魔法少女なゼロ! (千草流)
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外伝
外伝・闇の中で


※外伝です。外伝とかいらね、本編はよ。と思われる方はそっとブラウザバックをお願いします。




「ん……あれ? 私…何してたんだっけ?」

 

何か大切な事を忘れているような気がする。

記憶の中心が空洞になってしまったような感覚がする。

忘れてはいけないことなのに、思い出せない。

何かを叫んでいたはず、何を?

何かに手を伸ばそうとしたはず、何に?

何か、いや違う誰かだ。

誰を? 私は誰を呼んでいたの?

 

思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない

 

「ル…ズ、ルイ…、ルイズ!」

 

私を呼ぶ声にハッとして顔を上げる。そこには懐かしい母の顔があった。

 

懐かしい? どうして懐かしいのかしら? 毎日会っているはずなのに…

 

        ――幸せな夢の中――

 

「どうしたのですルイズ、食事中に上の空で」

 

「あ、いえなんでもないです母様」

 

周りを見渡すと食卓には、父と二人の姉も怪訝な表情で私を見ていた。そう、今日もいつものように家族で食事をしてる。何も可笑しくはない、いつも通りの光景だ。少し心配そうに私を見る母に可笑しく思われないように手元のスープを口に運ぶ。けれどなんだか美味しいと思えない、味が悪い訳ではない、ただ旅行先で異国の食べ物を食べた時のような違和感がある。ミソシルが食べたい。

 

ミソシル? それってなんだったかかしら? 誰かが作ってくれたハズなのに思い出せない。

 

        ――眠れ眠れ――

 

「ルイズ、調子が悪いようなら無理に食べる必要はないのよ?」

 

「いえ、大丈夫です。ちょっとぼおっとしていただけですちい姉さま」

 

「それならきちんと食事を取りなさい、あなたはただでさえオチビなんですから」

 

「はい、ごめんなさいエレオノール姉さま」

 

いつも優しくてニコニコしているちい姉さま、眉間に皺を寄せて厳しい顔をしているけれど本当は私のことを心配してくれてるエレオノール姉さま、二人にも心配そうな顔でそう言われてしまったので、不安にさせないように積極的に食器を動かす。

 

でもやっぱり何か違う。 何かって何だったかしら?

 

        ――理想の夢の中で――

 

食事も終わり、母が私の魔法の手ほどきをしてくれるというので中庭に移動する。

 

「ではルイズ、まずは錬金からやって見なさい」

 

「はい。……錬金」

 

目の前に落ちている石ころに向かい杖を振り、呪文を唱える。眩い光が放たれた後、石ころは光輝く金属に生まれ変わる。それを母がひょいと拾い様々な角度から観察する。

 

「ふむ、確かに金になっていますね、よくできましたルイズ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

無事に魔法を成功させた私を母が褒めてくれた、なんだか初めて魔法を褒められたような感触がしてこそばゆかった。

 

初めて? 母はいつも魔法を成功させた私を見て褒めてれてたはず…

 

        ――眠れ眠れ――

 

魔法の成功の証である金を手に取りまじまじと眺めて見る、成功してとても嬉しいはずなのに何かが違う気がする。そもそもなんで成功したなんて思ったのかしら? 杖を振って呪文を唱えていつも通りにすれば魔法が出るのは当たり前のはずなのに。

 

当たり前なのにどうして成功したなんて? まるで失敗したことがあるみたい…

 

        --永遠に永遠に――

 

「確かによくできてます。しかしそれでは駄目です」

 

「え?」

 

魔法は確かに成功している、錬金で金を作れるだけで十分にすごいことのはずだ。なのに何故に母は駄目出しをするのだろうか? 

 

「見事な魔法です、しかしルイズ、それは貴方の魔法ではないでしょう?」

 

私の魔法? それは何?

 

「Please, call my name」

 

突然、私の胸元から声が聞こえた。胸元に視線をやるとクリスタルのようなアクセサリーがぶら下がっていた。

 

「あなたが喋ったの?」

 

「Please, call my name」

 

名前を呼んで? でも私は貴方の名前なんて分からないわ。 本当に分からない? 忘れているだけ?

 

「ルイズ、選びなさい。 偽りの魔法を持って幸福な夢の中で生きるか、貴方の本当の魔法で大切な未来を勝ち取るか」

 

偽りの魔法でも幸せなままで過ごせるならそれはとっても楽しい気がする。でもそれで本当にいいの? 

 

「Please, call my name」

 

私はどうしたいの? ここで一人、空想の幸せに浸りたいの?

 

「Please, call my name」

 

違う、そうじゃない。それは私じゃない。

 

「ルイズ、私は貴方にどちらかの選択を強要はしません、どちらを選んでも私は、私たち家族は貴方を守りましょう。ただ一つだけ、あなたは誇り高きヴァりエール家の娘、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。ならばどうすればよいか、答えは決まっているはずです」

 

そうだ、私はルイズ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだ。

 

アクセサリをぎゅっと握りしめる。何を迷うことがあっただろうか、答えはとうに出ている。

 

「ありがとうございます母様、父様、姉さま。」

 

いつのまにか目の前には私の自慢の家族が揃っていた。いつも険しい顔をしているエレオノール姉さまも含めてみんなが私を笑顔で見ている。

 

        ――眠れ眠れ――

 

うるさい。

 

        ――永遠に永遠に――

 

邪魔だ。

 

「Please, call my name」

 

「ごめんね、待たせたわね。いくわよテゥース!」

 

「Yes master, stand by ready, set up!」

 

名前を呼ぶ、私の大切な相棒、私の足りないところを補ってくれる仲間。一度光に包まれ形が変わる、小さなアクセサリーからレイピアのような細見の棒状になる。レイピアのような外見だが剣ではない、タクトだ、剣でいう柄にあたる部分に澄んだクリスタルの輝きが光る。

 

        ――眠れ眠れ――

        ――永遠に永遠に――

 

「さっきから五月蠅いのよ!いい加減消えなさい!」

 

テゥースを振るうとともに、円形の魔法陣が私を囲むように幾つも現れる。

 

「エクスプロージョン!」

 

その呪文とともに魔法陣から外側に向けて爆発が起こる。そう、これが私だ、私の魔法だ!

 

頭の中で囁いてくる声を吹き飛ばすと、いままで幸せで輝いて見えていた世界が紙で出来た薄い絵のようであったことに気が付く。私の魔法でところどころ穴だらけになった世界、その穴から闇が迫ってきた。波のように闇が迫り、再び私を取り込もうとする。しかし何も恐れることはない。

 

「誰の娘に手を出しているのですか?」

 

横から刃を伴った強風が闇を吹き飛ばす。

 

「いきなさいルイズ、ここは私たちが引き受けます」

 

母が杖を振るう度に闇が押しのけられる、その隣ではエレオノール姉さまがゲシゲシと闇を足蹴にしている。

 

「みんな、ルイズを案内してあげてね」

 

ちい姉さまの言葉と共に、沢山の動物たちが彼女の回りを囲う。みんなちい姉さまを好いている子達だ。

 

「ありがとうございます、ちい姉さま」

 

動物達に導かれ、闇の中で唯一の光が見える方へと進む。しかし、闇はなおも私に追い縋ろうする。しかし恐れることない。父の魔法がその闇を吹き飛ばす。

 

後ろは私の大好きな家族がいる、ならば私は後ろを向かず前に進むだけだ。

 

やがて、追い縋る闇も消え去り、家族の声も聞こえなくなる。

 

いつのまにか数が減り最後の一匹になっていた子猫の頭を撫でると、子猫はうれしそうに鳴いて、光になって消えていった。もう案内はいらない、行くべき場所は分かっている。

 

「まったく、寝坊助なんだから。待っていなさい、いま起こしに行ってあげるわよ、はやて!」




ルイズちゃんイン闇の書

テンプラ、間違ったテンプレだな


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本編
第零話


ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは貴族であった。ハルケギニアと呼ばれる世界のトリステインという国の公爵家の三女であった。

 

厳格であるが精一杯の愛情を注いでくれる両親、いつも厳しい言葉でルイズをたしなめるが根は優しくルイズのことをいつも心配に思ってる長女、病弱ではあるが優しく強い意志を持っている次女、そんな親と姉の姿に尊敬の念を抱いていたルイズは、自らも皆のような立派な貴族になりたいと考えていた。

 

まだ生まれてから八年程の時しか過ごしていなかったルイズは一生懸命に貴族たらんとしていた、まだ幼いその容姿では子供が背伸びをしているようで実に微笑ましいものだったが、ルイズの中には確かに貴族の誇りとも呼べるような何かが宿りつつあった。

 

同じ年代の子供と比べても聡明で、将来は必ず立派な貴族に成長するだろうと周囲から期待されていた。長女は有能だが少し性格にトゲがある、次女は病弱で不謹慎ではあるが恐らく早死にしてしまう、でもルイズお嬢様がいらっしゃるならヴァリエール公爵家も安泰だ、と使用人たちの間でも話題になっていた。

 

しかし、ルイズには貴族として非常に重大なものが欠けていると発覚した。

 

それは魔法の才能であった。

 

魔法とは始祖と呼ばれるものが与えた奇跡の術であり、六千年もの間、脈々と受け継がれた力であった。そして始祖の血を受け継ぎ、魔法の才によって国を治めるものが貴族であり、多くの貴族にとっては自らを貴族たらしめる象徴であった。

 

その魔法がろくに使えないと分かった時の皆の落胆は凄まじかった。中には平民の拾い子ではないか、などと彼女が親から受け継いだ美しいピンクブロンドの髪も目に入らないような無礼なことを噂し始める使用人も一部いた。

 

しかし、ルイズは諦めなかった。両親と姉も彼女を励ましており、ルイズの心が折れるようなことはなかった。

 

そこでルイズは、まず家中の本の中から魔法についての記述があるものを集めた。教本だけでなく魔法使いの書いた日誌のようなもの、とにかく魔法の魔の字が少しでも載っているものを集めた。

 

「錬金」

 

ルイズは教本を見ながら近くに落ちていた石ころに向かい杖を振る。『錬金』とは簡単に言ってしまえばある物質を異なる性質を持った別の物質に変えてしまう物理法則に正面からケンカを売ってるような魔法である。

 

しかし、その結果は爆風とともに返ってきた、本来であれば目の前には錬金によって生み出された物質が存在せず石ころは爆弾となった。勿論ルイズは石ころを爆薬に錬金しようとしたわけではない。ただなんらかの原因で失敗してこうなっていた。しかしルイズは教本から過去のメイジが記した日記のようなものに持ち替え、その中のある記述からこれはただの失敗ではないと判断した。

 

その記述とは運悪く火竜に遭遇してしまったメイジが慌てて火竜に向けて杖を振ったが、集中出来ず魔法が失敗してしまい絶対絶命の危機に陥ってしまったとういものだ。

 

この記述と自らの失敗魔法を見比べた結果ルイズはある違和感を覚えた。才能がないと揶揄される自分の失敗魔法の爆発はかなりの威力がある、おそらく人間の一人や二人ならば吹き飛ばせる威力があるのだ。そして深くは考えたくないが、この失敗魔法を石ころに当てた時の余波ではなく、直接人体に向かって放てば凄まじいことになってしまうのではないか。ここで先ほどの記述に戻ると、どうしても拭いきれない疑問が生まれる。

 

即ち、『火竜に向けて』『失敗魔法』を放ったならば、火竜の体に爆発が発生するので少なくないダメージを与えられるだろう。ならばどうして『絶体絶命の危機』に陥るのか?

 

その疑問の答えはルイズの頭脳を持ってすれば容易く求められた。この本の作者は魔法を失敗しても爆発しないということだ。勿論この本のメイジが特別で爆発しないのかもしれないので、複数の書物を確認し特別なのは自分であると結論付けた。

 

そこで更に疑問が生まれた、自分が特別なのだとしたらこの爆発はいったいどうして起こるのか?

 

何度も爆発を起こして見てもよくわからなかったので、今度は呪文を変えて様々な種類の魔法で試して見た。その結果、『錬金』などの明確な対象がある魔法はその対象への命中精度が高く、『ファイヤボール』などのどこから炎を出しているか明確でないものは明後日の方向に向かってばかり爆発が起きることが分かった。

そして、火風土水の四種類に分類される魔法の中で風の魔法と水の魔法を使った時のほうが火と土に比べて爆発の威力が高いことが分かった。

 

この時、ルイズはまだ知らなかったが火風土水の四系統と言われる魔法には実はもう一つ『虚無』と呼ばれる系統が存在していた。そして虚無を加えた五系統の魔法を相関図にしてみると、ペンタゴン、つまり正五角形の形になっており、一番上の頂点に『虚無』その左の頂点が風、右の頂点が水、そして風の下に土、水の下に火がある。

 

もしルイズがこの関係を知っていたならば、自身の特異性と虚無に近い二種類の魔法の失敗の威力が高いことから、自分の属性が虚無である可能性に思い至ったかもしれないが、『虚無』の魔法は魔法の開祖であり信仰の対象ともなっている『始祖ブリミル』が使ったとされる伝説の属性であり、ほぼお伽話のような扱いを受けていたそれを真面目に研究するものなど皆無であり、誰もルイズにそれを教えてくれる者はいなかった。

 

そして自らが虚無だと気づかない哀れな少女ルイズは魔法の種類と爆発には何か関係があることを確信し、更に他の魔法も試してみようと、その魔法を唱え始めた。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

自身が両親の祝福と共に与えられたら名前、そして公爵家という大貴族としての誇りとして家名を誰に恥じるともなく高らかに唱える。

 

「5つの力を司るペンタゴン」

 

そう、この呪文は5つの力によるものなのだ、火でも水でも風でも土でもなく、虚無でもない。全てを内包したペンタゴンなのだ。故にまだ見えぬルイズの虚無を持ってして正しく発動する数少ない魔法なのだ。

 

「我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ!」

 

その声は魔法が使えなくとも決して折れることのない『不屈』の心を体現するかのように、ハルケギニアから遠く遠く次元の壁すらも挟んだ遥か遠くの世界の先までも果てしなく届く。

 

そして扉は開いた。鏡のような光沢を持ちながら何故か自身の姿は映らない不思議な平面がルイズの前には現れていた。

 

ルイズは目の前に現れた鏡のようなものに一瞬呆気にとられたあと、自分が魔法を成功させた事実に気づき飛び上がって喜びそうになった。しかし、自分が唱えた魔法が使い魔となる生物を召還する『サモンサーヴァント』であったことに思い至り、一度冷静になる。

 

サモンサーヴァントによって呼び出される生物はある程度はメイジ自身の属性により左右されるが基本的には完全にランダムだ。なのでドラゴンなどの危険な生物が現れる可能性もあるので、出てきた生物に契約の証として『コントラクトサーヴァント』をするまでは油断してはならないのだ。

 

ルイズはどんな生物が出てこようと絶対にコントラクトサーヴァントを成功させてやるつもりだった。そしてその使い魔を見せて両親を安心させてやり、自分の属性を詳しく調べ、それからそれから、と次々に未来の輝かしい光景を想像していたが、しばらく待っても何も出てこないのでその結論に至ってしまった。もしルイズが一人でこっそりと魔法の練習などせずに誰かの監視の元で行っていたならそのようなことにはならなかっただろう。

 

「これは、きっとこっちから迎えにいくのね!」

 

そういって本来であれば向こうから何かが出てくる筈だったその鏡のようなものに飛び込んでしまった。もしルイズに正しい知識があり、誰かの監督の元での行いであればその行為を必ず止めただろう。しかしこっそりと魔法を成功させて両親を驚かしてやろうと無邪気な考えを持っていたルイズはその中途半端な聡明さと、幼さが仇となった。

 

そしてその日、ヴァリエール公爵家から、トリステインから、ハルケギニアから、ルイズは消えてしまった。

 

そして本来、その扉を潜る筈だった幼い少年は遊び疲れてお昼寝の真っ最中であり、目の前の鏡のようなものの存在に気がつかないまま鏡は消えてしまった。

 

そして、逆流してしまったその扉はエラーを起こし、大幅に座標が狂ってしまった。その座標とはある組織からこう呼ばれている場所であった。

 

第97管理外世界『地球』と。




ルイズとリリなののクロスが書きたかった
ルイズ魔改造が書きたかった
ただそれだけだ


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第一話

前回から大幅に時間が飛びます
具体的にはゼロ魔の本編が始まる一年くらい前まで


「帰って来たのね・・・」

 

ハルケギニアのトリステインのトリステイン魔法学院にほど近い草原に一人の少女が立っていた。ピンクブロンドの美しい髪でどこかの学校の制服のようなブレザーとスカートを身に纏い、首もとにはクリスタルのアクセサリーのようなものがついたネックレス、足元はニーソックスにローファーであった。そして、少女の前に美がついても可笑しくはない彼女の容貌には似合わない少し大き目の登山などで使うようなリュックを背負っていた。

 

「テゥース、魔力素の濃度に問題はないわね?」

「イエス、マスター。地球よりは若干濃いですが、リンカーコアへの影響はありません」

 

少女しかいない筈の草原に、少女以外の別の声が聞こえた。どこか機械のようなその声は少女の胸元のあたりから聞こえているようだった。

 

「よし、ならまずはここがどの辺りか調べて久しぶりの我が家を探しましょう。あ、魔法は無しよ、誰かに見られたら面倒だし」

「イエス、マスター」

 

と、そんな少女の様子を見ていたものがいた。その者はお伽話に出てくる魔法使いのローブのような者を羽織り長めの杖を持った老人だった。立派な白い髭を手でとかしながら少女にゆっくりと近づいてゆく。

 

「何かご用でしょうか、お髭の素敵なお爺さま?」

 

少女は後ろから近づいてきた老人に振り向くことなく声を掛けた。老人は自分がか気がつかれていたことに一瞬驚き、目を見開いたが、すぐに柔和な表情に戻った。

 

「ふぉっふぉっふぉっ、なに、学院の近くに何やら見慣れぬ麗しき少女の姿が見えたものでの。学院への入学希望の生徒かと思いましてな」

「あらお上手ですこと、学院には興味がありますが生憎今は長い旅から帰ってきたばかりですの。学院の見学はまたの機会にさせて下さい」

 

丁寧な言葉遣いとは裏腹に、少女は内心でバルタン笑いを実際にする人がいるなんて、流石ハルケギニア、なんて思ってたりする。

 

「それは残念じゃ。おっと儂としたことが名乗り忘れておりましたな、儂はオスマン、あそこに見える学校のしがない学院長ですな」

「これはご丁寧に、それでは私も名乗る必要がございますわね。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。しがない公爵家の三女です」

 

草原に立っていた少女ーールイズがそう名乗りあげると、オスマンはわざとらしく驚いたように言った。

 

「ほう、あのヴァリエール家のご息女でしたか。ところでそのヴァリエール家の三女ともあろう方がこのような辺鄙な場所にそれもお一人でいったい何をなさってらっしゃるのですかな?」

 

本来であれば、大貴族の子女とはいっても所詮は学院にいる生徒達と同じ年頃の小娘など、オスマンからしてみればあまり下手に出るようなものではなかった。しかし、後ろからこっそり近づいたり、先ほどから少し緊張しているような気配があるのには理由があった。

 

少し前に時間は遡る。

 

オスマンはトリステイン魔法学校の学院長室で遠見の鏡というマジックアイテムを使用していた。遠見の鏡とは離れた場所の景色を映し出すマジックアイテムであり、普段からオスマンはこの鏡を使い学院の周辺を見張っていた。学院の周囲は見晴しのよい草原でありオークなどの危険な生物も生息していないので安全であるが、世の中何が起こるか分からないので、念のために一度は周囲を見渡しておくのがオスマンの日課であった。

 

「今日も今日とて平和じゃのお、平和なのも悪くないがこうも平和過ぎると退屈でいかん」

 

と、一介の学院長としてはあまり誉められたらものではない独り言を呟きながら遠見の鏡を見ていたオスマンだった。

 

ぐるっと学院周りを一周見回し、二週目に突入したとき、オスマンはその異常に気がついた。一周目では誰もいなかった筈の草原に忽然と少女が立っているのを発見した。草原は見晴らしがよくどちらの方向から人が来たとしても、例えそれがメイジで空から飛んできたとしても、必ずオスマンの遠見の鏡に映る筈であった。しかし、その少女はまるで初めからそこにいたかのように突然そこに立っていたのだ。

 

それを見たオスマンは真面目な警戒心が半分と好奇心が半分とで少女と接触を図ることにしたのだった。

 

「先ほども言ったように、長い、とても長い旅から帰ってきたところですわ」

 

長い時を生きてきて様々な人を見てきたオスマンには、ルイズの瞳に大きな喜びと深い哀愁が見て取れた。旅先での思い出と故郷に帰ってきた喜び、そういった感情が確かに見て取れた。

 

「ふぉっふぉっふぉ、それはそれはさぞかしお疲れのことでしょう。失礼ですがご実家からお迎えなどは?」

 

「いえ、私が帰ったことはまだ誰も知らないでしょうからそういったものは…」

 

「なるほど、それでは学院の馬を御貸しいたしましょう」

 

「よろしいのですか!?」

 

ルイズの驚きももっともだった。貴族の子女が一人旅、それも家族に帰省の連絡もしてないとなれば、普通に考えれば怪しさ満点である。さらに言えば、ここで突然に話しかけられたということはもしかしたら自分が『転移』してきたところを見られてしまったかもしれない。突然に草原に現れた貴族を名乗る不審な小娘など、相手がメイジであったならまず杖を突き付けられてもおかしくはなかった。

 

「…自分でいうのものなんですが、ぶっちゃけ私、怪しさ満点だと思うのですが、本当によろしいのですか?」

 

「安心なされ、儂は見ての通りそれなりに長い月日をすごしておる、そうすると自然と人を見る目も鍛えられるというものじゃ。それに大貴族の子女に恩を売っておけば学院にとっても悪いこではないじゃろうて」

 

ふぉっふぉっふぉとバルタン笑いをしながらのその態度は露骨ではあったが、正直ともいえルイズには好感を与えた。ルイズはこっそり心の中でバルタン星人扱いしていたことを謝罪した。

 

「それでは着いてきなされ、馬小屋まで案内しよう」

 

「ッ、ありがとうございますッ!」

 

そうしてルイズは馬小屋まで案内してもらった。

 

「馬に乗るのも久しぶりね…」

 

「乗り心地はどうかの?」

 

「はい、問題ありません。なにからなにまで本当にありがとうございました」

 

馬にまたがり頭を下げるルイズは、そうだと思いつき背負っていたリュックサックをごそごそと漁り中から長方形の箱を取り出してオスマン渡した。

 

「今はあまり持ち合わせがございません、此度の旅行の土産物の一つですがお礼として受け取って下さい」

 

オスマンはそれを受け取ると、開く仕組みになっているそれを開けた。中には煌めく棒状のものが入っていた。オスマンはそれが素晴らしい精度のガラス細工であることは分かったが何に使うものかは分からなかった。

 

「ガラス製のペンです。先の尖った部分にインクを付けてお使いください」

 

ルイズはこういった精度は高いが高名な土メイジが集まれば作れないことはないような物をお土産としてかなり持って帰っていた。背中の大きなリュックにはそういったものが沢山あり、オスマンに渡したペンもその一つだった。

 

見た目だけで高価なものだと分かるが、大貴族の子女の土産であれば相応かとオスマンはありがたく受け取った。

 

「それでは失礼します。馬はなるべく早く返しに参ります」

 

「うむ達者での、よければまた学院をゆっくり下見でもしに来てくれるとうれしいのお」

 

「わかりました、また伺わせていただきます。では」

 

そしてルイズは馬を駆り颯爽と走り去った。ルイズが見えなくなるとオスマンは学院長室に戻り早速貰ったペンにインクを付けてみた。

 

「ふぉ!」

 

てっきり羽ペンのような構造なのかと思っていたオスマンだったが、インクがペンの内側の小さな溝に勢いよく吸い込まれたのをみて驚いた。果たしてこれほどの加工が出来るメイジとはどれほどのものなのかと思いを馳せた。

 

「ふむ、今年は平和そうじゃが来年辺りからは一波乱あるかもしれんの」

 

その日もふぉっふぉっふぉとバルタン笑いが学院には響いていた。

 

 

因みに、ルイズは久しぶりの乗馬でヴァリエール邸についたときには腰を痛めていた。



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第二話

 ヴァリエール邸の門番、大貴族の使用人ということもありその給金はそれなりに高い。平民として特にコネがあったわけでもないユーゴ(32)は従来の真面目な性格で特に咎められるようなこともなく、門番として六年間勤め続けていた。彼の仕事は門番として門を守護することであったがここはかのヴァリエール邸、門を破って不法に侵入する輩などいるはずもなく、一応だが武器として槍を持っているがそれはほとんどお飾りで、実質の仕事は予めやってくることを伝えられていた客の身分確認と屋敷への取次であった。このまま平穏無事にここに勤め、妻と子供を養いながら平均よりも多い給金でたまに平民にしては少し贅沢な食事をする、そんな日常を思い描きながら彼は今日も門前に立っていた。

 

 しかし彼にとって今日という日は厄日であった、また結果としては人生の中で上から数えたほうがいいほどの幸運な日であったが、しかして今現在はやはり彼は不幸だった。

 

 彼が持つその槍は普段の仕事中は真っすぐに上を向いて、持ち運ぶ時などを除いてはこの六年間は決して門前で水平に持たれることはなかった。しかしそれも今日までであった、彼はその槍をしっかりと握りしめ達人とも言わないが素人ともとれない、そんなふうに構えその槍を先を門の外に向けていた。今日は来客の予定があるとは聞いていない、予定の無い来客は急ぎの要件がある者か不審な輩のどちらかである。急ぎの要件がある者であれば、まず使者がやってきてどこの者の使いで誰への取次を必要としているかを一番に伝えてくるはずである。しかし槍の先、彼の目の前にいるものは門前まで馬を走らせると、慌てている様子もなくゆっくり馬から降りて腰を痛めた老人のように「あいたたた」なんて声を出しながら腰をとんとん叩いている。

 

 怪しい、非常に怪しい、そう判断した彼はその 少女…へ槍の矛先を向けた。身なりはかなりよい様子であったのでもしかしたらどこかの貴族の子女であるかもしれない、しかし不審人物にかわりはないのでここで槍を向けずになんらかの悪い事態に発展した場合は自分に責任が掛かってきてなんらかの処罰を受けてしまう恐れがあった。故に彼は門を守るためにその槍を構える。

 

 「何者だ!」

 

 もし相手が正式な客人であり、かつ短気な貴族であった場合も自分は無礼に槍を向けたとして処罰を受けるかもしれない、槍を向けても向けずとも何らかの罰を受けることになってしまう、それを考えると今日までの平穏な日常が積み木の城を崩すように消えていくように彼は感じていた。唯一助かるとしたら相手が賊でも短気な貴族でもなく、穏やかな、それこそ彼が使えているヴァリエール家の次女のような方であったならとそう祈ることしか彼には出来なかった。

 

 「いたた…馬なんて久しぶりに乗ったから腰が…、っとごめんなさい名乗り遅れたわね。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ、門を開けて頂戴」

 

 だがその答えは意外な事に賊でも客人でもなかった。ルイズ・フランソワーズ、その名前を彼は知っていた、自分がここで勤め始めるよりも数年程前に忽然と姿を消したヴァリエール家の三女だ。彼女が行方不明になった時は、ヴァリエール家当主、つまりルイズの父親が私設の軍隊を総動員し、さらにはトリステイン王家までも巻き込んで大騒動になった、今では落ち着いてはいるがそれでもまだ軍の一部は捜索隊として当てられている。それが急になんの前触れもなく唐突に本人が自分で帰ってきたというのだ。これはますます怪しいと彼は思ったが、万が一ということもある、何より自分はその騒動中心である三女の顔を知らない。

 

 「暫し待たれよ」

 

 これは流石に自分で判断することはできないと彼は考え、上司の意見を仰ぐことに決めた。一度門の内側に入り、念のため鍵を閉め庭を走り抜け屋敷に入った彼は近くにいたメイドを呼び止め執事長を呼んできてもらうように言った。執事長であれば三女の顔も見知っているし適格な判断をしてくれると考えて行動だった。

 

 それから待つこと数分、すでに老年に差し掛かりながらも背筋は真っすぐで皺一つない燕尾服もあいまってある種の貫禄のようなものさえ感じる執事長がゆっくりとやってきた。

 

 「どうされたのですか?」

 

 そう問う執事長は門番から事情を聴くと目を見開いて一目散に外に向かって駆け出た。そして門の外にいる少女の姿を見ると、いつもは冷静である執事長は人が変わったように慌てて門番から引っ手繰るようにして門の鍵を受け取ると、手でゆっくり開けるのも煩わしいとばかりに体当たりするように門をこじ開けると少女の前に膝をついた。

 

 「おう、おう、その姿は間違いなくルイズお嬢様! よくぞ、よくぞ御無事で御戻りに……私はお嬢様が消えてしまったあの日からずっと探しておりました!」

 

 「久しぶりね爺、長い間留守にしてごめなさい」

 

 「滅相もございません! ずいぶん立派になられたようで……」

 

 少女に縋りつくようにして涙を流す執事長の姿は普段の様子とは全く正反対で、まるでそこらの平民の家にもいそうな歳を食ったおじいちゃんという感じだった。

 

 「ささ、すぐにお屋敷の中へ、お父上とお母上にもこのことお伝えしなければ!」

 

 「姉さま達は屋敷にはいないの?」

 

 「残念ながらお二人はここにはおりませんが、すぐに使いの者を出しますのご安心ください。さ、お荷物をお持ちします」

 

 「ごめんなさい、この荷物は皆へのお土産も入ってるから自分で持っておきたいの」

 

 「おお、そうでございましたか! それでは一刻も早くそれをお渡ししなければ」

 

 門番である彼はその光景を見て執事長のあまりの豹変ぶりに呆気に取られていたが、ふと自分が仕える家のご息女に槍を向けてしまったことに気が付いて顔を青くしていた。

 

 「ああ、ちょっと待って」

 

 執事長に連れられ屋敷に入っていくルイズだが、ふと門番の前で足を止めた。門番として槍を向けたその本人に目の前に立たれたことで処刑台に立たせれたかのような絶望感を覚えた彼だったが、ルイズの口から出た言葉は断罪の言葉では無かった。

 

 「なんだか怯えているようだから言っておくけど、あなたは門番として当然の仕事をしたわ、それは誇りに思うことであって私があなたを処罰しようなんてことはないから安心なさい。 むしろその愚直な仕事ぶりは褒められるところ、お父様にボーナスでも出してもらえるように言っておいてあげるわ」

 

 それだけ言うとルイズは屋敷の中へ入っていった。門番である彼にはボーナスという言葉の意味はよく分からなったが、ルイズの言い方からして悪いものではないことは分かった。

 

 その後、ルイズの帰還に狂喜乱舞していたヴァリエール家当主から、一介の門番が貰うには破格にも程がある特別手当を貰った彼は、門番として誇りに思えといったルイズに尊敬の念を覚え、どこかで仕事だと割り切ってやっていたが、この件を契機にヴァリエール家、ひいてはルイズに生涯の忠誠を誓ったのだった。彼が鉄壁の門番と呼ばれるほどに活躍することになるのはまた別の話。




うちのルイズちゃんはかなり大人な性格です。アダルトィ的な意味じゃなくて精神的に成熟しているっていう意味で。
はっ!これはもうルイズちゃんじゃなくてルイズさんと表記すべきだろうか…


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第三話

 ルイズの帰還。その大ニュースは瞬く間に屋敷中に知れ渡るかに思えたが、実際はそうでは無かった。

 

 ルイズの顔を知っていた古参の使用人達は執事長の引き連れるその少女を見て、どこかで見たことあるような顔、そんな漠然とした感想しか無かった。薄情と思うような感想ではあったが、人間の顔というものは歳を重ねるごとにある程度は変化するものである。分かりやすくいってしまえば、高校生になって小学生のころの知人程度の間柄だった人物に対面してすぐにその人物が誰であったか思い出せる者は少ないだろう、ということだ。なので特別親しかった者以外はルイズの顔を忘れている者がいてもそこまでおかしなことでない。

 

 そしてルイズが失踪した後に新しく勤め始めた者達はルイズを見て、貴族であろうことくらいは察しがついても、それがまさか自分たちの仕える家の娘であるとは全くもって分からなった。中にはルイズの髪色から、奥様の隠し子ではないか、と邪推するものいた。

 

 しかし古参の者たちと新参の者達との共通の認識が一つだけあった。その少女は貴族であり、それもそこらへんの木っ端貴族とは比較にならない程の大貴族であろうというモノだ。

 

 ルイズは小柄で実年齢よりも幼く見られがちであったが、執事長に連れられて、否、執事長を従えて歩くその姿には上流貴族としての貫禄が見て取れ、誰もルイズのことをどこぞの貴族様のところの小娘、などと揶揄するような者はいなかった。

 

 召使、特に新参で噂好きの若い娘などは掃除をしたり調度品を整えたりする傍ら、興味深そうな視線をルイズにやっていた。本来、貴族の目の前で不躾な視線を向け、噂話の種にしようなどと考えるのは不敬であるものだが、ルイズはそういった者達に気が付いても薄く笑みを浮かべるだけで咎めるようなことはしなかった。その事はますますルイズを器を大きく見せた。

 

 実際のところルイズが考えていたのは、どこの世界でも女の子の考えることは同じなんだな、と呑気なことだった。それに、年齢も近そうだし落ち着いたら名前を聞いてお友達になりたい、なんて世の中の一般的な貴族が聞いたら何をバカなことを罵られるようなことを平然と考えていた。それほど、ハルケギニアにおいて貴族と平民の格差は大きいのだ。

 

 しかしそこは異世界帰りのルイズである。基本的に皆が平等に扱われる世界、更に言えば『お話しをして名前を呼び合えば友達』そう豪語する人物が近くにいたルイズには階級がなんぼのもんじゃい、だった。

 

 「こちらでございます」

 

 執事長が一つの扉の前で足を止めた。それと同時にルイズに向けられていた幾つかの視線は消えた。

 

 「書斎ね…お父様は仕事中かしら?」

 

 使用人達が視線を反らしたのはそこが書斎であり、同時にその部屋には自分たちの仕える主がいるからであった。少女が何の用があって主人に会うのかは分からないが流石に主に不敬な態度をとってしまえばどのような処罰が下るか分からないからであった。

 

 「はい、ただいまの時間は執務の真っ最中であります。しかしお嬢様のご帰還にそのような些末事は気にすることはありません」

 

 本来はヴァリエール家程の貴族の仕事は些末な事と言えるようなものでは無いが、ルイズの帰還はそれ以上のものだと執事長は確信を持っていた。

 

 「それではどうぞ、お入り下さい」

 

 一般的なマナーとしてはここでは使用人が扉を開け中の人物に来客の旨を伝えるものであり貴族であるルイズに扉を開けさせるのは執事としては落第点もいいとこであろう。だが執事長はルイズ本人が扉を開けた方が良いサプライズになると考えての行動だった。

 

 「……ごめんなさい、爺に開けてもらっていいかしら?」

 

 「おや、それはまたどうして?」

 

 「その、なんていうか……ちょっと気恥ずかしいから……」

 

 ルイズとて一介の思春期の少女である。何年も会っていなかった父親に会いたい気持ちは勿論あったが、会った時にどんな顔していいのかとちょっぴり悩んでいた。

 

 「そうですか、畏まりました。では暫しお待ちを」

 

 執事長はその姿に微笑ましいものを感じ、無理に勧めることなくまず自らがノックをし、部屋の中へ入っていった。

 

 「……」

 

 暫くして、部屋の中が俄かに騒がしくなった。そして何かが倒れる音、おそらく勢いよく立ち上がった拍子に椅子が倒れた音、そのバタバタと扉の前まで迫ってくる気配。ルイズはおそらく飛び出てくるであろう父親に会う心の準備を整えた。

 

 「ルイ「ルイズ!!」」

 

 一瞬、扉が開き中に自分父親の姿と声を認識したルイズだったが、それは横から飛び出てきた烈風によって掻き消された。烈風は勢いをつけたままルイズに向かって来て、その勢いで開きかけた扉を閉じるとルイズに抱き着いてきた。

 

 「一体、今までどこに行っていたのですか!」

 

 ルイズに抱き着いた烈風は怒りに震えるようにそう言った。抱き着かれたルイズは身長の差もあってその顔を見ることが出来ないでいたが、その声と温もりを覚えていた。

 

 「奥様、落ち着いて下さいませ。 そのように怒鳴られては……」

 

 「黙りなさい、何年も家族を心配させていたのです。そんな娘を叱るのは当然です。さあルイズ顔を上げなさい」

 

 その声に従い顔を上げたルイズの目には何年もずっと会いたくて会いたくてたまらなかった顔があった。ふいに声の主がルイズの頭の近くに手を持ってきたので、咄嗟にルイズは目を瞑った。

 

 「あう……」

 

 パチンと優しい音と共にルイズの額に軽い痛みが走った。声の主は親指に中指を引っ掛け、中指を前に勢いよく弾き、ルイズの額に当てたのだった。そう、俗に言うでこピンであった。

 

 「これは皆を心配させた罰ですルイズ」

 

 「はい…母様」

 

 「そしてルイズ、よくぞ母の元へ帰って来てくれました」

 

 同じ人物から発せられた声だったにも関わらず、先ほどの厳しい声とは打って変わって優しい声になったそれを聞いてルイズは目を開けた。そこにはずっとずっと会いたかった母の顔があった。

 

 「はい、はい!母様!ただいま帰りました!」

 

 今度はルイズ自ら母に抱き着いた、いろいろと言いたいこともあった、もっと成長した自分を見てもらうために大人な対応をすることも考えていた、それでもただルイズは母の胸に飛び込んだ。

 

 「おかえりなさいルイズ、本当に無事でよかった」

 

 「母様、母様…」

 

 ルイズはそこで泣いた。異世界より帰還し、初めて泣いた。生まれたばかりの赤ん坊であるかのように母の腕に抱かれて、ひたすらに泣いた。

 

 

 

 

 

 ルイズはひとしきり泣いたあと、ふと思い出して、書斎の入口で扉を開きかけていた父が母の閉めた扉に撥ねられて気絶している発見して母共々大慌てになった



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第四話

ルイズの故郷であるハルケギニアと地球の近世ヨーロッパは技術や文化という点において非常に似通っていた。尤も、メタな事を言ってしまえば、『ゼロの使い魔』というライトノベルのモデルとなった物が、近世ヨーロッパの物語であったので、似通っているのは当たり前なのだが、それは置いておこう。

 

しかし、ハルケギニアには中世ヨーロッパには絶対になかったモノが一つあった。すなわちそれは『魔法』である。

 

魔法の存在は非常に強大であった。これにより生まれた違いの中で最も大きな影響があったのは、貴族のあり方の違いであった。革命の波が静かに押し寄せて来ていた中世ヨーロッパとは違い、ハルケギニアでは魔法を持つ貴族に対抗出来ない平民が多く、とてもではないが革命など無謀な事であった。

 

勿論、魔法の存在による違いはそれだけではない。水を扱う事を得意とし、水を操り、水の流れを感じるとることが出来る水メイジの存在による衛生観念の違いがあった。彼ら水メイジは人体の水の流れを読み、そこに澱みがあれば人体に不具合が生じることを知っていた。そのことから彼らは人体の中の水だけでなく、全ての水に関して澱みは身体に悪影響を与えるという、漠然としたものだが効果的な衛生観念を持っていた。

 

中世ヨーロッパにおいては、一部の貴族の邸宅や教会などを除いてはトイレは少なく、下水整備も不十分であったので、多くの人間は携帯トイレやオマルのような物に糞尿を溜めておき、ある程度溜まると街道に用意された水路に捨てていた。

 

ハルケギニアでもかつて、同じような整備がされていたが、水メイジの特に医療に携わる者たちの、水の澱みやべえ、の一言によって、土のメイジも巻き込んでかなり大規模な下水整備がなされた。これにより貴賤を問わず衛生観念が発達し、裏通りなどの整備が行き届き難い場所や、都市から離れた小さな村々以外では、地球の現代日本程ではないがトイレの文化が発達した。

 

そのトイレであったが、発達したといっても精々が個室の中に穴と終わったあとにお尻を拭くための布切れや藁が置いてあるもので、穴はそのまま、地下を流れる水路に繋がっているシンプルなものであった。トイレに並々ならぬこだわりを持つ現代日本とは比べものになるものではなかった。

 

特に紙といえば羊皮紙であり、現代日本のお尻に優しいトイレットペーパーなんてものがあるはずも無かったので、一般的には布切れや藁であったが、一部では手で拭いてその手を後でまた洗うようなところもあった。

 

これもあまり衛生的なことではないだろうと考えていた水メイジもいたが、高価な紙で拭くわけにもいかないし、まさか始祖より賜った魔法を尻を洗うためだけに使うのもはばかれるし、これくらいはまあ仕方ねえか、という結論に至っていた。

 

しかし、これに我慢が出来ないと思った人間が、おそらくハルケギニアでたった一人だけいた。

 

ハルケギニアよりも遥かに発達した文明を持つ地球の中でも、殊更トイレに関するこで妥協を許さない日本という国で、ふんわりと優しいトイレットペーパーを使い生活していたルイズにとって、ハルケギニアのトイレ事情は許せないレベルであった。

 

ルイズがハルケギニアに帰還するに当たって、最も惜しんだのは地球で出来た友人や知人との別れであったが、その次か次の次くらに惜しんだのはトイレであった。地球でいつものようにトイレに入った時に、ふとハルケギニアに帰ってしまえばこのトイレともおさらばであることに思い至り絶望していた。それ程までにルイズは地球の日本のトイレを気に入っていた。

 

そこでルイズは考えた。まず便器であるが、これはある程度形のイメージさえ出来れば土メイジにより、形と材質程度であれば模倣も可能だろうということ。そしてルイズにとって最も大切な事であるトイレットペーパーであるが、これも模倣は可能かもしれないが地球産の物をハルケギニアでも作ったならば、きっと金と同程度の価値を持ったペーパーが産まれるだろうからコスト的によろしくない、仮に大量のペーパーを土産にしたところでいずれは無くなってしまう。

 

ならばどうすればいいのかと、考えに考え抜いた末にルイズは紙は諦めるという結論に至った。しかし、それはトイレの快適性を諦めることとは同義では無かった。確かに紙はない、だがそこは変態技術国家日本、トイレに置いて最先端かつ偉大なる発明があった。それを紙の代わりルイズは持ち帰っていた。

 

ルイズが地球のことをつらつらと語りながら、持ち帰ったお土産などを披露しているとその道具は出てきた。見慣れない道具の数々に対してそれぞれに説明をしていたルイズはその道具に関しても勿論説明した。

 

時には関心し、時には驚愕しながらルイズの話を聞いていたヴァリエール夫妻であったが、その道具の説明を聞いた時には少しばかり眉をひそめた。理に叶った道具ではあるかもしれないが、果たして本当にそこまでする必要があるのか、という疑問によるものであった。それに貴族が大っぴらに話をするのは少しばかり問題のある道具であった。

 

両親の理解を得られなかったルイズは、それなら試して見ればいい、ということで実際に使用してもらうことにした。

 

では未知なる道具に初めて出会ったトリステイン人の反応を見てみよう。

 

まずは、主に何かあってはいけないからまず自分が試してみる、と言った執事長からだ。

 

「ふむ、こんな感じですかな」

「む、こ、これはこれはなかなか・・・」

「おおぅふッ・・・ふう・・・」

 

次に試したのは、男性と女性では感性も違うでしょう、ということで偶然近くにいたがために実験体にされた哀れなメイドである。

 

「えっと、こう・・・でしょうか・・・」

「ひゃっ!いや・・・や、やめて・・・」

「・・・・・・グスン」

 

そして次に試したのは、涙目になっていたメイドを見て恐ろしさを感じたが、ここで引いてはヴァリエール家の名が廃る、何より男として夫として妻を先に犠牲にするわけにはいかない、などと言ったヴァリエール公爵その人であった。

 

「こんな物がいったい何だというのだ」

「ふ、ぬう・・・こんな・・・ものに・・・!」

「ふふ、ふははは、最高にハイッてやつだぁ!」

 

そして最後はわれがヴァリエール夫人こと、烈風のカリンちゃんであった。いままでの3人の様子を見ていた彼女は手に持つ道具が、人格を破壊してしまう恐ろしい拷問器具に見えていたが、ワクワクと純粋な瞳で自分を見てくる娘の期待を裏切ることは出来なかった。

 

「・・・」

「くっ、あ・・・わ、私は、私はこのようなものに屈しないッ!」

「ああッ!始祖ブリミルよ!非力な私をお許し下さい・・・」

 

悲喜こもごも様々な反応を見れたルイズは大満足であった。そういえば私も初めて使った時はさっきのメイドみたいな感じだったわね、などとしみじみしながら自分のチョイスが間違ってなかったことを悟った。

 

そして地球の技術力の高さを十分に示し、よりスムーズに話を進めることが出来たことにより、地球という世界に少しばかり懐疑的であったヴァリエール夫妻を納得させることが出来たのであった。

 

その後、ヴァリエール家において一大トイレ革命が起き、そこらの安宿に泊まるくらいなら公爵家でトイレを借りたほうがいいとまで揶揄されるようになるのであった。

 

もう気がついてる方が殆どであると思われるが、ルイズが持って帰った最先端のトイレ道具とは携帯ウォシュレットである。決していかがわしいナニかではない。

 

因みに、巻き込まれたメイドから噂が広まり、ルイズ様は異国の拷問器具で人々を虐げる趣味があると、おかしな誤解を受けてルイズが凹むのはまた別の話。




エロいこと想像した人はカリンちゃんからのお仕置きが待ってます。

それにしても携帯ウォシュレットを交えて地球のことを語る話の筈がいつの間にか携帯ウォシュレット主体の話になってた。
T○T○は偉大と言わざるをえない


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第五話

「ルイズ、杖はどうしたのですか?」

 

その質問をルイズは待ち焦がれていた。

 

魔法が貴族を貴族として成り立たせている世界において、魔法を発動するための媒体である杖は貴族の象徴とも言えるモノであった。故に杖は貴族にとってなくてはならないもの、戦うための武器であり、また自らの地位を誇示するための物であった。そんな杖を疎かにする貴族はまずいない、燃えて灰になったりでもしない限りは愛着のある杖を手放す者はいない。

 

そして当然の事ながら魔法の練習をしている最中に地球に転移してしまったルイズも、杖を持っていた。しかし様々なお土産が詰まっていたカバンの底が見え始めても、ルイズの杖が出てくる様子はない。杖というのは文字通り棒状のものなので、どこか身に着けていたならばすぐに分かるはずだが、ルイズが杖も持っている様子は無かった。自宅に帰って来てわざわざ隠し持つ必要もない。

 

そんな様子から、おそらく地球とやらで紛失してしまったのだろう、と当たりを付けてヴァリエール婦人はルイズに問いかけた。

 

「ここにあります」

 

しかしルイズから返答は意外なものであった。ルイズは自身が首元に下げていたネックレスの先に付いたクリスタルのようなアクセサリーを持ち上げて、これが杖です、と言った。それを聞いたヴァリエール夫妻は首を捻った。ルイズのそれは美しい石だとは思えても、杖などとは到底考えれないものだった。

 

「ほら、挨拶しなさい」

 

「はい、テゥースです、マスターのデバイスをやっております」

 

ルイズが持ち上げたクリスタルが、薄く点滅しながら言葉を発する。流暢に喋る様子を見てもヴァリエール夫妻が驚いた様子は無かった。これが地球であったならば、少し驚いた後にまずクリスタルの中に小型の電話機が入ってるのではないかと疑うだろう。次にその正体がAI、つまり人工知能だと聞いてその技術力の高さに驚くだろう。しかし、ここは魔法が日常的なハルケギニア、珍しくはあるが言葉話す道具というのも無くはなかった。

 

「珍しい、インテリジェンスアイテムですか。しかし杖には見えませんね」

 

「いえ、これは確かに私の杖で、大切な相棒です」

 

ルイズはトゥースと、そのクリスタルに呟くと、意図を察したトゥースは一瞬光に包まれた。光が晴れると、先程までは無かった杖が現れていた。一見すると少し短めのレイピアのようだが、よく見ると先端はあまり鋭く尖っている訳でなく刺突するには向いていないことが分かる。そもそもルイズはテゥースをタクトとしていた。形状から見て指揮棒の意味でのタクト、役割として杖としての意味でもタクト、ということだった。

 

取っての部分は丸みを帯びており掴みやすくなっており、そこから少し登ったところに、まるで剣のような鍔が左右にの伸びており、その鍔の先端は持ち手側の方向にくるりと巻いている。そして鍔の中心部分には先程までのクリスタルが煌めいていた。そこから先は真っ直ぐに先端まで、シンプルな銀色で覆われた剣でいうところの刀身が伸びていた。

 

まさか形が変わるとは思っても見なかったヴァリエール夫妻もこれには驚いた。それと同時にある疑問が浮かんだ。

 

「なる程、シンプルではありますが美しい杖です。しかし見たところ魔法を用いた道具のようですが、地球には魔法は無かったのでは?」

 

その言葉を聞いて、ルイズは地球ともハルケギニアとも違うさらに別の世界の事を語り始めた。地球よりも遥かに発達した魔法文明を持つ世界のこと。地球にもたらされた、願いを叶える石を巡る争いがあったこと、最高の結末には後一歩足りなかったこと。長い月日の中で闇に浸食された魔導書のこと、闇を振り払う為に、大事な家族の為に皆で戦ったこと。

 

時に楽しげに、時に悲痛にまみれた表情で、時に哀しみに溢れた表情でルイズは語った。いつの間にかヴァリエール夫妻も時間を忘れて聴き入っていた。

 

その物語を語り終えるのには、それ程長い時間は掛からなかった。しかし、ルイズにとって、その時間は永遠とも呼べる程の長さに感じていた。しかし、それでハルケギニアに帰ってきました、と最後の一言を発した時、ルイズの中で永遠の時間は刹那の感情となった。込み上げてきそうな涙を堪えて顔を上げた。

 

「ルイズ」

 

よく頑張りました、とそう一言だけ発し。ヴァリエール婦人はルイズを抱き締めた。一瞬か、はたまた永遠か、そうしてルイズはじっと抱きしめられていた。

 

「さあルイズ、今日は疲れたでしょう。ただ休む前に、あなたの魔法を母に見せてくれますか?」

 

抱擁の時間は終わり、そっと離れたところで言われた母の言葉にルイズは静かに頷いた。

 

一度呼吸を整え、トゥースを持つ手に軽く力を入れる。そうした段階になって、ルイズは悩んだ。彼女自身が使える魔法はただ一つしかない、しかしそれは室内で使用するには少しばかり危険だと判断したからだ。トゥースの補助があれば他にも幾つか使用出来るモノもあるが、あまり見栄えがよくない上に自分自身の魔法だと言い切れなかった。

 

そして、いくらか悩んだ末に、自分自身が使える魔法がもう一つだけあることをルイズは思い出した。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

再び、その呪文は唱えられる。それはルイズにとって異世界に自分を連れ去った忌まわしきもの。だがルイズはそれに感謝していた、とても大切な欠けがえない出会いをもたらしてくれたそれに。

 

「5つの力を司るペンタゴン」

 

初め、異世界の杖を用いた魔法を見てみたいと思っていたヴァリエール婦人は、自分もよく知るその呪文を聞いて口を挟もうとした。しかし、開きかけた口がそれ以上開くことは無かった。その口と共にそっと瞼を落とし、ただ静かにルイズの声に聞き入った。

 

「我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ!」

 

呪文の完成、そして扉は再び開かれた。

 

そっと目を開けて、ルイズの魔法の成功を見届けたヴァリエール婦人は胸の奥から込み上げてくる感情を噛み締めていた。

 

と、ここで魔法を完成させたルイズ本人はというと、目の前に現れた扉を見て感動を覚えた次の瞬間には冷静になっていた。

 

―――これ、誰か向こうからくぐってきたらかなりマズイんじゃ…

 

ルイズの後ろで、感動に震えている両親を尻目にルイズの頭の中では、誘拐、拉致、犯罪、前科持ち、そんな言葉ぐるぐると回っていた。そこらへんにいた、犬や猫ならまだなんとかなる、いやもし誰かのペットとかであったなら犬猫でも窃盗罪になる、それよりなにより人間が通ってきてしまうことがルイズにとって不安だった。慌てて扉を消そうとしたルイズだったが、出し方は知っていても消し方を知ら無かったルイズの内心はダラダラと冷たい汗が流れ続けていた。

 

そんなルイズの心境を無視して、少し床から浮いていた所にあった鏡面のようなその扉の中心に波紋が生まれた。そしてその波紋の発生源からニョキリと黒い棒のようなものが生えてきた。だんだんと全容が見えてきたその棒は、何か細長い物が入った布の袋であることにルイズは気が付いた。はいアウトー、完全に人工物だわこれ、と、ルイズは半ばやけになっていた、これで自分も犯罪者の仲間入り、次元規模の誘拐だからたぶん地球の警察じゃなくて、友人たちが所属する時空管理局に捕まるんだろうなー、などと諦めの境地に至っていた。

 

「痛ッ!」

 

ルイズが意識を飛ばしている間に、扉から先ほどの棒状の物の所有者がペッと吐き出された。空中に浮いている出口から落とされた為にバランスを崩して、頭から落ちたその人物の痛みに呻く声を聞いて、ルイズは正気に戻った。あー、そういえば私も頭からいったわね、といった現実逃避を振り払いルイズはまず謝罪の言葉を発する為に、その人物に目をやった。そして口を開きかけて、その人物の正体に気が付いて固まった。

 

「あれ、ルイズじゃん。自分家に帰ったんじゃないのかお前?」

 

「なっなななな」

 

「な?」

 

「なんであんたが出てくんのよおおおおおおおおおおおお!?」

 

そこにいたのは地球での友人の一人、魔力の欠片も無い癖にただ我武者羅に前に進もうと努力してたその友人が出てきたことによるルイズの驚きの声は屋敷中に響き渡った。

 

「なんでって言われても、何か変な鏡みたいなやつに吸い込まれたと思ったらここにいたんだよ。というかここどこだ? あ、もしかしてミッドチルダとかいう世界か?」

 

事態の深刻さを理解せずに、呑気な言葉を放つその青年の姿を見てルイズの驚きも静まっていった。

 

「何呑気な事言ってんのよ、サイト!」

 

「いやだって、どうせまた魔法の何かだろ。だったらその内誰か迎えに来てくれるだろ」

 

「…無理よ」

 

「え?」

 

今だ状況を呑み込めていない青年に、罪悪感を覚えたルイズは俯いて小さく否定の言葉を発した。

 

「無理って言ったのよ。いい、よく聞きなさい、ここは地球でもミッドでもない。私が何年も掛かってようやく帰ってこれたハルケギニアよ。管理局の技術でも容易に行き来はできない。だからその…」

 

「ん? つまり暫くは俺帰れないってことか!?」

 

「そうよ!」

 

ルイズがきっぱりとそう言うと、青年はしばらく呆気に取られた後に、わなわなと肩を震わせ始めた。

 

「なっなななな」

 

「な?」

 

「なんだっておおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

その日、ルイズに続いて二度目の絶叫がヴァりエール邸に響き渡った。そしてその日、ハルケギニアの大地に一人の青年、平賀才人が降り立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ルイズ達の絶叫をとある、ウォシュレットの犠牲になったメイドが聞いてしまい、そこからルイズが誰かを拷問にかけていたという、誤解が広がっていた。




内の才人は魔改造済です。
もはや彼は才人でも、サイトでもない。
SAITOだ。


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第六話

キンクリ
途中の話はいずれ外伝でも


「決闘だ!」

 

その声がトリステイン魔法学院のアルヴィ―ズの食堂に響き渡った。

 

「上等よ!」

 

先ほどの言葉に力強く答える声が、再び食堂に響き渡る。

 

二つの声を聴いて、食事の途中であった者達は自然と声の方向に集中した。既に食事を終えていた者や声の近くにいた者達は、その声の主達を囃し立てた。彼らは貴族であった、ただし学生という身分も持っている者達であった。必然、まだ若い盛りの彼らにとって目の前で起こった珍事は興味深い娯楽となったのだった。

 

「なんだこれ・・・」

 

そして、向かい合い決闘の声を上げる二人の間に挟まれ、周囲の者達の注目の的の一つとなっていた平賀サイトは一人、呆れたようにそう呟いていた。

 

「食堂を血で汚す訳にはいかない、ヴェストリの広場にてはっきりさせようじゃないか!」

 

「分かってるわよ、行くわよサイト」

 

「なんで、俺まで・・・」

 

「簡単なことよ、私は貴族、ギーシュも貴族、貴族同士の決闘は禁止。それでサイトは平民、平民と貴族の決闘は禁止されてない。おーけー?」

 

「ノットオーケーだよ! つまりお前の代わりに俺がやれってことだろ、んな阿呆みたいな話あるか!」

 

「阿呆も何も貴族が決闘に代理人を立てるなんて当たり前でしょ、いいから行くわよ」

 

2人の話し合いは、一方の意見が半ば強引に決定され、哀れなサイトは首根っこを掴まれ引きずられていく。

 

「話はついたようだね、サイトが相手なら不足無しだ」

 

引き摺られるサイトの隣を歩く、ギーシュと呼ばれた青年の容姿を一言で表すならばキザ野郎とでもなるだろう。彼は皆が制服を真面目に着込んでいる中、大きく胸元を広げ、かつフリフリとした装飾を施していた。見ようによっては女々しくも感じられる姿ではあったが、彼の首から上、つまり頭から顔に掛けての部分を共に見れば似合ってないこともないだろう。軽くウェーブが掛かった金髪に黙っていればイケメンとでも呼べる顔顔立ち、これで口に薔薇の花を加えずに、君は蝶ように可憐だ、などと誰かれ構わず口説き文句を言わない性格であったならそこそこにモテただろう。

 

「さあ、いくぞサイト!」

 

サイトを引き摺る少女、ルイズに同調するように、ギーシュはサイトの諦めとも呆れともとれる表情を一切合切無視して、意気揚々と彼らの隣を歩いていく。

 

彼らの進む先にいた人垣は彼らの歩みと共に割れ、その後ろには見学に訪れようと彼らの後を着いていく野次馬達が群がっていた。

 

やがて食堂を抜け広場に辿り着いた彼らを囲むように、そこそこの広さを開けて人垣が出来る。ざわざわと囁く見物人達の声がある程度静かになったところで、ギーシュは声を上げる。

 

「諸君、決闘だ!」

 

その声に、一度静まったざわめきは再び歓声となって広場に響き渡った。閉塞感のある学院での珍しいイベント事に、生徒達は皆盛り上がっていた。中には賭けを始める者もいた。尤も賭けはどちらが勝つか、ではなくどれくらい保つか、であった。まさか最初から本気を出すこともないだろうであったり、いやきっと瞬殺に違いないというものだったりの声がそこらから上がっていた。

 

「決闘には介添え人が付き物だ、だれか介添えと審判を願えないか!」

 

「私が、やる」

 

ギーシュの呼び掛けに人垣からもみ出されるように、一人の少女が出てきた。周囲の人に比べ少しばかり幼く見える少女は自らの身長程の長さの杖で人垣を掻き分け名乗り出た。透き通るような青い髪、どこか眠たそうな顔には眼鏡を載せていた。サイトが彼女を見たときの印象は文学少女であったが、その通りに彼女は本が好きで、彼女との遭遇を望むならば彼女の私室か、図書館か、はたまた朗らかな陽気の日であったらならば、中庭の木漏れ日の下で本を読んでる姿を探すのが一番手っ取り早い、そんな少女だった。

 

「では、ミス・タバサに頼むとしよう。それで早速だがルールの確認だ、場所はここ、時間は今、どちらかが気絶する、あるいは戦闘不能な怪我を負う、または敗北を認める、これで決着とする。ミス・タバサ、そしてルイズとサイト、異論はないか?」

 

「ん。そのルールで問題は、ない」

 

「当然、問題なんかないわ」

 

「俺としてはまずここに立ってることからして問題大ありなんだが・・・」

 

「よろしい! 皆の同意も得られたところで、早速始めよう!」

 

「いや人の話聞けよ」

 

アホらしいと考えるサイトの内心を知ってたか知らずか、ギーシュは薔薇の花で出来た杖を振る。それに応じて、地面がの一部が隆起し、縦方向に膨らんだそれは西洋甲冑の形を取る。

 

「僕は貴族でありメイジ、ギーシュ・ド・グラモン、『青銅』のギーシュだ。魔法を使い、彼女達ワルキューレを使役して戦う、もう一度聞こう、異論はないな?」

 

ギーシュの作り出した青銅人形達、ワルキューレをかつて見たことある者達はその姿が以前と大きく異なっていることに気がついた。かつては人よりも少し大きめの姿で足と手の辺りが動く程度の、実力のあるもの達からすればまさにただの人形と呼べるものであった。しかし今のその姿は人よりやや小柄な体躯になっていた、しかしその分、可動部が圧倒的に増えていた。そしてその手にはかつては無かった武器が握られていた。槍であったり剣であったりするそれらを、ワルキューレ達はまさしく体の一部、延長上の物として軽々振るっていた。

 

ワルキューレ達の変容はギーシュの本気を、周囲の人達に知らしめていた。

 

そしてその本気を受け取った人物の一人であるサイトも、一度大きく溜め息を吐き、腰に差した刀に手を掛けた。

 

「分かったよ、そこまでやる気ならやってやるよ。但し手加減はしないぞ?」

 

甲に傷一つない左手をそっと鞘に添え、右手で柄を掴み、少し腰を落としギーシュを見据えるサイトの姿に周囲の者達は圧倒された。空気が変わった、そうはっきりと認識できる程の何かがサイトから感じ取られた。

 

見物客達はやはり瞬殺で サイトが勝つ・・・・・・と確信した。

 

「俺は剣士だ、身分は平民だそうだ、『青銅』とか『雪風』だとか『微熱』だとか『ゼロ』だとかいう大層な肩書きはねぇよ。ただの剣士、平賀サイトだ。この刀で戦う、お前のほうこそ異論はないな?」

 

「ない! 先手は貰うぞサイト、行けワルキューレ!」

 

薔薇の杖を一振りしサイトの一番近くのワルキューレを操り、ギーシュはサイトに切りかかる。人の身程ではないが金属の塊とは思えない程の軽やかな動き方でワルキューレの剣がサイトに振り下ろされる。サイトはそれを避ける素振りすら見せず、刀に手を掛けた体勢のまま、迫り来るワルキューレを見据える。青銅で出来ているワルキューレの剣をまともに受ければ、怪我どころではすまない可能性があったが、サイトもギーシュもそんなことは当然理解していた。

 

サイトには、その程度の障害は楽に超えることの出来る自信があった。

 

ギーシュには、サイトがその程度で倒れる筈が無いという信頼があった。

 

故に、観客達が悲鳴を上げそうになる中であっても二人は冷静に対戦相手だけに集中することが出来た。

 

観客達の興奮がピークに達し、気の弱い者達が思わず目を瞑った瞬間、サイトが動いた。

 

そして多くの観客達の目には、サイトが動いたという始点と、サイトの目の前に迫っていたワルキューレが横一文字に裂かれているという結果だけが見えた。

 

切り裂かれたワルキューレの上半分が持っていた剣は、サイトの持つ刀の鞘によって受け止められており、下半身はゆっくりと倒れる初めていた。そしてサイトの右手は大きく振り抜かれ、その手に持つ刀の波紋が美しく煌めいていた。

 

サイトの動きを正確に捉えることが出来ていた数少ない人物の中の一人、タバサは思わず息を飲んだ。タバサの目にはサイトが、多くの観客達の胴体視力を越す速さを持って、抜刀し、抜けた刀の勢いに捕らわれることなく、素早く左手で鞘を握りしめ振り下ろさる剣を受け止めた、その一連の流れが確かに映っていた。言葉にすれば、刀を抜き相手を切った、ただそれだけの事であるが、サイトと同じことをしろと言っても、実行出来るものを探すには、国に仕える騎士達を上位の者達から順に探していく必要がある。それだけの技術が今の一刀に詰め込まれているのを、タバサは理解した。

 

サイトが刀を振るった過程を認識出来ずとも、サイトが刀を振りワルキューレを切り裂いたことは理解出来た観客達は大きく歓声を上げた。戦争にて接近戦を得意とする騎士達のような者達でしかなし得ない高度な戦いは、彼らの心を刺激した。

 

最初の一体が倒され、そこから先は一方的であった。サイトは、時にワルキューレが投げてくる石を全て弾き飛ばし、時に槍を持ち突撃してくるワルキューレをその槍ごと切り裂き、ワルキューレの数を減らしていった。

 

ワルキューレの数が減っていく度に、大きくなる歓声。一体、また一体と一刀の下に切り裂かれ、そしていつしか、操り手であるギーシュとサイトのみがその場に残った。

 

「流石だねサイト、やはり僕ではまだまだ届きそうにないようだ」

 

「まあ、鍛錬の量が違うからな。そう簡単に越される訳にはいかねぇよ。それよりまだやるか?」

 

「当然!」

 

刀の切っ先を向けられたらギーシュは、怯えることなく再び杖を振る。ワルキューレが持っていた物と同じ剣を作り出したギーシュは、杖をそっと胸ポケットに差し込み両手で剣を持った。

 

それを見たサイトは刀を鞘に収め、やや腰を落としすぐに抜ける体勢を取った。受け身の姿勢、完全なカウンター狙いでギーシュの動きを待った。

 

二人の睨み合いが続き、観客達もその時が訪れるのを固唾を飲んで見ていた。

 

ギーシュにとって極限の集中状態での時間感覚は何倍にも拡大して感じられていた。時間にしてものの数十秒後、一際強い風が吹いたのを合図に、ギーシュはサイトに飛びかかった。

 

上段の構えに向かい来るギーシュの姿は、まるで一体目のワルキューレと同じようであったが、ワルキューレとは違い滑らかで力強さがあった。

 

ワルキューレの時と同じように、サイトは剣が振り下ろされるその瞬間になって初めて動いた。

 

やはり、驚くべき速度で抜刀された刀は、ギーシュの剣を根元から切り裂き、弾き飛ばす。驚愕し、次に納得の表情を浮かべるギーシュの首に、サイトが逆手に持った刀の鞘が添えられる。

 

誰が見ても勝敗は明らかであった。サイトの持つ刀と鞘が逆であったならギーシュの首は飛んでいた。

 

「俺の勝ちだ」

 

「ああ、降参、僕の負けだ」

 

広場に沈黙が走る、観客達の視線が審判役であったタバサに集まった。

 

「サイトの、勝ち」

 

タバサが自らの杖でサイトを指し、そう宣言すると同時に、割れんばかりの歓声と拍手が広場に響き渡った。観客達は口々に賞賛の声を上げていた。

 

やがて観客達の興奮も収まり、一人、また一人と広場を離れていった。広場には普段と変わりない風景が戻った。

 

「まったく、それなりには頑張ってみたつもりだったが、まだまだだったみたいだね」

 

「当然でしょ、あんたがサイトに勝には十年足りないわよ」

 

観客達の多くは忘れていたが、これはサイトとギーシュの決闘ではなく、正式にはルイズとギーシュの決闘であった。してやった顔でギーシュの前に出たルイズはまるで自分が直接戦ったかのように勝ち誇っていた。

 

「それで、負けたからにはどうすべきか分かってるんでしょうね?」

 

「勿論だとも、敗者は勝者には逆らわないさ」

 

「じゃあダブルを認める、そういうことでいいのね?」

 

「ああ、悔しいが認めざるを得ない。ただ敗者にこんなことを言う権限はないかもしれないが、シングルのことも忘れないで欲しい」

 

「いいわ、そもそもわたしもちょっと頭に血が昇りすぎてたわ。私だってシングルを無辜にしてるわけじゃない、ただダブルの良さを知って貰えればそれで良かったのよ」

 

「そうだったのかい? それなら心配はいらない、僕だってダブルの良さはよく分かってる。 ただ経済面においてはシングルの重要性を知ってもらいたかっただけなんだ」

 

ギーシュとルイズは互いに分かりあうことが出来たことを知り、固く握手をした。それを見ていたサイトは、先ほどまでの緊張感が嘘のように脱力していた。

 

「トイレットペーパーくらいでなんで決闘なんてしてんだろうな俺・・・・・・」

 

こうして、シングルかダブルか、トイレットペーパーを巡る争いに終止符が打たれたのだった。

 

これが、あるサイトの1日であった。

 

因みに、サイトは断然ダブル派であった。



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第七話

平賀サイト、元学生、現在トリステイン魔法学院見回り、の朝は早い。

 

早朝、やっと日が昇り始めたが辺りはまだ薄暗い中、サイトは刀を抱えたまま魔法学院の周りを走っていた。

 

サイトが異世界、ハルケギニアに召還されてはや一年近くになる、暫くの間は召還された場所であるヴァリエール邸に厄介になっていたが、流石にいつまでも世話になっているのはサイトとしては耐えられる物ではなかった。一応はルイズに召還された使い魔という役割であったが、金を稼がないのは無職と同じ、そこでルイズの魔法学院入学に併せて、ヴァリエール家の口利きの元、サイトは学院で働くことにしたのだった。

 

地球では元々、とある伝手からそれなりに腕っぷしを鍛えられていたサイトは、学院の警備員のような形に落ち着いた。ただし、この魔法学院は貴族の子、すなわちメイジ達の学校であり、使用人たちを除いたほぼ全ての人員がメイジなのであった。当然、メイジと平民の絶対的な力の差を理解している者ならば不用意に近づくことはあるはずもなく、また他国からも幾人か留学生がやってきていることから戦争の標的になるような事も殆どない。つまり警備員とは名ばかりの仕事、一応の体面の為と、その他雑用の為の職であった。

 

サイトとしてもハルケギニアに骨を埋めるつもりは今のところないので、いざとなればすぐに辞めても問題無さそうな仕事であったことはありがたかったが、如何せん、前述のように彼は地球ではそこそこ鍛えていたので、あまり暇な仕事であるとぶっちゃけ体が鈍ってしまうのであった。

 

そこでサイトは自主的に訓練としてそれなりの広さを持つ学院の周りをランニングしていたのである。

 

とりあえず軽く早朝ランニングということで二十周を目途にし走っていたサイトが十五周目を走り終えたところでひょこっと学院の入り口から人影が現れた。それを見てサイトは走るペースを少し落とす。

 

「よおギーシュ」

 

「ああ、おはようサイト」

 

その人影はミスターキザ野郎ことギーシュであった。軽く手を上げ挨拶を交わすとギーシュもサイトの隣に並んで走り始めた。

 

「で、今日は何周するんだ?」

 

「とりあえず五周を目途にしておこうと思うよ」

 

走り始めたばかりの自分はともかく、先ほどまでランニングを続けていたサイトが呼吸を乱さずに会話を交わしてくるのを見て、ギーシュは自分の未熟さを改めて理解した。もっとも比較対象であるサイトは自分でも気が付いていないが、一般的なハルケギニアの平民や地球人と比べてもかなり超人的な事になっているので、未熟だと嘆くギーシュも平均からすればかなりの体力をつけているのだが、その事に気が付いていない。

 

「そっか、まあがんばれ」

 

「ああ」

 

会話はそれで終わり、サイトはペースを上げギーシュを置き去りにして走り去っていく。ギーシュはその背中に羨望の眼差しを向けながらも無理に追い縋ろうとはせず自分のペースを維持する。自分の限界を理解しているギーシュは無理をすることの意味の無さをよく分かっていた。故に、自分のペースで一歩一歩、少しずつ前へ進むと決めていた。

 

この光景は、平賀サイトとギーシュ・ド・グラモンの毎朝の日課であったが、多くの者はその事実を知らない。

 

トリステイン魔法学院の何気ない早朝の一コマであった。

 

そしてギーシュがサイトに一周ほど差を付けられてランニングを終えたころ、学園の生徒や講師よりも少しばかりはやく使用人達が働き始める。夜番の者と交代する者、朝食の準備を始める者、洗濯やその他雑用を行う者。仕事は様々であるが、彼らの内の多くの者が仕事を始める前に、中庭の広場に集まる。

 

中庭には平民の使用人だけでなく、殆どの生徒達がやっとのことベットの中で目を開けている中、早起きな生徒達が幾人かと、未だナイトキャップを被ったままで起きているのか寝ているのか分からない様子の学院長、それと講師達も幾人か混ざっており、頭の毛が少々寂しい者や風の強さを妄信している者などがいた。

 

最後に、ランニングを終え息を整えながらギーシュが参加すると、集団の先頭にいたサイトがどこからか自らの身長の半分程のサイズの木箱を用意し、集団から少し離れた所に置く。その木箱の上に一番始めにやってきていたルイズが昇ると、集団の視線がルイズに集中する。尤も、まだ半分ほど眠っているような状態の者もいるので、瞼を閉じかけている彼らの視線が集中というよりは顔が集中であった。

 

ルイズは皆が自分の方を向いたのを確認すると、首から下げていたクリスタルのアクセサリー、つまり彼女の相棒であり杖であるテゥ―スを外し、自分の立つ木箱の前方に置く。テゥ―ス、とルイズが一言言うとテゥ―スは数度点滅しやがてその体の表面に文字を浮かばせる。そして自らに保存されているとあるデータの再生を開始した。

 

「ラジオ体操第一」

 

あまり抑揚の無い機械らしい声質でテゥ―スが日本語で歌い始めると共に、イッチ二サンシとリズムを取る音楽が流れだす。音楽と共に、テゥ―スが歌うように読み上げる指示にルイズ達はその通りに動き始める。ルイズとサイト以外の者達はテゥ―スの流す音声の意味は理解出来なかったので木箱の上に立つルイズに倣う。

 

言わずと知れた、地球の日本の、特に夏の早朝の風物詩、ラジオ体操であった。始めはこのラジオ体操もルイズとサイトが二人でやっていたことだが、それを見ていたギーシュが興味本位で参加。次に偶然早起きしたルイズの同級生とは思えない程スタイルの良い紅髪の少女が参加し、彼女に誘われた小柄な青い髪の少女も参加。そしてルイズが偶々見ていたメイドを誘い、朝からテンション高く異国のダンスに興味を持った髪の寂しい講師も参加した。

 

そしてサイトやメイドが使用人仲間に声を掛けチラホラと使用人も増え。禿…失礼、髪の寂しい講師もまた同僚達に声を掛けていった結果、いつのまにやら大所帯になっていた。更にはどこから嗅ぎつけてきたのか、寝起きの少女の顔もいいものだとか言いながらぽっちゃり体系の変態予備軍の生徒や、時折怪しい薬を作成する自称香水、他称マッドサイエンティストな少女が想い人であるギーシュの姿を見つけて混ざっていた。

 

彼らの殆どは始めはただの興味本位であったが、一度ラジオ体操をやってみると、その人体を効率よく解すその動きに感心し、体の調子も良くなったといって二回目以降も参加していた。

 

あまりにも人数が増えたのでルイズも時間を決め、毎朝ラジオ体操の手本を務めていた。

 

そうしてラジオ体操が異世界のとある学校で広まった経緯を説明している内に、ルイズ達は最後の深呼吸を行いゆっくりと体操を終了していた。まだ瞳を閉じかけていた者達もいつのまにやら目をぱっちりと開け、もう一度背伸びをしたりしていた。

 

体操は終了したが、皆まだそれぞれの仕事に戻ることはなく、何かを待つようにざわざわとしながらその場に留まっていた。

 

「はーい皆並んで並んで」

 

ひょいっと木箱から飛び降りたルイズは、いままで乗っていた木箱の上の砂埃をさっさっと払い除けると、ポケットから何か直方体の小さな物と、これまた手のひらに収まりそうな程のサイズの板のような物を取り出し木箱の上に置く。隣ではサイトもまた同じ物を取り出していた。

 

「よ~しスタンプ押すぞ~、ちゃんと二列に並べー。 あ、おいこらそこ横入りしてんじゃねえよちゃんと並べスタンプは逃げねえから」

 

ルイズとサイトの様子を見ていた者達が仲良く列を作り始める、人数が人数だけにうまく列が作れないところもあったが、その辺りはサイトが誘導する。よく見ると参加者達は皆手に一枚の板切れのような物を持っていた。小さな穴を空け紐を通したそれを、参加者全員が首から下げていた。

 

「ほいぺったんぺったんっと」

 

「ちょっとサイト、誰がペッタンコよ」

 

「んなこと言ってねえだろ、ボケるのは後にしてお前も押していけよ人数多いんだから」

 

サイトとルイズが手に持った直方体の物体の先を、赤い塗料の染み込んだ布きれに押し当て、それをまた参加者が持つ板切れに一人一回ずつ押し当てていく。そしてその物体を押し付けられた板切れには、赤い色で四角い枠線とその中にレイピアのような形状の絵が移りこんでいた。

 

サイトとルイズの持っていたものはハンコであった、因みに彼らの自作のハンコで、デザインはルイズが担当、勿論彼女の相棒がモデルである、そして製作はサイト担当した、培った剣技を生かすかのように無駄に洗礼された彫刻刀捌きで彫り込んだ。

 

「あ、キュルケ五十個溜まったみたいね。 はいこれ」

 

ルイズの同級生である紅髪の少女にスタンプを押し、板切れについていたスタンプの数を数えたルイズはその数が丁度五十あるのを確認して、スタンプを押す机として使っていた木箱の中から一枚の紙と新しい板切れを取り出した。

 

「ありがと、それで今回は何なの?」

 

「ふっふっふっ、聞いて驚きなさい、今回は調理長であるマルトーさんが半年間の試行錯誤の末に生み出した特製デザートのお試し引換券よ。 あ、試食も兼ねてるからちゃんと感想もよろしくね」

 

「あら、今回はやけに豪華ね? いつもならサイトの彫ったちっちゃな置物だったりするのに」

 

「まあね、マルトーさんがいつも参加させてもらっているお礼にってくれたのよ」

 

ルイズ達の会話を聞いていた者達は、皆自分の持つ板切れを見つめ、そこに押してあるスタンプの数を数えてそれぞれ一喜一憂していた。つまりスタンプの数が足りている者はおいしいデザートにありつけるがそうでないものはおあずけということだった。

 

ルイズ達は皆が自主的に参加してくれるのが嬉しく、出来るなら毎朝来て欲しいと思い、参加者に毎回スタンプを押してあげることで、溜ったら賞品が貰える仕組みにしていた。ただ取り合いや、賞品目当ての参加を防ぐために、普段はあくまでもちょっとした物で誰でも入手しようと思えば出来るような、本当に気持ち程度の物であった。

 

「皆安心して、数は結構あるからこれから数日はチャンスはあるわよ」

 

「おう、そういうこった皆是非食べに来てくれよな!」

 

ルイズの言葉に列に並んでいた者達の顔に笑顔が浮かぶ。そして同じく列に並んでいた賞品を提供した張本人が胸を張って大きな声で宣伝していた。

 

「それで、古いほうのスタンプ台はどうするの? いらないならこっちで引き取って薪にでも流用するんだけど」

 

「ん~……折角だから貰っておくわ、これも何かの記念でしょうし」

 

「そ、なら次がつかえてるから悪いけど早いとこ離れて頂戴」

 

「はいはい、じゃあまた食堂で」

 

キュルケが去ったあとも残った人達にスタンプを押し続け、そして皆の分を押し終わった最後に、自分達の板切れにスタンプを押す。スタンプが溜まり、不要だと言われた板切れは薪に流用出来るように最後まで残っていたメイドに渡す。

 

「じゃあシエスタお願いね」

 

「分かりました、ルイズ様達も朝食に遅れないようにしてくださいね」

 

「いつも言ってるけど、いちいち様付けなんてしなくてもいいって。 別に貴族の屋敷や王宮じゃあるまいし」

 

「そうだぞシエスタ、ちゃんとした場所だとなんか貴族っぽくみえるけど、中身はそんな大層なもんじゃないからなルイズは」

 

「いえ、私達みたいな平民にも優しくしてくださるルイズ様を、そんな馴れ馴れしく呼べません!」

 

「まったく、そんなこと気にしないで良いって言ってるのに。 それとサイト、確かに私は大したことないかもしれないけどアンタが言うな。 まあいいわ、それじゃあまた朝食の席で」

 

「はい!」

 

板切れを抱え走り去っていくメイド、シエスタの後ろ姿を見送ったルイズは授業の用意をするためにいったん部屋に戻り、一応ルイズの使い魔ということになっているサイトもルイズに続く。

 

本日の朝もトリステイン魔法学院平和であった。




新ジャンル、ラジオ型デバイス
これは流行る(

ルイズ達にラジオ体操をやらせたかった、書いている途中で小学生の頃の夏休みの記憶がフラッシュバックしてきてなんか涙が出そうになった。


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第八話

「諸君、食事中にすまないがちと連絡事項がある」

 

 静かに、或いは友人と談笑しながら朝食を食べる生徒達の耳に学院長の声が聞こえた。

 

 食堂で連絡事項が学院長から直接伝えられるようなことは殆どあり得ない。生徒全体への連絡がある場合は然るべき集会等で纏めて伝えられる。つまり今回の連絡事項はなんらかの緊急性があるものと考えられるが、学院長の口ぶりは差し迫った危機を伝えるような緊迫したものでは無かった。一体何事かと生徒達の間に喧噪が広がる。

 

 「静かに、落ち着いて。 心配せずとも悪い知らせではない。 コホン、本日より新しい授業科目が追加されることになった。 突然の事の為、君たちの食事の時間を削ってもらってではあるが説明させてもらう」

 

 新しい授業の追加の言葉に一度静まった生徒達は再び騒ぎ始める。興味深い、面倒だ、どうでもいい、そんな様々な声が周囲から上がる中、学院長が説明を始める。

 

 「随分と気になるようじゃな。 それでは授業について説明する。 授業の科目名は領地経営実習、これは王家から直々のお達しでの、若き貴族の子弟に確かな力をつけさせるべしとの事じゃ。 参加は強制ではなく自由、その代わり途中での脱退は認められない」

 

 科目名を聞いて多くの生徒は心底面倒そうな表情をしたが、参加自由と聞いて安堵の息を漏らす。

 

 それもそのはず、生徒達の多くは貴族の次男三男であったり、既に嫁ぎ先が決まっていたりと、領地経営にはあまり関与しない者であったからだ。また、実際に家を継ぐ者であっても、彼らは家を継ぐまでのモラトリアム、猶予期間として学院に通っているものばかりであるので、折角のモラトリアムにわざわざ領地経営に携わりたいと思う者は少なかった。

 

 「詳しく説明と第一回目の授業は今日の放課後に中庭で行う。尚、一回目のみ特別に脱退は認めるので興味があれば最初だけでも構わないので是非参加して欲しい。以上じゃ。 それでは食事に戻って構わん」

 

 どうするかどうするかと、騒ぎ立てる生徒達からは離れた教員用の席で食事をとっていた学院長秘書兼領地経営実習講師の、ロングビル、もといマチルダ・オブ・サウスゴータはうつむいたまま溜め息混じりに小さく声を出した。

 

 「どうしてこうなった・・・」

 

 彼女の疑問に答えるには一週間程日付を遡る必要がある。それは一つ前の虚無の曜日、地球でいうところの日曜日に当たる日の事であった。1人の少女が休日に出掛けようと思ったことから始まる。

 

 「クックベリーパイが食べたい」

 

 少女が思い付いたようにそういったことがそもそものきっかけであった。

 

 「は?」

 

 「は?、じゃないわよ、クックベリーパイが食べたいのよ」

 

 「そうか、ならマルトーさんにでも頼んで作ってもらえよ」

 

 「それもいいけど、いつも食べてるから流石に同じ味ばっかりだと飽きてくるのよ。 マルトーさんのパイがおいしくないっていってるわけじゃないわよ? ただ偶には他の人の作ったのを味わってみて、味覚をリセットとしてからまたマルトーさんのパイの味を確かめてみるのも悪くないかと思ったのよ」

 

 「つまり?」

 

 「王都まで食べにいくわよ!」

 

 そして少女、ルイズは思い立ったが吉日と言わんばかりに、手早く準備を済ますと使い魔であるサイトを少しばかり強引に引っ張って学院の寮を飛び出した。なんやかんやで案外付き合いの良いサイトは抵抗することなくルイズに引っ張られていった。

 

 そしてルイズが辿り着いたのは学院の馬小屋であった。学院から王都まではそれなりの距離があり、普通に人の足だけで往復していれば日が暮れてしまう。そこで馬である。メイジであればフライの呪文で空を飛ぶこともできるがそこまでの速度はでない。また馬よりも高速で移動出来る幻獣などは軍隊等の特別な場所でしか一般的には利用されていない。故にハルケギニアで最も一般的な乗り物といえば馬であった。

 

 ただ、異世界の魔法技術を持つルイズであれば幻獣並みの速さで単独飛行も可能であるのだが、ルイズは過剰に目立つ行為を避けていた。そこで馬を一頭借り、学院から真っすぐ伸びる街道を走らせた。

 

 ただ彼女は気が付いていなかった。少し見慣れてしまったせいか、誰かに見られれば絶対に目立つであろう自身の使い魔の行動に。

 

 「それにしてもどうして急にパイが食べたくなったんだよ?」

 

 「違うわ、私がパイを食べたくなったんじゃない。パイが私を呼んでいるのよ!」

 

 「わけわかんねえよ」

 

 馬に乗ったルイズと、その馬に並走しているサイトが軽く話ながら街道を進む。注目して欲しいのはルイズと馬とサイトだ。ルイズは馬に乗っている、借りた馬は一頭だけ、その隣をサイトは並走している。

 

 違和感に気が付けただろう。サイトは街道を走り抜ける馬の隣を平然と自分の足で並走しているのだ。

 

 競走馬でない馬の巡行時速は約20~25kmと言われている。馬は生き物であるから途中で休憩を入れることも考えればもう少しは落ちるだろうが、その速度は地球の一般的な自転車の速度を上回っている。またフルマラソンの選手の時速が高くとも20kmであることを考えれば。人間であるサイトが馬の隣を並走出来ているのは異常だ。

 

 慣れとはかくも恐ろしいものなのだ。ルイズはおろか、頻繁に学院と王都との間の道を進む商人などもいつの間にかサイトの姿を見ても動揺することはなく気楽に挨拶を交わすことさえある。

 

 そんなサイト達はその速度もあってとうに王都に辿り着いていた。

 

 王都にある馬屋でも一人が乗るのでやっとのサイズの馬が一頭に対して人間が二人いる状況に慣れてしまい、サイトの異常っぷりを気にすることなく手際よく馬を小屋に繋いでいた。

 

 「それでパイはどこで食えるんだ?」

 

 「メインストリートに最近出来たカッフェとかいうお店のクックベリーパイがおいしいらしいからそこへいくわよ」

 

 「へいへい」

 

 そんなふうに目的地を相談しながら、人で混雑する王宮に続くメインストリートを歩く二人の横を駆け足で走り抜けていく男の姿があった。それはそこまで珍しい出来事ではない、情報通信手段と高速輸送手段が未だ発達していないハルケギニアでは、事と物の移動は専ら人の足で行われるのが常であるからだ。

 

 だがその男は少しばかり不審であった。どこかから情報を持ってきているにしては身なりがあまり綺麗ではなく、輸送に荷物を持っているわけでもなかった。

 

 その男を不審がり目で追うルイズ達だったが、やがて男は路地に曲がりこんで見えなくなってしまった。素性は分からないが不用意に詮索するものでもないとルイズ達は気にしないようにしようとしたが、男が丁度見えなくなったタイミングでルイズ達の後方から聞こえた叫び声に態度を変える。

 

 「スリだ!誰か捕まえてくれ!」

 

 後方から走って来た身なりのあまりよろしくない男、そしてこれまた後方から聞こえてきたスリという言葉、それで状況を把握したルイズは自らの使い魔であるサイトに指示を出す。

 

 「サイト」

 

 「りょーかい」

 

 説明はいらない、サイトも状況は理解出来ていた。それになにより彼女達の間にある信頼は、一言だけでお互いの意志を伝え合えた。

 

 サイトはルイズの指示に肯定の意だけを示すと、身を低くしすり抜けるように人混みを抜けていく。足をバネのように縮め、その隙に通り抜けれそうな隙間を見つけるとその隙間に向かい跳ねるように飛び込む。そして隙間を抜けるとそこでまた同じように次の隙間を抜けていく。その動きはまるでアメンボのようであった。

 

 次の隙間に飛び込む一瞬の間だけとまり滑るように人混みを抜けていくサイトの姿は、前の地点から次の地点へと瞬間的に移動しているようであった。

 

 ルイズが自らの相棒であるテゥ―スを宝石の形態から杖の形態へと、周りに見られないようにマントで隠すように変化させている間にサイトは人混みを抜け切り、男が入っていった路地へとたどり着いていた。

 

 サイトが路地を走る男の背中を確認しそれを追う一方、ルイズはテゥ―スを持ったままフワリと宙に浮く。周囲の人達がいきなり飛び上がったルイズに驚くがそれも一瞬のこと、ルイズの身に着けているマントを見て、彼女が貴族でありメイジであると理解するとすぐに驚きも収まる。メイジが空を飛ぶのは別段珍しくない光景であったからだ。

 

 ただしルイズはメイジ達が一般的に使う『フライ』という呪文とはまた違った方式であるミッドチルダ式で飛んでいるのだが、専門家でもなく魔法を使えない平民である周囲の人物がそれに気が付くことはない。

 

 宙に浮いたルイズはハルケギニアの一般的なメイジとは懸け離れた速度を持ってして宙を駆ける。ルイズがスカート着用であったのをいいことに少女の秘奥を覗き見しようとした下賤な輩は、ルイズの速度で巻き起こる風圧に巻き込まれ倒れ伏した。

 

 倒れ伏す輩を尻目にサイトを追い越し、更にスリの犯人であろう男をも追い越したルイズはその男の進路を塞ぐように男の前に舞い降りた。

 

 ルイズの姿を見た男は、相手がメイジだと悟り敵わないことを理解し、進路を真逆に変え逃走を図ったが、そこには男に追い縋っていたサイトの姿があった。

 

 しかし、サイトの姿が貴族のようではなく、また装備が剣であったことからサイトはメイジではないと判断した男は軽く舌打ちをし懐からナイフを取り出した。

 

 走る速度を緩めることなくナイフの切っ先をサイトに向けたまま突撃してくる男に対し、サイトは刀に手を掛けるだけでそれを抜こうとはしなかった。

 

 「腰抜けが!」

 

 サイトの構えを怯えて鞘から剣を抜けないでいると考えた男はそのままサイトへと迫る。その考えもある意味間違いではなかった。彼が立っているのは人が二人並んで通るのがやっとの広さの狭い路地であった、故に長い刀を振り回せばどこかに引っ掛ってしまう恐れがあった。それを恐れてサイトは刀を抜くことはなかった。

 

 男のナイフがサイトの体に突き刺さるよりも早く、サイトは片手で鞘ごと腰から刀を抜き取るとナイフに対して滑らすように鞘を合わせ、力の向きを斜めにずらす。

 

 攻撃を逸らされ態勢を崩した男が、撤退か再び攻撃にすべきか悩んだ隙をルイズを見逃さなかった。男の足元に素早く杖を向ける。彼女の最も得意とする唯一の魔法が男の足元の石畳に発動した。

 

 男には何が起きたか理解出来なかった。気が付けば下からの爆風で宙に浮かび上がらされていた。

 

 その宙に浮かび上がった男に対してサイトが回し蹴りを叩きこんだ。

 

 男は抵抗することもできず、蹴り飛ばされて近くの武器屋に頭から突っ込んでいった。

 

 表で起きていた珍事を眺めていた武器屋の店主は向かってくる男に驚いて身を屈めたが、そのおかけで男は剣を陳列していた棚に突っ込んでしまった。散らばる剣、その内の一つが表まで転がって来て、丁度サイトの足元で止まった。

 

 「おでれえた、剣として人をぶっ飛ばしたことはあったがまさか自分がぶっ飛ばされることがあるとは」

 

 カタカタと鍔に付いた金具をまるで口のように動かしながら、人の言葉を発するその剣、デルフリンガ―がサイト達の元にやってきてしまったこと。これこそが魔法学院の秘書の憂鬱の始まりの第一要素であった。

 

 

 

 

 因みにスリの男は無事に衛兵に引き渡されたが、壊れた武器屋の修理費用の弁償の為にクックベリーパイを食べてるような財布の余裕がなくなったルイズは涙目であった。




ホリデーぷりーず
時間がない


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第九話

「やめてくれ~! 俺がなにしたってんだ~!」

 

 プランプランと左右に振られながら、学院の塔から吊り下げられた喋る剣、インテリジェンスソードであるデルフリンガ―は己が不幸を嘆いていた。自らが知性ある剣であったことを後悔せずにはいられなかった。

 

「ちょっとルイズ、いくら剣だからって流石に可哀想じゃない」

 

 そんなデルフリンガ―を塔の下から眺める者達がいた。その内の一人である、赤髪の少女、名を『キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー』というルイズに負けず劣らずの長い名前を持つ彼女は、その事から分かるように貴族であった。ただし、ルイズとは異なりトリステイン王国ではなく隣の帝政ゲルマニアの出身であった。彼女がここトリステインの魔法学院までわざわざ留学してきたのには理由があったが、その話は今は置いておこう。

 

 彼女とルイズの違いはまだある。分かりやすくいえばルイズがちんちくりんだとすると、キュルケはスラリ。ルイズがツルーンペターンだとすると、キュルケはボンキュッボン。つまりルイズと同年代だとは到底思えないような妖艶な体系をしているのであった。もっともルイズもこの場にいるもう一人の少女と比べれば『ある』のだが、ルイズはいつでも目標は高く持っているのだ。何が『ある』のかについて詳しく語ってしまうと世の女性の多くが涙するのでここでは省く。

 

 そんなキュルケが隣で杖を構えるルイズに窘めるように言うが、ルイズはキュルケが腕組しているおかげでまるで零れそうになっている体の一部と自分の体の同じ部位を見比べて恨めしそうな視線を送るばかりで、杖から手を離そうとはしなかった。

 

「大丈夫よ、あっちの魔法には非殺傷設定なんて便利なものがあるんだから。ふふふ、クックベリーパイの恨みは忘れないわよこの駄剣!」

 

「そうですマスター、マスターに相応しいインテリジェンスデバイスは私だけです。あんなポッと出の駄剣に出番を奪われるわけにはいきません」

 

 八つ当たりであった。ルイズはスリを捕まえる時に壊した武器屋の修理費におこずかいが消えてしまい、そのため本来の目的であったパイを食べ損ねたのあったが故の八つ当たりであった。涙を抑え震える手で修理費である金貨を差し出してきたルイズを見て、流石に少しばかり同情した武器屋の店主が差し出してきたのがデルフリンガ―であった。無一文になったルイズを憐れんで何かないかと探したがそこは武器屋、当然武器しかおいていない。そこで埃を被っていたデルフリンガ―ならインテリジェンスアイテムでもあるし貴族なら面白がるだろうと生贄のされたデルフリンガ―であった。

 

 もっとも役立たずの売れ残りの鬱陶しいくらいに喋るデルフリンガ―を厄介払いしたいということと、貴族に恩を売っておけば何かあった時にお目こぼしを貰えるかもしれないという下心が店主にあったのは確かだが、一割くらい同情心もあったのも確かであった。

 

 そうしてお払い箱となったデルフリンガ―はこうしてルイズの八つ当たりの相手になったのだった。ただルイズの相棒である杖は怒りの方向性がちょっとばかりずれているようだったが、大したことではないだろう。

 

「ま、最近は魔法の制御の練習もあんまりしてなかったし丁度いい機会だから、ちょっと痛いだけだから我慢してなさい!」

 

「やめてくれ~!」

 

「大変だなデル、まあ生きてりゃあこういうこともあるし諦めろ」

 

「お前剣士なら見てないでこの可哀想な剣であるオレを助けてくれよ~!」

 

「剣士だからってちょっとした知り合いの剣に情けを掛ける理由はないだろ。大丈夫だって、ルイズだって手加減くらい出来るだろうからぶっ壊れるようなことはないだろ……たぶん」

 

「たぶんって言ったか!?」

 

 わざわざ塔の上まで上がってデルフリンガ―を吊り下げていたサイトが、デルフリンガ―と戯れていると中、塔の下ではルイズが準備を終えていた。

 

「テゥ―ス、いつも通りにお願い」

 

「イエス、マスター」

 

 ルイズには呪文は必要ない、知識も必要ない、能力も必要ない。必要なことは全て相棒であるテゥ―スが担ってくれる。

 

 ルイズが為すべきことはただ一つ。己が内に眠る膨大な魔力、精神力とも呼ばれるそれを全力で集中すること、それだけだ。それこそが彼女が行えるたった一つの魔法、本来であれば圧倒的な魔力過多で破裂し霧散するだけのそれを一点に集める。

 

 ルイズの行うことは本来であれば、魔力を扱う者ほぼ全てが当たり前のように行う技術である。呼吸をするように自然に、身体が動くことに何の疑問も持たないように、当たり前に行えるその行為。ルイズにはそれが出来なかった。息を吸いすぎて肺が破裂するかのように、振り回した腕が摩擦で消し飛ぶかのように、ルイズは意識して集中しなければまともにその行動が取れなかった。

 

 故に、彼女はゼロであった。本来誰もが踏み出すことの出来る一歩目すら躊躇してしまい、ゼロ距離で立ち止まる。

 

 それでもルイズが己のゼロを恨むことはない、彼女のゼロを補ってくれるために テゥ―ス全てがいるのだ。デバイスに全てを任せ、ルイズはただ極大の魔力タンクとなる。ゼロであっても諦めない、出来ない事は当然ある、だからルイズは自分に出来ることだけを全力全開で行うのだ。

 

 テゥ―スはルイズの 願いオーダーを受け取り、公式を検索し、ルイズの魔力をそこに代入する。狙いは吊り下げられるデルフリンガ―……のちょっと隣。座標と魔力を代入、それに見合った砲身を形成する。

 

 砲身はシンプルな造りであった。互いに力を内側に集中するための陣を間を開けて互いに向き合うように形成する、発射方向とは水平に展開されるそれを円陣を組むように重ね、さらに縦方向にも同じ物を二列形成する。そうして円形の魔法陣により構成される砲身は出来上がる。

 

 それぞれの魔法陣からルイズの魔力が放出され、砲身の外に漏れることなく内へと積もる。数秒の溜め時間を挟んで、ルイズの魔力により編まれた砲弾が完成する。そして最後にもう一手間、テゥ―スがその砲弾へ非殺傷設定を付与する。

 

 あとは引き金を引くだけ。

 

「ロード完了、いつでもいけます」

 

 最後の役目はテゥ―スの持ち手であるルイズの役目だ。

 

「エクス――」

 

 これこそがゼロであるルイズが行える唯一の魔法、応用や発展形は幾つかあるがもっとも基本となるのはただ一つ。

 

「――プロ―ジョン!」

 

 それ即ち爆発である。

 

 一見して膨大な熱量を含むように見えるそれは一本の光の線であった。ルイズの魔法の爆発によるエネルギーを一点に集中して目標に向けて真っすぐ解き放った物であった。荒れ狂う力をただ真っすぐに飛ばしただけである。つまり、多くの地球人にとって分かりやすく言うならば波動砲やかめはめ波、もう少し濃い例えを出すなら約束された勝利の剣、マスタースパーク、ようは極太ビームである。

 

 そんなビームが迫りくるのを(目がどこにあたるのかは分からないが)目にしたデルフリンガ―は己が死を悟った。果たして無機物であるデルフリンガ―に死という概念が適正かどうかはわからないが、デルフリンガ―自身は確かに己が砕け散る姿を幻視した。人が死に際に走馬燈のように過去を思い出すように、知性あるデルフリンガ―もまた過去を思い出した。

 

 自身の最初の担い手が誰であったか、本来の自身の姿と能力、長い時を経て忘れてしまっていたそれらを思い出した。そして、最初の担い手の元に自身があった時、何か悲しい事があったこと、その詳細を思い浮かべようとしたその瞬間、デルフリンガ―の僅か数センチ隣をルイズのビームが通り抜けた。

 

 デルフリンガ―はそこで我に返った。周囲の状況を確認すると自身が生きていることを実感し、無い瞳から涙が出そうな気分になった。不思議な事に膨大な力を持っているように見えたビームは塔の壁にぶつかり霧散していた、これこそが物理的なダメージをカットし魔力のみにダメージを与える非殺傷設定なのだが、デルフリンガ―は当然そんなこと知る由もなかった。そしてその事を不審がるも一先ずは自分が生きている事をデルフリンガ―は喜んでいた。結局、思い出しかけた悲しい記憶は再び、忘れ去られたままであった。

 

「ふう…すっきりしっ痛い!」

 

 ビームを撃ち放った張本人であるルイズが、満足気にしていたのを見て、ルイズの隣で見守っていたもう一人の人物であるタバサがルイズの頭を持っていた杖で軽く小突いた。

 

「やりすぎ」

 

「てへっ」

 

 タバサの小言にわざとらしく答えるルイズであった。塔の上から見ていたサイトは頭にたん瘤を作りながら小首を傾げるルイズの姿を見て、こう称した。

 

「あざとい」

 

「ひゃっはっは、生きてるって素晴らしいっ!おおーい、あざといとかなんとかどうでもいいから早く降ろしてくれー!そしてなんでもいいからオレを使って切ってくれー、今なら何でも切れそうな気がするぜー!」

 

「……まあ目の前であれ食らったらそんなテンションにもなるわな」

 

 生の喜びを噛み締めるデルフリンガ―を吊り下げていたロープを手繰りよせ、サイトはデルフリンガ―を救出した。そして丁度そのタイミングで、サイトは何かに付き動かされるようにデルフリンガ―を抱えたままなりふり構わず塔から飛び降りた。サイトの経験から来る勘が危険を訴えたのだ。

 

 サイトは落ちながらも、空を蹴ることで落下速度を落とし、危なげなく地面に着地した。そして着地したと同時にサイトの頭の上を重量のある何かが過ぎ去った。

 

 それは腕であった。今まさにサイトが飛び降りた塔と同じ程の高さがあろう土くれの巨人が、その腕を振るっていたのだ。

 

「ゴーレム!」

 

 誰かがそう叫んだ、それを機にその場にいた者達は全員行動を開始した。タバサはゴーレムとの距離を開けながら自らの使い魔を呼んだ、キュルケは咄嗟に杖を抜きながらもゴーレムの向いている方とは逆向きに走り逃げた。ルイズはゴーレムの手の届かないほどの高さまで飛び上がり油断なくゴーレムへと杖を向けていた、そして最後にサイトはデルフリンガ―を邪魔にならないように背負い、刀に手を掛けたままゴーレムへと駆けた。

 

 タバサは状況の不確かさを考え次に繋げるための行動を、キュルケはゴーレムと自身との相性の悪さを理解しているために逃げの行動を、ルイズは直感に突き動かされ相手の射程外かつ自らの射程内まで下がる行動を、サイトは躊躇うことなく自分を信じて攻めの行動を、それぞれ行っていた。

 

 サイトがゴーレムに到達し、一瞬の煌めきの後、ゴーレムの足がずれた。サイトがそのゴーレムの足を切ったのだ。バランスを失ったゴーレムが倒れそうになるのを避ける為にサイトはそのまま走り抜ける。

 

 しかし倒れるかにみえたゴーレムの足元から土が盛り上がり、再びゴーレムの足を形成した。土くれで造られたゴーレムは土さえあれば再生するのだ。

 

 足を取り戻したゴーレムはサイトに目もくれず再びその腕を振るい始めた。ひたすらに塔を殴りつけるゴーレムの姿に一同は疑問を抱えた。行動の理由が理解出来ず、ルイズ達は一先ず様子を伺っていた。そんな時、学院の寮のほうから誰かが歩いてきていた。

 

「さっきから眩しかったドンドン五月蠅かったり、いったいなんなん………っなんじゃこりゃああああ」

 

「お、ギーシュ丁度いいところに。悪いけどこれ持っててくれよ」

 

 ルイズのビームやゴーレムの殴る音の異常に気が付いたギーシュであった。そんなギーシュにサイトは邪魔だと思っていたが適当に放り捨てるわけにもいかず背負っていたデルフリンガ―をギーシュに投げ渡した。

 

「っと、サイト!なんだあのゴーレムは!」

 

 咄嗟にデルフリンガ―を受け取ったギーシュが状況を確認するが、それはむしろ他の者達が聞きたいと思っていたことだった。

 

「知らん、なんだか分からんがいきなり出てきてああやってるんだ。切っても元に戻っちまうしどうしたもんかな」

 

「なにを呑気な事を言ってるんだ!」

 

「や、だっていきなり塔殴り飛ばして何がしたいのかよく分からないし」

 

 二人がそんな会話をしている内に、ゴーレムは遂に塔に穴を開けてしまった。その穴にゴーレムの肩から人影のような物が乗り移っていた。

 

「何がしたいのかじゃないだろ、あそこは宝物庫だ!」

 

 その言葉でようやくゴーレムが賊であると理解したサイトは再びゴーレムに飛びかかった。そして再び足を切り落とすが今度は何故か再生することなくゴーレムは倒れ伏した。

 

「どきなさいサイト!」

 

 サイトよりも一足はやくゴーレムの狙いに気が付いたルイズが数秒の溜めを経て、再びエクスプロージョンを放った。ルイズの魔法の直撃を受けたゴーレムは、魔力的な力にダメージを受け形を崩しただの土塊へと戻った。

 

 慌ててゴーレムの開けた穴から宝物庫へと飛び込んだサイトだったがそこにゴーレムを操っていたと思われる人影はなく、多くの宝物の中でただ一つ空になった箱とそのそばの壁に刻まれた文字が残るのみだった。

 

 『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 

 国を騒がす盗賊の名前が確かにそこに刻まれていた。




テゥ―ス、tous、フランス語で全ての意味。英語でいうとall。


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