々の役割(最近は曖昧になりつつある気がするけど)を考えると、私がエルシィさんの為に協力者に追加された感じなのかな?

 室長さんはどうしてそうまでしてエルシィさんを使おうとしてるんだろうか?

 う~ん……

 

「…………あ、そう言えばさ」

「何?」

「ハクアさんの協力者ってどんな人なの?」

「…………できれば、訊かないで」

「あ、うん」

 

 どうも触れられたくなさそうだ。気にはなるけど気にしないでおこう。







 地区長の仕事って何だろうとふと考えてみました。
 檜編の時みたいな転生しかけの大型悪魔が出現しない限りは現場での仕事はヒラの悪魔と変わらないのではなかろうか……と。
 他にも自分の地区の悪魔がしっかり働いてるか監督するような仕事があっても不思議ではありませんが……羽衣に記録機能があるのであまり意味は無さそうです。


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04 記憶操作

「あ、もう一つ質問なんだけどさ」

協力者(バディー)に関する事以外で頼むわよ?」

「そこは大丈夫。

 私が知りたいのはノーラさんの事について」

「ノーラ? あんなのの事なんて知ってどうするの?」

「どうって、一応私たちの上司になったんでしょ? どんな人か知っておきたいと思って」

「まあ確かに上司と言えば上司になるけど……家でも言ったようにほぼ権力なんて無いわよ?

 ……あ、いや、あいつの場合はあるか」

 

 権力が無い事は把握してるって言おうとしたけど、私が発言する前に付け足された。

 

「どういう意味?」

「『駆け魂隊の地区長』っていう権力は殆ど飾りみたいな物だけど、あいつの場合は別の権力を持ってるの。

 より正確には、あいつの家がね」

「家? 実は名家のお嬢様とかだったり?」

「権力を持ってる家の娘って意味ではその表現も間違いでは無いわね。

 ノーラの頭の角、気付いてた?」

「角? そう言えば確かに何か妙な角があったね」

 

 髪留めになっている駆け魂センサーの反対側に少し捻じ曲がった角が生えていた。

 左右に1本ずつあった方がバランスが良さそうな気がするけど……片角なのは何か理由があるんだろうか?

 

「そう、角。アレは古くからの地獄の名家の証なのよ。

 角付きの悪魔は角の無い悪魔を見下す事が多いわね。個人差はあるけど」

「ノーラさんは……訊くまでもなくかなり見下してるね」

「そうね。ただ、あれよりも酷い連中も存在するからマシな方とも言えるわ。

 本当に過激な連中は『角の無い悪魔は悪魔じゃない』なんて平気で言い張るから」

 

 ちょっとニュアンスが伝わりにくいけど、『肌が白くない人なんて人じゃない』みたいな感じだろうか?

 なるほど、それは確かに過激だ。現代の地球でそんな事を言ってたら大問題だよ。

 そういうのに比べたら見下してはいてもきちんと会話してくれるノーラさんはマシな方って事か。

 

「こんな所かしらね。

 ノーラの機嫌を損ねたらクビ……なんて事は流石に無いけど、上に提出される評価は悪くなるかもしれないわ。

 本気で怒らせたら分からないけど」

「辞職って意味でクビになるなら桂馬くんが嬉々として怒らせそうだね……辞職って意味なら」

「勿論、契約達成できなくなるから物理的に首が飛ぶわね」

「うわ~……」

 

 本気で怒らせるなんて事はそうそう無いと信じたい。

 桂馬くん、妙な事してないと良いけど……

 

 

 

 

 

 

「結局の所、お前は地区長になった事を自慢しに来ただけなのか?」

「自慢って……間違っちゃいないけど」

「そうか……んじゃあ、地区長が必要な案件が見つかったら遠慮なく頼らせてもらうとしようか。そうそう無いだろうけどな」

 

 その『案件』は当然の事ながら女神の件が当てはまるんで僕の言った事は完全な嘘だが、そういう態度を取っておこう。

 テキトーに持ち上げとけば満足して帰るだろう。

 

「へぇ、殊勝な態度ね。まあ私の手柄の為にせいぜい頑張りなさい」

「ああ」

「……しっかしあんた達、本気で愛し合ってたのね。あの時は出まかせだと思ってたわ」

「ん? 何の話だ?」

「何って、あんたとそこの娘よ」

 

 かのんとハクアは家の外に行ったのでこの場に残っているのは4人しか居ない。

 僕とノーラ、エルシィ、そして……天理。

 僕と天理が愛し合っている? どういう意味だ?

 

「駆け魂を出した後、ちゃんと記憶操作を受けてるハズなのにあんたの家に居るって事は、私が見つける前からその関係だったって事でしょ?」

「っ!?」

 

 ちょっと待て、今こいつは何と言った!?

 いや待て、考えるのは後だ。今はこいつを追い出す事が先決。

 努めて冷静に、表情に動揺を見せないように。

 そんな僕の演技が通じたのかノーラは特に気にする風も無く話を続けた。

 

「愛がスキマを埋めるだなんて実際に見ても正直信じらんないけど、あんたらみたいな妙な人間も居るのねぇ」

「……スキマが逆に広がるような恋愛がある事は否定しないが、そんなのと一緒にされてもな」

「人間って面倒ね。もっと何も考えずに生きてて欲しいものだわ」

「全くだな」

 

 これまで10名の女子を攻略してきたが、あいつらももっと呑気に生きていたら駆け魂に付け入られる事は無かっただろう。

 まぁ、それが出来ないってのが人間らしいって事なんだろうけどな。

 

「いや、あんたも人間だからね? そこ理解してる?」

「……そうだな」

 

 僕にだって欲はある。だが、それ以上に僕は満足できる生活を送っている。

 僕に心のスキマができる事はきっと無いだろう。まぁ、そもそも駆け魂は女子にしか取り憑かないからスキマができてもあまり意味は無いが。

 

「ホントに理解してんのかしらねぇ……

 まあいいわ。他の連中にも顔見せしとかないといけないから今日は帰らせてもらうわ」

「ああ。じゃあな」

 

 前回の初遭遇時と違い特にトラブルも無くノーラは去って行った。

 ちゃんと話せば分かる奴ではあるんだな。駆け魂狩りが最優先なだけで。

 

 そんな風にホッと一息吐いていると、ディアナが話しかけてきた。

 

「桂木さん、少々宜しいでしょうか?」

「ああ。丁度僕もお前に訊きたい事があったんだ」

 

 ノーラがこぼしていた『記憶操作を受けてるハズ』という発言。

 一体どういう事なんだろうか?







 角付き悪魔にそこまで過激な発言をする人は表舞台にはそうそう居ないでしょうけど、内心で思ってるだけなら結構居そうな気がします。


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沈黙

 お互いに質問があったが、まずはディアナから質問された。

 

「『記憶操作』とはどういう事ですか?」

 

 どうやら、向こうも同じような事が気になっていたようだ。

 その疑問の内容は僕のものとは異なるだろうが、関連付けて話せるなら分かりやすくなりそうだ。

 

「僕も詳しい原理や作業内容は知らんが、言葉通りに『記憶を操作する事』だ」

「……今の地獄にはそんな事ができる技術があるのですか?」

「ん? 天界では無いのか?」

「天界でも上位の者の一部にはそういった事が出来そうな者は居ましたが……そんな方々が動けば目立ちますし、そもそもわざわざ人間の記憶をいじるような事はしません。

 実質不可能でしょう」

「お前はできるのか?」

「いえ、そういった術とは相性が悪いので。

 様々な妙な術に詳しいメルクリウスや、医術に特化しているアポロ姉様であれば可能かも……といった所です」

「出てくる名前が2名なのは多いのか少ないのか……

 そうなると、お前が封印されてた時間……約300年だったか? その間に出てきた技術なのかもな」

 

 って、話が脱線している。本筋に戻そう。

 

「とにかくだ、地獄の連中は割と気軽に記憶操作ができるらしい。

 駆け魂攻略した後、その駆け魂が取り憑いていた娘の記憶の操作をする事が良くあるようだ」

「人間界には相当な数の駆け魂が逃げ出していたと記憶していますが……わざわざ全員にそのような操作を行うのですか?」

「記憶操作が必要ない場合を除いて大体全部行われるんじゃないか?

 その理由はいくつかあるだろうが……一番は地獄の存在を一般人に対して秘密にする為とかだろうな」

 

 僕の場合なんかは恋愛で攻略した対象が記憶を持ちつづけた場合、色んな意味で厄介な事になり駆け魂攻略に差し支えるからという理由もありそうだ。

 勿論そんな事は口には出さないが。

 

「ふむ……一応理解しました」

「ではこちらから。こちらも記憶操作に関してだが……

 先ほどノーラは『天理にも記憶操作を施した』と言っていた。

 しかし、そんな様子は全く見受けられない。どういう事だ?」

「どういう事かと言われましても、そもそもどういった記憶操作を受けるのでしょうか? 桂木さんに関する事を全て忘れる……とか?」

「……恐らく、駆け魂が発見された時点から攻略完了までの記憶が影響を受ける。

 その内容はお前が言ったように僕と、あとエルシィの事を忘れるというものだ。

 完全に記憶が消え去るわけではないようなんだが……少なくとも、攻略完了の翌日に僕と普通に話せる訳が無い」

「なるほど、確かに影響を受けていないようですね」

「今まではノーラの報告がテキトーだったから記憶操作もテキトーだったんだろうと折り合いを付けていたが、本人の発言のせいでそうも言ってられなくなってきた。

 操作されてないんじゃなく、操作されていても影響を受けてないって事になる」

「奇妙な話ですね。考えられる原因は私の存在でしょうか」

「そういう事だ。記憶操作を弾いたのか、あるいはお前の記憶は操作されなかったからそこから復元でもしたのか……」

「どちらも有り得そうですね。理屈までは分かりませんが」

「そうか」

 

 細かい謎はあるが、要は『女神の影響で記憶操作を受け付けなかった』という事だな。いや、それすらも確定ではないんだが……ひとまずそういう事にしておこう。

 そういう事にしたことで一つ、重大な疑問が現れる。

 

「なぁ……女神って何人居るんだ?」

 

 そう、他に女神が居るのであれば、記憶を取り戻す奴が居てもおかしくはない。

 そしてそれは僕が駆け魂攻略を進めていく上で、生き残る為に非常に重要な事だ。

 

「……天界の住人という意味でならいくらでも居ますが……

 私と同じ境遇の、旧地獄を封じる人柱となったのは私を含めて6人です。

 ウルカヌス、アポロ、ディアナ、ミネルヴァ、マルス、メルクリウス。

 6人で、ユピテルの姉妹と呼ばれていました」

「おいちょっと待て、男神の名前も含まれてないか?」

「ああ、簡単な事です。

 あくまで私たちは襲名しただけで、初代とは性別が異なる場合もありますから。

 そもそも、本当の姉妹ではありませんし」

「紛らわしいな!!

 えっと、とにかくお前込みで6人なんだな?」

「はい、他の皆も人間界に居る可能性は十二分にあるでしょう。案外近くに居る可能性もありますね。

 あ、そうだ。桂木さんも私の姉妹を探してくれませんか?」

「軽いな!! 一応訊くが、どうやってだ?」

「簡単な事です。桂木さんが攻略した中に記憶が戻っている者が居ればそれが女神の宿主です」

「いや、普通に難しいからなそれ。そもそも戻るの確定じゃないし。

 それより、お前なら女神の宿主を見て判断できないか?」

「どうでしょうね……何か女神の力が使われているならともかく、普通に過ごしている人を見て判断するのは厳しいかと思われます」

「……本当だろうな、それ」

「私にも実際に遭遇してみないと分かりませんよ」

 

 実に頼りにならない女神だな……

 運良く見つける事ができたら教えてやるべきか? でも、地獄において女神がどんな風に扱われているのかとか一切不明なんだよな。

 今の地獄と真っ正面からぶつかり合うような事は流石にしないとは思うが……中途半端な情報を与えて変な方向に暴走されたりすると困る。

 …………『女神と名乗る存在』に接触できたら、教えておくか。真偽の判断も兼ねて。

 

「はぁ、分かった。見つけたら知らせる」

「助かります。それでは、今日はこの辺で失礼させていただきます。

 あのノーラとかいう新悪魔が戻ってこないとも限りませんし」

「サラッと嫌な事を言うなよ!! 今日はもうゲームをして過ごすと決めたんだ! 地獄関係につぎ込む時間など1フレームも無い!!」

「ふれ? まあいいでしょう。ではまた」

 

 そうして、ディアナ(+天理)は帰って行った。

 女神……かぁ。

 

「どうかしましたか神様?」

「……いや、何でもない」

 

 もし女神が攻略対象者に居たのであれば、記憶が戻る可能性がある。

 幸か不幸か、そんな様子がある者は見受けられないが……

 ……なぁかのん、もしお前の中に女神が居て記憶が戻るなら、その時僕はどうするべきなんだろうな。

 ……そんな事考えててもしょうがないか。切り替えよう。

 

「今日はもう部屋にこもるから、昼食も夕食も要らないと伝えておいてくれ」

「えっ、ちょっ、神様ぁ!?」

 

 残り、約12時間といった所か。

 さぁ行こう。エンディングへと!!






 こんな感じで夏休み終了です。結局、本格的に忙しくなる前に書ききれなかったです。
 今回は原作との知識の乖離の是正を図りました。『攻略対象は記憶操作される』とか、『ノーラは角付きの名家の悪魔』とか、色々と重要な情報が共有できました。(かのんだけ、桂馬だけが聞いた情報も見えない所で共有される……ハズ)
 あと、ユピテルの姉妹の人数とか。原作と比べてかなり早く出てきましたね。
 次回は日常回Bです。内容は全く決まってませんがなるべく早く上げられるように頑張ります。

 『ユピテルの姉妹が実は本当の姉妹ではない』という情報がニコ○コ大百科に載っていたりします。出典は何かの限定版のおまけだとか。
 筆者はその出典は確認できませんでしたが、とりあえず義姉妹という設定でいってみます。
 あと、名前を襲名したというのはオリジナルのはず。何か情報があったらお知らせ下さい。

 では、また次回お会いしましょう!!
 ……できるだけ早く上げられるように頑張ります。


 追記

 読者の方に情報提供を頂き、出典を確認することができました。
 更に、その資料によれば名前は受け継がれるのではなくユピテルの姉妹となるときに命名されるっぽいです。
 それに合わせて本文も修正しようかと思いましたが……本作は本作の独自設定ということでこのままで行かせてもらいます。そもそもこんな細かい所が問題になるケースもないでしょうし(笑)


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軽音楽部の会計騒動
プロローグ


 皆さんこんにちは……エルシィです……

 今日は、悲しい事がありました。

 とても、とても悲しい事。

 

 

 

 

 ……そう、『夏休みの終わり』……です。

 

 

 

 

 

 

 ……え? 大した事無いって? 何を言ってるんですか!!

 あれだけ長かった夏休みが終わってしまったんですよ!! 凄く大変な事です!!

 あともう1年くらい続いてくれれば良かったのに!!

 

 ……あれ? そうなると夏休み中にまた夏休みが始まって……永遠に休める?

 凄い! 凄いです!! 私、もしかして頭が良いですか!?

 

「というわけで結さん、この学校のエラい人に夏休みを延長するように頼んでください!!」

「一体何が『というわけ』なのかは分かりませんが……学校として必要な授業日数は決められているので無駄だと思いますよ?

 万が一できたとしても他の長期休暇が削れたり、休日祝日が潰れるだけでしょう」

「そ、そんなぁ!!」

 

 ば、バカな! 私の完璧な計画が!!

 

「おいエリー、寝ぼけた事言ってないで練習始めるぞ~。夏休み明け最初の特訓だ!」

「あ、ハイ! 頑張りましょー!」

 

 幸いな事に夏休み明けの登校日は始業式があっただけです。

 残りの時間は部活で特訓できます!!

 

 

「よーし、全員準備完了だな。

 さあやるぞ!!」

 

 ちひろさんの掛け声に合わせて皆で楽器を構えます。

 精一杯頑張りましょー! えいっ!!

 

バキッ!!

 

 ……あれ? 何か嫌な音が聞こえたような……

 

「……おい、またエリーが何かやらかしたか?」

「え、ええええっ!? わ、私ですか!?」

 

 慌てて手元の楽器を確認してみます。

 シールドは繋いである、弦は普通に張られている。その他おかしな所は無し。見えない内部も結界のちょっとした応用で確認……

 ……特に問題無さそうです。はて……?

 

「あ、あの……」

 

 私が考え込んでいると後ろから控えめな声が聞こえてきました。

 

「ん? どした結?」

「……さっきの音、どうやら私のようです」

 

 振り返って確認してみると……ドラムの表面が破れているのが見えました。

 

「えっ、ええええっっ!? 物を壊すのって普通はエリーの役目じゃん!! どうして結が!?」

「歩美サン!?」

 

 そりゃあ私もちょっとは、たまーに物を壊しますけど!

 

「役目云々は置いておいて……結、何があったの?」

「……このドラムは元々吹奏楽部で廃棄予定だった物を頂いてきたものです」

「と言うことは……」

「単純に『寿命』という事でしょうね。むしろ良く保ってくれたものです」

「寿命かぁ……それじゃあまあしゃーないか」

 

 人間界の物品は地獄に比べて壊れやすいですからね。仕方ないみたいです。

 

「原因は分かった。それで、どうするよ?」

「動きの練習だけならこのままでもやってやれない事はありませんが……やはり買い換えるべきでしょうね。

 遅くとも舞校祭までには一式を買い替え……とまでは言わずとも不安なパーツは新調しておきたいです」

「壊れた所だけじゃなくて他もマズいん?」

「一ヶ所壊れたという事はそういう事でしょう。

 本番の真っ最中に壊れる……なんていう悪い意味で有名になりそうな事態は避けたいです」

「そりゃ確かに嫌だね。でも、楽器って結構高いよねぇ……」

「そうですね……」

「結は一応お嬢様だけど、自由に使えるお金ってあんまり無いんだよね?」

「一般家庭のお小遣いと同じくらいは何とか確保しましたが、少々厳しいです」

「となると……皆で稼ぐか?」

「えっ? さ、流石にそれはどうでしょうか……? バイト等で稼ぐにしてもかなり大変ですし、そのお金を私の為に使うというのは……」

「『ワタクシの為』じゃなくって部活の皆の為だよ。ドラムが無かったら皆が困るんだから」

「そうですよ! 皆の為なら私頑張っちゃいますよ!」

「私は陸上部の方もあるからあんまり稼げないかもしれないけど……なるべく頑張るよ」

「み、皆さん……」

 

 うちの学校の文化祭『舞校祭』は確か11月の頭くらいだったはずです。

 2ヶ月間皆で頑張ればきっと何とかなります!!

 

「パーツを買い替えなんてケチくさい事言わずに1セット買うぞ! 目標は……とりあえず10万くらいか? そうなると1人あたり平均2万だから……」

「1ヶ月あたり1万円、時給800円のアルバイトであれば週に3時間ほど働けば何とかなりそうです。

 あくまでも平均値でですけど」

「あれ、意外と何とかなりそうな……よし、やってやるぞ!」

「「「おー!!」」」

 

 精一杯頑張りますよ!

 

「……あのさ」

「どうした京よ」

「……フツーに部費を使えば良くない?」

「「「「…………あ」」」」







 というわけで軽音部回。またか!
 何か過去のドロー記録見てると日常回Bは既に3回やってて、今回の抽選結果がミスである可能性が高いけど気にしない。

 ドラムセットを適当に検索してみましたが、安いものなら5万くらいで買えるっぽい。けど高いものだと10万でも足りないという。
 楽器って高いですねぇ……

 最後に突っ込むのは最初は結さんの予定だったのですが、前に結さんが部活の立ち上げのメリットを語る時に部費の事には触れていなかったので完全に忘れてた事にしてみました。京さんの影が薄かったから急遽セリフを増やしたなんて事情は無い可能性が無きにしも非ず。


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01 手続

 『部費を使えば?』

 

 京さんの驚愕の発言を受けて結さんが自分の荷物から何やら冊子を取り出して調べ始めました。

 

「部活……予算……あった、ありました」

 

 校則の一覧か何かでしょうか?

 

「……結、それいつも持ち歩いてんの?」

「ええまあ。何かと便利なので」

「ん~、まあいいや。それで、どうなってんの?」

「はい。部活を立ち上げてすぐでも予算は降りるようです。

 最初の年度は丁度10万で固定、それ以降は実績や部員数に応じて増減するみたいですね」

「要するに……買えるじゃん!!」

「全て使ってしまうと万が一の時、例えば他の楽器が破損した時などに身動きが取れなくなるのである程度は残した方が良いですが……何とか買えそうですね。

 えっと、手続き関係は……」

 

 何ページかパラパラとめくって、少し進んだ所でまた手が止まりました。

 

「ありました。指定された書式の書類に品名と値段を書き、部長と会計の印鑑を押した上で事務の方に提出すれば良いようです。

 あと、購入が終わったら領収書も提出するようにと」

「アラ? 意外と簡単そうだね。

 んじゃあまずは書類は……職員室にあるんかな?」

「恐らくは」

「じゃあ取ってきて、店に行って値段見て、その後に判子?」

「手順は問題ありませんが、一つ問題があります」

「ん?」

「印鑑です。軽音部の部長は桂木さんですが、会計がどなたかご存知な方は居ますか?」

「会計? そう言えば知らないような……歩美は知っとる?」

「ううん、私も知らない」

「そう言えば知らないね。エリーは?」

「う~~~~~~~~~~~~~~~~ん………………

 ……分かりません!!」

「分からないならサッサと言えよ!!」

 

 何となく分かりそうな気もしたんですけどね。

 部活を作ったのは神様で、副部長は麻美さん。

 あと1人、神様と仲が良さそうな人と言うと……

 

「……あれ、まさか……」

「今度こそ閃いたのか?」

「い、いえ……と、とにかく神様にお尋ねしてみましょう!」

「まあ、そだな。桂木の判子も貰わんといかんし」

 

 まさかとは思いますけど……軽音部の会計って、姫様……?

 と、とにかく今はできる所からやっていきましょう!

 

 

「……結、ちょっと気になったんだけどさ」

「何でしょうか?」

「部長とかを変える事ってできないの? 桂木はもちろんあさみんも役職には興味なさそうだから変えておけるなら後々楽そうだけど」

「残念ながら我が校では部活の役職という責任を安易に放棄するような事は不可能なようです。

 基本的には年度が変わるまでは不可能。例外のケースは役職持ちの方が怪我や病気で長期入院したり、あるいは退学になった場合などのようですね」

「そりゃ無理だな。普通に頼みにいこう」

 

 

 

 

   で!

 

 

 

 

 私たちはイナズママートまでやってきました!

 いやー、ここって何でも揃ってますね。まさか楽器まで売っているとは。

 たい焼きが美味しいだけのお店じゃなかったんですね!

 

 

「ち、ちひろさん! このベースすっごくカッコいいです!!」

「おまえの楽器はまだまだ保つし、こんな高いの買うわけが無いでしょうが」

「うぐっ、ちひろさんだってさっき30万くらいするギターを物欲しそうに見てたじゃないですか!!」

「確かにそうだけど……別に買ったわけじゃないから!」

 

 

「最安値で3万程度ですか……しかしこれは……」

「あっちの子供用とかの中途半端なセットと違って一式揃ってるように見えるけど、何か問題があるの?」

「はい。材料費を安く抑えているせいか音が少々安っぽくなってしまう事、あと耐久性に不安があります」

「うわっ、また壊すのは勘弁したいね」

「舞高祭までは保つでしょうけど、今後の事を考えるとコストパフォーマンス的にはグレードを上げたいです」

「だったら上げちゃえば? 本当にお金が足りなくなったら皆で何とかできなくはないわけだし」

「……そうですね。ではこの辺にしておきましょう。

 ……よし、メモ完了です」

 

 

「この機会に消耗品も買い足しておくか」

「あ~、確かに。ギターの弦の予備とか持っときたいね」

「あ、私も」

「私もベースの弦欲しいです! 念のため10セットくらい!」

「……一体何に使う気ですか?」

 

 

 そんな感じで楽器の下見は終わりました!

 次は神様の所ですね。きっと家にいるはずです。

 ハンコをもらわなくちゃいけないので直接行っちゃいましょ~!







 結 「印鑑」
ちひろ「判子」
エリー「ハンコ!」
 という呼び方の謎のこだわり。ちなみに意味的には……
  判子:判子を押すための物体。一般家庭では円柱状のアレ
  印影:判子で押された文字や模様
  印鑑:印影の中でも役所などに届け出て登録をしてあるもの
 となっているようです。本文中の手続きを正しく言うと、書類には『印影』が必要であり、それを押す為に『判子』が必要。みたいな感じになりますね。
 尤も、そんな意味の違いなんて作中では誰も意識してませんが。

 実際の部活の部費がどんなもんかは分かりませんが、舞島学園ではこんなもんとしておきます。
 児玉先生が創部をやたら拒むのは予算の問題があったりして……?

 予算の手続きとかは分からないのでテキトーに決めました。
 本来なら顧問の先生とかの認可も必要になりそうですが……舞島学園の部活に顧問が居た形跡が全く見られないので。
 天文部とか、女子空手部とか、あと将棋部とか陸上部とか……居ないはずは無いんですけどねぇ……

 部活の役職の変更は不可能としてみました。そうしないと今回の話が成り立たないので……
 正確には役職持ちであっても退部する事は可能ですが、再任命が出来ないとしておきます。そうしないと原作で部員数1になっていた女子空手部の設定と矛盾するので。
 まぁ、退部したのではなく籍は置いたまま幽霊部員になってただけの可能性もありますが。


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02 幽霊部長と幽霊会計

 昨日は夏休み最終日だったので全力でゲームをやっていた。

 え? 理想を求めて戦争とかしてなかったのかって? フン、そんな愚かしい真似をするわけが無いだろう。

 よっきゅんこそが理想にして極致。以上、Q.E.D.(証明終了)だ。

 

 今日の学校は始業式のみで午前中に終了したため、前日に消化しきれなかった積みゲーの続きをやっている。

 本当なら学校もサボってしまいたいんだが、それやると母さんが殴り込んで来るからなぁ……

 ま、仕方ない。与えられている時間を可能な限り有効活用せねば。

 

コンコン

 

「ん? 母さんか? 夕食の時間にはまだ早いようだが……」

 

 となると、エルシィか? 一体何の用だ?

 エルシィなら羽衣さんの力で鍵の複製くらい余裕でできるので、勝手に入られないうちにキリの良い所でゲームを中断して扉を開ける。

 

「何か用か? 手短に話せ」

「はいっ! ハンコ貸してください!」

「断る!」

 

バタン

 

『えっ、ちょっ、神様ぁ!?』

 

 ……いかんいかん。『判子→契約』と連想してしまったため少々過剰反応してしまったようだ。

 そもそも地獄の契約に判子はもちろんサインすら不要だったので別の事に使うんだろう。

 

ガチャッ

 

「あ、神様!」

「一体何に使う気だ。それが分からないとおいそれと貸す事はできないしそもそも貸す気も無い。

 必要なら自分で押す」

「分かりました! それなら見た方が早いと思うので下に降りてきてください!」

 

 全く何なんだ一体。

 仕方ないのでドタドタと去って行ったエルシィの後に続いて階段を降り、リビングの扉を開ける。

 

「おっす桂木。お邪魔させてもらってるよ」

 

 そして、映像を逆再生するかの如くそっと扉を閉める。

 

『ちょっ!? その反応は無いんじゃないの桂木ぃ!!』

 

 うぅむ、白昼夢なんてものはここ最近は見ていなかったはずなんだがなぁ。

 しかも軽音部メンバー5人が勢ぞろいしているなんて珍しい夢を見るとは……

 

『桂木ぃ! 何か変な事考えてるんじゃないでしょうね!!』

『お、落ち着いてくださいちひろさん。彼は少々驚いているだけでしょう』

『ええい放せ結っ! って言うかあいつムチャクチャ冷静な表情だったよ!!』

 

 ……恐らく夢ではないんだろうな。きっと。

 仕方ない。話を聞いてやるか。

 

ガチャリ

 

「あ、出てきた」

「……おいお前ら、一体何の用だ? また贈り物とかだったらはっ倒すぞ」

「どういう事それ! 私が選んだ靴が不満だったとでも言うの!?」

「いや、アレはかなり重宝させてもらっている。だが、贈り物なんて頻繁にするもんじゃないだろう。

 『物さえ送っておけば言いなりになる』などと侮られてるような気分になるからな」

「むぐっ、確かにそうかも……ゴメン桂木」

「それに、しょーもない贈り物だったら時間の無駄だ。ゲームしてる方が遥かに有意義だ」

「結局ゲームなの!? 台無しだよ!!」

 

 話が脱線しているが、どうやら贈り物ではないようだ。

 では一体何の用なのか。誰に訊くべきか。

 

「……おい、寺田。用件を簡潔に話してくれ」

「えっ、私? いや、良いけど……」

 

 一番分かりやすく話してくれそうなやつを指名しておく。

 結と迷ったが……ちひろを抑えているようなので除外した。

 

「話すって言うか……現物見せた方が早いね。これ」

 

 京がテーブルの上にある一枚のプリントを指し示した。

 何々? 『部活動予算申請書』?

 

「で、ここ」

 

 指し示されたのは右上の方にある2つの四角い枠。

 それぞれ『部長』『会計』と記されている。

 

「……ああ、そう言えば僕は書類上は部長なのか。

 面倒だな。これって誰かに移せないのか?」

「その下りはもう部室でやったよ。

 今年度中は部長が入院したり退学するレベルの緊急事態以外はムリ」

「……まぁ、判子押すだけならいいか。

 少し待っていろ」

 

 僕の印鑑等は自分の部屋に隠してある。

 前に母さんが『離婚してやるー!』って暴走してた時に家にある全ての印鑑を隠した時の名残りだな。

 

 

 印鑑を回収して、指定された枠に押して、ティッシュを押しつけて拭き取る。

 妙なかすれや欠けも無し。大丈夫だな。

 

「これで僕の仕事は終了だな。じゃあな」

「あ、待って待って! まだ一つ残ってる!」

「ん?」

「この部活の『会計』って誰?」

「誰ってそりゃあ……」

 

 言われて考える。

 そして思い出す。

 部活作成の申請書を書く時にちひろ達に名前を隠しやすいように一番下にあいつの名前を書いた事を。

 上から部長、副部長、会計だったので、書類上の会計役はあいつだ。

 ……そう、中川かのんだ。

 

「っっ!!」

「か、桂木? 大丈夫? 何か百面相してるけど」

 

 ……どう説明すべきだろうか?



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03 ゲーマーとアイドル

 ……よし、まずは落ち着いて整理しよう。

 現在の選択肢はかのんが会計である事を『教える』か『教えない』かである。

 なお、かのんの存在をどうにか隠して判子を押してもらったとしてもその判子のせいで『中川』という名前が(名字だけだが)伝わるので隠し通すのはほぼ不可能だろう。

 となると、『教えない』を選択した時点で判子を押すのは不可能だ。

 判子が押せないとなると、こいつらはそう簡単には引き下がらないだろう。僕だって買えるはずのゲームが買えなかったら理由を徹底的に追求する。僕が追求されるだけならごまかせない事もないが、会計相手に直談判しようとされたら止められん。児玉なら間違いなく知っている事はこいつらにも分かるだろう。現状でわざわざ児玉に訊きにいく必要が無いから訊いてないだけだ。

 となると……どう足掻いてもバレるな。『教えない』なんて選択肢はセコい時間稼ぎにしかならん。

 

 僕の選択肢は『教える』以外は無くなったわけだが、肝心なのはその教え方だ。

 ………………

 よし。一応それっぽい筋書きはでっち上げられそうだ。急造なもんだから穴はあるだろうが……そこはアドリブで乗り切るしかあるまい。

 ちひろ達に話す前に胸ポケットのボイスレコーダーを起動しておく。かのん曰く『これは予備のものだし、いつ必要になるか分からないから持っといて』との事だ。今回語る急造のストーリーの口裏合わせの為に活用させてもらおう。

 

「もしもしー? 大丈夫?」

「……ああ、すまない。昨日は寝てないんで少々うとうとしていたようだ」

「一体何してたの。夏休みの宿題とか?」

「そんなもんは最初の半日で片付けた。

 って、そんな事はどうでもいい。確か会計についてだったな?」

「うん。誰なの?」

「ふっふっふっ、聞いて驚け。

 軽音部の書類上の会計は……『中川かのん』だ」

「…………えっ?」

 

 京は涼しい顔して何でもそつなくこなすようなイメージだが、今回ばかりはかなり驚いたようでポカンと口を開けている。レアな表情……な気がする。

 他の連中も似たり寄ったりな反応だ。

 

「か、桂木!? どういう事なの!?」

「どどどどうしてかのんちゃんが!?」

「中川かのん……私は存じ上げませんが有名人のようですね」

 

 結は平然としているな。かのんよ、お前の名前を知らない奴が隣のクラスに居たぞ。

 って言うかこのやりとり後で本人に聞かせる予定なんだよな。昔のように暴走してスタンガンを振り回す事は無いと思うが、一応警戒しておこう。

 

 

 

 

 

 

「へくちっ」

「どうしたのかのん、風邪?」

「アイドルの身体は自分1人だけのものじゃないんだからね。体調管理できてなくて倒れたらぶん殴るわよ」

「いえそうじゃなくて、何か誰かに失礼な事を思われたような……」

「…………顔良し歌良し性格良しで将棋も指せる上に第六感まで冴え渡っているアイドル……イケる!!」

「いや、イケませんよ岡田さん!!」

 

 

 

 

 

 

「どういう事なのさ桂木!!」

「キリキリ吐いてもらうからね!!」

「あ、あの……何事ですか?」

 

 ちひろと歩美が殺気立ってるな。

 リアルアイドル如きと少し仲良くしてたくらいでそこまで殺気立つ事もないだろうに。

 まぁ、こいつらの中ではその『アイドル』ってのは凄く大きな存在なんだろうな。

 

「吐くと言ってもだな。会計が中川だという事実があるだけなんだが」

「そうじゃなくって! あんたら知り合いだったの!?」

「知り合い……まあそうなるか」

「い、いつからなの? いつからなの!?」

「ん~、確か……6月の頭くらいだったか。

 1学期の中間テストの後に成績の事について相談されたんだよ」

 

 という事にしておく。ちなみに、本当に会ったのもそのくらいだった。偶然の一致だな。

 

「成績の事?」

「ああ、あいつがアイドルをやってるのは皆知っているな?」

「勿論」「トーゼン!」「うちのクラスだもんね」

「アイドル……ああ、アイドルだったのですか。そう言えばクラスの誰かがB組にそんな方が居ると言っていた気がします。

 ……えっ、現役のアイドルとお知り合いなのですか!?」

 

 結にも状況が掴めてきたらしい。そりゃ驚くよな。

 

「でだ、お前たちはアイドルという職業をどう思う」

「どう思うって、そりゃぁ……」

「おおかた『キラキラしてる』とか『女子の憧れ』とかそんな所だろ?」

「いや、まあ大体そんな感じだけど先に言わないでよ」

「そういうプラスな面も間違っちゃいないが、それと同時に安定しない職業でもある。

 突然どっかの新人にファンを奪われて落ち目になる可能性もあれば妙なスキャンダルを嗅ぎつけられたりとかな。

 年も取るから定年までステージの上でアイドルとして働くなんてまず不可能だ。まぁ、これは極端な例だしステージの上がアイドルの全てというわけではないが。

 そんな感じで中川のご両親もそんな心配をした……のかは知らんが、アイドルを続ける上で条件を付けられているらしい」

「知らないんかい!!」

「実際会った事も無いしな。

 で、その条件というのは成績の維持だ」

 

 これは半分嘘だ。

 『成績が下がったら親から怒られる』という話は本人の口から聞いたことがあるが『アイドルを辞めさせられる』とまでは聞いてはいない。

 ただ、成績が極端に下がったら流石に辞めさせられるんじゃないだろうかと勝手に想像している。

 

「そういう事で、前回の中間テスト後に不安になった中川が僕に泣きついてきた。お前たちと同じようにな」

「あ~……確かに成績上げようと思ったら桂木に頼むのが一番だろうねぇ……」

 

 ちひろ達も期末前に同じような事を頼みに来ていたのでこれに文句は付けられないだろう。

 

「あ、でも何でかのんちゃんがあんたの事を知ってたの?」

「知るか。僕に訊くな」

 

 『クラスメイトから聞いた』とか『教師から聞いた』とか、いくらでもでっちあげられるが僕が答えるのも不自然なのでテキトーにあしらっておく。

 ちなみに、舞島学園ではギャルゲーでよくある試験結果の張り出し等は行われていない。張り出されてたら『それを見たんだろう』が一番自然な回答になったんだがな。

 

「で、どこまで話したっけか? ああそうそう。教師役を頼まれた所までだな。

 僕としては面倒なだけなんで最初は断ってたんだが……」

「ちょっ、正気!? アイドルとお近づきになれるチャンスを蹴ったの!?」

「ゲームアイドルの足元にも及ばない連中にどうして媚びなきゃならん。

 続けるぞ。断ってはいたが、まぁ……色々あって教師役をやることになった」

「色々って?」

「…………気にするな」

 

 遠い目をしてテキトーにごまかす。

 もししつこく問い詰められたら『スタンガン片手に脅された』とでも言っておこう。

 

「後は……説明するまでもないか。

 部活の立ち上げの時に吉野と同じように名前貸しを頼んだってわけだ」

「そして今に至る……と」

「そういう事だ」

「う~ん……色々と気になる事はあるけど、大体分かったよ」

 

 語った自分でも気になる点はいくつかあるが、大きな矛盾は出ないようなストーリーをでっちあげたつもりだ。

 これなら後はかのんに丸投げしても何とか凌げるだろう。多分。







 舞島学園ではテスト結果の公開はされないとしておきました。
 だって、公開されてたら桂馬が常にトップになるので噂が立たないわけがないですからね。もしそうなってたら原作のみなみ攻略の流れが結構変わってた……かも。


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04 対面計画

「事情は概ね把握できましたが、これからどうしましょうか」

「え? どうって?」

「現役アイドルの方が名目上は我々の部活の会計である事が判明しました。

 よってその方から印鑑を押してもらわなければなりませんが、そう軽々と呼び出せるのでしょうか?」

「むぐっ、確かに厳しいかも……」

 

 かのんの連絡先を知っている生徒なんてまず居ないだろうからな。呼び出すのも一苦労だろう。

 もちろん、事務所にファンレターを送ったり公式ファンサイトにメールを送る事は可能だろうが、検閲が入るだろうから多数の人間に内容を見られてしまうしメッセージが届くにも時間がかかる。学校の用事をこれで伝えるのは最終手段だろう。

 それに、少し楽器の調子が悪いくらいでわざわざ僕の家に押しかけるとも思えないから楽器が壊れたんだろうな。時間はかけたくないだろう。

 

「念のため訊いておくが、会計の判子は絶対に必要なんだな? 部長や副部長ではダメなんだな?」

「場合によっては副部長でも何とかなるかもしれませんが……この部活は少々強引に申請を通したのですよね? 睨まねかねないことは避けたいです」

 

 少々って言うかかなり強引だったがな。

 じゃあやっぱり会計を呼ぶしかないのか。

 

「仕方あるまい。僕からなるべく早めに学校に来るように頼んでおく」

「えっ、かのんちゃんの連絡先分かるの!?」

「連絡が取れないとあいつの不定期な空き時間に合わせて勉強を教える事なんざ不可能だからな。

 そうだな……『軽音部の会計として判子が必要だ。なるべく早く部室に顔を出してくれ』

 これでいいな。送信」

「そんな雑なメールで良いの?」

「相手は忙しいアイドルだぞ? 用件だけ簡潔にまとめた方が助かるに決まってる」

「う、う~ん……一理ある……のかなぁ?」

 

 

 

 

 

 

プルルルル プルルルル

 

「あ、メールだ。ちょっと失礼します」

 

 桂馬くんからのメールだ。また駆け魂でも現れたんだろうか?

 ……どうやら違うみたいだ。

 軽音部か。そう言えば私って会計だったね。

 うーん……とりあえず返信はしないでおいて今夜直接桂馬くんと話してみよう。その方が状況も良く分かるし。

 

「中川かのん。何か心なしか嬉しそうね」

「え? そうかな?」

「まさかとは思うけど男じゃないでしょうね?」

「ん~、男子っちゃ男子だけど、恋人とかそういうんじゃないからね」

「それなら良いけど、アイドルは恋愛禁止なのよ。そうですよね? 岡田さん」

 

「…………顔良し歌良し性格良しで将棋も指せて第六感まで冴え渡っていて彼氏が居るアイドル……

 ……イケる?」

「「イケませんから!!!」」

 

 私と棗ちゃんのセリフが綺麗にハモった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ、返信は来ないか。やはり忙しいようだな」

 

 仮に見れていたとしてもちひろ達が僕の目の前に居る可能性を考えてすぐには返信してこなかった可能性も有り得るかもな。

 まあ、どっちだっていいさ。

 

「予定が分かったらなるべく早く連絡させてもらおう」

「そうしてくれると助かるよ。楽器が無くっちゃ話にならないからね」

「これで僕の仕事は終わりだな。んじゃ、ゲームの続きをやるんで」

「うん、今日はありがとね。じゃあまた明日学校で!」

「ああ。じゃあな」

 

 やれやれ、完全に幽霊部員として居るだけのつもりだったのにこんな事に巻き込まれるとはな。

 この借りはいつか利子付きで請求してやろう。

 

 

 

 

 

 

   ……その夜……

 

「ただいま、桂馬くん。メール見たよ」

「そうか。じゃあこれも聞いてくれ」

 

 さきほどの軽音部とのやりとりを記録したボイレコを渡す。これが一番手っ取り早いだろう。

 待つ間はのんびりとゲームさせてもらう。

 

 

 少し待つとかのんがボイレコのスイッチを切って返してきた。1.5倍速ほどで聞き終えたようだ。

 

「なるほどね。これは私自身が出向かなきゃならない案件だね」

「そう言ってくれて安心したよ」

 

 必要なのは判子を押す事だけなので『書類を預かっておいて押しておく』『判子だけ借りる』といった対処も不可能ではない。

 しかし、仮に前者を選んだ場合は『かのんが家に来た』又は『僕がかのんと会ってきた』という事になってしまう。家に来るってのは論外として、会いに行ってきたというのもできれば避けたい。気軽に会いにいけるような関係だと思われると面倒だからな。必要な時に呼び出されるくらいならギリギリセーフ、いや、これでもアウト臭いが。

 後者の場合でも、判子を借りられるだけの関係だと思われて面倒だ。実印ではないしかのんの身分証も持っていないのでできる事はある程度限られるだろうが……やはり判子を託すのは相当な信頼が無いと無理だろう。

 

 ただ、あくまで『ごまかしが面倒』なだけだ。どうしてもかのんが直接出向くのが不可能という事であれば自力でごまかすしかなかっただろう。

 

「明日……は無理だから明後日くらいかな。何とか学校に行けるようにしておくよ」

「そりゃ良かった。早速あいつらに伝えよう。

 集合時刻はどうする?」

「決まったらまた連絡するよ」

「りょーかい」

 

 『中川の件だが、明後日に何とか都合を付けるそうだ。

  集合時刻はまだ不明だ。決まり次第伝える。

  書類と朱肉を準備して万全の状態で迎えてやれ』

 ……こんな感じか。送信っと。

 

「うーん、エルシィさんとして一緒に練習した事ならあるけど、『中川かのん』として軽音部の皆と会うのは初めてだね。

 サインとか用意したら喜ぶかな?」

「ちひろとかは喜びそうではあるが、そんな勝手にバラ撒いても大丈夫な物なのか?」

「す、少しくらいなら多分……」

「まあ好きにしたらいいさ。後で怒られても知らんけど」

「うぅぅ、明日岡田さんに訊いてみるよ」







 原作で友達が居な……少ないかのんちゃんが個人的にサインを求められる事ってあったんでしょうかね? もし求められた場合の正しい対応ってどんな感じなんでしょうかね?
 え? 原作でエルシィがねだってる? アレは神様に無視された直後でかのんちゃんが正気を失ってたので、アレを正しい反応のサンプルとするのはちょっと……


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05 アイドルと軽音部

 神様の家に皆で集まった次の次の日、軽音部のみんなで姫様をお出迎えする為に集まっていました!

 おっと、今回は姫様の事を『姫様』って呼んじゃダメって念押しされてました。えっと……ちひろさんや歩美さんに合わせて『かのんちゃん』ですかね。少しおそれ多いですけど。

 ちなみに神様は居ません! 『事情は伝えてあるから僕は要らないだろう』とか言って帰っちゃいました。

 

「あ、あああ歩美! ホントに来るんだよね? かのんちゃんが!!」

「お、おお落ち着きなさいちひろ! あ、相手はアイドルって言ってもくくくクラスメイトなんだから!!」

「……お前たち、落ち着け」

「どうして京はそんな落ち着いてるのさ!!」

「いや、だって、桂木の家で聞いてたし」

「そりゃそうだけどさ、何かこう、今になって実感が湧いてきたというか何というか……」

「教室で会う事は前にもあったけど、私たちの部室に私たちに会いに来るわけだし……」

 

 ちひろさんも歩美さんも凄く緊張してるみたいです。姫様との会話なんて私にとってはいつもの事なので今更ですけどね。

 あ、でも、棗さんがカッコいい時は私もこんな感じだったかもしれません。やっぱりアイドルって凄いんですね。

 

「書類良し、朱肉良し、印鑑を押す為の下敷き(プリントの束)も良し、ティッシュもありますね」

「うわっ、すっごい丁寧に準備してるね。そこまでする必要あるの?」

「それは勿論あるでしょう。相手は限られた時間の中で何とか来て下さっているのです。

 数秒でもスムーズに事が進むようにするのは当然でしょう」

「あ、あのメールの文面ってそういう意味だったのか。

 よし。他に何か準備できないか考えよう!」

「と言っても、印鑑を押すだけですからね……」

「あの、お茶用意しようか? ティーバッグだけど」

「おお! それだっ!」

「果たして飲む時間はあるのでしょうか? と言うか、茶道部なのに抹茶ではないのですね」

「ちゃんとやろうとするとそれこそ時間かかるからね」

 

 あ、そうそう。今回は麻美さんも来ているんです!

 かのんちゃんが来るという事でせっかくだからとちひろさんが誘ったみたいですね。

 人をここまで惹きつけるとは……流石は姫様です!

 

 と、そんな風に過ごしていたら廊下の方から足音が聞こえてきました。

 そしてそのままガラッと扉が開けられて待ち望んでいたかのんちゃん……ではなく、全く知らない男子が入ってきました。

 

「おっと、人が居たのか。君達、かのんちゃんを見かけなかったかい?」

「えっ? いえ、見てないですけど……」

「そうか……ここにも居ないのか」

「な、何事ですか?」

「ああ、かのんちゃんが突然姿を消してしまってね。何かのトラブルに巻き込まれたんじゃないかと有志で探し回ってるんだ」

「そうですか……」

「もし無事なのを見かけたら連絡してくれたまえ。では!」

 

 それだけ言って謎の男子は去っていきました。

 何事かと思いましたが、姫様のファンだったみたいですね。

 

「だ、大丈夫なのかな、かのんちゃん」

「この学園のセキリュティはそう甘くはありません。よほどの事が無い限りは問題ないでしょう」

「……何か結が言うと説得力がある気がする。何でだろうか?」

 

 と、ホッと一息吐いた所で今度は廊下とは反対側から物音が聞こえてきました。

 コンコンッという窓をノックするような音に反応して全員がそちらを向くと……

 

 ベランダに、姫様が、居ました。

 

 …………

 

「って、えええええっっ!? かのんちゃん!? 何でそんな所に居るの!?」

「お、おかしいですね、こ、この学園のセキリュティはそう甘くは無いはずなのですが……」

「と、とにかく鍵! 鍵開けよう!」

「はいっ! 開けます!!!」

 

 

 

    で!

 

 

 

「いやーゴメンね驚かせちゃったみたいで」

「べ、べつに大丈夫だけど……どうしてあんな所に?」

「ファンの人を撒くためにちょっとね。あ、集合時刻にも遅れてる。ホントごめん」

 

 ちょっとって一体何をしたのでしょうか……?

 

「まずは会計の判子だったよね。書類は準備できてる?」

「はい、こちらに」

「ここだね? ほいっと」

 

 丁寧な動作でハンコを押して、少し確認してからティッシュを上から押しつけて拭き取ってました。

 どうやらキレイに押せたみたいですね。

 

「ふぅ、これでようやく予算申請ができます。わざわざありがとうございました」

「別に構わないけど……他にも押しとかなくて大丈夫?」

「他に、ですか?」

「うん。今後もこういう申請が必要なら白紙の書類に判子だけでも押しちゃうけど?」

「あまり褒められた行為では無いように感じますが……確かにその方が良さそうですね。

 少々お時間を頂けますか? 今から職員室から必要そうな書類を持ってきますので」

「勿論大丈夫だよ。焦らないで良いからね」

「では失礼します」

 

 そう言って結さんが部室から出ていきました。

 いつもおしとやかな結さんが心なしか駆け足だったような気がしましたが、きっと気のせいではないですね。

 

「あの、かのんちゃん? 時間って大丈夫なの……ですか?」

「時間はそこまで余裕があるわけじゃないけど、まだまだ大丈夫だよ。多少遅れても私の同僚が何とか繋いでくれるし。

 あと、ちひろさんだっけ? 敬語じゃなくても大丈夫だよ。むしろクラスメイトに距離取られたらちょっと悲しいから……」

「えっ、ご、ごめん」

「ふふっ、冗談だよ。それより、話聞かせてよ。

 クラスメイトで音楽をやってる人が居るって聞いてすっごく楽しみにしてたから」

「えっ、私たちなんてかのんちゃんに比べたらそんな大した事はないよ」

「そんな事は無いよ。むしろ私の方こそ歌が本業のはずなのに最近色々と手を広げてるから……」

「??」

「……ううん、何でもない。とにかく色々と聞かせてよ」







 ところで、『さどうぶ』と入力して変換すると『サド初』になるのは筆者だけなのでしょうか……?
 なお、本文では『さどう』と『ぶ』に分けて入力しています。

 最初は普通に廊下から入ってくる予定だったけど何となく窓から侵入させてみました♪
 飛行魔法使えるからこのくらいはらくしょーです! エルシィは気付かなかったけど。

 今回の話を書くにあたって原作6巻の期末テスト編を何度か読み返しましたが、原作では敬語を使ってるのがかのんちゃんでそれ以外のメンバーはむしろ敬語使ってないという。
 書いた文章(かのんが常語でちひろが敬語)の方が自然に感じたのは本作におけるかのんの変化なのかもしれませんね。あくまで個人的な意見ですけど。

 かのんちゃんは歌が本業……のはず。原作2巻のかのん編では歌ってるかヘコんでるかスタンガン構えるかしかしてない。
 そうは見えないのはアニメと岡田さんと筆者のせい。


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06 白か黒か

 前話が丁度200話だったようですね。
 お祝いの言葉を下さった方、ありがとうございました。




 結さんが持ってきた沢山の書類に判子を押しながら雑談を続ける。

 今日、私がここに来た理由は実は3つある。

 まず1つ目、今やってる通りに会計として判子を押す為。当たり前過ぎて説明するまでもなかったね。

 次に2つ目、凄く個人的な理由だけど、こうやって軽音部の皆と話してみたかったから。

 エルシィさんに変装した状態でなら何回も話したことはあるけど、私自身として話してみたかった。同じ『音楽』を頑張ってる相手として。

 

 そして最後。『女神を探すため』

 

 正直に言って、私たちは地獄も天界もそこまで信用していない。

 地獄は詐欺紛いの契約書を送りつけてくるような方々の集まりだ。駆け魂は放置しておいたら主に人間界に大きな影響を与えるのでそこに住む人間に狩らせるという理論は一応間違ってはいないのかもしれない。でも、やり方が悪辣過ぎるだろう。

 尤も、その問題のあるやり方のおかげで桂馬くんみたいな超人を働かせられたのだからやはり必要な事ではあったんだろうな。やっぱり悪辣だけど。

 

 一方、天界については情報がほぼ全く無い。ハクアさんのおかげで実在が確認できたっていうのが唯一の確定情報だ。それ以外にも信憑性が高そうな情報はあるけど、情報源がディアナさん1人だからねぇ。ディアナさんが嘘を吐いているようにも見えないけど、主に300年も前の情報だから現在の情勢とはかなりのズレがあってもおかしくない。

 もう一つ重要な事がある。それは『旧地獄の封印が解けてから10年間、何もしていない』という事だ。ハクアさんが知らなかっただけかもしれないけど、仮にもハクアさんは駆け魂隊の地区長だ。特に権力は無いけど地区長だ。天界の住人が駆け魂の件で動いているなら知らされてないわけが無いだろう。

 それに、封印が解けたという事はディアナさん達『ユピテルの姉妹』が解き放たれたという事でもある。普通は保護しようと動くと思う。そんな気配が無いのは最初から保護する気などないのだろうか? あるいは……封印が解けた事に気付いてないとか、救出の準備ができてないとか? 10年も経ってそれでは無能も良い所だ。別の意味で信用できない。

 って言うか、下手すると封印かけた当時から異常はあったんじゃないだろうか? 当時の事なんて分からないけどさ。

 

 そういうわけで桂馬くんの方針は『女神と名乗る存在に接触できたらディアナさんに教える』である。中立と言うか現状維持というか、そんな感じだ。女神っぽい人を偶然見つけてもその人から名乗り出ない限りはディアナさんに知らせるつもりも無い。

 だけど私は思うんだ。女神を探しておく事くらいはやってみても良いんじゃないかって。

 この先私たちが地獄や天界にどのような形で関わってくるかは分からない。決断を迫られた時に情報は多ければ多いほど良いはずだ。

 幸いな事に、この軽音部には関係者が集まってる。

 高原歩美さん、五位堂結さん、小阪ちひろさん。そして、何故か居る吉野麻美さん。そう言えば副部長だったね、麻美さん。

 桂馬くんによれば、と言うよりディアナさんによれば女神の宿主は記憶操作を免れる……可能性があるらしい。

 私としても他人事じゃなくなるよ。はぁ……調査めんどい。

 ……私自身の事はさておき、攻略対象の情報をまとめてみよう。

 

 

 歩美さんは最初の攻略対象だったね。何だか懐かしいな。

 攻略の決め手は桂馬くんのキスだった。その事を覚えて居ればクロ、そうでないならシロだろう。

 

 結さんか。初めて私主導で行った攻略だった。あの頃に比べたら私も強くなれたのだろうか?

 攻略の決め手……よりも入れ替わり生活を覚えているかを判定すべきだと思う。あんな異常体験は真っ先に記憶操作されてるだろうからね。

 

 ちひろさんは……元から桂馬くんが好きだったっていうかなり変り種な攻略対象だった。そのせいで色々と空回りしてたね。

 決め手はちひろさんからの告白かな? それよりも恋愛感情の自覚があるかないかを判定すべきかもしれない。

 

 麻美さんは女子が好き……なんて事は無かったね。凄く安心した記憶があるよ。妹の郁美さんは元気にしてるのかな?

 決め手は歩美さんと同じくキス。その1点を覚えているか否かで判断できるけど、口を割らせるのは凄く大変そうだ。

 

 

 こんな感じかな。で、この中で一番判定が簡単なのは誰だろうか?

 言うまでもなく、結さんである。

 歩美さんと麻美さんは口を割らせるのが大変、ちひろさんはシロかクロかで表現できない感情を判定しなきゃならない。それに対して結さんは一定期間の記憶で判定すれば良いだけだ。

 あの時は非常に苦しい思いもしたけど、今回は駆け魂に感謝しても良いかもしれない。

 

 

「……ってわけで、私が皆を集めてバンドを作ったの」

「お~、何だか物語の主人公みたいだね」

「いや、かのんちゃんの方がよっぽど主人公、と言うかヒロインしてると思うけど?」

「アハハ、かもね。バンドを作ったきっかけとかあるの?」

「きっかけって言うか……何かこう、桂木を見返してやりたい! って思ってさ。

 結局その桂木に色々と頼っちゃってるけどね」

「ふ~ん……」

 

 うぅ、やっぱり判定しにくい。『ある程度は残ってる』のは間違い無いんだけど、それが記憶操作が完全ではないというだけなのか、女神が居てある程度影響を打ち消したのかは謎だ。

 ……とりあえずグレー判定しておこう。シロ寄りの。

 

「で、どこまで話したっけ。あ、そうそう。私がバンドを立ち上げた所だったね。

 今は5人居るけど、最初は4人だったんだよ」

「4人……麻美さんは違うみたいだから、2-Bの4人かな?」

「お~、良く分かったね。私と歩美、エリーと京。この4人だったんだ」

 

 これは……チャンスかな? 結さんを探る流れに誘導できそう。

 

「って事は結さんは途中参加なんだね」

「はい、その通りです。ドラマーを探していらっしゃるとの事で声をかけて頂きました」

「ドラムには自信があったの?」

「はい、以前は吹奏楽部で打楽器を担当していたので」

「なるほどね。元吹奏楽部だったんだ。

 ……答えたくなかったら構わないんだけどさ、どうして吹奏楽部を辞めちゃったの?」

「あ、その……色々とありまして、できれば訊かないで下さい」

「……うん、家族の事情とかそんな感じかな? じゃあこの話は置いといて別の……」

「えっ、ちょっと待ってください? まさか母を知っているのですか!?」

 

 ……ちょっと食いついてくれたら良いなぁくらいの感じでギリギリ失礼にならないくらいに親の事に触れてみたつもりだけど、予想以上に食いついてくれたね。

 これはクロだからの反応なのか、別に理由があるのか……

 

「え、結? 前の部活を辞めた理由ってお母さんにあるの?」

「え、ええ……そうですね……分かりました。今後皆さんと関わらないとも限りませんので話しておきましょう。

 確かに、私の母にも原因がありました。一番悪いのは私ですけどね」

 

 結さんの話を詳しく語る必要は無いだろう。簡潔に言うと母からの圧力に耐えきれず辞めさせられたという話だ。

 

「……とまぁ、そんな事があったのです。

 私が軽音部に入った事はまだ母には伝えていませんが、もし知られてしまったら何かいちょっかいを出してくるかもしれません」

「今時そんな母親が居るのかぁ……結の家ってすげぇな……」

「もしもあの時、母に反抗する勇気があったなら私は今でも吹奏楽部に居たのかもしれませんね」

「それは困るよ。結が居なかったら色々と大変だもん」

「ふふっ、そうですね。そういう意味では母に感謝しても良いかもしれませんね。

 ……ところで中川さん。どうして母の事を知っていたのですか?」

「どうしてって、そりゃあ……うーんと……」

 

 この反応はシロっぽい? 私の事を完全に覚えていないならシロ認定できるけど……

 少なくとも『現時点でハッキリした記憶は持っていない』事は確定で良いと思う。問題は記憶が戻りかけなのか消し残しなのかって話で。

 戻りかけなのだとしたら強否定の言葉は止めておいた方が良さそう。多分、彼女自身も身に覚えの無い記憶に混乱してるだろうから。

 かと言ってこんな所で正直に話す訳にもいかないからね。

 ……だったら、こんな感じでどうだろうか?

 

「えっと……何か結さん本人から聞いたことがあるような気がするんだよね」

「えっ? わ、私からですか? 私と貴女は今日が初対面だと思うのですが……」

「う~ん……何かの台本で似たような話を見ただけかもしれない。妙な事言ってゴメンね」

「そうですか……分かりました」

 

 相手が記憶に自信が無いならこっちも記憶に自信が無いという体でいってみよう。

 今すぐに完全に暴く事は不可能だけど、こうしておけば記憶が戻った時に向こうから接触してくれるハズだ。

 この様子ならシロだと思うけどね。

 

「母の事が普段学校に来ない方にまで知れ渡っているのかと思いましたが、どうやら杞憂だったようですね」

「少なくとも私たちは知らんかったから安心しろ結」

「そのようですね。安心です」

 

 ああ、だから驚いてたのね。自分の母親の悪評が広まってると思ったらそりゃ心配にもなるか。

 ……さて、結さんを一応調べ終えた所で次行ってみよう。

 桂馬くんをネタに話せば、女神が居るなら反応は劇的だろうから。

 誰か話を振ってくれないかな? 誰も言わないようなら何とかしよう。







 原作でも結局天界勢力はユピテルの姉妹の6名以外出てこなかったんですよね。
 旧地獄が掲げていた『三界制覇』は天界を廃するっていう計画だったんであそこまで危機的状況に陥って動かないわけが無いと思うんですけどねぇ……


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記憶の欠片

 判子も一通り押し終えた。まだ時間は……大丈夫みたいだ。

 

「お茶を用意しました」

「ん、ありがと。

 ……抹茶じゃないんだね」

「本格的に準備すると時間がかかるので……」

「確かにそうだね」

 

 麻美さんが出してくれたお茶が市販のティーバッグによるもの見て少し驚いた。

 茶道部とは一体……

 

「あの、中川さん。ちょっと訊きたい事があるんだけど……」

「何かな? 体重とスリーサイズ以外なら何でも答えちゃうよ~」

「そうじゃなくて、あの、桂木君の事で……」

「桂馬くん? 桂馬くんがどうかしたの?」

「あの、その……お2人はどういう関係なのかと思って……」

 

 質問は麻美さんが一番か。少し警戒を高めてこう。

 麻美さん以外のメンバーは一昨日に桂馬くんと話してるし、『部活を作ってもらった』っていう凄く大きな借りがあるからあんまり深く突っ込めなかっただけかもしれないけどね。

 で、どう答えよっかなぁ。ちょっとおちょくってみようか。

 

「関係ねぇ……恋人だって言ったらどうする?」

「こっ、ここ恋人!?」

「ちょっ、かのんちゃんマジなのそれ!?」

「あ、あの桂木がかのんちゃんと!?」

「……色々と規格外な方ですし、意外と似合ってるのかもしれませんね。

 十中八九冗談でしょうけど」

「結さん冷静だなぁ……まあその通りだけどさ」

 

 この反応はどう判断すべきかな? 『あの』桂馬くんが『あの』私と付き合ってる事に対する驚きか、それとも桂馬くんが誰かと付き合っているという驚きか。

 断定はできなくてもいい。この反応はしっかりとボイレコで記録済みだ。

 

「じょ、冗談なんですか……ホントですか?」

「ごめんごめん、ここまで反応するとは思ってなかった。

 もしかして桂馬くんの事が好きなの?」

「へっ? い、いえ、そんな事は無いです。無いですけど……」

「けど?」

「……そうじゃなくて、桂木君と教室以外のどこかで会ったことがある気がするんです。

 だけど、直接訊いてみても何も知らない風だし、エリーさんは頼りにならないし……」

「うぐっ、ご、ゴメンなさい……」

 

 今まで黙ってたエルシィさんに唐突に流れ弾が……

 頼りない事は否定しないけど、攻略の事を漏らさなかったのならファインプレーかな。

 

「だから、その、もし中川さんが桂木君と親しいなら、何か知ってるんじゃないかなって……」

「…………」

 

 『桂馬くんと』『何かがあった』事を覚えている?

 いや、それだけじゃない。わざわざ『私に』訊くっていうのも妙な話だ。

 記憶操作を誰がやってるのかは知らないけど、これで完璧だと言い張るならすぐに首が飛ぶだろう。

 担当者が本当に無能だった可能性もゼロではないけど……

 ……吉野麻美さんはクロだと判断できそうだ。

 

「……ごめんね。流石に本人が知らないような事は私も分からないよ」

「そう……ですか」

 

 皆が居る場所で『女神を出してください』なんてお願いするわけにもいかないからとりあえずここまでで十分だね。

 ……後で桂馬くんに麻美さん攻略の時の事を教えてもらおう。ガッカンランドでのイベントの内容は知らないから。

 

「あの~、つかぬ事をお伺いしますが~」

「何かな、ちひろさん」

「結局、桂木とかのんちゃんってどういう関係なの? 何か勉強を教えてたって桂木は言ってたけど」

「桂馬くんから聞いた通りの関係で合ってるはずだけど……

 強いて一言で表すなら『取引相手』かな」

「……なるほど、よう分からん」

 

 今思いついた表現だけど、自分的には割としっくり来る。

 今度岡田さんや棗ちゃんに問い詰められたら同じ表現でごまかそう。

 

 

「あ、ごめん。そろそろ行かなくちゃ。

 それじゃ、またね」

「ああっ! ちょっとだけ待って!!」

「?」

「その……サイン下さい!」

「あっ、ちひろズルい! 私も!!」

「わ、私も欲しいです! サイン!!」

 

 そこでエルシィさんも反応するんだね。そう言えば棗ちゃんがサインねだられたとか言ってた気がする。

 それはさておき、サインね。岡田さんに訊いてみたんだけど、あんまりバラ撒くのは止めてほしいって言われちゃってるんだよ。

 5~6枚のサインを無償で配る事で発生する損失自体は大した事はないけど、前例を作る事自体が望ましくないってさ。

 と言う訳で、少ないサインで皆が満足できるようにキチンと考えてきたよ。

 

「えっと……6つで良いかな?」

「えっ? わ、私は別に……」

「私も置き場所に困りそうなので遠慮させて頂きます。失くしたりしてしまっても失礼になりますし」

「ただ名前を貸してるだけの私が貰っちゃうのはちょっと……」

「その辺は気にしなくて大丈夫だよ。むしろ6人か、せめて4人じゃないとやりにくいし」

「??」

 

 鞄の中に入れておいた手のひらサイズの長方形の色紙を6枚ほど取り出す。

 長い方を縦向きにして、横に3列、縦に2列並べる。微妙に正方形じゃないけどそれに近い形だ。

 その状態を1枚の色紙に見立ててサラサラッとサインを書く。

 ……よし、完成だ。

 

「はいっと。これなら全員に行き渡るでしょ?

 1ピースは手のひらサイズだから簡単に持ち運べるし、隅っこに穴を開けてストラップとかにしても良いかもね」

「ふぉぉおお! 凄い! カッコいいです!」

「割符のサインですか。何かの物語に出てきそうですね。ありがたく頂いておきます」

「よし! 私これ貰い!」

「あ、じゃあ私はこの辺を……」

「待て待て待てい! ここはじゃんけんで決めるべきでしょ!」

「裏返してシャッフルして配る方が簡単じゃない?」

「おっ、それだ! よし裏返せー!」

 

 楽しそうで何よりだ。

 これならイベントで配る物とはまた別物なので売り上げを減らしてしまう事は(あんまり)無い。

 そして、1ピースの価値はそれほどでもないので転売も防止できる。ここの人達が転売するとは思えないけど、一応ね。

 ……あれ? もしかしてこのサインって意外と優秀? 後で岡田さんに相談してみよう。

 

 

 

 

 

 さて、今回のイベントはなかなか有意義だった。

 シロとクロ、それぞれかなり濃厚な人を1人ずつ見つける事ができた。

 残りの女神は……早いうちに見つけておきたいな。

 できる事は限られるけど、機会があれば頑張ろう。







 これにて終了です。
 最初はここまで色々と動かすつもりは無かったんですけどね。8月31日の会話の後ならかのんなら機会があれば女神探しするだろうと判断してこんな流れになりました。
 今回かのんが頑張った理由としてもう一つ。今回のトランプが実は日常回Aだったんじゃないかという疑惑です。皆さんお気づきかもしれませんが、日常回Aがかのん回、Bがエルシィ回だったりします。なので後半はかのん成分を入れてやや強引にAにしてみたり。(実家に帰省した時にトランプを回収してきましたが、上に書いた通りだったっぽいです)
 なお、すでに『日常』って感じじゃなくなってるのはきっと気のせい。

 次回はまだジョーカーではありませんでした。
 ありませんでしたが……コレどうすっかなぁ……初期条件の設定が難航しそうです。
 何とか一か月後には投稿したいですけどね。


 あと、企画についてです。前にこっそりと更新してみたのですが、何名かは気付いてくれたようで何よりです。
 今回は(分類上は)日常回だったので更新を見送ろうかとも思いましたが、8月31日編でも更新してなかったのでせっかくだから更新してみます。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=182768&uid=39849

 何か指定した女神以外の宿主も考えてくれた人が居たみたいです。本作に対する印象を知る事ができたので実に興味深かったです。

 では、また次回お会いしましょう!


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残された絆の物語
プロローグ


 エルシィさんは、またもや地獄の特訓に旅立った。

 

「……またなのか」

「うん。矯正し切れなかったって岡田さんが悔しがってたからね。万全の準備を整えてもう一度トライするらしいよ」

「完全に別人扱いされてるな……」

「……うん」

 

 むしろバレてるのがごく身近な人間に限られてるのが奇跡だと思う。

 それだけ周りのスタッフさん達が有能なのかもしれない。

 

「まあいいか。麻美の調査もお前と一緒の方がはかどりそうだしな」

「そうだね……」

 

 麻美さんの件は桂馬くんには既に伝えてある。

 って言うかボイレコで録音したものを聞かせておいた。記録を取るっていう意味でも良い働きをしてくれている。

 ただ……前にも言ったように基本方針は現状維持で、積極的に何かするわけじゃないんだけどさ。

 

「天界か。僕はゆっくりとゲームしていたいんだがな」

「ホントだよね。良く分かんないいざこざに私たちを巻き込まないで欲しいよ」

「……そう言えば、ごたごたしてて訊き忘れてたんだが……

 

  お前に女神は居ないんだよな?」

 

「……なるべく正確に答えるなら『分からない』っていうのが一番近いかな。

 少なくとも自分の感覚では『居ない』けど、女神様が全力で隠れてるって言い張る事もできるし」

「確かにそういう風に言う事もできるか。分かった。

 少なくとも自分で感じ取れないなら構わん」

 

 他の女神を全部探し出せれば断定できるんだけどね。流石にすぐには難しいね。

 

「それじゃ、そろそろ学校行こうか」

「そーだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起立! 礼!」

『ありがとうございました!』

 

 のんびりと授業を受けていたらあっという間に昼休みになった。

 授業の終わりの挨拶などガン無視してゲームし続けている桂馬くんに声をかける。

 

「神に~さま! お昼一緒に食べましょ~!」

「ん? ああ、もうそんな時間か」

「はい! 今日も姫様()特製のお弁当を……あ」

「どうした?」

 

 何故か、このタイミングで思い出した。

 お弁当、荷物の中に入れ忘れた気がする。

 慌てて鞄の中を探してみるけどやっぱり無いみたいだ。

 

「ご、ごめんなさい神様。お弁当、家に忘れてきちゃったみたいです」

「…………」

 

 桂馬くんは無言でPFPのキーボードを展開して高速で何かを打ち込んだ。

 

プルルルル プルルルル

 

 メールだ。桂馬くんからのだね。

 

『お前にしては珍しいな』

 

『そりゃ私だってミスくらいするよ。

 エルシィさんほどじゃないけど』

 

『そりゃそうか』

 

「じゃ、外パンと学食どっちが良い?」

「外パン?」

 

 そとぱん……どこかで聞いたことがあったような無かったような……

 話の流れから察するに学食か何かだろうか? いや、学食ではないのか。じゃあ一体何だろう?

 

「何だ、知らなかったか。ざっくり言うとパン専門の売店みたいなもんだ。

 うちの学食って高いからな。弁当を作るような気力も無い金欠の学生にはそりゃあもう有り難がられているようだ」

「へぇ、そんなのがあるんですね」

 

『そんなのがあるのに学食の方は採算取れてるのかな?』

『存続してるって事は一応取れてるんだろうな。

 まぁ、毎日パンってのも飽きるだろうし、たまにする贅沢みたいな位置なんじゃないか?』

『学食に贅沢も何もないような……』

 

「ちなみに、神様は学食に行ったことって……」

「何度もあるぞ」

「えっ? でも神様だったら『ゲーム以外に使う無駄な金は無い!』とか言いそうですけど……」

「……まぁ、外パンに行けば分かる」

「そうおっしゃるのであれば……外パンに行ってみますか」

 

 

 

 

    で!

 

 

 

「ほら、あれが外パンだ」

「うわっ、凄い人だかりだね……」

 

 桂馬くんに案内されて校舎の外に出ると凄い人だかりができていた。

 なるほど。この激しい争奪戦を嫌う人は学食に行くと。

 桂馬くんは『金で静かな時間が買えるなら構わない』とか言って学食に行ってたのかな。

 遠くの方に小さめのテントと上り旗が少し立っているだけの売店らしき場所が見える。

 あの規模でこの人数を捌けるのだろうか?

 

「と言うかこれ、私たちが行く頃にちゃんとパンは残ってるの?」

「運次第だな。まぁ、ダメだったら学食に行くだけだ。少々高いが」

 

 私たちは人ごみの中を少しずつ前進していく。テントが近くなってきてだんだんとより良く見えるようになってきた。

 どうやら店の名前が印刷されているようだ。DEMETER……?

 

「桂馬くん、あのお店の名前って何て読むんだろう? デメテラ?」

「『デメテル』だな。確か豊穣の女神とかそんな感じだったはずだ」

「よ、よくそんなサラッと出てくるね……」

「神話を元ネタにしたゲームはありふれてるからな。

 堕天使とか神とか女神とか……ん?」

「ん?」

「女神デメテル……女神……いや、流石に関係無いよな」

「……ああ、ユピテルの姉妹との関係って事か。

 ウルカヌス、アポロ、ディアナ、ミネルヴァ、マルス、メルクリウス、だっけ?」

「……流石に無関係だろうな。一応心の片隅に置いておこう」

 

 パン屋が女神様と関係あるなんて事はまず無いだろうからね。単純に『豊穣の女神』の名前を借りてきただけだろう。それでも少し尖ったチョイスな気はするけど。

 

 

 そんなこんなで段々と列が進んでいき、私たちの前にはあと2~3人程度になった。

 

「あ、あのパン食べた事ある!」

「……ああ、そうか。そう言えばアイツに頼んで買ってきてもらった事があったか」

「そう言えばそうだったかもしれない。

 あの時食べた焼きそばパンに卵をとソースを混ぜた感じのあれ凄く美味しかったよ。また食べたいって思ってたんだ」

「オムそばパンの事だな。ソースはオリジナルらしいぞ」

「確かにあのソースは凄かった。

 何種類もの調味料を混ぜているにも関わらず香りを良い塩梅に抑え、あくまでメインである焼きそばと卵の引き立て役に徹してた。

 その上で、二つの具材とパンとを調和させるかの如く……」

「わ、分かった分かった。とにかく食おう。な?」

「うん!」

 

 私がそうやって元気に返事した時だった。

 

ドロドロドロドロ……

 

 できれば聞きたくなかった音が鳴り響いた。







 『気力』って変換しようとしたら先に『棋力』って出てきましたよ……
 ミョーな小説ばっかり書いてるうちのパソコンの予測変換は偏ってます。

 かのんちゃんによる「で!」を想像したらちょっと可愛かった件について。

 原作1巻から既に出てきている外パンですが、『デメテル』という店名(と思しき物)が出てきています。
 この頃から女神を出すアイディアが朧げにあったのかもしれませんね。
 まぁ、『恋愛の神様の話だから出てくる名前も神関係にしよう!』って感じで出てきただけの可能性の方が高いですが。


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01 お金と権力

「鎮まりなさい! そこの庶民たち!」

 

 私がセンサーを確認して音を止めるとほぼ同時にそんな声が響き渡った。

 随分と上から目線な台詞だ。何様のつもりだろうか?

 振り返ってみると、ツインテールの金髪少女が腕を組んで堂々と立っていた。

 何者だろうか? という私の疑問に答えたわけでは無いだろうけど、周囲のざわつきから答えになりそうな言葉を拾う事ができた。

 

『あっ、青山さんだ!』

『青山美生!? あの青山中央産業の社長令嬢の!?』

『外パンに来るなんて何事だ?』

 

 どこかの大企業のご令嬢かぁ。結さんとは別のベクトルでお嬢様って事だね。

 でも確かに、何でそんな人がこんな所に来たんだろう?

 

「森田、前から気になっていたがあの人だかりは何だ?」

 

 青山さんが疑問を口にするとすぐ横にスーツ姿の男の人がスッと現れた。

 この学園って親でもない成人男性を連れて歩けるんだろうか? 私がここに通う事にした理由の一つにセキリュティの強さがあるからそんなはずは無いんだけどなぁ……

 

「外パンでございます。

 金に不自由な民の為に慈善で設けられた施設ですな」

「ふぅん、ヘンな物が売っているな。オムそばパンだと? 1つ貰おうか」

「かしこまりました。君達、退いてくれ!」

 

 ちょっ、あと1歩で私が買えるはずだったのに!

 はぁ、まあいいか。待つのが1人増えるだけだし。

 

「オムそばパン1コかい? 100円だよ!」

「ではこれで」

「1万円? そんなお釣り無いよ。小銭は?」

「悪いが、生まれてこの方小銭なんて持ったことが無い」

「ええっ?」

「ではこうしよう。この金で買えるだけのオムそばパンを貰おう」

 

 ……ちょっと待ちなさい。オムそばパンって100個もある?

 

「100コも無いよ。69コとそのお釣りくらいならあるけど?」

「では全て貰おう。釣りなど要らない」

「いや、こっちとしてもお釣りを貰ってくれないと困るんだけど……」

「そのような端金は不要だと言っている。早くパンをくれ」

「はぁ……分かったよ。箱はサービスで貸したげるけど、後でちゃんと返しておくれよ」

「良いだろう。では失礼する」

 

 こうして、オムそばパンは売り切れた。私たちの目の前で……

 

「って、ちょっと待ちなさい!!」

「ん? 何か?」

「何か? じゃないよ! 横入りした挙句に買い占めって悪質過ぎるよ!

 社長令嬢だか何だか知らないけどふざけないでよ!!」

「フン、何を言うかと思えば。

 文句を言うなら私のような金持ちになってからにしろ」

「んなっ!!」

 

 そんな馬鹿げた言葉だけを残して青山さんは行ってしまった。

 

「お、おい、中……じゃなくてエルシィ、落ち着け」

「わ、私の、私のオムそばパンが! 許せない!!」

「……とりあえず食堂に行こうか。そして少し休め。キャラが崩壊してるぞ」

 

 

 

 

 

 

「で? 攻略対象はアイツで良いのか?」

「うん。センサーはバッチリあの子を示してたよ」

「意外に冷静だったんだな。ブチ切れてたように見えたが」

「うぐっ、ご、ごめんなさい……」

 

 振り返ってみたら数分前の私はヒドかった。

 エルシィさんの錯覚魔法を使ってるのに、教室外とはいえあんな目立つ所で素の口調で怒鳴ってしまった。

 大丈夫かなぁ……

 

「まあいい。まず情報は……持ってるわけないよな?」

「学校に殆ど来ない私の情報網の貧弱さを舐めちゃいけないよ。

 あの場で聞いた名前と、あと私たちのクラスじゃないって事が分かるだけだよ!」

「青山美生、どこかの社長令嬢、あとは……制服から高等部に所属しているのが分かるな」

「そのくらいだね」

 

 現状で得られている情報はこれくらいだけど、有名人みたいなんでどうとでもなるだろう。

 例えば……クラスの情報通ことちひろさんから聞くとかね。

 

「……はぁ、何か今更な感じの攻略対象だな」

「どういう事?」

「今回のターゲット、外見からほぼ『ツンデレ』のキャラだと察する事が可能だ」

「外見で判断したんだね……」

「ああ! 猫目で、明るい髪色で、デコが出てるツインテールで、おまけにチビな女子は、100%がツンデレだ!!」

 

 ここまで清々しいゲーム理論が飛び出てきたのは久しぶりな気がする。

 それだけを頼りに攻略を進めるのは論外だけど、どうせ後で裏付けするんだから放置しておこう。

 

「ツンデレなのは分かったけど、今更な感じっていうのは?」

「ああいう極端なキャラは選択肢も極端なものになりやすい。攻略のテンプレートがほぼ確立されている。

 漫画に例えるなら読み切りでとりあえず攻略してみたり、連載3話目でページ数が少なくなった頃に失速を抑える為に出てくるようなキャラだ」

「いやに具体的な例えだね……」

「まったく、もっと早く出てきてくれてれば現実(リアル)における攻略の良い練習相手になったというのに」

「……でも、判断に困るような妙な人が出てくるよりずっと良かったんじゃない?」

「まぁ……そうだな」

 

 桂馬くんも本気で不満に思っているわけではないようだ。攻略が簡単な事自体は喜ぶべき事だもんね。

 

「まあいい。今は飯にするか」

「……そうだね。はぁ……」

「……一応こっちの料理の方が高いんだがな」

「味だけで値段が決まるわけじゃないからね。ゲームだって値段で面白さが決まるわけじゃないでしょ?」

「……確かに。それもそうだな」

 

 明日こそは、明日こそは絶対にオムそばパンを食べてやろう。そう誓う私であった。

 

 

 

 

 

  ……放課後……

 

「よーしようやく授業が終わった! さぁエリー、今日も特訓だ!」

「はいっ! ちひろさん!!」

 

 陸上部の活動もある歩美さんと京さん以外、軽音部では毎日練習をしている。

 と言っても、ずっと楽器を弾いてるわけじゃなくて、時々休憩を入れたり雑談したりする。

 その雑談に乗じて美生さんの事を訊き出そうと計画していた。

 いたんだけど……

 

「失礼します!」

 

 私たちが椅子から立ち上がる前に、礼儀正しく挨拶しながら教室に入って来た人が居た。

 

「エリーさんと桂木さんは……いらっしゃるようですね。少々お時間を頂けますか?」

 

 ほんの少しだけ息を切らした様子で駆け寄ってきたのは、五位堂結さんだった。







 というわけで美生編です。え? 前話から知ってた?
 神のみでは何気に希少なパンチラ要員だったりします。精査したわけではないですが、パンチラを披露するのは彼女だけかも。(露骨なお色気シーンは除く)
 美生編終了後もかのん編では胸チラがあったりしますが、その後はそういうシーンはほぼ見られなくなるみたいですね。(あまりに露骨なry)
 原作者の若木先生も連載初期は迷走していたのかも……?

 かのんちゃんのキャラが崩壊してる気がするけどきっと気のせい。
 きっと色んな仕事をしてるうちに食通属性が身についたんでしょう。きっと。

 原作では100個買った事でオムそばパンが売りきれてましたが、ピッタリ100個あったなんていう偶然がそうそうあるとは思えないのでちょっと変えてみました。


 ところで、美生編が確定した事で執筆順序関係でちょっとしたお知らせがあります。
 書き手側の問題なので読者の皆様が知っている必要はあまり無い事ですが、一応お知らせしておきます。興味がある方はご覧ください。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=184739&uid=39849


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02 ご令嬢の正体

 ようやく放課後になって、かのんに情報収集を任せようとした所で結が教室に入って来た。

 エルシィだけでなく僕も呼ばれているようだ。何事だ?

 

「で、五位堂だったな。何の用だ?」

「結で結構ですよ。その名字はあまり好きではないので」

「ふむ……まあいいか。で、結。何の用だ?

 ゲームしながらで良いなら聞いてやる」

「……まあ、桂木さんなら問題無いでしょう。

 まずは場所を変えさせてください。そうですね……軽音部の部室にでも」

 

 部活関係の用件……ではないか。もしそうなら部室に呼ぶのに迷う事は無いだろう。

 単純に人が少ない場所に移動したかっただけか?

 

「分かった。エルシィ行くぞ」

「あ、は、はい神様!」

 

 

 

 

 

 

 特にトラブルも無く部室に到着した。

 なお、ちひろは空気を読んでくれたのか「ちょっとノンビリしてから行くよ。どうせ3人しか集まらないし~」とか言って他の連中と雑談していた。

 歩美と京は陸上部の方に行っているので、この部屋に居るのは僕とかのん、そして結の3人だけだ。

 

 で、肝心の結の用件なのだが……

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 どういう訳か、いきなり謝罪から始まった。

 

「待て待て。何がどうなってそうなった」

「私の友人が桂木さん達にご迷惑をおかけしたと聞きまして。

 代わりに私から謝罪をと思いまして」

「友人? 誰だ?」

 

 バンドメンバーの連中に迷惑をかけられた記憶は今のところ無い。

 強いて言うならたまに話しかけてくるちひろが鬱陶しいくらいか。ただ、こちらの対応としてはテキトーに相槌を打つだけなのでほぼ無害だ。

 ……やっぱり分からん。誰だ?

 

「あっ、申し訳ありません。少々焦っていたようです。

 私の友人というのは2-Aに所属する青山美生さんの事です」

「青山……青山美生だと!?」

「ゆ、結さんって、あ、あの人とお知り合いだったんですか!?」

「そこまで驚きますか……? 私が一応所属している五位堂家と同じく青山家も舞島の街の古くからの名士の家ですからね」

「……確かに言われてみればそうなのか。平たく言うと金持ち繋がりって事だな?」

「身も蓋もない言い方をしますね。その通りではありますけど」

 

 世間は狭いと言うべきか、何と言うか……

 いや、考えてみればこの学園は結のようなお嬢様が通うに値するお嬢様学校なのか。ご令嬢の1人や2人くらい勝手に集まってくるのか。

 

「お前と青山美生との繋がりは理解した。わざわざ代わりに謝罪に来るとはな」

「はい。特にエリーさんが口調が変わるほど激昂していたと聞いたもので……」

「あ、アハハ、もう大丈夫ですゴメンナサイ」

「え? 何故エリーさんが謝るのですか?」

「あー、いや、何でもないです」

 

 確かにあの時は口調が素だったな。そしてそれは演技を忘れるほど怒ってたという事なので『口調が変わるほど激昂していた』というのは正しいな。

 外パンでの一件は置いておくとして、今回の攻略対象と結との仲が良いというのは有難い。

 何か良い情報が得られると助かるな。なるべく自然な流れで訊き出したい。

 

「しっかしあいつ、まさに典型的な『金持ち』って感じだったな。オムそばパンを買い占めたり、釣り銭の受け取りを拒否したり」

「何ですって!? か、桂木さん、詳しく教えていただけませんか!?」

 

 ん? おかしいな。『あいついつもあんな感じなのか?』みたいな感じで愚痴っぽいのをこぼしながら情報を拾っていくつもりだったんだが……

 

「って言うかお前、友達が具体的に何をやらかしたかは聞いてないのか?」

「申し訳ありません。桂木さんとエリーさんが被害を被ってた事と怒ってた事までは把握していましたが、内容までは……」

「あ~……まあいい。あいつがやった事って言うとだな……」

「私たち庶民の為のオムそばパンを買い占めたんですよ!

 1コ100円なのに、小銭なんて持ってないって言って、諭吉さんを出して『コレで買えるだけ貰う』とかうらやまげふんげふん、イヤミったらしい事を!

 しかも、在庫全部とお釣りを渡そうとしたオバチャンに向かって『釣りなんて端金は要らない』って!

 あーもう、今思い出してもムカムカしますよ! 私のオムそばパンが!!!」

「お、落ち着けエルシィ。言いたい事は十二分に伝わってるから」

 

 かのん、的確に説明しつつ怒ったな。今度はしっかりと演技しつつ怒ってるあたり本当に怒ってるわけではないようだが。

 今のセリフは僕よりもエルシィの方が自然なので助かる。

 しかし、何か問題があっただろうか? いかにもゲームに出てくる金持ちらしい行動だ。

 僕は特に異常は無いと判断したが、結は違ったようだった。 

 

「……あの子はっ、また馬鹿な事をっ!」

「ちょっと待ってくれ。今の発言の中にそんなにヤバい行動があったのか?」

「問題だらけです! 今のあの子は……

 ……あ、いえ、何でもありません」

「いやいや、そこまで言っておいて何でもないって事は無いだろう。

 あいつのやたらと気取った行動に理由でもあるのなら是非とも知りたいよ」

 

 そう言ってやると結はしばらく頭を抱えて悩んでいたが……

 

「……仕方ありません。この事はくれぐれも他言無用でお願いします。

 あの子の悪評を広めたくはありませんので」

「内容による……と言いたい所だが、まあいいだろう。

 僕としても人の悪評を広める趣味は無い。

 エルシィも大丈夫だろうな?」

「オムそばパンを食べられなかったのはショックでしたけど悪評を広めるほど恨んでるわけじゃないですよ。

 大丈夫です!」

「……分かりました。では結論から言いましょう。

 あの子は、今現在はとても貧乏なのです」

 

 結の口から、有り得ないような情報が放たれた。







 原作2巻を見ると青山家は『名家のご令嬢』と言うより『社長(金持ち)のご令嬢』と表現されている気がします。
 歴史の浅い成り上がり者の可能性も十分あるので『古くからの名士』と呼ぶのはどうかと思ったのですが……原作22巻で確実に古くからの名士である白鳥家に意見を出したりしているので、それと対等に付き合える権力者という意味で使わせていただきます。


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03 ご令嬢の協力

「青山美生が貧乏……だと? どういう事だ?」

 

 『金持ち』『貧乏』といった言葉の定義はそこまで厳密ではないし、その基準になるあいつの総資産なども分かる訳が無いが……少なくともあの立ち振る舞いはゲームで良くある傲慢な金持ちの振る舞いにしか見えなかった。

 

「どうもこうもそのままの意味です。

 彼女の父親である青山有里さんは1年ほど前にお亡くなりになられました。その後、青山中央産業は経営不振に陥り別の企業に買収されたのです。

 大きな収入を失った彼女の一家はボロボロのアパートで細々と暮らしているのです」

「……確かに安易に話して良い内容では無さそうだ」

 

 まさかあのお嬢様にこんな裏設定があったとはな。

 どうせ定番のツンデレキャラだろうと思って少々うんざりしていたが、一手間か二手間入れる必要がありそうだ。

 実際には貧乏人、あるいはそのような暮らしをしているにも関わらず、今日の昼休みはあんな騒動を起こしたのか。

 

「……お前の友達はバカなのか?」

「返す言葉も御座いません」

 

 貧乏にも関わらずオムそばパンを大人買いし、お釣りすら拒否するとは。

 しかも、あの大量のパンって屋敷の使用人に配るとかじゃなくてほぼ自分で食べるんだよな? 賞味期限までに消化し切れないのはほぼ間違い無いだろう。

 ……疑問に思うまでもなくバカだな。

 

「そのバカが金持ちのように振る舞う理由は何だ?

 単純に弱味を見せたくないとかか?」

「流石に細かい理由までは存じません。そもそも、青山家が没落した頃から美生さんとは距離が開いてしまったので」

「……そりゃそうか」

 

 没落した相手に金持ちが話しかけるとか何の皮肉だという話だ。まともに会話できる訳が無い。

 勿論、会話内容を厳選するなど上手くやれば不可能ではないが……いつうっかり地雷を踏むか分からない会話など僕もしたくない。

 それに加えて。結の母親はあんなのだからな。没落令嬢と交流するなんて許可が下りるはずもない。今の結なら親の許可なんて要らないだろうが……1年前だもんな。

 

「あの……どうかあの子を許してあげてください。ちょっと奇行が目立っただけで、根は凄く良い子なのです」

「僕は元から怒ってなどいないが……」

 

 ちらりと、かのんの方を見る。

 ここの選択肢はどう転んでも問題ないだろう。僕は僕なりに自然な返答をしようとするとさっきのようなセリフ一択になったのに対してかのんの……と言うよりエルシィのセリフはどちらを選んでも不自然にはならないだろう。

 

「そうですね……許せません!」

「えっ」

「だって、このまま許して放っておいたら近いうちに美生さんは破滅しますよ!

 何としても原因を突き止めて更生させないと!!」

「え、エリーさん……ありがとうございます」

「それに、またオムそばパンを買い占められて私が食べられなくなったら嫌ですからね!」

「……そ、そうですか」

 

 本気でまだ根に持ってるのか、それとも演技なのか判断しにくいな……

 ともかく、エルシィが美生に積極的に関わる動機は用意できたな。後は……

 

「と言う訳で、お兄様も手伝って下さいね!」

「ちょっと待て、何でそうなる!?」

「私が青山さんを更生させられると思いますか? 神様のお力が絶対に必要です!!」

「いや、まぁ確かにそうかもしれんが、何で僕がやらなきゃならん」

 

 今欲しいのは、僕が積極的に関わる動機だ。

 無いなら無いで別に構わないんだが、あった方が結との会話がスムーズになるからな。

 さぁかのん、何か策はあるのか?

 

「……良いんですか神様。そんな態度だと『あの事』をバラしますよ……?」

「あの事、だと?」

 

 脅迫か。なるほど。一応僕が動く動機にはなるか。

 

「そうです、あの事です! 神様がかのんちゃんと……」

「あ~! 分かった分かった! 協力してやる!!」

 

 大声で遮る準備はしてたんでテキトーに止めたが、一体何を言おうとしたんだろうな? って言うか自分の事をネタに脅迫するなよ。

 

「あの、良いのですか? 無理をなさらなくても……」

「構わん。ゲームやりながらエルシィにアドバイスするくらいならできる。

 ああ、勿論お前にも協力してもらうからな」

「当然です。彼女を救うために何でもお申し付け下さい」

 

 これで準備はできたな。本格的に攻略を進めていくとしよう。







 美生のお父様の名前は青山有里(ゆうり)さん。神のみでは珍しい、原作中にフルネームが出ている男キャラだったりします。児玉先生より格上です。

 古くからの名士と呼んでも差し支えないような権力者がお亡くなりになったくらいでどうしてその娘があんな貧乏になっているのかは謎。よっぽど金遣いが荒かったんでしょうかね?
 しかし、原作の美生編開始時点でお父様の死亡から約1年のようです。1日毎に頑張って50万くらい消費すれば1年で1億8000万くらい。どっかの借金執事の借金額を上回りますが……大企業の社長様なら数億単位の貯金があってもおかしくなさそう。違ったとしても最悪屋敷と土地を売っ払えば全額回収まではいかずともかなり補填できそうです。
 美生のお父様が私財をほぼ全額投入しなければならないほど会社が傾いていたのか、あるいは悪質な詐欺にでも引っかかったのか、そっち方面を疑った方が良さそうな気がします。


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04 ご令嬢の現実

「まずはそうだな、あいつの家は分かるか?」

「ええ。最近会いに行ったので。

 と言っても、会ってはくれませんでしたが……」

「まぁ、だろうなぁ」

 

 ちゃんと会えてちゃんと話せてるならこんな事態にはなっていない……というのは流石に言いすぎかもしれないが、もうちょいマシな事態になってただろう。

 

「んじゃあ次、青山の家族構成を教えてくれ」

「美生さん本人と母親ですね。屋敷に住んでいた使用人達は全員解雇されているでしょうから」

「兄弟姉妹も居ないんだな?」

「ええ。その通りです」

 

 朗報だな。余計な要素が少ない方が進行を管理しやすい。

 ただ、そうなると1つ疑問が出てくる。

 

「あいつが外パンに来た時、使用人っぽい男が一緒に居たんだが、あいつは何者だ?」

「えっ? それは妙ですね。

 しかし、美生さんに兄弟は勿論姉妹すら居ません。親戚筋まで辿れば居るかもしれませんが、没落した青山家の使用人をやるほど仲の良い方は居なかったはずです」

「……まさか未だに使用人を雇ってるんじゃないだろうな?

 もしそうだった場合、一番該当しそうなのは誰だ?」

「そうですね……仮にそうだった場合は運転手の森田さんが第一候補です。

 彼は男性の中では最も美生さんの信頼を得ていたと思います。

 それに、彼自身も青山家に恩があると仰っていました。その恩を返す為に薄給でこき使われていてもおかしくはありません」

「そう言えば確かに『森田』とか呼ばれてた気がするな。エルシィ、覚えてるか?」

「え? えっと……確か……『森なんとか』って呼ばれてた気がします!」

「それほぼ森田だな」

「いやいや、もしかすると『森谷さん』とか『森山さん』だったかもしれませんよ!」

 

 かのん、エルシィの演技上手いなぁ。『森なんとか』しか覚えてないのは本当かもしれんが。

 さて、あと何か訊いておくべき事があるだろうか? いや、あるにはあるんだが……

 

「……とりあえずこんなもんでいいか」

「宜しいのですか? もっと色々と質問しても大丈夫ですよ?」

「今は良い。先入観とか無しであいつを見てこよう。

 あいつの家までの地図を書いてくれるか?」

「……承知しました。くれぐれも悪用なさらないで下さいね?」

「愚問だな」

 

 

 その後、教室に居たちひろがやってきたのでお開きになった。

 3人だけでも練習はするとの事なのでかのんは軽音部に置いていき、僕は1人で美生の家へと向かう事になった。

 

 

 

 

 

 

 ゲームだとこういう時は行き先を選択するだけでワープしたりするものだが、現実(リアル)では地図を見ながら徒歩で行かなきゃならない。頭上に矢印が出て方向を教えてくれたりもしないし、ちょっと脇道に逸れても宝箱が置いてあったりはしない。紛れもなくクソゲーだな。

 そんな事を思いながら歩く事数分。大きな屋敷が見えてきた。

 そこが美生の屋敷……なんて事は勿論無く、屋敷の立派な門をスルーして角を曲がる。

 すると見えてきたのはちょっとした台風や地震で倒壊するんじゃないかと不安になるくらいのボロアパートだ。

 こここそが現在美生が住んでいる家だ。オンボロだと聞いていたがことまでとはなぁ……

 さてと、部屋番号までは聞いてないが表札を見れば分かるだろう。片っ端から調べて……

 ……と思ったら一つ目の部屋で『青山』という表札をあっさりと見つけた。あまりにあっさり過ぎるので同性の別人を一瞬疑ったが、部屋の中から聞こえてきた声でそんな疑問は簡単に払拭された。

 

『お嬢様! もう私はついていけません!

 どうか金持ちのフリなんてお止め下さい!』

 

 聞き覚えのある男の声だ美生の隣に居た森田(仮)の声だな。内容からしても間違い無いだろう。

 お嬢様に盲目的に従うイエスマンというわけではなかったんだな。

 

『私は! 青山中央産業社長の娘よ! この生き方は変えられないわ!!』

 

 こちらは美生の声。しっかしこのアパート壁うっすいな。ドアからそこそこ距離があるのにしっかりと聞こえてくるぞ。

 

『パパはいつも言っていたわ。青山家の誇りを忘れちゃいけないって!』

『そのお父様がお亡くなりになってもう1年も経っているんですよ!? 青山中央産業も他人の手に渡りました!

 お母様が頑張って働いて何とか暮らせている現状なのですよ!?』

 

 ふむ、心のスキマの原因は『金への執着』とか普通に有り得ると思っていたが、『父親の死』も普通に有り得るな。

 序盤は選択肢は多くて構わない。じっくりと取りかかろう。

 

『と言うか、どうするんですかこの大量のオムそばパン!

 とてもじゃないけど食べきれませんよ!?』

『仕方ないじゃないの。1万円しか持ってなかったんだから』

『いい加減に小銭の存在を認めてください! せめてお釣りくらい受け取ってください!!

 あの1万円は4ヶ月分のお小遣いでしょう! 2~3日はこのパンも腐らずに保つでしょうけど、その後はどうするおつもりなんですか!!』

『フン、パンが無ければスイーツを食べれば良いじゃない』

 

 どこかで聞いたようなセリフだな。

 贅沢しすぎたせいで民衆に革命を起こされてギロチンで斬首されたような人のセリフを引用してくるのは金持ちとしてどうなんだ? あのセリフは実際には某王妃のものではないらしいし、個人の問題ではなく社会制度の問題ではあったが……無知で傲慢な金持ちを象徴するセリフとして知られているのは確かだ。むしろ教訓にすべきセリフだと思うんだが。

 

『も、もう限界だ! しばらくお暇を頂きます!!』

『なっ!? あ、あなた運転手でしょう!? 勝手に居なくなるなんて許さないわよ!』

『私は有里様の運転手であってあなたの運転手ではない!!」

「こ、こら森田! 待ちなさ……」

 

 ようやく森田(仮)から(仮)が取れた所で、勢いよく飛び出してきた美生と目が合った。







 原作1巻で出てくる大きな屋敷ですが、アレは何なんでしょうね?
 美生が現在住んでいるアパートの隣にある事以外は詳細な設定は全く無いと思われます。
 あんなバカでかい屋敷を建てられるような富豪がそうそう居るとも思えないし、五位堂家や白鳥家は和風の邸宅を所有しているようなので、本作においては『元・青山家の屋敷(現在は売り払われて人の手に渡っている)』としておきます。先に挙げた2家の別荘説、他の金持ちのもの説も十分有り得ますけどね。
 ただ、アレが元・美生の家だと考えると家賃最低のボロアパートが建ってるような地価が安い土地の隣に邸宅を建てた事になりますね。アパートの家賃は地価よりも築年数の影響を強く受けるでしょうし、後から地価が高くなった可能性もありますが……邸宅を建てた当時から金欠気味で、他の有力者との付き合いの為に割と無理して建ててた可能性も……?
 流石に邪推し過ぎですかね。

 1万円が4ヶ月分のお小遣いとの事ですが、単純計算で1ヶ月に2500円。小銭の存在どころか千円札の存在も多分認めてない美生さんがどうやってお小遣いを受け取っていたのかは謎。
 まぁ、4ヶ月に1回だけ1万円を渡していただけなら謎でもなんでもないですけどね。


 書き終えた後に思ったけど、攻略に関わる事で桂馬が単独で動くのは本作では何気に初めてかも。大抵はエルシィかかのんが居るので。
 強いて挙げるなら結と入れ替わってた時くらい?


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05 秘密を知る者

 怒った様子で出て行った運転手の森田は僕に目もくれることなく車に乗り込んで行ったが、後から出てきた美生とはバッチリと目が合った。

 

「えっ、だ、誰? っ!! そ、その服はっ!!」

 

 学校から家に帰ることなく直接やってきたので、僕の服は舞島学園の制服のままだ。現実(リアル)で制服を着る意味なんてほぼ無くいつも鬱陶しく思っているが、こういう時に手っ取り早く身分を名乗れるのは便利だ。

 

 さて、ここで今回の目的を再確認しておこう。

 一番の目的は情報収集。心のスキマを突き止めるのがベストだがそう上手くはいかないだろうな。

 恋愛ルートを使うか、それ以外のルートを使うのかもまだ未定だ。未定だが……どう転んでも美生と会話する事はプラスになるだろう。

 よって、今回の目標は『なるべく長時間美生と話す』だな。

 雑談でも何でも良い。心のスキマを突き止める為のとっかかりを掴むぞ。

 

 と、短期目標を決めたのは結構だが、相手は没落したご令嬢だ。しかもその没落を学校の生徒たちに隠している。見ず知らずの相手との会話なんてサッサと打ち切りたいに決まってるし、生徒相手なら尚更だろう。

 そういう相手としっかりと会話する為にはどうすれば良いのか、実は割と簡単だ。

 

「ふぅん、話には聞いてたけどヒドい状況だね。だいじょぶかい?」

「は、え? あ、あんた何者?」

「僕かい? 桂木桂馬だ。以後お見知りおきを」

「え、ええ……って、そうじゃないでしょうが!!

 あの……その……」

 

 方法は2つ。その両方を一度に実践させてもらった。

 1つ目は『隠し事の内容を知っている』と教える事。隠し事が無駄だと知ってもらえればペラペラと喋ってくれる……という事は流石に無いが、会話を続けるハードルがグッと下がる。わざわざ隠し事とそれ以外の内容を厳選して会話するくらいなら黙り込む事を選択する人間の方が圧倒的大多数だからな。お嬢様にはサッサと開き直ってもらおう。

 2つ目は『相手に興味を持たせる』という事。こっちから会話を持ちかけるのが厳しいなら向こうに動いてもらえば解決だ。美生にしてみれば僕は突然現れて、隠していた事を当然のように知っていたらしい謎の男だ。放置したいとは思わないだろう。

 

「訊きたい事は大体分かる。どこか落ち着いて話せる所は無いかい?

 こんなボロアパートの前で長々と話し込むのは君としても本意じゃあないだろう?」

「むぐっ、それは……そうだけど……」

 

 『こんな場所に居る所を誰かに見られるかもしれないよ?』という脅しともただの指摘とも取れるセリフだ。

 まぁ、今まで美生の没落がバレてなかった事を鑑みるにこの近辺をうろつく生徒はそう居ないようだが……何が起こるか分からないからな。

 そういう妙なアクシデントを回避する為には……最適な場所があるな。

 

「じゃ、行くか。付いてこい」

「待ちなさい! どこに行くっていうのよ!!

 って言うか、何で当然のように私が付いていく事になってるのよ!!」

「ん~? 来ないのか? 僕は一向に構わんが」

「うっ、い、行けば良いんでしょ行けば!! どこに連れてこうってのよ!!」

「行けば分かるさ」

 

 ここで素直に『カラオケに行くつもりだ』と言っても問題は無いが、思わせぶりなセリフ回しを選んで少しでも興味を持たせるように試みる。

 なお、カラオケを選んだ理由としては個室かつ防音性能抜群だから。本来の使い道とは全く異なるが、密談を交わすのに凄く便利だ。

 とまぁ、渋々ながらも移動する事を認めさせたわけだが、2~3歩進んだ所で再び美生の足が止まった。

 

「待ちなさい」

「何か?」

「あんた、この私に歩かせるつもりなの?」

 

 そんなもの言うまでもなくそのつもりだったのだが、お嬢様にとっては違ったようだ。

 どんだけ箱入り娘なんだよ。って言うかこれで1年間もよく生きてこれたな。

 

「そのつもりだが……嫌か?」

「当たり前でしょう! 私は青山中央産業の社長の娘なのよ!!

 徒歩で移動だなんてそんなみっともない真似ができるわけが無いでしょう!!」

「散歩は健康にも良いんだがな……なら仕方ない。選んでくれ。

 1、徒歩で移動せずに君の家で話を聞く。

 2、徒歩で15分ほど移動して別の場所で話を聞く。

 さぁどっちだ!」

「どっちも嫌に決まってるでしょう!!」

 

 流石に無理か。だったらそうだな……

 

「……よし、こうしよう。君は部屋の中、僕は外。

 その状態で窓を少し開けて話そう。

 これなら君の姿が外から見える事も無いだろう」

「……それなら……いいわ。そうしましょうか」

 

 顔を会わせて会話できないのは少々残念だが、初日の成果としては上々だろう。







 原作で桂馬に対する美生の呼称は『お前』なのですが、何となくしっくりこなかったので本作では『あんた』にしてあります。
 原作と違って美生からの印象が『告白覗き庶民』じゃなくて『謎の男』だからですかね?

 また、美生に対する桂馬の呼称も『君』です……って、何気に原作通りなんですけどね。
 桂馬が女子に『君』とか言ってる絵面は違和感がハンパないですが、桂馬ならやりかねないと納得できる不思議。

 美生が徒歩でどこかに移動できるわけが無いですね。
 かと言っていきなり家に上がり込めるわけが無いので色々と回り道して妥協案に落ち着きました。
 最初に断られる前提の大きな要求をした後に小さな要求を通すのは詐欺師の手口な気がするけど気にしない。


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06 ご令嬢の建前

 桂馬視点かつ扉越しの会話なので最初は美生のセリフは全て"『』"で書いていたのですが、普通に"『』"を使う時に見辛いので普通の鈎括弧にしました。




 扉を挟んで美生と会話を行う。

 窓を開けて声を通すつもりだったが、さっきまで美生と運転手の声が聞こえてた事が示すように壁が相当薄い。閉めきっていても問題なく会話できるようだ。

 

「で、結局あんたは何者なの?」

「……ここでまた名前を名乗ったら怒られそうだな」

「当たり前でしょ!!」

「じゃあ真面目に答えるとしようか。

 簡単に言うと、僕は君の友達の友達だ」

「友達ぃ? 私の? 一体誰の事を言ってるのよ。

 庶民が一方的に私を慕っているとかならともかく、この私と対等に付き合える人なんて居ないでしょ」

「そこまで理解しててまだ答えが出ないなんて本人に聞かれたら泣かれそうだな。

 答えは五位堂結だ。君の友達だろう?」

 

 僕が結の名前を出すと扉の向こうで息を飲む気配が伝わってきた。

 良かったな結。忘れ去られていたわけではなかったようだぞ。

 

「あんたっ、結の知り合いなの!? どういう事よ!!」

「どういう事って言ったってなぁ……僕はあいつが所属する部活の部長だ」

 

 もっと他にも色々と言えそうだが、一番分かりやすそうで言っても問題ないのがこれだった。

 部長として色々と手間かけさせられてるんだ。僕からも存分に活用させてもらおう。

 

「部活……部長? そう言えばあの子って吹奏楽部に居たわね」

「情報が古いな。吹奏楽部なら母親に辞めさせられたらしいぞ」

「はぁっ!? ……確かに響子さんならやりかねないわね」

 

 響子……ああ、そう言えば結の母親がそんな名前だったな。

 アレについて美生も知ってたんだな。悪い意味で目立ってて大丈夫なのか……?

 

「そういうわけで、今は親に黙って軽音部に入ってる。

 で、そこの部長が一応僕という事になっている」

「親に黙ってって……あの結が? 大丈夫なのそれ?」

「今の所は問題は起こってないようだな。今の所は」

 

 つい先日、かのんが判子を押しに行った時の会話で部活メンバーに結の母親の事が知らされたようなので今まで問題は起こってなかったんだろう。

 結が問題を学校まで持ち込ませないように母親を上手く抑えているのかもしれない。だとしたら優秀だな。

 

「あんたが結と知り合いなのは分かったわ。

 私の事も結から聞いたの?」

「ああ、そういう事だ。

 あ、予め言っておくが、結は君の事を無闇に言いふらしたりしたわけではない。

 君の事を知っているのは僕と僕の妹だけだ。無論、僕達も言いふらすつもりは全くない」

「2人ね……はぁ、知られちゃったものはしょうがないか。

 で、結局あんたは何しにきたの?」

「君の奇行を止めるように結に頼まれた」

「ああ、またなの? 余計なお世話よ。この生き方を変えるつもりは全くないわ!」

「だろうな。安っぽい忠告でやめるようならもうとっくにやめてるだろう」

「……そんな事が分かってるならあんたは一体何しにきたのよ」

「頼まれたとは言ったが、解決するとは言ってないからな。

 単純に君の行動に興味があっただけだ。

 ……その結果、運転手にすら逃げられる現場を目撃してしまったわけだが」

「あ、あれは逃げられたんじゃないわよ! 森田が私に付いてこれなくなっただけよ!!」

「どっちでも大して変わらないよ。それより、明日の登校はどうするんだい? 運転手居なくなっちゃったけど」

「そんなもの、タクシーを……呼ぶお金が無い……」

 

 なら金を貸そう……なんて言ったら怒られるだろうな。間違いなく。

 かと言って、僕が運転手の代わりをするなんてのも無理だ。僕はまだ17歳だから車は運転できない。自転車なら可能だが……美生が認めないだろう。

 

「……とりあえず、明日は歩いて行ったら?」

「そんな庶民感丸出しな事できるわけが無いでしょう!!」

「名目さえでっち上げれば何とかなるもんさ。『健康の為』とかさ」

「……それもちょっと庶民っぽいわね」

「じゃあ『庶民の気持ちを知るために庶民目線で登校した』とかは?」

「もっと庶民くさいわよ!!」

「そうかい? 君は社長令嬢なわけだけど、大抵の会社では最終的にお金を出すのは庶民と呼ばれる人達だ。

 だから、将来の為の社会勉強って言っておけばむしろ責任感のある社長令嬢っぽさが出るんじゃないかい?」

 

 『社長令嬢』という単語に『元』を付けようか一瞬迷ったが、彼女は自称社長令嬢なのでそれに合わせておく。

 付けても付けなくても問題ないとは思うが、一応な。

 

「物は言いようね……他に案は?」

「強いて挙げるなら……学校をサボる事かな。不良扱いされかねないが」

「論外ね。はぁ、分かったわ。それで行きましょう」

 

 詭弁や建前って大事だよな。他人だけでなく自分を納得させる為にも。

 庶民である事への忌避感、あるいは社長令嬢へのこだわりか……その辺に何かありそうだな。

 ……遭遇初日のイベントとして最低限の事は達成できたとしておこう。その上で、少し踏み込んでみようか。

 

「ところで、君はどうして庶民を嫌うんだい?」

「嫌う? 別に嫌ってるわけじゃないわよ」

「そうかい? その割には庶民扱いされたくないように見えるけど?」

「そりゃあそうでしょ。私は庶民じゃないんだから。

 勝手に庶民扱いされたら怒るわよ」

「ふぅむ……確かに」

 

 扉越しなので少々分かり難いが、誤魔化したりしているような感じではなさそうだ。

 『庶民扱い』が嫌いなのではなく『社長令嬢として扱われない』事が嫌いなんだな。

 このまま社長令嬢にこだわる理由を訊いてみてもいいが……何か、『私が社長令嬢だからに決まってるでしょ』とか答えられそうな気がするな。

 もう少し情報を集めてからの方が良さそうだ。今日はこんなもんにしておこう。

 

「じゃ、今日はそろそろお暇させてもらうよ。

 また今度」

「えっ、そうね……じゃあまた」

 

 

 こうして、美生との初遭遇イベントは終了した。

 珍しく穏便と言うか、静かなイベントだったな。いつもは出会いのインパクトを重視してるからこうはいかないが、今回の場合はこれくらいの方がむしろ印象に残せただろう。

 ここから恋愛ルートに持っていっても構わないし、それ以外のルートも行けるはずだ。

 まずは明日、結からもう一度情報を引き出そう。







 例のファンブックによれば美生の学力評価は4となっています。
 なので、原作では突然桂馬に覗き見られて取り乱していましたが、段階を踏んで会話すれば大人しくしてくれると判断しました。
 若干冷静過ぎる気がしないでもないですけどね。

 美生パパが美生に教えていた『社長令嬢』っぽさというのが『経営者としての能力』なのか『経営者を支える妻としての能力』なのかは不明です。
 後者であれば桂馬がでっちあげた徒歩登校の名目はあまり役には立たないのですが……原作では『青山家としての誇りがどうこう』といった感じだったのでそこまで深く考えてはいなかった気はしますね。
 そもそも、16歳の娘相手に将来の結婚相手がどうこうといった話はしてそうにないですし。


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07 最後の繋がり

  ……翌日 昼休み……

 

 エルシィの携帯経由で結を屋上に呼び出して情報収集を行う。

 

「屋上で食事というのもなかなかに乙なものですね。

 桂木さんはいつもここなのですか?」

「ああ、雨の日とか以外はな」

 

 いつも人が居ない屋上はセンサー対策にうってつけ……なんて事は結に説明する必要は無いな。言っても理解されないだろうし。

 

「なるほど……あら? お食事はどうなさるのですか?

 お弁当の類を持っているようには見えないのですが……」

「ああ、それなら……」

「神に~さま~~!!」

 

 僕が返事をしようとした所でかのんが屋上の扉を開けて勢いよく飛び込んできた。

 顔には満面の笑顔をたたえ、そして両手には多数のオムそばパンが握られている。1人で食べるには少々多すぎる量を。

 

「……ご覧の通りだ」

「なるほど……しかし、実の妹をこき使うというのは感心しませんよ?」

「僕の分も買ってくるとか叫びながら止める暇すらなく突っ走って行ったんだよ……」

「……それなら仕方ないですね」

「あれれ~、どうしたんですかお2人とも。早く食べましょ~!」

 

 時々目の前の人物が本当にかのんなのか疑いたくなる時があるが間違いなくかのんである。

 僕に錯覚魔法は効いていない……はずだからな。

 

「じゃ、もらうぞ。どれが僕の分だ?」

「はい! こっちが私で、こっちが神様。そしてこっちは結さんの分です!!」

「えっ? 私は既に用意できているのですが……」

「こんなに美味しい食べ物を広めないなんて食に対する冒涜です!!

 さぁ結さん! 一度食べてみてください!!」

「い、いえ、ですが……」

「やれやれ……結、悪いが食べてやってくれ。金は僕から払っておく」

「そういう問題でもないのですが……仕方ありませんね」

 

 かのんからオムそばパンを受け取った結は丁寧な動作でラップを剥がし、そのまま口へと運んだ。

 

「っっ!? こ、これは……!」

「どーですか、結さん!!」

「……素晴らしいです。所詮は100円で売られているのでコンビニのパンとそうそう変わらないと勝手に決めつけていました。

 しかしっ! 卵と焼きそばに絡みつきパンに浸透するこのソース! これはそこらの市販品とは一線を画するものです!

 私は……私は今までなんと勿体ない事をしてきていたのでしょうか!!」

「分かってくれましたか、結さん。今度から一緒にオムそばパンを食べましょう!!」

 

「……何だコレ?」

 

 

  ……閑話休題……

 

 

「で、青山美生の件だが、とりあえず昨日話してきたぞ」

「会話できたのですか!? 私では無理だったのに……」

「試してはいたのか」

「はい。富豪のフリはやめた方が良いと忠告させて頂いたのですが、怒り出してしまって聞き入れてもらえませんでした」

 

 そう言えば、美生も結の名前を聞いて『また』とか言ってたな。

 昨日の会話で『忠告なんてするつもりはない』と早めに言ったのは正解だったな。下手すると結の二の舞になる所だった。

 

「いくつか情報を仕入れてきたぞ。

 例えば……そうだ、昨日言ってた謎の使用人の正体はやっぱり運転手の森田だったようだぞ」

「そうでしたか。協力者は森田さんだけでしたか?」

「僕が確認した限りでは、そうだな」

「ふむ……と言うことは、彼さえ協力するのを止めて下されば美生さんは無茶な事は止めるでしょうか?」

「それは絶対に無い。何故ならその森田さえ美生を見限ったからだ」

「えっ? そうなのですか? と言うか、支える人が居ないなら彼女はどうやって学校に来たのですか!?」

「ちゃんと来てたのか? ならしっかりと徒歩で来てくれたんだな」

 

 徒歩で移動する以外に手段は無かったはずだ。昨日はそれっぽい建前を与えておいたが、それでも少々不安だったので登校が確認できたのはありがたい。

 ……ちゃんと徒歩だったんだよな? 後で確認しておこう。

 

「……ん? お前は何で青山が登校してた事をしっかりと把握してるんだ?

 休み時間に青山の教室まで行ったのか?」

「え? 何を仰っているのですか?

 私と美生さんは同じクラスですよ?」

「……何だと!? 1つ下じゃなかったのか!?」

「身長のせいで誤解され勝ちですが……彼女は2年生です」

 

 全く気付かなかったな……

 まぁ構わん。はなっから(元)金持ち相手に後輩ルートで挑むような無謀な事をするつもりは無かったから問題ない。身分的には明らかに格上の連中に上から目線の立場で接するような愚かな事はな。

 

「話を戻すぞ。あいつは徒歩で登校してきたが、そう仕向けたのは僕だ」

「……一体どうやって彼女を説得したのですか?」

「説得なんて大した事はやっちゃいないさ。

 ほんの少し誘導してやっただけだ。『社長令嬢として、庶民の生活を体験させる』みたいな口実を用意して」

「なるほど……あくまでも『社長令嬢』である事は気にはなりますが、大きな一歩ですね」

「あいつはその点に対してかなりのこだわりを持ってるみたいだからな。

 ああそうだ、お前に訊いておきたい事もそれだ。

 何故、青山は社長令嬢である事にこだわるんだ?」

 

 僕の質問に対して結はしばらく考え込む素振りをする。

 少しして、結の口から回答ではなく質問が出てきた。

 

「逆にお聞かせ下さい。あの子がこだわっているのは『社長令嬢』という身分なのですか? お金などではなく?」

「断定はできない。が、僕の印象では身分にこだわっているようだったな」

「そうですか。

 仮にそれが正しいなら簡単な構図でしょう。美生さんが大事にしているのはそれ単体ではなく『社長』と『社長令嬢』でしょう」

「社長……と言うと青山の父親か」

「その通りです。とても仲睦まじい父娘でしたから。

 家や会社も失った彼女にとって自分の身分は父親との最後の絆なのでしょう」

「父親……か。なるほどな」

 

 周りの環境が少々ややこしくなってはいるが、問題の本質はシンプルだな。

 『亡き人への依存』それが本質だ。

 心を占めていた大事な人との別れが心のスキマを作り出した。

 死者は生き返らない。なら、代わりの誰かでそのスキマを埋めるしかないんだな。







 オムそばパンって何だろう?(哲学)

 今回は羽衣さんが居ないのでパラメータ収集ができません。
 なので、攻略対象の学年を間違えるという描写を入れてみたり。
 ちなみに、美生さんの身長は149cmです。中3のみなみさんの身長(151cm)よりも小さかったりします。
 たった2cmの差なので美生の履いてる上げ底の靴があれば美生の方が背が高く見えるでしょうけど……そんなもん桂馬ならとっくに見破ってますね。

 ファンブックによれば美生も結も同じ2-Aだったりします。
 原作9巻で美生と結(正確には結と入れ替わった桂馬)があたかも凄く久しぶりに会ったかのように会話しますが、実際にはほぼ毎日教室で顔を合わせていたはず。
 母親の言いなりであった結は美生と会話できなかった可能性は十分ありますが……流石にお互いの視界にすら入ってなかったというのは有り得ないでしょう。地味な矛盾ですね。
 一応、美生編終了後に高校を中退したのであれば説明はつきます。勿論、そんな事は周りの人間が全力で止めるでしょうし、彼女の性格を考えても有り得ないですが……彼女が学校に居る描写は美生編後日談しかないのでギリギリ矛盾しません。詭弁って言うか暴論ですけどね。


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08 姫様によるお宅訪問

  ……放課後……

 

 再び、美生の家へと赴く。今回はかのんも一緒だ。

 なんでも、もうすぐ体育祭があるらしいんで運動部の連中が張りきってて、歩美や京の居る陸上部の活動も活発になっているらしい。

 それ故に軽音部のメンバーがなかなか集まらず、今日は休みとの事だ。

 

 そんな感じの理由はさておき、歩きながらかのんと打ち合わせを行う。

 

「中川、今回の件はどう持っていくべきだと思う?」

「スキマを埋めるっていうだけなら恋愛ルートで問題ない。むしろ最短だと思うよ」

「完全に同意見だ。妙な含みがある事も含めてな」

「……桂馬くんが本当に恋愛するなら話は分かりやすいんだけどね。

 攻略が終わったら美生さんは記憶を失う。側で支えてあげられる人は誰も居ない」

「アフターケアまで考えるのは本来僕達の役割ではないが……スキマが再発するのも面倒だからな」

「結さんなら、今の結さんなら力不足って事は無さそうだね」

「……実は金銭感覚が吹っ飛んでるとかいうオチは無いだろうな?」

「そこは間違いなく大丈夫だよ。部活を立ち上げる時に真っ先に『場所代の節約』っていう理由を挙げてたらしいから。他にも色々と倹約して頑張ってるみたいだよ」

「そうか……なら安心か」

 

 目標としては美生と結との仲を取り持って支えてもらう事か。それさえできれば心のスキマはほぼ埋まるだろう。

 その過程で、父親への依存心を何とか捨てさせて、その死を克服させる事ができれば完璧だな。

 

 

 

 

 しばらくして美生の家に辿り着いた。

 

「うわっ、ボロいとは聞いてたけどこりゃ相当だね」

「お前の個人資産で買い上げられるかもな」

「いや、流石にそれは無理だから。アイドルだからって大富豪じゃないんだよ?」

「それもそうか。

 美生の部屋は下の階の端っこだ。行くぞ」

 

 かなりのんびりとやってきたので美生はとっくに帰宅済みのはずだ。

 ドアを軽くノックする。すると期待通りに美生の声が返ってきた。

 

『っ! だ、誰!?』

「僕だ」

『いや、誰よ!? って、昨日のあんたか』

「その通りだ。今日は例の僕の妹も連れてきたぞ」

『妹ぉ? そう言えば昨日言ってたわね』

「君の秘密を知っている最後の1人だ。君も直接言葉を交わした方が安心できるだろう?」

 

 本物のエルシィだったら逆に不安が際限なく膨れ上がっていきそうだが……かのんなら大丈夫。

 エルシィとして紹介するが、かのんなら程々にしっかりと振る舞ってくれる……はずだ。

 と言うか、あのバグ魔の突拍子もない行動はかのんですら再現不能なんじゃないだろうか?

 

「……そういうわけだからせめて顔だけでも見せてほしいんだが」

『っ! ダメよ!』

「? 何故だ? 鍵を開けるのが嫌でもチェーンロックくらいあるだろう?

 ……あるよな?」

『そのくらいあるわよ!! でもダメ!!』

 

 ここまで頑なに拒否されるとは。そこまで嫌われた……というのは流石に無いだろう。

 何か部屋に見せたくないものでもあるのだろうか?

 例えば……

 

「……制服が汚れた?」

『はぁ? 何を言ってるのよ』

「違うか。では怪我をした」

『っっ!?』

「当りのようだな」

『けっ、けけけ怪我なんてしてないわよ!! ただちょっと転んで捻っただけよ!!』

 

 人はそれを普通『怪我をした』と言う。

 そう言えばずっと上げ底靴を装備していたよな。今日もそれで歩いていたなら転ぶのも無理は無いか。

 

「やれやれ、僕は湿布を買ってくる。エルシィ、ここは任せたぞ」

「りょーかいですお兄様!!」

『待ちなさい! そんな物要らないわよ!!』

「もう行っちゃいましたよ~」

 

 美生が何か言っているがスルーだ。

 恋愛ルートを使わないなら女子であるかのん(と言うよりエルシィ)の方が適任だ。何かしら情報を引き出したり進展させたりできるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薬局へと向かった桂馬くんを見送って、私は青山さんへと、正確には家の扉へと向き直った。

 攻略対象との会話は気を遣うからできれば素の状態で話したいけど、結さんから情報を聞いたのはエルシィさんという事になっているのでエルシィさんの演技をしながら話さないといけない。

 ベストを目指すなら相手に不安を与えないようにしてなおかつ興味を引く為にほどほどに不安にさせるべきなんだろうけど、とてもじゃないけどそんな面倒な事はやってられない。普通で十分だ。

 

 さて、まずは挨拶から。顔は見えてないけど声は届く。

 

「初めまして! 私はエルシィって言います!

 桂馬お兄様の妹です!!」

『ケイマ……ああ、そう言えばそんな名前だっけ』

「な、名前すら覚えてなかったんですか……」

『あいつ、最初にしか名乗らなかったのよ。

 名前なんて分からなくても話すことはできるし』

 

 うーん……昨日会っただけの相手ならそんなもんかなぁ。

 ちなみに私は名乗ってきた人の事はしっかりと覚える。そうじゃないとアイドルやっていけないから。

 

「それじゃあ……しょうがないかもしれませんね。

 では改めて、薬局に走って行ったのが私のお兄様の桂木桂馬、そして私がその妹の桂木エルシィです!」

『ふーん、何か妙な名前ね。『えるしぃ』ってどういう字を書くのよ』

「そのまんまカタカナですよ~。

 明らかに和風じゃない名前なのは……気にしないで下さい」

 

 確か設定上は桂馬くんのお父さんの隠し子なんだよね。その設定を遵守するなら、お母さんが外国人で普通に外国風の名前を付けて、その後に名字だけを変えたってとこか。

 あれ? そうなるとエルシィさんってハーフなのかな。あくまで設定上の話だけど。って言うか本当はハーフどころか完全に外国人だけど。

 

『そう。で、あんたは何しにきたの?』

「何をしに? ……あれ? 何で私ここに来たんでしょう?」

『私に訊いてどうすんのよ! しっかりしなさいよ!!』

「えっと確か……あ、そうだ! 美生さんの話し相手になって欲しいって頼まれてたんです!」

『……誰に頼まれたのよそんな事』

「それはモチロンお兄様……あ、でもそのお兄様も結さんに頼まれて動いてるので元を辿れば結さんの頼みって事になりますね」

『結から……そっか』

 

 あ、そう言えばこの2人の関係ってどんな感じなんだろう。

 結さんは『友達だ』って言ってたけど。

 

「そう言えば、お2人の関係ってどんな感じなんですか? パーティーか何かで出会ったんでしょうか?」

『ええ、その通りよ。

 パーティー会場であの子がいつも隅っこの方で寂しそうにしてたんで声をかけてあげただけよ』

「そ、そうだったんですか……ちなみにそれがいつ頃の……?」

『? 確か小学生になる頃かそれより前くらいだったと思うけど、何動揺してんのよ』

 

 サラッと言ってるけど、そんな事が誰にでもできるなら私みたいに友達が居な……少ない人は存在しない。

 私なんかを引き合いに出すのは失礼かもしれないけど、美生さんは社交性・協調性がある方なのだろうか? 身分のせいであまり目立たないだけで。

 

「お2人は幼馴染みなんですね」

『そういう事になるわね』

「う~ん……今は少し疎遠みたいですけど、大丈夫なんですか?」

『んなっ! 余計なお世話よ!!』

「そうですか? 結さんは美生さんと仲良くしたがってましたよ?」

『フン、どうせ没落した私を見て嘲笑ってるだけでしょう!』

「そんな性格なんですか? 結さんが」

『…………』

「結さんは美生さんのお金持ちのフリを止めたいとは思ってるみたいですけど、一度それを抜きにしてしっかりと話し合ってみたらどうですか?

 大切な幼馴染みなんでしょう? 喧嘩別れしたままだときっと後悔しますよ」

『……あのさ』

「どうしました?」

『……結は、私の事で何か言ってた?』

「そんなの、自分で確認して下さい」

『ぐっ、結の使いっ走りの分際で!』

「しょーがないですね。じゃあ少しだけ。

 結さんはあなたの事を友達だと、そう言っていましたよ」

『……そっか』

「あれれ~? 寂しそうですね。

 明日呼んできましょうか?」

『余計な事はしなくていいわよ!!!』

「は~い。呼んできますね~ではまた明日~!」

『こ、こら、待ちなさイタッ!!』

 

 美生さんが慌てて扉を開けようとしたけど捻挫した足のせいで上手く行かなかった……のかな?

 本気で嫌がってる様子ではなかったからちょっとからかってみたけど少々失敗したかもしれない。

 

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

『こ、この程度、痛くなんて無いわ!』

「え、でもさっき痛いって……」

『空耳でしょ!』

 

 ……これ以上おちょくっても意味は無いね。そういう事にしておこう。

 

「それじゃ、今日はこの辺で帰らせて頂きますね。

 お兄様が湿布買ってきたらちゃんと受け取って下さいね? 受け取らないと結さん連れてきますよ」

『分かったわよ! 受け取るからサッサと帰りなさい!!』

「は~い♪」

 

 受け取らない場合に結さんを連れてくる。

 けど、受け取ったら結さんを連れてこないとは一言も言ってないからセーフだよね♪







 原作では後略後に森田さんが戻ってきてたみたいですが、もし戻ってこなかったらどうなってたんでしょうかね?
 美生母に期待……できるかなぁ……?
 美生にやる気があっても、そのやる気が空回りしないように正しく導ける人はやっぱり必要だと思います。小銭の種類すら知らない非常識なお嬢様であらせられるので手を打たなかったらほぼ間違いなく失敗するでしょう。
 ギャルゲーならその役割は主人公なんでしょうけど、神のみ世界だと不可能ですね。記憶消し飛ぶので。

 ……森田はギャルゲーの主人公だった……?


 過去編は桂馬が小学1年生の夏休み前。
 その頃には美生と結は仲が良かったようですね。本作では小学1年生の4月前後に出会ったとしておきました。実際にはもっと前でもおかしくなさそうです。
 名家のパーティーって何歳くらいから出席するんでしょうね?


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09 純真の女神の威光

 神様の誕生日記念に今日は2話投稿してみます。
 いつもの時間にも投稿するのでお楽しみに。




「というわけで、上手く行けば明日にでも駆け魂は出てくるよ」

「早すぎだろ。エルシィが帰ってくるのって確か5日後だよな?」

 

 僕が湿布を買ってきたらかのんが居なくなっており、美生からは

 『いい、絶対に結を連れてくるんじゃないわよ。絶対だからね!!』

 等とフリなのかよく分からないセリフを吐かれた。

 なお、湿布はしっかりと受け取ってもらえた。

 ついでに、上げ底靴は転びやすいぞと言ってみたら

 『余計なお世話よ!! この私が庶民に見下ろされながら歩けるわけが無いでしょう!!』

 と言われた。

 明日までに捻挫治ってると良いんだがな。

 

 そんな感じで色々あった後、我が家でかのんと合流し、事の顛末を聞いて今に至る。

 

「うん、どうしようか。私単独での駆け魂撃破なんて多分絶対無理だよ?」

「僕も同意見だ。しかし、ズルズルと引き伸ばすのもなぁ」

 

 美生と結に『エルシィが今居ないんで数日待ってくれ』なんて言えるわけが無いからな。

 となると……

 

「……少々気は進まんが、あいつを頼るとしようか」

「あいつ?」

「ああ、あいつだ」

 

 

 

 

 と言う訳で、僕達は隣の家までやってきた。

 玄関のインターホンを鳴らすと足音が聞こえてくる。

 

「どなたですか……って、桂馬君!?」

 

 扉が開くと同時にその家の住人、鮎川天理が出迎えてくれた。

 

「邪魔するぞ。とりあえずお前の部屋で良いか」

「えっ、あ、あの、ええええっっ!?」

「お邪魔します」

「……あ、西原さんも一緒なんだね」

 

 ん? 何かしょんぼりしてる気がするが……気のせいだな。

 

「待ちなさい! どういうつもりですか桂木さん!!」

「どういう……? 何の事だ?」

「あなたという人は、天理の部屋に上がり込む時に従妹とはいえ他の女性を連れてくるなんて!!

 恥を知りなさい!!」

「恥と言われてもな、むしろ部屋に男女2人っきりになる方が恥じゃないのか?」

「確かにそうですが、将来を誓い合った婚約者同士なら問題ないでしょう」

『ディアナぁ!!!』

「天理ももっとしっかりしなさい!! しっかりしないと桂木さんを誰かに取られてしまいますよ!!」

『そ、そんな事言ったって!!』

「あーもう話が進まん!!

 僕はディアナに駆け魂討伐の協力を頼みに来た。

 西原は駆け魂を追い詰めるのに必要だから一緒に来た。

 以上だ! 何か文句があるか!!」

 

 今回の目的は3行どころか1行にまとめられる。

 駆け魂討伐にはエルシィの結界とかのんの歌が必要だが。そのエルシィは今は居ない。

 だから、『悪魔に強いディアナが居れば代わりに駆け魂を消滅させられるのではないか?』という試みだ。

 

「駆け魂? 詳しく教えてください」

「僕が駆け魂攻略をしているのは以前教えたよな。

 今回ももう少しで終わりそうなんだが……駆け魂を出した後に止めを刺す奴が今不在でな。

 女神なら駆け魂を消滅させるくらいできるんじゃないかと思ったんだが……どうだ?」

「消滅……ですか。

 確かに、多少力も戻っているので不可能ではないかもしれませんね」

「消滅まではいかずとも弱らせて動けなくするだけでも問題ない。

 もうしばらくしたらエルシィも帰ってくるからな」

「……分かりました。そういう事でしたら協力させて頂きます。

 しかし、条件があります」

「そう来たか。何だ?」

「今度の週末、天理と一緒に遊園地に行ってください」

「遊園地だと?」

「はい。鳴沢市にあるデゼニーシーという場所です。天理と2人っきりで過ごして下さい」

『ディ、ディアナ!? そ、そそそそれってまさか、デデデデートっ!?』

 

 デートの誘いだな。紛れもなく。

 愛の力で復活する女神にとって、天理と僕をくっつけたがるのは当然の事だ。

 理に適った交換条件と言えるな。

 

「まあ、良いだろう。

 ただ……お前の望んだ結果になるとは限らんぞ?」

「仲が進展するきっかけができるだけで十分です。

 こうでもしないといつまで経ってもお2人の仲が進まないですからね!!」

『ディアナ! わたしは別に急いで進めようだなんて思ってないからね!!』

「……ほら、私が何とかしなければ」

「……天理、ご愁傷様」

「ぅぅぅ……ご、ごめんね桂馬君、迷惑かけちゃって……」

「戻ったのか。別にこれくらいなら構わん。

 結婚しろとか、婚姻届に判をしろとかじゃないだけマシだ」

『ハッ! その手がありましたか!!』

「おい」

『流石に冗談ですよ。結婚してほしいのはやまやまですが、こんな事で無理矢理結婚させても遺恨が残りますからね』

「……妙な所で常識を弁えてるな、お前」

『どういう意味ですか! まるで私が非常識みたいじゃありませんか!!』

 

 天理が関わると割と非常識になってるんだがな。

 今回は『駆け魂狩りの交換条件』だから弁えてるんだろう。『キスの責任を取れ!』とかじゃないからな。

 

「それじゃ、明日は頼むぞ。じゃあな」

 

 話し合いもまとまったのでとりあえず去ろうとしたのだが……

 

『あっ、天理! 今です! アレを!』

「あっ、そうだ! あの、桂馬君、その……」

「ん? まだ何かあったか?」

「その……け、携帯の番号を教えてくれないかなって……」

「携帯? 悪いが僕は持ってないんだ」

「……えっ?」

『桂木さん!! 天理がせっかく勇気を出して頼み込んだのに、どういう事ですか!!』

「そう言われても持ってないものは持ってない。

 メールアドレスならあるが?」

「あっ、それじゃあ……お願い」

「ああ。携帯貸してくれ」

 

 天理の携帯から僕のアドレスに空メールを送る。

 PFPを使って登録して……完了だ。

 これで明日の連絡が取りやすくなるな。どうせ直接美生のアパート前に案内しなきゃならんからあまり意味は無いが。

 

「ほいっと。これで大丈夫か?」

「う、うん! ありがと……」

「ああ。じゃあな」

 

 こうして僕は今度こそ天理の家を後にした。







 あれ? 今って美生編だよね? いつの間にか天理編っぽくなってる気が……

 神にーさまが攻略以外で『デート』としてデートに行く場面って実は0なんですよね。
 エルシィとのデートも、天理&ハクアとのデートもデートの自覚無かったし。(アレは仕方ないけどさ)
 そもそも、攻略においても神のみではデートシーンが殆ど無かったりします。パッと思いつくのは楠編、女神編(結)くらいでしょうかね。長瀬編もデートと言えるかも。
 だから、デートと自覚してデートに行く、しかも断れない状況の時にどんな反応をするか割と悩みました。断れるなら「何で僕が必要もない攻略をしなきゃならん!」で一蹴できるんですけどね。

 ちなみに本作では攻略において攻略対象とのデートは2回行ってます。かのん編と麻美編ですね。長瀬編は……先生とのデートではないですね。
 攻略以外のデートは描写してないものも含めるとむちゃくちゃ多いです。頻繁にかのんとカラオケ行ってるので。やってることは勉強とカラオケの特訓なのでデートとは言い難いかもしれませんが。


 追記

 原作みなみ編を忘れていると読者様にお叱りを受けてしまいました……
 き、きっとあまりにもデートっぽ過ぎたせいに違いない!


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10 亡き人の残した遺産

本日2話目です。見逃した方はご注意下さい。




  ……翌日 美生の住んでいるアパート前……

 

「というわけで、結を連れてきたぞ」

『どういう訳よ!! って言うか何で連れてきてんのよ!!!』

 

 扉の前には僕と結が居る。

 かのんは天理を呼びに行っているので2人ともまだ来ていない。

 

「え? だって君は言ってたじゃないか。

 『絶対連れてこないで!』って」

『そう言ったわよね!? 確かにそう言ったはずよね!?』

「うん。だから、連れてこいって意味だなと」

『ふざけんじゃないわよ!! このスットコドッコイ!!』

「ご、ごめんなさい美生さん……私はそこまで嫌われていたのですね……」

『えっ? い、いや、そういう訳じゃないけど……』

「気を遣わなくても良いのです。私、無神経な事を言ってしまいましたからね。

 本当にごめんなさい、ごめんなさい。

 私はもう二度とここに来ません。さようなら、美生さん……」

『んなっ!! あーもう!! 待ちなさい結!!」

 

 結が歩き出して完全に去ってしまう前に目の前の扉が開かれた。

 直接顔を合わせるのはやや久しぶりだな。

 僕が来ても一向に開かなかった扉が開いたのは流石の友情パワーと言うべきか。

 

「美生さん……」

「べ、別に嫌ってなんかないから! だから……その……」

「……ふふっ、ごめんなさい美生さん。

 ちゃんと分かっています。私が何か粗相をしてしまっても謝ればちゃんと許してくれる人である事を。

 ちょっと素直じゃないだけで凄く優しい人だという事も」

「な、ななな何言ってんのよ!!

 って言うか結? あんたさっきまで泣き出しそうだったじゃない! まさか……」

「……ここは定番のセリフを言わせてもらおう。

 ドッキリ大成功だな」

 

 結は少し拒絶されたくらいで泣き出して去るような短慮な性格ではない。

 つまり……さっきのは美生を引きずり出すための演技だな。

 

「本当にごめんなさいね♪」

「騙されたぁ!! あ、あんたの差し金ね!? どうしてくれんのよ!!」

「どうするも何も……とりあえず部屋に上がらせてもらっていいか?」

「……もう、好きにしなさい」

 

 とりあえず最初の()は突破だな。

 あとは結が解決してくれれば完璧だな。

 

 

 

 

 

 部屋の中には畳まれた布団と卓袱台と……あと、大きな仏壇が置かれている。線香は上がっていない。

 本当に最低限の物しか置いてない部屋だ。

 美生と結は卓袱台の前に向かいあって座り、僕は少し離れた壁によりかかって見守っている。

 

「まず、改めて言わせて下さい。本当に申し訳ありませんでした」

「な、何よ。そんなに改まって。別にさっきの事はもう気にしてないわよ」

「そうではありません。もっと前の事です。

 私、以前……ほんの2~3ヶ月ほど前に言ってしまいましたよね。富豪のフリは止めた方が良い……と」

「っ! ……そうね、言ったわね」

 

 2~3ヶ月前と言うと丁度結の攻略が終わった頃だったかな?

 母親から脱却してすぐに声を掛けたのであればかなりの行動力と言えるな。

 

「私が愚かだったのです。目先の事にしか気付けなくて、どうして美生さんが富豪であり続けようとしたのかという理由まで考える事ができなかったのです」

「理由? まさか、あんた……」

「美生さんが社長令嬢にこだわる理由……それは、お父様が関係しているのですよね?」

「んなっ!! ど、どうして……」

「美生さんが『社長令嬢』にこだわっている事は桂木さんが教えてくれました。

 後は、美生さんの性格を考えれば簡単でした」

 

 確かに、結論に辿り着いたのは結だったな。

 間違っている可能性も頭の片隅に置いてはおいたが……美生の反応を見る限りこれで正解だったようだ。

 

「……私が、社長令嬢でありつづける限り、パパは死なない!

 私の心の中で、ずっと生きてるんだ!!

 ……それとも、何? また言うの? パパはもう死んでるって、あいつらみたいに」

 

 あいつら……運転手の森田や美生の母親か? 他にも元使用人とかその辺かもな。

 

「……私は、あなたのお父様の事をそこまで良く存じているわけではありません。直接話した事も殆どありませんからね。

 ただ、凄く仲睦まじい父娘だったという事だけは存じております」

「…………」

「だから、有里さんと一番仲が良かった美生さんが『生きている』と仰るのであれば、きっと生きているのでしょう」

「……え?」

「美生さんが生きていて、有里さんが生きていると言い続けるだけで、それだけでもきっと生きているのではないでしょうか?

 どんな形でも構わない。あなたが存在するだけであなたを通して有里さんを知る事ができる。感じる事ができる。

 よく思い出してください。あなたがお父様から学んだ事は『社長令嬢』だけなのですか?

 あなたが尊敬したお父様は『社長』を取ったら何も残らないのですか? そんな事は無いでしょう?

 あなたの存在そのものが、有里さんが生きた証であり、有里さんが生き続けている証明なんです!」

 

 

 まるでドラマのワンシーンのような台詞だが、台本は一切無く、僕が指示したわけでもない。全て結の素の台詞だ。

 心のスキマの原因を聞いてから結なりに考えたんだろうな。流石は幼馴染みだ。

 

 と、そんな事を考えていたら手元のマナーモードになっているPFPが振動してかのんから空メールが送られてきた事を知らされた。

 家の前に到着って事だな。丁度いい。

 

 

「そしてもう一つ、言わせてください!!」

「な、何よ……」

「どうして、私たちを頼ってくれなかったのですか?

 私も、うららも、あなたの友達です!

 悩む前に、苦しむ前に、どうして相談してくれなかったのですか!!」

「えっ、で、でも私は……その……」

「まさかとは思いますが、没落して貧乏になったから等という下らない理由ではないでしょうね?」

「うぐっ!」

 

 本人は口にしたくなかったようだがどうやらその下らない理由だったようだな。

 ところで、『うらら』とかいう聞き覚えの無い名前が聞こえたな。金持ち繋がりでもう1人誰か居るんだろうか?

 

「お母様ならまだしも、私たちがお金で相手を選ぶとお思いですか?

 馬鹿にしないで下さいよ!!」

 

 結、サラッと母親に毒を吐いたな。

 

「私は、美生さんに助けられたんです!!

 だから……困ってる時は助けさせて下さいよ!!」

 

 結は、半泣きになりながらもそんな台詞を言い切った。

 社長令嬢に関する話は何というか……若干建前っぽかったが、今のは結の心からの願いだったんだろうな。

 現実(リアル)でもこんな話が見られるとはな。たまにはやるじゃないか。

 

「……はぁ、私があんたに励まされる日が来るなんてね。隅っこの方で寂しそうにしてたあんたに」

「む、昔の事はあまり言わないで下さい……」

「……ありがと」

「あれ? いつも素直じゃない美生さんがお礼を……? も、もう一度言って頂けますか?」

「何でそうなるのよ!! 私がお礼言っちゃ悪いの!?」

「じょ、冗談ですよ。でも良かったです。

 やっと、笑ってくれましたね。美生さんにはやっぱり笑顔の方が似合いますよ」

「んなっ!! な、ななな何言ってんのよ!!」

「本音を言っただけですよ」

 

 ……何か、結がギャルゲーの主人公か何かに見えてきたな。いやまぁ、今回の攻略をギャルゲー的に考えると実際そうなんだが。

 百合展開は……多分無い。

 

 

 

 

 

「そうだ。有里さんにお線香を上げさせてもらっても宜しいでしょうか? お葬式の時以来なので」

「あ、なら僕も上げさせてもらおう」

「ちょっと待ちなさい。結はともかく何であんたまで? あんたはうちのパパの事知らないでしょ」

「確かに知らないが、君を見てれば立派な人物だった事くらいは分かるさ」

「えっ? そ、そう……それなら良いわ。勝手に上げなさい」

 

 結の説得をさりげなく補強してみるという打算的な考えもあるが、9割ほど本音だ。

 死者が生きていた証拠……か。

 人が死ぬ時、必ず何かを残していくのかもな。

 ……あいつが消えた時も、何かを残していったのだろうか?

 

「桂木さん、お線香は何本使いますか?」

「お前と同じで構わん」

「では1本だけ。折らずに立てて使いましょう」

 

 線香の上げ方一つにも宗派によって色々と違いがあるからな。面倒だから結の作法に倣っておこう。

 結が蝋燭に火を灯し、線香に火を付ける。

 僕もそれに続いて火を付け、手で扇いで消す。

 そして、合掌。

 

 黙祷を終えた所で美生から声がかけられた。

 

「……結、お線香貸して」

「貸しても何も、仏壇に置いてあったものなので美生さんの物ですが……どうぞ」

 

 結から線香を受け取った美生は作法に則って線香を上げた。

 

(……ありがとう、パパ。私頑張るから。

 だから……見守っててね)

 

 美生の口が動いているのは見えたが、小声だったのでよく聞き取れなかった。

 美生の身体から出てきた駆け魂のおかげで攻略が終了した事だけは確認できた。

 

 その後、かのんに空メールを送り返して合図を出した。

 討伐も無事に完了したようだった。







 連絡が空メールだけで十分な2人は一体どこに向かっているのやら。

 原作で『すっとこ運転手』という表現があったので『スットコドッコイ』という表現を使ってみたり。
 意味としては『相手を罵る語・馬鹿野郎・まぬけ』等のようです。
 本文を翻訳すると「ふざけんじゃないわよ!! この馬鹿野郎!!」って感じになるみたいですね。

 今回の流れでうららの名前が出ないのは不自然だと思ったので入れてみました。
 過去編以外では全く出てきてませんが……どうなったんでしょうね?
 舞島学園の理事長が彼女の祖父なので舞島学園に通っているのが自然ですが……
 もしかすると海外留学とかしてたりして。宇宙飛行士にでもなる為に。

 小説版2巻で西恩灯籠を攻略する時に『宗教学に関する大学レベルの知識が要求される』と神様が言っていたので線香を上げる時の作法もネットで調べてきっちりとさせてみました。
 宗派によって3本立てたり、1本を折って3本にしたり、立てるのではなく寝かせたりと色々あるみたいですね。
 何か間違いがあるかもしれませんが、その時はご指摘して頂けると助かります。


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記憶操作の範囲

「お疲れ、桂馬くん」

「最後はほぼ結の独壇場だったからあまり疲れてないけどな。

 それより、ちゃんと討伐できたか?」

「うん。ディアナさんが一発で捻り潰してたよ」

「……流石は女神だな」

 

 それでもまだ不完全な復活なのだろうか? 完全復活したら本当に神様になりそうだ。

 いやまぁ、元から本人が神だと言ってるんだが。

 

「自分で思っていたよりも力が戻っているようです。

 天理と結婚してくれれば更に強くなれます」

「お前、隙あらば結婚を勧めるな……」

「当然でしょう。結婚とは愛が最高に高まった証、生涯添い遂げると誓った証です!

 これ以上の『愛』は存在し得ないでしょう」

 

 『結婚は人生の墓場』なんていう嫌な話もよく聞くけどな。

 ゲームにおいて結婚式はエンディング中のエンディング、王道のエンドだが……だからこそそう軽々と起こす事はできない。

 あくまで最低条件だが……

  1、子供の頃からの因縁!

  2、ドラマチックな状況でのプロポーズ!!

  3、教会でのキスをバックにHAPPY ENDの文字をドン!!!

 これくらいできるほどの仲であれば、墓場などにはならないだろう。

 何だと? そんなのは不可能? フッ、これだから現実(リアル)は。

 

「それより、今回の約束、忘れていないでしょうね?」

「週末に遊園地に行くんだろ? 勿論忘れてない」

「そうですか。安心しました。ではまた週末に」

 

 そんな台詞を言い残して去っていった。

 ……家が隣だから僕達が向かう方向も同じなんだが……少し休んでから出発するか。

 

「あ、そう言えばさ」

「どうした?」

「今回の件、地獄への報告ってどうするんだろう?

 エルシィさんが居ないからやり方が分からないんだけど……」

「……数日遅れるくらい問題ないだろう。きっと」

「そうだと良いけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、数日後。エルシィが帰ってきてからだ。

 ん? 天理とのデートはどうしたって? それは後で語らせてもらおう。

 

「よし、報告完了です!

 いや~、凄いですね! 私が居なくても駆け魂を見つけて討伐までこなしちゃうなんて!!」

 

 お前の存在価値がかなり薄れてきているんだが……そこは理解しているんだろうか?

 してないだろうな。明らかに。

 

「エルシィさん、報告完了って事は記憶操作は明日までに終わる?」

「え? そうですね……多分明日までには終わってると思いますよ~」

「分かった。じゃあ明日は私が学校に行くから替わって」

「え? はい! 分かりました!!」

 

 今回の件を利用して少し気になっていた事の確認ができそうだな。

 結の記憶……『攻略対象ではないが、それに近しい人物の記憶』がどうなるのか?

 僕もかのんも気になってたんだよ。

 

 

 

 

 で、更に翌日。

 

「確認してきたよ。結さんはほぼバッチリ覚えてた」

「やはり、そうか」

 

 あくまで一般人として結と接触したから消去の必要無しと判断しただけかもしれんが……地獄の記憶操作ってやっぱり雑だな。

 

「結の記憶は失われなかったんだな?

 と言うことは……」

「麻美さんの妹、郁美さんの記憶もほぼそのままの可能性が高いね」

「ああ」

 

 以前、かのんが軽音部の部室に行った時、麻美がかのんに対して質問をしていた。

 僕達も疑問に思ったのだが……よく考えたら麻美を攻略した場所であるガッカンランドにはかのんも来ていた。しかも珍しく変装無しで。

 だから、ガッカンランドに呼んだ僕と、そこに居たかのんが知り合いだったと知って何らかの繋がりを感じたんじゃないだろうか? 偶然同じ場所に居たというだけではなく、何かがあったと。

 

 補足しておくと、攻略場所にガッカンランドを選んだのは僕だ。かのんのスケジュールに合わせて僕が郁美に頼んで場所を変えてもらった。

 郁美にまで記憶操作が及んでいたならその辺の記憶はほぼ間違いなく消し飛んでいるだろうが、まともに記憶操作されてないなら麻美が郁美から聞き出した可能性は高い。

 

 予想通り、記憶操作が雑だっただけのようだが……郁美に女神が居る可能性まで一応有り得たからな。確認できてよかった。

 記憶操作の範囲が概ね確定できれば、その影響を考える事が可能だ。

 郁美の記憶から麻美がどのような影響を受けるのか……じっくりと考えながら進めていこう。

 

 

 

 

「そう言えば、そろそろ体育祭だね。桂馬くんは……」

「当日に腹痛と頭痛と喉の痛みと高熱に襲われて休む予定だ」

「……凄い予定だね」

 

 うちの体育祭はクラス毎に得点を競っていく方式だ。

 テキトーに得点が少ない競技に出るフリをして仮病で休ませてもらおう。

 

「それより、お前は参加するのか?」

「私? うーん、どうなるかなぁ。仕事次第だね」

「……飛び入り参加したいなら僕が病欠した枠に入るといいさ」

「そ、それはどうなのかな……?」

 

 体育祭……同じクラスの連中に女神が居るかの調査ができる機会ではあるのか?

 ……面倒なんでパスしたいが……機会があればやっておくか。







 以上で美生編終了です!
 今回は最初にどんな状況からスタートさせるかそこそこ悩みました。
 結局は原作通りに貧乏な状態でしたが、没落してない設定でスタートさせる案がありました。
 心のスキマを捏造するのが大変だったので没になりましたけどね。
 終着点は何も考えずに突き進んでいたらこんな感じになりました。
 結さんは世界が違ってもプレイヤーキャラなのだろうか……?

 次回は……天理さんとのデートを書きます。何にも考えずに突き進んでいたらいつの間にか発生してたイベントですね。
 原作みたいにハクアさんは居ないのでオリジナルになります。上手く書けると良いですけど。

 更に次は体育祭でもやっておきます。流れは全く決まってません!!

 その次が楠編ですかね。一体全体どういう流れになるんだろうか……

 では、また次回お会いしましょう!!


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特異点
プロローグ


「ば、バカな……どこで選択肢を誤った?」

「……その問いの答えはうちにも分からへん。

 けど確かな事が一つだけある」

 

 僕の目の前のテーブルに置かれているのは、七香が毎週持参してくる将棋盤。

 更にその上には駒が置かれており、決着は着いているように見えた。

 

「……ああ、その通りだな。これは……これ以上続けるのは見苦しいだけだな。

 

 ()()だ」

 

 七香が少しずつ成長しているのは毎週の対局で感じていた。

 とうとう負けた、か。

 悔しいような、感慨深いような、よく分からんな。

 

「しっかし、凄い盤面やな。

 実戦で17手詰みの詰将棋で決着なんてそうそうあらへんよ?」

「……ん? ちょっと待て。

 お前のさっきの手が1手目とすると19手の詰将棋じゃないか?」

「……へ?」

「…………」

 

 投了、少し早まったかもしれない。

 とりあえずベストな方向に王将を動かしてみる。

 

「そうするんならそりゃ勿論こうやな」パチッ

「…………」パチッ

「ほい」パチッ

「…………」パチッ

「それは確か……こうやな」パチッ

「…………本当にそれで良いんだな?」

「えっ? も、勿論大丈夫……のはずや」

「……フッ」パチッ

「……ん? この手は……ああああああっっっ!!!」

「合い駒しつつの王手だ。形成逆転だな」

「そこは盲点やった!! って事はさっきの手で対策をしてからやるべきで……

 ああああああっっ! うちの負けや!!!」

「……次回から詰将棋になってもせいぜい残り5手くらいまではきちんと処理する事にしよう」

「……せやな。はぁぁぁぁ……」

 

 試合に負けて勝負に勝ったといった所か。

 お互いに喜べない結果になってしまったな。

 

「おめでとう……という言葉はまだ取っておこう」

「こんな状況で言われたらむしろ泣くわ!

 はぁ……んじゃ、検討しましょか」

「そうしたいのはやまやまだが、生憎と今日は予定が入ってる。

 また今度させてもらおう」

「そゆことならしゃーないな。

 しっかし、何の用事なんや? デート?」

「お前……妙な所で鋭いな」

「えっ、マジで? 適当に言っただけなんやけど。

 相手はやっぱまろんか?」

「……お前には僕達が何に見えてるんだ?」

「1週間に1回しか会わんうちが『おしどり夫婦かいな!』ってツッコミたくなるくらい通じ合っとるように見える場面が多々あるんやけど?」

「そこまでか?」

 

 そんな場面があっただろうか? せいぜいアイコンタクトで会話したり、指パッチンで合図をしたりといったくらいのはずだが。

 

「ってか、まろんやないなら誰や?」

「言ってもお前には通じな……いや、一度だけ会った事があったか。

 うちの隣に住んでる鮎川天理だ。ほら、前に玄関で……」

「えええええっっ!? あ、鮎川の奴ってここの隣に住んどるん!?」

「あれ? 知り合いか?」

「知り合いも何も、クラスメイトやで」

「……そうか、そう言えば同じ学校か」

 

 将棋部の部室に殴り込んできた時の七香の制服も、引越しの挨拶に来た時の天理の制服も、ついでに『西原まろん』の制服も同じ美里東高校のものだ。

 そして年齢的にも同じ学年だったな。クラスの数をうちと同じ4クラスとするなら同じクラスになる確率は1/4だな。実際のクラス数は知らんが、うちより多いという事は無いだろう。

 

「そっかぁ、鮎川の奴も居たんやな」

「クラスメイトであってもあいつが他人と積極的にコミュニケーション取るとは思えないんだが、どういう繋がりだ?」

「ん? ああ、何か見覚えのあるのが転校してきて教室の隅っこで寂しそうにしてたんで声かけたら何かブチ切れられて将棋でボコボコにされたんや」

「何だと? お前負けたのか!?」

「ああ、完敗やったで」

 

 あの七香があっさり負けただと? 天理がやったとも思えないからディアナの仕業か?

 少し前まで将棋の存在すら知らなかったはずだが……流石は女神と言うべきか。

 いや、それより何やってんだあの女神は。あの七香を将棋で打ち負かすなんてしたら……

 

「いやー、まさかあの鮎川がすぐ隣に住んどるとはなぁ。

 よし、今から挑戦しに行かんと」

「いやいや、今からその天理と出かけるんだが」

「せやったな。なら来週からや!」

 

 ……そりゃそうなるよな。

 天理に友達ができるという意味では良いのかもしれないが……七香は自分が勝つまでつきまとってくるぞ。間違いなく。

 

 

「桂馬くん、七香さん。お茶用意したけど……もう帰っちゃうかな?」

「せやな、お茶だけ飲ませてもろて……あ、せや。まろんって携帯持っとる?」

「え? うん。そう言えば番号交換してなかったね」

「桂木も持っとるよな? 交換しよ」

「生憎だが、僕は携帯は持たない主義なんだ」

「どんな主義やねん!!」

「メールアドレスならくれてやる。まろん、教えておいてくれ」

「いや、そのくらい自分で……まあいいか」

 

 七香がうちに突撃訪問してくる事は避けようが無いのでせめて時間が分かるようにメアドだけは教えておこう。

 こいつなら無意味なメールを送ってきたりはしないだろうからな。

 

「じゃ、そろそろ出かけてくる。またな」

「おお~、楽しんできぃや~」

 

 楽しむ、ねぇ……ま、どうせ行くなら楽しむ努力くらいはするか。







 休日から始まる話は安定の七香さんです。

 凄く今更な後出しですが、かのんなら『かのん用』と『まろん用』の2つの携帯くらい用意してそうな気がしますね。
 まろん用携帯が必要になる場面はそうそう無いのですっかり出し損ねてましたよ。


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01 尾行者たち

「やあ天理……ではなくディアナか。おはよう」

「おはようございます。時間ぴったりですね」

 

 天理の家の前まで行くと何故か天理ではなくディアナが待っていた。

 

「……天理はどうしたんだ?」

「恥ずかしがって脱出マジック用の箱に閉じこもっていたので私が強制的に眠らせて着替えさせてここまで連れてきました」

 

 少し前までは天理がディアナに抵抗したりしてた気がするが、今ではそんな事までできるらしい。

 天理は大丈夫なのか?

 

「そんな有様でデートなんてできるのか?」

「遊園地に入ってしまえば天理も逃げようとはしないでしょう。

 宜しくお願いしますね」

「貴様……デートを舐めているのか?」

「え?」

 

 全く、こいつはデートというものを『男女2人で遊園地で遊ぶだけの行為』だとでも思っているのだろうか。

 ハッ、聞いて呆れる。神とは言っても所詮は現実(リアル)の神だな。

 

「いいか? デートというものは出発してから帰宅するまで、いや、出かける前に服装に悩む所から帰ってきて余韻に浸るまでがデートなんだ!!

 今回の場合は天理がそこまで積極的ではないから理想的な始まりを求めるのは酷だ。しかし、移動イベントを飛ばして良い理由にまではならない。

 貴様如きには想像もつかないだろう。2人で駅へと歩く途中、電車に乗っている最中に交わされる会話が攻略においてどれだけの比重を秘めているのかを!!」

「よ、よく分かりませんが……要するに、デートはもう既に始まっているという事でしょうか?」

「まあそういう事だ。だからお前は引っ込んでおけ」

「言い方は気になりますが……一応天理の事を考えて下さっているようですね」

「フン、僕が関わるイベントのクオリティが低いのは気に食わんだけだ」

「妙なこだわりですね……分かりました。ではお任せしますね」

 

 ディアナが目を瞑ると頭のリングが薄れて消えていった。

 再び目を開いたのは、鋭い目つきの女神ではなく、きょとんとした顔の天理だった。

 

「えっ、あ、あれ? け、桂馬君!? 何で私の部屋に……って違う! ここ部屋じゃない!

 ええええっ、い、いつの間に!?」

「正真正銘意識を失ってたのか。大丈夫か?」

「え、えと、あの、その、な、何がどうなってるの?」

「そうだな……少し時間も押してるし歩きながらで良いか?」

「えっ、う、うん……」

 

 とりあえず、頷かせる事に成功っと。

 のんびり話ながら歩いていれば正気に戻って考える余裕ができる頃にはもう引き返そうと思わないくらいの場所に着いてるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ……一方その頃……

 

 

 七香さんが帰って行って、桂馬くんもでかけて、家には私1人になった時に携帯が鳴った。

 相手は、さっき番号を交換したばかりの七香さんだった。

 

「もしもし? 忘れ物でもしたの?」

『ちゃうねん。うち、今家の前におるねん』

「……メリーさんの真似?」

『ちゃうわい!! 単刀直入に言うで。桂木のデート尾行せえへん?』

「えっ? デートの尾行って……どうなのそれ?」

『面白そうやんか! あの桂木がデートやで!

 うちのカンが告げとるんや。あいつらを尾行せいって!』

「……七香さん、ヒマなの? 将棋の勉強とかあるんじゃないの?」

『今日は師匠も忙しいんでな。丁度ヒマしとった所なんや』

「そ、そうなんだ」

 

 うーん、大丈夫かなぁ……

 デートを見られる事自体は大丈夫だと思う。桂馬くんだし。

 だけど、地獄とか天界とかが関わるような事になる可能性も一応ある。一般人の七香さんを1人で尾行させるのはちょっと不安だ。

 ストッパー役は居た方が良いんだろうなぁ……

 

「分かった。それじゃあ私も行くよ。どうせヒマだし」

『よし来た! ほなら行くで!』

 

 そういう事で、桂馬くんと天理さんを尾行する事になった。

 べ、べつにデートが気になるんじゃないんだからね! 七香さんが変な事に巻き込まれないか心配だから付いていくんだからね! 勘違いしないでよねっ!

 ……私は誰にツンデレしてるんだろうか? こういうのは棗ちゃんの役割のはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

「へくちっ」

「あれ? どうしました棗さん。風邪ですか?」

「人の心配するヒマがあったら自分の心配をしなさい。その課題をあと15分以内に片付けないと死よりも恐ろしい罰ゲームが待ってるわよ」

「ひぃぃっ!! や、やります!!!」

「ったく、何で私がこのかのんもどきの面倒を見なくちゃならないのよ」

「うぅぅぅ……終わりそうにないです。棗さんも手伝ってくださいよ~!」

「アンタの為の課題なんだから1人でやらなきゃ意味が無いでしょうが!!」

「で、でもぉ……」

「……ああもうしょうがないわね! 少しだけよ! 少しだけ!」

「あ、ありがとうございます棗さん!!!」

 

 

 

 

 

 

 ……棗ちゃん、口調は厳しいし嫌いな相手には容赦しないけど身内に対しては何だかんだ言って優しいからね。

 今日もどこかでツンデレしてる気がする。本来の意味でのツンデレとはちょっと違うけど。







 『家に帰るまでが遠足です』という言葉も実はイベント後の余韻に浸る事を意味していた……? まぁ、実際には気を抜かずに事故とかに遭うなって意味でしょうけど。

 これまた今更な話ですが、筆者のイメージでは棗さんは中学2~3年生くらいです。
 年上のかのんは『棗ちゃん』と呼び、精神年齢が年下のエルシィは『棗さん』と呼んでいたりします。
 大人びているとはいえ中学生に余裕で負けるエルシィって……いや、今更だけどさ。


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02 それぞれの道中

「うーん、聞こえへんなぁ……何話しとるんやろ」

「な、七香さん。あんまり身を乗り出すと見つかっちゃうよ?」

 

 デゼニーシーは舞島市の隣の鳴沢市にある。頑張れば歩いていけない距離じゃないけど、電車を使って行く方がずっと楽だ。

 件のデゼニーシーは勿論、桂馬くんの家も何気に駅に近いからね。

 そういうわけで、今日の桂馬くん達も電車に乗っている。当然私たちも一つ隣の車両に乗り込んでいる。

 

「……ところでまろん、一つ訊いてもええ?」

「どうしたの?」

「……桂木たち、今日はどこまで行くつもりなんやろう?」

「知らずに尾行してたの!? って、そりゃ知らないか。

 デゼニーシーに行くって言ってたから次の次くらいの駅で降りると思うよ」

「へーそうなんか。

 ところで、もう一つ疑問があるんやけど」

「何?」

「……デゼニーシーって、何?」

「それも知らないの!?」

「まろん、声抑えて。見つかってまうで」

 

 何だか凄く納得行かないけど……確かに声量は抑えた方が良さそうだ。

 大声で呼び掛ければ伝わるくらいの距離と静かさだからね。

 

「で、話を戻すけど、デゼニーシーが何か分からないの?」

「おう、全く分からん。うち帰国子女やからな」

 

 それだったらまぁ、知らなくてもおかしくはないのだろうか?

 某ネズミがマスコットの世界的に有名なテーマパークではなく、そのパチモン……じゃなくて、オマージュしただけの遊園地だから鳴沢市にしか無いし。

 

「それじゃあ説明しておくよ。一言で言うと遊園地だね」

「おー、遊園地やったんか。デートの事はよう分からんけど、なんか鉄板な気ぃするな」

「桂馬くんらしく言うなら……

 『ベタなチョイスであり使い古されていて安定している場所だ。よって大失敗する確立は低く最低ラインは保証されるが大成功を狙うのも同様に難しい』

 って感じなんじゃないかな」

「……桂木の奴は何をもって成功って言っとるんやろうな?」

「攻略の進み具合にもよるだろうけど、攻略序盤ならとにかく強い印象を与える、中盤なら今まで溜めてきた『印象』を『恋愛フラグ』に変換する。

 終盤なら良い雰囲気で告白してハッピーエンドってところかな。例外も結構あるけど」

「……なんか、まろんが遠い……」

「あっ、ごめんごめん。デゼニーシーについてだったね。

 パチモ……妙な名前の割にはしっかりと遊園地やってるよ。結構広くて……ちょっと伝わりにくい例えだけど、1日で回りきるのは一般人にはまず無理なくらいだよ」

「一般人なら? 一般人じゃなかったら行けるん?」

「……桂馬くんレベルの人が分刻みの予定を組んで全力疾走すればね」

「まず無理やな」

 

 今日のデートで桂馬くんがあからさまな手抜きをするとは思えないけど、100%の全力を出すとも思えない。

 ほどほどに回ってお開きになるだろう。

 

「ところで、もいっこ気になったんやけど……」

「……まだ着かないみたいだね。今度は何?」

「デゼニーシーが凄いんは何となくわかったけど、デゼニーエーとビーはどこにあるんや?」

「アルファベットのCじゃないからね!? 海のシー(sea)だからね!?

 デゼニーシーは一つだけだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……何か聞き覚えのある声が聞こえたような……」

「え? そう? どんな声?」

「あ~、まあ気にするな」

 

 かのんの声が聞こえた気がするがきっと気のせいだろう。

 もっと別の……例えばちひろとかであれば僕を尾行しててもおかしくはないが、かのんの性格を考えるとそんな野次馬みたいな事はしないだろう。

 例外の可能性としては……記憶が戻っている場合か? 僕と恋愛していた記憶を持っていればこのデートが気になるのは当然の心理だ。

 だが、女神に関わる事でかのんが嘘を吐くとも思えない。やはり考えすぎだろう。

 

「どうかしたの? 桂馬君」

「おっとすまん。何でもない。

 ところで、天理はデゼニーシーに行った事はあるのか?」

「ううん、無いよ。ちょっと前に引っ越してきたばかりだからね。

 10年前はそもそも存在してなかった……と思うし」

「そう言えばそうだったかもな」

 

 現実(リアル)の遊園地なんて全く興味が無かったんで記憶が曖昧だが、数年ほど前に『遊園地ができた!』みたいな事を誰かが騒いでた気がする。

 まったく、そんなものゲームの中で行けば疲れもせず時間もかからないというのに。わざわざ騒ぎ立てるなんて理解できんな。

 

「それだったら……デゼニーシーに限らず遊園地に行った事は?」

「それも無いよ。近所に遊園地なんて無かったし、一緒に行く人も居なかったからね」

「そ、そうか……なんかスマン」

「え? あっ、ご、ごめん。気を遣わせるような事言っちゃって」

「……何だ、本人が気にしてないなら構わんさ」

 

 かのんと話してるときにその手の話題に触れるとたまにネガティブになるんでいつもの癖で謝ってしまった。

 天理はその手の話題は気にしないんだな。

 

 

 そんな感じでのんびり話していたら目的の駅まで辿り着いたようだ。

 

「んじゃ、行くか」

「う、うん!」







 次の駅で降りるのに長々と話をしているというのも不自然なので、いくつか駅を挟んでいるという設定にしておきます。
 原作4巻のカバー裏の地図では『新舞島駅』と『鳴沢駅』との間には駅は一切ありませんが……わざわざ電車で遠出してる感を出してるのに隣の駅なんていうのも虚しいのできっと省略されているんでしょう。きっと。
 そもそもあの地図、縮尺が不明なのでどのくらいの距離なのか分からないんですよねぇ。
 余談ですが、あの地図には若木先生の前作の舞台となる街である『木梢町(こずえちょう)』がさり気なく入ってたりします。神のみでラブコメってる裏側では壮絶なバトルが繰り広げられていたのかも……?

 デゼニーシーの設定は適当です。鳴沢市にだけしか無い設定の方が名前負けしてる感が出て面白そうかなと。
 野心溢れる鳴沢市市長が作ったという裏設定をノリでたった今作ってみたけど意味は多分全く無い。

 原作11巻で天理が『こんな風に大勢(3人)で遊ぶ事なんてなかった』と言っているので転校先では特に友達も居なかったもよう。
 一応2人で遊んでた可能性はあるけど、3人を『大勢』と表現する辺りでお察しですね。ディアナも含めれば一応4人ですが……そんな考え方をしても『大勢(マイナス)1名』で遊んだ経験が無さそうなのは結局変わらないという。
 かのんのボッチネタは本作ではちょくちょく出しますけど、天理の場合は過剰反応したりネガティブになるイメージが全く掴めません。流石は天理と言うべきなのか。


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03 デートの本気度

 チンピラに絡まれるといった妙なイベントは特に起こらずデゼニーシーに辿り着いた。

 休日だから結構混んでるな。

 

「んじゃ、何から乗りたい?」

「え? 桂馬君の好きなのでいいよ。私、よく分からないし」

「それはそうだが……パッと見で興味を持ったものとか無いのか?」

「えっと……ぜ、全部?」

 

 全部……そう来たか。

 前に挑戦してしっかりと全部回れた事があったので物理的に不可能という事は無い。

 しかし、体力的にかなり厳しい事になるので勘弁してほしい。

 

「……全部は厳しくないか?」

「そ、そうだよね。ごめん……」

「謝るな。今日はお前の為に来てるんだからいちいち謝る必要は無い」

「あぅ……ご、ごめん……」

「言った側から謝ってるな……」

「あっ、ごめ……じゃなくて、えっと……」

「まあいいや。とりあえず目についたものを適当に回るとしようか。それで良いか?」

「う、うん! えっと……ありがとう!」

「礼を言う必要もあまり無いが……まあいいか。行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、何か普通やな。桂木の事だから何か凄い事やらかすんやないかと思っとったけど」

「普通じゃない遊園地巡りって一体何?」

「そんなん分からんよ。普通やないんやから」

「そりゃそうだけどさ……」

 

 桂馬くん達を追って私たちもデゼニーシーの中まで入って来た。

 急にこちらを振り返ったり、あるいは全力疾走でどこかに行ったりしていないので私たちの存在は今のところはバレてなさそうだ。

 どういう風に回るのか見てたけど、普通のペースで歩いて近くのアトラクションに入ったようだ。

 

「至って普通だね……」

「せやな……ん?」

「どうかしたの?」

「そう言えば、桂木の奴ずっとゲーム持ちっぱなしやない?」

「? それがどうかしたの?」

「いや、デート中やで!? 何でずっとゲームしとるん!?」

「……何言ってるの七香さん。だって桂馬くんだよ?」

「そ、そうやけど……」

「むしろゲームしてない方がおかしいよ!!」

「そ、そうなん? そ、そう言われてみればそんな気も……せえへんわ!! おかしいやろ!!」

 

 あれ? おっかしいな。大抵の人はこれで納得すると思ったのに。

 そう言えば、七香さんとの対戦中はあの桂馬くんもゲームは中断してたっけ。七香さんはゲームしてない姿の方が見慣れているのかも。

 ……っていう事は、桂馬くんにとってデートよりも将棋の方が優先度が高いんだね。ディアナさんにバレたら凄く怒られそうだ。

 

「私たちの基準から見たら確かにおかしいけどさ。あれでも結構我慢してる方だと思うよ」

「そうなん……?」

「うん、だってあの自称神様、その気になれば6台同時にプレイしたりするから」

「あ り え ん や ろ !!!!」

「そんな事言われたって、事実だからね。

 そうだ、今度桂馬くんと将棋やるときはお互いに6面同時にやってみない? いつもとほぼ遜色ない指し筋が見れると思うよ」

「ホンマかいな……あ、でももしホントにやるんやったら3面か5面やな。3ー3とかなったら勝敗がつかななるから」

「確かに」

「最近師匠からもプロになったら多面指しする事もあるから練習しといてって言われたんで丁度ええな。来週が楽しみや。

 ハッ! 桂木の奴と指すだけやなくて鮎川ともいっぺんに指せば完璧に……?」

「それは流石に無理なんじゃないかなぁ……七香さんの容量的な意味で」

「うっ、せやな……せめて鮎川相手にいい線まで行くようになってからにしよか……」

「……むしろ桂馬くんと2人がかりで天理さんに挑むくらいでちょうど良かったりして」

「そ、それは流石にどうなん……?」

「……流石に過剰戦力か。それだったらもっと程々に弱そうな人と一緒に挑むとか?」

「せやな……かのんちゃんとか?」

「えっ?」

「ん? ああ、そう言えば一般にはまだ知られとらんかったな。

 有名なアイドルのかのんちゃん、実は将棋も指せるんやで」

 

 うん、知ってるけどさ。

 

「何か今度大々的に『顔良し歌良し性格良しの上に将棋まで指せるアイドル』として売り出すらしいで。

 『歌良し』って入っとる時点で本業は歌のはずなのに何やっとるんやろうな。ハハハッ」

 

 そんなの私が訊きたいよ。

 でも、七香さんは一応私の本業が歌だって把握してくれてるんだね。良かった……って言って良いのだろうか?

 

「そ、そうなんだ……でも、それって一般人の私に話して良かったの?」

「えっ? あ……」

「……聞かなかった事にしておくよ」

「す、スマン」

 

 

 そんな感じで、何故か将棋の話になっていたけど、アトラクションを終えた桂馬くんと天理さんが出てきたので一旦お開きになった。







 七香との将棋>ゲーム>>>(超えられない壁)>>>デート。
 ディアナさんに知られたらエラい事になりそうですね♪

 本来はプロ等がアマチュア相手に1対多でやる多面指しを1対1でやってどれくらい負荷が増えるのかは不明です。
 桂馬は落とし神モードで6面同時に攻略しつつエンディングのタイミングを合わせる余裕すらあるので1つの物事に集中するより並列思考させた方が効率は良さそうな気はします。


 今回のデートを書くにあたってデゼニーシーが出てきた11巻や15巻を読み返して、ちょっと遡って14巻を読んだりしていましたが、そこでウルカヌス様の驚愕の台詞を発見しました。
  『かのんトかいう歌手に浮気して!! (後略)』
 どうやら女神様にはちゃんとかのんが歌手だと判断できていたみたいです! いや~良かった良かった。

 台詞の揚げ足取りはともかく、原作者の若木先生もアニメ一期を見た後でもかのんの本業が歌手だという認識はしっかりあったみたいですね。


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04 別行動

 昼になったので昼食を摂る事にする。

 デートといえば女子からのお弁当なんかが定番だが、天理にはそんな物を作る心の余裕は無く、ディアナにそこまで気を利かせる事はできなかったようだ。

 だが、無いなら無いで構わない。デゼニーシーには食事が取れる場所がちゃんと用意されてるからな。

 

「何か食べたい物はあるか?」

「う~ん……桂馬君のオススメは?」

「そうだな……」

 

 ぶっちゃけた話、エルシィの料理かスミレの甘味ラーメンじゃないならどうでもいい。

 どうでもいいが……今回の場合はちょっとした紹介なら一応できるか。

 

「じゃ、あそこのホットドッグなんてどうだ?」

「大丈夫だよ。美味しいの?」

「普通のホットドッグだ。食べながら移動できる点が優秀だな」

「……選ぶ基準、そっち方面なんだね。いいけどさ」

 

 実際に食べた事があるものなら、一応紹介できる。

 前に来た時はかなり詰め込んだスケジュールだったからな。混んでなくて手軽なものを探してたら見つけた代物だ。

 今は全く急いでないからアレにする必要も無いんだが……空いてるみたいだし丁度いいだろう。

 

「じゃ、アレにするか。そうだな……2つくらいで良いか?」

「うん」

「買ってくるからその辺でちょっと待っててくれ」

「あ、ありがとう……あ、お金を……」

「大したものじゃないから気にするな……って言ったら逆に気にしそうだな。

 確か400円くらいだったはずだ。細かいのあるか?」

「えっと……大丈夫。お願いします」

 

 天理から400円を受け取って屋台へと向かう。

 何故か今日も人が全く並んでいなかったので待つ事なく買う事ができた。

 そのおかげかは分からないが、『1人で待たせている女子がチンピラに絡まれる』といったテンプレイベントは発生せずに済んだようだ。

 ……戻った時に、別に列に並ぶわけでもないから2人で行けば良かった事に気付いた。まあいいか。

 

「無事だったようだな」

「え? うん……?」

「さ、冷めない内に食べようか」

「うん」

 

 ゲームなんかでは食事中も会話イベントがあったりするが、現実(リアル)ではバグっているのか食べながら会話する事が不可能だ。会話してる間に勝手に食事が終わっててくれればいいのにな。

 そんなわけで特に会話もなくあっさりと昼食が終わった。

 

「ご馳走様でした。

 あっ、ごみ捨ててこようか?」

「ん? ああ、そのくらいなら僕が……」

「桂馬君はさっき買ってきてくれたんだから私が行くよ」

「……なら、頼もうか」

 

 そもそもゴミ箱もすぐ近く、普通に目の届く範囲にあるので誰が行こうと変わらない。

 目的が『屋台』から『ゴミ箱』に変わっただけでさっきのやりとりと変わらんな。

 

「捨ててきたよ」

「ありがとな。

 さて、この後はどうする? また適当に歩き回るか? それとも少し休憩にするか?」

「休憩か……そうだね。少し休もう」

「分かった。

 あ、そうだ。休憩の前にちょっとトイレ行ってくる」

「えっ? ど、どうぞ……」

「……混んでないといいんだがな。少し待たせるかもしれないから自由にしててくれ」

「? ……ああ、うん。分かった」

 

 伝わったようだな。じゃあのんびり行ってこよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちはまだ2人の尾行を続けていた。

 疲れたらお互いに交代で休憩を取ったり、昼食の時も私は見張りで七香さんが食料調達してきたり……

 ……どこの刑事ドラマの張り込みだろう?

 

 そんな感じで過ごしていたら私たちが丁度2人居た時に動きが見えた。

 

「どないしたんやろ、桂木の奴。鮎川をほっぽってどっか行くみたいやで?」

「デートの相手と別行動するケースは……ああ、そういう事か。多分分かったよ」

「ホンマか!?」

「確証は無いけど……多分お手洗いじゃないかな? 園内に入ってから1回も行ってないはずだし」

「はぁ~、確かに有り得る話やな」

「そしてこれも確証は無いけど、自分が行くって宣言して鮎川さんにもさり気なく促したんじゃないかな」

「……桂木の奴、何でそんな妙な気遣いができるん?」

「落とし神様だからね。

 それより、どっちを追う? 私たちも別れてもいいけど……」

「どうせすぐまた合流するやろうからわざわざ分かれんでもええか。せやな……」

 

 と、七香さんが少し迷った時、携帯が鳴った。

 私のではなく、七香さんの。

 

「ん? うちか。もしもし?

 ……え? あ、ハイ。分かりました。今すぐ行きます」

「どうかしたの?」

「あ~、スマンまろん。師匠が呼んどる。今すぐ帰らなアカン」

「塔藤先生が? それなら仕方ないね。気をつけてね」

「おう。そんじゃ、またな~」

 

 というわけで七香さんが帰ってしまった。私も帰るべきだろうか?

 ……このまま帰るのも癪だし、せっかくだからもうちょっと見ておこうか。







 今更ながら過去に書いたかのん編の曖昧な部分を脳内で補完しながら書き進めているという。
 昼食のシーンになって『あの時はどうしてたんだろう』と考えて、急いでいたから歩きながら食べられる物を……とか考えてたらホットドッグになってました。
 最初は1人1個だったんですが、流石に足りないだろう(特に天理)と判断して数を増やしてみたり。
 ……しかし、デートの食事がホットドッグ2つずつってどうなのだろうか? 攻略だったら特別な理由が無い限りやらなそうです。

 最初は天理が不良に絡まれるイベントを作ろうかと思いましたが、結局桂馬1人では対処不可能なので断念しました。
 仮にやった場合、ディアナさんが対処する事になるかなぁ。
 聖結晶を使う混合体さんとか、アイドルの王様な人とかが乱入する展開も考えてみたけど結局没に。彼らがこんな所に出てきたら物語が明後日の方向にぶっ飛んでいきそうな気がしたので。


 ホットドッグを食べるシーンで少し魔が差して天理に言わせようとした台詞。

「す、凄い! これ、ただのホットドッグじゃない!
 パンとソーセージ、その両方に絶妙な味の調整がされてる!!
 そのままだと自己主張が激しすぎてお互いに長所を潰しあってしまうけど、ケチャップに見える赤いソースとマスタードのようで違う黄色いソースが見事に調和させている!
 ありがとう桂馬君! こんな凄く美味しいものを紹介してくれて!!」
「あ、ああ……そうだな……どういたしまして」


 流石に没にしました。誰だお前って話になるし、この作品は一体どこに向かっているんだという話になるので。


『こっ、これはっ!!
 ただの見た目通りの食べ物ではありませんね。ただのホットドッグではなく
 (中略)
 私が封印されていた300年の間に人間の叡智はここまで進歩していたのですね! 素晴らしいです!!』
「ええかげんにせい」


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05 看破

 桂馬君がさり気なく、しかし分かりやすくお手洗い休憩を促してくれたのでそれに甘えさせてもらった。

 今日は朝から色々とあったけど、ようやく1人になった。

 別に桂馬君と一緒に居るのが嫌ってわけじゃない。むしろ幸せ過ぎて心臓が止まっちゃわないか不安になるくらいだけど……

 

「ディアナ、ちょっといいかな」

 

 今だけは、ちょっと1人で……ううん、ディアナと2人で話す必要があった。

 

『どうしましたか? 何か問題でも?』

「う~ん、問題と言うか何というか……

 あのねディアナ、ちょっとの間で良いから私が何をしていたかディアナが分からないようにする事ってできる?」

『分からないようにですか? 少々手間はかかりますが不可能ではないでしょう。

 しかし、一体何をするつもりなのですか?』

「……ちょっとね」

 

 ディアナとは10年間も一緒に居る。だから、記憶が筒抜けな事とか、感情の大まかな方向は読み取れても思考までは読めていないとか、そういう事は自然に知る事ができている。

 だから、今私が考えている事はディアナには伝わっていないはずだ。伝わってたらこんなに大人しくしてないだろうし。

 

『……分かりました。

 ただ、私にできるのはしばらくの間眠っている事と、その時の記憶を意識して見ないようにする事だけです。

 何かの拍子にうっかり覗いてしまう可能性もありますし、緊急事態であれば見る必要があるかもしれません。それでも良いですか?』

「それが精一杯なら。良いよ」

『では……しばらく眠ります。万が一何かあったら私を強く呼んでください。いいですね?』

「うん。

 ……ありがとう」

 

 返事は返ってこなかった。

 それじゃあ……行こうか。

 

 

 

 

 

 さっきの場所に戻ると桂馬君は既に戻っていて、ベンチに腰かけてPFPをいじっていた。

 私はその隣の、少し離れた所に腰かける。

 

「ただいま」

「おう、お帰り。少し休んだら出発するか」

 

 普通のデートだったらこういう時、お互いに雑談して楽しむんだろうけど、会話なんてしなくても私は隣に居るだけで十分過ぎるくらい幸せだし、桂馬君も幸せそうにゲームしてる。

 お互いに幸せなんだからそのままでも良いという気持ちもある。

 けど、気になった事があるんだ。

 ディアナにも時間を貰ったんだから、今、ここで訊いておかないと。

 

「……あのさ、桂馬君」

「どうした?」

「間違ってたら申し訳ないんだけど……

 ……桂馬君は、女の子とここにデートしに来た事があるよね?」

 

 返事は、無かった。無かったけど、今日はずっと止まってなかった桂馬君の手の動きが止まった。それで十分だ。

 

「デート、だけじゃないよね? 多分だけど……キス、くらいはしたんじゃないかな?」

 

 そこまで私が言うと、桂馬君はPFPを完全にしまいこんでこちらに向き直った。

 

「……何故、そう思った?」

「一つ一つ、順番に話させてもらうよ。

 まず、桂馬君はここに来た事があるのはすぐに分かった。受付でのチケットのやりとりとか、アトラクションの選択とか、その他諸々の動き澱みの無さと言うか……慣れてる感じがしたから」

「なるほど。続けて」

「うん。来た事があるのは分かった。けど、それと同時に何でだろうって思ったんだ。

 こういう言い方もどうかと思うけど、桂馬君が1人でこんな所に来るとも思えないし」

「ふむ、実に真っ当な意見だな。

 確かに、わざわざこんな場所に来るヒマがあるなら積みゲーの消化を進める」

「つみ……? まあいいや。

 1人で来るのが有り得ないなら、誰かと一緒に来たって事になるよね。

 一番真っ先に思いつくのは家族だけど……家族の誰かが誘っても桂馬君が付いていくとも思えないし、もし付いていっても入り口のベンチでずっとゲームしてそうだなって。

 だけどその場合、最初に言った『桂馬君はここに慣れている』っていうのと矛盾しちゃうよね」

「…………」

「だから、『桂馬君はここを回る必要があった』って事になる。ほぼ間違いなく、『誰かと一緒に』。

 でも、その回る理由って何だろうって考えたんだ。

 そしたら思い出したよ。『駆け魂の攻略』の事」

「……そこまで思い至れるということは……」

「勿論、駆け魂攻略における一番の方法も覚えてるよ。

 桂馬君は、この場で誰かと『恋愛』をしたんだよね?」

 

 そう考えれば、辻褄が合うんだ。

 桂馬君がここに慣れていた理由に、そして、時々懐かしそうな顔をしていた理由に。

 

「……1つ、訊かせてくれ」

「うん」

「……ディアナは今どうしてるんだ?」

「そこなの!? た、確かに大事だけど……

 ディアナは今は眠ってもらってるよ。今のやりとりの記憶もなるべく覗かないようにしてくれたし」

「手回しが良いな。グッジョブだ」

「って事は……そういう事なんだね」

「ああ、その通りだ。

 僕は駆け魂攻略の要となる手段として『恋愛』を使っている」

 

 推理から辿り着いていた事ではあった。

 けど、本人の口からハッキリと言われると……少し、ショックだ。







  注
 前にも書きましたが天理の勉強の評価値は最大値の『5』です。
 桂馬、栞、リューネといった化け物連中と同格の能力を持つ人外です。
 え? リューネさんだけ化け物の方向性が違う? ナンノコトカナー。

 ちなみに、二階堂先生と長瀬先生も5です。これを見た時最初は『あの脳筋たちが? 何か教師補正でもかかってるんじゃね?』とか失礼な事を思いましたが、よく考えてみると二階堂先生の本体は結構な策士だし、長瀬先生もクラスの生徒たち1人1人の名前や特徴をしっかり把握して管理するほどの能力を持っていたので結構正しい評価なのかも。

 あと、ハクアも評価値5だけど、『5』の人外感が薄れるので最後にチョロッと出してみたり。
 ついでに、最後以外は魔界での成績トップだったはずのフィオーレは何故か4。何かヤバい方法で強引に学力を上げていたのかもしれませんね。


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06 純真の器は過去を知る

 まさか駆け魂討伐の交換条件のせいで天理に『攻略』の事がバレるとは思ってもいなかった。

 普段大人しいせいで全く目立たないが、なかなかやるじゃないか。

 

「そう、お前の言う通り、僕はほんの2~3ヶ月ほど前にここに来た。ある女子と一緒にな」

 

 あの貞節の女神様が聞いていないなら隠す理由も無い。

 ……むしろ、巻き込まれただけの天理は全てを知っておくべきなのかもな。

 

「で、お前はそれを聞いてどうするんだ?」

 

 考えてみれば、天理単体としっかりと話すのはこれが初めてなのか。

 さぁ、聞かせてもらおうか。お前が一体何を考えているのか。

 

 

 

「私は……桂馬君が好きだよ」

 

 

「好きだから、一緒に居られたらいいなって思ってる。

 それこそディアナがいつも言ってるみたいに、結婚とか……できたら嬉しいなって、思ってる」

 

 

「けどそれ以上に……桂馬君に悲しんでほしくないんだ」

 

 

「今日、この園内を歩いてて、時々、桂馬君がどこか遠くを見ているような、少しだけ寂しそうな、そんな顔をしてる気がしたんだ」

 

 

「だから……知りたいんだ。ここで何があったのか、桂馬君がどんな事をしてきたのかを」

 

 

 

 天理の台詞は突然の告白から始まり、そしてゆっくりと紡がれた。

 好きだからこそ、一緒に居たいと思う前に悲しんでほしくない、か。

 ……愚かな事だ。エンディングがあってこその恋愛だろうに。

 

 だけど……ちょっと思い出した。

 突然の告白のせいか、それとも珍しい形の恋愛のせいか。

 

「……うちのクラスにな、どーしようもない奴が居るんだよ」

「へっ? うん……」

「部活にも入らず、頑張る事も無い。そのくせ人を悪し様に罵り、口を開けば誰がイケメンだと色恋の話ばかり。

 ……まぁ、今は半分くらい改善されてるんだが、そういうどーしようもない現実(リアル)女が居たんだよ」

「……何か半分くらい当てはまりそうな人を知ってるような……?」

「そんなあいつが質問してきたんだよ。『恋愛って何?』って」

「それは……言葉の定義を教えてほしいって事?」

「そういう事だ」

「……桂馬君は、何て答えたの?」

「恥ずかしながら、ちゃんと答える事ができなかった。

 ギャルゲーの神を自称しているくせに、その言葉の定義をしっかり把握できていなかったんだよ」

「そっか……それで、その後は?」

「……あいつはあいつなりの『恋愛』の定義をしっかりと確立したよ。

 確か……『一緒に居て、一緒に話して、一緒に口喧嘩して、それが楽しいと思った』って言ってたな。

 ある人と関わるだけで、その全てが楽しいと思える感情、それが恋愛だと」

「そんな人が居たんだね。

 その人が桂馬君と一緒にここに来た人?」

「いや、全く関係ない」

「関係無いの!? じゃ、じゃあ何でその人の話を!?」

「お前の話を聞いて、『恋愛の定義』の話を思い出しただけだ」

 

 天理の場合は、また別の答えを持っているんだろうな。

 一緒に居る事は絶対条件じゃない。ただ相手が幸せならそれで良い。それが、天理なりの恋愛なんだろうな。

 ったく、どんだけ欲が無いんだって話だよ。

 

「……話を脱線させてしまったな。ここであった事についてだったな。

 僕と一緒に来たのは僕の2人目の攻略相手だ」

「2人目? その2人目っていうのは……その……」

「両方だ。『駆け魂攻略』っていう括りでも、その頭に『恋愛による』っていう言葉を入れてもな。

 と言うか、その頃は恋愛による攻略しか知らなかった。あのアホエルシィのせいでな……」

「そ、そっか……あの、またちょっと脱線しちゃうけど、恋愛で攻略したのって……」

「……6人だ。ちなみに使わずに済んだのも6人。駆け魂の方から出てきてくれたのが1人だな」

「6……うん、分かった。ごめん続けて」

「2人目の攻略相手、お前も名前だけだったら知ってるかもな。

 そいつの名は『中川かのん』だ」

「中川、かのん……?

 …………っ!! ええええええっっっっ!?」

 

 天理はアイドルを追っかけて騒ぐような性格では決して無いが、それでもかのんの名は知っていたようだ。

 何者だよかのん。いや、アイドルだけどさ。

 

「あ、あの、な、中川かのん、さんって……あのアイドルの……?」

「ああ。ちなみに僕と同じクラスだ」

「同じクラスっ!? そ、そっか。アイドルだって高校生だもんね……」

「まあそうだな。

 あいつが駆け魂に取り憑かれている事が発覚して攻略に乗り出した。

 その攻略で最後に来たのがここだ。

 あの時は大変だったなぁ……1日で強引に全部のアトラクションを回ったから」

「……どうしてそんな無茶な事を」

「今思えばあそこまでやる必要な無かった気はするな。完全に無駄だったとは言わないが。

 でまぁ、色々とあって攻略は無事終了した。

 前にも言ったように、攻略対象者は記憶操作され、僕と関わる事は無くなる……と言うのが本来の流れだな」

「『本来の』って事は……その時は違ったんだね?」

「ああ。あいつが今名乗っている名も教えておこう。『西原まろん』だ」

「えっ? っていう事は……西原さんが、あのかのんちゃん……なの?」

「そういう事だ。地獄の変装技術って凄いよな」

「え、あの……それじゃあ、イトコっていうのは……」

「そういう名目で家に居候してるだけで、そんなのは真っ赤な嘘だ。戸籍で簡単に調べられる範囲でなら完全に赤の他人だ。」

「…………」

「ちなみに、エルシィが妹というのも嘘だ。っていうのはまぁ、分かっていたと思うが……」

「そっちは一応分かってたよ。悪魔が妹ってどう考えてもおかしいもん。

 でも……西原さんの方もかぁ……ディアナが聞いてなくて良かった」

「全くだな」

 

 ホント良い仕事をした。

 酷い言い方だが……ぶっちゃけ女神はその力以外は要らないな。

 他の女神はまともだと良いんだが……

 

「前にも言ったように、あいつは駆け魂狩りにおけるもう1人の協力者だ。

 なので、駆け魂の攻略が終わっても交流を断つ事は不可能だった」

「えっと……その、かのんちゃん……西原さんの記憶は……?」

「攻略に関してのものはきちんと操作されているらしい。

 ついでに言うと、女神も今のところは確認できてないそうだ。記憶が戻る事はほぼ無いと思っていいだろう」

「そっか……」

 

 記憶……か。

 記憶を失うという事はその人が死ぬのと同じだという言葉がある。

 あいつは……何かを残していったのだろうか?

 

「……桂馬君、桂馬君は……どう思ってるの?」

「ん?」

「西原さんの記憶、戻ってきてほしいと思ってる? それとも……」

「…………どうだろうな」

 

 どうなって欲しいのか、か。

 望んでいる、わけではない。いや、むしろ……

 …………

 

「それじゃあ、もう一つだけ。

 桂馬君は……その人の事が好きだったの?」

「……そっちなら満足に答えられそうだ。

 好きか嫌いかという極端な問いかけであれば間違いなく好きだと言える。

 ただ、恋愛的な意味で好きになった事は一度も無い。そう断言できる。

 以前も、今もな」







  筆者メモ:駆け魂狩りの手段内訳

 恋愛使用 :歩美・かのん・麻美・栞・スミレ・月夜
 恋愛未使用:結・ちひろ・七香・純・みなみ・美生
 未攻略  :梨枝子
 特殊   :棗・天理

 結とちひろの分類は少々迷いましたが、『キスをしたか否か』で判断しました。
 しっかし半分が恋愛未使用とは。神のみ原作は落とし神様による現実(リアル)女子の攻略物語だったはずなのに……


 天理がかのんをどう呼ぶか少々迷いましたが、ひとまず『かのんちゃん』にしておきました。
 名字とかよりもそっちの呼称の方をよく聞いていたと思われるので。
 なお、他の候補としては『中川さん』『かのんさん』『かのんちゃんさん』等。
 天理に天然属性とかを少々足せば『かのんちゃんさん』って普通に呼ぶ気がするけど、流石にちょっと違うかな~と。
 ……むしろエルシィとかの方がそんな呼び方をする可能性はあったのだろうか?

エル「香音(カノン)(チャン)さんって誰ですかぁ?」
桂馬「誰だよ!!」


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イリスの歌姫は聞いていた

「……すまないな。気を遣わせてしまったようだ」

「ううん、私が知りたかっただけだから。こっちこそ話したくない事を聞き出してごめんね」

「別に構わないさ。ディアナに伝わらないなら」

「……ホントごめん」

「お前が謝る必要は無い。

 しっかし、不幸だよな。お互いに」

「?」

「天界だの地獄だの、ミョーな連中の事情に巻き込まれてサ。

 遠い世界のいざこざに僕達を巻き込むなって話だよ」

「……でも、巻き込まれて良かった事もあるよ。

 だって……そのおかげで桂馬君と出逢えたから」

「……はぁ、お人好し過ぎるだろ。

 でもまぁ、そうだな。巻き込まれたからこそあった事。僕も少し考えてみるか」

「……きっと見つかるよ」

「だと良いがな。

 さて、そろそろ出発するか。行きたい所はあるか?」

「えっと……桂馬君のオススメで」

「お前そればっかだな……まあいいさ。

 じゃあ付いてこい」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの話、私が聞いて良かったのかなぁ……」

 

 全部聞かせてもらったよ。天理さんの告白の辺りからずっとね。

 『私』の攻略に関する事を桂馬くんの口から聞いたのは初めてだ。わざわざ私から掘り返す事でもないし、桂馬くんも避けてるふしがあったからね。

 『恋愛的な意味で好きになった事は一度も無い』とまで言われちゃいましたよ。あははっ、フラれたね。

 でも、桂馬くん気付いてる? 現実(リアル)の全てを見捨てていた桂馬くんがゼロ以外の評価を出すっていうのは十分に興味を持ってるっていうのと同じ意味だよ。

 『好きと嫌いは変換可能』なんて言葉を知らない天理さんすらもたぶん気付いたんじゃないかな。

 

 ところでさ……一つ気になる事があるんだ。

 桂馬くんは、『前の私』と『今の私』、どっちの方がより好きなんだろうね。

 ……なんて事を考えても意味は全くないんだけどさ。

 結局の所、私は私にしかなれない。他人になる事はもちろん、過去の私に戻る事もできない。勿論、演じる事なら可能だけど……それは考えなくてもいいだろう。

 今、ここに居るのは『私』だ。今現在の私がここに居るだけだ。

 だから、私にできる事を精一杯する事しかできないんだ。

 さしあたっては……

 

「……とりあえず、見つかる前に帰っておこう。

 そして桂馬くんから今日の話を聞いた時のリアクションをイメトレしておこう。そうしよう」

 

 私の正体を天理さんに話したことを桂馬くんが私に言わないという事は無いハズ。その時に上手く反応しないと……最悪バレる。

 今日、私がここに居た事は絶対にバレないようにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……その夜……

 

『天理、どうでしたか? 桂木さんとのデートは』

「あ、ディアナ。起きたの?」

『ええ。つい先ほど。結果は……訊くまでもないようですね』

「え? どうして?」

『今朝と比べて天理の愛の力は明らかに増しているのが感じられます。上手くいったようで何よりです』

「そうなんだ……」

 

 上手くいったわけじゃなかった気がするけど……

 でも、桂馬君に対して心境が少し変わったのは確かだ。

 現実に興味を持っていなかった桂馬君が、現実の女の子と恋愛しかけている。

 かのんちゃん……西原さんがうらやましいよ。

 でも、桂馬君が現実に興味を持てたっていう事は……もしかしたら、私にもチャンスがあるのかもしれない。

 お隣に住んで、時々話して、それだけでも満足できる。

 けど……もう一歩、踏み出してみようかなって。そう思えたんだ。

 

『おや? これは……』

「どうかしたの?」

『天理、少し身体を貸してください』

 

 私が頷くと同時に身体の主導権が入れ替わった。

 鏡の中から、ディアナの姿を仰ぎ見る。

 するとそこには……純白の翼があった。

 

『……綺麗』

「順調に力を取り戻しているようです。この翼があれば飛行も可能ですね。

 尤も、非常に目立つので限定的な状況でしか使用できませんが……」

『そうだね……でも、飛ぶ必要がある場面なんてそうそう無いから別に良いんじゃないかな』

「ふふっ、そうかもしれませんね」

 

 

 私の愛で蘇ったというその白い翼は、静謐に、神々しく輝いていた。







 少々短いですが以上です。
 いやーまさかこんな展開になるとは、本章を書き始めた当時は夢にも思いませんでしたよ。果たしてこれはデートの話だったのだろうか?
 七香が居なかったらかのんがデートに付いていく展開にはならなかったかもしれないし、ファンブックの天理の勉強の評価値が2か3くらいだったら看破もしなかったかも。まぁ、別の理由をこじつけて結局同じになってた可能性も十分ありますが。
 小説ってのは普通はプロット書いてそれに肉付けしていく物なんでしょうけど、筆者の場合はとりあえず始めてみてキャラの動きを想像するっていう感じで書いてるので予想もつかない方向にスッ飛んでいく事が多々あります。目隠ししてビリヤードの球を打つような気分です。


 さて、次は体育祭……の予定だったのですが……
 書き始めてみて体育祭と中間テストと舞校際の日程を確認したらかなり厳しいスケジュールになってしまいそうです。
 ざっくり説明すると、体育祭終了からテスト開始までの1週間で3人攻略するとかいう無茶な事に……
 現在、何とかする方向で考えてはいますが、もしかしたら楠編を先に持って来る等の措置を取るかもしれません。

 では、また次回お会いしましょう!


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おまけ もし遊園地に某洋菓子店が出店していたら

 本編の続きを期待した方はゴメンナサイ。ただのおまけです。

 感想欄で読者様からアイディアを頂いたので。
 時系列としては天理との話し合いが終わってかのんが帰った後になります。
 あくまでおまけなので本編には(あんまり)影響しないです。
 相当急いで作ったのでクオリティは気にしないでください。あくまでおまけです。
 ではどうぞ。




「さて、次はあっちに行くか」

「うん!」

 

 迷い無い動作で桂馬君が私を案内してくれていた。

 流石は慣れてるだけの事はあるね。

 

 そんな感じで過ごして、丁度3時頃だったかな。その店を見つけたのは。

 

 

『はい、大安売りだよー! 全部のケーキが300円引きだよー!』

 

 

 メガホンか何かで増幅されたその声は私たちが通ろうとした広場の隅っこから聞こえてるみたいだった。

 と言うか……ケーキ300円引きってどういう事? 400円のケーキが100円になっちゃうよ?

 

「桂馬君、あのお店って……」

「前回行ってここを通った時には無かったな。新しくできたのか、特定の時間限定なのか……」

「今の時刻は……ああ、3時だったんだね。おやつの時間限定って事?」

「分からん。興味があるなら行ってみるか?」

「うん、行ってみよう。300円引きっていうのも少し気になるし……」

「フン、どうせ元値がボッタクリ価格で、値引きって言葉で客を釣ってるだけだろう。

 1300円の所を1000円とかってな」

「そうかもしれないけどさ……とりあえず行ってみよう?」

 

 とりあえず行ってみる。そうすれば分かるはずだ。

 

 段々と見えてくる屋台みたいなテント、

 

 大きなガラスのショーケース、

 

 そして……ポツンと1個だけあるケーキ。ホールじゃなくて1ピースの。

 ショーケースが無駄に大きいせいで逆に寂しい事になってる。

 

 そして、値札……

 

「……1個、70000円……?」

「予想以上のボッタクリだったな!?」

 

 ななまん、ひく、さんびゃく、は……69700円。

 値引きって言葉で吊るっていうレベルじゃない。どう考えても高すぎる。

 

「おやお客さん、どうですか一つ」

 

 値段に固まってる私たちに店主らしき人、黒っぽい服でタバコを吸ってる怪しい人が声を掛けてきた。

 

「あ、あの……高すぎませんか? 普通400円くらいですよね……?」

「おお、よくぞ訊いてくれました。この値段には深い理由があるんですよ。

 うちの店は今は3人兄弟だけでやっているんですよ」

「? それが何の関係が……?」

「ケーキ製造の諸経費に生活費、学費に税金、バターの高騰に他のスイーツ店の増加、僕らを取り巻く状況はケーキのように甘くは無い。

 僕の弟の試算によれば、僕達に必要な金額は1月あたりなんと30万! 1週間だと約7万です!」

 

 7万? その数字って……

 

「というわけで、この値段なんですよ」

「1個のケーキで1週間分稼ごうとするなよ!!!」

 

 店主さんの暴論に桂馬君が鋭いツッコミを入れた。

 もしかして、ここは店じゃなくてパフォーマンスか何かをしているだけなんじゃないだろうか?

 

「ほら、今ならキャンペーン中なんで300円引きですよ?」

「0.4%値引いたくらいで変わらんだろうが! 消費税の1/10以下だぞ!!」

 

 ……と、とりあえず、別の場所に行こう。時間が勿体ないし……

 そう思った時だった。

 

「こらぁ!! なにフザケてるんですか兄さん!!」

「ごはぁっ!!」

 

 突然誰かがやってきて、怪しげな店主さんをぶっとばした。

 

「イタタタタ……突然何ですかセージ君。カルシウム不足ですか?」

「何でこんなバカでかいショーケース借りてるのに1つしか作らないんですか!!

 1種類だけっていう時点でそもそもあり得ないのに!!」

「こんなちゃんとした設備も無い場所でしっかりしたケーキがたくさん作れるわけ無いでしょう」

「じゃあ何でここに出店したんだよ!!」

 

 ……一瞬通報しようかどうか迷ったけど、どうやらお知り合い同士のようだ。

 と言うか、さっき『兄さん』って言ってたから、ただの兄弟喧嘩みたいだ。

 

「ああもう!! ああ、すいませんお客さん、このバカな兄さんが失礼な事を言わなかったでしょうか?」

「ああ……問題ない。フザケた事は言っていたが失礼な事は言ってなかった」

「フザケた事は言ってたんですね……ホントすいません。

 あ、そうだ。お詫びにこのクレームブリュレを……」

 

 弟さんはそう言いながらショーケースの中からケーキを取り出した。

 クレームブリュレって言うんだね。

 

「いいのか?」

「どうせこれ1個だけ売っても、普通の価格で売るだけなら大赤字なんで構いませんよ。ハハハ……」

「……流石にタダで貰うのはな……定価だとどのくらいなんだ?」

「うーん……腕だけは良い兄さんの技術と、遊園地っていう場所を考えると1000……は流石に多すぎるか。700円くらいですかね」

「そうか。なら400円だけ払おう。300円引きだとそこの店主が言ってたからな」

「えっ、いいんですか!?」

「ああ。これで」

「は、はい! ちょっと待ってて下さいね。包みますんで」

 

 そんな感じで、弟さんが慌しく包んでくれた1個のケーキを持って私たちは広場を後にした。

 

 

 

 

 

「……ねえ桂馬君、何でわざわざ買ったの?」

「ああいうスッとぼけた奴に限ってゲームだと重要キャラだったりするからな。

 このケーキも実は凄く美味いかもしれん」

「そうかなぁ……タバコ吸ってる怪しげな店主さんが作ったケーキだよ?」

「何だ、気付かなかったのか。アレはタバコじゃないぞ」

「えっ? じゃあ何なの?」

「線香っぽい匂いがしたが……何なのかは分からん。

 それより、食べたらどうだ?」

「桂馬君は食べないの?」

「僕は甘いもの苦手だからな」

 

 そう言えばそうだった。

 それじゃあ……頂こうかな。

 

「はむっ………………

 っっっっっ!?!?!? お、美味しい!! 凄く美味しい!!!!」

「そ、そんなにか?」

「うん! 今まで食べたどんなケーキよりも美味しいよ!!

 桂馬君も食べてみたら?」

「そこまで言うならそうするか。スプーン2個目は……無いか。ちょっと借りるぞ」

「うん……ん?」

「…………確かにケーキにしては美味いな。店の名前くらいは覚えておくか。

 ほら、返す」

「え、う、うん……」

 

 あの、桂馬君……? これって、間接……

 

「ん? どうした?」

「い、いや、何でもないよ。これはちょっと後で食べる事にするよ」

「そうか。んじゃ、次行くか」

「う、うん……」

 

 

 この後、ケーキとスプーンがどうなったのかは……皆さんのご想像にお任せします。







 何とか書けた!!
 1時間くらいで急いで書いたんで天理にかのん成分が混ざっちゃってるけど気にしないでください。

  補足
 神のみは土曜が休みじゃなかったりスマホがなかったりする世界なので消費税は5%としておきました。8%だったら『(割引額は)消費税の1/20じゃないか!』ってなってましたね。
 まぁ、7万に対する400は厳密には0.4%じゃないので結局『約1/20』みたいな表現になりそうですが。


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『思慮』の女神は邂逅を果たす
プロローグ


 色々とやってたら結構時間がかかってしまった……
 執筆順序が結局どうなったのかはご自分の目で確かめてみて下さい(笑)

 あと、章タイトルみてビビった方がいらっしゃるかもしれませんが、筆者のミスとかではないのでご安心下さい。僕自身も割とビビってます。




 うちの学校では、この時期は『フェスティバルロード』とか呼ばれているらしい。

 今週末に体育祭ことスポーツフェスティバル。

 それが終わってから一週間後にはプロフェッサーフェスティバル……中間テスト。

 更に次の週にはマイジマフェスティバル、『舞校祭』と呼ばれる文化祭。

 そんな感じのお祭り騒ぎが毎週繰り広げられる期間だ。

 なにもここまで集めなくても良かったんじゃなかろうか? ここの校長は何を考えているのやら。

 まあ僕には関係ないか。体育祭は突如インフルエンザと風疹と結核に感染して出れなくなる予定だし、テストはただのパズルだし、舞校祭は隅っこの方でゲームし放題だしな。

 今年の場合は女神について探るとかいう面倒な課題があるが……まぁ、気が向いたらでいいや。

 

 そんな感じで、体育祭について色々決める為に国語の時間を潰してHRを行っている。担任で国語教師の二階堂が授業時間を私物化したようだ。

 

「諸君、ベストメンバーで挑むように。そして1位を取るように。

 説明するまでも無いと思うが、体育祭は紅組・白組などという大雑把なチーム分けではなく各クラス毎のポイントを競うものだ。

 すなわち、この結果がクラスの評価と直結するのだ!」

 

 演説としてはなかなかだな。僕個人としてはクラスの評価なんざどうでもいいが、頑張る気になる生徒は多数居るだろう。

 

「そう、そしてクラスの評価は私の評価、私の査定に直結する。

 私の給料の為に勝て!!」

 

 おいおい……そういう意味かよ。

 下手に隠し事をしないのはある意味好感が持てるが……

 

 

「ん~、そういう事なら……」

 

 二階堂の発言を受けて前の方で司会進行をやってる女子(名前は忘れたが何かモブっぽい名前だった気がする)が黒板に名前を書いていく。

 100m走 高原歩美

 400m走 高原歩美

 1500m走 高原歩美

 二人三脚 高原 歩美

 

  ……以下略

 

 

 なるほど。司会のモブはどうやら本気で勝ちに行く気のようだ。

 僕としても競技に参加しなくて済むのはありがたい。

 ……が、そんな完璧な選択肢に文句を付ける愚か者が居た。

 

 

「待て待て!! コロす気かぁ!!!」

 

 

 ……選ばれたご本人である。

 そらそうだわな。そもそも個人競技以外の競技も結構あるし。

 棒倒しとかは『参加はできるけど非常に不利』で済むかもしれんが、二人三脚なんかは普通にルール違反だ。

 

 

「じゃあ、私が400m出るよ」

「おぉ京! よく言った!!」

「はいはーい! 私、バケツリレーやります!!」

「エリーも確定ね~。じゃあ次の希望者~!」

「よっし、じゃあオレは棒倒しやるぜ!!」

「立候補するまでもなく男子は全員参加だよ」

「何故だ! 何故この学園には玉転がしが無いのだ!!! オレはあの競技に魂を捧げたというのに!!」

「綱引きも無ぇぞ!! チクショウッ!!!」

 

 

 賑やかだな。鬱陶しい。

 それに比べてゲームは素晴らしいな。こんな喧騒とは無縁で居られ……

 

ガスッ

 

「ごふぁっ!!」

 

 突然頭に強い衝撃を受けた。何事かと思って後ろを振り向くとそこには目だけは笑ってないにこやかな顔のドS(二階堂)が居た。

 

「1人で関係なさそうな顔をして何をしている、桂木桂馬くん?

 言っておくが、体育祭は全員参加だ。団体競技以外の競技にどれか一つは参加するように。

 サボる奴はプロフェッサーフェスティバルが血祭りに変わるぞ?」

 

 ブラッディーフェスティバル……いや、ブラッディーカーニバルとかの方が良い翻訳かもな。

 まぁ、一応名前くらいは登録しておくか。どうせ両腕両足が複雑骨折して休む予定だからあんまり得点に関わらない競技……

 

「じゃ、僕は二人三脚で」

「はーい。オタメガは二人三脚ね。あと登録してないのは……えっと……」

 

 おや? まだ未登録な奴が居たのか。結構出遅れたと思ってたんだが。

 そう言えば、黒板もロクに見ずに配点の少ない競技である二人三脚を選んだが、僕の相方は誰だ?

 前の方を見て確認すると……まだ埋まってないようだ。

 更に黒板に視線を巡らせると、知ってる名前がまだ出てきてない事に気付いた。

 かのんの名が出てないのは当然だから良いとして、例えばちひろとかは……

 

「ちひろ! せっかくだからリレー出てみない?」

「えっ私が? あんまり自信無いんだけどなぁ」

「リレーは足の速さだけじゃなくてバトンパスの技術とかもあるからね~。経験者なら上手くやれるんじゃない?」

「私が陸上やってたのなんて何年前の話よ……まいっか。やってみるよ」

 

 ……ちひろも確定と。

 なお、リレーは決して個人競技ではないが、選抜メンバーによる競技なので二階堂が課したノルマはきちんと達成できるらしい。

 で、あともう一つ気になる名前があった。

 そっと後ろを振り向いてみると……彼女と目が合った。

 

「あさみん、まだ決まってないね。どーする?」

「……二人三脚で、お願いします」

「はいはーい。これで大体埋まったかな?」

 

 ……何らかの方法で病院送りになる予定だったというのに、どうも予定通りに進めるわけにはいかなくなったようだ。

 女神の第一候補者。そっちからコンタクトを取ってくるのであれば、受けて立とうじゃないか。







 原作の絵から確認できた競技は以下の通り(一部推測)

      100m走   クラス対抗(??)
大縄跳び  400m走   バケツリレー
棒倒し   1500m走   ヤスデ走
障害走   二人三脚   借り物仮装

 左上は全く不明、右上は『クラス対』までは読み取れます。
 右下の上は『ヤスデ』という文字が。何かと思ってググってみたらムカデの仲間みたいな虫の事みたいです。って事はムカデ走っぽいですね。
 右下は『借り物』という字が書いてあるのは確定なので『借り物競争』なのかと思いましたが……よく見ると『借り物仮装』って書いてあるような……着ぐるみで走る競技か何かでしょうか?
 他にも、実際にやってる競技の描写で『応援合戦』と『混合400mリレー』が確認できました。右上がクラス対抗リレーで、左上が応援合戦なら矛盾無く成立する? 応援合戦が全員強制参加とかならメンバーを選ぶ必要はなくなるので黒板に書く必要もなくなりますけどね。

 なお、これらの競技をどうやって30人に振り分けているのかは謎。勿論、棒倒しや大縄跳びにぶち込めば簡単ですが、それで良いなら桂馬がサッサと立候補しているはず。休んでも誰からも文句言われないので。


 ところで、ちひろの足の速さってどのくらいなんでしょうかね? 前にも後書きで触れたようにちひろは陸上経験者だったりしますけど。
 原作では桂馬と一緒に二人三脚をやってたわけですが…‥桂馬レベルまで鈍ってしまったのかもしれませんね。
 あるいは、桂馬に合わせられるレベルの技巧派……は流石に無いか。


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01 選択肢

「よし、メンバーは決まったようだな! この後の体育で特訓を行う!

 既に体育の木村先生には話を通してある!

 ……ああそうそう当日の『急病』は一切認めないから。ヨロシク」

 

 急病は無理か。ならやっぱり怪我だな。

 そんな揚げ足取りは置いておいておくとして……どうしたもんかな。

 

「かみさま~」

「ん? どうした?」

 

 考え事をしていたら最近出番が少なくなってきたエルシィが声を掛けてきた。

 念のため言っておくが変装したかのんではない。

 

「1つ気になった事があるんですけど、『二人三脚』って何ですか?」

「何だ、知らないのか?」

「はい、地獄の運動会ではそんな競技は無かったので。

 文字から察するに……2人の脚の本数を4本から3本に減らす競技でしょうか?」

「……間違ってはいないな」

「そうなんですか。でもどうやって減らすんでしょう?

 ハッ! ま、まさか、切り落として……」

「ギャルゲー定番の競技を勝手に猟奇的にするんじゃない」

「じゃあどうやって減らすんですか!」

「2人並んで、それぞれの足を1本ずつ結ぶ。それだけだ」

「1本ずつ結ぶ……う、うぅん……? よく分からないような……分からないような……」

「それ、どう転んでも分かってないな。あ~、そうだな……」

 

「実際に見せた方が早いんじゃないかな」

 

 突然、後ろから声が掛けられた。

 僕とエルシィがそちらの方を向く。そこには、僕の二人三脚のパートナーが。

 そう、吉野麻美がそこに居た。

 

「桂木君、二人三脚よろしくね。そろそろ校庭に行こうよ。

 エリーさんにも見せてあげられるし」

「……それもそうだな。百聞は一見に如かずだ。

 行くか」

 

 

 

 

 

   で!

 

 

 

 

「ほら、こんな感じだ」

 

 エルシィに実物を見せてやる。

 僕の左足首と麻美の右足首の所に先生から渡された布を軽めに縛り付けた状態だ。

 

「えっと……この状態で、走るんでしたっけ? 転びませんか?」

「ああ、失敗すると普通に転ぶぞ」

「うわっ、それって危なくないんですか?」

「……なるべく危なくならないように、白熱させ過ぎないようにこの競技の配点だけかなり下げられているという話を聞いたことがある」

「回りくどい対策ですね……」

「そもそも本当かどうかも分からんしな。

 それより、お前はお前の競技の練習に行かなくて良いのか? 確か何かのリレーだっただろ」

「あ、はい! バケツリレーです! 行ってきます!!」

 

 ザ・エルシィの競技って感じの競技だな。うちの学校、そんな妙な競技やってたのか。

 

「それじゃあ桂木君、練習始めよっか」

「……そうだな。一応やっておくか」

 

 今のところ、当日は休むつもりだが……女神候補を放置するわけにもいかないからな。

 

「桂木君は二人三脚をやった事は……無いよね?」

「フッ、見くびってもらってはこまる。二人三脚如き、毎回ハイスコアを出してるさ」

「……それって、ゲームの話だよね?」

「愚問だな」

「……と、とりあえずあの線の所まで移動しようか。

 右・左・右って号令をかけながら移動を……すると転ぶね」

「ん? ……ああ、確かに」

 

 結ばれているのは僕の左足と麻美の右足なので、『右左』という号令だと上げる足が食い違って転ぶハメになる。

 となると……

 

「内・外なら行けるな」

「そうだね。そうしようか」

 

 内・外・内……とつぶやきながら数メートルの距離を苦労しながらも移動する。

 ゲームではスタートラインから始まるというのに、現実(リアル)はクソゲーだな。

 

「何とか辿り着いたわけだが……お前、走れるか?」

「難しそうだね……もう少し歩いてみようか」

「……そうするか」

 

 ゲームではLボタンとRボタンを交互に押すだけで走れるというのに、これだから現実(リアル)は。

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりとだが確実に進む事によって何とかグラウンドを転ばずに1週する事ができた。

 が、それだけで僕も麻美も疲労困憊だ。少々休ませてもらおう。

 

「い、意外と、キツいな、二人三脚って」

「そ、そうだね……」

 

 足を結んでいる紐を一旦解いてグラウンドの隅の階段に腰かける。

 こんなの現実(リアル)でやるもんじゃないな。今年の体育祭が終わったらもう二度とやらん。

 

 それはさておき、ようやくのんびりと話せる時間が来たようだ。

 女神が居るのかどうか、白黒つけさせてもらおう。

 『女神は居るか』と問えばアッサリと分かる気もするが、隠れられてしまったら面倒だ。やはり、『記憶の有無』を探るのが遠回りに見えて一番堅実な手だろう。

 まずはそうだな……

 

「なぁ、1つ訊いてもいいか?」

「いいよ。何?」

「お前、どうして二人三脚を選んだんだ? 特に得意ってわけでもないみたいだが」

「それは……その……」

 

 おそらくは『僕と話す為』なんだが、実はもう一つ分かりやすい回答がある。

 単純に『他の競技が大体埋まっていたから』という。分かりやすい逃げ道が。

 だからこそ……僕はこういう台詞を選ぶべきなのだろう。

 

「ん? ああ、すまんすまん。よく考えたら訊くまでも無かったな。

 他の競技大体埋まってたもんな」

「えっ? そ、そうだね……」

「ああ、それじゃあしょうがないよな。他に特に理由も無いよな。

 ……それで良いのか?」

 

 その逃げ道を、塞がせてもらおう。

 肯定されてしまうとその逃げ道に逃すハメになるが……お前に女神が居るならそんな勿体ない事はしないだろう?

 踏み込むか、逃げるか、選んでみろよ。







 原作中に何故か存在する設定『二人三脚は点数にあんまり関係ない』に強引に理由を作ってみたり。

 原作を読み返すとグラウンド隅の階段に座ってたはずの桂馬とちひろが2コマ後にはグラウンドのトラックに居ます。
 相性最悪のあの2人が数メートル移動するだけでもかなり困難だと思われますが……一体何があったのだろうか?


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02 願いは記憶を呼び覚ます

 いつからだろう? 記憶が曖昧になったのは。

 いつからだろう? その記憶が段々と鮮明になっていったのは。

 

 数ヶ月前、私の誕生日が過ぎて少し経った後、何故か心が軽くなっていた。

 何かが、あったんだと思う。けど、その何かがどうしても思い出せなかったんだ。

 

 

 そして、何週間か過ぎた。それでもその時何があったのか、思い出せなかった。

 もう諦めかけていた。思い出せないって事は、やっぱり大した事じゃなかったんだろうって。

 でも、諦めたかけたその時だった。いつもと変わらない教室、いつもと変わらない風景。変わらなかったはずなのに……

 

 心が、ざわめいた。

 

 知っている。私は知っていたはずだ。

 教室の真ん中で、いつもゲームをしている彼の事を。

 何かがあったはずだ。大切な人だったはずだ。

 でも、何で? 分からない、分からない。

 

 

 幸運な事に、彼と話せる機会はすぐにやってきた。

 クラスメイトの女子数人を引き連れてどこかへと向かう彼を見て、気付いたら追いかけていた。

 私らしくもない。けど、そうしなきゃって思ったんだ。

 

 こっそりついていったはずなのにあっさりと見つかった。

 その時に、話す事ができた。

 

『えっと、その……私たち、どこかで会ったことって無いかな?』

『……同じクラスなんだから毎日のように教室で会ってると思うが?』

『そうじゃなくって、お話した事とか、何か助けてくれた事ってなかったかな?』

『日直とかそういう話か? 特に記憶に無いな』

『そうでもなくって……やっぱりいいや。ごめんね』

 

 何かがあったはずなのに、桂木君は何も知らない風だった。

 私の勘違い……だったのかな?

 

 

 解決の糸口は身近な所にあった。私の妹の郁美だ。

 私たち姉妹は仲が良い方だと思ってるけど、四六時中一緒に居るわけじゃない。

 だから、正直そんなに期待していなかった。

 

『ねぇ郁美、今年の6月半ば頃の事なんだけど……』

『え? ガッカンランドの事? どうかしたの?』

『えっ!?』

 

 妹は明らかに何か知ってるようだった。何でもっと早く気付かなかったんだろう? もっと早く気付いていれば……

 って、嘆いててもしょうがない。記憶が曖昧って事は一応伏せておこう。

 

『おねーちゃん? どうかしたの?』

『う、ううん、大丈夫。

 えっと……今度、お友達と一緒にそのガッカンランドに行くんだけど、どんな所だったっけなって思って』

『お~、お姉ちゃんも私以外のちゃんとしたお友達ができたんだね!

 ……何かちょっとさみしーなー』

『ご、ごめん……』

『ううん、冗談冗談。お姉ちゃんが楽しそうにしてる方が100倍嬉しいよ!

 いやー、桂木君には感謝だね』

『えっ? どうして桂木君が……?』

『どうしても何も、一緒に行ったじゃん。ガッカンランドに』

『っっ!?』

 

 確かに、居たんだ。間違いなく、居たんだね。

 でもどうして桂木君は何も言わなかったんだろう……?

 

『だ、大丈夫?』

『……大丈夫。ええっと……

 そうだ、どんなアトラクションが楽しかった? 郁美視点で』

『ん~、そ~だね~……』

 

 その後、郁美から色々と聞き出す事ができた。

 あの日の思い出を、余す所無く語ってくれたのだ。

 

『……って感じだけど、参考になった?』

『……うん、凄く参考になった。ありがとう』

『お安い御用だよ~』

 

 ガッカンランド……か。

 ……行ってみよう。

 

 

 妹から話を聞いた翌日、早速私はガッカンランドに行ってみた。

 夏休み中なせいか、学生っぽい人達で混み合っていた。

 あの時は、ここまで混んでなかった気が……あれ?

 あの時って、いつの事? 思い出せない。

 

 郁美から聞いた施設を回ってみた。水着で入るお化け屋敷、レストラン、カラオケ、ボウリング。

 見覚えがある気がする。気がするけど……思い出せない。

 次は確か……最上階のホールでかのんちゃんのゲリラライブをやってたはず。

 行ってみたけど……さっきまで感じていた既視感すら無い。

 印象に残らないわけが無いのに、やっぱりハッキリとした事は全然思い出せなかった。

 

 

 妹が言っていた場所は全部回ってしまった。

 これからどうしようかと悩みながらとぼとぼと階段を降りる。

 大抵の人はエレベーターを使っているので、わざわざ階段で降りる人は私以外には誰も居なかった。

 

「……あれ?」

 

 どうしてだろう? 既視感を感じた。かつてないほど、強い既視感を。

 振り返って、私が今来た道を、階段の上の方を仰ぎ見る。

 ……間違い無い。私は、ここに居た。

 

『帰るのかい?』

 

 その声は咎めるように……いや、違う。彼はただ純粋に質問しただけだった。

 

『ったく、バカだな。君が何か失言したらひとりぼっちになると、本気でそう思っているのか?』

 

 ……そうだね。あの頃は本気でそう思っていたよ。

 

『何故なら君には妹が居る』

『君は一人じゃない』

『勿論、僕も居るよ』

 

 どうして忘れてしまっていたんだろう。あんなにも暖かく、心強い言葉を。

 

『ありのままの君を受け入れよう。

 決して、君を見捨てたりはしない。

 さぁ、見せてごらん、君の本当の姿を』

 

 全部、全部思い出せたよ。桂馬君。

 

 

 そして、その時だった。

 階段の踊り場に設置されていた大きな鏡が、光に包まれた。







 回想は1話で片付けるつもりでしたが、かなり長くなったので後編……じゃなくて中編に続きます。
 郁美さんが回想の台詞だけだけど再登場させられました!

 何で階段の踊り場に鏡があるんだろうとか突っ込んではいけない。
 きっとアレです。ガッカンランドの奇策です! ほら、お手洗いに行かなくても髪を整えられるようにっていう。


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03 太陽神の巫女

 鏡から光が溢れた。あまりの眩しさに私は目を逸らした。

 数秒後、光が収まる。そこに映っていたのは……

 

『む? ここはどこじゃ? お主は……?』

 

 鏡が、いや、鏡に映っている私が動いていた。しかも何か顔に変な模様が付いてる。

 ……え? いや、落ち着いて考えてる場合じゃない。何だろうコレ。

 この施設の偉い人は頭のネジが何かもうおかしな事になってるから、その人が何か企てたのだろうか?

 いやいや、こんな誰も通らない所に妙な仕掛けを作っても意味が無い。

 何かの装置じゃないって事は……何だろうコレ。

 ……ああ、そうだ。きっと気のせいだ。疲れてるんだ。今日はもう帰って寝よう。

 

『ちょ、ちょっと待つのじゃ! どこに行くのじゃ!? おーい!!!』

 

 気のせい気のせい。

 建物を出る時も、家への帰り道でも、何か聞こえたけど間違いなく気のせいだ。

 

 

 

 

 

   で!

 

 

 

 

 

 無事に家に辿り着いた。

 

「ただいま」

「お帰りお姉ちゃん! どこ行ってたの?」

「ちょっと、ガッカンランドに……」

「あ~、お友達と行くのって今日だったんだね。楽しめた?」

「う、うん……」

 

 そう言えばそういう事になってた。ごめん郁美、嘘ついちゃって。

 

「ちょっと、部屋で休んでくる」

「え? うん。大丈夫?」

「大丈夫。(……多分)

「それ、大丈夫じゃないような……何かあったら呼んでね」

「うん。ありがと」

 

 自分の部屋に入って、扉を閉めて、鍵は……閉めたいけど付いてない。

 だけど、郁美が突然入ってくる事は……あんまり無いから大丈夫だろう。

 部屋に置いてある鏡の前にそっと座る。

 

『うむ、ようやく目を合わせてくれたのぅ』

 

 ……やっぱり気のせいじゃなかったみたいだ。いや、分かってたけどさ。

 

「あなたは……何なの?」

『何と問われてものぅ。お主らはそう問われて満足に答えられるのかや?』

 

 ……確かに、突然そう言われても答えるのは難しいかも。

 でも、こっちは正真正銘何も分からないわけで、何を質問していいのかもわからない。

 うーん、だったら……。

 

「それじゃあ、まずあなたの名前は?」

『うむ、それなら答えられるぞい。

 我が名はアポロじゃ!』

「アポロ……? 神様の名前……?」

『知っておったか。流石は妾じゃな!』

「って事はあなた、神様……なの?」

『その通りじゃ。妾は天界の女神ぞよ!』

 

 何か……胡散臭いな。

 何故だろう、目の前のこの自称女神からはそこはかとなくポンコツ臭がする。

 

「うーん……神様って事は何か凄い事ができるの?」

『勿論じゃ! と言いたい所じゃが……どうも力が衰えているようじゃ。大した事はできそうにないわい』

「……胡散臭い」

『なんじゃと!?』

 

 あ、口に出てたみたいだ。

 でも、胡散臭いものは胡散臭いんだから仕方ない。

 

「……うん、とりあえず神様なんだね。そういう事にしておこう」

『本当に神なんじゃがのぅ……』

「うんうん、で、どうして神様がこんな所に居るの?

 と言うか、どこに居るの?」

『う~む、一応、お主の中に居るようじゃな。鏡や水面等があればそちらのお主の身体を借りて話せるようじゃ。

 どうしてここに居るのかという事じゃが……何かが起こって何かが起こってこーなった! という感じじゃ!』

「何が起こったの! 何が!!」

『すまぬが妾にも分からんのじゃ。ヴァイスどもを封印した所までは覚えとるのじゃが……』

 

 ヴァイス……? またよく分からない単語が出てきた。

 ……うん、今日はもう休もう。疲れた。

 

『む、どうしたのじゃ?』

「今日はもう休む……続きはまた今度ね」

『そういう事なら妾も休むことにしよう。妾も少し疲れたのじゃ』

 

 私は鏡の前から離れてベッドに飛び込んだ。

 そして、そのまま眠りに落ちた。

 

 

 ……少ししたら夕ご飯ができたって起こされたけどね。

 

 

 

 

 

  ……数日後……

 

 まだ夏休み中で時間はありあまっていたので、アポロから様々な話を聞く事ができた。

 とは言っても、本人もとい本神が結構説明下手だからかなり苦労したけどね……

 

「それじゃあまとめてみるよ。

 まず、この世界は『天界』『人間界』『冥界』に分かれてて、ここは人間界なんだね」

『ほぼ間違いなくそうじゃな。妾の仲間の気配も感じぬし、悪魔どもの気配も感じぬからのぅ』

「で、アポロは天界の女神様で、6人の姉妹達と一緒に悪い悪魔を封印していた」

『う~む……まあそうじゃな』

「でも、気付いたら私の中に居た」

『そうなのじゃ。気付いたらここにおったのじゃ』

「そして神様らしい力もほぼ失ってる」

『うむ! ちょっとした占術くらいしかできぬようじゃ!』

「……で、その復活の為のエネルギー源は……」

『うむ、『愛』じゃ!

 お主のおかげで少しずつじゃが力が戻っておるぞ』

「…………」

『むぅ~、何じゃその不機嫌そうな顔は。すこし前まではこの手の話題を振ると顔を真っ赤にしておったのに』

 

 最初にその話を聞いて、桂馬君の事について指摘された時はアポロが言うような反応をしてしまったけど、何かもう慣れた。

 恥ずかしくないわけじゃないけど、慣れた。

 

「……あなたに関してのまとめは終わり。

 それで、私についてなんだけど……」

『うむ。ちゃんと覚えておるぞ。

 特定の期間の記憶が曖昧だったという事じゃったな』

「うん。その記憶が戻るのとほぼ同時にあなたが現れたんだけど、何か関係があるの?」

『妾の専門は神託と医術じゃからな。その辺の原因を突き止めるなど造作もない!

 ……と、言いたいのじゃが……』

「……ダメだったんだね」

『う、うるさい! ちょっと力が足りんかっただけじゃ!

 お主がもっと愛の力を出してくれれば何とかなったんじゃ!』

「はいはい」

『適当な返事じゃな……あ、でも何も分からなかったわけではないぞい。

 お主の記憶を少し探ってみたが、何か妙な印象を受けたのじゃ』

「妙って?」

『言葉にしようとすると難しいのじゃが……何か正常でないような違和感を感じたのじゃ』

「…………はぁ……」

『し、仕方ないじゃろう! それに、妾だからこそここまで分かったのじゃぞ!

 妾の他の姉妹だったらこうは行かんわ!!』

「……ホントに?」

『ホントじゃ!

 あ、でも、ディアナかメルクリウスでも居れば何か良い知恵を出してくれたかもしれんのぅ』

「あなたの姉妹だっけ? どこに居るかは分からないの?」

『分からんぞよ!』

「……どうやって探せば良いのかも……」

『分からんぞよ! 自分で言うのもどうかとは思うが妾はバカじゃからな!!』

「…………はぁ」

 

 どうしよう、ホント。







 アポロが『思慮』なのかと疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。なので、女神が司るものについて筆者なりの意見を……まとめようとするとかなり長くなったので活動報告にまとめておきます。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=189076&uid=39849


 アポロの一人称は原作では平仮名で『わらわ』ですが本作では『妾』と変換してます。
 桂馬が『ボク』ではなく『僕』な時点で今更ですけどね。ちなみにミスではありません。


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04 そして少女は踏み出す

 アポロなんて居なくて全部私の気のせいだった。

 ……なんて事は無く、夏休みが終わる頃になってもずっとアポロは居た。

 なお、最初の方は鏡とかを通さないと話せなかったけど、その頃には心の中だけで会話できるようになってた。

 

『もうすぐ学校が始まるのぅ。ようやく桂木に会えるのぅ』

「……そうだね」

『……? いつもみたいに睨まれるかと思ったのじゃが……』

「そう思うならからかうの止めようよ」

『前向きに善処するのじゃ!

 で、どうしたのじゃ?』

「……私の記憶の事なんだけど、もしかしたら桂馬君が何かしたんじゃないかと思ってさ」

『むぅ? 桂木はただの人間なんじゃろう? そんな事ができるとは到底思えぬのじゃが?』

「そりゃそうだけど……曖昧になった私の記憶は全部桂馬君が関わってる物だよ?」

 

 桂馬君が記憶を奪った犯人だとすると、不用意に話しかけるのは危ない気がしなくもない。けど桂馬君が悪い人とも思えないし、ああでも……

 

『……お主、桂木と話すのが恥ずかしいから妙な理屈をこねくり回しているだけなのではないかや?』

「っっ!? そ、そんな事ないもん!」

『妾の耳には全力で肯定しているように聞こえるのじゃが……まあええわ。お主のペースで話せば良かろう』

「……そうするよ」

 

 でも、実際問題どう話しかければ良いんだろう?

 桂馬君も忘れてるのか、それとも忘れてるフリをしてるだけなのか……

 ……はぁ、分からないことだらけだよ。

 

 

 そんな感じで2学期はスタートした。

 

 

 

 

 

 

 2学期が始まってから数日後、私が一応副部長をやっている軽音部のメンバーから声が掛けられた。

 

「かのんちゃんに会いたいかー!」

「……京さん、何事?」

「何故毎回私が説明を……いや、良いんだけどさ。

 簡潔に言うと……うちの部活の会計が何故かかのんちゃんだった。

 明日会計の仕事をしにうちの部室に来る事になった。

 折角だから麻美さんも誘った。以上」

「えっ? かのんちゃんが会計……? いつの間に?」

「何か桂木と個人的な知り合いらしいよ~。詳しくは知らんけど」

 

 桂馬君、いつの間にかのんちゃんと知り合いになってたの?

 ……そう言えば、郁美によれば例のガッカンランドにはかのんちゃんも来てたんだっけ。私は見てないけど。

 2人が知り合いならかのんちゃんの方も何か関係が……って言うのは流石に考えすぎなのかな。

 ……まあいいか。とりあえず会ってみよう。アイドルと会える数少ない機会だし。

 

 

 

 

 

 というわけで翌日。

 

 ……何故か、かのんちゃんが窓から入って来た。

 

『人間界のあいどるとやらは只者ではないのぅ』

(いや、普通こんなんじゃないから!!)

 

 冷静に考えれば同じ階の別の教室からベランダに出て、そこからこの部屋のベランダまで歩いてきたんだと分かるけどアイドルに突然やられるとインパクトが凄い。

 

『ところで一つ確認しておきたいのじゃが、あのかのんちゃんとかいう者は本当に人間なのかや?』

(えっ? そりゃそうだと思うけど……)

『ふぅむ……しかし、これは……』

(どうかしたの?)

『……あの娘から妙な力を感じるのじゃ。

 冥界の悪魔達が使う魔力と、妾たち天界の女神が使う理力とが混ざり合ったようなそんな気配をのぅ』

(つまり……どういう事?)

『妾にも分からぬ! 片方だけならまだしも両方の気配がするってどういう事じゃ!

 どちらかと言うと理力の方が強い気はするのじゃが、かと言って無視できるほどの魔力ではないわい。

 確実に言えるのは、あやつは只の一般人ではない事だけじゃ』

(じゃあ、もしかして私の記憶喪失にも関わってる……?)

『可能性はあるのぅ……』

 

 ど、どうしよう……ガッカンランドの事を訊き出す気満々だった……って程じゃないけど、普通に話してみる気だったのに……

 どこまでかのんちゃんに話して良いんだろう? もしかすると記憶喪失のフリをしてた方が良いの!?

 あ~、う~ん……でも……

 

 

 ……結局、私が取った行動は何とも中途半端なものだった。

 かのんちゃんに桂馬君の事を質問して、ガッカンランドという具体的な地名をボカして何かあったか知らないかと質問するという。

 もし知っているなら地名をポロッと出してくれる……なんて策謀を巡らせてたわけではないけどさ。

 

『敵なのか味方なのか、ハッキリしてほしいもんじゃな』

(……そうだね)

 

 

 

 

 さて、長かった回想は終わってようやく現在に戻る。

 体育祭の種目決めで、私は桂馬君と同じ二人三脚を選んだ。

 そうすると当然、練習では一緒になる。そして話す時間もできる。

 

「なぁ、一つ訊いてもいいか?」

「いいよ。何?」

「お前、どうして二人三脚を選んだんだ? 特に得意ってわけでもないみたいだが」

「それは……その……」

 

 実の所、選んだ理由の9割は他の競技が大体埋まってたからだったりする。

 

「ん? ああ、すまんすまん。よく考えたら訊くまでも無かったな。

 他の競技大体埋まってたもんな」

「えっ? そ、そうだね……」

「ああ、それじゃあしょうがないよな。他に特に理由も無いよな。

 ……それで良いのか?」

 

 問題は、残りの1割。

 桂馬君に試されている気がした。私がどういう選択をするのかを。

 

『どうするのじゃ? 妾はお主に任せるぞい』

(……正直な所、もう妙な事で悩みたくない。手がかりが足りてない事をぐるぐると考え続けるのは疲れた。

 それに、折角桂馬君から話すきっかけを作ってくれたんだ。話してみる事にするよ)

『うむ! 妾には大した事は出来ぬが、せめて祈っておくとしようぞ』

(……ありがとう、神様)

 

 

「それじゃあ……聞かせて欲しい事があるんだ。

 ガッカンランドでの事を、あの日にあった事を」

 

 その台詞を聞いた桂馬君は、驚いた顔をした。

 そして、満足そうに頷いたのだった。





 上から7行目のアポロの台詞は最初は『前向きに善処する所存じゃ!』だったのですが、何か早口言葉みたいになって音読すると凄く違和感があったので没になりました(笑)

 『魔力』と対を成すであろう女神達の力に名前が無いと不便だったので『理力』という呼称を急遽作ってみました。公式名称って多分ありませんよね? 強いて挙げるなら『女神の力』とか『愛の力』とかですかね。
 この呼称は実は結構迷いました。『天力』とか『法力』とか『天使力』とか『神聖力』とか『神力』とか『聖力』とか……
 今回の話で初めて『悪魔の力』と『女神の力』とを区別する必要がある台詞が出てきた(はず)なので、これに合わせて遡って修正する必要は無い……はず。



  追記

 読者の方にご指摘を受け、原作を読み返してみたら9巻に『霊力』という単語がありました。これが公式名称っぽいですね。

  更に追記

 読者の方に更にご指摘を受け、原作15巻のウルカヌス様の台詞に『理力』という単語が発見されました。どっちが正しいんだろうコレ。
 とりあえずカッコいいので『理力』の方を採用します! お騒がせしました……


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05 脇役と主役

 吉野麻美はキーワードを口に出した。だが、まだ記憶が戻っていると断言する事はできない。

 何故なら、場所の名前くらいなら妹の郁美から聞いただけの可能性があるからだ。

 

 だが、麻美が確実に踏み込んできたのは確かだ。今の台詞を放つ時にどんな思惑が、どれだけの葛藤があったのかまでは僕には分からないが……誠意を持って歩み寄ってきたのは確かだ。

 だからこそ僕も踏み込もうじゃないか。

 

「……ウルカヌス、アポロ、ディアナ、ミネルヴァ、マルス、メルクリウス。

 この6柱の女神たちは『ユピテルの姉妹』と呼ばれているそうだ」

「えっ?」

「彼女たちは古き時代の悪魔たちを封印する為の人柱となっていた。

 だが、封印は破られ、封印されていた大量の悪魔の魂は人間界に流れ着いた。

 そして、人柱となっていた女神の魂も」

「…………」

「この流出した悪魔の魂に対して、新悪魔たちが支配する新地獄の連中は指を咥えて眺めているわけではなかった。

 彼らは『駆け魂隊』と呼ばれる組織を編成して旧悪魔たちを捕縛しようとした」

 

「だが、旧悪魔たちの潜伏場所が問題だった。

 連中は人の心のスキマとかいう厄介な場所に隠れた。

 そいつらをどうにかするには、その心のスキマを埋めてやる必要がある」

 

「新悪魔たちも頑張ってはいたんだろうな。だが、人の心を一番理解しているのは人だ。

 彼らは人間の協力者を集めた。スキマを埋めさせるために」

 

「その協力者の1人が僕だ」

 

 

「……これがとりあえず僕の立ち位置の説明だ。理解できたか?」

「ちょ、ちょっと待って!

 えっと……旧悪魔と新悪魔が居て、桂馬君は協力者……? っていう事はえっと……

 ……け、桂馬君は、女神さまの敵の敵って事……なの?」

「そうだな。その表現が僕の立ち位置を最も良く表している。

 さてと……これで良いか」

 

 懐からPFP(予備)を取り出して麻美との間の地面に置く。鏡の代わりだ。

 

「ディアナの場合は鏡越しに会話できたんだが、お前の中の女神はどうなんだ?」

「えっ!? ど、どうして……」

「ん? ああ、少し急ぎすぎたか。

 お前の中に女神が居る事は僕の中では99.9%確定だ。

 地獄だの天界だの、あんな妙な話をすんなり受け入れるには予備知識が必要だからな」

「……す、凄いね桂馬君、そこまで考えてあの話を?」

「まぁ、な。で、居るんだろ女神さん。

 話したくないなら無理強いはしないが……」

 

 と、僕が言い切るよりも前にPFPの画面に映る麻美の輪郭が光り出した。

 光が収まると、目の下に妙なペイントをしたノーテンキそうな顔が現れた。

 

『まさかお主が冥界の関係者じゃったとはのぅ……』

「ふむ……不要だとは思うが改めて自己紹介しておこう。

 桂木桂馬だ。駆け魂隊の協力者という立場で地獄に関わっている」

『妾はアポロじゃ! 宜しく頼むぞ桂木よ』

 

 アポロ……太陽神として有名な神だな。

 ユピテルの姉妹の次女か。もっとも、彼女たちは本当の姉妹じゃないらしいが。

 妹のディアナは目つきがキツくて厳しい感じだが、このアポロは何か緩そうだな。

 フェイスペイント付けてて爺口調という女神……ディアナに比べてかなりキャラが立ってるな。

 

「……まあ、アポロの事は置いておくとして……」

『なんじゃと!? どういう意味じゃ桂木!!

 ちょっ、待っ!!』

 

 アポロが映っているPFPを懐にしまいこむ。

 女神の存在を確認したのは僕個人の用件だ。これ以上の話は今はまだ要らない。

 

「お前にとっては女神だの悪魔だのなんていう遠い世界の話はどうでもいい、女神なんて脇役だ……とまでは言わないが重要じゃないだろ?

 次はあの日の事を話そう。そっちの方が、お前にとってはよっぽど重要のはずだ」

「……そうだね。桂馬君はずっと全部知ってたんだよね?」

「ああ。あの日、誰のどんな思惑が働いていたのか、そしてお前が何に巻き込まれたのか」

 

 記憶を持っている事が確定なら、遠慮する必要は全く無い。

 誠心誠意、正直に話すとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 桂馬君は、ゆっくりと語り出した。

 

「さて、あの日についてだな。

 あの日、ガッカンランドで起こった事は大体は僕が仕組んだ事だ。お前の妹にも少し協力してもらったがな」

「郁美が? どうして……」

「どうしても何も、お前が抱えてた問題を解決する為だ。

 他人とまともに話す事ができないっていう問題をな」

「えっ……?」

 

 確かに私はそういう問題を抱えていた。あの日を境に完全に治った……わけではないけど、体調を崩して戻すような事は無くなった。

 けど……何だか話が急に飛んだ気がする。地獄がどうこうとか、女神がどうこうといった大掛かりで遠い世界の話だったはずなのに、急に手の届くちっぽけな……いや、私にとっては全然ちっぽけじゃなかったけど、比較的ちっぽけな話になった。

 

「不思議そうな顔をしてるな。スケールが小さいとでも言いたそうだ。違ってたらスマンが」

「ううん、違ってないよ。違ってないけど……」

「それについては、僕の目的を理解すれば自ずと理解できるだろう。

 僕の目的はただ一つ、『駆け魂を攻略する為』だ」

「かけたま……?」

「さっきサラッと説明したが、駆け魂とは古き時代の封印されていた悪魔の魂だ。

 ホラ、アポロが封印してたっていう存在。アレだ」

「封印されていた悪魔……? 何だか凄く怖そうだね……」

「ん? ああ、安心しろ。字面だけ見たらラスボスか隠しボスにでもなりそうな存在だが、今話してる悪魔はそこまで凶暴な奴じゃない。

 肉体も能力も失って命からがら人間界に流れ着いたような存在だ」

「あ、そうなんだ。それなら安心だね」

「……質が悪い代わりに数は多いけどな。(6万匹くらい)

「えっ? 何か言った?」

「いや、何でもない。

 で、その薄っぺらい存在である駆け魂だが、あいつらは厄介な場所に潜伏する。

 そう、『人の心のスキマ』っていう厄介な場所にな」

「心のスキマ?」

「ああ、僕も最初そんな反応をした記憶がある。

 凄く雑に言い換えるなら、連中は人の『悩み』の中に隠れる」

「……その表現なら何となく分かった気がするよ」

「そんな場所に隠れられたら手出しなんてできない。

 だから、その悩みを消してやる事で駆け魂を心から追い出すわけだな。

 これで理解したか? 僕の目的が『お前の悩みを解消する事だった』と」

「うん、よく分かったよ。

 ……居たんだよね? 私の心の中に、駆け魂が」

「そういう事だ。

 悪魔の魂だとか大仰な言葉を使っても結局は人の心の問題に落ち着く。だから、スケールの割には身近な問題に落ち着くワケだ」

 

 その駆け魂を放置していたら……どうなるのかは良く分からないけど、女神様が封印していたような存在だ。何か悪い事が起こってたんだろう。

 私はあの日、助けられてたんだね。2重の意味で。

 

「でも……1つだけ、訊いてもいい?」

「……どうぞ」

「その……えっと……」

 

 凄く訊きにくい質問だけどさ……やっぱり確認しないとダメだよね?

 

「……ど、どうして、私に、キス……したのかなって」

「……人の心のスキマを埋める、最も有効な手段って何だと思う?」

「えっ? うーん……?」

 

 質問したはずなのに逆に質問されてしまった。

 そんな事言われてもそもそも心のスキマが何なのか上手く把握できてないし……

 

「……答えは、『恋愛』だそうだ」

「……れん……あい……?」

 

 れん、あい……

 恋愛……?

 恋愛っ!?

 

「きっと僕も最初に聞いた時はそんな顔してたんだろうな……」

「ちょ、ちょっと待って!? 恋愛って、あの恋愛だよね!?」

「漫画や小説じゃあるまいし『あの』と言われてもあまり伝わらないが……多分お前が想像した漢字で合ってる」

「あの、と言うことは、その……」

「『何故キスをした?』という質問の答えは『お前を恋に落とす為』だな」

「っっっっっっ!??!???!!」

 

 真顔でなんて台詞を言ってるの!? 訊いたのは私だけど!!

 

「これで、大体全部話せたかな。何か質問は?」

「え? えっと……大丈夫……だと思う」

「……そうか。じゃあ最後に僕から一つ言わせてくれ」

 

 そう言うと桂馬君は立ち上がって私の正面まで移動してから向き直った。

 階段に座ってる私と、少し下で立ってる桂馬君と目線の高さが一致した。

 そんな事を考えていたら、桂馬君が突然頭を下げた。

 

「すまなかった。恨まれる覚悟くらいは、一応しているつもりだ」

「えっ、ど、どうしたの突然!?」

「どうしたも何も、こっちの都合で勝手に恋に落としておいて、キスまでしておきながら放置してたんだぞ?」

「た、確かにそうだけど……」

 

 でも、その時の記憶は失われてたから……あ、そう言えばその事訊くの忘れてた。

 ……今はいいか。後にしよう。

 

「桂馬君は……私を助けてくれたんだよね?」

「……何だと?」

「どれだけ頑張っても治らなかった私の悩みを解決してくれて、駆け魂からも守ってくれて……

 だから、感謝してるんだよ。すっごく」

 

 私の言葉を聞いた桂馬君はとても驚いているようだった。

 そう言えば……あの時は桂馬君が階段を降りて私に語りかけてくれたっけ。

 そんな事を考えたせいか、自然と体が動いていた。

 階段を降りて、桂馬君の隣に立つ。

 

「君がどんな思いでどんな事をしてきたのか、私はよく知らない。けど、これだけは言える。

 私は、恨んでなんかいない。『世界』の全ての人が桂馬君を非難したとしても、私は『君』に言い続けるよ。

 心の底から、『ありがとう』って」

 

 顔を上げた桂馬君は困惑しているような、けどほんの少しだけ微笑んでいたような、そんな表情をしていた。







 原作と比較して女神の価値が凄く軽いです。かのんが刺されてないから当然と言えば当然……という事を差し引いても軽いです。
 原作と違ってそもそも女神を探してないですからね。居たら確認するくらいで。
 神のみにおいて女神って実は結構脇役なのかも。主役は桂馬とちひろと天理とよっきゅんくらいで。
 え、エリーはどうしたって? アレは……ペット枠?

 『封印されていた古き悪魔の魂』!
 ……凄い強敵感がする言葉だけど神のみ世界では大した事は無いという。いや、復活したら強いですけど。


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06 失敗?

 攻略の記憶がある女子、特に、恋愛の記憶がある女子達をどうするべきかは悩みの種だった。

 まったく、普通は攻略完了してエンディングを迎えたら好感度はリセットされるだろ。現実(リアル)のクソゲーっぷりはこんな所でも発揮されていたようだ。

 結局できたのは、事情を話して誠心誠意謝る事だけだった。

 

 あの時は最善の選択肢を選んでいたという自信がある。だから罪悪感とかそういうのは全く無い。

 よって、僕が謝るというのもおかしいのだが……攻略された女子たちにとっては僕が元凶にしか見えないだろう。

 

 だから……麻美から逆に励まされた時は安心するより先に困惑した。

 

 いや、冷静に損得とかを考えると完全に正しい反応と言える。恋愛が絡んだ事を除けば僕の行った行為は麻美の悩みを解消した上に放っとくと子供として転生してくる悪魔を除霊(?)したのだから。

 だが、人間の心がそんな風に割り切って考えられるようにできているならディアナみたいなアホな理由で嫉妬するような奴は存在しない。ん? ディアナは人間ではなく神だと? 所詮は現実(リアル)の神だ。

 ましてや、恋愛に落ちている状態でそこまで冷静に考えられるものだろうか?

 何故だろう? 原因を考えて、考えて、考えて……一つの仮説に至った。

 

 もしかするとだが……僕は『攻略を失敗していた』のかもしれない。

 

 いや、心のスキマを埋めて駆け魂を追い出したって意味では間違いなく成功している。しかし、恋愛による攻略は失敗していたのではないだろうか?

 あの頃は恋愛による攻略しか知らなかったので、攻略対象を恋愛に落とす事だけを考えて突き進んでいた。

 だが、吉野麻美の性格等をよく考えてみると……彼女が僕に対して抱いていたのは『畏敬』であり決して『恋愛』ではなかった。

 キスした時に駆け魂が出てきたから最終的には互換フラグで恋愛に変わったんだろうと考えていたが、そうでもなかった可能性は十分に有り得る。

 まぁ、完全に失敗したとも思えないが、完全に成功でなかった事は恐らく間違い無いだろう。

 

 で、麻美が僕に恋愛してなかったなら話は凄くシンプルになる。

 麻美は落ち着いて考えた結果、僕に助けられたと判断した。だからお礼を言った。

 何の捻りも必要無い。何物にも惑わされること無く最適解に辿り着いただけの話だ。

 

「どうかしたの……?」

「……いや、何でもない。

 それより、そろそろ練習の続きでもやるか?」

「そう……だね。頑張って走れるようにしようか」

 

 

 そんな感じで、麻美との話し合いはひとまず終わった。

 ……しかし、何か忘れているような……

 

 

 

 

 

 

 

『桂木ぃぃぃ!! 妾を放置ってどういう事じゃ!!!』

「あ、そう言えば居たなお前」

 

 グラウンドには女神が姿を現せるような鏡とかガラスはほぼ無かったが、練習を終えて校舎内に戻ったらそのくらい当然ある。

 と言うか、ディアナみたいに宿主の身体を乗っ取って出てきたりはしないんだな。いや、できないだけなのか?

 

「あ~……お前との話し合いはまた今度な。話長くなりそうだし」

『何じゃと!? お主、妾を何だと思っとるんじゃ!!』

「女神サマだろ? だが所詮は現実(リアル)の神だ」

『どういう意味じゃぁ!!』

 

 この手の連中は単純な事をやたら複雑に話したがるからな。

 僕としてもしっかりと話しておきたいという気持ちはあるが、十分な時間と場所を確保してからで良いだろう。

 

「えっと……ごめんね、アポロが騒がしくて」

「気にするな。少し騒がしいくらいならどっかの女神供よりは数倍マシだし、そもそもお前が謝る事ではない。

 それより、今日の放課後時間あるか? アポロとも話しておきたい」

「今日は……うん、大丈夫」

『な、何じゃ。ちゃんと妾の話も聞くのじゃな。安心したぞい』

 

 ふとガラスに視線を向けるとアポロは心底ホッとした顔をしていた。

 神だのなんだの言っても、今は駆け魂と同じく命からがら人間界に逃げ延びてきた無力な存在だからな。現状を打破する為にも事情を知っている僕とは絶対に話しておきたかったんだろう。

 

「それじゃ、また放課後に」

「うん、またね」

『またの!』

 

 ……さて、放課後までゲームでもするか。







 『今日の放課後時間あるか? アポロとも話しておきたい』という台詞の後半を抜いてその他諸々も条件を調整すれば原作でハクアにやらかしたみたいな立派なアンジャッシュ状態になってたけど、長々と話した後でこじれさせるのは面倒だったので回避しました。

 思えば桂馬とアポロが直接話した事なんて殆ど無いんですよね。アポロが出てきた時は……良く考えるとアポロが一方的に喋ってただけで会話してないし、占術世界に飛び込んだ時は殆ど説明しかしてないし……アレ? 実質ゼロ?
 まぁ、その辺の事はディアナ以外の他の女神の方々にも似たような事が言えますが、アポロの場合は女神編においては宿主すらもロクに会話してないという。
 アポロは桂馬の事をどういう人間だと思ってたんでしょうね? ロクに把握してない可能性も十分有り得そう。


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07 思慮の女神の権能

 放課後、特に問題も起こらずカラオケボックスに辿り着いた。

 防音された個室なので密談には持って来いの場所……っていうのは聞き飽きたか。

 

「桂馬君は来たことあるの? 何だか慣れてる気がするけど」

「ああ。イトコとしょっちゅう来てる」

 

 適当な部屋を借り、荷物を置き、テーブルの真ん中にPFPを置く。

 

「あ、待って。手鏡くらいならあるよ」

「ん? そうか」

 

 PFPをしまい、麻美が手鏡をテーブルの真ん中に置いた。

 

『う~む、やはり『ぴいえふぴい』とやらよりも鏡の方がのびのび動ける気がするのぅ』

「その鏡の中は一体どうなってるんだ……?」

『妾にも分からんぞよ。そういう事は頭の良いディアナかメルクリウスに訊いてほしいのじゃ』

「……アレで頭良いのか、あいつ」

『むぅ?』

「まあいいや。それじゃあ僕が知ってる天界と地獄に関する諸々を話すから、最後に間違いがあったら訂正してくれ」

『それは構わぬが……普通妾から喋るものだと思うのじゃが?』

「……じゃ、始めるぞ」

『何故じゃ!?』

 

 

 どうせ長くなるし、そもそもこのアホっぽい女神に説明能力があるとも思えないからな。

 ……で、簡潔にまとめるとだ

  ・300年くらい前に地獄で良い悪魔と悪い悪魔の戦いがあった!

  ・女神は良い悪魔に味方して悪い悪魔を封印した!

  ・で、何か今封印が解けた! 原因は知らん!

  ・封印が解けたんで人間界に悪い悪魔の魂(駆け魂)に紛れて女神がやってきた!

  ・以上!!

 

 

 こんな感じだな。麻美に向けた説明と一部被るが、女神向けの説明を少し追加した。

 何年封印されてたのかとか、封印解除の原因とかな。いや、原因は不明だという事が分かってるだけだが。

 

「はい、何か修正点は?」

『……全く無いのじゃ。むしろ妾よりも詳しいのではないか?』

「どうだろうな。大筋には関係無い細かい所なら当事者の方が何倍も詳しそうだが」

『それこそわざわざ語る必要も無かろう』

「そうだな、さて、ここからが本題だ。

 お前、他の女神と会いたいか?」

『当然じゃ! 妾たち姉妹は6人揃ってこそ力を発揮できるのじゃからな!』

「そうなのか? それは初耳だな」

『うむ。特にミネルヴァが居るか居ないかで全然変わってくるぞい。あやつは手を繋ぐだけで妾たちの力を何倍にも高めてくれるからのぅ!』

「何だそのチート能力は」

 

 アポロがおおげさに言ってるだけかもしれないが、もし本当に『何倍も』強くなるんだったらとんでもない事だ。

 ゲームだったらバランスブレイカー過ぎて縛るのがデフォルトになるんじゃないか?

 いや、それとも何倍も強くするのが前提の難易度なんだろうか? だとしたらクソゲーだな。

 

「残念ながら、そのミネルヴァの居場所は分からない。

 が、他に1名だけ会わせる事が可能だ」

『誰じゃ?』

「ディアナだ」

『おお! ディアナか! 是非とも会いたいのじゃ』

「じゃあ早速行くか……と言いたい所だが、1つ約束してほしい」

『何をじゃ?』

 

 この約束は、僕の命に関わるモノだ。絶対に厳守してもらわねばならない。

 

「ディアナと、あとその宿主に対して僕の『駆け魂攻略』の事を説明しない事。以上だ」

『別に構わぬが、何でじゃ?』

「……お前なら分かるんじゃないか? 『あの』ディアナだぞ?

 駆け魂を出す為とはいえあんな事をしてたとバレたら……」

『……激怒する様が容易く想像できるのぅ。

 分かったのじゃ。約束は守るぞい』

「吉野、お前もだ。大丈夫か?」

「……何となく事情を察したよ。桂馬君について何か訊かれても『ただのクラスメイト』って答えとくよ」

「それで良い。話が早いな。

 じゃ、早速出発するか」

「えっ、もう出るの? 時間も余ってるのに早すぎない?」

「歌う為にここに来たわけじゃないからな。

 何か歌いたいならゲームして待ってるが」

「いや、流石に桂馬君を待たせるのはちょっと……」

「そうか。まぁ、勿体ないという気持ちも分からんでもないが……」

 

 何かあっただろうか? ここでなければ話せないような事が。

 …………あ、そうだ。

 

「なあアポロ、ちょっと気になったんだが……

 ミネルヴァが凄まじい特殊能力を持ってるのは分かったが、お前も何か別の妙な能力は無いのか?」

『おお、そうじゃった! 勿論妾にもあるぞい!

 妾の得意技は『占術』じゃ!』

「戦術? いや、占術……占いか?」

『俗っぽい言い方をするとそういう事になるのぅ』

 

 占い、占いか……

 精度にもよるが、未来を知る事ができるというのはかなり強力な能力だ。興味深い。

 

「いや待て? その占いの能力があれば女神の居場所を探り出す事くらい簡単なんじゃないか?」

『占いじゃなくて占術じゃ!

 それに、そんな事ができるほど自由な能力ではないぞよ』

「どういう事だ?」

『妾の占術は具体的に誰がどこで何をするといった事は一切分からないのじゃ。

 せいぜい良い運気があるか悪い運気があるかといったボンヤリした事だけじゃ』

「……それ、役に立つのか?」

『バカにするでないぞ! 妾は見るだけではなくその悪い運気を浄化したりできるのじゃ!』

「ほぅ? そういう事なら不幸な事は一切起こらなくなるのか? それは凄まじいな」

『い、いや……妾は所詮は巫女じゃからな。祈ってちょっぴりと流れを変える事しかできん』

「……………………」

『な、なんじゃその捨てられた子犬を見るかのような哀れみの視線は!!』

 

 だってなぁ、全然役に立ってないじゃないか。

 自称占術はかなりフワッとしてるし、運気の浄化は気休め程度。

 その程度では怪しい新興宗教の教祖様の方がまだご利益がありそうだ。流石に気のせいだろうが。

 

「他に何か無いのか?」

『そうじゃのぅ……医術の心得はあるぞい。両腕両足が複雑骨折したくらいじゃったら多分治せるぞよ』

「凄まじいな!!」

『全盛期なら、という但し書きが付くがのぅ。

 今の状態ではせいぜいちょっとした怪我や病気を治す程度じゃな』

 

 それでも十分凄いな。

 得意な事よりも本人が当然だと思ってる事の方が何故か凄まじいんだよな。ある種のカルチャーギャップか。

 

「なぁ、それなら腕を2~3本増やしたりとかは……」

『無理じゃ。理に反しておるからのぅ』

「チッ」

 

 腕が増えればゲームの効率も上がるというのに!

 ……できないものは仕方ないか。

 

 

「……じゃ、そろそろ出るか。行くぞ」

「うん。ところで、どこに行くの? ディアナさんってどこに居るの?」

「ん? 言ってなかったか。僕ん家の隣だ」

「…………へっ?」







 面倒だから突っ込んでこなかったけど、『鏡に映った像が動く』って冷静に考えるとかなり謎。
 漫画の絵だと1方向からしか見ないので全く問題ないですが、現実的に考えると角度次第では像は全く映らないんですが……
 なお、今回桂馬と麻美さんは1つのテーブルに向かい合って座っており、その中間に鏡を水平上向きに置いてあります。
 桂馬からは映って見えるけど麻美さんの方からは覗き込まないと映らないという。
 声だけ聞こえてる状態なんでしょうか……?

 アポロは医術の専門との事ですが、どのくらいの怪我や病気なら治せるんでしょうね?
 両腕両足複雑骨折くらいならマジで治せる気がしないでもない。だって女神だし。


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『思慮』の女神 アポロ

 と言う訳で、僕達は天理の家までやってきた。

 玄関のインターホンを鳴らすと足音が聞こえてくる。

 

「どなたですか……って、桂馬君!?」

 

 扉が開くと同時にその家の住人、鮎川天理が出迎えてくれた。

 

「邪魔するぞ。とりあえずお前の部屋で良いか」

「最近聞いたような台詞だね……どうせ西原さんが一緒に……」

「お、お邪魔します……」

「西原さんじゃない!? だ、誰!?」

「僕のクラスメイトだ。とりあえず上がらせてくれ」

 

 前に駆け魂討伐を頼みに来た時みたいに玄関先で話しても大丈夫だとは思うが……やはり屋内の方が安心して話せる。

 

「待ちなさい! どういうつもりですか桂木さん!!」

「……恥を知る気は全く無いぞ。

 と言うか、コレはお前の頼みだったはずだが?」

「私の頼み……? どういう事ですか?」

「とりあえず上がらせてくれ。話はそれからだ」

「……仕方ありませんね。付いてきてください」

 

 不承不承といった様子ながらも、ディアナは部屋まで案内してくれた。

 

 

 

「で、『私の頼み』というのは一体どういう事なのですか?」

「……なぁ、やっぱり帰って良いだろうか?」

「わ、私に言われても……」

 

 今のは麻美ではなくアポロに言ったんだがな。

 ……まあいいや。別にディアナに感謝される為に連れてきたわけじゃないし。

 

「それじゃあアポロ、出てきてくれ」

『まったく、手がかかる妹じゃのぅ。何をそんなにピリピリしとるのやら』

「っっっ!? えっ、ま、まさか……!?」

 

 驚いたディアナはキョロキョロと辺りを見回す。フッ、いい気味だ。

 

『ほれ、ここじゃここ』

 

 僕の手元のスリープ状態のPFPから声が聞こえた。

 ディアナにも見えるように上手く角度を合わせてやる。

 

「ね、姉様……アポロ姉様なのですか?」

『うむ! 妾以外の何に見えるのじゃ』

「お互いあの時とは姿も声も変わっているのでむしろ姉様以外にしか見えませんが……」

『そ、そうじゃな! 勿論分かっておったぞ!』

「姉様ったら、相変わらずですね」

『そっちこそ相変わらずのようじゃな。声を聞いただけですぐに分かったぞよ』

「そうですか? これでも結構変わったと思うのですが……」

 

 感動の再会だなー。ああ疲れた。

 とりあえず、2人の会話を適当に聞き流して重要そうな話になったら聞くか。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じでしばらく聞いていたが、僕が知ってる以上の情報は出てこなかった。

 女神同士を会わせれば何か展開が進むかと少しだけ期待していたがそんな事は無かったようだな。

 

「おや、もうこんな時間ですか。随分と長々と話してしまいましたね」

「そうじゃのぅ。宿主となってくれておる娘たちにも生活があるからの。そろそろ帰らせてもらうとしようかの」

「ええ。また今度話しましょうね」

「うむ、ではな!」

 

 ようやく話が終わったか。収穫は0だったな。じゃ、僕も帰ると……

 ……って、ちょっと待て。今の声はどこから聞こえてきた。

 

「……おいアポロ、お前いつの間に?」

「何の事じゃ?」

「……お前、いつの間に宿主と入れ替われるようになったんだ?」

「ついさっきじゃ! ディアナと話してたらできたぞよ」

 

 ……確か、女神の力の源は『愛』だったな。

 恋愛だけでなく姉妹の絆も含まれているのだろうか?

 あるいは……単純にユピテルの姉妹が集まったから少し力を取り戻したのだろうか?

 ……まあいいか。便利になった事だけは確かだし。

 

「じゃあ僕も帰るとしようか」

「あっ、桂木さん! お待ち下さい!」

「……恥知らずな僕に何か用か?」

「うぐっ、先ほどは……申し訳ありませんでした」

「……フン」

「それで、その……ありがとうございました。姉様を連れてきて下さって」

「気にするな。お前の為に連れてきたわけじゃない」

「そうなのですか? ですが……それでも私は感謝しています。

 ありがとうございました」

「……じゃあ、またな」

「ええ! また、お願いします」

 

 

 ユピテルの姉妹……か。

 6人全員が揃ってないと力を発揮できないなら、いざという時に備えて集めておく必要があるのか?

 ディアナに続いてアポロも姿を現した。この広い世界で、6人しか居ないはずの女神同士が出会えるというのは異常と言える。

 この近辺に、集められているのか……? だとしたら何のために……?

 ……誰が何を企んでいるのか、全く分からない。

 分からないが……僕は、僕のやるべき事をやるだけだ。







 はい、これにて本章は終了です。
 体育祭準備編といった所でしょうか。

 というわけで次回は体育祭本編……ではなく楠編へと行きます。
 体育祭が始まるまで1週間も無いですが、何とかねじ込みましたよ。

 あと、アポロが出てきたんで例の企画の更新をしておきます。
 最終更新から1個しかメッセージ来てないんですけどね……

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=189515&uid=39849

 では、次の投稿は明日です。
 明日もお楽しみに!


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強さと弱さと
プロローグ


 ※ 本章では所々ギャグ描写の悪用がされています。ご注意下さい(笑)




 始まりは、岡田さんに告げられたある言葉だった。

 

「護身術……ですか?」

「ええ、護身術。

 最近物騒だから、そういうのの心得を学んでおきましょうっていうのが流行ってるのよ」

「どこからそんなものが? と言うかそんな事やってたらアイドルに物騒なイメージが付いてきませんか?」

 

 苦言を呈したのは棗ちゃんだ。

 自分の身を守る事は勿論大事だけど、棗ちゃんの言う通りイメージは悪化しそうな気はする。

 でも、そんな不安に対して岡田さんはハッキリと答えた。

 

「大丈夫よ。武装してても人気の高いアイドルが既に居るから」

「……それ、一部の妙な連中に好かれてるだけじゃないですよね?」

「そんな事は無いわ。だって、かのんの事だもん」

「「えっ?」」

 

 わ、私? 武装って言われても、心当たりなんて全然無いんだけど……

 

「何をとぼけた顔してるの。あなたいつもスタンガン持ち歩いてるでしょ」

「あ、アンタそんなもん持ち歩いてるの!?」

「えっ? そうだけど……こんなのちょっとしたアクセサリーだよ。武装だなんてとんでもない」

「どこの界隈にそんな物騒なアクセサリーがあるのよ!!」

 

 そうは言っても、当たった相手を気絶させるくらいしかできない代物だ。

 リーチは短いから狙った相手に当てるのは結構大変だし、逆に密着し過ぎると自分も感電する。

 それに、悪魔や女神相手には痛がらせる事くらいしかできなかったし。

 

「うーん……せっかくだからスタンガンだけじゃなくてスタンバトンとかスタンロッドとか、そんな感じの物でも注文してみようかな」

「アンタは一体どこに向かってるのよ」

「そ、そういうわけだからイメージの低下はあんまり気にしなくて大丈夫よ。

 そもそも、武装するのはあくまで極端な例だから」

「あ、そうですか……ってことは武術的な何かを学べって事ですか?」

「そういう事になるわね。

 それで、そういうのを教えてくれる良い道場を探したんだけど……あんまり良いのが無くてね」

「えっ、岡田さんでも探し出せなかったんですか? あの岡田さんが!?」

「私だって存在しない物は見つけられないわよ」

 

 そりゃそうだ。岡田さんは神様じゃないんだから。

 いや、本物の神様でも無理だね。本物を見たことがあるから良く分かる。

 

「一応、実戦的な事を教えてくれそうな道場は見つけたのよ。ただねぇ……」

「問題があるんですか?」

「ええ。どうやら凄く厳しい道場らしくて、護身術をちょっとかじるだけみたいな軽い入門ができる雰囲気じゃないらしいのよ」

「それ、実質アウトですよね? 私たちはアイドルなんだから、長期間仕事に穴あける事はできませんよね?」

「勿論その通り。ただ、一つ興味深い情報があってね。

 その道場の当主がなんと女子高生らしいのよ」

「それは……随分と珍しいですね。ご当主が、ですよね?」

「ええ。しかも、舞島学園に通ってるらしいわ」

「舞島学園? どこかで……

 って、まさかかのんが通ってる学校ですか!?」

「その通り! というわけでかのん?」

「はい?」

「ご当主本人に何とか話を付けられないかしら?」

「……あの、岡田さんなら分かってる事だと思いますけど1つ言わせてください」

「何かしら?」

「いくらご当主本人と話した所で結果は変わらないのでは……?」

「それはそうだけど……ダメ元で良いから、やってみてくれない?」

「はぁ、まあいいですけど……で、どなたなんですか?」

春日(かすが)(くすのき)。3年生。

 春日流羅新活殺術の伝承者だそうよ」

「何か凄そうな流派ですね!?」

 

 たかが護身術の指導に大げさ過ぎないだろうか? たかがって言うのもどうかとは思うけど!

 

「ああそうそう、棗だけじゃなくてかのんも指導を受けておきなさい。

 無手の武術だけじゃなく武器の取扱いもやってるらしいから」

「一体何なんですか!? 春日流羅新活殺術って!?」







 というわけで楠編、始まります。
 最初は岡田さんが春日家に依頼するって形にしようかと思ったのですが、『あの楠がそんな依頼を受けるか』とか『そもそもあんな物騒な場所に依頼しないよ』とか問題点が色々と出てきたのでこねくり回してこんな感じに。これでも十分ツッコミ所満載な気はしますけどね。
 代わりの道場が見つからなかったのは『かつて春日流が敵対しそうな道場を潰し回っていた……』みたいな裏設定を設ける事で辻褄を合わせます。春日流ならやりかねないかと。


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01 アイドルのお友達

 というわけで、明日は学校に行って春日さんと話してみる事になった。

 あと、折角だから授業も出席しておきなさいとの事だ。授業を受けられるのは久しぶり……でもないか。私名義では久しぶりだけど。

 

 で、春日さんについてだけど……うちの学校の3年生であるという情報しか分からない。

 明日学校で聞き込みをする事もできるけど、それだけに頼るのは不安だし、そもそも私じゃ満足に聞き込みできるかも怪しい。

 なので……こうする事にした。

 

「もしもし?」

『もっ、もしもしっ!? か、かのんちゃんどうしたの!?』

「ちょっと教えてほしい事があって電話させてもらったんだ。今大丈夫?」

『うん! 全然完璧に大丈夫だよ! 私に分かる事なら何でも訊いて!!』

 

 同じ学校に通うお友達に電話させてもらった。

 軽音部の非公認の部長代理ことちひろさんにね。

 前に会計として出向いた時に番号を交換しておいたんだ。

 情報通のちひろさんなら、春日流羅新活殺術の伝承者たる春日楠さんを知っている……かもしれない。

 ……知ってると良いなぁ……

 

 

「……っていうわけで、春日楠さんって人を探してるんだけど、何か知ってる?」

『うーん、イケメン男子ならともかく、女子の名前は……あ、いや、何か聞いたことある気がする』

「ホントに?」

『アレは確か……あ、そうだ。私の知り合いの知り合いの知り合いの子の話なんだけどね』

「う、うん……」

 

 ホントに大丈夫なんだろうか、その話。

 

『女子空手部なんだけど、今の……って言うか去年からの部長が凄く厳しい人らしくてね。

 その人が部長になってからたった2日で他の部員が0になったらしいよ』

「2日で!? どれだけ厳しかったんだろう……?」

『私の知り合いの知り合いの知り合いによれば『地獄の存在を知る事になった』とか『絶望という言葉の意味を知った』とか、そんな感じの事を言ってたらしいよ』

「うわぁ……

 それで、その部長さんっていうのが……?」

『そう、春日さんって名前だったはずだよ。

 会いたければ放課後に女子空手部の部室に行けば会えるはず』

「あれ? でも3年生はもう引退してる時期じゃないの?」

『よう分からんけど、受験勉強よりも鍛える方が大事なんじゃない?

 部員は部長しか居ないんで春日さんの他に部室を使う人も居ないから、そのまま使わせてもらってるらしいよ』

「なるほど……分かった。ありがとね」

『これくらいならお安い御用さ! じゃあ、またね』

「うん、またね」

 

 ふぅ……やっぱり友達って良いな。また今度電話したい。

 よし、知りたい情報は知れたから、明日に備えて今日はもう寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……翌日 昼休み……

 

「はぁ……騒がしいな」

「かのんちゃんが来てるからトーゼンでしょ!」

 

 今日は朝から騒がしかった。かのんの人気は凄まじいな。

 

 昨日の夜のうちにかのんが登校する事は知らされていた。そしてその理由も。

 正直な所、かのんがこれ以上鍛える必要があるのかは疑問だ。人に向かって容赦なくスタンガンを放てる時点でそんじょそこらのチンピラが相手なら負ける事は無いだろうに。

 でもまぁ、本人がやる気なら僕が口を挟む事では無いだろう。影ながら応援させてもらおう。

 

 っと、それよりもだ。道が塞がらないうちに屋上に直行だ。

 

 

 

 

「今日も良い天気ですね~。

 少し風が肌寒い感じです」

「あーそーだなー」

 

 いつものように、エルシィと2人で屋上に来た。

 今日はいつもと違って下の方が騒がしいが、気にする事は無い。

 ……が、僕達の後に続いて突然ガチャリと音を立てて開いた扉は気にした方が良さそうだ。

 振り返ると、そこには麻美が居た。

 

「はぁ、はぁ……よ、良かった、追いついた」

「どうしたんだ? そんなに息を切らせて」

「あの、私じゃなくて……」

 

 そこで言葉を切ると一瞬だけ全身が光った。

 顔には特徴的なペイントが現れ、目つきも変わっていた。

 

「妾の用事じゃ。麻美にはちょっと頑張ってもらったぞよ」

「おいおい、ちゃんと後でお礼言っとけよ?」

「勿論じゃ! で、えっと……あれ、なんじゃったかの?」

「オイ!!」

「え~、あ、そうじゃそうじゃ。お主らのクラスのアイドルについてじゃ!」

「……あいつがどうかしたのか?」

 

 補足説明しておくと、かのんの事はディアナと同様にアポロにも喋っていない。

 軽音部での一件の影響で知り合いという事に(かのんの台詞を引用するなら『取引相手』という事に)なっているが、それだけだ。

 

「うむ。あの者じゃが……妙な気配を感じるのじゃ」

「妙?」

「そうじゃ。妾の勘違いでなければ冥界の魔力と天界の理力の両方を感じたのじゃ」

「理力? ああ、魔力の天界バージョンみたいなものか」

「そんな感じじゃな。どうじゃ? 凄く妙じゃろう?」

「ふむ……」

 

 悪魔の力と女神の力の両方を感じた……ねぇ。

 

「……なるほどな」

『あの……桂馬君はかのんちゃんと知り合いなんだよね?』

「……まぁな」

『魔力とか、理力とか、良く分からないけど……どう考えても只者じゃないよね?

 桂馬君は何か知ってるの』

「そうだな……お前が気にする必要は無いとだけ言っておこう」

「何なのじゃ隠し事なんぞしおって。妾との仲であろう?」

「どんな仲だよ一体」

「細かい事は気にするでない!」

「……はぁ。

 んで、話はそれだけか?」

「だけじゃ!」

「よし、じゃあサッサと飯を食うか」

「いただきま~す!」

「あっ、妾も混ぜてほしいのじゃ!

 と言うか、お主らが女神である妾を誘うべきであろう!!」

「そんなコト知るか」

「むぅぅぅう!!」

 

 で、結局3人で昼食を食べた。

 あぁ、平和だ。もうしばらくのんびりしていたいよ。







 かのんの妙な気配については本編でも後書きでもあんまり突っ込みすぎるとうっかり口を滑らせてしまいそうなので触れないでおきます。
 どういう事なのか存分に悩んでください♪
 あとアポロかわいい。


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02 武道とスタンガン

   ……放課後……

 

「えっと……ここかな」

 

 ファンの人達を何とか撒いて女子空手部の部室……と言うか武道館までやってきた。

 今回は前以上に苦労したなぁ……ファンの質が上がってるのかもしれない。悪い意味で。

 

「失礼します……」

 

 ゆっくりと扉を開けると1人分の人影が見えた。

 長身で、黒のロングヘアの女性だ。事前知識が無かったら先生と勘違いしていたかもしれない。

 どうやら瓦割をやろうとしているらしい。10枚くらい積み重ねられた瓦の前で深呼吸をしている。

 息を大きく吸って、少しだけ吐いたその直後……

 

「フッ!!」

 

 短い掛け声とともにガシャンという大きな音が響き、瓦が……割れてなかった。

 割れてなかったけど……拳で撃ち抜かれた瓦に丸い穴が開いていた。

 ……お、おかしいな。瓦ってそんな風に壊れるようにできてないはずなんですけど?

 

「ふぅ……ん? 誰だお前は」

 

 春日さんがこちらに気付いたようだ。よし、気持ちを切り替えてお仕事を始めよう。

 岡田さんはダメ元とは言っていたけど上手く行くに越したことは無い。

 

「初めまして、中川かのんと申します。

 あなたが春日楠さんでしょうか?」

「ん? ああ、そうだ。私に何か用か?」

「はい。今、お時間はございますか?」

「そうだな……休憩には少し早いが、まあ良いだろう。話を聞こう」

「ありがとうございます。では……」

 

 

 その後、数分かけて事情を説明した。

 春日さんは私の話をしっかりと聞いてくれた。

 私がアイドルだと名乗ったとき、少し妙な反応をした気がするけど……何だったんだろう? まあいいか。

 

 

「そういうわけなのですが……どうかご指導頂けないでしょうか?」

「……なるほど、事情は分かった。

 確かに、強くなりたいのであれば私のもとへと訪ねてきたのは正解だ。

 だが、身を守れれば良いという程度の中途半端な心構えの者に指導をするつもりは無い」

「やはりそうでしたか……お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」

 

 個人的には身を守る程度の武力に留めるっていうのもアリだと思うんだけどね。棗ちゃんも言ってたようにあからさまな武装をしてたら他の人を怖がらせちゃうし。

 ただ、これはどっちが正しいとかいう話じゃない。説得しようとするのは流石に失礼だね。諦めて帰ろうか。

 そう思って帰ろうとした時、春日さんから呼び止められた。

 

「……待て、お前は先ほど春日流を選んだ理由に『武器の取扱いも学べるから』と言っていたな」

「え? はい、そうですけど……」

「見たところ、武器の類は持っていないように見えるが……これから用意するつもりなのか?

 もしそうなら、適当に選ぶのはあまりお勧めはできないぞ」

「えっ、どうしてですか?」

「素人は武器を持つと強くなる等とよく勘違いをする。絶対的な間違いとも言いきれないが、慣れない武器は逆に自分を傷付けてしまう事の方が圧倒的に多い。

 それに、武器を使うと痛みが伝わってこない」

「痛み?」

「ああ。拳で殴るのであれば拳にも痛みが伝わる。しかし、武器を使うとあまり伝わってこない。

 そうなると、段々と『相手を傷つける』という感覚が希薄になっていくものだ。

 あくまで護身に使う程度であれば重篤な症状にはならないだろうが、避けておく方が賢明だ」

 

 なるほど、そんな考え方もあるんだね。流石は武道家だ。

 でも……そうなるとコレの扱いはどうすべきだろうか?

 

「その……私、一応今武器を持ってきてるんですけど……」

「何? そうは見えないがどこにあるんだ?」

「えっと、ここに」

 

 カチャッと2丁のスタンガンを取り出す。

 私がお世話になっているビリビリ社の最新モデル、猫っぽいデザインのスタンガンだ。

 一見スタンガンには見えないので見つかってもファンの皆さんを萎縮させにくいし、不審者に襲われても油断させる事ができる。いや、油断させるよりも威圧した方が良い場合の方が多いと思うけどさ。

 そんな私のスタンガンを見てさっきまで冷静沈着だった春日さんが取り乱した。

 

「なっ!? ななな何だそれは!? と言うか、どこから出した!?」

「スタンガンです。どこから取り出したかは……アイドルのヒミツです♪」

「スタンガン……ああ、なるほど。そういう事か。

 しかし……何だその軟弱なデザインは!!」

「え、軟弱……? 確かに武器には見えないですけど、それが売りの商品ですから」

「売り、だと? その軟弱さが……?」

「え、ええ……はい」

 

 どうしたんだろう春日さん、さっきから軟弱軟弱って繰り返してるけど……

 

「……気が変わった。少しだけ手ほどきしてやろう」

「えっ? 良いんですか?」

「ああ。そういう武器相手の立ち回りも少し研究しておきたいしな」

「そうですか……分かりました。宜しくお願いします!」

 

 こうして、私の訓練は始まった。

 私の放課後の時間帯の予定は一応空けてあったのですぐに始められるが、棗ちゃんの方は1週間くらい埋まってるので不可能だ。そもそも春日さんが棗ちゃんの指導もしてくれるかはわからないケド。

 せっかく空けた時間なのでしばらくは毎日私だけでも訓練を行う。その後の事は……要相談かな。文字通り少しだけしか教えてくれないかもしれないので精一杯頑張ろう。







 『春日さん』って書く時、うっかり何度も『主将』って書きまちがえそうになりましたよ。確かに主将だけどさ。

 主将の話に対して桂馬だったら『武器を装備して攻撃力が上がらないわけが無いだろう!』とか言いそうですね。
 バグゲーだったら攻撃力が上がらないゲームもありそう。
 なお、装備とかで物理回避力を上げても回避率が一切上がらないゲームは実在する模様。しかもマイナーゲーじゃなくて結構有名なゲームで。

 スタンガンの会社に凄く安直な名前を付けてみたり。勿論元ネタはとある第3位。

 春日流羅新活殺術がどういう性格の流派なのかはハッキリとは分かりませんが、現当主のストイックさと、彼女の『春日流はエモノも使える』という証言から『強くなる為の技術なら何だって習得しようとする手段を選ばない流派』みたいな感じかなと。あんまり邪悪な感じにはしたくないので少なくとも現在では心の鍛錬もしっかりと行ってる感じで。
 警備員や警官に就職して重用されているとか、古い時代では暗殺みたいなブラックな仕事も引き受けていた……とかあっても面白いかも。
 なお、かのんちゃんは傷つける感覚の麻痺が割と重篤な症状で現れている模様。


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03 達人とアイドル

 というわけで翌日放課後!

 早速訓練開始だ。どんな事を教えてくれるんだろう?

 

「では、始めるぞ」

「宜しくお願いします!」

「うむ、良い返事だ。ではまずは着替えだ。昨日連絡した通りの服は持ってきたか?」

「大丈夫です!」

 

 春日さん……いや、教わるんだから春日先生? うーん……春日師匠かな。師匠だ。

 ゴホン、師匠は実戦主義らしい。

 今回は護身術の訓練という事で、私が護身術を最も良く使うであろう仕事着、すなわちアイドルとしての衣装を着た状態で行うとの事だ。

 確かに、道着では簡単な事でも実戦の服装では使えないって事も考えられる。理に適っている……のかも。

 但し、動きやすい服装で先に訓練しておくというのも十分理に適っている。どちらが正しいのかは私には分からない。

 まあとにかく、そんな感じの理由があるので着替える事にする。

 身に纏っていた黒いコートをバサッと脱ぎ、丁寧に畳んで隅っこの方に置く。これで着替え完了だ。

 

「ほぅ? 既に下に着ていて……って、何だその軟弱な格好は!!」

「えっ、私の仕事着なんですけど……」

「くっ、そうだったな……ぐぬぬぬぬ……」

 

 な、何だろう、何か凄い睨まれているような……

 初日なんでこれでも控えめなんだけどね。本当に凄いのはフリルやリボンだらけで動きにくいし転んだら変な所に引っかかったりして怪我しやすそうだから。

 

「ふんっ、では、お前がどれだけ動けるか試そう。

 私は一切反撃しないから、スタンガンを全力で私に当ててこい。勿論電気は流すなよ?」

「えっ、大丈夫なんですか? 金属部分が当たるだけでも結構痛そうですけど……」

「素人の攻撃を躱すくらい造作もない。さぁ、やってみろ」

「そうですか……分かりました。

 では、行きます!!」

 

 慣れてる動作でスタンガンを取り出し、全力で当てる。

 しかし、当たる直前に腕がほんの少し引っ張られたかと思うと次の瞬間には床で仰向けになっていた。

 

「えっ、あれ?」

「っ!! すまない、つい手が出てしまった。大丈夫か?」

 

 心配そうな顔をした師匠から手が差し伸べられる。

 どうやら投げ飛ばされたようだ。

 

「……師匠、反撃しないんじゃなかったんですか?」

「それに関しては本当に済まない。お前の攻撃に脅威を感じて反射的にやってしまった」

「えっ、脅威を? またまたそんな。こっちはただの素人ですよ?」

「本当に素人なのか非常に気になるが……そういう事にしておこう」

 

 まるで私が達人か何かみたいな事を言われた気がする。

 スタンガンを振るのも数えるくらいしか無いただの一般市民なんだけどなぁ……

 

「では、次は私も反撃する。後遺症が残るような怪我をさせるつもりは無い。

 ……が、先ほどのように反射的にやってしまう可能性までは否定できない」

「えっ、大丈夫なんですかそれ……?」

「……死にたくなければ、自力で何とかしろ。

 では行くぞ!」

「え、ちょっ、いきなりぃっ!?」

 

 

 

 ……その後、窮地に追いやられた私はスタンガンを投げつけて作った隙を突いてもう一つのスタンガンで師匠を気絶させる事で難を逃れた。

 はぁ……死ぬかと思った。何度うっかり飛行魔法を使いそうになった事か。訓練、やっぱり止めた方が良いんじゃなかろうか……?

 

 

 ※ 達人が気絶する程の威力ですが、安全なスタンガンです!

 

 

 

 

 

 

 家に帰って、ゆっくりと休ませてもらう。そこまで長時間の運動はしてないけど緊張感が凄まじかった。ステージの上とは別の意味で。

 

「ほえ~、姫様そんな事までやってるんですね。スゴイです!」

「師匠が大人げないからスゴく見えてるだけだよ。そうだ、何ならエルシィさんも来てみる?」

「い、いえ、それはちょっと……」

 

 そう言えば、悪魔の身体能力ってどうなってるんだろう? エルシィさんなら案外殴られても平気かもしれない。

 ……いや、殴られる前に結界を張っちゃいそう。そして凄く面倒な事になりそう。連れていくのは勿論止めておくし、しばらくは入れ替わるのも控えておこう。

 

「……一つ気になったんだが」

「何? 桂馬くん」

「そいつ、相当強い武道家なんだろう? それなのに素人相手に手加減できないなんて事があるのか?」

「それは私も気になったよ。何か達人か何かだと勘違いされてるみたいでさ」

「最終的に隙を突いて気絶させてるからあながち外れてもいなそうだが……それ以外にも、嫌々ながら教えてるからとかいうのは有り得ないのか?」

「無理に頼み込んだわけじゃなくて帰ろうとした所を呼び止められたからそれは無いと思うけど……

 ……あ、でも、服装とかに関して『軟弱だ』って睨まれる事はあるよ」

「軟弱? と言うと?」

「猫型スタンガンとかアイドル衣装とかに反応してたから……『かわいい物』に反応してるのかも」

 

 逆に凄くもやっとした表現になってしまった気がする。情報が少ないから仕方ないけどさ。

 

「かわいい物、ねぇ……

 ……人がそういう物を嫌悪する場合、主に2つのパターンがある。

 1つは、本当に嫌いな場合。これは説明するまでもないか。

 もう1つは『嫌いになりたい場合』だ」

「……? どういう意味?」

「例えばだ。お前に恋人が居たとしよう」

「えっ? う、うん……」

「だがお前はアイドルだ。恋愛はご法度だ。そうだろう?」

「そうだね。うん」

「だから、その恋人の事は嫌いにならなくてはならない」

「……だからこそ、あえて敵意を向けて遠ざける。そういう事だね」

「そういう事だ。もっとも、その師匠とやらがどっちなのかは不明だがな」

「うーん……」

 

 別に攻略でもなんでもないから師匠の内面にまで立ち入る必要は無いんだけど……まぁ、もうちょっと続けてみようかな。







 不良を拳圧で吹っ飛ばし、瓦を9枚ほど拳で撃ち抜く武道家と、
 片手で樹木をへし折り、フリック入力なんて無いガラケーでせいぜい10秒程度で189字を打つアイドル。
 どちらがより強いのだろうか……? っていうかかのんの指先は下手すると音速を越えてるんじゃないだろうか?

 せっかくだからかのんの指先の速度がどれくらいか試算……したらまた無駄に長くなってしまったので活動報告に投げときます。何か4000字くらいになってるっていう。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=189840&uid=39849


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04 軟弱者

 昨日の活動報告の方にコメントを下さった方、ありがとうございました。
 あっちの方に返信しても伝わるか怪しいのでこの場でお礼を言わせていただきます。




  ……翌日 放課後……

 

「本日も宜しくお願いします!」

「来たか。昨日は不覚を取ったが今日はそうは行かんぞ。

 さぁ、来るが良い!!」

「ちょ、ストップ! ストップです! まだ着替えてないし、昨日の続きなんてやってたら命がいくつあっても足りませんよ!!」

 

 『来るが良い!』とか言っておきながら今にもこちらに向かって駆け出しそうな師匠を牽制する。

 危なかったような気がする。

 

「む? では一体何をする気だ?」

「と、とりあえず着替えますね。それから話しましょう。

 

 昨日と同じようにコートをバサッと脱いで丁寧に畳んで隅っこに置く。

 今日の衣装は昨日よりも飾りが多いものを選んだ。慣れていくに従って少しずつ増やしていく予定だ。

 

「……相変わらず軟弱な衣装だな」

「師匠も着てみます?」

「なっ、い、要らん!」

「そーですか。じゃあ今日の内容に関してなんですけど……」

 

 さっきも言ったように昨日の続きなんてやってられないのでちゃんと考えてきた。

 師匠が手加減できなくなるのは私の攻撃に脅威を感じるから……らしい。

 だったら威力を落とそう。具体的にはスタンガンは置いておこう。

 そうして、まずは武器を持たない無手の武術の心得から学んでいこう。

 ……そんな感じの事を、師匠に伝えた。

 昨日ようやくスタンロッドの最新モデルが届いたからそっちも試したかったんだけどね。仕方ないね。

 

「……なるほど。そういう事ならそうしてみるとするか」

「宜しくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、そろそろ休憩にしよう」

「ハァ、ハァ、ハァ…………わ、分かりました……」

 

 師匠はやっぱりスパルタだ。疲れて動けなくなってからが本番とでも言わんばかりに容赦が無かった。

 昨日と比べたらずっと安全だったけど……何度か命の危機を感じたよ。

 

「お、お水……は、取ってきますね。コップがあるなら師匠の分も汲んできますけど……」

「休憩時間なんだからお前は休んでおけ。私が取ってくる」

「……すいません……ありがとうございます……」

 

 師匠の言う通り、1歩も歩ける気力が無い。ここはお言葉に甘えさせてもらおう。

 武道館の床に仰向けになる。

 あぁ……もう限界だ…………意識が………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身を守れる程度の武術を学びたいとかいう中途半端な動機で部室を訪ねてきたあの少女は意外と根性があった。

 どうせ今までの部員のようにすぐに逃げ帰ると思っていたが……なかなかやるじゃないか。

 

 しかし、逃げないなら逃げないで問題が出てきた。

 その問題とは……あの軟弱な服だ!

 初日よりもヒラヒラしたものが増えているじゃないか!!

 しかも、中川はアイドルをやっているというだけあって顔も軟弱だ。あんなのに目の前をうろつかれたら集中できないではないか!!

 

 ……い、いや、こんなものは問題ではない。私が耐えれば良いだけの事だ。精神修行の一環だと思えばいい。

 しかし、奴はどこであれだけの技術を習得したのだ? 無手での組手でも光るものを感じるが、スタンガンを持った時の奴は異常だ。猫型スタンガンがかわ……軟弱だとか、そんな事を考える余裕すら無くなる。なるべく相手を傷つけないようにしているとはいえ私に本気で捌かせるとは。

 軟弱なくせに、奴の実力は本物だ。

 

 

「おい中川、水を持って来たぞ……と、何だ。寝ているのか」

 

 私が部室に戻った時、中川は最初に脱いで畳んだコートを枕にしてすやすやと眠っていた。

 ……軟弱な。

 だが、休憩を指示したのは私だ。しばらくそっとしておこう。

 私は修行を続けるとしよう。あまり騒がしくしないようにして……

 

ニャ~

 

 どこからか、ネコの鳴き声が聞こえた。かなり近い。

 周囲を見回すと、そのネコはすぐに見つかった。

 

「……どこから入って来たんだ。まったく」

 

 ここは普段使う人が私以外には居ない。そのせいか、こうしてたまに妙な小動物が紛れ込んでくる。

 どこかに穴でも開いているのかもしれないな。

 

「お前に構ってるヒマは無い。さっさと去れ。シッシッ」

 

 私が追い払う動作を見せてもネコはニャーニャー鳴くだけで去るつもりは無さそうだ。

 

「……そうか、それが貴様の答えか。覚悟は良いだろうな?」

 

 二度と来る気にならないよう、少々痛い目を見てもらうとしようか。

 そう決意して、私はネコの首を掴んだ。







 護身術に関する薀蓄なんて筆者には語れないし戦闘描写は苦手過ぎて切り捨てているのでサクサク進んでいきます。
 か、神のみはラブコメだから戦闘なんて要らないし!

 主将のモノローグの『軟弱』は原作では2通りの意味がありましたが、本話のものはとりあえず全て『かわいい』と置き換えてお読み下さい♪
 主将がかのんの顔に対してどの程度反応するか少々迷いましたが……エルシィの泣き顔や桂馬の顔に反応しているのでまぁ普通に反応するだろう、と。顔って言うより容姿全般かもしれませんけど。
 ……こういうまとめ方をすると若干変態っぽいな。主将。



 いつもは『学力がー、学力がー』とうるさい筆者ですが、今回は根性についても話してみます。例のファンブックの評価項目にしっかりとあるので。
 ただ……この評価、何かすっごく信用できないです。

 桂馬・かのん・歩美・楠・七香 といった連中が最大の5なのは大いに同意できます。エルシィが5なのも……まあ良しとしましょう。
 しかし、長瀬先生とハクアは何故か4。いやいや、5で良いでしょう。
 ノーラの4もどうなんでしょう? ハクア並に努力家っていう評価になっちゃってますけど? ハクアが5だとしても4は高すぎるような……

 ……そんな感じで、あくまでも主観ではありますがあまり信用できなかったり。ホント何なんでしょう。コレ。


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05 純度

「うぅん……?」

 

 ふと、目が覚めた。あれ? 私確か道場で……

 ……ああ、師匠との訓練の後で倒れたんだね。いつの間にかコートが枕代わりになってるけど……自力で無意識に手繰り寄せてたのかもしれない。

 

 身体を起こして伸びをする。道場の固い床の上で寝てたので身体が少し痛む。

 あれ? そう言えば師匠はいずこへ?

 

 辺りを見回して、と言うか振り返ったら普通に居た。床に座り込んで何かしてるみたいだけど……

 

「……どうしたんですか、師匠」

「ハッ! な、ななっ、中川!? 起きていたのか!?」

「はい、たった今……どうしたんですか? そんなに慌てて」

「ななな何の事だ? わ、私は別に慌ててなど……」

 

 エルシィさんでも騙せないような明らかに無理のある誤魔化しだ。

 言動以前に、身体で何かを抱えて隠し持ってるのがバレバレだよ。

 事情を聞くべきなのか、そっとしておくべきなのか迷ったけど……決断を下す前に、音が聞こえた。

 

ニャ~

 

 ……紛れもなく、猫の鳴き声だ。

 

「……猫、居るんですか?」

「な、何の事だ? 私には鳴き声なんて全く聞こえなかったぞ?」

 

 私は猫が居るか尋ねただけで、鳴き声がしたとは一言も言ってないのですが……

 このままだと事態が進展しないので、スタンガンを抜き放ち全力で突き出す。

 

「っ!? っ!!!」

 

 寸止めせずとも期待通りに主将は避けてくれた。そして回避すると同時にこちらに向き直ったので、その腕に抱えているモノ……と言うか猫がバッチリと確認できた。

 

「……猫さんですね」

「あっ、いや、こ、これはだな、あの……その……」

「……猫さんですよね」

「うぐぐぐぐぐ……そ、そうだ! ネコだ!! 悪いか!!」

「いや、悪いなんて一言も言ってませんが……」

 

 とりあえず、師匠をなだめよう。話はそれからだ。

 

 

 

 

 

 

   で! 数分後!

 

 

 

 とりあえず猫を逃したり、スタンガンを置いて慎重に語りかけたりして何とかなった。

 

「落ち着きましたか?」

「あ、ああ……すまない。常に平常心であるべきだというのに、とんだ失態だ」

「でも、どうしたんですか? 猫と戯れてるのを見られたくらいであんな取り乱して」

 

 あんなに取り乱して、実は心のスキマでもあるんじゃないだろうか?

 ……な~んてね。行く先々で駆け魂持ちに出会うだなんて、そんなどこかの探偵さんみたいな事があるわけないか。

 それはさておき、私の質問に対して師匠は逆にこう問い返してきた。

 

「……お前は、さっきのを見て何も思わなかったのか?」

「と言いますと?」

「……私は武道家だ。武の道というものは険しい道だ。

 修行を1日休んだらそれを取り戻すのに1日では足りない。休む間も無く、脇目も振らず進みつづけ、それでも武の頂に辿り着ける者はほんの一握りだ。

 だからこそ! あのような軟弱なものと戯れて時間を潰すなど……あってはならないのだ!!」

「……でも師匠、凄く良い笑顔だったような……」

「そんな事は有り得ない! あったとしても気のせいだ! 忘れろ!」

 

 よ、要するに……猫が可愛すぎて集中できないって事だろうか?

 そう言えば、私の猫型スタンガンにも何か反応してたような……猫系全般、下手すると可愛いモノ全般が好きなのだろうか?

 何というか、凄く女の子らしい人だったんだね。師匠って。

 

「な、何だその目は! その道端で歩いている子ネコを見るかのような目は!!」

「こっちが訊きたいですよ。どんな目ですか」

 

 って、違う違う。そんな事はどうでもいい。

 可愛いモノが好きなら、女の子らしくしたいならそうすれば良いって言いたいけど……『武の道』とやらがそれを邪魔するわけか。

 

「師匠は、どうしてそんなに強くなりたいんですか?」

「……私が『春日流羅新活殺術』の伝承者だという事はもう知っているんだったな?」

「はい」

「では、それがどのように受け継がれるかも知っているか?」

「いえ、そこまでは流石に調べてないです」

「なら、そこから説明しよう。

 我が春日流では基本的には長男が流派の名を継いでいくのだ」

「長男が? でも……」

 

 師匠はどうみても女子だ。確かに口調は男っぽいけど、明らかに女子だ。

 これで実は女装した男子だとか言われたら……とりあえず、そのメイク担当を雇いたい。岡田さんなら間違いなく雇うと言い出すだろう。

 

「……ああ、私は男ではない。更に言うと長女ですらない」

「えっ、師匠ってお兄さんかお姉さんが……お姉さんが居るんですか?」

「その通りだ。2つ上の姉が居た」

「居た? っていう事はまさか……」

「ん? ああ、心配するな。死んだとかそういう話ではない」

「そうでしたか。良かった……のかな?」

「ああ。ただ、5年ほど前に道場を出ていって以来音信不通なだけだ」

「安心できませんよねそれ!?

 え? 5年前? えっと、師匠が高3で、2つ上のお姉さんだから…‥」

「姉上が出て行ったのは中学卒業の時だ。

 まぁ、あの姉上ならどこかで元気にやっているだろう。会いたいと思う事はあるがそれほど心配はしていない」

 

 どんな人なんだろう、そのお姉さんって。桂馬くんみたいな天才肌の人間なんだろうか?

 

「ともかく、姉上は道場を出て行った。そして、私に他の兄弟姉妹は居ない。

 だから、私が春日流を継がねばならなかった。私が強くあらねば、春日流は終わってしまう。

 ……これで、質問の答えになっただろうか」

 

 あ、そうだった。お姉さんのインパクトで忘れてたけど、これって私がした質問『どうして強くなりたいか』に対する回答だった。

 流派を継ぐ為に、流派を終わらせない為に、強くなければならない……か。

 でも、これって質問の答えになってないよね。私の質問は『強くなりたい理由』で、師匠の回答は『強くならねばならない理由』だ。

 

 本当にしたい事とすべき事が食い違ってしまってる状態か。なんだかどこかで聞いたことがあるような話だ。

 そんな状況に中学生の頃から、下手するともっと前から晒され続けてるんだね。何とかしてあげられないかな。







 原作10巻の裏表紙によれば檜さんは20歳だそうです。誕生日は8月5日なので原作でも本作でもその年度の誕生日は迎えていたので主将の2つ上となります。
 また、同じく10巻の主将のセリフで『中学卒業の日に道場を出て行った』ともあります。主将は当時中1から中2になる頃だった模様。そんな年齢で姉との決別と次期当主としての責任を押しつけられるって……かなりハードな人生を送ってますね。
 しっかし、未成年が親の保護も受けず生活して、最終的にはアメリカで女優として成功して帰ってくるって何気に凄まじいような……


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06 求道者の怠慢

 いくら考えても解決策なんて思い浮かばない。だから、私よりもっと頭の良い人に相談してみる事にした。

 

「……って感じなんだけど、どう思う? 桂馬くん」

「お前、駆け魂攻略でもないのに妙な事に首を突っ込んでるな……

 と言うか、何を悩んでいるんだ? そんなの簡単だろう」

「えっ、そう?」

「ああ。おそらくは非常に簡単な事だ。

 確認の為にいくつか質問させてもらうぞ」

「うん」

「その師匠はうちの学校の先輩で、スラッとした背の高い黒髪ロングの美人だと言っていたな?」

「うん」

「……その時点で100%の完全な武道家と言えないだろ」

「えっ? どういう事?」

「お前もアイドルやってるなら、見た目に気を遣ってるなら分かるだろ? 髪の手入れってのはそんな簡単なもんじゃないし時間もかかる。それなのに髪を切らずに伸ばしてる時点で武道家としては怠慢だろう」

「た、確かにそうだね……」

 

 私も前は長髪だったからお手入れにかかる手間は理解している。

 師匠が私ほど気を遣ってるとは思えないけど、完全放置だったらああはならないだろう。

 ……あれ? 桂馬くんは何でその手間を知ってたんだろう? ゲームからの知識かな?

 

「それにだ、武道一直線なら学校に通う必要すら無いだろう?

 姉とやらが出奔したのはその師匠が中1から中2になる頃だったらしいな。1年くらい経っても姉が帰ってこなかったらそいつが道場を継ぐとかいう話になるはずだ。

 跡継ぎになる事が決まった頃にはもう高校生だったとかならまだしも、その時期なら受験せずに道場に籠もる選択もできたはずだ」

「……確かに、そう考えてみると師匠の行動って無駄だらけだね」

 

 無意識のうちに『人としての最低限』を決めつけてたみたいだ。

 確かに学校に通う必要なんて無いね。私みたいに仕事してるわけだし。あれ、春日流当主って仕事だよね?

 普通の人から見たら修行に打ち込んでいるように見えるけど、徹底して時間を切り詰めているわけではないみたいだ。

 ……って事は、問題は『かわいいものと戯れる時間がないこと』ではない?

 

「……そういう事か分かった気がするよ」

「掴めたようだな。応援くらいはしてやる。頑張ってこい」

「うん。やってみるよ」

 

 これは駆け魂攻略なんかじゃないから失敗を恐れる必要は無い。

 とりあえず、やってみようか。

 

 

「あ。もしもし、岡田さんですか。ちょっと頼みたい事が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

   ……翌日 放課後……

 

 

「師匠! 質問があります」

「どうした改まって。言ってみろ」

「はい。師匠はどうして学校に通っているんですか?」

「……なに?」

「武道家として強さを求めるなら、授業なんて出ずに鍛えているべきですよね?

 どうなんですか?」

 

 師匠からの答えは無かった。黙り込んで、ひたすら考えているようだった。

 特に何か意図があって学校に通っていたわけではなさそうだ。

 

「昨日の話では、かわいいものと関われないのは『時間がもったいないから』って事でしたけど、実は違うんじゃないですか?

 時間なんて関係ない。ただ単純に『かわいいものと関わってたら自分が弱くなる』とか、そんな感じの事を考えてたんじゃないですか?」

「っ、あ、ああ。その通りだ。軟弱なものと関わっていて、強くなれるわけが無い!」

 

 神様じゃああるまいし、『時間が無い』なんて問題は私には解決できない。

 けど、それが問題の全てじゃないなら、こういう問題なら、私でも対処可能だ。

 

「……師匠、バカですか?」

「な、何だと!? どういう意味だ!!」

「だって、バカでしょう。『かわいい』という事の何たるかを知らない師匠がどうして『関わると弱くなる』なんて断言できるんですか。

 むしろ強くなれるかもしれませんよ?」

「そ、そんな事あるわけが無いだろう! バカバカしい」

「どうしてそんな事が断言できるかと言っているんですけど……このまま行くと議論は平行線になりそうですね。

 というわけで、準備して来ました」

「準備だと?」

「はい。校門の前で待ってもらってるんで行きましょう」

「ちょっと待て、一体何を……」

「行ってからのお楽しみです♪」

 

 

 

 

 

  で!

 

 

 

 

「……おい中川」

「何ですかぁ?」

「……このヒラヒラした軟弱な服は何だ! と言うかここはどこだ!!!」

 

 新品のアイドル衣装を身に纏った師匠の叫び声が、私が普段使ってるレッスン場にこだました。







 軟弱なものを忌避する武道一直線の主将ですが、意外と勉強もしっかりとやっているもよう。
 例のファンブックによれば、勉強の評価値は3、ちひろと同程度ですが……
 彼女の1日のスケジュールではしっかりと授業を受けており、就寝前に1時間の勉強時間が設けられていたりします。

 ちなみに、学生にも関わらず授業に参加しないスケジュールなのはかのん。あと、月夜さんは天体観測の為に時々サボるらしいです。
 また、学校の勉強に関する自習時間が設けられているのは主将以外では かのん・栞・結 だけだったり。
 かのんちゃんは事情が事情だから勉強しないとマズいとして、それ以外は見事に優等生キャラのみ。主将のキャラって武道家と言うよりは文武両道な優等生なのかもしれませんね。

 ……まぁ、このスケジュール表もあんまり信用できないんですけどね。昼食時間があったり無かったり、入浴時間があったり無かったりと。迅速に終わらせてるから書くのを省略しただけかもしれませんが、単純に雑な可能性が……


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07 理想のダンス

 軟弱って言葉がたくさん出てくるけど、正しい意味の軟弱なのか主将にとっての軟弱なのかは空気を読んで訳してください(笑)




 私の試みは至極単純。師匠に1日ほどアイドル体験をしてもらうだけだ。

 昨日の夜に岡田さんに頼んだら快くOKしてくれたよ。

 写真を送ったら何か『高身長で黒髪ロングの武道家アイドル……イケる!』とか言ってたのでそのうち正式にスカウトされるだろうけど……今はただの体験だ。

 

「可愛い服でしょう? マネージャーさんが用意してくれたんですよ」

「ぐぬぬぬぬ……こ、こんな事をしている時間は……」

「時間が無いなら2~3日学校をサボりましょう。多分すぐ追いつけますよ」

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 かわいい服を着た師匠が恥ずかしいやら嬉しいやらが入り混じったなんだかよくわからない顔をしてる。

 それじゃ、始めますか。まずは……

 

 

 

 

 

 

 

 く、屈辱だ。

 まさか私にこんな軟弱な格好をさせるなど!

 一体どうしてこんな事になったのだ!!

 

「うーん、辛そうですね」

 

 中川が呑気な声をかけてくる。

 くそっ、こんな事になるなら妙な事を話すんじゃなかった!

 

「辛いなら帰ってもいい……って言いたい所ですけど、流石にすぐに帰るのは我慢して下さい。

 そうですね。次に行くダンスのレッスンで合格点が貰えたら帰っても良いですよ」

 

 ダンスで合格点を取れだと?

 体を鍛えている私ならキレのある動きや妙な体勢でバランスを取る事など造作もないだろう。

 その程度の軟弱な事、楽勝だ!

 

「いいだろう。やってやろうじゃないか」

「そうこなくっちゃ。では頑張りましょう!」

 

 

 

 

 少し待つと、ダンスのコーチとやらがやってきた。

 無精髭を生やしたなんともやる気の無さそうな男だ。

 

「……で、えっと? 今日はかのんちゃんじゃなくてそっちの新人?

 ……あ~、まあ宜しく」

「宜しくお願いしますね」

(ちょっと待て)

 

 中川に小声で話しかける。

 

(おい、アレが本当にコーチなのか?)

(言いたい事は分かります。確かに見た目は凄くアレだけど、コーチとしての実力は本物です)

(……本当か?)

(ホントホント。アイドル、ウソつかない)

(……仕方ない。やってやろうじゃないか)

 

 コーチが何者だろうと、私の全力を出せば良いだけの話だ。

 これを片付けてサッサと帰るぞ!

 

「んじゃ、とりあえず見本のビデオを通しで見せるから、それと同じように踊ってみて。

 えっと……あれ? かのんちゃん、あのDVDってどこにしまったっけ」

「確か前回使ったのはあの時で……

 ……右の棚の上から2列目じゃないですか?」

「……お、あったあった。かのんちゃんやるねぇ」

「ちゃんと整理しといて下さいよ~」

「ハッハッハッ。手厳しいねぇ」

 

 なんといい加減なのだ。コーチの業界はよほど人が足りてないのだな。

 

「んじゃ、ポチッとな」

 

 流された模範のダンスはそこまで複雑な動きを要求するものでは無いようだ。

 覚えるのが少々面倒だが……動き自体で詰まる事は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 ビデオを見て、うろ覚えな部分は中川に指示を貰いながらなんとか踊りきる事ができた。

 途中詰まった部分はあるが、それを除けば動き自体は完璧だったはずだ。

 さぁ、どうだ!

 

「ん~……動き自体は完璧。50点」

「な、何だと!? どういう事だ!!」

「んぁ? だから、動き自体は完璧だったからおまけして50点。

 動きが悪かったらもっと下がってたよ」

「いやいや、動きは完璧だったのだろう? なら何故50点なのだ!!」

「はぁ……そっから説明せにゃならんのか」

 

 溜息を吐きたいのは私の方だ! 正しく評価されないのであれば合格点など取りようが無いではないか!!

 

「んじゃ、さっき撮ったビデオを見ながら解説するぞ。

 まず、これがお前のダンス」

 

 先ほどまでの私の姿が映し出される。

 うぅぅ……ヒラヒラした軟弱な服だ。こうして見せられると急に気になってきた。

 途中で止まる場面はあったが、動きは模範とほぼ完璧に同じにできているようだ。

 

「んで……ああ、丁度いいや。かのんちゃん、本物のダンスを見せてやってくれ」

「はい! 同じので良いですね?」

「ああ。その方が差が分かりやすいからな」

 

 今度は中川がダンスをするようだ。

 そこまで言うなら見せてもらおうじゃないか。本物のダンスとやらを。

 

 

 

 

 

 中川のダンスは動きは普通に完璧だった。

 だが、何かが違った。

 私のダンスをビデオで見た時と、中川のダンスを見た時に感じた違い、これは一体何だ……?

 

「教えてほしいって顔してるな。

 答えは簡単、『表情』だ」

「表情?」

「ああ。お前さんのダンスは嫌々やってるのが丸分かりだ。

 だが、かのんちゃんのダンスは観客全てを楽しませようと、そして自分自身が本当に楽しんでいる……かのような表情だ」

「妙な言い回しだな」

「そりゃまぁ、実際にはあんな簡単なダンスだから全力で楽しめるようなものじゃないし、観客も今は俺とお前の2人しか居ない。

 おそらく、ドームで踊った時とかを思い出して最高のコンディションに調整してるんだろう」

「そんな事までやっているのか……」

 

 表情だけでここまで変わるというのだろうか?

 少々信じがたいが……種が割れたなら簡単な事だ。

 

「んじゃ、もっかいやってみようか」

「望む所だ!」

 

 

 

 

 

 

「表情が固い! やり直し!」

 

「笑顔が引き攣ってるぞ! 60点!」

 

「……ハリボテ臭い。65点だ」

 

「動きがおろそかになってるぞ。シャキッとしろ!」

 

 

 ば、バカな……表情だけでここまで難易度が変わると言うのか!?

 信じがたいが……動きと表情を両立させるのは非常に困難だ。

 中川はこれだけの事を涼しい顔で……いや、表情を操ってるのだから涼しい顔なのは当たり前だが……いとも簡単そうにやっていた。

 実際にやってみれば分かるが、尋常ではない。

 

 結局、私が一応合格(75点)を貰えたのはすっかり日が落ちた後だった。







 主将ならマジで岡田さんにスカウトされてもおかしくない気がしなくもないです。ミスコン出られるくらいだし。
 まぁ、ラブコメの女性キャラって軒並みレベルが高いんで主将以外でもスカウトされそうな方はけっこう居そうですけど。原作の結とか。

 今回の『笑顔を保ちながらダンス』の話の元ネタは某学校でアイドルやってるアニメです。
 元ネタではアイドルを目指す素人に『お前は笑顔のまま腕立てができるか?』と問いかけるものでした。なお、問いかけられた彼女も苦労していたもよう。
 主将ほどの御方なら身体能力的には何とかなりそうですけど、笑顔で運動なんて全く慣れてないからかなり苦労するんじゃないかなと。


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アイドルの強さ

「どうでしたか師匠、一日アイドル体験……いや、一日レッスン体験?

 ……えっと、レッスンは」

 

 ホントはレッスンで合格点をもぎ取れたら別の事もやるつもりだったんだけど……こんなに難しかったんだね。魅せるダンスって。エルシィさんが割と簡単そうにやってるからすっかり忘れてたよ。

 ……無自覚に魅せるダンスをやってるエルシィさんは実は天才なんじゃないだろうか? いやまぁ、エルシィさんの場合は表情は合格点でも動きがボロボロ(プロ基準)らしいけどさ。

 って、エルシィさんの事はどうでもいい。今は師匠の事だ。

 

「師匠の言う『強さ』とはまた少し違うかもしれませんけど、ただお客さんに可愛く見せるだけであっても『強さ』は必要なんですよ。

 だから、その……」

「……言いたい事は分かっている。

 『軟弱なものに関わると弱くなる』というのは私の偏見だったようだ。

 ……すまなかった。お前の……アイドルという職業の事を侮っていたようだ」

「えっ? いえ、謝る事は無いですよ。そういう苦労を隠すのも仕事の一環と言えますし」

「そうなのか? だが、それでも謝らせてほしい」

「うーん……分かりました。私も今日は強引に連れてきちゃいましたし、それで差し引き0という事にしませんか?」

「いや、しかしそれも……まあいいか。分かった。感謝する」

「ええ。どういたしまして」

 

 今回の事で師匠が少しでもかわいいものと気兼ねなく触れ合えるようになれればいいな。

 とは言っても、時間が限られているという問題はまだ残ってるからあんまりのめり込み過ぎないようにしなきゃいけないんだよね。

 うん、まぁ……程々に付き合えると良いね。

 

「ああそう言えば、今回の件で腑に落ちた事がある」

「え? 何ですか?」

「お前の強さについてだ。アイドルとしてではなく、武道面でのな」

「えっ? またまた。私なんて強くないですよ」

「いや、条件付きな上に禁じ手を使ったとはいえこの私を昏倒させたのだから相当なものだと思うが……まあそこは置いておこう。

 私が言いたいのは、お前のアイドルとしての強さが武道にも影響されたという事だ」

「……ごめんなさい、さっき偉そうな事を言いましたけどどういう事か全く分かりません」

「あのコーチも言っていた『表情』の事だ。

 戦いを生業とする者達は実に様々な理由で戦う。そして、それは表情にも現れる。

 純粋に戦いを楽しむ者も居れば怪我を恐れながら戦う者、顔に狂気を浮かべる者、と言った具合にな。

 だが……『相手を楽しませるような顔』で戦う者などまず居ない」

「そりゃぁ……確かに居ないでしょうね……」

「絶対に取らないような行動を取っている相手、本人に言う事では無いが……凄く得体が知れないだろう?」

「……そうですね」

 

 戦闘中に相手が凄くにこやかにしていたら……確かに不気味だ。

 私もそうだったのだろうか……?

 

「無論、あからさまにそういう表情をしていたわけではないが……」

 

 あ、そうでしたか。良かった良かった。

 

「いつもそういう表情をしているせいかそういう雰囲気が滲みだしていたんだろう。

 むしろあからさまにやられるよりも警戒心を煽られていたようだ」

 

 表情の雰囲気を感じ取るとか、達人しかできない事をさり気なくやっていらっしゃるような……

 

「更に言うなら、痛みを感じた時に取り繕うのも上手いだろう?」

「まぁ……はい」

「ダメージを与えたはずなのに平然としている。

 効いていないのか、効いていても気にならない程度なのか……そんな風にとてつもない脅威に感じるのだ」

「……そういうものなんですか」

「そういうものだ。

 そういった僅かなものの積み重ねによって必要以上にお前を脅威に感じてしまったのだろう」

「そうだったんですか……それじゃあやっぱり私はそんなに強くないって事ですよね?」

「いや、それを差し引いても十分強いが……」

 

 師匠ったらお世辞を言っちゃって。アイドル面はともかく武道の面において私が強いだなんてある訳が無いのに。

 飛行魔法とか拘束魔法を解禁して良いなら話は別だけどさ。

 

 

「さて、明日からまた修行に励むとするか。

 ……空いた時間に息抜きもしながら……な」

「あ、なら今度私のライブ映像でも持ってきましょうか? 今日のダンスよりもずっと難しいのを踊りながら歌ってる映像ですよ!」

「ふむ、それも良いかもな」

 

 今日の放課後の師匠と比べて、今は心なしか穏やかな表情になっている気がする。

 きっと、師匠はこれから武道家としても、女の子としても強くなっていくんだろうな。

 最低限のお手入れしかしてないでこの容姿ならちゃんとお手入れすればどれほど伸びるんだろう?

 そんな事を思いながらぼんやりと師匠を眺めていた。

 

 

 ……そして、何かドロドロした半透明のものが師匠から出てきた。

 

 

 …………え?

 ええええええっっっっ!? か、駆け魂!? 駆け魂だよね!?

 そ、そう言えばセンサーは1回も近付けなかったような……

 って、そうじゃない! どうすれば良いの!? えっと、エルシィさんを呼んで……あっ、アレもあった! 拘束魔法だ!

 これが活躍するのって凄い久しぶりな気がするよ……と、とにかく、えいっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って事があったんだよ」

「それは……災難だったな」

 

 電話を受けたエルシィがどこかにすっ飛んで行ったかと思ったらしばらくしてかのんと一緒に帰ってきた。

 どうやらその師匠を気付かずに攻略してたらしい。運が良いのか悪いのか……

 

「なにはともあれ……お疲れさま」

「うん、疲れた。精神的に凄く疲れたよ……」

 

 相当ビックリしたんだろう、かのんが珍しく弱音を吐いている。

 ……少し励ましておくか。

 

「攻略の苦労は僕も身をもって知っている。

 結果的にとは言え、それをただの善意だけでやるなんてそうそうできる事じゃない。

 よく頑張ったな」

「え? も、もしかしてだけど……桂馬くん、私の事を励ましてくれてる?」

「な、何だその意外そうな顔は! 別に良いだろ!」

「意外そうって言うか本当に意外だったんだけど……ありがとね」

「……フン、万が一お前が潰れたら僕の負担が激増するからな。それを回避したまでだ」

「そっかぁ。それならそういう事にしておくよ」

 

 そういう事にしておくも何も、そういう事なんだが?

 

 しっかし、3年でもちゃんと駆け魂は居たんだな。中3のみなみや愛梨のばーちゃんにも居たから当然の事なんだが……

 ……うちの学園には一体どれだけ駆け魂持ちが居るってんだ?

 考えるだけで気が滅入るな。どうか見つかりませんように。







 以上で主将編終了です!
 今回の話を書いてて何かなかなか駆け魂センサーが鳴らなかったのでせっかくだから最後まで隠し通してみました。
 桂馬だったら必要を感じない攻略なんて絶対にやらないだろうけど、かのんなら善意だけでここまで行けるんじゃないかな~と。
 導入がやや強引だったり、ギャグ描写の悪用によるかのんの強化(凶化?)があったりしましたが、いかがだったでしょうか?

 主将の問題点は原作では『武道と女らしさ、そのどちらかの道を選べずに分裂してしまった』って感じでしたが、より正確には『それらが相反するものだという思い込み』なのかもしれませんね。
 原作の桂馬の『かわいくて強いものもある』という台詞は問題の本質を突いていたのかも……

 今回の話のサブタイトルを一瞬だけ『概念の魅了者』にしようかと思いましたが流石に止めました。伝わる人にしか伝わらないし、ギャグ描写をフル活用したかのんちゃんすら可愛く見えるあの人外といっしょにするのはどうかと思ったので。


 では、次は体育祭後編です。明日投稿です! 行ってみましょ~!


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スポーツフェスティバル編
プロローグ


 ついに体育祭の日がやってきた。

 1週間ほど前は女神の調査がうんたらかんたらで出る必要があるみたいな事を言っていたが、麻美がアッサリとアポロの事を教えてくれたので無理に出る必要も無くなった。

 そういうわけで、今日は休もう。アレだ、ほら、丁度テロリストと遭遇して銃で撃たれたんだよ。いやぁ、傷が悪化するといけないから休むしか無いな! あー残念だな。

 仕方ないからゲームしよう! 何? そんな事したら撃たれた傷(嘘)が開く? フン、ゲームしてて怪我が悪化するなんてあるわけが無いだろう。

 

「フハハハハハハ!! ゲームに没頭できる日常、なんて素晴らしいんだ!!」

「……そんな事だろうと思ったよ」

「っっ!?」

 

 突然後ろから声が聞こえたので慌てて振り返る。

 そこに居たのは、かのんだった。

 

「な、中川!? どうやってここに!?」

「羽衣さんに鍵を複製してもらったんだよ。

 普段ならともかく、今回は明らかに桂馬くんが悪いから使わせてもらったよ」

「ぐっ、まさかお前は僕を体育祭などというものに連れていこうとしているのか!?

 麻美があっさり吐いてくれたから行く必要が無くなったというのに!!」

「いや、麻美さん以外にも女神候補は一応居るわけだし……

 それ以前に、サボるのは良くないよ」

「お前だってしょっちゅう学校をサボって……ってのは流石に暴論か。

 だがしかし! 僕はここから動くつもりは無い!」

「……そんな事を言うんだったら『コレ』の実験台になってもらっちゃおうかなー」

 

 そう言いながら中川が取り出したのは伸縮する固そうな棒だった。特殊警棒……か?

 いや、僕の本能がコレは何か別の物だと告げている。

 

「……何だその悍ましい気配を放つ棒は」

「スタンロッドだよ。棒の先端から超高電圧の電気を流す感じの奴。師匠との組手でも使ってるんだけど、実際に電気を流した事は1回も無いんだよね~」

 

 そう言いながらにこやかな顔でバチバチと火花を散らす。

 ……どうやら部屋への侵入を許した時点で敗北は確定していたようだ。

 

「……分かったよ。行くか」

「よろしい。じゃ、準備してね」

 

 

 

「あ、そう言えばお前結局体育祭出る事になったのか?」

「うん。全員参加の競技と、師匠のお手伝いにね」

「……そこまで出るなら僕の二人三脚も代わりに出てくれれば良かったのに」

「いやいや、麻美さんもきっと楽しみにしてるよ? 出てあげようよ」

「……どうだかねぇ」

「桂馬くんは攻略を失敗したって言ってたけど、完璧に失敗したわけじゃないんでしょ?

 女神の事もあるんだし、ちょっとは気を遣ってあげたら?」

「…………」

 

 女神……か。

 ディアナによれば、女神は愛の力で復活する。

 そしてより大きな愛の力を手に入れる為に結婚しろと迫ってくる。

 だが、アポロはそこまで積極的に迫ってくるわけじゃない。

 アポロがノーテンキなだけ……ってわけじゃないんだろうな。

 

「……ま、僕にできる範囲でやるか。

 お前も勿論協力してくれるんだよな?」

「えっ、そりゃできる範囲で協力はするけど……私にできる事ってある?」

「……今は無い。が、後で必ず出番が来るだろう。その時は、頼むぞ」

「…………分かった。私に任せて」

 

 6柱の女神全てがこの近くに集められているなら、僕達は何らかの形で必ず関わる事になるだろう。

 何故断言できるかって? それは勿論、現実(リアル)は悪い意味で信頼できるクソゲーだからだ。

 

 

 

「あ、そう言えばお前の師匠の記憶って操作されてないのか?」

「攻略と全く関係ない行動だったからね。一応、チラッと見られた駆け魂や魔法とかの操作はされてるらしいよ」

 

 

 

 

 

 

 うちの学校には高等部と中等部があるが、体育祭は別々の日に行われる。今日が土曜で、明日には中等部の体育祭が行われるはずだ。

 合同でやるとなっていたらかなり大掛かりなものになったのだろうが、まぁ普通と言える規模に収まっている。

 

 イベントスキップが実装されていないクソゲーな開会式が終わるとクラス毎に集まる。

 集まった連中に対してドS(二階堂)が激を飛ばす。

 

「諸君! 今日1日でこのクラスの存在意義が決まる!

 絶対に優勝せよ!!」

 

 激……激で良いんだよな? ちょっと何言ってるかよく分からないが多分激だ。

 

「あの二階堂という教師も大げさな事を言うのぅ」

「……おいアポロ、人が大勢居る場所で入れ替わるのは止めておけ」

「良いではないか。鏡も無いし」

「……これで良いか?」

 

 PFP(予備)で麻美を映し出す。

 くそっ、片手だと操作しづらいな。

 

『助かったのじゃが……お主、どうしてそのぴぃえふぴぃを2台も持ち歩いているのじゃ?』

「? 何か問題でもあるのか?」

『そんなキョトンとされても困るのじゃが……』

「それに、2台じゃないぞ。2台だけな訳が無いだろう?」

 

 今日は体育祭用のジャージを着ているのでいつもよりは少ないがそれでも沢山持ち歩いている。

 

『……お主、本当に人間なのかや?』

「あの……それ以前にどうやって片手で操作してるの?」

「? 見たまんまだが?」

「見ても分からないから訊いてるんだよ……」

「フッ、おかしな奴らだ」

『お主の方がおかしいんじゃからな!?』

 

 全く失礼な。

 さて、出番まではまだまだ時間がある。少しのんびり過ごすか。







 原作のエルシィのモノローグで『私たちが目指すのは高等部優勝!』みたいなのがあるので中等部も体育祭はやってるんでしょうね。
 ただ、紅組白組とかに分かれてるならともかく、クラス単位で競うのに同時にやる意味はあまり無さそうだし、漫画の絵を確認しても高等部の得点表しか見あたらないので週末のうち片方ずつ行うとしてみました。
 神のみ世界では土曜日は休みではないですが……高校の体育祭なら保護者もあまり来ないから別に良いかな~と。


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01 出場競技 午前の部

 出発前にかのんが軽く触れていたように、クラス全員が参加する競技も存在する。

 なので、僕が立候補した競技は二人三脚だけだがそれ以外にも出場しなければならない競技が存在する。

 例えば……男子が全員出場する棒倒しとかな。

 

 ……何でこんな前時代的な競技があるんだろうな? ホント。

 

 で、これも前に触れて……いや、触れてないか? そう言えば触れてなかった事だが……

 うちの学校は元々女学院だったんで男子の数が極端に少ない。具体的な比率で表すとおよそ1対5だ。

 

 ……まさかとは思うが女学院の時代からあったんだろうか? この競技。

 

 例えば、うちのクラスはいつも居ないかのんを含めても30人だが、男子は僕を入れて5名だ。とてもじゃないが棒倒しなんてできやしない。

 なので、原則としてクラス対抗の体育祭の中でもこれだけは学年対抗で行われるのだ。

 うちの学年の4クラスで20人のチーム、それが各学年で3チームなので合計60人。こんな男女比でもかき集めればなんとか形になるようだ。

 

 

『お前ら! 気合はバッチリか!』

 

「「「「「「おおおおおーーー!!!!」」」」」」

 

 

 2年のリーダーらしき人物が椅子の上に立って何か喋っている。うるさい。

 まあいいや。今のうちにPFPを避難させておこう。割れたら大変だからな。

 えっと……ああ、丁度いい所に居た。

 

「吉野、ちょっといいか」

「え? あ、うん。どうしたの?」

「今から棒倒しなんでコレ預かっててくれ」

 

 手に持っていたPFPを渡し、懐から予備を渡し、予備の予備を渡し、予備の予備の予備を……

 

 

  ……中略……

 

 

 ……の予備を渡し、これで完璧だ。

 

「け、桂馬君……こんなにどうやって持ち歩いてたの……?」

「ん? 手で持ち歩いていたが?」

「明らかに手だけじゃないよね!?

 って違う! そういう問題じゃないよ!!」

『明らかに人間の範疇を越えておるのぅ。落とし神とはよく言ったものじゃ』

「ん? 確かに僕は落とし神を名乗っているが、お前に言った事があったか?」

『郁美が言ってたのを聞いたぞよ!』

「……ああ、なるほど」

 

 そう言えばあいつには名乗ってたか。

 まぁ、何はともあれ準備完了だ。

 棒倒しなんて所詮は必勝法がほぼ確立されているゲームだ。気楽に行こう。

 

 

 

  ……数分後……

 

 

「ぐはっ!!」

 

 あれ? おかしいな。棒倒しなんて楽勝のはずなのに……

 ……あ、しまった、これ、現実(リアル)だった。

 現実(リアル)はやっぱりクソゲーだ……

 

 

 

 

 

 

 自信満々にグラウンドに出て行った桂馬君はアッサリと散っていった。

 だ、大丈夫なのかなぁ……

 

『……あ奴、どうしてあんなに自信満々だったのじゃ?』

「さ、さぁ……」

 

 桂馬君が私に預けたPFPを鏡代わりにしてアポロと話す。

 テレパシーみたいなのでも話せるけど、何かに姿を映した方がお互いに話しやすいのだ。

 

『じゃが、これはチャンスじゃな』

「どういう事?」

『忘れたのか? 妾の専門は医術じゃ!

 妾の力を使って桂木を介抱してやればググッと距離を縮められるぞよ!』

「……距離はともかく、手当てはしてあげたい。お願いできるかな?」

『うーむ、恋愛は妾の復活にも繋がるから麻美には頑張ってほしいのじゃが……無理強いはできんのぅ。

 む、競技が終わったようじゃな。助けに行くと……』

 

「神にーさまー!! 大丈夫ですかぁ!!!」

 

 行こうとしたら、エリーさんに先を越されたようだ。

 えっと……どうしよう。

 

『何をボサッとしておるのじゃ。女子(おなご)が1人で男子を運ぶのは辛かろう。

 麻美も行くのじゃ!』

「そ、そうだね。行こう!」

 

 

 その後、エリーさんと一緒に桂馬君を保健室まで運んだ。

 何かボロボロになってるけど、大丈夫なのかなぁ……?







 ちょっと短いけどここまでです。

 原作9巻カバー裏を見ると2-Bの席の数はかのんの席も含めて30。
 体育祭の得点ボードを見る限りではクラスの数は3学年×4クラスで計12クラス。
 よって、高等部の生徒数は360人。
 中等部も同じとすると合計720人です。
 しかし、原作1巻では男子の数約200、女子は約1000との事です。合計は約1200。
 これはまぁ、単純に学年毎に生徒の数が結構違うって事なんでしょうね。
 ただ、人数差がある設定にすると何かと面倒なので人数はそのままで男女比だけ1巻の設定を採用したいと思います。
 しっかし改めて見ると相当偏ってますね……どっかの監獄とか兵器の訓練所とかに比べれば大分マシですけど。

 必勝法がほぼ確立されてるゲームの元ネタは某有名なギャルゲーの2作目。
 あのゲームでは何故か主人公が戦略の指揮を執るので適切な指示を出してやれば大体勝てる……らしいです。
 なお、仮に現実(リアル)で同じ戦術をやっても普通に負けそう。相手はCPUじゃなくて人間なので。


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02 治療術

「わざわざに~さまを運んでいただいてありがとうございました!」

「わ、私はちょっと手伝っただけだよ」

「それでもありがとうございました! 私だけだったら引きずって行かなきゃならなかったですから!!」

 

 意外と物騒な事を考えてたみたいだ。阻止できて本当に良かった。

 ……でも、エリーさんが桂馬君を引きずり始めたら流石に誰かが駆け寄ってくるんだろうな。ちひろさんとか、結さんとか。

 

「もうしばらくしたら私のバケツリレーが始まっちゃうのでそろそろ戻りますね。それじゃ!」

 

 そう言ってエリーさんは走り去って行った。

 残されたのは私と、ダウンしている桂馬君。

 私は……どうしようかな。

 

『まずは傷の手当てじゃろう? 妾と交代じゃ!』

「そうだったね。それじゃあお願い」

 

 幸いな事に私たちの他には誰も居ない。

 堂々とアポロを出しても大丈夫そうだ。

 私と入れ替わったアポロは手をにぎにぎさせたりして身体の調子を確かめているようだ。

 

「……うむ、心なしか動きやすくなった気がするのぅ。

 やはり、桂木との接触は愛の力が高まるようじゃな」

『……あの、1つ気になったんだけどさ、愛の力って何なの?』

「何と言われても、妾達女神の力の源じゃ!」

『それは分かってるよ。そうじゃなくて……

 えっと……その『愛』っていうのは『恋愛』以外も含まれるの?』

「勿論じゃ。そうでなかったらあのディアナが能力を振るえるわけが無かろう。

 今でこそお主らから愛の力を拝借できておるが、元は独立した女神じゃよ?」

『……ああ、あのヒト……じゃなくて神様か。確かにそんな感じだったね』

「うむ。とは言え、『恋愛』が一番効果があるのは確かじゃがの。

 お主の場合は……恋愛はあるようじゃが、比率としては半分くらいじゃのぅ」

『半分……うーん……』

 

 桂馬君の事が好きかと問われたらまあ好きだけど、大好きかと問われたらそうでもないと答えるだろう。

 何て言うか……桂馬君は凄すぎて、私にはついていける自信が無い。桂馬君とまともに付き合える人はよっぽどの天才か変人だけだろう。

 凄く奇妙な話だけど、好きだけど恋愛対象ではないのだ。

 萎縮してしまって遠慮してるとか、諦めてるとか、そういう話でもない。

 今のこの距離感が桂馬君と付き合っていく上で一番適切な距離感だ。そんな気がする。

 

「では、始めるとするかの。久しぶりじゃから失敗するかもしれんがまぁ何とかなるじゃろ」

『えっ? 今何か凄く不穏な台詞が聞こえたんだけど?』

「心配するでない。例え失敗したとしても大した事には……あ」

『何!? 今の『あ』って何!?』

「だ、大丈夫じゃ。ちょいとうっかり心臓を止めてしまったが、すぐにまた動かしたので大丈夫じゃ」

『何をどうしたら心臓が止まるの!?』

 

 心臓はある意味止まったり動いたりしてる臓器だから本当に短時間なら止まっても大丈夫……な気がするけど……

 このヒト、もとい神に治療を続けさせて大丈夫なのだろうか?

 

「では続きを……あ」

『今度は何!?』

「安心せい。別に失敗したとかそういう話ではない。

 ただ……気付いた事があってのぅ」

『気付いた事?』

「うむ。気付いておるかもしれんが、妾とお主は身体の感覚も共有しておる。

 例えば交代しておる時に妾が転べば当然妾は痛いが、お主も同じように感じるわけじゃな」

『言われてみれば確かに……全然気付いてなかったけどそうだね』

 

 今だって冷房が効いてて外よりは涼しいのが伝わってくるし、来ているジャージの感覚も……一応ある。

 そもそも音が聞こえたり物が見えたりする時点で感覚がオフになってないのは確かだ。

 

「うむ、じゃから……」

 

 あれ、何だろう? 何だか凄く嫌な予感が……

 

「……この状態で、桂木にキスでもしたらどうなるのかと……」

『っっっっっっっっ!?!?!?!?!?!?』

 

 何かこの女神、とんでもない事を言い出した。

 

『ダメッ! 絶対にダメだからね!!』

「むぅ、良いではないか。1回も2回も変わらんじゃろ」

『そういう問題じゃないから!

 と言うか、1回目は……その……事情があったわけだし』

「では今回も事情があれば良いわけじゃな? では……」

『そういう問題でもないから!!

 と、とにかく、早く治してあげて!!』

「仕方の無い奴じゃのぅ。

 ……ほれ、これで大体治った……はずじゃ」

『どうして最後で不安にさせるかなぁ……』

「流石に悪化する事は多分無いから安心せい!」

『……そういう事にしておくよ。それじゃあそろそろ交代して』

「そうじゃのぅ。久しぶりに力を使って少し疲れたのじゃ。

 妾はしばらく休むと……

 くー……」

 

 ……寝ちゃったみたいだ。女神の力って使うと結構疲れるのかな?

 アポロが奥の方に引っ込んで行ったので自然と交代された。うーん、どうしようかな。

 ……もうしばらく、桂馬君の様子を見ておこうか。アポロが何かやらかしてないとも限らないし。







 ちょっと遅い解説ですが、明言したのは今回が初めてなのでここで解説。
 女神の力の源である『愛の力』については『恋愛のみ』なのか『それ以外も可』なのかの解釈をかなり迷ったのですが……奇しくも女神が義姉妹である事の出典である『コアクマのみぞ知る女神』で『ユピテルの姉妹は姉妹の絆によって力を発揮する』みたいな事が書いてあったので迷いは吹っ切れました。
 絆、姉妹愛が可なら大体可だろう……と。
 仮に違ったとしても本作の独自設定で可という事にしておきます。
 なお、恋愛を回避できる代償として回復は遅い模様。アポロなんてハイロゥ(リング)すら取り戻してないし。いやホントどうしよう。

 この解釈が正しいという仮定で原作を振り返ると……何か、ディアナがエルシィと同レベルのポンコツに見えてきました。

エルシィ「心のスキマを埋めるには、恋がイチバン!」
ディアナ「女神は愛の力で復活します。だから天理と結婚してください!」

かのん「……あの、恋愛じゃなくても普通に埋まったんですけど?」
アポロ「ディアナは大げさじゃの~」

 ……まぁ、『恋愛』が一番強力なんだろうなとは思いますけど、この2名の発言が無ければ物語の流れは大きく変わってたかもしれませんね。
 むしろあの流れにする為にこの発言があったとかいうのはきっと気のせい。


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03 歌姫様の出場競技

 ふと目を覚ますと、知らない天井が見えた。

 あれ? 何があったんだっけ?

 確か……ああそうだ、現実(リアル)仕様でクソゲーになった棒倒しに参加したらエラい目に遭ったんだった。

 身体を起こして辺りを見回す。

 

「あ、起きたんだね、桂馬君」

「ここは……保健室か?」

「うん、そうだよ。エリーさんと私でここまで運んできたの」

「そうか……わざわざスマンな」

「これくらいなら大丈夫だよ」

 

 会話しながらも懐からPFPを取り出そうとして……気付いた。そう言えば、全部預けていたなと。

 

「吉野、預けておいたPFPってどこにある?」

「起きたばっかりなのに真っ先に気にするのはそこなんだね……

 外に置いてきちゃったから今は無いよ。取ってこようか?」

「……いや、どういうわけか身体が痛まない。グラウンドまで戻るとしよう」

「そ、そっか……じゃあ一緒に行こうか」

 

 

 

 

 

 

 グラウンドに着いた僕達に真っ先に声を掛けてきたのはちひろだった。

 

「お~、あさみんに桂木! やっと戻ってきたね!」

「どうした? 二人三脚はまだまだ先のはずだが?」

「うん。お2人さんの出番はまだ先だけど、そろそろスゴいのが始まるみたいだよ」

「スゴいの?」

「うん。運動部の部活動紹介だよ!」

 

 部活動単位での出席になる競技なんでホームルームでは触れられなかったが、確かにそういう競技(?)も存在している。なお、当然ながら得点には加算されない。

 運動部と言うと……こいつと仲が良い連中では歩美と京が該当するか。

 だが、陸上部の紹介で『スゴいの』なんて言葉が出てくるだろうか? いや、他の大抵の部活にも言えそうだが。

 

「もー、反応鈍いね。なんたって今回は『あの人』が出てくるんだよ!!」

「誰だ」

「ふっふ~ん、その様子じゃ知らないみたいね~。

 そゆことなら、見てからのお楽しみね」

 

 そうやって言いたいことだけを言ってちひろは自分の席へと帰って行った。

 

「……吉野、お前何か聞いてるか?」

「ううん。一体誰の事だろう……?」

「……考えても仕方ないか。のんびり待つとしよう」

 

 とりあえず……ゲームしよう。

 

 

 

 

 

 ゲームを始めてから数分、部活動紹介が始まった。

 それぞれの部活に与えられた時間を使ってその部ならではのパフォーマンスを行っている。

 何というか……普通だな。特にスゴい感じはしない。

 所詮はちひろか。そう思ってPFPに視線を落とす。

 

 

『続いて、女子空手部の紹介です!』

 

 そんなアナウンスが聞こえてから数秒、グラウンドが歓声に包まれた。

 何だ何だと思って視線を上げる。

 グラウンド中央に居るのは黒い長髪が目立つ背の高い女子。そしてもう1人、道着を身につけたピンクの短髪の……

 ……僕の相棒こと中川かのんだった。

 

「って、ちょっと待て!! どういう事だ!!」

「桂木ったら知らなかったの~? かのんちゃん、数日前から女子空手部でお世話になってるらしいよ」

「いや、それくらい……ゲフンゲフン、へーそーなんだー」

 

 それくらい当然知ってたが、とりあえず知らなかった事にしておこう。

 そう言えば、今朝話した時に『師匠のお手伝い』とか言ってた気がするが……お手伝いってこういう事かよ!

 

「正式には部員じゃないらしいけど、今の女子空手部って部長1人しか居ないらしいからそのお手伝いだってさ」

「へー」

 

 お手伝いねぇ……

 瓦割りの為の瓦を運ぶとかの雑用とかだろうと思っていたが、どうもそんな雰囲気では無さそうだ。

 そんな事を考えていたら、部長らしき人物の方が動いた。

 

「フンッ!!」

 

 かのんの顔面目がけて正拳突きを放つ。

 アイドルへの容赦ない攻撃に会場から悲鳴が上がる。

 ……が、かのんはその拳を軽くいなした。

 部長の方も当然想定済みだったのだろう。流れるような連続攻撃をくり出す。

 しかし、そのどれもがクリーンヒットせず華麗にいなされる。

 そんなやりとりが続いた後、終わりを迎える。

 部長のやや大ぶりな攻撃を受けたかのんは逆に相手の腕を掴んで地面に投げ倒し、間接を極めたのだ。

 かのん……1週間にも満たない間にこんなに強くなってたのかよ。

 

 かのんが拘束を解いた後、部長は立ち上がりお互いに礼をした。

 その後、部長は係の人からマイクを受け取った。

 

『彼女のようになりたい者は女子空手部へと来るが良い。

 本気で強くなりたい意志があるならば誰であろうと成長を約束しよう!

 以上だ』

 

 最後に、会場からの割れんばかりの歓声でその紹介は締めくくられた。

 

「ね? スゴいっしょ?」

「……まぁ、そうだな」

 

 ちひろの言うことに素直に同意するのも癪だが……確かに凄かったよ。







 言うまでもない事ですが、部活動紹介は原作では確認できる範囲では存在しない競技(?)です。
 前章との繋がりとかもあるので折角だから入れてみました。
 なお、流石に主将は手加減していた模様。


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二人三脚と呼び方

 全員参加の応援合戦などの競技……いや、点数は入らないから競技ではないのか?

 とにかく、そんな感じのものも終わりついに二人三脚の時間がやってきた。

 いや、別に待っていたわけではないんだが……これさえ終われば参加義務のある競技は無くなる。強いて言うなら閉会式くらいだ。

 

「桂馬君、頑張ろうね」

「……まぁ、怪我だけはしないようにな」

 

 たかが二人三脚でさっきの棒倒しほどヒドい事にはならないだろうが、妙な怪我をしてまた保健室に行くのは面倒だ。

 そう言えば、ほぼ全快している気がするな。麻美が……いや、アポロが何かやったんだろうか?

 

 

 配られた布でお互いの足首を結びつけてスタートラインに立つ。

 

「桂木~! ぶちかませ~!」

「ファイトです、神に~さま~! ぶっ飛ばしちゃってください~!」

「頑張れ~!」

 

 応援……と言うか野次が2-Bの方から聞こえてきた。

 ちひろとエルシィとかのんが先頭に立って何かやってるみたいだ。

 さて、こういう場であの3人が先導するとどうなるか。

 答えは簡単だ。クラスの連中が一丸となって応援し始める。

 

「やっちまえオタメガー!」

「あさみんもがんばれー!!」

 

 ……これはアレか? 僕があからさまに手を抜かないようにプレッシャーをかけようというかのんの策略か?

 いや、そんな手間がかかる上にそこまで効果の無い事はしないか。単純にクラスの一員として応援しようとしただけだろう。かのんは勿論、エルシィもちひろも深くは考えてないんだろうな。

 

「……クラスのムードメーカーと愛されマスコットと正真正銘のアイドル……ですか。

 あの3人の人気は凄まじいですね」

「ん?」

 

 隣から聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返ると、そこには結が居た。

 

「何だ結、居たのか。二人三脚に参加してたんだな」

「はい。運動はあまり得意ではないのでなるべく配点が少ない競技に……と」

「ああ、お嬢様だもんな。通学も昔の青山みたいに車とかなのか?」

「最近まではそうでしたが、今は自分の足で通っています。少しでも体力を付けておきたいので」

「ふ~ん……」

 

 結の家、結構遠かったと思うんだが……

 まぁ、本人が満足してるなら構わないか。

 

「そろそろ始まるようですね。お互いに健闘を尽くしましょう」

「程々に頑張るとするよ」

 

 結との会話を切り上げ、改めてスタートラインに向き直る。

 ゲームだと簡単な二人三脚だが、何故か現実(リアル)では転びそうになる事態が多発する。堅実に行くとしよう。

 

「それでは位置について、ヨーイ……」

 

パァァン!!

 

 ピストルが開始を告げた。

 それと同時に僕達もゆっくりと走り出す。

 

「外、内、外、内、外、内……」

 

 ゆっくりと、しかし確実に歩みを進める。

 そんな作戦がが功を奏したのか、僕達は途中でコケた2-Cのペアを抜き去って見事に3位を勝ち取った。

 オリンピックだったら銅メダルだな。実際には下から2番目だが。

 なお、結のペアは2位だった。

 

 

 

「神にーさま凄いです! 2点入りましたよ!!」

「たかが2点、されど2点。

 この2点が、後に私たちの命運を分けるとは、今はまだ誰も気付いていなかった……」

「いや、たかが2点だからな? 最下位でも1点入る事を考えると実質1点だからな?」

「もー桂木ったらノリ悪いな~」

 

 下から2番目にも関わらずクラスの連中は大騒ぎしていた。

 ま、僕は勿論麻美もそこまで運動できるタイプじゃないしな。ビリを回避できただけでも話の種にはなるんだろう。

 

 自分の席に戻ってようやく一息吐く。さて、後はのんびりゲームしよう。

 

「あの……桂馬君」

「……ん? 吉野か。どうした?」

「えっと……その……」

 

 どうも要領を得んな。

 待つのも面倒なのでPFP(予備)で麻美の姿を映してやった。

 

『おお、気が利くのぅ』

「で、何の用なんだ?」

『え~っとじゃな……まあよいか。麻美、妾から言ってしまうぞよ』

「えっ、あ……う、うん。お願い」

『うむ、桂木よ。1つ訊きたい事があるのじゃ』

「手短に」

『すぐ済むわい。

 お主、何であの結とやらは下の名前で呼んでいたのに麻美は名字呼びなのじゃ!』

「……あえて理由を答えるなら、結本人に名字は嫌いだから名前で呼んでほしいと言われただけだが」

『では、麻美も頼んだら呼んでくれるのじゃな?』

「まあそうなるが……そっちの方が良いのか?」

『勿論じゃよ!』

「お前には訊いてない。本人に訊いてるんだ」

「うぅ、そ、その……」

 

 麻美は何やらもじもじしていたが、しばらく待ってやるとやがて口を開いた。

 

「……で、できれば……下の名前で呼んでほしいかなって……」

「……分かった。改めてよろしくな。()()

「う、うん。宜しく……桂馬君」

 

 

 

『うむうむ、よきかなよきかな。

 愛の形というのも様々じゃのぅ。

 麻美が望む未来を掴み取れるよう、祈っておくとしようかの』

 

 

 

 

 

 

 ……その後、クラス対抗のリレーでアンカーの歩美がぶっちぎりでゴールして全ての競技が終わった。

 総合得点もうちのクラスが1位だったようだ。何でも最後のリレーでギリギリ逆転したらしい。

 ちなみに、その時の得点差は……1ではなかったようだ。やっぱり大した意味は無かったな。







 原作の絵で確認できる情報をまとめると二人三脚は同学年のペアと競争するようです。一緒に走ってるのは全員2年でしたし、A~Dの各クラスから1ペアずつ出ていたので。
 しかし、桂馬とちひろのペアはビリを回避していたはずなのに、エルシィによれば2人は4位だったそうです。
 これは……きっとアレですね。エルシィが3と4を間違えたんでしょう!


 筆者としては桂馬が誰かを呼ぶ時の呼称って結構気を遣います。
 原作では原則として名前呼びなわけですが……本作だと結構例外がありますね。
 まぁ、攻略でもないのに女子と会話する機会が原作と比べて非常に多いから当然と言えば当然ですが。

 なお、女子から桂馬への呼び方は良くも悪くも適当。それっぽいタイミングで苗字呼びから名前呼びに変えたり、『オタメガ』という蔑称から苗字呼びにしたりしています。
 但し1名だけ、徹底的にこだわってる人が居ますけどね。


 さて、次回は灯編です。
 本話を書き終えてから3週間くらい経過してるのでちゃんと用意できています。
 コレが果たして女子の攻略なのかは不明ですが……明日もお楽しみに。


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欠落者達の理想論
プロローグ


 体育祭も無事に終わった。でも、お祭り期間はまだまだ続く。

 次の行事はプロフェッ……面倒だから普通に言おう。中間テストだ。

 その次が舞校祭こと文化祭だ。自由に見て回る時間があるかは分からないけど、それでも楽しみだ。

 

 今日が体育祭明けの月曜で、来週月曜からテストが1週間あって、テスト終了から1週間後の週末に舞校祭。

 3週間後が実に楽しみだ。

 

 え? テストは大丈夫なのかって? よゆーよゆー。

 だって、毎週……ではないけど2週に1回くらいのペースで桂馬くんと勉強会やってるからね。

 今度こそオール満点を……取れたらいいな。

 あ、そうそう。あれから桂馬くんもカラオケ上達したんだよ。平均20点くらいだったのが……60点くらいにはなったよ。私の平均は90台後半だけどさ。この分野で私が負ける日は永遠に来ないんだろうなぁ……

 

 そんな感じで、今現在私はエルシィさんの姿で学校で余裕そうに過ごしている。エルシィさんはテスト勉強の息抜きにアイドルしたいとか何とか。息抜きになるのかは疑問だけど、どうせエルシィさんが勉強した所で成績の向上にはあんまり繋がらないし、1回やらせれば満足しそうなので入れ替わっておいた。

 

「エリーは余裕そうだな~」

「ふっふっふっ……私、気付いてしまったんですよ」

「お、何だ? 新しい勉強法か何かか?」

「それはですね……勉強しても大体の科目で赤点なのは変わらないから別に勉強なんてしなくても良いんじゃないかって事です!!」

「……そ、そっかぁ……そっち方向に悟りを開いてしまったのか……」

 

 エルシィさんだから仕方ないね。事実として勉強してないわけだし。

 そもそもエルシィさんは一応駆け魂隊に就職しているはずだからそういう意味では学校に通う必要も勉強する必要も無い。あくまで私たちの連携の強化の為に通ってるだけなんだよね。

 ……今はどっか行ってるけど、そういう理由だったはずだ。

 

「あ~あ……前回の期末みたいに今回も桂木に教えてもらえれば楽なんだけどなぁ……」

「神にーさまを無償で2度も動かすのは不可能でしょうねぇ……むしろ前回が奇跡です」

「うん。一応頼んでみたら同じような事を言われたよ。前回は事情が事情だったからねぇ……」

 

 頼んではいたんだね。流石はちひろさんだ。

 

「コツコツやってくしか無いかぁ。エリーもちょっとは勉強しろよ~」

「は~い!」

 

 ……ちょっとは自習もしておこうかな。

 

 

 

 

  ……昼休み……

 

「かみさま~! お昼食べに行きましょ~!」

「ん? そうか。外パンで良いのか?」

「はいっ! 行きましょ~!」

 

 普段は私がお弁当を作ってエルシィさんに持たせているけど、私が登校する時はオムそばパンだ。

 あの焼きそばと卵とソースのハーモニーは基礎にして極致であり……え? 薀蓄は要らない?

 ……と、とにかく美味しいからね。毎日食べるとなると流石に飽きそうだけど……私が学校に来る日は限られるのでそんな心配は無い。

 

 

 外パンに行く道中の廊下、大きな掲示板が目に入った。

 いつもは学校からの連絡事項が書かれた地味なプリントが張られているだけだけど、舞校祭の少し前のこの時期だと違うようだ。

 各部活の個性溢れる掲示物が張られている。クラス企画のものも張られているみたいだね。

 あ、茶道部の展示もある。抹茶とお菓子、1杯100円だって。麻美さんもやるのかな?

 

「おいどうした、何を見て……ああ、これか」

「うん。色んな展示があるんだね。去年は回れなかったから今年こそ回れると良いんだけど……」

「適宜エルシィと交代すればどうとでもなるだろう。

 と言うか……お前舞校祭でも何かやるんだな」

「えっ? 確かにコンサートやるけど……何で知ってるの?」

「……それは素で訊いているのか?

 お前のポスターが堂々と張ってあるんだが……」

「えっ? あっ……」

 

 掲示板の一番目立つ所に私のポスターがあった。

 自分の顔なんて普段から見慣れてるからすっかり見落としてたよ。

 

「……あっ、ほら、これ何か凄そうだよ。囲碁部VS将棋部だって!」

「そんな露骨に話題を逸らさんでもな。

 いや待て、全く別のゲームでどうやって勝敗を付ける気なんだ?」

「さ、さぁ……そもそも囲碁のルールも知らないし。白黒の石を使う卓上ゲームって事くらいなら知ってるけど」

「将棋が駒を動かして戦争に勝つSRPGなのに対して囲碁は互いの陣地を主張しあって点数を稼ぐシミュレーションゲームだ。マス目を使う事とターン制である事くらいしか共通点が無い」

「……一筋縄じゃ行かない事はとりあえず理解できたよ」

「そういう事だ。それじゃあそろそろ……ん?」

 

 外パンへと向かおうとした桂馬くんが動きを止めた。

 その視線の先を辿って足元に目を向けると、さっきまで無かったはずのダンボール箱が置いてあった。







 将棋や囲碁をテレビゲーム風に言うとどうなるか、将棋はサラッと書けましたが囲碁はそこそこ悩みました。
 異論はあるかもしれませんが、致命的に間違ってなければ大丈夫かな~と。


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01 謎に満ちた少女

 気がついたら足元にダンボールが置いてあった。

 いや、違うな。置いてあったわけではないようだ。

 箱の下に車輪でも付いているのか、そして誰かに操作されているのか、何もしていないのに勝手にノロノロと動き出した。

 

「け、桂馬くん……コレ、何?」

「……僕に訊くな」

 

 ラジコン……か? いや、周囲に人影は見あたらない。

 特に制御機構の付いていないただのオモチャだろうか?

 ……と思っていたら突然90度ほどクイっと曲がり何かの部屋の扉にぶつかった。

 そして、その扉(引き戸)を開けようとしているのか、くるくると回り出した。

 

「……何だろう、アレ」

「だから、僕に訊くな……」

 

 それしか言えない事もよく分かるが僕に質問されても分かるはずもない。

 しばらく見てみたが、回転するダンボールの角がツルツル滑るだけで扉が開く気配は無い。

 やがて、諦めたかのように回転が止まる。それと同時に扉が少しだけ開かれた。

 

「……ドアは……まだ開けられぬか」

 

 その部屋、生物部の部室から出てきたのは小柄な女子だった

 薄汚い白衣と帽子のせいで分かりにくいが多分女子だ。

 その女子は謎のダンボール箱を拾い上げて再び部室の中へと引っ込んで行った。

 

「……何だったんだろうな、アレ」

「……私に訊かれても分からないけど……残念なお知らせがあるよ」

「ん?」

 

 かのんがポケットから取り出した見覚えのあるドクロの髪飾りは嫌な音を発しながらブルブル振るえていた。

 ……これは……アレだな。とりあえず……

 

「……飯食いに行くか」

「……そうだね」

 

 とりあえず品切れにならないうちにオムそばパンを食べに行こう。攻略にとりかかるのはそれからだ。

 

 

 

 

 

 

 そして放課後。

 

 とりあえず生物部の部室の前までやってきた。

 本当ならエルシィの羽衣で透かしてプロフィールを把握しておきたいんだが……来週にはテストが始まるからな。

 僕の生活スタイルには何ら影響を及ぼさないが、攻略対象はそうとは限らん。なるべく早めに行動を起こして手早く片付けておきたい。

 かのんも一緒だし何とかなるだろう。

 

 さて、まずは部室に入る……前に少々目立つものが置いてあるので確認する。

 

「……またあるな。アレ」

「……そうだね」

 

 例の自走するダンボール箱だ。

 箱の上面に張り紙がしてあり、『実験中さわるな』と印字されている。

 

「少し、調べてみるとするか」

「大丈夫なのかなぁ……変な物入ってないよね?」

「ソフト面はともかくハード面は大した事無さそうだし、そう変な物は……」

 

 張り紙をめくってダンボール箱を開く。特に封はされていないようで、箱はあっさりと開いた。

 その中にあったのは……

 

「っっっ!?!?」

「ちょっ!? 何これ!?」

 

 中に入っていたのはブヨブヨとしたグロテスクな何か。いかにもナマモノですといった感じの得体の知れないものだ。

 箱を空けたら生肉が詰まっていたって、何のホラーだよ!

 

「おい貴様ら」

「きゃああっっっ!!」

 

 突然背後から声がかけられた。僕も一瞬叫び声を上げそうになったが、その前にかのんが悲鳴を上げたので逆に冷静になれた。

 振り返って確認すると、例の駆け魂の持ち主の少女がそこに居た。

 

「騒々しいな……()()()()と書いてあるのが見えぬのか?」

 

 怒られたのかと思ったが、特に気にした風もなく淡々とダンボール箱を抱え上げて部室に運び込もうとしている。

 少しでも情報を引き出しておくか。適当に質問を投げかけてみる。まずは……1番気になっている事だな。

 

「……おい、その中身は一体何なんだ?」

「む? これは鶏肉だ」

「鳥肉……そんなもんをこんな所に詰めてどうしようってんだ?

 いや、そもそもコレは一体何なんだ?」

「……説明せねば分からぬか。

 これは……人間じゃ」

「……は?」

 

 何を言っているのだろうか、この謎の生物は。

 アレか? まさかマッドサイエンティスト的なアレなのか?

 

「しかしまぁ……お前ら……名前はなんじゃったかな?」

「名前? 僕は桂木桂馬だ」

「わ、私はエルシィです! エリーって呼んでください!」

「ああ……そう言えばそんな名前じゃったな」

「? 僕達の事を知っているのか?」

「いや、お前らに関しては全く知らん。尤も、私は人の名前を覚えるのが苦手じゃから私が忘れているだけの可能性もあるが」

「…………」

 

 何なんだこいつは一体。まさか電波系じゃないだろうな?

 あいつら苦手……じゃない、面倒なんだよ!

 いや、でもこいつの場合は大丈夫か。あいつらが厄介な一番の理由は遭遇場所が特定できない事だしな。

 こいつの場合は部室に通ってれば大丈夫だろう。多分。

 

「ふむ、丁度いい。少し手伝え」

「は?」

「こんな所に居るくらいだからどうせヒマなんじゃろう? 私の人間作りに協力せい」

 

 話の流れがイマイチよく分からないが……これはチャンスなのか?

 恋愛を絡める場合でも、単純に悩みを解消するだけでも、相手の懐の内に入れるのは非常に大きい。

 トントン拍子に話が進んでいるからなんだか嫌な予感もするが……いいだろう。あえて突っ込んでやろう。

 

「分かった。ただ、一つだけ訂正させてくれ」

「何じゃ?」

「僕は決してヒマじゃない! ゲームするのに忙しいんだ!!」

「…………」

 

 その時、ずっと無表情だった目の前の少女が少しだけ表情を変えた気がした。

 哀れむ方向に。







アポロ「妾と語尾が被っとるぞよ!!」
 とか文句を言ってる姿を想像したら何か可愛かった件について。

 (多分)外から操作しているわけでもないのにちゃんと生物部の部室のドアに辿り着いたりドアを開けようとするロコちゃんは地味に凄いと思う。
 ガワはショボいけど、ソフトの技術がぶっ飛んでますね。何をどうしたらあんなのが作れるんだろうか?

 灯の学力は何故か2となっています。この時期はテスト勉強漬けに違い無い! 流石は学力0さんの姉!
 と言う冗談はさておき……灯の各パラメータの評価値は最大でも2.5という大人しさなので、正しい評価値が隠蔽されてる可能性がありそうです。
 仮に半分になる補正がかかっているとすると学力評価は4ですね。

 そもそも証の鎌っぽいのを持っているのだから学力が優秀じゃないとおかしい。
 ただまぁ、このヒトだったら悪い悪魔から鎌を強奪した可能性とかも普通に有り得そうな気がする。
 17巻でドクロウ室長が言っていた『「証の鎌」は家柄の高い悪魔しか取れなかった』というのが『角付き悪魔しか』という意味なら誰かから奪い取ったか譲り受けたかしたのは確定。但し、リミュエルさんは王族のお嬢との事なので普通に首席になった可能性も十分有り得ます。首席にしては学力が低めなのは……きっと実技系の科目が優秀だったんでしょう。


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02 完全なる人間

 よく分からないが今回の攻略対象に部室の中へと案内された。

 中は……酷い有様だな。床にはよく分からん工具類が散らばっており、謎のゴミ袋が散乱している。

 部屋の片隅には何故か人間の全身の骨格模型がある。いや、生物部の部室なんだから工具よりもある意味自然なんだが……この部屋だと浮いて見える。

 エルシィが見たら嬉々として掃除を始めそうだな。

 

「さて、さっさと始めるとしよう」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 何をするのかといった事が全く説明されていない。

 それに、それ以前に、会話を始める前に知っておきたい情報があった。

 

「お前の名前は何だ? あと身長体重血液型と誕生日も」

「にーさま!? それ直接訊くんですか!?」

 

 だってしょうがないだろう。折角のイベントなんだから明日仕切り直すってわけにもいかない。

 情報を知っておかないと攻略に差し支えるし、知ってそうなのは本人しか居ない。

 

「……それは何か関係があるのか?」

「大いに関係があるね」

「……良かろう。あ~……倉川(くらから)(あかり)じゃ」

「倉川灯……ね。で、身長体重その他は?」

「そんなものに興味は無いのでな。忘れた」

「……まあいいだろう。

 それじゃあ始めようか。僕達は一体何をすれば良いんだ? 人間作りに協力しろとか言っていたが……」

 

 灯は先ほど自走するダンボール箱の『人間』と呼んでいた。

 と言うことは、ソレに関する事だろう。

 

「その通り。こやつを舞校祭までに『完全な人間』にするのじゃ」

「完全な人間?」

「そうじゃ。完全な人間。正しい行いをし、強い精神を持ち、不安も無ければ争う事もしない。そんな人間じゃ」

「ああ、完全ってそういう意味か……」

 

 ただのガラクタを人間のレベルまで持っていくだけでは飽き足らずそこまで目指しているのか。

 うーむ……色々と言いたい事はある。この程度のガラクタしか作れない技術力で人間と呼べる域まで持っていくのは現実的に不可能とかな。

 ただ、そんな分かりきった事を突っ込んでも印象を悪くするだけだろう。好きと嫌いは変換可能だから多少嫌われるくらいなら全く問題ないが、この手のキャラの場合は嫌われるのではなく切り捨てられる。真っ当な批判ならともかく揚げ足取りはNGだ。

 というわけで、真っ当な批判をさせてもらおうか。

 

「言わせてもらおう。そんなものは不可能だ」

「何じゃと? どういう意味じゃ?」

「貴様は先ほど『完全な人間』と言ったな。

 『完全な』ではなく『完璧な』だったり『理想の』だったりするが、そういったものを追い求める話はゲームではありふれている。

 そして、本当にそれが成功したという話は僕も聞いたことが無い」

 

 正確には、成功例は一応ある。

 例えば我がメインヒロインことよっきゅん。彼女は理想のヒロインだ。

 彼女はあらゆる面で完璧……訂正、絵以外はあらゆる面で完璧なヒロインだ。

 ……が、残念ながらその事に目を瞑ったとしても彼女は完全とは言えない。その理由は……ひとまず置いておこう。

 

 その僕の意見に対して、灯はこう反論した。

 

「それはお前が聞いたことが無いだけではないのか? それに、ゲームに無いからといって現実に無いとは限らぬ」

「確かにな。現実(リアル)ではバグまみれの予想も付かない現象が頻繁に起こるし、そもそも僕だってこの世界のありとあらゆるゲームを網羅しているわけではない。

 だが……それでも言えるさ。完全な人間を作る事など不可能だと」

「……そこまで言うからには根拠があるのじゃろう? 続けよ」

「実に、簡単なロジックだよ。

 完全でない人間には『完全』というものを真の意味で理解する事なんてできない。

 そんな状態で『完全な人間』を作るなんて不可能だ。何を作れば良いのかすら理解できていないのだから」

 

 これは、厳密には『完全な人間は絶対に作れない』という理論ではない。明確な目的に進むことができないという話であって、何も考えずに突き進んでいたら偶然完成する可能性も限りなく低いがゼロではないからだ。

 だが、『完全』を定義できていない以上はその偶然の産物を『完全な人間』だと判断するのは不可能。結局どう転んでも『完全』を得る事は不可能だ。

 

「……なるほど、確かに。しかし、その理論だと『完全』さえ定義する事ができれば可能という事になるぞ。

 それだけであれば何も自分自身が完全である必要は無いはずじゃ。それすらも不可能と申すのか?」

 

 そんな問いに対する答えもすぐに用意できる。

 できるが……このまま進めて良いのか?

 何だかトントン拍子に重要なイベントを進めている気がするんだが……単に僕が答えるだけで終わったらイベントの効果は激減する。

 ……少し遠回りするとしようか。印象が強いほど、イベントは強力になるのだから。

 

「ではここにいる全員で考えてみようか。『完全』とは何なのかを。

 答えが得られればそれでよし。得られないなら……更に考えようじゃないか」

 

 こういうものは自分で考えてこそ価値がある。

 悩むがいいさ。考える事を止めるな。その先にこそ、求めるものがある。







 リミュエルさんだったら自分の偽名なんて完全に忘れててもおかしくないけど、何とか覚えてたという事にしておきます。


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03 正しさの証明

 桂馬くんが、使った痕跡の無い新品のチョークを手に黒板に向かう。

 そしてそのまま『完全とは?』と大きく書き込んだ。

 

「では、議論を始めよう。まずエルシィ、完全とはどういう意味だ?」

「えっ、私ですか!? 灯さんではなく!?」

「コイツは一応さっき言ってただろう。完全な人間とは……ああいや、お前なりの答えを言ってみてくれ」

 

 か、完全かぁ……考えた事も無かったよ。

 完全、完全……

 

「すいません、『完全』を答えるんですよね? 『完全な人間』ではなく」

「ああ。まずはそっちから」

「そうですね……『欠点が無い事』でしょうか?」

 

 完全無欠って四字熟語があるくらいだし、どうだろうか?

 と言うか、桂馬くんは答え知ってそうだなぁ。

 

「ふむ、いい線行ってるな。

 倉川、異論はあるか?」

「欠点が無いだけでは不完全じゃ。あらゆる長所を備えていなければ」

「実に結構。全てにおいて欠点が無いだけでは平均値な存在まで含まれる。

 まぁ、そういう存在の方が実は完全なのかもしれないがな」

「寝言は寝てから言うのじゃ。そんな存在が完全なわけが無かろう」

 

 うぅ……灯さんにダメ出しされてしまった。

 そっかそっか。言葉の定義って意外と難しい。

 

「エルシィ、異論はあるか?」

「ありません!」

「では、完全とは『欠点が無く、あらゆる長所を備えている』だな」

 

 桂馬くんがその言葉を黒板にサラサラと書き込んでいく。

 ……私たちは一体何をやってるんだろうか? 女の子を攻略するはずなのにいつの間にか議論になってるよ。

 

「では次、欠点は……無いものだからあまり深く突っ込まなくていいか。

 『あらゆる長所』とはどういう意味だ? 何が当てはまる。

 じゃあ、その意見を言った倉川。述べてみろ」

「そうじゃな……その長所は『人間の長所』に限定して良いのか?」

「……まあいいだろう。あらゆる概念の長所とすると範囲が広すぎるからな」

 

 黒板に『人間の長所』という文字がサラサラッと書かれる。

 

「では、先ほども言った事じゃが……正しい行いをし、強い精神を持ち、不安も無ければ争う事もしない。そういう人間じゃ」

「ほうほう」

 

 キーワードが黒板に書かれる。

 『正しい行動』『強い精神』『不安を持たない』『争わない』。

 これが完全な人間が持つべき長所?

 

「他にも色々とあるのじゃが……キリが無いのでとりあえずこんなもんじゃな」

「……それは言葉で説明し切れてないと自白していないか?」

「揚げ足取りをするでない。すぐには終わらぬという意味じゃ。いつかは挙げ終えるじゃろう」

「そいつは失敬。それじゃあエルシィ、反論はあるか?」

 

 反論かぁ……この4つのキーワードに対して『完全な人間』にそぐわないものはどれかって事だよね?

 

 ………………

 

 ……あれ? 屁理屈かもしれないけど、これって全部アウトなんじゃない?

 

「えっと……まずは灯さんに質問です。

 この『正しい行動』っていうヤツですけど、『正しい』って何ですか?」

「む?」

「数学の証明とかならまだ理解できますけど、正しい行動って一体何なんでしょう?

 それが定義できなければ『正しい行動』という単語に意味なんてありません」

「ふむ……説明は難しいが、定義自体は不可能ではないはずじゃ」

 

 可能であって欲しいけど、言葉の定義の難しさはさっき感じたばかりだ。

 しかもさっきよりも複雑そうだ。可能なんだろうか?

 

「そういう事なら僕から一つ、具体的なケースを提示しよう。その時にどういう行動を取るのが正しいのか考えてみようじゃないか」

 

 それは言葉の定義とはまた違うと思うけど……これで正しい行動が判断できなければ定義不可能って事になるのかな?

 私の理論へのアシストなのかもしれない。

 

「君達は高速で動くトロッコの上に乗っている。

 ふと前の方を眺めると線路の上に人が居た。しかも何故か5人も。何もしなかったらその人たちを跳ね飛ばして確実に殺す事になるだろう」

 

 何か凄いテーマが出てきた。

 え? サラッと殺すとかいう単語が出てきたよ?

 

「だが……線路には分岐が存在した。トロッコを操作すれば別の線路に行く事が可能なようだ」

「それだったら、そっちに行けば解決……ではないんですよね?」

「ああ。もう1つの線路では1人の人間が何かの作業をしているようだ。そっちに進めば確実に殺す事になるだろう」

「うわぁ……」

「……さて、お前たちはどういう行動を取る? 正しい行動を選択してみてくれ」

 

 落ち着いて考えてみよう。

 トロッコを操作しなければ5人の人が死ぬ。実際には運良く助かる人も居るのかもしれないけど、あくまでも例え話だから死んでしまうとしておこう。

 トロッコを操作して分岐に進めば、その5人が助かる代わりに1人が死ぬ。

 ……この問題、普通に考えたら……

 

「そんなもの、分岐に進む方が正しいに決まっておろう」

「それで良いんだな? 5人を救う為に1人を自分の手で殺す……と」

「それが最善じゃろう」

「……エルシィはどうだ?」

「えっと……実際にそんな場面に遭遇したら行動なんてできないと思いますけど……やっぱり分岐を進むべきだと思います」

「……まあ普通はそう答えるよな。

 おめでとう。君達の行動により世界は滅んだ」

「えっ? どういう意味ですか?」

「実はお前たちが助けたその5人な、将来核兵器すら凌ぐヤバい兵器を開発する存在だったんだよ。ああ、あの時事故死していれば世界は滅びずに済んだのに……」

 

 何か凄い盛大な後出しを受けた。こういう問題でそれはちょっと卑怯じゃないかな?

 

「……ではそれを踏まえてもう一度、トロッコの上のお前たちはどうする?」

「……その5人を轢き殺すのじゃ」

「そうなりますよね……」

「だろうな。

 おめでとう。君達の行動によりまた世界は滅んだ」

「また!? ……ですか!?」

 

 あ、危ない危ない。一瞬素が出た。

 で、今度はどう滅んだの?

 

「君達が助けた例の1人だが、実は宇宙人のスパイでな。僕達の情報をこっそり送っていたようだ。

 数年ほど経過した後、過激派の宇宙人が直接乗り込んできてなんやかんやあって滅んだ。

 ああ、あの時轢き殺して居れば……」

「……何か雑ですね」

「そりゃそうだ。今思いついたんだから」

 

 言っちゃったよ。思いつきだって。

 これ、何をどう答えても結局世界が滅ぶよね……?

 

「……こんなもの、どうしろと言うのじゃ?」

「これはあくまでも例え話だ。だが、『正しい行動』がいかに曖昧なものか分かったんじゃないのか?

 お前たちは最初は1人を殺したくせに僕がちょっと言うだけで5人をアッサリと殺した。

 その時はそれが最善の行動だと思っていたんだろうな。だが、その『最善』はアッサリと変わった」

「……なるほどのぅ。して、お前だったらどうするのじゃ?」

 

 あ、確かにそれは気になる。

 このムチャクチャな問題に対して桂馬くんはどう答えるのだろうか?

 

「そんなもの決まっている『質問する』だ」

「……何?」

「だから、出題者に質問するんだよ。

 例えば、線路の上の合計6人に悪人は居るかってな。

 正しい選択肢を選ぶには正しい情報が不可欠だ。情報次第で取れる選択肢は変わってくる」

「でも……今回は悪人だらけでしたよね……神様はどうなさるんですか?」

「全ての質問を終えた後という事だな?

 勿論、『ブレーキを使って停車する』だ」

「止まれたの!?」

「止まれないとは一言も言ってないぞ」

 

 確かに言ってなかったけど、言ってなかったけどさ!!

 

「……しかし、お前の話では両方とも極悪人なのじゃろう? 余計に世界滅亡が早まるのではないのか?」

「そんな事知ったことか。本来ならトロッコに乗ってる僕にそんな未来予知染みた事ができるわけない。

 とりあえず死人が出ないようにするだけで精一杯だよ」

 

 ……なるほど、これって結果を見るか過程を見るかっていう話でもあるんだね。

 桂馬くんの選択肢は過程だけを見れば6人の命を救うっていう正しい行動をしたけど、結果的には滅亡へと導かれたわけだ。

 ……どっちを見て判断すべきなんだろうね。『正しい』って。

 

「ああ、ちなみにだが……両方救った場合は核兵器を凌ぐ凄い兵器を宇宙人に対して使う事で結果的に平和が保たれる。やったな」

「ご都合主義過ぎませんか!?」

 

 そうなるならどこからどう見ても正しい選択肢になったけどさ……どうなのそれは。

 

「……むちゃくちゃじゃな」

「ムチャクチャだが、お前にこの可能性を否定する事はできない。何故ならお前は情報を得ていないから。

 そして、そんなムチャクチャな事の全てを把握する事は人間にはまず不可能だ」

「……良かろう。『正しい』の定義は今の私には不可能なようじゃ。取り下げてくれ」

「りょーかい。で、エルシィ、他に意見はあるか?」

 

 そう言えば、灯さんの意見の論破が目的だったね。次行ってみようか。

 次は……『強い精神』だね。







 今回の話の元ネタは『トロッコ問題』でググれば出てきます。『正しい』という言葉の脆弱さを証明する方法を考えていたら思い出しました。
 記憶に頼って書いたため元ネタとは若干違いが出ています。トロッコに乗ってるのではなく分岐点のスイッチの近くに立っているだけだったりとか。
 こちらは意図しての追加ですが、助ける5人や1人の善悪なんてのも考えてないし勿論止まれません。ただでさえややこしい問題をこねくり回してムチャクチャにしております。
 最初からトロッコ問題じゃなくて水平思考ゲームとして臨んでいればそこまで理不尽でも無さそうですけどね。


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04 二律背反

 『強い精神』とは何か。

 ……文字通り、強い精神だ。

 コレの場合はさっきみたいに言葉の定義からツッコミを入れるのは無理がありそうだ。

 ……それでも穴はあるんだけどね。

 

「灯さん、『強い精神』というのはどのくらいの強さを示すんですか?」

「…………」

 

 精神の強さを具体的に示す事がそもそも難しいけど……そういう問題じゃない。

 問題は、『完全』として求められる『強さ』に際限が無い事だ。

 

「強い精神があれば強い人間にはなるでしょう。それに異論はありません。

 でも、どこまで行けば完璧になるんでしょうね?」

「具体的な強靭さを示す事は私にもできぬ。

 しかし、精神を鍛え上げればいつかは完全として求められる水準に達するはずじゃ」

「ホントですかね? 確かに可能性は否定できませんが……

 では、仮にその強さが定義できたとします。その上で、もう一つ質問です。

 絶対に傷付かないような強靭な精神、それは逆に欠点なんじゃないですか?」

「ほぅ? 続けてみよ」

「はい。完全に強い精神を持つという事は、何に対しても動じない。という事になりますよね?」

「そういう事じゃな」

「普通なら緊張する場面でも平常通りの事ができる。身の危険が迫っていても冷静な判断を下せる。これは確かに長所です。

 ですが……そこまで心が固まってしまった人間は名画を見ても感動する事はできない、素晴らしい演奏を聞いても何も感じない。一流の食事を口にしてもただ噛んで飲み込むだけ。

 そういう風になってしまいませんか?」

 

 動じなさと感受性はまた別物かもしれない。けど、本当に完全な人間が居たらその人はきっと感動できないだろう。

 そう考えると……『弱さ』というのは人間の大きな特徴の一つなのかもしれない。

 弱いからこそ、人間らしく心を動かすのだろう。

 

「……それはそれで完全なのかもしれぬが、人間としては明らかに間違っておるのぅ。

 他の2つへの反論ももう考えてあるのか?」

「はい。『不安を持たない』『争わない』ですね。

 では、もし不安を消し去ってしまったら人はどうなるのでしょうか?」

「どうなるのじゃ?」

「危険な事に躊躇いもなく突っ込んでいくようになると思います。『怪我するかもしれない』とか、そういう感情が一切抜け落ちているので」

「……それは屁理屈じゃ。何か怪我をする行動は予め知っておいてそれを回避する。それに不安の有無は関係ないじゃろう」

「確かに一理ありますね。でも、それは凄く困難だと思いますよ?

 あからさまに怪我をする行為……例えば火の中に手を突っ込むとか、カッターの刃で手を貫くとかなら簡単に分かります。

 でも、危険に見えないけど危険な行為だって沢山あります。それら全てを把握しておくのですか?

 そんなのはまず不可能です。さっきの桂馬く……お兄様の屁理屈問題ですら把握しきれなかったのに」

 

 正真正銘の完全人間だったらそれすらも可能なのかもしれない。でもそれは果たして人と呼べるのだろうか?

 ……さっきから完全を目指すほどに人間から遠ざかってる気がするよ。

 

「最後に、『争わない』ですね。これは論外です。

 何故なら、闘争心は人の活動の原動力だからです。

 誰とも争おうとしない人間。それは誰にも勝とうとしない人間って事ですよ?

 そんなのが人として完全だなんて、とてもそうは思えません」

 

 何にも興味を示さず引きこもって堕落していく姿はある意味とても人間らしい。

 しかしながら、漠然とイメージする完全な人間の姿とはかけ離れている。

 やっぱり完全を求めると人間離れして、離れると人間らしくなっているのでは……?

 

「……見事じゃ。そこまで突き詰めて考えた言葉では無かったが、全て否定されてしまうとは」

「それぞれのキーワードの悪い面だけを強引に否定しただけですけどね。

 だけど……不思議なものですね。完全な人間を目指しているはずなのにどんどん遠ざかっている気分です」

「確かに……そうじゃのぅ。私の求める存在とは似ても似つかん。どうなっておるのじゃ?」

 

 『完全』が理解できていないから見当違いの方向に進んでいる。

 ……そんな事は無いと思う。方向すらも間違うほど曖昧なものではないはずだ。

 そんな風に考えていたらしばらく黙っていた司会進行の桂馬くんが口を開いた。

 

「行き詰まったようだな。だが、それで良い」

「どういう意味ですか?」

「この問題はどういうルートを辿っても必ず行き詰まるようになっている。答えを出す事は不可能なんだよ」

「どうしてですか? と言うか、本当にそうならさっきまでの議論は一体……?」

「では説明しよう。

 灯、お前はさっきまでは一応答えを出していたよな?」

 

 そう言いながら桂馬くんは黒板を指し示す。

 そこには例の4つのキーワードが書かれている。そして、それをかき消すように大きな×印も。

 

「そこまで突き詰めて考えたわけではないとの事だが、それでも答えは答えだ。エルシィに否定されるまでは正しいと信じて……まではいなくとも間違いではないと思っていたはずだ」

「……その通りじゃな」

「しかし、今は違う。

 さっきの偽トロッコ問題でもそうだったが、情報を得る事によってその答えは違うという事になった。そうだな?」

 

 灯さんは無言でコクリと頷いた。

 

「この答えの変化な? 永遠に起こりつづけるんだよ。

 新しい情報を得る事でついさっきまで絶対的に正しいと思っていた『答え』はもう古いものになる。

 新たな答えを得る度に情報を得て再び考えて答えを得て……という無限ループに陥る事になるんだよ」

 

 情報を得ると答えが変わる、か。

 それを見せる為にわざわざ議論させたって事かな?

 

「答えを求め、それを得る度に新しい答えを求めつづける。

 そうして、答えを求める者は決して答えに辿り着く事ができない

 よって、『完全とは何か』という問いに対する答えを用意する事は人間には不可能。以上、証明終了だ」

 

 そう宣言して、桂馬くんはチョークをそっと置いた。



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05 争いのあるセカイ

 考えなければ、答えはでない。

 しかし、考え続けても永遠に答えは出ない。

 ……難儀なもんだな。ホント。

 

「さて、ここで質問だ。

 答えは出ないというのが答えだと理解できたわけだが……お前はどうするんだ?

 それっぽい完全を目指してそれっぽい人間を作るのか、

 永遠に出ない答えを探しつづけるのか。

 二つに一つ。お前はどちらを選ぶんだ?」

「…………」

 

 灯は目を瞑って考え込んでいるようだ。

 そりゃそうだ。どっちも選べるわけがない。この手のキャラが中途半端な紛い物で満足するわけが無いし、答えの無い沼の中を迷走する気も無いだろう。

 さてどうするか。助け船を出してやるか、それとも……

 

「ちょっと待ってください!」

 

 僕が動く前にかのんが動いた。流石はかのんだ。いい仕事をしてくれてる。

 

「どうした?」

「神様、『質問』させて下さい!

 さっきはダマされましたけどそうはいきませんよ!!」

 

 さっき……? ああ、トロッコ問題もどきか。確かに見事に引っかかってたな。

 

「まあいいだろう。で?」

「神様は2択を提示しましたけど……それ以外の答えもちゃんと用意されてるんじゃないですか?」

「鋭いな。YESだ」

 

 意図的に少ない選択肢を突きつけて視野狭窄に陥らせるのは詐欺師の常套手段だからな。

 引っかからなかったようで何よりだ。

 

「……で、お前はその3番目の選択肢が分かるのか?」

「ちょっと自信無いですけど……多分分かります。

 ここまできて八方塞がりになってしまったなら、そもそもの前提を疑うべきなんじゃないでしょうか?」

「前提と言うと?」

「それは勿論、『どうして完全を求めるのか』という事です!

 理由が分かれば代わりの手段が見つかるかもしれませんし、とにかく何か変わるかもしれません!」

「……良い回答だ。

 目的に辿り着く為のルートは1つとは限らない。

 選択肢を総当たりしても失敗したならその前の選択肢からやり直せば良い。

 尤も、これは『完全な人間を作る事』が最終目的であれば使えない手だが……そこら辺はどうなんだ? 倉川灯よ。

 お前が提示した議題は目的なのか、あくまでも手段なのか。どっちなんだ?」

 

 再びチョークを手に取りながら振り向く。

 その時の灯は僕を真っ直ぐと見返していた。

 

「目的と手段か……なるほど。

 その3番目の選択肢は問題なく使える。『完全な人間』を作る事はあくまでも手段じゃ」

「それは良い事を聞いた。で、最終目的は?」

「あえて言葉にするのであれば……世界平和、じゃな」

「……せ、世界?」

「人間の心というものは時に醜悪なものじゃ。

 神話の時代のアダムとイヴから現代に至るまで、人の心の弱さが争いや悲劇を生み出す。

 もしも人間が完全な存在であれば……せめてもっと完全に近ければ、世界はより美しく、正しく発展していくじゃろう」

「それで完全な人間作りか。発想はぶっ飛んでいるが理に適っているな」

 

 最初の印象ではマッドサイエンティストかと思ったが、世界平和なんてものを追い求めるロマンチストだったんだな。

 ……いや、この2つは別に相反してないか。マッドロマンティストだな。

 しっかしまた面倒な問いを持ってきたな。人類の文明が始まってから現代に至るまで全く結論が出ていない問いだぞ。

 どういう落とし所に持っていくか……そう悩んでいたら灯が口を開いた。

 

「だが、争いの無い世界は不可能なのかもしれんな。

 先ほどそこの……そこのが言ったように闘争心が無ければ世界の発展は訪れぬ」

 

 そこの……かのんの事だな。

 かのんの、というかエルシィの名前は忘れたんだろうか?

 

「無論、争いにも種類がある。正しい発展を促す争いと、戦争のような同族を殺し合う醜い争いとが。

 しかし、さっきまでの議論であったように我々には『正しい』という事を定義する事は不可能じゃ。

 清廉に見えた争いが後に多くの人間に不幸を齎す。あるいは醜い戦争を行う事こそがより良い発展に結びつく可能性もある。

 だからと言って戦争自体を肯定するつもりは全く無い事に変わりは無いがのぅ」

 

 ……戦争も良い面だけを見れば割と人類の発展に貢献してるんだよな。

 同じく肯定する気は全く無いが。

 

「……求めていた答えは得られたのか?」

「そう……じゃな。欲しかった答えとは異なるものじゃが、答えは得られた」

「……そうか」

 

 答えが得られた事は喜ばしいが、果たしてこの方向性で心のスキマは埋まるのか?

 下手に進めるとスキマを埋めるどころかスキマに埋まりそうだ。

 ……いや、待て。これはそもそも心のスキマなのか? 確かに悩みではあるが、ドロドロした黒い感情から来るものではない。

 自力で解決策を模索して突き進むような奴だ。争いを止めない人間に絶望していても、自分には絶望していない。

 本当に……駆け魂は居るのか?

 

「……ああそうだ、お主らの名前、もう一度聞かせてくれぬか?」

「名前? 別に構わんが……」

「助かる。私は人の名前を覚えるのが苦手でな。さっきまで自分の名前すら忘れておったくらいじゃ」

「そりゃ相当だな……桂木桂馬だ。覚える気があるならメモでもしておくといい」

「私もですよね? 桂木エルシィです!」

 

 僕達は改めて自己紹介した。が、灯はメモを取るような事はせずかのんの方を見つめている。

 

「あ、あの……何でしょうか……?」

「……そっちの名ではない。お主の『本当の名』の方じゃ」

「本当の名?」

 

 どういう意味だ? と疑問に思う間もなく灯が次の行動を起こす。

 

「面倒じゃな。手を出すのじゃ」

「え? はい、どうぞ……」

 

 灯はかのんの手を取り何事かをブツブツと呟いているようだ。

 そして数秒後、パリィィンという何かが砕け散るような音がした。

 

「な、何だ?」

「っ!? ま、まさかっ!?」

 

 何かに気付いたらしいかのんがどこからか手鏡を取り出す。

 僕もそれを覗き込んでみると、いつものかのんの顔が映っていた。

 

「おい、この手鏡って……」

「……うん。ドクロウ室長から貰った『ちゃんと錯覚魔法で見える手鏡』だよ」

「っっ!!」

 

 つまり……錯覚魔法が解かれている。恐らくは目の前の倉川灯の手によって。

 警戒心を最大に引き上げて灯に向き直る。

 

「お前……何者なんだ?」

「そうじゃな……では私も改めて自己紹介しておこう。

 我が名はリミュエル、駆け魂隊の悪魔じゃ」

 

 攻略対象だと思っていた小柄な少女は、とんでもない爆弾を投下した。







 原作では恋愛から入ったから大分遠回りしてるけど、正面から真っ当に向き合って議論できれば何とかなりそうな気はします。
 尤も、本作では原作と大きな違いがあるので議論まで持っていけたという事情もありますけどね。

 アダムとイヴの話はどちらかというと心の弱さではなく人間の好奇心を象徴する事例な気がするけど原作で灯が例として出していたので入れてみたり。
 好奇心も完全な人間には存在しないんでしょうけどね。全知の人間なら疑問を持つ事も無さそうなので。

 リミュエルさんが名乗る場面はフルネームで名乗らせたかったのですが、フルネームが判明してないし、作るのも面倒なので没に。
 エルシィと同じであれば『○○・デ・ルート・イーマ』なのですが……原作25巻を読むとイーマという名は救命院(孤児院みたいなものっぽい)の名前であり、同時にそこの長の名前でもあるようです。
 ルートは英語で『根』という意味があるので、エルシィの名字には『イーマに根付く者』みたいな意味があるのかもしれませんね。
 まあそんな感じであくまでイーマの一員としての名字なのでリミュエルさんの名字としては不適切だろうと思いました。


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現実なんてクソゲーだ

「駆け魂隊の悪魔だと?」

「ああ、その通りじゃ。

 ……そう警戒するな。ドクロウ直属の悪魔と言えば敵ではない事は伝わるのではないか?」

「室長の?」

 

 ドクロウ室長の直属の部下であれば、まあ信用できるだろう。

 エルシィの件とか、相当手を尽くしているようだからな。

 だが、安易に信用する事はできない。

 

「……それを証明する手段はあるか?」

「証明か……残念ながら無いのぅ。極秘任務中ゆえ、問い合わせるわけにもいかん」

「極秘ねぇ……」

 

 そう言えば前にハクアがそうやって誤魔化していたな。

 灯、もといリミュエルからはそんな雰囲気は感じないが少し揺さぶってみるか。

 

「その極秘任務の内容を聞いてもいいか?」

「ダメじゃ。何のために極秘と付いていると思っているのじゃ?」

「そりゃそうだよな。じゃあ……」

「……と普通ならそう答えるが、今回だけは特別に少しだけ教えておくとしよう」

「何だと?」

 

 断られる事前提で反応を見たかっただけなんだが……まあいい。聞かせてもらおう。

 

「今やっておるのはいわゆる囮捜査じゃ。

 ダミーの駆け魂信号を発信し、近づいてきた不届き者を仕留める、というな」

「えっ、あの駆け魂の反応ってダミーだったの!?」

「……通りで駆け魂っぽくなかったわけだ」

「桂馬くん気付いてたの!?」

「こいつが正体を明かすほんの数秒ほど前に可能性に思い至った」

 

 センサーの誤作動とか、実は別人だとかな。囮捜査だったとは夢にも思わなかったよ。

 

「そんな妙な事をしてまでどんな奴を誘い出そうとしていたんだ?」

「そこまでは言えぬ。ただ一つだけ言えるのは……

 ……駆け魂隊も一枚岩ではない、という事じゃな」

「……肝に命じておこう」

「名乗った私に対してあそこまで警戒できるのであればそこまで気をつける事は無かろう」

 

 女神の件をハクアにキツく口止めしておいたのと、あとノーラから隠し通したのは正解だったようだ。

 地獄の勢力図は一体全体どうなっているんだ? 深くまで首を突っ込む気は無いが、せめて自衛に必要な範囲で教えてほしいものだ。

 

「……じゃあ次の質問をさせてくれ。

 いつから僕達が駆け魂隊の協力者だと気付いていたんだ?」

「最初に会った時からじゃ。エルシィを名乗ったお前が使っていたのはドクロウ謹製の錯覚魔法じゃろう?

 何度も見たことがある術じゃ。気配くらい感じ取れるわ」

「錯覚魔法としてそれは大丈夫なのか……?」

「一目見ただけで見破れるのは本人か私くらいのものじゃ。そう心配する事は無いじゃろう」

 

 ……こいつ、新悪魔の中でも相当上位の存在なんじゃないか?

 エルシィは勿論、ハクア辺りと比べても格の違いを感じる。

 しっかし最初から見破られてたんだな。そうかそうか。じゃあこの質問をさせてくれ。

 

「お前……最初から僕達が駆け魂目的で来たのが分かってたなら何で囮捜査の事を言わなかったんだ?

 今ここまで喋ってるって事は僕達が目的の相手じゃないって事はその時点で分かってたはずだよな?」

「そんなの最初に言ったじゃろう? ヒマそうじゃから手伝ってもらった……と」

「……つまり……ただお前の趣味に付き合わされただけか?」

「そうなるのじゃ」

「………………」

「け、桂馬くん! 無言で拳を振りかぶらないで! 落ち着いて!!」

「ええい放せ! まずは一発ぶん殴る!!」

 

 駆け魂狩りで命がかかってるからわざわざゲーム時間を削ってまで面倒な議論を展開したというのに! ふざけるなー!!

 

 

 

  ……数分後……

 

 

 僕を取り押さえながらスタンロッドをちらつかせるという器用な真似をしたかのんに免じて落ち着くことにした。なお、断じてスタンロッドが怖かったわけではない。断じて。

 

「お主らのおかげで色々と考えをまとめる事ができた。礼を言おう」

「そりゃよかったな」

「桂馬くん……機嫌直そうよ。1日だけで済んで良かったじゃん」

「……はぁ、分かった分かった」

「それで、まだ私の質問に答えてもらってないのじゃが?」

「ん? 何だっけか?」

「名前じゃよ。まさかお主の本名までエルシィという事は無かろう?」

「ああ、そうでしたね。中川かのんです。リミュエルさん、ちゃんと覚えてくださいね?」

「善処しよう。

 今回の礼と言ってはなんだが、いつかお主らが窮地に陥った時に必ず助けると約束しよう」

「ほぅ? まぁ、期待しないで待っておこう」

「ああそれと、今後はあまりここに来ない方が良いじゃろう。巻き込まれるからのぅ」

「……分かった。それじゃ、極秘任務頑張れよ」

「うむ」

 

 

 こうして、僕達とリミュエルとの邂逅は終わった。

 どうせ後でまた関わる事になるんだろうなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とまぁこんな感じの事があったんだよ」

 

 色々あって、家に帰って、今日の顛末をエルシィにも話した。

 

「ほぇ~、室長から特命を受けるなんて、その人はエリート中のエリートですね。

 そんなお方がこの近くに居たなんて……会いに行っても良いですかね!!」

「やめとけ、本人曰く極秘任務中だぞ? 変な事に巻き込まれるフラグとしか思えん」

「それもそうですね……

 ところで、その方は何というお名前だったのですか?」

「本名かは分からんが、『リミュエル』と名乗っていたな」

「えっ、か、神様!? 本当にそう名乗っておられたのですか!?」

「ん? ああ。知り合いか?」

「知り合いも何も……私の憧れのお姉様です」

「……そう言えばあったな。そんな設定が」

 

 エルシィには憧れの姉が居ると聞いたのは最初の攻略を終えてすぐの事だった。

 あの時の伏線、こんな所で回収されるのかよ。

 

「うぅぅ……お会いしたいです! でも会いに行くと迷惑に……うぅぅぅぅ……」

「……だったら、お前が姉に誇れるような悪魔になってから、また会いに行けばいいさ。

 お前たちの寿命は人間と比べて遥かに長いんだから、まだまだ機会はあるだろう?」

「そ、そうですね! 私、頑張りますよ! 神様!!」

「あー頑張れー」

 

 そうは言ったが、エルシィが悪魔として認められる日は恐らく永遠に来ないんだろうな。

 ドクロウ……あいつは一体何を考えているんだ?

 せめてもう少し情報を得られればこちらとしても動きやすくなるんだがな……。

 

 与えられた切り札はさっさと切るべきなのか、それとも隠し持っておくべきなのか。

 現状では判断のしようが無いな。

 こういう時、ゲームでは大事な決断の判断基準となる伏線がちりばめられているものだが……今のところそんなものは見当たらない。

 現実(リアル)なんてクソゲーだ。







 以上で、灯編終了です!
 駆け魂攻略としては作中時間で最短ですかね。1日も経ってないので。まぁ、本章は攻略とは違う気がしますけどね。
 本作ではかのんが錯覚魔法を使っていたのでリミュエルさんが桂馬たちの立場をあっさりと判断できました。その結果、駆け魂攻略の必要性すら無くなるという。原作との非常に大きな違いでしたね。
 ……書き終えた後に、原作でも契約の首輪を見て判断できたんじゃないだろうかという疑問が思い浮かんだけどきっと気のせい。

 理想とは、完全とは何かと問う神のみにおいて重要な章だったので固定イベントとして処理を行いました。女神のストーリーとは全く関係無い話ですけどね。
 いつも原作を片手に執筆している筆者ですが、今回は神のみだけでなく『ねじの人々』(若木民喜著)も読み返しながら執筆しました。同じ作者が書いただけあって結構通じるものがあります。
 『ねじの人々』は哲学を扱う漫画です。プラトンの洞窟の比喩で有名な『イデア論』を負け犬の理論と言い切る挑戦的な作品です。筆者としてもお勧めできます。

 さて、次は檜編です。どうなることやら。
 残念ながら流石に書けてません。連続投稿記録はストップです。


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間章
運命変革の兆し


 何も無い、真っ白な景色が延々と続く空間で、彼女はただ祈りを捧げていた。

 

 思慮の女神 アポロ

 

 彼女の役割はいくつかあるが、最も重要な役割は未来を見通し神託を授ける事だ。

 封印が解かれて人間界に流れ着き、女神としての力の大半を失った今でもその役割は変わらない。

 

「……やはり、以前のようには行かんのぅ」

 

 本来の力があれば、吉兆凶兆の全てを把握し、国や世界単位で干渉する事が可能だが……今の彼女は小さな街の運命すら見通す事は叶わない。

 

 しかし、未来を強く揺り動かすような強烈な出来事が起こるのであれば……今の彼女でも見通す事ができたようだった。

 

「む? これは……?」

 

 彼女の権能が何かを察知した。肝心のその中身までは分からなかったが。

 ただ1つだけ、分かった事があった。

 

「……もうじき、運命が動き出すのじゃな。妾たちの運命が」

 

 神託を下す女神すら見通せない彼女たちの運命は、きっと神のみぞ知るのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倉川灯ことリミュエルの攻略もどきを終えた数日後、僕は普通にエルシィと一緒に学校に来ていた。

 至って普通の光景のはずなのだが何故かレアな気がする。

 

 

「あと少しでに舞校祭ですね! がんばりましょ~!!」

「お~! 私たちのバンドの晴れ舞台だ! やってやるぞー!!」

「いよいよって感じだね。私も頑張るよ!!」

 

 

 そのエルシィはちひろや歩美と盛り上がっているようだ。

 ……そう言えば、舞校祭では不特定多数の人間がこの学園にやってくる事になる。何とかしてセンサーを回収しておくか。できれば家の中に封印しておきたいが、流石に無理だろうな。せめて僕が持っておきたい。

 

 

「……ところでお前たち、テスト結果は大丈夫だったのか?」

「……み、京さん!! 何でそれを言っちゃうんですか!!」

 

 ああそうそう。テスト期間は既に終わった。

 どうせ何かイベントがあるんだろうと身構えていたら拍子抜けだったよ。

 ……嵐の前の静けさだとは思いたくは無い。

 

「い、いいい今はそう! バンドに命懸けてるからね!! べべべ勉強なななんて!!」

「あれ? おかしいな、目の前が真っ暗に……ああ、何だか眠くなってきた……」

「あ、歩美さん!? 目を開けてください!!」

「衛生兵! 衛生兵!!」

「……そんなコントやるヒマがあるなら補習の準備でもしときなさい。ちひろはまだしも赤点常連組は特に」

「そんな! 私たちにはこうやってボケる権利すら無いっていうの!?」

「おーぼーです! 訴えてやる!!」

 

 

 実に平和だ。少々うるさいが、誰にも邪魔されずにゲームができるというのは……

 

「神様! ヒドいと思いませんか!?」

「…………」

 

 何か声をかけられた気がするが間違いなく気のせいだろう。

 積みゲーの消化に忙しいからな。そういう妙な声が聞こえる事もあるさ。

 

「あれ? 聞こえてない? か~み~さ~ま~?」

「おいエリー、こんなどうでもいい問題に桂木を巻き込むのは止めとけ」

「う~ん……分かりました……」

 

 

 おや? 現実(リアル)にしては空気が読めている。

 たまにはやるじゃ……

 

「あの、桂馬君、今大丈夫かな?」

 

 机の上に手鏡を置きながら話しかけるとかいう奇抜な事をやってきたのは勿論麻美だった。

 女神サマからの話か? 一応聞いてやるか。

 

「手短に」

『相変わらず扱いが軽いのぅ……まあええわ。

 妾からの神託じゃ。心して聞くがよい』

「御託は要らん。サッサと内容を言ってくれ」

『お主は神託を何だと思っとるんじゃ?

 え~、ゴホン。どうやら近いうちに何か大きな事件が起こるようじゃ。

 妾たち女神に関係する事件がな』

「ほぅ? で、それはいつ頃でどんな事件なんだ?」

『分からんぞよ』

 

 僕は無言でゲームを再開した。再開したと言うより注意力の配分を5対5から9対1に変えただけだが。

 

『おい、聞いておるのか桂木!!』

「そんな何もハッキリしてない情報を聞いて僕にどうしろと言うんだ」

『そう言われると困るのじゃが……お主には伝えておいた方が良い気がしたのじゃよ』

「こっちもそんな事言われても困るんだが?」

『むぅ……話す事で何か分かるかとも思ったのじゃが、そうでもないようじゃな。

 妾の神託を聞いて何かすべきだとか感じたりはせんかったか?』

「…………」

 

 随分とフワッとした能力だな。

 だが、相手は仮にも女神サマだ。ちょっとしっかり考えてみるか。

 

 女神の件で事件がおこる。

 女神関係で……そうだな、1つだけどうするべきか迷ってる案件があった。

 ……何か致命的な事件が起こる前に『あの事』を言っておくべきなのか?

 

『む? それはいかんぞ桂木よ』

「な、何だ? 突然どうした?」

『詳しくは分からぬが、お主の方から凶兆の気配が膨れ上がった。

 何をしようとしたのか妾には分からぬが、今考えていた事は止めておいた方が良かろう』

「……お前、意外と有能だったんだな」

『意外ってどういう事じゃ! 意外って!!』

 

 この若干アホっぽさが漂う女神の事を完全に信用する事はできないが、行動の参考にはなった。

 しばらくは、隠しておくとするか。







 不完全なアポロさんでも『運命を致命的に揺るがす選択肢』くらいなら読み取れるんじゃないかなと。
 桂馬の隠し事は次章に判明するでしょう。気付いてる読者の方もいらっしゃるみたいですけどね。

 テスト期間はいつの間にか終わった体でいきます。今回の攻略の作中時間がかなり短くなったのと、女神攻略に1週間もかからない疑惑が出てきたので……
 具体的に今現在が何曜日なのかは誤魔化させてください。
 しっかし、ちょっと前までは時間が足りないとか言ってたのにむしろ時間があまってしまうという……


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虚像を打ち払って
プロローグ


 何故、この世にはテストというものがあるのでしょうか……?

 あんなもの、存在しない方がみんな幸せになれる気がします!

 

「どう思いますかちひろさん!!」

「う~む、普段なら同意する所なんだが……私までそっち側に回ったら本気でエリーがヤバい事になりそう。

 そういうわけなんでこう言わせてもらおう、エリー、ちゃんと勉強しろ!」

「そ、そんな! ヒドい!! 信じていたのに!!」

 

 裏切られました! ちひろさんに裏切られました!!

 ちひろさんだったら、私と一緒にテストに反逆してくれると思っていたのに!!

 大体、赤点でもいいじゃないですか! 何で補習や追試なんてものがあるんですか!!

 

「何か凄い事考えてそうだな……

 まあ落ち着け。一切勉強しないってのはさすがにナシだけど、少し息抜きするくらいなら大丈夫っしょ。

 今日はバンドの方も休みだし、ちょっと遊ぼうぜ」

「あれ? 今日はお休みでしたっけ?」

「言ってなかったっけ? 今日は陸上部の方で何かあるらしいよ。

 歩美も京も来れなくて、3人だけでやるのも微妙なんで今日は休み」

「そうだったんですか! う~、何しよう……」

「そこでだ、私に良い考えがある!」

 

 おお! 何かカッコいい台詞です! どんな名案があるんでしょうか!!

 期待の眼差しを向ける私に対してちひろさんは小声でこんな事を囁きました。

 

「ふっふっふっ、私の情報網によれば……何と今日、かのんちゃんが学校に来るのだ!!」

「へぇ~、そうなんですか」

「……あれ? 思ったより反応薄いな。アイドルだよ? うちのクラスの」

「はい。勿論分かってますよ」

 

 姫様がアイドルなのは分かってますけど……結構学校に来てるはずです。

 そこまで驚くほどの事ではないですね。

 

「思ってた反応とちょっと違うけど……まあいいや。

 かのんちゃんが放課後に女子空手部の部室に来るらしいんだよ。何かの訓練の為に」

「楠さんとの訓練ですね。今日だったんですね~」

「あ、あれ? エリーの方が詳しい……? い、いや、きっと気のせいだ。

 そういう事だから、ちょっと見学と言うか、様子見に行ったら何か面白い事があるかな~と。

「そ~ですね~。それじゃあ行ってみましょうか!」

 

 こんな感じで、今日の私の放課後の予定が決まりました!

 

 

 

 

  で!

 

 

 

「よーしエリー行くぞー!」

「おー!!」

 

 いよいよ楠さんの道場に突撃です! 実は一回も行った事無いんですよね。

 姫様の勇姿を見られたのは体育祭の時だけなので楽しみです!

 

「ところで、道場ってどこですかぁ?」

「道場って言うか学校の武道館な。

 場所は私が知ってるからついてきて」

「は~い!」

 

 

 ちひろさんの後を付いていくこと数分、無事にその武道館に辿り着きました!

 

「お、そこの窓開いてる。こっから覗けそうだね」

「えっ? 普通に入っていくんじゃダメなんですか?」

「ここの部長さんは厳しいらしくってね。流石に堂々と居座るのは無理っぽいのさ」

「……ちひろさん、窓が開いてなかったらどうするつもりだったんですか?」

「そんときはドアをちょこっとだけ開けるとかかな。どの場合でも正面から乗り込む気は全く無いよ。

 入部希望者と勘違いされても困るし」

「それくらいだったら別に構わないのでは……?」

「……エリー、知ってるか?

 前回の体育祭の後で女子空手部の部員数は一気に膨れ上がったんだよ」

「そりゃあ増えるでしょうね」

 

 あれだけのパフォーマンスを、しかも姫様が行ったんです。凄い宣伝効果があったに違いありません!!

 

「でな、更にその数日後に再び部員数が0になったんだよ。

 ああいや、部長さんが居るから1か」

「ほぇ? どうしてですか?」

「……それだけ活動内容が厳しかったって事だよ」

「ほぇ~…………」

「入部希望と間違えられるだけでも、とんでもない目に遭いかねない。

 だから、こっそりと覗き見るだけな」

「ちひろさんもしっかり考えてたんですね……分かりました。そっと覗き見しましょう!!」

 

 そういうわけで、窓から覗いてみます!

 中には2人分の人影……構えを取って向かい合っている姫様と部長さんの姿がありました。

 

「うわぁ……何かスゴい。気迫みたいなのがビンビン伝わってくる」

「そうですね。体育祭の時も凄かったけど、それとは段違いです。

 これが部長さんと姫さ……かのんちゃんの本気なんですかね」

 

 お互いに隙を伺っているのでしょうか? ずっと睨み合ったままです。

 そんな時間がしばらく流れていき、ずっとこのままなんじゃないかと思ったその時、姫様が動きました。

 いつの間にか手に持っていたスタンガンを勢いよく突き出します。

 部長さんはそれを難なく躱し、突き出された腕を取って間接を極めようとします。

 しかし、ただでやられる姫様ではありませんでした。もう片方の手にいつの間にかスタンロッドを握っており、部長さんの首筋に突きつけていました。

 

 部長さんはいつでも姫様の腕を折れる状態、姫様はいつでも気絶させられる状態。これってどちらの勝ちなんでしょうか?

 そんな私の疑問は姫様が答えてくれました。

 

 

「……引き分け、ですか」

「そのようだな。やはり厄介だな。その類の装備は」

「使ってる立場から言わせてもらうとそれなりに不便な所もあるんですけどね。

 こんな密着状態だと私も感電するから相打ちになりますし」

「格上相手にそこまで持っていけるなら十分過ぎるだろう。お前、暗殺者か何かにでもなれるんじゃないか?」

「またまた~。私なんてスタンガンが無ければただのか弱いアイドルですよ?

 そんなの無理ですよ~」

「いや、むしろアイドルだからこそ向いている気がするのだが……」

 

 

 とりあえず……引き分けだったみたいですね。

 実戦だったら両方とも感電して気絶するから……という意味でしょうか?

 

「……かのんちゃん、ナニモンなんだ?」

「さ、さぁ……? ただのアイドルでない事だけは確かですね」

 

 最近姫様がどんどん人外じみてきている気がしてましたが……こんな特訓やってたらそりゃそうなりますよね。

 私だったら1分も経たないうちに音を上げそうです。

 

「部員が一気に消えたのも納得だねこりゃ」

「そうですね……」







 頑なに自分の実力を認めようとしないかのんちゃん。
 アイドルだもんね♪ 強いわけがないもん♪

 何で道場内の会話が聞こえるのに覗いてる2人の会話が聞こえてないのかとか突っ込んではいけない。
 きっとアレです! エルシィが結界を張ってるんでしょう!

 あと、本当に今更なのですが……
 原作での女子空手部は『第一道場』と書かれた部室で活動しているようです。しかし本文中ではちひろがわざわざ『道場ではなく武道館』と訂正してます。
 これは紛れもなく筆者のミスであり、楠編で部室を適当なイメージで描写してしまったための食い違いです。
 わざわざ遡って修正するのも面倒なので開き直って本作の女子空手部は小さめの体育館みたいな別館で活動しているという設定にさせてもらいます。申し訳ありませんでした。



 筆者の記憶が正しければ本作でエルシィが姫様を『かのんちゃん』と呼ぶのは本話が初です。
 エルシィだったらうっかり『姫様』って呼びそうな気はしますが……原作でもかのんと入れ替わってた時に空気を読んで神様の事をしっかりと『桂馬くん』と呼んでいたのでちゃんとやってくれるでしょう。
 ……しっかし、あの台詞は何故アニメ版ではカットされていたし。かなエルシィによる『桂馬くん』呼びを聞いてみたかったのに!

エル「何するつもりですか? 桂馬くん!!」
桂馬「その呼び方やめろ!!」


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01 5年越しの再会

 ところで、

 ずっと窓から覗いているという事は当然、後ろへの注意がおろそかになります。

 

 そうであっても、後ろから来たある人に気付けたのは……神様だったら不幸だったって言うんでしょうね。

 だって……センサーが鳴りましたから。

 

ドロドロドロドロ……

 

「えっ、センサー? どこに!?」

「おいエリー、携帯のアラーム切ってなかったのか!?」

「いえ、これは携帯ではなく、えっと……」

 

 慌ててセンサーを切りますが、そんな音を出したら当然道場内まで聞こえるわけで……

 

「ん? そこに居るのは誰だ!」

「この音って……はぁ……」

 

 そして、センサーが反応した背後に目を向けると……

 

「こら君達、こっそり覗き見なんて、感心できないゾ」

 

 グラマラスなお姉様といった雰囲気の見知らぬ女性が立っていました。

 『ごめんなさい!』とか、『どなたですか?』とか、色々と言いたい事というか言うべき事はあったのでしょうけど、私たちが言葉を発する前に道場の扉が勢いよく開け放たれました。

 

「覗き見していたのは貴様らか……って、あ、あなたは!?」

 

 謎の女性を見て部長さんが驚いているようです。お知り合いでしょうか?

 

「おー、楠。しばらく見ない間にキレーになったわね」

「ま、まさか……姉上……なのですか?」

「自信無さげね。この私が春日檜サマ以外の誰に見えるってのよ」

「……いえ、見えません。お久しぶりです姉上」

 

 ど、どうやらこの謎の女性は部長さんのお姉様みたいです。

 しかし、全然雰囲気が違いますね。部長さんは『和のココロを持った武道家』って感じなのに、お姉様の方は『派手な外国人』って感じです。

 

「お姉さんが居るとは聞いてたけど、何というか予想以上に凄そうな人だね」

「そうですね……って、姫さ……かのんちゃんいつの間に!?」

「いや、私と師匠しか居ないのに師匠が飛び出していったらそりゃ付いていくよ」

「た、確かに!」

「で、2人とも一体こんな所で何してたの?」

「え、えっとですね……ちょっとかのんちゃんの様子を見に……」

「ちひろさん、別に悪い事じゃないんだから堂々と真正面から入ってきても良かったんだよ?

 そのまま体験してみてもいいし」

「え、遠慮しときます……」

 

 姫様はご自分の身体能力が一般人とはかけ離れている事を自覚していない節がありますね。

 魔力を使って無意識に身体強化を行っているみたいなので気付けないのも無理はないのかもしれませんけども。

 

「う~ん。私としても友達が一緒に居てくれたら楽しいんだけど、無理強いするのは良くないね」

「えっ、と、友達? わ、私が?」

「えっ? も、もしかして違ったの……?」

「い、いや、友達……確かに友達なのか。

 でも、私なんかがかのんちゃんの友達でいいのかなって……」

「何言ってるの! むしろちひろさんだからこそだよ!」

「か、かのんちゃん……」

 

 う~ん、良い話ですね~。心なしかちひろさんの目元が潤んでいる気がします!

 お互いに無いものを持ち合っている、良いお友達だと思います!

 

 って、そっちも気になりますけど今は駆け魂持ちの部長さんのお姉さんについてです!

 事前の情報収集が大事って神様いつも仰っていますからね! 頑張りますよ!

 

 

「姉上、どうしてここに?」

「道場の方でアンタの居場所を聞いてね。ちょっと驚かせに来たってわけ」

「そうだったのですか。お元気そうで何よりです」

「何? この私がどっかで不健康に過ごしてるとでも思ってたの?」

「いえ、そういうわけでは……」

「アッハッハッ、ジョーダンよジョーダン。

 ところで……」

 

 そこで言葉を切って部長さんのお姉さんはこちらに向き直りました。

 

「あの子たちは知り合い?」

「いえ。初対面ですが……」

 

 お姉さんの疑問に答えるように、部長さんの言葉を継ぐように姫様が一歩前に出ました。

 

「この2人は私の友達です。不審者ではないのでご安心下さい。

 あ、申し遅れました。私、中川かのんと申します。師匠……楠さんにはいつもお世話になっています」

 

 おお、姫様カッコいいです! 何か仕事のできる大人の女性って感じの言葉遣いです!!

 

「へぇ~、楠あんたかわいい弟子を取ったわね。昔っからかわいいもの好きだったものね」

「なっ!? 何故それを!?」

「そんなの見てれば分かるわよ」

 

 う~ん、そんなに簡単だったんですかね?

 流石は部長さんのお姉さんという事なのでしょうか?

 

「あの、師匠、ちょっといいですか?」

「ん? 何だ?」

「ちょっと急用が入ってしまったので今日はもう上がらせてもらいます」

「ああ、そうか。気を付けて帰れよ。

 ……気を付けなくても怪我などしなさそうだがな……」

「??? それじゃあ、失礼します!」

 

 姫様はお帰りになられるみたいです。私たちは……

 

「わ、私たちも失礼します!」

「あ、待ってくださいよちひろさん!」

 

 ちひろさんが姫様についていこうとするので私も後に続きました。

 確かに、姉妹の再会に水を差すような事はしたくないですからね。

 

 それじゃあ……攻略を始めましょうか。







 原作では檜さん自身が名乗って現れていたので楠さんもすぐに『あ、姉上!?』という台詞が出てきましたが、特に名乗らなかった場合でも楠さんは気付けたんでしょうかね?
 5年も前から音信不通だった上に髪も染めているので割と怪しい気はしますが……まぁ、姉妹ですから少し迷うけど分かるとしておきました。


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02 姉妹の関係

 センサーが鳴り響く音を聞いた時、桂馬くんがエルシィさんを野放しにしたくない理由を理解できた気がした。

 エルシィさんが妙な行動をとる度にセンサーが鳴るとか、下手するとノイローゼになるんじゃないだろうか? 桂馬くんにそんな様子は無いから今は大丈夫みたいだけど。

 

 ひとまず一時撤退する。姉妹の再会に割って入る気は無いし、エルシィさんとも今後の相談をしたいから。

 

「ごめんねちひろさん、ちょっとエルシィさん借りてくね」

「うん。どうぞどうぞ」

「私はちひろさんの物だったんでしょうか……?」

「ちひろさんが部長みたいなものだからあながち間違いでも無いような……まあいいや」

 

 エルシィさんを物陰に引っ張り込んで小声で会話をする。

 

(まず今回の攻略対象、師匠のお姉さんの……檜さんだっけ? あの人のパラメータを透かせる?)

(バッチリ取れてますよ!

 春日(かすが)(ひのき)さん20歳。

 身長173cm、体重58kg、血液型O型、誕生日は8月5日。

 以上です!)

 

 名前以外の細かいパラメータを気にするのは桂馬くんだけなので私に言われてもしょうがないんだけどな……

 それは後で桂馬くんにも伝えてもらうとして、次だ。

 

(エルシィさん、羽衣さんの透明化を私にかけてくれる?

 あと、桂馬くんを連れてきてほしいの)

(りょーかいです! 少々お待ちください!)

 

 羽衣さんの一部がが体に纏わりつく。これで透明化したかな? 私にはわからないけど。

 

(どう? これで大丈夫?)

(はい! バッチリです! 防音結界もお付けしましょうか?)

(…………一応付けてもらおうかな)

 

 防音しちゃうといざという時に声をかける事ができなくなるけど、あの師匠が相手だと近付き過ぎると呼吸音だけで察知されそうだ。

 本当にいざという時は羽衣さんを剥がせば防音結界も消えるはずだし、付けてもらおう。

 

(……はい! これで完璧です)

(分かった。じゃあ行ってくるね)

(あれ? 姫様お返事は……?)

「……ちゃんと機能してるみたいだね」

 

 それじゃ、師匠たちの様子を見に行きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が切り上げた事で師匠も帰宅するらしく、檜さんが運転する車に乗せてもらって帰るようだ。

 幸いな事にオープンカーだったので、飛行魔法を使って上から直接後部座席に乗り込むことができた。

 もしオープンカーじゃなかったら……最悪の場合、車の上に乗る羽目になってたかもしれない。

 

 

「姉上、今まで一体どこに居たのですか?」

「ん~、ちょっとアメリカの方にね」

「外国にまで行っていたのですか……色々と大変だったでしょうに」

「まぁそうね。でも、この私にかかればラクショーよ!」

「流石は姉上ですね」

 

 檜さんが家を飛び出したのって確か中学卒業と同時だったはず。

 親の保護も受けられないような状態でまさか外国に行ってるなんて……ほんと凄い人だ。

 

「アメリカではどんな事をやっていたのですか?」

「イロイロよ。デザイナーやったり女優やったりね。

 どれもこれも簡単過ぎて張り合いが無いわ」

「そうですか……武道の方は、もう止めてしまったのでしょうか?」

「そうねぇ。たま~に不届き者を始末するくらいで、暑苦しい修行とかは全然よ」

「姉上らしいです。しかし、少々残念ですね。あの姉上が修行を続けていたらどれくらい強くなっていたのかと思うと」

 

 そっか。昔は檜さんも武道家だったんだよね。

 当時は師匠より強かったのかな? ……中1と中3を比べたらそりゃ中3の方が強いか。

 高校生や大学生くらいならまだしも、その年齢で2歳差は結構大きそうだ。

 

「あら? 別に弱くなったとは一言も言ってないわよ?

 そういうあんたはどうなの? 少しは強くなった?」

「そうですね……もしかしたら、今なら私が勝ってしまうかもしれませんね」

「お~、言うようになったじゃないの。道場に戻ったら組手でもやってみる?」

「……では、胸をお借りさせて頂きます」

「フッ、教えてあげるわ。姉より優れた妹など存在しないという事を!」

 

 師匠とお姉さんの組手かぁ。

 ……お姉さんの発言が盛大なフラグにしか聞こえなかったのは何故だろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、檜さんが車を止めた。

 近くに道場らしき建物は無いけど……どういう事だろう?

 そんな私の疑問は檜さんが解消してくれた。

 

「まったく古臭い道場よね。駐車場の一つや二つ作っておきなさいって話よ」

「そもそも山の中にありますからね。道を作るだけでもかなり大がかりな工事になってしまうでしょう」

「ん~、今度門下生総出で斧持って木を切り倒したら? 良い修行にもなって一石二鳥なんじゃない?」

「素人が下手に手を出すと怪我をしたり土砂崩れなどの災害を招きそうですが……確かに良い修行にはなるかもしれませんね。後で検討してみましょう」

「頼むわよ~」

 

 どうやらここでも道場に近い駐車場を選んだようだ。

 少し歩くことになるけど仕方ない。付いていこう。

 

 

 

 

 

 

 石段を上る事数分、道場の門が見えてきた。

 流石は春日流羅新活殺術の道場、何か凄そうだ。

 門を開けると門下生らしき人達が並んで出迎えてくれた。

 

「「「「「お帰りなさいませ! 楠様! 檜様!」」」」」

「うん、ただいま~」

「ご苦労」

 

 檜さんは5年前に家出したって話だけど、門下生の人たちには受け入れられてるみたいだ。

 家出の原因については本人からは勿論、師匠からも聞いてないけど……古くからの伝統を守ってるようなかたっ苦しい道場(と言うか流派)から逃げる為だったんじゃないだろうか? これまで見てきた本人の言動から考えると大体合ってると思う。

 それなのに門下生からは自然に受け入れられてるって事は、伝統にこだわっていたのはごく一部の門下生、あるいは当時のご当主だけだったのだろうか?

 今は師匠が当主なわけだけど、当時のご当主(ほぼ間違いなく師匠の父親)は今どうしてるんだろう? 先代当主って結構な影響力がありそうだけど……

 そんな疑問に答えてくれたのはまたしても檜さんだった。

 

「いや~、あのくそじじいが居ないと快適ね~」

「姉上、父上の事をそんな風に言うのは……」

「くそじじいで通じるアンタも大概だからね?

 確か今はどっかの町でご隠居生活してるんだって?」

「そのようですね。たまに道場に顔を出しますが、あの脚では石段を上るのも辛いようです」

「あのヒゲオヤジがねぇ……ざまぁないわね」

「姉上! そんな言い方は……」

 

 師匠が苦言を呈するけど、檜さんは態度を改める気は無さそうだ。

 うん、確定だ。父親でもある先代当主と檜さんは相当仲が悪かったようだ。

 もしかすると、父親が隠居したから道場に戻ってきたとか? 可能性はあるかも。

 

 

 師匠が門下生の皆に一通り指示を出した後、例のイベントが始まった。

 車の中でも言っていた姉妹での組手だ。

 

「楠様と檜様の組手……どっちが勝つんだ?」

「いやー、流石に楠様だろう。檜様は5年も外国行ってて他の仕事してたって言うし」

「いやいや、あの檜様だぞ? 中学生だったにも関わらず先代当主から一本取った檜様だぞ? 勝負は分からんよ」

 

 門下生の皆さんも盛り上がっているようだ。

 あの師匠が簡単に負けるとは思えないけど……あの師匠のお姉さんが相手だからなあ……

 

「姉上……予備の道着くらい置いてありますよ? 着替えたらいかがですか?」

「いーのよ。このくらいハンデよハンデ」

 

 檜さんの服装は私の衣装とかと比べたら動きやすそうな服ではあるけど、とても組手をする格好には見えない。

 下はスカートに上は胸元がはだけたファスナー付きの服。単純に激しく動くだけでも放送事故になりかねないし、ファスナー等の金具は怪我に繋がるだろう。

 え? いつもアイドルの衣装で組手してる私はどうなのかって? 流石に金具が付いてるような衣装は避けてるよ。

 まさかとは思うけど……負けたときの言い訳を作ってるんじゃないだろうか? そういう性格ではないから、無意識にやってしまっているのかもしれない。

 ……流石に邪推し過ぎかな?

 

 

 組手の開始に、審判の合図は要らなかった。お互いの動くタイミングが分かっていたのか、殆ど同時に動き出した。

 

「うわっ、速っ!」

「いつもの稽古と全然違うな……組手って言うより決闘じゃねこれ?」

 

 うーん、一応2人の大まかな動きは目で追えるけど、細かい動作に関してはサッパリ分からない。

 師匠、私との組手の時はあれでも手加減してくれてたんだね……

 

「お~、少しはやるようになったじゃないの」

「…………」

 

 檜さんはペースを崩さず余裕しゃくしゃくといった様子だ。

 それに対して師匠はなにやら怪訝そうな表情をしている。

 ……パッと見だと檜さんが優勢って事なんだろうね。

 けど、違う。檜さんは少々無理をして余裕そうに振る舞っているのに対して師匠は考え事までする余裕があるって事だ。

 師匠の5年間の修行は姉の才能を上回ったって事だね。うん、良い話だ。

 

「……あれ?」

 

 今、檜さんの身体から黒い霧みたいなものが出てきたような……

 駆け魂の影響? と言うより、駆け魂の妖気が漏れているのかもしれない。

 ……この攻略、あんまりのんびりしてる時間は無さそうだ。







 木の伐採……かのんちゃんが居ればラクショーですね!

 先代当主が今何をやっているのか、原作では全く描写されていないという。
 檜編ですら出てこなかったので道場に居るって事も無さそうです。
 仕方ないから「膝に矢を受けてしまったので武道から退いて普通の町に隠居している」としておきます。
 死別した案も考えましたが、ただでさえ暗めの檜編がより暗くなるので止めておきました。





 今回の話を書く時に檜さんの海外進出という偉業について改めて調査してみましたが、未成年者がパスポートを作成するには法定代理人の同意が必要っぽいです。(不要なケースもあるけど、里親に育てられてたり児童福祉施設で育った場合のものなので檜さんにはまず無理)
 法定代理人とは『父または母』『養親(養子縁組してる場合のみ)』『父または母が指名した親権者』『未成年後見人』といった感じ。
 原作で道場に入り浸っていた様子を見ると実親と縁を切って誰かと養子縁組していたとも思えないし、未成年後見人を用意するのも相当難しそう。
 ……まさか、密入国でもしたのだろうか?
 可能性があるとすれば母親ですかね。全く描写されていない彼女が檜さんに対して理解があったとすればパスポートの発行は何とかなりそう。大事な娘を一人で外国に送るってのはそれはそれで考えにくいですけどね。国内でも普通に働けるでしょうから。
 ……あれ? 母親っていましたよね? 死別してるとか、離婚して出ていったとかの描写は多分無かったですよね?

 更に考えにくい他の可能性としては、今年度の8月頃までは日本で活動しており、20歳になった時にパスポートを発行して渡米、そしてわずか2~3ヵ月で道場まで戻ってきた。
 ……無いですね。

 あり得ない可能性としては、20歳未満であっても結婚している場合は成年と見なされるようなので檜さんが16歳以上になってから誰かと結婚すればパスポートの発行は可能。
 結婚後すぐに離婚して、原作の時点では完全に縁を切っていたとするなら一応矛盾はしませんが……まぁあり得ないでしょうね。
 (そもそも離婚してもちゃんとパスポートが効果を発揮し続けるのかも怪しいですし)


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03 喜べない勝利

 違和感を感じた。

 私たち武道家にとって、拳というものは口以上にものを言う。

 怒りや悲しみといった感情が拳を通じてダイレクトに伝わってくる。

 そして……姉上の拳から伝わってくる感触に違和感を感じたんだ。

 

「お~、少しはやるようになったじゃないの」

「…………」

 

 姉上はいつも通りの余裕そうな表情をしている。

 ……が、それは張りぼてだ。中川の巧妙な偽装を見慣れているからそれくらいは分かる。

 これは単純に私の方が強くなったという事だろうか?

 いや、それだけではない気がする。よく分からないが……何かおかしい。

 もう少し、試してみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 師匠たちが再び動き出した。先ほどまでよりも激しい応酬が繰り広げられる。

 

「うわっ、アレで本気じゃなかったのかよ」

「何かあの2人だけ種族が違うんじゃないかって思えてくるな……」

「そんな事より檜様のパンツが見えそう」

「誰かカメラ持ってないのか! こんな素晴らしいパ……戦いを記録しなくては!!」

 

 何かフザケた事を言ってる煩悩だらけの人達をスタンガンでしばき倒したかったけど、今動くわけには行かない。

 一応顔だけは覚えておく事にする。

 

「あれっ? 何か寒気が……」

「お、お前もか? 俺もだ……」

 

 

 野次馬は放っておいて師匠たちの戦いに注目する。

 あくまでも私の感想だけど、檜さんの方は必死……とまではいかなくても大体全力で戦ってる気がする。それに対して師匠は様子を伺うような消極的な感じだ。

 一体何を考えているんだろう……?

 

「ホラホラどうしたの? 全力でかかってきなさい!」

 

 檜さんがそんな台詞を放ってすぐ、決着はついた。

 檜さんの蹴りを師匠が掴み取り、そのまま床に投げつけたのだ。

 

「……えっ?」

 

 しんと静まり帰った道場の中で、何が起こったのか分からないと呆気に取られた様子の檜さんの声が響いた。

 それに続いて、師匠の声も響いた。

 

「姉上こそ……全力を出して欲しかったです」

 

 その絞り出すような声は、とても悲しそうだった。

 

「……失礼します。少し、1人にさせてください」

 

 そう言い残して、師匠は道場の奥の方へと去って行った。

 ……これ、どっちを追うべきだろう? 檜さんか、師匠か。

 そして、『両方追えば良い』という結論に達するまでそこまで時間はかからなかった。

 

[♪ ♪ ♪ ♪~♪♪~♪♪♪ ♪ ♪ ♪ ♪~♪♪~♪ ♪]

 

 携帯が鳴り響いた。画面には『エルシィさん』と出ている。

 このタイミングでかかってくるという事は……

 

「もしもし、桂馬くん?」

『ああ。近くまで来たが、今席を外せるのか?

 大丈夫なら打ち合わせをしたいんだが』

「席は外せないけど、丁度いいタイミングだったよ」

『ん? どういう意味だ?』

「今ちょうど人手が欲しかった所。

 そこから道場って見える?」

『一番大きい建物で良いのか?』

「うん。その中に居る女の人の様子を見張ってて欲しいの。1人しか居ないからすぐ分かるはず」

『了解したが……せめて簡単な状況説明だけでもしてくれ』

「えっと……その人が今回の攻略対象だよ。

 ごめん、今たてこんでるからまた後でね!」

『……分かった。何しようとしてるか分からんが頼んだぞ』

「うん! じゃあね!」

 

 これで檜さんの方は多分大丈夫だ。

 師匠の方の様子を見に行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、エルシィに何か呼ばれて、かのんのペンダントの信号を頼りに追ってきたわけだが、ロクな説明も貰えずに攻略対象を観察する事になった。

 透明化と防音をかけて道場の中に入り込むと、ザワついている門下生らしき人達と床にヘタっている女性が見えた。

 

「エルシィ、あいつで良いのか?」

「はい! 今回の攻略対象の春日檜さんです!

 姫様の師匠のお姉さんみたいですね」

 

 へぇ、そう言えばかのんが何か言ってたな。

 確か……その師匠が中1から中2になる頃に家出したんだったか?

 そんな姉が今ここに居るって事は、今日丁度戻ってきたのか?

 

 まずは情報を集めよう。一体何があったのか。

 ……確かに説明は要らないのか。簡単な事ならそこら辺の門下生(モブ)達のざわめきからいくらでも拾える。

 

「まさか、楠様が相手とはいえ檜様が敗れるとは……」

「いやでも、楠様が本気じゃなかったみたいな事を言ってなかったか?」

「えっ、アレで本気じゃなかったってのか? 楠様の気のせいじゃないのか?」

「それより、さっきの録画見るか?」

 

 確認させてもらうが……今回の攻略対象が『檜様』、その妹が『楠様』で良いんだよな?

 組手か何かして、姉が負けたって事か。

 調査を始めたばかりだから何とも言えんが、もし心のスキマがその妹に関する事だったら厄介な事になりそうだな。

 

 短期決戦を狙うのであればスミレの時のように相手の領域に飛び込むべきだろう。道場に飛び込むとか勘弁してほしいが、必要なら仕方ない。

 できればのんびりと攻略したいんだが……

 

「……おいエルシィ、あいつの身体から出てる黒い煙みたいなのって……」

「はい……紛れもなく駆け魂の妖気です。かなり危険な状態みたいですね」

「……最大で1週間程度と見ておくか。可能な限り早く打ち合わせをする必要がありそうだ」

 

 なるべく早くそっちの用事を終わらせてくれよ、かのん。







 最初はせめて本話の半分くらいまで師匠視点で行こうと思ったけど、戦いに集中しているので野次馬の声を入れる事ができず、細かい戦闘描写が必須になるので僅か11行で断念するという。

 美生編のどこかの後書きで『パンチラは美生以外は無い』って言いましたけど、今回読み返したら檜さんも組手中にさり気なく披露しているという。
 流石はお色気キャラという事なのでしょうか……?


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04 師匠の憂鬱

 師匠の後を付けてしばらくすると師匠の自室らしき場所に辿り着いた。

 随分と殺風景な部屋だなぁ。教科書や参考書が綺麗に並べてある本棚と勉強机、あと畳んである布団くらいしか無い。

 師匠の趣味を考えたらぬいぐるみの1つや2つ置いてあってもおかしくないものだけど、道場の中では我慢してるのかな?

 それとも、そういう店を知らないだけかも。今度案内してあげよう。

 

 で、肝心の師匠はというと……浮かない顔で何か考え込んでいるようだ。

 このまま観察を続けたり、師匠が独り言をこぼすのを待つのもアリと言えばアリだけど、今回はそんなに悠長に構えるべきではないだろう。

 確か……駆け魂の妖気が出ていないのであれば軽く1ヶ月は保つんだっけ? エルシィさんの言う事だからあんまり当てにしない方が良いけど。

 これまでの攻略でも駆け魂の気配みたいなものを感じた事はあるけど、檜さんの場合はあからさまに危険な雰囲気が漂っていた。最長でも1週間程度を目標にすべきだろう。早いに越したことは無いし。

 

 というわけで、羽衣さんを剥いで師匠に話しかける。

 

「どーしました? 浮かない顔ですね」

「ん? ああ、お前か。実は……

 ……って、どうしてお前がここに居る!? どうやって入って来た!!」

「やだなー。そんな細かい事はどうでもいいでしょう」

「決して細かい事ではないが……お前の異常性にいちいち驚いてたらキリが無いか」

 

 何を言ってるんだろう。桂馬くんならともかく私が異常だなんて。ただのしがないアイドルなのに。

 

「お前はいつから居たんだ? さっきの組手も見ていたか?」

「はい、お姉さんとの組手ですよね?」

「ああ、その通りだ。お前は見ていて何か感じなかったか?」

「何かと言われても……最初から最後まで師匠が優勢だったなとしか感じませんでしたよ」

「そう見えていたのか。流石は本家だな」

「ほんけ?」

「ああいや、気にしないでくれ。

 それ以外で何か気になった事は無いか?」

「う~ん……特には……」

「そうか……」

 

 師匠には私には分からなかった何かが見えていたのだろうか?

 今回の攻略、もしかすると師匠の方が早く片付ける可能性があるのでは?

 

「何が気になってるんですか?」

「どう言えば良いのか自分でもよく分かってないんだが……姉上が全力を出してないような気がしたんだ」

「そうですか? 必死だったように見えましたけど」

「それはそうなんだが……何というか、こう……本来伝わってくるはずのものが何かに邪魔されて届いてないような感じがした。

 本人が無意識に手加減……いや、全力を出せていないようなそんな感じがな」

 

 その邪魔しているものの正体はもしかすると心のスキマなのではなかろうか?

 センサーも無しに心のスキマの存在を看破するって、師匠スゴい。

 

「原因に心当たりはありますか?」

「いや、無い。あったらこんな所で悩んでいないさ」

 

 それもそうか。

 本気を出せない原因、手加減する原因。じっくり考えてみた方が良さそうだ。

 前にも桂馬くんと似たような事をした記憶があるけど、思いつく限りの原因を並べてみようか。

 スキマ云々は今は考えずに並べてみよう。

 

「実は怪我をしていたとか」

「いや、そんな感じではなかったな。痛がる様子もどこかをかばう様子も無かった」

「師匠に花を持たせようとした……は違うか」

「ああ。姉上は全力を出そうとしていたように思う。

 それに、そんな事をする性格ではない。私に圧勝して壁を見せつけてくるような性格だ」

「……性格悪いんじゃないですかそれ?」

「そういう意味ではない。壁は高い方が挑み甲斐があるだろう? 姉上だって私のそういう性格はよく理解しているはずだ」

 

 認識が噛み合ってなくて本当に性格が悪い可能性も有り得る気がしてきた。一応心の片隅に置いておこう。

 

「じゃあ……負けたかった、とか?」

「どういう意味だ?」

「理由までは分かりませんけど、無意識のうちに負けたがっていたのであれば全力が出せなかった事の説明はつきます」

「……しかし、先ほども言ったが姉上は全力を出そうとしていたように感じたぞ?」

「それなら、『勝ちたかったけど負けたかった』んでしょう」

「待て、意味が分からないぞ。明らかに矛盾しているだろう!」

「そうですかね? 勝ちながら負けるのは大体矛盾するけど、『勝ちたい』という気持ちと『負けたい』という気持ちが重なる事は有り得ない話じゃないと思いますよ」

 

 人の感情ってのはプラスとマイナスで打ち消し合えるような簡単なものじゃない。矛盾した感情を同時に抱える事なんて普通に有り得る。

 例えば歩美さんが走りたいと願いながらも怪我を装ったり、

 例えば麻美さんが人と話したいと願いながらも平凡を演じて真っ当な会話を避けたり、

 ……人間の心っていうのは複雑だ。挙げていけばキリが無いね。

 

「まずは分かりやすそうな方から考えてみましょう。勝ちたい理由に心当たりはありますか?」

「いや、心当たりもなにも、勝負には普通勝ちたいと思うだろう」

「それはそうですけど……どうしても勝ちたいと思う理由です。例えば、姉として妹に負けたくなかったとか」

「それは……あるかもしれない。

 私は姉上に勝った事は一度も無いからな。今でも勝てると漠然と思っていて私が予想以上に成長していたから慌てた可能性は十分あると思う」

「有り得そうな話ですね。では、負けたかった理由については?」

「そんなのさっぱり分からない。姉上は何事も全力で、勝負事において妥協するような事は絶対に無かった」

「そうですか……う~ん…………」

 

 負けたい理由かぁ……私にもよく分からない。

 桂馬くんと相談してみた方が良さそうだ。



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05 視線の重圧

 あの後、上手いこと桂馬くんと合流して道場から一旦離れた。

 作戦会議するのにあの羽衣さんの中だと狭いからね。道場のそばの山の中なら透明化してなくても誰かに見つかる事は無いはずだ。

 

「負けたい理由ねぇ……似たような話ならゲームでもよくあるから心当たりはいくつかあるぞ」

「えっ、ホント!?」

 

 困った時の桂馬くんだね。

 ギャルゲー的な攻略手法だけじゃなくて知識量っていうのはなかなかに侮れない。

 

「例えば……お前はトップクラスのアイドルだよな」

「う、うん……自分で言うのもどうかと思うけど、今現在の一番人気のアイドルって事になってるよ」

「なら尚更都合が良いな。

 一番人気って、辛くはないか?」

「? 辛い?」

「トップである事のプレッシャーってやつだ。

 一度トップに立つとこれからもトップである事が期待される。

 それに押し潰されそうになって逃げ出す奴はゲームで何人も見てきたし、現実(リアル)でも見たことがある」

「もしかして、歩美さんの事?」

「あとハクアもだな。あいつは逃げ出せずに潰れそうになってたが。

 そんな感じで『勝たなければならない』というプレッシャーから逃れる為に負けようとするのは有り得る」

「……なるほど」

「あとはそうだな、小物のテンプレ台詞である『俺はまだ本気を出していない』『明日から本気出す』とかを本当にやっている可能性もあるな。

 自分は全力じゃなかったから負けても問題ないってな」

「そういうパターンもあるのか……」

 

 そんな打算で手加減するような人には見えなかったけど、無意識のうちにやってしまっているというのは有り得そうだ。

 じゃあ、これも聞いておこう。

 

「負けたい原因である『勝たなければならない』の方の理由は分かる?」

「『姉より優れた妹など存在しない』という事だろう。いや、『存在してはならない』の方が正しいか。

 姉妹間の仲は良好なんだよな? 楠の方が檜の家出を怒っていたとか、そういうのは無かったよな?

「そうだけど……師匠は一応先輩だよ? 名前で呼び捨てはどうなの?」

「あ~、じゃあ師匠でいいや。

 師匠と姉の仲が良かったなら、その姉は常に妹からの尊敬を集めていたはずだ。

 さて、そんな姉が5年ほど経って舞い戻ってきた。その妹はアイドルに武術を教えたり、当主の役目を立派にこなしていた。姉の助けも無しでな。

 ……どう思う? お前だったらさ」

「うーん……私はひとりっ子だし、妹分みたいな子も居ないから想像しかできないけど……

 ……素直に喜べるかと言われたら難しいかもしれない」

「より具体的な例としては、エルシィが突然アイドルを目指して僅か数日でお前よりも人気が出た場合を考えてみろ」

「うん、絶対有り得ないって思うよ。素直に喜ぶ事は絶対に無い」

「あの、姫様? 私、居るんですけど?」

「あれ? 居たの?」

「居ましたよ!! さっきからずっと!!」

 

 ヤバい。素で忘れてた。

 

「……ま、エルシィさんだしいいか」

「どういう意味ですか!!」

 

 私とエルシィさんがアイドル勝負をして私が負ける事は絶対に無い……はず。

 はずなのに、人気投票とかで負けたら真っ先に不正を疑うよ。

 そして、それでも不正が見つからなかったら……私は立ち直れないかもしれない。

 

「まぁ、そんな所じゃないか。あくまで想像だが」

「大体合ってると思うよ。師匠の意見とも概ね一致してるし。

 でも……それが合ってるなら危ないかもしれない?」

「どういう意味だ?」

「……これ、ちょっと前の師匠の台詞なんだけど……」

 

 

 師匠が檜さん倒した時、『本気を出して欲しかった』みたいな事を言っていた。

 でもさ、手加減が無意識のものだったら……本気を出しているつもりの檜さんの心を凄く傷つける台詞なんじゃないかな?

 意識的に手加減していたとしても底の浅さを見抜かれたわけだし、かなりダメージを受けるんじゃないだろうか?

 そして、私と桂馬くんの共通認識として、今回の駆け魂はヤバい。溢れ出す妖気が自己主張してたからね。

 

 

「……どうやら本当に急いだ方が良さそうだな。

 行くぞ!」

「うん!」

「えっ、お2人ともどこに行く気ですかぁ!?」

 

 勿論、向かう先は道場だ。

 師匠と檜さんとを直接会話させないと、今回の攻略は絶対に成功しないだろう。

 

 そう思って、駆け出したその時だった。

 

 

 

ズゥゥン

 

 

 何か大きな物が崩れるような、そんな音がした。

 

 そして……

 

「何だ……アレは……!!」

 

 道場の方角に、巨大な人影が見えた。







 かのんがエルシィの存在を忘れてた場面は筆者も素で忘れてました。
 ま、エルシィだからいっか♪


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06 巨影

 檜が駆け魂に取り憑かれたのがいつなのか正確には分からない。

 おそらくは外国に居る時に取り憑いたんだろう。それだけだ。

 

 ひょっとすると、檜が日本に帰ってきた理由は駆け魂なのかもしれない。

 僕達が確認できていなかっただけで、駆け魂の影響が現れていたとしたら……休む為に、帰ってきたのかもしれないな。

 

 

 駆け魂は宿主の願いを叶える。歪んだ方向に。

 

「……これが、あいつの願望か」

「……『闇の種』の話を思い出すね」

「あの時の例え話のような物理的な話ではないだろうがな」

 

 道場の方には、巨大は人影が立っていた。

 檜の姿をした、巨大な人影が。

 

「妹よりも大きくなりたいという願望。

 妹よりも大きくあらねばならないという強迫観念。

 そんな所か」

「推理が概ね当たってたのは良いとして、どうするのこれ?

 ほぼ初対面の私たちがゆっくり語りかけられるような状況じゃないし、師匠と話すのも厳しそうだよ?」

「そうだな……」

 

 ギャルゲーにおいて巨大化するヒロインはあまり見ないが少しは居る。

 だが、例が少ないせいかテンプレな解決法というものは存在しない。

 一応第一候補は『口から中に入って等身大の本体と対面する』というものだが……下手すると胃で溶かされて死ぬんだよなこの選択肢。

 どうしたものか。迷っていた時だった。

 

ドロドロドロドロ……

 

「わっ、通信みたいです。もしもし!」

 

 このタイミングで通信が来たらしい。相手はお馴染みのドクロウ室長か?

 

「……はい。はい。分かりました!

 えっと……準備完了です!」

 

 通信先の指示に従ってエルシィが羽衣を地面に広げる。

 前にも見たような光景だな。確かあの時は……色々と送られてきてたな。

 そんな僕の予想を裏切る事はなく、羽衣の上に1つの封筒が転送されてきた。

 

「ドクロウ室長からです! お2人へとのことです!」

「とりあえず見てみるか」

 

 その中身は……こんな感じだった。

 

『バディ達へ

 

 時間が無いので現在の状況を完結に説明する。

 その近辺でレベル4の駆け魂の警報が出た。近隣の地区長が動員され、ヒラの悪魔も動員される事になるだろう。

 エルシィの破邪系統の能力と第二のバディの存在は絶対に隠しと押してほしい。

 記憶捜査からも逃れるようにと言えば伝わると信じている』

 

 よっぽど急いでいたようだな。誤字修正の時間すら無かったらしい。伝わるから問題ないが。

 記憶操作からも逃れる、か。

 一応プライベートで繋がりのあるかのんが楠と話すくらいならセーフか。それ以上に突っ込んだ行動は危うそうだ。

 

「かなり大事になっちゃってるみたいだね」

「色々と訊きたい事はあるが……仕方あるまい。

 エルシィ。檜はこの後どうなるんだ? 中の駆け魂ごと仕留める……みたいな展開にならないだろうな?」

「えっと、こういう時は確か……人命優先です!」

「そうか、ならそこまで慌てる必要は……」

「いえ、人命優先なので被害が出る前に……という方針だったはずです」

「それって本当に人命優先って言って良いの!?」

 

 最大多数の最大幸福っていう意味では決して間違いでは無い。

 ……が、僕の主義には反するな。エンディングとは一点の曇りも無いベストエンドでなければならない。

 僕が関わる以上、それ以外は認めない。

 

「まずはお前の師匠の所に行くぞ。

 そいつと一緒に乗り込む」

「乗り込むって、どこに?」

「あの巨人の体内にだよ」

「……どうやって?」

「体に風穴開ける……ってのは厳しいから口からになるだろうな」

「大丈夫なのそれ!?」

「分からん……が、やるしかないだろう。

 正直な所、檜が駆け魂と完全に融合してるみたいな展開ならもうお手上げだ。あの巨体の中に本体みたいなものがあると信じるしかない。

 安心しろ。無策で突っ込む気は無い。

 エルシィ、羽衣とか結界を使って2人分の酸耐性を作れるか?」

「う~ん、多分いけます!」

「よし、なら大丈夫だろう。

 今度こそ行くぞ!」

 

 

 

 

 

 僕達の目に映ったのは、半壊した道場だった。

 内側から何かが弾け飛んだかのような破壊の跡が見て取れる。

 ここで檜が巨大化して突き破ったんだろうな。

 

 門下生らしき連中はこの惨状に対してあわてふためいている。

 そりゃそうだな。当主の姉が帰ってきたと思ったら巨大化したなんて目の前で見ても信じられる奴はそうそう居ないだろう。

 

 そんな慌てふためいている門下生たちの中に目立つ人物が居た。

 長身の黒髪ロングの女性。かのんの師匠の楠だ。

 かのんから聞いていたイメージではこういう非常事態は先頭に立って指示を飛ばすタイプだと思っていたが……その非常事態の内容が内容なだけにただ呆然と見ている事しかできないようだった。

 これは強引に引っ張って行った方が良さそうだな。僕自身のキャラ設定としては『かのんの知り合いで、事情を知っている人物』ってところか。その設定に則って適当な台詞をぶつける。

 

「やっと見つけた。おい、サッサと行くぞ!」

「!? だ、誰だお前は!!」

「そんなのどうだっていいだろう。アンタの姉を助けたくないのか?」

「何っ!? 姉上を助けられるのか!?」

「ああ。多分な。だからサッサと行くぞ」

 

 とりあえず説明を全部省略して連れ出そうと試みるが、迷っているのか疑っているのか僕の手を取る様子は無い。

 そして、それは勿論想定済みだ。

 

「師匠!」

「中川! まだ居たのか」

「師匠、このヒト、言動や少々アレですけどやるときはやってくれる人です!」

「おい中川、どういう紹介の仕方だ」

 

 僕自身は師匠とは初対面だ。だが、ひとまずの信用を得たいのであれば僕自身が頑張る必要は無い。

 かのんと師匠との繋がりがこんな所で役立つとはな。

 

「…………分かった。お前を信じよう。

 それで、どこに行って何をすれば良いんだ?」

「簡単な事だ。

 僕の見立てではあの巨体の中には春日檜本体が存在している。

 だから、口から侵入して本体を殴り飛ばす。それだけさ」







 師匠と神様がここでようやく顔を合わせるという。


 檜編を読み返していて大変な事実に気付いてしまいました。

麻里「もー桂馬!! いつもケータイ切ってるー。」

 原作11巻 FLAG.98より抜粋

 桂馬……ケータイ持ってたんですね……
 ま、まぁ、きっと放置してバッテリーが上がってるような状態なんでしょう。きっと!!
 と言うか、原作で持っていようと本作では持っていない設定なのでもーまんたい。ちょっとビックリしただけで。


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07 スキマへの侵入

 口から侵入して本体を殴り飛ばす。

 言うのは簡単だがそれを躊躇い無く実行できる奴はそうそう居ないだろう。

 

「お前……正気か?」

「ああ。当然だ。

 アンタだって分かってるだろう? 今のアンタの姉は自分の常識が通じない異常事態に見舞われてるって事くらいは」

「それはそうだが……」

「安心しろ。僕も一緒に行く。アンタが危険を冒してくれるのであれば僕も自分の命を賭けよう。

 これで納得してくれないか?」

「そういう事を言っているのではないが……分かった。

 それで? 口から入るとか言っていたが、どうやって行く気だ?

 姉上に人を食べる趣味は無いぞ?」

「そりゃそうだな。だが安心しろ。既にタクシィを呼んである。

 エルシィ! 出番だ!」

 

 僕の声に反応して透明化していたエルシィが現れる。

 僕達が特殊な人間である事をアピールする小細工だな。

 

「はーい! どうせならしょーぼーしゃとして呼んでほしかったです!」

「そんなんどうでもいい。僕と楠をアレの口まで運んでくれ。

 耐酸防護も忘れずに」

「りょーかいです! 行きましょ~!」

「ちょっと待て! 一体お前はどこから出てきた! と言うかどうやって……うわっ、何をする!!」

 

 エルシィが僕と楠を手早く梱包し、一直線に檜の口へと向かう。

 そしてそのままの勢いで口の中へと放り込まれた。

 

 

 

 

 

 

 食道のようなブヨブヨした道を通過……と言うか落下し、しばらくすると弾力のある床に叩きつけられた。

 その弾力と、僕達を包んでいた羽衣のおかげか特に怪我をする事は無かった。

 

「うぉっと、無事に辿り着いたか。

 怪我は無いな?」

「あ、ああ……ここは……どこなんだ? 姉上の体内なのか?」

「その答えはYESでありNOだ。

 本当の体内なら今頃僕達は消化されている。

 この場所を一言で表現するなら、『心のスキマ』と呼ぶのが一番相応しいだろう」

「心のスキマ?」

「ああ。詳しい話は先に進みながらするとしよう。

 僕達が自由に使える時間はそう多くないからな」

 

 

 体内のようなそうでないような奇妙な空間を進みながら可能な範囲での説明を行う。

 

「人の心のスキマとは、ザックリと言い換えると人が抱える悩みの事だ。

 そしてその悩みが重篤なものになると悪魔が取り憑く事がある。

 ……何をバカな事を言っているんだと思うかもしれないが事実だ。信じなくても良いが否定するのは止めてくれ。時間の無駄だ」

「いや、そこまでは思っていない。むしろここまでの異常事態なら逆に納得できる」

「話が早くて助かる。

 取り憑いた悪魔は負の感情を吸収・増幅させながら宿主の心のスキマに込められた願望を歪んだ形で叶えようとする。

 今回の場合は、それが『巨大化』として現れたようだ」

「……姉上の悩みとは、一体なんだったのだ?」

「あくまでも推測だが……

 『妹よりも大きくなりたいという願望』

 『妹よりも大きくあらねばならないという強迫観念』

 そんな所だろう」

「あの姉上がそんな悩みを抱えていたというのか!?」

「あくまでも推測だ。これが正しいのかどうかはアンタの方が正しく判断できると思うぞ。

 ……いや、その必要すら無いか」

 

 唐突に開けた場所に出た。

 澄み渡った青空と、足首ほどの高さの澄んだ水面が広がっている。

 そして真っ正面には道場によく似た建物が1つだけ建っていた。

 心のスキマの深部とは思えない綺麗な空間だ。だが、だからこそひどく不気味だ。

 

「ここは……?」

「いかにもボス戦が待っていそうな空間だな。

 おそらくは、この先にアンタの姉が待っている。

 後は直接話し合ってくれ。まぁ、話せる状態じゃないだろうからまずは殴り合いになるだろうが」

「…………」

 

 楠は少し躊躇いながらも、しっかりした足取りで歩みを進めた。

 

 

 

 僕達が道場の前まで辿り着くと、唐突に周囲が暗くなった。

 水面は暗く濁りだし、空は灰色の雲に包まれる。

 そんな異変の中。声が響いてきた。

 

『……楽しかった。昔は、良かったなぁ……』

 

 幼い女の子のような声。聞き覚えの無い声だが、こんな所で響く声の正体なんて1つしかあるまい。

 

「姉上……? どこにいらっしゃるのですか!?」

 

 楠の声に反応するかのように、黒い靄が目の前に集まっていく。

 そして唐突に弾けると、中からドス黒いオーラを纏った檜が現れた。

 

「あ、姉上……?」

『…………だ』

「?」

『……お前の……せいだ!』

「っっ!!」

 

 何事かを叫んだ檜が楠に襲いかかる。

 不意を突かれた楠だったが、何とか攻撃をいなして凌ぎ切り後ろに大きく跳んで距離を取った。

 

「おいっ、これは一体どうなっているんだ!?」

「……本格的にヤバそうなのは確かだ。

 心のスキマさえ埋めてしまえば何とかなる……はずだ」

「何だその不安そうな言い方は!」

「これしか手が思いつかん、まずは全力でやってみてくれ」

「……まあいい。何とかしよう。姉上……行きます!!」

 

 そして再び、姉妹がぶつかり合った。







 原作では姉妹の対面時に妹の方が一方的にやられていますが、本作では互角の戦いをしています。
 原作だと水面から現れた姉に突如足を引っ張られてマウントを取られるのに対して本作では描写の関係で対面状態からスタートし、しかも桂馬が事前に『ボス戦がある』みたいな事を言っていたせいでしょうね。


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08 外の動き

 檜の心のスキマの中で、姉妹が対峙していた頃。

 道場から少し離れた場所の上空では3つの人影が集まっていた。

 

「ここは私だけで十分よ! 集まってくるな! 鬱陶しい!」

 

 駆け魂隊としての実績により、ほんの数ヶ月ほど前に地区長への昇進を果たした悪魔、第30-2地区地区長ノーラ・フロリアン・レオリア。

 

「そんな事言われたって、地区長召集がかかったんだから来ないわけにはいかないでしょうが!」

 

 一時期クビが危ぶまれたが、無事に立ち直り堅実に成果を挙げている悪魔、第32地区地区長ハクア・ド・ロット・ヘルミニウム。

 

「そもそもコレ、うちらだけで足りるかも怪しいぞ?」

 

 エルシィの居る地区の元々の地区長であり、増員をきっかけに隣の地区へと移った悪魔、第30-4地区地区長シャリア・フレイ・アモン。

 

 通常なら担当地区から離れる事の無い地区長が1箇所に集まっている理由はハクアが述べたように召集がかかったからだ。

 殆ど駆け魂に取り込まれかけている状態で、しかも巨大化するという方向性に成長してしまっている為、緊急事態だとして召集がかけられた。

 今はまだ偶然手が空いていて即座に対応できた地区長3名しか来ていないが、じきに近隣の地区長とその他大勢のヒラの悪魔達も集まってくるだろう。

 

 

「凄まじいわね。これが旧悪魔の邪気ってわけ?」

「前に魂度(レベル)3の駆け魂を見たことがあるけど、ここまで酷くはなかったわ。

 下手すると魂度4まで行ってるかも」

「んなっ! 魂度4ですって!? 私の地区で冗談じゃないわ!! 今すぐ勾留する!!」

「ちょっ、待ちなさい! 宿主ごと勾留する気!?」

「そんな事をしたら間違いなく宿主が死ぬぞ!!」

「あの旧悪魔が完全復活して街で暴れられでもしたらそれこそ大惨事よ!」

「それはそうだが……」

 

 ノーラの言っている事は正しい。このままだと古悪魔(ヴァイス)は完全復活し、宿主が取り込まれる事は勿論周囲の街に済む人々に多大な被害を齎すだろう。

 だが、それでも駆け魂の宿主を含めて全員を助けたいと思うのは人としても新悪魔としても当然の事だ。

 だから、ハクアは諦めなかった。

 

「…………ノーラ、よく考えなさい」

「考えた結果がコレよ! 今動かないと!」

「いいえ、もう少し待ちましょうよ。

 この騒ぎを犠牲者0で乗り切ったら、その作戦の指揮者は英雄になれるわよ?」

「っ! …………」

「幸い、あの宿主が巨大化したのは人があまり居ない山の中。

 何か道場みたいなのがあったみたいだけど、エルシィが避難するように呼びかけたらしいからほぼ無人。突然暴れだしたとしても人的被害が出るまでには間がある。

 もう少しだけ、様子を見る余裕があるはずよ」

「…………分かったわよ。

 但し、本当にヤバいと思ったら即座に動くわ。

 その時は邪魔するんじゃないわよ!」

「ええ。分かってるわ」

 

(私にできる時間稼ぎはこれが精一杯。

 ホント頼むわよ、桂木!)

 

 今の彼女たちにできる事はただ祈る事だけだ。

 この事件がどう解決するのか、それは神のみぞ知るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の目の前では姉妹の間で激しい攻防が繰り広げられている。

 動体視力には自信がある方だが……ゲーム攻略に求められるものと現実(リアル)の戦闘に求められるものは違うようだ。

 つまり何が言いたいかと言うと、速すぎて何か凄まじい殴り合いをしているという事しか分からん!

 現実(リアル)でこんな体験をするとはな……貴重な体験だが積極的に遭遇したいものでもない。

 戦況は、ほぼ互角なんだろうな。そうじゃなかったらもう決着が着いている。

 

 そう思った時、不意にその均衡が崩れた。

 

「っ!?」

 

 楠が、突然吹っ飛ばされて地面に倒れる。

 それに続いて檜が畳み掛けるようにマウントを取った。

 

「くっ、姉上……」

『……お前が、私を殺したんだ』

「!? それはどういう……」

『強く、強くなったよなぁ。お前は』

 

 楠の声が聞こえていないのか、それとも意図的に無視しているのか、檜はゆっくりと語りだした。

 

『昔から、お前はずっと私の後ろに居た。

 ずっと私を見上げてた。

 私はずっと見られていた』

 

 

『だから私は、『特別』でなければならなかった。

 常に他人よりも先に進み、想像もつかないような事をこなし続けなければならなかった』

 

 

『道場を飛び出して、色んな事をしてきた。

 でも、その中に本当にやりたい事なんて何一つ無かった!』

 

 

『止めたくても、止められなかった。

 楠の目が、ずっとそこにあったから』

 

 

『私は、子供の頃ちょっとだけ拳法が上手かっただけ。

 楠が思っているような、尊敬されるような人間じゃない。

 もううんざりだ。尊敬なんてたくさんだ!』

 

「……そうか、これが姉上の、心のスキマだったのだな……

 私が……私のせいなのか」

 

『私は平凡な人間なんだ。期待なんてされたくない!

 もう放っておいて欲しい! 嫌ってほしい!』

 

 

 不気味なエコーのかかった悲痛な叫びが、薄暗い空間にこだました。







 原作を読み返すと地区長トリオが自然と『古悪魔(ヴァイス)』という単語を使用しています。正確にはシャリィは使ってませんが……
 古悪魔(ヴァイス)という読みは桂馬がディアナから聞いたものが初出であり、エルシィは勿論他の悪魔たちも知っているとは思えません。少なくともハクアが知っていたら3巻の時点で桂馬に言ってるはず。変な固有名詞が少ないとか落胆してたし。
 一応、ハクアはディアナから聞いた、ノーラは実家のコネで当時の事を聞いたとすれば矛盾ではありませんが……ハクアが今までの『古い悪魔に対する呼称』を捨ててディアナが使った呼称を使うというのは違和感がありますし、ノーラも『ヴァイス』という呼び方が一般的ではない事くらいは重々承知のはず。

 そういうわけなので、本作では彼女たちの古い悪魔に対する呼称を『旧悪魔』としてあります。


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09 その拳は真実を伴って

 喋っている間動きを止めていた檜が腕を大きく振りかぶった。

 ……どうするべきだ? 戦闘力皆無な僕でも体当たりくらいはできる。

 楠に反撃のチャンスを作るくらいならできると思う。

 

『私はもう、『お姉ちゃん』なんて嫌だ!

 強さなんて要らない! 尊敬も要らない!! 何も要らない!!!』

 

 檜の腕にドス黒いオーラみたいなものが集まっている。

 これは迷っている場合では無さそうだ。アレが振り下ろされたら楠が死にかねない。そんな気がする。

 そう思って僕が駆け出したその時、楠が動いた。

 

「セイッ!!」

『むぎゅっっ!!』

 

 勢いよく頭を動かして檜の顔面に頭突きを叩き込んだようだ。

 そして檜が仰け反った隙を突いて拘束常態から完全に脱した。

 

「謝って許されるなら、誠心誠意謝りましょう。

 殴って気が済むのであれば、大人しく殴られましょう」

 

 さっきまで殺されかけていたとは思えないほど、真っ黒な感情をぶつけられていたとは思えないほど冷静な声で、楠が言葉を紡ぐ。

 悲しんでいる? 後悔している? それもあるだろう。

 

「ですが姉上、あなたは嘘を吐きましたね?

 あなたらしくもない」

『私らしい? 知った風な口を!

 本当の私なんて、何一つ知らないくせに!!』

「ええ。知りませんでしたよ。そんな事ならもっと早く言ってほしかった……というのは私のわがままでしょうね。

 見抜けなかった私にも、無邪気に期待し過ぎた私にも非はあったのでしょう。

 今だって、姉上の本当の姿がどんなものなのか、理解できているとは言えません。

 しかし……これだけは言えます。

 あなたは、大嘘吐きだと」

『!?』

 

 楠の言葉はその内容に反して、とても静かに紡がれた。

 そこに込められているのは、決して負の感情ではない。

 

「分かりませんか? ならば分からせて差し上げましょう。

 今から私はあなたを倒します。その時にあなたはきっと理解するでしょう」

 

 楠は、微笑んでいた。

 失くしてしまった大切なものを見つけたかのように。

 

「さぁ始めましょう。

 手加減なんかしないで下さいね?

 全力で……かかってきてください!」

 

 その声は、こんな状況には似合わない、無邪気で、とても楽しそうな声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫様! 道場の皆さんの避難終わりました!」

「お疲れさま」

 

 私は今、檜さんから少し離れた場所で様子を見ている。

 本当は私も付いていきたかったけど、師匠やその他の方々が記憶操作される事、その過程で記憶が覗かれる事を考えると私が深く関わるわけにはいかなかった。

 うぅ、桂馬くんが心配だよ。

 

「エルシィさん、中の様子って分からないよね?」

「残念ながら……

 ただ、首輪が作動していないので神様は無事だという事だけは言えます!」

「そうだね。桂馬くんは無事だ。うん」

 

 だけど、最悪の事態になっていない事しか分からない。どんな酷い怪我を負っても命さえ無事ならこの首輪は作動しない……はずだから。

 私に何か、ここからでもできる事は無いだろうか?

 

「…………エルシィさん」

「何ですか?」

「私の歌は、あの状態の駆け魂に効くと思う?」

「え? 歌ですか? えっと……」

「いや、やっぱりいい。自分で考える」

 

 エルシィさんがポンコツのふりをしているのでなければ自分で考えた方が正しい答えに辿り着けそうだ。

 

 桂馬くん経由で聞いたアポロさんの話によれば、私からは魔力と理力の両方の気配がするらしい。

 そして、駆け魂討伐にはほぼ間違いなく理力が関わっている。

 

 そもそもの前提として、何故駆け魂隊は古悪魔(ヴァイス)を討伐しないのだろうか?

 封印されていたという事は、強制労働させられていたとか、何らかの形で地獄の利益になっていたとは考えにくい。

 あの異形の化け物にも人権みたいなものがある? 絶対に無いとは言わないけど、私たちは現在ドクロウさんの指示でバンバン狩りまくってるわけだから違うと思う。ドクロウさんが暴走してる可能性は0とは言わないけど。

 

 では何故か。答えはシンプル。『討伐できないから』

 新悪魔の人達では古悪魔(ヴァイス)を討伐できない。それこそ女神の力でも借りないと倒せないから、仕方なく再封印しているだけだ。

 

 状況証拠と呼べるかも分からないものしか無いけど、おそらくはそういう事なんだろう。

 駆け魂討伐に魔力が役に立たないなら、理力を使っている事はほぼ間違い無い。

 

 では、その理力をどう使っているか。

 それは勿論、歌だ。

 きっと私は歌を通して理力を響かせて、それを駆け魂にぶつける事で駆け魂を浄化していたのだろう。

 

 そろそろ結論に行こうか。

 駆け魂に理力をぶつければ、浄化する事は可能だと思う。

 そして、いつもと違って今の殆ど外に出ている駆け魂が相手なら攻略完了してなくてもぶつけられるはずだ。

 ……多分。

 

「……よし、エルシィさん。

 あの檜さんを結界で囲える?」

「可能か不可能かで言えばできますけど……凄く目立ちますよ?

 ハクアやノーラさん、他の皆さんも近くに集まっているようなので」

「そうだったね。

 それじゃあ……」







「あなたは、嘘を吐きましたね?」

 屋上でのあの台詞を思い出しながら書いてました。
 何の事か分からない人はスルーして下さい。


 師匠の『手加減なんかしないで下さいね?』っていう言葉は割と自然に出てきましたが、某麻雀っぽい漫画のピンク髪の巨乳ヒロインさんの台詞でもありますね。
 地味に中の人繋がりという。


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10 その歌は理を響かせる

「順調順調。

 ちょっと計画よりも早いけど、遅れるならともかく早まるならむしろ喜べる」

 

 巨大化した檜が見える場所、しかし駆け魂隊が集まっている場所とは異なる場所に1人の悪魔が居た。

 

「妹との再開が良い方向に働いたみたいね。私が手を回す必要すらなくここまで進んだ」

 

 その悪魔の少女は禍々しい姿の檜を見て、うっすらと微笑んでいた。

 

「駆け魂が補足されて攻略対象として登録された時は少し焦ったけど……ここまで来たらもう誰にも止められない。

 ようやく、ようやく古悪魔(ヴァイス)が復活を果たす!!」

 

 駆け魂隊の証である羽衣とドクロの髪飾りを身に着けた少女は恍惚とした表情でつぶやいていた。

 

「さぁ、古の悪魔の魂よ。300年の封印から目覚めなさい。

 不純なる新悪魔たち、そして愚かなる人間たちに裁きの鉄槌を!!」

 

 ずっと立ったまま動かなかった巨大な影が、動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 檜の心のスキマの中では姉妹の戦いが続いていた。

 

 見守る事しかできてない僕が言うのもどうかとは思うが、サッサと決着を付けてほしい。

 こうしている間にも檜の纏う黒いオーラが強くなっていっているんだが……

 そんな心配をしていたらまた楠が吹っ飛ばされて僕の目の前まで転がってきた。

 

「おいおい、大分苦戦しているな。大丈夫か?」

「ぐっ、問題……無い……無いが……」

「どうした? 何か気になる事があるなら言ってくれ」

「……姉上の纏っている黒いもの、なんとかならないのか?

 アレのせいで初動が見えにくくなって反応がどうしても遅れてしまう」

「……なるほど」

 

 と言うか今まで遅れててほぼ互角に立ち回っていたのか。

 いや、そんな事はどうでもいい。アレを剥がす方法か。

 どっかのRPGなら光る珠とか伝説の剣を掲げれば剥がせそうだが現実(リアル)にそんな物は無い。

 心のスキマを埋める事ができれば消えるだろうが、それができたらそもそも戦っていない。

 それ以外で強引に剥がす方法があるとしたら……

 

 PFPを起動する。メールが送れるかは分からないし、送れたとしても上手く行くかは分からない。

 電波は案の定『圏外』となっているが、それでも試すだけ試してみよう。

 メーラーを起動して最初の文字を打ち込もうとした。

 

 その時、歌が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「♪~♪♪ ♪♪~♪♪ ♪♪~♪♪~♪~♪~♪♪~」

「す、凄いです! ちょっとだけ効いてるみたいです!

 よくこんな方法を思いつきましたね!」

 

 私が行った事はそこまで複雑な事じゃない。

 箱形の反響結界を作ってもらい、そのうちの1方向に穴を開けただけだ。

 それだけで音のレーザーの完成……とはいかなかったので結界の長さを伸ばしてみたり形状をいじったりといった試行錯誤を繰り替えして何とか檜さんの所まで届かせる事に成功したようだ。

 

「♪♪~♪♪~♪♪~ ♪♪♪♪~♪♪~♪♪~」

「いや~、簡単そうで意外と難しかったですね。何とか上手くいって良かったです!」

 

 本当にそうだ。イメージしてるものを実際に作るって難しいんだね。

 今回は全部エルシィさんが上手くやってくれた。ポンコツとか、バグ魔とか、羽衣さんが本体とか、色々言われてるけどエルシィさんもやるときはやるのだ。

 

「♪♪~♪♪ ♪♪♪♪~♪~」

「これで駆け魂を倒せるといいですけど……流石に無理ですよね」

 

 そりゃそうだ。これだけで駆け魂が倒せるなら攻略なんて最初からやってない。

 人間の中に入っている駆け魂には全く効果が無いとまでは言わないけど、止めを刺せるほどの効果が出ないんだろう。

 人間の肉体に守られているからとか、負の感情の供給源に居座ってるから枯渇しないとか、理由はいくらでも考えられる。

 そもそも今歌っているのだって絶対的な確信があったわけじゃない。試しに実際にやってみたら効いたけど、効いたからといって現状を変える効果があるのかは謎だ。

 それでも、それしかできることが無いから歌うけどね。

 

「♪♪♪♪~♪♪♪ ♪♪♪♪~♪~♪♪♪~」

「……あの~、姫様? できれば返事くらいしてほしいんですけど……」

 

 どうやって返事をしろと……。

 

 

 

 

 

 

 どうやら、かのんがやってくれたようだ。

 どうやったかは分からんが、この場所まで歌声が響いてきた。

 

「この歌は……?」

「そんな事より、アンタが望んだ展開になっているようだぞ?」

 

 檜の纏っている黒いオーラが少しずつ薄くなっている。

 流石は理力が込められた歌だ。駆け魂のオーラを強制的に引き剥がしているようだ。

 

「これで勝てるんだろうな?」

「ああ。力任せに暴走するだけの相手など楽勝だ!

 こんな前哨戦はすぐに片付けてやる」

 

 楠が威勢良く飛び出す。

 さっきまで互角の戦いを演じていたにも関わらずいとも簡単そうに攻撃を捌き、アッサリと檜を組み伏せた。

 

『ッッッ!!!!』

「これで……私の勝ちです」

 

 楠が静かに勝利を宣言して立ち上がる。

 踵を返して少し距離を取ると檜に背を向けたまま楠がこんな台詞を放った。

 

「いやー弱かったです。そーぞうを絶する弱さでした。

 姉上がこんな軟弱者になっていたなんてしんそこガッカリです。しつぼーしました」

 

 内容だけを見ればとんでもない暴言だが、凄く棒読みなので刺はあまり感じない。

 

「……これで満足ですか?

 あなたが言っていた通り、尊敬なんて捨て去りましたけど?」

 

 檜はまるで死んでいるかのように微動だにしない。

 楠の言葉はちゃんと聞こえているんだろうか?

 

「違うはずだ。あなたは全然満足なんてしていない。

 だって……姉上は勝ちたがっていたから」

 

 ピクリと、檜が少しだけ動いた……ように見えた。

 

「何もかもを投げ捨てて、平凡な人間として細々と生きていく。それもまた一つの道でしょう。

 でも、あなたはそれで満足できますか? 妹に負けっぱなしでいいんですか?

 いや、妹がどうとかもはや関係ない。あなたは負けっぱなしで満足できますか?

 そうだと言い張るなら、私から言える事はもう何もありません。私はまた間違えた、そういう事なのでしょうから。

 だけど、そうではないのなら、あなた自信が勝ちたいと願うなら……立ち上がってください」

 

 その言葉を受けても、檜は起き上がろうとはしなかった。

 しかし……声が聞こえた。

 

「は、ははは……なんつう妹だ。

 この私を余裕そうに蹴散らしといて、まだ戦えって言うのか?」

 

 さっきまでの不気味なエコーがかかった声ではなかった。

 純粋な、檜の声だった。

 

「きっと姉上の影響でしょう。私は悪くありません」

「どういう意味だ。ったく」

 

 そして檜は再び立ち上がった。

 しっかりと、自分の足で立ち上がった。

 

「余裕そうにしやがって。いつまでも上でいられると思うなよ?

 お前なんて、すぐに追い抜いてやるからな!」

「……やっぱり、姉上は何も変わってなかった。

 負けず嫌いで、常に一番を目指してた。私の大好きな姉上だ」







 書いたものを自分で読み返してみてどっかの超高校級のメインヒロインさんを思い出したけどきっと気のせい。
 意味が分からない人は(ry


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決着 そして……

「駆け魂の形が崩れた!?」

「エルシィとその協力者にしてはなかなかやるじゃない。

 さぁお前たち、遠慮は要らない。勾留開始!

 まずは1式包魔陣で拘束しなさい!」

 

 心のスキマの中で檜が立ち上がるのと時を同じくして、外に居た新悪魔たちは動いていた。

 巨大な檜の人影の輪郭が崩れ、旧時代の悪魔の異形の姿となったのだ。

 そのことからノーラをはじめとする地区長たちは宿主と駆け魂とが分離したと判断し勾留に乗り出した。

 しかし……

 

「くっ、何て力なの!? こっちは10人がかりで陣を作ってるってのに!!

 ノーラ!! サッサと勾留してよ!!」

「さっきからやってるわよ!! あーもう、このビン壊れてるんじゃないでしょうね!?」

 

 包魔陣、正八面体の巨大な結界を使って押さえこもうとするも、中の古悪魔(ヴァイス)が暴れだし今にも破られそうだ。

 そうなる前に勾留を試みるも、ノーラが構える勾留ビンは一向に効果を発揮しない。それどころか、しばらくするとヒビが入り、次の瞬間には音を立てて砕け散った。

 

「キャッ!!」

「勾留ビンが!? どうなってるのよ!!」

 

 それと同時に、包魔陣もあっさりと破られた。

 

「くっ、陣もダメ、勾留ビンも効かないって、どうすりゃいいのよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「今のはちょっと喜べない早まり方だったけど、大丈夫そうね。

 今の堕落しきった新悪魔たちに、真の悪魔を止める術など無い……!」

 

「だけど、さっきのは何だったのかしら? 古悪魔(ヴァイス)の力が急速に削られたように見えたけど……

 ……少し、調べてみましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

「……エルシィさん、これってもしかしなくても苦戦してる?」

「そうみたい……ですね。まさかあんな大規模な結界が破られるなんて」

「エルシィさんの結界だったら多分破られなかったんじゃない?」

「いや~、私、結界だけは得意ですけど流石に大人数で張った結界には負けますよ。多分」

「どうかなぁ……まあいいや。どうでも」

 

 大きな音を立てて勾留ビンが割れるのも、結界が破られるのも下から見えた。

 ……少し、手を貸すとしましょうか。

 

「エルシィさん。さっきのアレ、もう一回やろう」

「りょーかいです!」

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちが見ている目の前で、旧悪魔の身体に風穴が空いた。まるで見えない砲弾に貫かれたかのように。

 

「これは一体……? よく分からないけどチャンスよノーラ!」

「もうやってるわよ!! お前たちもボサッとしてないで自分にできる事をやりなさい!!」

 

 ノーラに激を飛ばされたみんなは羽衣で旧悪魔を拘束したり、ノーラの隣で自分も勾留ビンを構えたりと、とにかく動いた。

 それが効を奏したのか、旧悪魔の抵抗は段々と弱まり、そして勾留された。

 

「や、やった……の?」

「そうみたい……ね」

 

 しばしの静寂の後、どこからともなく歓声が上がった。

 途中で妙な事もあったけど、私たちはあの巨大な悪魔を倒す事ができたのだ。そう実感できた。

 

 歓声が少し弱まった頃にノーラが声を上げた。

 

「さぁお前たち、勾留完了してもまだ終わりじゃないわよ。

 倒壊した家屋の修復と、記憶操作の下準備、最後まで気を抜くんじゃないわよ!」

 

 確かにそうだ。勾留した所でお終いとはいかない。

 でもその前に、ちょっと桂木の所に顔を出しておこうかな。

 

 

 

 巨大化した宿主が立っていた場所に近づくと3人の人間が地面に倒れていた。

 さっきまで巨大化していた宿主の女性と、桂木と、あと1人の女性は……見覚えは無い。

 宿主の関係者? 無理に起こす必要は無いか。

 

「桂木、大丈夫?」

「んん……ああ、なんだ。ハクアか」

「なんだとは何よ。せっかく来てあげたのに」

「……ここは……道場のある山の中か?

 そうか、外に放り出されてたのか」

「外? って言うかお前今までどこに居たの?」

「ん? エルシィからは聞いてないのか。あの巨大化した檜……宿主の体内に乗り込んでたぞ」

「はぁぁっっ!? 何やってんのよ!? そんなムチャクチャな……」

「別にいいだろ。無事に解決したわけだし」

 

 っていう事はもし攻略が間に合ってなかったら宿主だけでなく桂木ごと殺してたのね……

 更に言うなら首輪で命が繋がってる2人、エルシィと、中川……だっけ? あれ? 西原だっけ? と、とにかくもう1人の協力者も死んでたのね。

 ……間に合って本当に良かった。

 

「……はぁ、何というか……お疲れさま。

 エルシィはどこに居るの?」

「ん? 知らないのか。だったらその辺に居ると思うが……」

 

『メールだよ! メールだよ!』

 

「……ちょっと待っててくれ」

 

 どうやらメールが届いたらしい。空気の読めないメールだ。

 

「…………ハクア、ちょっと手を貸してくれ」

「へ? どういう事?」

「…………」

 

 桂木が無言で突きつけたPFPの画面にはこんな文が書かれていた。

 

 

 

『今すぐ来て! エルシィさんが大変なの!!』







 檜編は終了。
 ですがもう少し続きます。

 今回も次回も短めなので5分後に。


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そして運命は動き出す

 本日2話目です。
 飛ばしてないか気を付けてください。




  ……時はほんの少し遡る……

 

「♪~♪♪ ♪♪~♪♪♪ ♪♪~♪♪~♪♪~♪♪~」

「凄いです! ちゃんと効いてます!」

 

 古悪魔(ヴァイス)の身体に大きな穴が空いた時は少し驚いたけど、相手は宿主という実体から離れた存在だから効きが良いんだろう。

 ゲーム風に言うのであれば、幽霊相手には物理攻撃は効きにくいけど魔法攻撃なら効きやすいみたいな感じかな。

 理屈はともかく、よく効いているようだ。

 いつものように完全に消滅させる事はできなくてもかなり弱らせられそうだ。そうなったらあとは上の方にいる駆け魂隊の人達に任せても大丈夫だろう。

 そう考えて私は歌いつづけた。

 

 

 

 

 駆け魂を真っ直ぐ見据えて、歌い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ……私は気づけなかった。

 後ろの方から響いていたはずの風切り音に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!! 姫様!!!」

 

 最初に感じたのは、横からの強い衝撃。

 

 その直後に聞こえたのは、何かが破裂したような嫌な音。

 

 

 振り向いた私が見たものは……

 

 重なるように存在する2人分の人影と、

 エルシィさんの背中から突き出た真っ黒な刃だった。

 

「……えっ?」

 

 何が起こったの? この人は誰? エルシィさんは無事なの?

 混乱したまま、疑問だけが溢れた。

 

「チィッ、せっかく女神を仕留めるチャンスだったのに、まさかエルシィに邪魔されるなんて!」

 

 目の前の少女、ドクロの髪飾りを着け、角を生やし、羽衣を身に纏った少女が喚く。

 

「だけど問題ない。もう一度っ!!」

 

 その少女が再び何かを手にした。そして手にしたそれからはエルシィさんに今刺さっているものと同じ黒い刃が現れる。

 

「今度こそその魂を消滅させ……」

 

キィィン

 

「……は?」

 

 空っぽになった手と、スタンロッドを振り抜いた私とを交互に見た少女が間抜けな声を漏らす。

 考える必要なんて無かった。コレは敵だ。

 まずは……仕留めてから考えよう。

 

「っ!? 何この魔力!? 女神じゃないの!? あんたは一体っ!?」

「うるさい」

 

 無心にスタンロッドを振るう。

 電気はもちろん流しているけど相手が気絶する様子は無い。

 

「痛っ、何コレ電気!? 何でそんな物騒なものを持ってるのよ!!」

 

 1発で効かないなら何発でも打ち込むだけだ。そのうちに効くだろう。

 

「くそっ、人間風情が、女神風情が、悪魔を舐めるな!!」

 

 羽衣の切れ端がいくつか飛んでくる。拘束でもする気だろうか?

 だけどね、羽衣さんってナノマシンの集合体なんだよね。

 人間なら気絶する高圧電流を流されて果たして正常に機能するのかな?

 

バチバチィッ!

 

「はぁ!? 羽衣を切り落とした!? ふざけんじゃないわよ!!」

 

 あんなの師匠の拳の方がずっと速い。当てられないわけがない。

 

「あーもう! 仕方ない。覚えときなさいよ!!」

 

 そんな捨て台詞を吐いて飛び立った。

 そして勿論、逃すつもりは全く無い。

 

「飛行魔法!? 一体どうやって……」

「……堕ちろッ!」

 

 スタンロッドで羽衣を切り裂くと飛行手段を失った少女は墜落した。

 すかさず追撃し、フルパワーで電気を流す。ロッドだけじゃ足りないなら、スタンガンも同時に使えばいい。

 

「きゃぁあああああ!!!!!」

 

 目の前の少女は悲鳴をあげて、今度こそ気絶したようだ。

 よし、これで倒した…………

 

 

「……って、そうじゃない! エルシィさんは!?

 いやでもこの人も放っとくのはまずいし……と、とにかく桂馬くんに連絡!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、桂馬と一緒に駆けつけたハクアの手によって襲撃者は勾留ビンに勾留され、短剣を受けたエルシィは桂馬の家まで運ばれた。

 その間エルシィは目を覚ます事はなく、刺さったままの短剣が放つ不気味なオーラだけが脈動していた。

 

 

 

 こうして、運命は動き出す。

 冥界と天界、そして人間界の命運を分ける戦いが、始まろうとしていた。







 フィなんとかさんはあっさりと捕縛。最初は怪我を負いながらも逃げ出す予定だったのですが、ブチ切れたかのんちゃん相手に逃げられるわけがなかったという。
 理力と魔力がそなわり最強に見える系のヒロインだから仕方ないね♪

 以前にかのんちゃんの指先の速度の試算をしたとき、ある読者様から『そのかのんを不意打ちとはいえ倒したフィオーレって実はすごかった・・・?』というコメントを頂いたので本当に強くする案もあったのですが、この辺の展開はだいたい決まってたので結局断念しました。ゴメンナサイ。


 では、おそらく最後から3番目になる例の企画を……上げようかと思いましたが、どうせすぐに情報が更新されてまた新しく上げる事になるのでやめました。
 女神編前の最後に回答したいという方は以前上げた『R5』の方にお願いします。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=189515&uid=39849
(再掲)

 誰が女神の宿主か、皆さんはもう分かりましたか?


 さて、次回から女神編ですが……女神編の序盤は説明が非常に、非常に多いです。
 1ヵ月近く待たせた上にそこから数日説明で終える……というのはちょっとアレなので早速明日からキリの良い所まで投稿していきます。

 では、また明日。


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女神編 ~introduction~
『互助』の女神は地に伏せる


 今この部屋、かのんが普段寝泊まりしている部屋に集まっているのは僕を含めて6人

 

 駆け魂隊の地区長、ハクア。

 女神ディアナとその宿主の鮎川天理。

 女神アポロと宿主の吉野麻美。

 僕の相棒である中川かのん……いや、今は西原まろんと呼ぶべきか。一応変装中だ。

 

 そして……

 

 ベッドに横たえられ、一向に目を覚ます様子の無いエルシィ。

 

 

 最初は女神たちとその宿主は居なかったのだが、ハクアの手に余る事態だったため僕が呼んだのだ。

 

「くっ、やっぱりダメみたい。

 この剣は……私には抜けない」

 

 単に物理的に腹部を刺し貫かれただけなら医術が専門だと豪語するアポロは勿論、ハクアでも治療はできるらしい。

 しかし、エルシィの身体に今も刺さっている短剣はただの剣ではなかった。

 

「……私がやってみましょう」

「気をつけてね。この剣、下手に抜こうとすると襲ってくるみたいだから」

 

 そう、この剣は抜こうとすると襲ってくる。

 剣が纏っている黒いオーラが手を伝って這い上がってくる。

 僕が最初に試した時はかのんとハクアがすぐに引き剥がしてくれたが……無抵抗にオーラを受け続けたらロクな事にならないのは明白だ。

 

「っ!」

 

 ディアナが両手でしっかりと剣を握り締め、全力で引き抜こうとする。

 しかし……

 

「くっ、もう少し、もう少しで……」

「おいよせ! 一旦離れろ!!」

 

 黒いオーラが危険な域まで這い上がっていたので全力で引き剥がす。

 残念ながら、ディアナでは抜けなかったようだ。

 

「ったく、大丈夫か? 天理の事も考えろ。あんまり無茶するなよ?」

「……ええ。大丈夫です。すいません」

「うーむ……かなり力が戻っておるディアナでも力技で引き抜けないのであれば妾でも難しいのぅ……」

「2人で協力して……とかいうのは無理か?」

「別に試すくらいは構わぬが、妾の見立てではおそらく無理じゃぞ?」

「それでも一応試してみてくれ。無理はするなよ?」

「うむ! ディアナ、やるぞよ」

 

 そして2人がかりでトライしてもらったが……アポロの言ったようにやはり無理だった。

 

「……ダメか」

「しかし、今のでハッキリ分かりました。

 この短剣にかけられている呪いは旧地獄の魔術です」

「旧地獄の魔術ですって!? そんな、使ったら牢獄入りじゃ済まない禁忌術よ!?」

「ですが、今感じた悪意には覚えがあります。

 おそらくこれは古悪魔(ヴァイス)達の使う暗殺魔術でしょう」

「誰がそんな物騒なものを持ち出したってのよ! 学校で習うわけも無いし、それ関連の本は禁書指定されてるはずだし……」

「入手経路なんて今はどうでもいいだろ? よっぽどだったらとっ捕まえたあいつを尋問すればいいしな」

「……それもそうね」

 

 かのんが気絶させた襲撃者の悪魔(フィオーレというらしい)はハクアの勾留ビンで勾留してある。

 今はビンごと適当な布に包んだ状態で隣の部屋に放置してある。

 

「さて、旧地獄の暗殺魔術だったか? 具体的にどういう効果なんだ?」

「……私が知ってるのは新地獄の魔法だけだけど、それを超強力にしたものだとするなら『一刺しで生命力を吸い取って対象を絶命させる』ってとこでしょうね」

「『暗殺魔術』というくらいですから。多少の過程の違いはあれど対象を確実に殺そうとするもので間違いありません」

 

 字面通りの効果……と。

 

「では次の質問だ。ハクア、お前がこれを受けたらどうなる?」

「嫌な仮定ね……そうね、事前に完璧な対策をしていたとかならともかく、突然襲われたら間違いなく死ぬわ。

 ……あれ? じゃあ何でエルシィは生きて……?」

「……次の質問。ディアナにアポロ。お前たちだったら?」

「妾は無理かのぅ……頑張れば呪いが効果を発揮する前に何かしらできるかもしれぬが、そのまま死ぬ確率の方が高そうじゃ」

「今の私であればまともに受けても死にはしないと思います。自力で完全に解呪できるかは微妙ですが……」

 

 新悪魔なら死ぬ、女神なら力が戻っていれば何とかなると。

 把握した。

 

「じゃ、もう一つ、女神たちに質問だ。

 残りの女神、ウルカヌス・マルス・ミネルヴァ・メルクリウス。

 この4名の中で『結界』の扱いに一番長けているのは誰だ?」

「一番ですか? でしたらミネルヴァでしょう」

「そうじゃな。メルクリウスでも扱う事はできるじゃろうが、得意としておったのはミネルヴァじゃ」

「……マジか。よりにもよってミネルヴァなのか……クソッ!」

 

 女神ミネルヴァ……前にアポロから聞いた話によれば手を繋ぐだけで女神の力を数倍にも高めるとかいうチート能力を持ってるらしい。

 そんな能力を持ってたら他に得意技なんて無いだろうと勝手に考えていたが……甘かったようだ。

 

「突然どうしたのじゃ?」

「……良い情報と嫌な情報がある。どっちから聞きたい?」

「う~む……では良い方からじゃ」

「分かった。まず、女神ミネルヴァの居場所が分かった」

「何じゃと!? どこなのじゃ!?」

「……嫌な情報だが、その場所とはこの部屋のベッドの上だ」

「む?」

 

 僕とかのんを除く全員がこの部屋の唯一のベッドの上、エルシィへと視線を向ける。

 そして、他のベッドを探しているのか部屋を見回す。

 ほんの数秒後、全員の視線が僕に向いた。

 

「何を言っておるのじゃ? ベッドの上にはお主の妹の新悪魔しか居らんではないか」

「桂木さん。こんな時に冗談を言っている場合ではないでしょう」

「そうよ! まさかエルシィが女神だとか言い出すんじゃないでしょうね?」

「そのまさかだよ。

 エルシィこそが、女神ミネルヴァだ」



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01 理力の担い手

 エルシィこそが、女神ミネルヴァだ。

 そんな発言に真っ先に噛みついたのはハクアだった。

 

「こんな時に変な冗談は止めなさいよ! そんなわけが無いでしょう!!」

「ほぅ? 何を根拠にそんな事を言うんだ? こんな時に変な反抗は止してくれ」

「ぐっ、アンタねぇ……根拠なんていくらでもあるわ!

 だってエルシィは悪魔なのよ!? 女神のわけないじゃない!!」

「どうしてエルシィが悪魔だと断定できる。本人が言ってたからとか、地獄に住んでたからとか言わないだろうな?」

「それで十分でしょうが!!」

「いや、不十分だ。お前は自分が天界に行って『女神です』と名乗れば新悪魔じゃなくなるっていうのか?」

「それは違うけど……そうじゃなくって……」

「……旧地獄の封印から間もなく、何らかの理由でエルシィが……ミネルヴァが弾き飛ばされた。

 それをドクロウ室長あたりが保護し、危ない連中から隠す為に新悪魔として育ててきた。

 そう考えれば辻褄は合うだろう?」

「むぐぐ……確かに矛盾はしてないけど……

 でも、流石に飛躍し過ぎじゃないの?」

「いや、むしろエルシィが女神じゃなかったら何なんだっていうくらい伏線だらけだったぞ。

 前にお前とレベル3の駆け魂を捕まえた時にも話してたよな。

 エルシィは地獄だと弱くなるとか、邪法を弱める破邪結界を使いこなすとか。

 これ、どう考えても女神だよな? 少なくとも悪魔の性質だということは絶対に無い」

 

 当時は女神という単語は知らなかったが……悪魔の対の概念、天使か何かなんじゃないかとはずっと思っていた。

 何で黙ってたかって? 数少ない伝えるべき相手にとっては言うまでもない事だったし、そうでない奴には話す必要は無かったからな。

 

「しかし桂木さん。彼女がミネルヴァだとすると矛盾が発生します」

「何だ?」

「彼女からは理力を欠片も感じる事ができません。今現在は勿論、以前会った時もです。

 そんな存在を女神と呼ぶのは少々無理があるのでは?」

「それについては僕も少々悩んでいた。直接顔を合わせても何の反応も示さないからな。

 だが、その点はアポロが解決してくれたよ」

「なぬ? どういう事じゃ?」

「お前たちにもう一度質問だ。

 今のエルシィから魔力を感じ取れるか? 特にアポロ」

「……そう言えば、確かに感じぬのぅ」

「確かに少々違和感は感じますが、衰弱しているせいなのでは?

 そのせいで感知できないほどに微弱になっているのでしょう」

「一理ある。じゃ、もひとつ実験だ。

 おいまろん。ちょっとこっちに……大丈夫か?」

「……うん。大丈夫。私は大丈夫だよ」

 

 かのんの顔色が少々悪い。演技の上手いかのんの顔色が少し悪く見えるという事は実際にはかなり調子が悪いんだろう。

 だが、今はケアする時間が惜しい。進めさせてもらおう。

 

「女神たちに質問。コイツから魔力、理力の類を感じるか?」

「理力を感じたならもっと早く言ってますよ」

「そうじゃな。何にも感じないぞよ」

「……じゃ、()()()。頼む」

「……大丈夫なの?」

「ああ」

「……分かった」

 

 かのんがペンダントを握り締める。

 そして次の瞬間、かのんの身に纏う雰囲気が変化した。

 

「っ!? これはっ!?」

「何じゃこれは……と言うかお主は!!」

「……麻美さんと、あとハクアさん以外は初めましてになるのかな。

 初めまして。中川かのんです。桂馬くんの協力者をやらせてもらっています」

「ちょっとちょっと! 何なのこの魔力!! 流石に私たちほどじゃないけど人間とは思えない量よ!? アンタって人間よね!?」

 

 アポロによれば、『中川かのん』からは魔力と理力を感じたという。

 しかし、ディアナは特に反応を示していなかった。

 何故、こんな違いが発生したのか。単純にアポロの方が感知能力に優れていた? それはあるかもしれない。

 だが……それぞれの女神とかのんが対面した時、ある決定的な違いがあったんだ。

 

「ドクロウ謹製の錯覚魔法が女神にすら効くのは検証済みだったが……どうやら魔力と理力すら誤魔化すようだな。

 あいつ、どこまで先を読んでるんだ?」

「錯覚魔法……? 確かにあのドクロウ室長ならそのくらいやってもおかしくないけど……」

「ついでに言うなら、エルシィが普段使ってる物に細工をして常時発動させる事もできるんじゃないか?

 そうだな……駆け魂センサーは僕や中川が預かる事もあったから違うな。

 ほぼ間違いなく羽衣に細工がしてあるだろう」

 

 横たわるエルシィから羽衣を丁寧に剥ぎ取る。

 すると……何も起こらなかった。

 

「……ん? 違ったか? じゃあ何か他に……」

「いえ、ちゃんと変わっているようです。

 確かに……理力を感じます」

「ほぅ? ちなみに、魔力は感じるか?」

「いえ、純粋な理力です。悪魔が放つ気配では断じてありません」

「なら仮説は正しかったようだな。

 ……決して喜べる結果ではないが」

 

 エルシィが偽装した女神本人なのか、あるいは転生体とか、それとも単純に宿主なのか。その辺のハッキリした事は不明だが……まあ、瑣末な問題だ。

 少し不正確な日本語になるが、『エルシィが女神ミネルヴァだ』と断言させてもらおうか。

 

「……ついでにもうちょい実験しておくか。

 ハクア、お前、人の羽衣って扱えるか?」

「それ、今関係あるの?」

「一応関係ある。僕の予想が正しければ……エルシィが女神である説の補強になる」

「…………流石に深い所にある機能は他人じゃ使えないようになってるけど、表面の機能なら普通に使えるわ。

 その羽衣を使えばいいの?」

「ああ。やってみてくれ」

 

 エルシィの羽衣をハクアに手渡す。

 ハクアは羽衣を受け取り涼しげな顔で操作を……できなかった。

 

「っ!? 何このムチャクチャな術式!? どうなってるのよ!?」

「だって理力しか持ってないエルシィが使ってた代物だぞ? 悪魔に使えるわけないだろ」

「そういう事は先に言いなさいよ!!」

「99%の確信があったが、実際にやってみた方が手っ取り早いし確実だ。

 大した事じゃないが、ずっと気になってたんだ。

 『何でエルシィは勾留ビンだけが使えないのか』ってな。

 他の道具、センサーや羽衣は普通に使ってるみたいなのに」

「? 今のが関係あるの?」

「大有りだよ。

 勾留ビンってのは駆け魂をビン詰めにして地獄の……本部? みたいな所に送るんだろ?

 これはつまり、羽衣やセンサーは個人装備であるのに対して勾留ビンは駆け魂隊全体で使いまわしてるって事になる。

 違ったとしても、ビンごと上に提出する事に変わりは無いだろう? ちょっとチェックされたらさっきのお前みたいに素っ頓狂な声を上げる事になる」

「アンタがやらせたんでしょうが!!」

「エルシィは勾留ビンだけが使えないんじゃない。魔力が必要な道具全てが使えないんだよ」

「ちょっと!!!」

「……逆に言えば、理力を使う道具なら、個人用の装備を改造したものなら問題なく使えるわけだな」

 

 センサーはともかく、羽衣さんは十分に活用できそうだ。寝たきりのエルシィの傍らに置いておいても何の役にも立たないから誰かに持たせよう。

 こういうレア装備を誰に持たせるかってのは悩みどころだよな。ひとまずはかのんに持たせておくか。

 エルシィから供給されてたのか、それとも自力で発生させてるのかは不明だが、かのんが理力を持っている以上は多分使えるだろう。

 

「こんなものか。それじゃ、次の話をするか。

 エルシィを助ける為に、どういう方針で動くのかをな」







 ここでようやくタイトルの回収ができました! 長かった……
 タイトルを意訳すると『もしエルシィが女神ミネルヴァだったら』となります。
 ちなみに、エルシィ=ミネルヴァは原作者の若木先生の没案だそうです。
 そんな没ネタと、『かのん100%』のネタを適当に繋げて形にしたのが本作だったりします。

 この設定、結界を連発していたので歩美攻略よりも前に正体がバレる可能性すらも考えていました。
 例の企画ではぜんっぜんエルシィの名前が出なかったのでハクア編を始めとして色んな所で露骨にしたという裏話があったり。あの企画、何気にすっごく役立ってるですよ。
 ちなみに、ハクア編のサブタイトルを縦読みすると……


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02 女神の行方

「まず、現状の目標とそれを達成する為の手段を整理しよう。

 目標は勿論、エルシィを救う事だ」

「そんなの言われるまでもないわよ」

「……そうだな」

 

 エルシィの命は首輪を通して僕とかのんの命と繋がっている。

 ……なんて動機を持ち出す必要は無いか。

 現実(リアル)なんてどうでもいいと思っていたが、流石に目の前で死にかけてるバグ魔を見殺しにするほど人間を辞めてはいなかったようだ。

 

「で、その手段だが……ハクアで無理だったって事は新悪魔なら大体無理だな?」

「そうね……そっち方面に特化してる人は居るけど、向き不向きくらいでどうにかなる代物じゃなさそうだわ。

 専門家をダース単位で呼べば何とかなる可能性はあるけど……」

「論外だな」

「でしょうね」

 

 そんな堂々と動いたら知られちゃいけないような連中に確実にバレるだろう。

 というわけで却下だ。

 

「旧地獄に対抗するなら、やはり女神が一番期待できるだろう」

「そうは言っても、先ほどのものを見たでしょう? 私たちでは無理です」

「じゃ、2人だけじゃなくて5人、エルシィ込みで6人全員集めたらどうだ?」

「それは……姉妹全員そろえば何でもできるでしょうけど……」

「一体どうやって探そうと言うのじゃ」

「……安心しろ、勝算はどんな時だってある。

 無ければ……作り出すだけだ」

 

 こんな所で迷って立ち止まってるヒマなんて無い。

 助けなきゃならないなら助ける。それだけだ。

 

「桂木さんには何か考えがあるようですね。

 私はしばらく身を隠します。どうしても私の力が必要になったら呼んでください」

「ああ。そうさせてもらおう」

「妾も一度帰らせてもらおう。ここに居てもできる事は何もないようじゃしな」

「そうだな……

 あ、そうだ。帰るまでに1つ。エルシィはあとどれくらい無事でいられる?」

「そうじゃな……最大でおよそ1週間といった所じゃな」

「……分かった。それじゃ、気をつけて帰れ」

 

 

 

 

 

 

 

「で、桂木。一体何をする気なの?」

「今後の方針としては、僕の攻略対象たちの再調査だ。

 女神持ちの女子は記憶操作を受けても記憶が復元される事が麻美とアポロの件で判明している。

 攻略の記憶の有無を探れば白黒ハッキリする」

「でも、そう都合良くお前が攻略した女子の中に女神が居るの?」

「居るさ。ほぼ間違い無くな。

 何故なら、女神は僕の近くに集められているからだ」

「はぁ? どういう意味よ」

「エルシィが僕の協力者になった時から、いや、これは10年も前から仕組まれている。

 お前のとこの室長がわざわざ協力者をもう1人用意してまで僕とエルシィを組ませた理由、まさか気付いてないとか言わないだろうな?」

「えっ? えっと……エルシィが女神だからって事?」

「まあそういう事だ。そして、そんな策謀を巡らせるような奴が女神を野放しにしておくわけがない。

 エルシィだけでなく、幼馴染みの天理、同じクラスの麻美、見事に僕の身近な人物に女神が集まっている。

 だったら、残り3人も僕が既に出会っている人物に違い無い!」

「ドクロウ室長は一体何者って事になってるのよ……」

 

 そんなの僕の方が訊きたいくらいだ。ホント何者なんだアイツは。

 そう言えば、リミュエルの極秘任務も女神が関係しているのか? 後で生物部の部室に寄ってみるか。

 

「そういうわけで、僕と関わりがあり、地獄にも関わっているような人間、すなわち僕の攻略対象が調査対象となる」

「……ひとまず納得しておくわ。それで、何人居るの?」

「駆け魂攻略を……行っていない奴も居るが、関係者をカウントすると天理と麻美を除いても14名だな」

「どんだけ攻略してんのよ!?」

「エルシィが何か見つけたはぐれ魂とやらも入れれば15になる」

「……妙な所で運を発揮してるわね。攻略無しで勾留できるなんて」

「正確には討伐な」

「ああ。そうだったわね」

「人数が多いんで絞り込む為の案は用意してあるが……動くのは明日からだな」

 

 檜の攻略から休憩無しでここまで来ているからもうすっかり夜になっている。

 攻略対象者は基本的には高校生だ。今から突撃訪問するわけにもいかん。

 

「だから、今日はもう明日に備えて寝る……と言いたいが、まだやる事が残ってる。

 ハクア、ボイスチェンジャーみたいなのを作るのって出来るか? 2コほど」

「できるけど……何する気?」

「勿論、襲撃者の尋問だ」

 

 襲撃者はビン詰めにして隣の部屋に転がしてある。

 最大限の情報を搾り取らせてもらうぞ。



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03 正統悪魔社

 尋問を行うにあたって気をつけるべき事は無数にある。

 一番分かりやすいのは、尋問中に逃げられないようにする事だな。

 それ以外で最も注意すべきは、『情報を取られない事』だ。

 

 ただ単に対面するだけでも魔力がどうたら理力がどうたらといった事を感知して女神の情報が漏れる場合もある。尋問を後回しにして女神たちを先に帰らせたのは主にこれの対策の為だ。

 質問をぶつけるだけでも声で男か女かくらいは分かるし、できる奴なら声だけで詳細な感情まで読み取る事が可能だ。質問していたはずが丸裸にされた……なんて事になったらシャレにならん。

 質問の内容も重要だ。質問するという事は『こちらが知りたがっている事がバレる』という事でもある。本当に頭の良い奴ならこちらの質問すら誘導して完全に誤った結論にまで導かれる事まで有り得る。

 

 そういうわけで、完璧な尋問を行おうとすると恐ろしく面倒になる。

 それだけ手間暇かけても誤情報を掴まされるとか普通に有り得るからなぁ……

 

「まずは、襲撃者の情報を分かる範囲でまとめておくか。

 ハクア、あいつを勾留する時なんか知り合いみたいな事言ってなかったか?」

「……ええ。あの子は私の同級生だったわ。名前は『フィオーレ・ローデリア・ラビニエリ』

 長いから皆『フィオ』って呼んでたわ」

「なるほど。フィなんとかだな」

「えっ? ま、間違ってはいないけど……」

「で、そいつはどんな奴だったんだ? 人を刺すようなアブない奴だったか?」

「そんな物騒な性格だったら卒業どころか入学できるかも怪しいわよ……

 あの子の性格を一言で表すと『優等生』って感じね。一時期は私よりも成績が上だったし」

「ん? 確かお前っていつもトップだったんじゃないか?」

「そんな事無いわ。この『証の鎌』は卒業時に首席だったってだけで、トップだった時期の長さで言えばフィオの方が長いくらいよ」

「……そんな優等生が、どうしてこんな事したんだか」

 

 エルシィを刺した……と言うか、かのんを狙ったらエルシィが庇ったらしいが、真っ当な奴がそもそも人を刺そうとするわけがない。

 優等生を演じていたのか、それとも洗脳でもされたのか……いや、その辺は気にする必要は無いか。

 『何故かのんを狙ったのか』。大体想像は付くがハッキリさせておきたい。簡単に口を割る事は無さそうだがな。

 

「じゃあ次、そいつは旧地獄の暗殺魔術なんていう物騒なものを使ったわけだが、入手経路に心当たりは?」

「無いわ。さっきも言ったけど、使ったら牢獄入りくらいじゃ済まない代物よ。興味を持つ事すら危うい。

 そんな物の入手経路なんて……あ」

「ん? どうした?」

「……桂木、これ見てくれる?」

 

 ハクアが指し示したのは今もなおエルシィに刺さっている短剣だ。

 その様子は先ほどと変わっておらず特に異常は無さそうだが……

 

「この剣に刻まれてる紋章! これ、『正統悪魔社(ヴィンテージ)』のものよ」

「ヴィンテージ?」

「旧地獄の復活を望む違法団体よ。あいつらなら旧地獄の術くらい知っててもおかしくはないわ」

「いや待て。わざわざ凶器にそんなもん書くか? そのヴィンテージとやらに罪をなすりつけようとする別の勢力の可能性は無いのか?」

「う~ん……絶対に無いとは言えないけど、まず心配しなくていいわ。

 詳しい説明をしようとすると複雑な話になるから省略するけど、『自分の紋章を刻む』っていうのは魔術的にそこそこ強力な補助になる。

 そして、逆にウソの紋章を刻むとかなりの抵抗になる。そんな状態でこんな威力の術を使えるっていうのはバケモノってレベルじゃないわ」

「……把握した。

 ヴィンテージねぇ……今回の襲撃者1人だけならいいが、そんな事は無さそうだな」

「相手は違法団体だから正確な組織の規模なんて分からないけど、たった1人を人間界に送って満足するような規模ではないでしょうね」

 

 女神探し、急がないとな。いや、それだけじゃない。復活の手立ても考えないと。

 『ヴィンテージの規模』なんかも知っておきたいな。やはりまともに答えてくれるとは思えんがな。

 

「……とりあえずこんなものか。

 ハクア、ボイスチェンジャーの準備はできたか?」

「とっくにできてるわ。顔を隠す物も必要だと思ってこんな感じにしてみたんだけど……」

 

 ハクアが差し出してきたのは仮面のような物体だった。

 これにボイスチェンジャーが組み込まれているんだろう。気が利くな。

 

「じゃ、行くか。

 ……中川、お前はどうする?」

「………………ごめん。一緒にはいけない。

 犯人と顔を合わせたらきっと何かやらかしちゃうから」

「……そうか。しっかり休んでてくれ」

 

 かのんを残してハクアと2人で部屋を出る。

 そしてすぐ隣の部屋の扉の前まで歩く。

 

 扉を開ける前に、ハクアに声をかけられた。

 

「ね、ねぇ桂木、あの中川って子、何か様子がおかしくなかった? 大丈夫なの?」

「おいおい、今更気付いたのか」

「いや、気付いてはいたけど、本人の前では言えないでしょ」

「それもそうか。まぁ、そっとしといてやってくれ」

「えっ、原因は分かってるの?」

「当たり前だろ。あのな? あいつはエルシィに庇われたんだ。

 しかも、不意打ちじゃなけりゃあ普通に対処できてたはずなのに。

 今回の件であいつは一番責任を感じている」

「……そんな状態なのに放っておいて大丈夫なの?」

「そんな状態だから、一刻も早く解決する為に動くべきだ」

 

 エルシィの正体をもっと早くディアナかアポロに言っていればまた違った結果になったかもしれない。まぁ、当のアポロにそれは止められたんだが。

 僕だって責任を感じてないわけじゃない。

 だからこそどうするのが一番救われるのかも分かる。

 僕以上に傷ついてるあいつの前で手を緩めるわけにはいかない。全力でエルシィを助けるだけだ。

 

「さ、分かったら行くぞ。お前の友達を尋問する覚悟はできているな?」

「……ええ。大丈夫。行きましょう」







 推理モノとして普通に考えたらわざわざ凶器に名前を書くアホは居ないので『魔術的に何か重要な意味がある』という事にしておきます。
 まぁ、ヴィンテージによる宣伝と言うか威圧というか、そういう意図があったんでしょうけど、『これはヴィンテージとやらの犯行に見せかけたミスリードだ!』みたいな可能性を少しでも残すと話が泥沼に入っていくのでこれでケリを付けさせてもらいます。

 まだ尋問に入らないという。ホント説明する事が多すぎですよ。
 原作と比べてやるべき事が増えているという面もありますが……たった2話でしっかり準備を整えた原作者の若木先生には脱帽です。


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04 下っ端

「じゃ、今度こそ尋問を始めよう。

 あ、お前はずっと黙ってていいから。むしろ余計な事はしないでくれ」

「えっ!? じゃあ私は何のために一緒に行くのよ」

「フィオーレが勾留を打ち破るかもしれないだろ? それに、身体検査はしたんで多分大丈夫だとは思うが催眠術とかをかけられても面倒だ。

 僕が明らかにおかしい行動をしようとしたら殴ってでも正気に戻してくれ」

「……そんなとんでもない術が簡単に使えるほど魔法は便利じゃないんだけど?」

「ん? そうか。まぁ、保険みたいなもんだ。頼んだぞ」

「……分かったわ。日頃の恨みも込めて遠慮なくぶん殴るから」

「何の恨みだよ何の」

 

 

 

 

 仮面を着け、マントを纏って部屋へと入り、勾留ビンに巻き付けておいた布を剥ぎ取る。

 ビンの中のフィオーレは起きていたようだ。

 

「だ、誰なのあんた達は! 私をここから出しなさい!!」

 

 随分と威勢の良い事だ。

 こういうのは性に合わんが、じっくりと揺さぶっていくか。

 

『立場を弁えろ。質問した事以外に喋る必要は無い』

「何ですって!? 私を誰だと思ってるの!?」

『そんなもん知るか。ヴィンテージの下っ端なんぞいちいち気にも止めん』

「はぁ!? この私が言うに事欠いて下っ端ですって!? 冗談じゃないわ!!」

 

 そういう事を言う奴は大抵の場合本当に下っ端なんだよな。ゲームでは。

 大物だったらもっと大物感溢れる返答をしてくれるだろう。

 

『はぁ、じゃあまずはその辺から聞かせてもらうか。

 フィオーレ・ローデリア・ラビニエリだったな。お前はヴィンテージの中でどういう立場だったんだ?』

「!? あんた、どうして名前を……」

『おっと、適当にカマをかけたら偶然当たってしまったようだな。ハハハハハ』

「名前が偶然当たるわけが無いでしょうが!!」

『何をそんなに怒ってるんだ。もっとカルシウム摂った方がいいぞ』

「あんたのせいでしょうが!!!」

 

 尋問の成功パターンはいくつかあるが、重要なのは冷静な判断をさせない事だ。

 まともな状態で敵に情報を漏らすわけがないからな。

 完全に心をへし折る事ができれば楽なんだが、そう簡単には無理だ。このままおちょくっていこう。

 

『で、もう一度問うぞ。お前はヴィンテージの中でどういう立場だったんだ?』

「フン、教えるわけが無いでしょう? あんたなんかに!」

『……そっかぁ、下っ端だもんな。エラそうな事言っておいてそれじゃあ恥ずかしくって言えるわけないよな』

「そんなわけ無いでしょう!! 私はね、リューネ様にも声を掛けてもらったのよ!! 期待されてるのよ!! 断じて下っ端なんかじゃ……」

『……何? リューネだと?』

「っ!!」

 

 とりあえず人名、と言うか悪魔名っぽい名前に食いついてみた。

 全く心当たりは無いので現状では全く役に立たない情報だが、それでも情報は情報、失言は失言だ。

 

『ほぅ、奴がヴィンテージに居るのか。お前のおかげで助かったぞ』

「くぅぅぅっっ……」

『いやぁ有意義な時間だった。今日は眠いからこんなもんにしておくか』

「んなっ!? 待ちなさいよ!」

『お? もっと喋ってくれるのか? それなら大歓迎だ』

「違うわよ!! そうじゃなくて、その……」

『あ~、はいはい。お話ならまた今度聞いてやるから、な?』

「何であんたなんかに宥められなきゃならないのよ!!」

『ハッハッハッ。じゃあ、お前も切り上げるぞ』

『え? ええ。分かったわ』

 

 ビンに布を被せてからドアへ向かう。

 下っ端である以上はそこまで重要な情報は得られなさそうだ。今日無理に進める必要は無いだろう。

 伏線をバラ撒くだけで十分な成果だ。明日以降に本命の情報をそれとなく聞き出すとしよう。

 

『……あ、そうそう。笑わせてくれたお礼に一つだけ教えてやろう』

「何よ!」

『お前が殺そうとした新悪魔、ピンピンしてるぞ』

「…………え?」

『それだけだ。じゃあな~』

「ちょ、ちょっと待って! 一体どういう……」

 

バタン!

 

 勢いよく扉を閉め、マントと仮面を脱いだ。

 

「……ま、こんなもんだな」

「か、桂木? 最後の一言って……」

「真っ赤な嘘だが、奴にそれを確認する術は無い。

 任務に失敗した上で捕まってると思い込んでくれれば後の尋問で楽になるだろう」

「……えげつないわね」

「……さて、お前は今後どう動くつもりだ?

 お前にも地区長としての仕事があるだろうから無理にエルシィを助けるのを手伝えとは言わないが」

「バカ言わないで。仕事よりもエルシィの方が大事に決まってるでしょう?」

「……おい、お前の地区で今回みたいなデカい駆け魂が出たらどうする気だ? 前みたいに取り逃して大騒ぎするのは勘弁だぞ?」

「ああ、それは大丈夫よ。あと少しで出そうな駆け魂は今は居ないから。あの時みたいな事にはならないわ」

「そういう事なら存分にこき使わせてもらうか。

 それじゃ、今日はうちに泊まっていけ」

「…………は?」

「ん? 聞こえなかったか? 今日はうちに……」

「いや、聞こえてたわよ!? そうじゃなくて、どうして私が泊っていかなきゃならないのよ!!」

「だって、いちいち往復するの面倒だろ?」

「そういう問題じゃないでしょうが!? だいたい、アンタの親には何て説明するのよ!!」

「ああ、それだったらさっき……」

 

 

  …………

 

プルルル ガチャ

 

「はいもしもし~」

『オォウ、アナタ、マリ・カツラギ=サンデスカ?』

「え? はい、そうですけど……」

『オォォウ、トテモ、ザンネンナ、オシラセガ、アリマース。

 オタクノ、ダンナサン、キトクデース』

「な、何ですって!? け、桂馬! ちょっと南米行ってくる!!」

 

  …………

 

 

「……って感じで送り出したから安心しろ」

「い、いつの間に……と言うかヒドい方法ね」

「腹から刃物を生やしたエルシィを見られるわけにはいかんからな。

 何だかんだ言ってうちの両親は仲良いから、この方法が一番手っ取り早かった。

 ……一時期は危ぶまれてたが」

「?」

「……いや、何でもない。

 そういう事だからうちの母さんのベッドを使うといい」

「い、いやでも泊まる準備なんてしてないし……」

「着替えはエルシィのを使えば良い。あるいは中川から借りても良いし母さんの服を使っても構わんぞ」

「いや、でも……」

「おい貴様、本気でやる気があるのか? 協力する気が無いなら帰ってくれて構わんぞ?」

「んなっ!? そんな言い方は無いでしょう!!」

「…………はぁ、一体何が気に入らないんだ。お前の台詞は『泊りたくない』が前提にあって理由を後からこじつけてるようにしか聞こえんぞ」

「そ、それは……えっと……

 ……わ、分かったわよ! 泊ればいいんでしょ泊れば!!」

「そうしてくれ。

 ああ、そうだ。風呂でも入ってくるといい。今日は一日中働いて疲れただろ?」

「へ、変な事しないでしょうね?」

「? 何の事だ?」

「っっっっ~、もういいわ! 行ってくる!!」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 あいつ、何を怒ってるんだ?

 まあいいか。これで、ようやく今日やらなきゃならん行動が全部終わった。

 後は……







 こんだけ手間暇かけて尋問を始めたのに単にフィなんとかさんをおちょくっただけという。
 初っ端から本命の質問をぶつけたら警戒されるから仕方ないね♪

 ハクアが泊りたくないとゴネるシーンを執筆していた時、桂馬が怒って、それに対してハクアが怒って帰ってしまうという流れになりかけましたが桂馬が上手く説き伏せてくれました。
 まぁ、ハクア居なくてもどうとでもなるんですけどね。かのんと羽衣さんが居るので。


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05 イリスの歌姫は希う

 私の視線の先のベッドにはエルシィさんが横たえられている。

 そのお腹の上では、真っ黒な刃が不気味なオーラを発していた。

 

 ……私のせいだ。

 私がもっとちゃんとしていれば、エルシィさんがこんな目に遭う事は無かったはずだ。

 不意打ちを受けなければ、エルシィさんはきっと防げていたはずだ。なんたって、女神ミネルヴァの結界なんだから。

 私でも倒せた相手だ。間違いなく防いでいた。

 

 いや、違う。もっと前から間違っていたのかもしれない。

 私が歌と結界を使って檜さんの駆け魂を弱体化しようと思わなければ、きっと万全の状態で迎え撃てたはずだ。

 もっと別の方法を考えるべきだったんだ。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい、エルシィさん」

 

 そんな事をつぶやいたって何の解決にもならない。

 でも、私にできる事はそれだけだった。

 

 

 そうやって俯いていた私に、突然声が掛けられた。

 

「そうじゃないだろうが、このバカが」

「け、桂馬……くん……?」

 

 突然響いた罵倒するような声。

 だけど、その声からは冷たい感じはしなかった。

 

「お前はバカか? 謝ってるんじゃない。このバカが」

「そ、そんなバカバカ言わないでよ……」

「だってそうだろ? お前はこのバグ魔に庇われたんだろ?

 だったら、お前が言うべき台詞は謝る事じゃないだろうが」

「え? それってどういう……?」

「お前が言うべきは、『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』だろ?」

「っっ!?」

「『自分を責めるな』とか『悪いのは犯人だ』とか、それっぽい言葉を言う気も無いしそもそも言う資格があるのかも分からん。

 だけど、お前まだお礼言ってないだろ。ちゃんと言っとけよ。そういうコトは」

「……そう、だね。そうだったね」

 

 桂馬くんの言う通り、お礼はまだ言ってなかった。

 聞こえているかも分からない、いや、間違い無く聞こえていないだろうけど、それでも言わなきゃならない。

 

「……ありがとう。エルシィさん。私を助けてくれて。ありがとう。私は……」

 

 ダメだ。ずっとこらえてきた涙が溢れそうになる。

 でもダメだ。ここで泣くわけにはいかない。こんな状態のエルシィさんの前では……

 

「おいおい、またバカと言われたいのか? 泣きたい時には泣けばいいさ」

「で、でも……」

「つまらない罪悪感に遠慮をするな。それは本当に救えなかった時に取っておけ。

 今は……何も考えずに泣けばいい」

「桂馬……くん、う、うぅっ……」

 

 

 やっぱり、この想いはあの時から色褪せる事は無い。この忍耐の先に、答えがあると信じよう。

 だけど、今は。今だけは……

 

 

「うわぁぁぁあああん!!」

 

 

 キミの胸の中で、泣かせてほしい。

 

 

「ああったく、手のかかる相棒だ」

 

 

 私が泣いてる間、桂馬くんは困ったような顔をしてたのだろう。

 それでも、ずっと頭を撫でてくれていた。小さな子供をあやすように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

「うん、ごめん……じゃなくて、ありがとう。

 ここからは、いつも通りの私だよ」

「そうか。じゃあ一つだけ、しつこいようだが質問させてもらうぞ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「確かにしつこい質問だね。大事な質問だけど」

 

 この答えは、以前と変わらない。

 『失われた記憶が戻ってきた』という記憶は無い。だからきっと私に女神は居ないのだろう。

 

「その答えは前回と同じだよ。私の中にはほぼ間違いなく女神は居ない」

「…………分かった」

「……納得してないの?」

「まぁ、そうだな。お前の中に女神が居るなら僕の考えている仮説の辻褄が合うんだが……」

「仮説?」

「ああ。だが、お前が女神の事で嘘を言うとは思えないからな。特に、エルシィの命が懸かってる今なら」

 

 確かにそうだ。私としては正直に言っただけだからそこまで意識してなかったけど、桂馬くんの視点でもちゃんと理論立ててそういう結論になるんだね。

 

「ちなみに、その仮説って?」

「さっきハクアにも言った事なんだが……まあいい。改めて説明しておくか。

 まずはこれを見てくれ」

 

 桂馬くんが見せてくれたのは1枚の紙だった。何人かの名前が書いてあるみたいだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「攻略対象……と、エルシィさんの名前だね。

 ……この妙な並べ方は……勿論何かの意図があるんだよね?」

「ああ。その通りだ」

「……私たちに、と言うより桂馬くんに近い順、だね?

 桂馬くんの居る縦列が私たち、少し離して天理さん。

 右の列が同じクラスの皆、次は別クラス同学年」

「その後は別学年、更に遠い関係……と置いておいた。

 完全に復調したようだな。何よりだ」

「うん。もう大丈夫だから安心して。

 ところで、このチェックマークは何?」

「何だと思う?」

「う~ん……」

 

 チェックマークが付いているのはちひろさん、長瀬先生、七香さん、棗ちゃん。

 この人達の共通点かぁ……

 

「ま、まさか『な』で始まる人……」

「ちひろはどうした。そしてお前自身を忘れるな」

「じょ、冗談だよ。う~ん、分からない。何だろう?」

「そうか。答えは『つい最近まで駆け魂が居なかったと断定できる人物』だ」

「…………確かに、この4人はセンサーが鳴らなかった事を確認できてるね。

 棗ちゃんに至っては入る前に撃退したらしいし」

「そういう事だ。

 この件が10年も前から仕組まれているなら、女神は当時から入っているはずだ」

「当時の女神は自力で誰かに取り憑ける程の力が残ってなかった。

 もしそれくらいの力が残ってたら当時のディアナさんが見つけてるはず」

「……自力で動けない事、そもそも見つけられなかったという事は、ほぼ間違いなく駆け魂に括り付けられたような状態だったはずだ。

 事実、ディアナは駆け魂を持っていた」

「つまり、女神は駆け魂が居た場所に居る」

「そして、駆け魂も10年前から居たはずだ」

「よって、このチェックマークを付けた人には女神は絶対に居ない……とまでは言えないけど、女神候補としての優先度がかなり下げられる。

 ……そういう事だよね?」

「ああ。その通りだ」

 

 そういう観点から絞り込むのか。流石は桂馬くんだ。

 他にも何か絞り込める情報は無いかな……

 

「……あ、結局仮説っていうのは、『桂馬くんと関わりが深い人に女神が居る』って事?」

「そういう事だ。この表を見るまでもなくお前と僕との関係性は極めて近いわけだが……」

「……それでも答えは変わらないよ」

「まあ、今はそれでいいか。

 ひとまず、この表で近い連中の調査からだな」

 

 こうして、女神捜索の0日目、長い一日は終わった。







 女神編開始時からへこんでたかのんちゃんのフォローを6話目でようやく行うという。
 やることが多すぎなんですよ! 女神編の序章は!!
 ちなみに、ようやく檜編1日目の終了でもあります。何だこの異常の濃い一日は。


 本作でかのん編の直後に麻美編をやったのは今回のチェックマーク関係の話をする為だったりします。
 地味に頑張りましたよ。麻美編1話で初めて駆け魂センサーをスイッチの入った状態で教室に持ち込むのは。

 原作では、駆け魂を仕込まれたのは実際に10年前の事だったのでこの方法は知ってさえいれば使えそう。(正確には心に穴をあけられたのが10年前。但し、しばらく放置して全く関係ない駆け魂に入られたら凄く面倒な事になるので迅速に入れたはず)
 10年という数字にこだわらずとも、仕掛人が結構な策士だとするのであれば『桂馬の身近な女子に偶然心のスキマができて、そこに女神をブチ込む』とかいう運ゲー極まりない行為をするとは思えないのでつい最近駆け魂が入ってきた方々は除外できそうです。除外まではいかなくても優先度を下げられます。
 なお、この方法で除外できるのは原作だとちひろと長瀬先生の2名となります。
 原作桂馬がこの絞り込みを行っていればちひろを泣かす事は無かったのだろうか……いや、結果的にちゃんとしたエンディングになったからそれで良かったのかもしれませんけどね。



 こんな重要な事を後書きで解説するのもあまりやりたくはないですが……どうやっても本編に入れられなかったのでここで言っておきます。


Q. かのんちゃんは理力使えるんでしょ? だったら問答無用で女神持ちなんじゃね?

A. 女神が居るかどうかは置いておくとして、その理由での断定は不可能としておきます。


 そもそもの前提として、女神アポロによればかのんは魔力と理力の両方を持っています。
 片方だけなら『エルシィから供給されてる』理論を使えますが、両方なので少なくともどちらかは自力で生産していると言えます。(実際には『片方だけなら』ではなく『理力だけなら』ですが、両方持っている事が分かった当時は読者視点では女神だと確定していなかったのでこういう書き方をしておきます)
 自力で生産していたのが理力なら……この話はおしまいですね。
 魔力であったとしても、魔力が自力で作れるなら理力も自力で作れるのでは? かのんの場合、原作は勿論本作でも負よりは正の感情を強く持っているのでむしろそっちの方が楽なんじゃないでしょうか?
 勿論、感情の力だけで超常的な能力を振るえるなんて事が流石に有り得ません。ですが、原作でも強力な魔力を宿した人間は存在しています。だったら、適切な準備をすれば自力生産くらい何とかなるんじゃないでしょうか。例えば、怪しげなナノマシンのペンダントに何か仕込むとか。300年もミネルヴァを手元に置いていた本作のドクロウ室長なら余裕でしょう。

 そういうわけで、かのんが理力(+魔力)を持っている理由は『自力で作っているから』が成立するので女神の有無は不明です。


 ……本当はこんな感じの話を桂馬とかのんがする場面をアポロが出てきた後に入れるべきだったんでしょうけどね。
 『エルシィ=女神』が確定してない状況でそれを隠しながら自然に話すのは不可能でした。
 かと言って今の本編に入れるのもタイミングを明らかに逃しているので結局ここになったという。
 一応、今後の攻略でハクアが疑問を呈する形で入れる事もできますが、無理なくできるかも分からないし、その時まで皆さんにモヤモヤを抱えたまま読ませるのもどうかと思ったので。

 以上、解説でした。



 では最後に、例の企画です。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=195441&uid=39849

 色々な情報が明かされましたね。メルクリウスは一体どこに居るでしょうか?

 この辺で一旦更新をストップする予定でしたが、何とか続けられそうです。
 明日もお楽しみに!


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06 女神復活に向けて

 長かった1日が終わって翌日。僕達はいつものように学校に登校していた。

 女神候補の大半がこの学校の生徒だからな。

 仕組まれたのが10年も前だとすると『同じ学校に通っている』という関係性を重視するのは少々危険かもしれないが……そこは仕掛け人の有能さを信じよう。きっと上手いこと同じ学校に通うように宣伝したり洗脳したりしていたのだと。

 

「それで、どうやって女神を探すの?」

 

 隣を歩くかのんが声をかけてくる。なお、今は錯覚魔法を使ってエルシィの姿になっている。

 本業に関しては1週間程度の休暇をゴリ押ししたようだ。アイドルなんてそんな簡単にドタキャンできる仕事じゃないだろうにな。

 ……かのんの覚悟を感じる。僕も全力で行こう。

 

「桂馬くん?」

「ああ、すまない。女神探しについてだが、見つけるだけなら簡単だ。

 『女神居ますか?』って訊いて回るだけで済む」

「……でも今は見つけるだけじゃダメだよね」

「ああ。まだロクに力を持っていない女神が集まってもエルシィを救えない可能性がある。

 だから、女神の力を復活させる。今すぐに」

「……ごめん、辛い事をさせちゃうね」

「お前が謝る必要は全く無い。あのバグ魔にくたばられたら寝覚めが悪くなる……と言うか、首輪のせいで永眠するハメになるからな。

 僕が自分の判断でやる事だ。気にするな」

「……そっか。桂馬くんがそう言うなら、そういう事にしておくよ」

 

 かのんが覚悟を決めたなら、僕も覚悟を決めないとフェアじゃない。それだけだ。

 僕達の間にこれ以上の言葉は要らなかった。その後、学校に着くまで無言の時間が流れ……

 

「って、ちょっと待ちなさいよ!! どういう意味なのよ!!」

「あれ? ハクアか、居たのかお前」

「居たわよ!! 何で空気みたいに扱われなきゃならないのよ!!」

「いいじゃないか。人が生きる上で必要不可欠な代物だぞ」

「そういう意味じゃないわよ!!!」

 

 こんな感じでハクアにも一応来てもらってる。最初は錯覚魔法を使わせてエルシィと入れ替わってもらおうかとも思ってたが、その役割はかのんがやっているので必要なくなりむしろあぶれている。

 透明化も普通に使えるらしいからしばらくは近くで潜伏してもらう事になるな。きっと役に立ってくれる時が来るだろう。多分。

 

「何か凄くバカにされてる気がするんだけど?」

「気のせいだろ」

「……そういう事にしておくわ。

 それで、お前たちは一体何をどうする気なのよ」

「何って、決まってるだろ。

 女神を復活させる為に女神候補の女子達を恋に落とすんだよ」

「…………は?」

 

 ハクアが何か理解できない事を聞いたかのように固まっている。

 やれやれ、エルシィだけでなくハクアもポンコツだったのか。新地獄はよっぽど人材不足らしいな。

 

「またしても不当にバカにされた気がするわ……

 いや、そうじゃなくて、どういう意味よ!!」

「いい? ハクアさん。

 女神っていうのは愛とかの正の感情を糧にするんだよ」

「それくらいは覚えてるわよ。駆け魂とは逆の存在なのよね」

「うん。だから、『恋愛』を使えば手っ取り早く復活させられるんだよ」

「いや、だからって……えぇぇ?

 め、女神候補って確か何人も居たわよね?」

「最大で14……いや、15人だ」

「……その全員と恋愛するの?」

「攻略前に絞り込みを行うから全員ではないが……複数名という意味では正しい」

「……何股かける気なのよ。最低の作戦ね」

「その自覚はあるが、これが最善の選択肢だ。

 嫌なら帰ってもいいぞ」

「そこまでは言ってないわよ。最善、最善ねぇ……

 まあいいわ。まずはその『絞り込み』をやるの?」

「ああ」

 

 女神候補は既に確定している3人と、ほぼ居ない事が確定している結を除いて14人だと思っていた。

 ……が、よく考えたら一応訊いておくべき人物を思いついた。

 人物っていうか悪魔だが。

 

「ハクア、質問だ。お前は女神じゃないよな?」

「えっ、わ、私!? いやいや違うわよ! って言うか、もしそうだったら昨日の時点で言ってるわよ!!」

「そうか、エルシィが女神だったから可能性が0.0001%くらいあるかと思ったが……」

「それ、0%と何が違うのよ」

「たった今0%になったから気にするな。これで候補が15から14になった。

 この調子でどんどん絞り込むぞ」

「……もう、好きにやりなさい……」

「言われずともそのつもりだ」

 

 ここで今一度、あの関係表を頭に思い浮かべる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 僕と関係性が近い人物に女神が居ると仮定するなら、まずは遠い部分をサクサク潰していこう。

 念のため確認しておきたい奴が居たんだよな。なんやかんやあって関係性がかなり近くなっているが、他校生でありチェックも付いてるんでまず居ないであろう奴が。

 相手に女神が居る可能性が濃厚な場合はかなり慎重に接触しないと厄介な事になるが、非宿主である事が濃厚な場合は雑に扱っても問題は無い。

 

「この時間なら大丈夫か。

 かのん、ケータイ貸してくれるか?」

「3つあるけど、どれを使う?

 私のと西原まろんのとエルシィさんの3つだけど……」

「その3択だったら西原まろんの携帯だ」

「じゃあ、はい」

 

 電話帳から検索して目的の人物に掛ける。

 特に待つ事もなくすぐに繋がった。

 

『もしもし~? どしたん?』

「もしもし、僕だ」

『ん? まろんやなくて桂木か。どしたの、こんな朝っぱらから』

「急用ができてな。お前に質問だが、『ユピテルの姉妹』という言葉に心当たりは無いか?」

『ゆぴ……なんやて?』

「その様子だと知らなそうだな。邪魔したな。切るぞ」

『え、ちょっ!?』

 

 よし、これでシロ確定だ。遠慮なく除外できるな。

 

「七香さんには居ないみたいだね。もし居たとしても後から連絡くれそう」

「次は、学年違う組だな。

 ……学年が違うだけあって接触がちょっと面倒だな。できれば昼休みに片を付けたいが」

「手分けして調査しようか。

 私は師匠に桂馬くんの事とか、お姉さんの巨大化とか、その辺の事を覚えてるか探ってみる」

「じゃ、僕はみなみだ。軽く挨拶して様子を探ろう」

「あの、私は何をすれば……」

「そうだな……その辺で寝ててくれ」

「ちょっと!? 私の扱い軽すぎない!?」

「ははっ、冗談だ。

 じゃあ、都合の良い時間に中川に羽衣の使い方を教えてやってくれないか?」

「ああ、あのエルシィが使ってた羽衣ね。やってみてもいいけど、操作方法とか違ってないかしら?」

「エネルギー源は違っても同じような機能を持ってるんだから意外と何とかなるんじゃないか?

 ダメだったらそれでも構わん。使いこなせれば便利ってだけだからな」

「分かった。じゃあやり方を考えておくわね」

「宜しくお願いします。ハクアさん」

 

 そんな感じで、初日の朝の打ち合わせは終了した。







 ハクアファンの方ごめんなさい……この展開で代理の協力者なんて必要ないですよ……
 ハクアがエルシィをほっぽって帰るとも思えないので流れで居てもらってます。
 いつか役に立ってくれる時が来る……ハズ。


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07 他学年ライン

 昼休みになった。

 朝話した予定通りサクサク進めていこう。というわけで中等部の教室に突撃だ。

 都合の良い事に教室に人気は少なく、みなみは友人2名と一緒にお弁当を食べているようだった。

 

 おそらく女神は居ないだろう。だが万が一が有り得る場所だ。一応記憶がある前提で話しかけてみるか。

 

「やあみなみちゃん。久しぶり!」

 

 そんな声に反応して友人2名がこちらを向いてギョッとしている。

 感じのみなみはと言うと……

 

「……え? あ、あの……ど、どなたですか?」

「いやだなぁ。ボクだよボク!」

「な、何なんですか? 誰ですか!?」

 

 ……明らかに怯えているようだ。

 みなみの攻略はイベント自体が少なかったが、流石にキレイサッパリ忘れられているという事はあるまい。

 シロ、だな。

 

「……ごめーん。人違いだったみたいだー」

「へ? ああ、はい……」

 

 用事は済んだ。もうここに留まる理由は無い。

 ……ああ、そうだ。最後に一言だけ。

 

「……キミ、まだ水泳やってるのかい?」

「え? は、はい……」

「……そうか。頑張ってね」

 

 攻略の痕跡は残っている。女神なんて関係無く、な。

 『記憶を失う』という事自体が良い事なのか悪い事なのか、僕には分からない。

 ただ、この地獄と天界を巡る戦いに巻き込まれなかったという意味では、間違いなく幸運なんだろう。

 

 ……じゃ、探そうか。巻き込まれた不幸な奴を。

 

 

 

 

 

  ……一方その頃……

 

 桂馬くんが動いている間、私たちも勿論動いていた。

 

「師匠!」

「ん? 中川か。今日は来れないとお前のマネージャーから連絡があったが……」

「えっと……まぁ、色々とありまして」

 

 アイドル業をしばらく休む事を伝えた岡田さんが師匠にも連絡してくれていたみたいだ。

 流石は岡田さん。仕事が早い。

 

「ふむ……来てくれたのなら丁度いい。

 お前、昨日の夕方頃に何があったか覚えているか?」

「え? 夕方ですか? えっと……」

 

 その頃は……丁度歌を歌ってたんじゃないかな。

 

「ど、どうしたんですか? 昨日の夕方何かあったんですか?」

「実に妙な話なのだが、どうにもその頃の記憶が曖昧でな。

 道場で修行していた……と思うのだが、何だかかなり強大な相手と戦っていたような気がするんだ。

 お前もあの時どこからか湧いて出てきていたよな?」

「そ、そうですね。ちょっと用事があって師匠の道場に行っていました。

「やはりそうだったか。で、何か心当たりはあるか?」

「う~ん…………ごめんなさい。私にもよく分かりません」

「そうか……分かった。妙な事を訊いて悪かったな」

「いえいえ。興味深いお話でした。

 何か思い出したら教えてくださいね」

「そんな面白い話でも無いと思うが……分かった。思い出せたらこの話の続きをするとしよう」

 

 師匠はシロっと。万が一クロでも後でそれとなく教えてくれそうだ。

 

「それじゃ、失礼します!」

「ああ。

 ……ん? 中川は結局何をしに来たんだ?

 ……まあいいか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、僕達は屋上で合流した。

 集まっているのは4名。僕とかのん、ハクア。そして、麻美だ。

 

「はい、オムそばパン。3人分で大丈夫だったよね? 私の分と別で」

「ああ。パシリみたいな事をさせてすまんな」

「これくらいならいくらでもやるよ。エリーさんが大変なんでしょう?」

 

 今朝、教室に入って来た時に真っ先に反応を示したのは麻美だった。

 『え? アレ? え、エリーさん!? な、何で……』みたいな感じだ。

 そりゃビックリするよな。昨日瀕死だったエルシィ……の姿をした奴(錯覚魔法を使ったかのん)が堂々と教室に入ってきたら。

 急いで事情を書いたメールを送ったので騒ぎになる事はなかった。

 で、その少し後に来た返信メールで『何か手伝える事は無いかな?』と言われたのでついでだから今日の昼食を頼んだというわけだ。

 

「これがあなたがお勧めした『オムそばパン』ってやつ?

 何よ、ただパンに具が挟んであるだけじゃない」

「ハクアさん。甘く見ちゃいけないよ。

 確かに見た目はそんなに派手じゃない。むしろ地味。だけど……一口食べるだけでその印象の全てが変わる事を保証するよ」

「えっ、そこまでかなこのパン……」

 

 麻美は普段から外パンらしい。オムそばパンの味は十分理解しているはずだが……かのんみたいに何かに取り憑かれたようになる事はないようだ。

 

「そこまで言うなら食べてみようかしらね。

 はむっ……な、何コレ美味しい!! 人間界にこんなに美味しい食べ物があったなんて……侮っていたわ」

「私も、この学校の隅っこでこんなものが売られているだなんて思ってもいなかったよ。

 その時感じたよ。世界って広いんだなって」

 

「……何だろう、このノリ」

「……さぁな」

 

 

 

 ……閑話休題……

 

「さて、みなみはシロだった。お前の所の師匠も……」

「うん、シロだったよ。これで、そのラインよりも遠い人は全部除外できるかな?」

「そうだな。まず居ないだろう。

 これで候補は、歩美・栞・月夜・美生の4人……いや、月夜も除外できそうだな」

「……そうだね」

 

 何故かというと、あいつとはちょくちょく顔を合わせるからだ。

 僕が駆け魂回避の為にいつも屋上で昼食を食べている事は改めて説明するまでもないだろうが……その時、1週間に1回くらいの頻度で月夜と遭遇する。

 しかし、会話の類は一切無い。強いて言うならすれ違う時にたま~に目線が合うくらいか。

 月夜攻略時のあのエンディング(悪役を辛うじて撃退エンド)の記憶があるなら流石に話しかけてくるだろう。

 

「あの時の私の格好で話しかければ間違いなく白黒ハッキリするだろうね」

「一体何て話しかける気だ」

「えっと……『すみません。この辺で家の鍵を見かけませんでしたか~』とか」

「恐ろしくシュールな絵になるな……」

 

 あの時のかのんの悪役の格好はあくまで『怪しげ』であって『明らかに犯罪者』ではなかった。よって、変な格好の一般市民という主張はできる。

 ギャグ漫画みたいな絵面になるが、確かに確実だ。後でやってもらうか。

 

「残りの候補は3人? その中に女神が全員居るの?」

「……そのハズだ」

 

 最低でも2人居る事は確実。あと1人は……

 ……かのん、本当に大丈夫だよな? お前じゃないんだよな?






  おまけ

 ……放課後 どっかの道端……

月夜 「最近は冷え込んできたのですね。つい最近までの暑さが嘘のよう。
    そうは思いませんか、ルナ」
???『ククククク』
月夜 (っ!? 何だか凄く怪しげな人が道端に立っているわ。
    最近物騒だし警察にでも通報した方が……)
???『……お嬢さん』
月夜 「は、はい?」
???『……この近くに交番はありますか?
    落とし物を拾いまして』
月夜 「え? えっと確か……こっちの道を真っ直ぐ進むと大きな交差点があるので、そこを右に曲がってしばらくするとあったはず……」
???『ありがとうございます。では失礼します。ククククク』
月夜 「……な、何だったんでしょう、アレ」




 怪しげな人物、イッタイダレナンダー。


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08 女神の攻略

『ところで、一つ気になったのじゃが……』

 

 そんな言葉を放ったのは勿論アポロだ。麻美が普段から持ち歩いている手鏡越しに会話している。

 

「何だ? 何か気付いた事でもあるのか?」

『いや、女神とは関係ない事なのじゃが……』

「僕達に無駄な話をする時間は無い!

 ……って言うのは流石に言い過ぎか。言ってみてくれ」

『うむ。昨日はそれどころでは無かったので訊けなかったのじゃが、そこのエリーの姿をしたお主は桂木の恋人なのかや?』

「……へっ? ど、どうして?」

『だってお主、桂木と同棲しておるのじゃろう? 兄妹でも無ければ従兄妹でもないのに』

「そうだけど……でも、恋人って事は無いよ」

『またまた~。同じ年頃の男女が一緒に住んでおったらあんな事やこんなこフムギュッ』

「ご、ごめんね。こんな時にアポロが変な事を言って」

 

 麻美が手鏡を勢いよくひっくり返して謝ってきた。

 雑に扱ったら傷が付くぞ……と言う台詞はそれこそ余計か。

 

『むぅぅ~。空気が重いから軽いジョークで場を和ませようとしただけなのじゃよ』

「そんな状態でも声出せるのかお前」

『声は出せるけど微妙に息苦しいから起こしてほしいのじゃ』

「その程度なら我慢しろ」

『あ~分かった分かった! ちょっと真面目な話をするから起こしてほしいのじゃー!』

「……しょうがない奴だ」

 

 アポロがそう言うので、鏡をそっと起こした。

 

「で、何だ?」

『うむ。麻美と恋人同士になって欲しいのじゃ』

「……誰が?」

『お主が』

「……誰と?」

『麻美とじゃ』

 

 そして、鏡をそっと伏せた。

 

「ふ~、オムそばパン普通に美味いな~」

「そうだね~普通に美味しいね~」

『その反応は無いじゃろう!!』

「そうだよ桂馬くん! 『普通に美味しい』じゃなくて『凄く美味しい』だよ!!」

『そこではないからな!?』

「まぁ、言いたい事は分かるさ。

 恋愛の力でアポロが復活できればエルシィを何とかできるかもしれないって事だろ?」

『何じゃ。分かっておるではないか』

 

 一応そっちの方も考えはしたんだよ。

 ただ、事情を知ってしまっている麻美と恋愛関係になる事が可能なのだろうか?

 やってやれん事は無いんだが……新しい女神を探して恋に落とす方が多分楽だ。

 ……やるだけやってみるか。

 

「なぁ麻美。ちょっと質問させてくれ。

 お前は僕の事が好きか?」

「うぇっ!? えっと、その……」

「じゃあ、好きか嫌いかの2択だったら?」

「それは……その……す、好き……だよ?」

「では、その『好き』は恋愛的な意味でか?」

「…………ちょっと考えさせて」

「ああ。いくらでも待つ」

『わざわざ待たずともよい。妾の見立てでは……』

「女神は黙ってろ。僕は麻美に訊いてるんだ」

『むぅ~……』

 

 愛の力で復活する女神なら、その愛には敏感なんだろう。

 だが、僕が今欲しいのは確実な答えじゃない。麻美の意見だ。

 

「……うん。纏まったよ。

 その……恋愛的な意味は無くはないよ。でも、お付き合いしたいとか、四六時中ずっと一緒に居たいとか、そういう事は思わない。

 今のこの距離感。あくまでもお友達くらいのこの距離感が心地よく感じる。

 ……これで答えになったかな?」

「ああ。十分だ。

 そう言えば、自分の意見をしっかりと言えるようになったんだな。あの頃とは大違いだ」

「桂馬君のおかげだよ。桂馬君には、ずっと感謝してるから」

 

 やはり、難しそうだ。

 恋愛感情が『無くはない』という言葉が正しければ強引に攻略する事は不可能ではなさそうだ。

 だが、それは麻美の主張を切り捨てる行為で、攻略が完了した暁には麻美の中の大切な何かを壊す事になるだろう。

 絶対にその方法でしかエルシィを救えないならまだしも、今の状況で攻略すべきではない。

 

「じゃあもう1つ頼みがある。

 アポロと交代して、可能ならしばらく寝ててくれないか?」

「え、寝て……? やってみるけど……」

 

 麻美が目を瞑って数秒後、さっきまで鏡の中に居たアポロが現れた。

 

「わざわざどうしたのじゃ? 話なら鏡からでもできるじゃろ?」

「ちょっとした提案があってな。麻美は今は寝てるのか?」

「うむ。今の会話は麻美には伝わっておらん」

「なら好都合。アポロ。麻美の代わりにお前を攻略する」

「…………なぬ? どういう意味じゃ?」

「そのままの意味だ」

 

 麻美を攻略するのが難しいならアポロを攻略すればいい。

 正の感情、恋愛感情さえあれば復活するのなら理論上は可能なハズだ。

 

「い、いやいや、ちょっと待つのじゃ。妾は女神ぞよ?」

「? 何を当たり前の事を」

「そ、そうじゃ。当たり前じゃ。そしてお主は人間じゃぞ?」

「? 何を言ってるんだ。僕は神だぞ?」

「うむうむ……って、違うのじゃ! お主は人間じゃろう!?」

「あ~……そういう事にしておいてやろう。で、それがどうかしたか?」

「『それがどうかしたか?』ではない! 女神が人間に恋するわけが無かろう!!」

「ハッ、これだからお前は所詮現実(リアル)の神なんだ。

 女神が……いや、男神だろうが女神だろうが神が人間に恋するなんていくらでもあるだろう。

 ゲームで」

「げぇむの話ではないか!!!」

 

 ゲームの話だが、一体それの何が問題なのか。

 そもそもの世界各地の神話にも神と人との恋愛なんて無数にあるだろうに。

 さて、まずは開幕パンチと行こう。アポロの目を真っ直ぐ見据えてできるだけ強い主張の告白の台詞を……

 

「アポロ。お前が好きだ。誰よりも、お前が好きだ!!」

「っっっっっ!!! つ、付き合ってられぬわ! 帰る!!」

「あ、おい待て!」

 

 アポロは脱兎の如く逃げ出してしまった。

 ああいう人をからかうようなキャラは自分の事となると途端に打たれ弱くなるものだからな。これで攻略のとっかかりは掴めたな。

 ……あ、そうだ、

 

「……ハクア、あいつの後をつけてくれないか?」

「何で私がわざわざそんな事を……原因作ったお前が追いかけなさいよ」

「いや、連れ戻せっていう意味じゃなくて、まず無いと思うが学校内でヴィンテージの連中に襲われる可能性が……」

「そういう事は早く言いなさいよ!! 行ってくる!!」

 

 僕の話を聞いたハクアが慌てて追いかけていった。

 他の女神探しと平行してアポロの攻略も進めるとするか。

 

「よし、僕達も教室に戻るとするか」

「……そうだね」

 

 アポロは……しばらくしたら教室に戻ってくるだろう。多分。







 詳しく調査したわけじゃないですけど、人と神が恋する神話なんて普通にありますよね?
 まぁ、ゲームの神と現実(リアル)の神の恋愛だから関係無いですけどね(笑)


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09 リミュエルとの語らい

 放課後、僕とかのんは生物部の部室を訪れていた。

 ハクア? あいつは麻美の方の護衛に付いてもらっている。

 女神を出しっぱなしの状態でそこそこの距離を突っ走ったようだからな。多分大丈夫だとは思うが万が一の可能性を考えてしばらく付けておく。

 今日の夜までに襲撃の類が無ければ大丈夫だったとしておこう。

 

 生物部の部室をノックすると中から『誰じゃ?』という声が聞こえた。

 

「僕だ。入っても大丈夫か?」

『……ああ、桂木か。入れ』

 

 許可が下りたので部室の中へと入り、素早くドアを締めた。

 

「む、中川じゃったな。お主も居ったのか」

「はい。入っても宜しかったでしょうか?」

「構わぬ。適当に座ってくれ」

 

 部屋の中は相変わらずゴチャゴチャしているので座るスペースすら無いんだが……何とか比較的マシな所を探して腰かける。

 

「それで、何の用か……という事は訊くまでも無さそうじゃな。エルシィの件じゃろう?」

「ああ。今の状況は把握しているのか?」

「旧地獄の暗殺術を受けた事も、一命を取り留めておる事も把握しておる」

「念のため訊いておくが……お前にも解呪は不可能なのか?」

「無理じゃ。少し見てきたが、アレを真っ当な方法で解く事は悪魔には不可能じゃな」

「見てきたって、いつの間に……」

「お主らが登校した直後じゃ。勝手に上がらせてもらったぞ」

「そんな妙な事せずとも僕達が居る時間に普通に来てくれりゃあ良かったのに」

「いつ、どこで情報が漏れるか分からぬ。私の存在を知る者は少ないに越した事は無い」

「……そういう事なら、了解した」

 

 リミュエルはハクアから情報が漏れる事を警戒しているのか?

 と言うより、僕とかのん以外は信用していないという感じか。

 

「ところで、さっき『真っ当な方法で解く事は不可能』って言ってたな。

 真っ当じゃない方法ならいけるのか?」

「結論から言うと可能じゃ。但し、解呪者の寿命や命を代償にする必要がある。

 そもそも、あの呪いは使用者の寿命を数百年単位で捧げておるからのう」

「そんな物騒な代償があったのか。あの呪い」

「悪魔で言う数百年じゃから……人間の感覚換算だと数十年といった所かのぅ」

 

 それでも十分強烈だがな。

 でも、これで多少は安心できそうだな。玉砕覚悟で特攻してくる狂信者でもなければ扱えないという事ならそう何度も使われる事は無さそうだ。

 

「新悪魔による解呪は最終手段か。

 まあいい。次の質問だ。お前はエルシィが女神だという事は知っていたのか」

「当然じゃ。そうでなかったら私が名前を覚えているわけが無かろう」

「それ、エルシィが聞いたら泣くぞ……

 それじゃ、他の女神の居所は知っているか?」

「残念ながら私が知っているのはエルシィだけじゃ。ドクロウは知っておるようじゃが……教えてはくれぬじゃろう」

「何故だ? 僕達に教える事にデメリットは無さそうだが……」

「そこまでは分からぬ。じゃが、きっと何か意図があるのじゃろう」

「……いいだろう。教えてもらえないのなら自力で突き止めるだけだ」

 

 そもそも女神候補はかなり絞られている。どうしても訊き出さなければならないというわけではない。

 

「じゃあこんなもんで……あ、そうだ。『リューネ』って知ってるか?」

「……どこでその名を聞いたのじゃ?」

「うちでとっ捕まえてるヴィンテージの下っ端が漏らした名前だ。

 『私はリューネ様にも認められてるどうたらこうたら』みたいな事を言っていた」

「……そうか、奴は正統悪魔社に居ったのか」

「知り合いか?」

「顔を合わせた事は無いが、名前だけなら良く知っておる。

 奴は裏舞台では有名人じゃからな」

「なんとまぁ、随分と強キャラ感溢れる設定だな。

 居場所くらいあいつから引き出せると良いんだが……」

「あんな下っ端に自分の居場所を教える幹部は居らんじゃろう。吐いたとしても偽情報を掴まされるのが関の山じゃ」

「その偽情報の方向性から本当の居場所が分かるっていうケースもあるが……流石に望み薄か」

 

 もしそういう本当に危ない奴と道端で出くわしたら……全力で部室(ここ)に逃げ込むか。

 流石のかのんでもそんな有名人の撃退は不可能……なハズだ。

 ……いや、ハクアやディアナも一緒なら何とかなるか? いやいや、余計なリスクを冒す必要は無い。

 

「それじゃ、今日はもう上がらせてもらう。邪魔したな」

「うむ。応援くらいはしてやる。せいぜい頑張るのじゃな」

 

 そんな応援なのか良く分からない声を背に部室を去る。

 女神候補の絞り込みの再開だ。

 残りの候補は歩美・栞・美生。

 歩美は普段教室で顔を合わせるせいで逆に分かり辛いが……普段関わりの無い残り2名は分かりやすい反応を示してくれるだろう。







 あの下っ端のフィなんとかさんが不完全とはいえ復活した女神を瀕死に追い込む呪いを使っているという事はヴィンテージ幹部は勿論、大体の構成員が使えるはず。
 そんな事になったらどう足掻いても無理ゲーになるので代償として『寿命』を考えてみました。
 フィなんとかさんは洗脳されてたっぽいのでそんな感じで使い潰されようとしていたのではないかなと。ドクロウやリミュエルすらも解呪できないっていう理由付けにもなりますし。
 まぁ、これでも割と軽いような気もしますが……下っ端が独断で使えるほどありふれていて、なおかつ代償として相応しい貴重さを持つものをコレ以外に思いつかなかったのでこんなもんにしておきます。
 実はフィオーレさんは割と幹部に近い立ち位置だったとするなら『ヴィンテージが数ヶ月か数年かけて集めた魔力を使い潰す大魔術!』みたいにする事もできますが、洗脳されてたような奴がそんな立場だったとは思えませんし、そして何より幹部なフィオーレなんてフィなんとかさんじゃない! と断念しました(笑)

 ……え? アニメ版ではリューネさんが使ってた? ナ、ナンノコトカナー。


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10 飽和

 生物部の部室を後にした僕達は図書館へと向かっていた。

 

「そう言えば、こうやって図書館に2人きりで行くのも久しぶりだね」

「2人きりでと言うか、そもそも図書館に行く事が数ヶ月ぶりだな。

 ……そう言えば、攻略の時に栞に没収された本、まだ返してもらってなかったな」

「そんな事があったの? 栞さん、覚えてるといいけど。色んな意味で」

「栞の性格を考えたら、すぐに判明するだろう」

 

 ここで、記憶があるという仮定で栞視点の出来事を考えてみよう。

 

 ・図書館で過ごしていたら傍若無人な男が現れた。

 ・図書館に立て篭もったらその男が手伝いに来た。

 ・その男となんやかんやあってキスした。

 ・そしてその男は消えた。

 

 凄くザックリ言うとこんな感じだ。

 で、今からその消えた男が何食わぬ顔で話しかけてくる。

 記憶が無いならそこらの客と同じような対応になるだろうが、そうでないのなら……混乱して黙り込むんじゃないか?

 ま、実際に行ってみてから考えよう。

 

 

 

 建物内に入ってまずは受付の方を確認する。

 ……居ないな。三つ編みの図書委員が近くの机で事務作業をしているだけだ。

 単純に別の場所に居るのか、あるいは休みなのか。

 居ることを願って適当に探し回る事にする。

 

「相変わらず程よく静かな場所だね。前はここで勉強してたっけ」

「そんな事もあったな。そう言えば、アレが無かったら栞とも遭遇しなかったんだよな。

 …………ん?」

「……け、桂馬くん。私、なんだか凄く嫌な事を思いついちゃったよ」

「奇遇だな。僕もだよ……」

 

 ちょっとした手違いですれ違って出会わないような奴に女神が居たとしたら、どうなるのだろうか?

 栞に女神が居るなら、そういう奴に女神が居る事もあると実証されるし、居ないなら女神に対して女神候補が足りてないのでそういう奴を探し出す必要に迫られる。

 ……い、いや、仕掛け人の有能さを信じよう。もう既に出会っている奴の中にちゃんと居るはずだ!

 

「あ、あの……どうかなさいました……か……?」

「ん? ああいや別になんでもっっっ!?」

「ひぅっ!?」

 

 後ろから誰かに声を掛けられたので、振り返って返事をしたら……

 ……そこに居たのは、汐宮栞だった。

 記憶の有無に関わらず向こうから声を掛けてくるのは全く想定していなかった。

 

「ど、どうか、なさいましたか?」

「あ、いや、スマン。気にしないでくれ」

「そ、そうですか。な、何か御用があれば。お気軽にお声をお掛け、下さい」

 

 最初の台詞は後ろからかけられたものだったが、それ以降は顔を合わせての会話だ。

 それでも反応を変えないという事は……記憶は無いのか?

 ……ちょっと踏み込むぞ。

 

「あ、キミ。ちょっといいかい?」

「は、はいっ!? ……な、何でしょうか……?」

「……『ユピテルの姉妹』という言葉を知っているか?」

「ユピテル? ……ローマ神話のユピテールの事ですか?

 ………………ユピテールの妻のユノが産んだのはウルカヌスとユウェンタス。あと一応マルスも含まれるでしょうか?

 ウルカヌスもマルスも男神なので姉妹と言うよりは兄弟なのでは……」

「……よくそんなスラスラと出て来るな」

「えっ、あっ、ご、ごめんなさいっ!」

「いや、責めてるわけじゃない。分かった。ありがとう」

「は、はい……では、失礼します……」

 

 栞の奴、随分と喋れるようになったんだな。

 しかし、顔色を変えずにあれだけ喋っていたとなると……

 

「記憶……無さそうだね」

「女神候補の数に対して女神の数が飽和したな。

 ……なぁ中川。お前本当に大丈夫だよな?」

「疑いたくなる気持ちは凄く良く理解できるけど、それでも答えは変わらないよ」

「……スマン。仮に居て何らかの事情で隠してるとしてもこのくらいでは明かさないよな」

「本当に居ないんだけどなぁ……」

「まあいい。飽和しているという事は逆に言えば残りの女神候補にはほぼ間違いなく女神が居るって事だ。

 歩美と美生、あとアポロの攻略を進めていくとしよう」

「……そうだね。次は美生さんの所?」

「そうなるな」

 

 結によれば、放課後はここの近くのパン屋でバイトをしているらしい。

 記憶がある事が確認できたら、早速攻略に取りかかるとしよう。

 攻略の影響で多少の性格が変わったとしても、その本質が大きく変化するわけではない。

 『ツンデレ』の攻略テンプレートは確立されている。気負わずに行こう。







 栞が語った神話はウィキペディアから拾ってきました。
 ユピテル(男神)の妻がユノ(女神)。
 そのユノがユピテルとの間に産んだのがウルカヌス(男神)とユウェンタス(女神)。
 あと、花の女神フローラから貰った魔法の花で単独で妊娠して産んだ子がマルス(男神)。
 こんな感じらしいです。
 あの人が理事長をやってる舞島学園の図書館なら神話関係の本はそこらの図書館よりも充実していそうなので栞ならきっと読み込んでるハズ。


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11 1日目の終わり

 美生さんがバイトをしているパン屋『パンの笛』は学校に程近い場所にある店だ。

 そこのパンは値段の割には美味しいらしい。流石にオムそばパンほどじゃないけど。

 あと、まかないが出たり売れ残りのパンを持ち帰る事もできて経済的に嬉しいそうだ。

 

「……結さんはそんな風に言ってたよ」

「ほ~、万札未満の金の存在を認めてなかった美生がねぇ。立派に貧乏人やってるんだな」

「貶してるようにしか聞こえないのに褒め言葉なんだよねそれ……」

「日本語って奥深いよな」

「そういう問題なのかなぁ……」

 

 と、とにかく、近い場所なので少し歩くだけで目的の店に到着した。

 そして、美生さんもあっさりと見つかった。

 学校の制服の代わりにお店の制服を身に纏い、いつも履いてた上げ底靴じゃなくて普通の靴を履いてるみたいだ。

 

「……やぁ、青山。久しぶりだな!」

「え? あ、あんたっ!! えっと……そうだ、桂木、桂木じゃないの! 久しぶりね!」

 

 はい、真っ黒だね。これでもし居なかったらどうしようと思ってたよ。既に飽和してるのに。

 美生さんは恋愛を使って攻略したわけじゃないから妙な探り合いなんてすっ飛ばして普通に話せる。

 恋愛を使っていないせいで女神が居たとしても復活してないんじゃないかっていう懸念もあったけど……どうやら大丈夫だったみたいだ。家族愛の力か、あるいは結さんとの友情の力だろうか?

 

「お前の親父さんに線香を上げさせてもらった時以来だな。元気にしてたか」

「当然よ。この私を誰だと思ってるの」

「う~ん、誇れる父親を持った可愛い女の子って所だね」

「か、かわっ!? な、何真顔で言ってんのよ!!」

「だって事実だし」

「っ~~~~! そ、それより、一体何しに来たのよ!

 用が無いならサッサと帰りなさい! 仕事中だから!」

「実を言うと、たまたま近くを通ったから寄ってみただけで特に用事は無かった」

「? 何か気になる言い方ね」

「ああ。たった今できたよ。

 青山美生、僕は君に恋してしまったようだ」

 

 桂馬くん曰く、攻撃的なツンキャラは意外と打たれ弱い。

 だから、出会い頭に告白をかますのがセオリーだそうだ。

 もう既に会ってる相手に出会いも何もないけど……多少変則的な攻略になったとしても落とし神様ならきっと乗り越えてくれるだろう。

 

「……は、はい?」

「……そういう事だから。じゃあな」

「……えっ、あ、ちょ、ちょっと、待ちなさい! 桂木ぃぃぃ!!!」

 

 これで、美生さん攻略の下準備が終わった。今後、堂々と美生さんを攻略できるね。

 あとは歩美さんか。一応桂馬くんには作戦があるらしいけど、動くのはまた明日からだ。

 今日はもう帰宅して明日以降の行動の準備を整えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちが家に帰って休憩しているとハクアさんが帰ってきた。

 

「ただいまー」

「あ、お帰りハクアさん。大丈夫だった?」

「ええ。特に何も無かったわ。流石に学校の中まで警戒するのはやりすぎかしらね?」

「その台詞、警戒の手を緩めた瞬間に襲われるフラグにしか聞こえないよ……」

「? 意味がよく分かんないけど……ほどほどに警戒しておくわね」

 

 学校内にはリミュエルさんも居るからそうそう何か起こるとは思えないけど……やっぱり警戒しておくに越したことは無い。

 ……もしかするとハクアさんはこのまま麻美さん護衛要員になるかもね。アポロを攻略するとなると今日みたいな事は頻発しそうだし。

 

「あれ? 桂木は何やってるの?」

「部屋で明日の計画を立ててるみたいだよ。

 何か、『一斉下校イベント』だってさ」

「一斉下校? つまり、一緒に帰るって事?

 そんな事して何の意味があるのよ」

「フン、これだから素人は」

「ひゃっ!?」

 

 桂馬くんがハクアさんの背後に立っていた。

 一体いつの間に部屋から出たんだろう……

 

「な、なな何よ突然!」

「下校イベントの重要性を知らぬとはな。愚かだな」

「え、重要性も何も、ただ一緒に帰るだけよね?」

「フッ、その程度の事しか言えんのか。

 ……中川、説明してやってくれ」

「…………一緒に下校するっていうのはある種のプチデートだよね。2人っきりの一緒の時間を共有するんだから。

 それに、下校自体は大抵の人は誰もがいつもやってる事だから、その時に一緒に付いていくだけなら行動を起こす時のハードルもかなり低い。

 普通のデートとかと比べると恋に落とす効果はやや劣るかもしれないけど、費用対効果っていう意味ではかなり優秀なイベントなんじゃないかな」

「……まぁ、そんな所だ」

 

 桂馬くんがやや不満そうに見えるのは決して気のせいではないだろう。

 私に女神はホントに居ないんだけどなぁ……居たら嬉しいけどさ。

 

「そう言われると何か凄く思えてきたけど……でも、それって全員同時にやるの? 何人も集まってそれやったら意味なくない?」

「フッ、誰が同時にやるなどと言った。勿論このイベントは別々に行う」

「……お前、一体何回下校する気なのよ」

「3回……いや、4回になるな。普通に帰る分も含めて」

「……下校ってどういう意味だったかしらね……」

 

 桂馬くんなら女子を攻略する為なら言葉の定義くらいは簡単にねじ曲げるだろうね。

 落とし神の名は伊達じゃないよ。

 

「じゃ、飯にするか。中川、もうできてるか?」

「うん、バッチリだよ~」

「え、もう料理できてるのね。せっかくだから私が作ってあげようと思ってたのに」

「いや~、流石にお客さんに作らせるわけにはいかないよ」

「そういうお前も名目上は居候だったよな……?」

「そこは……ホラ、家賃代わりっていうコトで」

「だったらなおさら私も作るわよ。明日は楽しみにしてなさい。とびっきり美味しい料理を作ってあげるから!」

 

 

 

 ……こんな感じで、女神捜索1日目は終わった。明日からはいよいよ本格的な攻略になる。

 私にはちょっとしたお手伝いくらいしかできないけど……頼んだよ。桂馬くん。







 本話を書き終えた後に『結が美生に写真付きで桂馬の事を説明していたパターン』を思いついてしまいました……
 まぁ、その後桂馬がすぐに仏壇に線香を上げた時の事について言及しているので大丈夫でしょう。モノローグでの断定のタイミングがやや早かったのはかのんの早とちりって事で。そもそも飽和しているからまず間違いなく居る場所ですし。



 フィ(ryさんの尋問風景も描写すべきなんでしょうけど、何かもう面ど……げふんげふん、どうせ適当におちょくってるだけなのでカットです。
 ただ、どうしてかのんを狙ったかくらいはもう引き出しているはずなのでこの場でダイジェストでお届けします。


桂馬『しっかしお前も災難だったな。女神を狙って暗殺魔法を使ったってのに新悪魔に庇われて、しかもどっちもピンピンしてるんだもんな』
フィ「全くよ! どうしてこの私がエルシィなんかに邪魔されなきゃならないのよ!!」
桂馬(……女神を狙ったって部分は完全にスルーされたな。
   という事は少なくともあの時のコイツはかのんの事を女神だと思い込んでたわけだ。
   『かのんが女神持ちでない』と仮定するなら……)
桂馬『そう言えば、あのセンサーは中々興味深いものだった。女神の発する理力を感知するセンサーとは。正統悪魔社もなかなかやるじゃないか』
フィ「え、ええ! その通りよ! 正統悪魔社の仲間が来てくれればお前なんて一捻りよ!! 謝るなら今のうちだからね!」
桂馬(センサーなんてあったのか。個人の力じゃなくて何かの道具を使ってるんじゃないかとカマをかけてみたわけだが、見事に成功したようだ。
   それはさておき、流石に現場の下っ端じゃあセンサーの原理までは知らないか)

  (結論は……
   『かのんの理力を感知して女神だと勘違いをした』
   ……そんな所か。
   正真正銘、『女神のセンサー』だと断定できていたらかのんに女神が居るかハッキリ分かったんだが……まぁ、仕方ないか)

フィ「ちょっと、聞いてるの!? もしもーし!!」


 こんな感じで。原作に出ていた『女神センサー』は『理力センサー』という事にしておきます。


 連続更新は今度こそストップです。
 キリの良い所まで書けたらまた上げます。
 最近忙しいのでどれくらいかかるかは分かりませんが……次回もお楽しみに。


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女神編 ~evolution~
12 放置の理由


下校イベント終了まで書けたので投下します。




  ……女神攻略2日目 昼休み……

 

 歩美は、ほぼ間違いなく女神が居る位置だ。

 僕との関係性という意味でも、現状で女神数が飽和しているという意味でも、女神が居る確立は極めて高い。

 それに加えてもう一つ、決定的な理由がある。

 それは『ドクロウ室長の指示でエルシィが最初に持ってきた攻略対象だから』だ。

 僕と確実に出会う位置だ。ドクロウ室長が仕掛け人なら確実に女神を入れるだろう。

 

 さて、そんな歩美の攻略だが、最初にどういったイベントを仕掛けるかは結構迷った。

 歩美を攻略してから既に4ヶ月近く経過している。そんな相手に今更近付いて口説くという行動の理由付けをどうするべきかとな。

 で、結局どうするかと言うと……丁度来たようだ。実際にお見せしよう。

 

「こんな所に呼び出して、今更何の用?」

 

 歩美が不機嫌そうに訊ねてくる。

 歩美には事前にエルシィ(かのん)経由で手紙を出しておいた。

 内容としては『4ヶ月ほど前、あの大会の前日にあった事について話したい事がある』という直球なものだ。

 そんな手紙でわざわざこの場所(屋上)までやってきたという事は記憶がある証拠……にはならないな。部長からの謎の手紙を断れなかったという可能性もある。

 まぁ、『今更』って言ってるから記憶はあるっぽいな。

 

 さて、僕がやるべき事、それは……謝罪だ。

 

「その……すまなかった!」

「……は?」

「実に奇妙と言うか、信じられないような話なんだけど……僕はあの日の事をつい最近まで忘れてたんだ!」

「はあっっっ!?」

 

 こんな筋書きを用意してみた。

 普通に考えたらキスまでした相手の事を忘れるなど有り得ないのだが……歩美にはそんな有り得ない経験に凄く心当たりがあるだろう。信じ込ませる事は、可能だ。

 

「……そうだよな。こんなバカな話、信じてはくれないよな。

 ごめん。こんな話に時間を取らせちゃって」

「い、いやいやいや、し、信じないとは言ってないわよ?

 で、でも……えぇぇ……?」

 

 具体的な事は何一つ言っていないのに会話が成立している。

 記憶はちゃんとあるようだな。

 

「ハハッ、無理はしなくていいよ。

 あれだけの事があったのに忘れるなんて、そんな薄情な人間は僕くらいしか居ないだろうからさ」

「そ、そそそうよね! もももちろん忘れてなんて無かったわよ?」

「うん? どうしたの? そんなに慌てて」

「な、何でもないわよ!!」

「……まあいいや。

 今更だけどさ。その……何て言えばいいのか……その……」

「な、何よ。サッサと言いなさいよ!」

「その……僕は……君の事が……」

 

 僕が台詞を言い切る直前に、屋上のドアが勢いよく開いた。

 

「もー、神に~さまったら探しましたよ! 今日はオムそばパンを奢ってくれるって約束だったじゃないですか。

 さぁ急ぎましょ~!」

「ちょ、待てエルシィ! 今大事な所!!」

「そうやって言い訳するのはよくありませんよ神様!

 あれ? 歩美さんも居たんですね。どうしたんですかこんな所で」

「え? ええっと……ちょ、ちょっと散歩にね」

「こんな所に散歩ですか……?」

「そ、そうよ。散歩よ!」

「そうですか~。それじゃあ失礼しますね~」

「待てエルシィ! この、放せぇぇぇぇぇ…………」

 

 

 こうして、エルシィに引っ張られて僕は屋上からフェードアウトした。

 計画通りに。

 

 

「お疲れさま桂馬くん。迫真の演技だったね」

「そういうお前のエルシィの演技も凄まじいけどな。これで声と外見も一緒だったら見抜ける自信が無いぞ」

「エルシィさんの場合は演じやすいっていうのもあるけどね。

 それはさておき、これで歩美さんと一緒に下校する下準備が整ったね」

「ああ。その通りだ。美生も大丈夫だから、あとはアポロだな」

「そっちも大丈夫だよ。さっき麻美さんと話しておいたから」

 

 

 

 

  ……数分前……

 

「麻美さーん!」

「え、えっと……エリーさん。今日もお昼は集まるの?」

「いえ、お昼は大丈夫です!

 ただ、放課後の予定は空けておいてください!」

「……普通の口調でも大丈夫だよ? と言うか普通の口調でお願いします。何か混乱するから……」

「え、そう? 分かった」

「これはこれで違和感が……さっきよりはマシかなぁ。

 それで、放課後に何かするの?」

「うん! アポロさんと桂馬くんを一緒に下校させて仲良くさせる作戦だよ~」

『あやつ、まだ諦めておらんかったのか!?』

「勿論だよ。だって神様だよ?」

『あやつは人間じゃろうに……当然却下じゃ! のぅ、麻美よ』

「……放課後の予定は空けておくね」

『ちょっ!?』

「……アポロもたまには、からかわれる方になってみるといいよ」

『根に持っておったのか!? す、済まんかった。この通り謝るから……麻美ぃぃぃ!!!』

 

 

  ………………

 

 

 

「……って感じで」

「……あいつ、神を名乗ってる割には僕よりも人間らしい気がするんだが……」

「……気のせいじゃないかな」

 

 まぁ、超然としてる神っぽい奴よりもポンコツな女神の方が攻略しやすいからむしろ有難いけどな。

 しっかし、麻美も女神には振り回されてるんだなぁ。この件が終わっても麻美とは普通に仲良くやれそうな気がするよ。

 

「ひとまず、放課後まで待つか」

「その前に麻美さんに大体の時間を連絡してあげて。部活との兼ね合いとかもあるみたいだし」

「分かった。

 予定としてはまずは美生を店まで送って、歩美は……部活次第か。確か、舞校祭の関係で陸上はしばらく休んでるんだっけか?」

「軽音部としてライブに出るらしいからね。今はそっちの方に専念してるみたい。

 ああ、そう言えば昨日は怒られちゃったよ。こんな時にサボるなーって」

「すっかり忘れてたな……まあいい。

 お前なら終了時刻を多少はいじれるよな? アポロとの下校が終わるまで頑張って長引かせてくれ。

 部活に関係ない話で引き止めても構わんしな」

「分かった。そっちは任せたよ」

「ああ、任せろ」

 

 そんな感じで、美生、アポロ、歩美の順にこなしていく事になった。

 時間のやりくりが少々厄介だが、ハクアに頼めば移動は楽ちんだ。どうとでもなるだろう。







 最初は歩美に女神が居ない展開(今除外されてる他の誰かに女神が居るパターン)も検討していましたが、本話冒頭で語った理由によりまず間違いなく居ると判断して没になりました。
 一応、居ても大丈夫なように描写していたつもりですが……もうちょい前からちゃんとした伏線を張っとけば良かったです。


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13 ツンデレ

  ……放課後……

 

 美生は毎日可能な限り早く学校を出てバイトに向かうらしい。少しでもお金を稼ぐ為だろうな。

 その美生よりも先に校門に辿り着かなければ……イベントは失敗する。

 なので……全力疾走だ!

 

 

 

 

 

 

「あいつ、あんなに急いで飛び出して、どうしたんだろ」

 

 ダッシュで飛び出した桂馬くんを見送っていたらちひろさんがそんな事をボソリと呟いた。

 

「さ~。神様がおかしいのはいつもの事なので、気にしてても仕方ないでしょう」

「それもそうだな~。よしエリー今日こそ特訓だ!」

「お~!」

 

 あくまでも大まかな予定だけど、下校イベントは1人1時間を予定しているらしい。

 つまり、歩美さんを2時間ほど足止めしておけば大丈夫だ。

 

「歩美さ~ん。行きましょ~!」

「あ、うん……

 ……エリー、あのさ……」

「どうかなさいましたか?」

「……いや、ゴメン。やっぱり何でもない」

 

 桂馬くんの事で何か聞きたかったのかな? お昼に私が会話をぶった切ってからまだ話せてないもんね。

 

「神様の事だったらきっと大丈夫ですよ。色々とおかしな所もありますけど、理屈の合わない事はしませんから」

「え? い、いや、べ、別に桂木の事を気にしてたわけじゃないわよ? ただ、何というかその……」

 

「お~い。早く移動するぞ~! 結を待たせるな~」

 

「あ、今行きまーす!

 歩美さん、行きましょ~!」

「そ、そうね。そうしましょう」

 

 

 女神の攻略で私に直接できる事なんて殆ど無いから。

 頼んだよ。桂馬くん。

 

 

 

 

 

  で!

 

 

 

 

 

「ゼェ、ハァ……や、やあ。君と一緒に帰ろうと思って、ま、待ってたんだ」

「…………そんな台詞を吐くヒマがあったら先に息を整えなさい。この息切れ庶民」

 

 何とか美生よりも先に校門に辿り着いたわけだが、息を整える間もなく美生がやってきたので用意しておいた台詞をひねり出した所だ。

 くそっ、ゲームだったらこんな風に息切れするなんて事はまず無いのに。現実(リアル)はクソゲーだ!

 

「それに、私はこれから帰るんじゃなくてバイト先に向かうの。

 帰りたかったら1人で帰りなさい」

「そ、それじゃあ、店まで送るよ」

「結構よ。毎日1人で歩いてる道だもの。送られるまでもないわ」

 

 最初の台詞が息切れしていたせいか思ったより反応が悪い……ように見えた。

 だが、案ずることは無かった。美生はツンデレだ。

 

「ただまぁ……勝手に付いてくるなら好きにしなさい。そこにまで文句を言う気は無いわ」

「……そうか。ありがとな、美生」

「か、勘違いするんじゃないわよ! あんたにはその……借りがあるから。仕方なく、仕方なくよ!」

「そうか……ありがとな」

「だからぁ!! って言うかあんた分かってて言ってるでしょ!! 勝手に付いてくるだけでお礼なんて言ってるんじゃないわよ!!」

「ハハハ、ほら、バイトがあるんだろう? 行こう」

「むぐぐぐぐ……相っ変わらず食えない奴ね……はぁ、行くわよ!」

 

 僕が勝手に付いていくだけ……なんてツッコミを入れても無限ループになるだけだな。

 大人しく付いていくとしよう。

 

 

 

 

 下校イベントにおいて、と言うより大体のイベントにおいては会話の内容よりも会話をする事自体が重要だ。

 勿論、避けなければならない話題は存在するが……心に地雷(スキマ)を抱えている相手ならまだしも、解消済みの美生が相手ならそこまで気を付ける必要は無いだろう。

 

「バイトの方は順調かい?」

「ええ。まあね。最初の方は色々手間取ったけど、うまい事やれてるわ」

「そうかい。それは良かったよ」

 

 あの美生がバイトをしていると聞いた時は大丈夫なのかと思ったものだが……少なくとも本人の主観では大丈夫なようだ。

 まぁ、数週間やっててクビになってないって事は大丈夫なんだろう。多分。

 

「生活が苦しいから、私も頑張らないといけないのよ。

 今はただのバイトしかできないけど、いつか絶対にパパの会社を再興してやるんだから!」

「ほぅ、大きく出たな。なかなかに大それた目標だ」

「何よ。どうせ無理だとでも言うつもり?」

「まさか。極めて困難である事は否定しないが、不可能だと言うつもりは毛頭無い。

 挑み続ける限り、いつか必ず道は開ける。

 そして、君の信念が折れない限りは、きっと挑み続けるんだろう」

「ややこしい言い回しをするわね……それって励ましてるの?」

「まあそうなるか。

 僕にできる事であれば遠慮なく頼ってくれ。

 とは言っても、僕にできる事はせいぜい相談相手になる事くらいだが」

「あんたがそういう事言うとその『相談』だけで何でも解決しそうね……」

「……それは、一応高く評価されていると受け取っていいのか?」

「……そうね。あんたのおかげで結と仲直りもできたから。

 そういう交渉事に凄く強いのは理解してるわ」

「それは光栄だな。

 ……おや? もう店に着いてしまったか」

 

 話していたらいつの間にか店の前まで着いていた。

 仕方がない事とはいえ近いな。少々時間が足りなかった気もするが、今回の下校イベントは及第点と言った所か。好感度は3ほど上がったな。

 

「……それじゃ、またね」

「ああ。

 あ、そうだ。愛してるぞ美生」

「っっっっ!? と、ととと突然何言ってるのよ!!」

「言ってみたかっただけだ」

「ば、バカな事言ってるんじゃないわよ!!

 大体ね、今は忙しいのよ!! 今はあんたなんかと付き合ってる暇は無いわよ!!!」

「それもそうだな。

 ただ、忘れないでくれ。僕は君の味方だって事を」

「あーもう!! サッサと自分の家に帰りなさい!! このスットコ庶民!!!」

 

 さっきのリザルトは訂正しよう。好感度+6って所だな。

 そんな感じで美生に追い払われた僕はすぐ近くの角を曲がって店から見えない位置まで移動した。

 

「ふぅ、ハクア~、居るか~?」

「ええ。居るわよ。よくもあんな台詞を真顔で言えるわね」

「まぁ、その辺は慣れだな。あと、キャラを演じているっていうのもある。

 美生にとっての桂木桂馬はクールで掴み所のないキャラだからな」

「……よくやるわね。ホント」

「次はアポロだ。いったん学校に戻るぞ。

 ハクア、頼む」

「はいはいっと。悪魔使いが荒いわねぇ」

 

 働いてるのは主に羽衣さんなんじゃないかという事は黙っておこう。

 とりあえず、運ばれている間に麻美に連絡するか。



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14 しりょのめがみ様

何か投稿時間をミスってたみたいですね。今日の15時に誤って投稿したものの再投稿になります。ゴメンナサイ。




 学校に戻るとかのんの手でアポロがぐるぐる巻きにされていた。

 

「放せー! 放すのじゃー!!」

「一体何があったのかは……聞くまでも無さそうだな」

「あ、桂馬くんお帰り。

 アポロさんが逃げ出そうとしてたんで追いかけて捕まえておいたよ~」

『ごめん桂馬君。頑張って抵抗はしたんだけど……』

「女神が本気で抵抗したらそりゃそうなるか」

 

 むしろ羽衣さんの力があるとはいえ拘束できてるかのんの方が異常だ。

 

「それじゃ、私は戻るね。軽音部の方をちょっと抜け出してるから」

「あれ? そう言えばお前、どうやってこいつが逃げ出そうとしてるのを見つけたんだ?」

「どうしても抵抗できなかったら呼んでって麻美さんに言っておいたから」

 

 メールの文面を予め書いておいて、緊急時に送信ボタンを押すくらいならなんとかなったのか。

 何はともあれ、よくやってくれた。

 

「じゃ、アポロ。一緒に帰るぞ」

「嫌じゃ! どうして妾がお主の思惑に付き合ってやらねばならぬのじゃ!!」

 

 どうしてこう嫌がるかねぇ。

 エルシィ助ける為に麻美と付き合えって言ったのはお前だろうに。

 その辺を突いて理詰めで説得する事もできるが……これから下校イベントやろうって時にそんな悪印象を与える事はしたくない。

 好きと嫌いは変換可能ではあるが、それは主に感情面に使われる話だ。理詰めで感情を押し殺させた後に簡単に変換できるものではない。

 そういうわけだから、別の方法で行こう。

 

「つまり、お前は自信が無いわけか」

「なんじゃと?」

「だってそうだろ? 僕と恋愛関係になるのが嫌だって事は、僕を恐れている事に他ならない」

「どうしてそうなるのじゃ!!」

「お前が人間には恋なんてしないと言うなら、サッサと僕と帰る事だ。僕が横で何か言っても聞き流せばいいだろ?

 自信が無いっていうわけじゃないなら一緒に帰ってくれないか? 時間の無駄だ」

「むぐぐぐぐ……分かった。一緒に帰ってやろう。

 ただ、妾がお主を好きになるなどあり得んからな!!」

 

 雑な挑発だったが、うまい事行ったようだ。

 さて、帰るとするか。

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、麻美っていつも下校時は誰かと一緒に帰ったりしないのか?」

「…………」

「おーいアポロ。お前に訊いてるんだが?」

「…………」

「……この道ってどっちだっけ?」

「…………」無言で指さす

 

 何か言えよ!!

 いやまぁ、聞き流せと言ったのは僕なんだが……

 つい先ほど『下校イベントに会話の内容はあまり関係ない』とは言ったが、そもそも会話しないというのは流石にアウトだ。

 少々強引にでも『会話』に持ち込まねば。

 

「……アポロ、愛してる」

「っ! …………」

「お前の明るい性格が好きだ。

 その輝くような笑顔が好きだ。

 そしてその……」

「分かった! 無視した妾が悪かったから! その口を閉じるのじゃ!!」

「ん? 何の事だ? 僕は思った事をふと口にしたくなっただけだが」

「嘘じゃよな!? 色んな意味で嘘じゃよな!?

 内容も動機も嘘じゃよな!?」

「人聞きの悪い事を言うなよ。

 まぁ、確かに嘘だが」

「やっぱり嘘ではないか!!!」

 

 良い感じだ。ようやく会話になった。

 ところで、攻略においてしばしば『下げてから上げる』という言葉が使われる。

 ギャップ萌えもこれの一種だな。

 人というものは単純な想いの強さよりもその落差の方が印象に残るものだ。

 

「まあ聞け。さっき言ったのは完全に嘘というわけでもない。

 それに……僕が遭遇した女神の中ではお前と居るのが一番安心できる」

「……どうせまた口先だけのでまかせじゃろう?」

「いや、これは紛れもない本心だ。

 例えばミネルヴァ……エルシィは色々とヒドい。今倒れてる奴の事をあんまり悪く言いたくは無いが……それでもヒド過ぎる。

 決して悪意があるわけじゃないんだが、やる気が空回りしてるせいで家を1軒ぶっ壊したり台所を爆発させたり……

 数か月の付き合いで何とか未然に防げるようにはなったが、防げない場合も多い。可能なら地獄に送り返したいよ。いや、天界か?」

「うむむむ……昔はそのような奴では無かったはずなのじゃが……」

「300年で性格が変わったか、もしくは記憶の封印でもされてるのかもな。

 で、ディアナの方だが……事あるごとに僕と天理をくっつけたがるし、適当にあしらおうとすると本人が出てきて物理的手段に出ようとするからな。

 暴力系ヒロインが許されるのは2D世界だけだって話だよ」

「何と言うか……妹がすまぬ」

「謝る事は無いさ。向うの言い分も理解はできるからな。

 納得するかは別問題だが」

 

 そう言えば、エルシィが刺された時に仕方なかったとはいえかのんと同居している事を明かしてしまったな。

 ディアナが突撃してこないという事は、今が緊急事態だから自重しているのか、それとも事情を知っていた天理が上手く抑えてくれているのか……

 ……後で爆弾処理する事になるんだろうなぁ。

 

「そいつらに比べてお前は無理に麻美をくっつけようとはしないし、トラブルを起こすような事もせず、ちょくちょく助言をしてくれる。

 他の2名がヒド過ぎるという面もあるが……やっぱりお前が一番だな」

「…………」

「それに…………あ、もう家か。じゃあな」

 

 元々このタイミングで切るつもりだったが、都合よく麻美の家に辿り着いたのでそれを口実に会話を打ち切った。

 

「そこまで言っておいてそれは無かろう!! 今! 言うのじゃ!!」

「じゃ、また明日な」

「待てぃ! 桂木ぃぃぃ!!!」

 

 そんなアポロの叫びは無視して適当な角を曲がる。

 急いでハクアを呼んで離脱を試みるが、それほど急ぐ必要はすぐに無くなった。

 

「あ、おねーちゃんお帰り~」

「むぅっ、い、郁美か。ただいまなのじゃ」

 

 アポロの叫び(麻美の声)を聞きつけた妹が家から出てきたようだ。

 

「あ、また例のキャラ作り? 上手いね~。

 さっき何か叫んでたけど、桂木君が居たの?」

「そ、そうじゃよ」

「ひょっとして、下校デートってやつ? うわ~、うらやましいなぁ~。

 最近全然桂木君の話を聞かなかったから妹として心配してたんだよ」

「で、でぇと!? い、いや、これはただ単に一緒に帰っただけで……」

「それを普通はデートって言うんだよ。

 この様子だと他にも色々やってそうだね。キリキリ吐いてもらうよお姉ちゃん!」

「いや、あの、その……麻美! 助けてほしいのじゃ!!」

「あっはっはっ、何言ってるの麻美お姉ちゃん」

 

 

 ……そんな感じで家の中にまで引っ張られていった。

 吉野郁美、麻美の双子の妹だ。久しぶりに見たな。

 と言うか、郁美の中ではアポロの存在は何者になってるんだ……?

 まぁ、問題が出てないならいいか。

 

「ハクア。帰るぞ」

「はいはいっと。アレって放っておいて大丈夫なんでしょうね?」

「大丈夫だろう。万が一女神の事を漏らしても郁美なら多分大丈夫だろうし」

 

 次は歩美だ。昼の会話の続きをこなしていこう。







 うちのアポロさんが半ばオリキャラと化してる気がする。
 あと、郁美さんも久しぶりの再登場。彼女の中でアポロさんがどうなってるのかは謎。

 今回の話を書いててふと思い出したけど、アポロ編6話の『失敗?』で桂馬が「どっかの女神《供》よりは数倍マシ」とわざわざ複数形で言っていたのに気づいた人はどれだけ居たのだろうか?


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15 その頃の軽音部

 桂馬くんが下校イベントに勤しんでいる頃、私はエルシィさんとしてバンドの練習に参加していた。

 

「エリー、何か凄く上手くなってない?」

「え、そうですかぁ?」

「ああ。なあ結?」

「……ええ。見違えるようです。今までの演奏は複数のミスが奇跡的なバランスで発生していたので結果的にまともな範疇に収まっているという心臓に悪い極めて不安定な状態でしたが、今日のエリーさんは極めて実直に平均値を叩き出しています。

 素晴らしい進歩です。1人で特訓でもしていたのですか?」

「は、はい~。そうなんです。頑張って特訓しました~」

 

 普段は一体どんな演奏をしてるんだろうエルシィさんは。

 結さんにそこまで言わせる演奏なんて、逆に聞いてみたいよ。

 

「それはそうと、歩美さん? どこか調子が悪いのですか?」

「え? ど、どうして……?」

「いつも若干テンポの早い歩美さんのギターが今日は普通ですよ? 調子が悪いのであれば無理はしないで下さい」

「言いたい事は分かるけど、普通のテンポって良い事なんじゃないの……?」

「クセの無い普通の曲が聞きたいならCDで十分です。あまりにも大きなミスはまだしも、それくらいの個性はあって然るべきでしょう。

 それが生の演奏の醍醐味というものです」

「結はあいっ変わらずムチャクチャな要求をするなぁ……

 まぁ要するに、全力で頑張りましょーって事だよね?」

「ええ。そういう事です。ですが……ひとまずキリも良いので少し休憩にしましょうか。

 常に全力ではバテてしまいますから」

 

 結さんのそんな言葉を聞いて皆が一旦楽器を下ろす。京さんと結さんはそれぞれキーボードとドラムだから最初から床に置いてあるけどね。

 歩美さんの不調の原因は桂馬くんだよね。エルシィさんの為にも何とか舞校祭までに決着を付けたい。

 

「……エリーさん、少々よろしいでしょうか?」

「え? はい。なんですか?」

「ここでは話しにくいので、付いてきてください」

「? は~い!」

 

 教室を出た結さんの後に付いていく。

 近くの階段を上り、屋上への扉の手前で立ち止まった。

 そして、結さんからこんな言葉が放たれた。

 

「単刀直入にお訊ねします。あなたは誰ですか?」

 

 ……そっかぁ。そりゃあバレないわけないよね。

 エルシィさんの態度を演じる事はできても実力を演じる事は不可能だ。

 しかし、根拠はおそらくそれだけだろう。シラを切る事も可能ではある。

 

「ど、どうしたんですか突然」

「あなたが誰なのかまでは分かりませんが、エリーさんでない事だけは分かります。

 一周回って逆に天才なんじゃないかと思えるあの音楽が跡形も無いじゃないですか。

 今までも何度か違和感を感じた事はありますが、この時期に不在というのは流石に看過できません」

 

 どうやら完全に疑われているようだ。否定した所で疑惑は拭えそうにない。

 どうしようかな。結さんは女神が居ないと思われている場所だ。私自身が記憶の有無を確認したんだから間違い無い。

 攻略の必要が無いからある程度の事情を、いや、何なら全部の事情をぶちまけても誰かに言いふらしたりしなければ問題は発生しない。

 

 うん、問題は無い。でも、わざわざ言う必要性もやっぱり感じない。

 疑われていても多少動きにくくなるだけで全く身動きできなくなるわけじゃない。

 明かしてしまうメリットとデメリットの吊り合い、私に判断するのは難しそうだ。

 どうするべきか……だったら、一つだけ試してみよう。

 

「私が私じゃないって言うのであれば、私は一体誰だって言うんですか!?」

 

 この問いの答えが分からないうちは、私と話すのではなく自分で考えてくれるだろう。

 そして、もし答えを導き出せたなら……それに敬意を表して事情の一部を伝えるとしよう。

 

「……それは私も謎でした。

 ベースを平均以上にこなす事ができ、なおかつエリーさんと入れ替われる人物。

 更に言うと、本物ソックリなので私が見たことも無い人物でしょう。

 同じ学校に通っているとも思えません。そんな人が居たら噂になっているでしょうから。」

 

 理屈は分かるけど後半は外れてるね。

 結さんもまさか錯覚魔法で変装しているとは夢にも思ってないだろう。

 

「そんな人物が居るとすれば、該当するのは1名だけです」

 

 あれ? そんな人居たっけ?

 

「そう、桂木さんとエリーさんの従妹である『西原まろん』さん。

 貴女ですね!!」

 

 ……そ、そう来たかぁ。

 確かに結さんとは会ってなかったね。攻略中を含めても会っていない。

 恐らくちひろさん辺りから従妹の存在自体は聞いていたんだろう。でも、外見に関しては特に聞いてなかったんだろうね。

 そもそもちひろさんも『西原まろん』の記憶はかなり曖昧みたいだから、外見なんて説明のしようも無い。

 肉親であれば外見は当然似てくるから、エルシィさんとそっくりの可能性もある。実際には赤の他人だから無いけどね。

 過程はかなりズレてるけど……半分ほど正解だ。

 

「どうですか!」

「……半分正解。

 分かった。説明できる範囲で説明するよ」

 

 近くに私たち以外の誰も居ない事を確認してから、錯覚魔法の切り替え……ではなく解除を行う。

 結さんが相手ならそこを隠す必要は無いだろう。どのみちエルシィさんの現状に触れるなら地獄関係の話は避けては通れない。魔法というものを直接見せた方が話はスムーズに進むだろう。

 一応、『西原まろんはエルシィのそっくりさん』という誤解をさせたまま進行する事もできるけど……それはそれで色々と面倒な事になりそうなのでここで明かしてしまう。

 

「えっ、あ、あなたはっ!?」

「夏休み明けに判子を押しに行った時以来だね。

 お久しぶり。中川かのんです」







 エルシィは一体どんな演奏をしてたんだろうか?
 自分で書いておきながら具体的にどういうミスでバランスを取っていたのかは謎です。


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16 難易度

「ど、どういう事ですか!? これは一体……」

 

 私が偽物だと見抜いた結さんもまさか錯覚魔法で変装しているとは思ってもいなかったようだ。

 と言うか、もしそんなのを想定できたらエスパーだと思う。

 

「色々と事情が複雑でね……

 しっかりと説明しようとすると凄く長くなるから、今は最低限の説明だけさせてもらうよ」

「は、はい……」

 

 今は軽音部の休憩時間だからね。長々と話す時間は無い。

 最低限の事だから……説明すべき事は1つだけだ。

 

「本物のエルシィさんについてなんだけど……一昨日、刺されたんだよ」

「刺された? 蜂にでも襲われたのですか?」

「ううん。ナイフでお腹をグサリと」

「……一大事ではないですか!!! エリーさんは無事……ではないでしょうけど、怪我の具合はどうなっているのですか!?」

「……今のところは大丈夫。何とか舞校祭までには間に合わせるよ」

「そういう意味で訊ねたのではありませんが……分かりました。

 エリーさんはサボりたくてサボっているわけではないのですね?」

「そういう事だよ。

 色々と気になる所はあるだろうけど、それはまた後でね」

「…………分かりました。今は飲み込んでおきます。

 では、そろそろ戻りましょうか。

 

 そして、結さんが階段を数段下り、それに私が続こうとした時、携帯が鳴った。

 

「あ、メール……麻美さんからだ!

 ごめん結さん! ちょっと用事ができたので遅れます!!」

「慌しいですね……って、中川さん? そっちは屋上……」

 

 ここから茶道部の部室まで行くなら屋上から飛び降りて一旦外に出た方が早い。

 錯覚魔法を張り直して、羽衣さんに透明化も頼んで……行きます!

 

 

 

 ……その後、アポロさんを捕縛して桂馬くんに引き渡した事は説明するまでも無いだろう。

 そんな作業を終えた私は再び軽音部の部室まで戻って練習を再開した。

 

 

 

 

 

 

「よっし、今日の特訓はこれで終わりだ! 皆、お疲れさま!!」

 

 キリの良い所でちひろさんが号令をかけた。

 時間は十分稼げているだろう。足りないようであれば歩美さんを引き止める必要があったけど、きっと大丈夫だ。

 

「ふぅ……それじゃ、私帰るね」

「ちょっと待って歩美! 帰りに最近リニューアルしたたい焼き屋に寄ってこうぜ!」

 

 ……アレ? 雲行きが怪しい。

 下校イベントというものは昨日私が述べたように2人っきりのプチデートだ。

 ……『2人っきりの』イベントだ。居てもさして問題ないのはせいぜい妹とかくらいだろう。

 どうにか、引き剥がせる? ちひろさんを、歩美さんから? 無茶じゃないかな。

 

「え、2人とも寄り道するの? 私も付いて行っていい?」

「勿論だとも! ねえ、歩美」

「う、うん……そうだね」

 

 京さんまで!? ヤバい。どんどん悪化してる。

 流石に2人だけを歩美さんから切り離すのは不可能だ。こうなったら私も付いて行って適当な機会を伺うしか……

 

「あ、エリーさんは残ってください。少々話があるので」

 

 結さんを振り切ってちひろさん達に付いていくという選択肢が頭に浮かんだけどすぐに却下した。

 逃亡した上に呑気にたい焼き屋なんかに行ってたらすぐに追いつかれるだけだよ。そこで何とか結さんを説得できたとしても、下校メンバーが更に増える事になる。

 それだったらなるべく迅速に事情を説明して解放してもらった方がいい。

 変装解除、早まったかなぁ……いや、あの時にシラを切っていたら結さんからの質問が1つ増えてただけか。

 ごめん桂馬くん。ハードル低いはずの下校イベントの難易度がハネ上がったけど、何とか頑張って!

 

 

 

 

 

 

 

 ……おいかのん。こんな状況になってるなんて聞いてないんだが?

 下校イベントというものは2人でしなきゃいけないものなんだよ! ゲームでは!!

 それに割り込んで良いのは妹か幼馴染みだけだ! ゲームでは!!

 そんな事はかのんも十分理解しているはずだ。攻略中にも教えたし、昨日も模範回答を答えてたからな。

 それでもかのんが居ないという事は、何か不測の事態に巻き込まれたのか?

 

(大丈夫なの? 昨日は2人きりで下校するとか言ってたわよね?)

(……少々強引だが、ちひろも京も無視だ! 居ないものとして会話を進める)

(無視って……それは可能なの?)

(知らん! だがやるしかないだろ!

 それより、中川の様子を見てきてくれないか? 何か妙な事に巻き込まれてるかもしれん)

(……分かった。大変そうだけど、頑張ってね)

 

 校舎の方へ飛び立つハクアを見送り、僕は校門の脇で歩美を待ち構える。

 そして丁度いい距離に来た所で台詞を放つ。

 

「やあ。一緒に帰ろうと思って待

「あ、桂木じゃん! そんな所に突っ立って何してんのさ」

 

 ちひろぉぉぉ!!! 現実(リアル)女子の分際で台詞を上書きするな!!

 い、いや、今更現実(リアル)の仕様にケチ付けても仕方がない。やり直しだ!

 

「……やあ。一緒に帰

「あ、そうだ! ヒマなら一緒にたい焼き屋来る? なんなら奢るぞ~」

「えっ、ち、ちひろ!? コイツも連れてくの!?」

「うん。たまにはいいでしょ。一応うちらの部長だしさ」

「それはそうだけど……み、京はどう思う?」

「まあいいんじゃない? 色々と世話になってるし」

「う、うぅぅぅ……」

 

 ……台詞を遮った事は万死に値するが、僕を誘った事だけは褒めてやろう。

 かなり不利な状況ではあるが……向こうから誘ってくれるなら歩美と2人になれるチャンスもあるだろう。

 

「そうだな。せっかくだから奢ってもらおうか」

「よっし。それじゃ、しゅっぱつしんこー」

 

 こんな大人数の下校イベントは初めてだが……やりきってやるさ。







 原作と比べて攻略人数が減って余裕が生まれたはずなのに歩美の下校イベントだけは何故か悪化しているという。
 ちひろさんを攻略しないからこそ野放しになってこういう事になるっていうね。

 最初はたいやき屋が新しくできた設定だったのですが、過去の話を読み返したらエルシィがたいやきに言及してる箇所があったので修正しました。エルシィェ……


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17 遠まわしな告白

 歩美だけでなくちひろに京も居るのを見た時は驚いたが、通常の下校イベントとの違いはそれだけだ。

 落とし神として、この程度のイベントは乗りきってやる!

 まず、歩美の気を引けるような話題を……世間話か、スポーツ関係か……

 

「ところで桂木、好きな人って居る~?」

「「っっ!?」」

 

 おいちひろテメェ!! なんてデリケートな質問をぶつけてくるんだ!!

 そういうのはもっと順序立ててだなぁ……

 

「あ、私も気になる~」

 

 何故か京まで乗ってきやがった。こいつらのキャラを考えると恋バナで盛り上がるのは割と自然な流れ……なのか?

 まあいい。ちひろだけならともかく、京まで乗ってくるとなると流れに逆らうのは大幅なロスとなる。話題の内容次第ではロス覚悟で全力で回避するべきだが、これならまぁ問題ない。ちひろが作った流れというのも気に食わんが、乗ってやるとしよう。

 まずは軽く……

 

「フッ、勿論居るに決まっているだろう!」

「っっっ!?」

「えっ、ホントに居るの!?」

「…………」

 

 僕の台詞に対する反応は綺麗に別れた。

 ビクついているのが歩美、問い返したのが京、そして妙な顔で黙り込んでるのがちひろだ。

 ちひろが少々不穏だが問題は無い。軽いジャブだからな。

 

「で、誰なの?」

「フッフッフッ、どうしても知りたいと言うならば教えてやろうじゃないか」

「いや、そこまでは言ってないけど……」

「……僕の最愛の恋人。その名も

「あ、桂木。PFP出して『この子だ!』とか言うのはナシね」

「……おい小阪。僕の行動を先読みするんじゃない」

 

 何故かちひろに先を読まれた。偉大なるよっきゅんの姿を見せつけてやろうと思ったのに。

 まぁ、よっきゅんの外見だけはヒドいからな。かのんですら見抜けなかったよっきゅんの本質をこいつら如きが見抜けるとも思えない。出さずに済んで正解だったかもな。

 

「な~んだ。ゲームの話か」

「寺田、僕は確かに『ゲームの中の恋人』の話をしたが……現実(リアル)に該当者が居ないとも言っていないぞ」

「えっ、居るの!?」

「その問いの答えはYESだ」

「えっ、本当に居るの!? 相手は誰なの!?」

 

 歩美がこの場に居る以上、『好きな人は居るのか』という問いに対して『居ない』と答えるか『歩美』と答えるかの2択と、あとは誤魔化してうやむやにするくらいしか選択肢は無い。

 長期の攻略を見据えるなら別にどう転んでも問題ないが……スピード攻略を考えるなら『歩美だと答える』の1択しか無い。

 ただ、公開告白なんてしたら色々と面倒な事になる。変な噂が流れて某ギャルゲーみたいに爆弾が爆発したりとかな。

 よって、歩美にだけ伝わるように告白するのがベスト。しかし、かのん相手ならまだしも歩美にだけ伝わるようにするのは無理がある。

 だから……こんな風にしてみようか。

 

「……よし。ではこうしようか。

 僕はYESかNOで答えられる質問に正確に答えよう。

 但し、質問できる回数を制限させてもらう。僕の気分次第でな!」

「またミョーな事考えるね。

 でも面白そう。よし、やるぞ!」

 

 ここで決定的な事を言わないように絞り込む。昼の一件もあって本人にはすぐに分かるだろう。

 

「じゃあ質問1!

 ……その彼女は本当に存在していますか? あなたの妄想の産物ではありませんか?」

「バカにしてんのか。本当に居るって言ってるだろうが」

「あっはっはっ、ジョーダンだよ。

 それじゃあ……私の知ってる人?」

「YES」

 

 『好きな人は歩美である』という仮定で回答するから当然YESだ。

 

「って事はそこそこ絞られてくるね」

「迷い無く答えてたって事は、『ちひろがその人を知っている』事もすぐに分かったって事だね。

 意外と近くに居そう。

 ……質問2。同じクラス?」

「YES。

 たった2つで大分絞られたな。次で最後にしろ」

「え~、もうちょいいいじゃん!」

「既に25人まで絞り込まれてるんだから十分だろうが」

「ん~……ちょっと相談させて」

「ああ。いくらでもするといい」

 

 僕以外の3人が集まって相談を始めた。

 最後の質問で誰かに『好きな人は歩美か』とか言われたら計算が狂うが……この状況なら歩美をピンポイントで狙う質問ができるのは歩美本人だけだろうし、この連中の前で堂々と質問するような性格でもない。

 3人で相談して最後の質問をするのであればせいぜい……

 

「よし、決まったよ!

 『その人は軽音部に所属している?』

 ……どう?」

 

 やはり、その辺が来るか。

 クラスの連中で僕と関わりがあるのは軽音部の連中くらいだもんな。

 最後の回答だ。ゆっくりと、答えるとしよう。

 

「…………YESだな」

「よっし、当たった! ……で、誰なんだろう」

 

 軽音部の女子となると5人。他クラスの結と、名目上は僕の妹であるエルシィを除けば3人。

 少々絞り込みすぎたか? まぁ、1人に絞られてないなら大丈夫だろう。

 

「う~ん、って事はやっぱりかのんちゃんか」

「いや、京よ。あさみんの可能性も十分有り得るぞ」

「あ~そっか。そっちも結構有り得そう」

「…………アレ?」

「どうかした、桂木?」

「あ、いや、何でもない」

 

 麻美とかのんの事をすっかり忘れていた。

 そう言えばあいつらも軽音部だったな。一応。

 まぁ、歩美以外に誤解される分には攻略になんら影響を与える事は無いだろう。むしろ好都合かな。






 原作にあった例の噂が無いと比較的平穏にイベントをこなせます。
 ただ、波乱があった方が良イベントになる事も結構多いのでどちらの方が良かったかは微妙。安定を取るなら平穏が優勢なのかなぁ……


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18 2日目の終わり

 ちひろの案内であるいてしばらくして、件のたい焼き屋に辿り着いた。

 大型のショッピングモールであるイナズマートの一角にあるその店はあまり繁盛していないのか客は僕達以外には居なかった。

 特に並んだりする必要も無く、注文したらすぐに出てきた。

 

「桂木~。小倉で良かったよね?」

「ああ」

「あ、熱いから紙もう一枚巻いとくね」

「ん? ああ。ありがとう」

 

 京、妙な所で気が利くな。

 曲者揃いの軽音部でも苦労してるんじゃないだろうか?

 

「あ、ちょっとトイレ行ってくる」

「え~? 食べてからにしなよ」

「…………」

 

 ちひろが文句を行ってくるが、無視して2階へと向かう。

 できれば歩美も連れ出したかったが……トイレに行くという名目で連れ出すのは不可能だし、別の名目で連れ出そうとしても残り2人も一緒に来るだろう。あの2人を確実に除外できる名目は流石に考えつかなかった。

 ここまでイベントを進めたなら歩美はきっと1人で追って来るだろう。僕はそれを待つだけでいい。

 

 

 2階のトイレまで行き、ついでにトイレを済ませる。

 出てくる所で歩美が来るのが理想だが、果たして……

 

「……桂木」

 

 ……来たようだ。

 

「あんた、何を考えてるわけ?」

「……正直な所、僕にもよく分からん」

「なにそれ。意味分かんない」

「……ごめん」

「あーもう、あんたがそんなしおらしいと調子狂うわね。

 1つ質問。さっきあんたが言ってた好きな人っていうのは……その……わ、私の事なの?」

「……し、質問はさっき締め切った」

「いいから答えなさい!」

「わ、分かった。分かったよ。

 答えはYESだ」

 

 僕がそう答えると歩美は顔を真っ赤に染めた。

 その答えを想定していなかった……わけではないんだろうが、それでも刺激が強すぎたようだ。

 

「っっ~~~~、い、言っとくけど、あんたの言ってた事を信じた訳じゃないんだからね!!

 記憶が無かったなんて、そんな都合の良い言い訳をね!!」

「そりゃそうだ。僕がそっちの立場だったとしても信じられないだろう」

「で、でも……その……と、友達としてなら、付き合ってあげなくもないわよ」

「……歩美……」

「あ、歩美って呼ぶな! このバ桂木!!」

 

 大声で話してるせいか肩を上下させて息切れしている。

 アポロ相手だったら茶化すんだが、この展開でそれをやるのは悪手だろうな。見なかったことにしよう。

 

「……今日は帰るよ。こんな僕と話してくれてありがとな。

 それじゃ、また明日」

「……ええ。また明日ね」

 

 予定していた下校イベントとは少々違ったが、当初の目的は達成できただろう。

 ……帰るか。

 

「ハクア……は今は中川の方に行ってるんだったな。

 仕方ない。普通に帰るか」

 

 

 

 

 

 

 家に帰ると玄関にはいつもと比べて靴が一足多く並べられていた。

 うちの学校で指定されている女子用の靴だな。誰の靴だ?

 ……一応メールしてみるか。

 

『今帰った。客が来ているのか?』

 

 返事は10秒程で返ってきた。

 

『ゴメン、連絡遅れた。

 結さんと家に居る。

 女神の力が愛である事まで話したけど、候補のうち1人については話してない』

 

 ……そうか。結には大体の事情を話したのか。

 そうせざるを得なかった何かがあったんだろう。上手いこと味方に引き込めればそれはそれで好都合だしな。

 攻略の事は話してて……美生についてはまだ話してないって所だな。

 

 頭の中でいくつかの対応パターンのイメージを固めてから、居間への扉を開けた。

 

「あ、桂馬くん。お帰り」

「お邪魔させて頂いています」

 

 メールにもあった通り、かのんと結がそこに居た。

 

「ああ、ただいま。

 結は……エルシィの見舞いという事で良いのか?」

「そうなりますね。先ほど様子を見てきましたが……エリーさんは助かるのでしょうか?」

「勿論、助けるさ」

「流石は桂木さんです。心強い言葉ですね。安心しました。

 私にできる事があれば何なりとお申し付け下さい。エリーさんと助けたいと思っているのは私も同じですから」

「……いざとなったら頼らせてもらおう。今は騒ぎ立てずにいてくれるだけで十分に助かる」

「そうですか……では、失礼させて頂きます。何か進展があればお聞かせ下さいね?」

 

 それだけ言い残して結は去った。

 言い方は悪いが、女神の件において結は脇役に過ぎない。静かにフェードアウトしてくれるのは一番助かる対応だな。

 この場に残ったのは、僕とかのん、あとハクアだけだ。

 

「ごめん桂馬くん。結さんには話したよ」

「……お前の正体がバレたのか?」

「何言ってるのよ桂木。ただの人間に錯覚魔法が破られるわけが無いでしょ?」

「ハクアさんの言う通り錯覚魔法自体は破られなかったけど……音楽の実力差のせいでバレたよ。

 と言うか、今までも薄々勘付かれてたけど、舞校祭が近いから流石に看過できないってさ」

「お前ならエルシィのレベルに合わせる事もできたんじゃないのか?」

「……エルシィさんって、ある意味天才だと思うよ」

 

 つまり無理だったのか。下手過ぎて。

 

「そ、そうだ、攻略は上手く行ったの?」

「順調だ。女神が1名ほど行方不明なのを除けばな」

「……しつこいようだけど、私じゃないからね?」

「安心しろ。少なくともお前がそう答える事までは確定情報として捉えているから」

「内容まで確定情報にしないと意味が無いよ……

 う~ん、でも一体どこに居るんだろう?」

 

 最悪1名ほど欠けててもどうにかなる気はするが……やはり揃えておくのがベストだろう。

 昨日かのんも言っていたように、下校イベントはコスパは良いが決定力には欠ける。

 明日からは積極的に仕掛けていくとしよう。

 

「それじゃ、晩ご飯の準備でもしましょうかね。中川さん、調味料の場所とか教えてくれる?」

「……ちょっと失礼な事を訊くけど、ハクアさんってきちんと料理できるの?」

「当たり前でしょ。この私を誰だと思ってるの?」

「……じゃあ、卵焼きの調理法を答えてみて」

「バカにしてるの? 油を引いたフライパンを温めて、その上に卵を落として焼くだけでしょ?」

「……卵の種類と、落とす時の注意点は?」

「えっ? 種類……鶏の卵よね? あと落とす時の注意点って言うと……殻が入らないようにする……とか?」

「……疑ってゴメン、ハクアさん。エルシィさんの料理にロクな思い出が無いからさ……」

「……何て答えたのよ、あの子は」

 

 エルシィだったら鶏の卵を殻ごとぶち込むのか? いや、その程度では済まないか。

 何にせよ、ハクアはまともそうで良かった。







 リニューアルしたはずのたい焼き屋が繁盛してなくて大丈夫かとか突っ込んではいけない。
 実は最初は女子高生らしくクレープ屋に行くつもりだったんですが、それだとただでさえ出番の少ない京さんの見せ場がカットされてしまうので変更したという事情があったり。

京 「あ、このクレープ冷たいね。もう一枚紙を巻いてあげるよ」
桂馬「ドライアイスでも包んでるのか……?」


 とりあえず連続更新はここまでです。
 次回の投稿分でウルカヌス様かマルスさんのどっちかが出てくる……ハズ。
 通常攻略よりは手間は少ないので、そこまで時間はかからないハズですが……最近忙しいので断言はできません。気長にお待ちください。


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『創造』の女神は猛りと共に顕現す
19 登校


  ……女神攻略 3日目……

 

 学校は、イベントの宝庫だ。

 今回の女神候補がどいつもこいつも同級生で、しかも同じクラスな奴が一応3名ほど居る。学校でのイベントを極めて起こしやすい環境だ。

 まぁ、かのんに関しては女神が居ようが居まいがそこは全く関係ないんだけどな。別の名目でずっと一緒に居るんで。

 

 それはさておき……

 

 話を根本から否定するような事を言うが、だからと言って学校でのイベントにこだわるゲーマーは二流以下だ。環境はあくまでも有効に使えるなら活用するだけで、必要な時に必要な量のイベントを発生させるのが一流というものだ。

 だからこそ、今日の僕が行動を起こしたのは学校に行く前の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきます」

「いってらっしゃい、おねーちゃん!」

 

 妹の郁美に見送られて今日も学校に向かう。

 郁美は違う学校に通ってるからいつも私よりも少し遅く出発しているのだ。

 

 もうすぐ舞校祭だ。茶道部の方も少しずつ忙しくなってきている。

 桂馬君の為にも、エルシィさんの為にも、頑張って時間を作ってはいるけど……そろそろ厳しいかもしれない。

 今日もまた何かやるのかな?

 

『……麻美よ、お主、あの男の事を考えてなかったか?』

「え? うん、まぁ……」

『あやつは一体いつになったら諦めるのかのぅ。

 妾が人間如きに恋するなど有り得んのに』

「でも、昨日は楽しそうにしてたよね。郁美からの追求でも結構ドキドキしてたよね?」

『気のせいじゃ! と言うか、何であの時は助けてくれなかったのじゃ!!』

「う~ん……楽しかったから?」

『どういう意味じゃ……』

 

 何だか手のかかる妹が初恋を前にしてあたふたしているのを見ている気分だ。

 郁美はしっかりしてるし、私なんかよりもずっと社交性が高いからそういうのが一切無いんだよね。

 ……いつかは郁美も恋をするのかな? その時はどんな反応をするんだろう。

 

『ま、まあ、きっとあやつもこれで懲りたじゃろう!

 万が一また来るにしても放課後じゃろう。女神としてどっしり構えておくとしようかのう!』

「……アポロ、そういうのって、『フラグ』って言うらしいよ」

『む? 旗? どういう意味じゃ?』

「何て言えば良いのか、えっと……」

 

 

「やぁ、奇遇だね」

 

 

 本当にフラグだったみたいだ。まさかタイミングを伺っていた……わけではないか。

 

『なっ!? ど、どどどどうしてお主がここに居るのじゃ!?』

「いやぁ、適当に歩いてたらたまたまね。凄い偶然もあったものだね」

『どう考えても嘘じゃろ! どうやったら偶然ここまで来れるのじゃ!

 お主の家と麻美の家は正反対じゃよな!?』

「だから、偶然だよ偶然。ハッハッハッ」

 

 明らかに、嘘だろう。

 昨日は一緒に下校したから、今日は一緒に登校する。そういう事だろうか?

 なら、私は奥に引っ込んでおくとしよう。

 

「む? 麻美? どうしてこんな時に入れ替わるのじゃ?」

『……せっかくだから楽しんだら? デート』

「でぇとでは無いわい!! うぅぅ……妾の味方は居らんのか!!」

「いやいや、どう考えても麻美も僕も味方じゃないか。

 つまり、味方しか居ないじゃないか!!」

「お主とは今一度『味方』という言葉の意味をじっくりと話し合っておく必要がありそうじゃのう……」

「臨むところだ。歩きながらでいいか? 学校に遅刻する」

「良かろう! 徹底的に叩きのめしてやるのじゃ!!」

 

 流れるように登校デートの言質を取った……という事は言わないでおこう。アポロが反発するから。

 

 

 

 

 

 

「……つまりだ。何でもかんでも助けるのが『味方』ではない。

 困難にさしかかった時にはあえて突き放してやる事がその人の為になる事もある。

 その助けるか突き放すかの最適な比率を見極めるのは極めて難しいし、そもそも人間は勿論神にすら判断が付くかも分からんが……思考停止で助ける事が絶対的な善だと思っているような奴は論外だな」

「なるほどのぅ。そういう考え方もあるのじゃな。

 一方的に施しを与えるのでは人は成長せぬのじゃな」

「各地の神話にも通じるものはあるな。どれだけ正確かは知らんが」

「うぅむ、為になる話じゃった」

 

 何か真面目な話をしているうちに学校に付いた。

 これってデートだったのかな……?

 いや、昨日郁美も言っていた。その2人がデートだと思えばデートになるって!

 昨日の郁美みたいに、私も頑張ってみよう。

 

『アポロ。デートは楽しかった?』

「なぬっ!? で、でぇとではないわい! ただ話し合ってただけじゃ!!」

『いや、どう見てもデートだったよ。ねぇ桂馬君』

「僕はそのつもりだったが……そうか、アポロはこの程度では満足しないか。

 では次はもっと凄い事を……」

「す、凄い事? 一体何じゃ……?」

「聞きたいか? 本当に聞きたいのか? 後悔しないか?」

「わ、分かった。でぇとじゃったという事にしておこう!

 じゃから妙な考えは止しておくのじゃ!」

 

 明らかに脅迫だったけど私は何も聞かなかった。

 ……桂馬君は一体何をしようとしたのだろうか?

 謎の脅迫に怯えてるアポロも一応進展してるのかな。どうでもいい相手だったらそもそも怯えたりなんてしなさそうだし。

 

「それじゃ、またな」

「……フン」

 

 ……やっぱり、反抗期の妹にしか見えないなぁ。



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20 かのんの疑惑

 ふてくされているアポロを置いて教室へと向かう。

 仲良く一緒に移動したら歩美とか美生に目撃されて面倒な事になりかねんからな。

 一緒に登校の時点でリスクはあるが……それくらいは目を瞑ろう。

 

「それで? 次はどうする気?」

「……アポロの攻略はまだ時間がかかりそうだ。歩美の攻略も一旦落ち着かせた状態だ。

 となると、やはり美生を重点的にやるか」

「……で、具体的に何をするの?」

「そうだな……」

 

 いつもの駆け魂攻略だと『その女子の抱える問題点を解決する』という事がメインとなる。

 だからこそ、そこにある問題を解決するだけで済む。いや、『だけ』って言葉で済まされるような手間じゃないが。

 しかし、今はその『問題』が存在しない。今までのような心のスキマの解消を目指した攻略ではダメだ。

 問題点が無い状況で進むというのはそれはそれで攻略としてはアリだが、どうしても展開が重くなる。

 自分から問題を作っていく必要があるだろうな。

 あまり大事にし過ぎずに、関係ない他人に迷惑を掛けないように、なおかつ効果的な問題。

 

「……前にちひろやディアナ相手に見たような展開だが、それだけ安定した手法だと解釈しておくか。

 中川、昼休みちょっと手伝ってくれ。ハクアも仕事ができたぞ」

「ちひろさんとディアナさん……? あ、なるほど。りょーかい」

「アンタ達は一体何をやらかす気なのよ……」

 

 左側からはかのんの声が、右側の虚空からはハクアの声が聞こえた。

 姿を消しているせいで表情は全く読み取れないが……どこか諦めたような顔をしているのだろう。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 教室へと入る。

 歩美が居るかもしれないと少し警戒していたが、まだ教室には来ていないようだった。

 そう言えば陸上部の朝練があったか? 舞校祭前のこの時期にもやっているのかは不明だが、もしやっているなら朝のHR(ホームルーム)の時間ギリギリまでは来なさそうだ。

 

 他の関係者は……ちひろは来ていない。麻美も勿論来ていない。京は……居るな。朝練じゃなかったか。

 

「おはよう」

「あ、おはよう! 昨日はどうしたの? 突然居なくなっちゃったけど」

「ちょっと用事があってな。

 ああ、そうだ。昨日のたい焼きの代金、まだ払ってなかったな。いくらだ?」

「え? 昨日はちひろが奢ってくれてたよ?」

「……そう言えば誘われた時にそんな事言ってたな。本気だったのか」

「桂木はちひろを何だと思ってるの……いい加減な所も結構あるけど、約束はちゃんと守る子だよ」

 

 かつてユータ君を攻略するという約束のようなものをすっぽかされた事があった気がするが……そこはノーカウントにしてやるか。

 駆け魂のせいというのも大きいし、そもそも約束と呼べるようなもんでもないし。

 

「それもそうか。それじゃ、あいつにご馳走様と伝えて……いや、自分で伝えた方が早いな」

「そうしてあげて。きっと喜ぶからさ」

 

 ちひろ……どういうわけか攻略とは関係なしに関わる機会が増えているんだよな。

 遭遇時には駆け魂が居なかった事と、昨日の会話からも女神が居ない事はまず間違い無いだろうが、歩美の攻略にも関わってきそうだから程々に気を遣っておこう。

 

 

 

 京との話を切り上げて自分の席に座る。

 かのんもエルシィの席に着いた。そしてその数秒後に僕のPFPが鳴った。

 メールを受信したようだ。相変わらず打つの速いな。

 

『そう言えば、昨日はちひろさんも一緒に下校したんだよね?

 女神はやっぱり居なかった?』

『ああ。僕の恋愛話を完全な部外者として楽しんでいたようだった。

 僕に告白した記憶があるならあの反応は無いだろう』

『桂馬くんが気を遣わないように無関心を演じていた可能性は?』

『絶対に無いとは言い切れないが、僕の感覚では違うと感じたよ』

『そっか……ありがと』

 

 かのんはちひろを疑っているのだろうか?

 そりゃそうか。かのんに女神が居るかは置いておくとして、少なくとも本人は居ないと思っているようだ。その点は飽和している今でも疑いようは無い。

 となると、自身を除外した最有力候補はちひろになる。

 しかし……やはりちひろに女神は居ないだろう。それだったらかのんに潜伏している可能性の方がずっと有り得る。

 歩美・美生・かのん。

 あと、かのんの師匠とか七香とか、居るなら後から教えてくれるだろうという方向に誘導した連中も一応候補か。恐らく居ないが。

 

 ……本当に全員居るんだろうな? 女神。

 いや、居ないパターンなんて考えても仕方ないか。

 居ない事の証明なんて『他の女神を全員見つけ出す』くらいでしか達成できない。

 それに、もし関係ない奴を攻略してしまったとしても人間関係が悪化するだけで命の危機があるわけではない。

 居る前提で、攻略を進めるだけだ。

 

 早速準備を始めるとするか。美生攻略の為の準備を。







 桂馬の提示した女神候補が原作における1・2・3番目のヒロインという謎の一致。
 歩美とかのんはまだしも、美生がこの立ち位置になるとは連載開始時は全く想像してませんでしたよ。


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21 女神顕現

 昼休みになった。作戦開始だ。

 

 いつものように屋上へと向かう。但し、違う点が1点。

 屋上への扉を開ける前くらいのタイミングでかのんが錯覚魔法を切り替えた。

 

「切り替え完了だよ。お従兄(にい)ちゃん」

「その呼び方止めろ。色んな意味で」

「あははっ。勿論分かってるよ。桂馬くん」

 

 普段通りじゃない呼び方をされると調子狂う……というだけでなく、今からやる作戦でその呼び方はNGだ。

 

 これからやろうとしている事。それは嫉妬イベントだ。

 僕が屋上で西原まろんとイチャついている所を美生に目撃させ、その後上手くやって攻略完了だ。

 勿論、そう都合良く美生が屋上なんていう何もない場所に来る訳が無いので浮気を仄めかす感じの呼び出しの手紙を用意しておいた。

 今頃はハクアが美生のポケットに直接突っ込んでくれているだろう。しばらくしたら来るはずだ。

 

 

 扉を開け、そこにはまだ誰も居ない事を確認しようとして……

 ……何か先客が居た。

 望遠鏡の前のベンチに腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいる人形みたいな少女、九条月夜が。

 たまに居るのは知っていたが、何もこんな時に居なくてもいいじゃないか。

 

「……どうするの?」

「……居た所で問題はあるまい。そのまま進める!」

「大丈夫かなぁ……月夜さんなら大丈夫かな……?」

 

 特段仲が良いわけでもない。時々顔を合わせるがお互い名前すら知らないという設定の相手だ。

 積極的に他人と関わろうとする性格でもないし、影響はほぼ0のハズ。

 気を取り直して、始めるとしよう。

 

「まろん! 今日も良い天気だな! 屋上で飯にしよう!」

「ちょっと待って桂馬くん。一体どういう距離感を想定してるの!?」

「ん? 何かマズかったか?」

「マズいと言うか何というか……こういう事を言うのもどうかと思うけど、下手にいじらずにいつもの私たちの距離感で会話してるだけで十分嫉妬してくれると思うよ?」

「? 何をバカな事を言っている。いつも通りのただの会話で食いつくわけが無いだろう」

「いや、でも……えぇぇ……? いつも以上に近い距離感で会話って、うぅん…………」

 

 いつもより歯切れが悪いな。恋人と誤解される振りをするだけなんだが……

 そんなやりとりをしていたら唐突に月夜から声が掛けられた。

 

「そこの2人、騒がしいのですね。

 月の観測の邪魔だからデートなら他所でやって!」

「あ、ごめんなさい。静かにします……」

「……悪かった」

「……分かれば良いのですね」

 

 月夜が話しかけてくるなんて珍しい事もあるもんだ。

 攻略の時のを除けば初めてかもしれんな。

 

(今、月夜さんちょっと嫉妬してたよね?)

(そうか? ……そうかもな。

 僕自身の事は忘れているようだが、恋愛に対する憧れみたいな感情が残っててもおかしくはないか)

(でもこれで証明されたね。いつも通りの会話でも十分に嫉妬してくれるって)

(そうかぁ……? まぁ、そこまで言うならいつも通りでいいか。

 いつも通りかつ静かに話すとしよう)

(そうだね)

「じゃあまろん。屋上で飯にしよう」

「あ、呼び方はそっちのままなんだね」

「そもそもデフォルトが名前の方じゃないか? 親戚なら同じ名字の知り合いが複数居そうだし」

「そうだったっけ? まあいいか。

 それじゃ、お昼ご飯にしようか。

 今日は昨日の晩ご飯の残りね」

「ん? 昨日はハクアが作ったんじゃなかったか?」

「……念のため私も作っておいたんだよ。必要なかったけど」

「……一応お前に感謝しておくべきなのか?」

「どうだろうね……」

「……とりあえず食わせてもらおう。いただきます」

「いただきます」

 

 僕達は、月夜に怒られないように黙々とお弁当を食べた。

 最近はオムそばパンばっかりだったからか前以上に美味く感じる。

 ただ、オムそばパンの方は確保さえできれば早く食べ終える事ができるというメリットもある。悩ましいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お弁当を食べ終えて談笑しながら待つ事数分、美生が屋上にやってきた。

 

 ところで、この手のイベントでは目撃者の反応は大まかに分けて2つに別れる。

 真っ直ぐ向かってきてこの場で問い詰めるか、一度引いて別の機会に問い詰めるかだ。

 前者だった場合はそのままイベントをこなし、後者だった場合は下校時にフラグ回収するつもりなのでどちらに転んでも問題は無い。

 

 結論から言うと、今回はこの場で問い詰めるパターンだった。都合が良い。

 ただ……

 

パキィッ

 

 目の前に屋上のタイルが降ってくる事は流石に想像してなかったな。数センチほどズレていたら大怪我だったぞ。

 

「きゃっ!? な、何なの!?」

「うわぁっ! な、何だこれは!!」

 

 慌てたような台詞を吐きながら冷静に辺りを見回すと僕達からそう遠くない位置のタイルが剥げていた。

 真っ当な手段でどうにかなるとは思えないから女神の力か。瞬間移動して剥がして投げつけた……なんて面倒な事をやるなら直接殴りかかるくらいの事はしそうだ。念動力か何かで放り投げたのか?

 そして、美生の方に視線を向けると、どういうわけか地面に膝をついて座り込んでいた。

 

「くっ……やはりこの状態では立つことさえままならぬか」

「……おーい、大丈夫か?」

「寄るな! 汚らわしい!!」

 

 膝をついている美生をよく観察してみると髪の色がうっすらと変色している。

 光の加減……の問題ではなさそうだな。

 アポロが表に出てきた時はフェイスペイントが付くように、目の前の女神も出てくる時に外見に多少影響を与えるのだろう。

 あと、女神が出てくると身体能力にも影響を及ぼすが……逆に弱くなるパターンもあるのか。

 このパターンはアレだな。身体が弱い代わりに能力が強いパターンだ。ゲームでその手のキャラは何度も見た。間違い無い。

 

「何か、丁度良い依代は……むっ、そこかっ!」

 

 目の前の女神が何事かを呟いた直後、完全な部外者であるはずの月夜から悲鳴が上がった。

 

「キャッ!? る、ルナが……浮いて……!?」

『娘ヨ。コの身体、少シ借りるゾ』

「ルナが喋った!?!?」

 

 いやいやいやいやまてまてまてまて!!

 ここで一般人を巻き込むのか!? 月夜をガン無視で進めようとした僕が言える事じゃないかもしれんが一般人を巻き込むなよ!!

 ふと、かのんの方に視線を向けると首を振りながら片手で頭を押さえていた。考えている事はほぼ間違いなく一致している事だろう。

 

 そんな僕達の戸惑いを他所に、月夜の人形(ルナ)はフワフワと美生の側までやってきた。

 髪の色が戻った美生もしっかりと立ち上がっている。

 

「よくも……この私を虚仮にしてくれたわね、桂木!!」

 

 ……どうやら何事も無かったかのように修羅場イベントを続行する流れのようだ。

 本人にボケてるつもりは全くないんだろうが……何だろう、このコントみたいな空気は。

 ……相手がやってしまった事を気にしても仕方ない。イベントを遂行しようじゃないか。

 

「えっと……何の事だ?」

「とぼけないで! 散々私にあんな事言っておいて、どうして他の女の子と仲良くしてるのよ!!」

「ふぅむ……一体どこから説明したものか……」

『言イ訳なドいラぬ! すリ潰サれて塵ト化ス前に視界かラ消え失せロ!』

 

 この人形泥棒の女神を無視して誤解を解くのは簡単だ。しかしそれでは意味が無い。

 今必要なのは安定進行ではなく速度だ。

 制御できる範囲の荒れた空気はむしろ大歓迎だ。女神攻略を始めよう。







 月夜の台詞の『デート』という言葉、もっと月夜らしい表現があったような気がしないでもないです。
 いくつか考えてはみたのですが、しっくり来るものが来なかったのでこれくらいで妥協しておきます。何か良い案があればコメント下さい。
 結とかなら『逢い引き』がかなりしっくりくるんですが……月夜だと違和感があるという。月夜ならむしろ日本語を外来語に直しそう。

 ウルカヌス様の能力や欠点って月夜が宿主である事を前提に設定したんでしょうかね?
 適当に差し替える案もあったのですが、他の方々は今のところは特に変化が無いのでゴリ押ししてみました。その結果何か妙な雰囲気になってた気がしますが……きっと気のせいでしょう!
 月夜さんがふらっと現れたのもゴリ押しする為だったり。


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22 逆鱗

 桂馬くんと美生さん(&女神さま)が向き合う。

 私への注目は今は外れているようだ。今のうちに巻き込まれた一般人のフォローに入っておこう。

 

「つき……九条さん、大丈夫?」

「え、ええ。大丈夫だけど……あれは一体何なの?」

「う~ん……あえて一言で言うなら、魔法かな」

「……非科学的なのですね」

 

 月夜さんから現実的なコメントを頂いた。

 人形と会話するような人であっても本物の魔法が突然現れたらこうなるようだ。

 そう言えば、月夜さん自身が小さくなった時も最初は取り乱してたって話を桂馬くんから聞いた気がする。お伽話の世界の住人みたいなイメージだったけど、意外と現実に生きてるみたいだ。

 

「ところで、あなたは一体……?」

「あ~、う~ん、えぇ~っと……と、とりあえず私の名前は西原まろんだよ。

 西原でもまろんでも好きなように呼んで」

「……では、西原さん。今一体何が起こっているの?」

「悪いけど、その質問の答えは後にさせてもらうよ。

 とても一言じゃ説明できない状態だから」

 

 美生さんに女神が居て、その女神が念動力っぽい力でルナを操ってるなんてとても一言では……あれ? 説明できてる。

 いやいや、女神の宿主でも何でもない月夜さんには天界とか女神とかから説明しないといけない。やっぱり説明できないね。

 

 警戒しながら周囲の様子を確認する。

 相変わらず向かい合っている桂馬くんと美生さん(&ルナ)

 少し離れて私が居て、その後ろに月夜さん。

 

 桂馬くんの選ぶルート次第では女神さまがブチ切れて暴走する可能性も有り得る。

 さっきみたいに物が飛んでくる事を警戒して、いつでもスタンロッドを振り抜けるようにしておく。

 月夜さんがエルシィさんに次ぐ第二の犠牲者に……って事にはならない……と信じたいけど……

 またあんな思いをするのはゴメンだ。絶対に怪我なんてさせないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も言わずともかのんは月夜のフォローに入ってくれたようだ。

 これなら多少の無茶をしてもかのんならどうにかしてくるだろう。正真正銘無視して進めさせてもらおう。

 美生をなだめるという選択肢を使わないならその逆の選択肢、煽る方向に進むぞ。

 

「何を怒っているのかさっぱり分からないが、まぁまずは深呼吸をして落ち着……」

 

 

ズドォォン!!

 

 

 ……台詞の最中にベンチが飛んできて僕のす目の前に突き刺さった。

 タイルみたいな軽いものだけじゃないんだな。へー……。

 

『お前、バカにシているノか?

 脳味噌をすり潰しテやろうカ?』

 

 この女神、本当に脳味噌をすり潰すくらいはやりそうだな。

 命懸けの攻略になるな……いや、今までも命懸けだったが、ここまで分かりやすい命の危険は初めてだ。

 だが、こんなチャンスで退くわけにはいかん。この落とし神が現実(リアル)の神と対峙するに当たっての丁度いいハンデだと思っておこう。

 

「……そうかい。美生、これが君の答えかい?

 僕なんか信用できない。あの世にでも行ってしまえ……と」

「えっ? いや、そこまでは……」

『ソの通りダ! お前のヨうなノータリンはギッタギタにスり潰シてカマボコにしテ三途の川ノ底に沈めてヤル!!』

 

 随分と口汚い女神だな。月夜の人形を操ってるくせに。

 しっかし……女神と宿主の意識の違いってのはどこもかしこも結構な問題になってるようだな。

 今回の攻略対象はあくまでも女神ではなく美生だ。完全無視というわけにはいかないだろうが、対応は控えめにしておこう。

 

「美生。もし君が僕の事を信じたいと思っていてくれているなら僕にチャンスをくれないか?」

「チャンス……? 一体何をする気なのよ」

「そうだな……今から君にキスをする」

「…………は?」

「キスこそ、愛の証だ! キスをする事で君への愛を証明してゴフッ!」

 

 台詞を言い切る前に美生に思いっきり助走を付けて蹴り飛ばされた。

 おかしいな。こういう物理攻撃は歩美の十八番だと思っていたんだが……

 

「な、ななな何言ってるのよこの変態!!

 そそそんなことするわけないでしょう!!」

『ソの通りダ! 畜生以下ノ単細胞ガ!

 次にオかしな事を言っタら地獄の業火デ魂すラも焼キ尽くし、遺灰ハ犬にデも食わせテやロう!!』

 

 美生の好感度は問題ないと思う。強引にキスするくらいなら許してくれそうだ。

 だが、その前に女神にすり潰されそうだ。

 二重人格キャラや双子キャラくらいならゲームでもちょくちょく出てくるが、それに人外属性まで足して更に殺意をマックスに振り切ったようなキャラを攻略した経験は流石の僕も皆無だ。

 ……迷っている場合ではない。保身に走っていては信用なんて取れる訳が無い。本当に殺される事は無いと信じて突き進むしか無い!

 

「そんな脅しでは止まらな……」

 

「いい加減にするのですね!!」

 

 おかしいな。最近台詞を言い切れない事が多い気がする。進行時の下準備が不足しているのだろうか? 要反省だな。

 それはさておき、僕の台詞を遮りながら駆け寄ってきたのは月夜だ。ついさっきまでかのんの後ろに居たはずだが、自分から飛び出していくのはかのんも予想外だったようだ。驚いた表情で片手を上げ、そのまま固まっている。

 

『何用ダ娘ヨ。今我々は大事ナ話を……』

「黙れ偽物! ルナは……ルナはそんな言葉遣いはしない!!」

『エ? いや、そノ……』

「魔法だか何だか知らないけど、私のルナを返して!!」

 

 月夜はその場にへたり込んでわんわんと泣き叫んでいた。

 これは……無理だな。月夜の行動は場の雰囲気をガラリと塗り替えた。このまま進行をするのは不可能だ。

 

「……美生。それとそこの……そこのあんた。

 一旦場所を変えて仕切り直そう。異論は無いな?」

「……そうね。そうしましょうか」

『…………』

 

 女神は無言で人形を月夜の前まで移動させた。

 

『……すマなかっタ』

 

 そして一言だけ謝ってから、元の物言わぬ人形へと戻った。。







 ウルカヌス様が関わると最初はどうやってもバイオレンスな方向になりそうです。
 なお、本作では命の危険を感じていますが、実際には脅すだけでそこまでするつもりは無かった模様。
 原作では桂馬が身を挺して殺意までは無い事を見抜いていましたが……改めて考えるとスゴい事やってますね。

 原作でも桂馬に言葉遣いが美しくないと言われていたウルカヌス様。そんな彼女がルナを強引に奪って依代として使ったら月夜が爆発するんじゃないかな~と。
 しかしまぁ、筆者には宿主じゃないヒロインを活躍させる癖でもあるのだろうか?


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23 愛の証明

 場所を変えて……と言うより、屋上の隅っこの方に移動してから話を続ける。

 月夜の方は反対側の隅っこでかのんが宥めているようだ。今度こそ完全に無視して進められるだろう。

 

「で、何の話だったっけか?」

「え? えっと……あ、そうだ! あんたが浮気してたって話よ!!」

「……どうやら誤解があるようだな」

 

 ついさっきまで適度に場を荒れさせると言ったな。アレは嘘だ。

 まずは物騒な女神を黙らせよう。アホな誤解で月夜を酷く傷つけたという事を理解させれば少しは大人しくなるだろう。いやまぁ誤解させたのは僕なんだが。

 

「ひょっとして、浮気というのはまろんの事を言っているのか?」

「まろん?」

「ああ、スマン。あっちに居る黒髪ロングの眼鏡の事だ」

「そ、そうよ! どういう事なのよ!!」

「アレは僕の従妹だ」

「…………へっ?」

「今は別の学校に通っているんだが、転校を検討中らしくてな。

 学校内を紹介してて、一休みしていた所だったんだよ」

「そ、そうだったの……ご、ごめんなさい……」

「……いや、気にすることはない。僕の行動も少々問題があったようだ。すまなかった」

 

 これで女神の怒りは収まった……と信じたい。

 直接反応を見ているわけじゃないからなぁ。鏡などを使えば様子を伺う事はできるかもしれんが、何も知らないはずの僕が唐突に鏡の類を取り出すのは怪しすぎるだろう。

 

「で、話の続きだが……」

「? 何の事?」

「……僕がキスをするかしないかという辺りで止まってたよな?」

「っっっっ!?!? そ、その話を蒸し返すの!?

 そんなのやるわけないでしょうが!!!」

「……そうか、僕はそこまで嫌われていたのか」

「い、いや、嫌いとは言ってないけど……」

「気にすることはない。自分が胡散臭い奴だという自覚はある。

 今日もやらかしてしまったようだしな。はぁ……」

「うぅぅぅ……わ、分かったわよ! キスの1つや2つ、やってやるわよ!!」

「え? だがしかし……」

「ああもううるさい!! うだうだ言わずに私にキスされなさいよ!!」

 

 

 一方的に言い放った美生は僕が止める間もなく……

 

 

 そっと、キスをした。

 

 

「……ぷはっ! どう? これで満足?」

 

 美生は顔を真っ赤にしながらも何でも無いかのように強気な態度を崩さなかった。

 女神の殺意にビビって少々消極的な展開にしてしまったが……一応ゴールには辿り着けたかな。

 

「ああ。ありがとう、美生」

「……フン。

 ……私をその気にさせたんだから、責任、取ってもらうからね」

 

 

 その時、太陽の光に照らされた純白の翼が、一瞬だけ見えた気がした。

 女神復活の証……か。

 

 ヒドい作戦だよな。ホント。

 女神は愛の力がないと復活できない。巻き込まれた宿主は全力の恋愛をしなければならない。

 全てが終わった後、宿主たちはどうなるんだろうな?

 ……それは今気にする事ではないか。

 さぁ、前に進もう。この物騒な女神の力も合わせればエルシィの解呪ができるかもしれん。

 

 

「ところで一つ聞かせてほしいんだが、君の中に居る君じゃない方のアレは女神なのか?」

「女神? え、ええ。確かにそう名乗ってるみたいだけど……」

「……本人に直接問い質した方が良さそうだな。コレで行けるか?」

 

 PFPを取り出して中間に置く。ディアナもアポロも大丈夫ならコイツも大丈夫のはずだが……

 

『……お前、何者だ? 何故女神の事を知っている』

 

 どうやら成功のようだ。

 

「その質問に答える前に、名前を聞かせてはくれないか?」

『……良かろう。私の名はウルカヌス。お前が言う通り女神だ』

「ユピテルの姉妹の一柱か。把握した。

 さっきの質問に対する簡潔な答えだが……ディアナとアポロ、そしてミネルヴァらしき奴に会った事がある」

『何っ!? どういう事だ!?』

「直接現状を見た方が手っ取り早いだろう。放課後、時間を空けておいてくれ」

『……良かろう、と言いたい所だが……』

「何か予定でも入ってるのか? って、バイトか。毎日頑張ってるもんな」

「……あ、今日は偶然お休みの日だったわ。ラッキーだったわね」

『えっ? しかし確か今日も……』

「うんうん、ホントラッキー。放課後の予定はバッチリ空いてるわ」

 

 この反応は……本当はあったんだろうな。

 今は何も見なかった事にして、後でしっかりと埋め合わせをしよう。

 

「分かった。じゃあまた放課後に」

「……ええ。またね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……一方その頃……

 

「ルナぁ、ルナぁ……」

 

 攻略の方は桂馬くんに丸投げして私は月夜さんのフォローだ。

 エルシィさんの二の舞にならずに済んだのは良かったけど、精神的なダメージはかなり大きいみたいだね。

 

「つ、月夜さん? 大丈夫?」

「大丈夫じゃない。ルナが!」

「えっと、その……安心して。さっきのアレは腹話術みたいなものであって、決してルナさんの素の口調じゃないから」

「ほ、本当? 本当に? さっきのはルナじゃない?

 またさっきみたいに突然汚い言葉遣いになったりしない?」

「大丈夫。本当に大丈夫だから。

 あ、そうだ。これ私の携帯の番号。万が一何かあったら連絡して」

「あ、ありがとう……なのですね」

 

 少しは落ち着いてくれたかな。トラウマにならないといいけど……

 

 そう言えば、今回は女神の現れ方が違った。いつもは鏡を通して話すか宿主の身体を乗っ取るのに。

 あの女神固有の能力かな? エルシィさんの結界やアポロさんの治療みたいに、特化した能力があるのかもしれない。

 ……まさか、本当に人形に魂を吹き込んでいて、女神さまの意志を代弁していただけの可能性も……?

 いや、流石に無いか。こんなお人形さんが素であんな口汚いって事は。

 

 そう思って、ルナさんをそっと撫でた。その時だった。

 

『フフフフフ、月夜はいつも美しい! 泣いている姿さえも美しい!! 月夜は私のものよ!!

 月夜LOVE!! 月夜LOVE!! 月夜LOVE!! 月夜LOVE!!』

 

「っ!?!?!?」

「どうかしたの?」

「い、いや、何でもないよ。何でもない……」

 

 何か、凄い情念みたいなのが流れ込んできたような……

 いや、きっと気のせいだ。気のせい……







 ゴリ押し感があるけど短期決戦を狙うならこのくらいやらないと厳しいのかも。

 念のため言っておくと最後の部分は単なるギャグです。
 魔力や理力で何かしたとか、適当な理屈を付けようかとも思いましたが、変な能力をくっつけると今後面倒になりそうなので止めておきます。


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24 地区長とヴィンテージ

 放課後、桂馬くんは美生さんを連れて家へと帰る。

 その間私は……一緒に居るのも微妙なのでハクアさんと一緒に先に家へと向かう。

 え? 部活? 確かに出るべきなんだろうけど、エルシィさんが起きてくれたら真っ先に言わなきゃならない事があるから。

 

「これで残りの女神はあと2人か」

「1人は歩美って子に居るのよね? 残り1人はどこに居るのかしら」

「桂馬くんは私を疑ってるみたいだけど……う~ん……」

 

 自分の立ち位置が一番怪しいっていう自覚はあるけど、それ以上に女神が居る自覚が無い。

 かと言って他に怪しい所も無いんだよね。ん~……

 

「……とりあえず歩美さんとアポロさんの攻略が終わってから考えようか。

 その時までにまた新しい情報が出てくるかもしれないし」

「先延ばしにしてるだけな気もするけど、確かにどうにもならないわね……」

 

 そんな感じでのんびり話しながら歩いていたら家に着いた。

 玄関の鍵を開けて……開けようとしてから異変に気付いた。

 

「あれ? 開いてる?」

「朝閉め忘れたの?」

「その可能性はあるけど……」

 

 可能性はもう一つある。

 それは、誰かが開けた可能性。

 今この家には手負いの女神と敵の捕虜が居る。侵入する価値は十分にあるだろう。

 

「……ハクアさん。警戒して。誰かが侵入したか、あるいはしてるのかもしれない」

「っ!? 分かった」

「それじゃ、開けるよ」

 

 音を立てないように扉を開けて中へと入る。

 ハクアさんも入った後、ゆっくり扉を閉めてからスタンロッドを取り出して構える。

 廊下には誰も居ないようだ。こういう時はどういう手順で調べるべきなんだろう?

 2階? いや、先にリビングを調べてみよう。そう思って私はゆっくりと扉を開けて……

 

「あら? 遅かったじゃない。ちょっとお邪魔させてもらってるわよ」

 

 開けた扉の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえた。

 ハクアさんを手で制して廊下で待つように促してから中へと入る。

 

「あなたは……ノーラさん?」

「あれ? アンタは確かハクアの協力者(バディ)じゃない。どうしてここに?」

「それはこっちの台詞ですよ! 一体何の用ですか?」

 

 警戒を続けたまま問いかける。

 ノーラさんが味方である保証はどこにも無い。ヴィンテージの回し者である可能性は十分有り得る。

 

「……まあいいでしょう。教えてあげるわ。

 今度私の地区のヒラ悪魔が増員される事になってね。

 でも、予定の日を過ぎても一向に連絡は無いし、そもそも連絡が取れなくなってたわ。

 だから何か情報は無いかうちの地区の悪魔達に聞いて回ってたのよ」

「なるほど、その行方不明の悪魔の名前は……?」

「わざわざ言わなくても知ってるでしょ? フィオーレ・ローデリア・ラビニエリよ」

「……ああ、あの人ってそんな名前だったんですね。みんなフィオとか呼んでたので知らなかったです」

「……本当に知らなかったのね。まあいいわ。

 さて、ここからが本題よ」

 

 ノーラさんは懐から何かを取り出すとテーブルの上に置いた。

 アレは……勾留ビンか。中には襲撃者……フィオなんとかさんが入っている。

 

「単刀直入に訊かせてもらうけど、フィオを勾留したのはハクアで合ってるの?」

「……ここでもし『いいえ』って答えたとしても私が関わっている以上はハクアさんは確実に巻き込まれますよね?」

「と言うか、勾留ビンをちゃんと調べれば誰のものかなんて一発で分かるわよ。面倒だからやりたくないけど」

「……質問の答えは『はい』です」

「そう。じゃあ次。上の階でエルシィが瀕死の状態で転がってたけど、それをやらかしたのもフィオで合ってるわよね?」

「その質問の答えも『はい』です」

「……そう。ありがと。

 じゃ、これは返しておくわ」

 

 突然勾留ビンがこちらに放り投げられた。

 一瞬打ち返しそうになったけど、上手くキャッチする。

 中を確認するとフィオさんは気絶していた。話を聞かれていた心配は無さそうだ。

 ひとまず、ポケットにねじ込んでおく事にする。

 

「いいんですか? 私に返しちゃって。

 解放できるチャンスでしたけど?」

「何で私がわざわざ薄汚い正統悪魔社(ヴィンテージ)の悪魔を解放しなきゃならないのよ」

「……角付き悪魔は旧地獄から続く名家の証だって聞きましたけど」

「だから旧地獄の復活を望むって? ハッ、バカらしい。

 確かに、今の地獄が旧地獄にくらべて大人しくて少し退屈な事は否定しない。

 けど、退屈なら自分なりに面白くするだけよ。旧地獄か新地獄かなんて関係ない。

 それに、連中は私に喧嘩を売った。なあなあで済ませるつもりは全くないわ」

「喧嘩?」

「そうよ! 私の地区で悪魔……駆け魂ならまだしも部下の新悪魔が死んだなんて事になったら出世に響くのよ!

 幹部クラスの意志なのか、下っ端の暴走かは知らないけど、絶対に後悔させてやる」

 

 演技の可能性も……一応あるのかもしれない。

 けど、その言葉はとても真っ直ぐで、本当の事を言っているように聞こえた。

 ノーラさんはヴィンテージではない。そう信じてみよう。

 

「分かりました。あなたを信じて全てを話しましょう。

 気になってる事が沢山ありますよね?」

「え? 何か拍子抜けね。さっきまで随分と警戒してたみたいだけど?」

「今の言葉が嘘には聞こえなかった。それだけです」

「……とんだ甘ちゃんね。まあ好都合だわ。

 それじゃあ聞かせてもらいましょうか」







 原作の流れを考えるとこの辺でノーラさんが来そうな気がしたので家を空けている最中に侵入させてみました。
 侵入したのがノーラじゃなくてハクアとかだったらリビングで待ち受けていたのはフィオーレになってたでしょうね。ノーラさんなら安易に開放する事は無いでしょう。捕らえられていたのがよっぽどの大物悪魔なら話は別ですが。


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25 解呪

 美生を連れて家へと帰ったら、ノーラが仲間になっていた。

 何を言ってるか分からないと思うが僕にも良く分かってない。

 

「ごめん、大体全部話しちゃったよ」

「……いや、お前が信用して話したなら大丈夫だろう」

 

 エルシィやハクアならまだしもかのんが信用したならきっと大丈夫だ。

 徹底的に疑い尽くして、それでも信用に値したなら全く問題ない。

 

「ったくも~、女神とか明らかに大事じゃないの。

 そういう事はちゃんと私に報告しなさい。私の手柄になるから」

「そうは言っても、誰が敵で誰が味方かも分からなかったからな。

 安易に話して回るわけにもいかん」

「それもそうね。ま、最終的に私の手柄になるなら何だっていいわ」

「手柄さえあれば……か。じゃ、女神が復活した暁には手柄はお前に全部やるとしよう。

 新地獄の英雄になれるかもしれんぞ」

「私としては構わないけど、そっちは良いの?

 後からやっぱりやめたとかはナシよ?」

「むしろ手柄なんて立てたらヤバい連中に目を付けられるだろう。

 それを喜んで引き受けてくれるってなら都合が良い」

「あ~、そういう事。理解したわ。

 それじゃ、上への報告はしばらく待つ事にするわ。

 せいぜい働きなさい。私の手柄の為に」

「別にお前の為に働くわけじゃないが……利害が一致したようで何よりだ」

 

 敵だった時は非常に鬱陶しかったが、味方になってくれるなら心強い。

 ここの地区の地区長であり、上へのコネもあり、ダーティーな手段に抵抗が無い。

 積極的に働かせるのは不可能だろうが、味方であるだけでも十分だ。

 

「それじゃ、エルシィを叩き起こすとするか。

 行くぞ、お前たち」

 

 

 

 

 

 

 

 女神ウルカヌスを連れて2階へと上がる。

 エルシィは数日前と全く変わらない姿でベッドに横たえられていた。

 

「これが、ミネルヴァなのか?」

「恐らくはな。本人はまだ名乗ってないから確定ではないが……ほぼ間違い無くミネルヴァだ」

「まさかこんな姿で再会する事になろうとは……

 しかし、これだけの術を私1人で打ち破るのは少々困難だぞ?」

「それも分かってる。今助っ人を呼んで……来たようだ」

 

 階段を駆け上がる音が聞こえて数秒ほどしてから扉が開いた。

 扉の向こうに居たのは、ディアナだ。

 

「申し訳ありません。遅れたようですね」

「いや、ジャストタイミングだ。丁度ウルカヌスに説明が終わった所だよ」

「っ! 確かにこの気配は姉様ですね。お久しぶりです」

「……ディアナか。久しいな。どうやら再び力を合わせる時が来たようだ。

 我らが力を合わせればこの程度の呪いは容易く解ける。そうだろう?」

「ええ、勿論です。やりましょう、姉様」

 

 ディアナとウルカヌス、2人の女神がエルシィに刺さった短剣を握り締める。

 それと同時に黒いオーラが2人の身体を這い上がる。

 

「っ」

「安心しろ。これは似せてはいるが本物の旧地獄の術ではない。

 ただの紛い物。この程度なら……解ける!」

 

 そして次の瞬間……短剣は引き抜かれ、黒いオーラは霧散した。

 解呪成功……のようだな。

 

「おいエルシィ、大丈夫か?」

「エルシィさん! 聞こえてたら返事をして!!」

 

 

 返事は、すぐには無かった。

 だが、しばらくして……

 

 

「ぅぅ、ぅぅん……? おや? ここは……

 ……そうですか。神様も、姫様も、ご迷惑をおかけしたようですね」

「良かった! 本当に良かった! ごめんねエルシィさん! ありがとうエルシィさん!

 本当に良かったよ! うわぁぁん!!」

「ちょ、ちょっと待って下さい。まだお腹が痛むので、少し手加減を……」

「あぅ……ご、ごめん……」

 

 

 気になる事はあるが、これでひとまずは一安心だな。

 さっさと次の話に進みたいが……もう少し待ってやるか。

 

 

ガチャッ

 

「すまぬ! 少々遅れたのじゃ! 姉上と一緒なら解呪も簡単……あれ?」

「おい、もう全部終わったよ」

「……そ、そうか。それは……良かったのぅ。

 ……少し、下で休んでくるのじゃ」

 

 ……最悪のタイミングで入って来たアポロも、しばらくそっとしといてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……数分後……

 

 かのんも落ち着いた所で次の話に入る。

 

「さてと、まず、僕はお前を何と呼べば良いんだ?

 今まで通りにエルシィと呼べば良いのか、それとも女神ミネルヴァと呼べば良いのか」

「……お好きな方でかまいません。

 私は女神ミネルヴァであると同時にエリュシア・デ・ルート・イーマでもあります。

 女神の私も、記憶を閉ざして地獄で過ごしてきた300年の私も、間違いなく私ですから」

「……じゃ、いつも通りエルシィと呼んでおこう。

 記憶、やっぱり無かったのか」

「ドクロウ室長と、お姉様……リミュエル姉様が何かやってくれていたみたいです。

 今、記憶が戻っているのもお2人のどちらかが何かしたのではないかと」

 

 そう言えばリミュエルが一回お見舞いに来てたらしいな。その時に封印解除でもしたのだろうか?

 

「じゃあ次だ。お前の女神としての力はどの程度復活しているんだ?

 アレに刺されて今も生きているという事は結構復活してそうだが」

「どの程度と申されましても……少し、試してみましょうか」

 

 エルシィが手を組んで祈りを捧げると頭上にはハイロゥ、背中には翼が現れた。

 ディアナ及びウルカヌスと同程度には復活しているようだ。300年早く目覚めた影響か、それとも何か理由があるのか……

 

「……こんな感じで大丈夫でしょうか?」

「ああ」

 

 

 記憶の封印解除の影響か、口調が大分変わっているな。

 いつも無駄に騒がしかったのに、今じゃ落ち着いた口調のキャラに転生してる。

 少々寂しい気がしないでもないが……これが本来の姿なら文句を言う筋合いは無いか。

 

 これでひとまず急いで女神を攻略する必要性は無くなった。

 しかし……翼まで復活しているエルシィですら瀕死に追い込まれた事を考えるとやはり放置はできない。

 ヴィンテージの仲間が居るらしいという事は捕虜からさりげなく訊き出してあるからな。

 いつまた女神が襲われるか分からない。その前に手を打たなければ。

 

 

「……少し外の空気を吸ってくる。

 感動の再会をするなりなんなりしてしばらくのんびり過ごしててくれ」

 

 ベランダにでも行くか。少し、疲れた。







 というわけで落ち着いたクールな口調のミネルヴァさんでした。基本的に女神の性格とかは変えてないけどミネルヴァさんだけは例外です。
 エルシィとも、原作ミネルヴァさんとも違う印象を与えられたなら幸いです。
 口調が全く変わらないパターンも考えたのですが……今後の事を考えるとこっちの方が面白そうだったのでこうなりました。


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26 復元

 ベランダに出て、外の空気を吸いながら物思いに耽る。

 

「残り2人、アポロも含めるなら3人……か」

 

 未発見の女神はマルスとメルクリウス。そのうち片方は歩美の中に居るのは確定だろう。

 あと1人は、やはりかのんの中に居ると考えるのが自然だ。しかし、本人にその自覚は無いようだ。

 何か見落としているのか? 

 例えば、僕との関係性が薄かった連中は細かい調査はしていない。していないが……そこに女神が居るというのは流石に無理があるか。

 

 ……悪魔の中に女神が居る可能性はあるだろうか? 一応エルシィという前例がある。

 いや、これも望み薄だな。僕と関係性が近い悪魔なんてエルシィを除けばハクアくらい。あとは一応ノーラもか? いや、流石に遠すぎるか。

 辛うじて有り得るハクアも勾留ビンが使える時点で除外できる。

 ……待てよ? ハクアはあくまで宿主で、その中に女神が居る場合はどうなる? 女神自身に勾留ビンは使えなくてもハクアが使えれば……

 いやいや、それでも元々の関係性が遠すぎる。そして本人も女神は居ないと言っている。それだったらかのんの中に女神が居る方が10倍くらい有り得る。

 

 同学年に未発見の駆け魂が居て、そこに女神も居る可能性は?

 こればっかりは流石に無いと信じたいな。居ない事を証明する事は困難だ。そして今から駆け魂攻略を始めるのも厄介だ。

 仕掛け人の有能さを信じるしかない。

 

 ひとまずは歩美とアポロの攻略に専念するしかないか。

 特にアポロ。女神の力が戻ってくれば神託とやらでまた何か分かるかもしれん。

 

 だが、今は……少し休ませてもらおう。

 

 

 

 

 

 

「隣、いいかな」

 

 ぼんやりとしていたら後ろから耳に馴染んだ声……かのんの声が聞こえた。

 

「別に許可を取る必要は無い。好きにすればいいさ」

「そう。それじゃあ入らせてもらうね」

 

 そう言って僕がやっているのと同じようにベランダの手すりに肘を付く。

 ……少し会話でもしておくか。もし女神が居るなら、些細なイベントでも有効活用できる場面は来るだろう。

 そうだな、まずは……

 

「他の連中はどうしたんだ?」

「ノーラさんは自分の拠点に帰ったよ。

 女神の皆さんは300年振りの再会を楽しんでるみたい。

 ハクアさんはエルシィさんの快気祝いにってお料理を作ってたよ」

「そうか」

「あ、そう言えばウルカヌスさんは身体が弱くて、目も耳も悪いらしいよ。

 人形を操ればちゃんとなるらしいけど……この家に人形って無いよね?」

「一応、限定版ゲームに付いてるフィギュアとかならあるぞ」

「……確かにアレも人形か。すっかり見落としてたよ」

「そもそも貸す気も無いがな。フィギュア自体は割とどうでもいいが、限定版の特典なんてレア物に傷を付けられたらたまらん」

「そういうの意外と気にするんだね。桂馬くんって」

「……まあな」

 

 ゲームキャラクターと、それを愛する者が作った作品を傷つけるなどできるはずがない。

 僕はゲームとそのキャラクターを愛している。それと同時にそのクリエイター達にも最上級の敬意を払っているつもりだ。

 ……まぁ、ユーザーを舐めきった廃課金なゲームと、その悪どいクリエイターは話が別だがな!!

 

 

「ねぇ、桂馬くん。ちょっと話は変わるんだけど……」

「何だ?」

「……今だからこそ言うけど、桂馬くんが女神を攻略したのって……私の為だよね?」

「……どういう意味だ?」

「私がエルシィさんの件で責任を感じないように、死んでしまわないように解決しようとしてくれた。

 そういう事……だよね?」

「フン、そんなわけが無いだろう。

 僕は自分が死にたくなかったから最大限努力したまでだ。お前の事は全く関係が無い」

「……ははっ、やっぱり敵わないなぁ。

 私には、到底真似できそうにないや」

「お前は何を言ってるんだ」

「……真実はそこまで重要じゃない。重要なのは、私がそう思ったって事。

 桂馬くんは望まないかもしれない。むしろ気を遣わせてしまうかもしれない。

 でも、私はちゃんと君に伝えたいんだよ。『ありがとう』って」

「……別に僕の許可を取る必要は無い。好きにすればいいさ。

 と言うか、もう伝えてるじゃないか」

「それもそうだね。ありがとう。桂馬くん」

 

 別に礼を言われるような事は何一つやってない。

 そう否定する事もできたが……何を言っても無駄だろう。

 素直に受け取ってやるとするか。

 

「あ、そうだ。もう一ついいかな」

「今度は何だ?」

「女神を積極的に攻略する理由は無くなったわけだけど……それでも、君は攻略を続けるの?」

「……愚問だな。ゲーマーとして、一度始めた攻略を投げ出すなど論外だ」

「分かった。それじゃあこれからも全力でサポートさせてもらうよ。

 羽衣さんはエルシィさんに返しちゃったからできることは少なくなっちゃったけどね」

「……ああ、何か足りないと思ったらそれか。そりゃそうだな」

 

 他の宿主と違ってエルシィは女神本人みたいだから『交代して引っ込む』という事ができない。

 理力を常時垂れ流して敵に見つかるなんてことになりかねない。

 隠蔽機能が標準搭載されている羽衣さんは必須アイテムか。

 

「それじゃ、そろそろ行こうか。きっとハクアさんがご馳走を用意して待ってるよ」

「食事なんてゲームの中でやれば一瞬で済むのにな」

「それじゃあお祝いの意味が無いし、そもそも最近ゲームあんまりやってないよね……?」

「……確かにな。じゃ、行くか」

 

 

 

 ベランダから屋内へと戻り、階段を降りて居間へと向かう。

 

 僕が扉を開けたその瞬間……突然爆発音が鳴り響いた。

 

 クラッカーでも鳴らされたのかと思ったが……どうやら違うようだ。

 

「エルシィっ!! どうしてオムレツにマンドラゴンの卵なんて使ったのよ!!」

「いや、その、ハクアが卵を焼いてと言ったので……」

「鶏の卵を焼けっていう意味に決まってるでしょうが!! どうしてよりにもよってマンドラゴンの、しかも有精卵を使うのよ!!

 アレの生態を考えたらすぐに強制孵化するに決まってるでしょ!!」

「我々が復活してからの初めての本格的な戦闘の相手がまさかミネルヴァの食材とは……」

「やはり適当な人形が欲しい。有ると無いとでは段違いだ」

「妾の専門は医術と神託ぞよ。荒事は得意ではないから勘弁して欲しいぞよ」

「う、うぅ……」

 

 

 ……どうやらエルシィが懲りずに地獄の食材を使おうとして事件になったらしい。

 ちょっと前に少し寂しく思った気がしたが……気のせいだったな。

 

「コラエルシィ! 何やってるんだ!!」

「い、いえ、ちょっとしたトラブルがあっただけで……」

「エルシィさん! 地獄の食材は使わないって言ったよね!? どういう事!?」

「え、えっと……その……ご、ごめんなさいぃぃぃっっ!!!」

 

 

 ……一応、取り戻す事はできたんだな。この鬱陶しくて騒がしい日常を。







 通常版も限定版も大事にする桂馬だから特典も全部大事に保管してあるハズ。
 フィギュア付きの特典も普通にありそうです。『くれよん』でも豪華五大特典に2つも付いてたし!
 ただ、しっくり来る理由付けに少々苦労しました。アレで大丈夫だったかなぁ……

 爆発オチにするのは結構前から決まってました。
 やっぱりエルシィはエルシィだった……という感じですね♪


 以上で女神編3日目は終了です。次はマルスかアポロか……どっちかなぁ。
 またしばらく間が開いてしまうかもしれませんが、気長にお待ちください。


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束の間の小休止と女神の神託
27 日常風景


  ……女神攻略 4日目……

 

 エルシィが復活したおかげで差し迫ったタイムリミットは無くなった。

 しかし、大元を断つことができなければ再び同じ事の繰り返しになりかねない。今回刺されたのはエルシィだったから瀕死で済んだが、かのんが刺されていた場合にどうなっていたかは分からない。

 そんな事になる前に、女神をできる限り復活させておかなきゃならん。

 

「次はどっちから行くの? アポロさん? 歩美さん?」

「そうだなぁ……」

 

 あ、そうそう。エルシィは復活したが、依然としてかのんによる変装は続行している。

 羽衣さんはエルシィに返却したので今のかのんは透明化が使えない。わざわざエルシィに使ってもらわないと使えない。

 だったら、最初からエルシィを透明化しておいてかのんは今まで通りにした方が便利だというわけだ。

 

「他の人が演じる私の姿を見るというのも中々に奇妙な感覚です」

「僕達にとってはお前の口調の方がよっぽど奇妙なんだが……」

「そこに文句を言われましても。慣れてください」

「善処する。

 ……って、ちょっと待て。まだ中川はお前の演技なんてしてないぞ?」

「えっ? 聞き取りやすい良い声でフレンドリーに神様に語りかけるこの口調は私のものではないんですか!?」

「違ぇよ! このポンコツ女神!!」

 

 エルシィは透明化しているので表情は伺えないが……冗談めかして言ってるような口調には聞こえなかったのできっと本気で言ってるんだろうな。

 

「エルシィさんの声は……もうちょっと間延びしててポワポワ~ってした感じだよ」

「そ、そんなバカな。有り得ません!」

「何を根拠に断言してるんだ……?」

 

 何というか、平和だな。

 このバグ魔が起きた時には口調が変わっていて驚いたものだが、一皮剥けば前と殆ど変わらないバグ女神が戻ってきていた。

 

 ……さて、感傷に浸るのは置いておいて、話を本題に戻そうか。

 

「そう言えばさ、今日はアポロさんと一緒に登校しなくて良かったの?」

「ん? ああ。今日はいいや。攻略において、押し一辺倒じゃなくて時には引く事も重要だ」

「押してダメなら引いてみろってヤツだね?」

「そういうこった。今頃アポロは悶々としてるだろうな」

 

 

 

 

  ……その頃のアポロ……

 

『……桂木の奴、来ないのぅ』

「そうだね。来ないね」

『あやつをコテンパンにする為に色々と準備しておるのに、台無しではないか!』

「そんな事してたの……?」

『勿論じゃ!! どうせそのうちすぐに現れるじゃろ。その時が年貢の納め時じゃ!!』

(……何故だろう、今日は来ない気がしてきた)

『ん? 麻美? 何か言ったかのぅ?』

「ううん~、何でもないよ~」

 

 

  ………………

 

 

 

「……女神って、一体何なんだろうね」

「……さぁな」

「???」

 

 エルシィが居るはずの方向を眺めながら、僕達はしみじみと呟いた。

 

 

 ……ああ、そうだ、ハクアについてだが今日は来ていない。なんでも地区長以上が参加する定期報告会みたいなのがあるらしい。

 問題が無ければすぐに戻ってくるとは言っていたが……こういう場合って大抵は何かあるんだよな。ゲームでは。

 今から心配しててもしょうがないか。帰ってくるまで大人しく待っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっす! おはようエリー!」

「おはようございます! ちひろさん!」

 

 教室に入るとちひろが挨拶をしてきたのでかのんがいつも通りに挨拶を返す。

 女神口調のエルシィの演技ではないんだな。今までの口調の方が慣れてるし、突然口調が変わっても怪しまれるだけだから当然と言えば当然か。

 

「昨日はどうしたのさー。何か大事な用事があるって言ってたけど」

「えぇっと……ごめんなさい。内容までは話せません」

「ん~、まいっか。何か結が『まだ来れないのか』とか言ってたけど、今日は部活来れる?」

「……はい。バッチリです! 生まれ変わった私の姿をお見せします!!」

「へぇ。それじゃ、期待させてもらっちゃおうかな」

 

 女神ミネルヴァの音楽の腕前に関しては未知数だが、会話するときの口調で驚かれるのは確実だろうな。

 ただ……

 

「か、神様! 私ってあんな間の抜けた喋り方じゃなかったですよね? ね!」

 

 ……一皮剥けば全く変わっていないので全く問題は無さそうだ。

 って言うかエルシィうるさい。僕に聞こえてるって事はそこまで徹底した防音してないよな?

 

 

「あれ? 何かエリーの声が変な所から聞こえたような……」

「き、気のせいじゃないですか? きっとそうですよ!!」

「そうかなぁ……」

 

 ……軽音部、か。

 せめて舞校祭が終わるくらいまではそっとしておくという選択肢も視野に入れるべきなんだろうか?

 う~む…………







 本文中に自然な感じで挟めなかったからこの場で日程ちょっと整理しておきます。

 舞校祭は2日間。とりあえず土日としておきましょう。
 (原作をよく確認すると数日前に週末(図書館訪問からの月夜再攻略(ウルカヌス様攻略))があったので実際には祝日か平日っぽい。
  けど本作では結構前から週末にやる前提で進めている描写があるのでこのまま進めます)
 なお、その前日の金曜の夜には前夜祭があります。原作では桂馬がちひろにやらかしたあの日ですね。
 原作において女神攻略が終了したのは舞校祭1日目の夜のようです。その後、明け方にちひろが桂馬の家にギターを取りに戻り、その日の夕方頃に後夜祭のライブがあったっぽい。

 攻略終了を原作と同じタイミングに合わせるなら、なおかつアポロとマルスとメルクリウスにそれぞれ1日ずつかけるなら本作では現在木曜日みたいですね。
 尤も、無理に合わせる必要もありませんが……その辺はまだ未定です。
 一応メルクリウスの攻略の会話の流れだけはほぼ決まっているんですが、マルス攻略の流れは全く作ってません。原作の歩美並に手間がかかるとすると3日もかかるわけですが……どうしたもんかなぁ。いやまぁ、本作ではちひろが候補から外れてる分だけ楽できるからそこまではかからないでしょうけど。

 そういうわけなんで、現在の曜日は予告無く変化するかもしれません。
 桂馬が唐突に『明日は舞校祭だ!』とか言い出すかもしれませんが……生温かい目でスルーして下さい。


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28 女神との昼食会

「桂木ぃ!! どういう事じゃ!!!」

 

 教室に入るなりそんな言葉を投げかけてきたのは麻美……ではなくアポロだった。

 お前が出てくるならもうちょい人目を気にしてほしい。幸いにして歩美は今は居ないが、今後の攻略に差し支えたらどうしてくれる。

 

「おいおいどうした。何か話があるなら後にしてくれ。もう間もなくHRが始まるぞ」

「……そう言って逃げたりせんじゃろうな?」

「しないしない」

 

 内心で苦笑いしながらPFPを取り出して麻美の方に向ける。

 画面には申し訳なさそうな表情の麻美が映っていた。

 

『何て言うか……ゴメン』

「気にするな。この程度の暴走は問題ない。

 ただ、せめて人目を気にしろとお前から伝えておいてくれ」

『……うん。しっかり言い聞かせておく』

「桂木! 妾を無視するでない」

「はいはい分かった分かった。また昼休みでいいか? のんびり話せるだろう」

「……良かろう。逃げるでないぞ!」

「だから逃げないってば」

「むぅ……」

 

 一応納得してくれたのか、アポロは自分の席へと戻った。

 はてさて、どういう風に持っていくべきか。好感度自体は十分に高い状態だからきっかけさえあればサクッと攻略できると思うんだがな。

 

 

「ねーねー桂木~。あさみんと仲良いの? 何か楽しそうに喋ってたけど」

「んぁ? まぁ、悪くはないんじゃないか」

「へ~。頑張ってね桂木!」

「何をだ」

「え? アレ? じゃあかのんちゃんの方……?」

「……ああ、そういう事か」

 

 ちひろが言っているのはちょっと前に下校イベントの時に話した『僕の好きな人』についてだろう。

 あの時は歩美にだけ伝えるようにしたんで妙な誤解は放置しておいたんだよな。その歩美もまだ教室には来てないし、歩美の親友であるちひろに伝えておく事は後で何かの役に立つかもしれん。

 ……今はまだハッキリと伝える必要は無いか。少し誘導するくらいで丁度いいだろう。

 

「あの話の事なら、そのどちらでもないぞ」

「えっ、そうだったの!?

 同じクラスで軽音部で……残ってるの私を含めても3人しか居なくない?

 ハッ、まさか私の事が……」

「それも違うから安心しろ」

 

 あと、もの凄く厳密な事を言うと僕とエルシィが居るから候補は5人、ちひろを除いても4人だ。まぁ、そんな答えだとナルシストかシスコンというヒドい2択になるから除外して正解だが。

 って言うか少し誘導するとか言っておきながら2択にまで絞られたな。まあいいか。

 

「さ~て、ゲームでもやろう」

「か、桂木? もしも~し!」

 

 これ以上話すと2択が1択になるだろう。無視無視。

 

 ……あ、そうだ。ついでだから念のためにこれも訊いておくか。

 

「おいちひろ」

「あ、やっと反応した。ようやく吐く気に……」

「お前、『ユピテルの姉妹』を知っているか?」

「ゆ、ゆぴ……何だって?」

「『ユピテルの姉妹』だ。その様子では知らないようだな」

「うん、全く心当たりは無いよ。それがどうかしたの?」

「……知らないなら構わん」

「一体なんなのさ……あれ? 桂木? また無視? もしも~し!」

 

 処理完了。

 まず居ないだろうとは思ってたが……これで完全確定でいいだろう。

 万が一居たとしても後から何かしらの反応があるはず。

 残りの女神の居場所、かのんを疑うべきなのか、全く別の可能性を検討すべきなのか。

 ……後回しだ。まずはアポロに専念するとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳元で騒ぐちひろを無視してから数時間後。昼休みに入った僕達はいつものように屋上で昼食を取っていた。

 なお、月夜は今日は居ないようだ。

 

「ん~、やっぱりオムそばパンは美味しいね」

「天界の熟練の料理人が作った料理と比べると少々見劣りしますが……人間界の食事としては群を抜いていますね」

「そう言えば、エルシィさんと一緒にここでお昼食べるのって初めてだよね」

「確かにそうですね。姫様か私のどちらかがアイドル活動をしているので学校に2人で居るというのはかなり珍しいです。

 そう言えば、お仕事の方は大丈夫なのですか?」

「……うん。ちょっと長めの休暇を貰ったから」

「そうなのですか? 簡単に休みが取れるような仕事とは思えませんが……」

 

 かのんはエルシィを助ける為に1週間程度の休暇を強引に取ったらしい。

 『エルシィを助ける』という一番の目的はこうして達成できたわけだが、休暇を取っておいて突然また『仕事を下さい』なんて言えるほどアイドルは自由な職業ではない。と言うか、よっぽど仕事が溜まってるような職業じゃない限りはそんな暴挙は不可能だろう。

 そんな感じの事情をわざわざエルシィに言う事は無かろう。かのんは感謝されたくてやったわけじゃないし、エルシィに気を遣わせてしまうからな。

 尤も、今のエルシィなら自力で気付けるかも……

 

「こんな時にお休みを取れるなんて運が良かったですね」

「う、うん。運が良かったよ」

 

 ……思考能力もポンコツのままなんだな。ちょっと安心した。

 いや、待てよ? そもそも女神は全員どこかポンコツだったな。エルシィのそれも女神の伝統だったのか。

 

「桂木よ、何か今失礼な事を考えんかったか?」

「ん~? 何の事だ~?」

 

 流石は神託を下す女神だ。カンが鋭いな。

 そんな事を考えながら女神の中でも比較的まともなアポロへと向き直る。

 

「よし、飯を食い終わった所で話を始めようか。

 何の話だっけ?」

「えっと……あ、そうじゃ! お主どうして今朝は妾の所に来なかったのじゃ!!」

「何だ? 寂しかったのか?」

「そ、そんなわけが無いじゃろう!! ただ、その……せっかくお主に勝つ為に準備してたのに無駄になったから悲しいだけじゃ!」

「……それ、僕に言ってよかったのか?」

「…………あ」

 

 やっぱりポンコツだな。

 こいつのポンコツっぷりは他3名と違って僕に危害が及ぶ方向には行かないから凄く安心できるよ。

 

「女神の中では、やっぱりお前が一番好きだな」

 

 僕の紛うこと無き本音を、しみじみと、しかしはっきりと呟いた。







 桂馬は安心できるとか言ってるけど、本作のアポロさんはついうっかり心臓を止めてしまうという前科が……


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29 神の失敗

 『女神の中では、やっぱりお前が一番好きだな』

 

 そんな桂馬くんの台詞を聞いて、私はこう思った。

 あえて『好き』という言葉を使ってはいるけど、それは決して恋愛的な意味での好きではないんだろうなと。

 そして、アポロさんも同じような事を思ったのだろう。

 

「……その台詞、冗談で言っておるわけでは無さそうじゃな」

「ん? 分かるのか?」

「何となくそんな気がしただけじゃ。一昨日の薄っぺらい『愛してる』という台詞よりはずっと心に響いたからのぅ」

「そういうものか。流石は女神……なのか?」

「さあのぅ。妾にも分からぬ。

 しかし……しっかりと響いたからこそ分かる事もある。

 お主のその『好き』という言葉、そこに恋愛は含まれてはおらぬな?」

「……かもな」

 

 否定でも肯定でもない台詞だけど……否定していない時点で肯定しているようなものだ。

 桂馬くんの言う『好き』というのは、きっと麻美さんが桂馬くんに向ける感情と大体同じようなものだろう。

 LOVEではない。かと言ってLIKEともちょっと違う。何て言えばいいんだろう、コレ。

 

「妾とてお主の事が嫌いなわけではない。むしろ好きだと言えよう。

 しかし……『愛してる』と言われた時よりも単純に『好きだ』と言われた時の方が嬉しく感じたのじゃ。

 実に不思議なものじゃな」

「別に不思議でも何でもないさ。要は距離感の問題だ。

 昨日までの僕は…………

 …………」

 

 あれ? 台詞が不自然に止まった。

 何かと思って桂馬くんの方に振り向くと視線で何事かを伝えようとしているようだ。

 今の私に用意された選択肢はそう多くない。私が割り込むような流れでは無かったと思うから……

 

「エルシィさん。ちょっと用事を思い出した。一緒に来て」

「え? お2人は放置して大丈夫なのですか?」

「うん。とにかく来てくれる?」

「良く分かりませんが……分かりました。どこに行くんですか?」

「こっちこっち」

 

 エルシィさんを連れ出して欲しいって事で良いんだよね?

 そう思いながら再び桂馬くんの方に視線を向けると満足そうに頷く姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

 かのんが上手く働いてくれた。

 流れのままに台詞を言おうとしたが、よく考えたらこれはエルシィに聞かせるべきではない台詞であり、かのんにはそれ以上に聞かせるべきではない台詞だ。

 

「どうかしたのかのぅ?」

「ああ、すまない。

 昨日までの僕は多分焦っていたんだろう」

「そんな風には見えんかったのじゃが……」

「ああ。僕だって今気付いた事だ。エルシィの命……そしてそれと繋がっている僕達の命が脅かされている状況だったからな。

 振り返ってみると、お前の攻略に関しては少々強引に進めようとしてしまっていた」

「強引……確かに強引ではあったのぅ。神が人に恋するなど……」

「いや、そこに関しては問題視していない。そんな話はゲームでいくらでもあるし、現に今のお前は僕の事を好きだと言っているじゃないか」

「す、好きというのはあくまでも人間性に関してじゃ! 恋愛的な意味では無いわい!」

「その辺の真偽は置いておくとして……僕が反省しているのは『強制的な恋愛』についてだ」

「強制的? ……確かに、ミネルヴァを救うための、妾の力が目当ての恋愛なぞ不可能じゃったな」

「いや、やろうと思えばそれ自体は割と何とかなるんだよ」

「む?」

 

 だいぶ前にかのんにも話したっけな。『許嫁ルート』について。

 一般的には婚約者の意で使われるこの言葉はギャルゲー的には『強制された恋愛関係』という意味で使われる。

 これに則ればアポロの攻略も楽勝……だったはずだが……

 

「許嫁ルート、強制された恋愛関係において一番マズいのはプレイヤーが攻略対象と敵対する事だ。

 あくまでもプレイヤーとヒロインは恋愛を『強制される』側の被害者達であって、プレイヤーは決して『強制する』側に立ってはいけない。

 それを崩した時点で……僕がお前に強制した時点でこのルートは破綻していたんだ」

 

 アポロの攻略をしっかりと考えるのであれば……あの時はハクアかかのんに動いてもらうべきだったのだろう。

 親友を助けてと泣きつくハクア、あるいは協力者を助けてと泣きつくかのん。そういった()()をやらせると考えると非常に胸糞悪いが、許嫁ルートの進行としてはそれが模範回答だったはずだ。

 ただ、そうなったらそうなったで僕は消極的にしか動けなくなるので展開が重くなっていた可能性もある。そういう意味では失敗だったとは言いきれない、むしろ正しい進行を考える事ができたとしてもあえて今の進行を選ぶ可能性もあったが……それを思いつく事すらできず進行にブレが生じていたのは確かだ。

 

「これじゃあ妹の命を人質に関係を迫るだけの最低な奴じゃないか。

 その妹の命を救うという大義名分もあったわけだが……それはそれでなおタチが悪い」

「いや、そこまで不快な思いをしたわけでは無いのじゃが……考えてみるとそういう事になるのぅ」

「ああ。だから……すまなかった」

「……お主でも謝る事はあるんじゃな」

「そりゃそうだ。僕を一体何だと思ってるんだ」

「そうじゃのぅ……絶対的に正しい神であろうとする人間の様……かの」

「それは決して間違いではない。僕は落とし神だからな」

「神の前で神を名乗るとは良い度胸じゃな」

「今のは褒められたと解釈しておこう」

「褒めとらんわい」

「そこはどうでもいい。重要なのはいくら僕が神であっても間違える時は間違えるという事。そしてそれを僕自身が知っている事だ。

 ここ数ヶ月の間だけでも何度フォローしてもらった事か。その度に僕もまだまだだと思い知らされるよ」

「ん? お主ほどの者をふぉろーするとは……一体何者じゃ?」

「……まぁ、教えても大丈夫か。

 エルシィ……ミネルヴァではない方の、僕のもう1人の協力者、中川かのんだよ」



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30 神々は愛を識る

 桂木の事をもっと詳しく知りたい。

 そう思ったのはあやつが謝罪してきた時からじゃ。

 妾から見た桂木、麻美から見えた桂木は常に傲岸不遜で、失敗をしたとしてもそれを強引に正しい行動へと変えてしまうような、そんな存在に見えたのじゃ。

 本人は神を自称しておるが、あながち過大評価とも言いきれぬ。勿論、種族としての神とはまるで異なるが、人間から見れば神の如き存在に見えてもおかしくは無いのじゃ。実際に麻美はそんな感じじゃった。

 

 しかし、桂木は自分の非を認める発言をした。

 絶対的な神であろうとするなら決してできない行為じゃ。

 それは紛れもなく、人間らしい行為。

 

 我ながら身勝手なものじゃ。つい先日まであれほど迫ってきた相手に対して鬱陶しい思いも感じていたというのに、ちょっとした事で途端に興味を持つ。

 ま、妾は神じゃからな。このくらい勝手な方が丁度いいじゃろう。

 

 

 

 妾からの問いかけに対して、桂木は『自分が間違える事がある事を知っている』と返した。

 それに加えて『数ヶ月の間だけでも何度フォローしてもらった』とも答えた。

 コレのふぉろーをできる存在が果たしてこの世界にどれだけ存在しておるのか。少なくとも妾にはできないしやりたくもないのじゃ。

 

 桂木が出した名はあのあいどるの名前じゃ。

 中川とやらについては前にも少し話を聞かせてもらったが、あの時はミネルヴァが倒れておったからあんまり長々とは話せんかったからのぅ。

 この機会に色々と聞かせてもらおうかの。

 

「ところで、あやつとお主はどういう関係なのじゃ?」

「さっきも言ったように『協力者(バディー)』だ。地獄の連中と駆け魂狩りの契約を結ばされた被害者同士というわけだ」

「契約……そうか、そうじゃったな。前にそんな感じの事を言っていた気がするのじゃ」

「この契約を勝手に破棄しようとするとそいつの首が物理的に飛ぶらしい。

 そして、首輪はリンクしている。1つが飛ぶと他の2つ、エルシィの首輪と中川の首輪も作動するようになっているらしい」

「その首輪そんな物騒な魔術が仕込んであったのか!? そうは見えぬのじゃが……」

「……今考えてみたらコケおどしの可能性も十分有り得るな。あのドクロウ室長がミネルヴァの命を危険に晒すってのも少し違和感あるし。

 まぁ、その真偽はどうでもいい。確かめようとして死んだら意味が無い」

「……確かにそうじゃな」

 

 冥界……地獄の悪魔と協力しているという話は前に聞いたはずじゃが、命を握られているというのは初耳じゃ。

 駆け魂の攻略、すなわち恋愛する行為はこやつにとっては命懸けだったのじゃな。

 

「協力者……か。一蓮托生というわけじゃな。

 言葉から感じる雰囲気は軽いのに、とても重い関係だったのじゃな」

「……かもな」

「……お主は……あやつの事をどう思っておるんじゃ?」

「どうと言われてもな……」

「じゃあ質問を変えるが……お主はあやつの事が好きなのかや?」

「何か割と最近似たような質問を受けた記憶があるな……

 好きか嫌いかという極端な2択であれば間違いなく好きだと言える。

 ただ、恋愛的な意味で好きになった事は一度も無い」

「……そうか」

「どうした? 何か不満そうに見えるが」

「何でもないのじゃ」

 

 何でじゃろうな。

 桂木は否定したのに、妾の直感が告げておる。桂木の持つその感情はいつか『恋愛』になる類の物じゃと。

 そしてそれを聞いた妾は……今何を考えておるんじゃろう。

 

 

『アポロ……? アポロ?』

(……麻美か。何じゃ?)

『こっちの台詞だよ。今のアポロ、泣いてるように見えたよ』

(? そちらからは顔は見えぬはずじゃが)

『そんな気がするくらいの感情が伝わってきたって意味だよ。

 まとまらないぐちゃぐちゃした感情だけど、泣きそうな事は伝わってきてる』

(バカを言うでない。どうして妾が泣かねばならぬのじゃ)

『どうしてって……私もあんまりハッキリした事は言えないけど、きっとショックを受けたんじゃないかな。

 桂馬君は完璧に見えるけど、その桂馬君だって誰かの助けを借りる事がある。

 一緒に支え合う人間が居るんだって』

(それは……確かに驚いたが……それがどうして妾が泣く事になるんじゃ?)

『……私にもよく分かってない。けど、私はそう感じたから。

 アポロもきっとそうなんじゃないかなって』

(…………)

 

 麻美にもハッキリとは分かっておらぬようじゃ。

 この気持ちは……強いて言うなら……『寂しさ』じゃろうか?

 ずっと近くに居たはずなのに、どこか手の届かない遠くへ行ってしまったかのような、そんな寂しさ。

 

(……麻美よ。お主は桂木と恋人になる事を諦めた時、こんな気持ちを抱いておったのか?)

『え? うぅん……どうだろう。私はそもそも桂馬君が好きだったのかもよく分かってないから。

 今のアポロの気持ちを感じ取る事はできてるけど、共感はできないと思う』

(……そうか。参考になったのじゃ。

 妾は……自分で思っていたよりも桂木の事が好きだったのじゃな)

『そうだね。中途半端な私よりも、ずっと好きだったよね』

(……そうじゃな)

『私は……私は今の関係で満足してる。でも、アポロはきっと違うよね?』

(うむ!)

『それじゃあ、頑張ってね。精一杯応援してるから』

 

 それだけ言って、麻美の声は聞こえなくなったのじゃ。

 やれやれ、これではどちらが人を導く神か分からぬな。

 

 

「おい、大丈夫か? 何かボーッとしてたようだが」

「大丈夫じゃ。ちょっと麻美と話してたぞよ」

「ああ、そう言えば話せるんだったな。他の連中はそうやって話しているのを見たことが無いが、お前固有の能力なのか?」

「やろうと思えば誰でもできん事は無いはずじゃが……」

「医療……人体の構造を把握しているから、とかかもな」

「かもしれんのぅ」

 

 ……って、違うのじゃ!

 決心したからには行動じゃ! あのあいどるを出し抜く為には……

 

「の、のぅ桂木よ。ちょっとしたおまじないをしてみぬか?」

「おまじないだと? それはどういう効果だ。いつ発動する」

「は、発動? おまじないはおまじないじゃが……」

「だからその効果を訊いてるんだ。大ダメージを受けてもHP1で耐えられるとか、敵から得られるお金が1.5倍になるとか」

「い、いや、その、ちょっと良い事が起こるというだけのおまじないじゃよ」

「フッ、所詮は現実(リアル)のおまじないだな。メリットを具体的な数値で示せないとはナンセンスだ」

「そのくらい良いではないか! いいからやるのじゃ!」

「はいはい、分かった分かった。で、一体何をするんだ?」

 

『で、何をする気なの?』

(見てれば分かるのじゃ)

 

「まずは目を閉じるのじゃ」

「……これでいいか?」

「うむ。そのまま指示するまで目を開けてはならぬぞ」

 

 今、この屋上には妾たち以外は誰も居らぬ。

 そして、目の前の桂木も目を閉じておるから妾が何をしようとしているかは分からない。

 じゃから……

 

 

 妾は、何者にも邪魔されず、そっと、口づけをした。

 

 

「っっ!? お、お前っ!? まさかっ!?」

「はっはっはっ、思慮の女神からの口づけじゃ! きっとご利益があるぞよ!」

「きっとって何だよきっとって!! と言うか唐突に重要イベントをこなすなよ!

 こういうのはもっと伏線を張ってだな……」

「そんなの知らぬ。桂木の唇は妾が奪ってやったぞ!」

「あ、おい待てっ!!」

 

 

 桂木が制止の声を上げるがそれを無視して扉に駆け込む。

 今、止まってしまったら今にも溢れ出しそうなこの白い翼を見られてしまうから。

 想いを告げるのはまだ早い。桂木の活躍は三界全ての存続に関わるから。

 

 じゃが……この件が落ち着いた暁には……

 

「……中川かのんよ。妾はそうやすやすと引き下がったりはせぬからな」

 

 その呟きは、妾と、もう1人だけに届いた。







おまけ

『ところで、さっきのキスってどういう意味があったの?』
「あの中川かのんでも流石にキスはしとらんじゃろう。
 ふっふっふっ、未来のらいばるの一歩先を行ってしまったのじゃ!
 ……ハッ、もしやあれは『ふぁーすときす』というものでは……」
『……私の事、忘れてない?』
「そ、そうじゃった! ぬぅぅ……敵は身内に居ったか!!」
『て、敵って言われても……』


 なお、アポロさんどころか麻美さんよりも先にかのんちゃんがキスしてる模様。
 歩美さんの方が更に先だけど。
 本人にしてみれば割とシリアスな場面のはずなのにネタ寄りになってしまうという……

 あと、母親の麻里さんはずっと早いでしょうけど……まぁ、親はノーカンですね。


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31 その頃の地獄

「一体何だったんだ……?」

 

 アポロと話していたと思ったら突然キスされて、駆け出していった。

 そういう重要そうなイベントを唐突に起こされても困るんだがなぁ……

 今のでせめてハイロゥくらいは復活しててくれたらありがたいが、どうだろうなぁ。

 

 ……まあいい。昼休みのイベントとしては十分こなせた。

 放課後は……どいつもこいつも部活があるのか? 少し待つとするか。

 ……いや、軽音部に堂々と乗り込むとかもアリかもな。決して邪険にはされないだろうし、あのポンコツ女神……女神は全員ポンコツだったか。エルシィのフォローも可能だ。

 あるいは、透明化してから歩美の様子を伺うとか。これが一番無難な選択肢になりそうだ。

 

 ハクアが戻ってきてくれれば手分けして動けるから選択肢の幅が増えそうだが……無い物ねだりしてもしょうがないか。

 そう言えば、あいつは今頃どうしてるんだろうなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『増員の成果は確実に上がっており、前年比では230%以上の伸びが……』

 

 報告会というのは基本的にヒマだ。特別に報告するような事がある場合はともかく、そうでない時は上の人の無駄に長い連絡を聞くだけだ。

 今の私には報告すべき事が無いわけではないけど……流石にそこは弁えてる。

 あの優等生のフィオーレですら正統悪魔社(ヴィンテージ)と関わっていた。誰が敵で誰が味方か、それは全く分からない。

 

「お~い、ハクア? 大丈夫か?」

「え? シャリィ?」

「何だか暗い顔をしていたぞ?」

「……別に。ただ、連絡を聞くだけっていうのも退屈だなって」

「あまりそういう事を言うな。上の人だってこの退屈な話を頑張って考えてるんだろうから」

「退屈である事は否定しないのね……」

 

 さっきから事前に配布された資料に書かれている事を読み上げているだけだけど、せめて真面目に聞いている風に装っておこう。

 顔だけは前に向けて、でも特に集中はせずにぼんやりと辺りを眺める。

 

「……にしても、人増えたわね。

 前の報告会と比べて倍くらいになってるわよね?」

「極東地区の地区長がやたらと増員されてるからな」

「…………」

 

 桂木だったらこういう時、『妙な事が重なるならそれは確実に裏で繋がっている。よく見る展開だ。ゲームで』とか言いそうね。

 桂木の仮説では女神はあの地に集められていて、実際に4人見つかってる。

 それを探す為の増員なのだとしたら……その命令を発した上層部は信用できない。

 

 とは言っても、この駆け魂隊はアルマゲマキナの終戦のすぐ後から普通に存在していた。脱走した旧悪魔の魂を狩る存在として。

 だから駆け魂の……旧悪魔の味方なんて有り得ない。

 ……なんて言ったら『絶対的な味方だと思ってたら実はラスボスとか、よくある展開じゃないか。ゲームで』って言われそうなのよね。

 って、アレ? 何で私は桂木からの反論を的確に予測してるの?

 

 

『さて、事前に配った資料にも記載してあるが、諸君らは通常業務に加えて追加の任務をこなしてもらう。

 ただ、あくまでも駆け魂隊の主任務は駆け魂の勾留だその点を忘れないように。

 その任務とは、『天界人の捜索』だ』

 

 

 天界人……要するに女神って事よね。

 既に4人も見つけましたーなんて事を報告すれば出世できるかもしれないわね。当然しないけど。

 しっかし、何で今なのかしら? 旧地獄の封印が維持されていた時期に捜索しないのは分かるけど、その封印が解かれたのは10年も前。

 ……ここ最近で駆け魂隊の上の方で何かがあったのかしら? 

 

 

『連絡は以上だ。何か質問はあるか?』

 

「……はい!」

 

 桂木からは大人しく目立たないようにって言われてるけど、目を付けられないように自然体に振る舞えって事よね。

 意識して自然体になるのって結構難しいけど……少なくとも、普段の私ならここで質問はする。だからこれで良いハズ。

 

「天界人の捜索との事ですが、それはどういった姿をしているのでしょうか?

 駆け魂隊に任務が下されるという事はそれらもまた人の心に隠れているのでしょうか?」

 

『ふむ……残念ながらその質問には答えられぬ。こちらも情報が不足していてな。

 今、天界の方にも問い合わせをしている最中だ。

 また、駆け魂隊に任務を下したのは唯一の人間界を行き来できる悪魔だからだ。

 先ほども言ったように駆け魂隊の主任務とは外れる。あまり気にしすぎないように』

「……分かりました。ありがとうございました」

 

 天界すらも女神の現状を把握できていない可能性は一応あるのかしらね。

 って言うか天界は今一体何をしているのかしら。女神を探す気があるなら手伝ってほしいのに。

 

 

『他に質問は……無いようだな。

 では、これにて報告会を終了する。各自、一層励むように』

 

 

 気付けば報告会は終わっていた。

 結局女神についてずっと考え込んでいただけで終わったわね。

 ……テキトーにお土産でも買って帰りましょうか。







 想像の中の桂馬にすら勝てないという。


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32 拘束

「ハクア、何を買ってるんだ?」

「うちの協力者(バディー)へのおみやげ」

 

 桂木は晩ご飯の時に甘い物が苦手って言ってたから……この辺でいいか。

 エルシィの好みは昔と変わってないならこれで良さそう。女神になっても味覚は変わってなかったっぽいから多分大丈夫。

 あとは……一応世話になってるから私の協力者にも買っておきましょう。好みなんてさっぱり分からないから適当に勘で。

 

 選択を終えてレジに並ぼうとすると集団が入って来た。先頭に立っていたのはノーラだ。他はいつもの取り巻きみたいね。

 

「あ、ノー……」

「シケてるわねぇ。お前たち、他の店行くわよ」

 

 私と目を合わせたと思ったら挨拶する間もなく去って行った。

 ……よく考えたら女神関係の話は極秘なんだから挨拶すらも避けた方が良かったわね。

 ノーラは意識して無視したんだろうな。そういう意味では少し悔しいけど凄く有能なのよね。

 

「毎度ヤな奴だなあいつ。

 角付きの連中なんて駆け魂の仲間みたいなもんじゃないか!」

「ちょっ、シャリィ? 言いすぎじゃないの?」

「角付き悪魔に力があったのなんて昔の話だ。

 今はもう平等のはずじゃないか」

「……平等、そうね……」

 

 そう言えば、あの子……フィオも角付きだ。

 あの子はどう思ってたのかしらね? 学生時代は仲良くやってたとは思うけど、心の中では鬱屈した気持ちを抱えていたのかもしれない。

 この新地獄は今まで平和だと思ってたけど、一皮剥けば黒い大きな影が蠢いている。

 これからどうなっていくのかしら。この世界は。

 

「どうした?」

「……ううん、何でもない。

 まったくもー。本当にシャクよね。ノーラの奴はー」

「ハハハッ、そうだな」

 

 この地獄がもうどうにもならないなら女神にでも縋るしか無い。

 って、そこまで思いつめてるわけじゃないけど、女神の捜索と復活は最優先で行うべきだ。

 サッサと帰りましょう。何か人数過多な節があるけど、私にしかできない事だってきっとあるはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 入国手続きに比べたら出国の手続きはかなり簡素だ。

 名前と出国目的を告げて、あとちょっとした手荷物検査があるくらいだ。

 

 

 

 たったそれだけ……のはずだったんだけど……

 

 

 

 私が受付で名乗ると同時に顔を隠した3人の悪魔に囲まれていた。

 

「っ!? な、何!?」

「ハクア・ド・ロット・ヘルミニウム殿。公安部です」

「なっ、公安!? どういう事!?」

「あなたに公務法30条違反の告発がありました。ご同行をお願いいたします」

「30条……服務違反!? どうして!? 私は何も……」

「これは逮捕ではありません。事実確認が目的なのでご安心を」

 

 はい、安心します……ってなるわけないでしょうが!!

 ここで逃げ出すと……この浮島が封鎖されるだけでしょうね。そもそもこんな音も無く囲んでくるような相手3人から逃げられる気がしない。

 ……ここは、大人しくしておきましょうか。

 

「……分かりました。どうぞ調べてください」

 

 無視して進む事ができないなら、この場面での理想の結果は可能な限り早く釈放される事。

 色々と気になる事はあるけど、全部考えてたらキリが無いからまずはそれを目標にする。桂木に情報を投げておけば後は勝手に答えを出してくれるでしょう。

 

 

 ……ただ、無事に脱出するには問題がある。

 前に桂木にちょっと話した事だけど、『他人の羽衣の深い機能は使えない』

 そして、本人すらも簡単にはアクセスできない機能がある。

 その機能とは、ログの収集。

 特に座標データはかなり厳重に管理されている。そこを調べられるとここ数日間の私の居場所がバレる。

 どうにか破壊したとしても頑張れば大体は復元できるらしい。

 一応、入出国の時にはダミーログを提出してるけど……オリジナルのログを渡せと言われたら厳しいかもしれない。

 ああもう、こういうのは桂木かノーラの得意分野でしょう!

 ……何とかしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、僕は透明化してから歩美の様子を伺う事に決めた。

 僕は歩美が好きだという設定だからな。正面から乗り込むと歩美が萎縮するだろう。

 というわけで、放課後だ。

 

「なんだか懐かしいね。こうやって隠れるのも」

「……そうか、お前と2人だけで隠れるのって何気に初めてじゃないか?」

「あれ? ……確かにそうかも」

 

 今回エルシィはエルシィとして軽音部に参加するから部屋の隅で隠れているのは僕とかのんだけだ。

 羽衣さんが居ないと透明化もままならないので、『僕とかのんとエルシィが揃っていてなおかつエルシィだけが隠れない』という条件を満たさないと2人で隠れる事にはならない。

 そもそも学校でかのんとエルシィが揃うのがレアだからなぁ……。

 

 

 

「よーし! 今日もやるぞぉ!!」

「はい、精一杯頑張らせて頂きます」

「……あれ? 結? エリーの声真似した?」

「い、いえ……わざわざそんな事しませんよ」

「……え、エリー。もう一回行くぞ。

 今日もやるぞ!!」

「え? はい。精一杯頑張らせて頂きます」

「エリーが壊れた!! 誰か、衛生兵!!」

「あ、あの……どうしてそこまで大騒ぎされるのでしょうか?」

「お前の口調が明らかにおかしいからだよ!!

 どうしたの!? 何か悪い物でも食べた!? それともあのアホ兄貴に何かされたの!?」

 

 誰がアホだ。そして僕はそいつには何もしてないぞ。

 

「何を仰っているのかよく分かりませんが……舞校祭まで時間があまり無いんですよね? 頑張りましょう」

「待って待って! うちらの知ってるエリーはもっとポワポワしたドジっ娘だったはずだ!! お前絶対偽物だろ!!」

 

 

 ……案の定騒ぎになってるな。

 

「……私、今からでも出ていこうか?」

「いや、別にいいだろ。どうせすぐにメッキが剥がれるし」

「ミネルヴァさんは果たしてメッキって呼んで良いのかなぁ……」

「……さぁな」







 羽衣さんに記録されるログデータの種類はイマイチはっきりしませんが、単なる位置座標のデータなら音声データや視覚データと比較してかなり軽そうなので確実に入ってそう。サボリ防止の為のデータとしても結構有効そうですし。
 音声データや視覚データの記録は地獄の技術力なら普通に収集できそうですが……どうなんでしょうね? 技術的な問題だけじゃなくてプライバシーの問題もありそうです。

 原作におけるリューネさんの行動を見る限りでは『女神の宿主は誰か』という所までは突き止められていなかったようなので、音声・視覚の入手はできていなかった模様。そもそも収集していなかったのか、復元に失敗したのかは不明ですけどね。


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33 言葉の裏側

 そう言えば前回で300話を達成していたようです。
 皆様の応援に感謝します。




 結論から言うと、エルシィの偽物疑惑は数分で晴れた。

 

 

「さて、張り切って参りましょう」

 

 ギィィィン!!!!

 

「ちょ、エリー! 音量大きすぎ!!」

「うわっ、す、すみません。えっと、最小にして……」

 

 ギャィィィィィィン!!!!!!!!

 

「ちょ、更に大きくなってる!!」

「す、すみません!!」

 

 

 

  ~~演奏終了後~~

 

「~~♪ 良い調子です」

「……おい、エリー」

「どうかしましたか?」

「……どうして! 何かこう……エリーっぽくなってるんだ!!

 ここ数日はまともな感じの演奏だったじゃないか!!」

「あ、あの、私っぽい演奏とは……?」

「何かこう……エリーっぽい感じだよ! なあ皆!!」

「そ、そうだね……エリーっぽい感じだったね」

「何て言って良いか分からないけど……エリーっぽい感じだった」

「エリーさんっぽい感じという表現が一番しっくり来ますね」

「何なんですか! 私っぽいって!!」

 

 

 

「……なぁ、中川」

「ん? なあに?」

「演奏を聞いた感覚だけで個人を特定できるものなのか?」

「耳が良い人なら余裕だよ。

 ただ、普通の人でも分かるほどの演奏っていうのはそうそう無いね」

「……エルシィって、ある意味天才だよな」

「……そうだね」

 

 とまぁそんな感じでかのんが疑われるきっかけにもなった『演奏の腕』が決め手になって本物認定されたようだ。

 口調が何かおかしい事は……ひとまずスルーされたらしい。

 

 

「よっし、舞校祭まで時間も無いからな。仕上げていくぞ!」

「「「「おー!」」」」

 

 

 そうだな。もうじき舞校祭なんだよな。

 ギャルゲーにおいてこの手のイベントは重要イベントだ。上手く活用できれば攻略を一気に進められる。

 但し、日時は固定な上に誰か1人にしか使えない。いや、2日間あるから一応2人まで使えるか。1人に絞った方が効果的だが。

 現状の日程で攻略に組み込めるだろうか? 使うとしたら誰に使う?

 ……いっそのこと舞校祭までに女神攻略を全部片付けておけば悩まずに済みそうだな。流石に無理だと思うが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公安に囲まれて連れてこられた先は独房のような場所だった。

 これ、どう見ても完全に犯罪者扱いよね。相当ヤバい状況なのは間違いない。

 連れてこられた名目は服務違反って話だけど、こんな扱いをされるような事をやらかした記憶は無い。強いて言うなら……エルシィを助ける為に持ち場を離れてた事かしら。一応、服務違反になるわね。ちょっとサボるくらいなら誰でもやってるから問題になる事はまず無いはずだけど。

 

 しばらく考えていると外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 扉の向こうの公安の見張りと、やってきた誰かが会話しているようだ。

 

『は~い。久しぶり』

『あ、ど、どうもです!』

『ども~。お父さん元気~?』

『は、はい! レオリアの方にはいつも良くして頂いてて……』

『あ~、いーのいーの。

 それより、中に居るのとちょっと話せる?』

『どうぞどうぞ! ご遠慮無く!』

『素直な子は好きよ~。あ、私が来たことはナイショね』

 

 姿を見るまでもなく分かった。扉を開けて入ってきたのはノーラだった。

 

「ノーラ? どうしてこんな所に」

「ちょっと待ちなさい。防音するから。

 ……これでおっけー。

 で、何でここにって? それはこっちの台詞よ。お前一体何をやらかしたのよ」

「……服務違反……らしいけど」

「フワッとしてるわねぇ……

 まぁ、アレでしょ。どうせ室長に正統悪魔社の事でも報告したんでしょ?」

「え? 違うわよ?」

「……え? 違うの? クソ真面目なお前なら室長にバカ正直に報告してそうだと思ったけど」

「……も、勿論そんな事してないわよ!」

 

 実を言うと、しそうになった。

 しかし、こっちに来る前に桂木と話したら……

 

『何で報告の必要がある。あいつ、下手すると僕達よりも現状を把握してるぞ。

 それに、地獄なんてキナ臭い連中の本拠地だろうが。そんな所で無闇に接触するんじゃない。

 むしろ反目し合ってる風にするくらいの方が室長も100倍助かると思うぞ』

 

 って言われた。

 地獄を悪く言われたのは少しムカついたけど、それ以外は筋が通ってる。流石に露骨に反目するような態度は取らなかったけど、報告は止めておいたのだ。

 

「お前が室長に報告してて、室長が実は正統悪魔社だったっていう筋書きなら話は分かりやすかったんだけど、これはどういう事かしらね……

 本当に服務違反だけでしょっ引かれたって事は無さそうだし」

「ただの服務違反でこれだけ厳重にやってたら公安が確実にパンクするでしょうね」

「正統悪魔社の件と無関係の可能性も有り得なくはないけど、流石に楽観視し過ぎでしょうね。

 ただ、そうなると公安が動いたってのが気がかりだわ。

 正統悪魔社の根っこの部分は地獄の相当深い所に繋がってる事になる」

「…………」

 

 悔しいけど、桂木の言っていた台詞が否定できなくなってきている。キナ臭い連中の本拠地っていう台詞が。

 周りは敵だらけで、誰が味方かも分かりはしない。

 早く、皆の所に帰らないと。

 

「……ノーラ、私を連れて脱出する事ってできる?」

「ハァ? 何寝言を言ってるのよ。無理に決まってるでしょ。

 それに、私は正統悪魔社に付く事にしたから」

「……はぁっ!? ど、どういう事よ!?」

「だってぇ、正統悪魔社に協力した方がどう考えてもおトクじゃない。

 ただのゴロツキ集団じゃなくて上層部とのコネもあるみたいだしぃ」

「だ、だからって……昨日は何か凄く怒ってたじゃないの!!」

「個人の感情で利益を蹴るほど私はバカじゃないわ。

 さ~ってと、私は色々と手を回してお前たちとは無関係だったって事にするから。

 ま、せいぜい頑張んなさい」

「そんなっ!! くっ、一瞬でもお前を信じた私がバカだったわ!」

「ホッホッホッ。負け犬の遠吠えね。

 この後のアナタなどうなるのかしらね~。拷問紛いの尋問とかが待ってるんでしょうね。キャー怖い。

 自白したらアウトなのは勿論、反抗的な態度を取るだけで反逆罪に問われるかも。そうなったらジ・エンドね。

 ま、()()()()()()()()()()()

 

 そう言い捨ててノーラは出て行った。

 あいつ、本当にムカつく! って思ったけど……何か今の会話違和感があったわね。

 よく考えてみよう。言葉の裏の意味を読むのは最近慣れてきてるから。

 

 そもそも、正統悪魔社に付く事を私に言う必要が無い。味方のフリをしてれば私から情報を引き出せてたかもしれないのに。

 ……私が尋問でノーラの事を吐いてしまっても大丈夫なようにしたかったのかしら? ノーラだったらいざという時に本当に裏切るくらいはしそうだ。その為の布石だろう。

 その後の会話では『次は拷問紛いの尋問が待ってる』とか『反抗的な態度を取るだけで反逆罪』とか『反逆罪に問われたらジ・エンド』とか言っていた。

 私の考えすぎかもしれないけど、これは遠回しなアドバイスなの?

 『尋問があるから覚悟を決めておけ』『揚げ足を取られるような事だけで反逆罪になる』『反逆罪に問われたらジ・エンドだけど、逆に言えばそれさえ凌げば大丈夫』

 ……考えすぎかもしれないけど、そう解釈しておこう。今の私にはそれに縋る事しかできないから。

 

 

 ……え? 何で言葉の裏の意味を読むのに慣れてるかって?

 だって、桂木と中川の会話って主語とかその他諸々が毎回省略されてるのよ! そりゃあ深読みの技術が身につくわよ!!

 って言うかあいつらアレでただの協力者だって言い張るのよ!? あんなに通じ合ってるただの協力者が居てたまるもんですか!!

 もういっその事結婚でもしなさいって話よ!!

 

 ……少し取り乱した。落ち着きましょう。

 今は……オリジナルのログを可能な範囲で消去しときましょうか。羽衣は没収されてないからそれくらいはできる。

 復元の手間をちょっと増やすくらいしかできないかもしれないけど、なるべく頑張ってみよう。







 うちのハクアさんは室長に報告などという無駄な事はしませんでした。原作と状況が違いますからね。
 原作において、ハクアが捕まった一番の原因は何なんでしょうね?
 ドクロウがハクアを犯罪者に仕立て上げて自由に動かせる手駒を作りたかった可能性もそこそこありそうな気もしますが……それをやるくらいなら普通に人間界に返しても問題は無さそうです。むしろ手間が増えるだけ。
 となると、やっぱりシャリィの密告が決め手だったんでしょうね。
 ハクアを地区長から引きずり降ろしてリューネさんをねじ込むだけのはずだったのに余罪がザクザク出てきてヴィンテージも驚いてたかも……?

 何故か強化されてる深読み技術!
 ハクアを助ける気があればノーラさんならこれくらいは言ってくれそうな気がします。


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34 女神の神託

 軽音部の活動終了後、僕達は帰路に就いた。

 アポロと一緒に下校するつもりだったんだが、どうやら先に帰ってしまったようだ。仕方ないので3人で下校している。

 

「ううむ、納得が行きません。私っぽい演奏って何なんでしょうか……?」

「……きっとアレだ。お前の演奏が高次元過ぎて人間には表現できなかったんだろう」

「なるほど! 流石は神様です。

 女神として覚醒しているとやはり演奏にまで影響してしまうんでしょうね」

(……テキトーに言ってみたが、あいつの演奏は何か変わったのか?)

(いや、私も元の演奏なんてそんなに聞いたことないし。軽音部の皆に訊いてよ)

「どうかしましたか?」

「ううん~、何でもないよ~」

 

 攻略とは何の関係もないとりとめのない話をしながらの下校だ。

 今日は朝から夕方まで積極的に仕掛けたイベントは少なかったな。丁度いい小休止だった、としておこうか。

 

 

 家に帰ると玄関の所に誰かが立っていた。

 ハクアではない。あいつなら羽衣さんでピッキングして勝手に入るだろうから。

 誰かと思って警戒しながら近付いてみたら……そこに居たのはアポロだった。

 

「やっと帰ってきたか。待ちわびたぞよ」

「アポロ? どうしてここに?」

「ちょっと用事があってのぅ。ひとまず上がらせてはくれぬか?」

「ああ、構わん。鍵を開けるからちょっと避けてくれ」

「うむ」

 

 

 アポロをリビングに通して、かのんはお茶汲みに入り、エルシィは僕の隣に迷い無く座った。

 それで良いのかエルシィ。お前たちって姉妹だよな?

 

「で、こんな時間にどうした?」

「まずは良い報告からさせてもらうのじゃ。

 むぅん!!」

 

 アポロが気合を入れると見覚えのある純白の翼が広がった。当然のように頭上にはハイロゥも輝いている。

 

「ほぅ? その段階まで戻ったのか」

「うむ! お主と屋上で別れた後……ちょっと色々あってのぅ。無事に翼まで復活したのじゃ」

「色々……まぁ、深くは訊かんでおこう」

 

 あの時のフラグを無視したようなキスだけで翼まで復活するとは思えないから本当に何かあったんだろう。

 例えば郁美と話して家族愛を育んだとか?

 ……何か負けたような気分だな。そもそも比べるもんじゃないが。

 

「何はともあれ、良かった。おめでとう」

「おめでとうございます。お姉様」

「……おめでたいのじゃが、そこまで淡々とした反応だと釈然としないものがあるのぅ。

 まあええわ。それで、もう一つやっておきたい事が……」

「アポロさん。お茶どうぞ」

「む、丁度良い。お前も入るのじゃ」

「え? 何の話なの?」

「妾の力が戻ったからにはやることは一つじゃ。

 桂木なら当然分かっておろう?」

 

 当然のように話を振られたが、一体何だ?

 アポロの力が戻ったらやる事……ああ、そういう事か。納得したよ。

 

「神託、だな?」

「そういう事じゃ。

 今から妾はミネルヴァと協力して神託の為の占術世界を構築する」

「占術世界?」

「未来を知る為の仮初の世界の事じゃ。

 説明が難しいが……まぁ、行けば分かるはずじゃよ」

「……まあいいだろう。念のため訊いておくが、危険は無いんだな?」

「無いのじゃ。あったとしても所詮は仮初じゃ。全く問題ないぞよ」

「分かった。じゃあやってみてくれ」

「では、皆で手を繋いで輪を作るのじゃ。

 あ、ミネルヴァとは直接手を繋がせてもらうのじゃ」

「という事は……エルシィはそっち、かのんはこっちだ」

「そうなるみたいだね」

「了解です」

 

 一番近い位置で輪を作ろうとするとエルシィが丁度アポロの反対側に来てしまうので場所を入れ変えて準備完了だ。

 

「では、始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、目の前には澄んだ空が広がっていた。どうやら占術世界とやらに入ったらしい。

 ふと足元を見てみるとそこには何も無かった。地面すらも。ただ、自由落下してるような感覚は無いので透明な板のようなものが張られているのだろう。

 ……更に周囲を確認すると円形の巨大な魔方陣のようなものが浮かび上がっており、僕は……僕達はその内側に立っているようだ。

 

「よし、接続成功じゃな」

「お姉様との共同作業は300年振りですが、上手くいったようで何よりです」

「うわっ!? 落ち……ない? うぅぅ……何か怖いよ」

「下を見下ろす為の足場じゃから透明なのは我慢して欲しいのじゃ。

 安心せい。この魔方陣から出ても落ちたりはせぬし、さっきも言ったようにあくまでも仮初の世界じゃから死んでも大丈夫なのじゃ」

「仮想現実によるシミュレーションみたいなものって事か?

 ゲームみたいな空間に入るのは僕も初めてだな」

「妾の能力をゲームに例えるのは何か嫌じゃが……あながち間違いとも言いきれんのぅ」

 

 僕達の眼下に広がるのはどこかで見たような街並みだ。地図を見るとよく見かけるような感じの。

 ……やはり、舞島の街のようだな。学校とか五位堂の家とかは大きいのでよく見える。

 

「今見えておるのはこの舞島の街のイメージじゃ。

 良い運気に満たされておれば輝いて見え、逆に悪い運気に満たされておるならば……見せた方が早いのぅ。

 この世界の刻を何日か進めてみるのじゃ」

 

 アポロがそう告げてからほんの数秒後、海のある一点から何か黒い物が吹き出し、街全体を覆ってしまった。

 しばらく眺めていると、黒い靄は薄れ、更地となった街が姿を現した。

 

「あ、アポロさん……? これって……」

「更地にしたのは妾が操作したからじゃが……今のままではそのくらいの事が起こると捉えておいて欲しいのじゃ」

「……アポロ、これは何日後の未来だ?」

「申し訳ないが、そこまでは分からぬのじゃ。ただ、1週間より遠いという事は無さそうじゃな。

 下手するとその半分も怪しい」

「最長で3~4日、か」

「妾が行っておるのはあくまでも占術……占いじゃ。決して定められた未来の予言ではない。そもそも未来とは不定のものじゃからの。

 じゃから、お主の努力次第でこの結末を回避する事は可能じゃ」

「そんな事は当然分かってる。不変の未来の占いなんて存在意義が無い」

「そうかのぅ……? まあよい。

 酷なようじゃが、この世界の未来はお主の働きに懸かっておる。

 頼む。妾の残りの妹たちを、どうか見つけ出してほしい」

「……一応確認しておくが、女神を全員復活させる事がこのゲームの勝利条件なんだな?」

「断言はできぬ。じゃが、きっと何とかしてみせるのじゃ」

「……いいだろう。今までも全力でやってきたが……全力を尽くさせてもらおう」

「うむ。では最後に、妾からの神託を下すぞよ」

「さっきまでのが神託じゃないのか?」

「アレはあくまで占術じゃ。神託とはまた別ぞよ」

「ふぅん。なら聞かせてもらおうか」

「うむ、では心して聞くぞよ」

 

 

 アポロは目を瞑り、両手を組み、歌うように言葉を紡ぎ出した。

 

 

 

 

 三百年の時を経て六柱の女神は運命の地へと舞い降りる

 

 冥界より来たる互助の女神が舞い降りるは人間の神と姫の身許。其の者が存在する場所こそが運命の集結点となる

 

 『純真』の女神は十年の時を経て帰還する

 

 『思慮』の女神は邂逅を果たす

 

 『互助』の女神は地に伏せ、運命が動き出す

 

 『創造』の女神は猛りと共に顕現す

 

 『勇気』の女神は疑念の先に輝きを取り戻す

 

 『叡智』の女神は始まりの刻より神姫の傍らにて眠る

 

 六柱の女神が顕現せし時、運命の地を襲う大いなる災厄は振り払われるであろう

 

 心せよ。答えを未来に問うなかれ。答えは汝の過去にあり。汝の心の内にあり

 

 あらゆる可能性を疑い、意識の隙間を埋めよ。最後の答えはそこにある

 

 

 

 

 

 ゲームのオープニングにでも流れそうな詩だな。

 こういうのに重大なヒントや伏線が隠されていて、2周目のプレイ時に感動したりするものだが……この詩ではどうなんだろうな。

 

「……こんな感じじゃな。あ、内容についての質問はされても困るのじゃ。

 こういうのは言葉が突然降ってきて、それを妾が口にしてるだけじゃからのぅ。

 大抵はわけが分からぬから解釈が大変じゃ。面倒だったら無視しても構わぬ」

「それでも質問させてくれ。『純真』とか『思慮』ってのは?」

「それだったら答えられるのじゃ。妾たちユピテルの姉妹に付けられた称号のようなものじゃ。

 『創造』の女神ウルカヌス、

 『思慮』の女神アポロ、

 『純真』の女神ディアナ、

 『互助』の女神ミネルヴァ、

 『勇気』の女神マルス、

 『叡智』の女神メルクリウス。

 以上じゃ」

「……思慮? お前が?」

「どういう意味じゃ!!」

「そういう意味だよ」

 

 その反応が返ってくる時点で思慮っぽくない自覚はあるよな?

 まぁ、神託を下すっていうのは思慮っぽいかもしれんな。性格じゃなくて能力基準なんだろう。

 

 しっかし、神託ねぇ……

 答えを未来に問うな、過去にある。

 これは、既に女神には会っているという事だと解釈していいのか?

 一体どこまで信用して良いものやら。とりあえず後でメモしておこう。

 

「では、戻るとするかの。もう一度手を繋ぐのじゃ」

 

 アポロの指示通りに手を繋いで目を瞑る。

 少し待って目を開けた時には、僕達はいつものリビングに立っていた。







こんな感じの気取った文章を使う話はディアナ編を書いてた頃からずっとやりたいと思ってました。
まぁ、最初の想定と比べて結構色々と内容が変わってるんですけどね。最後の文なんか投稿前日に加筆してます。


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35 読解

 PFPのメモ帳機能……ではなくメーラーで神託の文面を打ってついでにかのんにも送信しておく。

 

「あ、ありがとう。覚えきれてなかったから助かったよ」

「その神託とやらが役に立つかは分からんがな」

「あの……桂馬君、私にも神託の内容を送ってくれない?」

「ん? ……ああ、麻美か。構わんが、アポロ自身は覚えてないのか?」

『もう既にうろ覚えぞよ。妾が文面を考えているわけではないからのぅ』

 

 そういうものか。まぁ、別に構わん。

 麻美と、ついでにエルシィにも送っておく事にする。

 

「さて、これの解読と今後の計画、どちらを優先すべきか」

「分担しようか。攻略計画は桂馬くん1人で立てられるよね?」

「お前が協力してくれた方が穴のない計画になりそうだが……そうだな。解読の方は頼む」

 

 かのんもこっちに回すと残ってるのが女神コンビと麻美だけになる。

 麻美はまぁ……まともだが、女神が当てになる気がしない。かのんに手綱を握ってもらっていた方がいいだろう。

 

「じゃ、上に行ってるから何か用があったら呼んでくれ」

 

 歩美の攻略か。

 他の攻略に専念する為に一旦落ち着かせた状態だが……どうひっくり返すかな。

 ウルカヌスみたいに殺されかけるのは勘弁してほしいぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、こっちも始めようか。

 あ、でも……麻美さん時間は大丈夫なの? 門限とかあるよね?」

「まだ大丈夫。中川さんと一緒の方が良い考えが思いつきそうだから一緒に考えさせてほしい」

「分かった。あと、私の事は名前で呼んでいいよ。て言うか呼んで」

「え? えっと……かのん……さん?」

「……それはそれで微妙に距離を感じるけど……まあいいや」

 

 こっちだって『麻美さん』と呼んでるから文句を言える立場じゃない。

 解読を始めるとしようか。この先の攻略の助けになるかもしれないから。

 

 

      ………………

 

 三百年の時を経て六柱の女神は運命の地へと舞い降りる

 冥界より来たる互助の女神が舞い降りるは人間の神と姫の身許。其の者が存在する場所こそが運命の集結点となる

 『純真』の女神は十年の時を経て帰還する

 『思慮』の女神は邂逅を果たす

 『互助』の女神は地に伏せ、運命が動き出す

 『創造』の女神は猛りと共に顕現す

 『勇気』の女神は疑念の先に輝きを取り戻す

 『叡智』の女神は始まりの刻より神姫の傍らにて眠る

 六柱の女神が顕現せし時、運命の地を襲う大いなる災厄は振り払われるであろう

 心せよ。答えを未来に問うなかれ。答えは汝の過去にあり。汝の心の内にあり

 あらゆる可能性を疑い、意識の隙間を埋めよ。最後の答えはそこにある

 

      ………………

 

 

「女神の封印の期間は大体300年くらいだよね」

「はい、その通りです。私がエルシィとして地獄で過ごしたのはおおよそ300年です」

 

 これで1行目の『三百年の時』の意味は分かった。

 ……だからどうしたって話だけどさ。

 

「『六柱の女神は運命の地へと舞い降りる』

 運命の地っていうのはここの事だよね? 後の方でも大きな災厄が運命の地を襲うって書いてあるし」

『おそらくはそういう事じゃろう。舞島の街へと我々が舞い降りるという事じゃな』

 

 という事は、やはり女神に欠員が出ているなんて事は無さそうだ。

 6柱の女神は必ず存在する。

 

「『冥界より来たる互助の女神』

 これは間違いなく私の事ですね」

「互助はエルシィさんの……女神ミネルヴァの事だよね?

 人間の神と姫っていうのは私たちの事かなぁ」

『そもそも『人間の神』という言葉が矛盾しておるからのぅ。厳密な意味での神と姫では無さそうじゃな』

「エルシィさん、桂馬君となか……かのんさんの事を『神様』『姫様』って呼んでるよね?

 そのまま捉えていいんじゃない?」

 

 エルシィさんが舞い降りたのは私たちが居た場所だ。その解釈で間違い無いだろう。

 その次に続く文は……そのまんまの意味だね。私たちこそが運命の集結点だ。

 

「『純真』はディアナさん、『思慮』はアポロさん、『互助』はエルシィさん、『創造』はウルカヌスさん。

 あと、『勇気』がマルスさんで『叡智』がメルクリウスさんだったよね?」

『その通りじゃ』「その通りです」

「……私たちが会った順と同じだ。エルシィさんだけはちょっと違うけど、大きなイベントが起こった順番としてはこの順番だ」

『確かに、そのようじゃな。後半の文も大体合ってるのかや?』

「ディアナさんの宿主の天理さんがこの街を離れてたのは10年。ピッタリと一致してるよ。

 アポロさんはちょっとフワッとしてるけど、ディアナさんに会えたって事なら通る。

 エルシィさんは倒れて、そこから一気に色んな事が……運命が動き出した。

 ウルカヌスさんは……そりゃあもう怒ってたね。それ以上に月夜さんが怒ってたけど」

『姉上の登場はちょっと見てみたかった気もするのぅ……』

「姉上? 誰の事?」

『妾の姉上はウルカヌス姉様しかおらんぞよ。妾は次女じゃからな』

「ちなみに、ディアナさんは三女らしいよ。ミネルヴァさんは……五女だっけ?」

「いえ、四女です。五女はマルスで、末妹にメルクリウスと続きます」

「……エルシィさん、末っ子じゃなかったんだ」

「あの、姫様? それはどういう意味でしょうか?」

 

 エルシィさんに2人も妹が居た問題は置いておいて、次に移ろう。

 4人の女神を既に攻略しているからその辺の情報はもう要らないけど、残り2人に関しては何か分かるかもしれない。

 

「『疑念の先に輝きを取り戻す』か。どういう意味だろ、コレ」

「疑って、復活する? 女神の力って『疑い』の感情じゃ復活しないよね?」

『そりゃそうじゃ。疑いなどネガティブな感情の筆頭ではないか』

「疑う事自体は別に悪い事では無いと思うけど……

 ん~、疑いを乗り越えた先に、愛は生まれるって事かな」

 

 次に攻略予定なのは歩美さんだ。

 何か疑われるような事をやらかすんだろうか?

 ……心構えだけはしておこうか。次だ。

 

「『始まりの刻より神姫の傍らにて眠る』

 ……この、神姫っていうのはさ……」

『ほぼ間違いなく、お主らの事じゃろうな。神と姫でまとめて神姫じゃろう』

「……そう解釈すると、最初からずっと側に居るって事になるよね?」

『そうなるのぅ』

「…………メルクリウスさんってどんな人……もとい、女神なの?」

『一言で言うと術式オタクの寝ぼすけじゃな』

「『叡智の女神』というくらいなので知識量において右に出る者は居ません。

 無駄にしか見えないような知識も沢山ありますけど……」

「う~ん…………」

 

 私の中で眠っている可能性、あるのかな?

 『始まりの刻』の解釈で他の可能性も生まれるかな? いや、私と桂馬くんが契約を結ばせられてから今に至るまで、私たちに最も近付いているのは私自身くらいしか居ない。

 ……いや、もう1人居るか。

 

「念のために訊いておくけど、エルシィさんの中にメルクリウスさんが居るって事は無いよね?」

「いや、流石に居たら気付きますよ」

「だよねぇ……」

『解釈が誤っている可能性もあるのじゃ。分からんものは気にしない方が気が楽じゃよ』

「それ良いのかなぁ。神託を下した人に失礼じゃないかな。一応アポロさんではないんだよね?」

『その辺の解釈は任せるが……神託なんてそんなもんじゃよ』

 

 重ねて言っておくけど、私の中には女神は居ない……気がする。

 ……次、行こうか。

 『六柱の女神が顕現せし時、運命の地を襲う大いなる災厄は振り払われるであろう』

 これは……そのまんまの意味で大丈夫そうだ。次!

 

「『心せよ。答えを未来に問うなかれ。答えは汝の過去にあり。汝の心の内にあり』

 これは……どういう意味だろう?」

『神託にはよくあるんじゃよ。こういう誰に伝えたいのか分からん文が』

「……神託って一体……?

 えっと……汝っていうのは明らかに誰か特定の人に向けて言ってるように見えるけど、私と桂馬くんの事でいいのかな?」

「かのんさんと桂馬君が中心に居るなら、そういう事になる?」

「この場面で誰かに訴えかけるのであれば神様と姫様以外には居ないでしょう」

 

 この言葉を普通に解釈するなら……私か、あるいは桂馬くんは気付いていないだけで既に『答え』を知っているという事だ。

 

「この『答え』っていうのと次の文章に出てくる『最後の答え』っていうのは同じものなのかな?」

『『あらゆる可能性を疑い、意識の隙間を埋めよ。最後の答えはそこにある』か。

 ちょっと分からんぞよ』

「前半がマルスさんで、後半がメルクリウスさんを指してる可能性もあり得る?」

 

 マルスさんの居場所については多分歩美さんで確定だろう。よっぽどてこずらない限りは行方不明の女神よりも攻略完了が遅くなるという事は無いはずだ。

 と言う事は……うーん……

 

「……きっといつか分かると信じておく事にしようか」

『先延ばしというヤツじゃな』

「……一応、神託によれば次はマルスさん、多分歩美さんだし、そっちの攻略が終わってからまた考えてみる事にするよ」

 

 疑問がスパッと分かるような能力だったら良かったのに、融通が効かない能力だ。

 今日はもうゆっくり休むとしよう。明日からも、また頑張らないと。



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36 漏洩

 残り時間は1週間の半分も無い。

 アポロの言うことを信じるならせめて舞校祭が終わるまでそっとしておくという選択肢は潰えたようだ。

 しかし一体何が起こるんだ? ヴィンテージの連中が関わってくるならロクでもない事なのは間違いなさそうだ。

 

 幸いな事に舞校祭はもうすぐそこだ。このイベントを利用すれば歩美の攻略はそう難しいものではないだろう。

 

 問題は、その次。最後の女神だ。

 

 ここまで来て見つからないという事は流石に無いだろう。既に見つけている誰かが宿主だ。

 しかし、記憶が戻っているらしい人物は居ない。

 ならば、一度フラットにした状態で考えて記憶以外の条件を考慮した場合、一番怪しいのは僕に最も近い人物、かのんだ。

 

 いや、問題はそこじゃない。目星を付けた所でそれがハッキリとは確定しない事だ。

 歩美は速攻で片付けるとして、その後にどれだけ時間がかかるのか。目的地が分からないようでは予定など組みようが無い。

 かのんが宿主だと断定して外したら大惨事だぞ。

 歩美を攻略したら状況は変わるのだろうか? 先送りにするしか無いのか?

 

 ……今は、歩美を攻略する事だけを考えよう。選択肢はいくらでもあるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 ……結論から言うと、彼の考えた計画はほぼ無駄となる。

 何故なら……今日、この街の某所で、とある2人の女子のこんな会話があったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「おーい歩美! 一緒に帰ろうぜー!

 今日は近くのコンビニで新しい肉まんが出るから一緒に買い食いしよー」

「ちひろったら、また肉まんなの? よく飽きないね」

 

 

 2人の女子とは、言うまでもなく高原歩美と小阪ちひろだ。

 幼馴染みである彼女たちは非常に仲が良い。

 ちひろが中学生の頃に帰宅部になってからは一緒に下校する頻度は減ってしまっていたが、一応同じ部活になった今では以前以上に一緒に帰っているようだ。

 

 

 

「見よ! あれが新発売の肉まん、その名も『オムそばまん』だ!!」

「……うちの外パンのパクリじゃないでしょうね?」

「さーねー。食べてみれば分かるんじゃない?

 店員さん! 新発売のヤツ2つ!」

 

 

 コンビニの店員からそれを受け取って店を出る。

 味の方は……いつものオムそばパンとは違ったようだ。

 

 

 

「ん、外パンとは違うね。これはこれで美味しいけど」

「よっぽど混んでたら買いに来るのもアリかも」

 

 

 買い食いを終えた2人はゴミをきっちりゴミ箱に捨ててから下校を再開する。

 のんびりと、雑談をしながら。

 

 ……例えば、こんな雑談。

 『うちのクラスで、妙な事を言ってる奴が居たよ』とか。

 

 

「そーいえばさ、桂木の奴がさ」

「えっ、ど、どうかしたの?」

「? 歩美こそどうかしたの? 何か挙動不審だけど」

「そ、そんな事無いわよ? それで?」

「あ~、うん。何か『何とかの姉妹』って知ってるかって訊いてきたんだよ」

「姉妹? どういう事?」

「いや、知ってるか知らないかだけ聞いたらすぐに話を止めちゃったんだよ。

 何て言ってたんだっけかなぁ……あ、思い出した。『ユピテルの姉妹』だ」

「……えっ?」

「『ユピテルの姉妹』だよ。何だったんだろうね」

「…………どういう……こと……? 何で、桂木が……?」

「歩美? どうかしたか?」

「……ごめん、ちょっと、今日はもう帰る」

「え? おーい!

 ……行っちゃった。何だったんだろう?」

 

 

 

 こうして、神託の通りの舞台が整えられる。

 しかし、案ずる事は無い。

 絶望を越えた先にこそ希望が輝くように、疑心の果てにこそ真の信頼が生まれるのだから。







 というわけでかなり短いけどここまでです。
 歩美編(マルス編)の導入をどうしようか迷っていましたが、せっかくだからこんな感じのものを考えてみました。
 『攻略中に女神と関わっている事をバレる』というのは原作でも無かった展開ですね。その辺の情報はちひろが止めてたので。
 ……これ、ちゃんと攻略できるんでしょうかね……本文の最後に何か偉そうな事を書いてますが根拠は全くありません。
 きっと落とし神様なら何とかしてくれるハズ!!

 ……なんて事を書いてみましたが、実際に数話書いてみたら割と何とかなりそうです。しかも短期決戦で。
 原作みたいに長期戦に持ち込もうとしても逆にできないっていう。
 大体マルスさんのせい。

 では、また次回、『『勇気』の女神は疑念の先に輝きを取り戻す』でお会いしましょう!


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『勇気』の女神は疑念の先に輝きを取り戻す
37 地獄の尋問


 さて、

 色々と大変な事になっている桂馬たちについて語る前に、こっちもこっちで別の意味で大変な事になっているハクアについて語っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 私が独房のような所に閉じこめられて何時間経過しただろうか?

 せいぜい固めの椅子くらいしか無い殺風景な部屋だ。精神的に追い詰める効果でも狙っているのかもしれない。

 あと、補足しておくと監視カメラの類も無い。隠しカメラも……私が確認した限りでは無かった。そもそもカメラが必要になるような用途で作られた部屋じゃないのか、あるいは記録を残したくなかったのか、そんな所だろう。

 そのおかげで私はのんびりとログの破壊(電撃魔法による記録用ナノマシンの破壊)ができた。前にも言ったように厳重に守られている座標データはそこそこ復元されるだろうけど、音声や映像その他諸々のデータは復元不可か、あるいはかなり時間がかかるだろう。それだけの時間があれば桂木なら余裕で6人の女神を集めきる。

 

 

 

 

 

 そうして暇せずに過ごしていると顔を隠した公安の悪魔が入ってきた。

 部屋に入ってきたのは1人だが、外には数名の悪魔が待機している。

 

「取調室に移動します。着いてきてきて下さい」

「……はい」

 

 ノーラは『拷問紛いの尋問』とか言ってたけど、一体全体何をされるのやら。

 ……この連中の機嫌を損ねないように、上手く立ち回らないと。

 ルールの網目のギリギリを突くとか、そういうのって私の分野じゃないでしょ。そもそも網に近づく事を考えた事すら無いんだから。

 

 

 

 

 

 取調室に連行されると、人間界のドラマでよくあるみたいに質問する悪魔と机を挟んで向かい合わせに座らされた。

 ドラマとは違うのは、どういうわけか私ともう1人の他に4人も悪魔が居る事。そのうち2人は私のすぐ隣に立っていて、あとは唯一の出口である扉の前と質問役のすぐ側に立っている。

 まるで脱走や反逆を警戒しているかのような配置ね。実際そうなんでしょうけど。

 

「重ねて申し上げますが、これは取り調べではありません。気軽にお答え下さい」

「私に答えられる事であれば、なんなりと」

 

 取り調べじゃなくて冤罪を吹っかけようとしてるんでしょうね。確かに嘘ではない。

 

「では、最近何かいつもと違う事はありましたか?」

「……と、言いますと?」

「何でも良いのです。心当たりがあれば答えてください」

「……強いて言うなら今です。私が服務違反を犯したとの事ですが、どういう事ですか?

 私は誰かに告発でもされたのでしょうか?」

「ええ、その通りです。あなたが服務規定違反をしているという匿名の通報がありました」

「一体誰がそんな馬鹿げた事を……

 誰からの告発か……は流石に無理として、具体的な告発の内容、いつどこで何をしたといった事を教えていただく事は可能でしょうか?」

「申し訳ありませんがお教えする事はできません」

 

 そんな事言われたら弁解のしようが無いんですけど?

 仮に教えられたとして、理詰めで反論しても結局何か吹っかけられそうだけど……

 

「何か、ご自分の身に思い当たる事はありませんか?」

「……いいえ、特にはありません」

「そうですか……

 ……あなたが入国した際に提出した活動ログを拝見させていただきました。

 見たところ特におかしな所は無かった」

「それは何よりです」

「はい。なので、写しではなくオリジナルの活動ログを提出して下さい」

 

 この要求、ちゃんと想定しておいて良かった。

 ちゃんと応答も考えてある。

 

「えっ、オリジナル……ですか?」

「はい。何か問題でも?」

「いや、あの、問題といいますか……提出済みの写しではダメなのですか?」

「はい。念のため確認させて頂きます」

「……はぁ、分かりました。見せた方が話が早いでしょう。どうぞご覧下さい」

 

 ここで意地でも拒んだらノーラが言ってた通り反逆罪にされるのかしらね。

 そういうわけにはいかない以上、私は羽衣を提出するしかない。

 

「拝見させて頂き……

 ……ハクア殿? これはどういう事ですか?」

「だから見せたくなかったんですよ……

 本当に申し訳ありません。雷撃魔法の練習をしていたらちょっと制御に失敗しまして。

 それで……ご覧の有様となっております」

 

 ログの破壊が隠せない以上、こういう筋書きにでもするしか無い。

 私に責任が行かないような言い訳も一応考えたけど、例えばエルシィのせいにでもしたらもっと探られたくない場所を探られるかもしれないし、敵から雷撃を受けたとかいう事にすると大事件になって嘘を通せなくなる。(そんな物騒な事ができる駆け魂はごく稀だ。もしかすると駆け魂の仕業じゃないならと天界の関与を疑われるかもしれない)

 これで納得してくれたらいいけど……そう都合良くはいかないでしょうね。

 

「……そうですか。では、こちらの写しは一体どういう事ですか?」

「提出用以外にも、自分で振り返って反省会ができるように記録を取っておいたんです。

 今日の入国時はひとまずそれを提出させて頂きました」

「次回以降は一体どうする気だったのですか」

「次回までに精一杯の修復を試みて……不可能なようであれば報告するつもりでした。

 活動ログの収集も羽衣が必要不可欠というわけではないので、次回か次々回くらいまでならどうにかなるかと」

「ふむ……事情は分かりました。そういう事であればログの提出は結構です。

 この羽衣もお返ししましょう」

 

 あれ? あっさりと返された。没収されてデータ修復されるくらいは覚悟してたのに。

 

「しかし……あなたが支給された装備を破損させた事は明らかです。

 何らかの処分が下される事は間違い無いでしょう」

「そう……ですよね。

 減給程度で済めば良いんですけど……どうなんでしょう?」

「処分を決定するのは我々ではないので何とも言えません。

 今から報告してくるので、もうしばらくお待ち下さい」

 

 そう言って私に質問をしていた悪魔は去って行った。

 まだ周りでは4人の悪魔が私を監視してるけど……一応、この尋問は凌いだみたいね。

 しっかし、いやに諦めが良かったような。助かったけど、どういう事かしら?







 ハクアならその気になればログの徹底した破壊くらいはできそうです。
 何故か証拠品になる羽衣も没収されてなかったし。

 ただ、ナノマシンが強い電気に弱いという設定は本作で勝手に付けた設定なので、実際には効かない可能性もあります(主に姫様がフィなんとかさんを撃退する為に生えてきた設定)
 ハクアが電撃を扱えるのもハクア編(ハクアが初登場した章)の反省会で桂馬がサラッと言った『鎌が燃えたり帯電したりしていた』という本作独自の台詞から来ているのでそもそも扱えない可能性もあります(ハクアなら原作でも使えそうな気がするけど!)
 ま、まぁ、電撃による破壊にこだわらずとも何らかの方法でどうとでもなりそうです。燃やすとか。


 以前も後書きで述べたように、原作を読む限りではヴィンテージはハクアを狙ったわけではなくあの辺の地区長をヴィンテージで固めたかっただけのようです。
 なので、わざわざ反逆罪に仕立て上げて懲戒解雇までさせる必要は無く、ただ地区長から失脚させられる口実があれば十分でしょう。ハクアは以前も別件でやらかしてるのでこれくらいの口実でも十分のハズ。
 誇り高きヴィンテージに雷撃魔法を暴発させちゃうようなドジっ娘悪魔に構っているヒマなど無いのです! ダミーログ自体は本当に何の問題も無かったし! データの復元なんて超面倒くさいし!


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38 勇気の女神

 タイムリミットは残り少ないらしい。可能な限り早く歩美を(多分マルスを)攻略して、メルクリウスの攻略に備えるとしよう。

 何、心配する事は無いさ。歩美の好感度は十分足りている。あとはきっかけさえ与えてやれば攻略は完了したも同然だ。

 昨日は少々のんびり過ごした分、積極的に進めていくとしよう。

 

「……ホントに大丈夫かな? そうやって自信満々に言われると何か不安になってくるんだけど」

「どういう理屈だ」

「神託を信じるのであれば、最低でも一つか二つは波乱がありそうなんだよ。

 だけど、桂馬くんの計画に障害が無いのであれば……何だか凄く重大な見落としをしてるんじゃないかなと」

「……意外と筋が通ってて少し驚いた」

「意外ってどういう事かな。私はエルシィさんじゃないんだけど?」

「あの、姫様? どういう事ですか?」

 

 単に言い方が漠然としてたから根拠の無い直感のようなものだと判断しただけだ。

 まぁ、神託も似たようなものなのかもしれんが。

 

「とりあえずやってみれば分かるだろう。

 失敗したら……その時に何とか立てなおすさ」

「……そうだね。失敗するにしても何が原因かをちゃんと突き止めてからだね」

「あの~……」

 

 

 そんな感じの会話をしながら、僕達は学校へと向かった。

 

 

 

 

 

 いつもの教室の会話まで飛ばそうかと思ったが、今日は教室に辿り着く前にイベントが発生した。

 校門を通ってしばらく歩いた所で、横から声が掛けられた。

 

「か、桂木……」

「ん?」

 

 その声の方へと向くと、制服姿の歩美が居た。

 朝練もせずにこんな所に居るのは珍しいな。

 

「どうしたんだい?」

「……ちょっと、2人だけで話がある。一緒に来て」

 

 もうしばらくしたら朝のHRが始まる時間だが……そんな無粋な事を言う必要は無いだろう。

 あんなのはどうせ二階堂がどうでもいい話をするだけの時間だ。サボった所で問題はあるまい。

 

「…………分かった。エルシィ、先に教室に行っててくれ」

「……了解しました。では、また後で」

 

 かのんの奴、今日は女神モードの演技なんだな。

 よくもまぁあんな一瞬で切り替えられるもんだ。

 

「で、どこで話そうか」

「えっと……人が居ない所。どこか無い?」

「……まぁ、屋上かなぁ。先客が居る可能性もゼロではないが、今の時間なら多分居ないだろう」

「じゃあそこで」

 

 しっかし、これはどういうイベントだ?

 このタイミングで話しかけられるのは予想していないんだが……

 ……僕の見えてない所で何かあったのか?

 

 

 

 

 

 

 屋上へ移動する。

 

 この時、屋上への道は僕が案内していたので歩美よりも数歩先を歩いているのは自然な流れだ。歩きながら会話って空気でも無かったしな。

 で、僕が先に屋上に入って、少し進んでから後ろに居る歩美の方を振り返る。これも自然な事だろう。

 

 だが……その振り向いた瞬間に刃が喉元に突きつけられているのは決して自然な事ではないだろう。

 

 これは……どういう状況だ?

 そんな僕の困惑を他所に歩美は……いや、歩美ではない誰かが口を開く。

 

「答えろ。貴様は何者だ?」

 

 ……一旦状況を整理しようか。

 目の前に居るのは歩美ではなく女神、恐らくは勇気の女神ことマルスだろう。

 髪色とか目の色とか明らかに変わってるし、歩美は武器を突きつけるような性格ではない。誰かに危害を加えようとするならその自慢の足を使うだろう。

 そんな女神の手元にあるのは半透明の剣。その切っ先は僕の喉元の数ミリ手前に突きつけられている。

 ……整理しても全く分からない。分かるのは、かなり想定外の自体に陥っているという事くらいだ。

 こういう時こそ落ち着こう。情報の整理で何も分からないなら情報の取得だ。

 

「何者と言われてもな……名前を名乗れって意味ではないよな?」

「……ユピテルの姉妹を探しているのだろう? 何が目的だ」

「…………」

 

 何故その事を歩美と女神が知っているんだ?

 女神は居ないと判断した場所にはその名を出してサクサク潰してきたが、少々雑過ぎたか。

 そのいずれかから……恐らくはちひろ辺りから漏れたようだ。

 

 まぁ、そういう事であれば言い訳くらいは用意してある。してなかったとしてもでっち上げるのは容易だ。

 

「僕が都市伝説について調べていた事に何か問題でもあるのか?」

「……は? ど、どういう意味だ?」

「だから、『ユピテルの姉妹』だろ?

 この舞島の街に居るらしい神様の名前らしい。

 ……噂レベルの存在だがな」

 

 こんな感じで『女神を調査していた』わけではなく『胡散臭い都市伝説を調べていた』という体に持ち込んでおく。

 きっとアレだ。そのユピテルの姉妹は恋愛の神様で、6箇所くらいある祠を巡ると恋愛成就のご利益があるんだろう。きっと。

 

「あの小阪ですら知らないほどのドマイナーな神のようだ。何か知ってるなら是非とも教えてほしいくらいだよ」

「そ、そうか……そうだったのか……」

 

 そう呟いた女神の手からはいつのまにか剣が消え去り、本人(と言うか本神)はがっくりと肩を落としていた。

 無事に欺けたようだ。女神は。







 歩美さんだったら色々と悩みそうだけど、マルスさんだったら何も考えずに突撃するかなと。
 マルスさん固有の能力みたいなのは原作では多分出てきてない(せいぜい身体能力の強化?)ので、とりあえず武器を顕現させる能力でもくっつけてみました。『固有能力:何か強そう(しかもリューネさんに瞬殺される)』ではあまりにも不憫なので。
 剣が半透明なのは復活が不完全なので能力も不完全だから。それでも鉄筋コンクリートくらいならバターのように切り裂けます。多分。


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39 知将の直感

「ちょっと待って」

 

 女神は欺けたようだが、入れ替わりで出てきた歩美はまだこちらを睨みつけている。

 

「流石に都合良すぎない?

 桂木が探してる女神が私の中に居るって。

 本当は最初から知ってたんじゃないの?」

 

 歩美も確信があって言っているわけではないだろう。だが、確信できる理由も無いのにそう思っているというのは非常に厄介だ。

 理由があるならばそれを解消してやればいい。しかし、理由が無いものを解消するのは不可能だ。

 理詰めで説得しようとしても感情まで操作できるわけではない。むしろ逆効果になる。

 だからこそ……この疑心を利用するしかない。

 

「……仮に、知っていたとしたら、何か問題があるのか?」

「本当に知ってたの!?」

「仮にだよ。

 というか、さっきの……何て呼べば良いんだ? さっきのアレがユピテルの姉妹だという事が初耳なんだが」

「……ホントに?」

「本当だ。と言って結局相手を信じるか信じないかという話になる。それだとあまり意味は無いだろう?

 何が気がかりなのか、何が問題なのか。ゆっくりとでいいから話してみてくれないか?」

「……分かった」

 

 歩美自身もその点を言葉にできていなかったのだろう。

 結構な間を置いてから、ゆっくりと、話し始めた。

 

「えっと、桂木はもう知ってるのかもしれないけど、ユピテルの姉妹は愛の力を糧にしているの」

「愛の力?」

「そ、そうよ。愛の力!」

「……つかぬ事を訊ねるが、言ってて恥ずかしくないか?」

「恥ずかしいに決まってるでしょ!! 何で私がわざわざこんな事を説明しなきゃならないのよ!!」

「す、スマン。続けてくれ」

「……私の中の女神……マルスは大昔に力を使い果たしちゃっているらしいの。

 もし、桂木がマルス目当てで私に近づいたのだとしたら?

 もし、女神を復活させる為に近づいたのだとしたら?」

「…………」

「……ねぇ桂木。本当に私の事が好きなの?

 私をその気にさせる為だけに口先だけで言ってるわけじゃないよね?」

 

 驚いた事に正解だ。歩美はそんなに頭が回るイメージではなかったがな。

 根拠の無い疑惑ではあるが、そこまで察しているのであれば……ルートは決まった。

 

「歩美のその懸念は……半分ほど正しい」

「……どういう、意味?」

「その推理は概ね正しい。僕は歩美に女神が居ると踏んで近づいた」

「じょ、冗談だよね? そうだよね?」

「…………」

「何か言ってよ。ねぇってば!」

「……隠し通すつもりだったんだがなぁ。まさか漏れるとは思ってなかったよ」

「う、嘘だ! ヒドいよ桂木! 今日はエイプリルフールじゃないんだよ!

 だから……早くネタばらししてよ」

「この言葉を撤回する気は無い。それが、紛れもない真実だからだ」

「……あ、分かった。これは夢だね。きっとそうだ。そうに違いない」

「……酷なようだが現実逃避はその辺にしてくれ。次の話に進めないから」

「次の話? これ以上何を話すの?

 だって、全部嘘だったんでしょ? 私を好きだって言った事も、全部全部!!」

 

 その台詞を待っていた。

 なかなか言わないから少し焦っていたぞ。

 僕が企みを持って歩美に接触した所までは事実として認めよう。しかし、ここだけは譲れないな。

 

「……そんなわけが無いだろう」

「えっ?」

「ああ。認めよう。最初は女神が目当てだったさ。

 でも、君と一緒に過ごすのは楽しかった。ずっと一緒に居たいと、そう思えた。

 始まりは決して誇れるものじゃあない。でも、だからといってそれからの事が全部嘘だったなんて事にはしたくない。

 君はどうなんだ? 今までの事は嘘だったか本当だったか、決めるのは、君だ」

「……何それ。ズルい。ズルいよ。

 そんなの……本当だったに決まってるじゃん!

 嘘になんてしたくないよ!!」

「……そうか。良かった。

 すまなかったな。そして……ありがとう」

 

 

 その後、歩美は堰を切ったように泣き出した。

 いつ頃から『僕がユピテルの姉妹を探している』という情報を得たのかは分からないが、その時からずっと不安を感じていたんだろう。

 今は……色々とショックが大きすぎるせいで『恋愛する!』って感じじゃなさそうだ。このまま女神も復活してくれれば有難かったのだが、流石に無理か。

 落ち着くまで様子を見ておくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「上手く行ったみたいだね」

「そうですね」

 

 桂馬くんが歩美さんに連れていかれた後、当然のように私たちは尾行した。だって先に教室に行っててって言われたからね!

 女神様に剣を突きつけられてた時は飛び出そうかかなり迷ったけど、無事に済んだようで何よりだ。

 

「……あ、そろそろHRが始まる時間だ」

「おや、そうですね。ではお2人を呼び戻して……」

「呼ばなくていいから!! エルシィさんだけ先に行っといて……」

「そうですか? 分かりました。失礼します」

 

 今の良い雰囲気に水を注すのは有り得ないと言ってもいい。

 私はもう少し見守っておくとしよう。多分出番は無いけどね。







 よくアホっ娘扱いされる歩美でもじっくりと考えたら断定はできなくても疑惑を持つくらいは何とかなる気がします。
 だって知将だし!
 むしろ心配なのはマルスの方。最低限の情報はちゃんと宿主に与えてくれると信じたいですけど……


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40 メッセンジャー

 歩美が落ち着いた後、マルスがPFP越しに話しかけてきた。

 (女神との関わりを隠す必要が無くなったのでその為だけに取り出した)

 

『つかぬ事を訊くが、ついさっき私にした話は嘘だったのか?』

「そういう事になるな。マルスだったな? すまなかった」

『……歩美が許すなら、別に構わないさ。

 しかし……どうして私を探していたのだ?』

「そうだな……その件に関しては結に説明してもらうのが一番良さそうだな」

「え、結まで関わってるの? どういう事!?」

「結自身は一般人だが、訳あって事情の一部を話した。

 信用できる話し手という意味でも、適任だろう」

「信用って……確かにちょっと信用できないけどさ……」

「それが当然の反応だ。まずは結から話を聞いてみてくれ。

 その後で、気が済むまで蹴り飛ばしてくれればいいさ」

「蹴らないわよ!!」

「アハハ……

 ん~、もうHR始まってる時間だな。行ってらっしゃい」

「あ、ホントだ……って桂木はどうするの?」

「HRなんてどうせ大した話しないだろ?

 仲良く教室に帰って目立つものヤだし、ここでのんびりサボってるさ」

「た、確かに悪目立ちするでしょうね……

 まぁ、桂木だし大丈夫か。じゃあね!」

 

 そう言って歩美は駆け出す。

 が、数歩ほど進んだ所でまた戻ってきた。

 

「どうした?」

「……ちょっと気になったんだけど、どうして結の事を結って呼んでるの?」

「ん? ああ。本人を『五位堂』って呼んだら『その名字は嫌いだから名前で呼んでくれ』って言われたんだ」

「ああ、そういう……確かに結ならそう言いそうね。

 分かった。今度こそじゃあね!」

 

 そうして、今度こそ歩美は屋上から出て行った。

 

 この後の予定は……昼休みくらいに歩美が結と話して、その後の放課後に……

 ……いや、放課後まで待たずとも午後は舞校祭の準備がある。運動部で集まるって事もなければ軽音部で集まるわけでもないだろう。ステージの準備はもっと別の所が担当してるはずだ。

 となると、うちのクラスでの集まりに参加する事になる。その時にじっくり話せるだろう。

 

 結への演技指導は……しない方がいいな。従って貰えるかどうかも分からないし、結には自然体で話してもらった方が歩美に好印象を与えられるはずだ。

 ただ、余計な事を口走ってしまわないように見張っておく必要はあるか。

 

 

「……中川、居るか?」

「うん。ここに居るよ」

「歩美と結の会話の監視、頼めるか?」

「別に構わないけど……桂馬くんは何するの?」

「ちょっと気になる事があってな。

 空を飛ぶ必要があるんでエルシィも連れていくつもりだ」

「空を……? まあいいか。

 分かった。頑張ってね」

「ああ」

 

 昨日の占術世界で、あの禍々しい黒い靄は海のある1点から現れていた。

 具体的にどんな災厄が待ち受けているのか……調べておいて損は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

  ……一方、地獄では……

 

「降格……ですか」

「ええ。以前のあなたの失態も考えると妥当な所でしょう」

 

 公安に言い渡された私の処分は、『地区長からの降格』だった。

 ショックを受けなかったわけではないけど……またヒラ悪魔の立場でイチから学び直すっていう意味ではむしろ有難いのかもしれない。

 それに、エルシィを見ているとよく分かるけど、駆け魂狩りの成績と悪魔の能力は必ずしも比例はしない。そんな環境で昇進や降格を一喜一憂するのは疲れるだけだ。

 そう、思うことにしておくわ。決してショックだったわけじゃないんだから!

 ……2~3日分のログデータ紛失だけにしては重い処分だと思うけど、以前駆け魂を取り逃してクビになりかけた事を考えるとまだマシだと思っておきましょう。

 

「後任の地区長は追って通達されます。引き継ぎの準備等は早めに済ませてください」

「分かりました。私の担当地区……と言うか、担当区域は……?」

「ひとまずは以前と同じ区域を担当して下さい。詳しい事は追って通達されます」

「……分かりました。では、失礼します」

 

 ようやく帰れるみたいね。

 とりあえず……自宅に戻って、それからどうするかを考えましょうか。

 

「あ、少々お待ち下さい」

「……まだ、何か?」

「あなたは羽衣のログ記録の機能を破損していたでしょう?

 こちらで補充用のナノマシンを用意したので時間がある時に使用して下さい」

「分かりました」

 

 公安からビン詰めにされたナノマシンの塊を受け取る。

 ……何か妙なウィルスでも仕込まれてないでしょうね?

 羽衣の修復はやりたいとは思ってたけど、素直に使っていいかは微妙ね。

 

「では、今度こそ失礼します」

「ええ。お疲れさまでした」

 

 ……一旦家に帰って、このビンの解析からかなぁ。







ようやく舞校祭の日程が本編中で明かされるという。
本日が金曜で、土日に舞校祭です。


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41 一般人の視点

 昼休みになった。

 歩美は今頃結と話していると信じて僕とエルシィはある場所へと向かう。

 

「神様、どこへ向かうのですか?」

「お前、昨日の占術世界での事覚えているか?」

「……そりゃあ概ね覚えていますが、どれの事でしょうか?」

「あの黒い靄の発生時の事だ。

 ある1点から広がって行ったのに気付いたか?」

「……言われてみればそうだった気がしないでもないです」

「少なくとも僕の目にはそう見えた。

 で、その発生源っぽい所があの『一本岩』だ」

「一本岩? ああ、あの岩はそう呼ばれてるのですね?」

 

 うちの学校の近くの砂浜から海を眺めると1本の大岩が目につく。

 占術世界の上空からでも見える程の巨岩だ。砂浜から眺めてもその大きさはいまいちピンと来ないがな。

 どういう自然の摂理が働いてこんなものができたのやら。

 

 あの時の黒い靄は一瞬で広がって行ったので断定はできないが……大体あの辺だったように思う。

 と言うか、海の上だけあってアレ以外に目印になるものが存在しない。

 

「とりあえず、近付いてみるぞ」

「了解です」

 

 

 

 

 

 念のために透明化した後、羽衣さんの力を借りて近くまで飛ぶ。

 岩自体に妙な所は見られないが……

 

「……魔力を感じます」

「何だと?」

「新悪魔や姫様のものとは違う、禍々しい魔力。

 あの岩の……向こう側? そんな感じの場所から魔力を感じるのです」

「向こう側? 地下って事か?」

「地下とも違うような……上手く表現できませんが、『向こう側』です」

「向こう側ねぇ……ん?」

 

 一本岩を眺めていて、その視線が根本まで到達した時に違和感を感じた。

 波の様子が妙だ。

 岩にぶつかって水しぶきを上げるはずなのに、ある場所ではそれが無い。まるでその部分だけ岩の下に空洞があるかのように。

 

「少々リスクは高いが……行ってみるか。

 エルシィ、あそこ潜れるか?」

「潜れるかと問われれば潜れますが……」

「どうした? 何か問題でも?」

「……もう少し近付いてみましょう」

 

 エルシィに抱えられて水面近くまで降下する。

 やはり、その部分だけ岩が少し水面から浮いている。空洞がありそうだ。

 

「……これは、結界ですね」

「結界だと?」

「はい。この空洞の少し奥に感知用の結界が張ってあるようです。

 理力による結界であれば完全に掌握できますが……残念ながらこれは魔力結界ですね」

「まぁ、そりゃそうだろうな」

「なので、多少誤魔化すくらいしかできそうにないです」

「そうか……って、誤魔化すくらいならできるのか!?」

「当然です。結界は私の得意分野ですからね」

 

 少しエルシィを見くびっていたようだ。

 ……いや、評価を改めるのはまだ早いか。エルシィならちょっとした操作ミスでうっかり探知に引っかかったりとか有り得そうだ。

 

「で、どうしますか? 結界、破ります?」

「……いや、止めておこう。ここに結界を使って警戒するほどの大事なものがあるって事が分かっただけで十分だ。

 一度戻ろうか」

「了解です。帰りましょう」

 

 禍々しい魔力を、地下ではない『向こう側』から感じた……か。

 ……まさか、地獄とでも繋がってるのか?

 確か前にエルシィが言ってたな。地獄は昔の戦争の影響で汚染されてるとか何とか。そのせいで新悪魔達は地表に住めないとか。

 新悪魔でさえそんな感じなのだから人間にとってはひとたまりもないだろう。そんな世界と繋がるだけでも大惨事になりそうだな。

 そして、当然それだけでは済まないだろう。

 道が繋がったらヴィンテージと旧悪魔が数百数千の群れになって襲ってくるとか普通に有り得そうだから困る。

 確かに街が更地になる以上の事が起こりそうだ。急いだ方が良さそうだな。

 

 

 

 

  ……一方その頃……

 

 桂馬くんが別の場所を調査している間、私は歩美さんを監視していた。

 どうやら予定通りに結さんの所へと向かうようだ。

 

「結、今時間ある?」

「構いませんが、何でしょう?」

「……女神の事について、聞かせて欲しい事があるの」

「…………部室へ行きましょう。あそこなら誰も居ないでしょうから」

 

 そう言って結さんが席を立ち、教室を出る。

 歩美さんと私もその後に続いた。

 

 

 

 

「さて、女神の事でしたね。

 とは言っても、私も女神の存在は把握していますが、詳しい知識は持っていません」

「えっ、そうなの? 結も女神に関わってるって聞いたんだけど……」

「桂木さんからの情報ですか? どういった流れで私の名が出てきたのでしょう?」

「確か……ああ、そうだ。桂木がどうして女神を探してるのかっていう話だったよ」

「……確かに私から説明するのが最適でしょうね。

 はい。その件であれば説明できそうです」

 

 結さんはこの件を知っている人の中で歩美さんにとって最も信用できる人物だろう。

 それに、桂馬くんのやってきた事を一般人目線で語れるという意味でも貴重な人物だ。

 

「桂木さん、彼の目的を一言で言うと『エリーさんを助ける為』です」

「エリーを、助ける……? どういう意味?」

「エリーさんは数日前に悪魔の襲撃に遭い致命傷の1歩手前くらいの傷を負ったそうです」

「…………えっ? な、何言ってるの? どういう事?」

「分かり易く言うと……エリーさんは数日前に悪人に毒ナイフで刺されて死にかけました」

「大して変わってないよ!

 いやいや、待ってよ。刺された? エリーが?

 ここ数日間のエリーにそんな様子は無かったよ?」

「替え玉を立てて普段通りのエリーさんを演じていたそうですよ」

 

 はい、演じてました。

 結さんには見破られちゃったけどね。この件が落ち着いたらもっともっと鍛えなきゃ。

 

「か、替え玉……? 一体誰がそんな事を……」

「…………その質問に答えると話が際限なく逸れていきそうなので今は置いておきましょう。

 今知りたいのは桂木さんが女神を求めた理由でしたよね?」

「そうだけど……そうね。続けて」

「……悪魔の襲撃を受けたエリーさんは一命を取り留めましたが、その時にかけられた呪いは簡単には解けなかったそうです。

 それこそ、女神の力でも借りない限りは」

「と言うことは……桂木はエリーを助ける為に動いてたって事?」

「そういう事になりますね」

 

 妹の命の為に頑張っていた事を一般人から伝えてもらう。

 仮に桂馬くん本人から同じ事を伝えられても言い訳がましく聞こえてしまう。あるいはエルシィさんから……救われた本人から伝えると威力が強すぎて逆に動揺すると思う。

 でも、無関係な一般人視点では美談になる。歩美さんの怒りや動揺はかなり抑えられるし、好感度も上げられそうだ。

 ……そんな感じの事を考えて結さんに話させたんだろうな。こういうイベントを即興で流れに組み込んでしまえるのは流石は桂馬くんと言うべきなのだろうか。

 

「……歩美さん。彼に何をされたのかといった事は訊ねないでおきます。

 また、彼を許しなさいとも言いません。

 しかし、どうか理解してあげてください。彼には彼なりの信念があったのでしょうから」

「……言われなくたって、そのくらい分かってるよ」

「そうでしたか。余計なお世話でしたね。

 知りたいことは分かりましたか?」

「……うん。ありがと。行ってくるよ」

「良い顔になりましたね。

 また何かあれば相談に乗りますから、遠慮なく相談して下さいね」

「うん! じゃあね!!」

 

 そう言って歩美さんは部室から走り去った。きっと桂馬くんを探しに行ったのだろう。

 追いかけ……なくてもいい気がする。でも他にやる事も無いしなぁ。

 そうやって考えていたら、声がかけられた。

 

「……中川さん。いらっしゃるのでしょう? 出てきてください」

 

 透明化しているはずなのに存在を察知された。

 行動を読まれたのかなぁ。透明化できる事までは教えてないはずなんだけど。

 透明化はエルシィさんが居ないと張り直せないので、そのまま結さんに話しかける。

 

「居るけど……よく気付いたね」

「っっ!? ほ、本当にいらっしゃるのですか!?

 もしかしたら居るかもしれないくらいの気持ちだったのですが……」

「えっ」

 

 カマをかけられていただけのようだ。結さんやるなぁ。

 

「……あれ? どこにいらっしゃるのですか?」

「今、透明化してるから探しても見えないよ」

「そんな事までできるのですか。地獄の技術は凄まじいですね」

「そ、そうだね」

 

 いつも使ってるせいで感覚が麻痺してたけどこれだけでも相当凄い技術だ。

 人間界に持ち込んだら戦争が起こるレベルの。

 

「エリーさんを助けたはずなのにまだ何かしているという事は……何かあったのですか?」

「まぁ、ね」

「……私ごときが口を挟める事ではないかもしれませんが、あまり私の友人の心を乱すような事をするのは止めて頂きたいものです」

「……謝ったくらいじゃ、許される事じゃないんだろうね。

 でも、それでも、私たちにはこの選択肢しか無かったんだよ」

「それくらい理解はしています。

 ですが……どうか彼女を悲しませるような事はしないで下さい」

「悪いけど、それも保証できない。

 この物語がどういう結末を迎えるのか、私には分からないから」

 

 結末は、神のみぞ知る。

 いや、きっと神様すら分かってないだろう。

 全てが終わった時、私はどうなっているのだろう。

 未来なんて分からない。だからこそ、今できる事を精一杯こなしていこう。







 軽音部の部室って鍵とかかけてるんでしょうかね?
 まぁ、かかってたとしても結さんが管理してても何の不思議もないでしょう。


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42 信じてる

 午後は舞校祭の準備だ。

 あからさまにサボると二階堂がうるさいのでほどほどに仕事をこなしつつ1人になる時間を多めに取れるようにする。

 僕が1人で居れば歩美も話しかけやすいだろう。

 ……と、どうやら来たようだ。

 

「桂木、今、ちょっと話せる?」

「いつでも大丈夫……と言いたい所だが、サボってると二階堂に蹴り飛ばされるんで作業しながらでいいか?」

「う、う~ん……二階堂先生だからなぁ……仕方ない。いいよ」

「スマン」

 

 作業の手を程々に緩めつつ歩美に意識を傾ける。

 別にサボって話してても問題は無いが、『サボっている奴』として注目を浴びるのはお互いに本意ではないだろう。

 

「……結から聞いたよ。事情」

「そうか」

「……マルスの助け無しでエリーが助かったって事は、他の女神が何とかしたって事だよね?」

「……ああ」

「ユピテルの姉妹は全部で6人居る。

 桂木は、他の人にも同じような事をしたの?」

「……今回の件で、僕が何かしたのは歩美を含めて3人だ」

「3股ってわけ? 最低ね」

「否定する気は無い。被害者本人からの言葉なら、尚更な」

「……はぁ、桂木がもっと憎たらしい奴だったら、話は簡単なのに」

「…………」

 

 歩美を無言で見つめ返して続きを促す。

 少し目線を逸らしながら、歩美は続けた。

 

「私は……やっぱり桂木の言葉は信用できない。

 でもね、好きになっちゃったんだよ。嫌いにはなれなかったんだよ。

 だから……私は桂木を信じる」

「……矛盾していないか?」

「してないよ。私は、嘘つきな桂木も含めて全部を信じようって決めたんだ。

 桂木が私に嘘を吐く事は……きっと何度もあるんだと思う。

 でもそれはきっと誰かの為の嘘だ。

 その嘘をバカ正直に全部鵜呑みにするってわけじゃないけど……何て言えば良いのかな。そう、誰かの為に嘘を吐こうとする桂木。そんな桂木を私は信じたい」

「僕がこんな事を言うのもどうかとは思うが、それは辛くはないか?

 僕の言葉をいちいち疑いながら、それでも信じるっていうのは」

「……かもしれない。けど、もう決めたんだ」

「……そうか。『ありがとう』という言葉は言わないでおこう。僕の為にどうこうじゃなくて自分で決めた事ならな」

「そうね。そんなお礼の言葉なんて信用できないし、要らないわ」

「なら、僕から歩美に言える事は1つだけだ。

 これも僕が言う台詞ではないかもしれないが……頑張ってくれ」

「あんたに応援されるってのも微妙にズレてる気がするけど……私なりに頑張る。

 って、桂木? どこ行こうとしてるの?」

「ん? 作業で出たゴミをゴミ捨て場に持っていこうとしてるだけだが」

 

 話を切る丁度良さそうなタイミングだったので、満杯には少々足りないゴミ袋を運ぶ所だ。

 ここで完全に切って前夜祭や舞校祭に持ち越しても構わないし、歩美が呼び止めるようであれば……

 とか考えていたらガシッと肩を捕まれた。イベント続行だな。

 

「ちょっと待ちなさい」

「な、何かな?」

 

 さっきまでの会話とは打って変わって明らかに怒っているような口調だ。

 話の流れを変えるという意味では目論見通りだが、大丈夫だろうか?

 

「私はね、桂木を信じるとは言ったよ?」

「そ、そうだな」

「でもね、この私を騙してくれやがった事はまだ許してないよ?」

「そ、そうなんスか」

「うん。だからね、歯を食いしばりなさいっ!!」

 

 歩美が勢いよく腕を振り上げる。

 これを避けるのは……色んな意味でマズいだろうな。そもそも避けられないし。

 反射的に防ぐのを自制して、せめて目は瞑って衝撃に備える。

 そして……

 

 

 

 

 口元に、柔らかい感触がした。

 

 何か、最近似たような経験をしたような気がするんだが?

 

 

「……これで、勘弁してあげるよ。感謝しなさいよ!」

 

 最初から計算ずくだったのか、あるいは本当に殴るか叩くかするつもりだったのを直前で切り替えたのか。

 まぁ、何はともあれ……攻略完了のようだ。

 

 僕の目の前には、顔を赤く染めた歩美と、その身体を包み込むような純白の翼があった。

 

 これで……あと1人か。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま」

 

 歩美と別れてゴミ捨て場に着いたタイミングでかのんの声がした。

 ずっと透明化して見守ってくれていたようだ。

 

「……これで、あと1人だ」

「……そうだね」

 

 すぐ側に居るかのんは、女神の最有力候補だ。

 しかし、本人は一貫して『女神は居ない』と言っている。

 少なくとも、本人が『自分に女神は居ないと思っている』事は真実だろう。

 

 自覚は無いけど女神は居る。そんな事は有り得るのか?

 仮に、女神の力が弱すぎて認識できないのであれば再攻略すればはっきりと知覚できるようになるかもしれない。

 しかし、そうだったとしても可能なのか? この状態から今更恋に落とすっていうのは。

 かのんによれば僕は『取引相手』らしいんだが。

 

「どうかしたの?」

「……いや、何でもない」

 

 恋愛の記憶があるかのんならまだしも、今のかのんを攻略するのは相当厄介な気がする。時間にそこまで余裕が無い現状で余計な事をしてしくじれば詰みだ。疑うのは止めて別の可能性を探るべきか?

 ……記憶自体は無いんだよな? 復活してたら女神が居るって言ってくれるはずだ。

 女神の覚醒が不完全だから記憶の復活もできていないし知覚もできないというのは筋が通るが……

 

「……屋上に行ってくる。

 少し、1人で考えたい」

「分かった。それじゃあ私は……皆の様子を適当に見ておくよ」

「頼んだ」

 

 最後の一人がかのんなのか、それとも別の可能性があるのか。

 もう一度だけじっくりと考えてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……一方その頃……

 

「ふぅ、ようやく人間界に帰ってこれた。」

 

 人間界に帰ってきた私はまずは自分の拠点に向かった。

 どんな拠点かというと……わ、私のような優等生に相応しいイメージを持つ拠点よ! 詳細は想像に任せるわ!

 決して生活感溢れる古民家だから誤魔化してるとかじゃないわ!

 

「まずはコレの解析からね。ただのナノマシンなら大歓迎だけど……」

 

 羽衣のログ記録部分を狙って壊したとはいえ、電気を使ったので他の部分にも被害が出た。

 実際、さっきまで使っていた飛行魔法の制御が若干だけど乱れていた。私からのマニュアル操作で何とかしたけど。

 それが直せるなら有難い話だ。

 

「って、アレ? 何かしらコレ」

 

 適当なボウルの中にナノマシンをブチまけたら中から何か出てきた。

 丸められた紙だ。

 一応呪いの類を警戒しつつ開いてみる。これは……手紙?

 

『差出人の名前を書く事は控えさせてもらおう。万が一君以外の手に渡った時に厄介な事になる。

 このナノマシンの中に連中の拠点をいくつか入力しておいた。そこを調べれば人間界において連中の企みがどれだけ進行しているかが分かるだろう。

 この情報をどう活用するか、そもそも信じるか信じないかは君次第だ。よく考えて、自分なりの最善の行動を探ってくれ』

 

 差出人の名前は書いてないけど、何となくドクロウ室長な気がする。あの人ならこれくらい仕込めそうだし。

 連中……正統悪魔社の調査か。やっておいた方が良いのかもしれない。

 ……まずは予定通りナノマシンをじっくり解析して、それから行動を決めましょうか。







 本作の桂馬は一体全体どんな作業をやってたんだろう?
 1人でやれて結構なゴミが出るような都合の良い作業なんてあんまり無い気がするし、その作業を選んだ上で誰からも文句を言わせないって結構無理がありそうですけど……きっと何とかしたんですね!


 これでとりあえず歩美(マルス)編は終了です。
 あとはメルクリウスですね。
 途中の一部の流れは決まっているんですが、そこまでどう持っていくかとか、その後どういう風にまとめるかとか、その辺はまだ決まってません。
 女神編の最終回になる予定だから結構時間がかかりそうです。
 ……そんな感じの予定でしたが、もしかするとメルクリウス編の後にもう一章挟むかも。なんかもう作中時間で前夜祭中に決着が付きそうな感じで、何か日程に余裕があるんで原作ほどクライマックス感が無いという。もしかすると年内に投稿できるかも。

 ……ところで皆さん、誰が宿主か分かりました?

 では、また次回お会いしましょう!


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『叡智』の女神は始まりの刻より神姫の傍らにて眠る
43 全ての前提を覆す一言


 いよいよ女神編最終章……ではなく準最終章。
 さぁ、ネタばらしの時間だ!




 そう言えば、始まりもこの屋上だったな。

 喧騒を避けてここでゲームしてたらアイツが話しかけてきた。

 そして、エルシィが降ってきて……駆け魂狩りが始まった。

 6月の半ば頃だったから……そろそろ5ヶ月になるのか。

 

 

 『叡智』の女神は始まりの刻より神姫の傍らにて眠る

 

 

 この『始まり』の解釈はいくらでも考えられる。

 古い順に候補を並べていくのであれば……

 

 ・地獄の戦争『アルマゲマキナ』の開戦、あるいは終戦

 ・10年前の女神の封印解除

 ・ほんの5ヶ月前の駆け魂狩りの契約

 ・エルシィが刺された時

 

 ……こんな所か。

 しかし、神託の後半の『神姫』が僕とかのんの事を指しているのであればもっと絞り込める。

 2人を指して『傍らにて眠る』とあるのだから2人の距離は近くなければならない。

 

 300年前の戦争時には僕もかのんもまだ生まれていない。魂の輪廻転生がうんたらかんたらとか言われたら流石にお手上げだが、そんなこじつけは無いと信じたい。

 10年前も、僕とかのんは出会っていない……ハズだ。一応、前日の夜に訊いてみたが、同じ小学校に通っていたという事も無ければ住んでいた街も違うようだ。まぁ、近くの街なんで何かの偶然で会ってた可能性は否定しきれないが……お互いにそんな記憶は無かったし、そんな事を言っていたらキリがないので除外しておく。

 

 そういうわけで『始まり』はほぼ間違いなく駆け魂狩り契約時かそれ以降に限定されるだろう。

 その時期に僕達の傍らに居た人物……

 残念ながらエルシィではない。本人曰く、自分の中に居たら流石に気付くとの事。それでもエルシィだから100%信用する事はできないが……まぁ、一理あるので流石に居ないだろう。

 他には……うちの母さんとか? いやいや、流石に無いだろう。女神の件はドクロウ室長が仕組んだはずだ。そんな所に配置するくらいならちひろにでも入れろっていう話だ。そもそも、母さんは駆け魂に取り憑かれていない。ただ、駆け魂を除外して女神だけ憑依させる方法くらいありそうなもんだが……どうなんだろうな?

 更にそもそもを付け加えると、母さんは今は南米に行ってしまっている。急いで帰国させる事も不可能ではないだろうが……いや、そもそも母さんに女神が居るならドクロウ室長が全力で止めるんじゃないか? 本人が動けないならリミュエルでも動かして全力で阻止しそうなものだ。

 ……無茶な仮説なだけあって『そもそも』がやたら多いな。この仮説はナシだ。

 

 そうなると僕達の傍らに居た人物は多分もう居ないんだが……傍らってのがどれだけの範囲を指すのかも曖昧なんだよな。

 一応同じクラスだからクラスメイト全員が『傍らに居た』と言い張る事も可能だ。

 そして、あくまでも『傍らで眠る』のは宿主ではなく女神メルクリウスだ。かのんの体内に物理的に存在してるなら流石に無理があるだろうが、あくまでも憑依してるだけならかのんの中に女神が居る場合でもこの神託は成立するだろう。

 

 神託に照らし合わせたとしても最有力候補はかのん、次点で……ちひろか。

 

 

 宿主がかのんだと仮定しよう。その場合にどういった矛盾が生じるか。

 かのん本人は自分に女神が居るとは思っていない。これは間違い無いだろう。もし把握していたらエルシィが刺された後に自白しているはずだ。

 となると、仮定に従うなら『女神は居るけどかのんが把握できていない』という事になる。

 相手は『叡智の女神』というくらいだから理力を押さえこむ方法とか、記憶を復活させない方法とかを知っていてもおかしくは無いが……ほぼ状況を把握できていないであろう女神がわざわざそこまでするとも思えないな。

 

 

 宿主がちひろだと仮定しよう。こちらはもっと厳しそうだがな。

 ちひろは『ユピテルの姉妹』という言葉には反応しなかった。女神が宿主に教えていなかっただけの可能性もありそうだが……しばらく待っても何の反応も示さないというのは流石に有り得ないだろう。

 それに、そもそもあいつに駆け魂が入ったのは数ヶ月前の話だ。前にも言ったが、その時期にたまたま心のスキマができて、そこに駆け魂と女神をブチ込むというのは運ゲー極まりない。

 ……1人くらいは妥協して運ゲーにした可能性も一応あるのか? いや、それだったらかのんに入れろよって話だ。

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 しかしその場合、本人が把握できていないのはおかしい。理力云々は感知できなくてもおかしくはないが、記憶の復活を把握できていないのはおかしい。

 記憶を復活させられるほどに女神が復活していないとか? 仮にも僕が1度は攻略した相手なんだからそれくらいは復活しててくれないと困るんだが。と言うかそんな可能性を考えてたらキリが無いんだよ。どの容疑者も『復活が不完全だから』という理屈が通ってしまう。

 僕の考えすぎなのか? しかしなぁ……

 

 

 

 

 

 ……しばらく考えてみたが、この壁はどうしても突破できない。

 『記憶が戻っていない事』と『女神が居る事』を両立させる手段が全く思いつかない。

 それさえなければもう確定で良いと思うんだがな……

 

「ここにいらっしゃったんですね、神様」

「…………ん? ああ、エルシィか」

 

 思考に没頭していたせいで反応が遅れた。

 顔を上げるとエルシィが居た。かのんは来ていないのか?

 

「中川は居るのか?」

「私1人だけです。姫様はお姉様達の様子を見てます」

「お姉様……ああ、女神達って事か」

 

 自分が疑われている事、あるいは疑われる事を察して顔を合わせないようにしてくれたのだろうか?

 ありがたいようなそうでないような……まあいいか。

 

「で、何か用か?」

「もうしばらくしたら前夜祭が始まるのでお知らせに来ただけです」

「……もうそんな時間か。気付かなかった」

「時間も忘れて何をしていらっしゃったのですか? ゲーム……ではないようですけど」

「そんなもん決まってるだろ。メルクリウスの居場所を考えてたんだよ」

「メルクリウスですか……居場所は分かったのですか?」

「いや、全く。

 ……ああ、せっかくだからちょっと手伝ってくれ。少し煮詰まってたんだ」

「お手伝いですか? なるほど、私の知性の出番というわけですね。お任せ下さい!」

「……あーそーだなー」

 

 エルシィの知性(笑)には全く期待していない。

 僕がやりたかったのは、状況を誰かに説明する事で物事を整理するという手法だ。ぶっちゃけ相手がカカシとか壁でも全く問題は無い。勿論エルシィとかいうバグ魔もとい駄女神でも。

 相談できない唯一の例外は中川かのん本人くらいだな。

 

「女神メルクリウスの宿主の最有力候補は中川だ。しかしながら…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、カカシでも壁でもルナでもなくエルシィに話したのは大正解だった。

 何故なら……僕の話を聞いたエルシィはこんな事を言ってきたからだ。

 

 

「……あの、ちょっとよく分からなかったのですけど」

「ん? ややこしい所は殆ど無かったはずだが……」

「いえ、ややこしいとかではなく……神様が挙げている最大の問題点は……『姫様の記憶が戻っていない事』……ですよね?」

「ああ。その通りだ。ちゃんと分かってるじゃないか」

「いや、分かるんですけど……だからこそ何でそんなに悩んでるかが分からないんです」

「ちょっと待て、こっちが理解できん。どういう意味だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 全ての前提を覆す、その一言を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、姫様ってそもそも記憶操作なんて、されてないじゃないですか」







 果たして何名が気付いていたのか。
 かのんの記憶が無い根拠はたった1回の自己申告のみだった事に。


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44 逃れ得ぬ過去との対峙

「だって、姫様ってそもそも記憶操作なんて、されてないじゃないですか」

 

 

 

 エルシィは、確かにそう言った。

 何を今更と言わんばかりの表情で、サラリと言ってのけた。

 

「……それは……どういう意味だ」

「え? どういう意味も何も、そのままの意味ですよ?

 何でわざわざ協力者(バディー)の記憶を奪わなければならないんですか」

「いや、確かに、そうだが……」

 

 ちょっと待て、という事はどういう事になるんだ?

 かのんは、最初から記憶があった?

 今現在も記憶があるのは勿論、攻略直後でも記憶があったって事か?

 

「あの……もしかしてご存知無かったですか?」

「……ああ。全く知らなかったよ」

 

 言われてみれば確かに『元から記憶なんて奪われてなかった』という説なら現状にピッタリ当てはまる。

 地獄が記憶を奪う主な理由が情報の秘匿にあるなら、既にガッツリと巻き込まれている協力者の記憶を奪う理由は一切無い。

 

 記憶が最初からあったのであれば、女神は居るかという問いに対して歯切れが微妙に悪かった理由にも説明が付く。

 記憶が戻っていないなら女神は居ない、戻っているなら女神は居る、そうはっきりと言えなかった理由。

 そりゃあ判別できるわけが無いよな。最初っから記憶があるんなら。

 だからこそ、自分の感覚だけで『女神は居ない……と思う』と判断したわけだ。

 

「でも……どうしてご存知なかったんですか?

 神様なら誰かに言われずとも察しそうなものですが」

「理由は…………2つある。

 まず、中川……いや、かのんが言っていたからだ。

 攻略が終わった直後に、記憶が曖昧だと」

 

 あいつは言っていたな。攻略期間である1週間の記憶が曖昧だと。

 理由までは分からんが、アレは嘘だったんだろうな。記憶を操作されているという事にしたかったのだろう。

 あいつは恋愛の記憶を抱えながらずっと素知らぬ態度で僕の側に居たんだな。

 

 どんな思いで、あいつはそんな嘘を吐いたんだろう。

 どんな思いで、あいつは過ごしてきたのだろう。

 

「もう1つの理由は何ですか?」

「…………僕自身が、考えようとしなかった。

 いや、考えたくなかったんだろう。だからその可能性を無意識のうちに避けていたんだ」

 

 あの時のかのんと今のかのん。僕の中ではこの2人は別人だった。

 そして僕は、今のかのんとの関係性を心地よく感じていたのだろう。

 攻略とは関係ない、対等な相手とのやりとりを。

 そして、だからこそ『あの時のかのん』の事は忘れようとしていたのだろう。

 かのんを『攻略した相手』として思い出したくはなかったし、かのんに思い出してほしくもなかった。

 それが……今回の結果に繋がった。

 

「……かのんと、話さなきゃならない。

 エルシィ、携帯を貸してくれ」

「神様は持って……いらっしゃらないんでしたね。

 はい、どうぞ」

 

 使い慣れない携帯の電話帳からかのんの名を探す。

 『か行』を探すが見あたらない。

 続けて『な行』を探すがそれでも見あたらない。

 数秒ほど考えてから『は行』を捜して『姫様』という名前の番号を発見した。

 コールボタンを押して呼び出し音を聞く事数秒。聞きなれた声が電話の向こうから聞こえた。

 

『もしもし? エルシィさんどうかしたの?』

「エルシィじゃない。僕だ」

『桂馬くん? どうかしたの?』

 

 何も考えずに電話をかけてしまったが、一体何て言えば良いんだ?

 ……いや、迷う事は無い。訊きたい事は色々あるが、一番知りたい事は決まってる。

 

「……なぁ、お前は……()()()なのか?」

 

 記憶があるのなら、この問いかけの意味は伝わるはずだ。

 何故なら、僕が過去にその名を呼んだのは1回……いや、2回だけ、そのうち1回は『西原まろん』との違いを強調する為に下の名前を呼んだだけだ。

 そして、残りの1回は……攻略の終盤だけだ。

 

 電話の向こうからは、校庭で騒いでいる生徒たちの賑やかな声だけが聞こえた。

 その沈黙が続いたのは数秒か、あるいは数分だったのか。

 時間の感覚なんて分からなくなりそうな重苦しい時間は、ようやく聞こえてきたかのんの言葉で終わりを迎えた。

 

『……どうして、分かっちゃったのかなぁ……』

「じゃあ、やっぱり記憶があるのか!?」

『その通り、だよ。完璧に隠してた……とまではいかなくても十分隠せてたと思ったんだけどね』

「お前、今どこに居るんだ? 今からそっちに向かう」

『その必要は無いよ。私がそっちに行く』

「いや、しかし……」

『どこに、居るの?』

「……屋上だ」

『そっか。丁度いい場所だね。

 私と、桂馬くんが初めて会った場所だ』

「……そうだな」

『待っててね。10分で行くから』

「ああ。待ってる」

 

 そして、こちらから切るまでもなく電話は切れた。

 

 

 心せよ。答えを未来に問うなかれ。答えは汝の過去にあり。汝の心の内にあり

 あらゆる可能性を疑い、意識の隙間を埋めよ。最後の答えはそこにある。

 

 

 ……意識の隙間か。確かに、完全に盲点だったよ。神託の通りだな。



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イリスの歌姫の物語 たった1つの嘘

 私の話をしよう。

 

 私の名前は中川かのん。3月3日生まれの16歳。

 時間は……調べれば分かるかもしれないけど、分や秒は勘弁して欲しい。流石に記録に残ってないから。

 

 私の高校生活2年目、梅雨の季節の半ば頃。私は桂馬くんと出会った。

 最初は……お世辞にも良い出会いとは言えなかったな。

 

 桂馬くんったら、トップアイドルの私を見て『誰だお前』って言うんだよ。ヒドいよね。

 今だからこそ、現実に興味を持ってない桂馬くんがアイドルの顔なんて知ってる訳が無いって分かるけど、あの時はそんな事は全く分からなくて、ついスタンガンを使っちゃった。

 

 その直後だったね。携帯が鳴って、エルシィさんが降ってきたのは。

 

 そこから私たちの駆け魂狩りが始まった。

 最初は桂馬くんに全てを任せてしまって大丈夫なのかと不安に思ったものだけど……一見強引に見えるその手法はしっかりとした理論に裏付けられていて、1週間にも満たない時間で現実の女の子を恋に落としてしまった。

 

 その時からかな。恋愛とまではいかなくとも尊敬みたいな感情は間違いなくあったと断言できる。

 

 次の攻略が始まったのは、その週末明けの月曜日の夜だった。

 そう、私の攻略だ。

 完璧に事情を把握している私を攻略するという神業を桂馬くんは見事にやってのけた。

 私も私なりに『恋愛』をしようとして……見事に失敗して桂馬くんに軌道修正してもらった。

 

 歌を歌って、駆け魂が消滅するのを見届けた後、意識が遠のいた。

 ああ、全部忘れちゃうんだな。でも、きっと、いや、必ず取り戻してみせる。そう思った。

 

 

 

 次に私が目を覚ましたのは私の部屋……と言うか、桂馬くんの家の空き部屋だった。

 今もずっと住まわせてもらってるけど、麻里さんは器が広すぎないだろうか?

 ……話が逸れた。今は私の話だ。

 私は真っ先に自分の記憶がどれほど消えているのかを確認した。いや、しようとした。

 けど……それをしようとして私は愕然とした。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 忘れているから思い出せないだけかとも思ったけど、攻略期間の一週間で下校時や登校時に桂馬くんとどんな会話をしたかとか、本来だったら明らかに消えているべき事を鮮明に思い出せた。

 デゼニーシーの事も鮮明に……いや、あの時は凄い勢いでアトラクションを回ってたからその一部はあんまり思い出せなかったけど、印象的だったものは全部覚えてた。

 勿論、桂馬くんとの最後の会話も。

 そして、その後の事も。

 

 それに気付いた私はベッドから飛び起きた。

 嬉しかったんだ。桂馬くんとの恋の記憶……思い出を忘れないでいれて。

 私は駆け出してその事を桂馬くんに伝えようとして……足を止めた。

 

 違う。これじゃダメだ。

 桂馬くんから教わった事だ。盲目的に人を好きになるという事、それは恋愛じゃない。

 ありのままの真実を伝えたら私たちの関係は攻略した者とされた者というだけになってしまう。

 それは私が望んだ関係じゃない。それはただ桂馬くんに負担を強いるだけの歪んだ関係だ。

 

 じゃあどうすればいいのか。

 

 ……残念ながら、その時の私にはどうすれば私が望むような関係になれるのか分からなかった。

 ただ……『記憶がある事だけは今は絶対に言わない方が良い』という事だけはよく理解できた。

 

 騙し通せるだろうか? あの桂馬くんを?

 ……分からない。けど、やるしかない。

 

 自分の中でルールを決めよう。

 嘘はたった1つだけ。嘘を重ねていくとどんどん膨れ上がって、信用されなくなるから。

 この1つだけの嘘は絶対に守り抜く。何があっても。

 

 そしてその日、私は桂馬くんに告げた。

 攻略期間に当たる1週間の記憶が曖昧だ、という事を。

 そして、それが私の耐え忍ぶ日々の始まりだった。

 

 

 

 

 

 転機が訪れたのは、ちひろさんを攻略してる時の事だった。

 桂馬くんったら、ちひろさんに暴論……と言うか正論をぶつけられて部屋に引きこもってしまったのだ。

 そこまでヘコむ事かなぁ……

 

 エルシィさんが呼び掛けたり燻り出そうとしてみても芳しい反応が得られないから私も挑戦してみた。

 とにかく会話からだと桂馬くんに挑戦状を叩きつけたのだ。

 これなら落とし神として無視はできまい……と思ったらヘコんでる癖に意外と慎重な反応を返してきた。

 『負けた方は勝った方の言うことを何でも1つ聞く』なんて適当に言ってみただけだったのにね。私から桂馬くんにそんなヒドい命令を下すつもりはなかったし、桂馬くんも私にヒドい命令を下すような事はしないはずだ。

 

 テキトーに大きく出すぎたが故に逆に警戒させてしまったのかもしれない。

 だから私は、大した事が無いように先に命令の内容を言ってみた。

 ちょっと前から地味に気になってた。他の女の子達は下の名前で呼ぶのに、私だけずっと『中川~、中川~』って名字呼びなんだもん。

 だから、私の事を名前で呼ぶようにって。

 

 そこから攻略の記憶にまで結びつけられた時は凄く焦ったよ。全く関係ないつもりだったから。

 でも、そのおかげで桂馬くんが頑なに私の名前を呼ばない理由が何となくだけど理解できた。

 その時、私の目標も決まったんだ。

 

 桂馬くんに何かのゲームで勝つ。そして名前を呼ばせる。

 

 それは、私が認められたという証だ。桂馬くんと対等になれたという証に他ならない

 その時になったら、記憶の事を打ち明けよう。そして改めて告白しよう。

 私は、ようやく桂馬くんに追いついたよって。

 

 

 

 ……まぁ、結局間に合わなくって、夢物語になっちゃったわけだけどさ。







 花菖蒲(Japanese water iris)の花言葉は『優しさ』『信頼』そして『忍耐』など。
 ある読者の方から姫様に関して『落とし神』みたいな称号は無いのかと訊ねられた時に核心を伝えすぎないようにボカしつつピッタリな称号を考えたらこうなりました。
 また、『Iris』という同じスペルで虹の女神イリスを現わします。

 『イリスの歌姫』

 こういう称号を考えるきっかけをくれた某読者さんには感謝です。
 この称号をどう評価するかは……読者の皆さんの判断に委ねます。


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イリスの歌姫の物語 運命と対峙する刻

 私の話の続きをしよう。

 

 夏休みに入って、女神が現れた。

 最初は『へぇ』とだけ思って、特に反応はしなかった。

 だってねぇ……私自身に神通力みたいなのが生えてくるならまだしも、赤の他人がちょっと凄い手品を使えるだけだもん。

 

 話が変わったのは、夏休みの最終日。

 『女神の宿主は、記憶操作を受けても記憶を保持し続ける』という情報が齎された。

 この話を聞いた時の私の本音は『めんどくせぇ』である。

 

 桂馬くんは攻略相手に対しては恐るべき洞察力を発揮するが、そうでもない相手には結構甘い。

 だから、隠蔽を始めた当初の不安とは裏腹にかなり簡単に事は進んでいたのだ。ちょっと手を抜いても数年単位で隠せそうなくらいに。

 ここに来て私が疑われる要素を増やさないで欲しい。

 

 全く勘弁してほしいわよ! 女神だかなんだか知らないけど私の手間を増やさないでよ! 現実(リアル)なんてクソゲーだ!

 ……棗ちゃんと桂馬くんの口調が伝染ったけど、それが私の本音だった。

 

 なお、私に女神は居ない……と思われる。

 私の中に何かが居るような感じはしない。女神の声が聞こえるわけでもない。

 鏡を相手に語りかけてみたりもしたけど、特に反応は無かった。

 

「……おーい。聞こえますか~?」

「あら? どうしたの? かのんちゃん」

「い、いいいえ、な何でも無いです!」

 

 そんな現場を麻里さんに見られてちょっと恥ずかしい思いをしただけだ。

 

 但し、断定はできない。何故なら私には記憶があるから。

 『記憶が復活した事』を女神が居る証拠にする事ができないのだ。

 

 実は記憶操作を受けていて、でも最初から記憶が復活していた……という可能性もあるけど、それ以上に協力者だから免除された可能性の方が高そうだ。

 どちらなのか断定ができない以上は真相がどうであれ証拠にはならない。

 

 

 そういう訳で私のすべき事が増えた。

 女神を先に6人見つけてしまえば私の中に女神が居る可能性を疑われる事は有り得ない。

 とは言っても、世界は広い。世界規模の話の中で私たちの近辺に女神が潜んでいる確率はどの程度だろうか? 世界に対する日本の人口割合ってどのくらいだっけ? 人口密度は高いらしいけど、量で世界と比べると大した事ないのは考えるまでもないし、面積割合ならもっと少ない。

 だから、手の届く範囲で何となく調査するくらいしかできなかった。

 その結果、麻美さんが怪しいって事になったのは私に取って幸運だったのか不幸だったのか。全員見つけたなら間違いなく幸運だったんだろうけど、中途半端に見つけても『この近辺に女神が集められている可能性』が濃厚になっていくので逆に疑われる要素になる。

 残りの女神、居るならサッサと見つけ出さないと。

 

 

 

 ある日、『女神は居るのか』と問われた。

 桂馬くんに対して私が今持っている設定は『記憶は戻っていない』だ。だから居るとは絶対に答えない。いやまぁ、そもそも居ないと思うけど。

 でも、断定して否定する事もできないんだよね。記憶が戻ってないから女神は居ないっていうのもそれはそれでちょっと安直だし。

 だから、私の答えは『恐らく居ない』としておいた。

 

 そう言えば、居ない事とかの『無い』事の証明は悪魔の証明って言うらしいね。存在する事の証明だったらソレを持ってくればいいけど、無い事を証明するには存在し得る場所全てを探さないと証明できない。人力じゃとても不可能っていう。

 ……悪魔は居るんだけどね。すぐ手の届く所……に居るエルシィさんは女神だったから違うか。ハクアさんとかね。

 

 そんな事を考えていたかは定かではないけど、桂馬くんは一応納得したらしかった。

 

 

 

 

 

 

 エルシィさんが刺された。

 油断は……していなかったと言えば嘘になるだろう。警戒していた所で防げていたかも分からないけど。

 

 この時、桂馬くんに『記憶はあるのか』と問われたら……流石に正直に言うつもりだった。

 こんな時まで私の我侭を押し通すわけにはいかない。私の嘘が原因でエルシィさんが助からなかったなんて事になったら悔やんでも悔やみきれない。

 

 しかし、桂馬くんからの質問は『女神は居るのか』だった。

 どう返答するかは、少し迷った。けど、結局私は前回と同じような返答を返した。

 

 女神は(恐らく)居ないのに記憶があるって事をわざわざ伝えても桂馬くんを混乱させるだけだ。

 だから、今は伝えない選択肢で正しいはずだ。

 ……我ながらちょっと苦しい言い訳だ。でも、私はどうしても伝えたくなかったんだよ。

 諦めたくは、無かったんだよ。

 

 

 

 

 女神候補が全部で5人しか見つからなくて、最後の1人が全く見当も付かない状態になってからも、私は打ち明ける事はできなかった。

 

 私の中に女神は居ないと思う。

 ただ、女神が全力で隠れようとしたら気付けないかもしれない。

 本当にエルシィさんの事を第一に考えるなら打ち明けて、桂馬くんに全てを委ねるべきだったのかもしれない。

 他の女神の存在も確認できていたから私じゃなくても大丈夫だと判断したという面もあるけど……

 ……エルシィさん。打ち明けられない私を許してほしい。絶対に助けるから。

 

 

 

 

 ウルカヌスさんも復活して、エルシィさんは助かった。

 私は心の底から安堵した。

 ずっと悩んでいたけど、私はまた嘘を続けられる。

 

 ただ、『仲良くゲームで遊ぼう』っていう雰囲気になるのはまだまだ先のようだ。

 私の中には女神なんて居ない事をただひたすら祈りつつ、女神攻略を再開した。

 ……この祈りは誰に届くんだろう? 女神様って一応神らしいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、今。

 

『……なぁ、お前は……()()()なのか?』

 

 突然電話でそう告げられた時、身体の末端が一気に冷え込んだような錯覚に襲われた。

 血の気が引くって、こういう事を言うんだね。

 

 どういう意味かはすぐに分かったよ。桂馬くんが私を名前で呼ぶ事はまず無いし、その理由も知ってるから。

 

 桂馬くんから迎えに行くと言われたけど、私は一方的に居場所を聞き出して自分から向かった。

 深い理由を考えて言ったわけじゃないけど、いつ来るかも分からない桂馬くんに怯えて過ごすよりは自分のペースで到着したかったから……かな。

 

 校舎に入って、階段を一段一段踏みしめるように上る。

 2階か3階くらいに着いた時に、こんな事をせずとも飛行魔法を使えば外から一気に行けたと気付いた。今更言ってもしょうがないけど。

 

 屋上の扉が見えてきた。

 階段の手すりを握り締めながら、ゆっくりと階段を上がる。

 

 扉の前まで辿り着いた。

 深呼吸を2度3度と繰り返す。

 

 ……それじゃあ、行こうか。

 

 覚悟を決めて、私は一歩踏み出した。







世界の国々の人口比を念のため調べてみましたが、日本が占める比率は1.9%とかみたいです。
純粋にその数値だけを見るなら女神が6人集まっているのは大体2%の6乗で約64/1000000000000くらい?
尤も、ドクロウが暗躍したり、そもそも地獄の封印の地と繋がってる場所が日本にあるのでそんな確率論は全くの無意味ですが。


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45 最後で最初のゲーム

「……おまたせ」

 

 扉を開けて、透明化の羽衣を剥ぎ取って桂馬くんとエルシィさんの前に姿を現す。

 私は今、ちゃんと笑えているだろうか? 私らしく振る舞えているのだろうか?

 

「……来たか」

 

 桂馬くんはベンチから腰を上げ、私の真っ正面に立った。

 全てを見透かすような視線が、私に投げかけられる。いつもは攻略対象に向けているような、そんな視線が。

 

「……どうして、分かったの?

 私の記憶がある事が」

「エルシィから聞いた。お前はそもそも記憶操作をされてないって」

「……そっか。エルシィさんは知ってたんだね」

 

 もしかしたら知ってるかもしれないとは考えてた。

 でも、下手に手を出すと藪蛇になりかねないから特に何もしなかった。

 口止めしようとしてもエルシィさんならついポロッと言っちゃいそうな気がしたし。

 

「……お前、言ってたよな? 記憶が曖昧だって」

「うん、言った。よく覚えてるよ」

「どうしてそんな嘘を言ったんだ?」

「あの時、恋愛の記憶を抱えた私が側に居るって事になったら、桂馬くんは絶対に気を遣うでしょう?

 だから、記憶は無くなった事にするのが一番良いって、そう思ったんだ」

「……かもしれないな。だが、お前はそれで良かったのか?」

「……辛い時もあった。けど、私にとってもベストな選択肢だったと思ってる。

 攻略対象としての私じゃない、私自身を桂馬くんに見せる事ができたから」

 

 そして、そのまま桂馬くんに勝ちたかったなぁ。

 桂馬くんに認められたかった。

 でも……私は間に合わなかったんだね。

 

「……おい、お前、泣いてるのか?」

「えっ? 何の事?」

「……気のせいだったか。済まない」

「……ううん」

 

 こんな所で泣いてる姿なんて見せられない。

 桂馬くんには見破られたみたいだけど、ほんの1瞬だけだったようだ。

 

 

 

「……じゃあ、質問させてくれ。

 お前の中に、女神は居るのか?」

「……その答えは最初から全く変わらないよ。

 私の中には、多分女神は居ない」

「でも、断定ではないんだよな? 記憶はあるんだから」

「その通りだよ。これは私の主観に過ぎない。

 だから……私の中に女神が居たとしても全然不思議じゃないね。

 相手が『叡智の女神』なら尚更ね」

「……分かった。

 それじゃあ僕は……お前の攻略を始めよう」

 

 

 その選択肢は、きっと正しいのだろう。

 私の中に女神が居ようが居まいが、試しに攻略してみればハッキリするはずだから。

 

 ……でも、その前に1つだけ質問させて欲しい。

 

「桂馬くん、どうしてそんな辛そうな顔をしてるの?」

「辛そう? 僕がか? 気のせいじゃないか?」

「桂馬くん、私は桂馬くんの許嫁だよ? 隠し事をするなとは言わないけど、私に関わる事ならちゃんと話してほしい」

「……そっか、記憶あるんだもんな。許嫁、か。

 ……そうだなぁ、やっぱり僕はお前を攻略したくはない」

「それは……どういう意味かな?」

「何て言えばいいかな……せめてお前くらいは攻略とは関係ない存在であってほしかった。そんな感じだ」

「……そっか」

 

 一瞬嫌われているのかと思ったけど、そうではないようだ。

 むしろ好かれている。しかし恋愛ではない。

 私との関係は恋愛を切り離して考えたかったんだろうね。

 

 私は別にそれでも構わないよ。だって、許嫁ってきっとそういうものだから。

 最初はただの取引相手で構わない。

 恋愛の感情はその過程で育まれていくものだと思うから。

 

 だから、無理に恋愛させるのは頂けない。桂馬くんが苦しむ姿を見るのは嫌だ。

 何か無いだろうか? 私にできる事が。

 今からでも別の最後の宿主を探すとか? いや、流石に無理がある。

 桂馬くんが散々捜して見つからなかったのだ。それなのに私が今から見つけられるとは思えない。

 見つけられるとしたら……この分野で私が桂馬くんに勝てる要素があるとしたら……………………

 

 

 

 

 

 ………………あれ?

 

 

 

 

 

 ちょっと待ってほしい。

 コレは有り得るの?

 

 『あらゆる可能性を疑い、意識の隙間を埋めよ。最後の答えはそこにある』

 

 なら、この線で進めてみよう。最後の答えがある事を信じて。

 

 『心せよ。答えを未来に問うなかれ。答えは汝の過去にあり。汝の心の内にあり』

 

 推理の為の全ての材料は揃っているはずだ。私の経験の全てが伏線と成り得る。

 女神の居場所、駆け魂の隠れ場所、攻略対象……

 

 

 

 

「……はははっ」

 

 そうか。そういう事なんだね。

 推理は繋がった。この推理は、全てをひっくり返す一手になる。

 やっと理解したよ。これこそが私がここに居る本当の意味なんだ。

 

「あっはっはっはっはっ!!」

「お、おい、どうしたかのん? 大丈夫か?」

 

 

 笑いが止まらない。嬉しさが止まらない。

 

 だって……私はまだ、諦めずに済むんだから。

 

 それじゃあ、始めよう。最後の悪あがきを。

 

 台詞なんて考えるまでもない。私が言うべき事は決まってる。

 

 

 

「桂馬くん……いや、桂木くん。私と、ゲームをしよう」



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46 運命変革の一矢

「桂木くん。私と、ゲームをしよう」

 

 突然笑い出したかのんが言ってきた台詞だ。

 僕が言う事じゃないかもしれないが、こんな時にゲーム?

 

「……桂馬くん、もしかして桂馬くんに似合わないような事を考えてないかな?」

「お前はエスパーか」

「道具頼りとはいえ魔法も使えるからあながち間違いでもないかもね。

 話を最後まで聞いてくれれば理解して貰えると思うよ。

 ゲームのルールは、簡単。『先に女神を見つけた方が勝ち』」

「……ほぅ?」

 

 そのルールだと自分の中から取り出して『はい女神』って言うだけで終わる可能性までありそうだが……いや、もう少し黙って話を聞こうか。

 

「基本的なルールは説明するまでもないね。その名の通りだから。

 ただ、2つほど、追加ルールを設けるよ」

 

 大きく頷いて、無言で先を促す。

 

「うん。ああ、不満があれば後でまとめて言ってね。

 まず1つ目。自分の中から取り出して『はい、見つけた』っていうのはナシ」

「まぁ、当然だな。2つ目は?」

「……正直言って、こういう勝負で私が桂馬くんに勝ってる要素は殆ど無い。

 だから、今から私が語る推理が否定された場合、私は諦めるよ。

 桂馬くんが勝利条件を満たすまでもなく桂馬くんの勝ちでいい」

「……随分とお前に不利なようだが?」

「そうでもないよ。私が見つけられないなら桂馬くんはかならず見つけ出す。

 どれだけの時間がかかるかは分からないけど……わざわざ待つのもただ面倒なだけだから」

「……なるほど」

「ちょっと遠回りしたけど、ゲームのルールはシンプル。

 今から発表する私の推理を桂馬くんが信じるなら私の勝ち。そうでないなら、私の負け。

 さぁ、どうする? 受けてくれる?」

 

 どうやらかのんには何か考えがあるらしい。

 その推理とやらを素直に発表すりゃあいいのに、わざわざゲームにするなんてな。

 そんな事をした理由は……

 

()()()()。私と、ゲームをしよう』

 

 ……いいだろう。今だけはエルシィから聞いた事を忘れておくとしよう。

 

「ルールに異存は無い。来いよ、()()!」

「っ! う、うん!」

 

 勝てるものなら勝ってみせろよ。落とし神であるこの僕に!

 

 

 

 

 

「まず、情報を整理していこう。

 ユピテルの姉妹は全員で6人。そして、6人全てが少なくとも私たちの生活圏内に居る。

 実は5人しか居なくて残りは別の場所で復活してる可能性も一応あるけど……それを考慮する必要が無いって事は桂馬くんには説明するまでもないよね?」

「ああ。続けてくれ」

 

 仮に別の場所に居た所で、僕達がそれに干渉する事は不可能だ。こっちでサボろうが全力で何か頑張ろうが、一切の影響を与えない。

 だったら、居る前提で攻略を進めるべきだ。サボったら世界が終わりなのに対して、過剰に攻略した所で人間関係が悪化する以外のデメリットは無いのだから。

 

「そして、『女神はドクロウさんの手によって集められている事』と『女神は駆け魂と一緒に人間界にやってきた』っていうのは、ほぼ事実のはず。

 だからこそ私たちは駆け魂が潜んでいた女子たちの再調査を行った」

「その通りだな」

「師匠には居なかった、みなみさんにも居なかった。

 ほぼ間違いなく、私たちの高校の同学年に限定される。

 

 結さんには居なかった。

 月夜さんにも居なかった。

 栞さんにも居なかった。

 ちひろさんにも居なかった。

 

 麻美さんには居た。

 美生さんにも居た。

 歩美さんにも居た。

 ついでに、エルシィさんにも居た。

 あと、天理さんもね。別の高校だけど。

 

 これで、『駆け魂が潜んでいたこの高校の2年の女子』に該当するのは1名だけになる。

 そう、私だけに。

 

 でも、私の主観では私に女神は居ない。

 ふふっ、ゼロになっちゃったね」

「……遠回しな自白……のわけが無いよな?」

「当然。こういう時は前提を疑うべき。そうでしょう? 桂馬くん」

「……まぁ、確かにそうだが、お前が改めてじっくりと纏め上げたように前提に綻びが見あたらないんだが?」

「先入観に囚われすぎてない? アポロさんも……いや、アレはアポロさんの言葉じゃないけど……あらゆる前提を疑えって言ってたよね」

「神託の事か。確かにそうだが……」

「私が提示する可能性。それは、『過去に駆け魂が居た場合』だよ」

「何だと!?」

 

 そうか、過去に駆け魂と一緒に女神が入れられて、僕達の前任か何かが駆け魂だけを狩った場合があるのか。

 何故僕はその可能性を考え……って、いやいや、それくらいは考えたよ。

 しかし、有り得ないとまでは言わないが、考えにくい。

 

「……反論はあるよね? 言ってみて?」

「予想済みなのか。まあいいだろう。

 ドクロウ室長が女神を復活させたいならノーヒントの場所に女神を仕込むわけがない。

 ……ついでに言うなら、これは駆け魂と切り離して女神だけが居る場合でも同じ理屈が成り立つ。

 そういう奴が居たとしても構わないが、せめて何らかのヒントが下されるはずだ」

「その通りだね。ノーヒントで仕込む上に連絡も寄越さないっていうのはおかしい。それで失敗したらドクロウさんのせいだってハッキリと言える。

 ……でもさ、ヒントを出すまでもないような目立つ人物なら?」

「……そんな奴が居たか?」

「ふふっ、どうだろうね」

「おいおい、はぐらかすなよ」

「その質問に答える前に、もうちょっとおさらいしておこうか。

 そもそも、駆け魂が人間に取り憑く目的は?」

「そんなの決まってるだろ。負のエネルギーを吸収する為だ」

「間違ってはいないけど……その先は?」

「……転生だ。成長し切った駆け魂は隠れた女の子供として転生する」

「正解だよ。

 ところで……桂馬くんのおばあちゃん……の、近所のおばあちゃんの話は覚えてる?」

 

 かのんの奴、今一瞬『僕のおばあちゃん』で言い切りそうになったな。寸前で踏みとどまってたが。

 

「勿論覚えてるさ。最後は大きな屋敷が燃え落ちるアレだろ?」

「そ、それはその時撮影したドラマの内容……桂馬くん分かっててボケてるよね?」

「……攻略よりむしろそっちの方が印象に残ってたからな。そう言えばお前の後輩は元気にしてるのか?」

「いつも元気一杯だよ。

 で、その印象に残ってない方の攻略なんだけど、最後は結局エルシィさんが説得して出てきたよね。

 ね、エルシィさん」

「え? ああ、はい。そうだったと記憶しています。

 お婆様はご高齢で子供が望めませんでしたから、それを理解したらあっさりと出てきてくれましたね」

 

 かのんがエルシィに話を振ると今までずっと黙っていたエルシィが口を開いた。

 そう言えば居たな、お前。

 

「おっけー。この事を覚えておいてね、桂馬くん」

「ん? ああ」

「じゃ、最後にエルシィさんに確認」

「はい? 何でしょうか」

「そもそも女神が人間に取り憑く目的は?」

「……駆け魂と違って望んで取り憑いているわけではありませんが……まぁ、正の感情を得る為です」

「……その先は? 駆け魂のように転生するの?」

「隠れた女の子供として転生……する事も不可能ではないですが、わざわざそんな事をせずとも復活に近い事はできます。

 受肉して生身の肉体を得られるならそれに越した事はありませんが、わざわざ母体を危険に晒すような事はしませんよ」

「……ありがと。天理さんや他の宿主のみんなのお腹が膨らむとか悪阻に苦しむ様子も無かったんで大丈夫だろうとは思ったけど、ようやく確信が持てたよ」

「そんな事考えてたのかよお前」

「……冷静に考えるとちょっと変態っぽいね」

「スマン、続けてくれ」

「う、うん。

 えっと、これらの情報を私なりにまとめると……

 『駆け魂の宿主は子供を産める身体である必要がある』

 『宿主が子供を産めないと分かれば駆け魂は去っていく』

 『女神の宿主は子供が産めなくても問題は無い』

 ……これ、反論はある?」

「…………いや、無い。

 だが……まさか、お前……」

「気付いた? ヒントを出す必要すら無い最後の宿主候補。

 『叡智』の女神は始まりの刻より神姫の傍らにて眠る。

 私が候補に入れるなら……もう1人もその資格はあるよね?」

「……ロジックに矛盾は見られないな」

「それじゃ、私の推理を言わせてもらうよ。

 

 

 

 

 

 桂木桂馬くん。君こそが最後の女神の宿主だよ」



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47 『忍耐』の歌姫は『運命』を超える

 女神メルクリウスの宿主は桂馬くんだ。

 この仮定は全てをひっくり返す事ができる。

 ……いや、この表現は正確じゃあないか。ひっくり返すっていう表現はちょっとズレている。

 

「……だがしかし、その推理には存在するべきある重要な要素が欠けている」

「それは……勿論分かってるよ。この推理には……」

 

「「証拠が足りない」」

 

「……分かってるじゃないか。それじゃあ、証拠を頼む。勿論用意してあるんだろ?」

「何言ってるの桂馬くん。そんなものあるわけないじゃん」

「……は? いや、待て待て、無いのか!?」

「そんなものがあったら仮想宿主の桂馬くんがとっくに見つけてるでしょ。むしろ私が訊きたいよ。証拠っぽいものは無いのかって」

「そんなものがあったらとっくに言ってるよ」

「じゃあ、無いね♪」

 

 ニッコリと、笑顔でそう言い切った。

 証拠なんて無い。だからこそ『ひっくり返す』という表現はズレている。

 

「……そうか、そういう事か。

 確かに証拠なんて要らない。そもそもお前が宿主だという仮定にも証拠なんて無いからな。宿主でない証拠が無いというだけであって」

「そう、この推理はあくまでも可能性を提示したに過ぎない。

 最後の宿主は私でほぼ決まりだった状況をイーブンに戻したに過ぎない。

 ……その上で、もう一度訊くよ?

 桂馬くんは……私の推理を、信じる?」

 

 最初っからどちらの推理が正しいかなんて問いかけていない。

 このゲームにおいては最終的な女神の居場所という結果すら全く意味のない事だ。

 お互いに証拠なんて無いイーブンの状態で、桂馬くんは自分を信じるのか、それとも私を信じるのか。

 

 

 

 

 その、結果は…………

 

 

 

 

 

 

 

「……ふざけるなよ」

「えっ? ふ、ふざけてなんかいないよ!」

「状況がイーブンだと? それを信じるかだと? こんな……こんなのっ、ふざけるなよ!!」

 

 ……そうか。私は、やっぱり間に合わなかったんだね。

 私が自分の力で名前を勝ち取れる最後のチャンスだったんだけどな。

 思ってたより、ショックだ。笑顔は続けられそうにない。

 

「ごめん桂馬くん。ちょっと席を外し……」

「こんなの勝ち目が無いだろうが! ふざけるなよ!!」

「…………えっ?」

「ああくそっ、勝負が決する条件をもっと詰めるべきだった。

 あのな、僕はな、ずっと前から決めてるんだよ。お前を信じるって。

 僕が失敗した時、お前はずっと僕を支えてくれていた。

 いつだって僕を助けてくれいた。

 そんなかけがえのない相棒の言葉だ。信じるに決まってるだろ」

 

 ……そっか。無駄じゃなかったんだね。

 私の……私たちのこの数ヶ月間の時間は、決して無駄じゃなかったんだね。

 

「け、桂馬くん……」

「何を泣いてるんだ。もっと勝ち誇れ。

 お前の勝ちだよ……()()()

 

 ふと、初めて名前を呼ばれたあの時を思い出した。

 あの時の私は、嬉しさと寂しさを感じていた。終わってしまう寂しさを。

 だけど、今はただひたすら嬉しいだけだ。

 ははっ、ヘンだよ。嬉しいはずなのに、涙が止まらない。

 

「お前、笑ってるのか?」

「分かんないよそんなの。桂馬くんはどう見えてるの?」

「泣いているようにも見えるが……どちらかと言うと笑ってるように見えるな」

「じゃあそうなんじゃない。ははっ」

「……まぁ、そうだな。ホレ、ハンカチ要るか?」

「うん。ありがと」

 

 桂馬くんからハンカチを受け取って涙を拭う。

 洗濯してお返し……いや、どうせ一緒に住んでるんだからあんまり意味は無いかな?

 

「さてと。それじゃあ答え合わせといこうか。

 勝敗には関係ないが、純粋に気になる」

「そうだね。

 ……万が一どっちにも居なかったらどうしよう」

「そんときはそんときだ。

 おいメルクリウス。聞こえてるんだろう? そろそろ出てきてくれ」

 

 

 

 桂馬くんが呼びかけたその時、声が響いた。

 

 

『……まぁ、いいだろう』

 

 

 そして、私たちのすぐ傍らで、光が溢れた。

 

 

『ユピテルの姉妹は愛の力で蘇る』

 

『恋愛が一番の糧となるが、それだけには留まらない。我ら姉妹がかつて絆の力を糧としたように』

 

『喜ぶがいい。我が宿主よ。お前の『信頼』は『恋愛』に並び立った』

 

 

 溢れた光はぼんやりとした人影を作り、私たちにこう告げた。

 

『初めまして、我が宿主、そして歌姫よ。

 我が名はメルクリウス。叡智を司る女神だ』







 と、いうわけで最後の女神の宿主は桂馬でした。
 本章投稿前の段階で企画の方では正答者は0でしたが、感想欄では疑っていた方とネタ予想した方がそれぞれ1名ずつ居たようです。

 ……っていう文章を書いた数時間後に1名ほど企画の方に正答者が現れるという。お見事です。


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48 曇りなき真実の言葉

 女神は今までは鏡越しに会話をしていた。だけど、今私たちの目の前にいる女神は少々異なるようだ。

 

「あなたが、メルクリウスさん?」

『そう言ったじゃないか。何度も同じ事を言わせないでくれ』

「え? ご、ごめんなさい」

 

 怒られてしまった。結構面倒なヒトもとい女神かもしれない。

 

「いつもの女神は鏡越しに会話していたが、お前は何で外に出てるんだ?」

『簡単な分体を創造しただけだ。と言っても、さっきできるようになったばっかりだがな』

「……何でわざわざそんな事を?」

『だって、私は女神だぞ? 男の身体って何か嫌じゃないか』

「……理屈は分からんでもないな」

 

 そう言えば桂馬くんも女の子の身体に入った事があったね。懐かしいなぁ……

 

『しかし、このボヤけた状態を維持するのもそれはそれで面倒だな。ん~……よし』

 

 メルクリウスさんは何か呟いた後、光の人影が形を変えた。

 光が集まっていき輪郭が見えなくなる。

 その後、徐々に光が薄れていき、現れたのは……私の顔だった。

 

「まぁ、こんなものか」

「……あの、メルクリウスさん?」

「何か?」

「……どうして、私の姿なの?」

「我が宿主の一番身近な女子だからだ。姉様方の宿主でもないしな。

 ふむ、仮初とはいえ肉体があるとやはり違うな」

 

 メルクリウスさんは手を握ったり開いたりして体の調子を確かめているようだ。

 その姿をよく見ると向こう側の景色が微妙に透けて見える。霊体みたいな感じなのかもしれない。

 

「……どんな姿だろうと自由に変えられるなら本人の好きにすればいいと思うが……訊きたい事がある」

「何だ? 手短に頼む」

「ずっと居たなら何で出てこなかったんだ? 何か理由でもあるのか?」

「お前たちの様子をずっと観察していた。人間同士の恋愛を間近で見る経験など無かったからな。

 おまえ自身の恋愛なら、なおさらだ」

「……まぁ、理解できんこともないか」

「それに、男の身体で出てくるのが何か嫌だったからだ」

「おいおい……それが主な理由に含まれるのかよ」

 

 女神というのはどうしてこうもマイペースな人が多いんだろう?

 結果的に助かったから良いんだけどさ。

 

「あ、そうだ。どのくらいまで復活してるの?」

「つい先ほど、所謂『翼持ち』くらいまでは復活した」

「……ついでに訊くけど、その前はどれくらいまで復活してたの?」

「ハイロゥが出る程度だ。

 うちの宿主のゲームに対する愛情は無尽蔵だが……女神には相性が悪かったのか、それとも何か別の要因があるのか、その程度しか復活できなかったようだ」

 

 少し前のディアナさんまでは普通に復活してたんだね。それもかなり早い段階で。

 当然ながら意識もあったんだろうし、ずっと私たちの事を見てたんだろうなぁ。

 

「質問は終わりか?」

「そうだな……何かあるか?」

「今は大丈夫だよ。エルシィさんは?」

「あれ? 居たのかお前」

「居ましたよ! 最初からずっと!!」

「ああ、そう言えば姉様も居たな」

「メル、あなたまでボケないで下さい!」

「ボケたつもりは無いが」

「えっ」

 

 姉妹の中でもミネルヴァさんの扱いはあまり変わらないらしい。

 メルクリウスさんって確か末っ子のはずだけど、エルシィさんが相手だからなぁ……

 

「姉様の事はずっと見ていた。相変わらずのようで何よりだ」

「そこはかとなく馬鹿にされている気がするのは気のせいでしょうか……?」

「気のせいだろう」

「そうでしたか。良かったです」

 

 サラッと信じたな。エルシィさん。

 昔からこんな感じだったのかな……

 

「長々と話してたら疲れた。しばらく寝るから起こさないでくれ」

 

 そう言って、メルクリウスさんは再び光へと姿を変え、桂馬くんの中へと戻って行った。

 ……もしかすると、面倒な人じゃなくて面倒臭がりな人なだけかもしれない。

 そう言えばエルシィさんも寝ぼすけとか言ってたような。

 

「……メルも相変わらずのようですね」

「そこはかとなくバカにしている……わけでは無さそうだな」

「何を言ってるんですか。当たり前でしょう」

「……何はともあれ、ようやく6人の女神が揃ったか。

 そうだ、かのん……ありがとな」

「えっ? どうしたの突然」

「メルクリウスを自力で見つけるのは僕には不可能だった。

 お前が居てくれたおかげだ」

「……桂馬くんがお礼を言った……?」

「僕だって礼くらい言うぞ。僕を一体何だと思ってるんだ!」

「うそうそ、冗談だよ。

 そう言えば、ずっと言いたくて言えなかった事があるんだ。聞いてもらえるかな?」

「どうした改まって」

「私はつい最近まで『恋愛の記憶を失ってた』っていう設定だったから言えなかった。

 でも、今なら気兼ねなく言える」

 

 たった1つの嘘を投げ捨てて、ありのままの私の想いを伝えよう。

 言うまでもない事だろう。けど、言うべき事だから。

 

 

「桂馬くん。大好きだよ」

 

 

 ついさっき、メルクリウスさんは『信頼』が『恋愛』に並び立ったと言っていた。

 つまり、桂馬くんが私に向ける感情は『信頼』であって『恋愛』ではないのだろう。

 それに対して桂馬くんの事が好きな人は大勢居る。

 この告白で、ようやく私はスタートラインに立てる。まだまだ気は抜けないな。

 

 桂馬くんは誰にも渡さないよ。

 だって私は、桂馬くんの許嫁(パートナー)だから。







 分体創造の元ネタは原作ミネルヴァさんのアレです。
 専門外のくせに完全上位互換な気がするのはきっと気のせい。
 桂馬の姿を借りた女神を出すのもなんだかなぁ……という気がしたのでこんな感じの設定にしてみました。

 実は初期にはメルクリウスの姿の案で『原作通りの歩美の姿』という案もあり、割と合理的なこじつけを考えていたのですが……それをやると説明が恐ろしく面倒になる上に本作の続編を書く必要性に迫られるので没になりました。
 どうすっかなぁ……続編。そこまで続ける気力があるのかどうか……


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49 決戦前夜の祭

 かのんからの何の捻りもない告白は僕の心に深く染み込んだ。

 なかなかに美しい告白イベントだ。僕も見習いたいくらいだよ。

 

「だが、その想いが報われるとは限らんぞ」

「その時はその時だよ。それに、私が本気を出せば桂馬くんの攻略なんてラクショーだよ!」

「ほぅ? 言うじゃないか。何をするつもりだ?」

「そうだね、とりあえず……

 ……前夜祭でも一緒に回る?」

「……そう言えばそんな時間だったな」

 

 ついさっきまでかなり濃密な時間を過ごしていたので感覚が狂うが、実際の経過時間はそこまででもなかったようだ。

 前夜祭の目玉であるキャンプファイヤーは勿論、他の出し物の時間もまだまだ先のようだ。

 

「……そうだな。せっかくだから見て回るか。

 お前はどの格好で行く気だ?」

「えっと……エルシィさんの格好が一番無難だと思うけど……」

「それだと私が回れなくなるんですけど?」

「……あえて錯覚魔法を使わずに……」

「どう考えても大騒ぎになるな」

「となると消去法でまろんちゃんの姿だね。前夜祭って部外者入れたっけ?」

「……制服姿ならバレないんじゃないか? 万が一バレたらエルシィから借りたって設定で」

「よし、それで行こう」

 

 かのんが錯覚魔法を起動したらしい。僕からはよく分からないが。

 そう言えば前夜祭をまともに回るのは初めてだな。

 

「それじゃあ行こっか。

 2人きりで……って言いたい所だけど、エルシィさんも来る?」

「え? よろしいのですか?」

「うん。どうせ宿主の誰かと合流しそうな気がするし、従妹だけじゃなくて妹も居た方が女神を刺激せずに済みそう」

「確かにな。予定が既に埋まっているなら別に構わないが、どうなんだ?」

「特に問題は無いです。ただ、ミスコンには歩美さんも出るそうなのでその時には見に行きたいです」

「あいつそんなもんに出場してたのか!? っていうかうちの学校はそんなのがあったのか!?」

「ちひろさんとかが勝手に登録したみたいですよ。本人は乗り気ではありませんでしたが……仕方ないから参加するそうです」

「……ミスコンねぇ。かのんに話は行かなかったんだな」

「いつもは学校に居ないからなぁ……

 それに、私が言うのもどうかと思うけど書類審査で弾かれそう。公平を期す為に」

「確かにお前が出たら結果は見るまでもないだろうな」

 

 ファンによる組織票が炸裂して9割か、下手すると10割くらいの票をゴッソリ持っていきそうだ。

 イベントの意味が無くなる。

 

「それじゃ、早く行こうよ。イベントの時間過ぎちゃうよ?」

「ああ。そうだな」

 

 

 

 

 校舎を出てしばらく歩いていると案の定見知った顔が現れた。

 

「あ! やっと見つけた。この私を放っぽってどこほっつき歩いてたのよ!!」

「美生か。バイトはいいのか?」

「その辺は抜かりないわ舞校祭とその前後のシフトは空けてきたのよ」

「そうか、なら気兼ねなく一緒に回ろう……と言いたい所だが、残念ながら先約がある」

 

 自称妹と自称従妹を指し示しながらそんな台詞を言う。

 女神の復活は翼まで出てれば十分とするならもう攻略の必要なんて無い。

 ただ、あんまり無下に扱うと退化するとかあるかもしれんからほどほどの付き合いを続けておこう。

 

「……あんたの妹は分かるけど、従妹って部外者じゃなかったっけ?」

「な、なんのことかなー。私にはサッパリわからないなー」

「……こいつの従妹なだけあってイイ性格してるわね。

 まぁ、わざわざ通報するのも面倒だからしないけど、教師にバレないようにしなさいよ」

「ありがと美生さん。あ、そうだ。一緒に回らない?」

「……それもアリか。分かったわ。一緒に行きましょ」

 

 美生も付いてくる事になった。かのんの予感が当たったな。

 今のはかのんが誘ったというのもあるが、そんな事しなくても結局一緒に行動する事になってただろう。

 むしろ僕と美生の2人きりにさせない為の誘いか。そこまで計算してやったなら、なかなかやるな。

 

『ところで桂木よ』

「ん? ああ、ウルカヌスか。どうした?」

『我々の女神を探す件だが、進捗はどうなのだ?』

「安心しろ。つい先ほど最後の女神を見つけた所だ。

 後で会わせてやる」

『そうか。よくやってくれた。

 では私はしばらく休んでいるとしよう。美生と仲良くするのだぞ』

 

 本当の事を話すのが怖いな。こいつが一番危なそうなんだよ。

 ……そんなの考えるのは後にしよう! そしていざというときはメルクリウスに泣きつこう!

 

 

 

 

 

 

 美生が合流して数分後、また見知った顔が現れた。

 

「ようやく見つけたぞ桂木よ! 妾から逃げおおせるとでもアイタッ」

「このアホ女神が。こんな人ごみで表に出てきて何やってやがるんだ」

「少しくらい良いではないか!」

 

 このアホが表に出て僕を探していたなら結構な時間表に出てたんじゃないだろうか?

 ヴィンテージの連中に補足されてないだろうな?

 

「む? そっちのお主はウルカヌス姉様の宿主ではないか。2日振りじゃな」

「……ねぇ桂馬、確か女神って狙われてるのよね?

 大丈夫なのコレ?」

「大丈夫じゃないな」

「大丈夫じゃないね」

「大丈夫じゃないです」

「何じゃお前ら揃いも揃って!」

「御託は要らん。さっさと麻美に代われ」

「むぅぅ、妾は女神なのに蔑ろにしおってからに」

 

 女神なんてありふれてるからな。

 リアルアイドルの方がまだレア度が高い。知り合いに2人しか居ないから3倍のレア度だな。

 

「……えっと、その……アポロが騒がしくてごめんね」

「気にするな。お前も苦労してるんだろ?」

「……うん。

 それじゃ、私はこれで……

 …………ごめん、何かアポロがうるさいからもうちょっと一緒に居てもいい?」

「……エルシィよりもヒドいんじゃないだろうかこれ」

「ちょっと神様? どういう意味ですか?」

 

 というわけで麻美も合流した。女神が4人揃ったな。

 流石に天理とディアナは来てないし、歩美とマルスはミスコンの準備をしてるだろうから合流してくる事は無さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 ……とか思っていたら別の連中と出くわした。

 

「お、桂木じゃん! って、一体何があったの?」

「何がとは?」

「いや、だって……どうして沢山の女の子と一緒に居るの?」

「……成り行きだ」

「一体どんな成り行きですか」

 

 歩美の勇姿を見る為に集まっていたちひろと結だ。あと、京も居る。

 

「まぁ、細かい事情は別にいいや。

 それより、これからミスコンがあるんだよ。歩美も出るぞ!」

「ああ、エルシィから聞いたよ」

「よーし。じゃあ一緒に見に行こう!」

「別に構わんが……果たして現実(リアル)のミスコンがどの程度のレベルなのやら」

「いつもの桂木だね~。こういうのは内容よりもフインキが大事なんだよ!」

雰囲気(ふんいき)な」

 

 こうして、計8名(エルシィ以外の女神も入れるなら計11名)とかいう大人数の集団になっていた。

 ま、少しは楽しんでみるとしようか。

 

「……ところで桂木さん、どうして美生が居るのですか?

 まさか……彼女も宿主なのですか?」

「察しがいいな」

「……あなた、いつか天罰が下りますよ?」

「多分下されるのは神罰だろう。女神からの」

「……死なないで下さいね? あなたの人間性自体は割と気に入っているので」

「安心しろ。僕もゲームを積んだまま死ぬ気は微塵もない」

「あなたの基準はやはりゲームなのですか……」

 

 

 

 

 

 ……その後、ミスコンには歩美ではなく何故かマルスが出てきたりといった事件があったりはしたが、前夜祭は無事に終わった。

 明日は舞校祭だ。今と違って一般入場が普通に許可されているから天理も堂々と入れる。

 ようやく6人の女神が集まる。そこから先は……どうなるのやら。







 マルスのミスコンを書いてみようかと思ったけどかなり面倒なので断念しました。
 そもそも何でマルスが出てきたかというと……


『歩美、そんなもじもじしてどうしたのだ?』
「だって、ミスコンよ!? こんな服を着て大勢の前で喋るのよ!? 恥ずかしいじゃないの!!」
『別に大した事無いじゃないか』
「大した事よ! って言うか、そこまで言うならマルスが出てみなさいよ!」
『……よし、分かった』
「えっ? ホントに出る気?」
『当然だ。それに、勝負事は全力で挑まねば。
 今の歩美は見ていられない』
「そこまで言うなら……出てみる?」
『勿論だとも!』


   で!


「うぅむ、この服は少々心許ないな。敵から襲撃を受けたらどうするのだ」
『そういう服じゃないからこれ』
「まあいいさ。それじゃあ、全力を尽くすとしよう!」


 みたいな流れで割と自然に参加するんじゃないかなと。
 なお、観客からはちょっと髪色を変えた歩美にしか見えないのでマルスの暴走はそのまま歩美の黒歴史になる模様。


 以上でメルクリウス編、そして歌姫編は終了です。
 この後はヴィンテージとの決戦をやって舞校祭をちょっと書いて終わりかな。
 今までサボってきたリューネさんの行動の描写とかも必要かも。

 次回こそは女神編最終章になりそうです。
 絶対に書くつもりでかなり前から構想を練っていたメルクリウス編が終わってしまったのでモチベーションを保つのが少々キツいです。もういっそのことこれが最終回でもいいんじゃないだろうか? いや、流石にダメか。
 少々時間が開いてしまうと思いますが……また次回お会いしましょう!


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50 災厄の使者

 いよいよ最終章……ではなく準最終章。
 適当に書いていて気が付いたら舞校祭当日に突入する前にそこそこの分量になったのでここの辺で区切って投稿しておきます。

 ……本当に準最終章になるのかは神のみぞ知る。




 時は少し遡る。

 

 

 舞島の街を、1人の少女が歩いていた。

 いや、少女なんて呼び方は相応しくないだろう。外見は人間の少女に見えるというだけであり、その本質はもっと悍ましいものだ。

 

 彼女の風貌は異様なものだった。

 どこかの学校の制服の上から白衣を身に纏い、肩からはショルダーポーチを下げている。ここまでは普通だ。

 ポーチについているドクロの飾りと頭の2本の角のようなものは……少々人目を引くがまあ問題ない。

 異様なのは、身体のあちこちに巻かれた包帯。ミイラのように全身に巻いているというわけではないが、だからこそ逆に痛々しさを醸し出している。

 

 彼女の名は、リューネ。

 正統悪魔社の幹部の1人である。

 

 そんな彼女が運命の地である舞島で一体何をしていたかと言うと……

 

「……おじさん。たい焼き1つちょうだい」

「はいよっ、何味にします?」

 

 特にあくどい事はせず、のんびり過ごしていた。

 潜伏中だから大人しくしているとかではなく、気の赴くままに街をぶらつき、興味を持ったB級グルメを適当に買い漁っていた。

 

「何味があるの?」

「あんこにチョコに抹茶に……」

「……面倒くさい。全部1コずつ……」

「おいおやじ、たい焼きくれ! 抹茶とスーパーあんこ!」

「コラ、順番を抜かすな!」

「うっせーな。アツアツの奴よこせよ!」

 

 彼女が注文を言い終えるより前に2人組の不良が横入りしてきた。

 店主のおっちゃんも不良をたしなめるが、それを意に介した様子は無い。

 押しのけられたリューネはブツブツと誰にも聞こえない音量で呟く。

 

「……汚い身体で触るな。

 絶対消してやる。絶対殺してやる」

 

 非常に物騒な事を呟いており、実際に彼女はそれを実現させられるだけの力を持ち合わせている。

 彼女自身には遠慮する理由など無い。ポーチから愛用のカッターを取り出し、カチカチと音を立てながら刃を伸ばした。

 

「あン? それでどうするつもり? オレ達を倒そうって?」

 

 カッターを使って人を躊躇無く傷つけられる人間なんてそうは居ない。

 そういう事を知っているからこそ、不良たちは物怖じしなかったのだろう。

 ただ、相手は人間ではなく悪魔だった。それだけの話だ。

 

 リューネはゴミクズを見るような目で不良たちを睨みながらカッターをゆっくりと振り上げる。

 そして、振り下ろす。

 

ブスリ

 

 そんな嫌な音を立てて、カッターの刃は()()()()()()刺し貫いた。

 

「は、はぁっ!? 自分を刺した!?」

 

 刺された……と言うか刺した本人も痛みは感じているようだ。傷を押さえながらうめき声を上げ、しかしどこか恍惚とした表情を浮かべていた。

 

「……面倒くさい。悪魔なのに人殺しもできないなんて。

 でももうすぐ、もうすぐだ。その時は千倍で返してやる。

 アハッハッハッハッハッ!」

「な、何だコイツ!? に、逃げろ!!」

 

 不良たちの判断は賢明だったのだろう。リューネは逃げ去る不良たちから興味を無くし、無表情で再びたい焼き屋に向かった。

 

「お、お嬢ちゃん……だ、大丈夫かい?」

「……全種類1コずつちょうだい」

「えっ? ああ……うん。ちょっと待っててね」

 

 今の彼女は、一般人に直接危害を加える事はできない。

 正統悪魔社の術士によってある暗示がかけられているからだ。

 

 その内容は『一般人に殺意を抱いた場合、攻撃対象を自分に変換する』というものだ。

 殺人事件が発生したら大騒ぎになるが、自傷行為をするサイコパスが居るくらいならギリギリセーフという判断だろう。

 そんな判断のおかげでどれだけの事件を回避できたのかは……彼女の傷の量を見れば後は語るまでも無かろう。

 

 彼女はある意味悪魔らしい悪魔だ。本能の赴くままに、欲望の赴くままに動く。

 彼女のような悪魔と、理性により自律する悪魔。どちらの方が正しい姿なのかは誰にも分からないし、そもそも答えなんて無いのだろう。

 

 

 

 たい焼きが焼きあがるのを待っていると電子音が鳴り響いた。

 彼女の持っている通信端末が呼び出し音を鳴らしているようだ。

 

「はい、リューネ」

 

「……はぁ? 付近のヴィンテージの安否確認?」

 

「一週間前に確認したけど、無事でしたよ?

 何度も電波飛ばすの面ど……嫌なんですけど」

 

「……はぁ、私、幹部なんだよ?

 何でそんなお守りみたいな事をしなくちゃ……」

 

「あ~、もううるさい。分かった分かった。

 点呼取ればいーんでしょ。取れば」

 

 リューネはドクロの飾りのボタンを適当に押す。

 面倒とか言っていた割には簡単な動作で電波は発信された。

 

「はぁ、全員異常無しでしょ。っていうかそう答えなさい。

 そうじゃないと私の仕事が増えるから」

 

 タブレットのような物を取り出す。そこに表示されているのは近辺の地図といくつかの光点だ。

 この光点の一つ一つが正統悪魔社の悪魔が持つ改造駆け魂センサーの反応だ。異常無しと応答があれば光点は小さくなり、異常ありであれば赤く強く光る。

 そして、応答が遅い場合は応答すらできない異常事態であるとして時間経過で大きさと光の強さを増していく。

 

「……こんなに居たのか。ヴィンテージ。

 えっと、1番応答アリ、2番もアリ。3から5も大丈夫で……

 ……うん。大体オッケーだね。だから言ったじゃん」

 

 彼女が地図をしまおうとした時、1つの光点が目に止まった。

 

「……あれ? こいつまだ返信してないじゃん。

 一体誰? フィ……文字化けしてる。こんな奴居たっけな。

 ……そこそこ近い。遠かったら誰かに押しつけられたのに。

 仕方ない。行ってみようか」

 

 彼女は反応がある方向へと飛び立とうとする。

 が、飛び立つ直前でくるりと向きを変えた。

 

「おじさん、そろそろ焼けた?」

「もうちょっと……よし、完成だよ!」

「ありがと。これお代」

「はいよっと。えっと……はいお釣り」

「ん。じゃあね」

 

 大量のたい焼きを抱えて、リューネは反応のある方角へと飛び立った。







 地の文でリューネさんの事を『ヴィンテージの幹部』って言い切っちゃったけど、実際にはどうなんでしょうね? 少なくとも本人がヴィンテージを名乗ってる場面は原作には無さそうです。むしろ本話で引用した台詞からはヴィンテージとは別みたいな意識を読み取れなくもないです。
 一応、『幹部』とは自称しているみたいです。ただ、上位組織であるサテュロスの幹部という可能性もあり得そう。ヴィンテージのお守りに反発するくらいだからその辺でもおかしくはなさそうです。
 考えても結論が出るとは思えないので、ひとまず本作では『サテュロスの一員でありヴィンテージの幹部』くらいにしておきましょう。

 ……なおアニメ版では初登場シーンで『ヴィンテージのリューネ』と名乗っています。
 フィなんとかさんがリストラされた影響でアポロ襲撃も代理で担当したために『わざわざ名乗った上にアポロを仕留め損なう』とかいうドジっ子キャラになってますね(笑)


 原作を読み返すとリューネが敬語を使ってる場面があって地味に衝撃を受けました。
 一応エラい人相手にはそれなりの言葉遣いをするのかも……とか思ってたらすぐに常態に戻ってるという。
 気分が悪くない時はちゃんと使う感じなのカモ。


 リューネさんの言動を考えてみるとリョーくん達を殺す事なんて躊躇わないはず。
 だからまぁ、本文で書いたみたいな考察をしてみました。あのサイコパスを人間界に送るんだからあれくらいの安全装置は必要でしょう。
 そうなると何でわざわざ人間界に送ったんだという気もしますが……きっとアレです! あんなサイコパスを自陣の近くに置きたくなかったんでしょう!
 ……実は普通にリューネさんが自重してるだけかもしれないけど、この設定の方が狂人っぽさが出るのでそういうコトにしておきます。


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51 2つの戦場

 センサーの反応の元へとリューネは向かう。

 この街はそう広い街ではない。羽衣に標準搭載されている飛行魔法を使えば5分とかからず辿り着いた。

 

「……この家かな?」

 

 彼女の視線の先には1軒の民家があった。どこにでもあるような平凡な家だ。

 実は洋菓子店になっているとか、道場が併設されているとか、そんな事は一切無い普通の家だ。

 自分に余計な仕事をさせた愚か者の顔を見てやろうと地面に降り立った時、センサーから応答があった。

 

「……あれ? 何だ。ちゃんと返事できるじゃん。

 せっかく来たのに……」

 

 愚痴りながらも先ほど買ったたい焼きを頬張る。

 彼女が怒っているのか、それとも特に何とも思っていないのか、無表情な彼女からは読み取れない。

 

「……とりあえずコレ食べよ。ちょっと買い過ぎたかな」

 

 更に動くのも面倒なのだろう。近くの段差に腰かけてのんびり食べる事にしたらしい。

 その姿だけを見ればただの可愛らしい少女にしか見えない。何か怪我が多い事と、変な角が付いてる事を除けばどこかにありそうな風景だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな何の警戒もしていなさそうに見えた少女が、どこかの歌姫と違って突然の『不意打ち』に反応できたのは、やはり彼女が歴戦の悪魔であったからであろう。

 

 

 ガキィィンという金属音が響き渡る。

 襲撃者の持つ鎌による一撃をリューネがカッターにより防いだ音だ。

 

「……一撃で仕留めるつもりだったのじゃがな」

「ハァ、だから安否確認なんて面倒だって言ったのに。

 ま、これはこれでいいか」

 

 リューネは襲撃者の姿を確認する。

 その身に纏っているのは駆け魂隊の証である羽衣、油で汚れたボロボロの白衣。

 装飾の一部は欠損しているものの刃の部分は鋭く研ぎ澄まされている証の鎌。

 そして、特に隠されても居ないその素顔。

 

 彼女の顔はヴィンテージやその上の組織にも要注意人物として通達されていた。

 団体行動が苦手なリューネはそんな通達はよく見ていなかったため思い出すのに少し時間がかかったようだが、無事に思い出したようだ。

 

「……リミュエル。まさか人間界にいるとはね」

「私の事を知っているのか」

「まあね。こんな所で会えるとは思ってなかったけど」

「会いたかったとでも言う気か?」

「ここのところ退屈でさ。悪魔なのに暴れられないってどう思う?

 合法的に暴れられるせっかくのチャンスだ。私の退屈しのぎに付き合ってもらうよ」

「……噂に違わぬ狂人のようじゃな。お前がリューネか」

「うん、まあね。さぁ、はじめよっか。コロシアイを!」

 

 さっきまでの無表情とは打って変わって獰猛な笑みを浮かべている。

 それとは対照的にリミュエルは無表情で相手を見据えていた。

 

 裏世界の狂人、表の世界のエリート。

 この狭い街の片隅で、2人の悪魔の戦いの火蓋が落とされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、地区長から降格した某悪魔……ハクアも暗躍していた。

 与えられたナノマシンの解析を終えて羽衣を修復し終えた彼女は指示された場所へと赴いていたのだ。

 なお、ナノマシンには案の定勝手に行動ログを漏らすようなウィルスが仕込まれていた。どう対処すべきかはかなり迷ったようだが、ナノマシンを完全に初期化することで対処したようだ。あっさりと対処してしまうと逆に怪しまれる可能性もあるが、このくらいは中古のパソコンを買う人の一部が普通に行うような行為なのでわざわざ注意される事も無いだろう。

 

「外から見た時は普通の民家に見えてたけど、すっごく嫌な感じの魔力を感じる。

 少なくとも旧地獄に関係するものがあると見て間違いないでしょうね」

 

 彼女が突入した時、建物の中は無人だった。全員出払っているのだろうか?

 だからと言って無警戒に放置されていたわけではない。

 入口には魔法で強化された鍵、内部のいくつかの場所には探知用の結界、その他複数のセキリュティが張り巡らされていた。

 

 しかし、忘れてはならない。彼女は同期の悪魔たちの中でも頂点に立った優等生である事を。

 人間の心を読み解くというアナログな事が要求される駆け魂狩りでは最初は酷い有様であったが、こういったデジタルかつロジカルに対処できる問題であれば彼女は非常に強かった。

 優等生である彼女は犯罪紛いの行為などしたことはないので最初は多少手間取ったもののセキリュティを次々と突破していった。

 

「しっかしやたらと厳重……厳重なのかしらコレ。

 基準が分からないから判断しようがないけど……これだけ仕掛けられてるって事は多分厳重なのよね?

 何か使える情報が手に入るといいんだけど」

 

 そんなこんなで一番奥の部屋へと辿り着いたようだ。部屋には地獄でよく使われているタイプのコンピューターと、その他よく分からない機械が無数に並んでいた。

 罠に警戒しつつもコンピューターを立ち上げて中身を探ろうとする。

 

「…………んっ、これは……」

 

 片っ端からフォルダを開いていたら怪しげなファイルをいくつか発見した。

 彼女は内容に素早く目を通していく。

 

「旧地獄の復活……? あれ? でもそれだけなら女神の力を取り除くだけでも……

 ……この魔力量の数値、境界壁に穴を空けられる最低魔力じゃなかったかしら?

 って事は天界にでも攻め込む気?

 ……違う。大規模な戦闘を行う準備はあんまりしてなさそう。ターゲットは人間界って事?

 えっと、旧悪魔が封印されているのは地獄のグレダ東砦だったはず。あの場所の座標は……流石に覚えてないわよ!

 ……あったあった。地獄におけるその座標って事は人間界基準だと……日本の…………この町の近辺ね。

 ……ああ、この座標か。地図は……ココか。って言うか桂木が通ってる学校の目と鼻の先じゃないの。

 これだけ探れれば十分かな? いや、もっと……」

 

 その時、彼女が右手首に付けていたブレスレットが光り出した。

 この建物に仕掛けられていたトラップを彼女なりに参考にして作ったアラームである。入口の扉が開かれると同時に光るように設定されていた。

 

「誰か帰ってきちゃったみたいね。見つからずに逃げ出す……のは流石に無理か。

 叩きのめして脱出するしか……いや、それやるくらいなら壁を破った方が安全か。どうせ侵入はバレちゃうだろうし」

 

 

 

 その後、帰ってきた正統悪魔社の悪魔が部屋に開けられた大穴と、ついでのように破壊されたコンピューターを発見する事になる。

 その報告がリューネの耳に届くまで、そう時間はかからなかった。







 リミュエルさんがダミーの駆け魂信号を出していた目的はノコノコやってきたヴィンテージの連中を取っ捕まえる為だと思われます。
 なので、緊急時の呼び出し機能と発信機がセットになってる改造センサーを放置しておくわけがありませんね。桂馬の家に置きっぱなしだったのをこっそりとすり替えてありました。
 そして原作通りにリューネさんが点呼を取ろうとするなら……こういう展開は避けられないでしょう。バトル苦手なんだけどなぁ……
 多分具体的な描写は避けてちょっと後に終わったことにする事になるでしょう。(と言うかなりました)


 原作ではハクアが地獄から帰還してから桂馬に合流するまでの活躍が全カットされてるけど、こんくらいの事をしていたんじゃないかなと。
 ゲームじゃあるまいし、『ヴィンテージの計画はこうこうこういうもので、決行はいつだ!』なんてことがストレートに分かるのはあり得ないとまでは言わないけど望み薄な気がします。
 だから、断片的な情報を集めて推測していったのではないかなと。

 境界壁なんて単語は本作オリジナルです。読んで字のごとく三界を遮る壁をイメージしています。
 優等生のハクアなら物理の授業で第二宇宙速度を暗記するようなノリで境界壁破壊の最小魔力とか知っててもおかしくないかなと。


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52 逃走

 リューネとリミュエル。2人の悪魔は互角の戦いを繰り広げていた。

 決着が付かない理由はいくつかあるが……最も大きな要因はお互いに全力ではないからだろう。

 

 何度も言うようだがリューネは狂人だ。

 そんな彼女は戦いの中で自身が傷つく事すら楽しんでいる節がある。

 そこそこ本気での戦いによる命の削り合い。それを彼女は楽しんでいる。

 所詮この戦いは彼女にとってはただの退屈凌ぎだ。全力には程遠い。

 

 一方、リミュエルはそんな個人の趣向とは関係無く真面目に戦闘している。

 それでも全力ではない理由、それは単純に全力を出す事ができないからだ。

 正統悪魔社の連中は女神すら殺しかけた呪いを使う事ができる。

 寿命を代償にするという禁断の武器だが、あのリューネならリスクを知った上で使ってもおかしくは無いだろう。

 同じ呪いでなくとも、『無防備に受けたら即死する』という類のものが他にあっても何ら不思議は無い。

 そういったものに対応する為に余力を残さざるを得ないのだ。相手が余力を残しているなら尚更である。

 彼女とて戦闘で命を落とす覚悟くらいはできているが、それは命の危機に無策で突っ込むという意味ではない。奮闘の結果の死と死亡前提の作戦とでは天と地ほどの違いがあるのだ。

 

 

 と、そんな戦いを続けていたら不意に呼び出し音が鳴った。

 

「出ぬのか?」

「……せっかく面白くなってきてたのに。一体誰?」

 

 お互いに武器を構えたまま、リューネは通信機を手に取った。

 

「はい、リューネ」

 

「……は? 侵入者? 一体どこのどいつ?

 そのくらい自分で対処しなさいよ」

 

「……へぇ。なかなか面白そうな相手っぽいね

 分かった。殺すのは勘弁してあげる」

 

「は? あんたの事に決まってるでしょ。

 じゃ、今から行くから」

 

 通信は終了したようだ。

 通信中もお互いに不意打ちを試みていたようだが、お互いに隙が無かったため睨み合いのまま終わった。

 

「そういうわけだから、ちょっと行ってくる」

「黙って見送るとでも?」

「私を殺そうとするって事は正義の味方って事でしょ? なら確実に見送るよ」

 

 そう言うとリューネは持っていたカッターを遠くに放り投げてから全速力で飛び立った。

 

「……味な真似をしてくれる」

 

 そのカッターはただのカッターではなかった。と言うかカッターという呼び方がそもそも正しくない。

 その正体は擬態を得意とする魔界の生物だ。

 あのリューネが従えていた生物なだけあってエルシィが度々持ち込む連中とは比べ物にならない危険度を備えている。

 放っておいたら数週間か、あるいは数日で舞島の街の住人が喰らい尽くされるだろう。

 

 強力な武器にもなっていたカッターを手放したリューネ。

 先ほどまでより戦闘力の落ちている今なら追撃すれば倒す事は不可能ではないだろう。

 しかし、リミュエルは無辜の民を犠牲にするような悪魔ではない。

 

「厄介な相手じゃが……よかろう。骨の一欠片すら残さず葬り去ってやろう」

 

 

 

 

 ……その後、その生物を完全に抹消した頃にはリューネに完全に逃げ切られていた。

 リミュエルは苦い顔をしながら懐の中のフィオーレから没収した改造駆け魂センサーを握りつぶした。

 

「同じ手はもう通用せんじゃろうな。どうしたものか」

 

 発信器や罠の類に警戒をしつつ、リミュエルはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ハクアは……桂馬の家に居た。

 

「ふぅ、ようやく帰ってこれたわ」

 

 正統悪魔社の悪魔の追跡には最大限警戒しつつ、無事に帰還を果たしていた。

 

「桂木たちはまだ帰ってきてないみたいね。

 ……ああ、明日から学校祭があるのね。前夜祭があるみたいな事を言ってたっけ。どのくらいかかるのかしら?

 …………地獄絡みのトラブルに巻き込まれてるとか無いでしょうね? 様子を見に行った方が良いのかしら」

 

 通信機となる駆け魂センサーはハクアもエルシィも常に持ち歩いている。

 何かあればすぐに連絡が飛んでくる……と信じたいが、エルシィなので断言はできない。

 他にも、通信する暇すらないほど危険な目に遭っているという可能性もある。

 

「……やっぱり様子を見に行っておこう。予定通りなら学校に居るはず。

 飛んでいきたいけど……流石にちょっと目立つかも」

 

 先ほどそう遠くない場所にある正統悪魔社の拠点にケンカを売ってきた所だ。今頃は結構な騒ぎになっているだろう。

 ちゃんとした魔力探知であれば透明化を看破する事はそう難しい事ではない。個人で簡単にできるようなものではないが、あの組織であればそれくらいはできるだろう。

 

「……のんびり行きましょうか。

 そう焦る事も無いでしょうし」

 

 そしてハクアは家を後にした。

 桂馬たちと合流するまで、もう間もなくだ。







 原作最終巻ではカッターはカッターではなかったみたいですが、初期はどうだったんでしょうね?
 最初からカッターではなかったのなら、リューネの自傷行動には使い魔に()を与えるという意味合いもあったのかも。

 リューネさんとリミュエルさんの戦いは放っておくとどちらかが死ぬまで続きそうだったのでこんな感じで中断させてみました。
 と言うかどっちも負けるイメージができない。


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53 帰宅

 というわけでハクアと合流したわけだが……

 

「心配しながら駆けつけてみたら……どーして女の子に囲まれて楽しそうにしてやがったのよ!!」

「……成り行きだ」

「成り行きだったね」

「少々信じがたいですが成り行きです」

「どんな成り行きよ!!」

 

 現在、前夜祭も無事に終わって帰宅している最中だ。

 僕の家に押しかけて泊まっていこうとするような非常識な奴は当然居なかったのでここに居るのは僕とかのん、エルシィ、そしてハクアだけだ。

 

「しかし随分と帰りが遅かったな。何かトラブルでもあったか?」

「それはもう色々とあったわよ。

 長くなるから落ち着ける所で話しましょうか。

 それより、ちゃんと女神は見つけられたんでしょうね?」

「愚問だな。僕を誰だと思っている。

 6人全員……いや、5人まで見つけたよ」

「え? 最後の1人はどうしたのよ」

「最後の女神に関しては……」

「私が見つけ出したよ」

 

 そういうコトだな。メルクリウスを見つけ出したのはかのんであって僕ではない。

 細かいことだが、重要な事だ。

 

「その辺の事に関しても長くなる。落ち着いた所で話そう」

「ハクアさんが地獄に出発したのっていつ頃だったっけ?」

「ウルカヌスが復活してエルシィが目覚めた次の日くらいだったはずよ」

「そう言えばそうでしたね。私が目覚めた翌日でした」

 

 かのんの疑問に対してハクアとエルシィが答えた。

 と言うことは……アポロの覚醒、マルスの復活、あとメルクリウスの事を話せばいいのか。

 ……そう言えばあいつはどうしてるんだ? PFPが確かこの辺に……あったあった。

 

「おいメルクリウス。起きてるか?」

 

 僕がPFPに向かって呼びかけると……画面に映っていた僕が光り出した。

 ほんの数秒ほどで光は収まり、かのんの姿が現れた。

 

『呼んだか?』

「お前……その中でもそっちの姿なのか」

『良い事じゃないか。愛しの歌姫の姿がいつでも見れるぞ』

「妙な枕詞を付けるんじゃない」

 

 エルシィやうちの母さんが出てくるのに比べたら大分マシだが……鏡に向かうとかのんの姿が現れるってのは何か違和感あるな。

 

「う~ん、流石は叡智の女神様。分かってらっしゃる」

「おいかのん、便乗するな」

『私の個人的な意見だが、我が宿主には是非とも歌姫と結ばれてほしいものだ。

 理力だけでなく魔力も同時に使いこなす人間には非常に興味がある』

「そういう理由なんだね……協力してくれるなら別に良いけど。

 と言うか、言うほど使いこなせてるかな?」

『無意識の身体強化を結構前から使っていたようだぞ?

 魔力も理力も、確実にお前の力になっている。

 そうでもなければ武道家とアイドルがまともに戦えるわけが無いだろう』

「確かにそうかもしれないけど……」

『無意識でもそれだけの効果がある。意識してしっかりと使えばより高度な事も可能になる。

 今夜にでも理力制御の手ほどきをしてやろう』

「えっと……あ、ありがとう?」

 

 かのんはこれ以上強くなるのだろうか? 今でも十分おかしいんだが。

 

『何を他人事のような顔をしているのだ我が宿主よ。

 お前にも付き合ってもらうぞ』

「はっ? 僕が? どうして」

『私1人で理力を運用するよりも協力できた方が効率が良いし楽だからな』

「おいおい、ゲーマーに戦えっていうのか?」

『ギャルゲーでもたまにあるじゃないか。ガリ勉野郎のはずなのに戦いになると魔法を使い出す超能力者が』

「……確かに」

 

 ギャルゲーのはずなのに何故か突然RPG風の戦闘になるゲームは……ごく少数ではあるが存在している。

 と言うか何でそんな事を知って……記憶を共有してるから知ってて当たり前か。

 

「え~っと……結局誰が宿主なの?」

「僕だ」

「紛らわしいわね。何でわざわざ外見変えてるのよ。って言うかお前だったの?

 そうなるとずっと側に居たって事よね……?」

『そうなるな』

「……こんな所に居たのに見つけ出した桂木……じゃなくて中川さんを褒めるべきなのか、

 それともそんな所に引きこもってた女神を叱るべきなのか……」

「……私の妹が申し訳ありません」

『ここに入ったこと自体は不可抗力だ。そんな事で叱らないでくれ』

「ハクアさん。訂正の必要は無いよ。将来的には名字変わるから」

「おいかのん。どさくさに紛れて大真面目な顔で妙な事を口走るんじゃない」

「え? 何か変だった?」

 

 かのんが見せる表情は真顔に近いが良く見ると微妙に笑っているように見える。

 明らかに狙ってボケているな。

 

「……お、ようやく家に帰ってこれたようだな」

「あ、ホントだ。まぁ、今はこんなものでいっか」

「おいおい、何を企んでるんだ」

「ナイショだよ~」

 

 かのんはそう言ってサッサと家の中へと入って行ってしまった。

 ……今更な事だが、僕はとんでもない奴を家へと招き入れてしまったのかもしれないな。

 そんな事を考えながら、僕もかのんの後に続いた。

 

 

 

 

「……エルシィ、あの2人、何か雰囲気変わってない?」

「ある意味今までがおかしかったみたいです。

 姫様ったら神様に『攻略の記憶が無い』って嘘吐いてたみたいなので」

「……ちょっと待ちなさい。まさかとは思うけど……中川さんも桂木に『攻略』されてたの?」

「あれ? 言いませんでしたっけ?」

「初耳よ!!

 確かに私が知ってても何の意味も無いけど……結構大事な事をサラッと言うのは止めなさい!!」

「え、ご、ごめんなさい……?」

 

 残った2名は、そんな会話を交わしながら家の扉を開けたようだった。







 メルクリウスの台詞で『ガリ勉野郎のはずなのに戦いになると魔法を使い出す超能力者』が『たまに』居るって言ってますけど、たまにと表現できるほど居るのだろうか?
 ときメモくらいしか知らないんですけども。
 と言うかときメモは頭おかしい。良い意味で。

 ハクアのかのんに対する呼称って本作で出てきてましたっけ? 今回は『中川さん』にしておきましたけども。
 過去の文章を漁ってみましたが、ハクア編後日談で『中川』と呼び捨てにしている場面が一応ありました。
 ただ、この時は状況がかなり特殊だったので通常の呼称と異なっていても問題なさそうです。
 それ以降で、かのんを呼び捨てにしている場面がもしあったらご連絡下さい。その場面の状況を鑑みて修正します。


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54 団欒

 夕食の支度を全部かのんに任せて、僕とハクアはお互いの情報を交換した。

 エルシィは……掃除だな。箒さんが最小パワーになっている事をハクアに確認してもらってから掃除をさせておく。台所には1歩たりとも入れさせるわけにはいかない。

 

「……そんな事があったのか。随分と大変だったみたいだな」

「ホントよ! どうしてこんな目に遭うのかって何度思った事か!

 でも、無事で帰ってこれたから良かったと思っておくわ」

 

 敵地のど真ん中で捕まっていたわけだから無事に帰ってこれただけでも儲けものか。

 運が良かったのか、それとも別の要因でもあるのか……

 

「それより、そっちもそっちで大変だったみたいね」

「お前ほどじゃないさ。命の危険は……ほぼ無かったからな」

 

 1回だけ突然武器を突きつけられた事はあったが、それだけだ。マルスのアレはウルカヌスの時より危機感は感じなかったしな。

 

「にしても、宿主がお前って、どうやったらそんな結論に辿り着くのよ……」

「僕には絶対に出せない答えだったな。かのんのおかげだ」

「そう言えば、中川さんがお前の元攻略対象だったっていうの初耳なんだけど?」

「確かに言ってなかったな。そもそも言う必要も無い事だし」

「私が聞いてれば『記憶操作対象の例外ルール』くらいは教えてたかもしれないわね」

「それは駆け魂隊の中では共通の認識なのか……」

「実際にどうなるかは場合によるだろうけど、協力者(バディー)の記憶が奪われない可能性を指摘するくらいはできたと思うわよ」

「やっぱりエルシィはバグ魔だな。

 だが、知らなかったからこそここまでの関係性を築けた。過程はどうあれ結果は間違っていなかったんだろう」

 

 エルシィのバグっぷりすらドクロウ室長の計算の内だった可能性も有り得る。

 ……いや、流石に無いか? エルシィがある意味規格外だから何とも言えんな。

 ただ……かのんが協力者に選ばれた本当の理由、それはこの時の為だったんだろうな。

 まるで未来視でもしているかのような事をするな。実は似たような事をできるんだろうか?

 

 

 

「みんな~。ご飯できたよ~」

 

 かのんの声が聞こえてきた。もうそんな時間か。

 

「飯にするか」

「そうね。今後の事はその後考えましょう」

 

 

 食卓を見て、何か違和感があるなと思った。

 その正体に気付いたのは全員が席についた時だった。

 

「……かのん、この並びはお前の仕業か?」

「え? うん。そーだよ」

 

 うちの食器は、使う人がほぼ決まっている。

 と言うか、エルシィが隠し子としてこの家に居座った頃に、密かに娘を欲しがっていた母さんがエルシィ用の食器を買い足したのだ。ついでに同時期に居候になったかのんの分も。

 だから、その配置をいじるだけで席順を入れ替える事は簡単だ。かのんと僕を隣り同士にするとか。

 なお、今まで僕達が隣り同士で座った事はほぼ……と言うか全く無い。食卓の席順なんて大体固定になるし、うちの母さんは居候の女子に息子を必要以上に近付けないようにする分別はあったからな。

 

「あれ? 確かに何かいつもと違うわね」

「神様と姫様が隣り同士になるのは……初めてでしょうか?」

「そうだね~。さぁ食べよう。頂きます」

「……頂きます」

 

 席順くらいで何か起こるわけでもないか。サッサと食べてしまおう。

 

 

(にこにこ~)

 

「…………」

 

(にこにこ~)

 

「…………」

 

(にこにこ~)

 

「…………」

 

 かのんがこの上なくにこやかな顔を浮かべている。

 視線が痛い……という程ではないが凄く気になる。

 

「……おい、さっきから何なんだ?」

「何でもないよ~」

 

 何だかよく分からんが……サッサと食べてしまおう。

 そんな事を考えて、焦ってしまったのがいけなかったのだろうか?

 

「あ、桂馬くん。口元にご飯粒付いてるよ」

 

 かのんに指摘されてから僕が動くよりも早くかのんが動いた。

 ご飯粒をつまみ上げてそのまま口にするとかいうギャルゲーではしばしば見かけるような事をやってのけたのだ。

 

「っっ!? か、かのん……正気か?」

「……実際やってみると結構恥ずかしいね、これ」

 

 少し顔を赤らめたかのんからそんなコメントが出てきた。

 

「……どこから計算ずくだったんだ?」

「席を隣にしたのは故意だし、笑顔で見守ってたのも故意だけど、さっきのはアドリブだよ」

「いや、笑顔で見守ってただけで十分計算ずく……いや、違うのか」

 

 笑顔で見守っていた理由が別にあるのであれば、それ以降の行いは偶然だったのだろう。

 

「いつもの事だが、美味いぞ。ありがとな」

「うん! どういたしまして!」

 

 かのんは『その言葉が聞きたかった』と言わんばかりに大きく頷いて、ようやく自分の食事に手を付けた。







 ツイッターでも呟いたけど、『かのん様は告らせたい』とかいう妙な単語が頭に浮かんできました。
 今の状況と大体合ってるという。かのんからの告白が既に済んでいるので、元ネタのかぐや様と比較すると凄い皮肉ですが。
 本気になったかのんちゃんの快進撃はまだまだ続く!(予定)

 かのんの計略を色々とこねくり回しながら書いてみましたが、実は微妙におかしな点があります。
 かのん編第4話での錯覚魔法のテストではかのんの外見になったエルシィが桂馬の隣に座ってエルボーを喰らってます。
 これは……アレです! 娘ができて暴走した麻里さんがかのんへの気遣いをつい忘れてたんでしょう!
 ……こんなさりげない描写が後々の問題点になるなんて全く想像してなかったですよ。
 つまりアレだ。エルボーを喰らうようなエルシィが悪い!


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55 目的

 夕食を食べ終えたら今後の打ち合わせに入る。

 

『アポロの神託では、この街が更地になるのはもうすぐらしいな』

「さ、更地? どういう事?」

「そう言えば神託の事を説明するのを忘れていたな」

 

 僕達の行動や事実関係だけを説明していたのでアポロの神託の事はハクアに伝え忘れていた。

 改めて、その詳細を説明する事にする。

 

「数日後にこの街が消し飛ぶって……凄い情報だけど微妙に使いにくい情報ね」

「肝心な所がフワッとしてるからなぁ……」

『今回の神託はむしろ分かりやすい方だ。いつもはもっと分かり辛い』

「メルの言う通りです。今回はマシな部類ですよ」

「そんなんで天界は今まで大丈夫だったのか……?」

『そもそも未来というものは常に変化し続けるものだ。この世界の住人に過ぎない我々が未来を1つに固定しようなどという事はおこがましいとは思わないか?』

「そういう話なのかこれ? まあいいか」

 

 神託に関する愚痴や哲学はおいておこう。

 今はそんな事はどうでもいい事だ。

 

「で、桂木の調査で何か怪しげな所を見つけた……と」

「私もそれは初耳だよ」

「話す暇は無かったからな」

 

 やたらと濃密な時間を過ごしているせいで遠い昔の事に感じるが、一本岩の『向こう側』に関する事と、そこに結界が張られている事を見つけ出したのは今日の昼頃だ。

 その後、舞校祭の準備の時に歩美と話して、その後かのんと話して……そんな感じだったもんだから伝える暇なんて無かった。

 

「魔力を使った結界と、『向こう側』ね。

 もしそれが正統悪魔社によるものだったら、私が集めてきた情報と繋がるかもしれない」

「敵の拠点から持ち帰った情報か。

 ……そんな無茶をする前に連絡くらいしてほしかったが」

「変な追跡魔術でもかけられてたら厄介な事になりそうだと思ったのよ。

 一応確認はしたけど、本当に巧妙に偽装されてたら確実に見抜けるとは言えないわ」

「ちゃんと考えあっての事なんだな。それなら別に構わないさ。

 それで? どんな情報を持ち帰ってきたんだ?」

「……地図で説明するわね」

 

 ハクアはテーブルの上に羽衣を広げた。

 少しすると2つの模様……この街の地図と、地図っぽいものが現れた。

 

「まず、正統悪魔社の目的は『旧地獄の復活』らしいわ。

 旧地獄の信奉者の集団なんだから当たり前と言えば当たり前だけどね」

「復活と言っても何をする気だ? 革命でも起こすのか?」

「もっと単純な話よ。

 女神の封印の事は当然知ってるわよね?」

「当たり前だ」

「そりゃそうよね。女神はここに居るんだから。

 当時の女神の力っていうのは本当に凄まじかったみたいでね、女神が居なくなった後も封印の力はまだかなり残ってる。少なくとも内部からこじ開けるのは厳しいでしょうね。

 ……肉体を捨てて脆弱な魂だけの存在になれば話は別だけど」

「手段を選ばず抜け出そうとした連中は駆け魂になった……と」

「そゆこと。そして、辛抱強い連中はかつての悪魔の力を残した状態で封印されている。

 数日前に現れた魂度(レベル)4か、それ以上の大物がね。

 もしそんなのがうじゃうじゃ湧いて出てきたら……この街が更地になるくらいじゃ済まないでしょうね」

「……その封印とやらが一本岩の『向こう側』にあるのか?」

「ええ。地獄に存在する封印の地『グレダ東砦』と、お前の言う『一本岩』の位置はピッタリと一致してた」

 

 羽衣に浮かんでいる2つの地図がゆっくりと移動して1枚に重なった。

 地獄がどういう風に存在しているかはイマイチ把握できていないが、要するに一本岩はヤバい場所に繋がっているという事だな。

 

「連中の目的は確定したと言って良さそうだな。

 メルクリウス。どうすれば阻止できる?」

 

 テーブルの上の鏡(かのんが用意した)に向かって問いかける。

 メルクリウスからの返答はすぐに返ってきた。

 

『現地を見てみないと断定はできないが、人間界の側からグレダ東砦を再封印してやれば概ね問題ないだろう。

 瘴気に満ちた冥界での作業よりはずっと簡単だ。我々が人柱になる必要すら無い。

 封印作業自体は10分もかからないだろう』

「そんな簡単でいいのか?」

『ヴィンテージの妨害を無視した場合の話だ。

 連中ごと封印してしまうと中で何をされるか分からん。

 ヴィンテージも、何匹か来ているかもしれない旧悪魔たちも綺麗に一掃してからの封印となる。

 普通に考えれば我ら姉妹が揃っていて負けるはずは無いが……油断していると少し前のミネルヴァの二の舞になる』

 

 旧地獄の暗殺魔術はエルシィですら昏倒させる威力だった。

 今の女神たちなら1発か2発くらいなら問題ない気もするが、ダース単位で刺されたら流石に死ぬんじゃないだろうか?

 果たしてそれだけの数の狂信者やら捨て駒やらが居るのかは分からないが……そういう可能性も一応あるわけだ。

 

『まぁ、油断しなければ良いだけの話だ。明日、決着を着けに行くとしよう。

 そろそろお前たちの訓練も始めたい。他に話す事が無いなら始めるぞ』

 

 情報の共有も完了し、今後の方針も決定した。メルクリウスの言う通りもう大丈夫そうだ。

 理力の活用か……前にディアナは3階から飛び降りて平気そうにしていたが、実はあれも理力によるものなんだろうか?

 身体能力の向上が期待できるならしっかりと学んでおこう。より多くのゲームを一度にこなすのにきっと役に立つから。



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56 理力操作

『訓練を始める前に……ミネルヴァ、ちょっと来てくれ』

「……こうでしょうか?」

 

 エルシィがテーブルをよじ登って鏡の前に正座した。

 

『違う、そうじゃない。我が宿主の隣に来てくれ』

「そっちでしたか。はい」

 

 テーブルから降りて僕の隣に立った。

 あと、かのんは誰かに何かを言われるまでもなくずっと僕の側に居た事も説明しておこう。

 

『桂木、2人の首輪に触れてくれ』

「首輪? ああ、地獄の契約の奴か」

 

 そう言えば、これもエルシィが使っている道具の一つだ。

 ただの飾りでなければこれも理力を使う道具って事になるな。

 そんな事を考えながら言われるがままに2人の首輪に触れた。

 

『………………改造完了だ。見た目の変化は無いが、色々と都合良くいじらせてもらった』

「早いな!?」

『お前の首輪の解析はずっと進めていたからな。と言うかそれくらいしかやることが無かった』

「流石は叡智の女神と言うべきなのか……?」

「どんな改造をしたの?」

『まず、一応入っていたギロチン機能の破壊だ。これで地獄の契約に縛られる必要は無くなったな』

「マジで入ってたのかよその機能」

『ミネルヴァ姉様に配慮したのか、作動条件はかなり厳しかったようだがな。

 もう一つの改造は『リンク機能の強化』だ。

 元々この首輪にはリンクしている首輪の持ち主の死を感じ取って自爆する機能があった。

 その機能を都合の良いようにいじらせてもらった』

「具体的には?」

『一言で言うと『情報の伝達』だ。

 お前たち3人と私で念話が可能になった。

 話すだけではなく、言葉で現すのが難しいようなイメージ等を送る事も可能だ。ある程度の訓練が必要だがな。

 私の『叡智』を伝えるためにも必須の機能となる』

「なるほど。だから訓練前にわざわざ改造したんだね?」

『あともう一つ。姉様とのリンクを構築する事で『互助』の恩恵を受ける事ができないかと目論んだのだが……できてはいるもののかなり効率が悪いようだ。

 互助の本来の権能と比較して20%程度といった所か』

 

 一応、素の状態よりは強くなっているらしい。

 ミネルヴァの能力は元がチートだから20%でも十分な気もするが……どうなんだろうな。

 

『まあいい。これで下準備は整った。訓練を始めるぞ』

「……メル、ちょっと気になったのですが、あなた随分とやる気がありますね。

 いつも面倒臭がりだったはずなのに、どうしてですか?」

『姉上、そんな事も分からないのか。とても単純な話だ。

 私は、知りたいんだ。理力を得た人間が、魔力を得た人間がどれだけ強くなれるのかを。

 女神にも悪魔にもできない事を実現している、人間の可能性のその先を』

「……愚問だったようですね。神様と姫様を宜しくお願いします」

『無論だ。では始めよう。

 まずは自身の理力を感じ取る事から……』

 

 

 こんな感じで理力活用の訓練が始まったわけだが……こんな一般人には感知すらできないようなエネルギーの説明を細かくした所で無意味だろうから巻きで進めていく。

 分かりやすそうな所だけかいつまんで描写させてもらおう。

 

 

『姉様、手伝え』

「何でしょうか?」

『姉様に触れる事で理力を大幅に増幅できる事はお前たちに説明するまでもないな?

 故に、触れたり離したりを繰り返す事で自身の中で何かが増減する感覚があるはずだ。

 その感覚をハッキリと掴む事ができれば第1段階は完了だ。

 ……ああ、そうそう。互助の権能はユピテルの姉妹が相手でなくとも有効だ。効果はかなり落ちるがな』

「っていう事は私でも使える方法なんだね。よし、やってみる。

 エルシィさん。ちょっと手を出して」

 

 

 そんな感じで、ものの数分で理力の感覚を掴み……

 

 

 

『理力を身体中に広げて固めるイメージだ。それだけで身体能力の向上が期待できる』

「……意外と難しいな」

「できたっ! こんな感じだよね?」

「早いな!?」

「無意識とはいえ結構前から理力を使ってたみたいだからね。それを意識して使っただけだよ」

「くっ、負けてられるか!」

 

 

 かのんに少し遅れて身体強化を習得し……

 

 

 

『ある程度の理力制御ができるようになったなら術を教えても大丈夫そうだ。

 宿主である桂木はともかく、歌姫の方は戦闘中に教えている暇はあまり無いだろうからあらかじめいくつか教えておこう』

「うわっ、何か頭の中に変なのが……」

『雷撃関係のいくつかの術式を脳に直接送った。例えば、スタンガンの電力の強化とか。

 あと、簡単な治療術の術式も送っておいた。専門のアポロ姉様ほどではないが、かすり傷程度なら簡単に治せる』

「えっと、これをこうして……えいっ!」

「あばばばばばばばばば!!!」

「あっ、ごめん桂馬くん!!」

『明後日の方向に電撃が飛んだな。操作性に難アリか。要改善だな』

 

 ※黒焦げになりますが安全なスタンガンです!

 

 

 突然電撃を喰らい……

 

 

 

「お風呂上がらせてもらったわ。

 あれ? 何か桂木が黒焦げだけど大丈夫?」

『問題ない。ああ、丁度いい所に来た。

 魔力による身体強化の方法を教えてくれ』

「方法? 簡単なのなら、魔力を身体中に広げて、それを維持するだけである程度強化できるけど……」

「つまり理力とほぼ同じだね。こんな感じか」

『理力による強化と魔力による強化は競合しない……か。

 あくまでも使い手の問題であってエネルギーそのものは対ではないのだな』

「……何か凄い事をサラッとやっているのは気のせいかしら?」

 

 

 時にハクアにもアドバイスを貰い……

 

 

 

「そう言えば、僕は魔力は使えないのか?」

『お前の肉体からは魔力を一切感じない。

 他の女神の宿主もそうだったからおそらくは女神の宿主になった副作用のようなものだろう。

 私が出ていけば魔力を使えるようになるかもしれないが……現状では絶対に不可能だ』

「そういう事なら仕方ないか。

 ……って言うか、その辺の知識があればかのん宿主説を完全に除外できてたな」

「た、確かに。思いっきり魔力を使ってたね、私」

『先ほども言ったが、理力と魔力のハイブリッド運用は女神にも悪魔にも不可能な事だ。

 ドクロウの正確な意図までは分からないが、魔力と理力の精製装置をペンダントに仕込んでいる時点でそういう方向性の強化を目指していたのは断定できる』

「……ドクロウ室長は私に何をさせる気なの」

『特に深い意図もなく、確実に駆け魂を仕留められるようにできるだけ強化しようとした可能性もあるな』

 

 

 そんな重要な情報が今更明かされたり……

 

 

 

「そう言えば気になってたんだけど、駆け魂討伐って主にエルシィさんの力なんだよね? 私自身の力じゃなくて」

『そうだな。理力による結界に歌を反響させる事で駆け魂まで伝達し、ダメージを与えている。理屈としてはただの大声でも討伐は可能だ』

「うっ、そ、そうなんだ……」

『ただ、正の感情が込められた歌が媒介として非常に適しているのも確かだ。大声による討伐も理論上可能という話であって、悪魔を弱らせる程度ならまだしも魂滅させるというのは普通は不可能だ。そう気を落とすな』

「あ、ありがと……」

『……復活した今の女神ならあの程度の魂は一撃で消し飛ばせるがな』

「…………」

「おいメルクリウス。お前はかのんを励ましたいのか貶したいのかどっちなんだ」

 

 

 そんな感じで夜は更けていった。







 叡智の女神様は知識欲を満たす事に関しては誰よりも貪欲なんじゃないかと勝手に想像してます。

 前章もかのんちゃん覚醒イベントだったけど、本話もかのんちゃん覚醒イベント(物理)
 いや、物理じゃなくて魔力とか理力なんだけどさ。(戦闘面)の方が正確ですね。
 なお、物理攻撃力もしっかり上がっている模様。師匠の拳と互角くらいにはなってる気がします。
 人外の力を借りたとはいえ師匠に追いつくかのんが凄いのか、そこまでやらないと追いつけない師匠が凄いのか……


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57 歌姫は挑み続ける

 私が告白をしてから、イベントの連続だった。

 前夜祭に始まって、返ってからもハクアさんとの情報交換、夕食の後は理力の訓練。

 やたらと濃い時間だったけど、ようやく自由な時間がやってきたよ!!

 

『これで一通りは完了したか。明日も忙しくなる。そろそろ休むとしようか』

「ふぅ、やっとか。

 ……かのん、風呂どうする? 先入るか?」

「もう遅いしなんだったら一緒に入る?」

「……正気か?」

「桂馬くん。真顔で返事するのは止めて。せめてもうちょっと反応して」

「だってなぁ……お前がそういう事言うのって凄く違和感を感じるんだよなぁ……」

「今までの偽装が巧妙過ぎたせいかな。

 流石に一緒に入るっていうのは恥ずかしいから冗談だけどさ。桂馬くんにももうちょっと恥ずかしがって欲しかったよ」

「そんな事言われてもな」

 

 本気で何か起こる事を期待してたわけじゃないけど、これだけでスルーされるのも何か嫌だ。

 もう少しイベントを続けよう。

 

「うーん……じゃあ水着でも着て一緒に入る?」

「論外だな。風呂場に乱入イベントを起こしたいなら裸かバスタオルの2択だ。

 ……そもそも、お前水着持ってるのか? この家に」

「……確かに、こっちには持ってきてないね。エルシィさんのとかを借りれば話は別だけど、そこまでする気も無いし。

 ハードル高いなぁ……仕方ない。桂馬くんのリクエストにお答えしてバスタオルで乱入を……」

「何故乱入する前提になってるんだ! あくまでもやるならという話だよ!」

「勿論分かってるよ~。

 それじゃあ私から入らせてもらうね。こんな話をした後で私が後だと桂馬くんがのんびりできないだろうし」

「……そうやって油断させる作戦じゃないだろうな?」

「いやいや、そもそも一緒に入るっていうのが冗談だし、わざわざ2回お風呂に入るような事はしないって。

 あ、でも桂馬くんがどうしてもって言うなら……」

「分かった分かった。早く入ってきてくれ」

「うん。行ってくるね~」

 

 桂馬くんへの好意を一切隠さなくても良くなったからすっごく話しやすくなった気がするよ。

 こうやって揺さぶってみて反応を見るのはそれはそれで楽しいんだけど、攻略っていう目的からはちょっとズレてるかな。

 とりあえずは色々と試してみようか。今までやりたくてもできなかった事なんて沢山あるから。

 

 

 

 

 桂馬くんもお風呂を済ませて(当然乱入はしなかった)そろそろ寝る時間になった。

 それじゃ、もうちょっと仕掛けてみよう。

 

「けーまくーん。ちょっとベッドが壊れちゃったから桂馬くんのベッドで一緒に寝かせてー」

「何だその棒読みは。ツッコミ所が無数にあるんだが?」

「何の事かなー」

「ベッドが壊れるのかとか、床に布団を敷くのではダメなのかとか、ダメだったとしてもエルシィやハクアのベッドではダメなのかとかだな」

「紛うこと無き正論だね。丁度私も思ってた事だよ。

 私たち気が合うね!」

「分かってたなら何でそんな三文芝居をしたんだ……」

「うーん、最初は桂馬くんが寝てるときにこっそりと隣に潜り込もうかな~って思ってたんだよ。

 でも、流石にそれはどうかと思ったから許可を取れば大丈夫かなって……」

「そんな事に許可が出るはずが無いとは思わなかったのか?」

「勿論思ったよ。でも、そうやってずっと黙ってたら何も伝わらないから。

 だから今のうちに要求を伝えておいて後で交換条件か何かで合法的に一緒に寝ようかと……」

「無駄に計算高い事やってるな。

 と言うか、そもそも男子と一緒に寝るというのはどうなんだ? アイドルとして」

「そんなの、バレなきゃセーフだよ!」

「バレたらアウトって事だろうが」

「大丈夫。バレてアイドルをクビになったらその時は桂馬くんに養ってもらうから」

「何故そうなった。僕はお前を養う気なんざこれっぽっちもないんだが?」

「そんなっ、ヒドいっ! 許嫁だって言ってくれたのに!!」

「攻略の為に言っただけの言葉を引き合いにだすんじゃない」

「だよねぇ……それじゃ、明日も忙しくなるから今日はもう諦めるよ。

 また今度ね」

「次があるのかよ……」

「当たり前だよ!

 5ヶ月間耐え忍んできた私の執念を甘く見ちゃいけないよ!」

「……最強の味方が最強の敵にっていうのはゲームではよくみる展開だが、実際遭遇してみるとキツいものがあるな」

「……敵扱いされたのはちょっとショックだけど、最強の味方とも言ってくれたからプラマイゼロって事にしておくよ。

 最後に一つだけ、いいかな」

「何だ? うわっ」

 

 私は桂馬くんに思いっきり抱きついた。

 こうしてるだけでも幸せだ。できる事ならこのままキスとかもしたいけど、強引に事を進めると本当に怒りを買うだろう。

 このくらいが、今のボーダーラインかな。

 いつか必ず……いや、近いうちに自然とキスができる距離感まで縮めよう。

 

「……はぁ、まぁ、このくらいならいいか。

 しっかりと寝ろよ。勿論自分のベッドで」

「うん。ありがと。それじゃあまた明日。お休み!」

「ああ。お休み」

 

 顔色一つ変えない……か。桂馬くんはやっぱり手強いな。

 それじゃ、また明日からも、頑張ろうか。







というわけで、マルス編から始まってた『舞校祭前日』はようやく終了です。
途中でハクアとかリミュエルの話が入ったとはいえかなりの分量になってますね。

あとはストーリーとしてはヴィンテージとの決戦で終了ですね。
ただ、何回か言っているように筆者はバトル描写が死ぬほど苦手です。なのでその辺はテキトーにそれっぽく書いて終わりになります。
その代わりといってはなんですが……修羅場イベントが発生しそうです。
そっちの方は全力で頑張るので戦闘は勘弁して頂けたらと思います!
神のみはバトル漫画じゃないもんね! 仕方ないね!

では、いつになるかは分かりませんが……また次回お会いしましょう!


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女神編 ~finale~
58 朝の出来事


 翌朝になった。

 自分で言った事はしっかりと守ったようで、朝起きたらかのんが隣で寝てたとかそんな展開は無かった。

 居間へと向かうと僕以外の3人はすでに居た。

 

「あ、おはよう桂馬くん」

「おはようございます。神様」

「おはよう桂木」

「ああ。おはよう皆」

『皆早いな。早起きのし過ぎは体に毒だぞ?』

「メルはいつも寝すぎです。ずっと寝てるのも明らかに毒ですよ?」

『私はいいんだよ。私は』

 

 そんな会話をしながら朝食を済ませる。

 

「……こっちの料理はハクアが作ったのか?」

「え? そうだけど……よく分かったわね」

「かのんの味付けの癖は大体把握してるからな。後は消去法だ」

「……お前、味付けの傾向なんて気にしてたのね。

 食べられるなら何でもいいんじゃないかと思ってたわ」

「それも間違っちゃいない。エルシィの料理かどっかの甘味ラーメン以外は特に気にせず食う」

「甘味ラーメン? どんなゲテモノよそれ……」

「ホントだよな。どうしてあんな発想に至ったんだろうな。

 それはさておき、かのんの料理、と言うか弁当は結構な頻度で食べるからそんくらいは気にせずとも気付く。それだけだ」

「どんな頻度で食べてんのよ……」

 

 ほぼ毎日だな。

 最近、かのんが学校に来る日はオムそばパンになる事もあるが、来たからといって必ずしもオムそばになるわけじゃないし、それ以外の日はほぼ全て弁当だ。

 

「……私がお弁当に惚れ薬とか少しずつ仕込んでおけば今頃効果が出てたかな?」

「止めい、お前なら実行できそうだからシャレにならん」

「じょ、冗談だよ。そんな方法で好かれても嬉しくないし。

 あ、またご飯粒がほっぺに……」

「自分で取るから! すかさず手を伸ばすな!!

 いや、だからといって箸を伸ばせって意味じゃない!!」

 

 

「…………」

「あれ、ハクア? どこに行くんですか?」

「ちょっとコーヒー淹れてくる。ブラックで」

「じゃあ私もお手伝いを……」

「ダメ。エルシィは人間界の台所は立入禁止」

「ど、どうしてですか! ま、まさか昨日コーヒー豆を爆発させてしまったせいですか!?」

「そんな事やらかしてたの!? 尚更出禁よ!!」

 

 

 そんな感じで朝の時間は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 4人揃って家を出て、まず天理の家へと向かう。

 玄関のインターホンを鳴らすと足音が聞こえてくる。

 

「……そろそろ来る気がしてたよ。今日は……大所帯だね」

「確かにな。ここに来る時はいつも誰かと一緒だったが、この人数で来るのは初めてだ」

『私としてはもっと高い頻度で1人で来てほしいのですが』

「前向きに検討しておこう」

 

 ディアナの戯言は適当にあしらって本題へと入る。

 

「まずは報告だ。女神を6人全員見つけた」

『っ!! 本当ですか!?』

「こんな事で嘘は吐かないさ。

 全員を集めてから今後の話をしたい。今日は舞校祭だから部外者でもうちの学校に入れる。

 お前たちも一緒に来てくれ」

『分かりました。すぐ準備します。

 天理! 早く着替えてください!』

「う、うん。分かった。ちょっと待っててね」

 

 そう言って天理は駆け足で階段を登って行った。

 数分ほど待った後、再び駆け足で降りてきた。

 

「お、おまたせ……」

「別にそこまで焦る必要も無いんだが……まあいいか。

 じゃ、出発だ」

 

 

 

「……ところで桂馬くん。

 一般解放の時刻って私たちの登校時刻よりもそこそこ後だと思うんだけど……」

「ハクアと一緒に透明化して入れば大丈夫だろ。

 お前も変装してるなら部外者だし、ハクアも部外者だ。2人が3人に増えた所で大した違いはあるまい」

「それもそうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 道中は特に何事もなく無事に学校に着いた……と言いたかったのだが……

 いや、ヴィンテージの襲撃とか、そんな感じのシリアスなイベントが起こったわけではない。そこは安心してくれ。

 

 

「……かのん、じゃなくてまろんでいいんだよな?

 一つ訊ねたい事があるんだが」

「ん? なあに~?」

「……どうして手を握ってくるんだ?」

「握ってるだなんてそんな。ただちょっと繋いでるだけだよ♪」

「いや、軽く振りほどこうとしても一切離れていかないのは『繋いでいる』ではなく『握っている』という表現の方が正しいだろう」

「つまり、桂馬くんが振りほどこうとしなければ万事解決だね!」

「その解法はどうなんだ? ゲームの限定版だけをプレイして満足しているかのような違和感を感じるんだが」

「どんな例えなのそれ!?」

「…………掃除をしていて大きな家具の隙間を見なかった事にして満足しているかのような感じだな」

「その例えならよく理解できるよ。確かにそうだね……」

「……納得はしても手を離す気は無さそうだな」

「うん!」

 

 昨日の夜に引き続き、距離感が何かバグってる会話をしていた。

 その時は誰もがスルーしていたが……今は少々状況が違った。

 

『……桂木さん。どういうつもりでしょうか?』

「ん? ディアナか。どういう意味だ?」

『その人との距離感の事です!!

 従妹とはいえ……いや、従妹ですら無いんですよね!?

 あなたには天理という許嫁が居るというのに……どういうつもりですか!!』

「いや、許嫁ちゃうから」

「どちらかと言うと許嫁は私の方だね」

「……どちらかと言うとな」

 

 天理に関してはディアナが一方的に言ってるだけなのに対してかのんの場合は一応お互いに同意が取れていた。

 婚約者的な意味ならどっちも違う事に変わりは無いが。

 

『どういう意味ですか!!

 今まで黙っていましたがもう限界です。そこの方との関係を洗いざらい吐いて……」

 

 ディアナが台詞を言い切る前に、動いた人物が居た。

 天理が、僕のもう片方の手、と言うか腕に抱きついてきたのだ。

 

「んなっ、何してる! 離せ!」

「……やだ。離さない!」

 

 天理にしては珍しく強い主張で返してきた。

 顔を真っ赤に染めてるのでかなり無理をしているようだ。

 いつも俯いているその視線は真っ直ぐにかのんの方を向いており、強い意志が感じられる。

 

「……これは、退けないね」

 

 そんな天理に対抗したのか、かのんも同じように腕に抱きついてきた。

 女子2人に抱きつかれて羨ましいとか思ってる奴が居るなら是非とも替わってほしい。拘束され具合は連行中の犯罪者と大して変わらないから。

 

「……2人とも、手を離す気は?」

「「ないよ!」」

「……そうか」

 

 何かもう考えるのが面倒になったので僕はそのまま学校の側まで連行されていった。







 ちょっとした伏線の解説(今更)
 8月31日編ではディアナがハクアに対して「私はこの人(桂馬)の許嫁です!!」と言っていますが、それに一番敏感に反応したのはかのんだったりします。
 記憶ありましたもんね。許嫁なかのんちゃんが怒ってスタンガン取り出すのも当然です!
 ハクアはとんだとばっちりですね。


 桂馬が両手……両腕に花な場面をイメージして、気になったので2人のスリーサイズを調べていました。
 かのんの場合は86-58-85
 天理 の場合は84-57-84
 ……コメントが難しいですね。かなり僅差です。
 なお、かのんの方が全ての数値を上回っており、身長も4cmほど高いにも関わらず体重は2kgほど軽い模様。かのんちゃん大丈夫だろうか? もはや何かの病気なんじゃないだろうか?


  追記

 ちょっと気になったので調べてみましたが、筋肉と脂肪では比重が違う(筋肉の方が約1.2倍重い)ので、天理の肉体が引き締まっていてかのんの肉体が脂肪分多めなら天理が小さいのに重い、かのんが大きいのに軽いという事は物理的にあり得そうです。
 他の方の二次創作でも触れておりましたが、天理の運動評価は4であり、かのんを上回り京と同レベル。これが女神補正抜きの値であるならば引き締まっていても不自然ではありません。
 ……まぁ、本当に2㎏も軽くなるかは何とも言えないし、かのんちゃんが脂肪分多め(≒太っている)という仮定も無理がありますが、プロフィールの数値が正しいならこんな感じになりそうです。


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59 業務連絡

祝! かのんちゃん誕生日!
本作のかのんちゃんは今日も元気です。




 学校の近くまでは大人しく連行されておいたが、流石にこの状態で学校に入るのは不可能だ。

 

「こんな目立つ状態で、部外者の格好をした奴を2人も連れて入るのは流石に無理だ。

 お前たち、手を離してくれないか?」

「うぅん……正論だね。仕方ないか」

「…………」

 

 かのんは納得しながら手を離し、天理も無言で手を離した。

 その直後、天理の身体が一瞬ガクッと沈み、すぐに元に戻った。

 

「……天理は気を失ってしまったようですね」

「おいおい、大丈夫か?」

「問題ありません。桂木さんとの長時間の接触で緊張し過ぎただけです。

 手を離した瞬間に緊張の糸が切れてしまったようです」

「限界を越えてまで抱きつこうとするなよ……」

 

 かのんへの対抗心だけでそこまでやるとはな。

 バカだが……大物だな。

 

「ハクア、居るか?」

「ええ。ずぅぅぅっと居たわよ。随分とお楽しみだったみたいねぇ?」

「ならお前も今度経験してみるといい。連行される気分が味わえるぞ」

「れ、連行……? ……ちょっと勘弁して欲しいわ」

「……そうか。

 それじゃ、かのんと天理にも透明化をかけて侵入してくれ。

 入ったら……軽音部の部室にでも居てくれ。あそこなら祭りの最中には人は来ないだろう。

 僕達は女神を集めてからそっちに向かう」

「分かったわ。気をつけてね」

 

 ハクア達が透明化で姿を消し、残ったのは僕とエルシィだけだ。

 それじゃ、女神を回収していこう。麻美と美生と歩美だな。

 

 

 

 

 回収は滞り無く済んだ。女神の事で重要な話があるから集まってくれと言ったらすぐに着いてきてくれたよ。

 ……何か余計なのまで居たが。

 

「重要な時に世話になっている部長と副部長と会計の方々がこの部屋を使いたいと仰るなら構いませんが……私たちが居るとは考えなかったのですか?」

「居る可能性は考えてはいたが、居るならどうせ歩美も居るだろうからここでいいかなと」

「女神だの地獄だの、訳の分からない事に悩まされるのは鬱陶しいです。早く解決して下さいね」

「鬱陶しいというのは賛成だ。祭りが始まる前に……というのは流石に無理だが、可能な限り早く解決して気兼ねなく祭りに参加するとしよう」

 

 案の定と言うか、軽音メンバーもほぼ勢ぞろいだった。京だけはクラスの方でも何かやってるらしくて来ていない。

 というわけで、ここに居る(地獄の事に関する)部外者は、結と……

 

「か、桂木……これって一体どういう状況なん?

 どういう集まりなのこれ?」

「……後でまとめて説明するんで僕達の会話はテキトーに聞き流しててくれ」

 

 ……軽音部の主役(ボーカル)ことちひろである。

 僕もコレの扱いをどうしようか迷ったんだが……前に『僕の好きな人』に関して誤情報を並べ立てた事があったからな。結局役に立たなかったっぽいが、放置しておくのも後で面倒な事になりそうだ。例えばちひろが僕と歩美との仲を取り持とうとしたりとかな。

 そういう不穏なフラグはこの際まとめてヘシ折っておこう。なに、元からこの集まりは爆弾だらけだ。1つ増えた所で構わないさ。

 

 

 ここで、一度今回の集まりの目的を纏めておこう。

 女神達に伝えなければならない事はシンプルだ。『女神6人復活して、悪魔の本拠地も見つかったからぶっ潰しにいくぞ』である。

 その言葉だけで全員が一致団結して悪魔を殲滅してくれるなら話は簡単なんだが……それだけ告げてハイおしまいっていうのは無理だろう。

 

 事情を知らない美生は間違いなく説明を求めてくるだろうし、ある程度は把握しているものの突っ込んだ説明はまだしていない歩美も、美生が質問をするなら間違いなく追従するだろう。しかも、その2人が宿している女神はウルカヌスとマルス。仮に怒らせても死にはしないと思うが、とにかく取扱い注意だ。

 逆に絶対に安全な女神はミネルヴァとメルクリウスだな。理由は説明するまでもなかろう。

 ……いや、ミネルヴァと言うかエルシィは別の意味で危ういが。妙な失言はしない……事を信じよう。

 アポロは……ちょっとよく分からないな。ただ、麻美は完全に僕の味方になってくれるはずだ。

 ディアナ、そして天理。極端に物騒なわけではないが……正直読みきれてない。

 あと、ハクアも居る。ハクアも戦闘に参加する事になるだろうから居るのは当然だな。ここもまぁ安全だな。

 ……そして、重要な人物がもう1人。

 

「……桂木、さっきからくっついてるのはあんたの従妹よね!? 一体何なの!?」

「後で色々と纏めて説明するつもりだ。ほんの少しだけ待っててくれ」

「……はぁ、分かった。早くしてね」

 

 美生の台詞にもあったように、椅子をピッタリとくっつけて僕のとなりに座ってくっついている、かのん。

 どうやら火に油を注ぐ気満々らしい。かのんのサポートは期待できそうにない。

 まぁ、今回の集まりではその場凌ぎで不完全燃焼させるよりも大炎上させて色々とハッキリさせた方がメリットが大きそうだからある意味サポートなんだが……なんだかなぁ。

 

 ……まぁ、そんな感じだ。

 とりあえず、やってみようか。

 

「まず、簡潔に言わせてもらおう。

 女神が6人全員揃った。

 悪魔の本拠地ももう分かってるからもうちょっとしたら殴り込みに行くぞ」

 

 僕の言葉に対して、事情を知っている者は驚いたような顔を、知らない者は何が何だか良く分かってないような顔をしている。

 当然、鏡の中の女神(エルシィを除いて全員分が机の上に並べてある)は事情を知っている方だ。

 

「で、女神たちに訊きたいんだが、今すぐ殴り込みに行くのと夜まで待って夜襲するの、どっちがいい?」

 

 一応事前にエルシィとハクアとメルクリウスにも同じような質問をしてみた。

 エルシィは『よく分かりません』

 ハクアは『闇夜に紛れるっていう意味でも人目を避けるっていう意味でも夜襲の方がいい』

 メルクリウスは『どっちでもいい』

 そんな感じの答えが返ってきた。一応、夜襲の方が優勢のようだが、何とも言えないので実際に戦う女神達に訊くべきだろう。

 

 今、この場でまず口を開いたのはマルスだった。

 

『桂木、そんな漠然と言われても簡単には決められない。

 どちらの方が良いかなんて場合によるとしか言いようがない。

 まず……場所はどこなんだ?』

「確かに、その辺も説明しないとな。

 うちの近くの海の『一本岩』で全員理解できるか?」

『一本岩? ……歩美の記憶にちゃんとあるようだ。

 …………遮蔽の無い海の上か。であれば、夜行くのは逆に危なくなりそうだ』

「……ああ、そうか、光ってたら逆に目立つよな」

『そういう事だ。日が照っている正午に行くのが一番だろう』

 

 マルスだけでなく他の女神達も頷いている。

 事前調査ではどっちでも良いと答えていたメルクリウスも……

 

(夜だと逆に目立つというのは盲点だった。

 そういう事なら正午頃でいいだろう)

 

 ……との事だ。

 なお、今のは鏡での会話ではなく念話だ。

 

「良し分かった。ハクアはそれでいいか?」

「昼に戦わなくちゃいけないなら透明化でも対応できるから問題ないわ。

 あとは……祭りをそっちのけで海を眺めてるような変人がそう居ない事を祈っておくわ」

「りょーかい。

 それじゃ、業務連絡は終了だ。12時に再びここに集まるまでは自由に過ごしててくれ」

「集合場所はここで確定なのですか……まあ構いませんけども。鍵はここに置いておきますね」

「あ~、そうだな。ありがとな結」

 

 羽衣さんならピッキングも余裕だが、一応鍵も預かっておこう。

 

 改めて皆の様子を伺うが、案の定誰一人として出ていく様子は無い。

 

「……どっから話すべきかな。

 そうだな……美生、今お前が一番知りたい事って何だ?」

「そりゃもう色々と訊きたい事はあるけど、一番は……そこの従妹の事ね。

 一体何なのその子!!」

「まぁ、そこだよなぁ……」

 

 かのんはここに居るほぼ全員からの鋭い視線を飄々と受け流して今も僕にべったりとくっついている。

 この話題になるようにかのんが誘導した……のかもしれない。

 

(……かのん。この質問になるように狙ってたか?)

(え? いや、そんな事全然考えてなかったよ)

 

 偶然だったらしい。まあいいか。

 僕とかのんとの関係か。

 『一言では言い表せないようなただならぬ関係』とでも言えば一言で終わるが、それでは絶対に納得しないだろう。

 じっくりと、時間をかけて話していこうか。幸い時間はたっぷりあるからな。







 最初は『遮蔽の無い海の上だから闇夜に紛れて襲撃』という線で行こうかと思いましたが、女神たちってメッチャ光ってるので逆に目立ってしまい没に。
 発光くらいは隠蔽できるみたいな設定にしようかとも思いましたが、会話量が無駄に増えそうなので止めておきました。ストーリー的には『今すぐ行く』以外なら何だって良かったし。


 部室の中の人数
 ・桂馬 ・メルクリウス
 ・かのん ・エルシィ ・ハクア
 ・天理 ・ディアナ
 ・美生 ・ウルカヌス
 ・麻美 ・アポロ
 ・歩美 ・マルス
 ・結 ・ちひろ
 計15名。
 ……こんなに居たのか。通りで大変なわけだよ!
 このまま進めると筆者が地獄を見るので策を凝らします。


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60 質問ゲーム

 美生からの質問は『そこの従妹は一体何なの!?』である。

 のんびりと説明していこう。

 

「名前は西原まろん。僕の従妹。

 3月3日生まれの16歳で僕と同年代。

 親の都合で今現在は僕の家に居候して美里東高校に通っている。

 ……彼女の『設定』はこんな感じだったな」

「せ、設定? いや、ちょっと待ちなさい。居候ってどういう事よ!?」

「ああ、そうか。美生はそこすら知らなかったか」

 

 この設定を最初に伝えた相手はちひろだったので、少なくともクラス中くらいには知れ渡っているだろう。

 そしてこの場に居るのはほぼ2-Bの生徒だ。例外は結と天理。あと美生くらい。

 結と天理は他の女神の宿主以上に事情を把握しているから居候の従妹の事は勿論従妹の正体も知っている。

 美生だけが仲間外れになっているな。

 

「あの、桂木? 居候が居る事は知ってたけど、設定ってどういう事?」

「良い質問だな歩美。要するにその辺の事情は適当にでっち上げた嘘っぱちって事だ」

「西原さんに関する事も嘘だったの!? あれ? でもそうすると居候っていうのも嘘?」

「いや、そこは本当だ」

「ええっ? って事は……どういう事なの?」

 

 この設定は確か『姫様』の存在が隠しきれなくなった時に作ったものだったな。

 ところ構わず『姫様』と連呼し、『姫様のお弁当』を堂々と取り出したエルシィのせいだ。

 ……思い出したら少し腹が立ってきた。後で……いや、今文句を言おう。

 

(エルシィのバカヤロー)

(な、何ですか突然念話なんかして!?

 どういう事ですか!?)

 

 憂さ晴らしした所で話を戻す。

 

「居候自体は実在するんだよ。料理が得意な女子がな」

「……ちょっと待って、その居候ってのは従妹じゃないのよね?」

「ああ。血縁的には赤の他人だ」

「どういう事よ!? 親戚ならまだしも、そういうのじゃない女子と一緒に住んでるって事よね!?」

「待って待って! それも気になるけど、結局そこの従妹……っぽい人は一体何なの!?」

 

 予想通り歩美と美生がグイグイ来るな。

 それじゃあネタばらしといこう。

 

(かのん、やれ)

(おっけ~)

 

 念話をしながら指をパチンと鳴らす。

 それと同時にかのんが立ち上がり口を開いた。

 

「よくぞ訊いてくれました。

 ある時はスーパーアイドル。

 ある時は平凡なベーシスト。

 ある時は桂馬くんの家の居候。

 そしてその正体は……!」

 

 ここでようやく錯覚魔法と解いたようだ。理力と魔力が伝わってきた。

 歩美や美生といった知らなかった連中が驚いた顔をしている。

 

「初めまして……じゃない人も多いけど、初めまして。

 桂馬くんの許嫁こと中川かのんです!」

 

 おいおい、そこまでやれとは誰も言ってないんだが……まぁ、いいか。

 そもそもアイドルが同年代の異性の家に居候って時点で大問題だし、問題ないだろう。

 むしろパンクさせた方が細かい事はスルーしてもらえそうだ。

 これって攻略でも何でもないからフラグ管理とかも要らないしな。

 

「い、いいなずけ……一体どういう……」

『どういう事ですか桂木さん!! い、いい許嫁とは!!!』

「どういう事、だと? やれやれ、そんな事も分からないのか。

 いいか? 許嫁というものはだな……」

『意味を訊ねているのではありません! はぐらかさないで下さい!!』

 

 今度はディアナがぐいぐい来る。こいつも自称許嫁だったな。

 半ば本気……いや、完全に本気で僕と天理を結婚させようとしてたし、看過できないのだろう。

 

「えっとだな……とても一言じゃ言い表せないような深い事情があって一時的に許嫁になっていたのは事実だ。

 だが、現在はそんな事は全く無い。許嫁というのはコイツの戯言だから気にしないでくれ」

「間違った説明があったら即座に指摘しようと思ったけど、残念ながら全部事実だね。

 改めまして、元・許嫁の中川かのんです! 宜しくお願いします!」

『も、元? それだったら別に……

 って、いやいや、良くないですよ!! 何なのですかあなたは!!』

「か、かのんちゃんが許嫁ってどういう事なの桂木!?」

「……桂馬君、私ですら知らない情報なんだけど……飛ばしすぎてない?」

 

 何か凄い大騒ぎになってるなー。

 大体知ってた結とか麻美とかは比較的大人しいが、それ以外は大体騒いでる。

 ……ああ、うん。エルシィはキリッとした顔でポケーっとしてるし、かのんは相変わらずニコニコしてるよ。

 

 さて、どうしよう。これは攻略じゃないから特に準備とかしてないんだよな。

 だから、この場を一発で収めるような裏技とかは用意していない。

 そんな事をぼんやり考えていたらある人物が動いた。

 

 

ダァン!!!!

 

 

 そんな鋭い音が鳴り響き、注目が一斉にそちらに集まる。

 そのドラムの音を立てたのは、結だった。

 

「皆さん。少し落ち着いてください。桂木さんの耳は2つしか無いのです。そんないっぺんに話していては埒が明きませんよ?」

『だったらどうしろと言うのですか!!』

「……ではルールを決めましょう。

 質問は1人ずつ順番にする事。ああ、女神と宿主は合わせて1人としておきましょう。

 質問はなるべく簡潔にする事。

 桂木さんは決して嘘を吐かない事。

 答えたくない事であれば無回答でも構いませんが、その場合は再質問を受け付ける事。

 これでいかがでしょうか?」

 

 なるほど。実に分かりやすいルールだ。

 同意したい所だが……僕が口を開くと面倒な事になりそうだ。黙っておくとしよう。

 

『……いいでしょう。他の皆も異論はありませんか?』

 

 ディアナその案に同意し、他の連中からも特に異論は出なかった。

 

「僕も異論は無い。じゃ、誰から……結、何か良い案は無いか?」

「そのくらいは自分でやってください」

「……分かった。じゃあ、じゃんけんで……いや、それも面倒だな。

 僕が順番に指名していく。まず歩美から」

「えっ、わ、私から?」

 

 もう面倒なんで『攻略した順』にしておこう。

 文句を言う奴がもし居るなら……

 

『桂木さん! どうして天理を先に指名しないのですか!!』

「そう言われてもな。これって先に質問するのと後に質問するのでどっちが有利なんだ?

 後に質問した方が情報量が増えた状態で質問できるんでそれはそれで有利だぞ」

『むぐぐ……確かに一理ありますね。いいでしょう』

 

 こんな感じで煙に巻いておこう。







 やっぱり人数が多いとかなりキツいですね。
 小説だと漫画とかと違って一行一行進めていく必要があるから『一度にたくさんの事をやる』という描写はかなりの高等技術だと思います。
 というわけで、こういうルールにして一度に会話する人数を制限してみました。実際には質問者以外の全員が黙りこくってるなんて有り得ないですけど、そこは筆者の能力不足なので皆様の脳内で補完して頂けたらと思います。


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61 歩美の質問・麻美の質問

「じゃあ歩美、質問は?」

「……質問って言うかルール確認なんだけど、いい?」

「それが質問か?」

「違うわよ!!」

「ハハッ、冗談だ。で、何だ? ルール確認であればノーカウントで構わんぞ」

「それじゃあ……この質問の順番って何周するの?」

「時間の許す限り、全員が満足するまでだろうな。

 質問は1回こっきりという事はまず無いだろうから安心してくれ」

「2周目以降の順番ってどうなるの?」

「……偶数周目は逆にするか。

 お前は次の周は最後な」

「分かった。じゃあ、質問。

 桂木……あんたに好きな人は居る?

 一応言っておくけど、ゲームのキャラは除いて。この現実世界で、好きな人は居る?」

 

 『好きな人』とだけ言われると恋愛感情以外でも一応成立するな。

 だがまぁ、ここは捻くれた答えは出さずに真面目に答えておこう。ここで騙す意味は皆無だ。

 

「答えは『NO』だ。

 今現在、現実世界の住人で僕が恋愛感情を抱いている相手は存在していない」

「……分かった。ありがと」

 

 その答えに対して一部の人、とくに美生が何か言いたそうな顔をしているが、ルールに従って黙ってくれているらしい。

 さて、次の指名は……

 

(……かのん、お前の質問ターンは要らないよな?)

(え? うん。私に質問したい事は無いから飛ばしちゃっていいよ。

 あれ? もしかして攻略順?)

(そんなとこだ)

 

「じゃあ次、麻美」

「……えっ、あ、私もいいの?」

「ああ。特に無いならパスでもいいが、どうする?」

「……じゃあ、私もルールの確認。

 質問の相手って桂馬君だけじゃなくてかのんさんでもいいの?」

「そうだな……まあ良いんじゃないか?」

「私は構わないよ。嘘偽り無く、誠心誠意答えるよ」

「分かった。じゃあ質問します。

 かのんさんが桂馬君の許嫁を自称しているのは何で?」

「そこかぁ……最低限だけ答える事もできるけど誤解を招きそうだね。

 結さん! ちょっと黒板借りるよ!」

「どうぞご自由に。後で消してくださいね」

 

 かのんが黒板に駆け寄り、チョークを手に取る。

 駆け魂狩りの超簡単な説明をここで行うつもりのようだ。

 

「女神様たちには説明するまでもないけど、この世界には今私たちが居る『人間界』の他に2つの世界がある。

 『天界』と『冥界』。

 冥界は今は『地獄』って呼ばれてるみたいだけど、とりあえず『冥界』で統一しておくね。

 

 300年くらい前、冥界の一部の悪い悪魔が悪い事を企てようとした。

 それを阻止しようとした残りの悪魔は天界の女神と手を組んで、その悪い悪魔を封印した。

 

 そして現在。封印の力は当初と比べるとかなり弱くなっていて、肉体を捨てて魂だけの存在になればすり抜けられるくらいになってる。

 そんな悪魔の魂は人間界に流れ着く。

 その悪魔の魂が悪さをする前に狩るのが私と桂馬くん、そしてエルシィさんのお仕事だよ」

 

 そんな感じの説明を、大雑把な絵を書きながら行っていた。

 

「……かのんさん。そこまではもう知ってるよ」

「知らない人も居るからさ」

「……続き、お願いします」

「うん。

 魂だけの悪魔……駆け魂は厄介な場所に隠れる。

 それは、『人の心のスキマ』

 駆け魂を討伐するにはまずは何らかの方法でそこから追い出してやる必要がある。

 方法はいくつかあるみたいだけど……エルシィさん。一番の方法は?」

「それは勿論、『恋愛』です。

 愛こそが心のスキマを埋める最上級の感情です」

 

 かのんからの振りにエルシィがキリッとしたドヤ顔で答えた。

 女神モードなんで微妙に文言は変わっているが、内容はあの時と全く変わってないな。

 

「……っていうわけで、駆け魂狩りの際には何名か恋愛を使って攻略させて頂きました。桂馬くんが。

 えっと……何人くらいだっけ?」

「……6人。天理も入れるなら7人だ」

 

 正確には天理は攻略していないが、攻略のフリはした。

 『キスしたか否か』で判断するのであれば天理も含まれる。

 

「それで……その7人のうちの2人目が私なんだよ」

「…………えっ、ええっ!?」

「当時、1人目を攻略した直後で、私は全ての事情を把握していた。

 そんな状態で恋愛ってできると思う? 桂馬くんの性格もある程度は把握できてたから、100%打算の恋愛になるってほぼ確信できたよ」

「でも……実際にはちゃんと……ちゃんと? 恋愛できたんだよね?」

「うん。その時に使った桂馬くんの手法っていうのが、

 『強制された恋愛関係』からの攻略。

 こういうのを、ギャルゲーの世界では『許嫁ルート』って言うらしいよ」

「何でそれが許嫁に……?」

「えっと……桂馬くんパス」

 

 ここでパスが飛んできた。確かに僕から説明する方が良さそうだ。

 

「ギャルゲーというものは『お約束の展開』みたいなものが無数に存在する。

 どっかの名家同士が政略結婚を目論んでいて、それを成功させる為に主人公とヒロイン……許嫁たちにやたらとプレッシャーを掛けてくる展開とかな。

 そういうのが多いから、『強制された恋愛関係』の代表的なものとして『許嫁』という言葉が使われたんだろう」

「……っていう事だよ! 麻美さん分かった?」

「一応分かった……気がする」

「それじゃあ話を戻すね。

 そういうわけで私は桂馬くんから『許嫁キャラ』として攻略されました。

 その時の事をネタにしてからかってるだけっていうのが質問に対する回答かな」

「そういう事だから、世間一般でいう許嫁……『婚約者』という意味は皆無である事を明言しておこう。

 かのんが僕にとてつもない好意を主張している事までは否定できないが……将来を誓い合ったとか、愛し合っているとか、そういう関係ではない事は確かだ」

 

 そんな補足と共に、麻美からの質問に対する回答を締めくくった。



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62 ちひろの質問・ディアナの質問

「それじゃあ次の質問を受け付けるぞ」

 

 攻略順であれば、麻美の次は栞……は当然居ないからその次の結だな。

 

「結、何かあるか?」

「私も対象だったのですか!? 何も考えてませんよ」

「じゃあ後回しって事で。次のターンまでに考えるか、もしくはパスしてくれ」

「……一応考えておきます」

 

 さて、結の次は……

 

「小阪ちひろ。貴様だ」

「私も質問して良かったのね……考えてないって言うか色々とわけ分かんなくて情報をまとめてる最中だから結と同じように後回しでいい?」

「構わん」

 

 ちひろの次の攻略相手は……そうそう、七香だ。

 だが、その間に結構なイベントがあったな。一応順番を割り振っておこう。

 

「ハクア、何かあるか?」

「お前に対する質問があったら昨日の夜に言ってるわよ」

「それもそうだな。じゃあパスで……」

「ちょ、ちょっと待って! ちょっと気になったんだけど……」

 

 割り込んできたのは先ほど質問を後回しにしたちひろだった。

 何か考えついたのだろうか?

 

「どうした?」

「最初から自然な感じで堂々と居たから訊くのを忘れてたけど、そのヒトって誰?」

 

 ……実に良い質問だ。ハクアの存在を知ってる奴はそこそこ居るが、正確な立ち位置等を知っているのは僕達3人とメルクリウス、あとハクア本人くらいじゃないか?

 

「よし、じゃあハクアの質問枠でそっちに答えてもらおう。

 ハクア、自己紹介頼む」

「自己紹介か。ん~…………

 ……まず、私の名前は『ハクア・ド・ロット・ヘルミニウム』よ。

 皆からはハクアって呼ばれてるわ」

「が、外国の方? 日本語お上手ですね」

「え、分かってくれる? 結構苦労したのよこれ」

 

 外国っていうか異世界だな。

 そう言えば言語も違うのか。あのエルシィが流暢に話すんですっかり忘れてた。

 

「コホン。私の立場としては、駆け魂隊の地区長……もとい、元地区長ね。

 ザックリと言うとエルシィの上司みたいな立場だったわ。と言っても仕事内容はエルシィと大して変わらないけど」

「エリーと同じ? って言うことは、桂木みたいな人と一緒に女の子を恋に落とす仕事を……」

「違うわよ! コイツと一緒にしないで!」

「ひっ! ご、ごめんなさい」

「あ……こっちこそごめん。事情を把握してなかったらそりゃそういう感想になるわよね。

 『恋愛』を使うのはあくまでも桂木の得意分野。私の協力者(バディー)は別の手法を使ってるわ」

 

 そう言えばこいつの協力者については全く知らないな。

 ハクアが紹介しないって事は……少なくとも白馬の王子様みたいな完璧超人ではないな。性格か外見、どちらかに重大な欠陥があるとみた。

 

「こんな所かしら? ちひろさんだったわね? 何か質問ある?」

「えっと……大丈夫です。ありがとうございました」

「そんな堅苦しくなくてもいいんだけど……まいっか」

 

 これでハクアのターン終了。

 次は確か、七香、スミレ、月夜、長瀬と来て夏休みに入って……

 

「……天理。お前のターンだ」

「あっ、じゃあ……」

『では私から。あなたと、そこの中川さんは今現在同居しているのですよね?』

「それは質問……ではなく確認だな。その通りだ」

『どういう事なのですか! どうしてそんな事になっているのですか!!

 肉親でもない男女が同じ屋根の下で過ごすなど、は、はしたないです!!』

 

 これは質問と言うより文句なんじゃないだろうか?

 と言うかこの女神、天理の言葉をサラッと遮ったな。

 ……まぁ、天理からの質問は次のターンでいいか。

 

「僕とかのんの同居の理由か……きっかけは……ああ、そうだ。爆弾騒ぎだったな」

「ああ、そんな事もあったねぇ。懐かしいなぁ……」

『ば、爆弾? どういう事ですか?』

「私の家の、って言うかマンションの前と、あとテレビ局の前で地面が抉れてるっていう通報があってさ。

 私個人を狙ったテロか何かなんじゃないかって話になったんだよ。

 だから、当時一番仲がよかった人に泊めてもらえるように頼んだの」

 

 なお、当時のその爆弾騒ぎの犯人は飛行時の速度制御を失敗したエルシィだ。

 あいつ、最初っからロクな事してないな。

 

「で、その夜にかのんに駆け魂が居る事が判明した。

 その後、さっき言ったように『許嫁ルート』での攻略となり、なるべく近くに居た方が良いという理由で正式に居候になった。

 そして、今に至るわけだ」

『……ちょっと待ってください。その理屈だと駆け魂を追い出した後も居候を続ける必要は無かったのでは?』

「その通りだな。それでも続いた理由は恐らく2つだ。

 まず1つ。今後の駆け魂狩りの為にも互いの連携が大事だったからだ。夜に反省会とかも何回かやったな」

 

 他にも様々な恩恵を受けていたな。結なんかは殆どかのんが攻略してたし。

 

『もう1つの理由は何ですか?』

「……かのん。僕はもう1つ理由があると確信しているんだが、どうなんだ?」

「……もう1つの理由は私が桂馬くんを攻略する為だよ。

 時間と秘密の共有は許嫁ルートの肝だからね」

 

 かのんの記憶が最初からあったのなら、そういう事になるだろうな。

 恋愛アピールなんてせずとも、ただ一緒に居るだけであっても、その時間の重みは攻略においては非常に強力な武器となり得る。

 

「……以上だ。そういったそれぞれの思惑があってこの同居生活は続いている。

 理解したか?」

『…………理解はしましたよ。納得するかどうかは別問題ですが。

 はぁ、分かりました。次の質問を考えておきます』が。







 新悪魔たちは軽々と日本語を喋っていますが、獄語が存在している以上は共通言語が日本語という事はまず無いはず。
 となると、ハクアが極東支局に配属されるまでは日本語が喋れなかった可能性も……?
 学校で日本語の授業を選択していたからこそ極東支局に配属された……みたいな想像も可能ですが、西の方の配属を希望していたハクアがそんな科目を取るとも思えません。
 そういうわけなんで、ハクアは一夜漬けで日本語を習得した可能性も十分有り得そうです。

 ただ、そうなるとノーラみたいないかにもコツコツした努力が嫌いそうな奴が何で流暢に喋れてるのかが気になります。
 リスニングとスピーキングだけは翻訳魔術みたいなのがあったっていう解釈が妥当なのかなぁ。
 ただ、それはそれでエキサイト翻訳の如くハチャメチャな文章に翻訳される不安があります。
 地獄の技術力に期待してある程度は防げているとしても細かいニュアンスまでしっかりと把握する完璧な翻訳は無理、と言うか不可能なんじゃないかと。(技術的な壁ではなく言語の表現力の壁で)

 そういう事で、心のスキマを的確に埋める為にも翻訳魔術に頼らない現地語の習得は必須技能とまではいかずとも優先して取るべき技能だと思います。
 一夜漬けは流石に無理でもハクアならしっかりと努力して日本語を習得してそうです。


 なお、エルシィは日本史で『優』を取るほどの日本マニア(但し江戸時代まで)なので日本語をある程度知っていてもそこまで不思議ではありません。
 設定的には原作でも本作でも東の方の生まれでしょうし、ドクロウ室長が優先的に教えていそうなので日本に関する事ならハクアより優秀だった可能性も有り得そうです。
 原作ではテストの問題を読む事すら苦労していますが、スピーキングとリスニングだけなら可能性はあるかと。
 まぁ、仮にそうだったとしてもハクアに追い抜かされるまでの一瞬の栄光ですが。


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63 美生の質問と攻略宣言

「これで一周だな。

 美生、質問あるか?」

「質問、質問ね……

 言いたい事はいくらでもあるけど、1つ質問するのであれば……

 ……桂馬が私にくれた言葉は、全部ウソだったのよね?」

「それが質問か。

 ……全てが嘘だったというわけではない。

 しかし、お前が今一番知りたいであろう事、『僕がお前を好きか』という事であれば、答えはNOだ」

「……そっか。そうよね。

 最初の質問の答えで分かりきってた事だわ」

「一応悪かったとは思っている。だが、反省する気は無い。

 あの時はお前を騙し通すのが最善だった。後悔はしていない」

 

 僕のそんな発言に対して今まで沈黙を保っていた女神、ウルカヌスが声を上げた。

 

『貴様っ、何様のつもりだ!!

 美生を弄んでおいて、よくも、よくもそんな事が!!』

「止めなさいウルカヌス」

『美生っ、しかしっ!!』

「……私は、強くなろうって決めたの。

 パパみたいに強くなって、会社を再興するって決めたの。

 だから……ちょっとした嘘の言葉にこだわってなんていられない。

 今ある事実を、桂馬は私の事なんて好きでも何でもないって事を受け入れる。

 私の目指す『強い人』は、きっとそれができる人だから」

『美生……そうか。分かった。

 美生がそう言うのであれば、私も従うとしよう』

 

 美生から溢れ出そうになっていた理力が引いていくのを感じとれた。

 女神様も一応納得してくれたようだ。

 

「ところで桂馬? ちょっと確認したいんだけど」

「それは質問か? そうなら順番を待て」

「質問と言えば質問だけど、前の質問の確認よ。ちょっとくらい融通利かせなさいよ」

「……内容は?」

「今のあんたには特定の『好きな人は居ない』って事でいいのよね?」

「ああ。なんなら女神様にでも誓おうか?」

「それでもし嘘でも吐こうものなら捻り潰されそうね。文字通りの意味で。

 って、そんな事しなくても信じるわよ。流石に今の状況で嘘を吐くような奴じゃないでしょ?」

「さぁ? 必要であれば嘘くらい吐くかもしれんぞ?」

「ハイハイ。っていう事はさ……」

 

 美生は一度言葉を切ってから、挑戦的な笑みを浮かべてこう言った。

 

「嘘を本当にしちゃえば、万事解決って事よね」

「……それはつまり、この僕を攻略すると、そう言っているのか?」

「攻略? 攻略って言うと……そういう意味よね? その通りよ!」

「……そんな事を言った物好きはお前で2人目だ。

 ま、せいぜい頑張れ」

「当然よ! って、2人目? 1人目は誰?」

「それはもう明確に質問だな。次のターンを待て」

「むぐぐぐぐ……あ、そうだ。私が最後だったから次は私が最初よね!」

「いや、結とちひろを飛ばしてるからまず2人に話を……」

「勿論パスですよ。私が美生の味方をしないわけが無いでしょう」

「私も気になるからこんな所で中断しないでよ! 一体誰なの!!」

「……分かった。じゃあ再び美生のターンという事で」

 

 と言うか今のはちひろの質問に回答すべきな気がしないでもない。

 まぁ、別にいいか。

 

「言うまでもない気がするが……」

「1人目っていうのは勿論私だよ。桂馬くんの事は誰にも譲る気は無いよ!」

「……だそうだ」

 

 かのんが僕の隣で元気に答えた。

 時々忘れそうになるが今も僕にひっついている。少し鬱陶しい。

 

「いや、譲る気は無いって言ってもそもそもあんたのものでもないでしょ」

「うぐっ、痛い所を突いてくるね……

 そうなんだよね。結局は桂馬くんの返事次第。

 私は他の人に比べて有利な立場に居るとは思うけど、確実に勝てるわけでもないんだよね」

「そもそも僕が現実(リアル)で恋愛なんてするわけないだろ。

 お前たちももっと有意義な事に時間を割いたらどうだ?」

「そこまで言うの? そんな事言われたらなおさらやる気が出てきたわ。

 絶対に見返してやるんだから!!」

「へぇ、気が合うね。私も絶対に降りないよ!」

「……もう好きにしてくれ」

 

 トップアイドルと没落令嬢は意外と気が合うのかもしれない。

 お互い変に媚びるような事も無く、そこそこ対等な目線で会話できているようだ。

 この2人の肩書きは一般人視点だとどうしても萎縮してしまうものだからな。

 

 そんな微妙に仲が良いようなやりとりをしていたら声を上げる者が複数名居た。

 

「ちょっと待った! 何で2人で盛り上がってるの。私だって桂木の事が、そ、その……す、好きなんだからね!」

「えええええっっ!? 歩美までぇ!?

 あれ? でも、桂木が言ってたアレは嘘だったって事だよね? でも歩美は桂木が好きで……えええええっ!?」

 

 その1人は勿論歩美。ちひろが何かメッチャ驚いてる。

 

『妾の事を忘れてもらっては困るのじゃ!

 桂木は妾のものじゃ!』

「だそうです。あ、私は別にいいから。桂馬君本人にも他の人達にも勝てる気がしないし」

 

 アポロも何か便乗してきた。

 あれ? そんなに好感度高かったか? 単にノリで便乗しているだけかもしれんな。

 

『……何か、失礼な事を思われているような気がするのじゃ。

 言っておくが妾は本気じゃからな!!』

 

 どうやら本気らしい。自称だが。

 

「4名もの女子からの告白ですか。酷い有様ですね。

 桂木さん。一体どう収拾を付ける気ですか?」

「さぁなぁ。こんな奴放っといてくれればいいのにな。この物好き共め」

「そう自分を卑下するものではありませんよ。

 複数の女子の心を弄ぶのは最低の一言に尽きますが、一応悪かったという自覚はあるのでしょう?

 そういう事であれば目的の為に進んで泥をかぶる事ができる人間であるという評価もできます」

「買いかぶりすぎだ。僕はただ効率が良い選択肢を選んだだけだ」

「そうでしょうか? まあいいでしょう。

 私個人としては美生を幸せにしてほしいです。

 あなたと結ばれれば幸せに……少なくとも不幸になる事は無いでしょう」

「おい、何で言い直した」

「……許嫁とはよく言ったものですね。

 結婚の目的は決して相思相愛の恋愛感情だけではないのですから」

「? どういう意味だ」

「私の口からはこれ以上は言えません。

 私から言える事は……ハッキリと答えを出してほしいという事です」

「……肝に命じておこう」



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64 悪魔殺しの記録

 ところで、気付いただろうか?

 僕の争奪戦に参加してそうで実は参加してない1人の人物の事を。

 

「……桂馬君。次は私の番だよね?」

「そうなるな」

「それじゃあ……手、出してくれるかな?」

「別に構わんが……」

 

 天理の要求は質問ではなかった。

 ルール違反と言えなくもないが、このくらいは別に構わないだろう。

 

 天理に向かって手を差し出す。

 差し出されたその手を、天理が両手で包み込んだ。

 

「な、何だ一体……」

「…………………………」

 

 天理は目を瞑って黙っている。

 他の皆もその雰囲気に気圧されたのか固唾を飲んで見守っている。

 そんな居心地の悪い時間が数十秒ほど過ぎて、天理は目を開いた。

 

「……そっか。分かった。ありがとう」

「ああ……一体何だったんだ?」

「……後で教えるよ。

 ちょっと席を外すね」

「あ、おい!」

 

 そう言って僕が止める間もなく走り去ってしまった。

 何が起こったのかはよく分からんが、とりあえずは……

 

「……ハクア、天理の事頼めるか?

 部外者がうろついてたら妙なトラブルに巻き込まれるかもしれん」

「何か前にも似たようなやりとりがあった気がするわね……行ってくるわ」

 

 決戦前に戦力が欠けるとか勘弁して欲しい。ハクアが付いていれば多分大丈夫だとは思うが。

 天理の様子は気になるが、気にしていてもしょうがないか。

 

 次は……ちひろのターン(2周目)でいいのか?

 そういう事にしておこう。ちひろも結も全く質問できてないし。

 

「ちひろ、何かあるか?」

「え、私の番? えっとそれじゃあ……

 あ、そうだ。さっき何か『恋愛を使って攻略』とか言ってたよね。しかも7人も。

 その7人って一体誰なの?」

「……順番に言うのであれば……

 ・歩美

 ・かのん

 ・麻美

 ・栞

 ・スミレ

 ・月夜

 ・天理

 以上になるな」

「……んんっ? 何か聞き覚えのある名前が多数あった気がするんだけど!?」

「より具体的に言うなら……

 ・そこに居る高原歩美

 ・ここに居る中川かのん

 ・そこに居る吉野麻美

 ・うちの学校の図書委員、汐宮栞

 ・他校生の上本スミレ

 ・うちの学校の天文部部長、九条月夜

 ・さっきまでそこに居た鮎川天理

 以上だ」

「ほぼ全部知ってる名前っ!?

 え、ちょ、マジで? 歩美とかのんちゃんとあさみんに加えて、汐宮さんに九条さんに店長まで!?

 さっきの、その……鮎川さん? 以外は全員有名人じゃん!!」

「……栞と月夜はまだうちの学校所属だからまだいいとして、スミレも分かるのか」

「トーゼンだよ! 最近人気の激甘ラーメン店の店長さんの事だよね!?」

「あいつ有名になったなぁ……」

 

 スミレの名声が凄いのか、ちひろの情報収集能力が凄いのか。

 いや、どっちも凄いんだな。

 

「あれ? って事は残り3人も桂木の事が好きだって言って入ってくる可能性も……」

「ああ、それはまず無いから安心してくれ。

 あいつら全員記憶無いから」

「え? どういう事?」

「地獄の技術だ。特定の記憶を操作できるらしい。

 あいつらが僕に恋愛をしていた記憶は今はもう存在していない」

「地獄凄っ! あれ? でも歩美たちの記憶は……」

「女神の力らしい。詳しい理屈は知らんがな」

「へ~」

 

 失われた記憶……か。

 メルクリウスなら戻せたりするのだろうか?

 可能だったとしても戻す事は無いだろうが。

 

 それはそうと、僕とちひろのやりとりを聞いてまず歩美が反応した。

 

「最初に桂木が近づいてきたあの時も、駆け魂が目的だったって事よね?」

「そういう事だ」

「……何か釈然としないけど、一応お礼を言うべきなのかしらね」

「お前の為にやった事じゃない。不要だ」

「そう。ならお礼を言っておくわ。ありがとう」

「お前なぁ……まあいいか。どういたしまして」

 

 そして次のターンに……移ろうとしたら今度は美生が。

 

「桂木、さっき挙げた名前の中に私の名前が無かったみたいなんだけど?」

「そりゃそうだ。お前には『恋愛』は使わなかっただろ。

 実際に心のスキマを埋めたのは結だったしな」

「え? 私ですか?」

「ああ。僕がやったのはお前に情報を渡すだけで、メインの攻略はお前がやってくれてたよ」

「そうだったのですか!? う~ん、恐らくはあの頃の事ですよね?

 まさか別の意味でも美生を助けていたとは……」

「もしかしなくてもあの時の事よね……心のスキマ……恋愛……

 ……何となく理解できた気がするわ」

 

 納得してもらえた所で次のターンに移るとしようか。

 

「結、何か質問あるか?」

「ふむ……では、その駆け魂に取り憑かれた場合の具体的な悪影響を教えていただけますか?

 放っておくとロクな事にならないのは察する事ができますが、もしそうでないのならあなたの行動は看過できないものになります」

「尤もな意見だ。

 女神と対を成す駆け魂は負の感情を糧とする。

 その糧を生み出す為に心のスキマをより広げていく。

 その結果、精神的にかなり不安定になり、突拍子もない行動を取るようになる。

 例えば……どっかの陸上部員は大会を仮病でドタキャンしようとしたりとかな」

「うぐっ!」

「? 何の話ですか?」

「き、気にしないで!」

「……ああ、はい。気にしないでおきます」

 

 歩美の例が一番分かりやすかったんで使わせてもらった。

 流石に結は知らなかったようだが、ちひろとかは「ああ、アレか」みたいな顔をして納得しているようだ。

 

「そういった行動面に影響を及ぼすだけでなく実際に超常的な現象を引き起こす事もある。

 人が小さくなったりとか、逆に巨大化して暴れ回ったりとか、

 ……ああ、身体が入れ替わるとかもあったな」

「そんな事もあったね。今となっては懐かしい思い出だよ」

 

 かのんが呑気にそんな事を言っている。僕にとってはトラウマ……とまではいかずともあまり思い出したくない体験なんだがな。

 

「そして…………」

 

 最後にもう一つ、とんでもない悪影響があるわけだが……これは果たして言うべきなのか?

 ここまでで挙げた分だけで結を十分説得できるだろう。わざわざそこまで言わなくても良い気もする。

 どうしたものか。

 

(桂馬くん。言いづらいなら私から言おうか?)

(いや待て。そもそも言う必要があるのか?)

(私としても他の人の好感度上げたくないから黙ってた方が都合は良いけど……全ての質問に対して真摯に答えるべき。でしょう?)

(……分かった。だが、お前から説明する必要は無い。僕が言おう)

 

「どうかなさいましたか?」

「いや、何でもない。

 駆け魂……肉体を失った悪魔は再び肉体を得ようとする。

 肉体を得て転生する事こそが駆け魂の最終目的だ。過程の悪影響はついでに過ぎない」

「……どういう意味でしょうか?」

「肉体を得る為の方法、それはある意味かなり簡単な方法だ。

 誰かの子供として産まれ直す。ただそれだけだ」

「……そういう事ですか。

 ある種の奇跡の御技を起こすのが神の子ではなく悪魔というのはとんだ皮肉ですね」

「女神も……天界人もやろうと思えば似たような事はできるらしいけどな」

 

 この説明で結は理解したようだ。

 

「ちょっと、どういう事なのさ。

 それだけじゃ意味分かんないよ」

「言葉にすればとても単純な事です。

 『駆け魂を放置するとやがて転生する。その宿主の子供として』

 そういう事なのでしょう?」

「……そういう事だ」

 

 ちひろからの追求に答えようとしたら結が先に答えていた。

 僕が言いにくそうにしていた事を察して代わりに答えたのだろうか?

 誰かにその役目を押しつける気は微塵も無かったんだが……まぁ、取られたものは仕方ないか。

 

 身に覚えの無い子供を身籠もったと思ったら中に居るのは怪物。

 

 悪夢……なんて言葉じゃ済まないだろうな。絶望でも生温いか。

 当事者であった事を自覚している3名にも意味が伝わったようだ。皆が顔を青ざめさせている。

 

「心配するな。駆け魂の影響は今はもう完全に取り除かれている」

「いや、で、でも……」

「……少し休憩するとしようか。ちょっと散歩してくる。

 かのん、何か用事があればメールか何かで連絡してくれ」

「ん、分かった。行ってらっしゃい」

 

 しばらく席を外しておくとしよう。

 僕よりもかのんの方が適任そうだしな。







 すっごく今更だけど、駆け魂の転生メカニズムって一体どうなってるんでしょうかね。
 原作初期の説明だとどこぞの聖母様のように処女懐胎するのが本来の流れっぽい? (まぁ、処女とは限らなゲフンゲフン)
 ただ、檜編のレベル4の駆け魂とかを見ると違うような気もします。
 『母体から受肉』の正規ルートと『魔力で実体化』の力技なルートの2つがある。
 そんな感じの解釈が妥当なのかなぁ……

 筆者がひねくれ者なだけかもしれませんが、この辺の設定を突き詰めて考えるとR18な領域に行きそうになるという。原作の元ネタがギャルゲー(R18含む)なのである意味当然の事かもしれませんけども。
 あんまり生々しい話にはしたくないので必要な分だけ語りつつも上手くボカしたいです。


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65 アポロの質問

 部室から出ていく桂馬くんを見送って、残ったみんなに視線を向ける。

 自分は関係ない……と思い込んでいる結さんは平然としており、ちひろさんはオロオロしている。

 残り3人の様子は……言うまでも無いだろう。

 

 ちひろさんが遠慮がちに声をかけてきた。

 

「あ、あのさ……」

「何かな?」

「えっと、その……かのんちゃんも駆け魂ってのに取り憑かれたんだよね?」

「うん。そうだよ?」

「平気なの? 今の話聞いてて……」

「結構前から知ってたから」

「そうじゃなくて、最初に聞いた時の話だよ」

「う~ん……あの時の自分の様子なんて全然覚えてないけど、平気じゃあなかったよ」

 

 私は記憶操作を受けていないらしいので不自然に忘れてるって事は無いけど、そもそもあの時は自分の状態を冷静に記憶できるような状態じゃなかった。

 つまり、平気ではなかった。それは確かだ。

 

「平気じゃなかったけど……桂馬くんが側に居てくれたから。

 桂馬くんなら絶対に助けてくれるって、そう思えたから」

「桂木なら……か。何となく分かる気がするのが微妙にシャクだね」

「あはは。何となく分かるよ」

 

 一応ちひろさんも桂馬くんの事は認めているようだ。

 なんだか嬉しいな。私の大好きな人が認められている事が。

 

 さてと、桂馬くんに任された仕事を果たすとしよう。

 沈んでる皆を立て直させるのは私の役目だよね?

 

「さぁ皆、顔を上げて。

 駆け魂の事はもう解決した事だよ」

「そりゃそうだけど……頭では分かってるけど……なんかこう……」

「うん、まぁ、言いたいことは分かるよ」

 

 駆け魂が私の中に居た時の感触は鮮明に……とまでは行かずともある程度覚えてる。

 多分だけど、女神の宿主たちよりは良く覚えてるんじゃないかな。

 ……あ、違う。私よりもよく覚えてそうな宿主が一人居る。今は関係ないけど。

 

「言いたい事は分かるけど……私に比べたらずっとマシだよ」

「えっ? どういう事?」

「……だって、私の時はまだ駆け魂が中に居る時に何の心構えもなくいきなり言われたから……」

 

 アハハハハと乾いた笑いをこぼしながらあの時の事を思い返す。

 エルシィさん、私、あの時の事忘れてないからね?

 

「? どうかなさいましたか姫様」

「ううん~、何でもないよ~」

 

 エルシィさんのポンコツっぷりには助けられた面もあるからあんまり強い事を言う気は無いけどね。

 ちょっと睨むくらいは別に構わないよね♪

 

「はい。それじゃあ……質問ゲームを続けようか?

 知識面の話なら桂馬くんに答えられる事であれば私でも大体答えられると思うけど」

「そんな台詞が自然と出てくるのですか……これはまた……」

「? どうかしたの結さん」

「……いえ、何でもありません。私は構いませんよ。次はどなたでしたっけ?」

「結さんの質問が終わって、その前は……麻美さんだね。何か質問ある?」

「えっ、うーん…………パス。

 あっ、違う。アポロにパス」

『というわけで妾からの質問じゃ。正直に答えてもらうぞよ』

 

 鏡の中のアポロさんが私に向かってビシッと指を突きつけてきた……ようだ。

 角度がついてるせいで若干見づらい。

 

「うん。私に答えられる範囲でね」

『それでは質問じゃ! お主は桂木の事をどう思っておるのじゃ?』

「? 世界で一番大好きな人だよ?」

『っ!? お、お主、よくそんな事を真顔で言えるのぅ……』

「? だって、事実だし」

『そういう問題ではないわい!

 ぐぬぬぬぬ……だ、だがしかし! 本人の前ならば簡単には言えぬはず……』

「? 昨日同じような事を桂馬くんに言ったけど」

『ぐはっ!!』

 

 鏡の中のアポロさんが大げさな動作で机に突っ伏した。

 どうしたんだろう? 何か変な事言ったかな?

 

『うぐぐぐ……手強い。こやつを超えねばならぬのか?

 い、いざとなったら愛人もとい愛神という手も……いやいや、気持ちで負けていてはダメじゃ!』

 

 アポロさんが何かブツブツ呟いているようだ。

 まあいいか。次行こう。







 アポロさんは何故かどうしてもネタ枠っぽくなってしまうという。

 ユピテルの姉妹の倫理観は一体どんな感じになってるんでしょうね? より具体的にはハーレムルートについてどう思ってるか。
 ディアナが断固否定派なのは議論の余地はありませんが、他は一体どうなのか。
 原作17巻や20巻では女神様たちが集合して桂木の取り合いみたいな事をしたり、6股かけた事を怒ったりしていますが、これは彼女たち個人の感性によるものなのか、それとも『宿主の為に』という感情が働いて日本社会の法律や倫理に合わせた反応をしているのかは謎です。
 神話なんかを考えるとハーレム上等な女神が居ても不自然では無さそうですが……

 ウルカヌス様とミネルヴァはかなり強く主張していたのでおそらくはハーレム否定派、マルスは……恋愛に夢を抱いてそうだから多分否定派。
 メルクリウスは『興味ない派』な気がします。
 あとアポロは『消極的肯定派』でも問題無さそう。ノーテンキな性格と原作の出番の少なさが主な原因。真相は不明。
 原作ではそんな感じなんじゃないかと。

 なお、本作ではミネルヴァが『関係ない派』になっています。フラグが立ってないので。
 フラグが立ってない原因は……桂馬に恋愛してた人が身近に居て、しかもそんな素振りを見せずに真面目な態度だったからですかね。


  追記
 
 神話の女神様は一途で浮気を許さない方が多いというご指摘を読者様から頂きました。
 なお、そのせいでブチ切れてまとめて殺害してしまいバッドエンド一直線になるとか。容認はある意味ハッピーエンドフラグ。
 神話はあんまり詳しくないからなぁ……時間がある時に調査してまた追記するかもしれません。


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66 出撃

「次は歩美さんのターンだね。

 ってあれ? どうしたの?」

 

 歩美さんに視線を向けると苦い顔で頭を抱えていた。

 

「……あ、ううん、何でも無い。大丈夫」

「う~ん……分かった。どうする? 桂馬くんが戻ってくるまで保留でもいいけど」

「……大丈夫。かのんちゃんに質問。

 そこの青山さんとかもだけど、恋愛を使わないで駆け魂を追い出した人も居るんだよね?

 その人たちは誰なの? 青山さん1人って事も無いわよね?」

「ん~……分かった。

 ついでだから全員を時系列順に並べてみるよ」

 

 さっき私が黒板に書いた三界の説明を消してから名前を並べる。

 

・高原歩美

・中川かのん

・吉野麻美

・汐宮栞

✓五位堂結

 

 と、ここまで書いた所で声が上がる。

 

「ちょっと待って下さい!? どうして私の名前が出てくるんですか!?」

「そりゃあ、結さんにも駆け魂が居たからね」

「……私も最初から当事者だったのですか。

 すいません、続けて下さい」

「うん」

 

 えっと、次は……

 

✓小坂ちひろ

 

 当然のように声が上がる。

 

「えっ、わ、私も!? どういう事!?」

「そういう事だよ」

「う~ん……もしかして、桂木がやたらと協力してくれてたあの時?」

「その辺は覚えてるんだ。じゃあ喧嘩した後に誰と話したかも覚えてる?」

「喧嘩の後? 歩美……じゃあなかった気がするし……アレ?」

「そっちは操作されてるんだね」

 

 一瞬だけ第七の女神の存在を疑ったけど杞憂で済んだようだ。良かった良かった。

 さて次だ! と、黒板に向き直ったらその前に歩美さんから指摘された。

 

「かのんちゃん、ちひろの字間違えてる」

「え? どこ?」

「ちひろの『さか』は坂道の『坂』じゃなくて大阪の『阪』だよ」

「あれ? そう言えばそうだっけ? ちひろさんゴメン」

「あ~、大丈夫。割と良く間違えられるから」

 

 ちひろさんの字を書き直してから次に進む。

 

✓小阪ちひろ

✓榛原七香

・上本スミレ

・九条月夜

✓長瀬純

・鮎川天理

✓おばあちゃん

✓生駒みなみ

✓青山美生

✓春日楠

✓春日檜

 

「以上! 計16名が攻略対象者だよ。

 説明するまでもないと思うけど、チェックマークを付けた人が恋愛を使わなかった人達だよ」

 

 正確には攻略の決め手がキスではなかった人たちだ。結さんとかちひろさんとかは一応結構使ってる。

 まぁ、そこまで話す必要も無いか。本人が忘れてる事を説明しても意味無いし、無理に思い出そうとして変な事になったら大変だし。

 

「何かまた見覚えのある名前が……長瀬純って、長瀬先生の事だよね?」

「うん。教育実習の期間中にチャチャチャっと」

「あと、春日楠っていうと空手部の春日先輩の事だよね?」

「うん。私のお師匠様。何か気付いたら攻略完了しててびっくりしたよ」

「……攻略ってそんな簡単なものなの?」

「違う……はずだよ」

 

 長瀬先生の時は割と頑張った記憶があるけども、師匠の時はほぼ何もしてなかった気がする。

 いや、何もしなかったわけじゃないけど、自然に行う事だけを行っていたらいつの間にか攻略してた。

 

 こうやって改めて並べてみると恋愛を使わない攻略は後半に集中してる。

 私も桂馬くんもスキルアップしてたって事なのかな。

 

「……ところで、この『おばあちゃん』って何?」

「桂馬くんの実家の近くのおばあちゃん。名前は忘れた」

「攻略までしたのに名前覚えてないの?」

「正確には攻略してないの。駆け魂を説得して出てきてもらっただけ。

 ほら、おばあちゃんだと子供ができないから、取り憑く事はできても力は得られなかったみたいだよ」

「ああ、そういう事……」

 

 

 

 

「次は3週目だね。また歩美さんからだけどどうする?」

「かのんちゃんに訊きたい事はとりあえず無いかな。桂木が戻ってくるまで保留で」

「分かった。それじゃあ次の人……」

 

 

 その後、ひと通り聞いて回ったけどひとまずは大丈夫との事だ。

 

「それじゃあ桂馬くんが戻ってくるまでは休憩だね。

 ちょっとまってね。メールで呼び戻すから」

 

 携帯を取り出して空メールを送信しようとする。

 しかし、送信直前で頭の中に声が響いた。

 

(もしもし、かのん! 聞こえてるか!)

「わひゃっ!」

「どうしたのかのんちゃん」

「だ、大丈夫。何でもない」

 

 突然響いてきた声の正体は桂馬くんの念話だ。

 今までは同じ部屋の中でしか使ってなかったけど、契約の首輪の機能を乗っ取って通話してるから通信距離はほぼ無限だ。

 突然話されるのはビックリするから止めてほしいけどね……

 

(どうしたの突然?)

(女神たち全員に戦闘準備させて旧校舎裏まで来てくれ。大至急!)

(っ!! 分かった!!)

 

 どうやら只事ではないらしい。急がないと。

 

「皆! 戦う準備を整えて私に付いてきて!」

『どうしたのだ? 敵襲か!?』

「分かんない。今、桂馬くんから急いで来てくれっていう通信が入ってきた。

 とにかく急いで!」

 

 流石は軍神と言うべきか、真っ先に動いたのはマルスさんだ。

 私の言葉に即座に反応して立ち上がっていた。

 

「場所はどこだ?」

「旧校舎裏!」

「分かった。先に行っている! 皆もすぐに来てくれ!!」

 

 そう言ってガラッと窓を開けてベランダを越えて飛び降りていった。

 私が念話を聞きながらナビゲートするつもりだったんだけど……まあいいか。近くまで行けばきっと分かるはずだ。

 

「ちょっ!? 歩美……じゃない人!? 大丈夫!?」

『問題ないのじゃ。翼まで復活しておるなら普通に飛べるからのぅ。

 さ、麻美、妾たちも続くとしよう』

「うん……お願いね、アポロ」

 

 アポロさんも続いて窓から飛び降りていった。

 目撃者が居ない事を願いながら私も窓へと向かう。

 ……が、それを止める声がかかった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれない?」

「? 美生さんどうかしたの?」

「行きたいのはやまやまなんだけど……」

『……済まないが、手頃な人形を持ってないだろうか?

 美生の家には丁度良いものが無かったのだ』

「……美生さん、それはどうなの……」

「だってしょうがないじゃない! 人形なんて買うお金が無いわよ!

 ウルカヌスが喜ぶような人形はどれもこれもバカ高いし!

 アレを買ってたらオムそばパンがいくつ買えるのって話よ!!!」

「オムそばパンか。それじゃあ仕方ないね」

『納得するのか!?』

 

 流石に冗談だよ。3割くらいは。

 それはそうと人形か。この場にあるもので何とか凌ぐしか……ん?

 

「あ、そうだ。エルシィさん」

「何でしょうか?」

「羽衣さんを使えば人形も作れるんじゃない?

 理力で動く羽衣さんだし凄いのが作れそう」

「なるほど。一理あります。

 デザインはどうしましょうか?」

『前に月夜という娘が持っていたあの人形、あれはかなり使い勝手が良かった。

 できればあれと同じものが良い』

「月夜さんに怒られそうだなぁ……言葉遣いはできるだけ気をつけてね」

『……善処する』

 

 ……バレなきゃ平気か。

 エルシィさんに人形をサクッと作ってもらってから出発だ。

 と思ったらまた呼び止める声が。

 

「ちょっと待って!」

「……今度は何?」

『私は他の女神と違って自由に飛び回れるほど身体が強くはない。

 悪いが、私を運んではくれないか?』

「そう言えばそうだったね……

 それじゃあ、はい」

 

 美生さんに背中を向けてしゃがむ。

 身体強化を身に着けた今の私なら人ひとり背負って飛行するくらい余裕だ。軽そうな美生さんならなおさら。

 

「……ありがと。悪いわね」

「ううん。それじゃ、行くよ!」

 

 それじゃあ今度こそ出発……

 

「あ、一つ宜しいでしょうか?」

「……結さん何?」

 

 危うくコケる所だった。一体何?

 

「なるべく早く帰ってきて下さいね。

 ステージ本番に向けてもう少し練習したいので」

「……うん。分かった。

 さっさと片付けて、日常に戻ってくるよ」

「では、行ってらっしゃいませ。

 ご武運を」

 

 そんな結さんの言葉を聞き届けてから、私はベランダから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫なんかな、かのんちゃん達」

「さぁ? 分かりませんよ。

 ですが、私達にできるのはただ祈る事くらいです。

 今は信じて待ちましょう」

「……それもそっか。

 それじゃ、練習やろっか。人が殆ど居ないけど」

「そうですね。そうしましょう」

「丁度良かったです。ここの部分がどうしても上手く弾けなくて練習したかったのですよ」

「ああ、ここですか。この部分はコツがあって……」

 

「「ん?」」

 

「どうかしましたか、お2人とも」

「……エリーさん。あなた女神持ちでしょう。

 と言うか女神でしょう! さっさと行って下さい!」

「あ、そ、そうでした! 行ってきます!!」

 

 そう言ってエリーさんは慌ただしくベランダから飛び降り……

 

ガッ

 

「あれ、足が引っかかってっ、わぁ~~~~~~…………」

 

 

ドサッ

 

 

 

「……結、エリーって女神様なの?」

「……一応そうらしいです」

「……ホントに大丈夫なんかな?」

「た、多分……?」

 

 不安は残りますが……大丈夫だと信じて……いいんですよね?

 頼みますよ。部長と会計さん。







 ちひろの名前の誤字は以前筆者がやらかしたミスでもあったり。
 今回は間違えずに最初は『小阪』と正しく表記していたのですが、かのんが覚えているか微妙な気がしたので誤字に修正してみました。


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67 遭遇

 時は少し遡る。

 

 部室を飛び出した天理は人気の無い所で物思いに耽っていた。

 

「……そろそろ戻ろうかな。桂馬君にも心配かけちゃうし」

『桂木さん相手であれば少し心配をかけるくらいの方が丁度良さそうですが』

「そうかなぁ……だとしても戻るよ」

『そうですか。ところで一つ訊ねたいのですが……』

「どうしたの?」

『……ここ、どこでしょう?』

「えっ?」

 

 改めて言うまでもない事だが、天理はここの生徒ではない。

 土地勘など、全く無い。

 

「えっと……ディアナは分からないの?」

『天理がズンズン歩いていくのでてっきり道が分かっているものかと……』

「……ど、どうしよう、2人とも道が分からない……」

 

 道に迷った場合の対処法としてはいくつかある。

 一番分かりやすいものとしては人に道を尋ねる事だが、こんなアウェーな場所で見ず知らずの人に話しかけるなど天理には不可能だ。桂馬がPFPを叩き割るのと同じくらい有り得ない。

 勿論、そんな問題はディアナに入れ替わってしまえば簡単に解決するのだが……その前に動きがあった。

 

「見てらんないわね。この程度で道に迷うなんて」

「えっ? えっと……ハクアさん。どうしてここに……」

「女神持ちを単独行動させて、もし襲撃でもあったら目も当てられないから。

 一応ずっと見守らせてもらったわ」

「そ、そうだったんだ……」

「それより、もう戻るんでしょ? 私に着いてきなさい!」

「う、うん……」

 

 天理は自信満々なハクアの後に着いていく。

 道を知っていそうな知り合いがすぐ近くに居てくれた事は天理にとっては一応救いではあった。

 

 ……しかし、忘れてはいけない。

 

 

 ……その知り合いは、重度の方向音痴だという事を。

 

 

 

 

 

 

「……ハクアさん」

「な、何?」

「……ここ、さっきも通らなかったっけ?」

「き、気のせいじゃない? 似たような風景ばっかりだからそう感じるのよ!」

「そうかなぁ……」

『いや、どう考えても気のせいではないでしょう。さっきから階段を登ったり降りたりしてますよ』

「そ、それは……アレよ! 健康の為よ!」

『そんなのは今は要らないですから、早く案内して下さい』

「も、勿論よ!」

『……やはり誰か呼んだ方が……いえ、もう少し様子を見ましょうか』

 

 

 その後、ハクアは全ての分岐点で部室から遠ざかる方向に進みつづけた。

 ここまで来ると逆に天才なんじゃないだろうか?

 

 

『……部室には一体いつ頃着くのですか?』

「も、もう少しよ!」

『それと同じ台詞を30分ほど前にも聞いた気がするのですが』

「そ、そうだったかしら?」

『……道に迷いましたよね?』

「それは……その……」

『迷いましたね? いえ、断言しましょう。

 あなたは道に迷ってます』

「うぐぐぐ……そ、そうよ! 迷ってるわよ! 悪い!?」

『別に悪くはないでしょう。変に隠そうとしなければ』

「…………ご、ごめんなさい。

 途中から『アレッ』ってなったんだけど、中々言い出せなくて……」

『まあいいでしょう。それでは、誰か通りかかったら部室の場所を訊ねてみましょう。

 誰も場所を知らないようなら、誰か呼びましょう。一応桂木さんのメールアドレスは把握しているので』

「私もエルシィなら呼べるわね。

 ……二次災害になりそうだけど」

『……あのミネルヴァなら否定できないのが何とも言えませんね』

「ふ、ふたりとも、流石にエルシィさんに失礼じゃないかな……

 あの人ってここの生徒だよ?」

「そう言えばそうだったわね……まあいいわ。

 もうちょっと歩いてみましょう」

 

 一般解放の時刻はとっくに過ぎているので、少しあるけば誰かしらに出くわすはずだ。

 マイナーな軽音部の部室を知っている人はほぼ居ないだろうが、最悪どこか目立つ場所に案内してもらえれば迎えを呼んで合流する時に便利だ。

 

 

 

 

 しかし、彼女たちがバッタリ遭遇したのは、道を教えてくれるような優しい人間ではなかった。

 と言うより、人間ですらなかった。

 彼女は相変わらず怪我をし続けているのか、体の所々に包帯を巻いている。

 左手には舞校祭の模擬店で買ったたこ焼きのパックを、右手には爪楊枝を持ってたこ焼きを頬張っている。

 そんな少女が、すぐそこに居た。

 

 

「……特に探してなかったんだけど、見つけちゃった。

 こんな所で何してるの? 昨日の侵入者さん」

 

 少女の姿をした災厄が、リューネがそこに居た。

 

「あなた……誰?」

「そんなのどうだっていいでしょ? さぁ始めよう。コロシアイを」

 

 新調したらしいカッターを取り出してカチカチと刃を伸ばす。

 予定外の遭遇戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、桂馬はその辺をぶらついていた。

 

 

 

 

 

『全く情けないものだな。

 既に消え去った駆け魂に怯えるとは』

「そうやって簡単に割り切れるほど人間の心は単純じゃない。

 まぁ、あいつらなら少し休めば大丈夫だろう。かのんも居るしな」

『歌姫か。あいつも最初会った時はスタンガンを振り回すただの異常者だったのにな。

 アレはヤンデレというやつか?』

「ヤンデレの言葉の定義もツンデレと同じで結構ブレてきてるんだよな。

 ただの暴力系ヒロインなんかもヤンデレ扱いされる事もあるし。

 正統派のヤンデレは誰かが好き過ぎて病んでしまったような存在だ。かのんとは違うんじゃないか?

 ……まぁ、素質はあったと思うが」

『それもそうか。となると、今の歌姫の属性は何になるんだ?』

「そんなもん知るか。そもそもあいつはもはや攻略対象ではない。

 属性の定義は必要無い」

『そうか。

 ところで桂木、お前は誰と結婚するつもりだ?』

「……結婚ねぇ」

『そうでもしないと収拾が着かないぞ。歌姫は勿論、青山美生も高原歩美もお前にぞっこんだ。

 ハーレムエンドが許されるのは現代ではゲームの中だけだ』

「…………」

『……まぁいい。悩むがいいさ。人間らしく』

 

 僕は最善のルートを選んできたつもりだ。

 これまでの事で予想外な事は何度か……何度もあったが、その時々の最適解を選んできた。

 それが本当に正しかったのかは分からない。そもそも『正しい』なんて言葉は非常に曖昧なものだが。

 今の僕にできるのは選択肢を選ぶか、あるいは保留にするくらいだ。

 誰か1人を今すぐに選ばなければいけないのであれば、僕は……

 

『……ん? おい桂木』

「どうした」

『魔力感知をやってみてくれ。昨日教えただろう?』

「一夜漬けで叩き込んだ事を随分と簡単に言ってくれるな」

 

 目を閉じて意識を集中させる。魔力や理力といったものを感じ取るのに視覚は必要ない。

 感覚を研ぎ澄ませると確かに一定の方角から魔力と理力の気配を感じた。

 そこそこ距離がありそうなのに感知できているという事は派手に何かをやっていそうだ。

 

「……まさか、戦闘中か?」

『そこまで判断できるのか。付け焼き刃の技術にしてはなかなかやるじゃないか』

「そんな事はどうだっていい。急ぐぞ!」

 

 もしかするとヴィンテージの悪魔に捕捉されたのかもしれない。

 戦闘になっている事が確認できたら全員呼び出して一本岩まで一気に攻めてしまおう。



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68 決戦へ

 同年代の悪魔の中で学業・実技の両方でトップの成績で学校を卒業したハクア、

 『純真』の称号を受け継ぎ、固有の能力は持たないがバランスがとれた能力を持つディアナ。

 

 そんな優秀な2人が協力して戦った場合、どういう結果になるだろうか?

 答えは……

 

 

 

 

「あれ? こんなもん? お前たち2人よりもリミュエル1人の方が強かったね」

 

 血みどろだが2本の足でしっかりと立っているリューネと、所々血を流して地面に膝を付いている2人。

 ハッキリ言って、惨敗であった。

 知識はあっても本物の戦いの経験、本気の殺意をぶつけられるような経験には乏しいハクア。

 経験はあっても、少し強化しただけの人間の肉体で戦わざるを得ないディアナ。

 こんな有様で裏世界の狂人に勝つ事は不可能だった。

 

(ぐっ……こいつ……強い)

(何とかして……皆と連絡を……)

 

 2人の小声での会話もリューネはしっかりと聞き取れたようだ。

 

「う~ん、放置して呼ばせてみるのも面白そうだけど、流石に天界人っぽいのが複数はちょっとマズそう。

 というわけで、死んで」

 

 リューネがカッターを振り上げる。

 彼女が殺せないのはあくまでも一般人のみ。その枠に収まらない2人であれば遠慮なく殺害する事が可能だ。

 ……邪魔さえ入らなければ。

 

「生成、圧縮、回転、射出」

 

 物陰からリューネに向かって何かが飛び出し、そのまま小さな風穴を開けた。

 

「痛っ! 一体誰?」

 

 リューネの呼びかけを受けて、物陰から1人の男子……桂馬が姿を現した。

 

「フン、もうちょっと大物感溢れる反応が欲しいんだがな。

 そうじゃないと名乗り甲斐が無い。そもそも名乗る気も無いが」

「人間……にしては妙な気配だね。魔力でもないって事は……理力ってやつ?」

「答える義務は無いな。と言うかお前たち……」

 

 桂馬は地面に膝を付いている2人に視線を落とす。

 

「2対1でそのザマってのは何なんだ?」

「し、仕方ないじゃない! こいつ、只者じゃないわ」

「桂木さん……どうしてあなたが理力を……?」

「どうして? ……あ、そう言えば言ってなかったな。

 メルクリウスの宿主は僕だ」

「えええええええっっっ!? あ、あなただったのですか!? 中川さんではなく!?」

「そんな勘違いしてたのか。

 ……確かにそりゃそうなるか」

 

 メルクリウスの宿主について説明したのは桂馬と同じ家で暮らしている面子だけである。

 当然ディアナは含まれていないし他の女神も……宿主は含まれていない。

 

「天界人……女神……まさかこんな近くに2人も居るなんて。

 もしかして、旧地獄を封印してたっていう姉妹6人全員居るの?」

「さぁどうだろうな。僕を捕まえれば分かるかも知れんぞ?」

「………………」

 

 リューネはしばし無言になる。

 そして、唐突に飛び立った。

 

「逃すか!!」

 

 桂馬は最初の奇襲と同じように空気の弾丸を飛ばす魔法を行使する。

 しかし、残念ながら命中する事無くリューネは去って行った。

 

「……深追いは禁物か。

 くそ、時間稼ぎに気付かれるとはな」

「時間稼ぎ?」

「ああ。かのんと女神全員に召集をかけた。もう間もなくここに……来たようだ」

 

 真っ先に辿り着いたのはマルスだ。全力失踪してきたらしい。

 

「桂木! 敵はどこだ!!」

「悪いな、足止めしようとはしたんだが……残念ながら逃げられた」

「そうか……だが怪我が無いのなら良かっ……って、姉様!? 無事ですか!?」

「ええ。大丈夫です。この程度ならアポロが治してくれるでしょう」

「マルス、アポロはどうした?」

「私が真っ先に飛び出してきたから正確な事は分からないがもうすぐ来るはずだ」

「分かった。じゃあひとまず応急処置をしておこう」

 

 アポロが到着するまでの間、桂馬の手により怪我をした2名の応急処置が施され、その後アポロに引き継がれた。

 治療が完了する頃にはエルシィを含めた全員が集まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と手酷くやられたようじゃな」

「すみません。決して油断していたわけではないのですが」

 

 怪我をした2人はアポロの手で治療された。

 2人とも痛み等は完全に消え去っているらしい。傷跡も残さないようだ。

 

「無理はするでないぞ。傷が塞がっても失った血までは戻せておらぬ。

 いかに妾とて対価無しで増血まで行う事は出来ぬからのぅ」

「お前の治療術ってそういうものだったのか。ゲームなら何事もなかったかのように回復するのにな」

「げーむと一緒にするでない」

 

 後から聞いた話だが、切り傷を繋げるだけの治療と違って血液は生成する必要があるらしい。

 理力を使って生成する事も可能だが、成分が複雑であればあるほど高コストになってしまい、今の状態ではとても使えたものではないとか。

 あと、輸血なら簡単らしい。生成の必要が無いから。

 

「さて、全員揃ったな。

 こちらの存在がバレた以上、時間をかけるのは悪手だ。

 今から攻め込むぞ」

「こっちは怪我を治したばっかりだっていうのに人遣いが荒いわね」

「厳しいようなら少し休んでも構わんぞ。後から追いついてきてくれ」

「行かないとは言ってないわ。急がなきゃいけないっていうのは賛成だし、ちゃんと一緒に行くわ」

「そうか。本当に無理はするなよ?」

 

 今更異論がある奴はここには居ないようだ。

 さぁ出発だ! と思ったら呼び止められた。

 

「おい桂木」

「何だウルカヌス」

「まさかとは思うが一緒に来る気なのか?」

「そりゃ当然……ああ、お前たちにも説明してなかったな。

 と言うか、気付かないもんなのか」

「どういう意味だ?」

『こういう意味だ、姉上』

 

 かのんが映らないように、かつ僕が映るように角度を調節したPFPを皆に見えるように掲げた。

 そこにはかのんの姿をしたメルクリウスが映っている。非常に紛らわしいな。

 

「……どういう意味だ?」

『私の宿主は中川かのんではなく桂木だという意味だ』

「……は?」

『ん? 聞こえなかったか? 姉上は相変わらず耳が遠い……』

「聞こえていた! いたが……しかし……」

「おいおい、今はそんな事はどうでもいいだろ。サッサと行くぞ」

 

 メルクリウスは相変わらず引きこもっているので僕が戦う事になりそうだ。

 サボっている……わけではなくかのんへのアシストも同時に行う為だろう。

 さて、確か飛行魔法は動魔術の20個同時制御で実現できて……

 

「ちょっと待て!」

「今度はマルスか。何だ?」

「お前がメルクリウスの宿主だと言うのならそっちの娘は何なのだ!?」

『……ただの人間だが、それがどうかしたか?』

「『どうかしたか?』ではない! ただの人間を連れていくなど危険過ぎるだろう!」

「……?」

「何をキョトンとしている! お前の話だぞ!!」

「うん、そりゃ私は女神でも悪魔でもないただの人間だけど……

 桂馬くんが行くんだから私も一緒に行くよ?」

 

 『何を当たり前の事を』とでも言わんばかりにスッとぼけたような顔で真面目に答えた。

 ……って言うかお前、人間だけどただの人間ではないだろ。

 

『安心しろ。この自称一般人は少なくとも我が宿主よりは強い』

「それは本当か!? どういう事だ!!」

「はいはい、話なら後でいくらでも聞いてやるから、サッサと片付けるぞ」

「うむむ……仕方あるまい。

 巧遅は拙速に如かずだ。行くとしよう!」

 

 よし、今度こそ出発だ。

 動魔術を20個発動し、制御っと。

 6面同時攻略よりずっと簡単だな。さぁ行こう。







 だいたい何でもできるメルクリウスの協力を得た桂馬がどういうスタイルで戦うかはそこそこ悩みました。
 桂馬は狂人ではあっても中二病ではないので長々と詠唱文を唱えたり、見た目だけやたら派手は魔法は使わなそう。
 ゲームの技を再現するとかも考えそうな気もしたけど、何のゲームの技を再現するかという問題もあるし、何か再現したとしても自己流に改造しそう。
 落とし神モードになって腕が増えるとかも一応考えたけど、増えたから何だという話だし見た目も不気味なので没に。
 結局、そういうルートはバッサリと切り捨てて効率の良さそうな攻撃方法を考案してみました。

 その結果が圧縮空気の弾丸。透明な上に点の攻撃なので防ぐのが困難。(ただし点の攻撃なので命中精度に難アリ)
 武器はその辺に転がっているので弾切れの心配も無し。撃った後の弾丸は放置しておけば空中分解する。
 空気の生成はまだしも、圧縮、回転、射出は『風属性魔法』ではなく『運動魔法』にも分類できそうなのでハクアでも普通にできそう。って言うか自身の運動制御を20個同時に行えるハクアにできないわけがない。メルクリウスなら間違いなく使える。
 ゲーム的に四大元素の他の属性と比較すると火は下手すると延焼する。
 土は屋内だとむちゃくちゃ汚れそう、水も屋内だとビチャビチャになる。まぁ、今回は実は屋外だったので関係ないですが、屋内で咄嗟に使う機会を考えると有利ですね。
 素人考えですが、まぁまぁ便利な武器なのではないかと。
 こういうのは『小説家になろう』で活動してる作家の方々の方が得意そうですね。限られた手札をいかに悪用するかを競い合ってるような作品が結構あるので。
 なお、今回出てきた桂馬の魔法は本話のものが最初で最後の活躍になります。
 

 ちょっと今更だけど、使ったエネルギーが魔力か理力かを問わずに超常現象は全部ひっくるめて『魔法』もしくは『魔術』と呼んでます。
 魔法と魔術ももうちょい区別する必要がありそうな気もしますが……厳密な定義をするのも面倒なんでごっちゃになってます。



 ここでリューネさんと決着を付けても良かったですけど、桂馬だったら会話を引き伸ばして時間稼ぎをする、リューネだったらそれに気付けると判断して結局こんな感じに。
 本作では多分決着は着かないと思います。原作でも何だかんだで生き残ってたし。



 治療術に関して無駄に突っ込んだ考察をしていたら『輸血は簡単な気がする』という事に。
 少し気になったので今居る面子の血液型を調べてみました。

・桂馬 :A型
・かのん:AB型
・歩美 :O型
・麻美 :A型
・天理 :A型
・美生 :A型

 A型がやたら多いのはある意味日本人らしいのか。
 ちなみにちひろがO型で結はAB型です。
 Rh型とかまでは流石に載ってないので何とも言えませんが、かのんか歩美が大怪我したらこの2人に輸血を頼む事になるかも。いやまぁそんな展開はまず無いですが。

 あと、エルシィとハクアもそれぞれ『O型的性格』と『A型的性格』という表記がされています。
 悪魔だから血液の成分がそもそも違うんでしょうね。
 本作のミネルヴァさんは更に違うでしょう。


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69 観測者たち

 一本岩から少し離れた海岸線に彼女は居た。

 

「……追ってこない、か。臆病なのか慎重なのか。まあどっちでもいいけど。

 女神の姉妹が全員復活してるならヴィンテージの連中の勝ち目は薄そうだ。

 はぁ、やってらんないよ。折角お仕事を頑張ったってのに」

 

 彼女……リューネは察していた。ほぼ間違いなく女神は全員復活している事に。

 そして同時に、実際に戦って理解していた。2~3人程度であれば撃退は可能だが、6人全員に襲われたら恐らく負けるであろう事を。

 

「コロシアイは好きだけど別に死にたいわけじゃないんだよね。

 まぁ、この計画が潰れた所でお偉いさん方はまた別の計画を練るでしょ。

 面白い計画を立てるのに期待しよっか」

 

 

 

 

 彼女がしばらくのんびりと海を眺めていると陸地の方からいくつかの光が見えた。

 女神と宿主たちが一本岩の方へと向かっているらしい。

 彼女はそれをぼんやりと見送った。

 

 そんな彼女に、不意に声が掛けられた

 

「……こんな所で何をしている」

「……それはこっちのセリフだよ、リミュエル」

 

 彼女が億劫そうに振り向くと戦う気満々で鎌を構えるリミュエルがそこに居た。

 

「あ~、今は戦いたい気分じゃなんだよね。見逃してくんない?」

「戯言を、何故私が見逃してやらねばならぬ」

「面倒だなぁ。って言うかホント何でこんな所に居るの。

 グレダ東砦はあっちだよ」

「心配するな。既に私の部下が向かっている。

 私がわざわざ出向く必要も無かろう」

「うわっ、ヴィンテージの奴らどんだけ下に見られてんの」

「無論、私が出向いた方が確実に勝利できるだろうが……

 お前のような狂人を野放しにするリスクの方がずっと高いじゃろう」

「放っといてくれりゃいいのに。

 はぁ、まあいいか。あっちの戦いが終わるまでお喋りでもしようよ。

 どうせ突っ込んでくる気は無いんでしょ?」

「…………」

 

 こうなる事を予期していたのか、それともただの趣味かは知らないがリューネの周りにはいくつかのトラップが仕掛けられており、敵を迎え撃つ為の簡単な陣地の構築が完了している。

 不意打ちも不可能であり、短期決戦を仕掛ける事もできない。

 この場所から引き剥がす事ができればまた事情は変わってくるが……生憎とリューネに動く気は無さそうだ。

 

「……仕方あるまい。向こうの決着が着くまでお前を監視させてもらうとしよう」

「それがいーよ。真面目に働く悪魔なんて人間のイメージぶち壊しだし」

 

 そんな会話をしながらもお互いに警戒を絶やさず仕留める機会を虎視眈々と狙っているのは流石は歴戦の悪魔だと言うべきだろう。

 敵との口約束に拘束力など存在しない。あるのはお互いに牽制しあえる程度の実力と判断力だけだ。

 

「うわ~、ピカピカしてるね。

 女神の力ってのは凄いねホント」

「…………」

「お、あの大岩がスパッと切れた。

 ああでも私でも頑張ればあれくらいはできるか。面倒だけど」

「…………」

「……何か喋ってくんないかな。これじゃ私がイタい人みたいじゃん」

「…………」

「……あ、そろそろ終わりっぽいね。

 あれが伝説の封印術……の、簡易版か。

 地獄の方の封印と比べるとお粗末なもんだけど、破るのには結構手間がかかりそう。どう思う?」

「…………」

「ホントに喋る気無いんだね。まあいいや。

 そろそろ私は帰るから、その辺のトラップの後処理頼んだよ~」

 

 一方的にそう告げたリューネは一本岩とは逆の方向へと飛び去って行った。

 急いで後を追う事もできたが、ついさっきまで主戦場であった場所を去るというのは指揮官としては頂けない。

 女神の復活と旧地獄の再封印という最大の目標が果たされた今、無理に深追いして仕留めにいく必要も薄い。

 目視できなくなる距離まで見送ってからリミュエルは淡々とトラップの処理を行った。







 最終決戦を敵のボスクラスのキャラの視点で語るとかいうある意味前代未聞な演出。
 戦闘なんて飾りです!


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70 休息

エルシィさん誕生日おめでとうです。
本作のエルシィさんは今日もきっと元気です。




 というわけで、旧地獄の封印はサクッと片付けた。

 え? 描写が雑? 別にいいだろ。RPGやアクションじゃあるまいし、戦闘なんて添え物程度で十分なんだよ。

 まぁそんな感じで、僕達は軽音部の部室に帰還していた。

 

「ひとまずは解決した。今後もまた何かトラブルに巻き込まれそうな気はするが、しばらくは大丈夫だろう。

 気兼ねなく舞校祭を楽しむといい」

「しばらく……ですか。

 女神というのはもしや疫病神なのでは……」

「ハッハッハッ、どうだろうなー」

 

 トランプの引きとかおみくじの結果とかの単純な運の話をするのであれば逆に増えていそうな気もするが、災いの種(悪い悪魔)を引き寄せるという意味では紛れもなく疫病神だな。

 メルクリウスが永遠に僕の中に居座り続けるとは思えない。何らかの方法で出ていく日が来るだろうが……しばらくは変な連中に絡まれつづけるだろう。

 僕はゲームしてれば満足だったはずなんだがな。どうしてこうなったのやら。

 

「……舞校祭が終わったらゲームしよう」

「いつもやっているではありませんか」

「フン、こんなのやった内に入らん!

 僕はやるぞ。6面同時攻略の更に上の攻略を!!」

「そ、そうですか。頑張ってください」

 

 メルクリウスのおかげで身体の能力も強化されたし、一時的に思考速度を上げるような術も教わった。

 今ならやれる……24面、いや、更にその上の攻略すらも!

 フハハハハハハハ!!

 

「桂馬くん。終わった後の事を考えるのはいいけど、まだ舞校祭……と言うより質問ゲームは終わってないよ」

「……ああ、そうだったな。僕が行った後はどうしてたんだ? 進めてたのか?」

「うん。歩美さん3周目で桂馬くんが戻ってくるまで保留中だったよ。

 ね、歩美さん」

「そう言えばそうだった……気がする。あの後すぐに飛び出したからあんまり覚えてないけど」

 

 僕が女神たちを呼んだ時、マルスは真っ先にかけつけていたな。

 真っ先に飛び出していたんだろうな。

 

「じゃあ、質問。

 桂木は、私の事をどう思ってる?」

「……ふむ」

 

 好きではない事が前提として、その上で僕がどう思っているか。

 歩美、歩美か……

 

「普段は温厚だが、怒らせると極めて凶暴。その足技は打ち所が悪ければ普通に病院送りになる」

「ちょっと?」

「根っこの部分はかなり単純な性格をしており、勉強も苦手な脳筋タイプだ」

「蹴られたいの? 蹴られたいのよね!? そうならさっさと言いなさい!」

「……だが、最近蹴られた事は無かったな。

 単純なように見えて、しっかりと考えるべき場面ではちゃんと頭を働かせている。

 友達の問題、例えばちひろが絡むような事であれば何度も蹴られてたんじゃないかと思うが、自分に関する問題であればしっかりと自制できている。というかそもそもそこまで怒らない。

 結論としては、『良くも悪くも単純、純粋で、友達思いの良いヤツ』って所か」

「えっ、そ、そう……?」

 

 僕からの評価を受けた歩美は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 真っ正面から褒められるとは思ってなかったのだろうか? それとも、分かってても照れているのだろうか。

 

「桂木ったら、そこまで言うなら歩美と付き合えばいいのに」

「それとこれとは話が別だ。次行くぞ。麻美かアポロ」

『では、妾の事はどう思っておるのじゃ?』

「露骨に歩美の質問をパクってきたな。

 と言うか、お前に対する評価は少し前にも言った気がするんだが?」

『……そう言えばそうじゃったな。

 うぅむ……仕方あるまい。ひとまず訊ねたい事はもう無いのじゃ』

「じゃあ次は……結だったな」

「私も特には……ああ、一つありました。

 あなたは美生の事はどう思っていますか?」

「ちょっ、結!?」

「美生、どうせ質問する気だったでしょう? ならば早い方が良いではありませんか」

「いやまあそうだけど……分かったわ。桂木、お願い」

「いいだろう。美生か……」

 

 この評価、全員分やることになりそうだな。

 と言っても、あと美生と天理くらいか。

 

「……あれ? そういえば天理どこ行った?」

 

 部屋を見回してみるが、いつの間にか消えていた。

 戻ってきた時は居たはずだが……

 そんな僕の質問にはかのんが答えてくれた。

 

「ああ、天理さんだったら1人になりたいって言ってたから屋上をオススメしておいたよ」

「……そうか」

 

 今は1人でも大丈夫だろうか? まぁ大丈夫か。

 さて、気を取り直して美生の評価だ。

 

「そうだな、大人になったな」

「……どういう意味かしら? 皮肉? 私に対する当てつけ?」

「ん? ああ、別にお前の身長が低い事に関する皮肉ではない」

「どう考えてもおちょくってるでしょうが!!」

「まあ聞け。僕が言っているのは外見ではなく中身に対してだ。

 最初に会った時は、我侭な子供だった。

 だが今では、事実を受け入れられる強さを得ている。

 事実を受け入れて、その上で自分に何ができるのか、何をすべきなのか考えて実行する力を持っている。

 だから、『大人になった』と言わせてもらった。外見はともかくな」

「最後のは余計よ!

 ……でも、褒められて悪い気はしないわね。ありがと」

 

 

 

 

 

 その後、細々とした質問に答えてから質問ゲームは終了した。

 

「うわっ、もうこんな時間!? 模擬店の方行かないと!」

「あっ、ホントだ。結局あんまり練習できてない……」

「模擬店か。そう言えばうちのクラスって何やるんだ?」

「桂木……もうちょいクラスに興味持ってくれ。

 うちのクラスの企画はオープンカフェだよ。お茶とかコーヒーとか出す感じの」

「へぇ、面白そう。私も参加したいけど……」

「かのんちゃんが参加したら売り上げアップは間違い無いけど……う~ん……」

「……接客じゃなくて調理場の方なら……?」

「本格的な料理店じゃないから調理場専属にしなきゃならんほど忙しくは無いし、存在がバレた時点で大変な事になりそう」

「……大人しくお客さんとして参加するよ。変装して」

「……そだな。すまんね、かのんちゃん」

「ううん、大丈夫。見てるだけでもきっと楽しいから」

「……中川さん。少々お話があります。残っていただけますか?」

「え? うん。いいよ。

 あれ? そう言えば結さんのクラスは何やってるの?」

「たこ焼き屋だったはずです。多数決で決まりました。

 私も多少はお手伝いをしますが、まだ担当の時間ではないので」

「そうなんだ。後で行ってみよ」

 

 そんな感じで、かのんと結を残して部室を後にした。



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71 許嫁

 軽音部の部室で、私と結さんは向かい合っていた。

 

「それで、どうしたの? 私に何か用事?」

「はい、2点ほど。

 まず1点目。私たち軽音部は後夜祭でライブを行う事になっています」

「うん。勿論知ってるよ」

「これはあくまで提案なのですが、そのライブ、参加してみたいと思いませんか?」

「えっ? そんな事して大丈夫なの?」

「勿論部員の皆さんには後で許可を取りますが、恐らくは問題ないでしょう。

 中川さんと他の皆さんで仲が悪いわけではないようですし、中川さん自身も何度か練習に参加しているでしょう?

 問題なく合わせられるはずです」

「でも、エルシィさんの代わりしかやった事ないんだけど……」

「全く同じように演奏して頂いて大丈夫ですよ。エリーさんの演奏は時折原型が分からなくなりそうになる演奏なので。

 原型そのままの演奏が入った方がむしろ良いでしょう」

「……エルシィさん……」

 

 もしかすると私は今、新しい音楽の誕生に立ち会おうとしてるんじゃないだろうか?

 ……きっとそれは後世の音楽家が判断する事だろう。

 

「分かったよ。もう一本のベースはある?」

「申し訳ありません。流石に無いです。

 中川さんがお持ちではないですか?」

「……明日までに買ってくるよ」

 

 とりあえず自腹で買ってレシートは取っておこう。部費で出せるかもしれないし、岡田さんに相談してみてもいい。

 その場合、『歌顔良し歌良し性格良しの上に将棋も指せる上にベースも弾けるアイドル』みたいな事になりかねないけど……まあいいや。その時考えよう。

 

「それで、もう1つは?」

「桂木さんの事です。

 あなたは桂木さんの事を好いていらっしゃるのですよね?」

「うん。その通りだよ」

「……桂木さんと結婚したいですか?」

「当然だよ!」

「迷い無く言いきりましたね。少しは躊躇うかと思ったのですが……

 何はともあれ、中途半端な気持ちではないのなら構いません。

 私からのお願いです。どうか美生を解放してあげてください」

「……と言うと?」

「あなたたちが結婚でもすれば美生も諦めがつくでしょう。

 今すぐに結婚というのは不可能ですが、早めに決着を着けてください」

「いいの? そうなると美生さんは……」

「どうせほぼ勝ち目はありません。それなら無駄に引き伸ばすのは逆に辛くなるだけです」

「でも、桂馬くん自身は私の事は……」

「恋愛ではないのでしょう。しかし、結婚において恋愛は必須条件ではありません。

 隣に居て苦痛を感じない事。それが第一の条件でしょう。

 どんなに仲が良くとも、誰かがずっと隣に居るという事に人は苦痛を覚えるものです。

 しかし、彼にとってはあなたが彼の隣に居ることは苦痛などではなくむしろ当然の認識である。

 そんな風に私には見えましたよ」

「…………」

「あくまでも、私の個人的な意見です。

 どう捉えるかはお任せします。ですが、早めの決着をお願いします」

「…………分かった。ありがとう、結さん」

「別にお礼を言う必要はありません。美生の為ですから」

 

 考えてみようか。私がすべき事を。

 私が望む未来を手に入れる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 時は少々遡り、質問ゲームで天理が桂馬の手を握って部室を飛び出した時の事だ。

 

 

 

『天理、一体どうしたのですか!』

 

 鏡の中のディアナが気遣うように私に声を掛けてくる。

 

「……桂馬君の手、こわばってたんだ」

『? どういう意味ですか?』

「朝、私が桂馬くんの腕に抱きついた時も嫌がってたように感じた。

 今思い返すと、私との接触がかなりストレスになってたんじゃないかな」

『どういう事ですか!? まさか、桂木さんは天理の事を触られるのも嫌なほど嫌っているとでも言うつもりですか!?」

「……ううん。そうかもしれないけど、そうじゃないと思う。

 多分だけど、『人に触られる』っていう事自体に慣れてないんだと思う。

 ほら、桂馬君っていつもゲームしてるから。ゲームしかしてないから」

『……なるほど、確かに触ってくる女性は皆無でしょうね』

 

 だから、それ自体は問題ない。

 私自身が嫌われているわけではない……と思うから。

 

『あれ? ですが、えっと……結局なんと呼べばいいのでしょうか、あの人は』

「中川さんの事でしょう? そうなんだよ。

 ずっとくっついてるのに、桂馬君は無反応だった」

『……どういう事でしょう?』

「簡単な事だよ。

 桂馬君にとって、中川さんだけは現実の存在だから。

 だから実体があっても何の問題もない」

『そんな! それではっ、桂木さんにとって天理は何なのですか!

 まさかただのゲームだとでも言うつもりなのですか!?』

「……そういう事だと思うよ。本人はどっちも気付いてないみたいだけど」

 

 桂馬君は、中川さんに対して恋愛感情は無いのかもしれない。

 いや、きっと無いんだろう。無意識の部分まで含めても、恋愛感情は無い。

 

 だけど『恋人』としてではなく『許嫁』ならどうだろう?

 

 結婚して、人生を共に歩む存在。

 今の桂馬君にとってそれに一番相応しいのは、中川さんに他ならない。

 

「私は……結局何もできなかった。

 あの2人の間に割って入るのは、私にはできない」

『どうしてそこで諦めるのですか!

 天理は10年も前から桂木さんの事を想っていたのでしょう!?』

「そうだったとしても桂馬君にとっては関係ない事だよ。

 私は桂馬君にとっての現実にはなれなかった。それだけの事」

『しかしっ!!』

「……いいんだよディアナ。

 悲しくもあるけど、私は心のどこかで満足してる。

 中川さんの存在は、桂馬くんが現実と向き合えた証でもあるから」

『……強がりの類ではないようですね。

 天理……あなたはどうしてそんなに悲しみながらも人を愛せるのですか?

 矛盾してます。私には、とてもできそうにありません』

 

 ディアナは私の感情を読み取る事ができる。

 そんなディアナは今の私の感情を不思議に思っているみたいだけど、そう大したことじゃない。

 

「人の心なんていつも矛盾してるものだよ。

 もしかすると、それが人間らしいって事なのかもね」







 桂馬の弱点に関しては以前からしっかり覚えていた事を明言しておきます。
 これまでの描写で違和感を覚えていただいていたなら幸いです。
 この弱点の解釈については合っているかは分かりませんが、原作の描写を見る限り『触られるとドキドキする』と言うよりは『テンパって思考が回らなくなる』って感じだと判断しました。合っているのか間違っているのか、あるいは半分くらい合っているのか、その辺の解釈は読者の皆さんにお任せします。


 天理が薄幸過ぎて辛い。誰か文句なしのハッピーエンドな二次創作書いてくれませんかね?
 え? 自分で書け? いや、流石にキツイですよ。
 本作の連載が始まった頃と比べて神のみ二次が多少増えているので創作者の皆さんに期待させて下さい。誰とは言いませんが天理がメインヒロインっぽい二次もあるみたいだし。


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私とゲームをしよう

 結さんとの話を終えて、私は2-Bの模擬店へと向かっていた。

 何でも人通りが多くて日当たりも良い最高の場所を確保しているらしい。流石は二階堂先生だ。

 そういうわけで、一般客にも配られてるパンフレットを頼りに探すとアッサリと見つかった。

 

「へい、らっしゃ……って、かのんちゃん……?」

「あ、ちひろさん。お疲れさまです。

 この姿の時は『西原まろん』でお願いね」

「あ、うん。そう言えばそれについて訊くの忘れてたな……」

「地獄の技術らしいよ。スゴいよね。

 あ、店員さんのオススメで宜しく」

「凄……確かにスゴいけどさ。

 お勧め……コーヒーかな。桂木が淹れてるんだよ」

「え、桂馬くんが? お店の手伝いしてるの?」

「うん。何かうちのコーヒー飲んだら『こんな泥水を見過ごせるか!』とか言ってコーヒー淹れ始めてた。

 いや~、流石は家でカフェやってるだけの事はあるね。まさか淹れ方1つであそこまで変わるとは」

 

 現実(リアル)に興味が無い桂馬くんも麻里さんには敵わないからなぁ。

 関わっていくうちにその辺の技術は自然と身につくのか。

 

「他のオススメはある?」

「う~ん、じゃあお茶かな。茶道部のあさみんが出してる奴」

「……抹茶? 喫茶店で?」

「いや、ティーバッグ」

「茶道部関係ないよね!?」

「所詮は模擬店だからね。ノリが大事!

 で、どうする?」

「じゃあ1つずつ貰おうかな」

「オッケー。

 15番にゴールドエクセラ風コーヒー1つとオリジナルブレンドティー1つ!」

 

 何か凄い名前が付いてるけど、調理場の方の人が普通に対応しているのでこれが普通なのだろう。

 でもこれって詐欺じゃ……いや、あくまでゴールドエクセラ『風』だから大丈夫か。多分。

 

「もうちょっと待ってたら来るから。それじゃーねー」

「うん。お仕事頑張ってね」

 

 

 

  ……数分後……

 

「へいお待ちっ、コーヒー1つとお茶1つ!」

「ちひろさん、そういう時は商品名言おうよ」

「味は変わんないからダイジョーブだよ!」

「そういう問題かなぁ……」

 

 ひとまずお茶を飲んでみる。

 ……何というか、普通に美味しい。普通に。

 ……コメントしづらい。所詮はティーバッグだもんね。

 

 続けてコーヒーを飲んでみる。

 …………まぁ、普通かな。このくらいのは飲み慣れてる。

 って、いつも麻里さんが淹れてるコーヒー飲んでるからそりゃそうなるか。

 

「どう? 美味しい?」

「う~ん……普通に美味しいね」

「そっか、普通か……まいっか。別に味で勝負してるわけじゃないし」

「店員としてはどうなのかなそれ……」

「大丈夫大丈夫!」

「……ご馳走様でした。それじゃあね」

「あ、ちょっと、お代!」

「おっとっと、はい、どうぞ」

 

 立ち上がると同時に調理場の方に目を向ける。

 桂馬くんは……忙しそうだな。近くのベンチでもう少し待ってみようか。

 

 

 

 

 

 

 

 模擬店のコーヒーが気に入らなかったんで文句を付けたら何故かオーナーに任命されてしまった。

 全く、あいつらは人の話を聞かないな。コーヒーの淹れ方なんて簡単なんだから僕に頼らんでもどうとでもなるだろうに。

 

 仕方ないので少し教えてやったら数名が何とか及第点に達したので一休みさせてもらう。

 近くのベンチに腰かけると、どこからか現れたかのんが僕の隣に座った。

 

「お疲れさま。随分と頑張ってたね」

「……あいつら、僕が行こうとすると足にしがみついてきたからな」

「そ、それは大変だったね……私も手伝おうか?」

「部外者が参加して大丈夫なのか……? まぁ、一応訊いてみるか」

 

 かのんも一応母さんから教わってるのか?

 そう言えばエルシィも教わってるはずだが……まぁ、説明不要か。

 

「ところで桂馬くん。今、ちょっと大丈夫?」

「どうした?」

「何て言えばいいかな。さっきのゲームの続き。

 桂馬くんに質問させて」

「質問ね。言ってみろ」

「じゃあ質問。

 桂馬くんが、今すぐに誰かと付き合わなければならないと仮定した場合、その相手は誰になる?」

「……一応確認するが、その『付き合う』というのは……」

「『結婚する』とかに置き換えてもいいよ。法律的に今すぐは無理だけど」

「…………」

 

 誤解の余地の無い質問だな。

 複数の人間が僕に好意を向けている現状を何とかしたければ僕が誰かと付き合ってしまうのが手っ取り早い。

 それは考えていた。そしてその答えも。

 

「……お前、になるだろうな」

「……良かった」

「安心してる所悪いが、あくまでも消去法で選んだだけだ。

 候補の中では一番マシ。それだけだ」

「何か問題でも?」

「問題って、お前なぁ……」

「強制された恋愛関係、それが許嫁ルートなんでしょう?

 だから、桂馬くんの隣に堂々と立てる理由があるだけで私としては十分なんだよ」

「しかしな……」

「どうして躊躇う必要があるの? お互いが得をすると思うんだけど?」

 

 お互いの得……少し整理してみよう。

 僕はかのんと付き合う事で今回の問題に一応決着を付ける事ができる。

 これに関しては疑う余地は無いだろう。かのんに言われる前から僕も考えていた事だしな。

 かのんにとっての得は……僕と付き合える事だな。

 言動から、かのんが僕の事が好きなのは明白だ。そこを疑う気は全く無い。

 だが……

 

「……かのん、お前は本当にそれでいいのか?

 付き合うと言っても僕はお前の事を愛しているわけでもない。

 それで本当に満足できるのか?」

 

 かのんは驚いたような顔をした後、何か考え込んでいる。

 しばらく様子を見ていたら再び口を開いた。

 

「そっか、私の方の問題だったか。桂馬くんはホント優しいね」

「別に、優しくなんかないさ」

「私に遠慮してくれているのは良く分かった。

 じゃあ、こうしよう」

 

 ベンチから立ち上がり、僕の正面から真っ直ぐに語りかけてくる。

 

「私とゲームをしよう」

「ゲーム……ルールは?」

「う~んと……まず始めに、私と桂馬くんは偽物の恋人同士になる」

「偽物ねぇ……」

「そして、桂馬くんは私に対して対価を払う事」

「おいおい、恋人になるのはお前の要望でもあるんじゃないのか?」

「所詮は偽物だからね。ギャラ無しでは受けられないよ!」

「……まあいい、何を払えばいいんだ?」

「それは、桂馬くんが自分で考えて」

「何だと?」

「ゲームのルールは簡単。

 私の考えを読み切って、私が満足できるような『対価』を桂馬くんが用意できれば桂馬くんの勝ちだよ」

「……そのルールだと、満足な対価を払えなければお前の勝ちになるのか?

 それは負けてないか?」

「そうなっちゃうね。

 じゃあ、私が満足できたら私の勝ちって事で」

「おいおい、ゲームになってないぞ。両方勝つか両方負けるかしか無いだろそれ」

「対戦型ゲームじゃなくて協力型のゲームって事でいいじゃん。

 さぁどうする? このゲーム、受けてくれる?」

 

 手が差し出される。

 この手を取れば、その瞬間からゲームが始まるんだろう。

 ルールに目立つ不備は見られない。前回のゲームと違って不意打ちで負けるという事も無さそうだ。

 

「…………」

 

 論点はシンプル。一緒にゲームをしたいのかどうか。

 僕にとって協力型のゲームの経験は乏しい。ギャルゲーで協力が必要な場面はそうそう無いし、ギャルゲー以外のゲームでわざわざ協力が必要なゲームを手に取る時間は無い。万が一必要なゲームであっても、2人同時プレイくらい楽勝だ。

 

 だから……やってみるのも悪くはないか。

 そして、その協力者として一番相応しいのが誰なのか、考えるまでもないだろう。

 

 ならば、答えは1つ。

 

 一度、深呼吸をしてから、しっかりと手を握り返して立ち上がった。

 

「足引っ張るなよ、相棒」

「そっちこそ。一緒に頑張ろう」







 以上、これにて完結となります!
 単純に桂馬が恋に落ちるような展開にはしたくなかったのでこんな感じになりました。いかがだったでしょうか?

 連載当初からかのんがメインヒロインなのは確定で、うまい事攻略する展開を考えていたのですが、恋愛云々ではない強固な信頼関係というのもなかなか良いものだと思います。
 もはやそれは愛なのでは? という気もしますが、ノーコメントとしておきます。


 次回作……ではありませんが、ちょっとこんなものを書いてみてます。

もしエル キャラコメンタリー!
https://syosetu.org/novel/185001/

 内容としては桂馬とかのんが本作を振り返ってコメントする感じのものです。筆者の自己満足で書いているのでたまに誰にも伝わらないようなネタが出てくる可能性もありますが……興味があればご覧ください。


 さて、ここまで本作にお付き合い下さった皆様、感想・評価を下さった皆様。ありがとうございました。
 最近見始めたという読者様もいらっしゃれば、連載開始時の2年9ヵ月前からお付き合い頂いてる読者様も……居るといいなぁ。
 本サイトではマイナーな神のみ二次がまさか何度もランキングに載るとは全く考えてませんでしたよ。評価って凄い。
 色んな事がありましたが、本作がこのような形で進んでいき、無事に完結を迎えられたのは紛れもなく皆様のおかげです。本当に、心から、ありがとうございました。

 それでは、ご縁があればまたお会いしましょう!


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特別編
Date of Birth


 皆さんお久しぶり。今回は単発の特別編です。
 なんでわざわざこの時期に投稿したかは……察しの良い方なら分かるかと。

 では、スタート!




 深夜、薄暗い部屋の中に2人の人影が居た。

 そのうち1人は『桂木桂馬』という名の少年。

 そしてもう1人は……一般市民が見たら『中川かのん』と呼ばれるであろう少女の人影。

 そんな男女2人が、こんな時間に2人っきりで何をしているのか、答えは非常に単純だ。

 

「……よし。桂木、こっちの山は終わったぞ。仕分けも完了だ」

「そうか。こっちも丁度終わった。A評価は交換だ」

「ほぅ? 意外と多いな。これはやりがいがありそうだ」

「……朝までには何とか終わるか」

 

 薄暗い、しかし無数のモニターが光を放っている部屋でやっている事は本当に単純。

 ただ、ゲームをしているだけである。

 この平和な世界では今日もたくさんのゲームが発売されている。その膨大な量のゲームを2人で分担して攻略しているだけだ。

 桂馬と、桂馬を宿主とする女神メルクリウスはお互いの記憶を共有する事ができる。よって、お互いにゲームプレイを追体験する事が可能なのだ。

 勿論、それは本当のゲームプレイには及ばない。ただの劣化コピーに過ぎない。しかしながら、現実問題として桂馬1人で全てのゲームを攻略して全ての2D女子を救済する事など不可能なのだ。

 ある程度妥協し、質の良い作品だけを交換して直接プレイしているのである。

 

「……朝までにか。果たして可能だろうか?」

 

 かのんの姿の人影……女神メルクリウスが疑問を呈した。

 

「メルクリウス、どういう意味だ?」

「現在の時刻は11時58、いや、今59分になったな」

「まだ7時間近くプレイできる。攻略の記憶もあるし余裕だろう」

「……それは今日が6月5日でなければの話だ」

「6月5日? 何か特別な日だったか?」

「じきに分かる。今は少しでも攻略を進めるといい。

 私は少し休むとしよう」

 

 そう言って、部屋の明かりを点けた後、桂馬の中へと消え去った。

 

 

 

 

 

 メルクリウスの言葉に疑問を感じながらも僕はソフトを差し替えてゲームを起動した。

 しかし、『ニューゲーム』のボタンを押そうとする直前、丁度12時00分になった時、扉が勢いよく開いた。

 

「桂馬くん! 18歳のお誕生日おめでとう!」

 

 鍵がかかっていたはずの扉を開け放ったのは桂木家の居候にして僕の相棒である中川かのん(本物)だった。

 

『……ほらな?』

「そうか、重要なのは5日じゃなくて6日の方だったか。

 確かに僕の誕生日だが……突然どうした」

「ふっふっふっ、私ね、桂馬くんに誕生日プレゼントを持ってきたよ!」

「後でいいだろうが。何でわざわざこんな時間に来たんだ」

「桂馬くんだってこんな時間にゲームしてるじゃん。どうせ起きてるんだから早いうちに渡したかったんだよ」

 

 そう言って、かのんはゆっくりと扉を閉め、丁寧に鍵までかけてから僕の近くまでやってきた。

 その手には、何かの封筒とペンを持っているようだ。

 

「……それが誕生日プレゼントか?」

「うん! 私もまだ実物は見てないんだけどね。開けてみて!」

「ライブのチケット……ではないか。何だ一体」

 

 封筒は糊付けなどはされていないようだ。

 アッサリと開いた封筒の中から出てきたのは2つ折りにされたA3サイズの紙だった。

 その紙が一体何なのか、左上の方に大きく書かれていた。

 

「婚姻届……だと?」

「うん! 桂馬くんも18歳になったからね。合法的に結婚できるよ!」

「いやまぁ確かに結婚可能な年齢だが……」

 

 現在の日本の法律では男性は18歳から、女性は16歳から結婚が可能だ。

 かのんの年齢に関してはもうとっくに満たされている。1年と3ヶ月と3日ほど前に。

 そして、僕の方の条件もついさっき満たされた。

 法律上、結婚は可能である。

 しかし…………

 

「それじゃあまずは私の名前を書いて……あ、あれ?」

 

 電気が点いて明るくなった部屋で、婚姻届を眺めるかのんの動きが固まった。

 

「しょ、証人……? えっ、こんなの必要なの?」

「事が事だからな。『成人している証人』のサインと印鑑が『2名分』必要になる。

 そこの欄に書いてあることからも分かるように、その2名の住所と本籍地も必須だ」

「そんなっ! ヒドいよ! 私は結婚したいだけなのに!

 うぅぅ……岡田さんと麻里さんに相談して何とかなるかなぁ……」

「どっちも相当厄介そうだな……母さんだったらせめて成人まで待てって言いそうだし、お前のマネージャーは……」

「こっそり結婚ができないならどうせ話すことになるんで、ちょっと順番が変わるだけだけど……うーん……」

「あともう1つ。未成年が結婚するならあるものが必要だ」

「? 何が必要なの?」

「両親の同意だ。印鑑付きでな」

「え〝」

「証人は普通は親にやってもらうものだからむしろそちらしか要らないというべきか」

「そんなぁ! せっかく結婚できる年齢になったのに!

 どうしてこの期に及んで両親の許可が必要なの!?」

「むしろ何で未成年が親の許可なく結婚できると思ったんだ……?」

「確かに言われてみたらそうだけどさ……」

「それに、こっちの方が重要だ」

 

 婚姻届のある1点、『夫になる人』の欄を指差しながら告げる。

 

「そもそも僕が同意すると思ったのか?」

「うっ、そ、そこは何とか説得できないかなって」

「そこが一番大事な所だろうが。余計な所で時間を取られないように少しは下調べくらいしておけ。

 と言うか、自分の書く分くらいは書いておけば良かっただろ。どうして何もしてないんだ」

「だ、だって……

 大事なものだから、桂馬くんと一緒に書きたかったんだもん」

「そのせいでこんなグダグダになってたら意味が無いだろうが。

 ったく、僕の神聖なるゲームタイムを奪った罪は万死に値するぞ」

「ご、ごめん。ホントごめん。桂馬くん」

「大体、鍵かけてる部屋に勝手に入ってくるなよ。僕が部屋に入るなと言った事は無かったが、お互い勝手に部屋に入らないのは暗黙の了解だったろ」

「うぅぅ……」

 

 ルールを破ったのは、かのんだ。

 自分勝手に行動して、勝手に婚姻届を突きつけてきたのはかのんだ。

 それなのに、勝手にヘコんで、今にも泣き出しそうな顔をしている。

 そんな姿を見て、僕は、とても、とても……

 

「……そうか、分かった。ゲームは終わりだ」

「えっ?」

「偽の恋人なんてもう要らない。ゲームは、終わりだ」

「そ、そんな……まさかっ!」

 

 僕の言葉の意味に気付いたのだろう。

 とても驚いた表情で、目尻からは涙が滴っている。

 そんなに泣くほどの事だろうか? いや、十分な理由か。

 

 僕は固まってるかのんの手から婚姻届を奪い取る。

 

 そして、かのんが持ってきたボールペンでサラサラと記入していく。

 

 最後に、部屋の収納スペースに入れてある印鑑を取り出して必要な場所にポンと押した。

 

「ほら、これで満足か?」

「えっ……ええっ?」

「だから、偽の恋人の対価として、これは満足かと訊いてるんだ」

「えっと……あ、あれ? どういう事? ゲームは終わりって……」

「いやだから、お前に対価を支払うゲームだろ?

 気取った言い方をするなら、僕の人生の半分をくれてやる。これで満足か?」

「……あ、そっか。そういう意味か……よ、良かった。本当に良かったよ!」

「ん?」

 

 何やらかのんが凄く感激してる。どうしたんだ?

 

『……おい宿主。

 今のお前の言い方だと歌姫を一方的に捨てるように聞こえたぞ』

「うん……?」

 

 自分の台詞を、思い返す。

 …………確かに、そう聞こえなくもないか。

 

「……スマン」

「ううん、大丈夫。大丈夫だよ。

 ちょっとショックで心臓が止まるかと思ったけど、大丈夫だよ。

 でも……ちょっと抱きつかせて」

「それくらいで済むなら安いもんだ」

 

 

 

 

 しっかりと抱きしめて落ち着かせた後、話を再開する。

 

「で、どうだ? コレは満足できる対価か?」

「…………ダメだね!」

「ほぅ? その理由は?」

「そんなの簡単だよ。だって……」

 

 そう言いながら、かのんはペンを走らせた。

 そして、ポケットから印鑑を取り出してしっかりと押した。

 

「偽物の恋人になる対価としては大き過ぎるよ。

 私の人生の半分も、ちゃんと受け取ってもらわないと」

「一理ある。だが、そっちは誕生日プレゼントじゃなかったか?」

「そ、そう言えばそうだった……うぅ、どうしよっか」

「……まぁ、不足してるんじゃなくて過剰だって話なら構わないさ。

 それより、サッサと残りの欄を埋めてしまおう」

「そう、だね。分かった。頑張って挽回するよ!」

「是非ともそうしてくれ。はぁ、ゲームタイムがまた削れる」

「ご、ごめん……」

「気にするな。実を言うとあまり、と言うか全く腹は立っていない」

「?」

「何というか……お前なら許せた。それだけだ」

「……ゲームのルール上、私も一応勝ちのはずだけど、なんだか負けた気分だよ」

「そう思うなら次勝てばいいさ。次は何をする?」

「そう……だね。う~ん……」

「……ま、後でゆっくり考えるとしよう。

 さて、そろそろ寝るか。明日は忙しくなりそうだからな」

 

 積みゲーがまだ残っているが……仕方あるまい。

 明日は母さんと父さんの説得、かのんの両親にも挨拶、あと岡田さんにも話を通した方が良いのか?

 あと3年待てばお互いに成人するんで難易度はかなり下がるはずだが……ま、やるだけやってやるさ。

 

『私の言った通りだったろ? 朝までに消化するのは不可能だ』

「そうみたいだな。はぁ……」

「ごめんなさい……」

「気にするな。少しくらい迷惑をかけられるくらいで丁度いい。

 それに、この程度で嫌いになるわけが無いだろ?」

「それはそうだけど……さっきの台詞の後だとちょっと……」

「…………」

 

 言い回しが悪かったのは確かだ。

 そりゃ泣きたくもなるだろうよ。

 

 少し反省している僕の姿を見たせいか、かのんが殊更明るい声を上げた。

 

「あ、桂馬くん! 大変だよ! ドアが開かない!」

「鍵がかかってるからじゃないか?」

「いや~、こんな鍵、重くて私にはとてもじゃないけど開けられないよー」

「いや、鍵をかけたのはお前だったよな?」

「なんのことかなー」

「……じゃ、こじ開けるか。生成、圧縮、回転……」

「ストップストップ! ドアに罪は無いから! 問答無用で破壊するのは止めて!」

「安心しろ。流石に本気で破壊する気は無い。母さんに怒られそうだしな。

 だが……ようやくいつもの空気に戻れたようだな」

「うん! やっぱり桂馬くんとはこうでなくちゃね。

 それじゃ、私も自分の部屋に戻って今は寝ておくよ。

 あ、でももう少し桂馬くん成分を補充させて~」

「はいはい。好きにしてくれ」

 

 かのんが抱きついてくる。この位のスキンシップはもう既に日常になっている。今ではもう慣れたものだ。

 ……が、ここでちょっといつもと違う出来事が起こった。

 

「よっと」

 

 メルクリウスが僕の身体からスルリと出てきた。そして、部屋の扉の前へと立つ。

 

「ここをこうして……よし。封印(シーリング)

 

 そして、何か不吉な名前の魔法を使った。

 

「……おい、メルクリウス、何をした?」

「この扉を封印した。安心しろ。5~6時間で勝手に解ける」

「えっ、もしかして本当に閉じこめられた……?」

 

 いや、問題ない。メルクリウスが封印したのは扉。

 つまり、窓から出ればっ!

 

「ああ、窓もついでに封印したんでそこからの脱出は不可能だと言っておこう」

「ふざけるなよメルクリウスっ!! 一体何が目的なんだ!!」

「目的……強いて言うなら……」

 

 目の前の女神はたっぷりと間を開けたあと、こう言った。

 

「……その方が、面白そうだからだ」

 

 そして、出てきた時と同じようにスルリと僕の中へと戻って行った。

 

「ど、どうしよう桂馬くん……」

「自力で封印を解除……いや、無理か。

 扉や壁の破壊……も後が大変だな。

 ……悪いが、お前にはこの部屋で一晩過ごしてもらうぞ」

「別に悪くはないけど……お布団ってある?」

「最近暑かったんで1枚だけだ。勿論、冬用の布団は収納スペースにあるが……」

 

 開けようと試みるが、ビクともしない。

 ここも……と言うか部屋全体が封印されているようだ。

 

「……じゃ、僕は床で寝るからお前はベッド使え」

「いやいや、いくら夏でも布団も無しで床で寝てたら風邪引いちゃうよ!

 だから桂馬くんがベッド使って! 私は床で寝るから」

「バックログを見返してから発言してくれ。そんな事したらお前が風邪引くだろうが!」

「わ、私は……ほら、簡単な治療術も使えるし、風邪なんてどうってことないよ!」

「それは僕も同じ事だ。

 ……はぁ、仕方ない。一緒に寝るか」

「へっ?」

「少し狭いが、詰めれば2人で寝られるはずだ」

「え、あの……本当にいいの?」

「これが一番効率いいだろ? 僕達はサッサと寝て明日……今日に備えなきゃならん。

 分かったら、寝るぞ」

「う、うん……何か緊張してきた」

「……本当に寝るだけだからな? それだけだからな?」

「それは勿論分かってるけどさ……」

「じゃ、電気を消して、お休み」

「お休みなさい……

 ……あったかいね。桂馬くん」

「少し暑いから離れてくれ」

「いいムードが台無しだよ!」

 

 

 その後、しばらく口論が続いた後、僕達はようやく眠りについた。

 

 

 そして、翌朝に寝坊した僕達の様子を見にきた母さんに見つかって、更に押印済みの婚姻届まで見つかって大目玉を喰らうのだが……その話は、また気が向いたらするとしよう。







 以上! 特別編終了!
 かのんの誕生日の頃にこの話を思いつきました。そして最終話が投稿されてた頃には既に予約投稿していたという。
 許嫁なかのんちゃんなら桂馬が18歳になった瞬間に行動を起こしてくれるかなって。

 婚姻届に関するあれこれについては調べてみて結構驚きました。
 未成年が親の許可無く出せるという事は無いだろうとは思ってましたが、普通に成人してても証人が必要なんですね。
 皆さんも将来結婚する時は気をつけましょう。まぁ、普通は親がやってくれるでしょうけど。

 あと、結婚の最低年齢ってもうしばらくしたら変わるらしいですね。
 成人年齢が20から18に引き下げられて、それと当時に結婚の条件が年齢ではなく『成人しているか否か』に変わるみたいです。
 要するに、男女ともに18歳にならないと結婚できないって事ですね。両親の印鑑も不要っぽい。証人の印鑑は要るけど。
 完結があと数年遅れてたらこのネタは使えなかった……いや、3月3日に行動すればいい話か。

 それでは、さようなら~


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