女王蟻と放出系と女王蜂 (ちゅーに菌)
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女王蟻

1987年1月12日

 

新年早々……と呼ぶには微妙な日にちだが、俺は家を移すことになるらしい。ジンのいつもの唐突な世迷い言かと思えばそうではなく、俺を里親に出すとの事だ。つまりはジンとは今生の別れである。やったー!

正直、里親に預けられるのはジンの世話がなくなるため喜ばしい事だが、若干不安だ。何せこの日記を書いている俺はまだ11歳の子供だ。客観的に見ても明らかに別の意味で頭が可笑しいと思われるだろう。俺とて子供らしくありたくはあったが、環境が余りにも劣悪過ぎて己が賢くなるしか無かったのだ。まあ、ダメな時はダメな時。当たって砕けろという奴だ。

ただ、ジンの幼馴染みのところだと聞いた瞬間、一抹の不安を覚えた俺を誰が咎められようか……。

 

 

 

 

 

1987年2月1日

 

くじら島という場所に置いていかれた。家の住所だけ渡されて埠頭にポイッである。今生の別れといったなアレは嘘だ。いつか再会したら一番重い一撃を叩き込んでやるから覚悟しとけよ。

それはそうとミトさんはジンの幼馴染みだが、真人間だった。それどころかボストンバッグひとつでジンに放り出された境遇を聞くと、涙ながらに俺を家に迎え入れてくれた聖人だった。どうやらジン被害者の会の名誉会長だったようだ。誰だ幼馴染みだからヤバそうとか言った奴、ぶっ殺してやるから出てこい。

きっと清流(ミトさん)の中でブラックバス(ジン)は生きられなかったのだろう。なんでどう見ても惚れているのに妻に娶ってやらなかったんだといつか糾弾してやるからな。女たらしジン。略してオジン。

それはそうとここに来てから約半月。俺の事をどう思っているのか聞いてみることにした。するとミトさんは手の掛からない子や、力が強くて助かっている等と良いことしか言わない。流石に不信に思った俺は気を使っているのかと問う。するとミトさんは心底疲れたような顔をしてこう答えた。

 

"ジンに比べればずっとマシよ"

 

すまんジン。何も言い返せない。寧ろザマァ見ろ。爆ぜろ。土に帰れ。もうストレートに○ね。

ちなみにミトさんは歳の少し離れた姉ぐらいの年齢である。詳細はプライバシーに関わるから日記にも載せない。載せないったら載せない。

あ、ミトさんだけではなく、そのお祖母さんも優しい人でした、まる

 

そう言えばいつ見付けたか正確に覚えていないので暫く日記に書いていなかったが、部屋の窓の間近に生えている木の枝に中々デカいコウモリが住んでいる事に気付いた。よくいることから俺より先輩らしい、かわいい。

 

 

 

 

 

1987年3月20日

 

暇だ。本当に暇だ。こんなことなら通信教育での義務過程を1ヶ月で修了させてしまったのは失敗だった。

このくじら島には刺激が無さ過ぎる。と言うか同年代すら居ないとは離島ここに極まれりと言ったところか。いつか少子化で廃村になるんじゃないか。

それは由々しき事態だが俺がどうこう出来る問題でもないので最近し始めた事でも書こうか。

それは瞑想である。ジャポンのサムライやニンジャはそれをして強くなるのだとネットで知った。暇だし、俺もやってみようという試みだ。心の所作が大事なのだ。

そろそろ暇過ぎて日記に書くことが無くなって来たのは内緒である。最近、この日記はリアルタイムであった事をメモする書留のようになっている事も気にしてはいけない。

 

調べてみたらあのコウモリはオチマオオコウモリという種類のフルーツバットらしいが、虫、魚、蛙、果実、血とコウモリが食べるモノなら基本的に何でも食べ、どれが一番好きなのかと言えばフルーツなのだとか。オチマ連邦からくじら島まで飛んできたのならかなりの長旅をしてきたのだろう。と、言うわけでオチマ産のスパニッシュライムを買ってきた。あげたら食べてくれた。手で持って食べている、かわいい。

 

 

 

 

 

1987年3月26日

 

意外と日課になりそうな瞑想からふと目を開くと俺の身体をモヤモヤした何かが覆っている事に気が付いた。それを見た瞬間、初めて射○をした時のような得体の知れない恐怖を感じ、ミトさんにこれは何なのかと慌てて問うと頭にハテナを浮かべて何故か笑われてしまった。珍しく焦った様子の俺が可笑しかったらしい。ヒドイ。

それは兎も角、どうやらミトさんはモヤモヤが見えてはいないようだ。少なくともこれを寝惚けているで片付けるのは少々無理があるだろう。

何なんだろうこれは。害は全く無いので新種の病気ではないとは思うが不思議だ。何故か玉のように丸めてみると少しモヤモヤの色が少しハッキリとした球体になるので試しに窓に向けて(急に文が途切れている)

 

 

 

 

 

1987年3月27日

 

まさかスーパーポールを軽く弾くような感覚で打ったモヤモヤボールが窓を容易く破壊するとは夢にも思わなかった。

ミトさんにはバードがストライクしてきてこうなったでギリギリ誤魔化せたハズだ。それよりもこれは危な過ぎる。家での使用は控えよう。

だが、とりあえずモヤモヤボールの事をもう少し確かめる為に俺は海岸に行くことにした。ここならモヤモヤボールを幾ら投げようとも誰も困ることはないだろう。常にプライベートビーチみたいなものだしな。

午前中はモヤモヤボールを海に投げる作業をしている内にどうやらこのモヤモヤボールは、自分の意思で銃でも射つように撃ち出す事も出来ることを知った。それぐらいしか目立った成果は得られなかったが、プカプカと気絶した魚がかなりの数水面に浮いているのでこの辺にしておこう。ここでダイナマイト漁を行った奴がいるらしい。縛り首だなそんな奴は。

縛り首は勘弁なので誰にも気付かれていない間に、迅速に帰宅しようとするとふと海岸の隅に何かが夕陽を反射して煌めいたのが目に入った。

このくじら島は周囲を海で囲まれた離島のため、稀に変なものが漂流してくる事がある。この前は30年以上前の廃漁船が流れ着いてきた事もあった。まこと自然とは神秘である。

そういうわけでガラクタ集めと言うか、最早海岸の粗大ゴミ回収も娯楽の少ないくじら島で見付けた俺の趣味のひとつなのだ。そして、その半年も経っていない経験論に基づくと光るモノは良いものが多い。宝とまでは言わないが何か良いものならば庭のオブジェにでもしようかとそれを取りに行ったのは自然な流れだろう。そして俺は。

 

"白銀の卵を拾った"

 

何だかわからないが、今では最早懐かしさを覚えるとある超有名携帯アプリのガチャで排出される☆4の卵のような見た目のモノである。なんだが、そう考えるとやり直しを要求して金の卵が欲しくなるが贅沢は言うまい。

一抱えほどあるこの卵を俺は家に持って帰ることにした。

 

コウモリの名前をマコと名付けた。デカいから多分雌だろう。今日はバンレイシことカスタードアップルを買ってきて4つに割ってあげてみた。ぶら下がりながら両手で持って食べるのが、いつ見てもかわいい。最近、マコの為にやや珍しい果物を買うことが増えた気がする。

 

 

 

 

 

1987年3月28日

 

とりあえずミトさんに見付けられたら捨ててきなさいと言われるかもしれないので、秘密裏に部屋に持って来たこの卵なのだが、冷静に考えるとこれは卵なのだろうか。

大きいのはまあ、良いとしても金属光沢に近い白銀の卵等は見たことも聞いたこともない。中身も色のお陰でニワトリの卵のように日光に当てても中が透けて見えないので中に生き物が本当に入っているのかも怪しい。それに妙に重い。何と無く推し量ってみた結果、この卵は水銀の3倍近くの密度があるようだ。仮にこれが鉱物だとしても大発見ではないだろうか。

そう言えば俺はなぜこんなやたら重たい物体を軽々と持ち上げられているのだろうかという疑問も浮かんだが、とりあえずはこの卵である。鉱物だったならジンの顔面にぶつける道具に使おう。

部屋の座布団の上に置いて唸りながら撫でてみる。金属のようにすべすべである。だが、暫く撫でているとふと疲労感に気が付く。まだ午前中で家の敷地内からは一歩も外には出ていない。流石に俺がもう歳の疲れだとしたらミトさんなんかはいや何でもない。

そして不思議に思い、卵を凝視する。すると卵の周りを薄くモヤモヤが覆っているではないか。どうやら卵は俺と同じくモヤモヤ同盟の仲間だったらしい。それを何と無く嬉しく思いつつ卵と、それに触れている俺の手を良く見てみるとどうやら卵は俺のモヤモヤを吸収しているらしい。どうやらこの卵は卵の時からモヤモヤを食べて成長する生き物のようだ。

そうと解れば話は速い。やることもないので毎日モヤモヤを与えて生まれるのを気長に待つとしよう。

 

注文していた家庭用の簡単な懸垂器具が届いたので部屋に置いたら、窓からマコが入ってきてそこにぶら下がるようになった。中央に堂々といるので全く懸垂が出来ない。まあ、これはこれでいいだろう。果物の残りや糞を受ける金皿を明日買ってくることにしよう。

 

 

 

 

 

1987年3月29日

 

念のためにくじら島で俺が見付けた今は使われていない天然の防空壕に置くことにした。海を漂流した上で卵が生きているのだからかなり放置しても大丈夫だろうしな。

今日はモヤモヤボールを作って卵に与えてみる事にした。まあ、与えると言ってもグリグリと押し付けるだけだったが、それでも押し付けたモヤモヤボールは徐々に小さくなり、直ぐに無くなってしまった。まことへんないきものである。

繁々と見つめついると、卵がぷるぷると小刻みに震えているではないか。まるでもっと欲しいと催促しているようにすら見える。

その日は50個程モヤモヤボールを与えたところで俺が力尽きた。まだ足りないかと見れば卵の震えは収まっている。どうやら聞き分けの良い子のようだ。よしよし。

 

 

 

 

 

1987年5月13日

 

1ヶ月と少し程毎日モヤモヤボールを与え続けていると、卵は拾った当時に比べれば倍程の大きさになったのではないか。それに比例するようにモヤモヤボールを作れる数も日に日に増えているがそれはどうでもいい。

そして、卵の中からカチカチと何か硬いものを打ち付けるような音が響く事や、時折垂直に跳び跳ねて天井にぶつかり元いた場所に落ちてくる事が増えた。震えもぷるぷるからぶるぶるにランクアップしている。

もうすぐ うまれそう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年 月 日

 

アリだー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

傘を畳みながら天然の防空壕の外を見れば大雨が降っている。まあ、ミトさんにはちょっと田んぼの様子を見てくるというジャポンの伝統挨拶で別れたので問題無かろう。ミトさんには後で絶対大目玉喰らうが、お婆さんがフォローしてくれるハズだ…多分。

 

洞窟は真っ暗だが、いつも通りにカンテラには灯りを付けずに急な斜面を滑り降りる。この急斜面のお陰でここには人が寄り付かないのだ。

 

そう言えば日課になったこの行動もかれこれもう1年である。娯楽が無いと思っていたが、人間慣れるものだなぁ。いつの間にか夜目も夜行性生物並みに効くようになったし。

 

視覚と触覚を頼りに洞窟を進む。250m程進んだところでカンテラを灯すと、少し先にうっすらと輪郭が浮かび、何か大きな生き物がずるずると移動する音が反響する。どうやら()()は這って来るようだ。

 

『お帰りなさぁい』

 

 

その直後、俺の頭に妙齢の女性の甘い猫なで声が響いた。

 

シロアリの女王の姿を知っているだろうか。腹まではアリのそれであるが、虫でいう腹の部分が異様なまでに長く太く肥大化し、まるでアリの身体にカブトムシの幼虫をくっ付けた合成写真のような生物である。

 

こちらに徐々に近付いてくる彼女の姿がカンテラの灯りに照らし出された。

 

それはまるで遥かに強靭な外皮と外骨格を持った全高数mのシロアリの女王だった。カンテラの灯りでは照らし切ることは出来ないが、全長は数十mにも及ぶ。

 

彼女は俺が灯りの点されたカンテラを、側に設置された机の上に置いたのを確認すると、その異常なまでの巨体からはあり得ない速度で俺に迫り、見た目に不釣り合いな正確さで俺を口元の高さまで抱き上げた。

 

『待ってたのよぉ? 私の愛しい人…』

「た、ただいま"ハクア"」

 

彼女は俺をその強靭な鈎爪で抱き締めると、硬い顎の外側を俺の頬に当てて頬擦りのような事をしている。硬い、痛い、冷たいの三重苦であるが好意を無下に出来る訳もないので黙ってそれが終わるのを待った。暫くすると堪能したようで俺を地面にそっと戻す。

 

『うふふ……後3年待っててねぇ。そうしたらこの先の事をシてあげる…』

 

俺はあれか。3年後に物理的に喰われるのだろうか。ハクアのジョークはいつも非常にブラックである。

 

この巨大生物の名前はハクア。2年前に海岸で拾った卵を育てたところ産まれ、2年間で偉く立派な大きさになった。現在はこの図体で相変わらず俺のオーラで育ちながら、念について教えてくれている。

 

本人から聞いたところ種族はターム族の女王種で"リアルクィーン"等と呼ばれていたらしい。聞いた事すらない種族である。

 

だが、ハクアによるとターム族は"()()()()()()()"で、ずっと昔に彼女自身が"()()()()()()()()()()()()()()()"との事だが、そんな事があれば歴史的大発見どころの騒ぎではないので話半分以下に聞いとくのが良いだろう。ハクアは念の事は正確だが、他の事になると途端に胡散臭くなるのである。

 

今だって"水に沈めると発電する石"があればここもいつも明るく出来るのにだの、"錬金植物"で常に発光している金属を作れば明るくなるのにだの眉唾未満な事を言っている。夜目は効いても暗いものは暗いのは仕方がないが、悪かったなランプ油が少なくて。

 

そんなこんなでハクアと念の修行をしながら戯言を聞き流して2時間程経過したところでいつも通りハクアにオーラを吸い付くされた俺がいた。煮干しになったような気分である。

 

『もう行っちゃうのぉ?』

「まだオーラを搾り取る気か…」

 

ひょっとしてこれが下手な念の修行より修行になっているんじゃないかと一瞬だけ淡い期待を抱くが、別にそんなことはないだろう。

 

帰り際に名残惜しそうにしながらも小さく手を振るハクアに若干後ろ髪引かれながらも帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1989年5月16日

 

家に帰って来ると、かなり不機嫌な様子のミトさんが赤ん坊を抱いていた。

とりあえず、ミトさん…幾ら餓えてるからって他人の子を奪うのは流石にちょっと……と軽く引いたら鋭いアッパーカットを顎に貰いました。念修得したら絶対強化系だあの人。

今日の罰として飯抜きにされてお腹すいたからもう寝る。明日児童相談所か児童保護局に駆け込んでやる。

 




え? キメラアントの女王? 誰それ知らない(驚きの白々しさ)。

~懺悔コーナー~
Q:2ヶ月以上も他の小説ほっぽりだして何してんの?
A:この小説のプロット書いてました。

Q:本音は?
A:作者的三大人外キャラのジェノバ、ヴェノミナーガそして後、1体をヒロインとした小説は数年前から書こうとはしていたのですが、流石に手を付けている小説が多くなったため、自重していました。しかし、暗黒大陸の多少詳細で広大な設定が明かされ、ならば彼女をぶちこんで小説を書くしかねぇぜと思った次第でありますです、はい。

Q:で? 本音は?
A:……ダークソウル3やってました…。





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ハクア青くなる

 

ミトさんが抱いていた赤ん坊がくじら島に来てからかれこれ3年の月日が流れた。俺が来てからは5年経ったという事だ。

 

俺の義弟というポジションに収まる今は小児の名前はゴン=フリークス。あの人間性は反面教師の鏡のような男ことジン=フリークスの息子である。ジンと同じように澄んだ目をしているのが何よりもの証拠だろう。とは言え目だけは綺麗と、目も綺麗では全く話が違うからな。ゴンには是非とも後者になって欲しいものだ。

 

ゴンはミトさんが母親の顔をしながら育てているので心配はないだろう。あの顔を見た瞬間、ああミトさんはもう終わってしまったのだな……と感じ、そもそもの諸悪の根源に有らん限りの憎悪を込めた一撃をどのような念能力の形にするかと考えながら、いつものようにハクアのいる穴へと向かった。

 

ちなみに俺は放出系である。念が発現したばかりの頃、何よりも先にモヤモヤボールとか呼んでいた念弾を形成していた辺りアホ程放出系に向いていると見える。

 

今日は午前中からいつものように洞窟内の急斜面を駆け下り、その先の非常に緩やかな下り坂を250m程進むと幾らか広めの細長い空間に出る。そこにはいつも通りやたらデカくてゴツいシロアリの女王っぽいへんないきものが鎮座していた。

 

『お帰りなさぁい』

「はい、ただいま」

 

頬擦りという俺が確りと纏をしていなければ表皮が削れそうな挨拶を済ませ、いつものようにハクアに食べさせるために念弾を作る。

 

『んー……今日は遠慮しておくわぁ』

 

ハクアとの生活で初めての言葉である。どこか悪いのではないかとハクアのやたら縦に長い身体の回りを4周ほどぐるぐる回ったが、目立った外傷はなく、顔色が悪いようにも見えない。虫の顔色なんて知らんが。ならばとハクアの巣の隅へと向かう。

 

明かりがなければ暗闇だというのに夜目が効くお陰で机、椅子、ベッドのマットレス、布団、枕等々が置かれておりハクアの巣は微妙に生活感の出てきている気がするが、そんなことは気にせずにベッドのマットレスに横になる。ここは一年中真っ暗闇で、ハクアが居るせいなのか動物どころか虫すら居ないために昼寝には持って来いだったりするのだ。

 

と言うわけで仕方がないので少し眠る事にする。昨日はミトさんに隠れて遅くまでJS2《ジョイステツー》をやっていたので寝不足なんだ。

 

ベッドに入って瞼を瞑ると、そう言えばいつも絶でいるためハクアのオーラをまだ見たことがない事をふと思い出した。この空間を埋める巨体のハクアと普通に接する事が出来るのは、あり得ないほどにハクアの存在感が限り無く薄いからということが大きい。小鳥ぐらいの気配に感じるのである。気を抜くとハクアがいることを忘れる事さえもある。まあ、これだけでもとんでもなく卓越した念能力者だということは何と無くわかるので、今更追及するような疑問でもないか。 ねむねむ。

 

『今日で"3年目"だわぁ…』

 

眠りに落ちる寸前に何だかとてつもなく重要な事をハクアが言った気と、何かが鈍く弾けるような重低音が響いた気がするが、寝る寸前の俺の気に止まるような事では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

ここから遠く離れた場所と時代に暴虐の限りを尽くした女王がいた。女王は種族の王である事を遺伝子に刻み込まれた生まれながらの王女である。

 

だが、王女には不満があった。それは王女には十数体の姉妹がおり、また同じ種族でも血の繋がりの無い女王がきっとこの広い世界の何処かにいる事だ。故に彼女は未だ王女でなく皇女。王女はそれが気に入らなかった。

 

王女は考えた。自身が満足が出来る程に女王が女王足りえるにはどうすれば良いのか。そして、考えた末に王女は最も単純で、最も放逸的な名案を閃く。

 

"女王という名称がただの1匹を指すようにすればいい"と。

 

この日から王女の独善は己以外の全てに向けられたのだった。

 

 

植物兵器ブリオンの守る古代の迷宮都市にて唯一持ち帰る事に成功した正体不明の伝記序章より抜粋。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと暗闇だった。ここにいる以上は当たり前であるが寝惚けた頭を多少混乱させるのに一役買うぐらいの効果はある。

 

寝起きのお陰で辺りは暗闇。目を擦りながら慣らしていると違和感に気が付く。

 

ハクアの巨大な何かが揺れ動くような気配がないのだ。気配を凝らせば直ぐに見つかるハズのそれがない。

 

俺は冷や汗を流す。ハクアが地上に出ていたとするのならくじら島はB級パニック映画さながらの光景になるだろう。その映画で俺は原因を持ち込んだ者という中盤で殺されそうな役回りだろうか。

 

阿呆な事を考えて現実逃避している場合では無いが、まだ眠気も抜けきらないままかつ冷や水を背中に流し込まれたような気分により、近くにまだいるのではないかと考え、円を広げて確認した。

 

俺の最大範囲は4年強の修行の結果、現在のところ"200m"程度。ハクアに言わせればターム族のただの戦闘兵ですらもう少し広いらしいので、俺の円は念能力の平均以下のクソ雑魚ナメクジなんだろう。悲しい限りである。

 

そんな俺の円は不思議なことにハクアのオーラを捉えた。だが、その捉えた場所により目が点になる。そこは俺が今半身だけ起こしているベッドで、俺が寝ていた場所の反対側だった。

 

身体を返し、夜目が多少効いてきた眼でそこを見つめると布団が何故か人がひとり入れそうな膨らみが出来ており、それが静かに上下しているのがわかる。

 

俺はベッドから手を伸ばして、ベッドの枕元にくっつけるように置かれた机の上にあるカンテラに明かりを灯し、ベッドの周囲が照らされる。そして、恐る恐る布団の謎の膨らみに手を掛けた直後、俺はそれに釘付けにされた。

 

蒼く澄んだ細身ながらも出るところは確りと出た身体。

 

エメラルドが輝いているのではないかと錯覚を覚える程に艶やかな長髪。

 

カゲロウのような薄い琥珀色の4枚の羽を背中に生やしている。

 

「んっ……あらぁ?」

 

暫くそのまま硬直していると、彼女は身体を起こして俺を見つめて嬉しそうに頬を緩めた。

 

彼女瞳は羽のそれの更に深い琥珀に染まり、吸い込まれそうな程に妖艶な瞳がこちらを見つめる。そして、小さく笑みを浮かべると静かに口を開く。

 

「おはよう私の愛しい人」

 

それはいつも直接頭に響いてくるハクアの声と同じ抑揚で同じ声色をしていた。ただ、明らかに違うところは頭に響くのではなく、耳で声を感じ取れている事だ。

 

「ハクア……なのか…?」

「私よぉ」

 

ハクアはしなやかな腕を広げ、その腕には些か不釣り合いに映る鋭利な五指を背中に回すと壊れ物を触るように抱き締めて、その頬を俺の頬に当ててスリスリと頬擦りする。

 

あ、これ間違いない。ハクアだ。

 

「いったいお前に何があったんだ…?」

「んー? 進化したのよぉ。あの身体じゃ色々不便じゃなぁい」

 

いや……確かに明らかに不便な身体ではあったとは思うが、これは進化とかそういう次元じゃないような…。

 

「…ふふ、うふふふふ…」

「楽しそうだな…」

 

進化前のハクアのハグは固くて鋭くて痛かったが、進化後のハクアのハグは柔らかくてすべすべしていて豊かな膨らみが軽く潰れるぐらい抱き寄せて来るので別の意味で大変である。

 

「だっていつもみたいに抱き着いても照れるだけで嫌がらないんですものぉ、とっても嬉しいし楽しいわぁ」

 

ああ、一応嫌がっていたのはわかっていたのか。止めてくれる様子は全く無かったが。

 

そのまま暫く、美人になったハクアは非常に嬉しそうな表情で俺に抱き着いていたが、昔よりは数段マシどころか悪い気もしないでもないのでそのままされるがままに暫く過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1992年5月16日

 

今日ハクアが羽化というか進化した。デジモン並みの超進化である。夜鷹の夢は名曲……あれ? ゾイドだったか? まあ、いいや。反戦思想はイマイチ理解不能だしな。

ハクアは3時間ぐらい俺を抱き締め続けた結果、日が傾く時間に俺を解放した。するとハクアは5年振りに外出するとの事である。ハクア大地に立つ。

冗談はさておき、ハクア曰く折角身軽な身体になったので1ヵ月間留守にして巣のリフォーム材料を取って来るらしい。どうやら巣は気に入っていた様子である。

1ヶ月では精々"あなた達の世界の外の湖沿岸部"を回るぐらいしか出来ないから心配はいらないとも言っていたので、進化しても不思議ちゃんなのは変わらないらしい、相変わらず言っている事がわからん。宗教概念かなんかの話なのか。

空に消えていったハクアを見送りながら考えても見てみれば、ハクアというデカいペットのようなモノのお陰で5年間毎日オーラを枯渇させ続け、餌やりのような事でくじら島をほぼ離れられなかった俺には久し振りの活動期間となる。

良い機会だ。故郷に置いてきた"カエデ"をくじら島に連れて来てみるのも良いかもしれない。ここの島民ならば"カエデ"を受け入れてくれるかもしれない。まあ、とりあえずは明日にでもミトさんに話してみるか。

この辺りで日記を閉じようと思ったのだが、そう言えばハクアが、念の修行に使えそうな"丸い頭に人型の身体をした植物兵器"を持って帰ってくると豪語していた事を思い出したので書き留めておく。どうやらハクアはサイバイマンに伝があるらしい。戦闘力1200に勝てるように修行は怠れないな。ハクアの念能力絡みの事は比較的信じれるので何かしら持ってくるのは間違いないので今から楽しみだ。

 

マコの為にドリアンを買ってきたのだが、割ってみると想像以上にアレだった。台所にミトさんが飛んでくるレベルである。流石にこれはマコも食わんだろうから土に還そうかと考えていると、台所の網戸にマコが張り付いていた。匂いに釣られて来たらしい。その後、俺の部屋が数日芳しくなったが、マコが幸せそうだったのでよいだろう。

 

後、忘れそうなので今作っている自分の念能力を日記に書いておく事にする。そこそこ膨大な量の日記から見つけるのは困難だろうから丁度いい。

 

気弾(オーラバルーン)

念弾自体が自身の身体から切り離されていないオーラに直接触れていると、徐々に威力を増す念弾。その特性上、撃ち出しさえしなければボールのように扱う事が可能。

制約

①1度自身のオーラから切り離すとその気弾の威力上昇は止まる。

②1度切り離された気弾を再び自身のオーラに繋ぐ事は出来ない。

③最大容量の5%以上を気弾にオーラを込めると自身のオーラから離れ、自分以外のオーラに触れた瞬間に爆発する。

 

移動弾(いどうだん)

当たった場所へ自身を瞬間移動させる念弾を放つ。また、自身が何かを掴んでいる時に放つと掴んでいるモノを瞬間移動させる。

制約

①片手で持ち上げられないモノは瞬間移動出来ない。

 



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女王蜂

カエデさんについてはエルフェンリートという漫画かアニメに手を付けるのです…付けるのです(布教)。

カエデさんをヒロインにする小説がひとつもハーメルンに無いので読み専の私が書くことにしました(矛盾)。


ミトさんに俺の幼馴染みの"カエデ"についての知る限りの事を話すと、ミトさんはまず何故もっと早くに言わなかったのかと、7年も迎えに行かなかった事を叱った。それからミトさんも俺と一緒にカエデを連れて来るとの一点張りで説得にかなり時間を労した。

 

俺の故郷は一般人にはあまりにも危険だという事を理解させ、渋々引き下がらせたが、その代わりに"連れて来れなかったら一生あなたの事をジン2号って呼ぶわよ?"という恐ろしいペナルティを頂いた。俺はどんな人間も恐ろしくないが、悪魔だけは別だ。ミトさんは人の皮を被った悪魔に違いない。俺の故郷にすらそんな所業をしようと考えるものは居なかった。

 

くじら島を離れて5日間程飛行船等を乗り継ぎ、俺はまたここに来てしまったという何とも言えない感情を募らせながら堆く積まれた果てしなく広大なゴミ山を眺め、立ち尽くしていた。一般人が見たら間違いなく絶句するという意味ではある意味絶景かもしれない。

 

面積約6,000平方kmの廃棄物処分場兼街。 何を捨てても許され、この世の何を捨ててもここの住民はその全てを受け入れる。 それこそがこの俺の故郷"流星街"だ。

 

そして、何故俺が立ち尽くしているのかと言うと7年前はこの辺りにカエデが住んでいた筈なのだ。それがたったの7年で万年氷河の如く侵食してきたゴミ山に飲み込まれ、覆い尽くされてしまったようなのである。

 

流星街は世界のゴミ箱だ。別に汚染物質やら中和しきれない科学薬品やら廃油やらだけを捨てているわけではなく例えば。ゴム製品、衣類、革製品、紙くず、紙おむつ、ビデオ・カセットテープ等の燃やせるゴミ。食器、せともの、ガラス類、なべ、金物の調理器具、包丁、刃物類、乾電池等の燃えないゴミ。缶、びん、ペットボトル、新聞紙、ダンボール、雑誌・チラシ等の資源ゴミ。ストーブ、電気毛布、電気カーペット、電子レンジ、オーブン、オルガン、ステレオ、大型ポリ容器、スキー、ゴルフクラブ、エアコン、テレビ、冷蔵庫、洗濯機等の粗大ゴミ。廃タイヤ、バッテリー、バイク、タイヤホイール、ホームタンク、農機具、消火器、農薬、劇薬、瓦、ブロック、土砂、モーター類、ポンプ、ペンキ、ボイラー、ガスボンベ、コンクリート、人間等の処理に困るゴミ等々、兎に角なんでもかんでも捨てられるのだ。

 

そのあまりにも大量のゴミの為に流星街の地形は変動し続け、それに合わせて住人の居住区も移動する。考えてみれば当たり前の話ではあるが、今の今まで俺はその考えに至らなかった。

 

もう一度確認するが、流星街は6000平方kmもある。これはラペ共和国とほぼ同等の広さだ。一部の都市部と言える廃ビル街に定住している人間ならば探しやすいが、カエデのようなゴミ漁りをして生計を立てている一般層の殆どが通信手段など持っているわけもなく、一度人を見失ったとすれば手探りで探さねばならない。更にカエデは人前に姿を見せたがらず、人混みも好まない割には、異様にフットワーク……いや寧ろ"ハンドワーク"が軽いので下手すれば数百kmは移動している可能性もある。

 

「オウフ……」

 

詰んだ。帰る日数を考えると後20日で探し出せる気がしない。だが、探さねば俺がミトさんに社会的に殺される。そして、引き籠りになって生活的にも死ぬ。それは純粋な死など比較にならない程辛い。流星街の住人が言うんだから間違いない。

 

俺は放心しながら暫くゴミの大地と言っても過言ではない光景の中で、防護服を着てゴミを漁る住人を見る。

 

「………………ん?」

 

その中で一般人が見ても明らかに浮いている人物を発見し、俺は手掛かりもないので話を掛けてみることにした。

 

ちなみにだが、俺は防護服を纏ってはいない。それというのは俺が念が使えるために纏が防護服代わりになるからだ。念の防御というものはこういった外部からの耐性も兼ね備えれるとの事である。念でガードさえ出来ていれば汚染も大して怖くはない。ただ、万能かと言えばそうでもなく、あくまでも防護服代わりという事だ。つまりは何かの拍子に纏を解除してしまえばそれは防護服を脱いだも同じ事となるため、絶や硬などもっての他。更に疲労が溜まれば当然、顕在オーラの厚みが落ちるためにその分耐性も落ちる。

 

まあ、これまでの話から何が言いたいのかと言えば、この辺りで防護服を着ずに作業をしている人間は自殺願望者か、そこそこの念能力者なのだ。

 

「君少し良いか?」

「はい?」

 

防護服を着ずにゴミを漁っている黒いショートヘアに眼鏡を掛けた俺よりも幾つか下の少女に話し掛ける。恐らく10歳前後だろう。何故か掃除機のようなものでゴミ山を吸っているのが非常に気になるがそれはとりあえずは置いておこう。

 

「少し話を聞いて欲しいんだ。人を探していてな。この辺りに…」

「ストップ」

 

少女は俺の言葉を止めると、掃除機を抱き寄せるように持ってから両手を差し出して皿を作った。そして、表情は無表情のまま変わらないが、レンズ越しの赤紫色の瞳が何処か期待に満ちたているのが何と無くわかる。

 

いいスジと性格しやがって……将来有望だな全く。

 

「ほら、これぐらいでいいか?」

「え? こんなにくれるの?」

 

とりあえず5万ジェニーを財布から掴み取ると少女に掴ませた。ゴミ山から使えるものを探して生計を立てている人間からしたら大金だろう。俺もそうだったからな。

 

本当のところは今の所持金の大部分は4日間の移動中に数十人から金だけスッたモノのために執着もなにもないので、100万ジェニーぐらい渡しても良いのだが、そこまで高額だと帰って怪しまれるだろう。というか本人を目の前に本人に金を渡すという余りにもダイナミックな人身売買にしか思えん。

 

「俺は"モーガス・ラウラン"。使える事以外は特に特徴の無い人間で、今はもう外に住んでいる。流星街に戻ってきたのは7年振りだ」

「ふーん、あたしは"シズク"。それで何を聞きたいの?」

「とりあえず、この辺りはいつからこうなったんだ? 7年前は居住区だったのだがな」

「ひょっとてここに住んでたの?」

「そうだ」

「えーと……3年ぐらい前かな。サヘルタ合衆国の飛行船団が2ヵ月ぐらいひっきり無しに来てこの辺りを埋めちゃったんだ。あたしの義姉(ねえ)さんもちょっと怒ってたよー」

 

どうやらシズクには姉がいるらしい。サヘルタ合衆国ねぇ……なんかちょっと腹立ったからそのうちヨークシンにでも行くとするか。

 

「それで探してる人っていうのは?」

 

どうやら最初に俺が話し掛けた時の事を覚えていたらしい。話が早くて助かる。

 

「"カエデ"という女だ。歳は13歳」

「え? たぶんその人あたしの義姉さんだよ?」

 

嘘マジ……?

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

さっきのゴミ地帯からも、ビル街からも若干離れたところの盆地に収まるように巨大な飛行船が停泊している。とは言ってもヘリウムガスを囲んでいるパロネット等はほぼ完全に消失しており、数百人は軽く収容出来るゴンドラが残るばかりのようだ。

 

「ここにふたりで暮らしてるんだよ」

「随分いいところだな…他の連中が放っておかないだろう」

 

大昔の有名な飛行船に肖ったグラーフ・ツェッペリン三世という名を除けば、中の施設は豪華客船と言っても差し支えはない。電力と水の供給さえ出来れば食住に困る事はそうあるまい。

 

カエデに妹がいたとは初耳だったが、どうやら義理の妹だったらしい。俺とゴンの関係に近いものという事で若干シンパシーを覚える。

 

「姉さんが住んでるからね。姉さんに挑んで奪い取ろうなんていうバカがいるわけないよ」

「…………まあな」

 

この娘、地味に言葉の端々に毒が見える。いや、確かにこの発言に関してだけはただの人間がカエデに挑もう等と言う事は、小鹿が大型肉食恐竜に挑むようなものなのだが…。

 

シズクに着いていくままグラーフ・ツェッペリン三世の船内に中に入り、自分の部屋として使っているという一等号室に連れて来られた。 カエデはまだいつも帰ってくる時間ではないらしいのでここで待たせて貰うことにしたのだ。

 

「何か飲む?」

「いや……それよりも俺が言うのもなんだが警戒心が少し足りなくはないか?」

 

カエデは世界の人体収集家からすれば垂涎モノの激レアだろう。如何に流星街の住人が世界の記録に載って無いために、逆に安全性は高いと言えども本腰を入れて探せばわからない情報でもない。

 

「ほいっ」

 

シズクは掛け声と共に窓際に置いてあった頭骸骨を抱え上げると俺に投げた。骸等は流星街では珍しくもないが、本物らしくまだオーラの残子が頭骸骨を覆っているところから死んでまだそう日は経っていないようだ。

 

シズクから頭骸骨を受け取り、何気なく見てみると顎先がまるで日本刀(ジャポントウ)のような鋭利で大型の刃物で水平に切断されたように滑らかで平らな断面をしている…………昔よりもかなり上達してんなぁ。

 

何気無く窓の外を見れば堆く積まれた風化した人骨の山が聳え立っており、その殆んどに共通するのは、"奇妙なまでに鮮やかに切断された断面"が見てとれる事だろう。

 

「姉さんは"流星街最強"だよ。金でしか動かないような人間が勝てるわけないじゃん」

「要するにどうせカエデが勝つから警戒する必要すら無いってわけか……それはそうだろうが、シズクが結果的に自分のせいで死んだらきっとカエデは悲しむぞ」

「………………なんで?」

 

キョトンとした様子で首を傾げるシズク。

 

流星街の住人は自他ともに命の価値というものが凄まじく希薄だ。例えば30人の人間を確実に殺す為、30人の流星街の人間に爆弾を握らせて自爆するなどは日常茶飯事だろう。そして、外での殺害理由の大半は生かしておくよりは、何処かの誰かが得をするだろうから殺した等である。そうは言っても仲間を仲間と思っていない等の純粋な外道というわけではなく、常識的な反応のネジが2、3本程ちくわか何かで出来ているのだ。ラーメンを頼んだら豚足が出て来た時のような反応なのである。

 

自分でも何言っているかわからなくなってきた。要するにここの住人は生で接して話してみれば意外に普通の人達だが、何かしらの事柄に対するアクションが、とても妙な方向に変わっている人達と言ったところだろうか。我ながら自分を含めた流星街の住人をここまで客観的に特性を理解している者は、俺以外に居ないとすら思う。それでもたまに無意識のうちに流星街基準のいつも通りの行動やら会話をしようとして、ミトさんにお前はなにをいっているんだ…? 的な顔をされる事が少なくないのでまっこと生まれと、慣れと、生活と言うものは恐ろしい。

 

そんな流星街の育ちにも関わらずカエデは敵対者には必見必殺だが、1度信頼した者には攻撃を向けない。無駄な争いの火種は自分からはあまり起こしたがらない。弱いもの虐めが大嫌い。犬派等々とカエデは流星街の人間としてはまるで聖女のような人格を持っているのだ。猫派は極刑、だから俺も極刑。

 

「えーと……私が死んだら姉さんが悲しむって話だったよね?」

 

要は流星街の常識は外に出たら大体は白い目で見られるので、早いうちに外の常識も覚えておいた方が良いという先輩からの忠言だ。流星街と一般社会の常識を両方兼ね備えているなんてまるで究極生物になったような気分だな。

 

「………………モーガスさん変わってるってよく言われない?」

「止めてくれシズク。その言葉は俺に効く」

「やっぱり姉さんになつく人は何処かおかしいんだね」

「……自分、ブーメランいいっすか?」

「えー、私はべつに普通だよー」

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

眩しさを感じて目を開けると、外は夕日の空が広がっていた。地形が盆地のお陰で半分程しか見えないが丁度、太陽が地平線に入る程の位置にあった。流星街でもくじら島でも空の色はあまり変わらないらしい、新しい発見である。

 

自身の状況を確認する何処かの客室の窓側に設置された外の見えるベッドで眠っていたらしい。確か……シズクと話をしていたら、マイペースな事に疲れたから寝ると言い出して直ぐに眠ってしまい、やることもないのでグラーフ・ツェッペリン三世の廊下に作られたラウンジのソファーに移ってぼーっとしていたんだったな………ん?

 

なぜラウンジに居たハズなのにベッドに移動しているんだ? んん…?

 

更に身体を動かそうとするが、何故か動かない。首を動かして見て見るがその原因はわからず、仕方無く目に凝をして見ることにする。

 

そこには心霊写真に映るような関節の無い4本の透明な腕が俺を拘束していた。

 

「…………!!?」

 

思わず出そうになった声を押し殺す。いったいこれが誰の何なのかは即座に理解したが、こう寝耳に水もいいところで目にするとは思わなかった。とりあえず動く頭で周囲を見渡すとベッドの横にある椅子にこちらに背を向けるように座っている女性の姿を見つける。

 

血のような赤髪の奥にチラリと覗く"ネコミミのような大きさの白い2本の角"が生えているのもわかった。しかし、それよりも目に付くのは俺を拘束している4本の腕が、"彼女の背中から生えている"という事だろう。昔は2m程の長さだったが、今は5m程の長さになっているらしい。それぐらいの長さで俺をベッドに縛り付けている。

 

腕から彼女に意識を戻すと、小声で何かを呟いている事に気が付き、精神を落ち着けてからそれに耳を傾ける事にした。

 

「既成事実さえ作ればアイツだって私を見てくれるんだ…もう2度と離れたくない…離れたくない……」

「待って"カエデちゃん"待って! ぜったいこんなことよくないよ!」

「7年だ……私は7年待ったんだぞ…ここで諦めたら次は更に7年後か…? それとも十数年後か…? オリヒメとヒコボシだって年に1度は会えるんだぞ…? ふふ……ふふふ…あははははは…」

「カエデちゃん……わかるけど相手の気持ちも考えないでこんな…」

「うるさい"にゅう"は黙っていろ…昔みたいににゅうにゅう言っていればいいんだ…」

「ヒドい!?」

 

明らかに様子が可笑しい。内容は全く入ってこないが、少なくとも幼馴染みが声色を2種類に分けてひとりで自分自身と会話をしているという異様な事をしている事だけは伝わった。

 

「それに……」

 

彼女が片手を椅子の背凭れに掛け、首を少しずつこちらに向ける。その動作は酷く遅く、俺にとっては永遠にも感じるほどに長い時間だった。

 

「やあ、モーガス……遅かったじゃないか…」

「ヒィッ…!?」

 

長年の恋人を呼ぶ甘く焦がれるような呟きによって俺は思わず声を上げる。

 

「酷いなぁ……私はこんなに待ったんだぞ…? 君が来てくれるのをずっとずっとずっと待っていたんだ…」

 

カエデは椅子から立ち上がると漏れるように小さく笑い声を上げながら、数mの距離をゆらゆらと一歩一歩踏みしめて来る。その時、初めてカエデが何故か衣類の一切を纏っていない事に気が付いた。

 

「それにウヴォーが言っていた…欲しいものは奪うのが盗賊だとな…たまにはそれに従ってみようと思うんだ…」

 

生まれたままの姿のカエデの脇腹に目を向ければ"12本の脚を持つ蜘蛛の形をした入れ墨"が入っていた。その背には数字が刻まれており"4番"と印されている。

 

カエデは俺に覆い被さると、俺の胸に顔を埋めながら暫く目を瞑ると口を開いた。

 

「もう言葉は不要だな…大丈夫、私はちゃんと処女だから…」

 

暫くするとカエデは再び動き出し、俺と目が合う位置まで這い上がり、遂にカエデの前髪に隠れていた紅色の瞳と目が合う。片眼しか見ることが出来ないが、その瞳は紅いにも関わらず、真っ黒に塗りつぶされた暗い光を放っていた。

 

そして、カエデは蕩けるような笑みを浮かべると、その赤暗い瞳を見開く。

 

「好きだ……」

 

う…うわぁぁぁぁぁぁぁ……!! ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! ああぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!! 助けてマコぉぉぉぉ! ミトさぁぁぁぁん! ハクアぁぁぁぁぁ! ゴぉぉぉぉン! 幼馴染みにくわれるぅぅぅぅぅぅ!!!!

 

あっ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな情報がおのぞみだ?

 

ディクロニウスか、コイツはハンターには広く知って欲しいもんだから途中までは無料だ。

 

 ⇒Yes No

 

 

 

OKそれじゃあ良く聞きな。

 

"ニ觭人(ディクロニウス)"は偶発的に発生した遺伝子異常による人間の突然変異体だ。普通の人間の男と女からそれが生まれてくる確率は0.00001%(1000万分の1)を遥かに下回るらしいが、産まれるときは生まれるもんだ。生物学上は人間とそう変わり無いが、第特一級隔離指定種に認定され、A+級の危険度を持つ唯一のヒトの魔獣だ。

偶発的に発生する生殖機能を持った1体の女王種を頂点に、その下に多数の生殖機能を持たないジルペリットを束ねる生態系を形成しやがる。それらの特長から女王種は女王蜂、ジルペリットは働き蜂とハンター協会じゃ呼ばれてるな。

人間と異なる特長は名前の通り2本の角を持ち、松果体が人間の数倍の大きさを持つ。更にA級危険生物に指定される最大の要因としてベクターを持つ事だ。

 

"ベクター"は見えない無数の腕だ。射程内ならば物体をすり抜け、人間の体内へ進入し、脳の血管を切るとか心臓を抜き取るなんて朝飯前で、高周波微振動を起こし、人体を切断することすら簡単にできちまう。また、個々に本数や長さが違う。歩く人間シュレッダーみたいな奴らだ。

これだけでもおっかねぇが、その最大の危険性はベクターウィルスだ。

 

"ベクターウィルス"自体は外気に触れると死滅する程度のウイルスなんだが、男性にベクターで直接体内に触れて感染させる事で発症し、発症した男と女から生まれてくる子供は必ず女児で、頭部に二本の角が生え、成長が早いが生殖能力のないジルペリットが生まれる。玉が冷えるねぇ…。

無論、ジルペリットのベクターにもベクターウィルスを媒介している。ディクロニウスとして生まれた子供は3歳でベクターを出すようになり、高い殺意を抱き、最初殺すのは自分の親だと言われているって話だ。

そうして1体のディクロニウスの女王種によって増加したジルペリットによって数年間で国が滅び、十数年で完成した女王によって人類へ侵略をする。

人からこんな種が発生する理由は判って無くてな、対処方も今の所は発生したばかりの女王種を殺すしかないらしいぜ。

 

おっと無料の情報はここまでだ。ここから先の情報は100億ジェニー頂くぜ? なに高過ぎる? そんな事はねぇぜ、悪いが1ジェニーもマケられねぇ。それと開く前にイヤホンしとけよ。

 

 ⇒Yes No

 

 

 

OKそれじゃあ良く聞きな。

 

まず、働き蜂は人間と同様の系統を持つが、女王蜂は全系統に200%程の補正を持ってるってんだ。おっかねぇおっかねぇ…。

さーてディクロニウスのベクターについての更に詳細な情報だ。

働き蜂のベクターは大体は4本で2m程の長さだが、親が強い念能力者だとかなり変わるらしい。働き蜂のベクターの力はオーラも無しに軽々と大型バスをぶっ飛ばせる。女王蜂のベクターは働き蜂とは別次元にベクターの力が強い。

ああ、そうそう。半世紀と少しぐらい前にディクロニウスの女王種と戦い、討伐した者が2日後に録画した音声があるから流すぞ、30秒やるから音量上げとけ。

 

…………………………………。

…………………………。

……………………。

………………よし、流すぞ。

 

 

『ハンター協会会長の"ネテロ"だ』

 

『もしアレの女王と殺り合おうとか考えているバカの為に先に言っておく……』

 

『アレは今の所、俺以外の念能力者に相手が務まる相手じゃねぇ』

 

『悪いことは言わねぇせめて俺に一声掛けろ。正直、俺が勝てたのもこればかりは念能力の相性が良かったからとしか言いようがねぇ』

 

『あの"手"とマトモに殺り合えるのは俺の念能力だけだ…』

 

『それとディクロニウスの女王蜂と働き蜂の見分け方だが、見りゃ誰だってわかるぜ』

 

『強いて言えば目が覚める程の美人で、チチがでっかくて、反則みてーなオーラしてる奴が女王だ。言いたいことはこんなもんか』

 

『ああ、それとこれは完全な蛇足だが…』

 

『"ターム族"って言葉に聞き覚えのある奴がいたら俺に教えてくれ、じゃあな』

 

 

以上だそうだ。最強の念能力者と言われていた全盛期の会長がここまで言う相手なんだとディクロニウスの女王は。ん? ターム族? 悪いがソイツはこのサイトにも無い情報だ。なんなんだろうな。暗黒大陸に非公式に1度行って帰って来た時から会長はそれを探すようになったって噂だが、詳細はなんにもわからん。案外ボケかもな。

話をディクロニウスに戻すぞ。実はベクターウィルスは他者のオーラに当てられても死滅するんで、念能力者に対しちゃ効果が薄い。まあ、絶でもしてりゃ話は別が戦闘中に感染するような事はまずないだろうな。

それでここから本題なんだが、働き蜂は女王蜂とは違い、育て方次第じゃ良くなつき、親とも認識して社会適合もするんだ。問題は家庭環境と、ベクターを退けて躾られるぐらいの親の強さと、愛情だ。

ベクターウィルスに感染すればハンターですら問答無用で去勢だが、ある場所でハンターが正規の手順を踏めばそれを免除される。まあ、監視下に置かれ、奥さんや旦那以外との性交渉は難しくなるがな。ついでにとんでもない量の審査もある。

ベクターウィルスは相変わらずワクチンは無いが、ある程度の管理と培養が可能で遺伝子操作の結果、ベクターウィルスを持たないジルペリットを産み出すベクターウィルスの開発に成功している。

それだけの危険(リスク)を犯して手に入れられる希望(リターン)は人間のそれとは比べ物にならねぇだろうなぁ。ちなみにディクロニウスは系統まで親に似るらしいぜ? 自分の念能力を教えるなんて事も出来るな。つまりだ…。

 

"自分の遺伝子を持った一代限りの最強の娘"……念能力者としちゃ欲しくはねぇか?

 

ネテロ会長への直通ダイアル

XXXーXXXーXXXX

 

ベクターウィルス提供バンク(前クラマ研究所)

XXXーXXXーXXXX

※ベクターウィルスの提供には2つ星以上のハンターである事、配偶者か協力者の同意がある事、当研究所の人造ディクロニウスを単独で撃破が可能な戦闘能力を最低条件としています。自信のある方のみお電話下さい。

 

 

 

危険度(凶暴性/数/繁殖力/破壊力/総合)

 

人間(個体)

C / E / C / B~E / C

 

ディクロニウス(ジルペリット)

A~C / A / A(E) / A~B / A-~B

 

ディクロニウス(女王種)

A+ / E / A(C) / A+ / A+

 

ディクロニウス(種族)

A+~C / B / A / A / A

 

危険度の補足

凶暴性A+

人間へ対してのみ極めて高い殺意が遺伝子そのものに刻み込まれている。まるで人間を殺すためだけに産まれて来たような生物。

 

破壊力A+

①非常に高い確率で死に至り、回避が困難。特に人間に対してのみ非常に効果が高い。

②日常生活に支障をきたす、完治困難なダメージを受け、障害に渡り後遺症が残り、さらに生活しているだけでそれを拡散させる。

③如何に対策を講じようとも人間という種が存続している限り、根本的な解決になることは決してない。

 

総合A+

早急に殲滅させる必要のある危険生物だが、方法が確立されておらず、現代兵器及び現代医学では撲滅が不可能。世界レベルでの対策が必要不可欠かつ、根本的な解決方法が存在せず、時間経過により人間の中で自然発生するため、早急に発見されていない新たな対策を確立する必要がある。

 

 

存命のジルペリットリスト

ナナ=クラマ

フォウ=アルマール

クレア=ハイデッカー

 

 




カエデはまんまエルフェンリートのカエデ(ルーシー)さんです。
原作のカエデさんと違うところ。
①主人公に特に負い目がない。
②精神的に割りと余裕がある。
③シズクちゃんになつかれている。
④にゅうと記憶を共有し、喋る事が可能。
⑤某旅団などそこそこ仲間がいる。
⑥想い人がベクターでちょっとやそっとぐらいじゃ全く壊れない。


ちなみにカエデさんは、昔のディクロニウスの女王種から考えると、生まれたばかりのメルエムさんが、いきなり非暴力の教えを熱弁し出す程度には聖女です。
更に今作のカエデさんは腰を振ったり、タンバリンを叩いたり、腰を振ったりするゴンさんぐらい吹っ切れています。


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蟻と蟻

 

 

 

俺は流星街の朝日を眺め、生き残れた事を密かに涙していた。何か大切そうでそんなに大切でもないモノを失ったが、これぐらいで済んだのは寧ろ幸運だろう。もし仮にミトさんが着いてきていたらミ/ /トさんになっていたことは想像に難しくない。生きるってこういうことなのか……。

 

どうやら俺はカエデが待ち合わせの時間を過ぎ、激しい雨が降ろうとも傘も指さずに何時間でも待っているタイプだということを失念していたらしい。いや、それは覚えていたが、カエデの愛の矛先が俺に向いていた事を当時の俺は気が付かなかったという事だろう。

 

「んんっ……」

 

俺が座っているベッドで艶やかな声が上がり、俺の肩が大きく跳ねる。現実逃避して何も考えていなかった事が災いし、頭が真っ白になる。

 

「にゅう……」

 

カエデは待ってくれるハズもなく身体を起こすと、欠伸をひとつ落としてから伸びをするとそのまま俺の方に顔を向けた。

 

「あ、おはようございます。モーガスさん」

「お、おう…」

「よく眠れました?」

「まあ……そこそこ」

「そうですか、うふふ」

 

何故か別人のように弾んだ声と柔らかな口調で挨拶をしてきたカエデ。ちなみに俺は一睡もしていない。あの状態で眠る事など出来るわけがない。出来たのならソイツは人間ではない。

 

「朝ごはんを用意しますね。ちょっと待っていてください」

 

カエデはそう言ってベッドから起き上がり、シャツとパンツを履くと、キッチンに移動し、冷蔵庫を開けて指をくわえながら吟味している様子である。

 

「なあ、カエデ…」

「…んー………」

 

流石に昨日の今日でその反応は可笑し過ぎると疑問に考えた俺は、藪をつつく思いでカエデに問い掛けた。だが、カエデは冷蔵庫の食材を眺めたままである。

 

「カエデ…?」

「洋風がいいよねぇ…」

「おーい、カエデ…?」

「でも和風もいいかも…」

「カエデさーん…?」

「え…? あ、はい! 私の事ですか!」

 

何度か問い掛けると漸くカエデは俺の事に気付いたらしい。カエデは俺の方に身体を向けるとにこやかな笑顔を浮かべた。

 

「ああ、そうでした。モーガスさんは知らないんでしたね」

「何が?」

「私は"にゅう"と申します。カエデちゃんはまだ眠っていますよ。あの娘お寝坊さんだから私より後に起きるんです」

「へ…?」

「えーと、そのですね。私はカエデちゃんが念能力で作ったもうひとつの人格なんです」

「はい…?」

「つまりですね…」

 

ハテナの海に沈みかけた俺をカエデ……にゅうはそっと拾い上げ、説明を始めた。

 

 

現実の私理想の私(イデアル)

常時発動型念能力。自身にもうひとつの人格を造り出す。その新しい人格は本来の人格と全てを共有可能で、本来の人格も新しい人格と全てを共有可能。

 

朝飯を作る片手間にしてくれたにゅうの話を纏めるとこうだ。

 

カエデはこういう念能力を作り、にゅうという人格を造り出したらしい。どれほど話し相手が居なかったらこんな悲しい念能力に記憶を割かなければならないのだ…。

 

「えへへ、確かにそれには私も全面的に同意します。でもカエデちゃんは人付き合いも友達作りも下手ですから私が居ないと何にも出来なくて…」

「ありがとう」

「にゅ!? あ、はい……」

 

俺はにゅうの手を握り、有らん限りの感謝を込めてそう言った。多分、にゅうが居なければ昨日の事態は血生臭い惨状になっていたに違いない。モーガスはモ/ /ーガスになっていた事だろう。

 

「あ、あの……そろそろ手を…」

 

何故か手を持っただけでゆでダコのように真っ赤になっている。にゅうは上目遣いで俺を見上げながら言葉を紡いだ。

 

「あ、あのですね……私はカエデちゃんと全てを共有しているんです…だからその…」

「ああ、昨日の事も全部身体に記憶していると…」

 

つまりアレか、俺は一粒で二度美味しい目に会ったわけか……君が昨日表に出てくれれば…。

 

「ごめんなさい……流石にあんな様子のカエデちゃんを止める勇気は無いです」

「ですよね…」

 

それにしても昨日のカエデの目とは明らかに違い、にゅうはゴンのように澄んだ瞳をしているなぁ。カエデは俺が知っている当時ですら目がやさぐれていたし。

 

そんなことを呟いた瞬間、にゅうがうつむいた事で、振り降りた前髪が両目を覆い隠くす。そして、片方は前髪に隠れ、もう片方の目で俺を睨むのは13歳がしてはいけない眼力を持つカエデだった。

 

「悪かったな……目が死んでいて、独りで悲しい念能力に記憶を割いて」

「そこまでは言っていません。ごめんなさいどうか殺さないでくださいカエデさん」

 

どうやら最悪のタイミングでカエデさんが覚醒したらしい。俺はカエデから手を離して膝から崩れ落ち、ジャポンの伝統芸能技の土下座の姿勢を取ったが、鬼ですら裸足で逃げ出すようなカエデの視線が俺を貫き、全身から冷や汗が流れる。

 

誰か助けてくれ……俺には家族が…一匹のコウモリとシロかったアリが居るんだ…。

 

 

 

「おなかすいたー、朝ごはんまだー?………ってふたりとも何してるの?」

 

 

 

この時のシズクさんは天使に見えたと後の俺は語る。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「姉さんよかったね。好きな人と寝れたんだ」

「うるさい…」

 

相変わらずの無表情で朝食を取るシズクと、諦め半分照れ半分と言った様子でシズクの話に付き合いながら朝食を食べているカエデ。ちなみにシズクはベッドの広範囲の乱れ具合から昨日の事情を推測したとの事である。

 

それよりも食事中もカエデが未だに睨んできて生きている心地がしない。刺すようにオーラも放っている。これが俺の最後の晩餐ならぬ朝食になるのかもしれない。nice boat.

 

「ダメだよ。姉さんは昨日の負い目を感じて、そっちから話を振ってくれるのをずっと待ってるんだから何か言ってあげないと」

「……ッ!?」

 

シズクの言葉により、カエデが鳩が豆鉄砲食らったような様子になり、カアッと効果音が付きそうな程に真っ赤に染まる。

 

嘘だろあのにらみつけるは照れ隠しだったの…?

 

目線を反らしてカエデはぽつりと呟く。

 

「悪かったな…」

 

それだけ言うと完全に目を背けてしまった。

 

「姉さんかわいいー」

「うるさい……」

 

茶化されるのに耐え切れなくなったカエデは食器を下げてから部屋から出ていった。それを見送ってふとシズクの方を見ると、何故か俺の隣に移動しており、その場で呟いた。

 

「兄さん」

「はい……?」

 

兄さん…?

 

「姉さんの結婚相手なら私の兄さんでしょ?」

「昨日の今日で結婚とかはそういうのは考えてな…」

「仮にしないで他の人としたら姉さん壊れちゃうだろうし、ヤり捨てとなると昨日話してたジンって人以下になるんじゃないかな?」

「 」

どうやら俺の人生の終着点はカエデに惚れられ、ジンと出会った時点で決まっていたらしい。

 

シズクは間違いなく真っ当に生きていれば将来大物になると俺は悟った。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

ある晴れた日、とある種の女王がいた。

 

彼女の目的はただのひとつ。自身の種族の光りにして、世界の頂に立てる希望を持った"王"を産むことである。王を産むためには栄養の高く彼女の"気に入る餌"が必要不可欠。それを探す旅は既にかなりの時間が経過していた。

 

だからなのか、それは必然だったのか彼女は出会ってしまう。

 

「あらぁ? この辺りに会話できそうな高等生物がいるなんて珍しいわねぇ」

 

ソレに声を掛けられた瞬間、全身がそれを認識する事を拒絶した。

 

ソレを視界に捉えた事で、自身が女王として存在する事を後悔した。

 

ソレに知られたという事実を自害する事で無かった事にしたいとすら考えた。

 

「ふーん、お仲間ねぇ…同じ蟻で、同じ"女王"」

『あ……ああ…………』

 

彼女の遺伝子の奥底の何かがソレを思い出し、震え、恐れ、懺悔し、ここに己が存在する事が堪らなく不快に感じる。己がソレを差し置いて女王であることを心の底から恥じた。

 

「私は"ターム族の女王"。アナタは女王(わたし)の前でいったい何者なのかしらぁ? 是非知りたいわぁ…」

 

彼女が王を産めない事よりも遥かなる絶望がそこにあった。

 

彼女はターム族などというモノは知らない。彼女はその女王がどんな立場にいるのかも知らない。だが、それでも彼女の本能が、遺伝子に刻まれた何かがタームの女王との奇遇を恐れ、恥じ、敬い、そして歓喜していたのだ。

 

『キメラアントでございます…』

「へぇ…」

 

キメラアントの女王はタームの女王に頭を下げ、地に這いつくばらん限りに平伏する。そこには絶対的な主従、あるいは格差というものが見て取れた。

 

その行動に気を良くしたのかタームの女王は、キメラアントの女王の頭をひと撫ですると笑みを強める。

 

「いいでしょう。アナタに免じて私は女王(アナタ)が存在することを認めましょう」

『そ、それは…!?』

「あらぁ? 何かご不満?」

『滅相もございません…』

 

一瞬、顔を上げたキメラアントの女王は再び顔を伏せる。だが、その身体の細かな震えは恐怖から来るものではなく、歓喜から来たものだと表していた。何故かは彼女自身もわかってはいない。だが、目の前の女王に認められた事が、自身が種の女王としてこの上無い幸福に思えたのだろう。

 

「でも何か迷惑料ぐらいは徴収したいわねぇ」

『わ、私に可能なら事ならば…』

「んー、アナタキメラアントなのよねぇ。なーんかそれしては妙に大きいけど」

 

タームの女王の言葉にキメラアントの女王は頷く。するとタームの女王は面白い玩具を見付けた子供のように口の端を歪める。

 

「今、即興でアナタの摂食交配で作れるのはどの程度の階級までかしらぁ?」

『戦闘兵……いえ餌さえあれば兵隊長までなら…』

「ふーん、殊勝ねぇアナタ。気に入ったわぁ。ならこの場で餌を用意するから兵隊長を作りなさいなぁ」

『は、はい』

「後、きっとアナタのならそこそこ強いでしょうし、巣を作ってからでいいから"王直属護衛軍"が1体欲しいわぁ。両方とも出来るだけ可愛い女の子がいいわねぇ。きっと彼も喜びますものぉ」

『そ、それは……』

 

直属護衛軍は文字通り王直下の階級であり、極めて高い戦闘力を持つ反面、替えが効かない存在だ。無論、他者にやれるようなモノではない。

 

「あらぁ? アナタ何か誤解しているわねぇ……」

次の瞬間、まるで極寒の海に放り込まれたような肌を刺す悪寒が全身を通り抜け、それが終わるとマグマに投げ入れられたように全身が燃え盛るような感覚に襲われる。勿論、現実にそんなことは起こってなどはいない。

 

だが、眉を寄せて視線の温度が急激に下がったタームの女王を見るに、彼女から発生しているのは想像に難しくないだろう。

 

「寄越せと言っていることがわからない程に下劣か貴様?」

 

目の前にいる真性の女王にして、生まれながらの暴君は当たり前のようにそう宣言する。

 

タームの女王は自分の思い通りにならない事などこの世界の何処にも存在しないと本気で考えている権化なのだ。故に大概の事には寛容だが、 最近出来た極一部の例外を除き、自身の頼み事を他者が聞かない事などは有り得ない。始めからキメラアントの女王に拒否権などは無かったのだ。

 

『お、仰せの通りに……』

「うふふ……そう、それでいいのよぉ。楽しみにしているわねぇ」

 

全身を恐怖で震わせたキメラアントの女王を見て気分を戻したタームの女王は威圧するのを止め、朗らかな笑みを作った。

 

「では私はアナタその真摯な奉公にひとつ報いるとするわぁ。"私からはアナタの産んだ王に一切の危害を加えない"。これでどうかしらぁ?」

『そ、それは本当ですか!?』

「勿論、私自分の作った決まり事は絶対に破らないわぁ」

 

キメラアントの女王は顔を上げ、感涙にも等しい感覚を覚える。

 

この数分にも満たない時間で、目の前の女王はキメラアントの女王にとっての最大の危険となった、ならば産まれた王にとっての最大の障害はこの女王となることだろう。自身の子はきっと世界の王に成れる。だが、真に世界の王足り得るにはこのタームの女王の打倒は必死。

 

ならば母がせめてしてやれることは少しでもこの絶望的な存在を遠ざけ、王により強くなる時間を与える事だけだ。

 

「じゃあ、アナタにぴったりな餌を用意するわねぇ。"三顧の礼(ブラックワーク)"」

 

キメラアントの女王には見ることは叶わないが、タームの女王の片手にオーラで出来た用紙とペンが出現し、用紙に記入を始めた。

 

「"巨大湖メビウス"、"女性"、"人間"」

 

タームの女王は3つの単語を言葉に出しながら用紙に記入し終えると、片手でペンをへし折った。すると残った用紙が消え失せ、代わりにどこかの遊戯施設のユニフォームを纏っている女性が、タームの女王に首根っこを掴まれる形でそこにいた。ユニフォームのタグには天空闘技場と銘が入れてある。

 

「え…?」

「はーい、こんにちわ」

「こ、こんにちわ…」

 

一応は人間のような姿をしているタームの女王ににこやかに挨拶をされ、強制的に転移させられた女性は返事をする。

 

タームの女王は女性に対してまるで、近くの小物を取って来させるなどの簡単な仕事を頼むような口調で次の命令を下した。

 

「じゃあ、悪いんだけど"死んで貰える"かしらぁ?」

「は?……ぐぇ!?…」

 

女性はタームの女王に首根っこを掴まれたまま自身の首に自身の両手を掛け、力一杯絞め始めた。

 

「…ぁ……あ"…………あ………ぁ"……」

 

女性の口から声にならない音が漏れ、自身の首を絞めている両手以外は自由なのか首を振り乱しながら足をバタつかせている。

 

だが、それを見ているタームの女王の表情は次第に曇り、遂には飽きれたような表情が浮かんでいた。

 

「遅いわねぇ……相変わらずこの形の生き物って自決も速やかに出来ないのかしらぁ……仕方ないから手伝ってあげるわぁ」

「ぷぎゅるっ!」

 

タームの女王に女性の首が300度程回され、何か固いものがへし曲がるような異音と最期に口から漏れた音が響く。それ以降、女性が動く事は2度と無かった。

 

タームの女王が女性の亡骸をキメラアントの女王の眼前へと放り投げる、キメラアントの女王は恐る恐るその生物に口を付けた。

 

『これは……』

 

一口食べるとキメラアントの女王の様子が豹変する。何せそれは自身が長らく求めていた栄養が高く、好みにあった餌だったからだ。

 

「人間って生き物よぉ。あっちの方向に行けばアナタなら10年……いえ、もう少し早く人間の棲みかに着くと思うわぁ。後、これあげる。"執念深い羅針盤(コンパスストーカー)"」

 

タームの女王が念能力を発動すると、キメラアントの女王の手に簡単なコンパスが出現する。今度のモノはキメラアントの女王にも見て触れるようだ。

 

『これは……?』

「それは持っている者が、欲しいモノの方向に常に向き続ける羅針盤よぉ。本当は忘れ物を探す為だけに作ったんだけど、何故か便利な能力になっちゃったのよねぇ」

 

キメラアントの女王の手の中でコンパスの北を指すハズの針が、とある方向を向いたままピクリとも動かなくなる。これさえあれば迷うことなく人間という餌の棲みかへと辿り着く事が可能だろう。

 

「"三顧の礼(ブラックワーク)"」

 

その言葉をキーとして再び、タームの女王に用紙とペンが現れる。

 

「うーん、彼は放出系だから離れた相手の場所を把握出来るような生き物がベースの方がいいわよねぇ。エコーロケーションとかがいいかしらぁ」

 

暫く特に理由もなく凄まじい速度と技術で手の中で踊るようにペンを回してから、何か思い立ったようでタームの女王は用紙に声に出しながらの記入を始めた。

 

「"くじら島"、"雌"、"コウモリ"」

 

そして、再び片手でペンをへし折ると用紙が消え、用紙を持っていた手にはかなり大きなコウモリが握られていた。

 

よく見ればそのコウモリは足に小さなリボンが結んであり、恐らくはくじら島の誰かの所有物であったと思われるが、タームの女王がそんなことに目を向けるハズもない。

 

「申し訳ないけれど"動かないで"ねぇ」

 

その命令の後、コウモリはピクリとも動く事は無くなる。いや、動けなくなったと言った方が正しい。

 

「それとさっきの餌で兵隊長をよろしくねぇ」

『わ、わかりました』

 

タームの女王はキメラアントの女王がコウモリを食べる様子を見ながら何処か遠くの空を眺めて微笑みを強めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1992年5月23日

 

流星街からくじら島に来ないかとカエデとシズクを誘うと、カエデは即座にどこで拾ったのか冷蔵庫並みに巨大なトランクに荷物を詰めていた。シズクとサボテンも詰めようとしていて慌てて止めた。あーれーとか言ってないでシズクも少しは抵抗しなさい。ちなみにサボテンは長年の友達らしい……ブワッ。

グラーフ・ツェッペリン三世は管理人が居なくなるから流星街のオブジェになるのかと思えば、なんでもカエデが所属している幻影旅団という集団に寄付するのでその拠点になるとの事である。

 

くじら島に帰ったら真っ先にマコの耳をさわさわしよう。今の俺には癒しが必要なのだ。

 






ハクアさんの念能力
三顧の礼(ブラックワーク)
場所、性別、種族の三語の言葉を言い、それに合った条件の生き物を無作為に手元に瞬間移動させ、ひとつだけ命令を無条件で聞かせられる念能力。

執念深い羅針盤(コンパスストーカー)
持っている者が欲しいモノの方向を指し示すコンパスを具現化する。
制約
①示された欲しいモノを手に入れるまでコンパスはその方向以外を差さない。

ハクアさんは人間と比べると水溜まりと海ぐらい記憶領域が多いので狸型ロボットの四次元ポケット並みに大量に意味のわからない使えるような使えないような念能力を保有しています。系統もハチャメチャです。

この小説ではハクアさんのせいでキメラアント編が起こります。やったぜ。




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コウモリのキメラアント

9000字行きそうになりました。作者はポロッと掛ける小説を目指してるから3000~4000字ぐらいが理想なんですがねぇ。

コウモリのキメラアントと検索すると容姿が出ますよ。可愛い(啓蒙↑)。


1992年6月9日

 

くじら島に無事に帰って来る事が出来た。何処にも寄らずに真っ直ぐ帰って来たのである。というわけでミトさんにはジャポンのお土産のお菓子、ひよ子を渡した。寄り道をしたことを白い目で見られた、解せぬ。

ミトさんはカエデとシズクを唖然とした表情で眺めてから、俺にレバーブロウを浴びせてきた。どうやら二股を掛けているか、節操無しか、人買いでもしてきたかと誤解したらしい。

いつもは10分の1以下程に控え目に抑えているとは言え、俺の纏を貫通してミトさんの拳が突き刺さる。どうやらミトさんは精孔すら開いていないが、無意識に念のような何かを使えるらしい。そんなこと俺も出来きた試しがないので念のような何かである。垂れ流される全てのオーラを拳に集め、その擬似的な硬で俺をぶん殴るのだ。よく考えたらこの人、ジンのいとこなわけで念に才能がない方が可笑しいだろう。考えてもみれば、何故か絶が既に出来ているゴンが、外から自分の部屋の窓から帰ってきても確実に発見するので納得も出来る。

ん? おいまて、日記書いている今気付いたが、擬似硬殴りとかはゴンには絶対しねぇじゃねぇか。俺に殺意でもあんのかミトさん。支援センターに駆け込んでやる。

 

 

 

1992年6月10日

 

今日はシズクの部屋を空ける為に馬車馬の如く働いた。カエデ用の部屋はミトさんが空けていてくれたが、ひとりだと思っていたため、シズクのは用意されていなかったからだ。

一言電話してくれれば良かったのにと言われ、携帯電話が無い事の不便さを噛み締める。流星街出身者はこういうところが不便だな。法を犯すか、他人から名義を借りて契約しなければならない。

カエデが俺に着いてきたので、子犬のようにカエデに着いてきたシズクであるが、くじら島はどうかと聞いたところ、空気が美味しくて、待ってればタダでご飯が出てくるから良いところだそうだ。相変わらずの返答で何よりである。

 

そう言えば、ミトさんとお祖母さんへのお土産物のひよ子を箱から開けて皆で食べることになった。ひよ子の包装を解いて中身を取り出してカエデの掌に乗せると急ににゅうのように目を輝かせてひよ子を見ていた。カエデは生き物が大好きなところが可愛い。お菓子のひよ子に、これを食べろと言うのか!? と何やら狼狽していて更に可愛い。首狩り族の女王もひよ子の魔力には形無しである。

ちなみにシズクは全く躊躇無く頭からがぶりといっていた。ひよ子の魔力も形無しである。

 

 

 

1992年6月11日

 

カエデにハクアの事を話すと、どんどんカエデの目がゴンには見せられない程に鋭く暗くなり、背中にベクターを覗かせ始めたのでハクアの巣に連れて行った。

まあ、残っているのは異様に巨大なシロアリの脱け殻と、それに付いている何故か全く腐らない極太で極長の卵巣だけであったが、少なくともそれでカエデの中のハクアという物体のイメージ図を乱すことに成功したらしい。

何故か開いた口が塞がらないという様子で、脱け殻のオーラの残り香ですらこんな…バカげてる……と何やら呟いていたのがそんなに驚く事なのだろうか? 俺はハクアの以外のオーラを見たことがないので良くはわからない。最もハクアの本体は常に絶をしているか、体表面の0.1mmをオーラで覆っている姿しか見たことがないために俺の基準は更に当てにならんか。

 

 

 

1992年6月12日

 

朝起きたらシズクが俺に抱き着くように隣で寝ていた。勿論、そんな美味しい記憶があるわけもないし、致した形跡などは何処にもない。俺は無実である。

とりあえず部屋に送り返そうとシズクを持ち上げようとした瞬間、カエデが一体いつからそこにいたのか、開け放たれた俺の部屋の扉の前でベクターを全開にしながら練で赤黒いオーラを渦巻かせていた。俺は無実である。

その後、"ドキッ!ベクターだらけの大激闘 ポロリもあるよ! INくじら島編"が開催され、カエデ相手にくじら島を横断するぐらい念弾の引き撃ちでベクターを撃ち落としながら逃げ続けた末、シズクがさも当たり前の用に昼御飯に呼びに来た事で終幕を迎えた。今日ほど放出系だった事と、俺にポロリか起こらなかった事に感謝したことはない。俺は無実である。

その晩、にゅうに聞いた話によると、シズクが天然である事は明白だが、寝惚けている時が特に酷く、トイレに起きた後に部屋の風呂場で寝ている事や、部屋から一端出て何故かカエデのベッドまで来て寝ている事が多かったらしい。ミトさんも昨日シズクがベッドに入ってきたとの事である。何故それを知ってるにも関わらずカエデは襲ってきたというとシズクがパンツとブラのみ着けて寝るタイプの人間だからだろう。やはり、俺は無実であった。

 

 

 

1992年6月13日

 

起きるとゴンがカエデにベクターで高い高いされていた。ゴンはご満悦である。それよりも俺はゴンのムスコが感染して他界他界してしまったのではないかと顔を真っ青にしていたが、カエデによるとベクターを自分のオーラで薄く覆うだけでまず感染しなくなるらしい。

ゴンにとっては兄1匹から姉が突然、2.5匹も増えたわけだが、楽しそうで何よりである。ゴンにカエデとシズクの印象を聞いたところ、カエデは力持ちの魔法使いの姉ちゃんで、にゅうはとっても優しい姉ちゃん、シズクはなんでも吸い込む姉ちゃんだそうだ。おいこらシズク、デメちゃん使ってゴンと遊ぶんじゃない。

午後はくじら島の湖に魚釣りに行った。そこのヌシとやらを見る為にシズクが水を全て吸い上げようとしていたのでデメちゃんを取り上げた。なにやっとんじゃおみゃーは。

その後、甘露煮にしようとフナを釣ろうとしていたにゅうだけが、何故か狙ったようにヌシに数度糸を切られてブチギレて出て来たカエデは、湖に飛び込むとヌシをベクターで持ち上げて陸に戻ってきた。おみゃーらやめろっちゅーとるに。

ヌシは甘露煮に適してないのでサイズを測ってから湖に戻した。俺が昔に釣り上げた時よりも30cmぐらい成長していたようだ。放っておくだけでカエデの胸ぐらいじりじり増えるな。

 

最近、何か忘れている気がする。

 

 

 

1992年6月14日

 

そう言えばマコを最近全く見掛けない事に今日気が付いた。いつもなら決まった時間に窓の外の木か、部屋の懸垂器具にぶら下がっているはずだが、帰ってきてから数日間1度も見ていない。

俺よりこの家の古株のマコが棲みかを変えたとは考え難い。まさか、木登りをして獲物をとる事もあるキツネグマにでも獲られたのではないだろうか。

にゅうにちょっとくじら島のキツネグマ絶滅させてくると言って家から出ようとしたらベクターで縛り上げられて止められた。解せぬ。

 

 

 

1992年6月15日

 

明日でハクアが行ってから丁度1ヶ月が経つ。何だかんだで時間には凄まじく正確なハクアの事だから明日帰ってくるのだろう。

そうだ、ハクアが来たら円でマコを探して貰う事にしよう。ターム族は戦闘兵ですら俺より円の範囲があると言っていたので女王のハクアならもっとあるハズだ。もし、死んだのなら死んだで墓ぐらい建ててやりたいしな。明日の為に今日は早く眠る事にする。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー、兄さん」

 

何故かキツネグマの着ぐるみを着たシズクに起こされた。顔だけ出ているタイプの着ぐるみである。楽し気な雰囲気で、着ぐるみまで着ているにも関わらず無表情なのが笑えるが言わぬが華だろう。

 

「それはツッコミ待ちか?」

「村長に貰ったんだよー」

 

そう言えば俺が来た頃、くじら島のキツネグマをマスコットにして村起こしをしようという企画があった事を思い出す。まあ、結果は数年後にこの着ぐるみをシズクが貰っているところからあえて語ることもあるまい。

 

シズクの後について居間に向かう。

 

そう言えば、確かその着ぐるみはシズクの着ている子キツネグマと、大人キツネグマの二種類があったような気が…。

 

「姉さん、兄さん連れてきたよ」

「………………ああ」

 

居間で死んだ目をしながら大人キツネグマの着ぐるみを着ている、いや着せられている感が滲み出ているカエデと目をがあった。こちらも顔だけ出るタイプの着ぐるみである。

 

「一思いに殺してくれ…」

「に、似合ってるよカエデちゃん!」

「ならにゅう代わってくれ…」

「え"…?」

 

にゅうがフォローに入るレベルと言うことは相当にカエデの精神が弱っているのだろう。

 

「がおー!」

「わー!」

 

シズクとゴンは歳がそこそこ近いせいかとても仲が良さそうである。何故か吠えながらゴンを追いかけ回している。

 

娯楽が無い島と思っていたが、案外そうでも無かったようだ。娯楽が無いことよりも歳の近い人が居ない方に問題があったのだろう。今は中々楽しい。

 

「ただいまアナタぁ」

 

そう考えた瞬間に俺の背後から聞き慣れた声か響き、俺が振り向くよりも先に背中に軽めの衝撃が走った。それから甘ったるい蜜のような仄かな香りが鼻孔を擽り、俺の肩に艶やかな髪をした頭が乗る。

 

「うふふ……補給補給ぅ」

「流れるようにオーラを吸い取るんじゃない」

「えぇー」

 

ミトさんとお祖母さんが居なくて良かったなぁ。こんなところ見られたら俺はグーパンじゃ済まない。まあ……。

 

「あ…………あ………あ……あ…あああああ…ああああああ!!!!」

 

目の前で大人キツネグマの着ぐるみ着て吠えるカエデを先にどうにかせねばならない。シズクの吠え方とは雲泥の差である。

 

俺はハクアを背負ったまま家から飛び出し、家の外で一端とまった直後、シズクのあー、姉さん脱いじゃダメーという声が響き、玄関扉を吹き飛ばして白のシャツに赤のミニスカートを履いているカエデが現れる。

 

カエデは俯いたまま暫く進み、直ぐに止まると顔を覆いながら背中にベクターを生やした。

 

「あは……あははは……あはははははは!!!!」

 

更に絞り出されたような叫びと共に練が行われ、カエデの身体とベクターを赤黒いオーラが覆う。カエデに言語が通じそうにない状態になるのは慣れたが、今回は更に酷いらしい。カエデのオーラはこの状態から2回り程大きく膨れ上がると口から言葉を漏らした。

 

「"百手巨人(ヘカトンケイル)"」

 

その直後、カエデの背中の4本のベクターが引っ込められたかと思えば、数え切れない数と十倍以上の長さになったベクターがカエデの背中から飛び出て来る。

 

あまりにも凄まじい数のベクターにより、レースカーテンが掛けられたかのようにカエデの姿が霞むと同時に、波のようにベクターがうねり、俺に打ち寄せられた。要は数え切れない数で凄まじい長さのベクターが俺目掛けて殺到してきている。

 

俺は発のひとつを発動し、念弾を後方に撃ち込むとベクターの波に飲まれる前にその場から消える。

"移動弾(いどうだん)"。この念弾が当たった地点に俺を瞬間移動させる念能力。また、片手で持ち上げた物ならそれだけを瞬間移動させることが可能だ。 4日前にカエデに追い掛けられた時はこれで逃げ切った。まあ、その時のカエデは発を使用していなかったから今度は本気でマズいかもしれない。

 

次の瞬間に俺が居た場所に覆い被さるようにその空間上にあった全てが抉り取られ、ベクターが通り過ぎた跡には草木の1本すら残ってはいない。

 

「うーん、数は100本で、長さは50mぐらいかしらぁ?」

「冷静な分析ありがとな…」

 

未だに背中から俺の首に掴まっているハクアの言葉を信じるのならば、カエデの百手巨人とやらの能力は単純にベクターの本数を4本から100本に、更に長さを5mから50mにする念能力なのだろう。見たところ具現化物やオーラで出来た代物には見えないのと、ディクロニウスのベクターの長さと本数は個人差があるらしいという事から考えるに、ベクターの発生源を劇的に強化する強化系の能力か何かだろうか。

 

ただ、偉く燃費が良いらしくカエデのオーラは全く衰える様子がないどころか、次第に強まり続けている。あんなのにマトモに戦いを挑んだら持って2分が関の山だろうか。

 

何故か俺の方にゆっくりと歩いてくるカエデは足取りは確かだが、その目と流れ出るオーラは殺人鬼や狂人を通り越して、大量破壊兵器か何かに片足突っ込んでいると感じ取れるレベルである。

 

「…大丈夫だモーガス…大丈夫だ……だからソイツをこっちに寄越せ……」

 

移動弾で瞬間移動した距離が300m程、カエデが歩いて来た距離がそろそろ200m程になる。既に百手巨人の射程圏内に入っているであろう。そんな中でカエデはそう言葉を吐いた。

 

どうやらカエデがベクターのシュレッダーに掛けたかったのは俺ではなくハクアだったらしい。そう言えばとカエデの行動を思い返してみると、俺を襲った事はあるが、俺を物理的に傷付けた事はないし、あの発を俺に対して使った事はなかった。

 

つまりアレか、カエデは俺は傷付け無いけどその周りの害虫はシュレッダーに掛けてしまおうという思考をしているのか。俺の経験上、大丈夫と言う自分で言う人間は大概の場合は大丈夫じゃないんだがな。

 

「あらそうだったのねぇ? それならそうと私に言ってくれれば良かったのにぃ…」

 

ハクアは俺の首から手を離すと、俺の前に立つ。カエデはそれに反応してハクアに向かって駆け出し、全てのベクターを横殴りの槍の雨のようにハクアへと向ける。その様子は巨大な剣山の壁が迫ってくる錯覚すら覚えた。

 

「でもアナタじゃそうねぇ…"3秒"ってトコかしらぁ」

 

あっけらかんと言い切るハクアの両腕の鉤爪にオーラが集中する。その集中したオーラの量を俺が測る間も無く、ハクアの発が起動した。

 

「"地獄爪殺法"」

 

右手で左から右へとベクターに対して斜め下から打ち上げるように振るわれた鉤爪は、当然のように"射線"上のカエデのベクターの波を全て凪ぎ払う。

 

その"射線"はカエデの頭上の少し上を通り過ぎて青空へと抜ける。最後に"射線"は偶々漂っていた巻雲に細い線を刻み込み、それ以上は俺の目には観測出来なくなった。

 

いったい何が起こったのか俺とカエデが理解する前に、ハクアは未だにオーラを纏っているもう片方の鉤爪が、カエデの首筋をなぞるように振るわれる。

 

するとカエデの紅い長髪が半ばから落ち、襟に掛からない程度に髪が切り揃えられていた。首は水平についた赤い跡が付いるだけだが、首に隠れてこちらから見えない髪まで切られているようだ。

 

「ほら私のか・ち。そっちの方が可愛く見えるわよぉ?」

 

それだけ言うとハクアは、どんな顔していいかわからない俺をその場に置いて、放心状態のカエデの頭をそっとひと撫でしてからひとりで俺達の住む家へと戻ってしまった。

 

結果だけ言えば、ディクロニウスの女王は、1歩も動いてすらいないタームの女王にたったの2回の攻撃で敗北したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

色々あったが、今日も1日が終わって部屋で寝る時刻になった。俺は部屋に戻って日記を書きながら寝る前にその後の事を思い返していた。

 

家に入ってまずカエデが飛ばした扉を修理していると、ゴンに何をしてきたのかと聞かれたのでカエデの散髪をしてきたと当たり障りの無い事実を伝え、ハクアの事は森の妖精さんなんだと子供心をくすぐっておく。帰って来たハクアの事はミトさんには偶々仲良くなったくじら島の洞窟に隠れ棲んでいる魔獣と説明しておいた。何も嘘は吐いていない。

そう言えばカエデのベクターがバッサリとハクアに斬られたわけであるが、即座に再生するので特に問題ないらしい。オーラの産物に近いモノなのだろうか。しかし、余ほどに自分のベクターの防御面に自信があったらしく、"ウボォーの超破壊拳も無傷で耐えれるのに……"となにやらカエデが自分のベクターを手で撫でながら落ち込んでいた。また出たなウボォー。

 

カエデにハクアの事を俺の念の師だと何気無く伝えると、何故その事を先に言わなかったのかと怒鳴られた。そういや、俺のオーラ食べてハグして来るへんないきものとしか説明してなかったな。"だってお前、話し聞かないじゃん?"というとグーで殴られた。グーで殴られた。家庭内暴力で訴えてやる。

 

「さて……」

 

ペンを置き、日記を閉じてから俺は机の隅に目を向ける。本日のメインイベント開始である。そこに置いてあるのはハクアから俺へのお土産物らしきモノだ。

 

100円均一店に売っている手乗りの鉢植えに植えられたメタリックな芽。同じく手乗りの鉢植えに植えられた香草。3本のペットボトルに入ったそれぞれ色の異なる水。輪ゴムで縛られた稲穂。申し訳程度に置いてある石。

 

そして、"新大陸紀行"とタイトルのある本が2冊とサイン色紙がひとつ。東と表記のある方はなんだか古ぼけているが、西(急増版のため未完)と括弧付けされている方は真新しい。 サイン色紙には"ドン=フ……"後ろの方は達筆過ぎて読めないが、多分この本の著者のサインだろうか。

 

まあ、ここまではハクアのブラックジョークだろう。旅先でついつい買ってしまったいらないモノを押し付けてきたのだろうな。何せ全体的になんか粗末である。本と色紙はそうでもないが俺には価値がないので本棚の漫画の奥にでもしまっておこう。必要な時以外で本は読まないのが俺のポリシーである。よってこの本は何時か読む、そう何時かな。

 

とすればハクアのお土産物は机の横に置かれた方だろう。大きめで容器や念で加工まで施されたそれらを眺める。

 

開けてもいいわよと書かれた御札の貼られた壺。なんか耳を当ててみると偶に"あい"と小さく何かの声が聞こえる気がするがたぶん幻聴だろう。

 

更に御札の貼られた壺だが嫌いな奴に投げ付けなさいと書いてある。偶に何故か蓋が極僅かに開いており、そこから"ぼんやりと光る双眼"がじっと覗いているのを見る気がするが、瞬きすると何もなかったかのように閉じているのできっと幻覚だろう。

 

"殺しても殺しても憎いと思う人にどうぞ"と書いてある付箋の貼られて密封された粉薬5袋。よく見ると粉が蠢いている気がしないでもないが目の錯覚だろう。

 

孵卵器に入ったサツマイモ並に紫色の卵。付いている貼り紙には"コレクター垂涎のヘビの卵"と書かれている。

 

真っ黒で"真ん丸"の種。アボガドの種に似ているが人間の頭部ぐらいはある。貼り紙には修行に便利な植物兵器とある。

 

だが、これらよりも先にどうにかしなければならないモノは俺のベッドの脇に立て掛けられた棺桶だろう。デカい上に明けてとばかりの存在感だけなら未だしも時より揺れ、ついでにくぐもった声も聞こえてくる。トドメに貼り紙には"コウモリのキメラアント"と書いてある。

 

この中に入っているモノはコウモリな上に合成獣でアリらしい。意味わからん。

 

「はぁ……」

 

溜め息を吐きながら俺は棺桶に掛かっている鍵に手を掛ける。そして鍵を開けると勢い良く扉を開いた。

 

ぽすっと小さな衝撃が俺に伝わる。見れば何故か猿轡を噛まされ、全身を縄で縛られた女性が倒れてきたのだ。服装は赤地に黒の線の虎柄の肩紐のワンピース、目には赤地に黒い線の入った目隠しが付けられている。

 

取り敢えずこんな光景をカエデに見られれば俺は血の海を渡ったり、ヨットの上で首だけになったりするかも知れないので彼女を抱え上げる。彼女の重量が恐ろく軽い事に面食らいながらも俺のベッドに下ろし、猿轡と縄を解いた。

 

すると彼女はベッドにへたり込むような姿勢で暫く息を整えている。その姿は細身の身体に黒灰色の肌、少しだけ紫を帯びた銀髪、そして何よりも象徴である掌の骨が発達して形成している翼手がコウモリであることを知らしめている。エッロいなコウモリのキメラアント。

 

その邪な一瞬の考えを汲んだのか、偶々か。コウモリさんは立ち上がる。何故かその顔は赤く、服と配色が同じなのでファッションだと思われる目隠しが無ければ親の仇のような目で睨まれている事だろう。

 

「こんのッ…」

 

そして、コウモリさんは翼を翻し、部屋の中で低く飛び上がると態勢をその場で整え、強く1度羽ばたいた反動で弾丸のように飛び出す。

 

「バ飼い主ィ!」

 

硬で強化した独楽の先のように鋭く尖った脚先がほぼノーガードの俺の額を蹴り抜く。何故か俺はこの攻撃を甘んじて受けねばならない気がしたので、彼女の硬の半分程の量のオーラだけ残してもろに受けた。

 

脳を大きく揺さぶられ、ぐらりと身体が傾く。それと同時に徐々に視界の隅から白く染まっていき、この感覚は久し振りだなと感じながらもそれが訪れる前にコウモリさんと棺桶を何気無く見ていると、床にある謎の染みを見つけた。いったい棺桶の中が発生源だと思われるあの床の染みは何故出来たのだろうか。

 

バ飼い主というのはどうやら俺の事であり、コウモリさんが顔を羞恥に染めて怒りに震えている原因も俺なのだろう。となるとハクアがこの棺桶をここに置いた正午前の時刻と、今の0時過ぎの時刻、それからこのコウモリさんが顔を真っ赤にしている訳を顧みる。要するにコウモリさんは12時間以上この棺桶に閉じ込められていたわけだ。染み、液体、時間、羞恥。

 

ああ、成る程……それは悪い事をしたなぁ…。

 

俺は納得したが、まずコウモリさんに言わなくてはならない事がある。家に帰ってきたらまず言われなければならないのだ。

 

話は変わるがオーラとは個々によって微かに異なるモノ。それは精孔が開いていなくとも微かに漂うオーラですら特徴が俺には見て取れる。流石に数度会っただけのモノや、出会って数日のモノは相当特徴的な場合以外はまだ区別はつかないが、それでも家族のオーラを忘れるほど俺は落ちぶれてはいない。

 

例え何者であろうと、人類の癌であろうと、変わり果てた姿になろうとも家族は家族。故に全てを受け入れる。

 

「お帰り……"マコ"…」

 

願わくばこれが最後の言葉にならない事を祈り、カエデが俺に強く当たった後によくしているやってしまったといった表情に変わったマコと、今はマコのワンピースの胸元に付いている俺が脚に結んだのと同じ"小さなリボン"を見ながら意識を手放した。

 




少し先の未来でハクアのお土産物の真実に気付いた後のモーガスさんの釈明かつ開き直り。

「どんな希望も危険もそれを認知していなければ等しくゴミなのだ」




ちなみにマコちゃんの服はハクアさんの手編みです。

それと感想でエルフェンリートなのにおも○しが足りないと言われた気がする(曲解)のでさっそくマコちゃんに犠牲になって貰いました(虚ろ目)。


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ブリオンさんと魚

モーくんはとある原作の念能力を持っています。

と言うのもそもそもが、スゴい真面目にこの念能力はどんな頭して作ったのだろうかと考えた末にこういう主人公が出来たのです。念能力はその者の思いや、思い入れのあるものに強く影響を受けますからね。

それともうひとつ。その過程で少々主人公が逝っていますが、この小説にそういった直接描写などは一切出さないのでご安心を、Rー18になってしまいますからね。ただ、残酷な描写を含むRー15とタグに予め書いてあるので、それ相応の描写はこの小説はそこそこ出るので気を付けてください。直接描写はしませんけど。




マコに良い一撃を貰った翌日。マコの事はミトさんにはまず魔獣という設定のハクアの事を例に上げてから"マコは小さい頃はオオコウモリに似た姿だったが、大きくなると繭を作って10日ぐらい掛けて人型に育つ魔獣だったみたいなんだ"と適当に話を濁しておいた。ハクアから聞いたマコの出生を聞く限りそんなに間違った事は言っていない。

 

元々、家の横の木に住み着いていたが、いつの間にか俺が飼っていたペットになっていたモノという事もあり、ミトさんは割りとすんなりマコを受け入れてくれた事は幸いだったな。

 

流石にもう空き部屋は無いので寝る場所をどうしようかと頭を捻っていると、ハクアの提案によってハクアの巣で寝泊まりする事になった。食事等はこちらの家で取ることになっている。

 

ミトさんは必要ないと言っているが、俺は自分の生活費を家計に入れており、最近はカエデ、シズクの生活費を入れ始めている。この辺りは豊かで温暖な気候であり、特定の貝類等の一部の海産物や、レアな海水魚や熱帯魚をネットからブラックマーケッ……こほん、ネット市場で捌けば中々金になるのだ。今更数人分入れる生活費が増えたところで特に支障はない程には稼げている。

 

ちなみに意外にもカエデの中でマコはまだ動物ラインだったらしく、"可愛い……"と呟いて以降、マコを触りたくてうずうずしている。ハクアとどう違うのかさっぱりである。

 

ならばマコよ。耳を差し出すのだ、さわさわしたい。欲望を包み隠さずカエデと一緒にじりじりと部屋の隅に追い詰めるとマコは飛んで逃げた。おのれ、余計な知恵を付けおって。

 

正午はハクアといつの間にか俺に着いてきたマコ、それと例の真ん丸な種を頭に乗せてバランスを取っているシズクを連れ、くじら島の頂上に種を植えてきた。明日には生えるらしいので楽しみである。

 

そして、今はハクアがリフォームを終えたというハクアの巣に来ていた。

 

「ようこそ、いらっしゃいませぇ」

「わぁ…」

「うわぁ……」

「わー」

 

ハクアの軽い挨拶を聞き流しながら中に入ると、洞窟内の原型を一切留めない劇的ビフォーアフターによって顔を引きつらせる俺と、内装と設備に感銘を受けた声をあげているマコ、それと何の声なのか全くわからないシズクと反応が別れる。

 

まず、設置された玄関扉を潜るとそこにあったのは洞窟からは有り得ない程の光り。次に長方形の巨大な空間だ。空間を造るために明らかに巣の内部をくり貫いており、天井には人間を数十人潰せそうな程のシャンデリアが等間隔で吊るされ、床と壁は白い水晶のような大理石で覆われており、宮殿か何かなのかと錯覚を覚えた。

 

ただ、中央に敷かれたひたすらに長いレッドカーペットを、丸々占拠しているハクアの脱け殻兼卵巣がとてつもなくシュールである。撤去しねーのかそれ。

 

ハクアに付いて行くままに片側の壁沿いにいくつも取り付けられた扉で、最も出入り口から近いものを開けて中に入ると、広いリビングに数百年前からタイムスリップしてきたような調度品と、現代の家庭ではまず買わないような大型電化製品が並んでいた。

 

「スッゴい! 天空闘技場のフロアマスターの部屋みたいよ!」

「アナタの部屋だから好きに使っていいわよぉ?」

「本当!?」

 

はて、天空闘技場のフロアマスター…? 俺の知らない単語である。マコは何の事を言っているのだろうか。

 

たったの1ヶ月でハクアは改築……というか建築、内装の充実、パイプラインを通す事をゼロからここまでひとりで造り上げたらしい………クラフターかお前は。

 

「ガテン系女王」

 

めっ! シズク! そういう事は思っても口に出さない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1992年6月18日

 

ぅゎ"(ブリオン)"っょぃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝から昨日の反省を行い、ベッドの上で胡座をかいたまま目を瞑って思考する。

 

負けた。敗北したのだ。あのいっそ清々しい迄に簡素で逆に前衛的なフォルムの植物に一方的に惨敗してしまった。

 

理由は簡単だ。あれは至極単純に人間の素ステで勝てる相手じゃない、というか強化系か放出系か変化系辺りで勝てたらソイツは人間ではない。ハクアやカエデなら特に苦もなく勝てるであろうが、アイツら文字通り人間じゃねぇし、少なくとも普段の戦闘は放出系一辺倒の俺には勝てる相手ではない。

 

ハクアはこれで種族的な基礎スペックの恐ろしさというモノを俺に痛感させたかったのだろう。成る程、放出系だからと言って瞬間移動と念弾と体術だけでは遥かな格上にはいとも簡単に捩じ伏せられてしまうのだな。ブリオン……いやブリオンさんの"念能力が念能力なだけに"それが良くわかる。確かに修行にうってつけな相手と言えるだろう。実際に馬鹿正直にブリオンさんにぶつかり続ければそりゃ自分の念能力の特に精度は格段に引き上がる。

 

だとすると希望は……"特質系"か。それならばブリオンさんの"あの念能力"は使えまい。

 

実のところ俺は80%程の高さで特質系を修得しているらしい。というか昨日ハクアが思い出したようにポロッと"私にオーラを提供し続けたからアナタ特質系が伸びてるんじゃないかしらぁ? 威力と精度ごとぉ"と言った事で判明したのである。1年ぐらい前から俺がコップに葉っぱを乗せて発をすると水の色が真紫になった上、コップを破壊して丸く纏まってグミのような弾力を帯びるから妙だとは思っていたが、特質系のせいだったらしいのだ。

 

数年間オーラをちゅーちゅーするだけで他人の特質系を伸ばすとかどんな身体してんだ、本当にありがとうございます。

 

とすると……。

 

俺が目を開くと部屋の中を、昔のハクアのように白く外殻を持ち、頭がつるんとした細長い"念魚"が浮遊していた。

 

なんか部屋閉め切ってぼーっとしていると偶に沸くんだよなぁ…コイツら。最初は何事かと思ったが、俺には特になにもしないどころか部屋の虫とか食べてくれる上、窓開けると消えるので非常に役立っている。

 

昨日まで夏の虫がウザ過ぎる為に、いつの間にか作ってしまった虫取り用の念獣だと思っていたが、どうやら特質系特有の勝手に発現した念能力だったらしい。なんて下らない事に記憶を使ったんだおのれ特質系め…凄まじく面倒な系統だな…。

 

だが、特質系だとしてもそもそもコイツの俺の認識は虫喰ってる魚である。その上、窓を開けたりドアを開けると直ぐに死んでしまう。マグロ喰ってるような奴の方がまだ強そうに感じる始末である。一応、魚雷には耐えるしな。

 

「はぁい」

 

そんな事を考えているとハクアがベッドの横に突如として現れた。瞬間移動能力でも持っているのだろう。

 

ハクアに挨拶を返すとハクアは俺の念魚に視線を移した。その瞳は子供のように輝いている。

 

「あらあらぁ…あらあらぁ」

 

ハクアは念魚の身体をぺしぺしと触り始め、尻尾と頭を掴んだり、軽く抱き締めたりしている。

 

「あらあらあらぁ」

 

俺がハテナを頭に浮かべていると、ハクアはやっと念魚を掴む力を弱めたのか、身体をくねらせてハクアの手から逃げると、さっきよりも少し高い位置を泳ぐばかりのようだ。

 

「いい念能力ねぇ。可愛らしいし、とおっても優秀」

「優秀…?」

 

部屋の虫取り用の念魚だと思うのだが……まあ、それにしては昔は30cm程だったが、今では5m程となり、日に日にデカくなっているが本質はそう代わりないだろう。虫とは言え生き物な訳なので、楽に、人道的に、徹底的に、痛み無くあの世にいけるように啄んでやる。俺ならそうするのできっと念魚もそうするハズという事ぐらいしかわかることは無い。

 

しかし、ハクアはまるで俺の念魚の念能力を全て理解しているかのように感心を示してしている。

 

「アナタ自分の念能力の事を知らないの?」

「意図的に開発したモノじゃないからな」

 

特質系の嫌なところは勝手に能力が出来ている事もある事だ。その場合、制約や能力の概要が一切不明なのが最大の問題である。頭の中にゲームのステータスのようにいつでも見れれば良いんだがなぁ。

 

「特質系系統を持つならアレコレ欲しいとか考えちゃダメよぉ? 出来ちゃうものぉ」

「数年早く言って欲しかったなぁ…」

「んー……怖がるからみんなには内緒よぉ? アナタにだけ特別に見せて ア・ゲ・る」

 

そう言うとハクアは片手を胸の辺りまで上げた。次の瞬間、俺は驚きの余り目を見開く。

 

ハクアから徐々にオーラが漏れ出すと、あっという間に俺のオーラ総量を軽く越え、それだけに留まらずそのオーラはガス漏れでも起こしているのではないかと言うほどに爆発的に膨れ上がり、いつしか俺の物差しでは到底計れない程に莫大になっていた。最後に俺が計れたのは俺のオーラの十数倍まで膨れた時点までだが、今のハクアのオーラはその数倍、或いは十数倍は莫大なオーラを片手に集めている。

 

ハクア曰くオーラとは最大容量、潜在オーラ、顕在オーラに分けられるらしい。最大容量とはそのままその人の全てのオーラでオーラの総量、潜在オーラは体内に残っているオーラで要は目では見えないオーラ、最後に顕在オーラは体外に出しているオーラでこれが目に見えているオーラだ。普通に考えて通常状態、或いは戦闘状態に当たる顕在オーラが最も少ないハズだ。その上、ハクアは纏すらしておらず、片手以外は絶状態と言っても良い。

 

「まだまだ全然ねぇ……昔の1%ぐらいかしらぁ?」

「今、なんて言った…?」

「なんでもないわぁ、こっちの話よぉ」

 

ハクアが何か呟いた気がするが、声が小さかったのと、もしかしたらということすら理解することをなぜか脳が拒絶した為に聞き逃してしまった。

 

更にハクアは部屋の机からペンと紙を取り上げると、俺に渡す。

 

そして、オーラを纏った指で空をなぞるとその軌道にオーラが留まり、文字を作った。

 

「"私が言うとおりになる(アブラ・カ・ダブラ)"」

 

その文字の完成と共にハクアのオーラは消費される。何かの念能力が発動したのだろう。

 

「"この念魚の念能力について書き出しなさい"」

「は…? だから俺も知らないと…」

 

俺の記憶は一端そこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ます…と言うよりも転た寝の微睡みから覚めるような感覚で目蓋を開けると、いつの間にか俺は机に座っており、ペンと紙を持っていた。紙には文章が書かれており、その筆跡は間違いなく俺のものだ。

 

「ほら読んで読んでぇ」

「あ、ああ……」

 

なんだかよく分からないがとりあえずその紙に目を通した。

 

 

"密室遊魚(インドアフィッシュ)"

放出系と特質系の複合念能力。閉め切った部屋でしか棲息出来ない念魚。肉食で特に人間を好む。喰われた方は痛みはなく血も出ないまま、念魚が消えるまでは死ぬことも出来ない。また、密室遊魚は密室が解除されない限り消すことも出来ない。

密室遊魚はゴンズイの髭のオーラ版のような感覚器官を持ち、極僅かなオーラの変化を感知して獲物を探す。その特性上、一切の光りのない暗闇であろうと全く問題なく行動が可能。

ちなみに激しく抵抗する相手には口から念弾を放ち、弱らせてから食べる習性を持つ。

欠点は密室でひとりかつ上の空でいると勝手に具現化される事が稀によくある事と、部屋に魚肉ソーセージとかを置いておくと勝手に持っていかれる事が難点。

 

制約

①閉め切った空間でしか発動出来ない。

②閉め切った空間を解除すると念魚は消滅する。

③発動者が殺したいと考えている対象、特になんとも思っていない対象、そして死体を、食べてもいいエサと認識する。

④密室でひとりかつ上の空でいると勝手に具現化される事が稀によくある。

⑤密室内で飼育可能な最大数は飼い主の特質系の成長の度合いによって変わる(只今の密室遊魚は25平方メートルにつき1匹。全長は4~5m)。

⑥密室遊魚は自動型の念魚。

⑦肉を食べた密室遊魚が存在している状態で発動者を気絶させるか、発動者が死んだ場合に喰われた箇所は元に戻る(要は完全に身体を喰い尽くされていても密室が解除されない限り、その者は死んでいない)。

 

 

「これは……」

 

"密室遊魚(インドアフィッシュ)"。これがこの念魚の名前であり、念能力であると見た瞬間に何故か確信にも似たような感覚を覚える。例えるならばテストの答案の答え合わせをしているような気分だろうか。

 

「私の念能力の中でもオーラ消費量が上から数えた方が早い念能力の内のひとつ。詳細はまだ教えてあげないけどぉ、兎に角、それでアナタの深層意識の遥か下にある記憶(メモリ)を直接書き出させたのよぉ」

 

………ええ…それ後遺症とか無いだろうな…? という言葉はぐっと呑み込む。ハクアは善意でやってくれたのだろう。そう信じよう。限度はあるが何事も信じねば始まらないのだ。

 

ハクアは繁々と紙を見詰めると、鋭利な指を器用に這わせ、最初の方に書いてある一文をなぞった。

 

「念魚に反映されている"肉食で特に人間を好む"。珍しい趣向の念魚ねぇ?」

「ソイツは…」

 

断っておくが、これは流星街の一部の常識であり、決して一般常識と混同する事はない。

 

冷静になって流星街で一番ポピュラーな"肉"が一体何なのか考えてみて欲しい。牛や豚が手に入る環境か? 飼育出来る環境だと思うか? あったとしてディクロニウスを連れたガキに供給があると思うか? だったら一番簡単に手に入るご馳走はなんだと思う?

 

何を捨てても許されるのが流星街。外の世界の証拠隠蔽やら跡継ぎ争いやらで外傷を負っただけで、病気を持たず新鮮な"肉"。そんなものが飛行船から捨てられてくるのだ。

 

「"お空から魚の餌のように降ってくる新鮮なお肉"ねぇ」

「その通りだ…」

 

ああ、そうだ。俺は幼少時代に"空から降る肉"を楽しみに魚のようにゴミの上を漂って空を見上げながら飛行船が来るのを楽しみにしていたさ。

 

ただ、もう一度言うが幼少時代に流星街で俺がそうしていたのは、それが全てだと思っていたからだ。疑問も抱かずに嬉しそうに頬張る。

 

そこにはカエデも隣りにいた。

 

カエデは流星街でも居場所が無かった。何でも殺せるディクロニウスだから…ただそれだけで。受け入れはするが、庇護するかは別問題なんだと昔は憤慨したモノだ。しかし、思えばカエデは生まれつきあんな赤黒いオーラを放っていたのだろう。今ならば普通の感性の持ち主なら、誰も近付きたくないだろうと納得も出来る。

 

カエデと二人だけの流星街。ひょっとすると当時の俺はそれを心の奥底で"密室"にも等しい程に狭く、窮屈な世界だと感じていたのかも知れないな。実際、カエデがひとりでも生きられるようになってから、俺は外の世界に飛び出して行ったわけだから言い逃れも出来ん。

 

だが、カエデを大切に思う気持ちは今も昔も変わらない。盗賊だか居直り強盗だかは知らんが、幻影旅団という仲間が出来たとこの前聞いた時はそれはそれは嬉しかったモノだ。

 

それか、外の世界に出て流星街自体が"密室"。そこの住人は外の世界では生きられないと俺が悟ったからこんな念能力になったのかもしれないな。今じゃそこそこ順応しているが。

 

「要するに今は食べてないの?」

「今は全くだな」

 

そりゃファミレスのメニューにでも載ってりゃ話は別だが…という言葉も頭に浮かんだが、話をこんがらせそうなので呑み込む。

 

ハクアには何も関係がないので言っていないが、昔は"肉"持って行くと病気で喰え無いのと、喰えるのを選別してくれた上に料理してくれる青年が近くに住んでいてな。名前は確か……えーと…そうだ。"レクター"さんだ。

 

そう言えばあの人の家もゴミに呑まれてしまっただろう。ならば何処へ行ったのだろうか? まあ、あの人が野垂れ死にする姿なんて想像出来んし何処かで達者でいるだろう。

 

俺もカエデも礼儀作法なんかは彼に叩き込まれたモノだ。" 無礼な奴は喰ってしまうぞ?"なんて冗談を良く言っていたのを覚えている。今思えば目がマジだったような……いや、気のせいか。

 

非常に話の上手い人だったからなぁ。案外、外の世界で心理学者やカウンセラーとしてバリバリ活躍しているかも知れない。勿論、仲の良くなった人には彼の"ご馳走"を振る舞いながら。

 

まあ、今でも偶に無償にカップ麺を食べたくなる衝動と同じように食べたくなる事はあるがな。我慢我慢。

 

「……訂正するわぁ。私の影響で特質系に目覚めたんじゃなくて、アナタは産まれてから後天的にホンのすこしだけ特質系に目覚めていたみたいねぇ。私はその成長の手助けをしただけ」

「ハクアに言われなければ、恐らくは一生気付かないし、成長する事も無かった。どっちもそう変わらん……寧ろ前者だと俺は思うがな」

 

そう言うとハクアは顔を伏せて肩を震わせ。何か気に触るような事を言ったかと考えるが、全くそんな事はないという結論に至った。女心はやはりわから…。

 

「嬉しいこと言ってくれるわぁ……」

 

ハクアが俺に飛び付いて来た。どうやら歓喜の震えだったらしい。にまにまと目と頬を緩めながら頬擦りをしている。おお、何処がとは言わんが柔らかい。

「でもこれだけじゃダメよぉ、魚には"水槽"を用意してあげないとねぇ」

「はい?」

「アナタにピッタリの特質系念能力を考えてあげるわぁ。もちろん、私との思い出のいっぱい詰まったモノよぉ」

 

ハクアはやる気スイッチが入った様子である……記憶も限度があるんだがなぁ…まあ、今のところまだまだ空きがあるから良いか。

 

この後、ハクアが師としても世界最高クラスの念能力者だという事を実感するのはそう遠くない未来の話だった。

 

 

 

 




モーくんが思っていた密室遊魚の使用例。

「きゃー、ゴキ●リー!」
「"密室遊魚"」

「あ、蚊に吸われてる…」
「"密室遊魚"」

「スリッパの中にムカデが!」
「"密室遊魚"」

「もう腹一杯だ…残しちまうな…」
「"密室遊魚"」

「戸棚の裏はネズミの卵でいっぱいだ~!」
「"密室遊魚"」


だいたいあってる。



モーくんが10%ぐらいの頃は羽虫を食べる小魚ぐらいの大きさでしたが、80%程特質系を極めた今となっては人間を千切り喰らうぐらいになっております。モーくんが特質系を極めた暁にはど偉いデカさになるでしょう。

それと流石にモーくんとカエデさんだけで幼少時代を流星街で生き抜くのは少し難しいと思うので、博士とか後ろに付いちゃう優秀な保護者がいます。やったぜ。
まあ、正直な話。原作の人体収集家とか、女性を連れ込んで解体する王子とかよりは、幾分かマシなんじゃないですかね。

それにしても、密室以外で生きれない上、ある意味一番身近で遠いお肉が好きな念魚とかほんとうに原作ではどんな人間が作ったんですかねぇ。

後、私は念獣は放出系のモノ。若しくは放出系と具現化系の両方が存在するモノだと思っているので一応後者の呈で話を進めます。モーくんは放出系かつハクアを育てていたりする経緯からペットに強い思い入れがあるので、念獣にもヤバいぐらいの補正を持っております。



~ハクアさんの今日の念能力~

"私が言うとおりになる(アブラ・カ・ダブラ)"。
操作系念能力。指で書いた"私の言うとおりになる"という文字を見て、その"次に放った命令"を聞いたモノ全てが、如何に不可能な命令であろうとも、それを遂げるまで自動的に動き続けるという余りにも独善的な念能力。
記憶とオーラを人間の規格では不可能な程に消費する為に人間には決して作成出来ない。その為に神の領域と言っても過言ではない。
制約
①指で書いた"私の言うとおりになる"という文字を見る。
②次に放った"命令"を耳にする。
③無理は嘘つきの言葉(除念は禁止)。



~感想欄にあったかもしれない作中の質問回答コーナー~

Q:ハクアってどれぐらい強いの?
A:ネウロで言う人間界に来たばかりのネウロ。 "私が言うとおりになる(アブダ・カ・ダブラ)"は魔帝七ツ兵器。※ただしハクアさんはネウロと違って徐々に本来の力を取り戻していきます。

Q:ハクアと王どっちが強いの?
A:ドーピングコンソメスープを血管から食べた至郎田シェフ VS ネウロ とほぼ同じ展開になります。ちなみにハクアさんは人類と殺りあっても勝負にすらなら無い事は彼女自身わかり切っているので、遊んだり、師匠してみたり、遊んだり、戦闘は極力避けて外野で応援に徹しています。

Q:作者ネウロ好きなん?
A:ジャンプで終わって一番寂しかったと思うぐらい好きぃ……。

Q:ナナちゃんはロケットパンチなんですかっ!?
A:ロケットパンチです。右腕、左腕、右足、左足を切り落とすという誓約が意図せずに働いているので全力の超破壊拳(ビックバンインパクト)の数倍の破壊力になってます。ロケットパンチです。


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植物兵器と仕込み杖

ヘルベルの卵の数を3→1個に減らしました。

ちなみにこの作品のブリオンさんは天空○城ラピュタの□ボット兵のようなものです。

ブリオンさんの設定? 100%捏造ですよ。合っているのは人間より強いことぐらいです。


1992年6月29日

 

今日もブリオンさんに負けた。相変わらず意味わからんぐらい強い。まあ、もう慣れてきたのか今は何とも思わなくなってきたのが非常に悲しい。

それよりも朗報は蛇の卵が、無事に孵った事である。ハクアによると雌。沼地を縄張りにしているらしいので、"沼御前(ぬまごぜん)"と名付けておいた。ジャポンの伝承のUMAである。

具現化した掃除機にデメちゃんと名前を付けているだけでなく、家電製品に名前付けたがる独創的な感性を持つシズクもヌマちゃんという名前はお気に召していた。

蛇の赤ちゃんは身体が細くて頭が小さいのに目がクリクリしていて非常に可愛らしい。ハクアに聞いたところヘルベルという種類の蛇で、尻尾が二股に別れていることが特長だろうか。まあ、フタクビオオカミとかがいるわけで尻尾が2本あるぐらいで驚くような事でもないか。

途中まで撫でさせてくれていた沼御前が、突然指に咬み付いて来たが、生憎産まれたての君の硬で強化された牙が指に届くまでの時間は俺に言わせれば欠伸が出るほど遅い。日常生活でミトさんやゴンを何かの拍子に殺してしまわぬように10分の1以下に抑えている纒を咬まれるより先に元に戻せば何ら問題はないのだ。沼御前が俺のオーラを見てぷるぷる震えていたような気もするが、気のせいだろう。

ハクアが言うには水を切らさず、日に2回ぐらいオーラ喰わしときゃ育つらしい。またオーラか、吸われるなぁ…。

 

沼御前を可愛がる俺を見たマコが拗ねた。マコの中ではまだ俺のペットという立ち位置だったらしい。つーんと顔を背けて部屋の隅に蹲ったままである、かわいい。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

密室遊魚の発覚からはや約1ヶ月、俺は日課になっているブリオンさんとの模擬戦をする為に山頂を目指している。まあ、今のところ全て黒星だけどな。

 

ちなみにブリオンさんと戦うと、軽く死にかけるようなダメージを受けて意識を刈り取られるのだが、気が付くと無傷のまま山の麓で目を覚ますので安心である。

 

ハクアによるとブリオンさんは、人間の歴史と比較すると太古の昔に既に滅んだ国の兵器であるそうだ。自らの都市と、そこに住まう全ての命を預かる立場にある都市防衛型。主に報復に用いられ、幾らでも使い捨てが効く都市攻撃型。都市攻撃型はかなり分化するそうだが、大きく分けるとその二種類が存在する植物兵器らしい。

 

防衛型と攻撃型の大きな違いはコストパフォーマンスだそうだ。用途的に二種類のブリオンさんを比べるまでもないとは思うが、防衛型は攻撃型1体の数千、数万倍のコストを掛けて造り出されていたとの事である。その為に都市防衛型のブリオンさんは都市深層の最重要施設にのみに配置されており、ちょっとブリオンさん達のいる廃都市を探索したぐらいならばまず御目に掛かる事はない個体なのだとか。

 

そして、ハクアが持ってきたブリオンさんは、それはそれは廃都市の大切な場所に配置されていた防衛型ブリオンさんで、◯ピュタで例えると、天空の城を飛ばしている巨大飛行◯のある部屋ぐらい重要な場所に配置されていたブリオンさんだそうだ。説明だけで欠片も勝てる気が一切沸いて来ねーのがスゲーな、オイ。

 

そんな事を考えていると山頂に辿り着く。そこにいたのは山頂の平たい巨岩の先に、片膝を立てて腰掛けながら水平線をじっと眺めているブリオンさん。

 

今日はレクターさんから貰った秘密兵器を家から持ってきたので只ではやられんぞ。それは神字が隙間無く刻まれた布で包まれ、人の下肢より少し長い程度の棒状の物体だ。

 

布を解くと俺の手には金属製の杖が握られ、それから快楽と向上心、そして無限に殺したいという未だに衰える事の無い強い死者の念が伝わってくる。

 

ちなみに杖の持ち手には"1"を意味する号が刻まれている。

 

なんでもこれは200年か300年程前の"ベンニー=ドロン"という殺人鬼のナイフ作品らしい。殺す度に記念にナイフを1本づつ製作し、ナイフの番号から288人の人間を殺したそうだ。彼の残したナイフは後世にベンズナイフと呼ばれているらしい。また、この杖は最初期型の第一号作品であり、厳密には殺した記念に製作したモノではなく、殺しを始める為に製作したモノなのでベンズナイフではないが、ベンニー=ドロンは288人の殺人を全てこの杖で行い、289人目の人間に返り討ちに合って死んだ時も最期まで離さなかったとの事だ。

 

要は1700年代に自身の武器を隠すのに最も適した形状のナイフ……いや、小剣と言うことだ。武器種は隠すに良し、護身に良し、武器に良しの仕込み杖。杖の中に小剣が収納されている。

 

だが、俺にとっては流星街を出る時、体術や武器の扱いの師でもあったレクターさんが、弁当と一緒に小さな友人の門出にと、渡してくれた大切なモノである。

 

岩肌に杖の石突きを突き立てると火花が散り、金属音が山を反響した。

「こんにちわブリオンさん」

 

ブリオンさんは喋らない上に、コミュニケーションを取る事もしない為、声を掛けたからか、俺が来たからか、杖の音に反応したからかは不明だが、立ち上がって俺の方に振り向いた。

 

そこに居たのは奇妙な巨人だった。

 

身長3.3m、体重550kgという人間より遥かに大柄で強靭ながらも、理想的な人間像のような細めにしなやかに引き締まった身体。そして、種の頃から変わらない球体状の頭部が何よりも特長的だろう。もし、ビックフッドやギガントピテクスに実際に会ったのならこれ程の体格差があるだろうか。

 

見上げているだけで感じる圧倒的な威圧感。そして、ブリオンさんが身に纏う悪意も善意も感じられない無機質かつ絶望的なオーラが、俺とはひとつ別次の上の相手とさえ感じられる。

 

「イイねぇ……」

 

自然に俺の口から悦びに近い声色の声が漏れる。

 

ハクアは余りにも次元が離れ過ぎていて俺では実力を測ることは出来ない。カエデは大切な人であるから敵意を向ける事自体が違う。目の前の存在は俺にとって明確に"俺が測れるレベルの実力の相手"なのだ。

 

俺は普段から絞っているオーラを止め、平常時のオーラを纏う。ブリオンさんに比べれば足元にも及ばないオーラだが、手を焼かせるには十分過ぎるだろう。

 

目の前の相手が自分より遥かに強い事など今の俺には些細な事。相手が俺より速い事も考える必要はない。俺の方が全てに劣っている事など思う事すら無駄。

 

俺は仕込み杖の持ち手と杖軸を握り、ゆっくりと持ち手を引き上げる。すると殺人を効率的に済ませる為に、抜きやすさを重視した日本刀に似て極僅かに弧を描く形状をした剣身が全貌を現す。

 

剣身と鞘に周でオーラを纏わせると、俺のとは毛色の違う黒く自分本意なオーラが歓喜にも似た様子で滲み出る。

 

ベンニー=ドロンが念能力者だったのかどうかは謎であるが、少なくとも仕込み杖に今も変わらず、死者の念が込められている程度には、強靭で果てしなく独善的な遺志を残している。故に一般人では、仕込み杖を握った瞬間にオーラに当てられて取り憑かれてしまうが、ある程度の念能力者か性質の似た人間が持つと、殺すという行為そのものを強く強化し、所有者の攻撃性能を大幅に引き上げる。

 

俺は鞘を逆手に持ち、もう片方で仕込み杖を正眼に構えながら全身から溢れ出るオーラを無数の念弾に変え、自身の周囲に留める。

 

「殺らせていただきます」

 

数百発の念弾の豪雨を皮切りに、強大な懐へ飛び掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

最初に衝突した山頂から数十m下にある平地に近い場所まで、一時間程ブリオンさんと戦闘を続けているうちに移動していた。

 

ブリオンさんは平地の中央で直立不動のまま佇み、その周囲を俺が耐えず移動している。

 

ブリオンさんの周囲を回る脚を一切緩めず、仕込み杖の切っ先と、鞘の石突きを向け、マシンガンのような連射で念弾をグミ撃ちする。念弾は回転と合わさり、360度全てからブリオンさんに殺到した。

 

しかし、ブリオンさんは健在オーラを数倍に跳ね上げ、堅の防御力を激しく上げる事で全ての念弾を難なく受け止めている。傷すらつかねーな、前にカエデに俺の念弾の連射を見せたところ"フランクリンより威力と連射力あるな"という評価を頂いたのでそこそこ自信はあったのだが……フランクリンって誰か知らないけど。

 

鞘の先から放つ連射は止めず、仕込み杖の切っ先にボウリング球程の念弾を作り、ブリオンさんに放つ。しかし、それがブリオンさんに着弾する寸前にブリオンさんが拳を振るい、意図も容易く念弾を爆散させた。

 

その隙に乗じてブリオンさんへ仕込み杖を納刀させた状態で踏み込み、居合い抜きで斬り上げる。しかし、ブリオンさんは喉元に切っ先が届く直前に片手の母指を除いた4本で挟み込む事で止めていた。所謂、白刃取りだろう。

 

間髪入れずにブリオンさんの下腹部に片掌を叩きつける。最もそれだけではピクリとすら動く事はない。しかし、そんな事は百も承知。俺は閉じた掌の精孔を一気に開放してオーラを放出する。

 

爆音と共にブリオンさんの巨体が、斜め上に1m程浮き上がる。浮き手と呼ばれるオーラを用いた攻撃方法のひとつだ。流星街で試した時は、十数階建ての廃ビルを根元から数十mブッ飛ばせるぐらいの衝撃力はあったハズなのだが、有り得ないほど人間より遥かに高密度の筋組織に近い構造から来る強靭な身体と、俺と比べれば城壁のように堅牢で広大なオーラによってここまで威力が減衰しているのだろう。まあ、ハクアならピクリとすら動かないので体勢を崩せるだけマシだな。

 

ブリオンさんが地上に戻ってくるまでのコンマ数秒。俺は仕込み杖を納刀し、居合いの姿勢で構えると、体内の残り半分のオーラを全て仕込み杖に送り込む。

 

何かが来ると悟り、迎撃は既に間に合わないと踏んだのか。着地した瞬間にブリオンさんは俺の仕込み杖の間合いから1歩で数十m飛び退く。残念だが、その程度で避けられるのならばブリオンさんを飛ばす程のオーラを消費してまで攻撃の隙を作ろうとはしない。

 

俺はその場で仕込み杖を抜刀し、一閃した。

 

 

"抜刀ツバメ返し"

 

 

数十m離れた位置にいる筈のブリオンさんの右腕が肩先から飛んだ。それだけではなく、その強靭な胴体に斬撃が深く刻まれている。

 

次に切っ先を反転、 刀を返しながら更に一閃を放つ。

 

それにより、続けてブリオンさんの左腕が肩先から飛び、胴体にさっきとは真逆の場所に斬撃が刻み込まれ、バツ字の斬れ込みが刻まれる。

 

この事態は予測不能だったようで、ブリオンさんにコンマ数秒程の遅れが生じる。その隙を放って置く程甘くはない。

 

俺は仕込み杖を納刀すると、残り全てのオーラを再び仕込み杖に集め始める。

 

ブリオンさんは両腕がまだ宙を舞う最中にも、俺の行動に反応し、残った両脚にオーラを集中させ、爆発的な速度で俺に迫ると、俺を掬い上げるように蹴る体勢に入る。真っ直ぐに伸ばされた脚は大木のようであり、それが馬鹿げたオーラを纏う事で凄まじい切れ味と重量を誇る大剣へと昇華する。

 

無論、そんなものを喰らえば既にオーラ総量が40%を切っている俺ではひとたまりもない。だが、しかし俺は条件下ではブリオンさんよりも高速で立ち回れる。

 

ブリオンさんが脚にオーラを纏わせたタイミングで、口を開けて舌先から無数の念弾を放つ。無論、その程度でブリオンさんにダメージが入るわけは無いし、進行を止める事も出来ない。しかし、無数の念弾の中に紛れ込んでいた1発の若干色の違う念弾……移動弾が、既に俺の目と鼻の先にいるブリオンさんの斜め後ろの地面で弾ける。その瞬間、俺はその場所へと瞬間移動した。

 

それにより、ブリオンさんは一時的に対象を見失い、既に振り上げられた脚は俺のいた場所を通り抜ける。

 

そして、両脚にオーラを割いている為に、殆どオーラを纏っていないブリオンさんの上肢と下肢の中間に、俺の残り全てのオーラの集中した硬で強化された鞘に納められたままの仕込み杖が、棍棒のように叩き付けられる。

 

 

"ノッキング"

 

 

それは容易くブリオンさんのオーラを貫通し、強靭な筋繊維の千切れる音と、骨の砕ける音、そして軽くなる手応えが通り抜ける。

 

ブリオンさんは空中に浮いていた。いや、正確にはブリオンさんの上肢だけが空中に浮き、下肢はノッキングの衝撃で斜め下方向に吹き飛ばされている。

 

当然重量に従い、両腕と下肢の全てを失ったブリオンさんは地面に落ち、遅れて両腕が地面に落ちる音がどこかから聞こえる。断面はオーラで覆われているので、体液が流れ出る様子はない為にブリオンさんはまだ生きているが、戦闘復帰出来る様子ではない。

 

しかし、そこは植物兵器。飛んでいった腕は五指で這いずるようにブリオンさんの上肢の元へ向かい、下肢は自力で立ち上がり、上肢との接合部に向かっている。この様子を見るに接合に1分。完全再生と自己治癒に1分といったところか。ペンペン草以上の生命力である。

 

「………………勝っちまったな」

 

そう呟きながら、人間卒業試験に合格したかも知れないと妙な思考が頭を過る。

 

それは冗談として、攻略期間1ヶ月。Take31回での撃破である。勝率にするとおおよそ3.2%といったところか。圧倒的にブリオンさんが強いのがよく分かる。

 

兎に角、このブリオンさんは大きく分けて3つの能力を持つことが1ヶ月でわかった。

 

ひとつ目は"戦闘対象の念能力をコピーする能力"

 

まず、これを突破するのに数日掛かった。最初は俺の念能力の気弾(オーラバルーン)と移動弾に頼った戦闘をしていたのだが、ブリオンさんは両方の念能力を瞬時にコピーし、全く同じ条件で戦いをしてくる。だが、どうやら戦闘中に一度でも使用しているのを認識しなければ使えない制約と、戦闘が終わると初期化される制約があるらしく、そもそも念能力さえ使わなければ対策可能であるようだ。ちなみに構造を模すのが不可能なのか、特質系念能力もコピー出来ないようである。

 

ふたつ目は"攻撃パターンを完全に把握して学習する能力"

 

これによってブリオンさんに2度、3度同じ攻撃は効き難くなり、最期には完全に見切られる。見切られれば最早その攻撃は当たることはないと思って良いだろう。しかし、要は初見技だけで倒せばいいのである。

 

みっつ目に"攻略パターンを確立する能力"

 

そして、見切ったところから敵の致命的な隙や、最も苦手とする行動の僅かな隙を発見し、確実に避けられない攻撃を放ってくるのだ。

防衛型ブリオンさんの製作者は単純な最強とは何なのかと考えたのだろうな。その答えこそがコレだ。人よりも遥かに優れた身体を持ち、自分と全く同じ行動を取りつつ、先に自分の弱点を見付ける存在には、決して勝つことは出来ないという事だったのだろう。

 

これらの能力は防衛型ブリオンが持っているのか、全てのブリオンがそうなのかは不明であるが、恐らくは前者だろう。こんなものが何体もいて堪るか。攻撃用のブリオンさんは量産型らしいので、もう少しマイルドな奴だろう。

 

ただ、ブリオンさんの弱点……と言うよりも特性は余りにも行動原理が保守的なところだ。ブリオンさんからの攻撃は向こうを追い込まない限りは、ほぼ放って来ないと思っていい。恐らくは都市防衛ラインを全て突破され、孤立無援の最後の最期の1体での戦闘を想定して作製された個体の為、一対多用の行動が組み込まれているのだろう。多数の方は、数が勝るという優越感から攻撃に隙が生じやすい上、そこにいる念能力者達のほぼ全ての念能力がコピー出来る為、大群には無敵の性能を持つ。そのせいで、自身の力の真価を発揮し辛い、タイマンは余り得意ではない様子だ。まあ、そうだから修行の相手には最適とも言える。

これだけ対策を重ねた上での初勝利なのだから実際に勝てたといえるかどうかは怪しいところだろう。初見状態での勝率は限り無く0%と言っても過言ではない。

 

そんなブリオンさんから学んだ最大の事は念能力の秘匿だ。戦闘中にブリオンさんの目の前で念能力を発動すれば、その時のみは通用するが、数秒後にはブリオンさん自身が相手の念能力を使用してくる。そうなればオーラでも肉体でも負けている者にまず勝ち目はない。故に念能力は必殺技であり、無闇に使用する事はせず、使用した時には相手を殺すか、腕を落とすなど戦闘力を物理的にもぎ取るぐらいはしなければならない。手の内を明かすことは戦闘において何よりもの損失であるという事をブリオンさんは身体を張って証明してくれたのだ。

 

それとブリオンさんと戦う度に向上心からか、はたまた相手の明確なオーラ量が見えているからか、俺のオーラ総量もこれまでとは比べ物にならない速度で上昇している。まあ、この速度ではブリオンさんに並ぶ頃には、ブリオンさんと毎日戦ったとしても"軽く半世紀"は掛かりそうなので過度な期待はしていないがな。

 

ちなみに抜刀ツバメ返しもノッキングも念能力ではなく、ただのオーラ技術の剣技である。オーラ技術と放出系を極めてさえあれば誰でも使うことは可能だそうだ。無論、オーラ技術も技もハクアから学んだ。ただ、"アナタは閃きタイプが09番だからぁ、いっぱい私に素振りをしてればいつか何か閃くんじゃなぁい?"と謎な事を言っていたハクアの修行方法は、絶状態にも関わらず、1mmぐらいオーラで身体を覆っているだけにも関わらず、一切ダメージの通らないハクアを仕込み杖でペシペシするだけの怪しい方法であったが、身に付いたのなら修行方法は合っていたのだろう。

 

抜刀ツバメ返しは、居合の一閃から刀の切っ先を反転、 刀を返しながら更に一閃の2段攻撃を、敵に瞬間移動させて如何に距離が離れていようと直接斬り付ける技だ。硬で剣身を覆って、居合いをしなければならないので戦闘中に使うのは地味に大変である。距離は放出系の精度により伸び、俺がやると1100mぐらいの射程がある。

 

ノッキングは仕込み杖の小剣を抜かないままでも何か出来た方が良いと考え、ひたすら振るっていたら何故か出来るようになった技である。なんだが、わからないがとりあえず物凄く威力と、消費オーラの大きい打撃技であり、ハクアもちょっと痛いそうだ。ハクアのちょっと痛いは、打撃技にも関わらず、ノーガードのブリオンさんをブリ/ /オンさんにする威力だったらしい。

 

次第に思考がアホなところへ向かっているのを感じていると、身体の修復を終えたブリオンさんが、直立不動のまま俺を見下ろしていた。相変わらず、戦闘前と一切変わりの無い広大なオーラをしている。それに比べて俺のオーラは空。勝負には勝ったが、戦いには未だ遠く及ばないのは明白だ。

 

何を考えているかわからないブリオンさんに対して、俺は深呼吸をひとつしてから言葉を吐いた。

 

「ありがとうございました。また、明日もよろしくお願いします」

 

その言葉を聞いたブリオンさんは静かに全身の筋の硬直を緩め、堅を解除する。

 

そして、張り詰めていた空気が嘘のように穏やかなモノへと変わった。今のブリオンさんのオーラはそれまでが嘘のように、殺気も、感情の揺れのひとつも含まない草花のような流れをしている。

 

ブリオンさんは踵を返し、森の方へと歩いて消えていった。

 

それを見届けてから俺は地面に大の字に転がり、ただ空を眺める。今日の空は雲ひとつ無い快晴のようだ。

 

「イイねぇ……」

 

俺は暫く何も考える事もせずに空を眺め、マコが飯に呼びに来るまでの間、そうしていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

モーガスが五大災厄の1体と戦いを繰り広げていた頃。くじら島の某所に建てられた民家の二階の一室で、蒼い姿に琥珀色のトンボのような羽根を生やした女王と、眼鏡を掛けた黒髪の少女がいた。

 

「そーれぇそーれぇ」

「そりゃーそりゃー」

 

何故か彼女らは部屋の中のあらゆるモノをひっくり返している。しかし、彼女らのいる部屋は、眼鏡の少女の部屋ではなく、女王の方に関してはこの家の住人ですらない。

 

「彼の"お宝本"はどこかしらぁ?」

「見つけたら姉さんに通報だー」

 

彼女らは酷過ぎる捜索隊であった。ここの部屋主はモーガス・ラウランその人である。

 

ちなみにメガネの少女の方であるシズクの姉のカエデは、旅団の仕事に行っているので今は島にすら居ない。

 

「あらぁ?」

 

するとベッドの下からハクアが何かずっしりとした重みを感じるモノを見付けた。それを見れば神字の刻まれた御中元程の大きさの箱である。

 

「何かしらぁ?」

 

ハクアは当たり前のように神字で確りと封のされた箱を開封し、中に入っているモノを取り出す、そこに他人のプライバシー等という言葉は一切無い。姉の影響で盗賊気質になり始めているシズクもあんまりない。

 

「ジョイステーション?」

「と、手紙ねぇ。あの人宛のぉ」

 

手紙の日付は1987年。丁度モーガスがくじら島へ来た年のモノのようである。

ハクアはジョイステーションと付属の小さな箱を机の上に置くと、手紙の封を開け、中の手紙を広げた。

 

 

『ようモーガス』

 

『どうせお前の事だ。念を覚えたらこれを開けるとか以前に、これを渡された事すら忘れて戸棚の奥にでも仕舞いっぱなしにした上で、何年か過ぎてから大掃除の時にでも発見したんだろうな。とっくに念の応用どころか俺をぶん殴れるぐらい念を覚えてんだろ。だからぜってぇお前の前には顔出してやんねぇ』

 

『ソイツはGI(グリードアイランド)っつう俺達が作った念能力者用のゲームだ。詳しくは省くがクリアすりゃ中々良いもんが手に入る。暇ならやってみろ。思う存分プレイしてくれ』

 

『あー、そうだ。お前の事だから言わなくてもわかっていると思うからやらねぇが、この手紙は処分しとけよ。念能力者の矜持があるならな』

 

『最後に。"ゲームを楽しめ"よ』

 

 

「ゲームぅ?」

 

この世に棲息する生物の中でも一位二位を争う程長生きをしているハクアにも念能力者用のゲーム等という単語は聞いたことが無かった。目の前の未知に目を輝かせながらハクアは、人類の価値をやや上方修正する。無論、娯楽(暇潰し)の提供者としての価値である。

 

「シズクちゃんのお姉ちゃんも暫く帰ってきそうにないしぃ、一緒にこれやってみましょうよぉ」

「おー」

「うふふ、"ゲームを楽しめ"ばいいのねぇ」

そして、とあるゲームの現在の全プレイヤーにとっての災厄が降臨するのであった。

 

 




ロマンシング・GIはっじまるよー。


Q:主人公のオーラ総量って今どれぐらい?
A:50万前後です。ちなみに中堅念能力が2万程。モントゥトゥユピーが、ハコワレの能力で飛ぶまでの計算だと凡そ70万~90万程だそうです。しかし、彼の周囲の戦闘特化型念能力者がアレ過ぎるので自身を下の上か、中の下ぐらいに思っています。 ついでにどんなにオーラ総量があろうとも首が飛ばされれば死ぬと考えているので総量に関しては特に気にしていません。

Q:この小説のくじら島にいるブリオンのオーラ総量はどれぐらい?
A:1200万です。植えた土が悪いとちょっと落ちる事もあります。サイバイマンは全く意識していません(ホモは嘘つき)。ナックル達が恐らくは3~4万そこらでユピーと戦っていたので主人公に丁度いいくらいの相手をハクアさんが持ってきました。ちなみにブリオンさんが大陸で全力の自爆をすると、人間の世界地図にブリオン海が新しく書き加えられます。ちなみに戦闘時の健在オーラは常に50万~100万ぐらいで戦っているので、流石のブリオンさんもノーガードで20万ぐらい一点にオーラをぶちこまれたら色々もげます。

Q:今のハクアの閃きレベルっていくつ?
A:41レベルです。



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ロマンシング・GI ①ルビキュータ ハクア

5話以上で2話同時に投稿したのなんていったい、いつ以来だろうか…(クソ作者の鏡)。


広大な平原に佇むシソの木と呼ばれる奇抜な監視塔のような建造物。その建物の出口……正確にはグリードアイランドの入り口に3人の女性が立っていた。

 

「おー」

 

一人目は驚くべき感動詞のレパートリーの少なさで今の気持ちを語るシズク。無表情と相まって全く何を考えているか掴めない。

 

「なんで私まで……」

 

二人目は翼と両耳が項垂れているコウモリのキメラアントのマコ。無理矢理連れてこられた感満載である。

 

「うーん…ヨークシンの少し東にある島辺りかしらぁ? ゲームの中の世界ではないのねぇ…」

 

三人目は何故かグリードアイランドに入った瞬間から目の輝きが若干衰えているハクア。何かが思っていた事と大きく違った事に気付いたらしい。

 

「というかいきなり見られてるわね…最悪」

「あっちとあっちからだね」

 

ぶつぶつ独り言を言っているハクアを放置して、マコは顔をしかめ、シズクはふたつの方角を指差した。

 

監視する視線は、気配の消し方すら知らないような念の基礎すら成っていない幼稚なモノだが、平原のみが広がる光景の中には人影は何もない。故に彼女らが視認出来ないような距離から監視されているのだろう。

 

「まっ、いいでしょ。あんなのいつでも殺せるわよ」

「そうだね」

 

二人は気にしないと言う事を決定し、ハクアへと顔を向けた。すると視線に気付いていたハクアは眉を潜めており、言葉を呟いた。

 

「"凝視"」

 

ハクアの目が煌めいた直後、こちらを監視していた全ての視線が初めから存在していなかったかのように消える。

 

「今何をしたの…?」

「お・し・お・き」

 

顔が引きつっているマコにそれだけ言うと、ハクアはシソの木から南の方向へと歩き出し、シズクとマコはそれを追った。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「ここはルビキュータの街だよ」

「私が町長ですぅ」

 

ハクアはゲームキャラクターのように同じ言葉しか話さないNPCにご満悦のようである。自身も妙な事を口走りながら街の入り口にたっているNPCに話し掛け続けているのを、シズクとマコは何とも言えない様子で眺めていた。GIのプレイヤーらは、青い異形の女性が行っている謎の言動と、その近くでコウモリに似た女性型の生物によって、イベントか何かが発生したのかと足を止める者も続出したが、二人がプレイヤーの証である指輪を填めている事に気が付き、微妙な顔で立ち去っていく光景が繰り広げられる。

 

暫くして満足した様子のハクアは、ふたりを連れて街の中央広場に移動した。

 

「さてまずはお金と情報集めからねぇ」

「お金なら結構持ってるよ?」

「良いシズクちゃん? こういうゲームに外のお金は持ち込めず、ゲーム内で独自の通貨が使われているモノなのよぉ。"三顧の礼(ブラックワーク)"」

 

発を使ったハクアの手に記入用紙とペンが現れ、"グリードアイランド"、"男"、"人間"と記入をし終えるとペンをへし折った。すると記入用紙が瞬間移動し、代わりに特筆すべき事は何もない男性の念能力者が首根っこを掴まれていた。

 

ちなみにこう見えてもハクアは、ゲーマーのモーガスの影響で結構なゲーマーと化している。万年単位で暇をもて余しているハクアにとってゲームは、暇潰しとして優秀な娯楽らしい。ちなみにモーガスは太く長くゲームをやる派で、ハクアも同様である。どうあっても女王蟻らしく基本的に巣に引き籠っているのは変わらないらしい。

 

故にこのグリードアイランドにもやたら乗り気なのだろう。正しく本気でゲーム感覚で来ている為、他のプレイヤーからすれば堪ったものではない。

 

「うふふ、"有り金とバインダーの中身ぜーんぶ置いていきなさぁい"」

「盗賊じゃねーか…」

「マコちゃんそれは偏見だよ、姉さんのいる幻影旅団は仕事も方法も選ぶよ」

 

シズクは要はハクアは旅団以下のゲスだと言いたいらしい。しかし、シズクもマコも止める気は更々無い。いや、止められる訳もない。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

ハクアのフリーポケットに1万Jが20枚なので、20万Jのグリードアイランド内通貨が収まっている。

 

しかし、ハズレを引いたのか指定ポケットカードは1枚も持っておらず、呪文(スペル)カードと言われるモノも、指定した番号のカードの説明を見ることができる(No.000は除く)解析(アナシリス)が11枚、対象アイテムのカードを所有している人数とカードの合計枚数を知ることができる名簿(リスト)が3枚、ランダムに何かのアイテムカードに変身する宝籤(ロトリー)が4枚。

 

アナシリスの名前の隣に書いてある文字はG-400、つまりはランクGで、カード化限度枚数は400枚という意味だ。リストはG-350。ロトリーはG-350。ちなみにランクはSS~Hまでの10段階、カード化限度枚数はランクが高いと少なくなり、ランクが低いと多くなる。要するにこれらのスペルカードはいらない物を引き受けたような有り様だ。効果を見る限りでも使わなかった結果の余り物だろう。

 

ちなみにスペルカードとは、グリードアイランドをプレイするには必要不可欠のものらしい。呪文には主に攻撃型、防御型、移動型、調査型などの4種類の効果を持つものがあり、全部で40種。人を負傷させるようなスペルカードは無いそうだ。尚、スペルカードは魔法都市マサドラで1万Jで3枚入りの袋が買える。全てこの男から仕入れた情報である。

 

「た、頼む……そ、それだけは止めてくれ! これが俺の唯一の希望なんだ!」

「あらあらぁ?」

 

とは言え、どんな者にも1つぐらいは取り柄があるもの。この男にもあったらしい。まあ、今はハクアのバインダーに収まっているが。

 

徴収(レヴィ) B-25

周囲(半径20m)のプレイヤー全員から1枚ずつランダムにカードを奪う。

 

ランクBの攻撃スペルカードである。恐らくは心の拠り所というよりも使うタイミングが無さ過ぎただけだろう。底辺のプレイヤーでは初級者以上になったプレイヤーに使っても直ぐにカードを奪い返されてしまう。

 

ただ、こうやってカードを差し出してもらう事が可能なハクアとしては、攻撃スペルは微妙なところか。

 

「ちょっとジャンプしてみなさいなぁ」

「へ…?」

「2度も言わせないのよぉ」

「ヒィィィィィ!!?」

 

古風な不良のような事を言いつつ、ほぼ絶状態から0.1mm程オーラで身体を覆ってハクアが威圧すると、男は叫び声を上げつつ滑稽なまでに垂直にぴょんぴょん跳び跳ねる。するとハクアは何かの音に気付いたのか、男の懐に手を入れて引き抜いた。

 

「グリードアイランドの地図ねぇ」

 

衣類と紙の擦れる音から気付いたらしい。街や地名などが最初から細かく記載されている地図である。お得情報満載。街の店などで65万ジェニーで売られており、D-70とまあまあな価値のあるカードと言えるだろう。ハクアにとってはジェニー以上の収穫である。

 

「ああ……ああ………」

 

正真正銘全てを失った男は地面にへたり込み、真っ白に燃え尽きたかように項垂れる。そして、終わった、もうだめだ、ゲームから出られない等といった言葉が呪詛のように紡がれる。

 

「ゲームから出られない?」

 

ハクアがその中のひとつの単語に反応した。それは彼女にとっても関係があるらしい。

 

「お昼には帰らなきゃいけないのにね」

「当たり前よ。今日も山の麓で伸びてる飼主を拾って来ないといけないもの。後、昼ご飯」

 

ハクア含めてシズクとマコも観光半分程度で来たらしい。他のプレイヤーが聞いたら嘲笑されるか、哀れまれるかのどちらかだろう。ハクアは屈んで男の肩に手を置くと口を開いた。

 

「グリードアイランドの外にある自分の家を思い浮かべなさい。それか親しい友人や家族でも構わないわぁ」

「え…?」

「思い浮かべなさい」

「は、はい!?」

 

男は地べたで目を閉じた。外の事を思い浮かべ、今の現状と暖かい思い出を感じているのか、男の目蓋にうっすらと涙が浮かぶ。それを確認したハクアは口を開いた。

 

「"家路(ノスタルジア)"」

 

次の瞬間、男を中心とした地面に小さな魔法陣のようなものが現れ、淡く優しげな光が男を包み込んだ。光りが晴れると男の姿は既に無い。

 

「なんだぁ、帰れるじゃない。驚かせないでよぉ」

「何したの?」

「家に帰してやったわぁ、私達もこれで帰るのよぉ」

「じゃあ、そろそろお昼だし一端帰ろうか?」

「そうねぇ、二人とも目を瞑って今の家を思い浮かべなさい」

 

さっきと同様に目蓋を閉じているシズクとマコの両肩に触れると、直ぐに二人の姿が消え、その場にはハクアだけが残る。

 

「さーて、この街では何のカードが取れるのかしらぁ?」

 

ちなみにハクアは生物として完成し過ぎているので、生命活動としての食事と睡眠が必要ないので、彼の顔を見たくなった時に帰るだけで十分なのだ。

 

ある意味、さっきカモにされた男は凄まじく幸運だったのかもしれない。ちなみにハクアがこの能力を作った経緯は、行きは良いが、帰りが面倒なので帰りの時間を短縮する為に作った念能力である。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

現在この街のプレイヤーはとある話題で騒然としている。なんでも駆け出しの街であるこのルビキュータの街と、その反対側に位置するアントキバの街で、新参プレイヤーを監視する為に駐留していた自称中級プレイヤー数名が、生きたまま石化する事件が発生したという。

 

生きたままというのは、石像がゲームから離脱されないからだ。無論、ブックと言えるわけもないため、バインダーは開けず終いなのでバインダーの中のカードを移動させる事すら叶わないという始末。

 

更に石化した全員が、シソの木が見える位置で監視していた者であったため、視認した瞬間に見ていた対象を石化させる念能力が発動するタイプの念能力者が来たのではという噂だ。

 

ちなみにそれを聞いたハクアは"凝視ぐらい見切ってないのが悪いのよぉ"と何やら言い訳を呟いていたが、その意味がわかる者はハクア以外には存在しなかった。

 

「んー…」

 

そして現在、このルビキュータの街で1枚のAランクの指定ポケットカードをさらっと手に入れたハクアは、街の外れの公園に設置されたベンチに座り、バインダーを見ながら渋い顔で唸っていた。

 

トラエモン A-22

絶滅寸前の猛獣。腹の袋に色々なものを詰め込む習性がある。貴重なアイテムが始めから入っている場合も少なくない。

 

中々のレアカードである。しかし、ハクアの表情の理由はどうやらトラエモンの名前と絵柄にあるらしい。

 

「これってどう考えてもドラえも…」

「トラエモンを寄越せ、そうすれば命だけはとらねぇ」

 

呟きが遮られた事でハクアはバインダーから顔を上げる。いつの間にかハクアの座るベンチの周囲10m程の距離で、11人の男女のプレイヤーが囲んでいた。その中のリーダー格の男の発言らしい。その男は筋肉質で腕っぷしの強そうな見た目をしており、如何にも荒くれ者と言った風貌である。

 

「そろそろシズクちゃんとマコちゃん戻って来る頃かしらぁ…」

「おい、聞いているのか?」

 

ハクアは目すら向けずに小さく溜め息を吐く。人間の中堅念能力者にすら及ばないオーラだが、この街ですれ違った念能力者の中では一番マシな部類ではある。とは言っても彼と比べれば1万人居ようとも比較にすらならないだろう。

 

ハクアは少しグリードアイランドの敷居の低さに落胆の色を強めたが、練をするだけでゲームプレイが可能な為、真っ当に進めれば念能力の応用を知らない念能力初心者を育成する為のゲームなのかもしれないと好意的な解釈で思考を閉じる。そして、寛大な心でハクアは胸の内を語る事にした。

 

「折角、人間…それも彼の知り合いの作ったゲームなんだから、極力人間に沿ったルールと方法で楽しみたいのよぉ。だからここ(グリードアイランド)では私に何もしない限り、私は命を取るような真似はしないわぁ」

 

そう言ってハクアは手で小さく何度も押し返しながら、羽虫でも払うかのようにシッシッと声を出す。気に入らない上、目障りで耳障りな相手に対するハクアの対応としては、これを七英雄にでも見せれば目を大きく見開いて暫く固まる程、他人への思い遣りと優しさに満ち溢れた発言である。

 

「ッ! 舐めやがって!」

 

しかし、ハクアの最大限の努力を11人のプレイヤーは踏み倒した。リーダー格の男の手に拳程の念弾が、ハクアにとって欠伸が出るような時間を掛けて形成されて放たれる。しかし、些末な念弾は、ほぼ絶状態のハクアにデコピンで弾かれて爆散した。余ほどにその念弾に自身があったらしいリーダー格の男は驚愕の表情を浮かべ、周囲の10人も同様のようだ。

ここで使ったのが、よりにもよってハクアの言う彼が、戦闘において絶大な信頼を置く念弾ではなく、念能力や単純に他の方法で攻めてきたのならハクアはもう1度か2度ぐらいは、警告をしていた筈だった。しかし、余りにもお粗末な念弾を見たハクアの頭の中で何かが千切れる。

 

明確な感情の揺れに片手を震わせているハクアに対し、リーダー格の男はバインダーからスペルカードを取り出して掲げた。

窃盗(シーフ)使用(オン)! ハクア!」

「"ミサイルガード"」

 

そう呟いた瞬間、ハクアの周囲をシャボン玉のように透明の膜のようなものが覆う。それに遅れてシーフが殺到した。

 

盗れると初めから確信している11人のプレイヤーらは既に盗る事に成功したかのような表情を浮かべている。しかし、透明の膜に触れた瞬間、窃盗の攻撃そのものが霧散した事で、彼らは鳩が豆鉄砲を喰らったかのように唖然とした表情へと変わった。

 

それとは逆にハクアは能面のように全くの無表情になっている。いつもは誰よりもニコニコしている為に知り合いが見れば、夢に出るような光景だろう。

 

ハクアは誰にでもなく語るように言葉を吐いた。

 

「ハクアっていう名前はねぇ。まだ私が孵化し立てのただの大きな白蟻だった頃に彼が付けてくれた名前なのよぉ。まあ、私は同化の法の延長線で卵になってただけなんだけどぉ…」

 

その直後、ハクアの表情が完全な侮蔑へと変わり、体表面を1cm程オーラが包み込む。

 

「塵に等しい下賎の者共が、吐いていい名ではない」

そして、ここに来てハクアは明確な殺意をぶつける。オーラに乗せた殺意でも何でもなく、ただ純粋な感情の起伏による殺意である。

 

「あ、同行(アカンパニー)オン! マサド……」

「あらぁ? 話の途中で何処に行こうというのかしらぁ?」

 

素の表情に戻ったハクアの手には、リーダー格の男が発動しようとしていた移動スペルであるアカンパニーのスペルカードが握られていた。11人は何か念能力で取ったのかと考えたが、実際には視認できない速度で動いて掴み取っただけである。

 

「それとも私の話を耳にするのが、身に余ると思っての行動かしらぁ? だったら塵にも踏み躙られる悦びを教授てあげなきゃねぇ」

 

ハクアの手に何処にでもあるような簡素で白いリモコンが出現した。

 

「"敬虔な蜜蟻(ミニチュアアント)"」

 

その言葉の直後、11人の周りを覆うように数百匹の子猫程の大きさの白蟻が、取り囲んでいた。一人頭、数十匹が狙いを定めている計算になる。

 

「な……なんだこりゃ!?」

 

男がそう叫んだ後、11人に一斉に白蟻の群れが飛び掛かる。最初の何匹かは対処出来たようだが、雪崩れのように襲い来る白蟻を全て対処出来る筈もなく、瞬く間に白蟻の群れに呑まれる。

 

暫くすると白蟻は一斉に消滅し、殆ど無傷の11人がそこにいた。しかし、全員の肩、胸、腰等様々な箇所に一人につき、1匹づつ白蟻が張り付いている。張り付いた白蟻の手足は身体に一体化しており、自力で外す事はまず不可能だろう。また、白蟻の尻の部分が透けて液状のハクアのオーラが中に入っているのが確認出来る。

 

「その念獣は作製の時に込めたオーラの量に比例して爆発力と、起爆までのカウントが伸びるのよぉ」

 

見れば全てのミニチュアアントの尻には、ストップウォッチのように00:00:00:09と模様のような数字が刻まれている。

 

「起爆時間は込めたオーラ量に比例した初期設定の時間以下には設定出来ないけど、それ以上には設定可能なのぉ。今のままだと0.09秒で爆発しちゃうからぁ、今回はそうねぇ。300秒でいいかしらぁ」

 

そう言うとミニチュアアントの尻の文字が00:00:00:09から00:05:00:00へと変わった。

 

「解除方法だけど、このリモコンのボタンを私以外の誰かが押せば念獣は一斉に消滅するわぁ」

 

説明を終えた瞬間、11人に付いているミニチュアアントのカウントダウンが開始され、時計の秒針を強く鳴らすような音が響き、11人はそれに狼狽する。

 

「この念獣の弱点を説明することが、カウントダウンのトリガーになっているのぉ。このままだと全員5分の命ねぇ」

「な、何が望みだ…」

 

リーダー格の男が呟くと、ハクアはにんまりと笑顔を浮かべて言葉を投げ付けた。

 

「まず、持っているスペルカード全て、それから全指定ポケットカードを破棄するのよぉ」

「ふ、ふざけるな! そ…」

「BANG!」

 

一時の感情を表に出そうとしたリーダー格の男の次の言葉が吐かれる前に、ハクアは手元のリモコンでエアコンの温度を変えるような軽い動作を行いながら擬音を口にする。

 

するとリーダー格の男の右脇腹に付いていたミニチュアアントのカウントが一気に00:00.00まで落ちる。それに従い、リーダー格の男の全身が跡形もなく吹き飛び、名実共に塵と化した。その光景に残りの10人は絶句している。

 

「んー? 何か言ったかしらぁ? 生憎、塵との会話手段なーんて持ってないし、持ちたいとも思わないわぁ。人間に戻ってからもう一度言いなさいなぁ。ちなみにカウントを終えた敬虔な蜜蟻は今の10倍の爆発力があるわよぉ」

 

その言葉にリーダーが爆破されたのを見て顔が真っ青になっていた残りの10人は、真っ青を通り越して真っ白になっていた。

 

「ほらぁ、250秒切ったわよぉ。捨てればとりあえずカウントは停止してあげるわぁ」

 

10人に行動選択の権利などあろう筈もなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「はーい、良く出来ましたぁ。じゃあ、カウントを一時停止するわよぉ」

 

ハクアは10人がカードを破棄するのを見届けてからリモコンを操作すると、一斉にカウンターが止まる。それからカードを捨てている最中に書いていた紙を、10人に向けて適当に投げ渡した。

 

そこに書いてある内容はこうである。

 

 

~10ヶ条~

①ひとりでもグリードアイランドから出たら起爆する。

②私の呼び出しにひとりでも応じなかったら起爆する。

③私のお願いを拒否したら起爆する。

④簡単なお使いを全う出来なかったら起爆する。

⑤指定ポケットにカードが入っていたら起爆する。

⑥無理は嘘つきの言葉なので似たような言葉を吐いたら起爆する。

⑦私の気分を害したら起爆する。

⑧指定額のジェニーを1週間以内に献上出来なければ起爆する。

⑨会ったら挨拶しないと起爆する。

⑩1日3枚宝籤を献上しないと起爆するかも。

 

「ま、待ってくれ! 指定ポケットにカードが入っていたら起爆されるんじゃ俺たちゲームすら出来なくな」

「BANG!」

 

ハクアの似ていない擬音と共に、 人体が粉々に吹っ飛ぶ爆発が起こる。これで10人から9人に減った。

 

「私の貯金箱になれる光栄を蹴るなんて照れ屋さんねぇもう」

 

ハクアは笑顔を崩さずそんな冗談を言い終えると、急激に表情が消え、底冷えするような声色で呟いた。

 

「それで他に異論はあるかしらぁ? 大丈夫よぉ、私がゲームクリアすれば敬虔な蜜蟻は解除してあげるからぁ、精々頑張ってねぇ」

 

誰一人として口を開ける筈もなかった。そして、逸脱した恐怖に股を濡らしている一人の女性が悲鳴を上げながら逃げると、蜘蛛の子を散らすように9人はバラバラに消えていった。

 

「ふぅ……余計なオーラ使っちゃったわねぇ」

 

ひとりに戻った事でハクアは溜め息を吐く。そして、とある方向に目を向けると更に口を開いた。

 

「ねぇ? ずっと見ていたアナタもそう思わないかしらぁ?」

 

その言葉で30m程の距離に生える木の裏で絶が乱れる。木の裏に隠れていた人物は観念したのか、絶を止めてハクアの目の前に現れる。

 

「いつから気付いていた…?」

 

それは金髪にサングラスのような形状の眼鏡を掛けた男だった。十字の模様があしらわれた白のコートを纏い、青いスカーフを着けている。

 

「アナタが怒り心頭な様子で公園の前の道で石を蹴って、公園を横切ろうとした時からよぉ」

「俺が気付くより前かよ…」

 

ハクアは男を値踏みするような目で眺めると、感心した或いは良いモノを見付けたといった様子に変わる。

 

「才能はかなりある方ねぇ。絶も悪くなかったし、オーラ量も及第点ぐらいはあるわぁ。それ以上に具現化系なのに戦闘特化の念能力なんて素敵じゃない。イ・ビ・ツで」

「な…!?」

 

念能力すら見せずに系統を言い当てた事に男は目を見開く。しかし、一先ずはその場で殺されるような事は無いとハクアの様子から読み取った男は内心胸を撫で下ろしていた。

 

「見てたならわかると思うけどぉ、私とーっても強いでしょう?」

「……………ああ…」

 

能力を見せたのみで、纏すらマトモにしていないにも関わらず、少なくとも一部始終を見ていた男には絶対に勝てないと思わせる程には格上である事は明白だろう。

 

「でもグリードアイランド(このゲーム)は強さだけでプレイするとつまんないし、"ゲームを楽しむ"って趣旨から外れるのよねぇ。だからプレイヤーから奪ったりは極力無し。非効率的で地道なプレイをしたいのよぉ。でもフリーポケットカードの45枚の制限と、島から出ちゃうと消えちゃう制限でそういうプレイはひとりじゃ難しいと思うのぉ。連れは二人いるけど彼女達は1日に何度か島から出るから結局は、カードを一時的に持ってくれる人は必要不可欠だしぃ。まあ、私が提供出来るのは"絶対的な報復力"、"無敵のバインダー"、最後に時間は掛かるけど"ゲームクリアまでのフリーパス"ってところかしらぁ? まだここに来て1日だけどぉ、私がクリア出来ない程のクソゲーなわけないしぃ」

「要するに…?」

「アナタの指定ポケットカードに100枚カードを集めた上で、ゲームクリアさせてあげるから私のフリーポケットになりなさいなぁ」

 

それを聞いた男は眼鏡の奥の瞳を丸くしている。何せハクアはさっきの奴らのように男も容易く捻り潰せてしまうであろう別次元の念能力者なのだから。

 

「クリアさせてやるから仲間になれって事か…?」

「あらぁ? 不満?」

「…………ひとつ聞きたい、お前はバッテラからの依頼でここに来たのか…?」

「誰それ? なんだかお菓子みたいな名前ねぇ、家のジョイステからよぉ」

 

それを聞いた男は一瞬、会心の笑みを浮かべたようにハクアには見えたが、直ぐに表情を戻した。

 

「ならこっちにもひとつ条件がある」

「へぇ? 何かしらぁ?」

 

男は冷や汗を隠しきれていないが、危ない橋を渡るような感覚なのだろう。無理もない。しかし、心を決めたのか真っ直ぐにハクアへと言葉を返す。

 

「何かあっても俺の連れの安全は保証してくれ。もし殺すなら俺だけでいいだろう?」

「…………顔に似合わず殊勝ねぇアナタ。まあ、いいわぁ。アナタの友達は何があっても絶対に殺さない。これで交渉成立ねぇ、改めて自己紹介。私はハクア。アナタはだぁれ?」

 

男は身なりを整え、額の汗を拭き、眼鏡を直してから口を開いた。

 

「"ゲンスルー"だ」

 

こうしてハクアはグリードアイランドでそこそこ使える荷物持ちを手に入れたのだった。

 

 




ちなみにこのロマンシング・GI編は、本編であまり役割のがないシズクとマコに役割を持たせる為のモノでもあります。んんww役割が持てますぞwww

~ハクアの念能力コーナー~
家路(ノスタルジア)
自宅や親しい人のところへ自身か、触れた対象を瞬間移動させる帰宅用念能力。帰路限定でしか使えず、発動まで行程がある為、戦闘用の念能力ではない。
制約
①帰り道でしか使用出来ない。
②目を瞑っていなければ発動出来ない。
③帰りたい場所を強く思い浮かべていなければ発動しない。
④オーラを消費するのは家路に就く者。
⑤家路の発動オーラ足りない場合は、家路に就く者から全てのオーラを消費させた上で家路の発動者が残りを肩代わりする。

敬虔な蜜蟻(ミニチュアアント)
爆発する蟻の念獣と、リモコンのセットの念能力。作製時に込めたオーラの量に比例して爆発力とカウントが伸びる。目標に辿り着くまでは比較的簡単に破壊可能で倒しても爆発しないが、1度張り付くと硬化し、爆破するまで一切攻撃を受け付けなくなる。また、リモコンでカウントを待たずに起爆する事も可能であるが、爆発力は10分の1に落ちる。
制約
①ひとつのリモコンにつき1000体まで操作可能。
③張り付ける最大数は生物ならば1体まで。
④込めたオーラ量が多ければ多い程に爆発力が上がるが、比例して起爆時間も増える。
⑤起爆時間は込めたオーラ量に比例した時間以下には設定出来ないが、以上には設定可能。
⑥カウントダウンをスタートさせるには敬虔な蜜蟻の消滅条件を説明しなければならない。
⑦リモコンのボタンを他人が押すと念獣とリモコンは消滅する。


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ロマンシング・GI ①ルビキュータ 爆弾魔

ちなみにまだ原作の7年以上前なので彼は命の音を作っていません。

後、私なりに5年以上掛けてあんな回りくどい方法でクズを消す理由と、なぜ彼ほどの念能力者が普通にグリードアイランドをクリア出来なかったのか、最後のやたら晴れやかな顔の理由を考えてみました。

考えれば考える程思うんですけど。

ゴン、キルア、ビスケの3人ではまず、ハメ組が爆破されてなければ多分クリア出来ていませんでしたよねぇ。あれ実際ゲームの趣旨的には最低に最強ですし。堅牢を独占してれば全てのカードを他人がカード化すれば数の暴力で取れるわけですし。



駆け出しの街の片割れのルビキュータの町外れの小道。そこで両手をポケットに突っ込みながら怒気を隠そうともせずに歩いている男がいた。

 

「クソがッ…!」

 

偶々進行方向にあった石を蹴り上げた彼の名は"ゲンスルー"。念能力者としての能力だけならグリードアイランド最上位クラスの具現化系の念能力者。

 

彼がこのグリードアイランドに来たのは2ヶ月程前。ゲームクリアに500億の賞金を掛けている大富豪バッテラに送り込まれたプレイヤーのひとりでもある。友人のサブとバラと共に3人のチームでグリードアイランドをプレイしている。

 

しかし、現在彼とその仲間はゲームに行き詰まっていた。

 

というのも初めは順調にゲームを進め、30枚程の指定ポケットカードを埋める事が出来たのだが、つい先日30人を越える集団のプレイヤーに襲われ、ほぼ全ての指定ポケットカードを奪われてしまったのである。

 

圧倒的な量と頭数によるスペルカードでの強奪。如何にも指定ポケットカードを埋める事の出来ない弱い者が考えそうな事だ。何せフリーポケットに入るカードの数は45枚。ならば頭数そのものを増やして、確実にカードを奪える程スペルカードを保有して他者から奪えばいい。1度に撃てるスペルカードは頭数で決まり、フリーポケットはあまり多いとは言えないのだから。それこそ真っ当にゲームをプレイしてカードを掴み取った彼らのような者を嘲笑う最高で最低の方法だ。

 

彼らがグリードアイランドで初めてカード化されたカードも2枚、奪われた指定ポケットカードの中にはあった。

 

まず、誰かが目的のカードを手にするのを待つ。そして、真っ当にプレイしてカードを掴んだプレイヤーの横から数の暴力でカードを奪っていく。その繰り返しだ。そんな事をされ続ければ真っ当にゲームを進めようとするプレイヤーなど居なくなってしまうのは明白。

 

グリードアイランド発売から既に5年間。誰ひとりとしてゲームクリア者が出ない理由は、それだったのだと彼は確信する。ゲンスルークラスの念能力者か、それ以上の者も他に居たであろうが、正直者が馬鹿を見る壮絶な足の引っ張り合いが起きているグリードアイランドの現状に呆れ、ゲーム自体を投げてしまったのだろう。

 

(だが、俺はゲームを諦めはしない。少なくともクズにクリアさせるような真似だけは絶対に阻止してやる…)

 

ゲンスルーは歪んでいるが、それでも彼なりの矜持がある。それはクズが強者に楯突く事に他ならない。弱者ではなくクズなのが重要だ。

 

(このゲームをクリアするにはまず、真っ当にゲームクリアを諦めて強奪に徹する連中を皆殺しにしなけりゃ始まらない……いや、それでも根本的な解決にはならないか。いっそ、自分で最大勢力の強奪集団を作り、それがカードを集め切る寸前で奪い取るのが理想。だとすれば必要なのは……)

 

ゲンスルーは足を止め、眼鏡を直してからそっと呟いた。

 

「数十人を確実に一斉に殺せる念能力…それも脅しに使えるものか…」

 

もし、正面から念能力者同士での勝負を吹っ掛けられ、それに敗北してカード全てを取られたのならゲンスルーは納得しただろう。彼も命を掛けた戦いならば喜んで応じ、勝者にはそれ相応の見返りが無ければならない。

 

だからこそ念能力者としては、自身よりも遥かに格下の群れるだけのクズ共に、スペルカードで一方的にカードを奪われるこのゲームのシステムがゲンスルーには我慢ならなかったのだ。

 

「あ?」

 

通り抜けようとした公園に入ろうとすると、ベンチのひとつを複数人が囲んでいる光景が目に入った。バインダーすら開いていない青多めの配色の女性ひとりを、11人の集団が囲んでいるようである。

 

(初心者狩りか……人数が多いな)

 

ゲンスルーはブックと唱え、バインダーを開く。

 

(近付いて徴収(レヴィ)を使用。全員からカードを奪い、手早く磁力(マグネティックフォース)で逃げるか。追ってきてもサブかバラと合流すれば、あの程度のクズの始末に10秒も掛からない)

 

既にゲンスルーに失うモノはない。普段より攻撃的かつ頭に血が昇っている彼はそんな事を決行しようと、絶でオーラを絶ち、公園の話し声が聞こえる程度の位置の木の裏に隠れる。この距離なら20mも跳べばレヴィで全員からカードが回収出来る。そこで少しだけ顔を出し、その顛末を見届ける事にした。

 

「そろそろシズクちゃんとマコちゃん戻って来る頃かしらぁ…」

「おい、聞いているのか?」

(なんだあの女……いや、女なのか?)

 

11人のプレイヤーが囲んでいるのは青い肌をした女性型の魔獣である。トンボのような羽根から妖精のように見えないでもない。

 

魔獣はバインダーを出していないところから、このゲームに入ったばかりなのだろう。折角手に入れた指定ポケットカードを横から掠め盗られる事に多少同情を覚える。まあ、同情を覚えたからといって何をするわけではないが。

 

「折角、人間…それも彼の知り合いの作ったゲームなんだから、極力人間に沿ったルールと方法で楽しみたいのよぉ。だからここ(グリードアイランド)では私に何もしない限り、私は命を取るような真似はしないわぁ」

 

そう言って魔獣は手で小さく何度も押し返しながら、羽虫でも払うかのようにシッシッと声を出す。

 

(スッゲー煽り方だな…オイ)

 

ゲンスルーはその清々しいまでの見下した態度に呆れと共に何やら妙な共感すら生まれる。2ヶ月前の選考会に彼女が居たのならゲンスルー組は今頃4人になっていたかもしれない。

 

「ッ! 舐めやがって!」

 

案の定、挑発にキレたリーダー格の男は練でオーラを練り上げると、手に拳程の念弾が形成される。

 

(硬で作った念弾か、あの程度の使い手でもマトモに受ければ俺でも痛いじゃ済まないな)

 

対する魔獣は欠伸でもするのではないかと思えるほど緩んだ表情をしており、全く意に返していない。だが、その雰囲気に少しだけ怒気が含まれ始めたような感覚をゲンスルーは覚えたが、態度から気のせいだと振り払った。

 

(ってアイツ絶状態じゃねぇか!?)

 

余りにも堂々と自然にしていた為にゲンスルーは今の今まで魔獣が、ずっと絶状態でいる事に気が付かなかったのである。

 

(あー、あー……死んだよ)

 

念弾は既に放たれており、それは魔獣の体幹に一直線に向かう。だが、あり得ない事に念弾は、ほぼ絶状態の魔獣に当たる直前に爆散した。

 

(は…?)

 

ゲンスルーに見えたのは一瞬、魔獣の手がぶれただけで、魔獣は一切のオーラ操作をしていない。つまりは硬で集められた念弾をオーラを使わず、素手で弾いたという事になる。表皮がとてつもなく頑丈な魔獣なのか、それとも技術が果てしなく高いのか。何れにせよ彼は魔獣の戦闘力を上方修正した。

 

念弾が効かないと悟ったリーダー格の男は、バインダーからスペルカードを取り出して掲げる。

窃盗(シーフ)使用(オン)! ハクア!」

「"ミサイルガード"」

 

そう呟いた瞬間、魔獣の周囲をシャボン玉のように透明の膜のようなものが覆う。それに遅れてシーフが殺到した。

 

しかし、またあり得ない事が起こる。なんとシーフは透明の膜に触れた瞬間、さっきの念弾のように跡形もなく霧散してしまったのだ。無論、そんな名前で、そのようなエフェクトを伴う防御スペルは存在しない。となると答えはひとつだろう。

 

(スペルカードを………念能力で無効化した…?)

 

ゲンスルーが固まっていると、いつの間にか魔獣は、さっきの緩んだ表情から能面のように全くの無表情になっている。

 

「ハクアっていう名前はねぇ。まだ私が孵化し立てのただの大きな白蟻だった頃に彼が付けてくれた名前なのよぉ。まあ、私は同化の法の延長線で卵になってただけなんだけどぉ…」

 

その直後、魔獣の表情が完全な侮蔑へと変わり、体表面を1cm程オーラが包み込む。

 

(な……)

 

そのオーラを見た瞬間、ゲンスルーは悟った。 "化物"という言葉がそこに存在しているのだと。

 

たった1cm、されど1cm。しかし、あの1cmを貫く事は誰にも不可能だろうと直感で理解する。例えるならマグマに指を突っ込んで無事で済むか。そんなやるだけ無謀な上、何も得るものが無いような虚無感をその1cmというオーラの壁は放っていた。

 

 

 

「あ、同行(アカンパニー)オン! マサド……」

「あらぁ? 話の途中で何処に行こうというのかしらぁ?」

(辛うじて見えた…とんでもない速度でスペルカードを奪い取って戻ったのか)

 

ゲンスルーの目にすら、数万枚の間隔でフィルムのほんの1枚に別のモノを紛れ込ませるサブリミナル効果のように、座っている体勢でない状態の魔獣が1度だけ視覚情報として認識出来ただけであるが、それが見えた以上はそういうことなのだろう。人間で例えれば、フィルム映画のひとコマが切り替わる時間以内に、全ての行動を終了させられるような話だ。速い……いや、そんな生温い次元の話ではない。

 

初心者の皮を被った何かを襲ってしまったあの者達が、まだ生きている今ならあの魔獣から逃げる事が出来る。だが、彼は釘付けにされたように魔獣の動向から目が離せなかった。

「それとも私の話を耳にするのが、身に余ると思っての行動かしらぁ? だったら塵にも踏み躙られる悦びを教授してあげなきゃねぇ」

 

魔獣の手に何処にでもあるような簡素で白いリモコンが出現した。

 

「"敬虔な蜜蟻(ミニチュアアント)"」

(来たか念能力!)

さっきのミサイルガードというモノも念能力ではあるが、スペルカードを無効化したという事に気を取られ、考察を忘れていた。だが、今度はゲンスルーよりも遥かな高みどころか別の次元にいる念能力者の念能力を見る事が出来る。こんな機会は一生に1度も無いだろう。彼は念能力者としては正しい方を向いていた。

 

その言葉の直後、11人の周りを覆うように数百匹の子猫程の大きさの白蟻が、取り囲む。

 

(1度に辺りを埋める程の量の念獣だと!?)

 

放出系系統が近く、念獣に強い適正のある放出系か、操作系を極めた念能力者辺りなら200~300体程の念獣を同時に扱う事も可能だろう。だが、具現化までが速過ぎる。通常それほどの数の念獣を作製するのならば、作製にコストや、あえて1体、1体の作製に時間を掛ける事で1体辺りの消費オーラを抑えるモノだ。だが、全くそれがない辺り、魔獣の馬鹿げたオーラ量が伺える。

 

「な……なんだこりゃ!?」

 

男がそう叫んだ後、11人に一斉に白蟻の群れが飛び掛かる。雪崩れのように襲い来る白蟻を全て対処出来る筈もなく、瞬く間に白蟻の群れに呑まれる。

 

ゲンスルーはそれよりも最初の何匹かは対処されて消滅した事に注目する。

 

(念獣1体、1体の戦闘力は低い……いや、ほぼ無いな。となると何の効果が付与されている?)

 

ゲンスルーの予想通り、殆ど無傷の11人がそこにいた。しかし、全員の肩、胸、腰等様々な箇所に一人につき、1匹づつ白蟻が張り付いている。張り付いた白蟻の手足は身体に一体化しており、自力で外す事はまず不可能だろう。

 

(あれは……まさか…爆弾!?)

 

ゲンスルーは白蟻の尻の部分が透けて液状の魔獣のオーラが中に入っている事と、尻に数字のようなものが刻まれている事からそう推測した。

 

「その念獣は作製の時に込めたオーラの量に比例して爆発力と、起爆までのカウントが伸びるのよぉ」

 

その答えは魔獣の口から直接語られる。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……余計なオーラ使っちゃったわねぇ」

(………………)

 

ゲンスルーは木に背を預けながら絶句していた。

 

殺傷力を高める為のあえて長いカウント、念能力の解除方法の説明がトリガー、カウントを待たずに即爆破も可能。今の彼にとって目から鱗どころか、既に新たな念能力の形が8割方決まってしまったと言っても過言ではない。

 

(能力名は……命の音(カウントダウン)がいいな。これなら時間さえ掛ければクズ共を皆殺しに出来る!)

 

ゲンスルーは未だ見ぬ爽快な光景を思い浮かべ、口の端を歪めて笑みを浮かべる。

 

「ねぇ? ずっと見ていたアナタもそう思わないかしらぁ?」

 

瞬間、ゲンスルーは心臓を鷲掴みにされたように身体が軽く跳び跳ね、絶が乱れる。

 

気付いていないと自惚れていたわけではないが、ほんの少しでも気付かれていなければいいという期待があったのは否めない。そして、いざ矛先がこちらに向けられているとわかると足が竦んだが、彼は魔獣の前に姿を現した。

 

また絶状態になっている為、再び無害な一般人のような感覚しか覚えないが、1度本性を見た後だとそれさえもおぞましさすら感じる。

 

「いつから気付いていた…?」

「アナタが怒り心頭な様子で公園の前の道で石を蹴って、公園を横切ろうとした時からよぉ」

「俺が気付くより前かよ…」

 

ゲンスルーの絶などそもそも無駄だったらしい。それでは通り掛かる振りをしてガン見してた方が、幾分か印象が良かったかもしれないと考えたが、後の祭りである。

 

魔獣はゲンスルーを値踏みするような目で眺め、感心した或いは良いモノを見付けたといった様子に変わる。

 

「才能はかなりある方ねぇ。絶も悪くなかったし、オーラ量も及第点ぐらいはあるわぁ。それ以上に具現化系なのに戦闘特化の念能力なんて素敵じゃない。イ・ビ・ツで」

「な…!?」

 

念能力すら見せずに系統を言い当てた事に男は目を見開く。それと同時にゲンスルー自身を魔獣が褒めている事に少しだけ嬉しいような感覚を覚えた。

 

「見てたならわかると思うけどぉ、私とーっても強いでしょう?」

「……………ああ…」

 

強いとかそういう次元の話ではないが、魔獣の中ではそういう次元の話らしい。ここで妙なことを言わないでただ頷くのが、世渡りの秘訣である。

 

「でもグリードアイランド(このゲーム)は強さだけでプレイするとつまんないし、"ゲームを楽しむ"って趣旨から外れるのよねぇ。だからプレイヤーから奪ったりは極力無し。非効率的で地道なプレイしたいのよぉ。でもフリーポケットカードの45枚の制限と、島から出ちゃうと消えちゃう制限でそういうプレイはひとりじゃ難しいと思うのぉ。連れは二人いるけど彼女達は1日に何度か島から出るから結局は、カードを一時的に持ってくれる人は必要不可欠だしぃ。まあ、私が提供出来るのは"絶対的な報復力"、"無敵のバインダー"、最後に時間は掛かるけど"ゲームクリアまでのフリーパス"ってところかしらぁ? まだここに来て1日だけどぉ、私がクリア出来ない程のクソゲーなわけないしぃ」

「要するに…?」

「アナタを指定ポケットカードに100枚カードを集めた上で、ゲームクリアさせてあげるから私のフリーポケットになりなさいなぁ」

「クリアさせてやるから仲間になれって事か…?」

「あらぁ? 不満?」

 

不満などあろう筈もない。寧ろ、このグリードアイランドで最も敵対してはいけない存在が、味方に付くのだからこれ以上の好条件など無いであろう。ただ、唐突かつ向こう側にあえてゲンスルーを選ぶ程の理由が、そこまで無いことで決めかねているだけだ。

 

そこで冷静になった彼はふと自分の依頼主について思い出す。彼は金が欲しくてこのゲームをプレイしているわけで、ひょっとすると魔獣もその一人で、全額を渡す事も条件だったりするのかもしれない。それならば本末転倒だ。

 

「…………ひとつ聞きたい、お前はバッテラからの依頼でここに来たのか…?」

「誰それ? なんだかお菓子みたいな名前ねぇ、家のジョイステからよぉ」

(よしっ! 問題無し!)

 

それを聞いたゲンスルーは、心の中で全力のガッツポーズを取る。そこで彼は素に戻り、二人の友人の事を思い出した。彼らは自分程で無いにしろ粗削りではあるが、一流の使い手であると思っている。

 

だが、この別の次元からやって来たとしか思えない魔獣は、自身のオーラそのものを隠す、無駄に洗練された無駄の無い無駄な技術は異常である。彼自身も魔獣が片鱗を見せるまで一切、気が付かなかったのだから、二人が実力に気付く事は絶望的だろう。よって初見で魔獣の気分を害す可能性が無いとは言い切れない。そうすればどんな目に遭わされるかなど想像に難しくない事を悟り、彼は冷や汗を流し始める。

 

「ならこっちにもひとつ条件がある」

「へぇ? 何かしらぁ?」

 

ゲンスルーには魔獣のタイプの人種の扱いには多少心得があった。それは至極単純に礼を欠かない事である。そして、嘘は吐かない事が重要だ。 だから、ありのままの彼の心の内を魔獣に伝える。

 

「何かあっても俺の連れの安全は保証してくれ。もし殺すなら俺だけでいいだろう?」

「…………顔に似合わず殊勝ねぇアナタ」

(……ほっとけ)

 

ゲンスルーは顔に出さず心の中で答える。

 

「まあ、いいわぁ。アナタの友達は何があっても絶対に殺さない。これで交渉成立ねぇ、改めて自己紹介。私はハクア。アナタはだぁれ?」

 

ゲンスルーは身なりを整え、額の汗を拭き、眼鏡を直してから口を開いた。

 

「"ゲンスルー"だ」

 

こうしてゲンスルーはグリードアイランドクリアの最終鬼畜兵器を手にしたのであった。

 




ゲンスルーがなかまになった!

ああ、ちなみにゲンスルーさんですけど。

この小説に今後、グリードアイランドが終わろうとも出続けるので覚悟しておいてくださいね(はーと)。


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ロマンシング・GI ①ルビキュータ ハクア組

前半は現在のモー君の様子です。


 

いつものようにブリオンさん狩りで経験値を貰いつつ気絶し、山の麓でぷりぷりと怒りつつ根は俺の心配をしているマコに拾われて家に帰る。

 

しかし、今日はそんな日常の一幕に変化があった。数日前に例の盗賊団の仕事で島から出ていたカエデから電話が来たのである。生憎、携帯は真っ当には契約できないので家の子機を使わせて貰っている。

 

『今、ザバン市に殺人鬼がいる事を知っているか?』

「いや」

 

挨拶を他所にそんな事を切り出すカエデ。

 

生憎、俺はいつかカエデよりも強くなれるように修行に明け暮れる日々だ。その為、最近は外との交流と言えば、専らゴン名義で購入したネトゲするだけに作られたような頭悪いパソコンで、顔も知らないフレンドとするネトゲにハマっている程度。流星街に帰った時以来、くじら島の外に全く出ていないのである。

 

『………まあ、そうだとは思った。ちなみに私は仕事を終えて、そのザバン市のネット喫茶にいる』

「そうか、それでその殺人鬼がどうかしたのか?」

 

殺人鬼などこの世界には掃いて捨てる程いる。何せ例えばザバン市なら、ザバン市史上最大の大量殺人鬼等と銘を打たれる程に、市毎に殺人鬼のそんな記録が溢れているのだ。

 

全く可笑しな話だな。そもそも殺した人数をイチイチ覚えておく等という面倒なことをするのが理解出来ん。自分か、何処かの誰かにとってソイツが死んでいた方が得をすると思うから殺すのだ。数など関係は無い。

 

『私やお前と違ってまだまだ幼稚な人殺し(アマチュア)には違いないが、それでもこの殺し方には少し思うところがあるんだ。漫画喫茶のパソコンにさっき撮った写真を送るからそれを見てくれ』

「ああ」

『送ったぞ』

「これは…」

 

送られてきたその写真には無数の肉塊が写っていた。いや、正確には体幹部だけは綺麗に残っているが、両手両足と頭がバラバラに分けられている。まるでジグソーパズルのジョイントを全て外し、それらを等間隔に並べる事で元の絵の原型を保っているような状態だ。まあ、人間がバラバラにされているわけだから原型も何もあったものではないがな。

 

『どう思う?』

 

そう聞くカエデの声は何処か上ずっており、機嫌が良さそうに感じる。何故かカエデがご機嫌なのは不思議ではあるが先に返答をした。

 

「素手による犯行だな。断面が鮮やかなのは奇妙だが、形状から見て間違いない。大方念能力による犯行か」

 

流星街でカエデと俺は好き好んで死体を集めてレクターさんの所に持って行っていた。その過程でレクターさんは死体の死因や、病気を解剖を交えながら事細かに教えてくれていたのである。故に何時しか大方の死因は見た瞬間に理解してしまう程度には知識が付いた。

 

例えば分かりやすい例としては水死体だろうか。水上、特に海上に長く浮いている死体は水分を吸って膨張する為、総じて手を開いてがに股をし、ふやけた為に白い肌をしている。無論、基本病気は無いので喰えない事もないが、喰えるとしても喰いたいとは思わないのでカエデとゴミの地面に埋めて置いたな。

 

『だが、私が見た限り、一切のオーラの形跡がなかった』

「なら念能力者の犯行ではないのか。だが、ディクロニウスでもない」

 

この死体の断面も中々原型を留めているが、ベクターは高周波微振動で切断する特性上、断面が比べ物にならない程綺麗になる筈で、血管すら潰すようなことはない。また、カエデのようなベクターの力が極めて強い女王種ならば同様の犯行が可能ではあるが、女王種は生まれつき念を使える上、小さい頃は本能から人間を一人でも多く感染させる事に徹するからこんな無駄な事はしないだろう。

 

『その通りだな』

「とすると……一般人が"ただの腕力のみで掴み取った"って事になるのか」

『ああ、そうだ』

 

俺の答えを聞いたカエデの声色は何処か誇らしげに聞こえた。

 

信じられんが、あり得ない話ではない。人間の突然変異がディクロニウスであり、遺伝子異常で指が6本持って産まれた人間も普通に生活しているわけだ。奇跡的に人間より遥かに高い握力を持って産まれた人間がいても何ら不思議はない。

 

『育てれば使えると思わないか?』

「かなり使えるだろうな」

 

元から素で極めて高い破壊力を持っているわけだ。それにオーラを纏わせるだけで数倍、オーラの操作を覚えれば更に数倍。トータルでただの人間の数百倍から数千倍の力が発揮できるかもしれないのだ。仮に握力をゴリラの最高の個体と同じ程だとしよう。尚、相手のオーラ防御力は無いものとする。まず、オーラを纏う事で10倍、そしてオーラの攻防力移動を体得することで更に10倍。すると握力は約100tというとんでもない数値となる。後は俺も多少出来る肉体操作でも教えればいいだろうか。

 

ちなみに100tがどれぐらいかと問われれば、ガメラが80tなのでそれに片足立ちの爪先でちょっと強く踏まれたようなモノである。いや、例えがガメラだと発泡スチロール製とか思われてしまうかも知れんが、それを精々2m程度の人間が行うのだからどれ程異常になるかはよく分かるだろうか。

 

ここまで来ればカエデがご機嫌な理由も大方予想が付く。カエデはベクター、引いては手というモノに激しく思い入れがある。故に自身なら完璧な師として、その殺人鬼を念能力者に仕上げられると考えているのだろう。少なくとも頭の中で思い描く50%ぐらいの性能を発揮してくれれば、幻影旅団とやらの団員に推薦する気なのかもしれない。

 

『いや、今は団員は足りているからそのつもりではないぞ』

「なら何の為に?」

『ほら、お前が最近言っていただろう…? その…ちょっとした事業を起こしたいから4、5人ぐらい人が欲しいって…』

「……ああ」

 

そう言えばそんな事をぼやいた気がしないでもない。 流石にこのくじら島に居続けるのもどうかと思うので、将来的には長距離を移動して、終わったら観光の出来る自営業をするつもりだ。その為に幾つか必要なものがある。そのひとつが人員なのだ。流石に2、3人でやるとなると依頼主が不安になるだろうからな。

 

「それで俺にザバン市に来て欲しいという事か」

『………私は捜索とか、説得とか、みみっちい事が大嫌いなんだ』

 

後、交渉もなという言葉は全力で呑み込む。くじら島に連れてくるのならハクアが部屋を貸してくれるだろう。今のハクアの巣は数十部屋以上空いてるらしいからな。

 

『カエデちゃん掃除とか探し物とか下手だからねー』

『……うるさい黙れにゅうは黙ってろ』

『2回も言った!? 最近、扱いが酷いよカエデちゃん!? 私だっておんなじ記憶持ってるんだからモーくんとお話したいのに!』

 

モーくん言うな。

 

『うるさい、にゅうなんか作らなきゃ良かった』

『ひ、酷い……に、にゅぅぅぅぅう!』

『じょ、冗談だ泣くな! 本気でそう思っているならとっくに現実の私理想の私(お前)を団長に渡している! それより回りの目が………』

『にはははは! いつ見てもとっても君らは面白いね』

 

全くだ。カエデと電話すると途中から集団で音声チャットしているような気分になるので不思議である。

 

『兎に角、直ぐにザバン市に来てあげたら二人とも喜ぶと思うよ』

「ああ、わかった」

『じゃあねー、ボクも待ってるよ』

 

それを最後に電話は途切れた。さて、とりあえずブリオンさんに暫く留守にすると伝えに行くか。あの人……人? 律儀なので言っておかなければ何時までも待っていそうだからな。ミトさんは仕事終わりのカエデを迎えに行くとでも言っておけば良いだろう。

 

そう言えばシズクがハクアさんの所にゲームをやりに行く、マコがハクアの巣にゲームをやらされに行くと言っていたが、ハクアのゲームとはいったいなんなのか多少気になるな。闇のゲームなんかでは無いことを祈る。

 

ん…? ちょっと待てさっきの電話で最後に出た人誰…?

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

ルビキュータの街のメインストリートを、赤いショートアフロの男…サブと、黒紫の襟で切り揃えられた髪型をした男…バラの二人組が歩いていた。二人は親しい間柄といった様子で、回りを気にする様子もなく談笑を繰り広げている。

 

「ルビキュータに来んのも久し振りだな」

「だな。しかし、ゲンの奴やっと機嫌直って良かったぜ」

「全くだ。あんなにブチキレたゲンを見たのなんていつ以来だったか」

 

二人は同じく自分達を含めた三人の中で、最も強く頭がキレる友人のゲンスルーの顔を思い浮かべる。先日プレイヤーからカードを奪う事のみでゲームクリアを目論む集団に襲われ、苦労して集めた指定ポケットカードが全て奪われて以来、触れたもの全てを爆破せんとばかりに荒れていたゲンスルーを、二人は頭が冷えるまでそっとしておいたのである。

 

そんな彼がついさっき交信(コンタクト)のスペルカードを使用し、イラついていた事を二人に謝ると偉く嬉しげな声色でこう言ってきたのだ。

 

『仲間が増えたからルビキュータの西の外れの公園に来いよ』

 

ゲンスルーの性格からはあり得ない台詞だ。だが、それに驚いている内にコンタクトを切られてしまったので、二人は疑問符を浮かべながらアカンパニーでルビキュータに来た次第である。

 

「なんだありゃ…?」

「んー? なんか見つけ……なんだあれ」

 

二人の視線は20m程前方を歩いている二人組の女性に向けられていた。片方は黒髪の10歳程の少女。まだ幼いと言うのに二人より二回り劣る程のオーラを有している辺り、相当な才能を持つか、見た目より念能力者としての年数が長いのかどちらかだろう。しかし、注目しているのはもう片方である。

 

その女性は、二人より少し上程の量のオーラもさることながら、なによりも灰黒色の肌にコウモリのような一対の翼を持っている事が特長的である。NPCなのかと思えば、人間で言う母指に当たる所にプレイヤーの証である指輪をしているので、どうやら彼女もプレイヤーのようだ。

 

「魔獣か、プレイヤーも色々いるものなんだな」

「だなー」

 

二人はゲンスルーへの話の種が出来た程度に思い、目的地へと歩を進めた。しかし、奇妙な事にメインストリートを離れ、どれだけ人通りが減ろうとも二人の女性は彼らの前で歩いている。

 

サブとバラは目的地がここまで被っている事を不思議に思いながらも特に気にせず、目的の公園に二人の女性の後に続いて入っていた。

 

そして二人がそこで目にしたモノは……。

 

 

 

「それにしても本当にこのゲームは世辞辛いわねぇ、アリアハンの王さまだって最初につまらないものと小銭ぐらいくれるわよぉ」

「王様じゃなくて受付嬢だったからだろ」

「それもそうねぇ」

「ハクアさん、ただいま」

「ただいま、大飼主(おおかいぬし)

「二人ともおかえりなさぁい」

「連れは比較的普通の念能力者なんだな…」

 

 

 

ベンチに座る青多めの配色の人型の何かの隣りに立ち、若干親しげな様子のゲンスルーの姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「一先ず、揃ったからゲーム攻略を始めましょうかぁ」

 

相変わらずオーラを纏っていないハクアは、公園のベンチに座ったままゲンスルーとその側に立つ2人を見回すとそう宣言した。ちなみにシズクとマコは、ハクアがゲインを唱えて元に戻したトラエモンが逃げ出したのでそれを捕まえに行っている。

 

「まずはこのルビキュータの街のカードを…」

「お、おいちょっと待ってくれ…」

「そうだぜゲン! 何があったか教えてくれ!」

 

ハクアの発言を遮り、ゲンスルーに詰め寄るサブとバラにゲンスルーは顔を青くし、冷や汗を流しながらすがるような目でハクアを見る。

 

自分の言葉を遮られたハクアは一瞬渋い顔をしてから顔を戻し、溜め息をひとつ落とすと、ゲンスルーへと向けて一言呟く。

 

「爆破してみなさいなぁ」

「は……?」

「ゲンちゃんの念能力で爆破してみなさいと言っているの」

「…………なに!?」

 

ゲンスルーはハクアに自身の念能力を教えてはいない。つまりは今までの間に何らかの方法を持って念能力を知られたのだろう。その事に驚愕しているとハクアは悪戯が成功した子供のようににまにまと微笑みながら片腕を差し出した。

 

「念を極めるとねぇ。どんな発を持っているかオーラを見ただけで読み取れるモノよぉ。特質系念能力以外はだいたいねぇ」

 

ゲンスルーは状況が飲み込めずハテナを浮かべているサブとバラを他所に、改めてハクアとの次元の違いに驚嘆しながらもハクアの腕を片手で掴んだ。その感触は人間に似ているが、人間よりもずっと張りと艶のある肌をしている。

 

「いいのか……?」

「安心しなさいなぁ、お友達に解り安く私を教えてあげるだけだものぉ。ただし、本気でやりなさぁい」

 

その言葉を聞いたゲンスルーは自身の片手を健在オーラをほぼ全て注ぎ込んだ凝で覆う。そして、自身の念能力を発動させた。

 

 

"一握りの火薬(リトルフラワー)"

 

 

爆発音と共にハクアの上半身が覆われる程の爆煙が巻き起こる。しかし、直ぐに巻き上げられた土と砂は空中から地面へと落ちる。

 

サブとバラは目まぐるしい状況の変化からの突然の爆破に顔を引きつらせている。

 

「死んだな…」

「ああ…」

 

何せハクアはリトルフラワーを受けた時、一切オーラを纏ってはいなかった。せめてオーラを纏っていれば腕が飛ぶぐらいで済んだだろうとサブとバラは嘆息する。

 

それとは対照的にゲンスルーの目は真剣そのものだ。しかし、その目には呆れにも近い諦めの色が見て取れた。

 

「な……」

「ウソだろ……」

 

爆煙が晴れるとそこにはゲンスルーに手を掴まれたまま一切の手傷を負っていないどころか、まるで念能力を使用する前と変わらない状態のハクアがいた。サブとバラは一体どんな念能力を使ったのか、或いは化け物染みた速度でオーラ移動を行ったのかを考える。

 

ハクアは感心したような表情を浮かべていた。いや、寧ろ興味の対象を見付けた科学者のように恍惚にも近い好奇心かもしれない。

 

「いいわぁ…いいわよぉ…ゾクゾクしちゃう…。一体どんな生涯を送ったらオーラを爆発させるなんて念能力に辿り着くのかしらぁ?」

「………………」

 

ゲンスルーは少しだけ眉を潜めてその質問には答えない。誰にでも言いたくない事はあるものだ。

 

「いいわぁ、別に言わなくて。それを空想するのが楽しいんですものぉ。それよりもぉ…」

 

ハクアはベンチから立ち上り、近くの木の前まで歩いて移動すると手を当てた。

 

「念能力の名前はなんて言うのぉ?」

「………"一握りの火薬(リトルフラワー)"だ」

「ふーん……」

 

ハクアの片手を皮膜のように薄いオーラが包み、少しだけ難しい顔をしていたハクアの表情が笑みに変わる。

 

「"開発が終わった"わぁ」

 

その奇妙な言葉が紡がれた次の瞬間、手は鈍い赤に光り輝いた。

 

 

"一握りの火薬(リトルフラワー)"

 

 

ゲンスルーのそれより遥かに大きい爆音を響かせながら数十倍の大きさの爆炎にその木どころか手より先にあったほぼ全ての林が包まれる。そして、辺り一面に爆炎から漏れた火の粉が舞い散り、粉雪のような光景が暫く広がっていた。

 

サブとバラは開いた口が塞がらない様子で、ゲンスルーも眼鏡がズレた事にも気付かない程に頬をひきつらせていた。

「そう言えば、手は凝で覆っておくのだったかしらぁ?」

 

人差し指を唇に当てながらそんなことを聞いてくるハクアという魔獣に、サブとバラはなぜゲンスルーが友好的な関係を築こうとしているのかスポンジに水が染み込むように理解し、自分達もゲンスルーと同じ行動を取り始める。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「メンバーが揃ったから今度こそゲーム攻略を始めましょうかぁ」

「わー」

 

相変わらずベンチに座っているハクアは、逃亡に失敗して残念な様子のトラエモンを膝に抱きながらそう宣言する。その声にシズクのみが声を上げ、他のマコ、ゲンスルー、サブ、バラは無言で頷く。

 

「景気付けにコ・レ。開けちゃいましょうかぁ」

 

ハクアはトラエモンの袋をまさぐり、たらららったら~と奇妙な声を上げながら袋の中から手を引き抜いた。

 

「にゃ」

 

ハクアの手には猫が抱えられていた。雪原のような純白の毛並みに金色の瞳がよく生えている。ハクアは即座にトラエモンを放り投げ、その白猫に意識を向けた。

 

「あらぁ、かわいい」

「No.35"カメレオンキャット"だ」

「ふーん、アナライズオン、No35」

 

ゲンスルーの答えに、ハクアはフリーポケットから解析で確認する。ちなみにハクアを襲った11人のバインダーの中に入っていたカードは全て文字通り、破棄させているのでハクアのバインダーには、それより前にひとりから奪った時の十数枚のスペルカードしか入っていない。 トラエモンもカードから戻してしまったので指定ポケットカードもゼロだ。こういう所は真面目にゲームをやるつもりらしい。

 

カメレオンキャット S-6

絶滅寸前の珍獣。飼い慣らせば様々な動物に変身してくれる。ただし体積を変化させることは出来ないので、小さな象や大きなハムスターになってしまうが…。

 

バインダーに表示された説明を眺めながらハクアはカメレオンキャットを膝にのせながら眉間や首回りを撫でる。

 

「あれぇ?」

「にゃうーん?」

「なんで入手したのにアナタはカード化しないのかしらぁ?」

「しないんじゃなく出来ないんだ。カメレオンキャットはSランクの中では入手難度が低めなんだが、そのせいで既にカード化限度枚数の6枚全てが誰かのバインダーに納まってるか、独占されてるカードだな」

「じゃあカード化は出来ないのぉ?」

「にゃー…」

 

ハクアの残念そうな様子に連動するようにカメレオンキャットも耳と尻尾が垂れた。

 

「いや、今の状態はゲイン待ちだ。持ってるプレイヤーのデータが消えるか、死ねばカード化可能だ」

「ならこの子を持って気長にしていればそのうちカード化されるかもしれないのねぇ。グリードアイランド(ここ)にいる限りはそこそこ長い付き合いになりそうだからぁ……うーん」

 

ハクアはカメレオンキャットの前足の後ろに手を回して抱え上げると目線を合わせ、自身もベンチから立ち上がった。

 

「じゃあ、アナタの名前は"ピトー"ねぇ。よろしくぅ」

 

こうしてハクア組の旗揚げと侵略が開始されたのだった。

 

 

 

 

 




カメレオンキャットのピトー
ネタバレ:とある猫っぽい蟻の原料その1


ちなみにハクアさんは、記憶量が人間をコップ一杯分と仮定すると海並みにあります。それによって才能とオーラ量と記憶量にものを言わせて他人の念能力を自分も開発してコレクションするのが趣味です。数秒で開発を終えるため、昔は戦闘中にしたりもしてました。


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人形

明けましておめでとうございます、どうもちゅーに菌or病魔です。なんだかとても時間が経った気がしますけど多分気のせいですね。私のFGOの手持ちに何故かクレオパトラさんとか、イシュタルさんとか、アルテミス姐さん(3体目)とか、ケツアルコアトルさんとか、マーリンとか、武蔵さんとか増えているのも多分気のせいです。

あ、福袋はケツアルコアトル(2体目)さんでしたよ(メイヴ狙い爆死)。



それはそうと何と無く急にQ&Aコーナーを設けたくなったのでしちゃいます。


Q:何故だろう、初めて読んだ時からハクアが「白襲」に出てくる某蚕娘にしか見えなくなった。もしかしてモチーフは…?

A:………………………………みんな…………。
"白襲-繕/綻-"って絶対に検索するなよ! 絶対だぞ!? 絶対だからな!(煽り)




カエデから電話のあった翌日の昼過ぎ、俺はくじら島の浜辺にいる。試しに海上を走ってザバン市に向かう事にした。と言うのも最近、飛行船よりも走った方が早いような気がしたためである。序でに方法によっては修行になる気がする。

 

浜辺まで見送りに来たゴンの頭をわしわし撫でてから少し距離を取り、家で抑えている時のオーラを解放して通常の時のオーラに戻す。オーラで俺を中心に砂浜が軽く波打っているが仕方あるまい。

 

「ねえアニキ!」

「あん?」

海上へ飛び出そうと構えた俺にゴンは声を掛けてきた。

 

「アニキのそれって俺も使える!?」

「難しい事聞いてくるなぁ…」

 

当たり前だが、ゴンはオーラが見えているわけではない。俺のオーラによって俺を中心に起こる現象を見て言っているんだろう。だが、念は今のゴンには遠い存在だ。何故ならば俺は念を暫くはゴンに教え無いし、自分から教える気もないからな。

 

念は危険ないし取り扱い注意。これだけは俺もカエデもハクアも共通して認識している事だ。

 

例えば今年で5歳になったゴンに念を覚えさせたとしても、如何に丁寧に教えたところで子供の精神では扱いに限度がある。幼稚な念で無能力者に触れてしまえば殺してしまう事など容易。無論、それをゴンは望まないだろうが、説明も出来ない。念とはまっことむず痒いモノだな。

 

俺はふと思いつきオーラを広げ、ゴンを包む。殺意も敵意も親愛も好意も込められていない無機質なオーラだが、ゴンの身体は一度大きく跳ね上がり、その後は硬直しながらも真っ直ぐと澄んだ瞳で俺を見ていた。

 

「俺のそれはゴンにはどんな感じがする?」

「とっても力強くて暖かいけど…もの凄く怖くて寒い……」

「ほう」

 

ゴンは俺のオーラの性質をピタリと当てて見せた。ゴンの念の才能は多少贔屓も入ってるかもしれんが、やはり大したモノだろう。大成すればハクアのお眼鏡にすら叶うレベルになるのは間違いない。

 

しかし、才能があればある程にそれだけ危険度は増す。まあ、これは刃物にも、ディクロニウスにも置き換えられる事だな。だからこそ過ぎたるモノを今教えるわけにはいかないのだ。

 

俺はゴンを包むオーラを止め、地平線を見つめる。

 

「そうだな、ハンターライセンスを取って俺の所に来れば教えてやるよ」

 

ゴンはハンターになる、なろうとする。これはもう確定したようなものだ。

 

何故ならばゴンは既にジンの背中を追い始めている。その為にハンターライセンスは絶対に欠かせない。何せ持っているだけで民間人が入国禁止の国の約90%と、立入禁止区域の75%まで入ることが可能になる。ジンがそう言った場所に留まっているとなれば民間人がそこに向かうのは容易ではない。故にハンターライセンスはあくまでもゴンの夢のスタートラインに過ぎないのだ。その夢には無論、念も必須。ならば教えない理由も無い。

 

「ホント!? 嘘じゃない!?」

「嘘じゃない。嘘だったらカエデの前でこれ以上無いほどリラックスしながら、エロ本音読してやるよ」

「やったー!」

 

俺やカエデにとってはハンターライセンスは身分証代わりになるのでそのうち取ろうとは思っている。もう、半分ぐらいは公的施設の95%が無料で使用出来る事が目当てな気もしないでもないがな。

 

「じゃ、行ってくる」

「じゃあね! アニキ!」

 

俺は健在のオーラの70%を背中と足に集め、とりあえず一気に爆発させ、海上を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

ザバン市まで海上を一直線に走って行くとなんと1日で到着した。これなら他の人と行動する時は兎も角、ひとりで移動するときは走ればいいな。余りオーラが減っていないが多少は修行にもなるし。

 

ちなみに秒速30m以上の速度で移動し続けるか、1秒内に11回以上水面を蹴れれば水面を走れると聞いたことがある。発展途上のシズクは出来ないかもしれないな。ああ、マコはそもそも水面を走る必要が無いので出来ないかもしれない。俺は疲れないで走り続けられる平均速度は時速300~600kmと言ったところか、コンディションによるところが大きいので触れ幅も大きい。今日は調子が良いのでかなり出ていただろう。

 

市内の様子は非常に閑散としていてる。まあ、流石に一般人は殺人鬼が闊歩する中で外に出ようとする者が少なくなるわけで自然とそうなるか。

 

とりあえず公衆電話からカエデの持っている幻影旅団のシャルナークという奴が用意してくれたと言っていた携帯電話に電話を掛けた。俺も欲しいな。

 

『はーい、ボクがカエデさんだよー』

「誰だお前は」

 

カエデ以外の人間が出た。声から察するに若い女性だろうか。その声に何故か聞き覚えがあると思えば、カエデがにゅうと電話越しで漫才していた時に電話をきった人ではないか。

 

『なんと、ボクの声真似が見破られるとは。君中々やるね』

「……真似る気ねぇだろ」

 

中々個性的なお人のようだ。

 

『ま、兎も角街の中心の時計台の前で待ってるよ。じゃーねー』

「ちょ…まっ…」

 

彼女にメインストリートの時計台の前で待っているという事だけ言い残されて電話を切られた。カエデの居場所の手掛かりも無いので仕方がなく俺はメインストリートを目指す。

 

メインストリートということはあり、向かうとそれまでの閑散とした人通りも幾らかましになり、ちらほらと見掛けるようになる。そして、駅前に建っている小さな時計台の前に着いた。

 

駅前にはかなり人で溢れていたが、時計台の前だけ何故か切り取られたかのように人が居ず、代わりにひとりの女性が立っていた。その女性は俺を視界に入れると小さくパタパタと手を振る。彼女が電話の相手だろう。

 

「結構、早かったね」

 

ウェーブの掛かったショートヘアに金色の瞳。紫色の長袖で六つのボタンの付いた服を身に纏い、オレンジの短パンを履いている女性が立っていた。

 

にまにまと人を食ったような笑みから何と無く行動に猫のような印象を受ける女性である。

 

「話に聞くより随分イイ男だなぁ。それにとっても君強そうだ」

 

彼女は片手を胸に当て、恭しく頭を下げると更に言葉を続けた。

 

「ボクは"ネフェルトゥム。幻影旅団"No.8"でカエデとにゅうの友達だよ。盗賊と傀儡師とフィギュア造形師をやっている」

 

3番目が急に俗なものになった事について突っ込むべきなのだろうか? しかし、彼女が特に俺の反応を伺っている様子は無いので、本当にその職業をしているのかもしれない。ならば突っ込むのは野暮というものだ。

 

ネフェルトゥムからカエデの居場所を聞き出そうと考えると、それよりも先に彼女が人差し指をピンと立てながら口を開いた。

 

「カエデは先に殺人鬼を探すんだって今日の朝方から気配を殺してザバン市中を駆け回ってるね。だからボクが君の連絡係に残ってたのさ」

「そうか…」

 

どうやらカエデはにゅうの軽い煽りにすら堪えられなかったらしく、自分でも出来るという事を証明する為に奔走しているようだ。ああ見えてカエデは非常に負けず嫌いなのである。

 

「それで何処にいるんだ?」

「なら早速探そうか」

 

次の瞬間、駅前で多数の人々がいるハズにも関わらず、その騒音が嘘のように止む。辺りを見回すとこの周囲にいる全ての人間の視線が俺とネフェルトゥムに向いており、それら全ての頭上に道化師のような人形を象った何かが浮いていた。人形から伸びた糸が人間を操作しているように見受けられる。

 

そして、ネフェルトゥムから悪戯っぽい笑みと、粘着質で纏わり付くような黒紫色のオーラが溢れ出る。家には居ないタイプの狂い方をしたオーラの性質だ。悪戯な悪意とでも形容しようか。

 

「"人形傀儡師団(マリオネット)"」

 

ネフェルトゥムは念能力の名をそう溢す。駅前の百数十人は居るであろう人間をほぼ全て同時操作可能な念能力。操作系か、特質系辺りの系統の念能力者が妥当か。

 

「行ってらっしゃーい」

 

ネフェルトゥムが手をパタパタと振ると、傀儡師の人形に操られた人間は散開していき、瞬く間に消えていった。

 

「絶状態のカエデを見付けるなんて不可能だからね。ボクのマリオネットに探させればいいのさ」

「そうか」

 

特に言うことはない。早く見付かるに越したことは無いだろうと考えていると、滲み出る黒紫色のオーラが念能力を使用して尚止めどなく溢れ、徐々にネフェルトゥムの視線が悪戯っぽい様子から、餌を前にした猛獣のように変わる。

 

「ああ……もう…カエデの惚気話よりずっとイイなぁ…殺りたいなぁ……」

 

お預けを食らったペットのようにうずうずと身体の各所をひくつかせながら此方を眺めるネフェルトゥム。恐らく彼女に挑発行動を取れば嬉々として襲い掛かって来るだろう。幻影旅団の団員同士のマジギレは御法度らしいが、他なら特に制限もないらしいしな。とすると踏み止まっているのはカエデの友人としての最後の良心か。

 

俺は溜め息を吐くとタイマー付きの腕時計を外し、時間を設定する。その動作を見たネフェルトゥムは驚きと興奮、そして感激の表情を浮かべていた。

 

絞っている全身の精孔を開き、オーラを行き渡らせる事で絞っている時の十数倍程の健在オーラを持つ通常の状態に戻る。

 

「"10分"だ。それ以上はカエデに怒られちまうからな」

 

返事はネフェルトゥムの全身から濁流のように溢れ出た粘付く黒紫色のオーラが物語っている。時計のボタンを押して地面に落とせば即襲い掛かってくる事だろう。

 

俺はネフェルトゥムの念能力が何なのか期待を膨らませながら時計を放り投げた。

 

 

 

「"黒子舞想(テレプシコーラ)"」

 

 

 

ネフェルトゥムの呟きの後、背後に浮かぶ黒い人形を視認した瞬間。眼前で肉体操作で爪を伸ばしたと思われる彼女が、腕を降り下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「Kyrie, ignis divine, eleison~♪」

 

カエデはとても機嫌が良かった。聖書の一文を歌にして声に出す程度には上機嫌である。

 

それと言うのはカエデの近くにいる気絶させられ、簀巻きにされているかなり大柄な金髪の男性がいるためだろう。カエデは一人で無事このサバン市で素手の握力のみで殺人を行い続けていた殺人鬼を既に捕獲していた。

 

「ご機嫌だねカエデちゃん」

「ああ」

 

歌い終わるのを待っていたのか、直ぐにカエデの分身であるもうひとつの人格のにゅうが表に出る。回りから見れば一人が自分と会話している奇妙な光景に映るが、彼女らにとってはこれが掛け替えのない行為なのだ。

 

「モーくんに褒めて貰えるね」

「そうだな……ふふ」

「私も大好きだけど本当にカエデちゃんはモーくんが好きだねぇ」

「私の初めてだからな、色々と」

 

カエデは昔のモーガスとの思い出に浸ろうと記憶を掘り起こし……。

 

街の中心部で突如発生した強大な念能力者同士のぶつかり合いによるオーラの波動とも言えるものを肌で感じ取り、無理矢理現実に引き戻された。

 

カエデは両者のオーラをよく知っているのか、肩を震わせ怒りが滲み出ている。

 

ネフェ()()トゥム()……あれだけ釘を刺しておいたというのに…どうやら仕置きが必要なようだなッ!」

「あははは……お手柔らかにねカエデちゃん」

 

カエデは簀巻きにした男をベクターで運びながら街の中心部へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

落とした時計に一瞬目を移す。丁度タイマーは5分進んだようだ。いや、まだ5分しか経っていないと言ったところだろうか。

 

その間も高速移動を続け、一撃離脱で攻撃を繰り出し続けるネフェルトゥムの迎撃を続ける。

 

視認は出来るが、俺の動作の数倍の速度を常に出しているネフェルトゥムが使っているのは明らかに操作系。自身を背後の黒い奴に操作させる念能力か。

 

突き詰めてしまえば"ただ速い"それだけの念能力だ。しかし、異様な速度と、操作に伴い生み出される機械的な力。それらにより攻撃自体の破壊力もかなり上がっていると見える。更に操作もかなり精巧らしく、攻撃・回避・撤退・再行動の全てに不自然なまでの急加速が加わり、最早人間の機動ではない。人と肉食獣程の瞬発力の差が生まれている。

 

故にネフェルトゥムの攻撃に対応し、攻撃を加えても、それを避けられ更にカウンターを貰うという状態が続いている。

 

「うーん、硬いねぇ君。ボクの爪が先にダメになりそうだよ」

 

急に俺から15m程距離を取ったところで立ち止まり、顎に手を当てて目を細めながらそんな事を愚痴るネフェルトゥム。

 

相変わらず背後では黒子のような人形がネフェルトゥムを操作したままなのでいつでも動けるのだろう。

 

それもそのはず、今の今まで俺はほぼ無傷だ。どうやらネフェルトゥムのオーラ総量自体が俺の十分の一程らしく、攻撃を繰り出す瞬間にオーラの厚みを増やせばそれだけでネフェルトゥムの攻撃は完全に遮断出来るのだ。ほぼというのは開幕で繰り出された初撃だけは不注意で貰ってしまったからだ。まあ、致命傷には程遠いが。

 

ブリオンさんは基本的にピンチにならない限り直立不動なので速さで攻められるのは中々新鮮だな。いや、これではまるで俺がブリオンさんになったような気分だな。

 

「じゃあ、そろそろこっちから行くか」

「およ?」

 

ネフェルトゥムの念能力"黒子舞想(テレプシコーラ)"は大方見終えた。単純故に非常に攻略の難しい中々良い念能力だ。こちらとしても非常に楽しめた。ブリオンさんとの修行の息抜きには丁度良かっただろう。

 

カエデ曰く、幻影旅団は戦闘用の念能力を2つは持っているそうだ。テレプシコーラがネフェルトゥムのいつもの念能力なのだろう、ならばこのような遊びで奥の手を出す事はまず無いと思っていい。

 

「ところで、カエデから俺の話を聞いているなら俺が念弾使いな事ぐらいは知っているな?」

「うん、知っているよ。放出系で念弾使い、イケメンで長身、幼馴染みで大好きってぐらいだね」

 

カエデの俺の評価は置いておき、念弾というモノの性質について少し語ろう。

 

念弾とは文字通りオーラで作られた弾だ。身体から切り放されたオーラの維持が得意な放出系の十八番とも言える基本技能であり、放出系の修行には欠かせないモノである。

 

しかしてその撃ち方や、念弾の形状は人により様々。野球ボール大の念弾を投げるように放つ、五指の先から弾丸のように放つ、子供のように手を銃に見立てて放つ、両手で溜めて光線のように放つ等々多種多様切りがない。

 

ただ、共通している事がひとつある。それは基本的に念弾は手或いは腕から放つという事だ。というのもそれはそもそも念弾が球であるという大前提があるからだ。

 

ボールは手で投げる、銃は手に持って放つ、小さな球は指で弾く等が例だろう。まあ、要はイメージの問題である。念はイメージしやすい程扱えるという事が念弾にも現れているのだ。

 

故に制約と誓約の観点で念弾の強化をはかるならば、制約なら手の機能を制限する、誓約なら手の一部切り落とす等すると爆発的に向上する。

 

まあ、サッカーを念能力にでもすれば蹴る念弾も生まれるであろうが、それはそれだ。無論、鍛えれば足だけでなく、舌先や、肩、爪先から念弾を放つ事も可能だしな。

 

「ふーん、念弾なんてあんまり使わないからちょっと勉強になるね」

「まあ、大事なのはここからだ」

 

ネフェルトゥムは興味津々といった様子で目を輝かせているので説明してしまっているが……まあ、いいか。この間もタイマーは進んでるしな。

 

それらを踏まえると念弾の一番の問題点は手からの発射が基本になる為、どうしても攻撃角度が制限される事だ。精々、水平視野120度、垂直視野130度程の前面のみが攻撃範囲となり、手から放つ以上自身の身体が邪魔になりどうしても後方に念弾を放つ事は非常に難しい。だが、これでは正直なところ拳銃を強化して放つのと大差無い。なので俺はより応用の効くオーラ技能を編み出した。それはな…。

 

「爪先から念弾を放つように、"全身のオーラを身体の一部に見立てて念弾を放つ"事だ」

「へー…………………………え"?」

 

俺との会話からふた回り程厚みを増した纏を凝視して固まるネフェルトゥム。これから何が起こるか理解したのだろう。次の瞬間から俺の全身のオーラの表面に無数の念弾が瞬時に形成され、数百を超え、数千の念弾が俺を囲むように静止していた。

 

俺は笑顔を作るとネフェルトゥムに微笑み、口を開いた。

 

「君ならできるよ」

次の瞬間、360度全ての方向に無差別に横殴りの雨のような念弾が放たれる。念弾はこの辺りのあらゆるモノを穴だらけにし続けて尚、一切止まらない。

 

「ちょ……何それ反則過ぎる…!」

 

テレプシコーラで器用にも縦横無尽に駆け回りなから、念弾を回避し続けるネフェルトゥムはそんな叫び声を上げた。

流石にこの念弾の撃ち方だと火力はそこまで乗らないので、ブリオンさん相手なら猫だましもいいところだが、テレプシコーラに大きくオーラを割いているネフェルトゥムのオーラ防御力ならば、1発でも防御せずに当たればダメージになるだろう。そして、1発でも当たれば動きが止まるのでその瞬間、蜂の巣である。当然、そんな状態で俺に態々近付くような自殺行為が出来るわけもない。

 

俺は必死に回避を続けるネフェルトゥムを眺めなからあるタイミングを待った。

 

テレプシコーラを使っている今のネフェルトゥムはさながら操り人形だ。人間の形をした人形故に人間の限界を超えた機動と速度を出せる。しかし、人形である以上はその動きはやはり人間だ。だから人間では出来ない動作はどうやってもすることは出来ない。

 

俺はネフェルトゥムの足が地面からとある方向に離れる直前、念弾の豪雨の中で1発だけ色の違う念弾をネフェルトゥムの後方に放った。

 

「え……?」

「はい、おしまい」

 

例えば、真後ろに跳んだ瞬間に、瞬間移動で後ろに立たれると当たってしまうとかな。

 

俺の胸の中にぽすっと音が出てもおかしくない程ネフェルトゥムが綺麗に収まり、極力傷付けないように抱き止めた。

 

その瞬間、時計のアラームが鳴り響き、10分が経過した事を告げる。

 

念弾の嵐は俺が消えた事で当然止み、念弾で穴空きチーズのようになった瓦礫が崩れ落ちる音だけがたまに響いていた。

 

ポカンとした表情のネフェルトゥム。面白いのでそのまま暫く見ていると俺を見上げて来た。

 

「むー、思ってたよりだいぶ強かったなぁ…本気にすらさせれないなんて」

「そりゃ、どうも」

 

まあ、ハクアもブリオンさんも明らかに超一流念能力者だからな。ハクアから念を習い、ブリオンさんに修行して貰っているんだ。そう易々と負ける訳にはいかない。

 

「でも悔しいからちょっとだけ復讐」

 

そう言うとネフェルトゥムはくるりと身体を回し、俺に向き合うと少し背伸びをして、頬にキスをしてきた。それから最初見たような悪戯っぽい笑みに戻り、俺から離れた。

 

「むふふふ、またねぇ」

 

手を大きく振ってからネフェルトゥムは走り去って行った。

 

いったい、あれの何処が復讐なんだと思いながら何気なく背後を振り返る。

 

 

 

「やあモーガス」

 

 

 

そこには殺人鬼が裸足で逃げ出すであろう眼光を宿す髪に隠れた片目に、器用にもハイライトを消した眼差しで俺を見つめるカエデが立っていた。

 

…………………………。

……………………。

………………。

…………。

……。

オワタ

 

 




幻影旅団8番 ネフェルトゥム
1997年以降シルバ・ゾルディックに殺害される番号の団員。
ネタバレ:とある猫っぽい蟻の原料その2

この作品オリキャラ出ますが安心してください。大体死にますので覚える労力は最小限で済みます。



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理想の念能力

どうもちゅーに菌or病魔です。なんか久し振りな気がしますが気のせいです(虚ろ目)。


※モーくんはまだかっこよさにこだわりのあるお年頃です


小さな川の畔で、一本の木に添うように建てられた建物がある。

 

そこは一階部分が酒場になっており、二階や店の裏側が居住空間となっている大きめの家屋でもあった。

 

「ここに来てもう結構経ったね、カエデちゃん」

「そうだな」

 

そんな場所の二階の窓から朝靄の掛かる緑と水の豊かな森林を眺めているのは、短くなった赤髪を風に靡かせた女性……カエデだった。

 

女性と言ってもカエデはまだ13歳であるが、彼女の種族は幼少期の身体の成長が人間よりも早いディクロニウスのため、18歳程と言われても特に違和感の無い容姿をしている。

 

白のネックセーターに、赤のロングスカートという服装は彼女の大人の女性らしさを引き立てていると言えよう。

 

「でもダメだよ? モーくんに酷いことしたら。この前のザバン市の時だって結局、またモーくんを逆レイプして…」

「………………同意の上だ」

 

すると突然、カエデは自身の下腹部に手を当て、少しだけ表情を歪めながら声をあげる。

 

「んっ…」

「なんか最近お腹がチクチクするね…」

「急に住む場所を変えたから風邪かもな、私も気が緩んだか」

 

そう言いながらも嬉しそうで優しげな表情を意識せずにしている辺り、カエデは本当に今が幸せなのだろう。

 

次の瞬間、突如としてカエデの部屋のドアが開け放たれる。何かと思い、そちらを見ると二人にとって特別な人であるモーガス・ラウランがそこに立っていた。

 

更にモーガスは部屋に侵入し、窓の前に立つカエデの目の前まで来ると、カエデの両肩を掴み少し自分の方に引き寄せた。いつもの彼の誰にでも当たりの良く、若干飄々とした様子とは違い、非常に意思を持った瞳と行動を示し、思わずカエデは少し萎縮する。

 

「ど、どうしたんだ…?」

 

カエデは最愛の人の突然な積極的な様子に困惑5割り、疑問4割り、淡い期待1割りを持ち、頬を赤く染めて熱を持った視線を浮かべながらモーガスを見上げる。真っ白な肌に鮮血のような紅髪を持つ少女が行うその動作は、一枚絵のように幻想的で見るものが居たのならば魅力された事だろう。

 

「頼むカエデ! このッ…!」

 

そうして、モーガスが勢い良く掲げたそれを見た瞬間、カエデとにゅうは口を開けたまま固まり、暫く呆然と眺める事しか出来なかった。

 

その驚きようといえば、今ならば超一流の念能力者さえ遥かに超越したカエデが、一切オーラ防御が出来ない程思考が停止している言えばどれ程がわかるだろうか。

 

そんな事にもお構い無しにモーガスは何処か熱に当てられたかのように、溢れんばかりの意欲と確信を持った表情を浮かべながら宣言した。

 

 

 

 

 

「"メイド服"を着てくれッ!!!」

 

 

 

 

 

数秒後、青筋を浮かべたカエデが放ったベクターがモーガスを襲ったのは言うまでもない。

 

 

 

何故、モーガスがこのような暴挙に出たのかは2日程前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

ふと自室の窓に目を落とすと外でゴンとシズクが遊んでいる光景が目に入った。よくみれば森の小動物が二人を遠巻きに覗いておりとても微笑ましい。

 

平和な光景を眺めながら、溜め息を吐いてから机に目を落とした。

 

そこにはびっしりとこれでもかと書かれた放出系を軸にした念能力の数々で埋め尽くされた大学ノートがあった。

 

端から無能力者が内容だけ見れば中学生の黒歴史ノートのようにしか見えないそれは、ここ数ヶ月間に本気で念能力を考え、まるでふと思い付いた小説のプロットや書いてみた1話だけを詰め込んだような末の遺産である。

 

だが、そのどの念能力も何故か作る気になれなかったので今に至るわけだ。

 

自分でいうのもなんだが、このノートに書いてある放出系念能力はどれもこれも使える念能力だと思う。ハクアと念の修行をし、しょっちゅうカエデのベクターを避け、ブリオンさんとガチバトルを日常的にしている間に考えた念能力なだけはあり、戦闘に特化したクセの少ない念能力の数々だ。まあ、少しでも長く戦闘時間を増やすために考えた末のモノとも言えるのでそうもなろう。

 

ただ、これらの念能力には欠陥がある。それも凄まじく致命的だ。

 

それは実戦を意識し過ぎて"インパクト"に欠けるという事である。

 

俺の知る他の念能力者の念能力をあげてみよう。

 

ハクアの爪で横一文字の斬撃を彼方へと放つ強化系&放出系念能力、地獄爪殺法。

 

カエデのベクターという自身の特性を強化する強化系&特質系念能力、百手巨人。

 

ブリオンさんの見た特質系以外の念能力をその戦闘中のみ使うことが出来る念能力、名称不明。

 

ネフェルトゥムの自身を操作する事で爆発的な機動力と戦闘力を生み出す恐らく操作系念能力、黒子舞想。

 

皆それぞれ十人十色の方向性だが、それぞれ自分の代名詞と言える確かな輝きを放っていたように感じた。

 

それに比べて俺の念能力はどうだろうか? ふと、これまで見てきた他者の素晴らしい念能力と比較しながら思い返してみた。

 

オーラバルーン

放出系なら誰でも考え付く上に名前にセンスがない。

 

移動弾

捻り無し。

 

密室遊魚

お魚さん、ウフフ。

 

開発中の密室遊魚を活用させる念能力

考案ハクア。

 

「くッッそ! 地味すぎる…!」

 

思わず音がでない程度に机の板を叩く程にそれは明らかであった。

 

念能力とは必殺技であり、自分だけの力であり、自分が歩いてきた人生そのモノの結晶と言える。その観点からすると俺の念能力は0点も良いところである。無論、ハクアが考案して開発中の密室遊魚用の念能力を入れても対して変わらない。

 

かといって派手なだけや、実用的なだけの念能力では俺の理想からは程遠く感じた。

 

そんなこんなで机に突っ伏して頭から煙を蒸かしていると、後ろから軽い衝撃を受け、それと同時に仄かな蜜の香りが鼻孔をくすぐる。

 

「何してるのぉ?」

 

俺の背に抱き着いてきたのは、俺の知る限り、最高の念能力者かつニドキングどころではない(ねんのうりょく)のデパートことハクアであった。

 

「見ての通り念能力に悩んでるんだ。これが俺の念能力って言うものがどうしても無くてな……」

「ふぅーん…」

 

ハクアはそう返事しながら俺からノートを取り上げるとまじまじと見つめながら暫くページを捲る動作を繰り返す。

 

「最近家でたまにしてるゲームをしてたら、中に出て来た団体の言葉を借りて言うわねぇ」

 

2分程すると見終えたようでノートを閉じる。更に溜め息をひとつ落としてから再び口を開いた。

 

「"つまらないものは、それだけでよい武器ではあり得ない"わぁ」

 

まさに俺が考えている核心を突かれたことに驚いているとハクアは、俺を抱き締める力を少しだけ強めながら更に言葉を続ける。

 

「それとアナタの特徴……いいえ、ステキなところを言葉にしたのなら、"本当に誰にでも優しい"、"どんな相手にも価値を見出だす"、"善悪が併存する"あたりじゃないかしらぁ? だから念弾よりも念獣の方が向いていると思うわよぉ」

 

それを言われてた瞬間、俺は全身に雷光が駆け巡ったような感覚を覚えた。それと同時にカエデ、レクターさん、ジンはノーカン、ミトさん、マコ、ゴン、ハクア、シズク、ブリオンさん等々今まで深く関わってきた存在が思い浮かぶ。

 

「そうか……そうだったのか…」

「それからコレが一番重要なコ・ト」

 

「"自分の好きなモノ"を念能力にすることよぉ」

「好きなモノ?」

「そう、なんだっていいけど」

 

それを思い付いた瞬間から、俺はとある念能力の開発に着手したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

「以上がメイド服を来て欲しい理由です。はい」

 

部屋の中心に正座させられているモーガスは特に悪びれた様子もなく、その話を終えた。ちなみにカエデはに自分のベッドに腰掛けながらモーガスを見下ろしている。

 

「待て、どうしてそこまで飛躍した?」

「ああ、女性型の念獣を考えているんだが、真っ先に浮かんだ女性の服装がメイド服だったんだ。具現化系はイメージが大事だって言うしな。だったら放出系の念獣も似たようなものだろう。ならば念獣の服装も直感的に一番始めに思い浮かんだモノにするべきだと思ってな」

 

(好きなのか…メイド服…)

(好きっていうか性癖なんじゃ…)

 

カエデとにゅうはそう思いながらも、今は自身のベッドの上に広げられたメイド服に目を移した。

 

(妙に可愛いいなコレ…)

(そうだね。私こういうの好きだよ)

 

ヴィクトリアン調のメイド服に、現代のジャポンでよくみるようなフリフリのメイド服を合体させながら、全く気品というモノを失っていないという無駄に凝った上に洗練されたデザインである。

 

「………このメイド服はどうしたんだ?」

「俺の自作。2日掛けてついさっき完成した」

 

(クソッ……5分前の私をぶん殴ってやりたい! 四の五の言わずに着ておくべきだった!!)

(モーくんってすっごく手先器用なんだね…軽くへこむよこれ…)

 

ちなみにカエデという女は誰かがいる時の表情は固い上に怖いが、内面はとてもコロコロと情動していたりするのだ。

 

ちなみにこの家でゴンの服を作るのは、ミトではなくモーガスのお仕事である。元々器用なため、その延長線で色々な裁縫に手を出し、今ではネットに出した衣服が即売れる程度にはそこそこ名が知られていたりするが、カエデとにゅうが知るのはもう少し先のお話である。

 

「んっ…」

 

するとまた突然、カエデが自身の下腹部を押さえた。

 

「大丈夫かどうした?」

「いや、大したことじゃない。きっと住むところを急に変えたから風邪だろう」

「……ふむ、ただの風邪ならいいが、そうでなかったら問題だな。くじら島で風土病というのは聞いたことはないが、何かあったじゃ遅いしな。病気の症状とか最近変わったこととかを教えてくれないか?」

「ああ、わかった」

 

モーガスは床に正座をしたまま、カエデとにゅうが掛かっているという風邪の症状や、最近の体質の変化などについて詳しく聞いた。しかし、聞いていくにつれてモーガスの表情が徐々に変わっていた。

 

「………………」

 

何故かモーガスは硬直した笑顔のまま滝のような汗を流している。心なしか顔が青く、震えているようにも見えた。

 

その様子にカエデは非常に不安になる。

 

「どうした…? わ、私は何かとんでもない病気に掛かっているのか?」

「い、いい、いや、なんで…なんでもないぞ?」

「あらぁ?」

 

突然、部屋の入り口から疑問符混じりの声が上がる。カエデがそちらを見ると、面白いものを見付けてしまったと言わんばかりに口に手を当てているハクアが立っていた。

 

最近、何故かあまり姿が見えないため、カエデは久し振りにハクアを目にしていた。とはいってモーガスには1日置きには顔を出しているらしく、更にシズクはハクアと一緒に毎日ゲームをしているそうなので特に気にもしていなかったが。そもそも住む場所が違うため、それも当然といえよう。

 

住む場所といえば確保したザバン市の解体屋は、ジョネスという名であり、くじら島に連れてきてからカエデが育てようとしたのだが、ハクアが彼を見つけるて直ぐに異常な握力を見抜き、"うふふ、ちょっと借りるわねぇ。基礎は私が教えてア・ゲ・ル"等といいながら住みかに持ち帰っていた。それが1ヶ月程前の話である。

 

「あらあらぁ? あらあらぁ?」

「な、なんだ…?」

 

ハクアはカエデまで一直線に向かうと、何故かしきりにそのお腹を撫で回した。それを見た瞬間からモーガスは真顔になり、石のようにピクリとも動かなくなる。

 

「うふふ、お赤飯炊かなきゃねぇ」

 

暫くして堪能したのか撫でるのを止めたハクアは、それだけ言い残すと、微笑ましいモノを見つめるような顔をしながら、自分はお邪魔だという様子でそそくさと消えていった。何故ハクアがジャポンでも近年マイナーになりつつある風習を知っているのかという突っ込みはあるが、そんなものは顔色が蒼白を通り越し、土色になったモーガスに比べれば些細なことだろう。

 

「なんだったんだいったい…?」

「どうしたんだろうね?」

 

カエデとにゅうは首を傾げてハテナを浮かべている。そんな時、ついにモーガスが動いた。

 

モーガスがカエデを範囲に入れる程度の小規模な円を使用したのである。それは一般的な念能力者からしても可能な半径であったが、モーガスのそれはカエデですら一瞬とした形容できない異質な速さと、円にしてはあまりに濃すぎる密度を持っていた。戦闘のために極めたとしか言い様のないそれを、今のモーガスは400m程の半径で出来るというのだからカエデでも舌を巻いた程だ。カエデも当然円は可能で、数km~十数kmを容易に覆い尽くせるが、戦闘中に使えるかといえば閉口せざる負えない。

 

円を展開したモーガスは、カエデを範囲に入れながら円ごと微動だにせずにいた。それはまるでカエデの中の何かを探るために展開されたようであった。

 

「カエデ…にゅう…聞いてくれ」

「ど、どうした…?」

(ひゃわ!?)

 

立ち上がり、カエデの隣に座ったモーガスは、メイド服を着させようとしていた時以上、いや、これまでモーガスを見てきた中で一番と言っていい程に真剣な表情をしていた。そんなモーガスにカエデとにゅうは驚き戸惑う。

 

「お前…いや……カエデ。にゅう。お前らは…」

 

モーガスはカエデの肩を掴むと、自身を少し屈ませながらカエデを引き寄せ、視線を同じ高さに合わせると、静かに口を開いた。

 

 

 

「俺の子を妊娠している」

「え……?」

(にゅう……?)

 

 

 

数秒後、カエデとにゅうの悲鳴のような驚きが響き渡ったのは言うまでもない。

 

 

 

 




やったねカエデさん!家族がふえるよ!


○本作のカエデさんとにゅうさん
・カエデさん
一途、不器用、ツンデレ、ちょっとヤンデレ(当社比)。
・にゅうさん
一途、家庭的、天然、むっつりスケベ。


このカエデさん幸せそうだなぁ…(エルフェンリート本編を見ながら)

カエデさんとにゅうさんをハートフルな感じにするのがこの小説の目的のひとつです。ハートフルボッコじゃないです。ハートフルボッコじゃないです(必死)。

主人公を逆レイプした挙げ句孕むカエデさん←今ここ

これでも原作の主人公にやったことに比べたら可愛いどころか微笑ましいんだよなぁ…(染々)


カエデさんとにゅうさんが幸せになって欲しい方はとりあえずモーくんが全部悪いということにして、モーくんをロリコンとでも罵倒しておいてください(カエデさんじゅうさんさい)。


ちなみにモーくんとカエデさんの子供は、ゴン達の原作開始時から天空闘技場かヨークシンぐらいまで特にモーくん達の出番がビビるぐらい激減する予定なので、ゴン達についていく主人公その2の予定です。ディクロニウスなので残りの数年でゴンぐらいになります。






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カタリナ・ラウラン 上

どうもちゅーに菌or病魔です。活動報告にありますが、10月頃に携帯がふっとんで書き溜めだったり、投稿しなかったものだったりの小説数百が消滅したので(主にメンタル面で)遅れました。前後編になります。

作者の勝手イメージ
変態(or変人)は家事スキルが何故か妙に高い

ちなみに作者ゴンの家はアニメ旧作の方が好みなのでそちら基準ですね。

それからモーくんとその周りの人たちの中で一番アレな奴はぶっちぎりでモーくんです。




突然だが、朝食という物をどのように取られているだろうか?

 

俺としては朝御飯は軽く食べれる物が望ましいと思っている。それこそパン一枚や、バナナ一本で個人的には良い。とは言え、ミトさんやゴンはきっちりと取るタイプなので俺もそれに沿っている。郷に入れば郷に従えという奴だ。

 

しかし、今日はそんな二人がお婆さんも伴って、シズクが懸賞で当てた4泊5日の温泉旅行に行っているのでいない。酒場はミトさんと俺で回していたようなものだったのが、2.5人と1匹の従業員が増えた兼ね合いで余裕もかなり出来た。なので、たまには水入らずで行ってくるといいという計らいである。

 

まあ、未成年のみで酒場を回しているのは普通ならばかなり問題であるが、ここは都市部から遠く離れた離島なので気にする住民など誰もいない。

 

ちなみに余談ではあるが、マコはある意味カエデ以上にくじら島の島民に受け入れられている。というのも元々マコは俺の部屋の窓から届く木にずっと住んでいたのであり、ということは酒場からも見えるような場所にいたのである。そんなわけで酒場に通う島民からは昔から酒場のマスコット的な存在として可愛がられていたのだ。

 

そんなマコが、実は大きくなったら人型の魔獣になる生き物でした等というミトさんに話した設定を押し通して今は酒場で働いている。その上、元々マコは非常に頭が良いのか、こうなってから良くなったのかは不明だが、なんと酒場に通う島民の顔と名前をほとんど覚えていたのだ。そんな娘に接客されたら俺だって感慨無量である。

 

閑話休題。

 

となるとやはり自分にあった習慣が適応されるものである。元々、お婆さんと同じぐらい早起きの生活習慣なので、俺・マコ・カエデ・にゅう・シズクの中だと断トツに俺が起きるのが早いのだ。

 

「ん……?」

 

そんなわけで寝ぼけ眼を擦りながら何か軽く食べれる物はないかとキッチンに向っていると、ふと居間のテーブルに見慣れない物が置いてあることに気が付いた。

 

それは煎餅受けにところ狭しと並ぶクッキーであった。家の煎餅は全て俺が趣味で焼いている物なのでこれは明らかに家にあった物ではない。

 

「んー?」

 

煎餅受けのクッキーの前で首を捻っていると、煎餅受けに貼り紙が貼られている事に気が付く。何かと思いとりあえず読み上げるとそこにはこう書かれていた。

 

 

 

"GIのクッキーを作ってみたわ 食べても良いわよ byハクア"

 

 

 

「………………」

 

怪し過ぎる。真っ先に思ったのはやはりそれである。

 

状況と文面だけ考えて感情を抜きにすれば、白蟻の女王様が突然お菓子作りに目覚めたという、かのルイス・キャロルが作った薬でもやってトリップしている最中のような内容の不思議の国のアリスにでも出てきそうな状態なだけであるが、白蟻の女王様の名前がハクアならば話は別であろう。十中八九何かの念能力が絡んでいるに違いない。というかGIのクッキーとはブランド名か何かだろうか?

 

俺は一枚クッキーをつまみ上げた。

 

当たり前のようにクッキーを薄くオーラが包んでいるのは置いておこう。匂いは花の蜜のような仄かに甘く優しい香りがする。形も大きさも全て均一で、まるで工場から出て来たばかりのような出来だ。

 

「…………ほー」

 

一般家庭のお菓子としては既に何も言う事のない出来である。寧ろ昼ドラでも見ながらボリボリ食べるには少々上品過ぎるぐらいだ。

 

「……まあ、別に死ぬわけでもないか」

 

基本的にハクアは身内には優しいという事を思い出し、やっても精々悪戯程度の事だろうと結論付けてから摘まんだクッキーを口に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

(すー……すー……)

 

「にゅうはまだ寝ているか」

 

カエデは珍しくにゅうよりも先に起床していた。

 

基本的にはにゅうが先に起きているが、彼女らも人間と同じように完璧に決まった行動を取れるという訳ではない。故にこのような事も稀に良くあるのである。

 

「ふふ、おはよう」

 

カエデはベッドから体を起こすと少しだけ丸みを帯びてきた自身の下腹部を撫でながらそう呟いた。その顔はいつもの人を射殺さんばかり表情やどこか冷ややかな表情から打って変わり、溢れんばかりの喜びが漏れ出しているような優しさと慈悲により自然と笑顔が浮かんでいた。

 

もし、幻影旅団のメンバーに見られていたら即座に吹き出し、暫くネタにされるであろう光景である。

 

気が済むまでそうした後、カエデはベッドから立ち上がり、一階のリビングへと向かった。

 

「~♪」

 

その間、カエデから誰にも聞こえぬように小さくしかしハッキリとした音調で鼻唄が紡がれた。

 

それ程に今の状況が彼女にとって好ましいのだろう。ここ最近の彼女は外面的にはいつもと変わらないように見えるが、こういった端々で嬉しさが隠せない様子である。

 

「ん…?」

 

リビングの前までカエデが来るとリビングの中にあるひとつの気配に気が付き、そちらに意識を向ける。

 

旅行に言っている家主の方々は元より、シズクとマコは朝に大変弱いためその線も薄く、基本的に昼の少し前くらいからしか来ないハクアでも無いだろう。

 

とするとリビングにいるのが誰か見当がつき、カエデの表情がやや緩んだ。そのまま、ドアノブを回し、部屋にいる人物に声を掛ける。

 

「モ…」

 

直後、カエデは言葉を区切り、扉の開閉をそこで止めると即座にオーラを絶にして息を潜めた。

 

(なに……?)

 

更にさっきまでのカエデとは打って変わり、いつもの仏頂面と困惑が入り雑じったような何とも言えない表情に変わる。

 

(なんだアイツは……?)

 

それというのも単純な話。リビングに居たのはモーガスではなく、カエデの知らない女性だったのである。

 

これ以上無い程由々しき事態にカエデは殺意よりも困惑が上回り、息を潜めるに至る。

 

(あ、アレはいつぞやのメイド服じゃないか!?)

 

しかも女は少し前にモーガスがカエデに着て貰う為に作り、色々あった結果として結局、カエデが着無かったメイド服を着ていた。

 

女は鏡の前に立ち、メイド服の細かな調整を行いながら興味深そうに鏡を覗き込んでいる。故にメイド服の女はカエデに気がついていないのであろう。

 

(い、いったい私はどうすれば……)

 

カエデは珍しく怒りなどではなく焦りによる悲壮な表情を浮かべた。

 

あのメイド服をモーガスが異様な程丹精込めて作製していた事を知っていたため、元よりかなりマイナス思考で悲観的なカエデの脳裏に浮かんだのはモーガスに自身が捨てられ、腹の子と共に路頭に迷うビジョンであった。

 

(い、いやだ……この子だっているのに…)

 

自分がモーガスに捨てられるのでは無いかと顔を青くしながらカエデは自身の肩と下腹を抱き締めて身を震わせた。

 

少し前のカエデならば感情のままにリビングの女を抹殺した後、怒りの矛先をモーガスに向けて彼を探しに行っていた事だろう。しかし、それは人間ではなくディクロニウスという魔獣であり、流星街の住人であるカエデが、"捨てられるモノ"しか無かったからに他ならない。

 

捨てられるモノとは破棄或いは死によって絶たれる関係性の事。数奇な運命の下に産まれ、異常な環境で育った彼女には極論言ってしまえば殺せるモノしか無かった。溺愛するモーガスですら彼女は本当にどうすることも出来なくなれば彼を殺して自身の命を絶つという選択をしただろう。それは自身の幸福のみで物事を考えていたとも言える。

 

しかし、彼女が子を産む場合、彼女は無意識の内に子の幸福を考えるようになっていた。

 

にゅうという人格はカエデからは掛け離れているが、念能力とは0から1を生み出すモノではなく、1から昇華させていく力である。故ににゅうはカエデから紛れもなく発生したモノのため、本質的にはカエデはにゅうに近い女性だったといえるだろう。そのためカエデがそういった考えを持つことに別段不思議はない。

 

今のカエデならば子を挟んで隣にはモーガスが居て欲しいと切に願っているのだ。故に彼女はモーガスを殺して自らも命を絶つという選択を取る事は未来永劫ないであろう。

 

まあ、難しいことを抜きにして要約すると、カエデは少し大人になったのである。

 

(にゅう! にゅぅぅぅ! 起きろ! 起きてくれ!)

(Zzz……)

 

カエデがにゅうのように叫んでにゅうを呼ぶが、こういう時に限って幸せそうに眠っており全く起きる様子がない。こういう時に肩を揺すって起こせない事が人格だけの存在故の欠点である。

 

「くるりんっ」

 

すると何故か女は声に出しながらその場で一回転をする。その際にフリルとスカートの異なる色合いと質感の布の間に挟まった半透明の念で編まれた生地が見え、それらが重なりながら摩れ合うことで優しく柔らかな色彩を放つという無駄に洗練された無駄の無い無駄な技術が見てとれた。

 

カエデはモーガスの謎の拘りと妄念の塊のようなメイド服の出来に顔を引き吊らせつつも、女に対しての激しい嫉妬と怒りの感情を向けたが当の女性は余ほどにそのメイド服にご執心らしく気が付く様子もない。

 

すると女は片手でピースサインを作るとそれを横から片目に当ててポーズを取った。

 

「きらっ☆」

 

イラッ…

 

カエデの中の何かがキレそうになったが頑張って耐えた。最近、早とちりでモーガスに何度も迷惑を掛けたのを彼女なりに反省しての行動である。

 

「ほほーう……中々イケてるじゃないか…」

 

女はそんなカエデの視線を背中に受けながら、何故か椅子を持ってくると足を乗せて防波堤にある船を繋留するためのボラードに足をかけている船乗りのような体勢を取ると、勢い良く腕を振るってポーズを取った。

 

「よくってよ!」

 

ぶちっ…

 

カエデの中で早くも何かがキレた。流星街で生まれ育った齢13歳のディクロニウスの女王にしてはよく我慢できた方であろう。

 

堪忍袋も限界に達したカエデはベクターを伸ばし__

 

「姉さん横通るよー」

「ちょ……ま、待てシズ…」

 

その直前、いつの間にか起きてリビングに来ていたシズクが、明らかに御冠な様子のカエデを素通りし、カエデが覗いていたドアを開け放った。

 

「ん?」

 

無論、そんなことをすればリビングにいる女はコチラに振り向く。

 

その姿は光の加減により薄藤色にも薄紅色にも見える赤み掛かった銀髪をして、カエデとほぼ同じような体型と外見年齢に見える女性であった。

 

贔屓目に見てもかなりの美人であり、嫉妬心等様々な感情からカエデが奥歯を噛み締めていると、シズクは女の目の前に立ち、言葉を吐いた。

 

「おはよう、"兄さん"」

「おはよう、シズク。おはよう、カエデ」

 

(兄さん…?)

 

当たり前のように挨拶したシズクと、挨拶をカエデにまで返してきた女を見てカエデの思考が止まる。

 

「朝食は軽く作っておいたから好きに食べると良いぞ」

「はーい」

 

シズクは席につくと机の中央に置かれたフライパンから自分の分のカニカマの入った卵焼きとソーセージを取り分けるとすぐに頬張った。

 

「兄さん甘い」

「兄さんは卵焼きは甘い方が好きなの」

 

(兄……? え…? えっ…?)

 

当たり前のように会話をしながら、シズクのコップにお茶を注ぐ女を見てカエデは混乱して立ったまま停止していた。

 

暫く談笑している二人をカエデが無心で眺めているとシズクか何かに気がついたのか、フォークを唇に当てながら首を傾げる。

 

「あれ? 兄さん」

 

シズクは小さく唸ってからフォークを女に突き付けてから呟く。

 

「髪伸びた?」

「…………俺が言うのもなんだが、もっと他に突っ込むところあるんじゃないか…?」

「性転換する念能力ぐらい開発していても兄さんなら何も不思議じゃないと思うけど違うの?」

「シズクが俺を何だと思ってるかよくわ_」

「女の子になってメイド服着てる変態」

「………………」

 

いつもの調子で放たれた鋭い一撃により、女はピシリと固まったまま表情が凍り付く。よく見れば若干ひくひくと顔をひきつらせており、ぐうの音出ないといった様子である。

 

ここまで来ると流石にカエデも女の正体に気が付いた。

 

「なな……なん……なんでこんなことになっているんだぁぁぁ!!?」

 

女__モーガス・ラウランその人はそれを待っていたと言わんばかりの表情で、カエデの叫びに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、俺だって被害者…ひぎぃ」

 

無論、カエデのベクターがモーガスを襲ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほへー、それでそのクッキーを食べたらそうなってしまったんですね」

「そうなっちゃったんだよ」

 

カエデにベクターでぶん殴られた後、にゅうも起きたので彼女たち全員に俺に起こった出来事の一部始終を説明した。まあ、クッキー食ったら何故か女になったというただそれだけの事なのだがな。

 

その間、にゅうは興味深そうに指でテーブルに乗っているクッキーをつついている。

 

「待て……おかしいだろ…」

 

にゅうからカエデに切り替わり、眉間に手を当てながら呆れた様子で言葉を吐いた。

 

「どうしてそれでメイド服を着ているんだ…」

「そりゃな」

 

何せ転んでもただでは起きないのが俺のポリシー。というか変わった直後は多少焦りもしたが、それより折角作ったのに誰も着てくれないメイド服の事を思い出したのだ。

 

「…………メイド服…」

 

そう考えたらもう既に行動していた。何せ何をしても怒られないし、誰も傷付かない中々綺麗な女性が、こんなところにいるのである。

 

そして、部屋に戻って体の寸法を計り、それに合わせてメイド服を調整して着たところで君たちに朝食を作ろうと思い、作ってからリビングの鏡の前で姿を見ていた次第である。

 

まあ、いい加減ハクアを問い詰めたいところであるが、昨日家に来たので今日は来ない可能性の方が高いだろう。

 

「なら私、ハクアさんに聞いておこうか? 後で会うし」

「うーん、まあ面倒なら別に言わんでいいぞ。折角遊びに行くんだしな」

「そう? ならそうする」

「それより練り羊羮食うか? 昨日作ってみたんだが」

「わーい、食べる」

「待て待て待て……」

 

シズクに羊羮を出そうと立ち上がると何故かカエデから待てがかかったので着席する。シズクと共に不思議といった顔をしてカエデを眺めた。

 

「どうしてそんなに堂々とした上で自分に関心が薄いんだ…」

「えと…その……恥ずかしかったりしなかったんですか? 女性の体で…」

 

カエデとにゅうが入れ替わり質問してくる。それを聞いて俺は思わず鼻で笑いたくなる衝動を抑えて、精一杯の笑顔を作ってから言葉を吐いた。

 

「そんなもん幼少時代に流星街の何処かに捨てて来ちまったな」

「やっぱり兄さん頭おかしいよ」

 

いやん、おねにいさん傷ついちゃう。

 

「まあ、とりあえずそのハクア印のクッキーは食べない方がいい。何が起きるかわかったもんじゃない。それよりも……ひとつ思いついたのだ」

「そ、それはいったい…?」

 

俺は真剣な表情を作るとそれにつられてにゅうも真剣そうな表情になる。

 

「この私の名前は"カタリナ・ラウラン"とか可愛いんじゃないかしら ?」

「……………ねぇカエデちゃん…? もしかしたら私たちさ…」

「ああ……男の趣味が悪いのかもしれないな……」

 

何故かカエデとにゅうは遠い目をしながらリビングから快晴の青空を眺めていた。あ、そらきれい。

 

「ま、それはそれとしてだ」

 

俺の作ろうとしている念能力はメイドが大きく関わる念能力である。

 

まあ、誰もメイド服を来てくれなかったので一定のラインから一向に念能力の開発が進まなかったわけであるが、今俺はそれ以上の経験をしていると言えよう。

 

そう、俺自身がメイドになることだ!

 

「私のベクターがお前の首を刎ねる前に正気のお前に戻って欲しい」

「おれは しょうきに もどった!」

 

このままでは首をダイナミックされてしまいそうなのでいい加減真面目に話そう。見姿が既に真面目ではないが、そこは許して欲しい。というか俺のせいではない。俺のせいではない。

 

 

 

 

 




こんなモーくんがパパになります(集中線)

TS投稿したのって作者5~6年ぶりぐらいですね。また、TS小説書きてぇなぁ…(投稿小説の山を見ながら)

か、カタリナさんはほら……主人公交代バグでいつも犠牲になられますからこれぐらいはね…?

さ、作者が血迷ってこんな話になったのは全部いつか使いたいと思っていたグリードアイランドのホルモンクッキーって奴が悪いんだ! お、俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ!!



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モーガス・ラウラン 下

どうもちゅーに菌or病魔です。なんかいつもより早いですね、作者死ぬんでしょうか?(感覚麻痺)

今回はわりと真面目なお話です(大嘘)

前回のあらすじ
俺が!俺たちが!メイドさんだ!







「さて、風呂に入ってくる」

「待て」

 

二人が食べた朝食の食器を片付けて一息ついてから立ち上がると、何故かカエデがベクターで俺を止めてきた。

 

「なんだ? やっぱりまだ正気に戻ってないじゃないか」

「え、エッチなのはダメだよモーくん! カエデちゃんと私がいるよ!」

 

どこからともなく取り出した鉄パイプをベクターに握らせたカエデはそれを俺の頭上に浮かせている。言動的ににゅうも止める気がないようだ。

 

盛大に勘違いしてやがるな、このムッツリスケベ共め。

 

「む、むっつり!?」

「すけべ!?」

 

そもそも俺がメイド服を着せようとしたり、自分で着てみたのは念能力の開発の為である。他意は特にない。というか、カエデなら俺の今の身体で自慰しただけでキレるのは目に見えている。そんな地雷原でタップダンスを決めた挙げ句、ハンドスプリングで着々するようなことを誰がするというのか。そもそもそんなに飢えてもない。

 

「た、確かに……カエデちゃんなら…」

「にゅう、お前が私をどう思っているかよくわかった。それでどうして風呂に入るんだ?」

「造形が見たいんだ。メイド服の下のな」

 

何せ俺が作ろうとしているのは"人間の念獣"だ。それならば実際にちゃんと見ておくべきだろう。こんな機会他に逃せば無いかもしれないからな。

 

「"人間の念獣"か……大丈夫なのか?」

 

カエデが心配したのは"人型の念獣"ではなく、"人間の念獣"と言ったところであろう。

 

人型の念獣ならば難易度はそこまでではない。何せ、あくまでも人に似せた形をしているだけなのでその本体はそれに付いた付属効果の方だからだ。故に人型の部分はおまけ、もっと言えばハリボテでしかない。ハリボテでは本格的な戦闘を念獣にこなさせるのは難しい上に、中身を作り込むには消費オーラも跳ね上がる。例えるならば人の形をした風船に中の気体を変えて強化するようなものだ。全くもって効率的だとは言えないであろう。

 

故に人間の念獣なのだ。人間の念獣ならば元々知識として中身が存在するため、作り込みも比較的容易。念獣により現実的(リアル)な再現を行うことで結果的に人型の念獣よりも消費オーラが少なく済み、人型の念獣とは比べ物にならない程に強靭で細かな念能力を宿した戦闘用の念獣になるというわけだ。

 

ならば何故誰も人間の念獣を作らないのか? 理由は大きく二つある。

 

単純な話あまりに人道に反するからというのが一般的な理由であろう。念獣は体外にオーラを留める技能である放出系或いは、単純に物体の具現化をさせる具現化系の分野だが、その開発方法自体は具現化物を生み出すものと大して変わりはない。つまり、一体の人間の念獣を完成させるまでに何十・何百の人体を解剖(バラ)して観察しなければならないかということだ。無論、新鮮ならば新鮮なモノほど望ましい。言ってしまえば生きたままじっくりと観察出来るなら十数体程度で済むかもしれないな。

 

そして、もうひとつは人体というものを五感を通して完全に理解する難易度の高さであろう。未だに人体というものは解き明かされていないことも多々ある為に難易度の高さは人型の念獣と比べるべくもない。少なくとも人間を正確にパーツに分けることが可能で、その全ての名称等を暗記している必要があるだろう。例えば筋繊維ならば少なくとも起始、停止、作用、支配神経を覚えている程度は基本中の基本だ。

 

そこまでして本当に得る必要がある念獣ではないのだろう。まあ、単純にもっと放出系らしく、単純な念能力の方が得だな。よほどの執着と執念がなければあえてやる意味も必要もない。

 

「そこまでわかっているんだったら無理に人間の念獣にしなくても…」

「カエデ、お前はハムストリング辺りの肉が好みだったな」

「何を言って……?」

「そう、俺は頬肉が一番好きだったよ」

 

そう言うとカエデはハッとした顔になり、哀愁とも望郷にも慈しみにも似た目に変わる。その瞳はここではない、どこか遠くを眺めていた。

 

レクターさんに進められて初めて食べた時の衝撃と美味しさは今も覚えている。いや、きっと生きている限り忘れることは出来ないだろう。

 

シリアルキラーは居よう。しかしそれは殺すことへの快楽に趣を置く者だ。

 

カニバルキラーは居よう。しかしそれはこの世界では非日常の光景だ。

 

俺とカエデのようにただの食事という日常としてそうしていた者はそうは居まい。いや、カエデは種族的にはディクロニウスなのだから実際に共食いと言えるのは寧ろ俺か。

 

人間の内と外の感触、食感、味わい、解体法、調理法、筋の走行、臓器の重さ、神経の意外な頑丈さ、腱膜の人体パーツとは思えない固さ。生きる上で知らなくて良いが、最も身近な事を五感全てを通して知っている俺に人間の一人や二人程度再現できない事はないだろう。

 

「お前が初めから趣を置いていたのはメイドではなく、人体そのものか……」

「そう、メイドはあくまでも俺の趣味。俺の好みの服装を考えた時に一番最初に浮かんじまったからな。けど念能力にはそうした好きなものとかイメージしやすいものが絡んでいる方が作りやすいし、オーラの消費も少なくなる。だからメイドを足した」

 

まあ、もっと単純に例えるとだ。

 

ここに2次元の笑顔が眩しい美少女の絵があるとしよう。確かに彼女は絵だが、彼女は服を着ている。その下には皮膚がある。その更に下には筋肉がある。そして、一番深い場所には骨だってある。無論、それらは書き込む必要は特にない事であるが、書き込んだ方が彼女はより人間足り得る美少女となるだろう。

 

ならばどうする?

 

作り込まないわけにいかないじゃないか!

 

「………………何か納得いかないが、まあそうだな。お前の中ではな」

 

何か納得いかないらしい。解せぬ。

 

「げ、芸術家みたいだね! モーくん!」

 

おう、その人を褒める万能な言葉止めーや。

 

それに俺はもうほとんど放出系と後天的な特質系の人間だ。最近、またハクアに測って貰ったら90%越えたらしいからな。特質系により、幾らでもアレンジが効くので十分可能であろう。

 

まあ、実のところもうほとんど開発は成功している。後は造形的な最後のひと押しが欲しいのでリアルな女体が見たいのである。

 

「と、いうわけで風呂に入ってくる」

「待て」

 

再びカエデに止められた。今度はベクターではなく、手であるが、生憎これ以上はカエデに説明できる理由を持たない。

 

「その…だな…」

 

どうしたものかと考えていると、カエデは何やら頬を赤らめながらもじもじとしおらしい態度を取っていた。大変可愛らしいがなんだろうか。

 

「その…見るのに参考にするのは別にお前に限ったことではないのだろ…?」

「それはどういう? 」

 

俺に疑問符が浮かぶ。

 

「だから…だなっ! わ、私も一緒にお風呂に入ろう!」

 

…………………………マジで…?

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

かぽーん

 

 

 

(どうしてこうなった…)

 

一般家庭よりも広い浴場でカエデは早くも頭を抱えたい衝動に駆られていた。

 

さっきはあのように言ったもののカエデとしてはメイド服を着てやらなかった後悔やら、明後日の方向に全力で念能力開発に取り組むモーガスの姿勢等に押され、ついつい言ってしまい、今こうしているのである。

 

そして何よりも……。

 

「よくってよ!」

 

やはりと言うべきか、モーガスは浴場の洗い場の鏡の前でまたポージングしていた。必要ないであろうそのフレーズは気に入ったのであろうか。

(ぽけー)

 

(くそっ……案の定にゅうは使い物にならない…)

 

にゅうはこの空気と、控え目に見ても絶世を付けたくなるような美人のモーガスの裸体を見てショートしている。そんなのだからムッツリスケベなのだろう。

 

(と、というか私……小さい頃にモーガスと水遊びぐらいはしたことあるがその程度で、前の住み処の飛行船はシャワーだったからシズクとはお風呂に入ったことないし、施設の大浴場は角を見られたくないから使わなかったから誰かとお風呂に入るのってこれが初めてなんじゃ…)

 

「えいっ」

「ひゃぁ!?」

背中にヒヤリとした感覚が伝わり、思わずカエデは声を上げた。後ろを振り替えれば泡を付けた身体洗い用のスポンジをカエデの背中につけているモーガスがいた。

 

「背中を洗ってやろう」

「あ、ああ……」

 

 

 

ゴシゴシ……

 

 

 

「………………」

「………………」

 

(な、なんだこの時間は…)

 

 

 

ゴシゴシ……

 

 

 

「………………」

「………………」

 

(長いな…)

 

無口なカエデと、仕事は真面目なモーガスなため、暫く背中を流す時間が続いた。

 

(と、というか……)

 

風呂場に入ってきた時から赤面したまま満足にモーガスを見れていないカエデは心の中で叫んだ。

 

(こういう展開なら普通男女の役回りが逆じゃないのか!? 女なのは私だろう!?)

 

ちなみにカエデの知識はカエデが寝た後にパソコンや携帯で見ている漫画やら同人漫画やら小説等で仕入れた知識である。

 

「~♪」

 

そんなこんなで終始ご機嫌なモーガスに身体を洗われ、頭を無駄に上手くシャンプーされたりしてお風呂の時間は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今なら行ける。確実に行ける」

「そうか……」

 

何故か疲れた様子のカエデを連れて、俺の念能力を発現させるために外に出ていた。

 

どう見てもメイドである今なら行ける気がする。念能力はイメージが重要だからな。メイド服を着て、女性の身体であり、風呂場でのイメージが焼き付いている今ならば行ける気がするのだ。

 

「よし」

 

と、言うわけでオーラを片手に集めて発を行う。既に自分で念能力を作っているのでこの辺りは手慣れたものだ。

 

とは言え、発現は慎重になりながらも大胆に作業を進めればならない上、俺の念能力の中で間違いなく最大の記憶(メモリ)消費をする念能力だ。緊張もする。

 

今この瞬間にも俺の心の何処かでこんな念能力を作っていいのか? 記憶の無駄ではないのか? 真面目に地味な戦闘用の念能力を開発した方がいいのではないか? という感情が渦巻いているが、それらはハクアが言った言葉で全て一蹴する。

 

 

"つまらないものは、それだけでよい念能力ではあり得ない"

 

 

そう心に刻み込んだ直後、収縮したオーラが像を結び、掌の上に念獣が出現した。

 

「ああ、完成した……完成したぞ…」

「は……?」

 

俺の着ているメイド服と同じデザインをした"メイド服を着た10cm程のデフォルメキャラのようなメイドさんの念獣"である。

 

「これがっ! これこそがっ!」

 

「俺の全ての記憶の60%を使った大型複合念能力っ!」

 

「"手乗りメイドさん(ハンドメイド)"だっ!」

 

『ぽえー』

 

俺の叫びと共にハンドメイドの何とも言えない鳴き声のようなものが周囲に木霊した。カエデは口をあんぐりと開けたまま心ここにあらずといった様子で停止している。

 

「ば、バカかお前は!? バカなのか!? いや、昔からバカだったな!?」

 

やがて動き出したカエデは俺を兎に角捲し立てる。無論、自覚はしているので何も言い返せない。

 

いやん、カタリナちゃんそんに罵倒されたら目覚めちゃう。

 

「真 面 目 に 話 を 聞 け」

 

カエデにベクターによるアイアンクローで顔を掴まれて持ち上げられた。

 

「いやー、わたくしとしてはですねー。ひじょーに真面目に念能力の開発に取り組んだ結果がこれでござんして……」

「ああ、バカは死ななきゃ治らないって言葉があったな…」

「馬鹿は死んでも治らないって言葉もあるな」

 

とりあえずカエデのベクターから力ずくで抜け出す。そして、カエデの眼前に手を出してその上にハンドメイドを置いた。

 

「なんだ? 突然_」

『ごしゅじんさまー』

 

ハンドメイドは笑顔でカエデに語り掛けた。更に畳み掛けるように花が咲くような優しい笑みを浮かべる。

 

『あそぼう?』

 

10cm程の大きさで小首を傾げながらそう言う姿はいっそ清々しいまでに覇気がなく、無邪気である。

 

そして、それがカエデにどういった印象を与えるかは俺がこの世で一番よく知っている。

 

「かっ、可愛い……」

『えへへー』

 

よし、落ちたな。

 

ハンドメイドに手を伸ばそうとするカエデ、しかし俺はそれを制した。

 

「あ、遊んじゃダメなのか…?」

「念能力の制約でな。俺のオーラから離すと消えるんだ」

「制約だと…? あっ…」

 

カエデの目に理性の光が灯る。これが見た目通りのものではなく、特殊な念能力を持った念獣だとようやく気が付いたのだろう。

 

「この"オーダーメイド"は4つの制限を守りながら6つの条件をクリアすることで始めて念能力が発動する念獣なんだよ」

「そうなのか…団長の念能力みたいだな」

「ああ、それのことだがな。その団長さんの念能力に多少発想を借りた」

「え……?」

 

カエデはよく他人のことを話す。その中には無論、カエデの所属する幻影旅団の念能力の話も含まれている。

 

そして、その情報の中で俺が少し参考にしたのは幻影旅団団長クロロ・ルシルフルさんの念能力、"盗賊の極意(スキルハンター)"だ。

 

カエデから聞いた話ではスキルハンターの発動条件は4つ。

 

①相手の念能力を実際に目で見る

②念能力に関して質問し、相手がそれに答える

③本の表紙の手形と相手の手の平を合わせる

④1~3を1時間以内に行う

それに加えて何らかの制限があるかもしれないが、兎も角条件を満たすことで発動出来る念能力なのである。俺はその条件と制約を参考にしたのだ。

 

「それでその項目なんだがな……えーと」

 

俺は持ってきたメモにハンドメイドの制約もとい条件と制限を書き出して書き出してカエデに見せた。

 

条件

①相手の念能力をハンドメイドが実際に見る

②相手との戦闘を10分間ハンドメイドに見せる

③ハンドメイドに相手の念能力を食べさせる

④ハンドメイドに発動者のオーラ総量の50%を食べさせる

⑤ハンドメイドに相手の身体の一部分を食べさせる

⑥1~5まで項目の作業を30分以内に行う

 

制限

①ハンドメイドは手に触れていなければ何も食べない

②ハンドメイドは一回のオーラの餌付けでオーラ総量の0.1%のオーラまでしか食べれない

③ハンドメイドは発動者のオーラから離れると消滅する

④ハンドメイドは非力なため片手で押さえておかなければ速く動くだけで落ちる

 

「なんだこれは……団長の念能力よりも数倍……いや数十倍難しいじゃないか」

「そんだけしないと戦闘用の念獣としてはちょっとな。俺より強いか、同じぐらいにするにはそれだけ必要だったってことだ」

「言わなかったら団長の念能力が元なんてわからなかったろうに……」

 

普通は念能力の話というものは幻影旅団の仲間内だとしてはあまりして欲しい話題ではないだろう。しかし、カエデはそれを俺に話した。ならばそれはカエデなりの信頼の証なのだろう。無論、幻影旅団と俺の両方に対してのだ。だからこそ俺も嘘は吐かない。

 

そして俺は幻影旅団の念能力についての話は誰にも口外する気はないし、墓場まで持っていくつもりだ。それが、念能力者として、カエデの理解者として、流星街に生きた者としてせめてもの義理という奴だろう。

 

「……………………そういうところがちゃんと真面目だから私はお前が好きになったんだ…」

「ん? すまん。小声過ぎて聞こえなかった。今なんて言った?」

「なんでもない。ただの一人言だ」

 

ふむ、そうか。ならばいいのだが。

 

「あー、それでひとつ聞きたいんだが、にゅう……いや、現実の私理想の私(イデアル)は常時発動型の念能力でいいんだよな?」

「いきなりだな。そうだが…?」

「それはにゅうが表に出ていなくてもか?」

「まあ、そうなるな」

「制約はあるか?」

「制約と言えるのかはわからないが、人格はにゅうはひとりしか存在できないぐらいだ。それがどうしたんだ?」

 

ふむふむ、聞いていた通りだ。なら大丈夫だな。

 

俺は条件の1番目の項目の"相手の念能力をハンドメイドが実際に見る"に斜線を引いた。

 

「む、やっぱり私に念能力を掛けるのか?」

 

カエデは少し顔をしかめてそう言った。まあ、他人から念能力を使われるなんて基本的にいい気はしないだろうな。その上、団長さんの"盗賊の極意"を多少参考にしたんだから尚更だろう。

 

「なーに、これは能力を奪う念能力ではないから大丈夫だ。というか奪った上で相手に能力の使用を制限するなんて効果を付けようものなら流石に俺でもキツい」

 

そもそも俺は盗賊を生業とはしていない。そう言ったものは適正が薄いだろう。態々そんなことをする意味もない。

 

それから俺は条件の2番目の項目の"相手との戦闘を10分間ハンドメイドに見せる "に斜線を引いた。

 

「いや、別に戦ってないだろ?」

「いいや、戦ったさ。少なくともハンドメイドはそう認識した。さっきカエデは俺の頭をベクターで掴んだだろ?」

「お前……そのために」

 

なので戦闘を見せるというカウントはもう進んでいる。 これでクリアしたようなものだ。

 

「5番はどうするんだ? 髪とかでもいいのだろうか?」

「いや、血か肉だなやはり。俺のイメージがそっちしか浮かばない。だからハンドメイドもそうだろう」

「仕方ないな…」

 

カエデが指をオーラで傷付けようとしたのでそれを止めた。 そして、小指ほどのサイズの小瓶を自分の胸の谷間から取り出す。

 

「ほれ、これで大丈夫だろ」

「お前なんて場所から取り出して…」

 

しかし、女性とは便利だな。全裸でも小さなものを隠せる場所が男性より2ヶ所も多いからな。

 

「なんだそれは?」

「カエデの背中の垢だ。さっき風呂場で採った奴。これなら大丈夫だな、皮だって肉だ」

「おい、待て。お前まさか始めから私を風呂に入れるように誘導して__」

 

アーキコエナイキコエナイ。

 

カエデのことは無視して小瓶の蓋を開けてハンドメイドに持たせた。ハンドメイドはそれを呷るように食べると空になった小瓶を俺の方に向けてくる。うん、いい娘いい娘。

 

俺は5番目の項目の"ハンドメイドに相手の身体の一部分を食べさせる"に斜線を引いた。

 

「これで3番と4番以外の条件はクリアしたようなもんだ。まあ、先に4番だな」

「オーラ総量の50%を食べさせるか……ん? 待て」

 

カエデは何故か俺に待ったを掛けてきた。

 

「ハンドメイドは一回のオーラの餌付けで最大0.1%のオーラまでしか食べれないのに、それも戦闘中にこれを30分以内で自分の50%のオーラを喰わせるのか…?」

「そうだけど?」

「いや、無理だろう……」

 

何故かカエデがそう言ってきた。俺は意味がわからずハテナが浮かぶ。

 

「そもそも0.1%ってなんだ? オーラ操作は健在オーラにしても精々5%刻み、どんなに刻んでも1%刻みで動かすものじゃないか。そもそもオーラというものは身体を流れる液体のようなものだから、動かす具体的な精度を求めるというのは蛇口から出た水をコップに入れて目盛りも無しに量り取るようなものだろう? それに正確に0.1%だとしても500回に分けて食べさせるのだろう? それも戦闘中にだ。私だって平常時だって一時間は無いとそんなこと出来ないぞ……」

「んー、じゃあ、やってみるか」

 

俺はハンドメイドを肩に移動させ、乗せている側の片手の指先にぴったり総量の0.1%のオーラで作った念弾を五指全てに出現させた。

 

「は…? え…? まさか…」

『まうまう』

 

カエデの声をバックミュージックにひとつずつハンドメイドに与えては余った指に念弾を生成するのを同時に行い、ついでにハンドメイドが落ちないように押さえるのを片手でこなす。ハンドメイドの食べる速度自体は速いので秒間ふたつぐらいは食べさせられるだろう。それをしばらく繰り返した。

 

 

 

 

 

~5分後~

 

 

 

 

 

「まあ、こんなもんだな」

『けぷー』

 

時計を見るとぴったり5分掛かっていた。秒間ふたつより少し遅かったようだ。戦闘中ならば倍は掛かると思っていいので10分ぐらいか。ハンドメイドの食べ方に慣れればもう少し速く出来るかもしれないといったところか。

 

ふむ、やはり余裕をもって30分に設定したのは正解だったな。

 

「全く誤差無しにオーラ総量の0.1%のオーラを込めた念弾を500個ぴったり喰わせたというのか……」

「なんだ数えたのか?」

「いったいどこでこんなこと覚えたんだ……?」

「いや……ハクアに念弾喰わせてる間って自分のオーラ量を考えながら念弾作るぐらいしかやることないから自然に身に付いたんだが…」

 

果たして何か可笑しかったのだろうか? ハクアに聞いたら"ターム族の上位者ともなれば誤差0.001%のオーラ操作ぐらい朝飯前よぉ"とか言っていたので大したことは無いし、それも修行の内なんだなと思っていたのだが……ちなみに俺の精度は精々0.01%程度である。

 

「もういい、続けよう…」

 

カエデはどうにでもなーれとでも言いたげな表情でそう言った。まあ、だったら俺も深くは追求すまい。

 

俺は4番目の項目の"ハンドメイドに発動者のオーラ総量の50%を食べさせる"に斜線を引いた。

 

「それで最後に残った"ハンドメイドに相手の念能力を食べさせる"だが……」

 

ぶっちゃけこれが1番簡単である。

 

俺はハンドメイドを指で摘まんだままカエデの頭に乗せた。

 

「なにをする…」

 

メイドの乗せカエデという可愛らしいものの完成であるが、今は置いておこう。

 

カエデみたいな自分に掛けている念能力はこのようにしなければ難しいが、普通の攻撃用念能力ならばハンドメイド自体を盾にすれば良いのである。ハンドメイド自体は一切攻撃手段を持たない代わりに攻撃を受け付けないからな。

 

するとハンドメイドは何かを吸い込む動作を行い、それに伴い、カエデの中から何かが抜け出したように見えた。

 

「にゅう…?」

 

そして、異変に気が付いたカエデは血相を変えて俺にすがり付くように詰め寄ってきた。

 

「な、何をした……おい! にゅうはどこだ! にゅうをどうした!?」

「やっぱりこうなったか。大丈夫だ。心配するな」

 

まあ、家族が突然消えたのなら誰だってそうもなろう。しかし、別に消えた訳ではない。にゅうは人格としてひとりしか存在できないのだからこうなるのがむしろ正しいのだ。

 

カエデを抱き寄せながら背中を落ち着くように優しく叩きながら片手のハンドメイドを手から離した。無論、ハンドメイドは重力に従って地面に落ちる。

 

次の瞬間、ぼんっと軽い音がするのと共に足元から生えるように人影が現れ、それを俺は勢いよく抱き寄せた。

 

「にゅうっ!?」

「え……?」

 

カエデはその人影を幽霊か絶対にあり得ないものでも見たように目を丸くしてただ呆然と眺めていた。

 

そして、その人影は、俺と同じデザインのメイド服を着ていること以外は全くカエデと瓜二つの容姿をしていた。

 

家族であり、姉妹であり、親友であり、半身であり、様々なものを共有している存在。

 

そして、カエデにとっては誰よりも近く、最も遠い存在でもあった者。

 

"にゅう"が"カエデ"の隣にいたのだった。

 

俺はカエデと似たような表情で互いに顔を見合わせている二人をもっと強く抱き寄せた。

 

「これが俺の念能力"あなたのお手伝いさん(オーダーメイド)"。条件を満たした相手の特定の念能力を丸々コピーしたメイドの念獣を作る念能力だ。何も言わないで俺の話を少し聞いてくれないか?」

 

二人は腕の中で俺を見上げながら頷いた、俺は最初にカエデと視線を合わせながら話を始める。

 

「カエデは俺の幼馴染みだ。俺にとっても流星街で始めてできた友達でもある。不器用で口下手、人間関係が絶望的、料理とか家事もあまり得意ではなく、思い込みが激しい。けれど根は誰よりも優しく思いやりがあり、自分よりも相手のことを大切に思える素敵な女性だ。そして俺にとってかけがえのない人でもある。これからもずっとだ」

 

そう言うとカエデは頬を赤く染める。しかし、いつものように顔を背けることも逃げることもなくこちらを見ていた。

 

俺は次ににゅうと視線を合わせ、話を始める。

 

「にゅうはカエデの念能力から生まれた存在だ。社交的で明るく料理も家事もできる。まさにカエデがこうありたいと思った理想の形そのものだ。だが、にゅうはカエデと同じぐらい根が優しい女性だ。それが何よりも偶像なんかじゃないと俺は思う。にゅうはカエデの立派な妹だよ。そして、にゅうも俺にとってもうカエデと同じぐらいかけがえのない人だ」

 

そして、最後に二人の両方を見つめる。ここまで言ってかなり照れ臭くなってきたが、ここまで来たらやはり最後まで言うべきだろう。誤魔化すことも出来るだろうが、それはやはり男らしくない。

 

「だからこそ、こういうのは俺の方から言うべきだと思う。有耶無耶にするのは嫌だったんだ。それで、二人とも一緒に聞いて欲しかったからこんな念能力にしたんだ」

 

そこで言葉を区切り一旦呼吸を整える。そして、二人を更に抱き寄せてから口を開いた。

 

「まだ、少し時間は掛かると思うけど……カエデ、にゅう。結婚してください。俺と……ずっと一緒にいてください」

「……………ぁぁ…」

「…………モーくん……」

 

言い切った。言い切ったぞ。とっくに後戻りは出来ないが、これで今度こそ俺からも後戻りは出来ないな。何せ、自分の意思でこの二人を選んだのだから。

 

二人はいつの間にか泣いていた。そして、俺が抱き締めるよりも強い力で自分から俺に抱き付いていた。

 

「全く……せめて男に戻ってから言ってくれればな」

「ふふ、そうだねぇ」

「それを言うな…」

 

今が最も早く念能力を作れるタイミングだったからな。いや、まあムードとかあったかもしれないが、生憎俺はそう言うのには非常に疎い。これで勘弁して欲しい。

 

「モーガス」

「モーくん」

 

いつものように交互ではなく、二人同時に俺の名を呼んだ。俺はその光景が堪らなく嬉しく、それだけでこの念能力を作る意味があったと思えた。

 

「ありがとう……私も大好きだよ」

「嬉しい……幸せにしてください」

 

こうして俺の最大の念能力開発という一世一代の大仕事と、カエデとにゅうへの一世一代の大勝負は終わった。

 

なんだかんだあっても結局のところ俺はこの二人が大好きだったのだと思う。自分でいうのもなんだが、女の趣味はよくないかもしれないな。けれどそれはお互い様、二人も男の趣味が悪い。こんな奴を好きになるのが悪いんだ。

 

絶対幸せにしてやるからな。覚悟しろよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談であるが、その日もゴンたちは帰ってこなかったので3人で俺の部屋で寝ることになった。

 

そして、俺の始めてはカエデだったので、女性の方の俺の始めてはにゅうになった。

 

翌日、起きると身体は元に戻っていたが、猛烈に複雑な気分になったことを記しておこう。

 

 

 

 

 

 

 




いい最終回だった(大嘘)


~モーくんが今回作った念能力の概要~
手乗りお手伝いさん(ハンドメイド)
放出系及び特質系を中心とした大型複合念能力。手乗りサイズのメイドの姿をした念獣を生み出す。6つの条件をクリア及び4つの制限を守ることで能力発動を行い、ハンドメイドは"オーダーメイド"へと進化する。また、ハンドメイドは攻撃能力を持たない代わりに一切攻撃を受け付けない。
◇条件
①相手の念能力をハンドメイドが実際に見る
②相手との戦闘を10分間ハンドメイドに見せる
③ハンドメイドに相手の念能力を食べさせる
④ハンドメイドに発動者のオーラ総量の50%を食べさせる
⑤ハンドメイドに相手の身体の一部分を食べさせる
⑥1~5まで項目の作業を30分以内に行う
◇制限
①ハンドメイドは手に触れていなければ何も食べない
②ハンドメイドは一回のオーラの餌付けでオーラ総量の0.1%のオーラまでしか食べれない
③ハンドメイドは発動者のオーラから離れると消滅する
④ハンドメイドは非力なため片手で押さえておかなければ速く動くだけで落ちる


あなたのお手伝いさん(オーダーメイド)
放出系及び特質系を中心とした複合念能力。ハンドメイドが条件を満たした相手の念能力を持った女性の姿をしたメイドの念獣を具現化する。念能力は幾つもの関連のある念能力の場合、全てを統合してひとつの念能力とカウントされる。また、一度オーダーメイドとして具現化すればルームメイドに登録され、いつでもオーダーメイドとして具現化出来るようになる。また、オーダーメイドが消滅した時に残っていたオーラは発動者へと還る。
制約
①オーダーメイドの持つオーラ総量は発動者のオーラ総量の50%となる
②オーダーメイドを直接具現化する場合、オーダーメイドのオーラ総量の限界までオーラを込めなくてはならない


お手伝いさんの台帳(ルームメイド)
ポケットサイズの手帳の具現物。具現化系の念能力。これまで登録したオーダーメイドがここに記録されており、それらの削除や整理や付属のペンでメモ書き等が管理が出来る。また、この手帳に直接オーラを込めることで登録したオーダーメイドをいつでも呼び出す事が可能。更に盗む借りる等の念能力に対して貸し出しも可能。モーガスの具現化系の修行用の念能力でもある。
制約
①登録可能なオーダーメイドは100体まで



正直に言いましょう。カエデさんとにゅうさんを幸せに出来たと思うので私としてはこの小説は9割方満足です…そしてダクソ3では満足した不死人は死ぬ…ということは作者も…うっ…(サラサラ)

シュワー←ソウルの入る音

楔石の原盤←ドロップアイテム



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そうだメイドをふやそう その1

どうもちゅーに菌or病魔です。少しモーくんはメイドを増やしに行きます。

ちなみにモーくんはゴンの次ぐらいに優しくて、幻影旅団と同じぐらいクソ外道です。その両面を両立してやがるのがモーくんです。レクター博士仕込みのサイコパスだったりします。ちなみに1993年からキルアくんは2年掛けて200階まで天空闘技場を登ったそうですね。



 

 

 

 

 

「メイドを増やしたい」

 

カエデとにゅうと婚約者になってから3ヶ月程経ち、カエデの妊娠期間で言えば5ヶ月経った頃。俺はリビングでふとそんな呟きをした。

 

「それだけ聞くとアホみたいだな。要は念能力者と戦いたいということだろう?」

 

その場に居合わせたカエデは呆れた様子を見せている。ソファーに座っており、お腹を撫でている最中でもあった。ちなみににゅうはカエデの中でお昼寝中だ。

 

カエデのお腹に目を向けると、かなり食べ過ぎたお腹程度に見える大きさであるが、確りと胎児が成長しているということはよく分かる。元気な子を願うばかりだ。

 

本題に戻ると、あなたのお手伝いさん(オーダーメイド)をもっと沢山増やしたいのである。現在、お手伝いさんの台帳(ルームメイド)の100体の枠は数体しか埋まっていないからな。というか当たり前だが、くじら島に居ても全く増えねぇ。

 

「念能力ならハクアさんがいっぱい持ってるじゃないか」

「違うんだよなぁ…そうじゃないんだよ……」

 

確かにハクアならば俺のお手伝いさんの台帳(ルームメイド)を簡単に満杯に出来てしまうだろう。

 

それにこの前、念能力を幾つ持っているのかと聞いたところ、"んー、三千億……いや四千億個? そのぐらいかしらぁ? 正確な数は覚えてないけど昔は1日ひとつは必ず念能力作ってたしねぇ"とか言っていたので兎に角、沢山あるのだろう。

 

まあ、この星を数億年統べていた等と言っていたので筋は通るのだがな。例えばご存じの通り1億年は約365億2500万日であり、計算的には妥当な数字と言えよう。しかし、まあ、いつものハクアのことだ。話し半分に聞くのがいいだろう。

 

「だったら貸してもらえばいいんじゃないのか?」

「違うんだよ……」

 

例えばハクアから念能力を50個見せて貰ってメイドを作るとしよう。するとお手伝いさんの台帳(ルームメイド)の絵面が同じ顔のメイドで埋め尽くされるのである。

 

折角メイドにして外見を無駄に凝った念能力にしたのにそれやっちまったら何の意味もなくなっちまうじゃないか!

 

「そうか、無駄だという自覚があっただけ私は嬉しいぞ」

 

なんかカエデさん最近俺に慣れてきたのか返す言葉が微妙に辛辣じゃないですかね……。

 

「ふふっ、お前の妻だからな」

 

カエデはそう言いながら、まだ少し表情の硬い笑顔で微笑む。

 

聖母…というわけでは全然無く、それどころかぎこちない笑顔であるが、それでも俺にとってはどんな美女や絵画の微笑みよりも最高の笑顔に思えた。これが惚れた弱味という奴か。

 

「それに念能力を開発した後までハクアに頼るのはなんだかダメな気がする」

「いや、それこそ今さらなんじゃ……」

 

止めてカエデ! そんなこと一番俺がわかってるの! でも男の子にはプライドとか譲れないものがあるのです!

 

あ、なら女の子になればいいじゃん。あの後、ハクアからあのクッキーは何かに使えそうなので300枚ぐらい貰っておいたし。これは早くもカタリナちゃんの復活ですねぇ…。

 

 

 

「なら"天空闘技場"に行けばいいんじゃないの?」

 

 

 

そんな下らないことを考えてニヤニヤしていると、声を掛けられたため、俺とカエデはそちらに顔を向けた。

 

見れば何故行かないのかとでも言いたげな様子できょとんとしているマコがいた。マコは普段、念能力についての会話にはあまり入ってこないのでなんだか新鮮だな。

 

しかし、天空とはあれか? HP吸収の太陽と敵守備半減の月光を順に発動させる奥義のことであろうか?

 

「うん、それはよくわかんないけど絶対違う」

「じゃあ天空闘技場って?」

「天空闘技場……何だそれは?」

「アンタらには必要のないモノだってことはよくわかってるわよ……」

 

何故か呆れられた。解せぬ。

 

「いい? 天空闘技場っていうのは__」

 

場所はパドキア共和国と同じ大陸の東にあり、地上251階、高さ991m、世界第4位の高さを誇るタワー状の建物である。

 

その実態は1日平均4000人の腕自慢が世界中から集まる格闘技場で、通称"野蛮人の聖地"。観客動員数は年間10億を超える施設とのこと。

 

「ほーん、じゃあ念能力者も集まるってことか」

「そう、寧ろ天空闘技場のメインは念能力者同士の闘いよ! なんたって―――」

 

その後、天空闘技場についてのあれこれをマコから語られた。最初は天空闘技場の施設としての概要だったのだが、徐々に話が脱線して行き、選手に対しての話題になり、最後には天空闘技場に対しての愚痴になり始めた。これはあれだ、酒場で酔った客の話を聞き続けるのとそう変わらんな。

 

時計を見ると40分程経過しているのでそろそろ話を切り上げたいと思い始めたところである。

 

「しかし、マコはよく知ってるなぁ……まるで働いてたみたいだ」

「あー、言ってなかったけ? アタシ天空闘技場で働いてたのよ」

「ん……?」

 

反応するとは思っていなかった合いの手のような呟きに帰って来た言葉で俺は困惑する。働いてた? ついこの前まで部屋の懸垂器具にぶら下がっていたコウモリがか? あ、懸垂器具には今もぶら下がってるな。

 

「いや、そっちのアタシじゃなくて人間だった方の生前のアタシよ」

「人間だった方……?」

「生前……?」

 

カエデと顔を見合わせる。そして、真っ先に頭に浮かんできたのはいつものシロアリの女王様である。頭の中でまでニコニコ笑っているのが実にハクアらしい。

 

「今はそんなことはどうでもいいのよ!」

「あ、はい」

 

まあ、マコが気にしていないなら別に俺としてはいいし、掘り返すつもりもないが、非常に複雑な気分である。

 

「なんならアタシが案内してあげっ…! ああ……今ゲームで忙しいんだったわ……」

 

ものすごく残念そうに落胆した様子を見せるマコ。耳が倒れていてとても可愛らしい。

 

「あらあらぁ」

 

すると何処からともなくハクアが現れた。いつも通りの抑揚と雰囲気で言葉を続ける。

 

「いいんじゃないかしらぁ?」

「いいの!?」

「やってるのはゲームなんですもの当たり前よぉ。それに彼が増えたからポケットには困ってないしねぇ」

「ああ、ジョネスの奴ね」

 

俺には二人の話している内容はわからないが、何やら話が付いたらしい。

 

と、言うわけで。

 

 

「今すぐ! 天空闘技場に! 行きましょう!」

 

 

「お、おう……」

 

何故かこうなったようだ。

 

マコの熱意と剣幕に押されつつ辺りを見回すと、何故かイソイソとスーツケースに服やら歯磨きセットやらサボテンのお友達やらを次々と詰めているカエデの姿が目に入った。

 

「なにしてんのカエデ?」

「旅の支度だが?」

「いや、お腹の子もいるし、別に着いて来なくても_」

「気遣いは結構だが、私はモーガス・ラウランの妻だ。もう、お前から離れないぞ」

 

カエデは俺の言葉を遮りそう言い切った。そこまで言われてしまえば俺としては何も言えることはない。というか、心の隅にカエデが着いて来てくれることを喜ぶ俺がいるので仕方ないだろう。

 

「うふふ、イイわねぇ、若いって」

 

そんなことを言いながら微笑ましいモノを見る目で笑っているハクアに、ヘルベルのヌマちゃんの世話を頼みつつ俺も旅支度を始めることにした。

 

「早く行こう! 行くわよ! 飼い主!」

 

マコは鼻息を荒げながら俺の手を引いて来る。

 

お前そんなキャラだったっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1993年3月28日

天空闘技場への移動1日目。マコが場所もその周辺のローカルな路線等も覚えているとのことなので移動は丸投げした。といってもとりあえずそちらの大陸へ向かわないことには始まらないので2~3日は飛行船移動だがな。

マコは既に目を輝かせて非常に楽しそうな様子であった。眼帯で俺から目は見えないけどな。なんかこうキラキラしたものが見えるような気がするのである。かわいい。

 

余談だが、飛行船の食堂で夕飯を頂いている時にウェイターが乗客に怒鳴り散らされていた。何かと思って見ると怒鳴っているのは身なりの裕福そうな夫婦の奥さんの方であった。どうやらアレルギーのモノが入っていたとかなんとかだそうな。ふと、メニュー表を見るとメニュー表の右端の方に"アレルギーをお持ちの場合は予めスタッフにお申し付けください"と書いてある。ジャポンとか含む大国じゃアレルギー表示は義務化されているが、他はそうでもないんだがな。まあ、そういう人達もいるんだなと思ったので日記に記しておこう。

 

 

1993年3月29日

天空闘技場への移動2日目。事件発生である。乗っている飛行船の便で一組の裕福そうな乗客の財布や鞄から現金だけが忽然と姿を消していたらしい。大胆不敵な奴もいたものである。

だいぶ重くなった俺の財布を幻影旅団No.4であるカエデは何とも言えない絶妙な表情で眺めていた。大丈夫、大丈夫。俺の経験上この世界の小金持ちにろくな奴はいないからな。後、隠で隠しときゃバレない。

 

 

1993年3月30日

飛行船移動第1部完。そして、飛行船移動第2部の1日目開始である。もっと早い乗り物がこの世にあればいいんだけどな。ハクアぐらいの速度で空を飛べる乗り物とか。いや、それは盛り過ぎたか、ハクアは飛ぶと1秒経たずに音速の壁越えるしな。

 

それよりも今日あったことで少し腹が立ったことがあったので記すが、あなたのお手伝いさん(オーダーメイド)で出歩いていたにゅうがナンパされていた。にゅうは優しいから相手を傷付けないようにやんわりと断りたかったようだが、向こうはそれを脈アリと思ったようでぐいぐい迫っていたらしい。偶々俺が通り掛かったので婚約者だと言ってその場を収めたが、相手の態度と去り際の舌打ちにより、その場で頭を吹っ飛ばしてやろうかと思ったことを日記に記しておく。

 

 

1993年3月31日

飛行船移動第2部2日目。再び事件発生である。まるで名探偵になったかのような事件遭遇率だな。どうやら昨日のナンパ男が飛行船から忽然と姿を消したらしい。その男は個室をとっており、内鍵が閉まった状態で部屋の窓が全開だったことと使用済みの灰皿と煙草があったことから誤って転落した事故と見られている。

まあ、多分まだ生きていると思うぞ。俺で作ったあなたのお手伝いさん(オーダーメイド)が、ナンパ男を移動弾で海の上にあった小さな岩礁に飛ばしただけだからな。まだ、死んじゃいないさ。

まあ、絶望的だとは思うが仕方なかろう。にゅうがカエデに戻ってナンパの話の記憶をカエデと共有したら、カエデが今にも細切れにせんとばかりに怒気を放っていたからな。ありゃ殺すのも時間の問題だった。カエデは自分自身よりも大切な人が傷つけられることに対してキレるからなあ。殺るならもっとスマートに済ませなきゃいけないってことをカエデに教えておかなくてはならないかもしれない。

しかし、良い誤算だったな。後で現場をチラッと見たが、どうやらあなたのお手伝いさん(オーダーメイド)に付けた残ったオーラは全て俺に還るという能力は、本来残る筈の僅かなオーラの痕跡すら俺に還るようだ。かなり便利である。

 

 

1993年4月1日

飛行船移動第2部3日目。暇だしエイプリルフールなのでカエデに嘘を吐くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

背骨を折られかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わー、おっきいですねー」

 

下から見上げると首が痛くなりそうな程の巨大な塔が建っていた。上の方は雲に隠れており、建造物の途方もない高さがよく分かる。

 

ここが数日かけてやって来た天空闘技場とのことである。 成る程いい得て妙だな。

 

「ふふふ、そうでしょう。そうでしょう?」

 

何故かマコがとても誇らしそうだ。全く無い胸を張っておりとても可愛らしい。

 

それにしてもこの塔を見れば見るほどある衝動が渦巻いてくるな。

 

「どうしたの?」

「いやぁ……これさ」

 

こう、1階から全力で念弾を放って最上階までぶち抜いて倒壊させたらスゲー気持ちいいだろうなーって思っただけである。

 

「止めてよ!?」

「思っただけ! 思っただけだから!」

「アンタが言うと洒落にならないんだよこのバ飼い主ィ!」

 

硬で覆った脚による素晴らしいサマーソルトキックで頬を蹴り上げられた。

 

痛い! この暴力系ヒロイン!

 

「あそこに並べば受付出来るんだな」

「わー、マコちゃんが言ってた通り、凄い人の列だね」

 

ああん、待って置いてかないでよー!

 

俺は慌ててカエデに着いて行った。

 

「登録用紙は持ってきたわよ」

 

と、言うわけで並んだのだが、長時間暇である。なのでマコが持って来た登録用紙の記入は先に出来るので記入することにした。参加条件は特に無いらしいので流星街出身者にも優しい。

 

 

名前:

 

 

ふむ、まず名前か。

 

 

名前:カタリナ・ラウラン

 

 

よし。

 

「よしじゃないだろこの馬鹿亭主」

「カエデさん痛いです止めてくださいほんの冗談じゃないですかやだー」

 

このまま流されれば天空闘技場ではずっとカタリナちゃんで居ようかと思っていたが、それを察したカエデに止められたので仕方なく本名を書いた。

 

さて、次はと。

 

 

生年月日:

 

 

まあ、ここは普通に。

 

 

生年月日:11月6日

 

 

「…………ねぇカエデちゃん?」

「なんだ?」

「カエデちゃんの記憶にモーくんの誕生日無いんだけどどういう――」

「少し黙ろうか」

 

何やら切ない会話が聞こえた気がしたが、聞こえないフリをした。聞こえないったら聞こえない。

 

はい、次。

 

 

闘技場経験の有無:

 

 

ないな。

 

「うーん……」

「どうしたマコ?」

「前世で天空闘技場の司会とかエレベーターガールとかやってたって書いた方がいいと思う?」

「流されるか、面倒なことになるだけだから止めとけ」

 

なんだマコも参加する気なのか。いや、別に止めはしないが、魔獣も参加できるのか天空闘技場は?

 

「ネタ的に美味しくて賭けになるなら何だって参加出来るわよ」

 

さいですか、次だな。

 

 

格闘技経験:

 

 

格闘技ならジンから死ぬほど仕込まれたな。未だにブリオンさん相手にやっているから現役ということでいいか。正確には何年ぐらいだったかな……? 覚えて無いからぼかしておけばいいか。

 

 

格闘技経験:10年以上

 

 

ほい、次の項目は……と。

 

 

格闘スキル:

 

 

格闘スキルか……。うーん、俺の一番の戦闘技能は念弾と、レクターさんから仕込まれた暗殺技能や人を殺すための最も効率的な方法とかなんだけどな。というか格闘スキルという定義はどこからどこまでだ? 剣術とか、武術の流派とかそういうのも含むのだろうか?

 

うーん……まあ、適当でいいか。

 

 

格闘スキル:剣術

 

 

本当は抜刀術が主体だがな、それを書いてやる程手の内を見せるわけにはいかない。ちなみに剣術はレクターさんと、ハクアから習った。何でも出来るレクターさんは兎も角、ハクアが剣を嗜んでいることに驚いたが、話を聞くと"うーん? 感覚よ感覚。なんか相手の動きを見てたら自然に覚えるじゃなぁい?"とか言っていた。多分、戦闘中に相手の武術を相手以上に極めるとかし出す手合いなんだろう。仏陀顔負けである。

 

「この先は自由記入欄か」

 

別に書かなくてもいい項目であるが、まだかなり暇なので書ける奴と書いても問題ない奴は書くことにしようか。どれどれ。

 

 

職業:

 

 

ふむ、職業と来たか。

 

 

職業:漁師

 

 

よし。

 

「ひょっとして熱帯魚の密漁のことか…?」

「うん」

「ペンを貸せ」

「ちょ……」

 

 

職業:自営業

 

 

「コレでいいだろ」

「あふん」

 

カエデに書き替えられてしまった。まあ、いいか。さて次は――。

 

 

家族構成:

 

 

ん?

 

「カエデこれはおかしいぞ」

「どこがおかしいんだ? 別に普通に見えるが」

「家族構成の記入欄に配偶者を1人しか書くスペースが無いじゃないか」

「まあ、普通は本妻を書くんじゃないのか? どれ私が書いてやろう」

 

カエデが俺からペンと用紙を奪い取り、名前を記入しようとしたところカエデの手が他の手により止められた。

 

「いやいやー、私が書いておくよカエデちゃん」

 

それはあなたのお手伝いさん(オーダーメイド)で表に出ているにゅうであった。

 

「ははは、何の冗談だ? 手を放せ書きにくいじゃないか」

「あはは、ペンと用紙を私に渡していいんだよカエデちゃん。こういう書類仕事とかいつもいつも私に押し付けてたよね? だからいつもみたいに任せていいんだよ?」

 

ゴゴゴゴゴ……と効果音が付きそうなオーラを漂わせ、互いに張り付けたような笑顔を崩さないカエデとにゅう。互いの背中に竜と虎のイメージが見えるのは気のせいだろうか。ちなみに虎の方は猫科動物っぽいのでにゅうである。

 

ここはあのクッキーを食べて、"止めて! 超絶美少女カタリナちゃんのために争わないで!"と言って割って入りたい衝動にちょっとだけ駆られたが、今そんなことしたらあの温厚なにゅうにまで攻撃されそうなので流石に止めた。ただ、この時間が過ぎ去るのを待つばかりである。

 

 

 

最終的に子供のキャットファイトみたいな喧嘩になったので止めた。登録用紙はその過程で破れたのでもう一枚書くハメになったが、非常に面白い暇潰しになったので良しとする。

 

 

 

 

 




ああ、ゲゲゲの鬼太郎(6期)を原作で5~6年ぶりにTS小説を書いたのでよかったらお読みください。ちなみに主人公は羽衣狐です。


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そうだメイドをふやそう その2

どうもちゅーに菌or病魔です。

今回は190階クラスまでのお話となるのでやや短めです。ではどうぞ。


 

 

 マコの話によれば天空闘技場は大きく2つに別れている。

 

 ひとつは1階から190階クラスまでのフロアで、10階クラスごとに区切られているフロアだ。基本的に無能力者がここで凌ぎを削っており、念能力者なら念能力を使わずとも別段苦労することもなく突破できるぐらいらしい。

 

 そして、もうひとつが200階クラス。こちらがマコに言わせれば本当の天空闘技場であり、念能力者はここに集まってくるんだとかなんとか。200階クラスでは10勝するとフロアマスターに挑戦することが可能となり、勝つとフロアマスターになれる。そして、フロアマスターは4年に1度のバトルオリンピアというものに参加出来るというのが概要らしい。まあ、ぶっちゃけこの辺りは興味ないので蛇足だな。

 

 何故俺が急にこんなことを考えているかと言えば簡単な話である。

 

 目の前に頭部の上半分を失った男の死体が転がっているからだ。いや、失うというよりも弾けとんでいるというのが正しいだろう。

 

 現在はその天空闘技場の1階フロア。AからPまでの16のリングの中のGのリングに俺は立っており、倒れている死体は俺の対戦相手だったものである。

 

 うん、あれだ。加減を間違えたわ。

 無能力者が相手だったが、俺よりも体格がふた回り程大きく見えたので、念無しで一発ぐらい強めに叩き込んでも大丈夫かと思った結果がこの様である。

 

「せ、2943番……」

 

 俺は足で床のタイルを軽く踏み締めた。するとタイルは音を立ててクモの巣状に破砕し、パラパラと破片混じりの煙を巻き上げる。

 

 何がいけなかったんだろうな? というか念無しでもかなり加減しなきゃならないなんて聞いていないぞ……全く。

 

 単純に目立つから極力バレる殺しは無しにしようと心がけていたが、早くもその目論見が崩れてしまったじゃないか。まあ、天空闘技場は誓約書や諸々によって流星街並みに無法地帯……もとい治外法権らしいので殺しても特に問題はないのだが、既に決意していたので腹が立つ。

 

「2943番!」

「あ、はい」

 

 おっとレフリーが居たことを忘れていたな。シャバの人間に多少グロデスクな光景を見せてしまって申し訳ないと思うが、これぐらいここの施設の方ならばよく見ていることではないだろうか。

 

「き、君は50階に行きなさい」

「わかりました」

 

 マコから聞いた話では普通、一階から階段上に進むらしいが、一階で戦闘能力が高いと他の闘士の生命のために飛び級させることがあるということを思い出しながらまずカエデたちのいるところへと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり殺したの。まあ、飼主ならそうすると思ったわ」

 

 152ジェニーという缶ジュース一本程度のファイトマネーを貰ってから、 とりあえずマコと合流したところ、開口一番にマコから吐かれた言葉がこれである。マコの俺への認識に対して、これはジャポンに習って遺憾の意を示さねばならないと考えていると、先にマコが更に口を開いた。

 

「個室が貰える100階クラス以上の闘士は、そこに留まりたいために嫌がらせだって妨害だってなんでもするのよ。恋人連れなんて格好の標的ね。でも、流石にそういう奴らでも人を殺す人間にまではあんまり手を出さないんじゃないかしら?」

「はーん」

 

 つまりあれか。この先、俺のカエデとにゅうだけではなく、腹の子まで危険に晒す可能性があるということか。

 

 へぇ……。

 

「え……? ちょ……飼主? そんなマジな目をしてる飼主見たこと無いんだけど……ねえ、待って! 何する気よ!?」

 

 知れたことを。怖いものは全部取り除いておく、それが俺の流儀である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1回目の試合からほんの少しだけ経った頃。俺は早くも90階クラスにいた。

 

 適当に試合を組んで上の階へ進む。無念能力者しか見かけないため、完全に消化試合のそれであるが、俺のお目当ては200階クラスなので期待はしていないのでこんなものだろう。

 

「幾らなんでも試合中に闘士を皆殺しにしなくてもよかったんじゃ……」

 

 不慮の事故である。一瞬だけ頭を掴んだら脳出血で数時間後に命を落としたり、偶然に床の石畳から舞い上がったナイフのように鋭利な破片が側頭様に深く突き刺さったり、漫画のように軽いチョップをしたら頸椎損傷をしたりしただけで、俺自身は普通に戦っていただけだ。

 

「ちなみにモーガスは、解剖学的に見た暗殺と人体破壊の達人だ」

「なんでカエデはちょっと嬉しそうなのよ……」

 

 その辺りの技能は、レクターさんからたっぷり仕込まれたからな。正直、肌に指で触れれば念能力や過度な力抜きでソイツを廃人に出来る自信はある。

 

 それに相手には予め、俺と戦うと死ぬからリタイアした方がいいと再三警告してやっているので、仕方なかろう。

 

 お陰で死神モーガスなんて不名誉な渾名まで貰ってしまったがな。

 

「なんというか……モーガスに守られてると思うと嬉しくて……ふふふ」

「その優しさをミリ単位でも相手に向けないのが流星街の流儀なのね……」

 

 マコも流星街のことを理解し始めているようで結構結構。

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実が少し頭が痛くなってきたため、ついさっきしたそんな会話を思い出すのを終えてから、俺は漸く対戦相手に目を向けることにした。

 

 そこには丁度ゴン程の背をした銀髪の子供が、棒立ちで片手で眉間を押さえている俺を不思議そうな目で見つめながら立っていた。

 

「兄さん。なに黙ってんの?」

 

 参ったな……女子供だからとかではなく、単純にゴンと同じぐらいの子供を抹殺してしまうのは流石に倫理的にアレ過ぎると思うぞ。

 

 うーん、そもそも俺は多少の理由が無ければあまり殺人は好まない質である。流石にこんな小さな子を殺めたからといって何が変わる訳でもないだろう。

 

 しかし、不戦敗となってしまえば、100階クラス以上の連中に子供を盾にとれば余裕な奴という認識が付いてしまうかもしれない。それではカエデ達を守るには本末転倒もいいところだろう。

 

 仕方ない……。

 

「悪いな君。俺には君ぐらいの弟が居てな。少し気が引けただけだ」

「あー……そういうのね」

「軽く行くぞ?」

「いらな――」

 

 俺は少年が何か言おうとする瞬間に一歩で約15m程の間合いを詰めて背後に立つと、少年の片方の耳の中に小指を差し込み軽く震わせてから引き抜いた。

 

「っ――!?」

「おお、中々速いな」

 

 少年はすぐに耳を押さえて俺から距離を取った。その反射神経と瞬発力足るや並みではない。念を使っていないのが不思議な程だ。

 

「な……」

 

 しかし、その場でぐらりと少年の身体がふらつき、まるで酩酊したかのように左右に傾きながら千鳥足になり、最後には片耳と頭を抱えて膝をついてしまった。まあ、そうもなろうなあ。

 

「君の平衡感覚を狂わせてみた。大丈夫、30分もすれば元に戻るぜ?」

 

 俺は歩いて少年の目の前まで向かった。更に目の前でしゃがんでみても少年は変わらずに踞っている。まあ、感覚的には天地がぐるぐるしているような今の状態で吐かないだけでも上等というものだろう。

 

「悪く思うな。これでも特別待遇だ」

 

 殺らないし、後遺症もない。なんと温情なことだろうか。流星街の人間からすれば聖人君主のようだな。まあ、現実的にはナメプしている外道だが。

 

 俺は一撃で意識を刈り取るため、片手をデコピンの形にして少年に向けて――。

 

「子供扱いすんなって言ってんだよ!」

 

 突如、跳ね起きた少年に腹を刺された。

 

「あん……?」

 

「なんだこりゃ!?」

 

 俺は綺麗に自身の腹直筋周辺に突き刺さっている少年の手を筋組織で受け止め、人体構造からすると異常な強さと、ありえないヶ所の収縮して抜けなくしつつ、少年のもう片方の手を、俺の片手で押さえつけて考えた。

 

 復活が早すぎるな……1分も経ってはいない。何か特殊な訓練でも受けていたのだろうか?

 

 それと、今俺の腹に刺さっているのは少年のただの手と爪だ。刺さる前に見えたが、やはり肉体操作でナイフのようにして刺したのだろう。この歳で肉体操作なぞ少なくともマトモな生い立ちの人間が出来るものではない。

 

 少年に目を向けると、抜け出そうと腹に刺さっている手を更に尖らせたり、空いている足で俺を蹴ったりしているが、如何せん体格差と肉体の頑強さが違い過ぎる。

 

 更に俺は最初にレクターさんに教え込まれ、そしてハクアに更なる応用を教え込まれたため、肉体操作ぐらいならば全身で使える。使えれば傷口の瞬間的かつ物理的な止血だったり、一瞬だけ爆発的な力を生み出すことや、今のように筋組織で攻撃を受け止めることも容易である。だが、見たところ少年はそこまで極めているわけではないようだ。

 

………………ふむ。

 

「気が変わった」

「―――ッ!」

 

 掴んでいた手を離し、腹から手を離してやる少年は即座に俺から大きく距離を取った。

 

「悪かったな。子供扱いはしていないといえば嘘になる。実際、俺からすればそうなるからな」

「………………」

 

 その言葉で少年の目が更にツリ上がるのを感じた。まあ、事実なのだからその通りだろう。

 

 俺はいつでも動けるように少しだけ気を張ると、片手を肉体操作で強化してから少年へ小さく手招きをした。

 

「だから……」

 

 別に少年にゴンを重ねたとかではない。単純に仮にこの少年が俺ほどの歳になり、念を覚えていればどれ程の実力者になるのかと想像したら……少しだけ手折るのも無下にするのも惜しいと感じたからである。

 

「さっさと本気で俺を殺しに来い。君に舐めて掛かられるほど俺は弱くはないぜ――"殺し屋の卵"くん?」

 

 身のこなし、目付き、肉体操作etc見るものが見れば誰だって後ろぐらい者だとは気づく。その中でもあまりに躊躇のない殺害を目的とした攻撃を撃ち込めるのは殺し屋か、テロリストの鉄砲玉か、流星街の人間ぐらいのものだろう。鉄砲玉ならこんなとこに来るわけもなく、流星街の人間にしてはずっとマシな目をしている。ならば殺し屋の子辺りが妥当だろう。

 

 驚きに目を見開いた後に挑戦的な目になった少年に時間と得点が許す限り、効率的な殺しと人体破壊のスペシャリストとして真面目に手合わせをすることにした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天空闘技場記録

・50階クラス

 マコ曰く飛び級したらしい。とはいえ、念を使える奴はだいたいそうなるらしいので普通のことなのだろう。

 

 

・60階クラス

 幸いにも金にも時間にも特に困ってはいないが、早いに越したことはないだろう。嬉しそうなカエデとにゅうの姿を拝めればそれでいい。

 

 

・70階クラス

 しかし、マトモな世界で生きるには必要とはいえ、やはり血気盛んな相手を殺せる状況で、理由もなく生かしておくということに違和感を覚えるのは元流星街の住人故か。我ながら甘くなったものである。

 

 

・80階クラス

 カエデのお腹の子はすくすくと成長しており、たまに声に反応して動いているのではないかと思うのは親バカなだけだろうか。

 

 

・90階クラス

 あの少年はキルアくんというらしい。あれだけボロカスにされたのに後で俺らの部屋に来ていた。中々強心臓である。キルアくんは外に出て初めて身体を本気で動かせたということや、オヤジやジイちゃんでもあそこまで変態染みた肉体操作はしないなどと話し。終いには家族の愚痴に発展していった。どうやら暗殺家とやらも世知辛いらしい。新しい発見である。

  

 

・100階クラス

 きょうはなんにもないすばらしい一日だった。

 

 

・110階クラス

 きょうはなんにもないすばらしい一日だった。

 

 

・120階クラス

 きょうはなんにもないすばらしい一日だった。

 

 

・130階クラス

 きょうはなんにもないすばらしい一日だった。

 

 

・140階クラス

 きょうはなんにもないすばらしい一日だった。

 

 

・150階クラス

 きょうはなんにもないすばらしい一日だった。

 

 

・160階クラス

 きょうはなんにもないすばらしい一日だった。

 

 

・170階クラス

 きょうはなんにもないすばらしい一日だった。

 

 

・180階クラス

 きょうはなんにもないすばらしい一日だった。

 

 

・190階クラス

 きょうはなんにもないすばらしい一日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぅ~疲れました! これにて200階クラスです!」

「こんなこと言っている奴が天空闘技場で歴代最速で200階クラスまで上がったのね……」

 

 個室が貰えるから危険だとマコが言っていた100階クラスから190階クラスまでの階層。きょうはなんにもないすばらしい一日だった……もとい90階クラスで試合が組まれたキルアくんに比べたらマジで何も語ることがなく、処理レベルの作業だったから仕方ない。あんなゴンのように生きる才能塊みたいな人間は早々御目にかかれるものではない故、他が全て色褪せたのだ。

 

 そういや、キルアくんの家名の方を聞き忘れたな。まあ、いいか。袖振り合うも多生の縁。いつかまた会うときもあるだろう。会わなかったらそれはそれで結構なことだ。

 

 何故か隣にいるマコが影の差したひきつった笑みをしている気がしないでもないが、知らないったら知らない。ちなみに100階クラスからはもう面倒になり、さっさと上がるため、開幕と同時に俺のオーラで相手を包んで失神させたりしていた。

 

 対戦相手の身体が無事ならいいだろし、精孔も開いちゃいない。精神が無事かどうかは保証しかねるがな。

 

「私はモーくんがつけてる天空闘技場記録の後ろの方を見て、モーくんがおかしくなっちゃったのかと心配したよ……」

「元からおかしいだろ」

 

 にゅうは天使だなあ。カエデさんヒドいです。

 

 そういや、死神モーガスというかなりアレな異名が、現実味を帯びてきたせいでオッズが大変なことになっていたな。

 

「130階クラスぐらいから元返し(1.0)だったものね……」

 

 ディープインパクトですら1.0は一回だけだったんだがな。まあ、あれは単勝だから一概に比べられないだろう。

 

「大穴狙いが多い天空闘技場で元返しなんて滅多にないわよ……」

 

 マコのぼやきは置いておき、200階クラスにあがるまでで良いニュースと、上がってから悪いニュースがある。

 

 ます、良いニュース。なんと100階クラスから一度も他の闘士に嫌がらせ等を受けることなく上がれたのだ。カエデと俺の子には一切被害はなかったたため万々歳である。

 

 そして、悪いニュースなのだが―――。

 

 

 

 

 

「200階クラスって……闘士同士の申告制で試合組むんですね……」

「そうよ……」

 

 いかん……100階クラスから微妙に念を使ったせいか、エントランスに来た200階クラスの闘士と思われる連中が俺を見た瞬間に回れ右して去っていく。

 

「…………どうしよう?」

「こっちのセリフよ……まあ、飼主の欲しい念能力はちゃんとした戦闘向きの念能力だろうから、本当に飼主と闘いたいような闘士は自分からやって来るでしょう」

「そうかな……そうかも?」

 

 俺はマコの慰めを余所にメイド増産計画が傾き始めていることに頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 ちなみに結果だけいうと"誰でも受けて立つゾミ☆"と書いて天空闘技場の自室の扉に貼り紙をしておいたところ、結構入れ食いで対戦相手は見付かったことを記しておこう。

 

 

 

 




モーくんに肌を触れさせるということはレクター博士に肌を触れさせるのと同じぐらいの覚悟がいります。


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そうだメイドをふやそう その3

どうもちゅーに菌or病魔です。遅れてすみません。次はなるべく早めに投稿出来ると思います。

話を本編に戻しますと現在のモーくんのオーラ総量はブリオンさんとのパワーレベリングでちょっと成長して80万程です。参考までにモントゥトゥユピーが、ハコワレの能力で飛ぶまでが計算だと70万~90万程です。

後、旧作キャラが出ますが、これ以降2度と本人は出ないので許してください。




 

 

 

 武人の誉れとはなんだろうか?

 

 ここ天空闘技場で己に恥じぬ勝利を求めた者ならば誰もが考えることであろう。

 

 フロアマスターとなり、自身の武術を確立して富と名声を手を手にするため。直向きに己の限界を追い求めるため。他の流派を見極め、己の糧とするため。

 

 様々な思惑はあるが、最後に行き着くのはやはり――"己より強き者に挑めること"に集約するであろう。

 

 武人とは上が見えてしまうと、"頂点"に立ってしまうその日まで、どこまでもそれを追い求めてしまう。いや、頂きに立って尚、未だ上を見てしまう。そんな愚直な存在なのである。

 

 

 そして、現在の天空闘技場には、ある種の"頂点"があった。

 

 

 それは"モーガス・ラウラン"という名のまだ年若い青年である。

 

 彼は対戦相手の度重なる対戦後や対戦中の事故のような不審死から死神の通称で呼ばれ、最速で200階クラスまで登り詰めた闘士だということで一般には知られている。

 

 しかし、念を覚えた武人ならばその評価はまた違ったものになっていた。

 

 まず、同じ人間か疑う程のまるで底の知れない莫大な量のオーラ。氷河のように冷たく、また同時にマグマのように熱い感覚を覚えるおぞましいそのオーラは並の人間ならばマトモに浴びせただけで絶命させ、心の弱い念能力者ならば触れただけで心を壊してしまうと思わせる程だ。

 

 更に人として持ってはいけないと思わせる程に卓越した人体破壊技術。いったい、その歳でどんな生き方をしてきたら人体を鮮やかなまでに簡単に捌けてしまうというのか。彼に指1本でも肌に触れられようモノならば呆気なく命を散らされてしまうだろう。

 

 そして、伝承に残る仙人のような肉体操作技術。才能という言葉がこれほど恐ろしくも思えることはないであろう。伝承で数百年を生きる仙人すらあそこまで細かく、肉体を操ることは出来まい。

 

 最後に、闘うことに微塵も恐怖を感じていないその強靭ながら破綻した精神である。

 

 彼はまさに奇跡の産物であり、武人にとってあまりにも磨かれ過ぎた呪われたダイヤモンドのような妖しい輝きを放つ存在であったのだ。

 

 そんな彼の部屋の扉にはいつでもこう書かれた貼り紙が貼られている。

 

 

 

"誰でも受けて立つゾミ☆"

 

 

 

 それは負けるとわかっていても、殺されると本能で感じていても、それを振り払ってしまえるだけの抗いがたい魔力を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天空闘技場の200階クラスの闘技場。

 

 そこで現在、二人の男性が対峙していた。

 

 片方はドラドという名の槍使いだ。両耳にリングピアスをしたスキンヘッドの体格のいい男であり、全身に刺青が入っている。

 

 柄の両端に矛の付いた槍を構えており、容姿からは離れた武人らしい落ち着きを見せ、対戦相手の挙動を静観していた。

 

 そして、もう片方は杖を持っただけの様子のモーガス・ラウランである。

 

「お誘いどうも、ドラドさん」

 

 モーガスは既に試合が始まっているというにも関わらず、飄々とした様子でドラドに対して心底嬉しそうに笑みを浮かべながらそう呟いた。

 

 しかし、彼を覆うオーラは恐ろしく重厚でありながら風のない水面のように静まり返り、動きを見せないため、ひと欠片も気を抜いていないことは明白である。

 

 そして、クルクルと杖を回し、片手にメイドの人形のような小さな念獣を出現させ、肩に乗せると片手で落ちないように押さえていた。

 

「さ……貴方はどんな念能力だ? まあ、戦闘に特化していればなんだっていいがな」

『あそぼー?』

 

 それが皮切りとなりドラドは明らかにリーチ外のモーガスへと槍を叩き付けるように振るった。

 

 変化系と具現化系からなるドラドの念能力は、槍に不可視の風の刃を形成し、それで振るった先を薙ぐ、或いは突く念能力である。

 

「ほー」

 

 するりと横に跳んで槍を避けたモーガスは、自分が元いた場所が地面ごと直線かつ明らかに槍よりも広範囲に抉れ、風が吹き荒れた様を見てそんな声を上げる。

 

「なにそれカッケェ……」

『ぽえー』

 

 そして、子供のように目を輝かせながら目を見開いていた。メイドの念獣の間の抜けた声も響く。

 

 ドラドはそんなモーガスに文字通り横槍を入れて突き、風の刃は暴風と共に未だ感心した様子のモーガスを穿つ。

 

「――!?」

 

 しかし、驚いたのはドラドの方であった。

 

 モーガスが片手で押さえているメイドの念獣を風の刃へと向けると、風の刃は大きく開いた小さなメイドの口に吸い込まれるように吸収されて消えてしまったのである。

 

 念を無効化というより、吸収するタイプの念能力に見え、ドラドの手は止まった。

 

『けぷっ』

「じゃあ、こちらも行こうか」

 

 モーガスがそういうとメイドの念獣を押さえていない方の手に莫大なオーラが収束するのが見え、瞬時にオーラは形を取り、モーガスの目の前に"ソレ"は居た。

 

 

『………………』

 

 

 それは"緑色のショートヘアをした瞳の赤いメイド"であった。肩にいるメイドの念獣との最大の違いは、やや背の高い女性の念獣であるということだろう。

 

 一瞬で形成されたにも関わらず、緑髪のメイドを形造る莫大なオーラと、とんでもなく細部まで拘られた美しい造形は一目でただの念獣ではないことが理解出来よう。

 

 更に緑髪のメイドの手にドラドの物と全く同じデザインの槍が突如として出現し、ドラドと全く同じ構えで槍を向けて待機する。

 

「さ……少し俺のメイドと楽しんでいってくれ」

 

 モーガスはピクリとも表情を変えない緑髪のメイドを前に出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………誰あれ?」

 

 観客席にいるコウモリのキメラアント――マコはそう呟きながら首を捻る。

 

 彼女の目線の先にはドラドの攻撃にほとんど反撃をせず、いなすか受け流している緑髪のメイドの姿があった。

 

 緑髪のメイドはドラドが攻撃を繰り出す度、戦闘中に急激に学習しているかの如く、槍捌きの技量が上がっているのが見て取れた。

 

 既に緑髪のメイドはドラドより遥かに完成したドラドの槍技で相手にしており、どう見てもこれからドラドが勝てるビジョンは浮かばない。

 

「モーガスの次にマコがよく接しているだろ? アイツだよ」

 

 そんな様子に隣にいるモーガスの恋人であるカエデが口を開いた。

 

「え……? あんな奴知らな――」

 

 そこまで言ったところでマコの言葉が止まり、目を見開く。そして、口を尖らせながらカエデの方を向く。

 

「まさか……あれ"ブリオン"なの……?」

 

「正解だよ、マコちゃん!」

 

 モーガスのもうひとりの恋人であるにゅうがカエデの代わりに笑顔でそう返した。

 

 その直後、笑顔から急激に仏頂面へと変わり、カエデは口を開く。

 

「なんでもモーガスが言うには、ただ対象の念能力ごとのコピーにそのままメイド服を着せた人間の念獣を作るだけならもっと軽い制約で済んだらしい。特に10分もリトルメイドに戦闘を見せる必要もないんだとか」

 

「は……? ならなんで飼主のリトルメイドの制約はあんなに重いのよ?」

 

「それはだな……そのままだと男性や老人に使用した場合に野郎メイドやお婆さんメイドを作ってしまうことになるそうだ」

 

「それは……ちょっと嫌ね……」

 

 マコは対戦相手のドラドという男の服装をそのままメイド服にした姿を想像して少し引いた。

 

「だからモーガスはそれだけのためにリトルメイドに10分という時間を観察に使わせ、相手の肉体そのものを食べさせたりしているんだ。少しずつリトルメイドに分けてオーラを食べさせるのも形成を一気にしないためのものらしい」

 

 丁度、ブリオンのメイドの槍の矛先がほんの少しだけドラドの肩を掠め、極少量の皮膚組織が槍に付着する。

 

 ブリオンのメイドは一旦モーガスのところに戻り、矛先に付着したドラドの皮膚を小さなメイドの念獣に食べさせると再びドラドと対峙した。

 

「形成……?」

 

 マコはここまで来ると流石に嫌な予感がしたが、それでもモーガスは自分の飼主であるためにカエデの言葉を待った。

 

「要はアイツ……男女問わず――」

 

 カエデは言葉を区切り、大きな溜め息を吐いてから更に言葉を紡いだ。

 

「対象を0から美人メイド化したものをわざわざ戦闘中に手作業で組み上げているんだ……」

 

「だからオーダーメイドなのね……」

 

 マコは本当にバカじゃないのかという言葉を飲み込み、せめてそう答えた。表情に影が差しているカエデをこれ以上責めることもないだろうという気づかいである。

 

「で、でも……そのおかげで私がこうしているんですよ……?」

 

「にゅう……私はメイドに関しては一度もモーガスを責めてはいない。それにその結果、あの念能力は紛れもなく、世界最強クラスの念能力だ」

 

 闘技場では突如、ブリオンのメイドが消え、代わりに全身に刺青が入り、赤茶色の癖毛をし、石突きにも矛の付いた槍を持つメイドがモーガスの前に立っていた。

 

 また、その容姿はドラドの娘と言われても誰もが信じる程似ており、また目が覚める程の美女でもある。

 

「モーガスは100の念能力を扱える念獣を従えたようなものだ」

 

 カエデはさっきとは違い、どこか誇らしげな様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……こっちのしたいことは終わった」

 

 モーガスは完成したドラドのメイドを隣に立たせながらそう呟く。

 

 現在、点数上は0対0のポイントから全く得点に変化は無いが、モーガスによる独壇場なのは誰の目でも明らかだろう。相手の点数すら操作出来るほど彼の実力はドラドに比べて遥か高みにいるのだ。

 

「でも、あなたはもう限界そうだ」

 

 そう言いながらモーガスはドラドを眺める。

 

 ドラドはブリオンのメイドとの交戦で既にオーラから精神力に至るまで消耗しており、そう長く戦える状態ではなかった。

 

「じゃあ――」

 

 その言葉の後、ドラドのメイドは煙のように消え、残りのオーラがモーガスに還る。

 

 そして、彼は杖を垂直に引き抜き、中に仕込まれた反りの少ない刀のような刃が露になった。

 

「次の一撃で決着にしようか」

 

 モーガスは仕込み杖の鞘を投げ捨て、刀身に薄くオーラを纏わせる。

 

 その様子にドラドは驚いたが、次には堪らないといった様子で笑った。そして、矛先をモーガスへと構え、纏のオーラすら削ると、残り全てのオーラを腕と槍の矛先に集めた。

 

 そして、数秒の後――先に動いた者はドラドだった。

 

 ドラドは己の念能力に全てを掛け、一歩で眼前に迫り、既に仕込み杖を上段に構えているモーガスの胸に目掛けて槍を放つ。

 

 これまでで最も激しい暴風が吹き荒れ、モーガスの背に風が流れて行く。

 

 そして、その光景を見たドラドは観念したように表情を緩め、そっと肩の力を抜いた。

 

「いいねぇ……」

 

 モーガスはドラドの槍と念能力を一切避けず、あろうことか防御もせずに胸部で受け止めていたのである。

 

 槍は丁度、モーガスの心臓がある位置に突き刺さりながら数cm刺さる程度であり、肉体操作とオーラ操作によって止められていたのだ。

 

「じゃあ……こっちの番だ」

 

 モーガスの仕込み杖は鮮やかなまでの弧を描きながらドラドを斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、モーガス」

 

 試合を組んでくれたドラドさんとの試合後に鼻歌混じりで部屋へと戻ろうとすると、控え室を出たところでカエデに呼び止められた。隣にはマコもいる。

 

「やっぱり"今日も"殺さなかったんだな」

「どうしちゃったのよ急に」

 

 カエデはなんとなくわかった様子で、マコは不思議な様子でそう言ってきた。

 

 俺は200階クラスに行ってからというもの天空闘技場では誰も人を殺していない。今の対戦相手のドラドさんも血が出にくいように注意しながら、後で治りやすい繊維方向に斬ったのである。すぐに縫合すれば後遺症も何もなく完治するだろう。

 

「ほら、マコ。天空闘技場の200階クラスの試合ってTV中継されるじゃん?」

 

 天空闘技場の200階クラスのフロアマスター戦以外の試合はTVでやっていたりするらしいのである。まあ、プロレスの延長線でとても視聴率を稼げ、広告にもなるのでそれ自体はとてもいいことだろう。

 

 加えて言えば天空闘技場に俺がいることは家の者は皆知っている。

 

 だからほら――。

 

「俺が人を殺してる姿を、食事中にゴンとミトさんがTVで見てたら可哀想だろう? ミトさんなんかすぐに電話を飛ばして来そうだ」

「ふっ、そうだな」

 

 カエデは小さく笑って俺に同意してくれた。いいお嫁さんである。

 

「……………………それだけ?」

「――? それだけだけど?」

 

 何故かマコがスゴいモノを見るような目で俺とカエデを見ていた。

 

 はて、逆に他に何があるんだろうか? 別に殺すのを惜しいと感じるような相手でも無かったしなぁ。

 

「はぁ……あんたらのズレた価値観には驚かされる一方よ」

「私もちょっとどうかと思います……」

「マジで……?」

 

 マコだけでなく、にゅうにまでそう言われてしまった。俺とカエデは顔を見合わせる。

 

 どうやらまた、無意識のうちに流星街の価値観に染まっていたらしい。いかんな、くじら島ではあんまり無かったが、天空闘技場ではちょっと人を殺り過ぎて感覚が昔に戻っているかも知れない。

 

 それから四人で話をしつつ部屋へと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天空闘技場でモーガスとドラドの試合があった観客席。

 

 試合が終わり、帰り始めた観客の中でひとり佇む青年がそこにいた。

 

「はぁ……ククッ♦」

 

 それは奇術師のような装いをした赤髪の青年だった。また、熱を持った溜め息を吐きながら、何かに魅了されたかのように恍惚の表情を浮かべている。

 

 そして、自身の身体の震えを抑えるように座ったまま踞まった後、ゆっくりと顔を上げて目を見開いた。

 

「素晴らしい……♥」

 

 そこから漏れた言葉は惜しみ無い称賛。しかし、その視線には熱の他に明確な殺意が宿っており、ネバついたような感覚を覚えるものである。

 

 青年は口の端を歪め、これ以上無いほどの笑みを浮かべながらポツリと呟く。

 

 

 

「彼に決めた♠」

 

 

 

 青年の視線はここではないどこか遠くを眺め、誰かに想いを馳せるようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 









やめて! ギャグみたいな念能力(オーダーメイド)で、バンジーガムを打ち破られたら、ヒソカで作ったメイドが誕生しちゃう!

お願い、死なないでヒソカ! あんたが今ここで倒れたら、ゴンさんや団長との約束はどうなっちゃうの?(未来系) ドッキリテクスチャーはまだ残ってる。ここを耐えれば、モーガスに勝てるんだから!

次回、「ヒソカ死す」。デュエルスタンバイ!


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そうだメイドをふやそう その4

どうもちゅーに菌or病魔です。


 

 

 

 奇術師姿の青年――"ヒソカ=モロウ"は天空闘技場で割り当てられた自室でトランプタワーを作りながら考え事をしていた。

 

 ヒソカが天空闘技場に来たのはつい先日であり、現在は150階クラスの闘士である。もっとも彼が200階クラスに上がるのはすぐに可能なことであろう。

 

 ヒソカは当初、天空闘技場には"遊び"に来たといっても過言ではなかった。彼にとってはこの施設などその程度の認識である。

 

 しかし、ここ数日で流星の如く現れた"モーガス・ラウラン"という青年により、その認識は変わった。

 

 モーガスはヒソカにとって念能力者になってから初めて現れた明確に己よりも遥か格上の念能力者なのだ。現在、ヒソカにとって何よりも優先して殺り合いたい相手なのである。

 

「先に会っておくべきかな?」

 

 ヒソカは考える。幾ら彼が誰とでも試合を受けるという天空闘技場では奇っ怪なスタンスをしているとはいえ、ヒソカから見ても小粒とたまに掘り出し物がいると考える程度の天空闘技場にあれほどの念能力者が長期間滞在しているとは限らない。数日掛からず、ヒソカは200階クラスに上がれる筈だが、その時に既に彼が居ないとも限らなかった。

 

 とりあえず、顔合わせをしておくことに越したことはないだろう。ヒソカはトランプタワーを崩すと、自室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁい……朝から誰だ?」

 

 ヒソカがモーガス・ラウランの自室の扉をノックすると、出迎えたのは男物のズボンだけ履き、上に一切何も纏っていない姿で出迎えてきたモーガスと全く同じ髪色をした美女に近い年齢に見えるが、まだ若干の幼げが残る大層な美少女であった。

 

「……………………オウフ」

 

 なにやら妙な呟きを上げる少女にヒソカは目を見開いて驚く。少女が出て来たからではない。少女のオーラが昨日からずっと思い描いていたモーガス・ラウランそのものだったからである。

 

「これは失礼」

 

 何故か女性の方から詫びの言葉があったと共にバタンと扉が締まる。朝も早い時間なこともあり静寂が訪れた。そして、約30秒後、再び扉が開く。そこにはどんな速度で身に纏ったのか、キラキラと輝くような滑らかな白と、深く濡れたような黒の二色を基調として作られたヴィクトリアン調のメイド服を身に纏った少女の姿があった。

 

 陽だまりのような屈託の無い笑みを浮かべており、これまでのことがなければヒソカでさえ注視してしまいそうな程の美人である。

 

「おはよう、私はカタリナ・ラウラン。モーガスは双子の兄よ。何か用かしら?」

 

「い、いや……誤魔化せてないよ……?」

 

「……………………初登場からやり直せない?」

 

 オーバーリアクションで自身の体を抱き締めながら、瞳を潤ませつつ、指を唇につけてそう呟くカタリナ・ラウラン――ではなくモーガス・ラウラン。彼はあの早着替えでは装着し切れなかったらしく、ブラジャーをしていないため、動いた拍子にかなり豊満な胸が揺れる。

 

 後にヒソカは知ることになるのだが、実力者の念能力者というものは一様に何かしら破綻していたり、独創的だったり、変態だったりするわけでモーガスも例に漏れずその一員であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君、年齢は?」

 

「17歳だよ。家族構成はツンデレだけど他人想いと家庭的だけどレズっけのある二重人格の妻がひとりと、親代わりの女性と祖母がひとり。それから弟と妹が一人づつ。俺からは全員に血の繋がりはない。後、ペットにコウモリとアリとヘビを飼ってる」

 

「複雑だね……♤」

 

 モーガスはブラジャーをしてから200階クラスにあるレストランに行き、ヒソカとふたりで朝食をとっていた。

 

 ヒソカがモーガスに話を振ればその話題に3倍程情報量を増やして帰って来ることが続いており、モーガスがとてもお喋りな人間だということがよくわかる。また、時折冗談も織り混ぜてくるためお調子者であることもわかった。

 

 年齢はヒソカよりも少しだけ年下のようだが、そこまでの違いはない。にも関わらず、才能という言葉では説明し切れない程に馬鹿げた量と、仙人のような研ぎ澄まされたオーラをしているモーガスへの疑問はまるで尽きない。

 

「どうしてそんな姿をしているんだい……?」

 

「妻の創られた人格の方のにゅうに頼まれてな。妊娠してるから子供を労れるとか言ってたけど、えっちぃだけだぞにゅうはな。あ、性転換しているのはコレのせいね」

 

 モーガスはどこからともなく、1枚のクッキーを取り出し、それをヒソカの目の前に置いた。微弱なオーラがクッキーを覆っており、一目でただのクッキーではないということがわかる。

 

「それは家のアリさんが作ったホルモンクッキーだ。食べると24時間性転換出来るという、一部の人間には夢のような物体だな。正直、ちょっとクセになりつつある」

 

「へ、へぇ……♦」

 

 もう、どこから突っ込んだらいいのかわからず、会話を流し始めるヒソカ。いつもは逆の立場なので、彼を知る者ならば驚くことだろう。

 

「残念だけどこんな姿だから今日は試合を組めないよ」

 

 "明日以降ならいつでも"と続け、こちらに近い話題に戻ったところでヒソカは話を切り出した。自身はまだ200階クラスの闘士ではないが、すぐに上がるので殺り合って欲しいということを。

 

 当然と言うべきか、ヒソカは己の殺気を隠さずに浴びせながらであり、自身のことをモーガスに覚えて貰えれば今日は問題なかった。ヒソカにとっては何も天空闘技場でしか戦えないというわけではないからである。

 

 するとモーガスは、まるで暗いオーラや殺気に当てられるのに慣れ過ぎて、全く感じられなくなったように自然な様子で話を聞き、不思議そうな表情で首を傾げる。

 

「なんだ。それなら今すぐにやろう。俺を殺したいだけなら別にこの体でも問題ないだろう?」

 

 まるでそれは友人に遊びに誘われたようにフランクな返答であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天空闘技場から少し外れた場所にある暗く人通りのない森。そこで道化師の格好をした男――ヒソカ・モロウと、メイドの格好をした女――モーガス・ラウランが対峙していた。

 

「どうしてここを選んだんだい?」

 

 ヒソカはモーガスにそう問い掛ける。彼はメイドの念獣と剣を使うため、木々の密度の濃いこの森では剣が十全に振るえず、メイドの方も全体的な取り回しの悪さが目立つことだろう。

 

 更に彼は知らないであろうが、これだけ立体的に遮蔽物のある場所はヒソカにとって絶好の戦闘場所であった。

 

「んー? そっちの方がフェアだろう?」

 

 モーガスの呟きにヒソカは言葉を失った。

 

「そりゃあ、突然襲って来るような無礼な輩なら、俺だってウザいから何も考えないでとりあえず殺すさ。天空闘技場はルールがあるから、ルール内で出来ることはなんでもする。でも、一対一でわざわざ殺しを挑んでくるような奴にそれは無粋だろ? むしろ少しでもフェアにしてやりたいと俺は思う」

 

 それは彼なりの矜持。捻れ狂い、歪曲し尽くした優しさというものであった。

 

「だから仕込み杖も使わないよ。丸腰の相手に使うのは……なーんかズルいからな」

 

 そう言うとモーガスは地面に持っていた仕込み杖を突き刺し、既に意識は戦闘に向いているとばかりに首を鳴らす。にも関わらず、その様子には手加減でも、嘲りでもなく、純粋にそう考えてこれからの殺し合いを楽しもうとしている様子であった。

 

 それを見たヒソカは凄まじい既視感を覚え、それがなんであるかを即座に知覚した。

 

「いや、ソレは使いなよ。僕にはトランプ(コレ)があるからね」

 

「そうか? ならお言葉に甘えてそうしようかな」

 

(ああ……なんだ……簡単な話じゃないか…… ♡)

 

 ヒソカは取り出したトランプを周で強化し、モーガスに見せた。それを見た彼は地面に突き立った仕込み杖の柄に右手を掛けて、反りの無いジャポントウのような刀身を引き抜く。

 

「じゃあ、この柄が地面に落ちたら始めよう」

 

 そして、彼は周でオーラを纏わせた鞘を空へと放り投げる。鞘はくるくると綺麗に回転しながら一切ブレることなく飛んで行き、やがてそのままの軌道で地面へと落ちる。

 

(僕と同じだ……♦)

 

 そう思い付くと同時にヒソカは森の中へと飛び退き、次の瞬間に彼の居た場所を木々ごと水平に薙がれた様子と、未熟な果実に思いを馳せる自身を鏡で観たときのような表情に変わったモーガスの顔を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うーん……わかってはいたけどスゴいなぁ♧)

 

 戦闘が始まって数分が経過した頃。ヒソカは森の中で半ば防戦一方――というよりモーガスから逃げ続ける展開になっていた。

 

 モーガスは歩きながらヒソカを追い、近づくと仕込み杖を振るってその一帯の木々ごと薙ぎ払うことを繰り返している。仕込み杖を振るう瞬間に周で纏わされたオーラが不自然に伸び縮みすることでその有り得ないリーチを実現していたが、発を使用しているような様子は一切ないため、純粋なオーラ操作の技量によるモノだとヒソカは理解出来た。

 

 相当卓越した技量だが、オーラ操作ならば出来るかも知れないため、ヒソカはこの戦いが終わった後で自身が生きていたのならば、とても役立ちそうなので修行してみようかと計画を立てる。

 

(やっぱり全く手の内も見せないし……よくできた念能力者だ♠)

 

 ヒソカとしては今は様子見の時間である。というより、これほど格上の相手と馬鹿正直に直接戦闘を行うなど自殺行為もいいところなため、念能力のひとつでも引き出せればいいと考えていたが、モーガスは肩に乗って片手で押さているデフォルメの小さなメイドを具現化したのみでそれ以外の念能力は一切使用していなかった。

 

 更に最初の頃こそ、小さなメイドに小さなオーラを食べさせるように指を動かしているようだったが、今はこれといって小さなメイドに対しては何もしていない。

 

 これでは試合でわかることと何一つ変わらない。収穫と言えばオーラ操作によってリーチを伸ばせることぐらいだが、慰めにもならないだろう。

 

 これらの情報からヒソカが推察できる事と言えば、異常な程卓越した特質系を含む放出系か具現化系の念能力者であることだが、真反対の系統のため、どちらかに決めつけるのはあまりに危険だ。

 

 仮に放出系だと仮定して戦い、具現化系だった場合、モーガスの周囲ならば試合で見せていたような大きなメイドを瞬時に形成できる恐れがある。その場合はインファイトで挑むことそのものが無謀と言えよう。

 

 また、仮に具現化系だとして戦い、放出系だった場合、距離を離し過ぎれば、あれほど卓越した念能力者から繰り出される念弾に狙われることになる。恐らく、一度距離を離せば二度と近付けなくなるような絨毯爆撃よりも恐ろしい面による制圧攻撃が待っている事だろう。まあ、これまでの試合やこの戦いでも一度も念弾を使用していないため、仮に放出系だったのならとんでもない食わせ者である。それこそあの軽いノリの言動さえ全てがフェイクだとでも言うようなものだ。

 

 だからヒソカは付かず離れずの距離でずっとモーガスを観察し続けていたのである。

 

(試合と今見たところ、あの小さなメイドは相手の念能力を持った念獣を具現化する能力。小さなメイドのしている動作を見るに相当な数の制約を設けているようだ♢)

 

 かといってそれを止めれるかと言えばはっきり言って不可能である。何せインファイトに持ち込んだ瞬間に死だ。持ち前の人体破壊技術も合わさり、素手でモーガスと殴り合うことそのものが、死に直結するであろう。尤も死力を尽くせば一撃ぐらいは急所に食らわせられる自信がヒソカにはあるが、それであの馬鹿げたオーラ防御と、仙人のような肉体操作から繰り出される城塞のような守りを突破出来るかと言えば怪しいところだろう。

 

 更に言えばモーガスは小さなメイドを出している間、相当気を張っているらしく、ヒソカの念能力であるガムとゴムの性質を持ち、自由に伸び縮みする"伸縮自在の愛(バンジーガム)"は、例え死角から隠を掛けて放とうともそちらを見ていないにも関わらず、超反応としか言えない速度で切り落とされた。

 

 その上、モーガスの仕込み杖に纏わせた周はオーラ技術によって、目に見えない程微細なチェーンソーの刃を回転させるように超振動をしているらしく、全く剣身にバンジーガムが張り付く気配がない、というより張り付いた瞬間に粉々に接着面から砕け散るのだ。無論、体に張り付こうとも次の瞬間には斬り落とされているため、縮む時間すらない始末だ。また、途中で小さなメイドにバンジーガムを吸われたため、モーガスに対して直接バンジーガムで攻撃を行うのは諦めた。

 

 ここまで己の念能力が暖簾に腕押しだと思った相手はヒソカにとってモーガスが初めてであった。

 

 オーラ技量のみでそこまで自身の念能力が完封されるのかと、ヒソカは関心を越え、恍惚にも近い思いを抱いていたが、それを表情以外に出していないため、ヒソカも超一流の念能力者と言えよう。外見はメイド服を着ている大層な美女であり、中身は紛れもなく男性なのだが、モーガスは異次元の念能力者だったというだけの話であろう。

 

 また、彼が手加減、或いはメイドを増やすためにヒソカを泳がせていると言うのは彼自身なんとなく感じていることであった。

 

「さて、鬼ごっこはこの辺で終わりにしようかな」

 

 次の瞬間、少しヒソカに姿勢を傾けた状態で地に足を着け、特に構えを取っていないモーガスが呟きと共に弾丸のように打ち出された。

 

「な……!?」

 

 それには流石のヒソカも驚く。一切予備動作無しで仕込み杖を構えたメイド服の美女が己に向けて飛んだのだ。嘘みたいな光景であろう。

 

 だが、ヒソカは先々の木々にバンジーガムを貼り付けながら移動していたため、それを反射的に縮めることで間一髪モーガスの仕込み杖を避けた。その時、肩を少し刃が掠り、剣身に血と組織が付着したが、その程度で済んだと言えるだろう。

 

「うーん……今の結構殺す気だったんだけどやるねぇ。その念能力はゴムとガムの性質を持つってところか。性質の変化は変化系の分野、短絡的だが変化系の念能力者かなヒソカは?」

 

 木に上にいるヒソカがモーガスを見下ろす形で互いは対峙する。

 

 当然とも言えるが、モーガスは既にヒソカの系統を見抜いていた。そのまま、彼は仕込み杖に付着したヒソカの血と僅かな体組織を小さなメイドに食わせた。そして、全てが終わったとばかりに肩から小さなメイドを地面に放った。

 

 すると次の瞬間には短めの赤髪をしたやや爪の長い美女がそこにおり、無論メイド服を纏っていた。そのメイドから放出されるオーラすらほぼ完璧にヒソカ自身のモノを再現されており、外見だけでなく、中身すらもかなり精巧な造りであることに気付かされる。いったい、何れ程の生きた屍を積めばここまでの人間の念獣が造れるのかと、ヒソカは感銘から溜め息を漏す。

 

「僕が言うのもなんだけど……君、情熱の向ける方向性が狂ってるね。勿論、僕は嫌いじゃないよ♤」

 

「まあ、人間なんて誰しも何かしら狂ってるもんだ。俺やお前はすこしばかりオープンで人目につくところが狂ってるだけだよ」

 

 その的を射たようにも、人間に対して諦めているようにも思える言葉にヒソカは目を細める。するとモーガスは手元に何かの手帳を具現化し、それを眺めながら呟いた。

 

「"伸縮自在の愛(バンジーガム)"ね。能力は概ね思った通りか……コピーしたメイドたちどころか、攻防一体な上、俺の念能力よりよっぽど応用の効く念能力じゃねーか……こういうのが造れる発想力が俺にもあればなぁ……ありがとう」

 

「ククッ……どういたしまして♥」

 

 ヒソカのメイドは手のオーラをバンジーガムに変え、その辺りの石を引き寄せて見せる。明らかにヒソカのバンジーガムを持っていると言える。また、ヒソカは裏で確認してみるが、特に自身のバンジーガムに異常があった訳ではない。とすると単純に多大な制約を乗り越えた上で、対象の念能力をコピーした念獣を生み出す念能力と見て間違いないだろう。

 

 寧ろヒソカの返答は遥か格上の念能力者の賛辞とも皮肉とも取れる言葉に対しての純粋な感情であった。少なくともモーガスの念能力は利便性という点は度外視している。まあ、他者のメイドをいつでも具現化出来るという規格外の性質を除けばの話だが。

 

「さて……」

 

 モーガスは手帳とヒソカのメイドを消した。するとメイドを形成していたオーラが全て彼へと還って行ったことが見て取れる。そして、モーガスの顕在オーラが今までの戦闘時よりも遥かに巨大なモノへと変わる。いや、元々がその大きさだったのだろう。恐らくはメイドを作製するに当たって己のオーラすら制限するような念能力だったと捉えるべきか。

 

「ちょっと種明かしをすると、さっきの移動はただの浮き手だよ。相手が気にならない程度にオーラを足の一点に集め、それを一気に解放して体を飛ばしただけさ。後、俺は放出系だ」

 

「そうかい。また、フェアじゃないから言ったのかい?」

 

「いいや……どうせバレるから言ったんだ」

 

 その言葉と共にモーガスの顕在オーラが練によって更に跳ね上がり、暴力的なまでに禍々しいオーラが溢れ出す。それと共にモーガスの仕込み杖を持っていない左手の五指の先に念弾のオーラが灯った。

 

「簡単に壊れてくれるな、本気で行くぞ?」

 

 その言葉の直後、五指から最新鋭のガトリング砲のような凄まじい連射性で念弾が放たれた。即座にヒソカは木から別の木へと飛び退いたが、念弾が過ぎ去った場所は、丸々全てが念弾の形で貫通されたかのような有り様になっており、目算でも森そのものを1km以上に渡って縦に抉り取っている。

 

(これは……♠)

 

 念能力者というより大量破壊兵器のようだが、当然これだけで終わる訳もない。モーガスは水平に左手を動かし、薙ぎ払った。それによって森が横から消滅するように掻き消される。最早人間が作り出せる光景ではない。

 

 ヒソカは炙り出すようなモーガスの行動を見て、半ば確信した笑みを浮かべながらトップスピードである場所へと向かった。

 

(なんとか釣れそうだ♦)

 

 内心ほくそ笑みながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ諦めたのか……?」

 

 若干落胆したような声色でモーガスは、ある場所に移動したヒソカと対峙する。そこはモーガスがメイドを作っている最中に仕込み杖で薙ぎ払った地域であった。隠れる場所を無くすために、木々はかなり低い位置から薙ぎ払われており、遮蔽物がまるでない。念弾を見てからここに移動したのなら自殺といっても過言ではないだろう。

 

 また、ヒソカはモーガスの問いに一切答えなかった。

 

 モーガスは30m程先にいるヒソカを見据えながら近づいていく。その際にくるくるとバトンのように仕込み杖を回しており、どうやら止めは仕込み杖で行うつもりらしい。

 

「なんで君が今、僕を念弾で殺さないのか当ててあげようか?」

 

「んー?」

 

「殺した感触がしないから――だね?」

 

「なんだ、よくわかってんじゃん」

 

「うん、だって僕もそうだもの♢」

 

 そして、ヒソカがモーガスへと他愛もない言葉を投げ掛ける中でも、モーガスは止まらず、25m、20m、15m、10mと距離を詰めて行く。そして、数mの距離に差し掛かった瞬間――ヒソカはトランプを広げながらモーガスへと飛び掛かる。

 

 モーガスは在り来たりな奇襲に落胆しながら剣を振るおうと腰を下げて踏み込みの為に半歩だけ足を下げた。

 

(あ……?)

 

 その刹那、何かによって片足を捕られた感覚を覚える。思うように動かせなかったため、ヒソカを見据えながらも意識がそちらに逸れた。

 

 それは地面にあった窪みに詰まっていたヒソカのバンジーガムに他ならない。そこにいつの間にか己が片足を突っ込んでいたのである。

 

(アレ……? こんなんあったけ? さっき見たときはただの地面だったような……)

 

 モーガスはそう思い返しながらもバンジーガムの周囲に地面と似た配色をした紙のような何かを見つける。それは明らかにオーラ的なものが掛かっており、迷彩の役割をしていたのだろう。

 

 如何に瞬時の対応と言えど、その確認により半ば強制的に意識を裂かれたことによってヒソカへの対応がやや遅れ、このタイミングでモーガスの左手からヒソカに向けて念弾が掃射される。

 

 ヒソカの到着までに発射できる数は精々、50発程度といったところであり、瞬時に形成した威力よりも速さに特化した念弾だが、少なくともマトモに避けれるような軌道のものではない。ヒソカは蜂の巣にされるかに思われた。

 

 その前にヒソカはほぼ全てのトランプを投げ、バンジーガムで張り付けて空中で密集させ、即席の盾とすることで防ぐ。だが、盾の範囲は上半身を防げる程度の広さであり、それ以外に漏れた念弾の数発がヒソカの体に直撃する。

 

 そのまま、既にヒソカは攻撃体勢に入っており、モーガスに届く距離に居た。1枚だけ右腕に持たれた周で強化されたカードをモーガス目掛けて振るう。

 

 当然、残った仕込み杖を振るい、モーガスは胴から入り、トランプを持つ腕ごと掬い上げるように真っ二つにしようとしたが、それは何故か不自然に少しだけ逸れ、ヒソカのトランプを持たない左腕を斬り落とす軌道を描く。

 

(バンジーガムだと……?)

 

 その時、初めてモーガスは自身が仕込み杖を持つ手元に、ヒソカの左手から伸びたバンジーガムが張り付いていたことに気が付く。

 

(あの時か……)

 

 モーガスが思い浮かべたのは足元のバンジーガムに目を移した刹那の時間である。その間にヒソカはこちらに向かい、盾を用意しながら、己の腕を代償にすることで無理矢理仕込み杖を一撃だけ抑え込んだのだ。

 

(…………今さら不粋だよなぁ)

 

 モーガスは全身から念弾を放つことでヒソカを殺すことも考えた。しかし、それをやってしまえばここまで己を投げ捨ててまで殺しに来ている者に対してどうかと思い、そのまま受けることに決める。それにまだモーガスにはこの状況でも全く動じないだけの理由があった。

 

 時は動き出し、ヒソカの左腕が仕込み杖によって飛ぶのと同時にモーガスの肋骨の隙間にヒソカのトランプが入る。

 

「あちゃー、中々やるけど……それじゃ届かないぞ?」

 

 それはモーガスの仙術染みた肉体操作とそれによって、筋組織そのものをオーラで強化する芸当である。其れによって、心臓の少し手前で刃と化したトランプは止まっていた。

 

 モーガスがチラリとヒソカの顔を見れば、やりきったような笑みを浮かべた道化師の姿がそこにあった。二人は最早抱き合うような距離にあり、互いに外見的にはピエロとメイドの美男美女であるため、滑稽だがそれなりに生える光景であろう。

 

 モーガスは全てを終わらせるため、ヒソカの背中へと仕込み杖を振り上げる。

 

 

「僕のか・ち♥」

 

「あ……」

 

 

 ヒソカからその言葉が呟かれた瞬間、モーガスは自身の体の異常に気が付く。それは肉体操作でもっていち早く気づいた体の異常――心臓が刺し貫かれたことを意味していた。

 

(なぜ……?)

 

 モーガスが困惑しながら仕込み杖を落とすと共に、ヒソカの片腕が地面に落ちる音を聞き、死ぬまでの間に少しだけ思考する。

 

(ああ……なんだ……)

 

 考えても見れば答えはとても単純なことであった。それどころか、モーガス自身のせいであると言ってもいい。

 

 薄れる意識の中でモーガスはヒソカに目を合わせると、そっと笑い掛けて最期の言葉を紡ぐ。

 

「いいねぇ……」

 

 それから眠たげな様子で瞳を閉じ、それっきり動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 己の手の中でモーガスが死亡する光景を見届けたヒソカは、抱き止めていた体をそっと下ろし、胸に刺さるトランプを引き抜く。

 

 それはヒソカが選んだのか、偶々なのか、ジョーカーのカードであった。

 

「はぁ……」

 

 ヒソカは確かに自身がモーガスを殺した余韻に浸りながら、彼の心臓を貫いたトランプを眺める。そして、誰に見せるわけでもなく種明かしを行った。

 

「うん、僕ってやっぱり天才♡」

 

 それはモーガスが前半で行っていた仕込み杖のリーチを伸ばす、オーラ操作そのものであった。それをヒソカは戦闘中に会得していたのである。

 

 尤も彼に比べれば比べ物にならない程に劣るものであるが、たった数cmの距離を伸ばすだけならば十分過ぎる程であった。流石に体内でヒソカの全てのオーラを注ぎ込む程の勢いで放たれたそれを止めるだけの肉体操作はモーガスですら不可能だったのだろう。

 

 勝敗を分けたのは単純なことが幾つも重なった結果だった。

 

 まず前提としてモーガスは狩人だったことだ。それもヒソカと同じタイプであり、結果と工程の両方を楽しむタイプの者である。それ故に簡単にはこの戦いをモーガスから終わらせるつもりはないことはわかり切っていたのである。何故ならヒソカでさえそうなのだから。

 

 次に殺害には必ず仕込み杖を使用してくるであろうということだ。これもヒソカが途中にモーガスに語ったのと同じ理由。自身ならそうすると考えたからである。否定する気は更々ないが、一対一の殺し合いでまで、拳銃で殺したところで何が楽しいのかといったところである。

 

 そして、観察の末、仕込み杖での攻撃の際に必ず半歩下がることをヒソカは見抜いていたのである。だから前半で逃げながらバンジーガムの上に、もうひとつの念能力である"薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)"を重ねたモノを幾つも設置し、ブービートラップを設置していたのだ。はっきり言って初めからヒソカの第二の念能力を知っていなければ看破出来ないような代物だが、モーガスに対しては一撃の起点、それも初見に限るであろうことは目に見えているため、卑怯だと言われる筋合いはないだろう。また、誘導も相当な賭けであった。

 

 結果、残っていたのはヒソカだった。それだけの話だ。どれだけ強かろうと、どれだけ卓越していようと、勝敗は一瞬で決まる。それを手繰り寄せれる者こそが、真の強者と言えるだろう。

 

「君……結構、気が合ったよ♠」

 

 これでまた自身が最強だという証明に繋がる。そう思いながらヒソカは少しだけ殺してしまったことを悔いるような呟きを上げ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇遇だな、俺もそう思うぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呟きに呼応するように起き上がったモーガスの仕込み杖に残った右腕を斬り飛ばされた。

 

 これにはヒソカもポカンとした表情で固まった。まるで死者が蘇ったとしか言えない光景である。そんな表情を見たモーガスは、仕込み杖をまたくるくると回しながら心底楽しそうな様子で口を開いた。

 

「"一度きりの復活(ベルセルク)"。心臓及び大血管に致命傷を受けた場合にのみ発動するカウンター型強化系念能力だ。発動中、一切他の念能力を使えなくなる代わりに細胞とオーラの回復力を爆発的に強化するってだけの単純でつまらない念能力さ」

 

「死んだフリしてたんだ……酷いなぁ……♧」

 

 そう言って笑いながら溜め息を吐くヒソカ。それはどちらかと言えば、言葉通りよりも、モーガスが自身のように第二の念能力を持っていない或いは発動しないという前提で考えていた自身を自嘲するようにも見えた。

 

「いや……ブリオンさんと少しでも長く戦うためだけに盗られてもよくて、強化系の修行になる念能力を少ないメモリで作っただけだったんだが……ただの人間で発動させたのはヒソカが初めてだ」

 

「ククッ……それは光栄だ♦」

 

 モーガスの言っている単語はよくわからないが、それでもヒソカに対しての純粋な賛辞なのは理解出来た。

 

 見れば単純かつ厳し過ぎる制約を設けたため、その性能は凄まじく、現在のモーガスのオーラは元々の更に倍以上に引き上げられており、更に肉体は傷を負った側から瞬時に修復されて行くようなモノへと変貌しているのか、既にトランプを差し込んだ胸の傷すら治癒しきっている有り様だ。

 

 両腕を失った自身に既にここからの勝ちは有り得ない。故にヒソカはありのままを受け入れていた。

 

「じゃあ、行くぞ?」

 

 それに答えるように、モーガスは嬉々とした笑顔で仕込み杖を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……?」

 

 ヒソカは何故か目を覚まし、そんな第一声を上げた。恐らく自身はモーガスに殺された筈であるためである。ここがあの世なのか、それとも全てが夢だったのか考えた。

 

 しかし、周囲を見れば中途半端に汚れた壁に囲まれ、簡素な医療ベッドに乗せられている事がわかり、あの世にしては偉く世俗的であることに気づく。そして、黒と白のフリフリしたメイド服を着ている女がベッドサイドでニコニコしていることにようやく目が行った。

 

「よっ! 気分はどうだ?」

 

「うーん……臨死体験したみたいな気分かな?」

 

「まあ、半分は間違ってないな。ギリギリ死なないで意識を飛ばすように斬ったし」

 

 とんでもない芸当が行われたことを知ると共に、ヒソカは自身の両腕が斬り飛ばされる前のように繋がっていることに気が付く。医師ならば、かなりの技術によって繋げられたのだろう。

 

「医者に運んでくれたのかい……?」

 

「闇医者だけどな。手術道具を一式と場所だけ借りて俺が手術した」

 

 その言葉にヒソカは目を丸くしたが、モーガスは当然だと言わんばかりに口を尖らせる。

 

「俺は人体破壊のプロで、人間の念獣を作れるような奴だぞ? 手術の技術なんてとっくの昔に下手な外科医よりも遥か上だ。むしろ、手術に念を使える分、普通の医療よりも具合がいい筈だぜ?」

 

 そう言われてみればその通りであろう。その上、確かに繋げた腕も直ぐに存分に動かせそうなレベルだが、流石に暫くは療養しようとヒソカは決めた。

 

「どうして僕を殺さなかったんだい?」

 

 ヒソカはしたかった質問をした。敗者である以上、モーガスの決定に異論を唱えるつもりはないが、聞けるのならば聞いておきたいものである。

 

「だってヒソカ、お前さ――」

 

 モーガスはとても嬉しそうな様子で呟いた。

 

「まだまだ強くなれるだろ? それなのにこんなところで殺すだなんて純粋に惜しいって思ったんだ」

 

「――――――」

 

 奇しくもそれはヒソカが、青い果実と呼ぶそれにそのまま当てはまった。つまりモーガスにとっては誰でもない、ヒソカが青い果実なのである。

 

「それに勝負はお前の勝ちだ」

 

「え……?」

 

 ポリポリと何故か恥ずかしそうに頬を指で掻きながらモーガスは更に呟く。

 

「だってほら、俺一回心臓止まったじゃん? それってつまり一度は死んでるようなものだからな。"殺し合い"ならその時点で俺の負けだ」

 

「いや……それは流石に謙遜が過ぎるよ♢」

 

 殺し合いについての勝者と敗者の定義を二人で語り、ああでもないこうでもないと不毛な押し付け合いが始まる。そして暫くそれが続いていると、思い出したかのようにモーガスの表情が曇った。

 

「あー……忘れてた」

 

「どうしたんだい?」

 

「いやー、闇医者から手術道具と場所借りたって言ったじゃん?」

 

「そうだね♣」

 

「実はその闇医者、俺が手術した様子を見たらなんか俺を手元に置きたくなったらしくてな。最初の話と違って、無茶苦茶吹っ掛けて来るし、なんか脅そうともしてきたからさー、面倒だし殺っちゃったんだわ」

 

 そう言いながら隅にある黒く大きなゴミ袋を指差すモーガス。よく見ればこちらに向いた袋の中から生気のない目玉が覗いている。

 

「いきなりで悪いんだけどさ。天空闘技場の外での殺しは普通に問題になるから、処分するの手伝ってくれない?」

 

「ククッ……本当に面白いね君♣」

 

「いや、ほとんど俺のせいじゃ無いし……あ、そうだ。折角だから携帯電話の番号とかメールアドレスとか交換しようぜ?」

 

 "遂に買っちまったぜ。弟の名義だけどな!"と言いながら、何故か胸の谷間からスマートフォンを取り出して見せるモーガス。その様子になんとも言えない気分になりながらも、ヒソカは連絡先を交換した。

 

 こうして紆余曲折を経て、数少ないモーガスの友人が増えていくのであった。

 

 

 








やったねモーくん! 友達がふえるよ!




一度きりの復活(ベルセルク)
 心臓及び大血管に致命傷を受けた場合にのみ発動するカウンター型強化系念能力。効果としては発動中、一切他の発を使えなくなる代わりに細胞とオーラの回復力を爆発的に強化するという、とんでもなくビーキーな念能力である。ちなみに心臓に攻撃が当たったのなら二度三度と何度でも発動するため、元ネタ通り名前詐欺。



蛇足
 ちなみに結局のところヒソカと戦ったモーガスの一番の敗因は慢心である。後、モーガスが元々女だったのなら結婚していてもおかしくないぐらい気は合う。


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